精霊達の日常〜Another Story〜 (Atlas_hikari)
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heartful chocolate 〜渡すチョコに託す思い〜

※この小説には百合要素が含まれます。
苦手な方は見ないようにしてください。



それでは、どうぞ。


「ねえソラナ、チョコ作ってみない?」

「チョコ?」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「うーん、暇だなぁ……」

私、ソラナ・カルナは宮殿『エークノーム』の星読みの間で本を読んでいました。

今日は久しぶりの休みの日。1週間前に起きたステラの祝祭での騒ぎの謝罪の意味も込めて、2日間休暇を貰ったのです。

 

……でも、休暇を貰ったからといって、何をしたらいいのか分からない。

夜には星を見られるけど、昼は何もすることが無い。

だから、私は星詠みの間の天球儀の上で本を読んで時間を潰していました。

以前なら、大図書館にいればヒカリが時々遊びに来たのですが、今日は来ません。彼女には、ノインの教育係という仕事があるのですから。

教育係よりはノインの保護者というのが近い気もしますが、どちらにしろ1週間前の騒ぎで指導の強化を命じられているので、彼女は来れないでしょう。

 

「……暇だなぁ……」

何度目かの溜め息を付いて私は読書を再開しました。

 

~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……よいしょっ!ついたぁぁぁ……!」

本を1冊読み終えたころに星詠みの間に人が飛び込んで来ました。

紫色の髪の毛を乱しながら、上に少女を背負い込んで飛び込んできた少女はどうみてもヒカリだ。でもなんで……。

「ヒカリ!?教育係はどうしたの!?」

そう私が尋ねると、

 

「にヘ〜、ヒカリがどうしても行きたいって言ったからさ〜」

 

と、彼女の上にいる少女、ノインが答えました。

でも、今日ヒカリがそこまで急いで来る用事があるはずありません。軽い用事なら、仕事が終わった後でも遅くはないはずです。私はヒカリの息が整うのを待ってその理由を尋ねました。

 

「ヒカリ、何かあったの?」

ヒカリは、その質問に、

「ねえソラナ、チョコ作ってみない?」

と答えたのです。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ヒカリに詳しい話を聴いてみたところ、

 

今日、ヒカリはノインの教育係をしながら、明日の夕方ごろに帰ってくる予定のフラクタルさんに渡すプレゼントを考えていたそうです。

そこに、恋天使であり、同じくこの神殿で働いているマーガレットさんが現れたので、ヒカリはどうしたらいいかを相談したようです。

 

「で、そのマーガレットさんに、チョコ作ってみたらどうだって言われて、なら作ってみようかなって」

そして、いつものごとく、彼女は突発的な思いつきで行動したみたいです。

まあ、ヒカリらしいと言えば、ヒカリらしいのですが。

「せっかくだし、ソラナも一緒に作ろうよ!二人が作った方が、きっとシャイアも喜ぶよ!」

こうやって、私を誘ってくるのも、いつものことです。

そうやっていつも面倒事に巻き込まれるのですが、今回は暇なのでちょうど良かったと言えるでしょう。多分。

「分かった。じゃあ一緒にやりましょうか。」

「ホント!?やったあ、私1人だったら心細かったんだよ!」

……暇つぶしにしては楽なものでははなさそうに思えてきました。大丈夫でしょうか。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

準備してる最中に、ふと疑問に思って、

「そういえばヒカリ、チョコの作り方って分かってる?」

と尋ねてみました。

 

「ある程度はマーガレットさんから聞いてるけど、詳しいところまではちょっと……」

「……仕方ないなぁ」

一応私はチョコの作り方が載っている本を読んだことがあるので、その方法でチョコを作っていくことにしましょう。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「よぉし、聖女の力を見せてあげましょう!」

「あら、気合入ってるじゃない」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「えっと、ここどうやってやるの?」

「ここをこうしてこうするのよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「にヘにヘ〜暇だよ〜」

「じゃあノインも手伝う?」

「それはもっと嫌〜」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

以前下界でマーガレットさんがチョコを買い占めたりしたことがあったので、結構チョコの在庫はあり、あまり苦労することはありませんでした。

チョコを溶かして、少し工夫をして、型に入れて冷やして完成!なわけですが……ここに来て問題が発生しました。

「ねえソラナ……どっちの型を使う?」

チョコの型を作るための型が二種類しかなかったのです。

一種類はハート型。

もう一種類は星型です。

……なぜマーガレットさんはこの二種類を20個ぐらい買ったんですか!?

……40個も型があったら2種類だなんて思うわけないじゃないですか!?

という心の叫びは置いておいて、ハート型か星型のチョコしか作ることができない状態なわけですが、どうしましょうか。

ハート型よりも星型の方が私達らしい気もしますが……

 

「そうだ、ソラナ!」

と、突然何かを思いついたようにヒカリが立ち上がって言いました。

「ヒカリ、何か思いついたの?」

「結構多めにチョコを作ったわけだからさ、それぞれ2種類ずつ作って、どっちかを渡すってのはどう?」

「どっちか……?」

「そう!どっちを渡すかは、シャイアに渡すまで秘密ってこと!」

……なんともヒカリらしい考えです。内緒にしてもさして変わることはないでしょうに。

でも、ヒカリに内緒で装飾したりするのも楽しいかもしれません。

「分かった。なら明日、シャイアとのお茶会まで内緒ね。」

「うん!」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「うーん、どうしよう?」

私は自室で悩んでいました。チョコの形をハート型か星型か決めるだけなのですが……

悩んでいる理由は至って簡単。チョコに何の感情を篭めるか、です。

フラクタルさんにハート型のチョコを渡すのはどういった感情の表現になるのでしょうか……。

もう1個のチョコの使い方は決めているのですが……。

悩んでいるうちにもうそろそろ日付が変わってしまう頃です。

「迷っていても仕方ないわね……こっちにしましょう」

と、私は一つのチョコを箱に詰め、寝ることにしました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

どうやら、寝る直前、ソラナはあるアイデアを思い付いたようです。

ハート型のチョコを取り出して、手に力を込めているのが見えます。

そして、彼女はその白く仄かに光るチョコを綺麗に包み、ベッドに潜って行きました。

星詠みの聖女である彼女だからこそ出来ることですが、今まで人に使ったことしかないので、自分に与えるのは初めてかもしれませんね。

願わくば、彼女の思いが通じますように。

…あなたもそう思うわよね、クラリス?

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

翌日、お茶会の時間まで私達が会うことはなく、フラクタルさんが帰ってきたという連絡を受けて私は星詠みの間に向かいました。

もうテーブルは準備されていて、机の上でヒカリが突っ伏して寝ています。

そこで私はある事に気づきました。

……私は、昨日チョコの事ばかり考えていて、お茶会の準備の事など完全に忘れていたのです!

ヒカリが準備してくれたのでしょうか……。

とても申し訳ない気持ちになりながら、私はヒカリが起きるまで隣に座って待つことにしました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ヒカリの寝顔を見ながら、私はふと思いました。

……ヒカリは私のことをどう思っているのでしょうか?

ヒカリにとって私は親友なのでしょうか?フラクタルさんと私ではどっちの方が上なのでしょうか?

 

考え過ぎると泥沼にはまってしまうのは分かっています。

それでも、私はヒカリが誰を一番に思っているのかを知りたい。

私にとって、ヒカリは一番星みたいなものです。私にとって一番明るく、一番近しく思える存在。

ヒカリにとって私は、何番星なのでしょうか?

 

 

「ん……ソラナ……」

「!」

私はヒカリの寝言で我に返りました。

……よく考えれば、ヒカリが誰を一番なんて考えるはずがありません。

彼女はそういう人です。

「そうよね……全く……私は何を悩んでいたのかしら」

さっきまでの思い悩みを振り払うように頭を振り、時計を確認すると、

「…えっ!?もう3時!?」

何と1時間も私は考えてたみたいです。

もうフラクタルさんが来る時間です。

私は急いでヒカリを起こします。

「ヒカリ、起きて!もう3時だよ!」

「うぅん……え!?ソラナ!?」

ヒカリは起きるなり私を見て頬を紅く染めると、

「ソラナ……私の寝顔、見た?」

と静かに聞きました。

「ええと……可愛いかったよ?」

「ーーーーー!!!」

ヒカリは顔を真っ赤に染め、聞き取れない悲鳴を上げながら天球儀の裏の方に走っていきました。

その様子に自然に笑みが浮かびます。

……そう。

……今のままでも私は十分に幸せだ。

……このまま、この関係が壊れなければどれだけ幸せか。

……それでも、私は……

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「2人とも、久しぶり〜!元気にしてた?」

……とフラクタルさんは謎の服で()()()()()()()言いました。

「ええと……」

「どこから突っ込めばいいの?」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

彼女の話を抜粋すると、

「先程まで行っていた異界で、魔物に襲われていたところで、ある神様に助けられたの」

「その人が『ここでその格好は目立つから』ってこの服をくれて」

「そして、『護身用に持っておけ』ってこの剣をくれたの。……使わなかったけど」

「後はその神様に色々と案内して貰ったなぁ。色んな神様に会ったよ」

「何より印象的だったのはあの神様かなぁ。和歌っていうものの神らしいんだけど、すごく誤字る人で」

「そんなこんなで帰ってきたんだけど、服と剣はお土産にでも持っていけって言われて持って帰ってきたの」

 

 

「……なんかまあ……」

「色々あったのね……」

……なかなか濃い旅路だったみたいです。

「それで帰ってきたら、ヒカリとソラナが待ってるって言われたから急いで来たんだけど、何かあったの?」

それについてはヒカリが説明しました。

「私達、シャイアに渡したいものがあるの」

フラクタルさんはニコニコと微笑みながら続きを待っています。察しのいい彼女のことだから大体のことは察せられるのかもしれません。

せっかくだから私とヒカリでタイミングを合わせることにしました。

 

「せーのっ」

 

 

「「シャイア(フラクタルさん)へ、私達からのチョコレートをどうぞ!」」

 

 

……少し違和感を感じるけど、成功…でいいのかな?

私達がいきなりチョコの入った箱を差し出したからか、フラクタルさんは少し唖然としていたけど、すぐに顔を下に向けてくすくすと笑い声を漏らし始めました。

しばらくたった後、笑い声が収まると、彼女は顔を上げ、

 

「分かりました。受取りましょう」

と大きな笑顔で言いました。

 

彼女が箱を受け取った後、ここでチョコを確認したいと言うので、チョコのお披露目をする事にしました。

……私もヒカリも恥ずかしいからお披露目は避けたかったのですが……

彼女はまず、私の箱から確認するようです。

私が選んだのは星型のチョコ。

装飾は少なめにしたつもりですが……どうなのでしょうか?

 

彼女は箱を開けてチョコを取り出して見て、

少し眺めた後、笑ってすっと箱の中に戻しました。

……それだけ?!

あまり細かい所を見るつもりはないのでしょうか。彼女はすぐにヒカリの箱も確認し始めます。

……そういえば、ヒカリはどっちの形のチョコを選んだのでしょうか。

……ヒカリは彼女をどう思っているのでしょうか。

フラクタルさんはまた同じように箱を開けてチョコを取り出します。

ヒカリのチョコは…

 

…ハート型。

私は自分の手をぐっと握りました。

何となくそんな予感はしていたのです。ヒカリは彼女にハート型のチョコを送るだろうと。

…でも、自らの手を握っておかないと、何故か涙が浮かびそうで。

私は静かに手に力を込めました。

フラクタルさんはそのチョコを見て目を見開き、そのままヒカリを見て、

 

何か、「安堵した」ような笑顔を浮かべて、チョコを箱に戻しました。

 

…彼女は何に安堵したのでしょうか?

…彼女はヒカリの顔に何を見たのでしょうか?

少し嫉妬じみてきた自分の心を押さえつけるように、私はもう1度手を握りしめました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

お茶会の最後、夜に3人で星を見ようという話になりました。が、

「私はさっきまでの異界のことを報告しないといけないし、また今度にさせてもらうね」

と言いました。

私はある目的の為に使うつもりだったもう一つのハート型のチョコレートを持って、重い足取りで星詠みの間に向かうことにしました。

 

部屋の奥の天球儀に登ると、どうやらヒカリより先にここに着いてしまったようです。

私は上に座りながら、ふと考えました。

…彼女は今日、ここには来ないかもしれない。

…だって、ヒカリのフラクタルさんにチョコを渡すという

…目的は完了しているんだし、「この目的」にもう一つの

…チョコを使うとも限らない。

…それに、私のこの想いは…

だんだん暗い考えの方に落ちていっている私。

 

…その視界を誰かが塞ぎました。

同時に、

「だ〜れだ?」

と、聞き慣れた明るい声がしました。

「…ヒカリ?」

「そう、正解!」

そう言われてから晴れた視界の先に、毎日見慣れた、明るい顔がありました。

彼女は私の顔を見て、

「全く、暗い顔してるね、ソラナ」

と驚いたように言いました。

…あなたのせいなのだけれど。

もちろんそれは声に出さず、私は次の言葉を待ちます。

彼女はポケットから袋を取り出すと、

 

 

 

「そんな暗い顔には、はい。私からのバレンタインチョコレート!」

と星型のチョコを差し出しました。

 

 

……はっきりいって、感情を制御出来た気がしませんでした。

目から涙が溢れて、何も見えなくなって、それを見たヒカリが慌てて近くに来たのがわかって、その体を力一杯抱きしめたのまではうっすらと覚えています。

気が付いた時には、私はヒカリに抱かれながら頭を撫でられていました。

……とても恥ずかしい。

誰かが見ているわけではないのは分かっています。

ただ、今の自分をヒカリにずっと見られていると考えると、顔が真っ赤になるのが分かりました。

起き上がって急いでヒカリから離れると、

「ふふ、ソラナの反応って、見てて楽しいね」

と笑い声を漏らしながらヒカリが言いました。

流石に顔が赤くなるわけではありませんが、このままだとまた主導権を握られそうなので、少し咳払いして話を切ります。

ヒカリはニコニコしながら続きを待っています。

その顔にフラクタルさんとの共通点を見つけて、ふと思いました。

…彼女とヒカリは、似たもの同士なんだ。

似たもの同士だからこそ、親しくなれるんだと。楽しく付き合って行けるんだと。

全てに合点がいったような気がしました。

私は意思を固めるようにもう1度咳払いをして、

 

「はい、ヒカリ。私からのバレンタインチョコレート!」

と、笑いながらチョコを差し出しました。

 

 

 

 

……そう。

……今のままでも私は十分に幸せだ。

……このまま、この関係が壊れなければ、

……どれだけ幸せだろうか。

……それでも。

……この関係が離れていくものだとしても。

……今、このときだけかも知れなくても、

……私は、ヒカリの一番星でいたい。

……彼女だけの、一番星で。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「そういえばノイン、あなたはどう思ってるの?」

「にヘ〜?何のこと〜?」

「それはあの二人の事に決まってるでしょ!?さっきまで話してたよね?!」

「ステラ様〜今戻りました〜」

「マーガレット!?あなたどこ行ってたの!?」

「それは……その……」

「にヘ〜?」

「マーガレット……もしかして……」

「待ってくださいステラ様!私も聞くつもりはなかったんです!でも通りかかったらちょっと気になって……」

「覗いたのね?」

「覗きました…」

「よしマーガレット、そこに立ちなさい。蜂の巣にしてあげる」

「ちょっとステラ様!?」

「にヘ〜手伝うよ〜」

「ノインさんまで!?」

「まあまあ、落ち着いて」

「今蜂の巣にする必要ないでしょう?」

「クラリス様!?私は蜂の巣確定なんですか?」

「そうねぇ、物理的に蜂の巣にするより、書類仕事増やして精神的に蜂の巣にしましょう」

「それだけは許して下さいステラ様!」

「まあそれは後でいいでしょう。ねえ、フラクタル」

「そうですね。それでノイン、あの二人のことはどう思ったの?」

「いや〜なかなかに〜面白い関係だね〜」

「…それだけ?」

「それだけ〜」

「まあ、そうかも知れないわね。フラクタルはどう思ったの?」

「…あの二人には三角関係としては入れないって確信しましたね」

「…入る気だったの?」

「いや、入る気なんてありませんよ?」

 

「そういえばマーガレット」

「は、はいぃ?」

「昨日の夜、あなた、ヒカリから相談を受けたって言ってたわよね?」

「はい」

「何相談されたの?」

「いや、『チョコの形にはどういう意味があるか決まっているのか』って」

「……どう答えたの?」

「それはその人次第ですって」

「彼女は決断したの?」

「はい。『彼女は私の中で一番輝いてる星だから』って」

「恋する乙女のセリフねぇ…」

「最初、ハート型のチョコを受け取った時は驚きましたよ。でもその後ヒカリの顔を見て安心しました」

「そんなに分かりやすい顔してたの?」

「ええ。顔に『本命は別にいる』って分かりやすく表されてました」

「恋する乙女ねぇ……」

「ですねぇ……」

「羨ましいですねぇ……」

「では、そろそろお開きにしましょうか」

「そうしましょう」

「あ、そういえば」

「?どうしました?」

「部屋の二人はどうだった?」

「秘・密・で・す!」

「よしマーガレット、やっぱりここで蜂の巣にするわ」

「ええ!?」

 

(……言えるわけないじゃないですか、あんなところ)

彼女は直接彼女達の姿を見た訳では無い。

でも、見えたのだ。月の光の影として。

2つの影が、重なる瞬間を。

彼女は心から、本当に心から、切に願う。

……あの二人が、この先、離されることなく、想いあっていけますように、と。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜fin〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?文章力がないので、ところどころ表現がおかしいかもしれません。

感想・改善点は
ここの感想欄にお願いします!

