Fate×Gate = Gate Order = (No.20_Blaz)
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プロローグ 「出会い、自衛隊と魔術師と」

今更なプロローグ…なんですが。

ぶっちゃけ中身は短編のままです。
ですが、最後のほうはかなり弄って増量していますのでご安心を。

いわば追加場面って奴ですね。ハイ。

そんなワケで書くこともないので、プロローグをお楽しみください!


 

 

 

 

 

いつものこと。いつもの通り。いつもの如く。

 

斯くして、人類史と人類の存亡をかけた戦い、聖杯戦争の連戦。

人類史の歪である特異点を修正する、遥か永きに渡る旅

 

 

 

 

彼らはそれをこう呼ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――聖杯探索『グランドオーダー』と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――本当にいつもの事だった。

 

たった一人のマスターである青年、蒼夜は今回またドクターロマンから新たな特異点が見つかったという報告を聞き、相棒であり後輩であるマシュ・キリエライトと共にその特異点へと向かい、修正を行うため旅立とうとしていた。

 

数多の時代から呼び寄せられた英霊たちと共に、各時代の英霊たちと戦う儀式、聖杯戦争を生き残るため。

そして、その聖杯戦争の銃爪(ひきがね)となっている聖杯を見つけるために。

 

 

 

 

 

なのに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今回の特異点は実に不思議でね。場所は現代の日本の首都、東京。その中にある銀座…なのは確かなんだけど、どうにも銀座に聖杯があるってワケでもなさそうなんだ。

 こっちでも調査は続けるけど、何が起こるのか。何が起こっているのかは現状何一つとしてわかっちゃいない。いつもの事だけど、そこは気を付けて。

 

 今回も事前情報が何もないレイシフトだ。けど、現代ってことだし過去の特異点よりかはマシなんじゃないかな?

 うまく人の世を利用して情報入手に努めてくれ。それじゃ!」

 

 

 

 

 

…なーんてことを、ご存じ我らがドクターロマンが言い出したので、一抹の不安しか残っていなかった蒼夜たち一行。

その所為で、今回も案の定…否、今回はそれ以上に大変な目にあってしまっていたことを、またも毎度ながら通信状態が不安定なことでロマンたちカルデア側は遅く知ることとなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと。暗闇に暗転していた意識に感覚が着き始める。

触覚、嗅覚、聴覚。大部分の感覚が僅か数秒の間に回復し、神経が全身へと行き渡り始めた。

未だ視覚は戻り切っていないのか、目蓋を開けることにも少し苦労する。それに思考も殆ど動かず、何がどうなっているのかという混乱状態に近く、止まっていた感覚は少しずつだが復旧した神経感覚を頼りに情報を集めてくる。

 

 

「――――――。」

 

 

触覚。

全身の殆どが冷たく感じているが、一か所だけ妙に暖かい。場所は腹部。まるで、腹の中に暖かい食べ物を今し方流し込んだかのような暖かさだが、食べたときのような熱さはなく、ほんのりと柔らかさのあるゴツさという矛盾した感覚が感じられる。

 

嗅覚。

都市部のように鉄と少しのガソリン臭のある匂いなどではない。

優しくもどこか厳しい香り。例えるのならそう、木々が並んでいるところだ。

 

そして聴覚。

音はいくつかに分けられている。

一つは地面の草や枯葉が勢いよく飛ばされている音。

そして、それを蹴っている音。いや、それは足音だ。重く、しっかりと地面に足をつけ、それを勢いよく蹴り飛ばして駆け抜ける四つの足。人とは違う呼吸をしながら今も駆け続けているのは、恐らく一つだけ。

その生き物の背に跨り、手綱を持つものは今も定期的な呼吸を続けている。

 

 

 

駆け抜けていく風と、疾走する生き物。腹部からの感覚は誰かに抱えられている。

失っていた意識が、少しずつ動き出してくる頭の中と共に覚醒していき、全ての感覚と状況の把握ができた瞬間、彼の目蓋はゆっくりと開かれ、そこから光があふれ出した―――

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――――ぶはっ!?!?」

 

刹那。まるで水の中に溺れていたかのように苦しかった呼吸から解放され、蒼夜は閉じていた口を開き、新鮮な空気を目一杯吸い込んでいく。口を僅かに開けていたというのに呼吸が止まっていた彼の体内にはようやく空気が送られてきて、それを糧に思考と筋肉を再始動させた。

なにがどうして、どうなっている。ココにどこだ。俺はどうして。

頭の中で沸き上がる疑問に、また頭の中が混乱しそうになるが、それを今まで自分を担いでいた男が声を出して呼びかけた。

 

 

「おう、坊主! 気が付いたかッ!!」

 

「ッ……ライダー!?」

 

赤い髪と髭をしたマントを羽織る大男。サーヴァントクラス・ライダーの英霊は今まさに手綱を持ちつつもマスターである彼をかかえて愛馬を疾走させている最中だった。

走っていて声が聞こえにくくなってしまうというのに、彼の声は大きく、ハッキリと聞こえ善機能が回復するまえの頭に響いていく。そのお陰か、頭の中では今までの情報が呼び起こされていき、蒼夜は自分の状態を把握していく。

 

「俺は……いや……!?」

 

「話は後だ。今はしっかり掴まっとけッ!!!」

 

「えっ…?!」

 

気絶していて気づかなかったのか、蒼夜は地面を見ると、彼の愛馬が疾走しているので地面がルームランナーのように激しく後ろへと下がっている。厳密には彼らが前に進んでいるだけなのだが、宙ぶらりんの状態の彼には最初にそう見えてしまう。

 

「嘘っ…」

 

「先輩ッ!! そのままジッとしていてくださいッ!!」

 

「えっ…マシュッ!?」

 

混乱する彼に、動かないようにと呼びかけたのはライダーの後ろに座る一人のマシュだ。特異点の世界で着用する礼装の鎧をまとっており、現在は武器である盾はないが、その姿だけで彼に警戒心を持たせてくれる。

彼女の後ろには本来、馬に乗ることは不可能な三人目も乗っており、彼女の黒や紺色といった暗い目とは真逆の白拍子を着た少女のサーヴァントが座っていた。

薄い水色の髪を風になびかせ、心配そうな目でこちらを見るのは、その見た目と反したバーサーカーのクラスである清姫だ。

 

「マスター、今は彼女の言うことを聞いてジッとして下さい」

 

「清姫……っていうか俺、今抱えられてる!?」

 

ライダーに抱えられ、サーヴァント三人を乗せた彼の愛馬は現在、森の中を激走していた。一体どうしてこうなっているのかと、中から沸き上がって思い出してくる情報に頭を痛めながらも、記憶を手繰り寄せていく。だが、覚醒して間もないということでまだ本調子ではない彼を見て、もしかしてと察したマシュは、彼に分かるように簡潔な状況説明と言う名の現状の報告を叫んだ。

 

 

 

「今、私たちはドラゴンに追われているんですよ!!」

 

 

「ッ―――――!!」

 

 

マシュの言葉にようやく全てを把握した蒼夜。そして、その言葉に従って彼は首を後ろに向かせて顔を青空のある天へと見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突発的なエンカウントだった。

こちらに来てから、情報の一切が分からなかった彼らは一先ずは人里をと歩き出していた。

歩いて数時間。やっと見つけた村だったが、そこで思いもよらぬ出来事に遭遇してしまう。

言語が違うことに四苦八苦していた彼らは、突如制空権を取るように現れたドラゴンによる急襲を受けてしまう。既にオルレアンでの出来事を経験してドラゴンやワイバーンには慣れていたが、それとは違う「これぞドラゴン」というドラゴンが現れたのだ。

言葉が分からず、状況がつかめない彼らを棄てて、村人たちは襲って来たドラゴンと交戦。しかし武器がたった弓だけということから、戦力差は圧倒的だった。

その状況に見てはいられないと思った彼らは言葉が分からない事を承知で参戦。ドラゴン撃退戦を繰り広げる。

 

 

 

(そうだ……俺たちはドラゴンと戦って……それで……)

 

 

予想以上のしぶとさを持つドラゴンに、ついには村が全滅。それでも生き残っていた彼らは、あの世で呪われることを覚悟にして撤退していたと思われる(・・・・)

 

 

「ッ………!! ライダー、他のみんなは!?」

 

「今、あのドラゴンの注意をお前から逸らすためにそこらを走っておる。なにせ、マスターであるお前が、途中で気絶してしまったんだからな」

 

「あっ………!」

 

 

―――そうだ。そういえば、俺は気を失っていたんだ。

 

 

呼び起こされた記憶に、ようやく辻褄があった蒼夜は脳裏で自分が覚えている最後の出来事を再生する。

ドラゴンと交戦していた蒼夜たちは一組の親子を助けるために守りに行った。だが、彼のサーヴァントたちではドラゴンと戦うだけで間に合わず、最終的に彼自身が父親と思われる人物に引っ張られていた少女を助けたのだ。

 

直後、彼ら三人に向かいドラゴンの尻尾の大鞭が飛ばされた。

彼女の父親は何処かに飛ばされてしまい、辛うじて守れた少女は蒼夜と共に飛ばされたが、当たり所が幸いしたのか一人井戸の奥底へ。

そして守った当人は井戸の淵に頭をぶつけて意識を失ったのだ。

 

 

 

「そうだ……俺たちは…………」

 

「感傷に浸るのは後にしろ。今はこの場を切り抜けることだけを考えい!!」

 

ライダーの檄に危うく自責の念に押しつぶされそうになった蒼夜は、辛うじて耐えきり、彼の言葉通り現状打破を優先する。

 

「くっ………!」

 

後ろには一体の巨大なドラゴンが、自分たちを追いかけて飛んでいる。赤い鱗を全身に纏い、ワイバーンのような手がないものではない。どちらかと言えばファヴニールのような手足のあるタイプで、短い脚は宙に浮いて、尖った爪を持った腕が伸びている。またそれとは別に羽にも爪のようなものがあり、その見た目から凶悪さも感じられた。

鋭い瞳は確実に彼らをロックオンしており、今にも口の中から紅蓮の業火を吐き出しそうな状態のまま追い続けていた。

だが、四方八方で攻撃されたりするドラゴンはなかなか彼らに意識を向けきることは出来ず、もどかしい状態のまま森での追走劇を繰り広げていた。

 

「なんとかランサーさんたちがこちらへの攻撃を防いでいるようですね」

 

「足に関してはサーヴァントの中でも群を抜いておるからな。連れてきて正解だったわい」

 

「それ俺のセリフ…でもないか…」

 

 

いつドラゴンの炎に焼かれるか分からないまま、デットチェイスを繰り広げていたが、手綱をもって馬を走らせていたライダーが、再び声を上げた。

 

「ッ…!! 森を抜けるぞ!!」

 

「なっ…!?」

 

 

次の瞬間、正面に向き直った時には既に遅く、彼の目の前には広い平原が広がっていた。

ライダーたちは止まることもなく駆け抜けて行き、平原へと飛び出したことで、今までは辛うじてと思っていた事が、森に置いて行かれてしまう。障害物などが多い森ではなく、だだっ広く遮蔽物が殆ど無い平原ではと、高まった危険性、襲われる可能性に汗を滲ませる。

 

「ッ…他の三人は!?」

 

「もう直ぐ…!!」

 

近づいて来る他の仲間サーヴァントの反応に早く来てくれと願いながらも、抱えられて逃げ続ける。このまま彼我の距離が詰められては、恐らく相手のドラゴンの思うつぼ、完全に向こうが有利になってしまう。

しかし次の瞬間、清姫は肌でなにかを感じ取ったのか、躊躇することなく声を荒げる。

 

「ッ…マスター、攻撃が来ますッ!!」

 

「何っ!?」

 

「この距離でですか?!」

 

ドラゴンとライダーたちの距離はざっと二百から三百メートル。これは先ほどの人里の森の木々の高さから取られた距離で、恐らく今まで詰めなかったのはドラゴンにとってそれだけの間は目で捉えられたからだろう。

遮蔽物が無くなった今、距離をつめておけば接近戦や他の攻撃は容易に当たる。だがドラゴンはあえてそれを選ばず、今までできなかった事を今行うつもりだ。

 

「しかし、今の状態で攻撃なんて…」

 

「竜の類となるなら、攻撃の方法は一つしかあるまいて……!」

 

離れた距離から攻撃する方法。それは、誰が考えても一つだけだ。

ドラゴンの口からは少しずつだが熱が漏れ出し、そこには赤く燃え上がった物が見えてくる。高温を肌で感じた蒼夜たちは、確実にその攻撃が来ることを確信した。

 

 

「ヤツの炎が来るぞッ!!!」

 

「守りますッ…!」

 

もはや直接戦闘は避けられない。戦う事を決めた彼らは、せめて炎の攻撃が来る前にと防御態勢に入る。とはいっても守りに使えるのはマシュの盾だけなので、彼女が降りて守りの体勢に入るという順序しかできない。馬に騎乗するライダーは仮に直ぐ馬を戻せたとしても、マシュとの若干の距離が置かれてしまい、その場合、確実にライダーたちが落とされる可能性も高くなってしまう。

 

「ッ…ダメだ、マシュ! それじゃあ確実にどっちかがやられる!!」

 

「…ですがッ…!!」

 

このままでは炎が吐かれてしまい、全員お陀仏になってしまう。しかし、現状で全員を守り切れる方法はほぼゼロに等しい。宝具も現在、魔力量から使う事はできない。

だからといって自分とマスターだけが助かるというのもマシュの精神に反してしまう。

このままではどの道誰かが落とされてしまうのだ。

 

万事休すかと思われた、その刹那。

 

 

 

 

 

 

「―――どこ見てやがる」

 

 

 

「――――――!!」

 

 

ドラゴンの後ろに、今まで気配を消していたランサーが、朱い槍を構えて姿を現した。

 

 

穿つは心臓(いのち)。狙いは…確実。

 

 

朱き槍は、真っ直ぐとドラゴンを獲りに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――視点を移そう。

 

 

 

蒼夜たち一行が村を脱出してドラゴンとの追走劇を繰り広げていた間、村の方には入れ替わりである者たちが、調査に訪れていた。

後に「緑の人」と呼ばれる、日本の自衛隊だ。彼らもドラゴンの襲撃を目の当たりにして、調査に来ていたのだか、その時には既に蒼夜たちはドラゴンとのチェイスを始めており、ほぼ入れ替わりだった。

 

彼らは廃墟となった村を調査し、村人のほほ全滅を確認。しかしただ一人の生存者が居たということでその少女を回収して、一旦近くにあったもう一つの村へと撤収、自体説明をする。

そのドラゴンが危険であるということから村人と共に、駐屯地へと帰還していた。

 

 

 

 

 

「結局、アレって何だったんですかね?」

 

「さぁな。少なくとも、ありゃ俺たちが首を突っ込むことじゃない」

 

整地されていない道をゴトゴトと揺られながら、先頭を進む自衛隊の車両。それを運転する隊員の倉田は、焼かれた村でのことに未練でもあったのか、ハンドルを握りながらぼやいていた。

しかし、その横の助手席で手で頬をつく男、伊丹耀司はあまり思い詰めるなと言うように気遣った言葉で返す。そもそも、彼らの目的は人命救助が主ではなく、実際言えば本来は二の次のことではあったが、現在はある理由からそれが最優先に変わっていた。

 

まず、彼らが何故、こんな所に居るのか。大よその詳細は省くが、事の始まりは少し前にさかのぼる。

 

 

 

 

ある日、彼らの住む世界に、突如謎の物体が銀座に姿を現した。

それはどちらの(・・・・)世界からも、通称「門」と呼ばれるものだった。

そこから突如として押し寄せて来た謎の軍団。彼らは門の向こう側にある世界の国家「帝国」の軍勢だった。

当時、急襲を受けた銀座は大パニックとなり、多くの死傷者が出てしまった。

しかし「とある理由」から偶然居合わせた伊丹は、その場の指揮を執って多くの市民を守った。これが、後に今へと繋がる、始まりの事件だった。

 

その後、日本は門の向こう側に自衛隊を派遣することを決定。当然、多くの組織、国家からの陰謀、野心などもあったが、自衛隊は無事に向こう側の世界「特地」へと向かう事に成功。

そして、伊丹は現地での地理などの調査、そして可能ならば現地民との関係を築き、情報を得ることを目的に第三偵察隊の隊長に任命(された)。

斯くして、近くの村で最初の邂逅と交流を果たした彼らと、一度自衛隊の駐屯地へと戻るのだった。

 

 

「どの道、今はコダ村の人たちを安全な場所まで送る。それが俺たちの任務だ。焼かれた村の詳しい調査は、また次でも大丈夫だろ」

 

「…そうですね。今は、仕事仕事っと…」

 

「………。」

 

 

とは言ったものの。伊丹自身もあの村での出来事や惨状に気にならないワケはなかった。

突如現れたドラゴン。焼かれた村とその人たち。たった一人の生存者。

そして。

 

(後から…いや、恐らくは最初から(・・・・)居たと思われる馬の足跡…)

 

これがまさか、自分も一度は聞いたことのある大英雄の愛馬の足跡だというのは、当人が知ることは後になる。しかし、今は自分で言った通り、近くの村の住人をドラゴンの居る場所から安全に逃がすことが、彼らにとって最重要事項だ。

 

(…この場合だと、帝国の可能性が大か。つっても、危険なんだし………ま。後でじっくりと調べりゃいいってね)

 

取りあえずはと頭の隅にその事を置いた伊丹は、後ろから付いて来る村人たちの馬車を誘導するために速度を落とし、ピクニック気分のような帰還を内心で楽しもうかと思っていた、が。

 

「………で。まだ座るの?」

 

「………。」

 

現在、彼の助手席と倉田の運転席で助手席よりに一人の少女が座っている。当然、同じ小隊の面々ではなく、彼らとは別に現地、というよりも今し方出会ったゴスロリ服の少女で、未だ完全には分かり切っていない特地での言語だが、村人たちの反応から、かなり名のある、それも敬われている人物であるのは確かだ。

尚、現在伊丹たちの車両には村の住人の他に一人、女性士官である黒川という人物が後部に座っている。時折、彼女からの視線を感じながら、地味に胃に穴が空きそうな彼は正面を見続けるしか選択肢は残されていなかった。

 

「このゴスロリ服の子…一体何者なんだ…?」

 

 

もう少し言葉が理解できれば、彼女のことも知る事が出来るだろう。ここに来て自然とできた必須条件に、伊丹は自然とそうしなければという感覚を持っていた。

 

すると。彼の視界にあった車のサイドミラーにあるものが映り込む。

それは帝国が使っていたのと似ているワイバーンだった。

最初は追手か何かだと思っていたが、背に誰も乗せていないことから野生なのは明らか。

だが。問題はその次。ワイバーンの後に現れた「捕食者」だった。

 

 

 

「ッ…!! 戦闘用意ッ!!」

 

「えっ!?」

 

「何かあったんですか?!」

 

突然戦闘準備を命じた彼に、なにがあったのかと訊ねる黒川。彼女の目線からでは捕食者の姿は見えなかったようで、彼女の場合は鳴き声でそれを把握した。

 

「ッ…何っ!?」

 

「ドラゴンだよ、ドラゴンッ!!」

 

「うえっ!! マジだ!!?」

 

 

後ろから現れた赤いドラゴン。それは先ほど、別の場所で蒼夜たちと追走劇を繰り広げていたドラゴンで、その姿と鳴き声を聞いた瞬間、後ろに居た馬車に乗る村人たちはひどく驚き、叫んでいた。

 

 

「あれは…!?」

 

「え、炎龍……! 本物の炎龍じゃ!!」

 

炎龍と呼ばれたドラゴンから逃げるワイバーンは、最期には腹から尖った牙で噛みつかれてしまい、一瞬にして真っ二つになってしまう。

捕食というよりも駆除といったほうが正しいようなアッサリさとした振る舞いは、特地での自然の摂理を見せつけるには十分な光景だ。

そこから炎龍は、続けざまに喉の奥から炎を吐き、近くにいた馬車や人々を手あたり次第に焼き始める。

 

「マジで出て来たのかよ!?」

 

「しかもブレス吐いてますよ!?」

 

未だ自分たちが距離を取って狙われていないからか、率直な感想を述べていた二人だが、当然そんなことで高みの見物をするという馬鹿な真似をする気はない。伊丹の指示通り、馬車の護衛を行っていた自衛隊の車両三台が、炎龍と交戦し村人たちを守るべく応戦に映る。

 

「本物の炎龍は初めてじゃ…!」

 

「………。」

 

その中を魔法を使い、重量過多になった馬車に乗って逃げる魔導師の師弟は後ろから追ってくる炎龍から逃げつつも、その姿を目に焼き付ける。猛々しい姿は、二人を消し炭に変えようとしつこく追ってくるが、魔導師である二人は得意の魔法を使い、逃げることに一心になる。

 

(…師匠は言っていた。炎龍には活動と休眠のサイクルがある。なのに、それが五十年も早く…)

 

その馬車を操る少女は逃げつつも追ってくる炎龍を時々横目で見ながら、別のことを考えていた。しかし今は逃げることで精一杯で、深く思考するには自体は逃げを選択させていた。

 

 

(…活動が早まった…?)

 

 

 

 

 

 

「怪獣と戦うのは自衛隊の伝統だけどよ…!!」

 

「それって俺ら全滅するみたいな言い方なんでやめてくださいッ!!?」

 

入れ替わりで伊丹たち自衛隊の車両隊が前に出て、狙いを村人たちの馬車から自分たちに変更させる。遠くへと逃げる馬車よりも、目の前で動き回っている車に注意がむいたドラゴンは、生意気とばかりに咆哮を上げて、彼らの車両を鉄くずに変える機会をうかがう。

伊丹たちも黙ってそれを待つ気はなく、装備の64式小銃で足止めを始めた。

 

「ッ…12.7mmでも効かないって!?」

 

「牽制だ! ダメージが見込めなくてもいい!!」

 

帝国の保有する小型の翼竜には効果があった重機関銃も、体格や能力が全て上回っている炎龍にとってはかすり傷にもならない。だが、それでも撃たないより、他に気が向けられるよりはマシだと、小銃の部品が崩れることを承知でひっきりなしに撃ち続ける。

炎龍も小銃程度の攻撃には最初は特に反応していなかったが、続けて攻撃を受けて嫌気がさしてきたのか、目を彼らに向けて再び喉の奥へと炎を集める。

 

 

「……!! ブレス、来るぞッ!!」

 

炎龍の口から吐かれた業火は勢いよく彼らの車両へと襲い掛かる。だが馬などとは違い、それ以上の速度を叩き出せる車両に当たることはなく、炎は辛うじてほぼ真横へと叩きつけられた。

真横の死の恐怖に必死にハンドルを握り、回避する各車両の運転手たち。横目だが、サイドミラーには土が焼け焦げて煙を舞い上げていた。

あんな攻撃を受ければ自分たちはこんがりとしたローストになってしまう。運転席で息を飲んだ倉田はそんな恐怖に抑圧されながらも、死にたくない一心でハンドルを握り炎龍に接近する。

 

 

「あんなの喰らったら終わりっスよ!! 俺たちローストになってしまいますッ!!」

 

「クッ………」

 

そんなことは分かっていると心の奥で叫びたい伊丹だが、正直現状を打破する方法が見当たらない。一応、他に残された武器として対戦車榴弾、所謂ロケットランチャーを持っているが、威力は見込めても何処に当てればいいのか分からない。

定石なら頭部ないし、足に当てるのがセオリーだが、頭の場合は頭蓋骨などの硬さで、それほどのダメージがあるとは思えない。足も当てればダメージもあるし、相手の姿勢を崩せるが、それがかえって炎龍の攻撃を増やすことになりかねない。

ならばいっそ、口の中ならどうだと思うが、それはそれで発射までの時間とブレスが吐かれるまで間隔から考えて針に糸を通すぐらいの難しさだ。

 

 

「クソッ…! どうすりゃ…!!?」

 

万事休すか、手立てのない状況に伊丹は思考をフル回転させた。このまま全員が生き残れる方法は。何か、手はないのか。

今か今かと狙いを定める炎龍の目に、軽く恨みを持った瞬間

彼らの前に一つの希望が舞い込んだ。

 

 

 

 

 

「ッ!! おーのッ!!」

 

「えっ!?」

 

後ろから聞きなれない声が聞こえ、誰が言っているのかと思った時に答えは姿を見せた。体温を確保するために毛布に包まれていたエルフの少女が、起き上がり、彼に向かいなにかを訴えかけていたのだ。

まだ言葉の理解ができていない伊丹は最初はどういう意味かと思っていたが、途中からそれを察したのかエルフの少女は自分の瞳に白い指をさした。

 

「いつの間に……」

 

同じことを二度繰り返す。同じ行動がもう一度、彼の目の前で行われる。金髪の髪を揺らし、自分の瞳に指をさした状態で叫ぶその姿に、ようやく気が付いた彼はもう一度窓の外から炎龍の顔を拝みに行く。

もし彼女のジェスチャーが正しければ、それがもし本当なら。

 

 

「ッ……!!」

 

逆転の手はあった。

少女のジェスチャーは「目」という意味。

つまり。いくら鱗で硬い炎龍、ドラゴンでも瞳まで硬い理由がない。現にもう一度炎龍の顔を見た時には、気づいてても気付けなかった()があった。

恐らく、エルフたちが応戦した際にたった一度だけ与えられた致命傷。それが彼らにこの場を変える手段に変わってくれた。

 

 

「全員、目を狙えッ!!!」

 

 

隊長からの命令にどういう意味かと思うこと瞬間があったが、他の面々もその言葉と炎龍の頭部を見て直ぐに納得する。

炎龍の頭部、その左目には真新しい傷と共に一本の矢が刺さっていた。

矢じりの強度でも刺さる目の柔らかさ。それが現状で炎龍にダメージを与えられる方法だ。

 

 

重機関銃が火を噴き、小銃が真っ直ぐと、今度は炎龍の頭部に向かって行く。

今度は当てるだけじゃない。ダメージを与えるための攻撃だ。

照準を合わせ、狙いを頭部の黄色い目へと向けて銃弾の雨を当てていく。その攻撃が瞳の周りまで近づいた刹那、少しずつ効果が表れダメージがあったのか、子どもが嫌がるように炎龍が両腕で銃弾から頭を守り始める。首を振るい、少しでも銃弾から頭を守ろうとするが、銃撃の雨は狙いを変えず、目標を目に集中させていく。

 

次第に、炎龍の動きは目への銃撃で止まり始め、足は完全に固定。頭部も直撃を避けたいのか下がってしまう。

しかしそれで充分。

 

 

「足が止まったッ!!」

 

「勝本ッ!!」

 

伊丹は隊員の勝本に本命の一撃である対戦車榴弾を使わせ、トドメを討たせる。いくら炎龍といえどこれをノーダメージなわけがないと、照準を再び頭部へと向け、最後の一撃を与えようとしたが。

 

「ッ…!! おっと。後方確認っと…」

 

ご丁寧に後方の安全確認をした彼は、間髪入れずに隊員たちから無線通信で突っ込みをいれられてしまう。別に後方に誰が居るわけでもないのだが、どうにもそれが身に染みていたせいで、確認を行ってしまったようだ。

 

 

これが災いし、自分たちが最大のチャンスを逃したと、気づいたのはその僅か数秒後だ。

 

 

 

 

「ッッ…!! 勝本ッ!!」

 

「えっ!?」

 

