剣姫と白兎の立場を入れ替えたのは間違っているだろうか (Hazakura)
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第1話 剣姫と白兎

 迷宮都市オラリオ――『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を保有する巨大都市。富が、名声が、何より『未知』が依然として眠る、魅惑の地。己が望みを叶えるため、人は高みを目指す。その地で一人の少女(剣姫)がとある少年(白兎)に憧れた。これは"もしも"の英雄譚。

 

 

 

 

 

『ヴヴォォォォォォォォォォォォォォッ!』

「ッ!」

 

 いきなりだった。

 岩窟を震撼させる咆哮が響く。

 アイズは得体の知れない本能的な恐怖が身体の奥底から湧き上がった。

 息を殺してその場に立ち尽くす。

 徐々にその声の主が姿を現した。

 筋肉質な巨大な体に赤銅色の体皮ーーミノタウロスだ。

 

 ミノタウロス――管理機関(ギルド)から階層領域ごとに定められている脅威評価、最高(みつぼし)に認定される中層最強モンスター。

 それに対してアイズは冒険者になって日が浅いLv.1。

 両者の間には絶対的な力の差が存在した。

 初めて相対する恐怖。

 逃げないといけない。

 そう何度も思うが、視線が動かせない、足も動かない。

 それに対して心臓の鼓動だけはいつもの何倍も働いていた。

 ミノタウロスと視線が合う。

 呼吸の仕方を忘れるぐらいあの化物に射竦められアイズの行動は奪われた。

 

――次の瞬間

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ミノタウロスが走り出した。

 ミノタウロスがアクションを起こしたことでアイズに掛かっていた呪縛も解ける。

 腰にある鞘から剣を抜き、相対する。

 あっという間に顔前に迫った巨牛が、拳を振り下ろした。

 

 ――速い!!

 

 アイズは撃退することを放棄し、無我夢中で身を地面に投げ出した。

 それによりミノタウロスの攻撃をやり過ごすことが出来た。

 その代わりに壁際へと追い込まれていた。

 渾身の一撃を被った地面は見事に破砕しており、もしあれを受けていたらと思うと顔から血の気が失せていく。

 ミノタウロスは本能に従うまま再び拳を構える。

 退路なしの絶望的状況。

 

 

 ――まだ死ねない。

 

 ――死ぬわけにはいかない。

 

 ――弱い自分が許せない!!!

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

 アイズは咆哮する。

 圧倒的恐怖に立ち向かうために。

 そして決して諦めないために。

 

 アイズは剣の柄を握りしめ剣撃を放つ。

 それはミノタウロスの胴体を捉えるが硬い体皮と分厚い筋肉によってギルドから支給されたアイズの剣が無残にも砕け散った。

 

 これが地力の差。

 Lv.1の攻撃では一切ダメージを与えられない化物。

 

 壁を背にしてずるずると音を鳴らしながら地面にへたり込む。

 黒い巨影がアイズを覆い隠し、絶望が彼女の顔に差す。

 そして、ミノタウロスの拳が振り下ろされる。

 

 

 ――その瞬間

 

 

『グブッ!? ヴゥモオオオオオオオオオオォォォオォー』

 

 突如、断末魔とともに血飛沫を上げながら、ミノタウロスはいくつもの肉の欠片となって崩れ落ちた。

 そして、怪物に代わって表れたのは、兎を連想させる少年だった。

 

 黒色の軽装に包まれた細身で引き締まった体。

 エンブレム入りの銀の胸当てと同じ色の紋章の手甲、そして手には双剣を携えていた。

 地に向けられた双剣からは血が滴っている。

 無造作に整えられた白髪は、どこか気品があり、そして優しそうで温かみを感じさせる。

 アイズを見下ろす瞳の色は、深紅(ルベライト)

 

 

(……ぁ)

 

 

 ――白髪赤目の双剣使い。

 

 

 Lv.1で駆け出しの冒険者であるアイズでもわかってしまった。【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。冒険者の中でも数少ない、英雄の器と謳われるLv.5。

 

 

 

英雄(アルゴノゥト)】ベル・クラネル。

 

 

 

「えっと……大丈夫?」

 

 早まる鼓動、圧倒的恐怖は過ぎ去ったはずなのに、心臓は一向に休まる気配がない。

 むしろ嬉々として働き続ける。

 頬には熱が帯び始め、呼吸の仕方を忘れる。

 自分でも初めての体験に体の制御がうまくできない。

 

 その結果ーー。

 アイズは逃げ出していた。

 この日、自分より絶対的強者であるミノタウロスを前にしても逃げなかったアイズが初めて背を向けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「エイナさん!」

「ん?」

 

 ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付嬢、エイナ・チュールは自分の名を呼ぶ声の主をすぐに察する。

 

(今日も無事だったんだ……)

 

 既に半月前かーーあの子がギルドで手続きを行ったのは……。

 自分がダンジョン攻略のアドバイザーとして監督することになったその少女は14歳。

 まだ年端もいかない自分より年下の子供だ。

 危険地帯へ赴くのに無論いい顔はできなかった。

 自分が担当しただけあってその身を案じているエイナは、少女――アイズ・ヴァレンシュタインの安否を確認して頬を緩ませる。

 そして声の方向に振り向くとーー。

 

「エイナさん!」

 

 全身をド黒い血色に染めきった少女の姿が、視界に飛び込んできた。

 整った容姿と白い肌故に、もはや某ホラー映画に出てくる〇子よりホラーである。

 

「うわああああああああああああああああああああ!?」

 

 彼女の悲鳴で他の客も気付き、いくつもの悲鳴がギルド内に響き渡った。

 

「ベル・クラネルさんの情報を教えてください!!」

 

 

 

 

 

 ーー暫くして。

 

 

 

 

 

「アイズ、あなたねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ……」

「……ごめん、なさい」

 

 体を洗ってさっぱりしたアイズの前で、エイナさんはため息をついた。

 

「女の子なのにあんな生臭くてぞっとしない格好のまま、ダンジョンから街を突っ切ってきちゃうなんて、私ちょっとあなたの神経疑っちゃうなぁ」

 

 アイズにとってお姉さん的存在であるエイナの言葉に『ガッーン』とアイズは衝撃を受ける。

 エイナさんは苦笑してアイズの鼻をちょこんと指で押さえると「今度は気をつけてね?」と微笑んでくれた。

 

 ――コクンコクンとアイズは首を縦に振る。

 

「それで……ベル・クラネル氏の情報だっけ? どうしてまた?」

 

 思い出すとまた顔が熱くなってきた。

 理由は分からないけど、あの人のことを思うと体の調子がおかしくなる。

 頬を赤く染めながら先程の一部始終を語った。

 

 

 ――5階層まで下りてみたこと。

 ――ミノタウロスと相対したこと。

 ――追い詰められたところを、ベル・クラネルさんに救われたこと。

 ――動揺しながらもお礼を言おうとしたけど、頭が真っ白になって逃げてきてしまったこと。

 

 

「――もぉ、どうして私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンに潜っているんだから、不用意に下層に行っちゃあダメ! 冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

「……はい」

 

 冒険者は冒険をしてはいけない。これはエイナさんの口癖だ。

 エイナに怒られてアイズはシュンと縮こまる。

 

「はぁ……何だか強くなるのを焦っているみたいだけど、今日だってそれが原因だったりするんじゃないの?」

「……」

「言いたくないなら、深く言及しないわ。でも、これだけは覚えておいてね。あなたが死んじゃったら悲しむ人がいるんだよ。――私を悲しませないでね」

「……ありがと」

「はい、今日の説教はおしまい! で、知りたいのはベル・クラネル氏のことだよね?」

 

 エイナの問いにアイズは何度も首を縦に振る。

 

「う~ん……ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度なんだけど……かわいいアイズの頼みだし、少しはサービスするね」

 

 本名、ベル・クラネル。【ロキ・ファミリア】の中核を担う双剣使い。剣の腕前は間違いなく冒険者の中でもトップクラス。たった一人でLv.5相当のモンスターの大群を殲滅したこともあり、冒険者達の間でついた、もうひとつの渾名が母性本能をくすぐられる容姿とお人好しな性格から【王子様(プリンス)】。

 

 神様達の間でもその名前は知れ渡っており、女神達からは『ベルきゅんマジ萌えー』とまで賞賛されているらしい。ちなみに、一部の男神と男の冒険者からは――以下略。

 

 【ロキ・ファミリア】にはもう一人、女の子から人気のある見た目が美少年の団長もいるから、人気的に女性からは【ロキ・ファミリア】、男性からは【フレイヤ・ファミリア】って感じかなぁ……。

 

「え~と、あと他に何があったかなぁ。あの容姿であの強さだから、話題はつきないんだよね」

 

 話を熱心に聴いていると、エイナさんは目を二、三度瞬かせた。

 そして、にやにやしながらこちらを見つめる。

 

「なぁに、アイズもクラネル氏のことを好きになっちゃったの?」

「!」

 

 好きという単語が脳内で何回もリピート再生される。

 助けてくれたお礼を言いたいです!……と説明しようと頑張った結果、顔を真っ赤にして、口をもごもごさせるだけに終わった。

 

「あはは、まあ、しょうがないかな。私でも彼はかっこよく見えるし、そんな人に命を救われたんだから」

 

 微笑みながらエイナさんは口元に紅茶を運ぶ。

 

「……あの、趣味……とかは……」

「そこまで踏み入った話は流石に聞いたことない……ってもうこんな時間じゃない。私、まだ仕事が……今日のお話はこれで終わり! ほら、もう用がないなら帰った帰った!」

 

 立ち上がり、アイズを追い出すように部屋の退出を促すエイナさん。

 せめてもの抵抗として少しだけムッとした表情で睨んでみるが……

 

「そんなかわいい顔をしてもダーメ!」

 

 惰弱な抵抗も徒労に終わり、エイナさんとの女子会?は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 廃墟の教会へ入り、地下へと伸びる階段を下りる。そして、目の前のドアを開け放った。

 

「ただいま……」

 

 部屋にあるソファーで寝転がっていた住人は、ばっと起きて起ち上げる。

 外見だけを見れば幼女。

 ただ自己主張の激しい胸は同性にとってかなりの暴力的存在。

 その女の子は、トトトトと音を立ててアイズの目の前までやって来た。

 

「やぁやぁお帰り―。今日はいつもより早かったね?」

「ダンジョンで死にかけました」

「おいおい、大丈夫かい?」

 

 パタパタと体に触れて、怪我がないか確かめてくる。

 

「大丈夫、です。……それより、更新お願いします」

「帰ってきて、さっそくかい? じゃあ、いつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」

 

 アイズは言われた通りに上着を脱いだ。

 長い金髪を前の方に流すことで、まだ幼さを残しながら白く美しい背中がヘスティアの前に晒される。

 

「アイズ君の背中、すりすり~」

 

 アイズは体をビクッとさせた。

 ヘスティアはアイズに抱きつき背中を頬ずりしている。

 彼女は変態だった。

 

「早くしてください」

「もー、つれないなぁ」

 

 ヘスティアを引き剥がし、ベッドに体を沈める。

 うつ伏せになるとヘスティアはアイズの上に座り込んだ。

 そして、ステイタスを更新し彼女は絶句する。

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.1

力 :I 89→I 97 

耐久:I 81→I 88

器用:H 168→H 192

敏捷:H 164→H 186

魔力:I 0

《魔法》

【】

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

 

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

「……」

 

 アイズは顔をうつ伏せたまま動かない。

 しかし、彼女の白い肌が次第に赤く熱を帯びていく。

 

「おいおい、どうしたんだい? 黙り込んじゃって」

 

 ヘスティアは突然現れたスキル名を見てハッとする。

 

「ま、まさか……男なのかい!? だ、誰だ!? うちの一人娘に手を出した奴は!!」

 

 ヘスティアがしつこく聞いてくるので、しぶしぶ今日あった出来事を話した。

 

「おのれ~、ベル何某君、僕からアイズ君を奪おうったって、そうはいかないぞ!」

「?」

「アイズ君、いいかい? 男って生き物は馬鹿で単純で年中エロい事を考えている狼だ! 無害な草食もいるけど彼は絶対肉食だ! 声を掛けられてもホイホイとついて行っちゃダメだ!!」

「……わかり、ました?」 

 

 ヘスティアが熱弁するも意味をよく理解していないアイズであったーー。

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 動き出す物語

 ステイタスの更新が終わり、アイズが着替えを行っている最中、ヘスティアは準備した用紙に更新したステイタスを書き写していた。

 

「はい、これがアイズ君のステイタスね」

 

 ヘスティアからその用紙を受け取る。

 まじまじとそれを見つめ……。

 スキルの欄に何か消した跡を見つけ、小首を傾げた。

 

 そんなアイズを見かねてかヘスティアが口を開く。

 

「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通りスキルは空欄だから、安心して」

「……そうですか」

「話を戻すけど、ベル・クラネル、だっけ? そんな格好よくてべらぼうに強いんだったら他の女の子達がほっとかないよ。その男だって、お気に入りの娘の一人や二人囲ってるにきまっているさ」

「……え」

「ふんっ。いいかい、アイズ君? そんな一時の気の迷いなんて捨てて、もっとよく考えるんだ。少なくても僕の目の黒いうちは、男なんかに可愛い娘を渡してやるもんか」

 

 神様はそれからもクラネルさんのことを罵り続けた。

 何だかやけに機嫌が悪い。

 アイズは何か地雷を踏んでしまったと後悔した。

 

 女神ヘスティア――天界の処女神(スリートップ)。アイズに対してかなりの過保護。そして変態。

 

「ま、ロキの【ファミリア】に入っている時点で、ベル何某とかいう男とは婚約できっこないんだけどね」

「……」

 

 ヘスティアがアイズに止めを刺した。

 アイズの世界(とき)が止まる……。

 

 別の派閥と深い繋がりを持つということは弊害が生まれやすいーー。

 規律のためにも神様達はファミリアの管理だけは厳しかった……。

 

 他にも神様同士の仲が悪ければ、相手のファミリアはそれだけで敵対関係に当たる。ーーよって、他派閥の男女が健全なお付き合いをするのは中々に困難なのである。

 

「まぁそんな男のことなんて忘れて、これを見るんだ! ジャジャーン!」

「!!!」

 

 落ち込んでしゅんとなっているアイズの前に大量のじゃが丸君が姿を現した。

 

「露店の売り上げに貢献したということで、大量のじゃが丸くんを頂戴したんだ! 夕食はパーティとしゃれ込もうじゃないか! ふふっ、アイズ君、今夜は君を寝かさないぜ?」

「神様すごい……」

 

 いつもセクハラをしてくる変態が今日はスゴイ御方に見えた。

 普段、表情に乏しいアイズがぱあ、と明るくなる。

 こうして、二人きりのじゃが丸君パーティは夜遅くまで開かれたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「……重い」

 

 息苦しさを感じ、アイズは目を覚ました。

 瞬きを数度繰り返し、体を起こそうとして……はたと気づく。

 シーツに包まれた丸いものがアイズの上に乗っかっている。

 手を伸ばさなくても一目で分かった。ヘスティアだ。

 部屋にはベッドが一つしかないので、アイズは仕方なくヘスティアと共に寝ていた。

 そして、この朝の光景にも見慣れていた。

 ベッドの上から頭を巡らして、壁に備え付けられている時計を確認する。

 

(あと10分……)

 

 時計の針は起床予定の少し前を指していた。

 ヘスティアを起こさずにベッドを抜け出す自信はあったが……。

 う~ん、と働かない頭を悩ませていると、ヘスティアの手がアイズの胸へと伸ばされた。

 

 

 むにゅ。

 

 

 ……モミモミ

 

 

「ッ!?」

 

 条件反射でヘスティアを突き飛ばす。

 突き飛ばされたヘスティアはベッドを勢いよく転がり、

 

 

 

 ――――落ちた。

 

 

 

 ゴンッ! と聞こえてはいけない鈍い音がした。

 

「へぶっ!!」

 

 その衝撃でヘスティアから奇声が上げる。

 やっちゃった、とアイズは呟いた。

 ベッドの下に恐る恐る目を向ける。そこでは……

 

『うおおおおおおおおおお』

 

と、顔を両手で押さえ転がり回り悶絶している主神がいた。

 

 どうやら顔面にヒットしたらしい。

 ヘスティアの元気な姿にひとまず安堵する……が。

 

 アイズは気付いた。

 彼女の周りにある何か黒いオーラのようなものを……。

 主神から流れ出る邪念の電波をアイズは確かにキャッチした。

 

(そうと分かれば長居は無用……)

 

 彼女には目もくれず、ささーっと速やかに装備を身に着け、音もなく部屋を後にしたのだった。

 

「看病してくれると思ったのに……アイズ君のあほぅ」

 

 静まり返った部屋で手に何かの余韻に浸りにやけながら、悔しそうに一人愚痴をこぼす器用な紐神様であった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 少し肌寒く感じる朝の空気に吐息を溶かす。

 アイズはまだ人通りの少ないメインストリートを一人で歩いていた。

 

(……朝ご飯食べてなかった)

 

 クゥーとお腹から聞こえた悲鳴に、アイズは、とぼとぼ歩きながらへその辺りをさする。どうしようと頭を悩ませていると……

 

「あの……」

「!?」

 

 ばっ、と振り返った。

 考え事をしていたせいで周りが見えてなかった。

 すぐさま反転し身構える。

 声をかけてきたのはアイズと同じ、ヒューマンの少女だった。

 服装は若葉色のジャンパースカートに、その上から長めのサロンエプロン。髪と同色の瞳は純真そうで女のアイズから見ても可愛らしい。

 

「ご、ごめんなさい」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」

 

 慌てて謝るとその少女も頭を下げてきた。

 通行人から見ると道端で可愛らしい少女二人がお互いにペコペコと頭を下げている微笑ましい光景。

 年はアイズより少し上くらいだろうか。

 一つ二つくらいしか離れてないようにも見える。

 

「……」

「あ……はい。もしかして、お腹が空いているのでは? と思いまして」

 

(なぜ、それを!?)

 

 アイズは目を見開いて驚愕を露わにする。

 

「私、そういうのを見抜くのが得意なんです」

 

 クスッと笑みが返って来た。

 アイズは恥ずかしくなり顔を隠すように俯く。

 その少女は、少し待っていてくださいと言い残し一旦店内へと消え、ほどなくして戻ってきた。

 ここを離れた際にはなかったもの――ちんまりとしたバスケットが、その細い腕に抱えられていた。

 中には小さめのパンとチーズが見える。

 

「これをよかったら……。まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど……」

「……そんな、悪いです」

 

 アイズは受け取れないと両手を突き出し、ふるふると顔を横に振る。

 店員さんはちょっと照れたようにはにかんだ。

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから、冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

 

――えっ、ずるい。とアイズは思った。

 

 そういう言い方をされたら断れるわけがない。

 例え、口下手のアイズ以外の人でも結果は同じだろう。

 困り果てながらアイズが返答に窮していると、店員さんはアイズの手を取り、『はい』とバスケットを渡した。

 

「……ありがと」

 

 アイズは申し訳ないと思いながらも感謝を口にした。どうしたしまして、と無垢な笑みが返ってくる。

 

「自己紹介がまだでしたね。私はシル・フローヴァ。どうぞシルと呼んでください」

「……アイズ・ヴァレンシュタイン、です」

「それじゃあ、アイズさんと呼びますね」

 

 シル・フローヴァ……。

 アイズは店員さんの名前を小さく呟いた。

 彼女の名前と感謝の気持ちを忘れないために。

 そして意を決し口を開く。

 

「あ、あの……」

「?」

「今度、何かお礼がしたい……です」

「そんなに、気を使わなくても――」

 

 アイズのまっすぐな眼差しにシルは、少し困ったような表情を浮かべる。

 そして、彼女は閃いた。アイズと再び会う口実を……

 

「では、お金に余裕ができたら私が働いている店に来てください。味には、自信がありますよ。私が保証します!」

 

 アイズは今夜にでも店に寄ろうと決意したのだった。

 

『お金に余裕ができたら』

 

――この言葉の真意を深く考えずに……

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

『『『『『ガアアアッ!』』』』』

 

 コボルトの群れがアイズの前に現れる。場所はダンジョン一階層。

 早朝ということもあり、他の冒険者の姿が全くない。

 コボルトが群れていること自体、稀だ。

 大抵一、二匹でダンジョン内を徘徊している。

 この場面では、逃げるのがセオリー。

 包囲網を作られては駆け出しの冒険者には為す術がない。

 しかし、アイズは引く事を知らない。

 ミノタウロスの時に砕けた剣の代わりに約5000ヴァリスで買った新しい剣を抜き放つ。

 コボルトは計十匹。

 

 アイズは駆けた。

 人に限らず生物とは自分が優位に立つと余裕が生まれる。

 それが、慢心に繋がり隙となることもある。

 コボルトは意表を突かれ、すでに三匹が屠られた。

 コボルトが反撃する。

 アイズは鋭い牙や爪を剣で弾き、包囲網が敷かれる前に集団から距離を取った。

 残り七匹……。

 

 コボルト達も仲間が屠られたことでこちらを警戒している。

 さっきのような隙が見当たらない。

 それからは一進一退の攻防が続いた。

 ダンジョンの一階層は広い。

 よって、一対多数では、囲まれるリスクが高かった。

 しかし、スペースがあることはアイズにとっても悪い話ではない。

 常に移動ながら立ち回ることで、ダンジョン内での基本となる常に一対一の状況を作りだし、奇襲をかける。

 一匹、また一匹と少しずつコボルトを撃破した。

 地形を有利に活用する。エイナさんに叩き込まれた知識がしっかりと血肉となっていた。

 集団から離れ、飛び掛かってきたコボルトをいなし、のど元に刺突する。

 グサッと音がなり、コボルトから悲鳴にならない悲鳴が上がる。

 アイズが剣を引き抜くと血飛沫が上がり、バタリと力なく倒れた。

 残り四匹。

 

 同胞が次々と倒れていく姿を目の当たりにしたコボルト達はパニックを起こしていた。

 突っ込んでくる者、動かない者、個体によって反応は様々だ。

 その隙をアイズは見逃さない。集団に向かって突撃する。

 そして流れるような剣舞でまた一匹斬り伏せた。

 残り三匹。

 

 この時点でアイズの勝利は決定した。

 残った数のコボルトではアイズを包囲することは出来ない。

 知能の低い下級モンスターでは巧妙な連携は取れないからだ。

 今、一匹の首をはねた。ブシャーと血飛沫が宙を舞う。

 残るは二匹のみ。

 恐怖の眼差しを向けてくるコボルト達をアイズは時間をかけずに屠った。

 

「……勝てた」

 

 動かなくなったコボルトの群れの横でちょこんと腰を落とす。

 この数を相手取るのは初めてだったけど何とかなった。

 

 【ヘスティア・ファミリア】の構成員はアイズ一人。

 もちろん、冒険者としての指示を仰げる人はいない。

 頼れるのは、幼いころに父親から教わった剣術と自分の力のみ。

 しかし、アイズには強くなれる環境(ダンジョン)があれば十分だった。

 アイズには悲願がある。

 そのために強さを求めた。

 それに追いつきたい目標も……。

 アイズの脳裏にベル・クラネルさんに助けられた時の憧憬が思い浮かぶ。

 

「……」

 

 ボフッっと音をならして一気に顔が沸騰した。懸命に首を横に振り脳裏のイメージを取り払う。落ち着きを取り戻すには、しばしの時を要した……。

 

 

 

 

 落ち着きを取り戻した所で、そういえば――と。

 ふと祖母の顔が頭に浮かんだ。何か言っていたような……? 

