Guilty Bullet -罪の銃弾- (天野菊乃)
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【episode00】

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ギルティクラウンとブラック・ブレットのクロスオーバーです。
他にも色んな作品の用語を使用しています。
これらのことを踏まえ、地雷でない方だけ読んでください。


 時は西暦2029年12月24日。

 宇宙から飛来した未知のウイルス、通称『アポカリプスウイルス』の蔓延によって引き起こされた大事件『ロストクリスマス』によって六本木でのアポカリプスウイルスの感染爆発と、それに伴う騒乱が発生。

 天王洲にあるセフィラゲノミクス社と、六本木ヘリ墜落事件の追悼式典会場が爆破され、百数十名が死亡した。

 

 少年、桜満集も例外ではなかった。

『ロストクリスマス』の惨劇から数ヶ月間、精神的ショックによるもので彼は植物人間状態であった。日々のメンタルケアによって、なんとか集は感情を取り戻すことに成功したが、そこには心優しい本来の集はいなかった。

 目線が鋭く、気性が荒い。しかし自分の名前ははっきりと覚えている本来の集の性格とはかけ離れた別人がいた。

 人格の変貌、精神的疾患。医師はそう診断したが、その真相はまったく違うものであった。

 実は、桜満集はこのまま行けば一生喋れることなどないくらいに精神が崩壊していたのである。そこに、もう一つの魂が欠落した集の精神に入り込み、融合。そして、『桜満集』として覚醒したのだった。

 

 里見蓮太郎。元陸上自衛隊東部方面隊 787機械化特殊部隊 新人類想像計画の民警だった少年。それが、集の欠けた部分を穴埋めし、『桜満集』の足りない部分を補った。

 

 遠い未来、桜満集はこのことを後悔することになるのだが───この時の集はまだ知らない。

 

 

 

 

 ロストクリスマスの惨劇から数年。晴れて高校生となった集は、退屈な毎日を過ごしていた。

 そんなある日のことだった。自宅に戻った集はポストに手紙が入ってたことに気づき、それを思わず手に取った。手紙の裏には【我、親愛なる我が同士(ロリコン)へ】と書かれていた。

 集はそれを無言で破り捨てようとしたが、これがもし知人ならば何をしでかすかわからない。ため息を吐きながら封筒を破って中の方を確認した。

 

【唯一無二の変人、桜満玄周の息子へ。

 やあ、はじめまして。つい最近、桜満玄周(おうまくろす)に息子がいるということを知ってね。この手紙を送らせてもらった次第だ。

 本日の深夜、天王州大学病院の地下で待っているよ】

 

 手紙の内容に思わず眉間を抑える。集───蓮太郎はこの手紙を送りそうな知り合いを一人、知っていたのである。

 しかし、それはありえないことであるのだが───とボヤきながら、集はその目的地である天王州大学病院に足を運んだ。

 数時間ほどで目的に到着し、受け付けにその旨を話すと心底嫌な顔をされながら案内された。所々ボロボロになった階段を下った先にあったのは、異様な雰囲気を醸し出す一つの部屋だった。扉の取手に手をかけると集は恐る恐る扉を開ける。

 

 ───死臭がする。長らく嗅いでなかったその匂いに吐き気を催したが、なんとかそれを抑え込む。集は一歩、また一歩と足を進めて自分を呼び出した人物を探す。

 天井、床、壁───とこまなく人物を探し回るが見つからない。諦めて帰ろうかと考えたその時だった。

 

「───やあ、玄周の息子。前みたいに幼女とイチャイチャしないのかい?」

 

 集は後ろを振り向きながら、裏拳を放つ。しかし、それは簡単に躱されてしまい、集は思わず舌打ちをついた。

 

「逃げんじゃねえよ、このマッドサイエンティスト」

「当たれば痛いのはわかっている。だから避けさせてもらうよ……以前よりキレが上がってるのはなぜだい?」

「んな事俺が知わけねえだろ」

 

 よく見れば驚くほどの美貌の持ち主だが、常に白衣の裾を引きずり、髪を伸び放題にしている。墓場から甦ったゾンビのような姿に、ホラー的な方向でドキリとする。集はあまりホラー系の作品が得意ではない。

 

「というか……なんであんたここに居るんだよ、センセイ」

「ふふふ、それはだな。君が死んで一ヶ月後に私も死んでしまったからだ。死因は栄養失調と頭の強打。つくづく、私と君は変な縁があるらしい。まあ、この世界でもよろしく頼むよ、桜満くん?」

 

 彼女の名前は室戸菫。どうやらこの天王州大学病院の法医学室長であり、年齢不詳。かつて四賢人と謳われた世界最高の頭脳を持つ天才の1人。「神医」という二つ名も持つが、その正体は重度の引きこもりにして死体愛好家(ネクロフィリア)変態科学者(マッドサイエンティスト)。誰が呼んだか空前絶後の変態。全く持ってその通りだと思う。

 

 集はシミだらけの天井を見上げ、不幸だと呟いた。




Guilty Bullet
-罪の銃弾-

始動。


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エウテルペ
【episode01】


 眩い朝日が東京を照らす。そんな中、モノレールに揺られながら、桜満集は大きな欠伸を零した。

 高校生を経験するのはこれで2度目であり、今度こそは真面目に通ってみようと思ってはいるが、 いざ通ってみるとやはり頭の中にあるのは「帰りたい」という四文字だけだった。

 義務教育を終えたら即座に働こうと考えていたのだが、集の義母である桜満春夏が「お願いだから高校だけは卒業して」と言ったため集は仕方なく天王州第一高校に入学し、今のところ無遅刻無欠席を1年間続けている。

 まあ、だからといってやる気が出る訳では無い。そんな集の本性をよく知る人間たちはいつもこう愚痴られていた。

 

 ───受けたくもない授業を受け、入りたくもない部活に入らされる。これを不幸と呼ばずなんと呼ぶ、と。

 

 その度に引かれる訳だが、当の本人はそんなこと気にしてすらいない。再度大きな欠伸をすると目じりに溜まった涙を拭う。

 そんな集に近づく小さな影が一つ。集は視線をそちらに動かすと手を軽くあげた。校条祭。記憶を失った集からカウントすると、初めての友達。

 

「おはよう!集!」

 

 口から漏れる大きな欠伸を噛み殺しながら、集は再び眠気眼を擦る。そんな集を見てか、祭は物言いたげな視線を向けた。その視線に集は思わず眉を顰めた。

 

「……俺に……いや僕に何かあるのかよ」

「眠そうだけど、昨日何かあった?」

 

 何かあったかと言われれば、深夜に出歩いていたことだろうか。

 世間一般では一般男子高校生に分類される集は、日中は目立った行動ができないためか、深夜に室戸菫という女性がいる大学病院に通いつめていた。

 そこで、集めた情報をまとめたり、雑談したりと色々しているわけで───気がつけばいつもお天道様が登っているのだ。お陰様で周囲からは『不幸顔』『タロットの吊られた男』『死神』と称されるくらい幸薄な顔になってしまった。

 周囲には寝つきが悪いと何とか誤魔化している集に気づいていない祭は心配そうに集を見つめた。

 

「気をつけてね集」

 

 はいはいと手を振りながら、ふと窓の外を見やる。

 その際、視界に最新鋭の戦車や武装したGHQの兵士が視界に写る。集は違和感を感じながら、視線を凝らす。

 

「……いつもより多いな」

 

 その言葉に反応してか、祭は思わず首をかしげた。

 

「え、ニュース見てないの?」

 

 そう言えば、身支度をしている際にそんなような内容を小耳に挟んだような気がしたが、本日の集の朝は忙しいの一言に尽きた。

 

「……颯太の野郎に映研のやつまだかって急かされてたんだよ。悪いか」

「はあ、ホントに集は」

「なんだよその溜息は」

「もういいよ。昨日テロがあったらしいよ」

 

 懐かしい言葉を耳にした集は、眉間の皺を深くした。

 昔の日本だったら絶対に聞かなかったであろう現実離れした言葉になんとも言えない表情になるのを感じる。

 

「そうか……テロ、か」

 

 しかし、集には関係の無いことだった。

 嘗ては天童民間警備会社に所属した民警であったわけだが、今の集は何処にでもいるただの男子高校生だ。

記憶を忘れているのはまったくもって幸せな事だ。

 集は遠ざかっていくGHQの部隊を睨みつけながら、再び大きな欠伸をこぼした。

 

 

 

 

 長い登校を終え、無事学校に着いたので席に着席する。そんな時に集の座席にやってくる影が一つ。

 

「───おい、集!」

 

 魂館颯太(たまだてそうた)。数少ない集の友人の一人である。集は面倒くさいのが来た、とわざとらしくため息を吐くと軽く手を振る。

 

「映研のやつならまだ出来てないから待ってて。じゃあな、おやすみ」

「そっちじゃない!いや、それもそうか……じゃなくて!」

 

 どっちだよ、と内心呟きながら突っ伏していた顔を持ち上げた。颯太が顔を近づける。

 

「EGOISTのPV!しっかり見ただろうな!?」

 

 EGOIST。利己主義者という意味を持つが、彼が言うEGOISTはそちらではなく今、熱狂的な人気を誇るネットアイドルのことだろう。

 集は頬杖をつきながら欠伸を噛み殺し、適当に相槌を打つ。

 

「感想聞かせてくれよ!」

 

 かつての相棒を想起させる元気っぷりに、集は非常に冷めた視線を送りながら答える。

 

「……映像を作る際の参考材料くらいにはなると思うよ。じゃあな、おやすみ」

「お前しっかり見たんだろうな!?」

「席につけー」

「後でしっかり聞かせてもらうからなー!!」

 

 今度のホームルームは颯太が来る前に、トイレに逃げ込もうと決心した集であった。そんな集を見兼ねてか祭は小さく呟いた。

 

「颯太君、可哀想……」

 

 あまりに聞き捨てならないその言葉に集はため息混じりに呟いた。

 

「……いいんだよ。颯太はああいう扱いで」

「ここは空気を読んであげようとか思わないの?」

「そんなこと俺が知った事じゃねえよ」

「口悪いよ」

「僕が知ったことじゃない」

 

 この手の類の人間は下手に絡みすぎると余計なことを起こすので、表面上仲良くするのが大事である。と、集がこの世で最も嫌う師匠の言葉を思いしながら机に伏す。

 そして、いつもと同じようにHR中にGHQの放送が入り、耳が痛くなるほど聞かされた音声が流れる。

 

 “君たちには任せておけない”

 “君たちには大切なものを守る能力がない”

 

 等々。

 

 だが、そんな状況をいつまでも続けて行く必要が無いことを集は知っていた。

 元より、人間という生き物は束縛を拒む生き物であるので、そう遠くない未来に暴動が起きることは容易に想像出来てしまうのだ。どうせ、昨夜のテロもその手の類のものだろ、と一人集は愚痴る。

 昨夜のテロは見せしめ、本番はここからになるだろうと集は予想しながら眠りについた。

 

 

 時は変わって昼休み。

 集は映研の作業をするために旧校舎に足を運んでいた。

 

「……結局、祭に拘束されるし颯太には付き纏われるしよ。今日は本当についてねえなぁ」

 

 集は青い空を仰ぎながら、小さくボヤく。本来なら今頃は学校の屋上で寝ている時間なのだから、苛立ちげな声を上げるのも無理はない。しかし、作業を終えてなかったのは自分の責任だ、自業自得である。

 どんなにゆっくり歩いていても、目的地には到着してしまうわけで、集は意を決して扉の取っ手に手をかけたところで───異変に気づいた。

 

「……鍵が壊されてる」

 

 一瞬不良の悪戯かと思うが違う。不良ならばまず手頃な金属バットを使うであろうし、この破壊痕は銃撃によるものだ。サイレンサーを取り付けて発砲したからだろう、その手の類の音がすれば真っ先に目を覚ます集が起きなかった。

 ───集は緊張した面持ちで旧校舎に入る。

 見たところ、荒らされた形跡はない。

 安堵の息を吐き、視線を窓ガラスの方に向けたところで、集は思わず息を呑んだ。

 

 少女がいた。美しいなんてものでは無い、芸術品のような少女が、そこにはいた。

 その少女から漏れる歌声も、おさげのような髪も包帯から見える滲んだ血もすべてが美しく見えてしまう。

 そんな光景に思わず魅了されていたせいか、集は下に落ちていた缶を蹴ってしまった。

 

「……ッ!」

「……!」

 

 少女は歌うのを止め、集の方を振り向き警戒態勢に入った。何とか誤解を解こうと少女の顔を見た瞬間、集は戦慄した。

 なんと、そこに居たのは巷で有名のEGOISTのヴォーカルである楪いのり本人ではないだろうか。

 

「……嘘だろ、おい」

 

 集の呟きを否と取ったのか、いのりの背後から炊飯器のようなロボットのが出現、手からワイヤーを飛ばした。

 

「ッ!」

 

 弁当袋を地面に落とし、横へ跳躍することでワイヤーを回避、集はいのりへに向かって地面を駆ける。

 すかさず次のワイヤー攻撃を仕掛けるロボットだったが、集は逆にワイヤーを掴み、自身の方へと引き寄せる。引き寄せた勢いを集の肘に当て、一時的に機能を停止させる。そのまま滑り込むようにいのりの元に辿り着いた集は、恨めしそうに睨むいのりにロボットを投げ渡しながら口を開く。

 

「……不法侵入はそっちだろ、EGOISTの楪いのりさん」

 

 しかし、治療のためだろう、はだけた状態で胸元を隠していた彼女は突然渡されたロボットを誤って受け取ってしまう。

 当然、隠されていた胸元は露わになり、見えてはいけないところを集は目視。慌てて視線を背けるも、時すでに遅し。

 いのりから注がれる視線が羞恥と憤怒に変わるのにはそう時間はかからなかった。集は目を逸らしながらポリポリと頬を掻く。

 

「いや……わざとじゃないんですけど……流石に悪いとは思ってます」

「変態」

「返す言葉もありません」

 

 絶世の美少女であり、歌姫である彼女にこのような視線を向けられるのは今は集だけである。

 ずっと、本当にずっと後になっていのりが「あの時のことは忘れない。責任を取って」とせがまれたのは余談である。

 

「……」

 

 しかし、今はなぜこんな美少女に睨まれなければならないのか、と疑問に思うばかりでそんな事は知る由もなかった。

 

 そんな時間がずっと続く───そう思った時だった。

 

 くぅぅー……

 

 そんな間の抜けた音が旧校舎に響いた。集が視線を向ければ、今度は空腹による腹虫の音に真っ赤に顔を染める彼女を見て、頬をかいた。

 

「……」

「……えっと、とりあえずおにぎり食べる?」

 

 いのりは警戒を少し解きながらこくんと頷いた。

 集は手に持った床に投げつけてしまった弁当袋を拾い上げるといのりの少し前に置いた。

 不思議そうに首を傾げるいのりに、全部あげると言った集は後ろを振り向き、着替えを促す。

 集の意図を察してか、いのりはゴソゴソと動く。

 後ろで、しかも美少女が着替えている状況にドキドキしない訳では無い。とてもじゃないが、「振り向いたら殺す」というオーラがひしひしと伝えて来る少女の方を振り向く勇気は集にはない。

 

 そして、数十秒ほど経過した頃。

 

「……いいよ」

 

 いのりからの許可が降りたため、集は後ろを振り向いた。

 しかし、格好にあまり大差はなく、思わず目頭を押さえた。なんで服の前が全開なんだよと心の中で堪らず愚痴る。そんな集を見つめながら、いのりは胸の前で手を交差させると頬を赤らめて

 

「変態」

「……心の声を読むのはやめてくれないか?」

 

 いのりは集に睨みを浴びせたまま、弁当袋に手をかける。紐を解くと、中から四つのおにぎりが出てきた。明け方、眠気眼の集が即興作ったものである。

 僅かに目を輝かせた彼女はおにぎりに手を伸ばすと、それを思いっきり頬張った。

 凄まじい速さでおにぎりを平らげていき、四つあったおにぎりはあっという間に、残り一個になっていた。

 昼御飯と夜御飯を兼用してこの量だったというのに一気に平らげてしまったいのりを見て、思わず頬を引き攣らせる集。そんな集に気づいていないのか、いのりはお腹に手を当てると呟いた。

 

「……足りない」

「はぁ!?」

 

 集は思わず発叫した。

 

「うるさい」

 

 いのりは集に一言そう言うと、どこからともなくあやとりを取り出し、二階へと上がる。

 そして、地面に座るとあやとりで梯子を作りながら、ロンドン橋の歌を口ずさむ。

 いつ聞いても物騒な歌だな、と思いながら集はいのりに声をかける。

 

「えっと、楪いのり……さん?」

「……とって?」

 

 いのりは集にあやとりの手をむける。

 集は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

「ごめん。あやとりのやり方なんてもう忘れたよ。昔はやったんだけど」

 

 その言葉にいのりは首を傾げて言葉を続ける。

 

「とって……えっと」

「ああ、名前か。里……桜満集。桜に満腹の満に集めるって書いて、桜満集」

「なら、集。やればできるかもしれない……でも、やらないと絶対に出来ない。桜満集は臆病な人……?」

 

 一理あるな、と思いながら集はあやとりに手を伸ばす。

 

「……。失敗しても知らないからね」

 

 感覚で覚えていたのか、覚束無い手付きながらもあやとりをとることには成功した集。安堵の息を吐きながら、集は天井を仰いだ。

 

「えっと……楪いのりさん」

「なに?」

 

 小動物っぽく首をかしげてくる。

 

「なんでこんなところにいた?」

「……この子を涯に届けるため」

「この……子?」

 

 さっきのロボットを集の前に出してくる。

 その時だった。

 扉を蹴る音が旧校舎に鳴り響き、アンチボディズの兵達が中に入ってくる。

 

「ふゅーねる」

 

 そう呟いていのりは下へと飛び降りる。自分を犠牲にしてまで守るなんてそこまで大事なものなのか、と集はその目的意識には俺は感心する。

 ロボット───ふゅーねるは前に進もうとした瞬間、力なく項垂れた。

 

「っ……!」

「おっと」

 

 撒こうとするがすぐに親玉らしき人物に捕まる。

 

「うっ……!?︎」

 

 一人の兵がライフルでいのりの腹を殴り、気絶させる。支え役など当然いないため、いのりさんは地面に倒れされた。

 二階から一部始終を見ていた集に親玉らしき人物が鋭い視線を向ける。

 

「学生か?」

 

 威圧するように言うが、集は飄々とした調子で答えるだけだった。

 

「はい。で、こんな古びた校舎に一体何のようです?」

 

 動揺した様子は見せない集に、一瞬目を丸くした親玉だったが、直ぐに表情を元に戻す。

 

「この女は犯罪者だ……ないとは思うが、もし庇うのであれば君も同罪として浄化処分するぞ」

 

 兵二人が俺にライフルを向ける。集は手を上げてとんでもないと言わんばかりに首を振った。

 

「……まあいい。それで、データ照合の結果は?」

「六本木の、葬儀社の一員に間違いありません」

 

 葬儀社という言葉に、集は己の眉間の皺が濃くなるのを感じた。

 

「フン、テロリスト風情が!」

 

 親玉は容赦無くいのりの腹に蹴りを入れた。いのりの口から小さな呻き声が漏れる。

 

「連行しろ」

「ハッ!」

 

 数分と経たないうちに、いのりは連行された。

 嵐が過ぎ去ったような静けさに、半ば呆然としていた集の元にふゅーねるがやって来る。

 

「……ん?」

 

 ふゅーねるは集に近づくなり、頭の部分を開けると地図を表示する。

 

「……そういえば、この子をガイに届けるとかなんだとか言ってたけど……」

 

 集はふゅーねるの中を恐る恐る開ける。

 そこに入っていたのは、何かが入れられたシリンダーであった。

 

「……これを、俺に届けろってこと?」

 

 ふゅーねるはただ無言で視線を向けてくるだけで、集の問いには答えない。本来ならば、集が届ける義理はどこにもない。しかし、いのりを助けなかった自分にそんな価値があるのだろうか───と、集は自問自答した。

 

 そして───シリンダーを胸ポケットに入れ、顔を上げた。

 

「……行くしか、ないのか」

 

 近くの机を蹴る。そして避難用に使われていたであろう地下通路へと続く扉を開ける。

 

「六本木にはここから行けたはずなんだが……面倒事に巻き込まれないといいな……」

 

 気乗りのしない集は六本木へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

「……やっぱりこうなったよ」

 

 一時間ほどの時間をかけて、集は六本木に到着した。

 酷い有様だった。壊れた街並み、抉れたアスファルト、曇った空。かつて、都会と言われた街並みは見る影もない。

 そして、ガタイのいい青年が三人。

 

「おいお前」

 

 気乗りのしない一番の理由はこれであった。

 兎も角治安が悪いのである。集はため息をつきながら、引き攣った笑みを浮かべて答えた。

 

「なんです?」

「それ、炊けんの?」

「……はい?」

 

 青年から出されたその理解不能な質問に、集は素っ頓狂な声を上げた。

 

「それ、炊けんの?」

「いや、流石に炊くのは無理だと思いますけど……」

「置いてけよ」

「いや……それは、無理です」

 

 集がそう言った瞬間、青年は急に殴り掛かってきた。

 

「……危ねえな、おい」

 

 その瞬間、集は動いた。拳による一撃を腕で受け止めて、青年の首筋に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「グフッ……!?」

「陸戦用かよ……ってな」

 

 集は体勢を崩した青年の顔面に膝蹴りを叩き込んで着地。そして、首を回して髪を上げる。

 

「───おいお前ら」

 

 集の雰囲気が大きく変わる。柔和だった雰囲気が鋭利な刃物のようなものへ。口調も荒々しいものに変り、周囲を一瞥。

 集は口角を上げながら手招く。

 

「お前らはこれが欲しいんだろ?たかが高校生一人だ、俺から奪ってみせろよ」

「てめぇ!」

 

 残りの三人が一斉に飛び掛る。集は最低限の動きで攻撃を避けながら有効打を次々に与えていく。

 

「死ねぇ!」

「格好いいねえ」

 

 ふゅーねるを垂直に投げ、右手で男の頭を鷲掴みにしてから、集は自身の体重と勢いを使って地面に叩きつけた。

 

「ヤス!てめぇ……許さねぇ!!」

「おいおい威勢だけはいいな」

 

 上から落ちてきたふゅーねるをボールのように蹴り飛ばし、相手の顔面に叩きつける。転がってくるふゅーねるを回収しながら、痛みに悶絶する青年の股間を踏みつける。

 

「やりやがったな!」

 

 最後に残った青年はナイフを取り出して集へと猪突猛進してくる。集は体を地面に蹲る青年を蹴り上げ、盾にした後、ナイフを突き立ててきた青年を睨めつけた。唖然とする青年の顔を睨めつけながら集は呟く。

 

「武器は使うなよ」

 

 天童式戦闘術一の型五番『虎搏天成』。空気を唸らせながら繰り出される神速の拳が、青年の胸に突き刺さり、青年は血反吐を吐いた。

 

「二度とそのツラ見せんじゃねえッ」

 

 坊主頭の暴漢の頭を踏みつけながら一言言い放つ。暴漢たちの鎮圧に成功した、その時。

 突如として無数のライトが集に向けて照らされた。あまりの眩しさに思わずめを細める。

 

「やあ、死人の諸君」

「あ?」

 

 金髪の青年が俺を見下す形でそういった。

 長い金髪。端正な顔立ち。高い背。

 誰もが知っている有名人。日本犯罪史上最悪最大犯罪者の一部に入る指名手配犯。

 

「……恙神涯(つつがみがい)……なるほど、ガイってのはお前のことだったか」

 

 涯はそれを笑みで返した。集は小さく舌打ちをすると、静かに接近してくる少女にふゅーねるを投げ渡す。

 

「ちょっ!なにするのよ!?」

「俺の用事はお前らにこいつを渡しに来だけだ。じゃあな」

 

 この場を立ち去ろうとした集の目の前に、涯が降り立ち目線を合わせる。集は思わず舌打ちをつきながら、涯を睨んだ。

 

「なんだよ」

「───あれと一緒にいた女はどうした?」

 

 ふゅーねるを指差しながら涯は言う。集は吐き捨てるように答えた。

 

「連れてかれたよ」

「……見捨てたのか」

 

 涯から注がれるのは侮蔑の視線。集は大仰に肩を竦めてみせると言う。

 

「いいか?俺は善良な一般市民だ。伝説の傭兵ならまだしも、ただの男子高校生じゃ無理だ」

 

 ただのを強調して言う集に涯は訝しげな視線を向ける。

 

「……」

「お前に聞くぜ、恙神涯。お前なら三十もの兵士を一人で制圧出来ると思ってんのか?」

 

 その言葉に涯は一度息を吸ってから口を開こうとして───集たちのすぐ近くで大きな爆発が起こった。

 

「涯!GHQの白服共が街に入り込んで来てます!」

 

 その言葉に辺りはパニック状態になりかけていた。葬儀社のメンバーは取り乱し、悲鳴をあげ逃げ出す人間も少なくは無かった。

 

「うろたえるなっ!!!」

 

 涯の一言で全員の動きが止まり涯の方に注目した。

 

「死にたく無ければ俺の指示に従え!」

 

 取り乱していた者も、逃げ出そうとしていた者も全てが涯の言葉に雄叫びを上げた。

 

「ツグミ!綾瀬は!?」

「綾ねぇ達は……左方に機影!」

 

 左方を確認すると、エンドレイヴがこちらへとやってくる。しかし、上から現れたもう一機のエンドレイヴがそれを踏み潰した。

 集の目の前で再び大爆発が起きる。

 

「……」

 

 爆炎で涯がなにか叫んでいた気がしたが、振り向くことなく集は地獄絵図と化した街の中へと消えていった。

 

 

 ✧

 

 

「……どこだ」

 

 涯と離れてから数分が経過したが、いのりはまだ見つからなかった。肌を焼く暑さが汗を垂らす。

 突き当たりを見つけた集は、道の突き当たりを見つるとさらにペースを上げた。

 さらに右へ曲がると、道の先にフェンスが見えて来た。

 集がフェンスに駆け寄ると、見覚えのある後ろ姿を見つける。

 

「いのりさん!無事だったか……!」

 

 いのりが無事だったことに安堵する集。

 しかし、いのりを中心に広がるその光景を見て思わず血の気が引くのを感じた。

 

 ───エンドレイヴと対峙してる。

 

 フェンスを飛び越え、いのりの元へと駆ける集。身体が僅かに悲鳴をあげるが、そんなことをお構い無しに集はいのりの前に立った。 

 しかし、新たに現れたエンドレイヴが銃器をいのりに向ける。

 

「やめろぉぉおお!!」

 

 集はいのりと銃器の間に割り込んだ。

 その瞬間、胸ポケットに入ったシリンダーから、パキンッと鈴にも似た音が鳴り響く。

 その直後、集の視界は銃口からの閃光に埋め付くされた。

 

「───っ、っ……死んで、ないだと?」

 

 ───目を開ければ、そこは奇妙な空間であった。

 全面が雪の様な真っ白な空間に黒や銀で点や線の世界で、まるでコンピューターの仕組みを視覚的に表現した様な空間。

 

「ここは……一体…………」

 

 呆然と呟く集の周りを回っていた線が、二重螺旋状になって縄のように左腕に絡み付いた。

 

「……っ!」

 

 思わず呻き、そして左腕を見た。

 

「なんだ、これ…………?」

 

 二重螺旋状の縄は既になく、代わりに左手の甲に奇妙な紋様が浮かび上がっていた。

 

「ねえ、お願い……」

 

 その時、集の腕の中にいたいのりが口を開いた。

 

「私を…………使って……!」

 

 いのりの周りに赤い二重螺旋が円になって取り囲む。

 その時、集の頭の中に見覚えのない光景が繰り広げられた。

 

 

 ───取りなさい集。今度こそ…………

 

 誰かの声が聞こえた。

 いのりに似た少女が、助けを求めながら結晶に包まれ呑み込まれていく情景がの頭の中を横切っていく。

 

 ───これは力───

 

 ───人の心を紡いで形と力に成す───

 

 ───『罪の王冠(ギルティクラウン)

 

 

 

 

 

 

「……はぁ!」

 

 集が左腕を薙ぐと、エンドレイヴは僅かにのけ反り、その距離をとる。

 集は左手をいのりの胸元に手を伸ばし───その腕がそのまま中に潜り込んだ。

 

「……っあ」

 

 肉体を抉る痛みなのか、いのりは顔を歪ませる。

 

 その時、いのりの身体の中には到底収まる筈の無い、結晶の巨大な塊が集の左腕と一緒に引き抜かれた。

 

 それを頭上に高く持ち上げた瞬間───結晶が砕け散り中から、巨大な剣が姿を現した。

 集は伏せた顔をゆっくりと持ち上げる。

 

「───覚悟は出来たか、屑鉄共」

 

 紅蓮に輝くその瞳で周囲を一瞥しながら集はゆっくり呟くと、その剣をひくく構えた。




桜満集
年齢17歳
記憶喪失で不幸体質、そして不幸顔。
運動能力は高いが、勉強能力は中の中。
その正体は元陸上自衛隊東部方面隊787機械化特殊部隊 新人類創造計画の里見蓮太郎の魂を宿す少年。
色々あって蓮太郎の側面が強く出ている。


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【episode02】

 巨大な剣を持った集へと次々にミサイルを発射するエンドレイヴに流れるような動作で剣を前方に突き出し、ミサイルからの攻撃を防ぐ。

 エンドレイヴは遠距離攻撃が効かないと判断したのか銃火器を捨て、バックパックからナイフを取り出し集に襲い掛かる。集は地面を蹴ると、エンドレイヴに肉薄し、その剣を突き立てた。

 

「こっちに───来るんじゃねぇよ!」

 

 エンドレイヴは火花を散らし、断末魔を上げながら爆発する。

 振り向いた瞬間、爆風が集の身体を吹き飛ばし、地面に叩きつけられる。

 

「…どっからでもかかってきやがれ!!」

 

 ───建物の陰からまたエンドレイヴが一体やってくる。

 この機体もまた、ミサイルを発射する。確実に殺するためだろう、さっきよりも数が目に見えて多い。

 

「ちいっ!」

 

 舌打ちしながら地面を思いっきり蹴り、上空へと跳躍。足元に紋章が生まれ、その紋章を登っていく。

 

「出来ないかもしれないが……やるしかないッ!!」

 

 空中で体を捻りながら心地光明の構えをとる。

 

「天童式抜刀術の一の型の一番───ッ!」

 

 体を限界まで捻り、技を繰り出す。

 

「『滴水成氷』ッ!」

 

 免許皆伝しなくとも、並大抵の技は不完全ながらも再現することは可能である。切り裂かれたミサイルはすべて爆散し、その際に巻き起こった爆風が集に襲い掛かり、地面へと落下する。

 地面に直撃する寸前に紋章が後ろに顕れて衝撃を和らげてくれたが、勢いを完全に殺しきれなかったため、集はあまりの痛みに身を捩った。

 そうしている間にも、エンドレイヴはやってくる。歯を食いしばりながら剣を杖にして立ち上がり、急接近するエンドレイヴを睨みながら剣を構える。

 

「天童式抜刀術一の型六番ッ!」

 

 そう呟きながら地面を蹴り、剣を一閃する。

 

「───『彌陀永垂剣』ッ!」

 

 胴を断たれ、体勢を大きく崩したエンドレイヴは数回バウンドして、数メートル先で大爆発を起こした。

 剣を構えながら、周囲をもう一度見渡すが、敵はもうやって来ないらしい。

 集は安堵の息を吐くと、地面に剣を突き刺していのりの方へと駆けた。

 

「おい大丈夫か!?いのりさん!!」

 

 すると、突き刺しておいた筈の剣が銀色の光になっていのりの身体の中へ戻っていった。役目を終えたかのように。集はその幻想的な光景に絶句しながら、己が左手を見つめた。

 

「この力は、一体……」

 

 左手がいのりの体内に潜り込んだかと思えば、現れたのは鋼色の大剣。あまりにも非現実的すぎる先程の光景を思い返していたその時、機械の駆動音を感じ取った集はそちらを振り向いた。

 どうやらエンドレイヴではなく、ふゅーねるだったようだ。

 

『……桜満集』

 

 涯の声がふゅーねるから響く。

 

「その外見からその声って気味が悪いなおい」

『……15秒やる。いのりを回収して離脱しろ』

 

 集はいのりを背負うとゆっくりと走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体のエンドレイヴが荒れた道を走っている。

 

「ツグミ、次のターゲットは!?」

「十時の方向に、距離400」

 

 ディスプレイを見ながらツグミは指示を出していく。

 

「遠過ぎ!もっと近いのは!?︎」

「なら引いてよ。綾ねえ頑張り過ぎ。その子もう限界だよ?」

 

 実際に綾瀬の乗っているエンドレイヴ……ジュモウは既に限界を迎えていた。

 

「でもできるだけ……っ!︎」

 

 綾瀬の操作するジュモウの前に、一体のエンドレイヴ……シュタイナーが姿を現した。

 

「なにあれ!?新型?」

 

 ツグミはその機体を見て叫ぶ。

 シュナイターに乗っていたパイロット───ダリルはそいつを見てニヤリと笑う。

 

(何かずんぐりした奴がいる。急いで来てよかった♪)

 

『皆殺しのダリル』と呼ばれる少尉 ダリルは、楽しげな様子で銃を連射した。

 

「なにあれ!?速い!」

「遅いんだよ!!」

「ん!︎アァッ!」

 

 シュナイターの撃った銃弾はジュモウに大量に被弾する。その痛みは直接綾瀬を襲った。

 

 トドメにダリルは剣を構える。その様子を見たツグミは、顔を青くする。

 

「緊急ベイルアウト!!︎」

 

 綾瀬の危険を感じすぐに強制ベイルアウトした。

 ジャキン!

 空っぽとなったジュモウをシュタイナーが貫く。

 

「あれ?悲鳴は?なんだ、つまんないの……」

 

 相手がベイルアウトしたと分かったダリルは、ジュモウを投げ捨てた。

 場所は変わってGHQの臨時基地にて。

 

「なに!?これを歩兵がやったというのかっ!?」

 

 モニターに写る破壊された機体を見ながら、いのりを拘束した男グエン少佐は叫んだ。

 

『戦闘記録映像が乱れていて判然としませんがおそらく……』

 

 眼鏡の隊員は、あくまで事務的に答える。

 

「こんなもの報告出来るか!!」

 

 グエンは苛立ちの声を上げながら近くに備え付けられた椅子を蹴飛ばす。

 

「ダリル・ヤン少尉入ります」

 

 隊員の言葉にグエンは扉に目を向ける。

 扉の前には白いパイロットスーツを着た金髪の少年が入って来た。

 まだ若く顔つきもどことなく幼さが残る。綾瀬の機体を破壊したエンドレイヴシュタイナーの操縦士だ。

 

「…ようこそ、移動コックピットでわざわざ臨場とは…」

 

 グエンはまだ興奮の冷め切らぬ頭でダリルに声を掛ける。

 

「お父上……いや、ヤン少将のご命令で?」

「独断です。新型エンドレイヴを搬入途中で戦闘が始まったという知らせを聞いちゃったので……思わずッ!」

「…ほう、では…」

 

 ダリルの少年のような無邪気な笑顔で若干緊張が解けたグエンはダリルに手を差し出した。

 

「では、ありがたく力を貸して頂こう少尉」

 

 グエンの差し出された手を見たダリルは……

 

「……冗談はやめてよ。僕にその脂身に触れって言うの!?」

 

 グエンを肉食獣の様に獰猛な眼で睨み付け、ダリルは激昂した。

 その顔は先程の無邪気な笑顔は影も形も無かった。

 

「は…?」

 

 突然の罵声にグエンはしばし固まった。

 

「…いい?」

 

 固まるグエンに背を向け、出口へ向かいながらダリルは言った。

 

「僕は自分の好きにやる、もし邪魔したら……パパに言いつけるからね」

 

 その言葉を最後にダリルは扉に姿を消した。

 グエンは差し出した手で握りこぶしを作り、怒りに身を震わした。

 

「…クソガキがッ!」

 

 モニターの向こうにいる眼鏡の隊員が何故かバツの悪そうな顔をした。

 

「捜索範囲を広げろ!女子供だろうが片っ端から捕らえて尋問しろ!!」

 

 グエンはそれを気にも留めず言い放った。

 

 ✧

 

 ───面倒くさいことに巻き込まれた。と思ったその時にはもう目標地点までやって来てしまっていた。後の祭りかよ、と集は爆煙と雲が入り交じる夜空を見ながら呟く。

 目的地まではそれほど距離が離れていなかったため、15秒以内に到着することが出来た。集はいのりを地面に下ろすと、いのりの首元にそっと手を当てる。

 

「……よかった、無事だ」

 

 いのりの安否を確認すると思わず安堵の息を吐いた。

 涯と呼ばれる人間の方を振り向く。彼は端末で少女と思しき人物と会話をしていた。

 

『すみません、涯』

「綾瀬か、状況を」

『機体を失いました。申し訳ありません、私の責任です』

 

 機体を失った。あの気味悪い機械のパイロットか、と集は嫌な思い出に目を細めた。なぜ、あんなものに嬉々として乗ろうとするのか……と、集は人知れず呟いた。

 

「そうか、確かに残念だな。俺は君に、あの旧型で18分間持ち堪えるという過酷な命令をし、君はそれに応えた。だというのに、君は自分の責任だと言う。つまり俺は指揮官失格ということか」

『ち…違います!これは私が失敗したからであって、その……』

「冗談だ」

『!?』

「君が無事で良かった、綾瀬」

 

 そう言って恙神涯は端末を切った。中々にきつい冗談である。

 タイミングを見計らって、集は涯に話し掛けた。

 

「……それで」

「……目が覚めたか」

 

 集は後ろを振り向いた。いつ目を覚ましたのか、いのりは土埃を払っていた。

 

「涯……私、しっかり出来た?」

「……いや、お前には失望した。いのり」

 

 集はその言葉に、涯の襟を掴んだ。

 

「おい」

「なんだ」

 

 涯が集の手を払いながら睨む。

 

「流石にそれはないだろ。いのりさん、ひどい怪我までしてたんだぞ」

「知っている」

「ならなんでだよ、責める必要はないはずだ」

 

 涯は目を伏せながら言葉を続ける。

 

「結果がすべてだからだ。こいつは最後に大きなヘマをした。お前にヴォイドゲノムを使わせたことだ」

「……あのシリンダーの事か」

「あれは……本来、俺が使うはずのものだった」

 

 不穏な風が集と涯の間に吹き抜ける。涯は明確な怒りをその目に孕ませ、集はそんな涯の顔を見つめている。

 

「あのシリンダーはセフィラゲノミクスが三基のみ培養に成功した強化ゲノムだ…そして、使用者に付与される力は『王の能力』」

「王の能力……」

 

 あのいのりに似た少女が言っていた言葉だ、と集は顎に手を当てた。

 

「ヒトゲノムのイントロンコードを解析し……その内に隠された力をヴォイドに変えて引き出すことが出来る」

「ヴォイド……さっき出した剣のことか」

「そうだ。あれはいのりのヴォイドだ。ほかの人間からは別のヴォイドが出る。神の領域を暴くゲノムテクノロジーの頂点……それがお前の手にした力だ」

 

 集は今度はサイボーグじゃなくてもっと面倒くさい力かよ、と頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えながら「なるほどな」と呟いた。

 

「───さて、桜満集。お前はもう元の生活に戻ることは出来なくなった。無力に立ち止まり、命を見過ごすようなことは許されない。俺達と一緒に闘ってもらうぞ」

 

 その言葉を聞いた集は即座に口を開いた。

 

「断る」

 

 涯が集の胸倉を掴みあげ、集は涯を睨みつける。

 

「……制服に皺が付くだろうが。離せ」

「……覚えておけ桜満集。この世界には2つの選択肢しかない。黙って世界に淘汰されるか、世界に適応して自分が変わるかだ」

「知るかそんなもん。俺は俺、世界は世界だ。この世界に適応する気なんて無いし、淘汰される気もない……二度は言わんぞ、その手を離せ」

 

 集は涯の手を引き剥がすと、制服の襟を正した。

 その時、涯の端末から電子音が鳴り響いた。

 

「どうした?」

 

 涯が短く答えると、端末から男の声が聞こえて来た。

 

『やべえことになったぞ 涯、14区画の地下駐車場に"白服共"が突入しやがった』

「地下駐車場……避難場か」

『ああ、百人近く一気に捕まっちまった』

『それに、綾瀬を喰った新型は皆殺しのダリルだ』

「ダリル…?」

 

 その名を聞いた涯の口に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

 

「あの万華鏡か…」

 

 集は思わず何言ってんだこいつと口走ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 ───いつの間にか夜が明けた。外でやかましくさえずる雀に辟易しながら、集は思わず欠伸をこぼした。終始、学校に行きたくないと嘆いている集であったが、本日ばかりは行きたいと心の底から思ってしまっていた。しかし、悲しいかな。どんなに学校に行きたいと願えど、土曜日は学校がそもそもない。

 集は不幸面を通り越して悪人面になっているであろう己の顔を想像しながら、涯の隣に立つ青年を見上げた。

 

「涯、不足の自体です。現時点での戦力差を鑑みるに、救出はリスクに見合いません。撤退を進言します」

「いや、見過ごせないな」

 

 集はそういう涯に白い目を向け、呆れながらため息をついた。

 

「これは、不足じゃない。天佑さ───全メンバーに告げる!我々はこれより、アンチボディズを殲滅、フォートの住民を救出する!尚、本作戦はこれまでのように隠密作戦ではない。現時刻を持ち我々葬儀社はその存在を世界に公表する!存分に働け!」

「流石です、シナリオをとばしますか。ただ、少し急ぎすぎでは」

 

 涯の隣に立つ青年の皮肉に同意していたその時。涯は集の方に目線を向けた。

 

「返事はどうした」

 

 一度目のその言葉は華麗に無視し、二度目のその言葉を完全に無視したら、拳を振り上げてきたので、集はそれを受け止めながら答えた。

 

「……俺に振るな。約立たずの捻くれ者のカッコつけたスカした野郎が」

「……ん?」

 

 やり返しのつもりか、涯は集の言葉に反応を示さなかった。やれやれと肩をすくめ、仕方なく答える集。

 

「……了解、葬儀社さんよ」

 

 その言葉にそうかとだけ言うと涯は携帯端末を見始めた。集は大きな欠伸をしながら、窓の外に映る朝焼けを見つめた。

 数時間後、うたた寝をしていたところをたたき起こされた集は、いのりと行動を共にしていた。

 めんどくせえなと思い、集は反論を試みた。

 しかし、無言の圧力と感情のこもっていない視線を向けられた集は根負けした。

 

「だからってなんでこうなるんだよッ」

 

 いのりが先行して集が後をついている形で通気口を進んでいた。本来ならば、欲情する展開なのだろうが、集にはそんな度胸はない。しかも、気を取られていないで迅速に行動しなくてはならないのだ。

 

「───ってあれは……なんだ?」

 

 その途中で地下駐車場の光景が見えた。その光景に浮わついていた気持ちが一気に冷めていくのを感じた。

 避難してきた人たちを拘束している光景。さらにはそのうちの一人を楽しそうに殴っている人間が見える。

 

「───」

 

 集は立ち止まり、その光景を凝視した。

 

「やめてください!夫が何をしたって言うんですか!」

「切ない光景だね。胸が震えるよ。」

 

 ターゲットであるダリルが全くそう思ってなさそうな様子で花を片手に歩いている。

 

「軍人さん!」

 

 ダリルに女が駆け寄ってく。

 

「お願いです!助けてください!」

「何すんだクソババァ!」

 

 ダリルが女を蹴った。

 

「菌がうつるだろうが!」

 

 限界だった。拳を握る手が震えて、めまいがするほどの怒りがこみあげてくる。

 集は怒りの篭った表情のまま、ダリルの方向を睨みつけた。

 

「……ごめん。いのりさん」

「……?」

「あれを見過ごす理由には……いかない」

「えっ……」

 

 いのりが集の方を向く前に、集は風になった。

 ───天童式戦闘術一の型三番。

 

「『轆轤鹿伏鬼』ッ」

 

 排気口から飛び降り、上体を捻って右拳を発動させる。

 神速で振るわれた拳により、衝撃波が生まれ、地面の誇りが巻き上がった。

 ダリルは殴られた頬を押さえながら、鬼のような形相で集を睨めつけた。

 

「……お前、この僕が誰だかわかっているのか!?」

「知らねえよ腐れモヤシ」

 

 涯の情報曰く、こいつの父親は少将らしい。それが故に、今までわがままが通ってきたのだという。憎悪に燃えたその瞳を集は鼻で嗤った。

 

「殺してやる……殺してやるぞお前!!」

 

 そう言って集に拳銃を向け、発砲。乾いた音が鳴り響き、辺りには女性や子供たちの悲鳴が響く。集は近くの兵士を自分の方へと引き寄せ、銃撃による攻撃を防いだ。当たり所が悪く、一瞬で息絶えた兵士を地面に投げる。

 

「終わりか?今度はこっちの番だ」

 

 集は腰を落として百載無窮の構えをとる。集は静かに瞳を開く。

 

 

 ───義眼、解放。

 

 

 グラフェ・トランジスタ仕様のナノ・コアプロセッサが起動、演算開始。回転するコンタクト部に幾何学的な模様が浮かび上がる。

『二一式黒膂石(バラニウム)義眼』。超バラニウム合金の外殻内部にグラフェントランジスタ仕様のCPUを積んだ高性能コンピュータ。

 しかし、この世界では目を食われることなどないため義眼はつけていない。だから、室戸菫に頼みこんで『二一式黒膂石義眼』と同じようなものを作ってもらったのだ。

 

「銃弾でも何でも撃ってこい。引き金を引くまでに倒してやる」

 

 集はそう言ってのけた。



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【episode03】

 睨み合ってから数秒が経過する。火花が散るような緊迫感の中、外周区の住民達は思わず生唾を飲み込んだ。

 ダリルが足を僅かに動かすと同時に、集はすぐさま地面を蹴る。そして、身体を僅かに捻って技を発動した。

 

「天童式戦闘術一の型八番ッ。『焔火扇』ッ!!」

 

 苦悶の声を上げて吹き飛んでいく兵士。

 普通の人間でもここまで吹っ飛んでいくのは蛭子影胤以来だと、内心呟く集。ボーリングのピンを倒すように次々と兵士を薙ぎ倒し、ダリルを倒したところで兵士は止まった。

 痙攣を起こし泡を吹いて倒れているため、あまりいい状況ではないのだが、集の心は別の所にあった。

 

「……いや飛びすぎだろ。どうなってんだよ、コレ。ここの環境が俺に超パワーを与えたか?」

 

 住民から「そうじゃない!」と心の叫び。そんな住民たちに気づいていないのか、集は伸びているダリルの頬を引っ叩く。

 

「おい起きろ。お前が寝てちゃ話にならねえんだよ」

 

 集の容赦のなさに遠くから見ていたいのりが冷や汗を垂らす。

 起こすだけなら揺らすか頬を軽く叩くだけで大体は起きるのだ。それを集は日頃の鬱憤を晴らすかのように、手首のスナップを使って思いっきり引っ叩いていた。

 数秒ほど経ち、ダリルの呻き声が聞こえてくると、集はダリルを地面に投げた。

 

「……この野郎!なにしやがる!!」

「ここの人達の気持ちを代弁しただけだ」

 

 俺たちを巻き込むなという住民たちの心の中の叫びが再びシンクロした気がした。ダリルは集の襟首を掴むと唾を撒き散らしながら叫ぶ。

 

「お前!僕にこんなことをしてただ済むと───!?」

 

 ダリルの鳩尾を集は蹴り上げていた。そのまま倒れそうになったダリルの髪を集は掴み、そのまま割れたガラスが入れられたドラム缶の中にダリルの頭を捩じ込む。住民たちの一部から小さな悲鳴が響いた。

 

「……こんなこと、か」

 

 集はそのままダリルの顔をドラム缶から引き抜くと、ガラスの破片が刺さり、血だらけのダリルを地面に投げつける。そのままダリルの頭に足を乗せ、踏み躙るようにして足を動かした。

 

「俺が今していることは、お前が罪のない人たちにしてきたことなんじゃないのか?」

「……っ?!」

 

 集はダリルを持ち上げると、指を鳴らした。

 

「まあそんなことはどうでもいいか。お前には()()()()()()()()()()()───貰うぞ、お前の魂」

 

 集は血だらけのダリルの顔を一度頭突きしてからヴォイドを引き抜く。

 ヴォイドを抜き取ると対象の人間の意識はヴォイドを戻しても数秒間は戻らない。集はダリルを地面に投げ捨てて、形を成して現れたものを見つめた。

 涯の言う万華鏡───というよりは銃口に何枚も鏡があるものだった。

 集はそのまま小さく息を吐くと、いのりがいる所に視線を向ける。そこには目を見開いて止まっているいのりがいた。

 

「……引かないでくれよ、いのりさん」

 

 苦い症状を浮かべながら、いのりと合流する。張り付くような視線を向ける彼女に、集は訊ねた。

 

「……なあ、いのりさん」

「なに」

「……次はどうすればいいんだ?その……恥ずかしいことなんだけど、シナリオをすっ飛ばしすぎてここから先どうすればいいのか……」

「……」

 

 そう言うといのりは呆れた目で集を見つめてきた。

 感情が篭もっていない瞳に萌えると言っていた何処ぞの颯太がいたが、何処にも萌える要素はない。最も、燃える要素なら沢山ありそうではあるが。

 

「いや、そんな目をしないでくれよいのりさん。さっきはあまりにも腹が立ったもんだからつい……」

「……言い訳は、いい」

「あ、はい」

 

 感情が読み取れないというのはいくら集でも怖い。無表情なのか怒っているのか分からないが、この状況からして後者で間違いないだろう。

 

「……作戦は集が今持っているその万華鏡を使う」

「これか?」

 

 ダリルのヴォイドに目を落とす。そして、顔を上げて言ったことを後々、集は後悔することになる。

 

「で、こいつをどうするんだ?」

 

 思ったことを口にした瞬間───

 

「……」

 

 ───ピキ、と何かが割れる音が聞こえた気がした。

 

 

 

 数分後。いのりが集に作戦を説明しはじめた。

 説明すると、この作戦は涯が囮になり、レーザーを敵が放った瞬間にこのダリルのヴォイドで跳ね返して返り討ちにするという作戦だったようだ。

 話を聞かないというのがこんな所で仇になるとは思わなかった、と集は反省していた。

 数分前のあの時のいのりは鬼神も裸足で逃げ出すオーラを醸し出していたわけで───

 

「……集?」

「なんでしょうか」

 

 集は冷や汗を垂らしながら即座に答えた。いのりは不機嫌そうに眉を顰めつつもその口を開く。

 

「……理解、出来た?」

「出来たことには出来ましたが……」

「……今度はなに」

 

 少し怒りを持った視線で周を見てくる。

 

「いやさ、いのりさんのヴォイドを駆使して敵部隊を殲滅させた方が早い気がするんだが……」

「……」

 

 それが普通の反応であっている、と集は自分の軽い発想を嘲笑った。しかし、いのりはその顔を上げて予想外のことを口にした。

 

「……いいかもしれない」

「………、………はい?」

 

 ───この人、今なんて言った?

 イイカモシレナイ?イイカモシレナイ共和国か何かか。

 

「……いや、軽い発想で言った言葉なんですけど」

「殲滅させた方が早いかもしれない」

「いや、任務は……」

「……」

 

 いのりは沈黙する。集もまた沈黙する。

 長い沈黙が流れる。いつまでも続くと思われたそれは、突然終わりを告げたのだった。いのりは顔を持ち上げて、ゆっくりと首を傾げる。

 

「……どうしよう?」

「おい!?」

 

 いのりに顔をグイッと近づけると、いのりは一瞬呆けた顔になり、顔を直ぐにトマトのように赤くして集から離れた。頬を引き攣らせながら、内心傷ついた集は、万華鏡を片手にゆっくりと走り出した。

 

 

 ✧

 

 

「世界は常に我々に選択を迫る」

 

 GHQの兵隊達すべてに銃口を向けられても、さきほどの呆れなど忘れて涯はいつもと変わらず堂々とした口振りで話す。

 

「そして正解を選び続けた者のみが生き残る。『適者生存』それが世界の理だ。俺達は『淘汰』される者に『葬送の歌』を送り続ける。故に葬儀社。その名は俺達が常に『送る側』であること、生き残り続ける存在であることを示す」

 

 涯の言葉に右手に包帯で手を吊ったグエンが睨みつける。

 

「貴様達が盗み出したという遺伝子兵器はどうした!?」

 

 グエンの言葉に涯が薄く笑う。

 

「───そんな話、初めて聞いたね」

「吐け !! 」

 

 涯の言葉にグエンが激昂する。

 グエンの怒鳴り声と同時に周囲のレーザー砲が、全て涯を狙う。

 グエンが再び勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「10を数え終わるまで待つ!!その間に答えねば貴様はハチの巣だ ! 」

 

 カウントが始まっても、涯は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 その光景の一部始終を見ていた集は、善良な一般市民になにを期待しているのかとおもわず眉を顰めた。頼られているというのに、嬉しくない。綺麗な女の子ではなく、テロリストのリーダーだからだろう。と勝手に結論付けることで事なきを得る。

 集がレーザー砲に目を向けると銃口が光り輝き、今にも一斉発射が可能なのは明白だった。

 

「6!5!4……」

 

 カウントダウンが残り僅かになる。集は万華鏡を構え、銃口を睨んだ。

 

「時間だ!!」

 

 涯に向け万華鏡の引き金を引いた。

 

「───弾けろッ!」

 

 次の瞬間、レーザーは涯の見えない壁にぶつかった。そして、鏡のように周りの見えない壁にぶつかり反射していく。

 

「……ああなるほど。だから、万華鏡なんだな」

 

 ───展開される無限とも言える量の鏡。だから万華鏡。なんて安直なんだと集は思わず愚痴をこぼした。

 

「うぼぁぁぁぁあ!?」

 

 絶叫と共に、大爆発が巻き起こる。

 集はかつていた世界で使用した天の梯子を思い出しながら、万華鏡を肩に担いだ。

 

「よう」

 

 頭上から声がして、見上げると爆炎の上で涯が集を見下ろし笑っていた。

 それに腹を立てた集は万華鏡の一部を展開、涯を高台から叩き落とした。

 

 

 

 

「……で?どうして命令無視した」

 

 集は傷ついた葬儀社のメンバーを見つめながら呟いた。

 

「……いつから俺がお前らみたいな国家に背くテロ組織のメンバーになったのか簡潔に説明してもらえねえか」

 

 雰囲気が変わった集に涯は眉を顰め、言った。

 

「わかった。質問を変えよう……お前は()()()?」

 

 その答えに集は、視線を涯に移しながら言う。

 

「……()()()だよ。ただのな」

 

 誰も集の秘密など知らない。教えるつもりなどない。集は空を仰いだ。

 

「……まあ、いい。そして次の任務だが……」

「はあ?」

 

 何言ってんだこいつ、と集は素っ頓狂な声を上げる。

 

「どうした」

「いつ、どこで、俺が、葬儀社に、入った?」

「否定権があると思っているのか?」

 

 瞬間、再び集の雰囲気が剣呑なものに変わる。

 

「……とっとと家に帰らせろよ。玉捻り潰すぞ」

 

 一般市民が到底放つことが出来ない殺気を集は出しながら、涯を睨んだ。今ここで集とやり合うのは分が悪いと判断した涯は渋々頷いた。

 

「……わかった。今回の活躍に免じて今回は引いてやる」

「最初からそうしろッ」

「だがお前は必ず俺たちのところにやって来るだろう。その時は───」

「その時は来ねえし次もねえッ。金輪際、今後一切ッ!てめえらとは関わるつもりはねえよ!!」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、集は六本木を後にした。

 

 

 

 

 

 ───次の日の朝。戸外でやかましく囀る雀に辟易しながら、集は鏡に映った童顔不幸面の少年を一瞥する。ぴくぴく震える半眼の目元には昨日の不眠による小さな隈が出来ていて、いつもの不幸面を通り越して悪人面になっていた。このまま外に出れば、犯罪者として見られてもおかしくないだろう。

 

「……」

 

 次の日は月曜日。学校に行きたくない、と心の底からそう思う。

 日中からつけっぱなしのテレビは今は今日の運勢が流れていた。いつも通り、金運は最悪だが、出会いの運に関しては一位であった。珍しいこともあるものだ。

 笛の音のように鋭くなるヤカンを止めに行き、インスタントコーヒーを入れたカップに湯を注ぐと、香ばしい朝のにおいが立ち混み始める。

 集は目を閉じて、大き鼻から呼吸をした。

 昨日は疲れていたというのに、全然寝付くことが出来なかった。寝れなかった原因はもう画面越しでしか会うことがないいのりの裸が目に焼き付いていて、どうも眠なかったのである。

 コーヒーを胃に流し込んで適当に作った朝食に手を伸ばした瞬間───

 

「おはよう。集」

「おはよう……ん?」

 

 動かしていた手を止め、聞こえてきた声の方向を振り向く。

 一昨日出会い昨日別れたネットアーティスト、楪いのりがいた。集はゆっくりと視線をテレビの方に戻し、朝食に戻る。

 

 ───悪い夢に違いない。きっとそうだ。コーヒーを飲んで一息着けばきっと夢から覚めるはずだ。

 

 しばらくして頭蓋がみしりと音を立てるほどの一撃が脳天に見舞われた。

 

「ぐぅぉおおあああ!?」

「おはよう。そう言ってから、無視するってどういう意味なの?」

 

 集は思わず立ち上がる。昨日の露出度が高い服ではなく、普通の私服を着ていたことに安堵しながら、集は叫んだ。

 

「いや、その前にどうして家にいるんだよ!?」

 

 その問いに、いのりは胸を張って答えた。

 

「ふゅーねるがやってくれた」

 

 機械音を出しながらリビングに入ってくるふゅーねる。集は無言でふゅーねるを掴みあげると、リビングのソファに叩きつけた。

 

「……いのりさん、何個か質問していいか?」

「構わない」

「……何でここにいるんだ?葬儀社はどうしたんだよ」

「集は私が邪魔?」

「そういうわけではなくてね……」

 

 集は義母の春夏と二人暮しであるが、ほとんど帰ってこないため、説明は後回しでも問題はないだろう。

 

「……その荷物は何だ」

「ここに住むの」

「なんでだ?というか葬儀社はどうしたんだよ」

「集は私が邪魔?」

「そういうわけではなくてね……」

 

 ごほん、と集は咳払いをして最悪の状況を口にした。

 

「……最後に。まさかここに暮らすわけじゃないよな?葬儀社はどうしたんだよ」

「集は私が邪魔?」

「そういうわけではなくてね……」

 

 なんだよこのコント、と集は思わず崩れ落ちた。そんな集に肩を置きながら、いのりは可愛らしく首を傾げた。

 

「……よろしく、ね?私の裸を見て、悶々として寝れなくて……不眠不休になった集」

「……あんたやっぱり心読めるだろ」

「……えっち」

「待て、あのな、いのりさん。不可抗力なんだよあれは。俺のせいじゃないんだよ」

「責任取って、ね?」

 

 話を聞いてくれよ、と呟きながら集は項垂れた。



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【episode04】




 調子が出ねえとボヤきながら、集は明け方の道を歩いていた。

 途中、通りかかったお姉さんが「おはよう」と声を掛けてくれ、五分刈り顎髭、筋骨逞しい青年に「今度、お茶をしよう」と誘われ、少し行ったところで幼い頃からの知り合いのヤクザに「おう集の兄ちゃん、随分と早起きじゃのぉ、おぅ?」と挨拶されたが、どれも生返事を返すことしか出来なかった。

 家に着くなり、その身をソファに投げると必要が無いくらい大きいテレビのチャンネルを物色する。この時間帯だ、どうせ面白い番組はやっていないのだろうが。

 

『───俺達は、淘汰される者に葬送の詩を送り続ける。故に葬儀社。俺達は抗う。この国を我が物顔で支配し続けるGHQに。俺達は戦う。俺達を淘汰しようとする、全てのものと……』

 

 チャンネルを切り替える。ソファに身を預けながら天井を仰いだ。

 

「……GHQは頭がおかしいのか?」

「……集」

 

 今の音で起きたのか、後ろにいのりが立っていた。

 

「……テレビの音で起こしちゃった?」

「浅くしか寝てないから問題ない」

「僕の家にいるのならゆっくりしなよ」

「私の任務は貴方を守ること」

 

 このやり取りはいのりが来た時からずっと続いている。頑固者なのだ、楪いのりという少女は。

 

「僕はいのりさんに守られなくても大丈夫だから」

「いざという時のため」

「……勝手にしなよ」

 

 再びチャンネルを物色し始める。電源を消そうかと思った瞬間、某井戸から現れる長い髪の女が現れたので、反射的に集は電源を落とした。

 そのことを不審に思ったいのりは集を見つめた。

 

「集?」

「寝よう」

 

 集はこの手の話にはあまり強い方ではない。

 

「どうしたの?」

「寝よう。いのりさん」

「まさか怖いとか?」

「そんな事あるわけないだろ!?」

「……。そんな大声で言わなくてもいい」

 

 安堵で腰が抜ける。

 

「明日も早いしもう寝ろ、な!?」

「……集がそういうなら」

 

 いのりは大人しく寝室へ戻っていった。

 

「……勘弁してくれよ」

 

 集は二の腕を擦りながら、先程の光景を思い出して一人青ざめた。

 

 

 

 ✧

 

 

 

「えぇ、もう皆さんご存知だと思いますが……昨日の六本木の事件に関して、GHQから第二級の非常事態宣言が出されました。葬儀社と名乗るテロリストに関して何か情報のある者は、速やかに当局に申し出るように、とのことです」

 

 朝のホームルームの大半を寝て過ごし、起立の時には立てと言われたのを数回に渡って無視、呼び出しを三回放棄したら、先生はもう構って来なくなった。

 委員長が頑張ってやる気を起こそうとしているが、お節介もいい所である。

 

「───それから、今日はもう一つ。このクラスに転入生が入ります」

 

 集は欠伸をしながら、ふと教壇へと視線を動かした。

 

「入ってください」

「おお女子!」

「可愛いじゃん!」

「楪いのり君だ」

 

 集は眠たい目を擦りながら、思わず項垂れた。

 集の平凡な生活は遂に終焉を告げた。

 

「あれ?どっかで……」

「いのり!?」

「マジかよ!?」

「EGOISTの!!?」

「私、KABANERI OF THE IRON FORTRESS大好きなの!!」

 

 いのりは表向きは歌手だったことを思い出した集。それに最後のは最近販売されたアニメソング。自分と似たような声の少年が死んだ時のことは、記憶に新しい。

 

「ホントだよ?」

 

 いのりの口から鈴の音のような澄んだ声が聞こえてくる。何がともあれ夢であって欲しかった。

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

 クラスが大騒ぎを始めたため、集は珍しく教科書を出した。集の隣に座っていた祭は下から覗き込むようにして心配そうに見つめてくる。

 

「どうしたの、集?教科書なんて出して」

「……なんだか、死ぬほど授業を受けたくなっただけだよ」

 

 集は肩を丸めて答えた。

 

 

 

 

 EGOISTのヴォーカル、楪いのりの登場によりクラスは大盛り上がりを見せていた。集は頬杖をつきながら、睡眠不足のためか欠伸を零す。

 

「いっ……いのりさん!」

 

 騒音の源、颯太が緊張気味そうにしていた。そう言えば憧れてた人だったなと思い出した集は二回目の欠伸を零す。憧れが同じクラスに来たのだ、無理もないだろう。

 

「あの……葬儀社ってどう思います?」

 

 集の意識が一気に覚醒した。何を言っているんだお前は、と思わず声に出しそうになる。

 

「いきなり何よ颯太君!」

 

 少なくとも、普通の人間はいきなり犯罪組織の名前なんて出したりはしない。

 集は、小さく口を開いたまま固まっていた。

 

「だって……EGOISTの歌ってなんか葬儀社っぽいじゃん」

 

 溜息が口から漏れる。

 

「だから、好きかなって」

「そんな訳ないでしょ!?」

 

 いのりは確かに犯罪組織の仲間ではあるが、犯罪組織が好きなのは余程のサイコパスか物好きであるだろうし、楪いのりという人間はどちらにも属さない。集は思わず鼻で颯太を笑った。

 

「ねーサインしてよー」

「あ、俺も俺も」

 

 そうやっていのりに集まる光景を死肉に群がるハイエナのようだと思った集は、すぐさま携帯端末を操作、画像検索をかける。

 やはりと言うべきか、今目の前で繰り広げられているこの光景はそれに近いものがあった。

 

「いい加減にしろよ。楪さん、困ってんじゃん」

 

 集の自称友達一号が輪の中に入って言う。

 

「ごめんな、こいつ魂館颯太ってんだけど、すげぇ君のファンでさ。無礼は許してやってよ……ああ、ちなみに俺は寒川八尋」

「俺と八尋と、あそこの集ってやつで……現代映像文化研究会って同好会を作ってて、それで!あの!」

「だから焦るなって」

 

 谷尋が颯太を止めに入る。

 

「みんなもだ。俺達これからずっと一緒のクラスなんだからさ?慌てないでいこうぜ、な?」

 

 やがて谷尋は首だけでこちらに向ける。

 滅茶苦茶だが的を得ているその言葉に、集は渋々頷くしかなかった。

 

 ✧

 

 クラスの男の視線は転校生、楪いのりに釘付けだった。

 確かに、いきなりしかも自分のクラスにいきなり現れると心臓に悪いほどの美少女が立っていると面食らうのも無理はないだろう。

 

「……お、わりいな集」

 

 ───お、わりいな集。じゃねえよ!そう思うなら前くらい見て走れよ!!