今度隊長ではない、壮年の隊員である桑原からの声に思わず正面を振り返った。

なんと、炎龍が最後のあがきとばかりに、自分のしっぽを地面へと叩きつけて地響きを起こしたのだ。

 

 

「うわっ!?」

 

「何ぃっ?!」

 

足を止められてスタン(・・・)したと思っていた伊丹も最後の悪あがきが、炎龍にとって功を奏し、自分たちの最大のチャンスが潰されてしまったことにそれ以上の言葉ができなかった。

幸い、振られた尻尾は地面に叩きつけられただけで、勝本と彼が持つ対戦車榴弾も落とされることはなかった。だが、もう一度照準を合わせて攻撃するという工程がもう一度やり直しとなり、炎龍の怯みも、その瞬間に解けてしまった。

 

「マズッ…!!」

 

もう攻撃が襲ってこない。相手からの反撃が途絶えたとばかりに息を吹き返した炎龍は、今までのお返しとばかりに喉に炎を集める。

 

「勝本ッ、今ならまだ間に合う! 安全確認は後にして、早く撃てッ!!」

 

無線越しに叫んだ伊丹だが、正面に居た炎龍は既に炎の集束を終えて、今まさにその業火を吐き出させてようとしていた。

今度こそ終わった。伊丹の脳内では、既にゲームオーバーの如く、失敗のBGMが流れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ほう。矢張り、目が弱点か」

 

 

 

ポツリと呟いた弓兵(・・)は、にやりと口元を釣り上げて、振り絞った弦を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。

 

 

 

 

炎龍は二度目の左目への攻撃を食らい、悲鳴ともいえる咆哮を炎の代わりに吐き出した。

 

 

 

「なっ…!?」

 

「ッ………!?」

 

突如叫び出した炎龍に一体何が起こったのかと、車両に乗る全員が戸惑っていたが、彼らを置いていくように、事態は次々と新たな乱入者を投入する。

 

 

 

 

「なら。残った目玉も潰しとくかね」

 

 

呆気に取られていた彼らの車両の後ろから、新たな人影が姿を現す。それは真っ直ぐと炎龍に向かい飛んでいき、獣の如く敏捷な足は止まることはなかった。

手には一本の槍を携え、狼や猟犬の如く爛々と光る眼は獲物たるドラゴンを捉えている。

後ろに束ねた髪を揺らし、蒼いタイツを纏った男は常人とは思えない足の速さで炎龍へと襲い掛かる。

 

「ッ!? 人ッ…!?」

 

「………!」

 

ようやく激痛がマシになったのか、炎龍は何が起こったのかと混乱しつつも正面へと向くが、そこには既に二撃の攻撃が飛び上がっており、朱い槍を持った男がその巨体を物ともせずに、弱点たる残りの目を潰すために槍を振るい、穿った。

 

 

咄嗟の恐怖に炎龍も怯えたのか、逃げるように顔を振るった所為で残る右目は槍の反対側へと消えて行ってしまう。代わりに現れたのは灰色になってしまった左目で、そこへと槍は更に刺さることなく、僅かにその近くの肌を掠り取るだけだった。

 

 

「チッ…!!」

 

そのままの勢いで背後を取り、地面へと着地した槍兵の男は、反転して炎龍の背後を視界に捉える。

そして目的の右目を獲れなかったことに苛立ち、一人愚痴を吐き出していた。

 

「コイツ、右目を隠しやがって…オマケに左目も取り損ねたじゃねぇか!」

 

『貴様の槍が甘かっただけだ。相変わらず詰めが甘いのだよ、ランサー』

 

「黙っとけ、似非弓兵がッ…」

 

 

 

「嘘ッ…槍もって…!?」

 

「ドラゴンの目、獲りに行ったぞ…」

 

「すげぇ…」

 

一瞬の出来事だが、その超人的な現象に驚いていた伊丹たち。だが、炎龍は一方的な攻撃を受けて怒りが爆発したのか、今度は彼らではなく、突如奇襲してきたランサーに向かい、顔を振り向かせ、炎を吐こうとする。

 

「ッ…マズイ!!」

 

「あのままじゃあの人がやられるッ!!」

 

 

 

「火炎ねぇ…いいぜ。面白いじゃねぇか…!!」

 

だが伊丹たちの反応とは裏腹に、ランサーはにやけた顔のまま再接近を試みる。どうせ彼の得物は手に持つ槍だけなので、接近するしか方法がない。だが、火炎攻撃が吐かれるというのに接近するのは、現代の伊丹たちにとっては正気なのかと疑うことだ。

 

 

「嘘っ!?」

 

「本気で死ぬ気ですか、あのタイツ!?」

 

 

ロケットダッシュで地面を強く蹴り、炎龍に向かい再び接近する。

もう一度、右目を獲ろうと突貫するランサーだが、それを遮るかのように弓兵からの念話が飛んでくる。

 

 

『っ…!! 貴様の後ろに人が居るッ!!』

 

「なっ…!?」

 

流石に自分の運がないとは自負していたが、それが自分だけでなくどこぞの人間にもあったとはと、一瞬だが後ろへとふり向くと、確かに逃げ遅れた姉と息子らしき二人が今から逃げ出そうとしていた。

当然、もう直ぐ炎龍の業火が吐かれるので、ランサーが避けられたとしても、射程距離的に姉弟共々、焼かれてしまう。

今更助けることも、助ける気もないランサーは舌打ちをして叫んだ。

 

「嬢ちゃん、後ろの任せたッ!!!」

 

刹那。それと同時に炎龍の業火が吐かれ、ランサーへと襲い掛かるが、正面からの攻撃というだけあって容易に跳んで避けたランサーは得物の槍を穿ちから放ち、すなわち投擲の構えに変えて攻撃のための魔力を充填する。

一方で吐かれた業火はそのまま止まることなく、後ろの二人へと襲い掛かる。そのままいけば焼死体が出来上がってしまうと思ったが、そこにもまた次なる乱入者が現れる。

 

 

白い服、銀色の鎧をまとい、金色の髪をなびかせる少女は、ランサーほどではないが到底人間とは思えない足で二人をかかえて業火から跳んで回避した。

 

「隊長ッ!! 今度は金髪、白騎士ッス!!!」

 

「嘘だろ!?」

 

(どっちについてだか…)

 

 

 

「…大丈夫ですか?」

 

「へっ…?」

 

突然死を覚悟していたというのに今度は宙を舞っていることに呆気に取られていた姉弟。それをしてくれたのは他でもない、白いドレスのような服と鎧をまとった少女のお陰だった。言葉は分からないが、気遣ってくれているというのは彼女の表情から察することができた、二人は大丈夫だという返事として首を縦に頷かせる。

柔和な笑顔で問いの返事を聞いた『セイバー』は出来るだけ遠くにと思い、もう二回はジャンプして離れた距離に彼らをおくことにした。

 

『セイバー。二人を安全圏に置いて、直ぐに援護に回ってくれ。ランサーだけでは到底信用できん』

 

『オイ、テメェ今なんつった、この弓兵風情ッ!!』

 

『アハハハハハ…お二人とも……』

 

 

「流石異世界……あんなの本当に居るとは…」

 

「…いや。多分…」

 

若干の余裕ができたからか、双眼鏡で村人たちの方を見る伊丹。被害が他に出ていないかという確認もあったが、本心では彼ら対する反応を確認したかったのだ。

もし彼らが知る人物であれば歓声の一つでも沸き上がりそうだが、現れてからは呆気に取られており、「あれは一体誰なんだ」という状態だった。

 

「それに。一瞬だけど、あの青タイツ、日本語らしき言葉言ってた気がする」

 

「ッ…日本人って事ですか?」

 

「いや…それにしちゃ人種が違い過ぎる。多分、欧州圏の人間じゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ…ならばッ………!!」

 

紅蓮の魔力の炎を纏った一撃。これならどうかと、ランサーは炎龍の頭に狙いを定める。

即死性の効果はないが、直接的ダメージと範囲は見込める攻撃だ。加えて、その一撃は現状の炎龍では絶対に防御は出来ても大ダメージは免れない。

 

「この一撃…手向けとして受け取れよ……!!」

 

「えっ…ちょっとランサーさん!?」

 

「あの馬鹿ッ…!!」

 

 

 

 

それは、ランサーが持つ、真名の宝具

刃に触れたものを死に至らしめるその一撃の名は―――

 

 

 

 

 

 

突き穿つ(ゲイ)―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そんな所で宝具穿つなよ!!!!」

 

僅かコンマの差で、放たれようとしていた槍の投擲の前にマスターである蒼夜が令呪を使用して強制的に攻撃中止を命じた。

あまりに突然のことだったので、それはその場に居た全員、無論彼の陣営の面々も同じような反応をして驚く。そして、あとわずかなに早ければ投げられた攻撃が、正真正銘直前に止められてしまったランサーは霧散した魔力と共に地面へと落ちるしかなく、着地と同時に蒼夜へと怒声を出した。

 

「オイ! 止めるってどういうことだよ!?」

 

 

すると、炎龍は攻撃が止まって好機とみたのかランサーへ噛みつこうと肉薄。鋭い牙でかみ砕こうとするが、そんなこととばかりに気付いていた彼は、軽々と回避して数歩後ろへと後退する。

 

 

「どうもこうも…威力と範囲考えても他が巻き込まれるでしょうが!!」

 

「あん…?」

 

 

食い損ねた炎龍はもう一度とばかりに牙をむき出しにして再接近してくる。どうやら、ランサーは食い殺すと決めたようで、鋭い牙と瞳は確実に彼を捉えていた。

一方のランサーはマスターとの議論に夢中。このままいけば、炎龍に確実に食べられる。そして炎龍はランサーを食い殺せると思われていたが、彼に意識が向いてしまっていたことで、他のことに気が逸れてしまった。

 

 

「もう一度ッ!!!」

 

完全に隙とチャンスを取った伊丹たち。当然逃がす気はなく、今度は失敗しないと確実に狙いを定めて対戦車榴弾のトリガーを引いた。

狙いは当然頭なのだが、発射音に気付いた炎龍が何事かと思って顔と胴体を動かしてしまう。

 

「それでも…!!」

 

弾頭が胴体から逸れることはなかった。本命である頭部への直撃はならなかったものの、炎龍の左腕の直撃。構造的に弱かったのか、それとも弾頭の威力が高かったのか。大きな爆発と共に爆煙の中から左腕がもぎ取られ、地面へと叩き落されたのだった。

 

 

「おおっ」

 

 

「当たった…!」

 

 

「対戦車榴弾…パンツァーファウストか」

 

 

「ほほう…あれは良い物だのぉ…」

 

 

炎龍の腕を落とした攻撃に、それぞれの反応を見せるサーヴァントたち。別に当たってダメージがあるからといって先を越されたという気もなく、大ダメージが与えられ、苦しむ炎龍の姿を見て、それでどうするという顔をしていた。

現状、彼らも相手の一組として加えられているので、まだ襲ってくるのであれば、ランサーにとっては御の字。折角のドラゴン相手なのだ。最期まで楽しみたいというのが本心だ。

 

だが、今までそんな攻撃を受けた事も、深手を負ったこともなかった炎龍は今までにない壮絶なほどの咆哮を上げ、それが誰からも悲鳴のように聞こえたのは明らか。腕をもがれた炎龍は恐らく、彼らと出会わなければ一生感じる事の無かっただろう激痛と屈辱、そして喪失感を味わっているのだろう。

その結果、炎龍の中にはもはや抵抗する意思はなく、大きく羽を羽ばたかせると最初に現れた時とは違い、逃げるように飛び去って行った。

 

 

「…あーあ。逃げちまった」

 

「逃げちゃいましたね…後で大変なことにならないと良いですけど…」

 

そういってため息をつくランサーと、心配そうに逃げた炎龍の後ろ姿を眺めて呟くセイバー。どちらも理由は違うが、炎龍を討伐できなかったことに悔やんでおり、また戻ってこないかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

斯くして。伊丹たち自衛隊と、蒼夜たちカルデア陣営たちの乱入による炎龍との攻防戦は多くの死傷者と引き換えに炎龍の左目の完全喪失と左腕の損傷という、特地の住人にとっては大きな功績を残したのだった。

 

―――ただし。

 

 

 

 

「…悪いけど、少し拘束っていうか…一緒に来てもらうよ?」

 

 

当然。完全な第三勢力である蒼夜たちは自衛隊の隊員たちに止められ、彼らの駐屯地に連れていかれることとなった。

 

 

「…まぁ…そうなるよなぁ…」

 

「先輩…」

 

「うふふふふ…旦那様に銃を向けるなんて………身の程を弁えて下さいな…」

 

「あーあ。ドラゴン獲り損ねちまった…」

 

「凄く根に持ってるというか…また見つければいいんですから、そう拗ねないでくださいよランサーさん…」

 

「ふむ…自衛隊というのも良い物をそろえておる。あれで旧式というなら、是非余が貰いたいわ!」

 

 

 

 

「………マスター。何なら、俺の言葉を借りてもいいのだが」

 

 

「………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………なんでさ………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。炎龍が去って落ち着きを取り戻した村の住人たちは、自分たちの荷物の確認。けが人の応急治療などを行い、襲撃によって亡くなってしまった者たちをその場であるが弔っていた。

無論、それは蒼夜たちも同席と協力をし、夜にはなったものの無事に死者を全員埋葬する事ができた。

 

 

「…先輩」

 

「…なんだ」

 

「もし。もしですけど…」

 

 

「もう少し、自分たちが早くついていれば…か?」

 

「ッ………」

 

「そりゃ確かに死人は減ったかもしれないし、けが人も減っただろうし、あの人たちの荷物も多少は救えたかもしれない。

 けど、あくまで…だ。絶対にゼロに出来る。そんな保障…残念だけど、俺には出来ないし、そんな力はない」

 

「………。」

 

Ifの話を持ちだしたマシュに、自分たちの非力さを思い出させる蒼夜。現に、かつての特異点でも、その世界の住人たちが死傷者ゼロであったことなど一度もない。戦うのであれば、何かしらの犠牲があるのだと、二人は長い旅の間に経験し、知っていた。

だけど、同時にマシュの思う気持ちがない理由ではない。出来るだけ死人を出さず、けが人を出さず。自分たちだけを犠牲にという精神。

それは、かつて誰かを犠牲にすることで多くを救った、一人の男から教わった言葉だった。

 

 

「…相当場数を踏んだようだな」

 

「ええ。それに、彼らの取り巻きの奴ら…」

 

未だ警戒心を持つ桑原はその視線をランサーとアーチャー(弓兵)、ライダーに向ける。

特にランサーは炎龍との戦いであれだけの立ち振る舞いをしたのだ。警戒されるのは当然のこと。他の面々もそれぞれの反応や対応の仕方から警戒を持たれていた。

 

だが伊丹はそんな彼らよりもその元締めである彼と、彼を先輩と呼ぶマシュに興味があったようで、目線も彼ら二人をしっかりと捉えていた。

 

「…どうします?」

 

「一応、彼らは俺たちに付いて来てくれると約束してくれた。それに、あの少年の反応からして、俺たちが居ることも予想外だったんだろうに。同時に助け船でもあったらしいけど」

 

「では。予定通りに?」

 

「ああ。彼らもアルヌスに連れて行く。狭間陸将にはこっちから何とか言っとくよ」

 

「了解しました」

 

 

年上の桑原に変わらぬ軽い口調で指示を出した伊丹は、その後さてと、と表情と気持ちを一転させて蒼夜たちに近づく。彼らにも今後のことを話しておくべきだと、小銃から手を離して言葉を投げることにした伊丹は、気配に気づいて振り向いた彼とマシュに要件から話していく。

 

「俺たちは、このままこの世界にある俺たちの駐屯地に帰還する。無論、君たちには同行してもらいたいけど…いいかな?」

 

「はい。俺たちも今は自分の身を固めることが先決だって思いますので…」

 

「それに、自衛隊であるなら、信用できない理由もありません」

 

「…そっか。ありがとうな」

 

一応は信用してくれているという二人の様子に安堵した伊丹は、一先ず安心して帰路に着けると思い話を打ち切ろうとするが、今なら話せるかと機会を窺い、やっと聞くことができたという顔で訊ねてきたセイバーに今度は質問を返される。

 

「あのっ…聞いてもよろしいでしょうか」

 

「ん? なんだい?」

 

「…村の人たちはどうするんですか」

 

セイバーからの問いは彼ら自衛隊のような帰る場所のない者たちがこの後どうするのかということだった。生前から人を救う事を目的としてきた彼女にとって、目の前に居る弱き者とは助けねばならない者たちであり、当然、彼女が気にすることは自然的なものだった。

伊丹たち自衛隊も、精神的には人命を可能であれば助けることで若干似たりもしているので、戦う力のない村人たちをどうするべきかと決めあぐねていたそうだが、答えは向こうから現れたのだと言う。

 

「コダ村の住人の殆どはこのまま近くの村や、親族の所に避難するそうだ。その先をどうするのかは、残念だけど俺たちが首を突っ込むことじゃない」

 

「………。」

 

「それに。問題はまだ残ってるからな」

 

「…それは、どういう?」

 

マシュからの問いに伊丹は首を動かしてあっちを見てみなと彼らの視線を動かす。彼の刺した先には、数人の子どもと老人、そしてエルフが一人と水色の髪の少女、そしてゴスロリ服の少女が一人という集まりがあった。それには伊丹からではなく、顎に手を置いて考えるような仕草をしていたライダーが代わりに呟いた。

 

「…身寄りを失った女子供か」

 

「ああ。このままほっておくワケにもいかないから、こっちで保護するつもりだ。どの道、俺たちのところじゃ預ける村ってのが近くにないし。第一、それでハイ終わりっていうのもね…自衛隊としてどうかと思うからさ」

 

「…人命尊重は結構だが。自衛隊の基地に難民を置くのはどうかと思うぞ。せめて、彼らの居住区画は分けるべきだと思うがね」

 

「そりゃね…けど、そこは俺がどうこう言えることじゃないし。自衛隊も……そこまで馬鹿じゃない」

 

自信ありげに答える伊丹に、アーチャーはふんと息を吐くと肩をすくめて両手を組んだ。

怒ったりはしていないが、その自信に内心では呆れて何も言えなかったのだということを、彼はあとで聞くことになる。

兎も角、伊丹は蒼夜たちのサーヴァントたちを含め全員からの了解を確認すると、隊員たちに向かい指示を出す。

 

 

 

「全員乗車ッ!! これより、アルヌスに帰還するッ!!」

 

 

 

目的地はアルヌス。彼ら、自衛隊がこの世界での本拠地として定めた地だ。

そこに、今回の探索の手がかりがあることを信じ、蒼夜たちも今は静観するべきと彼らに従う。

マスターの指示に、サーヴァントたちも各々の反応を見せ、また始まる戦いや旅に期待を持っていた。

 

「さて。此度の遠征もまた…存分に心躍りそうだのぉ」

 

「ま、面白そうなのはいつもの事だ。俺ぁマスターについていくぜ」

 

「旦那様が生まれ育った世界…私も一度見てみたかったんです。願わくば、そこに新居を…」

 

「今までとは異なる世界…また新しい旅が始まりそうですね!」

 

「やれやれ…今回の聖杯探索は、今まで以上に骨が折れそうだな」

 

 

「…行きましょう、先輩。今回の聖杯探索に」

 

「………ああ」

 

 

 

不安がないと言えばウソになる。自衛隊、つまり今回は現代の日本が、そのバックとして存在している。

陰謀、計略、野心。表には出されることはない、裏の思惑が最も張り巡らされる世界だ。

どんな理由で、どういった経緯で、彼らを取り巻く事態が急変するか分からない。それが一体誰の思惑なのか、もしかしたら分からないことだってある筈だ。

 

それでも、今の彼らにはそれ以外の選択肢は見つからない。

それが最善の方法だと言うが、もしかすれば最悪の決断かもしれない。

自分たちが見落としていただけで、本当は、と。

 

 

だが。それでも、決断してしまったことを今更変える気はない。

決めた事を変える気は、彼には微塵もないのだから。

 

 

 

 

「―――行こうか。俺たちも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に人数が増えたことで窮屈になっていた車内。

揺られ揺られて、その中で眠っていた蒼夜たちはやがて窓の向こうから差し込む光に目を開ける。

右隣には清姫が抱き着いているが、うっとおしそうな顔で彼女を引き離すと、未だ眠りから覚めない頭と真っ白な脳内に頭を抱える。

朝焼けの時間。携帯を持っていないので時刻までは解らないが、一先ずは目を開けて周囲の様子を確認する。

車内後部では彼以外にも何人かの避難民たちが眠っており、その中には自衛隊員である黒川も座りながら水飲み鳥のように目を閉じていた。

 

 

「―――――。」

 

 

みんな疲れて眠ってしまったのだろう。特に今回はドラゴンの急襲というトラブルが発生したので余計にそうであろうが、それ以上に残された子たちも親が急に居なくなったことで精神的な疲れもあったようで、中にはすすり泣きながら寝ていた子も居る。

 

 

「………。」

 

 

その子の姿を見て、蒼夜はマシュの言葉を、言いたかった言葉を思い出す。

もし。あと少し自分たちが早かったら。

その時、もしかすれば。

今更終わったことだというのに、彼の中には深い後悔の波が押し寄せてくる。

あの時ああしていれば、と自責の念がこみ上げてくる。

このまま後悔と自責に呑まれようとした時

 

 

 

 

 

 

「―――先輩」

 

「ッ………」

 

蒼夜の隣でセイバーと一緒に眠っていたマシュが、眠りの邪魔にならない程度の声で呼びかけてくれた。

それはまるで波の中で溺れかけていた自分を助けてくれたかのように暖かく、優しい言葉だった。

 

「…起きてたんですね」

 

「ああ…さっき、な」

 

まだ寝ぼけているのか、瞳はまどろんでいて声にもいつもようなハリがない。起きて全身がまだ動ききっていないのだ。

自分も似たようなものだが、彼の頭は既にある程度は動き始め、運動がてら軽く手の骨を鳴らす。

そろそろ他の面々も起きる時間だろう。朝の日差しで目覚めるだろうその様子を見ながら、蒼夜は顔を車の正面に向ける。

景色は山一色だが、なにか近づいているという感覚はあり、目的地には近づいていたように感じている。

あとはそろそろ他も起きるだろうと目を向けていたが

 

 

 

 

「―――先輩」

 

「なんだ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………大丈夫、ですよ」

 

 

「………え」

 

 

「私が…ついてますから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言。唐突に言われた、そのたった一言に、蒼夜はなにか救われたように思えた。

 

 

「――――マシュ…」

 

「みんな…ついてますから…」

 

「―――。」

 

 

 

 

 

 

 

「………。ふぁっ………」

 

助手席では仮眠をとっていた伊丹が欠伸をして体を伸ばす。隣では隊長が起きたことを確認した倉田が一瞬だが目を向ける。

欠伸をして眠気を飛ばした伊丹は、目の前の景色と見えて来たものにぽつりと呟いて、胸に着けられた無線機を使う。

 

「さてと……各車両。そろそろアルヌスに到着する。仮眠をとっているヤツをそろそろ起こしておけ」

 

『サンフタ了解』

 

 

「おはようございます、隊長」

 

「おはよ。何時間寝てた?」

 

「こっちの時計だと…六時間ってところですかね」

 

「健康的な睡眠時間だな」

 

眠気を飛ばすために他にも両手を合わせて前に伸ばすと、伊丹はルームミラーで車内の様子を確認しつつ後ろの方に鏡を向ける。

後ろには軽装甲車と通常の車両が列を組み、その後ろには残った馬車が付いて来ていた。向こうと速度を合わせるので本来はもう少し早く昨日の深夜には戻っていただろう。

だが帰ったら帰ったで色々と面倒事になるのは必須だと思った彼は、のんびりと帰りながら睡眠を取れたことに内心感謝していた。

 

「あの子たち、大人しくしてた?」

 

「ええ。他の娘も同様、眠ってましたよ」

 

「…そっか。なら、大丈夫かな」

 

 

 

 

 

すると。彼らの前に、目的地であるアルヌスが少しずつだが姿を見せてくる。

そこが自衛隊の駐屯地。異世界での彼らの前線基地であり、後に帝国との関係で重要な役割を担う場所だ。

 

「…先輩」

 

「…ああ。いよいよだ」

 

 

そこが、全ての始まりの地。そして蒼夜たちにとっても重要な場所だ。

二つの世界をつなぐ門。それが置かれた地は、今や自衛隊によって防衛陣地と化していた。

五稜郭の如く六芒星の形をした基地は全面コンクリートの防壁に守られている。

中世の世界に突如として現れた近代的な基地は、言えば異様そして見れば恐らく、特地の人間は不思議がり不安になるだろう。

それだけの技術を持つ者たちが現れたのだと。

 

蒼夜にとって、それは見慣れた世界。だが、今この世界に居るとどこか他人のようにも感じる。

異世界の中に作られた近代の基地。それが建てられている場所が

 

 

 

 

門が建てられし場所、アルヌスだ―――





オマケというか疑問というか。

GATEで「さんひと」「さんふた」って言いますけど、アレってカタカナであってるんですかね?
一応今回はカタカナにしていますが、多分後から変わる…かもしれないです。


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チャプター1 「イタリカ攻防戦 = 前日談 =」

さてさて。人気に後押しされて投稿したコレなんですが…
相変わらずタグは調整中です。

それとアニメに準拠しているので場面変化が今回は激しく、それとカルデアメンバーが今回はメインとなってます。

なんで今回でコケる可能性大です。いやマジで。


今回はイタリカ攻防戦までの経緯とかをメインに。お風呂もありますよ。
そして以前の短編でも他のサーヴァントが出ないのかと言われてましたが今回のイタリカでの話では現時点二人は確定しています。
…ま。一人は皆さんの予想通り…というやつです。

そんなワケで絶対コケると思いますが、それでも良いという人はお楽しみ下さい。

2021 6/20 一部加筆修正を行いました


 ──―敗残兵となった兵士にはいくつかの選択肢が用意されている。

 

 

 一つ。地元への即時撤退。つまり、戦いに負けて自分は生き残ったということで地元の同士たちと共に直ぐに元の村や町に戻ること。

 中世の時代、農民などを兵士として使うことから、近代の徴兵制が制定されるまではこれが一般的なことだった。

 

 二つ。仮に一つ目が出来るが、その地元が遠い場合はそれまでを凌ぐか、別の方法を考えるか。その別の方法は様々だが、一番手っ取り早いものもある。

 地元が遠ければ、最悪餓死などもありえた。だが、場合によっては近くの村に用心棒などとして住み着いたり、変に住み心地に慣れてしまえば、そこに永住することも考えられる。

 現代に言い直せば、再就職というやつだろう。

 

 三つ。これは二つ目と似ていることだが、厳密には一つ目にも言えた話である。

 敗残兵となり、地元へと逃げる兵士たち。その中でも特に装備の整った正規兵や騎士(いわゆる武士)など、経済的に潤沢していると見て分かる者たちは、大抵襲われる(・・・・)。火事場泥棒。敗残兵狩りだ。

 敗残兵を狩って、身ぐるみを剥がし金品を獲るという行い。これによって有名な武将が死亡したというのは日本人にとってはそこそこ知られていることだ。

 

 

 

 ──―だが。それら全ての選択肢は、あくまで敗残兵という者たちの基本的な行動かららとられていることだ。

 

 

 

 

 正規兵が敗残兵となる理由。それは大半の理由が「所属する軍の瓦解」、「軍大将の死亡」、「戦闘の実質的敗北」などがあげられる。いずれも、事実として自分の所属する軍が敗北し、再起が不能となることで兵士たちは戦意を失い、逃げることを選択する。

 それが結果として正規兵たちが敗残兵となる理由だ。

 敗残兵となった者たちに統率というものはなく、各自散り散りになって地元へと逃げるのが当然のこと。纏める者がいなくなれば、結果として誰の言う事も聞くことはない。なのであとは全て自分のことは自分でする。

 

 そして、敗残兵に与えられる上記三つの選択。これはそういった少数となったこと、纏める人物が居なくなったことで初めて該当する選択肢となっているのだ。

 

 

 

 

 だが。

 もし、敗残兵を纏められる人物が居れば?

