鎧なんて飾りです。 (C-WEED)
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第一話

息抜きです。雑です。まぁお楽しみ頂ければ何より。

8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。我ながらやらかしました。


 俺は普通に生きていた。生きてきた。

 普段通りの一日を終えて、飯食って、シャワーを浴びて、薄っぺらい布団に入った所までは。

 目を閉じて数秒、轟音と共にアパートの屋根がぶち抜かれた。

 

 そしてその、アパートの屋根をぶち抜いて突っ込んできたタンクローリーに全身を潰され、俺の生涯は幕を閉じた。

 

 

 再び目が覚めた時、目の前に居たのは神を名乗る老人。曰く、ただの人間でも命の危機になったら何かしら目覚めるんじゃね? という実験だったとのこと。思わず俺は笑った。まさかそんなことで死んでしまうとは、と。気になったので聞いてみた。

 

 俺は何かしら目覚める素養はあったんですか?

 

 神様は指で丸を作り、首を横に振った。

 どうやら全く無かったらしい。また笑ってしまった。全くの素養0のやつが目覚めることに意味があったそうな。

 

 俺につられて神様も笑い出した。二人で笑い転げた。

 

 そのあと神様をぶん殴った。

 

 どうでもいいけどムカついたから殴らせろお願いします

 

 大体そんなことを言ったと思う。そこで俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 次に目が覚めた時に目の前にあったのは、覚えのないデブの顔。近い。反射的に平手をかましてしまった。

 

「いってぇ! 何すんだよ? 恋次、正勝起きたぜ」

 

 デブが声を掛けた方を見ると、そこに居たのは赤い髪の少年と赤くない少年と黒髪の少女。赤いのと女の子は見たことあるぞ。とするとこのデブ……なんとなく見たことある気がする。

 

 BLEACHか……。よりにもよって。どうせなら、たぶん俺では彼女とかできないだろうが、なにかしらのラブコメ系の世界が良かった。

 

「おい正勝! しっかりしろよな、心配するだろうが!」

 

 心配するのか、ツンデレかよ。割と原作ではそんな感じだったっけ? なんかめっちゃ強くなってたのは知ってるけど。

 

「大丈夫か? 正勝」

 

 本物は可愛いなと思いました。近いです。赤面します。

 

「あ、ああ、俺はどうなったんだ?」

 

「何だよ、覚えてねーのか? どこから飛んできたのかわかんねーけど、でかい岩が落ちてきて……」

 

 恋次の視線の先を見ると、確かにでかい岩が転がっている。まさかあれに当たりでもしたのか? 死なねーのかよ。

 

「当たったのか?」

 

「いや、落ちてきた場所の近くにお前が居て、その衝撃でなんか倒れた。ルキアを庇ったとこまではかっこよかったんだけどな」

 

 岩が落下してきたショックで気絶か。貧弱だな。マンボウかよ。こりゃ俺は長くないね。たぶん血とか見ても気絶するんじゃなかろうか。致命的でございます。二度目の人生終了のお知らせ。

 というか待てよ? 恋次やルキアが居るってことは、ここ流魂街じゃないか? じゃあ俺死んでんじゃん。爆笑ものだ。

 

「ふふ、我ながらみっともないな」

 

「ほんとほんと!」

 

「全くだな」

 

 俺の言葉にデブと恋次が同意して、三人で笑った。

 

「いやお前たち、当たったら危なかったのだぞ?」

 

「当たってないんだからいいって」

 

「そうそう!」

 

「細けぇこたぁいいんだよ! 正勝は何とも無かったんだからな!」

 

 

 そんな感じで日々が過ぎて、数年が経った。デブは死んだ。デブじゃないのも死んだ。残ったのは俺と恋次とルキアの三人。虚とかに食われた訳じゃないのは幸いか。とはいえやはり、環境が悪すぎた。貧弱な俺が死んでないのが不思議でなりません。

 

 

 俺達は今、デブ達の墓の前に立っている。時刻は夕暮れ時。吹き抜ける風がセンチメンタルな気持ちにさせてくる。

 ごめんよ、デブ、最後までお前の名前覚えきれなかった。あとデブじゃない方。もっと特徴見つけてやれなくてごめん。

 

 それはさておき、そう、あのシーンでございます。夕陽をバックにルキアが恋次に死神になろうって言うあのシーン。いいシーンだよね。とっても大事なシーンだ。今回俺が混ざってしまう訳ですけども。自分で言うのもなんだけど名シーンが台無しだ。何しろ俺は二人に比べると見映えが悪いからね。だって目付きは悪いし、無造作ヘアー(笑)だし。ま、仕方ないね。

 

「死神になろう」

 

あ、ほとんど聞き逃した。クソッ! 下らないこと考えてるんじゃなかった!

 

「正勝?」

 

 ん? もう恋次は返事したの? ヤバイヤバイ俺も何か言わないと……。

 

 ここで、大事なことがある。俺はマンボウが人の形をして歩いているようなものだ。さて、そんなカスメンタルが、ウエハースにも劣るであろう脆弱な人間が、オサレバトルの世界に放り込まれて生きていけるだろうか?

 

 無理である。無理である。もう考えただけで死にそう。

 

 しかしここで共に行かなかったとして、俺一人で生きていけるだろうか?

 

 これも無理である。だめだ詰んだわ。

 

 

 

 と、ここで天恵が降りてきた。

 全力で真剣な顔を作り、ルキアに話し掛ける。

 

 

「ルキア」

 

「……なんだ?」

 

 

「俺を養ってくれないか」

 

 

 殴られた。

 

 はい、死神になります。

 

――――――

 

 正勝は不思議な奴だ。

 食べ物を盗む時は誰よりも早く、誰よりも多く盗ってきて、追ってきた相手を撃退する時は、誰よりも鮮やかに相手をあしらっていた。

 しかし一方で、よくわからないところで弱さのような物が見られる所もあった。この前の落石の時もそうだ。

 勇気も実力もあるけどちょっと変な奴。それが仲間内での正勝の評価だった。

 

 一仕事終えて、仲間がその働きに沸く中、正勝自身はどこか影のある表情をしていた。

 喜んでいるつもりが喜びきれていない。そんな印象を受けた。

 

 一度本人に聞いたことがある。何故そんな顔をしているのかと。

 

「はは、そう見えたか? うーん、笑ってた筈なんだけど」

 

「嘘を吐くな。表情筋が動いているだけなのを笑顔とは言わん」

 

「……ここだけの話、俺は臆病でな。嬉しいとかどうこうよりも、怖かったとか、無事にすんだ安堵の方が大きいんだ」

 

 そう言っていた。どんな冗談だと思った。だが、そうして自分が臆病であることを語る正勝は、普段の力強さからは想像もできない程弱々しい笑顔を浮かべていた。

 

 それからだろうか。正勝の行動を気にかけるようになったのは。そして気付いた。あの時の正勝の言葉は嘘では無かったのだ。

 

 先頭に立って何かをしている時、正勝は……震えていた。もしかしたら武者震いかとも思ったが、明らかに顔色も悪かった。

 

 ある時、思わず大丈夫かと聞いてしまった。

 正勝は大丈夫だと笑いながら言っていた。恋次達も、正勝なら大丈夫に決まってるだろうと笑っていた。

 その時も正勝は先頭を切ってその手腕を見せ付けた。

 

 もし、皆の前で無かったのなら本音を聞かせてくれたのだろうか。

 

 無理しなくていい。そう言いたかった。

 だが、それを言うには、正勝に対して言うには、私はあまりに非力で、無力で……結局何も言えなかった。

 

 

 

 仲間達の墓の前で、私の決意を、恋次と正勝に話した。死神になれば、ここよりも安全な場所で生きることができる。それに、口には出さなかったが、戦う力が欲しかった。守られるだけではなく、守れるように、共に肩を並べて戦えるように。恋次はすぐに同意してくれた。だが正勝は、何も言わない。

 

 呼び掛けてみると、正勝の表情は今までに見たことがない程真剣な物に変わった。正勝は死神になることに反対なのだろうか。もしそうだとすれば私は……。

 

「ルキア」

 

 その先を聞くのは怖いけれど、前に進むためには受け止めなければならない。

 

「……なんだ?」

 

 

「俺を養ってくれないか」

 

 

 まず一瞬

 

 自分の耳を疑い、

 

 さらに一瞬して、

 

 さきの言葉を理解し、

 

 次の瞬間には

 

 

 私は地面を蹴っていた。拳を大きく振りかぶって。




読んでいただきありがとうございました。


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第二話

連投ってやつです。私にしては珍しく。猫の方もちゃんと書いてるのでご心配なく。

取り敢えずお楽しみ頂ければ何よりです。

7/22 誤字を直しました。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。


 真央霊術院に入学しました。

 思っていたより試験は簡単だった。お陰様で恋次と同じ組です。吉良や雛森とは何だかんだあって友達になりました。

 

 俺は案外優秀みたいね。よく先生に誉められてます。

 ただなぁ、やっぱ戦うの怖いね。斬拳走鬼の斬と拳は地獄ですわ。組手やらちょっとした試合なんかもやるからね。流魂街時代は逃げれば済んだから良かったんだけど、ここじゃそうもいかない。びびって震えてるのとか抑えるために頑張ってるけど、やっぱ無理。武者震いだと思ってくれてればいいんだけど。

 

 その点、走と鬼、歩法と鬼道は良い。楽でいい。勿論気持ちの話だ。歩法は流魂街での逃げ足が活かせるし、鬼道は習って学んで楽しい。知ってる詠唱とかあるとやっぱ優先的に使いたくなる。まぁ一番好きなのは黒棺だから今は無理だけど。いつかは完全詠唱で使ってみたい。でも詠唱破棄もオサレでいいよね。黒棺を使うような状況下で俺が無事かどうかは微妙なところだが。

 

 まぁそんな感じで結構経ちました。これは不味いね。何が不味いって割と近くにピンチが迫ってることだよね。ふぁっきん実地訓練。

 

 そう言えば、原作の通りルキアとは違う組。まだ機嫌は直っていないらしい。廊下で会っても顔を逸らされます。結構経つのになぁ。ツンデレって可愛らしいよね。これがツンデレに該当するのかは怪しい所だけど。

 

 

 

「本田君、どうかしたの?」

 

 隣に座った侘助……じゃない、吉良が話し掛けてきた。どうかしたの? って何だよ。何が聞きたいんだお前は。

 

「どうかしたって、どういうことだ?」

 

「何か悩んでいそうな雰囲気だったから」

 

 成る程、心配してくれたのか。根暗だけどいいやつだよね。斬魄刀の能力も強いし。でも何て言うか報われない奴だよな。アリ、アミ……? そうだ、アビラマと戦ってた時が一番輝いてたくらいだし。故に侘助。

 

「どーせまたルキアのことでも考えてたんだろ」

 

 いつから居たのか、後ろに立っていた恋次が言う。どーせってなんだよ。

 

「話し掛けても無視されるんだぞ。気にするのも仕方ないじゃないか。それにルキアのことばっか考えてたわけじゃないぞ」

 

「ルキアって……確か違うクラスの人だよね? 二人とも知り合いなんだ」

 

「おうよ、幼なじみってやつだ」

 

「成る程、それ「何かしちゃったんだね?」」

 

 吉良が何か言ってたんだが、やるね雛森。吃驚だよ。眼鏡の自殺ドッキリとか某隊長が卍解した直後に負けた時程じゃないけど。この子もあれだね。かわいそうだ。憧れは理解から最も遠い感情だとか。辛いねぇ。世知辛いねぇ。これも全部藍染って奴の所為なんだ。

 

「こいつ、いきなり養ってくれなんて言ったんだぜ」

 

「おい恋次、それを言ってしまうのか。言っていいか聞くべきだろう」

 

「もう言っちまったよ」

 

 吉良と雛森の視線を感じる。ドン引きされているらしい。止めろ、そんな目で見るな。引きこもるぞ。

 

「……謝ったんだよね?」

 

「当然」

 

 怒らせといて謝らないとか屑じゃないか。そこまでの屑じゃないぞ俺は。

 

「まぁほら、俺のことはいいからさ。もうすぐ現世で実習だろ。準備は進んでるか?」

 

「勿論。もうすぐっていうか明日だしね」

 

 えっ……あした? あしたって……明日? ふはっ、来週だと思ってた。やべぇ、てかなんか準備するものあったっけ。……いいか。どうせ、どうにもならねぇや。

 

「もしかして日付を間違えて覚えてたんじゃ「ははっ、そんなことあるわけないだろ」……そうかよ」

 

 

 

 さて、そんなこんなで現世にやって来ました。

 吉良は緊張からか浅打をガチャンガチャンやってる。あ、恋次に蹴られた。

 なんかこう、懐かしいね。前世を思い出す。コンビニのホットスナック食べたいな。寄ったらダメかな? ダメだよな。てか俺あれだ。店員さんから見えないじゃん。店に行っても買えねぇよ。

 

「おいお前! 聞いてたのか?」

 

 いけねぇ、聞いてなかったのがバレちゃったか? ん? 確かこの人……えぇっと……あの……なんだっけ……青……青さんでいいか。この人は蟹さんが貫かれて、よくも蟹沢を!って言って突っ込んでって返り討ちにされてたよな。あ、思い出した青鹿さんだ。

 

「勿論です、先輩のお言葉を聞き逃すなんてあり得ませんよ」

 

「本当だな? なら「まあ良いだろ青鹿」……しかし」

 

 おお、檜佐木さんが止めてくれた。さすが、命を刈り取る形をしているだけある。目の付け所がシャープだぜ。

 

「お前、名前は?」

 

「本田正勝です」

 

「なら本田、お前に一番にやってもらおう。聞いてたならできるよな?」

 

 前言撤回。この人俺を刈りに来てた。困った。いや、魂葬のやり方ぐらい知ってる。確かこう、ポンとやるだけだ。いけるいける。

 

 問題は藍染がいつ虚をけしかけてくるか。タイミング悪かったら俺が蟹沢さんポジションになってたりして。笑えない。未来を知ってる上でカニるとかあり得ない。カニるってのは今思い付いた。意味はお察しいただきたい。

 

「わかりました! 喜んでやらせていただき「きゃああああああ!!!」……!?」

 

 雛森の悲鳴が響く。

 まさか雛森が……ではないか。友人が無事でほっとしたが、そうそうゆっくりしていられない。

 見ると蟹沢さんがカニっていた。見事なカニりっぷりだ。元祖はレベルが違うぜ。なんて軽口を言ってられるほど余裕はない。真っ赤である。真っ赤っかである。体液ぶっしゃー。おえっ……やべぇふらふらしてきた。

 

「おのれ、よくも蟹沢をぉぉぉ!!」

 

「待て!! 青鹿!!」

 

 檜佐木さんが止めようとしたが、既に青鹿さんは動いていた。青鹿さんは雄叫びを上げながら突撃した。ミス、巨大虚にダメージを与えられない。巨大虚の反撃、鋭い爪が青鹿さんに向け振るわれる。体液ぶっしゃー。

 青鹿さんは倒れた。

 

 ってんなこと言ってる場合かよ! 逃げないと…………あー……駄目だ、足下がおぼつかねぇ。

 

「おいお前ら、俺の後ろに……っ!!」

 

 どうせ動けないけどそう言ってもらえるのは嬉しいです喜んで!

 

 はい残念、檜佐木さんもやられました。お疲れ様です。イカす傷っすね。案外大丈夫そうで安心しました。

 

 これは、俺がトマト祭りになるのも時間の問題……恋次達は大丈夫だろ。あ、そうか……あいつらと一緒に戦えば死なないんじゃね?

 

 ……駄目だ足が動かねえ。

 

――――――

 

 突然出現し、攻撃してきた巨大虚。既に先輩は三人とも戦闘不能に陥っていた。

 

 自分達よりも経験を積んでいる者達が瞬時に戦闘不能にされる様を見て、恋次達は動くことが出来ずにいた。

 先輩方がなすすべもなくやられたような化け物を相手にして自分達に何が出来る?

 そんな思いが胸中に渦巻いていた。

 

「どうした恋次、随分静かじゃないか」

 

 目の前の状況をまるで見ていないかのような普段通りの声で正勝が言う。此方に背を向けて巨大虚を見詰めている為、その表情は見えない。

 

「こんな時に何言ってやがる……! 先輩達がやられちまったんだぞ! 俺らに何ができるってんだ!?」

 

「逆に聞くが、何ができないんだ?」

 

 そんなことを言っている場合じゃない。恋次は言い返そうとするが、正勝が振り向きながら手で制した。

 

「確かに先輩達がやられた。それも秒……いや、瞬殺だな。だが、それがどうした? どうせ、逃げ切れやしないんだぜ?」

 

 確かにそうだ。

 やられる前に先輩が救難信号を出していたが、助けがいつ来るかもわからない。ここから逃げた所で体力に限界はある。すぐに全滅だろう。……なら、どうする?

 

「……だから、戦おう。この逆境に、立ち向かおう。逃げた所で結局死ぬんだったら、せめて最期まで足掻いてみようぜ。俺達は今四人居るんだ。一人一人が弱くても、協力すればできることはある。先輩達は一人ずつ挑んで負けたんだ。四人ならきっと変わる。いや、変えてやろう。救援が来るだろうけど、別に倒しちまったって構わねぇんだ。俺達ならできる! 絶対やれる! 一気に出世街道に乗ってやろうじゃないか!!」

 

 ハ、ハ……と小さな笑いが恋次の口から漏れる。

 こいつはいつだってこうだ。いつだって先頭に立って俺らを勇気づける。……そうだな、戌吊に居た頃からそうだ。俺達ならやれる。立ち上がらなけりゃ何も変わらねぇ。

 

 左右を見ると、吉良も、雛森も、覚悟を決めた表情をしていた。

 

「正勝、やろうぜ!」

 

「おう!」

 

 恋次の声に満足げな笑顔で応える正勝。しかしその背後では巨大虚がその爪を振り上げていた。

 

「本田君! 危ない!!」

 

 巨大虚の爪が振り下ろされる。

 

――――――

 

 恋次達がだいぶ意気消沈してたようなので、応援してみた。効果は上々。だから取り敢えず俺を助けに来てくれ。足がすくんで動けない。もうマジ無理。

 

「本田君! 危ない!!」

 

 上を見上げる。

 

「ぴょっ」

 

 変な声が出た。

 巨大虚の爪が落ちてきてる。いや、俺に向けて振り下ろされたのか。駄目だ。無理だ。死んだわ。あ、なんか昔のことが一気に脳内を駆け巡ってる。走馬灯ですか。おわた。

 

 目の前が真っ暗になった。

 

――――――

 

「そんな……」

 

 吉良の口から呆然とした声が漏れる。

 視線の先には振り下ろされた巨大虚の爪があった。ひび割れた地面と舞い上がる土煙がその威力の高さを物語る。生身で受ければ一溜まりも無いことは火を見るよりも明らかだった。当然その場にいた正勝の生存も絶望的と言える。

 

 吉良から見た正勝は、目指すべき目標であり、大事な友人である。どんなこともそつなくこなすが、特に歩法と鬼道の実力は目を見張るものがあった。吉良自身は特に苦手ということは無かったが、阿散井と共に、雛森と正勝に鬼道を習う、ということはよくあった。

 そんな彼が、たった今、目の前でやられた。もともと絶望的な状況ではあったが、もはや立ち上がれる気がしない。

 それほど付き合いの長くない自分ですらこれである。幼なじみである阿散井なら尚更だろう。そう思い阿散井の方を見た。

 

「何だよ吉良、もしかして俺が崩れ落ちてるかと思ったか?」

 

 彼は立っていた。巨大虚を真っ直ぐ見据え、油断なく身構えていた。

 

「あいつはあんな簡単にやられるタマじゃねぇよ。それに、仮にやられてたとしても、今ここで絶望してちゃあいつに顔向けできねぇ。だから、俺は戦うぜ」

 

 その横顔を見詰めながら、吉良も立ち上がる。

 そうだ、せめて本田君に笑われないようにしなければ。

 

 

 

「オオオォォォッ……」

 

 変化は突然だった。正勝を襲った巨大虚が、悲鳴を上げながら倒れたのだ。その爪は粉々に砕けている。

 

「やっぱあいつはすげぇや。かっこよすぎだろ」

 

 先程まで正勝が居た場所には、赤褐色に輝く鎧を纏った武者が立っている。右手に持った巨大な槍を天高く掲げながら。

 




読んでいただきありがとうございました。

ちょいちょい直すと思いますがおきになさらず。


今回のネタ
カニる→マミる:魔法少女まどかマギカ第三話にて、先輩魔法少女マミが、敵に頭をパックンチョされる様から、首から上が無くなることを指す。
今回の「カニる」は先輩が結構あっさり目にお亡くなりになることを指している。


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第三話

私にしては快挙。ほんと快挙。未だかつてこのペースで上げたことは無かった。まぁ、そんなに話は進みませんけど。

なんにせよ楽しんでいただければ幸いです。

7/31 ちょっと変えました。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。


 目が覚めると

 

 体が縮んでしまっていた!

 

 なんてことはなく、見覚えのない天井に困惑する俺です。体が痛い。何があったかなんて思い出そうとするまでもない。何で死んでないんだ。いや死にたくないけど。

 

 どうせあれだ。ヨン様達が助けに来たんでしょ。ずるいよな。あれじゃん、こう、友達に不良役になってもらって好きな子に好印象与えようとする奴じゃん。ガチの命の危機にそれやられたらそりゃ雛森も落ちるわ。

 

「正勝! 起きたのか!?」

 

 部屋の扉を開けて、恋次が入ってきた。無傷なのかお前。すげぇ。これが原作キャラの力か。

 

「他の皆は?」

 

「雛森も吉良も大丈夫だ。檜佐木さんと青鹿さんは無事だ。蟹沢さんは……」

 

 蟹沢さんは……まぁ……カニってたしなぁ。もしあの状態から生き延びてたら生命力ヤバすぎでしょ。吸血鬼かっての。まぁそんなこと無かったからこんな空気なんだろうけど。

 

「そうか……」

 

 一回走馬灯見て思った。どう頑張っても死ぬ時は死ぬ。どうしようもない。今回は生き延びられたけど、いつかオサレが足りないとか言われて瞬コロされてしまうかもしれない。センスを磨かねば。

 

 と思ったけど無理だわ。センスとか磨きようがねぇ。こんな俺は目ぇ瞑ってどっかの隙間に挟まって口だけ開けて雨と埃だけ食ってかろうじて生きる他ない。

 きっと隙間に挟まってれば安全だろうし、いっそ本当にそうしようかな。……俺が挟まれるような隙間なんて他の人も挟まれるんじゃね? 駄目じゃん安全じゃないじゃん。てか挟まってる壁動かされたら圧死じゃん。そんなカッコ悪い死に方は嫌だ。

 

「あの後どうなったんだっけ?」

 

 覚えてないというか、知らないからな。なんで吃驚してんのお前。俺普通に潰れてただろ。モザイクの集合体みたいになってただろ。

 

「覚えてねぇのか?」

 

「覚えてない」

 

 え、本当に何で吃驚してんの? お前のその反応に吃驚なんだけど。何か? ヨン様と13キロさんと正義蟋蟀さんの勇姿を見逃したなんてあり得ないとかそんな感じか?

 

「あの巨大虚どもはお前が倒したんじゃねぇか」

 

「えっ!?」

 

「どうした?」

 

「いや何でもない」

 

 俺が倒したって何だよ。俺気絶してたじゃん。してたよね? 無意識で戦ってたみたいな感じ? 冗談きついぜ。メンタルと体の強さが釣り合ってねーよ。

 

「しかし……そうだったか。生き残りたい一心で夢中で刀を振ってたからさ。巨大虚の爪が迫ってきた後のことははっきり覚えてないんだよ」

 

「あれ刀だったのか? てっきり槍だと思ってたぜ」

 

 おっふ、間違えたの? 槍って何よ。俺ら浅打貸してもらってたよね? あれを振ってたんじゃないの?

 

「失礼するよ」

 

 この甘いイケボ……ヨン様か。扉の所を見るとマジでヨン様だった。駄目だ体が痛い。ラスボスからは逃げられない模様。こっちに近づいてくる。砕く? 砕く? 鏡花水月砕いちゃう?

 

 ……流石に病室でそれはねぇよ。アホか俺は。

 

「あ、藍染隊長!!」

 

「え、えぇっと……何か、ご用でしょうか?」

 

 流石の恋次も姿勢を正す圧倒的カリスマ。実物はヤバイね。勝てる気がしない。蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのかな。日番谷さんはよくこんなのに挑めたな。腐っても隊長ってことか。助けて黒崎君。

 

「や、特に用と言う程ではないよ。君らの怪我は僕達の到着が遅れてしまった所為もあるからね。それに君はまだ意識が戻っていなかったらしいから、様子を見に来たんだ。思っていたより元気そうで安心したよ」

 

「そ、そうなんですか。心配していただきありがとうございます」

 

 その後の展開を知らなかったら俺もこの人に心酔してたんだろうね。何て言うか、13キロさんの言う通りだ。ステータス馬鹿みたいに高くて、人心掌握の技術も並外れている。規格外ってこういうのを言うんだろうね。チートとも言う。

 

「ところで、本田くん、だったかな?」

 

「そいつは阿散井ですが」

 

「君のことだよ」

 

「あ、それでしたら自分です」

 

 真っ直ぐに俺を見詰めるヨン様。ヨン様の目を見たまま視線を逸らさない俺。俺はノンケだ。勘違いするなよ。韓流ファンでもない。

 

「僕達が到着した時には君は傷だらけで倒れていたんだけど、話によるとどうやら君は斬魄刀を解放して戦ったそうだね」

 

「必死だったので自分でもよく覚えていないんですが、どうやらそうらしいです」

 

 恋次の話から推測するに解放したんだろうなぁ。というか俺にも斬魄刀があったんだな。まずそこに驚く。どんなやつなんだろ。やっぱ鬼道系が良いな。遠くからチクチク戦いたい。でも恋次の話だと槍って感じだったみたいだし、鬼道系ではない……?

 

「君はかなりの才能を持っているようだ。君が卒業するのを楽しみにしているよ」

 

 つまり、お前が掌の上でいい感じに踊ってくれるのを楽しみにしてるよ、と。勘弁して下さい。

 

「ご期待に沿えるように頑張ります!」

 

 自分でも吃驚するほど元気な声が出た。五番隊には行きたくないもんだ。まだ良い隊長してるんだろうけどさ。怖いじゃん。俺の心はウエハースだもの。眼鏡より簡単にグシャッといけてしまう。

 

「では、お大事にね。二人とも頑張りたまえ」

 

 

 

「良かったじゃねぇか正勝! 期待されてんな!」

 

 良くねぇよ! ……とは言えないか。今のところヨン様の本性知ってんのって現世組と黒幕サイドだけでしょ。今言ったら確実に頭おかしい。

 

「うん、まぁ取り敢えずは怪我を治さないとな」

 

「っと、そうだった。さっさと治してまた鬼道教えてくれよな」

 

「おう! 任せとけ!」

 

 雛森も俺も割とお手上げなのはまだ言うべきじゃない。

 

「じゃあな!」

 

――――――

 

 正勝の病室を出た恋次が最初に見たものは、扉の前を行ったり来たりしている見知った少女の姿だった。

 

「何やってんだ? ルキア」

 

「れ、恋次!? ……コホン、いや、なに、ちょっとした散「正勝なら目を覚ましたぜ」本当かっ!?」

 

「気になるなら中に入れば良いじゃねぇか」

 

 呆れた顔で溜め息を吐く。

 全く、ルキアといい、正勝といい、変な所で不器用というか、よくわからないつまづき方をする。ルキアがここで行ったり来たりしているのもこれで何度目か。

 

「まっ、正勝のことなど少しも気にしておらん! さ、散歩で通りかかっただけだ!」

 

「……そうかよ」

 

 恋次はそのまま去っていった。

 

 ルキアは扉を前にして、深呼吸を繰り返す。

 大丈夫、少し話すだけだ。変に気負うことはない。そう、ただ様子を見に。

 

 ドッドッドッと走る音が聞こえる。こちらに向かって近づいて来ていた。

 

「なっ……恋次!?」

 

 驚愕で固まるルキアを軽々と持ち上げ、扉を開ける。

 

「散歩なら、ついでに病室ん中にも入っていけよ」

 

 そのまま部屋の中に投げ込んだ。

 

――――――

 

 唐突に扉が開いたかと思うと、室内に何かが投げ込まれた。何かの嫌がらせかとも思ったが、投げ込まれたものは俺のよく知る人物だった。

 

「ルキアか」

 

「ひ、久しぶりだな正勝」

 

 投げ込まれた時にぶつけたのか、腰を押さえながらルキアが答える。やっと相手してくれたけど、いまいち喜べないこの状況。誰だよルキア投げ込んだやつ。なんか話しづらいじゃないか。

 

「目が覚めたようで何よりだ」

 

「おう、ありがとよ」

 

「……」

 

「……」

 

 ほら気まずい。すごい気まずい。どうしてくれる畜生。こういう空気苦手なんだよ。

 

「投げ込まれたみたいだけど、怪我とかしてないか?」

 

 沈黙が辛くて、取り敢えず聞いてみた。なんか微妙な顔してる。まずいこと聞いたか? いやこれでまずいとか意味わからんけど

 

「私は……大丈夫だ。それより、その……」

 

 ルキアにしては珍しく歯切れが悪い。俺が何かしたか? 思い当たるのは養ってくれの件だけど……まだ解決してなかったかぁ……。そりゃそうか。せっかくの決意の場面だったもんな。一回謝られたぐらいではどうにもならないんだろう。あるよね、謝ってもすまないことってさ。

 

「ルキア」

 

「は、はい!」

 

 何で畏まってるんだ。別に良いけど。

 

「前に養ってくれって言ったろ?」

 

「あ、ああ」

 

「吃驚させたよな。本当にすまない。結論を急ぎすぎたみたいだ。まだあんなこと言うのは早かった」

 

「き、気にしなくて良いぞ……?」

 

「だからさ……」

 

 トントン、と扉を叩く音が聞こえる。誰だろ。

 

「本田君! 目が覚めたん……あっ……」

 

 吉良だった。あっ……て、お前何を察したんだよ。どんな観察力だ。

 

「ご、ごめん、出直すよ」

 

 特に何もすることなく去っていった。何しに来たんだあいつ。

 

「すまんルキア、えっと……何の話だったっけ」

 

「正勝」

 

「はい」

 

「私こそ悪かった。あの時はあまりに突然で気が動転してしまったのだ」

 

 お、おう、何が? 殴られたこと? 今更気にすること無いのに。

 

「それに、その後は話し掛けられても結果的に無視することになってしまった……反省している」

 

 後悔は? いやそれはどうでもいいよ。馬鹿か俺は。

 

「気にすること無いって。またこうして話せてるんだから問題ないさ」

 

 原因は俺だったしね。それで怒る程俺はやなやつじゃない。

 

「それで……だな……」

 

 おっと、何か雰囲気が変わったか? 何だろう。

 

 ところが再び扉を叩く音が。タイミングが良いのか悪いのか。

 

「本田君! 調子はど……あっ……」

 

 雛森だ。吉良に続いてお前もあっ……て。何なんだろう。流行りか? 察するのが流行りとか聞いたことないんだが。

 

「えっと……また一緒に勉強できるの楽しみにしてるね」

 

 雛森も顔を出すだけで帰った。お前も吉良も顔出しに来ただけか? なんだってんだ。冷やかしなら来ないでくれ、なんてことは無いけれど。むしろ来てくれた方が嬉しい。どんどん来い。さもなくば孤独死する。

 

「正勝」

 

「おう」

 

「私もそろそろ戻る」

 

 心なしかテンション下がってない? 気のせい? 別に帰るのを止めはしないけどさ。

 

「そうか、わざわざ来てくれてありがとう」

 

「いや、こちらこそ。久しぶりに話せて嬉しかったぞ」

 

 少し微笑みながらそう言ったルキア。

 デレか? デレ来た? ルキアがデレた? 可愛いなぁ。やっぱデレ来るといいね。無視される期間が長かった分より良いね。

 

「では、またな」

 

 

 ルキアが出ていって病室に一人。どんどん寂しさが募ってくる。引き止めれば良かった。吉良とか雛森とか戻って来たりしないかな。しないよな。

 寝るか。寝よう。よし寝る。

 

 

 三時間後、ようやく眠りにつくことができた。

 

 その夜、俺は夢を見た。

 なんか狭い畳部屋、言ってみるならそう、茶室のような部屋に俺は正座をしている。向かいに正座して座っているのは、赤褐色に輝く鎧を纏った武者。戦国最強。巨体でありながら縦横無尽に動き回り、手に携えた機巧槍で敵を貫く無敵の武将。本多忠勝その人だった。

 

 なんだこれ、ホンダムが正座してる。正座なんか出来そうに無いけどわかる。これ正座だ。

 ホンダムは無言でこちらを見ている。俺も無言で見つめ返す。だが、高い。かなり見上げなければならない。筋肉痛になりそう。

 さて、長いこと見つめあっているが、何だろう、ホンダムは何か伝えたいことでもあるのだろうか。

 

「何かご用ですか」

 

 ホンダムは何も答えない。ただ黙ってこちらを見つめているだけだ。

 

 この時間が延々と続くのだろうかと思っていたら、いつの間にか病室に戻っていた。

 

 訳のわからない夢だったが、ひとつだけわかった事がある。

 

 ホンダムは正座できる。

 

――――――

 

 また正勝の病室の前まで来てしまった。

 あの日、死神になろうという話をしたあの日、正勝の発言にひどく戸惑った私は、思わずやつを殴ってしまった。

 

 俺を養ってくれ。

 

 結局私はこの言葉に対してはっきりと答えてはいない。

 ここに込められた感情とはどんなものだったのだろう。そのことを考えると、嬉しいような、恥ずかしいような、怖いような、不思議な気持ちになる。

 

 霊術院の廊下で顔を合わせた時、正勝は普段と変わらない様子で話し掛けてきた。こちらはこんなにも悩んでいるというのに、何も無かったかのような顔をしていたことに腹が立ち、つい無視をしてしまった。

 

 その後何も話さないまま、先日、現世で正勝達が巨大虚に襲われたという話を聞いた。心配のあまり飛んできた訳だが、どうにも病室に入って正勝と向き合う覚悟ができない。

 病室の前の廊下を行き来してもう何度目だろうか。藍染隊長や恋次が中に入っていくのを見掛けたが、正勝の様子はどうなのだろう。聞いてみるべきか。

 

 丁度病室の前に来たとき、病室から恋次が出てきた。

 

 

 咄嗟に誤魔化そうとしたが、バレていたらしい。

 よし、行こう。

 覚悟を決めて扉の前に立つ。心臓が五月蝿い。深呼吸を繰り返すが、駄目だ。一向に収まらない。

 

 その時、ドッドッドッと、明らかに私の心音ではない音が近づいて来た。恋次だった。驚いて固まっている間に、問答無用で部屋の中に放り込まれた。

 

 

 正勝は普段と変わらない様子で話し掛けてきた。その姿は普段とはかけ離れたものだったが。体の所々に包帯が巻かれ、巨大虚との戦闘の激しさを物語っている。

 

 当たり障りのないことを言って以降、頭が真っ白な所為で何も言えずにいたら、私の方が心配されてしまった。

 自分の方が遥かに重傷だというのに。

 

「私は……大丈夫だ。それより……その……」

 

 上手く言葉が出てこない。殴ったことを、無視したことをまずは謝らなくては。

 

「ルキア」

 

「は、はい!」

 

 正勝の真剣な声に思わず畏まってしまった。何を言われるのだろう。

 

「前に養ってくれって言ったろ?」

 

「あ、ああ」

 

「吃驚させたよな。本当にすまない。結論を急ぎすぎたみたいだ。まだあんなこと言うのは早かった」

 

 結論を急ぎすぎた。まだ、早かった。少しずつ進めて最終的に養うことに繋がることと言えば……っ!!

 

「き、気にしなくて良いぞ……?」

 

「だからさ……」

 

 その先を聞くことは出来なかった。病室に訪れる者が居たからだ。確か正勝と同じ組の……吉良? 少し視線が剣呑なものになってしまったかもしれない。吉良はすぐに引っ込んでしまった。

 

「すまんルキア、えっと……何の話だったっけ?」

 

 さっきの言葉の続きを聞きたいが、まずは私も謝ろう。

 

「正勝」

 

「はい」

 

「私こそ悪かった。あの時はあまりに突然で気が動転してしまったのだ。……それに、その後は話し掛けられても結果的に無視することになってしまった……反省している」

 

「気にすること無いって。またこうして話せてるんだから問題ないさ」

 

 そう言って正勝は微笑んだ。また、心臓が騒ぎだした。

 ……このまま、聞いてしまおうか。

 

「それで……だな……」

 

 またしても、と言うべきか、今度は私が、と言うべきか。何れにしてもその先を言うことは叶わなかった。

 

 確か雛森だったか。またしても正勝と同じ組。幼なじみが学友から慕われているというのは誇らしくもあるが、こうも邪魔をされると些か嫌になる。案の定雛森もすぐに戻っていった。

 

 なんというか、今日はもう、質問するような気分ではなくなってしまった。挨拶して、部屋を出た。

 

 いつかきちんと聞いてみよう。……誰かに相談した方がいいのだろうか。

 

――――――

 

 夢から醒めて思い出した。今度割り勘で飯にでも行こうって言うのを忘れていた。うん、これならルキアも抵抗を感じないだろう。そこから少しずつ、少しずつな。

 

 ま、次会った時で良いか。




読んでいただきありがとうございました。

主人公が屑に見えてきたのは私だけですかね?まぁ次回をお楽しみにしていただけるんであれば、お楽しみに。

今回のネタ
目が覚めると体が縮んでしまっていた:名探偵コナンより、劇場版などで毎回お馴染みのあれ



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第四話

昨日見たら評価に色がついてて思わず鼻水を吹き出しました。お食事中だったならごめんなさい。でもそれだけ驚いたんです。気付いたらUAも5000越えてるし、なんていうか、ありがとうございます。こんな作品でよかったら今後ともどうぞお付き合い下さい。

楽しんで頂ければ幸いです。

7/15 加筆しました。
7/17 修正しました。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。


 どうにかこうにか霊術院を卒業できた。

 嘘ついた。余裕だった。首席ではなかったけど。流石俺って言いたいとこだけど下手に実力ある感出すと危ない仕事が増えそうだから気を付けよう。でもねぇ、卒業試験の成績がいいやつから優先的に希望を汲んで貰えるって聞いたら……ねぇ?

 

 俺は四番隊に行きたい。あそこはまず何より戦闘員として期待されない。まぁそのぶん後方支援の技術が必要になるけど。

 

 一番隊、エリートコース。俺はエリートじゃない。

 二番隊、隊長の性格がきつそう。副隊長を上手く乗せれば快適に過ごせそうではある。

 まぁ次、三番隊、故に侘助。13キロさんは結局いいやつだったけど巻き込まれるのはねぇ……? ゆくゆくは吉良と同僚になるわけだけど、まぁ……パスで。

 四番隊、非戦闘員が主。安全安心。戦わなくていい可能性濃厚。

 五番隊、ヨン様のお膝元。怖い、以上。雛森頑張れ。超頑張れ。

 六番隊、恋次と同じ職場と考えると気楽そうではあるがあくまで気楽そうというだけである。気楽さは別にいらない。でもそんなに悪くない職場だとは思う。

 七番隊、わんわんお。思っていたより醜いなって言われたときの悲しそうな表情が印象的だった。以上。

 八番隊、副隊長が真面目なとこ。仕事さえすれば割と良さげではある。保留。

 九番隊、隊長やってた時は人格者だったっぽい? まぁ積極的に関わりたくはない。

 十番隊、シロちゃんのとこ。悪くはない。でも副隊長は目に毒だ。嘘。眼福ってやつだよね。

 十一番隊、俺とは合わない。あとなんか臭そう。

 十二番隊、科学の力ってすげー!!俺は結構です。

 十三番隊、いい人達の巣窟って感じ。でも下手に関わり持ったら俺は立ち直れない気がするからパス。

 

 とまぁこんな具合に、四番隊が一番良いと思った訳である。

 現在掲示板前。ここに配属される隊が貼り出される。

 さてさて俺の配属先は……?

 

 

 ……ああ、そっか、そんな感じだったっけ。

 

「本田君も五番隊なんだね!」

 

「なんだ、また一緒かよ。ま、よろしくな!」

 

「本田君も一緒なら心強いね」

 

 はい、五番隊です。キャー、ヨン様ー! なんて。つらいわ。やだねぇ。どうするよ、使える駒とか思われちゃったらもう本当にどうしようもねぇよ。……まだそこまで思われてないよね? いやでもなんか前に楽しみにしてるとか言ってたような……。

 

 

 

 丁度二人きりになったので、気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「六番隊じゃなくてよかったのか……?」

 

 あの時は焦ったよね。俺自身忘れてたってのはあるけど、いきなり朽木白哉とすれ違うとかね。霊圧で内臓がキュッてなったのを俺は忘れていない。いつか同じ目に遭わせてやろう、そう思った。

 

 朽木家への養子入りなんて、止められるはずないよね。

 メリット多いし。原作通りだし。そう思ってたんだけど。

 

「そうだな……そうすべき、だな……」

 

 ってな具合にルキアは悲しそうな顔して行っちゃうし、恋次は恋次で怒ってくるしで非常に困った。

 途中ですごい腹痛に襲われて、何話したか全く覚えてないけど、恋次は落ち着いてくれたからよかった。

 

 ただまぁ、その後ルキアとは疎遠になり、特に会ったりすることもないまま過ごしております。まだ志波夫妻は元気だよね? ルキアが元気に過ごしてればいいんだけど。

 

 

 

「僕が五番隊隊長、藍染惣右助だ。君達を心から歓迎しよう。これから、よろしく頼むよ」

 

 隊長からの挨拶。女性隊士の黄色い声援が響く。イケメン死……何でもない。俺は別にモテたいとか思ってる訳じゃない。そう、無事に生きられればそれでいい。……でもムカつくわ。やっぱイケメン死ね。

 雛森は……あれ、思ってた程反応してないな。あ、目があった。ニコッと笑顔を向ける雛森。いい子じゃないか。守っておやり。シロちゃん本当しっかりしてくれよ。あまり強い言葉を使わなければきっと。

 

 

「や、本田君」

 

「ヨン……藍染隊長! これからよろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしく頼むよ。君のように優秀な人材を獲得できてとても嬉しいよ」

 

 俺は四番隊で希望出してたんですけどねー。

 

 異動があるのっていつだっけ。早く逃げないと。確か吉良は四番隊の経験があるんだっけ。その時にご一緒してそのまま留まりたい所だ。

 今はヨン様から役に立たないとかとるに足らないって判断されるように頑張ろう。

 

――――――

 

「本田君はどの隊に入りたいの?」

 

 いつもの四人で勉強している時に聞いてみた事がある。

 

「俺は、そうだな……四番隊かな」

 

 意外だった。五番隊とか一番隊とかに行きたいって考えてると思っていた。

 

「おいおい雛森、お前今まで俺の何を見てきたんだよ。俺はそんなに前に出るタイプじゃないだろ」

 

 笑いながら言う本田君。

 今まで見てきたのを踏まえて言ったんだけどな。

 鬼道が得意で、瞬歩が上手くて、何よりあの時、私達を守ってくれた。

 後方支援よりは前線に出てる方が向いてる気がするんだけど。

 

 本田君が前に出て。

 そして私が本田君の援護をしたりして。

 

 本田君も鬼道が得意だから二人で誰かの援護とか出来たりするんだろうけど。

 実現は……しないよね。

 

「私も四番隊にしようかなー」

 

 勿論冗談だけど。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、それも良いかなって思ってたり。

 

 その後で吉良君も「実は僕も四番隊を希望してるんだ!」って言ってた。そんなに意外な感じはしなかった。

 でも本田君と阿散井君は吹き出してた。そんなにおかしかったかな?