 ダンジョン内の殺風景な景色を軽く見上げ、しばし黙考する。

 育ての親である祖母はアイズが冒険者になることに反対だった。

 女の幸せは別にあると。

 しかし、最期には後悔のないように生きろと言ってくれた。

 祖母が亡くなってからは、残った財産を持って村を飛び出した。

 そして、今に至る。

 祖母のことを考えたが、よく変な発作を起こしていた印象が強すぎたので、結局わからなかった。

 

 アイズは立ち上がってコボルト達の死体に足を運ぶ。

 短刀でコボルトの胸を抉り、魔石を摘出した。

 魔石を取り除いたコボルトは全身が灰となり跡形もなく消える。

 アイズは灰になったコボルトを最後まで見届けると、やがて同じ作業を繰り返し始めた。

 全ての魔石を摘出したあと、アイズは再び獲物を求めて歩きだしたのだった。

 

 




《補足》
アイズの生い立ちは、両親⇒ヤンデレ(祖母)⇒現在って感じです。
天然のアイズがゼウスの言葉を真に受けてハーレムを目指したら大変なので笑

ちなみにベル君は、祖父⇒ロキファミリアです。


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第3話 豊饒の女主人 前編

 夕刻。

 本日のダンジョン探索を終え、教会の隠し部屋でアイズは、自分の目を疑っていた。

 ヘスティアから受け取った更新ステイタスの用紙に記された熟練度の成長幅が一言でいうなら、凄かったからだ。うん、ものすごく……。

 

「書き間違えた……?」

「僕がそんなミスを犯すと思っているのかい? 正真正銘、アイズ君のステイタスだよ」

 

 アイズはまじまじと用紙を見つめる。

 今日は確かに頑張った。

 コボルトの群れに遭遇しても一撃ももらうことなく切り抜け、すべて屠った。

 自己最多となるモンスター撃破スコアも記録した。

 しかし、そのことを考慮してもステイタスの伸びがあまりにも不釣り合いだった。

 もちろん、良い意味でーー。

 

「なんで?」

「……」

 

 アイズからぽつり、と言葉がこぼれた。

 下界の子どもたちなら大いに喜ぶであろう。

 別の世界線の白髪の少年なら大はしゃぎして主神を嫉妬させるほどにーー。

 しかし、この時アイズの心には嬉しさより別の感情が支配していた。

 それは純粋に”知りたい”という欲。

 この急上昇したステイタスの理由が解ればもっと強くなれる。

 憧憬に――。

 

 

 ”あの人”にさらに近づける。

 

 

 何か知っているのでは? と神様の方に視線を移した。

 すると何かを感じ取ったのか主神はアイズとの目線をすっと外し、明後日の方に目を向けた。

 お世辞にも上手いとは言えない口笛を吹きながら……。

 

「神様」

「な、なんだい?」

 

 ヘスティアに緊張が走る。

 たった一言。

 呼ばれただけ。

 それによりヘスティアの視線が強制的に戻される。

 けっして、アイズが声を荒げたわけではない。

 声の大きさもいつも通り。

 だが、アイズの言葉には強い意志が篭っていた。

 もといアイズのことを溺愛しているヘスティアに無視をするという選択肢は存在しなかった。

 

「理由が知りたいです」

 

 言葉足らずのセリフ。

 しかし、ヘスティアはもちろんその意味を理解していた。

 アイズの背中に『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』を刻んだときから、いつかは聞かれるとも思っていた。

 だが、ここまでステイタスの成長を促すとはヘスティアもかなり驚いた。

 これは不思議に思われても仕方がない。

 アイズは強くなることを望んでいる。

 そのためには必要なことだということも。

 だが、ここで彼女は悩んだ。

 正直に『スキル』のことを話していいのかどうかを。

 ここでヘスティアが取るべき行動は――。

 

 

  1.正直に話す。

  2.優しい嘘をつく。

  3.少し過激なスキンシップで有耶無耶にする。

 

 

 ヘスティアの脳内に選択肢が浮かぶ。

 ここは、おそらく未来の分岐点だ。

 ヘスティアが選んだ未来はもちろん、

 

 

  1.正直に話す。

  2.優しい嘘をつく。

 →3.少し過激なスキンシップで有耶無耶にする。

 

 

 頭の中で何かを選択する音が聞こえた。

 ヘスティアの視界がより鮮明になる。

 アイズ君をよく見るとステイタスの更新後ということもあって、服を着たばかりだ。

 ぶっちゃけると、ガードがかなり緩い。

 目的遂行のためにもこの雰囲気をあえてぶち壊す。

 そのためには、理想郷という名の谷間へダイブするには今しかない!!

 

「ア~イ~ズ、く~ん!」

 

 いざ、理想郷へ!

 ヘスティアは跳んだーー。

 少しの浮遊感を経て至福の時が訪れた。

 一言で表現するなら安らぎを得たのだ。

 神々も知らない未知の領域に、ヘスティアは遂にたどり着いたのだ。

 でも、それだけでは終わらない。

 

 もっと更なる高みへ――。

 

 頬ずりをすることで理想郷を堪能する。

 

「……んっ!」

 

 アイズから妙に艶かしい声が漏れる。

 醸し出される艶やかさは、性別を超えすべての者を魅了して虜にすること間違い無しであろう。

 現に超越存在の一人が虜にされていた。

 しかし、その時間は長くは続かなかった。

 

「へぶしっ!!!」

 

 今までに体験したことのない衝撃がヘスティアを襲った。

 ヘスティアの意識が徐々に遠くなり、世界が白く染まる。

 直後、この下界で何物よりも美しい光の輝きに包まれると巨大な光の柱が天空に突き刺さったのだった……。

 

 

 後日談。

 主神を失ったアイズは色々あって美少女が大好きな変態のロキ様に拾われた。

 そこで、少年と少女は運命の再開を果たす。

 この二人は後に……。

 

 『世界を救った最後の英雄(ラスト・ヒーロー)

 

 “白髪赤目の少年”と“金髪金眼の少女”による『最強夫婦』の英雄譚として後世の人々に語り継がれたのだったーー。

 

 

 

HAPPY END?

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 だああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 こんな結末をボクは絶ッ対に認めない!

 誰だ!? 女神であるこのボクをHE・N・TA・Iにしたのは!!

 ーーまったく、ボクがアイズ君にセクハラをするわけがない。

 

『なぁ、()()そう思うだろう!?』

 

 先程の選択肢へと戻る。

 

 

  1.正直に話す。

  2.優しい嘘をつく。

  3.少し過激なスキンシップで

    強引に話題を変える。

 

 

 ヘスティアは考察する。

 まず、ここで3の選択肢は論外だ。

 こんなのは変態しか選択しない、と自分を必死で言い聞かせ3を除外する。

 よって、残りは1と2のどちらかとなる。

 アイズのことを想えばこそ――。

 

 ぶっちゃけると、アイズ君が隠し事どうこうなんて、正直な所よく分からない。

 分かりやすい所もあれば行動が読めないこともある。

 もちろん、そこがアイズ君の可愛い所なんだけど……。

 例え隠し事がうまかったとしても例外がある。

 それは、ボクたち超越存在のことだ。

 人類は神々に嘘を付けない。

 レアスキル云々なんて詰問されたら明るみになる可能性も決して低くはない。

 可愛い娘を娯楽に餓えている神々の玩具になんてさせるものか!

 それにベル何某への想いなんちゃらだなんて、絶対に言いたくないっ!!

 ボクはヘスティア、天界では三大処女神(スリートップ)と言われていてね、風紀にはうるさいんだ。

 様々な考えが脳裏を過り、一つの結論へと至る。

 

 『これはアイズ君のためだ!』

 

 

  1.正直に話す。

 →2.優しい嘘をつく。

  3.少し過激なスキンシップで

    強引に話題を変える。

 

 

 強い視線で答えを待っているアイズにヘスティアは己のしてやれることに努める。

 

「今の君は、理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早い。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ……これはボクの見解に過ぎないけど、君には才能があると思う。冒険者としての器量も素質も、君は兼ねちゃってる」

 

 アイズの現状は果たしてスキルだけに起因しているものなのか。

 発現したスキルだけが、この少女の急激な飛躍の原因なのだろうか。

 一度は死にかけたとはいえ、たった一人でダンジョンへもぐり、着実に成果をあげてきた毎日。

 戦闘に生かす身のこなしや技術はアイズが実践で組み立てていくものだ。

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の有無に関係なく、戦闘の中で判断を下すのはアイズに他ならない。

 それは彼女自身の『力』だ。

 

「……君はきっと強くなる。そして君自身も、今より強くなりたいと望んでいる」

「……はい」

 

 目を逸らさないアイズに、ヘスティアは自分の両手を胸に抱いた。

 心細そうに目を伏せがちにして、心の内を吐露する。

 

「その君の意志は尊重する。応援も手伝いもする、力も貸そう。……だから約束してほしい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと。お願いだから、ボクを一人にしないでくれ」

 

 アイズが5階層へ進出した時もそうだが、特に自分より格上であるミノタウロスを相手に逃げず立ち向かったことには色々と思うところがあった。

 無様でもいい、情けなくてもいい。

 ただ、生きて無事に帰ってきてほしい。

 ヘスティアは強く願っていた。

 

「――――無茶はしません。強くなるために頑張ります。……でも、神様を絶対に一人にはしません」

「アイズ君……」

「……あ、その……心配はかけると思います……ごめんなさい」

 

 アイズには悲願がある。

 目標もある。ダンジョンでは何が起こるか分からない。

 そのことはエイナさんにもきつく言われている。

 ゆえに、彼女は心配をかけないとは誓えなかった。

 ただ、もう一つの誓いは立てられる。

 

 ”無事に帰ると”

 

『神様を絶対に一人にしないと』

 

「……ボクの感動を返してほしい」

 

 アイズの返答を聞き、ヘスティアはその場に項垂れるが心の中は悪い気分ではなかった。

 むしろ、すっきりとしていた。

 アイズは約束してくれたのだ。

 ボクを一人にしないと。

 

 抱きつきたくなる衝動を堪え、ヘスティアはにこっと笑った。

 ややあって本日の夕食へと話題が移る。

 

「アイズ君、今日の夕食はどうしようか」

 

 その後、今日シルさんという人にお世話になったことを聞いた。

 

「アイズ君がお世話になったのなら、ボクからも一言お礼を言わないと」

 

 ヘスティアはクローゼットからコートを取り出して身支度を整える。

 

「それじゃあ、行こうか」

「うん……」

 

 ヘスティアは先程の”約束”と、アイズとの初めての外食という二つの相乗効果にかなりの上機嫌となっていた。

 アイズの腕を取り、隠し部屋を後にする。

 この時、アイズの唇が綻んでいたことは誰も知らない。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 外は夕日が沈み暗くなっており、街には昼とは違う活気に溢れていた。

 魔石灯が灯す明かりは街を一層綺麗に着飾っており、人通りの多い所に進むにつれて笑い声や怒声などの景気のよい声が賑わっている。

 そして、それがより大きく聞こえてくる建物へ足を進ませた。

 

(ここ、だよね……?)

 

 アイズは見覚えのあるカフェテラスを見つけ、その店頭で足を止めた。

 朝に見かけた看板を仰ぐ。

 シルさんが働いている酒場ーー。

 

『豊饒の女主人』

 

 こういった場所にあまり経験のないアイズはどうしたらいいのか分からず、まず入り口から店内をそっと窺ってみた。

 恰幅のいいドワーフの女性、ネコ耳を生やした少女達、客に注文をとる奉仕さん達、店のスタッフがみんな女性だった。

 そのことに少しだけ、ほっとした。店内は明るい雰囲気に包まれており、飛び交う声は笑い声ばかり。

 みんなお酒を飲んで楽しんでいた。

 料理はどれも美味しそう。

 ただ、自分には少し不釣り合いかな? とも思った。

 

「アイズ君、ここかい?」

 

 アイズに続きヘスティアも店の様子を窺った。

 二人が中を覗いていると銀髪の店員さんがこちらに気付き、駆け寄ってきた。

 今朝、お世話になったシルさんだ。

 

「アイズさん! さっそく来てくれたのですね」

「うん」

「隣の方もご一緒ですか?」

 

 アイズはコクリと頷くことでシルさんの質問に答えた。

 その後にヘスティアが口を開く。

 

「ボクはヘスティア。今日はうちのアイズ君が世話になったね。ボクからも礼をいうよ」

「いえ、あまりお気になさらないでください」

 

 シルさんは笑顔で答える。

 

「では、案内しますのでこちらへどうぞ。お客様二名入りまーす!」

 

 シルさんの声に視線が集まり、店の中が一瞬、静かになった。

 店中の人から注目されていることに戸惑うも、二人は笑顔を絶やさないシルさんの後をついて行く。

 ドワーフの女将さんと向き合う感じのカウンター席に案内された。

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、隣の女神と揃って可愛い顔してるねぇ!」

「……ありがとう、ございます」

「なんたって、ボクの自慢の娘だからね」

 

 アイズはぺこりと頭を下げた。

 水の入ったグラスを出されたので、喉を潤すためにそれを口元へ運ぶ。

 隣では神様もゴクゴクと景気よく喉の音を鳴らせていた。

 

「シルから聞いたよ。何でもウチの看板娘になってくれるそうじゃないか!」

 

「「!?」」

 

 告げられた言葉に度肝を抜かされる……。

 

 

 

 その結果――。

 水が気管に入り、アイズは思いっきり……そう、これでもかってほど盛大にむせた。

 ただでさえ人との会話を苦手としているのに接客業となると難しいを通り越して無理である。

 隣の神様は『ぶぶっぅっー!!』と盛大に水を吹きだしていた。

 カウンター席の上は神様の分泌液と水でびしょびしょになり、他の店員さんがその後片づけに追われている。

 アイズはハンカチで口元を拭いながら、

 

「……どういうことですか?」

 

 現在アイズの背中をさすっており、元凶である人物(シルさん)を問いただしてみるも……。

 シルさんはくすりと小さく笑うと、イダズラが成功したと言わんばかりの表情で片目をつぶり、舌を突きだした。

 俗にいう小悪魔スマイル、通称――てへぺろ☆である。

 

「こちらがメニューになります。では、ごゆっくりどうぞ」

 

 シルさんはメニュー表を渡すと新たに追加注文の入ったテーブルの方へ駆けて行った。

 

「アイズ君、ボクは何も聞いてないよ!?」

「私にもわかりません」

 

 しかし、このちょっとした悪戯が幸か不幸かアイズの命運を大きく分ける結果となる。

 突如、ヘスティアに神のお導きがあったのだ。

 アイズのウエイトレス姿が見たいという全人類の夢と希望が……。

 これは欲望にまみれた動機なんかではない。

 絶対にそうだと断言できる。

 娘にかわいい服を着せたい。

 またその姿を見てみたいと思うのは普通のことだ。

 なにもおかしなことはない。

 

 ヘスティアは目を輝かせ、必要以上に”アイズ君のウエイトレス姿が見たい”と熱く熱弁してみせた。

 その後、女将さんに服を貸してくれるよう交渉する。

 アイズは抵抗する素振りを見せるが、残念なことに気前のいいミアさんは、神様のその案を受諾し即採用。

 そして、なぜが店の店員さんと周囲に座る酒場の客が賛同の声を挙げる。

 悪乗りはほんとに止めてほしい。

 こうなるともう弱冠14歳のアイズにはどうすることもできなかった。

 数の暴力という名の理不尽な力に……。

 

「では、行きましょうか♪」

 

 アイズは笑顔が120%のシルさんともう一人の店員さんに奥の部屋へと連行されたのだった。

 

 ――数分後。

 

「……どう、かな?」

「アイズさん、かわいい!」

「えっ!?」

 

 がばっと、軽い衝撃とともに、正面から腕を回された。

 主神と違い邪念を一切感じないためどうして良いのか分からずにアイズはその場に立ち尽くす。

 

「シル、その子が困っています」

「はーい」

 

 注意を促す声によりアイズはシルさんの抱擁から解放された。

 その声の主へ顔を向けると。

 

「あなたも大変ですね」

「ーーはい。えっと……」

 

 アイズの視線の先には、先程着替えを手伝って貰ったエルフの少女がいた。

 アイズにとって姉的存在であるエイナさんと似た、整い過ぎている目鼻立ち。

 ハーフエルフの彼女と違うのは、突き出ているその耳がより鋭角的な線を描いているということ。

 空色をしたアーモンド形の瞳がアイズの金色の瞳と目が合うと、彼女は行動を移した。

 

「リュー・リオンです。リューと呼んでくれて構いませんよ。ヴァレンシュタインさん」

「私の名前……?」

 

 アイズはリューさんとは初対面だったので名前を知らないはずだ。

 頭にクエスチョンを浮かべていると、

 

「実はシルからあなたのことを伺っておりました」

「私が教えちゃいました」

 

 リューさんのあとにシルさんが続いた。

 そして、再びリューさんが言葉を紡ぐ。

 

「今朝出勤したときにアイズ・ヴァレンシュタインという天使に出会ったと私達の前で自慢していました。シルは貴方がこの店に来られるのを楽しみにしていたようですよ?」

「ちょっ! 何言ってるの!?」

「シル、大丈夫です。私は記憶力に自信がありますので」

「そういうコトじゃないんだけど……」

 

 アイズは二人の楽しそうなやり取りに、ほのかに口端を緩めた。

 その後、シルさんとリューさん、二人の間でちょっとした会議のようなものが開かれたかと思うと。

 

「アイズさん、最初にあいさつの練習してみましょうか。私の後に続いてみてください」

「…………はい」

「いらっしゃいませー!」

 

 シルさんはまさに接客のお手本となるようなひとつひとの音をはっきりと相手が聞き取りやすい声で発し、お辞儀をしてみせた。

 笑顔がまぶしい。

 アイズは背中の汗が一滴すーっと流れるのを感じながらもシルさんに続く。

 

「……い、いらっしゃい、ませ……」

 

 言葉がスムーズに出てこない。

 シルさんみたいにニコッと笑顔で対応出来ない。

 むしろ、恥ずかしくて手で顔を覆いたくなる。

 普段言葉を発する機会が少なく、表情に乏しいアイズには当然、シルさんのようには出来なかった。

 たが、他二人の反応は……

 

「やっぱり、かわいい!!!」

「これなら大丈夫でしょう」

 

 シルさんには再び抱きつかれ、なぜかリューさんは納得顔で頷いていた。

 

(解せない……)

 

 そんなやり取りをしているとドアの向こうから足音が近づいてきた。

 

「シル~、リュ~。人手が足りなくて困ってるニャ。はやく戻ってほしいニャ」

 

 ドア越しに助けを求める声が聞こえてくる。

 

「シル、そろそろ戻りますよ」

「せっかく、いいところでしたのに……。では、アイズさん、一緒にいきましょうか?」

「……はい」

 

 二人の後に続き部屋を出る。

 まさに、その瞬間――。

 

 

 

(えっ!?)

 

 

 

 心臓がとび跳ねた。

 完全な不意打ちで視覚に飛び込んできたのは、今からまさに店に入ろうとしている集団、その中いる白髪の王子様(ベル・クラネル)の姿だった。

 それからのアイズはとにかく迅速だった。

 考えるよりも先に体が動いた。

 アイズは神速の速さで奥の部屋へと駆け込んだ。

 この時の反応速度は言うまでもなく、とあるデスゲームの中なら確実に二刀流のユニークスキルを獲得していただろう。

 

(なぜあの人がここに!?)