 もし、敗残兵が少数で散り散りにならず、纏まっていれば?

 

 

 

 

 全ては「絶対にそうなる」ということにはならない。常識や教科書のような基本にならないこともあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「門」をくぐった向こう側の世界。そこにも聖地と呼ばれる場所があった。

 それがアルヌスだ。

 そこには異世界へと渡れる「門」が存在し、そこから多くの種族が流れ、現在の特地の世界観へと変化していった。

 故に、ヒト種を入れた多くの種族はアルヌスを聖地として定めていたということだ。

 しかし、あの日を境にアルヌスに取り巻く環境は一変する。

 

 

「帝国」の異世界への侵攻。それによって現代の日本の銀座に、突如として現れ攻め入ったのだが、時代の差、技術の差などで帝国の侵攻軍は敗退。

 更にその後、日本の自衛隊が特地のアルヌスに派遣され、実質的統治下に置かれる。帝国はアルヌスと門の奪還、そして属国とのパワーバランスの調整のために再度侵攻するも、再び敗退。諸外国の軍はその大半の兵力を失ったのだ。

 

 アルヌスに陣を敷き、基地を建設した自衛隊は特地の調査という名目で偵察隊を派遣する。そこで、第三偵察隊は複数のトラブルに見舞われる。

 一つは、見つけた村であるコダ村の住人との邂逅後、近くのエルフの村へと向かう途中にドラゴンを発見。エルフの村は全滅し、生存者一人を救出。それを村に引き返して説明した彼らはコダ村の住人を安全圏まで護衛することを決断する。

 二つ。近くを飛び回っていたドラゴンこと「炎龍」とのエンカウント。村一つを焼き払ったということでその力は強大なもの。しかも見境ない攻撃でコダ村の村人たちにも被害が及んだ。

 

 

 そして三つめ。

 その炎龍と第三偵察隊が交戦する前に交戦していた者たちとの邂逅。

 

 

 

 彼らは後に、自らをこう名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──―人理継続保障機関「カルデア」と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「──―」

 

「…………」

 

 アルヌスに作られた自衛隊基地。その中の廊下では、その場に似合わない面々が誰かを待っているかのように立ち並んでいた。

 白いドレスと銀色の鎧をまとった少女。

 赤いマントを付け、屈強な肉体を晒す赤髭の大男。

 青いタイツを着た、長い髪を一つにまとめた男と、白髪の浅黒い肌に赤い外套を纏った男。

 

 個性豊かともいえる四人は、実はある一人の主に使えるサーヴァントたちだ。

 

 

 

 

「──―長い……ですね」

 

「そんなもんだろ。けど、流石にこうも長いと暇にならぁな」

 

 ぽつりと呟いた少女「セイバー」の言葉に、面倒そうに体を伸ばす青タイツの男「ランサー」は遠回しにもう少し待てと、なにかしたいという我慢の限界さをぼやいていた。

 既に彼らの主が一室に入り十分以上が経過し、主と護衛のサーヴァントが居る部屋からは物音すらもしなかった。

 ただ聞こえるのとは淡々と流れてくる双方の声だけで、その静かさからセイバーは心配さも感じてしまう。

 

「……余も外の兵器をみていきたかったわい」

 

「随分と、『自衛隊』の武器に興味があるんですね、ライダーさんは」

 

 おうともよ、と豪とした声を発した赤髭の男こと、ライダーは迷いない笑みを見せて夢のように語り出す。

 

「あの鋼鉄の鎧。圧倒的火力ッ。そして敵を寄せ付けぬ威力ッ!

 戦争は変わったというが、まさにその通りッ!! 余も使ってみたいし、それを手に入れてみたいわ!!」

 

「…………確実に近隣諸国に戦争を吹っかける独裁者だな」

 

 夢のように語るのはいいが、ライダーの場合それを実際にしていまいそうで困るとため息をつく、朱い外套の男「アーチャー」は彼の語ることが理想だけであってほしいと願うばかりだった。

 もしライダーにその機会があるのなら、確実に彼はその銃を使い、軍を作り、整えて戦争してしまいそうだと。

 その場合、確実に世界のバランスが崩壊して数世紀前にまで戻ってしまいそうだと。

 後先考えないことに巻き込まれた者たちはたまったものではない。

 

「それで戦争を吹っかけられた国はたまった物ではないな」

 

「何を言うか、アーチャーよ。それが戦争、戦いというものではないか」

 

「……やるにしても宣戦布告はしておけということだよ」

 

 

 

 ガチャ、と扉が開かれる音が聞こえると四人の視線は一斉に扉のほうに向いた。

 ようやく終わったのかと状況の変化を受け入れた彼らは、奥から姿を現した四人(・・)の様子に内心笑いをこらえてもいた。

 なにせ、若干一名の状態が他の三人と全く違っていたのだ。

 

「──―ありがとうございました」

 

「ああ。また、何かあればな」

 

 

 扉のところで一礼したシールダーことマシュは、挨拶を終えるとしっかりと扉を閉じる。一応の礼儀は弁えており、最後までキッチリと扉を閉めるのは恐らく彼女の性格ゆえもある。

 一方で彼女よりも先に外に出た三人、その内一人はマスターで現在もう一人のサーヴァントであるバーサーカーの清姫が心配そうに体を揺すっている。大丈夫ですかと心配そうに訊ねるが、マスターからは返事がない。

 

「……終わったのか?」

 

「ああ。一応はな。纏められるだけのことはしておいたし、こちらが動くことについて問題になるのも避けられた。あとは、向こうの出方と反応だけだ」

 

 マスターをよそに結果がどうなったのか尋ねてくるアーチャーに、もう一人の新たに呼び出されたサーヴァントことキャスターは黒いスーツと長い黒髪を揺らし、内心では疲れていたのか安堵の息を吐いて答えた。

 

 

「……ところで」

 

「……ああ。今回の会談、そりゃ疲れるだろうな。なにせ自衛隊陸将と直々のだったからな」

 

 

 二人の後ろで少女たちに揺らされているマスターこと蒼夜は、魂が抜けたかのように棒立ちの状態で口から湯気を出していた。会談相手が自衛隊の陸将であったこともあるが、どうやらキャスターが色々と策を張り巡らしたりして余計な神経を使い、心配になったことで彼以上に疲れと緊張からの反動が襲い掛かり、現在絶賛オーバーヒート中だった。

 まさか、自衛隊の陸将相手にあそこまで食い掛かるとはと、予想もしていなかった会談の場の空気の重さに下手をすれば倒れていそうだが、それを頑張って食い止めているといった状態だ。

 

 

「仕方ないっていうか……そもそも孔明さんがあそこまで食い掛かるから、先輩も変に心配してしまったんですよ。一応、行動の判断は先輩が一任されているんですから」

 

「失礼、レディ。だが、どの道は俺たちというイレギュラーが現れ、それが協力を求めて来たんだ。それなりにと制約がないようにしてみたんだが……どうして中々……」

 

 興味深そうに、面白い相手か、と訊ねるライダーに小さく笑うキャスター。彼曰く、納得の地位と能力の人間らしく、若干だが嬉しそうな顔をする。

 

「向こうも伊達に陸将を名乗ってなかった。こちらの手札を読んだのか、幾つか先手を打たれはしたし、こちらの事を知ろうと罠を張り巡らせていた。お陰で少し、こちらの手の内を読まれたが、誤差修正の範囲内。結果は重畳と言えるだろう」

 

「読まれた……ということは、こちらの素性を?」

 

「いや。辛うじて、こちらが国連の組織であることぐらいだ。他にも何度か鎌をかけられたりしたが、反応からして予想はされても可能性の海に呑まれてるだろう」

 

 キャスターから見て、自衛隊陸将である狭間は馬鹿ではなかった。それどころか、彼がその地位に居ることを納得できる強かさと度量の良さを持ち合わせており、まさに理想の上官と言える人物だと後に語る。何度か会話に鎌をかけたりと蒼夜たちから情報を引き出そうとしたが、相手がキャスターであった所為か向こうの成果は芳しくないだろう。それだけの諜報戦をあの部屋では行っていたのだ。

 しかし、狭間陸将の交渉の技量と性格から「悪い人」というのには当てはまらないと考え、その場での協議の結果、蒼夜やキャスターも時間が経っていくにつれて少しずつ自分たちの素性を明かしていこうという結論に至った。ただし。サーヴァントシステムのことなど重要なことについては現状何があっても明かさないということ。つまり話せるのはよくてサーヴァントという存在についてや真名、そして場合によっては笑われることを承知で自分たちの目的を話すつもりだという事を、室内にいた面々が同時並行で決めた。

 

「で。こちらへの要求はなんだ?」

 

 ライダーの問いにああ、と頷いたキャスターは会談で取り決められたことについて四人に話していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎龍を無事に撃退した蒼夜たちカルデア陣営と、伊丹耀司率いる第三偵察隊。

 しかし突然現れた第三勢力として警戒された蒼夜たちは、その場で伊丹たちに拘束され、一部サーヴァント(主に清姫)によってあわや再度戦闘になりかけたが、マスターである彼の命令ということでその場は丸く収まる。

 第三偵察隊はコダ村の住人の大部分を送り届け、残された老人や身寄りのない子どもたちを引き取り、蒼夜たちと共にアルヌスに帰還。

 だが、報告になかった蒼夜たちについて隊長である伊丹は上官の檜垣の激怒を受け、更には陸将に呼び出されるなど、精神がすり減るような思いを受けた。

 尚、彼らが連れて来た避難民は第三偵察隊の面々が預かることとなり、蒼夜たちが陸将と会談していた時には既に仮設テント建設が始まっていた。

 

 

 その間を仮設基地で待たされていた蒼夜たちだが、陸将が直接会いたいということから間を置かずに会談に臨むこととなる。

 それまで彼らが何もしていないと言われればそうではなく、アルヌスの地が霊脈として整っていることからマシュがそこに仮設の召喚陣を作成。そこからキャスターである「ロード・エルメロイ二世」を追加で招集する。

 政治的な意味ではカエサルなどよりも彼のほうが現代知識なども持ち合わせているのでというのが大きな理由だが、その側面にはライダーからの指名というのもあった。

 そして臨んだ陸将との会談。自衛隊側も錚々たる面々が揃い、ただの会話とは呼べるものではなかった。なにせ自衛隊側にとって彼らは帝国とも違う、意思疎通の可能な謎の集団となっているのだ。そして、その中に居る数人の戦闘能力。自衛隊が束になってやっと相手が出来そうな者たちに、狭間もそれに見合ったメンバーをということで、特地に派遣された中でも階級の高い者たちが集まったのだと言う。

 あとはキャスターの言う通り鎌の掛け合いだったが、どうにか話は纏まり、彼らにも一定の自由が与えられることとなる。

 直後、今後の事を話すべく、一度仮設基地の人気の少ない場に集まった蒼夜とサーヴァントたちは孔明からの条件を聞き、意見を交わす。

 

 

「狭間陸将からの条件は

 

 ・比較的自由な行動は許すが、その場合誰か自衛隊隊員が付いていること

 ・活動範囲は帝国内のみ。これは原則として自衛隊も同じ

 ・無用な戦闘は禁止。無論、駐屯地だけでなく村や町でも。

 ・アルヌス帰還後は必ず報告。

 ・現場では基本監視を担当する部隊長の言う事を聞くこと。ただし隊長側はそこまで厳密な命令権は持っておらず、あくまで「頼み」という形でなので拒否権もある。

 

 この以下五つが、今のところ我々に課せられた条件……というよりも鎖だな」

 

 会談での結果、双方表面上では大人しくその場を引き下がったが互いに腹の底を出し切っておらず、しかも蒼夜たちのサーヴァントの実力、その彼らを統率する人物ということで狭間自身も並々ならぬ警戒心を内心では隠していた。それは会談で直接相手取ったキャスターは身に染みて理解したことで、組織的な意味などから今は彼らに従い国の力を使うべきと思って、それを承知したうえで今の五つの条件を飲むこととした。

 

「……で。まさかこっちに条件を押し付けるだけ押し付けて……なワケはないだろうな?」

 

 ライダーからの言葉に、まさか、と軽く笑い飛ばすキャスター。彼とてそこまで弱腰でもなく、当然、自由に動くために色々と要求を狭間に突きつけた。とはいっても、あくまで蒼夜たちが動きやすいようにというだけで、傍から見れば本当にそれだけでいいのかというような要求の数々だ。

 

 

「こちらからは

 

 ・自由行動の権利(監視付き)

 ・特地で入手した物の所有と管理を自分たちで行えること

 ・必要な物がある場合(車など)出来る限り優先して回すこと

 ・無用な詮索の禁止(特にサーヴァントについて)

 ・衣食住の保証

 

 といった、まぁ普通に動ける程度にというぐらいだ」

 

 

 特に目立った要求というのはなく自分たちが無理なく行動できるぐらいにという程度のもので、特に車などの物資の要請は必要最低限だけでいいと言う要求。自分らが安全に聖杯探索を行えるような環境の作成、それがキャスターの提示した要求だ。へたに平等過ぎず、かといって下手に出すぎず。これだけあれば十分というだけのものを求めたので、警戒こそされたが狭間たちは特に議論することなく承諾する。

 

「その他に突きつけられたらどうする気だ」

 

「その時はその時だ。それに向こうも安易にこちらに条件を突きつけるのもできないだろうさ。今は最低限こちらが動ける程度、向こうが監視できる程度であればいいということだ」

 

 戦力未知数、しかも増員可能でバックには国連があるのだ(実際はないのだが)。迂闊に手を出せば例えパラレルワールドと言えど、日本の信頼と国際的立ち位置が危ぶまれる可能性だってなくはない。カルデアの現状と実体を知らない彼らにとって、そうホイホイと要求してしまえば、迂闊に手を出した愚か者として後世語り継がれてしまうかもしれない。逆に要求を呑むのもそれはそれで裏があるかもしれない。

 それがなくても、国連という組織が相手となればそう簡単に「これをするな」「あれをしないでくれ」と要求することも難しい。

 結果、最低限という自由を獲得したカルデアは特地を動ける保証を手に入れる。

 

「まさか国連の名前をあそこで使うとは思ってませんでした」

 

「実際、国連以前の問題なんだがな。ま、向こうには国連があるということで通させてもらう」

 

「一応、カルデアは魔術の世界でも例外的に国連に認められている組織ですから、問題はありません。魔術については……」

 

「ここの性質、基盤によるな。とはいえ、現代社会で魔術があるというのが我々の世界だ。今はそうしておこう」

 

 今は動けるだけの保証と地盤を確保する。その為に現在消失中の国連を使うという策にマシュはバレはしまいかと内心いまだにハラハラしているが、それを巧く隠し場合によっては出すのがキャスターの仕事だ。あとは、自分たちのことをどうやって、いつ説明し、通していくかは彼と蒼夜の判断による。

 

 

 

 

 

「……ところで皆様方。旦那様をどうするんですか?」

 

「…………」

 

 が、その蒼夜は動かない。

 その後。しばらくは魂の抜けた蒼夜を看護するべく、清姫とマシュは自衛隊から借りた宿舎に籠り切りになったという……

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

「うむ。やはり現代の軍は装備が違うのぉ」

 

「仮にも、世界の国でも上位に入る軍事力を保持している国だ。ある意味、彼らがこの世界に来たことは、この世界にとって正解だったかもしれないな」

 

 

 そういって自衛隊の戦車や装甲車、ヘリなどが並ぶ光景を子供のように目を輝かせていたライダーにキャスターは逆に興味なさげに答える。仮にも世界でも上位に入る軍事力を誇る国だ。その軍の車両や兵器が大量に並べられていると壮観の一言に尽きる。だが、キャスターにとってはただの兵器、人殺しのものでしかなく、その他日本の事情も踏まえてあまりいい気分にはならなかった。

 

「なんだ。自衛隊がこの世界に居ることが不満か」

 

「そりゃな。だが、米国とかよりはマシだと思ってる。アイツらがこの世界に来たら最後。国という国は完膚なきまでに滅ぼされるだろうからな」

 

「そうなりゃ骸の山と死の海か。まぁ……そりゃそうだわな」

 

「アイツら、戦争となれば徹底的だからな。民主主義なんて焦土と化した後にするだろうさ」

 

 

 蒼夜が昨日の出来事で深寝をしていることから、自由行動を許されたサーヴァントたちはそれぞれバラバラになって駐屯地の中を散策していた。あくまで戦闘などが禁止で、自衛隊員が監視出来ていれば問題ないことなので、彼らに見える場所でライダーとキャスターも重機が動く光景を眺めていた。

 他のサーヴァントたちも同じで、彼らにも自衛隊員たちに見える場所で動くようにと、唸り声を出していた蒼夜の命令を意外と素直に聞いていた。

 唸り声の中にあったので信じることはないと思われたが、マシュは素直に従った彼らもマスターである彼を信頼しているのだと思った。

 

 

 

 

 

「言語……ですか」

 

「ああ。やはり、言語に関してはこちらのとは全く違う言語らしくてな。そこで、後でマスターに渡す予定だがコレをな」

 

 一方でアーチャーはセイバーに連れられて避難民が居る地域に足を運んでいた。だが、入る前にと彼から渡された一つの手帳にセイバーは目を丸くする。

 そもそも特地と日本とでは言語が違うらしく、伊丹たちもそれには四苦八苦しているらしい。その彼らがコダ村での交流によってできた翻訳を他の偵察隊のものと合わせ、整理。翻訳手帳が一応の完成をしたのだ。

 それを第三偵察隊の隊員から貰っていたアーチャーは、セイバーに実際に使えるかどうかを試してほしいと頼んだ。

 

「……私が……ですか?」

 

「態の良い実験台とは思ってないさ。けど、君もいくつかは知っておきたいだろ?」

 

「まぁ……それはそうですけど……」

 

 どの道、特地の人間と関わりたいのであれば避けられないこと。それに異文化を知り、それを物にするのも未来の王としての務めだと前向きに考えたセイバーは、沈黙ののちに半分ほど顔を上げて答える。

 

「…………分かりました。やってみます」

 

「すまない。こちらも出来るだけフォローはしてみるさ」

 

 やらなければいけない。という感情より、やるべきであるという感情が沸き起こったセイバーは、小さな拳を握り、精一杯ということを体で示してアーチャーに応えた。手帳を預かり、二人は避難民たちの元に足を運ぶ。

 その後、彼らに小さな出会いがあるのは、必然のことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「──―で、だ」

 

 近くの森で休んでいたランサーは木の上に背を預けていたが、風のように現れた来訪者にぽつりと呟く。

 

「なんか用か。お嬢ちゃん……いや、神官様よ」

 

 彼の足元には一人の少女……もとい神官と呼ばれていたゴスロリ服を着た少女が居た。彼女が神官であるということには彼らも後から知った事で、難民たちからも敬われている存在らしい。

 最初はサーヴァントたちも半信半疑だったが、ふと彼女が見せた気配に自然と納得がいってしまう。僅かだが、彼女から殺気のようなものが漏れていたのだ。

 怯えるほどではないが、かなりの手練であるということはその時に確かめたので、力量も含めて彼女が神官であるという認識を加えることにしたのだった。

 

 

「…………」

 

 

「ダンマリかよ……」

 

 

 無言のままにやけた顔で見つめる姿に、嫌味を感じたランサーは直ぐにでも目を離したかったが、直後に脳裏から自然と沸き上がった記憶を思い出して半分ほど彼女を視界にとらえた状態で、また呟くように話を始める。

 

「そういや、あの炎龍っつードラゴンとの戦いの時。俺を見てたな。

 

 

 …………いや。俺の槍か」

 

 

 炎龍との交戦の時、時折だが誰かから視線を受けているという感覚はあった。最初は自衛隊員たちのものだと思っていたランサーだったが、それとは別に、本当に近くから見られているという感覚があったので、一体誰なのかと思っていたのだが、それが今になって彼は知る事となった。その視線を向けていた相手が、他でもない彼女だったのだ。

 

 

 

 

「──―死の槍」

 

 

「…………!」

 

 ぽつりと呟いた少女にランサーは目の色を変える。出会って数日というのに、彼女は日本語らしき言葉を話していたのだ。まだおぼつかなく、ハッキリとしたものではないが、それは確かに蒼夜たちの言う日本語に近しい言葉だった。

 

 

「……どうやって話せてる」

 

「──―私はエムロイの神官。死を司る神にとって、貴方たちという存在に興味があってね。悪いけど、少し貴方たちの力の流れを借りて話せるようにしたの」

 

「……死……なるほど。どうやらお前の言う神様とやらは、俺たちサーヴァントの構造をある程度は理解してるってことか」

 

 サーヴァント。英霊は名の通り死した者たちが使い魔として現界した存在だ。故に、サーヴァントたちの基本条件は「死んでいる」という事。例外はあるにしても基本、ほぼ全英霊がこれに倣った(ならった)存在なため、死ということを司る神にとって許しがたい存在なのかもしれない。

 死した者は冥界にいく。そして輪廻転生をする。しかし、英霊たちは死した時に「英霊の座」に登録され、召喚されることもある。つまり、死した魂が転生することなく、死した魂をもう一度呼び出しているのだ。

 

「だがどうやってだ。俺たちの力の流れったって……座にたどり着くまでには……」

 

「そこまでは私も分からない。けど、この言葉を話せる人間は……貴方たちの近くにいるでしょ?」

 

「…………!」

 

 

 

 サーヴァントの原理。それは使い魔として呼び出された彼らはマスターから魔力を供給して貰っている。そうしなければ彼らは現界するだけの魔力もなく、霧散してしまうからだ。

 主と契約を交わし、仕える代わりに魔力を貰う。こうして彼らは現界を保っている。

 つまり彼女の言う力の流れとは魔力のこと。蒼夜たちの世界で魔力は「魔術回路」によって成り立っている。

 

 つまり。サーヴァントたちの魔力の流れを辿り、そこから蒼夜たちの使う言語を知った。というのが妥当な考えだ。

 

 

「……けど私が見たのはそれだけ。奪いもしないし取ることもできない。ただ見ただけ。あとは自前よ」

 

「それでそれだけ話せりゃ上出来だ。で。ただそれを見せびらかすために、俺の所に来たワケでもないだろ」

 

「ええ。私が興味があるのは貴方という存在ではない。その槍よ」

 

 

 木から降りて来たランサーは自身の得物である槍を構えて少女と同じ目線に立つ。

 どこから取り出したのか、彼女も手には身の丈よりも大きなハルバードを持っており、その全身武器という見た目には、ランサーも思わず自分の槍を見てしまう。

 

「その槍には呪いが見える」

 

「…………」

 

「触れれば死に至る呪いの槍……心臓に刺せば……その命は絶対に死ぬ」

 

「……正解だ。お嬢ちゃん」

 

 

 

 穿つは心臓、狙いは必中。

 それが、ランサーの持つ槍「ゲイ・ボルグ」の正体だ。

 稲妻のような動きで幾千の敵を穿ち、その一撃で相手の心臓を討つ。その槍に討たれた者は最後、運に恵まれし者でない限りは命を奪われる武器。

 

 

「で。その槍がどうしたって言うんだ。確かに俺の槍は簡単に相手の心臓を獲る事が出来るが、それとこれとは関係ねぇだろ?」

 

「……そうね」

 

 だが実際「それがどうした」という話だ。ランサーの槍の性質は分かった。そうではないかという少女の考えも当たった。では一体なにを言いたいのだろうか。

 彼の持つ槍に興味があることは理解したが、それだけでここに来たという訳でもあるまい。

 不敵な笑みを浮かべている少女に対し、本音は何なのかと目で訴えかけた刹那、彼女の口から意外な言葉が出てくる。

 

 

 

「──―興味が湧いたのよ」

 

「あ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ──―数日後

 

「……え。俺たちの監視を?」

 

「はい。第三偵察隊……つまり、あの伊丹という人の部隊と共に行動するらしいです」

 

 

 数日が経ち、魔力もようやく安定してきた蒼夜はマシュ、清姫、キャスターの四人で食事を取っていた。その中で、キャスターから改めて自分たちの身の振る舞い方、双方から出された条件を聞き、誰が自分たちの監視をするのかという議題になると、それをマシュが答えたので、豚汁を食べていた蒼夜はへぇ、と頷くように反応する。

 

「……反応が薄いですね、先輩」

 

「そうかな。俺は妥当だなって思ったけど」

 

「だな。見ず知らずの相手より、彼らのほうがある程度はこちらについて理解は出来ている」

 

「物理的に……というか、視覚的に?」

 

 なにせ超人大戦さながら、炎龍相手に槍と剣と弓で挑んだ相手なのだ。小銃がまるで効果がなかったのにも関わらず、それよりも旧式の武器で炎龍を弄んでいたのだ。それを間近で目撃した彼らのほうが、警戒心も持つだろうし、なによりそれを踏まえての会話が出来る筈だからだ。

 

「特に、あのランサー様と、アーチャー様には警戒していましたね」

 

「無理もありません。あの二人は炎龍と呼ばれたドラゴンに更にダメージを負わせた。ライフルで効かなかった相手に槍と弓でダメ押しをしたんですから」

 

「それだけじゃない。そうやって軽々と相手取って、しかも無傷なんだ。そしてその彼らを統率するマスターである君……警戒されないワケもない」

 

 改めてキャスターから言われ、自分たち、特にサーヴァントたちがどれだけ特異なのか。どれだけ強力なのかを知ることとなった蒼夜。今まではサーヴァントたちが居る世界がほとんどで、何時の間にか「それが当たり前だ」という感覚が身に染みてしまっていた。常人とサーヴァント、英霊との違いが、今になって彼の前に現れ、その差を自衛隊員以上に見せつけていた。

 

 

「それと。今回の炎龍襲撃は、彼らの世界の日本にも知れ渡ったそうで隊員たちがその事を聞いて少し騒いでいました」

 

「ああ……それで今日は自衛隊員の人たちが……」

 

 正式な報告なのか、それとも何処からかリークされたのか不明だが、数日前に起こった第三偵察隊と蒼夜たちカルデア陣営との共同戦線での炎龍撃退。それが気が付けば門の向こう側の日本にも知れ渡っていたようで、向こう側ではちょっとした騒ぎなっていた。

 特地が異世界、所謂ファンタジー世界ということで人類以外の魔物や亜人が居るということは覚悟していたらしいが、ドラゴンがまさかここまで堂々と現れるとは思っても無かったらしく、それを取り上げたようで、更にはそこから炎龍襲撃時に死傷者が出たということを知ったマスコミはそこを重点的に取り上げ、政府を批判。死人が出たことに追及するという典型的な行動に出ていた。

 

 

「全く……日本はこういう所があるから嫌いなんだ」

 

