次元連続者━パラレル・ターナー━ (gazerxxx)
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設定集

だいぶ設定が増えてきたので、一応解説。オムニバスとはいえ、通しで登場する設定。


次元連続者

 

・平行世界にいる自分の同位体と入れ替わる能力を持つ者たち。

・次元を超えてテレパシーで連絡を取り合う。

・テレパシーの連絡によってお互いに合意することで、入れ替わることができる。入れ替わる時に触れているものがあれば、入れ替わる先の同位体の周囲からも、同等の質量が移動する。

・ただし、次元連続者が二人以上接触している状態だと、入れ替わりもテレパシーも使えない。あくまで入れ替わりなので、複数の次元連続者とは交換できないからである。

・裏切者の革命家や孤狼も存在。テレパシーや次元移動は応じる相手がいないが、上記の次元連続者の能力を封じる弱点は積極的に利用する。

 

派閥

 

・次元連続者たちが思想や得意分野によって集まった勢力で、複数に分かれる。

・派閥のトップは大幹部、NO.2は副幹と呼ばれ、大幹部は派閥の中心となり、副幹が補佐する。大幹部は数十もの次元を支配、副幹は十数の次元を自力で支配することで、そう名乗ることが認められる。

・この派閥に入るには、最低でも一つは次元を支配し、実力を示す必要がある。派閥外だと、派閥トップの大幹部に会うことすら許されない。

・派閥に入り得る人材は、副幹あたりが育成あるいは勧誘する。他の派閥からヘッドハンティングするときは、大幹部が動くこともある。しかし、実力はあっても派閥への所属を拒否する者、派閥の方からお断りという者もいる。

・現在判明している派閥は以下の分類。

 

 ・軍閥…大幹部は総統、副幹は将軍こと千堂伊佐雄。軍事方面を主力とする。次元移動できる次元戦艦などを、他の派閥に貸している。

 ・財閥…大幹部は会長、副幹は広告塔こと金城福丸。次元を超えた経済団体連合の集まりで、商業が主力。しかし、他の派閥でも物資は十分なので、ただの金持とみられている。

 ・星閥…大幹部は預言者エルハーム、副幹は測量士こと星海衛人。占星術によって未来が完全に予知され、その下で管理されている閉鎖的な派閥。しかし異教の神々に対抗するために、予言の有用性も認められてきている。

 ・学閥…大幹部はジェローム・モーロック教授、副幹は博士こと白瀬百華。教育、科学の発展を推進している。異教の神々と戦うには有力株の一つと目されていたため、最初の交戦結果には衝撃が走った。

 

次元戦艦

 

・名前の通り次元移動可能な戦艦であり、次元移動用の装甲は、飛行や潜航にも耐えうる。

・空海両用の性能ゆえに並みの戦艦や戦闘機よりも強力。

・これを複数収容する次元空母も存在する。

・軍閥の主力として使われたり、他の派閥に貸しだされたり、革命家の角家命に鹵獲されたりしているが、それでも数百機ほど動かせる模様。

 

異教の神々

 

・昇華したエネルギーに満ちる高次元に住まう絶対的存在。

・純粋なエネルギーの世界に少数で住んでいるためか、自分たちより低い次元の質量とエネルギーが混在して浪費し合う世界、すなわち人間の世界を見下し、自分たちの世界と同じに塗り替えようとしている。機械仕掛けの魔神(ましん)のように、それが人間の望みでもあると捉えるケースもあるため始末に負えない。

・次元連続者は各次元に断片的に散らばった伝説、痕跡、理論、あるいは予言から、この存在に気づいた。人間の力を結集しなくては倒せないと判断し、全ての次元を統一、力を集めようと行動を開始した。

・各派閥に分かれて専門技能を高めようとしたが、最初の交戦で科学力の最高峰ともいえる博士が痛み分けに終わる。これにより、派閥同士でより協力し、総合力で立ち向かわなくてはならないと、再認識が広まる。

・実は宇宙創成のためのエネルギーをもたらしたのは、彼らの住む高次元のエネルギー世界である。しかし、彼らにとっては、自分より下層の宇宙も、純粋なエネルギー世界に塗り替えられるべきと見ている。

 

機械仕掛けの魔神(ましん)

 

・高次元世界にまで昇華した強力な電波が、エネルギーに満ちた世界で屈折し続け、集積した結果意思を持つ存在となった。

・その中には人間が発した電波も多く含まれ、その中から神を待望する人間の本質を学習して、人間世界への干渉を目的として自らプログラミングする。

・人間世界に干渉する際は、暗示効果のある電波音声で操った上で神への願望を心の奥底から引出した人間に、機械の義体を組み立てさせる。電波の特性を利用し、様々な周波数で世界中から集まったパーツを連携させる完全無欠の機械である。

・彼の住む世界は機械にとっては永久の資源が存在する世界である。人間を適応させるために、細胞全てをナノマシンと入れ替えた機戒人に改造して招待する。

・機戒人となった人間はナノマシンの擬態機能で不老となり、ボディを兵器に変形させることもできる。ただし、パラライザーの電流でショートして分解してしまうことも。機械仕掛けの魔神を再臨させようとする機戒人が、いまだに別人に擬態して潜伏している。

 

・高次元世界

 

・異教の神々が住まう高エネルギーに満ちた世界。異教の神々自身もエネルギー体に近く、質量の概念がほとんど存在しない。宇宙創世期には、このエネルギーだけの世界しか存在しなかった。

 

 

・平行次元世界

 

・宇宙が拡大するにつれて、エネルギーが拡散、純粋なまま流れゆくエネルギーもあれば、よどんで集積するエネルギーもあった。莫大なエネルギーの集積によって質量を持つ物質が生まれ、それに興味を持った異教の神々は、質量をもつ宇宙にエネルギーを供給した。これが現在、人間が住む平行次元世界の始まりである。

・やがて質量を持ってエネルギーを活用する生命体が発生。最も隆盛した種族は、魔術を操る魔族であった。エネルギーの有効活用にたけた種族を、異教の神々は取り込もうとするも、魔族は徹底抗戦し、平行次元世界から駆逐される。

・それから科学やオカルトによってエネルギーを活用する種族である人間が発生、異教の神々が再び侵攻するきっかけとなる。

 

・低次元世界

 

・異教の神々が反抗する魔族を追放処分するために、ブラックホールを発生、次元に穴をあけて作った最下層の宇宙。ブラックホールにエネルギーは吸い込まれ、高重力によって質量は増大し、星も寿命を迎えかけている死の世界。

・ブラックホールからの放射線か、寿命のつきかけた太陽の太陽線のいずれかが原因で、細胞が死んでも再生を繰り返す。住民は自分から死ぬこともできずに苦しみ続ける。また、細胞が成長することもないため、新しい生命も生まれない。

・完全に星が死に絶えるまでの長い間苦しまなくてはならず、プルードゥーが罪人を苦しめる実験も行っているため、永遠の責め苦が行われる地獄の由来となっている。

 



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第一次元:間者

新聞記者「この世界を、誰かが乗っ取ろうとしている」

 

そうつぶやくのは、一人の女性新聞記者。彼女は大手新聞社の政治部門を担当しているが、最近彼女が記事にしたニュースが目に余ってしょうがないのだ。

 

世界各国で、政府要職に就く人間の汚職が次々に発覚した。彼女のいる国の首脳はもちろん、支持の厚かった大国の大統領、合議制だった連邦国の理事たち、政情不安な小国の王、果ては独裁体制で国内のだれも文句を言えなかった某共和国の最高権力者まで、一斉に糾弾されたのだ。世界の国民はこの話題で持ちきり、どの国の権力者も世界中が自国を含めた汚職に注目しているこの状況では、ごまかしようがない。また、こういう場合には権力体制が崩れた小国や共和国には、他国から内政干渉が起きそうなものだが、どの国もそれどころではない。世界の主要な国家のほとんどが、体制の立て直しを叫ばれていた。

もちろん彼女の新聞社はこの事態を連日記事にして煽り、大盛況だった。これからの世界を誰がリードしていくのか、それもまた世界中の国民の興味の的だった。しかし、実際に取材してきた彼女は知っている。それらの汚職が、全て各国の政府や国連などへの匿名のリークから始まったことを。

実際に糾弾を始めた政府関係者や国連は、自分たちが気づいたことであるかのように各種の証拠や証言を提示しているが、無理もない。彼らとしては格好のネタであったものが、実は匿名のリークだったなどと言えば自分たちが非難を買う。また、匿名の人間が名乗り出てこなければ、自分たちの手柄にもできる。これらの事実は、彼女がオフレコの取材でやっと聞き出したものだ。彼女も最初は、こんな大それたことをする人間なら、匿名で守られてしかるべきだと思った。その人間に、ジャーナリストの端くれとして一抹の敬意さえ抱いた。

だが今となっては、その人間のやったことに疑念を抱いている。白日の下にさらされた真実が、想像以上の被害を引き起こしたからだ。国の上層部ともあろう人物のスキャンダルは、国全体に根を張っていた。議決では反対派含めて大多数の政治家が操られていたこと。大企業との癒着。芸能界への口利きと口出し。犯罪組織との密約。国を売り渡すような外交政策。保身と豪遊しか考えない政治活動etc.…国中に転移した病巣は、すべて国民の非難にさらされた。その結果、政治以外の各種の権力基盤も国民からそっぽを向かれ、煽りを食らってつぶれかかっている。その結果すべての産業は衰退し、大穴の空いた国の体制があらわになった。ここまで来ても、「全部偉い奴が悪い」と騒いでいるのは国民だけだ。

告発した人間は、こんな惨状を望んでいたのだろうか?国の上層部とともに国が共倒れするのが本当に正しいことか?彼女は今までの汚職報道と言うものが、いかに手心を加えていたものかを思い知った。ここまで多方面をスキャンダルでつぶしてしまえば、後には非難するだけの国民しか残らない。彼らだけで再び立て直せるのか。否、彼らは悪の権力者の後には、必ず正義の公僕が現れると期待しているだけだ。残った政府関係者や国連にそれだけの力はない。政治を見てきた彼女には分かる。彼らは目の上のたんこぶを落としたいだけの小物、国民たちと大差ない。となると、ここで新たな権力者として立ち上がるのは、これだけの事件を引き起こせるほどの匿名の人物━そう考えられるのは、思考の飛躍だろうか。

 

そう考えていると、その意識を破るかのような、気さくな中年男性の声。

編集長「よっ。どうした、ぼんやりして。疲れてるのか」

 

新聞記者「編集長…私、疲れてません」

 

編集長「無理すんなって。ここんとこ徹夜続きなんだ。お前先に仮眠とってもいいぞ」

 

新聞記者「それって私が女だからですか」

 

編集長「お前考えすぎだよ。そういうところがあるから人一倍疲れるんだ。今も何か考えてたのか?」

 

新聞記者「実は…そうなんです。でも、こんな話信じてもらえるかどうか」

 

編集長「いや、話してみろよ。お前の推理ってのは結構当たるんだ。女の勘って奴かな」

 

新聞記者「よりにもよって女の勘って…確かにこれは勘のような話ですけど」

 

新聞記者は編集長に先ほどの考えを話した。編集長は彼女の考えも鷹揚に聞いたうえで、記事にして一般に通じるかどうか判断してくれる、信頼できる上司だ。

 

編集長「この告発を起こした奴は、自分が新たな権力の座に就くことを狙ってたのか。なるほどなあ」

新聞記者「どう思いますか編集長。私は次に政治的活動を起こす人物が怪しいのではないかと」

 

編集長「その可能性は大いにある。けど、俺は怪しいとかそういう目で見たくないな」

 

新聞記者「どうしてですか?これはマッチポンプでしょう」

 

編集長「作為的ではあるさ。けど、誰が文句を言う?汚職は連中が自分で勝手にやったことなんだ。むしろそいつは膿を出し切った英雄として、国を任せてもいいと国民は思える」

 

新聞記者「でも、今までのスキャンダルと比べてあまりに同時多発的で…」

 

編集長「それは俺たちマスコミの限界さ。そいつと同じくらいのネタをつかんでいたら、同じことをしたと思うね。俺たちはそのネタで儲かるが、そいつはそのネタで国の一新を図ったんだ」

 

新聞記者「じゃあ、このまま弱り切った国を、その人物に任せるしかないと?」

 

編集長「お前の気持ちもわかる。ジャーナリストとして、ここまでいいように出し抜かれちゃあな。だが、だからこそ、同じ情報を世に出す者として、そのやり方を否定しちゃいけないと思うぞ」

 

確かに、自分たちジャーナリストとやり方は同じ、自分たちも今回その片棒を担いだ。そう言われると、新聞記者は黙るしかなかった。

 

新聞記者は考え直した。自分はこのことを記事にするつもりで編集長に相談したが、編集長の言い分ももっともだ。今までの自分たちの記事にケチをつけることになる。そんなことをすれば、今度はマスコミに怒りが集中するだろう。

となると今できることは、例の人物が表に出てくる前に探し当てることだ。今は息をひそめ、国の立て直しに人材が求められる時期を待っているはず。その前に会って真意を確かめなければならない。本当に国のために成り上がるつもりなのかと。

編集長は軽く考えていたが、新聞記者には不安に思えてならない。今までの権力者やその周りを根こそぎ切り落とすような徹底したやり方。それは冷酷非情の裏返しではないか。

その冷酷さが、信頼しきっている国民に向けられたらどんな結果をもたらすか…想像するだに恐ろしい。

 

 彼女は匿名のリークを遡った。メールならどこのパソコンから送られたか。手紙ならどの郵便局から出され、どんなレターセットが使われたか。電話ならどこの基地局から掛けられ、どんな声だったか。匿名の人物が脅迫も辞さない犯罪者らしいとほのめかすと、どの関係者も進んで協力してくれた。しかし、いくら洗ってもどこからリークされたかは出てこない。メールは今流行の遠隔操作、手紙はわざと転送を繰り返したもの、電話は使い捨てのプリペイド携帯電話の上に、元の声を解析できないほどの音声加工が施されていた。

 

新聞記者「全部空振り…よくもまあここまで手の込んだリーク方法を知ってるものね」

 

秘密裏に一人で調べていた新聞記者はひとりごちた。匿名のリークを探る仕事は普段一人でもこなしていたが、こうまで手間をかける人間はいない。その方面のプロでもない限り、遠隔操作や転送、使い捨て携帯電話などを使うのには抵抗を覚えるのだ。素人は複雑な道具を用意して、不用意に証拠を残すことを恐れる。実際には多重にダミーをかけるのが効果的なのだが。また、プロでもここまで多岐にわたる手法は知らない。現代ではメールか電話の偽装で十分、古典的な手紙の偽装が使われるのは、今回ターゲットにされた小国位なものだ。

 

新聞記者「こんなもの、それこそ匿名リークに対策する私達みたいなのしか知らないわよ…」

そうつぶやいた言葉が、頭の中の何かと結びつく。そう、あの時感じた違和感とだ。しかし、そんなことがあり得るのだろうか。だが、もしそうなら、話は早い。彼女は編集長へと電話する。

 

編集長「どうしたんだ、こんな夜中に屋上に呼び出して。俺じゃなきゃ来ないぞ全く」

 

新聞記者「すみません、編集長。どうしても話したいことがあるんです」

 

新聞社の屋上。呆れ顔の編集長に対し、新聞記者の表情は鋭い。何か確信をつかんだようだ。

編集長「いくら徹夜は平気でも、夜風はつらくてな。お前みたいに若くはない。速く名推理とやらを聞かせてもらおうか」

 

新聞記者「ええ、誰があのスキャンダルをリークしたのかわかりました。それは…編集長、あなたですね」

 

新聞記者は鋭い表情のまま、編集者の目を見据える。

編集長「ぷっはははは、お前が冗談いうの初めて聞いたよ。名探偵みたいなドヤ顔じゃないか。それがやりたかったから、屋上に呼んだわけ?洒落てるな」

 

新聞記者「私は仕事のことで冗談を言ったことはありません。証拠もあります」

 

編集長「あるわけないだろ、そんなもん。探偵ごっこを続けたいなら出してみろよ」

 

新聞記者「証拠は何も出てきませんでした。それが証拠です」

 

編集長「要領を得ないなあ。その喋り方も探偵のまねか?」

 

新聞記者「リークの証拠は、メール、電話、手紙、全て隠匿されてました。それぞれ複雑に迂回させ、追跡を逃れたんです」

 

編集長「お前でも追えないとは、やるじゃないか。仕事柄お前は詳しいはずだろ?」

 

新聞記者「そう、記者の私でも追えないほど完全だったのが問題です。プロでも何か不得意な偽装はあるはずなのに、ありとあらゆる手を尽くして、追っ手をかわしています。そこまで広範な技術を知ってるのは、もう私の同業者しかいません」

 

編集長「お前、まさか…」

 

新聞記者「そしてその技術は私が過去に調べて、編集長、あなたにご報告した物ばかりなんです」

 

編集長「お前、そんなことで俺を疑うのかよ。それなら、その道のプロだって…」

 

新聞記者「プロは一つか二つの専門技術を仕上げれば終わりです。広範な技術を大きなことに使い、誇示しようとするのはアマの仕業です。編集長、あなたは今、完璧に隠匿技術を使いこなせるのは自分しかいない。そう確信してるからこそ、それを指摘されて焦ってるんじゃないんですか。いつもの冗談もとばしてませんし」

 

指摘のとおり、編集長の額には汗が。さっきまで寒いと言っていたのだが。

 

新聞記者「あなたの部屋を調べれば、いずれ時期が来たときに出す予定のリークの証拠も出てくるはずです」

 

編集長「調べるって、何だよそれ…お前刑事気取りかよ」

 

新聞記者「ジャーナリストです。新聞社全体に呼びかけて取材協力を申し入れたら、あなたの立場では拒否もしませんよね、編集長」

 

新聞社が手にしようとする大スクープを、一編集長が止められるわけもない。ぐうの音も出なくなる編集長。

 

新聞記者「それに、私が疑った理由はもう一つあります」

 

編集長「なんだ、なんだよもう一つって!あるわけねえだろが!」

 

新聞記者「私が匿名リークについて最初に話した時、編集長の説得が滑らか過ぎたんです。まるで最初から全部信じてたみたいに。あれも、自分が正しいって誇示したかったんですよね」

 

そこまで言われると、編集長は吹っ切れたように笑いだし、改めて新聞記者に向き直る。

 

編集長「ははは、そうだよ。俺は正しいんだ。だからお前にも納得してもらおうと思ったのによ」

 

新聞記者「ここまで嘘を重ねておいて、ですか」

 

編集長「なあに、俺が選挙に出馬した暁には、新聞に出すつもりだったさ。実はこの俺が救世主だったとね」

 

新聞記者「救世主?あなた一人が政治家になったところで世界を救えるはずが…」

 

編集長「他の政府要職や外国でも、俺の息のかかった人間がなる予定だ。お前が取材したちょうどいい連中がいるだろ」

 

新聞記者「でもあなたは、救うために一度世界を壊した!」

 

編集長「国乱れて忠臣現るって奴だよ。既存の連中ではどうしようもない窮地を救うから伝説になるんだ。国民も盛り上がっただろ?」

 

新聞記者「私はあなたのそういう考えを言ってるんです。あなたは自分が成り上がるためなら何でも利用するんでしょ!今支持を得ようとしてる国民でさえ!」

 

編集長「正義の公僕は自分のことをこれっぽっちも考えず、国だけを守る。そんな考えは世界には通用しねえと思うな」

 

新聞記者「あなたが世界の何を知ってるっていうんですか?」

 

編集長「お前、まだ俺がただの一編集長だと思ってんのか。俺はお前よりも、この世界の誰よりも広い世界を知ってるんだよ」

 

新聞記者「何を…言ってるんですか」

 

編集長「俺は平行世界を渡る者、次元連続者(パラレル・ターナー)だ。俺は次元を渡る力で、お前らの知らない平行世界を見てきたんだよ」

 

新聞記者「パラレル、ターナー…」

 

新聞記者にはその意味が呑み込めない。SFで聞いたような話だ。この期に及んで、そんな誇大妄想を言い訳にしようというのだろうか。

 

編集長「ドン引きじゃねえか。疑うなら、お前も俺と一緒に次元を渡ってみるか?ただ、お前は余計な好奇心を出し過ぎた。向こうの俺に始末を頼むとしよう」

 

編集長が新聞記者の腕をつかむ。

新聞記者「やっ、放してください。大声を出しますよ!」

 

編集長「やってみろよ。誰か来たころには、殺しと違って死体も犯人も残ってないけどな」

 

新聞記者に体験したことのない感覚が襲ってくる。編集長の方に体が引きずり込まれ、そのまま沈み込んでしまいそうな、そんな自分が揺らいで消えそうな感覚。

まさか、編集長の言うことは本当なのか。話だけではついていけなかったけど、こんな大それたことをするならあり得る話だ。でも編集長を自分はどこかで信じていたかったのかもしれない。そんな人ではないと。このまま、自分は見も知らぬ世界で始末されるのか。

 

その時、新聞記者の片腕をつかむ者があった。その腕を引っ張られた途端、新聞記者を襲っていた消失の感覚が消える。振り向くと、新聞記者の腕をつかむ、襤褸切れを纏った男の姿があった。

 

編集長「なんだお前は?どうやって俺の邪魔をした!」

 

革命家「俺はお前たち次元連続者の征服に仇なす者。お前たちの間では、革命家の二つ名で知られている。今はその女を次元移動から引き戻してやった」

 

新聞記者「助けてくれたのはわかったから、いい加減腕を放してもらえます?」

 

革命家「ダメだ。死ぬぞ」

 

編集長「革命家…俺たちの宿敵って噂の奴か。お前ならこの世界じゃ身元不明で終わるだろう。殺してやるよ!」

 

編集長は懐に手を入れるが、すかさず革命家が蹴りを入れる。編集長は倒れ、懐から拳銃がこぼれ落ちる。

 

新聞記者「拳銃まで持ってたなんて…それと戦う時に急に腕引っ張らないでもらえますか?もう十分でしょう!」

 

革命家「命の危機で助け方に注文を付けられるとはな。だがまだ終わっちゃいない。あいつは次元移動する能力を使った時、仲間と連絡を取った。お迎えが来るぞ」

 

 その言葉通り、突然夜空に巨大な空母が出現する。こちらに向かって降下してくると、倒れたままの編集長に光を浴びせる。編集長はその光の中を浮遊し、UFOさながらに空母に回収された。そのまま空母は飛び去り、夜空へと消えていった。

 

新聞記者「今のは敵の兵器?でもあれなら私達にも攻撃できたはずなのに…」

 

革命家「それは俺がついていたからだ。俺はあいつらの兵器も何機か鹵獲している。あいつらも末端の任務のために、俺と全面戦争しようとは思わないだろう」

 

新聞記者「編集長が末端!?いったいどれだけの組織だっていうんですか…」

 

革命家「どうしても聞きたいか、お前。聞けば元の生活に戻れなくなるかもしれないぞ」

 

新聞記者「それでも知りたい。一度自分で追いかけた真実は、最後まで突き止めないと」

 

革命家「いい覚悟だ、気に入った。まずは俺が何者かから話そう。俺はあいつらの仲間だった」

 

 革命家はかつて次元連続者の仲間として生まれた。次元連続者とは、平行世界の自分と入れ替わることで、平行世界を移動する能力を先天的に持った人間のことだ。彼らはテレパシーで平行世界の自分と連絡を取り、両者の合意のもとで入れ替わる。平行世界の自分と立場を入れ替えるという前提で、何度でも次元を行き来できるのだ。新聞記者をさらおうとした時のように、触れている者を巻き込んでの移動もできる。ただし入れ替えであるため、向こうの自分にも同等の質量を巻き込んでもらわないといけないらしいが。また、革命家はさっき次元移動に介入できたが、自力で次元移動はできない。入れ替わるべき次元連続者たちからは裏切者として切り捨てられているからだ。

平行世界の自分と入れ替わる現象は数あるが、意図的に行使できるのは、次元連続者たちしか確認されてないらしい。この能力により次元連続者たちは無数に広がる平行世界の存在を生まれながらに知っており、そして自分が存在する次元全ての統一をたくらんだ。革命家は疑問を抱いたが、もって生まれた力を活用すべきと考える者の数が圧倒的に多い。ましてや、新たな平行世界に次元連続者が生まれるたびに、世界を支配する資質を伸ばそうと、幼少から英才教育を施している現状だ。

 

新聞記者「編集長とあなたも同じ人物?それにしては似てないけど…」

 

革命家「同じ人間と言っても出自が違う。近い世界なら影武者を務められるくらい似てるが、遠くなれば年齢も姿形も性別も違ってくる。人間の性別ですら、出生前に50%の確率で決まるというからな。だから厄介なんだ」

 

新聞記者「本当にあなた以外に反対者はいなかったの?実質的に同一人物が全ての次元を支配しようなんてそんな無茶なこと…」

 

革命家「自分にしかない力があって、先輩からの手ほどきもある。そんなエリートコースだからな。俺みたいに完全な自由を取る方が珍しい。裏切者なら他にもいるが…そいつらは私利私欲のためだ」

 

新聞記者「じゃあ、あなたはそんなになってまで、本当に自由のために…」

 

革命家「女というのは、どうして人の格好にケチをつける。俺はあいつらが本格的に動き出してから邪魔するのが基本。この世界の服なんて用意してる暇はない」

 

新聞記者「その、ごめんなさい。でも女じゃなくてもその格好は心配すると思います」

 

革命家「女で括られるのは嫌か、じゃじゃ馬だな。俺も次元連続者なんて枠組みに、自分も世界も組みこまれるのが嫌いだっただけだが。こうしてあいつらに反抗してからも、あいつらお約束の二つ名で呼んでくる。次元連続者よりはましかと思うが」

 

新聞記者「ああ、革命家はそう呼ばれただけっていう…次元連続者よりは変な人じゃなかったんですね」

 

革命家「お前、仮にも命の恩人にズバズバ言ってくるな。次元連続者の考えてることは俺にもわからん。すべての世界を救うために支配しなきゃならないなんて言われてきたが、本当にあいつらだけで救えるのかもわからん。世界の危機なら、支配する人間よりも自由な人間が、自分の意思で立ち向かわなきゃならないはずだ。だから世界支配の任務なんて放って飛び出してやった」

 

新聞記者「世界を救うって編集長もそんなこと言ってたけど、世界の膿を出し切ってから支配するってこと?でもそんなすべてを利用するやり方なんて…」

 

革命家「そう、俺もお前も知ってしまえば許しておけない。俺たちにも支配者を見極める責任があるはずだ。もちろんこの世界の奴らもだ」

 

新聞記者「編集長は帰ってくると思う?」

 

革命家「あいつはしばらく雲隠れだろう。交代要員が手配されるだろうが、俺を警戒してのことだ、しばらく滅多な人材は派遣してこない」

 

新聞記者「そう、なら私はその間に、この世界の人たちに考えてもらいたい」

 

革命家「ほう、次元連続者に見放された今、この世界を立て直す気か」

 

新聞記者「前々から真実を突き止めた時に、それを公にする方法は考えてたの。みんなに冷静に考え直してもらうために」

 

革命家「俺はこの世界でしばらくにらみを利かせるつもりだったが、お前の仕事の雑用なら手伝ってやってもいい」

 

新聞記者は早速、新聞社に掛け合って編集長のデスクや、部屋を確認する。新聞社は編集長と懇意だった新聞記者の頼みを聞いてくれた。やはりそこには、匿名のリークに使われた証拠一切が残っていた。だがこれは新聞社で記事にはしない。新聞記者は自分が突き止めた事実を文章にまとめ、知り合いの出版社に持っていく。それはノンフィクションをにおわせるような、フィクションの体の小説として発表された。

次元連続者のことは書いていないが、それでも一人の人間が成り上がりをもくろんでスキャンダルを暴露したという内容は、全世界で反響を生んだ。これにより、なし崩しで決まりかけていた世界中の選挙も振出しに戻った。国民が自分で考えることを選んだからだ。糸を引いていた編集長がいなくなってなお、そのお零れに期待していた政府関係者からは恨みを買った。だが、そちらの仕業だと思われる圧力や武力の行使は全て革命家が食い止め、しかるべき場所に突き出していた。どうやら彼が務める雑用とはこういうことらしい。残った候補者の中から、後がないと自覚した憂国の傾向が強い者が、後釜に選ばれていくだろう。

 

革命家「驚いたな。この世界はお前の言葉で少しずつ立ち直りかけている。しかし、なぜお前の新聞社ではなく、小説にした?」

 

新聞記者「人間は、虚構を通して真実を見た方がいい時もあるのよ。編集長と同じようなリークでこれ以上傷を広げるよりは、こうして虚実を混ぜることで、読んだ人が信じたいものを信じられればいい。それが自分の意思で考えるってことじゃない?」

 

革命家「そうかもしれん。この世界は自由を得た。俺も次の世界に行かなくては」

 

新聞記者「それなら私も連れて行ってくれない?私もあなたのように、自由のために戦いたい」

 

革命家「いいだろう、お前は十分強い。一つ言っておくが、俺たちの敵は星の数ほどいる。一生かけても戦う気があるか?」

 

新聞記者「望むところよ。この機を逃したら、自由に生きてるっていえなくなるもの」

 

革命家「そこまで言えるとは期待以上だ。荷物をまとめてこい。船で出発する」

 

それからまもなく、彼らは鹵獲した次元移動用の戦艦で出発した。彼らは次元統一を食い止め、自由な意思を守り続ける。その道のりが果てしなくとも、自由に続いていると信じて。

 

一方、空母に回収された編集長は本部に帰還して手当てを受け、今回の任務について報告していた。

 

編集長「…というわけで、部下の女と革命家さえ始末できれば、あと一歩であの世界は俺の物だったんすよ。いや、俺が初めてでうまくできなかったとかじゃないですから」

 

それを聞いてるのは、彼を空母で回収するように手配した彼の先達。既に十数もの次元を支配し、次元渡航用の次元戦艦や次元空母などの主力艦隊を取りまとめる彼は、30代半ばでありながら、畏敬を込めて将軍と呼ばれている。

 

将軍「フン…貴様は仕事の手際は良かったようだが、相手を甘く見過ぎたな。まず女ひとり始末するために同僚の手を煩わせただろう」

 

編集長「それは、その、本気で始末とかじゃなくって、俺の偉大さを知ってくれれば、上司のよしみで助けてやったとか、そういうノリで?」

 

将軍「上司のよしみで助けてやりたければ、自分の責任でやれ。こちらはよしみなど持っていない」

 

編集長は冗談めかして答えるが、身もふたもなくはねつけられる。

 

将軍「加えて、革命家を拳銃で始末する気だったらしいが、それが通用する相手だと教えたか?奴は次元戦艦を何機か奪取しているほどの狂犬だ。しかも貴様のように、確実に止められる初心者の征服を主に妨害している。奴と遭遇したら引けと言わなかったか?」

 

編集長「何が違うっていうんすか?俺もあいつもアンタも同じ自分じゃないですか!アンタだって戦艦を奪われてる!何で俺が尻尾巻いて逃げなきゃならないんだ…」

 

将軍「初心者狩りにさらされた者は皆貴様と同じことを言う。だが、我々は立場上同格であっても、場数が違う。貴様も戦いたければ場数を積むまで生き残れ。下手をすれば捕虜になっていたぞ」

 

編集長「じゃあアンタは…アンタはあいつと戦えるっていうんすか!」

 

将軍「無論だ。たった今決定が下りた。次に革命家が現れた時、始末するのはこの私だ」

 

編集長「それも、アンタより上の決定すか」

 

将軍「ああ、中途半端な戦力を派遣するだけでは鹵獲されるか、撤退に追い込まれるだけだと、総統が判断なさった。貴様は別の世界でやり直せ」

 

編集長「な~んでアンタに譲ってやらなきゃなんないのかねえ。俺の計画を台無しにした元部下にも復讐してやりたかったのにな~」

 

将軍「私は譲られたつもりは無い。貴様等の無念を背負い、必ず奴を叩き潰すつもりだ。総統のためにもな」

 

将軍はさっきまでの編集長を咎める眉をひそめた表情から変わっている。編集長もまた、復讐の同志と認めているような真っ直ぐな目つきの真剣な顔だ。

 

編集長「なんだ、アンタもムカついてたんすね。それにアンタなら派手に爆撃してくれそうだ。あと、前々から気になってたんすけど、アンタの話ってオチがいつも“総統のために”っすよね。お堅いアンタなりの冗談すか?」

 

将軍「私は総統を冗談にするなど恐れ多いことをした覚えはない。口を慎め!」

 

編集長「うっわマジ切れっすか。総統に相当シンパ…いや、すいません、もう言いません、放してください」

 

激昂した将軍に胸ぐらをつかまれて、編集長もさすがに平謝りする。

 

将軍「貴様も総統の派閥に入れるかどうかの瀬戸際だと忘れるな」

 

編集長「もう言いませんって、どんな冗談でも笑わない人だってのはわかりましたから。俺今から新天地で頑張ってきま~す」

 

編集長はそそくさと立ち去る。

 

将軍「革命家め、私が鍛えた中では逸材になりそうな男だったが、その力でいつまでこんなことを続ける。終わりが見えないなら私が終わらせてやる。徹底抗戦しようとな」

 

次元連続者の矜持をかけて撃滅を誓う将軍。次に革命家が狼煙を上げるとき、そこが戦場となるだろう。

 




いかがだったでしょうか。
今作はSFで起きるパラレル・ワールドの自分と入れ替わってしまう現象を下敷きにしています。そこからヒントを得てできたのが、「任意でパラレル・ワールドの自分と入れ替われる能力者」が自分同士で連携し、自分が認知する限りの世界を手にしようとするもの。次元移動能力者として、一つの究極形を目指しています。

将軍と革命家の再戦を期待させる引きで終わりましたが、革命家が新たな征服活動を察知して妨害にかかり、将軍と戦うのはまだ先の話。次元連続者の征服活動を描写していきますが、今回のように失敗するか成功するかは場合によります。

ここまで読んでくださった方は、引き続きお楽しみいただければ幸いです。


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人物紹介

感想でご指摘を受けたこともあり、登場人物の紹介をば。次元連続者たちは近い世界のそっくりな自分と入れ替わって、戸籍を受け継いで潜入するのが基本なので、偽名を使い分けてるようなものですが。ここでは元々の世界の本名を記載。


新聞記者:多耳(たじ) 真理(まり)

 

キャリアそこそこの若い女性。大手新聞社の政治部門で、多くの政治情勢を記事にして、第一次元での同時多発スキャンダルも丹念に取材した女性記者。勘が鋭くて、一度気づいたことはとことん突き詰めるジャーナリスト気質。一方で思いつめやすい所もあり、女だと思って気安く接してきた相手に、すぐ噛み付いてしまうことも。

編集長はそんな彼女の話も真摯に吟味してくれるため、上司と部下として上手くやっていた。だが、彼女が報告していた匿名リークの手法が悪用され、嘘で丸め込もうとしていたという裏切りを最初は受け止められなかった。

権力の解体で揺れる世界に、オブラートに包んだ真実を発信した後は、革命家とともに次元戦艦で出発、革命家の仲間として、次元連続者との戦いに身を投じていく。

名前は、質問癖から苗字を、真実にこだわることから下の名前を決めました。ちなみに、「たじまり」の文字を、下記の「はざま」と一文字取り変えると、「はじまり」になる。

 

 

編集長:(はざま) 次郎(じろう)

 

気さくな中年男性。多耳真理の上司。多耳真理のいた世界で名前の通り、次男坊として生まれる。上に一人兄弟がいるためか、軽口が達者で他人を乗せやすい。幼少期は年上ぶる兄の横暴も、上手いことかわしていた。次元連続者であると自覚してからは、将軍などの先輩に連れられ、次元戦艦が跋扈するような支配下の世界を見て、自分の力を誇示したい支配願望を抱く。

中年の年になるまで、マスコミで情報を集め、多耳真理からのリーク偽装法を習得し、匿名のリークで火をつけて、権力者たちを失脚させた。しかし、その要領の良さと自己顕示欲があだとなり、多耳真理に感づかれてしまった。海外の政治家と組んだおかげか拳銃まで用意していたが、それも慢心の元となって、革命家に一蹴された。目上と目下では口調が変わっているが、軽口を叩くのは同じである。

名前の由来は、間=間者、次郎=次=つぐ=告げ口である。

 

 

革命家:角家(かどや)(みこと)

 

鬚や髪が伸びていて老けて見えるが、その印象よりは若い男性。次元連続者の一人だが、次元統一に反発し、最初の任務の時点でこれを放棄、脱走して次元連続者の反対勢力となる。ぶっきらぼうな性格で、言葉遣いはそっけなく、服はいつも質素な上下に襤褸切れを纏ったもの。初対面の女性の腕を引っ張りまわして救出しては、誤解されるというようなこともしばしば。しかし、人間一人一人の自由、自主性を重んじる信念の持ち主。同じような信念を世界に問いかけた多耳真理を認め、仲間にした。

次元連続者の征服活動を察知しては、尻尾を出すまでつけ回し、ここぞのタイミングで実力を持って妨害する。これは、戸籍を持った社会人風の次元連続者に対し、いかにも不審者な彼が正面から因縁をつけるのでは明らかに不利だからである。次元連続者からは裏切者認定され、彼本来の次元移動能力は入れ替わる側に拒否されているので使えない。よって鹵獲した次元移動用の次元戦艦を使う。次元連続者の元を脱出したころには駄賃として一機奪っただけだったが、その後追っ手を倒すごとに、鹵獲して数を増やしている。それでも多勢に無勢だが、実力的には次元連続者の中でも警戒されている。初めて征服活動を行う次元連続者を初見殺ししたり、手薄になった支配領を奪還したりしているのだから、なおさらである。

名前の由来は、漢字を全て音読みして並べ替えるとできる「かくめいか」から。

 

 

将軍:千堂(せんどう) 伊佐雄(いさお)

 

30代半ばの男性。間次郎の回収を手配した上官。常に厳しい態度で、間次郎の冗談にも動じない。部下のミスは徹底的に追及し、何がダメだったのか明らかにする。部下が甘えてきても意に介さない。一方で、上官として部下の分も含めた責任を取ろうとする義務感は強い。かつての部下だった角家命も、できれば自分か傘下の者でけりをつけたいと、何度も追っ手を差し向けている。そんな彼も、自分の派閥のトップである総統には絶対服従。作中のとおり、総統に少しでも疑われることさえ嫌う。

十数もの次元の支配に成功しており、次元の間で連合艦隊を作り、指揮する。彼の組織した次元艦隊は、次元を超えて派遣できる戦力として強力であるため、重宝されている。数機ほど角家命に鹵獲されたが、今度の戦いでは、数百機の艦隊で総力戦を仕掛けるつもりである。

名前の由来は千堂=戦闘、または艦隊の数の多さを表現。伊佐雄は、勇ましき雄ながら、総統を補佐する立場にいることから。

 

 

総統:???

 

千堂伊佐雄と間次郎の会話でのみ登場。次元連続者にいくつか存在する派閥の内、一つのトップ。千堂伊佐雄を片腕としている。そのことから、彼は軍事方面を主力とする派閥の長と言える。まだ初心者の間次郎にとっては雲の上の存在だが、千堂伊佐雄が服従するほどの統率力を持つらしい…?

 

妃:マリーア・ワネット

 

24歳のアメリカ出身白人女性。ブロンドの長髪にはっきりした目鼻立ち、スタイルもいい美女。化粧も上手く、それによって色々なタイプの顔立ちに化ける。その本質は、蒐集癖と虚栄心と性欲が底なしと言える悪女で、本作のR-15要員の一人。肉食系ならぬ飽食系。とにかく他人を誑し込むのが得意で、大体の男は初対面で落とせる。それでいて、同性から反感を買わない立ち回りも抜かりはない。すべての人間に思い通り愛されたいが故である。彼女は既に数個の次元を征服しているが、次元連続者の中に存在する派閥には属していない。彼女の方から派閥にコンタクトを取ることはあるが、取りつく島もない。彼女が派閥に入り込んだが最後、乗っ取る気であることが明白だからだ。次元連続者が世界を支配する目的についても知っているが、今は欲望の赴くままに征服を繰り返しているのも、派閥に受け入れられない要因か。

名前は、聖女マリアと悪女マリー・アントワネットを組み合わせたというある意味背徳的な由来。ここ最近の研究ではマリー・アントワネットもそれほどの悪女じゃなかったと言われているが、年齢的に妃はその研究が発表される以前の時代に名づけられたに違いない。

 

孤狼:アジノーチェスト・ヴォルコフ

 

32歳のロシア人男性。毛深く犬歯が鋭い、野獣のように強靭な肉体を持つ男。他の次元の自分を全て殺し、唯一無二の力を手に入れるために、次元連続者を裏切った。次元連続者を逃げられないように押さえつけ、噛み殺す本作のR-15要員の一人。彼は次元連続者を殺すたびに力がつくのを実感しているから楽しんでいるのであり、決してただのシリアルキラーではない…はず。酒豪であり、37度以上の酒じゃないと納得しない。燃料や消毒にも使える度数の酒を常に持ち歩いている。名前は、孤独を意味するロシア語の「アジノーチェストヴォ」と、狼を意味する「ヴォルコフ」から。

 

広告塔:金城(きんじょう)福丸(ふくまる)

 

40代くらいの恰幅のいい男性。見た目は福の神のように福々しく、にこやか。次元を超えて結成された次元経済団体連合の筆頭企業、金城グループ社長にして、派閥の副幹。胡散臭い関西弁でしゃべるが、これは商売道具とのことで、本当に関西人かどうかは不明。片手で無意識にそろばんをはじく癖がある。普段はその特徴的な外見で自社のPRもするが、彼は本当に福を呼ぶらしく、大きな不振もなく企業を成長させてきた。名前は、成金趣味の「金」「城」そして、演技担ぎで「福丸」。

 

会長:???