それでは、また。


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八百万 神々もまた 恋しれり

※この小説は百合要素を含みます。
苦手な方はご遠慮下さい。


初の代理投稿なのです!
ペンネーム:林檎飴 さん

それでは、どうぞ!



麗らかな春の午後のことだ。

青空の下に二人の少女の声が響いた。

「「好きな人ができた!?」」

「しーっ!声が大きいよ二人とも!そこまで驚くことじゃないでしょ!?」

女三人寄れば姦しいとはよく言うが、彼女らもその例外ではなかった。

人が疎らな団子屋の一角で、彼女らは話を弾ませる。

「い、いや…悪い意味じゃないんだ…」

「そうですのよ…恋愛に人一倍疎そうなミコトさんが恋心を抱くなんて…」

「夢にも思わなかったからなぁ…」

「ひどいなぁ二人とも…私だって恋くらいするもん!」

ミコトと呼ばれた少女は落胆の色を見せる。

「も、勿論ですが変な意味じゃありませんのよ!?」

「そ、そうだぞ!心の底から意外だっただけだ!」

「トミちゃんもマトイちゃんもフォローになってないよぉ…」

トミ、マトイと呼ばれた少女たちはあからさまな動揺を見せつつミコトのフォローに回る。

「まぁそれはさておいて…」

(さておくの!?)

「ミコトは一体誰を好きになったんだ?私たちだけでいいから教えてはくれないか?」

するとミコトは急に態度を変え

「えぇ…それはちょっと…」

と露骨に焦り始める。

それを見たトミは『好きな人がバレる事に対しての焦り』と解釈し、ニヤリと笑みを浮かべ

「私たちはミコトさんの恋路を応援したいんですのよ!だからぜひお教えいただけませんこと?」

ダメ押しとばかりに頼む。

するとミコトは

「え?そうなの?…それならしょうがないなぁ…」

ミコトは二人の前で耳打ちの姿勢をとる。

二人が耳を近づけたタイミングを見計らってミコトは口を開いた。

「実は……ツクヨちゃんなの……」

それを聞くと、二人は落ち着いたようすで席につき茶を一杯啜り、そして二人同時に叫んだ。

「「えええええええええ!?」」

「ツクヨって…あのツクヨさんですの!?」

「なんということだ…まさかミコトがツクヨに恋をするとは…」

「二人とも声大きいよ!誰かに聞かれたらどうする……の……」

ある一点を見つめたまま徐々に威勢を無くしていくミコトに疑問を持った二人はミコトが見つめる方を見た。

すると、そこには目を見開いて心底驚いた様子でミコトを見つめるスオウと何かを察したような神妙な面持ちで立ち尽くしているセイがいた。

 

「なんでスウちゃんとセイちゃんが聞いてるの……?」

魚のような死んだ目に涙を浮かべ頬を紅く染めているミコトを目の前に戦神二人はバツが悪そうにしている。

「悪ぃなミコト…俺らも聞く気は無かったんだが…」

「ああ…店に入るタイミングがまずかったな…」

気まずそうな二人を哀れに思ったのかトミが助け船を出す。

「まぁ知られてしまったものは致し方ないですわね…」

するとスオウは水を得た魚とばかりに

「そうだぞーミコト!潔く諦めろー」

「お前はもう少し悪びれろ。そして空気を読め」

そんなやり取りを目の前にミコトは

「むむぅ…」

と頬を膨らます。

その横でマトイは

「でもまぁよかったんじゃないか?ミコトからしたら恥ずかしさでいっぱいだろうが私たちからすれば友の悩みも聞けたし何よりも恋路を応援できるからな!」

するとミコトは僅かに顔色を変えて

「本当……?女の子が女の子を好きになったのに?気持ち悪くないの?」

と尋ねる。

これに対し各々が反応した。

「全くもってそんなことは思いませんわ!愛に性別はいらないですもの!」

「トミの言うとおりだな!ミコトが誰を好きになっても気にしないぜ!」

「つまりそういうことだ。俺たちはミコトの恋を本当に全力で手助けするぞ」

セイの言葉に一同は頷く。

するとミコトは泣き出した。

「みんな…本当にありがとう…嬉しすぎて…言葉が出ないよ…!」

泣きながら感謝し、団子を頬張るミコトを見て

「そういえば俺たち団子食い損ねたな」

「八つ時だからと思って入ったが…もう黄昏時だしな…」

するとマトイがこんな提案をした。

「それなら、これから改めて皆で飯でも食いに行かないか?」

この提案は好評なようで

「いいですわね!お寿司でも食べに行きましょう!」

「うむ、たまには贅沢もいいものだな」

そして3人は席を立った。

残ったスオウはニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべ

「ミコトはどうするんだ?来ないのか?」

それを聞いてミコトは団子を飲み込み、涙を拭って最高の笑顔でこう返した。

「もちろん一緒に行くよ!みんなとはずっと一緒に居たいもん!」

そう言って二人揃って店を出た。

 

その後、寿司代を誰が払うかでモメたのは別のお話。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

仲間に秘密を告白してから数日後…

 

卯月のとある日の朝、ミコトは桜並木の一角で想い人を待っていた。

非常にそわそわしており、そして

「ツクヨちゃんとデート……楽しみだなぁ……!」

道行く誰もが見てわかるくらいには浮かれていた。

 

ーーー

 

何故こうなっているのか、発端は数日前に遡る。

「で、結局の所ツクヨの件はどうするんだ?」

マトイはエンガワを頬張りながら尋ねる。

「ん~…本当に迷ってるんだよ…やっぱり私が女の子に告白するのは変かなぁって…」

大トロを食べながらミコトは答える。

「愛に性別は関係ありませんわ!…とは言っても現実にこうなると由々しい問題ではありますわね…」

三皿目のイクラを片付けたトミも言う。

「もう何も気にしないで告白しちゃえばいいんじゃねーのか?」

大胆なことをサラッというのはアワビを注文したスオウ。

「そんな無茶苦茶な…とは思ったが案外それもいいかもしれないな」

とお茶を啜りながらセイも共感を示す。

「どういうことだ?」

何皿目か分からないエンガワをつまむマトイ。

「ミコトが本当にツクヨの事を好きなら回りのことなんか気にすんなってことだよ」

醤油をアワビに浸けながらスオウは語る。

「そんなので簡単に決心がつけばいいのですがね…そんな簡単に気持ちが変わる方なんて滅多に」

中トロを食しながらトミがそう呟いた瞬間だった。

「みんなの言う通りだよね…うん!そうだよね!私頑張ってみるよ!」

海老の尻尾を口からはみ出しながら宣言した。

「今度ツクヨちゃんとデートしてみるよ!」

そこまで話が進んだとき、セイが気付いた。

「…そういえば…代金って誰が払うんだ…?」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ということで、ミコトは今日ツクヨに想いを告白することになった。

ミコトにとっての大きなイベントであり、その分準備も万端だった。

「おめかしもしたし…ツクヨちゃんに渡す蒼玉も用意できたし…大丈夫!」

ただ一つだけ本調子ではないものがあった。体調である。

別に風邪を引いている訳ではないのだが、昨日の夜にはしゃぎすぎて一睡もしていないのだ。

「うぅ…やっぱり少しでも寝ておけばよかったなぁ…すごく眠い…」

隈こそ無いものの、三寸でも目を瞑れば直ぐに夢の世界へ旅立てるくらいの眠気がミコトを襲っていた。

「だ、だめだめ!寝ちゃだめ私!」

ミコトは自分の頬を叩き眠気を払おうとする。

とその時、ミコトは妙案を思い付いた。

「そうだ!眠気覚ましついでに今日の成功を祈って和歌を詠もう!」

すると、言うが早いか荷物の中から筆と短冊を取り出した。

「う~ん…どんな歌にしようかな…………………………よし、決めた!」

 

幾時も

想い積もらせ

恋心

我が言の葉は

「すき」と紡がん

 

「素敵な詩だね」

「でしょ?久しぶりの自信作なの!」

「うん!ミコトちゃんらしい良い詩だと思うよ」

「ありがとう!ツクヨちゃ…ん…?」

そこまで言ってミコトは気付いた。

「うわぁ!ツ、ツクヨちゃん!?」

「そうだよーツクヨちゃんだよー」

「い、いつからここにいたの!?」

「ホンの少し前からだよー」

ミコトは驚きのあまり、まだ目をパチクリさせている。

そんなミコトをお構い無しにツクヨは話を進める。

「今日は誘ってくれてありがとうねー」

「う、うん!こっちこそ来てくれてありがとう!」

微笑ましい光景である。思わず彼女らの回りに満開の白百合が見えそうな、そんな穏やかさだ。

「これからどこに遊びに行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ!

私が一生懸命考えたプランだから期待してて!」

「おぉ…それは楽しみだなぁ♪じゃあ時間も勿体ないし早く行こうよ」

そう言うとツクヨはミコトの手に指を絡ませる―俗に言う恋人繋ぎである。

ツクヨが確信犯であるかどうかは分からないが、ミコトは下界の人間から聞いたことがあった。

だからこそ、ミコトは余計に意識してしまったのだ。

「ツ、ツツツクヨちゃん!?この手は!?」

「え?ああごめんね…ミコトちゃんは手繋ぎたくなかった?」

「いや!そうじゃないけど!」

半分しどろもどろになりながらも、ミコトはツクヨの手を引っ張る。

「さ、さあ!今日はいっぱい遊ぼう!」

 

―――

 

十数時間後、ミコトはとある場所で目を覚ました。

(あ…あれ?ここどこ?)

ミコトは焦った。何せ気が付いたら見知らぬ天井が目に入り、そして見知らぬ蒲団で寝ていたのだから。

ミコトはとりあえず体を起こし、記憶を過去に遡る。

(えっと…朝にツクヨちゃんと会って…そのあとお汁粉屋さんに行って…見世物芸を見物して…そして河原を散歩してて…あれ?そこからの記憶がない…?)

と、ここまで思考を進めたその時だった。

「目が覚めた?」

という聞きなれた声が部屋の中に響いた。

ミコトが声のする方に振り向くと―そこには心配そうな顔でミコトを見つめるツクヨがいた。

「ツクヨちゃん!これってどういう…痛っ!」

「ああ動かないで!まだ腫れてるんだから…」

それを聞き足元に視線を走らせると、確かに左足首に包帯が巻かれていた。実際の様子は伺えないが、ツクヨの言うとおり腫れているのだろう。

「ねぇツクヨちゃん…一つ聞いて良い?」

「どうしたの?ミコトちゃん」

「私はどうして今ここにいるの?」

それを聞いたツクヨは軽く頷き、ゆっくりと語り聞かせてくれた。

 

ツクヨの話は長かったので要約すると

・河原を歩いているときにミコトが足首を捻った

・そのせいでミコトがよろめきは川に落ちてしまった。

・川は浅かったので川底に頭を打ってしまったのだろう

ということだった。

 

「じゃあ、もしかしたらそのときの衝撃で…」

「記憶が飛んじゃってるのかもねー」

あっけらかんと言い放つツクヨに対し、ミコトは相当落ち込んでいた。

「そんな…そんなそんなそんな!」

軽くヒステリーになりながらミコトは涙を流しはじめた。

「折角のツクヨちゃんとの思い出が消えちゃったなんて…そんなの嫌だよ!」

ツクヨはそれに対して慰めようと思ったのか

「大丈夫だよーミコトちゃん!

私の心の中には思い出いっぱい詰まってるから!」

と、火に油を注ぐようなことを言ってしまった。

するとミコトは

「じゃあ私もなくなった分の思い出作りたい!」

半ば無理難題をツクヨに押し付ける。

それでもツクヨは平気な様子で

「じゃあ今日の最後の思い出作ろうか!」

そう言うが早いかミコトを蒲団に押し倒し、両手首を押さえつけ―俗に言う床ドンの姿勢だ―妖しげな目をミコトに向ける。

「ツクヨちゃん…何をすr……!?」

ミコトが何かを言おうとしたがお構い無しにその唇を封じた。

勿論、己が唇を以てして…

 

30秒程経っただろうか、ツクヨから顔を離した。

「どう?これも一種の思い出じゃない?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべるツクヨ。

そしてこうも続けた。

「私ね、ミコト杯の頃からずっとミコトちゃんのことが大好きだったの…もちろん恋人的な意味でね」

自慢げに語るツクヨだが相対するミコトは何故か悲しげだ。

そんな様子を見て流石に気まずく思ったのか、ツクヨがミコトを見つめていると

「!?」

ミコトが急にツクヨを抱き寄せ

「……ヨ……ん………ルい……」

「え、え…?」

「ツクヨちゃんだけズルいよ!」

―ミコトも負けじと唇を重ねた。

しかもツクヨの物とは比べ物にならないくらい長く、そして深い物だった。

 

長いような短いような、永遠か一瞬かと見紛いそうな、そんな時間が空間を支配した。

唇を再度離し、最初に静寂を破ったのはミコトの声だった。

「私もツクヨちゃんのこと、ずっと想ってた。本当に、心の底からずっと…」

ツクヨも口を開こうとするがミコトが手で制する。

「今ここで言わないと一生後悔しそうな気がするから…言わせてもらうね」

一呼吸おいて言葉を発する。

「私、ミコト・ウタヨミは…

ずっとツクヨちゃんのことが…

大大大…奴でした!」

 

この神聖な空気をぶち壊すミコトの一言に、ツクヨは一気に脱力した。

 

「あの…ミコトちゃん…?今何て言ったの…?」

「え?大奴…え!?」

ようやく自身のミスに気付いたミコトは急に焦りはじめた。

「なんで…なんで!?なんで奴って言っちゃったの私!?」

「そうだよねー私との待ち合わせ前に素敵な詩詠んでたのにねー」

そう言ってツクヨは短冊を取りだし読み上げる。

「幾時も 想い積もらせ 恋心 我が言の葉は 奴と紡がん…」

「…あ」

「あ」

「書き間違えてるうう!」

なんと、ミコトは「好」と「奴」を書き間違えていたのだ。

「ああ…良い雰囲気だったのに…ぶち壊しだよ…」

明確に気を落とすミコトだが、ツクヨは気に介しない様子で優しくミコトを抱き締めた。

「大丈夫だよミコトちゃん…私にはミコトちゃんの気持ちがよく伝わったよ…」

ツクヨはミコトの頭を撫で続けながら諭すように言った。

「そういう可愛いミスをするミコトちゃんも私は大好きだよ…」

その言葉を聞いて、ミコトも安心したように言葉を続けた。

「私も…ツクヨちゃんのことが…大好きです…!」

「お、ちゃんと言えたねー」

「こっそり書き直しておいたんだよ!」

「もう…ミコトちゃんったら…」

 

その後、二人の姿が再び目撃されたのは翌日の昼過ぎのことだという。

何があったのかは我々の知ることではないが、今まで以上に仲睦まじい様子だったという。




いかがだったでしょうか?

