例えばこんな篠ノ之箒 (々々)
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◆ 原作前

書き直しました。何故かはあとがきで。

初見の方は気にせずお楽しみください。










 IS(インフィニット・ストラトス)

 

 それはとある少女の日常生活を大きく変えた、憎んでも憎みきれない対象であった。

 それまでずっと一緒だった彼女の家族とも離れ離れになる原因であり、さらに初めて恋をした男の子(一夏)からも離れる原因ともなった。

 彼女の姉(篠ノ乃束)がISを開発したせいで世界は混沌の波に飲まれ、世界のトップ達は時代に飲まれぬよう死力を尽くしている。

 そんな大惨事を引き起こした(天災)に憤りを感じるなか、自分ではどうしようもできないことを悟った少女は、政府の命令によって暮らしていた所から遠く離れた田舎へとやって来た。

 

 

 電車に揺られながら外の景色を見る。外には森林や田んぼが多く存在する。きっと今のような状況でなければ、随分とリラックス効果があるはずだろう。彼女、篠ノ之箒は政府の人に渡されたどこにでも売られているような地図と父が書いた手描き地図の2つを見る。駅のある商店街からしばらく遠く離れたところにある所にどちらの地図においても、そこには大きな丸が付けられている。そこにこれからお世話になる家があると教えられていた。

 仮宿泊していたホテルから新幹線と電車で移動すること半日。遂に彼女がやってきた村は、小中学校が同じ建物にあり、さらに高校に行くのにも遠く離れた街まで電車で長時間移動しなければならないような所だった。今まで住んでいた所との違いを感じつつも、地図に示された所へと歩き始める。

 そうして数十分歩いた末にようやく目的地に辿り着く。季節は春から夏に移り変わる頃であるため、恋心を抱いていた少年から貰ったリボンで髪を結い首元を晒し、持ち物は最低限の物しか持ってないが、それでも道中の山を歩いているうちに汗をかいた。

 辿り着いた先にあったのは大きな屋敷だった。美しい庭が存在し、庭の一角には立派で趣のある道場が建ててある。しばらくの間、目を奪われていた箒であったが自分の目的がまずここに住む人と話をすることだったと思い出し、門をくぐって中に入って行く。

 綺麗に整えられた庭を抜け、大きな玄関扉までやって来る。呼び鈴が無いか探すものの見当たらないため、扉を叩く。

 

「どなたかいらっしゃいませんか」

 

 大きな声で人を呼んだものの、少し待っても返事が帰って来ない。人が居るか分からないほど、この屋敷全体が静かすぎる。箒はこれから大丈夫かと心配になり始める。更に待って人が来る様子はない。長時間の移動と長めの歩きによって心身ともに疲れた彼女にとって今の事態は辛いものであった。箒の目尻に涙が溜まっていく。

 もう一度呼び掛けて、それでも人が出て来なければ、商店街まで戻りここに住む人について尋ねるか何処かに一泊させてもらおう。そう思い再び扉を叩こうとすると、家の中から慌ててこちらにやってくる足音がした後、渋い音を立てて扉が開かれた。

 そこから現れたのは真っ黒な着流しを着た男だった。髪は濡羽色、そして黒曜石のような瞳。その真っ黒な瞳に箒は吸い込まれる様な感覚を覚える。

 

「すみません。準備をしていて、呼び出しに応じるのが遅くなってしまいました」

 

 男はうっすら首元に汗をかいていて、その言葉に嘘はないようだ。また男は、箒の目が潤んでいることに気が付き言葉を続ける。

 

「出るのが遅くて不安にさせてしまい申し訳ありません。ここまでの道のりで汗をかきましたよね?冷たい麦茶を用意してあるので、色々なことを話したいとは思いますが、一先ず中に入ってください」

 

 

 

 箒は男に連れて来られた居間に座る。その男の言葉の通り程よく冷えた麦茶が出される。一口飲んでみると彼が作ったものなのか市販のものとは違う深みがあり、乾いていた喉が潤いを求めて更に一口。コップに入っている麦茶がなくなる頃箒の向かい側に男が座る。その際に、空になったコップに麦茶を注ぎ足す。

 

「貴女が篠ノ之箒ちゃんですね」

「……はい」

 

 これから彼女は彼の家にお世話になる事を父親から言い渡され、その事を十分に理解はしていた。しかし、心のどこかにはそれを受け止めきれてない自分がいた。

 その為、図らずもその気持ちが返事に現れてしまい、ぶっきらぼうな返事になってしまう。謝ろうとするが何と言っていいか分からず閉口してしまう。

 

「大丈夫ですよ」

「え?」

「こんな小さい時に親から離れるのは大層大変なことです」

 

 箒の心中を察しているように男は話す。

 

「ここを自分の家だと思うように、なんて難しい事は言いません。ですが、それでも篠ノ之ちゃんにとって安らげる場所くらいには思って欲しい、と私は思っています。だからあまり気張らなくて良いのです」

 

 優しい口調で、そして柔らかな笑みを箒に向ける。

 箒は彼の事を父から少しは聞いていた。理由は分からないが、揺らめいていた箒の心は落ち着きを取り戻す。

 

「篠ノ之ちゃん付いてきて下さい。貴女の部屋に案内します」

「…きでいいです」

「はい?」

「箒で良いです。篠ノ之と呼ばれると気張ってしまいますから」

 

 別に心を許したわけではない。ただ、ここまで来て常に気を張っているのが嫌になったから。そんな軽い理由だった。

 

「分かりました。では箒ちゃん行きますよ」

 

 男は笑顔で箒の名を呼んだ。

 連れて行かれた部屋は箒が想像しているよりも広い部屋であった。それは箒の荷物がすべてダンボールに入っていることを含めても広い。

 

「この家には私しか住んでいないので部屋が余りまくっていてですね。気兼ねなく使ってくださいねり必要そうな家具は全て準備したつもりですが、足りないものがあったら言ってください」

 

 それでは、と晩御飯の準備のために台所に向かおうとする。箒はまだ聞いていないことがあり、彼の服を掴む。

 

「どうしたのですか?」

「名前を、名前を教えて下さい」

 

 父親からもそして本人からもまだ伝えられてなかった名前を尋ねる。

 

「私の名前は雨宮白夜です。箒ちゃんの好きなように呼んでくださいね」

 

 彼の名を一生彼女は忘れないだろう。例えどんなことが起ころうとも。

 

 

 箒が白夜のもとにやって来てから数週間が経っていた。学校の方は箒がこちらでの生活に慣れるまでは自主休校、具体的に言えば夏休み明けまでは休む事になった。これは白夜が箒と話し合いの結果決めたことである。

 ようやく新たな場所での生活に違和感を感じなくなり始めた箒は、ここに来るまでの日課であった朝の素振りを再開することにした。前日に白夜に伝えた際、道場を使うかと訊かれたが、そこまではいらないと断った。現在は居間から見える庭で竹刀を振るっている。白夜は縁側に座って箒を見ていた。

 

「はぁはぁ。立派な道場があるのですが、白夜さんは何か武道をやってるのですか?」

 

 一通りの鍛錬を終え、タオルで汗を拭いながら箒は白夜に尋ねる。屋敷内を案内された時に一度だけ、道場の中を見たのだが、使われてはいないが丁寧に掃除され整備されていることが分かっていた。

 

「私が武道なんてやっていたら、きっと武道の偉い人に怒られてしまいますよ」

 

 白夜は自嘲する様に笑う。

 

「あれはここの土地に屋敷を建ててくれた方が勝手に建てたものです。屋敷全体の雰囲気が有るか無いかで大きく変わるからと押し切られたのです。使わないとは言え、折角あるのに整備しないのも、と思い最低限のことはやってますよ」

「何もやっていないのですか……。でも、それにしては白哉さんの姿勢が美しすぎるような」

 

 白夜は草履を引っ掛け庭にやって来る。その顔には曖昧な笑みが浮かんでいる。白夜の基本の表情は笑顔であり、箒はここ最近になって少しずつ笑顔の違いが分かるようになってきていた。

 

「武道はやってないのですが、違うものをちょこっと。たしか、箒ちゃんの流派は苗字と同じ篠ノ之流でしたよね」

「そうですが」

「それなら教える事が出来ますよ。見ていてください」

 

 箒は白夜に持っていた竹刀を渡し距離を取る。白夜は箒が離れたのを確認すると、竹刀を構える。白夜の身に纏っていた雰囲気が変わる。それはまるで洗練された刀のように鋭い。そして白夜は篠ノ之流の一連の型を始めるする。

 彼女の家が管理していた篠ノ之神社では、毎年盆と正月に祭りを催していた。そこでは「剣の巫女」と呼ばれる巫女が神楽舞を披露し、現世に帰った霊魂とそれを送る神様とに捧げる舞として成立していた。それから元々は古武術であった『篠ノ之流』を剣術へと昇華させた。

 故に篠ノ之流の最終極点に達するとその動きは舞に等しくなり、見る者の視線を釘付けにし感動をもたらす。

 そして箒もまた白夜の演舞に魅せられた。何十もの型を終えた白夜に疲れはなく、舞を終えた姿は美しくさえ感じている。

 

「剣道はやっていないものの、昔とある伝手で教わったのです。その代の人にはお墨付きを頂いたのですがどうでしたか?まぁ、代も変わってるので少し違うところもあったりしたかもしれませんがね」

 

 ありがとうございました、と言って白夜は箒に。刀を返す。箒は未だ白夜の舞に見惚れていた。そしてあることを思いつく。

 この人に教えてもらおう。例えそれが険しい道のりになろうとも構わない。私が望むものはそのにある気がするのだから。

 この時から彼女の剣は大きく変わることとなる。小さな少女が焦がれた剣はほど遠く、容易に近づくことさえ不可能なもの。しかし少女はその輝きを求め続ける。

 

 

「うぅ」

 

 熱の篭った道場の床の上で箒は突っ伏してる。夏休みはそろそろ終わりを迎え、学校が始まろうとしている。今までは勉強と白夜の剣の鍛錬、そして家事の手伝いだけであった。しかし、学校が始まってしまえば白夜との鍛錬の時間が大幅に少なくなってしまう。そのため箒はいつも以上に鍛錬に力を注いでいた。

 因みに、勉強に関しては白夜が箒に休んでいた間は教え、休みの宿題を学校から貰って来ていた為に問題はない。

 

「どうぞ箒ちゃん」

 

 箒に教えたばかりだと言うのに白夜はいつもの調子で冷たいタオルと程よい温度の飲み物を箒に渡す。箒は白夜に礼を言って受け取り、汗を拭き水分補給を行う。

 現在、白夜が箒に教えているのは剣術の基礎の部分だった。白夜は剣道ではなく剣術に傾倒しており、篠ノ乃流を教えるにあたり先ずは白夜が身につけている剣術について教えることとした。そこに関しては箒もきちんと理解しており、基礎が終わり次第篠ノ之流、そしてそれと並行して剣術を教わることになっている。

 

「随分と動きが良くなってきましたね。この調子なら幾分早く篠ノ之流の鍛錬の方に移せそうです」

 

 白夜は嬉しそうに笑う。

 

「ここは小学校と中学校が一緒になってますから、部活も一緒に活動することになります。ここまでの腕があるならば中学生にも負けないとは思います。ですが、慢心はいけませんからね。相手の自分より優れている点を見出し、それを吸収し自分のものにする。私達武人は常に成長し続けなければならないのです」

 

 礼を持って試合に臨み、例え相手が自分より弱いとしても全力を尽くす。そのように箒は白夜の言葉を理解した。

 

「ですが、その前に自分の実力が分からなければいけないですけどね」

 

 白夜は箒の頭を撫でた。初めの頃は子供扱いされているようで嫌だったが、彼なりの不器用なスキンシップだと分かり受け入れているうちにいつの間にか嫌という気持ちはなくなり、むしろ嬉しさすら感じている。

 

「汗も引いて来たみたいですし、昼ごはんにしましょうか」

 

 そう言って頭から手を話す際、箒は小さな声で「あっ」と小さな声で言ってしまう。白夜には聞こえていないようで、そのまま道場を出て行くのを見て少し安心する。

 

「白夜さん待ってください」 

 

 とてとて。白夜の後を追って走る箒の表情は笑顔であった。

 

 

 時が流れるのは早く、箒は中学三年生になった。学校の部活そして家での白夜との鍛錬で、剣の腕はみるみるうちに成長していった。

 とある伝手で昔お世話になった人の下の代が困っていると聞きつけ、自ら申し出てみたものの上手く出来るかは白夜自身も不安であった。実際蓋を開けてみれば箒は楽しそうに日々を暮らしている。

 箒は名前を雨宮箒と名乗り、白夜の遠い親戚ということで知られている。白夜との生活で元よりも性格が柔らかくなったため、仲のいい友だちも出来た。最近は定期テストや受験勉強のため雨宮家でよく勉強をしていた。

 

 

 その日、白夜は今日の献立をどうしようかと考えながら家から商店街へ続く道を歩いていた。近い内に箒の中学生最後の大会があるため、その事を考慮に入れなければならない。

 しばらく道なりに進む。白夜は後ろで3人が足音を殺して付いて来ているのを把握する。道には白夜とその3人の男以外の人影はない。白夜は相手が仕掛けてくるのを待つ。

 そして発砲音が一つ。放たれた銃弾は、軽く首を傾けることによって簡単に避ける。白夜は静かに振り返りいつもの笑みを浮かべる。 

 

「中々やって来ないと思っていたら、いきなり発砲ですか。上の者の教育がなっていないのではありませんか?」

「ちっ。外したか!噂通りの化物め」

「酷い言われようですね」

 

 白夜は何時でも仕掛けられるように、腰を落とし姿勢を低くする。

 

「私を化物と一緒にしては化物の方が可哀想じゃありせんか」

 

 手に持っていた財布を素早く一人に投擲する。ソレはかなりの速度になるが、何とか躱すことができた。でも、それだけでは足りなかった。躱した先には、まるでそこに避けるかを予測してた様に白夜が待っていた。

 

「まずは1人です」

 

 白夜の手刀は滑らかに男の首を斬り落とす。その行動は如何にも普通のことをしたかの様に、まるで人を殺すのを何とも思っていないかのように、白夜は自然体だ。

 残り二人の体が強張る。――聞いていた話と全く異なる。ここまで恐ろしいとはキイテイナイ。何だアレハ。殺される、コロされる。シニタクナイ。

 

「ここ数年、箒ちゃんの側にいたので腕が鈍っていると思っていたのですが、そのような事は無かったですね。寧ろ格段に調子がいい」

 

 ――ただ殺すだけよりも何かを護るために戦う方が力が出る。胸の中で考えつつ、首を斬った手を振るい血を落とす。

 

「さて、貴方達はどうしましょうか。きっと貴方達は私を箒ちゃんの元へ行かせないようにする足止め係、と言ったところでしょう。箒ちゃんの居場所も知らないのでしょう」

 

 ゆっくりと一人の方へと足を向ける。只それだけなのに、只歩くと行く行為をしているだけなのにどうして震えが止まらない。ハッキリとした殺意が鎖のように男をその場に繋ぎ止める。そして、もう一人の男も同様に動く事が出来ないでいる。

 

「それなら殺してしまいましょうか?」

 

 男達はその一言で自分が殺されるビジョンがありありと頭に浮かぶ。先程の男のように、簡単に首を斬り落とされてしまう。想像している内に2人共気を失ってしまう。

 

「ふむ。噂に聞いていたよりも随分弱い。敵意の無いものを殺しても意味がないので、貴方達を殺すつもりはなかったのですが」

 

 殺気を仕舞い込み、昂ぶっていた気持ちを抑える。戦いではなく、箒を救うことが第一優先である。目を閉じて、周りの音にのみ集中する。

 そして聞こえる微かな機械音。日頃耳にするモノよりも繊細なその音は近くの山から聞こえている。きっとそこに箒がいると予測を立て、移動を開始する。

 

 

 白夜は最高速度で音のする場所へ駆ける。木々を飛び越え、しゃがみ回避する。途中に敵の姿はなく、あっさりと目的地に着く。しかし距離があったので、出発してから既に5分経っていた。

 

「やっぱり雑兵じゃ足止めなんて無理だったのかしら」

 

 ISに乗った女性が愉しそうな声で話しかけてくる。

 

「スコールさん。その子を離してはくれませんかね?」

 

 スコールの乗ったISから伸びたアームは箒を縛り上げている。四肢は力なく、意識がないことが分かる。

 

「あら。随分とこの娘にご執心じゃない。アンタみたいなのでもその程度の感情は持てるのね」

「そのような事は今は関係ないでしょう。もう一度言います、その子を離しなさい」

「嫌だと言ったらどうするのかしら」

 

 スコールは箒をさらにキツく締め上げる。箒は苦しそうに更に顔を顰める。そして、白夜は笑顔をより深める。

 

「ふふふ。それならば実力行使しか無いですよ」

 

 スコールに捕まった際に落ちたと思われる箒の荷物のうち、竹刀入れを拾い上げる。そしてそこから竹刀を取り出す。それを構えると、スコールは嘲笑するように笑い出す。

 

「そんなちゃちなものでISに立ち向かおうなんて非常識よ」

「戦場では非常識な事ばかりですよ。それに私に今更何を言ってるのですか?」

 

 その声は前からではなく後ろなら聞こえた。ハイパーセンサーを持ってしても察知できなかった。既にその腕には箒が抱えられており、持っていた竹刀は完全に壊れている。

 女は先ほどまでの上機嫌な笑顔とは全く逆の、怒りに染まった顔をする。しかしそれは一瞬で、普段の表情に戻った。

 

「ちっ。これだから規格外は。やっぱりコレと対等に戦えるのはMしかいないか……」

「独り言を言っているようですが、まだ続けますか?貴女1人であれば、数分もあれば簡単に殺すことは出来てしまいますよ?」

「もういいわ。今回はこれでおしまい。ISとの戦闘時のデータも取れたし、おとなしく撤退させてもらうわ」

「そうですか。私も箒ちゃんを無事保護出来たので、これ以上の戦闘は出来るだけしたく無いので嬉しい限りです」

 

 女が空に飛び立って行くのを見送り、箒を一旦地面に下ろす。それからその場に散らかっている箒の荷物を集め、集め終わると箒を背負い帰路についた。

 

 

「白夜さん…」

 

 居間に敷かれた布団の中箒は目を覚ました。薄くぼやける中、部屋を見渡すとすぐ脇に白夜が座っていた。手元を見るとその手は箒の手を握っている。

 

「痛むところは無いですか箒ちゃん」

 

 手を握った彼が優しく語りかける。今はその優しさが箒にとって辛いものとなっている。

 

「強く縛り上げられたせいで少し跡が付いていますが、違和感はないと思いますが」

「はい、大丈夫です……」

「それは良かったです」

 

 白夜は箒の手を握っていない方の手で頭を優しく撫でる。すると、自然と箒の瞳から涙が溢れて来た。

 

「……すみません」

「どうして謝るのです?」

 

 いろいろ考え口から出てきた言葉だった。数年間育ててもらい、一緒に暮らした彼に迷惑をかけたことに後悔が生じた。

 

「もうここには、いれません。出て行きます……」

 

 上擦った声を絞り出す。

 もうここにはいれない。これ以上いたら更に迷惑をかけることになる。前もって政府の人間に「何か問題が起きたら場所を変えなければならない」と言われていた。それは確かに頭の片隅にはあった。寧ろ今日まで何も起こらなかった事の方がおかしかったのである。

 

「大丈夫ですよ箒」

 

 箒は白夜から初めて名前だけで呼ばれる。

 

「きっと貴方の事ですから、私に迷惑を掛けたくない。だからこの場を離れなくてはいけない。と考えている事でしょう」

 

 握られていた手が更に強く握られる。

 

「でもそれは要らぬ心配です」

「えっ?」

「私は貴女の師匠です。師匠が弟子を護れなくて、どうして自らを師匠と名乗ることで出来ましょう」

「ですが……」

「箒は私のことを信用出来ませんか?」

「そんな事は無いっ!!」

 

 白夜は放棄に微笑みかける。

 

「なら私の事を信じて下さい。何があろうと私は貴女を護りますから」

 

 その言葉に箒は嬉し涙を流す。箒は白夜に縋り付く声を上げて泣く。きっとそれはこれ迄の辛さを含めた嘆きだったのだろう。

 

 

 その後箒は泣き疲れて眠ってしまった。白夜はが見える縁側に座りお酒を嗜んでいた。しばらく誰かがいる予感がして声を掛ける。

 

「そろそろ出てきたらどうですか?」

「ありゃりゃばれちゃったか」

 

 おとぎ話のアリスの服装を着て、更にうさ耳を付けた奇抜な女性が現れた。政府の人から事前に見せてもらった資料の中にあった人であるとすぐに白夜には分かった。

 

「確か箒ちゃんの姉の篠ノ之束ちゃんでしたっけ」

「そうそう、私が篠ノ之束。箒ちゃんのおねぇちゃんっ!」

「何か御用ですか?」

「うん。ちょっと昨日の事とこれからの事で話があってね」

「そうですか。立ち話もなんですから、座って下さい」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 白夜の言うとおり束は縁側に腰掛ける。

 しばらく沈黙がその場を埋める。

 

「どうして今日になってこちらに来たのですか?箒ちゃんが私の家に来てからずっと私達を見張っていたのに」

「なーんだ、やっぱり気づかれてたか」

 

 束は足をパタパタと動かす。

 

「本当は私の可愛い箒ちゃんが見知らぬ男の所に行くのは嫌だったから貴方達のこと見張ってたんだ。でも、すぐ箒ちゃんがあなたに懐いちゃって、まぁそれでも見張り続けていたんだけどね」

「そうだったのですか。貴方は箒ちゃんから聞いていた通りの人ですね」

「えへへ。今日も本当なら私がすぐに助けに行きたかったんだけどね。私の方もそれを邪魔されちゃって」

「そうだったのですか」

「そして今日は箒ちゃんを助けてもらったお礼と今後の事について話をしたいと思ったの」

 

 白夜はお酒を一口呑む。

 

「今日も含め、これまで箒ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。まぁ、私はそれほど感謝されることをしたとはおもっていませんがね」

「それでもいいの。とっ、それでこれからの事なんだけどどね。箒ちゃんは高校はIS学園に行く必要があるの。私の妹って事もあるし、なによりあそこなら私がプログラムした防衛システムがあるから安心なの」

 

 むしろこれまでここに居るのがアイツらに知られなかったことが奇跡。そのように束は付け加える。

 

「分かりました――」

「なら良いの。貴方の仕事はこれでおしまい」

「――でも、私がそれに付いて行ってもいいですよね?」

「へぇ」

「箒ちゃんを護ると約束してしまいましたからね。IS学園に行っても、卒業後の安全は確実では無いのですよね?」

「それはそうだけど」

「ならば、私も付いて行って彼女に生き抜く術を教える。これで如何でしょうか?」

「その言葉を待っていたっ!!」

 

 束は笑顔で縁側から庭へと駆けて行き、ビシッと指を白夜に向ける。

 

「良かった良かった。貴方がIS学園に行く手筈はもう整えているからそう言ってくれてよかったよ」

「もし私が言わなかったから?」

「その時は……ね?」

「ふふふ、そうですよね」

 

 二人の笑い声が闇夜に静かに木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして運命は回り始める。

 箒は束から送られてくるISの知識に関するテキストで受験勉強をしながら、ISに乗った時のことを想定した剣術を白夜に教わる。

 白夜は箒に自分もIS学園に行くことを伝えず、何事もないかのように日々を暮らす。

 

 

 

 

 さて、原典から大きく逸した彼女はどんな物語を刻むのだろうか。

 

 

 




少し書き直すつもりが3,000字ほど増えてしまったので、改めて投稿させて頂きました。
今後も沢山の文字数が増えたら再投稿させて頂きます。

変更前とか気になる人いるんですかね?どうでしょうか。




これからもよろしくお願いします。
感想もお待ちしています。


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原作1巻 その壱

注意として、箒ちゃんが原作の箒ちゃんじゃないです。
口調とか性格が変わってます。






「失礼します」

 

 無事にIS学園の試験に合格することのできた箒は、今日から入る事となっている寮の寮長に挨拶に行った。予め渡されていた紙には寮長室ではなく、職員室に来るように書いてあり箒と白夜は二人して首を傾げた。

 

 ちなみに箒は白夜がIS学園に来る事を知らされていない。当然、箒が政府の命令でIS学園に行くことが決まった時は猛反発した。彼女の中では近くの高校に進学するか、もしくはこのまま白夜と一緒に畑を耕したり剣の腕を高め合うつもりだった。

 

 しかしやはり政府からの命令には逆らうことができなかった。それでもIS学園に行く事を拒否した箒を白夜は何とか説得し、箒は嫌々ながらも行く事にした。家を出る時は「箒ちゃんが困った時には直ぐに助けに行きますから」と言われ、顔を染めたのを昨日の事のように思い出せる。まぁ、昨日の事の為思い出せて当然なのだが。

 

「一年篠ノ之箒です。一年寮の寮長に挨拶に伺いました。寮長さんはいらっしゃいますか?」

 

 まだ春休みの為職員室には余り人が居らず、そこまで大きな声を出さなくても職員室全体に声が届いた。

 

「寮長さんならそちらの部屋にいますよ。指導室なんて名前ですが、ただの個室だから利用しているそうなのでそうビックリしないでください」

 

 近くにいた緑の髪の胸の大きな女性が親切に教えてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 きちんと礼をして感謝の言葉を述べる。これから長い付き合いになる人とは仲良くなる事が大切だと、繋がりを大切にする田舎生活で知っている箒だった。

 

 教えてもらった扉の前でコンコンコン3回叩く。ふと初めて白夜の家に行った時に似ているなと感じた。どんな人が居るのか分からず、また中の雰囲気も分からなかった為である。

 

「一年篠ノ之箒です」

 

「入っていいぞ」

 

「失礼します」

 

 何処かで聞いたことのある声だと思いつつ扉を開ける。そこには小さなテーブルと2つの椅子が対面で置かれており、手前の席は空いておりもう片方には寮長が座っていた。その寮長の姿を見て箒は「あっ」と声を漏らした。寮長は織斑千冬だった。姉の知り合いという事で良く交流もあり、彼女の弟とも仲良くしていた。

 

「お久しぶりです千冬さん」

 

「久しぶりだな篠ノ之。つもる話が有るだろうが、これからまだまだ挨拶に来るものがいるから取り敢えずは座れ。それと、ここでは織斑先生と呼ぶこと」

 

「分かりました織斑先生」

 

 椅子に座り千冬の顔を見る。昔と変わらずキリッとした顔付きで、髪型も相俟って狼のようだと思った。

 

「お前も大変だったな。姉のせいで家族とも離れ、その次はIS学園か」

 

「確かに大変でしたが、私にはとても大切な経験となりました。ここでの生活もきっと私にとって糧となるでしょう」

 

「ふむ。剣道の大会で優勝したから慢心していると思ったが、どうやらそんなことは無いらしいな」

 

 彼と出会う前の状態でもし優勝していたならば慢心していただろう。しかし、今の状態で慢心しようものならば確実に白夜にその天狗の鼻を折られている。

 

「顔付きも昔とは違うな」

 

「色々ありましたからね。家族と離れ離れになってから今まで一緒に暮らしていた人が、そんなことを許しませんでしたし」

 

 その発言に千冬は眉を顰めた。

 

「ん?ずっと居たというのか?」

 

「はい。流石に学校の時まで一緒ということはありませんでしたが。何かおかしな点が?」

 

「私も昔は国家代表だったから、お世話になった篠ノ之家の情報はよく耳に入っていたのだが、篠ノ之の父と母は半年単位で場所を変えていたぞ。篠ノ之の情報は中々入って来なかったが、変わらず元気だと聞いていたが」

 

 箒にとってその言葉は初めて聞くものだった。初めて政府の人にあった時もずっとその場所に居続けると云う事を聞かされていたからだ。

 

「そうだったんですか」

 

「時間も無いな。何か聞きたいことがあるなら1つだけ答えてやろう」

 

 壁にかかった時計を見た千冬が言った。

 

「なら、一夏についての事なのですが」

 

「なんだ」

 

「私が居なくなった後も剣道を続けていましたか?彼の腕がきちんと伸びていれば全国に来ていても可笑しくは無かったのですが」

 

 少しバツの悪そうな顔をして答える。

 

「アイツは中学校の時に辞めた」

 

「そう……ですか……」

 

「悲しそうな顔をしているな。アイツとの繋がりが無くなって悲しいのか?」

 

「そう言う事じゃありませんが。昔から一緒に剣道をやってきた物が剣を捨てるというのはやはり悲しいものですね。小学校や中学校の同級生も高校に進学すると同時に辞める者が多かったですし」

 

「てっきりアイツとの思い出が無くなって悲しんでると思ったのだがな」

 

「確かに一夏にはそのような感情を向けていました。でも離れて分かったんです。私のあの気持ちは只の憧憬だったのだと」

 

 箒の目は凛々しく、力強いものだった。

 

「この数年で立派な成長を遂げられたみたいだな。時間だから自室に向かえ。既に同室のものがいるから仲良くな」

 

「わかりました織斑先生。では、失礼します」

 

 礼をして退出していく箒を見送った。

 

「随分と成長したな」

 

 自分しかいない指導室に独り言が木霊した。

 

 

 

 ここIS学園では入学式の日から直ぐに授業が開始される。そして箒が所属する一年一組は静寂に包まれていた。その理由は単純で、世界で唯一男でありながらISを起動できる織斑一夏がいるからだ。彼の事でコソコソと話す女子もいた。そして箒は席に座って呆然としていた。

 

「…ねぇ篠ノ之さん、大丈夫?」

 

 後ろの席に座っている同室の鷹月が心配そうに尋ねた。

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

 呆然としていた理由は、一夏が同じクラスだからと云う訳では無い。その前の入学式に原因があった。

 

 入学式の後の新任紹介の時に、暫く会えないと思っていた彼、白夜が現れたのだ。何時もと変わらない笑みを浮かべていたが、箒からしたら只の愛想笑いにしか見えなかった。彼は正式な服装ではあったが、相変わらずの和服であった。去り際に箒を見つけると、柔らかい笑みを浮かべて、彼女に手を振っていた。

 

 時計を見るとHRまで残り少しとなっていたため、気持ちを切り替える。焦っているであろう一夏に目線を向けると、丁度彼もこちらを見ていた。もう少し時間があれば声を掛けれただろうが、時間は無い。取り敢えず親指を立て頑張れと伝えてみる。

 

 

 

 

 HRと自己紹介が終わり、千冬の登場ですっかり疲れきった一夏の元へと箒は向かって行った。

 

「久しぶりだな、一夏。元気だったか?」

 

 机に突っ伏していた一夏が顔を上げる。

 

「おう、久しぶり!やっぱり箒だったか。いきなりサムズアップをするから、他人の空似かと思ったぜ」

 

「昔の私ならしなかった事だろうからな。余計困惑させてしまったか」

 

「でも、そのお陰で少しリラックス出来たから助かった」

 

「ふふふ、そうか。しかし私も一夏もIS学園に来る事になるなんて、何処かの天災の陰謀のようだな。お互い大変だ」

 

「それを言うなら箒の方が大変だったんじゃないか?いきなり家族とも離れて暮らすことになってさ」

 

「確かに昔は憤りを感じたが、今からすればそのお陰で今の私がいるからな。そう言えば一夏、まだ剣道は続けているか?」

 

「いやぁ、その……」

 

「何てな。その事は既に織斑先生から聞いている。大方、家計のためとか言ってアルバイトをしていたのだろう」

 

「何で分かるんだよ」

 

「その事についてもまた後で話してやろう。今は時間が無いから、晩御飯の時にでもな」

 

「あぁ、じゃあな」

 

 一夏に手を振り自分の席に戻る。

 

「ねぇねぇ、篠ノ之さんって織斑くんとどんな関係なの?」

 

 後ろから肩を叩いて鷹月が聞いてきた。

 

「只の幼馴染さ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「でもでも、しののんは恋愛感情とかないのー?」

 

 近くの席にいた布仏が便乗してきた。数週間前から寮で生活しているため、布仏からのあだ名呼びにも慣れていた。

 

「昔はあったが、過去の話だ」

 

「そうだよね。篠ノ之さんの意中の相手はあの人だもんね」

 

「もしかして新しく来た用務員の人?一目惚れってやつ?」

 

「それが違うのよ本音。新しい用務員の人とは昔から知り合いなんだよ。だよね篠ノ之さん?」

 

「なっ、何を言っている!?」

 

「だって篠ノ之さん、毎晩私にお休みを言った後に彼との写真に向かっても言ってるし、毎朝その写真を見て…ムグっ」

 

「ちょっと黙れ。もう少しで授業が始まる、ほら準備をしろ」

 

「ぷはぁ、この事は後で根掘り葉掘り聞かせてもらうからね」

 

 はぁ、どうやら初日から大変な事に成りそうだなと溜息を漏らさずにはいられなかった。

 

 

 

 

 箒と鷹月の寮の部屋の扉のインターホンが鳴った。相手が誰かを聞かずに扉を開けた鷹月が固まり、一向に戻ってこない彼女を疑問に思った箒も向かった。

 

「って事は小学生の時から一緒に暮らしていたって事ですか?」

 

「そう言う事に成りますね。あの、質問に答えたので部屋に入れてもらってもいいですか?」

 

「ハイハイどうぞっ。あっ、篠ノ之さん!彼が来たよ!!」

 

 視線の先には彼の姿があった。

 

「久しぶりだね箒ちゃん。こんなに会わなかったのは初めてじゃないかな。修学旅行の時も引率の先生の代わりに付いて行きましたしね」

 

 突然の訪問に箒は焦る。既にシャワーを浴びており、ラフな格好をしていたからだ。家にいた時には感じなかった羞恥心が襲ってきた。

 

「それは私が卒業記念であげた寝間着じゃないですか。着てもらっているようで嬉しいですね」

 

「これって雨宮さんが選んだんですか?」

 

「何かあげられるものをと思いましてね。今日は進学祝いを持ってきましたよ」

 

 差し出されたのは竹刀の入れ物だった。入れ物だけな訳もなく、竹刀も中に入っていた。

 

「すごい」

 

 鷹月が言葉を漏らした。あまり剣道を知らない鷹月にでもわかるほど、その竹刀は美しかった。

 

「箒ちゃん用に作った竹刀ですよ。ちゃんと二刀流もできるようになってますし、何より今まで振るってきた竹刀の中で一番手に馴染むはずですよ」

 

 箒は竹刀を振るわなくても、握っただけで分かった。これまでに無い程自分に合う。

 

「ありがとうございます」

 

「可愛い弟子のためですからね。さてと、私はここらへんでお暇しましょうか。まだ食事もまだでしょうからね。鷹月さん、箒ちゃんの事をよろしくお願いします」

 

「任されました!」

 

 どこまでも自分を思ってくれた彼の事を考えつつ、彼がくれた竹刀をぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 それをニヤニヤした顔のルームメイトに見られ、顔を赤くしたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 




乙女な箒ちゃん可愛い。そう思いませんか?


