機動戦士ガンダム ‐inherited force- (群雲 沙耶)
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プロローグ

皆様、初めまして。群雲沙耶と申します。
オマージュ(パクりっていっちゃだめ)や流用が多々ありますが、「機動戦士ガンダム ‐inherited force-」という作品をこの様な形で連載させていただきます。
不定期投稿な上、ひどく文才がなく読みづらい文章になりますがどうかお付き合い戴ければなと思います。


地球同盟軍とアイゼンラート帝国軍が戦争を始めてから8ヵ月が過ぎようとしていた。人々から<アイゼンラート独立戦争>と呼ばれ始めたこの戦乱はなお続いており多くの爪痕を残していた。その中でも特に大きかったのは地球への環境汚染だった。

原因は両軍の主戦力であるモビルスーツだった。モビルスーツは動力源に核エンジンを利用しており、補給が続く限り半永久的に戦闘が可能であった。しかし被撃墜時に放射性物質を周囲にばら蒔いてしまうという欠点があった。当時戦線にモビルスーツを投入することを焦った両軍は、想定される被害に十分な対策をしていなかった。結果、地球上で破壊された数多くのモビルスーツ達は核の毒を撒き散らし、多くの大地を不毛の土地へと変えた。

A.A.2180年11月。両軍はモビルスーツを始めとした戦術兵器及び戦略兵器への核の使用を禁止する<クリプストン条約>と核動力を用いた戦術兵器、戦略兵器の使用を禁止し、以後段階的に核動力機を解体しその数を減らしていく旨の<ハーヴェルト条約>を締結。主戦力を失った両軍の間では停戦条約も成立し、一時的ではあるが地球圏から争いは去ったのだった。

しかし、平穏はそう長くは続かなかった。条約締結から2ヶ月後のA.A.2181年1月。アイゼンラート帝国軍は侵攻を再開した。予め核動力を使用しない新機軸のモビルスーツを開発に成功していたアイゼンラートに対して、地球の一部大陸を汚染され国力か著しく低下していた上に、それまでのモビルスーツが使用できなくなり、ほとんどの兵力を戦後処理にまわしていた地球同盟軍はまともな戦力を整えることも出来ず、再度大打撃を受けたのだった。これにより条約締結前に拮抗していた戦線はアイゼンラートに大きく傾く事となった。

再びモビルスーツが無い状態で開戦となった地球同盟軍。モビルスーツ投入以前と同様、戦闘機や戦闘用車両の数で対応するがもはやそれらで誤魔化せるほどの戦力差ではなかった。アイゼンラート帝国軍は日に日に勢いを増し、多くの地球同盟軍の基地を陥落させるほどであった。

A.A.2181年4月。地球同盟軍も漸く核動力をしようしないモビルスーツの開発に成功し反撃を開始するも、停戦前を遥かに凌ぐアイゼンラート帝国軍の猛攻に再び膠着状態となった。

現状を打開すべく、地球同盟軍は再び新機軸のモビルスーツを開発する<G兵器開発計画>とそれで開発されたモビルスーツの運用に特化させた独立部隊を発足させる<ノブレス・オブリージュ発足計画>を始動。戦力の立て直しを計る。

 

それからさらに3ヵ月が過ぎたA.A.2181年7月。物語はここから始まるのだった。

 




<用語解説>
・A.A.(アフターエイジ)…現在使われている世界共通の年号。それ以前の世紀 B.F.(ビフォーエイジ)については資料が少なく、判明していることは少ない。
・地球同盟軍政府…通称EAG(Earth Allies Government)。実質的 に地球圏の実権を握っている国際組織。ヨーロッパ統制同盟、アジア共和国、アフリカ統一機構が主な主権国である。
・地球同盟軍…EAGが保持している国際軍事組織。主な場合、EAと略される。
・アイゼンラート帝国…第5スペースコロニー郡<エウクレイデス>がEAGから独立を宣言した際に名乗った組織名。独自の軍隊を所有している。
・スペースコロニー郡…5つのラグランジュポイントに存在するスペースコロニーの群集。
・アイゼンラート独立戦争…アイゼンラート帝国が地球同盟軍政府に仕掛けた独立戦争。開戦から17ヵ月が経過している。
・クリプストン条約…A.A.2180年に地球同盟軍政府とアイゼンラート帝国間で結ばれた条約。モビルスーツを始めとした戦術兵器及び戦略兵器への核の使用を禁止する旨のもの。
・ハーヴェルト条約…A.A.2180年に地球同盟軍政府とアイゼンラート帝国間で結ばれた条約。核動力を用いた戦術兵器、及び戦略兵器の使用を禁止し、以後段階的にその数を減らしていくという旨のもの。
・G兵器開発計画…戦力的に大きく劣っている地球同盟軍が打開策として立案した新モビルスーツ開発計画。
※機動戦士ガンダムSEEDより(改変あり)
・ノブレス・オブリージュ発足計画…<G兵器開発計画> で極秘開発された新型モビルスーツを運用するための独立部隊を発足する計画。地球同盟軍所属の中から選りすぐりの人材が集められる予定である。


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第1話 見えない現実

――――そのモビルスーツ、地球同盟軍の量産機<ストライクダガー>は宇宙にいた。漆黒というだけでは足りない。一切の光を吸い尽くして広がる無辺の闇の中にただ1機、漂う漂流物の影に身を潜めていた。

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・!」

荒い呼吸音がコックピット内に響く。一緒に出撃した味方は全員撃墜された。シートに座った男、ニック・ラリィは落ち着かない様子で辺りをギョロギョロと見回した。

「どこだ・・・どこからくる・・・!?」

左右正面、どのモニターを見てもだた広がる闇、闇、闇。本来人間がいることの出来ない非情な空間1人でいるストレスと焦りでニックの精神は極限にまですり減っていた。

周囲に異常がないことに安堵し一息つこうとするも束の間、コックピット内にけたたましく警戒音が鳴り響く。

「ッ!きやがった!!」

ギョッとしたニックがアラートが示すの方向に<ストライクダガー>のカメラをやると、そこには先程とは違い画面中央にポツリとした小さな光の玉が見えた。目を凝らして見るとそれは緑色の光だった。光はみるみる増大していく。いや、大きくなっているのではない、こちらに近づいているのだ。光は微小なデブリを呑みながらさらに接近してくる。注意深く見たそれが敵から撃たれたものだと男は気付いた。が、すでに時は遅かった。超高速で接近してくる光はすでに回避可能なほど離れてはおらず、コックピットのモニターは画面いっぱいに広がる光に埋め尽くされて――――

 

 

 

計器やコックピット内の照明が暗転し、正面のモニターには赤い文字で[YOU LOSE]と大きく表示されていた。

 

 

 

         ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「チッッッックショーーーーーー!!また負けたぁぁぁぁぁ!!!」

暗転したコックピット型の筐体から出てきたニックは周りの目も気にせず大声で叫んだ。

ここは地球同盟軍とアイゼンラート帝国軍間の戦争において中立の立場を示した第3コロニー郡<リュクルゴス>を構成するコロニーの1つ、<テルモピュライ>。ニックはその民間人用生活区画にある1店ゲームセンターにいた。

あまりの悔しさに地団駄を踏んでいると彼の取り巻き達がニヤニヤとした表情で近付いてきた。

「ヘイ、ニック!今回もまた見事な負けっぷりだったな!!」

友人の軽口に余裕を持って返すことも出来ず「うるせぇ!!」と吐き捨てるようにニック言葉を返した。

「おま、これで俺はあいつに16連敗だぞ!今日だけで4回も負けてるのに!!」

頭を抱えてギリギリと歯軋りをしているニックは正に笑いの的だった。彼の歯軋りは仲間内でも特級でうるさいと有名で、ルームメイトによると「歯軋りのオリンピックがあったら金メダル常連は確認」だそうだ。

そんなニック達を置いて、取り巻きの1人はニックの座っていた筐体の隣の筐体に近付き、その中から出てきた1人の少年を迎えた。

「おかえり!俺たちの蒼い流星ちゃん!」

"蒼い流星"と呼ばれた少年、レオンハート・スフォルトは迎えに来た友人と「ハイタッチ☆!」と互いの掌を平手打ちした。髪も瞳も蒼い、取り巻き達と同じ17歳にも関わらず少し大人びた印象を周りに与える少年は、ニック達の元に戻ってきて開口一番にヘラヘラとこう言った。

「ニック、また僕の勝ちだね~?今日もよろしくー」

負けたばかりで気が立ってるニックはそんな軽い煽りにも耐えられず、すかさずレオンハートの背後にまわるとそのままスリーパーホールドをキめていた。何を隠そう、ニックは「歯軋りの金メダリスト」以外に「スリーパーホールドの巨匠」という別名も持っているのだ。相手の背後にまわり絞め技をキめるという一連の動作だけは歴戦のプロレス選手顔負けという妙な特技だった。

「レ・オ・ン・ハ・ァ・トくぅ~ん?調子いいね~お前!俺ってば羨ましいなぁ~?」

「ニ、ニック!君声が笑ってない!全然笑ってない!あと痛いからね!?君いつも何気なくそれしてるけどすごく痛いからね!?」

ギリギリと音をたてて絞めるニックと、首を絞めているニックの腕を必死で外そうとするレオンハート。何とも間抜けな絵面だが、これが彼らの日常茶飯事だ。と、同時に毎日を何気なく過ごす彼らの平和の象徴でもあった。

「うるせぇ!今日もお前に4回も負けた俺の身にもなってみろ!またお前のランチ奢りじゃねぇか!!これでもう5日連続だぞ!!」

レオンハートの命乞いのような悲鳴に対し、ニックが泣き声が少し混じった怒鳴り声で答えた。そう、彼らは昼食の支払いを賭けて勝負していたのだ。そしてニックの言葉通り、彼は5日連続でレオンハートに敗れ、ランチの代金を支払い続けていた。ニックは特別バイトをしているわけではなく、親や親族から与えられる小遣いで暮らしていた。元々多くない小遣いからゲームの代金と自分のランチ代に加え、レオンハートのランチ代も支払っているのだ。つまりは破産寸前で、今回の勝負はニックにとって絶対負けられないものだったのだ。

「なぁレオンハート?実は俺、破産しそうなんだ!ここは男らしく今日の分は勘弁してくれないか!?」

「そうは言ってもこれ、君から言い出したことじゃんか…」

呆れたレオンハートの指摘に的を射られたニックは「うぐっ!?」と声を上げて彼の首を絞めていた腕を離した。正にぐうの音も出ない、といったところだ。

「まぁ、君がそんなに言うならよっぽどだろうし別にいいさ。奢りとか無くていいからさ、お腹空いたしランチに行こうよ」

気を取り直そうとレオンハートが提案を飲むと、「マジか!?感謝!!さすがレオンハートだぜ、話が分かる!!」と泣きながら感謝するニックの声が聞こえた。やれやれ、といった表情で頭を掻くとレオンハートは先程まで自分達が座っていた筐体に目をやった。

ドームスクリーン式戦術チーム対戦ゲーム<モビルスーツバトルシミュレーション>。彼らがプレイしていたゲームの名前で、よく「モビバト」とか「M.S.B」と略される。実在するモビルスーツを題材としたアーケードゲームで、大型筐体に乗り込み、本当に大型戦闘ロボットを操縦しているような体験が出来ると話題を呼んだ。

ノラミック・オプティカル・ディスプレイ(p.o.d.)とよばれる半球スクリーンを持った操縦席型の筐体にプレイヤーが入り、地球同盟軍とアイゼンラート帝国軍に分かれて最大8人対8人で戦うことができる。同一コロニー内の店舗同士ならボイスチャットにも対応しており、登録されているモビルスーツのカラーリングを変更しユーザーごとに個性を出せるなど、意外と自由度は高い。レオンハートが"蒼い流星"などと言われているのも、このカラーリング変更機能により使用するモビルスーツを悉く青系のカラーリングにしていることが由来していた。このゲームにおいて青色はもはやレオンハートの専用カラーのように扱われており、<テルモピュライ>内の全店舗でモビルスーツを青一色に染めているのは彼だけである。

「現在も戦争をしている国家同士の兵器をゲームの題材にするとは何事か」とリリース当初は世間の批判を浴びたが、今となってはそんな声を上げる者もほとんどおらず若者達の格好の遊び場となっている。しかしこのゲームには謎が多い。第一に製造した企業が不明なのだった。地球やコロニーのすべてのメーカーに問い合わせても「MSBを製造した」または「MSBを運営している」と公言している企業は存在しないのだ。さらにこのゲームは製造元や運営元が不明にも関わらず両軍が新型モビルスーツを公式発表すると、発表と同時に自動でアップデートが入りそのモビルスーツが使用可能になるのだ。ユーザーとしては不定期にも関わらず新しく使える機体が大がかりなメンテナンスも入らないで使用出来ることは大変ありがたいのではあるが、冷静に考えれば気味が悪いものだった。おまけにその自動アップデートのせいで、「実際に戦争が起こっている」という現実が霞んで見え、「このゲームのアップデートのために両軍は戦争をしているのではないか」とか、「本当は戦争なんてしておらず、あれはただドキュメンタリーである」などといった意識が生まれ始めていた。若者達は"戦争"という言葉や行為がどれだけ自分達の生活とは乖離していることかと常々感じることになったのだ。