感想や誤字、脱字等ありましたら、感想欄にお願いします!

それでは、また。


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聖なる夜に

いきなりエステレラ2が来るとはおもってなかったんや…

というわけでエステレラ、クリスマス編です。
こっちに投稿するのは久しぶりかな?

ちらちらとまた余裕があれば作っていきたいですね。


エステレラ2のソラヒカはやばい


 

 

「あの!今年も、プレゼント交換会やりませんか?」

「…プレゼント交換会?」

 

今日の朝はそんな会話から始まりました。

なんていったって今日は聖夜の祝祭。

無事に聖夜の祝祭を迎えられた宮殿も、下町も、何処も彼処も浮き足立っています。

 

「…それで、プレゼント交換会って何?」

「クレティアは初めての祝祭ですからね!」

「そんな事言うリアラも、宮殿の方は初めてでしょ?…今回は〈試練〉はないけど」

 

そう。

クレティアちゃんは先日の騒動でここに来たばかり。

リアラちゃんもまだ見習いになって日が浅いです。

なのでリアラちゃんもクレティアちゃんも、聖夜の祝祭は今年が初めてになります。

 

「はい。じゃあマーガレット、説明よろしく」

「よくぞ聞いてくれました!…プレゼント交換会というのはですね、くじでランダムに選んだ相手にプレゼントを買って渡すという企画です!」

 

一応企画の創始者であるマーガレットちゃん──こういう企画は基本マーガレットちゃんが主導ですが──が胸を張って説明を始めます。

 

プレゼント交換会。

くじで相手を決め、その人にプレゼントを買って渡すだけ。

ただし、くじを誰に渡すかは夜まで秘密。何を買ったかも秘密。

そんなシンプルな企画です。

…ちなみにノインちゃんはソファで寝ていますが参加はするらしいです。

 

「前回はそこの2人のせいでなんか複雑な気持ちでしたけど、前回とは被らないようにするというルールを設けたので問題ありません!!」

「マーガレット、私なにかしたっけ?」

「無自覚!?」

 

驚きながらも、マーガレットちゃんが籤のはいった箱を持ってきます。

 

「さあ!ひいてください!勢いよく!」

「じゃあ私からいこうかな」

 

皆、何かを言いながらも籤を引いていきます。

もちろん私も。

 

「皆さん、引きましたね!では!夜にまた会いましょう!」

 

全員引いたのを確認するや否や、マーガレットちゃんは飛び出していきます。

おそらく一番この企画を楽しんでいるのはマーガレットちゃんなのでしょう。

他の面々も、籤を確認すると様々な表情をしながら外に出ていきます。

 

「ソラナ、確認した?」

「うん、終わったわ」

 

この企画は好きです。

でも、やっぱり。

 

「じゃあ、ソラナ。行こ?」

「うん!」

 

この日の”買い物”のほうが楽しみなのは、変わらないみたいです。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

クリスマスには宮殿での仕事は基本ありません。

聖夜の祝祭の〈試練〉以外では、聖女は皆自由行動が許可されます。

だからこそ、プレゼント交換会が実現するわけで、

 

「〜♪」

「ソラナ、ご機嫌だね」

 

こうやってヒカリと2人で買い物に行けたりもするわけです。

 

「それで、ヒカリはどういうのを探すの?」

「うーん…」

 

買い物といっても、プレゼントに渡すものを買うわけですから、選択肢は絞られてきます。

皆女の子なのですから、ネックレスとか、髪飾りとか。

 

「私はアクセサリーショップに行ってみようかな。ソラナはどう?」

「そうね…私もそうしようかしら」

「じゃあ一緒に探そっか」

「うん」

 

まずは手短な装身具店へ。

 

 

 

結局、アクセサリー以外の選択肢がなかったため、私達はアクセサリーをプレゼントに買うことにしました。

 

 

 

 

「この後、どっか回ったりする?」

「うーん…回りたいけれど…でも…パーティーの準備もあるし…」

 

結構悩んだのか、かなり時間が経っていました。

このまま街を回ったら、パーティーの準備に遅れてしまいます。

 

「おや、人の子よ。珍しいですね、こんな所で」

 

後ろから、この場にそぐわない、聞きなれた声。

後ろを振り返って見ると、すらりとした長髪の女性──の格好をしたトリエテリス様がいました。

 

「トリエテリス様こそ、どうしてこんな所にいるのですか?」

「おや、当たり前の事ではないですか」

 

何が当たり前の事なのでしょうか。

トリエテリス様は自慢するように胸を張って、

 

「おつかいです」

「え?」

「だから、神様のおつかいです」

「…神様はトリエテリス様じゃないんですか?」

 

…確かに、トリエテリス様はいくつか袋を持っていますが、仮にそうだとしても神様がおつかいに行く理由が分かりません。

トリエテリス様は何故か悲しそうな顔をします。

 

「どうやらクラリス達が何か買いたかったらしいのですが、聖女には隠しておきたかったらしく、ちょうど栗拾いをしていた私に暇そうだからだと」

「えぇ…」

 

 

…ここにいるのは2人とも聖女なのですが。

トリエテリス様はこういう所が抜けたりするので良くあることといえば良くあることです。

…問題なのは、後ろから聞こえる「あの女神…」と舌打ちする声。

このままだとヒカリがクラリス様を泣かせてしまいます。何が何でも止めなければなりません。

 

「ヒ、ヒカリ!も、もうちょっと街を散策しましょ?まだ帰るには早いわ!」

「むー…そうだね」

 

…割とあっさりと、クラリス様が引きこもる可能性は抑えこむことができました。

パーティーの準備には遅れそうですが、クラリス様とパーティーとどっちが大事かと聞かれれば、それはもちろんクラリス様ですから、仕方がありません。

 

「おや、まだデートの途中でしたか」

「で、デートじゃないです!」

「おや、マジで?」

 

どうして前からだけはなく後ろからも疑問に満ちた目を向けられているのでしょうか。

 

「ひ、ヒカリっ!早く行きましょ!」

「はーい」

「GOD SUNで~す」

 

 

それから、お祭り騒ぎの中色々な所を回って。

宮殿に帰ったのは準備が半分ぐらい終わった頃でした。

 

 

──────────

 

「それじゃあ皆さんごちゅーもく!」

 

マーガレットちゃんが手拍子をして皆の注目を集めます。

 

「食事の前に、お待ちかねのプレゼント交換タイムです!」

「いえー!」

「誰からどんなプレゼントが来るのかな?にひひ」

「では、プレゼントを渡したい人から手を挙げてくださーい!」

 

皆そわそわした表情でプレゼントを待っています。

 

「じゃあ、私から」

 

まず最初に手を挙げたのはヒカリでした。

 

キラキラした目で見つめるリアラちゃんの目の前を素通りしたり、マーガレットちゃんに手渡すふりをしたりして皆をからかいながら、

ヒカリはクレティアちゃんの髪の毛に髪飾りをつけました。

 

「お?おお…?おおお?」

 

見えないのか、彼女はその場で自分の姿を見ようと苦戦しているようです。

 

「ほら、クレティア。ここに手鏡あるから」

 

それを予測していたようにヒカリは手鏡を渡します。

 

「お?おお…?おお…」

 

彼女の髪についているのは、黄色の星をモチーフにした、綺麗な髪飾りです。

彼女自身が星であることもあるのか、とても似合って見えます。

 

「どう?似合う?」

「ええ、似合ってるわ」

「えへへ…」

 

嬉しいのでしょうか、彼女の顔がだらしなく下がって見えます。

 

「じゃあ次の人ー!」

 

マーガレットが次の人を催促しますが、クレティアを含め、誰も手を挙げません。

 

「むー…じゃあ籤にしましょう!」

 

マーガレットが朝にも使った籤を持ってきます。

 

「えーと…ふむふむ…じゃあ、ソラナちゃん!」

「え、私?」

 

運悪く最初に当たってしまったのは私でした。

 

「ええと…じゃあ、リアラちゃん。こっち来てくれる?」

「私ですか?」

 

私はヒカリみたいに上手く盛り上げられないので、最初から渡す相手を呼ぶことにしました。

 

「リアラちゃん。少しだけ目をつぶってて?」

「はい!」

 

目をつぶるとは言い難いぐらいに元気よく目をつぶったリアラちゃんに隠しておいたネックレスを掛けます。

 

「はい。目を開けて」

「はい!…おおお…」

 

真ん中に青い星のモチーフの飾りが入ったネックレス。

最近はクレティアと仲良くしている彼女ですから、きっと良く似合うでしょう。

 

「へぇ…ソラナもいいもの買うじゃん」

「似たようなもの買っちゃったわね」

 

ヒカリは星の髪飾りで、私は星のネックレス。

似たようなものを買ってしまうこともあるものです。

 

 

────────

 

「次は私ですね!ノインちゃん!これをどうぞ!」

「にへ〜?ぬいぐるみ〜?」

「そうです!私の自作です!どうですか!」

「…………クマ?」

「ウサギです!!」

 

 

────────

 

「じゃあ、マーガレットには、これあげるね」

「えっと…これはなんですか?」

「…?枕だよ?」

「何故に枕!?」

「にへ。安眠グッズだよー」

 

────────

 

「えーと、次は私ですね!ヒカリさん!これをどうぞ!」

「これは…アロマ?」

「そうです!疲れた時に使ってください!」

「これ手作りじゃない?1人で作ったの?」

「いえ!試作品の研究に使えるからと、クラリス様が手伝ってくれました!」

「……」

(…クラリス様……)

 

────────

 

さて、他の3人もプレゼントを渡して、まだ渡してないのはクレティアちゃんに、渡されてないのは私になりました。

つまりクレティアちゃんが私にプレゼントを渡すことになるのです。

 

「ええとね…」

 

さて、クレティアちゃんは何をくれるのでしょうか。

まだこちらの生活にも慣れてませんから、何か凝ったプレゼントを、と無理は言えません。

 

「うーんと……あった!」

 

鞄の中を探っていた彼女は20秒ほどかけて目当てのものを探し当てたようです。

 

「はい、ソラナ!これをどうぞ!」

 

クレティアちゃんが取り出したのは、小さな紙袋。

小ぶりながらも、ちょっとした重みがあります。

 

「クレティアちゃん、これはどうすればいいの?」

「そうだね…1人の時に開けてくれると嬉しいかな…って」

 

恥ずかしそうに照れるクレティアちゃん。

彼女なりに、考えて作ってくれたのでしょう。

 

「ありがとう、クレティアちゃん」

「えへへ」

 

そんなこんなで、プレゼント交換会は終わり。

でも、まだパーティーは始まったばかりですから。

 

─────────

 

「ねぇ、ソラナ」

 

ヒカリがそうやって話しかけてきたのは、パーティーも終盤になってきた頃でした。

向こうの方では、クレティアちゃんが大騒ぎしているのが見えます。

 

「ヒカリ?どうかしたの?」

「いいや、特に何もないよ?」

「そうなの?」

 

クレティアちゃんに取っては最初の聖夜の祝祭ですから、それはもう大層なはしゃぎ様です。

リアラちゃんとマーガレットちゃんを巻き込んで、ある意味乱闘騒ぎみたいな事になっています。

 

「…クレティアはさ」

「…?」

「クレティアは、これからどうなるのかな」

 

…クレティア・ブライユ。

空から降りてきた、星の少女。

下界の知識もなく、まだ幼いです。

これから先、このエークノームで彼女どうなっていくのか、何もわかりません。

 

…でも。

 

「…どうにかなるんじゃないかしら」

「…え?」

「だって、クレティアちゃんだもの」

「ああ、そっか」

 

もうこの1月ほどでたくさんの苦難を乗り越えてきた彼女ですから。

 

「ちゃんと、私達も支えてあげなきゃね」

「助けてもらったからね」

 

気がつけば、向こうの乱闘騒ぎのような何かも収まり、あちらで仲良く喋っているのが見えます。

何気にノインちゃんも巻き込まれてますが。

 

「あーあ、今年もソラナにプレゼント送りたかったなぁ…」

「仕方ないじゃない。元々は籤で相手を選ぶんだから、二年連続で同じ相手なんておかしいでしょ?」

「それもそうなんだよね…あっ」

「どうかしたの?」

 

ヒカリが急に立ち上がります。

 

「そっか!プレゼント交換会以外にソラナにプレゼント送ればいいんだ!」

「それじゃプレゼント交換会の意味が…」

 

そもそも全員に送る程皆余裕がないから誰か1人を決めてプレゼントを送るようにしよう、としたのが今回の企画の始まり─最初の年はマーガレットがプレゼントを貰えなくて次の年から籤になったのですが──なのですから、そこで2人目に送り始めてしまってはプレゼント交換会の意味がありません。

 

「私が自由にやる事だからいいの」

「そうだとしても、送るプレゼントはどうするの?今から買いに行くわけにはいかないでしょ?」

「あー…それもそっか…どうしようかな…」

 

というか、プレゼントを送る人が目の前にいるのに悩むのはどうなのでしょうか。全部秘密にする必要はないにしろ、多少は隠して欲しいです。

 

「まあ、何かプレゼントというか、ちょっと特別なことさせてもらうからね!」

 

ヒカリは意味ありげな笑顔を見せます。

いつだって言いますが、こういう時のヒカリはいいことを考えてることもありますが、半分ぐらいは何か良からぬことを企んでいます。

…今回は何か良からぬ事を企んでいます。間違いありません。

 

 

 

─────────

 

それから、まあパーティーが終わって、後片付けも終わって。

騒ぎ疲れてしまったリアラちゃんやクレティアちゃんをマーガレットちゃんが自室に連れて行って。

 

寝巻きに着替えて、本当に寝る直前になって、私はクレティアちゃんのプレゼントを見ることにしました。

 

小さいけど、確かに重みを感じる紙袋。

 

「…何が入ってるのかしら」

 

ごちゃごちゃ言っていても仕方ありません。ひとまず、袋を開けてみます。

 

「うーん…ええと?」

 

中には、よく私が使っている紅茶の茶葉と、手作りでしょうか、ちょっと不格好ながらも努力が垣間見得るようなクッキーと、

 

一つの手紙が入っていました。

…まだクレティアちゃんは字が書けなかった気がするのですが。

 

『ソラナへ』

 

おそらくリアラちゃんの字でしょう。

彼女と一緒に書いたのでしょうか。

 

中には、これから星ながらも頑張っていくとか、どうかご指導ご鞭撻よろしくお願いしますとか、そんな当たり障りのない事が書いてあります。

 