 

 心の中でツッコミを入れながら、体育館を走る。

 数周回ったところで、目の前にいる男子二人組がいのりを見ながら思ったことを口にする。

 

「でもさぁ、実際に見てるといのりって何か人形っぽくね?」

「そうだよな、まあリアルの方がCGっぽいっていうか」

 

 流石に失礼だろ、と思いながら間をくぐりぬけるといつの間にか追いついてきたのか颯太が口を開いた。

 

「何言ってんだよ集!」

「ああッ!?」

「いのりはCGなんかじゃねえよ!目を覚ませよ馬鹿!」

「ぶん殴るぞお前ッ!?」

「じゃあ誰が言ったんだよ!」

「後ろの奴だよ!」

 

 颯太はなるほど。と、頷くと再び走り出した。しばらくの間、奇妙な空気が流れるが気にせず再び走り始める。すると、再び颯太が集の方を振り向き叫んだ。

 

「……そういうこと絶対本人に言うなよ!いのりは傷つきやすいんだからな!」

「話を聞いてたか学年最下位ッ!」

 

 本来なら無視する案件も、流石に無視することが出来ず、颯太にドロップキックを繰り出した集だった。

 

 

 ✧

 

 

 モノレールに揺られながら、集は呟いた。

 

「疲れた……」

 

 どんなに学校が嫌いだって普段はここまで疲弊しない。

 面倒事に絡まれ、巻き込まれ、珍しく怒鳴り散らして───と、色々やらかして今に至る。

 

「集」

「はい?」

 

 いのりが集の制服の袖を引っ張り、首を傾げてくる。

 

「集のせいじゃ、ない」

「え?」

 

 考えていたことが口に出ていたか───と一瞬思ったが、直ぐにいのりが首をふるふると振る。

 

「顔に、現れてた」

「……そうですか」

 

 敵わないな、あんたには。と軽口を叩いている内に自宅に到着する集といのり。そこで、そもそも葬儀社に目をつけられなければこれからも平凡な毎日を送れるのでは───?と考えた集は、いつか葬儀社を壊滅させるという願いを抱くようになった。

 扉を開くと、玄関に大量に積まれていたダンボールは大きいものを除き、全て無くなっていた。どうやら、学校にいる時にふゅーねるがやっておいたらしい。

 

「サンキューな、ふゅーねる」

 

 そう言いながら撫でると、ふゅーねるは嬉しそうに手をピコピコと動かす。

 いざこうして見ると、意外と愛らしい外見をしているものである。パスワードを勝手に入力したり、家に勝手に侵入するところを除けば。

 そんなふゅーねるを横に置き、リビングに入ると───集は顔を引き攣らせた。

 

「なんでここで着替えてるんだよ!?」

 

 いのりがリビングで着替え始めていたのである。集は咄嗟に目を背けて事なきを得る。

 

「私は見られてもなんとも思わない」

「嘘つけッ!あんな裸同然の服着てみろって言った時に恥ずかしから嫌だって言ったのはあんただろッ!!」

「……変態」

 

 振り返りそう叫ぶと、クッションを投げつけてくるいのり。

 前言撤回。全く事なきを得てなどいなかった。

 視界が一瞬、真っ暗になると同時に足に鈍い痛みが走る。見下ろせば、ふゅーねるが集の足めがけて突進を繰り返していた。

 集は大きなため息をつくと、ふゅーねるの頭を鷲掴みして動きの一切を封じる。

 

 そうこうしているうちに着替え終わったらしいいのりが集の元へやって来た。

 

「ねえ集」

「……今度は何?」

「お腹空いた」

 

 彼女の底なしの胃を見ている集は、顔が引き攣るのを感じた。

 

「おにぎり、作って」

「……了解」

 

 集は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

「はふっ」

「……」

 

 幸せそうな顔をしながらおにぎりを頬張るいのり。これでおにぎりは4個目。未だ成長中の男子高校生でも多い量だというのに、それを意図も簡単に小さな身体の中に収めていく。

 ちなみに、集はまだ一つ目を食べ終えてすらいない。

 

「……母さんにどうやって説明しようか」

「……?」

「母さんに、いのりさんのことどう伝えようか考えてたんだよ」

 

 集がぶっきらぼうにそう言うと、いのりは食べていた手を止めて口を開いた。

 

「桜満春夏、セフィラゲノミクス主任研究員。帰宅は週に一度程度。あと数日は戻る見込みがない」

「それも調査済か。流石としか言い様がない」

「そう。最後の一個貰うよ?」

「……もう勝手にしてくれ」

 

 いのりは最後のおにぎりを手に取り───掴んだところでその動きを止めた。

 

「……迷惑?」

「ん?」

「集は……桜満集は、いのりが迷惑?」

「それは大丈夫なんだけどさ……」

「だけど……?」

 

 小動物みたいに首を傾げられても困る。

 

「俺のこともちょっとは考えてくれ……」

「それなら集がもっと作ればいい」

「いや、冗談だろおい……」

 

 集がそう言った刹那。

 

 インターフォンの軽快な音が響き渡った。

 

「……ちょっと出てくる。いいか?絶対に俺の卵焼きは食うなよ?!」

 

 集は椅子から立ち上がり、玄関に向かう。そして軽く扉を開けて外の人物を確認した。

 

「……谷尋?」

「よう!遅くに悪いね」

 

 ───悪いと思うならとっとと帰って貰えないだろうか。

 

 心の中でそう愚痴る。愛想笑いを浮かべ、谷尋の前に立つ集。

 

「こんな時間にどうしたの?」

「ちょっと思い出してさ……」

 

 そう言って袋に入れられた何かを差し出してくる。

 

「これ、この前話してた映画。見るか?」

 

 意気揚々と袋からそれを取り出すと、髪の長い女性が映し出されていた。

 奪って地面に叩きつけたくなる衝動を必死に抑える集。

 集はホラーの類が得意ではない。

 

「あ、ありがとう。でもこのためにわざわざ来たの?」

「いや。本題はこっちだ。今日のお前、様子おかしかったような気がしたからさ」

「……そうかな?」

「昨日、なにかあった?」

 

 集の中で何かが急激に冷めていく感覚がした。目を細めて目の前の谷尋を見つめる。

 

「何にも無かったよ」

「そっか…………あれ?」

「……ん?」

 

 気づけばいのりが集の横に立っていたのである。今否定したばかりだと言うのにタイミングが悪すぎて、集は額に手を当てた。

 

「君、その炊飯器を持ってどこに?」

 

 どうやらふゅーねるも抱えているらしく、他の人間などどうでもいいと言わんばかりのスタンスを貫くいのりに、集は頭痛がした。

 

「連絡が来た。一緒に来て、集」

 

 ───勘弁してくれ!

 

 と叫びたくなる衝動を押さえつける。その場で固まっている谷尋の肩をつかむと、集は咄嗟に思いついた嘘を口にした。

 

「谷尋。いのりさんが僕の家にいる理由は、いのりさんが僕の親戚の従兄弟の友達の娘さんだからなんだ」

「それだいぶ遠くないか?」

「つべこべ言わずに頷いてくれ……」

 

 有無を言わさず圧倒させ、谷尋を無理矢理頷かせる集。

 それを確認すると、距離の離れてしまったいのりの元へと急ぐ集。その際、谷尋が後方で何かを叫んだ。

 

「おーい!集!!何かあったら言えよ!!」

「機会があったら!!」

 

 

 

 

 

「───寒川谷尋。容姿端麗、運動、勉強ともに常にトップ、そして空手の日本一である完璧超人。そんな彼に反して、私が監視している桜満集は童顔かつ不幸顔で授業態度は最悪と言ってもいい。勉強は中の中、運動神経はいいものの不真面目なため運動神経が悪いと勘違いされている。そして、マジカル八極拳を使うことが出来て、私の裸を見て悶々となって眠れなかった真性の変態」

「最後はいのりさんの愚痴だろ」

「違わない。これは紛れもない事実。『桜満集の本』に書いてあった」

「……その『桜満集の本』って言うのはいくらで買える?言い値で買って破り捨てるからさ」

「残念だけど、非売品なの」

 

 へえへえそうですか、と呟きながら星空を仰ぐ。

 谷尋にはそれ相応の信頼は置いている。噂を流すような男ではないはずなので、いのりと共に住んでいるということは学校に広まることは無いだろう。

 万が一に広まり、颯太に伝わりでもしたら───映研の部活から二人の男子が消えるだろう。

 

「……伝わらないといいんだけど。出来れば血の惨劇は引き起こしたくない」

 

 そこで何かを疑問に思ったいのりさんが首を傾げた。

 

「寒川谷尋は集の友達、なんでしょ?」

「そこはどうなんだろうね。谷尋は誰とでも仲良く出来るし」

 

 何か言いたそうな顔だったが集は無視して言葉を続ける。

 

「凄いやつだよ。あいつは」

 

 集はポケットに手を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「───ああ、今終わった。OAUは乗り気だ。ただ、一つ条件を出された。後で詳しく報告する」

 

 目的地に連れてこられた集は目の前で繰り広げられる異様な光景に沈黙を貫いていた。

 電話を終えた涯は集を見るなり不敵な笑みを浮かべる。

 

「ご苦労だったな」

「なら一々呼び出すんじゃねえよ」

 

 正直な話、集はこの男があまり得意ではない。

 

「にしてもすごい格好だな。とても指名手配犯には見えない」

「銃を持って走り回るだけでは世の中変わらないからな」

「どこかの仏像掘りも同じこと言ってたな……」

 

 白髭を生やした老年の男を思い出した集は、ふつふつと湧き上がる怒りを何とか堪えた。

 

「ツグミ、尾行は」

「オールクリアー!!」

 

 うるせえ、と集が呟くとツグミが集に顔をずいっと近づける。

 

「なによ!なんか文句ある!?」

「文句しか出てこない」

「なによ!ムキー!!」

 

 小学生は大人しく寝てろ、と言いながら涯を睨みつける。

 

「なんでいのりさんが学校に来ている。俺の監視か?」

「問題が発生した。昨日の作戦中、俺達を目撃した奴がいる」

「無視かよこの野郎」

 

 涯はそのまま端末を操作すると、集に投げ渡した。

 

「『ノーマジーン』は聞いたことはあるか?」

「麻薬だろ。確かアポカリプスウイルスワクチン研究中に偶然見つかったとかいう」

「そうだ。取引の時には『シュガー』と名乗っていたらしい。無論偽名だろうが。お前といのりは、高確率でそいつに目撃されている。探し出せ」

「念のため聞くぞ。もし、そいつを見つけたら?」

「殺せ」

 

 その言葉と同時に、涯の顔面スレスレに集の拳があった。

 人間離れしたその速度に冷や汗を僅かに垂らすツグミ。

 

 ───こいつ、なんなの!?

 

 ツグミはいのりの視線を向けるが、いのりは平然とそこで繰り広げる光景を眺めていた。

 集は涯を睨みつけながら、怨嗟のこもった声で小さく言う。

 

「……もし俺がやらないからと言っていのりさんに殺らせてみろ。この拳でお前を殺す」

「ほう。楽しみにしておこう」

 

 笑みを消さず、涯は言った。

 

 ───試されていたのか。

 

 集は心の中で燻る怒りをそのままに涯に訪ねる。

 

「わかったよ。じゃあとっとと教えてもらおうか。ヴォイドの形状を。わかるんだろ?他人のヴォイドが」

「なぜそう思う?」

「六本木での作戦。あれはダリルとかいうヒョロガリのヴォイドが分かってなければ不可能だ」

「なるほど。正解だ。だが、ヴォイドの形状はいのりに伝えてある。後で聞け」

 

 逃げるなクソ野郎。その言葉をいざという時のために取っておくことにした。



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【episode05】

「……本当に後悔しないんだな?先生は例に漏れず超が付くほどの変人だぞ?」

「問題ない。世界最高峰の頭脳に会えるなんて、光栄だもの」

「……みんな、会う前はそう言うんだよ」

 

 夜な夜な何処かに向かっていることに気づいたいのりは、本日は待ち伏せしており、着いてくると言い出したのだ。

 集はやめるように行ったのだが、一度言ったら中々首を縦に倒さない彼女のことを思い出して、着いてくることを許可したのである。

 不気味な大学病院の前でいのりはポーカーフェイスを保っているものの、その小さな手は集の袖を掴んでいる。

 葬儀社の一員で歌手とはいえ、いのりはどこにでも居る普通の少女。怖いものは怖いだろう。

 大学病院の受け付けを顔パスして進み、立て付けの悪い階段を下る。

 

「おーい。先生来たぞ」

 

 扉を開けずとも仄かに香ってくる死臭に、いのりは顔を顰める。

 引き返すなら今だよ、と言うといのりは首を横に振ってそれを拒否した。

 集は懲りないねえ、と呟いて扉を開ける。

 

「───おい、先……」

「ばあ」

 

 死体を人形のように動かしながら脅かしてくる様子はまるでホラー映画のワンシーンのようであった。集はその死体を無心で横に殴り飛ばすと、その裏で笑う菫の頭蓋を容赦なく掴んだ。

 

「……先生。呼び出したのであればとっとと要件言ってくれないか?」

「なあ、疑問に思ってたんだが、君は昼間は学校、そこの彼女と家でも一緒だよな?健康なヒト科のオスとして溜まったものをいつ処理してるんだ?聞かせてくれ」

「このままあんたの頭を握りつぶしてもいいんだぞ」

「そいつは困った。まだ解剖していない死体が山ほどあると言うのにあいたたた」

 

 ふと、いのりの方に目を向けると一歩、また一歩と後ずさっていた。それが普通の反応であるため、大分彼女に感化されてきているのだなと思うと、集は何だか悲しくなってきた。

 その一瞬の隙を菫が逃すはず無く、するりと抜けるといのりの肩に手を置いて鼻息を荒くした。

 

「さて、楪いのりさんだったかな?突然だが、私は君のことが大好きだ。解剖室で愛しあわないか?」

 

 瞬間、乾いた発砲音。壁に愉快な銃痕が刻まれた。

 

「……ねえ、集。これ、なんなの?」

「……出来れば僕が聞きたいよ」

 

 信じられない物を見る目で菫を見るいのり。ついでに菫を『これ』扱いした事に関しては、集は何も言わなかった。

 天才は空前絶後の変態という。それの典型的な例が目の前にいるこの女ということ以外は何もかもわからない。

 

「ちなみにいのりさん、そういう行動に出て正解だ。この人は死体愛好家(ネクロフィリア)で空前絶後の変態だから、僕達の常識が通用するような相手じゃないんだよ」

「え?」

 

 顔を青ざめて菫から遠ざかるいのり。

 

「本当にいつか自ら死体調達してこないか心配だ」

「ほう?なら、君の困った顔が見たいから今度君の母親と親友をさらって解剖でもしようかね」

「やってみろ。あんたに天童式格闘術の実験台になってもらうからな」

「おお怖い怖い」

 

 肩を竦めて笑う菫に舌打ちをする集。

 

「ところでいのりちゃん。君はこの桜満集くんに何かイタズラはされなかったかい?主に性的な」

「胸を見られたくらい」

「だからあれは不可抗力だって……」

「でも、集はそういう行為を働かない人だってことは分かってる」

 

 少しムッとなって言ういのりを見て感動する集。

 

「おや、信じられないかい?でもね、この男はすれ違いざまに女児の尻を撫でること数十回、小学校に潜入して女児の検便や検尿を盗むこと数百回。毎年のように中務省が陰陽師を派遣しようか迷ってる程だよ。今度和英辞典を開いて調べてみるといい。逢魔の横に桜満集(OUMA SYU)がある。意味は空前絶後のロリ専用の変態って意味だ」

 

 本当に殴ってやろうかと思い拳を振り上げて、ふといのりの方を見ると、顔を真っ青にして集から遠ざかっていた。

 

「……そんな恐れ多い方だとは露知らず大変なご迷惑をお掛けしました……」

「信じるないのりさん!全部出鱈目だからな!!」

 

 何故か敬語になるいのりを説得する集の横でゲラゲラ笑いこける菫。

 本当に趣味悪いなと内心毒づきながらもいのりを説得する。

 

「あー久しぶりにこんなに笑った。あ、そうそう。君にお届け物だよ。【支援者M】からだ」

 

 そう言って渡された物は少し大きめの黒色のアタッシュケースだった。集はそれを手に取ると、ずしりとした重さが手に伝わってくる。

 

「……中を確認してもいいか?」

「構わんよ。まあ、君が予想したもので間違いない」

 

 集はアタッシュケースをおもむろに開ける。集が予想していた通り、中に入っていたのは遠い昔、里見蓮太郎としていた時に愛用していたスプリングフィールドXD拳銃が納められていた。黒銀で色を統一しており、昔使っていたものと何ら変わらなかった。

 頭の中で聞き覚えのある声が響き、まさかなと心の中でつぶやく。

 

「それじゃあいのりちゃん。ここからは古い友人同士の話だ。君は帰ってくれると有難い」

「……でも」

「それが駄目なら待合室で待っててくれるかな。大丈夫、すぐに終わるさ」

「……それなら、まあ」

 

 渋々と頷きながら、いのりは待合室へと向かった。

 この場に残ったのは集と菫だけ。

 

「さて、なんについて話そうか」

「この世界の情報だ」

「ああ、そうだったね」

 

 集は無言で目を瞑ると、ゆっくりと目を開く。

 雰囲気が柔和なものから一転、鋭い刃のようなものへと変わる。

 

「───早く本題に入ろうぜ」

 

 そう言って、目につけていたコンタクトレンズ型二一式黒膂石義眼を外し、菫に手渡す。それを受け取った菫は真剣な面持ちで集に訊ねた。

 

「知ってるかい、蓮太郎くん。今この世界ではキャンサー患者と子供が作れるんだよ」

「理論上は、だろ」

「いいや、実証済みだ」

「……って事は実践した馬鹿がいるわけか」

「キャンサー患者に人権なんて無い。と考える輩は大量にいるからね。GHQの思想なんてまさにその物さ。現に児童婚なんていう風習のある国なんてのもある。それに、キャンサー患者は抵抗出来ない。丁度いい機会だ。君にこの世界の現実というものを教えておこう」

「……現実は、見てるつもりだ」

「いいや、見ていないね。ガストレアウィルスが萬栄していたあの世界でも私は言ったが、君は暗い現実から目を逸らしている。この世界の人間を出来るだけ多く、それが無理でも少しでもいい。もし、助けたいと願うなら、一人の人間として今の世界をちゃんと見ろ。キャンサー患者たちは身動きなんて取れないから変態からしたら丁度いい肉便器だ。それに、君は見た事あるかい?切り刻まれて吊るされたキャンサー患者たちを。性行為を強要させられ、レイプさせられて内蔵が破裂して苦悶の表情を浮かべたキャンサー患者たちの姿を。まだまだあ───」

 

 再び、乾いた発砲音が鳴り響く。集がシェンフィールドから発砲した銃弾が床を抉る。

 

「やめろ、吐き気がする」

「……これが、この世界の現状だ。君の住んでいるエリアは比較的他のエリアと比べて待遇は恵まれている。だがな、GHQが動き出してみろ。そうしたら他のエリアと同じくらい。下手したらそれ以上酷いことになるかもしれないぞ」

「その時は、俺が止めてみせる」

「はは、大見得切ったね。まあ、その時は任せたよ。蓮太郎くん」

 

 集は頷くと、再び目を閉じる。しばらくして、集の雰囲気が元の柔和なものに戻る。

 

「本日の話はここまでだ。それでは桜満くん。また明日、この時間に来てくれ」

「義眼の調整、頼んだ」

「任された」

 

 部屋を出て、待合室で退屈していたいのりと合流し、集たちは大学病院を後にした。

 

 

 

 ✧

 

 

 

 翌日の昼休み。

【シュガー捕獲作戦】と名付けられた任務を行うことになった。

 本当なら葬儀社のために行動するのは真っ平御免なのだが、高確率でシュガーに目撃されているということなので、シュガーが心に宿すヴォイドを探さなくてはならなくなったのだ。ちなみに、集はシュガーが宿すヴォイドの形は分からない。

 そして、現在。生徒が学校で自由になるこの一時間で勝負を決めることにしたのだ。

 

「……集、ヴォイドのルール覚えた?」

 

 寝る間を惜しんで叩き込まれたのだから覚えないはずがない。

 

「一つ、ヴォイドは17歳以下の人間からしか出せない。理由は不明。一つ、取り出された相手はヴォイドを取り出される前後の記憶を喪失する。理由はイントロンの記憶へと解放された時のショック……だっけ?」

「うん」

 

 随分、都合のいいシステムだと呟く。

 最後の理屈の部分はさっぱりだったが、要するにヴォイドを取り出されれば取り出される瞬間の事を忘れてしまうらしい。

 

「早速練習したいわけだけど。なにかアドバイスはあるのか?」

「何事も実践あるのみ」

「……へーへー、そうですかそうですか」

 

 なら、自力でどうにかするしかないな。と思った集は何を血迷ったか壁から飛び出し、手を伸ばした。

 しばらくして握ったその感覚は、ヴォイドを取り出す時の感覚ではなく、弾力性のある柔らかい感覚だった。

 

「……やべぇ」

 

 集の左手は女子の胸を鷲掴みしていた。

 しかも最初にターゲットにしていた祭でも無かった。その女子はクラス委員長の草間花音だった。

 

「……委員長。これさ、撮影なんだ。颯太からの依頼なんだ。わかってくれるよな?あんただったら、そうだよな?」

「苦し紛れの嘘を吐くな!!」

 

 廊下に乾いた音と、集の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「いってぇ……平手の内の後に鳩尾に容赦のない前蹴りを叩き込んでくるやつがあるかよ……」

「大丈夫?」

「……もしこれが大丈夫に見えるならいのりさんは眼科に行ってくれ」

 

 失敗した理由は、何も考えず我武者羅に突っ込んだことであろう。

 携帯端末を操作すると、本日の学校のニュースで取り上げられていた。

 情報提供者は魂館颯太。

 

「……殺す」

 

 次の標的は颯太に決めた集。立ち上がり、颯太を探すべく足を動かそうとすると英検の扉を颯太が開けた。

 

「お!ラッキースケベの集じゃないか!!」

 

 次の瞬間、颯太は宙を舞っていた。集は地面を蹴り上げ跳躍すると情け無用のオーバーヘッドキックを叩き込んだ。

 

「天童式戦闘術二の型十一番。隠禅・哭汀……」

 

 白目を向いて気絶する颯太を持ち上げて、無理矢理叩き起す集。

 

「反論していいぞ。時間は2秒だ」

「む、無理に決まってんだろ!」

「ならもう一回寝てろッ」

 

 集の左腕が輝き、颯太の胸の中に手が潜り込んでいく。

 そして、それを引き抜くと手には巨大なカメラが握られていた。

 

「……なぁ、いのりさん」

「なに?」

「涯が言っていたヴォイドはこれか?」

「そんなデザインが微塵も感じられない古ぼけたカメラじゃない。もっとこう、神秘的で実用性のあるデザインじゃないと」

「……やめてやれ。起きてたら泣くぞ、こいつ」

「大丈夫。私たちの声は魂館颯太には届いていない」

「……だとしてもだよ」

 

 集はヴォイドを颯太に戻すと、映像研究会の部室を後にした。

 

 

 それからというもの。

 学校を駆け抜けては抜き取り、駆け抜けては抜き取りの作業を延々と繰り返していた。危険を冒して、花音と祭のヴォイドを取り出したけれど、それも違うものだったという。

 そして、気付けば日は傾き始めていた。

 缶ジュースを持って、いのりのところへと戻ると通信機で誰かと連絡を取っていた。

 

「……涯から?」

「うん。目撃者がカメラで集を撮っていたらしい」

「そうか」

 

 微塵も興味のわかない内容に鼻を鳴らしながら、いのりに缶ジュースを手渡す。

 

「ネットで拡散されたくならいなら早く探せって……涯が」

「……あの金髪野郎」

 

 人の苦労も知らないでと毒づく。

 自分の分の缶ジュースを飲むと、冷たい炭酸飲料が喉を刺激した。小さく息を吐くといのりが集の方を見つめている。

 なぜだろうと思い缶ジュースの方に視線を落とすと未だ開けられていない缶ジュースが握られていた。

 

「……いのりさん、あんた何してんだ?」

「開け方がわからなくて」

「あんたいつの人だ……」

 

 集はいのりからひったくるようにして缶ジュースを奪うと、プルタブを開けて再びいのりに手渡した。

 

「ほら」

「……今は随分と便利なものがあるのね。私、ペットボトルしか知らないから」

「昔っからあるけどな、これ」

 

 苦笑いを浮かべながら飲み干した空き缶を握り潰す集。

 

「いのりさん。涯から聞いてるんだろ?そのシュガーのヴォイドの形を。いい加減教えてくれないか?」

「ハサミだって」

 

 カメラ、双眼鏡、冷蔵庫、鎌、槍、と様々なヴォイドを抜き取ってきた訳だが、ここに来て鋏か。と、そこであることを疑問に思い、その疑問をいのりに投げかけた。

 

「ヴォイドって何が形を決めるんだ?涯は心を形にするって言ってたが」

 

 いのりはその答えを知っていたらしく、缶ジュースを両手で包みながら言った。

 

「ヴォイドの形や機能は持ち主の恐怖やコンプレックスを反映してる」

「だから心の形なんだな……」

 

 例えばあのダリル持っていた万華鏡は持ち主のあの男が何者の善意を弾き飛ばす性格だからあのヴォイドの形を取ったのだろう。

 だがしかし。ここで最大の疑問が残った。

 

 ───なぜ、いのりのヴォイドは【剣】なのだろうか。

 

 と。

 

「いた!桜満集ー!!」

「あんだけ殴ったのにまだ殴り足りないのかよッ!?」

 

 殴られた痛みを思い出し、集といのりは咄嗟に駆け出していた。

 長い鬼ごっこが続くと思われたそれは突然終わりを告げた。

 

「集こっちだ!」

 

 体育館の扉越しに谷尋が声をかけて来た。集は転がり込むようにして体育館に入り込んだ。

 

「……助かったよ谷尋」

 

 力のない笑みを浮かべながら、谷尋に感謝の旨を伝える。

 

「……この前からずっと走りっぱなしな気がするよ」

「ははっ。何言ってんだ。葬儀社に入ったらそんなもんじゃないだろ」

「───」

 

 やっぱりな、と心の中で呟く。

 どこかで否定したかったのだろう、彼の正体を。

 しかし、彼は意識していなかったとはいえ己の正体を今、ここでさらけ出したのだ。

 谷尋と築いてきた関係は一気に崩壊するだろう。しかし、このままにはしておけなかった。

 

「委員長も、しばらくすれば頭も冷えるだろからさ……そしたら謝りに行こうぜ」

「……許してくれると思うか?鋏で指を一本一本切り落とされるかもしれない」

 

 突然の集の言葉に苦笑いを浮かべる谷尋。

 

「 何?映画の話?」

「……前から思ってたんだ。谷尋の趣味ってちょっと変わってるって」

「……どういう意味だ?」

「別に変だって言ってるんじゃないんだ。たださ、人って中身と外見が結構違うよなって言いたいんだよ……なあ、シュガー」

 

 谷尋は何も言わなかったが、纏っている雰囲気が明らかに変わった。

 先程までとは違う、冷たい目をして集を睨み付ける。

 

「やっぱり……見られていたんだな」

「……金のためか?だって、ノーマジーンを使用したあとの症状を出てないから」

「うるせえよっ!お前には関係ないだろ!!お前が俺をシュガーって呼んだ時点でもう全部終わってんだよ! !」

 

 谷尋は突き離し、睨みながら近付いてきた。

 

「お前みたいなのが俺を無害と決め付けるから……俺はそういう奴で居続けなけりゃならないんだ! 」

 

 集の体をつかみ、後ろの柵にぶつけてくる。

 

「俺じゃない誰かを演じ続けなきゃならない!!」

 

 谷尋が集に向かって手を振りかざした。当たる。そう思った時には集の左腕が閃いていた。

 

「ったく……何言ってんだよお前」

 

 集は谷尋が振りかざした拳を簡単に受け止めた。

 谷尋は咄嗟に手を離そうとしたが、集の握る力が強く引き剥がせない。

 

「……っ!?」

「別に驚く事はねえだろ。こんなもん、技術さえあれば子供にだってできる。まあそうだな。とりあえず下に降りろ。クソ餓鬼」

「っ!?」

 

 谷尋の腕を掴みあげ、柵の向こう側へと投げ飛ばす。

 危ういながらもなんとか着地をした谷尋は下から睨み上げた。

 

「……いきなり何をするんだ!!」

「さっきも言っただろ、優等生。下に降りてもらったんだよ」

 

 集もまた、柵を飛び越えて床に着地する。

 谷尋はその光景に腹を立てたのか、鋭い前蹴りを集に放った。

 

「……遅いんだよ。こんなもんかお前の怒りは。お前の悲しみと怒りは。それが本気なら俺には一生勝つことは無理だぞ」

 

 集もまた前蹴りを放ち、谷尋の蹴りを相殺。それどころか続け様に逆の脚で回し蹴りを放った。

 谷尋は集の思わぬ反撃に青筋を浮かべた。

 

「……集ッ!」

「ああ。俺は逃げも隠れもしない。かかって来い。谷尋」

 

 

 それからと言うものの。戦況は集の方に傾いていた。防戦一方で自分からの攻撃を一切してこないが、隙を見てカウンターを叩き込まれていたために、谷尋の身体はボロボロであった。

 ふと空を見上げると、さっきまでは青かった空に赤みがかかっていた。

 

「はぁ……はぁ……よそ見……してていいの……かよ……!」

「お前の攻撃手段はだいたい分かった。ならそのタイミングに合わせてカウンターを叩き込めばいい。それくらいなら俺からしてみれば朝飯前ってやつだ」

「……くそっ!」

 

 谷尋のふらついた一撃が集の頬に当たる。しかし、微塵も痛みを感じないためか集は膝蹴りを谷尋の鳩尾目掛けて叩き込んだ。

 

「ぐふっ!」

「陸戦用か……まあよく聞け、寒川谷尋」

 

 倒れそうになった谷尋の首を鷲掴みにして、地面に倒れさせない。

 集はそのまま谷尋を自分の高さまで持ってくると口を開いた。

 

「───笑わせるんじゃねえぞ。そうやって自分だけが我慢してますみたいな顔してよ。いいか、よく聞け谷尋。人間は自分じゃない誰かを演じ続けなくちゃならねえんだよ。演じられない奴は、世の中から排除されていく。俺はそう言う輩を沢山見てきた……まあ、お前が表沙汰に出ないってんなら話は変わるが」

「……っ!」

 

 谷尋が集に向けて唾を吐く。

 集は躊躇い無く谷尋の頭突きを叩き込んだ。赤い血が谷尋から流れる。

 

「それにな。お前みたいなのが俺を無害と決め付けるから、俺はそういう奴で居続けなけりゃならないんだとか吐かしていたが、お前、その立場を楽しんでるだろ?」

「そんなわけ……!」

「知らず知らずのうちに楽しんでんだよ。もう認めちまえ。その方が楽になるぞ」

「黙れ!黙れ!!」

 

 集の拘束からなんとか逃れようとする谷尋だったが、限界にまで達していた身体が動くことは無かった。

 

「……もう休め。焦りすぎだ」

 

 その瞬間、集の左手が光を発しながら谷尋の身体に潜りこむ。

 谷尋から左手を引き抜くと、集の左腕には谷尋のヴォイドが握られていた。

 

「───こんな禍々しいのものが鋏、か。とてもじゃないが笑えねえな」

 

 いのりはこれをハサミと呼んでいたが、集の手の中にあるそれは、ハサミと呼ぶにはあまりにも巨大で歪だった。

 モノを《断つ》ためにあるのではなく、命を《断つ》ためにあるような断罪の鋏。集は鋏に映る己の姿を見つめると小さく息を吐いた。

 

「……決まりね」

 

 XD拳銃を谷尋に向けているいのり。集は鋏の切っ先をいのりに突きつけた。

 

「───撃つつもりか?させねえぞ」

「彼は目撃者。なら、早々に処分を……って涯が」

「あんたも涯涯うるせえな。もし、その引き金を引いてみろ。その時は俺があんたの首を撥ね飛ばす」

「でも、涯の命令だから───」

「……あんたにも言いたいことがあったんだよ。いのりさん、涯の言うことだけじゃなくて、自分の考えで行動してみたらどうだ」

「……失敗したら、どうするの?」

「そんなもん、失敗してから考えろ……死なない程度にな」

「……!集が、そう言うなら……」

 

 いのりはゆっくりとXD拳銃を下ろした。

 

「ありがとう」

 

 谷尋にヴォイドを戻してから数分の間、いのりと集は無言を貫いていた。

 そして、谷尋が目を覚ました時、集は眼球運動だけで谷尋を見つめた。

 

「おはよう谷尋。気分はどうだ?」

「……おはよう、集。最悪の気分だ」

「そいつは良かった。ひたすらカウンターを叩き込んだ甲斐があったぜ」

 

 谷尋はヨロヨロと立ち上がる。

 

「まだやるか?俺はいくらでも相手になってやるぞ」

「いや、もういい。お前には勝てない」

「なんだよつまらねえな。ところで、谷尋。俺はこの事を外に言うつもりはない」

「……お前」

「だから、お前もこの事を外に言うな」

 

 口約束。いくらでも破ることは出来る。だが、敢えて集は谷尋を野放しにすることを選んだ。

 

「……集」

「ってなわけで。じゃあな……柄にもねえことはするもんじゃねえな」

 

 集はいのりを連れて、暗くなりつつある体育館を出た。すると───

 

「桜満集ー!」

「あんたもしつこいな委員長!いのりさん!駅まで全力疾走だ!!」

 

 集といのりは全力で駅までの道を駆け抜けたと言う。

 

 

 

 

 

 

 大学病院にて。

 

「やあ、動詞短大。里見くん」

「……今よくわからんことを言ったろ?」

「ああ。大正解だ。御褒美にこれをやろう」

 

 一見すると白いお粥のようだが、半固形というかオートミール状になっていて、スプーンで掬うとドロォリとでよ形容すべき擬音が聞こえてくる。饐えたにおいまでするのはこれまた如何に。

 しかし、一度犯した過ちは二度と繰り返さないのが人間である。集は知らず知らずのうちに顔面から吹き出してくる大粒の汗を拭う。

 

「溶けかけたドーナツは二度と食わないからなッ!」

「それを食わんと義眼は返さん」

「……マジかよ」

 

 集はシミだらけの天井を見上げて、それから途方に暮れながらゲロッグを眺めた。まるでこちらを嘲笑うかの如く、表面に気泡が浮かぶ。

 南無三と唱えて口に運ぶ。

 美味いなどと夢のようなオチはなく、刺し貫くような痛みと味覚への暴虐が始まった。

 

「喉が痒い!」

「美味いか?」

「前にも同じようなことを言った気がするが、美味そうな顔してっか?」

「私が写真家なら『苦悶 ───新世界の地獄と煉獄の狭間で───』というタイトルをつけるよ」

 

 菫は両手の親指と人差し指でカメラのフレームを作ると、それを覗きながら不敵に笑った。

 

「あんたこれ証拠品だろ!?」

「担当刑事に食べていいか聞いたら二つ返事で快諾してくれたよ」

「絶対に嘘だ!」

「君は相変わらず細かいな」

「これっぽっちも細かくねえ!」

「おおそうだ。折角新世界に来たんだ。この素晴らしき地下墓所に3人の人間が再び集ったんだ。ここは三銃士のようにいこうじゃないか?『一人はみんなのために、みんなは一人はみんなのために』───ああ、もう既にジャックは死んでるね。くく、くくくくく!」

 

 どうしよう。本気で帰りたい。集は後頭部をガリガリとかくとデスクに目線を落とした。

 

「……コンタクトの調整。もう終わったのか?」

「ああ。勿論さ」

 

 そう言って、菫はコンタクトを渡してくる。

 

「前より、計算速度が上がっているからね。何かと役に立つだろう」

「貴重な時間を使ってわざわざやってくれてありがとな」

「そうだね。お礼は解剖で許してあげよう。早く死体になって私の元に来い」

「俺の一縷の感謝を返しやがれ、この狂った科学者(マッドサイエンティスト)ッ」

 

 

 

 

 ✧

 

 

 

『 いのりんからの報告!目撃者の件は解決 今後は手出し無用……だって。いいの?』

 

 ツグミがモニター越しで涯に報告する。

 涯はその報告を聞き笑みを浮かべた。

 

「好きにさせてやるさ」

 

 涯はツグミにそう答えた。

 ツグミは アイアイ と短く答え、通信を切った。

 涯はしばらく笑みを浮かべたままだった。

 

 

 ✧

 

 

 翌日の明け方。

 集はいのりとともにモノレールに揺られていた。欠伸を噛み殺しながらいつもの如く、次々に変わりゆく風景を眺める。

 

「ねえ、集?」

「んー、なんだいのりさん?」

 

 突然、声をかけてきたいのりの方に集は顔を向けた。

 いのりの顔が赤い。熱でもあるのだろうか。

 

「ずっと……側にいていい?」

「ゴホッゴホッ!?い、いきなりだな……どうしたってんだよ」

「みんなのこと、集のこと。もっと……もっと色々知りたいの」

 

 ニコリといのりさんが笑う。

 その笑顔は、天童木更にも匹敵するほどの綺麗な笑みだった。

 

 ───なんだ、普通に笑えるじゃねえか。

 

 と集も笑みを浮かべようとしたその時だった。

 モノレールの車両が突然急ブレーキをかけたのだ。

 吊革に掴まっていた集は耐えることが出来たがいのりはバランスを崩し、集に思いっきり激突した。結構痛い。

 不審に思い外を見ると、大量のGHQが銃器を持って隊を組んでいた。

 

「……どういう、事だ?」

 

 その時、集の身体がモノレールから突き出された。

 あまりに突然のことに気づかなかったがその突き飛ばした主は確認することが出来た。

 ───谷尋だった。

 

「悪いな、集」

「谷尋」

「……」

「今度会った時、完膚なきまでに叩きのめしてやるからな」

 

 そう言うと同時に、車両のドアが閉まり、発車した。

 車両のドアの窓にいのりが心配そうにこちらを見ていた。

 

「……どうやら約束は守れなそうだ。悪いな、いのりさん」

 

 俺は走り出したモノレールから目を背け、目の前に現れた青年を見る。

 

「桜満集くん」

「……なんでしょうか」

 

 紫色の髪に前髪を真ん中で分け、左眼の瞳が歯車のようになった奇抜な男が携帯を片手に軽やかな足取りで近付いてきた。

 目に取り付けられたそれが、菫の作った旧式の二一式黒膂石義眼だと見抜くのにそれほど時間は掛からなかった。

 

「あなたを逮捕します」

 

 集のすぐ目の前に迫った男は、そう告げた。

 集は青く澄みきった空を見上げると、大きなため息をついた。

 

 ───あったことも無い父さん、母さん。俺、やっぱり呪われてるよ。



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【episode06】

 恩を仇で返すという言葉がある。意味は恩を受けた人に対して、感謝するどころか害を加えるような仕打ちをすること。こうなることがわかっていれば、谷尋のことを逃したりなどせず、全身の骨を粉砕してから、XD拳銃で風穴を開けてやった方が良かったのかもしれない。これもひとつの慈悲と言うやつではないだろうか。

 なんて考えているうちに、目の前の男に手錠をかけられる。質の悪いアルミで出来たその手錠は壊そうと思えば壊すことは可能であったが、壊したところでこの場から逃げれる可能性は五分五分と怪しい。大人しく目の前の男に従うことにした。

 

「君はいい友達を持ちましたね」

「……嫌味か?嫌味だな?ちょっと表に出ろ。その義眼くり抜いて昇竜拳決めた後にアキレス腱固め決めてやる」

「随分と気性の荒い少年だ」

「来やがれスカーフェイス」

「嘘界です」

 

 集は目の前の男───嘘界に悪態をつきながらその後ろを続いて走る。

 リムジンに蹴り飛ばされた集は顔面から座席にダイブし、その蹴り飛ばした相手を睨んだ。しかし、ここで行動を起こすと面倒だと考えたのかすぐ諦めたように座席にドカッと座り込んだ。

 集の小さな溜息は隣に座る嘘界の携帯電話を操作する音に掻き消される。

 

「桜満君。君に質問があります」

「プライベートなこと以外なら構いませんよ」

 

 集はうるせえと内心毒づきながら嘘界へと視線を移す。

 

「いえいえ。私は貴方のプライベートに微塵も興味ありませんので」

「んじゃあ早く言ってくれ。俺は眠い」

「脚にフィットするパンツやタイツのことをスパッツやカルソンともいいますが、レから始まる四文字。なんだと思います?」

「……レギンス」

「なるほど!レギンスっと」

 

 子供のように喜んだ嘘界は目に見えぬ速さでレギンスと打ち込んでいく。

 

「私はパズルの空欄が大嫌いでねぇ。君にはそのパズルを埋める協力をして欲しいのです。少し狭いですが静かに考えられるよう部屋を用意しました。パズルが解けるまで、好きなだけ居ていただいて結構ですよ?」

「はあ」

「おや、気乗りしないようだ」

「牢屋にぶち込まれるってのに喜ぶ奴は相当なドMだと僕は思うんですよ。どう思います?スカーフェイス」

「嘘界です」

 

 目的地に到着するまで、携帯電話を操作する音と集のため息が車内を支配した。

 

 ✧

 

「えっ!集がGHQに捕まったって!?あいつGHQの兵士を殴ったりしたのかよ……って、あいつだったらしそうだ」

「颯太君!それは言い過ぎ───でもないか。桜満君、怒るとあたり見えなくなるし……」

 

 これが日頃の行いというものだろう。

 皆から見て、集の評判はなかなかのものだった。

 

「集が……嘘でしょ!?」

 

 祭は集のことを聞いて涙ぐむ。その光景をいのりはただ見ているしかなかった。

 いのりは教室を後にして、廃校舎に来た。そして、集が作ったというビデオを見ながら、頭の中を整理していた。

 

(私は……集を助けたい。もっと集と一緒にいたい……だけど、涯はそれをいいとは言わないだろうし……どうすれば……)

 

 ふと、いのりの頭の中にある言葉がよぎった。

 

『……たまには、涯の言うことだけじゃなくて、自分の考えで行動してみたらどうだ?』

 

 迷いは晴れた。

 いのりはゆっくりと立ち上がると決心するように言った。

 

「……集を助けに行く。これがわたしの意思」

 

 

 

 ______________

 

「寒川君からのプレゼントです」

 

 そう言ってから嘘界がディスプレイに表示させたのは、集が涯と話してるところや葬儀社についての写真だった。よく撮れているので裏切り者とはいえ、腐っても映研部なのだと思い知らされる。

 

「嘘界さん、僕は決めました。今度谷尋と会う機会があればアキレス腱固め決めてやります」

「それを私の前で言いますか」

「口だけならいくらでも自由でしょう」

 

 集はヘラヘラとした笑みを浮かべながら言う。嘘界はさして気にもしていないと言わんばかりにディスプレイを操作する。

 

「さて、話を続けますが……これは恙神涯、葬儀社のリーダーだ」

 

 ディスプレイに映った涯を指しそう言う。

 

「なぜ君のような少年がこんな所にいて、こんな男と話さなければならなかったのかな?」

 

 本当の事情を話したところで信じてもらえる可能性はほぼゼロと言ってもいいだろう。集は真っ白い天井を見上げながら答えた。

 

「炊飯器」

「は?」

「人工知能搭載、地図を表示出来たり物を保管できる葬儀社特製次世代型炊飯器。それ届けに行ってました」

「……は?」

「嘘は言ってませんよ。何ならその端末で確認してください」

 

 集は欠伸を噛み殺しながら首で促す。嘘界が端末を操作すると確かに、炊飯器の形をした何かがそこにはあった。自分のしていることが馬鹿馬鹿しくなってきた嘘界は頭を抑え、狂ったように笑い出す。

 

「……くくっ!ハッハッハっ!あー、桜満集くん。久しぶりにこんなに笑いましたよ」

「どうも」

「出来れば私の直属の部下になって貰いたいくらいだ」

 

 集はお断りします、と答えると視線を嘘界に戻した。

 

「それは残念だ」

「はあ」

「ところで、桜満集くん。ここのご飯は美味くないよ?あのソフト麺ってやつを、僕は給食以来初めて食べました。これからはその辺のことをよーく考えて話したまえ」

 

 脅迫なのだろうか、嘘界はここの食べ物の話題を出してきた。しかし、舐めてもらわれては困ると集は内心思う。最近でこそ食にかける費用が多くなったが、それまではおひとり様二パックの卵、おひとり様五袋までのもやしなど集は食費を削って生きてきていたのである。

 米を食べられないのは遺憾だが、きちんとした食事が出るのは集にとってはとても有難いことなのである。それに───

 

「───何を言ってるんです?ソフト麺、美味しいじゃないですか」

「……人それぞれなんですね」

 

 苦笑いで返された集は、胃に収まればすべて同じですからと言った。

 

 

 

 

 

「───と、黙秘しており」

 

 嘘界はこのことを上層部にはなしていた。

 

「……明らかに余計なことを話しいないか?」

「そこはお気になさらずに」

 

 これでは、尋問ではなく世間話だ。

 

「まあ、彼は葬儀社と接触したということは言っていたので黒ではあると思うのですが……葬儀社の一員ではないと思うのですよ!つまり、わかりません!!」

「…………見たまえ、嘘界少佐」

 

 華麗に無視され、そう言われると画面に恙神涯の姿が映った

 

「七分前、さまざまなニュースポータルに一斉送信されたようだ」

 

『明日、葬儀社はGHQ第四隔離施設を襲撃する。抵抗は無駄だ。我々は、必ず同志を救い出す』

「……ほほう、犯行予告ですか」

 

 すると恙神涯と桜満集の話す光景を不意に思い出した。

 

「局長、一つ閃いたのですが───」

 

 その言葉に、局長は大きなため息をついた。

 

 ✧

 

「129、130、131……」

 

 集はステンレス製のベッドで懸垂していた。嘘界からはこの独房の中でなら何をしても構わないと言われているため、集は鍛錬に勤しんでいた。

 なぜか備え付けられていたテレビはつけっぱなしにし、情報収集を行う。

 ちなみに占いのコーナーでの集の運勢は最悪であった。

 

「君」

「ん?」

「それをやめて今すぐ立ち上がりなさい」

「すみません。ちょっと待ってください。あと1時間で終わるので」

「まちません!!」

 

 ちっちぇな、とボヤくと大人しくベットを倒し、テレビを消す集。

 

「どこかに連れていくんですか?」

「状況が変わりました。君に全てを話しておきます」

 

 突然現れた嘘界に、内心驚きながらも平静を装う。

 

「自由にさせてもらえますか?」

「それはないので安心してください。少し、見せるものがあるだけです」

「はあ」

 

 集は相変わらず気のない返事で答えた。

 嘘界に連れられ、外に出ると大勢のGHQの兵士が武装をして立っていた。そのあまりの光景に集の頬が思わず引き攣る。

 

「物々しくてすみません。非常警戒中でして。棟の地下にいるある囚人の警戒を強化しなければならなくなりましてね。詳しい話はまた後で」

「な、なるほど」

 

 巷で噂の葬儀社だろうか。春先だというのに、集は寒気がした。

 

「とにかく、君には見てもらいたいものがあるのですよ」

「はぁ……」

 

 何をそんなに楽しそうにしてるんだろう。集は嘘界を見ると、本気で嫌な顔をした。

 嘘界が、狂気じみた顔を浮かべていたからである。

 

 

 

 施設のような場所に連れてこられた集は辺りを見渡した。集が訊ねるより先に、嘘界がその答えを言う。

 

「───隔離用の病棟です。ここの施設は本来、この病棟のために作られたのですよ。そして、寒川君がどうして君を売ったのか。その理由もここにあります」

「ノーマジーンを使用した際の症状は現れていなかった。谷尋が売人なのは理由があることくらいは何となくわかりますよ」

 

 集の言葉に目を細める嘘界。

 

「君の言う通り、彼は中毒患者ではありません。シュガーはノーマジーンの売人でした。あの日封鎖されていた六本木に行ったのもその取引のために。彼はどうしても金が必要だったのです」

 

 要するに、目の前の光景を見れば一目瞭然というわけなのだろう。

 

「ここは、アポカリプス発症者の治療施設なのです」

 

 先日の菫から聞いたキャンサー患者の実態を聞いて、顔が僅かに強ばる。

 

「……谷尋」

 

 ベッドの横に座っている谷尋。そして、そこに横たわるのは半身が結晶に覆われた少年だった。

 

「───彼の名は寒川潤。谷尋君の弟です」

 

 集は無言で谷尋の弟を見詰めた。

 

「……初めて見ますか?ステージ4以上の発症者を」

 

 ガラス張りの部屋に連れてかれる。集はかつて自分の世界に萬栄していたウィルス、『ガストレアウィルス』を思い出し、眉間に皺を寄せた。

 

「コーヒーはいりますか?」

「いらないです」

 

 そうですか、と言うと嘘界は続ける。

 

「十年前のロストクリスマス以来、この国は狂ってしまった……」

 

 集はそれは元々だ、と言いたくなるのを堪えた。

 集───正確には蓮太郎ではあるが───はかつて仏像彫りに政治家になるように言われていたため、さまざまな人間を見る機会があった。

 その際に人間のどす黒い一面を延々と見せつけられ───この国は狂っていると理解していた。だから、内側ではなく外側から。この腐った世界を変えてやろうと思ったのだ。

 そんな集に気づいていないのか、嘘界は続ける。

 

「しかし我々GHQの尽力のお陰でアポカリプスウイルスを抑え込む事に成功し……世界は一定の秩序を取り戻しました」

 

 それはないだろ、と思う集。

 もし、アポカリプスウィルスを抑え込むことが成功しているのなら被害者はもっと少なく済んでいるし、この世界の秩序はアポカリプスウィルスの研究が進むにつれて取り戻すどころか、狂い出している。もう元に戻ることは無いだろう。

 

「ですが、あの患者達が物語るようにロストクリスマスはまだ終わっていないのです。我々は現在も戦っている。善意を押し売るつもりはありませんが大義ある戦いだと思っています」

「そうですか」

「……だから、私は許せないのです。必死で守ろうとしている秩序を乱そうとする葬儀社が」

 

 急に熱弁し始めた嘘界を睨めつけながら首を傾げる。

 

「桜満君私には分からない。なぜ君のような賢い少年が彼らに手を貸し、我々の『善意』を踏みにじろうとするのか?」

「……善意、だと?」

 

 脳裏に蘇るのは六本木の記憶。その『善意』とやらで殺されそうになっていたのだ。いや、もしかしたら集か知らないところでもう既に───

 

「……六本木の件。人が殺されそうになってたんですよ。あんたらGHQに」

「フォートの住民達は非登録民です。定期的なワクチン接種も拒んでいる。いわば感染の温床だ」

「それなら、人を殺してもいいっていうのか?」

 

 納得がいかない、と言わんばかりに集は嘘界を睨む。

 

「我々の兵士も殺されました。彼らも故郷のある身です、異国の地で死にたくなかったと思いませんか?」

「……」

 

 言葉も出ないとはこのことを言うのだろうか。

 

「なら、私にも聞かせて欲しい!あなたは恙神涯を救世主だと思っているようですが……ならばなぜ!市民を大量虐殺した犯人を解放させようとするのですか!?」

「大量虐殺をした犯人を解放、だと?」

 

 何も知らない集はその言葉を反芻した。

 

「実は昨日葬儀社から『同志』を奪還するという声明が発表されました」

「同士?」

「木戸 研二、あのスカイツリー爆破事件の犯人です。GHQの本部が置かれたという理由で周辺住民もろとも虐殺した事件───葬儀社はその犯人を力尽くで奪うと言ってきたのです。こんな爆破魔を助けようとする男が正しいと心から言えますか?」

「前にも話しました。僕は葬儀社とはなんの関わりもない」

 

 そう言う集に嘘界は口角を上げる。

 

「そこで桜満君。一つお願いが」

 

 そう言ってガラス張りの机に置かれるのは3色のボタンが取り付けられたボールペン。

 

「これは発信機です。恙神涯と一緒の時『青・青・赤』の順に押して下さい。それで彼には相応しい罰が下るでしょう。どこに居ようとね」

「……」

 

 集がそれを受け取ろうか否か迷っていたその時だった。

 

「……楪いのりさん、でしたかな」

「……ッ」

「有名なアーティストのようですね。もし、君が拒むなら彼女にお願いを……!?」

 

 ───気配が変わる。殺意が形を持ったらこんな形をしているのではないだろうか。

 安いアルミ製のものでは無い、電子ロック型の手錠を腕にはめられていたというのに、集はそれを如何なる手段で破壊。自由になった両の手で嘘界の襟を掴み上げていた。

 隠れた前髪から紅蓮に染った両瞳が覗く。

 そこで嘘界はほう、と呟いた。

 

 ───十代半ばの少年が、()()()()()()()()()()()()()

 

「───俺は構わない。そこら辺に晒し首にしてもいい。だけどな……楪いのりは、関係ない」

 

 嘘界を締め上げ、持ち上げていく。

 

「……今度その話題を出してみろ。貴様を、今この場で、殺す。楽には死なせんぞ」

「……へぇ、それは楽しみだ」

 

 嘘界は嬉しそうに笑う。集は嘘界の襟から手を離すと、机に置かれたボールペンを拾い上げる。

 

「いのりさんに渡すくらいなら、こいつは俺がもらっておく」

「賢明な判断です」

 

 その時、背後の扉が開き一人の兵士が集に呼びかけた。

 

「出ろ、弁護士の接見だ」

「……」

「お前!電子ロックの手錠を壊したのか!?来い!!」

 

 集はなされるがまま兵士に連れていかれた。

 その場に残された嘘界は窓の外を見つめながら、口を三日月状に歪める。

 

「───あの瞳、間違いない。彼はあの時の男と同じ……」

 

 赤いフードの男。東京を揺るがした大犯罪者。

 その男の名前は───《Scrooge(スクルージ)

 

 

 ✧

 

 

 面会室の椅子に座らせられ再び、手錠をされる集。集は窓ガラスの向こう側にいる男を見て目を丸くした。

 

「私が君のお母さんの依頼を受けて君の弁護を担当するメイスンだ」

「……は?」

 

 素っ頓狂な声が出る。

 その男は付け髭を付け伊達眼鏡をかけ、長金髪を後ろで結んでいた。

 集が牢屋に叩き込まれた元々の原因───涯がいた。

 

「早速始めましょうか」

「おい待て」

 

 集に向けて愛想笑いを浮かべる。集はそんな涯に寒気を覚えた。

 

「もう話しても大丈夫かな?」

 

 数秒の間を置いて、急に涯は従来の目付きに戻った。

 

「よし、全員スタンバイ開始」

 

 涯は付け髭と伊達眼鏡を外し足を組み、集を見て嘲笑った。

 

「いいザマだな」

「本当にな。お前達のせいでこんなザマだ。出たら覚悟しておけよ」

 

 涯が眉を上げる。

 

「今回の任務は城戸研二を脱出させることだ。お前はその序でな」

「この左腕の『王の力』はお前らにはなくてはならないもんだろ。序は建前、俺と城戸、両方の脱出。それが本当の任務だ」

「わかっているならそれでいい。これから大雲達が襲撃をかける。お前はここを出たら直ちに地下独房の城戸と合流し奴のヴォイドを取り出せ」

「脱出させてくれることだけは感謝する。これ動きにくいんだ」

 

 集が言うと、辺りが暗闇と化して、警告音が鳴る。

 

「───作戦を開始する」

 

 ミサイルの爆発音が遠くの方から聞こえてくる。

 集は再び電子ロック型の手錠を破壊、腕から毟り取ると、首をぐるりと回した。

 鉄格子の扉に手をかけようとしたその時だった。

 

『集!』

「……いのりさん?」

 

 涯の通信機からいのりの声が聞こえてきた。

 

『待ってて、今行くから』

「待機だと命令したはずだ!どうしてお前が!!」

 

 いのりは涯のその言葉に聞く耳持たず、通信を切る。

 集は怒りに腕を震わす涯を見ながら嘲笑った。



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【episode07】

 いのりがここに来ると分かってからの集の行動は早かった。

 外で待機していたGHQの兵士の顔面を掴み、壁に叩きつけるとその服を奪う。

 制服ならまだしも、こんな動きにくい格好で動くのは流石の集も遠慮しておきたかった。

 白い軍服を身にまとった集は地面に投げられた銃を拾い上げると、走り始めた。

 

「……いのりさん話聞いてくれよ。死なない程度って言ったよな」

 

 走りながら悪態をつく。慣れないアサルトライフルを持っているためか、走る速度がやや落ちる。

 数分ほど走り、角を曲がるとエンドレイヴ───ゴーチェと出くわす。

 

『そこの囚監者!!止まれ!!』

 

 ゴーチェの股を通り抜けてから脚に掴まると、脚関節部分まで移動。集は至近距離でアサルトライフルを発射した。連続で放たれる銃弾にゴーチェは苦悶の声を上げる。

 

「うるせえッ!邪魔なんだよッ!!」

 

 実は兵士の服を奪った時から義眼を解放していた集。本当ならば目と脳に凄まじい負荷がかかるために使用は控えているのだが、悠長にしていられないためそうも言っていられなかった。

 態勢の崩れたゴーチェの腹に飛び乗り、跳躍する。

 

「天童式戦闘術二の型十一番。隠禅・哭汀!」

 

 繰り出されるのはオーバーヘッドキックの一撃。

 改造された靴ではなく、しかも破壊力も義肢内部のカートリッジによる加速と火力がないために威力は落ちる勢いと高さによる攻撃。しかし、薄い装甲に加えた衝撃で破壊できる確信はあった。

 耳障りな断末魔と共に義眼を解除する集。数秒休んでから再び、義眼を解放した。眼球に凄まじい激痛が走る。目に直接電流を流し込んで、かつての演算能力を得ているのだ。

 左目を抑えながら、アサルトライフルを構える。

 そして、集に迫る新型のエンドレイヴ───シュタイナー。

 

 ───どこからでも来い。

 

 そう身構えたが、シュタイナーから返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

『……あんた、今何したの?』

「……なんだ葬儀社の女か」

 

 葬儀社の聞き覚えのある声に集はアサルトライフルを下ろした。

 そして、シュタイナーは集に近づくと指を向ける。

 

『……そうだ!あんたいのりになにしたの!!』

「あ?」

『いのりが涯の命令を無視するはずないでしょ!!おかげで作戦が滅茶苦茶よ!!』

「……んな俺が一番知りたいようなこと、知るわけねえだろ」

『ああ!もう、話は後々聞かせてもらうからね!!乗りなさい!!』

 

 その言葉に集は頷くと、シュタイナーの肩に飛び乗った。

 凄まじい速度を出しながら移動するシュタイナーの肩に捕まりながら集は言った。

 

「前方から敵影!数は二!!大きさ的にエンドレイヴだ!!」

『はあ!?そんなわけ───って嘘ォ!?』

「戦闘開始だ!これより対象を排除する!!」

 

 急接近するシュタイナーとゴーチェ。衝突する寸前に、集はゴーチェの頭部に飛び移った。弾切れしてないかと一瞬で確認すると、集はゴーチェの頭部に容赦なく引き金を引く。

 

『グ!?ギャァァァァ!!?』

 

 エンドレイヴ、正式名称を内骨格型遠隔操縦式装甲車両(Endoskeleton remote slave armor)といい、内骨格にいくつかのモーターや電動、バッテリーをマウントし、走行機能を持ったアームロボットのような設計となっている。

 アポカリプスウィルス研究の副産物として生まれた『ゲノムレゾナンス伝送技術』によってオペレータはほぼ無限でエンドレイヴに意志を伝えることが可能。だが、遠隔操作方式ではある物の機体に破損があった時、逆流信号が発生しオペレータにダメージを及ぼすという問題点もある。つまり、痛みを機械と共有しているのだ。

 頭部にアサルトライフルが乱射される痛みなど知らない集は心の中で南無、と呟きながらゴーチェから離れる。

 2体目に攻撃をしようとしたが、シュタイナーが既にもう片方のゴーチェを倒してしまっていた。

 再び、シュタイナーの肩に飛び乗り、行動を共にする集。しばらくすると開けた場所にやって来た。

 

 ───嫌な予感がする。

 

 集は冷や汗を垂らす。すると、罠にかかったらしく集とシュタイナーは大量のゴーチェに囲まれた。集はおもわずシュタイナーの頭部を殴りつけた。

 

『何!?』

「なんで俺を紛争地帯みたいな所に連れてきたッ?!」

『知らないわよ!ちっ、邪魔!』

「はッ!?あ、おいッ!!」

 

 ガストレアの群れよりかは幾分かマシな単眼が集を睨む。

 鉄のにおいが鼻を刺し、集は背筋に冷たいものを感じながらアサルトライフルを発砲する。

 地面を滑りながらゴーチェを誘導、発砲していく。しかし、途中で弾切れが起きたため、集はアサルトライフルを横に投げて地面に転がり込む。

 

 その時だった。爆発音とともに連絡橋が落ちてきた。

 

「馬鹿、殺す気かッ!?」

 

 その場を回避、斜め上を向くと涯がロケットランチャー片手にこちらを見下ろしていた。

 

「んー!んー!」

 

 噴水の所で瓦礫のようにボロボロになってもがいている人間がいた。

 集は涯の意図を理解すると、腕を捲り城戸の元に走り出した。

 

「貰うぞ───お前の魂!」

 

 城戸の胸元が光り、集はそれを一気に引き抜いた。

 現れるのはXDよりも一回り大きな拳銃。集はその銃口を睨むと、向かって来るゴーチェに向けて放った。

 

「───当たれ!」

 

 子気味のいい音を立てながら、シャボン玉が生まれ、音を立てながら上へ上昇していく。

 

「……重力操作、か?」

 

 集は静かに瞳を開いた。

 猛烈な勢いで駆け出した集の足元に銃弾による阻害攻撃がされるが、物陰に隠れることなくゴーチェに突っ込んでいく。

 走りながら城戸の銃で射撃。無力化を確認する。

 射撃してくるゴーチェの縦断をかいくぐり跳躍すると、飛び膝蹴りでゴーチェの顔貌を叩き潰してから、首元に取り付けられたコードを強引に引きちぎる。パイロットの悲鳴が耳を聾する。

 猛烈な駆動音と共に振り返った集は咄嗟に転がって避けると、たった今集がいた位置を轢殺せんと唸りを上げてゴーチェが通過。

 さらにそのゴーチェの肩には重機関銃が取り付けられていた。

 耳を聾する爆音と共に重機関銃が火を噴く。

 重機関銃が集を捉えるより速く、集はゴーチェの肩に着地。重機関銃を横に蹴飛ばし、ゴーチェの頭に大量の弾丸を叩き込んだ。

 コントロールを失ったゴーチェたちは鉄屑へと姿を変えていく。

 

 集は死屍累々になった敵陣地ど真ん中に立ち尽くしていた。

 辺りは肌を焙る火炎と硝煙の匂いがたちこめている。

 既に敵の姿はどこにもない。

 もう終わったのだろうかと訝った時、肩口を何かが通過。撃たれたと思った時には膝をつき傷口を押さえていた。

 

 集は角から新たにやって来たエンドレイヴを睨む。

 

「狙撃型か!」

 

 義眼に仕込まれた距離計が敵を捕捉。

 距離は───三百メートル。遠すぎて肉眼では敵が視認できない上に、炎のせいでゆらゆら視界が揺れる。射撃条件としては最悪。

 ここは身を潜めながら間を詰めるのが定石だろう。と、集が物陰に身を潜めようとしたその時だった。

 

「集───!!」

「……いのりさん!?」

 

 叫んだ時には遅かった。高高度から、いのりが落下していくのが見えた。

 重力法則に従い落下の起動を描くいのりの姿が徐々に近づいていくのを見て、集は悲鳴を上げそうになった。

 

「間に合えぇぇぇえ!!」

 

 銃口から先程までのものまでとは比べ物にならないほどの大きななシャボン玉が、集やシュタイナー、ゴーチェをも包み、広場の噴水の水も巨大な水滴となり、持ち上げた。

 集はその巨大な水滴に飛び乗り、階段を上がるようにいのりに近づいていった。

 いのりがシャボン玉の中に入る。その途端に重力操作を受けて減速し、ゆっくりと空中降下を始めた。

 

「集!」

 

 いのりは集が上がってきたのを見て、喜びの表情を浮かべた。

 そんないのりの頭を集は思いっきり叩く。

 

「……痛い」

「この……アホッ!ヴォイドの力があったからよかったものの死んだらどうするつもりだ!」

「……でも」

「でももクソもない!二度とこんな真似はしないでくれ!!」

 

 集はいのりの目を見つめる。そして、いのりの瞳を数秒見つめてから諦めたように息を吐いた。

 

「本来なら言いたい事は山ほどあるが、それはこの状況を切り抜けてからだ」

「うんいいよ、私を……使って……!」

「……借りるぞ。お前の魂!」

 

 腕を引き抜くと、巨大な剣が集の左手に収まっていた。

 集は残像を残しながら嘘界に接近、剣の刃先を嘘界の首筋に突きつけた。

 

「今何をしようとした」

「芸術の邪魔をしようとしていたので排除ですよ排除」

 

 嘘界は何も思っていないかのように、いのりの剣と、集の周りに浮いている銀色の輝きを見つめている。

 

「……なにが異国の地で死にたくないだろうに、だ。あんたが殺してんじゃねえか」

「そうですか」

「俺にはあんたらの考え方も葬儀社の考え方も合わないみたいだな。だから、俺は俺の正義を貫き通す。邪魔をするなら……殺すぞ」

 

 集の姿が再び掻き消える。

 その瞬間、ゴーチェたちの四肢が切断され阿鼻叫喚と化した。

 

「ああ!素晴らしい!なんて美しい光なんだ!素晴らしきかな人生!ハレルヤ!」

 

 嘘界の言葉が響いた。

 

 ✧

 

 気絶したいのりを抱きかかえ、城戸を引き摺る。一見、シュールな光景だが気にすることを放棄した。

 出口に到達すると、集に向けて一斉にライトが浴びせられた。あまりの眩しさに思わず目を細くする。

 

「……お前らの目的の城戸ならここにいるぞ」

 

 紐を近くに落ちていたガラスの破片で切断し、持ってけというように親指で指を指す。

 

「そうか。綾瀬、回収しろ」

『は、はい!』

 