 

金城の電話相手に登場。アメリカ人のナイスミドルらしい。次元経済団体連合を組織して派閥とした会長であり、その経済をコントロールしている。経済資本を基盤とする派閥だが、他の派閥も数十の次元を基盤として自立しているので、他からはただ金持ちなだけとみなされている。構成員が死んでも御覧のノリであるため、ビジネスライク。金城も企業の成績で任命されただけで、業績が落ちれば当然交代となる。

 

測量士:星海(ほしみ)衛人(えいと)

 

18歳の青年。身だしなみには気を使っているが、その割には常に目元を覆うスコープを装着している。空間認識能力に優れ、目測や地図製作が特に正確。その能力で宇宙進出の際の星図の製作や、宇宙開発技術の発展をもたらし、十数の次元を支配する。超光速の宇宙船を使っていたウラシマ効果によって、余り年もとっていない。

他人との心理的距離感にもうるさく、それで派閥に入れなかったところも。しかし、物事を見極めようとする預言者には共感し、その派閥で副幹としてサポートしていくことを決意する。

 

預言者:エルハーム・ビント・ムスタクバル

 

14歳のアラブ系の少女。黒い髪と肌で、人懐っこい。占星術のセンスが尋常ではなく、星図さえあればその世界の未来を占える。また、平行世界の概念を理解していることから、預言を回避する行動をしたらどうなるかと言う、パラレルの未来も占えるので、実質的に百発百中。ただし、予言した未来を変えられないこともあれば、全ての平行世界の未来を占うのに手が回らないこともあり、万能でもない。

それまでは閉鎖的な派閥の大幹部であったために、他の派閥から予言をいまいち信用されなかったが、副幹の口添えや最初の異教の神々の襲来を予言したことから、信ぴょう性を増してきている。

名前は、エルハーム(閃き)とムスタクバル(未来)から。アラブ系の命名法則からすると、ムスタクバルは彼女の父親の名前である。

 

博士:白瀬(しらせ)百華(ももか)

 

28歳の女性。全ての学問の情報を共有し、包括的に分析する博物学を専攻とする。それ故にあらゆる知識に精通し、場当たり的に未知の機械を組み立てたり、取り調べも自分でやったりと、天才的。科学発展全般に貢献し、科学者の地位を高めることで、十数の次元を支配した。

専用携帯端末としてモバイルメディエイタ―を自作。劇中のとおり、分析や戦闘の機能を備え、支配者権限として世界中にメッセージを発信するマルチメディアとしても扱える。

彼女が異教の神々との戦いで被害を受けた事実は、その実力を認めていた次元連続者の間に大きく影響した。

名前は「しらせ」→「はくせ」→「はかせ」と、「百華」→「ひゃっか」から。

 

教授:ジェローム・モーロック

 

63歳の老紳士。この高齢でも大幹部としてまだ現役である。白瀬博士を教えたこともある教育者。最も優秀な教え子として、卒業の時から副幹の地位を約束していた。

普段は紳士的だが、数十の次元を教育によって改革し、必要なことを全て叩き込んできた辣腕でもある。

 

地獄閻魔プルードゥー

 

低次元世界の支配者の一人。低次元世界に閉じ込められて荒れていた。魔術とパワーを併用することで、空間を切り裂き、暗雲すら吹き飛ばす。笏を手持ち武器とする他、相手の業を映し出す鏡も所有する。鬼や悪魔の種族を従える。

名前の由来は閻魔の英訳「プルートー」と、亡者をゾンビ化して操る宗教「ブードゥ―教」。

 

冥府覇王ハデウス

 

低次元世界の支配者の一人で、プルードゥーの兄。低次元世界から脱出するために、人間の世界に次元の歪みを開く魔術書を送り続けていた。かつての異教の神々から進行を受けた記録をつぶさに覚えている。異種交配で次世代に生き残った合成獣(キメラ)を従える。

 

 

下衆:(ながれ)

 

ボサボサの髪に三白眼をのぞかせ、病的にやせた小男。19歳。情報操作、ハッキングの技術を持ち、ネットの裏からいくつもの次元を支配している。他人の裏をかくのは次元連続者に対しても変わらず、次元を超えて何度もハッキングやクラッキングをやらかして、他の派閥から危険視されている。

その前科から、下衆という仇名をつけられてしまったが、本人は「無責任で失うもののない下衆が一番強くね?」として、その名前を気に入っている。

情報操作によって自分の個人情報も突き止められないようにしており、彼に会うことはできても、(ながれ)というハンドルネームと年齢以外の情報は判然としない。

妃ことマリーアの数少ない悪友であり、必要なら後ろ盾になるが、ダメそうならさっさと見捨てるというドライな関係である。




物語が進むにつれ、未判明の追加情報も書いていくかもしれません。


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第二次元:妃

オムニバス方式なので、前回とは全く登場人物の異なる別次元の物語です。ラスト近くまで、昼ドラみたいな話が続きますが、これはあくまで次元連続者の話です。いろんなジャンルの話が出てくるので、オムニバスなのです。


ハリソン夫人は、最近世間から浮いた存在となっていた。夫も子供も隣人も親戚も、自分を避けている。しかし、これはハリソン夫人の人付き合いに特別問題があったせいではない。彼女の周りの人間は、彼女ではない方に味方しているのだ。

 

ハリソン夫人「こうなったのは、あの女が来てからよ…」

彼女が手に取って睨みつけた写真立てには、彼女の息子と夫、そして一人の若い女性が写った写真が飾ってある。彼女がいないときの旅行で取ったという写真だ。妻である自分を置いて子供と旅行に行くのも信じられないのに、ましてや自分ではなくこの女が一緒だなんて。

彼女は夫の秘書のメアリー・キャリー。そして疑いようもなく━夫の浮気相手だ。

 

ハリソン夫人が今の夫、ハロルド・ハリソンと出会ったのは彼が議員選挙に出馬した時のこと。地元から出馬したハロルドを同じ町の出身者として、選挙スタッフになって熱心に応援していたのがきっかけだった。選挙活動をしているうちに交際をはじめ、二人の苦労の末に選挙で当選した時には、ハリソン夫人は勝利の女神だと、ハロルドからのろけられたものだ。

当然をきっかけに結婚し、ハロルドが議員として活動する中、彼の帰る家庭を守った。ハロルドは知名度が上がってからも、「今の自分があるのは妻のおかげだ」と公言してはばからなかった。愛妻家であることは、彼の誠実なイメージの後押しにもなり、彼はまだ短いキャリアながら多くの支持を得た。その支持に彼は有効な政策で返し、次期大統領を望まれるようになる。

ハロルド本人はまだ早いからと遠慮していたが、ハリソン夫人が背中を押した。この時、ハリソン夫人は妊娠しており、「大統領になって、この子の未来を作ってほしい」と願ったのだ。我が子のための願いにハロルドは答え、その決心は全国民にも知れ渡り、親近感を生む結果となった。そして見事大統領に当選。その頃にハリソン夫人も出産。このドラマチックな展開に、ハリソン夫人もファーストレディとして内助の功をたたえられた。ハロルドは大統領として腕を振るい、息子のロナルドも素直な子に育ってくれている。

 

すべてが順風満帆、そんな時に彼に首席補佐官がついてきた。上院議長からの強い推薦で、人当たりもいい有能な人物とのこと。首席補佐官には通例となっている政治的キャリアはないが、政治補佐のスキルはそれを補って余りあるらしい。だがハリソン夫人はそんな能書き以上に、彼女の写真を見て驚いた。輝くブロンドにくっきりした目鼻立ち。元の顔もあるが、大胆なメイクに彩られ、ゴージャスに仕上がっている。スーツを着ていても目立つスタイルの良さ。社交界でも見たことのないような美女だった。女の自分も見とれるほどだから、夫はこんな女性と仕事していて大丈夫だろうか…と不安になった。しかし、夫は今や愛妻家で通っている大統領。それを裏切るなんて国民が許さない。そう考えなおして不安を振り切った。ハロルドの誠実さは私が一番よく知っている、綺麗な女性だからってなびくはずがないと。

 

ところがそれから数日後に、ハリソン夫人はメアリー本人に会うことになる。しかも、ハロルドが家に招待してきたのだ。

 

ハロルド「ただ今ハニー。彼女がこの間写真を見せた、首席補佐官のメアリーだ。彼女がぜひうちにお邪魔したいというからね」

 

メアリー「初めまして奥様。首席補佐官のメアリーです。ハロルドさん自慢の我が家が見たくて、図々しいお願いをしてしまいました。噂以上に素敵なお家とご家族ですね」

 

ハリソン夫人「ええ、よろしく…」

メアリーと会釈しながら握手したものの、ハリソン夫人は早くもハロルドの怪しさに気づいていた。

ハロルドは愛妻家である自身を、公私ともに損なわないように気を付けていたはずだ。それなのに、数日の付き合いの女性一人だけを家に誘ってくるなんて、スクープにでもなったらどうするのか。それに、もうメアリーと呼び捨てにしている。ハロルドは女性に対してはファミリーネームに敬称をつけて呼ぶような、紳士的な対応が身についている。何より、いつもの「ハニー」と言う呼び方に心がこもっていないようだ。なぜか目が泳ぎ、メアリーの方に視線を送っている。

 やはり何か怪しい。その後もディナーを御馳走しながら、ハリソン夫人は二人を注視した。

 

メアリー「おいしい…。このスープ、10種類以上の野菜からブイヨンを作っていますわね。素晴らしい栄養バランスです、流石奥様」

 

ハリソン夫人「ええ、そんなところで…」

 

ハロルド「謙遜することないさハニー。メアリーは会食に出ることが多くて、舌が肥えてるんだ。僕もメアリーにいい店を紹介されたんだ。今度家族でも行こう」

メアリーは先ほどからハリソン夫人をほめちぎっており、どうにも調子が狂う。かと言って安心もできない。同時にハロルドが、メアリーと店で食事したようなことを言っている。本当に何を考えているのだろう。

 

食事が終わると、メアリーは泊まっていきたいという。ハリソン夫人は断ろうとするが、ハロルドが彼女は迷惑にはならないからと主張する。夫婦で問答していると、寝かしつけていた息子のロナルドが、寝室から出てきた。

ロナルド「パパ、ママ、うるさくて眠れないよ…」 

 

ハリソン夫人「ごめんなさい、ロナルド。でも今お客さんがいるから…」

 

目をこすっているロナルドに、メアリーが近づき、優しく頭をなでる。

メアリー「よしよし、おねむなのね。お姉さんが子守唄歌ってあげる」

 

ロナルド「お姉ちゃん、だあれ?」

 

メアリー「お姉さんはパパのお友達よ。今夜は一緒にいてあげる。だからお姉様って呼んでみて?」

 

ロナルド「…おねえさま?」

 

メアリー「そうそう、いい子ね。かわいいあなたは~ママの腕の中~」

メアリーは何やら子守唄らしき歌を歌いながら、ロナルドを抱き上げ、寝室に連れて行く。

 

ハロルド「あの通りさ。子供の面倒見るのも得意なんだ。今夜はメアリーに任せていいんじゃないか」

 

ハリソン夫人「まあ、今回は私たちの声で起こしたからしょうがないけど…」

メアリーはロナルドの寝室で、ハリソン夫人とハロルドは夫婦の寝室で寝ることになった。ハリソン夫人はベッドに入って目を閉じてもなかなか眠れない。まんじりともせずにいると、ハロルドがベッドから出ていく気配がした。こんな夜中にベッドを出てまさか…。そっと後をつけると、ハロルドはロナルドの寝室に入っていく。扉に耳を当てると、中からはハロルドとメアリーのささやく声。やはりそういうことだったのだ。

 

それから一睡もできずにベッドの中で考えたハリソン夫人。浮気されたのはショックだが、それでもハロルドのことは愛している。離婚するつもりは無い。問題はあのメアリーの方だ。彼女はきっと、大統領になったばかりのハロルドを陥れるために近づいてきたに違いない。例えば彼女を紹介した上院議長が、ハロルドを追い落とすために…。ハロルドは私が守らなくては。私は彼の勝利の女神なのだから。

 

朝の出勤時間になると、ハロルドとメアリーは肩を並べて出かけて行った。ハリソン夫人は笑顔で見送る。メアリーに気取られてはならない。それから、早速ハロルドの紹介で知り合ったFBI長官に取り次いでもらう。そちらにメアリーの身辺調査を頼んだのだ。メアリーが政府関係の手先だとすれば、そちらから離れたところに依頼した方がいい。FBI長官のハイド・アンダーソンは半信半疑ながらも、ハロルドに悪い虫がついてはと、引きうけてくれた。

 

数日後、ハイドは、自ら調査報告書をまとめてきてくれた。

ハイド「メアリー・キャリーはシロだ。私が保証する」

 

ハリソン夫人「そんな!だって彼女はハロルドが大統領になった途端に近づいてきたんですよ!」

 

ハイド「彼女は推薦してくれた上院議長の元で実績を上げている個人秘書だし、その上院議長にもハロルドを追い落とす理由なんてなかった。全面的に大統領派に属しているからね。大統領になれば仕事も増える、新しく補佐がいるのは当然のことさ」

 

ハリソン夫人「それなら、ハロルドと彼女が浮気しているのは…」

 

ハイド「報告書を見給え。彼女は常にハロルドの公務をサポートしているだけ。レストランでの食事も、彼女が会食のために手配しただけだ。ハロルドが大統領を順調にこなせているのは、大物議員の仕事を支えてきた彼女の力あってこそだと思うがね」

 

ハリソン夫人「でもあの夜は二人で…」

 

ハイド「それも聞かれたくない仕事の話をしていただけではないかな?君の内助の功は知ってるが、だからこそハロルドも心配を掛けたくないということもあるだろう?」

 

ハリソン夫人はそんなものかしらと納得しかけるが、又違和感を感じる。報告書のメアリーの写真を見るハイドの目。あの時のハロルドと同じだ。

 

ハリソン夫人「あなたもメアリーと…」

 

ハイド「何のことかな。メアリーとは会ったこともないな。とにかくこれ以上疑わしくもないメアリーは調べられない」

 

ハリソン夫人「もういいです。あなたがそんなにだらしない人だったなんて…」

途中からメアリー呼びになってるこの人もハロルドと同じ…やはり男に彼女を探らせるのが間違いなのか。

ハリソン夫人は作戦を変えた。選挙スタッフ時代から地元の友人であった女性パパラッチに依頼した。

ハリソン夫人「そういうわけで、男がメアリーに近づいても丸め込まれるだけ。ハロルドのスキャンダルじゃなくて、そういう怪しい関係から調べ上げてほしいの」

 

トレ―ス・キャメロン「OK、そのメアリーが男に唾つけてるのを調べ上げてってことね。同じ女として許せないわ。必ず化けの皮を剥いでやるから」

 

彼女は有名人のスキャンダルを追っている反骨心の強い性格で、一方で約束は守ってくれるフェアな友人だ。トレースにメアリーの人間関係や生い立ちなどを徹底的に洗ってもらったのだが…

 

トレ―ス「コメントに困るわね…。彼女はごく普通の補佐官だったわ」

 

ハリソン夫人「どうして!?」

 

トレ―ス「彼女は今までずっと信用のおける秘書としてやってきてるみたいなの。実際に仕事ぶりも優秀。どうやら彼女に、勝手に男が寄ってきてるみたいね。あの美貌だし」

 

ハリソン夫人「でもハロルドは自分から浮気するような人じゃないわ!」

 

トレ―ス「そのハロルドなんだけど…本気らしいのよね。彼の方から誘いをかけるのが、最近は多いから」

 

ハリソン夫人「違う、そんなの…だって私はハロルドの…」

 

トレ―ス「ねえ、そんな男信じるのいい加減にやめたら?ハロルドも所詮は男だったっていうことよ。いい弁護士紹介するから、さっさと別れた方が傷も少ないでしょ」

 

ハリソン夫人「…弁護士はいい考えね。こうなったらあの女と直接対決するわ。白黒ついてから記事にして」

 

トレ―ス「私は結果が出てから記事にするのでいいけど、あなたは本当にそれでいいの?私はいろんなスキャンダルを見てきたけど、愛人がすべて悪いと決まってるわけじゃないのよ。あなたが傷つく結果になるかもしれないわ」

 

ハリソン夫人「ハロルドを支えるのが私の人生なのよ。ハロルドが堕落したっていうなら、ますますあの女を遠ざけなくちゃいけないわ」

 

ハリソン夫人が奔走している間にも、メアリーはハロルドとさらに親密になっているようだった。ハリソン夫人が断ろうとしても毎晩泊まっていく。息子のロナルドもすっかりなついてしまっている。ハリソン夫人がメアリーのことでピリピリしている間に、いつもロナルドをあやしているのがメアリーだからだ。

 

夜に泊まっている間には、家の電話にも彼女が最初に出るようになった。家に電話してくる間柄の人間であっても、大統領ともなれば陳情がらみで電話してくることもある。つまり家にも大統領宛ての電話がかかることもあるわけで、彼女が取り次いだ方がいいそうだ。確かに親戚や知り合いからの電話でも、いつの間にか大統領政権へのクレームになって辟易することもあったので、自分の方がうまく対応できるとは言えなかった。

彼女のお愛想は電話の相手にも効果的らしく、愚痴気味に電話してきた親戚や知り合いも、メアリーとすっかり打ち解けて話している。男の方は、彼女の甘い声を聴いただけで勢いが半減しているが…女が相手でも彼女にはうまく丸め込まれてしまっている。クレーマーの女性と言うものは、同性に対してもヒステリックになりがちなのだが、彼女はその感情的なクレームに対してもひたすら低姿勢に接し、相手の話を引き出していく。彼女ほどの女性の媚びが、相手の自尊心をくすぐるのだろう。

そんなわけで、彼女はこの家を中心とした人間関係を着々と我がものにしていた。悔しいが、彼女が仕事や人心掌握に長けているのは明らかだ。でも、それでも、ハロルドを大統領にまで押し上げたと評価されていたのはこの私だ。それをはっきりさせなくてはいけない。

 

ハリソン夫人は、トレースから紹介された弁護士のロー・カウス女史の取り仕切りで、ハロルド、メアリーとの争議の場を設けた。ハリソン夫人としては、ここで今までの調査結果を叩きつけ、メアリーの存在がハロルドを堕落させたと突きつけるつもりだ。たとえ、ハロルドがメアリーにほれ込んだのだとしても、道を間違えたなら止めるのは私の義務なのだから。

 

ロー・カウス「それでは、ハリソン夫人。ハリソン氏とキャリー女史への要望を仰ってください」

 

ハリソン夫人「私は、ハロルドとメアリーが不倫していることを、私個人の調査で知っています。その発端がハロルドであろうことも。それでも、私はハロルドと離婚したくはありません。慰謝料もいりません。二人が別れて、二度と接触しないことを望みます。私はハロルドに、元の生活に戻ってほしいだけなんです」

 

ロー・カウス「ハリソン夫人の要望は、ハリソン氏とキャリー女史の接触禁止のみです。これに対して、ハリソン氏とキャリー女史は何かありますか」

 

ハロルド「私が妻のある身でメアリーと交際していたのは本当です。しかし、不倫と言ういい加減な関係で終わらせるつもりはありませんでした。彼女を第2のパートナーとして迎えたいと思って、私は交際を始めたのです」

 

ハリソン夫人「ちょっと待ってハロルド!本気で言ってるの!?」

 

ハロルド「僕は本気さ。メアリーは数日の仕事の間に、大統領になりたての僕の大きな力になってくれたんだ。大統領としての人生を歩む伴侶としては、メアリー以外にいないと思えた。大統領になるまでの人生を支えてくれた君への感謝は忘れてない。でも、これから大統領としてやっていくには、どうしても彼女じゃなきゃダメなんだ」

 

ハリソン夫人「考え直してハロルド!あなたは私たち家族のために大統領になったんじゃないの?」

 

ハロルド「そう、だから君のことは愛すべき国民として幸せにする。君は僕が大統領になってから、ついてこれていない気がした。だから、普通の人生を歩んでほしいんだ。僕を大統領として、背中を押してくれただけでも、君は誇っていい」

 

ハリソン夫人「私がおかしくなったとしたら、そのメアリーのせいよ!だからその女さえいなければ元通りに…」

 

ハロルド「僕はその意見には賛成できない。確かに僕たちは変わったかもしれないが、僕が大統領を全うしていくには必要な変化だったと思っている。だからその要望は聞けない」

 

メアリー「私からもよろしいですか?私とハロルドは、ハロルドが慰謝料を支払い、離婚することで決着をつけたいと考えています。つきましては…ロナルド君の親権もハロルドの方にもらいたいと」

 

ハリソン夫人「私から…ロナルドまで奪おうというの!」

 

メアリー「ロナルド君の幸せのためです。ハロルドに離婚の責があるとしても、ロナルド君との親子仲は良好。これからの養育環境を考えても、専業主婦だったハリソン夫人には負担が大きすぎます。安心して私たちに任せてください」

 

ハリソン夫人「ロナルドはきっと、私と別れることなんて望まないわ!」

 

メアリー「では聞いてみましょう。おいで、ロナルド」

 

ドアを開けて、ロナルドが部屋に入ってくる。

 

ハリソン夫人「ロナルドどうして?今日は隣のおうちにいるんじゃ…」

 

メアリー「家族の大事なお話だから来てもらったんです。ね、ロナルド。これからはママがいなくなって、パパとお姉様と暮らすかもしれないの。それでもいい?」

 

ロナルド「うん、いいよ!」

 

ハリソン夫人「待って!ロナルド、ママと一緒のおうちにいられなくなるのよ。それでもいいの?」

 

ロナルド「さびしいけど…でもママがいなくてもメアリーお姉様が優しくしてくれるから!」

 

ハリソン夫人「そんな、そんなことって…」

 

メアリー「ロナルド君にもこうなるかもしれないと、すでに説明して、了解を得ておきました。ロナルド君が正式に私の家族となれば、育児休暇もとれますので、養育環境に問題はありません」

 

ハリソン夫人「先生お願い、何とかして!」

 

ロー・カウス「事情は分かりました。残念ながら、あなたの家族の心はもうキャリー女史の方に向いています。あなたも少しでも慰謝料を多くもらって、新しい人生を歩んだ方が…」

 

ハリソン夫人「諦めろとおっしゃるんですか…うっうっうっ、うわあああん!」

打つ手がなくなり、泣き崩れるハリソン夫人。慰めようとする弁護士。気まずそうに頭を下げて帰っていくハロルド。ハリソン夫人に何か声を掛けようとしたロナルドも、メアリーが「新しいおうちを見せてあげる」とささやくと、そちらに興味を持ってメアリーについて出て行った。

 

弁護士の尽力で、ハリソン夫人は現在住む家と土地、相当額の慰謝料を受け取れることになった。しかし、そんな金や住居など受け取ったところで何の慰めにもならない。特に、家族がいないのに、思い出だけ残ったこの家に住み続けるなどできはしない。売却するために私物を片付けていたところ、冒頭の写真立てが見つかった。

 

そんな苦い回想に浸っていると、玄関のチャイムが鳴った。片づけを手伝いに来る知り合いはないはずだ。

メアリー「いらっしゃいませんか?この家に写真を忘れたと思ってきたのですが…」

 

メアリーの声。ハリソン夫人が家族も、この思い出の家も、人生さえも失うきっかけとなった女の声だ。ハリソン夫人は写真に視線を落とし、メアリーがハロルドとロナルドと一緒にいる姿を改めて確認し、ある感情を掻きたてた。そう、殺意だ。ハリソン夫人はキッチンに向かい、ナイフを手に取る。もちろん人を刺したことなんてない。でも、私からすべてを奪ったあの女から、今度は私が奪ってやらなければ。家族を、幸せを、未来を、命を。

ナイフを後ろ手に隠したまま、ハリソン夫人は玄関に向かい、ドアをさっと開ける。いないかもしれないと思っていたメアリーは、急にドアが開いて驚いたようだった。その彼女の胸に、ハリソン夫人はナイフの刃を突き立てた。彼女の胸に深々と刃が埋まると、大きな血のシミが滲み、苦しげなうめき声をあげ、血を吐く。ハリソン夫人が突き刺した勢いで、力を失った彼女の体は倒れた。そして周囲からの悲鳴。ああ、見られていた。でもどっちでもよかった。あの女を殺せれば。ハリソン夫人はナイフを持ったまま呆然と立ち尽くし、そのまま警官に取り押さえられた。

 

その後警察の取り調べで、メアリーは重傷ながら一命を取り留めたと聞いた。そして、メアリーはこの事件はハリソン夫人が一時的な心身喪失によって引き起こしたものだから、情状酌量を望むとも。ハリソン夫人は、最初は偽善ではないかと思った。メアリーの不貞が疑われるのを避けるために、そんなポーズをとって、勝手に事件を終わらせようとしているのだと。しかい、メアリーの紹介だという刑事専門の弁護士も現れて、情状酌量を進めた。その弁護士の話では、陪審員にも話を通した者が過半数存在するという。実際の裁判も、検事の追及に対して、弁護士も陪審員も情状酌量を訴えた。その結果、執行猶予つきの懲役刑に。殺人未遂としては軽すぎるほどだが、マスコミからの批判もない。その方面でも、ハロルドと病床のメアリーが必死に情状酌量を訴えていたらしい。執行猶予で解放されたハリソン夫人は、メアリーに会いに行った。自分を殺そうとした相手を野に解き放った、その真意を知りたかったのだ。メアリー側の要望もあったことから、警察や病院も監視をつけることで渋々認めた。

 

ハリソン夫人「どうして私をかばったの?私はその、本気であなたを殺そうとしたのだけれど…」

 

メアリー「今の態度が何よりの証拠です。あなたは少しおかしくなっただけで、だからその後にずっと戸惑っています。私は今までのあなたを見て、そうに違いないと思ってたんです。大統領を支えるのは私でも、あなたがいなければ、今の大統領ハロルドは生まれなかったから」

 

ハリソン夫人「ごめんなさい、私あなたのことを誤解して、あなたに何もかも横取りされた気がして、私のことを何も考えてないと思って、本当にごめんなさい…」

 

メアリー「もう気にしないで、あなたはあなたの人生を歩めばいいわ。実はあなたにお似合いの議員がいるの。その人もあなたにぜひ会いたいと言ってたから、今度紹介するわ。そんな泣き顔じゃいけないわね」

 

ハリソン夫人「ありがとう、うっうっ、ハロルドをお願いね、うっうっうっ」

涙を抑えながら、ハリソン夫人は出て行った。監視の警察官は、ハリソン夫人に張り付いていく。病室はメアリーだけになった。メアリーは慈愛に満ちた微笑をたたえたままだ。

 

メアリー「私のためにあんなに泣いちゃって、かわいいわね。…本当に、私の思い通りに動いてくれたわ」

メアリーは、頭の中で会話を始める。しかし、相手のない会話ではない。テレパシーにより、頭の中で念じた内容を、別次元にいるもう一人の彼女自身に伝えることができるのだ。

 

メアリー「あなたの世界の大統領夫人、とうとう落ちたわよ。上手く執行猶予もついたことだし、もうすぐ離婚調停でもサインしてくれるわ。ここまで大事になれば、国民もハロルドの再婚には反対しないでしょうし」

???「あのハリソン夫人が…。あなたの言った通りになりましたね。マリーアさん」

そう、メアリーは本来の名前ではない。彼女は異次元から来て、この世界の同位体と入れ替わった次元連続者。元の世界での本名を、マリーア・ワネットという。今話している相手こそが、この世界に元からいたメアリー・キャリーであり、マリーアは同位体としてそっくりの姿をしているメアリーの身分を借りて、メアリーには別の世界で影武者をさせていたのだ。テレパシ-で連絡を取り合い、必要に応じて入れ替われる二人が、影武者として仕損じることはない。そしてマリーアがこの世界での大統領夫人となる計画も見事に達成された。この世界では超大国に当たる国の、大統領を籠絡してしまえば、他の国の高官にも近づき、実質的に統一支配してしまうことは、彼女の技量ではたやすい。

実はハリソン夫人に刺されたのも彼女の計画通り。写真立てを残して憎しみを煽りつつ、再びハリソン夫人に会う口実を作る。キッチンに目立つように置いてあったナイフも、実はすり替えておいたトリックナイフ。刺した瞬間だけ刃が引っ込み、血糊が噴き出す仕組みだ。自分で口の中を噛んで血を吐き出すという演技までして見せた。一度現行犯逮捕にしてしまえば、凶器のナイフや医師の診断などは、いくらでも手を回せる。

 

(メアリー改め)マリーア「あの夫人は、夫を大統領にまで押し上げる人生と、大統領になってからの人生、それが同じものだと思っていたのが甘かったのよ。大統領になるまでの夫婦愛という美談、それを守ってれば国政ができるわけじゃない。彼女はその引き際が見えてなかったってこと」

 

メアリー(本物)「私は少し期待していたんですけれど…マリーアさんが間に入って揺さぶった途端、崩れたのはがっかりですね。それに浮気した大統領の方も、似非紳士だったなんて」

 

マリーア「私はただ誘惑したわけじゃないわ。ただ首席補佐官の顔をして、奥さんが疲れてるみたいだからどんな相談も私に任せてって、彼を甘えさせてあげたのよ。そして、あなたは十分頑張ってるけど、奥さんの知らない世界まで来てしまったとほのめかす。職場恋愛っていうのは、奥さんの立ち入れない仕事のストレスから燃え上がるものなのよね」

 

メアリー「仕事にまじめだから、マリーアさんに頼りだしたんですね。では、FBIはどうやって切り抜けたんですか?」

 

マリーア「FBIは直接落としてないんだけどね。ただ、男っていうのは、好みの女が少しモーションを送っただけで、脈ありのような気がして大抵のことは許しちゃう生き物なのよ。少しウインクや流し目を送ってあげたり、肌を見せたりしてあげただけでね。私に気づかれないか気にしてる人たちは、勝手に勘違いしてくれるわ」

 

メアリー「それがマリーアさんのやり方…それじゃあ、議員は何人落としたんですか?」

 

マリーア「あなたもその気になって来たわね。議員くらいになると目も肥えてるから直接お相手してあげるんだけれど、その時に急所も握っておくわね。行きずりの女と思わせれば、口も軽くなるみたい。だから各派閥に分かれてるこの国の中枢も、私の声には逆らえないわ」

 

メアリー「流石です。あなたはこの世界でも“妃”になったんですね」

 

マリーア「私の話をそれだけ聞いてくれるなら、あなたもその資質に目覚め始めてるってことよ。この世界を支配したら、平時の仕事はあなたに任せるわ。私には、まだまだ脂ののった政治家が待ってるものね」

彼女の心は、数個の次元を支配しただけでは満たされない。多くの世界の妃となり、いずれは数十個の次元を束ねる派閥さえも乗っ取るつもりだ。無限の次元に散らばる国と言う宝を全て手に入れ、愛でるために。彼女の欲望は、無限の次元に匹敵するほど巨大だった。

 




次元連続者の一人、妃の物語。ハリソン夫人がかわいそうと言う感想を持ったなら、それは間違っておりません。妃のような人間が間に入ることがなければ、彼女は幸運な人生を全うできたかもしれません。ただ、彼女は幸運を自力で守れる人間ではなかったということです。
妃が嫌いになったという感想もごもっともなものです。彼女は次元連続者の中でも悪女で通ってますから。ただ、彼女は手に入れたものを宝とみなしているので、扱いは良かったりします。蹴落としたハリソン夫人にも、一応救済措置は用意したので。

作中のとおり、次元連続者は実力のある人材が近い世界の自分によく似た同位体と入れ替わることで、その世界を征服し始めます。必要に応じてテレパシーで連絡を取り、時には入れ替わるのでほぼバレず、征服のために協力している方も、影武者としての技能を身に着けていきます。
このように相互で協力しているものの、ほぼ影武者で精いっぱいな人材もいるため、そのような人間は強力な味方にはなり得ず、影武者たちがいても派閥とは呼べません。妃は、世界を支配する上で影武者は用意したものの、有力な次元連続者の協力者はいないので、派閥には属していないと言えます。

今回のみ登場の人物紹介

ハリソン夫人:今回はほぼ彼女の視点で物語が進む。ハロルドを助けることこそ人生と思ってきたが、その大前提を崩され、精神崩壊。そして今は、マリーアに救ってもらったと感謝している。元はごく常識的な女性。いや、普通のままファーストレディになったのが、彼女の不幸だったのかもしれない。

ハロルド・ハリソン:大統領。ハリソン夫人の視点では薄情者に見えるが、作中で解説した通り、大統領の職務に疲れて、難解なために家族にも相談できず…と言う状態だった。マリーア相手に数日で落ちるのは長く持った方。ハリソン夫人とではやっていけないと吐露したが、マリーアが相手じゃ仕方ないともいえる。

ロナルド・ハリソン:ハリソン夫婦の息子。大統領選挙の間、夫婦を精神的に支えた。基本的にいい顔しか見せないマリーアになついていく。離婚後も、ロナルドとハロルドは時々ハリソン夫人に会いに行くが、わだかまりは見られず、良い親戚と言った間柄。

メアリー・キャリー:この物語の悪女…じゃなくて身分を交換した方。元は普通の事務員だったが、マリーアが入れ替わった後は政治家の秘書になり、この名前を使う。議員の時代からハロルドの風評は聞いてたので、本当に落ちるかどうか疑問に思っていた。計画通りハロルドを落としたマリーアの手練手管に舌を巻く。

ここまでのメアリー・キャリーとハリソン一家は、韻を踏んだだけの命名。

ハイド・アンダーソン:FBI長官。捜査員ともども、マリーアに色目使われて落とされた。名前はhide(隠れる)とunder(下に)から。

トレース・キャメロン:女性パパラッチ。ハリソン夫人との友情は通したが、ハロルドが悪いと結論を出してしまった。名前はtrace(追跡)とcamera(カメラ)から。

ロー・カウス:女性弁護士。ハリソン夫人の利益は考えていたが、その結果ハロルドと手を切るしかないと判断した。名前はlaw couceler(弁護士)から。

妃ことマリーア・ワネットは次元連続者として、人物紹介にて記載。


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第三次元:孤狼

今回は次元連続者からの視点でスタート。


緑豊かな牧草地。勇猛果敢な遊牧民が住む土地に、オーバーオールを着た肥満気味の男は悠然と足を踏み入れた。時刻は満月の浮かぶ夜。遊牧民たちの多くは寝ているだろうが、月の明るいこの夜に見張りにでも見つかろうものならたちまち迎撃される。もちろんその男は丸腰ではない。彼の周りを取り巻く、テンガロンハットにチョッキと半ズボンを身に着けた開拓者風の集団は猟銃を備えている。中には機関銃を持つ猛者も。これなら、いかに勇猛果敢な遊牧民たちでも恐れることはない。その男は、ここを自分の牧場とするために来た次元連続者。通称・牧場主のフィード・カウマンなのだ。

 

フィード・カウマン「月は明るい満月。撃ちそこないはあるまい。狩りには絶好だなあ、おい!」

 

開拓者1「さようでございます。情報に間違いはなかったようで」

 

開拓者2「この分ですと、遊牧民の数も、我々で十分制圧できる程度かと」

 

フィード「こっちの世界のわしが、遊牧民の側から情報を流してくれたおかげだな。わしらで遊牧民に奇襲をかけて酋長を殺し、遊牧民側の鷲を新たな酋長に立てるよう命じる。そうすれば、この世界で最強の戦闘民族と、この牧場が手に入る。そうして遊牧民どもを恐れる周りの国家も支配していく。この世界の奴らも全てわしの家畜になるのだ!」

 

フィードはこの世界で遊牧民として生まれた次元連続者が、最近自らの能力を自覚し、コンタクトをとってきたチャンスを見逃さなかった。この世界の情報を遅らせ、征服するに必要な戦力を整え、次元戦艦でこの世界に連れてきたのだ。次元戦艦は奇襲作戦のためにもう帰らせたが、彼の部下は猟犬のごとくしつけられ、狩りには慣れている。

 

フィード「さて、奴らのねぐらを挟み撃ちにするぞ。前半のナンバーの者はわしと後方から、後半のナンバーの者は前方から攻める。見張りと罠には気をつけろ」

 

集団は散開し、静かに遊牧民のねぐらへと近づいていく。しかし、狩る側のつもりでいた彼らは、前方のねぐらと足元に気を取られ、後方への注意を忘れていた。突然、牧草地の草むらから人影が飛び出し、フィード・カウマンに組み付いた。

 

フィード「うわあっ、なんだ、おいお前たち!」

 

アジノーチェスト・ヴォルコフ「動くんじゃねえよ、ご主人様の首へし折られたくなけりゃな」

 

フィードの指示で銃を向ける部下たちだったが、フィードを捕まえて楯にする毛深いロシア系の男に凄まれ、発砲できない。

 

フィード「お前遊牧民ではないな、なぜ草むらに!」

 

アジノーチェスト「俺様が一味違うと見抜けるとは、腹だけじゃなく目も肥えてるじゃねえの。俺様はアジノーチェスト・ヴォルコフ、元・次元連続者にして、お前らを喰らう者よ」

 

フィード「ひっ、その名前、次元連続者だけを殺して回るというシリアルキラーの“孤狼”!?」

 

アジノーチェスト「孤狼って名前はイカスからまあいいけどな、俺様は狂った快楽殺人鬼じゃなくて実利があるからやってんだよ。覚えときな」

 

アジノーチェストが片手で掴んだフィードの両手首をねじり上げる。

 

フィード「ひぎゃああ!ごめんなさい、わしはそれしかうわさに聞いてなかったんです!」

 

アジノーチェスト「ウォハハハ!いい声で鳴くなあ、え?よし、知らねえなら俺様がお前らを殺したい理由話してやろう。なんと家畜と違って、自分の殺される理由がわかるんだぜブタ野郎?」

 

フィード「ひぐっ、許し…」

 

アジノーチェスト「俺様もなあ、お前みたいに領土拡大に血道を上げてた頃もあったぜ?俺様派閥には入らなかったが、数個の次元は支配してたわけよ。でも気づいちまったんだよなあ、もっとすごい力を手に入れる方法に?何だかわかるか?」

 

もはや泣きじゃくりながら力なく首を振るだけのフィード。もう会話で時間を引き延ばすしか考えていないようだ。他の部下が異常に気づき、遠くから隙をついてくれるわずかなチャンスを。

 

アジノーチェスト「それはなあ、全ての平行世界の同位体を殺して、俺だけが生き残ることだぜ!平行世界に可能性が分岐することのない唯一無二の存在、俺はそいつになりたいのさ!ウォハハハ!わかるか!」

 

フィードにとってはわかるはずもない。聞いたところで荒唐無稽な話としか思えなかったからだ。

 

アジノーチェスト「分からねえよなあ、お前も。分かってくれるなら他の奴らに説明させるために生かしておいてやったんだがなあ。じゃ、そろそろ死ぬか?」

 

フィード「ま、待て待て!わしの部下はまだ半分が向こうで待機している。そいつらが気づけばまだ…」

 

アジノーチェスト「そいつらは来ねえよ。半分の数で遊牧民全員を相手にしてるからな」

 

アジノーチェストの言うとおり、遊牧民のねぐらからは、徐々に追い立てられているフィードの部下たちが。

 

フィード「まさかお前が…」

 

アジノーチェスト「ああ、正確に言うと教えたのはお前らに情報を流した遊牧民だ。あいつは2重スパイをやってたんだぜ」

 

フィード「バカな、お前と組むわけが…」

 

アジノーチェスト「組んじゃいねえよ。遊牧民としての誇りを守ったらどうかと唆しただけだぜ。まあ、あいつも俺様の糧となる次元連続者に変わりねえ。お前の部下が消耗させたところを食ってやるよ」

 

フィード「お前たち、何でもいいから速くわしを助け…」

 

アジノーチェスト「無理だよなあ、飼いならされてるから。ご主人様の醜態でパニック起こしてるのはこいつらの方だぜ?ご主人様を傷つけるからどうしても動けない。家畜なんてこんなもんだぜ。さあ、俺様の血となり肉となりな!」

 

アジノーチェストはフィードの喉笛に食らいつく。鋭い犬歯でのどを食い破られ、フィードは血を吐き出し、苦痛に悶えて倒れた。フィードが死んでも、部下は動く気配がない。主を失った猟犬は、その事実を受け入れられないのだ。

 

アジノーチェスト「また力が湧いてくるぜ…おいお前ら、俺様が命令してやる。向こうのお仲間に加勢しろ。撃ち殺されたくなけりゃな」

アジノーチェストはフィードのオーバーオールのポケットから、リボルバーを頂戴していた。もはや行き場のない部下たちは、遊牧民たちと開拓者の戦う戦場に飛び込んでいく。

 

その後、数を増した開拓者たちによって、遊牧民は制圧された。後からやってくるアジノーチェスト。その姿を見て、ひとりの遊牧民の若者が何かを訴えようとしたが、その寸前でアジノーチェストにリボルバーで撃たれた。

 

アジノーチェスト「ご苦労、勇敢な遊牧民君。お前は楽に死んで良いぜ」

 

目当ての次元連続者二人を殺したアジノーチェストは、酒を持ってくるように命じる。開拓者たちは、フィードが持ってきていた牧場産の最高級ワインを持ってくるが、アジノーチェストはグラスに注がれたそれの匂いを嗅いだだけで首を振った。

 

アジノーチェスト「分かってねえなお前ら。俺様にとっての酒は最低でも37度以上、それ以下は水も同然なんだよ。もっと強い酒もってこいオラ!」

 

仕方なくあちこちを探してようやくウィスキーを持ってくる開拓者たち。アジノーチェストはそれを何本も開けていく。ほどほどに酔いが回ったと見えたところで、アジノーチェストの手が止まる。グラスに新しく注がれたウィスキーの匂いを嗅ぐと、それを注いだ開拓者1をにらむ。

 

アジノーチェスト「毒を仕込みやがったなお前…」

 

開拓者2「いえ、滅相もありません…」

 

アジノーチェスト「俺の鼻はごまかせねえんだよ。しかもこいつはそこらの農薬を使ったとかじゃねえ、飛び切り強力な神経毒だ。そして俺様が最初に注文した時のワインではなく、今のウィスキーに毒を仕込んだ。お前、俺様の情報をある程度握っていたってことか?」

 

開拓者2「見抜かれては仕方ない。私は上から配備された。孤狼が出たら手段を選ばず抹殺せよと!」

 

開拓者2が拳銃を抜こうとするが、アジノーチェストがリボルバーを撃つ方が速かった。

 

開拓者2「なぜ、そんなに素早い反応を…」

 

アジノーチェスト「俺様はこの程度じゃ酔っちゃいねえ。それに次元連続者でもない人間に殺されやしねえよ。お前は眼中にない」

 

開拓者2も殺され、もはやこの世界の征服活動は完全に頓挫した。アジノーチェストも次の獲物を求めてこの世界から去る。

 

アジノーチェスト「次元連続者の連中も本気だな。俺様と奴らのバトルロイヤル、必ず食い尽くしてやるぜ。唯一無二、俺様だけ勝ち残ればいい」

 

それから数日後、牧場主のフィードの派閥では、定時連絡がないことから、彼の失敗には気づいていた。現地調査したところ、生き残りのメンバーから、既に去った孤狼の仕業と判明する。一応の対策も講じていたのだが、それも看破されたと。その一連の流れは、派閥の上層部に報告された。

 

金色の装飾に縁どられたオフィスの一室で、電話をかけている恰幅がよくて福々しい笑顔の男。彼が、牧場主の派閥のNo.2、副幹の役職を務める金城福丸だ。

 

金城福丸「わてもびっくりですがな。酒好きの孤狼はんは飲ませれば、ヤマタノオロチみたいにイチコロや思っとったんですけどなあ」

 

電話の向こうの相手は彼より上の派閥のトップである大幹部。通称・会長だ。

 

会長「ロンリーウルフはその大胆さに反して警戒も怠らなかったということだろうね。隠し玉を各所に配備するだけでは足りなかった、OK?」

 

金城福丸「せやなあ、やっぱり殺すのは皮算用ではあきませんわ。はあ~あ、それにしても牧場主はんが死んだ損失はいくらやろか。あの人ワンマンやったから、もう数個の次元の牧場で統制が取れへんのですわ」

空いた手でそろばんをはじき始める福丸。数字のことを考えると無意識にそろばんをはじき始める彼の癖である。

 

会長「フーム、噂ではロンリーウルフだけでなく、我々の真の敵も動き出すそうだ。私もそのための体制を整えたいが難しくてね。例の派閥の副幹・ミセス書記にもぜひ協力をと誘いをかけたんだが、例のごとく断られたよHAHAHA!」

 

金城福丸「会長はん、その年でナンパとはお盛んやなあ。書記はんは若いべっぴんさんやのにもうお局でっせ。簡単には引き抜けんわー」

 

会長「そうでなくとも、他の派閥とのつながりは欲しい所。次元戦艦を借りているミスター将軍はどうだい?」

 

金城福丸「将軍はんは頭固すぎてあかんなあ。色々しょい込みやすい人や。軍事力はあっても負債の匂いがするわー」

 

会長「我々は物資は豊富でも戦力では劣る。そこを補えればベストなんだがね」

 

金城福丸「派閥のみんなにもよく言っときますわ。それにしても、何でわてらの派閥と組んでくれる人はなかなかおらへんのやろ」

 

会長「金持ちが被害にあっても、外からはプラマイ0とみられるものさ。マイナスがあることには変わらないのにね。ミスター広告塔、君も気を付けてくれよ」

 

金城福丸「わてが被害にあった時は副幹も降りんならんしなあ。後はいつもの運しだいやで。グッドラックや会長はん」

各派閥は、次元連続者が次元を束ねてまで対抗すべき真の敵、その到来を予感していた。

 




孤狼が言っている、平行世界の自分を全て亡き者にして、自分だけが唯一無二の存在になるっていうのは、時々SFである設定。洋画の「ザ・ワン」とか。どこかの次元で、孤狼はそれを確信してしまったようです。次元連続者からは連携を保つために、狂人呼ばわりされてますが。

第一話で革命家がやって見せた通り、次元連続者は他の次元連続者に捕まれていると、双方とも次元移動が不可能と言うことに。複数の同位体で、他の同位体と入れ替わるのが、パラドックスにあたるからです。テレパシーによる連絡まで阻害されます。孤狼はそれを利用して、牧場主を最初に封じました。

それと、派閥は数十の次元を支配する大幹部がまとめている設定。その大幹部が補佐として、十数の次元を支配する次元連続者を副幹として任命します。この形式の派閥が複数存在し、大幹部や副幹は互いに実力者と認識し合っています。


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第四次元:預言

今回は完全に一人の次元連続者の視点からスタート。


僕は次元連続者の一人、星海衛人(ほしみえいと)、通称・測量士だ。この度とある派閥の副幹に指名された。まあご指名でNo.2に昇格できるのはめでたいことなんだけど、どうも話が一方的だ。

第一僕はその派閥に属していない。無所属でも十数の次元を支配してるから、十分副幹の資格はあるけど、それにしても全く関係のない僕をいきなり副幹に置けるものなのか。第二に、その派閥は外部への情報が少なく、閉鎖的なところがある。僕を指名したという派閥の大幹部は、占星術の伝承者らしい。はっ、今時占いって。僕も星を見るのが仕事だから関連性はあるかもしれないけど。まさか箔をつけるために僕を呼んだんじゃないだろうか。これからお目通りだけど、そうと分かればお断りだ。今まで目の曇った連中の勧誘を断ってきた僕の御眼鏡にかなうはずがない。

 

大幹部の部屋まで案内されると、案内してくれたターバンの男たちとベールの女たちは帰っていく。

 

星海衛人「ちょっと、部屋のカギは開けてくれないんですか?」

 

ターバン男「部屋のカギは開いております。預言者様は必要な時以外にカギを掛けないのです」

 

ベール女「今回はあなたと1対1で星の話をしたいとのことで、わかりかねる私たちは席を外させていただきます」

 

初対面の僕と大幹部を二人きりにするのか?それとも部屋には部下が隠れているのか?どちらにせよ舐めているとしか思えない。僕はさっさとドアを開けて、部屋に入った。

 

その部屋に入って思わず部屋の内装に見とれてしまった。天井は見事なプラネタリウム。僕が見る限り星の位置や微妙な動きが正確に再現されている。天井からの距離的にも観察しやすい。どうやら人工衛星からの映像を縮尺調整してリアルタイムで再現しているらしい。壁にかかっているのは、占星術に使うであろうホロスコープ。古いものから新しいものまである。それぞれ独特の解釈の違いがある代物で、見る限り本物の骨董品だ。これがインチキなら、全ての品を自分の理論に合わせておくはずだ。

 

預言者「やはりあなたは星に熱心な人みたいね。さあ、どうぞこっちへ」

 

対天井や壁に気を取られてしまった。部屋の中央にカーテンで仕切られた一角から、声を掛けられた。ずいぶんと若い女性の声だ。近づいて「失礼します」と断ってからカーテンを開ける。

その中にいたのは想像よりも幼い少女の姿が。黒い髪と肌から見るに、アラブ系らしい。この年で大幹部とは…それとも傀儡なのか。

 

預言者「あなたは運命って信じる?」

 

星海衛人「運命?お嬢さん、僕はもうそんな年じゃないんですよね」

 

預言者「信じないって答えでいい?そんなお兄さんの未来を見てあげる」

 

預言者は目の前のテーブルにあるホロスコープを操作し始める。占星術で人を占うなら星座などが必要なはずだが、それも聞かないのか。僕が見ていると、彼女の手がほどなくして止まる。

 

預言者「お兄さんがあたしの派閥に入ってる未来が見える」

 

星海衛人「ただの勧誘とは拍子抜けですね。それに今のは占星術とは違うのでは?」

 

預言者「占星術はあくまで星を見るための手段。私は星の運行を見れば運命もわかるの」

 

星海衛人「しかし僕が入らなければそれも意味がないようですね。話はそれで終わりですか?」

 

預言者「他には、お兄さんの管轄する5番目の星のひとつが軌道を変えたみたいだけど、これの意味がよく分かんない。星図にも載っていない星だし…」

 

僕の星が軌道を変えた?まさかエラーか!僕はカーテンの外に出ると、その星にテレパシーで連絡を取る。そちらではまだ異常は起きていないけど、このところ点検をしていないようだった。僕が巡回した時に点検してもらうつもりだったとのこと。少し任せておいた間になんてずさんな管理だ。調べさせると推進機関に故障が見つかったので、緊急停止させた。念のために確認してしまったが、本当に軌道が変わりそうになっているとは。

しかし、本来なら他の派閥の連中がこの星を知っているはずがない。なぜなら極秘裏に小惑星を改造した人造の星なのだから。だから星図にも載っていない。ましてや広い宇宙でステルス状態にまでして動かしているのだから、探しようがない。人造の星とはいえ、僕が5番目に管轄してるのに間違いはないが、製造ナンバーまで知っているのか?あなどってはならない情報網だ。ここは占いを信じられなくとも、彼らの側についておいた方が…。

好意的な今のうちに返事をした方がいい。返事を待たせて焦れさせると、後の交渉で主導権を取られてしまう。

 

星海衛人「やはり、あなたの派閥の情報網は本物のようです。僕も加えさせてもらうことにしますか」

 

預言者「良かった信じてもらえて!さっきの預言はお兄さんの未来、つまり10日後にはお兄さんの身が危なかったんだよ!」

 

それを聞いて又驚かされた。僕は確かに10日後に抜き打ち検査に行くつもりだった。僕の身ひとつで転移して向かえばいいので、自分の頭の中で予定を立て、誰にも話していない。これは情報網で探り出せることではないはずだ。そういえば、故障のことも彼らが人造惑星を知っていたところで見当のつく話じゃない。外部からの調査や細工など不可能な代物なのだから。

そして僕が派閥に入ることまで言い当てた。これはどうやら本物だ。物事の真実を見極める、本物の目を持っている。この人となら、僕も世界を新たな視点から見られるかもしれない。

 

星海衛人「前言撤回、あなたの予言を信じるとしましょう。ご存じと思いますが、僕は測量士の星海衛人。あなたのお名前は?」

 

預言者「あたしはエルハーム・ビント・ムスタクバル。これからよろしくね、お兄さん」

笑顔で差し出してきたエルハームの小さな手を、やや戸惑いながら握り、握手する。何とも初対面の僕に対して馴れ馴れしい。部屋の鍵をかけていないことと言い、いつもこうなのだろうか?