「…ふふっ」

 

なんというか、クレティアちゃんらしい。

そんな文章でした。

 

『ヒカリと仲良くね』

 

最後はそう締めくくられていました。

 

「…もう、心配しなくても分かってるのに」

「なーにが心配なの?」

 

慌てて手紙を隠します。

ヒカリがすぐ側に来ていました。

 

「ひ、ヒカリ!?なんで」

「なんでって、ほら、プレゼントというか…なんというか」

「ああ…」

 

そういえば、そうでしたが。

ヒカリは寝巻き姿で、枕を持っているだけです。

その姿で何をするのでしょうか。

 

「せっかくの聖夜の祝祭だから、ちょっと大胆になろうと思って」

「何をするの?」

「いいからいいから。ほら、早くベッドに入って」

「うん…?」

 

ヒカリに促されるまま、私はベッドに入ります。

ヒカリは私がベッドに入る事を確認すると、

 

「よーし、それじゃ、よいしょっと」

 

素早く滑らかに、私のベッドに入ってきました。

 

「…え?」

「えへへ、どう、驚いた?」

 

驚くというかそういう話ではありません。

ヒカリの体がすぐ側に、顔が目の前にあります。

この状況は良くありません。本当に。

 

「も、もう、ヒカリ…脅かさないでよ…」

 

このままでは恥ずかしさでおかしくなってしまいます。

何とかしてベッドから逃げ出そうとしますが、

 

「ソラナ、逃げるのはダメだよ?」

「ちょ、ちょっと、ヒカリ」

 

ヒカリが離してくれません。

 

「もー、こっちだって恥ずかしいんだからね?」

「じゃあなんでやってるの…?」

「うーん…せっかくの聖夜の祝祭だし?」

 

意味が…わかりません。

 

「最近のソラナはあんまり構ってくれないもん」

「それは…忙しいから」

「だから、今日はいいよね」

「…もう」

 

確かに、仕事やらなんやらで最近は暇な時間が少ないのは確かです。

リアラちゃんもやって来ましたから。

 

「ねぇ、ソラナ」

「どうしたの、ヒカリ?」

「ソラナは、いなくなったりしないよね?」

「…それは」

 

いつ、私達が離れ離れになるのかなんて、私にはわかりません。

私が宮殿を離れるのかもしれないし、ヒカリかもしれません。

 

「…私は、ソラナと離れたくない」

「…私だって、ヒカリと離れたくない」

 

聖夜の祝祭の影響でしょうか、いつもより素直に、自分の気持ちを言葉に出来ている気がします。

 

「大丈夫よ、ヒカリ。私は今ここにいるから」

 

ヒカリの頭を撫でながら、安心させるように。

 

「来年も、再来年も、一緒だから」

「…うん」

 

そのまま、抱き合ったまま。

私達はゆっくりと、眠りに落ちていきました。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

聖女がみんな寝静まって。

消灯された暗い廊下に、一つの影が現れる。

 

「もう、その場のテンションで承諾するんじゃありませんでした」

 

赤と白を基調とした少し華やかな服に、身を包んだ彼女は、少し膨らんだ白い袋を手に、廊下を進む。

 

「…来年からはトリエテリスとかそこらへんにやらせましょう。本当に」

 

音を立てて聖女を起こさないように、ゆっくり慎重に、かつ大胆に。

 

「まずはノインとかそこら辺りにしましょう。目を覚まさせると厄介ですから」

 

一人の聖女に一つずつ。

聖界の神で悩みに悩んだプレゼント。

それをこっそりと、枕元に置いていきます。

 

ノインに。リアラに。(聖女ではないけれど)マーガレットに。クレティアに。

 

「ヒカリは…あら、いませんね」

 

ヒカリの部屋は空室だった。

 

「じゃあ、先にソラナの部屋に行きましょう」

 

 

 

 

 

「ソラナは…と、ここにヒカリもいるじゃないですか」

 

ヒカリはソラナの元で満足げに眠っている。

 

「…でも、彼女達は一緒の方がいいですね、ちょうど」

 

サンタに扮した女神は、こっそりと、枕元にプレゼントを置いていく。

 

 

 

 

 

小さな、銀色のペアリングを。

 




誤字等あればよろしくお願いします。


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一夜だけの、素直なありがとうを。

いつもは素直になれないけれど。今夜だけは。


 

「今日から自由だーっ!」

 

朝からクレティアの元気な声が響く。

12月24日。聖夜の祝祭の前の聖夜の試練が前日に終わったからか、聖女は皆、憑き物が落ちたような表情をひていた。

 

「今回はひときわ楽でしたね!」

「去年が辛すぎただけじゃないかな………いつもこれぐらいだよね、ソラナ?」

「そうね、楽に感じたのは確かだけれど」

 

でもね、とヒカリはクレティアとリアラに向かって言う。

 

「今年聖女になれたからって、2人は気が緩みすぎだと思うよ?聖夜の試練だって聖女の果たすべき使命なんだから、しっかりやってもらわないと」

「はい…反省してます…」

「特にクレティアは。魔法使いさんが来なかったからって、その後に引きずりすぎじゃない?」

「だって来てくれると思ってたし………むう」

 

異界への移動は魔法使いの手で制御できるものではなく、魔法使い自身もいつどこに行くのか知らないのだが、それを彼女は少しむくれた表情をする。

 

「でも!今回はちゃんと終わったからいいじゃないですか!湿った空気はやめてはやくパァっと景気良くやりましょうよ!ね、クレティア!」

「………マーガレットまで熱いのはいいかなぁ」

「そんな!?じゃあノインさんはどうですか!」

「にへ〜…私は眠いから寝るね〜…おやすみ〜」

「ノインさんまで!?あんなに張り切ってたのに!」

 

今年もはっちゃけたサフィナと2人で騒ぎ合うだろうマーガレットはほっておいて。

 

「…確かに、ノインちゃんは今回頑張っていたわね」

「そうだよね、おかげで早く終わったようなものだし…でもなんでだろう、なにかやりたいことでもあったのかな」

 

ヒカリはしばらく思案したが、ノインが頑張るような理由は思いつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「そこちょっとズレてない?」

「にへ…」

「ほら、あと少しなんでしょ?余裕ないんだから急ぎめじゃないと」

「もう疲れたよ…にへ…」

 

フラクタルの自室。まだ皆が食堂で談笑してる頃。

ノインはフラクタルと一緒に編み物をしていた。

 

「あと…少し…」

 

知識として知ってはいたけれど、実際やってみると上手くいかない。

そんな状況に時間が迫っているというのもあって、彼女はかなりやきもきしていた。

 

「でも始めた時よりはかなり上手くなったんだし、このままいけば時間通りには終わりそうなんだから、そんなに焦ることないんじゃない?」

「にへー…でも…」

 

フラクタルの膝の上にちょこんと座り、編み物を続けながら、ノインは自分の上にある顔を見上げる。

 

「早めに完成させておかないと、包装とか綺麗にできないでしょ?」

「あー…確かにそっか」

 

いくら大賢者といえど、なんだか健気な子供みたいで。

一生懸命編んでいるマフラーとにらめっこしているノインの頭を撫でる。

 

「いつも見守ってくれてるあの子のためだもんね?」

「むー…うるさい」

 

ちょっと照れくさそうにむくれるところもなんだかいつもより子供っぽくて、可愛らしい、と心の中でフラクタルは密かに思った。

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

今日やるべき事が全て終わり、様子を見ようとノインの部屋に寄ったヒカリは、彼女がいないことに気がついた。

 

「もう起きたのかな?ノインにしては早いような…」

 

そこまで考えて、もうひとつ。

 

「あれ?もしかして…ノイン、寝てない?」

 

明らかにベッドにもう一度寝直した跡がない。何度も起こしに行ったヒカリだからこそわかる事だけれど──

 

「…怪しい」

 

何か企んでいるのだろうか。もしくは渾天儀をまた使おうとでもしているのか…等と考えてしまう。

 

「最近はだいぶ大人しくなったし、イタズラをするようなタイプでもないはずなんだけど…」

 

─じゃあなんで寝てないんだろう?

 

疑問は深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

通り道でソラナに尋ねてみたけれど、見ているはずもなく。

最近ならシャイアがノインと仲良いから、何か知っているだろうとヒカリは彼女の部屋まで来ていた。

 

「これと…これで……」

 

──のだけれど、明らかにノインがいた。何かの作業をしているのか、集中しているような声が聞こえる。

ついでにシャイアがいるような気配も感じる。

 

「……」

 

やはり怪しい。悪巧みではなくとも、何かをしているのは確かだった。

ちらりと部屋の中を覗いてみる。

 

ベッドの上にシャイアがいて、その膝に座ったノインが何かに奮闘している。

ノインは集中してて気がついていないようだったので、近づいて見ようとして──

 

シャイアに止められた。

彼女の方を見ると、口元に手を当てた状態で。

 

「(…なるほど)」

 

流石にそう言われた上で無理矢理見るというのもノインに失礼だろう。

ヒカリは気になりながらもこっそりと部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…完成!」

「ほら時間通りでしょ?そんな焦らなくてよかったのに」

「にへ!」

「…ふふ…それじゃぁ…これ着る準備しないとね…」

「にへ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ノインが何をしていたのかはわかる事なく。

ヒカリはソラナと喋りながら夕食を取っていた。

 

「ねえソラナ」

「…どうしたの?」

「ノインが今何やってるか、心当たりってある?」

「うーん…」

 

ノインは少し反対側のテーブルで、シャイアと何か会話している。シャイアがおちょくってノインが少し顔を赤らめながら言い返したり。恐らくあの事について話してるのだろうけれど。

…少し仲間外れにされて寂しい気もする。

 

「私には心当たりはないけど…やっぱりノインちゃんが一生懸命取り組んでるなら、あまり茶化さない方がいいかもしれないわ」

「そっか…それもそうだよね」

 

反対側のテーブルを見る。

ノインがマーガレットに絡まれて、シャイアに助けを求めている。シャイアは助けることなく、面白そうに笑っているだけだ。

 

「…ふふ、ヒカリってば子供みたい」

「むぅ…」

「そんなに焦らなくても、ノインちゃんはヒカリを仲間外れになんてしないと思うわ」

「そうかもしれないけど…」

 

手持ち無沙汰に反対側のテーブルを眺める。

たまらなくて逃げ出したのか、テーブルには笑っているシャイアだけだった。

 

 

 

 

 

帰りにノインの部屋を覗いたけれどノインはいなくて。

これ以上詮索するのも野暮なのでヒカリは自室に戻ろうとしていた。

 

「私に相談できないってなんだろ…」

 

さっきからノインの事ばっかり頭に浮かんでいる。自分よりシャイアが選ばれたのが悔しかったのだろうか。そんなことを考えながら自室に戻ろうとして──

 

「(…?)」

 

自室のドアの前に誰かがいる気配がした。

角から顔を出して様子を見ると、

 

「…遅い」

 

何かを大切そうに抱えた、赤い服の姿があった。

時期的にサンタ服だろうか。

クレティアではない。彼女はもう少し大きい。

マーガレットでもない。彼女には羽がある。

リアラ…でもない。イヴは家で過ごすと言ってもうここにはいない。

となると───

 

「…ノイン?」

「ひゃう!?」

 

サンタ服の姿が勢いよくこちらを向く。その顔を見れば確かにノインだった。

 

「…ヒ、ヒカリ!?私は何もしてないよ!?」

「いや特に咎めるわけじゃないんだけど…こんな所で何してるの?」

 

彼女は抱えていたものを後ろに隠しているが、特にやましい事がある…というわけではなさそうだった。

 

「…私の部屋の前なんだから、私に用があるんでしょ?恥ずかしがることないんじゃない?」

「にへ…」

 

少し恥ずかしそうに俯くノインというのはなかなかに珍しい…というのはおいといて。

そろそろどういうことか分かってきたので、彼女を急かし始める。

 

「…早くしないと、誰か来るかもしれないよ?」

「…っ!…ヒカリ、これ…」

 

ノインはすっと綺麗に包装されたプレゼントを差し出す。所々歪んでいるのは彼女の手作りだからだろうか。

 

「…メリー………クリスマス、いつも………ありがとうって」

 

それだけ言うと、ノインは顔を真っ赤にして止まってしまった。いつもは小生意気なのに、時々健気な姿を見せてくるのはずるいと思う。

 

「…プレゼント、開けてもいい?」

「…うん」

 

包装を丁寧にといて、中のプレゼントを確認する。

 

「あ、マフラー…」

 

そういえば、今年は寒いのにマフラーとかないっていつか愚痴ってたっけ。

 

「…うん。ありがとうね、ノイン」

 

お礼にと、サンタ帽の上からノインの頭を撫でる。ただでさえ赤い顔がさらに赤くなって。

 

「─────~~~!」

 

耐えられなくなったのか、走って自室の方に行ってしまった。

 

「…ふふ」

 

自分の顔もなかなかに面白いことになってるんだろうな、とヒカリは思った。

 

 

 

 

 

「…うん、あったかい」

 

室内だろうとお構いなく。自室でマフラーを付けてみる。所々歪だけれど、ちゃんと心を込めて作られた温かさがある。

何より、ノインが作ってくれたと言うだけで顔が綻んで仕方ない。

 

「…ふふ」

「あら」

 

そんな時、ソラナが部屋の前を通った。彼女もヒカリを見て察したのか、すぐに笑顔になって。

 

「…そのマフラー、誰から?」

「えっとね──」

 

ソラナにも話すことにしよう。

小さくて健気なサンタさんのお話を。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

ノインは自室でベッドに突っ伏していた。服も着替えず、サンタ服のままで。

 

「ノインにしては、頑張ったんじゃない?」

「にへー…」

 

精魂尽き果てたのか、フラクタルが茶化してもまともなリアクションはない。

 

「ちゃんとプレゼント渡せて良かったね、ノイン」

 

最初にノインが一生懸命相談してきた時は驚いた。大賢者であっても、知識はあっても、ちゃんと子供らしさは持ってるものだった。

 

「はい」

 

そのまま眠ってしまったのか、返事のないノインの枕元に、こっそりプレゼントを置く。

 

「メリークリスマス、ノイン」

 

風邪を引かないように毛布をかけて、彼女だけのサンタクロースは部屋を去った。

 

 




1年に1話しか投稿できない病気にかかってしまってな……………………………すみませんもっと増やしたい


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少女の恋慕は時の輪を超えて(前編)

この時期に出すのは間違ってると思うけど出す(魔道杯テンション)

主人公の黒猫の魔法使い(男)が出ます。ご注意ください。


──どうしてこうなったんだろう。

 

後悔で埋め尽くされた胸にそんな思いが飛来する。

 

──魔法使いさん。

 

──私は、どうすればいいんでしょう?