家事も出来て、胸も大きくて、大和撫子。そんな彼女に死角はない。

二人を邪魔するのはきっと何も無いはず。

そう信じたい。



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原作1巻 その弐

沢山のお気に入り登録、感想とありがとうございます!
皆さんの応援のお陰で早く投稿できました。

前の話は誤字が多く、今回は気を付けたつもりですが今回も多かったらすいません。たぶん、何個か有るとは思います…。


 箒の朝は早い。日が出てない内から準備をして、日が出て間も無い涼しい時から鍛錬を始める。校庭から少し行った所に在る大きな木が作る木陰で、竹刀を降ることがIS学園に来てからの日課となっていた。

 

 徐々に身体を温め十分に温まったら竹刀を木刀に変える。白夜との生活で型の練習の際は木刀の方がブレが少なく振りやすかった。初めにやる型は篠ノ之流だ。まだ父の様に力強くも、白夜の様に滑らかで美しくは出来ないが、日に日にその完成度は上がっていた。

 

「ふぅ」

 

 木刀を木に立て掛け息を吐く。漸く篠ノ之流の型を一つの舞として出来るだけの体力を身に付けられた。それを実感する。額を流れる汗を拭こうとして部屋から持って来た道具袋の中を探すが見つからなかった。

 

「忘れてしまったか」

 

 このまま汗を流し続けて練習し、部室棟のシャワーを使おうかと思っていると視界の端からタオルが差し出された。

 

「ありがとう」

 

 誰から差し出されたかを確認せず先ずは汗を拭く。タオルは冷水で冷やされ、火照った身体には気持ち良かった。汗を拭き終わり、タオルを貸してくれた人を見て口をパクパクさせる。

 

「やっぱりタオルを忘れてましたね箒ちゃん」

 

 少し青が混じった黒い着流しを身に纏う白夜が居た。

 

「びゃ、白夜!!いつから見ていたっ!?」

 

「大体3日前からでしたかね」

 

 箒としては今日の何時からか聞いたつもりであったが、3日前と聞いて固まってしまう。

 

「私の元を離れてからも鍛錬を続けていたみたいですね」

 

「はい。こうしている方が気分が落ち着くので」

 

「なるほど」

 

 うーんと唸る。

 

「少しばかりズレが有りますね。剣を構えてもらえますか?」

 

 白夜に言われた通り木刀を構える。すると背中の方から腕を伸ばし、箒の腕を触る。既に見稽古を終え、大方の部分の習得は済んでいる為、残った細かい部分の修正は直接教えてもらった方が、感覚派の箒にとって言葉の説明よりも性に合っていた。

 

 30分ほど身体をくっつけていたがいつもの事なので、恥ずかしがったり、喜んだりする程の事ではなかった。白夜は仕事がある為別れを告げ、箒も自室でシャワーを浴びる為部屋に戻った。

 

「おはよう篠ノ之さん」

 

「ああ、おはよう鷹月」

 

 同室者の鷹月が起きていた。珍しく既に制服に着替え終わっている。その事を不思議に思いながら手早くシャワーで汗を流す。

 

「鷹月が既に制服を着ているとは珍しいな。いつもなら私が戻ってくる頃に目を覚ますというのに」

 

「偶然目が覚めちゃって散歩してたの。そしたら良いのもが見れたし」

 

「ん?なにか言ったか?」

 

 最後の言葉を聞き取れず聞き直したが、何でも無いと誤魔化された。近い内に先程の鍛錬の写真、傍から見ると白夜が箒に後ろから抱きついている写真を見せられ慌てる事になる。

 

 

 

 

 その後鷹月と一緒に一夏の個人部屋に行き、そのまま三人で食堂まで向かう。知り合いの居ない一夏を思っての行動でもあり、彼の事が気になっている娘への手助けの意図もあった。予め朝食をゆっくり食べている時間が無いことを伝えていた為、一緒に食べていた皆は朝のHRに遅刻せずに済んだ。

 

 そして昼休みが終わり、午後一番の授業は日程を変えHRの時間となった。内容は学級長を決めることだった。仕事の内容が説明され、自薦他薦問わないと千冬が言うと一夏が推薦された。当然本人は断ったが自薦他薦問わない為、その要望は却下された。

 

 諦めるしかないと思った時、イギリスの代表候補生のセシリアが自薦した。一夏としてはこのまま上手い具合にセシリアがやることを望んでいたが、セシリアが日本や男性を下に見た発言をしてしまい、それに対して一夏も乗ってしまった。売り言葉に買い言葉。来週にISを使った決闘をすることが決まった。その際ハンデの話となり、一夏が「いらない」と云う発言にクラスの女子数人が反応し、「つけてもらったほうがいい」と言った。

 

 一夏の立場が危うくなった時、狙ったかの様に教室の扉が叩かれた。副担任の真耶が確認しに行くと白夜が本を持ってやって来たのだ。詳しく聞くと一夏の紛失した参考書を次の時間の授業の有ると便利な為、HR中に持って来たらしかった。丁度HRが一段落していた為、教室の中に入り直接一夏に手渡し、不備がない事を確認し教室を出て行こうとした。

 

 その時だ、一夏と対決する事となり気分が良いセシリアが言ってしまった。

 

「貴方、用務員としてここに勤めてますが、男がそんな事をして恥ずかしいとは思いませんの?」

 

 あからさまに白夜を中傷する発言だった。

 

「おいアンタ!!」

 

 一夏はそんなセシリアの事を立ち上がり怒ろうとしたが、近くにいた白夜に腕を取られ止められた。

 

「私はただこの学園にお願いされたから来ているのであって、別に恥ずかしいなどと云う感情は無いのですが。私が頼まれたのは用務員としての仕事と、有事の際の生徒の保護ですから。私は只それを全うするだけですよ」

 

「貴方のような男に助けられたくないですわ」

 

 女尊男卑の思想の性で『女性は自分の身を自分で守り、男性は自分の身を女性に守ってもらう』という考えを持つセシリアにとって、白夜の言葉は気に入らなかった。

 

「そう言われましてもね。ならこう云うのはどうでしょう。私は一応剣をそれなりにやっています。なのでこの学園の剣道部と戦う、と云うのは。もちろん貴方方が望むならIS共戦ってもいいですが。それでは、学園の方に負担がかかってしまいますしね」

 

 貴方がそれなりなら私はどうなるんだと箒は思った。また、彼の言った負担というのはアリーナが使えなくなる事ではなく、ISが一機使い物にならなくならという事なのだが、生徒達には伝わっていなく、ISと戦って勝てる気でいる彼の事を笑った。

 

「欲を言っていいならこのクラスの篠ノ之さんと戦ってみたいですね。去年の全国一位らしいので、どうですか織斑先生?」

 

「私のクラスの者の失言だ。貴方がそれで良いと言うなら私は何も言うまい」

 

「ありがとうございます。それでは放課後剣道場で待ってます。そうだ織斑くん、箒ちゃんに……と伝えておいてくださいね」

 

 

 

 

 

 あの後千冬によって何事も無かったかの様に再開されたHRの後、一時間授業をし、一組の殆どの生徒が剣道場にやって来ていた。白夜に指名された箒は、一夏から白夜の言葉を聞き自室から昨日渡された竹刀を持って来た。そして剣道着を着ていたが、防具を着けてはいなかった。

 

 そして少し遅れて白夜はやって来た。濡羽色をした美しいな着流しに、少し蒼の入った羽織を身に着けていた。彼が入ってきた瞬間、三人が身体を強張らせた。それは真耶と千冬と箒だった

 真耶は代表候補生時代に向けられた殺気に似た物を、千冬は代表時代の事を思い出し、箒は彼の服装を見て本気で来ているのだと知った。噂を聞きつけ一組以外の生徒が、更には他学年までいたが、他の者は只々彼の着流しの美しさに見惚れていた。

 

 共に二本の竹刀に防具無し。防具をつけていない事を真耶に注意されたが、長年この形式でやって来たと伝え何とか説得することが出来た。

 

 共に向かい合う。構えは無く、剣先は下を向いている。上段や中段に構えて選択肢を減らしたり、フェイントを掛ける暇すら無い程、最初の一手は素早くそして重要になる。ピリピリとした緊張感が走るが、二人の顔はそれを感じさせない。

 

「箒、初めに云っておきますが、私を殺す気で掛かって来てください。良いですね」

 

 『箒ちゃん』ではなく『箒』、この呼び方の違いから白夜が箒を弟子ではなく、対等な立場として接していることを理解する。

 

「言われなくてもこの雰囲気ならそうするつもりでしたよ」

 

「それなら良いです。織斑先生、始める合図を出してもらっても宜しいですか?」

 

「あぁ分かった」

 

「お願いしますね」

 

 二人の顔付きが変わる。箒は目を細め、出来る限り白夜のみを視界に収めるようにし、呼吸を可能な迄浅くし白夜に呼吸を読まれないようにする。

 

「始めッ!!」

 

 箒は全く零の構えから突きを放つ。白夜の胸を目掛けたそれは、床を強く踏みしめた音と空気を割いた音のみという結果のみに終わった。

 

「くっ」

 

 焦る心を抑える。目の前には突きを回避した彼の姿は無い。何時も白夜がやる手の一つである。自分の存在を空疎にし、周りに紛れ込む。特に今回は人が多い為、何時以上に見つけ辛くなっている。

 

「あれ?どこに行ったの?」

 

 誰かが言った言葉で他の者も探し始める。そこで箒は目を瞑る。五感を一つずつ減らして、他の物を高める。目を瞑り視覚を、そして味覚、嗅覚、そして聴覚もシャットダウンする。残るは触覚のみ。

 

 道場の空気の流れのみを感じる。元から感じている風の流れを無視する。観客が動き、また白夜が見つからないと話す度に揺れる空気の振動も無視。自然の中の不自然。長く居たからこそ分かる彼の癖を探す。

 

 時間にしてはたった十数秒の事だが、箒には何分もの時間が過ぎた様に思える。ここで集中を切らしたら、彼に狩られる。ここまで隠れた彼を見つけ出し、こちらから攻撃を仕掛けるのは自殺行為に等しい。只々彼を待ち続け、其の一太刀を受け止めるしか無い。カウンターなどしようものなら負けは決まる。

 

 微かな流れの乱れを感じた。次の瞬間、左から殺気が吹き荒れる。突如現れ、振り下ろされる竹刀を両手に持つ短い竹刀と長い竹刀で挟むように受け止める。余りの衝撃に上手く衝撃を流す事が出来なかった。

 

「良く気付きましたね。遂に心眼を開眼しましたか。やはり人を更に成長させるには戦闘が一番ですね」

 

 箒にその言葉に対して答える余裕はなく、力が込められた竹刀を上手く逸し、距離を取る。常に白夜に意識を向けている為、再び見え無くなることは無い。周りからは白夜いきなり現れた事に対して驚く声がする。が、それは二人の耳には聞こえて来なかった。

 

「次は私から行きますね」

 

 ダンッ、道場の床を強く蹴り一瞬の内に箒の前に至る。右手に持つ長い竹刀を主として連撃を繰り出す。それを箒は二本の竹刀で防ぐ。しかし白夜の手にはまだ短い竹刀が有る為、箒の防御の隙間にそれを差し込む。箒は身体を無理矢理動かす事で回避をするが、それは長くは続かない。

 

 白夜を探す事で精神を擦り切らせ、猛攻を防ぐ事で体力も尽きそうになっていた。それに気づいているのは白夜と千冬のみ。

 

 こちらが撃てる決め手は一つしかない。先ずは受け身になっている状況を変えるべく防御の形式を変える。最後の集中力を用いて、避けられるものは避け、どうしても避けられない物を短い竹刀のみで攻撃を受け流す。

 

 そして見つけた小さな隙間。短い方でこの試合で初めて白夜の攻撃を受け止める。そして直ぐに手の力を抜き短い竹刀を離す。すると、白夜の体のバランスが崩れる。そこに、両手での突きが放たれる。

 

 試合の最初で、片手のみによって放たれたものよりも、疾く鋭い。そして先程と違い、手に確かな感触があった。一撃は与えられたと思った瞬間、首に二本の竹刀が添えられた。手に来た衝撃から暫くは動けないと思っていた白夜によるものであった。そして自分の竹刀の先に目を向けると、箒の竹刀が突いていたのは白夜が身に着けていた羽織であった。

 

 勝敗が決すると、緊張の糸が切れ体が倒れる。それを優しく白夜が受け止める。

 

「今回も私の勝ちですね」

 

「はい。やはりまだまだ鍛錬が足りませんでした。……疲れたので後は任せていいですか」

 

「えぇ、任せてください」

 

 体に続けて意識も落ちる。こうして自分達とは全く違う次元にいる二人の戦いを目にした生徒達は、呆然とすることしか出来なかった。

 

「という事なので。わざわざ時間を設けてもらってありがとうございました。これで私の実力が分かってもらえましたでしょうか。もしこれでも気に入らなければ、何時でも襲ってくれて構いませんよ。あっ、でもですね、仕事中や周りに他の人が居る時は辞めて下さいね」

 

 一度箒を床に降ろし、お姫様抱っこをする。

 

「それでは、後の事は織斑先生よろしくお願いします。いつもの調子なら、30分ほどで箒ちゃんも目を覚ますと思うので」

 

 

 

 

「篠ノ之、入っていいか?」

 

「良いですよ」

 

 千冬が保健室に入ると目を赤くした箒がいた。

 

「泣いていたのか」

 

「……少しばかり。何時もより上手く出来たつもりでいましたし、何より何時もより手を抜いてくれていた彼に一撃も食らわせることが出来なかったのが……」

 

 その発言に千冬は眉を顰める。

 

「あれで手を抜いていたのか?」

 

「はい。きっといつも通りにやっていたなら、姿が見えなくなった時点で一方的に敗けてました。今回は力を見せることを目的としていたので、そうしたのでしょう」

 

 溜息を吐く彼女を見て、改めて彼女の生きていく道を千冬は見た。その道は殆どの者が途中で挫折し諦めてしまう程険しい、終わりが無い武の道。

 

「ふふふ」

 

 気付けば笑いが溢れていた。

 

「織斑先生?」

 

「いや何でもない。それと、今は織斑千冬とここに来ている。昔みたいに名前で読んでくれていい。しかし、そうなると頼みづらいな」

 

「どうしたのですか?」

 

「一夏の事だ。禄に鍛えてもいないのに、代表候補生に喧嘩を売ったあの愚弟の事を篠ノ之に頼もうと思ったのだがな。ISに乗る以前に本人が動けなければ意味がない。取り敢えず剣を使えるようにさせるために、同門の者が教えるのが一番良いと思ったのだが、私が手を貸したら贔屓をしてると思われてしまう。お前に頼もうと思ったのだが、まだまだ師を超える為にやらなければならない事が沢山あるだろう。だからどうしようかと」

 

「それなら大丈夫ですよ千冬さん」

 

 近くに置いてあった紙を取り、千冬に見せる。そこには流暢な字で『織斑の手伝いをするように』と書かれていた。教える事で身に付く事があるという事だろう。

 

「そういう事なので明日から一夏を鍛えさせていただきます」

 

 彼に似た笑みで箒は言った。

 

 

 

 

 

 千冬が保健室を去った後、タイミングを見計らったかのように白夜が晩御飯を持ってやって来た。真剣勝負で箒が動けなくなった時は毎回この様に、白夜が箒の部屋にやって来てご飯を食べさせていた。

 

 ご飯を食べ、歩けるようになった箒は壁に手をやりながら自室へと辿り着いた。鍵を開け部屋に入ると腹部辺りに何かがぶつかった。それほど衝撃も無かった為倒れずに済んだ。

 

「しののん大丈夫なの?」

 

「なんだ布仏か。私は大丈夫だ」

 

 部屋に入って行くとルームメイ卜の鷹月だけで無く、他のクラスメイトも居た。

 

「どうしたんだ皆?」

 

「篠ノ之さんが食堂に来なかったから大丈夫なのかなって。織斑先生も保健室には行くなって言ってたし、織斑くんも心配してたよ」

 

「それは済まなかった。一夏に関してはきちんとメールを返したから大丈夫だと思う」

 

 その後、皆で今日の試合の事について色々言われた。自分では納得のいかない物だったが、それでも褒められると云うのは嬉しいものだった。

 

「そうそうこれ見てよ。つい撮っちゃったよ」

 

 鷹月が携帯を皆が見れるように置く。画面には箒がお姫様だっこされている写真が映っていた。

 

「これがどうした?」

 

「どうしたって恥ずかしくないの?」

 

「恥ずかしいか。確かに皆に見られたのは恥ずかしいが、こんな事は昔からよくあった事だ。今更照れてもな」

 

「篠ノ之さんって見た目通りサッパリしているというか…」

 

 思ったより箒が慌てなかったため、鷹月は別の写真を取り出す。

 

「ならこれからどうだ!偶然早起きしたら取れちゃったやつ」

 

 次は今朝、後ろから直接指導を受けている時の写真だった。先程の写真の時よりも歓声が多かった。そして、実際やられている所を見たことがなかった箒は、予想以上に恥ずかしい格好で教わっていたことを知り顔を赤くして何とか携帯を奪い取ろうとしていた。

 

 箒にとって疲れた一日ではあったが、それはとても充実した一日でもあった。




初めてちゃんと戦闘シーンを書いたのですが如何でしたでしょうか。


これからもウチの可愛い箒ちゃんをよろしくお願いします。




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原作1巻 その参

箒ちゃん可愛い可愛いする場面が無いので、今回文量少ないです。場面展開も多いです。






「はぁはぁ。もう無理だー」

 

「今日はここまでにしよう。先ずは体力と筋力を付ける事を優先しなくてはな。しかしそれだとISを用いた練習が…」

 

 白夜との試合の翌日から一夏の扱きが始まった。

 

「何だかんだで体は覚えてる物なんだな。それに箒の教え方も上手かったしな」

 

「そう言ってもらえると助かる。私は感覚派だからな、どうしても擬音が多くなってしまうきらいがある」

 

「きちんと出来てたぜ?」

 

「父の物とは違うが、いずれ私も篠ノ之流を伝えねばならないからな。白夜の言葉を借りてみたのだ」

 

「白夜さんか。たしか箒の祖父から教わったんだよな。……あれ?それだとあの人一体何歳になるんだ?」

 

「たしか……、あれ?」

 

 思い出すと彼と会ってからその様な話題になった事は一度もなかった。

 

「もしかして箒も……」

 

「あぁ、私も知らない……」

 

 言いようの無い空気が漂っていた。

 

 

 

「轡木さん。今日の仕事は終わりました」

 

 このIS学園において最も男性がいる用務員室で、お茶を飲んで休憩していた轡木に報告する。

 

「分かりました。明日は私達も仕事が無いので、体の疲れを取ってください」

 

「私達と云っても、貴方は学園長としての仕事が有るのではないですか」

 

「なら、用務員の仕事は無い、と伝えておきましょうか」

 

「貴方の様な方がこの小さなIS学園に居る事が私にとっては不思議でなりませんが」

 

「それを言うなら雨宮さんの方が、ここに居る事自体不思議ですし。小さな島国に数年いつづけた事すら不思議ですよ。政府の者から、子供を育てるために滞在期間を延長したらしいじゃないでか。それを聞いた時は驚きましたよ」

 

「只の気まぐれですよ。少しばかりこの時代に飽きてしまった老人の戯れとでも思ってください。それでは先に帰らせてもらいますね」

 

 

 

 

 夕食を食べ終わった後、箒は鷹月にある事を相談していた。

 

「彼の年齢どころか、誕生日もしらない?何年も一緒だったのに?」

 

「その通りだ。我ながら不甲斐ない……」

 

「何かヒントになるものはないの?」

 

「小学五年生から今までの写真がある。それを見て何か分かればいいのだが」

 

 ベットの脇にある本棚からアルバムを取り出し、ベットの上に広げる。

 

「わぁ、篠ノ之さん可愛い!!でもちょっと不機嫌そう」

 

「白夜の家に行ってから数日後に撮った写真だ。まだ現状に慣れてなかったのだ」

 

 一番初めにあったのは家の前で二人並んだ写真だった。そして、次々とページを捲っていく。年度が変わると家の前での写真が必ずあり、徐々に箒の表情も柔らなくなっていた。その写真以外にも、運動会の写真や剣道の試合の写真、疲れて眠ってしまった箒の写真などがあった。

 

 一通り最後まで見終わって、初めのページに戻る。

 

「どうだ、何かヒントになるものはあったか?」

 

「ヒントって程じゃないけど、雨宮さんって外見何も変わってなくない?ほら、一番最初と最後で見た目も変わってないし、表情も笑顔で一緒だよ」

 

 最初のページと最後のページを往復する。

 

「確かに外見は何一つ変わってないな。しかし、表情は違っているぞ?」

 

「もしかして雨宮さんの笑顔を違いとか分かったりするの?」

 

「完璧にとは言えないがな。大抵の違いは分かっているつもりだが」

 

 鷹月はどうしてそれが分かるのに、誕生日も年齢知らないのかと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、一夏とセシリアの対決の日となった。

 

「結局最後までISを使った練習はできなかったな。一度は装着して際の動きを練習したかったのだが」

 

「仕方ねえよ箒。既に予約で一杯になってたし、キャンセルすら出なかったんだからな。その分体の方はバッチリだからさ」

 

 IS学園の訓練機は予約制となっており、一週間前にいきなり借りようとしても借りる事が出来なかった。

 

「しかし一夏の専用機、来るのが遅くはないか?始まるまで残り少ないぞ」

 

「今山田先生と千冬姉が取りに行ってるらしいけど……」

 

「織斑くんっ!お待たせしました!!」

 

 息を切らして真耶がやって来た。真耶に連れたれたピットには、色の無いISが置いてあった。

 

「これが俺の専用機」

 

「名前は白式だ。時間が無い為細かい調整は戦いの中でやってもらう。出来るな?」

 

「が、がんばります!!」

 

 白式に体を預けるように座る。

 

「どうだ違和感はないか?」

 

「あぁ大丈夫だ。……けど、初めて触った時とは」

 

 小さく呟くが三人の耳には届いていなかった。

 

「一夏、がんばれよ」

 

「おう!行ってくる」

 

 

 

 

「今は一夏くんがセシリアさんと戦っている頃でしょうか。貴方方もこんな私に構っているより、初の男性操縦者を観に行ったほうが良かったでしょう。そうすればここまでされずに済みましたのに」

 

 IS学園の敷地ギリギリの所でごみ拾い用のトングを片手に白夜が、周辺に倒れている数人に言い放つ。

 

「たかが男性操縦者など、貴様に比べれば価値なの皆無だ。それ程の脅威を祖国にもたらしうる」

 

「私、そこまでの事しましたかね。昨日の一件で、ほとんどの国に私が存在する事がバレてしまいましたが、ここまで対応が早いとなると対処方法を考えなければなりませんね。このトングで脚を砕いただけでは生温いですから、貴方方にはここに来たら帰れないと祖国に教えなければならないという使命あると思うのですがどうでしょうか。ここで殺したところで、既に存在を消されている貴方方なのですから問題はないでしょう」

 

 最も近い者に近づき首に手を添える。相手はガタガタと震えている。

 

「なんて冗談ですよ。生徒会長が来るまでの時間つぶしですよ」

 

「あら?私からすれば本気の様に聞こえたのだけれど白夜さん?」

 

 『嘘はダメッ!』と書かれた扇子を持った女子生徒がやって来る。

 

「貴女が今の楯無ですか。まだ経験は足りないようですね。まぁ、ウチの箒ちゃんには負けますが」

 

「確かにあの娘は凄いわね。貴方に食いついているんですもの、私ですら数秒も持ちそうにないわ」

 

「それではこの人達を連れて行きますか。偶然仕事に使おうとしていた紐もありますし、拘束に関しては問題はないでしょう」

 

 学生が青春をしている最中に、大人達は暗躍していた。



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原作1巻 その肆

箒ちゃん可愛い可愛いするアイディアが浮かばない。






 何やかんや有り、一夏が学級長に決まった。一夏の訓練に関してはIS関連の技術についてはセシリアが、戦闘については箒が受け持つこととなった。箒としては、白夜に頼まれた分も終わり、セシリアが一夏に惚れている事に気付いていたので全て任せるつもりだったが、セシリアが接近戦が苦手な事もあり引き続き一夏を鍛えることとなった。

 

 本人には秘密の状態で計画が進んでいる一夏の学級長就任お祝いパーティーが翌日に迫った金曜日の放課後、職員室で書類整理をしていた千冬の元に箒がやって来た。机の上の生徒、特に箒には見せられない、白夜に対する各国の抗議が書かれた資料を優先的に仕舞う。

 

「織斑先生少しお時間いいですか?」

 

「勿論構わない」

 

 近くにある丸椅子を引き寄せ、それに箒を座らせる。

 

「どうした篠ノ之」

 

「外泊届けを出しに来ました」

 

 手に持っていられる紙を差し出す。

 

「宿泊先は、雨宮の部屋か。なんだ?恋しくなったのか?」

 

「いえ、毎年この日に風邪を引くので看病をしたいと思いまして。特に夜になると体調が酷くなるので側付き添っておきたくて」

 

「何だツマランな。まあいい、その様な理由なら行っていいぞ。同室の鷹月への連絡を忘れるなよ」

 

「ありがとうございます」

 

 箒は職員室を出て、タオルなどを取りに行った。

 

「……アイツも変わったな」

 

「織斑先生お疲れ様です」

 

 一人呟く千冬に真耶がコーヒーを持って来た。

 

「対応の方はどうだ?」

 

「各国に納得して頂けました。しかしですね……」

 

「表向きは、だろうな」

 

「はい。返事の感じからもそう思われます。各国が彼の事を気に掛けるのは分かりますが」

 

 二人が思い出すのは数日前の白夜と箒の事だった。彼らの戦闘は一般人が理解できるレベルを超えていた。神業とも言えるほど高度な技術を互いに出し合い、ましてや箒は心眼を開いた。

 

「あれは凄かったですね。代表候補生だった頃を思い出しました」

 

「私もだ。篠ノ之から聞いた話だとあれでまだ本気じゃ無いらしい」

 

「凄いですね。あの若さでここまで強いとなると相当厳しい鍛錬を乗り越えて来たんでしょうね」

 

「しかしそれだけでは各国からこんなに警戒されると筈が無い。何かしら秘密があるのだろうな。私としてはこれ以上仕事が増えなければどうでもいいのだがな」

 

 あははと真耶が乾いた笑い出すのは仕方がない事だった。

 

 

 

「……んっ」

 

 苦しそうな声を出して目を開ける。いつも以上に体が怠く時計で時間を確認することも出来ない。今日休むことは予め伝えてあり、昨日の業務が終わった時点で体の調子が悪くなっているのに気付いていた。

 

(今まではは箒ちゃんが看病してくれていましたが流石にIS学園では無理でしょうね。思うように身体も動きませんし、もう一度寝ましょうかね)

 

 ほーっと天井を見て目を閉じようとする。

 

「目を覚ましたか白夜」

 

 台所からエプロン姿の箒が出てきた。

 

「箒、ちゃん?どうして?」

 

「苦しいなら喋らなくてもいい。温くなったタオルを今取り替えるから待っていろ」

 

 白夜の額に置かれたタオルを取り洗面台の今さっき変えてきた水に浸す。

 

「毎年同じ日に風邪を引くから看病をするのは当然だ。今年は離れているから無理だと考えていたが、同じ所に住んでいるからな」 

 

 適度にタオルを絞り、再び額に乗せる。

 

「お粥を作ったのだが食欲はあるか?」

 

 首を小さく縦に動かす。

 

「なら温めてくる。少し待っていてくれ」

 

 小さな土鍋を持ってくる。額のタオルを取り、上半身を優しく起こす。

 

「今お粥を冷やすから、その間にこれを」

 

 ストローを挿したスポーツドリンクを渡す。

 

「…ん」

 

 ゆっくりと口をつけて中身を飲む。久々の水分に乾いた喉が潤っていく。

 

「ふぅ、ふぅ。多分大丈夫だ、あーん」

 

「…ぁん」

 

(確か箒に初めて教えた料理はお粥でしたね)

 

 風邪を引いた箒に初めてお粥を作り、風邪治った後直ぐに初めて剣以外で頼まれたがお粥と作り方だった、ということを思い出した。 

 

「笑顔を浮かべてどうしたんだ?」

 

「いえ、昔の事を思い出しましてね。あんなに小さかった箒ちゃんが大きくなったなと感傷に浸っていました」

 

「昔の話は……」

 

「少し位は良いじゃないですか。ここに来てから一緒にいる時間も減ってしまいましたし。何より」

 

 何より生まれて初めて出来た家族ですから。

 

「何より、なんだ?」

 

「何でもありませんよ。箒ちゃんのお粥が美味しいのでもう一口下さい」

 

「食欲があるのはいい事だな」

 

 小さな土鍋だったので食べ切る迄にそれ程の時間はかからなかった。食べ終わった白夜はそのままもう一眠りしようとしたが、汗をかいていた為身体を拭いてもらう事になった。上半身だけ服を脱ぐ、鍛えられた肉体は白い肌に似合わず様々な傷跡が残っていた。

 

「いつ見ても勿体無いな」

 

 背中の傷跡に触れる。

 

「武の道を極めるのですからこれくらいの事は造作もありませんよ。それに今と違って治療を存分に受けられませんでしたし。出来れば箒ちゃんには跡の残らないように鍛えてきましたからね、このような傷とは無縁ですからね」

 

「私はそんなこと気にしないのだが」

 

「そんな事を言ったら駄目ですよ。箒ちゃんは綺麗な肌をしているのですから、武の道に生きるにしても生きないにしろ肌を大切にしてくださいね」

 

「う、うるさい!ほら!終わったぞ!!」

 

 剣や内面の事で褒められる事は多かったが、外見の事を惚れめられた事は少なく耐性が無いため、顔を真っ赤にした。背中を拭いていた為、白夜には知られずに済んだ。

 

 白夜を寝かせ布団を被せる。

 

「夜も遅いですし、今日はありがとう御座いました。箒ちゃんも夜更しはいけませんから、自室に戻ったら直ぐに寝るのですよ?」

 