「おーい、レオンハート!早く来いよー!」

ニックの声が聞こえて、レオンハートはハッと我に帰り声のした方向を向く。ぼんやりとMSBの筐体を眺めている間にニック達はすでに店ので入り口まで行ってしまっていたようだ。「うん、すぐ行くよ」と声を返すと筐体を振り返ることもせず、レオンハートは友人達の元へ歩き出した。

 彼らは、近付きつつある運命に気付かないまま歩き出すのだった。




<人物紹介>
◇レオンハート・スフォルト…本作の主人公。17歳。特別尖ってる訳でもなくおとなしい性格ではあるが髪も瞳も蒼色という身体的特徴のせいで人混みでも目立つことが多い。
◇ニック・ラリィ…レオンハートの友人。17歳。「歯軋りの金メダリスト」や「スリーパーホールドの巨匠」といった珍名を持つ。MSBではレオンハートに42回敗北しており、リベンジに燃えている。
◇ニックの取り巻き達…モブ。4人くらいいるけど名前考えるの面倒なんでそのうち死にます。

<用語解説>
・第3コロニー郡<リュクルゴス>…L3宙域に点在するコロニー郡。<アイゼンラート独立戦争>において中立を宣言している。
・テルモピュライ…第3コロニー郡を構成するコロニーの1つ。主に工業が盛んである。
・MSB…正式名称<モビルスーツバトルシミュレーション>。A.A.界にて絶大な人気を誇るゲームであるが、製造元や運営元が不明にも関わらず自動で実在する新型モビルスーツがアップデートにより使用可能になるなど謎が多い。
※ぶっちゃけた話バンナムが展開している「戦場の絆」である。


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第2話 少女の夢

感想、要望その他宜しければお送りください。お待ちしております。


 またあの夢だ―――――――。目覚めた瞬間、ノア・フロイスはそう思い枕元に置いていた目覚まし時計に手を伸ばした。時刻は午前5時12分。ハイスクールに行くには少し早い目覚めだが、もう一度寝る気にもなれなかった。寝起きで重い身体でのそのそとベッドから抜け出し、カーテンに手を伸ばした。外は微かに明かるくなっている。夜を引きずって静まり返っている部屋の中は時計の秒針の音だけが響き渡っていた。

「・・・あの夢を見た後って絶対頭が痛くなるなぁ」と呟くと、電気もつけずに部屋の外に出たノアは廊下に干してあったバスタオルを手に取りバスルームに向かった。軽く顔を洗い、眠気が完全に覚めた目で洗面台の鑑を覗き込む。

 深緑の瞳に、雪のように透き通った白い肌。髪留めをしておらず腰の位置まで垂れ下がった髪は瞳と同じ色で、特に手間をかけなくても長くつややかに流れていた。鏡に写った15歳の少女の顔つきは、高貴さを感じさせており誰が見ても”美少女”とか”容姿端麗”といった言葉を思い浮かべるほど整っていた。ノア自身はそんな自分の外面はそれなりに好きではあったが、自分の内面のことは快く思っていなかった。

 ノアは気弱な自分が嫌いだった。嫌でも目立ってしまう容姿のせいでいつ自分が攻撃されるのかと耐えずオドオドしていた。人と積極的に関わる事が出来ず、言いたい事は何一つ言えない。自分を変えたいと思っていても、怖くて実践することが出来ない。おまけに生まれながらの虚弱体質であり、クラスメイトたちに出来ることが自分には全く出来ない、なんてことも珍しくなかった。「内面的で大人しい性格」と言えば聞こえは良いが、彼女はそんな自分が嫌いで嫌いで仕方がなかった。

 いつのまにか自分が陰鬱な考えに浸っていると我に返ったノアはため息をつき、気分転換にそのままバスルームに入りシャワーを浴び始めた。シャワーを浴びるのは好きだ。先程のように陰鬱とした自分や嫌なことをすべて洗い流してくれる気がする。こうして頭上から流れる熱湯に身を任せているときだけが唯一の癒しの時間と感じるのだった。

 朝の身支度を終え、リビングに出るとそこにはすでに今日の分の朝食が用意されていた。自分の席の正面に座り、コーヒーを啜りながらタブレットで朝刊を読み漁っている男性に声をかけた。

「おはよう、お父さん」

 お父さんと呼ばれた男性――――アルバート・フロイスは娘の顔を見て「おはよう」と笑顔で返した。このコロニー<テルモピュレイ>の工業区に勤めている父は多忙にも関わらず、気弱な性格の娘を気遣い「朝食はなるべく一緒に食べる」と約束していた。以前まではいつも夜遅くに帰ってくる自分と年頃になった娘の間にロクな会話はなかった。いつも1人でいる娘の様子を見ては父親としての不甲斐無さを痛感していたが、その約束をしてから自然と会話は増えてゆき、互いの事情を知ることで「ちゃんとした親子でいられている」という安心感が得られた。それがこの親子にとっての平和の象徴だった。

 朝刊に載っていたニュースの話や気になる異性の話、焼き立てのパンを頬張ったりと何気ない朝の時間を過ごしていると、アルバートは「ノア、最近”夢”のほうはどうだい?」と話題を切り替えた。

 その言葉を聞いたノアはピタリと食事をやめ、俯いたまま答えた。

「・・・今朝またあの夢を見たの。真っ白な何もない空間で黒い炎がずっと、ずっと燃え続けている夢・・・」

「そうか・・・」

良くはない解答を聞いた父はそのまま口を閉じた。さわやかな朝の空気には似合わない気まずさが辺りを支配した。

 ノアにはその夢が何を示しているのか、当たり前ではあるが全く見当がつかなかった。ただ、それが悪夢であることはなんとなくだが分かっていた。燃え続ける黒い炎がいつか自分の身を焼き焦がすのではないか、そんな考えが浮かんでしまい何ともいえない恐怖心を抱いていた。

 ノアが俯いたままでいると、その場の雰囲気を変えようとアルバートは口を開いた。

「そうそう、今日は少し遅くなるんだ。鍵は持っていくから戸締りは先にしておきなさい。」

「またお仕事大変なの?」

「あぁ、今やっている仕事がもうすぐ終わりそうなんだ。大詰めになるから少しでも時間をかけたくてね」

 なんだかんだ仕事一辺倒な父の言うことに特に反論もせず「はぁい」と返すとノアは椅子から立ち上がり玄関へと駆け出した。時計を見ると時刻は午前7時30分を指していた。ハイスクールに着くにはこれぐらいの時間に出るのがベストだった。

「じゃぁ、今日は夕飯お父さんの好きなもの作っておくからね!いってきます」

ドアを開け、外に駆けていく娘の挨拶に「あぁ、いってらっしゃい」と返すとアルバートは再びタブレットに目を落とした。そこには先程まで表示されていた朝刊とは明らかに違うもの、何かの設計図のようなものが表示されていた。タブレットに映っている画像はやや不鮮明ではあったが、そこには巨大な人型にも見える装甲の一部が写っていた。

「地球軍の新型モビルスーツ、こんなものを私が作ることになるなんてな・・・。」

 娘とともに平和に暮らしていたい。自分が関わっているこの仕事はそんなたった1つの願いさえ簡単に壊していってしまいそうで、アルバートの胸は罪悪感でいっぱいだった。

 




<人物紹介>
◇ノア・フロイス…本作のヒロイン。15歳。通っているハイスクールの「女子人気ランキング」で入学当初から堂々の1位をとるほどの容姿端麗な少女。内向的で大人しい性格であるが、気弱な自分を嫌っている。
◇アルバート・フロイス…ノアの父親。コロニー<テルモピュレイ>の工業区に勤めており、地球同盟軍の新型モビルスーツの極秘開発計画に関わっている。

<用語解説>
・”あの夢”…ノアが度々見ている悪夢。その内容は真っ白な何もない空間で黒い炎がただ燃え続けている、というもの。この夢を見たあとは起きると必ず頭痛に苛まされており、ノアの悩みの1つでもある。


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第3話 戦火の灯火

第2話まで日常パートがメインでしたが、第3話にしてようやくガンダムらしい文章となりました。
次話あたりから文章が少し長くなるかもしれません。


 「接近中のアイゼンラートに通告する!貴艦の行動は L3 コロニー郡<リュクルゴス>との中立条約に大きく違反するものである!即刻停船されたし!」

 通告もなく近づいてきたアイゼンラート帝国軍の戦艦 1 隻を補足したコロニー<テルモピュライ>の管制区にけたたましい警戒音が鳴り響いた。中立の立場を取るこのコロニーでは、特別な事情がない限り戦艦の入港を認めていない。だが、接近してくるアイゼンラート帝国軍のグロースハーツォーク級<メクレンブルク>は停船勧告に応える様子はなかった。全通信にノイズがまぎれていく。

 「アイゼンラート艦より強力な電波干渉を確認!これは明らかに戦闘行為です!」

 管制員の 1 人が叫んだ途端、管制室に冷たい空気が流れた。張り詰めた緊張に追い討ちをかけるかのように再び警戒音が鳴り響く。

 「敵艦より多数の熱源確認!」

 報告を受けた管制員は横目でレーダーパネルを確認する。確認できた反応は 5 つ。ミサイルか?それにしては数が少ない。そう思ったのも束の間、ミサイルと思われる反応を示す物体は突如ジグザグに動くように、自らの進路を変えた。その軌道を見たレーダー担当の管制員を驚きを隠せなかった。ミサイルがこんなにも複雑に軌道を変えた?浮かび上がった疑問は次第に1つの確信へと変わった。数が少ない、ミサイルには不可能なほど複雑な軌道変更、まるで意思を持っているかのように見える。それだけ情報が揃えばどれだけ察しが悪くても否応なしに気付いてしまう。徐々に顔が青ざめていくレーダー担当の管制員は必死に事態を伝えた。

 「モビルスーツです!敵艦からの熱源は、 5機のモビルスーツです!!」

 

 

 

 「こちらモビルスーツ<シグー>ランバート機、コロニーへの浸入に成功した。これより作戦を開始する」

 冷酷な口調でジェスロ・ランバートは作戦の開始を母艦のオペレーターに告げた。バイザーごしにもわかる、キリとした精悍な顔つきとオールバックにまとめた焦げ茶色の髪はいかにも、と言ったように彼の生真面目さを物語っていた。

 コロニーに侵入した 5 機の機影は<シグー>が 1 機、<ジン>が 2 機、<リーオー>が 2 機という編成だ。モビルスーツ<ジン>と<リーオー>は共にアイゼンラート帝国軍の量産兵器で、最も配備が進んでいる機体等だった。それぞれ<ジン>はトサカ状の多機能センサーアレイやモノアイカメラ、羽の様な背部スラスターなどが、<リーオー>はボール状になっている両肩部の中央前後や両脚部の太腿側面に 2 つずつ備えるラッチや、背部のアタッチメントが特徴的な機体だ。両機とも各種オプションを換装できるよう設計されており、その汎用性は折り紙つきだった。

 一方、ジェスロの駆る<シグー>は<ジン>の後継機として開発された機体で、<ジン>の高い汎用性を受け継ぎつつ、スラスターの増設、高出力化により宇宙空間での機動性、運動性が大幅に向上していた。つまりは指揮官用のモビルスーツであり、少数のみが量産されたこの機体に乗るジェスロは間違いなくエースパイロットであり、一流のパイロットといっても過言ではなかった。

 ジェスロは引き連れた遼機たちに通信を繋いだ。

 「ランバート機から各機へ、これより作戦を開始する。作戦内容は本コロニーで極秘開発されている地球同盟軍の新型兵器の可能な限りの奪取、または破壊することだ。いいか、必ずタッグを組んで行動しろ。中立コロニーとはいうがそれなりの自衛戦力はもっていてもおかしくはない、油断するなよ!」

 ジェスロが作戦の概要を伝え終わると「了解!」という返事とともに部下たちは<ジン>と<リーオー>の別機種同士でタッグを組み、コロニーの地表へ降下していった。近中距離での戦闘を想定した 76mm 突撃機銃を 装備した<ジン>と中遠距離での支援射撃が可能な実弾大型砲ドーバーガンを装備した<リーオー>のタッグはそれなりにバランスのいい編成だった。唯一の懸念といえば<リーオー>に搭乗しているパイロット2名のことくらいだ。彼らはモビルスーツ搭乗時間が 100 時間にも満たないくちばしの黄色い新人だった。おまけに 2 人共今年士官学校を卒業したばかりの少年兵だ。今年で 26 歳になるジェスロは成人すらしてない彼らが戦場に出ることに大人である自分たちが情けなく見えるという嫌悪感を抱いており、快くは思っていなかった。しかし、今回彼らに付いてくれる<ジン>のパイロットたちは開戦当初から自分と戦ってきた歴戦の勇士だ。きっと新兵たちを守ってくれる。