 

これは、夏に別れを告げる前日譚。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼との出会いはとても単調だった。…その後行った状況説明に比べればの話だけれど。

 

「な──」

「──これが、この世界で起きていることです」

 

目の前には、昨日も見た祭りが準備されている。

もはや見慣れた光景だった。

 

隣のカヌエは慣れた──いや、そもそも人間ではないのだから、慣れる以前に感情を動かしてすらいないのかもしれないけれど──ようで、呑気そうに座っている。

 

「詳しいことはまだわかりません。なにが理由で、こうなっているのかも。ただ──」

「──1日が繰り返されている。何かの条件で」

「…はい」

 

今はまた朝、それも早朝に近い時間だ。流石に祭りと言えども、こんな時間から活動する人間は少ない。

 

「…このまま放置すれば?」

「いずれ”時”が死にます。そうなってしまえばこの異界ともども終わりです」

「……重い任務にゃ…」

 

魔法使いさんはまだ頭の整理が追いついていないようで、少し呆けたような顔をしている。

 

「繰り返しに巻き込まれる時、普通の人は記憶を失います。…が、カヌエの力を借りて作ったその手帳にその日の出来事を書くことで記憶を保持することが出来ます」

「…縁結びって、結構なんでもできるにゃ」

 

魔法使いさんの肩の上にいる猫──ウィズさんはある程度慣れているのか、冷静に状況を分析している。

 

「──どうして僕が?」

「知り合いからの推薦です。あなたなら、と」

「また勝手な…」

 

私は彼に向かって手を出す。

 

「重い使命なのは承知の上です。その上で──お願いします。どうか、私達を助けてください」

「──うん…うん。そう言われると、断れないね」

 

…彼なりに踏ん切りがついたのか、苦笑いを浮かべながらも、私の手を取ってくれた。

 

「──ありがとうございます」

 

 

こうして、私達はともにこの状況を終わらせるために動いた。

流石に細かいところまでは覚えていないけれど、その中で、黒猫の魔法使いという存在に興味を持ち始めたのは確かだった。

人助けを好んで─もはや過剰と言えるほどに─する彼の姿は、今まで見てきたどんな異界の人とも違って見えた。

 

「魔法使いさんは、どうしてそんなに人を助けるんですか?」

 

そんな質問を、いつかした記憶がある。

彼は確か──

 

「魔導士は奉仕者であれって、昔教えられたからね」

そう答えた覚えがある。

 

それだけじゃないだろうとその時は考えたし、今だってそれだけじゃなかったのだろうと考えている。

その時は、彼をここに連れて正解だとも思ったし、彼は辛い思いをするだろうとも思った。

 

事実、彼は少しずつ疲弊していった。

何も変わらない現実に。

繰り返される毎日に。

散りばめられた矛盾に。

 

でも不思議なことに、そんな彼を見て心を痛めている私がいた。

今まである個人に対してそんな感情なんて持ったことがなかったから、驚いたものだ。

あの時は彼がいい人だからこそ、彼が傷つくのに罪悪感を抱いてるのだろうと考えていた。

けれど、おそらく──

 

 

──あの時から、私は彼に恋していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ごめんね、セティエ。

 

消えたくないと主張する自分を隅にやって、前を向く。

 

──でも僕はまだ諦めたくないから。

 

──だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくはいつも通りの日々があって。

 

恐らく、100を超えて5回ほどだっただろうか。

唐突に魔法使いが寝室から出てこなくなった。

 

「──そろそろ限界かもしれないねぇ」

「もとから抱え込む癖のある子にゃ。今は、ほんの少し休ませてあげて欲しいにゃ」

 

カヌエとウィズさんがそんなことを言っていた。

 

「では、今日は私1人で調査をしてきます。その間、カヌエは魔法使いさんを見ていてもらえますか?」

「無理はしないようにねぇ」

 

100日を超える──実際は一日だけれど──調査の結果として、様々な事が分かった。

 

ループしているという奇妙な状況下により、人間の状態や配置だけが元に戻るようになっている事。

環境が少しずつ変化したりするが、あまりに大きく変わると元に戻そうと力が働くこと。

 

そして、アリスという少女が様々な条件で死ぬ光景を見る事。

 

100回で知るにしては多くのことが知れた。これも魔法使いさんの努力の賜物だと言えるだろう。

──代償として、魔法使いさんの精神が擦り切れてしまいそうになったのは仕方の無いことだと思う。

 

だからこそ、魔法使いさんを休ませて、回復するまでは暫くはセティエ1人でやろうというのが、当時の方針だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…魔法使いさん、入りますよ」

静かにドアを開けて、寝室に入る。

 

ベッドの隅に、何かに怯えるように、魔法使いさんは座っていた。

 

「…調子はどうですか?」

「……」

「…休めてますか?」

「……」

「…そうですか」

 

返事はない。

彼なりに耐えようとは頑張っていたのだろう。

それでも、あくまで常人の域を出ない彼の精神は、最後まで耐えられなかった。

 

「…セティエさん」

「…なんですか?」

 

彼の目がこちらに向けられる。怯えた、子供のような目だった。

 

「──僕は、あと何回、アリスを殺せばいい?」

「…魔法使いさんが殺した訳では無いでしょう?」

「見殺しにした。助けられるのに助けなかった。…それは、殺すのと同じじゃないのか?」

「──っ」

 

予想していたことだ。彼がアリスという少女の死に罪悪感を抱いていたのは見ればわかる。彼がお人好しだからこそそれが一番苦痛であることも。

 

「…セティエさん、お願いがあります」

「なんですか?」

「…僕を、元の世界に戻してもらえませんか?」

「…」

 

──これも予想していた。自分が使い物にならないと分かったからこそ、彼は自分を見捨てるのだ。

でも、その願いだけは、絶対に──

 

「………いえ。それはできません」

 

聞き入れることは出来なかった。

 

「どうして!?もうこれ以上使い物にはならないでしょう!?元の異界に帰すことはできないとしても、もう僕に構う必要はない!」

 

胸倉を掴まれる。彼は自分のためではなく、他の皆のために、見捨てられることを願っていた。カヌエがいたなら、元の世界に帰そうとしてくれたに違いない。

 

「──使い物にならないなんて言わないでください」

 

でも、それは私が許容できない。

 

「アリスさんの死にあなたが苦しむのは連れてきた私のせいです。…他の全ても全て私の責任です。全て」

「…っ」

 

魔法使いさんは止まっていた。いや、戸惑っていた。

……なぜ?

 

「…あなたは悪くありません。悪いのは全て私です。恨んでも、憎んでも、傷つけても構いません」

 

原因は私だった。

気が付かないうちに、大粒の涙を流して泣いていた。

魔法使いさんにいなくなって欲しくない。

初めての感情が溢れて。止められなくて。

 

「ですから、どうか。どうか───」

 

──知らないうちに、私も、限界だった。

 

「──私を置いていかないでください」

 

 

 

 

──恋なんて、私は知らなかった。

 

時界での仕事の中で異界の人々の営みに愛しさや悲しさを覚えることはあったけど、それとは違う。

 

魔法使いさんとずっと一緒にいたくて。魔法使いさんの全てが愛しくて。

魔法使いさんと離れることが泣きだしそうになるほど怖くて。

 

「お願いします。どうか、私から離れないで──」

 

必死だった。先程の魔法使いさんにも劣らないほどに。

今魔法使いさんを失ったら自分が壊れてしまう自信があったから、ある意味生存本能だったのかもしれない。

 

そんな必死な私を──

 

「…うん」

 

彼は静かに抱きとめてくれた。

彼なりに少し落ち着いたのか、優しく頭を撫でてくれる。

 

「──あっ…あぁ…」

 

涙が止まらなかった。

嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらなかった。

 

「好きです。魔法使いさん。好き──」

 

愛の言葉一つ吐くだけで心の中に幸せが溢れて。

これが、愛情というものなのだと。これが人としての幸せだと。

 

やっと、知ることが出来た。

 

 

「…落ち着いた?」

「…最初落ち着いて無かったのは魔法使いさんじゃありませんか?」

「…あはは、確かにそうだ」

 

2人でベッドに腰掛ける。魔法使いさんも私自身も、自分の感情を吐露できたからか、幾分か気分が楽になったようだった。

 

「アリスの死にいちいち責任を持っていても事態は進展しない。よく考えたら当たり前だ」

「…そうですね」

「…早くこの状況を打破することに集中しないとね」

「……そうですね」

 

そっと彼に抱きつく。まだ彼が無理しているのじゃないかと感じてしまう。気がつかないうちに彼が離れていってしまうのではないかと考えてしまう。

 

「──無理はしないでくださいね?助けが必要になったら、いつでもなんでも頼ってくれていいですから」

 

そういえば彼から返事を貰ってないな、と抱きつきながら思った。結局自分が滅茶苦茶に告白して終わっただけではないか。

 

「──魔法使いさんは、私のこと好きですか?」

「…急にどうしたの?」

「ほら、だって、返事貰ってません」

「…あぁ」

 

抱きとめてくれたのが返事みたいなものだと言われればそうなのだけど。むぅと膨れてアピールしてみる。

 

「そうか。仕方ないなぁ」

 

魔法使いさんは笑う。

 

「ほらこっち向いて。ちゃんと返事はするから」

「そうですか。それなら──」

 

上を向いた私の口が塞がれた。

 

──思考が止まる。

柔らかい感触が唇にある。

……どうして彼の顔が目の前にあるんだろうか?

 

……だんだんと顔が赤くなるのがわかる。これはキスなのだと、脳が理解していた。

私は今、彼と、キスをしている。

 

数時間のようにも、数秒のようにも感じられた。

唇が離れていくのがどうしようもなく惜しかった。

 

「…今のが返事って事で」

「……はい」

 

彼自身も恥ずかしそうだったのを見て、私と同じなのだと、とても嬉しかったのを覚えている。

 

 

「…どう、ですか?これ、似合ってますか?」

「………うん。とても綺麗だよ」

 

魔法使いさんの前で新調したワンピースをお披露目する。彼の反応はとても良い。

 

「…もっと褒めてくださいよ」

「…正直に言うと、可愛すぎて目が離せない」

「…えへへ」

「──惚気だねぇ」

「完全に世界に入ってるにゃ」

 

魔法使いさんに褒められるだけで、幸せすぎて天に昇るような心地になってしまう。もう完全に虜になっているのだな、と感じた。

 

「迷ったかいがあったねぇ、セティエ」

「はい!」

 

カヌエの提案──なぜか告白したのもバレていたし、成功したのもバレていた──で、少しの間だけ休んで英気を養う、ということになって。

 

ならせっかく恋人同士になったのだからデートしよう、という思考になって──今に至る。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

2人で手を繋いで最初の1歩を踏み出しながら、私はこれから先の幸せに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──2人で背負い込みすぎなんじゃないかい?

 

神として、されども2人の友人として、彼女は思う。

 

──あの2人が上手く行きますように。

 

──…私は誰に願ってるのかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、暫くした後。

私達は、この異常事態の原因を突き止めた。

 

「なるほど、ソラが。そりゃあなんとでもなるねぇ」

「アリスが死んで、それに耐えられなかったサマーがソラに頼んだ、と」

 

原因はわかった。その上で考えれば対策は簡単だった。

 

「僕がサマーとアリスを魔法で保護する。その上で呪いを受ければ、ソラも納得するし、解決の方向に向かうんじゃないかな?」

「…確かに、問題はなさそうですね」

「…なーんか怪しいけどねぇ」

「一応、予想外な事に向けて準備はしておくにゃ」

 

後から考えれば、私はここで止めるべきだったけれど、その時の私には止める理由がなかった。なんだか嫌な予感がしても止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ」

「魔法使いさん!」

 

──だから、これは私に対する罰なのだろう。

 

サマーとアリスは魔法使いさんが守った。だから、これで終わるはずだったのに。

 

「────、───!」

 

無限回帰の法則。今まで死んだアリスの亡霊。それらがソラに取り憑いてからだった。

カヌエの力を合わせても3人では、2人を守りながらあの怪物を止めきれない。

 

私だって戦えないことはない。最低限、脅威を排除する力は持っていた。けれど、そんな力では彼を援護するのがやっとだった。

 

「どうすれば…」

 

その時、怪物と化したソラの目がこちらを向いた。

 

「──!」

 

避けられない。肥大化したソラの爪が振りかぶられて──

 

「──ガッ!?」

 

──何かがソラの顔にぶつかった。ソラはすぐさまそれを爪で切り裂く。

見たことのあるもの。

 

魔法使いさんの、手帳。

 

「何セティエに手出そうとしてるんだ」

 

カードを構えてソラと対峙する。

 

「お前の相手は…僕だ」

 

ボロボロなのに。もう立っていることすらやっとなはずなのに。

まだ立っている。

 

「二人とも!」

 

同時にカヌエが駆けつけてソラの前に対峙する。

 

「サマーとアリスは!?」

「安全なところに運んだから安心しなさいな!」

 

カヌエはそう言いながら暴れるソラの攻撃をひらりと躱す。

 

「後はソラを止めれば──」

 

因果関係がめちゃくちゃになっている今、このまま耐えるだけでは時間が輪を結んだという結果が変わらない。

だからこそ、ソラを今の状態から止める必要がある。

 

 

しかし──いや、良く考えれば当然なのか──

 

「───!」

 

 

「なっ──」

ソラの身体をした怪物は、何かに吸い込まれるように姿を消した。

 

 

 

──朝日が、昇り始めていた

 

 

 

 

 

「…時間切れだねぇ」

 

ポツリと、カヌエがつぶやく。

この場の誰にも、ここから巻き返すことは出来ない。

 

「──僕達の、負けか」

「…どう…して」

 

もう次はない。魔法使いさんが手帳を囮に使ったから。

次はもう、魔法使いさんがいないから。

 

どうして私はもっと戦えなかったんだろうか。

どうして自分を守る力すらなかったのだろうか。

後悔だけが、自分の胸を埋め尽くしていく。

 

魔法使いさんと、カヌエと、ウィズが会話してるのが聞こえるけれど、何を言ってるのかも、分からない。

 

──もう無理だと思った。

いっそこの事、魔法使いさんと一緒に記憶を失ってしまうことが出来ればよかった。でもできない。時の管理者なんていう身に合わない地位を持っているから。

私は、どうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

少しの間を置いて、彼の足音が聞こえた。

 

「セティエ」

「…なん…ですか?」

「いいから。セティエ、顔上げて」

「え───」

 

懐かしい感触。彼の匂い。すぐに、彼に抱きしめられているのだと分かった。

少し心が落ち着く。後悔ばかりの胸が、少し楽になる。

 

「時間がないから、落ち着いて聞いて欲しい」

「…はい」

「僕は一旦、記憶を失うかもしれない。でも、だからこそ僕に出来ることがあると思ってる」

「…はい」

「僕は可能な限り理想的な状態でもう一度この状況を作れるようにしたい。セティエにも協力してほしいんだ」

 

私はただひたすらに今の後悔だけをしているのに、彼はもう、自分のいない未来のことを見ていた。

 

「…無理です」

「…どうして?」

「だって、魔法使いさんがいないじゃないですか。私は、あなたと一緒だから頑張れたのに」

「…」

「あなたといられないなら、いっそこのまま──」

「セティエ」

 

口を指で押さえられる。

こんな時でも、魔法使いさんは笑顔だった。

手は、魔法使いさんの手は震えているのに。

消えてしまうのが、怖いはずなのに。

 

「…なら」

「…?」

「一つだけ、約束してください」

 

勇気を振り絞った魔法使いさんに、私が出来ること。

 

「いつになっても構いません。だから、必ず、私の事を思い出してください。それだけです」

「…」

「魔法使いさんのために、なんだってしますから。それだけ、約束してください」

「そっか………」

 

魔法使いさんは少し困ったような苦笑で空を見上げる。愛情の重い女だと思われたのかもしれないけれど──

彼はしばらくすると一人で頷いて、こちらを向いた。

 

「わかった。必ず、君のことを思い出すから。それまで待ってて」

「はい。…約束ですよ?」

「うん、約束」

 

それを聞いた私はそのまま何も言わず。最後の瞬間まで、彼にしっかりと抱きついたまま──

 

 

 

──長い、一日を終えた。

 

 



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少女の恋慕は時の輪を超えて(後編)

前から1年3ヶ月らしい。怖いですね。

主人公の魔法使い(男)が出ます。引き続きお気をつけください。

※エターナルクロノス3のイベントのストーリーをかなり端折っているので、読むとさらに読みやすい…かもしれない。尚3年前のイベント


 