「何を言ってる?私はここに残るぞ。白夜のかかる風邪は感染力が低いから私には移らんしな、病人を放ってはおれん」

 

「だから箒ちゃん…」

 

「病人は黙って看病されていろ」

 

 その後も箒に帰るよう白夜は言ったが、風邪薬を飲んだためすぐに寝てしまった。そして、自分から帰るように言ってたにも関わらず、箒の手を握っていた。

 

「これでは何処にも行くことが出来ぬではないか」

 

 自由な方の手で白夜の体の汗を拭く。

 

「偶にしか見ることが出来無いが、やっぱり綺麗な顔をしている」

 

 表情が笑顔で無い白夜を見れる時は寝ている時しかない。眠っている顔は起きている時とは違い、童顔なため雰囲気が違う。その頬に触れる。

 

「起きている時は恥ずかしくて出来無いが、寝ている時くらいは」

 

 柔らかい感触が伝わってくる。弱っている白夜など年に一度しか無いため、この光景が童顔なのも相まって箒の前母性を刺激する。

 

「いつになれば白夜に本当の気持ちを伝える事が出来るのだろうな」

 

 他の人の前では敬語を使って一定の距離を取っている風に見せてはいたが、二人っきりになるとやはり元の口調に戻っていた。

 

 手がギュッと強く握られる。

 

「私は何処にも行かない。安心してくれ白夜」

 

 その表情は完璧に恋する乙女のものだった。

 

 愛する者の手を握ったまま箒も眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がるのは真っ赤な血の色。

 

 

 手に握られるは人の血を吸い過ぎ重くなった刀。

 

 

 周りに人は無い。

 

 

 刀を持った少年が一人。

 

 

 ざっくばらんに切られた黒髪は血でべたつき。

 

 

 着て服は殆ど原型を失っていた。

 

 

 またこの夢なのか。()()は思う。

 

 

 見るにも悲惨すぎる光景を只々傍観することしか出来無い。

 

 

 そこと立つ少年の目は光を失っている。

 

 

 暫くすると少年が倒れる。

 

 

 それと同時に少女は何も見えなくなり、夢を見たことを忘れる。

 

 

 これを思い出すのはこの夢を見る時だけ。

 

 

 もし覚えてたならば、夢に見た少年が彼女の近くにいる男だと気づいてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん。私も寝てしまっていたのか」

 

 箒が目を覚ます。手を握ったまま不安定な状態で眠ってしまった為、白夜に上から覆いかぶさるように寝てしまっていた。

 

「箒ちゃんもう起きてしまったのですか?」

 

 既に白夜は起きており、それどころか箒の頭を撫でていた。

 

「看病してくれたお礼です。昔はこうやると凄く喜んでいましたね。ふふふ、今の顔を見ると今でも嬉しそうですね」

 

 照れている顔を見せないように顔をうずめるが、埋めた先は白夜の胸なので、白夜から見れば甘えてくるように見えていたとか。

 

 

 

 



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原作1巻 その伍

この作品においては、箒ちゃんは原作よりも凛々しくなっており、言動に関しても原作と大きく乖離しています。ほぼオリ主に近いのかも知れないです。

それに伴って、名前付きモブも動かしやすいように色々と原作と変わっています。

今回だと鏡さんがネット検索して出てくる感じよりもアクティブな感じになっているのでご注意ください。



 IS学園は普通の高校よりもやらなければならない事が多い為、土曜日も午前中だけだが授業がある。目覚めた後あたふたした箒だったが、起きた時間はいつもと変わらずゆっくり準備しても間に合う時間だった。白夜の元に来た時点で翌朝の鍛錬の道具を持って来ていた。竹刀を持って部屋の外に出ようとすると白夜に腕を掴まれた。

 

「今日は朝の鍛錬は無しにしましょう」

「どうしてだ?」

「意味は特にありませんが、体を休めるのも大切とだけ言っておきましょう。それに二人で久々に朝御飯を食べたいですしね」

 

 その発言で箒は折れた。たしかにIS学園が運営する食堂は美味かったが、五年間白夜の手料理を食べ続けた彼女にとっては満足出来るものではなかった。

 

「今から作るので少し時間がかかりますが大丈夫ですか?」

「あぁ、全然大丈夫だ!」

 

 隠そうとしていた喜びが声に出てしまい、白夜は微笑み箒は顔を背ける。

 箒は料理が出来上がるまで手持ち無沙汰になった。

 

(こうしてるとあそこに居たことを思い出す。たしか、白夜が料理をしていて暇な時は後ろ姿を見るのが好きだったな)

 

 調理をする心地良い音が箒の耳に届く。無理な体制で寝ていたせいか、ちゃんと体の疲れを取れていなかったのだろう、箒はこくこくと首を動かし船を漕いでいた。

 

「先程布団カバーも変えましたし少し寝ますか?」

「ん、だいじょうぶ」

 

 白夜がいつの間にか目の前にいることにも気が付かないほど夢と現の間を彷徨っていたが、白夜の提案を断る。

 

「このまま出来上がるのを待っていてもきっと寝てしまいますよ。この後の授業にも支障が有るのでは無いですか?」

「確かにそうだが……」

「完成する頃にはきちんと起こします。私がご飯の前に起こさなかった事はありませんから、安心してください」

 

 白夜の料理姿を見続けたかったが、ここまで言われて断れる訳もなく布団に入る。布団からは彼の着ている物と同じ匂いがする。去年の夏に抱きしめられた様に、今も優しく抱擁されている気がした。朝ご飯が出来る迄の少しの時間ではあったが、とても有意義な時間であった。

 

 

 

 本日の日程が終わり、今日のパーティーの為に一年一組のそれぞれが自分に割り振られた仕事に取り掛かる。セシリアは一夏がパーティーの存在を悟らないように、授業が終わり次第直ぐに一緒に学食に行き、パーティーまでアリーナでISをする事になっている。

 そして箒は、パーティー用の料理を作ることになっている。しかしまだお昼である故、料理を始めるには早すぎることやお昼がまだということで教室でクラスメイトと弁当を食べていた。予め教室で食べることを決めていたので各々が弁当やパンを持って来ていた。ちなみに、箒の弁当は白夜が朝ご飯と一緒に作ったものである。

 

「しののんの弁当おいしそう!!一口貰ってもいい?」

「いいぞ。他のみんなも食べるか?」

 

 惣菜パンを食べていた布仏が箒の弁当に興味を示した。すると、前もって準備をしていた箒が鞄からもう一つの弁当と何膳かの箸を取り出した。

 

「誰かが興味を持ったら出そうを思っていたのだ。別に一人で食べようとしていた訳ではないぞ」

「しののん、誰もどうして今まで出さなかったのって聞いてないよ?」

「!?」

「てか、自分で作ったなら普通出すよね。ということは他の誰かに作ってもらったってこと?」

「ふふふふ。実は私、篠ノ之さんが昨晩何処に居たとかというトップシークレットな秘密を持っているのです」

「トップシークレットな秘密ってシークレットかぶりしてんじゃん!」

 

 意味有りげに語るも鏡にツッコミを入れられイマイチ締まらない鷹月。

 

「まぁまぁ、それは良いとして。実は篠ノ之さんはね、昨日…」

「その口を閉じろっ!!」

「本音!!!」

「ラジャー」

「布仏!何をするっ!?」

 

 仮にも暗部に仕える家系の布仏に適切な箇所を抑えられ、箒は今にも爆弾発言をしようとしていた鷹月を止めることが出来なくなった。

 

「実は篠ノ之箒さん、昨日雨宮さんの部屋にお泊りしたのだーーっ!!!!」

「「「「きゃーーーーー!!!!!」」」」

 

 一緒に食べていた面子だけでなく、周りにいた者に歓声をあげる。

 

「もしかして篠ノ之さんヤって……」

「その様な事はしておらん!ただ体調を崩した白夜の世話をしていただけだ」

「なーんだ」

「ねぇねぇ、ヤったってなにを?ゲーム?」

「本音は何も知らなくていいからねー。よしっ、きっと白夜が作った食べよう!」

「たしかにそうだが、あからさまに話を変えようとしているな鷹月……」

 

 そんな箒のつぶやきを無視し、それぞれが弁当のおかずを食べる。ある者は幸せな顔をし、ある者は驚きを表現し、ある者は口に箸を咥えたまま放心した。そこ光景を見て箒はしたり顔をする。

 

「どうだ美味いであろう」

「うん!おいしい!!」

「雨宮さんって料理しない人だと思ってたのに……」

「負けた。私より料理がうまい…」

 

 箒、布仏、鏡、鷹月の順の発言である。

 

「篠ノ之さん料理上手いから、一緒に住んでた時も篠ノ之さんが料理してたんじゃないの?」

「私も初めから上手に作れた訳ではない。白夜に教えてもらってあそこ迄出来るようになったのだ」

「今日のパーティーの料理を誰が作るか決めた時に皆で作りあったけど、その時一番美味しかったのは篠ノ之さんだったしね。それより上となると誰も敵わないんじゃないかなー」

 

 鏡の発言に皆が頷く。先日、数回に分けて料理担当を決める為に各人が持てる力を全て出した料理を食べ合う機会があった。一番評価が高かったのは箒であった。ちなみに、一番評価が低かったのは見た目以外が全くダメだったセシリアである。

 

「織斑くんの料理の上手さを聞いてなかったらきっと本番で轟沈してたんだろうなー」

「たしかに一夏の料理は美味しいが、他人の料理にケチをつけるようなヤツではないぞ?……おそらくセシリアの料理でも完食していただろう」

「それはおりむーが優しいって考えればいいのかな?」

「あれはイヤな事件だったね…」

 

 箒と一緒に英国の神秘を体験した鏡が苦い顔をする。気がつけば皆がお昼を食べ終わっており、話の話題はこれから作る料理へと移っていた。

 

「篠ノ之さんの料理の師匠が雨宮さんってことは分かったけど、和食以外の料理はどうやって覚えたの?やっぱり本を見ながら練習?」

「和食以外も白夜から教わった。何でも、昔に世界を渡り歩いたとか」

「何だか雨宮さんって知れば知るほど遠ざかっていくよね……」

「でもでも、そのお陰で皆で料理できるから良しとしようよ!!それで何を作るんだっけ?」

「確認してないのー?」

「お菓子しか見てないであります鏡軍曹!!」

「いい返事をありがとう本音」

「それでなにをつくるの?」

「えーっと、確かね……」

 

 

 

 

 パーティーの準備が終わり、時間まで少し時間が出来た箒は今回作ったいくつかの料理の内、フライドポテトを白夜に持って行った。持っていった際、一つを食べ「美味しいですね」と微笑んでくれた事が嬉しかった。白夜の自室がある職員棟から食堂まで上機嫌で歩いていると、校内地図が映し出された掲示板を睨む様に見る小柄な少女を見つけた。制服のリボンの色を見ると箒と同じ色だった為同級生と理解した。

 

「何処を探している?もし良かったら道を教えようか?」

 

 一夏の訓練に付き添っていない時や、自己鍛錬が休みの時は白夜に付き添っている為、一年生の中では良く校内を知っている方である。

 

「それじゃお願いしようかしら。総合受付ってここからどういけばいいの?」

「総合受付は……、ここから遠いな。このまま私が案内するからついて来い」

「そこまでなら良いわよ、初めて会った人にそこまでしてもらうのも悪いし」

「気にするな。これから学びを共にしていく学友に時間を避けないほど忙しくないからな」

「ならお願いするわ。あたしは凰鈴音、鈴でいいわ。ちなみに転校生よ」

「総合受付と言っていたからまさかとは思っていたがやはり転校生だったか。私は篠ノ之箒だ。気軽に箒と呼んでくれ」

 

 箒の後をついて行く鈴は少し考えをしているように顔を顰めていたが、ハッと思い出した。

 

「箒ってもしかして一夏と幼馴染だったりする?」

「ほぅ一夏と知り合いだったか。勿論その通りだが、すると鈴は一夏が言っていた『腐れ縁』というやつか」

 

 その発言に鈴は首肯する。

 

「一夏が私の事を『腐れ縁』ね…」

「鈴のことが初めて話題に出た時は『セカンド幼馴染』と言っていたが、女性に順位を付けるのは軟派な男のする事だと注意したら『腐れ縁』と言ったんだ。もしこの呼び方が嫌だったら伝えておくが」

「いや大丈夫よ、そう呼ばれたことが無かったから少しむず痒くてね。ところで一つ聞きたいことがあるんだけど」

「別に私は一夏に惚れてはいないぞ」

「そうそう一夏に惚れて……、って何で質問分かったのよ!!」

「一夏の人間性に触れて惚れぬ者はほとんど居ないからな」

「ならなんで箒は惚れてないのよ」

 

 少し興奮した様に尋ねる鈴に冷静に答える。

 

「私も昔は惚れていた。しかし離れてから分かるものがあるらしくてな、私の一夏へ向けていた感情は憧憬だったと気が付いた」

「そうなんだ」

「鈴が一夏から離れてもまだ一夏の事を好いているならその気持ちは本物であろう。さぁ、総合受付に着いたぞ。もし一夏の事について相談事があれば気軽に一組を訪ねてくれ」

「まだまだ聞きたいこと沢山あるから絶対行くと思うわ。ここまで連れて来てくれてありがとう、もしも同じクラスになれなくてもこれからよろしく!!!」

 

 

 

 既に沈み、空には大きな満月が輝いている。膨大な敷地内に数個ある中庭のうち食堂に近いところに、既に季節が終わっている筈なのに満開の桜がある。その桜の木の下で呉座を敷き、徳利と盃を側に置きながら肩に羽織を掛けている白夜がいた。彼の元にやって来る人影があった。白夜はそれに気が付き声をかける。

 

「おや織斑先生、こんな所で奇遇ですね。もしかしてこれに釣られましたか?」

 

 徳利を持ち上げ千冬に見せる。

 

「夜の散歩をしていたら雰囲気を感じて来ただけだ。それに織斑先生というとは止めてくれ、生徒や後輩に言われるならともかくアナタに呼ばれるのはくすぐったい」

「なら千冬さんと呼びましょう。それでどうでしょう、散歩のついでに」

「ここ最近忙しくて飲めてなかったからな、私も一緒させてもらおう」

 

 白夜の隣に腰を下ろす千冬に、白夜が座布団を渡す。下に座布団を置き座る。それに続きそこの平たい酒器を渡す。

 

「用意がいいな」

「誰か来たら一緒に飲もうとお待っていましたから。それっぽい酒器ですが、別に呑み方は気にしないで下さい。特に気にしませんから」

「この様な酒器で飲むことは無いからそれはありがたいな」

 

 白夜が千冬にお酒を注ぎ、千冬は一口飲む。味わったことの無い味わいが口中に広がる。

 

「うまいな…」

「私の知り合いから頂いたものですが、私自身こんな事で無いと飲みませんからね」

 

 盃をに口をつけ、ぐびっと飲み干す。

 

「季節外れの狂い咲きの桜というのも風情がありよりお酒を美味しくしますが、今日は微かに聞こえてくる笑い声がお酒を美味しくしてくれますね」

「それは言えているな」

 

 微かに聞こえる一組の生徒の笑い声。普通の者には聞こえないほどの小ささだが、些か普通から外れているこの二人の耳には届いていた。

 

「しかし良く呑むな。お酒が好きなのか?」

「お酒がというよりは、お酒を呑んでるこの雰囲気が好きなんです。散り際の桜がもっとも美しいと思うのですが、ここまで咲いている桜もなかなか趣がありますしね」

 

 その服装も相俟ってか、千冬は過去にタイムスリップしたような感覚を覚えた。

 

「つくづくこの時代に生きているのが惜しいな。アナタほどの人間ならば、時代が時代なら大成したでしょうに」

「千冬さんまでその様なことを言いますか……」

「よく言われるのか?」

「そうですね、昔出会って仲良くなった方には殆ど言われましたし、ここ最近では箒ちゃんにまで言われてしまいましたね」

「あの篠ノ之が冗句を言うようになったのか。幼い頃を知る者としては嬉しい限りだがな」

 

 その発言に白夜の笑みはより一層深まる。たしかに初めて会った時の箒ちゃんの堅さはすごかったですね、と心で呟く。

 

「ここまで心を開いてくれる様になったのは、ここ一年の出来事なんですがね。私としては嬉しかったですね」

「そうだったのか。どうして箒を引き取ったんだ?」

 

 ふと湧き出た疑問を口に出す。

 

「理由は単純なモノですよ。只、柳韻さんに頼まれたと云うのと娯楽の為でしたし」

「前者は分かるが、娯楽?」

「数多くの剣を学んだ身として後はそれらを極めるだけでしたが、想像以上に独りでは中々進まなかったのです。そこで、私と張り合える又は私について来れる者を育てなければと思ったのですよ」

「それが篠ノ之か」

「そういうことになりますね。私の期待以上に育ってくれましたし」

「篠ノ之をその様な存在と見ているわけはないのだろう?」

「ですね。初めて箒ちゃんに会った時に思いましたよ、体を強くする前に心を治してあげないと、と。そこからは出来るだけ箒ちゃんにとって心安らげる場所を目指しましたし、結果として私にも懐いてくれました」

 

 千冬は「懐いているのではなく好いている方が正しい」と言おうとしたが、お酒と一緒に呑み込む。これは箒が本人に言わなければならないと思ったからだ。

 

「ふふふ、自分を語ると云うのも恥ずかしいものですね。呑み直しです」

 

 盃のお酒を勢い良く飲み干す。生徒達のパーティーが終わっても二人の宴は終わらなかった。








ちなみに作者はファース党では無いので悪しからず。


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原作1巻 その陸

 就任パーティーから一日明けた月曜日の朝、一年一組の教室には全員が集まっていた。集まった理由は、昨日掲示されたクラス対抗戦についてだった。掲示された内容には優勝クラスへの特典も有り、まだISに触れる事の少ない一年生はそこまて豪華な物ではなかったが、二年三年の物は豪華でそれを目指してクラス全体で盛り上がっているのを箒や他のクラスメイトも見ていた。

 

 一年一組は一学年で最もアドバンテージが有ると云っても過言ではない。なんせ専用機を持っている人が二人もいるため、アリーナさえ取れれば何時でも練習が出来る。よって引き続き専用機を持つセシリアがIS操縦を教える事となった。他の皆はISを借りれたら共に練習する、と言った感じだ。それ以外の時は時間を見つけて他クラスの偵察など個々人が出来ることをする。

 

 一通り話し終わった。それぞれがHRが始まるまで思い思いの事をする。箒、一夏、セシリアの三人はこれからどの様に訓練を進めるか話し合っていた。

 

「とは言っても、他のクラスには専用機持ちはいませんのよ?何もここまで本気にやらなくとも……」

 

 四組に日本の国家代表候補生が居るものの、専用機の開発プロジェクトが凍結している。

 

「だからと言って、手を抜くことはいけないぞ。ふとした事で足元を掬われるかも知れんからな」

 

「専用機持ちが居ないってのはやりやすいかな」

 

「その情報古いわよっ!!」

 

 勢い良く開かれた教室のドアから一人の少女が現れる。校則で許される範囲で制服を改造し、髪をツインテールに結んでいる。

 

「もしかして鈴か?」

 

「そうよ、久しぶりね。箒も一日ぶりね」

 

「そうだな」

 

「二人とも知り合いだったのか?」

 

「迷ってる所を助けてもらったの」

 

「でもなんだその口調、似合ってないぞ」

 

「うっさいわね!!!」

 

 久しぶりに会った二人が話しているとチャイムが鳴った。しかし二人の耳には届いていなく、まだ話を続けている。その隣でセシリアが箒に尋ねる。

 

「箒さん、あのリンという方は一夏さんのどんな関係ですの?」

 

「私が転校した後にやってきた子だ。小学五年生からの腐れ縁で、去年自国の中国に帰ったらしい。それよりセシリア、今はそのことを忘れて準備をし授業に臨んだ方が良いぞ」

 

「どうしてですの?」

 

「アレを見ろ」

 

 箒が指を指した先には伝家の宝刀『出席簿』を抱えた千冬がいた。箒の言いたいことを理解したセシリアは直ぐに自分の席に戻り、意識を集中させ、煩悩を消し去る努力をする。箒も自分の席に戻る。

 

「おい」

 

「なによっ!!」

 

 声の主を知り鈴は顔を青くする。

 

「ほう、目上の人にその様な態度を取るのか凰」

 

「ち、千冬さん」

 

「織斑先生と呼べ。チャイムが鳴ったぞクラスに戻れ」

 

「分かりました!!」 

 

 結局出席簿で頭を叩かれたのは、急いで二組に戻っていく鈴を見ていた一夏だけだった。

 

 

 やはり一夏と鈴のことが気になり授業に身が入らなかったセシリアが千冬に怒られたり、一夏がボーッとして怒られたりしたが、午前の日程が終わった。昼休み箒は千冬に無人の教室に事情も聞かされず連れて行かれた。何かあったのかと思いつつ付いて行く。その教室の中には姉の束がいた。 

 

「やっほー箒ちゃん♪ひっさしぶりー」

 

 あまりにも唐突過ぎた為、箒は千冬に目線を向けて助けを求める。

 

「ちなみに束はこの日の為に半年以上前からアポを取っていた」

 

「えっ?あの姉さんが?」

 

 何が何でも我を通す束がアポを取っている事に更に困惑する。そんな彼女を見かねてか、束が話を始める。

 

「その事は後で触れるけど、まずはアレだね箒ちゃん入学おめでとう!」 

 

「ありがとうございます」

 

「うんうん、思ったより箒ちゃんがツンツンして無くてお姉ちゃん嬉しい!!私のせいで家族と別れさせる事になっちゃったから恨まれても仕方ないんだけどね」

 

「その事については許してはいないです。ただ、それでも自分の中では折り合いはつけましたし。それでどうして姉さんがアポを取ってまで会いに?」

 

「ちょーーっとこれから忙しくなりそうだからね。会えるうちに会っておかないととおもったのだ。思い立ったらすぐ行動しちゃうから、半年以上前、具体的には去年の夏から計画してたんだけどね」

 

「去年の夏……」

 

「何かあったのか?」

 

 箒はこれまで事を話した。書類でしか伝えられていなかった、千冬達から離れた後の事。更に去年の夏、一人でいる所をISに襲われた事、その際白夜に助けてもらった事を。 

 

「そのような事が……」

 

「その日の夜に白くんとお話して、箒ちゃんの入学の話とか用務員になるかどうかの話をしたんだよね。それでね箒ちゃん、箒ちゃんの安全の為にISを用意をしようと思うんだけど受け取ってもらえるかな?」

 

「それは専用機をお前が作るも言うことか?」

 

「そーだよちーちゃん。これから沢山前みたいな事も起こると思うんだ、毎回その場に白くんが居るわけでもないし、箒ちゃんがいくら強くなったってISに生身で勝てる道理もないからね」

 

「私は……」

 

「すぐ答え出すのは難しいかな?いいよまだ。ゆっくり考えても、束さんは箒ちゃんがいつ返事をしても良いように準備をしておくから」

 

「姉さん」 

 

「いいのいいの、これが家族をバラバラにしちゃった私に出来る数少ない事なんだから」

 

「ありがとうございます」

 

「急にこんな所に連れてきて悪かったな。昼の時間も残り少ない、これを持って教室で食べろ」

 

 千冬から箒に弁当箱を渡す。

 

「白夜が朝来てな、篠ノ之に渡すよう頼まれた。アイツも束がここに来るのを知っていたからだと思うがな」

 

 一礼して教室を去る。残った二人は再び話を始める。

 

「お前がここまで落ち着くとはな。私としては嬉しい限りだが」

 

「そんなことないよー、今回はこんな風にしないとダメだと思ったからだし。今回の束さんは真面目モードなんだよ」

 

 どこからとも無くパソコンを取り出し、画面を千冬に見せる。それを見た千冬は顔をしかめる。

 

「これが箒ちゃんといーくんを襲うために作られた計画書。世界中に散らばってたのを集めるのは大変だったけど、これで全部なはず」

 

亡国機業(ファントムタスク)か……」

 

「所属してる一人ひとりは弱いけど数が多くてね、天才の束さんでも白くんの友達に手伝ってもらってやっとかな」

 

「先程から言ってる白くんは白夜のことだよな?」

 

「うんそうだよ!白くんの友達に倣ってみたの。それでね仲間の一人が見つけたんだけど、近い内に襲撃を計画しているらしいの。私も直接は無理だけど手伝うつもりだし。長居すると見つかるかもだから、これにて今日はおわりかな」

 

 窓から飛び降りようとする束に千冬は問いかける。

 

「最後に一ついいか?」

 

「なにかなちーちゃん」

 

「去年の夏、篠ノ之を助けたのはお前か?」

 

「ううん、違うよ。箒ちゃんを助けたのは白くんだよ」

 

 そう言い残して窓から降り、クロエのワールドパージで姿を消す。

 

 

 

 

 

「本当に今までそれほどISに触れていなかったなど、信じられませんわ」

 

 先月予約を取っていたISが漸く使えるとの事で、箒は一夏とセシリアと訓練をしていた。始めは箒がISに馴れる為に二人から離れて三十分ほど剣を振ったあと、一度一夏と剣を交えることになった。結果は箒の勝利。その結果にセシリアは驚き、一夏は悔しがった。

 

「くそっ、ISだったら箒に勝てると思ったのに!!」

 

「まだまだ精進が必要ですわね、一夏さん。でも最初は二人とも拮抗していましたのに、急に箒さん有利になりましたの」

 

「たしかに……、何かワケがあるのか?」

 

「特に特別なことは無い、打鉄が体に馴染むようになっただけだ。一度馴染んでしまえばもう体の一部と言っても過言ではないからな」

 

「つまりどういう事ですの?」

 

「白夜に本格的な剣術を習う前に言われたことなのだが『手にした物や身に付けたは全て自分の思った通りに、つまりは体の一部又は体の延長線上として扱える様になれ』とな。だから、ISを着けていようが何時も通りの動きが出来たのだ。一夏なら分かるだろうが、生身で剣を振る際とISを着けた際のブレが有るのだが、それがほぼ零になると言うのがいいか」

 

 その説明に二人は口をポカーンと開けている。あまりにも次元が違いすぎた。

 

「これならば様々な事が出来そうだな」

 

 打鉄に標準装備されている葵を取り出す。その速度は国家代表に遅れを取らない速さだった。取り出した瞬間から手に馴染み、自分の思うように動くことが分かった。横に一閃振り切る。ただ見ただけでは何の変化も無かったが、ハイパーセンサー越しに見た二人には空気が動いた事に気が付いた。

 

「ふむ、やはり生身でやるのより楽に出来るな」

 

「何だか幼馴染がとてつもない事をさも整然とやってのけたんだが……」

 

「とてつもない事って、そこまでではないだろう。剣で衝撃波を飛ばしただけだ、剣撃を飛ばすのは映画などではよくあるだろう。それに白夜はISを使わずにバンバン飛ばすぞ?」

 

「お二人には私の常識がやはり通じないと理解させられましたわ。……まぁ気を取り直して訓練をしましょう。箒さんがここまで扱いに慣れているとは思ってませんでしたからすこし予定を変えて、箒さんに近接戦闘を教えて貰いましょう。箒さんできますか?」

 

「全然問題ない。これからやる事が早くやっただけだからな」

 

 一夏もセシリアも近接武器を出し、一夏はそれしかないのだが、構える。

 

「まずは地に足をつけた状態で、近接戦闘を行う。地上という普通の場所で出来ないことが、空中という普通と違う場所でできる道理はないからな。さぁ、かかってこい!」

 

 一夏が威勢よく声を上げて、セシリアもそれに続くように箒へと駆けていく。

 

 

 

 

 その日の訓練を終えアリーナからピットに戻ると、スポーツドリンクとタオルを持った鈴がいた。

 

「ここは関係者以外立入禁止ですのよ」

 

 同じく一夏を狙っているセシリアが敵である鈴を責める。しかし鈴はそんな事を気にせず、一夏の元に駆け寄り手に持ってるものを渡す。

 

「一夏おつかれさま!はいこれ、アンタが前に言ってたみたいにゆるめのスポーツドリンクよ」

 

「おっ、ありがとうな」

 

 目標を達成した鈴は箒もいた事に気が付いた。

 

「なんだ箒、あなたもいたのね」

 

「漸くISの順番がやって来たからな。一夏に今剣を教えているのは私だからな。といっても私もまだまだ教わる立場だがな」

 

「へぇ、箒って剣をやってるのね。実力はどんな感じなの?」

 

 鈴の質問に一夏が答える。

 

「俺も昔はやってたけどそのまま続けていたとしても追いつけないような、全く別次元なんだよな。箒の師匠が凄いからってのもあるけどさ」

「別次元って気になるわね。何?有名なの?」

 

「世間一般では全然有名じゃないが、ここに居る人なら殆ど知ってる人だぞ」

 

「あっ、箒さ……」

 

「IS学園にいるのね。って事は先生の誰か?」

 

 何かに気づき止めようとしたセシリアだが、その声は鈴の更なる質問と被さって届かなかった。

 

「用務員の雨宮白夜だ。鈴は知っているか?」

 

「……ごめんちゃんと聞き取れなかったかも、もう一度お願いできるかしら」

 

 距離もそんなに離れていなく、声の大きさも小さくなかったのに聞こえなかった事を不思議に思いながらも、先程と同じ名前を告げる。

 

「雨宮白夜だ、長い黒髪の和服の男を見なかったか?」

 

「……。箒」

 

「ん?なんだ?」

 

「直ぐにアレから離れなさい。アレの近くに居るだけで厄介事が起こるわよ」

 

 先程までと逆の雰囲気を出してた。鈴の言ってる意味が分からない箒と一夏の二人は揃って首を傾げた。

 

「鈴さん、お二人は代表候補生じゃありませんから何も知りませんわ」

 

「そうだったわね。少し早とちりしちゃったかも」

 

「白夜さんがどうしたんだよ!?」

 

「一夏、アンタも交流を持っていたのね。いい?教えてあげる」

 

 二人は耳を傾ける。

 

「アレは疫病神よ。アレが現れる所では必ず戦いが起こるの。人が死んだり死ななかったりはあるけど、必ずその戦いに参戦したいくつかの団体の内一つは壊滅してしまうの。だから世界的につけられた名前はアンタッチャブル(触れてはならないモノ)、その名前で呼ぶことすら危険だとされてるらしいけどね。中国では5師団が壊滅させられたのよ」

 

 その言葉に一夏は驚くが、箒はそれほど驚かなかった。そんな彼女から出てきた言葉はヒドく単純だった。

 

「それがどうした?」

 

「はっ?自分が何を言ってるか分かってるの?」

 

「私は鈴が言ってるの方が分からないがな。白夜といると私にまで厄介事が来るなど、そんな些細な事が白夜と離れる理由になど成り得ない。それに巻き込まれても対処出来る力を付けてもいるし、なにより白夜が私を守ってくれると言ったのだ、それを信じずしてどうして弟子と名乗れるのか。まぁ、5師団を壊滅させたのは信じ難いが白夜なら平然とやってのけそうだがな」

 

「あんたねぇ……」

 

「しかし鈴の忠告も心には止めておこう。一夏に関しては、唯一の男性操縦者と言う事で忙しいだろうから白夜には極力会わせないようにする。これでどうだ」

 

「もういいわ」

 

 そう言い残して、鈴はピットから出て行った。

 

「白夜さんがそんな風に呼ばれてるなんてな」

 

 着替え終わり、食堂に向かう最中一夏が言った。

 

「しかし、世界から危険視されているのにセシリアは普通に話をするんだ?」

 

 あの一件の性で一時、白夜と敵対していた――セシリアがそう思っているだけで、白夜は特に何とも思っていなかった――のだが、セシリアと一夏の試合が終わった後セシリアは白夜に謝りに行った。それからと言うもの、一夏と箒の鍛錬を見ている時に白夜が箒の様子を見にやって来、良く話をしていた。

 

 各国に白夜の存在が知られたのは箒と彼が戦った時であり、その日のうちにほぼ全ての国の代表と代表候補生に白夜の危険性が教えられ、恐怖を刷り込まれていた。

 

「イギリスは特に白夜さんとは何もありませんでしたの。寧ろ王室の方が白夜さんをお呼びして、剣を見せてもらう程友好的だと耳にしましたの」

 

「なるほどな」

 