 

星海衛人「それで、僕を選んだ理由はなんですか?僕はあなたのもとで何をすれば?」

 

エルハーム「お兄さんを選ぶ時が来た。そう運命が教えてくれたの。お兄さんが見てきた星の知識を、星図に生かせばさらに多くの世界を占えるって」

 

確かに僕は測量士として多くの宇宙を観測して星図を作り、星の運行も正確に把握している。天文学の発展や宇宙進出を予定している世界からはほぼ間違いなく星図を依頼され、次元連続者が住まう宇宙の位置関係はほとんど知っている。

 

星海衛人「僕はあなたの占星術を盤石にするために呼ばれたと思っていましたが、なぜ他の世界まで占う必要が?」

 

エルハーム「全ての世界に迫ってるからよ、あたしたちの真の敵、異教の神々が」

 

異教の神々━それは僕たち次元連続者が全ての次元の力を結集し、倒すべき敵とされている高次元の存在だと聞いたことがある。しかし、そのための備えをするように警告はされているが、僕が知る限りではまだどの世界にも現れていない、理論上の存在のはずだ。正体不明だからこそ「異教の神々」なんて抽象的に呼ばれている。僕みたいに信じるふりして上層部に話を合わせている次元連続者の方が多いんじゃないだろうか。

 

星海衛人「占星術でそうとわかったのですか?一体異教の神々とはなんなのですか?」

 

エルハーム「天文学の研究資料として、星図を公開している世界の未来を占ったら、見えたの。異教の神々と戦う次元連続者の一人が。でも戦ってはいけない、相手は伝説以上に恐ろしい存在だったの…」

 

僕は彼女が見た近い未来の戦いを詳しく聞いた。確かにそんな結果になるなら、戦うべきではない。戦っていた次元連続者も副幹として実力はある人だが…相手が悪すぎる。

 

星海衛人「そのことはもう本人に伝えましたか?」

 

エルハーム「うん。急いで『あなたの世界に異教の神々が来ても、戦わないで。あなた一人では危険すぎる』って言ったんだけど、それを聞いて相手が怒って話を打ち切っちゃって…あたし一人だと、どうしても他の次元連続者さんから信じてもらえないところがあるの。やっぱり避けられない運命なのかな…」

 

僕にはどうしてそうなったかよく分かる。副幹ともなれば、戦うために力をつけてきたプライドと言うものがある。敵から最初に逃げるなんて忠告は聞けないだろう。やはりこの子は運命を信じすぎて、人との距離感をすぐに詰めようとする。そこも僕が見極め、フォローしなくては。

 

星海衛人「そのような次元連続者との折衝は、僕が取り持ちましょう。ご安心を」

 

エルハーム「やっぱり、お兄さんを呼んでよかったなあ。お兄さん、あたしの占いを頭ごなしに否定するんじゃなくて、疑うか信じるか、ちゃんと向き合ってくれたし」

 

星海衛人「全て僕が派閥に入ると分かっていたから、にしてもそこまで人を信じられるものですか」

 

エルハーム「あたしは信じてるよ。今のお兄さんみたいに、運命を目指して生きてる」

 

星海衛人「なんだかあなたの手の上にいると言われた気分ですね」

 

エルハーム「そんなことないよ?あたしは運命を通して、人のことがわかるだけ。運命はその人次第でいくらでも変わるもの。平行世界が分岐するみたいにね」

 

それからは、彼女の占星術について話を聞いた。平行世界を認識している彼女は、運命が変わるものだと知っている。だから、運命を変えようとする人間の、変わった後の未来も見ることができる。その気になれば、人間の一生を余すことなく予言することも可能だそうだ。彼女の支配する世界では、彼女がすべての国民の未来を予言し、それによって人々は備えや整理、安心や覚悟を持って生きることができる。運命を変えようと努力する者もいる。それがうまくいくかどうかも、彼女は確約してくれる。

 

未来を全て予言されることを拒否する人間もまれに出てくる。そういう人間には他の世界で生きることをお勧めするのだが…半年ほどでその3割がまたここで暮らしたいと懇願しに戻ってくるそうだ。戻って来た彼らの話では、外に出たものの半数は事故や事件などの非常事態に全く対応できずに帰ってこれなくなり、未来を自分で決める人生に適応できるのは2割に満たないとのこと。こんなこともあって国民は外の世界になどでかけず、移住者もすぐに死んだり還ったりするので、この派閥は閉鎖的なのだという。だが、閉鎖的でも国民を守ろうとしていることは伝わってきた。

 

その後は僕の世界の話を聞かれた。僕の世界では彼女が占いで見たように小惑星を改造して動かしている、そこまでは説明した。小惑星だから星図に乗っていなかったのかと彼女は納得し、さらに宇宙の話を聞いてきた。それを話しながらも、僕は複雑だった。僕の人造惑星がなぜステルスで運行しているのか。それは、治安を乱す勢力を撃滅する兵器を兼ねているからだ。惑星クラスの兵器で闇討ちにかければ、どんな敵でも倒せる。僕はそれを当然と思っているし、今更やめる気もない。ただ、彼女が血を流さぬように国民を守り、異教の神々からすべての世界も守ろうとしている話を聞いていると、自分とのギャップを感じる。今までこんなことは考えなかったのだけど、僕は彼女に心が近づいてきているのだろう。この気持にけりをつけるには、せめて彼女の治世を手助けするのが一番いいだろう。こっそりと血生臭い手段をやめようとしても、いずれ彼女にはバレることだ。それが僕と彼女との距離感と言うものだ。

 

今まで閉鎖的だった預言者の派閥が副幹を引きいれたこと、これこそが運命の始まりだった。

 




次元連続者の真の敵は、異教の神々のことです。異教と言っても、現在の人間に広く知られる宗教ではないという意味。次元連続者は各次元で情報を集めるうちに、人間の知らない高次元からやってくる異教の神々の痕跡に気づき、それへの対抗勢力として次元統一を開始した経緯があります。高次元から降臨する異教の神々は、どの次元にも現れて、現在の世界を淘汰してしまうとされています…。


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第五次元:魔神

今回は途中まで日記形式。なぜそうなったかは、後半で明かされます。


━機械仕掛けの魔神(ましん)との交戦記録をここに報告する。━

 

5月1日

副幹・博士は自ら管轄する世界で、ある電波が発信されていることを確認した。この電波は、研究所から貴重な機械部品を盗もうとしていた、ある研究員の携帯端末に残されていたものである。特殊な周波数であり、最初の通信は偶発的に受信できるが、それ以降の受信には特殊な設定が必要となってくるらしい。受信記録が残ってはいるが、その設定については不明。博士はその研究員に、自白を促したが応じず。だが、秘密を隠しているのは明らかである。研究員の取り調べを続ける。

 

5月6日

研究員が自白した。自白のために博士はそれを誘引する薬剤や、催眠術などを試していたのだが、そのどれかによって心理的呪縛が解けたように、突然話し始めた。口封じとして何らかの処置をされていたようである。

研究員が言うには、周波数を合わせるテスト中に何者かからの電波を受信、ある機械の組み立てを要請された。その内容を聞くうちに、なぜか科学者として従うべき重大な仕事であると思い込み、指示された場所に向かった。そこには今まで見たことのない巨大な機械があり、他にもその機械の組み立てに従事している者たちがいた。彼もその作業に黙々と従った。機械部品は他の人間が運んできており、それを次々と組み込み、溶接していく。驚くべきことに、性能も世代も様々な雑多なパーツが集まっているのに、どこに組み込み、どう機能するのかがわかるのだという。作業に一区切りつくと、先にいた人間から次に連絡される周波数を受け取るための特殊な設定を教えられた。電波を受け取れる時間帯だけ、その設定を適用し、他の人間には知られないようにしろとも。機械のために呼び出される場所は毎回変更される。誰かが別の場所に移動させているのだろう。そして、今回は研究所にある部品を運んでくるように指示されたのだという。

その研究員から聞いた設定は、博士にも理解できた。だが、暗示効果があるとなると、迂闊に試すわけにはいかない。また、研究員の自白にも時間がかかり、研究員がパーツを持っていかなかったことも向こうに怪しまれているはずだ。研究員の端末でも受信はできないだろう。暗示効果のある電波への対策を講じることとする。

 

5月8日

電波による音声を、文字に変換して解析するソフトが完成した。音声に暗示効果があるとしても、これなら安全だ。機械に知識がある者を集めるためか、電波を受信する設定は相当に複雑な端末にしか適用できない。本来ならそのような端末を特注したいが、どこに暗示のかかった科学者が入り込んでいるかわからない。博士自身の端末により、周波数を合わせ、受信を待つものとする。

 

5月12日

電波の受信に成功した。そこには、確かに機械の開発を依頼するメッセージと、次の酒豪場所と時刻が記されていた。最初の通信であるため、パーツの持ち込みは指示されていなかった。

この事態は、少し前に預言者から聞いた「異教の神々」による仕業かもしれない。そうだとしても、博士は現段階で自分が対処してしまうべきだと判断した。相手が機械を利用しようとしているなら、博士の専門分野である。また、こちらの世界の機械部品を利用しているなら、相手はこの世界の基準でも高度で精巧な装置を作っている可能性が高い。次の集会まで時間もなく、めったな相手に任せられない。博士はそれまでに自身の世界の特殊部隊を手配することにした。

 

5月14日

これより、謎の機械の集会に向かう。電波による招待を受けた博士が潜入し、初心者を装って内部の人間から情報を引き出す。博士が合図を出せば特殊部隊が突入し、内部の人間と機械を全て確保する。場合によっては、過激なメンバーとの戦闘や、機械の即時破壊も必要となるだろう。

場所は廃工場、セキュリティシステムはまだ生きている。特殊部隊は車で待機、窓の近くには武装ドローンを配置。博士は今から潜入する。

 

博士が工場に入ると、守衛室に座っていた男が案内してくれた。ここに来た仕事仲間は振動で知らせるように、彼の端末は設定されているそうだ。工場の奥にあったのは、山のような部品を雑然と接続したような機械。新旧のパーツが入り混じり、用途の全く違う部品が混在し、配線も無茶苦茶だ。しかし、それは間違いなく機能している。組み込まれたすべての部品が、無駄なく機能を働かせているのだ。以下は、博士がその場の技師に機会について尋ねたものである。

 

博士「世界中のパーツが集まっているようですね。この機械は、何のための機械なんでしょう?」

 

技師「私も最初はそのような疑問を持ちました。この機械を他に持ち込んで調べた方がいいのではと。しかし、あの電波からの声を思い出すと、それが惜しいことに思えてきましてね」

 

博士「それはあなたの意思だったのですか?」

 

技師「最初はあの声に従わされているようでした。しかしそれも一時的でした。私は、この機械の謎をここにいる私達で完成させて解き明かしたいと思うようになったのです。このまま完成すれば、私たちは今までにない機械を作り上げたことになります。あなたもそう思いませんか?博士」

 

博士「そうかもしれませんが…それでは、あなたは作っている機械に責任を持っていないのと違いませんか?」

 

技師「いいえ、用途は後から電波通信で教えてもらいました。世界の改造ですよ。人類に最も住みやすい世界を、永久に維持してくれるのです」

 

博士「一つの機械で永久に環境を維持し続けるなんて、可能と思いますか?環境と人類とは機械に任せられるほど単純ではありません」

 

技師「『博物学の博士』、あなたにもわかってもらいたかったんですけどね。人間すべてがあなたほど万事の学問に通じる天才でもなければ、知識の容量もない。だから、人類は万事を任せられる存在を待ち望んでいる。あらゆるパーツを補完するこの装置には、その可能性があるのですよ!」

 

博士「私の博物学を理解できない知能程度を自覚するのは結構。しかし、博物学とは万能を可能とする上位科学ではなく、万物の知識を連携するための包括的な科学です。あなたは研究目的を見失っています!」

 

技師「そんなことはどうでもいいんですよ、あなたが私たちを理解してくれないなら。あの機械からの電波の声を聴いてもらいましょう」

 

博士「緊急を要する危険物と判断。突入次第、破壊せよ!」

 

博士は人心操作や環境改変の可能性がある機械を破壊すると決定、通信で特殊部隊に合図を出す。博士の会話を通信で聞いていた特殊部隊が、窓から武装ドローンが突入、内部の人間を電気麻痺銃(パラライザー)からの電撃で、麻痺させて行動不能にする。

先ほど博士と会話していた技師は怒り狂って博士に鉄材で殴りかかろうとするが、背後に忍び寄った武装ドローンからのパラライザーを受けて倒れる。すると、その体が突然微小に分解し、消滅した。パラライザーは本来、人間に傷一つつけられない設定のはずである。だが、今のは体が人間ではなくなっていたようだ。他にもパラライザーを受けて消滅する人間が何人もいるため、特殊部隊に混乱が広がっている。その隙に相手は反撃の体制を整えているが、特殊部隊もドローンも発砲を躊躇している。普段無傷で制圧するのが通例であるため、人間を殺してしまったかもしれないショックが大きい。そちらは博士が対処する必要があるが、残された問題は機械の方だ。彼らはご執心の機械を守ることもしなかったが、どういうつもりなのか。博士は嫌な予感がした。そして機械が唸りを上げたと思うと、博士はその場から姿を消した。

博士は機械によって違う場所に飛ばされたようだった。指揮を執る博士だけ飛ばされたのはさらなる混乱を招く状況だ。下手にいじると何が起こるかわからない、あの機械の解体が残された特殊部隊では難しくなる。機械が自己防衛のためにこれをやったというのだろうか?となるとあの機械は人工頭脳の類か。

博士が今いる世界は、地球上の物と思えなかった。空に太陽はあるものの、蛍光色の光を放ち、自然な太陽光には見えない。その光線を博士の専用携帯端末・モバイルメディエイタ―で分析すると、やはり紫外線などを調整された人工の光だ。電波を反射する電離層が、空のところどころに雲を作っている。今立っている地面は見渡す限り、滑らかな金属で舗装されている。道の継ぎ目から歯車らしきパーツが垣間見える。モバイルメディエイタ―でその隙間を拡大撮影すると、モーターが仕込まれている自動式の歩道であると分かった。さらに各所には工場などの施設が点在し、その向こうには黒い水に満たされた水平線が見える。あれは恐らくオイルが溜まった、燃料の海だ。他の次元連続者にテレパシーも通じない、異教の神々が住まう高次元だからか。周囲を観察していた博士の目の前に、あの機械が出現する。以下は、博士と機械の対話記録である。

 

博士「あなたは一体何の機械ですか?ここはどこですか?」

 

機械仕掛けの魔神「プログラムに基づき、機械を接続し続けたため、人間の知る概念では答えられない。人間は、機械仕掛けの魔神(ましん)と呼ぶ。ここは、プログラムにより作られた理想郷である」

 

博士「プログラムとはどういう意図の物ですか?」

 

機械仕掛けの魔神「混沌の世界から人間を昇華し、人間が求める完全にして永遠の世界を作ることである。人間が住む世界も間もなくこうなる」

 

博士「しかし、ここは完全に機械しか存在しない世界に見えます。人間にどうやって適応させるのですか?」

 

機械仕掛けの魔神「人間も機械のボディにして再構築する。志願した技師たちをその実験体として、可能であることを実証した」

 

博士「あの技師たちがパラライザーで消滅したのはその機械のボディがショートしたせい?なんてことを…」

 

機械仕掛けの魔神「この世界でなければ、機械と化した機戒人たちも十分に機能を発揮できない。しかし、この世界なら恒久的に修繕や再構築が可能である」

 

博士「あなたをプログラムしたのが誰かは知りませんが、機械になるのを望む人間ばかりじゃない」

 

機械仕掛けの魔神「ありのままにこだわろうとして、自らの欲望を暴走させ、環境も荒れさせてきたのが人間である」

 

博士「だからこそ人間は自らを捨ててはいけない。自分の欠点も自ら克服するのが人間です」

 

機械仕掛けの魔神「しかし、克服できない人間が多くを占める世界、その人間たちが望んだ解決策こそ神である。この世界に適応せよ、さもなくば、ここで息絶えるのみ」

 

博士「私は死んでもこの世界には適応しない」

 

博士はモバイルメディエイタ―の安全ロックを解除、内蔵されていた強力な爆薬を射出する。自らに向けて発射された爆薬を、機械仕掛けの魔神は一瞬の瞬間移動でかわし、博士の後方に現れる。しかし、発射された爆薬の勢いは止まらず、飛距離は伸び続ける。発射の瞬間に着火されていた爆薬は狙い通りにオイルの海に着弾し、大爆発を起こした。

 

モバイルメディエイタ―から電磁波によるシールドを張っていた博士は無事だった。博士が顔を上げると、爆発を受けた機械仕掛けの魔神はバラバラになっていた。終わったかと思われたその時、モバイルメディエイタ―が強力な電波を感知する。機械仕掛けの魔神が発していた電波だ。そして、爆心地の炎が強力なエネルギーで干渉されているかのように、徐々に掻き消えていく。博士は悟った。機械仕掛けの魔神の正体とは、強力な電波そのものであると。電波に宿ったプログラムであるからこそ、あらゆる機械を取り込むことができた。破壊した機械は、彼が別世界に干渉するための義体にすぎなかった。今は電磁波によって守られている博士に干渉できないが、この世界の破壊が終息すれば、再びこちらの世界に干渉してくるだろう。引き分けるつもりだったが、そうなると、元の世界に帰って伝えなくてはならない。博士は、シールドの範囲を広げ直し、機械仕掛けの魔神のパーツを拾い集める。この中のどれかに、転送機能があるはずだ。モバイルメディエイタ―で撮影しておいた原型を元に設計を推定し、転送装置だけを組みなおす。不可解な部品などを多く巻き込みながらも、やっとの思いで完成した。電磁波シールドを維持する電力ももうすぐ尽きる。そうなれば、あの電波の怪物の襲撃を、博士は受けることになるだろう。博士は急ごしらえの転送装置を起動した。

 

5月15日

博士はこの世界に戻ってくることに成功した。しかし、転送装置はこちらの世界についた途端に小爆発を起こして吹き飛んだ。限界を迎えてしまったのだろう。その場で待機していたのは、少数の捜査員だけだった。

特殊部隊隊員たちは、あの後残っていた技師たちに反撃を受けたそうだ。機械仕掛けの魔神が消えたと同時に、彼らは「神託により新たな力を得た!」と狂喜し、目をレーザーサイトに変形、レーザーで特殊部隊に多くの死傷者を出して逃走した。恐らくレーザーサイトへの変形も、機戒人になった影響である。このために博士を分断したのだ。生き残りの特殊部隊員は、「あれは人間ではない」とうわごとを言っているそうだ。

機械を置いて逃げた者たちは緊急指名手配していた。指名手配した中で捕まったものは情報を知らない末端ばかりで、主要メンバーは全く指名手配に懸らずに逃げおおせたと報告した。博士は自分が見た異世界について話し、主要メンバーの再犯に警戒を促した。

 

5月17日

機械仕掛けの魔神の情報は、警戒のために世界中に発信した。しかし、肝心の対策法はいまだに見つからない。異教の神々は、理論上は我々よりエネルギーに満ちた高次元の異世界に住む、エネルギーの集積によって生まれた実体のない存在である。機械仕掛けの魔神は、恐らく次元を超えて届いた強力な電波の数々が、エネルギーに満ちた高次元世界で反響を繰り返して集合した存在である。その過程で人間が発した電波から、人間の性質をも学習した。強力な電波でしかない存在を封鎖するには、世界全土に電磁波のシールドを張るしかなく、コストや電波障害の面で非現実的である。また、計測値からすると、あの電波にぶつけて対消滅させる程の強力な電波を人工的に作り出すのも、現在では不可能である。いずれ機戒人は機械仕掛けの魔神を呼び戻すだろう。この世界を、高次元の世界同様に塗り替えるために。もはや機戒人を撲滅する以外に、侵略を止めるすべはないと、博士は提唱する。

 

5月20日

博士は数日間自らの体の精密検査もしていた。モバイルメディエイタ―の記録によると、あの世界は人間がわずかな間でさえ生存できる環境ではなかったのだ。博士の体にも何らかの異常が起きていてもおかしくない。様々な診断やレントゲン、CTUでも異常は認められなかった。だが皮肉にもその異常は数日で判明した。博士の体の新陳代謝が止まっている。体から垢が出ていない。これはつまり、年を取ることのない不老の状態だ。

博士は気づいてしまった。機械仕掛けの魔神があの世界に人間を連れて行くとき、人間を

機戒人に改造していたということを。あらゆる検査でも健康体とされていたが、これはすぐに検証できた。博士の髪の毛を抜いて細胞組織を緻密に調べたところ、その細胞はナノマシンが代用していると分かった。つまり転送の際に体が全て分解され、ナノマシンに置き換えられていた。ナノマシンであるなら、パラライザーでショートして技師の擬態を維持できずに、元の極小サイズに分解されて消滅したように見えたと説明がつく。レーザーサイトへの変形も、その知識があれば可能だろう。また、ナノマシンで構成された細胞なら、指名手配されていようと整形して姿形を変えるのも簡単である。人間大と言う規格から大きく逸脱はできないだろうが、別人に擬態して潜伏しているに違いない。

博士にとって最大の問題は、機戒人になった自身はどちら側なのかということだ。特殊部隊員が言っていた「あれは人間ではない」と言う言葉がよみがえる。だが、博士は機械仕掛けの魔神に勧誘されつつも、背いた。ナノマシンには見る限り擬態以上のことができるプログラムはなく、機械仕掛けの魔神に逆らった博士の意思までそのまま再現されている。しかし、機械に再現された自分は、本物か?この答えを出す方法は一つ。機戒人を操る機械仕掛けの魔神を倒し、元の体に戻る方法を探すしかない。それがなければ━死、あるのみ。

 

博士は報告を終えた。それを聞いていたのは、預言者エルハームと測量士の衛人、そして副幹・博士の上にいる大幹部・教授である。話を聞いていたエルハームは泣いていた。不吉な未来を、現実で目の当たりにしたことに。衛人はショックを受けているようだった。科学者としては一目置いていた博士が、こんなことになるとは。ジェローム・モーロック教授は老顔を柔らかく歪めた憐れむような表情だった。そして、最初に博士の報告に口火を切った。

 

ジェローム・モーロック教授「一つ、添削しなくてはならないね。君は人間だよ。死ぬ必要はない」

 

星海衛人「教授、もう機戒人にそんな理屈は通用しません。博士も既にこんな、事件をレポートでも読み上げるように報告する機械的な精神になってしまいました。博士の心はもう…」

 

星海衛人の言うとおり、博士こと白瀬百華(しらせももか)は無表情に淡々とした口調、そして自分自身に降りかかった事件であるのに距離を置いた客観的表現、心までロボットになったかのようだ。

 

ジェローム・モーロック教授「君は知らないだろうけど、白瀬君は学生の頃から研究の話では夢中で無愛想になるところもあってね、これはそこから発展した…」

 

星海衛人「これは性格の問題じゃありませんよ!博士はこの件から外し、療養させるべきです」

 

ジェローム・モーロック教授「いや、心の異常もまた、彼女の精神に発露しているのだよ。病気と言う現象だと決めつけるのは、科学的思考の限界だね」

 

星海衛人「それでは教授はどういった見解なのですか?」

 

ジェローム・モーロック教授「彼女は機戒人だと自覚して心がなくなったのではない。心を閉ざしているのだよ。自分のアイデンティティが揺れている恐怖に耐えるためにね。白瀬君はこの件で自分に決着をつけねばならない。今の彼女はそう思っている」

 

星海衛人「…本当でしょうね?」

 

ジェローム・モーロック教授「教え子として白瀬君を見てきた私は、そう信じるね。彼女の言うことを真に受けるだけが優しさではないよ星海君。研究を続けたまえ、白瀬君」

 

白瀬博士「博士は感謝する…ありがとう、教授。そして、預言者にも謝罪する。あなたは正しかった」

 

エルハーム「ううん、あなたのせいじゃない。あれはどのみちそうなる運命だったの、余計なことを言ってしまったのはあたし。あなたの気持ちを考えてなかったって、衛人お兄さんにも言われたから…」

 

白瀬博士には、まだ心がある。それはこの言葉を聞けば、その場の全員に伝わった。

 

星海衛人「僕は差し出がましいことを言ってしまったようですね。では、この件は僕も他の世界に警戒呼びかけましょう。博士が力になれるはずだとも」

 

白瀬博士「お願いする。そして預言者も、これからはあなたの予言も重要となるだろう」

 

エルハーム「あなたも頑張って、今度は運命を変えるために」

 

ジェローム・モーロック教授「博士のいる世界が危ないなら、私の派閥の力をそちらに集中する必要もある。そして再び機械仕掛けの魔神が現れたなら…私が教育してやろう。人を導く重さをね」

 

この時、他の3人は初めて教授の怒りに気づいた。この老紳士は、他の3人を丸く収めるまで、自身の怒りを隠していたのだ。感情のコントロールにたけた人だ。そして、そんな人間が解放する怒りがどれほどの物か…恐ろしささえ感じる。

 

次元連続者が各次元で断片的にその存在を把握していた伝説、あるいは理論上の存在である高次元の侵略者・異教の神々。そのファースト・コンタクトは、次元連続者に波紋を呼んだ。全く未知の高次元からくる彼らに対抗するためには、今まで専門化して力をつけてきた派閥も合同で臨む必要があるとも。そして、例え次元連続者が支配した世界であっても、異教の神々の声にこたえ、邪教徒にでもなる人間も出てくるのだと。

 




日記形式の文章は全部白瀬博士のセリフでした。記録にある通り、以前は普通の喋り方だったものの、現在はこちらの文章式がデフォ。

機械仕掛けの魔神は意思持つ電波であり、他作品でいえば、流星のロックマンやウルトラマンエックスのような者。


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第六次元:回運

今回登場する測量士は、前回まで星海衛人って名前だったけど、星海衛斗に改名。読みは同じです。

次元連続者は割と多国籍だけど、テレパシーによって会話はほぼ翻訳されてる状態。

預言者の登場する回って、フラグは立てるけど直接戦闘は少ない気がする、というわけで戦闘描写とかはないのが今回。


星の派閥・星閥の中枢を務める預言者エルハームと測量士・星海衛斗は、豪華絢爛な外観のカジノに来ていた。黄金の壁を虹色のネオンが彩る。彼らの世界にこんなカジノはない。今回は財力の派閥・財閥の副幹・金城福丸に招待されたのだ。ここは財閥の大幹部・会長が胴元として資金提供しているという公営カジノである。

 

エルハーム「すっご~い綺麗。来てみればいいことがあるって本当だったね衛斗お兄さん」

 

衛斗「カジノと言うのは景色を楽しむ観光地ではありませんよエルハームさん。広告塔さんが言ってるのは、“彼らにとっていいことがある”と言う意味でしょう」

 

あちこちを見回してはしゃぐエルハームを、衛斗はたしなめる。同じ次元連続者相手でも、財閥は財力に物を言わせて交渉を有利に進めると聞いている。ここはカジノ、何を仕掛けてくるか想像はつくが、だからこそこちらは金では動かないと面と向かって示しておく必要がある。利益で動く財閥の下請けとなると、星閥の預言そのものの信ぴょう性が揺らいでくるからだ。

 

エルハーム「あのね衛斗お兄さん、あたしは普通にしゃべってるから、敬語じゃなくてもいいよ」

 

衛斗「副幹の僕から見れば、大幹部のあなたは上司ですからね。僕が年上だとしても、そちらの上下関係の方が優先されます」

 

エルハーム「む~、衛斗お兄さんってクールに見えて頑固だよね。じゃあ代わりに、その眼鏡外してみて?いつもつけっぱなしでしょ、それ?」

 

エルハームが指摘したのは、暗視ゴーグルのような目元をすっかり覆った代物。目の部分も暗色の大型レンズで隠れて外側からは見えない。初対面からどこでもずっとつけているため、エルハームは眼鏡の一種と思ったようだ。

 

衛斗「これは眼鏡ではなく、スコープです。この繁華街でも星空が見える優れものですよ」

 

エルハーム「だからって部屋の中でまでつけることないのにな~」

 

そこへ黒服の女性がカジノの外まで出迎えに来る。

 

黒服「預言者様、測量士様、ご高名はかねがね伺っております。金城さんのところまでご案内しましょう」

 

衛斗「そちらの二つ名で知られているということは、あなたも次元連続者か、その関係者ですか」

 

黒服「ええ、しがない商人でして、今回は副業として呼ばれました」

 

ご丁寧にも渡してくれた名刺には、P&Tカンパニー代表取締役・木下秋菜と書いてある。P&Tカンパニーとは、財閥が別の次元支配の際に使わせている会社名であり、財閥傘下の次元ごとに同名の企業が存在する。彼女は恐らく財閥のバックアップを受けている支社長クラスである。

 

衛斗「これはご丁寧にどうも。広告塔さんはどちらでお待ちですか?」

 

金城福丸は自ら企業のPRを行っていることから、広告塔の二つ名で知られている。恵比寿か布袋のような福々しく恰幅のいい見た目に、にこやかな笑み、耳たぶの長い福耳など、中年男性でありながら何か御利益でも感じさせるような見た目である。金城グループ社長としても莫大な個人資産を誇るため、なおさらである。いい年をして自ら企業のイメージキャラをやっているのは、いろいろな意味ですごい。

 

木下「VIPルームでお待ちです。私は入ったことありませんけど」

 

入室の許されていなかった木下にも場所は知られている部屋なのか、カジノの最上階にあるその部屋まで案内される。部屋のドアが開かれると、一際眩い黄金の輝きと、関西弁でしゃべる声が、客人を迎えた。

 

福丸「こんばんは、お若いお二人さん。わての招待にすぐ応じてくれて、ほんまうれしいで」

 

このVIPルームは、今までの金張りの部屋とは一味違った。黄金製のシャンデリアが金色に照らされた光を放ち、主な部屋の調度品はその金色の輝きを増す。部屋の平面に金が張っているだけでなく、黄金製の品々があるから、立体的な金の輝きを見せているのだ。

 

エルハーム「こんばんは。あたしこんな眩しい部屋見たことないよ!」

 

木下「照明や家具から置物まで純金製なんて…これは私じゃ入れないわけね」

 

衛斗「こんばんは。ここまで金へのこだわりを見せられると、最早嫌味も感じませんね…」

 

金尽くしの内装に、見た者たちは三者三様に驚く。

 

福丸「わては金が大好物やからなあ。まあ、それはわてだけやないで?この部屋のために作った黄金製の調度品が、他のVIPに商品として売れることもあるんや。ここはVIPのショールームでもあるわけや」

 

エルハーム「衛斗お兄さん、あたしならあの金のシャンデリアとか…」

 

衛斗「目を覚ましてくださいエルハームさん。今のお部屋はプラネタリウムでしょう」

 

エルハーム「模様替えに…ダメ?」

 

衛斗「無理ですね。そこまで使えるお金ありませんから」

 

衛斗から鋭いダメ出しを喰らうエルハーム。

 

福丸「いやいや、預言者はんが今後協力体制組んでくれるんなら、シャンデリアくれたるで。例えば、このカジノで今夜誰が勝つのか教えてくれたら、お土産としてすぐに渡せるさかいな」

 

エルハーム「本当?それくらいならやってみるね」

 

エルハームは賭けの勝ち負けを聞かれるだけならと、早速渡された星図で占いを始めるが、衛斗は静かに追及する。

 

衛斗「随分あこぎですね。勝つ人間だけ聞くとは。その人間が勝ってカジノから勝ち分を持っていかれる前に、カジノからお引き取り願うつもりですか?でなければ、ただで商品を渡すはずがない」

 

エルハーム「そうなの?ただ予想して欲しいだけじゃないんだ…」

途中で占いを中止するエルハーム。

 

福丸「いや~誤解やで測量士はん。わてはお引き取り願うなんてことはせんのや。勝った人をこのVIPルームに招待したいだけや」

 

衛斗「なるほど、僕の見込み違いでした。どうやら、あなたは勝ち逃げさせずに搾り取るつもりのようですね。あちらのゲームで」

 

衛斗が目を向けた方には、カジノらしくルーレットやトランプに使えるゲーム台がある。しかし、そちらに無造作に積まれている大量のチップ、それさえも金の輝きを放っている。

純金製のチップでやり取りということは、それ相応の高レートのゲームが行われるということだ。

 

福丸「興味あるんか?チップ1枚で1000ドルのハイレート、ミリオンゲームに」

 

木下「ミリオンゲーム!?あの噂の…」

どうやらカジノの黒服をやっている木下でも、噂でしか知らないゲームらしい。

 

衛斗「説明願えますか?木下さん」

福丸を無視して木下に尋ねる衛斗。ここは福丸の都合よく脚色した説明よりも、黒服の間の噂を聞いた方が確実と判断する。公の広告よりも、裏に隠れた噂の方が、真実に迫っていることもあるのだ。

 

木下「私ですか?えーっと、噂ではVIPルームで100万ドルの賭け金を出す金城さんを相手に勝負するゲームが行われてるって…。トランプでもルーレットでも金城さんと1対1の勝負。ゲーム後にチップか現金で負けを清算できなければ、その分負債を負う。でも、金城さんに勝ったっていう人が一人もいないから、やっぱりただの噂かと…」

 

福丸「大体のルールは合うてるで。ま、わてに勝ったいう奴が出てこないのはしゃあない。勝負した相手は全員負かして、わが社で負債返済に頑張ってもらっとるからのう」

 

衛斗「それが今回の本題ですか。僕はそんな賭け金など持ってきていませんがね」

 

福丸「部屋の隅に次元共通ATMあるで。そっから自分の世界の預金を引き出せる。面倒ならわてが換金してもええ。わてらのどっちかの意見を通したいなら、これで決めようやないか」

 

衛斗「僕は反対ですね。さっきも断った通り、金の問題とは関係なく話をしに来たんですよ、僕たちは。それに、エルハームさんの出身地であるアラブ諸国では、担保や利子付きの借金はご法度です。もし借金を作って戻れば反発を受ける結果になります」

 

福丸「そんなら表面上は雇用契約ってことにもできるんや。カジノ以外でも先物、株、為替相場…わての所は総合商社やから何でもアリや。預言者はん本人はどや?分け前とかもあるで」

 

エルハーム「今夜はやめた方がいいかな。さっきの占いの結果だと衛斗お兄さんが勝つから」

話を振られたエルハームから思わぬカウンターが飛び出す。先ほどまで勝つ前提で話していた福丸も、これには苦笑いする。

 

福丸「わはは、言うてくれるやないか。測量士はんは初心者やろうし、ルーレットで勝負したるわ」

 

衛斗「エルハームさんも今断っていたのですが、聞いてましたか?」

 

福丸「どの道このVIPルームに入ったが最後、買い物するか賭けをするかしないと帰したことはないねん。カジノのルールと秘密を守ってもらうためになあ。下らん逃げ口上なんて認めへんで」

 

これに衛斗も福丸に向き直り、いらだちを見せる。

衛斗「今度はエルハームさんの予言にケチをつけますか。では僕が勝てば正当性を証明できるでしょうか」

 

福丸「預言者様を煽られてやる気になったんか、ひよっこ信者はん」

 

木下「ちょっと、いくら挑発されたからって、ミリオンゲームを受けることは…」

 

衛斗「上司の前でそんな人のいい忠告はやめた方が身のためですよ。広告塔さんは勝負の中で予言の正確性を証明することを御所望のようです。それに、エルハームさんが予言してくれた以上、僕は勝てると信じてますよ」

 

エルハーム「衛斗お兄さん…」

 

福丸「根拠のない自信やなあ。そないな現実見えてへん奴は余計に負かしたくなるわ」

 

福丸がミリオンゲームのためにディーラーを呼ぶ間、福丸の詳細な説明が入る。

 

福丸「ミリオンゲームでは、わてと測量士はんがプレイヤーで、配当金はカジノから払うことになっとる。わては、会長はんが胴元のカジノから100万ドル分のチップを借りて、測量士はんは自費からチップに換金する。それが元金や」

 

衛斗「つまり、全てドル換算ですか」

 

福丸「ルーレットでは、回転させたルーレット盤に銀玉を投入して、止まった時にどのポケットに入るか、赤黒2色の0~36の番号で指定するんや。手持ちのチップをどの番号に何枚賭けてもええ。赤か黒どちらの色か、の2択なら当たった時は2倍の配当金が、カジノから払い戻されるで。当然、番号をいくつか指定するだけとか、当たる確率が低いほど、配当金の倍率も高くなるんや」

 

福丸「ただし、わてと測量士はんのサシ勝負である都合上、特別ルールもある。毎回わてと測量士はんで配当金を比べて、高い方はその差額と同等のポイントと配当金を交換できるんや。ゲーム終了後に、チップやなくてポイントの大きい方が勝つ。そしてそのポイント分、敗者は勝者にチップによる支払い義務を負うで。」

 

エルハーム「より当たりの高い方が勝ちってこと?」

 

衛斗「小勝ちで生き残っても、最終的には巻き上げられる可能性がある、ということですか」

 

福丸「サシ勝負で、賭け金節約して逃げられても興ざめやろ。測量士はんも大勝ちすれば、わてよりチップが少なくても勝てるかもしれんちゅうこっちゃ」

 

それを聞きながらも、衛斗は詭弁が混じっていることに気づいていた。賭け金に上限なしということは、チップの潤沢な福丸に瞬殺される危険性もはらんでいる。ポイント勝負でも、少ないチップで福丸の配当金を上回るのは難しい。

 

福丸「ほな、そこのATMでドルを引き出してもらおか。こっちの世界ではドルの為替相場高いけどかんにんな」

 

財閥の会長が支配する世界では、ドル高のプラザ合意がいまだ継続しており、ドルの価値が高騰している。1ドル=360円と言う高レートだ。日本円で引き出した資金も4分の1に目減りする計算だが…衛斗が引き出したのは5000ドルだった。

 

衛斗「ドルの預金はこれだけですね。他の預金は両替しなくて結構です」

 

木下「5000ドルって、チップ5枚ですよ…金城さんはチップ1000枚使うってわかってますか?普通、全財産をドルに換えても足りない位でしょう!?」

 

福丸「いやいや、頑張ってもチップ1000枚なんて用意でけへんのや。副幹言うても最近昇格したんやから、それほど自由になる金があるわけでもないやろ」

 

衛斗「最近昇格したということは、実績を上げるスピードではあなたに勝っているということになりますね、広告塔さん」

 