 シュタイナーは城戸をつまみ上げると、葬儀社が乗ってきたであろう船の中に慎重に運び込んだ。

 

「さて、桜満集」

「なんだよ」

「お前はどうする」

 

 集は足のあたりがムズムズして、見下ろす涯を蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られた。

 

「俺は普段の日常に戻りたいが……今回の件でそれは困難なことが分かった。やむを得ん。お前に着いていく。恙神涯」

「……そうか、ならこいつを持て」

 

 涯はそう言って集に紙袋に包まれた何かを投げ渡した。それを破って開くと、集のXD拳銃が入っていた。集は無言で懐に放り込むと、涯の後ろに続くのだった。



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【episode08】

 あまりの薄暗さに集は、つい最近まで通い詰めていた室戸菫の部屋を思い出していた。最もここには死体も転がっていなければ、腐乱臭もしない。しかし、何度もその幻影を見てしまうのは見慣れてしまったからか。

 集は目頭を抑えながら、涯の後ろを歩く。

 何個もあるセキュリティを通過すると、集たちは開けた場所に出た。沢山機材が並べられており、近代的な雰囲気を醸し出している。

 涯は周囲を一望できるところまで歩くと、叫んだ。

 

「それでは、改めて紹介しよう!」

 

 内心しなくていい、と呟きながら集は涯の後ろに立つ。

 

「桜満集、ヴォイドゲノムの持ち主だ。今後は集を作戦の中核に据えていく」

 

 ザワザワと喚き出す葬儀社のメンバー。

 集は当たり前だろう、と目を細くしながら葬儀社のメンバーを見下ろした。見ず知らずの、しかもただの高校生が作戦の中核に据えられるとか言われれば、誰であろうと戸惑うだろう。

 集はそんな葬儀社たちに同情した。

 

「この桜満集の加入と城戸研二の獲得により、我々葬儀社の当面の最大目標であった『ルーカサイト攻略』が可能になった」

 

 叫ぶと同時に大きいディスプレイに大量の文字列が現れる。

 

「これが作戦案だ。状況に応じて、パターンが145通りに分岐する。全員、実行までにこれを全て頭に入れろ」

 

 集はディスプレイに映された文字羅列を眺めてから小さく息を吐いた。

 いのりの一件以降、書類などに目を通すようにはなったが人間の本質はそう簡単に変わるものでは無い。集は欠伸を噛み殺しながら、次の言葉を待つ。

 

「時間は?」

「3日だ。それができないなら参加するな」

「……嘘だろおい」

 

 集は思ったことを口にしてしまい、涯に睨まれる。

 視線を逸らしながら、集は空を見上げた。涯はしばらく集を睨みつけてからその目を離す。

 その時、涯の横に立っていた四分儀がその閉ざされた口を開いた。

 

「隔離施設襲撃のミッションから一日も経っていません。皆の疲労が心配されますが……」

「それは違う。お前達は何をしにここへ来た。ゆっくり寝るためではあるまい!目脂でボヤけた視界で敵の前に出ていくつもりか!」

 

 涯のその言葉に、歓声をあげる葬儀社のメンバー。集は目を剥きながらその光景を一望していた。

 会議が終わった後、涯は一度姿を消してしばらくして車椅子の少女を連れてきた。訝しげな視線を向ける集を無視して、涯は口を開く。

 

「───と、いうわけだ。綾瀬」

「は、はい!」

「こいつは一般人上がりだ。お前が基礎訓練を施してやれ」

 

 集は頬が引き攣るのを感じた。

 集がこの世界に来る前は殺人術である天童式戦闘術初段を獲得し、元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』であった男である。一般人というよりは逸般人と言った方が正しい。銃弾が飛び交う音や血液の匂いは記憶の深くにまで刻まれてしまっている。

 

「私が……ですか?」

「お前がいいというまで鍛えてやれ。いいな?」

 

 涯はそう言って階段を上がり、通路へと消えていく。

 

「えっと……」

 

 集は近づき、綾瀬と呼ばれた少女に話しかける。

 

「僕のことなら放っておいてくれて構いませんよ。車椅子の人に迷惑かけるわけには行きませんし……」

 

 我ながら完璧な心遣いだ、と内心呟く。

 

「あら、優しいのね?桜満君?私は篠宮綾瀬よ。よろしくね?」

 

 綾瀬は集に手を伸ばしてきた。どうやら、握手を求めているらしい。

 

「知ってると思いますけど、桜満集です。しばらくの間よろしくお願いします……」

 

 綾瀬の手を掴もうとしたが、綾瀬は集の腕を掴んだ。綾瀬は車椅子を巧みに操り、集を昏倒させようとする。しかし、集の方が早かった。

 車椅子の車輪を蹴り、昏倒を防ぐ。そして、綾瀬の眉間に銃を突きつけた。

 

「動くな」

「───っ」

 

 息を呑む声が聞こえる。集は眉間に皺を寄せた。

 

「……せっかく人が親切にしてやろうと思ってんのに何なんだお前。お前あれか、車椅子がお前の個性だとでも言いたいのか?」

「……ええそうよ!馬鹿にしないでって言いたかったのよ!」

「はいはい、そうですかそうですか……めんどくせ」

 

 集は綾瀬に突きつけていた銃をしまうと、葬儀社って面倒な奴らしかいねえのかよと呟く。

 

「面倒ってどういう意味!?」

「猫耳然り、お前然り、涯然り。個性があるのは十分だが、個性が強すぎて少しでも長い間つるんでいると疲れる」

「うっさい!兎も角、訓練は受けてもらうからね!!」

「人の話を聞けよエロタイツ」

 

 集の呟きは突然吹いた突風の中に消えていった。

 

 

 

 ✧

 

 

「……にしても」

 

 葬儀社の一室が渡され、ベッドで寝転びながら左手を翳す。

 とある一説によると、本来『王の力』は右腕に宿る力だそうなのだ。

 しかし、集は右腕ではなく左腕に宿った。これは、集がこちらにやってくる前

 ───集の一部である蓮太郎が、ガストレアに右手右脚を喰われたことが由来しているのかそれとも他の何かか。

 

「……先生に聞いてみるか」

 

 集は目を閉じて、軽い睡眠をとった。

 

 

 

「……なさい!……きなさい!」

 

 唐突な怒号に集は辟易としながら目を細かく瞬かせる。

 

「起きなさい!桜満集!!」

 

 無視して布団を被り直したら、集はベッドから引き摺り落とされた。

 

 

 ✧

 

 

「さあ!今から訓練を始めるわよ!もう寝る暇もないからね!覚悟しなさいよ!!」

「寝る暇ねえのかよ。じゃあ覚悟はいらねえな」

「あと一週間後、あんたが葬儀社のメンバーに相応しいかテストする予定なの」

「テスト……うげ、思い出しただけでも吐き気がしそうだ。お前、先生向いてるよ」

 

 皮肉たっぷりで言うと、綾瀬に睨まれる。

 

「何か言ったかしら?」

「……なんでもねえよ」

 

 集はそっぽを向きながら再度大きな欠伸をこぼした。

 

「では、始めていきましょうか?」

 

 最初に連れて来られたのは、薄暗いバーであった。

 きちんと清掃がされておらず、酒瓶が割れたりしているためか酒臭い。

 葬儀社のメンバーたちは唐突にやって来た集の姿を見て、ヒソヒソと話し始めた。集は無視を貫き通した。

 しばらくして、バーカウンターの上に腰掛けていた不良がぶつかりそうな距離まで近付いてきた。

 

「龍泉高校2年、月島アルゴ」

「その顔で同い歳とか無理があるだろおい。ライトノベルの読みすぎだろ」

「そういうお前は見事なまでの不幸顔だな」

「言ったなてめえ。その悪人顔ぶん殴ってプレデターみたいにするぞ」

「やれるもんならやってみな」

 

 アルゴがそう言って投げ渡してきたのは、何の変哲もないサバイバルナイフであった。集がそれを手にした瞬間、唐突に銀色の光が弧を描いて集に襲い掛かる。身体を後ろに倒して、ナイフを避ける。

 

「本当に殺す気でかかってこい」

「いきなりやりやがる奴がよく言うぜ」

 

 集はナイフを右手に持ち替えると、百載無窮の構えをとった。

 

「お前から来いよ」

 

 集がそう言った途端、どっと笑い声がバーを埋め尽くした。

 

「あのね、あんた。アルゴは白兵戦のプロよ?喧嘩とは訳が違うの」

 

 集はそういう綾瀬を横目に腰を低く落とした。

 脳裏に蘇るのは幼い頃の記憶。菊之丞が達人の部屋に蓮太郎を叩き込んで、「明日来る」と言って一週間、達人級の相手と白兵戦をさせらたのだ。今思えば、あれはただの虐待だったんじゃないかと思う。

 

「葬儀社の看板は重いぞ!こんなんでビビんなよ!!」

「いらねえよそんな看板」

 

 アルゴが素早い速度でナイフを突き出してくる。

 集は後方に大きく跳躍、突き出し攻撃を躱す。集を追い詰めるかの如く、アルゴはナイフを振るい、集を攪乱するも集は息一つ乱さず慎重に捌いていく。

 

「避けてばっかりじゃ勝てねえぞ!」

「どう戦おうが俺の自由だろ」

「口だけは随分と、達者だな!」

 

 アルゴがナイフを振り下ろしてくるタイミングと合わせ、集はサバイバルナイフを振り上げた。甲高い金属音が薄暗いバーに鳴り響く。集とアルゴのサバイバルナイフの刀身が砕け、地面に落下する。

 その隙に集はアルゴに接近、アルゴの懐に潜り込む。

 

「天童式戦闘術一の型三番!」

 

 繰り出すのは捻りを加えた一撃。集はアルゴの鳩尾目掛けて繰り出した。

 

「───『轆轤鹿伏鬼』ッ!」

 

 天井すれすれまで打上げられたアルゴの身体をタイミングに合わせて大きく片足を振り上げる。

 

「天童式戦闘術二の型四番───隠禅・上下花迷子(しょうかはなめいし)!」

 

 容赦のない踵落としがアルゴの顔面に炸裂。バーの床に叩きつけられ、木造の床を貫通した。

 

「……終わりでいいのか?」

 

 集の呟きで我に返った綾瀬は桜満集の勝利!と叫んだ。

 

 次の訓練はアサルトライフルを持ってひたすら走るというものだった。重りが詰められたバッグを背負い、目の前を先導するふゅーねるを追いかける形となっている。

 

『うわぁ』

「やれって言ったのはお前だろうが。引くなよ」

『本気でやるとは思わなかったよ……うん』

 

 ツグミのその呟きは集の無線越しでも聞こえた。

 

 

 

「重いかも……」

 

 ミサイルランチャーを集に渡してくる大雲。手渡されたそれを気力で持ち上げる集。

 

「……正直に言う。俺は手頃なこいつでいい」

 

 集は腰のホルスターに収められたXDを叩くとミサイルランチャーを大雲に手渡した。

 

 

 最後の特訓は射撃であった。銃の発射音が連続して射撃場に響く。

 まずはいのりを基本として奥にある的を見る。全弾急所に当ててることに集はギョッとした。

 

「あんたにもこれくらいを目指してもらうから」

 

 射撃は民警のライセンスを取る際に行い、それ以降も何度か使用してきたが、

 射撃よりも格闘戦が多かったために、腕はまちまちだった。

 XDを探すもなかったため手頃なリボルバーを手に取り、的に向けて発砲。慣れない銃に集はため息をついた。

 

「……違う。そうすると反動で腕がやられる」

 

 そばで見ていたいのりは、集の背後に回ると正しいフォームを集にさせる。

 その時、背中当りに女子特有の柔らかい感触。

 集はドキリとしながら発砲する。煩悩まみれで撃った弾が的に当たるなんてことはなく、隣のコンクリを抉った。

 

「煩悩があると、失敗する」

「……あんた、まさかわざとやったのか?」

「わかった?」

「おい、いのりさんなんか言ってくれ……っておいッ。なんで今目を逸らした!?」

 

 集といのりのやり取りを見ていた綾瀬は無言で集の名前の欄に『エロガキ』と記入したのだった。

 その後、その紙を見た集に「あのしっぽアタマめ……!」と叫ばれることになるのはまた別の話。



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【episode09】

「……疲れた」

 

 シャワーを浴び、重たい身体を引き摺りながら集は歩いていた。

 涯について行き、葬儀社に到着してから、既に一週間が経過しようとしていた。

「体力面はまあ……特に問題なしね。ここから一週間は射撃だけをやってなさい」と、さして嬉しくもない報告を綾瀬から受けた集は、げんなりとした顔をしながらと射撃訓練場に張り付いていた。

 XD拳銃は勿論、リボルバーや狙撃銃による急所を狙った射撃も行い、命中率は大分上がってきていた。義眼を発動すれば、百発百中なのも確認済みである。

 

「ほんとに広いよな……ここ」

 

 気がつけば、開けた場所に出た。ロストクリスマスが起こる前はきっと、沢山の社員が訪れここからの景色を楽しんでいたのだろう。残念なことにここから見える景色は瓦礫と無限に広がる闇だけだったが。

 集は背中を柱に預けると、天井を仰いだ。中身が剥き出しになっていて、空洞が空いていた。流石にあそこまで跳躍するのは無理だが、梯子があれば行けるかもしれない。

 そんなことを考えていると、奥の方から歌が聞こえてきた。集は振り返り、声がする方まで歩くと、予想していた人物がいた。

 いのりがふゅーねるを抱えて歌っていた。

 

「……綺麗だ」

 

 静かに呟くと、いのりがこちらを振り向いた。

 

「……、………集?」

 

 いのりは赤い目を何度も瞬かせた。集は片手を上げていのりの元まで歩くと、すぐ横に腰を下ろした。腰のホルスターに収められたXDがカチャリと音を立てる。

 

「……」

「……」

 

無言の沈黙が続く。特に集から話しかけることも無く外の景色を一望していると、いのりはこちらの顔を覗き込んでから怒ったように視線を向けてきた。

 

「どうして、来たの?」

「……どうしてってどういう意味?」

 

 葬儀社に来た理由か、それとも今ここにきた理由か。後者だった場合、たまたまここにたどり着いただけなので、弁明のしようがない。

 

「どうして、涯に着いてきたの?」

「ああ、そっちか」

 

 集はどう答えたものか、と思考を廻らす。

 

「戻ったところで居場所はないから、だな。今、僕は葬儀社の協力者として認知されてるはずだ。だから今は一番安全なここに身を置いている」

 

 不本意だけどな、と苦笑いを浮かべながら続ける。

 

「しかもここは物資が色々揃ってる。光学迷彩やら四〇口径の銃弾やらなにやら。僕……いや、ここでは隠す必要は無いんだったか。俺にとってはありがたいもんばかりだ」

「……戦争でも起こしたいの?」

「いいや。でも、誰かを守るためには必要になるものではある」

 

 集は腰のホルスターからXD拳銃を取り出し、月光に翳す。拳銃が月光を反射して鈍く光った。

 集は思い出したかのように、そういえば、と言うといのりの顔を覗いた。

 

「いのりさん。なら聞くがなんであんたは葬儀社なんかにいる?」

「……どういう意味?」

 

 訳が分からないと言わんばかりに小首をかしげるいのり。

 

「いのりさんなら葬儀社なんて入らず別の道に行くことも出来たはずだ。ネットアーティストじゃなく、本物のアーティストになることが出来ただろうし、こんな血と銃弾が飛び交う戦場に来る必要なんてなかったはずだ。それなのに、なんでいのりさんは葬儀社にいる。一体なぜなんだ?」

 

 いのりは集から顔を背けようとするが、集の眼差しに耐えられなかったのか諦めたようにため息を吐くと言った。

 

「……涯が私に名前をくれたから。涯が私に世界を見せてくれたから。だから───」

「───涯、についていってるということか?」

「うん……」

「……変な事聞いてごめん」

 

 再度沈黙。集はXD拳銃をホルスターに戻すと、窓の外に映る景色を一望した。

 ここは特殊な磁場を発生させるバラニウムの壁に覆われてはいない。しかし、現状はガストレアウィルスが萬栄していたあの世界と大差ない。

 原因がわかりゃいいんだけどな、とボヤいていると隣にいたいのりが集の袖を掴んだ。

 

「……集は」

 

 集は顔をいのりの方に向けて小さく首を傾げた。

 

「集は、いつになったら私のことを名前で呼んでくれるの……?」

「……?いや、呼んでますけど……」

 

 ───もしかして、別の名前があるのか。

 

 と思ったがどうやらそういう訳では無いらしい。いのりは首を左右にふるふると振る。

 

「……言い方を変える。いつになったら私のことを『いのりさん』ではなく『いのり』と呼んでくれるの……?」

「えっと……そう呼んでほしいの?」

「……うん。校条祭のことは『祭』、魂館颯太のことは『颯太』、寒川谷尋のことは『谷尋』。それなのに、私のことは『いのりさん』と呼ぶ」

「いや、だって知り合って間もないし───」

「涯のことだって『恙神涯』じゃなく『涯』と呼ぶ。これは非常に不公平だと思う」

 

 集はそう来たか、と頬をポリポリと掻く。

 

「いや、これは仕方ないというか……じゃあ試しにいのりさんが望んだ通りに呼んでみようか。()()()

 

 沈黙。いのりは違和感を覚えたのか、何度も首を傾げている。

 

「……少し、変な感じがする」

「そうでしょ?無理矢理名前の呼び方を変えようとすると違和感が生まれるんだよね。でも、いのりさんがそう呼んでほしいなら、僕もそう呼ぶように努力するよ」

 

 わかった、といのりが言って再び沈黙が生まれる。集はよっこらせと立ち上がり、いのりを見下ろした。

 

「さて、明日も早いからそろそろ行くよ……あ、それと最後に一つ」

「……なに?」

「いのりさんは今、幸せか?」

「……どういう意味?」

「……ごめん忘れてくれ。じゃあな、また明日」

 

 そうして集はこの場から立ち去った。

 

 

 ✧

 

 

 集が自室の部屋の前にやってくると、見知った後ろ姿が集の目に入る。

 思わずめんどくせぇ奴がいる、と呟き、その声に気づいた綾瀬が振り返り、顔を顰めた。

 

「誰がめんどくさい奴ですって?」

 

 聞こえてたのかよ。と内心呟きながら綾瀬に近づく。

 

「大丈夫かお前。幻聴が聞こえてるぞ」

「誤魔化せると思ってる?」

「それなんて言うか知ってるか?被害妄想って言うんだぜ、篠宮」

 

 集はそう言いながら綾瀬の服装を見下ろして目を剥いた。

 いつもの全然タイツではなく、白いワンピースだったからである。

 

「変態」

「何も言ってないだろ」

「目が体の方向いてた」

「じゃあ日頃の格好を改めやがれこの痴女が」

 

 集は溜息を吐き、本題に入った。

 

「……俺になんか用でもあるのか」

「あんた多重人格者なの?いのりの時と私の時の態度、全然違うじゃない」

「はっ、当たり前だろ。お前はまだ過ごして一週間、いのりさんとはお前より長く過ごしている。信頼度が違うんだよ」

 

 ちなみに昼間は「小生意気な桜満集」を演じているだけであって、多重人格でもなんでもない。綾瀬は舌打ちをすると、手に持ったレポートに目を落とした。

 

「まあいいわ……この際あんたが多重人格者だろうがなんだろうが」

「おい」

 

 おかしいだろというも綾瀬は聞く耳を持たない。

 

「あんた、どこ行ってたの。明日、試験でしょ。早く寝なさいよ」

「……わざわざ確認しに来たのか?」

「別にあんたのためじゃないんだからね」

「うっせえ、わかってる」

 

 集はポケットに手を突っ込み、どう答えたものかと髪を搔き、正直に言うかと心の中で呟くと綾瀬に視線を落とした。

 

「……たまたまいのりさんと会ったから、雑談してたんだよ」

「あらそう。いのりと……いのりと!?」

 

 話しちゃ悪いのかよ、と呟くと綾瀬は顔を真っ青にして集を見た。

 

「よく撃たれなかったわね!?」

「いのりさんは無差別殺人犯じゃねえだろうが」

 

 集は冗談よせよ、と笑いながら言うが綾瀬の真剣な面持ちを見て、冗談だろ?と言う。どうやら冗談でも何でもなく、いのりは本当に人を撃つらしい。

 

「ま、まさか歌を歌っていたりしなかったわよね?」

「……う、歌ってたぞ。『London Bridge』だったかな?」

「そ、それはいのりの十八番ね……本当によく生きてたわね」

 

 話を聞く限り、歌っているのを妨害されるといのりは威嚇射撃をする癖があるらしい。途轍もなく危ないいのりの癖に集はよく撃たれなかったな俺、と呟いた。

 

「集、悪いことは言わないわ。夜のいのりに会うのは今日以降やめにしなさい……いや、まて。集だからいのりは攻撃してこないってことも……ああ。なるほど」

 

 勝手に思考して勝手に理解するのをやめろよ、と内心毒づく。

 

「前言撤回。これから毎晩いのりに会いに行きなさい」

「お前俺に死ねって言ってんのか!?」

「大丈夫よ。よくよく考えたら、涯が夜にいのりに会いに行っても、軽傷で済んでるし」

「結局怪我するんじゃねえかよッ」

 

 集は天井を見上げて、大きなため息を吐いた。

 綾瀬と別れ、自室に戻った集はサイドテーブルに置かれた書類に軽く目を通すと、近くのゴミ箱に投げ捨ててそのまま毛布にくるまった。

 

 

 

 朝になった。

 入団テストしてルーカサイト攻略のシナリオの一部の想定として単身、綾瀬が操るエンドレイヴと対峙する。目的はエンドレイヴの後ろにあるトレーラーへと到達すること。集の方に支給されたのは何の変哲もないただのアサルトライフル。

 集は記入されていた内容と違う、と頬を引き攣らせながらシュタイナーの動画を端末で見ていた。

 

「嘘だろおい」

 

 一言で言い表せば小回りが利く戦車。しかもその速度はスーパーカーに匹敵する。

 今の集には義手義足のカートリッジによる加速は今は持ち合わせていないため、使えない。一応スーパーコンピュータが搭載された義眼による演算もできない訳では無いのだが、タイミングを間違えれば愉快なオブジェの仲間入りだ。そして、菫の解剖室に運ばれるオチまで見えた。

 長らく会っていない菫が手招きをしている幻影を見た。頭を振って雑念を取り払うと、息を大きく吸う。

 

 

 ───義眼、解放。

 

 

 グラフェ・トランジスタ仕様のナノ・コアプロセッサが起動、演算開始。回転するコンタクト部に幾何学的な模様が浮かび上がる。集はもうやけくそだと叫ぶと、立ち上がって軽く頬を張る。

 

「集」

「……いのりさんか、どうした?」

「……えっと」

 

 張り詰めていた空気が一瞬にして壊れた。集は椅子から転げ落ちそうになるのを何とか堪えた。

 

「……なんと言おうとしたんだっけ?」

「……思い出すのを待つよ。ゆっくり考えてくれ」

 

 いのりは目を閉じる。集はいのりの返答を待つ。

 

「……」

「……」

 

 いのりは小首を傾げる。集はいのりの返答を待つ。

 

「……」

「……」

 

 いのりは唸る。集はいのりの返答を待つ。集の意識は半分くらい夢の世界に飛んでいた。

 

「思い出した」

「……やっとですか」

 

 寝落ちしそうだった集は意識を一気に覚醒させた。

 

「集……ふぁい、と」

「…………。あ、うん。頑張るよ」

 

 どうしてたった四文字を忘れてんだこの人は、と内心呟き集は親指を上げた。

 

「それじゃ、いってくるね」

「うん」

 

 集は控え室から出た。

 既に綾瀬が操作するシュタイナーは広場の中央で待機しており、集の姿を確認するなりその声を張った。

 

『あら、遅かったじゃない。逃げ出したかと思ったわ』

「それはこっちのセリフだ。そこがお前の棺桶にならないといいな?」

『言ってくれるじゃない。悪いけど、手加減は一切無しよ』

「望むところだ」

 

 集はアサルトライフルシュタイナーに向け、言い放った。

 

「───不吉を……届けに来たぜ!」

『どこの黒猫だ!あんたは!!』




活動報告にて、アンケート募集中です。期限は10話投稿まで。

よろしくお願いします


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【episode10】

「かっ飛ばせー!!集!!」

「見せもんじゃねえぞ」

 

 可笑しいだろ月島、と叫ぶ集に聞こえねえよと答えるアルゴ。集は溜息を吐くとシュタイナーを睨み上げた。

 

『集、私の銃とアンタのはペイント弾だけれど当たりどころが悪ければ死ぬわよ』

「どんだけ威力強いんだよ」

 

 骨折くらいは覚悟していた。しかし、死ぬとは聞いていない。

 

『死ぬ気でやれってことよ』

「ならそういいやがれコノヤロウッ」

 

 集は額に青筋を浮かべた。ハイハイと呟きながらシュタイナーは集を見下ろした。

 

『覚えているわね、試験の内容』

「覚えてねえよ」

『紙渡したわよね!?』

 

 集は思わず眉間に皺を寄せた。

 

「あのなあ……試験内容違うじゃねえか。俺は対人戦だって聞いてたんだぞ」

『え?……ああ、間違って渡しちゃったのね。それ訂正前の紙だから』

 

 ───落ち度はお前にあるじゃねえか!

 

 堪らずそう叫ぶとシュタイナーはやれやれと首を振る。

 

『……私のシュタイナーを抜いて後ろにある車両に駆け込めたらアンタの勝ち、いいわね?』

 

 集はアサルトライフルを構えると、横にいる四分儀に合図を出すように促す。四分儀は頷くと銃を天井に向けて発砲した。

 乾いた発砲音が響くと同時に、集は動いた。シュタイナーが引き金を引くと同時に弾道を予測。横に転がり込み、柱に隠れる。

 ズガン!と地面を抉る音。そちらを見やると、ペイント弾がコンクリの床を抉っていた。実弾じゃなくても即死レベル。集は頭が痛くなるのを感じた。

 

『隠れていちゃ何も出来ないわよ!』

 

 集はふざけんじゃねえよ、と一人愚痴る。

 あの威力のペイント弾が当たったら王の力を発動していても深手を負うだろう。顔から脂汗が吹き出してくる。

 

 集中力が切れたら愉快な肉塊になる。集は自分にそう言い聞かせると、柱から飛び出した。シュタイナーが再び発砲、集に襲いかかるも、走った勢いをそのままに耐性を僅かに崩して、地面を上滑りする。その際、ズボンが摩擦で焼き切れたが集は無視をした。

 シュタイナーの背後取った集は、地面を蹴り上げ膝裏にタイキック。しかし、ジュモウより頑丈に作られているのかシュナイターは僅かに揺れるだけで、特に目立った変化はなかった。

 

「……理不尽すぎんだろ」

 

 シュタイナーは集の方向を振り向くと、容赦なく腕を振り下ろした。直撃する寸前で右へ転がり込み、何とか今の攻撃を防いだもの、ここから先は持久戦になるのは間違いないだろう。

 

「ッ!!」

 

 銃弾よりも遅いこれを、避けるのにはさほど苦労はないが、意思を持った巨大な鉄の塊が落ちてくるほど恐怖なことは無い。

 

『やるじゃない!』

「やりすぎなんだよ!」

 

 拷問かよッ!と叫びながら大地を駆け抜ける。

 

『あら、一応戦いのセオリーは理解出来ているのね。だけど、それじゃ生きていけないわよ!!』

「うるせえ!そんな事わかってる!!」

 

 集は地面を蹴り上げ、シュタイナーを睨んだ。

 

「……なら!」

『はっ!?』

 

 柱を蹴り上げ、シュタイナーに接近した集は、拳を力一杯に握りしめた。

 

「天童式戦闘術一の型八番!焔火扇!!」

 

 渾身のストレートをシュナイターの頭に叩き込もうとして、避けられる。

 

『遅いわ!!』

 

 人間よりも反応速度がいいのかよ、これは。と毒づきながら集は地面に着地するなり、再び空中へ飛び上がった。この攻撃が通らなかった場合、集は隙だらけになる。だからこの一撃に賭けた。

 天童式戦闘術二の型十一番。オーバーヘッドキックの要領で相手の頭部に大きな一撃を叩き込むことが出来る技の1つ。

 

「隠禅・哭汀!」

 

 シュタイナーの動きが僅かに止まったが、気休め程度で、着地した集を真横に吹き飛ばした。

 

「がっ!?」

 

 直撃はまぬがれたものの、吹っ飛んでいく速度は凄まじく、勢いを殺そうとして床に左手を当てた際には、左手が見るも無残な姿になっていた。

 ズタズタになった左手から血が床に滴る。

 それと同時に、即座に左手の治癒が始まる。ズタズタになった左手が徐々に再生していき、普段と変わらぬ姿になった。

 

『あんた……それ……』

「───さあな。だが、今は感謝しかねえよ」

 

 集は静かに腰を落として、百載無窮の構えを取る。攻防一体。集の身体を二回りも三回りも上回るシュタイナーの図体から見ても、どこも隙が見当たらなかった。

 

 ───どんな攻撃を仕掛けてくる。蹴りか、それとも突進か。

 

 綾瀬の脳裏に様々な思考が過ぎる。

 しかし、集がとった行動は予想とは反しているものだった。

 集は途端に口の片端を上げると、走り始めた。咄嗟のことに対応が遅れたシュタイナーの股の下を集は潜り抜ける。

 

「よし、このまま辿り着け……」

『るわけないでしょうが!!』

「……ないよな」

 

 某機動兵器の戦いを思い出す。旧型と新型じゃ格が違う。シュナイターは集の目論見通り、凄まじい速度で旋回した。

 しかし、これが集の作戦だった。

 

「……ようやく隙を見せたな」

 

 シュナイターは現在片足に重心が傾いている。そのため、少し圧力を加えることで簡単に体勢を崩すことが出来る。

 

「『轆轤鹿伏鬼』ッ!!」

 

 カートリッジによる加速がなければ破壊力もない。が、義眼による計算は可能だ。集はシュタイナーの体勢が崩れる体勢を予め計算し、技を繰り出した。

 轟音を鳴り響かせながら地面に倒れるシュタイナーを横目に、集は目的地である車両に辿り着いた。

 

「……これで、いいんだよな?」

 

 しばらくして、集の周りに拍手が巻き起こった。

 様々な言葉が投げかけられたが、集は疲れ果ててそれどころではなかった。左手の傷は無くなったものの、失った血までは元に戻っていないらしい。

 集は疲れと失血からか、意識が暗転するのを感じた。

 

「───集!?」

 

 意識を失う際に、いのりの顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 ✧

 

「涯さーん!」

 

 乗ってきた車を降りた涯は自分を呼び掛ける声の方向を見る。

 涯は自分を呼び掛ける梟に歩み寄る。

 

「見張りの結果!問題ありません!!」

 

 梟は涯に力強い敬礼をする。

 

「そうか。ご苦労だった」

 

 涯の言葉に梟は嬉しそうに笑う。

 

「…………」

 

 涯は額に脂汗を浮かべ少しふらつく。

 

「涯さんお体の具合でも?」

「……いいや、お前の声で目が覚めた。四分儀の通信で起こされるよりずっとよさそうだ。今後はお前にモーニングコールを頼もうかな……」

「僕はもっと皆さんのためになる仕事がしたいんですよー!」

 

 梟はむっとなって言う。

 

「そろそろか……」

 

 涯は空を見上げて呟く。

 

 ───瞬間、二人の上空で太陽光さえ塗りつぶす強力な光が襲った。

 

 光は上空の輸送機を焼き潰し、二人に降りそそいだ。

 

 ✧

 

 

「……知らない、天井、だ」

 

 目が覚めると、知らない場所で寝かされていた。

 億劫がる身体を無視して体を持ち上げると、何十万円もするであろう機材が置かれ、その奥の方にスタジオらしきものが見えた。

 

「……ここは」

「私が曲を考える場所」

 

 集が声の主の方に振り向くと、いのりが座っていた。

 何故だろうか、とても不服そうな顔をしていた。

 集は苦笑いを浮かべながら僅かに距離をとる。

 

「どうして逃げるの?」

「なんとなく、です」

「逃げたら締め落とす。逃げないで」

 

 いのりの恐喝に集は慌てて首を縦に振る。いのりは小さく息を吐くと、集の真横に座り直した。

 

「……集」

「はい、なんでしょう」

 

 冷や汗が背中を伝う。激しくなる鼓動を聞かれないように集は必死で答えた。

 いのりは集の左肩に頭を乗せると小さく言った。

 

「お疲れ様」

「……どうもありがとう」

 

 そして沈黙。何故こうも話が続かないのだろう。

 それにしても、なぜいのりは思考を読むことが出来るのだろうか。疑問だらけである。

 もしかしたらいのりは相手の思考を読み取る力が───

 

「───そんな力、持ってない。それと集。あなたは次に『思考を読むのをやめてくれませんかね……』と言う」

「思考を読むのをやめてくれませんかね……はっ!」

 

 なんてこった、と頭を抱える。

 いのりの読心術がどんどんと鍛えられていっている。早く手を打たなくては。と密かに決意した集であった。実は、集本人がわかりやすいというのも一つの理由ではあるのだが。

 そんな集の思考を読み取ってかいのりは集の脇腹を抓った。

 いってぇ!?という集の叫びを無視して、いのりは顔を上げた。

 

「……ここに運んだのは私」

「そ、そうなんですか……」

 

 いのりは小首を傾げた。

 

「どうしてそこで畏まるの?」

「い、いや……なんだか緊張して……」

「そういう時は深呼吸。吸って吐いて吸って吐いて、だよ?」

「あ、そ、そうだすね」

「そうだす?」

「い、いや……」

 

 集は深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして、疑問に思ったことをいのりにぶつけた。

 

「……それでなんで俺をここに?」

「……えっと……なんだっけ?」

「おいいのりさん?」

 

 集は思わずよろけそうになった。

 いのりはふるふると首を振ると、呟く。

 

「違うの。内容は覚えているの。だけど、どうやって始めればいいのかがわからなくて」

「よし、順を追って話してくれないか?」

 

 集はいのりに向き直って目を見て言った。

 

「えっ……」

「いのりさんは俺に話したいことがある。そうだよな?」

「えっ、まあ、うん」

「その内容は?」

「えっ……」

 

 振り出しに戻った。集は堪らず泣きそうになった。

 

「……何を伝えたかったんだ?」

「えっと……」

 

 何も答えてくれない。集は昨夜のことを思い出しながら疑問を投げかける。

 

「俺がいのりさんを普通に呼ばないことか?」

「それはもう解決した」

 

 どうやら答えることは出来るらしい。集はどんどん質問を投げかける。

 

「あまり育たないとか?」

「任務する時に邪魔。集の変態」

「身長の事なんだけが」

「っ!?」

 

 顔を赤くしてあたふたする。

 何を考えたんだろうか。脳裏をツインテールの明朗快活の幼女が通り過ぎたが、まさかそんな考えをした訳ではあるまい───と、集はその考えを捨てた。

 

「じゃあなんですか……」

「……え、えっと……そ、その……」

「俺は逃げも隠れもしない。ゆっくり話してくれよ」

「……わかった。それじゃあ言うね」

 

 いのりさんは立ち上がって集の目をしっかりと見る。

 

「───私は、集のことが……」

「いのり!大変!!」

 

 集は現実から逃避した。ああ、もう知らねえぞ。天井を仰いで、集は態とらしいため息を吐いた。

 

「……あ、もしかして入らない方がいい感じだった?」

 

 ツグミの顔がだんだん青ざめていく。そして、いのりの負のオーラがどんどん増殖していく。

 集は心の中で般若心経を唱え始めた。

 

「……ツグミ」

「はいっ!」

 

 涯の時には絶対に見せないであろう敬礼と返事。集はもう見てられなかった。

 

「前、ノックしてって言ったよね……?」

「え、言ったっけ……?」

「言ったよね……?」

「は、はいっ!」

 

 ───反論は、許されない。

 

「しゅ、集……」

 

 ツグミが目をウルウルさせながらこちらを見る。集は親指を立てながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「諦めろ」

 

 こう言うしかなかった。

 この後に何が起きたかは集は知らない。知りたくもなかった。

 

 

 ✧

 

 

「涯が死にかけた?死にかけるくらいならいっその事死ねよ」

「その死ねと言っている相手はあんたのリーダーよ」

 

 ツグミが急いでここに来たのは涯が死にかけていたことが原因だったらしい。

 死ねよと言った集はない半分冗談、半分本音である。

 

「……何があったんだよ」

「ポイントデルタにルーカサイトが発射されたんです」

 

 四分儀が俺集に歩み寄りながら言う。

 

「ルーカサイト?」

「対地攻撃衛星の事です。ルーカサイトは三機の準天頂衛星で構成される衛星コンステーションです。完成すれば24時間死角なしで常に日本上空から任意の目標を撃てるようになる」

 

 記憶に甦るはステージVである『スコーピオン』を倒した時に使用した天の梯子。集は大きなため息を履いた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、別に」

 

 このルーカサイトは大量殺人兵器になるだろう。戦争に使用されれば、大量の人間を一発で吹き飛ばすことは容易なはずだ。

 

『『日本を抹殺する兵器』……まさか、ここまでとはな……』

「涯!!」

 

 中央モニターに涯が映し出される。頭からは血が流れ、息も荒い。

 集を除く葬儀社の一員は中央モニターに群がる。

 

「涯!その怪我は大丈夫なの!?」

『……かすり傷だ。だが増援は全滅、補給物資も回収不能だ…………もう一刻の猶予も無い……俺が帰り次第、作戦を開始する』

 

 集は目を細めた。

 

「……こんなクズについていけるのか。この葬儀社は」

 

 増援部隊の全滅、という涯の言葉になんの感情を感じられなかった集は静かにそう呟いた。

 



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【episode11】

【訂正:2019/08/04】


「……クソがッ!」

 

 集は誰も聞こえなくらい小さな声で呟いた。

 涯の言い放った言葉が集の琴線に触れたのである。血が出んばかりに歯を食いしばると、涯を映すモニターを睨みつける。

 

「死んだら終わりってことか……?ふざけんじゃねえぞ……!!」

 

 左手で壁を殴りつける。肉が裂け、止まっていた血が吹き出したが痛みはなかった。怒りが痛みを上回っているからか。

 だが今はそんなことはどうでもよかった。集はモニターを睨みつけたまま、吐き捨てるように言う。

 

「覚悟しておけ、その顔が変形するまでぶん殴ってやるからな……!!」

 

 集は血が滴る左手を強く握りながら歩き始める。

 

 ───その時、集は気づかなかった。

 

「……集?」

 

 いのりがずっと集を見ていることに。

 

 

 

 

 

 

 補給部隊を壊滅させられてから数時間後、集たちはトラックによって目的地へと向かっていた。

 

「……ちょっといつまでそんな顔してるのよ」

 

 眼球運動のみで綾瀬を見やる。集はため息を着きながら移り変わる景色を傍観する。

 

「返事くらいしなさいよ」

「……黙っててくれないか。殺してやりたくなる」

「ッ!あんたねえ!!」

 

 いつも通りの他愛ない会話。しかし、楽しいとは微塵も感じられなかった。

 集は冷めた目を綾瀬に向けると、もう一度黙っててくれと言う。

 同時に、支給されていた水を一気に飲み干す。ひんやりとした冷たい液体が喉を伝って胃に収まる。空腹感はなかったが、微量の満腹感を得た。

 そんな集の行動を見てか、綾瀬は罰の悪そうな顔をする。

 

「……気にしている暇なんてないのよ。私たちは───」

「……ッ!」

 

 思わず綾瀬を睨みつける。しかし、綾瀬はそんな集の表情の変化に気づいていないのか、そのまま言葉を続けた。

 

「……私たちには止まっている暇なんてないの。死んだ人達のために……涙を流す暇なんてないのよ……」

「……わかってる。わかってるさ、それくらい」

 

 ───これはテロ。正義でも何も無い。犠牲という代償は必要不可欠になってくる。

 しかし、集は非情に離れなかった。

 あの感情の感じられなかった『壊滅』という二文字を思い出す度に。

 かつての出来事が鮮明に脳裏をよぎるのだ。

 

 

 ───助けられなかった少女達。

 

 ───見捨ててしまった人達。

 

 ───助けられたかもしれないのに助けられなかった少女達。

 

 

 思い出す度に激しい頭痛に見舞われ、急な吐き気が襲ってくるが、心臓の部分を押さえつけてなんとか抑え込む。そして、自分にこう言い聞かせるのだ。

 これは未来永劫背負っていく十字架なのだと。永遠に償っていく罪だと。あの時感じた絶望を絶対には忘れてはならないと。

 冷や汗を垂らしながら急に黙り込む集を心配してか、綾瀬は何度か呼び掛けるが返事がない。聞こえない声でずっと上言を言っているだけだ。

 そんな集を現実に引き戻したのは城戸研二の一言だった。

 研二は一欠伸してから、呟いた。

 

「ばっかみたい……仲間ごっこ如きに真剣になっちゃって」

 

 集は視線を外から研二へと向けた。綾瀬は研二を紹介しようと集の肩を掴んだが、その手は直ぐに叩かれる。

 集は立ち上がり、研二の元まで行くと───

 

「……ってあんた!」

 

 ───集は研二の襟首を掴み上げていた。

 鬼のような形相になった集は、怒鳴り、喚き散らしながら、研二を壁に叩きつけた。

 

「……今なんて言った!」

「言葉通りに決まってるじゃん。全く……人が一人死んだくらいで何言ってんだか……グフゥ!?」

 

 研二が途端に身体をくの字に曲げた。綾瀬が集の方に視線を向けると、拳を握り締めたまま、無表情でその場で蹲る研二を睨む集が佇んでいた。

 咳き込む研二に、集は研二の水を頭からぶちまける。蹲り、集を睨みつける研二は唾を撒き散らしながら、集を再度煽る。

 

「……口が使えないから暴力でってこと?」

 

 その言葉の返答は集の膝蹴りだった。眉間に集の膝が炸裂し、鮮血が舞う。

 集は眉一つ動かさず、ゆっくり口を開いた。

 

「……ああ、そうだ。人ってのは言葉言葉じゃ分かり合えない。戦わなきゃ、分かり合えない」

 

 研二の右腕を掴み、腕を振り上げる。

 

「俺達はテロリストだ。だったらテロリストはテロリストらしく───」

 

 研二の肘関節に振り下ろした一撃が決まる。鈍い音が鳴り響き、研二は声にならない悲鳴をあげた。集は

 

「実力行使だ。なに、心配しなくてもいい。その減らず口を塞いでやっただけだ。殺しはしない」

 

 集は城戸を天井に向けて投げ飛ばす。重力に従って床に落下した研二は想定外の痛さに悶絶した。その研二の背中をブーツの裏で踏みつける。

 

「城戸研二。さっきの言葉を訂正しろ。すみませんでした、たった8文字だ」

 

 集は研二の髪を掴んで持ち上げ、勢いをつけて床に顔面を叩きつけた。

 研二の鼻が折れ、鼻血が吹き出す。

 一方的な蹂躙。圧倒的暴力。少しも満たされず、少しも気分は晴れない。

 だが今は、これが一番いい。

 罪悪感もない。背徳感もない。嗚呼、今この瞬間だけは罪から開放された気分だ。

 

「早く言え。すみませんでした、って。幼稚園生のクソガキでもわかる言葉だぞ」

「ぐっ!ぐぅ!!」

「何を言ってるかわかんねえよ」

 

 もう一度、顔を床に叩きつける。

 

「ぐはっ!」

「ぐはっ、じゃわからねえよ。日本人なら日本人らしく日本語喋れ」

 

 腰のホルスターからXD拳銃を取り出し、研二の頭蓋に照準を合わせる。この距離なら外すことは無いだろう。

 このまま引き金を引けば、研二は死ぬ。もう元には戻れないだろう。だが、こういう輩は殺さないと世界の癌になる。殺さなくては。屠らなくては。蹂躙しなくては。地獄の底に突き飛ばして、永遠に懺悔させなくては───

 

「やめなさい!」

 

 そんな集の意識を現実に引き戻したのは綾瀬だった。

 集は引き金にかけた指を離し、薬莢を排出させた。地面に倒れる研二の腹を蹴り飛ばし、集は自分の元いた場所へと戻る。

 

「やりすぎよ!城戸は大事な戦力でしょうが!」

 

 集は視線を再び外に写すと、返答する。

 

「だからなんだってんだ?本作戦は俺が城戸研二からヴォイドを取り出せばいい。それだけだろ」

「そ、そうだけど……もし研二に何かあったら」

「失明はさせてない。生きてはいる。なら、こいつはヴォイドとして起動する」

「で、でも」

「諄いぞ。エンドレイヴでも白兵戦でも俺に勝てない輩が口答えするんじゃねえよ。お前もこいつと同じ目に遭わせるぞ」

 

 綾瀬を有無を言わせぬように黙らせる。

 今は森林の中を走っているようだが、霧がかかっていてよく見えない。今の集の感情をそのまま映し出したかのような風景だった。

 

 

 

 

「───今回の作戦目標は月の瀬ダムの底、ルーカサイトのコントロール施設だ」

 

 メンバー達をテント内のベンチに座らせ涯は説明をする。

 集はベンチに座らずテントの骨組みの部分に寄りかかって腕を組み、涯の様子を伺っている。

 

「ここの最深部に潜入しコントロールコアを停止させる。 ツグミ 」

 

 ツグミは一返事すると、キーボードの上で指を恐ろしい速度で叩く。すると、ホログラムに宇宙空間に存在する衛星の映像が現れた。

 

「これがルーカサイトだよ。これは地上からの量子暗号システムでコントロールされてるの。で ダムの地下200mが……はい、ドーン!」

 

 映像が切り替わり、透明なケースの中に発光する球体が浮いた物体が映し出される。

 

「これがそのコントロール装置よ。コアは超電導のフロートゲージに浮遊する形で格納されてて、物理的な刺激を受けると自閉モードに切り替わっちゃうの。こうなったらもうお手上げよ。外部からの操作を一切受け付けなくなっちゃうの」

 

 おまけに。とツグミは続ける。

 

「ルーカサイトはネットワークからは切り離されてて、ここのコントロールルームからしか命令を受け付けないの。つまり、破壊する事もハッキングする事も出来ないってこと……」

 

 ツグミはお手上げという感じで両手を上げる。

 

「だから停止信号を送るには、コントロールコアを触れずに操作するしかないのよ」

「つまりこの作戦の鍵は鍵となるのは、集の王の能力と、研二の重力操作のヴォイドだ」

 

 ベンチから離れた場所で立つ集と、応急処置を施された研二を交互に涯は見やる。

 

「現在、3つ目の衛星は軌道遷移中。それが終わったらコントロールコアは封印されちゃうわ。そうなったらもう手出しは出来なくなるの」

「ルーカサイトが完成すれば、日本から出ようとするものは全て撃ち落とされる『檻』が完成する。止られるのは今だけだ」

 

 メンバー達からやってやるという声があちらこちらから上がる。

 

「人員が足りません」

 

 大雲が手を上げる。

 

「分かっている。ツグミ」

 

 涯はツグミにメモリを渡し、スクリーンに中のファイルを表示させた。

 

「これが作戦案だ。各自で共有しろ」

「損害予測が5%から35%に跳ね上がってる……!」

「3人に1人は犠牲になるって事か……」

 

 アルゴの呟きで頭に血が上るのを感じた。

 

「今止めなくてはいずれ国中に被害が及ぶ。俺達が食い止めるほか無い」

 

 涯の言葉に集は小さく笑い始めた。

 

「……何がおかしい?」

「くく、俺たち、だと?笑わせるなよ。俺はこの作戦には参加しない」

 

 周囲がどよめき始める。涯は一瞬目を丸くしてから集を睨みつけた。

 

「怖気付いたか?」

「そう思いたきゃそう思っていればいい。だが、無様に死体を増やす作戦に俺を巻き込むんじゃねえよッ」

「集!テメェ!!」

 

 アルゴが立ち上がり、集にズカズカと近寄ってくる。

 そのアルゴの鳩尾向けて、集は拳を捩じ込んだ。

 

「立てよ月島。あの時の再現でもしようぜ」

「くっそ!」

 

 地面に蹲るアルゴを蹴り飛ばそうとする集。その集の動きを涯が止めた。

 

「集!」

「……なんだ、涯」

 

 集は涯を睨みつけた。その目に、僅かな殺意を宿しながら。

 

「命令違反だ!やめろ!!」

「俺はてめぇの優秀な兵士でもなければ、操り人形でもねえんだよッ!!」

 

 集はそう吐き捨てると、テントを後にした。

 森の奥まで進むに連れて、霧が濃くなっていく。視界が制限されていく中、後ろから僅かな気配を感じ取った。

 集は顔を後方に向け、その人物を呼んだ。

 

「……いのりさん。涯の所にいなくていいのか?」

「……気づいて、いたの?」

「そりゃあな……」

 

 驚いた、と言わんばかりに目を丸くするいのりに集は瞑目する。

 ガストレアとの戦いで、この世界の人間より僅かに第六感が発達していた集は、人間程度の追跡ならすぐに勘づくことが出来る。

 

「……あとで、個々の端末に情報を送るって。涯が言ってた」

「……そうか」

 

 また涯かよ、という言葉が喉まで出かけたが、その言葉をぐっと飲み込んだ。

 

「……大丈夫だ、さっきは頭に血が上って言い過ぎたけど後で月島や涯には謝る。だから安心してくれ」

「集……」

 

 自分でもわかるくらい無表情で言い放つ集をいのりはどう思っているだろうか。気づけば、集は言葉を続けていた。

 

「───涯の言う通りだ。戦いに犠牲は付き物。そんなことはわかっている」

 

 一泊置いて、集は歯を噛み締める。

 

「あいつは───涯は、人の命のことを何も考えていないのか?涯は人の命など道具みたいにしか考えていないのかッ!?」

 

 涯は指導者として向いているということは理解している。人を導くということなど集には真似出来ないが、涯はそれが出来る。

 だが、人間性はどうだろうか。仲間のことを自分の兵士のように思っているのではないだろうか。都合のいい駒だと思っているのではないだろうか。

 集の目に再び憎悪の炎が揺らぐ。

 

「あいつは……人が死んでも平気なのか?!」

 

 集は近くの岩を殴りつける。肉が割れて、血が岩にこびりついた。

 そんな集を見ていたいのりはふるふると首を振った。

 

「……平気なんかじゃないよ」

「……なんだと?」

「涯は全然平気じゃないよ」

 

 へいきじゃない、というのならなぜ『壊滅』という言葉に感情がこもっていなかったのだろうか。

 

「……何を言ってる、いのりさん」

「来て、見せてあげる。恙神涯の本当の姿」

 

 いのりは集の手を掴むと、ゆっくりと歩き始める。振りほどこうとしても、握る力が強いせいかなかなか振り解けない。そうしているうちに、トラックが一台止まった開けた場所に出た。

 いのりは指紋認証で中に入ると、そこに置かれた椅子に集を座らせる。

 

「───ここに座ってて」

「お、おい!いのりさんは!?」

「いいから」

 

 いのりの剣幕に集は大人しく従った。

 しばらくしてカーテン越しに誰かの声が聞こえてきた。

 

「……ああ。いのりか」

 

 涯だった。なぜだろう、声に覇気がない。

 

「……久々に堪えたよ。今日の悪夢も最悪だった。俺の作戦のせいで死んだ奴らが出る所まではいつも通りだったが───」

 

 一瞬、本当にあの恙神涯かどうかを疑う。

 誰よりも偉そうで意地っ張りな男の声とは到底思えなかったからだ。

 集はそのまま耳を澄ました。

 

「───その中に梟がいた。ルーカサイトの攻撃を受けた時、梟はまだ生きていた。笑っていたよ俺が無事で良かったと───死ぬのが俺ではなく自分で良かったと」

 

 梟といわれて思い出したのは小さな子供だった。

 集は黙って涯の言葉を聞き続ける。

 

「───なあ、いのり……俺がリーダーでいいのか?俺は、『恙神涯』とはあいつらに報いるほどの存在なのか?」

 

 集は無言で立ち上がり、仕切られていたカーテンを思いっきり開けた。

 そこにいたのがいのりではなく、集だと知った涯は罰の悪そうな顔をしながら集を睨む。

 

「……盗み聞きとはいい度胸だな?」

「まあな。が、いい収穫はあった。お前もちゃんと『人間』だったって言うな」

「……人間だと?」

「"恙神涯"は人を躊躇いなく殺せる怪物ではない。一人の人間ということに安心したんだよ」

 

 そう言った集を涯は睨みつける。

 

「……俺はお前を目的のためなら、手段を選ばない血も涙もない奴だと思っててたからな。正直、お前のことが大嫌いだったよ。この作戦が終わったら殺してやろうと考えてやるくらいにはな」

「……」

 

 涯は何も言わず、集の言葉を聞く。

 

「俺が守るのは大切な人たち。だが、お前は国そのものを救おうとしてる。正直言って尊敬したよ。俺じゃ絶対出来ない所にお前はいるからな」

 

 桜満集───つまり、里見蓮太郎という人間は人の上に立つことのできない人間である。第三次関東大戦のことを思い返せば、その事がよくわかる。

 涯はそんな集のことなど気づいていないのか、情けなく呟いた。

 

「……見ての通り、俺は小さく真っ先に淘汰されてもおかしくない男だ。葬儀社のリーダー"恙神涯"はただの虚像に過ぎない。だが、それで皆が戦えるなら俺は幾万の亡霊と罪を背負ってでもその虚像を演じてやる」

 

 自らを犠牲にして罪を己自身に塗りたくる男。それがこの恙神涯という男の状態だった。

 

「葬儀社の中でお前が一番の人間だったって訳か。安心したよ」

「……話はここまでだ」

 

 逃げようとする涯の腕を集は掴む。

 

「離せ」

「……前々から思っていたが、お前は知っているんじゃないのか?ロストクリスマスの真実を」

「っ!」

 

 涯の動揺から集は察した。

 

 ───この男はロストクリスマスの何かを知っている。

 

 聞き出さなくてはならない。あの日、何があったのかを。

 

「お前はあの時、パンデミックの中心にいたんじゃないのか?だから知ってるはずだ。なぜ、あんな事が起こったかを」

「……黙れ」

「他人のヴォイドが見えるのもそれが関係してるんじゃないのか?」

「……最後の忠告だ。黙れ」

 

 流石にこれ以上は不味いと判断したのか、集は詮索を中止して両手を上げる。

 

「……わかった、これ以上の詮索はやめてやる。だが、涯。お前、一体何を隠しているんだ?」

「……それはこっちのセリフだ。お前こそ何を隠している」

 

 集は心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

「……何を言っている」

「……"天童式戦闘術"。第二次世界大戦後にアメリカ合衆国が危険だと判断してこの世から抹消された殺人拳の筈だ」

「……」

 

 この世界にも天童式戦闘術の文献は残っている。しかし、それは第二次世界大戦後に葬られた戦闘術で、後継者はすべて殺害されており、系譜は途絶えている。

 

「なぜお前が葬りさられた殺人拳それを使える」

「……さあ、生き残りでもいたんじゃないのか?」

「有り得ないな。第二次世界大戦後に継承者は射殺されている。あそこの門下生は入ったら最後、死ぬまで出られないからな」

 

 集は何も言えずに黙っていたが、しばらくしてまた口を開いた。

 

「……まあ、お前も俺も隠し事はあるだろ?お互い様ってことでいいだろ」

「……」

「……それともなんだ?お互いに実力行使でいくか?」

 

 集は腰を落とし百載無窮の構えを取る。

 

「……いいだろう」

 

 涯はCQCの基本の型を取る。

 

「……いくぜ!」

 

 格闘術ではない蹴りを放つ。涯は頭を僅かに背けて回避するが、集は更に蹴りを二回放つ。蹴りが空気を切る。

 

「っ!」

 

 集の蹴りを右腕で掴んだ涯は反対の腕で集の足首を掴む。掴まれたまま、集は拳を涯の顔面に向けて振りかざした。重い一撃が涯の横頬に炸裂する。

 同時に涯の拘束から逃れ、空中で一回転、距離を置いた。

 

「すごい握力だな、お前」

 

 葬儀社の中に居る数少ない強敵。集は冷や汗を垂らした。

 こんな事のために義眼を発動する気にもならず、地面を蹴りあげ、鋭い回し蹴りを放つ。

 

「天童式戦闘術二の型十六番!」

「来い、集!」

 

 涯が隙のない構えを撮る。

 

「隠禅・黒天風!」

 

 それは涯の両手によって阻まれ、掴まれる。集はこの時を待っていた、と言わんばかりに涯に飛びつく。

 体勢を崩した涯に馬乗りになって、XD拳銃を涯の眉間に突きつけた。

 

「俺の勝ちだ」

「本当にそう思うか?」

「なにを……そういう事か」

 

 集は自分の腹元に視線を向けて納得した。

 涯もまた、グロック拳銃を集に突きつけていた。

 

「───引き金を引けばお互い死ぬ」

「……分からねえぞ。俺は運はねえが悪運だけはあるからな」

「なら、試してみるか?」

「……いや、辞めておく。腹に風穴が開く痛みは二度と体験したくない」

 

 涯の上から降り、集は横に座り込んだ。

 涯もまた起き上がり、集と向かい合うようにして座り込む。

 集は口元を緩め、口角を僅かに上げると言う。

 

「……前言撤回だ。地獄の果てまで付き合ってやるよ。お前の行く末を、この国が変わる最後まで見守ってやる。だから、せいぜい俺を上手く使えよ。俺は番犬だからな」

「……あくまでも上から目線だな、お前」

「当たり前だ。この勝負、俺の勝ちだからな」

「いや、俺の勝ちだ」

「やんのかお前」

「その喧嘩、買ってもいいぞ?」

 

 集と涯の間に一瞬、火花が散って───馬鹿らしくなった二人は思わず吹き出したのだった。



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【episode12】

 腕に包帯を巻きながら集は隣で装備を整えてる涯に質問する。

 

「涯。その檻っていうのはいつごろ完成するんだ?」

「約四時間だな。それがどうかしたのか」

 

 集はヘラヘラと笑う道化師のような青年を思い出す。天罰が云々、と言っていた言葉を思い出しながら首を傾げる。

 

「……いつ突入する予定だ」

「二時間後だ」

 

 集は早く攻めてルーカサイトの主導権を奪うのか、と呟きながら涯に再び声をかける。

 

「涯。悪いことは言わない。一時間短縮した方がいい」

「……なぜだ」

「嘘界に読まれている可能性がある。あいつならやりかねない」

 

 集は声を低くしながらXD拳銃を腰のホルスターに仕舞い込む。コンタクトがしっかり装着されていることを確認すると、周囲を見渡す。もう勝気になっているの気を抜いて雑談を混じえている兵士が数名。

 集は息を吐きながら小石を蹴り上げ、手で掴むとそれを問答無用で投げつけた。ほぼノーモーションで投げたその小石は頭蓋に吸い込まれていき、鈍い音を撒き散らした。

 

「さて……どうするか」

「……戦力を減らしてどうする」

「ああいう奴は真っ先に死ぬ。ここから先はどうせ生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるんだ。ならここで気絶させておいた方がいい」

 

 白目を向いて倒れる一人を心配して駆け寄る彼らを集は睨めつけながら呟く。

 

「気絶したか……」

「お前が原因だけどな」

 

 さあ、なんのことだか。記憶にないんだなこれが。

 

「人員足りなくなっちまったな」

「お前のせいでな」

「そこは俺が入って補う。ところで涯」

「なんだ」

 

 集は某映画で見たワンシーンを思い出しながら人差し指を立てる。

 

「全方位からロケランぶっぱなすこと可能か?」

「戦争でも始める気か」

 

 涯のその言葉にぐうの音も出ないが、ここで折れたら駄目だと足を踏ん張る。

 

「めんどくさいことは嫌いだ。そしたらもう答えは一つだろ?」

「……言ってみろ」

「相手の歩兵、飛車、角行、金将、銀将、桂馬、香車。そいつらが守っているのは人じゃない。兵器の心臓部だ。なら、先に兵士達を蹴散らして安心して通った方がいいと思う?」

「……そうなったら俺らはいつ潜入するんだ」

「わかってねえな……お前」

 

 集は唇の片端を上げると、作業をしていたふゅーねるを拾い上げた。

 

「こいつだよ。こいつを大量量産して、エンドレイヴみたいにすればいい」

「なるほど、お前は正真正銘の馬鹿だ」

 

 その言葉に集はノーモーションで拳を振りかざしたが、涯はその拳を両手をクロスすることで防いでみせた。

 

「ふゅーねるだけでも凄まじい予算なんだぞ。それに兵器をつけてみろ、葬儀社の財布が一気に空になる」

「……まじかよ」

 

 集は自分の浅はかさを呪った。途方に暮れる集を見兼ねてか、涯はまあと言葉を続ける。

 

「一時間後に突入。それはいい案かもしれないな」

 

 涯の言葉に、集は顔をゆっくりとあげて不敵な笑みを浮かべて見せた。

 涯は自分が嵌められたのだと気づいた時にはもう既に遅かった。

 

 光学迷彩が掛けられたテントに再び集まった集たちは作戦前最後のミーティングを行っていた。

 涯は空中に浮かんだモニターを睨みながら口早に言う。

 

「もう一度作戦を説明する。陽動部隊が敵を引きつけている間に俺たち潜入部隊がコアルームに潜入。ルーカサイトを止める」

 

 集は涯の言葉を聞きながらダムを見据える。

 

「言っておく。陽動部隊のお前たちはどんな状況に陥ろうとも決して引くことを許さない。そして死ぬこともだ」

 

 涯は陽動部隊に、そして葬儀社全体に伝えた。

 

「この作戦は通過点にすぎない。葬儀社の真の勝利はさらに先にある。お前たちにはそれを見る資格がある」

 

 一拍置いて。

 

「必ず生き残れ。 作戦開始っ!」

 

 おおー!と、野太い声が響き渡った。

 

 

 

 

『少尉。2時間後に作戦開始だそうだ……って、少尉。聞いているのか』

「っ!なんだよ!聞いているに決まっているだろ!?」

 

 エンドレイヴに搭乗したダリルにローワンはそう告げた。だが、いつものような毒舌は数秒の間を開けてから返ってきた。お腹でも痛いのだろうか。

 

「……なんだって言うんだ……この記憶は……!」

 

 白い一角獣の機体に乗った誰かが宇宙で戦っている光景がダリルの頭の中で再生されていた。

 

 そう、まるで自分が体験したかのように。

 

 

 

 

 敵陣にはいるなり、集は義眼を解放。床を猛烈な勢いで駆け抜ける集の足元周辺に銃痕が刻まれるが、物陰に隠れるどころか敵のテリトリーまで突っ込んでいく。

 走りながらXD拳銃で威嚇射撃。

 壁に隠れてそこから射撃してくる兵士の銃弾をかいくぐりスライディングすると、相手の脚に発砲して、敵陣に飛び込んでいく。蹲る兵士を至近距離から銃殺。殺した兵士から閃光手榴弾を奪うと歯でピンを抜いて防御陣地の中に投擲。15mの範囲で100万カンデラ以上の閃光を放ち、突発的な目の眩み・難聴・耳鳴りを発生させる。その隙に集はジャンプをして防御陣地の中に飛び込むと、次々に銃殺していく。発砲音と敵の悲鳴が被さる。

 

 光が止んだ時には、防御陣地内には火焔と硝煙のにおいがたちこめていた。

 体中汗でびしょ濡れで、いつの間にかホルスターに入れていたコンバットナイフはどこかに行ってしまっている。

 見たところ敵の姿はどこにもない。

 もう終わりかと訝った時、肩口を何かが擦過。やられたと思った時には横に跳躍していた。掠っただけなのにこの痛さはこれがゲームではないことをよく実感させられる。

 着地して周囲を睨む。

 

「……お前らも光学迷彩か!」

 

 肉眼では敵が視認できない上に、どこから攻撃されるかもわからない。条件としては最悪。

 ここは闇雲に行動せず、音で判断するのが定石だろう。

 しかし集はそうせず、無闇矢鱈に走り出して拳を構えた。

 

『生きる為に戦え』

 

 集は何も無い空間に掌底を放った。

 捉えたという感覚はなく、横腹にザクりと嫌な音がした。

 凄まじい激痛と熱に顔を顰める。息を吸い、震えながら吐く。

 目を閉じ、腹に突き刺さったそれを掴む。

 

「……捕まえたぞ」

 

 ホルスターから拳銃を引き抜き、ロックを解除して発砲。反動で腕が蹴り上げられ、真鍮色の空薬莢が回転しながら吐き出される。

 弾丸は何も無い空間に吸い込まれていき、直ぐに姿を消す。直後、ドサリと重たい音が鳴り響いた。

 集の腕の延長系と化した銃弾は、朱に余さず敵の死を伝えた。

 

『百載無窮の構え』を取りながら静かに残心。

 

『人銃一体の境地』に久しぶりに到達した集は、荒い息をどっと吐いた。

 同時に、忘れていた痛みが一気に押し寄せてくる。穿たれた傷口を手で抑えながら膝を着く。ドクドクと流れる黒い血が床を汚していく。

 そう言えば、昔もこんなことがあったなと集は小さく息を吐いた。遅れて涯たちが到着する。集の姿を見たいのりは集の元に駆けると、すぐに治療を開始した。しかし、麻酔の類を一切かけて貰えなかったために、治療は痛みを伴うものとなった。

 

「……小比奈の時よりひでぇぞ」

「その蛭子小比奈っていう女は誰……」

「傷口を触るな!痛てぇ!!」

 

 いのりは能面のような表情を浮かべて、集の脇腹を触り続けていた。

 無理もない。集は敵陣に駆け込む際、いのりに無理はしないと言ったのだ。

 涯はそんな集の光景を鼻で笑い、城戸はざまあみろと呟く。

 集が城戸に一睨み効かせると、城戸は口笛を吹きながらあらぬ方向を向いた。

 

 集は痛む腹を抑えながらゆっくりと立ち上がり、ルーカサイトが保管されてある場所を急いだ。



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【episode13】

「 敵襲!!」

「葬儀社だ!!」

 

 陽動部隊は警備の真っ只中に飛び込み、撹乱を続けていた。

 

「……そうだよ!これだよこれ!!」

 

 ダリルは突っ込んで来た葬儀社のトラックを蹴り飛ばし破壊させ、銃でタイヤを撃ち抜き横転させた。

 体の引きさかれた葬儀社の一員を横目にダリルは高らかに笑う。が。

 

「……ぐあっ!くそ!なんなんだよ!!これは!!」

 

 エンドレイヴを動かし、葬儀社を潰しながら移動していたダリルは人を殺す度に自分の体験したことのない記憶がフラッシュバックしていた。

 

 ───君が言う戦争は学校の先生が口にするのとは違う。重いんだ。怖いことなんだってわかるんだ。

 

「……黙れ」

 

 ダリルは銃口を葬儀社に向ける。

 

 ───何も知らされないで、決められるわけないだろ。そんな話し方で人を従わせようとするのは、ずるいよ。

 

「……黙れ、よ」

 

 引金を引き、葬儀社に銃を放つ。飛び散る鮮血。聴こえてくる断末魔。

 いつもならこの光景は楽しんで見ていられる。

 だと言うのに。

 

 ───どんな理由があっても、一方的に人の命を奪うのはよくない。そんな権利は誰にもないんだ!