「キャスターさん、何もそこまで言わなくても……」

 

「別に間違ってもないだろ。事実がどうであれ、彼らは失態があれば確実にそこに食いつく。そして政治家たちや主犯格たちに詰め寄り、自分たちにとって格好のネタを引っ張りださせる。そしてそこから誇張し、肥大化させ、根も葉もない噂で更に批判を続ける。

 これのどこが間違ってると?」

 

「ついでに捏造や独自解釈だけを押し付けるっていうのもありますよ」

 

「先輩……」

 

 気分を悪くするかと思っていたマシュだが、蒼夜はそれとは違いキャスターの言葉に更にいくつか付け加えをした。それには彼女も少し面食らってしまい、戸惑って言葉を絞り出すことも出来なかった。

 

「…………」

 

 正直なところ。実は、彼こと蒼夜はそこまで日本に対していい感情を持っていなかったのだ。マシュも以前何度か聞き出そうとしたが、はぐらかしたりしてしまい清姫を投入するものの令呪によって「その事は絶対に聞かないこと」と命じられてしまっていた。

 故に誰も聞くことは出来ず、本音というべき確信に近づく事が出来ない状態だ。

 なぜ彼がそこまで言いたがらないのか。それは恐らく、彼しか知らず、彼が話せない事情なのだろう。今はマシュも清姫も、彼の周りに居るサーヴァントたちはそれで納得するしかなかった。

 

「……先輩……」

 

「……ごめん。ちょっと悪い空気にしちゃったな」

 

「いや。言いたがらないのであれば無理強いはしない。君が話したい時に話せばいい」

 

「嘘でなければいつでもOKです♪」

 

(……清姫に先手(令呪)打っといてよかった……)

 

 蒼夜が申し訳なさそうにしたことで空気が少し明るくなった四人は、のんびりと食事をとしようとしたが、そこに一人の来訪者が姿を見せた。

 水色の髪に魔導師のような杖を持った少女、炎龍撃退の時に駐屯地にやってきたあの少女だ。

 

「ん……?」

 

「あらッ」

 

「あの。訊きたい、ひとつ」

 

「……えっと……君は?」

 

 直接会える機会がなかった蒼夜は一度姿は見ていたが面と向かって話すことがなかったので、少し狼狽えた様子で少女に応える。すると、少女はまだおぼつかない日本語で返答を返した。

 

「私、レレイ・ラ・レレーナ。人、探してる」

 

「あ。俺は蒼夜。こっちがマシュ」

 

「マシュ・キリエライトです」

 

「……蒼夜……マシュ」

 

 まるで子どもに言葉を覚えさせているような風景に妙に和んでしまう面々だが、表情を変えないレレイという少女に蒼夜は失笑するしかなかった。

 なにせ、向こうはまだ言葉を覚えてないのだ、と思っていたがどうやらアレが素らしく、微動だにしないその顔にはキャスターでさえも関心してしまう。

 そんな奇妙な空気の中で、蒼夜はまだ慣れていない言葉で話すレレイに対し誰を探しているのかを訊ねた。

 

「で。誰を探しているの?」

 

「……探す、人…………リリィ」

 

「…………リリィって……」

 

「セイバーさん……のこと、ですか?」

 

「セイバー……うん。そう」

 

 探していたのが特地の人間ではなく、セイバーであることに耳と目を疑った四人は一度顔を見合わせるが、一先ずは彼女の問いに答えようとキャスターが返事をした。

 

「彼女はここには来ていないぞ」

 

「……来ていない」

 

「ああ。今日はべつの所に居ると……」

 

 

 すると。

 

 

 

「あ。レレイさーん!」

 

「あ」

 

「え?」

 

「今の声は……」

 

 後ろから聞こえてくる声に振り向いたレレイ。そこには駆け寄ってくるセイバーと後ろから保護者のように歩いて来るアーチャーの姿があった。明るい爛漫な笑顔と共に駆け寄ってくる彼女の姿に、蒼夜たちの疑問はますます増えるばかりだ。

 当人であるセイバーも、なんの疑いもなく真っ直ぐとレレイのところへと向かい、そこから何気なく話をし始める始末だ。

 

「探した」

 

「すみません。ちょっとアーチャーさんのについて行ってましたので」

 

 

「…………アーチャー。どういう事だ、コレ?」

 

「私に聞くな……と言いたいが、この場合は私が説明せねばなるまいか……」

 

 

 話は数日前。セイバーが特地の言語を翻訳した手帳を片手に避難民たちと交流を始めたのが切っ掛けで、炎龍を相手に立ち振る舞い挑んだという少女に避難民たちも興味を示していた。その中でレレイはある理由から彼女たち、というよりもマスターである蒼夜に興味が湧いたようで、彼に接触するための布石としてセイバーに近づいたらしい。だが、セイバーと妙に気が合ったのか、今ではこうした関係になってしまっているという。

 当人たちもなにが理由で気が合ったのかは不明で、今はこうしてただ友人であるということに前向きだ。特にセイバーは異世界の友人ということで少し嬉しいらしく、異様ともいえるほどテンションが上がってしまっている。

 

 

 

 

「……で。コレか」

 

「らしいな。ま、二人ともいい傾向になっているとは思うぞ」

 

「どういう意味ですか?」

 

 そもそもレレイが近づいた理由は蒼夜に興味を持ったから。セイバーは言語が使えるかどうがを調べるためだ。レレイが蒼夜に近づくにはまずそういった言語の壁が立ちはだかってしまう。当然、特地と日本との言語の違いは言うまでもないが、その為にはやはり実際に使ってみるということが第一だ。

 なので、セイバーにとって、レレイにとっても二人の邂逅はある意味で都合がよかったと言える。

 

「……なるほど」

 

「本人たちがそれに気づいているかは分からないが……関係が良好なのは良しととるべきだろう」

 

「…………」

 

 アーチャーの言葉に面々もまだ慣れていない会話をする二人の様子を眺める。一応はレレイが日本語を話し、それをセイバーが教えつつも話をしているといった感じであり、その光景には微笑ましさを感じてしまう。

 年若い二人だからか、それとも言葉を覚えようと必死な姿だからか、その姿には蒼夜も口元も無意識の内に上がり、笑みとなっていた。

 

「そっか…………俺も、覚えないとな」

 

「言語獲得は急務ですね。今は特地の皆さんとの交流も大切ですし」

 

 マシュの言葉通り、今の蒼夜たちにも言語の習得は急務。特に聖杯が特地にあるのであればなおさら、情報収集のためには必要不可欠だ。今はセイバーが言語を教えているが、いずれは自分たちも特地の世界を回って聖杯について調査しなければならないのだ。

 

「……後でセイバーに聞くかな」

 

「アーチャーさんに聞くというのはどうでしょうか」

 

「私もそこまでは出来ないぞ。セイバーの方が覚えはいいからな」

 

 斯くにも、特地の言葉を覚えることが先決であると定めた蒼夜は、後でセイバーに教えてもらおうと声のかけ方を考えていた。

 

 

「それとマスター。今日から仮設だが浴場が出来るそうだ。偶には日ごろのアカを落としにいったらどうだね」

 

「……臭う……?」

 

「……さてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、日も暮れて来た頃になると、アルヌスの駐屯地の一角ではちょっとした賑わいが起こっていた。

 アーチャーの言う通り、本日から駐屯地の中で浴場が解禁となったのだ。

 仮設住宅やその他の施設が優先だったことから今まではまともに体を洗える機会もなかったが、ようやく作られた浴場に避難民だけでなく自衛隊員たちの中でも話題になっており、既に何人かの非番の隊員たちが先んじて入ったという。

 

 

「……ふと思ったのですが。サーヴァントにも体のアカはあるのでしょうか……?」

 

「どうなんでしょう? この体になってから、そういうのは思ったこともないですね」

 

 女湯の中でふとした疑問を口にするマシュ。それには英霊となったセイバーと清姫も改めてどうなのかと思ってしまう。今まではそんな事を気にせずに体を洗ったりしていたので、セイバーたちも今の今まで疑問にも思っていなかったらしく、特に生真面目なセイバーは唸るように考え込んでしまう。

 

「ふとした疑問ですね」

 

「はい。英霊ということでお腹もすきませんし、体力に至っても問題はありません。ですが、外面的にはどうかと思ってしまって……」

 

「なるほど……でも、私はやっぱりお風呂には入っておくべきだと思います!」

 

 両手に小さな拳をつくり、頑張っているというような姿で訴えるセイバー。それにはマシュも自然とそれに同意し、清姫も微笑んでいた。

 

「そうですね。我ら英霊といえど生きとし生ける……なら、衛生不衛生もある筈です」

 

「……そうですね。見た目が汚くては先輩にも、周りの人にも迷惑ですからね」

 

 

「…………」

 

「……セイバーさん?」

 

 ふとマシュは自分に対し強い眼差しを向けているセイバーに気づき、彼女の視線がどこに向かっているのかを逆算する。視線はかなり近いところに向いているので、意外と近くなのだと思っていたが……

 

「…………」

 

「…………あの……」

 

 

 

 

「……なんでそんなに大きいのですか?」

 

 

 ──―一説では聖剣のせいらしいという原因に直視していたセイバーは、その後しばらく自爆して無言となっていた。

 

※ちなみに清姫もそれなりの持ち主。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今頃嬢ちゃんたちは三人仲良くか」

 

「セクハラ行為とは、相当死にたがりのようだな、ランサー」

 

「うるせぇ。俺だってその後の結末は分かるんだよ」

 

 

「…………マスター」

 

「なに」

 

「……一つ。言ってもいいか」

 

「……多分、俺も同じこと思ってるから大丈夫」

 

「…………なら一つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………狭いな」」

 

 尚、同時刻に入っていた蒼夜たち野郎は全五人ということで非常に窮屈だった。

 原因は言うまでもなく面々の体格とライダーである。特にライダーは男五人の中でも特に体格があるので、余計に範囲が広く更に豪快なこともあって蒼夜はもみくちゃな状態になっていた。

 

「ああ。確かに狭いな」

 

「そりゃライダーがデカいからでしょうに……」

 

「そうか? 余はこの風呂釜が小さいと思っていたが」

 

「お前なぁ……」

 

 体格からしてライダー一人でも十分な大きさなので、そこに更に大人三人と青年一人という状態から既に中は満杯の状態。しかも三分の一をライダー一人で征服しているのだ。

 これには一番体格の小さい蒼夜には肩身が狭いとしか言えない状況で、しかも彼らが入った時には既にかなりのお湯が排水されてしまった。

 大半のお湯はそのまま地面へと落ちていき、今風呂の周りではふやけた地面のニオイがしてくる。

 

「お陰で野郎四人は現在もみくちゃですよい」

 

「だからといって出ることもな……」

 

 反対側に退避していたランサーたちもその被害にあっており、出ようにもまだ数分足らずということで出たくもなかった。英霊だと言えばそれまでだが、彼らも湯船につかりたいというのは同じだ。

 いつの間にかライダーに制圧されていた風呂に深くため息をつく蒼夜は、気落ちしたまま淵に片腕をだらけさせる。久しぶりにのんびりと入浴できると思っていたが、まさかここまで窮屈なことになるとは思ってもおらず、残された範囲で湯船につかり体を温めようと努力していた。

 

 

「女三人は広くていいよね……」

 

「セクハラというよりも別の理由を感じるのだが……」

 

 女性陣の風呂場というよりその人数に愁いていた蒼夜にアーチャーは遠目で気遣うことしかできなかった。その目があまりに叶いそうにない夢を語っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──―時に坊主。これからどうするつもりなんだ」

 

「どうするって……なにが?」

 

「どうするもない。聖杯探索のために来たとは言え、情報どころか行動の一つさえもしておらんのだぞ。このまま呑気にする気でもあるまい」

 

 唐突なライダーの問いに、湯につかって体を癒していた蒼夜は今は聞きたくなかったと言うような暗い表情で振り向いたが、目で「どうなんだ」と訊ねてくるライダーに一拍置いて、淡々と話しだした。

 

「取り合えず、この世界の首都……いやこの国、帝国の首都である帝都を見ておきたい。もしかしたら、あそこに何らかの情報があるかもしれないからな」

 

「帝都か。そういえばここは帝国の領土内だったな」

 

「でも、俺たちはコダの村からアルヌスまでの道のりしか知らない。だから、まずは各地の地理の情報と軍事について知っておきたい。可能なら戦いたくはないし無駄な戦闘も避けておきたいから」

 

 現状、アルヌスからコダの村とエルフたちが居た村までしか知らない彼らにとって地理情報の獲得と理解は聖杯探索において重要なことだった。勿論、帝都までの道のりを見つけることも重要だがそれ以外にも重要なことは多く存在する。

 

「それに帝国内で帝都までに続く町や村も調べておかないと、いざって時に隠れたり食料調達ができない。それにもしかすればこの世界での協力者だって得られる可能性もあるんだ。兵站じゃなくてもそれくらいは確保しておかないと」

 

「…………」

 

「えっ……俺、何かマズいコト言った……?」

 

 いや。と答えるライダーだが、その様子はなにか面白そうなものを見ているようで、それには蒼夜も変に気にしてしまう。

 

(なるほど。拠点の確認と確保、食料についても安定しておけるように内部での協力者を探すか……)

 

 

「だが、相手は帝国の人間だ。向こうは大国ということもあってこちらに靡くとも思えんぞ」

 

 すると今度はアーチャーが反論し協力者が居ない時はどうするのだと遠回しに問うてきた。だが、それは蒼夜も想定済みだったらしく

 

「どうかな。セイバー経由でレレイって子から聞いたけど、帝国の実態は既に老体だ。権力争いもあるし、なにより体制に反感を持つ者だって少なからずいる筈だ。加えて、こっちには圧倒的な戦力が存在する。自衛隊と俺たちカルデア。英霊たちの実力が知れてなくても、自衛隊の名を出せば多少怯みもするし考えもする。なにせ、この事態じゃ力と権力が全てだ」

 

「…………」

 

「加えて今回の自衛隊による手ひどい反撃。帝国はかなりの数を失ったって聞くし、自衛隊の圧勝には少なくとも向こう側に影響を与えているハズだ。特に、権力に縋る人間だとその傾向は強い」

 

「──その根拠は」

 

「権力闘争に明け暮れるのは自分自身の物理的な力が無力であるということを知っているからだ。ならば、この弱点である力で脅かせば……少なくとも権力っていう実態のないものに縋ることもできない。権力はあくまで組織内での力だからね」

 

 

 つまり。今回の自衛隊と帝国の戦争で少なからず帝国側でも意見分裂が起こっているはず。そこにつけ込み、帝国よりも力に優れて物理的に安全が確保される自衛隊側に協力を仰ぐ人間も居る。身の危険に晒されることを承知の人間も居るだろうが、最終的に自分たちがどうなるのか、その結末を予想できる者もいるはずだ。仮に力で脅かさなくても、既に自衛隊によって怯えている状態なのだから。

 

 

「だから協力者は自然と現れる筈だ。あとはその為に自分たちが行動しやすい町や近隣地域を調べておけば戦いの時や逃げる時にはいざって時に役立つでしょ? それに食料だって重要だ。特に特地……帝国は広いんだからね」

 

「…………なるほどな。では、お前は明日からどうする?」

 

 ライダーは改めて、蒼夜が今後どうするのかを訊ねる。それには少し考え込んでいた彼だが、既にある程度はまとまっていたのか小声でぶつぶつと呟いたのちに返答を出した。

 

「まず、自衛隊の人たちの監視してもらいながら近隣の町を調べていく。当然、自衛隊でも地図の作製は始まってると思うから、それは後で照らし合わせて精度はよくしていくさ。

 けど、あくまで自分たちで調べないと分からないことだってある筈だし、明日から……取り合えず目下の目的はアルヌス以外での拠点探しかな」

 

 

 今後は帝都に至るまでの道のりとそれまでの休憩地である町の探索。最終的には帝都にたどり着いて聖杯を見つける手がかりを探すというのが蒼夜の立てた目標だ。当然、ほぼゼロからの探索だが、今回はそうまで苦労することでもない。自衛隊という組織があるので、それ利用し探し出すのだ。

 それには聞いていた面々も思わず黙ってしまい、視線も揃って彼に集まっていた。

 

「…………どうかした?」

 

「いや……」

 

「マスターらしいな……とな」

 

「……?……??」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──―更に後日

 

 

 

 

 

 

「これ、ぜーんぶ翼竜の死体?」

 

「帝国と諸王国が自衛隊と戦ったあと。ここの翼竜の鱗を獲っていいと伊丹が」

 

「えっ?! 翼竜の鱗は高く売れるわよ!?」

 

 かつて戦地だった場所にはいくつもの死体の代わりに個性豊かな服装の五人が焦げた大地に立っていた。

 賢者カトーの弟子のレレイ。ゴスロリ服という神官の正装を纏う亜神ロゥリィ・マーキュリー。そして希少種のエルフと言われているテュカ・ルナ・マルソー。

 そして、セイバーとアーチャーだ。

 

「自衛隊はここの物には興味がないらしい。身売りするよりよっぽどいい」

 

「…………」

 

 

「翼竜の鱗はそこまで高価な品なんですか?」

 

「そうねぇ……翼竜自体、ふつうは帝国のとかの様に兵器として使われる。そして寿命が来たりすれば鱗をはぎ取る。そもそも翼竜自体持っているのは軍隊だから希少価値が高いのよ」

 

 レレイの言葉に自分の覚悟が軽く崩れたような音が何処かから聞こえて来たテュカ。その隣では鱗を拾い上げて訊ねるセイバーにロウリィが答えていた。

 

 事の始まりはレレイが伊丹から翼竜の鱗を獲っていいかと訊ねたことから始まったらしく、この世界での鱗の価値を知らない彼らはそれを許可した。一方で自衛隊に保護されて生活していたテュカは今までの生活よりも充実していることから、何時かは自活せねばという理由から身売りをしようかと考えていた。

 だがレレイからこの話を持ち出され、今に至るという。

 

「これを少女たちでというのも時間が掛かり過ぎるな」

 

「だから貴方にも来てもらったのよ?」

 

「……なるほど」

 

 男手も必要なことに納得したアーチャーは軽く息を吐いて観念し、セイバーたちと共に鱗集めを始める。手分けしてということで作業も幾分かはかどるだろうと思い、レレイも作業に取り掛かろうとするが、その直前にテュカに訊ねられる。

 

「……そういえば、あの人たちは?」

 

「あの人……リリィのこと?」

 

「ええ。見た目は何処かの騎士みたいだけど……」

 

「……リリィは異世界の騎士。アーチャーは……戦士らしい」

 

「へぇ……」

 

 実際はアーチャーのことを本人から聞けなかったレレイはその場で誤魔化すように答える。一応、彼が戦士であるということは当人からの言葉なのでまず間違いはないのだろう。身なりは兎も角としてもその能力は彼女たちも目の前で確認済みだ。

 

「人手は多いほうがいい。それに……」

 

「……それに?」

 

「……暇してたから」

 

「…………」

 

 ちなみに二人が呼ばれたのは手が足りないということで、レレイのぼやいた事は訊ねたテュカ以外は知らず、聞かれることもなかったという。

 

 

 

 

 

 

「……え。一緒に来ないかってことですか?」

 

「ああ。この鱗を売りに、近くの町まで行くつもりだ」

 

 その後、剥がされた鱗は革袋の中に詰め込まれ近くの町で売られることになる。未だ特地での通貨を持たない自衛隊には都合がいいが、物価を知らない彼らにとって袋二つでどこまでの値が付くのか分からない。だが、それでも特地での資金獲得のために、伊丹たちが抜擢された。当然、理由はその物価などを知る者たちを彼らが連れ帰って来たからだ。

 だが、そこに伊丹は蒼夜たちを連れて行っていいかという話を持ち出し、上官である檜垣に呆れられたりはしたが監視を怠らないことを条件に同行を許してもらった。

 

 そしてその話が現在、彼の前に持ちだされた。

 伊丹は頼みごとのように付いて行くか、と訊ねたので蒼夜とマシュはしばらく顔を合わせて沈黙していたが、彼らは直ぐに二つ返事で了承した。

 

「お邪魔にならないのでしたら、私たちも同行します」

 

「俺たちも同行、させて下さい」

 

「オッケー。流石に全員……ってワケにはいかないと思うけど……平気かな?」

 

「ええっと……」

 

 

「余は馬で行くから問題ないぞ」

 

「俺もだ。馬ねぇけど足には自信はあるぜ」

 

「ついでにキャスターのヤツも余の馬で乗せていく」

 

「なっ!?」

 

 

「よし。アーチャーは?」

 

「軽装甲車に乗せてもらう」

 

「いやなんでだ!?」

 

 狼狽するキャスターをよそに話を進める蒼夜と伊丹。一応、伊丹は大丈夫なのかと心配していたが最後にはキャスターが折れてライダーの馬であるブケファラスに乗ることとなった。そして、アーチャーは軽装甲車の()に。残る蒼夜、マシュ、清姫、セイバーは伊丹の乗る車に同乗することになった。

 

「見れば見るほど白騎士ですね……」

 

「倉田。途中で見惚れて運転怠るなよ。でないとそのまま昇天だからな」

 

「いくらなんでもそこまではしないッス……」

 

 と言って苦笑する倉田だが、伊丹は時折彼から目を離さないでおこうと、時々セイバーをチラ見する彼の姿にそう決心した。でなければ、最悪自分までも身の危険に晒されかねない、と。

 そして、伊丹たちは少女三人(?)も同乗させ、こうして翼竜の鱗を売り、資金を獲得するため、伊丹たち第三偵察隊は出発したのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の町、城塞都市イタリカへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──―これで立ち上る煙を見るのは二回目だぞ」

 

 

「…………」

 

「……ライダー?」

 

「…………坊主。

 

 

 

 

 

 戦支度をせい」

 

「えっ……」

 

「見て分からんか。

 

 

 ──―戦だよ。戦ッ」

 

 心躍る。子どものような笑みを浮かべ、ライダーは手綱を持つ手に力を入れていた。

 

「……マジかよ」

 

「……マジらしいです」

 

 一難去ってまた一難。伊丹と蒼夜は戦意高揚するライダーにその事実が嘘であってほしいと願うばかりだったが、目の前の煙と遠くから聞こえてくる音に、その儚い願いは潰えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―後編に続く

 

 




オマケ。


「…ところでロマン。私たちの出番ってないのかな?」

「あるんじゃないかな。特にボクってオペレーターだし?」


「…実際。無かったりするのですがね、お二方は」


「「………え?」」




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チャプター1-2 「イタリカ攻防戦 = 邂逅する者たち =」

さてさて。相変わらず少しグダってるんですが…それでも頑張ってご期待に応える所存です。
今回はイタリカ攻防戦の第二回…なんですが…ね。
案の定ですよ。ええ。私の作品を何度か見ている人なら「あっ…(察し)」のはず。
というわけで近代兵器の酷い黙示録は次回に持ち越しとなります…(汗

なにせ今回、開戦前の話を盛り込み過ぎたので、予想よりオーバーしてしまいました…

という訳で今回は夜戦開戦を少しにしてメインはその前の所…というかアニメの五話を丸々したような感じになります。


さてさて無事に出来るのやら…(汗

それではお楽しみ下さい。


敗残兵の末路は、みじめな死しかない。

だが、それは誰かが言ったことであり、実際にそうなるという確証はない。

歴史的にそれが頻発しただけで、実際は敗残兵となれば絶対に死ぬということはないのだ。その理由は敗残兵の行動にある。

敗れた軍にいつまでも居る理由もない。戦いで自軍の敗北が決定したのであれば戦う理由もない。

故に敗残兵となって散り散りに散らばり、故郷へと逃げ帰る。

その間に敗残兵に対しての狩りを行う連中に捕まったりして、惨めな最期を迎える。これが一般的に起こったことだった。

 

が。それが絶対であるというのは先ほども言った通り。敗残兵が絶対に散り散りになるという保証は百パーセントではないのだ。

もしかすれば、というifの確率も少数ながら存在してしまう。しかし、その確率も行動や状態によっては少数から高確率に変化するだろう。

 

 

 

例えば。敗残兵を纏める者がいて、その人物によって部隊として再編されてしまったら?

敗残兵が所謂、残党組織となってしまったら?