 

 

 試験を終えて、隊の配属先が発表される日が来た。

 私は……五番隊。希望通りだ。少し下まで目を向ける。本田君は……五番隊!

 

「本田君も五番隊なんだね!」

 

――――――

 

「六番隊じゃなくて良かったのか……?」

 

「……色んなとこを見てからでも、遅かねぇだろ」

 

 正勝に問われて思い出すのは、六番隊隊長朽木白哉。あの時感じた圧倒的な力、そして敗北感。

 朽木家の養子になる話を持ち掛けられたルキアを、俺は、いや俺たちは引き止めることができなかった。

 悪い話ではない。むしろ流魂街出身の俺たちからすれば、奇跡のような話だ。勧めこそすれ、止めようなんてことがあるはずない。

 

 感情的な部分を抜きにすれば。

 

 

 ルキアが去った後、俺は正勝に食ってかかった。

 

「何で止めなかったんだよ! お前が引き止めればアイツだって……ッ!」

 

「止めてどうするんだ? 俺だって納得は行ってねぇよ。けどな、無理に引き止めるより、朽木家に行く方がルキアにとっては良いかもしれないだろ?」

 

 そんなことはわかってる。わからない筈がない。だが。

 

「何で……何でそんなに冷静でいられんだよ!!」

 

 苦し気に顔を歪める正勝。悔しそうな声がその口から洩れた。

 

「……今の俺らじゃ、ルキアを守れない……! あいつは守ってくれなんて言わないだろうけど、今の俺らじゃ、どうにもできねぇだろ……」

 

 その言葉で俺は、いや俺も、冷静になった。悔しいが、確かにその通りだ。今は圧倒的に力が足りない。

 

「だから、いつか、あの人を超えられたら、ルキアを迎えに行こう」

 

 ああ、そうだな。約束だ。

 

「いつか、必ずな……!」

 

――――――

 

「さて、折角だから、誰か僕と手合わせしてみないかい?」

 

 読めたぞ。これは鏡花水月のパターンだ。新入隊員に胸を貸してやることで自分の度量の広さを見せつけて株を上げつつ、まとめて一網打尽にする感じだ。ずるいなぁ。けど、巧いなぁ。

 ここで、俺の前には二つの選択肢が生じる。鏡花水月にかかるか、かからないようにどうにかするか、である。自分で言っておいてなんだが、どうにかするってなんだよ。どうすんだよ。席外すか。うん、そうしよう。

 

「誰も居ないのかい? なら……そうだな、本田君」

 

 気のせいだ。俺は今から席を外す。頭痛が痛いからな。仕方ない。

 

「すみま「是非君の実力を見せてほしい。同期の君の勇姿を見れば他の皆も励みになるだろう。……勿論、手加減はするよ」…………」

 

 何で俺なんだよ。しかも名指しかよ。めっちゃ見られてるって。止めろよ。ちょっと鬼道できて多少早く動けるだけだって。剣術も拳術も普通だよ。言ってみるならそう、鬼道力と機動力が高いだけだ。……何でもない。

 

「藍染隊長」

 

「何かな?」

 

「隊長にお相手頂けるのはなかなか無いことであり、すごく光栄なことであるのは理解しています。ですが、私は予想外の事態に弱く、また藍染隊長に憧れておりまして、緊張の余り現在立っているのがやっとという状態です。折角の機会なのですが……」

 

「そうか……それは済まないことをしたね。では、君との手合わせはまたの機会にしておこう」

 

「……代わりと言ってはなんですが、吉良イヅルはいかがでしょうか? 彼は今回の首席です。きっと良いものを見せてくれると思います」

 

「ふむ……よし、では吉良君、手合わせといこうか」

 

「は、はい! よろしくお願いします!!」

 

 よし! きた! 戦闘回避!! ……今回はね。またの機会とか言ってたし。

 

 

 で、ヨン様と吉良の模擬戦が始まった。

 

「勿体ねぇな、折角の機会だったのによ」

 

 隣の恋次が話し掛けてきた。なんか不服そうだ。そんなにあれなら手ぇ挙げればよかったんだよ。

 

「いや、こんなに人一杯居んのに戦えるかよ」

 

「お前がそんなこと気にするタマかよ」

 

 すっごく不本意。遺憾の意を表明する。恋次お前このやろう。誰が目立ちたがりだ。

 

「ところでお前藍染隊長のファンだったんだな」

 

「うん? あ、うん、そうなんだよ」

 

 

「本田君! 危ない!!」

 

 えっ……赤火砲? なんで? 誰か止めるとか止めるとかなんかやれよ!! てか何あの巨大さ。死ぬわ。ごめんなさい皆さん私はお先に逝きます。ああ、迫ってくる炎の玉がスローに見え……。

 

 

 

 気がつくと、見慣れてないけど知ってる天井。ここは確か……救護詰所か。死んでなかった。良かった。俺は……あれ? 特に怪我ない? 四番隊すげぇ。半端ないわ。有能にも程があるだろ。

 

 にしても誰だよいきなりあんなの撃ってきたやつ。吉良か? 緊張してんなら無理すんなよ。雛森の前でカッコつけたかったのはわかるけど。故に侘助しとけば良いって。カッコよかったよあれ。雛森の前でやれば……あー、引かれるかな? まぁいいや。

 

「あ! 本田君、よかった! 目が覚めたんだね!」

 

 雛森が近づいてくる。後ろには……ヨン様。……ヨン様。

 

「済まなかったね、本田君。体の調子は大丈夫かい?」

 

 お前か。吉良なら許すけどお前は許さん。嘘です。許すんで目ぇつけないでください。こっち見んな。

 

「君は倒れてしまったし、そこは反省しているが、今日の僕のミスはそれほど悪くなかったと思っているよ。……やはり、君には期待できそうだ」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

 期待って重い。特に敵のボスから言われるともう、ね。俺はいつまで生きていられるんだろう。

 

――――――

 

 はじめて彼が目に留まったのは、霊術院生の実習に巨大虚をけしかけた時。

 ある程度能力のある駒を得られればいい。そのくらいの軽い気持ちだった。

 巨大虚を前に絶望した所で手を差し伸べてやれば、それで容易く心を掴むことができる。

 

 そのはずだった。

 

 だが、いざ虚をけしかけてみると、絶望するどころか、自らの手で巨大虚を倒した者が居た。それが、本田正勝。

 

 まだ霊術院生の身でありながら、正面から巨大虚を打ち砕いた。おそらくあの姿は始解によるものだろう。

 

「どうしはるんですか?藍染隊長」

 

「どうも何も……彼は確かに才能はありそうだが、大した脅威にはならないよ」

 

 

「鏡花水月の前では、皆等しく道化に過ぎないのだからね」

 

 

 

 

 巨大虚に襲わせた四人を纏めて獲得した。

 意外なことに、本田正勝は四番隊を希望していた。よくあるような戦いに対する恐れや、忌避感など抱いていないように見えたのだが。

 

 何か目的があると考えるべきか。一先ず監視下に置いて様子を見ることにしよう。

 

 

 入隊式を終え、新入隊員を相手に模擬戦を持ちかける。

 丁度良い機会だ。

 実力を測るついでに、鏡花水月の支配下に置くとしようか。

 

「是非君の実力を見せて欲しい。同期の君の勇姿を見れば他の皆も励みになるだろう。……勿論、手加減はするよ」

 

 

 まさか断られるとは。実力を隠そうとしているのか、先程の言葉が真実なのか。おそらく前者だろう。とすると、彼は何か勘づいて……いや、それはないか。単に目立ちたくないのだろう。

 

 だが。

 

 私と吉良イヅルとの立ち会いの流れ弾が飛んできたら、どう捌くのか。見せてもらうとしよう。

 

「うん、卒業したばかりにしてはかなりいい腕をしているね」

 

「ありがとうございます!」

 

「では」

 

 射線上に本田正勝が来るように瞬歩で移動する。

 

「これはどうかな? ……破道の三十一 赤火砲」

 

 隊長格が放つ鬼道は、たとえ中級程度でも他とは一線を画する。

 吉良イヅルは回避した。そうでなくては。目的は君ではない。

 

「本田君! 危ない!!」

 

 声を掛けられてようやく本田正勝は危機に気付いたらしい。さぁ、どうする?

 

「……!!」

 

 ……あの姿。巨大虚を倒した時のものか。

 あの鎧の防御力……詠唱破棄したとは言え、私の鬼道を受けて無傷。末恐ろしいものだ。

まだ使いこなせていないのは明白だが、今後使いこなせるようになれば……。

 

 面白いな、本田正勝。君は、手元に置いておく必要がありそうだ。……せいぜい足掻いて見せるがいい。




読んでいただきありがとうございました。

今回の話は何回か書き直したんですよ。これになる前に2パターン書いて、結局これになりました。これじゃない2つはかなりアホです。

次はホンダム出したいな。

7/17 ホンダム出しました。ちょっとだけですけど。まぁ、これも無理があるかもしれませんけど、断空よりマシかな?

今回のネタ
キャー、ヨン様ー→キャー、イクサーン:東方Projectのキャラ、永江衣玖へのリスペクトを込めたやつ。今回はそれをもじりました。


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第五話

気が付くとUAが1万を超え、2万を超え、3万を超え、ランキングに載ったりもして嬉しいやら意味わからんやらで困惑しながら書きました。とりあえず言いたいのは、読んでくれている皆さん、本当にありがとうございます。
今回のはやり過ぎた感は否めませんが後悔はしていません。今回だけのオリキャラがでます。

7/19 zzzz様、誤字報告ありがとうございます。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。


 入隊してから暫く経った。

 

 俺は久し振りに例の茶室に居た。最後に来たのはいつだったか。……たしか巨大虚のあれのあとだっけ? 対面のホンダムは相変わらずの存在感、重量感、威圧感を持って正座している。壁にでも相対しているような気分だ。

 

「……」

 

「……」

 

 ホンダムがそもそも喋るような人物? ではないことを知っているからか、沈黙は別に辛くない。辛いのは……。

 

「……」

 

 無言でガン見されていること。これに尽きる。ホンダムの目付きは鋭い。射抜くような視線のお手本と言って良いと思う。こんな視線を向けられる覚えがない。ほらもうなんか胃がウネウネしてる。

 どうしたものかと考えているうちに、いつの間にか布団に戻っていた。

 

 

 

 五番隊の朝は早い。ヨン様の人柄のせいだろうが、この隊には能力のバランスのいい真面目な人間が多い。

 つまり優等生が多い。

 優等生は寝坊なんかしない。早起きは三文の得とでも言わんばかりに皆早起きしてなんかやってる。

 

 かくいう俺もその一人。なんてことはない。まだ布団に入っていた。違う、これは怠惰じゃない。無能だと思われてヨン様にスルーしてもらうために必要なことだ。

 

 

「オイ正勝、なにダラダラしてんだ?」

 

「皆起き出してるし、本田君も起きた方が良いんじゃないかな」

 

 こいつらはもう起きてたのか。俺は寝てた筈だけど寝足りない。あの夢のせいだ。俺はノンレム睡眠を欲している。

 

「もう少し、心に余裕を持ってもいいと思うんだ」

 

「何言ってんだ?」

 

 そういえば、考えてみると一応これも幼なじみが朝起こしに来るというシチュエーションに該当するんじゃ……? ……駄目だ、恋次じゃロマンが足りない。

 

「恋次」

 

「なんだよ」

 

「ちょっと性別変えてきて」

 

 恋次は何も答えない。

 

「……寝惚けてんだな。吉良、やるぞ」

 

「あ、うん」

 

 足音が近づいてきて、フワッと一瞬の浮遊感、そしてそのまま落下。

 

「……乱暴なことすんなよ」

 

 見ると、二人がかりで布団を掴み、俺を放り出していた。怪我したらどうしてくれるんだ。

 

「うるせぇ、ほら行くぞ」

 

 襟を掴まれて、引き摺られる。

 

「止めろよ。着物が痛むだろうが」

 

「ならさっさと準備するこった」

 

 

 

「3人ともおはよう!」

 

 雛森だ。朝から笑顔が眩しい。朝ドラのヒロインでもやれば良いと思う。ここに朝ドラはないけど。

 

「お、おはよう!」

 

「おはよう」

 

「……おはよう」

 

 上から吉良、恋次、俺である。眠いんだ。しょうがないじゃないか。

 

「本田君、元気なさそうだけど……大丈夫?」

 

 ああ、良い子だねぇ本当に。こんな良い子がどうしてあんな目に遭わなきゃならないんだろう。吉良とかシロちゃんとかしっかりしろよ。最悪俺が……いや、無理だわ。

 

「ちょっと、変な夢みてさ。うん、変な夢だった」

 

「どんな夢?」

 

「でかくてゴツい鎧武者と正座で向かい合ってる夢」

 

「何だその夢」

 

「か、変わった夢だね……」

 

 そりゃ反応に困るよね。俺も困る。

 

「と、とにかく! みんな今日も頑張ろうね!」

 

 

 

 雛森の言葉通り頑張った。働いたよ。ボス、俺を誉めてくれ。冗談。残念ながら今の俺のボスはヨン様。誉められるようなことする気はありません。とりあえず寝る。

 

「何だ正勝、もう寝んのか?」

 

「寝る」

 

「ご飯はどうするの?」

 

「寝る」

 

「でも何か「寝る」……わかった」

 

 

 布団に入って目を瞑ると、すぐに俺の意識は深い眠りに落ちた。

 

 なら良かったのに。

 

 

 

 また、例の茶室。

 今日も今日とてホンダムと向かい合って正座する時間を過ごすのか。

 

 顔を合わせるのも三回目ともなると慣れるもので、そんなに萎縮することはなくなった。

 とりあえず目が合ったので、会釈をしてみる。あ、返してくれた。案外意思疏通できるのかもしれない。

 

「ここは何処なんですか?」

 

 夢の中。知ってる。

 

「……」

 

 ホンダムは答えない。やっぱり「はい」か「いいえ」で答えられるやつじゃないとダメか。

 

「ここは夢の中ですよね?」

 

 ホンダムは頷きかけて首を傾げた。え、夢じゃないの? 夢じゃなかったら何なんだよ。

 

「精神世界とか?」

 

 今度は少し首を傾げた後、ゆっくりと頷いた。

 

「俺の?」

 

 普通に頷くホンダム。そうか、この茶室って俺の精神世界なのか。通りで落ち着くわけだ。ホンダムが居ることを除けば。

 

 次の質問を考えていたら、また布団の中に戻っていた。

 

 

 ホンダムが反応を返してくれたのは良かったが、また、休めていない。また、である。ホンダムは何か俺に恨みでもあるのか。

 

「よう正勝。今日は早ぇんだな」

 

「……まぁ、うん。布団に入っていたいのは変わってないけどな」

 

「あ、本田君」

 

「吉良か……おはよう」

 

「おはよう、元気ないね。大丈夫?」

 

 大丈夫に見えるかこの侘助が。駄目だなんかイライラしてる。

 

「大丈夫なんじゃない? 起きてるし」

 

「もし調子が悪いなら……救護詰所に行ってみたら?」

 

「いや、まだそこまでじゃないよ。ありがとう」

 

 

 

 二度あることは三度あると言うけれど、三度目の正直とも言う。今日はきっとよく眠れる。そんな気がしていた。

 

 

 気の所為だった。

 

 

 

「本田君、おはよう!」

 

「……おはよう」

 

 嗚呼、空は雲ひとつない快晴だというのに、太陽はちょっと汗ばみそうなくらい温かいのに、雛森の笑顔は眩しいのに、どうしてこうも布団が恋しいのか。

 いや、またホンダムだっただけだけど。

 

「……また、変な夢?」

 

 雛森は心配そうな瞳でこちらを見てくる。

 

「……まぁな」

 

 変な……まぁ変だよな。何が悲しくて寝る度に戦国最強と顔を合わせなきゃならんのだ。しかも正座で。色々と縮みそうになる。

 

「いつも同じ内容なの?」

 

「……うーん、大筋は同じだな。少しずつ変わってきてるけど」

 

 一昨日はコミュニケーションが取れた。昨日も同様。これで体がしんどくなければ別にいいんだが。

 

「そう言えば……斬魄刀の本体が夢に出てくることもあるみたいだよ? 本田君は違うと思うけど」

 

 何で違うことになるんだろう。そう判断する何かが……気絶してる間に終わっていた時のやつか? 気絶してたのになんとかなってるとはこれいかに。

 

 あれ、もし雛森の言ってるのが俺に該当してたら、俺の斬魄刀って……ホンダム?

 

 

 

 座禅を組んで、両膝に刀を乗せ、刀一つに心を絞る……だったっけ。そう言えば霊術院でも習ったような。何で今までやらなかったんだ。そりゃホンダムも毎晩出てくるわけだね。

 

 

 目を瞑って暫くすると、すぐに意識が精神世界へ飛んだ。

 

 例の茶室。いつも通りホンダムが鎮座しているが、今回は少し違いがあった。

 ホンダムが、茶を立てている。今は茶筅でシャカシャカやっている所だ。指で、どう考えてもサイズが合っていない指で、器用に茶筅を操っている。あ、ちょっと溢れた。

 

 

 正座しながらホンダムの作業を眺めていると、一通り終えたのか、俺の前に茶碗が差し出された。飲めってことだよな。

 作法を覚えていない。たしか回しながら飲むんだったか。うーん、苦い。実に苦い。何が旨いのかわからん。何を以て結構なお手前と評したらいいんだろう。

 

「結構なお手前で」

 

 まぁ言いますけどね。

 一礼して茶碗を下げるホンダム。

 

「貴方が俺の斬魄刀なんですか?」

 

「……」

 

 ホンダムは無言で頷いた。そっかー。そうなのかー。意味わかんねぇ何でだよ。聞いて答えが返ってくるとも思えない。

 

「ここ最近、毎晩夢に出てきたのは、こうしてここに来させるため?」

 

 頷くホンダム。

 

「じゃあ今夜はもう大丈夫ですよね?」

 

 またホンダムは頷いた。これで安心だな。お帰り安眠。きっと明日の俺は気分爽快だろう。何ならヨン様に元気よく挨拶してしまうかもしれない。

 

「よし、じゃあ、これからよろしく」

 

 しっかり頭を下げる。ホンダムも下げてくれた。

 頼もしい味方だ。

 

「じゃあまた」

 

 

 

 意気揚々と布団に入る俺。ようやく安眠できる。そう考えると居ても立ってもいられなかった。

 

 

 気がつくと、例によって例の茶室。

 

「何でだぁぁぁぁぁ!!!」

 

――――――

 

 ここ数日、本田君はいつも眠そうだ。変な夢を毎晩見ているらしい。確か、鎧武者と正座で向かい合ってる夢……? かなりハードというか特殊な夢だと思う。

 

「おはよう本田君、調子は……!?」

 

「ああ、吉良……おはよう」

 

 変わり果てた、とまではいかないものの、普段の本田君からは想像できない様子だ。本田君のイライラというか、ピリピリした空気が目に見えるような気になる。

 

「えっと……大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫……大丈夫だとも」

 

「よく、眠れたの?」

 

「いや」

 

 彼の様子を見れば聞かなくてもわかることだった。どうしよう。こんな雰囲気で仕事をするつもりだろうか。

 

「まあ、解決の糸口は見えた。今夜こそは大丈夫さ」

 

 

 

 今、僕達は流魂街から少し離れた森に来ている。なんでも、虚の目撃情報があったのだとか。メンバーは三席の尾和田さんと僕と本田君、他二名だ。同期は僕と本田君のみ。

 内容は虚の探索と、討伐。メンバーを見るに、僕や本田君の実力を見る意味もあるだろう。しっかりやれば席官候補にもなれるかもしれない。

 

「なぁ、吉良」

 

「どうしたんだい?」

 

「これ割りと時間かかるやつだよな」

 

 本田君が充血した目でこちらを見る。怖い。

 

「かかるだろうね。でもまあ、すぐ見つかってすぐ倒せればそれで終わりだと思うよ」

 

「……そうだよな」

 

 早く帰って寝たいという気持ちがありありと浮かんでいる。

 

 

 

「うわっ!!」

 

 何かに驚くような声。見ると、一緒に来ていた隊士の一人が触手のような物に拘束されていた。

 

「待ってろ! 今助ける!」

 

 他の隊士が触手を切り裂こうとするが

 

「か、硬い……っ!」

 

 見た目に反してかなり硬度が高く、刀が弾かれてしまう。その間にも、ギリギリと拘束が強まっていた。

 

「破道の三十三 蒼火墜!」

 

 本田君が放った鬼道が触手に当たる。焼き切るまでには至らなかったが、ダメージを与えることはできたようだ。

 

「すまん、助かった」

 

「いえ、三席殿。どうやら鬼道は有効みたいですね」

 

 尾和田三席も頷いた。

 

「ああ、そのようだ。皆、鬼道を主体にして戦え!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 先に進むごとに、触手の襲撃は増えた。どうやら本体が近いらしい。と、先頭を歩いていた三席が立ち止まった。

 

「皆、周囲を警戒しろ。……近いぞ」

 

 尾和田三席の言葉に僕達全員身構えた。

 辺りに緊張が広がる中、不意に地面が揺れだす。

 

「くっ……なんだ!?」

 

「……っ! 下か!!」

 

「全員離れろ!! っがぁぁぁぁぁ!!」

 

 直後、地面を割って虚が姿を現した。頑丈そうな顎を持った植物のような形をしている。その口には尾和田三席がくわえられていた。

 

「巨大……虚……?」

 

 誰かの呆然とした声が聞こえる。

 

「皆、逃げろ……逃げて……隊長に、連絡を……」

 

 それが三席の最後の言葉だった。

 体が震える。あの時と……同じだ。席官が簡単にやられるような相手に僕達が敵うはずがない。本田君だって……。虚に背を向けて逃げようと振り返る。本田君と目が合った。少し涙が浮かんで見える。

 

「本田君……?」

 

「先に行っててくれ。すぐに追い付くから」

 

 本田君は虚に向かって歩き出した。まさか、ここに残るつもりなのか?

 

「駄目だ本田君! いくら君でも「誰かが食い止めないと最悪全滅だぞ?」……だからって君が行かなくても」

 

「大丈夫だ。俺は今機嫌が悪い。それに……」

 

 触手が本田君を貫こうと迫る。

 

「別に、倒してしまっても構わないだろ?」

 

 触手を受け止めて、本田君が叫ぶ。

 

「……起動せよ!! 忠勝っ!!」

 

――――――

 

 流魂街近くの森にて虚が出たっぽい。で、駆り出された。なぜ俺なのか。他にいっぱい人居ただろうに。

 

「本田、大丈夫か? 酷い顔してるが」

 

 尾和田三席が心配してくれた。話すの初めてだけどいい人だな。ただ、心配するくらいなら連れてこないで欲しい。

 

「ちょっと寝不足なだけですよ。わざわざありがとうございます」

 

「そうか。だが体調管理も仕事の内だから、しっかりするようにな」

 

「はい、気を付けます」

 

 今回のは不可抗力なんですけどね。と思ったけどそうでもないか。原因は俺にあったわけだし。

 

 

 長くなりそうだと思いながら吉良と話していると、突然触手っぽいのが地面から飛び出して、一緒に来ていた背の高い人、のっぽさんに襲い掛かった。名前覚えてなくてごめんなさい。触手に締め付けられるのっぽさん。男の触手プレイとか誰得だよなんて言ってられない。

 

 刀で切れないらしい。硬すぎだろ。どうしよ……あ。

 

「破道の三十三 蒼火墜!」

 

 あ、効いた? よかった。

 

「すまん、助かった」

 

 礼を言うのっぽさん。

 

「いえ、三席殿、鬼道は有効みたいですね」

 

「ああ、そのようだ。皆、鬼道を主体にして戦え!」

 

 

 

 進むにつれて、だんだんと虚の気配が濃くなってくる。嫌な予感しかしない。尾和田三席が立ち止まって警戒を呼び掛ける。続いて起こる地面の揺れ。

 

「くっ……なんだ!?」

 

「……っ! 下か!!」

 

 その声に素早く反応する俺。直ぐに真横に跳ぶ。日頃の反復横跳びの成果だな。

 

「全員離れろ!! っがぁぁぁぁぁ!!」

 

 出てきた虚はモルボルみたいな形をしていた。てか三席が虚の口に。オワ……いや、まだ助かるかも。

 

「皆、逃げろ……逃げて……隊長に、連絡を……」

 

 オワタ。久し振りに直視する人の死。さっきまで一緒に歩き、話していた人が居なくなる。尾和田三席とは特段親しかった訳でもないけど、やはり堪える。一歩間違えれば、俺がああなっていた。三席も言っていた。逃げよう。遺言には従わないと。

 

 後ろに振り返ろうとすると、腰に差した刀が、ホンダムが、ウィンウィン振動している。あれと戦えとでも言うのか。悪いがごめん被る。ちゃんと名前呼んで戦うって言ったけど今じゃなくていいだろ。次の機会にしようぜ。

 

 

 振り返って走り出す。頭を打った。何かと思って見ると、ホンダムだった。嫌な予感。ホンダムは俺の肩を掴み、強引に前を向かせた。涙が出てくる。振り向いた吉良と目が合った。もう駄目だ。逃げらんねぇ。諦めて吉良に声をかける。

 

「先に行っててくれ。すぐに追い付くから」

 

 声が震えなかったことを誉めて欲しい。ホンダムが、グイグイと背中を押してくる。非力な俺に抵抗できるはずもない。

 

「駄目だ本田君! いくら君でも「誰かが食い止めないと最悪全滅だぞ?」……だからって君が行かなくても」

 

 ……だってしょうがないじゃないか!! ……吉良にキレても仕方ないか。

 

「大丈夫だ。俺は今機嫌が悪い。それに……」

 

 触手が俺に迫ってくる。

 

「別に、倒してしまっても構わないんだろ?」

 

 触手を刀で受け止めて、弓兵さんの言葉を借りても気分は高揚しない。間違えた。死亡フラグだこれ。……もう知らん。はよ終われ。

 やけくそで相棒の名前を呼んだ。

 

「……起動せよ!! 忠勝っ!!」

 

――――――

 

 本田君の力は圧倒的だった。

 虚の繰り出す攻撃の悉くが、本田君の身を包む鎧に防がれる。触手による攻撃も、口から放つ光線、虚閃も、尾和田三席の命を奪った顎による攻撃も、本田君の鎧を傷付けることすらできない。

 

 やがて本田君は手に持った槍をゆっくりと空に向けて掲げた。螺旋状になった穂先が甲高い音をたてながら回転を始める。そして回転数が上がる毎に穂先は巨大化していった。

 

「うぉぉぉおおおお!!!」

 

 本田君は槍を構え、雄叫びと共に虚に向けて突撃していった。刀を弾くほど硬かった虚の体もあの槍には勝てなかったらしい。虚の体の中心には巨大な孔が穿たれていた。

 

――――――

 

 ホンダムのパワーに振り回されながらもやけくそで戦ったらギガドリルブレイク。

 

 ……俺が着いていけてない。

 

 

 

 ただ、今夜はきっとよく眠れる。

 

 

 眠れた。

 

 

 数日後、三席になった。俺が。プレッシャーで眠れなくなった。




読んで頂きありがとうございました。

始解の解号と名前が結局無難になってしまったのが少し心残りです。まぁ嫌いではないんですけど。

次回をお楽しみにしてもらえたらいいなぁ。

今回のネタ
別に、倒してしまっても構わないだろう?:Fateの赤い弓兵さんの台詞から。死亡フラグ。

ギガドリルブレイク:ギガあぁ ドリルうぅぅぅ ブレイクうぅぅぅ!!
天元突破グランラガンより、主人公の必殺技。相手は死ぬ。


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第六話

何とか書いたとはいえ……って感じです。
楽しんで頂ければいいんですけど。

7/24 早速ちょっとだけ書き足しました。zzzz様、誤字報告ありがとうございます。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。
16/3/1 不死蓬莱様、誤字報告ありがとうございます。


 五番隊第三席、本田正勝。なかなかどうして、こんな俺でも肩書きが付くとちょっとカッコいいじゃないか。

 だが残念、カッコよさは俺の胃痛と不眠を癒してはくれない。雛森はよく気遣ってくれるが、痛みを止めるのはバファリンの優しさじゃない方であるからして、雛森の気遣いも、俺の胃痛と不眠を止めるには至らない。

 

 吉良と恋次はそれぞれ四番隊、十一番隊に異動した。何故俺を連れていってくれなかったんですか。決まってる、席官だからだ。

 

 

 

 そんなこんなでフラフラしながらも一生懸命働いて、はや一年、この度副隊長に就任することに。

 そんなに手柄を挙げた覚えは無い。今まで副隊長不在でも滞りなかったんだから一人で何とかしろよヨン様。

 

 

 ある日のことだ。

 

「本田君、僕は君に副隊長になってもらいたいと考えている」

 

 我が耳ながら出鱈目な音を拾ったものだ。誰が副隊長だって? ハッ! 笑わせてくれるぜ。

 

「聞いていたかい?」

 

「っ!? すみません藍染隊長、も、もう一度お願いできますか?」

 

「君に、副隊長になってもらいたい」

 

 は? 笑えないぜ。お断りだよ。どうせ貼るカイロよろしく使い捨てにされるんだ。誰がなるもんか。

 

「不安かい?」

 

「はい、辞退させてい「僕から見て、いや、誰から見ても君は十分に副隊長となれるだけの実力を備えているよ」……ですが」

 

「本田君、私も、本田君なら十分副隊長としてやっていけると思う」

 

 なんなのこの人たち。そんなに俺を副隊長に仕立てあげたいのか。ヨン様はともかく、雛森まで……。いやヨン様がそんなに俺に拘る意味もわからんけど。ホンダムか? そんなにホンダムが珍しいか? ……珍しいか。

 

 三席の時点でも思ったけど、どうやら俺は四番隊には行けそうにない。ささやかな夢は所詮夢に過ぎなかった。辛いなぁ。胃が痛い。

 

「か、考えさせて下さい」

 

 

 

 結局、意思の弱い俺が断り切れる筈がなかった。

 

 その日の夢に出てきたホンダムが、「やったねかっちゃん! 仕事と危険が増えるよ!」とでも言わんばかりにサムズアップしてきた。

 流石に腹が立ったので、ぶん殴った。ホンダムはびくともしなかった。俺の拳はレッツパァリィしてる。

 夢でよかった。

 

 

 まぁこんなことがあったわけである。

 

 机に向かって書類とにらめっこ。

 そもそも雛森が副隊長になるべき所をどうして俺にやらせるのだろうか。警戒されてるのか使えると思われてるのか。だめだわからん。ああ、副隊長。そう、副隊長である。あれだ。隊首会とかの時に隣の部屋とかで待機させられるやつだ。黒崎くんがルキア連れて逃げる時に一瞬で倒されるやつだ。いや、待てよ? あの時三人は斬魄刀を解放してたよな。だったらその時は俺も解放するのか? となると一瞬でやられることはないな。いやいや待て待て。そもそも何で俺が黒崎くんと敵対しなきゃならないんだ。俺もルキアの幼なじみなんだから助けたいに決まってるだろう。でも立場的なあれもあるし、恋次は確か黒崎くんに倒されて吹っ切れたんだっけ。俺もなんかそういうの必要なのかな。でもあれ割と深い傷だったし、あんなの食らったら貧弱な俺じゃすぐくたばってしまう。そもそも話を知ってる所為で別に黒崎くんが悪い訳じゃないってわかってるから怒りも糞も無いんだよな。ああ、やる気スイッチとかないのかな。塾の先生に見つけて貰うって言っても……あ、大宇奈原先生に頼んだら見つけてくれないかな。駄目だよなぁ。ああ、胃が痛い。帰りたい。

 

「本田君、ちょっと書類を届けて来てくれないか」

 

「はい! よろこんで!」

 

 

 

 そんな感じで色んな隊に書類を届けている。徒歩で。気分は郵便屋さん。ホンダム発動しながらやったらもっと早いけど、伝書ホンダムとか誰得だよ。

 ヨン様曰く、俺の顔見せも含んでるんだとか。……顔覚えられてもなぁ……厄介事増えそうな気がする。

 

 

 さて次は……十三番隊? うーん、そう言えばルキアに会うの久し振りじゃん。朽木家に行ってから全然会ってないもんな。どんな顔して会えばいいんだろ。海燕殿死んでたら目も当てられないんだが。

 

 

 

 まだご存命だった。よかったと考えるべきなのだろうか。……うん、よかったよかった。もしかしたら死なないかもしれないし。実際に十三番隊見に行って思ったけど、やっぱあの人達いい人だね。いや、五番隊の人も隊長除けば皆基本的にいい人だけど。なんかレベルが違うっていうかね。

 

 ルキアとも少しだけとは言え久し振りに話せたので良かった。相変わらずなんとなく気まずい感じがあったけど。まぁいいか。

 

 さて、次は……十一番隊……。怖い……あ、胃が……。パッと行って帰ろう。何なら隊舎の前に書類置いて……駄目だよな。

 

 

 隊舎を覗き込む。書類誰に渡そうかな……。一応隊長に渡すようにって言われてはいるけど、更木剣八だからな。いい加減虚相手にはびびらなくなってきたけど、更木(ザラキ)剣八だからなぁ。ボスに即死は効かないけれど、俺は生憎ボスじゃない。命の石も持ってない。なんの備えもなく出くわしたら確実に意識を手放すだろう。しかもあの人書類とか見なさそうだし……。かといって副隊長はお子様だし……。

 

「ねーねー、こんなとこでなにしてるの?」

 

 唐突に背後から話かける声。驚いて飛び上がりそうになった。

 

「……あ、草鹿副隊長。更木隊長に書類を届けに参りました」

 

 ピンク髪のょぅι゙ょだった。

 

「剣ちゃんなら居ないよ? それより、あなた誰?」

 

「俺は新しく五番隊副隊長に就任しました、本田正勝です。よろしくお願いします」

 

「かっちゃんだね! よろしく!」

 

 眩しい笑顔。胃痛が癒されるような気がする。気のせいだけど。やはり小さい子というのは癒しだ。心がほっこりする。可愛いは正義ってやつだね。

 

 

「あ? 正勝じゃねぇか。何でこんなとこにいんだ?」

 

 草鹿副隊長に癒されていると、可愛くない声が耳に届いた。恋次である。恋次に会うのも久し振りかな?

 

「そういや聞いたぜ。副隊長になったんだってな。すげぇじゃねぇか。こないだ吉良と三人で飯食った時に雛森が言ってたぜ」

 

 ほう、雛森と会ったのか。てか三人で? 俺は? ハブられたの? 泣くぞ? ちらっとも聞いた覚え無いんだけど。

 

「ハハ、プレッシャーで眠れない日々が続いてるよ」

 

「で、何でこんなとこにいんだ?」

 

「書類を届けに来たんだが更木隊長は居ないらしいな」

 

「居ないよー」

 

 草鹿副隊長はかわいいな。……ロリコンじゃないぞ。しかし居ないとなるとどうするか。草鹿副隊長に渡しても……。視線を向けると「ん?」と小首を傾げた。癒されるなぁ……。ってそうじゃない。

 

「草鹿副隊長に渡すのもあれだし……どうしようか? 三席の人とかは居るか?」

 

 某ツイてる人とかね。

 

「おう、多分居ると思うぜ。こっちだ」

 

 

 恋次に連れられて進む。ょぅじょことやちるちゃんは俺が肩車している。少しずつ竹刀をぶつけ合う音と怒号というか雄叫びというか、そんな声がしてきた。心なしか汗臭いような気もしてくる。

 

 やがて、道場の入り口に着く。

 

「ここだ」

 

 入りたくない。けどちゃんとわかる人に渡さないと……いや待てよ? 恋次に渡しても良かったんじゃ……

 

「一角さん、客です」

 

 遅かった。

 

「客だァ? 誰だよ」

 

 竹刀を置いてこちらに近付いて来るつるりん。

 

「五番隊副隊長、本田正勝です。書類を届けに参りました。更木隊長がいらっしゃらないとのことなので「ほぉ、本田って言やぁ阿散井の幼なじみだよな?」……はい、まぁ」

 

「阿散井から聞いてるぜ? お前強ぇんだろ?」

 

 知りませんよそんなこと。恋次何てこと言いやがる。嫌な予感しかしない。

 

「ちょっと付き合えや」

 

 

 

「おらおらどうしたぁ!? 守ってるだけじゃどうにもならねぇぞ!?」

 

「いけぇ! 一角さん!」

 

「こんなもやし野郎なんざポキッといっちゃって下さいよ!!」

 

「かっちゃんがんばれー!」

 

 つるりんの猛攻に防戦一方の俺。飛び交う野次。ああ、胃が痛い。唯一俺を応援してくれるのはやちるちゃん。俺はこの子を甘やかしていくと誓う。てか誰だもやしとか言ったの。そんなに細くないぞ。

 

 救いなのはまだつるりんが本気じゃないこと。まだ俺でも対応できている。まぁこれもいつまで持つか。

 反撃しないとなぁ。野次馬どもが煩いし。やちるちゃん応援してくれてるし。

 しないとなぁとは言っても策があるかと言えばそんなことないし。副隊長が三席に負けるってどうよ? 別にいいかなぁ……。

 

「こっ……」

 

 降参ですと言おうとしたら、つるりんの後ろに、あるものが目に入った。ホンダムである。めっちゃこっち見てる。どっか穴が空くんじゃなかろうか。胃がチーズになっちまうぜ。これはあれだ。降参など許さんってやつだ。

 

 逃げ場なし。諦めて反撃をしようとした所で莫大な霊圧を感じた。野次馬静かだな。

おっ、なんか膝が荒ぶってる。なんだこ

 

「よォ、愉しそうなことしてんじゃねぇか」

 

 正義を背中に背負ってマグマを操りそうな声がする。

 

「俺もまぜろよ」

 

――――――

 

「俺の幼なじみに本田正勝ってのが居るんすけど、そいつはかなり強いっすよ」

 

「どんな感じなんだ?」

 

 道場での打ち合いの後、阿散井と話した時だ。話題は身近な強いやつ。本田のことはそこで知った。

 

「そうっすね……なんつーか、隙がないんすよ」

 

「ほーお」

 

「本人は斬術は得意じゃないって言うし、実際剣技とか型みたいなのはないんすよ。あいつが得意なのは鬼道と歩法ですし」

 

 ただ、と阿散井は続ける。

 

「こっちの攻撃が決まらないんすよ」

 

「どういうことだ?」

 

「避けられるか、防がれます。最終的に縛道で動き封じられたり、カウンター食らって負けます。てか俺は負けました」

 

 ちまちました戦いは好きじゃないが、阿散井がここまで言う相手だ。強いのは本当なんだろう。機会があれば戦ってみたいもんだ。

 

 

 

 その本田が今目の前に居る。しかも俺に用と来た。戦うしかねぇよなぁ?

 

 

 

 成る程、確かに阿散井が言っていた通りだ。全く攻撃が入らない。これで鬼道ありなら今頃俺が負けることもあるだろう。

 

「おらおらどうしたぁ!? 守ってるだけじゃどうにもならねぇぞ!?」

 

 だが今回は鬼道はなし。反撃する他ない。さぁ、どうする?

 

 

 と、隊長が帰って来たらしい。どういうわけか霊圧が駄々漏れだ。草鹿副隊長の他は皆霊圧に当てられて気絶してやがる。

 

 

「隊長、霊圧駄々漏れっすよ。眼帯はどうしたんすか」

 

「技術開発局の奴に預けてきた。それより、そいつ誰だよ」

 

「五番隊の新しい副隊長らしいです」

 

「強えのか?」

 

「中々のもんです。おい、本田?」

 

 さっきからピクリともしない本田に声をかけるが、反応がない。近づいて、肩を叩くと、そのまま倒れた。

 

「……あ? こいつ、気絶してやがる」

 

――――――

 

「そう言えば、五番隊に副隊長が就任したらしいぜ」

 

「えっ、そうなのか?」

 

 男性隊士の会話。

 ……五番隊と言えば正勝達が配属された隊だったか。正勝も恋次も元気にしているのだろうか。二人のことを考えて、思い出すのは、養子の話を頂いた時のこと。あの時以降、二人とは顔を合わせていない。もし、もしもあの時断っていたら、私はどうなっていたのだろう。こうして正勝達と離れることも無かったのだろうか。

 

「まだ若いらしくてな、数年前に霊術院を出て、去年から三席としてやっていたらしい」

 

「へぇ、そりゃあ随分才能があるんだな。志波副隊長並みじゃないか?」

 

 海燕殿並みとは、相当な実力者なのだな。どのような御仁なのだろうか。

 

「確か名前は……本田……正勝? とかだったっけ」

 

 ……正勝? 今、正勝と言ったのか?