「……あった」

 

人のない路地に、それはあった。

少しだけ傷ついてはいるけれど、カヌエの加護のおかげか大きな傷はない。

 

「もう、どうして投げちゃうんですか……」

 

あの人がいない今、これが唯一、彼の存在を示すもので。

どうしようもなく愛しくて。

どうしようもなく寂しくて。

 

「……魔法使いさん」

 

命より大切なもののように、それを抱える。

 

「私、ずっと待ってますから」

 

─だから、───────。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかにゃ」

「どうしよっか……」

 

僕は、ほとほと困り果てていた。

 

飛ばされた異界で、情報を求めてサンザールの街に来たところでエターナルクロノスの面々に出会った。そこで頼まれて、ユッカを助けるためにゴンドラレースに参加したのだ。

それに負けてしまったから、次は少し時間を戻して並行して開催されるウォーター戦というものに参加しようという話になったのだけど、ある程度戻ってウォーター戦まで時間を潰そうという話になったのだけど。

 

──特にやることがない。

 

 

「──おや、さっきのお客さん」

 

背後から声。振り向くと、前に乗ったゴンドラの漕ぎ手の少女がいた。

 

「どうしたのかい。もしや既に街に迷ったのかい?」

 

時間を戻しているとはいえ、この時にはもうゴンドラからは下りていただろうか。彼女にとって、僕達はゴンドラから降りた後、何故かここで立ちぼうけしている変人なのだろう。

 

「いや、そういうことでは───」

「私もいまいち道は分かってないから頑張ってねぇ」

「…………」

「どうしてここで生活出来ているにゃ……」

 

実際、道は知らないので誰かに聞きたいのは確かだった。でもそもそもの目的地がない。

 

「……適当にそこら辺のお店に入ってみよっか」

 

そうウィズに言って歩きだそうとして、

 

「……あのっ!」

 

後ろから声をかけられた。

振り向く。ほんの少し小柄な少女がいた。

 

「ええと、困っていらしたようなので。どうかなさいましたか?」

「──」

 

ピリッと、何かが走ったような気がした。

違和感。より詳しく言えば、既視感。

──この少女を、僕は知っている。

 

「──時間を持て余していて。どこかで暇を潰したいのだけども」

 

記憶の限りでは会ったことは無いのだ。そんな矛盾があるはずない、と違和感を心の底に沈め、彼女の問いに答えると、彼女はパッと明るく笑った。

 

「─ああ、そうでしたらバナナパンケーキなどいかがですか?ちょうど私も行くところなんです。お腹が空いているなら、ですけど……」

「バナナパンケーキ、確かあの船頭も言っていたにゃ」

 

そういえば、のんびりした声でオススメされた記憶がある。小腹も空いているしちょうどいいだろう。

 

「それじゃあ、お願いしようかな」

 

 

 

 

 

 

「あっ、エリテセ!待っていましたよ!」

 

彼女が店に入るなり、右側の席に座る少女が立ち上がった。

 

「……にゃっ!?」

 

ウィズが驚いたようにぶるりと震える。顔には出さないようにしたが僕も驚いた。なにせ──

──少女がユッカそっくりだったのだから。

 

「すみませんサマー、外で他の人と話していまして」

「なるほど。それで、その方は?」

「旅人の魔法使いさんです。一緒にバナナパンケーキを食べましょうとお誘いしました」

「まあ!それは素敵ですね!」

 

元気な所は似ているけれど、口調が丁寧だったりと、ユッカとは違う部分も見かけられる。この少女がエターナルクロノスに来る前のユッカ、なのだろうか。

 

「それならどうぞ!旅人との縁はカヌエ様からの賜りものですから!」

 

この少女がこれからソラに呪いをかけられる。それを止めるために時計塔の皆はここに来ている。少し体が強張った。

 

「ここのバナナパンケーキは絶品なんですよ!」

「ふむ」

「ちなみにオススメのトッピングはですね───」

 

ユッカ──いや、サマーが饒舌にオススメのトッピングを語り出す。いかにも神聖な御子といったホリーとは真逆の、親しみやすい、まさに太陽のような御子だ。

しっかりとサマーの話を聞きながら、隣の少女に意識を向ける。

 

「……サマー、旅人さんは困ってらっしゃいますよ」

 

サマーはエリテセ、と呼んでいた。口ぶりから見て、サマーの従者だろうか。

──違う。何が違う?

 

 

 

そうだ、彼女は、そんな名前じゃない。

 

 

 

どうして、私には人格というものがあるのだろう?

 

見てるだけで、こんなにも心が苦しいと言うのに。

 

──でも、もう終わる。

 

 

 

結局、ウォーター戦でも勝つことは出来なかった。

どこかに抜け道があって、そこを抜かれたらしい、とヴァイオレッタは言っていた。自分は目の前の敵は全員倒した、とも。

 

「──まあ、仕方ないにゃ」

「仕方なくないんだけど……」

 

火を消されず灯台に辿りついた僕はというと──

 

 

 

──何故か路地裏に身を潜めていた。

 

 

 

「やけに雰囲気が出てるにゃ。ほんとに前世は人攫いだったにゃ?」

「そんなわけないでしょ……」

 

結局のところ、ゴンドラ戦もウォーター戦も勝てないのだからヴィジテ側の勝ちは揺るがないわけで。

じゃあどうするのか、という話になった所で、サマーを攫って1日どこかに隠しておく、という案が出たのだ。

確かに名案ではあった。誰が攫うのか、という話になって、僕がやることにならなければ。

 

「警備は厳重、ってわけでもなさそうだね」

「恐らく、目に見える形じゃなくて隠れて警備しているにゃ。祭の中でそんなに堅苦しい姿を見せる訳にはいかないんだろうにゃ」

「それもそうか…」

 

前、彼女とここでパンケーキを食べた時は、鐘が鳴ったちょうどぐらいに店を出ていた。タイミングは覚えている。出てきた瞬間に近づいて、魔法で眠らせて抱えて走るだけ。それだけだ。

 

「あれ」

 

懐にしまってあるカードを取ろうとして、あることに気がついた。

 

「1枚ない……?」

「……キミ、それは魔法使いとしてあるまじきことにゃ」

「いや、確かに昨日まで持ってたし出した記憶もないんだけど……」

「落としてたりしたら超最悪にゃ」

「……これは後にして今は集中しよう」

 

カードの不足はいつでも深刻な事態ではある。すぐにでも探しに行きたい気持ちもあったが、それでも時間は待ってくれない。

鐘がなるまで静かに待ち続け、

 

鐘が─────

 

 

 

 

────鳴った。

 

すぐさま駆け出す。反応する気配が複数。ウィズの言う通り、護衛は隠れて警備していたらしい。

 

走りながら魔法を詠唱する。店を先に出るのがサマー。ならばこそ、従者が気づくより前に魔法を当てる。

 

覚えていたタイミング通り、目の前の扉が開く。話しながら出てきた人に即座に魔法を当てる。そのまま抱えて走りだそうとして──

 

その奥の少女と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サマーと目が合った。

 

「──ひっ」

 

明らかに怯えた表情。自分は今どんな顔をしているだろうか。暗殺者のような無表情にでも見えているのだろうか?

 

「……サマー、行って!」

 

腕の中の少女──エリテセを名乗る従者が振り絞った声を上げる。

 

「……っ!」

 

サマーが走り出す。掴もうとする手は届かない。

 

「……テタニア!」

「──はっ!」

 

周囲の群衆の中から一人がサマーの後を追う。

 

「……ふふっ。まだ、ダメですよ?」

 

無事役目を遂行した彼女は、こちらの考えを見通すかのようにふんわりと笑った。

 

「君!はやく追うにゃ!」

 

ウィズの声で我に返る。既に多くの群衆に囲まれていた。この人数を押し分けて進むのは難しいだろう。

 

「上にゃ!」

 

ごめんなさい、と従者をゆっくりと地面に寝かせて即座に魔法を詠唱して、跳躍する。

従者は展開に似つかわしくない、穏やかな寝顔をしていた。

 

 

 

 

「……最悪の展開にゃ」

 

従者はわかっていた。自分がここに来て、サマーを狙うことを。だから先に出てわざと受けたのだろう。

 

サマーの身体能力はそれほど高くないのか、サマーと護衛の2人はすぐに見つけられた。

 

「──御子様は先にお行きください」

「…はっ、はい!」

 

こっちを察知した護衛がこちらに向かってくる。

得物はレイピアに近い形をしている。

 

「ウィズ!追って!」

 

声を聞くなりウィズは何も言わず飛び降りて駆け出す。

護衛は気にも止めない。猫だけではどうも出来ないという判断だろう。

 

時間はかけられない。魔法を3つ詠唱する。

 

一発目。横振りの剣で弾かれる。

二発目。体を逸らして避けられる。

三発目。もう一度剣で弾かれる。

 

相手は懐に潜り込まれることを明らかに警戒していた。以前に似たような相手にやられたのだろうか──そんな思考を走らせながら、

 

強化魔法を使って前に飛んだ。

 

警戒している所に真正面から突っ込む。相手は驚きながらもしっかり迎撃体勢を取る。最善の手だろう。

 

──だからこそ、読みやすい。

 

相手の剣の間合い手前で急停止。世界が止まったかのように、相手の動きも止まる。

 

そこで再加速。停止からの加速の差で、相手の意識を置いていく。

 

「……っ、待てっ!」

 

後ろは振り向かず真っ直ぐ走る。今回の目的は護衛の無力化ではない。サマーを捕らえた後そのまま逃げられればいい。

 

猫の鳴き声──ウィズの声がした方に駆ける。

サマーの背中をもう一度捕捉する。彼女は大通りに出ようとしていた。

 

どこかで見た事のある景色だった。どこか覚えのある景色だった。

 

予感がして、後ろを振り向けば、

 

見知った少女──アリスが、落ちてきていた。

 

 

 

ああ、今日も一日が回る。

 

一体何日目だろうか。数えるのはやめてしまった。

 

彼は、次こそ彼女を救えるだろうか。

 

 

実は僕は異変の解決のために呼ばれて、助っ人として戦っていたけれど手違いで記憶を失ってしまっていたんです──といきなり言われて信じることが出来るだろうか。僕は出来ないと思う。

 

「──はい。以上が、この世界の状態になります」

 

エリテセ──説明の前にセティエと名乗った──は説明を終え、ふう、と息をついた。

 

「とにかく、良かったです。手帳をお渡しすることが出来て」

「ほんとだねぇ」

「……そうだね」

 

とても不思議な話だった。この世界の時間が輪になっているだとか、そのきっかけがサマーによるものだとか、このままだと時間が死ぬだとか、なんとも信じられない話だった。

 

「荒唐無稽、とはさすがに言えないにゃ。実際にそういうことを体験してるしにゃ」

 

手帳を見る。日記の最後のページには、『黄金の時を見つけた』と書いてあった。

 

「セティエ……さんの話が正しいとして、僕はどうしてこの手帳を落としたんですか?」

 

何かがあったのだ。見つけて、その黄金の時とやらに何かしらをしようとして、妨害されるような何かが。

 

「……黄金の時、それはアリスとサマーの最初の邂逅でした。そこに生じる呪いの原因を取り除こうとして、私達は負けました」

「……相手は?」

「ソラ。カヌエに対する、もう1柱の神です」

「……神かにゃ…」

 

神様と戦ったこと自体はある。あるのだけど、勝てるという世界の話にはならない事が多い。力の差もあるけど、何よりリソース──魔力の差がどうしようもない。つまり──

 

「……時間稼ぎ?」

「はい。彼女を止める方法はあるんですが、それまで彼女を抑えないといけないんです」

「私です。私がなんとかします」

 

最初から黙りっきりだったカヌエが突然喋りだした。

 

「私がソラの力を上手く中和するので」

「その時間を稼ぐにゃ?」

「はい。幸か不幸か、彼女はアリスを狙います。彼女を守ることが、時間を稼ぐことに繋がるかと」

「うん、なるほど。大体のやることはわかった」

 

横のテーブルで話しているサマーを見る。こちらの会話は聞こえていないのだろう、楽しそうに話をしている。

 

「サマーはこの事を──」

「知りません。教えることもありません」

「──そっか」

 

セティエは冷酷なような、それでいて少し寂しそうな表情をしていた。彼女なりに考えて、そう決めたのだろうか。

 

「じゃあ、これからどうするにゃ?」

「……ひとまずエターナルクロノスの皆さんにお話しようと思います。私達3人ではどうしようもできなかったので」

「わかった。改めてよろしく、セティエ」

「はい」

 

少し、彼女の顔が綻んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしくお願いします、魔法使いさん』

 

誰かの夢を見ていた。

 

『どうして魔法使いさんはそんなに人助けをするんですか?』

 

穴だらけで、姿は何も見えない。かろうじて声だけが聞こえる。

 

『…あなたは悪くありません。悪いのは全て私です。恨んでも、憎んでも、傷つけても構いません』

 

彼女は誰だろう。こんなに愛おしい気持ちがあるのに。

 

『ですから、どうか、どうか──』

 

こんなにも、心から彼女を求めているのに。

 

『──私を置いていかないでください』

 

誰も見えない。

 

 

 

 

 

 

「──大丈夫ですか?」

 

ぼうっとした意識から、目を覚ます。

 

「……ちょっと眠ってたのかな」

「色々ありましたから、お疲れなんだと思いますよ」

 

ベンチに座って休憩していただけでも、結構長い間眠っていたようにも感じる。

起こしてくれた少女──セティエに笑いかける。

 

「僕は大丈夫だよ。せめてこの事態を解決するまでは頑張らないとね」

「キミは頑張りすぎにゃ。もうちょっと自分の体をいたわるにゃ」

「これが性分みたいなものだから、仕方ないよ」

「……ふふっ」

 

ふとセティエの方を見ると、彼女は口を抑えて少し笑っていた。

 

「いえ、やっぱり魔法使いさんはいつでも変わらないなって思って。隣、いいですか?」

「どうぞ」

 

ちょこん、と彼女はベンチに座る。こう見るととても華奢な体で、時間を管理する使命を持っているなんて一目ではそう分からないだろう。

 

「あと、もう少しですね」

 

彼女がふと呟く。彼女はこの世界で何日過ごしたのだろうか。何百日か、何千日か、詳しい数は自分には分からない。

 

「そうだね。あと、もう少しだ」

 

エターナルクロノスの皆にはセティエ自らが説明を行った。彼女達も最初は疑い半分だったけれど、セティエという存在は結構有名らしく、すぐに信じてくれた。

 

「……僕はちゃんと役に立ててた?」

「え?」

「……いや、なんでもない」

 

ふと思い浮かんだ疑問だった。ここまで有名で力のある彼女の助っ人になったところで、どれほどの助力ができたのだろうか。むしろ、足を引っ張ったのではないか、と。

 

「あんまり卑下なさらないでください」

 

対する彼女の顔は、少し怒り気味だった。

 

「あなたは本当に私を助けてくれました。黄金の時だって、あなたなしだったら絶対に見つけられなかった。あの時のあなたも、自分の功績ではないと言ってましたが」

「……そうなんだ」

 

彼女の何かのスイッチを押してしまったのだろうか、彼女がぐいっと身を乗り出してくる。

 

「魔法使いさんは凄いんですよ。誰でも助けようとするほどに優しくて、行動力もあって。時計塔の皆さんも、魔法使いさんだからこそ信頼してくれるんです。それに、私だってあなたが──」

 

そこまでまくしたてた彼女が、いきなり喉を詰まらせるかのように止まった。

 

「……?」

「──いえ、少し取り乱しました」

 

ほんの少し逃げるように、彼女はベンチを立って、

 