 

敗残兵狩りにとっては最悪でしかない。なにせ、彼らは少数の敗残兵が獲物なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――火の手は一か所に集中している。どうやら城門の一つに兵力を集中させているようだ」

 

軽装甲車の上から城塞戦の様子を窺うアーチャー。流石に弓兵というのもあって視力はよく、所々見えないところがあるものの大体の様子は確認できていた。

 

「ま。当然だわな。あの城塞で包囲戦をするならば兵糧攻めだ。だが奴らはあえて短期決戦の一点集中を狙った…と、なれば」

 

「敗残兵を纏める人間はそこそこの経験しかないってことか…」

 

ライダーの読みに伊丹は相手の指揮官のレベルを考え、残党の指揮官が有能というレベルの人間ではないことを知る。一点集中の攻撃は確かに城塞への攻撃ではセオリーと言えるが、当然防御側にとっても戦力を傾けて守ればいいことでどちらにしても多大な犠牲が出ることは確実だ。

ならば包囲戦を仕掛けたり内部工作を行ったりするのが定石だったりするが、後者の場合は前もっての準備が必要なので手あたり次第の彼ら残党には出来ないこと。

であれば最後に残るのは戦力を分散させて攻撃をしかける包囲戦などがあるのだが、結局残党は正面切っての攻撃のみというゴリ押しを選択したらしい。

 

「ありゃバタバタ人がやられてるでしょうね」

 

「だろうな。まぁ、余であっても正面切っての攻撃はするが、あそこまで生ぬるい攻撃はせん。槍や弓の攻撃で城塞への進路を確保。突撃部隊を後方に温存させ、進路確保と同時に進撃。わき目振らせずに城門を突破させる」

 

「強引っていうか…それできたんですか?」

 

「さてな。確かにアイツらの戦い方もありっちゃアリだが。あんな生ぬるい攻撃だと、そろそろ…」

 

 

「残党軍が撤退していく。どうやら、その「そろそろ」だったらしい」

 

「うわぁ…ここからでも嫌な臭いが…」

 

戦いが終わり、残党が一時撤退していくのを見て、車から顔を出した蒼夜は城塞から漂ってくる臭いに鼻をつまむ。漂ってくるのは異臭ともいえるニオイに、鉄分の塊がドロドロの液となって流れて来たニオイで、その中には焦げた肉のニオイも混じっていた。

 

「防衛側もかなりやられたらしいな。見えている限りでは数える程度だ」

 

「それに、あの様子だと辛くもの勝利という感じだの。それもかなり」

 

 

「どうします、隊長。このままいけば戦闘に巻き込まれますけど…」

 

「うーん…」

 

さてどうするか。倉田からの問いに頭を抱える伊丹は目の前に立ち上る煙を見ながら考え込む。

どの道、自分たちはあそこに行かなければならない。だが今は戦闘の真っただ中だ。

では諦めるか。それとも進むか。

いずれにしても、目の前で起こっていることに、彼の頭では二つに一つの状態だった。

 

 

 

伊丹たち第三偵察隊が向かう場所、イタリカがまさか戦火に巻き込まれているなどと誰が思っただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交易都市イタリカ。

そこは二つの街道の丁度境目に作られた町で、その拠点としての重要度からか城塞都市として完成していた。

北側には切り立った山岳があり、残る三方にはいずれも城門が建てられている。

絶対の難攻不落とは言えないが、守りに関しては一定のアドバンテージが存在するのは

確かだ。

 

しかし。今回の彼女(・・)初陣(・・)としてはあまりに酷いハンデが列を連ねていた。

 

 

「………はぁ」

 

 

イタリカの中央、統治者であるフォルマル家のある屋敷、その廊下では一人の女騎士が心労と疲労、そして傷などから姿勢がふらついて、今にも召されてしまいそうな様子で歩いていた。

赤毛のショートヘアをなびかせ、装飾のある鎧を着た彼女は帝国の皇女ピニャ・コラーダその人。つまり、日本と戦争をしている帝国の王女だ。

しかし王女だからといって彼女も優雅に自堕落な生活をしている理由ではなく、一人の立派な騎士として幼少のころから訓練を積んできた。

そして今回、その初となる大将としての戦いが幕を切ったのだが―――

 

 

「これが……これが、戦い……」

 

ピニャの心労は自分が予想した以上に絶大で、その心労はまるで全身に錘をつけているかのように全身にのしかかっていた。

柱に手をつき、疲労で倒れそうな彼女は、他の者たちにそんなところを見せまいと平静を装っていた。だが、いざ誰も居ないとなると緊張などがほぐれそれまで耐えていたものが一気に襲い掛かって来た。

 

 

「ッ―――一先ず眠ろう…次の攻撃までは…」

 

そう呟くと、ピニャはまるで重傷者のようにふらついた足取りで用意された客間へと転がり込んで行った。

 

 

 

 

そう。これがピニャの率いる薔薇騎士団の初陣。つまり初めての直接戦闘だった。

それまでは彼女たちは儀式や催しのお飾りとしてしか呼ばれず、これといった戦いに赴いた事が一度もなかったのだ。

理由はピニャ自身でも薄々とは理解していたが、それでも今回の初陣とは何ら関係はない。唯々辛い現実だけが目の前にあった。

イタリカまで足を延ばし、諸王国軍を破ったアルヌスの軍勢の様子見。その為に一度立ち寄ったこの町だったが、イタリカは盗賊かぶれとなった諸王国軍の残党勢力に襲撃されていたのだ。ある事情からその為にイタリカを守ってほしいと頼まれた彼女は、それを受諾。そして初陣を飾ったのだが、同時に彼女は幾多の現実に直面した。

 

かつて正規兵だった諸王国軍が盗賊に成り下がって町を襲撃していたこと。

その前に行われた帝国と自衛隊の戦闘でイタリカに居た正規兵が残ってなかったこと。

残るのは民間人だけで、正規兵は自分が連れて来た三名だけ。

そして兵力と士気の差。民間人ということもあるが、士気は最低の一言に尽きた。

斯くして始まった最悪な初陣。当然、自分も呑気に後方で指揮するという気にはなれず、ピニャも前線で指揮を執り戦った。だが元とはいえ正規兵。練度の差も圧倒的だ。

勇敢に立ち向かった民兵から次々と死んでいき、それによって残された民兵には精神的なダメージしか返ってこなかった。

敵が一時撤退したことで安心はしたが、彼女が民兵に防衛陣の補強を指示した時、その表情は言葉でなくても彼女の心に大きく響いた。

 

まだ戦うのか。また戦えというのか。死にに行って来いというのか。

 

 

まだ、こんなことが続くのか。

 

 

まるで出口のない洞窟に迷い込んだような彼らの表情は、彼女の記憶に深く食い込んでいた。

 

(――――――戦とは…本当に甘くないのだな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。ピニャに向かいバケツ一杯の水がふっかけられ、その冷たさに直ぐ様彼女の目は覚めた。反射的に体が起き上がり、目の前に顔を向けると、そこには一人の女中と自身の騎士団の一人である男が居た。

 

「ッ…グレイ…それに…」

 

「姫様、直ぐに来てください」

 

騎士のグレイの言葉にまさか敵なのかという予想が脳裏を過る。ついさっき攻撃したばかりだというのにもう来たのかというのには思わず目を見開くが、彼女が敵かと訊ねた時に返って来たセリフは予想とは大きく反していた。

 

 

「―――敵か味方か……」

 

「…どういう意味だ」

 

「兎も角、今は来てください」

 

直ぐに来てほしいということに、グレイほどの熟練者でも指示を仰ぐほどのことかという事態に、ピニャも無言のまま頷くと直ぐに準備を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士団の三人。老剣士グレイ、彼よりも若いノーマ。そして秘書官の立場にある女騎士のハミルトン。中でもグレイは歴戦の剣士で、その実力からピニャも心配するまでもないというほどの信頼を置いている人物だった。

そのためピニャが居なくてもある程度の指揮は執れると思っていたが、目の前のことには流石の彼女もグレイが指示を仰ぐ理由に納得するしかなかった。

門にある小さな戸口から外側の様子を見たノーマを除く三人はこの光景に驚いた。

 

「なんでしょうアレ…木…ですかね?」

 

ハミルトンが後ろから聞くが、しっかりと見る事の出来るピニャからは到底それが木でできたものには見えず、恐らくという言葉が前に置かれるが確信を持った。

 

「いや。アレは鉄だ。四方全てが鉄で覆われている」

 

「て、鉄ですか…?!」

 

「あんなものは小官も見た事がありませんな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何者か! 敵でないなら姿を見せろ!!」

 

城壁の上から若い剣士であるノーマの声が響く。止まっていた伊丹や蒼夜たちは一体何と言っているのかを同乗していたレレイに目を向け翻訳を頼む。

 

「敵じゃないなら、姿を見せろ…と」

 

「なるほど。俺たちがこのまま乗ってたら矢の嵐か」

 

「どうしますか。伊丹さん」

 

このまま進むのは当然愚考でしかない。では誰が出るのかというのを考えた伊丹は、とりあえずは隊長である自分が出るべきなのだろうという場の空気に従い、自分と翻訳としてレレイ、そしてテュカたちに同行を頼む。

 

「…取り合えず俺たちが出よう。レレイ、テュカ。それと…」

 

「………。」

 

「…来るの?」

 

「勿論ッ」

 

そしてロゥリィも加わり、三人プラス一人で行こうとした時。

 

「―――余も同行するぞ」

 

「えっ?」

 

愛馬からいつの間にか降りていたのか、ライダーが後方のドアから顔を出して言い出したことに伊丹たち全員が思わず顔を向ける。しかもマスターである蒼夜も突然何を言い出すという顔で驚いており、全員が唖然としている中で率先してマシュが訊ねた。

 

「えっと…どうしてなんでしょうか、ライダーさん」

 

「うむ。ちと気になってな。直接、中を見ておきたいと思っている」

 

「イタリカの中を…ってこと?」

 

ああ、と最低限の言葉でしか答えないライダーにどうしてなのかと理由を尋ねたい蒼夜だが、雰囲気からして易々答えてくれるような様子ではないと見て、一度マシュと顔を合わせると伊丹に対し「言うだけ無駄」と首を横に振った。

これには伊丹もどうするかと考えるも、拒否する理由もないことから一つだけ条件をライダーに言った。

 

「いいけど…他の子たちも同行させる。それでいいか?」

 

「おう。王の警護は優秀なものでなくてはな」

 

「……だ。そうだ。悪いけど、数人連れて行ってくれるかい?」

 

「分かりました。えっと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人目。まずはレレイが姿を見せる。

 

「あの杖…リンドン派の正魔導師か?」

 

「見た限り歳は十四、五といったところでしょうか」

 

 

二人目。レレイが後から出てくるテュカに大丈夫かと気遣いながら降りてくる様子を確認している。

 

「エルフ…!?」

 

「ッ…魔導師とエルフの精霊魔法の組み合わせ…厄介だな…」

 

「ですがあの種族、見た事ないですね…」

 

「きっと希少種なんだろう。ッ…殿下、また一人…」

 

 

そして三人目。トドメとばかりにロゥリィが降りてきて、得物であるハルバードを片手で軽々と持ち、現れた。その瞬間三人の間に衝撃が走った。

 

「ッ!? ロゥリィ・マーキュリーだと…!?」

 

「えっ…あの少女がですか?!」

 

「ああ。亜神は使徒となった時に年齢が固定されると聞いた。見た目はああだが、年齢は確か五百を超えている筈だ」

 

「確か、死神ロゥリィの年齢は…えっと…」

 

「グレイさん。亜神とはいえ男が女の歳を聞くのは野暮です」

 

「………。」

 

 

正魔導師、エルフ、亜神。この三人だけでもピニャたちにとって衝撃でしかない。特にロゥリィは亜神というだけあって有名で、その姿を見ていた彼女はつばを飲み込むほど。彼女の実力は嫌でも耳にしているため、全身から汗が吹き出し心臓の鼓動も早くなっていく。

死神と呼ばれる亜神。それが二人の付き人を従えてやってきたのだ。悠々と向かってくるその足取りは、まるで彼女に決断を迫らせているようで、無意識の内にピニャの手には拳が作られ、今にも肉が千切れそうなほど握りしめられていた。

 

「―――兎も角。このタイミングで死神ロゥリィが現れるとはな…」

 

「ええ。ですが、まさか神官ともあろうものが盗賊風情の残党に手を貸すでしょうか?」

 

グレイの問いに小さく鼻で笑ったピニャ。彼女にとってその問いは意味のないもの、特にそれがロゥリィのような人物であるなら猶更だ。

 

「エムロイの神官だからな。あり得ないことでもなかろう。なにせ、気まぐれな神だからな」

 

「…神官に聞かれれば事ですぞ」

 

「構わん。所詮、神の御心など…デタラメにすぎん。特に奴らにとってはな」

 

神への冒涜をも恐れないピニャの言い方に、二人は顔を青ざめさせる。事実、この世界に神は存在し、それを真向から否定しているのだ。人間が神を冒涜することがどれだけ愚かな事か、と神官たちはいうのだろうが、彼らにとってはそのたくましい肉体を震え上がらせるだけにすぎないが、その冒涜の相手が戦などを司る神となるとその震えも自分が意識的にやったりすることよりも激しいものになる。

 

「し、小官は何も聞きませんでしたッ!」

 

「わ…私も…」

 

「…ビビり過ぎであろう…」

 

ピニャも二人が怯えることが解らなくもないが、特にハミルトンが戸口から目を逸らして身を屈めたのには流石にやり過ぎじゃないかと呆れてしまう。いくら神に対しての悪口を言ったからといってそれが直ぐに来るわけでもない。

 

「―――で。いかがなさいますか?」

 

「………。」

 

戸口から一旦目を離して後ろを振り返ると、そこには心配そうに自分たちを見つめる民兵の姿があった。外側で何が起こっているのか。また敵なのかと怯えている者も居る。

だがピニャはそれだけでなく民兵の身なりと持っている武器を一通り確認し、現状を把握。そこから一つの結論に至った。

 

「…何故、死神ロゥリィはこのタイミングで姿を現した?」

 

「…といいますと?」

 

「奴は戦神エムロイの使徒。仮にグレイの言う通り、盗賊に手を貸していたとしたら……遅すぎではないか?」

 

「あ。確かに…」

 

しかもロゥリィは先ほどの戦闘では見なかった魔導師(レレイ)エルフ(テュカ)を連れており、その後ろには更に鉄でできた馬車()を置いている。いくら戦神とはいえ、既に戦闘が終わった時に堂々と姿を現すことがあるのだろうか。死神と呼ばれる彼女は戦場に現れ戦うこともある。つまり、仮に今連れている二人を従えて現れるのは戦闘中というのが最も道理的に適っている筈だ。

 

「ということは…盗賊に組みしていない?」

 

「可能性として、だがな」

 

もし仮に盗賊に組みしてなかったとしたら。これが今彼女の中で考えられる可能性の一つであり、最有力候補だ。盗賊と手を組んでいたら、絶対に彼女が戦域に乱入し殺戮の地獄絵図になっていただろうが、その可能性は否定され現在は盗賊に組みしていない第三勢力説が有力になっている。もし、それが事実であるならピニャは最高の援軍を得ることになる。

 

「…しかし、結果として答えは二者択一だ…敵であるかそうでないか…」

 

答えは二つに一つ。敵であるか味方であるか。当然、ピニャとしては援軍であってほしいと願うしかないが、相手は亜神。しかも戦神の使徒だ。どちらに組みした方が自分たちに得するのかが優先され、その場合は確実に神への生贄が多い方が優先されるだろう。

つまり。敵であるという可能性も捨てきれないのだ。

このままどうするかと考えていたピニャだが、時間はその考える間さえも与えてくれなかった。

 

 

次の瞬間には木製の門が叩かれる音が響き、それには近くにいた三人も思わず肩をびくつかせる。もう既に門の向こう側にはロゥリィたちが待っている。

時間はもう一刻の猶予もない。それが余計に彼女の思考を鈍らせ、決断を迫られる。混乱した頭の中で、ピニャはいよいよ決心する。

 

「ッ………すまん。私はこっちに賭ける……!」

 

「ぴ、ピニャ様!?」

 

意を決したピニャの選択。それは門を閉じる木をどかせてロゥリィたちを中に入れるということだった。だがもし敵であるなら目の前に居るピニャたちは確実にやられる。だがそれでもロゥリィのこれまでの行いを考えれば絶対に敵であるという保証もない。

ピニャはそこに一縷の望みを託し、閉ざされていた門を勢いよく鈍い音(・・・)と共に開かせた。

 

 

 

 

 

 

「よ、よくぞ参られた!……………た……た?」

 

すると。目の前にはロゥリィたち三人。蒼夜たちとライダー、セイバー、清姫とマシュ。

 

 

 

 

そして。彼女の目の前でピクリとも動かない伊丹の姿があった。

 

 

 

 

「――――――――わ…………妾?」

 

 

ピニャの問いに全員が無言のまま頷いた。

 

 

 

 

 

その後。ピニャの青ざめた叫びが響き、伊丹の胸に着けた通信機からはランサーの笑い声と桑原の声が聞こえていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「伊丹が死んだ!」(レレイ)

 

「このひとでなし!」(テュカ)

 

「えっ妾!?」

 

そんな掛け合いもあったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。桑原たち待機している隊員たちやアーチャー、キャスターは目の前でズルズルと引きずられながら門の向こうに消えて行った伊丹の姿に心配な汗を流していたが、隣で蒼夜が心配しないでとばかりに振り向いてくれていた。ただし、汗だくの顔で。

その中でランサーは一人ゲラゲラと腹を抱えて笑っており、笑い死にそうになっていた。

 

「いやぁ…あの兄ちゃん期待を裏切らねぇな!」

 

「ホント…先行き不安でしかないわ…」

 

これには栗林も失笑するしかなく、もうあのまま帰ってこないのではないかと思いもしていた。仮にも隊長なので殉職するならマシな死に方で後任もマトモな人にしてくれと。

もはや頭の中では伊丹の犠牲もやむなしのようになっていたが、一応は隊長というのもあるのか生還を願ってもいた。

 

「隊長、大丈夫なんでしょうか…」

 

「さてな。ただ頭をぶつけただけなら、直ぐに気が付くだろう」

 

その隣では同隊員の富田が心配そうに呟いているが、様子を一部始終見ていたキャスターの差ほどの心配のなさに余計に心配になっていた。一応伊丹の頭にはメットが被られていたので、直接のダメージはなかっただろう。しかし問題は当たり方でかなり強烈な音が彼らの目の先で響いたので、それには面々も思わず口を半開きにして、彼の無事を祈るしかなかった。

 

「……結構凄い音でしたね」

 

「ホント。脳震盪起こしてなきゃいいけど…」

 

その後。桑原の連絡によって伊丹の無事が確認。先にピニャたちに連れられて屋敷へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリカが帝国の中で重要な拠点であることには違いない。二つの街道に交差した点にこの町が存在しているのだ。だが、そのイタリカではある問題があった。

ひとつは、頭首の不在。そして二つ目に治安の悪化。

前者後者共に、考えられる理由は一つだけだ。全て連鎖的に起こってしまった出来事。自衛隊との交戦でイタリカの主であるフォルマル家の当主が討ち死にしたのだ。

 

 

「結果。イタリカの治安は当然の如く悪化。しかもそこに盗賊風情に成り下がった残党が居ると来たものだ。守るだけでも手一杯…いや明日一日守れるかさえも怪しい」

 

「そんな…」

 

「そして、その中で起こったもう一つのトラブル。後見人争いだ」

 

ピニャに連れられ、伊丹と蒼夜たちはフォルマル家の屋敷の廊下を歩き、道中でイタリカの状況について話を聞かされていた。

門をくぐってひと悶着はあったものの、ピニャがどうにか協力してほしいと願い出たのでそれに乗った彼らは現在こうして説明されながらある部屋に向かっていた。

イタリカの主が亡くなったことで自動的に跡継ぎが頭首を継ぐ。それはこの町、フォルマル家では差ほど問題でもなかった。三姉妹が頭首の娘として居て、その内上の二人が別の家に嫁いでいたのだ。よって残った末娘が新たな頭首となったのだが

 

 

「えっ…!?」

 

「…子どもではないか」

 

蒼夜、マシュは目を見開き頭首の椅子に座る末娘の姿に驚いた。ライダーの言葉通り、そこには蒼夜やマシュ、更にはセイバーよりも若い少女が緊張した顔でこちらを見ていたのだ。

 

「確か、公女は今年で十一のハズ」

 

「じ、十一!?」

 

「先輩は確か…」

 

「…十九だ」

 

「清姫さんよりも若いですよ…」

 

セイバーのセリフにえっ、と声を出した伊丹はセクハラにならない程度にと驚いた顔で後ろに振り返り清姫に歳を訊ねた。

 

「えっ…君、いくつなの!?」

 

「えっと…(よわい)十三です」

 

清姫伝説では彼女はその年で自決したという記録があるので、伝説をもとに英霊として現界しているならその歳が妥当なものだ。だがそこは関係なく、つまりその部屋にいる誰よりも末娘である公女ミュイは若い歳で頭首となってしまったのだ。

そしてピニャは彼女の隣に立ち、話を続ける。

 

「そう。いくら頭首とはいえ、十一の少女に軍を率いろ、指揮をしろというのはあまりに酷な話だ。だから、偶然この町に立ち寄った妾が代わりに軍を指揮している…という訳だ」

 

肝心の頭首がまだ若い少女であるということに驚きを隠せない蒼夜たち。しかも指揮官どころかマトモな兵士が一人も居ないという状況には、もはや口を半開きにする以外反応のしようがなかった。

それを伊丹たちは重く受け止めていたが、ただ一人。今のところ一度も重い表情から顔を変えない人物が居た。

かつて一国を収めていた男、ライダーだ。

 

「…なるほどな。軍は全滅。指揮官も討ち死に。残ったのは愛娘とボロボロの町と民兵のみか」

 

「ああ…正直な話。あと一度の攻撃でこの町が耐えられるかどうか―――」

 

「ムリだな」

 

ピニャに割って入ったライダーはそう断じる。

 

「残ったのは戦闘経験のない民兵だけ。武器も装備も整っていない。食料の備蓄もない。指揮官はズブの素人。マトモな兵士はお前の部下含め四名のみ。これで三日持ちこたえろというのは神に祈るような事ぞ。

 余なら次の戦闘で確実この町が陥落すると断言できる」

 

「ッ……」

 

「第一、何故この町にはロクな兵士が残っていない。これだけの城塞都市なら、治安維持のために最低限その為の兵士も用意されている筈だが」

 

「それは……帝国が治安維持の部隊までも出せと言って来たからで…」

 

「だからといって素直に出す馬鹿もおらんだろう。大方、ここの頭首もそれは知っていたはず。なのに、ロクな兵士が残っていないということは…」

 

中世であるなら治安維持は軍の兵士が行っていても不思議ではない。だが、それを除いたとしても最小限、治安維持のために兵士を残している筈だ。なのにピニャの話では残っているのは自分たち四人と民兵だけといい、残された兵士が居ないと言っていた。それがもし頭首が馬鹿で全軍引っ張りだしたのなら笑い話だが、ピニャの表情からそれはないとライダーは断言していた。

つまり。この町には治安維持のための兵士が最低限残されていた。そして

 

「前線に出て全滅。恐らくあの南門の中にその死体が転がってるだろうな」

 

「それは……」

 

「別に不思議ではない。指揮官として兵士として、戦力として見込めるのであれば当然軍に加える。前線に立たせる。

 だが。今回はそれがマズかった。最低限の兵力であるなら指揮官などにするのではなく、一個の隊として、動かしておけばよかったのではないか?」

 

「……どうだろ。それでも結果は変わらないと思うけどな」

 

割って入った伊丹だが、ま。そうだわなと小声でライダーは呟く。どの道、元正規兵ばかりの残党相手に正規兵少数でどう打ち勝てというのかという無茶ぶりだ。

少数対多数。結果は目に見えているが、仮にライダーの言った通りにしていればもう少し相手に優位に立てたハズかもしれない。

少なくとも、正規兵に素人の民兵を指揮するよりは生き残れたかもしれない。

 

(流石ライダーさん。言う事が違うというか…)

 

(伊達に征服王…マケドニアを預かってないってことか)

 

 

「だが相手は元正規兵だ。対してこちらは兵力も指揮も練度も低い。ならば正規兵を指揮官にして民兵の犠牲を減らすべきで――」

 

「そして、代わりに数少ない正規兵が死んでいった。だろ?」

 

「ッ―――」

 

「………。」

 

 

「図星…なのかな」

 

「でしょうね。ライダーの言葉通りなら、あそこにこの町の自警団的な人たちが転がってると思いますし」

 

「民兵に一騎当千の働きをしろというのは当然できぬ話だ。ならば、それを踏まえた戦法をすれば、民兵の犠牲も最低限に抑えられたのではないか。例えば、敵軍を態と門の中に入れて、市街地でのゲリラ戦を展開する。城壁に敵が上ることを前提に矢の嵐を城壁にぶちまける。やりようはいくらでもあると思うがの」

 

「ッ……!」

 

確かに。イタリカに残された兵力は正直いって正面から残党と戦える戦力ではない。ならば、それを踏まえた戦法を使えば、やり方によっては勝てたかもしれない筈だ。

なのにピニャはあえて正面から迎え撃つという選択をして城門の中に敵軍を入れてしまい、多くの民兵を失ってしまった。

それしか知らないのではなく、そうしてしまったのだ。

 

「正直言うが、世事にも余はそこまで戦略を立てられる頭もない。難しいことは全て参謀任せだった。だが、そんな余でも。それだけのことは上げられた」

 

「………。」

 

 

「ら、ライダーさん…?」

 

「ん。どうした?」

 

恐る恐る挙手して話に割って入る伊丹。恐らくこのままであれば確実に話がこじれるだろうと思った彼は出来るだけ良い空気で話を纏めたいと思い、一言進言する。

 

「出来るだけいい感じに話しまとめて下さいね? 仮にも俺たち、敵陣に居るんですし…」

 

「ああ。そうだったな。だが、今はそんなことも言ってられんだろう」

 

「…まぁそうですけど……」

 

「ライダー。説教はその辺にしておかないと、俺たち何しにここに来たのか…」

 

 

結局。その後伊丹と蒼夜の制止にようやく言い切れたライダーは仕方ないと言って止まってくれたのだが、それ以上ライダーが言っていれば十一歳の隣で姫が泣き始めていただろう。

斯くして、最悪とも言えるような出会いと会話をしてしまった一行。特に蒼夜たちはその後まともにピニャの事を直視することができなかった。

 

「…伊丹さん。後でフォローお願いします…」

 

「ああ…このままだと俺たちにも飛び火…してるだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

その後。伊丹たちによって無事に会合は終了。

もっとも、彼らが主導で話を進めてくれたので、ライダーとの会話の後は目立ったいざこざもなく、ある理由で同意することとなった。

イタリカの状況から鱗を売るどころの話ではないと判断した伊丹たちは、イタリカの防衛に協力することにして、第三偵察隊を門の中に。そしてピニャの指示で攻撃を受けた南門の防衛を任されることとなった。

 

「…で。無事にウチの王は悶着を起こしてきたと」

 

「仕方あるまい。まさかあそこまで教科書通りのことをするとは思ってもなかったからの」

 

カルデアメンバーも一旦集まり、防衛の協力をすることを話していたが、それ以上にキャスターは案の定というような顔で呆れており、深いため息をついた。

彼も大方イタリカの指揮官に一言二言、なにか言うとは思っていたのだろう。

 

「ゴメン、ロード…止めるに止められなくて…」

 

「いや。マスターでも止められんだろ。俺でも無理だ」

 

「仕方あるまいて。ライダーほどの武将の王なら、この惨劇には嘆くより呆れが来る」

 

「同感だ。これじゃあヒデェって思うのはなぁ…」

 

アーチャー、ランサーも門の中の様子を見て同情よりも、どうしてここまで被害が出るのかということに呆れるしかなかった。門を潜れば彼らの鼻には嫌というほどの異臭が入って来てアーチャーに至っては思わず鼻を塞いでしまう。死体は片づけられたというのにそこには今も死体があるかの如く死臭が残っていたのだ。

 

「これじゃあ、殺してくれと言ってるようなもんだ」

 

「ピニャさんはあえて門を開けて内部での戦闘を行ったと言ってますが…」

 

「戦術としては間違ってないだろうな。だが問題は中に居る自軍のことを考えてなかったことだ」

 

民兵が率先して戦うというのも難しい話だ。ある程度訓練されていたりするのであれば前に出て戦うのだろうが、戦いの経験もないと頭の中が真っ白になってどうすればいいか分からなくなる。そしてその瞬間、その民間人(・・・)は終わってしまう。

 

「どちらにしても、このまま見過ごすわけにもいかん…だろ、マスター?」

 

「ああ。流石に、関係がないっていえばそれまでだけど、助けない理由もないし」

 

「決まりだな。あとは…」

 

キャスターがそういうと目線を蒼夜たちから南門に入って来た自衛隊の車両に向ける。車内では、伊丹が無線機を使いアルヌスに連絡を入れており「戦闘に巻き込まれたので今日は帰れない」と言い、それに上官の檜垣が絶叫の如く叫びをあげていた。

 

「それと―――」

 

 

「…で。俺たちは南門の守備か」

 

「ええ。既に陥落した場所なので、問題はない…らしいです」

 

説明を終えて解散したサーヴァントたち。そして、そこに代わるように桑原が蒼夜たちの前に来て、ピニャたちと何を話していたのかを説明する。多少のいざこざはあったが、鱗を売るため、イタリカを守るために一旦協力を結んだのだと説明する。

そして自分たちが既に一度は開けられた南門の守備を任されたということも、包み隠さずに。

 

「…なるほど。向こうもかなり切羽詰まってるらしいな」

 

「ムリもありません。正規兵はピニャさんたちの部下三名だけ。もう兵力も士気も底をつきかけてます…ライダーさんの言う通りあと一回で確実に…」

 

「だろうな。民兵の姿を見てみろ」

 

振り返ると、町の至るところに戦闘に参加し生き残った民兵の姿があり、その身なりと様子に蒼夜やセイバーは表情を暗くする。装備はバラバラ、しかも中にはそれが武器なのかという物を武器にしている者も居て、鎧もなく服だけが防具だったりする。

そしてそんな彼らの顔は等しく覇気を失い、死人の如く力尽きていた。中にはまだ戦えると言う者も居るが、それがあと何人残っているかもわかった物ではない。

イタリカの状況は最悪の一言だ。

 