 部下たちの突入を見届けたジェスロはフットペダルを踏み込み<シグー>をコロニーの工業区へと進ませた。背部の翼状スラスターが火を噴き、 <ジン>よりも細身の体型をしているシルバーグレーに塗装された機体が高速で迫る。

 運命の時は刻一刻と迫っていた。

 

 

 




<人物紹介>
◇ジェスロ・ランバート…アイゼンラート帝国軍に所属するMSパイロット。26歳で、階級は大尉。生真面目な性格で模範的な軍人である。

<メカニック解説>
□グロースハーツォーク級…アイゼンラート帝国軍が開発した宇宙用のモビルスーツ搭載型高速巡洋艦。搭載MSの迅速な運用を主眼に艦自体の機動性を高めている。搭載可能なモビルスーツは8機。グロースハーツォークとはドイツ語で『大公』という意味。
□ジン…アイゼンラート帝国軍の量産型モビルスーツ。背部の羽状スラスターにより高い機動力と様々な兵装の保持と繊細な作業をこなすマニピュレーター、地形を問わぬ高い踏破性を備える両脚を併せ持ち、人型機動兵器ならではの汎用性を体現している。※機動戦士ガンダムSEEDより
□リーオー…アイゼンラート帝国軍の量産型モビルスーツ。ボール状になっている両肩部の中央前後や両脚部の太腿側面に2つずつ備えるラッチ(窪み)や、背部のアタッチメントなどに各種オプションを換装できるよう設計されており、宇宙用、地上(陸戦)用、高機動型などに大別される装備に変更することであらゆる戦場に対応できるようになっている。※新機動戦記ガンダムWより
□シグー…アイゼンラート帝国軍の指揮官用量産型モビルスーツ。ジンの後継機として開発された機体で、ジンの特徴を受け継ぎつつ、より細身の体型となっている。※機動戦士ガンダムSEEDより


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第4話 蒼と緑

3日振りの投稿です。文書を書くのは難しいですね。


 夕刻、<テルモピュライ>の全区画に警報が鳴り響く。コロニーに対して攻撃を行ってきた者が襲来したことを伝えるアラームだ。中立の立場であるこのコロニーでは敵対行為をする者が来訪することなどこれまでに一度もなかった。ゆえに人々は鳴り響く警報が意味することを理解出来ず、その場に立ち尽くしていた。

 その事態を見越してのことか、<テルモピュライ>にする全ての市民の携帯端末に1通のメールが届く。

 『管制室より全市民へ緊急通達。港区よりアイゼンラート帝国軍のモビルスーツが侵入。全市民は至急、指定された区域まで避難されたし。』

 市民たちはメールを、そして飛来してくる<ジン>、<リーオー>を見て事態を理解し我先にと避難を始めた。

 怒号と悲鳴。そして狂乱が町に満ちていた。出店も何もかもそのままで逃げ出す者。はぐれた家族、恋人を探そうと奔走する者。膨れあがる人の津波が、地鳴りをしたがえて避難シェルターの方向へと駆けていく。押し寄せる人波のわずかな切れ目から聞こえてくる声さえ人の流れと悲鳴にかき消され、わずかな余韻すら残さずに消えていった。

 サイレン、アナウンス、悲鳴、クラクションが入り交じった喧騒の中、1人呆然と立ち尽くすノアの姿があった。始めに警報が鳴った時、彼女は町で夕飯の買い物をしていた。今日も遅くなる、と溜め息混じりに話した父の好物を作るためだった。昨日までと同じ、朝はハイスクールに通い、夕方は帰宅ついでに買い物を済ませ、作った夕飯と共に父の帰りを待つ。そんないつも通りの日常は呆気なく崩壊した。

 現実味を失った視界の中で、人々は競うように悲鳴を上げる。

 なんで、なんでこんなことが起きるの-----。周りの動きに習って避難するわけでもなく、そんな疑問が頭を埋め尽くす。

 「ここなら大丈夫だって…ここなら、安心していいって、お父さん言ってたのに…」

 頬を一筋の涙が流れる。

 「なんで…なんで…!」

 嘆声漏らすと同時、巨大なものが墜落したような衝撃音が耳朶を打ち、激しい揺れが辺りを襲う。

 思わず尻餅をついたノアは、反射的に両目を固く閉じてそれらが収まるのをやり過ごしたあと、恐る恐る目を開けた。そこで見た光景に、息を呑みそのままの体勢で竦んだ。

 身の丈二十メートルの灰色の巨人<ジン>が、二軒先のところに立っていたのだ。その後方からもう1人、大きな大砲を担いだモスグリーンの巨人<リーオー>が飛行しながら近づいてきている。鼓膜だけではなく肌でも感じられる轟音とともに、<リーオー>は道路上に着地した。

 ノアは放心したまま、恐怖心といっしょに買い物袋とスクールバックを放した。

 そのときだった。

 ガウンガウン、と激しい音を立てて、<ジン>が手にした75mm突撃機銃が火を噴いた。建物の外壁がマシンガンの弾で抉られ、被弾した車両が爆発し、爆風が逃げ惑う人々を襲う。

 人がごみのように倒れている。何の抵抗も許されず、突然にしてあるべき日常を、続くはずだった日常を奪い去られた。まるで地獄のようだった。

 轟音が鳴り響き、衝撃波が吹き付ける。どこかで爆発が起きたようだ。ふいにその方向へ目をやるとノアは、自分の顔から急速に血の気が引いていくのを感じた。

 爆発が起きたのは工業区。居住区を襲った2機とは違う、別のモビルスーツが襲っていた。そこにはノアの父が、アルバート・フロイスがまだいるはずだ。

 まさか、お父さんも…?---嫌な考えが頭を過り、身体中から汗が噴き出す。

 「お父さん…」

 また1つ、どこかで爆発が起きた。居住区を襲う<リーオー>のドーバーガンが数十階はあろう巨大なビルディングを撃ち抜いたのだ。張り巡らされたガラスが割れ、コンクリートの瓦礫とともに降り注ぐ。その真下、落下地点には丁度ノアの姿があった。

 逃げなきゃ---。力を奮い、立ち上がろうとするもノアの脚は応じてはくれなかった。見慣れぬ光景に腰を抜かしていた。

 「ダメッ…こんなのダメッ…!」

 腕を使って移動しようとするも、到底間に合わない。危機感に煽られて上を向くと、瓦礫がすぐそこまで迫っていた。そんな、嫌だ。死にたくない---。

 両目を閉じたノアの口から、悲鳴がほとばしった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、ノアは誰かに抱き抱えられる感触を覚えた。不意に両目をはっきりと開ける。後ろを振り返ると先程まで自分がいた場所が瓦礫の山で覆われてるのを見た。自分の左胸に手を押し当て心臓の鼓動を確認する。

---生きてる。そうわかった途端、強張った全身は軟体動物のようにほぐれノアは安堵に包まれた。

 「よかった、無事だったんだね」

 自分を抱えた人物は周囲の安全を確認すると物陰に隠れながら問いを投げ掛けてきた。

 声の主人の顔を一目見ようと顔を上げると、まず目に入ったものは---。

 

 「蒼い髪と蒼い瞳…」

 消え入りそうな声で口を動かした。緊張と恐怖から解放されたばかりで今はこれが精一杯だった。

 



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第5話 工業区へ

前話で主人公とヒロインがようやく出会いました。1話1話の区切りを短くしてしまっているため、間延び感がひどいですね…。


 数分前、レオンハートはニックらいつものメンバーと共にいた。普段と変わらずMSBで勝負していると、あの警報が鳴り響いた。

 『管制室より全市民へ緊急通達。港区よりアイゼンラート帝国軍のモビルスーツが侵入。全市民は至急、指定された区域まで避難されたし。』

 慌ててゲームセンターを飛び出した彼らを待っていたのは、居住区に降りた巨大な人影、<ジン>と<リーオー>だった。

 呆然と立ち尽くすしか出来なかった。普段、画面の中で撃墜してきたモビルスーツがこんなにも巨大で、こんなにも恐ろしいものだと、思いもしなかった。

 身の丈二十メートルの灰色とモスグリーンの巨人は、ズシーンズシーン、と音を立てて歩き始めた。モールに並んだ出店が踏み潰され、道路に並んだエレカが蹴飛ばされて宙を舞う。1つ、また1つと爆発が起きる。

 戦争なんて自分達には関係ない。ここは中立コロニーなんだ---。つい数分前までそう信じて謳歌していた平和はその少しの要因で地獄に変わった。否応なしに「戦争をしている」という現実を叩きつけられる。

 「おいレオンハート、何ぼさっとしてんだ!」

 背後から聞こえたニックの怒号でレオンハートは我に返る。彼はすでに取り巻きらとともに避難を始めていた。

 「早くシェルターまで行くぞ!お前も早くこい!」

 ニックに従い、彼らを追い掛けようと走り始めたとき視界の端に何かが---いや、誰か映った。モビルスーツの足元に誰かが。

 「…女の子?」

 思わず立ち止まって振り返ると、そこには1人の少女がいた。深い緑色の髪をしたその少女はその場に座り込み、そびえ立つモビルスーツを見上げていた。

 「ニック、あれ!」

 「あぁ!?何やってんだあれ…!」

 「そこの君、何してるんだ!早く逃げて!」

 大声で叫んでも反応がない。依然としてモビルスーツを見上げているその目には恐怖の色があった。竦んで動けないのか。

 また1つ、どこかで爆発が起きた。居住区を襲う<リーオー>のドーバーガンが数十階はあろう巨大なビルディングを撃ち抜いたのだ。張り巡らされたガラスが割れ、コンクリートの瓦礫とともに降り注ぐ。その真下、落下地点には---あの少女の姿があった。

 危ない!と叫ぶと同時、レオンハートは少女に向かって無意識に走り始めていた。後方から自分を静止しようとするニックの声が聞こえる。その声も無視して走り続ける。

 目の前で誰かが死んでいくところを見たくない。今、あの子を見過ごしたら絶対に後悔する。それだけを原動力にただがむしゃらに走り続けた---。

 

 

 

 

 「よかった、無事だったんだね」

 崩壊する瓦礫から少女を抱き抱えたまま、蒼い髪の少年--レオンハートは安堵の声を漏らす。

 「あ、ありがとうございます…」

 少女は消え入りそうな声で礼を言った。小刻みに震えている唇が恐怖心を露にしていた。

 「ねぇ、あそこで何をして…」

 そう質問しようとしたとき、レオンハートの携帯電話から音楽が鳴り始めた。ポケットから取り出し画面を点けるとそこには≪ニック・ラリィ≫と表示されており、彼からの電話を受信したことを示していた。

 「もしも…」

 (もしもしじゃねぇこのバカ野郎!)

 開口一番、スピーカーから怒号が漏れる。あまりの大声につい電話を耳から離してしまった。

 (バカな真似してんじゃねぇ!何考えてやがるんだお前!)

 いつにも増してニックの声が大きい。一見傍若無人に見えるニックは、その実自分の友人には思いやりの塊であった。友とともに本気で笑い、本気で悩むことができる。今の時代には珍しいタイプの人間だ。

 「ごめん、危ないと思ったらつい…」

 (まったく!無事だったから良かったもんだけどよぉ…)

 怒鳴り声から一変、すすり泣きのような声をニックは上げた。

 (にしても、どうすんだお前…。さっきの瓦礫で道がふさがっちまったからこっちには戻ってこれねぇぞ)

 彼の言葉通り、落下してきた瓦礫は高く積み上げられていた。隙間をくぐるなんて勿論のこと、乗り越えることも不可能に見える。

 「…迂回して第2避難シェルターに向かうよ。ニックはみんなと行って!」

 あぁ!という言葉のあと、今度はすすり泣きでは済まない、完全に泣いている声が受話口から聞こえた。

 (落ち着いたら絶対に連絡しろよ!待ってるからな!)