 

 以後、アイズは物陰で聞き耳を立てることとなる。

 ウエイトレスの姿で……。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 ヘスティアは今か今かとアイズが着替えて出てくるのを楽しみにしていた。

 待ち時間も最高のスパイスとして機能しているほどに。

 ついさっき、店員の一人が奥の部屋へと行き、複数の足音が聞こえてくる。

 そして、遂にご対面かと思った矢先、絶対に聞き間違えようのない非常に不愉快な声が店中に響いた。

 

ヘスティアにとって犬猿の仲とも呼ばれる人物の登場である。

 

「ミア母ちゃんー! 飲みに来たでー」

 

 

 ーー波乱の宴が始まる。

 

 

 



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第4話 豊饒の女主人 後編【後書き:if物語(ベル君、リヴェリア様に壁ドンをする!?)】

「「あっ」」

 

 世の中には勝者が存在する以上、必ず敗者も存在する。

 持つ者もいれば持たざる者の存在も然り。

 世の中は弱肉強食の非常な世界。

 平等なんて言葉はこの競争社会には存在しない。

 それゆえに、様々な要因を元に人々は争う。

 その全世界の真理は人類だけには当てはまらず、天界の者たちにも適用される。

 つまり、

 

持つ者(巨乳)』と『持たざる者(貧乳)

 

 二人の関係もとい相性は最悪だった。

 

「ここであったが百年目や! こんな楽しい日にな・ん・で、ドチビの顔を拝まんといけんのや!!!」

「ぐわぁぁぁぁぁ。それは、こっちのセリフだぁ!! キミこそ後から来ておいて何を言っているんだ! ボク達は今、いいところだから早く出て行きたまえ!!」

「ウチらはここのご贔屓さんや。貧乏神まっしぐらのドチビにこの店はちとキツいんちゃうか? 相当無理してるやろ!!」

「ふんっっ!! 男装趣味のキミにとやかく言われたくn……ああ、ごめんごめん、確か絶壁すぎて男物しか着ることが出来ないんだよね」

「んなっ!?」

「自分の身の丈に合った服を着るとは少しは成長したじゃないか!! 胸はいつまでたっっても成長しないけど」

 

 

 

――……。

 

 

 

「ウチとて日々成長してるわボケェええええええええええええええええええええ!!」

「うるせー、この貧乳アポカリプス。お前なんかこうだ!!」

 

 突如、女神同士による取っ組み合いが始まる。

 店の中で始まった騒ぎに【ロキ・ファミリア】の団員達はロキの起こす面倒ごとには既に耐性が出来ているので気に留める素振りを見せなかった。

 ーーだた、一人を除いて……。

 

「ロキ様、そのぐらいにしておいた方が……」

 

 16歳にして【ロキ・ファミリア】の幹部である白髪赤目の少年。

 ベル・クラネルはあることを危惧して神々の争いに注意を促すがーー。

 

「ベル君、ほっときなって、直に収まるから。ほら」

 

 彼の隣にいたティオナが指を差す。

 その方へ視線を向けるとベルは悟った。

 ーーあ、もう手遅れだと。

 喧騒中の当事者たちはまだ自分たちの置かれている状況に気付いていない。

 そこへーー。

 

 ぬっ、と大きな影が女神二人を覆い隠した。

 

「騒ぎを起こしたいなら外でやりな!」

「へぶっ!!」

「むぎゅっ!!」

 

 真上から振り落とされたトレイが、ズバァン、と女神二人の頭を鳴らし、苦悶の声が上がる。

 女神相手でも容赦なく()()で場を鎮めるとミアさんはカウンターの方へ戻っていった。

 彼女曰く、『ここでは私が法』らしい。

 

「くうぅ、ミア母ちゃんのこれは相変わらずやで」

 

 ロキ様は叩かれた後頭部を両手で抑えながら悶絶する。

 目尻には涙が溜まっていた。

 もう一人の女神様も同様に後頭部を抑えてバタバタと床を転げまわっていた。

 

 二人ともかなり痛そうーー。

 

 その際、背の小さな女神様のたゆんったゆんっと、揺れに揺れまくっている胸に注目が集まっていることには何も言及しない。

 人は揺れるものに目を奪われるものだ。

 ただ、ラウルは周りの目も気にした方がいいと思う……。

 それよりも――。

 

 厨房の方へ足を進める。

 

「こんばんは、シルさん、リューさん。来て早々騒ぎを起こしてすみません」

 

 この店で特にお世話になっている二人にあいさつを兼ねて詫びをいれた。

 

「こんばんは、ベルさん。ここが賑やかなのはいつものことなので気にしなくていいですよ。今回の遠征も無事に帰ってきてくれて、私少し安心しました。」

「クラネルさん、あまりシルに心配をかけさせないように」

「謝った僕が言うのも何だけど、責める所はそこですか」

「もう、リューも気にしていたでしょう。今朝だって――」

「シルは余計な事を言わないでください」

 

 あはは、と頬を人差し指で掻きながらつい笑みをこぼしてしまう。

 

「クラネルさんは、なぜ笑っているのですか」

「えーっと、ありがとう?」

「……もういいです」

 

 彼女からは嘆息が返って来たが、同時に嬉しくも思った。

 安否を気に掛けてくれたのは本当のことだろう。

 

 ベルは知らないが、これはシルにとってアイズの件でのちょっとした意趣返し(イタズラ)でもあった。

 

 二人に挨拶を終えるとロキ様の方へと向かう。

 この店ではミアさんの鉄拳制裁は別にめずらしくもないので他のお客達も一種の見世物としか思っていないようだ。

 今回はトレイだったけど噂では拳の方が痛いらしい……。

 

「ロキ様、大丈夫ですか?」

 

 僕は主神の安否を気遣いながら介抱する。

 

「うぅ、うちのことを気遣ってくれるのはベルきゅんだけや。慰めてくれぇえええええ!!」

 

(ええっ!?)

 

 なぜか涙をまき散らしながら僕の胸に飛び込んでくるロキ様。

 もちろん、負傷している主神を相手に避けるという選択肢は無かったので、しっかりと受け止める。

 

「ここは天国や、グヘヘ」

「あー! ロキがベル君に甘えてるー!? ずっるーい!!!」

「ベ、ベルさん!?」

「けっ、くだらねぇ。おい、ベル! 早く席に着きやがれ!」

 

 ティオナとレフィーヤから声が上がり、ベートが早く自分の隣の席に座るように親指を立てクイックイッ、と催促する。

 他の団員達はほとんどの者が席に着いていた。

 

「ロキ様、まだ痛みますか?」

「ありがとな、べるきゅん。おかげで元気百倍や」

 

 ロキ様はニッと笑みを浮かべるとみんなの所へ跳んで行った。

 もう一人の女神様の様態も気になるけど、傍に店員さんがついているので大丈夫そうだ。

 ベートにも促されたので、とりあえず席へと向かったんだけど……。

 ここでまた一悶着である。

 

「はい、ベート邪魔」

 

 ティオナがベートを椅子ごとひょいっと退かして席を確保する。

 

「なっ、てめっ」

「今日は私とレフィーヤでベル君のお酌する約束なの」

「「えっ!?」」

 

 僕とレフィーヤから同時に驚きの声が上がる。

 

(その約束、今初めて聞いたのだけど――)

 

 確認のためにレフィーヤの方に『約束したかな?』とアイコンタクトを送ると顔を横にフルフルと振りだした。

 どうやら約束は存在しないらしい。

 

「ケンカ売ってんのかクソ女……」

「いいかげんベル君に相手にされてないって気づけバーカ」

「なっ、てめっ……ぶっ殺してやる!!」

 

 その喧嘩を見てレフィーヤが、

 

「あ、あの……お二人ともケンカは……。ど、どうしましょう、ベルさん!!」

 

と、二人の間に挟まれてオロオロしている。

 

「先に席に着いていようか」

 

 この事態を招いた? ことに負い目を感じつつも、この二人の喧騒も『ロキ・ファミリア』では日常の一幕であった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん、今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 立ち上がったロキが音頭を取り、次には一斉にジョッキがぶつけられる。

 団員達が盛り上がる中、ベルも杯を軽く上げ乾杯した。

 

「団長、つぎます。どうぞ」

「ああ、ありがとう、ティオネ。だけどさっきから、僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔いつぶした後、僕をどうするつもりだい?」

「ふふ、他意なんてありえません。さっ、もう一杯」

「本当にぶれねえな、この女……」

「うおーっ、ガレスー!? うちと飲み比べで勝負やー!」

「ふんっ。いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」

 

 いつも通りのカオスな飲み比べが始まるかと思われたが……。

 ここでロキ様が提案する。

 

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利つきッ!……っと言いたい所だけど、この展開に読者は飽き飽きしてるやろから――」

 

 ロキ様は溜めに溜まくる。

 

「ベル君、ロキは誰に対して言ってるの?」

「僕に聞かれても」

 

 ほんと誰に向けて言ったのだろう。

 

 ロキ様は団員たちの注目を集めるためだろうか。

 席を立ってパンパンと手を叩く。

 やがて、みんなの視線が集まったのを確認するとニッと人が悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を上げて宣言した。

 

「今回は勝者の言うことを何でも一つ聞く権利つきやァッ! フャミリア内なら誰を指名しても自由!! 主神の権限使ったる」

 

 一回きりの絶対命令権。

 酒の席で場が温まり始めた頃、主神の名において最大級の燃料が投下された。

 

「じっ、自分もやるっす!?」

「俺もおおおお!」

「俺もだ!」

「私もっ!」

「ひっく。あ、じゃあ、僕も」

「だ、団長!? わ、私なら、いつでも……」

「誰もティオネを指名するとは言ってないよ」

 

 妄想中のティオネに妹のティオナがツッコミをいれる。

 

 ある者は富を、ある者は地位を、またある者は下心を。

 

 主神の甘い言葉と酒の力により、理性という名の鎖から解き放たれ本性をさらけ出す。ーー要は、みんなノリノリであった。

 

「リ、リヴェリア様……」

 

 レフィーヤは少し心配そうな表情で副団長であるリヴェリアを伺うが、

 

「私も参加しよう」

 

 一瞬の沈黙。そしてーー

 

 

 

「「「「「ええええええええええええっ!?」」」」」

 

 

 

 大絶叫。

 再び燃料の投下であった。

 リヴェリアは基本的に酒を飲まない。彼女は神々が嫉妬するほど美しく、いついかなる時でも気高く威厳があり、誇り高い。

 エルフの里を出た者、他の集団に属する者達すら彼女を崇拝する者は後を絶たない。

 

 これはファミリア内での共通認識だ。

 それだけに団員たちが受けた衝撃は大きかった。

 

「ようやく、大きな山が動きおった」

「ヒィっく」

「ガハハッ!! 昔の借りを返す時が来たのう」

 

 ロキが謳い、フィンが奏でるメロディーと共に、ガレスが笑う。

 ここに、【ロキ・ファミリア】による血を血で洗う、史上かつてない天下分け目の戦いーー。

 

 

 

 『絶対命令権』争奪戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 一方、騒ぎ合う仲間たちの横で、自分の調子を守って食を進めていたベルだったが、視界の端に先程の小さな女神様を捉えた。

 復活した彼女はロキ様の方へ歩み寄る。

 その時、一瞬だけこちらの方に目を向けたかと思うとなぜか睨まれた。

 

「おいロキ、ボクとも勝負しろ」

「何言うてんねん、ドチビには関係ないやろ」

「ほぅ、ボクに負けるのが怖いのかい?」

 

 ロキ様からカッチーンと擬音が聞こえた気がした。

 

「絶対泣かしたるッ!! ミア母ちゃん、ドワーフの火酒を追加やー」 

 

 ベルは思った。

 ロキ様の煽り耐性ゼロですか!? と。

 

 この時のヘスティアはその絶対命令権を使って何が何でもアイズをベル何某君の毒牙から守ろうとしていた。

 

 だが、彼女は知らない。

 自分が酒に弱いことを。

 5分と経たずにダウンすることをーー。

 

 後に、彼女が一生後悔する出来事が起こることを今の彼女は知らない。

 

 言うなれば、この日、この後の出来事は、ベルとアイズの二人の歩みにとって、

 

 

 ――最大にして最初の試練なのだから……。

 

 

 酒が進につれて当然のように自分にも飛び火はやって来る。

 酔ってたかが外れているのか、普段は一歩遠慮している後輩の団員達に気持ちよくなりましょうとばかりに、親睦とばかりに、杯を突き出され、僕は困ったように微苦笑してしまった。

 

「やめろ、ベルに酒を飲ませるな」

「あれ……ベルさん、お酒は飲めないんでしたっけ?」

 

 リヴェリアの制止でことなきことを得るが、左隣にいるレフィーヤから尋ねられる。

 

「少しなら飲めるんだけど……」

 

 言葉に窮していると、右隣で運ばれた側からパクパクと料理を食べていたティオナが、ぐいっと杯をあおった。

 

「うぐっ……ぶはっ。ベル君がお酒に飲まれると色々と大変なんだよ、ねー?」

「ははは」

「えっ? ど、どういうことですか?」

「下戸っていうか、悪酔いなんて目じゃないっていうか……果てしなくキラキラ輝いて笑顔が眩しい時もあれば、ベートが死にかけたこともあるよー」

「ティオナ、そのくらいで……」

「あははっ! ベル君、顔赤~い!」

 

 黒歴史の1ページを淡々と語られて何だか恥ずかしい。

 僕を間に挟んでコソコソとティオナがレフィーヤに当時のことを説明し始めた。でも、途中からフラグが――だの、ベートが嫉妬して――だの、僕に身に覚えがない言葉が聞こえてくるのは気のせいだよね!?

 

 何を聞かされたのか慌てふためくレフィーヤとけらけら笑うティオナに釣られ、僕も自然と表情が綻ぶ。

 周囲の客からも笑いが絶えない中、愉快と言える一時が過ぎていった。

 

「そうだ、ベル! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 ややあって、ロキを中心に遠征の話題で盛り上がっていた時だ。

 ベルの斜向かい、どこか陶然としているベートが何かの話を催促してきた。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? それで、ほれ、あん時いたトマト娘の!」

 

 ――彼が何を言わんとしているのか理解した。

 

 僕がミノタウロスから守ったあの金髪の少女。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡喰って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

 ティオネの確認に、ベートはジョッキを卓に叩きつけながら頷く。

 普段より声の調子が上がっている彼に、何か嫌な予感を覚えてしまった。

 耳を貸すロキ達に当時の状況を詳しく説明するベートの口は止まらない。

 

「抱腹もんだったぜ、小動物みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を真っ青にしてやんの!」

「ふむぅ? それで、その娘どうしたん? 助かったん?」

「ベルが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

 今、自分がどのような顔をしているのか、ベルには分からなかった。

 

 僕はあの少女を助けた? 

 

 それとも傷つけた?

 

 自問をすればするほど、あの日僕から逃げるように駆け出した少女の後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 死者を出すような最悪な結果を回避した。

 それだけだ。

 その結果にあの少女の負った傷は含まれていない。

 

 ベートはさらに続ける。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

 

「うわぁ……」

 

 ティオナが顔をしかめながら呻いた。

 それだけで罪悪感、悲壮感、無力感といった負の感情の波が激しく押し寄せる。

 

「それにだぜ? そのトマト娘、全速力でどっか行っちまってっ……ぷくくっ! うちの王子様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

「……くっ」

「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 女の子怖がらせてしまうベルきゅんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふっ……ごめんなさい、ベルっ、流石に我慢できない……!」

 

 自分と周りの時間がずれて行く感覚。

 頭に血が昇っていくのとは何か違う。

 例えるなら、

 

 

 自分の感情が、

 

 

 心が、

 

 

 急激に冷めていく。

 

 

 冷えて凍って、自分の中の何かが砕け散り、別の何かが暴れ出しそう。

 

 

 

 

 ーーそんな感じ……。

 

 

 

 

「……ベ、ベル君?」

 

 顔を覗き込んでくるティオナに、尋ねたかった。

 今、自分はどんな目をしているのか。

 あの少女のためにどんな目をしてあげられているのか。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、モンスターを前にして震えて座り込むくらいなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少女に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 リヴェリアの静かな非難の声を上げるが、ベートは止まらなかった。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えないヤツを擁護して何になるってんだ? それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 ロキが見兼ねて仲裁に入るも、彼は唾棄の言葉を緩めない。

 

「ベルはどう思うよ? 自分の目の前で震えあがるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ? それに……」

 

 彼は続けて言った。

 

「雑魚じゃあ、お前に釣り合わねえ」

 

 直後、僕の中で押さえつけていた何かが粉々に砕けた。

 

「えーっと、ベート?」

 

 彼は度々僕に雑魚に関わるなと言ってくる。

 僕には理解できないけど、彼には彼の価値観がある。

 考え方は人それぞれだ。

 自分にとっての価値があることだからと言って他人に価値観の共有を強いることはできない。

 だが、彼の言葉はベルにとって見過ごせないものだった。

 尊大な表情、不遜な態度、目に余る発言の数々。

 自分が強者であることを信じ、相手を故無く見下す。

 彼がどういうつもりで言ったのかは分からないけど、それは僕の逆鱗に触れた。

 ベルの手がゆっくりとベートの胸倉の方へ伸び、捕える。

 直後、ベートをテーブルの向こうから引きずり出しそのまま床へ叩きつけた。

 

 そして、告げる。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 後にこの場に居合せた人はこう語る。

 【ロキ・フャミリア】の凶狼(ヴァナルガンド)が大声で騒いでいたかと思うと急に大きな物音が鳴ったと。

 また誰かが騒ぎを起こしたかと思い、視線を向けると思わず息を飲んだとーー。

 

 尋常ではないほど冷え冷えとした声音、

 極限まで研ぎ澄まされた殺気を纏い、

 全身から迸るのは数多な雷炎。

 

 そこには――

 神々から英雄(アルゴノゥト)の名を与えられた死神(・・)が降臨していた。

 

 王子様(プリンス)などという生易しい存在感ではない。

 少なくても俺はそう思うと同時に悟った。

 ダンジョンに潜むモンスターにとってベル・クラネルは死の象徴ではないのかと。

 味方なら一騎当千の英雄、敵に回ると全てを打ち滅ぼす死神。

 先日ギルドから報告された他に類を見ないミノタウロスの集団が上層に向かっての逃走劇の一因であると理解したのだった。

 

 すまない。少し話が逸れたので戻るとしよう。

 第一級冒険者の者達が、騒ぎが起きたらすぐに場を鎮圧する強者の店員達が、少年から放たれる殺気に動きを封じられ、店内の喧騒を静寂へと塗り替える。

 組み伏せられている凶狼(ヴァナルガンド)を抑える圧力を少年が強めたからだろうか、苦悶の声が上がった。

 

 

 

――だが、その状態が長く続くことはなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 ベルはベートを組み伏せたまま掌で彼の頭を鷲掴みにする。

 そして、告げた。ーーいわゆる最後通牒。

 ベルには常に冒険者を貶めては罵倒する彼の言動には許せないものがあった。

 

「ベート、何か悔い改めることは?」

「あぁ?」

 

 彼は何のことを聞かれたのか理解出来なかったのだろうか。

 先程まで引きつった表情を浮かべていたが、一瞬考える素振りを見せた後、指の隙間からまっすぐと僕の目を見て力強く言い放った。

 

「雑魚に雑魚と言って何が悪い」

 

 放出する殺気が最大限にまで膨れ上がり、店内に緊張が走る。

 

 ベルは拳を強く握る。

 硬く、硬く、どんなものでも貫ける程に硬く。

 

 まさに拳を振り下ろす直前――。

 

(えっ!?)

 

 殺伐とした店内で、僕の横を『()』が走り抜けた。

 

「アイズさん!?」

 

 シルさんの叫びと共にその少女が店を飛び出す。

 その少女の横顔を僕はしっかりと捉えてしまった。

 幼さを残しながらも他の女神様達にも見劣りしない容貌。

 どんな黄金財宝よりも輝きを放ち、腰まで真っ直ぐ伸びた金髪。

 それに負けないくらい綺麗な金色の瞳からは涙を光らせていた。

 

 先日ミノタウロスに襲われていたあの子だ。

 ベートが先程まで罵倒していた少女だ。

 

 その彼女に、

 ――全てを聞かれてしまっていた。

 

 僕はすぐに立ち上がり、追いかけようとしたがそれが叶うことは無かった。

 

「店で騒ぎを起こすんじゃないよ! このアホンダラァ!!」

 

 (オーガ)の咆哮と共に、頬に今までの人生で味わったことのない重い衝撃がベルを襲う。

 気が付いた時には豪快に店から遥か先の外まで殴り飛ばされていた。

 すぐに体を起こそうとするが受けたダメージが大きい。

 全身に力が入らず、身動きが取れない。

 

「イッ!?」

 

 視界が歪む。

 痛みを通り越して、ずしんと体の芯まで響く重みを感じる。

 先程のミアさんの拳は、間違いなく人生の中で最大の重い一撃であった。

 

 ただ、それよりも――。

 

 また、あの子を傷つけた。

 僕にはその事実の方が何よりつらい。

 

 ――アイズ。

 

 シルさんが叫んだ名前を呟き、反芻する。

 ベルが助けた冒険者の名前。

 ベルが傷つけてしまった少女の名前。

 

『今は心の方が痛いや』

 

 星が無数に輝く空に向かっての呟きは、

 夜の暗く深い闇の中へと飲みこまれていったのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 




【後書きif物語:ベル君、リヴェリア様に壁ドンをする!?】

〜はじめに〜
 メッセや感想でリヴェリアをヒロインに! といくつか要望が寄せられたので下記に書いてみました。字数:4000字程度。
 また後書きはルビが振れないのでその点についてはご了承下さい。

※下記の物語は、本編には影響がないif物語なので興味のない方はスルーしてもらって大丈夫です。



◆◆◆



〜絶対命令権:勝者 リヴェリアver〜


「はぁ」

 時刻は昼過ぎ、ホームの中庭で一人の妖精が深いため息をついていた。
 レフィーヤである。

(最近、ベルさんとあまり話す機会がないなあ……)

と本人は思っているが、他の人から見るとそうでもない。せいぜい一日~二日くらいであった。

「リヴェリア様が羨ましい……」

 ふと思ってしまった。
 そう、彼女は先日の打ち上げにて見事に命令権を獲得したのだ。
 つまり、ベルを指名することも可能なのだ。

「私が命令権を持っていたらベルさんと――」

 そんなことを呟きながら、ついつい想像してしまう。

 一緒に買い物に行って、綺麗な夜景が見えるレストランで二人きりで食事をして、その後にベルさんの方から少しだけ強引に愛の告白を……。

 いやいや、とそこまで考えて首を振る。

(わ、私はベルさんを冒険者として、仲間として尊敬しているのであって、決して邪な思いを抱いているわけではーー)

 自分の妄想に対して、自分に弁明を行う。
 思春期は色々と大変である。

(で、でも普段できないことを少しくらいは……。そう、例えばーー)

 お姫様抱っことか、膝枕とか、後ろからギューって抱きしめてもらうとか、今みたいに二人で並んで座ってから寝たふりをして相手の肩にもたれかかる肩ズンとか、ああでも定番の壁ドンとかも――。

 あ、あれ? 私、今なんて言った? 少しだけ思い出してみよう。
 今みたいに? 二人きりで?

 そんなわけないそんなわけないそんなわけないそんなわけない。

 全身から嫌な汗が流れるのを感じる。
 隣に人がいる気配も感じる。
 そこから導き出された答えに嫌な予感しかしない。
 ゆっくり、ゆっっくりと顔を隣へ向ける。
 そこにはーー。

 女神にも勝る美貌。
 エルフの種族の中でも高貴な血を引いた王族。
 その人物の名は――。

「り、リヴェリアさまぁああああッ!?」

 妖精の叫びにも似た悲鳴がホームに響いたのだった。

「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが、名前を呼んでも上の空だったのでな」
「い、いったい……いつからそちらに?」
「レフィーヤが『私が命令権を持っていたらベルさんと』から『定番の壁ドンとかも』までだな」

 ぜ、全部聞かれ……あ、あれ?

「えーと、リヴェリア様? い、今壁ドンって聞こえたような」

 間違いであって欲しい。聞き違いであってほしい。強くそう思った。

「ああ、他にもお姫様抱っこや膝枕や肩ズンやらとも呟いていたぞ」

 僅かな希望が無残にも砕け散る。
 心の声が漏れていた!? 
 お、終わった……。は、恥ずかしいーー。

 ――もう死にたい。

 よりにもよってリヴェリア様に聞かれるなんて……。
 穴があったら入りたいとはきっとこのことだろう。

「あはは……」

 もう乾いた笑いしか出てこない。
 がっくりと項垂れているとリヴェリア様から耳を疑うような事を聞かれた。

「それで、壁ドンとは何だ?」

 えーっと、少し困惑しながらも尋ねる。

「リヴェリア様、もしかして壁ドンをご存じないのですか?」
「私はそう言うのに疎くてな。よし、レフィーヤ、その壁ドンとやらを私にやってみろ」
「ええええっッ!? む、無理です無理です! 私にはその役目は務まりません!!」

 フャミリアの団員が副団長を相手に、エルフのレフィーヤが王族のリヴェリアを相手にするのは幾らなんでも難易度が高すぎた。
 リヴェリア様の頼みでもここだけは譲れない。
 それにこういうのは好きな人にやってもらうに限る。
 もしくはイケメンに限る。

 ちなみにレフィーヤは前者しか受け付けない。

「仕方ない、ベルを呼ぶとするか。ちょうど、レフィーヤもいるからな」
「へっ?」

 つい間抜けな声が出てしまう。

「なぜベルさんなのですか? それに私がいるからとは?」
「ベルに壁ドンとやらをしてもらいたいのだろう? 先程、自分で言っていたぞ」
「◎△$♪×¥●&%#?!」

 中庭に本日二度目の悲鳴が上がった。

 ーー暫くして。

「リヴェリア、それで話って?」

 ついに、ベルさんが中庭まで来てしまった。
 リヴェリア様が他の団員に中庭に来るようにと伝言を頼んだらしい。

「ふむ、レフィーヤに壁ドンとやらをしてほしい」

 リヴェリア様、今なんて?