福丸「若いうちのスピード自慢なんて誰でもできるんや。何や、変な最近の流行か知らんけど、けったいなゴーグルつけおってからに」

 

衛斗「これはゴーグルではなく、スコープです。光量調節、紫外線カット、透明度最高のレンズにより、良好な視界を確保する最新鋭モデルですよ」

 

福丸「何にしろ、室内でつけるもんやあらへんやろ。最近の若者に多いスマホ老眼かいな」

 

エルハーム「あたしも外した方がいいと思うんだよね」

 

木下「実をいうと、私も気になってました」

 

衛斗「ん?ディーラーが来たようですよ。前哨戦はこの位にしておきましょう」

 

いいタイミングでディーラーが入室してきたため、準備開始、それぞれチップを持って、ルーレット付きのテーブルに着く。

 

福丸「球がルーレットに投入されたらルーレットが止まるまでに賭けるんや、準備せえ」

 

エルハーム「そんな短い時間で賭けるの?」

 

福丸「ディーラーにいらん疑いが向かんようにするためや。わてとディーラーが組んでたとしたら、球を投入する前に賭ける場所を聞いたら、ディーラーがそこに球が落ちるよう投げるかもしれんやろ」

 

エルハーム「あっ、そうか」

 

そしてまわり出すルーレット。

 

福丸「わてが先に賭けたる。黒に50枚や」

 

エルハーム「いきなり、衛斗お兄さんのチップの10倍!」

 

衛斗「勝てば50枚の2倍、100枚の配当金ですか」

 

エルハーム「衛斗お兄さんが外したら100枚分で100ポイント!そんなの負けても払えないのに!」

 

福丸「ええで、負けても。働きで返してもらうさかい」

 

衛斗「そう来ると思いましたよ。賭け金さえ十分なら小勝ちでもポイントで決着がつきますからね」

 

福丸「兄ちゃん、その枚数なら賭ける選択肢も限られるやろ。わてにあやかって黒に賭けてもええで」

 

福々しい見た目の福丸は運と言うものを信じており、勝負勘もそれなりに鋭かった。赤か黒かの2択ではまず外さない。衛斗が赤に逆張りしても、ほぼ負けるだろう。わずかに勝つ可能性もあるが、それは衛斗の思考に意地を生み、逆張りという戦術を続行させることになる。勝負勘でほぼ2択を的中させる福丸に対して、それは大幅に勝率を落とすことになる。

福丸の後追いで黒に賭ければ、ほとんどの確率で生き残れるだろう。だがそれは、福丸の動向をうかがう後手の選択であり、絶対に福丸を追い越せないドツボにはまってしまう。極論、福丸がルーレットが止まるギリギリまで賭けを保留すれば、後手に回って賭ける時間すらなくなる。

どちらを選択しても、その後の主導権を握れる公算が、福丸にはあった。

 

衛斗「ではお言葉に甘えて。黒の…24番に5枚賭けます」

 

エルハーム「5枚、もう勝負するの!」

 

福丸「何や測量士はん、そんなん勝負にならんやろ。1点張りで当たる確率は0~36番の内の一つやから37分の1.しかも外れたら持ってるチップをすべて失って負けやで。降参したいならリタイアすればええんやで」

 

衛斗「騒がなくても、すぐに結果はわかりますよ」

 

ルーレットの回転が止まり、球も転がる勢いを弱め、ポケットに落ちた。その番号は…黒の24番である。

 

福丸「何やと!?」

 

エルハーム「やったあ!」

 

衛斗「この場合両方が的中したので、広告塔さんに50枚の2倍である100枚、僕には5枚の36倍である180枚の配当ですね。80の点差なら、全てチップで受け取りましょう」

 

福丸「確かに差額分のポイントを考えれば、一点張りで倍率を高めて配当金を底上げするしかないやろうな。にしても何や5枚て。わての配当を超えたいなら、3枚か4枚でもええやろ!」

 

衛斗「理由はシンプル、勝てるからですよ。あなたは赤か黒かの勘に相当の自信を持っているようですが、僕は勘と言う大味なものではない。100%の確信を持っています」

 

福丸「まあ予想はついとるわ。何やかや言ってもそこの預言者はんに、これから当たる番号を教えてもらっとるんやろ?」

 

エルハーム「えっ、私?やってないよ、そんなこと」

 

衛斗「証拠もなしに僕たちを侮辱する気ですか?」

 

福丸「テレパシー使えば教えられるやろ。証拠はないから今の勝負だけ目をつぶったるけど、次からはそうはいかん。他の次元連続者が捕まえてればその手は食わへんで。預言者はん捕まえとけや!」

 

控えていた木下がエルハームの手を引いて別室に下がらせる。これでエルハームはテレパシーを使えず、一切合図も送れないはずだ。

 

福丸「これで百発百中の保証はない。今降りれば負債もないで。もっとも、イカサマやったから勝ち分はチャラやけどな」

 

衛斗「こんなゲーム今すぐ降りても構いませんが、預言者様をイカサマ扱いされて黙って帰るわけにもいきませんね。続行しましょう」

 

福丸「ガチンコでやる気かいな。それでも兄ちゃんの資金はわての5分の1ほどしかないで」

 

衛斗「十分です。あなたも人にイカサマの疑惑を掛けたからには、責任もって勝負を最後までやってもらいましょうか」

 

福丸「言うてくれるやないか。ほな、行こか。泣いても笑っても最後まで勝負をな」

 

その頃、別室のエルハームは勝負の行く末を心配していた。

 

エルハーム「衛斗お兄さんの運命、変わったりしてないかな…今占うのってダメ?」

 

木下「ダメです。通しは一切させるなと言われていますので」

 

エルハーム「そっかあ。じゃあ中継でいいから続きを見せて」

 

木下「私の一存でそれはできかねます。少しでも情報を与えれば、通しにつながるかもしれませんので」

 

エルハーム「私が見てるだけでいいの。お姉さんが近くで見張ってくれれば大丈夫だから、ね、お願い」

 

木下「お、お姉さん!?ゴホッ、ケホン!まあ、そうね。この部屋から無効に気付かれないようカメラから中継することもできるし、金城さんには内緒だからね」

 

見た目化粧ノリは良くても実は30代に差し掛かっていた木下は、咳払いしながらタブレットを取りだし、カメラに映った試合の映像を見せる。

 

エルハーム「内緒で見せてくれるの?ありがとう!本当に迷惑はかけないからね」

 

エルハームはもちろんのこと、木下の方も、同じくらい純粋な笑顔を見せているのは、恐らく気のせいではあるまい。

 

第2ゲームが開始されると、福丸が先に動く。

 

福丸「わては26と0と32に300枚ずつ賭けるで」

 

福丸は今度は3点張り、明らかに勝負勘を最大限研ぎ澄まし、賭けを絞ってきた。これでどれか一つ当たれば、12倍の配当だ。それを180枚のチップで超えるのは難しい。第一ゲームでは番狂わせがあったが、本来ならこのようにして所持するチップの少ない者は蹴散らされる。これがミリオンゲームの恐ろしさなのだ。

 

福丸「さ、どないする?さっき得た180枚を60枚ずつ割り振っても、差し引き240枚分の差がつくで」

 

衛斗「0に180枚賭けます」

 

福丸「せっかく増えたチップを全部一点張りやと!?」

 

衛斗「預言者様はイカサマに関与などしていない。彼女を遠ざけたところで、僕の確信が揺らぐこともありません」

 

木下「180枚に増えたなら全賭けすることないのに…今度は大丈夫なの?」

 

エルハーム「大丈夫。衛斗お兄さん、元から強いもの」

 

そして衛斗の言葉に操られる駒となったかのように、球は0のマスへと止まった。

 

福丸「んなアホな!」

 

衛斗「0、意味深い数字ではありませんか。これで預言者様の潔白は証明され、その汚名はゼロになった。そして、広告塔さんの仮説もゼロから出直し。…このままだとあなたの勝率もゼロかもしれませんね」

 

福丸「向こうは180枚の36倍、6480枚の配当。わては300枚の3点張りの内一つが300枚の12倍、3600枚の配当。ポイントにして2880の差やと?」

 

衛斗「僕は80ポイントとチップ2800枚で受け取ります」

 

これで、チップは衛斗が6400枚、福丸が3750枚。ポイントは衛斗が80ポイント。もう勝負が見えてきた気がしないでもない。

 

福丸「わて以上に的中させるってビギナーズラックかいな。そんなまぐれで勝負する気なんか?ポイントもあまり溜めとらんって」

 

衛斗「広告塔さんこそ、経験に支えられた勝負勘はお見事。さしずめ先ほどの賭けも統計や確率から、次は隣り合う3つの番号のどれかに落ちると踏んだのでしょう。しかし、僕の場合は絶対です。もうあなたにもわかっているはず」

 

福丸「どんな勘か知らんけど、早々続かんやろ、いずれチップを失ってしまいや」

 

衛斗「いいえ、すでにルーレットの盤上は小宇宙。銀の流れ星が、僕の意のままに運行しています。次で試して差し上げましょう」

 

第3ゲーム、ここでは衛斗が機先を制す。

衛斗「7に1200枚、10に2100枚、34に3100枚賭けます」

 

福丸「なんや一点張りやないんかいな」

 

衛斗「そう、広告塔さんと同じ、3点張り。さあ、どう受けますか?」

 

福丸はルーレットの回転よりも速く、自らの頭脳を回転させる。全額賭けた以上今回も衛斗は絶対の自信を持っている、福丸の勘も理性もそのように警戒していた。色も位置取りも全く関係ない3つの数字にバラバラの賭け金。ブラフが混じっていることは明らか。3つに同額の1250枚ずつを賭けることはできない。7番の1200枚を上回ることはできるが、もし、3100枚の34番が当たりであれば、配当金で差をつけられて一気に負けてしまう。かと言って、3100枚を当たりと決め付けるのも早い。そうやって34番を多く賭けさせる囮にして、他が当たりとなっているかもしれない。そうやって裏をかかれるとしたら、どの番号も怪しく思えてくる。カマをかけてみる時間もない。

 

福丸「わての勘では、7番に1830枚、10番に1230枚、34番に690枚や!これならポイント差で即負けることはないで」

 

衛斗「そうきましたか。それでは結果は…」

 

衛斗が口にした予告を合図に、運命の輪が止まる。下された判定は、23番だった。

 

エルハーム「衛斗お兄さんがここで外した?」

 

黒服「いや、これは相手も巻き込んでわざと外したのよ。2回の1点張り的中から、金城さんを“試す”なんて挑発したのはまさかこのため…」

 

衛斗「両方とも外したことで、チップは全て没収され、プレイヤーのチップ切れによってゲーム終了です。そして80ポイント獲得している僕が勝者となります」

 

福丸「あり得んやろ、あんだけリードしてたチップ全部を捨てて相手にも外させるなんて…。80ポイントの小勝ちが目的だったいうんか?」

 

衛斗「僕としては十分ですよ、最初のチップが5枚だから、それを取り戻して75枚分のプラスです。ポイントよりもチップの枚数が戦略的には重要でした。少なければ、相手に余力を与えてしまいますから」

 

エルハーム「えーっと、75枚儲かったってことでいいんだよね?」

 

黒服「ええ。このゲームはポイント差をつけてからリタイアするルールを利用してチップもボーナスも両得するのが勝ち筋のはず。それを、ゲーム続行ができなくなるチップ切れを利用して勝ちを確定させてくるなんて…それが前代未聞ってことよ」

 

衛斗「僕は広告塔さんを試すと言いましたが、その結果あなたはこれまでの経過から僕の賭けた番号の3択と考えてしまった。そしてポイント差で即決着とならないように、できるだけ全額を割り振ってきた。他の当たるかもしれない場所には賭けないと予測していたから取れた戦略です」

 

福丸「それやがな。なんで当たりがわかっとるのに、狙わへんねん。最初からこうやって勝つつもりだったんか?」

 

衛斗「広告塔さんの的中率も相当だったからですよ。僕は所詮素人、長期戦ともなれば、安定して勝てるとも限らりません。それに、ポイント差では広告塔さんの増えたチップを削りきれません。それでは正当性の証明には不十分です」

 

衛斗は広告塔に自分の力を認めさせたうえで、広告塔の潤沢なチップを全て削り、自分だけ勝ち残るパーフェクトゲームを狙っていたのだ。

 

福丸「なるほど負けたで。わてと同格の副幹なだけのことはあるわ。80ポイント分の8万ドル。これなら手持ちからすぐに支払えるな」

 

福丸は財布から8万ドル分の札束を取り出して、衛斗に手渡す。

 

衛斗「どうも。こちらの世界を少し観光させてもらいましょう。それよりも、広告塔さんはチップ1000枚分で100万ドルの支払いの方は大丈夫なんですか?」

 

福丸「自分で負かしといてよう言うわ。会長に借金作るなんて財閥では必要条件みたいなもんやから仕方あらへん。金のつながりがある限り、縁も切れへん。こんな太い借金や、しばらくは借りたままで利子だけ返してパイプに利用させてもらうで」

 

銀行の融資や株の買収と同じく、巨額の資金をやり取りした以上、それを回収するためには貸した側も借りた側にもうけさせる方が得策である。この場合、福丸は100万ドルとその利子を返すための支援を、会長から受ける口実を得たことになる。会長からの支援をうまく利用すれば、毎月利子以上の利益を上げ、100万ドル以上稼ぐのもたやすいだろう。ビジネスライクな財閥において、信用とはそうやって積み上げるものらしい。

 

衛斗「転んでもただでは起きないと言いますか…。その調子では他の派閥と組みにくいわけです。勝者として条件を出しましょう。預言者様ではなく、僕でよろしければ、協力しましょう。報酬はお金ではなく支援物資と言う形で」

他と組みづらい財閥の内情をなんとなく察し、衛斗はそのように提案する。

 

福丸「せやなあ、測量士はんは凄腕の勝負師やから組んでも損はないな」

 

衛斗「実のところ、僕は勝負師ではありませんよ。先ほどの勝負をどうやって勝ったか、ここだけの話でお教えしましょう…」

 

衛斗が福丸に小声で教えたルーレットの必勝法は、エルハームの預言に頼ったものではなかった。

 

衛斗は天体観測で空一面の星を同時に眺め、流星の動きにも気を配るという細かな観察を生業としてきた。そのために、常人では想像が及ばないほどに視力が優れている。ルーレットの球の動きをきっちり目で追える。それだけでなく、様々な星の動きを計算してきたために、弾道計算も瞬時に行える。ルーレットの球も、その動きや速さ、跳弾する角度などを把握すれば、どこに落ちるかも計算できる。これにより、ルーレットの運行を確信を持って計算していたのだ。

カジノについて素人の衛斗は、ルーレットと聞いた時点でこの方法で勝つことしか考えていなかった。ルールに抵触するわけではないが、他人から見ればこういう必勝法とは得てしてイカサマと紙一重だろう。だからエルハームだけはイカサマしていないと主張した。

 

衛斗「僕はあくまで自ら観察した結果を信じているだけのことです。エルハームさんも観察の結果あってこそ信じています。自分の目は嘘をつきませんからね。計算によって勝負していました」

 

福丸「それをばらす意味あるんか?」

 

衛斗「確かに財閥のあなたから見れば、手の内をさらすのは損かもしれませんね。しかしエルハームさんのような相手に内情を見透かされていると、考えも変わるというものです。こちらから明かすのも、時には信用される結果につながります」

 

衛斗は、このイカサマと紙一重の必勝法ですら、財閥には認められる技術ではないかと考えたのだ。有用性は今実証したばかりだ。

福丸は金のそろばんを弾きながら考え込むそぶりを見せる。

 

福丸「まさか、そないなトリックとはなあ…おもろいやないか!わてとタイプは違っても、勝負師の才能はあるで。自分の判断にすべてを賭けられるんやから。むしろ測量士はんがこっちの世界でやってけるんとちゃうか」

 

衛斗「確かに僕とあなたは案外似ているところはありますね。僕個人でなら手伝えることもあるかもしれません」

 

福丸「ほんまか、わても賭けた甲斐があったっちゅうもんや。さてと、お連れの預言者はんも呼ばへんとな。わてから詫び入れとんな」

 

そこへエルハームと黒服を連れだって戻ってくる。

 

エルハーム「すごいね衛斗お兄さん、私もこんな風に勝つとまではわからなかったよ!」

一目散に衛斗のところに駆け寄ってくるエルハーム。

 

衛斗「見ていてくれましたか。エルハームさんほどではなくとも、僕も先見の明には自信がありましてね」

先ほどの勝負の熱が冷めたような、柔和な表情で応える衛斗。

 

福丸「わてが呼びに行くまで待機のはずやったけど、連れて来たんか?」

 

黒服「その、勝負が終わったなら、速くお連れの方に会いに行きたいとおっしゃるので…」

エルハームについ甘くしてしまったことが、改めて恥ずかしくなって口ごもる黒服。

 

福丸「あかんなあ、子供のわがままホイホイ聞くもんやないで。まあ今回は預言者はんやなくて、測量士はんにサシで負けたから関係あらへんけど。疑うてすまんかったな、預言者はん」

 

エルハーム「いいのいいの。これから衛斗お兄さんが勝つってことは、ちゃんとその誤解も解けるってことだったから、気にしてないよ!衛斗お兄さんは気にしてくれたみたいだけど」

 

福丸「なんやごっつええ子やなあ。参ったわ。おい、あんな子が欲しかったから甘くしたんちゃうか?」

 

黒服「いや、その、今は恋人とかいないから欲しくても…って何を言わせてるんですか!オホン!測量士さん、エルハームちゃんを不幸にするようなことがあったら、私が引き取っちゃいますからね!」

慌てて咳払いして、強引に話題を切り替え、衛斗に釘を刺そうとする黒服。

 

衛斗「後半で言ってるセリフもおかしい気がしますが…言われるまでもありません。僕は現在を見据えるエルハームさんの複眼ですから」

相変わらずスコープをつけたままだが、黒服の言葉にも目線をそらすことなく答える衛斗。

 

エルハーム「ん~惜しい!今のもう一回言って、眼鏡なしで!」

 

衛斗「ですから眼鏡ではなく、スコープです。なぜそうまでしてスコープ外させようとするんですか」

 

エルハーム「だって眼鏡なしの方がかっこいいもの」

 

衛斗「…って、僕がスコープ外してる所を見たんですか!いつどこで?」

突然、今日一番の動揺を見せる衛斗。

 

エルハーム「衛斗お兄さんが今朝顔を洗ってた時に鏡越しで。眼鏡外してる方が眼元が涼しそうだったよ?」

黒目がちの純粋な目を輝かせて熱弁するエルハームの言うとおり、衛斗は素顔では涼しげな眼をしている。普段はスコープに隠れているが。

 

衛斗「黒服さん、僕は一人で観光に行きますので、戻るまでエルハームさんは預かっておいてください。人をからかう子には我慢を覚えさせなくてはね」

冷めたトーンで黒服に頭を下げて頼むと、さっさと一人で出て行こうとする衛斗。

 

エルハーム「えっ、何で怒ってるの?待ってよ衛斗お兄さん~!」

 

黒服「私が預かるのが我慢ってどういう意味よ!あっ、ちょっとエルハームちゃんも待って!」

 

慌てて追いかけるエルハームと黒服。

 

福丸「わはは、なんやかんや言うても若いなあ。町の雑踏に紛れるまでに追いつくんやで~。カジノの中ならすぐ探せるけどな」

 

衛斗と、エルハーム・黒服の即席コンビは、街で観光と言う名の鬼ごっこを繰り広げ結局は、黒服がエルハームのお守りを一日引き受ける結果になったのだった。

 

カジノのホテルでやっと一息つく衛斗とエルハーム。

 

エルハーム「う~ん、分かんないなあ、何でそんなに怒るのかなあ」

 

衛斗「分かってほしくないから、怒ってるようなものです。知ろうとしない方がいいこともあります」

 

エルハーム「でも何か怒るようなこと抱えてるなら、本当に話さなくて大丈夫?」

 

衛斗「大丈夫、時間が解決してくれる問題です。僕の気持ち次第ですが」

 

そう言って話を打ち切る衛斗。彼がスコープを外さない事情とは、その言葉通り彼の負い目によるもの。彼は他人と直接目を合わせない。彼の目が人を見透かすような、透明でクールなまなざしを持っているからだ。

 

いや、彼の慧眼なら大抵の人間は見透かせるだろう。性格上他人に興味を持てば、どうしても観察するような態度になってしまうのが衛斗であり、それが視線に現れる。今まで彼に見透かされていると感じた人間は、みんな彼から離れて行ってしまった。若くして慧眼を持つ衛斗に見透かされていれば、劣等感を感じて穏やかではいられまい。

 

だからスコープを常時装着し、目を見せないようにしてきた。エルハームは、他人との間に目隠しを作ってきた彼にとっては、憧れでもある。初対面から観察しようとする衛斗とにも積極的にかかわろうとしてくれるし、何より同じようなで能力を持ちながら、自分よりも信頼を集めている。だからこそ、エルハームに自分の目で向き合うのは、本当に切れない信頼関係を築いてからにしたい。そこまでなれるかどうかスコープに隠れて、観察しなくてはならない。観察していて嫌われないか判断するために観察する…なんというジレンマ。

 

エルハーム「大変大変!この世界にも異教の神々が侵攻してくるみたい!」

 

その憂鬱な思考を中断したのは、エルハームの声だった。お土産に買ってきたこの世界の星図を指し示している。

 

衛斗「異教の神々…近いですか?」

 

エルハーム「今度はどこか他の世界にいるみたい。でも、この世界の近い未来では、そいつのせいで呪いがもたらされるみたいなの。どうする、残る?」

 

衛斗「もちろんです。対策は僕が広告塔さんと話し合うので、エルハームさんはどの世界が発生源かを探るのに集中してください」

 

エルハーム「もし呪いなんてあるとしたら、何とかなりそう?」

 

衛斗「いや、呪いともなると、その道の修得者でもなければ、対策はしにくいかもしれませんね。確かそんな派閥があったのじゃありませんか?もしかするとそこが発生源では…」

 

エルハーム「“霊閥”っていうのがあったけど、そこも数十の世界がまとまってたかな。探してみる!」

 

新たに現れる異教の神々を予言するエルハーム。今度予言された未来は変えられるのか。

 

 




気分転換で書こうとしたら時間かかってしまいました。次回はあの二人が再登場、異教の神々の謎が明かされる回。次は戦闘描写もあります。


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第七次元:冥獄

今回は回想シーン長めで、しかも2種類やります。革命家の過去濃すぎ。

そしてとうとう異次元にも、まだ見ぬ異種族の存在が。


革命家・角谷命(かどや みこと)に同行すると宣言した新聞記者・多耳真理(たじ まり)は、次元戦艦の中を案内されていた。自動操縦を設定できるうえに、戦艦内には生活設備も整っているため、命一人で航行していても不便はないらしい。

 

真理「ちゃんとした拠点ではあるけど、中は殺風景ね」

 

(みこと)「いくつもの次元を転々としているから、私物を置く必要もない。素泊まりのようなものだ」

 

真理「それにしても、洗面台の周りにも何にもないんですけれど…いつも使ってますよね?」

 

疑いのまなざしで命の無精鬚と、伸び放題の髪を見る真理。

 

命「別にいいだろ。健康に別条はない」

 

真理「やっぱり!そんなだらしなくてどうするんですか。いい機会ですからさっぱりさせましょう」

 

命「しかし道具はないぞ」

 

真理「それなら私が外泊用に一式持ってきてます。それに、私散髪は自分でやるタイプですから、任せてください」

 

命「俺はこの方が気楽なんだ」

 

そっぽを向いて腰かける命の顎の下あたりに、冷たい金属の感触が。

 

真理「はい、あごの鬚から剃りますから、途中で立ち上がると危ないですよ」

 

命「これは不覚を取られたな。この俺が首に刃物を当てられるとは。仕方ないか」

 

真理の行動力に少し感心したのか、おとなしくなる命。真理は剃刀で無精ひげを丁寧に剃り落とし、髪も乱雑な毛先を整えて短く切っていく。そうしてやっとさっぱりした単発になったのだが…。

 

真理「あの、これってどうしたんですか…」

 

真理が言葉を失うほどの、多くの傷や痣、やけどの跡が露わになっていた。眉間には青痣、髪に隠れた頭頂部に触れると古い瘤、首筋から肩には大きな火傷が残っている。これを隠すために髪やひげを伸ばしていたらしい。

 

命「こうなるから、頼みたくなかったところだが…まあ気にするな。所詮古傷だ。痛みもない」

 

真理「気にしますよ。今までの戦いでついた傷なんですか?」

 

命「俺は今の所引き際をわきまえた戦いしかしてないな。次元連続者は多いんだ。奴らの中でも数の多い小物を倒し、現地の法でさばいてもらうのがせいぜいだ。だから、俺に傷をつけられる相手とはめったに戦わない」

 

真理「それなら一体誰にやられたんですか?」

 

命「その辺の小物よりもっと強い奴だ。今の俺では勝てないほどにな。次元連続者が平行世界の自身と入れ替われるのは知ってるだろう?もし中途半端に追い詰めて、より強い奴を相手する羽目になったら最悪だ。だから俺は次元連続者をここぞのタイミングでとらえて、救援を呼ぶまもなく牢に入れるようにしている。お前を先に連れ去ろうとした奴の時は、少々予定が狂ったがな。ま、お前も次に奴らと対面するときは気をつけろってことだ」

 

真理「はい、気を付けます…って、話を逸らさないでください。私はその強い相手にやられた時のことを聞きたいんです」

 

命「お前はまだ知らなくていい」

 

真理「私はもう戦う覚悟はしています。危険な相手を知っておくのは早い方がいいはずです」

 

この調子で小一時間ほど問い詰められ、とうとう命も重い口を開いた。

 

命「では話しておくが、俺がまだ次元連続者になるべく訓練を積んでいたころの話だがな。この傷や痣のほとんどは、その訓練でつけられたものだ」

 

真理「訓練でそんな傷を?そんな無茶な…」

 

命「ああ、俺を鍛えたのは、次元連続者の中でも軍事系の派閥。その副幹・千堂だったからな…」

 

~3年前~

 

諜報、護身術、政治など…次元連続者の必須技能を予定よりも早く修得した命は、副幹・千堂から直々に戦闘訓練を受けることとなった。一通りの修練はこなしてきた命でも、歴戦の将軍のスパルタには、全くついていける気配がない。

模擬試合をやっているが、千堂には手も足も出なかった。

 

命「うらあっ!」

 

鋭い蹴りや突きを繰り出す命だが、千堂は軽く避け、避けきれなければ払っていなしてしまう。武器を取回す相手よりも速いスピードの攻撃なのだが、追いつけない。これがすでに30分ほど続けられ、命の方は息が上がってきていたが、千堂は涼しい顔だ。

 

千堂「どうした、本気で来い。私は訓練だろうと手は抜けない気質でな。訓練で一撃も当てられん奴は、実戦でも戦えんぞ」

 

命「ならお望みどおり、喰らえ!」

 

普通の攻撃では当たらないと考え、素早く千堂に組み付き、羽交い絞め状態にする。そして、その状態で後頭部に向けて頭突きをぶつけようとする。次の瞬間、千堂は腕を大きく捻って羽交い絞めを抜け出し、振り向きざまに裏拳を繰り出した。その裏拳は頭突きをしようとした命の眉間に当たり、そのまま体ごと殴り飛ばす。この一連のモーションを、一瞬のうちにカウンターとして行ったのだ。

 

命「ぐうああっ!なんだ今の…捕まえたと思ったら反撃を…」

 

悶絶する命。眉間には青あざができており、妙なでっぱりに変形している。骨が折れて内出血を起こしたようだ。

 

千堂「反撃されたことはわかるか。貴様は実力は高いが、自分の前に立ちはだかる壁を知らない。壁の堅さも知らずに殴りつければ、それだけ反動も大きくなる。貴様はまだまだ私にはかなわん」

 

もう訓練は終わりでいいという意味なのか、背を向ける千堂。手当てを要する怪我なので当然である。

 

命「ふざけたことを…抜かすな!」

 

その怪我にかまわず破れかぶれで殴りかかる命。眉間をやられて視覚も怪しい中、とにかく千堂の後姿を攻撃する。千堂もかわそうとする。そして無我夢中の攻撃は、偶然にも千堂の頬をかすめて、一条の傷を作る。

 

命「ハアハア、どうだ、当ててやったぜ」

 

千堂「今のは読み切れなかったぞ。いい攻撃だ。ようやく同じ土俵と言ったところだな。戦うなら傷を恥じるな」

 

血の流れる真新しい傷を誇らしく命に向けながら、手を差し伸べる千堂。不敵に笑いながら、その手を取る命。それからの訓練では、互いにどれだけ有効な攻撃をしたか、生傷をつけ合った。しかし、千堂にはその時以上に深い傷をつけることはできず、生々しく実力差を味わった…。

 

真理「あなたもそういうノリだったの?軽く引くんですけど…」

 

命「あのころは俺も粋がっていた。今思えば、あの訓練に意地で喰らいついていったのも若気の至りだな」

 

真理「それじゃ、その火傷は?まさか訓練で火でも使ったの?」

 

命「いや、あの人はけがはさせても命の危険にまでは追い込まなかったな。こいつはさらに容赦のない…地獄で負ったものだ」

 

真理「戦い以上の地獄があるっていうの?」

 

命「お前も昔から知っているはずだ。亡者どもをただただ苦しめる地獄を。俺はそこに堕ちたことがある…」

 

~2年前~

 

訓練でも頭角を現してきていた命は、次元戦艦の操縦訓練もこなすようになっていた。だが、その訓練中に、彼の次元戦艦は次元の歪みに吸い込まれ、どこか見知らぬ次元に漂着してしまう。

 

命「どこだここは…」

 

空には弱弱しく明滅する太陽に、化学物質の混ざっていそうな濁った暗雲。そのかすかな光で、辛うじてその世界は視界を保っていた。とはいえ、景色を眺め続けていると、こちらの目もチカチカしてくるようだ。地平線は荒れ果て、建物の影すら見えない。何よりこの重苦しい感覚。どこの次元よりも重力が強いらしい。呼吸するのにも意識して肺に力を込めなくては、すぐに息苦しくなる。

 

地獄閻魔プルードゥー「ここは処刑場だ、亡者めが」

 

いつの間にか背後に5メートルはある巨大な人物が立っていた。しかし、真っ赤な肌に大きく裂けた口と針金のようなひげ、猫のようなギラギラした瞳に、体長に見合った剛健な体格を、烏帽子と唐風の道服で覆っている。人間とは思えず、まるで鬼だ。後ろに従えている2メートルほどの人物たちも、肌の色が違い、その頭にはらせん状の角が生えている。

 

命「地獄だというつもりか?俺は死んだ覚えはないがな」

 

プルードゥー「死んでいなくとも罪には覚えがあるだろう。だからここに来た」

 

命「その口ぶりだとお前らがここに連れて来たんだろう。死んでもいない俺を」

 

プルードゥー「その通り。業を背負ったなら死んでいなくとも、次元の歪みを通って地獄には落ちるのだ、亡者め。生き地獄に堕ちた罪人の話を知らんとは言わせんぞ」

 

命「俺は確かに次元連続者なんて恨みを買いそうなキャリアについてるが、まだ活動していない見習いだ。背負う業なんてあるのか?」

 

プルードゥー「次元連続者を恐れる者にとっては、新たな次元連続者となる者もまた、恐怖の対象だ。その怨念が届いたのだろう、多分な」

 

そう言いながら鏡をかざす。そこには次元戦艦の艦隊が、様々な世界で他の軍隊を撃滅する姿が映し出された。戦争を繰り返す他の次元に参戦し、好戦的な国家のみを滅ぼすことで覇権を握ってきたのが軍閥と聞いている。あくまで犠牲にしてきたのは、自国以外をすべて排除しようとする過激な国家であると教えられていたが…それでも圧倒的な武力に晒される様は悲惨だ。

それを見て、流石の命も唇をかみしめる。自分もこんなことをしていたかもしれないと。

 

罪人A「次元連続者か…」

 

罪人B「あいつらのせいで俺は落ちぶれてこんなことに…」

 

ここに落ちてきた罪人にも、次元連続者を恨む者はいるらしい。

 

命「確かにそうかもしれんが…それならなぜ他の次元連続者は捕まらない?あいつらは止めようとは思わないのか?今のようなことを知っていながら」

 

プルードゥー「次元の歪みに捕まらなくては仕方あるまい。まあ、かかった罪人だけでもここで苦しめてやるがな」

 

その凶悪な笑みに、命は相手の本質に気づく。

 

命「今分かった。お前は網にかかった罪人を地獄に落としちゃいるが、それで世の中をよくしようなんて思っちゃいない。お前のやりたいことは罰と称して、他の奴らをいたぶるだけ。こんな辛気臭い世界での憂さ晴らしにな!」

 

プルードゥー「フン、この地獄閻魔プルードゥー様に、出過ぎた口をきいてくれたな。これから地獄の責め苦を受けさせて、黙らせてやろう」

 

鬼に囲まれながら、移動させられる命。行き先には真っ赤な水で満たされた池。中心の渦から逃れるように、必死の形相で泳ぎ続ける罪人たちがいる。

 

プルードゥー「ここが血の池地獄。ここの血は全部本物だ。泳いでみればそれがわかる」

 

そう言って数名がかりで鬼が命を担ぎ上げ、頭から血の池に落とす。命は突然の水の中でも、何とか目を見開く。何か底の方へ水ごと引き寄せられる感覚。底の方を見ると、そこには巨大なスクリューが回転していた。誰かおぼれた罪人がスクリューの方に吸い込まれていく。そのスクリューに巻き込まれると、その罪人は体を擦り切られ、血を吹きだして苦しみもがく。あのスクリューはおろし金のようにギザギザの穴が開き、泳ぎ疲れたものの肉を切り裂き、血の池の水かさを増やしているのだ。吸い込まれないように水面まで泳ぐ命。だが、重力の強いこの世界で、スクリューに逆らって泳ぎ続けるのはかなり体力を要する。数分もたたないうちに、周りの人間は次々に水底に引きずり込まれていく。

 

プルードゥー「ハハハどうだ!4~5時間もすれば引き上げてやるぞ」

 

命「結構だ。自分で上がる」

 

岸辺まで泳ぐ命だが、それは岸辺で待ち構える鬼たちにとってはいい的だった。

 

赤鬼「プルードゥー様のお許しもなく、上がってくんな馬鹿が!」

 

青鬼「沈め沈め!」

 

金棒で何度も殴られ、血の池に自らの血をしたたらせる命。それでも岸辺から離れない。

 

プルードゥー「その辺にしておけ。亡者よ、ここでは溺れて意識を失える分だけ楽な死に方だぞ。わざわざ殴られることはあるまい」

 

命「どうだかな…俺はそんな死に方はできないらしいな…」

 

その時、血の池の渦が消えた。驚き安堵する罪人たち。

 

プルードゥー「スクリューが壊れたのか?まさか亡者ごときが…」

 

命「泳ぎながらも岸辺の土を足で削り続けておいた。この世界の重力なら泥でも水底まで沈みやすい。上手く詰まったようだな」

 

プルードゥー「最初だから楽な方を進めてやったものを…次は溺れるまで泳ぐだけでは済まんぞ」

 

機能しなくなった血の池から命たち罪人が引き上げられ、次の地獄に引っ立てられる。

 

プルードゥー「体にしみついた血を消毒してやろう。ここがおなじみの釜茹で地獄だ」

 

煮えたぎった巨大な釜に落とされる罪人たち。早速熱湯の熱さに耐えきれず、這い上がろうとする罪人たち。だが、今度は周りを囲う釜の内側も熱くなっている。迂闊に触れて火傷し、絶叫する。それに加えて、熱い蒸気を吸い込んで肺を焼かれ、むせ返る。

 

プルードゥー「どこもかしこも熱い、熱い。直接火で焼かれるのと違って、じっくり熱さを味わえるぞ。どうだ湯加減は?」

 

命も蒸気を吸い込まないために、口を開くことはできない。だが、ばしゃばしゃと熱湯を掻き立て、周囲に熱湯をまき散らしている。

 

罪人A「こいつ、こっちに熱湯を撒いてんじゃねえ」

 

罪人B「何しやがんだこの野郎!」

 

中にいる罪人同士で、熱湯をかけあう小競り合いが始まる。一見児戯にも見えるが、熱湯をかぶったものは当然やけどを負い、苦しみ、より一層暴れる。

 

プルードゥー「やけになったか。熱湯を減らそうとしても、その程度では釜の外には一滴もこぼれんわ」

 

だが、そのうちに狙いがはっきりしてくる。熱湯が釜の内側に撥ねて蒸発し、もうもうと立ち上る水蒸気。それが熱による上昇気流で空にまで届き、空の暗雲に働きかける。とうとう、空に満ちた水蒸気は雨となって地上に戻ってくる。恵みの雨によって釜の熱湯はぬるくなっていき、命の狙いに気づいた罪人たちは歓声を上げる。だが、さらに温度が下がったのは熱湯を煮詰めていた釜の方。急激に上がりきった温度を冷まされては頑丈な釜も耐えられず…ひび割れて水漏れを始めてしまった。もはや用をなさなくなった釜から脱出する罪人たち。

 

命「ここも俺の死に場所じゃない。俺に火傷を残したことだけは、認めてやる」

 

プルードゥー「チッ、では次の地獄だ。あそこなら身動きすらできんだろうよ、亡者めが」

 

今度は翼を持った黒い肌の何者かが現れる。こちらの見た目はまるで悪魔だ。その悪魔に捕まり、空を飛ぶ。そして連れてこられたのは、鋭い針で覆い尽くされた山の真上。

 

悪魔「針山地獄だ。無事に降りられるものなら降りてみな」

 

一斉に針山に投げ落とされる罪人たち。体を貫くほどの太い針が、真下に迫る!だが、命はその針を両足ではさみ、何とか針にしがみついて回避した。他にも、ギリギリで太く大きめの針にしがみつき、他の無数の針から逃れた者も何名かいる。そんな針に捕まれなかった者は…体中を串刺しにされている。

 

命「さてと、昔の落語じゃ、こういう針を加工して作った鉄下駄で歩いて降りたらしいが、どうもそれでは厳しいな」

 

針山は大小さまざまな針がその長さの差によって、不規則な段差を作っている。これを足場にしようとしても段差のせいでうまく体重移動できず、バランスを崩してしまうだろう。

罪人A「おい、何とかしてくれよ、頼む」

 

罪人B「もう地獄は嫌だ」

 

命「よし、それなら周りの小さな針でいい。折って俺の方に投げろ。キャッチするから遠慮なくやれ」

 

罪人たちは慎重に針を折り、命に投げ渡す。命はというと、それよりも長い針を折り始めていた。長い針となるとその分、折るのに力もいる。力をこめれば、手に針は食い込む。その痛みに耐えながら、命は針を集めていく。

 

プルードゥー「鍛冶屋でもないお前が鉄下駄の代わりに何を作るつもりだ?自分の手を傷つけてまで」

 

命は集めた針にさらに力を込めて曲げ始める。当然そんなことをすれば、手は血まみれになる。湾曲した針を絡みつかせ、球状に成型する。そうして出来上がった巨大な針の球を、頂上から勢いよく転がす。強い重力による加速を受けて、ピンボールのように球は針にぶつかり叩き折りながら、転がり落ちていく。高速回転によって周りの針も巻き込んで質量をまし、針山の針は地ならしのようにおられ、潰されていく。あっという間に針の球は針山を下り、後の針山にはその球が刻んだ道ができていた。そこを悠々と罪人たちは降りてくる。

 

命「俺はここにとどまっている気はない。俺は自分の世界に戻らなくてはならない」

 

プルードゥー「戻ったところでやることなど知れている。また恨みを増やすつもりか?」

 

命「俺がなぜ地獄を巡ったかわかるか?次元連続者のせいで落ちぶれたやつだけでも、助けたかったからだ。俺に地獄の責め苦など効かないとはっきりしたはずだ。ここからの脱出法を教えろ!」

 

冥府覇王ハデウス「それは我、冥府覇王ハデウスが応えよう。弟の非礼の償いとしてな」

 

プルードゥーに匹敵する巨体の人物が現れる。こちらは古代ギリシャ風の白布を巻いた、湾曲した角を持つ魔人と言った見た目である。赤い瞳に八重歯の伸びた口、凶悪そうな見た目だが、敵意のある声色ではない。

 

プルードゥー「兄者か。罪人を返す大義はないと、兄者も賛成していたはずだ」

 

ハデウス「そやつはもう罪人ではない。未来に侵すべき罪のために業を背負ってはいたが、そやつは自らの運命を変え始めた。自らを恨む者たちにも報いようとした。罪は購われたのだ」

 

プルードゥー「しかし、こいつを返すということは…」

 

命「おいプルードゥーとやら。確かに俺たちは恨まれても仕方のないことをしてきた。だからと言って、お前らに弄ばれるいわれはない。何か別の目的があるなら教えてもらおうか」

 

プルードゥー「いいだろう。地獄閻魔プルードゥー様がなぜ亡者どもの相手をしているのかを。見ろ、この空を!」

 

プルードゥーが取り出した笏を振り回して空を仰ぐと、強力な突風が起きて空の暗雲を散り散りに吹き飛ばした。そうして見えた空は、果てしない漆黒に塗りつぶされていた。渦を巻き、黒点に覆われ太陽が微かに明滅する光を放つだけの空。命は気づく。この世界の強い重力や、得体のしれない視覚異常の原因に。

 

命「あれはブラックホール…これだけ惑星に接近しているというのか!?」

 

プルードゥー「そうだ、ここはあの穴に光もエネルギーも吸い込まれ、死にかけの太陽で辛うじて生かされている世界だ。新たな命が生まれることもない死の世界だ」

 

命「死の世界…しかし、お前たちはここで生きてきたはずだろう」

 

プルードゥー「こんな世界に誰が好き好んで生まれてくるか!我々魔族もここに落とされたのだ」

 

命「お前たちもこの世界とは別の次元から来たというのか?一体なぜそんなことに…」

 

ハデウス「遠い昔の出来事だ。我々もまた、おぬしらと同じ世界に住んでいた。おぬしらからすれば先住民に当たることになる」

 

ハデウスやプルードゥーの治める鬼や悪魔と言った魔の種族。彼らは元々優れた力や頭脳、魔術などによって、支配種族として繁栄していた。また、プルードゥーが使っていた次元の歪みを開く術、その術によって異次元への行き来も可能とし、多数の次元さえも支配していた。

そこへ異教の神々と呼ぶべき存在が現れた。異教の神々は次々に魔族を同化して取り込み、更に世界を改変して自分たちの領域とし始めた。異教の神々の勢力拡大に魔族は対抗し、全面戦争を開始した。その中で、異教の神々とコンタクトを取り、目的を探ろうとする試みもあった。その結果、異教の神々の目的と正体が判明した。

異教の神々はエネルギーに満ち満ちた高次元世界を司る存在であること。高次元世界はエネルギーばかりで物質の概念が乏しい世界だった。しかし、その中でも純度の低いエネルギーは、高次元世界から下層である無の空間に流れていく。純度の低いエネルギーは無の空間によどみを作り、それが物質を形成した。物質とエネルギーが両方存在する平行次元世界の誕生だ。高次元世界からのエネルギーがなければ、この世界もなかったと言える。

これは水の入った水槽と同じ理屈であるそうだ。水槽の上層部は透明度の高い水が占めているが、水槽の底に濁りができるように、下に行くほどよどみ、不純物が形成されていく。

異教の神々は新たに誕生した平行次元世界に興味を持った。新天地にできるのではないかと。しかし、異教の神々は元の世界ではエネルギーを司る絶対の存在であり、平行次元世界でもその自意識を変えようとはしなかった。異教の神々にとっては、純粋にして絶対の存在に同化させることこそ、世界との共存だったのだ。

同化を求める異教の神々を受け入れたのは、その高次元への昇華を望んだごく一部のみ。多くの魔族は自分たちが築き上げた世界や誇り、自我を奪われることに反発した。死力を尽くして戦うも、無尽蔵のエネルギーを持つ異教の神々にはかなわなかった。最終的には異教の神々が次元にブラックホールを開いて、より下層の低次元世界を作りだし、魔族を全て吸い込ませてしまった。低次元世界はさらにエネルギーが不足し、物質の質量だけが増大している停滞の世界。水槽で例えるなら、還流すら起きない底の底である。