 正勝が……副隊長? 確かに正勝は優秀だろうし、周りが副隊長に推すのはわからないでもない。だが、正勝本人は……。

 

「よお、なぁーに考えてんだ? 朽木」

 

 後ろから声をかけられた。海燕殿の声だ。

 

「海燕殿! 五番隊の副隊長が替わったというのは本当っ…………正勝」

 

「ひ、久し振りだな、ルキア」

 

 海燕殿の後ろには、ぎこちない笑顔を浮かべる正勝の姿があった。暫くぶりに見た正勝は、少しやつれて見えたが、以前よりも遥かに力を付けたことが窺えた。

 

 

 

「……副隊長に、なったのだな」

 

「おう」

 

 何を話せばいいのか。何を聞いたらいいのか。考えた挙げ句出てきたのは、ただの事実確認。私の頭は上手く回っていないらしい。

 

「ルキアは……どうだ? 朽木家の人達とか、十三番隊の人達とは上手くやれてるか?」

 

「ああ……問題ない」

 

 十三番隊の皆とはともかく、兄様とはほとんど話すこともないのだが。正勝には余計な心配をかけたくない。

 それよりも、久し振りに会ったのだからもっと話すことを……。

 

「あっ、ごめんルキア、とりあえず浮竹隊長のとこに行かないと」

 

「っ! そうだな、引き止めてしまってすまない」

 

「……また時間のある時に話そうぜ。すみません海燕さん、行きましょう」

 

 

 

 

「朽木さん、見てたわよ。彼、噂の新副隊長でしょ?」

 

 正勝と海燕殿の背中を見送っていると、背後から都殿が声をかけてきた。なんだろう、視線がいつもより生暖かい気がする。

 

「はい、私も先ほどその事を知って驚いています」

 

 十三番隊に入って、始解を会得して、少しは近付けたと思っていたのだが、いつの間にか正勝は副隊長。ますます差が開いてしまった気がする。

 

「知り合い……なのよね?」

 

「ええ、幼なじみというやつです」

 

 昔は、いや昔からか。正勝は私たちの先を行っていた。

 

「なるほどね……久し振りに会った幼なじみが遠くに行っちゃった感じがして寂しいわけだ」

 

「……そうですね。寂しいんだと思います」

 

 都殿の顔を見ると、何となく驚いた風な顔をしていた。何か変なことを言っただろうか。

 

「都殿?」

 

「あ、ごめんなさい。てっきり否定すると思ったから」

 

「昔から正勝は、あの男は、自分も怖くて仕方ない癖に無茶ばかりするのです。だから、放っておけないというか……。ここに来て、以前より力を付けて、少しは追い付いたつもりでいたのですが……」

 

「……朽木さん、彼のこと大好きなのね」

 

「はぁ!?」

 

 そんなことがある筈……私が正勝のことを? 確かに話す時に頭が真っ白になることはあったし、心臓の鼓動が早くなることもあったけれど、それは単に久し振りに話す所為で緊張していただけの話で……。……養ってくれという言葉の意味を察した時、満更でもない気がしていたのを思い出す。まさか……いや、でも……。

 

「ま、存分に悩みなさい。失敗してもやり直せるわ。あなたはまだ若いんだもの……ってこれじゃ私おばさんみたいじゃない!」

 

「ぷ……はははは」

 

「もう! 笑い事じゃないのよ!? ってもうこんな時間か」

 

「どこかへ行かれるのですか?」

 

「流魂街で虚の住処が発見されたからその偵察にね」

 

 

「お気をつけて」という私の声に、都殿は笑顔で手を振りながら去っていった。

 

 それが、最後の姿になるとは露知らず、私は自分の気持ちについて考えていた。

 




読んで頂きありがとうございました。
たぶんちょいちょい書き直したりすると思います。

今回のネタ
「やったねかっちゃん! 仕事と危険が増えるよ!」→「家族が増えるよ!」「やったねたえちゃん!」:おいやめろ

やる気スイッチ:塾の先生に押してもらう。君のは何処にあるんだろう。

ザラキ:ドラゴンクエストの即死呪文。どこぞの神官が愛用している。

正義を背中に背負ってマグマを操る:中の人ネタ。ONE PIECEの赤犬を指している。
赤犬にするかマダオにするか某司令にするか迷いました。


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第七話

思いの外長くなってしまいました。
楽しんでいただければ良いんですけどね。

7/27 shu-ji様、誤字報告ありがとうございます。
8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。
9/25 通りすがり様、誤字報告ありがとうございます。


「まそっぷ!!」

 

「えぇっ!?」

 

 ここは……救護詰所? 何だ今の声。俺はどんな夢を見てたんだ。

 

「ほ、本田君、どうかしたの? どこか痛い?」

 

 俺の唐突な大声に驚いていた雛森が、オロオロした様子で聞いてくる。悪いことしたな。

 

「ああ、大丈夫だ。どこも痛くないよ」

 

「本当に? 無理しなくて良いんだよ?」

 

「大丈夫だって」

 

 そう、どこも……ってあれ? 胃が……痛くない……? 痛く……ない!! やった! 胃が痛くないぞ! これでちょっとは気が楽だ!

 

「薬が効いたみたいですね」

 

「あ、虎徹副隊長」

 

 見ると、虎徹副隊長が近づいてきていた。

 

「お加減は如何ですか?」

 

「絶好調……だと思います」

 

 胃痛が無いだけでこんなに違うのかと思うと、今後胃薬が手放せなくなりそうだ。

 

「そうですか、それは良かったです。……ちゃんと体調管理はしないとダメですよ? それに疲れるのは体だけじゃないんですからね?」

 

「ハハハ、気を付けます」

 

「本当に気を付けて下さいよ? 胃に穴があく所だったんですから」

 

 笑いながら返事をしたらなんか睨まれた。何か間違えた? って胃に穴? 重症じゃないか。ストレスか? 思い当たる節が有りすぎて困る。

 

「雛森さんがしっかりしてあげてね。この調子じゃまたすぐ倒れちゃうわ」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 雛森が頑張るそうです。応援したくなるね。なら副隊長代わってくれないかなー、なんて。言ってみたら代わってくれたりするのかな。言わないけど。

 

「頑張れよ、雛森」

 

「もう! 本田君のことなんだよ?」

 

 

「では、私はこれで。ちゃんと安静にしてくださいね?」

 

 そう言って虎徹副隊長は去っていった。入れ替わりで現れたのは。

 

「良かった、思っていたより元気そうだね」

 

 我らがヨン様。部下思いの上司で幸せです。おかげで俺の胃が……思ったより何ともないな。薬すげぇ。

 

「ご心配をお掛けしました。更木隊長の霊圧に当てられただけなので、明日はまた普通に仕事します」

 

「それは違うぞ、本田君。診断によると、内臓機能、特に胃がかなりダメージを受けていたらしいじゃないか。いつ倒れてもおかしくなかった状態だったそうだよ。更木隊長の霊圧に当てられたのはきっかけに過ぎなかったらしい」

 

 思っていたより重いな。症状が。

 まぁいつもいつもあなたと顔合わせてりゃそうなりますわ。なんて口が裂けても言えないけれど。

 

「気付けなかった僕のミスでもある。すまなかったね。辛いならいつでも頼ってくれて良かったんだが……今後はしっかり相談するように。君は一人じゃないんだからね」

 

「ありがとう……ございます」

 

 なんて良い上司だろう。感動的だな。これが黒幕の演技じゃなかったらどれだけ良かったか。現実は非情だ。こんなに良い上司なのに主な胃痛の原因はこの人なんだよなぁ。

 

「取り敢えず、暫くは休みを取ってのんびりするといい」

 

「え、待ってください。仕事はどうするんですか?」

 

「数日くらいなら僕だけでも何とかなるさ。君は体を休めることを考えるんだ。ま、できるだけ早く戻ってきてくれると助かるけどね」

 

 お休みだ! やった! ……のか? この休みをどう過ごせば良いのだろう。いや体を休めろって話だけど。

 

 

 

「あの、雛森。そんなに見られても困るんだが」

 

 ドタドタと、騒がしい足音が聞こえる。

 

「だって本田君いつも平気な顔してたのに今回いきなりこうなったんだもん。ちゃんと見てないと」

 

 そんなに平気な顔をしてた覚えは無いんだが。

 

 外では何やら焦ったような声が飛び交っている。

 

「別に今は仕事とかしてるわけでもないんだからそんなに心配することないだろ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「そう言えば恋次から聞いたぞ? 吉良も入れて三人で飯食いに行ったんだって? 何で誘ってくれなかったんだよ」

 

「誘おうとしてたんだよ? でも行ったのは本田君が副隊長になったばかりの時で引き継ぎとか色々すごく忙しそうにしてたし、仕事終わったらすぐ寝に帰っちゃうしで誘えなかったの。元々は本田君の副隊長就任のお祝いのつもりだったのに」

 

 その頃か。確かに布団と自分の机との往復だった。雛森がチラチラこっちを見てたのはその所為か。

 

「言ってくれて良かったのにな」

 

「なら、このお休みに集まって行こうよ」

 

「……そうだな」

 

 うん、友達と接するのも心を休めるのに必要だ。遊んでる訳じゃない。

 

 あ、静かになった?

 

「さっきから外が騒がしかったけど、何かあったのかな?」

 

「どうだろう? 聞いてくるね」

 

 

 

「十三番隊の偵察部隊が全滅したみたい……」

 

「全滅……!?」

 

 十三番隊、偵察部隊、全滅……もしかしてメタスタシア。もしかしなくてもメタスタシアですありがとうございます。てことはあれか、これから海燕さん死亡か。誇りを守る戦いとか意味わからんな。少なくとも俺にはわからん。まぁその、画面の向こうとか、一枚隔ててやられる分には、そうかこれもオサレか、で済むんだけど、目の前とかであんなん言われても困るよな。なんであんな満足げに死ねるんだか。部下に思いっきりトラウマ植え付けてたのに。

 ……あんなトラウマまみれになるのを見過ごすのはどうなんだろ。でも下手に手を出してもなぁ……。

 

 ……泣き顔は見たくないかもなぁ。

 

 

「雛森、まだ帰らないのか?」

 

「だってちゃんと本田君のこと見ておかないと」

 

 真面目なのか、ちょっとおバカさんなのか。

 

「俺はちょっと散歩に行ってくる」

 

「なら、わた」

 

 続きは聞いてない。瞬歩で一気に外へ飛び出した。

 

 

 

 こうして外に出てきたものの、だ。トラウマを防ぐとなったら海燕さんを助けなきゃならない。

 俺も行った所で何になる? 助けられるのか? 俺が、海燕さんを? 厳しいよなぁ……。いっそ俺がパッと行ってメタスタシア倒しちゃう? ……ホンダム封じられて、体乗っ取られて、後からやって来た海燕さん達に切られるわけだ。

 無理だな。

 ……海燕さん死んだけど最終的にルキア立ち直ってたよな。うん、慰める方を頑張ろう!

 

 よし、引き返

 

「……本田?」

 

 あっ、追い付いちゃった。俺の瞬歩有能過ぎ。ちょっと疲れたけど。瞬神も夢じゃなかったりして。……調子に乗りましたすみません。

 

「こんばんは、三人でお出掛けですか? 散歩日和ですもんね。月見酒なんか良さそうだ」

 

 天気は曇り。月明かりなんて欠片も見えない。アホか俺は。テンパり過ぎだよ。

 

――――――

 

「こんばんは、三人でお出掛けですか? 散歩日和ですもんね。月見酒なんて良さそうだ」

 

 正勝は、虚の住処へ向かおうとしている私達にそう言った。月明かりの一筋も差してこないような曇天の下で言うには余りにずれた発言だ。正勝らしくない。

 

「本田、遠足に出掛ける訳じゃないんだ」

 

「えぇ、仇討ち……ですよね? 偵察部隊の方達の」

 

「何故お前がそれを「さっき俺も救護詰所に居たもので」……お前はこの件に関係ないだろ」

 

「ええ、まあ。でも、力にはなれるかもしれませんよ? これでも副隊長になれるだけの実力はあります。部隊一つが全滅するような相手ですよ? 戦力が多いに越したことはないんじゃないですか?」

 

 成る程。私達に同行するために来たのか。確かに正勝が来てくれるのなら心強いが……。

 

「申し出はありがたいが、これは十三番隊の問題なんだ。俺たちだけで行くよ」

 

 浮竹隊長の返事は申し出を断る言葉だった。

 

「……そうですか。なら、お気をつけて」

 

 感情の読み取れない静かな声でそう言った後、正勝は姿を消した。

 

「……隊長、ありがとうございます」

 

「……いや、気にするな。行くぞ」

 

 

 

 都殿を殺したという虚は、巨大な仮面に細い手足、無数の触腕をもった不気味な姿をしていた。

 

「隊長、俺一人でやらせてください」

 

 浮竹隊長はそれを認め、海燕殿は一人で虚の前に立った。

 

 死神を食い殺すことに何の躊躇いも、悔いもないという虚。あんな虚に、都殿が……!

 

 激昂した海燕殿の動きに圧倒されているかと思われたが海燕殿が触碗に触れた直後、海燕殿の斬魄刀、捻花が消失した。

 

「海燕殿っ……!」

 

「待て、朽木!」

 

「ですがあのままでは!」

 

 海燕殿が負けるとも思わないが、不利なのは事実。一体何故そんなことを。

 

「戦いには二つ種類がある。命を守るためのものと、誇りを守るためのものと……。確かに助けに入れば海燕の命を助けることができるだろう。だが、それは同時にあいつの誇りを永遠に殺してしまうことになる」

 

 私は何も言えない。何を言えば良いのかわからなかった。誇りは確かに大切かもしれないが……。

 

「海燕は今、妻の誇りを、偵察部隊の奴らの誇りを、そして何よりあいつ自信の誇りをかけて戦っている。くだらん意地だと思ってくれてかまわん……だが今は、見守ってやってくれ」

 

 苦し気な表情で浮竹隊長は言う。きっと隊長も助けに入りたいのだ。

 海燕殿は今も、白打と鬼道で戦っている。傷だらけになりながらも一歩も引かずに。……私には、何もできないのか。

 

「俺には、わかりませんね」

 

 いつの間にか、浮竹隊長の右隣に正勝が立っていた。

 

「正勝っ!?」

 

「本田!? 何故ここに」

 

「藍染隊長は言ってました。たとえ必要とされていなくても、誰かの怒りを買うとしても、大切なものを守るための一歩を躊躇っちゃいけないって。綺麗事かもしれないけど、副官として、尊敬する隊長の言葉を信じてるんです」

 

 藍染隊長がそのようなことを……。

 藍染隊長の言葉を語る正勝の横顔からは、隊長に対する多大な尊敬が窺えた。

 

「だから、俺は行きます。あの人は、海燕さんは、まだ死んじゃいけない人だ。海燕さんを必要としている人間は沢山居るんだから」

 

 一瞬、正勝と目が合う。

 それだけ言って、正勝は海燕殿の方へ飛び出していった。

 

――――――

 

 浮竹隊長に同行を断られた後のこと。俺は救護詰所への帰り道をのんびりと歩いていた。

 

 同行申し出たけど断られちゃったもんなぁ。仕方ないよなぁ。うん、仕方ない。ルキアのことは精一杯慰めよう。全力で甘やかそう。海燕さんごめんなさい。俺は生き残ります。

 

 夜空でも見ながら歩くかと思って見上げたら曇りだった。そのまま上を向いて歩いていたら顎をぶつけた。ホンダムだった。目があった。

 

「また背中押すのか? 押されても無理なものは無理だぞ。いくら強力とは言っても鎧じゃないか。霊体融合とかどうしようもないだろ?」

 

 ホンダムは首を横に振った。だよな。って横?

 

「どうにかできるの?」

 

 今度は縦に振る。マジかよ。ホンダム化け物か。強すぎだろ。

 

「どうやって?」

 

「……!」

 

 何か言ってるんだろうけどわかんねぇや。

 

「本当にできるんだな?」

 

 大きく頷くホンダム。

 

「本当に、絶対大丈夫なんだな? 頼むぞ? 俺の命とか色々お前に掛かってるんだぞ? わかってる?」

 

 デコピンされた。首から上がちぎれ飛ぶかと思う程の衝撃だった。

 

 みたいなことがあった。

 

 

 で、何故か気付かれないまま浮竹隊長の話を聞いている。やっぱり誇りを守るとやらはよく分からない。

 

「俺には、わかりませんね」

 

 つい口が滑ってしまった。ひどく驚かれているが俺はずっと居た。

 理由聞かれても困ることは誰しもある。俺の場合は今がまさにそうだ。あ、ヨン様の所為にしよう。

 

「藍染隊長は言ってました。たとえ……」

 

 つまり全部、藍染ってやつの所為なんだ。

 ああ、人に押し付けるの楽しい。きっと俺は清々しい顔をしているだろう。

 

 

 

「なっ! 本田!? ……これは俺の戦いだ! 下がってろ!!」

 

 海燕さんは怒ってる。そりゃそうだ。見せ場だもんな。

 

「下がりませんよ。ボロボロじゃないですか」

 

 ここで下がったら来た意味がない。

 

「あなたを必要としている人が沢山居るんですから」

 

 

「なんじゃ、新しいエサか? ひひひひひひひひひ「赤火砲」ひっ!!」

 

 手から赤い火の玉が飛んでいき、爆発。煙が広がる。勿論やってない。

 

「静かにしててくれ。話してる途中だ」

 

「ひひひひひひ、少し驚いたわい」

 

 煙が晴れて見えたメタスタシアは無傷。無傷かよ。へこむわ。リスカしない。どうせ超速再生だろうし。

 

「海燕さん、あなたの誇りも、奥さんの誇りも、他の人の誇りも、俺の知ったことじゃありません。一個だけ言わせてください。目の前で上司が死んだ時の部下の気持ちを考えろ」

 

「本田、お前……」

 

 本当に考えてほしい。俺の場合はほとんど関わりのない人だったからそれほどでもなかったけど。ルキアはがっつりトラウマできるから。

 

 

「ひひひひひひひひひ。なんじゃ、お前、その男を助けに来たのか」

 

「だったら何だよ」

 

 気色の悪い笑い声を出さないで欲しい。鳥肌が立つ。見た目と相まって本当にひどい。

 

「ひひひひひ、なに、憐れなことじゃと思うてな……」

 

「何?」

 

「その望みは叶わんからじゃぁぁぁぁ!!!」

 

 メタスタシアは雄叫びをあげると、海燕さんに向け、爆発的なスピードで触手を伸ばす。

 海燕さんは消耗していて反応できていない。

 

「起動せよ 忠勝」

 

 鎧を纏い、触手を受ける。おっ……お? すげぇ、侵食されてない。流石ホンダム。伊達じゃないな。

 

「ひひ、防ぎよったか。成る程、鎧の部分はどうしようもなさそうじゃ」

 

 当然よ。ホンダムの防御は世界一……ではないかもしれんけど。搦め手にも強いなんて無敵じゃない「じゃが」ん?

 

「隙間が無いわけではないのう」

 

 再び触手を伸ばすメタスタシア。隙間って、そりゃあるけど。隙間!? ど、どどどうすんだよホンダムお前今あれしたらまずいって糞硬い虚が大暴れとかどうしようもねぇよ。

 あっ……当たっちゃった。続いて襲ってくる痛み。焼けつくような激しい痛みが広がる。次々に他の触手も隙間や顔に殺到してきた。

 大丈夫って言ったじゃん……。

 

――――――

 

 あれが、正勝の斬魄刀……。

 海燕殿を庇い、正勝が触手を受けた。一度目の攻撃は鎧に阻まれ、何も起こらなかった。

 

 しかし、二度目。

 鎧の隙間や顔を狙った触手はそこから吸い込まれるように正勝の体に入っていく。虚が居た位置には虚の仮面と外殻だけが残されていた。

 

 正勝の始解が解かれる。

 

「正勝……?」

 

 反応がない。静寂が辺りを包む。

 

 

「ひひひひひひひひひ」

 

 虚と同じ笑い声が正勝の口から漏れる。

 

「儂の名を呼んだか? 小娘?」

 

 目の前で起こったことだと言うのに、認められない。認めたくない。思わず膝から崩れ落ちた。嫌だ。こんな……こんなことが……。

 

「……冗談だろう、正勝?」

 

「ひひひひひひひひひ……そんなに儂が、愛おしいか? ……ならば、まずお前から食ろうTE8蝋」

 

 

「乗っ取られた……のか?」

 

「待て海燕、様子がおかしい」

 

 

「う、ぐ、ぎぎぎ、わ、和紙のyouGOに、抵抗……ぶ、ぐ、あばばばばぶぺびぱばぱひぼびぴぴぴびぴひ」

 

 苦し気に体を押さえ、のたうち回った後、高速振動を始める正勝の体。正勝が、抵抗しているのか?

 

 やがて正勝は右手で拳を握り、自分の顔に振り下ろした。ピタリと動きが止まる。

 

 

 

 どの程度そうしていただろうか。

 

「俺はポテトだ!! はっ!」

 

 謎の発言と共に正勝が目を覚ます。……ポテト?

 

「……本田、なのか?」

 

「俺ですよ」

 

「証明できるか?」

 

「皆さんが知らないようなことを言えばいいんですかね?」

 

「……それでいい」

 

「……じゃあ、そうですね。藍染隊長が伊達眼鏡だって知ってます?」

 

 そうなのか? てっきり度が入っているものだと……。

 

 浮竹隊長が藍染隊長に連絡しているようだ。

 

「こんな時間にすまない……ああ……うん、所で、お前伊達眼鏡なのか? ……いや、すまん、それだけだ……ああ、ではな」

 

「どうなんです?」

 

「伊達眼鏡だそうだ」

 

 ならば、本当に?

 

「言ったでしょう?」

 

 

 気が付けば正勝の元へ駆け出し、その胸に飛び込んでいた。正勝の温もりを、心音を感じる。ちゃんと、生きている。良かった。本当に……良かった。

 

 ……? 正勝の心臓の鼓動が早くなっている?

 あ……思わず抱きついてしまったが、不味い。我ながらなんてことを。意識したら恥ずかしくなってきた。顔から火が出そうだ。

 

 でも……もう少しだけ……このままで……。

 

 

「あ、あのー、ルキア?」

 

「ど、どうした?」

 

「すまん、もう限界……」

 

「え……?」

 

それだけ言うと正勝は意識を失ってしまった。全く、締まらないな……。

しかし、またこうして助けられてしまった。

 

「ありがとう、正勝」

 

いつかは私がお前の力になってみせよう。

 

――――――

 

 気が付くと、ご存知例の茶室。大体いつも通り。いつもと違うのは。

 

「ひひひひひひひひ、鎧もお前も内側から食らいつくしてやるわ」

 

 メタスタシアさんがログインしました。どうすんのこれ。

 

「まずはお前からいただくと……?」

 

 後ろから仮面を掴まれ、持ち上げられるメタスタシア。

 ホンダムだ。

 

「ぐっ……は、放せぇ!」

 

 ホンダムの手から逃れようと、触手や手足をつかって抵抗している。だが、ホンダムはびくともしない。

 

 俺はすることがない。応援でもしてるか。

 

「がんばれー、まけるなー」

 

 仮面がギシギシいってるのが聞こえる。てか今のだとメタスタシア応援してるみたいじゃん。失敗失敗。

 

「ぐぐ……おのれ……やめ」

 

 ホンダムの目が赤く輝き、メタスタシアの仮面は一気に握り潰された。流石ホンダム、俺にできないことを平然とやってのける。

 

 

 

「これどうする?」

 

 何故か残ったメタスタシアの体。俺が問いかけるとホンダムはおもむろにそれを持ち上げ、背中のバックパックに……えっ……メタスタシアの体が……消えた……?

 

「今のは……?」

 

 ホンダムは首を横に振った。教えてくれない感じですかそうですか。

 

 

 

「俺はポテトだ!! はっ!」

 

 何で聞かれても無いことを答えながら目覚めるんだ。なんか今日おかしいよ。薬の副作用? 何か顔痛いし。

 

 

 

 証明……証明なぁ。

 

「皆さんが知らないようなことを言えばいいんですかね?」

 

「……それでいい」

 

 俺のスリーサイズとか言ってもしょうがないよね。俺も知らんし。あ、そうだ。

 

「……じゃあ、そうですね。藍染隊長が伊達眼鏡だって知ってます?」

 

 確証はない。でも脱ヨン様するとき握り潰すくらいだからいらなかったんでしょう。

 

 あ、確認する感じですか。これ違ったらヤバくない? 胃が……まだそうでもない。

 

「伊達眼鏡だそうだ」

 

 よし! ありがとうヨン様! 今度眼鏡誉めよう!

 

 

 ルキアが抱きついてきた模様。予想だにしない展開に困惑しております。ど、どうしたんこれ。無事で良かった的なあれか。

 理由はわかったとは言え、女の子に抱き付かれているこの状況で平然としていられるほど俺は女の子に慣れていない。あ、胃が痛くなってきた……別に嫌じゃないのに。ごめんルキア本当ごめん。胃が痛いの。一旦はなれて欲しい。でも直球で言うのは何かあれだよなどうしよう。

 

「あ、あのー、ルキア?」

 

「ど、どうした?」

 

あっ、上目遣いですか。しかも抱きついたまんまで。何だこれ。かわいい。もう無理。倒れる。

 

「すまん、もう限界」

 

 




読んでいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたでしょうかね?次回を楽しみにしてもらえたらいいなぁ。

私にはシリアスが書けないのがよくわかりました。なので海燕さんは死んでません。最初は死んでもらうつもりだったんですけどね。この作品には合わないかと思って生かす方向で考えたらこのザマです。ホンダムだし別にいいですよね。

今回のネタ
まそっぷ:ギャグマンガ日和 「誤植」より 本来は「うおおおおお」だったらしい。やっちゃったぜ☆

ホンダムの防御力は世界一→ドイツの○○(科学など)は世界一ィィ!!:ジョジョの奇妙な冒険 第二部より シュトロハイム少佐の名言。実際に口にだす時は、世界一ィィの時に語尾を上げ、裏声気味にするとよい。

俺はポテトだ:ギャグマンガ日和 「誤植」より 「お前はトマトか」という問いに対する答え。どちらも誤植。

流石ホンダム、俺にできないことを平然とやってのける→さっすがディオ!!俺達にできないことを平然とやってのける!!:ジョジョの奇妙な冒険 第一部より 通常はこの後、そこに痺れる憧れるゥ!!と続く。


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第八話

勉強しないと。そう思いつつこれを書いていた私です。とっとと上げないと集中できない気がしたもので。

とりあえず楽しんでいただければ幸いです。
毎度のことながらアホな話ですので過度な期待は……。

8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。
3/24 ヒビキ(hibikilv)様、誤字報告ありがとうございます。


 散歩に行くと言ったきり本田君は姿を消した。安静にしてなきゃいけないのに……私も付いていこうとしたのに……。

 

 本田君の瞬歩はとても早い。同時にスタートしても引き離されるのに、出遅れたこのタイミングではおそらくもう追い付けない。

 

 霊圧の痕跡を辿りながら移動する。そしてたどり着いたのは西の白道門。本田君、外に行っちゃったんだ……。

 

「あんれぇ、今夜は通行人が多いだなぁ」

 

 門番の兕丹坊さんだ。

 

「兕丹坊さん、本田君がここを通りませんでした?」

 

「……本田ぁ? あぁ、副隊長だか? えらく急いだ感じで通ってっただなぁ」

 

 やっぱりか……。

 

「その少し前にゃぁ浮竹隊長達が通ってったがら、多分追っかけてったんだなぁ」

 

 さっき十三番隊の偵察部隊が全滅したって聞いたし、浮竹隊長達はその虚の討伐に向かったんだろうな。本田君は……その手伝い? 隊長が出てるのに? 確かに浮竹隊長は発作があったりするかもしれないけど、本田君が今すぐ向かう必要なんて無かったんじゃ……。

 

「ここで待ってても、良いですか?」

 

「構わねぇだよ」

 

 無事を祈ることしかできないって、辛いなぁ。私がもっと強かったら連れていってくれたのかな。

 

 

 

 本田君が戻って来たのはそれからしばらく経ってからだった。

 傷だらけの志波副隊長に肩を貸しながら歩いてくる。見たところ、怪我はないのかな? ……無事で良かった。

 

 ……あれ? 浮竹隊長の横、本田君と志波副隊長の反対側には朽木さんが居る。……どうして朽木さんが?

 

 

 もしかして本田君が飛び出して行った理由は……。

 

 本田君は朽木さんのことを……?

 

 

 何となく胸が苦しい。

 ……まぁ幼なじみだって言ってたし、大事にするのは当然だよね。私だってシロちゃんのこと大事なお友達だと思ってるし。

 仲間思いの本田君なら余計にそうだよね。

 

 

 そうに……決まってる。

 

 

「おかえり、本田君」

 

 

 

 本田君がこっちを見た。何か言いかけて、本田君は意識を失った。

 

――――――

 

 あれから大変だった。

 なんか恥ずかしくてあんまりルキアの顔見れなかったり、傘も無いのに雨が降ってきたり。一番はホンダムが腰でウィンウィン煩かったので再び始解したら、バックパックから海燕さんの斬魄刀がペッていう感じで出てきたことだ。

 

 雛森? 門のとこで待ってたよ。ハイライト? ハハッ何のことだか。びびって胃が痛くなったりそのまま気を失ったりなんかしてませんよ。ええ、してませんとも。副隊長は伊達じゃないのでね。あんな暗い目を向けられる覚えはありません。そりゃ心配かけたりはしたでしょうけども。そもそも天気悪かったからこう、光の加減がいつもと違ってそう見えただけかもしれないし。

 救護詰所にいるのはあれだ。もともと一晩は泊まる予定だったし。また倒れたとかじゃない。そう、精密検査みたいなのもやらなきゃいけなかったってのもある。何もおかしい所なんてないんだ。うん。

 

 

「すまねぇな、本田」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 救護詰所のベッドの上。違うそういうことじゃない。別のベッドだ。病室が同じなだけだ。

 

「……お陰で目が覚めたよ」

 

 すまねぇってそっちの話ですか。

 

「……俺はただ死んで欲しくなかっただけなので」

 

 この結果がどんな展開を導くのか不安でならないのはここだけの話。アーロニーロが多少弱体化するのが良いのか悪いのか。他にも色々起こりそうで怖い。悪いことばかりではないのは確かだけど。

 

「無事で良かったです」

 

「……ありがとな……ところで」

 

 コンコン、と扉を叩く音が響く。おっと誰か来たようだ。四番隊の誰かかな?

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

 もう、なんか、もう……ヨン様だ。あきれるほど眼鏡。違う違う。眼鏡誉めようって決めたじゃないか。

 

「や、本田君、志波副隊長」

 

「藍染隊長?」

 

「こんな遅くにどうなさったんです?」

 

 何しに……見舞いか。部下思いって大変だな。

 

「見舞いに決まっているだろう。まさか自分の副官が日を跨がない内に再び救護詰所に担ぎ込まれるなんて思わないからね」

 

 じっと此方を見てくる。

 

「確かに休めとは言ったが……好きに動いて良いとは言っていないよ? そもそも今日も安静にしておく筈だっただろう。何か弁明はあるかな?」

 

「ありません……」

 

「ま、まぁ、藍染隊長、俺らは間違いなくこいつに助けられたんです。だから、あんま怒らないでやってください」

 

「はぁ……まぁいいだろう。……今回は、だからね本田君。今後はこんな無茶をしてはいけないよ。数時間前にも言ったが、君は一人じゃないんだ。……まさか僕達じゃ信用に値しないのかい?」

 

 いい上司だ。うん。でもいい人ではない。原作知らなかったらガンガン頼りそう。むしろ俺が雛森ポジションやってたかも。……ないわ。

 

「……そんなこと、ある筈ないじゃないですか。藍染隊長は、入隊した時からずっと、俺の憧れですし、雛森だって、学生の時からの付き合いです。どっちもかけがえのない存在だ。……だからこそ、俺の勝手に巻き込みたくなかったんです」

 

 雛森はともかく、ヨン様に関してはただ純粋に関わりたくないだけなんだけど。俺もなかなか平然と嘘つくね。これも胃痛の原因かな? ……これもヨン様の所為じゃねぇか!

 

「……でも、今後は頼りにさせてもらいますね」

 

 とっとと話を切り上げよう。社交辞令って大事。頼るって言ったけど頼らないなんてよくあることだ。俺は悪くない。

 

「うん、そうしてくれ。……ところで体は問題ないかい? 虚に寄生されて一時は体を乗っ取られたんだろう?」

 

「これから細かい検査をすると思いますが、一旦やった分では特に異常はありませんでした。俺も特に何も違和感とかはありませんね。多分大丈夫だと思います」

 

 何やら考え込んでらっしゃる。あ、メタスタシアってヨン様が作ったやつじゃん。じゃあ霊体融合って知ってんじゃん。ヤバイヤバイどうしよう。何されるんだ俺。もしかして消される?

 

「今は大丈夫かもしれないが、油断してはいけないよ? 何せそんな例はなかなか無いからね」

 

「はい、気を付けておきます」

 

 消されなかった。今は。……海燕さんも居るからか? まぁ考えてもしょうがないか。あぁ、また胃が……。

 

「何か異変を感じたらすぐに相談するんだ。いいね?」

 

「はい」

 

 相談したら返って危険そう。だってヨン様である。光の加減で眼鏡が目を隠してるから余計に怖い。あ、そうだ。眼鏡。誉めよう。

 

「ところで、やっぱり藍染隊長は眼鏡が似合いますね」

 

「あぁ、ありがとう。浮竹から連絡があったときは何事かと思ったが、まさか眼鏡のこととはね。君が話したんだろう?」

 

「はい、不味いことしちゃいましたかね?」

 

 てへへ、と言った具合に申し訳なさそうな顔をしてみる。

 

「いや、構わないとも。別に隠していた訳じゃないしね。ところで、僕が伊達眼鏡だと言うことを君に話した覚えはないんだが、どうしてそれを?」

 

 あっ……。

 ……もうなんか、自分が嫌になる。そうじゃん、この人一言も伊達眼鏡だなんて言ってないよ。怪しまれてるよ。消されちゃうよ。

 目が何を知ってる? って言いたげじゃないか。

 原作で眼鏡外してらっしゃったからですなんて言える筈もない。何で眼鏡の話題出しちゃったかなぁ。あー泣きそう。これで終わりかぁ……。もう適当でいいや。

 

「まぁ藍染隊長は俺の憧れですからね。当然藍染隊長のようになりたいと思うじゃないですか。で、藍染隊長の特徴と言えば多方面に才を発揮する人格者であり、眼鏡をかけておられるということがあります。多方面で活躍するというのは一朝一夕でどうこうできるようなものじゃありませんから、当然すぐに用意できる眼鏡に俺の意識が向いた訳です。銀蜻蛉で似たような形状をした眼鏡を購入し、実際にかけて鏡を見てみたわけですよ。するとどうでしょう。まぁ顔が違うのは当然ですがどこか違和感があったんですよね。そこで藍染隊長に聞いてみれば早かったんですけどそれは何か違うと思った私はちょいちょいお世話になる四番隊に赴き伊江村三席を観察してみたわけですよ。特に収穫はありませんでしたけど。なので今度は伊勢副隊長の所に行きまして、これまた観察してみたんですがどうにもよくわからなくてですね。再び鏡の前で眼鏡をかけたり外したりしたとき気づいたんです。藍染隊長の目の大きさが眼鏡越しでも変わって無かったことに。気づいた後、実際藍染隊長を見て、伊達眼鏡を購入してかけてみて確信しました。藍染隊長は伊達眼鏡だったのだと」

 

 海燕さんやヨン様が何か言っている気がするが知らん。続けよう。

 

「伊達眼鏡だとわかって違和感が取れたわけです。晴れて俺も眼鏡デビュー、といきたかったんですが、ご覧の通り俺は眼鏡をかけていません。理由はわかりますか? この理由というのがまた情けないんですが…………」

 

 

 

 結局この話は朝、卯ノ花隊長が様子を見に来るまで続いた。深夜のテンションって怖い。ひどく眠い。だがこの眠気も生きている証だと思うと何となく心地よかった。

 

ーーーーー

 

 本田正勝。この男が私の予想を裏切るのは初めてのことではない。防御力を高めた虚をけしかけた時もそうだ。入隊時には使いこなせていなかったあの鎧を明確な意思を持って顕現し、戦い、純粋な物理攻撃で撃ち破った。

 

 今回のメタスタシアも最終的な目標からすれば失敗作に過ぎない虚だったとはいえ、十三番隊の偵察部隊を全滅させるなど死神に対してかなり強いことは事実としてある。斬魄刀の吸収と霊体融合。死神に対して圧倒的に優位に立てる能力だ。特に霊体融合はいかな防御力を以てしても抗うのは不可能と言っていい。

 

 にもかかわらずあの男は自我を保っている。体にも特に異常はないという。

 

「おもろいことになってますねぇ」

 

「そうだね。毎回予想を裏切ってくるというのは腹立たしいこともあるが、面白くもある」

 

「消さなくてもいいのですか?」

 

「要、それはまだ早いよ。彼はメタスタシアの霊体融合を受け、それでもなお正気を保っている。これが何を意味すると思う?」

 

「彼の意識がメタスタシアのそれを上回ったということですか?」

 

「そうだね。では、メタスタシアの体はどこへ行ったと思う?」

 

「まだ本田クンの体ん中、ですか」

 

「……!」

 

「その通り。面白いと思わないか?」

 

 虚と死神の融合。思っていたものとは違うが、その一つの形と言える。彼がどのような進化を見せるのか。消すのはそれを見た後でいい。

 

「ですが、彼は何かに気づいているのでは?」

 

「……問題ない」

 

 あの男は眼鏡に異常な執着を見せていただけだ。それだけだ。たまにそういう者も居る。彼がたまたまそういう人間だっただけのことだ。

 

「ところで……僕の眼鏡をどう思う?」

 

――――――

 

「きゃーーーーー!!」

 

 朝の救護詰所に悲鳴が響き渡る。

 方向からして本田副隊長達の部屋だろう。私は様子を見に行くべく日誌を書く手を止めた。

 

 本来であれば日誌を書く作業も昨日の内に終えている筈だったのだが、夕方頃、本田副隊長が担ぎ込まれ、夜になり十三番隊の偵察部隊が全滅という報告、そして死体が担ぎ込まれ、夜中には傷だらけの志波副隊長と安静にしている筈の本田副隊長が再び担ぎ込まれたため、今書くはめになった。

 

 副隊長ともあろうものが言われたことも守れな……いやいや、正義感が強くて大変うっとおし……いやいや素晴らしい人格の持ち主だと思います。

 

 急いで駆け付けると、救護班員がおびえたような顔で部屋の前で座り込んでいた。

 

「何があった!?」

 

「い、伊江村三席! それが……」

 

 確か本田副隊長は昨夜虚に寄生されたのだとか。まさかそれが残っていた……!?

 

 恐る恐る部屋の中を覗き込むとそこには、耳を塞ぎながらベッドに横たわる志波副隊長。そして目の下にクマを作り困ったような顔で立っている藍染隊長。そしてベッドの上で同じく目の下にクマを作りながら、ギラギラした目で何かを語る本田副隊長の姿があった。

 

「藍染隊長? 聞いてますか?」

 

「あ、ああ」

 

「それでですね眼鏡のつるというのは……」

 

 

 私は黙って扉を閉めた。

 

「君、卯ノ花隊長をお呼びするんだ。私ではどうしようもない」

 

「は、はい!」

 

 

 

 その後、やってきた卯ノ花隊長によって場は納められた。何があそこまで本田副隊長を追い詰めたのか知るものはいない。わかったのは本田副隊長が眼鏡に並々ならない情熱を注いでいることだけだ。

 

 それと、とうとう本田副隊長の胃に穴が空いたらしい。

 

 




読んでいただきありがとうございました。

シリアスは無理だって前回言いましたけど、ふざけすぎた感が……ね。楽しんでいただけたならいいんですけど。

次回をお楽しみに……してもらえますように。


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第九話

どうも、お待たせしました。気付いたらUAもお気に入りも随分と増えて……ありがとうございます。レポートとか一通り済んだのでしばらくはちょくちょく更新できるんじゃないかと思います。

楽しんでいただけますように。

8/8 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。
3/3 不死蓬莱様、誤字報告ありがとうございます。


 メタスタシアの件からしばらく経った。あれから海燕さんとは仲良くしている。ルキアとも仲直りした。

 

 今日もいい天気です。

 

 ところで俺は眼鏡のことが特別好きって訳じゃない。だってただの装飾品だもの。まぁ眼鏡が本体って人も居るとは思うけど。

 しかし、特別好きではない、と言いつつ咄嗟に眼鏡について延々と語れるというのはどうなんだろう。俺は眼鏡フェチなのか? 自分ではそんなつもりはないんだが。心の奥底では……ってやつ? 正直、銀蜻蛉で眼鏡を買ったこともないし伊江村三席も伊勢副隊長も観察していない。というか銀蜻蛉の眼鏡なんぞ高くて買えやしない。

 

 何の話かと言えば、ヨン様への言い訳のために語った眼鏡の話が変な形で広まり、俺が眼鏡フェチであるという噂? というか偏見が生まれてしまった。

 

 その弊害というか影響かはわからないが、五番隊内で眼鏡をかける女性隊士が急増。なんだこれ。

 自分の黒歴史を皆が知ってる上にそれがよく話題に上がるって感じだろうか。いたたまれない。胃が痛くなりそう。

 

「おはようございます副隊長」

 

「おはよう」

 

 この子も

 

「おはようございます!」

 

「ああ、おはよう」

 

 今の子も

 

「おはよう本田君!」

 

「おはよう雛森」

 

 雛森も皆眼鏡。五番隊が眼鏡集団になりかけている。ああ、胃がキュンキュンする。これは警告だ。これ以上はいけないと、そろそろストレスが閾値に来るぞ、という警告だ。

 

「良い、眼鏡だな。よく似合ってるよ……」

 

 これが自然発生的な眼鏡着用であったのならば、ただのイメチェンだとわかるようなタイミングであったのならば、あるいは俺も可愛いとかそういうことを思い、もしかしたら口に出していたかもしれない。

 

 だがしかし。

 あんなに眼鏡について語った後だ。からかわれているとしか思えない。いや、普段の雛森を考えればそんなことないんだろうけど。むしろ気遣ってくれるだろうし。

 頭ではわかってるんだけど、体が、特に胃が、ストレスを訴えている。

 今も、俺の言葉が嬉しかったのか知らないが、可愛らしい感じで照れている。だが眼鏡だ。

 

 なんか眼鏡が嫌いになりそう。身から出た錆? 知らないな。俺を追い詰めたヨン様が悪い。

 

 

 

「おお、正勝! 偶然だな」

 

「お、ルキア……偶然か?」

 

 五番隊の隊舎前。こんなところに居れば俺が現れてもなんらおかしくない。むしろ当然と言える。

 

「ぐ、偶然だとも! わ、私は偶然通りがかっただけだからな!」

 

「へぇ、そうなのか。暇なのか?」

 

 暇なんだろうな。わざわざこんなとこに居るんだもの。ところで眼鏡してない女の子っていいよね。我が幼なじみはよくわかっている。こんなことで申し訳ないが今好感度が上がっている。

 

「そんなことは! ……いや、暇だ」

 

「正直で結構」

 

「正勝は……これから時間はあるか?」

 

 今日は仕事が早く終わったから後は飯食ったりするだけだ。

 

「まぁ、そうだな。暇だ」

 

「ならば、その……か、買い物に、付き合って欲しいのだが」

 

「お安いご用だ。何買いに行くんだ?」

 

 買い物、買い物ねぇ? 俺が付いていったってなぁ、って所はあるけど。何か選べってこと?