「えーっと、どう言う状況?」

 ベルさんが戸惑うのも無理はない。
 ーーっというか、私がされるのですかッ!?

「リ、リヴェリア様、お気持ちは嬉しいのですが……そ、その、恥ずかしいというか、心の準備ができてないというか……あ、い、いや、でも決してベルさんにしてもらうのが嫌というわけではなくてですね……」

 自分でも何を言っているのか分からないが、要は一歩を踏み出せないでいた。
 久しぶりに会話したのにいきなり壁ドンは無理である。

「リヴェリア、僕も身内の人にやるのは恥ずかしいのだけど……辞退してもいい?」

 ベルさんも恥ずかしいんだ。助かったような、少し残念なような。
 複雑な心境である。

 リヴェリア様は仕方ないとばかりにポケットから一枚の紙を取り出した。
 神聖文字で書かれたそれは、見間違えることはない。
 主神が手作りした絶対命令権だった。

 リヴェリア様どれだけ壁ドンのことが気になっているのですかッ!?

「うっ!」

 それを持ちだされてはベルさんも断ることができない。

「そうだな、命令はベルにこの場のエルフを対象に壁ドンとやらをしろ」
「……はぁ、わかりました」

 あ、ベルさんが折れた。

「レフィーヤ、心の準備は出来たか?」

 私は当然首を横に振った。

「なら初めは私からだな」

 変な事になったと思いつつも、期待に胸を膨らませるレフィーヤだった。



◆◆◆

 

 本当に可笑しな事になったものだ。
 初めはちょっとした興味本位だった。
 レフィーヤから呟かれた言葉の中で唯一、私が体験のない事だったからだろう。
 お姫様抱っこ、膝枕、ハグ、肩ズン、どれも母親代わりとして接していれば一度は体験することだ。
 近年はしていないが昔はよくやっていたものだ。
 そのようにして愛情を注ぎ、成長を見守ってきた子供が今、目の前に立っている。
 いや、もう子供と呼ぶのは可笑しいかもしれない。
 少年から青年への成長過程だろう。

 目の前の少年は少し躊躇っていたが覚悟を決めたのか力強い意志の篭った目になった。
 そんな表情もするようになったのだな、と嬉しいやら少し寂しいやら不思議な感情が芽生える。
 私が思考に耽っていると突然、

『ドンッ!!』

 と音がなり同時に心臓を跳ねた。
 私の顔の横に伸びるベルの細すぎず引き締まった腕。
 冒険者としての性だろうか、反射的に体は逃げようとするが反対側にも逃がさないとばかりにベルのもう一本の腕が道を塞ぐ。
 最後の止めとして私の股の下にベルは足を入れてきた。
 気が付けば私はベルに壁へ追い詰められ身動きがとれなくなっていた。
 背中越しに伝わるひんやりとした壁は私の身体とは対照的で少し心地よく感じる。

 この圧迫感と緊張感ーー。

 こ、これが俗にいう……壁ドン。

 乱された心を落ち着かせようと目線を上げるとお互いの息がかかる距離でベルと目があった。
 こんなに近くでベルの顔を見たのはいつ以来だろうか。
 長いまつ毛にきれいな深紅の瞳、昔の泣き虫はどこにいったのか、面影を残しつつも凛々しい顔立ちになっている。
 処女雪のような白髪のクセ毛は子供のころと変わらないが、背丈はここ数年で随分と伸びた。
 あんなに小さかったのに今ではヒューマンの中では少し高いくらいだろうか。
 私が見上げる形となっている。
 ゆっくりと、二人の間の空気がぎゅっと凝縮されて圧力が高まり、心臓が早鐘のように鼓動を打つ。
 私がそれに耐えきれず思わず、顔を下に向ける。
 するとベルは私の顎に触れ、『クイッ』と少し強引に元の位置へと戻された。
 そして、少しずつベルの顔が迫ってくる。
 女としての気持ちと倫理観に板挟みされながら、私は思わず口を開いた。

「私は王族(ハイエルフ)だ。それに私はお前の――」

 エルフの王族と人間。
 それに私達は家族であり、私はベルの母親だ。
 血の繋がりはないが積み重ねてきた絆は強固なものとして存在する。
 そう、間違いを起こしてはならない。
 母親である私が止めなければ。
 しかし、ベルから帰ってきた言葉は、

「リヴェリア、目を閉じて」

 甘く、とても甘い囁きだった。
 それは、リヴェリアの倫理観を優しく包み込み溶かしていく。
 そのくらい甘かった。

「わ、私は……」

 抵抗を見せるが、本気で抵抗が出来ない。
 いやだけど辞めてほしくない。
 矛盾が矛盾を生む。
 頭の中がぐちゃぐちゃになり、次第に本能が理性を凌駕する。
 そして、私には――。

「リヴェリア、もう一度言うよーー目を閉じて」

 もう抵抗する力は残されていなかった。



◆◆◆



 凄いものを見てしまった。あのベルさんとリヴェリア様が――。

 レフィーヤは終始、両手で顔を覆いながらマジマジと見入ってしまった。
 リヴェリア様はベルさんから解放されると顔を真っ赤にしながら、おぼつかない足取りで慌ててどこかに行ってしまった。残された私たちはというとーー。

「ふぅ、緊張したぁ~」

 ベルさんは疲れたのかその場に腰を下ろす。

「えっと、ベルさんさっきのは?」
「えっ!? 僕、何かおかしい所あった?」
「いえ、おかしくはないのですけど、その……」

 つい、否定してしまった。

「昔おじいちゃんに将来役に立つからと言われて、壁ドンの作法を教えられたのだけど――」

 つまり、ベルさんのアレはお祖父さんの影響ってことですか……。

 『その方は絶対に何かが欠如していますッ!!』

 レフィーヤはツッコミを入れずにはいられなかった。
 ベルさんはさらに続ける。

「前に、ロキ様に確認したときは、練習相手に志願されるほど好評だったからこれで大丈夫かなって」

 もう!! あの主神は何をしているのですか!!
 こうなったら私がベルさんに本当のことを教えないと。

「それでレフィーヤはどうする?」
「えっ?」
「リヴェリアには、その……レフィーヤにもって言われたのだけど」

 ベルさんからの、


 ーー甘い誘惑。


 私の答えはもちろん――――。


 End



~最後に~
初めてあとがきで物語を書いたけど本編とは違って気負うものがないので楽しかったです。
If物語は何か本編では書けないようなネタが溜まり次第投下します。
需要があるかは分かりませんが笑

ちなみに、リヴェリア の身長は170cmです。
今作のベル君は170後半ぐらいのイメージでお願いします。(ベートより少し低い)

では、また次回。


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第5話 覚醒

 私は黒く染まった世界を駆けた。

 吹き抜ける風が頬を切るように冷たく、流れ落ちた一滴は風に乗り、やがて闇へと消える。

 私は何をしているのだろう。

 祖母が亡くなり、決意し、村を飛び出した。

 あの決意と覚悟はどこにいったのか。

 悲願とは何だったのか。

 なぜ、こんなにも私の心では風が無秩序に吹き荒れているのか。

 風はやがて嵐となり、全てを蹂躙する。

 私は、内に秘める黒い劫火に為す術もなく身を委ねた。

 

 

 ――……。

 

 

 時は夕刻を過ぎ、人々が寝静まる頃。

 私はダンジョンに乗り込んでいた。

 先程、私を蔑んだ青年の言うとおりだった。

 最近は自分の成長が実感できて舞い上がっていた。

 憧憬(あの人)に少し近づけたとも思っていた。

 でも、実際は違った。私には足りないものが多すぎる。

 今、モンスターと対峙していると嫌でも感じる。

 まだ私はスタートラインに立ったに過ぎないということを。

 店を着の身着のままで飛び出し、武器も持たずにモンスターと遭遇する。

 でも、止まらなかった。止められなかった。いうなれば自暴自棄。

 全てを切り裂く刃を纏い、始まりを告げる鐘もなく、静かに殺戮は始まった。

 

 

――ダンジョンで死を呼ぶ風が狂い踊る。

 

 

 アイズは視界に映る敵を全て”風”と”暴力”で捻じ伏せる。

 そして、また次の獲物を求めて駆ける。

 殴るごとに弾け飛ぶ肉塊。飛び散る鮮血。嵐の中に咲く、紅蓮の花のように。

 モンスターを相手に素手喧嘩(ステゴロ)の戦闘を行いながら、辺り一帯を紅く染め上げる。

 鋭利な爪や牙で肉を裂かれてもその風が止むことはない。痛みはなく、恐怖もない。

 あるのは、強大な破壊衝動のみ。

 ゴブリンが、コボルトが、その他の上層にいるモンスターたちが苦悶の声上げてもアイズには聞こえない。

 紅い風は猪突猛進の如く、全てをなぎ倒していった。

 

 

 

 

 

 

 その風に変化が起こったのはある程度の時間が経った頃だった。

 強く記憶に残っている通路。

 己の無力さを知り、死への恐怖を知り、憧憬をみた場所。

 ミノタウロスに殺されかけ、『英雄(ベル・クラネル)』と出会った場所。

 アイズは徐々に速度を落とし、足を止める。

 絶望を味わったのは初めてではなかった。

 一度目は全てを失った。

 暗くて寒い場所で、ずっと独りぼっちだった。誰も助けてくれなかった。

 

『あなたも素敵な相手に……』

『お前だけの英雄に……』

 

 母と父の言葉が蘇る。

 その言葉はウソだと否定した。

 どれだけ声を上げて、喉を枯らし、哭いても英雄は現れてくれなかった。

 だから、私は大切なものを取り戻すために剣を握った。

 二度目は力を求めた。

 何も知らない少女のままでいられる時間はとうの昔に終わりを告げた。

 ダンジョンに潜り、モンスターを倒せば、アイズが求める力が手に入る。

 しかし、強さを求めた旅路の終点は目的地に辿りつくことなく、終わりを迎えた。

 そのはずだった……。

 

 

 英雄が来てくれなければ――。

 

 

 アイズは思う。

 なぜ私の心はこんなにも荒れ狂っているのだろうか。

 その答えは今なら分かる。

 自分の弱さを受け入れられなかった。

 認めたくなかった。

 英雄に憧れることを他人に否定された。

 それぐらいで心を乱されるようでは追いつくなんて一生賭けても出来はしない。

 悲願なんて夢のまた夢だ。

 自分の進むべき道は自分で決める。

 そして、進むべき道は既に決まっている。

 答えは単純明快にして、険しい茨道。

 

 

 “強くなる”

 

 

 ただ、それだけだった。

 心は晴れ、荒れ狂っていた風は穏やかなものへと変化し、少女の体を包むように優しく寄り添っている。

 それをアイズはどういうものか説明さてなくても理解できた。

 幼いころいつも目にしてきた風の気配を強く感じる。

 それは、いつだって感じていた母の息吹だ。

 

 

 片時も離れず側にいてくれた――『精霊の風』。

 

 

 目を閉じ、己の掌を左胸に当て心臓の鼓動を強く感じる。

 ここは、一見すると迷宮の上層の何もない通路。

 それでも、アイズにとっては特別な場所。

 彼はただ目の前で殺されそうな私を助けただけかもしれない。

 でもアイズにとっては特別な意味をもっていた。

 

 

 私の前に『英雄』は現れてくれた。

 

 

 ここで、出会い救われたのだとーー。

 神様には一人にしないと誓った。

 故に。

 アイズはこの場所で、自分の魂へ誓いを立てる。

 もう、誰にも負けないと。

 英雄(ベル・クラネル)のように強くなると。

 そして。

 ――――――必ず取り返すと。

 

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 

 紡がれる歌声は、確たる『決意』を宿していた。

 アイズを中心として、今までとは比べ物にならない凄まじい烈風が解き放たれる。

 ここから、英雄を求め続け、擦り切れ、それでもなお、力を欲した少女による英雄譚が始まる――。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 ベルは、地面の冷たさを背中に感じながら、空を見上げる。

 僕の憂鬱な感情など知らないとばかりに、星達は輝きを放っている。

 普段はあまり気にならないが、今だけはその景色に目を奪われた。

 神々の中には魂の輝きを視ることの出来る神様も存在すると聞いたことがある。

 星の輝きと魂の輝きはどのように違うのだろうか。

 この星達よりもきれいな輝きを放っているのだろうか。

 昔、ロキに聞いたことがあったが、ベルきゅんだけは知らない方がいいと忠告された。解せない……。

 ベルが夜空に魅了されていると、酒場の方から歩み寄る音が聞こえてくる。

 

「何時まで寝ているのですか?」

 

 僕がさっきミア母さんに鉄拳制裁を食らったのを見てなかったのだろうか。

 すごい一撃だったと思うのだけどーー。

 

「起きれないだけです」

 

 僕がそう答えると、その人はとんでもないことを口にする。

 

「あなたの理不尽さは昔からよく知っています。それより、早くしないとシルが心配して倒れますよ?」

 

 なぜだろう。褒められている気がしない。

 それに加えて少しだけ心配症のシルさんを使って脅してくる。

 

「リューさんも、もう少し心配してくれても良いのでは?」

 

 リューは思う。

 この少年は何を言っているのだろうと。

 彼女はあの事件が起きる前までは、ベルと同様にオラリオで活躍し注目されていた。

 冒険者としてほぼ同期みたいなものだ。

 周りからはライバルと言われていたこともあったが、リューにしてみれば比べないで欲しかった。

 そのぐらいの差があったと今でも思う。

 

 リューは天才だった。

 冒険者としての才能と決しの努力で冒険者の先輩達を次々と追い越し高みへの階段を駆け上がった。

 生まれた時代が違えば、この迷宮都市で一番になれる可能性を秘めていた。

 しかし、リューと同じ時代にはベルがいた。

 彼は、天才達の中でも群を抜いていた。

 それだけでは、言葉が足りないかもしれない。

 彼は化物だった。理不尽の塊だった。そのぐらい飛び抜けた存在だった。

 彼は、長い歴史をもつオラリオの常識を次々と覆し今に至る。

 現在、私が知っていることだけでも、

 

 世界最速兎(レコードホルダー)

 各レベル時における全ステイタスの限界突破。

 雷と炎属性による多重付与魔法(マルチ・エンチャント)

 レベルが一つ下の火力魔導士にも匹敵する威力をもつ、無詠唱の速攻魔法(フャイアボルト)

 チャージ権の執行スキル。それを応用した多重集束(マルチ・チャージ)

 『幸運』という前代未聞の発展アビリティ。

 その他にも理不尽なレアスキルの数々。

 

 これ以上考えると頭がおかしくなるので、リューは思考を切り上げる。

 それらに加えて、ダンジョン内で数多の活躍。

 それはこの迷宮都市オラリオで1、2位を争うファミリアの中でも一騎当千の活躍ぶりだ。

 白兵戦に至ってはレベル5にしてオラリオ1と言われても違和感がないどころか、むしろ納得できるほどだ。

 彼の活躍は常にオラリオの中心だった。

 冒険者を止め、酒場で働いているが、彼の噂を聞かなかった日は無かった。

 彼以上の者など今後現れないとすら思える。

 

 リューは冒険者だった時に何度かベルと剣を交えたことある。

 もちろん、正々堂々とした手合せだ。

 ただ、彼女はいつもやり過ぎてしまう。

 こちらは魔法も駆使して全力で挑むが、ベルに剣術と体術だけであっさりと組み伏せられた。

 相手を傷つけないように配慮された最小限度の力で……。

 この時、リューは同じレベル帯で最高位の位置にいたが、同じレベルのベルに軽くあしらわれた。

 培ってきた技や駆け引きもまったくと言っていいほど通用しなかった。

 それほどの人物がいくらミア母さんに意識外から”あの重い一撃”を貰ったと言っても、それぐらいで地面に背を預けているとはどうしても思えなかった。

 

 リューはスカートの裾を抑え、その場にしゃがみ込み、両手を自分の両膝へと乗せる。

 ベルの深紅(ルベライト)の瞳を真上から覗き込むような形で桜色の唇を開いた。

 

「それで、何をしているのですか?」

 

 リューはベルが動く気配がないことは、”訳あり”と考える。

 あんなにも感情の高まったベルを初めて見た。

 理由が気にならない訳ではないが、彼から言わない以上、詮索するのは野暮なことなのだろう。

 店の定員として騒ぎを起こした当事者から話を聞かなければならない立場だと思うが、シルと同じく”恩人”である彼には【疾風】として冒険者たちから恐れられている彼女も甘いのだ。

 

「夜空を背にしたリューさんはとても綺麗だな、って」

 

 リューの空色の瞳が、見開かれる。

 

「あっ、すみません。つい……」

 

 動揺した少年の様子を見るに、きっといつもの飾らない本心が漏れただけなのだろう。

 長い付き合いなのでそれぐらいは理解している。

 それでも、胸に響く鼓動が甘く震える。

 私は熱が頬を染めるのを誤魔化すために、呆れたように言った。

 

「心配した私がバカでした」

「ーーあっ、少しは思ってくれたですね」

 

 彼の屈託ない笑みを憎めない自分が恨めしい。

 これ以上はさらに墓穴を掘ると冒険者の時に磨かれた第六感が警報を鳴らしている。

 

「私の負けです。それで、この後どうされるのですか? ファミリアの方達は今、番犬を血祭りに上げていますが――」

「いや、番犬って……」

 

 ベート・ローガ。【ロキ・ファミリア】所属。

 罵詈雑言が酷く人望はあまりない。

 普段は一匹狼を気取っているが気が付くとベルの傍におり、彼が言う『弱者』がベルに近づくのを嫌っている傾向が見られる。

 また、ベルからの言葉には文句を言いつつも従うことが多いこともあり、ベルに好意を持っている女性達の間でついた、もうひとつの渾名が【番犬】。

 このことは神様達とオラリオの女性達に密かに知れ渡っている。ゆえに、本人にとって不名誉な噂まで囁かれていた。ーーもちろん、ベルはこのことを知らない。

 

「みんなには、先に帰ったと伝えてください。……少し一人になりたいので」

「わかりました。何度も言いますが、あまりシルに心配をかけないように」

 

 (あなたに言ってもムダでしょうけど)

 

「ーーありがとう。来てくれたのがリューさんで良かった」

 

 ほんとこの人は毎回一言多い気がします。

 悪い気はしないのですが……。

 

「そういうことはシルに言ってください」

「なぜですか?」

 

 そのキョトンとした表情は本当に分かっていないのでしょう。

 あれだけ分かりやすい乙女(シル)の好意に気が付いていないのはクラネルさんだけなのでは?

 残念ですが、少しだけホッとします。

 

 ーー……。

 

 前言撤回! 非常に残念だ!! 間違いない!!

 

「そろそろ私は戻ります。皆さんもクラネルさんの事を心配しているでしょうから」

「うん。それじゃ、また。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 

 リューは立ち上がり、店へと戻る。

 その際に、一言だけ忠告を促した。

 

「一応、言っておきますが、ここで眠らないように」

「ねないよ!!」

 

 ベルが間髪入れずに吠えた。

 その後、何とか上体を起こし、体の調子を確認し始める。

 リューはそれを見届け、再び店へと歩み始める。

 

 ――ほら、私が心配するだけ損でしょう?

 

 この時、リューの口角がいつもより上がっていたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 アイズがダンジョンから地上へ帰還した頃には朝日が少しだけ顔を出していた。

 ダンジョンに一晩中篭っていたので凄く眩しい。

 この時間にもなると通りに人の姿もちらほら確認できる。

 ただ、一つだけ気がかりなのは……。

 

 周囲の視線をアイズが集めていることだ。

 しかも、皆アイズを避けるように離れていく。

 今になって自分の惨状を理解した。まずは身体の損傷がひどい。

 切り裂かれた肌からは三本線の裂傷がいたる所から確認できる。

 赤黒く汚れ既に流血が固まっていた。

 傷を視認するとヒリヒリと痛みが波紋のように身体を駆け巡る。

 他にも青黒くなっている打ち身からは激痛が一気に押し寄せる。

 ダンジョンに潜る前は、緑と白をベースとしたウエイトレスの可愛らしい服装は、一晩で赤黒くボロボロになり果てていた。

 これは『女子力?』というものが少しだけ、ほんの少しだけ足りないのでは? とその辺に疎いアイズでも思う。――と同時に。

 

「ア~イ~ズ~」

 

 ぶるっ。

 体をもの凄い悪寒が走り抜けた。

 ふと、声が聞こえた後ろを振り返ると、運動着姿で満面の笑みを浮かべているエイナさんが立っていた。

 ウォーキングまたはジョギングでもしていたのだろうか。

 少し湿った髪から流れ落ちた滴が色っぽく見える。

 実にさわやかな笑顔だ。

 でも、目が笑っていない。

 その後ろには特大の禍々しい般若が見える。

 幻だと思いたい。

 心の中の幼女(アイズ)は、すぐさま頭から布団に潜り現実逃避を試みたが、般若に足首を掴まれ少しずつ引きずり出されている。

 まさに頭隠して尻隠さず。

 この般若は心の中にも侵入可能なのだろうか。

 もう一人の幼女(アイズ)の死を無駄には出来ない。

 アイズは本能に従い、この場からの離脱を試みる。――が、

 

「こらっ、待ちなさい」

 

 がっしりと腕を掴まれ失敗に終わった。

 

「怒るのは後にしてあげるから、まずは傷の手当てが先でしょう?」

「……やっぱり、怒るのですか?」

「もちろん♪ その様子を見るに、また私の教えを破って無茶をしたのでしょう? 楽しみにしといてね。もう二度と出来ないようにたっぷりと調k……教育をしてあげるから」

「ーーパワハラ反対!」

 

 証言台に立たされたもう一人の幼女(アイズ)も檀上に座る般若の前で『嫌だ嫌だ』と必死の抵抗と試みる。

 般若が裁判官などふざけた話である。

 

「私は良いの! 保護者の方(ヘスティア様)からもちゃんと許可を貰っているから」

 

 判決はここに下った。

 般若の眩しくも禍々しい笑顔がより一層、恐怖を駆り立てる。

 覆ることのない現実を目の当たりにして、天を仰ぎ、心の声が漏れた。

 

 

 ――私の前に英雄は現れなかった。

 

 

『怪我人なんだから、大人しくしなさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《補足》

アイズの魔法について

Q.1
ステイタスを更新しなくても魔法は発現するのか?