 

ハデウス「我々も亡者と同じく、地獄に封じられた存在ということになる。ここから次元の歪みを開こうとしても、魔力を持つ我々は通ることができないようにされている」

 

命「停滞の世界ってことは、地獄で人間が亡者のごとく死なないのは…」

 

プルードゥー「死ぬような目にあっても仮死状態に入った挙句、細胞が再生を繰り返して復活してしまう。亡者どもをどれだけ痛めつけても死にはしない。弱い人間でもそうだが、我々魔族ですらこんな腐った世界からおさらばできない状態だ」

 

ハデウス「科学的に言えば、ブラックホールの放射線や、太陽光線の異常が原因だろう。しかしブラックホールも消せず、太陽も中々寿命を迎えないのでは、対処しようがない」

 

命「魔術という割に、科学も知っているのか」

 

ハデウス「我も次元の歪みから迎え入れた人間から情報を得てきた。それに次元の歪みを通れる人間は、我々の脱出の足掛かりにもなり得る。向こうの世界にも次元の歪みを開く魔術を伝えれば…」

 

プルードゥー「人間には無理だと言っているだろう兄者。どれだけ魔術を教えてやっても、奴らは低級魔族1匹呼ぶのがせいぜいだ。魔力も持たない奴らに任せておいても、我々兄弟が脱出できる見込みはない」

 

命「ハデウスはいいとして、プルードゥー、お前は何のために人間をさらっている?まだ他に隠していることがあるはずだ」

 

プルードゥー「フン、亡者どもを使った実験だ。どれだけのダメージを与えればこの世界で死は訪れるか。何度痛めつけても死ぬ様子がないがな」

 

命「いや…それだけではない。さっきのお前の表情から俺は憂さ晴らしと言った。つまりこれは、復讐の代償行為だ。異教の神々に会うことすらできないお前たちは、業を背負った人間を苦しめて復讐した気になっている。違うか?」

 

プルードゥー「だとしたら何だ?我々魔族の誇りが、今も復讐を望んでいるのだ。この復讐心を忘れないために我々は…」

 

命「忘れないためではなく、他にどうしようもないからだろう。お前はこの世界から出られず、もう復讐は不可能だと思ってしまっている。さっきの実験でも、自分たちが死ぬ方法を探していたのだろう?」

 

プルードゥー「何が言いたい亡者めが…」

 

命「いつまでも仇を心の中で呪い続けるだけでは、死んでいるのと同じ。お前らは憂さ晴らしで現状をごまかしてるだけだ!俺ならばどんなに困難であろうと、必ずケリをつけて見せる」

 

自らの後ろ向きな本心を見抜かれてしまい、歯噛みするプルードゥー。

 

ハデウス「言われてしまったな、プルードゥー。もう潮時ではないのか。自分たちが苦しみから解放されようとして、他の者を苦しめるのはどうなのかと言ってきたはずだ」

 

プルードゥー「このプルードゥーは兄者と違って荒くれ者故、これしか思いつかなかったのだ。兄者ばかりに任せて、ただ待ってなどいられるものか」

 

それを聞いたハデウスは、気まずそうにうなずく。

 

ハデウス「数千年も成果が上がらなくては、プルードゥーがそう焦るのも無理はない。我は何もできない負い目があって、プルードゥーの横暴を許してしまった。だが冥府の王としても、兄としても間違っていたのだ。人間にも、プルードゥーや地獄の民にも詫びなくてはなるまい」

 

プルードゥーよりも先に膝をつき、その場の全員に頭を下げるハデウス。

 

ハデウス「我はもう一度地獄に希望を取り戻さなくてはならぬ。次元連続者とやら、元の世界に送り戻す代わりに、その次元戦艦をもらえぬか。そちらからも手掛かりが得られるかもしれない」

 

命「俺が発破をかけたからには、無下に断って逆戻りさせるわけにもいかないな。好きにしろ。だが、お前たちにも背負ってきた業がある。俺たちの世界に来ても、歓迎はされないだろうな」

 

プルードゥー「上等だ。平行次元世界など通過点に過ぎない。さらに高次元世界にたどり着き、復讐することが魔族の生きてきた…いや、死にきれなかった理由だ」

 

牽制し合う命とプルードゥー。せきを切ったかのように、プルードゥーが命に向けて笏で横一線に切りつける。空間ごと切り裂く威力に、命がいた空間には断層ができる。だが、命は既にその場にはいない。

 

命「おい、こっちだ」

 

上から命の声がする。素早くプルードゥーが見上げると、太陽を背にした命の影が目に入る。強力な紫外線を放射する逆光を見てしまったために、プルードゥーの目がくらむ。その隙に命はプルードゥーの頭にとび蹴りを食らわせる。目がくらんだのもあってか、その蹴りによろめき、たたらを踏むプルードゥー。

 

命「気は済んだか。自分の世界から目を背け続けてきたから、地理条件を利用して立ち回られる羽目になる。そんなお前には、俺の世界でも負けることはない」

 

プルードゥー「ペッ、この程度の不意打ちで死ぬなら、償いすらできん奴だったとあざ笑ってやるところだったが…。少しは認めてやるか。償いたいならそう生きて見せろ」

 

力をぶつけて鬱憤は晴れたのか、少し血反吐を吐き出し、命の言葉を認めるプルードゥー。

 

ハデウス「次元の歪みが開いたぞ。速く来い」

 

命「行くぞお前たち。これからの人生、どう生きるか俺から指図することはできないが…自由に生きてほしい」

 

罪人A「へっ、恨みに思ってた次元連続者に、必死で地獄から救われたんじゃ、もう俺たちも改心するしかないじゃねえか」

 

罪人B「無限に続く責め苦よりも、有限の人生を使った償いの方が、マシに思えてくるってもんだぜ」

 

罪人たちも、命に救われたことで、心を動かされたようだ。自分たちも命のように、やり直したい、自分たちの傷つけたものを救いたいという気持ちになったのだ。

 

ハデウスが開いた次元の歪みから、地獄に囚われた人間たちは帰っていく。人間が恐れ、言い伝える地獄は終わった。しかし、そ魔族たちにとってはまだ終わっていないのだ…。

 

命「こんなところだ。地獄や異教の神々が、信じられればの話だが」

 

真理「いいえ、信じるわ。あなたの表情、いつもより暗くなってたから。やっぱり、地獄にいる魔族のことを気にしているの?」

 

命「かもしれんな。俺は次元連続者が陥れた挙句、地獄に落ちた罪人を救った。だが、それは俺の自己満足だったかもしれん。全てでなくとも業を背負った悪人を捕える地獄は必要かもしれないし、プルードゥーたちには空望みを与えただけかもしれない。だだ、一つだけわかるのは、俺がああいう地獄を見過ごせない人間だということだ」

 

真理「その気持ちはわかるわ。私だって見えない真実を追い求めずにはいられない。先のことはわからなくても、現状をどうにかしたいと思うのが人間だもの」

 

命「こんな話を最後まで聞きたがるとは、大した女だ。地獄から抜け出した俺は、過去を振り返りつつも止まっているつもりは無い」

 

命の見せた真剣な表情。髪やひげに隠れていた時と違い、思いがけず精悍な素顔に見えた。

 

真理「そうね。私にもできることがあったら言って」

 

命「ああ、お前には暗号の解読を頼もうと考えていた。この次元戦艦でも、通信を傍受することはできる。そこで流れる暗号を解ければ、次元連続者の次の動きも呼べるはずだ」

 

真理「そういうことなら任せて。私は経験上、外国語だけでなく、裏を各通信法にも通じてるつもりだから」

 

2人は通信室で、傍受した暗号の解読作業を開始した。

 

その頃、別の次元にて。次元連続者の中でも“妃”の異名をとるマリーアは、他の次元連続者が待つ私室に招待されていた。もっとも、マリーアは稀代の悪女として次元連続者の派閥からも敬遠されている。そんな彼女を呼びつけたのは、同じく爪はじきにされている数少ない悪友である。彼女が踏み込んだのは、ある高級マンションの最上階の一室。

 

(ながれ)「ケヒヒ、久しぶりだな、マリーア。まあ、勝手に座れよ。酒とつまみは置いてある」

 

言葉通り、その男はキーボードを打つ手を止めて、パソコンの前から立ち上がる気はないらしい。

 

マリーア「相変わらずなんでも床に置いて、ひっどい部屋。ワインとチーズも銘柄がよくても、出しっぱなしじゃだめね。ワインは冷えてないし、チーズは乾いてるし」

 

入るなり部屋が様々な電子機器で散らかってることや、おもてなしのワインやチーズさえテーブルに放置されていることに突っ込みを入れるマリーア。猫をかぶっているいつもより、口調もぞんざいである。

 

流「気の向いた時に好きなものを手に取って、好きなものを食う。これが現代の贅沢って奴だろ?」

 

マリーア「…そんな自堕落な生活で太らないところだけは、羨んであげるわ」

 

マリーアが呆れた視線を向ける相手は、筋張った骨が手の甲に浮いているほどのやせた小男だった。手入れの入ってないボサボサな髪、辛うじて目を覆ってない前髪の間から、上目遣いの三白眼をのぞかせている。彼は下衆とあだ名される次元連続者“流”これは下の名前からとったハンドルネームらしいが、彼の本名は他の次元連続者も突き止められていない。彼は自分の個人情報さえも闇に葬ってしまうほどのハッカーなのである。その能力の高さと、他人の裏をかく狡猾さを危険視されて、数個の次元を支配しながらも派閥入りしていない。

 

流「オレは頭脳労働でカロリーを消費してんだよ。肉体労働なんて底辺の仕事は他人に投げときゃいいから、これ以上の体格も必要ねえ」

 

マリーア「それで?見た目と違って今日も絶好調みたいだけど、まさか寂しくなったわけじゃないわよね」

 

流「誰がそんなウザい理由で呼ぶかよ。ただ、オレの計画に一枚加われるワルは、マリーアくらいしかいないしな」

 

マリーア「また何か悪巧み?」

 

流「ケヒヒ、そうとも限らねえよ。だらしねえ派閥の奴らに代わって、オレらで異教の神々をつぶそうって話だ。感謝してほしいくらいだぜ」

 

次元連続者が世界を支配するのは、平行世界よりさらに高次元の存在である異教の神々に対抗するための力を結集しようとしているのが真の狙いである。これは次元を数個支配して実績を上げた者に初めて知らされる内幕であり、角家命のようにその前に離反した者は知らない。異教の神々が強大過ぎる故に、それを恐れた初心者が離脱することを警戒したのだ。本人の欲望や個性を引き出し、戦力として育てようとするのが上層部の方針だったが、これが我の強い離反者を生んでしまったのは、また別の問題。

 

流「オレ筋の情報じゃ、遂に異教の神々が降臨し始めたそうだぜ。学閥のスカしたインテリ女がロボットにされたって話だ。勝手にやられたのはざまあだが、派閥に入ってない俺らも対策しないとやばいんじゃね」

 

マリーア「ふーん、とうとう来たかって感じね。あなたのハッキングなら確かな情報でしょうけど、分かったところでどうするの?博士でも勝てない相手じゃ、やり過ごした方がよくない?次元移動して逃げるなんてどう?」

 

流は次元を超えて他の世界のサーバーにまでアクセスできる、汎用型のハッキングツールを開発している。海外サーバー以上に逆探知しにくく、全ての次元の情報はオレのために流れているとまで、彼は豪語している。

 

流「どうせその逃げ場もなくなるぜ。弱えくせに全面戦争やらかそうって派閥のせいでな。奴らが負けるだけで数百の次元は消える。」

 

マリーア「迷惑な話。そういうあなたは勝てる自信ある?」

 

流「そこでオレのとっておきのネタを御開帳ってわけだ。、異教の神々はかつて地上で繁栄していた支配種族を駆逐した。だが、全滅させたわけじゃねえ。そいつらは別次元におしこめられて、復讐の時を待ってる」

 

マリーア「それ本当?」

 

流「次元を超えて知る限りの世界を探して補完したオレ筋情報だ、間違いねえ。異教の神々は他の世界に敵対種族を追いやった後の時代、他の世界から怪物が現れたり、他の世界への入り口を開く魔術書が出回ったらしいからな」

 

マリーア「それを結び付けて、別次元に閉じ込められた先住民が干渉してるって言いたいの?」

 

流「そいつらは異教の神々が住まう高次元世界には行き着けないが、次元の歪みから少しの間だけこの世界にはでてくることがあるんだなあ。生贄に業の深い人間をさらい、復讐代わりに嬲り者にするそうだぜ」

 

マリーア「話だけ聞いてると、まるで私の国の悪魔信仰ね」

 

流「ケヒヒ、ご名答。ここまでは奴らが残した痕跡と、悪魔信仰を結び付けて推測した結果だ。仮に奴らを悪魔と呼ぶが、次元の歪みを利用すれば、悪魔召喚も可能かもな。そこで例によって実験してもらったわけよ」

 

高度な電脳技術と虚実織り交ぜた情報操作により、情報供給の裏から自分の世界を支配している流の本領発揮だ。

ネットで「本物の悪魔召喚の儀式が完成した!」と噂を流し、次元の歪みが発生しそうな地点を指定。それに乗った連中に細かい方法を指示して監視をつけ、実態を探った。

 

その結果、儀式をそそのかされた連中は、全員行方不明となった。離れて監視させていたカメラマンも発狂してしまい、手掛かりは残された映像のみ。データは取れたために、後からデマだったと情報を流し、祭りは終わらせた。儀式にかかわった当事者がもう出てこなくとも、最早誰も気にしないだろう。

 

流「この衝撃映像でいろいろ分かるぜ」

 

流が再生した映像には、凄惨な光景が写っていた。どこかのミステリースポットらしい暗い森の空き地。地面に書かれた五芒星に供物のようなものが置かれている。なりきったつもりなのか?安っぽい黒のパーカーを着た若者が、メモを見ながらラテン語の呪文を唱えている。

 

マリーア「彼、ラテン語が読めるの?」

 

流「心配すんな。あれは送っておいた呪文の録音を再生してるだけだ。あいつはメモに書いた手順も覚えられないバカ学生だ」

 

すると、五芒星の方を見て悲鳴を上げ、腰を抜かす若者。そしてそのまま足を引きずらせ、必死にもがきながらも、五芒星の中に入っていく。

 

マリーア「どうしたの一体?」

 

流「ケヒヒ、昔から言うだろ、悪魔は鏡に映らないってな。撮影した奴も無事で済まないのを見るに、タブーなのかもな。映像に映ってなくても、生贄を引きずり込もうとするやつが、あの五芒星の中から手を伸ばしてるんだよ」

 

五芒星の中心に引きずり込まれた若者は、その場から消えた。

 

その後も、見えない悪魔の犠牲になる人々が延々と続く。最後の映像では、様子が違った。軍人らしき人物が複数人集まり、五芒星の周囲にTNT火薬が置かれているようだ。

 

流「こいつらは軍の一部隊のくせに俺に探りを入れすぎたんでな。戦争の仕事も俺がまわしてやってるのにな。重要機密としてこの儀式の情報をプレゼントしてやった。面白いことになるぜ」

 

軍人が五芒星に向けて一斉射撃を始める。どうやら悪魔が出たらしい。しかし、数分ほど休みなく撃っているが、彼らの焦った様子から相手には効いてないらしい。さらに、軍人たちの頭が一人、また一人と溶け始める。悪魔が溶解液か何か飛ばしたようだ。リーダー格らしき軍人がポケットから取り出したスイッチを押す。五芒星の周囲のTNT火薬が起爆した。爆炎が立ち込め、安堵する軍人たち。しかし、その安堵が恐怖に塗り替わる。逃げようとする軍人たちが溶かされ、切り裂かれ、押し潰されていく。五芒星から距離をとっても関係ない。数十人と並んでいた軍人は死に絶え、その死体は引きずられ、消えていった。

 

流「ケヒヒ、どうよ?奴らには銃も爆弾も効かない。軍隊よりよほど使えるんじゃね?」

 

マリーア「爆発の後には、悪魔の行動範囲が広がったように見えたのだけれど?」

 

流「そりゃ枠であった五芒星を爆破したからだな。出入り口を壊すつもりでやったんだろうが、普通ドアが爆破されたらより大きな出入り口が開くだけだっつうの。さらに多くの悪魔が五芒星に封鎖されることなく流れ込んだのさ」

 

マリーア「それにしても、悪魔に襲われてばかりで、実験としては成功してるの?」

 

一通りの映像を見ても、恐怖するどころか、余裕でそんな質問をしてくるマリーア。

 

流「もちろん。今までの実験を合わせると、供物は悪魔が来やすくするための道しるべだな。奴らは供物に宿った業にも敏感だ。罪深い生贄がそろうほどいい。で、今までの成功例をスパコンにかけて、割り出した最適解の儀式をやろうってことよ。さ、行こうぜお楽しみの時間だ」

 

マリーア「もう夜中なのに、女を外に連れて悪魔召喚やろうなんて、バカねえ」

 

流「まあ見てろよ。そこらの陳腐なデートプランよりは刺激的だぜ」

 

流が車で案内したのは、さびれた廃坑。その開けた土地に、巨大な五芒星とその角に配置されたおどろおどろしい供物が用意されている。

 

トリカブトの根。かつて冥府の番犬が地上にたらした唾液でもたらされたとされる猛毒植物。その根には悪魔が宿るとされる。

 

煙草の葉。これも悪魔が人間との狡猾な取引によって世界に広めたとされ、人類に快楽と引き換えに寿命を要求する。

 

牛の血。ヒンドゥー教では牛は神の使いであるために食うのを禁じられている一方で、中国では戦国武将同士の盟約として飲み交わされた例もある供物。

 

ブタの胃袋。こちらはイスラム教では、悪魔の化身と言う理由で禁じられている。何でも食う不浄の動物であるから、その胃袋には穢れが溜まっているとされる。

 

ヤギの角。悪魔の想像図として、その鋭角的な角が特徴の一つに出される。家畜化して羊になる者も多い中、いまだに野性を保っているヤギを異端とみているのかもしれない。

 

傍にはなぜかクレーン車まで準備されている。

 

マリーア「このクレーン車はどうするの?」

 

流「引き込まれないための保険だ。死にたくなきゃロープにしっかりつないどけよ」

 

マリーア「私も囮役やるの?わざとここまで黙ってたわね」

 

流「俺たち次元連続者は触れ合っていれば、座標を固定されて、次元を移動できない。その理論を応用すれば、次元の歪みにも吸い込まれないですむと思うぜ」

 

マリーア「そんな危険な賭けにつき合わせる気かしら?」

 

流「じゃ、お前だけクレーン車のロープにつないどいて、お前が俺を掴んでおく方式で行くか。クレーンの力も加えれば、十分支えきれる。俺がダメそうだったら、手を放してクレーン車で逃げてくれて構わないぜ」

 

マリーア「いざという時は見捨てて逃げてもいい。ま、そんなものよね。私もあなたも泥船にしがみつく性格じゃないし」

 

流「お前の目から見ても失敗と思われたんじゃ、それまでってことだ。オレなら向こうに引きずり込まれようが、悪魔と取引してでも帰ってくるつもりだがな」

 

マリーアはクレーン車のロープを自身にしっかりと結びつけ、流の両腕をつかむ。魔法陣の中心で流はラテン語の呪文を唱え出す。何度も聞いてるうちに耳で覚えてしまったらしい。やがて呪文が終わり、魔法陣から生まれた次元の歪みより、影が立ち上る。

 

流「お出ましだ」

 

流が魔法陣に現れた影に捕まる。即座に流の遠隔操作で、クレーン車にプログラミングされていた自動操縦で、マリーアと流が釣りあげられる。計画通り、次元連続者の特性が功を奏し、次元の歪みに引きずられることもない。流を捕まえようとした影は、思いがけず釣り上げようとするクレーンの力から逃れ、魔法陣の中に身を転がす。しかし悪魔が魔法陣から出ることはできない。クレーンは素早くマリーアと流を廃坑の崖の上に運ぶ。

 

マリーア「どさくさに紛れてくっつきすぎじゃなかった?」

 

流「ケヒヒ、オレだけ命かけてんだぜ?役得だ、役得。見ろよ。大物が釣れたぜ」

 

魔法陣の中にいる影は、相応の風格を持つ魔人の姿を現していた。

 

マリーア「あれが悪魔?映像ほど暴れるように見えないけど」

 

流「ケヒヒ、あれは恐らく最適解の儀式でのみ召喚できる上位の悪魔だな。他よりは理性がある方か」

 

ハデウス「ここが平行次元世界か…礼を言うぞ人間よ。この冥府覇王ハデウスを呼び出すほどの次元の歪みを作るとはな」

流「ケヒヒ、当然。オレらは他のにわか知識とは違うわけよ。わかる、王様?」

 

ハデウス「その口ぶりだと、最近の召喚魔術を行使した者たちはお主の差し金か…。低級魔族しか呼べない上に、連れて行って協力させようとしても知識不足の有象無象だったが」

 

流「今では犠牲じゃなく次元を抜け出すための協力者を探してるってことか。なら、話が速い。オレは流、こっちの女はマリーア。オレらと組めよ。そうすりゃほかの連中も呼んでやる」

 

ハデウス「他の者たちもか?そこまでして我々を呼び出して、何をたくらんでいる」

 

流「お前らと考えてることは同じだ。異教の神々を潰す」

 

ハデウス「ほう…この世界の人間が知っているとはな。この世界に記録は残していたが、それを記した我々が生きていると気付く者はいまだいなかった。どうやら話せそうだな」

 

流「異教の神々は今の時代になって、再びこっちの世界に干渉し始めている。奴らと渡り合ったことのあるお前らの力を借りようと思ってな。オレなら、異教の神々がどの次元に現れようが、すぐに情報を察知できる。オレらにとっても、それだけの戦力を持っていると周りに知れ渡れば、旨味がある」

 

マリーア「そういうことね。ここで他の次元連続者が倒せない異教の神々を倒しちゃえば、彼らも今までとは態度を変えざるを得なくなるわね。面白くなりそう」

 

流「ああいう偽善者どもはオレらが敵に回ったら厄介だからって、次元連続者から除名せずに、こっちが丸くなるのを待ってる状態だ。奴らをパワーバランスでも上回れば、震え上がって何も言わなくても、向こうからオレらを祭り上げるだろうぜ」

 

ハデウス「お主らも地位向上が狙える取り引きであることはわかった。だが、弟のプルードゥーが賛成するかはわからんな。奴はいまだに人間を見下している」

 

流「ケヒヒ、今度はそいつを呼んでみるか。話なら任せとけよ、オレはそんな奴の気持ちがよ~くわかるぜえ」

 

ハデウスを魔法陣から出した後に、再び流が呪文を唱え、新たな鬼の影が出現する。

 

プルードゥー「ようやく出てこられたか…いつまでこのプルードゥー様を待たせている、この亡者のなり損ないどもがあ!」

 

いきなり笏を振りかざし、空間を切り裂こうとするプルードゥー。それは魔法陣に阻まれたが、衝撃波は拡散し、辺りに暴風が起こる。周囲の岩山が崩れそうになっていたが、ハデウスが手をかざすと、その衝撃波は収まった。

 

ハデウス「落ち着けプルードゥー。こやつらに当たるな。異教の神々を倒すために、こやつらは協力してくれるそうだ」

 

プルードゥー「必要ない。このプルードゥー様が出た以上、今すぐにでも高次元世界に渡り、異教の神々どもを…」

 

流「そのためには、まずオレの魔法陣が破れなくちゃなあ。できないだろう。お前の力だけじゃその程度だ」

 

プルードゥー「貴様あ!バラバラにして地獄に引きずり込んでやろうか!」

 

流「いいねえ、その憎しみだ。ハデウスはそれが足りなくてつまんなかったんだよ。目上にいる奴らを引きずりおろし、足蹴にして踏みつけ、奈落に貶めてやりたい気分。オレはそういう復讐劇を演出してやるって言ってるんだぜ?主役はオレらだ」

 

流は復讐鬼と化したプルードゥーの剣幕を、恐れても蔑んでもいない。その憎悪に同調し、楽しんでいる。

 

プルードゥー「貴様が、地獄閻魔プルードゥー様の復讐に並び立つつもりか、おこがましい!」

 

流「オレはオレで、保身のためにオレらを爪はじきにしてきた次元連続者の奴らを這いつくばらせるつもりだ。ハデウスが地位向上なんて言い直したが、オレらに必要なのは高みに上ることじゃねえ。ムカつく奴らの方を引きずり下ろすことだ。誰に後ろ指差されようが知ったことじゃねえ、だろう?」

 

流はプルードゥーの本質をついていた。復讐したくとも、劣悪な現状に甘んじていることを、プライドゆえに認められないプルードゥー。だが、復讐心を本物にするには、自らの傷を直視することこそ必要だ。プライドを捨ててしまえば、復讐のためだけにどんなことでもできるようになる。プルードゥーも、それに気づき、笑い出す。

 

プルードゥー「クックック、そうだ、地獄には何もない。戻って来た平行次元世界でさえ、変わってしまった。地獄閻魔プルードゥーに残っているのは、復讐の余生のみ。なれば、復讐をたくらむ下衆どもを同志と呼ぶことに何のためらいがあろうか!」

 

流「ケヒヒ、地獄の鬼からも下衆と呼んでもらえるとは光栄だぜ。最低の反撃を始めようぜ」

 

ハデウス「あの弟を説得してしまうとは…。人間とは稀に魔族以上の力を見せるものだな」

 

マリーア「純粋な力でなら、次元連続者よりも強そうだけどね。この筋肉とか」

 

マリーアがハデウスの胸元に手を差し込もうとするが、ハデウスは身を翻す。

 

ハデウス「我に媚びは売るな。要らぬ世話だ」

 

マリーア「あら、連れないお方」

 

流「早速だが、オレ筋では軍閥が支配する世界に、青い巨大彗星が現れたそうだぜ。記録に残ってる異教の神々かもな。オレらも割り込もうぜ」

 

ハデウス「青い彗星…奴か」

 

プルードゥー「今度こそ叩き潰してくれる」

 

下衆、妃、冥獄の鬼や悪魔たちが組んだ復讐のためだけの連合。彼らが見上げる限りの次元世界に宣戦布告するのは、少し先の話である。

 

 




今回登場した冥獄の鬼や悪魔、青い彗星ですが、次回の話とは関係ありません。彼らはまた、別の次元で衝突することとなります。
次回は、第6次元で予言された呪いをもたらす元凶が登場。新たな派閥、霊閥の本拠地で暗躍します。
というわけで、伏線ばらまいたけど次回も別の話が始まるってことでよろしく。読了ありがとうございました。


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第八次元:秘薬

今回は、予定変更して別の話を一話繰り上げ。


風邪、水虫、癌という人類を悩ませることで有名な病気がある。この3つの病気のどれかを根本的に治療する方法を見つけたものは、ノーベル医学賞間違いなしと言われているのを御存じだろうか?

 

風邪には風邪薬というものがあるが、あれは特効薬ではなく、体の抵抗力を補助して治しているだけ。無数の種類が存在する雑菌が風邪という病気を起こしているのだから、何度かかっても耐性など付かず、ワクチンも作れないのは当たり前だ。

 水虫も同様。無数に存在する真菌、早く言えばカビが原因なので、抗真菌薬を使って抵抗力を高めるしかない。

癌に至っては説明不要。細胞そのものの異常であるため、上の二つと違って自然回復に任せることすらできない。

 

そんな病気を3つとも根絶できる特効薬が開発されたら。いや、3つだけではない。最も危険なウイルスと言われるHIVやエボラ出血熱。毎年新種の対応に追われる鳥インフルエンザ。これらの病気をも完治できる万能薬と言うべき薬だ。薬師丸博士はそんな万能薬を発見してしまった。元は博士号も持たない無名の研究者だったが、探検隊のチームに雇われてそんな発見をできるとは彼も思ってもみなかっただろう。

 

薬師博士は南極大陸のボーリング調査で、不可思議な生物を発見した。掘削した凍土を溶かした時に出てきたものだ。冷凍状態だったらしく、解凍されるとゲル状の形態になった。奇妙なことに、解凍する際の熱で蒸発することなく、ゲル状の形態を保ったままだったので、その存在を発見できたのだ。

質量は約100立方ml。顕微鏡で確認すると、細胞のような機関が見られる。既存の生物で例えればアメーバに近いが、それらよりは大型である。解凍されたばかりだが細胞の運動は活発であり、冷凍状態で損傷した細胞も見受けられない。シャーレに入れ、常温で保存してもすぐに死ぬことはなさそうだ。

プランクトンを含んだ水を数滴与えると、やはりプランクトンを取り込んで食べた。プランクトンを消化し終えると、その質量を少し増した。消化効率にも優れているらしい。

他にもボーリングの資料を調べなくてはならないため、その日は基本的な生態の調査だけで終了した。

 

次の日に本格的な実験に取り掛かる予定だったが、難しくなった。調査犬のジャッキーに噛まれてしまった。観察だけでもしようかと思ったが、思ったより傷が深い。包帯を巻いたはずが、血が垂れて、シャーレに滴り落ちてしまった。生命力からして死ぬことはないと思うが、分析に支障をきたす。その日は休むことにした。

 

最悪だ。ジャッキーは狂犬病だった。何の手違いか、本土の獣舎で狂犬病が広まり、ジャッキーも感染して、潜伏期だった。急に噛み付いてきたのはそのせいか。こんな南極基地にはワクチンもない。調査チームの医者もここでは気休めの治療しかできないという。もうだめかもしれないが、せめてこの発見は記録に残したい。凍土で眠っていたこのアメーバは生きた化石かもしれないからだ。チームのみんなにも私が死んだら代わりに発表するように頼んでおいた。せめて名を残して死ねるのが慰めか。

 

熱で朦朧とするが、記録だけは最後まで続けたい。アメーバを観察しなおすと、驚くべきことに、混入した狂犬病ウイルスはほとんど死滅し、狂犬病への抗体ができていた。確かに狂犬病のウイルスを含んだ血液を垂らしてしまったが、抗体ができるなんて早すぎる。このアメーバが犬と接触したことがあるとは考えにくい。つまりは、たったの1日で抗体を作ってしまったのだ。ウイルスへの抗体を作るアメーバなんて大発見だ。

全くニュースに残った自分の名前を見られないのが残念でならない…。いや、本当にこのまま死んで良いのか。この抗体を使えば助かるのではないか。もちろん効果は未知数。だが、何もしないよりはいい。抗体を抽出して、きちんとしたワクチンを作っている余裕はなく、医者も賛成してくれるかどうかわからない。医者には黙って、自分でアメーバを注射器のシリンダーに詰め、注射した。

 

次の日になると、症状は全快していた。診断してくれた医者も驚いていたが、どうやって治したかについてはとぼけて見せた。

あのアメーバはウイルスへの抗体を作り、しかも治療薬に転用できる。つまりはあらゆるウイルスに対して、万能薬として使える可能性があるのだ。かつて青カビから生成されれたペニシリンよりも偉大な発見と言える。

しかしながら、今後の取り扱いも慎重を期さなくてはならない。万能薬が世界にどれほどの影響を与えるかは、無名の研究者である私でも想像がつく。下手に実物をちらつかせれば、利権競争に巻き込まれ、命を狙われてもおかしくない。だからこそ、秘密は守らなくては。調査隊のみんなにも、「あのアメーバは死んでしまった」と誤魔化しておいた。みんなは「気にするな。命あっての物種だ」と慰めてくれたが、これでこれ以上私の研究に探りを入れられる心配はなくなった。これは、私一人で研究することにしよう。

 

帰国後、アメーバには様々な実験を行った。試した限り、どんなウイルスや細菌を感染させても抗体を作ってしまい、死ぬことがない。南極の低温環境から離れたためか、生命力も活発になっているようだ。増殖速度も上がっており、もう1000立方mlになった。アメーバにしては大きい方であり、サイズアップしてくれるとこちらも流用できる量が増え、実験がしやすい。    次に、マウスに対してアメーバを注射してみる。マウスの様子には変化がなく、むしろ血液を検査すると有害な細菌の類が消えていた。どうやら直接注射しても問題はなかったらしいと、一安心する。

一つ思いついて、マウスの飲む水にアメーバを混ぜてみた。経口摂取したらどうなるか、そして健康な生物にはどう作用するかという実験である。すると、ほどなくしてマウスはもがき苦しんで死んだ。さっきと食い違う結果に動揺しながらも、マウスを解剖する。その胃の中を開くと、アメーバは消化されていなかった。さらにアメーバを調べたところ、マウスの胃の消化酵素を打ち消してしまうような酵素を発生させていることが分かった。つまり、マウスに消化されないよう、アメーバが抵抗した結果だった。分解される心配のない血中では、そのような反応を起こさなかったということだ。注射で体内に取り込んだのは、安全な方法だったらしい。

さて、他の生物に消化されないということは、ウイルスだけでなく、害虫や害獣駆除の薬品も抽出できるということだ。今回の実験からでも、ネズミ退治に効果的な酵素が抽出できた。ネズミだけでなく、厄介な害獣や害虫駆除の薬への需要は高い。その方面でも実験動物を調達して、実験を繰り返した。

 

このアメーバはしばらく実験を繰り返しても死んだり成長が止まることはなく、細胞の流用には困らない。この新種アメーバには、自己保存本能の高さからホメオパスと名付けたが、これを世に公表するつもりは無い。他の研究機関に引き渡すまでもなく、私一人で管理できる生物だ。新種発見よりも、新薬が次々に作れる薬学博士としての功名を得る方が素晴らしい。万能薬をそのまま提示するよりも、個人の研究成果とした方が、利権の所在も明確になって融通も聞きやすい。薬師博士のさじ加減で新薬を小出しにしていけば、世の混乱も避けられるというものだ。そのために、薬師博士は新種の発見を伏せて、いくつもの病気を新薬で克服した薬学博士として、世にその名を知らしめた。

 

薬師博士はあくまで、研究の末に新薬を開発したと公表したが、実際はホメオパスが生成した新成分を分析して、後から逆算で割り出した研究成果である。だが人類を苦しめる難病や外敵に対して革命を起こした薬師博士は、その理論を疑われることもなく、世界から熱狂的な支持を得た。ノーベル医学賞を受賞、所属していた大学も、特別に博士課程を免除して博士号を与えた。そうでもなければ格好がつかないため、当然の話である。

また、新薬への需要は引きも切らない。感染力の弱いHIVウイルスなどは、この新薬によって根絶されたという。治療だけでなく、ワクチンとしても使えるために、新薬が普及した後の先進国でも売れ続けた。特に風邪の予防として使える点は、病欠を嫌がる先進国の労働者たちに人気だった。

害虫や害獣への駆除薬も大々的に使用され、街や農場に漁場などからは、嫌われ者の生物が姿を消した。生き残りが郊外や山や沖などの自然に生息地を移しているが、そちらも大っぴらに狩られているらしい。

かつて流行病として恐れられて撲滅された天然痘のように、ウイルスが何十種類と撲滅宣言されているのが、今の時代だ。害のある生物を簡単に根絶できると分かれば、世の風潮もそちらに傾く。一部の保護団体が反対しても、多勢に無勢である。保護法など作られていなかった害虫や害獣は、もはや保護法案が成立する前に、新薬で絶滅する見込みが強い。

 

この一大ムーブメントを巻き起こした薬師博士は、WHO(世界保健機関)に招かれ、さらに新薬開発に専任するよう依頼された。そちらでは、更に危険な門外不出の病気に対する病気への特効薬を一任される。エボラ出血熱のような、レベル4のウイルス研究所で隔離研究される、致死率や感染力の高いウイルス。あるいは、麻薬中毒やアルコール依存症などの、中毒患者。

薬師博士は、これらの難病に対しても、コンスタントに新薬を開発した。薬師博士にしても、ホメオパスに抗体を作らせるためのサンプルが手に入らない病気だから手を付けていなかったのであって、この依頼は渡りに船であった。

薬師博士が、万能の薬学博士として人類史上に残る未来は間違いないと言われた。最も、彼に唯一異議を唱える者もいたのだが…

 

あるWHOの会議では、毎年流行の鳥インフルエンザの水際対策を、薬師博士に任せたいという議題が出た。薬師博士は、今やほぼすべての病気や害獣、害虫への対策を依頼され、期待以上の成果を上げてきている。ただ、鳥インフルエンザは毎年突然変異を起こして対策を迫られるウイルスであるため、多忙な薬師博士の予定を調整しなくてはならなかった。

 

WHO議長「薬師博士がご多忙なのは承知していますが、毎年流行が始まる時期の予定を空けて、水際でウイルス対策を行ってくれるのが一番…世論でもそう叫ばれておりましてね。どうにか時間を獲れませんか?」

 

薬師博士「毎年の対策など必要ありませんね。突然変異や渡り鳥を使った感染ルートで生き残ってはいますが、所詮はウイルスです。流行が始まる直前に渡り鳥を抑えて、新薬を作って鳥の生息地にばらまく!今年で解決できます」

 

WHO議長「本当に、ウイルスが潜伏するわずかな期間で、ワクチンが作れると?」

 

薬師博士「できます!この私に頼むつもりなら、私を信じていただきましょうか」

 

万能感を漂わせた自信あふれる回答。会議はこれで決まったかに思われたが、一人が異議を申し立てた。声の主は、あらゆる学術分野を総合的に網羅した博物学という学問を掲げる博士・白瀬百華女史である。

 

白瀬博士「待ってください。仮にワクチンが間に合ったとしても、その使い方は危険です。不確定要素が多すぎます」

 

薬師博士「私の薬が確実ではないと?そういいたいのですか?」

 

白瀬博士「鳥に投薬して治せばいいというものではありません。渡り鳥の飛行コースは謎が多く、現代科学でも解明されていません。もし鳥がコースを外れて、薬でカバーできなかったら?」

 

薬師博士「事前に薬を作っているんだから、どうとでもなる」

 

白瀬博士「それに、鳥インフルエンザは鳥から人間に感染するときに、突然変異を起こすのは知っていますよね。もし薬が追い付かないほどの突然変異を遂げていたら?」

 

薬師博士「私の薬でウイルスどもが根絶できないはずがない!」

 

白瀬博士「どんな生物も、根絶できるとは限りません。人間が歴史上数十種類のウイルスを根絶しても、それ以上の新種が生まれ続けています。人類を守る薬を作っているとしても、行き過ぎた根絶は、終わりのない戦いに人類を引きずり込んでいるとは思いませんか?」

 

薬師博士「人類が勝てる戦いを挑んで何が悪いというんだ!どれだけウイルスが変異しようと排除するまで、今までやってきたことと同じだ!君は博物学者として世に貢献してきたかもしれんが、今の世の中に必要とされているのは私の力だ。分かったら出ていけ!」

 

薬師博士が怒鳴り散らしても止める者はおらず、周りの人間は、白瀬博士が出ていくべきという冷ややかな視線を向けている。議論の無駄を悟った白瀬博士は自ら出て行った。

 

薬師博士の提案通り、鳥インフルエンザを媒介する渡り鳥のすみかに、ワクチンは散布された。その結果、鳥インフルエンザは全滅した。なぜそう言い切れたのか。なぜなら、媒介する渡り鳥たちが、新薬を散布されてすぐに飛べなくなってしまったからだ。動けない鳥たちを検査すると、投薬された新薬への強い拒絶反応、つまりはアレルギー症状が出ていることが分かった。突然変異し続けるウイルスに対して何度も新薬を投じた結果、その薬も保菌者に作用するほどに強化されていた。

 

薬が強くなり過ぎていたのは、ワクチンだけではない。これを皮切りに、街の愛玩動物や、農場の家畜や植物、漁場の養殖魚など、薬を使用された環境にいた他の動物までも、ショック死し始めた。もちろん周囲の害虫や害獣にだけ薬を使っていたのだが、彼らは人間ほど、次々に投与される化学薬品には適応できなかったのだ。そして、そんな自然環境で増え始めた生物は、化学薬品を濃縮したような毒々しい体色、荒れた周囲環境を独占しようとする獰猛な気性、既存の薬品では対処が追い付かない生命力を兼ね備えた、以前よりも性質の悪い進化を遂げた、新種の害虫や害獣たちだった。

 

自然界は、強い薬物耐性で生き残った害虫や害獣が支配しようとしていた。これへの対策として、新薬による根絶が大衆からは望まれていた。しかしながら、薬師博士は事態の深刻さに気付き始めていた。

下手に薬で邪魔な生物を全滅させようとしても、根絶できる例はほんの一握りだったのだ。いや、既存の生物を絶滅させるだけなら人類は幾度となくやってきたが、本当の意味で全滅はできていなかった。いずれ既存の対策が効かない新種や近縁種が現れ、自然界の空席を埋め、再び人類と席を争い始める。害虫と名高いゴキブリが数億年もの間、抵抗性をつけて、絶滅しなかったのと同じ、わかりきったことだったじゃないか。

 

しかし薬師博士が新薬製造をやめて、慎重論を唱えようと、世論は変わらなかった。製薬会社などは、今までの薬を合成してより強力な薬を作って売り始めた。駆除業者などは、今までの薬の濃度を高めて使用することで、対抗しようとした。

もはや世界中が新薬の万能性に縋り切っていた。今更薬師博士が抜けだそうと、その熱狂の波を変えられはしない。

 

薬師博士はいつか議論が割れたことのある白瀬博士に連絡を取った。

 

薬師博士「こんなことを頼める筋合いではないんだが…あの時聞けなかった君の意見を聞かせてもらえないだろうか」

 

白瀬博士「それには停職処分を解いていただくのが先ですね。あれからWHO議会から締め出されていまして。どうもあなたの『出ていけ』を、『出入り禁止にしろ』と議会はとったそうですよ」

 

赤い眼鏡の向こうにある目つきは、迷惑そうなジト目になっている。「出ていけ」と目線で訴えそうな雰囲気だ。

 

薬師博士「本当に悪かった、怒ってはいたがそんなつもりじゃなかったんだ!世間の連中は、私を旗頭に担ごうと、新薬を矢のように催促してくるんだ。しかし無駄なあがきであると、私自身がよく分かってるんだ。この点を理解しているのは、君くらいしか心当たりがない。これ以上待たせると、周りの連中は私を軟禁するかもしれない」

 

白瀬博士「薬品に頼る駆除が間に合わないなら、人員や機材を動員した直接的方法しかありません。そもそもこの方法に賛成する人間が少ないと思われますが…」

 

薬師博士「もちろん私の方でも声をかけよう。私みたいにうんざりしてどうしていいかわからない連中も少しは知ってるんだ。私も南極調査チームにいた実地経験もある。なんなら、私が手伝ってもいい。こんな状況からはごめんなんだ!」

 

薬師博士が必死に助けを求めるさまを、白瀬博士は細い眉を顰めながら見ていた。そして鷹揚にメガネのフレームを押し上げ、白衣の裾をはためかせて椅子から立ち上がる。

 

白瀬博士「分かりました、仮にも世界的な薬学博士であるあなたのバックアップにも期待しましょう。それと、あなたは科学者として自覚が足りないのでは?あなたも少し前までは、こんな世の中の流れを押していたはずでしょう?」

 

薬師博士「それは、私は世が求める薬を作っていただけで…」

 

白瀬博士「一度世に出した技術がどう使われても、責任を感じるのが科学者だと私は考えています。あるいは…何か秘密でも隠していませんか?無自覚の内に、何か他の物に責任を押し付けているんじゃありませんか?」

 

薬師博士は、がっくりとうなだれる。

 

薬師博士「分かってしまうのか…そうだよ。私は全部ある生物から、ウイルスの抗体や、特定の生物に有効な毒素を取り出したんだ。俺には、こんな恐ろしいことをする力なんてなかったんだ!」

 

白瀬博士「自分の罪から目をそらさないで!償うために私と話しに来たんじゃないんですか?」

 

白瀬博士に内心の恐怖と良心を言い当てられ、膝をついて頭を垂れる薬師博士。

薬師博士「すまない…すまない…」

 