 

「眼鏡を……選んで欲しいのだ」

 

 ……あー、まじか。ルキア……お前もか。幼なじみたるお前もそっち側だったか。あっ……閾値越えた。

 

「正勝は、眼鏡に造詣が深いと聞いた。自分では、眼鏡のことはよく分からないからな。教えて欲しい」

 

 造詣が深いだなんて。

 何かの間違いだと言えればどれだけ良いか。でも残念。眼鏡について長々と話してしまった事実は消えちゃくれない。女の子と買い物。なのに今一つ心が踊らない。せっかく誘って貰ったと言うのに既に帰りたい。

 

 

 

 頑張った。俺頑張ったよ。どこかから飛んでくる視線も、胃も痛かった。強がってプレゼントとか言って奢ったけど、結果として財布も痛くなった。まぁちゃんと選んだから喜んでは貰えたと思う。

 

 そう言えばルキアって貴族のご令嬢じゃん。副隊長の給料舐めんなとか言っちゃったわ。ルキアが使えるかは別にしても、資産的には副隊長の給料なんて鼻で笑えるやん。……良いけどさ。

 

 なんか海燕さん達も眼鏡買いに来たとか言ってたし。きっついわ。眼鏡見るたびに胃がキュンキュンしてくるのに。怖くて十三番隊に近づけなくなりそうだ。

 

 一応ルキアには俺の前では眼鏡かけないで欲しいって言ったけど……他の人にも言った方がいいのかな? 俺のストレス回避の為にも……。

 でも純粋に必要だからかけてたりとか俺の件と関係無く眼鏡かけ始めた子もいるだろうし……そもそも俺の件が原因で眼鏡をかけ始めるなんて自意識過剰も甚だしいのかもしれない。俺が勝手に結び付けただけで実際に聞いてみた訳じゃないし。

 

 ……寝るか。

 

 

 

 例の茶室で。

 ホンダムまでもが眼鏡を装備していた。しかし胃はキュンキュンしなかった。驚きは時に胃痛に勝るらしい。

 ……違うな。夢の中だからだ。

 

 眼鏡を角に引っかけ、どこか誇らしげに正座するホンダムに対して俺は何も言えなかった。あの時俺は何と声を掛ければ良かったのだろうか。未だに答えは出ていない。

 

━━━━━

 

「海燕殿、お聞きしたいことが」

 

「何だ?」

 

「先日小耳に挟んだのですが、正勝が眼鏡好きというのは本当ですか?」

 

 私が質問をした途端、海燕殿の表情が曇る。何か不味いことでも聞いただろうか? ……いや、特に問題はない筈だが。

 

「どうかしたのですか?」

 

「……何でもねぇよ。で、本田が眼鏡好きかって質問だったか?」

 

「はい」

 

「……うーん、まぁ、そうなんじゃないか?」

 

 やはりそうなのか。ならば、私も眼鏡をかけた方がいいのだろうか? だが五番隊では眼鏡需要が一気に増えているとも聞く。私が眼鏡をかけた所で大して目立たないのではないだろうか。

 

「お前も眼鏡を買う口か?」

 

「いえいえ、まさかそんな」

 

「隠さなくても分かってるっての。あの時だって長々と本田に抱き付いてただろうが」

 

 バレていたか。なら、良いか。

 

「……そのつもりでいますが、迷っています。自分で選んで大丈夫なのか……」

 

 自分で選んだ眼鏡をかけて正勝と会ったら、正勝は喜んでくれるのか。問題はそこである。もし正勝の好みに合わなかったら……。

 

「なら 「いい考えがあるわ朽木さん!!」 ……俺が話してる途中だったんだがな」

 

「清音殿」

 

「副隊長に頼むのも案としてはありよ。でもね、こういう時は「いい考えがあるぞ朽木!!」 ……小椿ィ!!」

 

「朽木、困った時は我らが浮竹隊長に相談だ! 浮竹隊長なら間違いない!」

 

「あっずるいわ小椿! 私だって浮竹隊長に相談するのは考えてたんだから!」

 

 ……賑やかだ。ってそんなことを考えようとしてたのではない。眼鏡をどうやって選ぶかだ。どうしたものか、小椿殿の言うように浮竹隊長に相談してみようか。いやしかしわざわざこんなことのために隊長の手を煩わすなど……。

 

「って違う違う! 私が提案したいのは、本田副隊長に選んで貰うことよ!」

 

 今何と? ……正勝に選んで貰う? 成る程、最適解とはこういうものを言うのかもしれない。だが。

 

「なるほどな、いいじゃねぇか」

 

「お前にしてはいいこと思い付くじゃねぇか!」

 

「小椿うるさい。で、どうかしら朽木さん?」

 

「良い考えだと思います」

 

「なら 「ですが」 ……?」

 

「その、それだと、一緒に、選ぶのですよね? ……何というか、その、恥ずかしいと言いますか……」

 

 ああ、駄目だ。想像したらもう……。

 

「朽木さん」

 

「はい?」

 

「行きなさい。今のあなたなら、大丈夫よ」

 

 何か言う前に既に背中を押されていた。

 

「ちょっ……清音殿!?」

 

「ほらほら! 不安なら影から見守っといてあげるから!」

 

 

 

 結局、押し切られるような形で五番隊の隊舎まで来てしまった。少し離れた所で海燕殿、清音殿、小椿殿が見守っている。

 

 正勝が出てきた。話し掛けなくては。

 

「おお、正勝! 偶然だな」

 

「お、ルキア……偶然か?」

 

 流石正勝。痛いところを突いてくる。だがそこはどうでもいいのだ。

 

「ぐ、偶然だとも! わ、私は偶然通りがかっただけだからな!」

 

 押し切る。それしかない。

 

「へぇ、そうなのか。暇なのか?」

 

「そんなことは! ……いや、暇だ」

 

「正直で結構」

 

「正勝は……これから時間はあるか?」

 

 無いと言われてしまったら……考えてもしょうがない。次だ。問題は次なのだ。

 

「まぁ、そうだな。暇だ」

 

 よし……!

 

「ならば、その……か、買い物に、付き合って欲しいのだが」

 

「お安いご用だ。何を買いに行くんだ?」

 

「眼鏡を……選んで欲しいのだ」

 

 正勝は、何とも言えない表情をしていた。何かしてしまったのだろうか。

 

 

 

 どうせなら良いものを買おうと、他愛のない話をしながら銀蜻蛉へ向かう。

 

「ところで何で眼鏡を? 視力落ちたのか?」

 

「いや、その、なんだ……さ、最近眼鏡が流行っているようでな。私もそれに乗っかってみようと思ってな」

 

「……ふーん」

 

 また、何とも言えない表情をしている。納得がいっていないのだろうか。確かに私の性格を考えれば流行に乗るというのは少し奇妙な話か……? だが、正直に言ってしまうのも……。

 困った末に、海燕殿達の方を振り返ってみる。何か良い知恵を……ん? 海燕殿達が見当たらない。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、何でもないのだ」

 

 一体どこに? 見守って下さる筈では無かったのか。俄に不安が……いや、落ち着け。正勝と買い物に来ただけなのだ。何を恐れることがある? 大丈夫だ、問題ない。

 

 と、少し離れた角の所から小椿殿が顔を出した。続いて清音殿、海燕殿も。……いつも顔を出しているのも変な話だな。まあこれでますます安……!?

 

 海燕殿に少し遅れて顔を出したのは……見間違いでなければ……いや、私が間違える筈がない。

 

「兄様……!?」

 

 兄様は、ただこちらを見ている。

 

「ルキア?」

 

「す、すまん、何でもないから気にしなくていいぞ!」

 

「お、おう」

 

 何故兄様がこんな所に……というかまさか、付いて来るのか……?

 

 少し進んで振り返る。

 

 海燕殿、清音殿、小椿殿……兄様。建物の陰から覗く顔ぶれに変化は無い。付いて来ておられる。別に悪いことをしているつもりはないのに、言い知れぬ緊張感が襲ってくる。

 

 ど、どうする? 兄様は一体何をお考えに…………いや、現状見ておられるだけのようだ。ならば、特に問題はない筈。

 

 

 

「どうだ? に、似合うか?」

 

「うん、いいじゃないか。それにするか?」

 

「……そうだな。これにしよう」

 

 店に入って早一時間。私の眼鏡選びは難航した……というよりは私がすぐに決めなかっただけなのだが、あまり時間を取らせ過ぎるのも悪いのでこれに決めることにした。

 勿論これまでに正勝が見繕ってくれた品が気に入らなかった訳ではない。ただ、すぐ決めてしまったらこの時間がすぐ終わってしまう。それが嫌だったと言うか……。

 

「じゃ、買ってくるから待っててくれ」

 

「ま、待つのだ正勝。私の買い物なのだ、私が」

 

「いいっていいって! プレゼントだよ」

 

「しかし……」

 

 値段は決して安くない。そう簡単に買えるものでも無いだろうし、私もちゃんとお金は持ってきている。プレゼントという響きは非常に、非常に魅力的だが、選んでもらってその上買ってもらうなど……。

 

「値段か? ……副隊長の給料を舐めてもらっちゃ困るぜ。このくらいなんてことないさ。それとも、俺からのプレゼントは嫌か?」

 

「い、嫌な筈が無かろう! しかしだな」

 

「はいはいわかったわかった後でな」

 

 

 

「ほら、大事にしてくれよ?」

 

 正勝から眼鏡の入った箱を受け取る。

 結局、支払いは正勝が行った。……そう言えば、初めてのプレゼント、というやつではないだろうか。これは……絶対に大切にしなければ。

 

「ありがとう、勿論、大切にする」

 

 早速、かけてみようか。試着の時に見てはいるだろうが、改めて見てもらってもいいだろう。

 

「そうだ、ルキア」

 

「どうした?」

 

 箱を開け、眼鏡を取り出す。

 

「買っておいて何だが、できればその眼鏡、俺の前ではかけないで欲しい」

 

「……は?」

 

 どういうことだ? お前に眼鏡は似合わないとか、眼鏡に失礼だとか、そんなことだろうか。このタイミングで言われるのはさすがにきついというか……。

 

「それはどういう「ちょっ、押すなって!」……」

 

「おや、海燕さん達じゃないですか。建物の陰に隠れて、誰かの尾行ですか?」

 

「おいおい本田、そ、そんなことあるわけないだろ」

 

「そ、そうそう」

 

「うんうん」

 

 海燕殿達の存在がバレてしまった。……兄様は?

 

「いや、別に怒ってるとかじゃないので安心してください」

 

 辺りを見た感じでは、おられないようだ。……良かった、のか?

 

「で、何でこんなとこに?」

 

「あー、えっと、あれだ! 俺らも眼鏡を見に来たんだ」

 

 海燕殿、その言い訳は苦しいのではないでしょうか。買いに来たならさっさと店に入るべきです。

 

「……そうですか。良い眼鏡を見つけてくださいね……」

 

 だが意外にも正勝はその言い訳を信じたらしい。……いや、あえて見逃したのか?

 

「ルキア、折角だし海燕さん達の眼鏡を選んであげたらどうだ?」

 

「正勝はどうするのだ?」

 

「あー、名残惜しいが急ぎの用を思い出した。悪いがここで解散だ。すまん、またな」

 

 そのまま、正勝は去っていった。呼び止める間もない素早さだった。

 

「ご、ごめんね朽木さん、邪魔になっちゃって」

 

「いえ、お気になさらず。見守って下さっていたお陰でなんとか落ち着いていられました。ただ……」

 

「どうしたの?」

 

「先程、正勝から、俺の前では眼鏡をかけないで欲しい、と言われまして……。どういう意味なんでしょうか?」

 

 何かに傾倒する者は、一定の好みの範囲から外れる者には非常に厳しいという。私は、正勝の好みの範囲から外れてしまったということなのだろうか?

 

「本田は何考えてんだ?」

 

「わかりませんねぇ」

 

 しばらく考えていた清音殿が口を開く。

 

「朽木さん、それはきっと、俺の前では本当のお前を見せてくれ、って言う意味よ」

 

「は?」

 

「えっ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 私や海燕殿達の困惑を他所に、清音殿は鼻息荒く続ける。

 

「別に、普段からかけるなとは言われて無いんでしょう? きっとその眼鏡は、ルキアは俺のものだ! 的なニュアンスを含んでるのよ。そうに違いないわ!」

 

 そうなのだろうか? 正勝が……そんな大胆なことを? 想像できない……。

 

「私の目に狂いはないわ! 安心しなさい!」

 

 清音殿は自信満々だ。……信じても良いのだろうか。確かに、そうだったら良いとは思うが……。想像したら顔が熱くなってきた。

 

「自分は恋人居ない癖に」

 

「小椿うるさい!」

 

 不安になってきた。

 

━━━━━

 

 眼鏡ショッピングから数日、相変わらず眼鏡は俺のストレスを煽る。眼鏡が増えた五番隊を辞めたくなってきてる俺がいる。半分冗談です。

 

 今日は六番隊に書類をお届けに伺っております。そう、済まぬさんの所。書類届けるのなんて副隊長の仕事じゃない? 確かに。でも眼鏡だらけの集団の中に居るよりは遥かにましと言うものだろう。

 

「失礼します。五番隊副隊長、本田正勝です。書類を届けに参りました」

 

「入れ」

 

「はい」

 

 いつ見てもイケメンだなぁ。ヨン様とはまた違うかっこよさというか、クール系だね。羨ましい。いつも冷静っぽいし。まぁそれはどうでもいいか。

 

「確認をお願いします」

 

 無言で書類を手に取り、目を通す済まぬさん。絵になる。この人も眼鏡似合いそう。うん? 何考えてんだ俺。首を振って気を取り直す。もうなんか色々と眼鏡に侵略されてるね。くそが。

 

「確認した。下がるが良い」

 

「はい、それでは失礼します」

 

「……待て」

 

 帰ろうとしたら呼び止められた。何だ? 書類に不備が? それは俺の所為じゃないんだが。

 

「何でしょうか」

 

「……ルキアは、貴様にはやらん」

 

「は?」

 

「……下がれ」

 

「はぁ」

 

 何だってんだいきなり。別に何も手なんか出してないし。言いがかりは止めていただきたい。

 

 ……シスコンなら仕方ないか。




読んでいただきありがとうございました。楽しんでもらえたなら幸いです。

前回の話を上げた時も、前々回も、勿論今回も、私はさっさと原作に進みたいと思って書いていました。まぁ結局こんな感じになったんですけど。

次回をお楽しみにしてもらえますように。


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第十話

ゴジラを見たいと思いながら結局見てない今日この頃。どうでもいいですね。

楽しんでいただければ幸いです。

そう言えば一回日間一位になってましたね。皆さんのお陰です。ありがとうございました。すごくテンション上がりました。今後ともよろしくお願いします。

8/12 みこた様、輝け神聖様、黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。


「この辺りか……成る程、強い魄動を感じる……」

 

 

━━━━━

 

「えーっと、それじゃ、阿散井君の副隊長就任を祝って! かんぱーい!!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 高らかに雛森の音頭が響く。

 感慨深いね。色々とさ。恋次が副隊長ってことは、とうとうルキアが空座町に赴任するわけだ。原作が、始まるんだね。

 

「それにしても、阿散井君が副隊長か……」

 

「何だよ吉良、文句あんのか?」

 

「いや、ただ、時間の流れを感じるって言うかね……」

 

「雛森、どうだ? 今の吉良、年寄り臭くないか?」

 

「そ、そんなことないよ! ……たぶん」

 

「雛森君!?」

 

 こういう何てことないやり取りって楽しいな。原作始まったらって言うか、ルキア連れ戻してから暫くはそんな余裕無いだろうしなぁ。

 

「そんな吉良から始まる~、故に侘助ゲーム!」

 

「本田君!? 何言ってるんだ?」

 

「冗談だよ。ほら、酔っぱらってるから」

 

「まだ一口しか飲んでないじゃないか!!」

 

 ちょっとやってみたいと思った。ルールとか何も考えて無いけど。故に侘助。

 

「しかしあれだな、俺ら四人とも副隊長とか上位席官ってかなりすごいよな」

 

「まぁ、僕達は特進クラスだったからね、そんなにおかしくもないと思うよ」

 

 ……確か、恋次以外の人事ってヨン様の粋な計らいだったよな。たぶん俺のも。俺のどこに利用価値を見出だしたんだか。

 

「後は雛森が副隊長になったら、完璧だな」

 

「まぁ、どの隊にも空席はないし、そうなるとしてもかなり先じゃないかな」

 

「……私は今のままでいいもん!」

 

 いやいや、ちゃんと上を見ていかないと。……いや、むしろ雛森は上に行かない方が良いのか?

 

「まあまあ、志は高く行こうぜ」

 

「別に低く無いもん!」

 

 そう言えば、どうしよう。原作始まるからには戦闘増えるじゃん。しかも副隊長とか隊長とか、いや一般隊士も頑張ってるんだろうけど。危険度は段違いだよな。

 

「なら、何目指してんだ?」

 

「……秘密」

 

 やっぱ今のままじゃ駄目だよな。……卍解とか? やっぱ必要だよね。

 なんか雛森がこっち見てる。

 

「雛森どうかしたか?」

 

「な、なんでもないよ」

 

 吉良の視線がなんか鋭い。気の所為だよね。いつも目細いし。

 

「あれ、器空いてんじゃん。どんどん飲めよ吉良」

 

「ちょっ本田君」

 

 とっとと沈めよう。

 

 

 そんなこんなで数時間後。

 

「じゃあ俺は吉良連れてくから、雛森は頼むぜ」

 

「おう、気を付けてな」

 

 酔い潰れた雛森と吉良をそれぞれ俺と恋次で連れて帰ることになった。

 

「……なぁ、正勝」

 

「うん?」

 

「俺は、あの人に、近づいてるんだよな……?」

 

「当然だろ、だからお前が副隊長になったんだ。あの日の"いつか"は近づいてるよ。間違いなく」

 

「……そうだな」

 

 そのまま恋次は吉良を背負って歩いていった。

 

 雛森を、どう運ぼう……。おんぶは背中に当たってなんかあれだし、かといって肩に担ぐのは荷物扱いみたいでなぁ……。横抱きはハードル高いし。しかし下手な運び方して折角寝てるのを起こすのもな……。

 

 

 結局横抱きを選択し、五番隊舎に戻ってきたものの、俺は雛森の部屋を知らない。……俺の部屋でいいか。

 

 布団に雛森を寝かせて、さて、俺はどうするか。布団はひとつしかない。同衾なんてとんでもない。お楽しみなんて致しませんとも。

 

「……ん、本田君……」

 

 

 ……刃禅しよ。

 

 

 

「なぁ、ホンダム」

 

 ホンダムは首を傾げる。角にかかった眼鏡がカタッと音を立てる。

 

「修行って何したらいいんだろう」

 

「?????」

 

「暫くしたら戦うことが増えるわけだよ。それに向けて何か修行しようと思うけど、良いのが思い付かなくてさ。今までの反復横飛び10万回とか詠唱早口言葉じゃ駄目だ。ずいぶん前から限界を感じている」

 

「!!!!!」

 

「うん、そうだよな」

 

 さっぱりわからん。何か伝えようとしてくれてるのは解るんだけどな。

 

「俺は魔法使いタイプだから素早く動いて鬼道ぶっぱが基本なんだけど、武器は刀だしな。卍解とかも、できるようにならないと不味いだろうし……」

 

 頷くホンダム。眼鏡が揺れる。ですよね。

 

「お前屈服させるんでしょ? きっついなぁ」

 

「!!!!!!」

 

「いやまぁそりゃあ必要なことだってのは解ってるんだけどさ」

 

 こう、コミュニケーションもどうにかしたいところだよね。本当にさ。いちいち不便だ。わかんねぇもん。

 

「あと、立ち居振る舞いとか駆け引きにも気を付けないとな」

 

 また首を傾げるホンダム。眼鏡がカチャリ。

 

「だってほら、あんまり強い言葉を使ったら弱く見えるって言うし」

 

 ホンダムはまだ首を傾げている。

 

「すぐ卍解を出したら負けるしね。最初は相手の出方を見て、その後それに対応していく。つまり後出しじゃんけんが上手にならなきゃならない訳だよ」

 

 得心が行ったとばかりに頷くホンダム。眼鏡が落ちた。

 

「ということで一先ずそこをどうにかしたいんだが……どうしたらいいと思う?」

 

 ホンダムが眼鏡を拾うのに苦戦している。そりゃ、掴みずらいだろうよ。お茶の時もそうだったけどサイズが合ってないもの。

 

「ほら、取ってやるから」

 

 眼鏡を拾ってホンダムに渡す。

 眼鏡を受け取り、再び角に引っ掛けるとホンダムは満足げに頷いた。

 

「前にも思ったんだが……使い方おかしくないか?」

 

「!!!!!」

 

「……うん、お前がいいならいいんだけどさ」

 

 やっぱり何言ってるかわからない。多分さっきのは俺の言葉に反論したんだろうけど。

 難しいものだ。

 

「そう言えば、斬魄刀の始解が力の一部で、卍解が全力全開だろ? ……始解で鎧出したら不味かったんじゃ」

 

 しばし固まった後、激しく首を横に振るホンダム。また眼鏡が飛んだ。

 

「あ、いや、べ、別に駄目とは言ってないよ。ほら、すごく助かってるし」

 

 あまりの勢いでちょっと引いてしまった。まぁ本人? がそう言うのであればいい、のか?

 

 

 

 所変わって流魂街の外れ。月が綺麗。ホンダムに色々と語りかけてたのは良いんだが「どうやったら屈服する?」なんて聞いてしまったからさぁ大変。あれよあれよと言う間に背中を押されこんな所にいる。

 

 刃禅して茶室で見るのと、こうして実際に向かい合うのでは、威圧感が違う。俺は始解の時はこんな感じなのか。勝てる気しないよね普通。

 

「で、結局どうすヒッ!」

 

 俺に向け、ホンダムの拳が振り下ろされる。ドリルじゃないのはホンダムなりの優しさか。

 だが拳が優しいものかと言えばそんなことはない。ホンダムの場合、全身が鎧に包まれている。当然拳も例外ではなく、また、その鎧の頑丈さは言うまでもない。つまり、ホンダムの拳とは、拳とは名ばかりの鈍器である。

 

 長々と語ったがつまり、当たれば死ぬ(気がする)。

 何とか回避出来たものの、いきなり攻撃とはこれいかに。

 

「いきなり何だよ!? 殺す気か!?」

 

 ホンダムは首を横に振る。

 

「!!!!!」

 

 仁王立ちして自らを指す。え、どういうこと? 意味がわからず突っ立っていると、俺を指差して、殴る動作、そしてホンダム自身を指す、というジェスチャーをしてきた。

 

「今度は俺が殴れってこと?」

 

 ホンダムは大きく頷いた。……そういうことなら、やってやる。いきなり殴りかかられて怖かったんだからな。そんな思いも込めつつ拳を握る。

 肩を回しながら、腕の調子を確かめる。……うん、悪くない。一撃加えるのを許したことを後悔させてやろう。その鎧をボコボコにしてやるぜ。

 拳を思い切り振りかぶる。

 

 俺は白打は、特別得意ではない。かといって出来ないということでもない。ただ積極的にやらないだけだ。手が痛くなるからね。仕方ないね。

 そこまで考えて、はたと気付く。このままホンダムを殴ったとして……さっきの意気込み通りホンダムに後悔させることが出来たとして……俺の拳は無事でいられるのだろうか? ……考えるまでもなかった。

 

 拳は既にホンダムに向けて突き出されている。今更止めることなどできようか。いや、できる筈がない。

 拳に伝わる衝撃。鼓膜を叩く打撃音。俺の拳がホンダムに届いた。

 

「ッッーーーーーーー!!!!」

 

 声にならない叫びを上げる。あんな硬いものを殴って俺の拳が無事で済む筈がないのだ。

 対するホンダムは無傷。傷付いた。色んな意味で。頬を流れるこの滴は汗か涙か。痛みで頭が回らない。

 

 対するホンダムは無言で拳を握る。優しくしてね☆ と言った具合におどける余裕も無い。

 ああ、お休みホンダム。なんて思ったけど、ホンダムは直前に拳を開いてでこピンを放った。痛い。拳と違って命の危険を感じるわけではないけど。手加減してくれたのだ。ホンダムの気遣いに涙が出る。気絶も出来やしない。

 ……この修行? はまだまだ終わらないことを悟った。

 

━━━━━

 

 目を覚ますとそこは見覚えのない部屋で……見覚えのない? え、嘘、私ったら……こ、ここってどこなんだろう? 一旦深呼吸して……この感じ……ここって、本田君の部屋? ……じゃあ、この布団は本田君の?

 

 改めて布団に包まれてみる。本田君に抱き締められてるような気分になる。はぁ……なんか、また眠く……。

 

 ……あれ? 本田君はどこだろう?

 

 廊下に出ると、部屋のすぐ前にうつ伏せに倒れた本田君の姿があった。

 

 駆け寄って仰向けにさせると、本田君は顔がボコボコに腫れ上がっていた。

 

「ど、どうしたの!? 何でこんなに」

 

「……ァ、アイムニンジャ……イッツ、シュギョ……」

 

「本田君!? 何言ってるの!? 全然わかんないよ!」

 

 本田君はよく分からないことを口走った後、意識を失った。一体誰がこんなことを……って違う違う。取り敢えず本田君を救護詰所に連れていかないと。

 

━━━━━

 

 回道ってすげえよな。

 

「修行って何? 自分で加減もできないの?」

 

 目を覚ますと雛森に怒られてる俺です。眼鏡が光を反射している。眼鏡をかけているキャラは大抵冷静に怒ってくるので、こういう感じはなんか新鮮というか。

 とりあえず眼鏡外してくれたら嬉しいかなって。言わないけど。

 

「えーっと……その、皆自分なりの目標を持って頑張ってるのに俺だけここで満足してる訳にはいかないなって思ったんだ」

 

「……それで?」

 

 前言撤回。意外と冷静だった模様。静かな声ながら、しっかり怒気を孕んでいる。

 

「ここだけの話、卍解の修行を」

 

 声を潜めて雛森だけに聞こえるように言う。別に隠すことでもないのかもしれないが。

 卍解というワードに、少し目を見開いたが、すぐに元の顔に戻った。

 

「……でも、ちゃんと体は大事にしないと」

 

「うん、そこは反省してる。気を付けるよ」

 

 多分またボコボコになる。気を付ける意味なんてない。ああ、嫌だ。嫌だけど俺の為なんだ。ホンダムに悪気はない。……仕方ないね。

 

「私も、隊の皆も心配するんだから」

 

 雛森の言葉に、五番隊の面々の顔を思い出す。ヨン様を筆頭に眼鏡、眼鏡、眼鏡、眼鏡……女性隊士から漂う腐女子臭。いや、これは流石に偏見か。眼鏡じゃない子も居るし。でも五番隊は基本的に顔が良いのが多い。……掛け算し易そうだな。……まさか雛森も?

 

「……うん、ごめんな」

 

 今考えた失礼な想像の分も含めて謝る。皆良い子だから余計に申し訳ない。

 

「さて、行くか」

 

「えっ?」

 

「仕事」

 

「寝てなくていいの?」

 

「例えば俺が隊舎に居なかったとして、副隊長~どこですか~ってやるわけじゃん。色々探すだろ? その候補に救護詰所が入るってどう思う? 本田副隊長のことだ、きっとあそこだな! みたいな感じで救護詰所とか行かれたらもうなんか、副隊長は病弱、的なイメージ持たれちゃってる訳じゃん。それは悲しいって言うかさ。避けたい訳よ」

 

「割と今更なんじゃ……な、なんでもないよ!」

 

 ……もう遅かったか。何だろう、何て言うか……そんな感じなら、もういっそ寝てようか。

 

「副隊長! やっぱりここでしたね!」

 

 四席君がこっちに歩いてくる。書類持ってるってことは何か分からなかったのかな?

 

「……なぁ、雛森」

 

「ん?」

 

「……本当に、今更だったな」

 

「……うん。あ、でも皆本田君のこと頼りにしてるよ!」

 

「……そうか」

 

 雛森のフォローが辛い。

 

「書類だろ? 見せてみな! 隊舎に戻りながら教えてやるよ」

 

 とりあえず仕事しよう。あ、いっそずっと救護詰所にいたら倒れることもないんじゃ……違うか。




読んでいただきありがとうございました。
楽しんでもらえたなら良いんですけどね。

次回
ホットスナックが食べたくて

なんちゃって。次回をお楽しみにしてもらえますように。

今回のネタ
刃禅しよ→結婚しよ:進撃の巨人より ライナー・ブラウンの台詞。

アイムニンジャ、イッツシュギョ:鬼灯の冷徹より 入国審査のときにこれを言うと誤魔化せるらしい(日本人限定)。サムライの場合どうなるかは不明。良い子は真似してはいけない。


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第十一話

ゴジラおもしろかったです。
まぁそれはさておき、楽しんで頂ければ幸いです。

9/3 加筆しました。


「あれ?副隊長はいらっしゃらないんですか?」

 

「あ、四席君。本田君は今日、お休みだよ。現世に用があるんだって」

 

「現世ですか? ……一体何しに」

 

「食べたいものがあるんだって」

 

━━━━━

 

「朽木さんってさ、黒崎のこと好きなの?」

 

「えっ……黒崎君ですか?」

 

 昼休み、同じクラスの者と昼食を取っていた時のこと。

 

「そうそう、朽木さんって黒崎とよく一緒にいるでしょ?」

 

 一護はそういう対象ではない。よく一緒にいるのはその方が虚退治に都合が良いから。前者はともかく、後者は答えとしては不適切だ。……全く、面倒なものだ。

 

「黒崎君はただのお友達ですわ」

 

 この、取って付けたお嬢様キャラもそうだ。我ながら何故このような選択をしてしまったのか。

 ……朽木家の養子として、少しはお嬢様らしいことをしてみたかった? ……馬鹿馬鹿しい。そう言うのは私には似合わないとわかっているだろうに。

 

「じゃあ好きな人とか居ないの?」

 

「す、好きな人……ですか?」

 

「その反応は居るってことね?誰々?クラスのやつ?」

 

 好きな人、という言葉で思い出すのは、五番隊で副隊長をしているであろう幼なじみの顔。今頃、何をしているのだろう。心配しているだろうか? 探しているだろうか? ……何にせよ体調を崩したりしていないと良いのだが。

 

「あたしの予想では、時々意味深な表情で見詰めてる眼鏡の相手だ!」

 

「な、何のことでしょう」

 

 ……見られていたのか。不覚。

 

「何々?そんなことしてたの?どんな関係?」

 

「……幼なじみです。この眼鏡は、初めてのプレゼント、というやつで。今は遠くに居て、会うことが出来ないのですが」

 

 私は何を言っているのか。こんなことを話したところでどうにもならないと言うのに。

 

「……そっか、なんか、悪いこと聞いちゃったかな。ごめんね」

 

 そしてその反応は何なのか。別におかしいことではないだろうに。

 

 

 

「どぉーも、朽木サン」

 

「浦原か、何か用か」

 

 学校帰り、一護の家に向かっていると、胡散臭い駄菓子屋店主、浦原に声を掛けられた。いつも通り何を考えているのかわからない。

 

「いえ、用って程でもないんすけどね……」

 

「なら何だと言うのだ」

 

「尸魂界が、気付いたみたいですよ」

 

 声を潜めて告げられた内容は、私を大いに動揺させるものだった。

 

「……そうか」

 

 十中八九私の現状に、ということだろう。だとすれば、今の生活もそう遠くない内に終わりを迎えるだろう。……死神の力の譲渡は、重罪、だったな。誰が私を連れに来るのだろう。やはり刑軍だろうか。

 

「一護達のこと、頼むぞ」

 

「……承りました」

 

━━━━━

 

 誰しも何かしらの食べ物を無性に食べたい瞬間がある。それが美味いかどうかは問題じゃない。

 俺の場合、それがコンビニのホットスナックだったってだけのこと。尸魂界にはコンビニがない。だから休暇を取って現世に降り立った。

 

 さて、ここから近いコンビニは……ってこの辺の土地勘無いじゃん。……まぁ適当に歩いてればあるだろ。

 

 

 歩くこと数時間。どうやら俺は土地勘の無い場所ではとことん方向音痴らしい。この景色は20回は見た。それ以上は数えてない。

 よし、今度はメモしながら歩こう。そしたらきっとこのループからは抜けられる。……あ、メモする紙がない。そうだ、ペンもない。こんな時はコンビニに行こう。

 ……コンビニへの道がわからない。

 

 詰んだな。帰るか。もうなんか夕方だし。

 

 公園のブランコに一人で座ってると、なんか、自分がダメ人間みたいな気がしてくる。何でだろ。ドラマとかでリストラされたおっさんが沈んだ顔で座ってるシーンがよくあるからか? いやいや、俺リストラされてないし。そりゃあ、コンビニ行こうとして道に迷ってこうなってる訳だけど。自分でもすげぇ情けないけど。……座るのは止めるか。

 

 

「おっさん、そんなとこでなにやってんの?」

 

 もしかして俺に言ってるんだろうか。どう考えてもお兄さんだろうに。声のした方を見ると、活発そうな少女がこっちを見ている。俺に言ってたっぽい。……おっさんか。傷付くぜ。そりゃあ、見た目の割に年は取ってるが。

 

「見てわかるだろ?それよりおっさんは止めてくれ」

 

「見てわかんないから聞いてんだけど」

 

「……逆立ちだ」

 

 付け加えるなら、鉄棒の上で。

 

「……聞き方変えるわ。どういう理由で逆立ちなんてしてんの?」

 

「……ああ、そういうことか。さっきまで道に迷ってブランコに座って項垂れてたんだが、それだとまるでダメ人間みたいだろ? 誰かに道を聞きたいと思ったんだが、俺から誰かに話し掛ける度胸はないし、ダメ人間相手だときっと話し掛けづらいと思ってさ」

 

「公園の鉄棒で逆立ちする奴がまともな人には見えないけどな」

 

「そんな奴に話し掛ける君もなかなかのもんだと思うぞ」

 

「……道に迷ったって何処に行こうとしてたの?」

 

 うわ、この子スルーしたよ。でもそこはつつかないのが大人の優しさ。既に子供っぽいとか言うな。自分で気付いてる。

 

「コンビニ」

 

「コンビニにも行けないとかヤバくない?」

 

「ヤバいからブランコで項垂れてたんだよ」

 

「……仕方ないなぁ。案内してあげるよ」

 

 良い子だ。すごい良い子だ。後で何か奢ってあげよう。

 

「ありがとう、お願いするよ」

 

 

「ほら、あそこだよ」

 

 懐かしき三色の看板。やっとたどり着いた。疲れた。長かった。でも良い。やっと買える。

 

「おお、本当だ。ありがとう!お礼にフライドチキンをご馳走させてくれ」

 

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 店内に入って店員さんに注文する。

 

「フライドチキン2つお願いします」

 

「358円になりまーす」

 

 さて財布……財布……財布は? ズボンの前ポケット……ない。尻ポケット……ない。バッグ……持ってきてない。ジャンプする。チャリンと音がした。胸ポケットか! ……環じゃねぇか!! 使えねぇよ!!

 

「おっさん、もしかして財布ないの?」

 

 ばれてしまった。いや、これだけ探してれば当然か。

 

「……ない。あとおっさんって言わないで」

 

「全くもう……」

 

「500円お預かりします……142円のお返しです。レシートは」

 

「要らないです」

 

「ありがとうございました~」

 

 

 

「ごめん……ほんとありがとう。必ず何かお礼するから」

 

 涙が出る。優しさに、あと情けなさに。フライドチキンの肉汁が沁みる。美味いなぁ。美味いけど……なぁ。

 

「別にいいよ。また会うかわかんないし」

 

 そうだろうけど、これはちゃんと返しとかないとなぁ。流石に駄目すぎる。何でこんなに……ストレスのせいだな。そうに違いない。おのれヨン様。

 

「……俺が言うのもなんだけど、気を付けなきゃ駄目だよ?怪しい人に声かけたら駄目だからね。俺だって充分怪しかったでしょ?」

 

 鉄棒で逆立ちする奴が怪しくないなんておかしい。絶対に。そんな世の中間違ってる。それだと俺通報されてるかもしれないけど。

 

「……うーん、まぁ、おっさんは大丈夫そうな気がしたんだよね。なんとなくだけど」

 

「それでいいのかよ……」

 

「あ、そうだ。あたしには別に良いから、あたしの兄貴に会った時に助けてあげてよ。何かとピンチになりやすいから」

 

「君のお兄さん?会ってもわかんないだろうなぁ」

 

「分かりやすいって。オレンジの髪してるから」

 

 オレンジかぁ。染めてるのかな?なかなかやるなぁ。

 

「お兄さんはオレンジが好きなんだね」

 

「地毛だよ」

 

 オレンジが地毛か。すごいなぁ。一人ぐらいしか聞いたことないぞ。……あれ、この子なんか見たことある気が。

 

「一応お兄さんの名前聞いてもいい?」

 

「黒崎一護」

 

 あ、さいですか。じゃあこの子夏梨ちゃんだ。何で気付かなかったかな。……これもストレスのせいだな。そういうことにしとこう。おのれヨン様。

 

「オレンジ髪の黒崎一護君ね、気にかけとくよ」

 

「うん、よろしく」

 

 主人公だからなぁ。そりゃピンチにもなるわ。

 

 

 

「おっさんさ、幽霊とか見えたりする?」

 

「……さぁねぇ」

 

 とぼけておこうか。一応。別に見えるから何だって話だけどね。

 

「とぼけんなよ。わかるんだからな」

 

「まじで?」

 

「嘘。ただの勘だけど。でも、見えるんだね」

 

「……見えるよ」

 

 この子勘鋭いな。流石主人公の妹。よくよく考えるとこの子も血筋は恵まれてんだよな。

 

「……じゃあ、あの白い仮面の化け物も、見えるの?」

 

「……まぁな」

 

 化け物って虚のことだよな。幽霊が見えれば悪霊、虚も見えるのは当たり前だな。何でそんなことを?そりゃこの子も見えてるんだろうけど。

 

「それがどうかしたか?」

 

「……戦ったりしたことはないの?」

 

「……見えるからって戦う必要は無いと思うぞ。それは君が気にすることじゃない。見えると戦えるは違うんだよ」

 

 それは死神の仕事だ。……まぁ結局、観音寺達と……何だっけ? あの、ほら、えっと、カラクラスーパーアタックのやつ。まぁつまりそれに参加しちゃうんだろうけどね。

 

「……そっか。あ、おっさん、もうこの辺でいいよ。うち、すぐそこだから」

 

「了解、フライドチキンありがとうな。お兄さんに会ったら何かしら手助けしとくよ」

 

「ん、じゃあね」

 

「じゃあね~っと」

 

 ……そう言えば、十番隊の隊長って志波一心だったな。当時会ったことないけど。……なら別に挨拶はいいか。

 

 出来ればホットスナック全コンプしたかったけど。土台無理な話だったな。ああ、やだやだ。

 次来たとき迷わないようにもうちょっと見て回っておくべきか。まさかコンビニがあれだけの筈がないし。

 

━━━━━

 

 書き置きは残した。騒がしいコンは縛りつけてきた。後は、ここからできるだけ離れるだけ。

 

 ここで過ごした時間は、あっと言う間だった。きっと色んなことが起こりすぎたせいだろう。いずれ離れねばならない場所だったというのに、あまりにも、人間と接しすぎた。

 ……こうして、感傷的な気分になっているのもそのせいだ。

 

「私は……少し、こちらの世界に長く関わりすぎたのか……」

 

「ィイエェーーース!よくわかってんじゃねぇか!」

 

 振り返って見上げると、電柱の上からこちらを見下ろす男の姿があった。

 

「まぁ、そのおかげで多少長生きできたわけだがな」

 

「貴様、恋次!?阿散井恋次か……!?」

 

 私のもう一人の幼なじみが、好戦的な表情で佇んでいた。

 

━━━━━

 

 また道に迷ってしまった。ここどこよ。完全に暗くなったせいで本格的に駄目だ。街灯の明かりが頼り、だけどこの街灯に出会うのも何度目か。やってらんないな。帰ろう。

 と思ったら。知ってる霊圧を感じてしまいました。ここからそう遠くない距離。見に行く……? いやでも俺が行ったってなぁ。て言うか、今日がその日だったのね。

 ……参戦はしなくても、影から見守るだけなら。だって我が幼なじみの初登場シーンだし。よし、そうと決まれば……ええっと、こっちだ!

 

「ちょっと待った」

 

 誰かが誰かを制止する声が聞こえる。知らん知らん。俺には関係ない。

 

「君に言ってるんだよ!」

 

 わざわざ俺の前に回り込んで言ってきた。それならそうと早く言えばいいものを……ってこの男!一貫坂慈楼坊を圧倒し、彼の死神としての未来を閉ざしてしまう鎌鼬雨竜じゃないか!よっ、絶滅危惧種!

 ごめんなさい。つい、テンションが上がりました。あわよくば案内してもらおうとか思ってないです。

 

「ここから先は工事が行われていて通行止めなんだ。引き返した方がいい」

 

「あ、そうなんですか?知らなかったです」

 

 きっと、これから死神と戦うかなんかするのに巻き込まれないように言ってくれてるんだね。案外優しいじゃないか。ツンデレ眼鏡か。野郎のツンデレとか誰得だよ。

 でもま、ここは下がりましょう。

 

「親切に、ありがとうございました」

 

 会釈して、まわれ右して、曲がり角で待機。よし、行ったな。気付かれないようにゆっくり……ってもう見失った。どうしよう……いや、霊圧感知を全開にすればきっと……なんとか……ってこれなら普通に恋次の霊圧に近付けばいいじゃん。

 

 

 

 あ、鎌鼬雨竜もうやられてた。恋次大分腕上げたな。止めを差そうとしてるところに、乱入してくる黒い影。

 

 

「黒崎一護!てめぇを倒す男だ!!よろしく!!」

 

 力強い宣言と、でかい斬魄刀。主人公のお出ましですね。ほんと、すごく大きいです。才能の片鱗が見え隠れしてるね。でも確かに誰かが言ってた通り、でかいだけってのはありそう。俺でも折れそう。

 

「てめーみてえなニワカ死神じゃ、オレ達本物にはキズ一つだってつけられやしねえん……」

 

 あっ……。

 

「……おっとワリー。あんまりスキだらけだったもんでな。ジャマしちまったか?続き、聞かせてくれよ」

 

「てめえ……!」

 

わざわざご丁寧に相手を煽るから思わぬ反撃を受けるんだ。そりゃ、優勢だったら煽りたくなるだろうけどさ。しかも唇切られるとか。地味に痛いやつだよ。

 

 さっきから混ざるタイミングを失ってる俺。いやいっそ混ざらなくてもいいのかもしれない。いやでも夏梨ちゃんへの恩を返さないといけないし。……あ、一通り終わった後で手当てしてやりゃ良いんだ。うん、ばっちりばっちり。そうと決まれば観戦を続けよう。

 

 

「咆えろ蛇尾丸!!前を見ろ!目の前にあるのは……てめえの餌だ!」

 

 

 なんてカッコいい言い回しだ。参考にしないと。俺だったら、どうだろう……。「起動せよ! 忠勝ゥ! 派手に往くぞ! 久方ぶりの……戦場だ!!」みたいな? ……不採用だな。

 

━━━━━

 

 初撃で力の差を思い知れば、自分では敵わないと悟れば、あるいは、傷の浅いうちに退いてくれるのではないか。……こんな考えなど、所詮、希望的観測にすぎないことは分かっていた。一護はそのような理由で退きはしない。

 

「そろそろ片付けて、帰らせて貰うぜ」

 

 恋次はもう、止めを刺す気だ。動けるのならば、早く逃げろ。

 恋次が刀を振り上げる。

 

「な、ルキアてめぇ!何してやがる!放せ!」

 

「逃げろ一護!立ち上がって逃げるのだ!」

 

 気がつけば体が勝手に動いていた。もともと私が巻き込んでしまったのだ。私のせいで死ぬなど、どうして認められよう。一護の逃げる時間を稼ぐべく、恋次の腕を抑えたが、そう長くはもたない。

 

 

「!」

 

「……まだ動けたのかてめぇ」

 

 一護は立ち上がった。

 

「立てるのなら逃げろ!お前の敵う相手では……」

 

 私の声など耳に入っていない様子で一護は立っている。

 

「ハッ、立てるんなら丁度いい。いっちょ派手に切りあって死んでくれや。どうした?来ねぇんならこっちから行く……!?」

 

 今、何が……?一護の霊圧が急激に上がったと思えば、恋次の肩が斬られていた。

 

 一護なのか?……一体どこにこんな力が……。まさか、このまま勝ってしまうのか……?