 益々白夜についての謎が深まるばかりであった。




次回から出来事はそこまで変わりませんが、事情や背景が変わる予定です。束さんもここではパワーバランスを壊すほどの力を持ってないですしね。

今回も誤字が沢山あるかも知れませんし、一人称や二人称、口調が違う場合もあるかもしれないです。その時は教えていただければ、できるだけ直します。


それでは、感想や評価お待ちしております。


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原作1巻 終

今回限りの名前無しモブが出てるので苦手な方は気を付けてください。


過去最長の一万字超えですので、それではどうぞ。


 IS学園の教室屋上に白夜が一人佇んでいる。髪と同じく、全ての光を吸収してしまいそうな黒の生地に彼岸花が描かれている着物を着ている。女性物であるそれは中性的な顔の彼には良く似合っていた。腰には左右に刀が一振りずつ存在しており、柄及び鞘も黒で統一されている。彼にはそんな雰囲気に合わないものが耳に付いている。

 

 

「こちらの準備は完了しました」

 

「りょーかい。こっちも配置についたから準備できたよー!でもでも流石の天才()でも数の暴力には勝てないからね」

 

「そちらは私の知り合いがきちんとカバーしてくれると思うので安心していいですよ。配置している所は完璧ですが、それ以外の所をどれだけ上手く対処出来るかが問題になりますね」

 

「そうだね。そこで白くんの出番だから、そこまで気にしてないんだけどね」

 

「それは嬉しいことです。流石の私でも千里眼そのものは持ってませんので誘導はお願いしますよ。もしそっちが狙われた時は対処を優先してもらって構いませんが」

 

「『千里眼そのものは持ってない』って似たものは持ってるのか……。うんわかった、何かあったらそっちを優先するね。まぁ、それでも白くんとの通信は特別製だから通信できるから、場所だけは伝えられるよ。それじゃ一旦通信切るね」

 

 

 白夜側の戦力は全員を含め10人ばかり。半分が戦闘班、もう半数が通信班となっている。人数は少ないながらも練度は並ではない、手練達である。

 

 

「出来れば何も起こらなければ良いのですが、そうなること事はありませんかね……」

 

 

 白夜の呟きは風に掻き消され、そして白夜の姿も消えた。

 

 

 既に一夏vs鈴の試合は始まっていた。箒はセシリアと共に管制室に連れて行かれ、そこで試合を見ていた。クラスメイトと観たかったが、千冬に直接来いと言われて断るわけにはいかなかった。更に、一緒に来たセシリアはモニター越しながらも一夏の戦いを近くで見れて興奮している。

 

 一夏は雪片弐型一本で鈴の双天牙月二振りによる攻撃を的確に捌いている。セシリアとの決闘で見た剣よりも格段にレベルが違っており、真耶のみでならず千冬も感嘆の声を出した。

 

 

「凄いですね織斑くん。前より剣筋が良くなってますよ!」

 

「そうだな。何の為に剣を振るっているかが伝わってくる。篠ノ之、アイツに何を教えた」

 

「何をと言われましたら『剣を』としか言いようが有りませんが。どの様なと言われたら『護る剣』を教えました」

 

 

 そう言われ一夏の剣を見ると確かに、攻めていると言うよりは受けている。箒は言葉を続ける。

 

 

「セシリアとの戦いの前まで、剣を思い出すためだけに教えていたのですが、その際の宣言に基づいて方向性を与えました。みんなを護る為の『決して折れない剣』、逃げるのに十分な時間を稼ぐ為の『受ける剣』を。それによって、攻撃の機会が減りますが」

 

 

 一夏が双天牙月を受け続け鈴が体制を崩したその瞬間を狙って零落白夜を放つ。それは見事に鈴に当たり、シールドエネルギーを大きく減らす。

 

 

「こんな風に予め決めた攻撃に合わせて零落白夜を発動させられるというメリットも有りますからね。後は一夏が忍耐力を付ければこの戦闘スタイルは完成します」

 

 

「なるほどな。それは白夜の教えか?」

 

 

「そうなりますね。私自身も考えるようになって更に良くなったので一夏にも、と思いまして。まあ私は攻めて攻めて『相手を倒す』ことを念頭に置いてるので、指導は白夜から一度聞いたものを教える感じでしたが」

 

 

 その時だ、突然アリーナと客席の間にあるシールドが音を立てて砕け、一夏と鈴の間に何かが落ち、土埃が生じる。真耶や他の教師や生徒が端末を使い観客を避難させようとするが全てエラーとなる。

 

 

「織斑先生!!!」

 

「落ち着け山田先生」

 

「落ち着いてなんかいられません!現に織斑くんと凰さんが!」

 

 

 ドンドンと扉が強く叩かれる音がする。生徒達は何者かがここまで来たと考え慌てふためく。

 

 

「やは……きま……んか。人も……ようですし、斬ってしまいますか」

 

 

 次の瞬間強固な扉の外枠が斬られ、大きな音と共に倒れる。悲鳴を出して驚く者もいたが入って来た白夜の見たことも無い覇気にあてられ静かになる。

 

 

「千冬さん、これをお願いします」

 

 

 ジャックの付いた小さな黒い装置を千冬に投げ渡す。それを受け取ると、やはり彼女の親友作の物だとわかりメインコンピューターに刺す。すると、先程までエラーしか吐き出さなかった個々のパソコンが正常に使えるようになる。パソコンは生徒が触れるまでもなく、遠隔操作によりハッキングに対応している。

 

 

「やっほーーー!みんな元気かな?」

 

 

 場違いな声がスピーカーからみんなの耳に届く。

 

 

「現状はどうなっている」

 

「挨拶もないなんてちーちゃんつれないなー。非常事態だから仕方ないけどね。うーんとね、IS学園のネットワーク系は全て掌握されたよ」

 

 

 前半のおちゃらけた感じが無くなり、室内に緊張が生じる。

 

 

「扉のシステムを奪われるどころか、学園のコア管理システムまで乗っ取られるし。専用機持ちはISの起動どころかオープンチャンネルさえ使えない。その例外として別枠で管理されてたいっくんと本登録されてなかったチャイナは無事なんだけどね」

 

「大丈夫なんだろうな?」

 

「流石の(天才)でも数の暴力には勝てないね。十倍を相手にするのがここまで難しかったとは。何処からか見ててほくそ笑んでる奴には悪いけど、こっちが後手に回るのもここまでなんだから!とりあえずオープンチャンネルは使えるようになったから、いっくんと連絡は取れるはずだよちーちゃん」

 

 千冬は急いでマイクを付け二人に声をかける。

 

「聞こえるか!?一夏!凰!」

 

「千冬ねぇ!!聞こえてるぜ!」

 

 

 一夏の無事を確認できた千冬は真耶や生徒の前であるが安堵の息を漏らす。

 

 

「こっちは鈴も含めて無事だ。突然やって来た奴も全然攻撃して来ないし」

 

「ふふふ、それについては私がせつめいしよー」

 

「えっ!束さん!?」

 

 

 ここにいるはずも無い束に驚くが彼女は言葉を続ける。

 

 

「悪の組織(仮)から送られてきたそれに用いられてる技術は、私の物を100%転用した物だからちゃちゃっとものの数秒で掌握出来てしまうのだ!いっくんの所に落ちた瞬間自由を奪ったから、滅多滅多のぐっしゃぐっしゃにしていいんだよー」

 

「でもこれ人が乗って」

 

「それは無人機だからやっていいのだよ。んじゃよろしくね!」

 

 

 一夏の声がフェードアウトしていく。

 

 

「さてと、次は生徒の避難だったけかな。こんな時にまとめて講堂で待機させるのもどうかと思うけどね。ちーちゃん、オープンチャンネルを使って連絡はついた?」

「事前に決めていたとおり扉の前に待機させたが、システムの奪還は終わってない今何も出来ないぞ」

 

 

 学園長や千冬、束と白夜等で事前に手筈を決めた時はここまで攻撃が激しくない元で作られていた。しかし現状はアリーナの扉を開けられないほどシステムが侵されている。

 

 

「そこで白くんの出番だよ」

 

「しかし白夜にはアレ(迎撃)があるだろうが」

 

「ねえ白くんどれくらいかかる?」

 

「そうですね。ここからですと一分ですかね」

 

 

 ここからアリーナへの距離を知っている者はあまりの短さに驚きの声をあげる。

 

 

「一分か、着いてから扉を斬り、そこから現場に向かうと更に時間がかかって本来の仕事が出来なくなる。危険だがアリーナに居てもらったほうがまだ安全だな」

 

「何言ってるのちーちゃん」

 

「そうですよ千冬さん。ここからあれこれして現場に着くのが一分ですよ」

 

「っと、そろそろ到着しそうだから白くんはもう行動始めちゃって」

 

「分かりました」

 

 

 白夜は返事をすると共に姿を消した。

 

 

「もう行ってしまったか……。お前らも避難を開始しろ、ここから講堂までと距離は長いからすぐに行動を始めろ!」

 

 

 千冬の命令に箒達生徒は返事をし避難を始める。

 

 

「束さん、敵さんが来るまでどれくらいですか?」

 

「あと五秒!急がないとやばいかもかも」

 

 奥歯からガリっと音がする程強く歯を噛み締め強く()()を踏みしめ、空間を跳ぶ。一秒が何分にんにも感じられるほど意識を集中させる。耳には束のカウントダウンが聞こえる。

 

 

「…2、1、0!」

 

「なんとか間に合いましたね」

 

 

 IS学園全体を囲むように防衛を築いていたが、ただ一箇所だけ見ただけでは分からなく第二陣だけが穴だと分かる場所を作っていた。

 

 敵も馬鹿ではなく、発見の報告が無かった白夜が来るのを防ぐ為に、白夜が遅れるためIS学園に送ったスパイを使った。しかし、その目的は達成されなかった。

 

 

「ちっ、やっぱり化物ね」

 

 

 白夜の前には数人の人と、アリーナにやって来た無人機が三体いる。それぞれが武器を構えて臨戦態勢になっている。

 

 

「こんな化物を作ったのは貴方達なのですがね。それにしても、ここにこれだけの戦力が来るとは思っていませんでしたね。もう少しばかし、他の所に行くと思ってたのですが」

 

 

 話をする白夜に無人機が斉射する。レーザー系統ではなく実弾だ。IS武器であるそれは普通なら人間をミンチにしてしまう程の威力がある。しかし、相手が普通ではなかった。それた弾丸による土煙が晴れると全てを飲み込むような漆黒の柄にそれとは逆の全てを拒絶するような純白の刀身を抜いた白夜が傷一つ無い状態で立っていた。

 

 

「いきなり撃ってくるなんて酷いじゃないですか?」

 

 そんな事を言いながらも彼は笑みを浮かべる。それだけで見ている人にとっては不気味である。白夜は再び刀をしまう。

 

「それよりもここで時間を使っていいのかしら。他にも潜入しようとしているところもあるのに、貴方が行かなくて大丈夫なのかしらね」

 

「随分私を高く買っている様ですね。……別にそこまでの力は有りませんよ?それに、私以外の人たちの方が強いですし。ましてや学園内にはもっとですしね」

 

「戯言もいい加減にしてくれないかしら。各国の軍を圧倒した貴方が言っても嫌味にしか聞こえないわよ」

 

「それは私と貴方の強さの基準が違うからですよ。ふむ、私が居なくなった間に随分と考え方が変わったようですね。私の強さの基準は貴方達から教わったものですし。それだけの月日が流れたという事ですかね」

 

 今まで白夜と会話をしていた女のもとに「各防衛を突破した」という連絡が入った。女はニヤリと笑う。

 

「お仲間さんはやられてしまったそうよ」

 

「らしいですね。私の方にも連絡が来なくなってしまいました」

 

「それじゃ、私達もそれに続くとしましょう!」

 

 

 その一言が戦いの火蓋を開けた。IS3機の内2機が左右から白夜を挟み込み切り込んでくる。体制を低くする事でそれらを躱すが、そこに残り1機がビームを撃ちこんでくる。低い姿勢のまま前に進みビームを避け、砲身を蹴り上げる。その最中、残りの者が銃を撃つが全て刀によって切り落とされる。

 

 

「チッ。もっと火力を高めなさい!」

 

 

 インカム越しに後ろにいる操縦部隊に指示し、ISによる被害を受けないように後ろに下がる。戦いは激化する。元々白夜達が敵を誘い込むように空けていた場所は木も少なく芝生があるだけの平らな土地であったが、既に芝生の殆どが消えていた。

 

 マシンガンの様に3機から止めどなく銃弾が襲いかかってくるが、その殆どを躱し幾つかを刀で切り落とす。人ひとり簡単に潰せる威力を持つ腕力から繰り出される剣を受け止め後ろに流す。攻撃が激しくなっても白夜には傷一つ付いていない。

 

 しかし、時間が経つにつれて不利になるのは白夜である。人の身である白夜と違いISには擬似ながらもコアがついており、白夜が先にスタミナ切れになる恐れがある。更にはまだ一度も白夜は攻撃をしていない。振るわれた刀は攻撃を受ける為だけであった。

 

 ここにいる亡国機業からすれば中に入れないのは焦れったいが、他に潜入した者達の時間を稼いでいる為それ程苦ではない。更に彼ら自身は何もしていないので気持ちは楽なのである。

 

 

「そろそろヤバイんじゃないかしら。あなたもそうだけど、後ろのIS学園の中とかは更に」

 

「そんなことはないですよ!」

 

 

 返事をして防御が遅れた白夜は、まだ抜いていない方の刀を後ろに投擲する。だが、それは後ろからやって来るISには当たらなかった。しかし避ける為に白夜に至るまでのルートを変えた為白夜に迫るまでの時間が少し増えた。その僅かな時間を用いて、白夜は土を踏みして跳躍しISを避ける。

 

 どちらにも軍配が上がらない状況の中変化が生じる。それは全く別の所からだった。彼女のインカムから、最も危険な者からの声が聞こえる。

 

 

「はろはろー、聞こえるかな亡国機業のみなさーん」

 

 

 インカムから束の声が聞こえる。他の者にも同じく聞こえているらしく困惑の表情を浮かべる。白夜とISの戦闘は尚も続いている。

 

 

「きっと皆は『どうしてコイツが我々の通信に割り込めるんだ?彼女が何も出来ないように抑えていた筈では』と。だめだめ、ただの凡人が私に勝とう何て何万年早いんだよって話だよ。そんなのパパっと終わらせたけど、アンタらを誘い込む為に梃子摺ってる様に見せたの。それに、さっきの防衛が破られたって連絡も嘘だよ!その嘘にだまされたそれぞれの所で今一生懸命戦ってるけど、誰一人として中には入れて無いんだよね。それなのに、IS学園に入り込んでるスパイはここぞとばかりに姿を表してるけど、無駄なのにね〜。それがこっちの目的だったからこっちとしては万々歳なんだけど。さてと、私の役目はここまでかな、皆も終わらせちゃっていいよ」

 

 

 ブツンと通信が切れるとともに、大きな物が倒れる音がする。音源に目向けると白夜が刀をちょうど納めていた。

 

 

「という事でこれでこの茶番は終わりです。なかなかいい訓練には成りました。どうぞ、帰っても良いのですよ?」

 

 

 何事も無かったような顔が更に彼らを苛立たせる。結局は掌の上で踊らされていたと気づいた時何かがキレた。武器を取り出し白夜へと向かう。ある者は銃を撃ち、ある者はナイフで襲いかかる。それも虚しく、全て白夜に防がれる。

 

 

「私としては貴方達の上司、つまりはスコールちゃんが命の勘定すら出来ないかと思うと悲しいですね」

 

「何よそれ。つまり、私達の命よりもアンタの方が重いってことなのかしら!」

 

「そういう事ではありませんよ。むしろ逆です。こんな私に貴方達分の命の価値はありませんよ」

 

 

 それぞれが声を上げ武器も持たずに最後の特攻を仕掛ける。これに応えるはただ一つの音だけ。鞘に刀をしまう音と同時に彼らの首が落ちた。

 

 

「さてと、これで一段落ですかね」

 

 

 彼は変わらず笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。具体的には白夜がアリーナの扉を開けに行った後の事。管制室にいた生徒は3年生の先導の元講堂へと向かっていた。何度か訓練しているとは言え実際に起こるとなると訓練通りに出来るはずもなく、駆け足で足早に行動へ向かう。幸いだった事に、その場にいた1年生は代表候補生のセシリアとこの様な事では動じない箒だけであった。

 

 そんな二人はセシリアが転んでしまった事もあり、集団から少し離れた後方にいた。まだ集団が見え更に箒が避難経路を知っているという事で特に焦ることなく移動していた。前を行く集団が角を曲がり、少し遅れて同じく角を曲がると数メートル先に足を押さえ床に座っている人を見た。彼女も自分と同じく転び遅れたのだと考えたセシリアは彼女に駆け寄る。

 

 

「立てますかしら?」

 

 

 セシリアは彼女に手を差し伸べる。箒も近付くと、彼女の顔に何か黒い物を感じ取る。セシリアはそれに気づいていない。彼女の手がセシリアに触れるその瞬間、黒い何かが膨れ上がるのを感じ、差し伸べられた手と逆の手を掴み自分へと強く引っ張る。

 

 

「っ!」

 

 

 バランスを崩さないように抱き着かれたような体制になっているセシリアは、手があった場所に警棒が振り下ろされていた。当たっていたら骨折は免れなかっただろう。

 

 

「なにをするんですの?」

 

「なーんだ外れちゃったか」

 

 

 後ろに飛び二人から距離を取った彼女はイタズラが失敗したかのようにカラカラと笑う。

 

 

「イギリスの代表候補生とミス束の交渉材料、うふふ私嬉しいわぁ。こんな幸運がやって来て。でも両方同時だと私お腹いっぱいになっちゃうかも」

 

「何が言いたい」

 

「分かんないの?どっちか片方を見逃してやるっていってるの。あんたら二人が私と戦っても勝てないしね。それでもー、私達の味方が他にも沢山入ってるからここから逃げれたとしても安全だって保障は無いんだけど」

 

 

 警棒の先端が肩に当たるように軽く叩きながら提案を述べる。セシリアと箒は目を合わせる。

 

 

「ここはセシリアが戻れ」

 

「何を言ってるんですの?ここは二人して戦ったほうが」

 

「相手はなかなかの手練だ。連携の練習をしていない私達が二人がかりで言っても逆にお互いを危険に晒すことになる。それよりだったら私の方が戦える」

 

「ですがそれでは……」

 

「ねぇまだかしら?そろそろ飽きてきちゃったんだーけーどー」

 

 口調自体は砕けている怒気が見え隠れしている。

 

「いいから行けセシリア!」

 

「……分かりましたわ!必ず助けを連れてきますの!」

 

 

 セシリアがオープンチャンネルで千冬に助けを求めながら、講堂へと駆けていく。

 

 

「あら、あなたの方が残ったのね」

 

「不満があるのか?チラチラと私の方を見ていたから、私が目的だと思っていたのだが。とんだ自意識過剰だったらしいな」

 

「そーゆーワケじゃないの。アンタの方が優先度が高いから、あなたが目的だと言っても過言じゃないんだけどね。ただ、さっき君が逃がした娘は捕まえても殺しても良くて君は生きての捕獲が絶対だったから、それなら殺しても良い方が望ましかっただけ」

 

「その様な考え方は狂っている」

 

「それをアンタが言うか。私もこうやってスパイと潜入してたからこの願望を抑えてたんだけど、この間のアンタとアレの戦いを見たら体が疼いちゃってね。今回の襲撃の際に暴れる役に立候補しちゃったわ。こんな感じで前口上は良いかしらね、無手でどう殺し合うのか分からないけど」

 

 

 肩に担いでいた警棒を下ろし、体の前で構えて戦闘態勢を取る。

 

 

「私は殺しあうつもりはさらさら無いがな。武器に関しては使えるものはコレだけだが無いよりはマシだろう」

 

 

 そう言って髪を留めているリボンを解く。髪は重力に従い腰辺りまで垂れている。

 

 

「髪が長いせいで動きづらいが、無手で戦うよりはマシだろう」

 

「り、リボンって。くくくく、笑いが止まらないんだけど」

 

 

 さっき取った体制を崩してまで腹を抱えて彼女は笑う。先程まで髪をくくっていたリボンはそれ程長さはない。本当に髪を結うためだけにある物だった。それ故に長さも必要最低限しかなく、何年も使っている為柔らかくなっている。

 

 

「あひゃひゃひゃ。いやー笑わせてもらったね。やっぱりアレの弟子だけあって、アレの性質は受け継がれているわけなのねー」

 

「先ほどから言ってるアレとは、もしかすると白夜のことか?」

 

「あーうん。そだね」

 

 ころころと口調や表情を変えていた彼女は突然無表情になる。

 

「そんな名前だったけかね。まぁいいさ、早く殺り合おうよ」

 

 何事も無かったように戦闘が始まる。彼女と箒の距離はさほど無く、数歩駆けるだけで攻撃範囲に入る。

 

「ふっ!」

 

 

 振り下ろされる警棒を危なげも無く躱す。それから何度も警棒を振るうが箒はその全てを避ける。相手の攻撃を見極めると素早く手首にリボンを巻きつけ手首から上を動かないようにする。

 

 

「何するのよっ!」

 

「っ!」

 

 

 リボンで警棒を無効化しそのままリボンごと相手を引き寄せ、鋭い蹴りを放つ。しかしもう片方の手で防がれてしまいダメージは最小限に抑えられてしまった。

 

 

「いいねいいね!こう来なくっちゃ!」

 

 

 恍惚の表情を浮かべる彼女に言いようのない恐怖を感じ半歩下がってしまう。その隙を見逃す彼女では無かった。体制を低くしてロケットの様に飛び出す。先程とは比べ物にならない速さで迫ってくるも完全に射程を見極めていた箒は余裕を持って避ける。いや、避けたつもりだった。

 

 

「だめだめ敵を前にしてるのにそんな、間合いを見切ったからって慢心しちゃ」

 

 

 彼女の癖なのであろう警棒で肩を叩く動作をする。そこで箒は気付く。彼女の肩に触れているのは警棒の先端ではなく腹の部分であり、警棒が伸びているという事に。箒が警棒の長さの違いに気付いたことに彼女が気付き言葉を並べる。

 

 

「これ凄いわよねー。私も良く仕組みは知らないんだけどナノデバイスを警棒に仕込み、私の体と波長をリンクさせるとかなんとかで無理やり伸ばせるようにしたらしいわ。まぁ使えれば良いのだけれど」

 

 

 彼女の言葉を聞きながら箒は怪我の具合を確認する。避け損なった際に警棒が当たってしまった左腕は折れてはいないものの動かすだけで痛みを生じ、使い物にはならない。

 

 同時に、リボンを用いての戦闘が継続不可能になった事を意味する。リボンでの戦闘は至近距離で相手の行動を見切り、素早くリボンを巻きつけ拘束する事で攻撃を可能にする。防御においても張ることで警棒の攻撃を防ぐ事が出来る。しかしそれは両手が使えるという条件下の元、手にした物を手先の延長の様に扱えるという時にしか出来ない。

 

 このまま戦闘を続けても箒の攻撃が相手の動きを止めることなしに当たることはなく、仮に当たっても警棒によるカウンターでこっちの方が痛手を負うことは容易に想像できる。だからと言って、避けることに専念した所で自由自在に長さを伸縮出来る警棒を毎回目視し全ての攻撃を避けるのは無理に等しい。どうする、戦闘経験の少ない箒は圧倒的不利な状況に焦りを覚える。

 

 

「あっるぇー?もしかして一発貰っちゃっただけで終わりですか?つっまんねー。不完全燃焼なのはしゃーねーが、さっさと意識を落として連れてくか」

 

 

 コツコツコツ、ゆっくりと箒へと近づく。動け動けと幾ら念じたところで足は動かず棒立ちのまま。自分の不甲斐なさと情けなさに視界が歪む。

 

「それじゃばいばーい」

 

 

 箒に至近距離から頭めがけて警棒を振り下ろされる。

 

 

 

 ドンッ!

 

 

 

 その音は箒の頭部から出た音ではない。二人の間に存在する、壁に刺さった()()()()()から出たものだ。彼女は警棒を振り下ろす最中に刀が()()()()()ことに気づき、後ろに飛ぶことで刀によるダメージを無くした。

 

 箒はその刀に見覚えがあった。管制室に来た白夜が腰につけていたものだ。彼女に勝てる僅かな可能性が生じたことによって箒の諦めかけていた心に再び炎が宿る。

 無事な右手と口を使ってリボンを左手に巻きつけ強く縛り固定する。それから右手で廊下の壁に深く刺さっている鞘から刀身を抜く。刀身は僅かに紅みを帯びていた。

 

 

「綺麗だ……」

 

 

 こんな状況でも自然と口から出てしまうほど美しい。刃は潰されているものの美しさを失ってはいなかった。

 

 

「この状況でこんな事が出来るのはアレだけか。でも、たかが剣1つで状況が変わるほど私は弱くないしね」

 

「確かに貴様は強い」

 

「何よいきなり。その剣を手にして勝てる気でもしてるわけ?さっきまであんなに弱ってたのに」

 

「この刀が私に戦う気力を与えてくれる。この刀とならば貴様には負けない!」

 

「熱い展開になってるわね。いいわアタシもそれに乗ってあげる。全力を持って殺しあいましょう」

 

 

 互いに武器を構える。鞘は無いが腰に刀を付け居合の構えを取る。痛む左手は攻撃の際のブレを抑えるため、実質右手一本で刀を振ることになる。

 

 合図もなしに同時に動き出す。互いに一歩踏み出す。彼女はその一歩を踏みしめ、先程と同じくロケットの様に飛び出す。対する箒は自然体にただ一歩踏み出す。

 

 

 

 その一瞬で二人の体が交差する。

 

 

 互いの武器がぶつかり合う音もなく、体に当たる音もない。

 

 

 ただ聞こえたのは箒の背後で人が倒れる音だけ。

 

 

「はぁはぁ」

 

 

 彼女が倒れるのが分かってから刀を杖のようにし体を支えた状態で呼吸をする。ある程度落ち着いてから聴覚からだけではなく視覚でも倒れているのを確認する。

 

 

「すまんな。私の剣は『殺す』のではなく『倒す』物だから貴様の願いは…叶えられなかった…な」

 

 

 緊張の糸が切れ箒は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「束さん、箒ちゃんはどのあたりですかね?」

 

「ちょっとまっててねー。いまちーちゃんから教えてもらった場所を確認するから。……えーと、次の廊下を右に曲がったところだよ」

 

「分かりました」

 

 

 戦闘を終えた白夜は束から箒が襲われている情報を聞き現場へ向かっていた。彼自身は直感で箒が襲われている事を悟り刀を箒のもとに投げたため、既に箒が勝利を収めて戦いが終わっていると思ってゆっくり行こうとしたが、監視カメラがないところでの戦闘のため箒の状況が分からない束は早く行くように急かした。

 

 

「おやこれは」

 

 

 指示通りに角を曲がると、廊下に倒れている二人の姿があった。スパイである方の意識が無いのを確認して、箒へと駆け寄る。こちらも気を失ってる事を確認して横抱きする。

 

 

「箒ちゃんは無事!?」

 

「気を失っていますが無事ですよ。左手にヒビがはいっていたり、全身の筋肉がダメージを受けていますが治療すれば後遺症もありませんよ」

 

「よかったー。じゃ、そこのヤツの回収に何人か行かせるね」

 

 

 束との通信が切られる。ゆっくりと出来るだけ箒に振動が行かないようにと保健室へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

「遂に箒もここまで出来るようになりましたか。ふふふ、これからの成長が楽しみですね」

 

 

 

 

 笑顔で呟く彼の声は人のいない廊下に消えていった。

 

 

 

 

 

 



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閑話 例えばこんな夏休み

「では行ってくる」

 

 私、篠ノ之箒がここにやって来てから早くも一年が経った。慣れと言うのは恐ろしく、初めは中々話せなかった白夜とも普通に話せるようになった。

 

 今日は近々ある夏祭りの為の浴衣を少し離れた商店街に買いに行くつもりだ。本当なら二人で行くはずだったのだが、その前に白夜が知り合いに会いに行くと言ったため私だけが先に行くことになった。別に私が浴衣が楽しみでその言葉を聴き逃したり、白夜の用事が終わるまで待てないとかでは決して無いぞ!!

 

「日焼け止めはきちんと塗りましたか?」

 

「ちゃんと塗りました」

 

 その他にタオルや水筒を持ったかと聞いてくる彼は、私の親代わり兼師匠である雨宮白夜。中性的な顔に長髪で遠目に見れば女性と見間違えるほど綺麗で、いつも笑顔なのが特徴だ。一年経つが白夜から言われているように敬語を外す事が出来ない。もう少し距離を縮めたいと思っているが敬語のせいでどうも上手く行っていない。

 

 しかし最近になって漸く笑顔の違いが分かるようになってきた。これは笑ってるなとか、これは心配しているのだな、とか。そして今は心配している様である。確かにここ最近熱くなっており熱中症に気を付けるのは分かるがここまで来ると心配のし過ぎである。

 

「あっ、これを忘れてましたね。うん、似合ってますね」

 

 ポフッと私の頭に麦わら帽子を被せる。

 

「私は知り合いの処に寄ってから行きますから、それまでは商店街で時間を潰しているんですよ」

 

 玄関の扉を開け家を出ていく。少し行って後ろを振り返ると白夜が手を降っている。私もそれに振り返して歩みを進める。先ほど似合ってると言われた麦わら帽子を深くかぶる。顔が暑いのはきっとこの気温のせいであろう。

 

 

 家から商店街までは歩いて15分ほどだ。その内10分は山の中を歩くので倒れそうになる程暑いということはない。それに、山と言ってもきちんと道は舗装されているし途中にベンチがありそこで休憩も出来る為疲れることはない。商店街の近くに小学校と中学校が在るので私にとっては通学路である。

 

「……ん。ぷはぁ」

 

 ベンチに座って水筒の中の麦茶を飲む。初めて白夜の元に行って出された物と変わらない味だから、これを飲む度に初めての日のことを思い出す。

 

 おそらく事情を聞かずに私を育ててくれている白夜にはどれだけ感謝しても足りない。白夜は基本一人で何でも完璧にこなしてしまう。私も家事を教わりながら手伝ってい入るものの十分ではない。こんな事を今考えても仕方がないか……。今急いで返そうとしないで良いのだ、私が大人になった時に返せば良いのだ!あれ?その時白夜は何歳になっているのだろうか?

 

「よしっ!」

 

 そんな事は一先ず置いて商店街まで行こう!