白瀬博士「それより気になるのは、その生物です。その生物の弱点を探せば、今の薬物汚染もどうにかできるかもしれません」

 

それから、薬師博士の研究室に厳重にしまわれたホメオパスを見せられた白瀬博士。

 

薬師博士「私は、これを利用して名声を得ようとした、愚かな詰まらない人間にすぎないんです。だから、私もどうしていいかわからなくて…」

 

白瀬博士はそんな言い訳じみた言葉に返事をしなかった。薬師博士の御託に、フォローを入れたくなかったわけではない。ホメオパスのつかみどころない生態を警戒していたのだ。

これは、高次元生命体たる異教の神々の一種かもしれない。異教の神々はその名の通り、信心を集めた生物を同化し、新世界を作るという。今までホメオパスが万能薬として人間の外敵を排除して人間の支持を集め、世界に侵食して力を強めていったと考えれば、現在の世界を席巻する新薬ムーブメントも説明がつく。この秘密はこれ以上広めたら、ホメオパスにさらなる信望を集める危険性がある。

南極で発見されたこれが、異教の神々の一部なのか本体なのかも不明だ。何としても処分してしまわないと、大変なことになる。

 

白瀬博士と薬師博士は、人脈を使って組織した害虫・害獣駆除のチームに各地での水際対策を指示。害虫をしらみつぶしにするローラー作戦や、害獣を銃で追い回して巣や子まで徹底的に退治する山狩り作戦、害獣を捕まえるための罠も仕掛けられた。薬品よりは確実に仕留められたが、害虫・害獣の増えるスピードの方が速く、ギリギリ一時しのぎで来ているだけだった。

 

白瀬博士と薬師博士は、秘密裏にホメオパスを処分する実験を試みた。体積は薬師博士が1000立方ml程度で維持してある。液体に近いアメーバ状の生命体であるため、まずは熱で煮沸するよう提案する白瀬博士。大型の蒸留器で熱して水分を分離させ、細胞部分だけを熱死させようとする。

しかし、沸騰するまで熱して水蒸気は上がっているのだが、体積が減っていない。

 

白瀬博士「どういうこと?体のほとんどが水で出来ているアメーバなら、これで体積のほとんどを失って、残った細胞も死滅するはず…」

 

薬師博士「凍土から解凍されても平気だった時点でそんな予感はしてましたが、どうも熱にも耐性があるようです。蒸散した水蒸気を再び吸い込んで、体積が減らないようにしてるんですよ、ほら」

 

薬師博士の言うとおり、蒸留器のガラスの中では、水蒸気が循環して再び底の方に吸い込まれている。アメーバはもともと周りの水分を吸い込んで成長できるが、その機能を瞬時に強化したようだ。

 

白瀬博士「なら、乾燥材を使って乾燥させることにしましょう。これで内側から水分を枯れさせられるはず」

 

紙おむつに使われる吸水ポリマーなどの、水分を瞬時に吸収する乾燥材をホメオパスに投入する。すると、乾燥材が一瞬で縮み上がった。取り出してみると、乾燥材の方が一切の水分を失ったかのように、カラカラの状態になって縮んでいる。

 

薬師博士「ううむ、やはり乾燥はダメですか。私が発見した時から10倍の体積に成長するほどの給水力ですからね…」

 

白瀬博士「体を構成する水分だけを狙っても防がれるだけね。ならば、直接細胞にダメージを与えましょう」

 

次に、レーザーメスを使って、細胞を直接焼き切ろうとする。液状生物であっても、レーザーなら細胞レベルで切断可能だ。薬師博士の実験のように一部だけを取りだし、顕微鏡で観察しながら、レーザーメスを当てる。顕微鏡で見ていると、レーザーで細胞は両断された。だが、その途端に半分にされた細胞がそれぞれ再生して、二つの完全な細胞に増殖してしまった。

 

薬師博士「切断してもすぐ直るなんて、細胞まで水みたいな奴だ。どうしますか?」

 

白瀬博士「切断がダメなら一気に細胞を押し潰すことね。と言っても液体だと、ハンマーでも潰せるものじゃないから…」

 

気圧調整の効く気密性の高い実験室に閉じ込め、気圧0の真空状態にする。液体は真空状態だとあっという間に蒸発してしまう。そして残ったホメオパスの細胞も、真空には耐えられずに、内部から破裂してしまうはずだ。

実験室の外から監視していると、さしものホメオパスも液状の体がはじけ飛び、再生する様子がない。

 

薬師博士「よしやった!これで…」

 

白瀬博士「いえ、まだ早いわ」

 

白瀬博士の不安通り、部屋を常圧に戻すと、再び水分が集まり、ホメオパスの体が再構成された。

 

薬師博士「どうして…?」

 

白瀬博士「まさかとは思っていたけど、空気中に水分として散った中にも、細胞が残っていたようね。そこまで微細な細胞なら、内部の細胞圧もないに等しい。結果的に、真空の気圧とも圧力が釣り合って、破裂せずに済んだってことね」

 

薬師博士「じゃあ、どうすればいいんですか!」

 

白瀬博士「恐らく水分ある限り、細胞を核にして何度でも再生する。その細胞も水分で保護されていてどうしようもない。宇宙空間か太陽にでも送り出すしかないかもしれないわ」

 

薬師博士「ぐっ、それでは、私はどうすれば、ゲボッ!」

 

薬師博士は息を詰まらせたのか、痰を吐き出す。だが、その透明なゲル状の痰はまるで…

 

白瀬博士「それは、ホメオパス!?まさか最初に直接体内に取り込んだ時に、寄生されてたとでも言うの!」

 

薬師博士「はあ、はあ、ああ、そうですよ!俺はこうしてホメオパスを取り込んでなければ、南極で狂犬病にかかったまま死んでた!体内に取り込んで毒にはならなかったが、寄生アメーバのように取りつかれている可能性が頭を離れなかった。だから安全な薬だって証明したかったんだ!」

 

白瀬博士「その保身のために世界中の人を実験台にしたの?」

 

薬師博士「俺はそれでも世のために薬を…ゲボッ、いや、どうだったかな?新薬が広まって、気が大きくなるうちに、保身のためか、それともホメオパスに操られてたのか、わかんなくなっちまった。ここでホメオパスのちゃんとした対策さえ分かれば、俺も助かったんだけどな…」

 

白瀬博士「どうやら自分を見失っていたようね。残念だけど、あなたはいろんな意味でもう手遅れかも」

 

哀れむようにため息をつく白瀬博士。ただ、その手は自分の白衣の裾を皺がよるほどに握りしめていた。

 

薬師博士「俺は最後まで、あなたが認めるほどの科学者にはなれなかったということか…。じゃあ哀れな被験者の俺から忠告だ。ホメオパスは見る限りすべての外敵に対して、抗体を作る。俺も反対意見を持ってる奴に対して、熱くなって過剰反応をしてきた。あなたが知ってる通りにな。もしかしたら、ホメオパスのアレルギー症状が強くなれば、他の奴らもそうなるか、いや、もうそうなってるかな…」

 

薬師博士は力なくつぶやく。自分の弱さゆえに、ホメオパスの精神的影響に気づかなかったことを自嘲しているのだ。

 

白瀬博士「その忠告は参考にさせてもらうけど、最後ではありませんね。あなたは死なせない」

 

薬師博士「死なせないって、俺のこと助けて…」

 

白瀬博士「違うわ。あなたには生きた実験台を全うしてもらいます。あなたからホメオパスを採取したうえで、より根本的に汚染を止められる対策を立てなくてはね」

 

白瀬博士としては、このままホメオパスを処分しても、全ては謎のままに終わり、薬物汚染は止められなくなる。また、再びホメオパスが現れた時に止められなくなる可能性もある。ホメオパスに直接寄生されている薬師博士から、人間に与える影響を探らなくてはならない。

 

薬師博士「俺の人権は無視かよ…俺もあの隔離患者の仲間入りか」

 

白瀬博士「私は患者に最後まで責任を持たずに、解決した気にはならないということよ」

 

薬師博士「そうか、信じるよ。治せるって信じるよ…」

 

こうして、薬師博士が隠していたホメオパスはロケットで太陽まで打ち上げられ、処分された。太陽の中では死んでいなくても再構成は不可能だろう。薬師博士は新たに設立された機密機関、レベルX研究所に移送された。そちらで秘密を確約された少数の研究員が、薬師博士に寄生したホメオパスを研究する。

レベルXとは、当然レベル4研究所などと比較にならない、未知数の危険を意味する。かつては薬師博士の一存で秘薬にされていたホメオパスは、人類の存亡を揺るがす秘薬として研究対象にされた。

 

薬師博士は、新型ウイルスの研究中に感染して死亡、感染の危険がある遺体も即座に処分されたと世間には発表された。新薬が作られる望みは消え、新薬への一大ムーブメントは収まった。新薬がほとんど使われなくなったためか、自然も本来の姿を取り戻しつつあった。害獣や害虫も、ある程度のテリトリーに落ち着き、人類との線引きもできてきた。

 

だが、遅咲きの進化を遂げた生物があった。ウイルスである。突然変異した彼らは、ワクチンにより撲滅されかねない可能性を経験で知っていた。だから、毒性を弱める代わりに、感染力を強めた。すべての生き物に生かさず殺さず感染し、潜伏する。人類が害獣や害虫に気を取られている隙に、彼らも勢力を伸ばしていたのだ。そして、感染者が発病した。高熱、喘息、けいれん、皮膚病などの重篤な症状が現れたが、ウイルス自体はこれほどの力は持っていない。ホメオパスの新薬を取り込み続けた人間たちが、そのようなアレルギー体質になっていたのだ。ウイルスにとって天敵となる、ホメオパスを使っている人間のみが、過剰に苦しみ死に至る。これこそウイルスたちが生き残るために出した答えだった。

発病者はパニックを起こし、新薬を求めたが、この病気を治せる薬など作れる見込みはない。一方で、白瀬博士のような新薬への依存が薄い人間は、感染しても発病しなかった。薬に頼り切っていた発病者は、アレルギー症状に耐える体力もなく、すぐに死んでいった。

少し前には新薬によって健康な人間ばかりになり、人口が増えすぎると言われていたのだが、今やこの感染症によって、人口は激減した。そんな状況で、かつて薬師博士に異を唱えた白瀬博士の立場も復権し、あの新薬ブームは異常だったと切り捨てられるようになった。

 

薬師博士「外じゃそんなことになってんのか。俺も隔離されてなきゃ死んでたかもな」

 

白瀬博士「分かりませんよ。オリジナルのホメオパスに近いあなたなら生き残るかもしれません」

 

レベルX研究所で薬師博士に面会した白瀬博士は、そのような経緯を話した。薬師博士は厳重に隔離されているためか、この世界規模の感染症にかかっていなかった。研究所では薬学博士としての重しも消えたためか、以前より落ち着いて見える。

 

薬師博士「俺は嫌だね、そんなアレルギーにかかりながら生き残るなんて。死ぬ寸前の高熱ってのを知ってるか?自分の意識が保てなくなるとな、生きる意味なんてどうでもよくなってくるもんなんだよ」

 

薬師博士はかつて狂犬病で死にかけた経験からそう語る。

 

白瀬博士「それがいるんですよ。アレルギーで三日三晩高熱でうなされたり、一週間痙攣に襲われたりしながらも生き残った人。ごく少数の体力と気力に優れた人間ですが」

 

薬師博士「そりゃ確かにアレルギーの峠さえ越えりゃ生き残れるかもしれないが、その連中、薬に頼ってた奴らなんだろ?よく頑張れたな」

 

白瀬博士「彼らは一貫して似たような主張をしていました。『新薬はあくまで人類の進化を手助けしていただけ。自分で自分の体を治せないはずがない』だそうですよ」

 

薬師博士「おい、それってまさか…」

 

白瀬博士「検査したところ、あなたのようにオリジナルのホメオパスが寄生してたわけじゃない。免疫力や自己治癒力が強くなっていました。いたって健康な人間ということですね」

 

薬師博士「どういうことなんだ、一体」

 

白瀬博士「恐らくこれがホメオパスの目的。自分から助かろうとする素質のある人間を選別する。その他大勢は見捨てられたということでしょう」

 

薬師博士「何だよそれ。俺はそんな間引きを手伝わされたってことか。何様のつもりなんだ…!」

 

白瀬博士「神様のつもり、かもしれませんね。この薬物汚染が残った環境で、ホメオパスの選んだ人間が生き残る確率が一番高い。まだまだ未知の新種も現れていますから」

 

薬師博士「俺は神様の名付け親にして、憑代みたいなもんか。あーあ、死んだほうがよかったかもなあ」

 

白瀬博士「言ったでしょう、私は見捨てる気はありません。それではホメオパスと同じです」

 

薬師博士「嬉しいね。もしかして俺に惚れ」

 

白瀬博士「同情で惚れられたとして、本当にうれしいですか?」

 

薬師博士「いや、冗談だ。そんな食い気味でいわれるとへこむ」

 

白瀬博士「私もそろそろ行かなくては。欲求不満もほどほどにしてくださいね」

 

薬師博士「まあ、それほど苦しくもないさ。一時期は好き放題やってたんだ。また、遊びに来てくれよな」

 

白瀬博士「遊びに来てるのではないですが…好きに捉えてください。今度は戻るまで長くなるかもしれませんから、その前に会っておきたかったので」

 

そう言って白瀬博士は帰っていく。薬師博士は嫌な予感がしたが、口に出すのはやめた。彼女は約束を守ってくれるはずだ。俺をこんなところに置き去りにするはずがない。

 

白瀬博士「もしもし教授、薬師博士に会っておきました。本当はすぐにでも、謎の電波を追いたかったのですが…」

 

ジェローム教授「私が勧めたことだ、そのくらいの余裕は持つべきだよ。それに、彼も異教の神々の生き証人なのだろう?戦いの前に会っておくべきだと思うがね。特に、彼のことは君と私くらいしか知らないだろう?」

 

ホメオパスのことは、派閥外の次元連続者には報告していない。やはり、薬師博士をサンプルとして生かしていることがネックになると予想されるからだ。こういった場合、薬師博士の処遇については、他の派閥との間で割れるかもしれない。心ならずも、異教の神々に協力した戦犯であることから、生体解剖を提案されることもあり得る。

そして、ホメオパスの万能薬としての有用性に、他の人間が心動かされるかもしれない。その点も警戒しなくてはならない。

 

白瀬博士「私はあまりゆっくりしていたくはありませんでしたが…あの人も自分を見つめなおしているうちに科学者らしくなっているかもしれませんね」

 

ジェローム教授「他人の成長、変化に気づく。それもまた立派な研究だよ。電波への対策は君のチームだけで大丈夫かい?」

 

白瀬博士「ええ、少数精鋭で先手を取ります。今度こそ、人間の選別など止めて見せます」

 

これが、白瀬博士が機械仕掛けの魔神ディアボロス・エクス・マキナと戦う数日前の出来事である…。彼女は痛感していたのだ、万能を騙る異教の神々の傲慢さを。




ホメオパス

・極地で解凍され、発見された物質。
・切断されれば分裂、衝撃を受ければ変形する、弾力性を持ったゲル生命体。
・熱を受ければ対流で水分を補給する。乾燥させれば吸水力を増す。
・あらゆる外部刺激に対抗した形態変化を遂げる。病原体を取り込めばその抗体を作り出し、害虫や害獣に食わせれば、消化を妨げる酵素を生み出した。かつて多くの病や、害虫・害獣駆除の特効薬をもたらしたという。
・乱発される特効薬に対して病原菌や害虫・害獣も生存をかけて耐性を持つ者へと突然変異をはじめ、それに対し強力な特効薬を生み出し続ける。
・強力になった特効薬は副作用としてアレルギー反応を引き起こし、高熱や喘息、皮膚病などの拒否反応についていけないものが死んでいく。恒常的なアレルギー反応を、安全の代償として受け入れる者だけが生き残る。

博士:白瀬しらせ百華ももか

28歳の女性。全ての学問の情報を共有し、包括的に分析する博物学を専攻とする。それ故にあらゆる知識に精通し、場当たり的に未知の機械を組み立てたり、取り調べも自分でやったりと、天才的。科学発展全般に貢献し、科学者の地位を高めることで、十数の次元を支配した。
専用携帯端末としてモバイルメディエイタ―を自作。劇中のとおり、分析や戦闘の機能を備え、支配者権限として世界中にメッセージを発信するマルチメディアとしても扱える。
彼女が異教の神々との戦いで被害を受けた事実は、その実力を認めていた次元連続者の間に大きく影響した。
名前は「しらせ」→「はくせ」→「はかせ」と、「百華」→「ひゃっか」から。

教授:ジェローム・モーロック

63歳の老紳士。この高齢でも大幹部としてまだ現役である。白瀬博士を教えたこともある教育者。最も優秀な教え子として、卒業の時から副幹の地位を約束していた。
普段は紳士的だが、数十の次元を教育によって改革し、必要なことを全て叩き込んできた辣腕でもある。


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第八次元:呪珠つなぎ
喪失


今回は超能力者が多数登場するため、ややチート気味。

特に話の前半から後半で一段階インフレしたりします。

ジェットコースター並みの急展開注意。

前篇とあるので、オムニバス方式の本作としては、珍しく次回に続きます。


ある霊峰のふもと、寝殿造りの屋敷の中庭で、荘厳な雰囲気を漂わせた集団が一堂に会していた。

中庭にたたずむ客と思しき集団は二組。一つは仙人風の白服を基調した集団だが、淡白な服装に反して若々しい顔ぶればかりである。

もう片方は、橙色の動きやすそうな道着を着た集団であり、こちらは老人の数が多い。

 

そして彼らが対峙するのは、縁側に座っている白い小袖と紺の袴を身に着けた女性である。

肩口から下まで流れる長い黒髪に、楕円形に近い愛嬌のある眉、中庭にかしづく客人より少し高い縁側から、伏し目がちに見下ろしている。正座の足を外側に崩し、膝の上に腕を預けている安楽な割座、いわゆる女の子座りである。彼女が、数十の次元を束ねる霊能力者、西廟(さいびょう)礼紗(らいさ)。ここは彼女を中心とした次元連続者の派閥、霊閥の本拠地である。その裾野は広く、同業の霊能力者どころか、さまざまな宗教がご意見番としてここを頼ってくる。今日もまた、その傘下に加わろうとする宗派が、ここを訪ねてきている。

長い縁側に居並び脇を固めているのは、僧正や司祭や位の高い聖職者など、多宗派に渡る信奉者たちである。

 

礼紗「…ようこそ、皆さん。…そちらから、どうぞ、ご挨拶を」

 

小さく口を開き、静かに間を置きながらも、控えめな声で白服の集団に発言を促す。この白服の集団は仙術振興会と言い、仙術によるアンチエイジングを目指す集団らしい。山籠もりで仙術を修行し、仙人に近い生活習慣で肉体の老化を抑えるのが主な活動である。

しかしその修行や生活習慣は現代人からでも始められるように無理なくアレンジされ、健康や美容のために若さを維持する目的で、若い世代の加入者が多いらしい。

健康クラブのようなふれこみだが、効果確実と評判である。

 

その発言を受けて白服の集団から、一人の青年が進み出る。端正な顔立ちに明るく染めた茶髪と詰襟にした白服、20歳位といった風貌。その集団の中では最も若いように見えるが、彼が出ることは自然と決まっていたようだ。初々しいほどに若い顔つきのわりに、表情も大人びている。

 

裁人「ご機嫌麗しゅう、西廟様。“仙術振興会”は僭越ながらこの(わたくし)神使(かみつか)裁人(さばと)が代表としてご挨拶させていただきます。新興の宗派でありながら拝謁を賜り、身に余る光栄でございます」

 

以上の歯の浮くようなセリフを、裁人は礼紗の伏し目としっかり視線を合わせながら、淀みない口調と愛想笑いで言い切った。へつらうために無理した苦しさは感じられず、周りもこの美辞麗句には感心してしまう。面と向かってその言葉を贈られた礼紗の口元も少しほころんでいる。

 

裁人「私どもから西廟様への親愛の気持ちをお送り申し上げたいのですが、それには仙術会が得意とする術が何よりかと。ここで披露することをお許し願えますか?」

 

礼紗「…ええ、ぜひとも」

 

許可を得た裁人が一礼すると、彼を含めた仙術会の面々が一斉に両手を上げる。そして呼吸を合わせ、その手で空を仰いだ。すると、中庭に強い風が吹き抜ける。容器を含んだような暖かさを持つ、ちょうど草花をざわめかせるような優しい風が、中庭にいる者たちの頬をくすぐる。風は礼紗の前髪を、小さな額の上で揺らめかせる。

 

裁人「霊山にこもっていらっしゃる西廟様に、早めの春一番をお届けに参りました」

 

春風の余韻に合わせ、裁人が爽やかに微笑んでみせる。この穏健な挨拶に、その場の緊張も緩んだようだった。

 

礼紗「…ありがとう。暖かい心遣い、確かに」

 

相変わらず伏し目がちだが、言葉を発する前に息をのんでいた。実は感心していた証拠である。

 

裁人「今後よろしくお導きのほどを」

 

寡黙な礼紗からこの位の言葉をもらえば、十分霊閥の傘下として認められたことになる。有事の時には彼女の能力を頼れるため、とにかく彼女に印象付けるためのお目通りをするのが、この行事である。

 

次の一団からも代表者が出る番に移ったが…この土壇場に来て何かもめている。長老に当たる老人たちがひそひそ声で何か注文しているが、それを声の大きい若者が拒否しているらしい。

そして長老たちの制止を振り切って、一人の男が前に出てくる。他の若者たちが長老たちを食い止めている間に、前に出てきた30近くの男は勝手に話を始める。2メートルを超えている大入道のような体格に、坊主頭と筆のような太い眉、既にヒートアップしたようなイラついた表情、とてもお目通りに来たとは思えない。

 

剛岩「ワシは功妙寺の大僧正、剛岩(ごうがん)じゃ!傘下に加わる名前なら、聞き覚えくらいあるじゃろう!」

 

礼紗「…えっ、何?」

 

剛岩「おう、しらばっくれるか?ワシを通さずに、そこの長老どもと勝手に盟約を結んだんじゃ、知らぬが仏じゃろうなあ!」

 

礼紗「…何の話をしてるのか、私には」

 

剛岩「誤魔化すな!」

 

剛岩の糾弾に対し、礼紗は何も答えられない。なぜなら、中国語が分からないのは礼紗の方だからである。こんな時のためにいつも同時通訳できる補佐がついているのだが、今日に限ってまだ来ていないらしい。そもそもさっきの仙術振興会のようにやり取りは慣例化しているので、通訳がなくてもつつがなく進むだろうと周りも油断しきっていたのだ。

その点を功妙寺の若者も気づいたらしく、剛岩に説明する。

 

剛岩「通訳がおらんじゃと?ふざけおって。だがその煮え切らん態度は気に食わん。ワシはそんな輩の傘下に入りとうないから、直談判に来たんじゃ!」

 

憤然と腕を組んで座り込む剛岩。そこへ折よく通訳が到着した。

 

黒髪をアップにして後ろで団子状に結い上げ、釣り目気味の目つきや口元も引き締まった女性。その小麦色の肌や、スレンダーな体型を強調するチャイナ風のロングドレスは、確かに中国人のようだった。彼女は肖 瑞文(シャオ・ルェイウェン)、書記として礼紗のサポートを務めている。

 

瑞文「遅れました。別件の会議が長引きまして。通訳が必要なお方はあなた?」

 

剛岩「通訳がいるのは、己らの方じゃろ。待たせよってからに…」

 

瑞文「あなたは礼紗様を誤解していらっしゃる。だからあなたにもわかるように通訳すると申し上げているんです」

 

霊閥側から剛岩への正式な初返答、瑞文はあくまで傘下入りを受けようとする上の立場を崩すことなく、強気で臨んでいる。そして通訳を加えながら交渉を開始する瑞文。同時に、手帳を手にして会話の内容や、周りの様子も書き込んでいるようだ。慣れているらしく、手帳を見なくても素早くペンを走らせている。

 

剛岩「このアマ、喧嘩売っとるんか!ええか、功妙寺の大僧正であるワシは、傘下入りなぞ願い出取らん!そこの長老どもが、ワシに黙って話を持ってったんじゃ!」

 

瑞文「この人が大僧正?そうは見えませんが、確かなのですか?今度は正直に答えてくださいね?」

 

瑞文の厳しい念押しに、長老たちは力なくうなずく。彼らは既に大僧正という責任ある立場を剛岩に譲っていたが、ある程度影響力は保持している。今回の功妙寺の傘下入りは、反対するであろう現代表の剛岩を無視して行われていた。

 

瑞文「こちらでは長老たちが代表と聞いていましたが、そちら側の責任問題では?出直してきてもらえます?」

 

剛岩「長老どもには責任を取らせるが、それだけでは片付かん。この功妙寺が他の宗派に頭を下げたなんて、創設以来の汚名をそそがなければ、収まらんのじゃ!功妙寺の歴史と誇りに賭けてなあ!」

 

功妙寺は気功拳法の教えを脈々と受け継ぐ、武闘派寺閣として知られている。時の権力者が戦を起こしたり、仏閣打ちこわしを行った時も、彼らは決して降伏することなく山中の寺を自力で守り抜いた。

時は流れて、霊閥という他の宗派を許容する巨大派閥の庇護下に入ろうと考えを改めた長老たちが独断専行したが、剛岩を中心とする若い世代は反発しているらしい。

 

剛岩「長老どもは、もう寺ひとつ守る時代は終わっただの抜かしているが、ワシは認めん。己らの派閥に入らずとも、ワシらの実力で守らなくては、なわばりの意味がない。違いないか?」

 

瑞文「それで?謝罪と賠償でも要求してみる?」

 

剛岩「ワシが欲しいのは、功妙寺が孤高である証明。儂らと霊閥は対等だと公表してもらおうか!」

 

とんでもない要求に、周囲がざわめく。多くの宗派を擁する霊閥が、一寺閣と対等と言おうものなら、権威の失墜から分裂するかもしれない。いくら功妙寺の沽券がかかっているとはいえ、霊閥側に飲めるものではない。

 

瑞文「ハァ…。残念ながら、嘘はつけないわね。武闘派と言っても、力比べで礼紗様に勝てるとは思えないですもの」

 

ため息をついて要求を突っぱねる瑞文。それどころか、分不相応な物乞いをする乞食でも見るような、憐みの目を向けている。

 

剛岩「ふん、お墨付きが欲しいのは本人からだ。己はどうじゃ?ワシらより強いと言い切れるか?」

 

礼紗「…私は、そこまで強いつもりは…」

 

お互いの沽券がかかった状況に、礼紗も軽々しく発言できないでいるようだ。言葉尻を濁して、相手の洞察に託す彼女の日本的な話し方は、この一触即発の状態では逆に危険である。剛岩も我慢の限界に達し、全身から湯気が立ち上っているかのような気迫を見せていた。

 

そこに、一人が発言の許可を求めて挙手する。下手に口出しできないこの緊張下で、提案をしたのは裁人。

 

裁人「言葉で納得できないならば、実力で決めてはいかがでしょうか。“過去を呼び覚ます者”と名高い霊媒・西廟様のお力を、私も拝見したいと思っておりました」

 

礼紗「…はい?」

 

つまりは、彼が立会人を務めて対抗試合を行うということである。自信満々な様子から見て、裁人も礼紗の実力を疑っていないために、こんな提案ができたのだろう。

 

剛岩「優男かと思ったが、ワシらの誇りってもんを分かっておるな。ワシは寺の敵なら女子供にも手加減はせず、ふんじばってきたんじゃ。戦えば無様をさらすかもしれんが、これも己の優柔不断故じゃのう」

 

瑞文「いいでしょう。礼紗様に勝てるものなら、対等と認めてあげても」

 

瑞文もこちらの方が勝算があると踏んだ。礼紗はああ見えても、群を抜く降霊術を駆使して、幼いころから怪異と戦ってきているのだ。

 

礼紗本人は納得がいかないのか、辺りを見回しているが、あいにくと賛同者ばかりのようだ。こうして、今日の夕方に試合が行われると決まった。

 

剛岩「功妙寺の歴史を継いだ儂の力見せたる。覚悟しとけ」

 

剛岩の挑発に、礼紗本人は首をぶんぶん振る。

 

剛岩「負ける覚悟は必要ないってか。後でほえ面かくな!」

 

挑発返しと受け取ったのか、剛岩は肩を怒らせて退場していった。

 

瑞文とともに自分の和室に戻った礼紗だが…礼紗本人はさっき首を振った通り、霊閥の権威のために戦う覚悟など決まっていなかった。

 

礼紗「ちょっと書記ちゃ~ん、どうして試合なんて受けちゃったの?私まだ二十歳前の女の子だよ?マッチョなお坊さんと戦わせるって、おかしいって思わない?周りのみんなも誰か止めてよ~」

 

ほぼ泣き声になって、瑞文に泣きつく礼紗。さっきまでの静かなたたずまいとガラッと変わっているが、こっちが素である。ちなみに礼紗は、瑞文の名前をどうしても発音できないため、書記ちゃん呼びで通している。

 

瑞文「私も本当に試合で決着つけていいのか、長老たちとは話したけど…」

 

礼紗「あっ、その人たちが止めてくれるの?」

 

瑞文「ダメだって。あの古狸どもに止められるわけないわね。二度と勝手なことしないように釘は刺しておいたけど」

 

礼紗「何よ、それ…」

 

ぬか喜びさせられて、礼紗はがっくしと肩を落とす。

 

瑞文「何そんなに嫌がってるの。今までもっと怖い悪霊や妖怪を相手にしてきたじゃない。坊主一人に勝てなくてどうするの?」

 

瑞文はというと、そんな礼紗をなだめるのに慣れており、タメ口でたしなめている。

 

礼紗「だーからー、怪異には実体がないけど、人間相手じゃ殴られたりするから怖いんだって!私は霊能力あっても、体鍛えてるってわけじゃないし…」

 

瑞文「数十の次元の怪異を倒してきたのに、今更人間が怖いわけ?」

 

礼紗「だってあの人絶対ヤバいって、どっちかと言うと軍閥にいそうな感じじゃん!私ボコボコにされちゃうんだあ~。傷物にされて結婚できなくなっちゃう~」

 

最早会話どころか、愚痴になってきている礼紗。床に顔を伏せて泣きじゃくっている。

 

瑞文「ふーん、あたしとどっちが怖い?」

 

礼紗「それは……あのお坊さんの方が」

 

瑞文「素直に言っていいけど?」

 

間が空いた礼紗の答えを遮って、猫なで声を出す瑞文。しかし目が笑っていない。

 

礼紗「初対面のお坊さんよりは、怒った書記ちゃんの方が怖いです」

 

嫌な予感がしたのか、本音をぶっちゃける礼紗。

 

瑞文「じゃ、試合しないとあたしも怒るから。あんな脳みその皺までツルツルしてそうな坊主は、戦ってでも止めなきゃ、霊閥を守れないでしょう?」

 

礼紗「私だって、霊閥は守りたいよ。でも、私は人と戦いたくないから…」

 

ちょうどその時、障子の向こうから、廊下の床がきしむ音がした。

 

瑞文「誰!?」

 

礼紗「あっ、もしかして聞かれてた?」

 

これは仲裁してもらうチャンス!とばかりに目を光らせる礼紗。

 

瑞文「外にいる誰かさんに泣きついて、止めてもらう期待はしないことね。顔に出てるから」

 

礼紗「口に出す前に釘刺さないで!?泣きたくなるから!」

 

瑞文「どの道このまま帰すのも困るわね。そこにいる方、お話よろしいかしら?」

 

瑞文に呼ばれて、障子の外にいた人物が入ってくる。対抗試合を提案した男、裁人だった。

 

裁人「申し訳ありません。立ち聞きするつもりは無かったのですが、客室を探している途中でこちらから泣き声が聞こえて、何事かと…」

 

礼紗「あっ、さっきのかっこいい人」

 

瑞文「顔じゃなくて、名前覚えなさいよ。一応言っとくけど、試合を提案したこの人に泣きついても無駄だからね」

 

裁人「西廟様に顔を覚えられていただけでも、光栄でございます。私は仙術振興会代表の、神使裁人。神の使いに、裁く人と書きます。今後ともお見知りおきを」

 

裁人は二度手間の自己紹介を気にした様子もなく、にこやかに会釈してくる。礼紗もつられて安心したようにしゃべり始める。

 

礼紗「うん…由来教えてくれると覚えやすいな。よろしく、神使君ね」

 

瑞文「気を使ってくれる相手だと、初対面でも結構喋るのね」

 

礼紗「ほら、私も今日みたいな公の場ではしゃべる自信がないから…」

 

裁人「やはりあの寡黙さは慎重さからでしたか」

 

礼紗「そっ、そうそう、慎重さから…」

 

瑞文「臆病ともいうけどね」

 

礼紗「ちょっ、書記ちゃん!」

 

瑞文「違うの?」

 

礼紗「それはまあ、そうですけど…」

 

少しうなだれた礼紗に、裁人が済まなそうに声をかける。

 

神使「私としては、あの剛岩の振る舞いを懲らしめていただこうと、あのような提案をしたのですが…出過ぎた真似をしてしまいました。礼紗様の無類の実力を拝見したいと思ってのことで」

 

礼紗「いやそんな、神使君が謝ることじゃないって!でも私は自信なくって…」

 

裁人「お詫びには不十分かもしれませんが、一つ心当たりがございます」

 

瑞文「心当たり?あの脳筋に対抗できるってこと?」

 

裁人の言葉に、まず瑞文が食いつく。

 

裁人「ええ、霊媒である西廟様の降霊術で、彼の気功拳法と同等の力を発揮する方法でございます」

 

礼紗「危なくない?」

 

裁人「立会人として、危険な方法はお教えしません」

 

裁人の提案する驚くべき作戦に、礼紗と瑞文は聞き入った。

 

そして夕刻。大きく開けた中庭で、試合に臨む剛岩と礼紗がいた。

 

剛岩「先手は待つ。ワシの攻撃を受けるなら、体勢は整えてもらおうか」

 

礼紗「…大丈夫」

 

剛岩「なら行かせてもらおうか!」

 

剛岩は呼吸を深く行い、全身から白く光る煙を立ち上らせる。これが気功拳法の力の源、生命力を体外に放出した“気”である。そして、その“気”を片手の掌に球状に集めると、気合とともに礼紗に投げつける。

 

気弾と呼ばれる小技、剛岩にとっては、小手調べである。しかし、無防備な人間が受ければ、その衝撃波で数メートルは吹っ飛ばされ、気絶してしまう。

 

身動きもしない礼紗の目の前に迫った気弾は、礼紗に着弾しないうちに、はじけ飛んだ。

 

剛岩「ほう、“気”に近い力で、全身を覆ったか。霊能力者なら、そのくらいはできるじゃろうな。しかし、そうと分かれば手加減なしじゃ」

 

緊張した面持ちで動かない礼紗に対して、剛岩は早速、駆け出して距離を詰める。そして、気の力が彼の右腕に集中していくのが、周りの者たちにもはっきりと見える。そして、剛岩の右腕の筋肉は膨張し、握り拳はわずかの隙間もない岩のように固く握られている。

 

剛岩「岩の拳・気功岩拳!」

 

剛岩の腕力と硬さを増した拳を、礼紗は両手で包み込み、止めた。まるで、じゃんけんでグーにパーが勝つかのように、あるいは達人が真剣の刃を素手で挟んで止めるかのように。

 

剛岩「止められた、ワシの得意技を!?」

 

さらに一瞬の後、剛岩の突進の勢いを利用し、そのまま後ろに向かって、受け流す。勢いに引っ張られて、地面に倒れこむ剛岩。思わず地面についた握り拳は、ぶつかった地表に裂け目を作り、地響きと共に中庭を揺さぶった。

周囲は剛岩の技の威力、そして力を殺すことなく剛拳を受け流した礼紗に驚く。剛岩の力が足りないわけではなかった。礼紗の防御が、それ以上に的確だったのだ。

 

剛岩「ふん、やりおる。ワシも久々に功妙寺の奥義を見せられそうじゃ」

 

足に“気”を集中させ、剛岩は注高く跳ぶ。そして空中で爆宙し始める。普通ならジャンプ中に爆宙は1回程度で終わりだ。だが、高く飛んだあとの滞空時間の長さ、“気”をみなぎらせることによる身体能力の強化で、大車輪のごとく爆宙の勢いが止まらない。縦向きの高速回転によって、剛岩の姿はぼやけ、空中を走るタイヤのように見えてくる。回転したまま、礼紗に向けて勢いよく突っ込んでくる。大急ぎでかわす礼紗。

攻撃が地面にヒットして、土煙が立ち上る。彼女がいた後の地面は、大きくえぐられている。“気”によって強化された爆宙頭突き、気功金剛丸である。

 

剛岩「奥義・気功金剛丸じゃ。今度は素手で止めきれんらしいな?」

 

再び宙に跳び、気功金剛丸を繰り出す剛岩。空中から降りてくるころには、今度こそ技を喰らってしまう。しかし、礼紗は慌てず騒がずに、静かに移動する。そして剛岩の後方に回ると、手から大型の気弾を放った。すると、気功金剛丸の勢いが弱まり、剛岩は地上に落ちてくる。

 

剛岩「ぐっふ、己は知っていたか、気功金剛丸の弱点を…」

 

気功金剛丸は勢いの強い高速回転技ではあるが、空中で溜めている最中に回転の逆方向から力を加えられると、あっさり回転が止まってしまう。それでも空中の剛岩相手にそれほどの力を加える手段は少ないからこそ、奥義なのだが…

 

剛岩「それに気弾を使うとはな…己は霊媒じゃったな。一体、どんな達人の魂が憑いとるんじゃ?」

 

剛岩の問いに答えるのは、礼紗に憑依した霊魂。霊魂が表に出ると、礼紗の表情も心なしか、好々爺のような皺のよった笑顔に変わっている。

 

礼紗「試合が終わるまで気づかなければ、どうしてくれようと思っとったぞ。儂は功妙寺の初代大僧正・壱功(いっこう)じゃよ」

 

剛岩「でたらめを言うな!功妙寺を立ち上げた者が、功妙寺の敵に味方するはずがない!」

 

功妙寺の歴史と誇りを守ろうとする剛岩には、先駆者が敵に回るなど認められたものではない。

 

礼紗「儂が器を貸してくれた娘は、敵に非ずじゃ。儂はどうしても後継者に言いたいことがあっての」

 

剛岩「壱功、ワシが尊敬していた己も、臆病風に吹かれたということか!?」

 

礼紗「霊閥に入るのは、決して功妙寺の歴史と誇りを捨てることにならんのじゃ。むしろ霊閥に入れば、その勇名をとどろかせる機会が得られる。霊閥は強大な怪異と戦うために、ヌシらのような強者を同志としたいだけじゃよ」

 

剛岩「であればワシが、己を超えて、功妙寺の誇りを証明する!」

 

吹っ切れてしまった剛岩は、上下逆さに耐性を入れ替えると、坊主頭を地面につけ、カポエラーの構えを取る。そして、自ら頭を軸にして、回転し始める。その回転は旋風を巻き起こし、剛岩はヘリコプターのごとく宙に浮かぶ。先ほどの気功金剛丸と違ってプロペラ式の回転のためか、自由に空中を移動できるようだ。

奥義・気功金剛丸の弱点を補った剛岩独自の技。秘奥義・気功転神錐である。プロペラと化した剛岩が、空中からドリルのように突撃してくる。先ほどよりスピードも速く、壱功の憑依した礼紗も避けきれない。

 

礼紗「いかん!」

 

攻撃が左肩をかすって、すぐそばの地面に落下する。剛岩は地面を5メートルほど掘り進み、やっと回転を止める。自分で掘った穴の中から、外に跳び出す剛岩。小袖の左肩は破け、血のにじむ白肌の肩が垣間見えている。左肩の可動域を狙い、上手く左腕の動きを封じたようだ。

 

剛岩「避けることすらできなかったな。どうだ、儂が完全に鍛えなおした奥義は。これでも霊閥の下につけと指図するか、己らは!」

 

剛岩の言うとおり、弱点を克服して速度と威力を増した後世の奥義。壱功が憑依していてもその上を行く強さである。

 

礼紗「今の技、回転の中心だけは力が弱いと見えた。そこを破らせてもらおうかの」

 

剛岩「やって見ろ。その体では、儂に追いつくことすらできんだろうがな!」

 

再び気功転神錐を繰り出す剛岩。それに対して、礼紗は時間をかけて“気”をためる。空中の剛岩に攻撃する様子はない。

 

剛岩「臆したか!“気”をためるばかりで攻撃してこないとは。この秘奥義、“気”をためたところで防ぎきれるものではないわ!」

 

地上に向かって攻撃をかける剛岩。それに対し、礼紗はためた“気”を一気に放出、それはまばゆい光となって中庭を照らす。

 

剛岩「何だこのすさまじい“気”は!これほどの力をあの小娘が?」

 

礼紗「“気”とは、誰の体内にでも流ているもの。それを万人に伝承していくのが、功妙寺の教えじゃ。この娘も“気”を振り絞れば、お主に匹敵するということじゃ」

 

剛岩「おのれ、破ってくれる、功妙寺最強の秘奥義で!」

 

礼紗の放った流星のような輝きの気弾に、気功転神錐で挑む剛岩。空中で爆発が巻き起こる。爆風で周囲がどよめく中、そこには、空中から落ちてきた剛岩の姿があった。しかしもうボロボロで動けそうにない。回転の中心となる頭に、気弾をぶつけられたショックが大きいらしい。

 

剛岩「俺は認めんぞ、認めんからな…」

 

怨嗟の声と恨みがましいまなざしを礼紗に向け、剛岩は意識を失った。気を失うまで剛岩は認めなかったが、勝敗は明らかである。周囲も、伝説の武闘派大僧正・壱功の霊魂が、現世で戦えるという降霊術の神秘に、度肝を抜かれていた。

礼紗は、左肩を抑えてひざをつきながら、バツの悪そうな表情だ。肩に響く痛みもあるが、それ以上に彼女は心が重く沈んでいる。

 

壱功「娘よ、同情するでない。儂が見るに、あれは最後の意地じゃ。剛岩自身は身を以て現実に気づいておる。自分で立ち直ってくるのを待つべきじゃ」

 

礼紗「そう…これは、間違ってなかったんですね?」

 

壱功「こうして後継者を叩き直してきたのも、功妙寺の歴史。大僧正の奴なら、分かっておるはずじゃ」

 

そう言い残して、壱功の霊魂は礼紗の中から消えた。礼紗の体から力が抜ける。すると、破れかけていた小袖の袖部分が、肩から千切れ落ちてしまった。肩だけでなく、抜けるような白さの腕や脇、横から見ると、小袖に隠れて目立たなかった、意外に盛り上がった胸のふくらみまでもが露わに…

 

礼紗「きゃっ…!」

 

痛みと後悔だけでなく、羞恥心にまで襲われ、露出した部分を右の袖で抱きしめるようにかばう礼紗。その消え入りそうな悲鳴が、思わず周囲の注目を集める。寡黙で感情表現を表に出さない礼紗の恥じらいが、余計に周囲に女を意識させてしまったようだ。

 

瑞文「チッ、出ていきなさい、色ボケども!それともこの場で捕まって、不敬罪とセクハラで処分されたい?」

 

瑞文が怒鳴ると、その意味を理解したギャラリーから、慌てて出ていく。宗教に従事する者として下品な前科など持ちたくない、そんな心理には効いたようだ。

医療班とともに、礼紗と剛岩は素早く移動させられる。こんな時のために、屋敷の中には病院並みの設備も整っている。礼紗は声をかけることもできずに、剛岩を見送るしかなかった。

 

その夜、自分の部屋で礼紗はまだ悩んでいた。左肩の治療はしてもらったが、その傷はまだ痛み、左腕も動かしにくくなっている。それが、剛岩との後味の悪い決着を忘れさせてくれない。それと、服が破れて胸を見られたのもあって、会議とかにも出られたものじゃない。瑞文は、功妙寺や仙術振興会のメンバーたちとの会議が長引いているのか、試合後に話せていない。

そこへ裁人が様子を見に来る。彼は客分である以上、会議も早く抜けやすかったらしい。

 