 

 

 少しずつ、一護が恋次を圧し始めている。本当にいけるのか?

 

 

 

「━━━縛道の六十一 六杖光牢」

 

 しかし、冷静な声が一気に状況を変えた。六条の光が一護を拘束する。

 

 

「……何で、お前が居んだよ?」

 

「俺がここに居るのは全くの偶然だよ。でもま、その偶然に感謝してくれ。随分と押されてたじゃないか、阿散井副隊長?」

 

 また会いたいとは思っていた。会えると信じていた。だが、このタイミングでは会いたくなかった。

 

 ……正勝。

 

━━━━━

 

 この後は確かなんやかんやあって鎖結と魄睡ぶち抜かれるんだったよな。もうすぐ俺の出番だね。フライドチキンの恩義にはしっかり報いるとも。……今更だけど俺の回道で何とかなるのかな? まぁ最悪応急処置程度にはなるはず。

 

「……いつまで隠れているつもりだ、本田正勝」

 

 名指しで呼ばれてぎょっとしないやつなんて居ない。ましてしっかり霊圧隠してるつもりだった時だ。思わず変な声が出そうになった。

 

「気付かれてましたか」

 

 恋次達はまだ気付いていないらしい。

 

「何故貴様がここに居る?」

 

「休暇をとって現世に来ていたら近くで知ってる霊圧を感じたものですから」

 

「……まぁいい。何をする気だ?」

 

 え、何かする気ってのもばれてる?いや落ち着け。隠れて見てりゃそりゃ怪しい。何かする気だと思われるのは当然か。

 

「……恋次が負けそうになったら助太刀でもしようかと」

 

 言い訳にしちゃ苦しいかな。どうだろ。わかんね。

 

 あ、恋次押され始めてる。

 朽木隊長そんなにこっち見ないで下さい。やるんならやれってことですか? そうなんですよね? ……ええい。

 

「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ」

 

 小声で詠唱する。

 

「縛道の六十一 六杖光牢」

 

 こっちは普通に。これで、聞きようによっては詠唱破棄したように聞こえる。こういう小技が大事だと思うの。きっと鬼道使いながら乱入する奴は皆やってた。知らんけど。

 

「……何で、お前が居んだよ」

 

 なん……だと……!? とか言いそうな表情で恋次が言う。……普通に答えたらあれだよな。ちょっと煽りを入れた方が強そうだ。

 

「俺がここに居るのは全くの偶然だよ。でもま、その偶然に感謝してくれ。随分と押されてたじゃないか、阿散井副隊長?」

 

 ちょっとニヤッとするのも忘れずに。これは決まったでしょう。

 ……何この空気。




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら何よりです。

よかったら活動報告も見ていてただけると助かります。無理に見なくても大丈夫です。

次回、もうちょいこの下りを続けるかどうかを迷ってます。まぁ楽しみにしてもらえるのであればお楽しみに。


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第十二話

どうもお久しぶりです。気付いたら前回から10日以上経ってましたね。お待たせしました。で、良いのかな?
とりあえず楽しんでいただければ幸いです。

8/28 みこた様、誤字報告ありがとうございます。
3/24 ヒビキ(hibikilv)様、誤字報告ありがとうございます。


 ……さて、どうしよ。

 乱入したものの、ここからどうしていいかわからない。どこぞの恐暴竜よろしく暴れれば良いのだろうか。……そんな訳無い。どうにかこの場を納めなければ。

 

「ぐっ……くそっ! 体が動かねぇ……!」

 

 黒崎君が六杖光牢から抜け出そうと頑張ってる。そう簡単に抜けられる筈無いけど……ここで抜け出されたら自信なくすね。一応副隊長だし。ちゃんと詠唱したし。どうか抜け出さないで下さい。

 

 ……うーん、この場に俺だけなら色々とスムーズなんだけど……あ、そうだ、ルキア連れて先に帰って貰えば良いんだ。

 

「では朽木隊長、あとは俺が処理しときますから、ルキアを連れて……」

 

「いや、それには及ばぬ」

 

「は?」

 

 あっ……。

 

 止める間も無く、黒崎君は鎖結と魄睡をぶち抜かれた。前後からの流れるような見事な連撃。流石朽木隊長と言う他無い。無いんだけど……。

 

「鈍いな……倒れることさえも……」

 

 カッコいい台詞ありがとうございます。感激です。

 でもこれじゃ、俺が混ざった意味……無いよね。

 

 

 

「こいつくらい、俺一人でやれました……」

 

「そう言うな。私も観戦してばかりでは腕が錆びる」

 

 ……まぁ、原作通り怪我してくれたし、当初の計画通りに、俺が治療しよう。

 

「……正勝」

 

「うん?」

 

「……助かった。ありがとよ」

 

 悔しそうな表情で恋次が礼を言ってくる。俺は邪魔しただけなのにね。

 ……あー、成る程、俺の乱入も無意味じゃなかった。恋次のサングラスは無事だな……。何だよそれ……まぁ、幼なじみの財布事情を救ったと考えれば……納得できる訳無いね。

 

「……うん、まぁ、大した怪我は無さそうで良かった」

 

 

「一護!!」

 

 ルキアが黒崎君に駆け寄ろうとする。

 

「俺が!」

 

 恋次が早かったので止めるのは任せる。

 ……そう言えば、何で人間に死神能力の譲渡は駄目なんだろう。決まってるからって言われたらそれまでだけど。問答無用って奴なのかねぇ。ルキアみたいなパターンなら情状酌量があって然るべきなんじゃ……あ、そうか。もう今頃は四十六室全滅してるんだっけ? ヨン様手が早いなぁ。見事な手腕に俺はドン引きです。

 

 

 考え事をしている内に、黒崎君が朽木隊長の袴の裾を掴んで、強がっている。まだ食い下がれるのか……流石主人公だ。

 

「……その腕、余程要らぬと見える」

 

「破道の一 衝」

 

 ちょっと手を弾く位の積もりで放ったら、狙いがずれて頭に当ててしまった。……気絶した? ミスったなぁ……これじゃ俺、ただの嫌な敵キャラみたいじゃん。

 ……みたいって言うか、現状正にその通りなんだけど。

 

 

 

 朽木隊長達はルキアを連れて帰った。残されたのは俺と石田と黒崎君。無事に立ってるのは俺一人。雨も降りだして絶賛テンション下降中。ミスの大きさに気付き愕然としている。黒崎君気絶してたらルキアが黒崎君を突き放すシーンなんて起こり得ない。今週のやらかし先生は俺ですな。

 

 黒崎君は……うーん、深手である。そりゃそうか。

 俺の回道じゃどうもならんね。本当に応急処置だわ。……もしかしてホンダムなら何とか出来たりして。いや、そんな訳無い。……でももしかしたら。出来たら出来たで意味わかんないけど。

 ……試して、みちゃう?

 

「ちょっと待って下さい」

 

 心臓が止まるかと思った。誰だよこんな時間に。振り返ると、所謂、ゲタ帽子こと浦原さんが近付いてきていた。

 

「その人を殺されるのは、困るんスよね」

 

 殺す? 何のことだろうか。……あ、斬魄刀持ってたら仕方ないか。

 

「殺すだなんて、俺は彼を治療しようとしただけですよ」

 

「あなた、尸魂界の人でしょう? ……何のつもりですか?」

 

「俺としても、この少年に死んでもらっては困るんですよ」

 

 だってねぇ? 立場上、ルキア助けるために動き難いし、黒崎君がどうにかしてくれるのが一番、何だろう、こう、すっきりする。そのためには努力は惜しみませんとも。いや、あまり無理の無い範囲でなら。

 

「あ、そちらで治療なさいますか?」

 

「ええ、そうさせて貰います」

 

 恩返しはまぁ……黒崎君が乗り込んできたときになんか助けてやろう。

 

「じゃあ俺は眼鏡の彼を治療しましょう。安心してください。危害を加えるつもりはありませんから。何なら刀をその辺に置いときましょうか」

 

「……いえ、結構ですよ。なら、お任せします」

 

 任せてもらった。こりゃ腕がなるね。そんなに傷は深く無さそうだし、いけるいける。

 

 あ、そうだ。自己紹介がまだだった。って黒崎君担いで帰ろうとしてるじゃん。

 

「申し遅れました。俺は五番隊副隊長、本田正勝といいます。以後お見知り置きを」

 

「……アタシは」

 

「あ、名乗らなくても大丈夫ですよ。身分を隠すのって大変ですよね。黒崎君をよろしくお願いします」

 

「……お気遣いどーも」

 

「あ、そうだ。伝言お願いできます?」

 

 

 

 去り際、なんかすごく疑いの目で見られた気がする。何がいけなかったのか? しがない駄菓子屋とか言われても反応に困るし、尸魂界の奴に名乗りたく無いだろうから言ったんだけど……伝言だって、こう、黒崎君へのエールのつもりだったし。

 

 ……まぁ仕方ないね。治療治療。

 

━━━━━

 

「……い、おーい、起きろー。風邪引くぞー。別に風邪引いても俺の知ったことじゃないけど」

 

 ……あの赤い髪の死神、阿散井恋次だったか。奴に切られた傷が……ない?

 

「……! 君は」

 

 飛び起きて見ると、確かに傷が塞がっている。そして、僕の傍らに居るのは、さっき追い払った筈の男だ。

 

「何故此処に?」

 

「偶然だけど。俺からも聞かせてくれ。何でこんな所で倒れてるんだ?」

 

「それは……」

 

 死神の霊圧を感じたから、なんて正直に言う訳にもいかない。くっ、どうする。……いや、落ち着け。朽木さんにした言い訳と同じことを言えば良い。

 

「実は 「24時間営業のヒマワリ何とかにこんな時間から買い物に行きたくなったから出てきたけど怪しい赤パイナップルに倒された?」 何故それを!?」

 

「君を倒した奴は俺の幼なじみでね。その尻拭いで君の治療をしたんだよ」

 

「なら、君も……」

 

 まさか、死神を倒そうとして、返り討ちにあった所を死神に助けられるなんて……何て日だ。

 

「さて、死神嫌いの鎌……じゃない、石田君。治療されっぱなしじゃ嫌だろうから対価を貰うとしようか」

 

「……一体何を?」

 

 金銭的な物……か? 全く検討がつかない。

 

「君が買えるだけ、フライドチキンを買って来い。コンビニでな」

 

「は?」

 

「ほらダッシュ! 小腹が空いてんだよこっちは。……まぁ二三軒回って、売ってなかったら……貸し一つな」

 

━━━━━

 

 朝の六番隊舎。寝間着姿の恋次が足音を立てながら歩いている。

 俺はその後ろを、気付かれないようにしつつも堂々と歩いている。

 すれ違う六番隊の隊士達は俺を怪訝な顔で見てくるが、気にしちゃいけない。何でこんな朝から他所の副隊長が居るんだって話だ。そりゃ怪訝な顔にもなる。

 でも手を振ったら振り返してくれた。ちょっと嬉しいよね。

 

 恋次が扉を開けると、理吉君が逃げ出す地獄蝶相手に手こずっていた。ナイスキックだ恋次。やっぱ部下はきっちり指導しないと。そのままお説教が始まったので、俺は先に行くとしよう。

 

「やぁルキア、おはよう。飯は食ったかい?」

 

「おはよう、正勝……ん? ここは六番隊舎であろう。何故正勝がここに居るのだ?」

 

「そりゃ、ルキアの顔を見に 「正勝!? 何でお前がこんなとこにいんだよ! どっから入りやがった!」 ……恋次の後ろに居たんだけどな。気付いて、無かったのか……」

 

「えっ、そりゃあ……悪かった」

 

 ちょっと悲しい顔をすると、すぐに謝ってくれる。素直なのは良いことだ。これを素直と言って良いのかわからないが。俺が恋次に呼び掛ければ済んだ話である。

 

「霊圧の感知をもっと鍛えた方が良さそうだな。阿散井副隊長。ほら、ルキアからも何か言ってやれよ。応援とか」

 

「頑張れ副隊長殿。強いぞ副隊長殿。変なマユゲだぞ副隊長殿」

 

「お前らなぁ……!」

 

 懐かしいな。三人でこんなどうでも良い感じの会話をするのはいつ以来だろう。実にいい気分だ。

 

「そうそう、あの少年、えぇっと……苺だっけ? 彼、生きてるよ」

 

「何!?」

 

「戻るのが遅ぇと思ったら、あいつの手当てをしてやがったのか!」

 

 つい口が軽くなってしまった。まぁ、良いでしょう。

 

「未来ある若者を無闇に殺すものではないよ、阿散井君」

 

「似てねぇぞ」

 

 うるせぇ。似せる気ねぇんだよ。

 

「……そうか、生きておるのか」

 

「もしかしたら、お前を助けに来たりしてな」

 

「無理に決まってんだろ、そんなの。あいつはもう死神の力を失ってんだぜ? それに、万が一乗り込んで来たとしても、あいつじゃ護廷十三隊にゃ勝てねぇよ」

 

「良い勝負だった恋次が言うと説得力が違うな」

 

「あん時ゃ限定霊印があっただろうが!こっちで戦えば圧勝だよ!」

 

「流石っす阿散井副隊長。マジリスペクトっす。ちょーかっけーっす」

 

「いい加減にしろよ……!」

 

 

「ところで恋次、兄様は?」

 

 ひとしきり話した後、ルキアが恋次に問い掛ける。

 

「朽木隊長は今頃、今回の件の報告をしてる。そこでお前の減刑を請う筈だ。みすみす見殺しになんかしねーだろうよ」

 

「……いや」

 

 

「あの人は、私を殺すよ」

 

 沈黙が場を支配する。

 さっきまでの和やかな雰囲気は何処へ行ったのか。反応に困るんだから仕方ないけど。

 

「私のことよりも自分のことを心配すべきだぞ」

 

「何?」

 

「もっとマユゲを大事にすべきだ。イレズミマユゲ殿」

 

 

 

 ルキアの牢を離れ、隊舎へ帰る。隣を歩く恋次は難しい顔だ。大方、ルキアの処遇とか、朽木隊長のことを考えているのだろう。……うーむ、成る程。

 

「なぁ恋次」

 

「……なんだよ」

 

「俺もルキアと同意見だ」

 

「朽木隊長がルキアを助けることはねぇってか?」

 

「いや、マユゲの方。よく見たらホントにイレズミマユゲじゃないか。大丈夫かよ」

 

 怒った恋次に追いかけられたのは言うまでもない。

 

━━━━━

 

 痛みが、ない……これは、いよいよ俺も死ぬのか

 さっきまでめちゃくちゃ寒かった筈なのに、むしろあったけえ……人の体温みてえだ……人の体温!?

 

「ああああああああ!!!!????」

 

 目を開けると、視界一杯に広がる眼鏡と髭のゴツイおっさんの顔。

 

「む!? 素早い反応。良いですな! 店長! 黒崎殿が目を覚ましましたぞ!」

 

「離れろっ……! 近いんだよっ……!」

 

 駄目だ、びくともしねえ。なんて力してやがるっ……!

 

「っ……!」

 

 何とか拘束から逃げ出そうともがいていると、恋次ってヤローに切られた肩が痛みを発した。

 ……あれ? 俺……死んでねえ……何でだ……?

 

「あんまり動くと死んじゃいますよ、黒崎さん。まだ傷は塞がった訳じゃないんすから」

 

「ゲタ帽子……! あんたが俺を……助けたのか……?」

 

「そうっすよ? ところで、その言い方……助けて欲しくなかったんすか?」

 

「……いや……そうだ、石田! あいつもあそこに倒れてただろ? ここに居んのか?」

 

「いえ、帰りましたよ。……あ、そうそうキミに伝言があります」

 

 伝言だと……? 石田か?

 

「『ルキアを助けたいなら、強くなって尸魂界に乗り込んで来るといい。君の成長を楽しみにしている』だそうです」

 

「……何だよそれ、一体誰が……?」

 

「三人目、キミの動きを封じた人を覚えてますか? 彼からです」

 

「……あいつか」

 

 あの光、鬼道、だったか? ルキアのとは比べ物にならない威力だった。そして、抜け出せないまま……。

 

「それで、どうします? 行きますか? 尸魂界へ」

 

「……! 勿論だ! どうやったら行ける!?」

 

「勿論教えますよ。でも、条件が一つ。これから10日間、アタシと戦い方の勉強しましょ」

 

「何だよそれ! 修行か!? そんな暇なんて」

 

「今のキミじゃあ勝てないから言ってるんだ」

 

 気が付いたら、ゲタ帽子に倒され、杖を突きつけられていた。ただの杖の筈なのに、刀の切っ先を突きつけられているような威圧感を感じる。

 

「弱者が敵地に乗り込むのは自殺って言うんすよ。朽木サンを救う? 冗談がきつい。死ににいく理由に他人を使うなよ」

 

 返す言葉が見付からなかった。

 

「朽木サンが処刑されるまで、一月の猶予があります。キミをイジメるのに10日、尸魂界への門を開くのに7日、そして向こうに到着してから13日、充分間に合う」

 

 ……俺は、弱い。今回の戦いで身に染みて分かった。もっと力があれば……。

 

「10日で俺は、強くなれるか?」

 

「勿論、ま、キミの気持ち次第ですがね。半端な覚悟なんていらない。……10日間アタシと、殺し合い、できますか?」

 

 

「どーせ俺ができねえっつったら……誰もやるやついねえだろ。」

 

 

 覚悟は、決まった。

 

 

「しょうがねぇっ!やってやろーじゃねえか!」

 

 

 俺は、強くなる……!




読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただけたなら何よりです。

次の更新は、私の都合により恐らく一月程後になると思います。ご了承下さい。



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第十三話

お久しぶりです。待ってくださっていた方にはお待たせしました。やっと更新ができます。
取り敢えず楽しんで頂ければ幸いです。過度な期待はしないでください。

10/2 Where is my friend様、誤字報告ありがとうございます。
3/1 不死蓬莱様、誤字報告ありがとうございます。


「黒崎君は元気かねぇ? どう思う、恋次よ」

 

「んなこと知るかよ」

 

「こっちに乗り込んで来るかもしれんねぇ」

 

「あ? ルキアを助けにか? 無理だろ」

 

「ルキアはどう思う?」

 

「さあ、どうだろうな……」

 

 ルキアが尸魂界に連れ戻されてから、既に数日が経過していた。

 ルキアの処刑まであと二十五日。

 朽木白哉の口から、その宣告がされた直後の会話である。

 

「なら、賭けをしようか」

 

「賭けって……何をだよ」

 

 正勝の提案に恋次は怪訝な顔をする。

 

「黒崎君が来るかどうか、さ」

 

「ハッ! さっきも言ったが無理に決まってんだろ。アイツじゃ穿界門は開けねぇ」

 

「ルキアも来ない方に賭けるか?」

 

「……ああ、そうだな。来る筈がない」

 

「じゃあ俺は黒崎君がこっちに来る方に賭けよう」

 

 正勝の言葉に恋次はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「こりゃ、賭けは貰ったも同然だな。俺らが勝ったら何が貰えんだ?」

 

「そうだな……どっかの場面で一回だけ俺が助けに現れようかな」

 

「何だそりゃ」

 

 だから……、と正勝は続ける。

 

「俺がこの賭けに勝ったら……黒崎君がこっちに来たら、恋次にはルキアを助ける手伝いをしてもらおう」

 

「なっ……!」

 

「ルキアは……その時は、諦めずに助けを待っててくれ」

 

「…………わかった」

 

 ルキアは俯いたまま小さな声で答えた。その表情を窺うことはできない。

 

「まぁ、楽しみにしとこうや」

 

 そう言って、正勝は背を向けて去っていった。

 

━━━━━

 

 元気づけようと思って話してみたんだが、失敗だったかな?

 俺の頭の中ではそんな疑問が渦巻いていた。

 恋次の反応はどうでもいいとしても、ルキアは最後、俯いたままだった。何言ってんだこいつとか思われたのか? そう考えると、自分の発言の悉くが恥ずかしくなってくる。

 やっぱ似合わないことはするもんじゃないな。

 

「正勝!」

 

「あれ、恋次? どうした? 俺何か忘れ物でもしてた?」

 

「は? 知るかよそんなこと」

 

「じゃあ何なんだ?」

 

「……お前は、ルキアを助けるつもりなのか?」

 

 恋次からの問い。言外に、護廷十三隊と敵対する気か? と問われている気がする。敵対なんてとんでもないってのが正直な所だが。

 隊士達の足音や声がやけに響いて聞こえる。

 

「……恋次は、何もしないのか?」

 

「俺は……」

 

「本田くーん!」

 

 恋次が答えようとしたところで、俺を呼ぶ声が聞こえた。雛森が走ってこちらに向かってきている姿が見える。

 

「もう、本田君ったら、最近、いつも、朝、いないん、だから」

 

 かなり走ったらしく、息を切らせて俺を半目で睨む雛森。

 

「ごめんごめん、仕事だろ? 今行くよ」

 

「ふぅ……もう、ちゃんと反省してよね?」

 

「はいはい。それじゃあな、恋次」

 

 あ、結局質問に答えてなかった。何かしら言っとくか。

 

「俺は……俺のために動くよ」

 

 いいよね? 答えになってない☆

 なんちゃって。本当にどうしよう。やっぱり黒崎君に斬られないと覚悟決まらないのかな? 勘弁して欲しいぜ全く。

 そもそも煮え切らない俺が悪いんだけど。

 

 

 

「なぁ、どうしたらいいと思う?」

 

 此方に向けて大きく拳を振りかぶったホンダムに問い掛けてみた。

 

「!!!!!!!」

 

「確かにそうなんだけどな。やっぱこう、決心がつかねぇのよ」

 

 ホンダムの振るう拳を紙一重で避けつつ、まるで会話が成り立っているかのように言葉を吐く。やっぱりホンダムが何を言ってるかわからない。

 

 仕事を終えて、日課である具象化ホンダムとの組み手をしている。我ながら、慣れたもんだ。回避ならかなり上手くなった。

 

「そこだ!」

 

 拳を振るった直後の隙を突いて攻撃を仕掛ける。

 今の俺の拳では勝てない。故に、足。回避の勢いを利用してのカウンターキックだ。手がダメなら足。単純な発想だが、実際、蹴りの方が威力は高い。

 

 脛が鎧に当たる。

 

 脛だ。

 

 まごうことなき、脛だ。

 

 夜の森に、男の悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

 

 俺は何をやっているんだろうか。いや、確かに回避は上手くなった。でも元々この組み手は卍解に至るため、ホンダムを屈服させるために始めたものだった筈。

 屈服させるどころか此方が心折れそうだ。まともにダメージを与えられないのにどうしろと。

 ……この苦しみを越えた先にある卍解だ。さぞかし強力なものに……なってほしい。

 

 まさかシロちゃんみたいな感じじゃあるまいな? 始解と卍解の能力が一緒とかあんま笑えないぜ。そりゃもっと固くなるなら安心っちゃ安心だけど。

 

 って今は卍解のことはどうでもいい。ルキア処刑問題である。まぁ俺が何かしなくても黒崎君が何とかしてくれるだろうし、海燕さんもいるしもっとこう、スッと行けるんじゃないかな。

 いや、この違いが思いもよらない展開を巻き起こすかもしれない。そっちも気に……しないとダメかな。もういい気がしてきた。俺頑張ってるよ、うん。なるようになるさ。たぶんいい感じに収まるって。

 

 そうと決まれば帰って寝よう。

 

 瀞霊廷に向かって歩きだす。が、不意に地面がなくなった。否、俺が浮いているのだ。頭を掴まれて宙吊りだ。クレーンゲームの景品はこんな気分だったろう。あとメタスタシアもな。そんなことを考えているといきなり空中へと放り投げられた。眼下には此方に向けて槍を投げようとしているホンダム。今回から槍を使うなんて聞いてない。いや、言われてもわからないけど。

 

 成る程、まだ修行は終わっていないと。勘弁してくれ。

 

━━━━━

 

 最近、本田君は毎朝毎朝毎朝毎朝朽木さんの所に行っている。幼なじみが大切なのはわかるけど、毎朝通うことは無いと思う。夜遅くまで修行してるみたいだし、昨日だって傷だらけで帰って来た。治療は自分でやってるのかな? 次の日にはけろっとしてるし……。

 朝早くに朽木さんの所に行って、仕事して、夜は遅くまで修行して……一体いつ寝てるんだろう。ちゃんと疲れは取れてるのかな? 前みたいにいきなり倒れたりしないか心配だよ……。相談しても阿散井君は「正勝なら大丈夫だ」みたいなことしか言わないし、吉良君は「最近は僕も忙しいけど色々修行したりしてるんだ!」みたいなことを言い出すし……。やっぱり私がしっかり支えないと……! ……支えるって言っても、私には大したことは出来ないんだけどね。

 

「……ったく、槍使うなら言えっての。しかも空中とか、いきなり難易度高すぎだろ……あー疲れた」

 

 本田君、帰ってきたんだ……。汗と……鉄の匂い。今日も怪我したみたい。大丈夫かな……?

 いつものパターンだと、本田君はこの後お風呂に入る。かなり長いし、その後怪我が直ってるからお風呂のついでに怪我の治療をしてるんだと思う。……本田君の裸……やだ私ったら!

 

 ……本田君はお風呂に向かった。よし、今のうち……。

 

━━━━━

 

 おかしな話なんだが、最近、風呂に入っている間に死覇装が綺麗になってたり、着替えを持って行くのを忘れた時に着替えが置いてあったりする。

 なんだこれ。意味わからん。ちょっとしたホラーだ。死神が心霊現象に悩まされるとかこれいかに。

 いや、そりゃあ助かってはいるよ。なんか色々楽だし。でもさ、おかしいじゃん。どう考えてもさ。最近の胃痛の種はこれです。いや他にも色々あるけど。なんか怖いでしょ? 虚の霊圧とかもしないし、心当たりなさすぎてさ。

 

「痛っ!」

 

 風呂で怪我の治療をしつつ、こんなことを考えております。丁度裸になってるしね。これまた理由はわからんけど最近傷の治りが早い。俺の回道で何とかなる程に。最初はホンダムが手加減してくれているのかとも思ったけど、特にそんな様子はない。今日だって予告なく槍使ってきたし。俺の体はどうなっているんだろう。これもまた胃痛の種。やってらんねぇな。

 

 風呂から出ると、ほら、案の定死覇装が綺麗になっている。こんなん誰に相談したらいいんだよ……。

 

 

 

 翌朝、今日はルキアの所ではなく普通に仕事をしに来た。今日も今日とて簡単にはさばききれない量の書類が……。ヨン様の悪意を感じる今日この頃である。

 

「や、今日は早いね、本田君」

 

「おはようございます藍染隊長。最近何故か書類の量が増えてまして」

 

「ははは、そうかな? 本田君は仕事が出来るから色んな書類が回って来てるのかもしれないね」

 

 爽やかな笑顔だ。殴りたい。こういうのを殴りたいこの笑顔って言うんだな。返り討ちにされるのがわかってるから何もしないけど。

 

「ところで最近変なことがありまして」

 

「どうかしたのかな?」

 

「最近、風呂に入っている間に着替えが置いてあったり、死覇装が綺麗になってたりするんですよ」

 

「ふむ……聞いたことがないな……心当たりは?」

 

「ありません。まぁその、楽って言えば楽なのでいいんですけど、誰かわからないのが不気味でして」

 

「うーん、僕もよくわからないな……ひとまずもう少し様子を見てみないかい?」

 

「……そうですね。そうします」

 

 案外頼りにならんな。まぁこんなよくわからん事案には仕方ないか。

 

「おはよう本田君!」

 

「ああ、雛森、おはよう。どうだ? 今日はちゃんと出てきたぞ」

 

「うん、いつもそうしてよね。本田君は副隊長なんだから。……ところで、藍染隊長と何を話してたの?」

 

「ああ……最近変なことが起こるようになってな」

 

「変なこと?」

 

「俺が風呂に入っている間に死覇装が綺麗になってたり、着替えを忘れた時には着替えが置いてあったりするんだよ」

 

「………………へぇ、そうなんだ」

 

 答えるまでにえらく長い間があったような気が……気のせいか。まさか雛森は何か知ってるのか?

 

「何か知らないか?」

 

「……うーん、私も心当たりはないなぁ。でも、別に困るようなことではないでしょ? ならそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな?」

 

「そうかぁ……? でもなんか、気持ち悪くな 「そんなことないよ!!!」 ……お、おう」

 

 何でそんな剣幕で言うのか。思わず後ずさってしまった。いや、これは仕方ない。吃驚したもの。

 

「なら、まぁ、そんなに気にしないでおくよ」

 

「うん、それでいいと思う」

 

 

 

 その夜は、特に何も起こらなかった。

 

━━━━━

 

 正勝は、何故あのようなことを……。いや、わかっている。きっと私を元気づけようとしてくれたのだ。

 それに、それだけではない。正勝は、本気で私の処刑を止める気でいる。そのためならば、立場上敵である一護の力も利用するつもりなのだろう。あの賭けはそういうことだ。

 

 私を助けようとしてくれている。その事はとても嬉しい。

 

 だが私は処刑を受け入れるつもりだ。いや、受け入れなければならない。どんな事情があったにせよ、罪は罪。罰は受けなければ……そうでなければ、色んな人に迷惑が掛かる。私を拾って下さった兄様をはじめとする朽木家の人々、浮竹隊長や海燕殿、恋次や、……正勝。世話になったというのに、恩を仇で返してしまっている。これ以上、迷惑は掛けられない。

 

 私を助けようとすれば、間違いなく護廷十三隊と衝突する。兄様とも。正勝なら或いは……そう思いたいが、そう簡単に行く筈がない。

 正勝が傷付くのは見たくない。最悪、命を落とすかもしれない。そんなことになるのは嫌だ。

 

 だから私はあの時、「わかった」ではなく、明確に拒絶するべきだったのだ。……だが、できなかった。

 

 

 

 やはり私は、弱いままだ。

 

━━━━━

 

「よし、ホンダム、俺は決めたぞ!」

 

「?????」

 

「俺、彼らが乗り込んできたら適当に斬られた感出してそのまま体力を温存して来るべきタイミングに備えるぞ!」

 

「!!!!!!!」

 

「おっ、わかってぐッ!!!」

 

 殴られた。

 いや名案だろうよ。更木隊長だってそんな感じだったじゃん。なんか良いとこ取りしてたじゃん。まぁあの人はガチで大怪我だったけど。俺はそんな感じで良いでしょうよ。あんま戦いたくないし。

 

 また殴られた。何故考えてることがわかったんだ。




読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けたなら何よりです。

久しぶりのせいか何を書いたもんか今一思い付かなくて内容が散らかってしまいましたね。申し訳ないです。もうさっさと苺に乗り込んできてもらおうと思います。

次回をお楽しみにしてもらえたらいいなぁ。


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第十四話

こんばんは。私にしては結構ペース早い方ですね。まぁ、今回は会話ばっかりでしかも大幅カットな部分も有るわけですけども。まぁ勘弁してください。

何にせよ楽しんでいただければ幸いです。

10/6 kamkam様、誤字報告ありがとうございます。
17 7/31 Stop writing.様、誤字報告ありがとうございます。しかし、あの箇所は十四日という意味ではなく、十日程という意味で書いている(つもり)のでそのままにしております。ご了承下さい。


 修行開始から十余日。修行前とは比べ物にならないほどの成長を遂げた一護達は、浦原の協力により、断界へと突入した。

 断界を走り抜ける一行。走った後から崩れていく拘流の壁に、石田のマントが捕らえられかけたが、茶渡の咄嗟の反応により事なきを得た。

 

「……!? な、何だ、あれは……皆! 何か来てるぞ!!」

 

 茶渡に抱えられ、後ろを向いていた石田が背後から迫る存在に気づいた。

 

「オイ夜一さん! 何だよあれ!? 聞いてねぇぞ!?」

 

「拘突じゃ!! 7日に一度現れる掃除屋が、よりにもよって今日現れようとは!! あれは恐ろしく早いぞ!! 絶対に追い付かれるな!!」

 

 夜一の言葉にスピードを上げる一行。しかし、拘突の速度もかなりのものだ。出口まであと一歩。だが同時に拘突も一行を捕らえようとしていた。

 

「クソッ! あと少しだってのに……!!」

 

 

「火無菊、梅厳、リリィ……『三天結盾』!! 『私は』、『拒絶する』!!」

 

 しかし間一髪、織姫の三天結盾が間に合い、一行は無事、拘流を抜けることができた。

 

 一護が芸術的な体勢で着地していたり、石田のマントのスペアが出てきたり、織姫が夜一に怒られたりしたが、何にせよ、全員無傷である。

 

 

 

「ここが、尸魂界……」

 

「そうじゃ、ここは郛外区。流魂街とも言われ、死神達が住まう瀞霊廷の外側を取り巻くように存在している街じゃ」

 

「……成る程な、なら彼処に見えてるのが瀞霊廷って訳だな!」

 

 言うが早いか、早速そちらに向けて駆け出す一護。

 

「待て!! 一護!!」

 

 夜一の制止する声も無視して走る。が、唐突に巨大な壁が瀞霊廷を囲むように空から降り注ぎ、一護の行く手を遮った。

 

 

「久すぶりだぁ、真っ正面がら通廷証も持たずに瀞霊廷に乗り込もうとするやつは。最近はながなが骨のある奴もいねぇし、腕がなるだよ」

 

 地面を揺るがすような大きな声が響く。

 見上げるほどの巨大な体躯を持った、西・白道門の番人、兕丹坊である。

 

「さぁて……もでなすど! 小僧!!」

 

 好戦的な表情で、一行の前に立ちはだかった。

 

━━━━━

 

「本田クンやないの。こないな所でどないしたん?」

 

 声を掛けられ振り替えると、狐っぽい雰囲気の蛇、市丸隊長だった。

 

「あ、市丸隊長。ただの散歩ですよ。飯食った後なんで腹ごなしもかねて」

 

 嘘じゃないです。うどん旨かった。

 

「そうなんや」

 

「市丸隊長はどうされたんです?」

 

「ボクもそんなもんや」

 

 そんなもんって何だろう。散歩か?

 

 

「吉良は元気にやってますか?」

 

「ウン、よお頑張っとるよ。ええ子や。でもちょっと真面目すぎるから、そこはアカンなぁ」

 

「成る程、確かにあいつはお堅い所がありますね」

 

「本田クンはどうなん? 藍染隊長と仲良うやれてる?」

 

「ええ、勿論ですよ」

 

 表面上は、ね。この人知ってて言ってんじゃない? 知られてるとか怖すぎるけど。

 

「本田クンは意外とボクとも気が合いそうな気がするんよね」

 

「そうですか?」

 

 色々引っ掻き回されてポイッてされる未来が見えた。この人徹底してるからな。怖いよな。まだ敵だもんな。

 

「そうや。だって、人からかうの好きやろ?」

 

「え……そうですけど」

 

「何で知ってるんだって顔やね?」

 

「はい」

 

「イヅルが前に愚痴っとったんよ。また本田君にからかわれたって。故に侘助ゲームやったっけ? おもろそうやと思ってな。故に侘助」

 

「ああ、あれですか。折角カッコいい台詞なんですからどんどん使わないと勿体無いと思ったんですよ。故に侘助」

 

「イヅルはあんな台詞、よお思い付いたよなぁ。故に侘助」

 

「雛森の前でカッコつけたかったんだと思いますよ。まぁ、披露する機会には恵まれてませんけど。故に侘助」

 

 暫くやり取りして、市丸隊長がニヤリと笑みを浮かべた。向けられたくない笑顔ランキング上位だ。流石だ。ちょっと鳥肌が立った。

 

「やっぱりや、君とは仲良うやれそう。三番隊においでや」

 

 ヨン様と毎日顔合わせるよりは楽しそう。うん、吉良イジルのも隊長公認でやれそうだし。……それやると吉良のストレスマッハかな?