 

 

 世間一般では商店街がシャッター街になる事が多いそうだがここの商店街は活気に溢れている。近くに大きなスーパーが無いのもその原因だろうが、それだけでは無いと私は思っている。

 

 夏休みのような長い休み以外は学校帰りの子供や買い物に来る主婦で賑やかになるのだが、今日は夏休みの最中で更にお昼を過ぎた頃なので買い物客は少ない。しかしだ、私がやってきた事を感じ取ったお店の人達(私はこの人達は絶対に人の気配を感じ取る何かがあると思っている)が店前でより一層客引きをする。

 

「おっ!箒ちゃんじゃねぇか」

 

 商店街の初めの方に位置する八百屋の店主が声を掛けてきた。白夜に教わったやり方で気配を消したのにどうしてバレたんだろう……。八百屋の店主の赤村さんは苦手だ。こちらのことを考えずズカズカ来る感じが特に。何だか会ったばかりの一夏に似ているな。やっぱり白夜の様に調度良い距離感で接してくれる人の方が私は好きだな。

 

「どうしたんだ嬢ちゃん?いきなり懐かしそうな顔をしたと思ったら少し顔を赤らめて下を向いて」

 

「……なんでもありません!」

 

「そんなこと言われたらおじさん気になっ!アダっ!!!」

 

 突然声が大きくなった赤村さんを見ると頭を抱えてしゃがみこんでいた。そして後ろには丸めた新聞紙を振り終わった赤村さんの妻がいた。

 

「ごめんね〜ほうきちゃん。ウチの旦那が〜」

 

 どこかのほほんとした口調ではあるが、言いながらも何度も夫の頭を叩いている。

 

「いえ別に」

 

「余り小さい子に意地悪しちゃ、メッですよ」

 

「痛い痛い!もうやめてくれ!」

 

「そうですよ。私がいないからと言って箒ちゃんに意地悪してはいけませんよ」

 

「白夜!」

 

 後ろを向くといつもの着流しに羽織を着た白夜が立っていた。私は白夜のもとに駆けて行き赤村さん(夫)から身を隠すように白夜の後ろに周り着流しをギュッと握る。そんな私を見て白夜は、麦わら帽子を取り私の頭を撫でてくれた。

 

 ……はっ!こんな所を見られたらまた弄られてしまう。

 

「も、もういい」

 

「そうですか」

 

 白夜はそう言って頭から手を離してしまう。

 

「ふふふ仲が良くていいですね」

 

「そんな咲さんも旦那さんと仲が良いじゃないですか」

 

 咲さんというのは赤村さん(妻)の下の名前だ。しかし、知人を訪ねてからやって来ると言った割には早すぎる。

 

「これが仲がいいと言えるテメェの頭はおかしいんじゃねぇか?……まぁそんな事は言ったところで意味がねぇから良いんだが、商店街に来るのは遅れるんじゃなかったのか?」

 

「どうして私の外出予定が知られてるんですかね。別に構いませんが……。予め連絡しておいた筈なのですが家に居なくてですね、仕方ないと考えこちらに向かっていたのですが、その途中で何か嫌な予感がしたのですよ。それで急いで来たら案の定先ほどの様になっていたと言うわけです」

 

「やっぱし俺はツイてねぇな。唯一幸運なのは咲と結婚出来た事くらいかな」

 

 あらあらと言って咲さんは先程より強く肩を叩いている。ちょっと前に「仲が良くない」と言ってるとなると虹村さんはツンデレなのかもしれない。

 

「そんで、どこにいくんだ?」

 

「そこまでは知られていないのですね」

 

「知ろうと思ったんだけどー、出来なかったんだよねー」

 

 咲さんが爆弾発言をしたような気もするがきっと気のせいだろう。心なしか白夜が冷や汗を流しているのも気のせいだろう。

 

「箒ちゃんの浴衣を見に黒井沢さんのところまで」

 

「そりゃまた大層な事で」

 

「どうしてですか?」

 

 白夜の影から首だけだして赤村さんに尋ねる。浴衣を買いに行くだけでそこまで言われる理由が私には分からない。

 

「お祭りがあるなら浴衣を買う人がいるのではありませんか?」

 

 全員とは言わなくても小・中学生の女の子と言うのは夏祭りや花火大会に行くとなると良く浴衣を着ていたはずだ。

 

「あら、箒ちゃんは知らなかったのね。ここの町ではお祭りは無いのよ。と言っても夜店を出して夜まで騒ぐことはあるけど、それはお祭りというよりタダの馬鹿騒ぎだから少し違うわね」

 

「神社とか奉るものがねぇからな」

 

 ガハハと豪快に赤村さんが笑う。そこで私に一つの疑問が生じた。それなら何故白夜は()()()()()()()()浴衣を買いに行こうと言ったのか。そんな私の考えに気付いたのか、私が質問しなくとも白夜は言ってくれた。

 

「だって近々行く夏祭りは箒ちゃんの地元のお祭りですから」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 少し腑抜けた声が出てしまったが、これは致し方無いだろう。そうであって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて会話をしたのが数日前になった日。光の様に早く日々が過ぎていき、気が付いたら予定していた日付になっていた。戻ってくるのには電車や新幹線を乗り継いで結構な時間を掛けたが、私は殆ど寝ていたので長かったという感じはしなかった。

 ホテルに着くまでの道のりは一年前まで見慣れた場所が多かったにも関わらず、何年も前のように感じた。篠ノ之神社の祭りはそこそこ有名な為近くのホテルには私が思っていた以上の人がいた。人が多いためフロント前に列が出来ており、時間がかかる為私はロビーの椅子で白夜を待っていた。足をバタバタさせてみたり、上を見上げて綺麗なステンドグラスを見ていると白夜が戻って来た。

 そうそう、白夜の服装にも触れておかねばなるまい。1年一緒にいて和服姿の白夜しか見たことがなかった私は、てっきりここにも和服で来るとかと思っていた。しかし私の予想に反して、普通に洋服を着て来た。それに今流行っているものを普段着ているかのようだ。外見だけなら20歳前後なのだが先代の師範も知り合いというのとだ、本当は何歳なんだろう。

 

「さてリトちゃん行きますか」

 

「わかりました黒陽」

 

 今回はお忍びの為二人共偽名を使っている。白夜は黒陽、│私《箒》はリトという名を使い、苗字は晴城だ。白夜の名前は殆どを逆にしただけなので特にひねりはない。私のリトというのも白夜が決めたのだが、何故なのか分からなく白夜に聞いたのだがはぐらかされてしまった。長距離の移動のせいか偽名の事や明日の事を考えている内に眠りについてしまった。

 

 

 

 昔から代々受け継がれているものがたった4人が離れ1年経った程度では大きな変化は見られなかった。相変わらず異様に人口密度が多くなり、閑散としている境内が一番の賑を見せる。

 離れてはいけないと白夜と手を繋ぎ店を見て回る。金魚すくいや綿飴、リンゴ飴など定番の物が多く立ち並んでいる光景はいつ見ても心躍る。

 

「びゃく……黒陽!リンゴ飴が食べたいです!」

 

 普段なら遠慮してこのような事は言わないが、言わなければ後々白夜が面倒になりそうな気がするため、欲しい物は欲しいのお願いする。

 数分並んで手に入れたリンゴ飴を片手に持ち、もう片方の手には白夜の手がある。なんて幸せなんだ。屋台を見て回っているといつの間にか演舞の時間が近づいていた。余裕を持って向かったため私の身長でも見えるほど近くに行くことができた。

 元々は舞であった篠ノ之流剣技をそのまま舞として披露する。演じるのは女性であるため、ここ最近見ている白夜の物とは少し違っている。しかし、美しさで言ったならば白夜のほうが美しいと思う。

 

「どうかしましたかリトちゃん?」

 

「この違和感は何かなと。美しいのは美しいのですが、黒陽の物とは何処か違うような」

 

 舞を見終わった私達は建物の近くのベンチに座っている。ラムネを一口口に含んだ後で、白夜が教えてくれる。

 

「それは目的が違うからだと思います」

 

「目的?」

 

「私の教えているものは剣技としての特徴をより強くしたものです。一振りをどれだけ疾く振れるか。型と型をどれだけ疾くそして丁寧に繋げるかを優先しています。しかし、先程のは神に捧げるために美しさ、刀の美しいの振り方や型をどれだせ滑らかに繋げられるかに重点が置かれています」

 

「それだけで同じ流派なのに、ここまで違いが」

 

「結局の所、剣も人も同じなのです。目的によってそれ自体の本質も見え方も変わってきます。箒ちゃんより早く見つかれば良いですね」

 

 私の事を箒と呼んでしまっているが、ここで指摘するのは些か空気を壊してしまう気がするので黙っておこうと思う。その後はもう一度屋台を見て回り、晩御飯となるものを買い、そして食べた。

 いつもは寝ている時間になると自然と瞼が重くなってきた。まだ人は多く、ゆっくり歩いていると迷惑になるため、何とか白夜に手を引かれて歩いて行く。どうやら少し道を抜け、人だかりの少ない方へやって来た。

 

「リトちゃん、もしかして眠くなりましたか?」

「……すこしだけ」

 

 素直に言うのがどこかもどかしくて、誤魔化してしまった。白夜はそんな私の心の中に気が付いて、優しく笑い私に背中を見せ背を低くした。

 

「人の少ないところを通ってホテルに戻りますが、それでも時間はかかりますので背中で眠ってても良いのですよ」

 

 眠気に勝てなかった私は白夜におぶられる。白夜の背中は暖かくて、大きくて、とても安心感があった。

 定期的に白夜は私に話しかけて来て、それが更に心地よくて気が付けば夢の世界へと飛び立ってしまった。

 



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閑話①

大変お待たせしました。
2巻分の展開の(脳内)プロットが出来たので、更新を再開しようと思いましたが、その前に作品の雰囲気を取り戻すために、閑話を2つ程経たいと思います。

短編や匿名での投稿で少し書き方が変わってるっぽいので。









 竹刀のぶつかり合う音と二人の息遣い以外の音は道場の中には何一つとして存在しない。片方は型を確かめるように二振りの剣を振るい、片方はその細かな誤差を直すように剣を振るう。

 

 剣を振りはじめてから2時間経つが、互いに集中力が途切れることは無い。少女はこの雰囲気に確かな満足感を覚えている。

 

 しかし、この場に数人が向かっていると分かると徐々に打ち合いのスピードを遅くする。最後に箒が強い一撃を放ち、一先ず鍛錬は終わりとなった。

 

 

「ありがとうございましたっ!」

 

「箒ちゃんもお疲れ様です。もうこれくらいでは息切れもしなくなって来ましたね。少し休憩してから、具体的には彼らが来てから、次は新しい事を行ないます」

 

 

 箒は進学祝いで貰った竹刀を大事そうに仕舞う。そして、脇に置いてある木刀を手に取って軽く構えた。

 

 

「おっ。やっぱりここにいた」

 

 

 校舎と道場を繋ぐ廊下から一夏などがやって来た。その後ろにはセシリアと鈴、そして千冬がいることが二人の目に入った。

 

 

「おはよう、いや今はこんにちわだな。私を探していたのか?」

 

「昨日の夜に保健室から戻ったって聞いて、会うために箒の部屋に行ったんだけど居なくて。そうしたら相川さんが『篠ノ之さんなら雨宮さんに会いに行くって』と言われてさ。それで用務員室に行く途中に千冬ねえと会って、そしたら次は二人して剣道場に言ったって言われたから」

 

「それは済まなかった。それで、どうして私を探していたのだ?」

 

「どうしてって。怪我して夜まで保健室にいた奴がいたら、朝一で会いに行くのが友達ってもんじゃないのか?」

 

「そうだな。……ありがとう一夏。しかしだ、たかがかすり傷と精神的に疲れただけだからそこまで心配されるのは、少々行き過ぎではないか?一夏だけでは無く、セシリアと鈴にも言えることなのだが」

 

 

 今日は日曜日である。クラス別トーナメントが行われたのが金曜日であり、襲撃後から土曜の夜まで箒は保健室にいた。

 

 てっきり折れていると思っていた腕もかすり傷のみであった。その日は敵対組織と相対した箒の精神面を考慮して、そしてほとんどゼロに等しいが接触時に洗脳をされた可能性を考慮して、白夜が保健室で待機していた。

 

 そして次の日の土曜日、怪我の様子を調べられた後生徒会長に取り調べを受けた。と言っても形式上だけのものであり、自らの身分を教えた更識楯無と共にお話するでけである。

 

 取り調べが行われた場所は生徒会室であり、取り調べが一段落するとそこに役員の3人がやって来て楯無と虚は生徒会の仕事をするため参加できなかったが、箒と本音そして簪の3人でおしゃべりに興じた。

 

 互いに人見知りをしてなかなか話が弾まずにいたのだが、優れた姉がいるという共通の話題によって昨日の夜までにはすっかり仲良しになっていた。

 

 そんなわけで一夏たちは襲撃事件以降箒に会えず、心配になるのは仕方が無いと言えよう。

 

 

「そんなことありませんわっ!」

「そんなことないわよっ!」

 

 

 喋るタイミングも言う内容も被った二人は睨み合う。それを一夏は慌てて、箒は呆れながらも少し嬉しそうな顔をして止めに入る。

 

 

「それで、千冬さんはどうしてこちらまで?」

 

「少し暇だったからな。剣道場に向かうついでにどれほど一夏が強くなったかを見てやろうとな」

 

「そうでしたか。それなら先にそれをやって良いですよ。私達はその後でも平気ですから」

 

「いいのか?篠ノ之も持っている木刀で何かするつもりだったのでは?」

 

「何もそこまで焦っていませんから。それに、わたしも箒ちゃんが教えた一夏くんの剣を見てみたいですしね」

 

「ならお言葉に甘えさせてもらおう。一夏っ!私がお前の剣を見てやるから準備をしろっ!」

 

 

 なんとか二人を宥め終えた一夏は嬉しそうに返事をして、防具を付け始める。白夜と箒は壁から少し離れたところに並んで立ち、セシリアと鈴は座って二人を見ている。

 

 

「言っておくが、これは剣道ではなく剣を用いた訓練だ。全力でかかって来い」

 

「それくらい分かってるさ千冬ねえ」

 

「ならいい。構えろ」

 

 

 それぞれが竹刀を構え、道場の空気が行ったん静まり返る。

 

 

「来い一夏っ!」

 

「ヤァァァーッ!!!」

 

 

 初撃を一夏に譲って始まった。竹刀がぶつかりあう音と、摺足と踏みしめる音が響く。一夏は最初の一回しか千冬に攻撃できるチャンス無く、幾重も襲い掛かってくる千冬の重い剣筋を受け止める。

 

 

「アレが箒ちゃんが教えた受け太刀ですか。確かに一夏くんには合ってますね。あの速さの剣筋を見切れる者はそうそういないね」

 

「再び剣道を始めて、ここまで上手いのはそのお陰ですね。しかし、まだ一夏は伸びると思います」

 

「フェイントへの対処と受け方ですか……」

 

「はい。いくらISでの剣術の為と言ってもその2つは不可欠ですから。今も目線の誘導で騙されましたね」

 

「千冬さんもどんどんギアを上げてますから、仕方ないですがね」

 

 

 二人の間で聞こえる程度の小さな声での会話が終わるとともに、二人の試合も終わりを迎えた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 面を脱いで流れてくる汗を拭きながら、一夏は息を整える。

 

 

「まだまだ、千冬ねえには届かないか……」

 

「それはそうだ、私にはまだ届かない。しかし、強くなったな一夏」

 

 

 既に息を整える終えた千冬がタオルを差し出しながら一夏を褒める。一夏はガッツポーズを取り喜ぶ。

 

 

「よっしゃーーっ!!!」

 

「と言ってもまだまだだがな。精進しろよ」

 

 

 その傍ら白夜と箒は木刀を手にして、一夏と千冬と変わるように真ん中へと行く。一夏と千冬は座っている二人の元へ行き座って二人を見ることにした。

 

 

「それでは、この前行ったようにやりますよ。初めはゆっくりですから、それでまずは慣れてください」

 

「分かりました」

 

 

 先程のように空気が張り詰める。勝手に動くことも、瞬きでさえ許されない程の重圧が生じる。

 

 

「では、いきますよっ!」

 

 

 ゆっくりとした白夜の剣が振られる。箒はそれを見切り、自分の木刀を合わせ防ぐ。そのまま更にやってくる攻撃を計4回受け止める。そして次は箒が4本の剣筋を作り出し、それを白夜が防ぐ。そして何度も攻防を交換して、剣を振るう。

 

 

「あんな重そうな剣を受けて、よく直ぐに別の剣を受け止められるな」

 

「違うぞ一夏。あれは受けとめているのではなく、受け流しているのだ。それによって衝撃を抑えて、すぐに別の剣を防ぐことが出来る」

 

「受け止めるのではなく、受け流すか……」

 

「先程の試合でも感じたが、これはお前に必要な技術だ」

 

「俺に?」

 

「攻撃を防いだところでそれによって動けなければ、また攻撃が来る事になるだろう?受け流さなければお前の剣は相手にも届かないし、私にも届きはしない」

 

 

 一夏は食い入るように二人の剣の防ぎ方に集中する。そこでセシリアがふと思った疑問を口に出す。

 

 

「お二人は何をやってるんですの?」

 

「型の練習だよな、千冬ねえ」

 

「そうだな」

 

「それになんの意味があるんですの?」

 

「刀の振り方、体重移動などこれまでの積み重ねによって型は作られてきた。型は基本動作に過ぎない。しかし、それらを踏まえたうえで戦闘の際に型によって得られた智慧を使って優位に立つことができる」

 

 

 先程より少し早い剣の応酬が繰り広げられている。

 

 

「今はそれの確認だろう。別々に覚えた型をスムーズに使える為のな。基本を覚えたならば、次は基本をどれだけ上手に使えるかが大切になる」

 

「そうなんですのね」

 

 

 武術というものを知らなかったセシリアはその言葉に納得した。

 

 

「……箒がアレの弟子ってのは本当だったのね」

 

「またその話かよ。そこまでの人なのか白夜さんって?」

 

「それこそ先進国で友好的なのは日本とイギリス、それとドイツ位なのよ!?まぁ、そんな風に教えこまれてるからってのもあるけど。国の被害を教えられたらそう思わずにはいられないのよ」

 

「俺にはさっぱりだ」

 

「一夏さんらしいですわね」

 

「アンタの箒に剣を教えてもらってるわよね」

 

「そうだけど」

 

「ならアンタだって間接的にアレのお世話になってるんだから、そんな簡単に済ませられる話じゃないの」

 

「お前ら話をする暇があるなら、二人を見ろ。場合によってはハイパーセンサーの使用も許可する」

 

 

 二人の剣は初めの何倍も早くなっていた。鈍く重い剣は鋭く素早くなり、剣筋は4つから8つへと増えている。千冬はなんとか目で追えてはいるが、他の三人には無理であった。

 

 白夜と箒の視界には相手以外は見えていなく、音も互いの息遣いしか聞こえない。周りにいる人や、木刀がぶつかりあう音は何処かへと消えていく。

 

 数十分という時間があっという間に過ぎ去り、箒に疲労が見え始めると白夜は目でそろそろ終わりにすることを伝える。それを箒は理解する。

 

 白夜の剣を受け止め、それを完璧に模倣して白夜に返す。そして最後に心の中でつぶやき、終わりの一撃を決める。

 

 

―――篠ノ之流、終式―――

 

 

 たった一歩で白夜との距離を詰め、鋭い横薙ぎを放つ。距離を詰めた勢いで白夜の後方へと移動し、残心を決める。これにて今日の練習は終わりとなった。




武道なんて高校の体育でしかやっと事無いから分からないんじゃ。もしおかしな所があっても目を瞑ってくれるとありがたいです。

行間にスペースを入れてみたのですが、読みやすさはどうでしょうか。話で行間はバラバラですが、一番読みやすそうなものが分かったら全てそちらの方にするので感想を教えてもらえたら助かります。

今後とも再びよろしくお願いします。








それと前の話に出てきた箒ちゃんの偽名の『リト』についてですが

箒ちゃん

セットで使われるのはチリトリ

そんな名前は可愛そうだな……

上手く名前っぽくできないかな

あっ、真ん中抜けば『リト』ってそれっぽい

というわけで、ああいう偽名になりました。
もう出てこないので忘れてもらってもいい事なんですがね(笑)


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閑話②

2巻の前日の話になります。






 

 

「箒さんっ!わたくしにお料理を教えてくださいっ!」

 

 

 

 

 

 ある日の日曜、いつもの白夜との鍛錬を終えシャワーを浴び部屋に戻ろうとしていた箒は廊下でばったりセシリアと出会った。

 

 

「あっ!箒さん。あなたを探してたんですの」

 

「セシリアか、どうしたのだ?」

 

「何でも明日、鈴さんが一夏さんをお昼ごはんに誘ったという情報を得ましたの」

 

 

 急いで探し回っていたようです息切れをして肩で呼吸をしながら箒と話す。

 

 

「ふむ。しかしそれはあまりいつもと変わりがないのではないか。よく食堂にいると聞くが」

 

「今回は食堂ではありませんのよっ!なんと、なんと!手作りお弁当ですのっっ!!!手遅れになる前になんとかしなくてわっ!!!!」

 

「お、落ち着けセシリア。慌てたところでどうにもならない」

 

「だって二人っきりで手作りお弁当ですのよ。これがどうして落ち着いていられますかっ!!」

 

 

 興奮気味に話すセシリアに対して、落ち着けようとする箒だが何一つとして効果をなさない。

 

 

「セシリアはどうしたいんだ?一夏と鈴のお昼を止めさせたいのか、それともただその事を私に聞いて欲しいだけなのか。場合によってはセシリアを手伝うかもしれないし、はたまた逆に止めるかもしれない」

 

「すみません、少々取り乱してしまいましたわ……。わたくしは箒さんにお願いがあってきましたの」

 

「うむ。なんだ?」

 

「箒さんはお料理が上手だとクラスの方々からお聞きしましたの。それでよかったらでいいのですが、箒さんっ!わたくしにお料理を教えてくださいっ!」

 

「なんだ、それくらいなら構わんぞ。別の日にセシリアも一夏をお昼に誘うのだな」

 

「え?違いますわよ?明日のお昼に鈴さんの邪魔をしてやるんですのよ」

 

 

 少し黒い笑みを浮かべるセシリアに若干引きつつも、ここはどうするべきなのかを考える。セシリアと鈴はどちらも友達である。鈴の邪魔をしたくはないが、セシリアも応援したい。ここで料理を教えるべきか否か。

 

 しかし、箒が料理を教えまいと教えようとセシリアは料理を持って二人の昼ごはんを邪魔しに行くことは容易に想像できた。となると、セシリアの料理の腕がわからない以上このままセシリアを送り出したら、鈴の邪魔をするどころかセシリア自身の株を下げる事になるという直感的なものが働く。

 

 仕方ないかと内心ため息をつきつつも、セシリアに答える。

 

 

「よしっ。友の頼みだ、手伝ってやろう!」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 

 この結果が吉と出るか凶と出るか、それは神にすら分からない。

 

 

 

 

 

 

 何でも揃うと評判のIS学園の購買で食材を買ったあと、日曜日には自由開放されている家庭科室はと向かう。この家庭科室は日曜日は全生徒に開放され、その他の六日は昼ごはんを自炊したい人が申請することで使えるようになる。

 

 

「セシリアは今まで料理をしたことはあるか?」

 

「いいえ、恥ずかしながら」

 

「恥ずかしがる事ではない。セシリアの家庭の事は聞いたから、そうだろうとは思っていた。そうなると、いくつか案を考えて食材を買ってきたが、簡単に作れてそれ単品でお昼となるサンドイッチなんてどうだろう」

 

「おーっ!学生のランチっぽいですわ!」

 

「よしっ、それでは練習にかかるとしよう。まずはセシリアが一人でどれくらい出来るか確かめたい」

 

「わ、わかりましたわ。オルコット家当主としての実力をとくとご覧なさいませっ!」

 

「作るのは一つだけでいいからな」

 

 

 沢山作ってもしそれが不味かったら食材の無駄になってしまう、と言いそうになった言葉を飲み込む。調理台の近くに立って、セシリアの調理を見守る。

 

 

「サンドイッチですわね。となるとBLTなどでしょうか」

 

 

 不慣れなため口に出して必要だと思われる食材を取り出していく。食パン、ベーコン、レタス、トマトそしていくつかの調味料。

 

 

「さて、これからどうしましょう」

 

 

 料理の手順は分からないがイギリスにいた頃に出されたものと形を似せればきっと美味しくできるはずと結論を出し、調理を開始する。

 

 箒は姿形を似せる事に重きをおいたセシリアの調理に戦慄するが、調理をしている本人はその様子に全く気づかずにサンドイッチを完成させる。

 

 

「出来ましたわっ!!」

 

 

 先程の過程を経て作られたとは想像することもできないほど、美味しそうな見た目をしているサンドイッチが出来上がった。当の本人はやりきった感を出している。

 

 

「箒さん如何ですか?」

 

「どうだと言われてもな……」

 

 

 実際のところ食べる必要もないほど不味いということは容易に想像できた。また、白夜と鍛えた第六感がコレは危険だと警告している。どうやって伝えるのが一番傷付けることなく、尚且つ本人に気づかせられるかを考える。

 

 

「味見はしたか?」

 

「味見をしましたら、箒さんが食べる分が少くなってしまいますのでしていませんわ」

 

「それはダメだぞ」

 

「何故ですの?」

 

「珍味やゲテモノを除いて、どこにでもある食べ物の美味しい不味いの基準は大抵みんな同じだ。セシリアは自分で美味しいか美味しくないか分からないものを一夏や私に食べさせるのか?」

 

「はっ!そうですの……」

 

「そうだろう?なら味見をするんだ!でも、少しでいいからな」

 

 

 何とか説得する事に成功した箒はなにかあった時のために、いつでも対応出来るように備えている。セシリアはなんの疑いもなく、自分の作ったサンドイッチが旨いと疑わず、言われたように少し口に含む。

 

 

「ひゃっ!!?」

 

 

 口に入れた瞬間咀嚼する間もなく吐き出してしまった。想定していた中で最も酷くないものだったので、コップに入れておいた水を差し出す。

 

 セシリアはゴクゴクと、久しぶりに水を飲むかのように勢い良く水を飲み干す。

 

 

「なっ!なんですのっ!?」

 

「セシリアが作った食べ物だ」

 

「信じられませんわっ。わたくしがサンドイッチすら作れないなんて……」

 

「私は作ってる時点で分かっていたがな」

 

「どうしてっ!どうしてですの!?教えてくださいっ!!!!」

 

「使った食材は良いんだ。まずBLTの時点で間違えることは殆ど無い。しかしっ!」

 

 

 冷静にツッコミを入れていた箒だが、声を荒げて調理台の片隅にまとめて置かれているあるモノを指差す。

 

 

「たかがBLTにこれ程の調味料を使うのだっ!?それも上手に出来たモノにっ!」

 

「私が今まで見たものと見た目が違ったんですもの」

 

「それで必要のないものを付け加えたら元も子もないだろう……」

 

 

 頭痛が痛いなどど言ってしまうほど箒の心は乱れている。平常心、平常心と心の中でつぶやき深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 

「これはセシリアがどれだけ料理が出来るかの確認だ。だからそこまで。だからそこまで落ち込むことは無い……筈だ。これから私が作りながらレシピや気をつけることを言うから、メモを取ること」

 

「分かりましたわ」

 

 

 最初に食べられるものではなくなったサンドイッチを捨て、使わない調味料を元に戻す。

 

 

「それでは最初に言うことは、レシピ通りに作ることだ」

 

「それでは何だか心配ですわ」

 

「レシピは基本だ。レシピ通りに作って失敗することは稀だ。ISの操縦だって基本が大事であろう?基本を蔑ろにして自分が良いようにやっても上手く行くことが無いのは理解できるな?」

 

「たしかにそうですわね」

 

「それではまず最初は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。基本には忠実に。それでも隠し味を入れたいときはあ、愛情をいれると」

 

 

 箒の作ったものと教わったレシピ通りにセシリアが作ったサンドイッチを昼食として食べながら教わったことの確認をする。最後の一言は箒に真顔で言われたことなので恥ずかしくなりながらも声に出した。

 

 

「わたくしが作ったものより美味しいですわ」

 

「セシリアのも一回目に比べたら格段に美味しいぞ」

 

「アレは忘れでくださいっ!ノーカンですのよ」

 

「ふふふ。そう言うことにしておこう」

 

 

 食事を終え、セシリアの淹れた紅茶で一服を入れる。

 

 

「箒さんはいつから料理をしてるんですの?」

 

「手伝いだけなら小学四年生からだ。それを含めると大体五年だな」

 

「思ったより長いですわ」

 

「その頃は白夜の家にお世話になり始めた頃だったから、何もしないというのがどうしても我慢できなかったのだろう」

 

「箒さんの昔話は気になりますわね。良かったら聞かせてもらっても宜しいですの?」

 

「私の話か……。それは一夏と別れる前と後どちらの方だ?」

 

「そうですわね。確かに一夏さんの話もお聞きしたいのですが、それは一夏さん本人から聞くことにしますわ。それよりも箒さんの白夜さんとのことを聞きたいですわ」

 

「つまり恋話を聞きたいと」

 

「そうなりますわね」

 

 

 何を話そうか考える。思い返せば白夜との思い出は沢山あるが、どれも箒の中だけに閉まっておきたいもののため口に出すのは少し憚れる。ましてやセシリアが望むような話になれば尚更だ。

 

 

「そうだな。今回の料理の事と関係のある話でもしようか」

 

「あっ、待ってください!今お茶のおかわりを入れますの」

 

「そこまで長い話ではないのだがな」

 

 

 空になっている二人のティーカップに再び紅茶を入れるのを確認して、箒は話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が始めて料理を手伝いたいと思ったのは白夜とあって半年もしない時だ。風邪を引いてしまった私は自分が迷惑をかけているのではないかと考えていた」

 

「迷惑ですか」

 

「保護プログラムのせいで心の整理もつかないまま、祖父の昔の知り合いで、父とは顔見知りの白夜の元に突然行くことになってな。何処と無く不安を感じていたし、私のような見ず知らずの者を預かるという事をさせて申し訳ないと思っていた」

 

 

 一夏への未練もあったし、父さんや母さんといたいという気持ちもあった。それに姉さんには苛立ってもいたな。それが重なって、いろいろ私の中に黒い感情が生じたのだろうがな。

 

 

「そうなんですの。それにしても、箒さんのお祖父様とお知り合いということは白夜さんは一体何歳ですの?」

 

「なにか言ったか?」

 

「いいえ、何も言ってませんわ。ささ、お話の続きをお願いしますの」

 

「風邪が治ってから私は白夜に対して『わたしにも何かお手伝いをさせてください』と言ったのだ。我ながら勇気をだして言えたなと思う。そうしたら白夜は私の頭を撫でながら嬉しそうに微笑んだのだ」

 

 

 あれが初めて白夜に言った私からの我儘というかお願いだった。そして初めて教えてもらったのが、風邪を引いた時に食べさせてくれたお粥であった。それからは白夜と一緒に台所に立って料理をするのが楽しくて仕方がなかった。

 

 

「心温まる良い話ですわね」

 

「他にもあるのだがそれはまた別の機会に話すとしよう。時間はまだまだあるのだからな」

 

「そうですわね。あっ、一つ聞きたいことがあるのですが」

 

「なんだ?」

 

「白夜さんはいつも笑顔ですが、お家ではそうでは無いんですの?」

 

「うん?そのような事はないが」

 

「先程『嬉しそうに微笑んだ』とおっしゃってたので、てっきりそうなのかと」

 

「その事か。白夜はいつも笑顔だが、きちんとその時その時の感情によって違いがわかるものだ。楽しそうだなとか、考え事をしているなとか」

 

「よく見てらっしゃるのですね」

 

「過ごした時間が長いからな」

 

 

 いつまで白夜との一緒にいられるのだろう。IS学園にいる3年間は一緒だとしてもそれから先はどうだろうか。私がもし大学に進学したら?就職したら?そう考えると少し不安になる。

 

 出来れば一緒にいたいが、これが家族愛なのか恋愛感情なのかははっきりと分からない。ただ言えるのは私が白夜の事を好いているという事だけだ。




ちょぴっと恋愛要素も思い出してみた閑話でした。
久々に書くと内容が薄くなってる感がありますね。本編では少し地の文を多めにして行かないとですね。

次回からは2巻の内容になります。相変わらず焦点は箒ちゃんに合わせていく予定です。オリ主?あぁ、あの最強すぎて扱いに困る人のことですね。本当にどうしよう……。




久々の更新で沢山の人に拝見していただき、更にはお気に入り登録までしていただきありがとうございます。

次回は「やって来た黒兎!ドジっ子成分は通常より大盛り!!」でまた会いましょう。


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例えばこんなクリスマス《前編》

サンタさんは子どもたちの夢。

それはIS学園でも変わらない。





 12月24日と25日の境目。子供たちがサンタからのプレゼントを楽しみにしながら眠りにつく頃、IS学園の食堂に四人の人影があった。それぞれが赤と白の、いわゆるサンタ服を身につけており、脇にはパンパンとなり中身がぎっしり詰まっている事が分かるほど膨れた袋が置かれている。

 一人を除き皆真剣な表情である。そして一人が口を開く。

「こちらサンタ1。これより作戦を始めるわよ」

「サンタ2了解しました」

「サンタ3も了解だっ!」

「……」

「サンタ4!返事はまだなの?」

「サンタ4、了解」

「うん。それでいいのよ」

 水色の髪をしたサンタ1(楯無)が満足気にニヤリと笑らい、『いい子ね』と書かれた扇子を広げる。1年に数回あるはっちゃけても許させる日のため、ここ最近楽しい事が少なかった楯無にとっては今回は滅多に無い絶好の機会なのだ。

「それじゃ、わたしは2年生に。うつほ……サンタ2は3年生に。そして2人は1年生をお願いね」

 むしろ、そこまで言ってしまったならわざわざコードネームに言い直すよりそのまま言い切った方が良いのでは、とサンタ4()は思うが、楯無にそれを言っても無駄だという事はこれまでの付き合いで分かっているので心の中に仕舞い込む。

 カチリ。食堂に設置されている時計が0時を示した

最後の決戦(プレゼント配り)に行く前に一言言うわ。みんな、3時間後にまた生きて会いましょう」

「えぇ」

「はいっ!」

「……」

 一人を除きそれぞれがやる気に満ち溢れている。

「それでは、作戦開始よっ!!」

 生徒会主催、第n回聖夜のプレゼント大作戦が始まった。……始まってしまった。

 

 

✩*.゚✩*.゚✩*.゚✩*.゚

 

 