A.1
アイズの魔法は先天性の才能によるのもだと解釈してます。
要は、神の恩恵を貰いその後の経験等を経てステイタス更新で発現する方ではなく、恩恵が無くても自然と発現する方の才能、生まれ持った才能だと判断しました。原作の方でも最初から覚えていたと思われますので。

Q.2
詠唱なしにアイズが魔法を使っているように描写しているのはなぜ?

A.2
これはアイズ本来の魔法であるエアリアルの発現予兆みたいなものです。
感情の高まりによる、力の暴走。
魔法が発現する兆候だと、認識してもらえればと思います。
嵐が発生する前に風がどんどん強くなっていく状態です。

ダンまちでは他のファンタジー作品と違い、一人一人がオリジナルの魔法、オリジナル詠唱を使っている印象が強いです。初級魔法、中級魔法とかが存在しないので……。その際に、例えば魔法適正の高いエルフで、神の恩恵を貰っていない人はどうやって魔法を覚えるのだろう? などなど。

やはり、先天性の才能による魔法発現には何か兆候みたいなものがないと使えないのではと独自解釈しました。それとも、ある日突然魔法が使えるようになるのか(詠唱文暗記済み)。もしくは、恩恵がないとエルフでも使えないパターンなのか。ここら辺は悩みましたが、エルフが魔法を使えないのはちょっと考えづらいと判断しました。でも、原作の幼いころのアイズはリヴェリアに詠唱文を教えて貰わないとエアリアルが使えなかったわけで……。
うん、難しく考えるのはやめました笑 原作の方でも明文化はされていなかったと思います。(2018.8.12時点)
いざとなったら、『精霊の血』の影響とか、『アイズだから』でゴリ押し出来ると信じます!

補足終わり。



《次回予告》
待ち侘びている人もいるのではないでしょうか。
ついに、

『フレイヤ様』登場!?


  


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第6話 美の女神フレイヤ登場【後書き:番外編(過保護なリヴェリア様)】

 現時刻は昼前。

 オラリオは活気に溢れていた。仕事に勤しんでいた者達がちょうどお腹を空かせていた頃だろう。

 建物からは人の出入りか激しくなり、飲食店や路上販売の店員さん達は、今が稼ぎ時だと、勤労の汗を流していた。

 そんな活気溢れる人々とは対称的に、アイズは自分のホームである教会の跡地へとトボトボと、重く感じる足取りで歩みを進めていた。

 

「……怖かった」

 

 桜色から少し血色を失った唇からポツリと、心の声がこぼれた。

 エイナさんに見つかった後は、それはもう怖かった。

 とてもとても怖かった。

 

 彼女の家に連行された。

 身ぐるみを剥ぎ取られた。

 ベッドの上に運ばれた。

 

「いやっ!」「こっち来ないで!」「やめてっ!!」

 

 いくら拒もうとアイズは無力だった。

 逃げることなど不可能だった。

 

「痛くしないで……」

 

 それは抵抗虚しくも己の運命を悟ったアイズの最後の懇願。それに対して、彼女はにっこりと笑みを浮かべて言った。

 

『フフフ……大丈夫。すぐに終わらせるから。痛いのは最初だけだから。だから――』

 

『覚悟してね♡』

 

 アイズは知らなかった。これが恐怖の始まりに過ぎなかったことを。

 涙を浮かべながらの行われた怪我の治療。その後に更なる恐怖が待ち構えていたことを……。

 

 今思い出すだけで寒気が頭からつま先まで全身を包み込み、ガクガクガクと激しく震えだす。心の中の小さなアイズは般若の気配を感じるだけで、泣きながら脱兎のごとく逃げ出すだろう。

 もう般若同伴の説教は二度と御免だ。

 

 ただ、恐怖と同じかそれ以上に、エイナさんがどれだけ自分のことを心配してくれているのか、思ってくれているのかが伝わってきた。

 怒られた後のエイナさん特製『元気の出るスープ』の味をアイズは一生忘れない。

 

 アイズは手の中で大切に握りしめているポーションへと目を落とした。

 これは、エイナさんから貰ったもの。

 すぐに使用して怪我を完治させないのは、痛みに慣れさせる為。

 ダンジョン内で負傷しても、必要最低限の行動は取れるようにする為である。冒険者が痛みで動けないようでは生き残れない。あと、お仕置きも兼ねているらしい。

 

 エイナさん曰く、ベル・クラネルさんが駆け出しの頃に行っていたとのこと。彼女のとある伝手で耳にしたらしい。

 

 流石は、『冒険者満足度第一位』、『ギルド職員が選ぶ頼れる同僚第一位』、『冒険者が選ぶギルド職員第一位』の【三冠】に輝き、敏腕アドバイザーとしての名をほしいままにしている彼女だ。完璧超人とはエイナさんのことをいうのだろうか? 

 

 ただ、唯一の欠点を上げるとすれば、きっと――うん、ない。無いったらない! 絶対にない!!

 

 心の中の幼いアイズが必至に訴えかけてくる。まさに、調教の賜物であった……。

 

 

 

 

 

 帰宅。

 アイズがホームである教会の隠し部屋へ帰ってくると、彼女を迎えたのはがらんとした静けさだけで、主神であるヘスティアの姿はこの部屋にはいなかった。

 寂しさを感じつつも少しだけホッとしたのは内緒だ。例えるなら、子どもが門限を守らずに夜遅くまで遊び、親が寝静まった頃にコッソリと家に帰ってくる心境に似ていた。

 今のアイズは、体の至る所に包帯が巻かれており、誰がどう見ても重症患者そのものだ。

 主神が見たら、血相を変えて迫り寄ってくる姿が容易に想像できた。

 無茶はしないって言ったのに、さっそく約束を破ったのだ。何だか、もの凄く後ろめたい。それに――。

 

 なぜそのような愚行に走ったのかを聞かれても、きっと口にすることは出来なかっただろう。嵐のように荒れ果てた心境を言葉で伝える術を、アイズ は持ち合わせてはいなかったからだ。

 アイズは寝台に体が悲鳴を上げないようゆっくりと横たわる。今日は色々あってもう疲れていた。その後、深い眠りを体が求めており、アイズはすぐに夢の世界へと旅立ったのだった。

 

 

 

 

 

 少しの休息を取った後、アイズは『豊饒の女主人』を訪れていた。

 理由は主に三つある。

 一つ目は、まるで食い逃げの様にいきなり店を飛び出したので謝罪に。

 二つ目も、借りていたウエイトレスの服をダメにしたので謝罪に。

 三つ目は……。

 

 アイズの視線の先では、神様がウエイトレスの服を着てせっせと働いていており、彼女の訪問に気が付いたキャットフードルの店員が、すぐに声を上げた。

 

「ヘスティア様、保護者の方が迎えにきたニャ!」

 

 直後、神様がこちらの方に一直線で駆け抜けてきた。

 

「助けて~! アイズ君!!」

 

 闘牛のごとく向かってきたので、アイズはひらりと華麗に躱す。

 怪我の痛みにも大分体が慣れてきた。

 

「へっ?」

 

 ヘスティアはその勢いのまま壁へと正面衝突し、凄い衝撃音と何かが潰れるような奇声? 悲鳴? が店内に轟いた。

 

「……神様、生きていますか?」

「避けるなんて、ヒドイよ」

 

 アイズの問いかけに対して、今にも命の灯が消えそうな声で神様は答える。

 なるほど、大丈夫みたい。とアイズはそう結論付ける。

 主神の扱い方にも大分慣れてきた。

 

 ヘスティアは薄れゆく意識の中でアイズの現状を視認し、覚醒する。

 

「――って、どうしたんだい、その怪我は!?」

 

 アイズの怪我に気が付いた神様は、案の定、迫り寄ってきた。

 

「……階段で転びました」

「そうなのかい!? ――ってダウト! 絶対、ダウトだよ!!」

 

 やはり、神様にウソは通用しないらしいーー。

 なので、アイズは本当のことを話す。

 

「……少し、張り切り過ぎました」

「何を!? 絶対に少しじゃないよね!?」

 

 今のアイズにヘスティアに対しての後ろめたさは皆無であった。

 理由は言うまでもない。

 神様のことはとりあえず置いといて、アイズはまず一番近くにいたキャットフードルの店員に頭を下げた。

 

「……お騒がせして、ごめん、なさい。……あと、シルさん……と女将さんは、いらっしゃいますか?」

 

「ニャにからツッコんだらいいのか、わからないニャ。……少し、待つのニャ」

 

 

 

 シルさんと女将さんが来てからは頭を深く、深~く下げた。

 ただ、予想外だったことは、シルさんが店を飛び出したアイズのことを過剰なまでに心配していたこと。

 女将さんも服をダメにしたことをあまり気に留めていなかったことだ。

 彼女曰く、「店の馬鹿娘達もよくダメにする」だとか。

 代金はというと、置いて行かれた神様がこき使わr……一日働くことでチャラになったらしい。

 神様のファインプレーである。そして、ごめんなさい。

 

 ミアさんは、アイズの全身を一瞥した後、ニッと笑みを浮かべる。

 

「最初のうちは生き残ることだけに必死になっていればいい。みじめだろうが、笑われようが、生きて帰って来たやつが勝ち組なのさ」

 

 この人は、私の事情を見通しているのだろうか?

 

「そら、仕事の邪魔だ、行った行った」

 

 くるりと回転させられてドンッと背中を押された。

 アイズの心の隅にしつこく残っていた影が取り払われたような気がする。

 あと、少し痛かった。

 

「小娘、シルとリューの推薦でアンタは将来、『豊饒の女主人』の看板娘として働いてもらう予定だ。勝手にくたばったら許さないからねえ」

 

 アイズは感謝の念を感じながら、店を後にした。

 

 

 

 ……何か忘れているような気がするけど。

 

 

 

「ぼさっとするんじゃないよ! ほら、次は皿を洗いな!!」

「ふぇ~ん」

 

 

 

 ヘスティアの長い一日は続く。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 夜。

 【ガネーシャ・フャミリア】の本拠、「アイアム・ガネーシャ」の入り口を貴族然とした正装を着こんだ人並み外れた美丈夫達が笑いながらくぐっていく。

 彼等は全員が全員、神である。

 今日ガネーシャ主催で開かれる『神の宴』の来賓達である。

 

 ちなみに、「アイアム・ガネーシャ」というのは、三十Mぐらいの像の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのただっ広い敷地の中で、胡坐をかいてデンと座っているデザインの建造物である。

 構成員達の間でもっぱら不評であり、悲しいことに入り口はなんと、胡坐をかいた股間の中心なのである。

 現在、出入り口である股間に人が群がっていく様はまさに地獄絵図である。

 

「俺がガネーシャである! 本日はよく集まってくれたみなの者! 今回の宴もこれほどの――」

 

 建物の外見とは異なり、落ち着いた内装の大広間に設けられたステージ上では、外の建物と全く同じ格好をしたガネーシャが馬鹿でかい肉声で宴の挨拶を行っていた。

 もちろん、周囲の神々はお約束とばかりにガネーシャのスピーチを聞き流し、各々談笑している。

 会場は立食パーティーの形式が取られていた。

 

 【ガネーシャ・フャミリア】はオラリオの中でも指折りのファミリアなので、この迷宮都市内で居を構えている神達には全てお呼びの声がかかっていた。

 ヘスティアもその一人である。

 

 ヘスティアは、タッパーに、さっ! さっ! さっ! と料理を次々に詰め込んでいく。

 

 【ヘスティア・ファミリア】は日々の生活が厳しく、オラリオではほぼ底辺に位置する【ファミリア】だ。

 アイズの負担を減らすためなら彼女は体面など一切気にしない。

 今日は一日中、奴隷のように働いたこともあって、口の中にも料理を放り込んでいく。リスのように両頬を膨らませて。

 

 そして、今日この宴に出席したのは、他にも理由がある。

 

 手と口は動かしたまま周囲を見渡す。神々が会話に華を咲かせている中で、一人壁際で佇んでいる目的の人物を見つけるとすぐさま駆け出した。

 

「ヘファイストス!」

 

 燃えるような紅い髪と真紅のドレス、右目に大きな眼帯をした麗人が、ヘスティアを見るや呆れたような表情を浮かべる。

 

「久しぶりヘスティア……ただ飯を食いあさるのはもういいの?」

 

 ばっちり見られていた。

 体面を気にしないとは言っても、神友に面と向かって言われるとグサッ! っとくるものがある。

 

「うっ……いや、これは、どうせ残るんだし……粗末に捨てるくらいならボクが有効活用してあげようかなー、なんて……」

 

「ほーほー、立派じゃない、そのケチ臭い精神。まぁ、色々と思うところはあるけれど、元気そうで何よりよ。……あと、風の噂で聞いたわよ。何でもファミリアを立ち上げたってね」

「そうだとも、聞いてくれよ――」

 

 ここから、ヘスティアによる怒涛の眷属の自慢話が始まる。

 神の中には自分の眷属を可愛がるあまり、話に熱が入ることはめずらしいことではないが、聞かされる方には堪ったものではない。

 そう、普通なら……。

 

 彼女はヘスティアの熱弁を終始、耳を傾けた。

 ヘスティアは知らないことだが、元保護者として彼女の現状をかなり気にかけていた。

 居候していた時は、心を鬼にして追い出した背景がある。

 

「良かったじゃない。……いい子を見つけられて」

 

 ヘファイストスの率直な感想だった。子どもたちとて、自分の主神となる神を選ぶ権利がある。

 まだ、始まってもいなかったヘスティアの眷属になる者はそう簡単には見つからなかっただろう。

 

「そうなのだよ! それでね、それでね――」

 

 まだまだ語り足りていないのか、ヘスティアが言葉を紡ごうとしたが、ざわっっ、としたどよめきに彼女の声は遮られた。

 

 

 

 

 

 人というか神々が割れ、そこに道が出来る。

 その光景に何が原因になっているのか、一瞬で理解する。

 

 衆目を根こそぎ集めているのは銀髪の女神。

 

 新雪を思わせるきめ細かい白皙(はくせき)の肌。

 細長い肢体は宙を泳いだだけで見る者を魅惑するような色香を漂わせている。

 金の刺繍が施されているドレスが纏うは、十分な容量を誇る形のよい胸、小振りで柔い臀部(でんぶ)、くびれた腰。

 黄金律という概念がここから摘出されたかのような完璧なプロポーション。

 

 銀の双眸を持つ美貌は、儚く、涼しく、そして凛々しい。

 

 

 彼女こそが、『美の女神』

 

 

 神も下界の者も、万人を例外なく魅了してしまう、『美』そのものとも言える超越存在(デウスデア)

 

 そして、このオラリオであの【ロキ・ファミリア】と並ぶ最強勢力の派閥の主神。

 オラリオの頂点に君臨する二強の派閥は迷宮都市の双頭と比喩されているほどだ。

 

 

 美の神にして、愛を司る女神――フレイヤ

 

 

 こつこつ、と。

 細い靴の音が響いていく。

 

 そして、美の女神は一人の女神の所まで歩みを進めると、本人の意志に関わらず見る者すべてを魅了する微笑みを浮かべ、その口を開いた。

 

「こんばんは。ロキ」

「なんや、フレイヤがこんな所に顔を出すなんて珍しいこともあるもんやな」

「ふふふ、ここに来ればあなたに会えると思っただけよ」

「ウチは会いたくなかったんやけど……」

 

 ロキは話しかけるなオーラを全開で出しているが、フレイヤは気にも留めない。

 

「邪険にするなんて酷いわ」

「どの口が言うんかい! ――そんで、要件は何や?」

「言わないと分からない?」

「……」

 

 空気が張りつめ、次第に亀裂が入る。

 フレイヤが先程とは一転した絶対零度の微笑みを浮かべ、ロキは細い朱眼で射殺すような眼光を飛ばす。

 

「いつまでもオラリオの双璧と呼ばれるのは貴方も不本意でしょう?」

 

 フレイヤは続ける。

 

「そろそろどちらが上かはっきり付けるのもおもしろいとは思わない?」

 

 会場に緊張が走った。

 フレイヤは指し示す事柄はひとつしかない。

 

 ――戦争遊戯。

 

 対戦対象の間で規則を定めて行われる派閥同士の決闘。

 それは、神の代理戦争とも呼ばれている。

 対立する神と神が己の神意を通すためにぶつかり合う総力戦。

 

 二人の会話に聞き耳を立てていた神々は面白くなってきたとばかりに(はや)したてる。

 

「はぁー、それは建前やろ……本音は?」

 

 ロキは周囲で騒ぎニヤニヤしている神々(アホ共)にうんざりしながら、小さくため息を吐く。そして、問いた。

 

 

 

 狙いは間違いなく――。

 

 

 

(ベル)が欲しいわ』

 

 

 

 声が聞こえたわけではない。おそらく発してないのだろう。

 しかし、その唇の動きははっきりとそう告げていた。

 

「却下や! 却下!!」

「あら、残念」

 

 直後、二人の間から張りつめていた空気が嘘だったかのように霧散する。

 

「ったく、年中盛りおってこの色ボケ女神」

 

 ロキの見立てでは、戦争遊戯を行っても勝算は十分にあった。

 殺し合い(争いごと)は天界きってのトリックスターであるロキの十八番である。

 だが、矛を交えることは出来ない。

 

 相手は、あのフレイヤだ。

 『生と死』、『戦いと勝利』を司る女神だ。

 

 彼女が行動を起こすだけで戦況はひっくり返る。

 子どもたちでは美の女神の魅了に抗えない。これは神々の一般常識だ。

 ついでに言うなら、大半の男神(アホ共)も同様である。

 

 それにフレイヤの狙いはベルだ。

 そして『愛』をも司る女神を相手に、男を巡る戦いではこちらの不利は避けられない。

 水面下ではあったが、ロキはフレイヤのベルに対する執着は異常だとこの数年間で思い知った。

 

 

 彼女の愛が本物であることを。

 

 

 愛を司る女神が本物の愛を求めるという矛盾。

 

 

 それを裏付ける事柄として彼女はベルに対して魅了を使う素振りを今まで見せてこなかった。

 しかし、彼のことは何がなんでも『()()()』手に入れるという激情の想いが見え隠れしている。

 某神曰く、天に昇る魂を追いかけてまで囲う女神もいるとのこと。

 故にフレイヤがどのような行動を起こすかを読み切ることは不可能と言っていい。

 フレイヤに言わせれば、愛を計算式に当てはめて物事を考える事の方が愚か、との事。

 こう言うのは理屈ではなく、『想い』なのだ。

 

「なんや、ウチが言うのもあれやけど簡単に引き下がるんやな」

 

 ロキの問いかけに対して美の女神は答える。

 

「遠征での活躍を聞いて、私としたことがつい早まってしまったわ。それに、力尽くなんて品がないもの」

「いつも思うんやけど、どこからその情報を得ているんや?」

 

 フレイヤのベルに関する情報伝達の速さはそれ程までに異常なのだ。

 

「それは企業秘密」

 

 彼女は彼のことをただ視ているだけだ。

 人とは、惚れた意中の相手を無意識に目で追ってしまう生き物である。

 視界に入るだけで本人の意思に関係なく認識してしまうものである。

 そう、愛ゆえに。

 それは彼女とてなんら変わりはない。

 ただ、魂の色を見抜ける特別な瞳、最強の眷属達、超越存在さえ魅了する美貌、愛を司る女神であるフレイヤにとっては得られる情報量が常識の範疇を超えているのだ。

 

 もっとも、彼女の『神の鏡』の使用は最早ご愛敬であった。

 ベル君のプライバシーが心配である。

 

「ロキに振られたことだし、もう行くわ」

 

 それじゃあ、と言い残して、彼女はひしめく神達の中に消えていった。

 

 

 

 その一方で。

 

「ヘファイストス、ロキとフレイヤは仲が悪いのかい?」

「少なくとも、良好とは言えないわね。……あんたも今の見たでしょう?」

 

 ヘスティアの問いにヘファイストスは答える。

 

「ロキってもしかしてみんなから嫌われているのかい?」

「なんで、あんたは嬉しそうなのよ」

 

 ヘスティアのゲスな笑みにヘファイストスはドン引きだった。

 

 この後、ヘスティアの本当の戦いが始まる。

 

 

「ボクの【ファミリア】の子に武器を作って欲しいんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 




《小ネタ》

へスティア「そんなだから、皆に嫌われているんだよ」

ロキ「ウチは嫌われていない」キリッ

ヘスティア&フレイヤ「「!?」」

フレイヤ「嫌われている自覚なかったの?」

ヘスティア「余計な事を言ってごめんよー笑」

ロキ(……ㇷ゚ㇽㇷ゚ㇽ……)

ベル君「僕はロキ様のことが大好きですよ」

ロキ『――トゥンクトゥンク――』

フレイヤ(ぶっ殺)

《後書き》
はい、と言う事でやっとフレイヤ様が登場しました。
フレイヤ様の立ち位置が気になっていた方もいたのではないでしょうか?
これから原作とは少しずつ違った展開になってくると思いますので、今後ともよろしくお願いします。
今回、ちょっとした番外編を書いてみましたので、よければどうぞ。



【過保護なリヴェリア様】〜初めての子育て編:約10年前の日常①〜

 緊急事態! 緊急事態!!