 

「前向きに善処する方向で検討しつつ、様々な可能性を模索していきたい所存であります」

 

「ひゃあ、フラれてもうたわ」

 

 わかってたくせにな。

 

「それより、故に侘助ゲームはやっぱり吉良がいるところでやった方がいいですね」

 

「そうやね。今度やろうや」

 

「いいですね」

 

 

 

「ところで本田クン、ボク今悩んどることがあんねん」

 

「そうなんですか?」

 

 俺を消すかどうかとか? 気に入ってるけど命令だから仕方ないよね、みたいな? 勘弁してくれよ。でもなんかすごくヤバそうな雰囲気。今すぐ帰れば……ダメだ、この人13キロだった。無理だ。

 

「またまた惚けて……ホントは気付いとるんやろ?」

 

「いえ、全然思い付きません」

 

「ならヒントや。ボク、藍染隊長の他やと、東仙サンとも仲ええねん。……どや? なんかピンと来たか?」

 

「い、いえ全く……そ、それがどうかしたんですか?」

 

 落ち着け、平常心だ。まだ名前が出てきただけだ。原作での色んな出来事が思い出されるけどそれは今関係ない。寧ろ俺は何も知らない。原作って何ですかちょっとよくわかんないです。

 たったの数秒だが、ひどく長く感じる。

 

「あの二人と並ぶとな、ボク、仲間外れやねん」

 

「は?」

 

 意味わからん。

 

「あの二人の格好思い出してみてや」

 

「はぁ」

 

 ヨン様は言わずもがな。隊長羽織と死覇装、あと眼鏡。要は着物着たヨン様。東仙隊長は、同じ服装で、お肌が黒め。日焼けサロンでも行ってんのかな? で、ドレッドヘアーを一つ結び。なんか目のところに白いの付けてたっけ。

 

「で、ボクを見てみて」

 

 銀髪で糸目の胡散臭い男が立っている。勿論死覇装に隊長羽織だ。何ら変な所はない。

 

「……?」

 

「あの二人にはあって、ボクには無いもの、あるやろ?」

 

 信用とか? アウトですわ。

 

「市丸隊長は銀髪だから、髪の色素とかですか?」

 

「ちゃうちゃう、そんなんボクの個性やん。気にせぇへんよ」

 

 なら、何だ? ガチのヨン様派か、後で裏切る予定かってことか? いやでもそれだと見た目を思い出させる意味がない。

 

「どう?」

 

「……降参です。わかりません」

 

「目の周り」

 

「はい?」

 

「ボク、目の周りに何も無いやん?」

 

「……そう、ですね」

 

 どういうことだろうか。目の周り……あー、眼鏡とか。

 

「藍染隊長は眼鏡かけとるし、東仙サンは……白いの付けとるやん? ボクだけ何も無いからちょっと仲間外れみたいに感じとるんよ」

 

「成る程」

 

 

『西方郛外区に歪面反応! 三号から八号域に警戒令! 繰り返す! 西方……』

 

 

「歪面反応……虚ですかね?」

 

 十中八九黒崎君ですな。俺は知ってる。このアナウンス見たことあるもの。

 

「いや、虚なら虚ってわかるはずや。これは……旅禍、いうやつかもしれんね」

 

「旅禍……ですか」

 

 瀞霊廷を取り囲む壁が一気に落ちてくる。

 

「さて、折角やし、見に行こか」

 

「えぇっ!?」

 

 俺もあの場に居合わせんの!? あとで怒られるじゃねぇか。

 

「西言うたら兕丹坊んとこやから、大丈夫やろうけど、万が一ってこともあるしな」

 

「そ、そうですけど」

 

「本田クンも見てみとうない? 旅禍なんて滅多にあらへんよ」

 

 そりゃ原作のイベントを間近で見たいって野次馬根性はあるけど。

 

「それに、ここからすぐそこやん」

 

 

 

 結局、好奇心に負けてしまった。目の前には門がある。

 すごく……大きいです。

 

「仮に兕丹坊を旅禍が倒せたとして、どうやって門を開けるんでしょうか」

 

「……せやね。もしかしたら無駄足やったかもしれん」

 

 

 その時、ズズズ……と、鈍い音を立てながら門が上に上がり始める。

 

「……随分と、力持ちなお仲間が居たようですね」

 

「……うーん、どうやろなぁ」

 

━━━━━

 

「離せ! 三から八なら六番隊も範囲だ。たぶんどさくさに紛れていける!」

 

「ダメです止めてください!」

 

「そうっすよ! 寧ろ警戒して普段より厳重になりますって!」

 

 十三番隊の隊舎で、怒鳴りあう声が響いている。

 

「うるせぇ! 俺の部下をいつまでも牢屋に入れといて堪るか!」

 

「だから今は動く時じゃないって隊長も言ってたじゃないですか!」

 

「隊長は今寝込んでんだろうが! 動こうにも動けねぇだけに決まってらぁ!」

 

「落ち着いて下さいって! 誰も助けないなんて言ってないじゃないすか!」

 

 今にも六番隊隊舎に駆け出そうとする海燕を、虎徹清音、小椿仙太郎の二人がかりで止めている。

 

「じゃあいつ助ける!? 今だろ!?」

 

「今じゃないです!!」

 

「大体、朽木隊長は何やってんだ! 義理でも妹だろうが! 何で助けようとしねぇんだよ!!」

 

「俺らに言われても知らないっすよ!!」

 

 

「……よしわかった。取り敢えず、今朽木を助けるのは止めだ」

 

 落ち着いた様子の海燕に、ほっと胸を撫で下ろす清音と仙太郎。しかし

 

「まずは朽木白哉を殴りに行く!!」

 

 安心するのは早かった。

 

━━━━━

 

 時間にしておよそ5分。一護と兕丹坊との戦いに決着が着くまでの時間である。一護は兕丹坊の巨体から繰り出される攻撃を物ともせず受け止め、ただの一撃でその斧を打ち砕いた。

 

「お、斧が……オラの……オラの斧がああああああ……っ!!」

 

 尸魂界中に響き渡るのではないかとも思える音量で兕丹坊は泣き叫んだ。

 

 

「なんか、サイレンみたいだね」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ……」

 

 

「あー、そんなに大事にしてる斧壊しちまって悪かったな。えーっとほら、なんかできることあれば手伝うからよ、取り敢えず泣くなって」

 

 兕丹坊の余りの泣きぶりに、ばつが悪そうな表情で一護が声を掛けた。

 兕丹坊の顔が一護の方に向けられる。暫しの沈黙。

 

「お前、いいやつだなぁ……。さっぎまで戦ってた相手のことを思いやれるなんて……オラの、負けだ。完敗だ」

 

 姿勢を直し、再び口を開く。

 

「通れ! この白道門の番人、兕丹坊が許可する!」

 

「お、おうっ!」

 

 

「……こっがら先は、化け物みでぇに強ぇ連中がたっくさんおる」

 

「……わかってる」

 

「……なら、いい。いくど」

 

 兕丹坊は門の方へ向き直り、門を持ち上げようと、力を込めた。

 

「ぬうんっ!」

 

 やがて、重そうな音を立てながら、門が少しずつ持ち上がっていく。膝を越えた後は一瞬だった。

 

 これで無事、瀞霊廷に入ることができる。

 だが、兕丹坊の様子が少し、いや、かなりおかしい。道の先の一点を見つめ、ひどく狼狽えている。

 

「三番隊隊長……市丸ギン……五番隊副隊長……本田正勝」

 

 汗が滝のように流れているが、これは門を持ち上げたことによるものではないだろう。

 兕丹坊の呟きに、夜一も焦りを見せる。いくら実力を付けたと言っても、いきなり隊長格の相手をするのは現実的に無理である。

 

 

「アカンなぁ、門開けてもうたら」

 

「門番の意味を、一度調べた方が良いだろうね、兕丹坊。それは、君の仕事じゃあない」

 

 狼狽えつつも、しっかり二人を見つめ、兕丹坊は答えた。

 

「オラはここにいる一護に負けただ。も、門番が負けたら、門を開けるのは当然だべ」

 

「君の持論はよくわかった……だが」

 

「……わかってへんなぁ。門番が負ける言うんは……死ぬ言うことやぞ」

 

 市丸の手がぶれる。直後、門を持ち上げていた兕丹坊の左腕が切り飛ばされた。しかし、そこは尸魂界中から選出された豪傑の一人、片腕と、己の体を使って、何とか門を支える。傷口からは大量の血が流れている。

 

「……さすがに腕はやりすぎでは?」

 

「本田クンは優しいなぁ」

 

「……甘いと言われているような気がしますね」

 

「あら、バレてもうたわ」

 

 一瞬で兕丹坊に重傷を負わせながら、何事も無かったかのように会話する二人。言ってしまえば隙だらけである。

 

 一護は味方となった者が傷つけられて黙っているような男ではない。しかし、今回は相手が悪すぎる。

 どうか何もしてくれるな。

 それが夜一の心境であった。

 

 しかし

 

「何てことしやがんだこの野郎!!」

 

 お前こそ何てことをしてくれる。夜一がそう思ったのは言うまでもない。

 

━━━━━

 

 白道門にて、通り魔事件が発生。被害者は門番の兕丹坊さん(10M級巨人)。腕を鋭利な刃物で切り落とされ重傷。命に別状は無いとのことです。兕丹坊さんは普段通り門番をしていた所、侵入者の黒崎苺さん(仮名)に敗北したものの、その優しさに心打たれ、門を開けた所、何者かによって腕を切り落とされたとのことです。目撃者によると、兕丹坊さんが腕を切り落とされた現場には怪しい男が二名立っており……

 

 ……ハッ! 久しぶりの派手な流血沙汰に放心してしまった。いかんいかん。これからは俺もそうなったりならなかったりするってのに。

 

 いや、それよりも、だ。取り敢えずこの場をどうにかしないと……別に俺は何もしなくて良いか。

 

「……さすがに腕はやりすぎでは?」

 

 過激です。双天帰盾で治るだろうけども。

 

「本田クンは優しいなぁ」

 

「……甘いと言われているような気がしますね」

 

「あら、バレてもうたわ」

 

 ……こいつ。いや落ち着け。俺じゃ勝てない。目上の人間に逆らうのは良くない。KOOLになるんだ。

 

 

「何てことしやがんだこの野郎!!」

 

 黒崎君のおでましです。

 

「兕丹坊とはもう決着はついてたんだ。それをあとからしゃしゃり出てきやがって……武器も持ってない奴に攻撃するようなクソ野郎は……」

 

 黒崎君は斬月を市丸隊長に向け、言い放った。

 

「俺が斬る!!」

 

 カッコいいな主人公。流石だ。感動的だ。まぁ今の彼ではまだまだな訳だが。……あ、これ、言えるわ。

 

「……良い台詞だ。感動的だな……だが無意味だ」

 

 これは決まった。めっちゃ強そうだろ。

 

 色んな視線が突き刺さる。え、なんかごめんなさい。いや、ここで引いて堪るか。

 

「大言壮語、大いに結構。だが、彼我の戦力差を見誤っちゃいけないな、黒崎一護。君(彼?違ったらスルーで)がああなったのは、そのせいじゃないか?」

 

 ちょっと大袈裟な位に動きを付けて言ってみる。うん、ちょっと気分が乗ってきた。

 

「一護……?」

 

「ええ、彼が一護です」

 

「なるほど……」

 

 言いながらニヤリとする市丸隊長。不気味である。こっち見んな。

 

「やい! キツネ顔じゃない方! お前とはまともに戦ってねぇけど、今の俺はあの時とは違うぞ」

 

「どうかな……? でかいだけの包丁じゃ誰も倒せないぜ?」

 

 キツネ顔じゃない方ってひどいよね。普通に傷つく。個性がないと言われたような気分だ。

 

「……なら、見せてやろうじゃねぇか」

 

 黒崎君は斬月を包丁呼ばわりされてカチンと来たらしい。斬月を構え、こちらを睨んでいる。

 ごめんなさい、反射だったんです。和解したら謝ろう。

 

 あとさっき黒崎君 「武器も持ってない奴に」 とか言ってたけど俺も武器持ってないからね。そりゃ俺の都合なんて知らないだろうけどさ。

 

「はい、そこまで」

 

 一度手を叩いて市丸隊長が言う。既に市丸隊長はこちらから離れている。

 

 続いて、脇差にも見える刀を、此方に見えるように取り出す。

 

「何だそれ? 脇差……? その間合いから投げるつもりか?」

 

 黒崎君の疑問も尤もだ。俺も知らなかったらそう思ったろう。だが……取り敢えずここに立ってるのは危ないな。

 

「脇差やない。これは、ボクの斬魄刀や……本田クン、そこ退いとき」

 

「はい」

 

 サッと飛び退く。ちゃんと警告してくれる辺り、意外と優しいな。

 

「射殺せ、神鎗」

 

 解号と共に、市丸隊長の斬魄刀が一気に伸びる。成る程早い。

 咄嗟に防御の体勢をとった黒崎君は、斬月の腹の部分で神槍を受け止め、その伸びる勢いのまま、兕丹坊もまとめて門の外へ押し出された。

 

 支えを失った門はそのまま落下してくる。

 市丸隊長は門が完全に落ちる直前に、残った隙間から

「バイバーイ☆」 なんて手を振っていた。圧倒的煽りスキル。脱帽である。

 

 

「さて、帰ろか」

 

「はい……ところで市丸隊長」

 

「うん?」

 

「市丸隊長も案外お優しいんですね」

 

「……ああ、本田クンが怪我したらアカンからなぁ」

 

「いえ、そちらではなく」

 

「……?」

 

「市丸隊長なら、殺そうと思えば簡単に殺せたでしょう?」

 

俺も含めて……ね。

 

「……さて、何のことやろなぁ」

 

 立ち止まって此方を見る市丸隊長は、やはりニヤリと笑みを浮かべていた。

 




読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。

大幅カットの末ではありますが漸く楽しい所に入ってきましたね。海燕さんを出してみたものの……って感じはありますが。しかも会話ばっかりですし。
原作はこの後場面転換が忙しいから辛いですな。あとエセ京都弁についてはおかしいところがあれば教えて下さい。

次回をお楽しみに的な。

今回のネタ
すごく……大きいです:くそみそテクニックより
KOOL:ひぐらしの鳴く頃により
良い台詞だ。感動的だな。だが無意味だ:仮面ライダーディケイドより


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第十五話

レポート提出が迫る今日この頃、更新しないと集中できない気がして今に至ります。たぶんこの後は感想が気になって集中できないでしょう。でも私は私を信じてる。ほんとはできる子だってね。

何にせよ、楽しんで頂ければ幸いです。


「あいつら、次会ったら絶対倒す!!」

 

「馬鹿者! 奴等が本気であったならばお主なんぞ一瞬じゃ!」

 

「俺は前とは」

 

「いくらお主が成長したとは言っても、隊長格は別次元じゃ! ぶつかれば勝ち目などありはせんわ! 一護以外も覚えておけ! 隊長格とは絶対に戦うな!!」

 

 夜一の剣幕に気圧され、コクコクと頷く。

 しかし一護の中では未だ闘志は消えていなかった。いずれにせよ、奴等とはいつか戦うことになる。そんな予感がしている。ルキアを助けることも勿論だが、現世での借りを返すこと、これもまた一護の目的に追加された。

 

 

 兕丹坊の腕の治療を終えた一行は、集落の長老の家に招かれていた。何か力になれることは無いか、そんな問いが長老の口から出た後のことである。

 

「長老殿、志波空鶴という者の所在を、ご存知か? 確か以前はこの西郛外区の周辺にいたと思うのだが」

 

「な、何と!? あなた方はまさか、あれで中に入るつもりですかな!?」

 

 夜一の問いから何かを察した長老が驚いた声を上げる。

 あれ、とは一体何か。夜一と長老以外の頭に疑問符が浮かんだ。

 志波空鶴という人物の協力が必要だと言うことはわかるのだが……。

 

 その時である。

 ドドド……と、何かが走ってくるような音が複数聞こえて来た。音は段々と近づいてくる。やがて、長老の家の前で止まった。

 直後、ゴーグルをつけたゴツい体格の男が扉を破って飛び込んできた。その後をゆっくりと入ってくる大猪。どうやら止まった瞬間に勢いを殺しきれずそのまま前に吹っ飛んだらしい。

 男は立ち上がり、何事も無かったかのように長老に話しかける。

 

「よぉ! 久しぶりだな、おっちゃん!」

 

「貴様、ガンジュか! 何しに来た!」

 

「兕丹坊の奴が大怪我したって聞いて飛んで来たんだよ」

 

「兕丹坊なら心配いらん! こちらの方達が既に治療してくださった!」

 

 そう言って一行を指し示す長老。一行に目を向けるガンジュだが、一護の所で目の動きが止まる。そのまま一護に近づき、顎を掴みながら口を開いた。

 

「随分とお若い死神様だなぁ、あぁん? なぁんでこんなお若い死神様が当たり前のように座ってらっしゃるんですかねぇ? おい、なんとかぶぇっ!」

 

 一護の顎を掴んだまま至近距離で喧嘩を売ってくるガンジュ。とうとう我慢の限界が来た一護は、ガンジュの顔を横からぶん殴った。

 

「いきなり何てことしやがるこのタンポポ頭!!」

 

「そりゃこっちの台詞だイノシシ原人が!! 入ってくるなりいきなりガンつけくれやがってよ!!」

 

 

「長老さん、誰なんですかこの人」

 

 石田が長老に問いかける。

 

「あの男は」

 

「何だ? 俺のこと知らねぇのか。なら教えてやる!! 俺様はガンジュ!! 自称・西流魂街の真紅の弾丸にして、自称・アニキと呼びたい男14年連続ナンバーワン!!」

 

「そして、自称・未来の真央霊術院首席合格者じゃ!!」

 

 "全部自称だーーーー!!!"

 

 一行の心の声が重なった瞬間である。

 

━━━━━

 

「市丸隊長」

 

「どないしたん?」

 

「よくよく考えると、いや、考えなくても……さっきのあれ、怒られますよね」

 

「……せやね。どないしよ」

 

「俺はまぁ……藍染隊長から怒られるでしょうけど」

 

「……あかんなぁ、ボク、隊長やったわ。あぁ、こらあかん。ボクの上司言うたら総隊長やん。呼び出されるわ」

 

 ヨン様から怒られるのも大概だけど、ね。隊首会ですからね。きっついなぁ。隊長って大変だよ。そこは同情するわ。

 

「……何というか、御愁傷様です」

 

「何言うてんの、本田クンも呼び出されるかもわからんよ」

 

「えっ」

 

「そら、本田クンは藍染隊長の部下やから、藍染隊長に怒られるんは当然や。けど、旅禍言うたら一大事。しかもその場に居ったんやから怒られるかどうかは別にしても、確実に事情説明には呼ばれるんやない?」

 

 胃がキュンキュンする。落ち着け。まだ本番じゃない。あの場に呼ばれることを想像しただけだ。大丈夫だ。都合良く警鐘がなってうやむやになる……筈。

 

「は、はは……確かに、そうですね……」

 

 嫌だ。すごく嫌だ。あの場に行くぐらいならシャルロッテ・クールホーンとハグするとか、ゾマリ・ルルーに愛を囁く方がマシだ。……いや、どっちもメチャクチャ嫌だ。糞だ。これ考えたらまだ隊首会に呼び出される方がマシだ。

 

「どないしたん、凄い勢いで顔色青なったり戻ったりして」

 

「いえ……呼び出される覚悟は出来ました」

 

「そらええわ、ボク毎回あの空気苦手やねん。息詰まる言うかなぁ」

 

 嘘つけ。へらへらしてただろ原作で。絶対余裕だろ。

 

「ま、本田クンは心配せんでええよ」

 

「? どういうことですか?」

 

「今回のは完全にボクのせいってことにしよう思てな」

 

 何言ってやがるこのキツネ。騙されんぞ俺は。

 

「いえ、そういう訳には」

 

「ええからええから。どうとでもなるよ。ボクに任しとき」

 

「ですが……」

 

「何か聞かれたら、取り敢えずボクのせいにしとき。大丈夫大丈夫」

 

「……わかりました」

 

 ……まぁ、どのみちうやむやになる……か? なってくれないと困るけど。

 

「ほな、またね。またお喋りしような」

 

「はい、お疲れ様です」

 

 市丸隊長は三番隊舎の方に歩いて行った。

 ……あぁ、緊張した。けど、ヨン様とかと話すより遥かにマシだな。最後にヨン様裏切るって知ってるからかな。……気を付けよう。

 

「あ、本田君! もー、何処に行ってたの!?」

 

「散歩だよ」

 

 雛森おこです。可愛いもんだ。全然怖くない。

 

 

 この後めちゃくちゃ仕事した。疲れた。でも呼び出されるのが不安で眠れていない。

 

━━━━━

 

 旅禍襲来の知らせから翌日、ルキアの処刑まで十四日を切ったため、ルキアの身柄が懺罪宮・四深牢へと移されることになった。付き添いは恋次である。

 特に問題が起こることも無く、ルキアを四深牢まで連れてくることができた。

 

 恋次の頭にあるのは昨日見た光景である。

 市丸のヤローと正勝が二人で門から入ろうとしていた旅禍を追い払っていた。……いや、二人でと言うよりは市丸のヤローが、という感じだったか。問題はその相手……はっきりとは確認出来ていないが、あの男は恐らく、現世で戦ったあのガキだ。

 

 帰りがけ、拘束を解かれたルキアに耳打ちする。

 

「……一つ、未確認情報を教えてやる。尸魂界に旅禍が侵入した。数は5。内一人は、オレンジの髪に、身の丈程の大刀を背負っていたらしい」

 

「っ……!?」

 

 ルキアの目が見開かれる。当然の話だな。

 

「正勝との話を覚えてるか? ……俺達は賭けに負けたのかもしれねぇな」

 

「……」

 

「賭けの内容は覚えてんな? ……諦めんなよ」

 

 ルキアは小さく頷いた。

 

 

 ……市丸のヤローが相手をしてたってのは言わなくて正解だったよな。まぁ、正勝も居たわけだからどうかはわかんねぇけど。

 

 あのガキが来たってことは、俺も……いや、ルキアを助けることに異存はないが……。

 

「お~~~い」

 

「?」

 

「や、阿散井君」

 

「藍染さん」

 

「ちょっと、話できるかな?」

 

 

「いやぁ、本当に久しぶりだね。君を剣八のところにとられてからだから……何年だったかな。今は六番隊に居るんだよね」

 

「はい」

 

 藍染さんは部屋の仕切りを閉めながら話している。

 

「例の極囚、朽木ルキアさん、だったかな? 君は、いや、君と本田君は彼女と幼なじみだったよね?」

 

「はい、確かに俺達は幼なじみです」

 

「……なら、君の目から見て、彼女は死ぬべきか?」

 

「!? ……それはどういう」

 

「彼女の罪は、人間への死神能力の譲渡、そして現世への滞在超過だ。その程度の罪で極刑、しかも双極を用いてだ。更に言えば処刑までの期間も短縮されている……まだあるが、どうだい? 不可解な点が多いと思わないか?」

 

 ……確かに、そうだ。不可解過ぎる。だが、誰が、何のために? 仮に、手引きしている奴が居るとして、そいつはルキアを殺してどうするんだ?

 

「……僕には、この事態が何か一つの意思の下で動いているような気がしてならないんだ」

 

「……俺は」

 

 カンカンと伝令を伝える前の鐘がなる。

 

「隊長各位に通達、緊急の隊首会をとりおこないます。至急、一番隊舎へ……」

 

「ふむ、どうやらここまでのようだ。変な話をしてすまない。またね、阿散井君」

 

「あ、はい、また……」

 

 伝令を聞いて、藍染さんはすぐに去っていってしまった。

 

 ……俺は、どうしたらいい? わからないことが多すぎる。何が起ころうとしてやがんだ……?

 

━━━━━

 

「来たようじゃな」

 

 大きく一の文字が書かれた扉が、ゆっくりと開かれる。中は、髭の爺さんをセンターにして、両側に白い羽織を着た人達が一列で並んでいる。

 そう、隊首会です。

 

「此度の一件、説明してもらおうか。のう、市丸や」

 

「これまた、ボクなんかのために隊長サン達が集まってくれはって……ん? 十三番隊の隊長サンの姿が見えませんなぁ」

 

 市丸隊長はあくまで飄々とした態度を崩さない。羨ましいな畜生。

 

「……彼は病欠だよ」

 

 東仙隊長が教えてくれる。浮竹隊長が居てくれたらもっとこう、多少は気が楽なのに……。

 

「あら、それはお大事に」

 

「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと話せよ。旅禍と戦ったんだろうが。取り逃がしたたぁどういう了見だ? あ?」

 

「あれ? 死んでなかったん?」

 

「ふざけるのも大概にしたまえヨ。我々隊長クラスが相手の魄動が消えたかどうかもわからないなんて、あり得ないだろう? それとも、それすらわからない程油断していたとでも言うのかネ?」

 

 更木隊長と涅隊長。

 この二人に睨まれても自然体ってヤバイよね。人間じゃねぇよ。あ、死神だった。

 

「また始まったよ……」

 

 シロちゃんの呟き。一応会議なんだから私語は慎んだ方が……今更か。

 

「ぺいっ!」

 

 出た!「ぺいっ!」だ! すげぇ! 生「ぺいっ!」来た!! ……案外すぐ冷めたな。はぁ、それよりもそう、会議だよ。

 取り敢えず注目が総隊長のとこに集まった。

 

「ここまでのやり取りで、呼び出された理由は伝わったじゃろう。今回の独断専行、さらに旅禍を取り逃がすという失態。何か、申し開きはあるかね?」

 

 総隊長の片目がはっきり開かれる。真っ直ぐ見据えられた市丸隊長は、やっぱりへらへらしていた。

 

━━━━━

 

「俺、初めてっすよ、副官章なんて着けんの」

 

「そらワシもじゃ」

 

 副官章を着けることを命じられる。尋常ではない空気に戸惑い、恋次はそう溢すが、それは隣を歩く射場鉄佐衛門も同様であった。

 

「副隊長は二番側臣室で待機せよ、か……」

 

 話している内に、部屋まで着いた。が、副隊長はまだほとんど集まっていない。

 

「お疲れ様です、志波副隊長」

 

「ん? おお、阿散井か、っと、射場さんも。……本田の奴はまだなのか?」

 

「正勝っすか? 確かに、こういう集まりには真っ先に来てるタイプですけど……」

 

 恋次の脳裏に、旅禍と対峙していた正勝の姿が思い出される。まさか、その件で呼ばれてたりするのか? あいつに限って負傷して来れないなんてこともありえないし。

 

「本田言うたら、藍染隊長んとこの奴じゃったかのう」

 

「そうっす」

 

「本田ならさっきギンの奴と一緒に歩いてたわよ」

 

 見ると、松本乱菊が入ってくる所だった。

 

「マジすか。ってこたぁ……」

 

「呼ばれたんだな。隊首会に」

 

 いつも堂々としている正勝が冷や汗を垂らす様を想像したが、すぐに頭から振り払う恋次であった。

 

━━━━━

 

「……あー、山爺?」

 

「何じゃ」

 

「彼処で隠れてる本田君はどうするの?」

 

 京楽隊長がこっちを指差しながら言った。全員の視線が此方を向く。お気遣いありがとうございます京楽隊長!でも気付かないで欲しかった!

 

「なっ、本田君!?」

 

 ヨン様が驚いた声を上げる。

 おい、落ち着けよ相棒。さっき薬飲んだばっかりじゃないか。もう新しい薬が欲しいのかい? ははっ残念だな。薬はさっきので最後だったんだ。

 

 胃痛で死にそう。いや、よしんば胃痛で死ななかったとしても脱水症状で死ぬかもわからんね。変な汗が止まらん。

 

「本田正勝、そんなとこに居っては呼んだ意味が無いじゃろ。はよう入って来んか」

 

 今までずっと扉の影から覗いてました。いやぁ、流石にね。いきなり入るのはね。きついじゃないですか。

 

「はっ! 申し訳ございません! 失礼します」

 

 足が、重い。でも行かないと。

 所謂電池の切れかかったロボットのような動きで、ゆっくりと中に入った。

 途中でバタンと扉が閉じられる。心臓が止まりそうだった。

 俺が市丸隊長の斜め後ろに辿り着いたタイミングで、総隊長が再び口を開いた。

 

「さて、改めて問おう。今回の件、何か申し開きはあるか?」

 

「……いいえ」

 

「なんじゃと?」

 

「弁明なんてありません。ボクの凡ミスです」

 

「……本田、どうじゃ? あの場に居ったお主から見て、この件は市丸の失態で間違いないか?」

 

 ここで振ってくるの!? 勘弁してくだせぇ。どう答えれば……いや、落ち着け。さっき市丸隊長はボクのせいにしときって言ってた。それに従おう。ああ、胃が痛い。

 

「はい、言い方は悪いですが市丸隊長の凡ミスということで間違いないかと」

 

「ほう?」

 

「あの時自分も旅禍に攻撃をしようとしたのですが、市丸隊長から「下がれ」との指示があった為、やむなく下がりました。確実性を取るなら指示に逆らってでも攻撃を加えるべきだったのでしょうが……何か考えがあってのことであろうと思い、静観しておりました。……この結果ですから、特に何も無かったようですが。自分としてもこの結果は非常に遺憾であり、許可頂けるのであればすぐにでも出撃し旅禍を捕縛ないし、殲滅して参ります」

 

「……その時の貴様も、無断出撃に当たるのでは無いか?」

 

 思わぬ横槍。流石済まぬさん鋭い。……これも市丸隊長のせいにしよう。

 

「……あの時は、……すみません卯ノ花隊長、胃薬をお持ちで無いでしょうか」

 

「今は持ち合わせていません」

 

「失礼しました……あの時はたまたま市丸隊長とお会いしまして、丁度白道門が近くにあった為、警戒の為様子を見に行くという市丸隊長に同行を求められた為行ったに過ぎません。警戒令も出ておりましたし、まさか門が開くとは思わなかったものですから」

 

「確かにそうやったね」

 

「おい、市丸っ」

 

 ヨン様が何か言いかけた所で、再びカンカンという音が鳴る。

 

「瀞霊廷内に旅禍が侵入!! 繰り返す!! 瀞霊廷内に旅禍が侵入!! 各隊は……」

 

「はっ! そう来なくっちゃなぁ!!」

 

「待て剣八! 話はまだ……っ!」

 

 ヨン様の制止も聞かず、飛び出していく更木隊長。あの人って確か凄い方向音痴だよね。先走らない方が良いと思うんだけど。

 何にせよ、これでうやむやか。よかったよかった。

 

 

「随分と、都合良く警鐘が鳴るものだな」

 

「何のことかわかりませんなぁ」

 

「あまり僕を甘く見ないことだ。それと、僕の副官を巻き込まないでくれ」

 

「気を付けときますわ」

 

 ヨン様と市丸隊長のやり取り。これも演技なんだよなぁ。本当この人達役者だよ。これを見ているシロちゃんを見ている俺。シロちゃんは親切で忠告してたのにな。まぁ、雛森は副隊長じゃないから「お前かぁぁぁぁ!!」にはならないとは思うけど。別に今の雛森はヨン様に心酔してる訳じゃないし。

 ……俺が「お前かぁぁぁぁ!!」ってやらなきゃならんの? 雛森はシロちゃんが止めてくれたけど俺を誰が止めてくれんの? 恋次? 蛇尾丸でホンダム止めれるの? 無理だろ。ああいやだ……あ、また胃が……。

 

「本田正勝」

 

「はい?」

 

 済まぬさんだった。

 

「ルキアは、やらん」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「死なせませんよ、絶対に」

 

 取り敢えず返事はするけどね。

 済まぬさんは俺の答えに僅かに目を見開いたが、すぐに元の表情に戻って去っていった。

 

「行くよ、本田君」

 

「あ、はい」

 

 

 

「市丸には、気を付けた方が良いかもしれない」

 

「どういうことです?」

 

「表面上は良い奴に見えるだろうし、実際悪い奴ではない。だが……何か、嫌な予感がするんだ。君も、気を付けておくようにね」

 

「はい。目に見える裏切りなんてたかが知れてますもんね」

 

 あ、しまった。ヨン様が立ち止まってこっちを見てくる。

 

「その通りだ。本当に恐ろしいのは、目に見えない裏切りだよ」

 

「……き、気を付けます」

 

 色んな意味で。

 

「そうしてくれ。君は貴重な人材なんだからね」

 

「……」

 

 果たして俺はいつまで生きていられるんだろう。……この尸魂界編で消されやしないか、不安になってきた今日この頃。胃薬が手放せ……あ。

 

「藍染隊長」

 

「どうしたんだい?」

 

「胃薬もらってきます」




読んで頂きありがとうございした。楽しんで頂けたなら何よりです。

空鶴出すとこまで行けなかった。まぁまた次回ということで。
ヨン様の自殺ドッキリが間近に迫ってますね。当時は驚いたもんです。普通に優しい隊長さんだと思ってましたからね。

次回をお楽しみに的な。

今回のネタ
このあと滅茶苦茶仕事した→このあと滅茶苦茶○○した:ニャロメロンさんのツイッターから広まったネタらしいです。知らんけど。


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第十六話

お待たせしました。ごめんなさい。たまにはゆっくり読む側に戻っても良かろうと思ったのが間違いでした。気がつけばもう一月近く経ってましたね。気を付けます。

主人公以外のとこはおよそダイジェストです。許してください。

取り敢えず楽しんで頂ければ幸いです。


 一護達は志波空鶴の家にやって来た。

 夜一の話を聞き、協力を承諾した空鶴。だが念のため見張りをつけると言う。

 早速対面させようと襖を開ける空鶴。開いた先に居たのは……

 

「「ああああああああああ!?」」

 

 先日流魂街で一護と殴りあった、ガンジュであった。彼は志波空鶴の弟、志波岩鷺だったのである。

 

「なんだお前ら、知り合いか?」

 

 答えることもせず殴り合いを始める一護と岩鷺。

 空鶴から拳骨を落とされるのは必然だった。

 

 

 その後、霊珠核に霊力を込める訓練でまた一悶着あったりしたが、何とか全員、クリアすることができた。

 

 

「さて、これからお前らを瀞霊廷にぶち込む訳だが……岩鷺、わかってんだろうな?」

 

「おう! 継の口上だろ? 任しとけ!」

 

「ちげーよ」

 

「えっ!?」

 

「瀞霊廷に入ってからの話だ」

 

「おう! しっかり暴れて来るぜ!」

 

 無言で岩鷺に歩み寄る空鶴。拳骨が岩鷺の脳天をとらえる。

 

「なっ! 何すんだよねーちゃん!?」

 

「……くれぐれも、バレねぇようにしろってこった」

 

「……あ、そっか、兄ちゃん……」

 

「兄ちゃん?」

 

 一護が疑問の声を上げる。

 

「オレらの兄貴は、護廷十三隊の副隊長だ」

 

「!?」

 

「もう一回言うが、くれぐれも、バレるなよ。兄貴のことだ、別に怒りゃしねぇだろうが、兄貴以外にバレるのが問題だ」

 

「わ、わかってる。大丈夫だ……そんなヘマしねぇよ」

 

「ならいい……お前らも気を付けろよ。兄貴はかなり強いからな。……何ボケッとしてんだ! とっとと準備しろ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 全員が砲弾の中に入るのを確認し、空鶴は発射のための詠唱を始める。

 

「彼方 赤銅色の強欲が36度の支配を欲している 72対の幻 13対の角笛 猿の右手が星を掴む 25輪の太陽に抱かれて砂の揺籃は血を流す 花鶴射法二番 鉤咲!!」

 

 轟音と共に砲弾が射出される。

 

「気をつけて行ってこいよ……岩鷺」

 

 空に消えていく砲弾を見つめ、空鶴は一人呟いた。

 

 

 

 砲弾内部では霊圧の調整や継の口上の失敗で大騒ぎになっているが、彼女には知る由もない。

 

━━━━━

 

 隊首会の最中、唐突に鳴らされた警鐘。警戒に当たっていた一般隊士達にも動揺が広がっていた。

 

 血眼になって旅禍を探すが一向に見つからない。

 

 それは隊長が合流したとしても同じことだった。

 

「皆ご苦労、何か掴めたかい?」

 

「藍染隊長!? いえ、それが……この辺りでは全く……」

 

「そうか……引き続き捜索を続けてくれ」

 

「はっ!」

 

 隊士を下がらせた後、藍染は自らの後ろを歩いていた正勝に声をかけた。

 

「本田君」

 

「はい」

 

「君はこの事態、どう見る?」

 

「……どう、とは?」

 

「この一連の……朽木ルキアの処刑に際しての非常事態に対して君は何を思う?」

 

「なんと言うか……引っ掻き回されてる感じはありますね」

 

「ほう……なら君は、この事態に」

 

「隊長!! あれを!!」

 

「……!?」

 

 隊士が指差した方を見ると、謎の飛行物体が瀞霊廷に向けて飛んできている所だった。

 

━━━━━

 

「隊長!! あれを!!」

 

「……!?」

 

 隊士の……誰だっけ、まぁ何とかさん、グッジョブ。いや、これはどっちかっていうと黒崎君達の方がグッジョブなのかな?

 何にせよ助かった。何かいきなりヨン様話し掛けてくるし。しかもなんかキナ臭い系の。黒幕お前じゃんって思いながら話すのは辛かった。

 

「何だ……あれは……?」

 

「鳥だ!」

 

「素早いモモンガだ!」

 

「いや、デッキブラシに乗った魔女です!」

 

「……本田君、皆を下がらせるんだ」

 

 眉をひそめながらヨン様が言う。

 あんたがやっても罰は当たるまい。そりゃ……関わりたくないって気持ちはわかるけど。こいつらの目は節穴かってね。どうみても球体だろうに。……百歩譲って、鳥に見え……いや、駄目だ。無いわ。

 

「ほら、君達、下がりな。危ないからね」

 

 五番隊にも変わったやつっているんだなぁ。……俺は常識人枠だよな? 大丈夫だよな?

 

「滅多にない事態だし困惑するのはわかるんだけど、警戒中なんだから、アホなことは言わないように。後で藍染隊長から注意があると思うけど……」

 

「違います副隊長!」

 

「何が」

 

「俺達、眼鏡を忘れてきたんです!」

 

 なん……だと……?

 

 

 

「遮魂膜にぶつかったぞ!」

 

 おっと、注意してる間に進んでたか。

 

「あれにぶつかって壊れないとは……それほどの霊子強度を持った物体だと言うのか……?」

 

 

 そうこうしているうちに、球体は弾け、四つに飛び散った。

 

「藍染隊長、どうしましょうか?」

 

「……少し気になることがあるんだ。一度隊舎に戻る。この場は君に任せても構わないかな?」

 

「……わかりました。お気をつけて」

 

 

 

 ヨン様退場。やったぜ。……やったの?

 とりあえず、指示を出すべきか。

 

「さて、飛び散ったな……一番近いとこに行ってみるか……よし、俺に続け!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 ……そう言えば、チャドと話したことないよなぁ。話題なんて無いけどさ。

 

━━━━━

 

「四つ……五つ……六つ……」

 

 霊珠核の破裂によって離ればなれになった一行。

 その内の石田・井上ペアは死神から不意討ちを受けた。が、石田の素早い反応によって回避に成功。

 現在その死神は、数を数えている。

 

 

「……あ、ありがとう石田君。もう大丈夫だよ」

 

「……ああ、そうだね」

 

 井上は、尸魂界に行く前に夜一が言っていたことを思い出していた。

 石田は滅却師で、石田にとって死神は敵である。明らかに敵意を持った死神を前に、その言葉は現実となる。

 先ほどまでとは、明らかに空気が違う。

 

「十! さぁ、存分に後悔出来ましたか? ここからは、更なる後悔の時間です!!」

 

 そう言って死神は刀を構える。

 

「……来るよ!」

 

「……うん!」

 

 

 最初に動いたのは井上だった。

 

「椿鬼!」

 

 六花の一人、攻撃を担当する椿鬼を呼び出す。

 

「『孤天斬盾』 『私は拒絶する』!!」

 

 が、その攻撃は容易く打ち落とされ、椿鬼は負傷してしまう。

 つまらなそうな表情で死神は告げる。

 

「初めて見る術ではありましたが、貴女の攻撃には殺意がまるで無し。……殺意の籠らぬ攻撃で止められるものなど……何一つ無し!!」

 

 死神は井上の背後に一瞬で移動し、攻撃を加えようと、その刀を振り下ろした。

 しかしその攻撃が井上に届くことはなかった。

 

「殺意の籠った攻撃がお望みなら、僕と戦うといい。僕の弓になら、十分に籠っているよ」

 

 石田の矢が死神の手を撃ち抜いたためである。

 

「ほう、貴方、もしや滅却師ですか……ふふ、まさか、私の敵として現れた二人が、どちらも飛び道具使いとは……なんたる奇遇、なんたる運命の悪戯か!!」

 

 少しはダメージを受けた筈だが、特に気にした様子も無く、顔全体に喜びの色を浮かべ、死神は続ける。

 

「ならばご覧に入れましょう……私の斬魄刀の真の姿!! 羽搏きなさい!! 『劈烏』!!」

 

 始解の解号と共に、刀が無数の小さな刃に形を変え、死神の周りを飛び回りだす。

 

「さぁ、後悔なさい! 私は七番隊第四席、一貫坂慈楼坊。またの名を鎌鼬慈楼坊! 鎌鼬は最強の飛び道具使いの証! 劈烏の動き、目で追うことすら出来ないでしょう! 同じ飛び道具使いとして私に出会ったことを……え?」

 

 一瞬にして、死神の周りを飛び回っていた刃が、一つ残らず撃ち落とされた。

 

「……面白いもんだね。ここじゃあ、最強って言うのはだらだらと話の長い奴のことを言うらしい」

 

 不敵な表情で石田が言う。この程度で最強か。そんな侮蔑の念が込められていた。

 

「何を……劈烏は、何度でも」

 

 刃を復活させるべく、改めて鞘から刀を抜く慈楼坊だが、石田の弓矢により、再び左手を撃ち抜かれた。

 

「ぐっ、うぎゃぁぁああ!!」

 

「……悪いけど、君の最強の称号は今日で返上だ。僕の方が、上らしい。……鎌鼬雨竜なんて、良い名前とは思えないけどね」

 

「……お、おのれ……!」

 

「少しは後悔できてるかい? 同じ飛び道具使いとして、僕に出会ってしまった不幸ってやつをさ」

 

「……後悔するのは、貴方……っ!!」

 

 慈楼坊はまた井上の背後に一瞬で移動し、彼女に手を伸ばす。しかし手が届く前に石田が井上と慈楼坊との間に現れた。既に矢はつがえられている。

 慈楼坊の表情が驚愕に染まる。

 

「……そう言えば、君はいつも井上さんのほうから先に狙っていたね。……お見事だよ。君には後悔させる時間さえ惜しいな。……さよならだ」

 

 矢が慈楼坊に向け、放たれる。

 直後、慈楼坊の姿が消えた。

 

「……何?」

 

 

「種も仕掛けもありませんってか?」

 

「……君は……!」

 

 声のした方を見ると、慈楼坊を抱えた、見覚えのある死神が立っていた。

 

━━━━━

 

 さて、続けなんてかっこよく言って飛び出したものの、皆が付いてこれてない。俺ったら足早いね。……待つべき?

 でもなぁ、早く行かないと……早く行かない方が良いのか? 下手に介入しない方が……うーん、よし、歩こう。

 

 

 ……霊圧の衝突が近い。これは、死神じゃないな。ということは、チャドか、飛び道具ペアのどっちか……数的に飛び道具ペアだな。

 

 あ、そうだ。この戦いで鎌鼬慈楼坊がただの一貫坂慈楼坊にされるんだった……いくらせこい戦いしてたからって、流石にそれはねぇ……だって復職できなくなるわけでしょう? ここで介入するのはどうなんだろう……でもなぁ、俺、副隊長なんだよな……見捨てるのはなぁ……うん、介入するか。

 

 

 戦ってるのが見えた……まずい、もう構えてる。間に合うか……?

 瞬歩で……

 

 おお、間一髪。……慈楼坊重いな……。

 

「種も仕掛けもありませんってか?」

 

 ただの瞬歩だぜ。

 矢が当たると思った瞬間に相手が消えて驚いていた鎌鼬雨竜だったが、俺に気付いてまた驚いたらしい。

 

「……君は……!」

 

「……そう、俺だ」

 

 睨むなよ。こっち見んな。

 

「石田君、あの人って……」

 

「ああ、あの隊長とかいうのと一緒に門にいた奴だ」

 

 

 

「一貫坂四席、動けるかい?」

 

「は、はい!」

 

「なら、早く四番隊のとこに行きなさいな」

 

「ですが……」

 

「大丈夫大丈夫。任せなさいって」

 

「……ありがとうございます……!」

 

 笑顔で応じる俺。うん、いい上司だ。そうだよね? ヨン様のやり方真似てるんだから間違ってないよね?

 四番隊舎に向け、元鎌鼬は走り出した。

 

「行かせると思うのかい?」

 

「……状況が理解出来てないのか?」

 

「……何?」

 

 眉をひそめる新鎌鼬。どうやらわかっていないらしい。

 

「さっきの彼の席次は知ってるか?」

 

「……七番隊第四席、だったかな?」

 

「うん……護廷十三隊の席次でいくと、彼は七番隊の中で四番目に強いわけだ。よく倒せたじゃないか……おめでとう、と言っておこう。でも、四番目とは言っても、その上、三席とはまた差があるし、三席とそれ以上との間には越えられない壁というものがあるんだよ」

 

「……それで?」

 

「簡単なクイズだよ。兕丹坊は、門を開けたとき、俺のことを、何と呼んでいたでしょうか?」

 

「……」

 

 あ、覚えてないんすか。……ちょっとつらい。いや、まぁいいや。名乗る機会が出来たんだ。今覚えてもらえば良いんだ。

 

「……改めて名乗ろうか」

 

 腕組みをして、真正面から見据える。うん、決まってる……筈。

 

「俺は、本田正勝……五番隊、副隊長だ」

 

 ニヤっとしながら言い放つ。余裕を忘れたら負ける。

 そして、ここで霊圧を放つのを忘れちゃいけない。強キャラはオーラを纏ってなければならない。名乗った直後にパワーが伝わるのはよくある話だ。

 

 しっかり効果はあったらしい。鎌鼬雨竜の表情が先刻までとはかなり違う。

 

「大丈夫、安心してくれ」

 

 鎌鼬雨竜も織姫ちゃんもしっかり身構えている。うん、怖がることはないんだよ。僕、悪い死神じゃないよ。

 

「痛くはしないよ……縛道の六十二 百歩欄干」

 

 だから君らも痛くしないで。そんな思いを込めて、百歩欄干である。大丈夫、縛道だから。ちょっと動けなくなるだけだから。

 無数の光の棒が二人に向かって飛んでいく。気分はAUOになって王の財宝でも使ってる感じ。

 

 この局面で二人を捕まえてもあまり意味はない。それどころか鎌鼬雨竜が因縁の相手を知らないままになる。さすがにそれは避けたい。あれは名シーンだ。潰すとかあり得ない。

 

 てっきり劈烏と同じように撃ち落とすかと思ったが、回避することにしたらしい。

 視界の端に織姫ちゃんを抱えて移動した鎌鼬雨竜が見える。

 

「……知ってるぞ。飛連脚って言うんだろ? それ」

 

「それがどうした」

 

「死神のは……っ!」

 

 危ない。いきなり矢を放ってきやがった。なんて野郎だ。どうやら鬼畜眼鏡だったらしい。

 

「知ってるよ。瞬歩って言うんだろう?」

 

 涼しい顔しやがって。……あれ? もしかして俺、今ポイント低い?

 落ち着け、狼狽えちゃいけない。ピンチでも笑ってる方がポイント高い。

 

「……正解だ。百点をあげようじゃないか」

 

「光栄だね」

 

「ぜひ賞品をあげたいんだが……生憎持ち合わせがなくてね……何が欲しい?」

 

「……け「よし、絶望を贈ろうか」……!!」

 

 瞬歩で眼前に迫り、顔面を狙って拳を放つ。

 

 

「……良い反応だ」

 

 パンチは外れた。だが……

 

「でも残念」

 

 眼鏡は頂いた。

 眼鏡キャラの眼鏡を手に入れた時、その眼鏡をどう取り扱うべきだろうか? 自分でかける? 相手に返す? 又は第三者に渡す? どれもナンセンスだ。

 

 

 敵の眼鏡は割らないと。

 

 

「本命はこっちさ」

 

 眼鏡は俺の手の中で音を立てて砕けた。

 鎌鼬雨竜の唖然とした表情。まさに、なん……だと……? って感じだな。今どんな気持ち?