 サンタ服の女子が2人、足音を殺して1年生寮の廊下を歩く。

「まず最初は誰の部屋からだ、ラウラ?」

「サンタ3と呼べっ!サンタ4」

 どうして私の義妹は面倒なのばかりなのだと思いながらも、取り敢えずのいいわけを考えてラウラに伝える。

「誰にも聞かれる心配が無いならば、わざわざコードネームで呼び合う必要は無いのではないか?」

「む……。確かに一理あるな」

 楯無に事前にコードネームで呼び合うように言われていたのだが、楯無の言葉よりも箒の言葉の優先度が高いのですぐにいつも通りと呼び方に戻す。

「義姉様、まずはセシリアの部屋だ」

 ラウラは袋を持っていない方の手で、サンタ服のスカートのポケットからマスターキーを取り出す。

「千冬さんがこんな子供だましの行事に快く協力してくれるとは思ってもいなかったな」

「教官もこの行事には乗り気のようだからな。たしか、教官の分のプレゼントが会長の袋の中にあったと思う」

「千冬さん……」

 大人の千冬(大きな子供)にも後々プレゼントが渡させれるのかと思うと、なんとも言えない気持ちになるが、それを何とか堪えてセシリアの部屋までやって来た。まず始めにラウラが扉に耳を当て、中の様子を確認する。中から物音は聞こえない。

「大丈夫そうだ。ISのハイパーセンサーを使えたら一発なのだがな」

「流石にそこまでは千冬さんが許さなかったらしいな」

「ならば仕方がない。潜入するぞっ!」

 小声でやる気のある声を出すという器用なことをしながら、千冬から預かったマスターキーを鍵穴に差し込み解錠する。抜き足差し足忍び足で足音を消しながら、部屋に入っていく。

 この日、生徒達は自分のベットに靴下をぶらさせげその中にサンタに向けた手紙を入れる。その際、欲しい物を具体的に書くのではなく、自分の願いを書くのが決まりとなっている。そして、そこ願いに合っている、または近いものをサンタが靴下の中に入れることになっている。

 そうは言っても予め生徒会による秘密裏の綿密な調査によって何が欲しいかは調べ尽くされているので、よっぽどのことがない限り本人が欲しいものが靴下に入れられることになる。

 セシリアはふわふわとしたパジャマを着てナイトキャップを被り、すやすやと眠っている。

 最初にセシリアの同居人のプレゼントを箒とラウラが靴下に入れる。そして、セシリアの願いを二人で確認する。欲しい物は知っているが、どんな願いで書かれているかは知らない二人だが、セシリアの願いが何であるかは容易に想像できている。

 靴下の中から手紙を取り出す。そこには『もっと一夏さんを振り向かせたいですわ』書かれており、それは二人の想像と一言一句同じであった。

「予想通りすぎて拍子抜けするな」

「それを言ってはならないぞ義姉様」

「しかしだな……」

 そんな会話をしながらもゴソゴソと袋の中から、セシリア洋のプレゼントを探す。1年生全員のプレゼントが入っている袋は、束の協力によって量子化機能付きのものとなり、四次元ポケットに近いものとなっている。

「ラウラは何をプレゼントするのだ?」

「私はコレだな」

 袋の中から一冊の本を取り出す。表紙には『これで誰でも料理が出来るように!?初心者編《DVD付き》』と書かれていた。

「最近のセシリアは料理を頑張っているから、私としては下調べと違っていてもこれを渡そうと思っていた。義姉様は何を渡すつもりだ?」

 放棄が出したのはこれまた本であった。タイトルは『鈍感な彼に私を意識させる20の方法《不器用なお嬢様編》』

「義姉様も本か」

「あぁ。プレゼントを買いに出かけた際に雑貨に置いてあったシリーズ物だから、そこまでの信用度は無いと思うのだが、少しでもセシリアの役になればいいと思ってな」

 『〇〇な彼に私を意識させる▲▲の方法《××編》』は巷で話題になっている本であり、書かれていることの殆どが女性からしたら些細なことであるのに、彼に振り向いてもらえたという声が数多くあるシリーズであった。

 当然そのことを箒は知らなかった。そして知らなかった事が災いし、一夏をめぐる恋愛戦争にさらなる火種を与えることとなったのだが、これはまた別のお話。

「これでこの部屋は終わりだな」

「それでは、次の部屋に行こう!遅れるなよ義姉様」

 

 

。˚✩。˚✩。˚✩。˚✩

 

 

 

「次は鈴の部屋だな」

「鈴とティナの部屋か」

 セシリアの部屋に引き続き数個のプレゼントを配り、ある程度のコツを掴んできていた。あらかじめ資料として生徒の好みが渡されているため、特段悩むことなくぱぱっとプレゼントを決められている。

 同様に部屋に侵入する。ティナは綺麗な姿勢で寝ている。それとは逆に鈴は布団を蹴り飛ばして縮こまりながら寝ている。暖房が付いているものの、冬に寝巻き一枚だけで寝るのは体に悪いと思い、箒は落ちている布団や毛布を鈴にかける。

「年頃の女子としてはどうなんだ……」

「鈴だから仕方がない」

 二人してため息をつき、ティナと鈴の靴下から手紙を取り出し書かれている内容を見る。

『(ルームメイトが原因の)ハチャメチャな日常に負けない精神力』

『一夏がアタシに振り向く』

「鈴は直球すぎる。そしてティナの願いは泣けるな」

「ラウラ言ってやるな。ティナの大変さは私とラウラが最も分かっている」

 現在一夏を中心として4つの派閥に生徒は分かれている。一夏と恋人になろうとする専属機持ち達、一夏と楽しくお話できればいいという人達、男子軽視して一夏を視界に入れてすらいない人達。そして、いずれにも所属していないが故に周りに振り回される人達。

 この部屋にいる鈴以外の者は一夏に特別な感情を持っているわけではないため、一番最後の派閥に所属している。

「それでは先ずは鈴のプレゼントを」

 袋の中からラウラは『チャイナ服』を、箒は『朴念仁な彼に私を意識させる10の方法《幼馴染とは言えないけど腐れ縁で終わらせたくないツンデレ編》を靴下に入れる。

「義姉様あまりにもピンポイント過ぎないか?」

「私もそうは思ったが、ここまでくれば何かしらの作為があると思ってつい買ってしまった」

「確かに私も見つけたら買ってしまうな」

「しかしラウラのそれもどうなんだ?」

「流石の一夏でもこれを着た鈴を見れば振り向くだろ?」

「二度見は確定だな」

 続いてはティアの番。二人はどちらも袋から数枚の紙を束ねた物わ取り出し靴下に入れる。

「ラウラは何を入れたのだ?」

「私は『エステ倶楽部《女王蜂の休憩所》』の特別優待券のセットだ。義姉様は?」

「私も似たような感じだ。『秘密美食倶楽部《XXX》』のお食事券のセットだ」

 ともに学園内の非公認団体ではあるがそのリフレッシュの効果は抜群で、秘密裏にチケットが売買されているという噂もある。これで一緒に頑張る仲間が再び元気になればと二人は願う。

「よし。これでいいだろう」

「そうだな。長居したら気づかられるかもしれないから、次に行こう」

 もう一度鈴の掛け布団を整えて部屋から退散していく。

 

✩*.゚✩*.゚✩*.゚✩*.゚

 

 

「次は私とシャルロットの部屋だな」

 サンタ業もあと2部屋という所までやって来た。様々な苦難が2人の前に立ち塞がることもあったが、力を合わせてそれを幾度となく粉砕した。

 始める前は3時間は多すぎるのではないかと思っていたが、じっさいここまでやるとあれこれするうちに時間がギリギリであると分かる。

「シャルロットは寝ているのか?」

「あぁ。私がサンタになる一時間前から眠っていた。随分とサンタが来るのを楽しみにしているように見えた」 

 ラウラは数時間前のシャルロットとの会話を思い出す。

 

 

 いつもの寝間着に着替えたシャルロットはいそいそとバレないように何かの準備をするラウラに話しかける。

「ねぇラウラ。今年はサンタさんが来てくれるかな?」

 『サンタ』という単語にラウラは体をビクッとさせるが、ベッドに潜り込み目を閉じているシャルロットはそれに気が付かなかった。

「心配なのか?」

 出来るだけ声からバレないようにするが酷く声が震えている。しかし、サンタが来るかどうかが気になるシャルロットはそれにも気が付かず、ラウラに訊かれた事に対して答える。

「うん。今年はいい子にしてなかったから心配なんだ。男装してIS学園に潜り込んだり、嘘ついたりしたから」

「そんなことは無い。シャルロットはいい子だった。それに、その程度でシャルロットにサンタが来なければ私には絶対サンタは来ないだろう。私に少しの望みも与えてくれないのか……」

「うぅ。ごめんラウラ。それだとラウラも可愛そうだから、サンタさんが来るって信じるよ」

「それがいい。私な元にもサンタが来てくれると信じることにする」

 サンタの準備を終えたラウラは部屋のライトを消すために、スイッチまで移動する。

「それでは早く寝なくてはならないから、電気を消すぞ」

「うん。それじゃお休み。ラウラも早く寝るんだよ」

 ラウラがサンタの服に着替え部屋を出る頃には既にシャルロットはすやすやと眠りについていた。

 

 

「シャルロットが楽しみにしているのならば、しっかりをサンタをしなくてはならないな」

 改めて箒はそう思い、ラウラは鍵を開ける。出てきた時と同様にシャルロットが眠っていることを確認し、部屋への侵入を開始する。

「シャルロットはいつもこの格好なのか?」

 赤ん坊のように丸まって眠っているシャルロットは白猫のパジャマを着ている。その2つが相まってシャルロットは猫の様である。

「私もよく黒猫の方を一緒に着せられる」

 箒としてはそっちの方ではなく、シャルロットが丸くなって寝ていることのほうが気になった。何かの本で一度寝ているときの体制が深層心理と関係あるというのを見た気がする。

 それはそうとラウラのもこのパジャマを着ているのか。それも黒猫と来たならばさぞかし似合うのだろうな。これは場違いな思考だな。と再び気持ちを切り替える。

「シャルロットの手紙を見よう」

「そうだな」

 下げられている靴下の中の紙を取り出し内容を読む。そこには綺麗な字で『一夏と一緒にいたい』と書かれている。

「健気だな」

「シャルロットらしい願いだ」

 残り少なくなった袋からシャルロットへのプレゼントを探り取り出す。願いが事前調査と違ったとき用に生徒数以上のプレゼントもあるがそれは別枠として保管されているので、それ以外のそれぞれのプレゼントは渡さなかった数個と次の部屋の分だけとなっていた。

 そして箒のプレゼントは『恋心に気付いてくれない彼に私を意識させる5の方法《男装経験があるフランス女子編》である。

「先程から方法の数が少なくなっていないか?」

「さっきの2つが多いだけでこれくらいが普通だ」

「それに場面状況がシャルロットにピッタリあっているし……」

「よく分からないニッチな所までカバーしますがうたい文句らしいからな」

「そうだったか。なら義姉様は何を買ったんだ?」

「私か?私は『絶対恋心に気づいているのに普段通りに接してくれる年上の彼に……』はっ!?ラウラっ、何を言わせるっ!?」

 もののはずみで自分が買ったものを言ってしまった箒は大きな声で慌ててしまった。そしてラウラは急いで箒の口を手で塞いだ。

「シャルロットが起きてしまうっ!」

 その言葉に箒もはっと気づき、恐る恐るシャルロットのベッドに目を向ける。

「す、すまなかった」

 布団の中でシャルロットが動く音がする。二人は息を潜め起きないように祈る。そのお陰かすぐにシャルロットは動かなくなった。

「危なかった。すまん、ラウラ」

「いきなりあんなことを聞いてしまって私も悪い」

 二人が安堵したのも束の間。シャルロットが布団の隙間からこちらを覗いていた。

「あれ?さんたさん?」

 慌てて顔を見合わせてアイコンタクトを図る。すぐにどうするかは決定し、それに沿って二人は行動を始めた。先ずはラウラのターンから。

「ワタシハサンタジャアリマセン」

 初手で敗北を確信し箒は別の手を考える。シャルロットはラウラの無理やりすぎる片言のせいで、むしろ逆にサンタだと思い始めているようで、暗闇の中でもわかるくらいに目をキラキラさせている。

「どうするのだラウラ。残りは1部屋だけだが、残されている時間もあまり無い。この場をどうやって凌ぎ切る?」

「義姉様これを」

 ラウラが袋からプレゼントを取り出し箒に渡す。

「どういうことだラウラっ!」

「私達の使命を全うする為には少なからず犠牲が必要だ。このままだと二人共倒れとなってしまう。だから……」

「しかし」

「早く行ってくれ。こうなったシャルロットはなすがままにされるしか対処法がない」

「くっ」

「ここは私に任せてくれる義姉様」

「ラウラの思いは確かに受け取った。あとは任せてくれ」

 箒はラウラの熱い想い(プレゼント)と共に最後の任務へと向かった。もちろん夜なので、廊下では足音が鳴らないようにゆっくりと歩いて。

「あれ?もう1人のサンタさんは?」

「他の子にもプレゼントを渡さねばならない。それを彼女に任せた」

「じゃあここにいるサンタさんは?」

「私はシャルロットが眠りにつくまで一緒にいてあげよう」

「ほんとぅ?」

「あぁ本当だ。先ずは歌を歌ってあげよう」

 ラウラはシャルロットの布団に入り手を繋いで歌を歌った。心ではこれから箒が勇気を出せるように応援しながら。

 

 

 

 




前編後編の2つからなるクリスマスの話。時系列的には本編が終了している頃。恐らく矛盾は生じないはず。
そして箒とラウラがの書き分けが出来ないとかいう致命的な弱点を発見時しました。読みづらくてすみませんでした。



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例えばこんなクリスマス《後編》

大胆な行動は女の子の特権。
男性はそれを優しく受け止めるべし。
それが聖夜の掟なのだから。






 私は先ほどのラウラとのやり取りでの異様なテンションを恥ずかしく思いながら、最後のプレゼントを届けるべく廊下を歩いている。

 最後は確か簪と本音の部屋だったかを楯無さんからは『生徒会のメンバーだからサンタの事知ってるから起きててもそのまま入って』と言われているので、コソコソせずに部屋に入るとしよう。

 特に何が起こるでもなく無事に部屋の前までたどり着く。扉に耳を当てると中では二人して何やら楽しそうに話しているのが聞こえるので、素直に部屋をノックする。

「あいてるよー」

 友達同士の会話としては普通なのだが、サンタとしてこれでいいのかと思うが、今思うと私は別にこの企画に乗り気だったわけでもなく、そして時間も迫っているという事もあってそのまま部屋に入る。

「おつかれしののん」

「箒さんお疲れ様でした」

 中では二人してゲームをしていた。私は肩に担いでいた袋を下ろす。プレゼント自体は量子化されているため重さはないのだが、量子化する為の機械のせいでそこそこの重さがあるため結構きついのだ。

「二人は寝なくていいのか?」

「うんっ!この後お嬢様とお姉ちゃんが来るからそれまで待ってるの」

「お姉ちゃんお菓子持ってくるって」

「そうか。それなら私も早く食堂に戻ってサンタの仕事を終わらせなければな。そうしなければ、ここでのパーティーが遅れてしまう」

 2人の手紙を見ようとしたところ、簪があることに気が付いて私に訊いて来た。

「ラウラさんはどうしたんですか?」

「ラウラか……。私をここまで連れてくるまでに犠牲になってしまった……」

 おそらく今頃はシャルロットと一緒に寝ているのだろうか。楯無さんの言った『無事にまた会う』というのが達成できなくなったので、私は何を言われるのだろうか。

「あらら。らうっち脱落しちゃったのかー」

 その言い方はどうかと思うのだが、事実であるため何とも言えない。

「さて情趣に欠けるが時間がない為直接的にはなるが、プレゼントは何が欲しい?」

 簪と本音はニコニコしながら手紙の入った靴下を私に渡してきた。私は心の中で、直接欲しい物が書かれた手紙を渡されるというのは中々に可笑しい、笑いながら書かれている内容を見る。

 簪の手紙には『アニメのフィギュア』、そして本音の手紙には『美味しいものたくさん』と書かれている。今日、これまで見てきた手紙の中で最も直接的な手紙だ。

 ラウラから預かったプレゼントを含め、2人それぞれに2つずつプレゼントを渡す。簪には楯無さんから予め伝えられていた簪の好きなアニメのフィギュアを、本音には食堂で使えるお食事券をそれぞれ2人分渡す。

「はい。プレゼントだ」

「わぁい」

「ありがとうございます」

 これまでは寝ている相手にプレゼントを渡していたのだが、こうやって面と向かって渡しそのままお礼を言われるというのも嬉しいものだ。

 ふと時計に目をやると3時になるまであと少しとなっていた。もう少し2人と話を続けたいところなのだが、待ち合わせの時間までには食堂に行かなければならないためそろそろ部屋を出なくてはならない。

「少し時間が無いようなので私はここでお居間させてもらう」

 袋を担ぎ上げ部屋をさろうとした時だった。後ろから楯無さんの声がした。

「大丈夫よサンタ4。貴女はここで終わりよ」

「えっ!」

 何を悪役のような事を言っているのだ。そのようなツッコミをする間もなく首筋に手刀が落とされたようで、私の意識は闇に落ちていく。

 私が完全に気絶するその直前「貴女にもぷれぜんとをあ・げ・る」と言う楯無さんの意地悪な声が聞こえたような気がした。

 

 

。˚✩。˚✩。˚✩。˚✩

 

 

 随分と懐かしい匂いがする。とても気持ちが落ち着く。

 私の意識はゆっくりと覚醒していく。それと共に小学生の頃良くしてもらっていたように頭を撫でられていることが分かる。数年ぶりにされるのだが何にも代えがたいほど気持ちがいい。ずっとこうしていたいと思ってしまう。

 目は開けず頭を撫でられる感覚を堪能しながら、私の頭を撫でる白夜の手に触れる。いつも刀を振るっているにも関わらず、それほど固くなってない手の感触は昔と同じままだ。

 白夜が近くにいるだけで安心する。聖夜のせいなのか疲れのせいなのか分からないが、今はただこの幸せな時間を満喫することにする。

「箒ちゃん起きてますよね」

 白夜の優しい声が耳に届き鼓膜を震わせる。

「いや、寝ているぞ」

「そうですか。ならまだ続けましょうかね。箒ちゃんの髪は撫で心地が良いですから」

 私は見え透いた嘘をついた。白夜はそれが嘘だとわかりながらも髪を撫で続ける。こっちに来てから、更には中学生になってから鍛錬の時以外は白夜とここまで触れ合う機会がなかった為とことん甘えてしまおう。

 普段なら恥ずかしく行動に移す前に躊躇ってしまうのだが、今日は何故だが簡単に行動に移してしまえる。

 

 暫く白夜に撫で続けられる事数分。目を瞑っているため時間の感覚はひどく曖昧である。そして私の耳に聞こえるのは頭を撫でられる音と白夜の呼吸のみ。

「なぁ白夜」

「どうかしましたか、箒ちゃん?」

「今何時くらいだ?」

 楯無さんに気絶させられるてこの部屋に運び込まれてどれくらいだったのだろうか、そんな疑問が湧いたので白夜に訊く。

「箒ちゃんが連れて来られてから10分も経ってませんよ」

 気絶させられてからはあまり時間が経っていないようだ。頭を撫でられた時間を考えると気絶していた時間は結構短いようだ。鍛錬の青果が出ていると考えると少し嬉しいが、今思うことではないのですぐ忘れることにする。

 白夜の頭の撫で方や頭に伝わる感触、そして白夜の匂いがすることからおそらくは膝枕されているのであろうと予測する。

 ふふふ、それならば少し意地悪をしてやろう。声のする方へ寝返りを打つ。丁度半周した時、つまり私の顔が白夜の顔の方を向いている時、私の顔は白夜のお腹に触れた。

 前触れのない行動にびっくりしたのだろうか、白夜が驚いた声を上げる。私は白夜が驚くということの珍しいから少し笑ってしまった。しかし、私の顔は物凄く赤くなっていることだろう。顔が焼けるように暑い。

 今日はいつもと違うことをした(サンタになった)からこれ位いつもと違うことをしても良いだろう。そう思いたい。

「白夜」

「なんですか?」

「私にプレゼントはないのか?」

 白夜と出会ってからというもの、最初は子供扱いされているようで断っていたのだが、クリスマスには毎回白夜からプレゼントを貰っている。

 今年は色々ありバタバタして、そのような余裕がないことは分かっているが、やはりないと少し寂しい。

「そう言えば忙しくて聞くのを忘れてしました。箒ちゃんは何が欲しいのですか?」

「……キス」

 言ってから自分の発言にびっくりする。だが既に言ってしまった事を撤回するのは何だか嫌だ。

「分かりました」

「へ?」

 まさかのOKが出ることに驚く。どうせ冗談だろうと思っていると、白夜は私に膝枕をした状態で腕を伸ばし近くのテーブルに置いてある何かを取ろうとしているのが分かる。

「それではこちらを向いてください」

「なななななっ!」

 まさか本当になろうとは!

 再び寝返りをうち上を向く。そこには久々見る白夜の顔がある。顔の近さは後ろから教えてもらう時と変わらないのに、膝枕されながら見上げるといつもと違って恥ずかしい。

 真っ直ぐ白夜を見つめることが出来なくて目を逸らしてしまう。

「頬を染めて可愛らしいですね」

 そう言って白夜は顔色変えずに私の頬に触れる。恥ずかしいことを言っているのに顔色を変えないのはずるい。

「リップを塗るので動かないでくださいね」

 程よくぬるいリップが白夜の指で塗られていく。

「さて、これていいですかね」

「びゃ、白夜は塗らないのか?」

 どれだけ冷静にしていようと思っても声が上ずってしまった。

「私は箒ちゃんに塗る前に塗り終えてますよ」

 よく見てみると確かに白夜の唇にはすでに塗られていた。……もしかしてその指で私も塗られたのだろうかっ!しかし、これからキスをするというのに間接キス如きで動揺してられん。実際はしてるから、更に顔が暑くなっている。

「行きますよ箒ちゃん」

「う、うむ。かかって来い」

「力を抜いてください」

 にっこりと優しく微笑む白夜が覆いかぶさるように私の顔に近づいてくる。私は目を強く瞑る。

 

 優しくしっとりとした感触を唇に感じる。

 白夜の長髪から白夜の香りがしてきて、キスの感触とともに私の頭をくらくらとさせる。

 たった数秒の出来事なのに何分ものように思えるほど幸福な時間。出来るならばこの時が続いて欲しいと思うほどの幸せ。

 キスを終え白夜が唇を話すとき、無意識に「あっ」と言ってしまった。

「満足しましたか?」

 惚けている私の頭に白夜の声はよく響く。その言葉の内容を理解するのに、いつもの数倍の時間がかかってしまう。

「箒ちゃん?」

「まだだ。まだ、たりん」

 恥ずかしいが思った素直に自分の気持ちを伝える。

「そうでしたか。それはすみませんでした」

 再び白夜の顔が近くなる。今度は目を瞑らずに白夜の瞳をじっと見る。白夜の黒曜石のように真っ黒な瞳に吸い込まれるよう、私達は見つめ合ったままキスをする。

 一度経験しているため、熱は先程までよりも少ない。しかしそれでも私の頭をとろけさせるには十分であった。一回目よりも長い時間唇を合わせる。そして白夜は唇を話した。

 私はそれに少しばかりの物足りなさを感じた。

「まだだ」

 滑舌が怪しかったが、きちんと意味の持つ言葉を言えた。離れゆく白夜の頭を包むようにして、再び近づける。

「箒?」

 ここで「ちゃん」を外すのは狡すぎる。

「まだ。まだ足りない」

 唇が触れるのを確かめたら白夜の口内に私の舌を忍ばせる。キスだけでは感じることのできない甘さが伝わってくる。互いの舌を交わらせて、吸ったり、口蓋を優しく撫でる。

 私の息遣いも荒くなり、白夜の息遣いも荒くなる。

 時間を忘れて、私は白夜とキスを続ける。先程までと違うのは、私が主体となって白夜が受身になっていること。

 互いの息が苦しくなるのを自然に感じ、唇を離す。

「案外、気持ち良いな」

「箒は、本当に、初めてなのですか?」

 深く呼吸をしながら、一言一言ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「あぁ。私のファーストキスは、白夜のものだ」

 少しばかり呼吸が収まり、目の前にある白夜の顔を見ると今まで見たことのないほど火照っている白夜が目に映る。白夜はひどく艶めかしく、普通の男性が醸し出す色気とは別の色気を醸し出している。

「そうでしたか。実を言うと私も初めてだったのですよ」

 照れ臭そうに笑う白夜に見とれてしまう。

 何だか、男女が逆な気もするがこの際気にならない。

「なぁ、白夜」

「はい」

「最後にもう一度したい」

「いいですよ」

 白夜は私の頭と腰に手を当てて、私を優しく起き上がらせる。

「最後はゆっくりといきましょうね」

 そう言うと白夜は腕を広げ、抱擁の体制を取る。私も覚悟を決めて白夜に体を近づけ腕を白夜の背中に回す。あの時と同じように、優しくも力強く私を抱きしめてくれる。

 そうして暫くこの時間を楽しむと、少し近場を弱め顔を向かい合わせる。

「メリークリスマス、箒」

「あぁ。メリークリスマス」

 

 

 




ヒーローとヒロインが逆転した《後編》は如何でしたでしょうか?ようやく恋愛タグが仕事をしましたね。
《前編》がラウラとの青春モノ。《後編》が白夜との恋愛モノと言った感じです。
作品の雰囲気に合わせるため、擬音を用いずにキスを表現するのは難しかったのですがこんな感じでいいですよね。25日の夜に一人何してるんだという中での執筆だったのでとても虚しかったです。



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原作2巻 その壱

はっちゃけ黒兎①/物語の裏側①


キャラ微崩壊注意です。







 箒が教室に行くとまず最初に一夏とセシリアが話しているのが見えた。二人も箒が来たことに気付き手を降って手招きする。荷物を持ったまま一夏の先に歩いて行く。食堂で一度会っているので挨拶は無い。

 

「どうしたのだ二人とも?」

 

「セシリアの事も誘ったんだけど、箒も一緒に屋上で昼飯を食わないか?」

 

 箒は眉をひそめる。そしてそれはセシリアが昨日言った事であり、鈴は二人きりのつもりで誘ったのではないかと考える。チラリとセシリアの方を見る。昨日会った時よりも安堵しているように見える。仕方ないとため息を吐く。

 

「ちょうど私もお弁当だから一緒に食べることにしよう」

 

「それじゃ、午前の実習が終わったら屋上に集合な」

 

 セシリアと共に一夏の席を離れる。

 

「良かったなセシリア。一夏の朴念仁っぷりに感謝するのだな」

 

「嬉しいような、嬉しくないような……」

 

「それでも良かったではないか」

 

 そう言いセシリアとも別れて自分の席につく。今日はいつもより遅れての登校だった為、朝のHRが始まるまで予習するにしても知り合いに声をかけ話をするにも時間が微妙であった。朝の鍛錬での疲れを少しでも取るために、一先ずは目を瞑ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「きゃぁぁあーーーーー!!!!!」」」

 

 

 教室全体を揺らす程の黄色い歓声でビクリとし目を覚ます。教室の前真ん中に設置されている時計を見ると朝のHR時間を少し過ぎていた。そして何があってここまでの歓声が湧いたのか知る為に視線を下に下げると、金髪と銀髪の初めて見る二人がいた。

 

(転校生が来ただけでここまでの事になるか?)

 

 目覚めたばかりであまりはっきりしない頭で考える。どちらも顔立ちが綺麗である、髪の艶が素晴らしい。銀髪の方は何かのスポーツをやっているような綺麗な筋肉のつき方をしている。

 

(違うだろうな。となると……)

 

 そうして金髪の方、シャルルが一夏と同じ男子用の制服を着ている事に気がつく。しかしその姿に違和感しか感じなかった。服の上からでも分かる筋肉や骨格が男子のそれではなく女子のそれだった。

 噂の男子操縦士としてIS学園にやって来ることに何かの狙いのある事は容易に想像できるが、箒の知っている限りそのような事に気づいていそうな人は三人いるので、そこまで危険は無いのでないかと結論付ける。

 箒が一通り考え終わる頃、教室も落ち着き次に銀髪の彼女の番となった。

 

「ラウラ、自己紹介をしろ」

 

「はいッ教官。ラウラ・ボーティヴィッヒだ」

 

 流れる雰囲気は一夏が自己紹介をした時と同じで、みんなが皆つぎの言葉が来るのを待っている。

 

「そ、それだけですか?」

 

「……」

 

 

 真耶がラウラに尋ねるが答えは帰ってこなかった。何とも言えない雰囲気の中、この雰囲気を作り出したラウラ本人が動き始めた。

 向かう先は一夏の席。当の本人は未だ自分と同じ境遇の人が現れたことに対する嬉しさから気付いていない。ラウラが声をかけると腑抜けた声の返答が帰ってきた。少し顔をしかめる。

 

「右手を出せ織斑一夏。きちんと握り締めてだ」

 

「お、おう」

 

 状況がわからないまま、威圧的な態度のラウラに気圧され言われたまま右手を差し出す。それにラウラも握り締めた右手を出し、一夏の拳とぶつける。

 

「フフフ。これで貴様と私はライバルだ。怖じけて逃げるなよ」

 

 既に教室内派ラウラの独壇場となってしまっている。誰もラウラの行動を止められる者は教室に居ない。それは千冬だって困難である。

 やりたい事をやりきったラウラは不敵な笑みを浮かべ次のターゲットへと足を向ける。皆が自分のところに来ないように祈っている中ラウラが向かったのは箒だった。

 

「貴様が篠ノ之箒だな」

 

「そうだが。何のようだ?」

 

「そうか、やはり貴様か……」

 

 腕を組み何かを思案している様子である。箒も箒でどうして私のところに来たのかを考えるが何一つとして、思い浮かばなかった。

 

「こいつが……のよ……になるのか。それだけの価値があるのか?」

 

 最初の方は小さな声だったため一番近くにいる箒でさえ聞き取れなかった。

 

「それで、私になんのようなのだ?」

 

 埒が明かない為箒の方から聞くと、待ってましてたとでも言わんばかりににやりと笑う。

 

「篠ノ之箒っ!私は貴様のことを義姉(おねーちゃん)などと呼ぶつもりはないからなっ!!」

 

 ビシッと人差し指を箒に向け不敵な笑みを漏らす。周りは呆然としている。そして極めつけに、ラウラが言い終わるとともにチャイムがなったのだ。

 箒は思った。今日はここ最近でもっとも厄日なのではないかと。こうして箒の転校生二人にむけての印象は『男装系転校生』と『電波系(少し頭のおかしい)転校生』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……朝から疲れた」

 

「しののん大変だったねー」

 

 その日は午前中からISの実習がある為、朝のHRはラウラの決めポーズで終わった。現在、一夏とシャルルが教室から出て行ったため各々がISスーツに着替えている。と言っても殆どが制服の内側に既に着ているため制服を脱ぎ畳むだけである。箒も同様に制服を脱ぐだけであった。

 

「これからやっていけるのだろうか……」

 

「しののんよしよーし」

 

 アリーナへと向かう中も箒は愚痴をこぼす。そんな箒を慰める為に少し駆け足で放棄の前に移動し、背伸びをして頭を撫でようとするが如何せん身長が足りなかった。箒はそれを微笑ましそうに見て、少しながら癒やされる。

 

「ありがとう本音」

 

「これくらい、私にかかればどうってことないのー」

 

 このような光景を見て共に来ていた女子たちは皆二人の胸元に自然に目線をつけてしまう。

 

「やっぱりあの二人は凄いわね。本音はロリロリなのに胸とお尻のアンバランスさが味を出してるし、箒は言わずもがなね」

 

「二人を見てるといっぱい食べたほうがいいと思うけど、それが他のところについちゃいそうで……」

 

 自分の胸を見てため息をつく。初めて全員でISスーツを着ての授業のため、ピチっと体に張り付き体のラインが見えるISスーツが目に毒な人も多いのだ。

 

「しののんってあんまりムキムキって感じじゃないんだね。あんなに早く竹刀振れるし、いつも練習してるからムキムキかと思ってたのに」

 

「ちょっと本音さんっ」

 

 ぺたぺた放棄の体を触りながら言ったことに対して鷹月が少し声を大きくして注意する。

 

「だってー」

 

「剣を振るだけならそこまで筋肉はいらないらしい。私も最初の頃は筋トレもしなければならないのかと思っていたが、必要最低限なものは既にあるからいらないと言われた」

 

「なーるーほどー」

 

 皆はそれでどうやってあれ程の破壊力が生まれるのか疑問には思ったものの、口に出すものまでは居なかった。

 