「…このままじゃ、多分民兵も犬死だ」

 

「だから、彼女は最後の手に出るだろうな」

 

「まさか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――殿下。二次防衛戦。及び第三次防衛戦の用意が完了。部隊の再編も完了しました」

 

「そうか。ならばあとは西と東に割り振るだけだな」

 

城壁の上でハミルトンからの報告を受けたピニャは、残った西と東に戦力を割り振り、残党を迎え撃つ用意をしていた。自衛隊とカルデアのメンバーが配下に加わったことで幾分か戦力に余裕が出たらしく、彼女の指揮のもとで守りを固められていた。

そんな中、報告を終えたハミルトンは心配そうにピニャに訊ねる。

 

「…殿下。本当によろしいのですか? いくら炎龍を撃退したとはいえ…」

 

「敵である緑の人を受け入れた…か? そう悠長なことも言ってられんだろ。この際贅沢を言わず、向こうから協力してくれるのであれば受け入れるだけ。あとでどうとでもなる」

 

そう。もはやなりふり構っていられない。ピニャの予想でもあと一度の攻撃で確実にイタリカは壊滅する。それは未だ未熟な彼女でも容易に想像できる結末だった。

だがそれ以上に彼女の脳裏には、未だあの男、征服王の言葉がよぎり続けていた。

 

「…それに」

 

「………。」

 

「―――あの男は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情説明や協力についての話の後のことだ。

話が纏まり、いざ戻ろうとした時にライダーが何事もなかったかのように出て行こうとしたので、ハミルトンが食って掛かったのだ。

 

―――お前は一体何様のつもりだ

 

仮にもピニャが姫であることを踏まえればハミルトンの言葉も分からなくもなかったが、ピニャはそれを制して別の言葉で彼に訊ね直した。

 

―――貴方は一体何者なのだ

 

 

すると、ライダーは半分ほど顔を向かせ白い歯を見せながらこう言った。

 

 

 

 

「――――――余か?……………かつて、とある一国を治めていた王よ」

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…………落ちた王に非難されて、黙っているわけにもいくまい」

 

 

だが、その落ちた王と非難した男はかつて大国をまとめた英雄であるというのを、この時ピニャは知らず。そして彼のその実力を目にするのは少し後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと。今のうちに状況を確認しよっか」

 

円陣のように囲んで集まった伊丹と蒼夜たち。無論、全員の視線は伊丹に向いており更に全員揃って石の上に座り込んでいた。

 

「今回、俺たちが請け負うのはここ。南門。みんなも昼間の煙は見たと思うけど、ここは一度堕ちている。その為、もう守備機能は無きに等しい…っていうか無い」

 

「門の様子も見ましたけど、開ける閉めるは兎も角、閉じるための木材が壊れさてました。ちなみに予備はないって言われました」

 

「だろうな。向こうはあまりこちらを信用してないと見た」

 

マシュからの報告に皮肉のように言うアーチャーだが実際それが現状なので伊丹たちも返す言葉はない。だがそれでも彼らは兎も角といって話を続ける。

 

「よって。姫様の狙いはここを手薄と見せかけて屋敷の近くに配置した第二次、第三次防衛戦を決戦場として戦うつもりだ。あそこは迷路みたいになってるし、ゲリラ戦にはうってつけだろう」

 

「ですが今更そんなことして意味あるんですか?」

 

栗林が挙手して質問する。しかしそれには十分意味はある、とキャスターが返した。

 

「一応、向こうは門をくぐっただけで市街戦は行っていないようだ。証拠に奥に向かうほど返り血や死臭はなかった。多分、向こうの戦力もあって押し込めるだけの力がなかったのだろうな。だから、あえて誘い込むのは間違ってもない」

 

「同時に間違いそうで怖いけどね」

 

市街戦でゲリラ戦を展開するのは間違ってもないが、同時に自分たちにもう後がないと背水の陣を敷かせているのは、伊丹たちから見てもどうかと思ってしまう。後がないのであれば死ぬ気で戦うだけというが、もし失敗すればどうなるか。そしてその時、満足な指揮ができるかなども問題点は数多く存在する。特に、残された兵の状態を考えると果たしてそれが得策なのか。

 

「ゲリラ戦で、敵との練度差を縮めるという意図があるのでは?」

 

「それは分かるけど、残ったのは殆どがズブ素人だ。市街地で戦って勝てる見込みも薄いと思う。それでも正面切って防衛戦するよかマシだと、俺は思ってるけどね」

 

富田からの考えも予想はしていたらしく、そこも伊丹が直ぐに切り返す。

かなり軽い話し方をしているが、彼の言葉は一々正確で確実に返してくる。そしてその言葉には確かにと思ってしまうこともある。

 

「で。ここでぶっちゃけるけど…俺やおやっさんの考えでは多分。南門への攻撃の確率は低いと考えている」

 

「………え?」

 

すると意外そうに声を出したのは、その意外にも当てはまる人物ロゥリィだった。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「…ここ。敵、来ないの?」

 

「来ないっていうより…来ないかもしれない。まだ決まった理由でもないし…」

 

伊丹はライダーに目を向けると、そのまま何も言わずに彼と目を合わせた。どうやら何かを無言のまま言っているらしく、その隣で蒼夜が言葉に直して聞く。

 

「ライダー。もし君ならどうする?」

 

「うん? 余ならか。まぁチンタラやってる時点でそんなこともしないと思うが…」

 

適当にそこら辺に転がっていた石を使い、ライダーは地面に図面を書き始める。

四角く書かれた物は恐らくイタリカ。そしてその他にも使われてない石があって、書き終えるとそれを適当に外側に置く。それが諸王国軍の残党。そして残った石二つが自分たちとピニャたちだろう。

 

「さて。まず今置かれている戦況からするに、敵の行動は大きく二つに分かれるわけだ。

 ひとつは馬鹿正直にこの南門を攻めるか。もう一つは南門以外の門である西と東を攻めるか。前者であれば向こうの姫様も好都合だろうが、後者であれば総崩れだろうな」

 

「…包囲戦…というのはないんですか?」

 

当然の如く包囲するというのもアリかもしれない。だがそれを質問した黒川にはアーチャーが代わりに返答した。

 

「難しいだろうな。今し方敵の斥候、それと後方の部隊を確認したが、勢力の総勢からして包囲戦をするほどの余裕もないだろう。仮に北門を外して残り三方に割り振ったとしても戦力的に不十分だ」

 

「そういえば向こうは残党でしたね。という事は頭数は足りてないと」

 

今更だがそれを思い返した富田に伊丹も、そういうことと言う。

 

「三方攻めるにしても戦力数から手薄になる可能性が高い」

 

「だからこそ、どこか一カ所に集中する。というのが定石だ」

 

「なるほど…」

 

 

「では、敵はどこから攻めるとライダーさんは思っているのですか?」

 

身を屈めて考えるセイバーの隣で正座をするマシュが今度は問う。

その隣では二人の姿に横目で見ている倉田が居るが、同じ隊員である古田に肘打ちを受けた。

 

「…この時点で余とあの姫との考えが相反することは承知しているはず。なら、答えは自ずと絞られる」

 

 

つまり。

ライダーの予想、彼がもし残党側だとしてこのイタリカに二次の攻撃を仕掛けるのであれば攻めるのはココ(南門)ではない。

 

「残る二つ。この時間だと…そろそろ夜襲の時間だ」

 

気が付けば、すっかりと日は西へと落ちており、周りには影ができて茜色に染まり始めていた。夕日が沈む西の太陽を眩しく思いながら、淡々と話を続ける。

 

「攻めるのであれば確かに南門なのだろうが、だからこそ。警戒を緩めている残る門へと攻める。特に夜であれば先制攻撃は確実に成功するだろうからの」

 

「つまり。捨て駒にしたハズだけど、捨てられたのは向こうってワケだ」

 

ジョークのように言うランサーだが、それはつまり民兵に再び被害が出るということ。そうなればもうイタリカを守備する軍は次第に砂の様に崩れ始めるのは確実だ。もうまともな兵士は数えるほど。士気も既に底に達している。戦えるにしても朝を迎えられるかさえも怪しくなっている。

 

「どの道。このままほっておくってワケにも行かない。こっちの本心伏せた状態にして今は従うってのがベストだと思う」

 

「あくまでこっちは従う側を貫いて、向こうの出方を見よう。助けない理由だってないワケだし」

 

斯くして伊丹たちは敵が来るかという可能性に身を任せ、敵が来るのを待つことにする。だが彼らも大人しくやられる気もないので、相応の用意を始めた。他の二カ所では自分たちが見えないので篝火を用意しているが、伊丹たちのところはあえてそれを要らないと蹴った。敵を誘い込みやすくするということもあるが、その真意は別にある。

 

 

「よいしょっ…」

 

「篝火はこのあたりでいいですかね」

 

セイバーとマシュが下で篝火の移動を手伝い、迎撃の用意をしている中。城壁の上では蒼夜がアーチャーと夜での行動について話をしていた。

 

「場所は大丈夫?」

 

「ああ。あの高台でなら十分視認は可能だ」

 

アーチャー、弓兵という名は伊達ではなく彼の視力は常人では考えられないほど優れている。本人曰く、二十階ほどのビルの上から地上のタイル版の数も数えられるらしく、かつてその目を使って何度も彼らは危機を脱したこともある。

 

「よし。あとでランサーたちには西と東への偵察に出てもらうけど…」

 

「確率は三分の一…いや、二分の一か」

 

「当たると思う?」

 

「さてな。いずれにせよ、敵がここに来るという確率は刹那にも等しい。今は静観あるのみだ」

 

「…だな」

 

斯くして。イタリカの存亡を賭けた、第二次の戦闘が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、夜もとっぷりと深くなった頃。

伊丹と蒼夜たちの居る南門は他と比べて異常といえるほどに暗くなっていた。

篝火を一切使わず、明かりの類は何一つとして使っていなかったのだ。

このままでは見えない、と思うのが特地の人間の考えなのだろうが、伊丹たちはその中でも十分戦える装備を持ち合わせていた。

暗視装置、ナイトビジョンと呼ばれるこの装備は暗闇の中でも問題なく見えるようになっている。

 

「へぇ…そんなのがあるんだ」

 

「ああ。だから篝火は要らないし、火があるとかえってこれを付けた時に見えなくなるんだ」

 

元々暗闇の中で使われる物なので火があれば目に悪影響を及ぼすのだ。なので伊丹たちは暗視装置を使うためにあえて篝火を焚かなかった。

不思議そうに暗視装置を見るテュカに説明する伊丹は、火を焚かなかったので大丈夫かと訊ねるが、暗順応のお陰がかなり見えるようになったと言う。

最初こそ暗くて何も見えなかったが、暗順応と遠くの篝火のお陰で見ることには苦労していないようだ。

 

「…夜もそろそろ、か」

 

「始めますか、先輩?」

 

「ああ。ランサー、ちょっと来てくれ!」

 

おう。とランサーが答え、得物の槍を肩にかけたまま近づいて来る。そして蒼夜は今の内にやっておこうと伊丹たちにある提案を持ちかけた。

 

「伊丹さん、ちょっといいですか?」

 

「ん。どうしたんだ、蒼夜」

 

「念のために西と東の門に偵察を出したいんですけど…いいですか?」

 

「偵察?」

 

アーチャーを配置したのは敵襲がどっちからかというだけで守備隊については基本無視を命じている。だがそれでも遠くからでは分からないこともあるということで蒼夜たちはあえて偵察を出して守備隊の様子を見ようという考えを打ち明けたのだ。

 

「うーん…偵察ね……けど、そんなことしたらバレるでしょ?」

 

「その辺については問題ありません」

 

マシュの自信ありげな言葉にどういう意味かと口を開く伊丹。すると、蒼夜は伊丹から目を離してポツリと呟く。

それは、ここに居るもう一人(・・・・)のサーヴァントを呼び出す合図だ。

 

 

「―――アサシン」

 

「ここに」

 

すると、突如暗闇の中から霧のように姿を見せた白い髑髏の仮面に、近くに居たテュカや栗林が驚く。なにせ、白い髑髏以外は全て黒いローブに身を包み仮面以外を闇と同化しているような姿をしていたのだ。

だが、彼こそ蒼夜たちの仲間、七騎のサーヴァントの最後のクラスであるアサシンのサーヴァントだ。

 

「な、なにその髑髏!?」

 

「髑髏は仮面です。彼はアサシンさんと言って…」

 

「我はアサシン。暗殺者のサーヴァント。こと気配遮断については我らに勝る者は居らず」

 

「ってなワケで。暗殺者のサーヴァントです」

 

「それ絶対誰かを獲るヤツだよね!?」

 

流石に突っ込みを入れる伊丹だが、蒼夜はそんな事はしないと一応は断言する。

アサシンは確かにマスターを暗殺するという諜報戦などに特化したサーヴァントだが、それ故に彼のクラスに特有のスキルがあることを蒼夜は当然知っていた。

アサシンのクラスに召喚された者たちが絶対に付与される「気配遮断」のスキル。これは戦闘時以外は気配を察知されることはなく移動などが出来るスキルで、髑髏の仮面を持つアサシン、その名前(クラス)の由来であるハサン・サッバーハも高ランクで持ち合わせていた。

 

「それに、アサシンさんは仕事以外のことはしない主義だと言いますので無為に人を殺すことはありません」

 

(それって仕事なら容赦なく殺るってことだよな…)

 

 

マシュの言葉に一抹の不安を感じながらも、伊丹は仕方なく蒼夜たちの偵察を許可する。が、西と東を彼一人で調べるのかと思ったので、それを一応訊ねてみると、蒼夜もそんなことはしないと言ってランサーを呼んでいた。

 

「よし。ランサーは西、アサシンは東門の偵察をしてきてくれ。くれぐれも民兵たちに気付かれないように、手出しも無用だ。状況確認を終えたらすぐに戻って来てくれていいから」

 

「あいよ。んじゃとっとと済ませて戻ってくるわ」

 

「承知した。主殿」

 

ランサーは槍兵のクラスのため気配遮断のスキルは持っていないが、彼にはルーンと呼ばれる魔術があり、しかも神秘が満ちていた時代の魔術ということもあってその効果は強い。ルーン魔術はケルトで使われていたもので、攻撃から補助に至るまで色々な物がある。ランサーはその中でも原初、つまり最も古く強いルーンを扱える英霊でそれを用いた探知や気配を消すことも可能だという。

 

「…ランサー。本当に頼むよ?」

 

「なんだ。俺が仕事をさぼるってか?」

 

「いや。仕事の合間にナンパでもしてそうで…」

 

「あー…そりゃねぇわ。今回は」

 

自慢できる話でもないが、ランサーにはナンパ癖があり、それには蒼夜たちもほとほと手を焼いていた。マシュなどは対象外なのか時折からかったりはしているが、それより年上だと偶にそういった事が起こるらしく蒼夜にも報告されている。

が。今回はそれは無いと断言したランサー。その理由はいたってシンプルだ。

 

「だって既に綺麗なねぇちゃん(黒川)が居るからよ!」

 

 

「…黒川さん。ランサーさんのナンパには気を付けてくださいね」

 

「ああ。大丈夫です。隙を見て眉間に撃ち込みますから」

 

といって、黒川は腰に下げていた9mmのロックを外したのであった。

 

「…怒らせるなよ?」

 

「鉄砲ぐらいで撃ち抜かれねぇっての………多分な」

 

 

 

 

 

ランサーはルーンを使い、アサシンは気配遮断を使って気配を消し、それぞれ西と東に偵察に出る。原則として誰かに見られることはNGなので、出来るだけ接触をしないようにと念を押した蒼夜は風のように屋根を飛んでいく彼らの後ろ姿を眺めていた。

 

「一応、要請があれば動くけど、勝手に偵察してはダメだって言われもないですからね。それに…」

 

「…深夜二時…時間としてはまぁまぁだけど…」

 

「もう少し夜更けを待つと思いますね」

 

蒼夜、伊丹、倉田は時計を確認しつつ敵がいつ夜襲を仕掛けてくるか待ち続ける。夜襲であるなら時間も十分だが、未だ攻めてこない残党の様子に今か今かと待ち続けていた。その中で蒼夜はここまで夜を長く過ごした事もなかったので手を当てながら深い欠伸をしていた。

 

「流石に眠いですね…」

 

「自衛隊入ると、こんなことで眠いとか言ってられなくなるよー…にしても、どっちから来るのやら…」

 

「………そろそろ連絡くる頃だと思いますけど…」

 

すると、蒼夜に魔力での念話が届き、ようやくきた報告に眠っていた頭を叩き起こす。

サーヴァントとマスターとの間でのみ通じる念話なので他のサーヴァントや敵に傍受される確率も低いものだ。

 

『坊主、俺だ』

 

「ランサー。西はどう?」

 

『穏やかなもんだ。これじゃあこっちはハズレだな』

 

「そっか……なら……」

 

ランサーの方が外れならアサシンのほうに何か変化がある筈だ。そう思い連絡を入れようとした、次の瞬間。彼らの念話に割り込みが入る。それは彼が偵察に出したもう一人、アサシンからだ。

 

『―――主殿』

 

「ッ…アサシン。もしかして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今し方、戦端が開かれました」

 

アサシンの目の前では、幾つもの火矢が飛び交い、城壁の中は燃え盛る業火の祭りとなっていた。兵士たちは踊るように倒れ、かわして防いだ者たちは反撃に転じる。弓を持つ者は外の敵へと射るが、残党は幾つもの盾を使い防御陣を形成しており、矢の類は全てその盾に弾かれてしまう。更に残党からの矢での攻撃も行われ、死者は加速的に増えていく。

 

『ッ…やっぱりか…! 現状確認後、直ぐにこっちに合流してくれ! 俺たちもそっちに向かうッ!』

 

「承知しました。道案内はこちらで」

 

 

 

「始まったか…!」

 

「ええ。位置は東門、今守備隊と戦闘して城壁を越えようとしてます!」

 

伊丹の問いに答えた蒼夜は火の手が上がる東門に目を向ける。アサシンの言う通り戦端は開かれて多くの兵士たちの()が響いていた。

叫び、絶叫、嘆き、掛け声。その種類は多く、しかし塊のように一つとなっている。

もはやどれが誰の声かさえも分からない混沌とした存在。それがまるで幽霊のように至る所から響き渡っていた。

 

「ココからでも聞こえるな…」

 

「マルサンヒトヒト…時間としても夜襲にはもってこいですね」

 

「仮にも元正規兵だからな。そこら辺は熟知しているだろうに」

 

「おまけに、こっちの指揮官(ピニャ)は実戦経験がない。多分、陥れられたんだろうな…」

 

時計で時刻を確認する倉田に、納得するように語る桑原。元正規兵ということもあるが、この奇襲の良さには彼も称賛するしかない。だが、それでもあえて言わなかった事実を伊丹はハッキリと言った。

彼女、指揮官であるピニャを騙すには十分だ、と。

 

「東門からの救援要請は?」

 

「出てない。と言うよりも…」

 

「ありゃ出せんな。戦線崩壊、部隊が総崩れを起こしておる」

 

キャスターが来るだろう伝令の姿を確認しようと下や城壁を見るが、伝令役の兵士の姿は来ない。それは恐らく、いや確実に出せるような状態ではないからだろうとライダーは語る。

 

「辛うじて保っては居るのだろうが…恐らく、守備隊は城壁の奴らからやられて、孤立、分散化するだろう」

 

「指揮官が居てもそれぞれの判断で動く…そのせいか」

 

「その場で誰かがまとめられるというのは確かに正しいのだろう。だがその場合は本隊、指揮官との合流が先決だ。仮にも頭、情報が一番集約されるだろうところだからな。故に、部隊が分散化すれば」

 

「敵が各個撃破に乗り出す…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ伊丹」

 

「ん、どうした?」

 

「…なんで、敵、来ないの?」

 

「えっ…いやだって言ったじゃん、来るかもしれないって」

 

「…来る…かも…?」

 

「………へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後。伊丹へのいわれのない攻撃に、見ていたレレイとテュカは何も言えず、ただ地面に倒れる彼の姿を見るしかなかった。

ちなみにその一撃は重く、ずっしりとした一撃の音だったという。

 

「理不尽…」

 

「仕方ないもの、亜神なんだし…」

 

「取り合えず今は現実から目を逸らすんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偵察から帰還しているアサシン。屋根を伝い音と気配を消して進んで行くが、ふと足を止めると足元の地面から女子供の悲痛な声が聞こえてくる。言葉をあまり理解していないアサシンには何を言っているのか半分以上は分からなかったが、ただ彼女たちがこういっていることだけはハッキリと理解していた。

 

「救援、緑の人たち……!?」

 

 

―――救援は、緑の人たちは来ないのか

 

 

助けを請うその姿にアサシンは沈黙するが、特別感情をもって見ている訳でもない。ただ彼らが緑の人と呼ばれた自衛隊たちを待っているということは確かで、それを耳に入れていただけだ。

今すぐに助けをする気もない、理由もない。アサシンはそれが任務でないのならと言う理由から関わることをしない。

 

 

「―――血塗られた戦場、か」

 

さて。これを主が見たらなんと思うだろうか。

そんな事を考えながら、アサシンは再び炎が照らす東から離れていき主の居る南門へと飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

現れた残党の急襲に抵抗する守備隊。だが次第にそれは劣勢となり、部隊は総崩れを始めていく。

勇敢に戦う者には死を。怯え震える者には哀れな結末を。

そして、その中でただ一人戦う戦士には、空しい敗北を。

 

紅蓮の炎に焼かれていく東の門は屍の山となり、命を散らしていく。

 

 

 

 

 

「隊長…」

 

「ああ………さて、どうする。姫様?」

 

 

崩れゆく理想と、現れた現実に勇敢な姫は何を思うのだろうか。

そして伊丹、蒼夜たちの決断は。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――次回に続く

 

 

 

 




オマケ。

その頃のアルヌス―――

「さて。今回の救援要請だが…」

「陸将、ぜひ我ら第四戦闘団を!!」

「一等陸佐、大音量スピーカーとコンポ。そしてワーグナーのCDと台本を用意してあります!!」

「パーフェクトだ、用賀二佐ッ!!」

「………。第四戦闘団に出動を命じる。今は速度が大事だからな。それと


























お前の中の人的にはジャ○ク・バウ○ーじゃないのか?」

「それは言わんでくださいッ!!!」

「はい。自分、勇者です!」

「スパロボ参戦おめでとう。つか貴様らは何でここに居る!!!」

「いえ、呼ばれた気がしたので」

「お前らが出るのは後だ! 今はさっさと宿舎に戻れぃ!!!」






―――――今日も自衛隊は平和です(レレイボイス)


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チャプター2 「二つの世界 = 戦士と死神と女神と =」

おまたせしました…(汗
なにせ暑くてやる気が中々起きず、色々と忙しいこともあって完成までに時間が掛かりました…申し訳ないです…

さて。チャプター2に入ったのですが、中身としては日本に行くかぐらいまでをチャプター2としています。なんでそこそこ長いかと…
今回はイタリカ攻防戦終了まで。
その後とか騎士のアレとかは残念ですが次回をお待ちを…

八月でも暑い日が続きますので、皆さん水分管理にはご注意を


それで、お楽しみ下さい。


 

 

 

 

 

 

イタリカの戦況は最悪の一言に尽きる。

兵力、士気、指揮系統、軍の群がり、配置された者たちの行動。

そして末路。

幾ら相手が手練の元正規兵だからといって、誰がここまでの酷さを予想しただろうか。

 

辺りから聞こえてくるのは民兵たちの断末魔や叫び、そして残党たちの狂気の声だ。

勇敢に戦う者たちも居るが、そうした者たちは自ら死地に赴いてしまい、直ぐに命を落とす。矢に討たれ、剣で切られ、槍で突きさされて倒れていく。

まともな装備がない彼らにとって、抵抗も僅かな間だけ。直ぐに競り合いに負けるか、後ろや横からやられるかだ。

防御の鎧や甲冑も正直なところただの気休めでしかない。当たり所が悪ければいくら防御力があっても死は免れない。

 

 

 

―――斯くして、最悪の状態から、第二次のイタリカ攻防戦が幕を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東門だとッ!?」

 

イタリカの中心、フォルマル家の屋敷の外では守備隊の指揮を執っていたピニャの声がその場に響いた。東門の守備隊が襲撃を受け、現在交戦しているという報告を兵士から受け、自分の予想と外れたところへの攻撃に、それ以上の言葉が出なかった彼女は口を半開きにしたまま報告に来た兵士の言葉を聞き続ける。

 

「はっ。現在、騎士ノーマ率いる隊が交戦中。敵は盾を使って接近し、城壁から乗り込もうとしています」

 

「西の守備隊は向かわせたのか!」

 

「指示通りに。ですが、戦況が混乱、更に敵が既に城壁を制圧しかけているので…」

 

「ッ………!!」

 

思えばすぐにわかることだったハズだ。四方全てに門が存在するイタリカだが、北には小高い山、南は既に襲撃を受けた後。であれば、敵が攻めてくるのは西か東か。それはピニャにでも薄々と予想はついていた。

だが相手は盗賊に成り下がった連中。しかも馬鹿正直に南門を正面から攻めて来た。であればまともな指揮系統はないと読んだが、それが間違いだった。

南門を攻めたと言っても、だからといってもう一度攻めてくる保障があるわけではない。

イタリカには他二か所も同様の攻撃が出来るように平原になっているのだ。であれば南門に絶対に攻めてくるという理由にはならず、西と東に来るかもしれないという仮説が浮上するハズだ。

なのにピニャは盗賊だからという理由でそれを脳裏で捨てて、もう一度南門に攻めてくると予想した。南門の防御機能はすでになく、攻めるにしては絶好の場所。そしてそこに捨て駒である自衛隊を配置すればいよいよ向こうにとっての餌の完成。

 

しかし。現実はそう簡単にいかなかったのだ。

一つは伊丹達の行動。そしてもう一つは自分の慢心。この二つが決定的な原因であり、彼女が払う犠牲への通行料だ。

 

 

「何故だ……何故敵が南門ではなく東門に……」

 

「………まさか」

 

「グレイ?」

 

「殿下、アレを」

 

グレイの言葉にピニャたちは南の方角を見る。すると、そこにはピニャたちにとっては信じられない光景が広がっていたのだ。

 

「ッ……どういうことだ!?」

 

「あ、明かりが……一つもない!?」

 

そう。伊丹たちは夜戦を想定してある装備を用意していた。暗視装置、つまり夜間で明かりが無くても戦える装備を使っていたのだ。火のあるところでは暗視装置は邪魔でしかないので、伊丹たちは前もって篝火は要らないと言っていた。それが今になって東門を攻める大きな理由となっていた。

 

「アイツら……!!」

 

「どうやら、南門に火の手が無いことに残党も罠だと踏んだのでしょう。だから――」

 

「残る二か所である東と西に絞り、東門に攻めて来た……」

 

中世の時代である特地であれば夜の戦闘で篝火をつけるのは当然のこと。だが伊丹たち現代人にとっては篝火がなくても夜に活動できる装備を持っている。この常識の違いが、もう一つの原因だ。

これを伊丹は知っているのか知らないのか。それは本人しか分からないが、少なくとも、この時ピニャの心中は分からなかっただろう。

 

「クッ……西門の守備隊はそのまま東門守備隊を援護ッ! 何があってもこの町を陥落させるなぁ!!」

 

 

 