 

「うるさい!黙れよ!!お前は誰なんだ!!」

 

 ダリルはそう叫ぶも誰も答えない。

 

「くそっ!どこまでも邪魔をするか!お前は!!」

 

 頭の中で徐々に近づいてくる一角獣。

 自分が自分でなくなるような感覚。

 思わず意識が離れそうになる。

 

「来るな……こっちに来るなぁぁぁ!!」

 

 次の瞬間、ダリルは意識を手放した。

 

 

「うおっ!?」

 

 ルーカサイトコントロールルームに到着すると、尋常ではないほどの冷気が溢れ出した。毒ガスかと懸念したが、もう浴びてしまったためこれから対処しても意味が無いし、どう考えても人が入るところに毒ガスなど散布しないかと考えを改めると、中に入っていく。

 中に入るなり、いのりが肩を抱いて震えた。

 

「……寒い」

「……そんな格好でいるからでしょ」

 

 最もな発言をすると、いのりは集の方をジトッとした瞳で睨み、指さす。

 

「集にも同じ苦しみを味わってもらいたい。そして集。あなたは次に『丁重にお断りする』と、言う」

「丁重にお断りする……はっ!」

 

 もはやいのりのお得意の十八番である。しかし、なぜだろう。心を読まれた気がしてならない。気を改めて軽く頬を張ると、いのりの装いを見下ろした。

 どう考えても潜入用ではない。

 

「……なんでそんな服装で来たの?」

「この服にはステレス迷彩があるから」

 

 そんな露出の多い服でどうやって、と小さく呟くといのりは胸の前で手を交差する。

 

「……変態」

「今のは不可抗力だッ」

 

 雰囲気ぶち壊しの光景に涯は目頭を抑える。そして、集の横まで移動すると思いっきり集の頭を殴った。涯を見上げると、絶対零度の視線で集を睨みつけるながらルーカサイトの方に指さした。

 

「集。お前はあれに集中しろ」

「……なあ、今のって俺のせいなのか?」

 

 困惑している集に、いのりは涯の背後に移動するとボソッと一言呟く。

 

「集だけに」

「てめぇらぁぁ!!」

 

 城戸の重力銃の銃口をルーカサイトの方に定めながら叫ぶ。

 集は慟哭した。初めて邂逅した時のいのりはこんなキャラクターではなかったと言うのに。すると、いのりは小首を傾げて

 

「集が勝手に思ってただけ」

 

 なんて言い出す。集は髪をガシガシと掻くと、やけくそになりながら叫ぶ。

 

「あーわかったよ!俺が悪かった!これでいいんだろ!?」

 

 本当はすべて楪いのりという利己主義者のヴォーカルだと言うのに。

 

「ミジンコ以下が抜けてる」

「あんたは木更さんか!?」

 

 自分の初恋の相手の名前を叫ぶと、目に見えていのりの機嫌が悪くなる。

 集は思わず顔を背けて、事なきを得た。瞬間、いのりの手が電光石火の如く伸び、集の脇腹を掴んだ。

 

「いっ!?」

 

 視界があまりの激痛に目の前に眩いほどのスパークが散る。前言撤回、まったく事なきを得ていなかった。

 

「集。その木更って誰?」

「あ、あー!今日は天気がいいよな、いのりさん!」

「今日は曇り」

 

 集はいのりの方に目線を向けず、ルーカサイトの動きを止めた。こうでもしていないと、いのりの視線に耐えられなかったのである。

 そこから涯がデータを書き換える作業が始めるということで、集はその体勢のまま待機していた。いのりの悪魔のような囁きを右耳に受けながら。

 

「……ねえ、集。木更って誰?」

「……木更津のこと、です」

「……集は木更さんと呼んでいた。よって木更は人であり、女性であると判断する」

 

 ───いのりさん!あんた、こえーよ!

 

 という嘆き声を漏らさなかったのは奇跡にも近かった。もし、そんな声を上げていたら───その先はあまり考えたくない。

 

「集、どうなの?」

 

 早く涯が終わらないかと願っていると、後ろの扉から破砕音が聞こえた。

 緩んでいた緊張感が一気に引き締まる。

 

『葬儀社ァァ!!』

 

 エンドレイヴがバルカン砲をぶっぱなしたのか、巨大な銃を構えた状態で雄叫び上げていた。

 しかし、見覚えのない機体である。体の至る所から水晶のような刺が生えていた。

 いのりは集からエンドレイヴに視線を移すと、こてん、と首を傾げた。

 

「……ニュータイプ?」

「なるほど、あんなニュータイプがいたら俺たちは一瞬で肉塊だな」

 

 一瞬で肉塊にしてくれるのならまだいいが、あの男の性格からして拷問紛いのことをしながら人間だったものにはなるのは目に見えている。

 どうしようかと首を傾げていると、コントロールを終えたのか涯がこちらの方まで走ってきた。

 

「逃げるぞ!集!!」

「珍しく弱気だな、お前」

 

 地面に転がっている城戸の襟を掴むと、引き摺りながら走り出す。

 瞬間、背後で破砕音。

 

「シュタイナーがやられた!」

「あのデカブツが!?」

 

 涯の言葉に戦慄する。義眼によるオーバーアシストで何とか勝利を勝ち取ったが、普通に戦えばまず勝てるはずのないパワーとスピードと反射速度を兼ね備えたシュタイナーがやられるとは考えられなかった。

 

「綾瀬曰く、急にユニコーンがどうのこうだの、この機体がどこまで持つかだの、急に冷静沈着になったら暴れだしたそうだ!おい集!シュタイナーを倒したんだろ!?足止めしろ!」

「んな無茶言うんじゃねえッ!あの時は条件が揃っていたからたまたま勝てただけだ!今戦ったらボロ負けするぞ!?」

「使えない狂戦士(バーサーカー)だ!」

「誰が狂戦士(バーサーカー)だとてめぇ!!」

 

 走りながらギャーギャーと幼稚園児並みの口論を繰り広げていると、横で走っていたはずのいのりが急に足を止めた。

 

「いのりさん!何足止めてんだッ!?」

「───」

 

 瞬間、いのりがエンドレイヴ向けて駆け出した。正気の沙汰とは思えないその光景に集は思わず叫んだ。

 

「いのりさんッ!いのりさ───いのりッ!!」

 

 ふといのりがこちらを見たような気がした。

 口角を上げていて、いのりがまず見せないような微笑みを浮かべていて───その目は、青く染っていた。

 

 ───やっと、呼んでくれた。

 

 いのりが向こう側でそういった気がした。

 刹那、いのりがエンドレイヴ向けて跳躍。常人の数倍を超える速度でエンドレイヴ頭部に急接近すると、いのりは唐突にヤクザキックを叩き込んだ。

 あまりの光景に絶句する集。いのりさんが壊れた、と呟いたその直後、凄まじいほどの爆発音が鳴り響いた。

 エンドレイヴの頭部が吹き飛んだのである。その頭部は遠くの部屋まで吹き飛び、何かを壊したような音がしたが、今はそれじゃない。いのりの安全である。

 

「いのりさんッ!」

「……集?」

 

 いつもの涼しい顔でいのりは集の方を振り向いた。目は青くなっていない。幻覚だったのだろうか。

 それでも、集はそれどころではなかった。集はいのりの元まで駆けると、思いっきり抱きしめた。

 

「集ッ!?」

 

 突然の集の行動に目を白黒とさせるいのり。集の服を引っ張って何とか引き剥がそうとするも、集の力が強く、上手く引き剥がせない。

 

「よかった、本当によかった……ッ!」

「……集?」

「……もう二度と、あんな無茶しないでくれ。二度も俺は失うなんて耐えれない───」

 

 うわ言のように言う集にいのりは怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐにその表情を弛めた。そして、集の背中に手を回すと、抱き返した。

 

「……わかった。もう、無理しない」

「……ありがとう」

 

 そう言って、いのりを強く抱き締めた。

 

「……お楽しみのところ悪いが」

 

 その光景の一部始終を見ていた涯は咳払いをして言う。

 慌てて集はいのりから距離をとる。いのりは不満そうな顔を浮かべていたが、雰囲気を感じ取ってかすぐにいつものポーカーフェイスに戻る。

 

「非常にまずい事態に陥った」

「……なんだよ?」

「ルーカサイトが破壊された」

 

 涯のそう言い放つと同時に、凄まじいほどのアラームが鳴り響いた。



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【episode14】

 脱出のため、駆け出しながら、集は涯に向かって訊ねた。

 

「コアが壊れるとどうなるッ!?」

「姿勢制御がつかなくなり、どんどん急降下を始める」

「つまりどういうことだ!!」

「質量を保ったまま東京に落下。綺麗なクレーターが出来る」

 

 血の気が引くのを感じた。

 つまり東京都市部は間違いなく壊滅、都市にいる人達はまず助からない。

 涯は小さく息を吐くと、集に手招きをする。

 

「おい。あのボールペンはどうした」

「あの奇妙なボールペンのことか?それならここにある───」

 

 瞬間、集はホルスターからXD拳銃を抜き、何も無い空間に銃口を向けた。

 

「おい、何してんだお前───」

「嘘界のおっさん。そこにいるのは分かっている。そのご立派な義眼を撃ち抜かれたくなければその銃を下ろせ」

 

 集がそう言うと、風景が途端にゆがみ始める。そのゆがみが一枚の布になると、中から道化師のような男、嘘界が現れた。

 コートの内ポケットからボールペンを取り、手渡しながら睨みつける。

 

「おやおや、気づかれてしまいましたか」

 

 嘘界はボールペンを凝視すると、口の両端を三日月上に歪ませた。

 

「どうやら押さずに済んだようですね。桜満集君」

「はッ!俺の身の安全を保証しなかったあんたなんか信用出来るかよ。お前、同情しているようで一度も俺の身なんて保証してなかったろ?」

「おや、聞き流しているものかと思っていたのですが。どうやら優秀なようですね、君は」

「……御託はいい。何の用だ」

 

 集がトリガーに手をかけたところで、嘘界は両手を上げた。

 

「いえいえ。いま用があるのは桜満集くんではありません。そこの、恙神涯───葬儀社のリーダーに用があるのです」

 

 嘘界がそう言うと、涯は分かっていたかのように嘘界を睨んだ。

 涯の殺気だった視線を飄々と受け流す。

 

「取引だ。こいつで衛星をなんとかしてやる」

「ほう?」

「その代わり一連の事件で得た桜満集に関するデータを全て抹消しろ」

 

 涯の突然の言葉に集は思わずはあ!?と声を上げる。

 

「いいでしょう。その代わりしっかりとやってくださいね?」

 

 どういうことだよッ!と叫ぶ集を横目に、涯は一瞬だけ集の方に目を向けて、嘘界の後ろをついて行く。

 嫌な予感がして、集は涯の肩を掴んだ。

 

「涯、お前犠牲になろうなんて考えてねえよな?」

「……」

 

 涯は答えない。

 

「……答えろよ」

「……」

 

 涯は答えない。

 

「答えろって言ってんだろ!恙神涯!!」

 

 涯の胸ぐらを掴む。左手のボールペンを奪い返すと、集はそれを涯の目前に突き出した。

 

「これの正体はなんなんだ!」

「……」

「言えッ!恙神涯ッ!!」

 

 集の剣幕に涯は目を伏せると仕方がない、と言わんばかりに首を振りながら話し始めた。

 

「……これはルーカサイト発射装置だ。ペンのシグナルはルーカサイトと繋がっている。ボタンを押したらそのペンを標的にレーザーが発射される」

 

 集はその言葉を聞いて、なおのこと涯を行かせるつもりなどなかった。

 しかし、突然鳩尾に走った激痛に思わず顔を顰めた。

 

「……もういいんだ、集」

 

 涯は一瞬、笑うと集のボールペンを奪う。

 そして、嘘界の後ろを着いていき、姿を消した。

 目前が暗くなっていく。血を流しすぎた体を無理言って動かし続けたのと、今の激痛が仇になったのだろう。

 意識を繋ぎとめておきたいのに、どんどん意識が遠のいていく。

 

 ───これまでか。

 

 そう思った直後だった。異変が起きた。

 急に視界がクリアになったかと思うと、その空間は見覚えのない空間だった。

 夢でも、見ているのだろうか。

 

「……どこだここ」

 

 赤が目の前に広がっていた。その赤は芸術のような綺麗な赤ではなく、ドス黒い血のような赤だった。

 天を仰ぐ。無限に広がるかの如く、闇が広がていた。その中で幾つも輝く星。

 まるで一つ一つがまるで、生命の輝きのようだ。

 

『……お前が王の能力の継承者か』

「!?」

 

 突如、背後から聞気覚えのない男の声に肩を揺らしながら集は振り向いた。

 赤いコートを着込み、背丈は集よりも高く、目深にフードを被っているため、顔がよく見えない。

 しかし、そのフードの間から覗くその“赤”だけは確認することが出来た。

 

「……お前は」

『名乗る名前はない。が、俺を指す名前ならある。嘗ては『スクルージ』と、そう呼ばれていた』

 

 スクルージ。

 1843年のクリスマスにあわせて発表。けちん坊の老人スクルージが、クリスマスの前夜に幽霊の訪問を受けて自分の過ちを教えられ、後悔して温かい心の持主になる物語。個人が同胞に対して善意を抱くことこそ社会改革の基本である、というディケンズの信念を示した作品であり、今日に至るまで圧倒的な人気があり、ディケンズすなわちクリスマス精神という一般的評価を確立するのに貢献したという内容だった。

 しかし、この男はどこからどう見ても老人じゃない。

 

『けちん坊……そこだけならあっているな』

 

 と、スクルージと呼ばれる男は自嘲気味に笑う。集の横まで移動すると、スクルージもまた天を仰ぐ。

 

「……ここは一体?」

 

 無意識にそう呟いていた。

 スクルージは視線を集の方に向けて質問に答える。

 

「ここはアポカリプスウィルスによって死んだ人間達の生命が最後に輝く場所、とでも言っておこうか」

「……つまり最後くらい輝かしてやろう。そういうことか?」

「違うな。輝かしてやろうではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こうすることですることでアポカリプスウィルスは永久的にウィルスを増殖させることが出来る」

 

 スクルージの言葉に集は歯を噛み締めた。

 もし、それが本当だとしたら───

 

「死んだ人間は一生救われないのか?一生、アポカリプスウィルスに囚われたままなのか?」

「そうだ」

 

 スクルージは無情にもそう呟く。

 

「……お前はそれで納得してんのかよ」

 

 思っていることがどんどん口から漏れていく。本来の性格が曝け出されているようで、あまりいい気はしない。

 

「……」

「お前も奴らみたいに適応しろ、そう言っているのかッ!?」

 

 スクルージの胸ぐらを掴み上げる。

 

「適応、か。随分と懐かしい言葉だ。少なくとも、俺が適応出来ていたかどうかと答えるとするのであれば答えはノーだ」

 

 スクルージは光を発する両眼で集を瞳に映した。

 

「俺には無しかない。どこで生まれたのか。本当の名前は何か。家族構成は、年齢は、友達や恋人。何もかも覚えていない。俺がしてきたことは淘汰。現在、お前ら葬儀社がしていることと何の変わりもない」

「……なに?」

「こんな俺が。こんな薄汚い世界に適応しているとでも思うか?」

 

 スクルージは有無を言わせず、集を見据えた。

 

「……世界は常に選択を迫る。黙って世界に淘汰されるか、適応して自分が変わるか。だが、その二択と決まったわけではないだろ?桜満集。いや───ここでは里見蓮太郎と呼んでおこうか。この世界のイレギュラー因子よ」

 

 スクルージの言葉に集は容赦のない拳を放つも、その拳は空を切り、スクルージは集の背後に回っていた。

 集は眼球運動だけでスクルージを睨み、唸るような声で呟く。

 

「……どうして俺を知っている」

「この空間は意思の疎通が会話なしで行う事が可能だ。真の王の力を持つ人物がどういう人間かということでお前の記憶を覗かせてもらった」

 

 スクルージは左手を集の顔の前に突き出し、こう言い放った。

 

「……お前、過去の記憶をどこまで持っている?」

「どこまでってどういう意味だよ?」

「……いや、何でもない。忘れろ」

 

 すると、周りの空間が崩れ落ちるかのように光が差し込んできた。

 

「時間か」

 

 スクルージは集に背を向けながら、闇の中へと消えていく。

 

「おい!どういうことだ!俺の記憶、だと!?」

 

 集の言葉に、振り返ることなくスクルージは言う。

 

「いずれわかる事だ。もしわかったのなら、もう一度俺の元に来い……その時は───」

 

───力を、くれてやる。

 

 辺り一面が眩い光に包まれた。

 

 

 

 唸り声を上げながら、目を開くといのりが顔を覗いていた。

 どうやら、あのまま気絶してしまったらしい。朦朧とする意識でなんとか体を持ち上げると、いのりは集の体を支えた。

 

「おはよう」

「……ああ、おはよう。涯は?」

 

 いのりはふるふると首を振る。どうやら行ってしまったようだ。

 

「……涯から伝言を預かってる。『お前が勝手に死ぬのは自由だ。だがお前が大事だと言ったお前の友達はどうするんだ?』って」

「……」

 

 祭や颯汰、谷尋達らと馬鹿やるのも楽しい。どうでもいいことで笑って、楽しんで。テロリストとは真逆だ、身の安全も少なからず保証されている。みんなとの思い出はかけがえのないものだ。だけど。

 

「……目の前の誰かを救えないようじゃ、俺はあいつらに合わせる顔がない」

 

 集の雰囲気が剣呑なものに変化する。桜満集という人格から里見蓮太郎という人格に変化。集のその変化を感じ取ってか、いのりは目を伏せた。

 

「……覚悟だけは、出来た。そういうこと?」

「……ああ」

 

 誰が止めようと、止まるつもりはない。そして、死ぬつもりも毛頭ない。

 集が立ち上がると、いのりは顔を上げて言った。

 

「───やっぱり。貴方はあの時のまま。優しいままです」

 

 いのりの方から、そんな声がした。いのりの声のままだが、トーンが違う。口調が違う。

 

「……目の見えない私が道端で歌を歌っている時、沢山のお金をくれた優しいプロモーターさんだったんですね」

「……!」

 

 集がいのりの方を向いた時、いのりがおもむろに集の両頬を小さな手で包んだかと思うと、その唇を重ねてきた。突然の行動に目を白黒とさせる。

 数秒ほど唇を重ねた後、いのりは集から口を話すとなるほど、と呟く。

 

「……蓮太郎さん、というのですね、では。蓮太郎さん……救いたいですか?みんなを」

「当たり前だっ!」

 

 なにを当たり前のことを言っているんだと、言おうとして固まった。

 周囲はさっきまでいた空間では無く、初めていのりからヴォイドを抜いた時に見た白くコンピューターの仕組みを視覚化したような光景が、あの時の再現のように集といのりの周りを包んでいた。

 いのりが目をゆっくりと開く。その目は見慣れた赤色ではなく───すべてを包み込んでしまうかのような、蒼色。

 

「貴方の願い、聞きました」

 

 俺の左手が無意識の内に動き、いのりのヴォイドを取り出す。

 暫くすると、いのりのヴォイドと城戸のヴォイドがゆっくりと融合していく。

 

「───何が起きてッ!?」

 

 目の前に起きていることを集は理解出来なかった。

 

 

 

 

 涯は星が見えない夜空を睨んでいた。

 思えば涯には迷いが無かった。

 エレベーターで集が気絶した後いのりが言った通り、自分がここで死ねば葬儀社が瓦解することは分かっている。

 その後は新たなリーダーが彼らを導くのだろう。葬儀社を抜けたい者は、いいきっかけになるはずだ。そして、集もデータが消えれば、自由の身だ。今までどおりの生活を送れる。

 

 ───それが、恙神涯となった自分に出来る唯一の贖罪だ。

 

『涯、のこり三分……』

 

 涯はそうかとツグミに返し、夜空を睨む。夜空そのものに戦いを挑む様に、ペンをかざす。

 

「さあ勝負だ。淘汰されるのは俺か……それとも世界か」

 

 ふと涯の脳裏に、十年間1度たりとも忘れることがなかった、自分が戦う一番の理由の、最愛の人が浮かぶ。

 

「……真名。もう一度お前に……」

 

 涯がそう呟き眉間に皺を寄せたその時だった。

 

「……違うぜ。淘汰されるのは世界でも、お前でもない」

 

 ここにいるはずのない声の持ち主に目を見開きながら後方を振り返った。

 

「消えるのはあのデカブツだ」

 

 巨大な銃剣の切先を天空に向けながら、集は呟いた。

 

「何をしている!?」

 

 涯が集に駆け寄ると、集は涯の方を見向きもせず言う。

 

「なんでかは知らないが、ヴォイド同士が融合したんだよ。それで、こいつを使えば世界を変えられるって、見たこともねえ誰かが言ってた」

 

 その時の光景は数十分前に遡る。

 まさかヴォイドが融合するとは考えもしていなかった集は途方に暮れていたが、すぐに首を振って再び戦場へと駆け出した。

 途中、エンドレイヴの群れに遭遇したものの、いのりの剣による攻撃と、王の力発動時の身体能力強化によって、ものの数分で無力化することが可能となっていた。

 因みに、数十分の時間を要したのは涯を探していたからである。決して道草を食っていたという訳では無い。

 集は一瞬、涯の方に視線を向けると、鼻で笑う。

 

「お前の後ろ姿、笑いものだったぜ。まるで死に急いでいる映画の登場人物を見てるみたいだった」

「お前ッ!」

「どうせ、俺が死ねば皆解放されるとかそんなこと考えてるんだろ」

 

 涯は思わず固唾を呑んだ。集はあのな、と続ける。

 

「お前が死んだって解放されない人間だっているんだぞ。死ぬなら、せめて使命を果たしてからにしやがれッ」

 

 王の力と二一式黒膂石義眼によって強化された視力でルーカサイト到着までの距離を測る。もうすぐ大気圏に突入する所だった。隕石並みのデカさの兵器がまさに東京に降り注ごうとしている最中だった。

 

「突っ立ってんなら手伝えよ」

「……はは、やっぱりお前はそういう奴か」

「喧嘩か?もしそうなら後で買ってやる」

「いいや。違う」

 

 涯は一瞬笑うと無線越しにいるツグミに向けて声を張った。

 

「ツグミ!カウントダウンだ!」

『アイアイサー!カウントダウン10秒前!!』

 

 銃を構え、トリガーに手を掛ける。刃の前で巨大な光球が作られ、バチバチと稲妻を発する。

 

「……頼むぜ。当たってくれよ」

 

 狙いを義定める。

 

『3!2!1!』

「当れェェェ!!」

 

 稲妻から巨大なレーザーが放たれ、ルーカサイトを真っ二つに両断。

 大爆発が起きて、その小さな破片が空中に飛び散った。

 

「……ふぅ」

 

 王の力を解除すると同時に、大きな疲れが押し寄せてきた。

 仰向けに転がり、夜空を見上げている。

 さきほどまで星が全く見えていなかった空に、大量の流れ星が夜空を支配していた。それは、しし座流星群を軽く上回る。

 幻想的な光景に茫然としていると、その隣に涯が座り込んだ。

 

「バカな奴だな……」

「んだとてめぇ」

 

 飛び掛ってやりたいところだが、今日は色々とあって疲れてしまった。だから、罵声を浴びせるだけで勘弁してやろうと心に誓う集。

 そんな集に気づいていないのだろう、涯は呆れた声を漏らす。

 

「どうして来た。俺が死ねばお前は自由だった」

「……言っただろうが、『地獄の果てまで付き合ってやるよ。お前の行く末を、この国が変わる最後まで見守ってやる』って───」

 

 集の答えを聞いた涯は呆れたような嬉しいような、よく分からない笑みを漏らす。

 

「それに、俺はお前を信じるって決めたからな」

 

 痛む体に鞭を打ちながら、集は座り込む涯に手を差し伸べる。

 

「晴れて、俺もお前ら葬儀社の仲間入りだ───そうだろ?」

「……ああ、そうだな……」

 

 涯はその手を、しっかり握った。夜空はまるで祝福する様に、星の雨を降らせ続けた。

 

 

 その数分後、GHQのサーバーから、桜満集と葬儀社に関与する全てのデータが抹消された。

 

 

 

 

 

 

 

 ルーカサイトの消滅。

 

 この報告を聞いた茎道は、腸が煮え返りそうな程の怒りに支配された。

 世界を再生させるための檻が、このような形で失われるとは誰も予想していなかったろう。茎道は拳をグッと握り締める。

 

『ありがとう……シュウイチロウ……』

 

 茎道は、声のした方向を見る。

 

『コキュートスが震えました。彼女はまもなく目覚めます───』

 

 天井に立ち、茎道を見上げる人物がいる。

 金髪を揺らす少年のように見える人物だが、年齢を感じさせない不気味さがあった。

 

『愛しい彼女の王を求めて……彼女は目を覚まします……』

 

 その報告を聞いて、茎道は喜びの感情に満たされ、口元に深い笑みを作った。

 

『……どうやら、どうしょうもない計画を企んでいるらしいな』

「『!』」

 

 金髪の少年と茎道は声の方向を振り向く。

 ノイズがかかり、顔はよく見えない。

 だが、彼を。金髪の少年は知っていた。

 

『……どういうことです?貴方は、右腕のみを残して死んだ筈ですが?スクルージ』

『そんなこと、俺が一番知りたい』

 

 スクルージは殺意の篭った眼差しで金髪の少年を睨んだ。

 

『実態のない貴方じゃ、僕を殺すことなんて出来ませんよ』

『俺じゃなくてもお前を殺せる人間はいる。例えば───序列96位『黒い銃弾(ブラック・ブレット)』と名付けられた死神とかな』

 

 スクルージはそう言うと空間に溶け込むかのように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜空に流星が降り注いでいる。

 それを背景にして天童木更は《活人剣*1 焔光》を手に立っていた。

 その足元にはエンドレイヴや屍が山積みにされていた。

 

「あれが……ヴォイド……」

 

 夜空に轟く雷光を目にした木更はヴォイドが放つ輝きを目にしていた。

 美しくもどこか悲しげな光。彼女からはそう見えた。

 木更はヘッドセットに手を当てて先程から喧しく鳴り響くコールに出た。

 

『なあ木更。任務ならとっくのとうに終わったやろー。早く帰ってきたらどうなんや?』

「あのねぇ……少しくらい時間くれたっていいじゃないのよ。()()

『そんなこと言ったってあんたを救えるのは私なんやでー?』

「ぐっ……ああもう!帰ればいいんでしょ!帰れば!」

『素直でよろしい!』

 

 そんなやり取りを天童木更と美織───序司馬美織は外線越しに行っていたのだった。

*1
活人剣

不義・不正・迷いなどを切り捨て、人を生かす正しい剣。対となる言葉は殺人剣。

禅宗で、師が弟子の自主的な研究にゆだねることを言います。

仏教の禅宗でいう修行者の指導方法の一つで剣法の真剣に例えたものであり、相手を受け入れて進ませるのを活人剣、逆に厳しく突き飛ばすのを殺人刀という。



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【episode15】

 久々の登校。どうしよう、行きたくない。集は思わず足を止めた。

 

「行こう?」

「いのりさん、今ならまだ戻れる。また明日、また明日行こう」

「集?」

「……何だか学校に行きたくなってきた」

 

 絶対零度の声で言われれば仕方がない。

 ルーカサイト事件以降、普通の暮らしに戻ることを命令された集は、普段通りの生活に戻っていた。以前と変わらぬ生活に何となく、物足りなさを感じる。

 平和が一番だというのに、こんな心情になっているのは、この数週間色々なことが沢山あったからだろう。考えを改める機会もできた。

 

 そして、いのりとの距離がさらに近くなった。

 一言で言うと、いのりが異様に積極的になった。人の布団の中に潜り込んでくるのは日常茶飯事、盛んに手を繋ぎたがるなどと年相応の少女のような行動をよく起こすようになった。

 人形のような彼女がここまで成長したのは嬉しいことではあるが、素直に喜べないことが残念である。

 

「集?」

「……なんでもありませんよ、いのりお嬢様」

 

 ついでに、読心術のスキルも向上していた。タチが悪い。

 

「恋人じゃないのにな」

 

 ふと、頭に痛みを感じた。後ろを見るといのりが鞄で後頭部を殴ったらしい。

 

「……僕、何かしたかよ?」

「朴念仁。唐変木」

「……だからなんでだよ?」

「知らない」

 

 頬を膨らませてそっぽを向くいのり。後に、アイスを奢るという条件付きで許してもらった。

 駅に到着し、改札を通ってホームに立つと、いのりが小首を傾げて、集の頭上から足先まで見下ろす。二、三往復した後にいのりが訊ねてくる。

 

「どうして集は夏服を着ないの?」

 

 集は未だに冬服のままだった。集はどう答えようかと思考を巡らしたが、いのりに嘘が通用しないことを思い出すと仕方がない、と言わんばかりに答えた。

 

「体温が一定以上上がらない体質なんだよ。三十五度付近から」

 

 日の光はギラギラと集を刺激するが、集は必要最低限にしか汗をかかない。

 発汗作用も全くといっていいほど行われないため、ブレザーこそ着ていないものの、わざわざ夏服に変える必要が無いのだ。

 学校に到着した時は周りに合わせて袖を巻くっているのだが。

 

「……ふーん」

「それじゃあ乗ろう、いのりさん」

 

 いのりの手を取り、モノレールに引き込む。中に入るなり、顔を真っ赤にして叩かれたのだが、理由が検討もつかなかった。

 

 学校へと歩む道は冷やかな視線とヒソヒソとした声であり、気持ちのいいものではなかった。

 

「おい、あいつGHQに捕まった奴じゃね?」

「何やったの?薬?」

「知らん。知らんけど犯罪者だってよ」

 

 仕方の無いことだ。これは人間の基本心理なのだから。要するに、気にしたら負けなのである。

 GHQに連行されたら周りからどの様に見られるかなど汚い世界を見ていない子供たちでもわかる。

 

 ───明確な理由を言ったとしても、必ず何かがある。

 

 声の主たちも内緒話が大きいのでは無くわざと集の耳に届くように話していた。こうなることが分かっていたから、学校には来たくなかったのだ。

 

「面倒くせえよ……」

 

 下駄箱を開けると、中から大量のファンレターが雪崩のように崩れてきた。

 いない間、毎日コツコツと入れていたのかと考えると、その努力を思わず賞賛したくなってしまう。

 

「にしても、趣味が悪いよな」

 

 死ね、学校来るな。兎も角、色々入っている。特に気にする素振りも見せず、集は一枚一枚丁寧に破り捨てながら、廊下に出る。

 上履きはご丁寧にも捨てられていたので、シューズで中に入るなり、おや。と思う。

 そういえば、隣にいたはずのいのりがいない。どこに消えたのだろうか。

 辺りを見渡すと、いのりはすぐ近くにいた。

 数メートル後ろで立っていた。魔王顔負けの殺気を撒き散らし、その殺気にやられた生徒たちの何人かは膝をついて、何人かは意識を失って地面に倒れていた。

 集は慌てていのりに駆け寄ると、両肩を掴んだ。

 

「い、いのりさん。ステイ。落ち着いて」

 

 すると、いのりは見たこともないような笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、私は冷静。ただ集にこんな低レベルの嫌がらせをしてくる人間に分からせてあげようと思っただけ。絶対的な王者と奴隷の差っていうのを」

「抑えて。頼む、お願いだから」

 

 今は踏み止まっているが、もし歯止めが効かなくなったら集はもうどうすることも出来ない。

 

「……やっぱり今此処に来るのは間違いだったな」

 

 いのりの腕を掴み、帰宅しようとする。いのりが驚愕の表情を浮かべるが、気にすることは無いだろう。

 こうして何とか逃げようとした時だった。

 

「あ、逃げた」

「いのりちゃーん、逃げてー。そいつ性犯罪者だよー」

 

 いのりが途端に足を止め、集の手を振り解いた。

 

「い、いのりさん?」

「……やっぱり、黙って立ち去るのはおかしい」

 

 いのりは許せなかったのだ。憶測でものを言う彼等が。

 いのりはゆっくりと歩きながら、そう発言した彼らのもとまで行こうとする。しかし、既のところでいのりの腕を掴んだ集は首を横に振った。

 

「どうして」

「いのりさんが俺のことで怒る必要なんてない」

「……でも」

「俺はいのりさんが事件を起こして歌えなくなる方が嫌だ」

 

 集が有無を言わせずそう言い聞かせると、いのりは渋々ながら首を前に倒した。

 

「ごめん。でも、ありがとう。僕のために怒ってくれて」

「……私もごめんなさい。短気になってた」

 

 お互いのことを理解したので、踵を返して帰ろうとした。

 その時、乾いた音が下駄箱いっぱいに鳴り響いた。集はなんだ?と思いながら振り返る。

 

「憶測で物を言うのはよくないわよ。天王洲第一高校の生徒なら恥を知りなさい!」

 

 そこには先程俺を性犯罪者呼びにしていた男子生徒を、一人の女子生徒が平手打ちを食らわせていたところだった。

 女子生徒は集の方を振り返ると、安心するような優しい微笑みを向けた。

 その際、いのりがジトッとした目線を送ってきたが、集は冷や汗を垂らすことしか出来なかった。

 

 暫くして、集の前を先導していた謎の女子生徒は俺の教室の扉を開き、中にそのまま入っていった。集といのりはお互いに顔を見つめ合い、首を傾げながらそれに釣られるように入っていく。瞬間、教室中の視線が集に集まった。

 

「……集だけに」

「……流石にここで巫山戯るのはどうかと思うぜ、いのりさん」

 

 そう軽口を叩いているが、久しく感じる緊張感に集は動揺した。

 正直、悪目立ちをするのはあまり得意ではない。今でも額から脂汗が滲み出ている。

 そんな集の心情は知らないであろう女子生徒は再び集の方を振り返ると、笑顔で訊ねてきた。

 

「GHQの方々は優しかった?」

「……へっ?」

 

 集の口から間抜けた声が漏れる。

 

「……なんで生徒会長と集が一緒なんだ?」

 

 教室の誰かの言葉で、集はようやく教室まで着いて来た少女の正体を知った。

 王者の風格があるとは思っていたが、本当にこの学校の頂点に君臨する女帝だったようだ。

 

「何度も見てるんでしょ?」

「……全校集会はサボるか寝てたから」

「集……」

「あと心を読むのはやめてくれ。心臓に悪い」

「考えておく」

 

 女子生徒は集に微笑みかけると、口を再度開く。

 

「事情聴取なんて面倒だったでしょうけど、政府には協力しないとね」

 

 一瞬何が起こったのか理解が追いつかなかったが、いのりに抓られたことにより、状況が整理出来た。

 どうやら、彼女は集の濡れ衣を晴らしてくれようとしているらしい。

 集は心の中で感謝する。

 

「……そう、ですね。僕が届けた携帯が葬儀社のものだったらしくて……」

 

 教室の雰囲気が段々と和らいでいく。

 

「そう。根も葉もない噂を心無く流す人もいるでしょうけど、困ったらなんでも私に相談してね?」

「ありがとうございます」

 

 彼女の助け舟のお陰で教室の張り詰めていた雰囲気がなくなり、いつも通りの五月蝿さを取り戻していた。

 

「……一件落着、ってか」

「おお!ムッツリスケベの集か!」

「うるせえよ」

 

 横から飛び出してきた颯太の膝に回し蹴りを叩き込む。鳴ってはいけないような音が聞こえた気がしたが、幻聴だろう。

 

「いってぇ!GHQの事情聴取はやっぱりカツ丼だったか!?」

「カツ丼は今度また事情聴取ある時に出してくれるらしいよ。僕の時はソフト麺だった」

 

 颯汰とのいつものやり取りを火種に、集の周囲に生徒達が集まり次々に質問責めにする。いのりはそれをあらかじめ予知していたのか、集の隣は既におらず、自分の席に背筋を伸ばして座っていた。

 

「ホモいた!?」

「可愛い子いた!?」

「エンドレイヴはかっこよかった!?」

「お前なんで会長と知り合いなんだよ!」

「ねえ掘られた!?ねえ掘られた!?」

 

 最初から最後まで酷いがこの際気にすることはやめた。

 心を無にするんだ、桜満集。

 

「ふふ、余計なお世話だったかしら?」

「……いや、ものすごく助かりました。気遣いありがとうございます」

「気にしないで。生徒会長として当然のことをしたまでよ」

 

 そう言い残すと、彼女は威厳ある態度のまま教室を後にした。

 彼女が怒りを完全に顕にした時、見せたあの側面は異質なものを感じた。彼女は一体何なのだろう。

 

「集!?」

「……祭?」

 

 向こう側から祭が集を呼んだ。駆け寄り、躓いた祭を支えると、涙目を浮かべながら集に抱きつく。

 

「ほ、本当に集なの?」

「う、うん。そ、そうだけど……」

 

 次の瞬間、祭の目に次々と大粒の涙が溢れ出す。

 

「───ちょ、ちょ!?祭!!?」

 

 祭が集に抱きつく。

 女の子特有の匂いや柔らかさが制服を伝って感じられるが、その反面、集は冷や汗をダラダラと垂れ流していた。いのりの視線が絶対零度に到達して行くのを感じる。集を睨みつけ、遠くからなにかを喋っている気がする。

『集、許さない』と言っているような気がしたが、集は現実逃避をすることにした。あとのことは未来の自分に任せるとしよう。

 

 そんなことも知らずに祭は、担任が来るまで大声で泣き続け、集は後ろでいのりの呪詛を受け続けていた。

 

 

 

 

 

 昼休み。旧校舎にやってきた集は颯太に女子生徒の正体を訊ねていた。

 

「生徒会長の供奉院亜里沙さんのことか?供奉院グループのお嬢様で容姿端麗、成績優秀、それで性格もいいんだからすごいよねー。でもいのりちゃんの方が色々勝ってると思う!」

 

 集がそうだとよ、といのりに視線を向けると、いのりはおにぎりを手に持ったまま爆弾発言をする。

 

「私はそんな事どうでもいい。集さえいれば」

 

 祭からは涙の篭った眼差しを向けられ、颯太からは嫉妬の篭った眼差しを向けられる。集はそっぽを向きながら口笛を吹いた。

 

「……変なこと、言った?」

 

 自覚せず言っていたようなのだから、尚のことタチが悪い。

 

「それにしても集!いつの間に会長とあんなに仲良くなったんだよ!!」

 

 涙目の祭から送られた宿題を端末で眺めていた集に颯太が噛み付く。

 集は冷めた視線を一瞬、颯太に送ると、すぐに視線を端末に戻す。

 

「知らねえよ」

「お前俺にだけ無愛想だよな!?」

「気の所為だろ。禿げるぞ」

「巫山戯んな!」

「はいはい。祭ありがとう。助かった」

「あ、うん……」

 

 祭が涙を拭きながら首を傾げる。

 

「……集、少し変わった?」

「へっ?」

 

 素っ頓狂な声が集の口から漏れる。どういうことかと訊ねると、祭はうんとね、と言葉を続けた。

 

「いや、なんか、物凄く元気というか前よりも意思がしっかりしているというか……」

「何言ってるんだか。普段通りだよ」

「そ、そうだよね!」

 

 そう答えるも、集の背筋には汗が垂れていた。

 気が緩んでいるかもしれない。桜満集の体に残る人格を投影して、常に演じていたので、里見蓮太郎としての側面は見せたことがない。気をつけなくては、と気を引き締める。

 そこで、集はあることに気づいた。

 

「……ところで谷尋は?ある約束しているんだけど」

 

 半殺しにしてやる、というねは、勿論言ってない。

 だが、谷尋はどこを見渡してもいない。

 

「……寒川君は───」

 

 

 

 

 

 

「───まさか拉致同然の被害を受けた日から学校に来てないなんて」

「それは私もびっくりですよ」

「うん、そうだな……ってうぉ!?」

 

 モノレールに揺られながらいのりと話していたら、急にいのりの雰囲気が変わったので、思わず大きな声を出してしまう。周囲の客に睨まれたので、一通り謝ると、青い瞳になっているいのりを見下ろした。

 

「どうかしました?」

「……何しにきたんだよ、お前」

「蓮太郎さんと話に来たんです」

 

 小声でボソボソと話す。いのりが普段見せることのない穏やかな表情で、その少女は口を開く。

 

「……蓮太郎さん?」

「……なんだよ」

 

 演じるのが億劫になって、集は演じることをやめた。

 

「わー、見事な多重人格っぷりですね」

「違うな。俺はお前みたいな多重人格者じゃない。この体に残る記憶を投影して、演じてるだけだ」

 

 集は演劇の才能なんて微塵もないのに、なんでこんなことをしなければならないんだ、と呟く。

 これは室戸菫との約束で、特定の状況に陥らない限り、『里見蓮太郎』を表に出さないという約束から生まれたものだ。

 それを知ってか知らずしてか少女はクスクスと笑う。

 

「やっぱり。蓮太郎さんは面白い人ですね」

「どういうことだよ、それ」

「そのままの意味ですよ」

 

 悪戯っぽく言う少女。いのりが普段見しない表情ばかりを見せつけてくるので、動揺してしまう。

 

「こんな風に目を見て話せる事ってこんなに幸せなことなんですね」

「……そういう、ものなのか」

「そうですよ。盲目だった私にはよーく分かります」

 

 ニコニコと微笑みを絶やさず集に向ける少女。

 その時、閉ざされていた記憶の一部が刺激された気がしたが、思い出すにはいたらなかった。

 集は天井を仰ぎながら、少女に問う。

 

「……お前、名前は」

「いのりですけど」

「そっちじゃない。楪いのりじゃない、お前個人の名前だ」

「あー、それですか……」

 

 彼女はバツが悪そうに顔を歪める。

 

「覚えてないんですよ」

「は?」

「だから。私、名前覚えてないんですよ」

 

 ならどうしてプロモーターという記憶を持っているのだろう。

 

「断片断片の記憶はあるんですけどね……」

「……なるほどな」

 

 どうやら、集や菫と違い、断片断片の記憶しか持っていないようである。

 

「はい……」

「ってお前も読心使いかよ!」

「はい!」

「元気よく答えるんじゃねえよッ!!」

 

 集は堪らず叫び、再びあやまる羽目になったのは言うまでもない。



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【episode16】

「ただいま……ってなんだこれ?」

 

 思わず頬が引き攣る。

 扉を開け、部屋に踏み込もうとした集の視界に、女性物の下着が落ちていた。

 それだけではなく、脱ぎ散らかしたと思わしき衣類がリビングにまで散乱している。こんな異業ができる人間など集はこの世に一人しか知らしかしらなかった。

 

「あら、集。おかえり」

 

 リビングの奥から、この大量の衣服の持ち主である女性が顔を出した。

 とても人には見せられない姿をした女性こそ集の母、桜満春夏(おうまはるか)。集は無言で春夏に近づき、頭蓋を鷲掴みにすると、腕にゆっくりと力を込めていく。

 

「痛い痛い!頭が割れちゃう!!」

「知ってるか、春夏。ヘッドロックって脳に直接刺激が与えられるらしいぜ。まあこれはヘッドロックじゃないが」

 

 そんな馬鹿げたやりとりをしていると、いのりが入ってくる。

 

「……集?」

「……待ってろって言っただろうが」

 

 いのりと春夏の奇妙な沈黙が生まれる。集は面倒なことになったな、と髪を掻く。

 どうしたもんかと頭から手を離さないまま思考する。

 

「あ、集のお母様ですか?はじめまして、桜満集さんとの未来を約束した楪いのりです。不束者ですがどうぞ、よろしくお願いします」

 

 集が思考の海に沈んでいる途中に、いのりがとんでもない爆弾発言をする。堪らず目を剥くと、いのりは綺麗なお辞儀をしていた。

 

「あ、集の婚約者さん。はじめまして、集の母です。こんな息子ですがどうぞよろしくお願いします」

 

 と、集の手を払い除けて綺麗なお辞儀をする。集はいてもたってもいられず、いのりと春夏の間に立った。

 

「……真に受けるな春夏!これはいのりさんの嘘だッ!!」

「酷い……集。乙女の純潔まで奪っておいて……」

 

 集が巫山戯るなと叫ぶ前に、ガシッと集の肩が春夏に掴まれる。

 嫌な予感がして集は春夏を見下ろすと、春夏は嫌味ったらしく笑いながらウィンクをして見せた。

 

「……責任、取らなきゃダメだからね?」

「話聞けよッ!!」

 

 集の悲鳴にも似た絶叫響き渡たった。

 

 

 

 

「……なになに?つまりいのりちゃんは悪いお兄さんから逃げるために集が今匿っている……そういうことなんだね?」

「納得した……?」

「で、本当の所はどうなの」

 

 集の中でなにかが切れた。指を鳴らしながら、額に青筋を浮かべる。

 

原爆固め(ジャーマンスープレックス)って知ってるか?両腕を腰に回して相手を後ろに投げながらブリッジしたままフォールを奪う技なんだが」

「冗談!冗談だから!」

 

 全く、と言いながら大きな溜め息を吐く。本音と冗談の境界線をしっかりと引いて欲しい、とボヤく。

 集の剣幕に押されてか、春夏はいのりの方を振り返って訊ねる。

 

「……いのりちゃん、それは本当なのね?」

「はい」

 

 流石芸能人。猫を被るのが上手だ。と内心揶揄る。

 

「……集?」

 

 いのりが読心術を使えることを思い出した集は、大きく咳払いをするといのりと春夏を交互に見つめた。

 いのりはただ静かに集を見つめていた。睨みつけていた。その視線を逃れるようにして春夏を見る。春夏は缶ビールを手にしたまま押し黙っている。

 流石に無理があったかと思ったその時、春夏は手に持った缶ビールを飲み干すと、プハーと息を吐いた。

 

「あーお腹空いた!いのりちゃんはお腹空いてない?」

 

 突然の言葉に呆気にとられる集。

 

「童実野とピザァラとどっちがいい?」

「どっちもピザじゃねえか」

「あ、集。シャトレーゼのケーキ買ってきて」

 

 俺はお前らの執事かよカッタリぃとぼやくと、春夏が集に顔を押し寄せて来る。

 

「おいしいものを食べながらジーックリ。聞かせてもらうからね?」

 

 集はめんどくせえ、ただ一言呟くと天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

「……解放されたはいいんだが、酒くせえな」

 

 未成年飲酒を何度も勧めてくる義母をなんとか寝かせて、ソファに無理矢理寝かせた集は散らかった服をたたみ直しながら眉間に皺を寄せた。

 ふと、いのりを見る。年代物のワインを無表情のままちびちび飲み、ピザはほとんどいのりが平らげた。どんな胃袋をしているんだあんたは。

 集は息を吐くと、ソファで気絶している春夏に毛布を掛ける。

 すると、ワイングラスを傾けたまま、いのりが口を開く。

 

「……優しい、のですね」

「……またお前か。今日はよく出てくるな」

「はい、また私です」

 

 いのり───少女はピンと手を挙げて「That's right」と流暢な英語で言う。集は訝しみながら目を細めた。

 

「……お前よ。実年齢十歳なんだろ?未成年が酒飲んでんじゃねえ」

「それはそれ、これはこれです。それに私は『呪われた子供たち』ですよ?」

 

 そのワードを聞いて集の眉が微かに動く。

『呪われた子供たち』。ガストレアウイルス抑制因子を持ち、ウイルスの宿主となっている人間のことを指すワード。

 ウイルスにより超人的な治癒力や運動能力など、さまざまな恩恵を受けている。妊婦がガストレアウイルスに接触することにより胎児が化するもので、出生時に目が赤く光っていることにより判明。

 ガストレアウイルスは生物の遺伝子に影響を与えるため、呪われた子供たちはその全員が女性という。

 そのためガストレアウイルスを保菌していることや人間離れしたその能力からか、彼女らは迫害されている。

 集は止まりそうになった息をなんとか吐き、震える声で言う。

 

「お前は、人間だ。そこのところを、間違えるな」

 

 すると、少女は悪戯ぽく微笑む。

 

「ところで蓮太郎さんは十歳の年頃の少女に興味がありますね?」

「……なんだって?」

「以前、一緒に歩いていた時に女の子のスカートから覗く生脚を眺めていたのを見ていたのを知っています」

「眼科に行け」

「面と向かって言うのは憚られたのですが、蓮太郎さんは非常に不幸そうな顔をしていますね」

「うるせえ」

 

 集がそう返すと少女はクスクスと笑う。

 俺は毛ほども楽しくねえよ、と喉まででかかったが、彼女の嬉しそうな顔を見ていると言葉に詰まる。

 

「……なーんてね、冗談ですよ。やっぱり優しいですね、蓮太郎さんは。前世では相当モテてたんじゃないですか?」

「世辞はいらねえ。結局想い人にはいつまでも弟扱いされてた───」

 

 ふと、口を止めた。頭の中に一瞬、誰のものかも分からない記憶を垣間見た気がした。しかし、いつまで経ってもその記憶は蘇らない。

 気の所為だったのか?集は空いていた口を閉じた。

 

「……そう言いながらも、蓮太郎さんに惹かれていた人はいるはずですよ」

 

 彼女は口角を上げて微笑む。集はなあ、と言った後に口を閉じた。

 そういえば、目の前の少女の名前を知らない。

 

「ん?どうかしました?」

 

 彼女は可愛らしく首を傾げる。

 暫くして、集の意図を察したらしく顔に悲しそうな笑みを浮かべた。

 

「……私の名前、ですか?」

「……ああ。知らねえからな」

 

 彼女はそういえばそうですね、と呟くと、暫く考え込むような素振りを見せ、困ったように顔を上げた。

 

「蓮太郎さん」

「んだよ」

「私、自分の名前がわかりません」

「───はあ!?」

 

 そして少女はそうだ、と言うと集を指さす。

 

「なんだ?」

「今、この時、この場所で。私の名前、考えてくれません?」

「……つまり、俺に名付け親になれと?」

「はいッ」

「他所を当たれ。専門外だ」

「そんなこと、仰らずに」

 

 集はメモ紙に室戸菫の電話番号を書くと、少女に手渡す。

 

「先生の電話番号が書いてある。そこに電話して名付けてもらえ」

「あんなマッドサイエンティスト嫌ですよ」

 

 死体にジョニーとか名前をつけて愛してるとか言っている変態、どんな名前をつけられるかわかったものでは無い。よくよく考えたらわかった話だ。

 集は仕方ねえなと頭をかいた後に諦めと共に大きく頷いた。

 

「わかったわかった。だから顔近づけんじゃねえよ、酒くせえ」

 

 集は溜息をつきながら思考をめぐらすと呟く。

 

「トメ」

「却下で」

「十香」

「私と蓮太郎さんが会ったのは15日です」

 

 このやり取りは数分に渡って行われた。

 最終的に辿り着いた唯一の名前。というよりも、これは最初から候補だった。

 

「イア」

「……理由を聞かせてもらいませんか?」

 

 理由は至極簡単。某キャラクターといのりの外見がそっくりだからである。加え、今のいのりは瞳が蒼いので差別化するにはちょうどいいと思ったからである。

 

「……そんなことだろうと思いましたよ」

「文句あるなら先生に電話して決めてもらうぞ」

「いえそれはやめてください。こんなことは言いましたがその名前、気に入りました」

「因みに漢字で書くと癒すに愛だ」

 

 よくこんな台詞がペラペラと自分の口から漏れるな、とボヤく。

 しかしそんな集を他所に少女は「イア、イア、かぁ」と呟いている。

 

「お気に召さないならまだ考えるが」

「……いえ、とっても気に入りました!」

 

 いのりさんが決して見せない最大級の笑顔に少し違和感を覚える。

 集はどう反応しようか困っていると新たな気配が生まれた。

 

「おーおー、いい雰囲気になっちゃって」

 

 振り向くと春夏がこちらを見ていた。

 

「……寝てたんじゃなかったのか」

 

 見られていたか、と訝しむも酔っ払いに何を言っても無駄だろう。

 集は気に留めないことにした。

 

「いやさー、明日にパーティがあったの忘れそうだからさー、起きたのよ」

「そうか。頑張れよ」

 

 興味無さげに手を振る。その時、春夏の手が閃光のように集の手を握った。

 

「お願い!集!!ドレス探すの手伝って!!」

「春夏が部屋を荒らした時からそんなことだろうと思ってたよ……」

 

 席を立ち上がり、癒愛を見下ろした。

 

「……少し待っててくれ。なるべく早く戻る」

 

 癒愛は俺の意図を察したのか、緩んだ表情を元に戻すと頷く。

 

「……さて。どんなドレスが必要なんだ?」

 

 春夏の部屋に入るなり、集は彼女に問いかける。

 

「お偉いさんの付き添いのね……ちょっと待ってて、とう!!」

「ちょ、待て、おいッ!!」

 

 集の制止も空しく、春夏はクローゼットの中身をぶちまけた。ちなみに、春夏は家事全般が一切出来ない女なので、片付けるのは集である。

 

「さあ!この中から探すのだ!!」

 

 集は頭を抱えたくなった。こうなる前に写真を見せろと言うべきだった。

 溜息を付きながらドレスらしきものを探していく。

 黙々と探していると、春夏が集を後ろから抱きしめてくる。

 邪魔だよ、と言おうとすると春夏は耳元で呟いた。

 

「いのりちゃん」

「……?」

「いのりちゃん、いい子じゃない。集には勿体ないくらい」

 

 世間知らずのところはあるが、確かにいのりは純粋な娘だ。

 

「……そう、だな」

 

 春夏は優しく微笑むと、集の頭を春夏の胸に抱き寄せた。

 

「おい、春夏お前……ッ」

「あら、スキンシップはいけない?」

「……ったく。好きにしてくれよ、もう」

 

 諦めたように溜息をつく。しばらくして、服の山の中から紫色のヒラヒラとしたものを見つけた。それを引っ張り出すと、集は春夏の前にそれを突き出した。

 

「ドレスというのはこれのことか?」

「……そう!それ!私の一張羅!これで明日のパーティは大丈夫ね!!さすが私の息子だわ!!」

 

 こんな時ばっかり俺は自慢の息子かよ、と喉まででかかったが、集は息を吐く事で事なきを得た。

 

「それじゃ、僕は大人しく風呂に入って寝るよ。明日も学校だしさ」

 

 欠伸を噛み殺しながら春夏の部屋から出ようとする。

 

「集」

 

 春夏に呼び止めら、集は訝しみながら振り返る。

 

「なんだよ」

「いつもありがとうね」

「……例え血が繋がってなくたって、俺たちは親子なんだから当たり前だろ───母さん」

 

 ムズ痒いものを感じながら、集は春夏の部屋を後にした。



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【episode17】

「おい涯、人使いが荒いぞ。給料はずめよ」

「黙れ。お前の人権を取り戻してやったのは誰のおかげだと思っている」

「猫耳だろ」

「俺たち葬儀社だ」

「猫耳カチューシャだろ」

 

 学校の校門前に到着するなり、黒塗りの高級車に半ば強制的に乗せられ、クロロホルムの染み付いたハンカチで半強制的に気絶させられ、目が覚めたらこれである。

 集は堪らず大きな溜め息を吐いた。

 

「……それで?わざわざ俺を呼び出したのは理由があるんだろ?説明しろ」

 

 乱れた服を正しながら、集は涯を睨みつけた。

 涯は耳のイヤフォンをコンコンと二回叩くと、渋い男の声が返ってくる。

 

『───数回の戦闘で、軍事物資が不足してきているのです』

「あんたが答えんのかよ、四分儀さん」

 

 集はなんだかどうでも良くなってきて、肩を落とす。そこで、ん?と首を傾げながら涯にもう一度訊ねる。

 

「OAUから金は手に入れられてんだろ?だったらなんで軍事物資が不足するような事態に陥るんだよ」

『資金はあっても運ぶルートがないんですよ』

「やっぱりあんたが答えんのか……」

 

 一通り、四分儀にすべて答えさせると、涯は集に顔を近づけて言う。

 

「───というわけだ。協力者が必要となった。そうしたら丁度学校に行きたくなさそうな面をしている男子高校生がいたわけだ。」

「俺を学校に行かせてくれないか?なぜだか知らないが今日は無性に行きたい気分なんだ」

「断る」

 

 集は裏声で涯の胸倉を掴んだ。

 

「お兄様!!」

「いるだけで俺の身に不幸が訪れそうな顔をしている妹なんて俺は要らん」

「お前本当にいい神経してるよなッ」

 

 涯の鳩尾に一発、拳を叩き込む。くの字に曲がった涯を横目に、通りすがった男二人組に組み付く。一瞬、何が起こったかわからない二人は首を絞められて気絶、ずるずると引き摺られていく。

 

「お前、悪魔か」

「違うな。服が歩いていたんだよ。俺は正しい」

「お前、それを悪って言うんじゃないのか?」

 

 ぐうの音も出ず、押し黙っている集に涯は口の端を上げて言う。

 

「この下衆(ゲス)野郎が」

「うるせえ、感謝しやがれ。葬儀社リーダー様がわざわざ手を汚さず追い剥ぎが出来たことに」

 

 服を奪い去ると、適当なロッカーに人を押し込み、鍵を閉める。

 目覚めた時、パニックになるのは明白だが、大声で喚けば脱出は出来るはずだ。

 着慣れないスーツの襟を正しながら、集は既に着替えを終えた涯を見る。

 

「……こんな場所に来たってことは、話したい奴がいんのか?」

「ああ。しかし、なかなか表舞台に出て来ない相手だ」

「いくら表舞台に出てこないからと言って、無理矢理表舞台に引き摺り出すのだけはやめてくれよ。愉快なオブジェになるのはお前一人で十分だ」

「安心しろ。そんなことするのはお前だけだ」

「んだとてめぇ」

 

 掴もうとした手を涯はするりと躱し、広場へと向かう。後ろから蹴り飛ばしてやろうかと考えたが、そんなことをしても仕方がない。溜息を吐いて、その後ろを着いて歩く。

 会場に出ると映画くらいでしかお目に掛からない、豪邸のような豪華な装飾の広々とした空間に、どう少なく見積もっても八十人強はいるスーツとドレスを着飾った男女が互いに談笑していた。

 集は久しく見るその光景に、天童菊之丞(仏像彫り)斉武宗玄(ヒトラー)を思い出しながら、頬を引き攣らせた。

 そんな集を気遣ってか、涯は集に声をかける。

 

「こういう所は初めてか?」

「……いや。寧ろ行かされすぎてもう行きたくないと思ってたくらいだ。もう二度と行くまいと思っていたんだが」

 

 あの時のことは今でよく覚えている。

 天童菊之丞(シロヒゲクソロウガイジジイ)のことを思い出すだけで、腸が煮えくり返りそうだ。この世界ではそんな男は存在しないので、もう二度と会うことは出来ない。残念極まりない。

 集の静かな憎悪を感じ取ってか、涯は冷や汗を垂らした。

 

「……お前も色々あるんだな」

「まあそれなりにある」

 

 臙脂色の絨毯をしばらく歩き、天井のシャンデリアの数を数えていた時、涯が足を止めた。

 

「あれが目的の人物だ」

 

 涯が目線で示す場所に目をやると、ドレスを着た女性と話す老人の姿があった。集はその老人の隣にいる女を見て───目頭を押さえた。

 

「……なんでここにいるんだよ、春夏」

「桜満春夏か」

「悪い涯。今ここで接触するってんなら俺は外の空気でも浴びてくる」

「わかった。状況は追って伝える」

 

 春夏が何かの拍子でこちらを向く前に、集は大人しくその場を立ち去る。

 

「……春夏が言ってたパーティってこれの事かよ」

 

 なぜだろう。とても不幸だった。

 

 

 

 

 夜の停泊場。

 そこに四人の男の姿があった。

 ダリル、嘘界、ローワン、そして白い歯を大きく見せて笑う、ダン・イーグルマン大佐。

 ダンは無駄に爽やかな笑顔を三人に見せる。

 

「格好つかないだろ?着任したからには、一発で決めないとさ!三人は今日付けで俺の部下になったんだから、ガッツ出して行こうぜ!!」

 

 無駄にでかい声を張り上げてダンは言う。

「お言葉を返すようですが。イーグルマン大佐」

「ダン!!親しみを込めてダンと呼んでくれ!!」

「は……はあ……、あのミスター・ダン」

 

 ローワンはダン独特のテンションに若干引きながらも話しを続ける。

 

「このドラグーンは地対空ミサイルでして、洋上の艦艇を撃つようには……」

 

 ローワンは後ろのミサイルを積んだ数台の大型車両を示しながら言う。

 

「俺が自由に出来るミサイル砲と言ったら、ここにあるドラグーンだけだからね!でも大丈夫さ、上に上がるなら……横にだって飛ぶからねっ!!」

「………………」

「………………」

「その標的となる艦艇というのは?」

 

 嘘界は携帯から目を離なさず、興味なさげに呟く。

 

「ナイスな質問だスカーフェイス!!」

「嘘界=ヴァルツ・誠です」

「GHQに反抗的な日本人が船上でパーティーをする。おそらく防疫指定海域外でテロリストと取り引きするつもりなんだね」

「話を聞いてくれませんか」

 

 ダンは黒く塗り潰したような海と、若干雲のかかった星空の境にある水平線を指しながら言う。

 

「ちょっと待ってください!民間人が乗る船をもろとも爆破するつもりなんですか!!」

「確かに……だけど、日本と今後の世界のためにテロリストは確実に排除しないといけないんだよ。彼らには可哀想だけど、尊い犠牲になってもらうことになるね」

「……!」

 

 ローワンは絶句した。

 まさかこの男が見た目通りの脳筋だとは思わなかったのだ。

 

「どこからそのような情報が?」

「善意ある市民からの通報でね!」

 

 ダンは三人に爽やかなウインクをして言った。

 

『……気持ち悪っ』

 

 エンドレイヴに乗ったダリルは相変わらず謎の記憶に悩まされながらそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 夜景というのは美しいもので、寝静まった時間帯でも美しさはある。電気が消えて、月光が反射される海面というのは素晴らしいものだ。端末を操作しながら、いのりの曲を再生、星空を見上げた。

 曲名は【Ghost of a Smile】いのり曰く、一人で仕上げた曲だという。

 儚さを感じさせながらも、決して絶望はない。そんな歌のように聞こえた。

 

「───僕の分まで笑わなくていい。だから僕の分まで泣かなくていい、か」

 

 どんな情景を浮かべながらいのりは歌ったのだろうか。

 歌のことはさっぱりわからないので、集には理解が出来なかった。

 

「……さて、そろそろ戻るか。もう終わる頃合いだろ」

 

 端末の時計を見るともうすぐ0時にさしかかろうとしていた。おまけに夜風の浴びすぎで、すっかり体が冷えきってしまっている。集は身震いをすると、船内に戻ろうとした。

 

『集!集!!』

 

 その時、無線が入った。一度は無視してやろうかと思ったが、後に文句を言われるのは自分なので、舌打ちをつくと無線機に声を透す。

 

「……なんか用かよ、えっと……ツバメ?」

『いい加減名前覚えて!ツグミよ!ツ・グ・ミ!!』

「似たようなもんだろ。要件を早く言え」

『アンタが話を逸らしたんでしょ!?』

「切るぞ」

 

 通信を切ろうとする。

 

『急いで涯に伝えて!ドラグーンがその船を狙ってる!!』

「……EQFU-3X スーパードラグーン 機動兵装ウイングか。随分と物騒なものがあんだな」

『違う!そっちじゃない!!攻撃を受けたら船なんて木端微塵よ!!』

「……なんだと?」

 

 血の気が引くのを感じた。端末を握り締めながら、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「……おい、猫耳。涯と、通信を、繋げ」

『えっ、なんで?』

「早くしろ!」

『あ、うん!』

 

 涯と通信を繋ぐまで数秒。

 

『……話は聞いた。船ごとやるつもりか大胆なのか単なる馬鹿なのか』

「……お前ならなんか打開策あるんだろ?」

『ないことは無い』

「なら俺に命令しろ!今すぐにでも!!」

 

 冷静さをかいた集に怪訝な声を漏らしたが、すぐに春夏がこの船に乗船していることを思い出した涯はすぐに声を発した。

 

『そう焦るな。今その打開策を連れてくる』

「……ヴォイドか」

『そうだ』

 

 安堵の息を吐いた、その時だった。

 

 何かの発射音が聞こえた。

 

「なに!?」

 

 集は思わず、船を乗り出すようにして発射音のした方を見る。

 洋上、何かが飛び出して来そうな程の塗り潰されたような闇色をした夜の海の上を、いくつもの赤い流星のような物が通過していく。

 ドラグーンは船に向かって無慈悲に向かって来ていた。

 

「おい涯!早くしろ!」

 

 しかしもう無理だ。どんなに急いだところで、ヴォイドを取り出すまでには一秒は必要だ。その間にこの船は爆破されて、みんな死ぬ。

 集は歯を食いしばりながら、ドラグーンを睨んだ。

 

「……ざっと十ってところね」

 

 後ろで声が聞こえた。

 

「……暴れるわよ。焔光(えんこう)

 

 凛と響く声。

 

「───天童式抜刀術 零の型三番」

 