 

「なぁ、目の前で自分の眼鏡が割られるって、どんな気分なんだ?」

 

 ニヤニヤしながら問いかける。勿論演技である。そんな、人に嫌がらせして楽しむなんて悪趣味なことするわけないじゃないですか。どこぞの市丸隊長じゃあるまいし。

 

「さ、諦めて捕まって……」

 

 カンカンカン、と鐘が鳴らされる。……ん?

 

『副隊長各位へ通達、これより会議を行います。至急……』

 

「……」

 

「……」

 

「……今回は、見逃してやる。……次は無いよ」

 

 引き際をくれてありがとうと言いたい。本当ありがとう。

 なんかね、さっきみたいに追い詰めたかのような台詞言っちゃうともう引っ込みがつかないからね。助かった。

 

 瞬歩でその場を立ち去る。

 無いとは思うけど歩いて行ってたら背中が不安だからね。仕方ないね。

 

「あ、本田君! 置いてくなんて酷いよ!!」

 

「さっきの聞いてたろ? 俺今から会議だから。この先に旅禍がいる。逃げてるかもしれないがそう遠くには行けない筈だ。あとは任せる」

 

「えっ!? ちょっ……あれ? その手……」

 

「しっかりな、雛森三席」

 

 肩を叩き、サッと立ち去る。後ろから雛森の声が聞こえる気がするがきっと気のせいだろう。手が痛いのも気のせいだ。

 

━━━━━

 

「だ、大丈夫? 石田君……」

 

「ああ、問題ないよ」

 

「でも……眼鏡が……」

 

 眼鏡を壊されたことを心配する井上だが、石田は特に焦った様子は無い。やがて石田は何処からともなく傷一つない眼鏡を取り出した。

 

「こんなこともあろうかと……ね」

 

「……マントだけじゃなかったんだね」

 

━━━━━

 

「おう本田! 聞いたぜ! 旅禍と戦ったんだろ?」

 

「すみません海燕さん、後にしてください。……あ、虎徹副隊長!」

 

「……? どうかしたんですか?」

 

「手を怪我したんでちょっと見てもらいたいんですけど……」

 

「ここでは大したことはできませんよ? もうすぐ会議始まりますし……」

 

「いえ、取り敢えずで良いんです。破片を取り除いて貰えれば……」

 

「破片って……何ですかこれ!?」

 

「……眼鏡を、握り潰しました」

 

「はぁ!?」




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら何よりです。
自殺ドッキリは次回辺りですかねぇ? あんまり感想欄で予想しないでくださいね。当たってたとき何て返して良いか分かんなくなるので。いや勿論楽しんでもらってるのが分かるので嬉しい気持ちもあるんですけども。

今回のネタ

素早いモモンガ:遊戯王OCGより。なお作者はデュエマ派です。

デッキブラシに乗った魔女:魔女は14歳になったら一人立ちするそうです。クライマックスのとこで飛んでいくシーンのやつです。はい、魔女の宅急便です。

絶望を贈ろうか:FFⅦACより。セフィロスが言ってた台詞です。藍染もこの台詞似合いそうですね。


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第十七話

お待たせしました。待ってたかは知らんけど。まだ一月経ってないからセーフ、かな?
ゲームのイベントって真面目に回そうとすると時間がかかりますよね。ああやだやだ。

何にせよ、楽しんで頂ければ幸いです。


「━━十一番隊については、ほぼ壊滅状態、とのことです……。」

 

 今のところは派手な問題は起こっていない。もし今後何かある可能性があるとすれば、慈楼坊が再起不能になってないことと……石田の眼鏡が無くなったことか。慈楼坊はともかく石田の眼鏡は不味かったかもしれんなぁ……大丈夫かな……さすがに裸眼で涅隊長には勝てんだろう……それとも滅却師最終形態ならどうとでもできるのかな? 霊子の隷属とか言ってたような気がするし、真っ先に眼鏡を再構成したりしてね。

 

 

「あの十一番隊が……」

 

「旅禍ってのはそんなに……」

 

 あの何故か四席を見たことがない十一番隊が、あの五席より下はチンピラと変わらなそうな十一番隊が壊滅。

 喧嘩っ早いからこうなるんだよな、うん。

 

 この頃はまだチャドが光ってた。2分で終わらせてたもんね。でもいつからか2分掛からずやられるようになっちゃって……。

 

「そうじゃ本田、うちの四席助けてくれたらしいのぉ。うちのもんが世話ぁかけたな。恩に着る!」

 

「そんな、頭上げてくださいよ射場さん。間に合ったのは偶然みたいなもんですから」

 

 間に合わなかったら別に助けてなかったことをこんなに感謝されても困ると言うものだ。それにもしかしたら死神を辞める方が慈楼坊にとって幸せだったかもしれない。まぁ知らんけど。

 

「ほいでも助けてもろたのは事実じゃ。必ずこの恩は返すけぇのぉ」

 

「……ハハハ、楽しみにしてます」

 

 

 

 その後幾つかの報告がされ、会議が終わった。俺は海燕さんと話していた。小声で。

 

「浮竹隊長の御加減は如何ですか?」

 

「まだ臥せってらっしゃるよ。できればこんな時こそ元気でいてもらいたいもんだが」

 

「……そっちでは何か動いてますか?」

 

「……浮竹隊長が何か考えてるらしいが、臥せってらっしゃるし、動きようが無いって所だな。機を見るんだと」

 

「成る程。そっちはそっちでお願いしますね」

 

「おう」

 

 俺はこれから忙しくなるだろうし。主に自殺ドッキリのせいで。

 

 

 話が一段落したところで吉良が声を掛けてきた。なんとなく焦っているようにも見える。

 

「どうしたんだ?」

 

「阿散井君の姿が見えないんだ……どうも嫌な予感がしてね。本田君は心当たりはないかな?」

 

「いや……」

 

 ……あ。いや、でも……そっか、このタイミングか……。

 恐らく、恋次は黒崎君と戦いに行ったんだろう。もう戦ってるのかもしれない。

 手伝いには……行かない方が良いんだろうな。大事な場面だし。

 

「……もしかしたら旅禍と交戦しているかもしれないな」

 

「そんな……」

 

「俺も似たようなことはしてたわけだが」

 

「まぁそうだけど……心配だな……思い詰めた様子だったし……」

 

「恋次は強い。……そう簡単には負けないさ」

 

 ……サングラス、壊れるんだろうな。恋次は大怪我するし。済まない、友の力を信じてやれなくて本当に済まない。でもたぶん恋次は勝てない。勝ったら話が拗れてしまう。今更とか言うな。

 

「……でも、油断はよくないな。探しに行くか」

 

「ああ、そうしよう」

 

 せめて原作よりは軽傷であってくれと思うけど、きっと動けなくなるまで恋次は戦うんだろうな。

 

 

 霊圧のぶつかり合いを感じる。片方が恋次の霊圧、ということはもう片方は黒崎君だろう。そちらに向かって急ぐが、やがてぶつかり合いは収まった。

 霊圧のぶつかり合いを感じた場所につくと、やはりと言うべきか、傷だらけの恋次が倒れていた。懺罪宮に近い広場だ。順調に黒崎君達は進んできているらしい。

 

「そんな……阿散井君が……」

 

「……一先ず恋次を安全なところへ運ぼう」

 

 

 恋次は今出せる全力を出しきって負けた。だからこそ、ルキアを助けてくれと黒崎君に頼んだんだろう。……あれ? 何で俺には言ってくれないんだ? 戦ってないからか? それともそもそもルキアを助けようとしてるってわかってたからか? ……わからん。

 派手に斬られているが四番隊で治療を受ければ直ぐに意識を取り戻すだろう。その時に聞いてみるか。

 

「旅禍はこれ程の力を……」

 

「……四番隊に「その必要はない」……!」

 

 四番隊に連絡しようと言おうとした所を遮る声。振り返ってみると、案の定朽木隊長だった。

 

「牢にでも入れておけ」

 

「ですが……!」

 

「無断で出撃した以上、敗北は許されぬ。それが解らぬ貴様ではあるまい」

 

「……」

 

 大丈夫だ。うん、俺は大丈夫。ヨン様に任された結果だ。無断じゃない。負けた訳でもない。不可抗力だ。見逃してやっただけだ。……駄目か。

 

「本田君、落ち着くんだ」

 

「わかってるよ吉良……わかりました朽木隊長。恋次は牢に入れておきます」

 

「……」

 

 朽木隊長は無言で立ち去った。

 

 

「吉良、俺は四番隊に連絡してくる」

 

「朽木隊長は厳しいなぁ」

 

 俺の耳に飛び込んでくる明らかに吉良じゃない声。

 

「市丸隊長!?」

 

 吉良が驚いた声をあげる。

 相変わらず薄笑いを浮かべた市丸隊長が立っていた。不気味である。何しに来たんだあんた。

 

「安心しぃ。四番隊にはボクが連絡しといたで」

 

「……ありがとうございます」

 

「ええよ、ボクと本田君の仲やん」

 

「は?」

 

 ホモか貴様。いや違う。上司だからな。貴方様はホモでいらっしゃいますか? だ。いや聞かないけど。

 

「本田君も気ぃつけなあかんよ。物騒やからな」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

「……ほな行くで、イヅル。本田君、またな。故に侘助」

 

「隊長!?」

 

 困惑した様子の吉良と楽しげな市丸隊長を見送る。二人は仲良し♂。何言ってんだ俺は……疲れてるのかな?

 

 この後は……恋次を預けてから雛森と合流かな。……四番隊の人を待っとく方がいいのか? それとも恋次を運ぶべきなのか? 連絡しといたってどんな風に連絡したんだよ……。

 

「やっぱりあの人苦「おーおー、阿散井は派手にやられたなぁ」……!?」

 

「あぁ、日番谷冬シロちゃん隊長じゃないですか」

 

 小さいから気付かなかったなんて言ったらキレられるな。言いませんとも。

 

「日番谷隊長だ。要らねぇものを足すな」

 

「ハハ、失礼しました。いつからそこに?」

 

「ついさっきな」

 

「……つかぬことをお伺いしますけど、何しにここに?」

 

「……特に用はねぇよ」

 

 何なのこの子。俺はどう反応したら「だが」うん?

 

「三番隊には気を付けろ。ま、わかってるとは思うが」

 

「俺に言ってないで雛森に言ってあげればいいじゃないすか」

 

 本当にもう、何で俺に言ってんだか。そんなんだから日番谷君なんて言われるんだよ……っ!!

 脛を蹴られた。

 

「……何するんですか」

 

「お前に何かあったら雛森も危ねぇだろうが。あいつだけに言っても意味ねぇんだよ」

 

「そんなに心配なら十番隊に引き抜けばいいじゃないですか」

 

「うるせぇ。別にそんなんじゃねぇよ」

 

 思春期かよ。この小僧め。案外言ってみれば応じるかもしれないのに。

 

「ツンデレ乙」

 

「何言ってんだお前。……阿散井は俺が見てるから、お前は早く雛森の所に行ってやれ」

 

 

 

 さて、お言葉に甘えて出てきたは良いが……雛森達は何処だ。鎌鼬雨竜と戦った辺りかな?

 特に派手な霊圧は感じないし、戦ったりしてるってことはないだろうが……。あ、居た。

 

「雛森、状況は?」

 

「あ、本田君……」

 

 あまり表情が優れない。何かあったのか?

 

「何か問題でも……」

 

「ううん、そうじゃなくて。その、折角任せてもらったのに、旅禍を見つけられなくて……」

 

「気にしなくていい。きっと藍染隊長だって皆無事かどうかを心配する筈だ。無理はしてないだろうな?」

 

「うん、二人一組で周辺の捜索をして、定期的に報告をしてもらってるよ」

 

「そうか、なら大丈夫かな」

 

「……あ、でも」

 

「うん?」

 

 不安になるんだが。止めてくれよ? 俺じゃどうしようもないようなことを言ってくれるなよ?

 

「一組連絡が途絶えてて……探しに行って貰ったんだけど、その子達からも連絡が無くて……もしかしたら」

 

「……連絡が途絶えたのは誰と誰だ?」

 

「花田君と山下さんだよ」

 

 ……おう、覚えてる覚えてる。地味な子達だな。いや、護廷十三隊は上位席官とか隊長副隊長が個性的過ぎるから相対的にパッとしないだけだ。

 

「探しに行ったのは?」

 

「……えっと、名前を覚えてなくて」

 

「特徴は?」

 

「神経質そうな眼鏡の男の子と、オレンジの長い髪の女の子」

 

 へぇ……鎌鼬雨竜は眼鏡無い筈だしな……オレンジ?

 

「五番隊にそんな派手な髪の奴いたっけ」

 

「えっ……居なかったっけ……? 流石に隊の全員は覚えてないからはっきり言えないけど……」

 

 ……俺の記憶が正しければそんな奴五番隊には居ない。真面目っぽい奴ばかりだからね。仕方ないね。

 となると、である。オレンジの方は恐らく織姫ちゃんだろう。だが眼鏡の男、こいつは誰だ。神経質そう、という印象から鎌鼬雨竜かとも思われるが、あいつの眼鏡は俺が壊した。何故眼鏡が……っ! まさか、予備か!!

 

「雛森、その二人は旅禍の可能性が高い。俺が交戦した旅禍の特徴と一致している。連絡が途絶えた二人は恐らく不意を撃たれて死覇装を奪われたんだろう」

 

「そんな……」

 

「全員に呼び掛けて早く見つけるぞ」

 

 

 

 程無くして二人は発見された。怪我は無いようなので、そこは良かったと言える。

 結局、その日は旅禍を発見できず、一旦捜索は打ち切られた。

 

 

 いよいよ明日の朝が自殺ドッキリ本番だ。第一発見者は雛森になる、のか? 或いは俺か。俺は甲高い悲鳴なんて上げられないからな。どうしよう。寧ろ無言で倒れそうなんだが。

 

 何とか雛森に発見してもらおうそうしよう。……どうしよう。

 

 

 ……刃禅するか。

 

━━━━━

 

 正勝が刃禅をしようと姿勢を正した所で、部屋の障子が控えめに叩かれた。

 

「あの、本田君……今、大丈夫かな?」

 

 雛森の声だ。刃禅は後でもできる。そう判断し、正勝は雛森に入室を促した。

 失礼します、という声と共に雛森が入って来る。

 

「何だか眠れなくて……少しだけ、お話してもいいかな?」

 

 そう言って申し訳なさそうに笑顔を浮かべる。

 

「ああ、勿論。好きなだけゆっくりしていけよ」

 

 優しく微笑んで正勝は答えた。藍染を思わせる笑みだ。流石、藍染に憧れているだけあるだろう。本人の内心は別として。

 

「今日は、ごめんね。旅禍を見逃しちゃって……あの時私がしっかりしてれば……」

 

 気にすることはない、と正勝は笑う。

 

「俺が外見の特徴を伝えて無かったのが悪いさ。謝るなら寧ろ俺の方だよ」

 

 藍染隊長も別に怒ってなかったし、と付け加えた。

 

「死覇装取られた二人も特に怪我は無かったから大丈夫さ」

 

「でも……やっぱり私じゃ、皆を動かすのは……」

 

 やはり雛森の表情は晴れない。自分の采配で誰かに危険が及ぶのだ。優しい雛森にはつらいことだろう。

 

「大丈夫だよ。今日は中々現場に居れ無かったけど……今後は俺も藍染隊長も現場に出るからさ。……それでも不安か?」

 

「……ううん、ありがとう」

 

 漸く、雛森の表情が綻ぶ。と、不意に雛森がくしゃみをした。

 

「あ、すまん、寒いよな。……えーと、布団でもかぶっとく? それかもう戻って休んだ方が……」

 

「あ、その……もう少し居てもいい?」

 

「ああ、俺は……まだやることがあるし、雛森が良いんなら構わないよ」

 

 布団をかぶり、改めて雛森が口を開く。

 

「本田君は……怖くない?」

 

「……何が?」

 

 真剣な、というよりは不安げな雛森の様子に、自らも真面目な表情になる正勝。

 

「戦うこと、いつ戦うことになるかわからない今の状況が、かな……私は、怖くて仕方ないよ。知ってる人が、さっきまで話してた人が、傷付くかもしれない。もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない……そんなの、嫌だよ……」

 

「……俺だって、怖いさ。今日だって恋次がボロボロになってたんだ。明日は俺がそうなるかもしれない。下手したら皆そうなるのかもしれない。……まあそうならないよう頑張るけど……俺は、臆病なんだよ。前に出たくない斬られたくない死にたくない。けど、こんな俺でも守れるものはあるんだ。だから、それを守る為には戦おうと思ってる」

 

 気分が乗ったのか、若干決め顔で言葉を締め括る正勝だったが、目の前の雛森は静かに寝息を立てていた。

 

「……フラグ立て損ねたなぁ」

 

 正勝の呟きを聞いている者は誰も居なかった。

 

━━━━━

 

「ん……うぅん……はっ!」

 

 あれ、ここって……私……昨日は本田君の部屋に行って……ま、また本田君の部屋にお泊まり!?

 

「……」

 

 着衣に乱れは無い。寝相で崩れる範疇である。

 つまり昨夜は何もなかった。

 

 ちょっと残念だな……って私ったら! 今は非常事態なんだからしっかりしないと!

 そう言えば本田君は……?

 

 部屋を見渡しても本田君の姿は無い。

 

「本田君ってば……部屋を出るときに起こしてくれても良かったのに……あれ?」

 

 副官章だ。もしかして本田君、着けていくの忘れてた?

 ……これがないと困るってことはないんだろうけど、あった方が良いよね。うん、届けよう。

 

 何だか、こう、忘れ物をした旦那様を追いかけて届けるような気分。

 朝から本田君に会えるということも相まって、とてもいい気分だ。

 

「うーん……近道しちゃえ」

 

 

 

 

 いい気分だったのに。

 

 

 

「きゃぁぁぁああああああああああ!!!!!」

 

 血塗れで壁に張りつけられたような姿の藍染隊長と、その近くの地面に、同じ様に血塗れで抜き身の刀を持って倒れている本田君を見て、そんな気分は吹き飛んだ。

 

「いや、嫌だよ……」

 

 駄目だ。足に力が入らない。

 這いずるようにして、本田君に近付く。……本田君は眠っているだけ、なのかな?

 目を閉じたままの本田君の体を揺する。

 

「ね、ねぇ、本田君……起きて、起きてよ!!」

 

「……ぅん? 雛森? もう朝……あれ?」

 

 目を覚ました本田君は、私を見て、自分の手を見て、周りを見て、そして藍染隊長を見て、もう一度自分の手を見て、静かに呟いた。

 

「……なにこれ」

 

 直後、血を吐いて意識を失った。

 




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら何よりです。

フラグがどうとか、疑問はあるかも知れませんが、次回辺りで書きますのでお気になさらず。どうせ大したことじゃないので。

今回のネタ
済まない、~で本当に済まない。:Fateの済まないさんことジークフリートの言い回しを参照しました。フレ枠に出て来ても使ってやらなくて本当に済まない。セイバーは足りてるんだ。


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第十八話

あけましておめでとうございます(大遅刻)
約二ヶ月ぶりですね。大変お待たせしました。スランプだったんです(スランプを脱したとは言ってない)。

まぁ取り敢えず楽しんで頂ければ何よりです。

2/5 骸骨王様、誤字報告ありがとうございます。


「スマンなぁ、本田クン」

 

「隊長? 何か言いました?」

 

「何でもあらへんよ」

 

 吉良が目にした市丸の表情はいつもと何ら変わり無かった。

 

━━━━━

 

「何ィ!? 本田が!?」

 

 藍染の死亡、そして正勝が重要参考人として拘束されたという情報は直ぐに各隊へと通達された。

 

「どうしたんだ海燕」

 

「藍染隊長が……何者かに殺害されたそうです」

 

「何だと!?」

 

 隊長格は瀞霊廷におけるトップクラスの実力者である。その一人が殺害されるというのは大変な事態だ。浮竹が目を見開くのも無理はない。

 

「しかも、本田が重要参考人だそうです」

 

「そんな馬鹿な! 本田がそんなことする筈無いだろう!」

 

 しかも、殺された藍染の副官であり、浮竹らとも少なからず関わりのあった本田が疑われているという。しかし本田が藍染を隊長として大変に尊敬し、日々努力しているというのはよく聞く話だった。そんな本田が藍染の殺害に関与するとは到底思えない。

 

「そりゃそうすけど、まだ完全に犯人って決まった訳じゃ無いらしいっすよ。本田の身柄は十番隊が預ってるみたいですし」

 

「十番隊か……なら一先ずは大丈夫か?」

 

 

「……それにしても、なんて状況だ」

 

 旅禍の侵入、隊長格の変死。これらはすべてルキアの極刑が決まってからのことだ。旅禍の目的はルキアの奪還、だとすれば今回の藍染の変死は……?

 

「朽木を助けるだけでは終わらなそうだな……」

 

 嫌な予感が浮竹の胸中を渦巻いていた。

 

 

 

 

「ホゥ、そいつは大変じゃないかネ!」

 

 藍染の死亡及び正勝捕縛の報告を聞いた涅マユリは、ニヤニヤと、喜色満面といった面持ちで言った。

 

「藍染の死亡……しかも重要参考人かネ……」

 

 以前から本田正勝には目を付けていた。能力がどうとかではない。あれは天才などではない。血筋がどうということでもない。奴は流魂街の出身。特に目新しい出自ではない。

 問題は奴の経験だ。奴は一度、虚に寄生されている。体に何か変化が起きていてもおかしくない。実験したい。否、実験しなくてはならない。死神でありながら虚を身に宿すなどという貴重な経験をした検体は他に存在しない。重要参考人となった今、奴を守る者はほとんど居ない。捕獲して実験を行うのは十分可能だ。

 

 

「オイ、ネム!」

 

「はい、マユリ様」

 

 暫し思考した後、涅は自らの副官を呼び出す。

 

「本田正勝を連れてこい。十番隊舎に居る筈だヨ」

 

「彼は重要参考人なのでは? 渋られると思いますが」

 

「莫迦が! だからこそだヨ! 重要参考人だからこそ意味があるんだヨ! 取り調べを請け負うだとか理由はいくらでもでっち上げられるだろう! そんなこともわからないのかネ!?」

 

「申し訳ございません、マユリ様」

 

「わかったら早く行くんだヨ! ……ククク、楽しみだネェ……」

 

━━━━━

 

 胃の痛みで目が覚める。

 知らない天井だ。

 

 横に目を向ければ、鉄格子が堂々と佇んでいる。成る程、ここは牢か。

 ここの天井は見慣れたく無いものだと小さく笑う。さて、起きてしまった以上寝転んだままというのは些か感じが悪い。立ち上がろうかと手を動かすとジャラ、という金属音が響いた。

 

「……おやおや」

 

 暴れるとでも思われたのだろうか。

 お気遣い痛み入ります、と呟く。当然、返事はない。

 

 自分の他に誰も居ないのだから。

 

 と、誰か入ってきたようだ。

 

「……起きたのか、本田」

 

「日番谷冬シロちゃん……」

 

「要らんものをつけるな。あと隊長をつけろ……ったく、お前は……」

 

 半目になり此方を見つめる日番谷。

 

「それで、俺に何か御用ですか?」

 

「わかってんだろ……藍染の件だ」

 

「ああ、やっぱり……俺の見間違いじゃなかったんですね……」

 

 見間違いならどれだけよかったか。

 自らが目にした光景を思い出し、項垂れる。あれらは全て現実にあったことなのだ。

 

 改めて現状を認識し、胃が悲鳴を上げる。思わず胃の辺りを手で押さえる。

 

「藍染の死亡は既に確認されている」

 

「……ですよね」

 

「単刀直入に聞く……藍染を殺ったのはお前か?」

 

「まさか。俺があの人を殺せる筈無いでしょう」

 

 殺せるだけの力があればあんなに胃を痛めながら日々を過ごすことも無かった。こいつ偉そうにしてるけど本気だしたらボロボロにできるし、といった具合に精神的負担は少なかった筈だ。

 それだけに今回の状況は極めて遺憾であった。

 

「何故あの場に居たんだ?」

 

「気付いたら彼処に居たんですよね。何故か自分の斬魄刀握って。俺は雛森の声で目が覚めたんですがまさか起きたらあんなことになってるとは、ね」

 

「……」

 

「それで、何故俺がここに?」

 

「それは「ああ、いえ、大丈夫です」何?」

 

「大方、俺が容疑者の第一候補でしょう? 断定はできないにしてもあの場にあの状態で居たんですから。疑わしいですよね。それは仕方ないことだ。誰だってそーする。俺もそーする」

 

 自分の言葉に頷きながら言う。

 

「で、俺はどうなるんです?」

 

「まだはっきりしないとは言え、お前が犯人の可能性が消えたとも言い切れない。暫くはここにいてもらうことになるだろうな」

 

「そうですか……」

 

「また何かあったら連絡しに来る」

 

「はい……あ、雛森はどうなりました?」

 

 出ていきかけた日番谷だったが、正勝の声に立ち止まる。

 

「……お前が倒れた後、色々あって雛森も錯乱してな。別の牢に入ってるよ。松本が対応してる」

 

「そうですか……」

 

「……じゃ、また来る」

 

「待って下さい」

 

「まだ何かあるのか?」

 

 呼び止められるのも二度目となれば流石にイラッと来るらしい。眉をひそめながら振り返る。

 

「胃薬をお願いします」

 

「……手配しとく」

 

 毒気を抜かれたような顔をして去っていった。

 

━━━━━

 

 極めて遺憾である。俺が何をしたと言うのか。普通に考えて無理だよ。まあ完全に疑われてるわけじゃないからよし……か?

 

 それにしても……あの空気感……冗談でも何でも無いらしい。と言うことは、やはりあれは現実。どうしよう……いやどうしようもないけど。

 

 雛森はハイライトの消えた目で俺に呼び掛けるし、その表情とか腕を掴む力の強さは尋常じゃなかった。いや勿論雛森は悪くない。第一発見者になってしまったのは不幸、いや不運としか言いようが無いな。

 

 何故か俺は忠勝(浅打)持って寝てるし……刃禅とは何だったのか。気が付いたら彼処にいるとかもう夢遊病とかそんな次元じゃない。

 

 そして何より、だ。そう何よりも……何か周りが血塗れになってたのも気になりはしたけども……藍染隊長だよ。

 そう、藍染隊長だ。なんだあれ。なんであぁなった。俺は鏡花水月の解放は見てない筈……だよな?

 ……見てない、よね?

 ……いや、待てよ?

 

 俺は"何時から鏡花水月の始解を見ていないと錯覚していた?"

 

 ……ああ、そうだよな……あの化け物のことだ、俺には想像もつかないような方法でいつの間にか俺に鏡花水月の解放を見せていたとしてもおかしくない。いや、もう、そうに違いない。だってそうだろう? 奴は原作で一度たりとも、読者には鏡花水月の始解を見せていなかった。にもかかわらず、読者は一度あの自殺ドッキリに騙されている。常識を、言葉で説明できることを超える何かがあるのだ。そうでなければ意味がわからない。

 

 

 原作で藍染隊長の死体があった筈の場所にあったのは、既にグシャアされた状態の藍染隊長の眼鏡だったんだから。

 

 誰がそんなことを予想できようか。いや、できはしない。俺でなくてもショックで意識を失うだろう。失わない奴は人間じゃねぇ。あ、俺死神だったわ。

 

 問題は、そこじゃない。俺が犯人扱いされかけたのも死体の位置に眼鏡があったことも問題だけど、それはまだいい。一番の問題はそう、眼鏡があるのに誰も疑問を抱いていないこと。当たり前のようにスルーされてしまっていることだ。

 

 俺も鏡花水月に掛かっているなら、他の皆も同じものを見た筈だ。吊るされた眼鏡を。……そうだよね? あの時は皆藍染だと思って雛森に攻撃してたよね? にもかかわらず藍染隊長が死んだ、と言うことになっている。

 

 それが意味することは……。

 

 あの眼鏡は、ただの眼鏡ではなく、藍染隊長そのものだったってことだ。

 俺達が今まで藍染隊長だと思っていたのはただの眼鏡置きで、眼鏡だと思っていたものが藍染隊長だったのだ。

 

 

 俺はあの気遣い上手な優しい藍染隊長はただの演技だと思っていた。そう思っていたからこそ、警戒して、胃を痛めて、沢山迷惑をかけてしまった。あんなにいい眼鏡(たいちょう)だったのに。

 

 

 眼鏡(たいちょう)が完全に死んだとすると、何故眼鏡(ほんたい)を失った眼鏡置きはそのまま動き続けていたのだろうか。 ……崩玉によって眼鏡置きが意思を持ってしまったとか? ……まさか、崩玉は死神と眼鏡置きの境界を取り払ってしまったのか?

 ……まるで意味がわからんぞ。

 

 

 さて、どうしよう……逃げるか。時間勿体無いし。たぶん気まずいし。

 

━━━━━

 

「本田君は無実です!!」

 

「だぁからわかってるわよ」

 

「じゃあ早く出して下さいよ」

 

「……あんた、自分も牢に入れられてんのわかってる?」

 

「やだなぁ乱菊さんったら。私も出してもらうのは当たり前ですよ」

 

「はぁ……」

 

 先程からこの繰り返しである。松本は思わず溜め息を吐いた。

 

「乱菊さん」

 

「何よ」

 

「きっと本田君は誰よりも傷付いてると思うんです……だって、敬愛していた藍染隊長があんなことになった上に自分も容疑者候補になってるんですから……」

 

「雛森……」

 

 真剣な様子の雛森に心撃たれる松本。

 

「だから私が慰めてあげないと!」

 

「……はぁ」

 

 しかし結局いつも通りであることにまた溜め息が出る。

 

「……あ、そうそう、これ……」

 

 松本が胸元に手を入れた時だった。隊舎ごと揺らすように何かを破壊する音が響いた。

 

「何!?」

 

 音がしたのは正勝のいる牢の方向である。

 

「まさか、本田!?」

 

 脱獄。その可能性に思い至るのに時間はほとんど必要ない。

 確認のために現場へ向かおうとする松本。

 

「雛森、また来るからちょっと待ってなさいね! フリとかじゃないわよ!」

 

「はーい」

 

 間延びした返事をする雛森。しかし、表には出さないが彼女の感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。敢えて言葉にするなら、それは女の勘。雛森は今の音が正勝が脱獄した音だと確信していた。

 

 

「……私も、行かないと」

 

 圧倒的高揚感。燃え上がる女子力。周囲には誰も居ないが、もし今の雛森を見たなら誰もが普段の様子とのギャップに衝撃を受けるだろう。彼女の溢れる女子力は、静かに、しかし圧倒的な霊圧となって放出されていた。

 

 これで私が合流したら、二人で愛の逃避行……。加速する妄想。そして妄想は雛森の女子力を更に高める。

 ここで、雛森はふと牢の壁に目を向ける。

 誰かが言った。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ。今見ている壁はまさに邪魔である。人ですらそうなのだ。壁なんぞに容赦する者は居ない。

 

「君臨者よ……血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」

 

 詠唱に伴い、霊圧が収束していく。未だ、成功したことのない上位の鬼道だったが、失敗する気は全くしなかった。

 

「蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

 

 詠唱が終わり、霊圧が蒼い炎へと変わる。

 

「破道の七十三 双蓮蒼火墜!!」

 

 圧倒的女子力によって放たれた蒼い炎は、哀れな壁を灰塵と化した。

 

「本田君、今行くね」

 

━━━━━

 

 ……っ! 何だ今の。来たなプレッシャー! とか言えば良いのだろうか。ニュータイプじゃあるまいし。

 

 書き置きは残した。誰も来ないうちに行こう。……どう行こうか。道沿いに行くのは誰かと鉢合わせしそうだしなぁ……死亡フラグ乱立させて逆に生存作戦は全くできてないから戦いたくない。かといって地下道はほぼ誰とも出会わないだろうが二度と出られない自信がある。……いや、最悪ドリルで上に掘れば出られるか。何なら移動もドリルでぶち抜きながら行けば簡単だし……。

 普通に破壊工作ですね。何時から俺はテロリストに転職したんだよ。

 

 やべ、人の声がする。

 ……走りながら考えるか。

 

 えーっと、そもそも今ってどんな状況なんだ? 俺はどれだけ寝てたんだろう……聞いてから出てくれば良かった。

 

 うーん、もうこのまま行ってしまおうか。途中で旅禍の誰かに会ったら時期が判るし。

 

 よくよく考えてみると今の俺って良いポジションなんじゃないか? 重要参考人だから殺そうとはしないだろうし。相手に殺す気が無いなら戦いやすいというもの。俺の縛道が火を吹くぜ。

 やったぜ、俺氏大勝利。上手く逃げおおせればそれで勝つる。

 

 

 

 甘かったぜ。

 

 逃げつつ進みつつ、早くも数時間。

 

「目標を確認。捕獲します」

 

 まぁね、追っ手が来るのは当たり前だよ。来ない方が可笑しいってもんだ。でも、なんで十二番隊の副隊長が来るんだよ。何してんのあんた。

 

「生憎、捕まるわけには行かないんですよね」

 

 相手は素手。当然此方も素手で応戦する。

 

 とでも思っていたのだろうか。俺が刀を抜くと、無表情な眉がピクリと動いた。

 

「マユリ様の予想と違いますね……」

 

「誰かの掌の上というのは御免ですからね」

 

 眼鏡置き? ……あれは仕方ないよ。

 

「多少手が滑って貴女を傷付けてしまうかもしれませんが……御容赦を」

 

 早めに退くか諦めてくれると助かるんだけどなぁ。

 とか考えてると無言で殴りかかってくる。ですよね。

 

「ところで何故貴女が?」

 

「……マユリ様が、本田副隊長を実験動……いえ、取り調べを行いたいということなので」

 

「……」

 

「……」

 

 ……身の安全の為には、犠牲もやむ無し。たとえここでグロ画像が出来上がったとしても、それは仕方のないことだ。人間にドリル当てるって稀有な経験でございますな。

 ここで倒したら鎌鼬雨竜は解毒剤貰えないね。でも仕方ないよ。俺だってモルモットは嫌だ。破格の待遇? 実験される時点でアウトだよ。

 

「起動せよ! 忠「ここは私に任せて!」雛森!?」

 

「本田君は連れて行かせないよ!」

 

 雛森も捕まったとかちょっと聞いた気がするんだが……どういうことだろうか。

 

「何故雛森がここに? 逃げたのか?」

 

 牢から出たのか、仕事から逃げたのか、どっちなんだ?

 何にせよ書き置きの内容が破綻してしまう。

 

「逃げてないよ」

 

 キメ顔である。映画でのジャイアンを見たときのような感情が俺の胸に沸き起こる。

 

「なら」

 

「ただ、出してもらうのが待ちきれなくて、自分で出てきただけ。だから、こうして私が本田君の味方をするのも……」

 

 脱獄っていうんだぜ、それ。あと途中から聞こえてない。俺話してる途中だったし。

 どうでもいいか。

 

「……もうよろしいですか?」

 

「本田君は渡しません!」

 

「あの、雛森」

 

「本田君、ここは私に任せて!」

 

「ちょっと待って」

 

 二対一じゃん。有利だよ。先に行けはおかしいでしょ。

 

「良いでしょう。邪魔立てするなら、貴女から排除します」

 

「ちょっ」

 

「行きます! 弾け、飛梅!!」

 

 うん、聞いちゃいねぇ。聞けよ畜生。

 

 もういいです。俺逃げる。知らんからな。怪我するぞ。もう知らんからな。

 

「良いんだな雛森!?」

 

 返事はない。

 もういいや。

 

「……忠勝!!」

 

 良いし。まだ飛んだこと無かったけど。逃げろって言うんだ。派手に逃げてやるよ。

 

「飛べぇ!! 忠勝!!」

 

 勢いよく地面を蹴った。バックパックが火を吹く。

 雛森と涅ネムが戦っている音が聞こえていたが、やがてバックパックが炎を吹き出す音で掻き消された。

 

 

 眼鏡(たいちょう)破壊(さつがい)に巻き込まれ、犯人にされかけて、脱獄して、今は部下の女の子に戦わせて逃げている。

 

 俺は何やってるんだろう……。

 

 前が、見えねぇ。

 

 ……懺罪宮って見た目が分かりやすくて良いなぁ。

 

━━━━━

 

 正勝の脱獄した牢には一枚の紙が置かれていた。その紙には正勝からのメッセージが書かれていた。

 

 "俺は犯人ではありません。藍染隊長を殺した犯人を捕まえたりしに行きます。おそらくそうもいかないでしょうが、できれば放っておいて下さい。

 P.S 雛森へ

 俺の代わりに色々と五番隊のこと、よろしく。

 四席君へ

 雛森だけじゃ難しいこともあるだろうから君もよろしくね"

 

 この紙が発見された後、五番隊の第四席が呼ばれた。

 

「本田からのメッセージだ」

 

「……確認しました。それで、雛森さんは?」

 

「本田の脱獄の後、目を離した隙に牢の壁を破って逃げた」

 

「えっ」

 

「……まぁ、その、なんだ……頑張れ」

 

 その時の彼の表情は敢えて語るまでもない。




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。

あれ?これ、面白いか? とか考えると途端に書けなくなりますよね。
まぁ今までもそういうことはあったんですけど。

今回のネタ
誰だってそーする。俺もそーする。:ジョジョの奇妙な冒険 第四部 ダイヤモンドは砕けない より 虹村京兆の台詞

何故雛森がここに?逃げたのか?→何故瑠璃がここに?逃げたのか?:遊戯王ARC-Vより 黒崎ではなく黒咲隼の台詞。 彼女は瑠璃ではない(無言の腹パン)


次回を楽しみにしてもらえると良いなぁ。


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第十九話

どうも。2ヶ月ぶり位ですかね。相変わらずの駄文で申し訳ないです。

まぁいずれにせよ楽しんで頂ければ幸いです。

4/15 メイトリクス様、誤字報告ありがとうございます。
4/16 不死蓬莱様、誤字報告ありがとうございます。


「本田正勝、これで幕引きだ」

 

 朽木白哉は逆手に握り変えた自らの斬魄刀、千本桜を手放した。重力に従い落下する刃は、地面に刺さることなく、波紋を浮かべながら静かに姿を消す。

 

「卍解」

 

 静かな、しかしはっきりとした言葉。それに続いて地面から無数の波紋が生じ、巨大な刃が立ち並ぶ。

 

「千本桜景厳」

 

 そして、並んだ刃は始解の時と同じく、桜の花弁を思わせる姿に変わる。しかし、その量は始解時の比ではない。

 

 生で見るとこんなに綺麗なのか。

 

 今まさに朽木白哉の卍解を目の当たりにし、その刃が迫る正勝の胸中はこんなものであった。

 危機感が足りないと言えば確かにその通りであるが、普段の及び腰も鳴りを潜める程、千本桜景厳の美しさに見とれていた。

 

 そしてそのまま千本桜景厳の花弁に呑まれていった。

 

 しかし朽木白哉は警戒を解くことはない。未だ正勝の霊圧は消えていないのだ。

 

 千本桜景厳の通り過ぎた後には、瓦礫と、その中に立つ鎧武者の姿があった。正勝の斬魄刀、忠勝の始解状態である。

 これまでの戦いの中で破られたことのなかった鉄壁の鎧であったが、千本桜景厳の刃の奔流に呑まれた結果、ヒビが入り、今にも崩れそうになっている。

 

「間一髪、と言ったところか……。だが、再び防ぐことはできまい」

 

「いくら頑丈とは言っても、まぁ、限界はありますからね」

 

 正勝の発言と共に、音もなく鎧が崩れ落ちる。しかし頼みの綱である筈の鎧が崩れたにも関わらず、正勝の表情に焦りは見えない。

 

「もう打つ手はあるまい」

 

 朽木白哉は正勝のその表情を諦めと取ったようだ。

 

「……勘違いしないで下さいよ、朽木隊長」

 

「何?」

 

「鎧が崩れたのは、千本桜景厳の力に耐えられなかったからじゃありません」

 

 負け惜しみにも聞こえるその言い分に朽木白哉は眉をひそめる。

 

「貴様自ら鎧を破ったと?」

 

「ええ、たとえ卍解と言えど、一回で破られる程忠勝はやわじゃない」

 

「ならば、鎧もなしに私に勝てる、と言いたい訳か。その傲り、打ち砕いてくれよう」

 

「そこまでは言いませんがね……鎧を脱いだのも、それが必要だったってだけの話ですし」

 

「生身の貴様が卍解相手に何ができる……」

 

 脳裏に走った一つの可能性。勝ち目を見出だすとするならば、それしかない。しかし、目の前に立つこの男がそれをできるのかどうか。

 

 斬魄刀による戦闘、その極致、卍解。

 

 本田正勝が卍解を会得しているならば……今のこの様子にも頷ける。

 

「貴様、よもや……」

 

「やるぞ忠勝……これが、俺の、いや、俺達の全力……!!」

 

 大きく息を吸い込み、渾身のドヤ顔で高らかに宣言する。

 

 

「卍!!解!!」

 

 

 

 

 

 という夢をみたのさ。

 

 

 

 

 

 まさかまさか、俺が、この俺が、朽木隊長と真正面から戦う筈ないじゃないの。そんな状況に陥らないように逃げたりしてるのに。大体朽木隊長と派手にぶつかるのは恋次や黒崎君の仕事である。俺は細々とその邪魔にならない程度に頑張りたいものだ。

 

 そろそろあれだ。処刑が早められるくらいの時期だよな。いよいよこの騒動も終盤か。

 

 寝て起きたってことは、もう昨日になるか。昨日黒崎君は夜一さんに拉致られたから……そろそろ? 結局は原作通りのタイミングで凸するのがベストになるんだろうか。いや、もういっそ裏方に回るべき? 凸しないで裏方って言うと……おっと、もしかして雛森枠ですか? 市丸隊長に注意? 注意しててもどうもならん気がするな。

 

 でも、ことが始まる前に助けるだのなんだの言っといて裏方ってのも良くないかもな。矢面にたたないとな。

 

 ……まぁ、矢面に立つにせよ裏方に回るにせよ、取り敢えず少しの猶予が有るわけだ。確か今頃は黒崎君は卍解の修行で……恋次は……もう戦ってんのかな?あとは……雛森か。あれ、雛森今何やってんだろ。捕まったのかな?捕まった所でどうせ抜け出すんだろうけど。抜け出すにしても原作みたいにならないと良いなぁ。

 

 

 ところで、俺、今捕まってるんだ。

 

 忠勝取り上げられたし、何か霊力封じられてるし、特にできることもないから回想でもしようと思う。

 

 うーん、どこから振り返ったものか。

 

 