 

 移動を終えアリーナに着くとセシリアと鈴が箒のことを呼んだ。きっと今日の朝のことだろうなと軽い予想を立て、ここまで一緒に来たクラスメートに一言断って二人の元へと行く。

 

「セシリアから聞いたわよ。朝から大変だったわね」

 

「すみません箒さん。鈴さんにどうしてもと言われまして。今日のお昼のこともありますし……」

 

「どうせその日限りの笑い話のような物だから気にしてはいないさ。それに、今だってそれとそんなに状況は変わらないからな」

 

「それってどういうこと?」

 

「入り口からこちらを見てるだろ?私が見たらバレるから確認することは出来ないが」

 

 二人が言われたようにアリーナの入り口を見る。そこにはアリーナにやって来る一組二組の生徒や準備を終えた千冬と真耶が見うけられるが、肝心のラウラの姿ははなかった。

 

「居ませんわよ?」

 

「視線は感じるのだがな……」

 

「視線ってアンタね」

 

 という所で間もなく授業が始まる時間となり、千冬が整列を指示する。その後、受業のベルと共にやって来た一夏とシャルルがやって来て一夏はいつものそしてシャルルは洗礼として出席簿チョップ(そこまで痛くない)を受けた。

 事前説明が終わりいくつかのグループに分かれ、専用機持ちが指導をすることになる。案の定一夏とシャルルが人気がある。箒はいつも一緒にいる三人の中からあまり練習のした事ない鈴を選んだのだが、男子に集まり過ぎた為千冬が名簿順に並ぶよう言う。

 箒が改めて入ったグループはなんのイタズラか、既に訓練用のISを持ってきて仁王立ちで立つラウラのグループだった。

 

「今日入ってきたばかりだが、貴様らに操縦の仕方を教えるラウラ・ボーティヴィッヒだ」

 

 一通り言い終わって所属する人を確認する。ある一人、言わずもがなだが箒、を見つけてにやりと笑う。

 

「取り敢えず私から見て左から順に乗り込め。初心者の貴様らに優しく教えてやろう」

 

 私は何かしたのだろか。箒は訳も分からず、取り敢えず流れに身を任せる。

 ラウラは軍人ということもあり、適切にそして周りのグループに比べて速く指導をしていた。初めに操縦の基本を教え、慣れ終えたら歩行のみを使用した軽めの実戦を行う。そして迎えた箒の番。

 

「では次の者乗り込めっ!」

 

 言われたように乗り込む。今まで数回乗り込んだ時と違和感はない。と言うよりもこの前よりも自分の体に馴染む。恐らく日々あの鍛錬との一戦が影響しているのだろう。

 

「これまでISに乗ったことはあるか?」

 

「片手で数えられる位には」

 

「そうか。……それならこれはかわせるな?」

 

 ラウラのIS、黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)からワイヤーブレードが射出される。箒は葵を取り出し、それを弾く。

 

「なんのつもりだ?」

 

「ほう。今のを避けるではなく、防ぐとはやるな」

 

「何故だと聞いている!」

 

「ある程度動けるならこっちの方がいいだろ?私も少し動きたいし、他の者たちは実際の動きを見れて為になるだろ?」

 

 一応理にはかなっている。しかしほんの少しも箒のことを考えている様子はない。軽く舌打ちをして、この状況をどうにか出来ないか考える。

 訓練用のISの為プライベートチャンネルは無い。それぞれが広いアリーナの中で訓練してるから、こちらの様子に気づくものもいない。山田先生はは気付いていないが、どうやら千冬さんは気づいているようだ。気付いているなら楽しそうに見てないで、助けて欲しいところである。

 

「どうした?何も言わないのであれば、時間まで続けるぞっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 一人の呼吸と鎖の擦れる音が静まり返った、薄暗い廊下に響く。そこにまた別の呼吸とコツコツと足音が加わる。その足あとは、とある牢屋の前で止まった。

 

「ようやく来やがったか。随分あたしを待たせやがったな?あぁん!?」

 

「どうも初めまして。名も知らぬ侵入者さん」

 

 見た目など気にせずに切られた真っ赤な髪の間から鋭い眼光を見せる少女が、牢屋の前に立つ笑顔の青年に邪悪な笑いを浮かべながら話しかける。

 

「ここでアンタが出てくるってことは何だ?私の処分でも決まったのかい?」

 

「一応はそう言う事になりますかね」

 

 男は飄々とした雰囲気を崩すことなく答える。

 

「んで。あたしはどうなる」

 

「私達の手伝いをしていただきます」

 

「手伝いだぁ?クハハハハッ!!!!このわたしにかい?」

 

 壁に繋がれている鎖を腕に食い込むほど強く引っ張り精一杯男に近づく。

 

「狙いは何だ?」

 

「強いて言うなら戦力が欲しいだけです。貴女だってアソコに1つや2つ文句はあると思うのですが。如何でしょう」

 

「面白そうだから乗ってやる」

 

「それはありがたいですね。体の調整はもうすぐ終わるらしいので、それが終わり次第ここで一緒に働いてもらいます」

 

「それは聞いてねぇ。ここで働く?」

 

「言ってませんでしたし。本当なら本拠地であれこれして欲しいんですけど、どうやら貴女は戦闘しか出来なさそうですしコチラにいたほうが良いと思ったのですが。余計なお世話でしたか?」

 

「いいや。流石ウチの兄さんだ。あたしのことをよく分かっている」

 

 カラカラと楽しげに少女は笑う。

 

「そうでしたそうでした。それに伴ってあなたの名前を聞きたいのですが、アソコではどの様に呼ばれてましたか?」

 

「Bだよ。B!」

 

(Blue)ですか。貴女にはV、(Violet)の方がお似合いだと思うのですが……」

 

「それはどっかの国が使ってたらしくてわたしにはBが当てられたんだよ」

 

 ほう。男はなにか考え込むように見える。

 

「その国家とかは?」

 

「欧州のどこかだったか。遺伝子強化の実験の際に付けられたとか。ちょっと待ってな、今思い出す」

 

「ふむ。ではその間に牢屋を開けて、その鎖を外しますよ」

 

 鍵束を使って彼女を拘束するものを外していく。自由になった彼女は、数週間ぶりの自由を確認し今まで通りに動ける事を再確認する。

 

「おっ!思い出した思い出したよ兄さん。たしかあれは」

 

 体を動かしたおかげか、思い出すことに成功した。

 

 

 

 

「それはドイツだ」




取りあえずはこんな感じで2巻始まりました。
ちょこちょこ伏線を張りつつ進めていきたいと思います。
2巻は1巻ほど長くならないとは思います。だって原作だと箒ちゃんの出番少ないし、ましてや私は日常会話を書くのが下手ですから……。


沢山のお気に入り登録ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。





次回

VTシステムちゃん「はわわ!もう出番ですか!?」

ラウラ「くっ!鎮まれっ!」

箒ちゃん「どうした?私はまだまだ戦えるぞ?」



おたのしみにっ!


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原作2巻 その弐

はっちゃけ黒兎②/物語の裏側②


 あの後何とか逃げたり、防いだりして他のグループが終わるまで持ち堪えることに成功した。どうして私がこんな目に、と思っても仕方がない事だ。

 

「初めての者もいたと思うが、ISの操縦の基本は覚えることは出来たな?これからも暫くは基本の確認になるから、自分は何が出来て何が出来なかったをキチンを覚えておけ」

 

 女子たちの「ハイッ!」という返事が返る。千冬と真耶は時計をちらりと見て、まだ少しばかり時間があるのを確認する。

 

「織斑先生。少し時間がありますがどうしますか?」

 

「そうだな。時間があるなら軽く演習でもしてみるか、誰かやってみたいものはいるか?」

 

 一つの手がびしっと上がる。他の生徒よりも小さなところから上げられた手はみんなの視線を集める。

 

「ラウラか……。他にはいないか?」

 

「教か…、織斑先生っ!よろしければ相手を指名させて頂いてもいいですか?」

 

「ほぅ。誰だ?」

 

「篠ノ之箒です」

 

 本人も含め、一組全員が納得する。

 

「ラウラ・ボーティヴィッヒ。それなら一夏のほうが良いのではないか?教室でライバル宣言をしていたではないか」

 

「私とヤツが戦うのはこんな場では相応しくない。なんて言ったってライバルだからな。それ相応の場所というものがある」

 

「……なら私は何なのだ」

 

 ため息を漏らす。

 

「篠ノ之、お前はどうする?」

 

「一応確認しますが、それって断る事は?」

 

「出来ると思うか?」

 

「是非、やらせていただきます」

 

「それでは皆のもの、観客席に向かえ。そこまでの戦闘にはならないが、ここで見るよりもあっちで見た方が分かりやすいだろうからな」

 

 既に諦めモードの箒とやる気満々のラウラが対照的に映る。1組のみんなは心の中で箒に手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。初日に貴様と戦うことが出来るとは、私も運が良い」

 

「どうしてそこまで私に何かしらを仕掛けてくる」

 

「なに、貴様がおにいちゃんの恋人ならばどれ程の腕なのか確認せずにはいられない。何故ならば私は妹だからなっ!!」

 

 頭痛が痛いと言ってしまうほど、箒は既に手一杯である。朝に言われたおねーちゃんとはその事だったのかと理解する余裕もない。

 

「『おにいちゃんの恋人』だと?」

 

「なに?貴様ではないのか?」

 

「私に恋人はいないが。まずおにいちゃんとは誰だ?」

 

「それは……。っと、話を続けたいところだが先生方の準備もできたようだ。武器を構えろ」

 

 肝心な事が聞けないまま戦闘の始まりまでを数える、真耶の声が流れる。箒は再び葵を取り出し構える。ラウラもプラズマ手刀を発動し構える。

 

「それでは行くぞっ!篠ノ之箒っ!!」

 

 いつものIS訓練でのスピードよりも格段に早くラウラが距離を詰め、手刀を振り下ろす。

 

「くっ!」

 

 予想だにしない速さに、少し反応が遅れつつも葵で受け止める。すかさずもう片方の手刀が襲い掛かってくるが、葵を押しラウラとの距離を無理矢理作る。

 手刀は虚空を突き。その間に箒は姿勢を整える。

 

「やるな篠ノ之箒」

 

「そういう貴様もやるなラウラ・ボーティヴィッヒ」

 

「ラウラでいい」

 

「それなら、私も箒でいいさっ!」

 

 地面を強く蹴り近づく。慣れ親しんだ様に刀を振るう。少しのブレもなく狙い通りの所に刀は進み、ラウラのワイヤーブレードによって阻まれる。

 

「甘いな」

 

 プラズマ手刀とワイヤーブレードによる多方向による攻撃を一本のみで捌くのは困難と判断し、襲いかかる2つのワイヤーブレードを斬り無理矢理逃げ道を作る。

 しかしラウラの攻撃は終わらない。計四本の剣を使って逃げ道を無くすかのように攻撃する。対する箒は葵一本で僅かな隙間を作り、攻撃をかわす。

 

「やるなっ!」

 

「そんな笑顔で言われても、嬉しくはないのだがなっ!」

 

 ラウラ攻撃の手を増やすのを感じ、ブースターを使って一度後ろに下がりもう一本葵を取り出す。ラウラの更に増えた6本VS箒の2本。

 他の人からすれば箒の方が不利に見えるが、実際戦っているラウラからすればたかが一本増えただけなのに先程より勝手が違う。

 こちらが攻めだったはずなのに、いつの間にか守りに入っている。一本でこちらの剣6本を捌き、その隙間にもう片方の剣を差し込んでくる。どれだけスピードを上げても、それより早く剣を振られる。

 

「っ!不味いっ!」

 

 ワイヤーブレードの制御が甘く、その隙間をこじ開けられてしまった。プラズマ手刀で対処しようとするが間にあわず、仕方なくレールカノンを使う。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつきながら距離を取り、迫りくるレールカノンの対処に移る。対処の方法は簡単。迫ってくる砲弾を只斬るだけ。音をも置き去りにして砲弾を斬る。

 

「これで終わりか?」

 

「レールカノンを斬るなど、貴様人間か?」

 

「そのつもりだが……?」

 

「これは使いたくなかったのだが、仕方があるまいっ!」

 

 片方のプラズマ手刀を解除して、その手を前に掲げる。その不自然な動きに疑問を感じつつも、箒は突進を仕掛ける。

 

「かかったな」

 

 ニヤリとラウラが笑う。観客席から見ると、ラウラが手を前に出しただけで箒が止まったように見えている。

 

「くっ!なんだこれは……」

 

「私のISの機能なのだが、できれば使いたくなかった。しかし、これほど箒が動けるならば致し方あるまい」

 

「動けないか……」

 

 どれだけ剣を振るおうとしても腕が一ミリたりとも動かない。

 

「これはAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)と言って、簡単に言ってしまえばPICを使って動こうとする際に逆の加速度を与えるものだ。対処法はいくつかあるが、そのISでは無理だろう」

 

 レーザー武器が無いその装備では、と付け加える。正直言って箒には打つ手無しとなった。それに、午前の授業が終わるまで残り数分のためこのまま終わりとなっても良いのだ。

 しかし、負ける事はしたくなかった。()()()が動きを止められるくらいで負けるのならば、白夜と対等になるのは夢のまた夢。

 ――考えろ、考えるんだ。ラウラはなんと言った。動きと逆の加速度を与えると言っていた。それはきっとあのISの演算を経て、発揮されるはずだ。それならば、一度逆方向に力を入れ、コンマ一秒で本来の向きに力を入れれば良いのではないか。

 機械すら欺く速さで動けば不可能ではない。流石に生身では成功率は五分五分だろうが、今はISに乗っている。失敗はするはずも無い。落ち着け私――

 

「どうした?これで終わりか?」

 

「そんなわけがなかろうっ!」

 

 箒の体は予定通りに動いた。AICの演算を誤魔化し、本来動きを妨げるために加えられる加速度を見方につけ、かつて無い速さで移動する。

 思ったより早い移動にラウラが、そして箒も驚く。剣をふることができず、蹴りをラウラに食らわせる。

 

「なっ!」

 

 土煙を上げるほどの速さで地面に落ちる。それ程機体にダメージ入っていない。予め出来るだけ機体を傷つけることが無いように忠告されてきたからだろうが、コレはラウラの心に火を着けた。力が足りない。ラウラはそう思った。善悪を問わず、とにかく目の前にいる箒と戦うための力が。

 

 するとラウラ以外の時間が止まった。

 

 そしてどのからか声がする。「力が欲しいか?」「誰でも無い、君が「君でいるために」「それが君を飲み飲もうと「君はそれが欲しいか?「欲しいだろう」

「それならば望め」「力が全てだと「力以外はないもいらないと「君が君じゃなくなってもいいと」

「叫べ、その一言を「力を手にするための言葉を「魔法の言葉を「呪いの言葉を「その言葉は」

 

「起動せよVT(ヴァルキリートレース)システム」

 

 

 再び時間が加速する。ラウラは呆然と、頭の中に流れて来た言葉を繰り返そうとする。

 

「起動せよ、ヴァルキリートレース……」

 

 しかしその言葉が言い終わることは無かった。土煙を切り裂くように箒が降り立つ。

 

「どうしたラウラ?私はまだまだ戦えるが、お前はどうだ?」

 

「ほう……き」

 

「うん?顔色が悪いが大丈夫か?」

 

「くっ!鎮まれっ!」

 

 不完全ながらも起動ワードを言ってしまったため、ラウラの機体が足元から元の黒から泥のようにドロドロした何かに変わっていく。それに違和感を感じた箒は行動を起こす。

 

「ラウラっ!取りあえず、侵食されているところ以外のISを解除しろっ!」

 

 それは偶に束から送られてくるIS関連の資料に乗っていたVTシステムに良く似ていた。しかしそれはある程度のダメージが蓄積されない限り発動しないと書かれていたのだが、今回は発動してしまっている。

 

「大丈夫だラウラ。落ち着け。私は何もしない」

 

 上半分のISを解除したラウラのことを、同じくISを解除した箒が抱きしめる。柔らかな感触がラウラを包む。千冬が他の生徒を避難させ、二人に放送で呼びかけるが届いていない。

 資料に書かれていた発動条件は機体ダメージの他に搭乗者の精神状態も関わると書かれていたことを思い出す。

 

「私の心臓の音だけに集中しろ。私はラウラの事を攻撃しない、だから安心しろ。ここには敵はいない、私達二人が寄り添っているだけだ」

 

 ラウラの荒かった呼吸が次第に収まる。泥は無くなり、展開されていた残りの部分も消える。

 

「大丈夫か?ラウラ」

 

「すまなかった……」

 

 それだけ言ってラウラは意識を手放した。間もなく千冬がやってきて、二人を保健室へと連れて行った。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■

 

「という事なんですが。束さんはVって名前に聞き覚えはありますか?」

 

『そんなVなんて頭文字言われただけじゃ流石の束さんもわからないかなー。クーちゃんはどう?』

 

 先程までいた牢獄から一部屋移動した通信室で、白夜と束そしてクロエは会話をしていた。先程開放したブルーは別室でシャワーを浴びている最中である。

 

『Vですか。今まで通りに色で言うと、やはり紫に関係しているのでしょうか』

 

『でもでも、ブルーっちは青って感じじゃないよ?それこそ紫か髪の色の赤だって』

 

「殆ど付けられる名前なんてそんな物よ」

 

 扉からシャワーを浴び終え、IS学園の制服に着替え終えたブルーがやって来る。モニターの前の椅子に座る。

 

「私のBは余り物の中で選ばれただけだし、案外Vもそんな感じかもね」

 

『……あっ!』

 

『どうしたのクーちゃん?』

 

『一つの名前の理由が分かりました。が、その人のヒントにはなりそうに無いですね』

 

「そうですか」

 

『なんで白くんはそこまでVくん、Vちゃんかもだけど、その子のことが気になるの?』

 

「いえ、ただ胸騒ぎがするので。これと言って深い意味は無いんですよ」

 

 テーブルに置かれたお茶を飲み、話で乾いた喉を潤す。

 するとピーピーと機械が音を上げる。それは目の前の物ではなく、モニターの先の機械からする音だった。

 

「どうかしましたか?」

 

『なんか学園のアリーナでやばめの事が起こったかもかも』

 

『これはVTシステムの起動!?』

 

『まだそんな醜悪なものが……ってこれ箒ちゃんの近くだよっ!?』

 

「VTシステム?」

 

「『強くなるなら強い人の模倣をすればいいんじゃね?』みたいな奴だよ。ウチもそれに似た事はされたからある程度は知ってる」

 

「なるほど」

 

『なんで、そんなに落ち着いてるの!?箒ちゃんがピンチかもなんだよ?よく分かんないけどカメラは土埃のせいで使いものにならないしーっ!』

 

「箒ちゃんなら大丈夫ですよきっと。私の弟子ですし」

 

「あー、あのアタシをぶっ倒した子ね。あの子良いわよね、きっと私でもアレコレ教えてたかも」

 

「それなら今度会った時にでも教えてあげて下さい。私が教えると偏ってしまうので、貴女なら箒ちゃんも付いてくると思いますし」

 

『あ゛ーーっ!どうして二人はそんなに落ち着いていられるのかなっ!?』

 

 アリーナで箒が戦っている中、束もまた自由人二人に振り回され大変な思いをしていた。

 

 

 そんな大変な思いをした束だが、後日VTシステムの資料が役にたったと箒に感謝され、箒とクロエがドン引きするほど喜ぶのでまぁ良しとしていいだろう。




戦闘シーンの書き方が分からないです。これでいいんですかね。駆け足気味になってしまう。
強い人たちの戦闘シーンって強すぎて長く書けないんですよね……。

とまぁ、箒ちゃんとラウラのアレコレはまた次回という事で。
白夜との絡みは本編では書けないかもですね。




次回

ラウラ「だって私も一緒に居たかったもん」

箒ちゃん「それなら私は今日からラウラの姉だ」

VTシステムちゃん「にゅふふ、次は覚悟しとけよ」



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原作2巻 その参

黒兎の回顧/青との邂逅









 あの暖かさに触れたのは何時ぶりだろうか。

 

 真っ暗な小さな部屋の中で少女は一人、ぽつんと座り考える。『ラウラ・ボーデビィッヒ』少女に付けられた仮の名前。遺伝子強化人間として作り出された彼女(人形)を他の物と区別するためのもの。

 元々は別の識別のされ方をしたのだが、彼女が生を受け薬物や教育によって物心をつくまで成長(調整)された時、転機がやって来たり

 薄暗く教えられた事しか知らず、言われた事しかしなかった彼女にとって初めて見る日の光はあまりに眩しすぎた。それでも彼女は見えない先に、何かを見た。

 

「ここが表立って活動している最後の施設ですね……。来るのが遅くなってしまいましたね。残っている子達も少なそうですし」

 

 初めて見る服を着た、見たことも無い男の人が何やら刃物を持って立っている。明るい背景を背にする彼からは圧が発せられており、彼女を含め施設の子たちは皆震えている。

 彼女の周りにいる研究員たちが一斉に発砲を始める。しかし聞きなれたその音だが、いつもとは違っていた。放たれた銃弾が肉を貫く鈍い音ではなく、何かに弾かれる鋭い音。

 

「そんな事をしてはいけませんよ。周りの子たちに被害が出てしまいますからね」

 

 彼女の顔に赤くべっとりした何かが付着する。

 男は屈み込み着ている服でそれを拭いとる。

 

「あ、あなたは」

 

「貴女がVですか……。ふむ、確かに似ていますね」

 

 男も座り込み目線を合わせる。場違いなほどの笑顔が彼女の瞳に映り込む。それは暖かく、今まで感じたことの無いものだった。

 他の研究員はその男が一人の研究員を殺すのを見て、皆一斉にこの部屋から立ち去る。男はそれを追う様子はなく、継続して少女の目を見て尋ねる。

 

「ここにいる人で全員ですか?」

 

 少女は首を縦に振ることで肯定の意を伝える。男が部屋を見渡すと、同じくらいの女の子が6人いる。幸いなことに、栄養失調のようなものは見られるが四肢は揃っている。それだけで儲けものである。

 

「取り敢えず、この国で私が頼れるところに向かいます。皆さんがどうするかは任せますが、ここより人間らしく()()()ことは可能になります。さて、どうしますか?」

 

 彼女たちは彼の手を取った。その人が誰なのか、そんなことは関係がなかった。初めて感じる、教えられただけの家族というものを心のどこかで感じていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「おにいちゃんっ!」

 

 施設から連れだされた合計7人の子どもたちは男とその仲間によってドイツ軍まで連れて行かれた。それぞれが男によって名前をつけられた。一人を除いてつけられていたアルファベットから始まるものだったが、Vと名付けられた少女だけは違った。

 男はなぜ彼女がVであるかを理解し、改めて彼女に()()()という名前を与えた。それからと言うもの、連れて来られた彼女たちは誰に言われたわけでもないが男を『兄』と認識し、時を一緒に過ごした。しかしそれは4〜8歳までの期間であった。

 

「どこかに行くのか?」

 

「えぇ、少々一つの所に長居してしまいました。尻尾が捕まらずにやることが無かったということもあるのですが……」

 

「もう会えないのか?」

 

「私に出来るのは貴女達を救い出すことでした。歩き方は教えました。これからどう歩いて行くかは貴方達次第です」

 

 涙目になっているラウラの頭を撫でる。

 

「軍の中での生活となりますが、私の名前を使って色々なところに予め牽制しているので大変な目に会うことはないでしょう」

 

「いやだっ!」

 

 しゃがむ彼に抱き着き、その場に止めようとする。しかしその行動も虚しく簡単に抱きかかえられてしまう。手足を精一杯動かし抜け出そうとするが出来ない。

 

「それが貴女達のため、と言い切るのは私のエゴなのかもしれません。それでも私はここを出なくてはなりません」

 

「ぐすんっ」

 

 抱きかかえていたラウラをおろし、再び頭をなでる。

 

「これが最後ではありません。貴女の人生はこれからです。再び会うこともあります。それに、新たな出会いもあります。そんな悲しい顔をしないでください」

 

「ほんとうに?」

 

「本当にです。大事なのは笑顔でいることですよ。でも、私のようにいつも笑ってるのは良くありませんがね」

 

 私にとって初めての太陽だったあの人はその後すぐに姿を消した。彼がどこに行ったのかを知る者はいなく、彼の事を細かに覚えてる者もいなくなった。私でさえ、顔や声を思い出せる程度であった。

 それからもう一人彼の似た人と出会った。彼とは違う暖かさを持った教官は、私のあこがれの的となった。教官に弟がいると知って、羨ましく思い嫉妬はしたが、それと同時に弟とも会ってみたいとも思った。

 

 

 

 

「なにっ!?おにいちゃ……白夜がIS学園にいるだと」

 

「そうですが。どうかしましたか隊長?」

 

「いや。なんでもない」

 

 時は経ち、ラウラが自ら道を切り開きシュヴァルツェア・ハーゼの隊長まで上り詰めた。

 

「それで、その情報は確かなのか?」

 

「はい。ドイツからIS学園に行った者によれば、噂通りのいつも笑顔な男、つまり雨宮白夜がいたと」

 

 ドイツ軍からも男性操縦士とコンタクトを取るため一人送るための人員を出すよう頼まれている。とすると、私が言っても良いのではないか。

 表では部下にむけて凛々しい顔をしているが、見えないように小さくガッツポーズをし心ではあまり見せた事のない笑みを浮かべている。

 

「それならば私自らIS学園に赴くとするか」

 

「隊長が自らなどいけませんっ!」

 

「くっ!離せクラリッサ!止めるでないっ!」

 

「例えドイツ軍が友好的にしていても雨宮白夜に接触するのはいけませんっ!」

 

「兄様が、兄様が待っているんだっ!」

 

 その一言にクラリッサの動きが止まる。

 

「なっ!つまりは、隊長がいつも言っている白兄様や白おにいちゃんとは雨宮白夜のことだとっ!?」

 

「言っていなかったか。すまん」

 

「スマンじゃないですよっ!離れ離れになった兄を思う可愛らしい妹、萌えの対象である隊長の兄が……」

 

「そう言えば上層部は知っているが、お前たちには言ってなかったな」

 

「なんて軽い……」

 

「私は誰にも止められないっ!ふははははっ!!クラリッサ私は行くぞっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 クラリッサの制止も聞かずラウラは昔からよく知る人にその旨を伝えに行った。そこで知ったのが篠ノ之箒という存在。校内ではよく二人でいる所を目撃されていると伝えられた。

 再び会えるという喜びと兄を取られた悲しさや嫉妬の両方を抱えながら、隊に与えられた部屋に戻る。先ほどとは違うラウラの様子にクラリッサは何があったか尋ねる。

 

「兄様といつもいっしょに居る女がいるらしい」

 

「きっとそれは妻でしょう」

 

 ノータイム、なんの疑いもなくクラリッサはラウラに返答する。

 

「私が集めた雑誌にありました。日本の妻は夫を支え、常に側に控えていると」

 

「なんだと!?」

 

「つまり、その方は隊長にとっては義姉(ねえ)様になるのです」

 

「わ、私は認めないぞっ!私がこの目できちんと見るまでっっ!!!!」

 

 かくしてラウラのIS学園行きが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ」

 

 そんな今までの事を思い出す夢を見た。どうして私はこのような夢を見たのだろう。夢などここしばらく見てなかったのに。

 ラウラはまだ覚醒しきっていない頭であれこれ考える。しかし答えは簡単なところにあった。それはラウラの左手に繋がれている暖かい手。

 私が握り返すと相手も握り返してくれる。しかしその感触は数年前のものと少し違う。細い指で柔らかい感触だが、どこかふんわりとしている。その理由は目を開く、誰の手かをかくにんするとわかった。

 

「ほう…き……」

 

「ようやく目が覚めたかラウラ」

 

 ふっ、これでは私が認めぬわけにはいかないか。おにいちゃんと同じ暖かさを持った箒をおねえちゃんと認めぬわけには、な。

 

 

 

 

 

 

「大変すまなかった!!私のせいで危険に晒してしまってっ!!」

 

 千冬がやって来てアレコレと何があったかを説明したあと、VTシステムの影響を見るため今日は保健室に泊まることとなった。その中、箒も去ろうとしたのだがラウラが手を離そうとしないため保健室から出ることができなかった。

 千冬が去ると、ラウラはいきなり土下座をして謝りだした。

 

「顔を上げてくれ。あれはラウラが意図してやったものではないのだろう。それならラウラが謝る必要はない」

 

「しかしそれではおにい……兄様に顔向けが出来ないのだ」

 

 どうしても土下座の体制を崩そうとしないラウラに箒はどうしようか悩む。そもそも今回の件は不慮の事故であり、既にVTシステムについて知っていたため被害もそれほど無い。何だか申し訳ない、と。

 しかしこうして続けていれば結果として、謝らせ続ける事になる。ここは私が折れるしかないのか。

 

「ラウラの言いぶんはわかった。だから、顔を上げてくれ」

 

「しかし、それだけでは……」

 

「ならっ!私の質問に答えてくれ、それでこの件は終わりだ」

 

「ぐぬぬ。箒がそれでいいなら……」

 

 渋々と言ったラウラにほっと一息をつく。

 

「何を聞きたいのだ?」

 

「なぜ私にあんなにも絡んできたかとか、ラウラの言う兄様とは誰なのかとかなのだが。ふむ、どれにしよう」

 

「それは同じような質問だ」

 

「えっ」

 

「兄様は白兄様、日本では雨宮白夜と言ったか」

 

「ラウラが白夜の妹?」

 

 という事は白夜はあのような身なりをして少なくともハーフということか。いや、その前に私と同い年の妹がいるにも関わらずドイツにおいてきたというのか!?