 

 

 

 私はどうやら助かったらしい。いや、助けてもらった---といった方が正しかった。先程、ノアを救出した少年は友人と見られる人物と電話越しに互いの無事を確認している。受話口から泣き叫ぶ男性の声が聞こえ、少し頭痛に響く。

 少年が電話を切ると同時、また爆発が起こった。今度も工業区から聞こえてきたものだ。

 ---お父さん…。今の自分では行けない。そう思うと悔しさで涙が溢れた。腰が抜けて立ち上がることすらままならない自分が工業区に行くなんてこと、誰かの手を借りなければ到底叶わない。しかもこんな非常時だ。応じてくれる人物がいないことは分かりきっている。---でも、この人なら…もしかしたら…。ノアは震える手で少年の袖を掴む。

 「お願いします、私を…工業区まで連れていって下さい」

 「…えぇ?」

 「あそこには、あそこにはお父さんがいるんです!あんな爆発がいっぱい起きて、逃げ遅れてるかもしれないんです!無理なお願いだってことは分かってます!でも…」

 ---実はもう手遅れかもしれない。そんな考えが頭を過り、口ごもったノアは再び涙を流す。そもそも、普通に考えれば応じてくれるはずもない。泣きながら手を放すと、少年がノアの腕を掴んで言った。

 「分かった、一緒に行こう」

 今度はノアが「…え?」と呟いてしまった。真剣な顔つきで少年は言葉を続けた。

 「女の子1人じゃ危ない。それに断っても君は1人で行くんでしょ?正直怖いけど、だからこそ放ってなんておけない」

 少し言葉を濁し、再び口を開く。

 「僕に、君を守らせてくれ」

 強い口調で、はっきりと彼はそう言った。

 涙が止まらなかった。哀しみとは違う、今度は何か暖かな気持ちで胸がいっぱいになった。泣きそうになるのを抑え、精一杯声を出す。

 「…ありがとう」

 言葉が、それしか出てこなかった。

 「よし決まりだ。それじゃあ行こう、みんな避難したあとだから通りも人がいないしエレカを捕まえられればすぐ着くよ」

 再び少年はノアを抱き抱え、無事なエレカに向かって走り出した。

 ---お父さん、どうか無事でいて。改めた思い直したとき、ふとノアは1つ忘れていたことに気づき少年に顔を向ける。

 「私たち、自己紹介もしてないのに」

 そう問われた少年も「あっ」と声を漏らしながらノアの方を向き、互いに苦笑しながら答えた。

 「レオンハート。レオンハート・スフォルトだ、よろしく。」

 「ノア・フロイスです。お世話になります、レオンハート…くん」

 路駐してあったエレカに乗り込みエンジンを起動させる。鋼鉄の車体が嘶きを上げ、2人を乗せた四輪駆動車は工業区に向け猛烈な勢いで疾走を始めた。

 

 




<メカニック解説>
□エレカ…コロニー内などで用いられる電気自動車の総称として用いられる用語で,「エレクトリカルカー」の略称。操作は比較的簡単な上,制限速度も低い(コロニーその物がそれほど大きなものではないため)ことから,一般仕様のものなら15歳から免許を取ることができる。


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第6話 目覚めの時

今までの話の中で一番ガンダムしてます、第6話です。
あと多機能フォームでルビふれるの初めて知りました。


 レオンハートとノアを乗せたエレカは鉱山部へ続くセンターシャフトへ向かっていた。シャフトへ上がるエレベータの中へそのまま乗り入れ、ドアが開くとエレカが自動的に進む。センターシャフトはこの<テルモピュライ>の背骨ともいうべきもので円筒形のコロニーの中央に真っ直ぐ通っている。そこと円筒状の内壁を無数の支柱(アキシャルシャフト)が繋ぎ、このように地表、センターシャフト間の移動手段と、回転する外殻を支えるステーの役割を果たしている。

 センターシャフトの内部は工業区になっており、無重力という条件を生かした工業生産物を地球向けに製造している。片方の端に宇宙港があり、もう片方に、元は宇宙空間を漂う小惑星であった鉱山が接続している。今エレカが向かっているのは、鉱山の内部だった。

 「ここが…工業区?」

 ノアは不審に問い掛ける。

 「うん、その入口。僕も来るのは初めてだけど…」

 レオンハートはエレカから降りて守衛所に近づいた。本来、工業区に入れるのはここに勤めている従業員のみでありその入口には強固なセキュリティが施されていた。しかしすでに避難してしまったのか、守衛所には誰もおらずその強固なセキュリティは容易く解除できた。

 「よし、中に入れるよ」

 不意に誰かに手を握られ、レオンハートは振り返る。ノアだ。いつの間にか腰が抜けていたのも治ったらしく、2本の足でしっかりと立っていた。深呼吸をして、怖い気持ちを必死に抑えてノアは言う。

 「行こう」

 レオンハートは「うん」と頷き、ノアの手を取って工業区の中へと走り始めた。

 

 

 

 

 工業区の外では、激しい戦闘が繰り広げられていた。コロニー防衛隊は地対空ミサイルで応戦しようとするが、ミサイルを積んだ装甲車は片端からアイゼンラートのモビルスーツ、<シグー>に潰されていく。

 工場から出たところに4台のトレーラーが止まっていた。その荷台にはそれぞれ1体ずつ、明らかにモビルスーツと分かる機体が積まれていた。その先頭のトレーラーの助手席にはアルバート・フロイスの姿があった。

 「…ブライアン、<G>の状態は?」

 険しい顔付きでアルバートは部下に問い掛ける。

 「現在、X102、103、207、303の4機は我々が運搬中のため起動させられません。唯一起動させられるのはX105のみですが…」

 ブライアンと呼ばれた男性はそこまで報告すると口ごもってしまった。

 「そのX105はまだ工場内で搬送準備中…か」

 アルバートはどうしようもない現状に溜め息をついた。ブライアンは思いつめた表情で話しかける。

 「それにしても何で情報が漏れたんでしょうね…」

 部下の問いに「中立コロニーだからな…」とぼやくように答えた。

 「同盟軍のコロニーではないし入国審査も厳しくはない。そこをやられたな…。まあ何にしてもまずはこの4機を搬出口まで無事に届けよう」

 気を取り直したアルバートは部下に働き掛け、応じたブライアンは先頭のトレーラーを搬出口へと向かわせた。

 長かったのだ---と、アルバートの胸の中で呟いた。極秘裏に<G兵器開発計画>が動き始めて数ヶ月、彼はその初期から携わり、すべての過程を見守ってきた。<テルモピュライ>で開発、製造された地球同盟軍の新型秘密兵器は<G>と呼ばれ、これからの戦局を占ううえで重要な価値を持つものだった。その<G>が完成し、搬出も目の前といつ段階までこきつけたのだ。

 今回のアイゼンラート軍の襲来は、これでやっと肩の荷が降ろせる、と思っていた直後のことだった。

 「ここまで来て…!」

 アルバートは気を引き締めようと、自分を叱咤するように叫んだ。

 「ここまで来て、あれに落とされてたまるか!」

 

 

 

 

 レオンハートとノアは通路をたどって走り、やがてひらけた場所へ出た。格納庫のようながらんとした空間に突き出た、キャットウォークだった。2人は止まり、汗を拭いながら座り込んだ。

 「ここまで来て誰もいないだなんて…」

 思わずはぁ、と溜め息をついてしまう。大分奥の方まで走ってきたが、工業区内には誰1人として見当たらなかった。ノアは隣で虚脱したように俯いている。

 レオンハートは地図を見ながら立ち上がると、ノアの手を引く。

 「あの向かい側に退避シェルターがあるみたい。そこに行ってみよう」

 ノアがゆっくりと頷いたとき、爆発による地響きがした。今まで通ってきた通路から爆風がこちらに向かっているのを見てとって、レオンハートはノアを抱き抱えて後ろへ飛び退いた。熱風が吹き付け、間一髪のところで巻き込まれずに済んだ。1秒でも遅ければ2人は丸焦げになっていたに違いない。

 「ここに留まるのは危険だ」と判断したレオンハートはノアを抱えたまま走り、退避シェルターの入口へたどり着いた。インターフォンを押しても、スピーカーからは応答の声はしない。

 「…本当に誰もいないのか…」

 内心、レオンハートは焦りを感じていた。放っておけなくて着いてきたものの、やはり工業区は襲撃を受けているだけあって規模に大小はあるものの爆発が続いていた。探し人どころか従業員すらおらず、退避シェルターはすでに応答しない。所謂絶体絶命、といっても過言ではなかった。

 どうする…ここから先はどうすれば…。焦燥を隠せず頭を掻いていると、先程からノアが全く言葉を発しないことに気付いた。 

 「ノア?」

 振り向くと彼女はキャットウォークから階下を見下ろしていた。しかし微動だにしない。

 「ねぇ、どうし…」

 彼女の隣に立ち、同じく階下を見下ろしたとき、レオンハートは愕然とした。

 「レオンハートくん…これって…」

 すがるようなノアの問い掛けに言葉を返すことも出来ず、言葉を失ったままレオンハートは立ち竦んでいた。

 そこには鋼色の巨大な人型が、モビルスーツが床に横たわっていた。鋼の色をした装甲、4本の角を生やした頭部、人間のような双眼、すらりとしたボディ---明らかにアイゼンラートのモビルスーツとは違う。

 「もしかして…地球同盟軍の新型機動兵器…」

 レオンハートの隣でノアが、がくりと膝をついた。キャットウォークの手すりを両手で握りしめながら、うめき声を上げる。

 「お父さん、最近帰りが遅いのって…こんなもの作ってたんだ…こんなもの…!」

 彼女の声は高い天井にはね返り、思ったより大きく響いた。するとその声に呼応するかのように男性の怒鳴り声が聞こえた。

 「こら、お前たち!そこで何をしてる!」

 声のした方を見ると、階下から作業着に身を包んだ小太り気味の男性が1人立っており2人に銃を向けていた。レオンハートは慌てて立ち上がり両手を上げて答える。

 「ちょ、ちょっと待って下さい!僕たちは民間人です!」

 「えっ!?なんで民間人がここにいるんだ!?」

 「えぇっと、それは…」

 レオンハートがしどろもどろとしていると、今まで座り込んでいたノアが立ち上がり男性に叫び返した。

 「あの!父を!アルバート・フロイスを探しているんです!どこにいるか知りませんか!?」

 その言葉を聞くと男性は銃を下げて、穏やかな声で答えた。

 「なんだ、お嬢ちゃん。アルバートの娘さんかい?とりあえず、こっちに降りといで」

 キャットウォークの端に掛けてあった梯子を伝って2人は階下に降り立った。近くで見た作業着の男性は遠くから見るよりも老けて見え、思ったよりも老人のようだ。この老人はモルコ・ファルトマンというらしい。70代後半だろうか…背はノアと大差ないがノアより低い。帽子からはみ出た白い前髪が目立っている。髭もかなり延びており一見もふもふに見えた。

 「それであの、ファルトマンさん、父はどこに…」

 挨拶を済ますなり、ノアは質問を繰り返す。

 「アルバートなら工業区の外にいるよ。あれみたいなのが他に4機もあってね、それの搬送についてったよ」

 「じゃあ…無事なんですね!」

 「大丈夫じゃろ」とファルトマンはウィンクしながら答える。ノアの安堵した顔を見るや否や、突然思い出したかのように慌てた様子でメンテナンスベッドに寝かせているモビルスーツに近付いた。

 「っと、呑気に話してる場合じゃなかった!こいつを早く搬送せんと!」

 機体に接続してあるコンソールをいじりながら、ファルトマンは2人に声をかける。

 「ここはもう危険じゃ!お前さんたち、早くお逃げなさい!」

 「上の退避シェルターはもう動かないんです!下のシェルターは?」

 「あぁ!あそこはもうドアごと吹き飛んじまったわい!」

 この階下にある退避シェルターを見るとその扉からは爆炎が上がっていた。

 上のシェルターもあと一歩遅れてたら自分たちごとあぁなってたかもしれない---身体中から血の気が引き、思わずゾッとした。震えているノアの肩を押さえながらレオンハートが叫ぶ。

 「僕らに何か出来ることはありませんか!?」

 「モビルスーツの勝手も分からんガキが何を言っとる!」

 「で、でも…!」

 「お前には今は何もできん!大人しく逃げなさい!」

 叩き付けられる現実に押され、レオンハートは口ごもる。

 ---冷静に考えればそうかもしれない。思わず叫んでしまったが、自分に出来ることなどあるのだろうか…?この人の言う通り逃げた方が…。

 ふと、あることにレオンハートは気付く。自分の手が震えるノアの肩をずっと押されていることだった。そしてその小さな肩はもう震えていない。深いエメラルド色の綺麗な眼で、ノアはしっかりとレオンハートの蒼い眼を見据えていた。

 少年の手を取り、少女は思いを伝える。その顔は今にも泣き出しそうだった。

 「大丈夫だよ。私、怖くないよ。だって…。」

 震えた声の少女は、1度言葉を区切り落ち着くのを待ってから、満面の笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、あなたが守ってくれるって約束してくれたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いたとき頭の中で、何かが弾けた。自分が今、どうすればいいのか。自分が今、何をすればいいのか。全てを教えてくれた気がした。

---そうだ。あるじゃないか、"(蒼い流星)"にしか出来ないこと。

 

 

 

 

 思いを吐き出したら思わず泣き出してしまったノアの涙を拭い、メンテナンスベッドに近づく。

 「ファルトマンさん、やらせてほしいことがあるんです」

 「なに?」と振り返ったファルトマンは目を見開き、思わず息を飲んだ。少年の雰囲気が先程とは全く違うからだ。それが"覚悟を決めた"のだと老人は肌で感じた。そしてその"考え"が何なのか、何となくだが分かった気がした。

 彼の"考え"を少年の口から直接聞くと、思わず老人はニヤリと口元を歪める。

 「おもしろい、準備はしてやる。やってみな!」

 

 

 

 

 

 

 

 <シグー>に搭乗する上官から通信が入った。

 (こちらランバード機、定期報告に一旦艦に戻る。全員油断するなよ)

 (了解!)