だが、そこにピニャへさらなる追い打ちがかけられる。

それは今の彼女の中に沸き起こった激情を一気に冷やす冷水のような出来事だった。

 

 

 

「き……騎士ノーマ、討ち死にしましたぁ!!」

 

 

 

「なっ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――どうやら、騎士が一人戦死したようだ」

 

弓兵自慢の視力を使い、東門の様子を見るアーチャー。彼の目には、胴部に剣で串刺しにされた騎士のノーマが、残党の首領らしき人物に釣り上げられ、見世物の様になっているのが見えていた。

 

「確か、ノーマって言ったっけ。若そうな人だったな」

 

「ああ。胴体に数か所、あれは致命傷だな」

 

冷静に分析する伊丹とアーチャーの様子に、近くにいた栗林は若干顔を引きつっている。一応人ひとりが死んでるというのにあそこまで冷静かつ他人事のように話しているのだ。当然、常人としての意識が彼女の中で嫌悪感と異常さを感じさせ、伊丹に質問を投げさせる後押しをした。

 

「…隊長。随分と冷静ですね」

 

「……どうだろうね。実際、俺もそこまで冷静だとは自分でも思ってないよ」

 

「えっ…?」

 

外見から冷静な顔をしている伊丹を見て首をかしげるが、そこに後ろから桑原が近づき、彼女の肩を叩く。何事かと思えば桑原は何も言わずにある場所に指だけを刺した。

そこを見ろ。そのしぐさに栗林は後ろを向かない伊丹の姿に小さく口を開けた。

双眼鏡は片手で持ち、もう片方の手は近くの城壁に置かれている。しかしその置かれた手は今すぐにでもあの場所に行きたいという願望が強く表れ、彼の意志そのものを示していた。

今すぐにでもあの場所、東門へと行きたいという彼の気持ちが。

 

 

「―――が、今の我らはあの娘っ子の配下。本意ではないが、あ奴が命を下さん限りは動くに動けん」

 

だがライダーの言うことも事実で、現在伊丹たち第三偵察隊と蒼夜たちカルデアの面々はピニャの指揮下にいる。彼らが離れれば命令違反となってしまうのは確実。だがだからといって東門を棄てるわけにもいかない。そうなってしまえば町は焼かれ、多くの犠牲者が出てくるのだ。

 

「ですが、このままでは東門は陥落します…!」

 

マシュの訴えにも他の隊員や蒼夜たちも分かっているという顔をする。このまま民兵たちだけで戦えば確実に南門は陥落する。西門から援軍が来るとしても時間稼ぎにしかならない筈だ。

 

「…どうします、隊長」

 

「……救援要請は……来ないか」

 

「来ないでしょ。この状況じゃ」

 

冷たい言い方をする倉田だが、それは事実であると誰もが理解し流す。今から救援の要請が来るかと言われれば戦況が混乱のみであるその場では来るハズがない。

 

「このままでは城下町にまで敵が来ます。ならいっそのこと……」

 

「城下の避難民を助ける…か。それが常套手段だけど…」

 

「我々は今日イタリカに来たばかりだ。下手をすれば道に迷って敵に囲まれる可能性もある」

 

黒川の意見も分からなくもないと言う伊丹だが、キャスターがすかさず鋭い一言を突き刺す。

 

「小銃程度なら、あんな鎧簡単ですよ?」

 

「お前は撃ちたいだけだろ…」

 

「確かに彼女なら殲滅しそうですけど…」

 

「……あの、黒川さん?」

 

小銃をもって言う栗林に呆れる富田だが、隣ではさっきとは纏っているオーラが微妙に違う黒川が笑っており、蒼夜とリリィ、マシュにはどうにもそれが笑っているように見えなかった。

すると、今度はどこからか少女の喘ぎ声が彼らの城壁から響き渡る。

 

「って今度はなんだ!?」

 

「伊丹さん……なんかロゥリィが急に……」

 

石壁にへたり込み、両足の間に手を入れるロゥリィ。その姿は流石に蒼夜には直視は難しく、僅かに目を逸らしていた。どうやら急に喘ぎ声を出し始めたらしく、伊丹もその異様な光景に何があったと聞くに聞けなかった。

 

 

「戦場で死した兵士の魂は彼女の肉体を通してエムロイの下へと召される。多分、それが彼女に媚薬のような効果をもたらしているのだと思う……」

 

異様なほど冷静なレレイの説明に、はぁと言うしかない一同。兎も角、現在ロゥリィは一種の興奮状態で、それを抑えきれてないらしい。

 

「で。どうすれば?」

 

「単純な事。戦えばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆殺しだぜ……ってやつ」

 

 

「…レレイ。随分と楽しそうだな」

 

「………。」

 

「と、ともかくどうするんですか?!」

 

妙に気まずい空気だったのをリリィが声を出して元の状態に戻す。それにはどこからか誰かの安堵した息を吐くのが聞こえていたが、今はそれよりも先決するべきことがあるということで、全員がリリィの話題に乗った。

 

「…今は黒川の言う通り住人の避難も重要だが、東門を落とされたらそれ以前の問題になる。だから―――」

 

「同時展開……ですね」

 

蒼夜の先回りしたかのような言葉にああ、と頷く伊丹は直ぐに各隊員たちに指示を出す。今は東門の防衛と避難民の避難が優先だ。特に戦場が東門から広がって逃げる人の声が大きくなりつつあるので、彼らでも住人に被害が出ているというのは聞くだけでわかることだ。

 

「俺と富田、栗林は東門へ。黒川は勝本と倉田を連れて前線から逃げる避難民の安全を確保。場所は……」

 

「今なら屋敷の辺りが安全だろうな」

 

偵察から戻って来たランサーは避難民をどこに集めるか、考えていた伊丹に提案を持ちかける。イタリカの中心地であるフォルマル家の屋敷であれば守りのこともあるので、集める分にも問題はなさそうだ。加えて、避難民を集めるだけであれば向こうも文句は言うまいと思った伊丹はランサーの案を採用する。

 

「黒川、避難民は出来るだけ屋敷の近くに。確かあの辺りには広場みたいなのがあったハズだ」

 

「分かりました」

 

 

「……よし。リリィ、キャスター」

 

「あ、はいッ!」

 

「私か?」

 

非戦闘員というわけではないが、物理戦闘が苦手なキャスターとその護衛としてリリィを選んだ蒼夜は二人に付いて行くようにと指示をする。

 

「二人は黒川さんたちと一緒に住人の避難の手伝いを。今の状態だと何時敵が民間人襲うかわかったものじゃないから……!」

 

「ッ……分かりましたッ!」

 

「キャスターとして戦えんのは自負しているが……仕方ない。時間稼ぎはしてみるさ」

 

 

「他のサーヴァントたちは移動用意。アーチャーは狙撃ポイント確保後すぐに民兵の援護に回ってくれ。こっちはランサーとライダーたちを連れて正面から援護に入る」

 

「了解した。うっかりこちらの射線に入るなよ」

 

「そん時はランサーで守るから」

 

「俺は肉壁かッ!!!」

 

和気藹々とした雰囲気だが、蒼夜の適格な指示に彼らも疑うことなく従っている。皮肉を言いながらも了解したと言う顔のアーチャー。マスターのジョークに自分を盾に使われることに声を張り上げるランサー。やれやれと、どんちゃん騒ぎしている彼らを外から眺めて溜息をつくマシュ。

これが、今から死地に赴く者たちの態度と雰囲気だろうか。少なくとも、ある程度戦闘を経験した伊丹たちにとってもその様子は不自然にしか見えなかった。

 

「……場数を踏んでいるというより、慣れているという雰囲気ですね」

 

「だね…ホント、今までどんなことしてきたんだろ」

 

 

戦闘中だというのに和やかだった彼らだが、いざ戦闘という時になるとその空気は一変する。自衛隊員たちは銃の安全装置を外し、隊長である伊丹から下された指示に従って動き出す。

蒼夜たちも同じく、アーチャーは先行して狙撃ポイントの確保に向かい、リリィとキャスターはそれぞれ黒川たちの後についていく。残ったマシュやランサーたちは自前の武器を持ち、戦闘準備を整える。

 

「マシュと清姫は俺と一緒に前線から逃げてくる避難民の援護。出来る限り安全に逃がすんだ」

 

「分かりました、マスター」

 

「では、矛が私、盾がマシュですね」

 

 

「坊主、俺たちはどうする」

 

「基本遊撃。ランサーは兎も角としてライダーも原則門の中で戦ってくれ。多分、もうかなり入り込まれてると思うから」

 

「であるか。ならば一番槍はいただこうではないか…!」

 

 

 

「――――――よし。各自、行動開始ッ!!」

 

 

 

桑原達数名を守備に残し、伊丹と蒼夜たちは東門へと向かう。目的は東門守備の援護。そして避難民の退避を助けること。

戦闘開始から既に数十分が経過し、戦火も広がりつつある。

守備の命令を守りつつ、東門の援護をするには少数で向かうしかない。

小隊を三つに分けて行動を始めた彼らは、急いた足で現地へと向かう。

 

 

「ほらっ、ロゥリィ行くよ―――」

 

栗林がロゥリィを立たせようとした瞬間、ロゥリィは自分から立ちあがり、わき目もくれずに城壁から飛び降りた。

 

「うわっ!?」

 

「ロゥリィッ!?」

 

亜神だからか、城壁から降りたロゥリィは何事も無かったかのように着地。そして、まるで獣のように人では到底出来ないほどの速さで走り出した。まるで忍者か何かのように足早に走り去っていくその姿には栗林も唖然として、富田も足の速さに一言ぼやくことしかできなかった。

 

「速っ……」

 

「嘘ぉ…」

 

「関心してる場合か、二人とも。行くぞッ!」

 

 

ロゥリィが先行していくのに気を取られていた二人も、伊丹の声に我を取り戻して階段を駆け下りていく。下に留めていた車に乗り込むのは、彼らだけでなく同行する蒼夜たちもで、マシュは一旦得物の盾を戻すと後部から乗車する。

 

「よしっ。こっちも全員乗りましたッ!」

 

「あの男二人は足で大丈夫か?」

 

「ええ。片や馬が居ますし、もう一人は伊達に槍兵してませんから…!」

 

そう。ランサーもライダーもかつて歴史に名を刻んだ大英雄。特にランサーは槍兵であるがゆえに敏捷さには自信はあった。

蒼夜の自信ありげな言葉に従い、伊丹は運転席の富田に発車を命じた。

 

 

 

 

 

 

「―――チッ…もうかなり入り込まれているな」

 

先行して狙撃ポイントを見つけたアーチャーは、火の手が至る所から上がる東門の様子に舌打ちをする。騎士のノーマがやられたことで士気は最低なものとなり、民兵の守備隊は混乱の一途をたどっていた。戦う者、怯える者、ただ叫ぶ者。もはや誰がまとめるというような戦況に、倒れていく民兵の姿を見てアーチャーは呟いた。

 

「これでは陥落も時間の問題―――」

 

…いや、もう既に落ちていたか。

彼の見る先には既に開かれた門と、そこから押し寄せてくる残党軍の姿があり、一方的な蹂躙が既に東門の大半で行われていた。

元正規兵ということで向かってくる民兵を軽々と倒しているというのが至る所で行われている。こうも簡単に死んでいくその有様に、彼の表情は曇るだけだ。

 

「避難民は彼に任せるとして、さて…」

 

顔を上げて城壁を見ると、そこには指揮官らしき男が一人立っている。あれが残党を指揮する者か、と見たアーチャーは黒い弓を投影。更に剣の様に鋭い矢を数本、周りの地面に突き刺した。これで射るまでの間に余計な動作をせずに済む。

 

「頭を落とせば総崩れはする…」

 

黒い弓を構え、矢を持つ。弦を絞ったアーチャーは狙いを城壁の上の指揮官に絞って狙撃しようとするが

 

「…あれは」

 

良く見れば指揮官の隣には人ではないファンタジーによく居そうなハーピィらしき少女が居た。それだけであれば別に気にしないのだが、問題はその少女が行っている行動にあった。

どうやら彼女が残党軍をより有利にする戦況を作り出したようで、手を前に出して何かを唱えている姿は魔術師などが良くする詠唱のそれだった。

 

「なるほど。あの娘が風の魔術…魔法を使って守備隊の矢を跳ね返していたのか」

 

だが、それがどうだというのだ。

アーチャーの矢が外れることでもないし、風に呑まれてあらぬ方へ行くわけでもない。英霊である彼の矢はタダの弓兵のものとは違うのだ。

弦を絞り直したアーチャーはどちらに狙いを定めるかと矢を向ける。

 

「この場合なら頭領を倒すか、あの娘かだが…」

 

今は頭を潰すのが先だ。

アーチャーはその狙いを少女ではなく指揮官に向け、魔力を込めた矢を放った。

 

「ひひひっ…」

 

「なっ!?」

 

だが、魔力を帯びた矢は指揮官の心臓に当たることはなかった。直線コース、直撃は確実だった。しかし指揮官の前に思わぬ妨害が割って入って来た。

錯乱した敵兵士が指揮官の目の前に立ち、彼の心臓に矢が刺さったのだ。

この予想外の出来事にワンショットキルが出来なかったアーチャーは心臓を討たれて城壁から落ちていく兵士の姿に冷や汗を流す。

肉壁一人が出てきてしまったせいで指揮官を討てなかったのだ。

 

「ッ……うっ……」

 

「―――先端は掠ったか」

 

どうやら矢が貫通して心臓の辺りの肌に触れたようで、指揮官は心臓のあたりに手で鷲掴みにして痛みを抑えていた。

一撃での撃破はできなかったが、当たりはした。だがそれは彼にとっても望んだ結果ではない。

先制の狙撃でもし失敗すれば、相手に位置を教えてしまうことになる。ここに来て自分の運の悪さに邪魔されたことに今は目を向けてくる残党兵の姿を視界にとらえて狙撃することにした。

 

「あッ、あそこだ!!」

 

「頭領を討った弓へ―――」

 

一人。彼に指をさしていた兵士の眉間を撃ち抜き、画鋲で壁に飾るように民家の壁に突き刺す。

壁に刺された味方の姿に、思わず残党兵たちは今まで上げなかった悲鳴のような声を出す。

 

「こうなれば時間稼ぎするしかないか」

 

指揮官を討つ機会を待ちつつ、残党兵を狙撃していくアーチャー。

気が付けば彼の側面からは朝日が昇り始めており、照り付ける日光が彼の姿をさらしていた。

赤い外套を纏った黒い弓を持つ、浅黒い肌の男。その鋭い目は、次の獲物をしっかりと捉え、弦を引き離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日が昇って来ましたね…」

 

「そろそろ四時だ。日付回ったな」

 

その頃、車で東門に直行する伊丹たちは立ち並ぶ家々の上から差し込んでくる朝日と青空に夜明けの時間であることに気付く。

襲撃してきたのが夜中三時過ぎなので、既に一時間は経過している。

 

「あの先行した弓兵から、何か報告は?」

 

「一応、頭領らしき人物が居て狙撃しようとしたらしいですけど失敗。戦況は最悪らしいです」

 

「でしょうね。ここまでも悲鳴が聞こえてきますし…」

 

ミラーなどで外の様子を見る富田は、時折自分たちが向かう方から逃げてくる民間人の姿に事故を起こさないかと慎重になる。

彼らの時代には馬車しかなく、しかもその馬車も今は使えない。しかも逃げるのに精一杯の彼らにとってもはや交通ルールなど守っている暇もない。

 

「どうやら、向こうの戦況は思ったより悪いらしいな」

 

「逃げてくる人の中にも民兵らしき姿がちらほら居ますからね…」

 

「指揮官の討ち死にで総崩れしている…ですか?」

 

「そして各個小隊レベルに分かれて戦闘、その小隊も壊滅すると逃げてくる…大筋こんなものだろ」

 

メットの上を弄りながら富田とマシュの言葉に返す伊丹。何をしているのかと思っていたが、どうやらメットに着けていた暗視装置を外していたらしい。

 

「栗林、今の内に暗視装置外しとけ」

 

「え…なんでですか?」

 

「なんでって…お前、直ぐに壊すだろ」

 

富田からの容赦ない一言にカチンと来たのか、栗林は大声でそんな事はないと否定するが、前の二人がそれ以上追い打ちをかけず、栗林も言い訳しないところを見ると事実のようだと同乗していた蒼夜たちも苦笑いをする。

 

「それにしても、車の速度に付いて来る奴らが多いね…」

 

呟く伊丹の後ろ隣りには愛馬に跨り走るライダーの姿。そしてそのうえの民家の屋根の上ではランサーがロゥリィの後を追っている。

そして、ついさっきアサシンも戻って来て、現在彼らの右隣を同じ速度で走っている。

 

 

「―――ついて来られよ」

 

そういってアサシンは唐突に彼らの隣に現れて道案内をした。

それには伊丹たち三人も驚いていたが、既に慣れていたマシュも若干びくついていた。

 

「…ランサー。ロゥリィは?」

 

『真っ直ぐ東に向かってるぜ。一応、坊主たちと足合わせてるが、どうする。あの嬢ちゃん、抜いていくか?』

 

「そのまま後を追ってくれ。そろそろ前線だろうから……!」

 

『あいよ……!』

 

 

 

 

火の手は消えていた。だが、今度は変わりに黒い黒煙が辺りで立ち上り、鼻を曲げるようなにおいを出していた。死臭、異臭、硝煙、焼け焦げた跡。様々なものが入り交じったニオイはまだ前線にたどり着いていない蒼夜の鼻にも届いており、思わず腕で鼻を塞ぐほどだ。

 

「ッ……オルレアンとかで慣れてるけど……」

 

「酷いにおいですね…ここからでも届くなんて…」

 

「ニオイに充てられて興奮するな。俺たちの任務は避難民の安全確保が優先だ」

 

「了解です」

 

「分かってます…うっ」

 

流石の栗林にもニオイがきつかったようで、袖口で鼻を塞ぐ。その前の助手席では伊丹も鼻を塞いではないが、苦い顔をしており、慣れたくはないなと内心でぼやく。

その為に、早く戦闘を終わらせるためにはと助手席の窓から半身を出すと、左手に持っていた信号弾を天高くに打ち上げた。

 

「信号弾…ですか?」

 

「そっ。一応、そろそろだと思ってね」

 

「そろそろ…?」

 

 

 

 

 

 

「―――――――戦女神の到着…がね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃。伊丹と蒼夜たちが動き出したころ、屋敷で指揮をとっていたピニャは茫然と立ち尽くしていた。

目の前に広がる死屍累々の地獄絵図。それは殆どが自軍の死体で築き上げられたもので、そこら中から悲鳴と断末魔、泣き叫ぶ声や怯える声が聞こえていた。だが、その中でやはり今も聞こえるのが

 

 

―――――緑の服の人はこないのか

 

 

という彼女らではない、彼ら自衛隊へのすがるような声だった。

 

 

「殿下……このままでは……!」

 

「………。」

 

西の守備隊は既に東門に到着した。だが、その守備隊も、今はあそこで大半が骸になっているだろう。増援を東門に当てたとしても、結果は変わらない。死体が増えるだけだった。

何をしても。どう手を打っても。その結果だけは変わらなかった。

優位にならなかった。

勝機が見えなかった。

 

 

いや、勝機は、最初からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――は………はははははは………」

 

 

「…ぴ、ピニャ様……」

 

茫然としていたピニャの口から、小さな笑い声が漏れる。口元はつり上がり、次第に声は大きくなり笑い声は響きだした。

大粒の涙と共に流れていく笑い声。それは従者二人から見ても異常としかいえない様子で、錯乱しはじめたピニャの肩を揺さぶってグレイが叫んだ。

 

「ッ……お気を確かにッ!!」

 

錯乱しはじめたピニャに声をかけて正気を取り戻させようとするグレイ。その隣では主の異常さに言葉もでないハミルトンが、恐ろしい光景を見ているように怯えていた。

 

「ぴ、ピニャ様……」

 

 

 

 

 

 

「チッ……!!」

 

それに勘付いたのか、舌打ちをするアーチャーは門をくぐって現れる()を次々と撃ち抜いていく。正確や攻撃はいずれも一撃で倒せているが、敵の数が多く、とてもではないが彼だけで対処できる状態ではなかった。

 

「……偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)では範囲がデカい…下手をすれば東門が消滅するか」

 

彼一人で戦線が持つはずもない。今は援軍として来る蒼夜たちを待ち、狙撃をするだけだと思っていたが、戦況はそう待ってもくれず劣勢へのスピードは今まで以上に加速した。

 

「何っ…?!」

 

第二次防衛線。といっても単に広い場所に柵を埋めただけの簡易陣地であり、そこから町の方には残された守備隊が、反対側には侵攻軍である残党の姿があるが、柵の前に立つのは一人の大男。彼一人に前線が崩されたのかと思っていたが、原因は大男だけではなかった。

周辺の守備隊は既に全滅しており、残ったのは僅かに柵の外側に居る民兵と内側の兵力だけだ。

つまり。残存する守備隊を倒すことなど、彼一人で十分という残党軍の余裕と慢心、油断と挑発のあらわれだ。

 

「仕方あるまい……!」

 

黒弓を大男に向けたアーチャーは弦から矢を放とうとする。後ろからはそろそろ自分たちも我慢できないと残党軍の兵士たちも戦いに加わろうとしており、前線守備は不可能だと思われた。

 

 

 

 

ロゥリィが屋根から飛び降りてくるその瞬間までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

 

黒い服に、黒い長髪。紫のハルバードを構え、死神の少女が天から舞い降りた。

死神と言われた亜神、ロゥリィの登場。それは民兵たちだけでなく、残党軍の兵士たちにも少なからず衝撃を与える。

なにせ、自分たちは彼女が仕える神であるエムロイへの賛歌であると散々言っていたのだ。

神のみ心のままに。これが神に対して自分たちが行う礼儀だ。

神、エムロイはこの行為に喜んでいるだろうと。

 

なのに。神は、どうして我らの邪魔をするのか。

それは簡単なこと。シンプルな理由だ。

エムロイの採決は下された。

幸運か不幸か。彼らは彼女と共に戦場に立つことができたのだ。

ただし。彼らの味方にはならず、滅せられる者として。

 

 

 

 

 

「一番乗りはあの娘か………ん?」

 

先に現れたロゥリィを見て援護するかと弓を構えるアーチャー。死神と言われ戦闘力が強くても多勢に無勢であることに変わりはない。次は誰を射るかと弓を構えた刹那、彼の耳にどこからか音楽(・・)が響いて来るのが聞こえてくる。

 

「……音楽?」

 

一体どこの馬鹿が鳴らしているのかと辺りを見回すアーチャー。民兵や残党兵たちにもようやく聞こえ始めて来たようで、全員どこから聞こえているのかと空を見上げる。

戦闘の手はその時からピタリと止み、全員が空を見上げて音楽のなる方を探す。どこから聞こえてくるのかと辺りを見回し、棒立ちになる中で

 

 

 

「………これは……!」

 

一発のミサイルが、城壁に着弾する。

 

 

 

 

「なっ――――」

 

刹那。アーチャーが東門へと目を向けると、そこには何十機と隊列を組んだヘリ群が城壁の上から姿を現しており、鉄の砲火を残党兵へと向けていた。

そこからは先ほどの音楽が大音量で流れ、その中で楽器を演奏するように、ミサイルと機銃の嵐を吹かせていたその光景は、どこか現実ではない映画のようなものだと錯覚を感じてしまう。

 

「自衛隊のヘリ部隊か……!」

 

神の採決は下された。

それは皮肉にも神からではなく、死神と女神からの宣告だった。

現れた女神からは冷たい鉄の砲火を。

舞い降りた死神からは凍てつく笑みの殺戮を。

己が理想を失った戦士たちへ、神と死神と女神は罰を下す。

無為な殺戮は神への怒りに触れた。

 

 

 

 

「―――――――?」

 

気付けば、大男と民兵の間に居たロゥリィの姿は無く、大男は一体どこに行ったのかと辺りを見回す。あれだけ巨大なハルバードを持っているのでそう見つけることに苦労はしない筈だが、右に左にと顔を動かしてもロゥリィどころか彼女の武器さえも見つからない。

もしかして上に行ったのかと思って見上げても上には通り過ぎるヘリだけ。

では一体どこに? 疑問に思ったその時、彼のももを誰かが指で突いた。

 

「―――――――――。」

 

「………。」

 

すると。そこには黒いゴスロリ服を着た少女が、巨大なハルバードを()に持って立っていた。視界からしてそう簡単に見つけられないほど近くにいたので、ああ、なんだそこに居たのかと、大男は柄にもなくホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

なら気は済んだ。と問うように、少女(ロゥリィ)は笑う。

ああ。気は済んだ。と返す大男。だが、そこである事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

―――アレ。自分が敵だと思ってた神官はどこだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。その神官から渾身の一撃を食らい、大男の頭部の骨は損壊。まるでボールのように投げ上げられて、テニスのように地面へと打ち込まれた。

地面へと叩きつけられた大男はその後、僅かに動くと静かに動きを止めて絶命した。

 

 

 

「始まったか…!!」

 

「今のは、自衛隊のヘリ!?」

 

やっとの思いで現地に到着した伊丹たち。するとそこには先ほどの悲鳴や狂い声は全て消え去り、一曲の音楽と銃撃音、そしてヘリのローターで占められていた。

そしてその地を制するのは残党でも守備隊でもない、自衛隊のヘリ部隊で、彼らは制空権を抑えて一方的ともいえる攻撃を開始していた。

車から降りた蒼夜たちは、外で鳴り響く音が近代的になったのに驚き、マシュは飛び去って行く三機編隊のヘリに目を見開いた。

 

「伊丹さん、これって!?」

 

「いやぁ…イタリカ守らないとってワケで、檜垣さんたちに航空支援要請したんだけど……まさかここまで手が込んでてオーバーキルだとはね……」

 

どうやら伊丹でもここまでの支援が来るとは思ってなかったようで、苦笑いをしながら言い訳のように頬をひきつっていた。支援といっても精々戦闘ヘリ一機か二機と人員輸送なども行えるヘリが数機、小隊を組んでと思っていたらしいが、実際はそれを超した規模の部隊が現れ、残党軍を蹂躙していた。

それにはまさかここまでと伊丹は言い訳も何もできなかった。

 

「ところで旦那様(マスター)この流れてる音楽は…?」

 

「えっと……確か「ワルキューレ騎行」…だっけ?」

 

「ワルキューレ……そしてこの状況……あー……健軍一佐だ。多分」

 

今回の作戦の指揮官が誰か思いついた伊丹は頭を抱える。どうやら見知った人だったらしく、「あの人は…」とぼやく声が蒼夜たちにも聞こえていた。

 

「け、健軍一佐って…あの…」

 

「そ。第四戦闘団の。あの人、かなりの「地獄の黙示録」好きでさ。部下にも何人か布教してたって話」

 

「伊丹さん、それ布教というより洗脳なんでは…」

 

 

「ふむ。最近の軍隊は音楽鳴らすのか?」

 

「全力で否定しよう。鳴らさないから」

 

突っ込みが追いつかないカルデアメンバーはとにかく今はと、前線である東門に振り向くが、咄嗟にライダーがあることに気付き、伊丹たちに訊ねた。

 

「―――――ところで、伊丹」

 

「え、俺っすか?」

 

「ああ。お前の部下の女。居ないぞ」

 

「え゛っ」

 

「ああ。あの姉ちゃんなら、今その階段駆け下りてったぞ」

 