 聞き覚えのある声。もう二度と、聞けるはずのない声。

 

「阿魏悪双頭剣!」

 

 恐ろしい速度で繰り出された斬撃が形となってドラグーンへと降り注ぐ。

 

「ふぅ。まあ、こんなものね」

「……なん、で」

 

 集の声が漏れる。喉からヒューヒューと空気が漏れる。

 

「……さて、邪魔する者はいなくなった事だし聞いてみますか」

「なんで、あんたが、ここに……!」

 

 姫カットのストレートの黒髪。陶磁のような肌。すべてを見透かすような黒曜石の瞳───

 

「だって……あんたは……()()()()()()()()()()()()ッ!」

「……久しぶりね、()()()()。その不幸面は相変わらずね」

 

 黒いスーツを身に纏った天童木更が、船の手摺に立って見下ろしていた。



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【episode18】

「久しぶりね、里見くん」

 

 ここにいるはずのない存在。

 

「……なに、その間抜けた顔は」

 

 絶対にいるはずのない存在。

 

「……頭と体分離させるわよ?」

「……怖いこと言わないでくれないか」

 

 天童木更。この世にいるはずの無いイレギュラー因子。

 

「へぇ、顔立ちは全然違うなとは思ったけど思ったよりそっくりね。不幸顔とか不幸顔とか不幸顔とか。隠しきれない要素が沢山あるわね」

「……あんたなんでここにいるんだ」

 

 言いたいことなら山ほどあるが、そんなことはどうでもいい。今は彼女がなぜここにいるのか。ただそれたまけのということ。

 

「そうそう。忘れるところだったわ」

 

 木更は集の首元に刃先を突き付ける。僅かに触れた剣先が首を浅く切り、赤い血液がスーツを汚す。

 

「私に着いてきてもらうわよ、里見くん」

 

 凄まじい殺気。

 逃げることを一瞬考えたが、生憎とのここは海だ。中に逃げ込めば多少は時間を稼げるかもしれないが、いま春夏に見つかるのはあまり好ましくない。

 

「……仕方、ないのか?」

 

 天童木更。とある妖怪に【悲しいほど腐りきった剣】と言わしめた天童式抜刀術免許皆伝者。

 ここは大人しくついていくのか吉だろう。

 

 

 だがそれは、リーダーが許したら、の話だが。

 

 

「駄目だな。そいつは俺たち葬儀社の所有物だ」

 

 お前の所有物じゃねえよ、と思いつつ口角を上げながら後方へ跳躍。反応の遅れた木更は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 

「……遅えよ」

「これでも急いだんだ。供奉院亞里沙が見つからなくてな」

「ナンパしてんじゃねえ」

「してないぞ、万年不幸顔」

「黙れナルシスト」

「ナルシストだが?」

「うぜえ」

 

 一見ふざけたやりとりだが、木更からは一度も目を離さない。

 一瞬でも目を離せば、それは死を意味することになる。

 

「邪魔しないでもらえるかしら、葬儀社の恙神涯」

「……お前、司馬企業の人間か。何をしに来たのかは知らんがこいつを連れていくことは諦めてもらおう」

 

 木更が目を細めて涯を睨めつける。

 

「……仕方ないわ、こうなったらもう実力行使しかないようね」

 

 そう言って木更は刀の柄に手をかける。黒い鞘に銀の頭、赤い下緒。集は知っている。それが模擬刀であであることを。

 姿勢を低くして、木更を睨む。

 まさに一触即発。どちらかが動けば戦闘になるだろう。

 そんな時だった。木更の方から軽快なメロディが流れ始める。木更は最初は無視をしていたが、いつまでも鳴り止まないそのメロディに嫌気がさしたのか、携帯端末機を取り出して、電話に出た。

 

「はいもしもし!え?帰れ?いや、目の前に目標がいるのよ?ああもう分かったわよ!帰ればいいんでしょ!帰れば!!」

 

 急に叫んだかと思えばこちらを向いて

 

「命拾いしたわね!!」

 

 言いながら、木更は立ち去っていった。

 

「……なにがしたかったんだ」

 

 そう呟く涯。

 

「……んなこと、俺が知りたいよ」

 

 だが、これだけは言える。彼女は逃げたのではない。逃げてくれたのだ。

 もしこの場で彼女と一戦を交えていたらと考えると、冷や汗が浮き上がってくる。

 

「……涯、俺は先に」

「わかった。後のやり取りは俺が行っておく。もう時期ボートが来る、それで沖まで行け」

 

 その後、色々あったらしいが無事供奉院グループとのやり取りが上手くいったようだ。

 

 

 

 

 雲間から朝の光が差し込み、雀が囀りながら枝の上で戯れている。

 集が住んでいるマンションの入口に、集は正座させられており、いのりは絶対零度の視線で見下ろしていた。

 あくびを堪えながら、集は固唾を飲み込む。居心地の悪い雰囲気に集は視線を中に泳がせた。

 

「集。説明して?」

 

 前にもこんなようなことがあった気がする。あれは確か今から一ヶ月ほど前の話だったか。その日、集はGHQに連行され、同時に城戸研二を連れ出したというのはまだ記憶に新しい。

 集は困り果てながら、カァカァ鳴いているカラスを見上げた。ベッドに入って惰眠を貪りたい。

 

「集?」

「落ち着いて。落ち着いて聞いてくれ、いのりさん。あれはいまから36億年前のこと───いや、俺たちにとっては一億年前の出来事だ。あれは悲しい事件だったよな」

「集?」

「なんでございましょう」

 

 集はげっそりとした顔でため息をつく。どうやら、一週間前に出かける約束をしていたようなのだが、寝起きだったためか全然記憶になかったのだ。

 お陰で時間になっても集合場所に訪れない集をいのりは叩き起しに行き、折角のデートが地獄への片道切符へと変貌している。

 

「どうして約束を破ったの?」

「い、いや。破ったわけではないんだが……」

「言い訳はいいの。どうして葬儀社の命令の方を優先したか説明して?」

「……仮にも葬儀社はあんたの組織だろ、いのりさん」

 

 何か文句でもある?と言いたげな視線を送ってくるいのりに集は心の底から帰りたいと思う。

 

「……まさか忘れてたとか?」

「まままままさか!?忘れるわけ」

「忘れたのね」

「いや違うよ!?違うんだいのりさん!!忘れていた訳じゃ───」

「正直に言って」

「……はい」

 

 熟年夫婦か。内心毒づく。

 

「……私とのデートはそんなに嫌だったの」

 

 本当はそうだが、ここは否定しておく。

 

「じゃあなんで忘れたの」

 

 不眠虎度重なる戦闘による記憶障害である。

 

「話せないことなの?」

「い、いや、そういう訳では……」

 

 ここは、嫌でも別の内容を出すしかないだろう。

 

「……映研の出し物作っていたらその事が頭いっぱいになってしまいました」

「……」

「あ、でも今回のは本気なんです」

「……」

「ほ、ほら、EGOISTのMV応募していたじゃないですか」

「……」

「だ、だから応募してみようかな……と」

「……」

 

 我ながら酷い言い訳である。よくもまあ口から出任せが出るな、と心の中で思う。しかし、MV応募の件は嘘ではないし、それに全力で取り掛かっているのも本当だ。

 いのりは数瞬、考えをめぐらせた後、集の腕を掴んだ。近くの喫茶店へと入り、席を確保するなり

 

「見せて」

 

 開口第一声がそれというのは一体どういう意味だろう。

 

「え、えっといのりさん?」

「見せて」

「ま、まだ完成してない」

「いいから見せて」

 

 いのりの圧に押されて、集は泣く泣く端末を開いてその映像を見せた。

 

「試作段階ですけど……」

「構わない」

 

 気を引き締めるように息を吸い込むと端末の電源を入れて、保存フォルダーを開く。

 

「……イヤフォンは?」

「貸して欲しい」

 

 いのりはワイヤレスイヤフォンを耳に装着すると、集に目線を送る。

 

「曲は」

「エ、エウテルペにしようかなって」

「わかった」

 

 集は再生ボタンを押した。映像が再生される。

 自画自賛ではあるが、いい出来なのではないだろうか。まだ改善の余地はあるが、この数年で極めた技術の集大成と言っても過言ではない。

 

「……まあ、悪くない。よく出来てる」

 

 そう言いながらいのりは目に手を当てて何かを取り出す。

 

「と思いますよ?」

「は?ちょ、ま、おま、まさかッ!?」

「はい、ここは店内ですよ」

 

 しー、と口の前に人差し指を持っていくと小さな声で言う。手には赤いコンタクトレンズがあり、目前にいる少女は青い瞳の少女。

 間違いない、先日、名前をつけた癒愛だった。

 集は目頭を抑えながらそういうことかッ!と呟く。

 つまり、嵌められていたのだ。最初からそんな約束などなく、すべてがでっち上げ。

 

「……あーくそッ!騙されたッ!!」

 

 集は髪をガシガシとかきながら項垂れる。

 

「ドッキリ大成功」

「こんな心臓に悪いドッキリをするなッ!」

 

 癒愛は面白可笑しそうに笑う。

 んだよ、と集はメニュー表を睨む。もうこうするしかなかった。

 しばらく端末とにらめっこしていた癒愛は、ふうと呟くとホクホク顔で答える。

 

「よく出来てますね」

 

 世辞はいらねえよ、と集が呟くと癒愛の───性格にはいのりのではあるが───小さな掌が集の頬を包んだ。

 

「いえいえ。よく出来てますよ。楽しみにしてますよ───このミュージックビデオが完成するの」

 

 あまりにも綺麗な笑顔でそういうものだから、集は思わず顔を背けたくなった。

 

 

 その時、心の中で何かが蠢くような気配がしたが───あれは一体なんだったのだろうか。



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【episode19】

 海の心地よい音がする。潮の香りが鼻腔をくすぐり、盛大なくしゃみをする。

 海はつい最近行った。もう行かなくてもいい気がする。というか行きたくなかった。

 

「集?」

「どうしたの、いのりさん」

「そんな顔しないで」

「はい」

 

 どうしてこうなったんだろう。やはり、俺は呪われているのだろうか。なんて思っているいるうちに、陸に上陸。目的地である大島に到着した。

 船から降りようとすると、颯太が集を突き飛ばして大きな声で叫ぶ。

 

「着いたぞぉぉぉ!」

 

 船から下りた颯太は興奮の声を上げる。壁に叩きつけられた集は眉間に皺を寄せながら、指を鳴らしていた。

 殴り殺してやりたい衝動を押さえ込みながら、集も陸に降りる。

 

 高校二年生の夏休み、集たちはは大島へやって来ていた。

 英研部員達は夏休みの合宿で、集たち葬儀社は涯からの任務でここへとやってきた。

 やはりと言うべきか、この場にも谷尋はいない。一体、どこで何をしているのだろうか。

 ちなみにいのりは部員じゃないのだが、颯太がいのりを被写体にしたいらしくて連れてきたらしい。最初は乗り気ではなかったようだが、花音が集も来ることを伝えると二つ返事でOKしたようだ。

 肌を突き刺すような日差しから逃れるように集たちは別荘へとやってきた。

 想像を超えた大きさに、花音は集に訊ねる。

 

「桜満くんの親戚の人って何してるの?」

 

 集は花音に目もくれずに答える。

 

「アルドルフ・ヒトラー」

「えっ?」

「みたいな、人だよ。そういうことは、あんまり気にしない方がいい」

 

 涯のことではない。真っ先に連想したのは天童菊之丞。断じて涯ではない。花音はふーんと軽く返すだけであまり深く追求しなかった。そして、荷物を置きに行こうとするいのりを捕まえて耳元で話す。

 

「……どうしたんだよ、この屋敷」

「ふにゃあッ!?」

 

 いのりが素っ頓狂な声を上げて集から二歩、三歩と後退した。なにかしたのだろうか。

 

「……いのりさん?」

「が、涯が供奉院グループから手配した」

 

 驚く必要ねえだろ、と視線で送るといのりは目を泳がせる。

 最近、いのりの調子が可笑しい。例えば集がいのりに近づくと、わざとらしく距離を取ったり、話しかけようとするとどこかへ行ってしまう。その癖、集が他の女子と話していると、鬼神も真っ青になって逃げ出すような不機嫌オーラを撒き散らしながらいのりは集の背後に立つのだ。

 何がしたいんだお前。そう言いたくなる言葉をいつもぐっと呑み込んでいる。

 集が訝しげにいのりに視線を送っていると、近づいてくる影が一つ。

 

「また二人仲良くしてー家だけにしてよ!」

「はあ!?いきなりなにを───」

「だって二人一緒に住んでんでしょ?」

 

 言われて驚くいのりと颯太に対する不信感を一層強くする集。

 

「何?どういうこと?」

 

 花音と祭は、話が見えずに首を傾げている。

 

「俺見ちゃったんだよねー、二人が一緒に家へ帰っていくところ!」

「はぁ!?」

「じゃあインタビューしちゃいましょう!二人の慣れ初めは?」

「颯太ッ!!」

「最初は怖かったけど受け入れればそうでもなかった」

「あんたは黙ってろいのりさんッ!!いのりさんとは本当になにもないから!」

「またまたー」

「巫山戯るのもいい加減にしやがれ!いのりに迷惑かけるんじゃねえッ!!」

 

 感情に任せて口汚い言葉を発する集。一触即発。火がつく寸前で花音が仲裁に入った。

 

「あっ……」

 

 集はしまったと思い、沈黙する周囲を見渡した。集は頭をかくと無言で家の外に出る。

 

「悪い……ちょっと、頭を冷やしてくる」

 

 言いながら集は外へと駆け出した。

 

 

 ✧

 

 

 桜満玄周と書かれた墓の目の前に訪れる。墓参りの手順を一通り行ってから、集は小さく息を吐いた。

 

「桜満玄周か」

「……知ってるのか?桜満玄周のこと」

「旧天王洲大学の教授であり、アポカリプスウイルス研究の第一人者だ」

「そう……か」

 

 そんな大層な人だったのか、と集は小さく呟く。

 

「寧ろなぜお前が知らん。アポカリプスウィルスの研究をしている者が近くにいれば、いやでも耳に入る名だぞ?」

 

 涯の声に呆れの色はないが、少し意外そうな感情が入っている感覚だった。

 

「春夏とはあまりそういう話はしないからな。父さんのことを思い出すと泣き出すもんだから」

 

 集はここから見える景色を一望する。

 

「この大島にも昔住んでたらしいが、俺に記憶がないから実感もわかなくてな。実の父親っていう実感もなければ、この男の顔すら知らない」

 

 それは、集も蓮太郎も同じことだった。

 

「本当になにひとつ憶えていないのか?」

 

 涯の言葉に小さく頷く。残念そうな顔を浮かべる涯にまあと続ける。

 

「姉と弟がいたような気がするんだ。気の所為だと思うんだがな」

「……そうか」

 

 涯が一瞬息を飲んだ気をした。集は問い詰める気にもなれず話題を転換する。

 

「それで、いい加減話してくれてもいいんじゃないのか?この大島に俺たちを呼んだ理由ってやつをよ」

 

 集の言葉に、涯は着いてこいと言うと歩き始める。その後ろを黙々と歩き続けると神社を見つけた。近づこうとすると、涯が手を出して集を静止させる。

 

「あれが今回の目的のものだ」

「神社?」

 

 涯に示された先を見ると、丘の下で道路を挟んだ向こう側にある鳥居と長い階段だった。見てみろ、と涯に手渡されたスコープで鳥居を覗く。

 階段の至るところに赤外線センサーのラインが張り巡らせていた。

 

「神社如きでなんでこんなに……」

「”はじまりの石“。今俺たちが最も手に入れなければならないものだ」

「なんだよそれ?」

「文字通りだ。ここに落ちた隕石の破片にある少女が接触したことによって───その少女はアポカリプスウィルスの第一感染者となった」

「……アダムをすっ飛ばしてイヴってことか。趣味悪ぃな」

 

 集は涯の言葉を聞きながら、顔を顰める。

 

「それがはじまりの石。今回の任務はそれを手に入れることが目的だ」

「そのためのヴォイドが必要なんだな」

「そうだ。お前は時間に指定の場所に魂館颯太を連れてこい」

「半殺しにしてから連れてくりゃいいか?」

「……いのりを使え」

 

 その言葉に集は涯を睨みつける。

 

「……いのりさんを使えってことか?」

「不満か?なら、お前が他の案を考えてみろ」

 

 集は数秒唸った後、諦めたように首を横に振った。確かに、涯の作戦ならリスクを負う必要もない。

 

「決まりだな。お前は戻って時間まで思い出作りでもしておけ。友達は大切にな」

 

 涯の言葉に集は気のない返事をした。



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【episode20】

改訂:2019年12月13日


 観光客や現地の人々で賑わう浜辺で、集旗そがれていた。そのためだろうか、後ろから近づいてくる気配に気づかず、目前が暗くなった。困惑する集の耳元に抑揚のない声が聞こえてくる。

 

「……だーれだ」

「───いのりさんしかいないだろ」

「正解」

 

 集は覆われた掌を払いながら、いのりの方を見上げる。

 

「……どうした?」

「集を見つけたから」

 

 いのりが集から手を離すと、目の前でくるりと回ってみせる。

 海にいるからだろう、先日ショッピングモールで購入した水着を着込んでいた。

 集は頬を掻きながらいのりが求めているであろう言葉を口にする。

 

「……似合っていると思うよ」

「それを言うのは女の子がどうって聞いてからと定番が決まっている」

「……そんなもんか?」

「そんなもの」

 

 女心はよくわからない。集は溜息を吐く。

 

「しゅ、集!」

「あ?」

 

 第三者の声が横から聞こえてくる。祭だろう。集は鬱陶しげに振り向きながら吹き出した。

 上に何も羽織っていない祭が水着姿でこちらの方へ走ってきていた。年不相応な乳房が上下に揺れ、周囲の男たちを釘付けにする。

 集は思わず顔を背け、いのりは自分に僅かに足りないものを見やると祭の一部分を凝視する。

 

「……何してんだあんた」

「なんでもない」

 

 そんなやり取りをしているうちに顔を真っ赤にした祭がやって来た。息を荒く吐き、その度に乳房が僅かに揺れる。

 

「私達も泳ごうよ!」

「お、おい!」

 

 そう言って祭は俺の腕に抱きついてくる。その際、祭がわざとらしく自分の乳房を押し付けてきた。

 

「ほら早く!」

「あ、当たってるぞ!?」

「いいから!行くよ!」

 

 祭は、いのりを置いてけぼりにして集を海に連れていく。集は助けてくれといのりを見つめる。

 

「……」

 

 集はいのりの冷たい視線に耐えきれず明後日の方向を向いた。

 俺は何も悪くねえよ。集は小さく息を吐いて目を伏せる。

 

「いやー、仲良しなお二人さんを見てると嫉妬しちゃいますよー」

 

 そんな最中、カメラで海辺を撮っていた颯太は集と祭の方へカメラを向ける。今すぐ海に沈めて颯太を白骨死体にすれば、この映像は永久に使用されることは無いだろう。首を鳴らしながら、完全犯罪を目論む集にいのりが集の方へとやってくる。

 

「集!」

「ど、どうしたいのりさん」

 

 颯太の乱入によって祭の拘束から解き放たれた隙にいのりが集の腕を掴む。

 

「ねえ、沖の方へ行ってみよう?」

「う、うん。あれ?」

 

 いのりに引っ張られる形で集は海へ入っていった。

 

 

 それから、日が暮れるまで集たちは遊び尽くしていた。ほくほく顔で帰る颯太、顔を真っ赤にして何をしているんだろうと呟く祭、どこか上の空の花音。そして、集は頬を真っ赤に腫らし、いのりはバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「……ごめんなさい」

「いや、いい。いのりさんだけのせいじゃないから」

 

 海を泳いでいたらいのりの水着の紐が取れたところを目撃、ビンタされることが数回。祭の水着の紐が取れたところを目撃、ビンタされること2回。

 呪われているとしか思えない悲劇に集は小さく息を吐いた。

 

「……海ってこんなに疲れるもんだったか?」

 

 痛みを和らげるために氷嚢を当てた右頬を押さえながら浜辺に座り込む。

 

「……集?」

「……座ったらどうだ。立ってるのも疲れるだろ」

 

 沈みゆく太陽を見つめながら、呟く。すると、いのりの雰囲気が変わったような気がした。振り向くと、いのりの赤い目が青く染っており、子供っぽい笑を浮かべた癒愛がいた。

 

「……なんですかそのセリフ。全然似合いませんよ」

「ほっとけ」

 

 吐き捨てるように言う集の隣に癒愛は座り込む。

 

「隣、大丈夫ですか?」

「構わねえよ」

 

 太陽がゆっくりと海に沈んでいく。これから夜が始まり、葬儀社としての時間が始まる。気を引き締めなくては。軽く頬を張ってから立ち上がろうとする。

 そんな中、癒愛が呟いた。

 

「集さんの故郷、とても綺麗ですね」

「そうだな」

「私たちがいた世界では絶対に見ることが出来ない絶景です」

「……間違いないな」

 

 一瞬どう答えようか迷ってから、適当な言葉で返事をする。

 癒愛の言う通りだ。この世界は2031年では間違いなく見ることの出来ない景色だ。海はガストレアの住処となり、海水浴にでも行こうものなら捕食されるだろう。

 もし、延珠たちを連れてこれたら───なんて考えてしまうと、なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。

 

「……元の世界のこと、ですか?」

「……」

 

 集はその問いかけに答えない。癒愛は仕方ないですね、と集の頬を小さな掌で包み込むと微笑んだ。いのりが持つ長い桃色の髪が海風で揺れる。

 

「ほら見てくださいよ。しっかりと目に焼き付けないと」

「……俺に、こんな絶景を見る資格はない」

 

 集がそう呟くと、癒愛は微笑んだまま言葉を紡ぐ。

 

「…………以前も言いましたが、私は、この世界に来るまで()()()()()()()()()()

 

 集はその言葉に目を丸くして癒愛の顔を凝視した。

 

「言葉通りの意味です。まあ……()()()()()()、の方が正確ですけど」

 

 癒愛は悲しそうに笑って言う。

 

「私たち『呪われた子供たち』は、ガストレアウィルスの恩恵で、病気になったり、障害を負ったりすることはありません。だから病気で目が悪くなった訳では無いんです」

 

 淡々と言葉を紡いでいく。

 

「なので目に鉛を流し込みました」

 

 その言葉に集の身体が硬直するのを感じた。

 

「あ、他人にやられたんじゃありませんよ。自分でそうしたのですよ。そうやって悲劇の少女を装うことで、大人たちの同情を買って、物乞いをしていたんです」

 

 生きるための知恵ですね。と癒愛はそう言い笑う。

 思わず唇を噛み締める。どんな計算があるにせよ、生半な覚悟でできることじゃない。

 本当に癒愛は心優しい少女だ。悲しいほどに。

 

「……でもやっぱり耐えられなくて。挫けそうになった時でした。蓮太郎さんにあったのは」

「……俺に?」

「はい。私にお金を恵んでくださった、プロモーターのあなたに」

 

 集は息を呑んだ。まさか、この少女は。

 癒愛は集の頬から掌を話すと、立ち上がる。そして歌い始めた。

 

「Amazing grace how sweet the sound

 That saved a wretch like me.

 I once was lost but now am found,

 Was blind but now I see───」

 

 アメイジング・グレイス。有名な聖歌だ。集は、この歌を聞いた事がある。

 

 ───“ごめんなさい。民警さんに悲しい顔をさせてしまって”。

 

 集の顔をぺたぺたと触る盲目の少女。思い出す、覚束無い手つき。いつだって笑顔を絶やさない盲目の少女。

 まさか彼女は───!

 

「やっと……思い出しました?」

「……ああ」

「ふふ、やっぱりあの時の人だったんだ」

 

 癒愛は優しく集の頬を包む。

 

「そんな顔しないでくださいよ」

 

 癒愛はニッコリと俺に笑ってみせる。

 

「私は生きてますって、ほら」

 

 癒愛は集の顔を自分の胸元まで持っていき、心臓の部分に当てる。ふにょん、と弾力性に富んだ感覚が集を包み込むが、今はそんなことも考えられなかった。

 

「ほら、私は今もこうやって鼓動を刻んでいますから……」

「……違うよ癒愛」

 

 震える顔をゆっくりと上げる。

 

「……嬉しかった、それだけだよ」

 

 集は涙声になりながら言う。

 

「……泣いてるんですか?」

「泣いてなんか、いない」

「……仕方ないですね」

 

 癒愛は俺の頭を抱く。花のような匂いが集を包み込む。

 

「……癒愛?」

「泣いてもいいですよ。沢山我慢していたのでしょう?」

「……俺は男だ。涙は、流さないけど……しばらくこのままでいさせてくれないか?」

「……わかりました。蓮太郎さんの気が済むまで、このままでいましょう」

 

 集と癒愛は日が沈むその瞬間まで、その体勢で居続けた。



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【episode21】

改訂:2019年12月13日


 海の音と虫の鳴き声が綺麗な音を奏でている。

 関係の無い話、音楽に関して天童菊之丞のお陰(せい)で結構理解出来ているつもりでいる。

 

 ───来たか。

 

 集は目を開き、展望台から今回の目標である神社に偽装した研究所を睨む。

 

「おーい集」

「……遅刻だぞ、颯太」

 

 集は、薄ら笑いを浮かべながら、颯太の方を振り向く。

 

「ったく……なんだよ、こんな時間に俺を呼び出してよ」

「いや、向こうで話しづらいことだから───」

 

 表情を変えず、集は言った。

 

「颯太。なぜ俺といのりさんが同居してることを知っている?」

 

 颯太の表情が強ばる。表情を変えずに冷めた視線を送りながら、視線を泳がす颯太を睨みつける。

 

「答えろ」

「……い、いやぁ……だから、たまたま見ちゃって───」

「ストーカーだろ。あからさまな嘘をつくな」

 

 颯太の顔が更に強ばる。集は眉一つ動かさず、そのままの表情で言い放った。

 

「いのりさんに興味があるのは結構だ。だが、ストーカーは駄目だろ」

「ぐ、ぐぅ……そんなこと言わなくたって───」

「───そんなこと?ストーカーがそんな事だと?お前の言うそんなことで殺された人だっているんだぞ。それに、日本にはストーカー行為等の規制等に関する法律が2000年11月24日に施行されている。お前、犯罪者予備軍だぞ」

 

 何も言い返すことが出来ない颯太。

 悪い奴ではない。それは、いつも適当にあしらっている集でも分かる。しかし、偶に常軌を逸した行動を取るのは問題だ。

 集は表情を崩し、颯太に近づくと浴衣を掴む。

 

「いいかよく聞けよ颯太。いのりさんを襲ってみろ。お前の目を抉りとって二度と人様の顔を拝めないようトラウマを植え付けてやる。だが、俺は優しいからな。今回のことを警察に言うつもりもない」

「ほ、本当か!?」

「……お前、正真正銘のクズだな」

 

 左手が颯太の身体の中に沈み込む。左手を引き抜くと銀色の糸状のものが形を形成していく。数秒が経過。集の手元には近未来的なカメラの形をした颯太のヴォイドが収まっていた。

 肩に担ぎながら気絶する颯太を見やる。

 

「……格好悪いぜ、今のお前。正面から掛かって来いよ、颯太」

 

 意識のない颯太にそう呼びかけるとカメラを何も無い空間に向ける。

 

「───いるのはわかってるんたまよ。とっとと出てこい」

 

 景色が歪む。次第に灰色の布地に変わり、中から誰かが出てきた。

 その人物はツグミだった。集はカメラを下ろしながらなんだ猫耳かとボヤく。

 

「ぶっ飛ばすわよあんた!」

「ギャーギャーうるせえな。発情期かお前」

 

 相変わらず無駄にうるさいツグミに片耳を塞ぐ。

 

「……他の奴も隠れてないで出てこいよ。いるんだろ、どうせ」

 

 辺りの景色が一斉に歪み出す。集は自分の頬が引き攣るのを感じながら苦笑いを浮かべる。

 

「……お前ら光学迷彩の無駄遣いしてるんじゃねえよ」

「お前の行く末を見たかったのでな」

 

 涯が俺の目の前に現れて言う。

 

「……いのりさんは使ってねえぞ。残念だったな」

「いやお前ならいのりは使わないと思っていたさ。あくまでも奥の手を言ったまでだ」

「本当に性格悪いなお前」

 

 そう言いながら睨みつける集の視線を逃れるように涯はコートを翻す。

 

「そんな顔をするな。いのり、集。俺について来い」

 

 もう涯に何を言っても通用しないだろう。集は息を吐くと、涯の後に続こうとする 。集の隣を歩くようにいのりさんが集に近づいた。

 

「……」

「……いのりさん?」

「……格好よかったよ」

 

 癒愛なのかいのりなのか。どちらの人格が表に出ていたのか分からなかったが、思わずドキッとしてしまったのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

「……何段あんだよ、この階段」

 

 神社に続く階段を登り始めてからかれこれ数分が経過しようとしていた。

 そろそろ着いてもいい頃合だと思うのだが、頂上は一向に見えてこない。

 古い記憶に天童菊之丞に登らされた思い出し、思わず苦い表情を浮べる。

 

「辛いか?」

 

 先にいた涯が不敵な笑みを浮かべながら集を見下ろす。

 

「んなわけあるか」

 

 軽口を叩気あっているうちに、ようやく頂上に辿り着く。表向きは普通の神社のようで、見張りの兵士はどこにも見当たらない。

 

「警備の目は問題無い。問題は内部だ。集、そのカメラでゲートを撮れ」

「わかった」

 

 涯の言う通り、カメラを施設の扉に向けて構え、シャッターを切る。

 子気味のいいシャッター音と共に、カメラから閃光が放たれる。するとロックが外れる音がして神社の扉が開く。

 どうやら厳重なロックが何個かかかっていたようだが、それは何の抵抗も無く開いた。

 

 ───科学の力、心の形(ヴォイド)の前では意味をなさず。

 

「魂館颯太のヴォイドは閉ざされたものを開くヴォイドだ」

 

 俺が質問する前に涯はそう言うと、手で合図し扉をくぐる。その後ろを集といのりはその背後を歩く。

 その後も封鎖された扉が現れたが、カメラのヴォイドのお陰で難なく通過することが出来た。

 だが、どこか可笑しい。集は眉間に皺を寄せた。

 

「……妙だな」

「お前もそう思うか」

「ああ。内部に一人も見張りがいない。兵士は何処へ消えた?」

 

 微かにした鉄の匂いに目を見開き、颯太のヴォイドを道の角に置く。咄嗟の判断で涯といのりに叫ぶ。

 

「涯、いのりさん!伏せろッ!!」

 

 ポケットからメリケンサックを取り出すといのりの目の前に飛び出す。

 

 ───瞬間、火花が飛び散る。

 

「───随分と手荒い歓迎じゃねえか」

「……へえ、私の剣戟について来れるようになったのね」

 

 ───視線と視線が交わる。メリケンサックを手に持つ俺の拳と刀が離れる。

 

「───久しぶりだな、木更さん」

「───ええ、久しぶりね。桜満くん」

 

 身体のラインがくっきりと現れるスーツを着た天童木更が集たちの目の前に現れたのだった。



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【episode22】

 ───天童木更(てんどうきさら)

 集が前世に勤めていた天童民間警備会社の社長。聖天子の補佐官を務める天童菊之丞の孫娘で、天童式抜刀術の使い手でもある。

 本来は良家の令嬢なのだが、幼い頃に両親が親族達の陰謀で亡き者とされた事を機に一族から出奔している。

 そのため両親の死が引き金となって、ストレスから腎臓の機能障害を併発、俺が死に至るまで人工透析を受け続けていた。

 そのため長時間は戦えない筈なのだが、どうやら目の前の彼女はそういう問題は解決しているらしい。

 

「……万全なあんたと戦うのは骨が折れそうだな」

「あら。不幸顔にも分かるのね」

「……不幸顔は関係ねえだろ」

 

 そう言いい放つも、少しでも木更から目を離したら確実にこの首が跳ぶというプレッシャーに駆られていた。目の前の木更は間違いなく自分よりも格上の存在。下手に手出しをしたら、確実に負ける。

 ゆっくりと、相手の動きを観察しながら、一歩、二歩と後退する。

 

「───そんなに身構えなくてもすぐに切って掛かったりなんてしないわよ」

 

 木更の言葉に僅かに緊張感を弛める。

 もうすぐ目標の場所なのだろう。恐らくそれほど離れていない。木更が居るということは目的のものはすぐそこにあるということだ。

 

「……お前は」

 

 涯は身の覚えのない木更を睨みつける。当然だろう、目的のものがすぐそばにあるのに、それを妨害されるのは誰だって嫌がることなのだから。

 そんな涯に、木更は微笑みを浮かべた。

 

「───こんばんは恙神涯。あなたは運が無いわね」

 

 木更は腰を落として刀に手を添える。自在に動き出すことが出来る攻防一体の技。涅槃妙心の構え。集は弛んでいた緊張感を一気に引き締めた。

 

「今日、この場所でリーダーが死ぬなんてね」

 

 木更が抜刀。その瞬間、集が木更に向けて拳を振りかざした。拳につけたメリケンサックと刀が甲高い衝撃音を鳴り響かせ、集と木更は距離をとる。

 

「……。……行け。ここは、俺が相手をする」

 

 百載無窮の構え。腰を落として、構えを取る。遠くの方で自らの刀を見詰めた後、木更はこちらへと視線を寄越してきた。それはあまりに冷えた視線だった。

 

「……退いて。あなたじゃ私には勝てない」

 

 木更は無表情でそう言う。髪の間から覗くその瞳は俺の世界にいたガストレアを連想させた。

 後ろを庇いながら戦うのはあまり頭がいい戦いではない。

 

「涯、俺が時間を稼ぐ。行け」

「───だが、三対一で戦った方が有利だろ」

「そういう常識が通用する相手じゃねえんだ、早く行けッ!!」

 

 義眼、解放。XD拳銃を一発発砲すると、涯はやれやれと首を振る。

 

「……わかった。死ぬなよ、集」

「ああ。いのりさんも、涯について行ってくれ」

 

 いのりさんは首を縦に振らない。集は焦燥感に駆られながら、叫ぶ。

 

「迷ってるんじゃねえぞ、俺を困らせたいかッ!!」

「……ッ!!」

 

 集が催促するといのりさんは渋々ながら涯の後ろに着いて行った。

 木更が涯の元に駆ける。その間を阻むように集は隠禅・黒天風を繰り出す。

 油断を着いた蹴りに木更は反応が遅れ、遠くに吹き飛ばされる。指を鳴らす集に木更は冷たい言葉を吐く。

 

「邪魔よ」

「知ってる」

 

 集が一言言うと、木更は目を細くしながら刀の切っ先を集へと向けた。

 

「───その首、跳ね飛ばしてあげる」

 

 木更さんが足のバネを使って集に近づく。

 

「───天童式抜刀術一の型六番。彌陀永垂剣ッ!」

 

 超高速の居合によって対象を賽の目状に切り裂く技。集は咄嗟の判断で、体を捻り神速の突きを繰り出した。

 

「虎搏天成!」

 

 天童式戦闘術一の型五番のこの技。ほぼノーモーションで繰り出すことが出来るため、カウンターとして使用。凄まじい衝撃が腕に伝わるが、動かせないほどではない。

 屍だらけの空間に金属音が鳴り響く。集が連携技で蹴りを繰り出そうとすると、木更さんは後ろへ大きく跳び俺から距離を取る。

 

「どうした……」

「……あなたの武器、破壊させてもらったから」

 

 木更が言うと手に持つメリケンサックが粉々に砕け散った。金属片の一部が手の甲に突き刺さり、血が流れる。

 

「……耐久度なんて元々期待なんてしてねえよ」

 

 手に刺さった金属片を半ば強引に引き抜き、苛立ちげに木更の方に投げつける。こんな目に見えた攻撃では木更の足止めにもならず、刀の柄で防がれた。

 劣勢を強いる集に木更は提案を投げかける。

 

「恙神涯の首を差し出せば、あなたの命は奪わないであげる」

 

 その言葉に集は鼻で笑った。

 

「馬鹿言うなよ。そんなこと言うならその殺気をしまってから言ってくれ」

 

 今度は腰に下げていた警棒を取り出す。これは菫が作っていたものの不良品だが、バラニウムに勝るとも劣るくらいの強度なので、集が無断で拝借してきたものだ。無論、菫にはバレているのだろうが。

 

「へぇ、私と剣で語り合おうと?」

「剣術は少しだけだが齧ってるからな!」

 

 地面を力強く蹴って木更に近づく集。

 天童式抜刀術では木更が腕は上。まともに殺りあったら勝てる確率はまずない。距離を一瞬で詰め、剣を握っていない拳で木更を殴る。

 

「ッ!?」

 

 天童式戦闘術にない動きのせいで、木更の動きが鈍る。後ろに吹き飛んだ木更に追いつき、顎を蹴り上げる。宙に浮いた木更の腹を殴り上げ、天井近くまで飛ばす。同時に集も宙に飛び体を限界まで捻り、警棒を持つ手に力を入れる。

 

「俺は俺のやり方で、木更さん!あんたを超えてみせる───天童式戦闘術無の型一番!」

 

 放たれるのは神速の二撃。十字に切り裂くその技の名前は───

 

獅爪(しそう)黒十字(くろじゅうじ)!」

 

 カマイタチによる斬撃を繰り出し、とどめに踵落としを繰り出した。

 地面に着地すると、集はあることに気がついた。

 警棒の先がない。いや、完全にないという訳では無い。だがこの光景は目を疑うしかない。

 なぜなら金属では到底ありえない液化現象が起きていて───

 

「それはこの子の能力みたいなものよ」

 

 刹那、殺気。集が横に転がり込むと、さっきまでいた場所は一瞬にして溶けた。木更の方を思わず睨むと、集は固唾を呑んだ。

 木更の持つ刀から放たれる異様な熱。熱さとは反対に集の血の気が引いていくのを感じた。

 

「……あんた、機械には頼らないんじゃなかったのかよ」

「気が変わったのよ。勝つためなら何だってするでしょ?」

 

 木更の持つ刀が鋼色から熱を帯びた赤色の刀に変化した。




獅爪(しそう)黒十字(くろじゅうじ)
天童式戦闘術無の型一番で集が独自に編み出した技。内容としては使える技の集大成なので零の型は取らない。
元ネタ:BLACK CATの黒十字


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【episode23】

 空気が震える。

 木更が神速の刀を振るい、それを紙一重で何とか躱す。しかし、超高温の熱波が集の肌を炙り、裂傷を生み出していく。

 状況で言えば、圧倒的に不利。

 バックステップを取りながら、たまらず叫ぶ。

 

「雪影はどうしたんだよッ!」

 

 木更が愛用していた雪影がこんな妖刀に変わるなど前代未聞だ。きっと何かあったに違いない。しかし、その予想は大きく外れることになる。

 

「さあね。こっちに来た時になくなっちゃった」

「なくなっちゃったじゃねえよ!」

 

 そんな玩具を失くしたみたいに言うんじゃねえよッ!

 殺人刀・雪影。一見黒いただの刀だが天童家代々から伝わる刀なのだ。そんなもの、簡単に失くしたなどよく言えたものだ。

 

「あの子も捨て難かったかったけど……この子も中々いいわよ」

 

 木更の言葉に呼応したのか、熱を放つ妖刀は一瞬、炎が迸る。

 

「この世界には妖刀なんてあんのか!?」

 

 木更さんの攻撃を避けつつ、兵士たちが使っていたであろうサブマシンガンを拾い、撃ちこむ。

 しかし、哀しきかな。音速をも超える斬撃で弾かれた。

 集の問いに、木更は淡々と答える。

 

「無いわよ」

「じゃあなんで刀から熱なんて出てんだよ!?」

「これ、司馬重工が作り出した『超高温電導ブレード』よ?」

 

 妖刀などではなく科学の力だった。

 

「誰だよこんな危ねぇもん作り出したのは!」

「私を倒したら教えてあげる。“迸れ、焔光(えんこう)”ッ!」

 

 その言葉に呼応して、刀身が紅蓮に輝く。何千度をも超える刃が襲いかかる。

 目に見えぬ灼熱の斬撃が集のサブマシンガンを斬り飛ばす。

 

「終わりよ」

 

 木更が刀を振りかざす。

 

「死になさい」

 

 俺に刀を振りかざそうとして───焔光(えんこう)と呼ばれた刀の刀身が天高く飛んでいった。

 一瞬呆気に取られたが、その隙を逃すことなく、集は木更さんの鳩尾に焔火扇を叩き込んだ。急所に叩き込む本気の拳。

 

「かっ……!?」

 

 上体が崩れたところに、足を振り上げ、踵落としを叩き込んだ。

 木更が体を起こしたところで、集のXD拳銃の銃口が木更に照準を定めていた。

 

「───形勢逆転、だな」

 

 こちらも大分傷だらけだが、致命的な攻撃はなんとか防いでいたので今の攻撃を仕掛けられた。

 もし、あの斬撃を一撃でも食らっていたら───あまり考えたくもない。

 

「木更さん。あんたの、負けだ」

「まだよ!まだ終わってなんか……!!」

「もうやめてくれ。こんなあんた、見たくない」

 

 木更の溝尾に一発、蹴りを放つ。体がくの字に曲がり、集を一瞬睨みつけてから気絶した。

 同時に、粘ついた汗が吹き出してくる。膝をついて、息を荒く吐く。忘れていた痛みが襲い掛かり、歯を噛み締めた。

 そんな時だった。

 

『こらー、木更ーダメやろ』

 

 木更の持つ焔光(えんこう)から聞き覚えのある声が響いた。

 

『おろ?どうしたんや木更。木更ー?』

「……なんとなく察してはいたがお前も来てたんだな。美織」

 

 その言葉に息を呑む声が聞こえた。

 

「黙るなよ」

『……いやー、まさか木更が負けるなんてなー』

「馬鹿言うな。これも全部お前の仕業だろ」

『里見ちゃんと戦うことは知ってたけどな?いやー、まさかセーフティー外さずに戦うとは思わんかったわー』

 

 ほわんほわん笑いながら言う美織。

 

「あの刀剣……明らかに異常だぞお前。なんてもん開発しやがった」

『一応、セーフ機能はついてるんやで?木更が使っていたのは活人剣モードや』

 

 活人剣。不義・不正・迷いなどを切り捨て、人を生かす正しい剣。対となるは殺人剣。禅宗で、師が弟子の自主的な研究にゆだねることを言う。

 仏教の禅宗でいう修行者の指導方法の一つで剣法の真剣に例えたものであり、相手を受け入れて進ませるのを活人剣。逆に厳しく突き飛ばすのを殺人剣という。

 

 ───だが、木更の剣は殺人剣だ。

 

「木更さんに……なにがあった?」

『さあな。私は知らんわー』

「はぐらかすんじゃねえ!」

『もう時間が無いからほんじゃ、またな。早いところそこから立ち去った方がええで』

「待て!」

 

 焔光(えんこう)の柄を木更から奪い取り、声を荒げるが向こうからの返答はもう帰ってこなかった。

 

「木更さん……あんた、なにがあったんだよ……ッ!!」

 

 当然気絶している木更からは返答など返ってこなかった。

 

 

 

 

 しばらくして、涯といのりが戻ってきた。いのりは集を見るなり、急いで駆け寄り、治療を始める。

 浮かない顔をしているので、なにがあったかを訊ねると、涯はゆっくり話し始める。そして、集は眉を顰めた。

 

「俺が足止めしてるにも関わらず目的のものは既に取られていたと?」

「ああ……」

「こんなボロボロになったのに取られちゃうなんて葬儀社のリーダーも大した事ねえなって……痛えッ!? 」

「ごめん」

 

 火傷、切り傷。数え上げたらキリがないほどの重症を負った集だが、いのりの謎の治療によって治療されていく。そのほとんどが激痛を伴うものだったが。

 

「……無茶しやがって」

「うるせえッ」

 

 ふと、腰のホルスターに挿し込んだ焔光(えんこう)の柄を見やる。

 美織が言っていたあの言葉───早いところそこから立ち去った方がいい。という言葉が集の頭に引っ掛っていた。

 もうあの神社内にはいないから安心だとは思うが、一体どういう意味だったのだろうか。

 

「木更さん……」

「……」

「だから普通に治療してくれよッ!?」

 

 集の声にもならない絶叫が響き渡った。



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【episode24】

 再び展望台に腰掛け、夜の海を堪能する集。

 ここまで来る際に涯を馬鹿みたいに長い階段の頂上から蹴飛ばしたのは清々しいものを感じた。

 後々、いのりと綾瀬にこっぴどく叱られたため、心の傷を癒すという目的もあったのだが。

 

「起きた?」

 

 ここに来た理由はただ単に颯太を置きっぱなしにしてたからである。

 颯太のヴォイドを戻してから十数分が経過、眠気が襲い始めてから、颯太は目を覚ました。

 

「……なんだ集かよ」

「僕以外誰がいると思ってるんだよ」

「いのりちゃん?」

「はは、面白い冗談言えるくらいには元気みたいだな」

 

 鼻で笑いながら颯太の横に座る。

 颯太と集はしばらくの間、海を眺めていたが、颯太が突然口を開いた。

 

「……集。お前、訳わかんねえよな」

「いきなり何言い出すかと思えばそれなんだ?」

 

 手を力一杯握りしめ、颯太を笑顔で睨みつける。

 颯太は慌てて首を横に振り、そういう意味で言った訳では無いと言う。

 

「昔───っつても俺とお前が初めて会ったのは高校からだけどさ。初めて会った時はお前、よそよそしかったじゃん」

「……」

 

 それは身体の持ち主である集の記憶を投影させていたからである。

 そもそもこの世には存在しない人間なのだから、桜満集という人間を演じきって見せようという気があったからであって、決してよそよそしかった訳では無い。

 最も、今では隠す気など毛頭ないが。

 

「……でも、最近お前色々と変わったんだよな。後頭部に目がついてるのかって風な動きするし、目付きだって変わる」

「……」

 

 それは演じることが馬鹿馬鹿しくなったからである。

 何があったかは知らないが、桜満集という人間の反射神経は常人を軽く上回るので、集がその反射神経のことを知っていれば、昔からこの行動は行えていたはずなのだ。

 

「極めつけはいのりちゃんが来てからだ。それがさらに表に出てきたのは」

「……」

「最初は悪ふざけでお前といのりちゃんをストーカーしてたよ。悪い事だとわかってて」

「ならなんで……」

「こんな危ない奴にいのりちゃんは任せて置けないと思ったから……」

 

 颯太は顔を伏せながら言葉を続ける。

 

「だけどお前はお前だった。誰かを心配させたくないからって自分を偽る桜満集だった」

 

 颯太は立ち上がると意を決したように言った。

 

「集!お前は一体……何がしたいんだよ!?」

「……」

 

 ───何がしたいか。そんなもん俺もわからねえよ。

 

 集もまた立ち上がると、肩を僅かに震わせる颯太を見て哀れだな、とつぶやく。

 

「───何がしたい、か。知る訳ねえだろ、んなもん」

「……!」

「ったく……さっきから聞いてりゃ色々言いやがって。何様だお前 」

「何様って……!いつ何しでかすかわからないやつにいのりちゃんを任せられると思ってんのか!?」

 

 散々の言われようだ、と自嘲気味に笑う。しかし、否定する気も起きない。颯太が言っていることは何一つ間違えていないからだ。

 集は犯罪者だ。現在はGHQが情報を消したことによって犯罪履歴は抹消されているが、本当ならば二度光の道を歩けないくらいに集は黒く、汚れてしまっている。

 そんな奴に楪いのりという小さな少女を任せておけない。当たり前だ。

 

「そうだな」

「っ!?てめぇ……!!」

 

 颯太が俺の胸倉を掴む。

 

「いい加減に───」

 

 集が颯太の腹に膝蹴りを叩き込み、颯太の体がくの字に曲がった。

 

「かぁっ……!?」

 

 一気に吐き出された空気が颯太の口から漏れる。

 

「どうした立てよ」

 

 ポッケに手を突っ込んだまま、集は颯太の頭を踏み締める。

 革靴のそこで颯太の頭を押し付けながら、集は天を仰いだ。

 

「散々色々理由述べてるけどよ。お前、いのりさんのストーカーしていたことには変わりねえからな」

「っ!?」

「言い返せないか。立てよ」

 

 颯太の顎を蹴飛ばして無理矢理立ち上がらせる集。

 集の突然の変化に動揺しているのか、それとも痛みで意識が朦朧としているのか颯太の頭は円を書いていた。

 

「余所見してる場合か?」

 

 颯太の足を払い、横頬に拳を叩き込む。反応が遅れ、脳震盪を起こして気絶した颯太は白目を剥いた。

 

「起きろ」

 

 予め準備しておいたバケツの水を颯太の頭から被せる。

 

「げほっ!げほっ!?」

「ここはベットじゃねえぞ」

 

 颯太の髪を掴んで無理矢理立たせ、横腹に回し蹴りをする。鈍い音がしたので肋骨が折れた可能性がある。

 

「あがっ……!?」

「なに座ろうとしてんだ」

 

 颯太の頭を掴んで頭突きをする。颯太の眉がパックリと割れ、血が溢れ出した。

 

「……きったねえなおい」

「うわぁぁぁ!!」

 

 颯太が動いた。隙だらけの遅いパンチ。

 元より、期待などしてない。文系文化部の颯太に集を上回る攻撃など繰り出せるわけがない。避けることなんて簡単だ。

 しかし───

 

「そんなもんか?」

 

 ───集は、敢えて顔面で受け止めた。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 颯太が出鱈目な拳を何度もぶつけるが、決定打になることはない。

 

「拳ってのはな」

 

 颯太が振るった拳を受け止める。

 

「こうやって使うんだよ」

 

 勢いと捻りを加えた重い拳を、颯太の腹に叩き込んだ。颯太の体が浮かび上がり吐瀉物の一部が集に降り掛かる。

 

「立て。いのりさんを、守りたいんだろ?」

「っ!うわぁぁぁ!!」

 

 颯太は立ち上がると集に何度も何度も拳を振るった。

 あっという間に時間が過ぎ、夜が明け、お天道様が海辺から顔を出していた。

 薄暗い朝日が集と颯太を照らす。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「どうだ。スッキリしたか」

「体が痛いだけだよこんちくしょう……」

 

 血だらけになった颯太が地面に倒れ伏していた。

 平然と立っているつもりだが、実は気力だけでなんとか立っている状態だった。

 わざと何度も攻撃をくらったとのの、そのうちの何回かが急所に入ったり、その影響で木更さんとの戦闘で出来た傷口が開いたりと、集はあまり好ましくない状況に陥っていた。

 

「……まんまと、乗せられちまった」

「これがいつもお前が俺にしてる事だよ」

「これからは限度ってものを考えるよ……」

 

 颯太は荒い息を吐き出しながら俺を見た。

 

「……あんだけ色々建前作ったけどやっぱり見抜かれてた、か」

「嘘には敏感だからな」

「……そういうことにしとく」

 

 颯太は力なく笑うと、ゆっくり青くなり始めた空を見上げた。

 

「なあ集……俺は何が駄目だったんだろう。顔か?」

「一生言ってろ、間抜け」

「冗談くらい流してくれよ……覚悟かな?」

 

 ───それは違うぞ颯太。

 

 と、心の中で呟く。颯太にはそれなりの覚悟はあった。最もそれは大きく歪んではいたが決して無駄ではない。その覚悟を、今度は別のことに生かすといい。

 無論、その事に気づくまでは助言をするつもりは無い。

 

「……お前に足りなかったのは、自信だろ」

「……そうか」

 

 颯太は息を大きく吸うと叫んだ。

 

「───俺はいのりちゃんが好きだー!!!」

「猿かお前は」

 

 徹夜明けの身体に響くぞ、と颯太に伝えるも颯太は相変わらず聞く耳を持たない。髪の毛をガシガシと掻く集に颯太は満面の笑みで訊ねた。

 

「お前はどうなんだよ集!!!」

「俺は……」

 

 集は適当に答えてやろうかと考えたが、颯太のその熱い眼差しに押され、小さく息を吐いた。

 

「……負けだ。多分、俺もいのりさんのことが好きなんだと思う」

 

 颯太は不意にムクっと立ち上がると俺の頬を一発殴り、笑顔で言った。

 

「じゃあ俺とお前は───ライバルで……親友だ!!」

 

 颯太のその顔にもう曇りは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

「痛い痛い!いのりさん痛い!?」

「……」

 

 宿に戻った集は、開いた傷口の手当てを半ば強制的に受けさせられていた。

 最初は断ったものの、いのりの絶対零度の視線に負けて、こうなったのは言うまでもない。

 

「ねぇ、蓮太郎さん。いのりさんが好き。あれってどういう意味か詳しく教えていただけませんか?」

「お前、癒愛か!?」

「質問に答えてください」

 

 集の絶叫が宿全体に響き渡ったのは余談である。

 

 

 

 

 

 とある部屋の一室。

 暗闇の中カタカタとパソコンを弄る音と駆動音がこの部屋に鳴り響いていた。

 そのあまりに似つかわしくない少女がパソコンに齧り付いていた。

 年齢は14、5くらいだろうか。翠色の瞳にプラチナブロンドの髪。そして作り物だと言われても納得するような美貌を持つ少女だった。

 少女は眠気を覚ますためか珈琲を飲みながらその映像に映る人物をジッと眺めていた。

 

「───やっと、見つけた」

 

 少女をうすっらと微笑を浮かべた。



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【episode25】

 皮膚をジリジリと焼く太陽の日光も幾分かマシになり、幾分か登校しようと言う気が沸きあがる。しかし、エアコンというものは素晴らしいもので、外の熱気を一切受け付けず冷たい空気を循環させてくれる。

 あと一ヶ月くらい、本当なら休んでいたいところだが、学校をサボるといのりと祭が煩いので、行きたくないという体を奮い立たせ、学校へ来ていた。

 そんなある日のことだった。

 

「……集、疲れてんのか?」

 

 いのりメインの撮影の手伝いをやらされている集に向かって、颯太は心配そうに声を掛けながらも撮影を行う。

 集はそんな颯太を訝しむ。

 

「……なにか弱みを握ろうとしてるか?」

「してねえよ!」

「疲れてはいないよ」

「大丈夫じゃねえだろ。キーボード打つ手が震えてんぞ。俺とお前との仲なんだから、相談あんならなんか話せよ」

 

 大島以降、颯太は大きく変わった。

 相変わらず集に仕事を押し付けるところは変わらないが、何かと集の身体を気遣うようになったのだ。

 集は蝉が鳴き喚く木に向かって小石を蹴りながら、答える。

 

「……手が届きそうで届かないんだ。あともう一歩、あと一押しって所なんだ。だけど届かない」

「……俺そんなこと言われても馬鹿だからわからねえんだけど」

「馬鹿な颯太に相談した僕が馬鹿だったよ。死ね」

「悪い悪い!ちゃんと聞くから!!」

 

 颯太は無視しようとした集を引き止めた。んだよてめぇ、ぶん殴るぞ。と喉まででかかったが、堪えた。

 

「なら、颯太ならどうするって言うんだよ」

「うーん、手が届きそうで届かないか。じゃあ敢えて一歩下がってみるってのはどうだ?」

「……一歩下がる?」

「いやな、俺もよくわかんねえけどよ……届かねえってことはそれ以上頑張っても絶対に届かねえじゃん。だから敢えて一歩下がって隙を狙う!……伝わった?」

 

 敢えて一歩下がる、か。

 

「颯太の癖によくそんなこと思いつくね」

「お前なぁ!?」

「ありかとう。参考になった」

 

 そう言って作業に戻ると、颯太が集の隣に何かを置く。ん?と首を捻ると、虎柄のヤカンが置かれていた。

 

「……なんだこれ」

「いらないからやる」

 

 集はヤカンを思わず颯太目掛けて投げようと考えたが、今の恩があるので投げたい気持ちをギリギリのところで抑えて、荒い手つきでヤカンを手に取ると、ゴミ捨て場へ向かう。

 すると、颯太が集に向かって叫んだ。

 

「集!後で金渡すからどっか行くなら俺の飲みもん買ってきて!!」

「お前が行けッ!!」

「ぐべらっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れた集は、颯太の頭目掛けてヤカンを全力投球した。

 

 

 

 

 

 

「ったく、颯太の野郎」

 

 凹んだ虎柄のヤカンをクルクルの回しながら暑さの残る廊下を歩く。

 目指す場所は集のクラス。ゴミ捨て場に捨てるくらいだったら颯太の机に上に置いて、花でもいけてやろうかと考えたからだ。

 扉に手をかけようとして、おや、と思う。クラスの中から声が聞こえる。祭と花音だった。集は身を潜め、壁越しに会話の内容を盗み聞きする。

 

『───最近、集が私になにか隠してる気がするの。いのりちゃんのこととかさ……親戚の従兄弟の友達の娘ってよくよく考えたらすごく遠いよね!?』

 

 なぜ今頃になって気づいたのか、疑問を抱くと同時に、もう少しまともな嘘を考えておくべきだったと反省。

 

『もし桜満くんと楪さんが……年頃の男女がひとつ屋根の下にいたらもうとっくのとうに大人の階段を登ってたり……』

『やーめーて!』

「……勘弁してくれよ」

 

 そんなことをしようものなら、いのり親衛隊に終始命を狙われることになる。中には集よりも強い人間がいるだろうから、下手にいのりに手を出すことは出来ない。

 最も、最近のいのりは少々過激なので、自制心を働かせるのに必死だが。

 

『……そう人生思うように行かないのよ』

 

 ここで花音がため息混じりに言う。珍しいこともあるものだと呟く。

 

『寒川くんのこと?』

『そ、施設にも顔出したけどこっちにも来てないって。昔はよく遊んだのにさー』

 

 そう。谷尋は集が脱走して以降、学校に顔を出していないのだ。一体どこで何をしているのやら。

 

『ん?捜し物は水族館にありと?私が探してるのは魚じゃないんだけど……』

 

 占いでもしているのだろうか。そんなことをブツブツと呟いている。

 

『そっちは?』

『えっと、恋のラッキーアイテムは虎柄のヤカン』

『へぇ!虎柄のヤカン……ってそんなものあるわけないじゃん』

 

 集は思わず吹き出しそうになった。虎柄のヤカンってなんだよ、と思いながら自分がいま手に持つそれを持ち上げた。

 

「……」

 

 黒い模様。金色のボディ。ヤカン。間違いない。これは虎柄のヤカンだ。

 思わず集は窓の外から虎柄のヤカンを放り投げた。奥の方で凄まじい金属音が鳴り響いた。

 

『えっ!何今の音!?』

『外からだよ!』

「……やべっ」

 

 集は窓から飛び降りると、学校を後にした。

 

 

 ───モノレールに揺られる。

 誰もいないというのに座る気になれず、扉に寄り掛かりながら外の気味の悪い風景を眺める。いつものように並ぶ最新鋭の戦車に最新鋭の兵器を装備したGHQの兵士たち。電車内は相変わらず静かが、この気味の悪さがこれから何かが起こるような予兆がしてならない。

 

「……俺の、思いすごしだといいんだが」

 

 駅に到着する。集がモノレールから降りようとすると、フードを目深に被った男が息を荒くしながらこちらに向かってくる。集は目を細くすると、男の腕を掴んだ。

 

「早く入れ」

「っ!?」

 

 フードを目深まで被った男をモノレールに投げ入れ、後ろからその男を追うように走ってくる男たちの足元向けて500円玉を投擲。ああ、今晩使うはずだった銭が。

 モノレールの扉が締まり、ゆっくり発車した。

 集は荒く息を吐く男の目の前まで移動すると、腰を落とした。

 

「あ、ありがとう……助かった!?」

「久しぶりだな。谷尋」

 

 そこに居たのはボロボロになった少年、寒川谷尋だった。

 

「座れよ」

 

 近くの座席に半ば強制的に座らせ、周も真向かいの席に座る。

 今度会ったら顔が歪むまで殴ってやろうと決意していた集だったが、いざ会うとそんな気になれずただ谷尋の顔を無表情で睨みつけるという形になった。

 

「───で、俺の情報をGHQに流した寒川谷尋さんよ。何があったんだ?」

「……」

「返答次第ではお前の顔面に拳を捻じ込む」

「黙秘権は?」

「……天童式戦闘術───」

「わかった、話す。だから勘弁してくれ」

 

 そう言って連れてこられたのは古い協会のような場所だった。中には神父もシスターもいない。

『───喜べ 少年。君の望みはようやく叶う』とか言う下道神父あたりがいてもいいと思ったのだが、やはりそれはフィクションの世界のみのようだ。

 谷尋は奥にある重々しい扉を軋ませながらゆっくりと開ける。

 すると、中で動くものが見えた。

 

「───潤!?」

 

 谷尋が中へ駆け込む。集は後ろをちらりと見てから協会の中に入る。

 ボロボロのマットレスの上に踠き苦しみながら呻き声を上げる少年寒川潤。

 

「……キャンサー化が前よりも進行している、な」

 

 アポカリプスウィルス感染症の最終ステージであるキャンサー化が前は腕だけだったというのに、今では体半分を結晶の鎧が覆っている。

 彼が踠き苦しむ度に結晶の欠片がパラパラと落ちる。

 

「───頼む、集。俺に金をくれ」

 

 いきなり谷尋が立ち上がって何を言うかと思えばこれだった。

 集は表情を変えぬまま、谷尋を睨む。

 

「……俺をここに連れてきた理由はそれか」

「葬儀社と繋がってるんだろ……?頼む、少しだけでいいんだ……!」

 

 答えは決まっている。重くもない口をわざとらしくゆっくりと開いた。

 

「───駄目だ」

「なんでだ!」

「───こちとらテロリストなんでな。お前個人のために金を払うわけにはいかねえんだよ」

 

 だが、と続きの言葉を紡ぐ。

 

「───保護をしてもらうっていう形でなら研究材料として扱われるだろうよ」

 

 ヘラヘラと笑いながら谷尋を煽る。

 谷尋は拳をワナワナと震わせてから集に殴りかかった。

 鋭い拳が襲いかかるも、その手を掴んでから一本背負いで谷尋を地面に叩き落とす。

 

「───なーんてな。これはあくまでも悪いジョークだ。だがな谷尋、覚えておけ。例え葬儀社にこの子を預けたところで助かる保証なんてない。それに───」

 

 集は端末を取り出し、ツグミの連絡先を入力する。

 

「───葬儀社に届ける前にこの子が死んでしまう可能性がある。さあ、その場合はどうすればいいと思う?」

「全力で逃げるしか……!」

「大正解ってことだ。猫耳、話は聞いていただろ。以前使われたB-4-6地点で寒川兄弟の回収をして欲しい」

『……強引ね、あんた。まあいいわ、目標時間は一時間でいい?』

「30分以内だ。後は任せる」

『はいよー』

 

 端末の電源を落とし、ツグミとの通話を切る。

 谷尋は驚いたような安心したような顔をしながら集に訊ねた。

 

「……これで、本当に助かるんだな?」

「───さあな。知るかよそんなもん」

「おい!」

「だが、何もしないよりはマシだ。違うか?」

 

 憤激する谷尋に潤を背負わせ、扉を開ける。

 索敵モードで周囲を確認するが、GHQの兵士の反応はない。

 

「こっちだ」

 

 ハンドサインを送り、谷尋が集の後ろに続く。

 

 歩き続けて数分経ったときだった。辺り一面に急に霧が立ち込めてきたのだ。暗くて何も見えないため、やむを得ず、義眼を解放しながら突き進んでいく。

 しばらくして、悪寒がした。谷尋に建物の陰に隠れていろ、と言うと空から《そいつら》はいた。

 異様に白い肌、スキンヘッド、終始無言で自我を感じさせないなど、亡霊じみた不気味さを漂わせる。

 

 見覚えのないシルエット。だが、《そいつら》が着込むものにも見覚えはなく。集が一歩後退りすると、その音に反応した一人が集目掛けて突進してくる。

 

 ───早いッ!