 ルキアの牢の近くに行ってみると、丁度岩鷺がルキアを連れ出すタイミングだったみたいで。離れたところから様子を伺ってると、まぁ、朽木隊長が来たわけですよ。うん、原作通り。

 

 しかしまぁ、そのまま岩鷺が重傷を負うのを見てるってのも忍びねぇなって思った俺は飛び出していこうとしたんだよ。

 

 でも俺より先に飛び出して行った人がいたんだなこれが。

 

 

「俺の弟に何する気ですか? 朽木隊長」

 

「兄ちゃん!」

 

「海燕殿!?」

 

「……志波海燕か」

 

 

 我らが海燕さんです。さすが兄貴だぜ。出遅れた俺はやるせなかったぜ。

 

 

「旅禍に対して攻撃するだけだ。そこを退け」

 

「あんたなら斬魄刀を使うまでも無いでしょう。旅禍だとしても俺の弟だ。流石に見過ごせませんね」

 

「兄ちゃん……!」

 

「退かぬなら、貴様ごとやるしかあるまい……散れ、千「ちょーっと待った!!」」

 

 

 ここで更なる乱入者が登場。ご存知浮竹隊長だ。……俺? 隠れて見てるよ。

 

 

「やれやれ、物騒だな。流石にここで斬魄刀を使うのはまずいんじゃないか?」

 

「戦時「戦時特例っすよ、隊長。さっき話したじゃないすか」……」

 

「そうだったか? いやぁ、すまんすまん……旅禍の侵入がそんなに大事になっていたとはな」

 

 

 そんな感じ。まぁ、この段階で岩鷺の危機は去った訳だが、既に此方に向かっていたであろう黒崎君はそれを知らない訳で。

 

 

「!? 何だ、この霊圧は」

 

 

 この時点でも更木隊長倒してるんだからヤバイよね。主人公ってすごい。そう思いました。

 

 

 何か空飛ぶ杖みたいなのを使って黒崎君が飛んできました、と。一方、本格的に出るタイミングを失ってどうしたもんか考えてる俺でした。とっとと帰れば良かったのにね。まだ、まだこの後出番あるかも……、みたいに思って残っちゃったんだよね。

 でもこの後って、黒崎君が朽木隊長と一触即発みたいになって攻撃を受け止めてドヤ顔するけど夜一さんに「はい駄目ー」ってされるだけじゃん? どこに俺の出番があったんだろうね。

 

 で、まぁ夜一さん登場からの黒崎君戦闘不能。この間約10秒。瞬神の二つ名は伊達じゃない。

 

 この後俺が飛び出してくる訳ですよ。うん、何やってんだろうね。俺にもわかんないよ。

 

 

「逃がすと思うか?」

 

 夜一さんに対して朽木隊長が言ったんだ。その次の瞬間、ね。

 

 

 この時は、「今だ!」って信じて疑って無かったんだよ。

 

 

「いいえ、逃がしてもらいますよ」

 

 屋根の上で腕を組んで。ドヤ顔も添えて。満を持してとでも言わんばかりに登場しました。

 

「正勝!?」

 

「本田!?」

 

「……何故貴様が此奴の味方をする?」

 

「彼がルキアの味方だからですよ!」

 

 

 まぁ、そんな感じ。夜一さんが黒崎君連れて逃げてから、ふと我に返った。黒崎君を逃がすのはいい。だがその後俺はどうするつもりかと。

 

 現にこうなっちゃってるんだから、お察しですな。

 その場に海燕さんや浮竹隊長が居たからワンチャン逃がして貰えるかなとも思ったんだけど。

 

 

 去ろうとする俺の肩に手をおきながら海燕さんが話しかけてきた。

 

「何で普通に去ろうとしてるんだ? 本田」

 

「何でって海燕さん、このタイミングじゃルキアを連れ出すこともできないから出直そうってだけですよ。藍染隊長殺しの真犯人を探してる途中ですし。だからこの手を退けてもらえませんかね」

 

「まぁ待てよ本田」

 

 ここで浮竹隊長も反対側の肩に手を置いた。

 

「別に、俺も海燕もお前が藍染をやったとは思っちゃいないさ」

 

「なら「でもな」……」

 

「流石に脱獄は駄目だろう」

 

「そうそう。今はどの隊も旅禍の侵入でてんやわんやしてるんだ。そんな時に藍染隊長が殺されて、しかも容疑者逃亡。正直そこまで人手を割く余裕なんてないってわかるよな?」

 

「勿論ですよ。これでも副隊長ですからね」

 

「なら大人しく捕まるのが皆のためってのもわかるよな?」

 

「え、いや、それとこれとは」

 

「安心してくれ。事が終われば必ずお前のことも何とかする」

 

「ですから……」

 

「本田、そんなに俺達が信用できないか……?」

 

 その言い方はズルいでしょうよ。

 

「いや、そういうわけではなくてですね」

 

「もうよい。連れていけ」

 

「えっ、ちょっ」

 

 

 回想終わり。いつの間にか色々手配していた朽木隊長の一声で俺は連行されましたとさ。

 

 

「すみません」

 

「何でしょうか?」

 

「胃薬を頂きたいのですが」

 

「ああ、気が回らなくて済みません」

 

「いやいや、捕まってる奴にそこまで気を使うのもおかしいでしょう」

 

「はは、それもそうですな。取り敢えず四番隊に連絡しておきますので暫しお待ち下さい」

 

「ありがとうございます」

 

 今俺が捕まってるのは六番隊舎。ルキアがここに入れられてた時に通ってたから割と打ち解けてるんだよね。隊長以外とは。

 

「その声、正勝か?」

 

「そういう君は、阿散井恋次」

 

「何だその言い回しは」

 

「何でもない」

 

 隣は恋次が入れられてたりする。俺が入れられた時点では寝てた。起きたってことはそろそろ脱獄するのだろうか。

 

「何でお前牢に入れられてんだよ」

 

「そりゃあお前……あれだよ」

 

 色々あったんだよ。

 

「本田副隊長は藍染隊長殺害の容疑を掛けられ、一時は十番隊舎の牢に入っておられましたが脱獄。その後捜索されていましたが本日、朽木隊長、浮竹隊長両名の手により捕縛され現在に至ります」

 

「何やってんだよ……ってハァ!? 藍染さんが殺害!? しかもその容疑が正勝にだと!? 何だそりゃ!? 説明しろよ正勝!!」

 

「色々あったんだよ」

 

「そんなんでわかるか!!」

 

「落ち着けよ。傷口開くぞ」

 

「何でお前はそんなに落ち着いてんだよ!?」

 

「もう散々一人で騒いだし」

 

 心の中でな。

 

「恋次はこれからどうするんだ?」

 

「決まってんだろ」

 

 ルキアを助けに行く、いや、まずは卍解の修得からですねわかります。

 

「そうだよな」

 

 恋次は蛇尾丸を手に取り、鉄格子を破壊する。

 

「!? 阿散井副隊ちょっ!!」

 

 驚いた見張りの隊士が声を上げるも秒でノックアウト。

 自分の牢から出た恋次が此方を見て言う。

 

「じゃ、先行くぜ」

 

「えっ!?」

 

 俺の声を無視して出ていく恋次。あれか、お前ならこのくらい余裕で出られるだろって感じか? 信頼は嬉しい。だがその考えは間違っている。

 今俺の手元に忠勝はない。頼みの綱の鬼道も霊力封じられてるからどうしようもない。助けてくれよぉ!!

 

 

 やんなっちゃうぜ全く。

 不貞寝してやろうと思って横になったその時である。

 

「本田君!!」

 

 雛森の声がした。

 

「助けに来たよ!」

 

 どうやら幻聴ではなかったらしい。なんて素晴らしいタイミングだろう。何者かの介入を疑ってしまう程だ。

 

「ありがとう雛森。でも今忠勝取り上げられてるし霊力封じられてるんだよ」

 

「鍵も斬魄刀も持ってきたよ!!」

 

「本当か!? ありがとう!! これで安心して出られる!」

 

 ああ、本当に素晴らしい。こんな部下兼同期が居て俺は幸せ者だ。これは流れが来てる!この勢いで尸魂界編を乗りきってやるぜ!

 

 牢を出て大きく伸びをする。自由って素晴らしい。

 

「よし、行くぞ雛森!」

 

「うん!」

 

 俺達の戦いはこれからだ!

 

 

「元気そうやねぇ、本田クン」

 

 早速壁にぶつかる模様。

 

━━━━━

 

「ええっ!? 副隊長捕まったんですか!?」

 

「ああ、朽木に浮竹、あと志波が捕まえたそうだ」

 

「そ、そうですか」

 

 た、隊長格三人がかりでようやく捕まえられるなんて……やっぱり副隊長はすごいや。

 

 

 五番隊第四席であるこの男は、自隊の副隊長、本田正勝に憧れを持っている。

 

 

 でも、仕事放り出してまで脱獄したんだからどうせなら捕まらないでいてくれた方がカッコいいのになぁ……。

 

 

 とは言え、仕事を自分に丸投げされたことについて思うことが無いわけではない。

 幸い十番隊隊長の日番谷が気に掛けてくれているが、貯まった書類に片付け、隊士に指示を出し、と昼夜走り回っていた。

 

 

「ほら、持ってけ」

 

「えっ!?」

 

 日番谷から大量の書類を手渡され、目を丸くする四席の男。

 

「あいつのことだ。牢の中じゃ何もできねぇとか考えて今頃寝てるんじゃないか?」

 

 確かに、正勝は病弱なイメージがあり、事実、よく胃を痛めているが、妙な所で図太さも持っている。日番谷の言っていることは容易に想像できた。

 

「部下にこんな大変な思いさせてんだ。寝かせてやることねぇだろ」

 

 牢の中でも書類仕事はできるだろうというわけである。

 ところで、副隊長と雛森三席は同期ということもあって仲がいい。また、日番谷隊長は雛森三席と幼なじみということを聞いたことがある。今のこの状況は私怨が混じっているのではないかと勘繰ることができそうだ。

 

 少し生暖かい目になりながらも、書類を受けとる四席。

 

「わかりました。きっちり仕事してもらってきます」

 

 とは言え、あの副隊長である。いくら妙な図太さがあろうと胃は正直だ。もしかしたらまたストレスで胃を痛めているかもしれない。四番隊に寄って胃薬でも差し入れてやろう。

 

 

 さて、胃薬を貰って、副隊長が入れられているという六番隊舎へ向かう。

 

 するとどういうことだろうか。隊士達が倒れているではないか。どうやら気絶しているだけのようだが、これは非常事態だ。何かあったのかもしれない。

 

 何かあってもうちの副隊長はぴんぴんしてるんだろうけど。そんなことを考えながら牢へ辿り着く。

 

「!?」

 

 そこはもぬけの殻であった。

 より正確に言えば、見張りと思われる隊士が倒れているだけで、牢の中には誰もいない。

 

「大丈夫ですか!? 起きてください! 何があったんですか!?」

 

「あ、阿散井副隊長が……」

 

「本田副隊長は!?」

 

「そ、そこの牢に……居ない!?」

 

 

 この後、この牢に居た筈の二名の副隊長の他、三番隊副隊長吉良イヅルも居なくなったことが発覚するがそれは別の話。

 

 四席の男は持ってきた書類に視線を落とすと深いため息をついた。

 

 やがて腹部を押さえ顔をしかめると、四番隊で貰った瓶を開け、中身を飲み干した。

 

「まっず……あ、でもこれすごい効き目だ……」




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。
次こそはもっと早く更新するつもりです(できるとは言ってない)

四席君の名前を考えた方がいいのかどうか……。まぁ気が向いたらですかね。

今回のネタ
・俺達の戦いはこれからだ! →ありがちなやつ。この作品はまだ終わりません。


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第二十話

一年以上経ってた。時間の流れって速いですよね。
遅くなって申し訳ないです。

楽しんで頂ければ幸いです。


 ん? あぁ、そのこと。

 

 ……わかってへんなぁ、イヅル。

 

 

 本田クンはなぁ、ボクと出くわすと、困った顔すんねん。

 

 どんな楽しそうにしてても、疲れきっとる時でも、僕が視界に入ったら、一瞬真顔になって体固なんねん。まあその後すぐ、さもそんなことしてませんよって顔するんやけどな。

 

 おもろいやろ?

 

 

 そ。

 

 それだけや。

 

 まあ、もし知らんようならルキアちゃんの処刑日早まったって教えたろ思っとったけどな。

 

 でも、知っとったみたいやし。

 

 ほんま、本田クンはおもろいよなぁ。

 

 真面目にやっとる筈やのに、結局なんやかんや胡散臭いもんなあ。

 

 正直者のボクとは大違い。

 

 ……?

 

 どないしたん、イヅル。妙な顔して。

 

━━━━━

 

 脱獄、そして市丸との邂逅。なんやかんやあって走る本田と雛森。そんな中、女子力で冴えた雛森の脳にある疑問が浮かんだ。

 

 

「……ねぇ、本田君」

 

「どうした?」

 

「本田君は、藍染隊長を殺した犯人の目星ついてるんじゃないの?」

 

 別に確信があって聞いたとか、そんなわけじゃない。

 ただ、ふと思った。藍染隊長の下で色んな事を学んだ本田君が、宛もなく闇雲に犯人探しなんてするのかって。

 朽木さんの処刑が迫っているってこともあるのかもしれない。でもそれなら朽木さんを助けようとするのと、藍染隊長殺害の犯人探しをどっちもやろうとするのは正直無茶だ。

 

 本田君はもしかしたら犯人を探す気はないのかな。それとも、犯人に気付いているけど、見逃している……? 前者だとは思えない。あり得ないと言っても良い。大恩ある上司の仇をそのままにしておくのは、流石におかしい。もしそうなら、本田君の頭がおかしいか、藍染隊長との関係がうわべだけのものだったことになる……よね。

 でも、もし後者なら、見逃しているとしたら……一体どうして?

 

「……そんな筈ないじゃないか。わかってたらどうにかしてるって」

 

「……そっか」

 

 答えるまでに間があった。

 難しい質問じゃない。話すのを躊躇った? 言い訳を考えた?

 いずれにせよ、何かある。犯人に気づいているか、私に言えないことがあったのか。もしくは、その両方。

 そもそも、藍染隊長を殺せる人がどれだけいるの? やっぱり、隊長格の人、だよね。

 もし、本田君が犯人を突き止めていて、私に伝えてないとすると……

 

 まず考えられるのは、犯人が口封じする時に私がその対象にならないように……? でも私が犯人なら、犯人が誰か知ってる人が誰かと一緒に居たらまとめて口封じする。なら私に隠す意味なんてあんまりない。

 

 なら、やっぱり、別の理由があって伝えてない?

 

 私に知られてはいけない人が犯人……?

 知られてはいけないって、どんな人だろう。総隊長とか? でもそれだと私どころか尸魂界がやばいよね。なら言っちゃっても良いはず。あ、卯ノ花隊長? 確かに卯ノ花隊長が犯人でもなかなかインパクトが大きいよね。ありえないと思うけど。

 でも今挙げた二人だと、殺したからどうこうって言うより、何で殺したのかって所が重要だよね。

 

 それか、知ったらショックを受けるような人が犯人……とか?

 でも、私が仲良しな人の中で藍染隊長を殺せるような人なんて……。本田君は、違う。阿散井君じゃ無理だし……吉良君も無理。あとは……女性死神協会の人? でも藍染隊長を倒せそうな人となると卯ノ花隊長くらいしかいないし……乱菊さんはありえないし……ん?

 

 あっ……シロちゃん…………?

 

 いやいやいやいや……そんなわけ……。

 

 動機もないし……。

 

 

 ……でも、隊長だから実力はかなりあるはずだし、頭もいいから、偽装も上手そう……それに、実際、このことにたどり着いちゃった私はショックを受けてる。

 

 もしかして、本当に……?

 

 だとしたら……。

 

━━━━━

 

「本田君、私、ちょっと用事思い出したんだけど」

 

「用事?」

 

 何しに来たのかよくわからなかった市丸隊長が去り、恋次と合流するべく移動し始めた途端にこれである。なかなか進めない。

 

「なら、その用事を先に済ませるか?」

 

「ううん、大丈夫。本田君は先に行ってて」

 

 大丈夫なのか。え、でも雛森じゃん。この時期の雛森って危うくない? そうでもない? 一人にしていいんかね?

 

 ……。

 

 まあ、いいかな? 眼鏡置き(あいぜんたいちょう)に騙されて、とかじゃないだろうし。

 

「わかった。気を付けてな」

 

「うん、本田君もね!」

 

 さて、俺も急がないと。確か恋次は黒崎君のとこにいる? 向かった? んだよね。合流しようそうしよう。味方は多い方がいい。

 

 主人公の近くなら割かし安全とか、そんなこと考えてなんかないんだからねっ! ……一人でやっても空しいだけか。

 急ごう。

 

 

 

「……間違いねぇ、あいつの霊圧だ」

 

「やっと追い付いた!」

 

「正勝か」

 

「置いてくとか最悪だなお前」

 

「信頼あればこそって奴だ。現にお前、出てきてんじゃねぇか」

 

「いやそういう問題じゃ……まあ、いいや。……どうやら近くに居るっぽいな」

 

「そうだな」

 

「どうするつもりだ?」

 

「そりゃお前……こうすんだよ!」

 

 手に持った蛇尾丸を地面に叩きつける恋次。地面が崩れる。足場が無くなれば落ちるのが自然の摂理だ。せめて一声かけてほしかった。

 

 恋次は難なく着地し、キメ顔で歩きだす。俺も遅れて、着地時に足首を痛めたことを悟られないよう注意しながら続いた。

 胃が痛い日々を過ごしながら冤罪で捕まったりした上に足首まで痛めるとかどんな拷問だろうか。俺なら泣いている。いや泣いてないけど。

 

 ダイナミックな登場に注目が集まった。不思議と胃は痛くない。きっと普段に比べたらストレスが少ないからだろう。

 

「お前は! 阿散井恋次! と、えーっと、キツネ顔じゃない方!」

 

「こんな「誰が無個性だとこのオレンジストロベリー!」

 

 恋次が何か言おうとしていたようだが、つい過激な台詞が口から出て来てしまった。なんてことだ。ストレスかな?

 

「正勝どうしたお前……」

 

「いや、何でもない。うん、幻聴だよ。黒崎君、俺は五番隊副隊長、本田正勝だ。よく、覚えておいてくれよ」

 

「いやでもお前……」

 

「さあ! 卍解の修行をしようじゃないか恋次! 俺も付き合うとも!」

 

「お、おう……あ、そうだ」

 

 ここで、黒崎君の方に向き直る恋次。

 

「てめぇに良いこと教えといてやる」

 

「な、何だよ」

 

「ルキアの処刑時刻が変更になった━━明日の正午だ」

 

 黒崎君と夜一さんに動揺が走る。が、それは置いておこう。

 

「ほら行くぞ恋次。邪魔しちゃ悪いだろ」

 

「あいよ」

 

 このあと滅茶苦茶修行した。

 

━━━━━

 

 朽木ルキアが処刑される。そのことが決定してからというもの、旅禍の襲来、藍染の変死と、次々に異常事態が起こっている。

 

 それに何かを感じない程、日番谷冬獅郎は愚かではない。

 

 この処刑の裏には何かがある、そう思い至っていた時のことである。

 

 彼の幼なじみであり、藍染殺害の重要参考人の本田正勝の同期兼部下である、雛森桃が十番隊隊首室に現れた。

 

 追われる身、というほどではないとは言え、仮にも脱獄した彼女が自らである。当然、戸惑った。

 

「雛森……? 何だってこんな所に? いや、そもそも何で脱獄したんだ」

 

 雛森は何も答えない。

 

「黙ってないで何とか言ったらどうだ? 俺だって暇じゃねえんだぞ」

 

「日番谷くん……」

 

「日番谷隊長だっての」

 

「……私は、あなたに聞きたいことがあってここに来たの」

 

「聞きたいこと? 藍染の事件の手掛かりならまだそんなにねぇぞ」

 

 雛森は首を横に振る。

 

「そんなことを聞きに来たんじゃない」

 

「そんなことってお前なぁ……なら、何だよ」

 

 呆れた顔で問う日番谷。それなりに大事にしてたであろう部下からそんなこと扱いされては藍染も無念であろう。

 

「……どうして」

 

「?」

 

「……どうして、藍染隊長を殺した罪を本田君に着せたの?」

 

 雛森の口から飛び出したのは、思いがけない問いである。一瞬、思考が止まる。そして戸惑う。何故そんなことを? 何故俺に?

 

「待てよ雛森……それじゃなにか? 俺が藍染を殺したってのか?」

 

「日番谷君なら、天才であるあなたなら、できるでしょう?」

 

「んなことするわけねぇだろうが!」

 

「だったら! どうして本田君は犯人を知らない振りをしてるの? どうして私に犯人を隠すの!? 犯人はどうしてあれだけ完璧に犯行現場を偽装できたの!?」

 

「だからそれを今……」

 

「氷って便利だよね」

 

 先程とは打って変わって静かな声になる。

 

「何……?」

 

「氷を使えば、藍染隊長を殺して、その凶器を隠すのにも困らないよね」

 

「お前……」

 

「きっと、凍らせちゃえば血も操れるんだろうなぁ……」

 

「お前は、本当に、俺がやったと……?」

 

「わからない」

 

「は?」

 

「わからないよ。手掛かりなんて私にはわからないし、本田君は何も言ってくれない。私は力になりたいのに!」

 

「だったらこんなこと……!」

 

「だって、おかしいじゃない! あの本田君が、宛もなく動くなんて! きっと何かに気付いてる! 何かを隠してる! 本田君が犯人に気付いていて私に言わないんだとしたら、私を傷つけない為に決まってる! 私が知ってショックを受けるような人間の中で、藍染隊長を殺せる人なんて、あなたしかいないのよ!!」

 

「なん……だと……?」

 

 辛うじて言えたのはそれだけだ。さっぱり解らなかった。はっきりしているのは雛森が相当錯乱していること。

 

「弾け……」

 

 思考している内に、雛森は斬魄刀に手を掛けていた。

 

「やめ「飛梅!!」チィッ……」

 

 飛来する火球を間一髪避ける。己が斬魄刀に手を伸ばすが、止めた。自分が斬魄刀を使えば間違いなく彼女を傷付ける。絶賛片想い中の日番谷にそのようなことができる筈もない。

 

 しかし、力ずくでしか彼女は止められないだろう。

 

 であるならば、やる他ない。拳で。

 日番谷冬獅郎は天才である。白打でも十分戦える。

 

 次々飛んでくる火球の合間をすり抜け、雛森の意識を刈り取るくらいなら、そう難しくなかった。

 

 

 意識を失い、倒れる雛森。彼女は泣いていた。泣きながら戦っていた。斬魄刀の柄に血が滲む程強く握り締めて。

 

 誰が彼女にこうさせた?

 

 誰が彼女をここまで追い詰めた?

 

 何故自分が雛森を傷付けなければならない?

 

 

「本田ァ……」

 

 忠告はしていた。なのにこの体たらく。どころか、雛森を追い詰めてさえいる。

 

 事が終わったら覚えておけよ、と何処かに隠れているであろう本田正勝に向かって呟くのだった。

 

━━━━━

 

 ゾクリと悪寒が走る。風邪ならどれだけいいだろう。だがわかる。間違いない。これは、何かろくでもないことが起こったのだ。

 

 何が起こったのか。これから何が降りかかるのか。想像しただけで胃が震える。

 

 明日に備えて速く寝よう。

 

 明日はとうとう眼鏡置きが天に立つ日だ。これ天って漢字間違えたら変な感じになるよね。例えば、眼鏡置きが店に立つ、とか。新しい眼鏡置きがお店デビューみたいな。いやでも天に立つのもオールバックのニュー眼鏡置き(あいぜんたいちょう)な訳だしデビューって意味では一緒なんじゃ……ん? 何考えてんだ俺。

 結構余裕あるのでは。いやないけどさ。現実逃避だようん。

 

 

「なあ、正勝」

 

「どうした?」

 

「届くと思うか?」

 

「……届くさ、きっと」

 

 

 

 翌朝、恋次がいた場所はもぬけの殻で、書き置きが残されていた。

 

 "ルキアは頼んだ"

 

 どうやら置いていかれたらしい。

 

 べ、別に、置いてかれたから朽木隊長は恋次に任せていいかとか、朽木隊長と戦わないで済んで良かったとか、そんなこと考えてないんだからね。

 

 

 さて、まあ、冗談は置いといて、恋次の助太刀に行くとしよう。ここで朽木隊長にダメージ与えとく方が後々有利に働くだろう(うろ覚え)。

 

 黒崎君達への挨拶もそこそこに恋次vs朽木隊長の現場へ急ぐ。詳しい場所は知らないがそのうちドンパチやりだして、すぐ見つけられるだろう。

 

 あ、でも、ルキアの移送を襲撃して逃げた方が手っ取り早いんじゃ…………いや、そこまでしてしまうと拗れて面倒かな……。

 

 考えながら走っていると、誰かが立っている所を通り過ぎた。誰だっただろう今の、と思ったけど、答えはすぐわかった。

 

「鳴け、清虫」

 

 不意討ちはズルいと思う……。

 

 

 

 目が覚めるとそこは……。

 

「や、本田君」

 

眼鏡(あいぜん)……置き(たいちょう)……!?」

 

 雛森枠って俺なの……? 違うよね……? あ、これヤバい。穴開いたわ。

 

 




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。

あんま進んでなくて申し訳ない。あとたぶんまたしばらく時間あきます。申し訳ない。仕事が忙しくてね。

あとあれだ。割と描写省いてる感あります。分かりにくかったら言って下さい。


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第二十一話

まだ一年は経ってない!! 遅いのは違いないけども。遅くなって申し訳ないです。

楽しんで頂ければ幸いです。


「久しぶりだね、本田君」

 

眼鏡置き(あいぜんたいちょう)……生きて、いらっしゃったんですか? でも、あの眼鏡は……」

 

 その(胃痛の)重みに耐えかね、侘びるように頭を差し出す。……故に、とか言ってる場合じゃない。

 

「ああ、実は、何者かに私は命を狙われていてね。敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう? 死んだように見せて、姿を隠していたんだ」

 

「そう、でしたか……」

 

 考えろ、考えろ。この状況……どうする? お腹痛い。いや痛いけどそれよりまず何とかしないと。

 

「と、言ってみるのもありかと思ったがね」

 

「それは、どういう……」

 

「君なら、解っているだろう?」

 

 は? 何言い出してんだこの眼鏡置き。知るわけねーやん。腹痛いし。あ、あれか。多分、ルキア拉致して崩玉取り出すんだろ? 

 

「茶番は終わりだ」

 

「な、何を……?」

 

「尸魂界と袂を別つ時がきた」

 

「っ……!?」

 

 驚き過ぎて声も出なかった。何故それを俺に言うんだ? 俺が雛森枠じゃないのか……? そりゃあ、いくらイケメンでも眼鏡置きとハグするのは御免被るけども。

 

「君も、着いてきてくれるね?」

 

「っ!?」

 

「今まで君はよく働いてくれた。期待通り、いや、期待以上かな?」

 

「……」

 

「一番大きかったのは、志波海燕を助けに行った時のことだ」

 

「え……?」

 

 どういうことだ? 海燕さん助けることの何が眼鏡置き(あいぜんたいちょう)の役に立つ? 

 

「あの時君は、メタスタシアの霊体融合を受けた。そうだね?」

 

「っ……はい……」

 

「それがあって、君の価値は跳ね上がった。この意味は、わかるだろう?」

 

「な、なんのことやら……」

 

「……フ、まあいい、話を戻そう。私に着いてきてくれるだろう? 本田君」

 

 考えるまでもなく無理。俺はルキア奪還編を乗りきって平和に副隊長やるんだ……ん? ……平和はまだ遠かったなそういえば……。いや、にしても眼鏡置きの下に着くとかありえない。

 

「……た、大変嬉しい申し出ではございますが「朽木ルキア、阿散井恋次は君の幼馴染だったね」……っ!?」

 

「処刑は恐らく止められるだろう。だが……」

 

「……」

 

「混乱の最中だ。二人くらい死んだ所で、おかしくはないと思わないかい?」

 

 ……。基本的に我が身可愛さで生きているわけだし、原作キャラの二人は早々死ぬまいとは思っていた。でも、それは原作通り行けばの話。眼鏡置き(あいぜんたいちょう)が本当に殺すつもりで行ったら、生きていられるだろうか? いや、無理やん。スペックが違うよ。

 

「それに、だ」

 

 まだ何かあるのかよ……。

 

「君は自覚していないようだが、これまでの君の行動は、護廷十三隊に所属するものとして正しいものだったかい?」

 

「えっ……?」

 

「特に、朽木ルキアの処刑が決まってからの行動だ」

 

 始めっからルキアを助けるつもりでいた。だからこそ、黒崎君を見逃した。だからこそ、鎌鼬雨竜相手にも加減した。捕まったままだと何もできないから脱獄した。で、また捕まって脱獄した。

 

 ……ん? 

 

「君の行動は、常人からしたら理解できないものだ。何故はじめから迷いなく朽木ルキアを救おうとすることができた? なぜ旅禍を見逃すような真似をした? 何故捕まってからも大人しくせず、混乱を招いた?」

 

 あっあっ……ヤバい、過呼吸になりそう。

 

「きっと平穏無事に処刑を止められたなら、君の行動は徹頭徹尾朽木ルキアを救おうと努力した結果、と言えるだろうね」

 

「じ、実際、そうですから……」

 

 かろうじてそれだけは言えた。頭がどうにかなりそうだ。

 

「しかし現状、まだ何も解決していないこの状況に於いて、君は非常に疑わしい。それこそ誰かが、君のことを、「彼は初めから僕の部下だった」とでも言えば、真っ黒に変わるほどにね。……理解しているかい? 自分の状況を」

 

 死んだわ。こんなの無理だよ。

 

「ゴホッ」

 

 血が……。ヤバイって……。もう腹痛くなくなってるよ。

 

「もう一度聞くよ、本田君。私に、着いてきてくれるね?」

 

「……はい」

 

 俺はどこで間違えたんだろう? 最初から? やめろよ死にたくなる。

 

 

「お、皆さんお揃いで」

 

「市丸隊長……っ!? 雛森まで……」

 

 勘弁してくれ……。シロちゃんまだ? 

 

━━━━━

 

 日番谷冬獅郎を襲撃した後、雛森はまたも牢に入れられていた。

 度重なる脱獄の結果、厳重な拘束をされている。まともにできることと言えば空想にふけることのみ。

 

「本田君は今頃どうしてるかなぁ……。私のこと探してくれてるかな……? ううん、今はそれどころじゃないよね……。でも、もし、そうなら……」

 

 "雛森! 助けに来たぞ!"

 

 "本田君!! 私のことは放っておいていいから、早く朽木さんを!!"

 

 "お前を置いてなんて行けるわけないだろ!! 俺にはお前が必要なんだ!!"

 

 "本田君……"

 

 "雛森……"

 

 しかし、その時間は唐突に終わりを告げる。

 

「ハァーイ、雛森チャン。元気しとる?」

 

「市丸隊長!? どうしてここに?」

 

「何でやと思う?」

 

「暇潰しですか?」

 

「まず出てくるのがそれって、雛森チャン、ボクのこと何やと思っとるん?」

 

「市丸隊長は市丸隊長です」

 

「ま、ええけど。本題に入ろか」

 

「本題、ですか?」

 

「雛森チャン、ここ、出たない?」

 

「!? ……いえ、いいです。今良いところだったので」

 

「何が?」

 

「もうすぐ私と本田君が結ばれる所でした」

 

「……えー? あー……ふぅん」

 

「ですから、大丈夫です」

 

「ウン、そんなら、質問変えるわ。本田クンとこ行きたない?」

 

「行きます!」

 

 熱い手のひら返し。食い気味に答えた雛森の目に迷いは無かった。

 

 

 

 そんなことがあって、雛森は市丸に連れられて藍染達の元へとやって来たのである。

 

────―

 

「ほら雛森チャン、本田クンやで」

 

「本田君! ……と、藍染……隊長……!? どうして……!?」

 

「さて、本田君」

 

「……はい」

 

「彼女はどうしようか?」

 

「どう、とは?」

 

「袂を別つにあたって、身辺整理が必要じゃないかな? 不要な関係性は切り捨てるべきだ。そうだろう?」

 

「それは……」

 

 雛森を斬れってことか? 「憧れとは(以下略」みたいに? いや正確には刺してたけど。俺に、雛森を攻撃しろと? 

 

「君が望むなら連れていっても構わないが?」

 

「藍染隊長……? 一体何の話を……連れていくって?」

 

「気にすることはないよ雛森君。じきにわかる」

 

 そう言って眼鏡置き(あいぜんたいちょう)は雛森へと歩を進める。このまま行くと原作通りに……いや、下手したら雛森が死ぬ可能性もある。

 

「待ってください……俺がやります」

 

「……そうか。なら、任せるよ」

 

 眼鏡置き(あいぜんたいちょう)に任せて死ぬ可能性を上げるよりは、俺が自分で、ちゃんと死なないようにする方がいい。たぶんだけど。

 とはいえ、これで俺は、完全に言い逃れができなくなる。きっと、虚圏か空坐町辺りで眼鏡置き(あいぜんたいちょう)か、あるいは黒崎君サイドの誰かに斬られて終わるんだろう。……何やってんだろう俺は。何やってんだほんと……どうしてこうなった。

 

「本田君?」

 

「雛森、ごめん……」

 

「……どうして、謝るの?」

 

 顔を見れない。見てしまったらきっと覚悟が鈍ってしまう。

 雛森が死ぬよりマシだ。そう、マシなんだ。どうか死なないでくれ。あとできれば今すぐシロちゃん来て。今なら間に合うから。

 

 ……そうだ、時間を稼ごう。

 

「教えてくれないの? っ!?」

 

「少しだけでいい……このままでいさせてくれ」

 

 今、俺は雛森を抱き締めている。眼鏡置き(あいぜんたいちょう)がやってたそれを模倣しているのだ。発想が貧困な俺ではこうするぐらいしか思い付かなかった。

 

「あの、えっと……どうしたの?」

 

「……」

 

 なんとなく、こうしてしまったわけだが、どうしたものか。頭が回っていないようだ。シロちゃんはまだ来ない。

 

 どのくらい時間が経った? 数分か、数秒か……? 腹が痛くなくてかえって気持ち悪い。何か言わないと。

 

「……」

 

 駄目だ出てこない。

 

「……」

 

「……本田君」

 

「……どうした?」

 

「話して、くれないんだね」

 

「ああ」

 

「さっき謝ったのは、今こうしてることとは別のことにだよね?」

 

「……ああ」

 

「……これから、何かあるんだよね?」

 

「……そうだ」

 

 ……まだ来ない。

 

「朽木さんを助ける為……?」

 

「……」

 

 これがルキアを助けるためだと言えるのか? 雛森を攻撃することがルキアの助けになると? 

 

 言えるはずがない。

 

「ごめん……」

 

「えっ……?」

 

 小さく呟いて、斬魄刀を突き刺した。たぶん一瞬だったはずなのだが、酷くスローな感じがした。刃が肉を切り裂いて進んでいく感触がとても気持ち悪い。

 あいつは間に合わなかった。

 

「本田、君……」

 

「ごめん……ごめん……」

 

「……どうして……」

 

 斬魄刀を引き抜く。急所は外した……卯ノ花隊長が早く来てくれれば大丈夫だろう……。

 そういえば、人を斬ったのはこれが初めてだった。最悪だ。この不快感は忘れられないだろう。

 

 

「ふむ、君には難しいと思っていたが、存外、できるものだね」

 

「ボク最初っから言うてたやないですか。本田クンはやればできる子やって」

 

「そうだね。ギンの言うとおりだったようだ」

 

 

 

「……本、田……君……」

 

 まだ、意識があったのか、雛森が呼び掛けてきた。

 

「大、丈夫……?」

 

「何言って……」

 

「つらそう、だよ……?」

 

「っ……気にしなくていい」

 

 

 つらいとか、刺した理由だとか、言えるわけがない。言ってどうなるものでもない。それに何より、雛森は自分の心配をするべきだ。刺した俺が言うことではないのだろうけれど。

 

 雛森の魄動が弱くなっていく。

 

 こんなことをするために今まで頑張ってきたんじゃないのに。何でこうなってしまったのか。

 何故こんなことをしなければならないのか。

 

 黒幕は眼鏡置き(あいぜんたいちょう)だ。そんなことは知ってる。

 だが、この事態を招いたのは、こうして雛森が傷付くことになったのは、考えなしの俺の行動のせいだ。

 

 今までだってそうだ。たまたま、運良く、大きな事態にならなかっただけで、俺の行動のせいで、歯車が狂ってしまったら、本来助かるはずの命が、失われてしまうかも知れない。救えたはずの誰かが、救えずに終わるかもしれない。

 よかれと思っていた。それが尚更質が悪い。

 

 俺は……俺は……。

 

 

「オイ……こいつはどういうことだ?」

 

 この声……。

 

「何で、雛森が倒れてんだよ……!? 何で、お前が、斬魄刀持ってそこにいるんだよ……!?」

 

「……」

 

「答えろ!! 本田ァ!!!!」

 

 日番谷が、明確な敵意を持って俺を睨んでいた。

 返答によってはただじゃおかない、とでも言いたげに。というより、最早確信を持っているのだろう。

 雛森を刺したのが俺であると。

 

 しかし、今更、何だと言うのか。

 遅いんだよ。来るのが。

 

「見てわからないか?」

 

「あ?」

 

「刺したのは、俺。刺されたのは、雛森だ」

 

「てめぇ……」

 

 日番谷が刀に手をかける。戦いは避けられないだろう。

 ……どうせ、避けられないのだ。八つ当たりの自覚はあるが、思ったことを言わせてもらおう。

 

「そして……」

 

「?」

 

「お前は間に合わなかった……今まで何やってたんだ? 天才君」

 

 

 一瞬だった。あったはずの距離が縮まり、目の前には、憤怒の形相の日番谷。振り下ろされた刃をこちらも斬魄刀で受け止める。

 

 

「俺はてめえを許さねぇ……!」

 

「許してくれなんて言ったか?」

 

 自分で言うのもなんだが、俺は副隊長としてはまあまあ強い方だ。が、隊長格に敵う程ではない、と、思っていた。だが、今のところ、対応できている。

 日番谷が冷静さを欠いているからとか、理由は何かしらあるのだろう。それか、修行の成果が出てるのか。あるいはその両方か。

 

「何で雛森を斬った!?」

 

「……」

 

 "お前がさっさと来ねぇからだよ!!"なんて言ってしまっても、事情を知らない彼には伝わらないだろう。伝わらないなら言わなくていい。

 

「雛森は、お前のこと……! お前は、何とも思ってなかったってのかよ!?」

 

「大事な部下で、同期の友人の一人だよ」

 

「そんなこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 じゃあ何なんだ。というか何で言われっぱなしでいなきゃいけないんだよ。我慢できるか畜生。

 

「俺は言ったよな? そんなに心配なら十番隊に連れてけって」

 

 確か断られたんだったか。そのときは。なんだっけ、「うるせえ、別にそんなんじゃねぇよ」だったっけか。

 

「伝えるのが恥ずかしかったか? 俺はお前を守りたいって、だから側にいろって言うのが。本当に雛森が大事なんだったらそれくらいやれるだろうにな」

 

 斬魄刀で打ち合いつつ、彼の目を見て言う。

 

「……まあ、こうして間に合わなかったんだから、側に置いてても大して意味はなかっただろうけどな……牢屋に入れても駄目だったんだから」

 

「……殺す!!」

 

 

 余程今の言葉が堪えたのか、あるいはさっきから続く俺の態度に堪忍袋の緒が切れたのか……もし後者なら雛森を傷付けてる時点で堪忍袋の緒はもうみじん切りレベルだろうが……とうとう殺害宣言が出てしまった。

 

 

「卍解!!」

 

 始解は冷気と、それによって作り出された氷の竜を刀身から放つ。四方三里にいるうちは味方さえも巻き添えで殺してしまいかねない程強力な斬魄刀。

 その卍解は、天候すらも支配する。斬魄刀を持つ手が氷の竜に包まれ、背中から氷の翼を生やしたその姿は正に一体の竜。放たれる冷気も始解の時の比ではない。

 

「大紅蓮氷輪丸!!」

 

 怒りで荒れ狂うその霊圧は、隊長格の名に恥じない凄まじいものだ。だが、どうしてだろうか。別に怖くない。原作知識で未来を知っているから? 俺の実力が上がったから?

 ……いや、曲がりなりにも眼鏡置きの下に付いたことで、この場で俺が死ぬ可能性が限り無く低くなったからだ。

 我ながら情けない限り。笑いも起きない。

 

「今までも、これからも、どうあがいたってお前の思う通りにはならないよ」

 

 流石に弱く見えるぞとは言えなかった。あれは実力が隔絶してたからこそ言えることだ。眼鏡置き(あいぜんたいちょう)のようにはいかない。

 

 ……あれ、さっきの俺の発言はもしかして俺にも該当しているのでは……? 

 

 考えないことにする。

 

「……忠勝」

 

 鎧を纏う。あいつの卍解のせいで極寒だったが、今は暖かい。ホンダムの心遣いを感じる。でも腹がまた痛くなってきた。胃薬を完備してくれと切に願う。

 

 ……無理だよな。

 

 と、ぼんやり考えてる内に、氷付けにされてしまった。流石は卍解と言うべきか。流石は氷雪系最強。気づいた時には凍っていた、なんて、どんなホラーだろう。

 

 でも、ホンダムは止まらない。

 

 凍らされた程度で止まるものか。

 

「何……だと……?」

 

「何だよ、もう終わったとでも思ったのか……?」

 

 驚愕の表情の日番谷。どうやら本当に終ったと思っていたらしい。

 鎧の表面に張り付いていた氷が崩れ落ちる。

 

「さっき言ったろ。どうあがいても、お前の思う通りにはならないって」

 

 槍が回転を始める。霊圧を込めれば込める程、回転は速く、そして穂先は巨大化していく。

 

「流石氷雪系最強。気付いたら凍らされてた。怖い怖い。でも、その程度じゃあ、足りないんだ」

 

 バックパックからブースターが飛び出し、加熱を始める。

 

「お前の氷じゃ、俺を止めることも、殺すこともできないし、雛森を守ることも、自分自身を守ることも、できやしないよ」

 

 加熱は充分。槍も、準備万端だ。あとは、ぶち抜くのみ。

 

 

「さようなら日番谷冬獅郎」

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただけたなら何よりです。


作者によるオリ主虐めを始めたつもりだったんだが……思っていたより虐められてない気がする……。

それはそれとして、シリアス入りましたが如何でしょうか。流石にずっとシリアルではいられないと言うか何と言うか……こうして叩き落とすのが醍醐味というか……まあ考え方は人それぞれでしょうけども。

続きは気長にお待ち下さい。


ちなみに、私がBLEACHで一番始めに好きになったキャラは日番谷君です


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