 (ヒルズ、工業区の監視は君に任せる。頼んだぞ)

 「りょーかい…っと…ふん、ボロい初任務だぜ」

 上官の機体がコロニーの外へと飛び立つのを、ヒルズ・ニルストはモビルスーツのカメラを介して見ていた。居住区に降り立ち、肩にマウントしたドーバーガンで巨大なビルディングを破壊した<リーオー>のコックピットの中だった。

 ヒルズは退屈していた。せっかく軍に入ってモビルスーツのパイロットになったはいいものの、隊長であるジェスロ・ランバードの判断で就任してからしばらくは実戦に出ることがなかったからだ。士官学校を5位で卒業した自分が、だ。「君が優秀な人材なのはわかっている。しかし充分に訓練をしてからでも遅くはあるまい?」とはそのジェスロの言葉だったが、自尊心が強いヒルズにとって屈辱でしかないのだった。初出撃の任が下ったとき、ようやく自分の力を存分に発揮できると舞い上がったものだ。だが、肝心な初任務が大した戦力もない中立コロニーの占拠だ。退屈にもほどがある。

 「工業区ねぇ…例の新型ってやつももう運ばれたあとみたいだし、こりゃまた期待外れだな…っとおおっ!?」

 突然鳴り響いた轟音にコックピット内で欠伸をかいていたヒルズは思わず舌を噛みそうになる。どうやらヒルズの<リーオー>の近くにあった工場が爆発したらしい。

 「なんだよ、おどろかせやがって…ん?」

 言葉の途中でヒルズはある異変に気付く。爆発した工場にレティクルを合わせると、そこには<Unknown>という文字が表示された。ヒルズは息を飲んだ。戦車や戦闘機ならそれに対応した形式番号がレティクルに表示されるはずだ。そこに<Unknown>という文字が表れたということはそれが未確認の兵器であることに他ならない。

 ---何かいやがるな。ひょっとして例の新型か…!

 ヒルズは意を決して爆炎を上げる工場に<リーオー>を進ませる。するとそこには、自軍では見たことがない形状の---4本の角を持った2つ目のモビルスーツが床に横たわっていた。

 「やっ、やっぱり同盟軍の新型か!」

 ヒルズが<リーオー>にドーバーガンを構えさせたのと同時だった。

 

 

 ブゥン…という音とともに横たわっていたモビルスーツの両目にの光が灯り、ぴくりとその指が動いた。エンジンが低い唸りを上げ、巨大な四肢がぎくしゃくと動き始める。メンテナンスベッドに機体を固定していたボルトがバシバシと音を立てて弾け飛んでいく。

 どこかぎこちない動作で、そのモビルスーツは爆炎の中、立ち上がる。燃え盛る炎が鋼色の装甲に照り映え、そびえ立つその姿を朱く照らした。

 

 

 「たったっ…立った…」

 ヒルズは怯えていた。手が震えて操縦捍を握ることすらままならない。相変わらずレティクルには<Unknown>という文字が表示されており、依然として恐怖心を駆り立てる。モビルスーツを恐ろしいと思ったのは初めてだ。

 ギュン、と音を立てて目の前のモビルスーツの頭部が回る。その双眼は確かに<リーオー>を捉えていた。

 「た、隊長ぉ!モビルスーツが!同盟軍の、新型がぁ!!」

 思わず操縦捍の射撃トリガーを引き、<リーオー>に構えさせたままだったドーバーガンを発射するも、目の前のモビルスーツはくっと身を沈めてかわす。そのままの体勢でドーバーガンを掻い潜り、モビルスーツは<リーオー>にショルダータックルを仕掛けた。

 「うおぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?」

 <リーオー>の巨体がぶっ飛び、中にいたヒルズは間抜けな悲鳴を上げる。

 

 

 

 「副主任!あ、あれを!」

 ほかの4機のモビルスーツを無事搬送し終えたアルバートはブライアンとともに残りの1機も搬送するため工業区に戻ってきたのだ。

 「な、なんということだ…」

 ブライアンに続きアルバートも驚きの声を上げる。

 「X105が…<ストライクガンダム>が動いている!?」

 

 

 A.A.2181年7月13日。<ストライクガンダム>と呼ばれたモビルスーツはその2本の脚で大地を踏み締め、圧倒的な性能差でアイゼンラート軍のモビルスーツ<リーオー>を下した。この日のこの戦闘は、同盟軍の反撃の狼煙となるのだった。




<キャラクター解説>
◇モルコ・ファルトマン…<テルモピュライ>の工業区に勤める老人で、アルバート・フロイスの上司。地球同盟軍の新型モビルスーツの極秘開発計画に関わっている。
◇ヒルズ・ニルスト…アイゼンラート帝国軍のMSパイロット。ジェスロの部下。ファーストでいうジーンポジなんで次の話で死にます。

<メカニック解説>
□ストライクガンダム…地球同盟軍が極秘裏に開発した新型モビルスーツ。背中の装備を換装することであるゆる戦局に対応できる、高い汎用性を持つ。※機動戦士ガンダムSEEDより


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第7話 フェイズシフト装甲

結構日にちが空きました、第7話です。しばらく戦闘パートの話が続くと思います。


 ---ほんの数分前。

 メンテナンスベッドに架けてある梯子を登り、レオンハートは横たわるモビルスーツ、<ストライク>のコックピットに転がり込みんだ。シートに座った体勢から見えるモニターの配置、操縦捍を握った感覚やフットペダルの踏み応えに「MSBと同じだ」と既視感を覚え、緊張で高鳴る鼓動を抑えようと無意識に深呼吸を繰り返す。

 「…よし!」

 まずは指示された通りコンソールのボタンを押し込み、システムの立ち上げにかかる。計器類に光が入り、ブゥン…という駆動音が徐々に高まる。モニターが明るくなり、外の風景を映し出した。横のモニターにコンソールをいじるファルトマンと不安そうにこちらを見つめるノアの姿が見える。

 その顔を見て、より一層気を引き締めなければなと思いを正面を向いたレオンハートの目に、モニターに浮かび上がった文字列が飛び込んでくる。

 

   ---General 

      Unilateral 

      Neuro-Link 

      Dispersive 

      Autonomic 

      Maneuver.........

 

 咄嗟にレオンハートの目は、赤く輝く頭文字だけを拾い上げていた。

 「G.U.N.D.A.M.(ガンダム)…?」

 (シャレた名前じゃろ?)

 無線機を介したファルトマンの声が聞こえてくる。

 (起動は成功したな?まずは機体を起き上げさせろ、で次に…)

 ファルトマンが指示を伝えようとした時、通信を遮るように爆発が起きた。工場の天井とキャットウォークが吹き飛ばされ、アイゼンラートのモビルスーツ<リーオー>が顔を覗かせる。

 「リ、<リーオー>が!?ファルトマンさん!」

 先程の爆発で通信は強制的に切断されており、横のモニターにはトレーラーの中に隠れようと移動しているノアとファルトマンが映っていた。モニターに[CAUTION]という文字が浮かび、警報が鳴る。正面のモニターを見ると<リーオー>が右肩にマウントしているドーバーガンをこちらに向けているのが見えた。呼吸が荒くなり冷や汗が流れるのを感じた。

 「くそ!させるかぁ!!」

 左右の操縦捍を握り力の限り引く。

 「立てぇぇ…!!」

 まるでレオンハートの意思を汲み取っているかのように、鋼色のモビルスーツは命を吹き込まれたかのようにモビルスーツの両目に光が灯り、ぴくりとその指が動く。

 エンジンが低い唸りを上げ、巨大な四肢がぎくしゃくと動き始める。メンテナンスベッドに機体を固定していたボルトがバシバシと音を立てて弾け飛んでいく。どこかぎこちない動作で、そのモビルスーツ<ストライク>は爆炎の中、立ち上がる。燃え盛る炎が鋼色の装甲に照り映え、そびえ立つその姿を朱く照らした。

 モニターに浮かぶレティクルが<リーオー>を捉えると、<リーオー>は構えていたドーバーガンを発射する。それと同時、レオンハートは目の前に立つ<リーオー>を睨み付け、レバーを引いた。くっと身を沈めた機体がドーバーガンの放った砲撃をかいくぐり、そのまま体当たりする。

 「あうっ…ぐ…!」

 衝突時の衝撃が機体に伝わり、激しい振動となってレオンハートを襲う。体が大きく揺さぶられ、軽く脳震盪すら起こしそうになった。MSBでは味わうことのない衝撃や圧迫感が「これは遊びではないんだ」という感覚を再認識させた。

 「負けて…たまるか…!」

 恐怖心を押さえつけるため自分を鼓舞するように両頬を叩くと、再度左右の操縦捍を握り正面のモニターを睨み付ける。そこには体当たりでぶっ飛ばした<リーオー>とこちらに気付いて接近してくる<ジン>の2機が映っていた。

 

 

 

 

 吹き飛ばされた<リーオー>を追って、爆炎の上がる工業区から運び出されなかった最後の1機---<ストライク>が飛び出してくる。背にした燃え盛る炎が、鋼色の装甲に朱く照り映える。その姿はまるで怒りに身を染めた鬼神のようにも見えた。

 「すごい…」

 メンテナンスベッドに接続されているトレーラーの助手席から顔を出して、ノアは思わず感嘆の声を上げる。隣にいたファルトマンも運転席から顔を出して言った。

 「どうやらうまくいったようじゃな」

 これが自分たちの仕事の成果だ、と自賛の表情をしている。ニシシッと笑い声を上げながら前を向き、トレーラーのエンジンを始動させたファルトマンは「さて、今のうちにやることをやるぞ!」と怒鳴り声を上げる。

 「たしか、<ストライクガンダム>用の装備を持ってくるんですよね!?」

 それに返すノアも、周囲の騒がしさもあって自然と怒鳴り声になる。

 「そうじゃ!<ストライク>は元々装備換装型の機体でな、何も武器を持っとらん状態での戦闘は想定されとらん!」

 その言葉を聞いたノアは再び助手席の窓から顔を出し、遠ざかる<ストライクガンダム>を見つめる。背中に配置された大きな差込口が目を引くその体躯には確かに武器らしい物は何1つ装備されていなかった。内蔵されている武器も、頭部のバルカン砲塔"イーゲルシュテルン"と両腰サイドアーマーの対装甲コンバットナイフ"アーマーシュナイダー"の2つのみだ。完全な非武装状態、という訳ではないが対モビルスーツ戦を行うのであるならあまりにも心許ない。つまりは自分たちの装備運搬にすべてがかかっているのだ。

 与えられた大役にノアは思わず唾を飲む。

 ---私たちが少しでも遅れたら、レオンハートがもっと危険に晒される…そんなことは絶対にさせない!今は、私に出来ることをするんだ!

 今の自分が今朝までの"情けない嫌いな自分"とは違うことに気付くことはなく、ノアは装備の搬送作業を進めることに専念するのだった。

 

 

 

 

 

  (どうしたヒルズ!?応答しろ!)

 工場から飛び出てきたモビルスーツ<ストライクガンダム>に吹き飛ばされた<リーオー>のコックピットに無線越しに男の声が響く。ヒルズの<リーオー>とタッグを組んだ<ジン>のパイロット、パウ・ザピーコだ。ヒルズも所属するランバート隊の最年長者であり、その実力は折り紙つきだ。

 パウの<ジン>が自分の乗る<リーオー>の隣に立つと、ヒルズは<ストライクガンダム>を前にして慌てふためきながらも駆けつけた上官に対し起こった出来事の詳細を正しく伝える。

 「こ、工場内で発見した敵軍のモビルスーツが起動、戦闘に入りました!」

 (なんだと!?あの鋼色のヤツがか!)

 燃え盛る工場を背後に<ストライクガンダム>はその双眼でこちらをじっと見ている。

気のせいではあろうが、鋭く険しい目で睨まれているような気がして、ヒルズは思わず身震いをした。

 (ともかくあれを破壊する!ヒルズ、フォーメーションAだ!俺の前に出るなよ!!)

 パウの<ジン>が右手に持った76mm重突撃銃を撃ちながら眼前の敵モビルスーツに接近していく。それを見たヒルズは再び<リーオー>にドーバーガンを構えさせながらパウに注意を促す。

 「気をつけてください!敵は近距離でドーバーガンを回避できるほどの運動性です!」

 モニターに浮かぶレティクル内に<ストライクガンダム>を納め、右の操縦捍の射撃トリガーを押す。その操作により<リーオー>のドーバーガンから実体弾が発射される。

 それに対し、<ストライクガンダム>が取った行動は背面のスラスターを吹かし左方向に水平移動するものだった。至極単純な動きであるが、着地際に短距離のステップを交えることで<ストライクガンダム>は放たれた弾の全てを回避する。ヒルズは舌打ちしながら射撃トリガーを2回3回押し、<リーオー>はそれに従ってドーバーガンを連射する。依然として敵には回避され続けているがそれでいい、本命は自分ではない。ヒルズがニヤリと笑ったとき、スピーカーからパウの怒鳴り声が聞こえた。

 (よくやったヒルズ!こいつでシメだ!)