 

 そう思った時には集は横に跳躍、建物の隙間に転がり込み、敵の視界から逃れた。地面を這いながら、何とか谷尋と合流する。

 

「 ……なんなんだ、あれ」

「んなもん俺が聞きてえよ」

 

 その時、横腹に鋭い痛みが走り思わず顔を顰める。視線をそちらに移すと、制服が浅く切り裂かれていた。

 避けるタイミングは完璧だったはずだ。それだと言うのに、この裂傷は一体───

 

 集は思わず固唾を飲み込んだ。



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【episode26】

「どういうことだ集!説明しろ!!」

「叫ぶなッ」

 

 謎の集団を捕捉した集は全力疾走で目標地点へと向かっていた。このペースで行けば本来、時間より早く着くことになりそうだが、謎の集団との戦闘は逃れられないだろう。

 

「おい集!!」

「───ッ!つべこべ言わずにとっとと走れ!!」

 

 なぜあの集団が現れたのはわからないが、谷尋の言葉から推測するに、目的のものはキャンサー化した潤だろう。科学者たちにとってキャンサー化した人間というのは研究道具の格好の的だ。

 義眼を解放してなお、追いつかない超スピード。正直、勝てるかどうかはわからない。

 その時、谷尋が背後を振り向き、震えた声で呟いた。

 

「……強化、外骨格」

 

『一体で一国を滅ぼす』兵器として開発され、強固な装甲と凶悪な生体兵器を内蔵した生体パワードスーツ。

 内部を構成する生体パーツには数多の戦争捕虜が使用され、痛ましい人体実験の上に開発された死の鎧。

 

「……もう、無理だ。お終いだ」

 

 エンドレイヴ並の機動力と力を持つ彼ら相手に人間では対抗出来ない。

 例え、義眼を解放、装備を揃えても一人倒すのがやっとだろう。普通の兵士とは訳が違う。怪物退治は専門外だ。

 

「スピードを上げろッ!!」

「これが、限界、だって!!」

「このッ……!」

 

 集は谷尋から奪う形で潤を背負い直す。キャンサーの棘が皮膚に突き刺さり、鈍い痛みが集の体に襲いかかる。思わず呻き声を上げるが、集は再び走り始めた。

 

「これなら少しはマシだろ!」

 

 そう言って、目標地点へと向かう。そこで、集はやはりなと内心毒づく。

 俺には涯のように人を奮い立たせる力がない。命令することなんて金輪際、一切喝采やりたくない。

 

「谷尋!こっちだ!!」

「あ、ああ!」

 

 道の角を曲がり、目標地点付近へと辿り着く。

 辺り一面、大量のコンテナが積まれているため、時間稼ぎにはなるはずだ。

 

「慎重に行くぞ」

「本当に……大丈夫なんだな?」

「心配してる暇があるなら気配を消せ」

「俺はお前じゃないんだぞ」

 

 なら息を小さく吐け、と軽いアドバイスをすると、集は地面に潤を降ろしながら緑色のコンテナの方を指さす。

 

「あの緑色のコンテナが俺たちの合流地点だ。谷尋、お前は潤くんと一緒に気配を殺してあと数分やり過ごせ」

「だから無理だって!」

「つべこべ言わずにやれ!俺を困らせたいかッ!!」

 

 一喝すると谷尋は押し黙った。

 

「……絶対に見つかるなよ。全身の骨を粉砕させてでもお前を委員長に会わせるつもりだからな」

 

 聞こえないくらいの声で言い、強化外骨格が来ているであろう方角へ向かう。

 

 ───勝率は五パーセントにも満たない。勝てる見込みもなく、嬲られるだけだろう。

 だが、それでも俺は大切な人たちを守ると誓ったんだ。

 

「……あそこか」

 

 最初に確認した人数分しっかりといる。どうやら、集団行動を主としているようで、単独行動は行っていないようだ。安堵の息を吐きながら武装確認を行う。XD拳銃にベルトに仕込んだ仕込みナイフ。そして、木更から奪うようにして手に入れ、改造した焔光(えんこう)

 実の所、ミニガンやアサルトライフル、もっと言えば天ノ柱が欲しいところだが、欲張りも言ってられない。

 集はコンテナから飛び降り、走りながら跳躍。

 

「───天童式格闘術ニノ型四番」

 

 強化外骨格の部隊の一人に強力な踵落しを繰り出した。上空から来ると思っていなかった彼は対応に遅れ、ヘッドが大きく凹む。

 

「隠禅・上下花迷子(しょうかはなめいし)ッ!」

 

 着地と共にその技の名を言う。

 

「さあ、やり合おうか」

 

 地面を蹴り、強化外骨格の部隊に飛び込んだ。



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【episode27】

話の都合上、25話の最後を変えさせて頂きました。


 ───天童菊之丞が言っていた言葉だ。

 

 どんな巨大な生物や隙がない最強の兵器と呼ばれるものにも必ず弱点が存在すると。戦いながら獲物の弱点を探れ、と。

 

 奴がそれを話した次の日。

 ガストレアに片腕と片脚、そして片目を食い潰された。為す術なく人体の一部を失った時、奴が言った言葉は心配するものではなかった。

 

『───その傷みを糧に強くなれ、蓮太郎(れんたろう)

 

 これは奴なりの叱咤激励だったのだろう。勿論、当時の集に、奴の言葉の真意など分からなかったのだが、それと同時に心に決めたのだ。

 

『───強くなる、ああ強くなってやるさ!』

 

 そのためなら自分の体がどうなってもいい。

 

 だから先生からの『新人類創造計画』を受けた。サイボーグになり、ようやく誰かを救える。そう思っていた。

 

 だが、現実は思っていたほど生易しいものではなかった。

 

 ───誰かを救った気になっていたに過ぎなかったのだ。その現実を見せつけられた時には何もかもが手遅れだった。

 

 

 

 

 

「次はどいつが俺の相手だ」

 

 強化外骨格の一人が、地面に倒れ込むと、辺りに霧が立ちこみ、視界が僅かに悪くなる中、強化外骨格たちの動きが変わるのがわかる。

 訝しげに目を細めながらも、手招きをして攻撃を促す。

 

「───ッ、掛かって来やがれ」

 

 霧は晴れるどころかどんどんと濃くなって行ったが、兵士たちの様子が変わったのは目視できた。

 目の前に立つのは、先程と同じく機械の鎧をまとった兵士たち。黒いヘルメットをかぶり、バイザーの間から覗く、白い瞳───

 それらの特徴だけ挙げれば、気味の悪いコスプレ集団さと思うかもしれないが、目の前の兵士たちはそんな表現では足りないくらいに、あまりにも()()()()()。体から零れ落ちる砂のようなモノ。感情を示さない双眸。そして、前述の特徴ですら霞むような異質な動き。

 

 ───『強化外骨格(サイボーグ)

 

 痛ましい人体実験の末に生まれた負の産物。

 だが目の前に佇むこの兵士たちは先程の強化外骨格とは何かが違っていて。

 

「───どうなって、いるんだ……?」

 

 集の言葉に反応するかのように、強化外骨格の一人が動く。

 

「───早いっ!!」

 

 どうにか、一人の強化外骨格の動きを受け止めると、別の強化外骨格が跳躍、集に向かって降ってくる。手にはいつ取り出したのかわからない黒い刃のナイフが握られていた。

 

「……っ!!」

 

 鈍色に光る剣尖が集の右腕を浅く抉った。

 痛みに顔を顰めている間に、別の敵が攻撃態勢に入る。

 肺に溜まった空気を無理矢理吐き出し、気息を整える。

 どこからか冷たい風が吹き寄せ、腕から滴る血が地面に落下する。

 

「……!」

 

 凄まじい気迫と共に、兵士が大地を蹴った。人間の速度を遥かに上回る速度で、ナイフが鋭い弧を描いて集の懐に飛び込んでくる。

 人間離れした突進技。しかし、集はその攻撃を防いでいた。

 

「……速さは大したもんだよ。けどな、その程度の速度なら先生の作った義肢の方が使えるぜ」

 

 ナイフをシェンフィールドXDで受け流し、制服が切れるのを感じながら、相手の足を踏みつける。

 

「───天童式戦闘術三の型九番」

 

 足を踏みつけることによって衝撃を後方へ逃がさないようにする。勢いをつけた体当たりを強化外骨格の硬い肉体にぶつける。

 

雨寄籠鳥(うきろうちょう)ッ!」

 

 強化外骨格から鈍い悲鳴が漏れる。

 しかし、ここで終わる訳には行かない。多少ダメージを与えただけでは、強化外骨格は動く。

 

雲嶺毘湖鯉鮒(うびねこりゅう)!」

 

 天童式戦闘術一の型十五番。下から突き上げるように繰り出したアッパーカットが強化外骨格の顎に炸裂する。

 上体が浮かび上がり、その動きを僅かに止めるのを集は見逃さなかった。

 

「隠禅・上下花迷子(しょうかはなめいし)ッ!」

 

 天童式戦闘術二の型四番。 大きく片足を上げて繰り出す踵落とし強化外骨格の頭部に叩き込み、大きくへこむのを確認する。

 

「───!!」

 

 強化外骨格は集を睨むや否や、怒りの雄叫びを上げるとともにそのナイフを高々と振りかぶった。

 

「───遅せぇよ」

 

 ナイフが集に辿り着く前に、二回の連続の蹴りが強化外骨格の首を捉え、首の骨が折れるのを感じた。天童式戦闘術二の型十四番、隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)

 断末魔を振りまきながら真後ろに仰け反っていく強化外骨格(サイボーグ)が、不自然な角度で静止して、糸の切れたあやつり人形のように、仰向けに倒れ込んだ。

 

「……これで、二体目───か」

 

 詰めていた息を吐き出し、残りの兵士を睨む。

 

 ───その数、実に五。

 

「強化外骨格に二度も同じ技は通用しない……」

 

 逃げ出したくなるような緊張感の中、集は、天童式戦闘術の一つ水天一碧の構えを取る。

 

「義眼、解放」

 

 コンタクトレンズ型二一式黒膂石義眼から流れる視神経にピリピリと電流が流れるのを感じる。

 思考のオーバクロックにより戦闘時は体感時間を一五〇〇から二〇〇〇倍まで伸ばすことが出来るが、その分、脳と目に掛かる負担が大きい。無理を言ってアップデートを重ね、負荷を軽くしているが完成系には程遠いだろう。

 

「……」

 

 強化外骨格が、動く。沈みこんだ体勢から一気に飛び出し、人間業では到底、考えられないような速さで滑空するように突き進む。

 集の目前で強化外骨格が体を捻り、ナイフを左斜め上から叩きつけてくる。シェンフィールドXDで攻撃を受け流し、その際に激しい火花が散る。が、攻撃はそれで終わらない。右から遅れて集の顔に目がけてナイフが滑り込む。

 

「……ぐっ」

 

 脇腹に直撃する前に横に跳躍して、余勢で距離を取り、体勢を立て直す。

 もし、義眼を発動させていなればどうなっていたか。あまり考えたくない。

 畳み掛けるように強化外骨格が突撃してくる。

 咄嗟にシェンフィールドXDを掲げ、ガードする。激しい衝撃が全身を叩き、数メートル吹き飛ばされる。右手を床について転倒をなんとか防ぎ、空中で一回転して着地する。

 

「……カートリッジによる加速。それがないのにこんな化け物と戦うのは骨が折れる」

 

 強化外骨格は集に隙を与えまいと、再度超スピードで距離を詰める。ナイフを持つ右腕が何重もの幻影を作りながら頬を掠めた。

 集は身を投げ出すように後ろへ跳ぶとシェンフィールドXDにあらかじめ込めておいた、赤い銃弾を強化外骨格向けて放つ。

 

「……っ!うお……らぁッ!!」

 

 銃声とともに、赤い銃弾が強化外骨格の右膝を貫く。

 瞬間、炸裂音が轟き、更に数メートル後ろまで転がるように吹き飛ばされる。背中を地面に何度も打ち付けながら減速する。

 

「……背中が傷だらけになっている気がして見たくないが───」

 

 強化外骨格特有の分厚い装甲はレールガンでないと貫通するに至らないだろうが、それでも攻撃が通った自信があった。

 

「───お前よりは……マシだろう。そうだよな?」

 

 右脚が吹き飛び、臓器がぶちまけられた強化外骨格がそこに倒れていた。

 

「……残り、四」

 

 先程放ったのは最近、先生から渡された銃弾だった。今の赤い銃弾は全部で十種類渡された特殊弾の内の一つである。

 

 ───『赤い銃弾(バースト・ブレット)

 

 中に火薬が詰められた銃弾で、外からの衝撃を受けると半径一メートルが爆発する仕組みになっている。

 常に携帯していている武具の一つで、奥の手の一つでもある。

 

「……あの体勢から当たるとは思わなかったな」

 

 射撃は得意分野ではないが、義眼による演算で何とか攻撃が通ったのだろう。集は安堵の息を吐きながら、立ち上がった。

 

「───今度はこっちから行かせてもらう」

 

 地面を蹴る。強化外骨格もナイフを構え直し、間合いを詰めてくる。

 俺の拳が強化外骨格の一体に当たる───

 

 ───その時、集の腹を鈍い振動が貫いた。

 

「───がっ!?」

 

 鋭い痛みが生じ、視界に血がしぶく。思わぬ激痛に意識が遠くなりそうになる。

 

「……焔火扇!」

 

 集の放った拳を強化外骨格が避ける。小比奈以来の腹に走る激痛に顔を歪めながら、腹を抑える。

 

「ぐ……!」

 

 唸りながら、大きく息を吸う。新たな傷口から鮮血が飛び散る。あまりの激痛に、意識が一瞬で飛びそうになる。

 

「───!」

 

 声にならい声に顔を上げると、強化外骨格たちが虚ろな相貌を歪め、笑っていた。

 

 ───いや、これは笑いではない。

 

 思わず毒づく。目元はまるで動いていないし、死人のように白い目玉も微動だにしない。不気味さがさらに増し、集は唾を飲み込んだ。

 後方へ跳躍、思わず距離を取る。

 強化外骨格たちは両腕をゆっくり体の前に交差させると、力を溜めるような仕草を見せた。霧が厚みを増し、一層濃くなる。

 

「───!!」

 

 強烈な気合いとともに、腕が開かれた。

 機械の鎧が吹き飛ぶ。黒い霧が強化外骨格たちの体に纏わり、濃度を増していき、兵士服が、蠢く闇色の薄布に変わる。

 

「……お前らは!」

 

 ここで強化外骨格兵が司馬重工の人間でないことに気づいた。GHQ特有の白い兵士服。彼らは司馬重工の人間ではなく、葬儀社の天敵だった。

 GHQの兵士たちの両眼は、完全に人のそれではなくなっていた。眼窩には青白い光が満たされている。

 

 この姿はまさしく───生ける屍(ゾンビ)

 

 人の魂を喰らい、奪い去る心無き者。このようなイメージを持つ存在に対し、どんな攻撃が有効だというのか。

 俺はその化け物の姿から視線を外し、索敵モードで後方を走っているであろう谷尋を確認した。まだ、目的地にはついていない。集が指定した『B-4-6地点』まで到着するにはあと数分は掛かるだろう。

 たったそれだけの時間を稼げるかどうか、確信することが出来なくなっている。

 

「……けど、やるしかねえ」

 

 腹に走る激痛に顔を歪めながら、腰を落として百載無窮の構えを取る。

 

「……ぐっ」

 

 血の咳が口から漏れ、構えが崩れる。

 

 ───別に、油断したわけではなかった。

 

 相手との戦いは別に初めてではないし、何度もシュミレーションも受けてきた。敵が初見殺しな攻撃をしてこようと、受け流せる絶対の自信があった。だが、目の前の、GHQの兵士たちは集はの予想を遥かに超えていた。

 

 なかなか即座には呑み込み難いが、つまるところ、すべて俺が僅かにでも慢心した結果だったのだ。その僅かな慢心が腹を刺され、彼らを強化外骨格ではないゾンビ兵に進化させてしまった。

 

「……っ」

 

 意識がブレ、体が僅かに揺れる。

 その仕草を隙と見たか、GHQ兵たちは動いた。

 その身をゆらりと前傾させるや、地面を滑走するかの如く、俺が取った距離を瞬時に詰める。手のひらから取り出したブルホーンの銃口を俺に向け、引金を引く。

 義眼から銃弾の軌道が予測されるが、対応が遅れ、集の右肩を貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

 死神の双眸が青白く光る。マスクに隠れた口から息が漏れる。

 死人のように感情のない瞳で集を睨み、横に蹴り飛ばした。数メートル先のコンテナに激突し、口から酸素と血が吐き出される。身体の骨が悲鳴を上げる。

 

「……畜生。反則だろ、それ───」

 

 血の色が混じった唾を吐き捨て、目前に突撃してくるGHQ兵を横に転がって、回避する。転がった先にGHQの兵士が現れ、集を蹴り飛ばす。吹き飛ばされ、近くのコンテナまで吹き飛ばされた。

 

 集は血の泡を吐きながら、発砲しながら逃走に移る。

 一発撃つことに反動が傷に障り意識が飛びそうな激痛が走るが、歯を食いしばりとにかく走りながらろくに狙いをつけずに撃ちまくる。

 だが、焦る思考とは裏腹に、その足取りは非常に緩慢だった。視界が滲む。血液が体外に放出され体温がなくなって行く。さむい、こごえそうだ。

 腹を抑えながら、歩くと開けた場所に出る。

 そこは、荒々しく波が打ちつける海だった。とても泳いで逃げれる流れではない。突端に立ち、ゆっくり振り返るとGHQとシェンフィールドの銃口がこちらを見ていた。

 ザザーン、と小うるさい波の音が耳朶を叩く。集は瞳を閉じた。谷尋、逃げろ。いのりさん、約束は守れそうにない。

 

「……地獄に、落ちやがれ」

 

 シェンフィールドの射撃が集の胸、腹、腿を問わず小さな穴を開けた。

 拳銃を握ったまま、集は上体をゆっくりと崩した。暗転する視界の端で、GHQの兵士たちは笑っていた。

 着水した集の身体を、荒れた波が恐ろしい勢いで攫って行った。

 

 

 ✧

 

 

 予想外の力を手に入れたことに歓喜するGHQの兵士たち。このまま行けば、組織のトップに立てるかもしれない───そう思っていた時だった。

 プラチナブロンドの髪を風に靡かせ、機械の鎧を見に纏った青年が彼らの前に立ち塞がった。

 

「……目標の喪失。余計なことをしてくれたな」

 

 青年は小さくつぶやくと、手を大きく開いた。何も無い空間から青年の身の丈四分の三ほどのアタッシュケースが現れ、地面に落下する。

 落下の衝突と共に、飛び出してくる一振の刀。青年をそれの柄を掴むと、GHQの兵士たちに向けた。

 

「It's a massacre」

 

 青年がそう呟くと同時に抜刀。赤い雷が地面を抉った。

 大地を蹴り上げ、GHQの兵士たちに刀を振り下ろす。銃を盾にして防ごうとするも、銃ごと切り裂かれて頭を両断される。

 

 ───斬! 

 

 という擬音が聞こえてきた気がした。

 一斉に掛かれば倒せる、そう考えた兵士たちは四方八方から青年に襲い掛かる。しかし、青年は刀を一周させると、兵士たちの首を一気に切り飛ばした。

 

 集が手こずった相手をものの数秒で倒した青年は、頭部につけれた無線で電波を飛ばした。しばらくして、応答が返ってくる。

 

『もう倒したんか?』

「最悪の事態だ。ターゲット、桜満集が海に沈んで行った」

『はあ!?見逃したんか!?』

「俺が到着した時にはな。今から行って間に合うかはわからん。この波だ。遠いどこかに運ばれてもおかしくない」

『……』

「だが、とりあえず捜索はしておこう。手遅れだろうがな」

 

 そう言って青年は数時間ほど集をこまなく探したが、彼の姿はどこにも無かった。




【描写の変更】

集は海に沈んでいきました。


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【episode28】

久しぶりに新しい話を更新しました。
これからepisode27までを書き換えていきたいなと思いますのでよろしくお願いします。



 最初に聞こえてきたのは波の打ちつける音だった。

 なにか、とても柔らかいものに包まれている。暖かくて心地よい。

 薬くさい刺激臭が鼻の粘膜を刺す。瞼の裏に仄かにだが光を感じる。口の中に、塩辛い感覚が残っていて顔を顰めた。

 沼の底から這い出るように意識が覚醒していった。まだ、自分が意識を保っていることに驚きを隠せない。

 目を開けようとするが瞼が重く、何度か細かく目を瞬かせる。しばらくすると木造の天井がぼんやりと見えてきた。

 

「起きたか、坊主」

 

 視界に見知らぬ青年の顔が映りこんだ。緑のツナギに袖を通し、その蒼く輝く隻眼の瞳で集を見下ろしていた。

 茶金の髪が陽を反射して黄金に見えた。

 

「……あんた、は?」

 

 出来るだけ警戒心を高めて言う。しかし、今の集からは弱々しい声しか出ていないだろう。青年は一言「お節介焼きのオッサン」でいいと答える。

 

「ここはどこだ……天国か、何かか?」

 

 青年は顔を横に振り、真顔で答えた。

 

「残念だが、まだ地獄だぞ。冗句が言えるということは元気はあるみたいだな」

 

 冗句は心の緩衝材になるからな、と言いながら青年はサイドテーブルに置かれた林檎を手に取ると集に差し出す。

 

「喰うか?」

「いや、いい。なんにも食べてないはずなのに、あんま腹が空いてねぇんだ……それに怪我人に丸ごと渡す奴があるかよ」

 

 億劫がる身体に命令して首を窓の外に向けると、眩いほどの陽が照らしていた。

 集は青年の方を振り返った。

 

「……俺は、どれくらい寝ていたんだ?」

「丸一日と半日だな。大手術だったぞ、坊主。一体どんな暮らしを送っていたら体に何発も銃弾をぶち込まれる?」

「GHQは六本木に訪れた人間を躊躇い無く撃つからな、仕方ないんだよ」

 

 青年は林檎を丸かじりしながら垂れた汁を右手に嵌められたグローブで拭う。

 無理やり上半身を起こそうとすると青年が「止めておけ」と制するが、集は首を振ると、もう止めなかった。四肢があることを確認し、そっと左目に触れた。

 コンタクトレンズ型二一式黒膂石(バラニウム)義眼は目につけられたままであった。脳に指令を出し、義眼を発動させると視界がクリアになり、立体的に物を見れるようになったため、機能面では問題なさそうだ。防水機能までついているのかよと集は内心苦笑いを浮かべる。

 

「本当は絶対安静なのだが。まあいいだろう」

「……あの荒波だ。本当なら、海の藻屑になっているか、愉快なオブジェになっているはずの俺をどうやって見つけたんだよ?」

「これだ」

 

 そう言って青年は集の持っていた拳銃をベッドの上に置いた。スライドストップが上がりスライドにロックがかかっている。弾を撃ち尽くした(ホールドオープン)状態のXDだった。確か、海に落ちた時も手に持っていた。

 

「海辺にこいつが落ちていてな。まさかと思って近くを探索したら血だらけのお前が打ち上げられていた」

 

 ようやく自分が生きている理由に合点がいった。集は掌を開閉して異常がないことを確認する。ふと青年が集の顔を見ていることに気づいた。

 

「……なんだよ」

「───お前、葬儀社か」

「……なっ」

 

 突然の青年の言葉に息を呑む集。

 

「テレビでお前のような坊主を見かけたことがある」

「……もし俺がその葬儀社の一員だったらあんたどうするんだよ?」

 

 青年は何もしないさ、と呟くと鋭い眼光で集を見つめる。

 

「お前が寝ている間に沢山の事があった。そうだな、何から話すか」

 

 青年は顎鬚を撫でながら口元を吊り上げた。

 

「羽田で大きなパンデミックが起こるらしい」

「まさか涯たちが?」

「さあな。そこで『はじまりの石』とやらの奪還作戦を行うそうだ」

「『はじまりの石』───っ!?」

 

 耳障りな歌が集を貫いたのである。

 集は何が起きたのか理解出来なかった。掌がじっくりと汗をかいている。

 青年は窓の外に視線を向けると、舌打ちをした。

 

「───始まったか」

 

 突然ズンとした重みが集と青年を襲う。重力が増えたかのような感覚に目眩がした。首を窓の外に向けると、波打つように空が歪んでいた。

 その時、青年の携帯が鳴った。よく見ると、それは集のものであった。着メロはベートーベンの『交響曲第9番』。

 青年は二言三言喋った後にこちらに電話を放ってきた。

 

『……蓮太郎さん、私です』

 

 集は驚いて、束の間、携帯電話をマジマジと見た。

 

「癒愛か。何があった」

『『はじまりの石奪還作戦』が始まりました……地獄絵図です。そして一つ。申し訳ないですが、蓮太郎さんはこちらには来ないでください』

「なッ───なに言ってやがるッ!?」

『蓮太郎さんが来れば状況は大きく変わるでしょう。けれど、私は蓮太郎さんに死んで欲しくない。耐えられません、大好きな蓮太郎さんが私の前で死ぬのは』

「なんでだ……どうしてそんなことを言うんだ!」

『愛しているからですよ。言わせないでください』

 

 集は大きく息を吐いた。

 

「───巫山戯んな!絶対に行くからな!待ってろよ!!」

 

 集は通話を切って青年に携帯を投げ渡した。青年はこれお前のだぞ、と言うと集に投げ渡す。

 腕が引っ張られるような感触がしてそちらを見ると、枕元にはバイタルの数値が表示されていた。警報が鳴るのを覚悟しながら一本ずつ体から針や電極を取り去って行った。

 傷口に触れると激痛に眉を顰めたが、何とか行ける。王の力が回復を早めているからだろう。傷口はもう既に塞がり始めているし、無理さえしなければ動ける。

 棚の上に予備の服が置いてあり、それに手を伸ばすと目を丸くした。

 ブラックスーツそっくりの制服。間違いない、集が蓮太郎の時に着ていた服装だ。青年に目を向けるとゆっくりと頷いた。

 

「あの制服は穴だらけでもう使いもんにならないだろう。俺には着れないからな、そいつはくれてやる」

 

 青年の言葉に頷くと、集は制服の襟を直し、ネクタイを締める。首周りがなんだかむず痒かった。

 

「行くのか坊主」

「……ああ」

「勝てるのか」

「勝たなきゃ駄目なんだよ」

「死ぬかもしれんぞ」

「覚悟の上だ」

 

 青年は方目を閉じて馬鹿らしいと言わんばかりに笑った。

 

「死ぬかもしれないのに戦場に向かう。飛んだ大馬鹿者だな、坊主」

「うるせえな、俺は───」

「いやいい。そういう命知らずの大馬鹿者は一度見たことあるが……なかなか見ていて嫌いじゃない」

 

 青年は着いてこい、と言うと集を格納庫まで連れてきた。

 目の前に鎮座する軍用者を睥睨する。

 青年は格納庫に辿り着くなり、大判の買い物袋を投げ渡した。集はたたらを踏みつつ受け乗り、そして中身を見て驚いた。

 

「必要になりそうなものは全部入れておいた。これで足りるか?」

「……十分すぎるくらいだ」

 

 青年に感謝しつつ、ベルトに装着するタイプのウェストポーチとホルスターをつけて、ポーチに必要な各種器具を詰め、XDの銃身を消音器が取り付け出来るものに換装する。軽くジャンプしてみるが、重量の変化は感じない。

 

「……礼は言わねえぞ」

「要らん。言われたところで俺になんのメリットもないからな」

 

 どういう意味だよと答えるも目の前の青年は何も答えない。

 

「───急いでいるんだろう?乗れ、最新の自動操縦機能がついているから、運転免許を持っていなくても運転できるはずだ」

「……何から何まですまない」

「そして飯だ。これはカロリーメイトと言ってこいつが中々───」

「知ってるよ」

「……そうか」

 

 青年は残念そうに項垂れた。集が車に乗ると、車の人工知能が起動。勝手に発進し始める。

 

「───おい!?」

「行ってこい」

 

 青年のそういう声が、背後から聞こえた。

 

 

 ✧

 

 

 青年は集が寝ていたベッドに戻ると、少女がいた。青年は瞑すると、少女の肩にゆっくり手を置いた。

 

「あの坊主とやっぱり会っておきたかったんじゃないか。なぜ会わなかった」

「……」

 

 少女はゆっくりと振り返る。プラチナブロンドの美しい髪が陽を反射してキラキラと光る。ドレスのような服装を身にまとった少女を青年見下ろす。

 

「お前があの坊主を拾ってきて、お前があの男を手術したってことを言えばよかっただろうが。俺はお前に言われた通り、あいつが装備していたものと同じ武装を奥から引っ張り出してきただけだ───ティナ」

 

 少女は───ティナは青年にうっすらと微笑むと、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

 

「今はまだ……会うときではないので」

「そうか。片付けておけよ」

「はい」

 

 ティナは頷くと、ベッドの上に置かれたパジャマなどを畳み始めた。

 青年はポケットから葉巻を取り出すと、それに火をつけて一服する。

 

「───上手くやれよ、坊主。この世界の命運はお前にかかってる言っても過言ではない」

 

 青年のその声は海風の中に消えていった。




アンケートやってます。期限は30話迄です。


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【episode29】

 羽田空港に向かう道には濃い闇が下りていた。

 サングラスをかけてハンドルを握っているとはいえ、警察に捕まらないかヒヤヒヤとする。なんでこんなことをしているのだか。

 このまま車が羽田空港に着けば、戦闘開始である。生きるか、死ぬか。二択に分けられる。

 顔を上げると、血の気の悪い男の姿が窓に映し出されていた。

 

 ───どうして死ぬことばかりを考えるんだ。

 

 かつて、自分がとある少女に言った言葉が甦る。

 前は、愛した女性とパートナーを守るために。

 今は、自分の大事なものを守るために。

 

 車は十時交差点に差し掛かり、赤信号にゆっくり停車する。

 いつの間にか小雨が降っており、窓から見える景色を歪ませていた。

 集は嫌な予感がして、早く車が発進してくれるよう心から祈った。やがて祈りが通じたのか信号が青になり車が発進すると安堵の息を吐く。

 

 ───考えすぎか。

 

 一瞬目を閉じ、もう一度だけ、外に視線を写す。

 すぐ近くでほんの一瞬、なにかかま閃いた。

 それがマズルフラッシュだと認識した瞬間、集は後部座席に飛び込んだ。

 直後に激甚な厄災が襲い掛かってきた。

 ガラスの破砕音に甲高い急ブレーキ音に振りわまされ、そのまま車体が横に滑ってどこかの建物に衝突。集は為す術もなく車内にかかるGに振り回されドアに叩きつけられて、息が止まりそうになる。

 

 ───街中で、狙撃だとッ!?

 

 すぐにハッとして集は車を蹴破ると、車外に転がり出る。

 建物の中に入り込んだため、逃げ場がない。とにかく今は遮蔽物に身を隠す必要がある。

 手近な机に潜り込んだ直後に、爆裂音が鳴り響く。

 すぐ近くに爆発物があったのか凄まじい轟音と共に、あぶる熱波。周囲の一般人が悲鳴をあげパニックが伝染し、爆発衝撃波に制服を着た学生が転倒する。

 

「……制服を着た、学生?まさかッ!!」

 

 集は唖然としてその制服を見た。

 間違いない。この制服は天王州第一高校の制服で───集は奥歯を食いしばりながら外を見る。

 三発目。咄嗟に転倒した学生を守ろうとして痛恨の表情をうかべる。駄目だ、間に合わない。

 直撃弾であることを瞬時に悟り、ぎゅっと目を瞑る。

 直後に地面を抉る轟音となにかが吹き飛ばされる音が耳を刺激する。

 

 炎は踊り、風に舞う灰と血の仄い。燃え立つ炎は、黒煙を空に吐き出し続け、広がった狂躁は収まる気配がない。

 雨脚が強くなり、集の髪を濡らし頬を伝っていく。

 全身が濡れるのも構わず、集は目の前に佇むそれを睨み上げる。

 全長四メートル。ヘッドユニットに二門、ウォークユニットに一門搭載された機関銃。二足歩行で動くそれはエンドレイヴに酷似しているが、その正体が全くの別物であることを集は知っている。

 AI搭載汎用換装二足歩行戦機エンドレイヴ仕様。従来のエンドレイヴの遠隔操作とは違い、AIを搭載させた次世代型エンドレイヴ。葬儀社がGHQから盗み出した情報の中の一つにあった新兵器の情報だ。あの時はまだ開発段階と書いてあったが───

 

「……もう、完成していたのか……!」

 

 苦い声を出しながら集は銃を地面に向けて発泡する。背後で、生徒たちが一斉に止まる。

 

「止まるんじゃねえ、早く逃げやがれッ!!」

 

 情けない声で悲鳴を上げて、逃げ惑う生徒たち。何人かの教師は走りゆく生徒たちと、炎が近づきつつある校舎を交互に凝視している。逃げない人たちは、もう放っておくことにして、目の前の敵に意識を集中する。

 生徒たちを動かすことには成功したが、何せ数百人だ。全員が学校備え付けのシェルターに移動するにはまだ時間がかかる。しかし目の前の敵は今にも襲いかかろうとしていた。

 XD拳銃を再度発砲。集に視線を向けさせる。地面を駆け抜け、エンドレイヴに向けて拳銃を二度、三度と発砲しながら行動を開始する。人が寄り付かそうな映像研究部の旧校舎へと。機材はすべて壊れるだろうが、人の命に比べたら安いものだ。

 

「来い……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎の広い広間。そこは映像研究部が部室代わりに使っている場所であり、高価な機材などが置いてある。エンドレイヴが壁を突破って中に入ると、異変を告げるアラームが鳴り響く。

 遅れて駆けつけた集は、扉を蹴破りながら中に突入した。

 

「はっ、見事に誘導されてやがる。戦闘システムはご立派かもしれねえが、それ以外は空っぽだな、お前」

 

 言いながら、集は腰を低くしていつでも動ける体勢を取る。

 炸裂音と共に、集は体を動かした。

 冷静にエンドレイヴの元まで駆け抜けると、拳銃で威嚇射撃を行う。素早く体をエンドレイヴの死角に移動させ、関節部に二回発泡して蹴る。動きが僅かに怯んだところで、跳躍、腕の関節部に粘着爆弾を引っつけて距離をとってから爆破させる。

 

「ただの人間だと思って侮ったな」

 

『二一式黒膂石義眼』。脳の思考回数を何千倍にも増幅(オーバークロック)する増倍(マルチプライヤー)が搭載されているため、見ている世界はゆっくりと流れる。

 勿論、体の動きまで早くなる訳では無いが、銃弾が発射される前なら無理だが、相手がトリガーを引き切るまでに弾道を予測して回避位置を見出すことはそれほど難しいことでは無いのだ。

 

 しかし、今の集は義眼ではなくそれを模したコンタクトレンズを装着しているので、強力な電気を視神経を通して直接脳を刺激する必要がある。そのため、集の視力は徐々にだが落ちており、もう落ちた視力は回復することは無いだろう、とまで言われている。

 

 ───だけど、と集は目を擦る。

 

 振り返り隻腕となったエンドレイヴを睨む。

 本当なら身を潜めながら戦うのが定石だろう。

 しかし、集はそうせず、息を吸い込み、震えながら吐く。

 猛烈なエンジン音に集は咄嗟に転がって避けると、たったいま集がいた位置を轢殺せんとうなりを上げてエンドレイヴが突進。

 

 武器はあの機関銃だけだったようだ。息を吐くと、集は敵を完全に排除するべく力強く一歩、足を踏みしめる。

 

「これで、最期だ───!」

 

 集が最後の一撃をエンドレイヴに繰り出そうとした時だった。

 

「───な、何してんだよ!?」

 

 第三者の声に集は思わず振り返った。

 見慣れた三人組に、最近知りあった一人。集は堪らず悲鳴を上げた。

 

「───何してやがる!?早く逃げろ!!」

 

 しかし、そんな集の絶叫も虚しく、エンドレイヴは五人組に標的を変えると、残った腕で照準を定めた。すると、掌が開き、中から銃口が現れる。

 銃口炎が閃いたかと思うと、高い音を立てて四人組に前に放たれる。

 

 その制度は壊滅的であった。しかし、演算機能(アリスメティック ファンクション)を破壊されたとしても、AIの機能が生きていれば微量調整すれば済む話だ。

 集の脊髄に必滅の銃弾が直撃する。体は床を何度もバウンドし、柱の一本に叩きつけられる。肋骨の断面が見え、臓器や腸が零れてくる。

 あまりの激痛に食いしばった歯が欠け、右視界が暗転する。

 気持ちの悪い音がしたと思ったら、血液が集の口からとめどなく溢れ、温かく胸を濡らしていた。

 

 重い目蓋を持ち上げて、エンドレイヴを睨むと、エンドレイヴは瀕死状態の集など目もくれず、颯太たちに照準を定めていた。

 鉄の匂いと火焔の匂いが混じり、酷い匂いを発している。背中から胸にかけて風穴が開き、まるでドーナツのようだ。

 もう、指一本動かせそうにない。

 集は静かに首を左右に振り、震える吐息を吐く。

 

 ───もう駄目だ。

 

 止まらない出血が、地面に広がっていく。

 痛みでのたうちまわりたいと言うのに、刻一刻と血が抜けているせいで体は重い。

 ここで死ぬのか。約束も果たせず。

 視界に霞みがかかり、徐々に意識が遠のいていく。

 暗い穴の底に吸い寄せられていく感覚。

 

 寒い。暗い。

 

 嗚呼、俺はここで死ぬのだろうか。

 

 その時、突如炸裂音がして、エンドレイヴは照準をそちらに変えた。

 

「集ッ!そんなところで死ぬんじゃねえぞ!!」

 

 そこには、いるはずのない谷尋が居て、集は声もなく驚愕した。

 なぜ谷尋がS&W M19*1を?

 一般市民である谷尋がそんな武器を持っているはずがない。いくら、裏ルートを使ったとしても手に入るのは精々3Dプリンターで作られた偽物だ。しかし、谷尋が手にしているのはどう見ても本物で───

 

「集!校條のヴォイドを使えッ!!」

 

 谷尋がそう言った刹那、祭の胸元が眩しく光る。

 千載一遇。これがラストチャンス。

 そうだ、負けるわけにはいかない。

 俺は、いのりさんを、涯を、そしてみんなを守ると決めたのだから。

 自分には死ぬよりも先にやるべきことがあるのだから───!

 

 最後の力を振り絞って、心配して駆け寄ってくる祭の胸元向けて手を伸ばす。風穴から夥しい量の血が吹き出し、地面をさらに汚していく。だが、構わない。

 

「───お前の……魂、もらう……ぞ……!」

 

 祭のヴォイドを引き抜くことに成功する。

 銀色の光を放ちながらその形をなていった。

 長く平らな形状をしており、柔らかく集の左腕の周りに浮遊していた。

 蛇腹状のこと以外を除けば、これは間違いなく───

 

 考えるよりも先に、集は行動に出ていた。

 それを傷口付近にまで移動させると、血がこぼれ、肉が盛り上がり、体温が失われ、骨が再構成され、細胞が死滅しながら再生する。

 集の体内は恐ろしい速度で死に、凄まじい速度で生き返る陰陽相克せし坩堝と化す。AGV試験管を突き刺した時のような痛みはなく、ゆっくりと痛みが引いていく。そして───

 

「───ああああああああああああッッッ!!!」

 

 集は絶叫しながら立ち上がる。下に溜まった血で滑りそうになり、何歩かたたらを踏む。視界が上下左右に激しく歪み、遠近感の方がした世界が集の視界に映る。直後、王の力が発動。目眩が次第にクリアになっていく。

 

「───義眼、解放」

 

 呟きと共に、解除されていた義眼を再起動させる。

 体が熱い、燃えるようだ。激しい頭痛に吐き気、悪心。どうして立てるのか不思議で仕方でならない。

 しかし、まだ手が動く。足が動く。生きている。

 集は凶眼で敵を見据え、構える。天童式戦闘術『鳳焔飛翔の構え』。鳳凰は死ぬ時、自らが炎となって、新たに生まれ変わる。防御を顧みない一撃必殺の型。

 集は息を吐くと、瞳をゆっくりと閉じる。

 直後に地を蹴る。王の力で強化された脚力で地面を抉り、破砕音が鳴り響く。強力なGの痛みに堪え、一瞬でエンドレイヴの前に躍り出る。

 

「……どけよ」

 

 誘導をしていた谷尋を横に突き飛ばす。同時にエンドレイヴが集に向けて発砲。強い火薬の匂いが鼻腔に届く。撃ち出された銃弾に集は右腕で応じる。

 空気を斬る音と同時に繰り出される一撃。

 天童式戦闘術無の型三番『青燕飛翔撃』

 正面から激突した拳と銃弾。凄まじい衝撃波が全身を貫く。

 王の力で強化された拳は銃弾を粉砕、衝撃によって吹き飛んだ皮膚は祭のヴォイドで即座に再生される。立ち止まらず、地面を再度蹴り上げ、吹き飛ばされるような勢いで再度超加速。直後に暴雨のように襲い掛かる銃弾をくぐり抜け突進する。コンマ一秒でエンドレイヴの元へ到達すると、驚異的な速度で下からすくい上げるようにアッパーを放つ。

 

「堕ちろッ───!」

 

 狙うは人工知能が搭載された部分。一片残らず破壊する必要がある。

 歯を食いしばり、踏みしめた足が地面ごと沈み込む。辺りの地面が衝撃波で剥がれ飛ぶ。鋼の強度をはるかに上回る剛拳が、エンドレイヴの身体に捩じ込まれる。

 集は跳躍し、エンドレイヴの身の丈を上回るほど、高く飛び上がる。頂上で体を捻り、両手で拳を放つ。

 

「天童式戦闘術無の型六番───」

 

 乾坤一擲。

 

「鬼王鉄槌ッ!───消えろよッ!!」

 

 頭上から思いっきり振るわれは鬼神による怒りの鉄槌。必滅の一撃。強化された拳はエンドレイヴの頭部を破壊し、人工知能を潰し、動力部を切断する。

 集も繰り出した技の威力を殺しきれず、エンドレイヴを蹴って地面の直撃を免れると、再度背中から激しく打ち付けられて呻く。直後に立ち上がり、油断なくエンドレイヴを観察する。

 十秒、二十秒が経過する。体から蒸気が発生していた。敵は沈黙したまま、機能を停止している。

 

 

 ゆっくりと息を吐いてから祭にヴォイドを戻すと、集はエンドレイヴの方に近づく。

 頑丈なコンバットブーツが鋼を蹴り飛ばす音響が旧校舎いっぱいに鳴り響く。

 集は鋼を二、三箇所凹ませただけでは飽き足らず、激闘を繰り広げたAI搭載のエンドレイヴの関節部分を思いっきり踏みつけてから、止めた。

 血と泥にまみれた髪をかき上げ、何が起きたか理解していない颯太の前まで移動すると、襟首を片手で吊り上げる。

 

「……なんでここに来た!」

 

 集に吊し上げにされた颯太は怯えて答えられない。その変わり、谷尋が無機質な瞳で集の顔を見ながら言った。

 

「……俺がこいつらを連れてきたんだ」

「巫山戯てんじゃねえぞ!俺が来るのがあと数秒遅ければお前ら全員愉快なオブジェになっていたんだぞ!?」

 

 言い合いを続ける二人を、亞里沙と花音は止めようとする。しかし、集が普段見せない側面を見せられた二人は脚がすくんで動けない。そんな時、目を覚ました祭が声を上げた。

 

「もうやめてよ、集!!」

 

 すると、くるりと首を回した集が目を鋭くして言った。

 

「……祭、お前もだ。逃げろと言ったのになぜ逃げなかった!!」

 

 祭は恐怖の声をあげそうになるが、必死でそれを呑み込む。巫山戯てこそいたが、集にこんな表情はして欲しくなかった。どんなに愛しい人の顔でも、その表情は奇妙な居心地の悪さを感じる。

 祭は二、三歩躊躇した後に、声を荒らげて言い始めた。

 

「わからないよ!そんなこと!でも、集には争って欲しくないの!!集は本当は優しいから───」

「……戦って欲しくない、か。何も知らねえくせに」

 

 それを聞いた集は、眉間に皺を寄せながら谷尋の襟首から手を離し、睨めつけた。胸元が光出したのを見てか、谷尋は肩を竦めてみせた。

 

「……そうやって人を道具にするのか、お前は」

「黙ってろ」

 

 谷尋の中に集の左腕が潜り込む。その左腕を谷尋の胸元から取り出すと、腕には歪な形をした巨大な鋏が握られていた。耳障りな金属音を撒き散らしながら、集は祭にその刃先を向ける。

 

「桜満くん!?」

 

 集の行動に花音が素っ頓狂な声を上げる。その声は集が起こした怪異かによる、それとも危険物を祭に向けたことか。前髪の奥で、紅蓮に輝く瞳が細められる。

 祭は集の持つそれを凝視しながらうわ言のように呟く。

 

「……なに、それ」

 

 そうか、お前は見てなかったな。そう呟くと集は首をぐるりと回す。

 

「───これはヴォイド。トラウマ、コンプレックス、趣味や夢。そういったものを読み取り、その人間に一番合った形を取り出してそれぞれに特別な力がある。こいつの場合は生命を断ち切る鋏だ」

 

 集はヴォイドを谷尋の中に戻すと天を仰ぐ。

 

「……俺はこの力を使っていのりさんや涯───つまり、葬儀社(テロリスト)に協力していた」

「……え?」

「そして、多くの人間をこの手で殺した」

 

 集の告白に頭が真っ白になる祭。そこで、いのりの名前が出てきたことに気づいた颯太は途端に声を荒らげた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!なんでいのりさんの名前が入ってるんだよ!?」

「……いのりさんも葬儀社だからだ。颯太」

 

 集の言葉に颯太は絶句した。天を仰いだまま、口を開く。

 

「俺はあいつらを助けるために、羽田空港まで向かっていた。だけど、ここに転がってる新型のせいで大幅に時間を食っちまった……」

 

 忌々しげに地面に転がるエンドレイヴを蹴り飛ばす。

 

「こんな人殺しは、お前らの中に紛れて生きていちゃいけない」

 

 集は天井が剥ぎ取られた車の前まで移動すると、動作確認を行う。

 外見こそボロボロになってしまったが、稼働はするらしい。

 

「巻き込んで悪かった。でも安心ししてくれ。すべて終わったら俺はもうみんなの前には現れないから。だから安心して───」

 

 そうすれば全てのヘイトは集に集中する。無関係の彼らは危険にさらされることはないだろう。

 そう言って車に乗り込もうとしたその時だった。

 パァン!と乾いた音が部室に鳴り響いた。

 

「……」

 

 いつの間に移動したのだろう。目に涙を浮かべた祭が、集の頬を叩いていたからである。集はわけがわからない、といったように呆然と視線を落とした。

 

「───バカァ!そんなこと……」

 

 祭は集の胸元に顔をうずめながら啜り泣き始めた。突然のことに集も僅かに困惑する。

 

「……そんなこと、言わないでよ」

 

 顔はうずまっていて見えないが、間違いなくとめどない雫に彩られているであろう。

 

「私は……集のことが好きなの……傷ついて欲しくない!なのに……なんで集は自分の命を削ろうとするの!?集にとって私たちは……一体なんなの!?」

 

 持ち上げられた拳が、集の胸を叩いた。もう一度。さらにもう一度。

 俯けられた小さな頭が震えて、額が左肩にぶつかった。

 集は、両手で祭の肩を掴んだ。

 

「……お前たちは、俺が生きる理由だ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「傷ついて欲しくない。ずっと笑っていて欲しい。死んで欲しくない。だからどうしても守りたいんだ。失いたくないんだよ……」

「……集?」

 

 腕の中で、濡れた声が響いた。

 

「だから、私たちを遠ざけるの?」

「……」

 

 かつて、もう一つの世界───ガストレアウィルスが蔓延する世界で生き、戦い、死んで行った友達の顔が走馬灯のように蘇る。

 気分がおかしくなりそうだった。このまま頭がどうかなってしまえばよかった。しばらくして、ようやく掠れた声が出た。

 

「……ああ、そうだ」

「……なら尚更、私は集から離れることが出来ない」

「お前……ッ!今の話聞いて───」

「───いたからっ!集をこのまま見送ることが出来ないんでしょ!!」

 

 祭は顔を持ち上げた。うさぎのように目が赤くなっていたが、祭の顔は意を決した表情をしていた。

 

「……私は集に着いていく。誰になんと言われようと!」

「おい!?」

「うるさい!これは決定事項ッ!!!」

 

 祭の剣幕にたじろぐ集。光景の一部始終を見ていた亞里沙もまた小さく息を吐くと、薄い笑みを浮かべた。

 

「私も行くわ。大事な学校の生徒ですもの、しっかり見送らないとね」

「会長、あんたまで……」

「お、俺も行くぞ!」

 

 今度は颯太までそんなことを言い出した。呆れて声も出ない。

 今から行く場所は遠足でもテーマパークでもない。人権も何もない、死地だというのに。

 

「……わ、私も行く!一人取り残されるのはなんか癪だし!」

「委員長、あんたまで……」

 

 そして、いつの間にか目を覚ましたのか谷尋も起き上がりながら言う。

 

「……俺も行くぞ」

「……谷尋、お前まで───」

「……が、その前に一つ」

 

 谷尋が集の頬を殴りつける。

 

「これで以前のことはチャラにしてやる。お前には潤を助けて貰った恩があるしな」

「……仇で返したくせによく言うぜ」

 

 集は祭から手を離して言った。

 

「……ここから先は地獄だ。どうしても着いてくるのなら俺は止めない。だが、1つだけ約束してくれ」

 

 一拍置いて。

 

「───もう二度と、今までのような平和な日々に戻れると思うなよ。お前らがこれから歩む道は、いつ死ぬかわからない一本道だ」

 

 集の言葉に祭たちはゆっくり頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ───東京壊滅まで、残り二時間三〇分。

*1
コルトパイソンのこと




原作との相違。

寒川潤の生存。これから先に出番があるかは不明。


鳳焔飛翔の構え:防御を一切捨てた攻撃特化の型。王の力と祭のヴォイドによる超再生があって初めて発動出来る。

青燕飛翔撃:天童式戦闘術無の型三番。自らが神速で動き音速を超える速度で放つ正拳突き。しかし、王の力なしでは発動出来ないため、実戦で使うことはまずない。

鬼王鉄槌:天童式戦闘術無の型六番。乾坤一擲。決まれば一撃必殺の技である。これも王の力なしでは発動出来ないため、実戦で使うことはない。


感想、評価、投票、よろしくお願いします。

モチベーションの問題に繋がるので……。


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【episode30】

数ヶ月ぶりの投稿です。


 車に乗り込む寸前、集は花音に声をかけた。

 

「草間」

「なに?」

 

 訝しげに振り返る花音に、集は無言で手を伸ばし、ヴォイドを取り出した。銀色の結晶は、姿を変えて近未来的な眼鏡へと姿を変える。

 唐突な集の行動に思わず声を荒らげる祭。

 

「集!?」

「つべこべ言わず早く乗れ」

 

 身を乗り出す祭に一喝。意識のない花音を座席に座らせると、集は運転座席に乗り込んだ。

 自動運転機能は辛うじて生きていたが、バッテリーを多く消費するため、長時間使うのはあまり好ましくない。ため息を吐きながら、集は車にキーを差し込み、猛スピードで発進させた。

 荒い運転に、谷尋が吐いたが、この際無視することにする。

 交差点に差し掛かると、集は途端にEGOISTの曲を大音量で流し始めた。

 あまりのうるささに皆一斉に耳をふさいで集を睨む。

 

「死にたくなければ大人しくしろ」

 

 集はただ一言そう言うとアクセルを踏み込んだ。

 長い沈黙が続く。集の変わりように困惑して、皆声を出せずにいたが、その沈黙に耐えられた人間がいた。

 

「な、なあ集」

 

 沈黙を最初に破ったのは颯太だった。集は振り向きもせず、なんだとボヤく。

 

「お、お前、そんな性格だったか?いつも無気力な感じはしたけどさ……」

「お前には関係のない話だ」

 

 集は遠くから聞こえてくるいのりの歌に目を細めると、大音量で流していたEGOISTの曲を止める。このままいのりがたどり着くまで歌い続けていてくれれば、颯太たちのキャンサー化は食い止められるだろう。

 

「か、関係なくないだろ!俺たちはこれから一緒に戦う仲間だろ!?」

「───だったら、お前らに何が出来る。言ってみろよ」

 

 すかさず集が言い放つ。颯太の発言は、いくらなんでも軽率すぎる。

 

「一度も戦場に出たことがない。地獄を見たことがない。銃弾の痛みを知らない。肌が溶け落ちる痛みを知らない。そんなお前らに、一体何が出来る。言ってみろ」

「そ、それくらいなら我慢だってしてやる!祭のヴォイドもあるし!!」

「そ、そうだよ。集だからそんな事言わないで?」

 

 騒がしくなる車内。集は歯噛みをして、クラクションを乱暴に叩いてから振り返る。

 

「なら、お前らに人の命を奪う覚悟はあるかッ。言ってみろッ!!」

 

 集の剣幕に颯太たちは黙った。集は目線を鋭くして言う。

 

「これは学芸会のお遊戯やテレビゲームなんかじゃない。死んだら死ぬ。生き残れば生きる。それだけだッ!確かに祭のヴォイドはなんでも治すことが出来るけどな、死んだらそこまでだッ!死んだらそれで終わりなんだよッ!!」

 

 集の目裏にはまだ小さな少女の姿が映っていた。

 千寿夏世(せんじゅかよ)。集の友人の一人にして、もうこの世には存在しない少女。忘れることは無い、集がこの手で殺した少女。如何なる理由があろうと人を殺した事実は変わらない。集はその事を胸に刻みつけながら今日まで生きてきた。

 戦場では、みんなが生き残れる保証はない。必ず一人、誰かが死ぬのだ。

 もしかしたら、祭のヴォイドは死者の蘇生が可能かもしれない。だが、一度死んだ人間の魂は二度とこの世には戻ってこない。否、戻ってきてはならない。

 だからそうならないように、一人でも多くの人間を救うのだ。どんなに唾を吐かれ、罵倒されようとも、明日へと向かうために───。

 集は一息ついてから再び口を開く。

 

「……お前らは、あくまでヴォイドを使うために連れてきただけだ。これ以上余計なことを言って俺の邪魔をしてみろ───撃ち殺すぞ」

 

 本当なら、こんなことは言いたくない。だが、銃を一度も持ったことがない彼らが外に出れば格好の的だ。力のない集では、守りながら戦うなんてことは到底できない。だから、恐喝紛いのことを言って黙らせるしかないのだ。

 颯太たちは生唾を呑み込みながら、押し黙ったのを確認すると、深く腰かけながら吐き捨てるように言う。

 

「最初からそうしてろッ」

 

 集は目線を前に戻す。東京は活性化したウイルスで凄惨な光景と化していた。

 人だけに留まらず、建物にまでキャンサーの結晶が伸び、街を侵食し続けている。

 ふと、集が着けていたメガネのヴォイドに一つの光の点が付いた。

 

「来たか……」

 

 地面を突き破るようにしてゴーチェが現れる。集は車の運転を自動操縦モードに切り替えると、花音にヴォイドを戻したあと、谷尋に視線を合わせてきた。

 谷尋の胸元が輝く。

 

「お、お前!?」

「大人しくしろ。すぐに戻る」

 

 谷尋のヴォイドを引き抜く。異形な姿の鋏を手にしてから、集は車の窓を突き破った。足元に無数の紋章を生み出しながら宙を駆ける。

 

「どけよ」

 

 勢いに任せて、集はゴーチェに飛び蹴り。ゴーチェが大きく揺らぐが集の攻撃は終わらない。そのままゴーチェの首の装甲を引き剥がし、鋏を添える。

 

「……ガラクタが、とっとと失せろ」

 

 ゴーチェの動力部に繋がるコードを切断。糸の切れた人形になったゴーチェの体を横に蹴り飛ばしてから車の屋根に着地。蹴破った窓から運転座席に戻り、自動操縦モードを解除。

 

「あ、ありがとう。彼らを代表して礼を言うわ」

「……別にお前らのために助けたわけじゃねえよ。勘違いすんじゃねえ」

「優しいのね」

「だから違うって言ってんだろッ」

 

 顔を真っ赤にして集が叫んだ瞬間、車が大きく揺れた。

 ガラスの破砕音に車の甲高い急ブレーキ音に振り回され、悲鳴をあげる。そのまま車体が横に滑って道路を飛び出し、十数メートル先の地面に落下しかかる。集は何とか亞里沙のヴォイドを取り出すことに成功し、衝撃を防いでいた。

 

「集!」

 

 すぐにハッとして集は、叫ぶ。

 

「声を出すな!祭、みんなを連れてどこかに身を隠せ」

「で、でも……」

 

 集はドアを蹴破ると、気絶している人間の手を引いて車外に転がり出る。

 羽田空港滑走路。どうやら、目的地には到着したようだ。

 

「でもじゃない。本当に死ぬぞ」

「……集は、どうするの?」

「……決まってるだろ」

 

 立ち上がる。集は祭の方へと視線を落とし呟いた。

 

「この戦いを終わらせるんだよ」

 

 行かないで、と祭が集の顔を見つめる。集はふるふると顔を横に振ってから、祭の腕を振りほどいた。ここから先は一線を超えた犯罪者のみが踏み入れる領域だ。祭のような優しい子が踏み入れていい場所ではない。

 

「……ごめん」

 

 背を向けてそう呟いた声は、突風の中に消えていった。

 

 ⿴

 

 羽田の滑走路を駆け抜ける。祭たちから離れるにつれて、周囲から音が消えていき、集の靴音や呼吸音が大きく聞こえる。

 気温は夏だと言うのに暑くも寒くもない。風は弱いが、それが逆に不気味さを際立たせていた。

 空港の第1ターミナルに足を踏み入れた瞬間、不意に集の横から殺気。

 咄嗟に腕を交差するが、為す術なく吹き飛ばされる。風を切る音ともに、近くのラウンジに頭から突っ込んだ。

 けたたましい音ともにガラスを粉砕しながら、ラウンジの床を何回も転がるり、壁に叩きつけられる。足に突き刺さったガラス破片を抜き、立ち上がる。

 

「……隠れてないで出てこいよ。目的は最初から祭たちじゃなくて俺なんだろ」

 

 言いながら視線を凝らすと、物陰から人影が飛び出した。赤い軌跡を描きながら振るわれるそれを、腰に携帯していたナイフで防ぐ。金属同士が衝突した時に起こる甲高い音。そして、鉄が溶ける匂いが集の鼻腔を突き刺した。

 すぐさまXD拳銃を抜くと、躊躇いなく引き金を引いて、目の前で発砲。しかし、予め起動を読んでいたのか銃弾は長い髪を通り抜けるだけで、当たることは無かった。

 舌打ちをしてから、集は横に跳躍。さらに二、三発ほど銃弾を放つもそれは避けられるどころか弾かれてしまった。

 

「バケモノかよ……ッ!」

 

 悪態をつきながら、目の前で佇む少女を睨む。

 

「……木更さん、あんたどうして俺の邪魔をするんだ!」

「それが私の使命だからよ。安心しなさい。今回は前回のようなことは起きないから」

 

 ピッタリとしたアンダースーツを身に纏い、所々に黒いアーマーを装着した天童木更は熱を放つ赤い刀の切っ先を集に突きつけて言った。

 

「さあ、はじめましょう?私と蓮太郎くん。どちらかが死ぬまでッ!」

「死なねえよ。俺も、あんたも……戦闘開始。目標、天童木更を無力化するッ!」

 

 集は水天一碧の構えを取った。






【語弊】

アンケートの件でしたが、30話まででしたね。期限はこの話までです。


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【episode31】

この世で最高に綺麗なもの


「……わかっているの、里見くん。この私に挑むという意味を」

 

 集は静かに息を吐く。

 

「……正しく理解しているよ木更さん。天童式戦闘術免許皆伝の復讐の鬼、『天童殺しの天童』、そして俺の初恋の人だ───ああ、もし神様って奴が本当にいんなら、今すぐその横面をぶっ叩いてやりたい状況だコンチクショウッ!戦闘開始ッ、これより目標、天童木更を排除するッ!」

 

 空になったカートリッジを地面に放る。それが開始の合図だった。

 集が王の力を発動させると、木更が先に仕掛けた。

 木更が地面を駆け抜け、澄んだ声が響き渡る。

 

「天童式抜刀術一の型一番───」

 

 鞘鳴りがして、稲妻のごとき速度で刀が抜き放たれる。

 

「『滴水成氷』ッ」

 

 集が右拳を握ると、螺旋を描く銀色の帯が集の腕部、尺骨神経に沿うように纏わりつき、巨大なドリルを形作ると、耳障りな音を撒き散らす。

 

「『轆轤鹿伏鬼』ッ!!」

 

 天童式戦闘術一の型三番。王の力のアシストによって繰り出された音速の拳が、目に見えぬ斬撃を打ち消す。集は目線を鋭くし、地面を蹴り、拳を振り下ろす。

 

「へえ、熱気を纏ったこれを防ぐの……随分やるようになったわね」

「はっ、褒められても微塵も嬉しくねえよッ!」

「だけどまだまだね」

 

 不意に集の胸元が浅く切り裂かれる。集は空中を蹴り、後方に退避するとじんわりと滲み出てくる生暖かい血液に触れた。

 

「精進なさい、初段の里見くん……前もそう言ったはずよ?」

「……ああ、そんな事も言われたっけな」

「それにこれは機械が沢山取り付けてあるけれど、決して模擬刀なんかじゃない。殺人刀よ。油断したら───死ぬわよ」

 

 これは長年ともに過ごしてきた仲間への情だろうか。木更は集を睨めつけながら言い放つ。

 

「……死ぬのはゴメンだな。だけど」

 

 集は血に濡れた右手を力強く握り締める。

 

「俺は餓鬼の頃一度死んで、更に向こうの世界でもう一度死んでる」

 

 すかさずXDを抜く。

 しかし、トリガーを引ききる前に木更が弾丸の速度で突っ込んでくる。木更には当たらないと思ったのか、集は歯噛みをしながら右手に銀の帯を纏わせて薙ぎ払うように振るわれた刀を防ぐ。

 あの状態から防がれると思っていなかったのか、木更は驚愕の表情を浮かべた。

 

「……『三度目の正直』だ。もう死なねえよ」

 

 鍔迫り合いになりながら、集は木更の足を踏み付ける。

 

「天童式戦闘術三の型九番───ッ!」

 

 僅かにだが反応に遅れた木更は集の体当たりを真正面から食らった。

 

「『雨寄籠鳥』ッ!!」

 

 集の体当たりが木更の急所に入る。しかし、完全に決まったという感覚はない。

 

「里見くん、知ってる?この世にはこういう言葉もあるのよ」

 

 木更はあの体勢から体を反らし、衝撃を和らげていた。

 

「『二度あることは三度ある』って言葉─── 天童式戦闘術一の型五番」

 

 謳うように木更は言葉を口にする。そして、気づいた時にはもう既に遅かった。

 木更の腕に取り付けられたアーマーから空薬莢が排出。音を置き去りにした神速の一撃が集の鳩尾に突き刺さった。

 

「『虎搏天成』」

 

 爪先から頭頂部まで凄まじい衝撃が走り抜け、体が吹き飛ぶ。恐ろしい勢いで店頭の窓ガラスを突き破り、壁に衝突する。

 地面に両手をつき、無理矢理体を起こした刹那、殺気。すぐさま横に転ると地面に落ちたXDに飛びつき、銃口を木更に向ける。だがそこで、彼女の姿が消えていることに気づいてハッとする。

 集は銃を構えたまま転がり込むようにして柱の影に隠れる。

 木更は人間だ。王の力によって夜目が利くようになっているので、集の方がやや優勢。どうすれば木更に致命打を浴びせられるか───

 そんな時、ジェットエンジンめいた音が聞こえ、集は思わず息を潜めた。同時に辺りが一瞬赤くなり、コンクリートがドロリと溶け、集のスーツに付着した。

 

「ぐっ?!」

 

 あまりの熱に呻く集。筋肉を総動員して咄嗟にバックステップを取ると、次の瞬間、木更の追い討ちの兜割り。集がいた場所をコンクリートごと切り裂く。

 木更はそのまま刀を抜くと、浮遊する集の胸部刀を突き立て─── そのまま壁に突き刺した。

 胸に走る凄まじい激痛と肌を焼く超高温の刃に歯を食いしばる。あまりの激痛に食いしばった歯が欠け、視界が暗転しかける。

 口から気味の悪い音がしたと思ったら、ドス黒い血液が集の口から溢れていた。瞼を震わせ、目前を見ると、木更は冷めた表情でこちらを見つめていた。

 

「─── 私の勝ちね、里見くん」

 

 集が僅かに指先を動かそうとすると、木更が刀をさらに押し込んでくる。

 あまりの激痛に思わず叫んだ。王の力が自動的に解除される。瞬間、どっと疲労感と寒気が襲いかかってきて、集は大量の血を吐き出した。

 止まらない出血が、胸から地面に滴り落ちる。

 心臓が刀で貫かれ、肺も焼けている。身体は傷や火傷が出来ているというのに、身体は刻一刻と熱を失いつつあった。

 視界がぼやけ、意識が闇の中に消えていく。暗い昏い深海に身体が沈んでいく感覚。

 嗚呼、俺はここで死ぬのか。

 

『集』

 

 遠ざかりかけた意識に、いのりの声が響いた。数日会ってないだけだというのに、酷く懐かしい感じがする。

 

 ───そうだ、俺はまだ死ねない。

 

 集は熱を発する刀の刀身を掴む。木更がそのまま押し込もうとするが、集の王の力が甦る。

 どこからか力が湧いてくる。集は力だけで刀身をへし折った。

 儚い音が響き渡り、見れば木更は声もなく戦慄していた。なぜ攻撃しないのか。刀が折られたからと言って、戦えないわけじゃない。

 だが目の前で狼狽して立ち往生する木更は、まるで戦意を喪失しているみたいではないか。

 もしかして、と集は息を吐く。

 木更はもしかすると、もう戦えないのかもしれない。『天童殺しの天童』と呼ばれた彼女がかつて手にしていた『殺人刀・雪風』。それがこの世界で『殺人刀・焔光』として生まれ変わったのならば。

 彼女が殺すのに拘った殺人刀が砕け散ったことで、妄執もまた砕け散ったのならば。

 ───千載一遇。これが、正真正銘ラストチャンス。

 みんなを守るために死の淵から甦った。

 自分(桜満集)には、まだ守るべきものがある。

 帰りを待つ人がいる。そう思った時には身体が既に動いていた。

 

「天童式戦闘術一の型十五番ッ!」

 

 刹那、辺りを照らす銀色の輝きに、木更は我に返った。

 

「……ぁ」

「『雲嶺毘却雄星』ッ!!」

 

 空気を畝らせ繰り出されたアッパーカットが交差した木更の腕を抜ける。木更の体は易々と吹き飛ぶ。

 

「天童式戦闘術二の型四番……ッ!」

「……そう、私の……負け……」

 

 集は右足を伸ばしたまま、ゆっくりと直上に振り上げる。靴の裏を天井に向けて、静止。木更の体が重力に従って落下の軌道を描く。木更が力のない瞳でこちらを見た。

 脚部に纏わりついた銀色の帯が複雑な螺旋を描きながらキラキラ輝く。

 集は瞼を閉じる。

 

「……『隠禅・上下花迷子』ッ!」

 

 鉄槌のごとく打ち下ろされた踵落しが木更にヒット。フロア全体に激震が走り、地面が大きく陥没。

 王の力の能力向上によるあまりにも莫大なエネルギーが、木更の体を吹き飛ばし、床に叩きつけられる。

 あたりの店舗の窓ガラスをすべて割り、この場が崩壊するのではと思うほどの衝撃の後、ようやく振動が収まった。

 真下を見ると、喀血しながらフロアに大の字で倒れる木更がいた。

 

「……ようやく、あんたに届いたんだな」

 