 

「血液的には繋がっていないがな」

 

「なんだ……。ひとまず安心した」

 

「それでだな……私が箒にあのような事をしたのは、箒が羨ましかったのだ。箒は白夜の妻なのであろう、いつも一緒にいると言うのが羨ましかったので」

 

 脈絡のない事に箒は訂正することも出来ず、ただ顔を赤らめて口をパクパクしている。ラウラもその様子に気が付くことなく言葉を続ける。

 

「たった数年だったが私は兄様といれて幸せだった。だから箒に嫉妬した。私だって兄様といつも一緒に居たかったもん。その事を部下に話したら『妹とは兄のお嫁と喧嘩して仲良くなるものなのです』と言われてた、それを実行したのだ」

 

 箒は呆気にとられものも言えない。

 

「しかしだっ!それは私の間違いであった。一日にも満たない時間しか共に時間を過ごしていないが、兄様が箒のことを好む理由がわかった。だから私は箒を兄様の妻、そして私の義姉様として認めよう」

 

「ラウラ」

 

「なんだっ?」

 

「言っておくが、私は白夜の妻ではない……。将来はそうなりたいが」

 

「しかしいつもそばに居ると。日本ではそのような関係を夫婦と呼ぶのではないのか」

 

「いや、それは勘違いだラウラ」

 

「つまり私は騙されていたと」

 

「……」

 

 沈黙が気まずい。

 

「し、しかしだ。そんな勘違いがあったからこそ私達はこうして仲良くなれたではないか。そうだろうラウラ」

 

 すこし落ち込んでいたラウラの表情が明るくなる。

 

「うむ。何がともあれ、箒は私の義姉様だ」

 

「それはできれば遠慮させてもらいたいのだが……」

 

「ダメだったか」

 

 ラウラの潤んだ声と涙目のダブルパンチが箒を襲う。

 

「だ、ダメではないぞ」

 

「つまりっ!箒は私の」

 

「あぁ、私は今日からラウラの姉だ!」

 

 それと同時に保健室の扉が開き、千冬がやって来る。どちらも大きな声で言っていたので、間違いなく保健室の外まで声が漏れていた。そう思うと箒は恥ずかしくなり、駆け足で保健室を出て行った。

 

「なにがあったんだ?」

 

「二人の秘密です。教官」

 

 そんな会話があったことを箒は知らない。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。絶対聞こえた。次にどうやって千冬さんやラウラと会っていいか分からない。どうしよう、どうしよう。

 保健室から離れるように、放課後の廊下を早足で歩いて行く。この気持ちを落ち着かせるために自室へと歩いて行く。放課後のため廊下ですれ違う人もたくさんいる。

 その中、急いでいるにもかかわらず、ただ一人だけ箒の意識を無意識の内に奪いさった人がいた。ほんの一瞬だったため気にも止めないようにも思われたが、箒はその人を見るために振り返った。

 様々な国からの人が集まるIS学園でも目立つような光沢のある真っ赤な髪。毛先が整えられ、肩より短めに切られたその髪から微かに見えたのは鋭い目。

 箒はその人を見て動きを止めた。着ているものはスーツであり、以前見た時の制服とは違う。だが、その人が誰であるかはすぐに理解した。

 見られていた女性もその目線に気が付いて振り返った。一瞬目を獣のように更に鋭くしたが、すぐにそれを収めニコニコと箒の方に手を振りながら近づいた。

 

「ハロハロ、お久しぶりね元気だった?」

 

「お前はっ!?」

 

「随分と元気がいいね。ふふふ、前にあった時はお世話になったな」

 

「どうしてここにいる」

 

 その女の腕を引っ張って人気の少ない方へと歩みを進めながら尋ねる。

 

「アタシもアンタに倒されたあと死ぬのかなー、拷問されるのかなーとか思ってたんだけど、なんか役に立つから生かしておく。なんて言われちゃって。くはは、人生って何があるか分からないから面白いわね」

 

 まっ、私は人間って行けるほど人間じゃ無いんだけど。と、箒からしたらよく分からないことを付け加える。

 

「私達に被害を加える心配はないと」

 

「うん。ウチが入っても信用されないと思うけど、わたくしはそんなことするつもりは無いよ。ほんとほんと」

 

 あいもかわらず掴めない性格をしている。一人称も口調もコロコロと変わり、どれが本物なのか掴めない。

 

「本当か気になるなら、君の姉かここの理事長それか白さんに聞けばいいよ」

 

「なるほど。白さんとは誰だ?」

 

「そりゃ、ここにいる白さんと言ったら一人しかいないっしょ」

 

「やはりか。しかし、前は『アレ』と読んでいなかったか?」

 

「それはそれ、これはこれよ。私にだっていろいろとあるのよ。ととと、これから用事があるのに貴女と話しちゃったわ。取り敢えず、これからもよろしくね箒ちゃんっ!」

 

「イマイチ納得できんが、わかった。えーっと……」

 

(ビー)でいいわ」

 

「ビーだな。それではまた」

 

 Bは周りを気にせずにフラフラと歩いて行った。

 

「しかし、Bee(ビー)か蜂とは合うような合わないような」

 

 一人道を歩きながらそんな言葉をこぼした。

 

 

 今日は箒にとって色んなことがある一日だった。朝イチで転校生に絡まれ、その後国家の陰謀に巻き込まれ。更には昔対峙した敵と再会を果たしたりと。

 

――今日はつかれた。久しぶりに大浴場に行って体を休めるかな。

 

 箒の長い一日はこうして終わりを迎えた。




転校一日目これにて終了。
トーナメント戦までの話を一話挟んでの、トーナメント戦ですかね。
VTシステムは一回お手つきしてしまったので、しばらくは出番ありません。
故にトーナメントはがっちり戦いますよ。きっと。

次の更新は2巻分が書き終わってから、連日で投稿したいと思います。
一ヶ月以内を目処にして、閑話にクリスマス回を入れたいところですがどうなるんでしょうかね……。

クリスマス回だけの投稿になってしまうかもしれません。



引き続きこの作品をよろしくお願いします。



次回

ラウラ「おねえちゃん。初めてだから優しくして」

箒ちゃん「言われなくとも分かっているさ」

乙女たち「「「きゃーーーーっっっ!!!」」」

一夏くん「やめろぉぉぉっ!!!!」

おたのしみに



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原作2巻 その肆

長らくおまたせしました!
短いですがお楽しみください。





 箒と一夏は、夕日が差し込む教室に二人でいた。教室には二人以外の姿は見受けられない。

 箒は向かい合う一夏の顔を直視出来ず、視線を斜め下に向けている。その頬は夕日のせいか少し赤くなっているように見えた。

 珍しくもじもじとして、手遊びをすること数分。顔をあげ、また少しの沈黙のあと箒がついに口を開く。

 

「い、一夏!! もし私がトーナメントで優勝したら……私に付き合って欲しい!!!」

 

 一世一代の告白のような勢いのあるものだった。

 一度あげられた顔は再び床を見つめていて、箒の表情は読み取れない。

 

「それくらいならいいぞ」

「本当かっ!? 嘘話だぞ!」

「幼馴染の頼みごとを断るわけがないだろ」

 

 一夏は、軽く返答した。

 その返答に箒は下を見たまま笑みを浮かべ、小さくガッツボーズをする。その姿は歳相応の少女のものだった。

 

 

 

 

 

 そんな一幕を廊下から覗き見していた一人の少女がいた。

 気配の消し方は家の事情で身につけたものであり、普段の箒ならともかく、緊張している箒は気づくことができなかった。

 

「ま、まさかしののんが!? しののんは雨宮さん狙いだと思っていたのにぃぃ!!」

 

 本音は器用に小言で叫び、気づかれてはいけないと自分で口を塞ぐ。バレてないか恐る恐る廊下から教室の中を確認する。

 箒はまだ下を向いていて気づいた様子はない。しかし、恋心以外に鋭い一夏は気付いたようで、キョロキョロと周りを見回している。

 

「どうかしたのか一夏?」

「なんか声が聞こえた気がしたんだけど。気のせいだったかな?」

 

 本音は廊下を駆け教室から離れる。クラスの皆にこの事を知らせないと、その一心で人が集まっているであろう食堂へ向かう。

 しかしその途中で本音は千冬に見つかってしまった。

 何とかその場を抜けられたものの、食堂についた頃には何を見て何を言おうとしたのか忘れてしまっていた。

 

「あのね! みんなみんな!」

「本音落ち着いてよ。そんなに息荒くしてどうしたの」

「それはみんなに伝えたいことがあったんだけど、織斑先生に見つかっちゃって、叱られて」

 

 本音の一言に『千冬ガチ勢』の皆が本音の周りを囲む。伝えたい事をまた塞がれ、本音の記憶はぐるぐる分からなくなる。

 

「何を言いたかったの本音?」

「あれ? なんだっけ?」

 

 すっかり記憶を忘れてしまった本音は腕を組み、記憶を探り何とかして伝えたかった事を思い出す。

 ウンウンと唸ること数分。お腹も減って、食堂のお姉さん達に作ってもらったご飯を食べ終える。

 

「あっ! 思い出したよ」

 

 ふとした拍子に本音は思い出すことが出来た。

 

「あのね! 今度あるトーナメントで優勝したらおりむーと付き合えるんだって!!」

 

 本音の一言に食堂のみんなが沸き立つ。

 ここにいるのは一年生のみのため、トーナメントの詳しい説明を聞くためにご飯を勢い良く食べ、片付けをして職員室に向かって走り出した。

 

「なーんか違う気もするけど、まぁいいか」

 

 爆弾を投下した本人は幸せそうにケーキを食べた。

 

 

 

 

 そんなことがあった次の日でも、何かが変わるわけでもなく。一夏の話が一夏をめぐるトーナメントの話に変わっただけである。

 この原因となった箒はというと、こちらもまたいつもの朝の鍛錬を終え、教室でいつものメンバーと話をしていた。

 ここでも話題は一夏についてだ。

 

「トーナメントで優勝すると一夏かシャルルと付き合えるのか。二人とも大変そうだな」

「そうなの。本音がどこからか情報を持ってきてね。みんな大騒ぎなのよ」

「う、うん。そうなの! 私が聞きつけたんだよ」

 

 箒と話をする事によって本音は昨日のことを完璧に思い出した。同時に昨日の会話について少し違和感を覚えた。

 箒が白夜ではなく一夏に恋心を抱いていた、というすぐ分かることの衝撃で思考停止していた。しかし今思うと何処かおかしい。箒が白夜以外に惚れるわけもないし、ましてや今の反応だ。

 箒と一夏はそんな約束をしてなかったのではないか。

 どうしても違和感が拭えなかった。ここはいっそ箒本人に聞いてしまおうとするが、ここで邪魔が入る。

 

義姉様(ねぇさま)! 今日から貼られた貼り紙を見たか!?」

 

 転校初日以外、ラウラのクラスでの立ち位置は大きく変わった。一夏と箒にいきなり声をかけ、自分の世界観を全面に押し出したような会話をしたため、近づきがたい印象を持たれていた。

 しかし翌日になるとその印象はどこかへ飛んでいった。なんと言っても「ねーさまねーさま」と箒に駆け寄り、抱きつく姿はみんなの心を掴んだ。

 

「見てないし、貼られていたことすら今知ったのだが」

「ふふふ。それならば私が義姉様に教えてやろう」

 

 腰に手を当ててドヤ顔をするラウラに1組の皆は心を撃たれる。ラウラは箒がお願いしてくるのをドヤ顔をしながらウズウズしながら待つ。

 

「どんなことだ?」

「なんとだっ! 今年からトーナメントがペア戦になった。つまりコレで義姉様と一緒にISに乗ることが出来るようになった!」

 

 キラキラと上目遣いで『私とペアを組んで欲しい』と箒の方を見る。

 箒も箒で自分も白夜にこんな事をしたなと懐かしみながら、ラウラの頭に手を置く。

 

「ラウラが私と組みたいと思うなら私も嬉しい。是非二人で優勝を目指そう」

 

 その言葉にラウラの目はより一層輝く。

 

「それでは今から申込用紙を出してくる!」

 

 軍で鍛えた脚力であっという間に教室から飛び出し、すぐに見えなくなってしまった。

 箒はその光景を優しい笑顔で見送る。

 

「しののんが何だかお母さんみたいだー」

「ダメだよ本音。篠ノ之さん気にするかもよ」

「気にしてないが? 私も昔白夜に同じようなことを言っていたなと懐かしく思っただけだ」

 

 それこそお母さんの思考だよ。

 みんなの心のシンクロした。

 

「でもでも、しののん と らうらっちがペアになったら私たち中々優勝出来なくなるんじゃないかな」

「それは困るわね。私達が織斑くんやデュノアくんと付き合う可能性が減っちゃうわ」

「俺とシャルルがどうかしたのか?」

 

 どこからともなく現れた一夏がいきなり話に入ってきた。これには接近に気がついていた箒と本音以外が驚きの声を上げる。

 一夏とシャルルはみんなが何故こんな行動をとったとか分からずハテナを浮かべる。

 

「トーナメントで優勝すると一夏とムグッ!」

「俺と?」

「何でもない! 何でもないよ!」

「そうそう! トーナメントで優勝するために織斑くんやデュノアくんと練習出来たら良いなって話だよ。ねー、みんな」

「うんうん」

 

 箒が二人に秘密にしなければならない事を言ってしまいそうになるのを皆で箒の口を塞ぎ、その場を逃れるため誤魔化しの言葉を言う。

 デュノアは少しおかしく思うが、恋愛事が関わっているため一夏はそのままの言葉を受け入れる。

 丁度その時、朝のHRがタイミグ良く鳴った。

 

「おっとチャイムが鳴っちゃったね。もっと織斑くんたちと話をしたいけど戻らなきゃー」

「織斑先生に怒られるもんね」

 

 それぞれがラッキーと思い自分の席に戻る。

 一夏は千冬姉に怒られまいとそそくさと席向かう。

 

「これからHRを始める」

「みなさん席についてくださーい」

 

 教室に入って来た千冬の手には、猫のように掴まれているラウラがいた。

 それによって更にラウラの印象が変わったとか。

 

 

 

 

「義姉様! これからトーナメントの対策会議を始めるぞ! 筆記用具などの準備はいいか?」

 

 一組の殆どはトーナメントのペアの申し込みや練習機の予約などなど、トーナメントにむけての行動に移っているため教室にはあまり生徒がいない。

 ラウラは律儀に靴を脱いで、自分の机の上に立って椅子に座っている箒に指さす。

 

「そこまでする必要もないだろう」

 

 一方箒は熱いラウラとは対象的にどこか冷めている感じだった。もちろん一夏との約束を叶えるために優勝を目指すつもりではあるが、ラウラほどマジで準備をするつもりはなかった。

 

「ダメだぞ! やるからには常に本気だ!」

「そ、そうか」

「まずは作戦を立てる必要があるな。義姉様がどれだけISを動かせるかはあの一度だけではわからないからな、これからアリーナに行って確認することにしよう」

 

 机の上から降りて靴を履く。

 箒の手を摂ってアリーナに向かおうとするが、箒はその場から動かない。

 

「どうした?」

「今日いきなりは無理だな。3日後なら出来るが、その前になるとIS抜きでの訓練しかできない」

「義姉様はISを持っていないのか!?」

「それはそうであろう。私は国家代表でも候補生でもないのだから、ISは予約を取らないと乗れない」

 

 出鼻をくじかれたラウラは、腰から崩れ地面に手をつき倒れる。だがしかし、ラウラはこんなことでは挫けない。なぜなら、箒と一緒に何かをやるのが楽しみだからだ。

 

「そ、それならば今出来ることをするまでだ!」

「となると作戦会議か」

「うむ! どこかいい場所はないか?」

「それならばアソコがいいだろう。遅くまで話し合っても迷惑にならないし、別の目的も成し遂げることができそうだしな」

 

 箒の言う場所がわからないラウラは?を浮かべながら箒の後に付いて行った。

 

 

 






新生活で忙しいですがモチベをあげて頑張ります


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剣士ほうきの冒険(誕生日企画)

 7月6日未明。

 ウサミミにゴスコリ、見る人が見れば奴はアリスか? と思うような女性が一人、その見た目に相応しくなくIS学園の何の変哲もない廊下を歩いていた。

 どこに向かっているのか分からないほどフラフラ歩いていたにも関わらず、IS学園の事務員に割り振られている一室の前まで行くと服装をピチっと直し部屋に入る。

 部屋の中には既に彼女以外の姿はそこにあり、各々が持ち寄った紙を見て最終確認をしている。

 彼女も珍しくそれに倣い、自分に割り振られた席に着く。

 

「お待ちしておりました」

 

 黒髪の和服の男性が女性にお茶を差し出す。

 女性はお茶を受け取る。匂いはとても良く、このような場で出される様な物でないと分かる。だが、そんなことを気にせず一気にそれを飲む。

 お茶を入れた男性が後片付けをして座る。すると、一気に空気が切り詰める。少し気を緩めるだけでも命に関わりそうな程に。

 

「それじゃーはじめるよーー!」

 

 そんな雰囲気に合わない一言から会議は始まった。

 

 

「ほうきちゃん起きて!」

「ぅん。……はい?」

 

 ここに入るはずのない姉さんの声が聞こえた気がして目が覚める。ぼんやりとする視界には、やはりニコニコした姐さんがいた。しかしその服装はいつもの訳の分からない格好ではなく、本音がやっているようなピコピコに出てくる町娘のような質素な服装をしている。

 姉さんがこんな事をするのは珍しいことではないので、少し覚めた頭で周りを見渡す。姉さんだけでなく内装もいつものIS学園の寝室から変わっていて、純西洋風になっている。

 

「なんですかこれは?」

「ご飯は準備してあるからちゃんと食べるんだよ。そしたら顔洗ってお城に行ってね。あとはいっくんを起こして終了だから、じゃーねー!!」

 

 いつもの姉さん節に言葉を挟むことすら出来なかった。姉さんは部屋の窓から飛び出すと途端に姿が見えなくなった。まぁ、そんな事はどうでもいい。今私がどんな状況に置かれているのか理解する方が優先である。

 部屋はラウラに見せてもらった写真の光景と似ているので、西洋的な作りであることは間違いがない。姉さんが消えた窓から見える風景は白夜に見せてもらった中世の西洋の光景そのものだった。

 では、ここは現代の西洋ではなく、中世の西洋なのか? 普通ならありえないが姉さんという規格外が身内にいる為、あり得ないと否定できないのが辛い。

 そして窓ガラスに映った私の姿も姉さんと同じ西洋の服で、それを認識すると麻のチクチクとした感じがくすぐったい。着替えようと思い、部屋を見渡した際に見つけたクローゼットを開けるが似たような服しかないので断念。

 

「姉さん……もっとなんか言ってくださいよ」

 

 この一年で前よりも姉妹仲が深まり仲良くなったとは言え、こんな無茶苦茶なことに付き合わされたのは久々なのでため息しか出ない。ただ、こんな時は流れに身を任せるのが楽だと経験則で知っているので姉さんの言葉に従うとしよう。

 意識がはっきりとしてから私の鼻腔をくすぐるとても良い匂いのする方に足を進める。当然の結果のごとく、リビングと思われる所に並べられた湯気の立つ美味しそうな料理を発見した。

 

「この料理は白夜が作ったのか」

 

 見つけた料理はこの世界の雰囲気とは全く違う和食だった。丁寧に用意されている箸を使って、一口含むと慣れ親しんだ味がする。やはりコレは白夜が作ったものだ。

 そうなると、白夜もこの分からない状況に巻き込まれているのか。面倒なことになっていなければいいのだが。

 

「私にどうこうできるわけでもないか」

 

 白夜の手作り料理を美味しく平らげる。姉さんの言葉に従って出かける準備をして玄関の扉を開ける。手には家を散策している内に見つけた、姉さんが書いたと思われる無駄に綺麗な字だけで出来た地図を一枚。

 

「『家』と書かれたところから私はどの方向に向かって出たのだろうか」

 

 私が城にたどり着くにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

「よくぞ来てくれた剣士ほうき」

 

 よく分からない地図との睨み合いをして数十分、結局解読できず街の人に尋ねながら何とか城にたどり着く事が出来た。改めて地図を見てみると全く違っていた。なんで違う町の地図を置いておくのだろうか。

 気を取り直して城に入ると何の用で来たのかと聞かれ、姉さんの篠ノ之束に呼ばれたと言うと血相を変えた受付に玉座まで連れて来られた。

 そして玉座に座っていたのが……。

 

「ご苦労だった。お前は下がれ」

「分かりましたブリュンヒルデ様!!」

「普通に女王様と呼べ!」

 

 冠を被った千冬(ブリュンヒルデ)さんだった。真っ赤なキングコートを羽織っている。胸元に刺繍されている狼はこの国の紋章らしい。道案内してくれた人が教えてくれた。

 千冬さんの行動や表情から察するに、姉さんに無理矢理巻き込まれたというよりもノリノリでこの場にやって来たようだ。

 

「お前らを呼んだのは他でもない。この国の王子、いちか王子が大魔王に攫われてしまった。お前らには私の可愛い可愛い王子いちかを連れ戻してきて欲しい」

「任せてくださいまし!」

「誰より先にアタシが助けるわよ!」

「君らに王子を助けるなんて無理だよ、助けるの僕さ」

「嫁を助ける役割は譲らない」

 

 ちょうど私の死角になっている柱の後ろからセシリア、鈴、シャルロット、ラウラの順でやって来る。鈴は動きやすさを重視したチャイナドレスだが、他の3人はヘソや腋が丸見えな防御力の低い西洋鎧を身につけている。

 それぞれ一夏との思い出と共にこの旅について馳せる思いがあるようなのだが、いつも通りのことなので割愛だ。

 

「勇者セシリア、勇者りん、勇者シャルル、勇者ラウラ。そして剣士ほうき。西の果てにある秘境『レインキャッスル』に住み着く大魔王ホワイトナイトを打倒し、私の元にいちかを連れ戻して来て貰いたい。さすれば勇者には望むものをくれてやろう」

 

 望むものをくれてやるという言葉に皆が盛り上がる中、私は白夜が来ているという事実に衝撃を受けていた。味方になれば良いものの、千冬さんの言い方からするに絶対敵側だ。白夜が敵というのは中々トラウマなのでやめて欲しかった。許すまじ姉さん。そして私は勇者じゃなく剣士なのだな。

 私が考え事をしているうちに他の者で話が進んでいた。

 

「……よし分かった。少ないがお前らにお金をやる、無駄遣いはするなよ。それと、剣士ほうき」

「はい、なんでしょう?」

「流石に村娘の服装では、すぐに困難にぶつかってしまうであろう。特別に装備用意させてもらった」

「あ、ありがとうございます」

「剣士ほうきに例のものを!」

 

 またしても柱の裏から人が現れた。その人は侍女の格好をした山田先生だった。一度千冬さんの手の甲に口づけをしてから私を奥の部屋へと連れて行った。

 あの口づけは何なのだ、と思っていると4人も同じく口づけをしている姿が見えた。

 

 

「さて、他の者は門にいるのだったな」

 

 山田先生に着せられた装備は何故か和服だった。こういう雰囲気だから、私も西洋の服を着られるのではないかとワクワクしていた気持ちを返して欲しい。けれど、鈴もチャイナドレスなのできっと私と同じ気持……いや、鈴は喜んで着てそうだな。

 気を持ち直して、千冬さんに教わった通り待ち合わせの外門に向かう。地図もちゃんとしたのを貰ったので、道を間違える心配もない。

 そうして辿り着いた外門だがラウラしかその姿を見つけられなかった。また隠れているのかと気配を探るも見つけられない。

 ラウラも私を見つけたようで跳ねるように近づいて来る。

 

「ねぇーさまー!」

 

 いつも通りのラウラに安心し、駆けてくるラウラを抱きとめ頭を撫でる。このドタバタした展開に疲れていた心が癒やされていくのを感じる。

 

「他の者は?」

「喧嘩してそれぞれで行ってしまった」

「なに?」

「『一夏を貰うのは私だ!』なんて剣幕で行ってしまって、私はどうすることもできなかった」

「ラウラは行かなくて良かったのか?」

「確かに嫁を一番先に救い出すことも重要だ。だが、義姉様と旅をするのも大切なことだ」

 

 その一言に更に抱きしめを強め、頭を撫でる。ラウラは本当に良い子だ。

 

「いつまでもこうしてはいられんな。私はこの世界のことを知らないから、ラウラ! 道案内を頼む」

「任せてくれ義姉様!」

 

 一夏を救い出す前に(自主的に)バラバラになった仲間を探すことから、私の冒険は始まった。

 

 

 

 

「そういえばどうして皆、千冬さんに口づけしていたんだ?」

「この世界ではアレが忠誠の証なのだ。場所はどこでもいいが基本は手にする、という設定だ」

 

 設定。ラウラのメタ的な発言に苦笑いをこぼしながら歩みを進める。

 

 

 二人は仲間を再び集めるため、世界を西へ西へ進んでいった。道にはスライムやコウモリのような敵がいたが、箒は与えられた刀で、ラウラはISと同じ装備で倒してズンズン進んで行く。

 

 セシリアとはメシマズ大国で再会を果たした。

 セシリアが大国を訪れた時、偶然開かれていたメシマズ選手権に出場。そして優勝。審査員をしていたメシマズ国王があまりの不味さに入院。

 王様が復帰するまで王の代わりをしなければならなくなったセシリアを救うため、箒とラウラは森に薬草を探しに行った。

 様々な困難があったが、無事王様を復活させることに成功。セシリアがパーティーに加入した。

 

 鈴とは竹林で再会を果たした。

 襲って来た動物達を返り討ちにしたら気に入られ、頭領に担ぎ上げられてしまった。

 鈴を連れ出し、追ってくる動物たちから逃れる。

 様々な困難があり鈴が離れたくないと泣いたが、最後には動物たちに見送られて一夏救出へと向かった。

 

 シャルル(シャルロット)とは、とある王国で再開を果たした。

 既に箒達は知っていたが、なぜか男装していたシャルロットはこの地で多くの女性に求婚され、中には貴族の娘も数多く存在していたため、国から出るに出られなかった。

 最終的に女性であることを示すも、同性婚が認められている国ではなんの効果も持たなかった。

 様々な困難があったが最後の仲間としてシャルロットも無事パーティーに参加を果たした。

 

 

「なんかわたくし達の活躍が適当に描写された気がしますわ」

「何言ってるのよ。あたしもそう思うけど」

「僕もだよ」

「何を言ってるんだ。さっさと嫁を助けに行くぞ」

「遂にここまで来たか」

 

 やっとレインキャッスルにやって来れた。実はこれで来るのが二回目なのだ。一回目はMにコテンパンにやられ、魔王城の周りにある4つの祠を攻略できなければ魔王は倒せないと助言された。

 その助言に従って祠を攻略するとボスは『これでは魔王様の能力が下がってしまう』と言い残して消えた。Mが敵だったのか味方にだったのか、二回目は現れなかったので今となって分からない。

 血塗られた重い鉄の扉を力を合わせて開く。ギギギと気味の悪い音と一緒に中の光景が見え始める。

 

『は?』

 

 私達の腑抜けた声が重なり合う。仕方がないだろう、これまでの雰囲気とは打って変わって純和風であったのだから。絶対魔王は白夜で間違いない。

 気を取り直して奥へ奥へと進む。

 

「ここね」

「そうですわね」

 

 最奥と思われる所までやってきた。城の外見をしているが、上に登る階段もなくただ襖を開いては進むだけだった。

 いま私達は『魔王の部屋』と書かれた部屋の前にいる。なんと適当なんだ。

 

「いくよ!」

「まかせろ!」

 

 シャルロットの掛け声に合わせ武器を構え、扉を開く。

 素早く室内に入り込み、2人と3人であらかじめ分けておいて小集団を作り魔王のいる方に目を向ける。そこにいたのは漆黒の外套を肩にかけ、目を瞑り正座をしている白夜だった。

 その身から感じる威圧感は普段の鍛錬の時よりも濃密で呼吸さえ苦しくなる。

 

「よくぞ来た、人間の子よ」

 

 いつもの淡々とした口調で、普段言わないようなことを言い放つ。

 

「私が王子いちかの『貴女方から遠くに行きたいという』願いを聞き入れ連れ出したというのに、難儀なものですね」

 

 目を見開き刀を手に取り立ち上がる。その顔にいつもの笑顔はない。獰猛に相手を捉える戦士の目付きだ。

 

「ですが、私が聞いた願いは連れ出すだけです。貴女方と戦うつもりはありません。彼を連れ戻したいのであればご自由にどうぞ奥に」

「いいの?」

「構いません。ですが、貴女方に彼を救えますか?」

「いちかさんに何をしたんですの!?」

「私は何もしてません。連れてくる途中、『シノノーノ・タバーネ』という大魔法使いによって深い眠りについてしまっただけです」

「それって大変なことじゃない!」

「救う方法は一つ。この場で誓いのキスをすることだけです」

 

 誓いのキス。それを聞いた勇者4人は奥の方に駆けて行った。シノノーノ・タバーネとかいう、ふざけた名前を考える姉さんを姉に持ったと思うと恥ずかしい。

 私は4人が奥に行くのを見送った。

 

「おや、箒ちゃんは行かないのですね」

「私が行っても出来る事はありません」

「では少し私に付き合って下さいませんか? 貴女達が来るまではやることが無く暇だったんですよ」

 

 それは少し期待していたことだった。

 この世界、姐さんが作った世界なのか私の夢の世界か分からないが、とても体が軽い。普段では出来ないことも簡単に出来てしまう。

 唯一悔やまれる点は白夜に弱体化が掛かっていることだ。それが無ければ本気の白夜と長く闘えたというのに。

 白夜が羽織っていた外套を脱ぐ。

 互いに刀を構える。

 

「――ッシ!」

 

 零からの動。

 白夜の呼吸を見切って意識外からの攻撃になる。不意を突いた形になるため、本来ならば白夜であってもこれで意識を刈り取ることが出来るものだ。

 しかし今は向かい合っての一撃のためそこまでの物とならず、見事に刀を当てられてしまう。白夜に意気込みを見せるという点では合格点だろう。

 攻撃を仕掛けた段階で防がれることは見えていたので、すぐに次の行動に移る。大きく後ろに跳び、白夜との距離を取る。

 白夜との切合は膂力の差のせいでコチラが不利だ。ペースをこっちの物にしないと勝ち目はない。

 

「調子が良いみたいですね」

「まだまだです! これからスピードを上げます!」

「ふふふ。全力を出せないのが残念です」

 

 基本的にはヒットアンドアウェイ。

 合間合間に差し込まれる一撃にはきちんと刀を当て弾く。受けることは死を意味する。

 

「ハァ!」

「甘いですよ」

「まだです!」

 

 白夜の間を流れる時間が永遠の物に感じる。

 刀と刀が触れ合う音が心地良い。

 鍔迫り合いをする際、聴こえるはずがない白夜の心音が聴こえる。そして私の心音も伝わっているだろうと思う。

 この世界に二人だけの気がする。

 そんなことは無く、この夢が醒める条件は『一夏が目覚める』を果たすために皆が奥にいる。皆が行ってからしばらく経つためそろそろ夢が醒めるだろう。

 

「考え事ですか?」

 

 意識を少し考え事に向けただけで簡単に攻撃を許してしまう。まだまだ精進が足りないのか。

 

「ふむ。中々決められませんね」

「……はぁはぁ」

「体力が制限されると厳しいです。束さんが言うには体力が無くなると動けなくなるみたいですし、終わりにしましょうか」

「そろそろ無くなりそうなんですか?」

「えぇ。私は楽しかったので満足ですし」

 

 最後は白夜が押している状態で終わってしまうのは悔しいが、途中で白夜が動けなくなってしまう方が不完全燃焼になってしまう。

 共に刀を収め、白夜の方に私から近づく。

 

「すみませんね」

「私も戦うには全力で戦いたいですから。それにまだまだ私の力が足りないということも分かりました」

「あっ、そういえば忘れていました」

「なんですか?」

「言わなければならない台詞がありましてね」

 

 ふらふらと珍しく疲れている白夜は先ほど脱いだ、漆黒の外套を再び羽織り直す。

 

「剣士ほうきよ。私に忠誠を誓い、私の世界征服の野望をともに成し遂げる気はないか?」

「なんてベタな」

「頼まれましたから。……で、どうしますか?」

 

 ここはこちらもベタに断ろうか。でも、特に問題が生じないのであれば誘いを受けてみるのも良いかもしれない。

 あっ!

 

「分かりました。その誘い、お受けしましょう」

「では忠誠を誓ってもらおう」

「ではここに口づけを」

 

 膝をつき、白夜の差し出した手の甲に顔を近づける。

 

「口づけをする前に一つ聞いて良いか?」

「なんでしょう?」

「一夏を目覚めさせる方法を間違いなく言って欲しい」

「いいですよ。『この場で誓いのキスをする』ですよ」

「この場とは、皆が行った所も含まれていますか?」

「もちろんです」

「なるほど」

 

 それならば忠誠を誓うと同時にそれもやってしまおう。

 

「なら私はこうしよう」

「ほうきちゃん何を!……むっ」

 

 差し出された手を握り、そこを支えとして口と口とを重ねる。

 いつまで経っても4人はキスをしないだろう。ならば、私がしてしまった方が早いだろう。クリスマス以降白夜とキスできてなかったからな。

 

 この世界から解き放たれる条件が満たされ、視界が白んでいく。

 きっとこの世界には私がまだ見ていない場所があるのだろう。それは惜しいが、白夜のびっくりした顔が見れたので良いだろう。

 

 

「箒ちゃんおっはよー!!」

「またですか姉さん」

「はっはっはっー! どう箒ちゃん楽しかった?」

 

 あの世界から目覚めるまでの間が短かったためなのか分からないが、寝起きにしては意識がハッキリとしている。白夜の唇の暖かさも簡単に思い出せる。

 

「あれは何だったんですか?」

「箒ちゃんの夢を勝手に書き換えて、みんなの意識を詰め込んだの!」

「だからあんなに皆が生き生きとしてたんですね」

 

 私が寝ているベッドの他にもベッドがあるので、ここでみんなして私の夢に入っていたのだろう。だが、ベッドは既に全てもぬけの殻だ。

 

「それじゃ午後の七夕祭りで会おうねー。クーちゃんと箒ちゃんに会いたがってたよ」

 

 姉さんが出て行く。私の服装はちゃんと寝た時の格好なので、枕元に置かれていた制服に着替える。今日は姉さんが言った通り午後から七夕祭りがある。午前はその準備をして、午後からは七夕祭りだ。

 今は何時だろうと掛時計を見ると、その下のテーブルに紙袋があった。何だろうと近づくと一枚のカードがその前に置かれていた。バースデイカードと書かれたカードを開く。

『誕生日おめでとうございます

 箒ちゃんも17歳ですか。出会った時から沢山の時間を分けあって来たのですね。

 言いたいことは尽きないのですが、それは面と向かって話すとしましょう。その時は赤椿の浴衣を着ていると嬉しいです。

                   白夜』

 

 早く午後にならないものだろうか。今年の誕生日は絶対楽しい物になる!

 この紙袋に入っている浴衣を想像しながら、私は教室へと向かう。

 

 




ということで箒ちゃん誕生日おめでとう!
これからは更新頑張りますよ!

本当は日付が変わると同時に投稿したかったんですけど、三人称から一人称に変えてたら遅くなっちゃいました。
1年くらい経って一人称の方が得意と分かったので、取り敢えず今出した話を一人称直すところから頑張るので、これからもよろしくお願いします!


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