 モニターには動きが止まっている<ストライクガンダム>と、それに対しサーベルを振りかぶっている<ジン>の姿が映っていた。始めからこれが狙いだったのだ。

 フォーメーションA。<ジン>の76mm重突撃銃による射撃で敵を牽制し、<リーオー>のドーバーガンによる援護射撃で動きを止める。そしてその隙に接近した<ジン>がサーベルによる近接戦闘で敵機を仕留める。これまでに多くの地球同盟軍の兵器を葬ってきた戦法だ。

 勝利を確信したヒルズだったが、<ジン>のサーベルが降り下ろされようとしたとき信じられないものを見た。しゃがんでいた<ストライクガンダム>の鋼の色だった装甲が瞬くように色付いたのだ。

 ---今のは一体!?

 息を飲んだヒルズの前で、<ジン>の動きが止まった。衝撃とともに、敵のモビルスーツは白い両腕で<ジン>のサーベルを受け止めていた。

 (な、なんだ今のは!?)

 パウが狼狽えるように叫び、<ジン>を1度敵機から放すためフットペダルを踏み込んでスラスターを吹かす。今、モニターに映る<ストライクガンダム>の装甲は、本来のメタリックグレーから胸部と腹部が鮮やかな青と赤、四肢は輝くような白に変化していた。その装甲には、先ほど斬り付けたはずのサーベルの跡が何1つ残っていなかった。

 「ぶ、物理的攻撃を無効果する装甲…なのか!?」

 (そうとしか考えられんな…)

 再びモビルスーツに武器を構えさせる2人だったが、話し声には焦りが隠せていなかった。

 (こんな化け物…どうやって倒せというんだ…!?)

 

 

 

 レオンハートは<ストライクガンダム>のコックピットからモニター一杯に迫った<ジン>と、鋼色の装甲の色が変わるのが見えた。どうやらうまくいったらしい。

 <ストライクガンダム>の装甲の色が変わったのは、彼がフェイズシフト装甲のスイッチを操作したからだった。フェイズシフト---位相転位装甲は、一定の電流を流すと位相転位が起こり、装甲が硬質化してミサイルなどの実体弾をはじめとしたあらゆる物理的攻撃を無効果する強度を持つものだ。以前から理論的には開発されていたが、兵器に応用したのは<ストライクガンダム>等、Xナンバーがはじめてだ。

 ふぅと息を吐き、レオンハートはコンソールのボタンを押し、機体の両腰にマウントされた対装甲コンバットナイフ"アーマーシュナイダー"を<ストライクガンダム>に掴ませる。すでに彼の目は怯むことなく倒すべき敵の姿を捉えている。

 「---行くぞっ!」

 まずはあの<リーオー>からだ。フットペダルを踏み込み、スロットルを全開にさせる。先ほど体当たりしたときとは段違いのスピードで、<ストライクガンダム>はドーバーガンを乱射しながら後退する<リーオー>に迫る。機体にドーバーガンの弾が当たってもフェイズシフト装甲が悉く無効果するため、<ストライクガンダム>の加速は止まらない。

 「うぁぁぁぁぁっ!!」

 斜線を縫うようにかいくぐり、レオンハートの操る機体のスピードと運動性に避ける間もなく、アーマーシュナイダーの切っ先が、<リーオー>のコックピットハッチに突き立てられた。突き立てられたナイフは装甲に深々と刺さり、電気系統が火を噴く。<リーオー>は動きを止め、そのままバランスを崩して斜面に倒れ込んだ。そのコックピットにはアーマーシュナイダーが1本刺さったままだ。

 「1機目…!」

 モニターに注意を告げる[CAUTION]の文字が浮かび、仲間の敵討ちと言わんが如くの勢いで再び<ジン>が迫る様子が映る。レオンハートはぱっと顔を上げ、トリガーとレバーを操作した。頭部の75mm対空自動バルカン砲塔システム "イーゲルシュテルン"から弾丸が発射され、全弾が<ジン>に命中する。そして押し退けるように<ジン>の腕をはね除け、残ったもう片方のアーマーシュナイダーを今度は<ジン>の胸部に突き立てた。モノアイのカメラが消灯するのを見て、撃破したのだとレオンハートは確信し、<ストライクガンダム>に<ジン>からアーマーシュナイダーを引き抜かせる。

 「これで…2機…!」

 モビルスーツでの戦闘は自動車の運転とは別次元ともいえるほど体力を消耗する。ハァハァと肩で息をしながらレオンハートはレーダーに目をやる。レーダーに表示されている残りの敵の数は<ジン>と<リーオー>がそれぞれ1機ずつ。まだこちらには気付いてないようだ。さっきまで戦っていたものと同種だが、アーマーシュナイダーを片方失った上に頭部バルカンの弾数も減っている。それに何よりエネルギーの消耗が激しい。ほんの少ししか戦闘をしていないつもりだったが、実際はかなりの時間が経っているのか。コンソールに表示されている<ストライクガンダム>のエネルギー残量は残り60%に差し掛かるところだった。このまま<ジン>と<リーオー>だけなら相手に出来るかもしれないが、いつの間にか工業区からいなくなっていた<シグー>がもし戻ってきたとしたらそうはいかないだろう。

 「ノアとファルトマンさんが戻ってくるのを待とう…」

 レオンハートはまだ爆発していない格納庫の中に<ストライクガンダム>を移動させ、膝をつく姿勢になるよう操作する。体に蓄積した疲労は想像以上に辛く、ポケットのタオルを取り出そうとした手は軽く痙攣を起こしている。

 ---疲れた、少し休もう。

 少年は取り出したタオルで全身の汗を拭き取り、荒くなった息を治めながらノアとファルトマンの到着を待つことにするのだった。

 

 

 




<人物紹介>
◇パウ・ザピーコ…アイゼンラート帝国軍のMSパイロット。ヒルズと一緒に死にました。もう出ません。今後こういった登場した話の中で死ぬ名有りキャラが増えるのかな、と思うと昨今の作品でサブキャラに濃厚な設定を用意する作家の気持ちが少し分かった気がしました。

<用語解説>
・フェイズシフト装甲…PS装甲(Phase Shift Armor)。一定の電圧の電流を流すことで相転移する特殊な金属でできた装甲。このことから相転移装甲とも呼ばれ、相転移した装甲は一定のエネルギーを消費することにより、物理的な衝撃を無効化する効果がある。


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第8話 希望の声

最近暑い日が続いてますね、第8話です。皆さん熱中症には気を付けてください。あと戦闘パートがしばらく続くと前話で書きましたが、間延びさせるのに抵抗があったのでまとめました。ごめんね?


 「…搬送準備、終わりました!」

 <ストライクガンダム>を寝かせていた格納庫から4ブロック先の、工業区から港区への搬出口にノアとファルトマンはいた。そこには先に送られた4機と残った<ストライクガンダム>の計5機分の予備パーツを含めた装備が運び込まれており、15台以上ものトレーラーが並んでいた。ちょうどファルトマンが指定した装備を自分たちが乗ってきたトレーラーに積み込む作業が終わったところだった。

 「よし<ストライク>のところにもどるぞ、フェイズシフトとはいえ長くはもたんかもしれん!」

 トレーラーの助手席にノアが乗り込んだことを確認するとファルトマンはトレーラーのエンジンを始動させアクセルを踏む。低い唸り声を上げ、トレーラーは進み始めた。それと同時、誰かがパッと物陰から飛び出て、トレーラーの前に立ち止まった。ファルトマンは急ブレーキをかけ、トレーラーが目の前に飛び出た人物に当たらないように止めると窓から顔を出して怒鳴り声を上げる。

 「いきなり目の前に出てくるなんて、何考えて…!」

 言いかけた言葉は、目の前にいる人物と物陰から出てきた2人目を視認すると同時に止む。

 「アルバート!?それにブライアン、何しとるこんなとこで」

 「主任こそなにを…いやそれよりも!なぜ<ストライク>が動いているんですか!あなたはあの機体の搬出準備をしているはずでは!?」

 物陰から出てきた男性の声を聞き、先ほどの急ブレーキの時にかかった衝撃で「きゅ~…」と間抜けな声を上げてのびていたノアはハッと起き上がり、トレーラーから降りて「お父さん!」と声を上げる。その声を聞いたアルバートはトレーラーから自分の娘が降りてくるのを見て驚きの表情を浮かべる。

 「お父さん、無事だったんだね!」

 「ノア…」

 駆け寄り自分に抱きつこうとした娘の肩を掴み、アルバートは「なぜお前がここにいる!」と怒号を上げる。顔は火を噴くように真っ赤になっており、その顔色から怒りが込み上げているのが見てとれた。

 「だ、だってお父さん電話にも出なくて…」

 「工業区には来るなとあれほど言っただろう!それにこんな非常事態に…どうして避難シェルターにいかなかった!なぜここに来たんだ!」

 父親の怒りの言葉は娘の弁解すらかき消す勢いだった。

 まさか怒られる、なんて想像もしていなかったノアは自分の表情が青ざめたものに一変するのが分かった。アルバートは気弱なノアを気遣ってか大声を上げて怒りを顕にしたことがなかった。故にノアは誰かから怒られ慣れておらず、アルバートの怒号を聞くのは初めてだった。普段見慣れた父が表すことのない表情にノアは怯えることしか出来なかった。いくら父に問い詰められても感情が勝り、「あっ…あっ…」と狼狽えるだけで会話になるような言葉を出すことも叶わない。

 そんな状態を見かねてか「まぁまぁ」とファルトマンが2人の間に入る。「この()はお前さんのことを心配して来たんじゃよ」とこれまでの経緯を話すと、アルバートの怒りも冷め「そうでしたか…」と言葉を漏らす。そしていつの間にか目に涙を浮かべていた娘の頭に手を乗せ「すまん…」と謝罪を伝える。ノアは泣いたまま頷く。

 「それで…<ストライク>にはその民間人の少年が乗っているんですね?」

 それまで沈黙していたブライアンが口を開いた。涙が溜まる目を擦りながらノアは「はい」と答える。

 「なら急ぎましょう、さっき反対側の港区から指揮官機が戻ってくるのが見えました」

 ブライアンが早口で伝えると、4人は慌ててトレーラーに乗り込みその場を後にした。

 「…ところで主任」

 ノアに変わって助手席に座ったアルバートはトレーラーを運転するファルトマンに話しかける。

 「なぜその少年に<ストライク>への搭乗許可を出したのですか?あれは我が軍の秘密兵器ですよ」

 問い掛けられたファルトマンは「んん~…」とはっきりしない唸り声を上げると、運転しながら答えた。

 「やる気は充分ありそうだったし…MSBの公式大会で3回優勝してる"蒼い流星"だって言うから操縦はいけそうだと思ったし…まぁ…若いっていいよな、ってやつよ」

 ファルトマンがニヤリと笑いながら答えると、アルバートは釈然としない表情を露にする。「それに…」とファルトマンは続ける。

 「これであの坊主に決まるかもしれんしな、ずっと空いてたしちょうどいいじゃろ」

 その言葉を聞くと微妙な顔をしていたアルバートの表情が険しいものになった。

 「…しかし、民間人ですよ?」

 「動かしちまったもんは仕方ないじゃろ、軍規つきつけりゃたぶん言うこと聞いてくれるわい」

 険しい表情をしたままアルバートは口をつむり前を向く。ノアには大人たちが話していることがただ1人、解らないままだった。

 

 

 なおこの時後ろの席で隠れMSBプレイヤーであるブライアンが「"蒼い流星"!?」と言いながらガタッとしていたが一同は気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 モニターに[CAUTION]という文字が浮かぶのと同時に警報が鳴り響く。タオルを顔に乗せ、目を瞑っていレオンハートはガバッと体を起こしレーダーに目を向ける。映っている反応は3機。コロニー内に残っていたアイゼンラートのモビルスーツは残り2機だったはずだ。1機数が増えているということは---否応なしにそれが指揮官用モビルスーツ<シグー>が戻ってきたことだと悟ると、レオンハートはオフにしていたフェイズシフトを再びオンに直し<ストライクガンダム>を起動させる。

 「ノアたちは…まだ来てない!くそ、思ったより早すぎる!」

 悪態をつきながらレバーとペダルを操作し<ストライクガンダム>を格納庫の外へと歩かせる。それと同時、接近していた<シグー>はシールド裏面に設置されたガトリングガンが火を噴いた。発射された弾丸は格納庫の外壁を易々と貫通し、コンクリートの地面を抉る。ガトリングガンの射線は横へとずれてゆき、<ストライクガンダム>に迫っていく。それを回避するには格納庫の外に出るしかなかった。

 レオンハートはペダルを踏み込み、機体にブースト移動を命じる。それに応じた<ストライクガンダム>は背面のスラスターを噴かし、勢いよく格納庫の扉を突き破って外に出る。