「あと少しですが、よろしくお願いしますね」

 

それだけを言うとどこかへ歩いていった。

 

「……」

「褒め殺しされたにゃ?」

「そう、なのかな」

 

いつも冷静そうな笑顔を浮かべているからなのか、かすかな間に見えた、セティエという少女から今まで見た事のない、

 

──彼女の泣きそうな顔が、頭から離れなかった。

 

 

 

ある少女は、彼と約束をした。

 

「可能な限り、勝てる確率が高くなるように、場を整える」

 

暴走したソラと対峙できるほどの戦力。

勝ちを望めるような状況。

祭を繰り返しながら、彼女は身を削って調整を続けていた。

 

──彼女は約束の意味が無い事を知っているはずなのに。

 

神様でもない限り、時の流れに逆らうことなんてできない。あなたがどれほど凄い人物であっても。彼女はそれを知っている。

 

 

 

 

──だから、魔法使いさんね。

私はもうなんにも出来ないけど。

 

彼女を、守ってあげて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに、来ました」

同じ船にのるセティエが、そう呟いた。

 

「ここまで長かったけれど、これで最後になるはずです」

目の前には、サマーを庇って呪いを受けるアリスの姿。本当はカヌエの加護で弾かれているとはいえ、少し肝が冷える光景だった。

 

「魔法使いさん」

「……どうしたの」

「……何があっても、アリスさんを守ってあげてくださいね」

「──うん」

 

それだけ答えて、前の船に──アリスとサマーが乗る船に飛び移る。

この歪んだ輪を正すために。

 

 

 

 

『アリス……ねぇ、アリス。なんでまだ生きているの?』

 

魔力ではなくてもはっきりと分かるほどの大きい怨霊だった。黒く淀み、ただひたすらに殺意を向けている。僕はアリスを庇うように前に立つ。

 

『ねえ、アリス。早くソラに殺されてよ』

 

怨念が、瞬く間にソラを覆う。1柱の神ですら、抵抗する間もなく飲み込まれ、変質していく。

 

『早く私に殺されてよ』

「──きます!構えて!」

セティエの声と同時に、変質が完了した。

──もう、そこに立っているのはただの荒神だった。

 

「ア……リス……」

 

変質したソラがこちらを向く。

ソラの理性は残っているようには見えない。残っているのは亡霊の執念だけだろうか。

 

「お前は…お前は………!」

 

来る。

周囲にいる全員が構えて───

 

「殺すッ!!」

 

糸を引かれたかのように、ソラが駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───セティエの方へと。

 

「なっ……!?」

 

僕はアリスを守っている。それはアリスが最優先で狙われると確信してるからであり──セティエは誰にも守られていない。顔から血の気が引く。

ソラの顔が、酷く嘲笑っているように見えた。

 

 

 

硬直から素早く抜け出したヴァイオレッタが即座に撃つ。当たるもソラは気にした様子を見せない。

 

こちらもすぐに魔法を放つ。ソラは少し動いて躱す。

間に合わない。せめて防御魔法を詠唱して──

 

 

 

 

 

「──〝淀み〟を糧に開け、叡智の扉よ」

 

声が聞こえた。

召喚詠唱?自分の声じゃない。

ウィズが?猫の状態のウィズは魔法を使えない。

 

「──汝は統括の女神。神々の中立。厳正なる優しき女神」

 

 

カードを持つのはソラが向かう先。

それを知らないはずの彼女の所に、確かに魔力が集中していた。

 

 

『魔法使いさん! しっかりしてください!』

 

私は、二度目の過ちを犯した。

ソラを止める算段を整えて、その上で魔法使いさんと時計塔の人達と共に挑んで、その上で敗れた。

 

守るもののないアリスに、ソラの殺意が迫っていても、止められるものもいない。

失念していた。死んだアリスの因果というものも時の流れの外にあったのだから、当然の事なのに。

怨念達も対策していたのだ。魔法使いというイレギュラーの存在を引き剥がすために、

 

──無防備な私を狙うという方法で。

 

 

「虚実の果てなる呼びかけに答え、秘されたる名をここに示さん──」

 

目を開き、しっかりと自分の敵を見つめ。

 

「──《星の女神 サフィナ・ファウト》!」

 

彼女は、精霊の名を呼んだ。

 

 

「こう、ですか?」

「うん、そんな感じ。筋がいいよ、君は」

 

青年が笑う。教えられたことに心から安堵している、そんな表情だった。

 

「──それで、このカードは使える、と思う。なにぶん僕も試したことはないから確証は持てない」

「ありがとうございます、それで十分です」

 

カードを手渡される。そのカードに写る精霊は、昔どこかの異界で会った記憶のある女神。

 

「いきなり精霊魔法を教えて、なんて言うもんだからびっくりしたよ、ほんと。なんとか教えられてよかった」

「はい」

「そのカードは次に会う時にでも返してくれたらいいよ。その人も多分、……多分、怒らないと思うし」

「……はい」

「うん。それで最後に、その魔法を使う目的は何か、教えてもらってもいい?」

「……ええと、はい」

 

少し笑って、

何も知らない、愛する人に向けて。

 

「──愛する人を、助けるために」

 

 

 

彼女の叫びは、目の前に屹立する障壁によって応えられた。

 

「まさか……まさか、精霊魔法を使ったにゃ!?」

 

ウィズの言う通り、今セティエが使ったのは精霊魔法。

それもそうだし、1枚無くなっていたカードも彼女が使ったものだ。つまり──

 

「ほら、ぼうっとしない!」

 

ヴァイオレッタが素早く銃を撃ち込む音で我に返る。こんなことは後で詳しく聞けばいい。

予想外の弾かれ方をしたせいか、ソラも大きく怯んでいるように見える。

 

「私は、大丈夫です!構わずに!」

 

セティエの声。

 

「畳み掛けるにゃ!」

 

攻撃魔法を詠唱。可能な限り威力を高めて、ソラに撃ち込む。ソラは軽く怯むが、まだ倒れるには遠い。

 

「──邪魔だぁっ!」

 

危険度が入れ替わったのか、それとも自分を倒さなければ他に危害を加えられないと思ったのか、ソラの攻撃がこちらに向かう。すかさず障壁魔法で攻撃を受ける。

弾かず、横にそらし、その隙に詠唱済みの魔法を撃ち込む。ソラの目の殺意がさらに深くなったのが見えた。

 

これでいい。ソラの攻撃をこちらが全て受ければ、皆を守れる。

 

「──来いっ!」

 

僕はカードにありったけの魔力をこめた。

 

 

 

「グルァッ!」

 

前、左、右。

相手の連撃に対して、最小限の障壁で防御する。

どちらも強く消耗していたが、こちらは支援してくれる仲間のおかげでまだ戦えていた。

 

時計塔の女神達は時間の正常化を助けてくれている。

エリカを含むバグ達は上手くソラを翻弄している。

時たま相手が怯むのはヴァイオレッタとルドルフのおかげだろう。

──何より、セティエが飛び回って他の皆を守ってくれている。

 

「まだかにゃ!?」

ウィズが悲鳴のように声を上げる。もう限界が近いのが彼女にもわかるのだろう。もうかれこれ20分近い。そろそろだと思うのだけど──

 

 

 

「──あ」

空に、天灯が舞った。

町のいたる所から、マニフェもヴィジテもなく。

ただ自分たちの神を救いたいという想いで上げられた天灯の光がソラを包む。

 

「──綺麗」

 

カヌエがやったのだろう。皆の祈りで、ソラを元の姿に戻すために。天灯の光は優しく、暖かく皆を照らしていた。

誰もが一瞬、その光に目を奪われた。

 

 

───だからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!?魔法使いさんっ、避けて!」

全員、一番最初に動いたソラの対応に1歩遅れた。

 

ソラは暴走しようと神だ。一瞬の遅れが命取りになる。

気がついた時には目の前に爪を振るうソラがいた。

 

咄嗟に障壁魔法を貼ることは出来た。出来たが、衝撃を受け止められるほどではなかった。ウィズはせめてと衝撃から守る。

塔に叩きつけられる。肺から全て空気が抜けるような感触。何本かやられたかもしれない。

 

「オ………!オォ………!」

 

ソラは、見るも無残な姿だった。

救済の光に抗うように、体をノイズのようにブレさせながら、せめて誰かを道連れにせんと獲物を探している。

 

「オォ…………」

 

目の前の糸を、手繰り寄せるように。

ヴォイオレッタ達が周りから攻撃を加えようと、気にも止めない。どうせこの一撃で最後だからだと。

ソラの視線はぐるりと回って、

 

力尽きて座り込んでいる、セティエの方で止まった。

偶然なのか、それとも運命なのか。悟った彼女は少し、寂しそうに笑みを浮かべていた。

 

その笑顔が、頭の中の笑顔と重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

「キミ!」

 

ウィズをおいて、ただ走った。

体が軋むのなんて気にせずに、ただひたすらに全力で。

ソラも走り出している。魔法を使ってさらに加速する。

 

走馬灯のように、夢で見た光景が流れて行く。

まだ穴は沢山あって、全部は見えない。でも、そこに笑っている少女の顔だけははっきり見えるようになった。それだけで、胸に彼女に対する気持ちが溢れてくる。

 

ああ、前の僕は。

前の僕は、どれほど彼女を愛していたのだろう。

今はただ、彼女を守りたくて、ただただ、前に走る。

 

加速が足りない。持ちうる魔力を全て注ぎ込む。

 

防御に回す余裕なんてもうない。だからこそ───

 

 

 

 

荒ぶる神は止まらなかった。

誰も、止める術を持たなかった。

 

それの目に最初に止まった、そんな理由で──もしくは、何らかの運命で──それはセティエに向けて駆けた。

 

「グル……ァァァァァ!」

 

凶爪を前に、力を使い切った彼女は何の行動も起こさなかった。まるでそれが定められた運命と知っているかのように、もしくはもう終わってもいいかのように、

 

──彼女は穏やかに目を閉じた。

 

 

 

衝撃。

 

 

 

 

 

 

目を開ける。目の前に愛した少女の姿があった。

──どうやら間に合ったらしい。

 

「………ま、魔法使いさん……?」

 

セティエがゆっくりと目を開ける。

 

「キミ!」

 

後ろからウィズの声。振り返れば元に戻ったのであろう倒れ込むソラの姿と、こちらに駆け寄ってくるウィズの姿。

 

「……ウィズ、大丈夫だった?」

「他人の心配してる場合かにゃ!?まずは自分の心配するにゃ!」

 

その言葉で我に返ったのか、セティエがハッとして僕を見る。同時に、限界だったのか、体から力が抜ける。

 

「魔法使いさん!なんで………」

 

背中から脇腹にかけて、感覚がない。どうやら、即死はしなかったらしいけれど───

──これは、死んだかもしれない。

 

「だめですっ、魔法使いさん、死なないで……!」

 

もう限界だろうに、セティエが何らかの術を使いながら声をかける。こんな時でも、彼女が愛しいと思ってしまう。

 

「誰かっ、誰かっ……」

 

──ああ、伝えないと。

せっかくここに来て思い出したんだ。今、この瞬間にでも、彼女に伝えないと。

 

「──セティ、エ。…………愛、してる」

 

果たして彼女自身に聞こえたのか、知ることなく、僕の意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな波の音が聞こえる。

ゆっくりと、目を開ける。

 

 

目の前には、サンザールの海が広がっていた。

海は不自然なほどに静かで、人の気配も全くない。

ただただ、波の音だけが響いていた。

 

『万事解決、ってやつだねぇ』

 

ふと、声がした。

 

『ほんとによく頑張ったと思うよ、2人とも』

「…カヌエ」

 

呑気で、お人好しな神──カヌエの声。

 

「僕は──」

『安心しなさいな、ちゃんと生きてますから』

「──そっか」

 

隣にカヌエが座りこむ。どこかぼんやりと、この世のものではなさそうな輪郭だった。

 

『全く、無茶するもんだねぇ。神様の私がいなかったらどうなってたことか』

「──やっぱり、カヌエが?」

『ほっほっほ、なんていったって、私は神ですから』

 

いつも通りの呑気そうな笑顔で、彼女は朗らかに笑う。

 

『記憶は全部戻しちゃいないよ。しんどい記憶なんて思い出しても誰も得しないからねぇ』

「ありがとう、カヌエ」

『ひょっひょっ、縁結びってのは使い方次第で万能だから、実は凄い神なのです』

 

…だんだんと調子に乗ってきた気がする。

 

『……正直、記憶なんて戻さない方がよかった』

「……?」

『落としちゃった記憶を戻すなんて、神様からしちゃ邪道中の邪道だからねぇ。世の摂理ガン無視ですから』

 

でも、とほんの少し顔を曇らせながら彼女は続ける。

 

『彼女は──セティエは、皆が思ってるより普通の女の子だったから。君がいないと多分最後に壊れてしまう』

 

自分と違って、セティエは全てを覚えている。彼女の立場上仕方ないとはいえ、一人の少女には荷が重すぎる。

 

『そして、私は…一応のセティエとながーい一日を過ごした仲としての私はね、あの子に幸せになってほしいもんなんです』

 

カヌエの声が遠くなっていく。

隣りのカヌエの姿もぼやけていく。

 

『というわけで、もう時間もないし、助けたサービスの代金を請求させてもらうとしますかねぇ』

「──えっ」

『ほっほっほ、そんなに気構えなくて結構結構』

 

金の砂が散るように、カヌエの姿が散る。

 

『あの子をね、幸せにしてあげて』

 

 

 

 

「──もちろん」

 

 

 

 

 

……………………

…………………

………………

……………

 

 

 

 

 

 

……ゆっくりと、目を開ける。

知らない天井、ではない。おそらくサンザールの街の部屋のどこかのベッドだろう。

生きている。我ながらしぶといものだと思う。

 

少し身じろぎする。それだけで、体に激痛が走った。

 

「魔法使いさん!」

 

こちらに気づいたのか、セティエが近づいてくる。

なんの怪我もない。ちゃんとあれで終わっていたらしい。

 

「まだ動かないでください、傷はまだ完全には治ってませんから」

「…うん」

 

あの後、どうなったかを尋ねる。

 

「あの後は、ソラの力が御子2人によって抑えられて、ソラは元に戻りました。それにより、次の日を迎えることができました。だから──」

「だから、後は辻褄合わせをするだけ、ってこと?」

「はい」

 

それならば、もう戦うことはない。後は皆を見守るだけだろう。見守ることが出来ればの話だけれど。

 

「──ごめんなさい」

 

突然、セティエが謝り始める。

 

「私のせいで、あなたに大怪我をさせてしまって」

「結局みんな無事だったんだから、気にしなくていいよ」

「でも──」

 

嗚呼、あの時の言葉はやっぱり届いてなかったらしい。

もしかして彼女は気づいていないのだろうか。いや、気づかないのが当然と言われればそうなのだけれど。

 

「僕はね、愛してる人をちゃんと守れたなら、なんの文句もないよ」

「このお礼は必ず………え?」

「うん」

 

ちょっと背中が痛むけれど、手を伸ばしてなんとか彼女の背中に手を回す。そのままこちらに引き寄せて─

唇を合わせた。

 

彼女は何も発しない。驚きすぎて声が出なくなってるのか、はたまた別の理由か。

 

「え、……え?」

「約束って言ったのはそっちでしょ?」

「でも、でも」

「ちゃんと覚えてた──いや、思い出したよ。セティエのことも、約束の事も」

「あ………………ああ……」

 

そのまま抱きとめる。震えるセティエの声が少しずつ掠れた声になっていく。

 

「……約束はしても、神様でもないのに時の流れを超えられるわけないって、記憶が戻ることなんてないだろうって、ずっと思ってたんです」

「うん」

「だからっ、これは私に対する罰だって。私があなたを助ける力を持ってなかったからっ、私は永遠に来ない人を待ち続けるんだって」

「……うん」

「いいんですか?こんな私なのにっ、何も、出来なかったのに、こんな、恵まれて」

「……馬鹿」

 

そんなの、セティエ以外の誰もが知っている。

 

「セティエは大活躍だったよ。僕が保証する」

「……」

「それに、セティエはちゃんと約束を守ってくれた。それだけで十分、頑張ったんだよ」

 

腕にさらに力をこめる。彼女の口から小さく嗚咽が漏れる。

 

「……セティエ、待ってくれてありがとう」

 

 

 

 

「…暇にゃ」

 

最近ウィズがそう呟く。

 

「最近までああいうことがあったのに、よくそんなこと言えるよね、ウィズ」

「それとこれとは話が別にゃ」

 

サンザールの事件から暫く。流石に色々あったのでしばらく休憩するとして、軽い依頼をこなすだけの生活をしていた。

 

「最近弟子として敬意が足りてないにゃ」

「自分の行動をちゃんと顧みて欲しいかなぁ」

「素晴らしいことしかしてないにゃ」

「この師匠は……」

 

ウィズと軽口を叩きあいながら部屋の掃除をしていると、唐突に扉がノックされる。

 

「来たかにゃ」

「……うん」

 

あまり待たせないように、扉を開ける。

 

「えいっ」

「うおっと」

 

扉を押しのけるように、可憐な少女が胸に飛び込んでくる。

 

「……びっくりした」

「ふふっ」

 

胸に飛び込んできた可愛い彼女に、僕は声をかける。

 

「おかえり、セティエ」

 

それを聞いた彼女は満面の笑みで───

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ただいま、魔法使いさん!」

 

 

 

 

 




決着をつけられてよかったと心から思っております。


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後日談とバレンタインと、笑顔のチョコレートを。

今年のバレンタインは平日です(暗示)
プロットを1年置いておくとこういった事態を招くので気をつけましょうね!