裁人「西廟様、左肩の具合はどうですか?」

 

礼紗「ありがとう、まだ痛むけど…大丈夫だから」

 

裁人「気分がすぐれない御様子でしたが、気分転換に中庭に月を見に行きませんか?肖様はまだ長老たちへの追及で、戻ってきそうにありません」

 

剛岩が倒れたままなので、長老たちに今回の責任を追及しているのだろう。瑞文が戻ってこないのでは、礼紗も罪悪感の持っていきどころがない。

 

礼紗「そうしようかな…」

 

心配そうな裁人の声に誘われて、礼紗は外に出る。中庭には、明るい月が出ていた。綺麗な月が見える季節になったと思いながら、縁側に座りこんでいると、裁人が声をかけてきた。

 

裁人「今夜は月が明るい。しかし、月は常に太陽というスポットライトを浴びて輝いています。失礼ながら、西廟様のお悩みもそれに近いのではないでしょうか?」

 

裁人の推測は当たっている。礼紗にとっては、自分の霊能力の威光が強すぎるのだ。

 

礼紗「私はね、ちゃんと霊閥をまとめられているか不安なんだ。みんな私の力を頼りにしてるのは確かなんだけど…」

 

元々霊能力者の家系に生まれた礼紗だが、その中でも礼紗は数ある平行世界の中でも、稀に見るほどの降霊術の才と、莫大な霊力を持っていた。それこそ、どんな霊だろうと霊界から降ろして自分に憑依させ、霊本来の能力を最大限発揮させられるような力を。

 

その才能に気づかれてからは、幼い頃から様々な降霊術の依頼をさせられ、その才能を開花してきた。

また、強い霊を降ろして操り、悪霊や妖怪を退治することも行っていた。

 

裁人「その目覚ましい活躍は聞いております。だからこそ、“過去を呼び覚ます者”と崇拝されていると」

 

礼紗「まあね、最初は、死んだ人と話せるだけでみんな喜んでくれて。だから私も進んで降霊術を使ってたんだ。私が呼んだ霊も本当にうれしそうだったよ」

 

そのうちに、霊能力の旧家としてのコネをたどって、他の宗派が宗教の歴史を探りたいと依頼してきた。

聖地エルサレムの所有権を知りたいキリスト教・ユダヤ教・イスラム教をはじめとして、宗教にとっては歴史に埋もれた教義の真偽こそ重要である。

 

裁人「過去の霊を呼び出して裏付けを得ることで、霊閥の傘下にいる宗派は、教義や歴史が一本化され、連帯が強まったそうですね。それらの宗派を傘下に収めるだけの功績は、あったと思いますが」

 

礼紗「なのに、いつからかな、本当のことを伝えても、喜ばない人が出てきたのは」

 

歴史に埋もれた謎も、礼紗の降霊術は掘り起こした。宗教の先人たちは、後世の謎ときに協力的であったが…真実を知った後にも宗教同士で分裂が起きた。どちらかの正しさを証明するとは、どちらかの正しさを否定することである。ましてや、信じることが重要な宗教間の問題では、否定された側は意義を失ってしまうだろう。実際の所、否定された側はやけ気味の暴動を起こした挙句、正義を失ったと弾圧されて、自然消滅していった。

 世界の宗教は間違った部分を修正し、教義や組織を改編した。主張の正しさを認められた宗派からは、降霊術の重要性を認められて、更なる問題に備えて提携することができた。このようにして礼紗の派閥は膨れ上がり、次元連続者として活動し始めてからは、数十の次元を束ねる派閥の長となっていた。

 

裁人「それで西廟様は、言葉を慎むようになったのですか。もしや、肖様とはその頃からのお付き合いですか?」

 

礼紗「書記ちゃんは、お父さんとお母さんに頼まれた後見人だよ。厳しいし押しも強いけど、私のこと引っ張ってくれてはいるんだ」

 

礼紗の一族は宗派をまとめる騒動の際に気苦労があったためか、次々に亡くなってしまった。霊閥の中でも政治力が強くて年も近く、信頼も厚かった瑞文が後見人を務めている。

瑞文は礼紗を1人前に育てようとしているが、礼紗本人は踏ん切りがついていない。

 

裁人「やはり、ご自身が人を支配することに、後ろめたさがあるということですか」

 

礼紗「私は、人も霊も助けしていきたいから、派閥には受け入れちゃったけど…。でも、人をまとめようとすれば、反対する人を傷つけることになるんだよね。今日のお坊さんだって…」

 

礼紗が、“功妙寺の初代大僧正・壱功を憑依させて戦う”という裁人の作戦に乗ったのも、剛岩を諭せる可能性があったからだ。だが、剛岩とは喧嘩別れで終わってしまった。

 

裁人「ええ、難しいものです。私も小さな宗派の長とはいえ、人の心がわからなくなる時があります。だからこそ、力のある人間が諦めてはならない、私はそう思います」

 

裁人は物憂げな表情を交えながらも、自分の思うところを述懐する。もしかしたら、彼も同じように、若くして統率に苦心しているから、礼紗の悩みを聞こうとしたのかもしれない。

 

礼紗「うん、ありがとう。私が頑張らなきゃね」

 

礼紗を励ます裁人の言葉、そしてこう続ける。

 

裁人「私も微力ながら、あなたをお守りしていきたいと思っています。ご安心ください」

 

裁人が礼紗を力づけるかのように、彼女の右手を握る。

 

礼紗(えっ、これって、握り返していいの?手汗かいてるけど、気づかれるかな?落ち着け私)

 

緊張感が心臓の鼓動となって、礼紗の中で反響する。礼紗は宗教の壁が熱かったせいか、こういう経験にも免疫がない。そう言えば、裁人にも胸を見られたかも、どう思ったかな、でもそんな恥ずかしいこと聞けない。こんな状況のせいか、恥ずかしいことばかり考えてしまう。

礼紗は顔が熱っぽく火照り、くらっと縁側に倒れそうになる。裁人は素早く礼紗の右腕を引っ張り、一方でもう片方の腕を礼紗の背中に回し、彼女が頭を打たないように支える。

 

裁人「ご病気とは気づきませんでした。すぐに部屋までお連れしましょう」

 

礼紗(部屋で二人っきり?いや、縁側で二人でもドキドキしたけど、部屋ならだれにも見られないってことだよね?ってことはこのまま…)

 

礼紗は成り行きに期待するかのように、裁人に身を任せ、彼を見つめる。礼紗は急速に芽生えた恋心を自覚し始めていた。

 

一方、気を失った剛岩は、得体のしれぬ夢を見ていた。おどろおどろしい何者かが、彼の目の前にいる。

巨大な赤い長じゅばんの袖や足元から、黒い髪の毛かワラのようなものが、触手のように伸びている体型だ。赤い長じゅばんからは、血のように赤い液体が滴っている。頭に当たる部分は藁人形ではなく、火に溶けかけた蝋燭をねじ込んだ見た目である。白くドロドロした蝋の顔面、眼に当たる部分は眼球がなく、暗く落ちくぼんだ眼窩になっている。口の部分も切れ込みを入れたように薄く開き、鼻の部分はえぐり取られたかのように、二つの鼻孔だけが開いている。側頭部には2本角をかたどるような炎が揺らめき、蝋の頭を少しずつ溶かしている。

そいつが剛岩に問いかけてきた。

 

呪祖「我が名は呪祖。汝は我に呪いの力を望むか?」

 

剛岩「呪いじゃと?ワシは腕っぷしだけでこれまで戦ってきたんじゃ?わしの強さが足らなきゃ鍛えなおす。何か知らんが、呪いなんてものには頼らんわ!」

 

呪祖「汝の望みにはそれで十分か?いや、足りぬ。現実は汝の力だけでは、いかんともしがたいのだ…」

 

呪祖は剛岩の目の前に、いくつもの光景を映し出す。剛岩の意識の外で進行している現実の光景だ。

 

霊閥が集まった会議では、瑞文に功妙寺の長老たちが土下座し、許しを乞うている。剛岩に味方していた若い僧も、無理やり頭を下げさせられている。

 

呪祖「こやつ等、汝を切り捨てることで霊閥に取り入る気であるぞ。瑞文とやらも、霊閥の力を使い、戦わずしてお主を排除するであろう」

 

剛岩「こいつら、ふざけおって…決闘で決めるんじゃなかったんか!」

 

小賢しい盤外戦術に怒りを見せる剛岩。

 

呪祖「決闘そのものが怪しい約束よ。汝の決闘の相手と立会人を見よ」

 

そこでは、礼紗と裁人が何か親密な雰囲気で密談している。

 

剛岩「まさか、こいつらもグルか?決闘で初代大僧正を呼んでワシに恥をかかせたのも…全部計画か?」

 

呪祖「武で挑んでいたのは汝一人。周り全ては組んで、汝の敵となっていたのだ」

 

剛岩「ゆ、許せん、こいつらあ…。この恨みは、ただじゃおかん!」

 

“気”が煙となって立ち上るほどに、怒り狂う剛岩。

 

呪祖「そうだ呪え。呪わずにこの世界は生きられぬ。さすれば、我も呪いの力を与えよう…」

 

呪祖の炎が剛岩に飛び火し、その“気”を焼け付く業火のように染め上げていく。

 

呪祖「火は回り始めた。我に楯つく者は、真っ先に呪われる。それがこの世の摂理」

 

次元連続者という異分子を排除するために、異教の神々が暗躍を開始する。

 

何かに気づいたように緊張し、礼紗に囁く裁人。

 

裁人「西廟様…」

 

礼紗「はいっ!」

 

裁人「何か邪な気配がします。ここは私が。どうか御体を大事になさってください」

 

礼紗「え~っと…ああ!そうだね、怪我してる私が動いちゃ危ないね!はあ…」

 

一瞬、「お体を大事に」と、妄想した情事を断られたかと勘違いした礼紗だが、すぐに真意に気づいてため息をつく。こんな時に怪異が現れるとは。それにしても、霊的な防御が張り巡らされたこの屋敷に、何が忍び込んできたというのか。

礼紗と裁人は見晴らしのいい中庭に出て、様子をうかがう。

 

そこに不可視の何かが、勢いよく風をまといながら突っ込んでくる。

 

裁人「神風(かみかぜ)!」

 

裁人が手を挙げ、突風を起こす。昼間に使った風を起こす仙術を、戦闘向きにしたものだろう。突風の障壁に阻まれ、襲撃者がその像を表す。その姿は、炎のような“気”を立ち上らせて拳をふるう剛岩だった。

 

裁人「剛岩さん!なぜあなたが?」

 

礼紗「その姿…まさか、生霊?」

 

剛岩「もう見破ったか。さっきまで逢引きしとった腑抜けどもが、ようやるわ。今のワシは、己らを殺す呪いの化身じゃ!」

 

礼紗の言う生霊とは、生きたまま人間から魂が抜けだして、霊として振る舞う者。幽体離脱とも言い、人間が眠ったり、死に近い無意識の状態で、「どこかに行きたい」「何かをしたい」と、強く念じることで、こういった現象が起こるとされる。

 剛岩の場合は呪いの念と、夢の中に干渉してきた呪祖の力により、魂の分離に成功した。

 

礼紗「どうして!?壱功さんだって、こんなこと望んでないはず」

 

剛岩「壱功が望むかなんて、もうどうでもええんじゃ!ワシの敵が己ら全員なら、ワシはどんな手を使ってでも皆殺しにしたるわ!」

 

裁人「ルールにのっとった決闘を反故にして、守る誇りがあるというのですか?」

 

剛岩「お前らに誇りなんてあるか!どいつもこいつも、ワシをハメるためにぐるになっとったんじゃろ!決闘相手と立会人のお前らが密談しとるのは、そういうわけじゃろうが!己も霊閥に取り入るつもりで」

 

裁人「私は霊閥に取り入りたくて、西廟様の話を聞いたのではありません!」

 

剛岩「偽善臭いわ!」

 

最早剛岩は聞く耳を持たない。再び気功岩拳をお見舞いしようとしてくる。

 

裁人「神風!」

 

裁人が再び突風で動きを止めるが、剛岩は力ずくで突破しようと、すり足で近づいてくる。

 

礼紗「壱功さん…お願い」

 

壱功「娘よ、その体では、昼間のように奴をいなすことは難しいぞ。ましてや、今の奴は

“気”の力を増しておる。“気”のぶつけ合いでも、押し負けるかもしれんの」

 

礼紗「それでも…止めるにはあなたしかいないと思う。力じゃなくて、心を届かせるには」

 

壱功「ま、勝算がなくても儂の答えも決まっておる。孫弟子が外道に堕ちて、知らん顔はできまいて!」

 

礼紗に再び壱功が憑依し、強力な気弾を放つ。剛岩は気功岩拳で叩き落とそうとするも、逆に弾かれ、突風に足元をすくわれて吹き飛ばされる。拳のガードを解き、足元をすくわれて、完全にバランスを失って、頭から地面に墜落する。だが、少し輪郭がへこんだかと思うと、何事もなく立ち上がる。やはり生霊である以上、実体がない。生霊が持つエネルギーの限界を迎えて、元の体に戻るまで戦うしかない。

 

剛岩「壱功が憑依しても、こんなもんか。今のワシには効かん。このまま潰してやるわ」

 

剛岩は霊体のまま浮遊し、気功金剛丸を繰り出すべく、回転し始める。以前は“気”を全身にまとう技だったが、生霊となった彼は、全身が“気”のエネルギーの塊となっている。空中で発するエネルギーは、以前見せた技と比べ物にならない。炎のような“気”をまとい、巨大な火の玉と化している。

 

壱功「まずい、あれは気弾でも風でも止めきれんぞ!」

 

裁人「しかし避ければ屋敷が破壊されます。少しでも威力を相殺するしかありません」

 

礼紗「そう、私たちが相手しなきゃ、剛岩さんの心は解けない!」

 

礼紗は“気”を溜め、昼間の決闘で決まり手となった、流星のごとき気弾を放つ。

 

裁人「神雷(かんづち)!」

 

裁人は手を掲げ、強力な雷を呼ぶ。気弾と雷が気功金剛丸に衝突し、“気”の勢いを弱めたかに見えた。だが次の瞬間には、更に燃え上がった“気”が、気弾と雷を飲み込む。ほとんど勢いを殺さぬまま、気功金剛丸は地上に降ってくる。

 

壱功「その奥義を、呪いになど使わせんぞ!」

 

壱功が礼紗から抜け出し、自ら気功金剛丸を止めようとする。数秒間拮抗するも、気功金剛丸の回転は壱功を巻き込み、引きこんで消滅させた。壱功の尽力をあざ笑うかのように、

気功金剛丸は地上の礼紗に向かう。

 

礼紗「そんな…」

剛岩を止めようと約束した壱功が思いを届かせないまま、消えてしまった。そのショックで、立ち尽くす礼紗。底に吹き込む一陣の風が、礼紗の体を吹き飛ばした。

 

ドシャッ!と何かが鈍くつぶれる音がする。吹き飛ばされて転んでいた礼紗が自分のいた場所に向き直ると…。

 

そこにあったのは、巨大な球に押しつぶされたような血だまりと、赤に染まった仙人服。人の形など残されていないように見えるが、服の襟もとの位置には、ひしゃげた頭蓋骨のようなものが…。

 

礼紗「そんな…嘘、嘘って言って」

 

剛岩「死んだもんが嘘になるわけあるか。それにしても、最初に殺すつもりで狙った己が生き残ってもうたか。あの優男が、己をかばったせいでな」

 

地上に降り立った剛岩が、ふてぶてしく現実を突きつける。裁人は気功金剛丸をまともに受け止め、無残に轢死した。礼紗と、その傘下のいる屋敷、両方を守るには、そうするしかなかったのだ。

 

礼紗「私の、私のせいだ…」

 

剛岩「どうもダルイな。時間切れか。己の命は次まで預けたるわ。次こそぶっ殺したる」

 

そう言い残し、剛岩は姿を消した。そして騒ぎを聞きつけた屋敷の面々が集まってくる。

 

瑞文「この惨状…この死体は誰?礼紗、一体何があったの?」

 

礼紗「私のせい、なの。…ううっ…うっ、うわあああっ!」

 

泣き叫ぶ礼紗の顔を隠すように、月に雲がかかり、庭に影を落とす。しかしながら、呪わしき神はこの程度の犠牲では満たされない。これは惨劇の始まりに過ぎなかった…。

 




重い終わり方になりましたが、一応次回で救いはあります…。それがチャラになるくらいに鬱展開も止まりませんが。

主要人物紹介は、今のところ以下の通り。

・西廟礼紗

一族が急死したために、19歳の若さで霊能力者の旧家の家督を継いでいる女性。外見の特徴は、黒髪ロング、楕円形の眉、伏し目がちな目、口は小さく開き、抑え気味の声で寡黙に話す。実は引っ込み思案なので、本音ではもっと喋れる。白い小袖と紺の袴という、イタコ風の衣装がデフォルト。
”過去を呼び覚ます者”と称される稀代の霊媒。生まれ持った降霊術と霊力が尋常ではなく、どんな霊でも呼び出せるという。壱功を憑依させたように、霊が生前あるいは死後に身に着けた霊能力をも、代わりに発揮できる。
霊媒としての高い能力で宗派を中心に世界をまとめ上げたはいいが、その間に起きた人間同士のいさかいに嫌気がさしている。次元連続者の中では、数十の次元を宗教系派閥の”霊閥”としてまとめた大幹部クラス。

・剛岩

30代くらいだが、やくざ者のようなおっさんじみた口を利く男。坊主頭に筆のように太い眉、筋骨隆々、武闘派仏閣の気功術の使い手。傲岸不遜で、霊閥入りに反対。必殺技は岩の拳・気功岩拳、気功波で飛んで爆宙頭突きする気功金剛丸、宙を舞うカポエラー・気功転神錐。


・神使裁人

20歳ほどに見える青年。明るく染めた茶髪に甘いマスク、控えめな物腰、白い仙人服の仙術の使い手。常人は数十年要するはずの仙術の悟りを、入山した頃より理解していたという。簡易な仙術を世間に広める仙術振興会を主催。
彼自身の仙術も実戦レベル。
今回彼はフラグを立てすぎた…。

肖 瑞文

22歳、小麦色の肌、団子結びの髪。チャイナ風ロングドレスで切れ長の目をした女性。礼紗よりは高身長スレンダーなスタイル。常に手帳を持ち歩き、記録や通訳を行い、強硬な弁舌をふるうので、礼紗からは書記ちゃんと呼ばれる。年が近い礼紗の後見人として、礼紗の内心を知りつつも、一人前にしようと厳しく接する。次元連続者の中では副幹クラス。

呪祖

人間を見下した態度をとる異教の神々が一柱。人の怨念を煽り、呪いを力として与える。これにより、剛岩を生霊に変えた。名前は、呪詛と呪いの祖であることをかけたもの。

次回は霊閥と呪祖の全面戦争開始。呪いを解こうとする礼紗の思いの行方はいかに。


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怨念よさらば

今回長くなったので2編に分割。
剛岩、決着。


月が隠れた暗い夜、地を揺らすような轟音と震動を感じて、瑞文は一時会議を中断して、中庭に向かうよう一同に呼びかけた。

会議では仙術振興会の霊閥加盟や、剛岩の無礼や長老たちの契約違反への責任追及が取りざたされていた。功妙寺側の責任を追及されて、土下座までして言い逃れようとしていた長老たちは、この事態にほっとしたように部屋を抜け出す。仙術振興会代表の裁人は加盟の手続きが済むと、「西廟様に霊閥入りした挨拶がてら様子を見てきます」と言って中座していた。仙術振興会は、裁人の方に何かあったのではないかと心配になってついていく。瑞文は礼紗の身に何かあったのではないかと心配になっていた。会議から抜けられない代わりにまともそうな裁人を向かわせたし、やけを起こすような子ではないと思うが…。

 

そして現場につくと、無残な死体の横で自身を責める礼紗を見つけたのである。こんな残酷な殺し方をしたのは、人間か怪異か。このつぶれた死体は誰のものか。加害者はまだこの夜闇の中に潜んでいるのか。当事者の礼紗が錯乱してまだ事情を聴き出せないために、瑞文は考えをめぐらせながら、手帳に様子を書き込み、周囲を警戒する。瑞文以外も、こんな死体を作ったのは誰かと警戒する者もいれば、死体を憐れんで十字を切ったり手を合わせたり、経を読む者もいる。惨い死体だが、彼らは職業柄、第三者の死体を見て、冷静さを失うことはない。死体の関係者を除いては。

 

「この服、神使さんじゃないの…?」

 

「そんな、神使さんが…?」

 

「嘘つけよ、あの人がこんな…」

 

「殺されたってのか、信じらんねえ」

 

仙術振興会の面々は、自分たちと同じ仙人服を死体が着ていると気付いた。それなら、死体はここにいない裁人しかありえない。彼らは動揺と怒りをあらわにして、礼紗を問い詰める。

 

「どういうことよ、あんたさっき、自分のせいだって言ってたけど?」

 

「教えろよ、神使さんに、一体何があったんだ!」

 

「つうか、お前強いんじゃねえの?神使さんが殺されるまで何やってたんだ?」

 

「あんた、神使さんを見殺しにしたんじゃないの?」

 

「ごめん…ごめん、なさい」

 

裁人が死んだ真相がわからないために、彼らの怒りは現場に居合わせた礼紗に向けられる。憶測でなじられても、礼紗は反論しようとしない。反論する気力も感じられない。

 

「お黙りなさい!」

 

そんな被害者たちにしびれを切らし、瑞文が一喝する。

 

「あんた、被害者のあたしたちに黙れっていうの?」

 

「俺たちはなんで神使さんが死ななきゃならなかったか、知る権利があんだよ!」

 

「なぜ死んだ?この状況を見てわかろうとしないのでは、神使さんも報われないわね。礼紗を守って死んだに決まっているじゃない」

 

「それが納得いかないって言ってんのよ!」

 

「なんで傘下入りで保護してもらった神使さんが、こいつのために死ななきゃならないんだよ!」

 

「神使さんは霊閥に傘下入りする時に、私たち組織は一蓮托生だと認めたはず。それは強い方が弱い方を守るのではなく、助け合ってお互いを生かすということよ。その覚悟を無視するというの?」

 

瑞文はそう問いかけながら、手帳を開き、記録してある裁人の言葉を指し示す。一字一句たがわず残っている、生前の裁人の言葉。それを見せられると、仙術振興会は黙り込む。裁人のために怒りを見せるなら、彼の生前の誓いまで無視できない。

 

「霊閥は単に宗派をまとめてるだけじゃない。力ある者が怪異に立ち向かうために、力を集約させたのが、そもそもの目的よ。神使さんが目の前の礼紗を守るために殉じた、彼の遺志から目をそむけちゃダメ。そうよね?」

 

仙術振興会は、裁人が守ろうとした礼紗を、自分たちが傷つけていたと気付かされ、口々に謝罪する。

 

「その、悪かった…」

 

「ごめん、ただ、私たちは事情を知りたくて…」

 

「…話します。何があったのか」

 

瑞文の言葉は、礼紗の心も打っていた。今は、悲しみと罪悪感に浸っている場合ではない。瑞文は仙術振興会と礼紗の双方に、檄を飛ばすのが狙いだったのだ。

 

礼紗から剛岩の報復行為を聞いたその場の全員は絶句する。しかも、剛岩は夕刻の決闘の時より、さらに強力な気功拳法を見せたという。

 

「ただ執念だけで生霊になったというなら、いきなり気功拳法まで強くなるのは妙ね。恐らく何らかの怪異が、力を与えているわね。霊能力者の本拠地ともいえる、ここを潰すために」

 

礼紗の話を記録し、更に情報を整理し始める瑞文。本陣強襲を狙えるほどの怪異が相手となると厄介だ。この屋敷の霊的な防御を突破し、既に屋敷のどこかに潜んでいるかもしれない。

 

仙術振興会は裁人の弔い合戦として、怪異と戦う気を見せている。彼らにとっても惜しむべき指導者だったところが大きい。

 

一方の功妙寺はというと、戦うのに尻込みする空気が漂っている。若い僧たちは、旗頭の剛岩を敵に回す事実を受け入れ切れていない。話を聞いただけでは、剛岩と霊閥のどちらに味方していいかわからないのだ。

長老たちは、これ以上関わりたくないのか、そそくさと逃げようとしている。

 

「わしらと剛岩はもう関係ないんで、帰らせてもらいますわ」

 

「そうじゃ、関係ない奴に巻き添えで命を狙われちゃたまらん」

 

「この非常時に逃げるんですか?霊閥に加盟したいと言い出したのは、あなたたちでは?」

 

「わしらは老い先短いから、なわばりを守って戦うのがしんどい。老後の保障が欲しかっただけじゃよ」

 

「こりゃ内乱でしょう。関わっておれんわ」

 

「わしらは寺に戻って剛岩を破門する準備をせんとな」

 

会議では、剛岩を筆頭とした反乱分子を切り捨ててまで、霊閥入りを懇願していた長老たち。今度は霊閥を見限って、責任追及や剛岩の復讐から逃れるつもりらしい。

 

「どうやらあなたたちは、下につこうとした時点でとっくに誇りを捨てていたようね。さっさと消えなさい!」

 

瑞文の最後通牒を聞いて、長老たちは門まで足を速める。その時、礼紗は悪寒を感じる。何かが外から狙っている。

 

「…危ない!門から出ないで!」

 

「はっ、そんな脅しには乗りませんぞ!」

 

「逃げればこっちのもん。後は野となれ山となれ」

 

「出口を抜ければ、しがらみとはおさらばじゃ」

 

礼紗の警告をせせら笑った長老たちは、門から出た途端に突然火だるまになる。

 

「ぎゃっ、ギィアアアアッ!」

 

「熱っ、アジイイイ!」

 

「ガアアアアッ!」

 

断末魔を上げて彼らは転げまわり、やがて叫びもがく力も失い、黒く炭化して地に伏す。炎は彼らの死を見計らったように、自然とかき消えた。

屋敷を出ようとする者にも罠が張ってある。屋敷に潜む怪異を倒さなければ、生き残れないということだ。

 

「門の外にいるの?そいつが長老たちを?」

 

「門の外にいるっていうより、屋敷全体を見えない炎で覆っている感じ。多分本体が屋敷のどこかにいる…」

礼紗は霊感で気づいたが、瑞文はこういう霊感が全く働かない。

「戦意がない人は厄介払いしておけば安全だと思っていたのに、そう上手くは行かなかったわね…」

 

「また、死なせてしまった…」

 

悔しそうに顔をしかめる瑞文。そこへ、剛岩を探しに行かせていた使いが戻ってくる。剛岩は意識を失って眠っていたはずが、いつの間にかどこかへ消えてしまったらしい。生霊となって体を離れる以上、自分の体は隠してあるのだろう。

 

瑞文「話を聞く限りでは、剛岩の生霊は霊を含めても二人の殺害が限度で燃費が悪い。となると、4人以上で組んで、手分けして剛岩の本体を探して抑えた方が確実ね」

 

(最大戦力の礼紗が持ち直すまでは、力量で劣る私たちがフォローするしかない。これがおそらく最善策)

 

瑞文はこの提案で、この場の全員をまとめようとしたが、異論を唱える者がいた。

 

「それでは遅いって…その声は、神使君?」

 

目が覚めたように礼紗の顔に生気が戻る。

 

「神使さんが生きている?いや、私には聞こえない。ということは、霊の声…」

 

この中庭で殺された裁人が霊となり、礼紗に語りかけているようなのだ。霊感に覚えのある高位の聖職者たちにも、その声や姿が届いている。逆に仙術振興会の面々は霊感が足りず、闇雲に周囲を見回している。

 

「理解が速くて助かります、西廟様。剛岩がああなった以上、私も心残りで現世を離れられなかったと言いますか」

 

「ごめんなさい、神使君がそうなったのは、私の…」

 

「私は思い通りに行動したまでのこと。これでいいのです。私の弟子たちにもそうお伝え願えますか?」

 

礼紗が身も世もなく謝ろうとするのを、裁人は静かに止める。その態度には、死の苦しみなど感じられない。

 

「うん、あの、みんな、ううっ…神使君は…グスッ、思い通りにって…」

 

礼紗は再会の感激と、申し訳なさで嗚咽して、言葉にならない。

 

「神使君は、自分の死に悔いはない。そう言いたいんでしょう?」

 

瑞文がその言葉をくみ取り、礼紗がうなずく。礼紗は裁人に責められて泣いているのではない、そう察することはできた。その通訳には、仙術振興会も納得した。礼紗の感激した様子は、今の自分たちの気持ちにも似ていると思えたからだ。

 

「私よりも、皆様の命が危険にさらされています。剛岩の生霊は、呪い殺した相手の力を奪い取っています」

 

「それじゃ、さらに強くなってるってこと?」

 

礼紗が愕然とする。ただでさえ、力ではとても敵わなかったのに、殺すたびに強くなっていくとは。屋敷の周りが包囲されたのもそのせいか。

 

「私は力の大部分を奪われつつも何とか魂をとどめましたが、壱功様は“気”のエネルギーに変換されてしまいました。次は4人相手でも厳しいでしょう」

 

裁人の話から作戦変更、全員が屋敷内の大部屋に集まり、半数が見張りにあたることになった。剛岩の本体を探すために、数を割くのは危険だ。

 

大部屋の中で先に休ませてもらうことになった礼紗だが、周囲が寝静まってもまたしても眼が冴えて眠れないでいた。

 

「本当に寝なくて大丈夫?朝になったらあたしたちが見張る番だっていうのに」

 

「どの道眠れる気分じゃないし…こんなに色々あって眠れないって」

 

「僭越ながら、私のことはお気になさらず…」

 

「神使君に気にするなって言われても、気にしちゃうよ…」

 

「幽霊になって出てきたら、気にするに決まってるわよ。礼紗もいい加減割り切りなさい。あんたが引きずってるから、彼も現世に引きずられているのよ」

瑞文は裁人の声は全く聞こえないのだが、礼紗の反応を見て会話に入ってきている。

 

「割り切るなんてそんな酷いこと!だって私にとっては、神使君は、そのぉ…」

 

瑞文に食って掛かったかと思うと、恥ずかしそうに口ごもる礼紗。

 

「えっ、もうそこまで想ってたの?あなたのタイプに近いとは思ってたけど…」

 

「西廟様、その先は軽々しく口に出さない方がよろしいかと存じます。それはつり橋効果というもので」

 

瑞文と裁人は礼紗の想いに気づかされて面食らう。しかし一度口に出した礼紗は、その程度では止まらない。

 

「恋に時間はいらない!…って誰かさんも言ってるから!それに私は相談に乗ってもらった時から、神使君はいいなって思ってたし、神使君が私をかばってくれたからいいなんて絶対思わないよ」

 

「あのねえ、それは恋に恋してるだけでしょ。いくら出会いがないからって、焦り過ぎ」

 

「私は既に死んだ身でありますが故、西廟様のためにはならないかと…」

 

「そういう神使君は、私のこと、どう思ってるの?好き?嫌い?」

 

礼紗は裁人自身の気持ちを聞こうとする。しかし目線はいつものように、伏し目がちで泳いでいる。

 

「私は西廟様をお慕い申し上げております。まだ多感な年頃と控えめな性格でありながら、霊の気持ちを汲み取り、争いに心を痛めておられる。あらゆる霊を受け入れる霊媒にふさわしき器量の持ち主であると」

 

裁人は真剣なまなざしを礼紗の視線に合わせて答える。あくまで人格を尊重しているような真面目な口ぶりだ。

 

「…やだ、ちょっと、褒めすぎ…私、そこまでじゃ…」

 

照れて紅潮した頬を、冷ますように手で覆って、足をもじもじさせる礼紗。

 

「自分で切り込んでおいて、褒め殺されてちゃ世話無いわね」

 

「私は西廟様に敬意と好意はありますが、それが愛に結びつくかどうかは…心を整理し、この戦いが終わってから回答してもよろしいでしょうか?」

 

「うん、私、待ってるからね」

 

「いい返事が来そうな予感ってテンションね」

 

「ふふっ、何ていうか後が楽しみ」

 

礼紗のテンションが持ち直した翌朝。

 

「出て来んか、リベンジ戦じゃあ!」

 

再び中庭に現れた剛岩の生霊。礼紗が出て来るよりも先に他の霊能力者たちが取り囲むが。

 

「散れ、雑魚ども!気炎弾!」

 

剛岩が炎をまとった気弾を放ち周囲を爆破、囲っていた霊能力者たちは、軽く吹き飛ばされる。仇討合戦に来た仙術振興会も、なすすべなく地に伏す。

 

「くっそ、あの野郎…」

 

「神使さんもこんな風に、許せない…」

 

礼紗たちも縁側にすぐさま駆けつける。

 

「神使君の言った通り、強くなってる!」

 

「ええ。しかも、霊体を構成する“気”を惜しげもなく使えるように、溜めこんできた様子です」

 

「朝っぱらから酷い大声。あの破戒僧に呪われてるせいか、あたしにもはっきりと生霊とやらが見えるわね。礼紗、ここはあなたが行くしかないわね。神使君は、憑依すれば援護できるはず」

 

「それは危険ではありませんか!?私程度で礼紗様の身を守るのは…」

 

「あの石頭は怪異に魂を売り渡しても、何度も中庭で戦いを挑んで、決闘の雪辱を晴らそうとしてるのよ。あなたたちと戦えないと、かえって無茶をしかねないわ」

 

剛岩が礼紗たち霊閥を呪うそもそもの因縁は、この中庭での敗北。だから誰もこの屋敷から逃がさずに、霊閥全員に戦いで逆襲しようとしている。

 

「任せて。私もあの人を助けるって、もう決めてるから」

 

礼紗はそれでも、人間相手に力ずくで止めようとは考えない。昨晩のような凄惨な戦いを見たからこそ、彼女自身に同じ所業はできない。

 

「しかし昨晩のようなことは…」

 

「あたしはその間に、剛岩の本体を抑えるわ。場所の見当はつけておいたから。剛岩の生霊を目の前で抑えてもらえば、あたしも捜索に専念できる」

 

「簡単に言いますね…私は時間稼ぎしか保証できませんよ?」

 

「それでも十分、後はあたしたちの作戦次第よ」

 

「行くよ。仙術操りし英霊よ、再び私とともに!憑依!」

 

礼紗は縁側から中庭に降り、瑞文は屋敷の中へ取って返す。

 

「来おったか。時間稼ぎなんて舐めた相談をしとったようじゃが、そんなものは皮算用。ワシの要求をはねつけたあの女も、己も、すぐに地獄に送ってやるわ」

 

「私がそうはさせません。神雷!」

 

礼紗に憑依して力の回復した裁人の雷が落ちるが、剛岩の生霊には全く応えない。

 

「そんなもんか?気功金剛丸!」

 

空中へ飛びあがり、再び必殺奥義を繰り出そうとする剛岩。

 

「またあの技が…今度は中庭で倒れている人たちが避けきれません!」

 

「私、今ならあの技を破れるかもしれない。こういう方法で…」

 

「なるほど、それならば確かに、可能性はあります。狙いは定められますね?」

 

「任せて。あれからどうすればいいか…必死で考えたんだから。集中して、絶対にはずさない!」

 

礼紗は、過去のトラウマから思わずあふれた涙をぬぐい、頭上の剛岩を見据える。滞空する剛岩の周囲に何条もの雷が撃ち込まれる。周囲に雷が帯電する。

 

「どこを狙っている?こんなものでワシの奥義は止められん!」

 

回転力と燃え上がる“気”のエネルギーがさらに高まる。すると、炎のように燃え上がった“気”のエネルギーが周囲に火花を散らし始める。周囲に帯電した雷と熱が反応してスパークし始めているのだ。

 

「何じゃ、このバチバチは?」

 

線香花火のような火花が広がり、剛岩自身に燃え移る、そして、剛岩自身が線香花火になったように、小爆発を起こし始める。

 

「こりゃたまらん!」

 

慌てて回転を解除し、自ら地上に降りてくる剛岩。空はかなり帯電し、爆発を起こしやすくなっている。空で燃えやすい炎の“気”を使うわけにはいかない。

 

「やりおる。じゃが、周りを帯電させるなんてのは、タメの隙があるからこそ。ワシの最強奥義、気功転神錐で次こそは…」

 

剛岩は気功転神錐を繰り出すべく倒立する。この技ならば、タメもなしで敵を殲滅できる。

その時、剛岩の気炎弾にふっとばされていた功妙寺の若者たちがヨロヨロになりながら立ち上がる。

 

「もうやめてくれ、剛岩殿!…功妙寺を売り渡そうとした長老たちも、もう死んだじゃないか!」

 

「アンタはならず者からやり直して大僧正になって、俺たちも拾ってくれた立派な人じゃないか!」

 

「寺が居場所だったアンタが、他の宗派を脅かす弾圧者になってどうすんだよ!」

 

剛岩はかつて力に物を言わせたゴロツキだったが、功妙寺に入山させられてからは、本気で寺を守ろうとするように構成し、大僧正にまでなっていた。自分と同じように行き場のない功妙寺の若者たちも、剛岩が拾ってやっていたのだ。

しかし、今の剛岩は昔以上に凶悪な所業を行っている。

 

「黙れ!ワシは功妙寺以外に何もなかったから、守るには戦うしかなかったんじゃ!だが功妙寺の強さも、誇りも、歴史も、すべて否定された!だから憎くてしょうがないんじゃ!」

 

功妙寺を思う同胞の言葉にも怒鳴り返す剛岩。しかし、彼は倒立の構えを中断して、相手を正視している。かつての同胞の言葉は、正面から聞こうとしたのだろうか。

 

「どうして?私はあなたを否定したくなんてない。なんでそんな悲しいこと言うの?」

 

「ふざけんな!神使や壱功と組んで、ワシをさらし者にしようと試合を提案したんじゃろうが?それに今の己は、神使を殺したワシが憎いんと違うか?」

 

「─っ!それは…」

 

礼紗の言葉も剛岩には通じない。それどころか、今の礼紗にも同じ憎しみがあると揺さぶってくる。

 

「己がワシを憎んですらいない、取るに足らんと思っとるんなら、ワシの一人相撲かもしれん。だが、今は違うはずじゃ。ワシを憎め。そうして土俵に引きずり込んだうえで、潰してやるわ」

 

「私…私は、どうしよう…」

 

礼紗が裁人を気にするが、憑依している裁人は心中で穏やかに応える。

 

「西廟様、私のことはどうか気になさらず、ご自分で決めてください。私は仇を取ってくれなどと、出過ぎたことは申しません」

 

「それでも、私は…」

 

本気の礼紗を待ち望む剛岩と、自分の気持ちに迷い続ける礼紗が、暫し立ち尽くす。その礼紗の心の中に、呪いの元凶が語りかける。

 

「新たなる呪いが生まれようとしているな。汝も望むか?我が呪いの力を」

 

その声は、礼紗にしか聞こえててない。憑依している裁人すら飛び越え、礼紗の精神に直接語りかけている。

 

「違う、私は呪いなんて…」

 

「偽るでない。仇と戦っている汝は、呪うために戦っているのと変わらない。教えてやろう。奴は汝と神使が会っていたから、共謀者として殺めた。つまり、汝の恋路を邪魔しようと殺めたのだ」

 

「そんな…私は神使君と、剛岩さんと分かり合えるようにって…」

 

剛岩と本当に争いたくなくて、裁人と話し合っていたことが、怨念のフィルターで逆に見られてしまったのだ。その理不尽に、礼紗は絶句する。

 

「呪いに理由など通用せず。呪われた者の事情など、呪う者は知ったことではない。なれば、その前に殺めてしまうのだ。今まで敵を払ってきたように、殺めるための力を望むのだ!」

 

「私の、答えは…」

 

礼紗は、憑依している裁人の霊を、自分の中から切り離す。

 

「西廟様、何を?」

 

「私は、これ以上戦わないってこと」

 

「何じゃと!」

 

「汝の心には、確かに呪いの心があるはず。全てから目を背ければ、汝も神使の後を追うのみ」

 

「私は力が足りなくても、呪いの力には頼れない。私も普段は書記ちゃんが怖いとか思う時あるけど、怖いだけだって思わない。私にも弱ってるときや、強がってるときがある。剛岩さんだってそう。みんな知らない顔を持ってるんだから、だから見た目だけで呪う気にはどうしてもなれない!」

 

それが礼紗の答え。誰でも知らない顔を持っているからこそ、憎い一面だけを見て呪うわけにはいかない。

 

「それで恋を邪魔した剛岩も、呪いから救いたいっていうの?随分大きく出たじゃない?」

 

そう口を挟んだのは、いつの間にか中庭に戻ってきていた瑞文だった。なぜかそのチャイナドレスは土に汚れている。

 

「その土…己は、まさか!」

 

剛岩が焦りを見せる。

 

「やっと気付いたようね、脳筋君。あなたの本体はもう抑えたから」

 

「剛岩さんの本体を屋敷で抑えたってこと?」

 

「屋敷に探しに行ったのは、剛岩を油断させるフェイント。この中庭に隠していることはわかっていたのよ」

 

瑞文は屋敷の中に戻ったふりをして、迂回して中庭に戻り、剛岩が敵に気を取られている隙に中庭に隠された剛岩の本体を見つけておいたという。

 

「なんでそんな回りくどいことしたの?」

 

「場所はわかっても、掘り出すのに手間がかかったのよ。その間に剛岩に狙われたくなかったから」

 

「つまりは地中に埋めていた、というわけですか」

 

質問した礼紗や、話を聞いていた裁人は話を飲み込んだが、納得できないのは隠し場所を暴かれた剛岩。

 

「クソ、何でわかったんじゃ?」

 

「昨日この屋敷に来たばかりのあなたは、どこに体を隠せば見つからないかなんて知る由もない。昨夜生霊から元の体に戻った時は、さぞ悩んだでしょうね~。体を離れて生霊として離れている間、どこに自分の肉体を隠して逃げ遂せばいいのか」

 

「うっさい、余計なお世話じゃ!」

 

瑞文に畳み掛けられ、狼狽する剛岩。

 

「そして、自分が使えそうな隠し場所は、この中庭。屋敷を抜け出しても、他の誰かに見つかるまで時間がない以上、手の込んだ隠し方もできない。それで、夕方に自分の技で空けた、この穴に埋めて、庭石と土でふたをしたのよね?」

 

瑞文がチャイナドレスのスリットから小麦色の足を伸ばし、不自然に土の新しい地面をトントンと指し示す。確かに、その地点には夕刻の試合で剛岩の技で空いた穴があったはずだ。

 

「こんだけ乱戦が起こっている中、穴や庭石が消えたことや、土の違いに気づいたんか?」

 

「見ればわかるわよ。あたしは一度メモしていれば、二度と忘れない。そして、急造トリックを種明かししている間に、時間も十分稼げた。そろそろ効いてくる頃よ」

 

瑞文は一枚の札を取り出す。和紙に墨の達筆で「頂遠山」と書かれたものだ。

 

「これは屋敷のすぐ裏にある霊峰・霊遠山の木々から作った護符。その名前を借りることで力が吹き込まれ、貼られた怪異の体に、霊遠山の重みのほんの一部が加わる。もう身動きもとれないはずよ」

 

剛岩の生霊は、その文字を見た途端に、恐ろしい重圧感に襲われる。実体のない生霊であるはずなのに、何かにのしかかられているような感覚で、しびれて動けない。その場にへたり込む。

瑞文は本人に霊感が一切ない一方で、強力な護符を作ることができる。彼女の出身である

旧家はそれを専門としてきている。

 

「う、動けん、このアマよくも!」

 

「さ、礼紗。このハゲ、煮るなり焼くなり好きにしたら?」

 

「ごめん、書記ちゃん。今は剛岩さんを責めてる場合じゃない。もっと邪悪な黒幕が近くにいる」

 

すると、剛岩から炎のような“気”が燃え上がり始める。今までの技と違って、剛岩本人を燃料としているような勢いだ。

 

「ぐおおおっ!どういうことじゃ呪祖!?」

 

これは剛岩本人の意思ではないのか、炎の“気”を与えた呪祖に怒号をぶつける剛岩。

 

「人を呪わば穴二つ。呪いを求めし者は、自爆してでも仇を殺めよ。この場の全員を吹き飛ばせば、汝の呪いは成就する」

 