 呟きながら、集は思わず膝をついた。

 頭の奥が痛み、目眩、吐き気が一斉に襲いかかってくる。胸元の傷は既に塞がり始めているが、臓器の方はそうもいかないようで心臓が脈打つ度、激痛が集に襲い掛かる。

 よくもまあこんな状態で戦っていたものだと、呆れかえりながら横で倒れる木更を見る。

 最強の剣豪『天童木更』に接近して真正面から潰す。半ばサイボーグ戦士のそれに近い動きをしていた人間と戦っていたことを考えると、分が悪いにも程があった。

 集は膝に手をついて思いっきり力を込めながら立ち上がる。

 口元を拭うと、唾液と混じった赤黒い血が垂れていた。地面に吐いてから、足を引き摺っ、て木更の元に近づく。

 XDを木更の眉間に照準する。

 木更の服はボロボロだった。要所要所に着けられたアーマーは破損、煙を上げている。スーツも破れ、骨も何本か折れているだろう。通常の何倍にも能力が引き上がる王の力の一撃を真正面から食らったはずなので、暫くは思うように体が動かないはずだ。

 木更は音を立てながら息をして、薄目を開けて集を見た。

 

「……なあ、木更さん。教えてくれ。なんで、あんなに俺に固執したんだ?」

 

 集と木更の視線が絡む。勝利の喜びもなく、怒りも悲しみもない。虚しさだけがその場に残るのみだ。

 木更は呻く。

 

「……『天童殺しの天童』の仮面を、剥がした……から」

「……は?」

 

 彼女の言っている意味がわからなかった。

 

「……報いることだけが……私を動かしていたのに……里見くんが……全部……」

 

 奪った、から。その言葉は酷く冷たく聞こえた。

 

「私が……『天童殺しの天童』のままだったら……私はずっと戦えた……私はまだ殺せた……私は死ねた……なのに……里見くんが……」

「……」

 

 集は拳銃を引き金にかけた指に力を込める。

 そして一度頷いて目を閉じた。

 集は銃をホルスターに収め、木更をゆっくりと起こした。

 木更の目が見開かれる。

 

「……なん、で」

「……俺は木更さん、別にあんたを殺したくて戦っていたわけじゃない」

 

 集は目を瞑ったまま、端に置かれた医療キットを見やった。

 

「私は里見くんを……殺そうと……」

 

 集は木更の体を抱き寄せた。鬼神の如き強さを誇り、大きく見えていた彼女の姿は、集の腕の中ではとても小さかった。

 

「……俺はあんたに、これ以上傷ついて欲しくなかっただけだったんだ」

 

 木更の肩が震える。

 

「見ていてもわかった。限界だった。もう心身共にボロボロで、死へと向かっているのがよく分かったよ」

「……まって」

「復讐のために生きているのに、束の間のしあわせが許せなくて」

「……黙って」

「復讐のために生きて。傷付けらるのが怖いから、距離を置いて。そのくせ、いっそ離れる事も割り切る事も出来なくて、木更さん自身の本当の感情も中途半端なまま先送りにしてる……」

「黙りなさい……」

 

 木更が集のワイシャツを握った。しかし、力は全然なく非力な一人の少女のように思えた。

 

「……怖かったんだろ。『天童殺しの天童木更』でなくなるのが」

「───」

 

 木更の息遣いが止まるのを感じた。

 

「……復讐のために生きてきたのに、延珠やティナや色々な人と出会って、段々と変わり始めた自分が、怖くて怖くてたまらなかったんだろ?」

「……知りたくなんて、なかった……!私は『天童殺しの天童木更』でいたかった……!なのに……なのに……!里見くんや……延珠ちゃんの顔が……!どうして……?どうして私の中に踏み込んでくるの……?初めてお兄様を手にかけた時だってそう……!心の中で里見くんたちの顔が出てくる……!頭から離れない……!気持ちが悪い……!これ以上、これ以上私の中に踏み込まれたら……私は……私は……!」

 

 そう呟く木更の姿はとても小さく、幼子のように思えた。だから集は黙って優しく抱き締めた。

 木更の肩が震え、続けて小さく嗚咽を漏らす音が聞こえてくる。

 

「ねえ……教えてよ……里見くん……!」

「……」

「もう私……わからない……なんの為に生まれて、どうすればいいのか……こんなはずじゃなかったのに……人生が狂い始めて、もうどうすればいいのか……分からなくて…………」

 

 目を閉じる。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「───あんたはもう『天童殺しの天童』の天童木更じゃない。一人の少女の天童木更として生きていいんだ。だから、もう───」

 

 ───いいんだよ、ただの天童木更に戻って。

 

 瞬間、何かが割れる音がした。

 木更の身体が震える。

 

「……ぅ……ぁ……っ、ぁあ……っ」

 

 張り付いていた仮面が剥がれ、木更の瞳から大粒の涙が零れた。木更は、集の身体にしがみつくようにして、大声で泣き始めた。

 まるで、惨劇が起きたあの日のように。

 惨劇が起きてしまったあの日、『復讐者』の仮面を被った木更は、それからずっと泣かずに過ごしてきた。十代の少女にとってあまりにも長い月日の間、木更はずっと自分を律し続けてきたのだ。

 集は───蓮太郎は今まで、幾度と木更と会話を交わしてきた。幾度と同じ時を過ごしてきた。

 だがこの瞬間、蓮太郎はようやく、本当の木更の顔を見ることが出来たのだ。

 

「……おかえり、木更さん」

 

 集は子供のように泣きじゃくる木更を抱き締めた。

 

 ───それからどれくらいが経った頃だろう。

 木更は、集にしがみついた姿勢のまま、静かに声を発してきた。

 

「……里見くん、行くのね?」

「……ああ。この戦いを、終わらせないと」

 

 集が呟くと、木更はゆっくりと身体を離し、顔を見ながら続けた。

 

「……だったら、私も連れて行って」

「え?」

「私の体は使えない……だけど……里見くんには……桜満集には……『思いを形にする力』がある……そうでしょ?」

 

 驚いて木更を見ると、木更は泣き腫らした瞳のまま、微笑んでいた。

 木更の胸元が輝き出す。木更は自分の胸元に集の左腕を潜り込ませると、徐ろに集を突き放した。

 瞬間、木更の身体から巨大な結晶が現れ、集の左腕ごと抜き取られた。

 

「だから私の(ヴォイド)を……使って……」

 

 木更は意識が暗転する中、そう言った。

 集は無言で結晶を数秒見つめた後、左腕を天高く掲げる。結晶が剥がれ、形を成していく。

 現れたのは光沢のある黒い鍔。逆棘のように突き出した黒い頭。そして、妖しい輝きを放つ黒い乱刃。その刃は見るものを吸い寄せる魔力に満ちていた。

 

「……ありがとう、木更さん」

 

 集は木更を建物の外まで連れ出し、安全なところに退避させてから地面を蹴る。そして、そこで祈るように手を組んでいたいのりの元に辿り着いた。

 

「……いのりさん」

「集……どうして……っ」

「……来るなって言われたら、来たくなるだろ」

 

 軽口を叩きながら言う集に、いのりは困ったような表情を浮かべた。

 

「……終わらせよう。この無意味な争いを」

 

 集がそう呟いきながらいのりの元に近づいた瞬間───悪寒が走った。

 

「いのりさんッ!!」

 

 そう叫んだ時にはもう遅かった。

 背後から現れた少年がいのりからヴォイドを引き出していたのだ。

 

「はじめまして。桜満集……いや、ここはIP序列96位。その戦闘スタイルから名付けられた通称『黒い銃弾(ブラック・ブレット)』。───元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』の里見蓮太郎とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「ッ!」

 

 刀を振るおうとした瞬間、少年がいのりを盾にした。

 奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、唸り声をあげるが、現実は変わらない。

 

「答えろッ。なんで俺の名前を知っている。そして……IP序列96位の『黒い銃弾(ブラック・ブレット)』、だと?一体なんの事なんだッ!!」

「……自分が何者かを忘れているようだ。なら仕方がない……僕の名前はユウ───そして、ここにいる楪いのりは、イヴ復活のための入れ物に過ぎない」

 

 少年、ユウは意識を失ったいのりの身体に無数のキャンサーで拘束した。

 

「いのりさんッ!」

 

 集は右手を伸ばすが、キャンサーの結晶が集の行く手を妨害する。

 木更の刀でキャンサーを一掃すると、そこにはもういのりの姿はなく無数の結晶が転がっているだけだった。

 

「いのりを何処にやったッ!答えろッ!!」

「───そう怒らないでください。すぐに会えますよ」

 

 ユウがそう言い放った瞬間、銃声。ユウの髪を銃弾が擦過する。

 

最後の銃弾(ラスト・ブレット)……このチャンスを無駄にしましたね、恙神涯」

「涯ッ!?」

 

 振り返ると、そこには随分と変わり果てた姿の涯がいた。身体の半分がキャンサーの結晶で覆われ、立っているのもやっとの状態だろう。

 涯は震える手で銃を握りしめながら呟く。

 

「……ようやくお出ましか……『ダァトの墓守』」

 

 涯の呟きにユウは微笑みを崩さず、空間を引き裂いた。

 

「歌姫を取り戻したければ来なさい、里見蓮太郎(ブラック・ブレット)

 

 集にそう告げると、ユウは空間の裂け目の中へと消えていく。

 

「追え!集!!」

「んなことわかってる!」

 

 集は刀を片手に空間の裂け目へと駆け出し、涯も裂け目の中へとゆっくりと入っていった。

 

 

 ⿴

 

 

 

 ───目を開ける。

 そこに拡がっていたのは『地獄』と言うに相応しい光景だった。

 

 渦巻く街並み。結晶になって消えていく人々。建物は巨大な結晶となり、巨大な塔を形成していく。

 

「今日の日まで、あなたがたが見ていたのはただの虚像……幻影(ファントム)です。『里見蓮太郎(ブラック・ブレット)』」

「どういことだッ!この街で何が起こってやがるッ!!」

「……もしあなたが僕たちのもとにやってくると言うのならば……()()をすべて知った上で来てください。今のあなたにはその資格がない」

 

 ユウが指を鳴らした瞬間、集の意識は肉体から引き剥がされた。

 

 

 そして───目が覚めると、そこには砂浜が拡がっていた。

 見覚えがある、ここはつい最近訪れた大島の浜辺だ。辺りを見回す。

 すると、そこに居たのは───

 

「……涯なのか?」

 

 ───涯を幼くしたような金髪の少年が、浜辺に横たわって居た。




全体の7割がブラック・ブレットになっている気がする。

そう言えばあともう少しで神崎紫電先生のそこそこ回復してきましたよツイートが6周年を迎えますね。

今年、もしくは来年あたりに何かあると嬉しいなと思ってます。

アンケート締め切りました。
星が降るルートですね。


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【episode32】

「……いや、涯にしてはあのカリスマ性がないな……別人か?」

 

 集は立ち上がり辺りを見渡してから小さく呟く。

 

「これは───集の失われた記憶かなんかかよ……」

「そうだ」

 

 振り返ると、横には目深にまでフードを被った青年が立っていた。

 

「……お前は……スクルージだったよな」

 

 スクルージは、何も答えずに顔を持ち上げて浜辺で倒れる少年を見つめた。

 水に濡れた艶のないブロンドの髪。顔は見えないが今の集よりも一回りは下であろう。

 

「……死んで……いや、息は浅いが生きてる!」

 

 集は地面を蹴って少年に近づこうとするも、その肩をがっしりとスクルージに掴まれた。

 

「お前、なんで止めるんだよ!」

「……止めておけ。どうせ近づいたところで何も出来はしない」

 

 スクルージは浜辺を歩く蟹に手を伸ばし───その手は空を切った。

 

「こういう事だ。今の俺たちは幻影(ファントム)。桜満集の記憶を追体験しているだけに過ぎない」

「このまま悠長にしてろってことかッ!?」

「そうは言っていないだろ。見ろ、向こうから誰かが来ている」

 

 集は舌打ちをしながらスクルージが指さす方向を振り向く。

 

「……集と……いのり、さん?」

 

 そこに居たのは今の集より幼い顔立ちをした少年と、薄桃色の髪をした楪いのりに酷似した少女だった。スクルージはそんな集の呟きを「違う」と否定する。

 

「あれは桜満真名(マナ)。桜満集の実姉だ」

「……集に姉貴がいたなんて、聞いた事ねえぞ」

 

 集の記憶を有する集は記憶を巡らせる。しかし、集に姉がいたという記憶はなく、一人で育ったという記憶が───

 

「……っ、あれ?」

 

 ───瞬間、記憶の一片が鮮明に思い出された。

 見覚えのない記憶に集は思わず片目を押えて呻く。

 臙脂色の絨毯よりも遥かに赤いものが地面一帯に広がっている光景が目裏に焼き付く。続いて、隠しようのない濃密な血臭が集の鼻腔を突き指した。そして、目の前に倒れているのは誰だろう。どこか、見覚えのある容姿をしている気が───

 

「どうした」

「……っ、いや、なんでもない」

 

 頭を振って集は答える。

 今のは一体なんだったのだろう。もしかして、ユウの見せた幻か。もしそうだとしたら悪趣味にも程がある。

 気づけば、少年の救助は終わっており胸を撫で下ろす真名の姿があった。

 少年は慌てふためいた様子で集と真名を交互に見て怯えていた。

 

「俺は桜満集。お前の名前は?」

 

 今の集の性格からは考えられないほどの強気な態度に、集は思わず眉をひそめた。

 そんな集を見兼ねた真名は、集の後頭部を叩き叱りつける。

 

「いって!?」

「ダメじゃない集ッ!この子怖がってるでしょ!!」

 

 しかし、件の集は反省の色をまったく見せず、適当な返事で聞き流していた。

 どうやら、この時から集の自己中心的な行動は始まっていたようだ。お前のお陰で俺は散々な目に遭ってるよとボヤきながら集たちを見守る。

 

「……僕の、名前……」

 

 ふと真名は少年の様子がおかしい事に気付き、不安な表情で少年の顔を覗き込んだ。

 

「もしかして、名前わからないのか?」

 

 無遠慮な問いに真名がまた怖い顔になる。その表情に気押されて集は二、三歩後退り、浜辺に尻餅をついた。

 弟は姉より弱しという言葉があるが、それは本当なのかもしれない。集は微妙な表情を浮かべて、その一部始終を眺めていた。

 

「それじゃあ仕方ないわね……じゃあ、海から来たからトリトン。どう?」

「おお!いい名前じゃん!よし、今からお前の名前はトリトンだ!」

 

 なんでこの男は人がものを言う前に話を進めてしまうのだろう───集は目頭を抑えて呻いた。

 

 

 

 

 その日から少年、トリトンは桜満集の弟となった。

 桜満家に家族として迎えられたトリトンはその夏を大島で過ごした。

 遊び相手がいなかった集にとって、トリトンとの日々はかげがえのないものであった。

 集は毎日のように彼を連れ出し、山や森や川や海やと毎日違う場所に連れて行った。

 トリトンはいつも息を切らしながら必死に集に着いて行った。

 ふとスクルージは集に視線を落とした。どこか上の空の集に疑問を抱いたスクルージは肩を揺すって呼び掛ける。

 

「どうした」

「……いや、出来の悪い映画を無理矢理見せられている気分だなと思っただけだ」

 

 本音を言うと、集はこの光景を半ば呆然としか見ていなかった。

 頭の中は先程の鮮烈な光景だけだ。忘れようにも、忘れられない。

 寧ろあの光景を忘れろと言われる方が無理があるだろう。あの地獄のような光景は集の記憶か、それとも自分の記憶なのか。

  ─── 黒の銃弾(ブラック・ブレット)。一体どういう意味なのか。それだけで頭の中がいっぱいだった。

 気がつけば月日は流れ、夏も終わりに差し掛かろうとしていた。

 そんな時だった。真名に異変が起きたのは。

 その日は朝から雨が降り注いでいた。とてもじゃないが外で遊べる天気でなかった為、集は本を読んで時間を潰していた。

 

「ねえ、集」

 

 本を読み終えて閉じた瞬間、真名が音も無く集の隣に座った。

 

「な、なに?」

 

 集は声を上ずらせて隣に座った真名を見ると、真名は妖しく微笑んだ。

 それは、到底少女のものとは思えない女の顔で。集はなんだ、この女はと頬に冷や汗を垂らした。

 真名はジリジリと集ににじみ寄ると、顔を近づかせて囁く。

 

「……集は私の事好き?」

「き、急になんだよ!」

 

 突然で直球な問い掛けに、集は変に焦った。自らの弟の初心な反応に真名は妖しく微笑む。

 

「私は集の事大好きよ。ねえ、集はどうなの……私のこと、嫌い?」

 

 上目遣いで集の顔を舐めまわすように見る真名。集は嫌悪感に思わず眉を顰め、スクルージはその視線を鋭くした。

 

「……俺も好きだよ。お、お姉ちゃんの事」

 

 はっきり口にすると集は照れたように頬をかいた。真っ赤に染った顔を背けるように、集は天井に視線を移動させる。

 

「本当?嬉しいわ!」

 

 真名の喜び様に集は違和感を覚え、集は拳銃のホルスターに伸びた手を右手で制止した。

 次の瞬間、真名は集を覆いかぶさる様に強く抱きしめていた。

 

「お姉ちゃん!?」

「…………」

 

 集は暴れるが全く振り解ける気配がない。

 

「く、苦しいよ!」

 

 集がそう言い放つと、真名は抱きしめる腕を僅かに緩めて集の耳元で呟いた。

 

「……トリトン。あいつね、私こと大人の目で見てくるの」

「えっ?」

 

 唐突な真名の言葉に目を白黒とさせる集。

 だが、集には理解出来てしまった。

 トリトンは明らかに真名に恋心を抱いていた。それは性的なものではなく、年相応のものであったが、彼女はそれを性的なものと捉えてしまったのだろう。

 真名は嫌悪感に顔を顰める。

 

「───気持ち悪い。吐き気がしそう」

「……お姉ちゃん?」

 

 真名の棘のある言葉に明らかな動揺を見せる集。

 ふと我に返った真名はいけないわ、と集から身体を離して再度妖しく微笑む。

 

「……だけど集は特別。いいのよ、私を大人の目で見てくれて」

 

 雷鳴が轟く。青白い閃光が薄暗い室内に過剰なまでの光を入れた。

 その時、真名の髪に隠されていた何かが一瞬垣間見えた。彼女に寄生でもするかの埋め込まれた紫を反射する結晶。

 間違いない。人間が結晶に変わっていく不可解な現象。鋼皮病に彼女は発症していた。

 集は震える声でスクルージに訊ねる。

 

「……まさか……あいつが……」

「そうだ。桜満集の姉、桜満真名は人類で初めてアポカリプスウィルスに感染した始まりの女───イヴだ」

「……涯の言っていたはじまりの石に触れた少女が集の姉ってことか……まるでゾンビ映画だな。石に触れた途端、謎のウィルスが───ッ!?」

 

 瞬間、集の頭を貫く様な激痛が走った。あまりの痛みに思わず片膝をつき、息を荒く吐く。大量の情報が次々に詰め込まれていき、頭の中が焼き切れそうだった。

 集の忘れ去られていた記憶が、一つ一つ蓄えられていく。

 痛みが和らぐまで耐え抜き、明滅した視界で目前を見やると、そこは見慣れた大島の風景ではなかった。

 

「……ここ、は───」

 

 そこは冷たく暗い、さっきまでいた場所とは比べ物にならないほど静かなところだった。

 草木の生えない荒れ果てた大地に、地面に転がる大量の空薬莢。そして、積み重なるように山積みになった人間の死体───。

 これは、明らかに集の記憶ではなかった。

 

「───どこ、だ……?」

 

 同時に、この場所には長時間居てはならないと直感的に悟った。

 

「……どうやら、ここは桜満集の記憶ではないらしいな」

 

 突然横に現れたスクルージになんだ、居たのかよと声を漏らす集。

 そんな集の呟きに特に気にした素振りを見せず、立てるかと左手を差し出してきたスクルージの腕を掴み、立ち上がると集は首を巡らせ辺りを見渡した。

 ここは里見蓮太郎の記憶でなければ、集の知っている場所でもない。なら、この場所は一体───?

 

「間違いなく、お前の記憶だろう」

「俺の記憶?そんな訳ねえだろ、俺はこんな場所知らな───」

 

 ───と、ここで言葉を止めた。止めざるを得なかった。

 

「……俺はこの場所を知っている?いや、そんな訳あるわけないだろ───」

 

 ……本当に?本当に、俺はこの場所を知らないのか?

 さっきもそうだ、あの地獄のような光景を俺は───里見蓮太郎は知っているんじゃないのか?

 思い出そうと思考を巡らす。しかし、思い出そうにも思考がうまく纏まらず、ただただ時間が過ぎるだけだ。

 本当に、本当にこの光景を集が知っているのならば、忘れるはずないのだが。

 再び鋭く突き刺すような痛みが頭に襲いかかる。

 

「なんなんだッ。なんなんだよ、これ……!」

 

 あまりにも多すぎる情報量に吐き気を催す。

 それを見兼ねたスクルージが集に肉薄、鳩尾に拳が放たれた。

 

「許せ」

 

 スクルージの声が頭蓋の奥の方から聞こえてきた。

 意識が呑まれるようなその感覚に、体が倦怠感を覚える。

 霞む視界でスクルージを睨みながら集は膝を崩した。

 

「……っ、スクルージ……てめぇ」

「……桜満集。どうやらお前が真実を知るにはまだ早かったようだ」

 

 四方八方から闇が迫ってくる。とてつもない孤独が押し寄せてきた。

 スクルージが膝を折り、集に何かを言う。

 

「桜満集」

 

 消えかけの意識の中、スクルージの声は何故かはっきりと聞こえた。

 

「───いいか、よく聞け。お前が手にした王の能力は、その力を持つ者を孤独にする。お前が手にしたその輝きは、決して奇跡を起こせる力などではない。触れるモノ、関わったモノ、すべてを破壊し作り替える力───」

 

 意識が完全に闇に呑まれる寸前、スクルージの瞳は、紅く妖しく輝いていた。

 

「───呪われた力だ」

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音がして目を覚ました。

 視界が上下に激しく歪み、遠近感が崩壊した世界が目に映る。そして、地獄のような光景が目前に拡がっていた。

 

「……っは」

 

 たたらを踏みながら何とか立ち上がり、地面に落ちた刀のヴォイドを手に取る。

 体の熱が失われ、氷のように冷たい。激しい吐き気と頭痛。なぜ立てているのか不思議でならない。

 立ち上がった集を見て、目の前に佇んでいたユウが集を睨んだ。

 

「……まだ思い出していないようですね。黒い銃弾(ブラック・ブレット)

 

 集は歪んだ視界で敵を見据え、構える。

 天童式抜刀術『心地光明の構え』。天童式抜刀術攻の型。

 集は白い吐息を吐くと、風に流れて消えた。瞳を閉じ、ゆっくりと開ける。

 

「……黒い銃弾(ブラック・ブレット)がどうとか俺がどうとかこの際どうでもいい」

 

 直後、大地を蹴る。正面から激突した刀と剣。凄まじい衝撃波が全身を貫いた。

 

「てめぇを倒していのりさんを救うッ!」




次回episode33を投稿、そしてepisode:finalで第一期終了です。


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【episode33】

遅くなりました。申し訳ありません。
文章がやっつけ仕事みたいな感じになってしまいましたが、合間を見て変えていくのでよろしくお願いいたします。


 剣と刀がぶつかり会う度に、火花が飛び散り甲高い金属音が鳴り響く。ユウの持つ剣の方が、集の持つ刀よりも質量が大きく、鍔迫り合いになる度に押し込まれるものの、王の能力によるオーバーアシストで何とか防ぎ切っていた。

 しかし、状況はあまりいいとは言えなかった。

 木更との戦闘の傷が未だに癒えていないのに加え、戦闘で時間がかかりすぎている。加えて、いのりは祭壇のような場所に磔にされているため悠長にはしていられない。一刻も早く助けにいかなければならないと言うのに、目の前のユウはその時間稼ぎをするかのように集の行く手を阻む。

 

「……いのりさんでなにを企んでやがる」

「企む?人聞きの悪い。ボクたちはイヴを復活させようとしているだけですよ」

「それをたくらみって言うんだろうがッ!」

 

 悪態をつきながら後方に跳躍。ホルスターに納められたXD拳銃をドロウするなり、ユウに向けて2、3発発砲。しかしユウに直撃する寸前、見えない壁が阻み、甲高い金属音を撒き散らしながら真鍮色の銃弾は地面に落ちた。

 カートリッジを地面に放り捨てながら集は悪態を着く。

 

「ちっ、反則だろ」

「あなたが言いますか」

 

 両者は地面を蹴り、距離をとると互いを睨めつけ合う。すると、ユウは何を思ったか剣を地面に突き立て、ヴォイドをいのりの中へと戻した。

 その幻想的な光景を訝しげに睨みつけていた集は、静かに呟いた。

 

「……お前は一体何がしたいんだ」

「言っているでしょう。ボクはあくまでイヴの復活だけが目的です」

 

 集はその言葉に刀の切っ先をユウに向けて言い放った。

 

「復活復活っててめえはそれだけしか言えねえのかッ!桜満真名を復活させたらいのりさんはどうなる。どうせいのりさんは死ぬとかそんなことだろう!」

「ええ、その通りです」

「ふざけるんじゃねえぞッ!」

 

 ふと、あの地獄のような風景を思い出して吐き気がしたが、足を踏ん張ってぐっと堪える。歯を噛み締めながら集はユウを睨めつける。

 

「……いのりは返してもらう。いのりはこれからの世の中に必要だッ。天童式抜刀術の一の型の一番───」

 

 ───滴水成氷。ユウと集の距離は実に3メートル。普通の刀のリーチでは届くはずがないが、この技ならば、ユウに難なく当てることが出来るだろう。

 集が右足を踏み込み、刀を思いっきり振るったその時だった。

 

「───返す?そこの娘は元から我々のものだ」

 

 そう声が聞こえた瞬間、集の右腕を銃弾が貫いた。

 鋭い痛みに刀を落とし、宙に舞った刀を左腕でキャッチ。勢いをそのまま、結晶だらけの床を2、3度ほどバウンドしながら地面を滑る集。

 すかさず起き上がるとユウといのりの間に白髪の青年が立っていた。

 ユウはほくそ笑みながら言う。

 

「遅かったでは無いですか。シュウイチロウ」

「ああ。少しばかり時間を取られた」

「お前は───」

 

 確か、茎道修一郎という男だ。

 元特殊ウイルス災害対策局長で、アンチボディズの指揮官。逮捕されたと聞いていたが、なぜこんな場所にそんな男がいるのだろうか。

 

「……ふん、お前呼ばわりとは随分と偉くなったものだな。桜満集よ」

 

 そんな集を見下ろしながら茎道は言う。同時に、ユウが茎道の横に移動しながら言った。

 

「貴方が『楪いのり』と呼ぶものは、マナと意思疎通を図るためのインターフェース用インスタントボディ───我々が作った人工生命体です」

「作った、だと?」

 

 震える声で呟く。

 

「そして見るがいい。これがこの世に再び君臨するイヴだ」

 

 茎道の背後に階段が現れ、その最上部には桃色の髪の少女が眠っていた。

 一糸纏わぬ姿で紫色の光の中で膝を抱え宙を漂い、その周りにはどんな用途で使うかも分からない機械が少女を覆っている。

 集はその人物を知っていた。

 

「いのり?いや……違う、あいつは……あの女は……桜満、真名ッ!」

 

 守られている様にも、捕らわれている様にも見える機械の中で真名が静かに眠りについていた。

 

「マナは石に触れ、『アポカリプスウィルス』の第一感染者となり、肉体を失った。彼女の魂は新たな肉体に注がれ、今再びこの世に舞い戻る」

「何を……言っている」

「そして、古き世界は終わりを迎え……新たな世界が始まる。私はその証人にならなければならない」

 

 茎道は一方的に集に言葉をぶつける。

 まるで人間では無いかの様な残虐性と狂気的な不気味さを感じた。

 

「ふざけんじゃねえ!新世界の証人だと……てめえの自分勝手な理由で人様の命を弄ぶなッ!」

「そんなことを言っても無駄だ。もうイヴの復活はすぐそこにある」

 

 対話も交渉もコミュニケーションの通じないと、集はほぼ本能的に感じ取った。集は沸き上がる怒りを抑えられずに睨む。

 そんな集を嘲笑うかのように、ユウは言う。

 

「桜満集。貴方は結局、イヴの記憶を全て取り戻すことは出来ず、アダムたる資格を放棄した愚か者よ」

「……元よりそんなものに興味はない」

 

 アダムだのイヴだの言われても、集には理解できない。

 

「残念です。イヴを……桜満真名を救えるのは貴方だけだったというのに」

「救えるだと?」

「貴方が彼女の意思を汲めば、彼女は目覚め黙示録の再来となる。今度はこの国に留まらず、世界中にアポカリプスウィルスによる淘汰が始められたというのに」

 

 ユウは指を鳴らすと、静かに言い放った。

 

「残念です、ダァトは貴方を高く評価していたというのに。貴方自らの手で人類を次なる進化へ導くという計画が台無しだ。仕方ない、まず貴方から最初に脆弱な肉体を捨て、新たな世界へと導くと───」

 

 刹那、発砲音。最後のカートリッジを装填した集がユウに銃口を向けて発泡していた。

 

「戯言ほざいてんじゃねえぞ!」

 

 集は凄絶な怒りを静かに言葉に秘めた。

 

「お前らが思っているほど人間ってのはヤワな生き物じゃねえッ」

「かつて腕と足と光をガストレアに奪われたあなたが言いますか」

「黙れッ!」

 

 刀を両手で持ち、ユウに出鱈目な軌道で刃を振り下ろす。

 しかし、どこからともなく現れた強化外骨格が集の身体を背後から拘束し、地面に押し倒した。

 集は怒気を孕んだ表情でユウを見上げた。

 

「さっきのあれはこいつらを呼ぶための合図ってことか……ッ」

「そういうことです」

 

 ユウは強化外骨格の一人から拳銃を受け取ると、照準を集の眉間に定めた。

 逃げようにも、強化外骨格たちに四肢を拘束され、身動きが一切取れない。

 

「───さようなら、桜満集」

 

 ユウは引き金を絞り、集の眉間に発砲した。

 ユウの表情から吊り上げた様な笑みが消え、無表情になる。

 

「……最期まで我々と敵対するとは───愚かなものです。桜満集、あなたが選択を誤らなければ、その命を奪わずに済んだものを」

 

 ユウの言葉には、失望の色が込められていた。ユウは集の背を向けると、ユウはいのりと茎道がいる段上にやってきた。

 

「要は済んだのか」

「ええ……シュウイチロウ。儀式を始めましょう」

「……ああ、言われずとも」

 

 ユウは茎道に歩み寄る。

 すると段上の中央。いのりの目の前に細い台座が伸びた。

 ユウが始まりの石を取り出し、手をかざすと、石が砕けて、2つの小さな指輪へと形を変えた。

 

「これから、シュウイチロウが楪いのりを介して、マナへプロポーズを行います」

 

 茎道がああ、と返す。そんな時、途方もない寒気が茎道とユウと強化外骨格たちに襲いかかった。

 ふとユウが背後を振り向くと絶命したと思われていた集の姿がなかった。

 あの男は一体どこに。気の所為か?───ユウがいのりのほうに向き直った時だった。

 

「───()()()()を、どうするって?」

 

 前髪を血で真っ赤に染めた桜満集がユウの目前に立っていた。眉間にあったはずの風穴は完全に塞がっており、身体中にあった傷はどこにもない。

 ユウがなぜ生きていると叫ぼうとすると、集の右腕が閃いてユウの顔面を掴み、思いっきり地面に叩きつけた。

 

「シュウイチロウッ!はやく!!」

 

 茎道がいのりの指輪を嵌めようとする前に集が動き、茎道の横腹を蹴飛ばした。その際、指輪が茎道の手からこぼれ落ち、遥か下に落下した。

 同時に磔にされていたいのりが真名の元にゆっくりと浮上していく。

 集はその様子を見ながら舌打ちをする。

 

「な、なぜあなたが生きてい───」

 

 無言で振り下ろした木更の刀は、ユウの右腕を切断した。

 苦痛にまみれた絶叫と鮮血の飛び散る音が辺り一面に響き渡る。

 

「あ、あなた……一体自分が何をしたかわかって!?」

 

 集のブーツがユウの口の中に捩じ込まれる。そして、集が右腕を掲げると、宙に漂っていた銀色の非現実的な螺旋状の糸が集の右腕に纏まりついた。

 

「……」

 

 無言で己の右腕を見つめる集。

 

「……ま、まさか……あなたは……」

 

 ユウは目を見開いたまま集のその深淵を覗いた。覗いてしまった。

 そこに居たのは桜満集ではなかった。

 黒い喪服の上から黒いコートを着込んだ黒髪黒目の青年が此方を見上げていた。四肢は黒い金属の装甲に包まれていて、サイボーグというに相応しい外見をしていた。

 ユウは息をするのも忘れてその青年を凝視した。

 まさか、あれがあれこそが───

 

「そ、そんな馬鹿な……黒い銃弾(ブラック・ブレット)はボクらと同じ意志を持っているはず───ッ、なのによりにもよってなぜあなたがボクたちの邪魔をするのですかッ!!」

 

ユウの言葉に集は目を細める。

 

「別に俺はお前らと同じ思想なんて持ってねえんだよ。何を勘違いしたのかは知らんが、一緒にするな」

 

 ただ冷静に呟いた集は用済みとなったユウを蹴ると、その意識を狩る。

 そして、頂上に立つ真名の元へと向かうべく、長い階段を登り始めた。

 最初はゆっくり歩きながら、徐々に速度を上げ、途中から一段、二段と飛び越えながら頂上を目指す。

 

『───ッ』

「退け」

 

 横から飛び出してきた強化外骨格を裏拳で怯ませ、その隙に木更の刀を振るう集。袈裟斬りに斬られ、上半身と下半身を分けられた兵士は集の回し蹴りでトドメを刺され、その機能を停止した。

 

こいつ(コンタクトレンズ型義眼)は……今は使い物にならないか。視神経に直接電動を流し込んでどうたらって先生は言っていたが耐久性はまだまだだな」

 

 コンタクトレンズを外し、そこらに放る。そして、再び駆け出し始める集。

 遅れて強化外骨格たちも集の後を追う。だが、王の能力をフルに発揮した集に追いつくはずもなく距離はどんどんと話されて行く。

 強化外骨格たちは腕からミサイルランチャーを取り出すと、集に照準を向けて引き金を引いた。

 爆破音とともに階段が吹き飛ばされる。が、その場に集の姿はなく、集は宙を舞っていた。

 王の能力で駆け上がるようにいのりもとまで一気に走り抜け、いのりの拘束台を刀で一閃、切断する。

 集の胸元に倒れ込んできたいのりを受け止め、揺すると、いのりは瞼をゆっくり瞬かせながら小さく息を吐いた。

 

「……かはっ」

「大丈夫か」

「……大丈夫、です」

 

 青い瞳のいのり───癒愛が目を完全に開けると、小さく笑って見せた。

 

「蓮太郎さんは、大丈夫ですか?」

「……」

「蓮太郎さん?」

「……ああ、大丈夫だ。問題ない」

 

 集もいのりに釣られて小さく笑ってみせるが───その笑みはどこか悲壮感が漂っていた。集は静かに目を閉じて言う。

 

「……悪いな、癒愛。あともう少しだけ眠っていてくれないか?」

「終わらせるんですね」

「……」

「私たちの心は蓮太郎さんに預けます。この世界を救ってください」

「───ッ」

 

 集は一瞬癒愛から顔を背けるように顔を伏せたが、すぐにゆっくり面持ちを上げた。

 

「……俺に、任せろ」

 

 いのりの胸元が眩く輝く。集はいのりの胸元に手を伸ばし、それを躊躇いなく引き抜いた。

 手に握られるはいのりと同じ断罪の剣。これだけ見て、集はああ、やっぱりなと呟く。そして、左手に握ったままの木更の剣をどうしようかと考えた結果、いのりを安全な場所まで運んだ後、そこに木更の刀も置いた。

 そして、再び宙を駆けて真名の元にやってきた。

 

「……」

 

 集はいのりの剣を天高く掲げると両手で握りしめる。

 

「消えろ、桜満真名ッ」

 

 そして、集は剣を振り下ろした。

 

 

 

 

「いのりちゃん、この世界で唯一二つの魂をもってる君だから教えよう」

「なに?」

 

 話に興味を持ったいのりは菫と向かい合うようにして再度座る。窓に掛けられた遮光カーテンから微かに月光が漏れている。いつの間にか夜になっていたようだ。

 

「蓮太郎くんのことについてだ」

「……集の、もうひとつの魂がどうかしたの?」

 

 いのりは赤い大きな目を瞬かせる。菫は足を組みかえながら微笑を浮かべる。

 

「いのりちゃん。君は、彼についてどこまで知っている?」

「昔、聞いたことがある。天童民間警備会社の社員、または元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』の人間だって言ってた」

「……そうか。やはり彼は何も言わなかったのか」

「やっぱり?」

 

 菫の不可解な言葉に小首を傾げるいのり。菫はいや、すまないねと言いながら続けた。

 

「いのりちゃん、癒愛ちゃんと人格を交換出来るかい?」

「そんな事しなくても私と彼女は情報を常に共有してる。だから、私の口から直接話すことも可能。だけど、変わって欲しいと言うならば……即座に変わることは可能です」

 

 言っている途中にいのりの瞳の色に青みがかかり、数秒で青く染まる。人格が変わった証拠だ。

 こうやって蓮太郎くんも顕著に現れてくれると私としてもやりやすいんだがなと思いつつ菫は続ける。

 

「そうか。なら続けよう。癒愛ちゃんは自分が何年までいきたとか何が死因だとかそういうことは知っているかい?」

「……何が言いたいのですか?」

「いいから」

 

 渋々ながら、癒愛は答える。

 

「2031年。死因は第三次関東会戦」

「……辛いことを思い出させてしまって済まない」

「気にしてません……ところで、どうしてこんなことを?」

「確認の為、さ。なら知らなくても無理はないか」

 

 菫は隈に縁取られた瞳を一瞬閉じた後、ゆっくりと目を開けて言った。

 

「君の知っている里見蓮太郎は、彼の中にはいない。彼の中にいるのは、里見蓮太郎という存在が腐り果てた里見蓮太郎の成れの果てだ」




色々と明かされる新事実!そして超絶展開!!
次回!蓮太郎死す!デュエルスタンバイ!!

※死にません。


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【episode:final】

ようやく第1期が終わりました。
第1期に何年かけてるのでしょうかこの作者は。
この調子だと第2期は2024年に終わることになりそうですね。
まあそんなこんなで最終話。よろしくお願いします。

因みに、速攻で仕上げたので誤字や文法がおかしいかもしれません。その場合、誤字報告をしていただけると助かります。


『9月16日 あとがきの変更』


 桜満真名に剣を振り下ろした集。真名に剣が当たる直前、集はふと剣を進める手を止めた。

 

「───寝たふりしてるんじゃねえぞ、桜満真名。答えがないのなら即座にお前を抹殺(イレイズ)する」

 

 集が小さく呟くと、真名が囚われている機械から無数のキャンサー結晶が飛び出し、眼球を形成。集を凝視した。

 

『そんな他人行儀な呼び方はやめてよ、集。私たち、姉弟じゃない』

「御託はいい。目的を話せ」

『もう、怖いなあ。ねえ集。私の身体を返して貰えないかしら。キャンサー(コレ)で幾ら身体を作ってもあなたのことを抱きしめてあげることは出来ないのよ』

 

 集は真名を見据えながら、口を小さく開いた。

 

「……もしお前に楪いのりの身体をお前に渡したとしよう。そうしたら、お前はどうするつもりだ」

『そんなの、簡単じゃない。この旧世界を破壊して……新たな世界を創るのよ。私と集がいつまでもいつまでも幸せに過ごせる───そんな世界よ』

 

 真名の言葉に集は剣を握る手を強くした。顔を伏せて、続きを聞く。

 

『だから集。私に『楪いのり』の身体を渡して頂戴?あんな作られた人形、いてもいなくても変わらないんだから』

「……」

『作られた体、作られた意思。作られた心。嗚呼、本当に気味が悪い───』

 

 真名がそう言った瞬間───剣が閃く。刹那、集を見つめていた無数の眼球が一斉に切り落とされた。

 

「……よく分かったよ、桜満真名。俺が睨んだ通り、お前はこの世界にはいらない存在だ」

 

 剣を薙ぎ払うように振るった集がボヤく。そのまま囚われの真名の方まで足を進める。

 

『し、集!あなた一体なにをしたかわかっているの……ッ!?』

 

 真名が囚われている機械を手刀で貫き、その首を掴むと集はその表情を変えぬまま言う。

 

「旧世界を破壊して新世界へと飛び立つだと?お前と()()()が幸せに過ごせる世界だと?───馬鹿馬鹿しい。御伽噺の読みすぎだ」

 

 冷めた瞳で真名の言葉を御伽噺だと言い切る集。そんな集に真名は動揺しながら呟く。

 

『集?どうしてしまったの?私の大好きな集に戻って?』

「ああ、それと───お前はその瞳で何を見ている。目を凝らして俺をしっかり見ろ……お前の大好きな王子様は俺ではない」

『え……?』

 

 真名は集の瞳を見つめた。そして、首をふるふると振ってうわ言のように呟き始めた。

 

『う、嘘よ……そ、そんな……そんな馬鹿なことがあるものですかッ!』

「残念だったな。これが現実だ」

『有り得ないッ!だって───』

 

 真名が言葉に詰まる。有り得るはずがない。あってはならない。なぜなら───真名の瞳に映っているのは桜満集でもない、昔助けた金髪の少年でもない。

 真名の視界に映ったのは、黒衣の青年。顔立ちは整っているものの、その表情(カオ)から生気が感じられない。瞳に宿るのは人間のそれとは思えないほどの怨念と絶望。

 桜満集とは似ても似つかない、見ず知らずの青年が真名を睨めつけていたのだった。

 

『───なぜ集の気配が感じられないの!?』

 

 集の中から、集の気配を全くと言っていいほど感じられなかったのである。

 真名は集の腕を掴むと、紅の瞳を向けた。

 その瞳には凄絶な怒りが滲んでいたが、それを集は無表情で見つめる。

 

『お前は……誰だ……お前は……集じゃない!』

 

 集は血化粧が施された顔を歪ませると、真名を正面から威圧した。

 そして、集は真名を掴む力を徐々に強くしていくと、薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「───ああ、お前の言う通りだ。俺は桜満集ではない。さっきまでお前らが里見蓮太郎だと思い込んで会話を交わしていたのが……本物の桜満集だ。安心しろ、桜満集は死んじゃいない。眠ってもらっているだけだ」

 

 集が力をさらに込め、真名の首を絞めていく。真名も負けじと集の腕を思いっきり掴むも、集の力は緩むどころか強くなっていく一方だった。

 

『誰なの……!』

「いい加減察したらどうだ」

 

 集はその瞳を真っ赤に染めると、真名を絞める力をさらに強くする。

 

「─── IP序列96位『黒い銃弾(ブラック・ブレット)』。お前らがずっと呼び掛けていた里見蓮太郎その人だよ」

 

 と言っても、あのクソジジイを殺した時に剥奪されてるけどな。と集が───蓮太郎がボヤくと、真名は蓮太郎を睨みつけ、小さく口を動かした。

 瞬間、キャンサー結晶が一斉に蓮太郎が立っていたところに集中して襲いかかった。しかし、蓮太郎はあらかじめ予測していたのだろう。真名の攻撃は当たることなく空を切った。

 蓮太郎はヴォイドエフェクトを発生させ、空中で静止すると真名の血走った顔を見て嘲笑。バケモノになったお前でもそんな表情(カオ)は出来るんだなと挑発。

 続けて真名は蓮太郎にキャンサーの刃を伸ばすも、蓮太郎が剣を振るう度に刃は一瞬で砕かれる。

 蓮太郎は後方に跳躍して、ヴォイドエフェクトの上に着地。剣を軽く振るうと天童式抜刀術の攻の型・心地光明の構えを取った。

 

「……」

 

 真名がキャンサーの礫を蓮太郎に投擲した瞬間、蓮太郎は動いた。UFOのような軌道を描きながら真名に急接近する。真名は攻撃の分に回していたキャンサー結晶を防御の方に回し、剣による攻撃を防ごうとする。

 

『無駄よ、このキャンサーの絶対防御はヴォイドでも切り裂けない』

「うるせえよ」

 

 真名の言葉に一切耳を貸さず、蓮太郎はそのまま剣を水平に倒す。

 

「───天童式抜刀術・零の型三番」

 

 天童木更が編み出した零の型。その剣戟は音速をも超える。

 

「『我流・阿魏悪双頭剣(あぎおそうとうけん)』」

 

 一撃で真名の絶対防御を突破、二撃目で真名の身体を袈裟斬りに切り裂いた。数秒後、硝子が砕け散る音と何かを切り裂く音が辺り一面に響き渡った。

 鮮血が飛沫、蓮太郎の顔面に降り掛かる。

 真名は信じられないと言わんばかりに目を丸くして、蓮太郎の赤い瞳を見つめた。

 再度蓮太郎は真名の首根っこを掴むと、囚われていた機械の中から真名を強引に引き出した。

 

「里見……蓮太郎ッ!どうして私たちの理想郷創設の邪魔するの!!」

「……てめえらの御伽噺を聞くのはもうウンザリだ」

 

 蓮太郎は真名を宙に放ると、剣を薙ぐように振るった。

 

「死人は死人らしくとっとと地獄に還れ」

 

 瞬間、真名の身体が輪切りに切断される。凄まじいほどの絶叫と悲鳴が空に木霊した。

 

「……終わったか?」

 

 血の雨をその身に浴びた蓮太郎はゆっくりと地面に降り立つ。そして、空を見上げると僅かに顔を顰めた。

 

「無駄な足掻きを……」

 

 身体を輪切りに切断されたと言うのに、真名はまだ生きていた。キャンサーの結晶体となった真名はその身体を球体に変えると、力を蓄えるかのように周囲のキャンサーを吸収し始めた。

 舌打ちしながら再度宙に飛び上がろうとする蓮太郎。そんな中、蓮太郎の腕を何かが擦過した。

 蓮太郎は鬱々とした表情で背後を見る。

 右腕からおびただしい量の血を流し、充血した瞳で蓮太郎を睨みつけているユウが、そこいた。

 呆れたような、驚いたような。蓮太郎は目を細めながらユウを一瞥。

 

「……まだ生きてたのか、墓守」

「ダァトに逆らう愚か者め……ボクの、ボクの王の力を取り返せ……ッ!」

 

 ユウがそう言い、空間にキャンサーの礫を生成する。なるほど、先程蓮太郎に投擲したのはこれだったようだ。

 蓮太郎は小さく息を吐くと、ユウの背後に一瞬で移動した。

 

「こんな力、別に誰のものでもねえだろ」

「い、いつの間───かはッ!?」

 

 躊躇なくユウの背中に剣を突き刺した。背中の肉と骨を切り裂き、腹から剣が現れる。遅れて、凄まじい突風と土煙が巻き起こった。

 

「余計な時間取らせやがって」

 

 再び頭上を見上げると、妖しい輝きを放つ球体が蓮太郎を照らしていた。

 蓮太郎は剣を構え、宙へ飛ぶと球体の前で静止。剣を上段に構えた。

 

「消えろ」

 

 言いながら剣を振り下ろす。

 

 そして───眩い光が世界を放射状に照らした。

 

 

 頭に走る鋭い痛みで集は目を覚ました。額にはびっしりと脂汗が滲んでいる。

 跳ねるように飛び上がると、集は周囲一帯を見渡した。

 

「……何だ、これは」

 

 そこには見慣れた風景は跡形もなく、キャンサーが大量に張り付いていて、奇天烈な世界が広がっていた。

 狂ってしまった静寂の世界に、自分の足音だけが聞こえる。自分だけが異世界に飛ばされてしまったような気分だ。

 ふと空を見上げると、夜空が白み始めていた。もうすぐ、夜が終わる。集は疲労感の溜まった身体を引き摺りながら、歩いていた。

 

「……そういえば」

 

 集は歩きながら、思考を働かせた。

 明らかに強化外骨格たちの数が少なかった。ユウたちが言うには、5名居るはずの兵士たちが4名しかいなかったのは、明らかにおかしい事態だった。怖気付いて逃げ出したのかと考えもした。だが、彼らは恐怖という感情を人為的に削除されているため、その可能性はゼロに等しい。

 となると、答えは一つだけだ。誰かが、食い止めてくれていたのだ。

 徐々に混濁していた意識と視界がクリアになっていく。集は思わず息を詰めた。

 

「……ッ」

 

 切断された人間の右腕が無造作に転がっていた。

 その近くには、ところどころ破損した箇所が見られるショットガンと、生首が転がっていた。その血の気のない面持ちを見てそれが強化外骨格のものであることに気づいた。

 

「……まさか、いや……そんなわけが……」

 

 集は気持ちを必死で押さえつけながら、階段を歩いた。

 怖いくらいの静寂の中、集の靴が結晶を砕く音だけが聞こえる。

 そして見つけた。見つけてしまった。

 集は拳を握りしめ、思いっきり振りあげようとして止めた。首を振りながら喉を振り絞って声を漏らす。

 

「……俺の王の力を使って世界を救うんじゃなかったのかよ───恙神涯ッ!!」

 

 建物の壁に背中を預けた涯は、虚ろな瞳で集を見上げた。

 

「そういう訳にも……いかないだろ。あんな怪物をお前一人に任せるわけにいかなかったんだ……結果は……このザマだが」

「……ッ、お前……」

 

 身体の半分がキャンサー化している。剣で斬られた傷はキャンサー結晶によって防がれていたものの、これは全く歓迎できる事態ではなかった。

 

「ステージVの一歩手前───涯、お前は、もう……」

「……言うな。それくらい……俺にでもわかるさ」

 

 キャンサー患者は様々なステージが存在しており、それは真名のインターフェースであるいのりの血液を透析することにより押さえつけることが出来る。しかし、それはあくまで『抑制』であって『抑止』する効果はない。そして真名の歌を聴いたことにより、アポカリプスウィルスの侵食率が上がっていったのだ。

 ステージⅤに到達した患者は、現代の医療技術では寿命を引き伸ばすことも、押しとどめることも出来ない。

 

「……集。真名はどうなった?」

「……実は」

「いや、いい……無理矢理復活させられたんだ……お前に殺されたことは、真名自身も本望だったはずだ」

 

 違ぇよ、記憶にないんだよ。言ってやりたかったが、涯の安堵したかのような顔を見ると、そんな言葉も喉元でつっかえてしまう。涯は小さく息を吐いてから、震える手で集にグロック17を手渡してきた。

 

「……頼む。お前の手で、俺を真名の元まで連れて行ってくれないか?」

「……ッ!」

 

 砕けそうになるほど歯を噛み締めながら、涯からグロックを奪い取って眉間に照準する。

 銃口があちこちに飛び跳ね、照準が狂う。こんな至近距離なのに、集は外すかもしれない。

 人を殺すのは決して初めてのことではない。あのロストクリスマスの日、直接の原因は真名ではあったが、破滅の引き金(トリガー)を引いたのは桜満集本人だ。

 あの時のようにまた引き金を引くだけ。それが形を持っているかいないかの違いだけだ。

 集は改めて質量の持ったそれを力一杯握りしめると、涯に照準を定めた。

 

「……ッ」

 

 非情になり切れ、桜満集。里見蓮太郎のように行動しろ───と自分に命令するも、指が一向に引き金を引かない。

 

「……ちくしょうッ」

 

 ───嗚呼。やっぱり、俺は俺なのか。俺は里見蓮太郎ではなく、俺はどこまでも桜満集なんだということを、嫌という程思い知らされた瞬間だった。

 

「……なんだ、俺のために泣いてくれるのか?」

 

 集は顔を振りながら笑ってみせる。しかし、目尻から溢れる涙は止まらない。

 

「……お前はずっと俺の目標だった。だから俺はここまでやって来れた。色々あったが生きていてよかった。ありがとう、集」

 

 そんなこと言うなよ、余計に撃ちにくくなるだろ───出かかった言葉を何とか飲み込んだ。

 涯は続ける。

 

「……集。自分自身を信じろ」

「……え?」

「……確かに、お前は真名の精神を壊す切っ掛けを作った。だが、それは決してお前一人のせいではない」

 

 束の間、集と涯の視線が絡んだ。

 

「お前は真名と世界を天秤に掛け───腐りきったこの世界を選んだんだ。たった一人、桜満真名の生命を生贄にな。結果、多くの人命を救ったんだ。そして、今回も───」

「……、…………」

「人は輪廻転生を繰り返す……だから、お前のしたことは正しい。正しかったんだよ集……」

「……、…………、………………涯」

 

 重たい声が集の口から漏れる。

 

「だから、頼む。俺が……恙神涯が人間であるうちに……」

 

 気づけば、手の震えは止まっていた。心を打つ鼓動は未だに早いままだが、ざわついていたその心は、いつの間にか穏やかになっていた。

 

「───ああ、わかった。涯」

 

 再度銃を上げ、涯の眉間を狙う。

 涯の瞳はもう焦点を結んでいない。涯の声はもう切れ切れだった。

 

「───この世界を変えるのは……お前に託した……ぞ」

 

 引き金を絞った。腕を蹴るグロックの反動。乾いた発砲音がして、空薬莢が一発排出。スライドストップが上がり、スライドがロックされた。

 涯のキャンサー化は動きを止めていた。集は地平線の向こうから顔を出した太陽を見つめながら呟く。

 

「……要らねえ置き土産、していきやがって」

 

 砕け散ったキャンサー結晶が舞う。

 ヘリのローター音が聞こえてきて振り返ると、崩壊した元六本木の地平線の向こうから赤い朝焼けが差し込んできていた。

 

「……お前のその意思、確かに引き継いだ。あとは任せろ」

 

 集は目じりに溜まっていた涙を拭くと、口の端を持ち上げて言った。

 

「さよならは言わない。だから───お疲れ、“トリトン”」

 

 かつての恙神涯を呼ぶと、集は朝日を背に歩き始めた。

 葬儀社たちの戦いはここで幕を閉じた。そして恙神涯という集の友達がこの世から姿を消したのだった。

 

 

 

 【Epilogue:Change The World】

 

 

 

 あの騒動から数週間が経過した。その間に、世界は変わってしまった。

 あの騒動は『第2次ロスト・クリスマス』と呼ばれるようになり、その被害は数万人にも及んだようだ。

 その緊急事態を受けて、政府は様々な場所を避難場所として提示。集の通う天王洲第一高校が避難所の一つとして指定された。

 幸いなことに集の家に被害はなかった為、幾らでも家に帰ることは可能なのだが、それだと何を言われるかわかったのものでは無い。大人しく、部室に入り浸っている。

 そして、もう一つ。東京を囲うように巨大な壁が現れたことだろうか。モノリスを彷彿とさせるそれだが、その役割りは全くといっていいほど別のものだ。

 壁の向こう側に少しでも出ようものなら、外で待ち構えているGHQの白服たちが民間人を蜂の巣にするというその狂ったシステム。

 表向きでは感染拡大を防ぐためと言っているが、恐らくは違うだろう。

 GHQとダァトという組織は繋がっている。この東京という名の檻に《楪いのり》という人間を閉じこめ、桜満真名の復活を企んでいるに違いない。

 

「……」

 

 集は恥ずかしげもなく集の右手を握る楪いのりの顔を見て、小さく息を吐いた。所謂、恋人繋ぎというものをしたいと言い出したいのりに、集は必死に抵抗したものの、いのりの無言の圧力で従わざるを得なくなってしまった。

「立場的に俺の方が上だよな?なんで俺はいのりに従ってるんだ?」と言いたくなる衝動を抑えながら、集は思考する。

 第二次ロストクリスマスが発生し、涯を自らの手で射殺した後。集はいのりを探していた。もしかしたら、危険な目にあっているかもしれない───そう考えながら。

 しかし意外なことに、いのりは安全なところで寝かされていた。集は思わず安堵の息を吐いた。そして、いのりを抱き上げここから離脱しようとした刹那、頭に大量の情報が流れ込んできたのだ。

 集が気絶している間に、何があったのか───。

 ここで集は真相を知った訳だが、わからないことがある。それを確かめるべく、集たちは天王州病院へ向かっていた。

 

「集」

「……どうかしたか?」

「私はここで待ってる」

 

 いのりの言葉に集は怪訝な表情を浮かべたが、すぐああと呟いた。

 

「……先生と会うのが嫌なんだな」

「それもそう。あと運気が吸われて私に不幸が訪れそう。不幸顔なのは集だけで十分」

「……」

 

 集は無言でいのりの額に軽いデコピンをした。いのりは涙目を浮かべながら集を睨めつける。

 

「痛い、何するの」

「自分の胸に手を当ててよく考えとけッ」

 

 集はドカドカと歩きながら、病院の中に入る。受付はいなかったが、どうせいつも顔パスで通ってるんだ。今日くらいいだろう───と思いながら地下へと続く階段を下る。

 

「相も変わらず暗い場所だな───おい先生、生きてるかよ」

 

 集が扉を数回ノックするも返事がない。まさかと思い立て付けの悪い扉を蹴破ると、意外にも普通の食事をとっていた菫がこちらを見つめていた。

 

「やあ、久しぶりだね。桜満くん。いつになったら死んで運ばれてくるんだい?」

「あんたに聞きたいことがある、室戸菫先生」

 

 開幕から物騒な言葉を放ってくる菫の言葉を聴き流しながら、いつにも増して真剣な表情を浮かべる集。しかしというかやはりと言うべきか、相変わらずヘラヘラとした表情を浮かべる菫に、集は思わず辟易とした表情を浮かべた。

 

「……締まらねえだろ、先生。こういう時くらいもう少しまともな表情(カオ)してくれねえか?」

「私が君の要望に応じるとでも?」

 

 ゲンナリとした顔をして集は呟く。

 

「……いや期待してねえし、あんたならまず応じねえだろうな。性格悪いし」

「心外だな。私は性格が悪いのではない。欲に忠実なだけだ」

「ああそうかよッ」

 

 集は立て付けの悪い椅子にドカッと座り込むと菫は気味の悪い笑みを浮かべて言う。

 

「まあそんな顔をするな。折角、東京エリア───いや、この東京の英雄になったというのに」

「本当にあんたは性格が悪いなッ」

 

 集は仏頂面を浮かべて言う。

 

「……あんな犠牲の上でなった英雄なんて喜べるかよ」

 

 恙神涯をこの手で殺した感覚は未だ残ったままだ。集は新たにホルスターに入れたグロックを一瞬撫でる。

 そんな集を見つめながら、菫は悪戯っぽく笑った。

 

「それもそうだ。それに、君は英雄と呼んでも喜ぶ性格ではなかったね───そうだろう?桜満集くん」

 

 数秒時間が流れる。集は横目で菫を睨め、小さく息を吐いてからその口を開いた。

 

「……あんたは最初から知っていたんだよな。里見蓮太郎が俺になっていたんじゃない。俺自身が里見蓮太郎に近づいていたこと」

「無論」

「どうして、そのことを俺に言わなかった?」

 

 震える集の言葉に、菫は肩をすくめて言った。

 

「聞かれなかったからな」

「だったらせめて教えてくれ先生。俺は一体───桜満集(おうましゅう)は、何者なんだ」

 

 菫は目を瞬かせながら答える。

 

「君は桜満集その人だ。間違いなくね───ならなぜ、自分に里見蓮太郎の記憶があるのだろうと君は考えるだろう。安心したまえ、その答えはもう既に用意してある。君が桜満真名が目の前で死んだショックにより、自身の記憶の大部分を損失。その失った部分を里見蓮太郎という人間で補った。ただそれだけさ」

 

 やはりそうか、と集は目を細める。足りない部分を里見蓮太郎で補った結果、桜満集としての要素が薄れてしまったのだろう。だから、集は気づかなかった。自分が、里見蓮太郎に限りなく近づいている別人だということに。

 これじゃあまるで道化師だな───集は自分を自虐するように笑う。

 

「ところで、いのりちゃんはどうしたんだ?君なら真っ先に連れてくると思ったんだがね」

「俺も連れてこようと思ったんだけど……『あそこは埃臭いから嫌だ』『死体愛好家(ネクロフィリア)とは相容れられない』『解体されそう』『食欲が失せる』とか言ってたぞ。あんた、いのりに何かしたのか?」

「いや、何もしていないさ……それにしても、いのり、ね」

 

 菫は集がいのりの呼び方を完全に変えたことに微笑を浮かべた。

 

「んだよ、悪いか」

「いや、悪くないさ。悲しい末路を辿った蓮太郎くんは、気になっている異性のことは必ずさん付けだったからね。こういう点でも、君は蓮太郎くんと違うんだなと思っただけさ」

 

 集は蓮太郎と言う言葉を聞くと、生唾を呑みこみながら菫に訊ねた。

 

「最後に一つだけ教えてくれ、先生。なぜ黒い銃弾(ブラック・ブレット)の記憶が俺にはないんだ」

 

 集の問い掛けに菫はすかさず答える。

 

「君が拒否したからさ。彼の記憶を。彼のその後の末路を」

「里見蓮太郎の末路?」

「それは私からではなく蓮太郎くん本人に聞くべきではないかね?」

 

 菫は私は答えないぞ、と目を伏せながら言う。集は数秒ほど菫を見つめいたが、答えないとわかったのだろう。静かに立ち上がると背を向けて歩き始める。

 と、そこで集はそうだと呟くと歩く足を止めて菫の方に向き直った。

 

「どうした?まだ私に何か用か?」

「……いやそういう訳じゃないんだけどよ。ありがとうな、先生。見ず知らずの俺を───桜満集を助けてくれて」

「……なんだ、そんなことか。だったら気にするな。これも玄周(クロス)との約束だからな」

 

 菫はそう言うと、静かに笑った。

 

 

 

 全体的に薄暗かった病院から出ると、眩い日差しが集を貫いた。

 あまりの眩しさに思わず目を細めると、木陰で待っていたいのりが手を小さく振っているのが見えた。

 集は苦笑いを浮かべると、足早でいのりの元へ向かう。いのりは真っ赤な瞳を集に向けながらその小さな口を開いた。

 

「室戸菫との話は、終わったの?」

「ああ。終わったよ」

 

 言いながら、集はポケットから財布を取り出していのりに投げ渡す。

 いのりはどうしたの?と首を傾げて集を見つめてくる。

 

「ずっと待っててお腹すいてるだろ。好きな物買ってきなよ」

 

 集がそう言うと、いのりは顔を明るくして近くのハンバーガー屋に入っていった。

 集は近くのベンチに腰掛けると、伸びをしてから一息ついた。

 戦いは終わった。しかし、最早引き返す道はもうどこにもなかった。

 戦いが終わってなお、王の力は集の中に残っている。もしかすると、この王の力は、世界を変えるまで集の中に存在し続けるのかもしれない。

 新たに刻まれた右腕の王の刻印を太陽に翳し、考える。

 

 ───王の力とは、一体何なのだろうか。

 

 恙神涯(つつがみがい)はかつて集に言った。

『王の力は、神々の領域を暴く力』だと。

 ───果たして本当にそうなのだろうか。集には、神がどういうものだとか、神の領域を暴くだとかそういうものには興味はない。それに渡せるものなら渡してしまいたいし、こんな厄介極まりない力は即刻処分してしまいたいところだ。

 しかし、そうもいかないというのがこの現実(リアル)だ。

 

「……それに、あいつらが生きている限り、この力は絶対に必要だ」

 

 あれから隈無く探したものの茎道修一郎の死体は、見つかることは無かった。その後もニュースでも報道されることがなかったため、あのユウという少年が彼を連れて逃げたのだろう。だとすると、再度彼等と闘うことになるであろうことは容易に理解出来る。そして、真名の復活もまた諦めていないということになるのだろう。

 その計画を完膚なきまでに破壊しない限り、彼らは永遠にいのりという存在を狙い続けるに違いない。

 そんな彼らに対抗するためにこの王の力は必要だ。楪いのりというこの世でたった一人しかいない人間を守るためにも。

 

「……集?どうしたの?」

 

 これからのことを考え耽っていると、大量の紙袋を抱えたいのりが集を見下ろしていた。ふと端末の時計を見ると、既に十数分が経過していた。

 そんなに自分の世界にのめり込んでいたのか、と苦笑いを浮かべながら集はベンチから立ち上がる。

 

「───や、なんでもない。そろそろ行こうぜ」

 

 その時、金属質の物体が石畳の上を跳ねる澄んだ音が2人の時間を止めた。

 集は自分の首にぶら下がっているはずのロザリオと、地面とを呆然としながら何度も見比べた。地面を跳ねた物体は、涯の遺品の一つである純銀製のロザリオだった。

 

『───王の能力はその力を持つ者を孤独にする』

 

 かつて、世界を売った男(スクルージ)が言った言葉を思い出す。

 

『───気をつけろよ、里見蓮太郎(ブラック・ブレット)。お前が手にしたその輝きは、決して奇跡を起こせる力などではない。触れるモノ、関わったモノ、すべてを破壊し作り替える力───』

 

 スクルージが言い放った言葉が未だに耳に、脳裏にこびりついている。

 

『───呪われた力だ』

 

 集は息を呑みながら、落ちたロザリオを静かに眺め続けた。

 

 

 

 

 

-第1章 エウテルペ 完結-

次回:名前のない怪物

 

 

 

 

 逢魔が刻。血塗れた大地に乾いた風が吹く。

 青年、里見蓮太郎は閉じていた瞳をゆっくりと開け、瞼を何度も瞬かせる。

 桜満集と肉体を共有してから約数年。随分と長い間、眠りについていた蓮太郎は眼球運動のみで辺りを見渡した。

 何処を見渡してもあるのは屍の山。死臭と硝煙が入り交じった最悪の匂いに、蓮太郎は思わず顔を顰めた。

 数年前であれば、こんな光景見ただけで吐いていただろう。しかし、今では何も思わなくなってしまっている。

 

 ───予言しよう、里見蓮太郎くん。君は必ずこちら側に来る。

 

 かつての宿敵、蛭子影胤の言葉を思い出した蓮太郎は、思わず唸るような息を吐きながら、静かに起き上がる。

 黒いコートの裾が風に靡いて揺れる。

 

 屍の山を突き進みながら、蓮太郎は小さく息を吐いた。

 歩く度に思い出される。忘れたくても忘れられない忌むべき記憶。しかし、これがあるから今の蓮太郎はある。

 

 天童木更が目前で殺されるのを見た。

 愛する人を失った憎しみで、誰の言葉にも耳を貸さず、自分の中に滾っていた怒りを相手にぶつけた。結果、依存心と唯一残っていた左側の上肢と下肢を失った。

 

 藍原延珠が目前でガストレア化するのを見た。

 蓮太郎自身の手で殺して欲しい。そう言われたにもかかわらず、蓮太郎は行動に移せなかった。結局、自分は何も出来ないと思い知らされたあの日、蓮太郎は感情を捨てた。

 

 天童菊之丞をこの手で殺した。

 ほんのひと握りだけ残っていた正義さえ無くした末に、里見蓮太郎は魔道に堕ちた。

 

「……」

 

 空を仰ぐ。

 全てを無くし、全てを世界に奪われたあの日から───里見蓮太郎という人間は壊れてしまった。

 正義のためと行動していたことは、すべてが裏目に出た。すべての悪を根こそぎ滅ぼそしても、その心が満たされることはなく、それどころか心身共に摩耗していくのを感じていた。

 

「……」

 

 殺す度に『恐怖心』というものが、里見蓮太郎という人間の中から消え失せいき、その肉体は最終的に殺戮だけを行う人形(マシン)へと変貌していった。

 民衆を守るはずの正義は、邪悪の敵になっていたのだ。

 

「……誰も失いたくない。この力でみんなを守ってみせる、か」

 

 蓮太郎には、賭けるものも、救うものも、もう何も無い。ただ仕事をするように人を殺すだけだ。

 序列が100位に上がった時に付けられた異名、黒い銃弾(ブラック・ブレット)。思えば、あの日から、何かを守るという意思が抜け落ちたような気がした。

 銃弾に感情などは必要なく。必要なのは敵をどうやって殺すかという銃弾の如き意思のみ。

 

「……力で世界を変える、か。くだらねえんだよ」

 

 力とは形を成すものであれば、無限に広がる無でもある。

 無からは何も生み出すことは出来ず、力技では何も解決しない。そんなことを繰り返したところで、何の解決にも至らない。

 やがて、訪れるのは世界の破滅。

 ガストレアでも、機械化兵士でもない。人間そのものが、世界を破滅に導くのだ。

 ───それに気づかされたのは、すべてが終わった時であったが。

 

「……所詮は餓鬼の戯言。どうせいつだって人の世界は変わらない」

 

 恙神涯は桜満集に言った。俺の意志をお前が引き継げと。

 桜満集は恙神涯に言った。お前の意志を俺が引き継ぐと。

 蓮太郎は恙神涯の言葉と桜満集の言葉を嘲笑する。

 

 ─── 世界を一度も変えたことも無い人間が、世界を救うだと?