一応前に投稿した話の続きでありますので、よろしければお先にそちらをどうぞ。


 

 

「───♪」

 

セティエ・レー。時の管理者とも言われる彼女は、来たる時に向け、浮き足立ちながら準備していた。

 

「これは…こうして、と」

 

バレンタイン。例年通りならお世話になった人にお礼としてお菓子を贈るだけの行事だったけれど──

──今年は訳が違う。

 

いつも通りのお菓子を作る横で、もう1つ、特別なチョコを作る。

自分の想いを全て注いで。

 

「──楽しみです」

 

準備を全部済ませて、彼女は一人その日を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エターナルクロノス。

異界の狭間を旅し、時間を司る重要な施設であるが──

 

「ユッカ様!次の反応はあっちですぞ!」

「OKルドルフ、私に続けー!」

 

──今日はいつも以上の騒がしさであった。

 

「…今年のVdayはいつもより大きめですね」

 

バグが大量発生し、整備班がその対応に追われる日。AからZの頭文字が付けられる中の、今日はVdayであった。

なんでも、今日のバグはしつこいとか何とか。いつか聞かされた記憶のある話を思い出す。

 

「ユッカ様!あっちです!そっちではありませんぞ!」

「えぇ!?こっちじゃないの?」

 

皆何らかの機械──おそらくはバグ探知機であろう──を付け、時計塔内を走り回っている。

話したくても、こんな中で静かに話せるものではない。セティエの足は自然とある場所に向いていた。

 

 

 

 

 

「あ、セティエさん、こんにちは!」

 

エターナルクロノスのキッチン。

そこでは、アリスが一人お茶会の準備をしていた。

 

「はい。サンザール以来ですね。あの時はお世話になりました」

「こちらこそ、あの時は助けてくださってありがとうございました!」

 

慌ただしく準備をしながらも、笑顔で返事をしてくる。

外もキッチンも、とても慌ただしい時計塔内だけど、それはいつも通りの日常に戻れた、という証でもあって。

 

「……手伝いましょうか?」

「あー、ちょっとお願いしていいですか?」

「ふふ、わかりました」

 

…………………

 

「……まあまあハードな仕事ですね」

「私は戦えませんから、これぐらいは」

 

少し準備を手伝って。

二人で向かい合ってテーブルに座って話す。

 

「あの後は、特に何も?」

「はい。いつも通りユッカちゃんは楽しそうで、他のみんなも元気にしていますよ」

「そうですか。それは良かったです」

「はい」

 

今の幸せを噛みしめるように、アリスはしみじみと呟く。

 

「こちらとしても、時間を守れたのは皆さんのおかげですから。協力してくれてありがとうございました」

 

鞄の中から包装されたお菓子──人数が人数なのでチョコクッキーぐらいしか準備できなかったのだけど──を渡す。

 

「…これは?」

「あの時は、お礼なんてできませんでしたから」

「そんな、こちらがお礼したいぐらいなのに……そうだ!」

 

アリスがまたキッチンの奥に入り、綺麗な包装紙の小包を2つ持ってくる。

 

「これ、ちょうど余っていたんです。1つ2つ余っても仕方ありませんし…受け取って貰えませんか?」

「2つ…ですか?」

「はい!」

 

だって、とアリスは続ける。

 

「あの人にも、とてもお世話になりましたから」

 

 

 

 

 

「そういえば、もうすぐバレンタインですね」

「…そっか、もうそんな時期か」

 

魔法使いさんがぼそりと呟いた。

 

「平日ですけど、その日は魔法使いさんの家に行っていいですか?」

「……セティエもその日は普通にやる事があるんじゃないの?」

「いえ、なんとかできる……とは思うので」

「うーむ……」

 

バレンタインは勝負の日。なんとしてもチョコを渡したかったのだけど、どうも彼は気乗りしないようで。

 

「やっぱり依頼…ですか?」

「バレンタインだから、請け負う人が少なくなりそうで……多分立て込むと思うんだよね」

「むぅ……」

 

当たり前のように他の人を助けることを考えてる魔法使いさんに、少し妬いてしまう。

 

「それにセティエだって平日来るのは忙しいんだから、無理はしない。いい?」

「……」

 

わかっている。いくつか自由を貰っているだけで、私にだって使命があるし、彼だって奉仕者としてやるべき事がある。

 

──それでも、この日の思い出を諦めたくなかった。

 

「……それでも行きたい、って言ったらどうしますか?」

 

ぼそっと口から漏れたわがままを聞いた彼は、ちょっと困ったように笑って、

 

「……早めに帰るよう頑張ってみるから」

 

私の頭を撫でながらそう言った。

 

 

 

 

「……あんた、その理由でここに来たんか?」

「はい」

「なんというか……面白くなったねぇ、君」

「…?」

 

 

死界の隅に拵えられた、豪華なある宮殿の中で、セティエと宮殿の主──ヴェレフキナは静かに対面していた。

 

「ありがたいんやけど、うちお菓子とかそうそう作れんし、お返しはできんよ?」

「いえ、お礼ですので、遠慮なく受け取ってもらえれば」

「義理チョコ一つで舞い上がりすぎだぞ、非モテ男」

 

彼の従者──ともいいがたい言動をしているが──シミラルが奥からお茶を運んでくる。

 

「ありがとさん。シミラルはチョコ作れたらうちにくれたりすんの?」

「お前にやるなら自分で食った方がマシだ」

「……うちにくれそうなやつはおらんなぁ」

 

それはええとして、とヴェレフキナはセティエに向き直る。

 

「うちが魂の加工した人…ユッカとか言ったか?彼女の様子はどうやった?」

「元気そうでしたよ。特にその後遺症等はなさそうでした」

「そうかそうか、それはええことや」

 

お茶を飲んで──熱っ、と声が漏れた気がする──もう一度こちらを見る。

 

「ほなもう一つ。──あんたの方はどうなんや?」

「……はい?」

「ほら、好きな男が1人ぐらい出来たみたいな顔してるやん?」

「──っ!?」

「ほら、やっぱ当たりや。顔真っ赤にしとる」

「人の事弄るのはやめとけ、ゴミ男」

 

ペシペシと従者に頭をはたかれながら、彼は笑う。

 

「ええんやええんや、あんたも人間らしくなってちょっと嬉しくなっとるだけや」

「人間らしさ、ですか」

「せや、前は機械に話しかけとるみたいな感じやったからねぇ」

 

色んな人間を見てきたからなのか、子の成長を喜ぶ母のように、朗らかに。

 

「そんだけあの魔法使いとの出会いがあんたに変化をもたらしたって事やろうし、うちも推薦して良かったってもん──」

 

そこで突然ヴェレフキナの顔が机に激突した。余程に力を込めて叩きつけられたのか、少し机が凹んでいる。

 

「──こんなやつの戯言に付き合う必要はないぞ」

 

犯人であるシミラルが無愛想ながらも笑みを浮かべる。

 

「さっさと終わらせて行ってやれ、あいつの所に」

 

 

 

「よっ、と」

 

今日数回目の異界移動を終えて、地を踏む。

 

「流石にこう何度も移動すると疲れますね……」

 

今日回るところはそう少なくない。サンザールの件で多くの協力者を頼った結果なので、仕方がない話ではあるのだけれど。

 

「……でもあと少しです」

 

バレンタイン当日に彼を訪れる口実だとしても、やっぱり皆にしっかり挨拶はしておきたくて。

 

「変わった……んでしょうか、私」

 

人らしくなった、とヴェレフキナは確かにそう言っていた。その変化はきっと魔法使いさんに出会って、恋に落ちた結果であって。

 

きっと、良い変化とは言えないものだろう。私は彼に会って、時界の人間としては弱くなってしまったから。

人の幸せを思い知らされてしまったから。

 

「早く、会いたいなぁ」

 

いつもより早く会えるのに、いつもより待ち遠しくて。

少し早歩きで、サンザールの街を歩いた。

 

「ふっふふーん」

 

彼女はただ一人、テーブルに座って待っていた。

従者も誰も側におかず、空き椅子を一つだけ向かいにおいて。

 

「…お久しぶりです、カヌエ」

 

──サマーを失った彼女は、やっぱり少しだけ寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 

なんか来ると思ったんだよねぇ、と彼女は言う。

 

「カヌエはあの後、どうですか?」

「おや、セティエは全部見てたりしないのかい?」

 

首を振る。いくら時の管理者だからと言って、全てを見通せる訳では無い。カヌエがどうなったかなんて、都合よく見れないものだ。

 

「安心しなさいな。代理だけどちゃんと御子は立てたし、御子代理もまあ真面目だからねぇ」

 

ちょっと神様に対する敬意が足りないんだけど、と彼女は付け加える。

 

「…そうですか。それは良かった」

「まあだいたいなんとかなるから。だーいじょうぶ」

「ふふ、カヌエはいつも通りですね」

「そう、なんだって神様ですから」

 

神様らしくない、フランクな笑顔だった。

 

「それより私は、セティエの事が聞きたいねえ」

「私、ですか?」

「そうそう。魔法使いとは上手くいってるのかい?」

「それは……まあ……そこそこ……」

「……上手くいってるみたいだねぇ」

「…………」

 

どう答えるべきなのかいまいち分からない。彼の事を好きな気持ちが衰えるなんて事はないが、かといって進展があるわけでもなかったから。

 

「今回は挨拶回りって感じかい?」

「はい。あの騒動で様々な所に協力を求めましたから、そのお礼も兼ねて」

「お礼なんていいのにねぇ…別にセティエを上手く助けられたわけじゃないんだから」

「いえ、そんなことは──」

 

言い終わる前に、カヌエが首を振る。

 

「いいや、結局頑張ったのは2人だよ。私は彼の記憶を繋ぎ止める事しかできなかったんだから」

「……やっぱりカヌエだったんですね」

「一応、神様ですから」

 

彼女は朗らかに笑う。本当にひたすら明るい神だった。

 

「いいですか、セティエさん。私があなたに求めることは一つだけです」

「はい」

「幸せになりなさいな。それが神孝行ってやつです」

「別に信仰してませんよ?」

「……それもそうだねぇ」

「……ふふっ」

 

それから、しばらくそれとない話をして、席を立つ。

 

「じゃあ、はい。ありがとうございました、カヌエ」

「また来なさいな、なんたって友人なんですから」

「……そうします」

 

それを聞くと、神様であり友人でもある少女は、また朗らかに笑った。

 

 

 

「これでほんとのめでたしめでたし、だねぇ」

 

1人になったテーブルで、誰にも聞こえない声で呟く。遠くから、騒がしく自分を探す声が聞こえてくる。

 

「ちゃんと幸せになるんだよ、じゃないと祟りとして出ちゃうから」

 

また神らしくない発言だねえと、言いながら笑った。

 

 

 

「魔法使いさん、まだ帰ってきてないんだ…」

 

クエス=アリアス。

最後に寄った魔法使いの家の前で、セティエは途方に暮れていた。

 

家の中の明かりは着いていない。バレンタインでも彼から奉仕者の心が無くなることがないのは、やっぱり嬉しくもあり寂しくもあった。

 

「…待とうかな」

 

せっかくここまで準備してきたのだから、この機会を逃す訳には行かない。セティエは扉の前で座って魔法使いを待つことにした。

 

 

「今日は……疲れた……」

 

さらっと使っているが、異界移動というのは果てしなく繊細な制御が必要な力である。それを一日に何度も使ったのだから、彼女の疲労も尋常ではなかった。

 

「魔法使い…さんに、チョコ…渡せたら、少しだけ、寝ようかな……」

 

魔法使いさんが帰ってくるまでは、意地でも起きていたい。魔法使いさんにおかえりと言ってあげたい。

 

「早く……帰って……来ない…か、な」

 

 

それでも今日は平日。普段ならセティエは時界で業務に追われている。それをわざわざ一日空けたということは他の日に業務をその分増やしたわけで。

 

「…もう………ちょ………っと…………」

 

既に限界ギリギリまで疲労を溜めていたセティエには抗いようもなく、彼女の意識はすぐに、眠りのなかに呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、無理しないでって言ったんだけどなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチ、パチと暖炉の火が弾ける音がする。

 

「ん……んぅ………」

 

穏やかな暖かさに包まれて、なんだか安心する。

どうしてこんなに暖かいのだろうと考えようとして──

 

「…っ!?」

 

──目が覚めた。同時に跳ね起きる。

 

「ええと…」

 

周りを確認する。暖炉も部屋の壁も、何度も見たことのあるもので。

要するに、

 

「……私、寝ちゃってたんですね」

「そうだよ、扉の前に座り込んで。ほんとにびっくりしたんだから」

 

魔法使いが台所から出てくる。手に持ったトレイからは、紅茶のいい香りがする。

 

「紅茶、飲む?これ飲めば目が覚めるだろうしちょうどいい葉をもらって──」

「──魔法使いさん!」

 

今の機会を逃す訳にはいかないと、声をかける。

魔法使いさんは驚いたように目を見開くけれど、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻って。

 

「どうしたの?セティエ」

 

トレイを静かに置いて、こちらに向き直る。日付が日付だし、彼には全部わかっているのだろう。

 

「えっ…えっと」

 

凄く言いにくい。こう完全にバレてる中で渡すのは恥ずかしくてどうしようもないのだけど─

─悩んでいても仕方なかった。

 

「魔法使いさんっ!これ!」

 

鞄に閉まっていたチョコを魔法使いの目の前に勢いよく差し出す。愛情も恋情も、自分の気持ちを全て込めたチョコレート。

 

「ハッピーバレンタイン!これ、私からのチョコレートです!」

 

最後は、自分が作れる最高の笑顔で。

 

 



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