 突如ロキ・ファミリアの幹部会議を行っている最中、一人の団員Aの声が転がり込んできた。

「何や? 敵襲でもあったんか?」

 ロキの緊張感のない声が部屋の中で霧散する。

「大変です! ベル・クラネル氏が負傷しました。」

 幹部のフィン、リヴェリア、ガレスの表情が険しくなる。

「ベルは今どこにいる!? 私がすぐに向かう!」

 リヴェリアが駆けだそうとするが、ロキがこれを制する。

「私の邪魔をするな!」
「今は報告を聞く方が先や。それで、状況は?」

 ロキの問いに団員Aが答える。

「はい、中庭で転んで足を擦りむいたようです。現在治療を行っております。」

「「「えっ!?」」」

 ロキ、フィン、ガレスの声が重なる。

「それだけか?」
「はい!」

 団員Aは大真面目に答える。

 ロキ、フィン、ガレスから緊張が解ける。三人は一々それぐらいで報告するなと言う空気が醸し出している。――が、

 その空気はすぐに破壊された。

「アホか! 緊急事態ではないか!!」

 リヴェリアが再び部屋から駆け出そうとするが、ロキが再び待ったをかけた。

「なんだ!?」

 リヴェリアの声には怒気が含まれている。それを宥める様にロキは言葉を選びながら問う。

「自分、今から向かってどないするん?」

 報告によれば手当はもう終わっている頃だろう。それに、今は幹部会議を行っている最中なので、普通に考えればこれくらいの案件で動くのは好ましくない。……だが、

「何を言っている? 私の回復魔法とエリクサーを使うに決まっているだろう」

「「親バカか!!」」

 ロキとガレスの声が重なり、フィンはやれやれとポーズをとる。

「これだから、酒乱と野蛮なドワーフは――。私はもう行くぞ」

 リヴェリアは相手にしている時間はないと言わんばかりに部屋を飛び出して行った。

「フィン、あれはどうするつもりだ?」
「母性に目覚めたというより、爆発してしもうたで……」

 ロキ達が彼女に母親役を押し付けた結果がこのようになるとは誰が予想出来たであろうか……。

 当初はベルの大好き攻撃とリヴェリアに常にくっ付いては甘えてくる行動に狼狽えていた彼女は、一体どこに行ってしまったのか……。

 泣き虫で、弱虫で、甘えん坊で、純粋無垢な一人の少年は、あの難攻不落のハイエルフを簡単に攻略してしまった。

 彼女があまりにもベルのことを可愛がる為、当初は下の団員達からの反感もあったが、今ではすっかり若様と呼ばれている。

 ベル君の将来が末恐ろしい。

「ベルが傷を負うたびにエリクサーを使用されては、ファミリアの資金が崩壊する。対策として、ベルには治癒魔法やポーションを使わずに自然治癒で治す教育方針をとろうと思う」
「それをあの頭の固いエルフが納得するか?」

 フィンの提案にガレスが問う。

 今では完全にベルを溺愛してしまっている彼女だ。寝るときは一緒でないと眠れない程である。

 将来、ちゃんと子離れできるのだろうか……。

「建前はロキに任せるとして、ベルの為と言えば、リヴェリアは最後には納得するさ」

 彼女はベルの母親なのだから……。

 それから、10年後の未来。
 冒険者とエルフ達の間でこの教育方針を真似する人が増えたらしい。
 リヴェリアの影響力は甚大であり、ベルの活躍はその拍車をかけた。

 ちなみに、リヴェリア説得の際は怪獣大戦争が勃発したとか、してないとか笑

 〜おしまい〜

《最後に》
やっぱり、後書きだと気楽に書けて楽しいです。
少しポンコツ化したリヴェリア様を書いてみたかった。後悔はしていない笑



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第7話 英雄の実力

 

 地下迷宮50階層、ロキファミリアのキャンプ地。

 開けた平地と野営を構えた一枚岩、そこに群がるは巨大な芋虫モンスターの群れ。

 モンスター達はその多脚を岩に貼り付けよじ登り、頂上では防衛を行うリヴェリア達に腐食液の雨を浴びせている。

 

「動ける者は鍋でもまな板でも構わん。盾になりそうな物を持って来い!!」

 

 緊迫した声でリヴェリアが指揮を取る。

 腐食液を防ぐたびに盾が溶かされていく。

 

「もうすぐフィンやベル達が冒険者依頼から戻って来る。それまでは何としても持ち堪えるぞ」

 

 ベル達が冒険者依頼に向かい留守の間、キャンプ地は危機に瀕していた。

 

「溶けるぞ。捨てろ!」

「わっ!!」

 

 新種の芋虫モンスターの特徴として、倒すと爆ぜる。

 溶解液に触れると剣だろうが盾だろうが、溶ける。

 例えるなら、一匹一匹が溶解液が詰まった爆弾であった。

 

「矢を放て!」

「ですが、リヴェリア様、これが最後です」

「構わん、撃て!!」

 

 最善列の数匹を屠るも、多勢に無勢。

 焼け石に水。

 圧倒的な物量差の前に絶望が広がっていく……。

 

「詠唱の時間すら、稼げません」

「盾はもうないのかぁ!!」

「ぎゃああ。足がぁ……」

「液を浴びた者の血が止まりません。ポーションを早く!!」

 

 押し切られるのは時間の問題。

 ーーと言う段階はもう既に過ぎていた。

 もういつ瓦解してもおかしくはない。

 それ程までの瀬戸際で皆、耐えている。

 もうダメなのか……?

 口には出さずとも、団員達の頭に嫌でもよぎる。

 終わりに向けたカウントダウン。

 まだなのか? 早く……早く来てくれ!

 皆の心が完全に折れないのは、希望があるからだ。

 此処を耐えれば、救いがある!

 絶対に助けに来てくれる!!

 いよいよ盾となっている前衛が崩される直前、その時は、遂に来た。

 

 『ヒーローは遅れてやってくる』と神々はいう。

 

 新種の芋虫モンスターの敵陣ど真ん中へ、上空から()()()()が凄まじい勢いで落雷した。まるで隕石が落ちたと錯覚するほどの衝撃音が迷宮内へ響き渡る。落下地点を起点に、雷炎が瞬く間に広がり、次々とモンスターを焼き尽くしていく。

 

「間に合ってくれたか……」

 

 団員達からは歓喜の声が轟く。

 全員の視線は白き英雄へと釘付けとなった。

 

 新種のモンスター達は()()群れの中心地へ現れた【英雄】ベル・クラネルを標的と定め、押し寄せる。……が、近付いた者から何も出来ずに、彼が纏う雷炎に焼かれては命を散らしていく。続けて白き英雄が放つ雷が、モンスター達を襲う。モンスターの群れへ超連続速攻魔法が放たれた。

 

「ファイアボルト流星群!?」

 

 団員の誰が呟いた。

 (おびただ)しい雷炎の雨が降り注ぎ、モンスター達の絶叫と共に凄まじい爆撃音が鳴り響く。

 野営の一枚岩の下には、瞬く間に赤く染まった炎の海が生まれる。

 

「一人で楽しんでんじゃねーぞ!」

 

 灰髪を揺らしたベートを先頭に冒険者依頼へ行っていた面子が次々と援軍へと駆けつける。

 

「うげ、こんなにいるの!?」

「ベルが粗方削った後だがのう」

「おい、ベル。魔法(それ)を寄こせ」

 

 白銀のブーツはベルの魔法を喰らい、雷炎(最強)の力を手に入れた。

 

「ーー蹴り殺してやるぜええええええッ!!」

 

 ベートが放つ蹴撃は、ベルがそうであったように体液も寄せ付けず吹き飛ばす。

 戦況は一変し、各個撃破の殲滅戦へと移行した。

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

「終わったー!!」

 

 白き雷と化したベルが最後のモンスターを斬り伏せ、彼等以外に動くものはなくなった。

 モンスターが倒れるのを見届けティオネが歓喜を上げる。

 

「手こずらせやがって……ま、今回はどうやら俺の勝ちみたいだな」

「ええー、ベル君と比べたら私達って大差ないじゃん。恥っずかしー!」

 

 恒例のようにティオナとベートの言い争いを始める中、弛緩した空気が流れ出していた。

 先程まで張り詰めていた彼等の表情は和らぎかけているーー直後。

 

「ーー!」

 

 音が届いた。 

 木をいっぺんにへし折る破砕音。

 誰もがその方角を振り仰いだ。

 それぞれの武器を再装備し、臨戦態勢を纏い直す。

 油断なく音源の方を見つめていたベル達の視界に、やがて、それは現れた。

 

「……あれも下の階層から来たっていうの?」

「迷路を壊しながら進めば……なんとか?」

「馬鹿言わないでよ……」

 

 半ば呆けたアマゾネスの姉妹の会話が、静まり返った場に通る。

 先程まで戦っていたモンスターの大型個体より、一回り大きい。

 

「人型……?」

 

 下半身は芋虫を彷彿させるが、上半身は小山のように盛り上がり人の上体を表していた。印象としては醜悪で、どす黒い。

 

「あのモンスターも倒したら腐食液をぶち撒くんっすよね?ーーあの大きさでそんな事になったら……」

 

 階層主に匹敵する巨体と、その体液が溜め込まれている黒い身体を見て、ラウルが呆然と呟く。

 撃破したとしても、あたり一帯にいる全ての者が巻き添えだ。

 誰もが最悪の光景を脳裏に想像した。

 

『……』

 

 おもむろに、女体型モンスターが動いた。

 腕をふわっと広げ、舞う鱗粉。あるいは花粉が微細な光粒となってベル達のもとに漂ってくる。

 団員達は直感に突き飛ばされるまま、すぐにその場を退避する。

 間をおかず、無数の爆光が連続した。

 

「きゃあああああああああああ!?」

「……っ。あの光る粉粒、爆発しよったぞ!」

 

 レフィーヤの甲高い悲鳴が響き渡る。

 大気中にばら撒かれる極小の一粒一粒が凶悪な爆弾だ。

 

「総員、撤退だ」

 

 フィンが告げた。

 

「おい、フィン!? 逃げんのかよ」

「あのモンスターを放っておくの!?」

 

 ベートとティオナがフィンに噛み付く。

 第一級冒険者として、何より迷宮都市最大派閥としての誇りと責任が、眼前のモンスターを野放しにすることを許さない。

 

「僕も大いに不本意だ。でも、あのモンスターを始末して、かつ被害を最小限に抑えるにはこれしかない」

 

 リヴェリアに後で何と言われるか……。

 これから言い渡す内容をほとほと忌むように。

 

「ベル、あのモンスターを討て」

 

 一人でだ、とフィンは言う。ここ一、ニ年で随分と見上げる首の角度が変わったベルの顔を見据えるーー。

 ベートやティオナ達がすぐに詰め寄ろうとするが、ベルが手を突き出し動きを制した。

 

「ーーうん、僕に任せて」

 

 フィンがそれが最善だと判断した。

 ティオナ達も本当は分かっている。

 あのモンスターを相手にするのは、誰よりもベルが適任なのだとーー。

 

「ここから十分に距離を取ったら信号を出す。それまでは時間を稼いでくれ」

「ーー分かった」

 

 フィン達が素早く場を後にした。

 時間を稼ぐには、自分が標的となる必要がある。

 故に、ベルたった一人、女体型モンスターと正面から対峙する。

 地を這う多脚、揺らめく複腕、極彩色の怪物的な威容。

 迫る巨大な敵を前に、気負いも動悸もなく、ただ静かに、ベルは詠唱を唱えた。

 

 

 

「【求めるは、希望の光】」

 

 ベルは求めた。

 この命が軽い世界で、絶望を照らす希望を。

 闇を洗う光を。

 自分の信念を、憧れを、想いを貫く為の力を。

 

「【天空統べし雷霆は夢を語り、終焉告げし道化師は理想を謳う】」

 

 祖父は語った。

 人類最古の英雄譚から英雄神話が幕を開けたと。

 彼の後に続き、紡がれるは数々の英雄譚。

 それはベルの核となり、白き輝きとなった。

 

 主神は謳った。

 理想を、愛を、道を。

 それは白き輝きをより大きく輝かせる研磨剤であり、起爆剤となった。

 

「【誓いを今ここに。紡がれし英雄神話】」

 

 過去と今を繋ぎ、未来へ至る。

 これは英雄に憧れた少年の物語。

 

「【聖鐘楼の意思を継ぎ、我は舞台の終幕を飾る】」

 

 かつて世界を想い、絶対悪となった英雄達がいた。

 彼らから託された希望を繋ぎ、終末を討つ。

 

 世界は欲している。

 最後の英雄をーー。

 

「【偉大な雷鳴と業火をこの身に纏いて、未来(あす)への道標をここに示そう】」

 

 彼の背中に刻まれるは、前代未聞の神聖文字(ヒエログリフ)

 天界最強であり、全宇宙を焼き尽くすと云われる破壊の雷ーー雷霆。

 天界であらゆる神々に戦争をふっかけ、恐れられた終焉を告げる象徴ーー紅蓮の業火。

 その両方の権能を併せ持つ『雷』と『炎』の付与魔法。

 神々があらゆる眷属の中でも、最高峰のぶっ壊れと称した魔法。

 ベル・クラネルが英雄と呼ばれる代名詞。

 故に、その魔法の名はーー。

 

 

 

「【英雄顕現(アルゴファニア)】」

 

 

 

 最強(ゼウス)の雷と最凶(ロキ)の炎が同時召喚される。

 魔法を纏った英雄が、静かに剣を構えた。

 

『ーー!』

 

 女体型が巨体に揺らし、後ずさる。

 先程のモンスター達に比べて知恵も回るのだろう。

 生物故の本能が危機を察知している。

 互いの視線が交錯し静止する。

 

 高まる緊張感。

 空気が張り詰め、周囲の圧がどんどん増していく。

 この時、両者の状態は対極へとなっていた。

 どんな些細な動きをも見逃さないと神経をすり減らす怪物。

 気負いはなく、自らの絶対的勝利を信じる強き瞳を宿す英雄。

 

((……))

 

 張り詰めた空気に耐えきれなかったのか、前者が先に動いた。

 鉄砲水のごとき勢いで撃ち出される腐食液。

 量、速度と共に先の戦闘の比ではない。

 しかし、ベルは回避を選択しなかった。

 被弾。命中。

 すぐに轟く途方もない溶解音。

 ベルが立っている場所を除き、地面を大きく抉り、あっという間に変色、膨大な黒い湯気が立ち上がる。

 

『……!?』

 

 女体型モンスターは驚愕する。

 何物をも溶かす腐食液を真正面から受けて、何事も無く立っている者がいる。

 続けて、第二射目を放つーーが、今度は動きがあった。

 ベルが剣を縦に一閃。

 放たれた斬撃が腐食液をまとめて吹き飛ばす。

 

 『!?!?』

 

 女体型にとって二度目の驚愕。

 腐食液は通用しないと判断し、(おびただ)しい量の光粒をベルの頭上へ降り注ぐ。

 周囲一帯を浄土とする規模。

 それに対しベルは、魔力を込める。

 纏っている雷炎が瞬く間に大きな火柱を上げ、光粒を全て焼き落とした。

 

 『…………』

 

 女体型は放出系の攻撃は通用しないと判断。

 空間を引き裂きながら、ニ対四枚からなる扁平状の腕で物理による波状攻撃を行う。

 第一級冒険者でも対応が難しいほどの超高速攻撃。

 その図体からは想像できないほど、機敏である。

 大型モンスターにありがちな小回りの見劣りもない。

 魔法を行使して双剣に雷炎を付与し、モンスターの攻撃を打ち払い、捌く。

 階層主級のモンスターと正面から斬り合い。

 前衛壁役の冒険者が見れば卒倒する様な光景。

 しばらく戦闘は膠着する……が、その状況は長くは続かなかった。

 

 女体型の動きが時間の経過と共に鈍くなる。

 一合一合打ち合う毎に、ベルの付与魔法が女体型の巨体を蝕んでいく。

 状況が大きく動いたのは、遥か上空に閃光が打ち上がった時だった。

 撤退完了の信号。目標撃破の許可。

 ベルは正面からの斬り合いを辞め、圧倒的な敏捷性を駆使して、女体型の巨体を縦横無尽に駆け、切り裂いていく。

 体内に流れる電流が、英雄を加速させる。

 周囲万物を置き去りにする圧倒的な速さ。

 雷の権能は鍛えられし器が強ければ強いほど、その真価を発揮する。

 始まりの英雄が使用していた雷の加護。

 また、ブーツに炎を収束させる事で猛烈な加速を生み出す。

 かつて、第二級冒険者でありながら、第一級冒険者並の実力を有していた【アストレア・ファミリア】の団長(アリーゼ)が使用していた絶技。

 足を狙い地に落とす。

 階層主、及び大型モンスター対処の定法。

 大量の溶解液が吹き出すが、ベルには通用しない。

 故に、止まらない。止められない。

 女体型は堪らずに懐へ光粒をばら撒き、爆火する自爆攻撃を行う。

 

『ーーーーーーーーーーーーーーアアアア!?』

 

 懐で巻き起こる爆発の連鎖に、女体型のモンスターは絶叫した。

 自爆が自爆を呼び、管の髪や腕を振り乱し悶え苦しむ。

 一発逆転を狙った自爆攻撃。

 爆煙の中で、女体型は脅威の対象を探しーー時を止めてしまった。

 

 トッ、とモンスターから離れた正面位置に無傷で着地する英雄の姿を見た。

 

 次で決める、とベルは決意する。

 ぐっと膝を軽く溜め、後方へ連続宙返り。

 そして、背後にそびえていた一枚岩、その上部壁面に、着陸。

 女体型を深紅色(ルベライト)の瞳が射抜く。

 もはや天災と言っても過言ではない雷炎を全身に纏い、ベルは剣を溜める。

 繰り出すは、一点突破の白き雷霆。

 

『必殺技の名前を唱えれば攻撃の威力は上がるんやでー』ニヤニヤ

『ほ、ほんとですか!? なら、かっこいい名前を考えないと!!』

 

 と、己の主神に騙されている彼は、静かにその名を唇に乗せる。

 

「リル・ケラヴノス」

 

 主神には何故か不評だった一撃必殺の名を唱え、ベルは雷の矢となった。

 閃光の如く、神速の勢いで女体型モンスターへ急迫し、一瞬の拮抗も許さぬまま貫通した。

 止めに等しい風穴を開けられた女体型は、硬直し、瞬く間に全身を膨張。

 膨れ上がった体は一気に四散し、桁外れの大爆発を起こしながらこの世を去った。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 モンスターの自爆を回避するため、フィンの指示のこと、十分な距離を離した上でベルの戦闘の行方を見守っていた彼等【ロキ・ファミリア】のところまで爆発の余波が届く。

 視界が灼熱に包まれ、全ての光景が赤く染まる。

 

「ベル……」

「リヴェリア、少しは落ち着いたらどうだ」

 

 先程からその場でぐるぐると周り、じっとしている事が出来ない母親にガレスが注意を促す。

 

「うるさい、あの光景を見て、落ち着いてなどいられるか」

「全く、いつになったら子離れが出来るのか……のう、フィン?」

「今その話を僕に振るのかい? やっとリヴェリアから解放されたのだから、勘弁願うよ」

 

 フィンの予想通りに、ベルの母親(リヴェリア)から散々絞られたので、この件に関しては何も言えない立場にあった。

 

「こうなっては仕方ない。ベルを迎えに行くぞ」

「リヴェリア様、私もお供します!」

「リヴェリア達だけ、ずっるーい! 私も一緒に行くよー」

「リヴェリア様が向われるのなら、私達も!」

 

 おバカな事を言い出したアマゾネスとエルフの団員達にフィンの胃袋にはダメージが蓄積される。

 

「ラウル、後の事は任せていいかい?」

「ちょっ、無理っす。自分ではリヴェリア様達を止められません」

「ったく、めんどくせーな。おい、アバズレ共。満足に男の凱旋も待てねーのか!」

「べ、ベートさん!?」

 

 ラウルは思った。これ死んだな、と。

 

「「「はあ?」」」

 

 案の定と言うべきか。

 すぐに、ベートは捕まり為す術なく連行される。

 彼女達にボコられたのは必然であった。

 

「えーと、これどう言う状況?」

 

 割れる炎の海。歩み出てくる人影。

 燃え盛る炎を背にしながら、白髪赤目の英雄がゆっくりと帰還してくる。

 

 大歓声。

 

 彼女達はボロ雑巾となったベートを放り出し、ベルの元へ駆けつけたーー。

 

 

 

 

 とある一方で。

 

「べ、ベートさん!? リ、リーネ! ベートさんに治癒魔法を! 急ぐっす!」

「は、はい!」 

 

 不器用な生き方しか出来ない狼に不器用な恋心を向ける一人の少女の姿があった……。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 ーー後日。

 

「それでは、今回の遠征の報告を始めようか」

 

 ここは黄昏の館の会議室。

 フィン、リヴェリア、ガレスに主神であるロキを加えて今回の遠征の報告を行なっていた。

 

「まずは、今回見つかった新種の極彩色のモンスターの話から。外見はーー」

 

 今回新たに見つかった新種のモンスター。

 武器をも溶かす腐食液を吐く芋虫型に、それを統べる女体型モンスター等。次々と報告が進んでいく。

 

「次に出発前に試したい陣形ある言うてたやろ。どうやった?」

「ベルを後衛での採用についてのことか?」

「それや!それ!!」

 

 ロキの問いにリヴェリアが答える。

 

「行きの道中で少し試したが、はっきり言わせて貰うなら火力魔導士として右に出るものはいないぞ」

「ほう、そこまで言い切るか」

 

 リヴェリアの答えに対してガレスが感嘆する。

 

「ああ。最速で放つ無詠唱魔法、英雄願望(スキル)によるファミリア最大火力の砲撃魔法、圧倒的な機動力による魔導士の理想の型である移動砲台化。それらに加えて、ベルにはあれがある」

「付与魔法のことかの……」

 

 ガレスの問いにリヴェリアは頷き、続ける。

 

「最強の矛にも盾にもなるからな。本職が前衛の分、例え挟撃されたとしても対処は可能だ。陣形を立て直す時間は充分に作れる。今回みたいな留守中の二の舞にはまずならないだろう……問題があるとすればーー」

 

 リヴェリアはそっちの方が厄介だと頭を抱えた。

 

「話を聞く分にはそれらしい所はないと思うがの」

「まずい事でもあるんか?」

 

 ガレス、ロキの意見に対してフィンが考えを述べる。

 

「優秀過ぎる事かな?」

 

 フィンの答えを肯定し、リヴェリアは説明を続ける。

 

「ああ。あれでは後衛達の成長には繋がらん。ろくにする事がないからな。詠唱の間に敵はベルが処理してしまう」

 

 ベルが動くと瞬く間に敵を殲滅するので、特に妖精部隊(フェアリー・フォース)の経験が積めないのだ。それに加えて極少数だが、自信をなくす者まで存在する。レフィーヤはその筆頭と言えよう。

 

「前衛でも似たようなものかの。皆、ベルに頼り過ぎてしまう。儂らを含めての」

 

 厳密に言うとガレス達は壁役、ベルは遊撃なので、役割が違うが彼に頼り過ぎる事こそが問題なのである。

 

「そこは否定出来ないかな。基本的には遊撃として臨機応変に対応出来るよう配置しているけど、指揮を執る僕自身、ベルを敵陣のど真ん中に放った方がいい気がするからね」

「……おい」

 

 団長であるフィンのぶっちゃけた考えにリヴェリアが嗜める様に促す。

 

「もちろん、そんな指示は出さないけど」

「階層主級の相手を、ベルだけに任せていたが?」

「勘弁してくれ」

 

 今回はそれが最適解であったための指示だが、普段なら決してそんな無茶な指示は出さない。だが、そんな彼でもついつい頭を過ってしまう。それほどまでのデタラメさなのだ。

 