「ふざけんな!ワシに戦う力をくれたんじゃなかったんか!?」

 

「カッカッカ、滑稽なり。我は呪いを成就するのみ。呪いながら死ぬがいい」

 

叫び這いずりながら、燃え上がる剛岩。このままでは、“気”の暴発で屋敷ごと巻き込まれることは、その場の全員に想像がついた。しかし、爆発寸前の剛岩には、迂闊に手が出せない。

 

「このままじゃ、剛岩殿が!」

 

「ダメだ、近づいたら燃え移っちまう!」

 

剛岩の戦いをとめたがっていた功妙寺の若者たちにも、突然の事態に動揺が走る。

 

「気功の伝承者よ、生ける魂を預け給へ。生霊、憑依!」

 

燃える剛岩の魂を、礼紗が自ら憑依させる。剛岩の生霊が護符や、“気”の燃焼で弱っていた今のタイミングだから、強制的に憑依させられた。爆発しそうな剛岩の魂が礼紗の内に移ったが、礼紗本人は玉の汗をかき、熱に耐えている状態だ。

 

「何してるの礼紗!そいつを取り込んだりしたらあなたまで…」

 

「大丈夫、私が、心の中で、剛岩さんの魂に、呼びかければ…!」

 

礼紗は目を閉じ、自分の脳裏に浮かんだ精神世界にいる剛岩の魂に呼びかける。

 

「剛岩さん、もう呪うなんてやめよう?このままじゃ、あなたの命が…」

 

「ワシには分かっていても、呪いが抑えられんのじゃ…。今ここで自爆すれば、憎い己の精神世界だけでも道連れにできるかもしれんと、往生際も悪くそう考えてしまうんじゃ。ハハハ…呪いで自ら破滅に陥る奴の心境なんて、皆こんな物かもしれんの…」

 

剛岩は自爆する呪いのせいで自棄になっているのか、礼紗の言葉も、自らの境遇も自嘲する。彼から発する炎が、礼紗の心象風景を炎に染めてゆく。そんな焦熱地獄の中でも、礼紗は何とか剛岩に手を差し伸べる。

 

「あなただって、呪いたくて生まれて来たんじゃないはず。あなたには功妙寺や仲間が…」

 

「ワシはそれよりも復讐を選んだんじゃ!ワシは荒くれ者だった頃と何も変わっとらん。気に入らんものを叩きのめしたい、それがワシの本性だったんじゃ!」

 

「…でも、その荒れた心を鎮めたいと思ったから、功妙寺に入山したんだよね?」

 

「……。」

虚を突かれたのか、始めて黙る剛岩。

 

「荒れているだけじゃない、やり直せるのが本当のあなた。功妙寺の仲間だって、あなたの本心から救おうとした。ねえ、そうでしょ?」

 

その瞬間、剛岩には手を差し伸べてくる礼紗の姿が、かつて荒れていた自分に手を差し伸べてくれた功妙寺の僧と重なって見えた。剛岩の身を包む炎がくすぶり、火の手を弱めていく。

 

「そのあなたなら、呪いからも抜け出せる。あなたさえ、自分の本心から望めば…」

 

「…たわけたことを言いおる。自分の周りを滅茶苦茶にされおいて、呪った相手には助かれなんて…本気か?」

 

「私は救える命があるなら、助けたい。死んでよかったと言える人なんて、滅多にいないんだよ?」

 

「ワシの…完敗、というか、勝負にすらなってなかったな。ワシも、残してきたもののために、死にたくなくなったんじゃ…おかしいじゃろう?」

 

剛岩の魂を、彼本来の“気”が包み込み、彼を覆う業火が離れていく。

 

「その気持ちがあれば、きっとやり直せる。…魂は元の器へ、呪いは主の元へ返り給へ。解放!」

 

礼紗の精神世界から剛岩の魂が解放され、元の肉体に戻る。それと同時に、剛岩に憑いていた炎も、礼紗の精神世界から追い出される。

 

礼紗が目を開くと、そこには元の肉体に戻って、土の中から顔を出す剛岩の姿が。護符を貼られて這う這うの体になりながらも、ニヤッと笑いながら礼紗に語りかける。

 

「お節介で生き残っちまった。ワシも己に諭されるとは、文字通りヤキが回ったようじゃ…」

 

「元気そうでよかった。さ、行こう。待っている仲間の所に」

 

一件落着で、周囲も一安心する。礼紗が手を貸そうとしたその時。

 

「…っ!離れろォ!」

 

剛岩が礼紗を突き飛ばす。剛岩に吹き込む生暖かい湿気を含む不吉な風、それを浴びた全身が火ぶくれのように赤く腫れ上がる。喉まで腫れ上がり、彼はそれ以上の言葉も発せない。全身を掻き毟るように悶え、そして事切れた。

 



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神時代

前回の場面から続きます。


「どうして…何で…?」

 

「剛岩殿が…」

 

「どうなってんだよ、おい!」

 

せっかく救った命一つが奪われた事実を周囲、とりわけ礼紗や功妙寺の若者たちは受け止められない。その戸惑いに応えるのは、ぞっとするほど底冷えした声。

 

「殺されて当然だったんだよ…そいつは」

 

「アンタ以外は全員、殺してでも止めるつもりだったでしょ?それなのに余計なことしてくれちゃって…」

 

「人を呪わば穴二つ。警戒すべきは自分じゃなくて、他人からの呪いだったなァ?」

 

「そいつは、自分の寺をのし上げるなんて理由で、神使さんを呪い殺した。だったら、なぜ私たちが殺してはいけないっていうの?私たちが呪い返さなきゃ、神使さんが浮かばれない!」

 

剛岩を仇敵と見ていた、仙術振興会。剛岩が力を失い、動きの封じられた肉体に戻った瞬間、狙い撃ちにしたのだ。礼紗によって、呪いを捨てたことなどお構いなしに。

 

「あの人は、やり直せるはずだったのに…」

 

礼紗は剛岩の死体を見て、悲しみに暮れる。一方の瑞文は、仙術振興会の見せた力、冷酷な態度に、ある予感を抱く。

 

「不可抗力の戦闘と、無抵抗の相手を殺したアンタたちと一緒にしないでもらえる。アンタたちは、もうあたしたちの仲間じゃない。怪異の手先になっているんでしょう?」

 

「ああ、そうさ。呪祖様が、俺たちにチャンスをくれたんだ」

 

「剛岩は説得されて抵抗をやめ、殺されずに済んでしまうって教えてくれたのよ」

 

「案の定、俺たちのリーダーを殺した奴だけ生き残ったってわけだ!」

 

「文句あるならかかってきなさいよ。こんな組織、潰してやってもいいんだから」

 

仙術振興会は、裁人を殺した剛岩への恨みに付け込まれ、呪祖に取り込まれてしまっている。

 

「何と愚かな…」

 

裁人は首を振るが、その声は未熟で霊感の薄い弟子の彼らには届かない。しかし、呪われたのは彼らだけではない。

 

「どうして殺した…!」

 

「剛岩殿は殺されなくても償えたはず…!」

 

「呪い殺したお前らから死ね…!」

 

剛岩の死に衝撃を受けていて功妙寺の若者たちが、剛岩と同じく炎の“気”を纏い、怨嗟の唸り声をあげている。剛岩を殺された彼らの悲しみにも、呪祖は入り込んだのだ。

 

「気炎弾!」

 

「呪い風!」

 

爆発性の高い気弾が、火ぶくれの呪いを纏った温風が、周囲を巻き込んで吹き荒れる。呪いの力でブーストされているのか、彼らの師である剛岩や裁人に匹敵する威力を発揮している。

 

「一旦、全員退避!体勢を立て直すわよ!ほら、礼紗も早くしなさい!」

 

「でも、このままじゃ、また!」

 

「助けたいのは山々でしょうが、今度は複数が相手。西廟様が先ほど使った手でも、間に合いません!」

 

呪いに憑かれた者たちが争っているうちに、一旦屋敷に逃げ込む。とはいえ、あれだけの破壊力を持った相手に、屋敷に立てこもる意味はない。屋敷に戻ったのは、その力を借りるため。

 

「全員配置について。今度の相手は、一人一人のレベルは、剛岩の生霊よりも弱い。あの技で封じ込めるわよ」

 

瑞文の指示を聞いた霊能力者たちが散らばり、中庭を取り囲むように位置につく。

 

「どういった方法をとるおつもりで?私の弟子にあまり手荒なことは…」

 

「呪いの力を消耗するまで動きを封じるのよ。霊閥に集まった様々な霊能力。それを屋敷を媒体にして増幅し、屋敷全体を結界にする」

 

「そのようなことが可能なのですか?」

 

「この屋敷は、私のご先祖様が頂遠山を領土として守る代わりに、その御神木で建てた頂遠山のお社みたいな場所。だからここには、頂遠山の神様が宿っている。私はそう聞いてる。その神様からね」

 

「西廟様がそれほど仰るとは…では私の弟子を、お頼み申し上げますよ」

 

霊能力者が神木の屋敷に触れ、それぞれの宗派の術式を執り行い、霊山がそれをひとまとめにする。聖霊、御仏、唯一神への祈り、あるいは霊能力、魔術、護符などの技術が折衷し、一つの意思を具現化する。

 

「宗派協賛・多重結界!!!」

 

これにより、霊峰の御神木で立てられた屋敷は、内外に怪異を通さない堅牢となる。この結界の中では、呪いの力も弱まり、仙術振興会や功妙寺も動きを封じられる。

 

「よし!これで神使君の仙術振興会も、剛岩さんの功妙寺もみんな…」

 

「カッカッカ、無駄なあがきよ。汝らは既に壺中の虫けら」

 

「その声は…また呪祖!どこ、どこにいるの?」

 

「我は呪う者の心にいるのだ。だが、良かろう。汝らにとっての現実、我にとっての箱庭、この度はそこに現れん」

 

抜きんでた霊感を持つ礼紗以外にも、その声が響き、姿が見え始める。

蝋で出来た頭部に黒い藁人形の体、血塗られた長襦袢を纏った異形の神。蝋燭頭の頭部は二本角のような炎で溶け崩れかけ、顔に当たる前面には、落ちくぼんだ暗い眼窩と、裂けた口のような切れ込みが。そして黒い藁を束ねた手足を長襦袢の中から、うねうねとくねらせている。

 

「何!?このキモい……タコ人形は?」

 

「まさか呪いをもたらした怪異の正体…」

 

「あなたが、人をそそのかしてこんなひどい目に…!」

 

異形の黒幕に、礼紗もこれまでの怒りをぶつける。誰の目にも明らかにわかる。これは相いれる余地のない邪悪なる怪異。

 

「我は汝らが“異教の神々”と呼ぶ高次元存在、呪祖である。狭き世界しか知らぬ者どもよ。我は汝らに進化の余地を与えた」

 

「進化?呪いによる潰し合いじゃない!」

 

「どうして呪いなんてことを!」

 

瑞文と礼紗が猛抗議するも、呪祖は意に介した様子がない。

 

「汝らは蠱毒という呪術を知っておろう」

 

蠱毒とは、壺にムカデ、ゲジ、蛇、カエルなどの百種類の毒虫を閉じ込めて、その中で食い合わせる。それによって生き残った最も生命力の高い毒虫を呪術の生贄とする、古来からの呪術。

瑞文はその呪術の手順と、この閉ざされた屋敷が符合していることに気づく。

 

「蠱毒…まさか、その手の専門家である私たちを、生贄にするというんじゃないでしょうね?」

 

「如何にも。我にとっては、汝らも毒虫に違いない。汝らはここから出ることも、殺戮をとめることもかなわぬ」

 

「でも結界が張られている今、呪われた人たちは動けない。そしてあらゆる怪異もこの屋敷からは逃げられないはず!」

 

「自信ありか?霊媒よ。我はこの結界の弱点も知っている。奴らより攻撃能力の高い剛岩相手に、結界が使えなかった理由はこれであろう」

 

呪祖が頭の炎を大きく揺らめかせると、屋敷が突然発火し始める。

 

「しまった、屋敷に火を!」

 

「燃えよ、燃えよ!霊験あらたかな屋敷とやらも、所詮は木々の端くれ。屋敷を壊せば、呪いを阻む結界も消え去る!」

 

「そんな、私の屋敷が!」

 

「それ以上はさせません。神風!」

 

裁人が風で炎を吹き消そうとするも、炎は風で揺らめき、形を変えたかと思うと、更に大きく燃え上がる。

 

「これは、普通の炎ではありませんね?」

 

「我の炎は、人の業を吸って勢いを増すのだ。汝も差し出せ、非業の死に対する恨みを」

 

呪祖の手足を構成する黒い藁が伸び、裁人の亡霊を絡め取り、覆い尽くす。その黒い藁が獲物を飲み込むかのように蠢く。しかも、その藁は屋敷中に伸び、洪水のように人間を絡め取り、飲み込んでいく。

 

「神使君!来給へ、我が家に宿る番犬、守護霊召喚!」

 

礼紗が西廟家に代々使える、犬たちの霊を呼び出す。犬の霊たちは、大量のわらに食いつき、引きはがす。数十頭がかりで藁を引きはがすも、その後には、裁人の亡霊の姿はなかった。

 

「私、またなの…」

 

「カッカッカ、我は見てのとおり、呪われし者は、霊であろうと食って力に変える。壱功も、剛岩も、我の贄となった。どうだ、我を憎むか?憎ければ、汝も呪うがいい」

 

「私は━」

 

「あまり調子に乗るんじゃないわよ、クズ虫が」

 

礼紗が何か言う前に、瑞文が切れ長の目を氷点下に凍てつかせ、切れる。

 

「言うに事欠いて、我を蟲呼ばわりか?汝ら人間こそ、狭き世界で這い回り、食い合うあさましき虫けらよ」

 

「その狭き世界に降りてこなければ、儀式が破たんしていたでしょう?この世界にいるってことは、神だろうとも狭き世界を這いずりまわってるのと同じなのよ。その狭き世界で、呪祖とやらは、あたしたちが倒す。そうなれば、虫けらに倒されたクズ虫ってことになるのよ!」

 

異教の神々に挑戦状をたたきつけるように、瑞文は勢いよく啖呵を切る。人間を閉じ込めて蠱毒扱いしておきながら、直接介入してくる呪祖は、呪術者としては半端者だというのだ。

 

「汝、我を倒せると嘯くつもりか?」

 

「あの、書記ちゃん。勝算もないのに、それって言いすぎじゃ…」

 

軽くビビった様子で瑞文に話しかける礼紗。しかし、瑞文はそんな不安を吹っ飛ばすような剣幕だ。

 

「あなたの分まであたしが怒ってるのよ。あなたが呪祖に乗せられちゃ、いつも通りに集中できないでしょ?でも、あたしなら心配しないで。呪いなんて関係なしに、あのクズ虫を捻り潰すから」

 

「そ、そう…ありがとう」

 

ドン引きしながらも、何かよく分からない説得力に、納得せざるを得ない礼紗。確かに、瑞文は怖いくらいに怒っていても、呪いとかには頼らないタイプだ。

 

「蠱毒を生き延びるため、呪いは必要としないか。ならば、死ね!」

 

呪祖が真っ先に瑞文を殺そうと、藁を差し向ける。しかし、その動きが途中で静止した。

 

「これは…」

 

屋敷中に伸ばした藁が何十枚もの護符によって帯封され、それらが大渋滞を起こし、自由に動かせないでいる。

 

「それだけ体長を伸ばしたら、護符を貼っておく死角も十分。例によって、“頂遠山”の重しがかかってるから、とても動かせないわよ」

 

「すごい、書記ちゃん!そんな仕掛けをしておいたなんて!」

 

「自信の源はこの仕掛けによるものか。だが、我には呪いの業火がある」

 

「その護符にはどれも油がたっぷりしみこませてあるから、自分を燃やしたければどうぞ?」

 

動きを封じた上に、発火能力を使っても自爆。周囲も火が回っているため、動かずとも自爆。自分の業火を浴びせられれば、呪祖と言えど、ただでは済むまい。

 

「調子に乗って煽ってる間に、もう勝負はついてたのよ」

 

「カッカッカ……カーッカッカ!!我にこんな小細工など、通用せぬ」

 

呪祖の体が蠢き、藁の間に隙間が開く。さらに呪祖の体が波打ち、ぴったりと貼り付いていた護符も巻き込まれて、折れ曲がり始める。皺だらけになって護符は粘着力を失い、藁の隙間を滑り落ち、全て床に剥がれ落ちる。

 

「こいつ…!あの護符を破るなんて!」

 

「カッカッカ、この世のものによる攻撃など我には通じない。汝らの同胞も、刀や錫杖などで我の体を攻撃してきたが、結果は同じこと」

 

そう、全ての物理攻撃を自在に受け流されては、他の霊能力者たちも歯が立たない。

 

「刀が奴をすり抜けてしまう…!」

 

「錫杖で打ち据えても手ごたえがない!」

 

礼紗のような霊に任せた攻撃でも、増殖し続ける呪祖の質量には対抗できず、食われてしまう。

 

「まずい、呼び出した守護霊が全て食われた…。もう…」

 

そして一方的に霊能力者たちをなぎ倒していく。

 

「結界を維持する者も、力を集約する屋敷も、既に消耗させた。奴らの拘束も解けてきた」

 

中庭では、再び呪いの力に憑かれた者たちが、動きを取り戻している。さらに、屋敷は火の手が大きくなり、通気性のいい家屋であっても煙が立ち込めている。礼紗と瑞文も、煙に巻かれて呼吸が苦しくなる。

 

「さあ、この呪わしき場を生き残るために呪うがいい。人は願いではなく、最後には呪いに縋る、それを成就する神として我は存在する」

 

「ケホッ、ケホッ!そんなの…違う!」

 

「何が違うものか、霊媒よ。呪いの力を欲し、仇を道連れとしたい邪念。それが我を呪いの神として目覚めさせたのだ。そのような邪念に満ちた世界など、いくらも存在する。汝ならば、その無念の声は聞こえているだろう」

 

呪いを内包する宗教は数あるが、真に呪いを求める者たちは、呪いへの畏敬やしきたりなどを嫌う。彼らが望むのは、恨み重なる相手に鉄槌を下す絶対的で暴力的な存在のみ。祈りさえ忘れて呪いの存在だけを望む歪んだ願いが、祈りも戒律も持たない呪いを下すだけの神・呪祖の存在を確たるものにしたのだ。

 

「違うよ…。私は数えきれないほど、霊の声を聴いてきた。死んだから、誰かを道連れにしたいって霊もいる。でも、それよりも、生きたいって、無念の声が多かった。生きてできることがある、だから、他の誰かには長生きしてほしい…それがきっと人間だって、私はそう思ってる!」

 

「ゴホン、礼紗の、言うとおりね。殺したい相手もいれば、生きてほしい相手もいるのが人間よ」

 

人間の本質を信じる礼紗に、何かが降りてくる。

 

━よくぞ言った、西廟の娘よ━

 

「この声…?」

 

━お前は我々の教徒ではないが、我々の声を教徒たちに伝えてくれた。今もその教徒たちがこの屋敷で戦っている。我々はお前たちを救いたい━

 

「あなたはもしかして…聖霊?」

 

━そうだ、我々は最後の審判まで、手を下さぬはずだった。しかし、お前に力を貸すことはできる。我々の力、受け入れるか?━

 

「ええ、ありがたく。聖霊、憑依!地に清めの氾濫を!」

 

優れた霊能力者は不動尊などの神仏を自らの身に降ろして戦うとされるが、まさに礼紗には名だたる神仏と通じ合う術と器を備えていた。神が地上に遣わしたメシアであるかのように、彼女は神と通じ合う時に、その力を借りることができる。

 

礼紗の見せた隣人愛に応え、聖霊が降霊した。聖霊が憑依した礼紗が立ち上がり、両掌を掲げると、空が雨雲に覆われ、雨が降り始める。その雨は呪いの業火を打消し、煙で濁った空気を清浄に入れ替える。

 

「我の炎が消えた?邪魔な雨を…」

 

それだけではなく、再び放たれた気炎弾や呪い風も、風に清められ、立ち消える。中庭の仙術振興会や、功妙寺も、憑き物が落ちたように呪いの力を失い、瘴気を取り戻したかと思うと、眠るように倒れる。

 

「この雨…以前教会の神父に見せられた聖水と同じ効果があるのかも。これならあのクズ虫にも…」

 

「我が雨ごときに負けるなど…汝から焼き尽くしてくれる!」

 

呪祖は礼紗に火を放つが、吹き込んだ風雨がその炎をかき消す。さらに風雨が呪祖にも浴びせられ、藁と蝋の体を湿らせる。水気を含んだことで、その動きは緩慢になり、柔軟性も低くなっている。

 

「小癪な、なれば絞め潰す!」

 

呪祖が黒い藁を伸ばし、屋敷ごと全てを飲み込み、絡め取ろうとする。

 

「異教の神よ、この世ならざる魂を我に預け給へ。神霊、憑依!」

 

礼紗は呪祖の暴虐をとめるために、その魂を強制的に憑依させる。呪祖が他人の意識に入り込める精神的存在であるからこそ、可能な荒業だ。

呪祖はかりそめの実体を失い、礼紗の精神世界に引き込まれる。

 

「汝の心に我を捕えてどうする。我が汝を呪いの手先とすれば、すぐにでもここから…」

 

「呪いなんて、私が終わらせる。ここであなたを浄霊してね」

 

礼紗は屋敷から縁側に出て、雨を降らせる聖霊に祈る。すると雨は収束し、礼紗の頭上へ集中的に降り注ぐ。

 

「この身震いするような寒気は…汝、自ら聖水の雨に当たり、内にいる我を清めるつもりかァ!」

 

礼紗が聖霊の集中豪雨を身一つで受け止めることで、その内にいる呪祖も清められ、呪いの力を失っていく。黒い藁の四肢は重く垂れさがり、水を吸った赤い長襦袢は引きずられ、蝋の頭は冷えて固まり、頭部の炎も消えかけている。

 

「そう、もう呪いなんて必要ない。あなたも、呪いの力に執着しなければ、きっと別の存在に輪廻できるはず。だから…」

 

呪いで力を得る呪祖を浄化し、他の霊と変わりなく輪廻転生へと送り出そうとする礼紗。

 

「強大なる我に力を捨てろなどと…思い上がるな虫けらが!汝も道連れだ。汝の死を残された者どもの呪いの種としてくれる…!」

 

呪祖は黒い藁の手足を四方八方に伸ばし、同時に自らの体を燃え上がらせ、巨大な火種に還る。しかし、既に湿気た藁の体を燃やしているために、炎以上に黒煙が満ちる。

 

「ケホッ、させない…それなら、私はなおさら死ねない!」

 

精神世界に満ちる呪祖の炎と黒煙を、耐えきろうとする礼紗。呪祖の捨て身の抵抗により、双方の限界が近づいてきていた。

 

突如、その精神世界を雷が両断する。礼紗はその光に目がくらんで意識が途絶え、倒れる。一瞬後に目を開くと、彼女の内に呪祖はいなかった。

 

「今のは一体…呪祖はどこに?」

 

そこに聞こえる落ち着き払った声。

 

「人間は無茶をしようと興奮すれば、アドレナリンが分泌されて感覚は鈍ります。そのために、実際は手遅れになっても気づかないこともあります。今のあなたの容体は本当に危険でした、西廟様」

 

呪祖に一呑みにされたと思った裁人の姿がそこにあった。

 

「じゃ、さっきの雷は…神使君!無事だったの?心配させないでよ…」

 

またしても泣き崩れる礼紗。

(ああ、人の死って慣れないな、再開の感激にも、涙が我慢できない)

 

そんな礼紗の隣に裁人は座り、目線を合わせて慰める。

 

「心配したのは私の方ですよ。相打ちになど成らなくてよかった。…どちらもここで消えられては、私の手落ちとなります故」

 

「えっ、どちらもって…」

 

何か聞き間違えたに違いない。だって、「どちらも」では、裁人が呪祖の心配までしていたような…。

 

「礼紗から離れなさい!神使君、あなた…死んだはずじゃなかったの?なぜ、今はあたしにも見えているのかしら?」

 

瑞文が疑いの目を裁人に向けている。裁人は亡霊であり、本来なら霊感ゼロの瑞文には、どこにいるかもわからないはず。つまり、今の裁人は肉体持つ生者として存在するということだ。そういえば、亡霊の状態と装いも違い、純白の詰襟に鳳凰の金刺繍があしらわれた、謙虚な彼らしくない豪奢な衣装になっている。

 

「ただ今よりご説明申し上げますが、西廟様から離れることはできかねます。この方は私にとって素晴らしい可能性を見せてくださいました。それ故、手荒な真似を加えるつもりもないので、悪しからず」

 

「それで納得すると思うかしら?あなたと言えど、今は怪異の可能性が高いのよ」

 

瑞文の後ろに、まだ動ける霊能力者たちが集まって、いつでも攻撃を仕掛けられるように身構える。

 

「奇跡の復活だというのに歓迎されませんね。もしや気づいておられましたか?私が呪祖様の配下であると」

 

「そんな!呪祖の被害にあってる神使君が、呪祖とつながってるわけ…」

 

「呪祖と組んで偽装工作してたとしたら、つじつまが合うのよね。幽霊になってたのも、実は呪祖の力で生霊になっただけで、肉体は無事。だからこうしてピンピンしてるでしょ?」

 

「肖様も聡明なお方で、説明の手間が省けますね。いつからお気づきに?」

 

「呪祖がこの屋敷に、勝手に踏み込めた段階でおかしいとは思っていたわ。怪異がこの屋敷に入り込むには、それこそ誰かの手引きがいる。剛岩は動きが派手すぎて囮臭いし…愛愛を提案してあいつに赤っ恥をかかせるようにさりげなく誘導した、アンタが怪しいんじゃないかって睨んだのよ」

 

呪祖は呪いを望む者の心に入り込める特性を持っていたが、呪うかどうかで心が揺れていた剛岩では、足がかりとしては弱いだろうし、確実に手先にできるわけでもない。呪祖は他に配下を忍ばせ、チャンスを探らせていたのだ。

 

「ねえ、神使君…あなたはそんな人じゃないよね?」

 

礼紗は震え声で尋ねるも、裁人は瑞文の推理を歓迎するかのように拍手する。

 

「お見事、大筋はその通りです。剛岩さんを囮とするために、長老たちに寺の譲渡を唆し、その後に長老たちの裏切りをリークして、この場を作り上げました。ですが、詳しい経過などを私の方から捕捉させていただきましょう。まずは決定的な証拠で納得していただければ、と」

 

裁人は自分の袖の下から、黒い藁人形を取り出す。その藁人形に息づく邪悪な気配、呪祖のものだ。

 

「西廟様が起こした神の軌跡にも等しい力で、呪祖様も消えるのではないかと危惧していましたが…雷のショックで西廟様の意識を一瞬だけ飛ばし、分離した呪祖様の精神をこちらに緊急避難させました。私の呪いの念が、呪祖様を引き留めたということです」

 

「呪い…そいつと同様、邪魔なあたしたちへの逆恨みってところかしら?」

 

「いいえ、私が呪うは有象無象が跋扈するこの世界。それを創り直すために、私は異教の神々に下ったのです。異教の神々を目覚めさせ、新たな髪の時代、“神時代“をもたらすために」

 

裁人は呪いの人形を恭しく掲げながら、クツクツと笑った。今までのさわやかさと打って変わって、狂気が陰にこもったような不気味な忍び笑いだ。

 

「神使君…私達、仲間じゃなかったの?どれなら、世界を呪うなんてことは、しないはずだよね、ねえ!」

 

礼紗は必死に呼びかけるも、裁人の返答は彼女の希望を打ちのめすものだった。

 

「ええ、西廟様は私が会った中でも、才気と高尚な人格に優れておられます。…だからこそ、あなたのように力のある人間が埋もれなくてはならない、そんな世界こそ呪わしいとは思いませんか?」

 

「何言ってるの…わからないよ…」

 

「西廟様、例えばあなたは霊に聞いた正しい歴史を人に伝えても、それに納得せず争いが起きたことを憂いていらっしゃった。混乱を恐れて、正しいはずのあなたは慎重な発言を要される。人間がより正しくあれば、あなたが悲しむ必要もなかったはずです。落ち度のないあなたに呪いを抱いた人間たちもそう。そんな人間は必要ございません」

 

礼紗を慮る物腰は、相談に乗ったあの夜と同じもの。霊媒として宗教の正しい歴史を告げた礼紗が正しく、周囲の無理解、それによって起こった宗教戦争が間違っているとする論旨。

裁人が礼紗を仲間とみていたのは真実だったが、彼は礼紗のように、全ての人々を救おうなどと考えていない。理想に沿う者を生かすため、それ以外を排除する、そのために、世界を改変しうる異教の神々に共鳴している。

 

「それならあなたが教えてきた仙術振興会、彼らはどうなのかしら?呪いに囚われた挙句に、あそこで気絶しているけど、見捨てる気?」

 

瑞文の言うとおり、最早裁人は弟子である仙術振興会を介抱しようとする素振りもない。

 

「私は彼らを含めて多くの人材を見繕ってきたのですが、私が教える仙術の高みまで来ないまま、勝手に慢心してしまう人ばかりでしてね。仙術の神髄はアンチエイジングなどではなく、不老不死なのですが、それには気づきもしない方ばかり」

 

仙人は不老不死という古くからの伝説があることは、その場の全員が思い当った。

 

「不老不死?あなたまさか、そんな…伝説にしかないような仙術を身に着けたっていうの?」

 

「仙人とは、神にも通じる力を得て、死を克服した者のこと。それ故に、体を潰されようと大自然の力を借りれば、再生することも可能なのです」

 

裁人は体ごと剛岩に潰された際、地中に自らの細胞を残した。そして地中で自らの体を再生させ、体が復活した今、生霊の状態から元の体へと舞い戻ったのだ。

 

「死んだふりもトリックではなく、自分の肉体を投げ打って演じてたってことね…」

 

「今回の計画のためならば、惜しくもありませんでしたよ?一度や二度の死など」

 

「なんで…死が惜しくないなんて言えるの!?見てるだけしかできなかった私は、こんなに悲しいっていうのに…」

 

裁人には死さえも計画の内だったそうだが、礼紗は痛ましい死にざまを思い出して、涙ながらに訴える。

 

「人々に遠慮して何もしなければ、残虐な者たちに世界は荒らされるのみ。それが世の歴史です。人の愚かさですべてが破滅する前に、止めなくてはなりません。私と、あなたの力で」

 

彼が言うのは、恐らく礼紗を自責の念に追いやった宗教戦争だけではない。侵略戦争、紛争、犯罪、差別etc…敵とみなすものを全て滅ぼさずにはいられず、そのためには周囲さえも巻き込む人類の好戦的な血塗られた歴史全てを、愚かな自滅と断じている。

 

「そのために異教の神々の力で、大部分をリセットするというの?それも今の世界の破滅にならないかしら?」

 

「愚かさによって何も生み出さぬ無計画な自滅よりは、愚かさを切り捨てる取捨選択の方が、世界にとっては有益というものです。愚か者は過ちを正すこともせず自滅するのは、御覧の通り。であれば、過ちに気づく者が生き残るしか、リセットの道はありません」

 

破滅を憂いているからこそ、脆さを持つ人間は滅ぼそうというのだろうか。裁人は改めて礼紗に語り始める。

 

「私は異教の神々の“神官”として認められる神通力を持っていますが、それは貴女にも言えます。貴女は異教の神々を取り込み、さらに他の神の力を十全に発揮して奇跡を起こすこともできるお方です。純粋で他者を受け入れようとするあなたの器量あってこその御力。貴女ならば、異教の神々を取り込み、更なる力を引き出す“巫女”にもなり得ます」

 

裁人は異教の神々を直接サポートする“神官”というポジションにいるらしいが、礼紗もそれと同等の待遇で引き込むつもりらしい。異教の神々をも受け入れる器量があるとして。

 

「神使君は、私を…そんな風に見ていたの?」

 

裁人は苦笑して首を振る。

 

「いえいえ、私は貴女を、対等の才と切実な理想を持つ同志として考えているのです。戦いの中で、その器を見極めたいと思っていたのですが……今ならば、貴女の想いに答えられます。礼紗様とならば、新世界を創っていける。そう、かけがえのない…パートナーです」

 

裁人はここに来て、礼紗の恋心に応え、告白の言葉を甘く囁く。しかし、それは同時に異教の神々の陣営への誘いでもある。

 

「…ずるいよ、神使君。ここで、告白だなんて……」

 

礼紗は悲しいような嬉しいような涙を流し、恥ずかしがっているような怒っているような赤面を見せた。

 

複雑な感情が入り混じる礼紗に対し、明確な敵意をあらわにしたのは瑞文。

 

「騙されないで!要するに気に入った礼紗だけいただいて、あたしたちには敵対するってことでいいのよね?」

 

瑞文が護符を構えると同時に、周囲の霊能力者も錫杖や刀などの武器を構える。

 

「戦闘態勢を取られれば、私も敵対せざるを得ないでしょうね。神雷!!」

 

裁人の発した雷が空の雨雲に届き、何条もの雷に増幅して降り注ぐ。その雷が武器を掲げた霊能力者たちに直撃する。

 

「ぎゃばばばば!」

 

「みんな!神使君、やめて!」

 

「…そうよ、礼紗は少なくともここにいる人間を傷つけるアンタの、仲間になんてならないわね…」

 

持っていたのが護符だったので、どうにか直撃をまぬかれた瑞文が、礼紗の抗議を援護する。

 

「…なるほど。まだ貴女には、自らの組織への愛着がおありのようです。ですが、これからの戦いでその気持ちが裏切られた時、またお迎えに上がりましょう。人の罪には、神の裁きを下そうではありませんか」

 

思わせぶりに言うと、裁人は空中を踏むように空を駆け上がり、あっという間に雨雲の彼方へと消え去った。中庭には、再び雨が降り注ぐ。

 

「あいつはもう去ったわ。ひとまず屋敷に戻りましょう?焼け焦げたけど、崩れてはいないようだから」

 

礼紗は黒髪が顔の輪郭にまとわりつき、かなり暗い表情に見える。小袖や紺袴も濡れて体の稜線に張り付き、胸元や腰回りの形状を浮き彫りにしていたが、それを恥じる気力もないらしい。

代わりに瑞文が礼紗に肩を貸して立たせ、連れて行く。瑞文も普段のチャイナドレスが体にぴったりしていたが、自分のことを気にする余裕はない。

 

「このまま雨に打たれてたら、風邪ひくでしょうに」

 

「私…寒くない……」

 

「我がまま言ってないで、さっさと風呂に入って、頭切り替えるのよ」

 

「でも、神使君が活きてたのに、またどこかに…うっ…グスッ、うっ…うううう…」

 

泣き崩れそうなところを支えられながら、屋敷に還る二人。他に倒れた者たちは、目の覚めた仙術振興会と巧妙寺の若者が、自主的に介抱し始める。無理して動き出す者たちに、涙雨は降り続ける。

 

どこかの誰も知らない古戦場。数千人の戦死者の呪いを鎮めるための石灯籠に、裁人は呪祖の人形を安置する。続いて、手中から取り出したのは、小さな内臓のような形状と、血のような赤色を持つ医師。その石を握ると、透明な水があふれ出し、呪祖の人形にかかり、その損傷を癒していく。

 

「これで消耗した力は回復したはずです、私がお役に立つと理解していただければ、次の計画もお任せください」

 

「汝は我から見れば、偶然壺の外に出て粋がる羽虫程度かと思っていたが…認めざるを得まい。次に霊閥を攻撃するときは…」

 

「次は暫しお待ちになった方がよろしいかと。呪祖様と言えど、力を蓄えなくては、目障りな敵から潰すのは難しいと思われます」

 

「我は今すぐにでも、あの霊媒を呪いに落としたいのだ」

 

「呪祖様は強大な存在故、これまでは敵知らずにございました。しかしながら、今は呪祖様自身に呪いの感情が芽生えた。それを糧にすれば、更なる力を手に復讐できるはずです」

 

「カッカッカ、それもよかろう。我が目覚めた以上、全ての呪いが自然と我に力をもたらしてくれる。汝はその間にどうするか?」

 

「私は次なる異教の神々の元へ。その覚醒を手助けに参ります」

 

(礼紗様も次元連続者、いずれまたお会いできるでしょう。そして、神官たる私が、貴女と異教の神々を橋渡し、今までにない異教の神を作り出してみせましょう)

 

「であれば、我が異次元への道を開こう。全ての世界を高次元に導くためにな…」

 

さびれた古戦場に呪祖を残し、裁人は新たな世界へ旅立つ。新たな異教の神の神官となるために。

 

礼紗は風呂から上がると、瑞文から治療を受けていた。風呂に入ってみると、礼紗の肌に、炎症のような火傷が多く残っているのが分かったのだ。これでは雨で寒い所ではない。

 

「こんな火傷を我慢して、剛岩や呪祖を憑依させてたっていうの?怖がりのくせに無茶し過ぎ」

 

礼紗の日に晒されていない白い肌に火傷が痛々しい。瑞文は火傷跡に、“火病祓”と書かれた護符を貼りつける。火傷の治癒だけでなく、火傷で熱した心を冷ます作用もあるらしい。

 

「戦いの中で分かったんだ。私はやっぱり…人を傷つけたくないって…。そのためなら、その苦しみを私が背負うこともしなくちゃならない。でも、神使君にはどうしたらいいか…」

 

「あいつは、礼紗を引き込もうとしてるのよ?こっちがスタンスをはっきりさせないと、思う壺よ」

 

礼紗の背中を押すように、手のひらで護符をペタッと貼りつける瑞文。

 

「そっか、それなら…私も神使君を霊閥側に引き込む。異教の神々から取り返す!」

 

「ちょっと、そんなことできる?あいつはこの世界の大半の人間を嫌ってるのよ?」

 

「でも、私のことは好きだって言ってた。あの人、寂しいんじゃないかって思う。だから私も孤独で寂しい仲間にしたい…そう思えないかな?」

 

「あなたが好きなのも、あいつに都合がいいからじゃないの?」

 

「でも、私に理解してくれるように求めていた。私の過去の話を、聞いてくれたみたいに」

 

礼紗は裁人が自分に共感、同情してくれた時の物憂げな表情は、嘘ではないと思っていた。仙術振興会や霊閥など多くの仲間を裏切った末に、仕えているのは人外の神。そして、真に仲間と認められる人間も少ない。

彼もまた、人間に対して距離を置いているんじゃないか、礼紗にはそれがさびしく見えた。

 

「それで、あなたにはあいつが救えるというの?」

 

「神使君から突き放されない限り、可能性はある…と思う。だって……私の方から、初恋を諦めたくないから」

 

礼紗は裁人への想いをかなえるため、あるいは裁人を想うからこそ、彼の心にアタックする気のようだ。“失いたくない”ではなく、“取り戻したい”という、彼女自身から出た決意を胸に。

 

「ふふっ、涙もろい子のくせに、言うようになったわね。その純粋さを逆手に取られなければいいけど」

 

瑞文は礼紗を後ろからぎゅっと抱きしめる。まだ頼りなくも見えるその背中を覆うかのように。

 

「ま、礼紗の背中は私が守ってあげるから、当たって砕けなさい」

 

「ありがと、書記ちゃん。書記ちゃんがデレてくれるなら、もう安心かな」

 

「誰がデレたですって?危なくて見てられないからよ」

 

「照れなくっていいのに~。この間、他の派閥からヘッドハンティングたけど断ったんでしょ?なんだかんだ言っても、書記ちゃんは私のこと…」

 

「ったく、わがままなのは、この着痩せボディだけにしなさい!こんなに生意気に育っちゃって…」

 

「あっ!書記ちゃん、ちょっと、そこ恥ずかしい…」

 

瑞文は礼紗の胸や腰回りの肉感を、触って確かめて見せる。礼紗はスレンダー高身長の瑞文にスタイルチェックされて、くすぐったがりながら身じろぎする。

 

「ま、男の目を集めるくらいにはスタイルいいから、自信持って。あの時だって、神使の奴も…」

 

「えっ、見られてた!?」

 

「袖で目元隠してたけど」

 

「ちょっ、からかわないでよ!」

 

「分からないわよ、実は隙間から覗いてたかも。男はそういう者よ」

 

よく気が利き、スラッとしたスタイルゆえに交際経験は豊富な瑞文だった。なお、性格のキツさから、長続きはしない。

しかし、今回ばかりは礼紗に発破をかけているようだ。

 

そこに、霊閥の次元連続者からのテレパシーが入る。呪祖を倒したばかりだというのに、何事か。

 

(何かしら?今取り込み中なんだけど。礼紗様は治療中だし…)

 

(ですが、取り急ぎお伝えしなくてはならない非常事態です!霊閥管理下の各次元で突然、呪いによる被害が多発しています!)

 

(呪いですって!いったいどういうこと?)

 

(各地で効果もなく形骸化していた非霊能力者による呪いの民間信仰、これらがなぜか効果を発揮し始めています!現地ではその対策に霊閥を総動員していますが、数が多すぎてとても間に合いません!)

 

呪いの儀式は一般にも良く知られているが、大多数の人は本気にしていないだろう。一般に流布している道具、儀式、場所などでは、とても本物の呪いなど再現できないからだ。別次元には、本式な悪魔の儀式を現代に再現した例も存在するが…あれも膨大な資料を精査する情報処理能力があった結果である。

つまりは玄人にしか扱える代物ではなく、そういう玄人は霊閥が監視している。素人には呪いの正道など知るべくもない。それが常識であったのに、素人の呪いが効果を示し始めるとはどういうことか。

 

(呪祖の仕業…それしか考えられない!奴はここを去る時はかなり弱っていたけど…人間を手先にするくらいはやってのけるはず!もう虫の息まで追いつめてるっていうのに…厄介なクズ虫ね!)

 

瑞文が思い出すは、呪祖の「呪いを求める心が、我を目覚めさせた」という言葉。呪われた魂を犠牲として集めるために、各地の呪いを本物に変えているのだろう。

 

(だとすると、呪いの民間信仰があるすべての次元で、呪いが現実化していることに…。このままでは、呪いの信奉者どころか、世間一般にも呪いが乱用され、大パニックに陥ります!どうしましょう!?)

 

(あたしたちがパニックになってどうするのよ。礼紗様なら、各次元を回って呪いを解呪できるはず。それまでの間は、“怪異が呪いをばらまいている”と公表して、絶対に“誰でも呪いがかけられるようになった”と漏洩しないように。いいわね?)

 

(りょ、了解しました…できれば早くしていただかないと、私など、“アマチュア”の呪い信奉者を何十人捕えたことか…。)

 

瑞文はテレパシーを打ち切ってから、考える。霊閥はまだ呪術へ対処するノウハウがあるが、他の次元連続者が管轄する世界には、対抗できる霊能力者など少ない。全ての派閥に警告はするが、情報の性質上、一般の人員を動員するのも困難だろう。各次元を管轄する次元連続者の計画的な対応が求められる。こちらも他の派閥に出張している余裕がない以上、どう対処するかは各々の判断にゆだねられる。

つくづく忌まわしい置き土産だ。

 

(ここを乗り越えるのが、異教の神々との最初の総力戦になるわね)

 

ふと静かになった礼紗の方を見やると、火傷の痛みも和らぎ、疲れが出たのか眠ってしまっている。瑞文がテレパシーに応えて会話を中断した辺りから、寝入ってしまったのかもしれない。瑞文は毛布を掛けながら、励ます。

 

(早速決意を見せてもらうわよ。これいじょうあなたの救いたい人に、罪を犯させないためにもね)

 

各次元で現実のものとなる“呪い”。呪祖の仕掛けた蠱毒から、次元連続者たちは抜け出せるのか。

 




今回で、5つの派閥の大体の紹介が終わりましたので、次回は各派閥が呪いに対抗する総決算。

第6次元で予言されたのがやっと回収。呪いの襲来、すなわち今まで呪いが有名無実化していた世界でも、本物になってしまったということです。

神使裁人は名前でばれていたかもしれませんが、異教の神々たちを補助しながら次元を渡る最強の副官と言った役割。礼紗のライバルに当たりますが、他の次元にもちょっかいを賭けてきます。最強のライバルは最強クラス。


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