 敵機を確認した<シグー>の僚機、もう1組の<ジン>と<リーオー>も手に持った76mm重突撃機銃とドーバーガンを斉射する。当たるまいとレオンハートは<ストライクガンダム>にブースト移動を続けさせるが、3機からの同時射撃を捌ききるとこは出来ず数発の被弾を許してしまう。装甲にダメージはないが、被弾に応じてエネルギーはみるみる減少していく。コンソールに表示されているエネルギー残量を見ると、ゲージはすでに50%を切っていた。応戦しようと頭部のバルカン砲搭で射撃するも、移動している間に易々と頭部バルカンの射程外にたどり着いてしまった。これでは撃っても無駄に弾を消費するだけだ。

 「このままじゃなぶり殺しにされる…そうだ、さっきの<ジン>から!」

 ブースト移動したまま撃破した<ジン>に近付き、その右腕から76mm重突撃機銃をもぎ取り<ストライクガンダム>に持たせる。

 「残弾は…ある、よし!」

 手に取った76mm重突撃機銃の射撃モードをフルオートからセミオートに変更し、銃口を飛来する<リーオー>に向ける。シートの右側から精密射撃用の照準器がせり出し、レオンハートの両目を覆う。

 いくら量産機とはいえ<リーオー>の装備はマシンガンの単発射撃で墜ちるような薄いものではない。それ故に銃口を向けられた<リーオー>も特に警戒せず、<シグー>と<ジン>に連れて接近してくる。

 「でもカメラなら!」

 操縦捍の射撃トリガーを押し込むと銃口から弾丸が射出され、銃身の側面から空になった薬莢が排出される。放たれた76mm機銃弾は<リーオー>の四画カメラを易々と貫き、撃ち抜かれた<リーオー>の頭部はつつかれた爆弾のように爆散する。そのまま姿勢を崩し頭を失った機体は地面に落下する。

 ふぅと息を吐き、照準器を外したレオンハートはある異変に気付く。倍率が通常に戻ったモニターには<ジン>しか映っておらず、<シグー>の姿が何処にも無いのだ。マシンガンの射撃モードを再びフルオートに変更し、<ジン>に向けて発砲する。射撃トリガーを押しっぱなしにしながら弾幕を張り、レーダーに目を移して<シグー>の位置を確認する。再びコックピット内に警報が鳴り響く、と同時にコンピュータが<シグー>の位置座標を算出しレーダーに映し出す。その位置は---。

 「---っ、真後ろ!?」

 機体を転身させ背後を向くと、レオンハートの目に手に持ったサーベルを<ストライクガンダム>の頭上に今まさに降り下ろさんとするシルバーグレーのモビルスーツ、<シグー>の姿が飛び込んできた。

 咄嗟にペダルを踏み込み機体に回避運動を取らせるも、避けきることは出来ず右腕部でガードする。赤い火花が散り、右腕を振り回して<シグー>を突き放す。ほぼ直撃にも関わらず装甲にダメージは入っていなかったが、もしこの機体に特別な装甲(フェイズシフト)が搭載されてなかったら…と思い身震いしてしまった。

 「こいつ…強い…」

 苦い顔をして額に溜まった汗を拭う。

 間髪入れずに再度、<シグー>はアタックを仕掛けてきた。シルバーグレーのモビルスーツは右手に持ったサーベルを逆袈裟斬りの要領で振りかぶる。撃破した<ジン>や<リーオー>とは比較にならない速さだったが、レオンハートの目はしっかりと<シグー>の右腕を追っていた。

 「そうそう何度も!」と叫ぶと、左側のレバーを押し込み高速で振られる<シグー>のサーベルを持つ右腕を<ストライクガンダム>の左腕でガードする。そしてチャンス、とばかりに右手に保持したマシンガンを投げ捨てると、右腰のアーマーシュナイダーを引き抜き斬撃トリガーを強く押す。操作を受け付けた<ストライクガンダム>は右手のアーマーシュナイダーを逆手で持ち直し<シグー>の胸部に向けて渾身の力で降り下ろす。

 「これでぇぇぇぇぇ!!」

 ザクリ、とナイフが装甲に刺さる音を聞いてレオンハートは勝利を確信した。---が、モニターに映る<シグー>を見てレオンハートは驚愕とする。

 アーマーシュナイダーは確かに<シグー>の胸部に突き刺さった。しかし、焦りで目測を誤ったのかエンジンにもコックピットにも届いていないようで稼働停止させるまでに到ってなかった。急いで離れようとするも、<シグー>は突き刺さったナイフを持つ<ストライクガンダム>を右腕をがっしりと掴んでおり、身動き1つ取れなかった。<シグー>のモノアイカメラがギョロリ動き、こちらを睨み付ける。

 「う、うわぁぁ!」

 思わず悲鳴を上げると、コックピット内に男性の声が響く。

 (…驚いたな、まだ子供じゃないか)

 突然鳴り響いた聞いたことの無い声にドキリと心臓が跳ねる。コンソールをよく見ると"COMMUNICATION(通信)"と書かれたランプが点灯している。それを見て先ほどの男性の声が<シグー>のパイロットからの接触回線によるものだと気付く。

 (君だな?私の部下を2人も殺ってくれたのは、いい腕をしているじゃないか)

 投げ掛けられた言葉にレオンハートはギョッとする。この状態で敵から来た通信は罵倒か謗りに違いないと身構えたが、まさか賞賛が来るとは思いも寄らなかった。しかし敵のパイロットの声には確かに怒気が籠められており、明確な殺意を感じる。冷や汗が流れるのを感じながらレオンハートは口を開く。

 「…あんた達が来なければ、そんなことにはならなかったさ!僕たちのコロニーをメチャクチャにしておいて…!」

 (ハハハハハッ!皮肉も言えるとはね、肝が据わってるな)

 精一杯の皮肉を言ってやったつもりだったが、再び賞賛を送られ思わずキョトンとする。

 (ところで君、先ほどから何やら警報が鳴っているが…見なくていいのかね?)

 敵のパイロットの言葉にハッとし、音源を見るとレオンハートは思わず目を息を飲んだ。コンソールのエネルギーゲージ---それに表示されていたエネルギー残量が20%を切っていた。さっきから鳴っていた警告音はエネルギー残量を示すゲージが、レッドゾーンにまで下がっているのを知らせるものだったのだ。

 「パワー切れ!?…しまっ…」

 口を開くと同時、機体に変化が起こる。白、赤、青(トリコロール)に染まっていた装甲の色が抜け落ち、本来の暗い鋼の色に戻っていく---フェイズシフト装甲が落ちたのだった。

 (どうやら、パワー切れのようだな。そうなればこちらの攻撃も通用するだろう)

 無線越しの冷たい声を聞き、思わず唾を飲む。<シグー>は自身の右腕を掴んでいた鋼色になった<ストライクガンダム>の左腕を払うと、再び<ストライクガンダム>の頭上にサーベルを掲げる。振り上げられたサーベルの剣先がキラリと光り、レオンハートは全身の毛が逆立つのを感じた。

 (君は実にいいパイロットだ、ここで殺すのが惜しいよ)

 普段のレオンハートなら「そんなこと絶対思ってないだろ!」と突っ込みの1つや2つが出たであろうが、そんな余裕はあるはずも無かった。歯を食い縛り、震える目で<シグー>のサーベルをジッと見つめている。

 (…最後に名前でも聞いておこうか)

 心臓が胸から飛び出るほど大きく鳴っているのを感じながら、ゆっくりと口を開く。

 「…レオンハート、レオンハート・スフォルト」

 (レオンハートくんか、勇敢な君に似合ういい名前だ)

 どこか悲しげな声を上げ、敵のパイロットの声が再び殺意を内包する。

 (悪いが、私は部下の仇を取らなければならない…)

 

 

 

 

 

 

 

 (死んでくれ)

 

 

 

 

 

 

 男の声を合図に<シグー>がサーベルを降り下ろす。迫り来る殺意に押され、レオンハートの体は凍ったように動かなかった。いくら考えようとしてもこの状況を覆す手立てを見い出せない。自分の頭は明らかに戦いの思考を失っていた。何も考えが浮かばないからだろうか、絶対的な死を目の前にしても恐怖は感じない。

 降り下ろされたサーベルが刻一刻と迫る。なぜそんな様子をこの眼は捉えることが出来るのだろう。そうか、これはスローモーションだからだ。自分にはそう見えている。ではなぜスローに見えているのだろうか。分かりきったことだとレオンハートは目を閉じる。

 死に際に思い出すことは守ると約束した女の子のことだけだった。なんであの子を守りたいと思ったか---考えてみれば簡単なことだ。あの子の眼が、涙を浮かべた深い緑色の瞳が見たことがないほど綺麗だったからだ。こんな綺麗な瞳が無くなるのが、とても寂しいと思ったのだ。多分、一目惚れなんだろう。

 でももうあの女の子の瞳を見ることはもう無い。最後にあの子の声が聞きたい。耳を澄ませば聞こえる気がした。そう、耳を澄ませば…---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (レオンハートーーーーーー!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希望(ノア)の声が耳に飛び込み、レオンハートの意識は一気に現実に引き戻される。それと同時に頭の中で何かが弾けた気がした。何もかもがクリアに感じられる。開いた眼は<シグー>の太刀筋をしっかりと追っていた。射撃トリガーを押し、それに連動して頭部バルカンがばら蒔くように弾を放つ。無線越しに(何っ!?)という声が聞こえ、<シグー>は咄嗟に防御の体勢を取った。

 ---今だ!

 緩んだ<シグー>の両腕を振りほどき、レオンハートはペダルを踏み込んだ。それに即座に反応し、<ストライクガンダム>は高くジャンプする。

 (レオンハート、大丈夫!?大丈夫なの!?)

 ノアの声がコックピット中に響く。「大丈夫だ!」と短く返すと、さっきまでとは別人のように落ち着いた声で無線に話しかける。

 「ノア、<ストライク>の装備は!?」

 (準備出来てるよ!そこから2ブロック先の格納庫の中にいつでも使えるようにしてあるから!)

 2人の会話にファルトマンが割り込む。

 (もしもし坊主、格納庫の座標を送った!それを頼りに行け!)

 低い声で「了解」と答える。ふと、装甲に何かが掠める音を聞く。飛び上がった機体を追撃しようと<シグー>と<ジン>がマシンガンを撃ちながら迫ってきたのだ。スロットルを上げ、ペダルを踏み込んでから離しまた踏み込む。飛んで来る弾丸をいなすような回避運動を取りながら、レオンハートはモニターに表示された座標データに目を移す。示された格納庫は<ストライクガンダム>と同じ座標---ちょうど<ストライクガンダム>の真下に位置していた。 

 ---ここだ!

 スロットルを勢いよく下げ、フットペダルを離す。推力を失った<ストライクガンダム>はまるで糸が切れた操り人形のように落下を始めた。機体にかかる強烈なGにレオンハートは歯を食い縛る。頭の中がやけに鮮明になっているせいかまたは慣れていないからか、激しい頭痛がする。強烈なGに身体が揺さぶられ吐き気すら感じた。が、ただ「死んでたまるか!」という思いで重なる不調の全てを抑えつける。感情で限界を超えたのは初めての経験だった。

 やがて落下する<ストライクガンダム>は格納庫の屋根を突き破り、広々とした空間にたどり着く。再びペダルを踏み込んで逆噴射をかける。機体が着地すると同時に顔をあげると、目の前に鎮座するトレーラーが目に飛び込んだ。トレーラーのハッチは開いており、中には水色の巨大な剣のような物が見えた。レオンハートはモニター上に呼び出した[AQM/E-X02](ソードストライカー)と表示された情報を元に操縦桿を操作し、トレーラーに積み込まれた装備を<ストライクガンダム>の背中に負うようにアジャストさせる。残量が10%を切っていたエネルギーゲージが瞬く間に回復し、それに呼応するように機体各所のエンジンの唸り声が大きくなるのが聞こえた。エネルギーが回復した事を確認するとコンソールのボタンを押す。再び機体の装甲が色づきフェイズシフトがオンになった。 "ソードストライカー"と呼ばれるその装備は名前の通り、近接格闘戦用に開発されたストライカーパックだ。本来は敵艦船に接近し、取り付いて斬撃を加えるための装備だが対モビルスーツ戦でも十分通用する。

 ペダルを踏み込むと機体は高くジャンプする。モニターに映った<シグー>と<ジン>は<ストライク>が背負う巨大な剣を警戒しているのか迂闊に近付こうとはしてこない。その間にレオンハートは背中の対艦刀"シュベルトゲーベル"を<ストライク>に構えさせる。命じられたモビルスーツは両手でしっかりと自分の身の丈ほどもある巨大な剣を保持し、剣先を敵に突き付ける。

 深く深呼吸をし「うぉぉぉぉ!」と雄叫びを上げながらスロットルとペダルを全力で押し込む。レオンハートの意思を汲み取った<ストライク>は"シュベルトゲーベル"を振り上げ、眼前の<シグー>に目にも止まらぬ速さで駆け出した。掲げられた大剣が大気を切り裂く。敵をめがけて空を走る白い巨人が、轟と空気を振動させる。