「それで、当の本人の様子はどうだい? まだ戻らないかな?」

 

 首脳陣を良くも悪くも常に悩ませるベルは、あの夜以降ずっと様子がおかしいままである。

 

「ああ、酒場での一件以降元気がないように見える。ベートだけが原因って訳でもなさそうだが……」

母親(リヴェリア)でも分からないか」

「知らん、心当たりがない」

「まさか女か!?」

 

 ロキの呟きにリヴェリアが豹変する。

 

「ほう。どこの馬の骨かは知らんが、嫁の作法を教えてやろう」ゴゴゴゴ

「いやリヴェリアよ。お主、嫁になった事ないじゃろ」

「ベルきゅんに女が出来たら大変やなー」

「いや、ロキ。君も大概だからね」

 

 フィンはロキが戦争を仕掛ける姿が容易に想像出来た。

 

「うちなら、もっと上手く()()。こう言うんは、秘密裏(バレず)に処理するに決まってるやろ」

「それ、もっとダメなやつだから……」

 

 やれやれ、とフィンは短く息を吐き、続ける。

 

「さて、おふざけは此処までにして話を戻そう」

 

((えっ))

 

 約二名ほど驚いた反応を示すがフィンは無視して続ける。

 

「ベルの対処は、リヴェリアに任せていいかい?」

「ーーああ。なんとかしよう」

 

 ベルの扱いにおいて、母親(リヴェリア)の右に出る者はいない。

 故に、投げた。

 

「儂からもベルについて話がある」

「なんや、珍しい」

「いい機会じゃからな。何、ただのベルとの訓練についてじゃ」

「ああ、その事か」

 

 フィンは知っていた。

 ただの素手喧嘩(ステゴロ)による組手に於いても、遂にベルが手に負えなくなっている事を。

 

「ボクとガレスの二人がかりで、押された時は本当に参ったよ」

「全くじゃの、ガハハハハハハ」

「男二人して情けないなー」

「此処は素直に成長を喜ぶべきだろう」

 

 ロキがおちゃらけ、リヴェリアが懐かしむ。

 泣き虫で臆病で優しくて純粋な普通の少年。

 争いとは無縁の世界で生きるべき男の子。

 才はあった。センスもあった。

 

  ーー否。違う。

 

 これだけでは言葉が足りない。

 鬼才だった。正真正銘の規格外。

 血は争えない。

 普通は親と子を指す言葉だが、才能の面に関しては、この言葉が彼女をよく知る者達にはしっくりと来る。

 

 

 まさに、『()()()()()

 

 

 心は間違いなく冒険者に向いていなかった。       

 それが皆の共通認識だ。

 だが、本人は冒険者になる道を選んだ。

 故に……。

 フィン達はベルに生き残るための力を。技を。知恵を。

 死なないための教育を徹底的に施した。

 その結果。今に至る。

 

「ステイタスは限界突破した後も伸び続けてるからなー」

「ロキ、ちなみ今のベルのステイタスは?」

「後少しでオールSSSっちゅうとこやな。()()()の話やけど……ちなみにレベルアップ自体は一年以上前から可能やったで。これ一応、秘密にしてなー」

 

 ベルの器の昇華(レベルアップ)に関しては、主神の方針で各レベル帯での最終ステイタス(基礎アビリティ)がオールSSS以上になってから行う事になっている。

 だが、高すぎるステイタス故に、とある昔『神々の宴』でベルのレベル詐称の疑いが上がった。

 答える義務も無かったが、その際にはレベル1の時からオールS以上で昇華していると発表している。嘘は言っていない。ーー最もステイタスの上限はSまでが常識なので、誰も疑いを持たなかった。

 故に、オールSの時点で十分お祭り騒ぎにはなったのだが……。

 

「「「…………」」」

 

 言える訳がない。

 それが三者の意見だ。

 娯楽に飢えている神々が知れば絶対にろくな事にならない。

 また、冒険者達にとっても毒であろう。

 この世界では、ステイタスを上げるよりもレベルを上げた方が早く強くなれる為、其方が優先されている。冒険者はそれ程までに危険な職業なのだ。

 だが、ベルに憧れ、真似をしようとする者が絶対に現れる。オラリオでの王子様(プリンス)の人気ぶりを考えると間違いないだろう。しかし、太陽を目指し翼を焼かれたイカロスの如く、数多の冒険者がその過程で命を落とす事が容易に想像出来た……。

 

「そういえば、リヴェリア宛にギルドから要請ーーもといお願いが来てるでー」

「私に?」

 

 ロキの声音が少し高くなったのをリヴェリアは聞き逃さず、眉を顰める。

 こういう時は大抵ロクでもない事を考えているからである。

 リヴェリアには主神の表情が何処かしらニヤニヤと、している様にも見えた。

 

「何でも、リヴェリアに子育てに関する講演を開いてほしいと言う声が多く寄せられていてな。ギルドが動いたっちゅうわけやーーってあぶなっ!」

 

ロキの地雷を踏み抜くスタイルは健在であった……。

 

 

 

 

 

 ーー暫くして。

 

「さて、そろそろお開きにするか」

「そうだな。まだ遠征の後処理が残っている。私は一旦失礼しよう」

「今回は武具やポーションの消費が激しかったからのう」

「僕はしばらくここに残るとしよう。ラウルと後処理の事で連絡事項もあるからね」

 

 フィンが呼び鈴を鳴らす。

 すると廊下の方からダッダッダッと足音が近づいてきて、バタンと勢いよく部屋の扉が開かれた。

 

「団長お呼びでしょうか?♡」

 

 ティオネが幸せそうな笑みで駆けつけた。

 ここでもフィンの胃にダメージが蓄積される。

 

「ラウルをここに呼んできてくれ。あと、ベルはまだ広場にいるかい?」

「ベルならつい先程ダンジョンに行かれましたけど」

 

「「「…………」」」

 

 目を離すとすぐこれである。

 部屋にため息が溢れる事は避けられなかった。

 

「ああ♡ 団長のため息が逃げちゃう……」

「……」

 

 フィンの胃痛物語はまだまだ続く。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「ほらよ、防具一式のメンテはしといたぜ」

「ありがとう、ヴェルフ。随分と早いね」

「そら、頑張ったからな。感謝しろよ」

「うん、いつもありがとう」

「おう。それで、剣については二振りともダメだな。損耗が激しいから、元の切れ味に戻るまでは予備の方で我慢しろ」

「う、ごめん」

「いいっていいって。確かに鍛冶師泣かせだが、今回も無事に帰って来たからな。それだけで十分だ」

 

 

【ヘファイストス・ファミリア】所属。

名をヴェルフ・クロッゾ。

ベルの専属鍛冶師であり、兄貴分。

現在は()()()4()

ベルの規格外に応える為、同じファミリアの団長である椿と皆が嫌がる試し斬りに出掛け続け、気がついたら第二級冒険者となっていた。

折れない魔剣を製作した事により、現在はファミリアの幹部を勤めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《後書き》
今回はベル君サイドを書いて見ました。
この世界線ならベル君無双も許されるはず笑

あと、ダンまちの世界の詠唱は本人の資質や想いが反映されると思うので、この世界線のベル君の詠唱を作ってみました。ベル君はもう既に無詠唱魔法というお手軽なチート魔法を持っているので、付与魔法の方は切り札的な使い方になるかと思います。

余談になりますが、原作では、フェルズの詠唱が個人的に一番好きです。他には、リーネの恋文詠唱もかなり印象に残ってます(><)

【生まれし傷よ、忘れるな。癒せぬ痛みなどないことを】の部分などなど。今作ではお救いせねば!! 原作キャラだと、他に誰の魔法詠唱が人気あるのだろう……。ちょっと気になります笑

それではまた次回。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



今回登場したベル君の魔法↓



魔法名
【英雄顕現(アルゴファニア)】

詠唱文
【求めるは、希望の光。天空統べし雷霆は夢を語り、終焉告げし道化師は理想を謳う。誓いを今此処に。紡がれし英雄神話。聖鐘楼の意思を継ぎ、我は舞台の終幕を飾る。偉大な雷鳴と業火をこの身に纏いて、未来(あす)への道標を此処に示そう】


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第8話 怪物祭

 

 重なり合い響き渡る大歓声。

 熱気の渦が溢れんばかりの人々で埋め尽くされた観客席を包み込む。

 モンスターが上げる雄叫び、拡声器によって轟く司会者の口上と観衆の叫喚が闘技場を震わせる。

 その盛況ぶりが、舞台裏までびりびりと伝わってくる音と振動を感じながら、毛先に青みがかった金髪と青い瞳が特徴的な美しい相貌をしている歌人鳥(セイレーン)は、静かに呟いた。

 

「地上の空を飛ぶ。夢の一つがようやく叶いそうです」

「ーーふむ。なら他にも叶えたい夢があるのかな?」

 

 それに対して一人の小人族(パルゥム)の男が尋ねる。

 

「い、いえ……」

「確かレイのもう一つの夢はーー」

 

 表現をニヤニヤとさせ、レイと呼ばれる歌人鳥の少女を揶揄(からか)うように会話に入ってきたのは、レイの同胞であり、赤い羽を持つ半人半鳥(ハーピィ)の少女。

 

「フィア!? い、今はいいでしょう。その話は!」

 

 レイは己の秘めた想いを暴露されそうになり、頬を赤く染めながら慌てふためいた。

 

「あはは」

 

 その光景を前に、処女雪のような白髪と深紅色(ルベライト)の瞳が特徴の少年は笑みを浮かべる。

 

「なぜそこで笑うのですか?」

「レイの反応が可愛くて……つい」

「うぅぅ〜バカ! もう知りません!」

 

 レイは怒りつつも、少し頬を緩ませながらプイッと顔を背けた。

 

「ふふっ、地上のお方(ベル)は罪な男ですねー」

「何で!?」

「はい、君達。盛り上がっている所悪いけど、もうすぐ出番だよ」

 

 小人族(フィン)の言葉で気を引き締める一同。

 

「さて、ここが君達にとってーーまた人類にとっての最初であり、大きな一歩となる。準備はいいかい?」

「ええ。この場にいない同胞達を代表して今まで協力してくた事に感謝を申し上げます」

 

 歌人鳥(レイ)半人半鳥(フィア)が同時に頭を下げる。

 

「おいおい、まだ始まってもいないよ? 礼を言うのは早すぎないかい?」

「それでもです。あなた達の協力がなければ、私達はこうして陽の光を見る事も出来なかったでしょう」

 

 事実である。

 彼ら【ロキ・ファミリア】との協力体制を築けていなければ、こうして安全に地上へ出ることも不可能だっただろう。

 

「感謝ならうちの王子様(プリンス)に言ってくれ。僕達は彼の我儘に付き合わされただけだよ」

 

 これも事実である。

 モンスターは人類の敵。排除すべき下界最大の悪腫瘍。

 融和を結ぶなど夢のまた夢。

 今までの戦いの歴史が証明するように、それほどまでに両者は相容れない存在なのだ。

 一族の復興につくし、【ロキ・ファミリア】を率いる団長のフィンがモンスターでありながら理性のあるモンスターの【異端児(ゼノス)】達に協力しているのは、ベルに感化されたからに他ならない。

 

「ええ。ベルさん、私達を導いてくれた事、本当に感謝しております。ありがとう」

「まだレイ達の存在を公にする事が出来ないのが心苦しく思うけれど……」

 

 まだ全てを公表は出来ない。

 今日がそのための第一歩なのだから……。

 

「それでもです! あなた達がいなければ、私達はきっと地上に夢を抱きながら、地下で一生を終えていたでしょう」

「うん、分かった。一緒に歴史を作りに行こう!」

「はい!」

 

(最近ベルの元気がなかったけど、リヴェリアが上手くやったのかな?)

 

 フィンの杞憂を他所に、会場から一段と大きな歓声が響き渡る。

 

『さぁ、お次は本日のメインイベント! オラリオにその名を轟かせているロキファミリアの【勇者(ブレイバー)】と【英雄(アルゴノゥト)】の両名による、ショーの始まりだああああ!!』

『うおおおおおおおー』

『なお、今回は【ロキ・ファミリア】が調教(テイム)に成功した怪物を使役しての催しとなります』

 

 司会者がこれでもかと言うほど、会場を温める。   

 ベルは調教(テイム)という言葉に、本当は違うんだけどなぁ……と苦笑した。

 

「三人とも、まずは打ち合わせ通りにーー」

 

 大まかな流れとしては、初めにレイとフィアの紹介として彼女達を主軸としたアクロバティックショーを披露。その後、フィンとフィア、ベルとレイでチームを組み模擬戦を行う。なお、地上戦から徐々に空中戦をメインとした魅せる試合へと移行する流れだ。脚本と配役は主神(ロキ)が行ったので抜かりはない。

 

 今回の目的は大きく二つ。

 一つ、レイとフィアの両名が【ロキ・ファミリア】が使役しているモンスターだと認知させる事。

 二つ、おそらく人類史上初めての怪物との共闘を行い、『モンスターは絶対的な敵』という認識を緩和するきっかけを作ること。

 

 まだ【異端児】達の存在を公表するには人類には早すぎる。

 故に彼女達を通じてモンスターの事を知ってもらう必要があった。

 これは本来の怪物祭(モンスターフィリア)の目的でもある。

 今日は観客の人達に【ロキ・ファミリア】が使役しているモンスターは、他とは何かが違う(・・・・・)という印象さえ受けてくれれば成功と言っても良い。

 もちろん【異端児】の両名には人前では話さないように、と注意している。

 

『それでは、選手の入場です!!』

 

 会場のボルテージは最高潮。

 盛大な盛り上がりを見せながら、この日より【人類】と【異端児】の歴史は大きく動くこととなる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 怪物祭より三日前。

 

「ヘファイストス、他に何かボクにやってほしい事はないかい?」

 

 現在、ヘファイストスはヘスティアに肩を揉まれながら尋ねられる。

 頭を下げ続けても無理だと悟った彼女が、アプローチを切り替えた。

 その結果がこれだ。

 四六時中、ヘファイストスのご機嫌を取ろうと付き纏っている。

 これでは仕事も碌に出来ない……。

 もう無理だ、とヘファイストスは嘆息。

 仕事もプライベートもあったものではない。

 睡眠の時まで側に控えるのは本当にやめてほしい。

 

「タケミカヅチ……」

 

 土下座に続いてこんな事まで吹き込むなと悪態をついた。

 はあ……。

 ぐーたらな神友にしては珍しく諦めが悪い。

 

「……ヘスティア、あなたを突き動かすものは何? どうしてあんたがそうまでするの?」

 

 ヘスティアの肩を揉む手が止まった。

 

「……あの子の力になりたいんだ」

 

 ヘスティアの雰囲気が一転し、彼女は吐き出すように答えた。

 

「今あの子は走り出した。高く険しい道のりを……。一つ間違えば簡単に死んでしまうような茨の道をーー」

 

 ヘスティアは思い出す。

 つい先日もアイズ が大怪我をして帰ってきた時の事をーー。

 

 ボクを一人にしないって、無事に帰ってくるって約束はしたが、彼女は今後も危険な戦いに身を投じるだろう。ーーだからこそ、

 

「ボクは欲しい。あの子を助けてやれる力が! あの子が道を切り開ける、武器が!!」

 

 神が神に願う行為。

 本音を晒し、自分の存在をぶつける。

 

「ボクはあの子に助けられてばかりだっ! ひたすら養って貰っているだけ。あの子の主神なのに、神らしい事は何一つだってしてやれてない!!」

 

 ヘスティアは絞り出すように続ける。

 

「ボクははっきり言ってキミが羨ましい。子ども達の力になれるキミが!!」

 

 神の力を使えない下界においても、ヘファイストスの鍛冶師としての腕は超一流。

 また鍛冶を指南する事で子ども達の力になっている。

 

「他の神達だってそうだ! 武術を教えれる神がいる。子ども達の腹を満たせる神がいる。生きる術を教えれる神がいる! だと言うのにボクには何も出来ない……」

 

 ヘスティアは思い出す。

 ファミリアを結成してからの生活を。

 

「眷属に養ってもらわないと生きていけない! 闘う術を教えることも出来ない! ボクに出来るのはこの頭を下げることだけ!!」

 

 己の無力を嘆いているのはアイズ だけでなく主神も同様だった。

 

「何もしてやれないのは、もう嫌なんだよ……」

 

 弱々しく言葉が漏れた。それは心の底からの呟きだった。

 

「ーーその執念だけは少なくとも私にはないものだわ……はぁ、私の負けよ」

 

 ぱっとヘスティアが顔を振り上げたのが背中越しにでも分かる。

 

「私が頷くまであんたは諦めないでしょうが」

「……うんっ、ありがとう、ヘファイストス」

 

 ヘスティアの肩を揉むのに力が入る。

 

「ちょっ! 痛い! 痛いって!!」

 

 甘やかし過ぎだと自覚しつつも、今のヘスティアになら手を貸すのはやぶさかではないと思うヘファイストスであった。

 

「ーーで、言っておくけど、ちゃんと代価は払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 

 ケジメはつけてもらう。

 ここだけは譲れなかった。

 

「うっ、わ、分かってるさっ。借金の金額はボクの愛の重さだ!」

「カッコつけて言っても声が震えているわよ」

 

 全く、しょーがないわね。

 

「あんたの子が使う得物は?」

「え……剣だけど」

 

 そう、と一言呟いてヘファイストスはハンマーを手に取った。

 

「もしかして、君が武器を打つのかい?」

「そうよ、当たり前でしょう。これは私とあんたとのプライベートなんだから。私の事情に眷属を、巻き込むわけにはいかないわ」

 

 何か文句ある? とヘファイストスはジロリと一睨みする。

 

「文句なんて無いさ。むしろ大歓迎だよ! 天界でも神匠と謳われた君に作ってもらえるんだ!」

「あんた、忘れてない? 下界では一切の『力』を使えないんですからね」

「構うもんか! ボクは君に武器を打ってもらうのが一番嬉しいんだから!」

 

 さて、始めましょうか。

 意識をファミリアの主神から鍛冶師のものへと切り替える。

 ヘスティアから子ども事を聞き出し、その子に合った武器かつヘスティアの要望を叶える。

 

(駆け出しに冒険者に持たせる、一級品装備……)

 

 はっきり言って無理難題である。

 でも、だからこそ、職人魂に火が灯る。

 やるからには全力で最高のモノを作り出す。

 

「さて、頑張ってみましょうか」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 神様失踪から三日目。

 

 アイズ は随分と静かになったホームで身支度を整えていた。

 もっとも神友の所でお世話になっていると手紙が来ているので心配はしていない。

 本日はやっと怪我を完治もとい”エイナさんのお仕置き期間”が終了したので、ウォーミングアップがてら身体の調子を確認する。

 

(……うん、これなら大丈夫)

 

 充分に身体をほぐし、ここ数日で鈍った感覚を再び研ぎ澄ませる。

 いつもより時間を掛けて調整を行い完璧に仕上がった。

 まさにベストコンディション。

 

「行ってきます」

 

 誰もいないホームにそう言って玄関の扉へ手をかけた。

 

(ケガも治ったので今日こそは新階層へ……)

 

 本日の予定を組み立てつつホームを出発する。

 ダンジョンへ向けて通りを歩いていると通りが活気に満ちているのに気がついた。

 

(お祭りでもあるのかな?)

 

 そのまま歩みを進めると、ここ最近お世話になっている豊穣の女主人の前で、店員さんとに鉢合わせした。

 

「こんにちは、ヴァレンシュタインさん。今からダンジョンですか?」

 

 金色の髪にエルフ特有の長い耳。確かこの人は……。

 

「こんにちは。ーーーーリューさん」

 

 名前を覚えていたことに安堵する。

 心の中の小さなアイズも『えっへん!』と自慢げなドヤ顔を決めている。

 なお、別の世界線ではオラリオ暗黒期に結構ガチ目に剣を交えたはずなのに、数日後には『じゃが丸くんを巡って争った事がある』と言う嘘に納得するほどの天然力を発揮している。

 

「今日は祭でもあるのですか?」

 

 アイズ は先程から気になっている事を訪ねてみる。

 

「今日は怪物祭の日ですよ」

「……怪物祭?」

「初耳ですか? この都市に身を置く者なら知らないということはない筈ですが」

「実は…オラリオに来たのが、最近で……」

「ーーニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

 どこからともなく猫人の店員さんが私達の会話に入ってきた。

 

「……よろしくお願いします」

「任せるニャ!」

 

 そう言って猫人の店員さんは鼻息荒く話し出す。

 

 彼女の話をまとめるとーー。

 怪物祭は年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のどデカい催しらしい。ダンジョンからモンスターを連れてきて調教(テイム)する。

 簡単にいうなら、モンスターと格闘して大人しく従順させるまでの流れを、見世物とする。

 猫人の店員さん曰く、『偉いハードなサーカス』との事。そして、最後に彼女はとんでもない爆弾を落としてきた。

 

「今年の怪物祭は一味違うニャ! ニャんと、今回は最後にあの(・・)【ロキ・ファミリア】がショーを行うらしいニャ!」

 

ーーえっ……。

ーー今彼女は何て言った? 

ーーあのベル・クラネルさんが出ると?

 

 そこまで彼女は語っていないはずなのに、アイズ の脳内では勝手にそう変換されている。恋は盲目というが、これが乙女としては当たり前なのだから仕方がない……そう、仕方がないのだ。

 

「ベル・クラネルさんが出るのですか?」

「……ん? よくわかったのニャ。あの白髪頭も出るってもっぱらの噂ニャ!」

 

 今日は闘技場に行こう!

 アイズ は瞬時に先程まで立てていた予定を変更する。

 

「いつ始まるのですか?」

「もう祭り自体は始まってるニャ。だけど白髪頭の出番は最後だから、まだ少し後になるニャ。ご飯を食べる時間ぐらいあるのニャ!」

 

 少し時間に余裕があるらしい……。

 即ち祭り限定の『プレミアムじゃが丸くん』も食べれる!!    

 心の中のアイズ も『わーい! わーい!』と両手を上げて喜びを表現している。

 アイズ の中には完璧な計画が仕上がっていた。

 

「ありがとうございます」

「いいってことニャ!」

「私達の分も楽しんで来て下さい」

「シルはずるいニャ! 祭りで忙しい時に休むニャんて!!」

 

 アイズ の女としての勘が告げている。

 絶対に怪物祭を見に行っていると!!

 

「愚痴を言ってないで仕事をしますよ」

「……リューも本当は行きたい癖にーー」

 

 まさかここにも伏兵!?