 

 気づけば、口から笑い声が零れていた。

 

 「夢を見るのも大概にしておけ。桜満集」

 

 蓮太郎は一瞬右腕に走った鋭い痛みに呻き、その右腕を天に翳した。

 有り得るはずのない痛みに僅かに動揺する蓮太郎。そこには、桜満集と同じ王の刻印が刻まれていた。

 蓮太郎は目を細めると、天にかざした右腕を力いっぱい握りしめる。

 

 「こんな悪魔の力なんかで、世界を変えられるわけがないないだろうが……ッ!」

 

 蓮太郎の言葉は表情とは裏腹に、哀愁が紛れ込んでいた。

 

 -

END




第1章完結。
お疲れ様でした!くぅ、疲れました!!
4年という長い月日をかけてこちらの作品を完成させました!このまま2期に行く……前に、少々とあるお話を入れる予定です。
そう、物語で殆ど語られることのなかった本物の里見蓮太郎についてです。
最後に少しだけ本物が出て来ましたが、原作の彼とは似つかないほどに別人となっていましたね。
里見蓮太郎の末路を少しだけ明かせたらなと考えているので、第2期である『The Everything Guilty Crown』はしばしお預けです。


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Fallen
【Episode:00-1】


悪に抗え。


偽りの正義を終わらせろ。





 民警になる前、自分が何を考えて生きていたのか。記憶が混濁していて上手く思い出すことが出来ない。

 天童木更と共に天童家を出たのは間違いない。そのことについては、特に後悔はしていなかったはずだ。

 多くを救って、多くを失った。そんな状況の中でも、手に入れたこのありふれた幸せさえあれば、それで良かった。そんな当たり前がいつまでも続くことであるように思っていた。

 上手く思い出せないのは、そういった選択の際に何を考えていたのか、だ。

『幼い頃の自分』は向こう側にいる。別に裕福になりたかったわけでも、権威を欲していたわけでもない。

 俺は一体、どんな大人になりたかったんだ。

 ただひとつ言えることは───民警になる前日まで、自分の正義が本当に正しいか疑っていたということ。

 

 ───天童木更が殺害される、少し前のある日。

 

 里見蓮太郎は掛け持ちのバイトを終えた後、少し高めの指輪を買って木更にプレゼントした。「馬鹿じゃないの」と言われるかもしれないと思ったそれは意外になく「ありがとう」と答えてくれたので、天にも昇るような気分になったのは記憶に新しい。

 感情が昂っているので、冷水で頭を冷やす。蓮太郎が首からぶら下げているシルバーのリングは、木更にプレゼントしたものだ。

 蓮太郎がシルバーのリングを肌身離さず持ち始めたのは、木更が死んでからだ。

 死者には着けれない。だから、代わりに身につけている───そんな気持ちもある。これを握っていると、木更が近くにいるように感じて、僅かにだが心が落ち着くような気がするのだ。

 

 ───天童木更は言った。

 

「私を救ってくれて、ありがとう」

 

 東京エリアの天童民間警備会社で、木更が先程の発言をした。

 

「……大したことはしてねえよ。あんたが決めたことだろ」

「相変わらず優しいわね。そういう人、私は嫌いじゃないわよ」

 

 蓮太郎にとって、天童木更という人間の存在はあまりにも大きかった。

 蓮太郎という真っ白だったキャンパスに黒という絵の具をぶちまけたのは、彼女だった。だが、同時に自分が受け止めることによって彼女の根元まで侵食していた呪いを払拭出来たのは確かだった。

 木更が天童和光を殺した日から、後悔しかなかった。彼女の復讐を止めることは出来ないかと、何度も願い続けた。結果、ようやく願いが叶った。

 失ったものは数えきれないが、復讐を止め、俺にすべてを委ねると、木更は確かにそう言った。

 同時に、蓮太郎が彼女の罪をすべて背負うことになったが───それでも、蓮太郎の日々は充実していた。変わり始めていた。

 木更という愛した女性に自分はここにいると認識されている感覚。

 それが、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだ。

 

 それだと言うのに。

 

 ───天童菊之丞。お前が奪った命は、俺にとって特別なものだった。

 

 ───木更さんは、俺に生きる理由をくれた大切な人だったんだ。

 

 ───それを、良くも奪ってくれたな。

 

 ───お前を、必ず殺してやる。

 

 短い夢のようなものを見た後、蓮太郎は目を覚ました。

 

「……夢、か」

 

 いつの間に、眠ってしまっていたのだろう。

 昨日の仕事が予想以上に体に響いたようだ。ぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、写真立てに目が入った。

 天童木更、藍原延珠、ティナ・スプラウト。天童民間警備会社に所属していたかつての仲間たち。

 だが、そんな仲間たちは今はもう、誰もいない。みんな、蓮太郎の前で死んで行った。

 

「……なあ、木更さん」

 

 ふと呟いた声が部屋に響く。

 

 ───もし、あんたが今の俺の姿を見たら、いつもみたいに罵ってくれるか?

 

 

名前のない怪物

 

 

 東京エリア外周区第三十九区。空は灰色に染まり、曇天。湿った風が吹き、大粒の雨が大地に跳ねる。

 フードを目深にまで被った青年が黒いコートをはためかせながら周囲を一望していた。

 身長は180を超えているだろう。喪服のようなスーツの上に黒い夜戦服を着込み、目深まで被ったフードが特徴的だった。

 一言で彼を言い表すなら『死神』。神話や御伽噺でしか出てこないような怪物がそこにいた。

 

「……あれからもう六年ですか」

 

 ふと、青年の背後から声が聞こえてくる。

 眼球運動のみでそちらを見ると、撞木杖をつきながらこちらへ歩み寄ってくる初老の青年───松崎がいた。

 

「今年もやってきてくれたのですね。あなたはこの年になるといつもここに花を添えてくれる」

 

 かつてこの場所で授業が行われていた。

 青年はその日の出来事を思い出すように瞑目した。

 あの日の出来事は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。

 あの日、自分の行動がもう少し早ければ彼女たちはあの場で命を散らすことは無かったのだろう。自分がもう少し慎重に物事を運んでいれば。自分にもっと力があれば。

 青年は静かに目を開けると、其方へと振り返った。

 

「……私もあなた達を見習って青空教室をやってみたりするのですよ。ですが、やはりと言うべきですかね。教え方がどうも古くて生徒たちの大半が寝てしまったり、つまらないと言います」

 

 苦笑いの表情を浮かべながら話す松崎に対し、青年の表情は無表情。唇は固く結ばれ、フードから覗く瞳は鋭い。そして、かつて青年の瞳の中にあった輝きは別の感情によって侵食されていた。

 

「もう、数年ぶりになりますか。元気にしていましたか?」

 

 青年は何も答えず松崎を見つめていた。

 

 

 地面を穿つ雨の中、青年と松崎は外周区の瓦礫に座っている。

 松崎は何も言うことなく青年を見つめ続け、青年はそんな松崎を特に気にすることなく、東京エリアを睨みつけていた。

 

「噂はかねがね、聞いております。もう随分と昔のことになりますが……序列100位到達、おめでとうございます」

 

 青年は何も言わない。二人の間に奇妙な風が吹いた。

 

「それと、昨日のニュースも耳にしています。また、ガストレアの群れを一人で全滅させたと───」

 

 ここで初めて青年は行動を起こした。黙れと言わんばかりに松崎を睨めつけ、小さく息を吐きながら口を開いた。

 

「モデルスパイダーが一体、そんなもの大した脅威じゃない。しかも、その中には見ず知らずの『呪われた子供たち』もいた。それが民間人に伝わってないってことは───」

 

 青年は顔を顰めて言う。

 

「───マスコミ共が、また金で買われたな」

「そんな……」

「世間に人殺しの悪魔だということを知られたくないんだろう」

 

 英雄は、人殺しなんてしない。そう見せつけたいのだろう。

 青年は自虐的に嗤う。

 

「……呪われた子供たちを殺したんですか?」

「体内浸食率が限界まで達した奴らしかいなかった。だから俺が殺した。ガストレアになる前にな」

「……変わってしまわれましたね」

 

 青年は瞑目しながら顔を伏せる。

 

「……呈のいい幻想に縋り付いてもなにもない。それは───嫌という程、思い知らされた」

 

 青年は話しすぎたなとボヤきながら両手をポケットに突っ込みながら立ち上がった。

 雨は少し止んできたのか、大粒の雨は小粒の雨へと変わっていた。

 俯きながら帰路に着こうとする青年に、松崎は呼び掛ける。

 

「あのッ!」

 

 足を止めず、青年は歩み続ける。

 

「死なないでくださいね!」

「……死なないよ。あいつをこの手で殺すまではな」

 

 青年は呟いてから東京エリアに続く暗い道のりへと姿を消した。

 

 

 

-2-

 

 

 

 新都の方に戻ると、雨は完全に止んでいた。

 黒衣の青年はそのまま暗い路地の方に入っていくと、周囲を見渡した。

 

「……たしか、この辺りだったか」

 

 数日前からこの辺りで奇妙な噂を耳にするようになったのだ。

 曰く、三人組の少女たちで、彼女たちの占いは百発百中。将来でも未来の恋人でも捜し物でも───復讐したい相手の居場所でも。必ず言い当てるという。

 馬鹿馬鹿しいと思いながらもここにやってきたのは一縷の期待を抱いているからだろうか。

 しかし何故だろう。どこを見渡してもそんな少女たちの姿はない。

 少女たちなら、絶対に目立つはずなので、もしかしたら今日はもう店仕舞いなのかもしれない。

 

「……今日はもうやっていないのか?」

 

 なら、また別の日にでもやって来るか。そう思った時、遠くから言い争うような声が聞こえてきた。

 喧嘩だろうか。もし喧嘩なら関わるのは御免蒙りたいところだが、耳に入ってくる声は男の声と女の声だ。

 

「まさか、な」

 

 写真を取りだし、壁から顔を僅かに覗かせると、三人のゴロツキに囲まれる三人の少女が居た。その中に、真白い髪色をした赤眼の少女が居て、青年は目を細くした。

 

「……なるほどな、こいつらが───」

 

 特徴が完全に一致する。青年は息を吐いてからそちらへと歩みを進めた。

 争いに参加するのはあまり気が進まないが、自分の目的の為だ。

 青年は写真をポケットにねじ込んでから、ゆっくりと少女たちの方へと歩き始める。

 大丈夫だ。いつも通りにすればいい。邪魔する奴らは全員力でねじ伏せればいい。

 少女の一人が気づいたのか、顔を上げてその小さな口を開いた。

 

「誰か、来たッ」

「おいおい狂ったか?ここは人っ子一人来ない場所だぜ?こんなところに人間なんて……!」

 

 青年がゴロツキの肩を突き飛ばす。意外と簡単に倒れたゴロツキは、小さく唸った。

 

「だ、誰だッ」

 

 ゴロツキが振り返った目と鼻の先に、青年は立っていた。

 闇の中から現れた青年の姿を見た少女たちは思わず小さな悲鳴をあげた。

 無理もないだろう。青年の姿は、ここにいるゴロツキよりも怪しいのだから。

 

「お前たちに聞きたいことがある」

 

 青年はそんな少女たちの様子に気づいていないのか、靴底を鳴らしながら近づく。

 

「無視すんじゃ───」

 

 ゴロツキの一人が青年に正拳を繰り出してくる。青年は軽い身のこなしで攻撃を避けると、ゴロツキの首根っこを掴む。泡を吹いて蛙のような悲鳴をあげるも、青年はそのまま親指に力を込めて首の骨をへし折った。

 鈍い音が鳴り響く。青年は冷めた瞳でゴロツキたちを睨んだ。

 

「忠告だ。死にたくなければ、無駄なことはやめておけ」

 

 死体を見せつけるように突き出した青年は忠告。お前らでは絶対に勝てないと言い放った。しかし、それは戦意を鎮めるより昂らせるものだった。

 

「にゃろ!」

 

 拳を繰り出してきたゴロツキの腕をかわし、青年は再度忠告。

 

「……二度は言わん。今なら見逃してやる」

「うるせえ!こっちの方が数的に有利なんだ……お前なんかに負けるわけねえ!!」

 

 背後から飛び出してきたゴロツキが青年の脇腹にドスを突き立てる。根元まで突き刺さったそれを見て不敵な笑みを浮かべるも、青年はさしてきにした様子もなく男の顔面を掴んだ。

 

「がっ!?」

 

 男はもがいて青年の顔面やら腹やら股間やらを攻撃するも、青年の手は一切緩まない。それどころか、強くなっていく一方だ。

 

「た、たすけ───」

 

 刹那、ぐしゃりとなにかが潰れた音がした。飛び散った肉片と白い固まりが辺りに飛び散る。青年は、男の頭を握り潰したのだ。

 青年はそのまま潰れた男の亡骸を地面に放り捨てると、最後の一人を睨みつけた。

 

「ひいっ!ば、化け物だァ!!」

 

 ゴロツキは慌てて逃げようとするも、青年が腹に突き刺さったままのドスを強引に引き抜き、逃げた男に向けて投擲。

 肩甲骨に深々と刺さり、絶叫をあげる男にホルスターから取り出したXD拳銃の引き金を引く。数回、乾いた発砲音が鳴り響いた。

 

「……言った筈だ。死にたくなければ、無駄なことはやめておけ───と」

 

 青年はそのままゴロツキの服を物色すると、財布を取り出して少女たちの足元に放り投げた。

 

「金だ。占ってくれ。あの男の居場所を」

「……、……………」

 

 恐怖のあまり声が出ない少女たち。青年はそんな少女たちを訝しむような瞳で見つめていたが、ああと呟く。

 

「足りないのか?」

 

 青年はもう一人のゴロツキの服を物色し始める。見ていられなかった少女の一人が堪らず声を漏らした。

 

「……や、やめて。その男の人が可哀想」

 

 先程まで襲われかけていたと言うのに、この少女はなんて優しいのだろうか。青年は僅かに目を細めてから小さく息を吐く。

 

「どうせ死人には必要のないものだ」

 

 再び財布を取り出した青年は、少女たちの足元に放り投げた。

 少女の一人が落ちた財布2つを拾って、懐にしまい込んだ。

 

「ちょっと!」

「……折角の、客人、だよ?次……いつ来るか分からない」

「そうだけど……!この人は私たちの恩人なんだよ……?」

 

 少女二人が会話を繰り広げるも、青年は一切そちらを振り向かない。

 青年が見下ろした先にいる少女は、生唾を飲み込んだ後に小さく口を開いた。

 

「一体誰を……誰を、探して欲しいんですか?」

 

 震える声で訊ねる少女。青年の目が鋭くなる。

 

「……あの男だ。俺から大切なものを根こそぎ奪い去り、俺の体を刻んだあの男を───天童菊之丞を……ッ!」

 

 青年の瞳に憎悪の炎が灯った。

 不安定な状態ながらもここまで生きながらえて居るのは、この復讐心なのだろう。可哀想な人、と少女が呟くもそんなことには耳も貸さず青年は少女の胸倉を掴みあげた。

 

「見つけてくれ……奴を!!」

 

 フードから覗く青年の表情は、飢餓状態に陥り、見境なく人を食い殺す肉食獣のそれだった。

 放たれる異様な殺気に襲われながら、少女は生唾を何とか飲み干す。

 

「……探して、どうするのです?」

「いいから頼む……教えてくれッ!!」

 

 少女は青年の顔を数秒眺めてから諦めたように息を吐いた。

 

「……旧東京駅。あなたの求める人物はそこにいるはずです」

「東京駅……くくっ、そうか、そこに奴が……天童菊之丞が───」

 

 青年は少女から手を離すと、姿を消した。

 その場に取り残された少女は青年から解き放たれたことによって、ようやく息をするのを思い出した。慌てて空気中の酸素を取り込み、二酸化炭素を排出。

 

「……何、あの人……私たちでも気づかないなんて」

 

 白髪の少女は小さく顔を上げると、青年が消えて言った方向を見つめた。

 闇へと溶けていったその姿はこんなににも薄暗いというのに鮮明に目に焼き付いている。

 

「……」

 

 猛禽類のような鋭い瞳は、生気をまるで感じなかった。

 パワーもスピードも通常の人間とはまるで違う。一言で言い表すなら『怪物』。

 そんな怪物の正体を、少女たちは知らない。

 

 

 

 

 

 

 ───俺は今まで何度もこうやって走ってきた。しかし、その度に何度も騙されてきた。

 

 雨に濡れた街並みを駆け抜ける青年───里見蓮太郎。目深まで被っていたフードは走っているうちに外れていた。

 

 ───手がかかりはない。だが、俺は死ぬまで諦めたりはしない。

 

 東京駅に近づくにつれて、今までになかったものが存在した。

 東京駅を囲うように配置された武装警備隊。遠くからでも分かる強者特有の気配。

 

「───見つけたぜ。天童菊之丞ッ!!ようやくだ……ようやく貴様をこの俺の手で殺せるッ!!」

 

 蓮太郎の口元には凄絶な笑みが浮かんでいた。




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この章開始時点で木更さんと延珠、ティナは死亡しています。

里見蓮太郎
民警。黒い銃弾(ブラック・ブレット)の異名を持つも、呼ばれ方は『怪物』『死神』と一貫して呼ばれる。
世間一般には正義の味方として知られているが、今の蓮太郎は生きていることが不思議なレベルで衰弱し、摩耗している。


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【Episode:00-2】

華の物語は終焉へと向かう。


この物語が辿る道はたった一つだ。



 耳鳴りがしている。

 再度降り出した大粒の雨がアスファルトを跳ね、力強く吹く湿った風が鉄条網をけたたましく揺らす。

 

「……嫌な天気だ」

 

 警備に当っている男の一人、椿真一は呟いた。

 

「全く……なんで俺らが天童補佐官の護衛なんぞせにゃならんのだ」

 

 防弾バイザーを装着した黒灰色の防弾ヘルメット、紺色のアサルトスーツ、下腹部を保護するプレートが装着された防弾ベストを着用し、同ベストの上からタクティカルベストを着用している。サバゲーのそれとは違う、本物の装備。凶弾から身を守るために考案された装備。

 欠伸を噛み殺しながら呟く椿の横腹を誰かが殴る。椿は隣に目線を寄越しながら小さく呟いた。

 

「……何すんだよ」

「口を慎め椿、任務中だぞ」

 

 椿の横で背筋を伸ばして立っている青年、薊伸元は椿の不真面目な態度に目を鋭くしながら言い放つ。

 しかし、椿は口を止めるのをやめない。

 

「言われてもよ、俺らこんな警視庁特殊急襲部隊(バケモノ)とは程遠い一端の刑事(デカ)だぜ?なのに、上が『経験になるだろうから』と勝手に俺たちを選出しやがった」

 

 そりゃあガストレア相手に拳銃を使うことはあるかもという理由で『黒い銃弾』を使うかもしれないが、MP5F(こんなの)は俺たち一生使わねえだろ。椿が機関銃を軽く持ち上げながらボヤくと、薊は確かになと言う。

 

「……だったらなんで俺らがこんな所に寄越されるんだよ」

「……ここだけの話だ。少し耳を貸せ」

 

 薊に言われるまま耳を近づける椿。

 

「最近、天童補佐官の命が何者かに狙われているのは知っているだろう」

「ああ、ニュースにもなってるからな。でも、それとこれとは今関係なくねえか?」

「表沙汰にはなっていないが、天童補佐官の警護に当たった人間の大多数が殺害されているらしい」

「……その話、本当か?」

 

 椿の額から汗が滲む。薊は小さく頷くと、MP5Fを力強く握り締めた。

 

「人手不足。そして、格闘技の全国大会で何度か優勝経験ある俺とお前。だから回されたのだろう」

「……成程、な。戦闘員が大いに越したことはない───そういう事か。俺たちは足止めのために呼ばれたわけだ」

 

 椿は生唾を嚥下し、緩んでいた気を引き締めた。

 再度嫌な風が吹いて、椿がたまらず目を細めると、50m先に黒衣の青年が立っていた。年齢は二十代前半くらいだろうか。黒い喪服のようなスーツの上から季節にそぐわぬ真っ黒な夜戦服を着込んでいる。

 音も気配もなく突如、目前に現れた青年を凝視する椿。

 

「なんだ……あいつ」

 

 椿が呟いたのが合図だった。

 青年がこちらへ向かって全力で駆け出してきた。

 他の隊員たちが引き金を引く前に、青年は腰に収まっていたであろう拳銃をドロウ。此方へと照準を定めて発砲。

 

「自殺特攻だと……ッ!?」

 

 幸いにも銃弾は誰にも当たらなかったが、青年の姿を再び見失う。

 威嚇射撃だと?なら何処へ行った。遠くには行っていないはずだが。

 刹那、後方から断末魔。

 

「まさかあの一瞬で背後に回ったのか!?」

 

 突破した様子は見受けられない。迂回するにも時間がかかり過ぎる。なら、考えられることはただ一つ。人の山を飛び越えてみせたのだ、この男は。

 振り向くや否や、青年は手榴弾のピンを抜いて宙に放っていた。身構えた時にはもう遅く、手榴弾から灰色の煙が吹き出す。

 

「……ちっ!」

 

 数秒で視界は灰色に包まれ、目前が暗くなる。このまま背後に回られたりでもしたら、一瞬で命を奪われるだろう。しかし、この状況は目前の男も共通な筈だ───

 

「動くな」

 

 底冷えするような声が背後から聞こえ、椿は息を止めた。

 先程まで他愛のない会話をしていた薊でも、この小隊の人間でもない。声の主は間違いなく黒衣の青年のものだろう。

 

「質問に答えろ。答えなければお前も殺す」

「……ッ!?」

 

 今、この男はお前も殺すと言った。なら、ここにいる小隊のうち何人かは殺されたことになるが───

 

「……いいのか?このまま留まっていたらお前、狙撃部隊に蜂の巣にされるぞ」

 

 椿が口角を上げて言うも、青年はさして気にした様子もなくとんでもないことを言い放つ。

 

「殲滅済みだ」

「なんだと……!?」

 

 一瞬冗談かと思うが、青年が嘘を言っている様子は見受けられない。現に、いつまで経っても援護射撃が来ないのがその証拠だろう。

 

「天童菊之丞はこの旧東京駅の何処かにいる。そうだな?」

「───ッ!?」

 

 青年の発言に堪らず後ろを振り返る椿。まさかこいつが薊の言っていた人間───刹那、即座に振るわれた神速の拳が椿の防弾ベストに突き刺さる。凄まじい衝撃が脇腹に走り、堪らず地面に膝を着く。

 

「誰が動いていいと言った」

 

 青年はそのまま椿の首根っこを掴みあげると、東京駅の中に放り投げた。

 ガラスを突き破り、中に叩きつけられる椿。喀血し、視界に血が飛沫く。

 頭からすっぽ抜けたヘルメットが何度か地面を跳ねて、凸凹になってしまった。

 

「……なん、なんだ、あれはッ!」

 

 痛む身体に鞭を打って立ち上がる。殴られたなんて衝撃ではない。現に、身体を守ってくれている筈のベストのプレートは変形。呼吸をする度、肋骨が痛い。

 

「最後の質問だ」

 

 椿の後を追うように青年が東京駅内部に侵入。黒いコートの裾が風で靡く。

 

「聖天子補佐官、天童菊之丞は何処にいるかと聞いている」

「……聞いてどうするつもりだ」

「国家の狗には関係のない話だ。お前は大人しく何処にいるかだけ言えばいい」

 

 青年が鋭い前蹴りを放ちながら言う。咄嗟に腕を交差して防ごうとするも、間に合わずそのまま鳩尾深くに突き刺さる。

 青年は椿を訝しむように睨めつけながら、ああと小さく呟く。

 

「……時間稼ぎをしようって算段か。くだらん」

 

 青年は椿が持っていたMP5Fを奪い取ると、ゆっくりと歩き始めた。

 しばらくその光景を呆然と見つめていたが、椿は立ち上がると、ホルスターに収められた拳銃を抜く。

 

「動くな……ッ!」

 

 青年が歩んでいた足を止めて、こちらを振り返る。

 憐れむような、蔑むような。二つの感情が入り交じった表情で椿を睨めつけていた。

 

「ニューナンブ拳銃……狂ったか?」

「かもな……だが、俺がここで足止めすれば隊の生き残りが天童補佐官に伝えてくれるだろうさ。黒衣のバケモンが、補佐官殿を狙っているってな」

「……」

 

 青年は数瞬、考える素振りを見せてからホルスターから拳銃を取り出して椿に照準した。

 先程はよく分からなかったが、今からわかる。青年が使用している拳銃はスプリングフィールドXD。アメリカの警察やら軍やらが使用する安全面に特化した拳銃だった。

 形状からしてパイファー・ツェリスカやS&W・M500では無いことには気づいていたが、威力に関しては上記二つに比べると遥かに低いXDを使用していることに驚きを隠せずにいた。

 青年は銃口をこちらに向けたまま呟く。

 

「銃を下ろせ」

「無理だな。お前の言う通り、俺は国家の狗なんでな」

「……狂犬が」

「そんなこと言ってる暇があったらその引き金を引いたらどうだ。今の俺は防御なんてないに等し───」

 

 刹那、乾いた発砲音が鳴り響く。頬を銃弾が擦過し、生暖かい血が溢れ出る。

 

「……もう一度言う」

 

 青年は語尾を強くして忠告した。

 

「銃を下ろせ」

「……嫌だと、言ったら?」

「殺す」

 

 一瞬の躊躇いもなく言い放つ。

 フードから覗いた黒い瞳が椿を射抜いた。

 

「……!」

 

 底知れぬ感情を覗いてしまった気分だった。

 目前の青年からは何も感じられない。

 

「……どうして、そんな目をしている」

 

 気づけば、口からそんな言葉が零れていた。

 

「ガストレアに奪われた。それだけだ」

 

 再度発砲音。椿のニューナンブ拳銃を吹き飛ばし、青年はコートの裾を翻した。

 闇の中へと消えていく青年の後ろ姿を、椿はただ呆然と眺めていることしか出来ない。

 

「……お前、は」

 

 青年は言った。ガストレアにやられたから、こんな目をしているのだと。だが、椿が言いたかったのはそういうことではない。

 

 ───どうして、お前の目には生きる気力も、希望も、感じられないんだ?

 

 喉まででかかった言葉を口にしようとした時、もうそこに黒衣の青年の姿はなかった。

 

 

 

 

 羽虫が飛び交う音が頭の中に鳴り響く。

 数年前。自分が無力だと思い知らされたあの日から、頭の中で羽虫が飛ぶ音が聞こえ続けている。

 

「……」

 

 ふと、携帯端末の時間を見ると二十一時に入ろうとしていた。ここに侵入したのが十九時頃だったので、あれから二時間も経過したことになる。

 思いの外、敵影が多かった他に、隠し通路を見つけるのに時間を費やしてしまったが、この先で彼を見つければ時間なんて関係ない。

 

「……天童菊之丞を殺してどうする、か」

 

 ふと、地上で椿という男に言われた言葉を思い出す。

 その先のことは何も考えていない。そもそも、里見蓮太郎という人間に残された時間は、残り僅かだ。

 幸せだった記憶が頭の中でざわめく虫たちに喰われ、欠落していく。もう、大切な人たちと過ごした日々でさえ曖昧なのだから。自分の名前すら忘れて、戦うだけの怪物になるのは時間の問題だろう。

 

「……」

 

 誰かを助けるのも気まぐれで、誰かを殺すのも気まぐれ。

 人間は人を手に掛けた数だけ精神が摩耗していくというが、果たして本当にそうだろうか。意志の違いではないかと蓮太郎は考える。

 半ば強制的に人を殺さなければならないのと、意図として人を殺すのでは訳が違う。現に、蓮太郎は先程殺したゴロツキや数名の狙撃兵のことなんて頭の片隅にもない。

 

「……とっくの昔に、俺は怪物になりさがっているのかもしれねえな」

 

 蓮太郎は最後の階段を降りると、目前の扉を睨んだ。

 

「この、向こう側にあいつが……」

 

 まさに地獄の扉。これを開けば、蓮太郎は蓮太郎ではなくなるだろう。押さえつけていた感情が昂り、醜い怪物に思考を支配されるだろう。

 多少歳は食ったかもしれないが、菊之丞は巨大なガストレアを単体で倒せる男だ。未熟だった頃よりは幾分か強くなったが、気を抜けば一瞬で殺される。

 気を引き締めてから、蓮太郎は扉を蹴飛ばし、機関銃の引き金を引いた。

 

「だ、誰……ぐはッ!」

 

 中で待ち構えていた兵士が銃をこちらに向ける前に回し蹴り。体勢を崩された兵士の顔面を踏み抜き、手に持っていた機関銃を強奪。

 蓮太郎は顔を持ち上げると、こちらへ銃を向けている兵士たちの向こう側───天童菊之丞を睨んだ。

 

「……ようやく、ようやく───見つけたぜ」

 

 蓮太郎の口角が上がる。あんなににも追い求めた相手がすぐ近くにいる。ようやく、この手で殺すことが出来る。憎いこの男をこの手で殺すことが出来る。

 夢にまでみた光景。機関銃を持つ手が興奮で震える。

 

「……久しぶりだな、ジジイ───あの時は殺し損ねたが……」

 

 蓮太郎の両腕の皮膚が燃え、中から黒色の義肢が現れた。

 

「今度こそ……引導を渡してやるッ!!」

 

 蓮太郎の顔が歪む。張り付いたような表情は獰猛な獣のそれへと変貌。檻から解き放たれた肉食獣の如く、地面を駆け抜ける。

 機関銃を前方に向け、引き金を引く。案の定、銃弾は近くを警備していた兵士の盾によって防がれ、銃弾は地面に落下。

 走った勢いをそのまま、蓮太郎は地面を跳躍。兵士の裏側に回った蓮太郎は脊髄目掛けて拳を振り抜く。凄まじい速度で振るわれたそれは鈍い音を撒き散らしながら、兵士を吹き飛ばした。

 

「逃がすかよ」

 

 その間、コンマ1秒。

 蓮太郎はあまりの出来事に硬直している兵士の顔面を殴り、蹴り、撃ちながら菊之丞の元へと向かう。

 自らの体が血濡れていく感覚に陥りながら、蓮太郎は突き進む。

 

「───やめんかッ!」

 

 最後の一人を手にかけようとしたところで───蓮太郎は腕を止めた。

 目線をそちらに向けると、菊之丞が一振の刀を持ち蓮太郎を真っ直ぐ睨み返していた。

 

「ここまで辿り着いたことは褒めてやろう……だがな、お前のしている行為にはなんの意味もないッ!この、親不孝者がッ!!」

 

 菊之丞の一喝に蓮太郎は堪らず機関銃の銃口を向けながら叫ぶ。

 

「黙れ!貴様が木更さんやあいつらに何をしたか、俺は少しも忘れちゃいねえ!!」

 

 脳裏に蘇る明るい記憶。しかし、それは直ぐに羽虫のざわめく音に覆われて消えていく。

 

「それにな……お前はどの道死ななきゃならなかったんだ!今度こそ俺の手で!!」

 

 菊之丞は目を細めながらその重い口を開いた。

 

「……藍原延珠を介抱する時にもそう言ったのか?」

「黙れッ!!」

 

 激昴した蓮太郎は屍の山を蹴り、菊之丞に急接近。

 

「……お前は道を違えた。ならば、儂の手で蓮太郎、貴様を葬ってくれる!」

 

 刀を構えた菊之丞は、天童式抜刀術の攻の型『心地光明の型』を取る。

 

「天童式抜刀術一の型八番……」

 

 遠心力を利用して刀からカマイタチが生み出される。

 

「『無影無踪』ッ」

 

 中近距離特化の蓮太郎は遠距離からの攻撃に弱いことを菊之丞は知っていた。

 しかし、それは数年前の話である。

 蓮太郎は腕をクロスしカマイタチを突破。その際、服が浅く裂け、()()()が滲み出る。

 

「……なんだと!?」

 

 そのまま菊之丞との距離を詰める蓮太郎。0.1秒の隙の隙を着いて拳を握りしめた蓮太郎は、天童式戦闘術一の型五番『虎搏天成』を繰り出す。

 鳩尾に突き刺さるも、貫いたという感覚はあまりない。

 なにか仕込んでやがる。思わず舌打ちを着いて、蓮太郎は後方へ跳躍すると菊之丞を睨んだ。

 

「達人は1コンマの奪い合い───ジジイ、お前は俺にそう言ったな」

「……この天童の面汚しめ。強化手術何ぞ受けおって」

 

 蓮太郎から流れる青い血を睨みつけながら菊之丞は唸る。

 青い血。正式名称を『ブルー・ブラッド』

 五翔会が『新世界創造計画』の開発の一環として発明した軍事用人工血液。

 その詳しい効力は伏せられているが、身体能力の飛躍的な上昇を促すために使用されるはずだった。

 しかし、一定期間ごとに透析を行わなければ、記憶障害と自家中毒に陥ってしまうという致命的な弱点と、その手術の成功率の低さから『負の遺産』として闇に葬られたはずの技術な筈だ。

 

「それはお前だって一緒だろ。腹に何か仕込みやがって」

 

 腹から血が溢れ出しているというのに、蓮太郎は痛がる表情を見せない。それどころか、目を爛々と輝かせている。

 不審に思った菊之丞は訝しむように蓮太郎を睨めつけ───まさかと呟く。

 

「……人間性を捨てたのか?」

 

 菊之丞の問いに蓮太郎は答えない。

 

「───」

 

 蓮太郎の答えは、到底人間のものとは思えない表情だった。

 感情をすべて捨て、憎悪と殺意だけが蓮太郎には取り憑いている。

 死神、悪魔、怪物。菊之丞の頭の中で3つの言葉が羅列する。

 

「……この、馬鹿者が」

 

 暗い瞳の奥で、死神の双眸に炎が宿る。

『水天一碧の構え』を取り、拳を僅かに前に突き出す蓮太郎。

 何の技が繰り出されるか即座に判断した菊之丞は両眼を閉じて天童式抜刀術『涅槃妙心の構え』を取った。

 

 

Ø

 

 

 そこから先の顛末を僅かに語るとしよう。

 椿がここに辿り着いた時には、戦いは既に終わっていた。

 地獄絵図。まさにその四文字が相応しい光景だった。

 先鋭の勇士たちはたった一人の青年によって全滅させられ、護衛対象であった天童菊之丞は身体に大きな穴をあけた状態で発見。向こう側の景色が見えることから、菊之丞の中には心臓は既に無いものと思われる。

 見ればわかる、天童菊之丞は絶命していた。

 机の上には投げ捨てられるように置かれたライセンスが置かれていた。

 

「……これは?」

 

 椿がライセンスを恐る恐る手に取って、中を見て───絶句した。

 

「そんな……まさか、そんなことが……」

 

 ライセンスの持ち主は、里見蓮太郎だった。

 

 その日を境に、里見蓮太郎への世間の態度は大きく変わった。

『英雄』から『死神』へ。史上最悪の犯罪者にその姿を変えた。

 里見蓮太郎、24歳。彼は国際指名手配されたが、彼の末路を知る者は一部を除いて誰もいなかった。

 

 

Ø

 

 

 黒い墓標の前に、蓮太郎はいた。

 服から青い液体が滲み、その瞳は完全に消沈。今にも死にそうであった。

 真っ赤に染ってしまったその瞳を細めて蓮太郎は呟く。

 

「……終わったよ。きさ───ッ!?」

 

 名前を言おうとした刹那、頭の中で羽虫がザワつく。

 この墓の下に眠る大切な人の名前が、思い出せない。

 蓮太郎は歯を噛み締めて唸る。

 

「……なんで、なんでなんだよ……」

 

 とうとう、大切な人を忘れた。自分を助けた恩師を殺した理由ですら、忘れてしまった。

 ならば、俺があの男を殺した理由は一体なんだったんだ?

 

「俺があの男を殺したのは……意味のなかったって事なのか……!?」

 

 最悪な気分だ。あの男を殺してやりたいと心の底から思っていたと言うのに、天童菊之丞こそが里見蓮太郎という人間を支えていた最後の砦だったのだ。

 

「……こんなこと、あるかよ……」

 

 復讐からは何も生まれない。報復からも何も生まれない。

 わかっていたことだ。わかっていた、はずだった。

 

「畜生、畜生ッ!!」

 

 目元を抑えて狂ったように叫ぶ。

 わかっていたならなぜ殺した。殺す以外の方法ならいくらでもあったはずだ。

 

「あ゙あ゙ッ!!」

 

 かつて、蛭子影胤が蓮太郎に言った。

 

「───は、はは」

 

『君はいずれ私になる』と。

 

「はははは」

 

 ならないと決めていたと言うのに、結果がこれだ。蓮太郎は英雄から死神へと姿を変えていた。頭の中に住まう羽虫共が殺せとざわめく。

 

「はははははははッ!!」

 

 気づけば右目から失ったはずの涙が流れていた。哀しみからか、それとも自分の愚かさからか。それはもうわからない。だが、もう何もかも失った自分にはわからないくらいがちょうど良かった。

 

「……」

 

 蓮太郎は涙を拭うと、ホルスターに収めていたXD拳銃を抜き、墓標に置いた。

 

「……もう、あんたが誰か、思い出せないけど───今までありがとう」

 

 顔を上げると、モノリスの壁が見えた。

 

「……さようなら」

 

 蓮太郎は瞑目すると、東京エリアから離れるように歩き始める。

 

 その日、一人の男が死に、一体の怪物が生まれた。

 怪物の名は里見蓮太郎(死神)。かつて、黒い銃弾(ブラック・ブレット)と呼ばれた英雄の名前だ。

 

 

-Fallen-

『序章:里見蓮太郎最後の日』

 

 

復讐にはそれ相応の対価がついて回る。

 

男は力を得た代わり、何もかもを失った。

 

男に残されいるものはもう何も無い。

 

自らを犠牲にして悲しむ人間はもう誰もいない。それ故に効率がいい。

 

男は僅かに残った『正義』に縋って、戦場を駆け続けた。

 

そして、男が最後に辿り着いたのは───

 

目を逸らしたくなるような、地獄のような世界だった。




次回

『The Everything Guilty Crown』


エンディングテーマは一応「Fallen」。他の曲でも構わないと思います。

戦闘シーンを1万字以内に収めたかったが、収められなかった。そんな天野です。なので合間を見てまた描ききれなかったお話+お話の続きをチャレンジしたいと考えております。

そして、これを読んでいるブラブレファンの皆様。
里見蓮太郎ファンの皆様。
申し訳ありませんでした。


椿真一
モデル:狡噛慎也
唯一生き残った警官。

薊修哉
モデル:宜野座伸元
蓮太郎に殺害された。殉職。


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The Everything Guilty Crown
【Episode:01】


先程は誤って投稿してしまいました。申し訳ありません。
そんなわけでメリーロストクリスマスです。リア充の方々が軒並みキャンサー化するのでニッコリです。
今回からサブタイトル導入です。アンケート結果は救いありの方らしいです。ありがとうございました。
ですが、ここの章はポロリコースです。大変になりそうですね。


白き華は黒く染まった。

 

闇に蝕まれた体は、誕生を忌み嫌う。

継ぎ接ぎだらけの肉体は、創生を忌み嫌う。

錆び付いた心で、悪夢のように引き金を引く。

 

虚無とする死が。

生を断ち切る死が。

幸せだった華の世界を喰い尽くす。

忌むべき惡が、華に纏わりつく。

 

審判の炎が大地に降り注ぐ。

壊れた時と人と夢。

華は業火に灼かれていく。

 

黒き華は消えていく。

この世界を呪うように。

 

 

-The Everlasting Guilty Crown-

 

 

 

「なあ、集!聞いたか!?今日から米の配給が始まるらしいぞ!!」

 

 太宰治の『人間失格』を枕に仮眠をとっていた桜満集は、腹に突然訪れた衝撃に目を覚ました。

 

「……あ?」

 

 忌々しげに目を開けると、干からびたパンを貪りながら喋る魂館颯太が集の腹部にやたらと食べ物が詰め込まれた紙袋を落としたようだ。

 殴る気は不思議と湧かなかったので集は枕代わりに使用していた本を手に取ると、颯太に見せつけるようにしてから開口。

 

「おい人間失格。米の配給ごときで俺の貴重な睡眠時間を奪うんじゃねえよ」

「お前俺に対してやけに当たり強くないか!?」

「んなことはねえよ、人間失格」

 

 ギャーギャー喚く颯太の声を聞き流しながら、集は部室である廃校舎の2階を見下ろした。

 スクラップと化した自立施行型エンドレイヴの上にいのりが座り、その横にはふゅーねるが何やら操作をしている。情報でも抜き取っているのだろう。

 

「……あまりいい思い出ないから早く処分して欲しいんだがな」

「あんたが『この自立施行型のデータを抜き取ってくれ』って言ったから潜入中の私がここにやってきたのに!なんなのさ、そのセリフ!!」

 

 集がボヤくように言うと、端末を操作していたツグミが睥睨。集は手をひらひらと振って本に目線を戻した。

 その態度が気に入らなかったのか、ツグミは肩をわなわなと震わせると集にドロップキック。完全に警戒心を解いていた集はそれをモロに喰らい、壁に叩きつけられた。

 

「ぐえっ!?」

 

 苦悶の声を漏らしながら集はツグミを睨む。

 

「て、てめっ、いきなりなにしやがるッ!?」

「それはこっちのセリフよ!!私のことなんだと思ってんのよ!!」

「趣味の悪いパイロットスーツ着た猫耳に決まってんだろッ!!」

 

 ちなみに現在のツグミの装いは東京周辺の中等部の制服だ。颯太は「え、何の話?」と会話に割り込もうとしたが、集に鳩尾を蹴られてくの字に曲がった。

 

「なんですってぇ!?」

 

 ギャーギャー喚きながら引っ掻き攻撃を繰り出してくるツグミの猛攻を避け、集は外に飛び出した。

 

「ったくよ……」

 

 屋上、廃校舎、家が集が静かに眠れる空間だ。

 集の家は天王州第一高校から数駅離れているところにあるのだが、歩いて帰れない距離では無いため、集といのりがここにいる必要は本当はない。

 しかし、現在自宅周辺はGHQが完全包囲しているために帰ろうにも帰れず、屋上は避難してきた余所者で溢れかえっているのでとてもむさ苦しい。

 消去法として廃校舎にいたのだが、約二名ほど喧しい人間がいるお陰で気が休まるどころか疲れる一方だ。

 

「今年に入ってから風穴空くわ死にかけるわで本当についてねえよな……」

 

 集は曇り空を見上げながら、体育館へと向かう。

 

「おい先生、いるかよ」

 

 体育館の受け付けを顔パスで通過すると、珈琲を飲んでいた室戸菫が入口付近に立っていた。菫は集の姿に気づくと、クマに縁どられた瞳で集を見つめた。

 日頃外に出たがらない彼女がこんな所にいるのはどうせ「死屍累々としたこの光景を見るのが楽しい」という理由で来たに決まっている。

 聞いてもいいが、ろくな答えは返ってこないだろう。心の中で勝手に決めつけながら菫の真横に立つ。

 

「おや桜満くん。君が私に呼ばれずして来るとは珍しいじゃないか」

 

 大概は放送によって呼び出される集であったが、自らここに赴くとは思っていなかったのか驚いた表情をしている。集は髪をガシガシとかいてから諦めたような表情でボヤく。

 

「何処もうるさくてたまらねえからな」

 

 ポケットに手を突っ込みながら死屍累々としたこの光景を一望する。

 体育館は避難してきた中でもキャンサーが発症してしまっている患者たちで溢れかえっていた。軽症のもの、重症のもの───天王州病院から派遣されたであろう菫は大きな欠伸を零しながらカルテを集に隠すようにしてファイルの中に入れた。

 

「見せてくんねえのか?」

「残念だが、医者には守秘義務があるんだ。見せるわけにはいかないよ」

 

 変なところで医者としての側面を見せてきた菫に驚く集。『もし見たかったら医者になるといいさ』と言った菫に、適当に答えてから再びキャンサー患者たちの方に視線を戻す。

 その中には患者の中の一人の手を握る寒川谷尋の姿も見えた。しかし、どこかその表情は苦しげだった。

 

「……哀れだな」

「おや。意外だね、君からそんな言葉が聞けるなんて」

「生命維持装置。いのりの血の投与。あそこまでやって回復が見込めないってことは寒川潤自体に生きる希望がないからだ」

 

 集は谷尋を睨めつけながら言い放つ。

 

「そんな人間を生かしていても仕方ねえだろ。殺してやるのも救いなんじゃねえのか」

 

 集のつぶやきに菫は瞑目した。

 菫の知っている蓮太郎も同じようなことを言っていた。

『助からない人間は俺が殺す』『ガストレアになりかけていた。だから殺した。それが慈悲だ』と、自らの心を殺して呪詛のように、何度も何度も言い聞かせていた。

 正義の味方から悪の敵になり果てた蓮太郎には誰かを救うことさえも、世界を救うことの二の次だった。

 結果、蓮太郎は死神になった。

 そのことを、集は知らない。菫は教えるつもりすらない。

 いつどこで集の中にいる里見蓮太郎という人間が表に現れるかわからないからだ。もし、蓮太郎が表に出た時は───

 

「……」

 

 ───桜満集という人間は死に、アポカリプスウィルスによって汚染されたこの世界は、里見蓮太郎という死神が滅ぼしてしまうのだろう。

 

 

 

 

 体育館を出た時には空は分厚い雲に覆われ、陽の光が遮られていた。

 集は左手をポケットに突っ込んだまま、舗装されていない廃校舎へと続く道を歩いていた。

 

「……いのりとあった時もこんな天気だったな」

 

 集はボヤきながら再度空を見上げた。

 まるで自分の心の内を映し出したようだった。相変わらず占いのコーナーでは最悪だったが、出会いはあるという本日の占いコーナーの内容を思い出しながら、苦笑いを浮かべる。

 

「何回も出会いがあってたまるかってんだ」

 

 そう呟きながら視線を元に戻して、緩んでいた表情を引き締めた。

 集の真正面から少女がこちらへと近づいて来ていたのだ。それだけなら何らおかしなことでは無いのだが、数秒前まで確かに集の目前には誰もいなかった。

 年齢は十代半ば程だろうか。薄い青髪のショートヘア、茶金の瞳に白を基調としたコートにベレー帽。

 そして、何処かいのりと似た雰囲気を身に纏う儚く朧気な少女。

 

「……みーつけた」

 

 ───刹那、少女の瞳が()()()()()()()

 

 地面を蹴って集の目前に肉薄した少女は集の胸部目掛けて鋭い掌底を放った。

 

「……ッ!」

 

 すかさず腕をクロスして防御。それだというのに、集の防御を突き抜けて衝撃が胸に突き刺さった。堪らず喀血し、視界がぐにゃりと歪む。

 

「この、技は……ッ!?」

 

 三陀玉麒麟。薙沢彰磨が使っていた技に限りなく近い技を繰り出してきた少女に戦慄が隠せない集。

 

「余計な雑念は命取りになるよ?」

「るせえ……ッ!!」

 

 後方に跳躍し、グロックをドロウ。トリガーを引く。

 乾いた発砲音と共に放たれる銃弾を、少女は目視してから最低限の動きで回避。そして、コートから取り出したサバイバルナイフを手に持つと、集に向けて猪突猛進。

 やばい。そう思った時には咄嗟に体が動いていた。

 

「ちッ!」

 

 横に転がり込んで回避。即座に立ち上がって、百載無窮の構えを取る。

 少女は真っ赤に染った瞳を細めると、小さく笑った。

 

「今の避けるんだ。流石だね」

 

 肩を竦めて、掌で何度もナイフを回しながら集を見つめる少女。

 

「でも、私には及ばないよッ」

 

 鬼の如き脚力で再度集の目前に肉薄する少女。振り下ろされたナイフを紙一重で避けてから、集は少女の右足を踏みつけた。すかさず集は天童式戦闘術三の型九番『雨寄籠鳥』を繰り出す。

 僅かに少女の体勢が崩れた隙を逃さず、鳩尾目掛けて鋭い左手でアッパーを繰り出す。僅かに浮き上がった少女の身体を掴み、地面に投げつけてから少女の眉間にグロック拳銃を照準した。

 

「……形勢逆転だ。お前の動きは確かに速いが、直線的すぎる」

「あらら、失敗しちゃった」

「……巫山戯てんじゃねえぞ。お前、何者だ」

 

 集の問いに少女は余裕の表情を浮かべたまま答える。

 

「知ってどうするの?王様」

「答えろッ!」

「はあ。最近の若者は怖いなぁ。私はキャロル。業突く張りでケチんぼな守銭奴(スクルージ)の仲間。だから女の子に向かってお前っていうのはやめてよね」

 

 溜息をつきながら少女は答える。

 スクルージ。何かと集に関わってくる赤いフードの男だ。

 精神世界でしか会ったことはないが、少なくとも目前の少女───キャロルはダァトの敵だということはわかった。

 

「……二つ目の質問だ───なぜ、その力を使える」

 

 感情を押し殺して声を絞り出す。

 その力はあってはならない力なのだ。平穏とは言い難いこの世界では絶対にあってはならない力なのだ。それを、目前の少女は───

 

「……その力?」

 

 目を瞬かせながら少女はその小さな口を開いた。

 

「惚けるなッ!その力は……その力は……ッ!!」

「ガストレアウイルス抑制因子を持っていて、ウイルスの宿主となっている人間。通称『呪われた子供たち』。王様はどうして私がそれを持っているかを知りたい、そういうこと?」

「そうだ!」

 

 グロックを持つ手が震える。手汗が滲んできて、少しでも手を緩めれば手から滑り落ちてしまうかもしれない。

 キャロルは苦笑いを浮かべながら集のグロック拳銃に手を添えた。

 

「答えて上げたいのは山々なんだけど、私も正直この力のこと知らないんだよね」

「嘘をつくなッ」

「本当だってば。気づいたら向こうの世界の記憶と一緒にこの力を持ってたんだよ」

 

 キャロルの言葉に、集の拳銃を持つ手が僅かに緩んだ。

 

「話を聞きたくない?だったら私から離れて貰えないかな。王様」

「……話すのが先だ」

「ちえっ、流石に死神様には通用しないか」

「……死神?」

 

 集がうわ言のように呟いた言葉に、キャロルは複雑な表情を浮かべながら口を開いた。

 

「やっぱり、あなたは何も知らないんだね」

「……?」

「自分のこと。黒い銃弾(ブラック・ブレット)のこと。そして、あの世界のこと」

 

 憐れんでいるのか。悲しんでいるのか。蔑んでいるのか。

 

「……あんまりだよ。全部忘れちゃうなんて。そりゃあ、スクルージよりはまだマシだけどね?」

 

 それとも、喜んでいるのか。

 集にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 真っ赤な空。荒れた大地。屍が積み上げられた山。

 かわいた風に、死臭が乗って酷い匂いだった。フードの青年───スクルージは赤い瞳を顰めながらその道を進む。

 ぐしゃり。と、何かを踏みつけた音。腐ったトマトを踏みつけたような、なんとも形容しがたい感覚が足を伝って脳神経を刺激する。

 視線を足元に向けると、スクルージは眉間に皺を寄せた。

 死体だ。それも、死んでから数週間は経過している。不思議とウジは湧いておらず、ハエも集っていなかった。

 

「……相変わらずだな。ここは」

 

 スクルージは足を引き抜くと、そのままゆっくりとした足取りで歩き始める。

 それから数分、長い道のりを歩き続けていると、開けた場所に出た。

 半径一〇メートルほど広い空間に、一人の青年が佇んでいた。

 喪服の上から黒いロングコートを身に纏い、髪から覗く瞳は人のそれとは思えないほどに、昏く鋭い。

 青白い肌には無数の血痕がこびりついていて、サイボーグを彷彿とさせる。

 スクルージの姿を確認すると、青年は口を開いた。

 

「……帰れ」

「随分な言い草だな。ここは別にお前だけの場所じゃないだろ」

「……何しに来た」

「いや。数年ぶりに目が覚めたお前が何してるのか見に来ただけさ───里見蓮太郎」

 

 蓮太郎はホルスターから50AEを抜くと、スクルージに向けて照準した。

 

「御託はいい。用件を言え」

「威力が高い銃は好まないんじゃなかったのか?」

「言え」

 

 スクルージはやれやれと言わんばかりに首を振ってから目線を蓮太郎に向けた。

 

「お前、桜満集を使って何をするつもりだ?」

「……聞いてどうする?」

「まさか、ロストクリスマスの時と同じことを考えているんじゃないだろうな」

「さあな」

 

 スクルージの問いに蓮太郎は適当に暈す。スクルージは無言で蓮太郎に肉薄すると、右腕で50AEを掴みあげた。

 

「……ッ!」

 

 瞬間、異変が起きた。銃身が金属の結晶に包まれていき、引き金部分までそれが迫ってきたところで蓮太郎は地面に50AEを投棄した。

 

「……お前が何を企んでいるのかは知らん───だが、もしロストクリスマス(あの時)と同じことを考えているというのなら」

 

 スクルージの瞳が妖しく輝いた。

 

「俺がお前を殺す」

「……なら何度だって行ってやるよ、スクルージ」

 

 蓮太郎はスクルージの胸ぐらを掴みあげると、言い放つ。

 

「この世界は俺が殺す」

「まだわからないのか。狂っているのはお前の方だぞ」

「俺は狂ってなんかいない」

 

 蓮太郎はスクルージから手を離すと、屍の山へ向けて歩き出す。

 

「……そうやってお前はまた奪うのか?」

 

 蓮太郎は答えぬまま、闇の中へとその身体を消そうとしていた。

 

「待てッ!」

 

 スクルージが手を伸ばした時にはもう既に遅く、蓮太郎の姿は完全に屍の山の中へと消えていた。

 

 

 




Guilty Bullet
-罪の銃弾-
The Everything Guilty Crown

第2篇、始動。



スクルージ
ギルティクラウン外伝ロストクリスマスの主人公。集があのまま成長したらこうなるのかもしれない。イケメン。『The Everything Guilty Crown』のキーパーソンになるかもしれない。

キャロル
ギルティクラウン外伝ロストクリスマスのヒロイン。とても明るい。でも不憫。あざとい楪いのり。『The Everything Guilty Crown』のキーパーソンになるかもしれない。何故か呪われた子供たちと同じ能力を持っているようだが?


里見蓮太郎
新人類創造計画に加え、他の計画にも加担してるかもしれない。何かヤバい思想を抱えてるやべー人。
死神、黒い銃弾と読み方が一定しない人。幕間の物語、名前のない怪物から数年経過、死亡した彼。記憶は完全ではないが取り戻している。
『悪』を滅ぼす『悪の敵』に成り果てた里見蓮太郎が辿り着くかもしれない可能性の一つ。
正義遂行のためには女子供関係なく情け容赦ない殺戮を執行し、ただ処理すべきものを処理すべきように殺す人間に変貌している。
多くの悪を殺し続け、人々を救い続けたが、同時に殺した人間の数は救った人間の数よりも遥かに多い。


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【Episode:02】

そろそろ書かないとロストクリスマスの年になってしまうので、出来れば2年内完結をめざしたい。


「お前、俺の失った記憶を知っているのか……!?」

 

 グロックを眉間に押し付けながらキャロルに訊ねるも、彼女は答えようとしない。恐怖心を抱いて喋らないというわけではなく、単に喋る気がないようだ。

 

「答えろッ!!」

「どーどー、落ち着きなさいな」

 

 刹那、キャロルの姿が霧散して消えた。比喩表現でもなんでもない。彼女の姿が粒子上になって消えたのだ。

 

「ホントになんにも覚えてないんだね。いや、封じられてるの方が正確かな?」

 

 再び背後から気配。

 立ち上がりグロックを構えるもキャロルは小さく笑いながら集に一歩、また一歩と近づく。気づけば、キャロルと集との距離は数センチ程になっていた。

 

「どうしたの?ここからなら外すことはないと思うけど」

「……ッ」

 

 その時だった。集の五感が一瞬遠ざかる。再び視界に光が戻った時には引き金を絞っていた。

 しかし、キャロルに銃弾が届く前に姿がまた霧散し、直撃を免れていた。

 

「酷いなぁ。まだ話してる途中じゃない。って言っても今の君じゃ、何も分からないか」

「……んだと?」

「君の中にいるもう一人の君と打ち解けたら、また来ようかな。頑張れ若人、負けるな若人」

 

 歌うように背を向けて歩き出すと、キャロルの姿が再度霧散し、何処かへと消えた。

 もし霧散して移動を可能とするならば、彼女がこの封鎖された天王州第一高校に入れたのも納得出来る。裏から外に出るルートは無人型のエンドレイヴによって破壊されてしまっているため、真正面からの突破はほぼ不可能だからだ。

 

「……」

 

 集はこの場から立ち去ろうとして一瞬、足を止めた。

 キャロルが集の近くまで接近してきた時、体の底から凍えるような寒さを感じた。死というものが形をもって現れるのならば、きっとああいう形をしているのだろうというそんな感覚。その奥には得体も知れない怪物がこちらを覗き込んでいて───。

 

「……やめだ」

 

 首を横に振る。きっと悪い夢だったのだと思いながらその場を後にした。

 

 

 

 

 現在、避難所となっている天王州第一高校の路地裏に座りながら集は、考え込んでいた。

 両腕に宿った『王の能力』についてだ。右手の甲に黒く刻印されたそれを見下ろしながら、唸る。

 力が一箇所に纏まると、敵対組織から狙われやすくなる。そう考えた集は事前に祭の『すべてを癒すヴォイド』を準備しておき、いのりや綾瀬、ツグミや葬儀社の面々に『王の能力』を託そうとしたのだ。彼女たちからは激しく拒否されたが、戦力は多いに越したことはない。集の言葉に彼女たちは腑に落ちないながらも頷いた。

 聞いた話によると、能力の宿った腕を切り落とすことにより、その所有権を他者に移し替えることが出来るというのだ。生前、涯が能力を放棄したくなった場合の最終手段として、集に教えていたのでそれを実行したのだ。

 ───しかし、それは失敗に終わった。

 

「……」

 

 祭のヴォイドで繋がった右腕を強く握りしめながら大きくため息を吐く。

 思いつく限り、ありとあらゆる方法を試してみたが、結果は変わらない。左腕でも同様のことを行ったが、『王の能力』の譲渡は出来なかった。

 涯が言っていた事が嘘だったのかと言われれば、それも違うであろう。彼は欺く場合以外では嘘をつく男ではない。と、なると考えられる可能性は一つ。

 

「……『王の能力』の変質、か」

 

 第二次ロスト・クリスマス事件以降、『王の能力』が変質していたことは知っていた。

 知らない内に、相手の手を取りながらヴォイドを取り出すことで、意識を失わずにヴォイドを相手に手渡すことができるようになっていたのだ。

 それと同時に『王の能力』が持つ特性自体が変わってしまったのかもしれない。

 結果、集は『王の能力』の保有権の放棄が出来ず、解決策が見つからない限り、永遠に呪われた力と付き合う羽目になってしまったのだ。

 

「……どうすればいいんだよ」

「なにが?」

「うおっ!?」

 

 唐突に背後から集に寄りかかってきたいのりに、集はくぐもったような声を上げる。

 堪らず後ろを振り返ると、赤い瞳が集を射抜いた。

 

「あ、あの、いのりさん?」

「なにをどうするの?」

「あ、いや……まあ、あれだ。『王の能力(これ)』について、さ」

 

 右手をヒラヒラとさせながらいのりの質問に答えた。

 

「保有権の放棄は後々考えるとして、他者にヴォイドを手渡せるようになっただろ?この変質を───『王の能力』を知る面々に伝えるべきか、否かって考えてたんだ」

「集はどうしたいの?」

 

 いのりの真っ直ぐな視線が集を捉える。

 一拍置いて、集は自身の考えを話し始めた。

 

「……俺は、伝えるべきではないと考えてる」

 

 集の言葉にいのりは何度か目を瞬かせてから「どうして?」と首を傾げた。

 

「ヴォイドはこちらの戦力増強になるかもしれない。GHQの包囲網の突破だって容易くなる。彼らの協力さえあれば、そんなことだって可能になると思う。それでも、集は祭たちに伝えないの?」

「……だったら尚更だろ」

 

 いのりを引き剥がし、真横に座らせてから集は天を仰いだ。

 風に流されてゆっくりと動く積乱雲が太陽を隠した。

 

「あいつらは俺と間接的に関わってしまったとはいえ、まだ日向の道を歩けている。これ以上巻き込む訳にはいかねえだろ。出来れば、いのりにも内緒にしておきたかったんだけど───」

「私に隠し事は無駄」

「……だから正直に話したんだよ」

「それでも暫く渋ってたよ?」

 

 弁明する余地がなく、押し黙るしかない。なんとも言えない顔をしていた集の頭をいのりは自分の胸へと引き寄せて抱き締めた。

 

「……おい!」

 

 赤面していのりを引き剥がそうとするも、思いの外力が強くて難しい。それに、いのりの儚くも柔らかい部分に触れてしまいそうで、触れようにも触れられない。

 

「大丈夫」

 

 そんな集の動揺を知っていてわざとやっているのだろう、いのりは口元に弧を描きながら集の頭を優しく撫でた。

 

「集は私の生命に替えても守るから」

 

 集は頭の中を無にし、いのりを引き剥がした。集が何もしないという安心からなのだろう、いのりはこういう行動を取ったのだろうが、正直な話、心臓に悪いのでやめて欲しいというのが本音だ。

 

「いのり、前も言っただろ。自分の生命を優先にしろッ」

「……でも」

「でもじゃ無いッ!残された側の気持ちも考えてくれ……!!」

 

 頭の中を過ぎるのは千寿夏世の記録。集自分は持ち合わせていないが、里見蓮太郎がかつて体験した記録。しかし、それは確かに集の記憶として、経験として蓄積されていた。

 あの出来事なければ里見蓮太郎は進めなかった。闘い続け、武勲をあげることもなかっただろう。しかし、あの出来事がなければ、里見蓮太郎は茨の道を歩むことはなかったのかもしれない。

 そんな集の考えを読み取ってか、いのりは集の頬に手を伸ばし、そして困ったような顔を浮かべた。

 

「……それは、集も同じ。私たちの静止を振り切って自分の腕を切り落とした時は、どうなるのかと思った」

「……その後、ちゃんと謝っただろ」

 

 いのりは集の頰に触れたまま、今は繋がっている右腕を見下ろした。

 

「今はこうやって癒着しているから大丈夫だけど、今回はたまたま上手くいっただけかも。次はどうなるかは分からない」

「行動せず止まっているよりはいいはずだ」

 

 いのりはなにを思ったのか、集の右腕を取ると、自分の胸元に引き寄せた。

 

「いのり、なにを!?」

「集は涯が居なくなってから変わった。何か、切羽詰ってる感じがする」

「それは……」

 

 間違っていない。事実、涯を撃ってから集の中で何かが変わったという感覚はあった。

 大切なものを失ったショックだろうか、それとも自分の中で得体の知れない何かが覚醒したからだろうか。定かでは無いが、前よりも臆病になったように感じる。精神的な壁を作り、他人に自身の領域を暴かせない。唯一、心を許せるのは、壁を作って尚、心の隙間に入り込んでくる楪いのりただ一人だけだ。

 しばらく動けずにそのままの体勢でいた集であったが、やがていのりは頬を少し赤らめながら首を傾げて言った。

 

「……あの、そろそろ私の胸から手を離して」

「これはどう考えても不可抗力だッ!」

 

 集の悲痛な叫び声が木霊した。

 



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