 突然、突風の如く速度で迫り始めた<ストライク>を前に<シグー>のパイロットが取った行動はシールドを構えることだった。しかし、<シグー>の左腕は操作を受け付けずシールドを構えようとしない。(な、何!?)と焦る声が無線越しに聞こえる。ふと、レオンハートは<シグー>の胸部に目を向ける。そこにはさっきの戦闘で使った"アーマーシュナイダー"が突き立てられたままだった。傷つけられた装甲が火を噴き、激しいスパークが機体を走る。

 瞬間、高速で<シグー>に肉薄した<ストライク>は渾身の力で"シュベルトゲーベル"を降り下ろす。「今度こそ!」と、声を上げて斬撃トリガーを力一杯押し込む。しかしモニターに映ったのはサーベルごと右腕を切り落とされた<シグー>とそれを庇うように前に出る<ジン>だった。どうやら敵は寸前で回避したらしい。思わず「くそっ!」と吐き捨てると<シグー>から通信が入る。今度はコックピットの上部モニターに<シグー>のパイロットが映し出されていた。キリとした精悍な顔つきとオールバックにまとめた焦げ茶色の髪が目を見張る。

 (本当に…君はいいパイロットだな)

 言葉を発さず、レオンハートはモニター越しの敵を睨み付ける。17歳の少年のものとは思えない鋭い目付きに<シグー>のパイロットは息を飲む。再び<ストライク>が"シュベルトゲーベル"を両手で構える。

 「まだ…やるか!」

 (いや、遠慮しよう。これ以上部下を死なせる訳にはいかない)

 地上に降りた<ジン>が頭部を失い転がっていた<リーオー>を持ち上げ、隻腕の<シグー>と共に撤退を始めた。追撃は十分可能だったが、集中力が切れた途端溜まっていた疲れがレオンハートを襲う。額からどっと汗が噴き出し呼吸も次第に荒くなる。

 (…そう言えば名を伝えて無かったな)

 無線から声が聞こえる。<シグー>のパイロットだ。滞空したまま<シグー>がこちらを向くと、ブゥンとモノアイカメラが瞬く。

 (私の名はジェスロ・ランバードだ…覚えておきたまえ、レオンハートくん)

 再び<シグー>が後ろを向き、背面スラスターを吹かしてその場を去る。港区からコロニーの外へと飛び去る機影をボーっとした目付きで見送る。

 「ジェスロ…ランバード…」

 力が抜け、ぐったり項垂れた体勢でポツリと敵の名前を呟いた。自分の力で、なんとか強敵を撃退することができた。モニターに笑顔でこちらに手を振るノアが映り、レオンハートは安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

 ---僕は、守れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 




<メカニック解説>
□ソードストライカー…近接格闘戦用に開発されたストライカーパック。敵艦船に接近、取り付いて斬撃を加えるための対艦刀「シュベルトゲベール」とその運用装置で構成されている。その目的上、「シュベルトゲベール」自体は装備するMSの頭頂高と同等かそれ以上の長さを持つ片刃型の大型ビームサーベルであるが、本来の用途である対艦戦以外、対モビルスーツ戦でも効果を発揮する。その他の武装は左肩にマウントされたビームブーメラン[マイダスメッサー]とシールド兼用のロケットアンカー[パンツァーアイゼン]の2種が装備されている。


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第9話 戦いの後

お久しぶりです、群雲 沙耶です。アイデアが煮詰まっていて更新しておりませんでした、ごめんなさい。


体がとても重かった。まるで大人を担いでるみたいだ。ドカッ、と音をたてて座り込むとレオンハートは渡された携帯飲料を一気に飲み干した。今まで感じた事がない疲労感と気だるさを誤魔化せると思ったからだ。ゆっくりと味のない水を飲み込むと、乾いた喉は潤いを取り戻す。冷たい液体が喉を通って疲れた体にしみこみ、生き返るような気がした。

 ぷはぁ、と空になったボトルから口を離し息を吐く。それと同時に視界に誰かの影が映った。見上げた先にはノアたちと共に来たメリク・ブライアンという男の姿があった。長身の黒人で威圧感のある見た目をしているだが、それとは裏腹にとても大人しい性格の男性だった。そのうえ口調も丁寧で25歳という若さとは釣り合わないほど紳士な人物だ。

 「お疲れでしょう、もう1本如何です?」

 ニコニコと笑顔を見せながらブライアンは携帯飲料を差し出した。それを受け取りながらレオンハートは「どうも…」と小さな声で礼を言った。

 「それにしてもすごいですね、初めてであれを乗りこなすなんて」

 フェイズシフトを切り、メンテナンスベットに横たわった<ストライクガンダム>を見ながらブライアンが口を開く。

 現在、<ストライクガンダム>はすでに搬送された機体たちと同じ場所に運ぶための準備が施されている最中だった。作業には<G兵器開発計画>の主任であるモルコ・ファルトマンと副主任のアルバート・フロイス、それにブライアンを加えた3人が当たっていた。

 「さすが"蒼い流星"ですね!同じMSBのプレイヤーとして誇りに思いますよ!どうです?今度一緒にプレイしませ…」

 有名な俳優を目の前にしたファンのようにはしゃぐブライアンとは裏腹にレオンハートは暗い表情で俯いたままだった。その様子を見たブライアンは一度口を塞ぎ、「具合が悪いんですか?」と聞いた。

 「いや、今になってとんでもないことしたなって思ったんです…」

 低いテンションのまま、レオンハートはポツリと呟くように答えた。

 「結果としてうまくいったとはいえ、僕は同盟軍の秘密兵器を動かした訳でしょ?このあと僕、どうなっちゃうのかなって…」

 俯いたままだった顔を上げブライアンの顔を見ながら再び口を開く。

 「あと…やっぱり純粋に疲れました…ヘロヘロです」

 ヘヘッと笑いながら答えると、それに応えるようにブライアンもニッと笑ってみせる。

 「そりゃそうですよ、MSの操縦ってのは思ってるよりすごく体に負担がかかるんですよ?車の運転の比じゃあありませんよ!まぁ、あなたの後の待遇の方は主任たちじゃないと…自分はどうこう決められる立場じゃないので…」

 質問に完全に答えられないブライアンは申し訳なさそうに頭を掻く。

 「あと、先ほどは副主任が申し訳ないことを…」

 深々と頭を下げたブライアンを見て、レオンハートは慌てて立ち上がる。

 

 それはノアたちと合流した直後の事だった。<ストライクガンダム>のコックピットから降りたレオンハートは、アルバートに出会い頭に「よくもうちの娘を危険な目に会わせてくれたな!」と怒鳴られたのだ。慌ててノアが自分が頼んだことだと弁明してもアルバートの怒りは収まらず、ついには二度とノアに近付くな、とも言われてしまったのだ。

先ほどから目が合う度にギロリと睨み付けられて実は精神的にも疲弊していたところだった。

 

 「ブライアンさんが謝らないでください、なんとなく…あの人が怒った気持ちも分かるんで…」

 「まぁ、副主任は早めに奥さんを亡くしてから1人で娘さんを育ててきたので…普通の親御さんよりちょっと過保護になってるんですよ。ま、一人娘を持つ父親ってみんなあんな感じですよ!」

 ブライアンの言葉に少し笑いを誘われたレオンハートだが、件の父親の声にその雰囲気は一気に掻き消されるのだった。

 「ブライアン!いつまで喋ってるんだ!はやく作業に戻れ!」

 怒鳴り付けられたブライアンはレオンハートに一礼すると慌ててその場を離れていった。再びアルバートからギロリと睨み付けられ体が萎縮するのを感じる。ふぅっと溜め息をついたレオンハートに今度はモルコ・ファルトマンが声をかけてきた。

 「よう坊主や、休んでるとこ悪いんじゃが手を貸しておくれや。作業人数が3人じゃちょーっち効率悪いんじゃ」

 呼び掛けられたレオンハートは「はい」と応えながら立ち上がり、ファルトマンの方へと歩を進めた。

 指示された通り作業を進めながらレオンハートはファルトマンに質問をする。

 「ファルトマンさんたちはこれからどうするんです?あと…その…僕はどうなるんでショウカ…」

 つい語尾の方で話し方がおかしくなってしまった。ファルトマンは作業中の手を止めて口を開いた。その表情はうってかわって険しいものだった。

 「月のクライムっつー同盟軍の軍事基地に新型のでかい戦艦がおってな、本来なら10日後にそいつがやってきたらこいつら(G兵器)を積み込んでクライム基地に運ぶ予定だったんじゃ。まぁアイゼンラートの馬鹿どもが仕掛けてきおったからに待ってられる状況でもなくなっちまった」

 ポケットから取り出したガムを口に放り入れ、クチャクチャと噛みながら話を続けた。

 「ここで油を売ってたらまた襲撃されちまうからな、予定とは違うがこっちから向こうに最低限の装備と共にMSを輸送船で運んじまうことにした。今はその準備中だ。まぁお前さんの処遇は…」

 少し頭を掻いてからファルトマンはいそいそと作業に戻る。

 「後で教えてやるわ。ほれ、続きをやるぞーい」

 声をかけ直そうとしたが、無言で作業を始めたファルトマンは再び答えてはくれない雰囲気を醸し出していた。

 「それが一番気になってるんだけどなぁ…」と呟きながらレオンハートも作業に戻った。

 「…これからどうなるんだろう」

 質問をしたときファルトマンもブライアンもあまりいい表情をしてはいなかった。それだけで「さすがにお咎めなしにはなるはずないか」と察せられる。レオンハートは改めて自分の行いを反省することになるのだった。

 

 

 

 

 L3コロニー<テルモピュライ>から少し離れた宙域にアイゼンラート帝国軍の戦艦、グロースハーツォーク級<メクレンブルク>は佇んでいた。MSデッキでは帰艦したMS達の損害状況に作業員たちが驚きの声を上げ、ざわついていた。

 「5機が出撃して帰ってきたのが3機だけだなんて…」とか「隊長の<シグー>、右腕がないぞ!何とやり合ってきたんだ!?」などといった声が上がる中、<メクレンブルク>の艦長ラングレー・クレネル中尉がMSデッキに降りてきた。

 「騒ぐな!速やかに破損状況を調べて修理に当たらんか!」

 キャットウォークから叫んだラングレーの一声はデッキ中に響き渡り、それを聞いた作業員たちは慌てて持ち場に戻った。ラングレーは鼻息を立てながら作業員たちを見下ろしていると、<シグー>のコックピットから出てきたジェスロ・ランバードが彼の隣に降り立った。

 「隊長、よくご無事で!」

 姿勢を正して勢いよく敬礼するラングレーにジェスロは敬礼を返し、破損した乗機の方へ振り向いた。

 「上からの情報通りだ、同盟軍は新型MSの開発に成功したらしい。それもかなりの性能だ。」

 「隊長の<シグー>に傷を付けるほどの奴ですか…」

 ラングレーは息を飲みながらジェスロの話を聞いた。これまで、ジェスロが乗機に傷を付けて帰ってきたことは数えるほどの回数しかなく、それらも2発ほど弾が当たった程度の損害で部位を欠損させて戻ってきたのは今回が始めてのことだった。

 「あぁ、しかもパイロットは民間人だった」

 「パイロットが民間人!?」

 予想外の言葉にラングレーは驚きの声を上げた。

 「そんな馬鹿な!?素人が隊長を退けたというのですか!」

 「私だって油断したつもりはないさ。だが、現にそうなのだ…」

 険しい表情でジェスロが呟く。ぎゅっと拳を握りしめ、作業員たちが修理に当たる様を見下ろしていると徐に彼は口を開いた。

 「ラングレー、出撃前に届いた新型機はどうなっている?」

 上官の問い掛けにラングレーは姿勢を正したまま答える。

 「ハッ、作業班によると現在組み立て作業に入っており、あと10時間もあれば実戦に投入可能とのことです!」

 よし、と言うとジェスロは無線機を取り艦内に自身の声を呼びかけた。

 (<メクレンブルク>の全クルーへ、ジェスロ・ランバードだ!敵の新型MSに追撃を行う!MS隊の再出撃は12時間後だ!各員それまでに休息を済ませておけ!)

 要件を伝えると無線を切断し、今度はラングレーに命令を伝えた。

 「私は新型で出撃るぞ!作業班に急がせろ!」

 勢いよく「ハッ!」と敬礼したラングレーはキャットウォークの手すりを蹴り、新型機の組み立てが行われている現場へと向かっていった。

 ジェスロはそれを見送るながら先ほどの戦闘を思い出していた。歴戦のパイロットである自分と対峙し、危うげではあるが確固たる力を見せつけそのまま退けさせた1人の少年。更に強く拳を握りしめ、その名を怒りをこめて呟いた。

 「今度は取らせて貰うぞ、レオンハート君…!」

 




<人物紹介>
◇メリク・ブライアン…ファルトマンとアルバートの部下の黒人男性。コロニー<テルモピュライ>の工業区に勤めており、地球同盟軍の新型モビルスーツの極秘開発計画に関わっている。
◇ラングレー・クレネル…アイゼンラート帝国軍の男性士官。中尉。グロースハーツォーク級<メクレンブルク>の艦長を勤めており、ジェスロとは開戦当初からの長い付き合いである。


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