 

「少し黙って下さい」

「うぎゃあ! 何するニャ!」

「では、アイズ さん私達はこれで」

 

((皆ずるい……))

 

 女として充分に魅力的に見えるライバル達にむけて、アイズ と心の中の小さなアイズ は口を揃えて呟くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 豊穣の女主人の店員達と別れてから、アイズ はじゃが丸くんの店を厳選し、至福の時を過ごしていた。

 

(うん、やっぱり美味しい……)

 

 平和だった。賑わっていた。

 なんて事は無い日常の一コマ。

 これを食べ終わったら、怪物祭を見に行こうと思っていたーーが、

 平和な日常が終わるのはいつも突然で、無慈悲に終わりを告げる。

 

 

 

 都市の何処かで『影』は嗤った。

 さあ、宴の時間だとーー。

 

 

 

 きっかけは地面が揺れ始めた事だ。

 

 (地震……? いや、違う!!)

 

 地震というにはあまりにもお粗末な揺れが不穏なものを覚えさせるーーそして。

 身構えていたアイズ のもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

「!?」

 

 音がした方角へ視線を飛ばすと、そこからは膨大な土煙が立ち込めていた。

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 響き渡る女性の声。

 煙の奥から(あら)わになるのは、石畳を押しのけて地中から出現したヘビに酷似した長大なモンスターだった。

 

(何……あれーー)

 

 アイズ の感覚としては、先日襲われたミノタウロスより格上。自分ではどうしようもない怪物。

 

(……なぜここに!?)

 

 市街地でのモンスターの出現に戸惑いを感じつつも、急いで離脱を試みるーーが。

 悲鳴を上げ、市民が一斉に逃げ惑う中、アイズ は視た……視てしまった。

 長ローブにフードを被っていてる一人の少女が襲われているのをーー。

 本能は逃げろと告げている。

 力の差は分かっている。

 それでもーー。

 怪物によって、悲しむ人がいるのならーー。

 私は……剣を振るう!!

 

 【目覚めよ(テンペスト)

 

 覚えたての風を纏い、モンスターへ斬りかかる。

 

(硬い……)

 

 風纏った斬撃でもびくともしないーー直後。

 

(……やばい!)

 

 アイズ が驚愕し目を見開いた次の瞬間、モンスターは意識の矛を向け襲いかかってきた。

 

 回避! 

 回避ッ! 

 回避ッッッ!!

 

 力任せの体当たりを辛うじて避ける事に成功する。

 巻き上がる石畳に、ばらまかれる破裂音。

 石の塊が周囲に着弾し、建物を穴だらけにして、辺りには巨大な土煙が立ち込めていた。

 突撃した建物から這い出てきた蛇型のモンスターは、まるで空を仰ぐように体の先端部分をもたげたかと思うと、幾筋もの線をその頭部に走らせーー咲いた。

 

 『オオオオオオオオオオッ!!』

 

 破鐘(われがね)の咆哮が轟き渡る。

 開かれた何枚もの花弁。

 色彩の色は極彩色。

 中央には巨大な口が存在しており、粘液を滴らせているーーそして。

 体から派生する何本もの触手で地面を破壊しながら、本体は蛇のように這い寄って来た。

 

 アイズ は風を纏い、逃げる!

 逃げる!!

 逃げ続ける!!!

 

 倒す事は出来なくても、先程の少女が逃げる時間を稼がないとーー。

 感じるは恐怖。

 己の鼓動の音がはっきりと聞こえる。

 それでも、考える事を放棄しなかった。

 相手は圧倒的格上。力も速さだって敵わない。

 そんなアイズ が今もなお、生きているのはーー。

 

 正解を選び続けたからである。

 風の魔法を最大限に活用した逃げの一手。

 その動きはまさに立体機動。

 触手の死角へ死角へと逃げていき、九死に一生を得えていた。

 触手が肌を掠める。

 地面を抉る石礫が弾丸となって襲い掛かる。

 巨大な口がアイズ を丸呑みにしようと突撃する。

 どれもこれもアイズ にとって致命傷の攻撃。

 まさに、緊張の糸を切らせたら最後、すぐにあの世行きの極限の駆け引き。

 

 

 

 ーーだが、その状況は長くは続かない。続かせては貰えない。

 

 

 

 アイズ が死の狭間をくぐり抜けている中で、辺りの石畳が隆起する。

 

 (ッ!?)

 

 アイズ を取り囲むように三匹。

 新たな食人花のモンスターが出現した。

 浮かぶは絶望。

 一匹でも死と隣り合わせなのに、さらに三匹追加。

 果てしない理不尽、この世の残酷な現実を前に、アイズ に一瞬の隙が生まれるーーそして。

 その隙をモンスターが見逃すわけもなく……。

 

 触手で叩かれ大きく宙を舞う。

 浮遊感と共に強烈な痛みがアイズ を襲う。

 

 ……ここまでかな? 

 

 ふとそんな考えが頭をよぎった。 

 魔力はもう既に枯渇し、身体は言うことを聞いてくれない。

 空高く舞い上がった身体は、徐々に勢いを失い、やがては落ちていく。

 耳元では風が唸り、視界には反転した世界的が映し出されている。

 落下先には四匹の食人花のモンスター達が地獄への顎を開けて待ち構えていた。

 

 ……あの子は逃げ切れたのかな?

 ……もう取り戻せないのかな?

 ……神様との約束もーー。

 

 そして、最後に思い浮かべるは憧憬の人の事だった。

 

 ーーまだお礼も言えてない。

 ーー何でいつも逃げちゃうのだろう。

 ーーあの人に追いつきたかったな……。

 

 そして。

 

 ーーまだ死にたくない。

 

 ーーーーーー。

 ーーーー。

 

 助け……てーー。

 

 アイズ の嘆きが意識の中を木霊する……。

 目をギュッと瞑り、己を待ち受ける残酷な未来へ備えた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 「ーーよく頑張ったね」

 

 いつまで経っても訪れない己の死。

 目を瞑った直後、僅かな衝撃と共に再び浮遊感に包まれた気がしたが、そんなことより今はすぐ近くから聞こえた優しい声音の方が気にかかって、アイズ は朦朧とする意識の中で、恐る恐る目を開けた。

 そこには……。

 

 「もう大丈夫だから」 

 

 想い焦がれた英雄がいた。

 私の前に再び『英雄』は現れてくれた。

 

 安堵が形となり、意識が遠のいていく。

 

 そして。

 

 アイズ は憧憬の腕の中で静かに意識を手放したのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《補足》
 怪物祭の本来の目的についてですが、ウラノスは人類と異端児(ゼノス)の共存を望んでおり、下界の人々のモンスターへの抵抗意識を緩和するためにガネーシャと協力し、数年前から開くようになりました。
 原作では怪物祭でフレイヤ様が騒動を引き起こしていますが、それが不幸中の幸いとしてエニュオの出鼻を挫いています。ただ今作の怪物祭では、フレイヤ様は動いていません。ベル君の活躍を視るのに夢中です笑
 ちなみに食人花は個体差もありますがLv.3〜4相当のモンスターです。以上で補足を終わります。

《次回予告》
 英雄からは逃げられない!?
 恋と羞恥の攻防戦!!

 ※イチャイチャ注意報


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第9話 英雄からは逃げられない!?恋と羞恥の攻防戦!!

 

 ーーこれは記憶ーー

 

 この時は、まだ明日が必ず来ると信じていた。

 裕福な暮らしとは言えなかったが、日々の暮らしには毎日のように新たな刺激があり、喜びや悲しみを共有出来る家族(仲間)がいた。

 今だからこそ言える。

 あの時は幸せだったと……。

 この生活はまだまだ続く。

 果てなき夢への旅路はまだ始まったばかり。

 そう思っていたが、終わりは唐突に訪れた。

 

 絶叫が轟き、血飛沫(ちしぶき)が飛ぶ。

 火の粉が舞い、仲間の四肢が転がる。

 巨軀(きょく)な影が次々と仲間を切り刻み、貫き、捕食する。

 死の化身。破壊の権化。

 圧倒的な暴力を前に全てが蹂躙された。

 家族(仲間)が肉塊へ変わり果てる光景を前に、何も出来なかった。

 その怪物は、私達の抵抗など簡単に跳ね除け、虐殺を執行する。

 無力、恐怖、絶望、悲しみ、怒り、憎しみ。

 言葉では形容出来ない負の感情の数々。

 仲間と己の命を犠牲にして、何とか一矢(むく)いるも、すぐに限界が訪れた。

 遠のく意識の中でふと走馬灯が駆け巡る。

 

『私達が灰になって天に還った時、神様に叩きつけてやりましょう! これが私達の正義だって! 悩んで、間違って、ボロボロになって、それでも辿り着いた答えはこれだって、私達の生涯をもって証明するの!』

 

『もし、私が先に死んじゃったら、うじうじしてる貴方達の背中を天界から戻ってきて、どついてあげる!』

 

 私達を蹂躙した怪物と共に、奈落の底へと落ちてゆく中で、一つの想いが残った。

 その想いの名を『未練』とも言う。

 

 

 私の答えはまだーー。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 ーー知らない天井。

 

 ぼんやりとする頭で、なんとなく辺りを見回した。

 知らない部屋、知らないベット、知らない布団。

 そして私の英雄ーー。

 

 なんだか頭がぼうっとしており、視覚から入ってくる情報がうまく整理出来ない。

 例えるなら、雲に包まれて空に浮いている感覚だろうか。

 お日様の香りが優しく鼻腔をくすぐる。

 安らぐ。心地が良い。まだ寝たい。

 まるで己の主神(ヘスティア)のようにダメな思考になっているが、誘惑に抗えない。

 意識を再び手放す直前、なんとなくベットの脇の方へ視線を向ける。

 ぼんやりと写っていた輪郭が少しづつ形を成す。

 そこには白髪赤目が特徴の英雄が座っていた……。

 

「おはよう。気分はどう?」

「……おはよう、ございます?」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 !?!?!?

 

 半ば夢の世界から一気に現実へと引き戻されるが、その事実を脳がうまく処理しきれない。

 何が何だか分からない状況。

 故に。

 条件反射的にベットから飛び跳ねようとするーーが、

 

「怪我人は安静にしないと」

 

 アイズの額に英雄の手がゆっくりと乗せられる。すると、己の制御を失い暴走仕掛けた身体が外側(・・)から完全に鎮められた。

 

 何……今の……。

 

 どのような原理が働いたのか、アイズには分からなかった。

 

「暴れちゃダメだよ?」

 

 苦笑混じりに注意された。

 英雄と視線が重なり、アイズの疑問はどこへやら消し飛んでしまった……。

 胸の鼓動が大きく脈をうち、激しめの音楽を奏でる。

 別の意味で再び暴走状態に陥ったのは言うまでもない。

 

(その表情(かお)はずるい……)

 

 そして、そのまま英雄はアイズの頭を撫で始めた。

 

「うん、偉いね」

 

 彼の手から伝わる人肌の温もりが、とても心地よく感じる。

 動かないだけでこんなご褒美を貰える幸せ者が私以外にいるのだろうかーー。

 なお心臓の方は今もフル稼働中である。

 心の中の小さなアイズ も『わー! わー! わー!』と両手で顔を隠して転げ回っている。

 

 先程のドタバタで(めく)れた布団をさっと持ち上げ、視線以外の部分を覆い隠す。

 緩んだ口元を見られる訳にはいかなかった。

 これは乙女の(たしな)みである。

 だが、残念なことに至福の時間は長くは続かない。

 時間にしてほんの数秒で、英雄の手はアイズの頭から離れていった。

 

「えっと、名乗るのが遅れたね。僕はベル・クラネル。みんなからはベルって呼ばれてるから気軽そう呼んで欲しいかな。キミは?」

 

 至福の時間が終わった事に名残惜しいくも、彼の問いに答える。

 

「アイズ……。アイズ・ヴァレンシュタインです」

 

 ただ自己紹介しただけなのに非常に照れくさい。

 頭から布団に潜りたい衝動を強固な意志で押さえつける。

 

「アイズだね。あとアイズにどうしても伝えたい事があるのだけど……」

 

 何故かベルさんが言い淀む。

 少しずつ場の空気に緊張感が漂ってくる。

 そんなはずがないと分かってはいるが、ちょっとだけ期待してしまう。

 恋する乙女なので、多少の夢は許してほしい。

 時間が経つにつれ、緊張のボルテージが上がっていく。

 

 私、もうダメかも……。

 

 アイズの緊張が臨界点を突破する直前、ついにベルさんの口が開かれた。

 

「その……ごめんなさい!」

 

 ……えっ?

 

 一瞬アイズは何を言われたのか分からなかった。

 

「僕達が倒し損ねたミノタウルスでキミに怖い思いをさせた。それだけじゃなく、たくさん傷つけた」

 

 浮かれていた気持ちが一転し、当時の状況が映像として脳内に流れ始めた。

 確かに死を覚悟したあの時は怖かった。

 酒場の出来事は正直トラウマである。

 でもそれ以上に彼は何度も助けてくれた。

 目の前の英雄のようになりたいと思った。

 彼に強く憧れた。

 私の前に英雄は来てくれた。

 それだけで十分だったーー。

 

「ほんとうに、ごめんなさい」

 

 ベルさんの謝罪に対して、アイズはすぐさま上半身を起こし言葉を紡いだ。

 

「違います。……その、本当に謝らないといけないのは、私の方です」

 

 ここで己の胸に手を当て、一呼吸する。

 今まで理由をつけては、逃げていた過去を清算する時がきた。

 アイズはゆっくりと語った。

 

「あの日、うかつに下層に潜りました。助けて頂いたのに、お礼も言わずにその場から逃げ出しました。ーー私の方こそ、ごめんなさい」

 

 そして。

 

「何度も助けて頂いてありがとうございました」

 

 二人の間に少しの静寂が訪れる。

 先に沈黙を破ったのは英雄だった。

 

「うん、良かった。僕はアイズに嫌われていると思っていたから」

 

(えっ???)

 

 ベルさんが語ったのは、アイズにとって無視できない超特大級の爆弾だった。

 

「……どうしてですか?」

 

 意中の相手に自分が嫌っていると思われていた。

 あまりにもアンビリーバボーな出来事である。

 

「んー、内緒」

 

 甘いマスクで、はにかみながらベルさんはそう答えたが、言われて気がついた。

 何度も全力で逃げたのだ。

 そう思われて当然である。

 

「あぅ……」

 

 恥ずかしさや申し訳なさが相まった。

 スルスルスル。

 人は過ちを繰り返す生き物である。

 再び布団の中へと逃走を図った。

 

「アイズ?」

 

 英雄の呼びかけに対して、布団の中で頬を押さえながら悲壮な声をあげる。

 

「ベルさんに顔向け出来ないです」

「ごめん、アイズが何を言っているのか分からない」

 

 アイズの回答に困惑しているのが、ベルさんの顔を見なくても分かる。

 ベルさんの手が布団へ伸びてきた。

 するとアイズは布団を被ったまま、距離を取る。

 再びベルさんが手を伸ばすも、その分だけ距離を取る。

 

 この時ベルは思った。何かの小動物みたいだと。

 誰しも一度は経験したことがあるだろう。

 警戒心の強い小動物と触れ合う際に、少しずつ近づきコミュニケーションを計った試しがーー。

 ベルは同じ要領で試みたが見事失敗に終わった。

 

「アイズ、気になってはいると思うけど、ここは【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』の一室。一応、僕の部屋になるのだけどーー」

 

(ベルさんの……部屋!?!?!?)

 

 そろそろアイズの心臓の過労死が心配されるが、ベルは気づかない。

 

「アイズを助けた後、本当ならギルドの医療室に運ぶ予定だったけど、ギルドは人で溢れていたから……。アイズには悪いけどこっちの方に運ばせてもらったよ」

 

 街中にモンスターが出たのだ。

 ギルドやその関連機関が忙しいのは仕方がない事である。

 

「アイズのお陰で幸いにも死傷者は出なかった。よく頑張ったね」

 

 みんな無事だったんだ……。

 モンスターに家族を奪われる人がいなくて良かった。

 あとベルさんに褒められた。

 

「でも勝算の無い無茶はダメだよ。勇気と無謀は違うからね」

 

 まさに正論である。

 今回の相手はアイズではどう頑張っても勝ち目が無かった。

 結果的にまた彼に助けられた。

 恋する乙女として、嬉しいと思う気持ち。

 一人の冒険者として、情けないと思う気持ち。

 心の中は非常に複雑である。

 あと神様。

 先程からベルさんの香りに包まれて、私、もう本当にダメかも……。

 

 ーーーーーー。

 ーーーー。

 ーー。

 

「えっと、そろそろ出て来てくれても良いんじゃないかな?」

 

 ベルさんの呼びかけに応じて、少しだけ顔を覗かせる。

 

「やっと出て来てくれたね」

 

(はぅ……)

 

 まさかの頭なでなでの再来。

 ベルさんに頭を好きに撫でられてるアイズは、当初は緊張で戸惑いを見せたが、今では分かりやすく頬を緩めていた。

 

「アイズは、可愛いね(……小動物みたいで)」

 

 !?!?!?

 

 ベルさんの一言一句に翻弄されてしまう。

 最後に何か言ったみたいだけど、『可愛い』の印象が強すぎて聞き取れなかった。

 自分の心臓を虐めてくる英雄に、ずるいと思いながらも、彼の大きな手から伝わってくる温もりに、胸の高鳴りと安らぎを覚えながら今ある幸せを堪能する。

 アイズは普段、自分の事を大人の女性と自負しているが、その仮面はどこへやら。

 すっかり緩み切った表情をしていた。

 もっとも普段の姿も他人から見たら、少し背伸びをしている年相応の少女にしか見えないのだが……。

 暫くして、彼の手が動きを止めアイズの頭から離れそうとするが、それを拒むかのように手を重ね己の頬の所まで抱え込む。

 

 ふにふに。スリスリ。

 

 ベルさんの体温が伝わってくる。

 温かく、安心する。心地いいーー。

 

 コンコン。

 

「失礼します」

 

 夢中、熱中、集中、没頭、暴走。これらの状態にアイズは陥っていたが、永遠には続かない。ふとしたきっかけで魔法は必ず解けるものだ。

 

「ベルさん、団長やリヴェリア様が先程戻りまして、今日の事でーーって、何をやっているのですか!?」

 

 第三者の声でふと現実へと戻される。

 ベルさんの手を握り、スリスリしているという、己の暴走を自覚した瞬間、一気に恥ずかしくなり、硬直する。

 機械仕掛けのように、ゆっくりとベルさんの表情を伺うと『もういいの?』と笑みを浮かべていた。

 さらに恥ずかしさが込み上げてきて、頬に熱が帯びてゆく。

 

「不純異性交遊の匂いがします! 不潔です!!」

 

 先程、部屋に入ってきたエルフが声を響かせる。

 

「ちょ、レフィーヤ。何を言ってるの!?」

「そこのあなた! どこの誰かは知りませんが、今すぐベルさんの手を離しなさい! あとベルさんの布団から出て来なさい!!……ナンテウラヤマシイ」

 

 最後の方は良く聞こえなかったが、なるほど。

 この邪魔者のエルフはレフィーヤと言う名前らしい。

 普段から感情に乏しいアイズではあるが、これだけ明確な敵意をぶつけられては流石に頭に来る。

 要するに、負けられない女の戦いなのだ。

 

(プイッ)

 

 アイズはレフィーヤの言葉を無視し、スリスリを続行。彼の手に匂いをマーキングする事で牽制する。

 

「むむむ……」

 

 対するレフィーヤも瞳に熱き炎を宿らせる。

 

「ベルさん、隣いいですか?」

「えっ? 別にいいけど……」

「それでは失礼します。ーーうぅ、えぇーい!」

「なっ!?……」

「ちょっ!? レフィーヤ!?」

 

 あろう事か、このエルフはベルさんの空いていたもう片方の腕に抱きつき、両手で抱え込んだ。身体全体をベルさんに密着させる形で……。

 そして、耳まで真っ赤にしながら勝ち誇った表情を浮かべる。

 これには流石のアイズも負けてられない。

 負けず嫌いな性格と戦闘狂としての血が騒いだ。

 要するに『カッチーン』案件である。

 今まで被っていた布団から離脱し、ベルの片腕にレフィーヤ同様に抱きつき、両手で抱き抱える。

 羞恥心で顔が爆発しそうだが、意地でポーカーフェイスを作り出す。

 これぐらい私にも出来ますよと、()()ぎだらけの大人の余裕を作り、敵に(がん)を飛ばす。

 

「ぐぬぬぬぬ……何をしているのですか! 私の真似をしないで下さい!!」

「あなたこそ、私の邪魔をしないで」

「なっ……あなた他所のファミリアでしょ!?」

「ファミリアは関係ない。ベルさんは私の英雄」

「はぁ? ベルさんはロキ・ファミリアの共有財産。つまり私のです!! 変なことを言わないでください!!」

「変な事を言っているのは、あなたの方。次、私のとか言ったら、斬るよ?」

「いいでしょう! やってみなさい! その前に魔法で燃やしますけど」

 

 『ギャーギャーギャー』と口論を続け、ベルを取り合う二人ではあったが、決着は突然訪れた。

 

「二人ともその辺にーー」

 

 ベルさんの言葉がそれ以上続く事はなかった。

 理由は単純明快。

 眉を吊り上げ、絶対零度のオーラを纏ったハイエルフの大魔王が現れた。

 

 

 

ーーお前達、何をしている?

 

 

 

 ーーその後。

 みんなで仲良く怒られました。

 

 ぐすん……。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 一方その頃ーー。

 

 闇派閥(イヴィルス)からの報告でダンジョンの地下は大いに賑わっていた。

 

『アリアアリアアリアアリアアリアーー』

『会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいーー』

 

 穢れた精霊達が歓喜の声を上げている。

 彼女達のお祭り騒ぎを少し離れた所で眺めているのは、赤い髪と緑色の瞳が特徴の女性。

 髪の毛は後頭部で一つにまとめており、馬のシッポのように後ろに垂らしている。

 

 探し物が見つかった。

 ならばこそーー。

 

 彼女が手をかざす。

 すると(おびただ)しい数の食人花が彼女の元へと集まり始めた。

 

「ふふっ、リオンと兎ちゃんは元気にしてるかしら?」

 

 数多の食人花を従えた赤髪の調教師(テイマー)は、不敵な笑みを浮かべたのだった……。

 

 

 

 

 




《後書き》
やっっっと、本当の意味でベル君とアイズが出会えました。これからは2人の絡みも増えて行くと思います。ライバル多いけど頑張って!笑

《補足》
少し補足になりますが、今作では原作者様が鬼畜過ぎて断念したある初期設定を一部採用しました。何でもSO3巻を書く前に急遽変更したみたいです。こういった設定の採用も二次小説ならではの醍醐味かと個人的に思っております。

《最後に》
赤髪の人「誰もが見惚れるスーパー可愛い美少女参上!! 参戦フラグは立てたから、後はよろしくね♪」
リューさん「!?」


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