いつの間にか居た、ランサーが指さした方向。そこは前線である東門で、よく見れば今現在、着剣した銃をもって駆け下りている栗林の姿があった。

何時の間にやら降りていたことに数秒茫然としていた伊丹は、真っ白になった頭が再起動した瞬間、冷や汗を大量に滲ませて驚いた。

 

「なにっ?!」

 

「あの馬鹿ッ…!」

 

最早戦闘のことにしか考えが向いていない栗林に、伊丹は直ぐに援護に向かうと階段を駆け下りていく。あのまま行けば、彼女が前線で武器を壊しながら暴れるのは二人とも目に見えて分かっていたことで、急いで後を追う。

 

「マスター、私たちも」

 

「よし。ランサー、ライダー、先鋒任せたッ!」

 

「おうよっ!!」

 

「一番槍は獲られたが……我が疾走が止まるわけではない……!」

 

剣を構えるライダー。槍を持つランサー。不敵な笑みで扇子を広げる清姫。そして盾を持ったマシュはマスターである蒼夜の隣に立つ。

 

「―――――――行くぞッ!!」

 

 

そして、蒼夜たちも伊丹たちに追いつき、更には追い越すように戦場へと飛び込んで行った。

 

 

「おっ…?」

 

「なんだ、アイツら…?」

 

前線から漏れ出て町へと入ろうとしていた残党兵。彼らは不幸にも最初の餌食になってしまう。突如として現れた彼らがまさか敵であると知らず、茫然と立ち尽くしていたせいで、折角銃の砲火から逃れられた彼らも命を散らすことになった。

 

「でえぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

戦いに高揚する笑みを浮かべたランサー。その足は止まらず、真っ直ぐに階段下へと駆け下りる。そして、目の前に居た雑兵を、朱い呪いの槍で突きさした。

 

「おらよっ!!」

 

槍に刺された兵士たちはそのまま何処かへと吹き飛ばされていく。まるで人であったのにいつの間にか物にでもなってしまったかのように簡単に吹き飛ばされた光景は、残党の兵士だけでなく民兵たちにも目に写り、言葉を失わせた。

突如として現れた青い槍兵がいとも簡単に兵士二人を吹き飛ばしたのだ。

武器が大型であったり吹き飛ばしたのが普通の人間であればいざ知らず、ランサーは二人の元正規兵を軽々とその槍一本で飛ばしてしまった。そして、その瞬間、残党たちの間でもアレがただの槍兵ではないと認識されるのは時間の問題だった。

 

「さて。次はどいつだ?」

 

 

 

そして。そのランサーの上を愛馬と共に駆け、飛び出す男。手には一本の剣を持ち、愛馬と共に戦場を駆けるのは久方ぶりだと言う。

だがその衰えは見えることなく、ライダーは喉の奥、腹から盛大な掛け声と共に敵の密集する場所へと突撃していく。

 

 

「AAAAAALaLaLaLaLaLaLaLaie!!!」

 

 

聞いたことのない掛け声とともに降りてくるライダーの姿に、残党兵たちの視線は一気に釘づけとなり、動くこともなくいい的になってしまった。

当然、ライダーがそれを見逃すワケもなく、容赦のない剣の一撃が振り下ろされ、一人、首を根元から切り裂かれた。

そのまま止まることはなく、ライダーは剣を振るい、次々と敵を討ち取っていく。

 

「さぁ、余と戦いたい勇者はおらんのかぁ!!!」

 

「なんだコイツッ!?」

 

「き、騎馬隊長がやられたぞ?!」

 

 

二人の英霊たちも参加し、東門内部はいよいよ逆転と混乱を極める。民兵たちに変わり、ロゥリィ、栗林、ランサー、ライダーとたった四人で優勢だったハズの残党兵が次々と倒されていき、前線が押し返されていた。

死神は巨大なハルバードを振るい笑い。緑の人と呼ばれた者はその時代にはない鉄の武器で鉛玉を打ち込んでいく。神話の英雄は朱い槍で死の呪いを与え。最果ての海を目指した征服王は愛馬と共に駆け巡る。

時代が混ざり合った世界。それがごく小さな規模で実現してしまったのだ。

 

 

 

「あーあ…」

 

「ランサーさんたち、もう暴れてますね…」

 

「あの中で平然と暴れてる栗林さんもどうかと思うけど…」

 

「過去の戦闘狂でも憑依しているのでしょうか?」

 

そんなボケをかましている少女二人を後ろにつかせた蒼夜は、四人による逆転劇が行われている前線に到着。視界に入ったアーチャーから彼に対し魔力を使った念話通信が入った。

 

『無事に到着したようだな、蒼夜』

 

「アーチャー、今どこ?」

 

『君の右後ろだ。それより、私たちはどうする?』

 

目の前で暴れている四人が居るので、援護に関しては差ほど問題ではない。

ただ、やはり未だ敵の数は多く、銃撃の砲火から逃げようと門の中に逃げ込んでいる者も居るので民間人に被害は出したくないと考えの変わらない蒼夜は、近くに突き刺さっていた剣を抜くと、その刀身に魔力を流し強度を補強・強化する。アーチャーの魔術を真似て習得した強化魔術だ。

 

「勿論っ、残った避難民の避難と敵の撃退だ…!」

 

『…だろうと思ったよ。背中とサイドは任せろ。君はやると決めたことをやればいい』

 

「そうさせてもらうよ。マシュ、清姫ッ!」

 

 

「了解ッ。避難民の救出援護を開始します!」

 

「分かりました。貴方様のご命令であるのなら……」

 

武装を纏い、武器である盾を手にするマシュ。その隣では清姫が自身の持つ扇子を広げ、辺りに炎を出現させる。曰く、これは彼女の執念によって成せる技らしく、それが結果として炎になったらしい。

既にほかのサーヴァントたちは前線に出て戦い、アーチャーは後方支援。キャスターとリリィは南門に置いてきた。

なので残ったのはマシュと清姫といういつも(・・・)と変わりないメンバーの陣形と動きだ。

 

「武装完了……行きます、先輩ッ!」

 

 

 

「ったく…もうドンパチ始まってるのかよ!!」

 

「ですが、お陰で城門の中の敵も粗方片が付き始めてますね」

 

遅れて到着した伊丹たちは城門の内外で暴れる英霊と自衛隊の光景に、彼らの喧嘩っ早さと容赦のなさに内心呆れる。自分の居る職場ながら、まさかここまで過激だとは思っても無かったので、支援をしたことに若干後悔していた。

 

「……仕方ない。富田、必要ないと思うけど、背後を守るぞ」

 

「了解です。が、こうも暴れてると誤射してしまいそうで怖いですね…」

 

眼の前で起こっている光景に思わず銃爪から指を離しそうになる富田。なにせ、門の周辺では戦闘狂ともいえる四人が暴れに暴れて敵を次々と文字通りなぎ倒していたのだ。しかもその中でひときわ異常ともいえるのがロゥリィで、この上ないほどの笑い声と共に何人もの残党兵たちを相手に無傷で、かつ踊るように倒している。止まらない笑い声と、まるでダンスをするように踊る姿はダンサーにも思えるが、あまりに場違いな舞台と演出、そして演技のせいで、辛うじてその幻覚は見えないでいた。

 

 

「おーおー流石にやるねぇ」

 

その様子にランサーは余裕そうに見ており、負けてられないかと内心で競争心を燃やし敵をなぎ倒していく。

自慢の槍だけでなく、足技も使い柔軟な動きで倒す。更に、同じ得物ならと槍兵の小隊が襲い掛かるが、真面目に相手などする気はなく、一斉の突きを軽くジャンプして回避。槍の束の上に乗ると槍兵たちの首を根こそぎ切り取った。

 

「こりゃ大分とられるな。大将首は諦める…か?」

 

体の主をなくし倒れる兵士を蹴り飛ばすと、ランサーはふと第二防衛陣の柵の辺りに目を向けた。伊丹や蒼夜たちが避難民の避難をしていたのだが、彼が目を向けたのはそこから更に前線に近い辺り。そこで一人、現代兵器を使っていた栗林だ。どうやら持っていた小銃は剣を防いだ時に折れてしまい、銃剣も見事に真っ二つ。残った9mmと手榴弾。ナイフで応戦していたらしいが、そろそろ弾切れになってきたのか限界が見えてきていた。

伊丹たちもそれは分かっていた様子で、可能な限り彼女に近づく敵を撃ってもいた。だが、やはり敵の数が予想より多く残っていたり入ってきていたので、完全にシャットアウトはできなかった。

 

 

「こなくそっ!!」

 

「あの馬鹿…あれじゃあ9mmもおじゃんですよ」

 

「ああ。このままじゃ…」

 

 

「………。」

 

後ろから突き刺そうとしていた兵士を槍で薙ぎ払うと、ランサーは高所から援護しているアーチャーに声をかける。

 

(おい、アーチャー)

 

(なんだ…?)

 

 

 

 

 

 

元々、自衛隊は戦闘を想定した組織ではない。あくまで自衛。守りのための組織だ。

そのため武器や装備も整ってはいるが、最小限と言っても過言ではない。

 

「これでラストッ……!」

 

9mmの空マガジンを排出し、最後のマガジンをセット。スライドを引き、瞬時に迫っていた兵士の眉間を撃ち抜いた栗林は、肩で息をしながら襲い掛かる敵を倒していく。

しかし小銃が使えなくなり、9mmもラスト一つだけになってしまい、あとは自分の身一つとなった彼女は、誰も気づいていないが劣勢に追い込まれていた。

残党兵たちは弾が有限であることに気付いておらず、マガジンは入れ替える必要はあると分かっていたがそれだけだ。栗林がもう弾がないと思っていても、彼らは隙を見つけるために肉薄し続ける。

それをナイフと9mmで応戦していくが、それもあとどのくらい持つだろうか。

 

 

「あーもー……!」

 

苛立ったまま銃爪を引き続けると、少しずつだが銃が軽くなっていくのを感じられる。撃てば撃つほど弾が消えていき、残りどれだけで自分が危機に追い込まれるか伝わってくる重さと肌で感じ取る。

もしこのまま弾を全て使い切ればどうなるか。あとは身一つになるのは確実だ。そうなった場合は伊丹か富田に予備マガジンを貰えばいいのだが、相手をするので精一杯な彼女の状態では仮にできたとしても拾えるか怪しく、更に今はそこまで考えられるほど頭が回っていなかった。

 

「ッ…まずいな。栗林のヤツ、戦意高揚し始めてるぞ」

 

「元々、特地で銃撃ちたいってひっきりなしに言ってましたからね。あの分だと、そろそろ9mmも怪しいですよ」

 

「ああ。多分、栗林が小銃壊してからずっとなら…」

 

 

 

起こる筈のないアクシデントが起こる。伊丹がそう言った刹那、それが現実となった。

ガキン、と鉄が強く当てられた音が響き、同時に擦れた音が混ざっている。剣と剣のつばぜり合いなどの音ではない。小さな一か所からの強い音。それは伊丹が予想していた彼女ならあり得るアクシデントだった。

 

「えっ嘘ッ!?」

 

 

「ジャムりやがった!!」

 

「やっぱりか!」

 

リボルバーとオートマチックで、現代で多様されているのは後者、オートマチックだ。

弾数と携行性、連射性などでリボルバーを大きく上回るが、同時にリボルバーにはない二つの欠点を持ち合わせていた。

一つは整備性。これはリボルバーより複雑な構造なためだ。

そしてもう一つ。オートマチックは一発撃つごとに排莢が行われる。そこでもし連射が続けば、偶に排莢される薬莢により詰まることがある。

これが所謂ジャム。弾詰まりだ。

 

 

「こんな時に…!」

 

「ヤバい、アイツもうナイフしかないですよ!」

 

「くそっ…下がれ、栗林ッ!!」

 

もう9mmは使いものにならない。伊丹は変わりに自分の9mmを使わせようと一瞬の内に用意するが、当人は聞こえていないのか弾詰まりした9mmから無理にでも薬莢を取り出そうと必死だ。

どうやら伊丹が懸念していたことが現実になり、直面してしまったようだ。

栗林のことだから銃を壊す。戦闘に夢中になる。

そして、実戦経験のない彼女のことだから頭が戦い以外真っ白になる。

今は援護しているが、それももうもたない。伊丹たちの弾幕を潜り抜け、残党兵が突っ立っている栗林へと剣を向けた。

 

 

「マズッ……!」

 

直ぐに援護しようとする伊丹だが、ここに来て小銃の弾が切れてしまう。隣に居た富田は少し遅れて弾切れになり、二人そろって肝心な時に弾を切らしてしまった。

タクティカルロードであれば問題なかっただろうが、栗林のことに意識を向け過ぎていた二人はそれをする暇もなかった。

 

 

「うわあああああああああああああああああ!!」

 

「―――――――――!」

 

やっと届いた。残党兵が奇声をあげて剣を振り上げる。目指すは散々自分の仲間たちを倒してきた緑の女兵士。武器に夢中で立ち止まっている今なら、恐らく攻撃は届かない。

遅れて彼女も奇声に気付き顔を向けると、もうすぐそこまで近づいていた兵士にようやく気付き、応戦しようとするが、肝心の銃が使えなくなり最後の武器がなくなったと頭が白く塗りつぶされてしまう。

左手にはナイフがあるというのに気づかず、銃だけに意識していたせいで応戦出来ることを忘れてしまっていた。

近づく残党兵に、戦えないと思った彼女は、ついに足を止めてしまう。

 

もう遅い。このまま俺の勝ちだ。

あとは振り上げた剣を下ろすだけと勝機を確信した残党兵。頭から振り下ろして真っ二つにしてやると、残る全ての力と意識を集中させて振り下ろす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――が。

 

 

 

 

「ッ………!」

 

 

 

一瞬。誰かが叫んだ。

もうだめだと思った時だった。

死を覚悟した。

ああ、何やってるんだろと。僅かに後悔した。

 

 

けど。それは無意味だった。なぜなら、彼女は生きているのだから。

 

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

眼の前では迫っていた残党兵は、青い槍兵により得物の朱い槍に頭から突き刺されていた。

その穿ちに迷いはなく、頭から串刺しにされた男の意識は、そこで途切れた。

 

 

「―――――――邪魔だぁぁぁぁ!!!」

 

ランサーは叫ぶと、串刺しにされた兵士諸共、他の兵士たちを薙ぎ払う。

死体を飛ばされた兵士たちは上手く受け止められずに倒れてしまい、一瞬だが彼女の間に安全圏が作られた。

 

どうして助けてくれたのか。不思議に思う栗林は槍を回して、振り返ったランサーの顔を見ていた。助けた本人は、なんだかあきれ返った顔をしており、への字に曲げた口のまま槍を持っていない左手を振り上げ、コツンとヘルメットを叩いた。

 

「ッ……」

 

「はしゃぎ過ぎだっつーの。もうちっと周りを見とけ。それと、常に戦うことだけを考えんな」

 

「えっ……」

 

「一瞬でもいいから周り見ることも頭に入れとけ。そうすりゃ、アンタは一人前だ」

 

これが大英雄からの激励であることに、この時気付けなかった彼女だったが、それでも彼の言葉を聞いて、白く染まっていた頭の中で少しずつだが色が取り戻されていた。

戦闘で次の相手と考えていたせいで回り切ってなかった頭が、少しクールダウンされた瞬間だった。

 

「筋は悪くはねぇぜ。ただ脆いとはいえ武器折るのはどうかと思うけどよ」

 

「ッ……それは武器が脆いだけで……」

 

「脆いなら脆いなりに戦い方考えろっつーの。ま、流石にこの脆さは俺も脱帽だわ」

 

 

なんで。と言ってランサーは、後ろに突き刺さった武器をまるで知っていたかのように抜く。それは本来、アーチャーが使う武器で、彼がこの事を見越して用意させた短剣だ。

銘を「莫耶」。中国の伝説の夫婦剣で、干将と共に語られる名剣だ。

 

「おお………お?」

 

「それ使っとけ。アーチャーの野郎が使ってたのを俺がパチって来た」

 

(パチリ物と言うより、コピーしただけの剣なのだがな…)

 

 

贋作とはいえ、伝説として語られる剣を受け取った栗林は、その剣を見ていると再び口元を釣り上げて不適な笑みにした。

もう大丈夫。すっかりとクールダウンが出来たとばかりに剣を握ると、ランサーも安心し、互いに後ろに居た兵士を突き刺した。

 

 

「うわぁ…」

 

「あの人たち。火に油を…」

 

「というかエンジンに加速装置つけさせたっていうか…」

 

再び戦意を高揚させ、残党兵に向かう彼女の姿は、もう現代の自衛隊員とは思えないものだった。

が、彼女が無事であるこということには変わりなく、まぁいいかとその場の考えで何も言わなかった伊丹は、もう終わりに差し掛かっていた戦闘の中に舞い戻ろうとするランサーに目を向けた。ランサーもそれに気づいていたらしく、小さく笑っていた。

 

「……ま。いいか」

 

「隊長…?」

 

「富田。栗林の援護を続ける。それと、蒼夜君たちがやってるけど敵に柵を越えさせるなよ」

 

「……了解ッ」

 

 

 

朝日が昇った時。戦況は完全にひっくり返っていた。

突如現れた自衛隊ヘリ部隊と、第三偵察隊とカルデアの英霊たち。そして、更に死神ロゥリィという最悪の組み合わせによって、数で勝っていたはずの残党軍は秒読みのように数を減らしていく。城壁の外に居た兵士たちは粗方壊滅し、城門を突破した兵士たちも第三偵察隊を主軸に次々と倒れて行った。

勝てるはずだった戦いがこうも簡単に覆されたことに、残党軍の誰もが信じられなかった。

 

 

 

「ば……馬鹿な……」

 

 

全てが裏目、そして予想外の連続だった。帝国の軍勢を敗退させ、炎龍を撃退した緑の人こと自衛隊。謎の勢力カルデアとその英霊たち。

未知の勢力がこれでもかというほど居るというのに、そこに更に彼らの期待を大きく裏切った出来事がある。

エムロイの神官であるロゥリィが自分たちでなく相手の側についたことだ。ある程度予想はしていたが、それがまさかアッサリと起こってしまうと、もはや言葉すらも出ない。

さっきまでエムロイ云々を言っていたにも関わらず、当の使徒が敵になったのだ。戦の神でその強さは大陸全てに及んでいるので当然実力は理解済み。

そこにダメ押しで未知の勢力である自衛隊とカルデアが入った結果。

今まで散々やりたい放題、エムロイの名を借りて略奪や死に場所を求めていたというのに、結果がコレだ。

城外の戦力はほぼ全滅。門を越えた兵士たちもほどなく全滅するだろう。

 

 

 

「こ、こんなことが……」

 

こんな結末を私は望んでいない、と言おうとした刹那。迫りくる音に気付き、後ろを振り向くとミサイルが一発、指揮官のもとに向かって迫っていた。

中には大量の火薬が詰められていると先ほどから嫌というほど知っていた彼は、直ぐに逃げようとするが、弾速が早く逃げる前にミサイルは城壁へと当たった。

 

「うっ……うあああああああああああああ?!!?!?!」

 

直撃は避けられたが、爆風によって吹き飛ばされた指揮官はそのまま下の戦場へと落ちていく。下では既に大半の残党兵が絶命しており、無残に辺りに散らばって倒れている。その光景を目の当たりにした指揮官は酷く絶望した顔になるが、その所為で自分もその一人になるという実感が湧くまで、気づくことはなかった。

下ではロゥリィがハルバードを構え、次の獲物を探していたが、彼女が望んでいない獲物が代わりにハルバードに突き刺さった。

 

 

「………?」

 

一体何か、と思い上を見上げると、そこには顔の知らない指揮官の男が彼女のハルバードの先端の槍に刺さっていた。何時の間にそんなところに居たの、と目を丸くしていたが、まだ息があったようで男は斧の刃の反対側にある剣の部分に手で握り、かすれ気味の声を血と共に吐いた。

 

「あ………ああ………」

 

「………。」

 

「み……認める……か……認め、るか……こん、な……たた…か、い……」

 

「――――――。」

 

「そ、う……ろ………エ…ムロ、イ…の……神……官」

 

 

 

 

 

 

 

 

だが。これはお前たちが始めた戦いだ。であれば死の覚悟はできている筈だ。

まるでそう答えたかのように、ロゥリィは刺さっていた男を地面へと叩き落すと、刺さっていたハルバードで、そのまま肉を抉り切り裂いた。

 

 

「し、首領が……!」

 

「エムロイの神官にやられたぞ…!」

 

 

 

「あーあ。大将とられちまった」

 

指揮官である男が絶命したと同時に、今まで残っていた彼らの戦意が一気に地へと叩き落される。それは、昨日までの民兵と同じ指揮官が殺されたことによる敗北感からで、もうその場には誰も残党軍を指揮するものはいなかった。

指揮官は目の前でやられ、副隊長的人物である騎馬隊の隊長もライダーに討ち取られた。あとに残ったのは有象無象の兵士たちだけだ。

が。如何せん、数だけは予想以上で、しかも城門の中に逃げ込んだ兵士も多く戦力としてはまだ十分だ。

 

「大将首がとられちまったな、ライダー」

 

「うむ。あとは残った連中がどうするか…だが」

 

もうヤケクソになった兵士も多く未だ戦闘は終わらない。やれやれと呆れたライダーは剣と手綱をもって応戦しようとするが

 

 

『3レコン。こちらハンター1』

 

「えっ…」

 

『これより、カウント10で門内の残党を掃討する。至急退避されたし。繰り返す―――』

 

「うそっ?!」

 

伊丹が上を見上げると、上には先ほどまで辺りを飛んでいた戦闘ヘリのコブラが上空に待機しており、残り十秒で門内部の敵を一掃すると言った。これに驚いた伊丹は目の前に居る味方全員に退避しろと叫び、自分から絶対に逃げないだろうロゥリィを抱えて逃げ始めた。

 

「全員退避ッ!! ハチの巣にされるぞッ!!」

 

「うん?」

 

「あ?」

 

「なっ…!?」

 

「まさかヘリで…!?」

 

伊丹の言葉にどういう意味か、と疑問符を浮かべるライダーとランサー。しかし蒼夜とマシュは上に居るヘリからの攻撃だと瞬時に気付き、二人に戻るように言う。

 

「………?」

 

「うえっ…隊長、今なんて…?」

 

ロゥリィはどうして逃げるのかと首をかしげており、近くでは聞こえなかったのか、栗林が伊丹のほうへと顔を振り向かせた。

 

「ライダー、ランサー、柵の向こう側まで下がってッ!!」

 

「マジかよッ!?」

 

蒼夜の指示と待機しているヘリに気付き、柄にもないマズイといった顔で退避するランサーと、ライダーは愛馬を打って反転する。

伊丹はロゥリィを回収してダッシュで柵の向こう側に逃げ、富田は聞こえなかった様子の栗林を無理やり俵のように抱えて退避する。途中、彼女が自分から逃げられると言っていたがカウントが始まって今更降ろすことはできないので、そのまま逃げた。

 

 

『7…6…5…4…3』

 

 

一体どうしたというのだと残党兵たちが顔を見合わせたりしていたが、彼らは伊丹が何と言っていたのか、これからどうなるかも気付けず、その場で宙を舞うヘリに呆気に取られていた。

 

『2…1……』

 

 

 

 

次の瞬間、カウントゼロと同時にコブラの機関砲が火を吹き、フラッシュと共に弾丸の嵐を巻き起こした。鉄の嵐から逃げることも守ることも出来ず、門内に居た残党兵たちは次々と機関砲の餌食となり、一人の残らず殲滅されていく。機関砲が止まり、砂煙がはれた頃には、そこには残党兵だった肉片だけが散らばっていた。

 

 

 

 

「……あれだけの残党が……全滅……」

 

 

鉄の天馬、そう称したピニャは覆された結果と、それを現実にした者たち。そして彼らが駆る見たことのない存在に、ただ言葉を奪われ口を開ける。敗北か撃退かを覚悟していたはずの戦いが、こうも簡単にひっくり返り、残党軍の壊滅と言う形で終わった。

それを誰が予想したかと言われれば、実際この場に居た誰も、その結果を想像はしなかった。ただ、残ったのは戦いの形がどうであれイタリカが守られたということ。

その功労者は他でもない、彼ら自衛隊だということ。

そして。彼らによって、残党軍が簡単につぶされたということだ。

 

 

「鉄の天馬……彼らは……ジエイタイとは一体…」

 

 

 

後にピニャは自身の日記でこう語る。

「帝国はその日、グリフォンの尾を踏んでしまった。私たちは、もしかしたらあの日。門を開くべきではなかったのかもしれない」と。

それが彼女が最初に思い知らされた、異世界との違いと現実だった。

 

 

 

 

 

 

「こちら用賀。敵勢力は壊滅。周辺に残敵および抵抗勢力は無し。終わり」

 

 

「…終わりましたね」

 

「ああ…ナパーム撃ち込まれるかと思った…」

 

 

「流石は自衛隊でしたね」

 

「というより、過剰というか…オーバーキルというか…」

 

「何にせよ、これで終わりだな」

 

「お疲れさまです、アーチャーさん」

 

 

 

 

 

 

 

残された避難民の避難を終えたリリィたち。しかし彼女たちは今、まさに戦いが終わった前線が見える場所に居ており、そこには彼女とキャスターだけでなく、レレイとテュカ。そして彼女たちを追って黒川も居た。

レレイが見に行きたいと言い出し、それについて行くことにしたリリィ。そしてそこからテュカ、キャスター、そして黒川という順番で付いて行き、現在に至る。

 

「終わった…?」

 

「盗賊…残党が全滅…」

 

 

「…ファック…これだから日本人は…」

 

「全滅だなんて…」

 

 

残党に勝利したという事実に驚く少女たち。だが一人、キャスターだけは反応が違い、まるで吐き捨てるようにその場を見ると、ふらりとその場から姿を消した。その光景を見て、彼が何を思っていたのかは、隣で僅かに聞こえていたリリィやアサシンも分からずにいた。

アサシンは何となく察していてあえて考えなかっただけで、リリィのように根本的に分からないというわけではなかった。

彼も、目の前に映る光景が、自分にとっても中々見てて良い物ではないと分かっていたからだ。

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――なんて…無慈悲な…」

 

ふと。小さく呟いたピニャは、目の前に現れた一機のヘリを見て、その力に頼もしさを感じたが、反面恐怖が肌から伝わってきた。

全てをねじ伏せる暴力。地位も名誉も誇りも何もない、ただ力だけが支配する戦い。

これを戦いと呼べるのかと彼女は言う。

だが彼らの時代の戦う者たちは答えるだろう。

戦いに誇りも名誉もない。あるのは生か死か。勝利か、敗北か。

そして、それら全てをまとめた言葉こそ

 

勝利か。さもなくば死しかない。

 

 

「これが……彼らの戦いなのか……?」

 

「で、あれば……我らは―――」

 

 

 

 

 

 

「ああ。決して、起こしてはいけない存在(もの)たちを起こしてしまったらしい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目の朝。イタリカ攻防戦は結果としてピニャが率いた守備隊が勝利した。

だがそれはあくまで形式的な物であり、彼女たちはその勝利は自衛隊あってのことだと信じ、揺らぐことはなかった。自衛隊の助けがあったからこそ、盗賊に成り下がった残党に勝てた。彼らのお陰で、私たちは救われたのだと。

影で努力した者たちをよそに、人々は天高くを舞う彼らを崇め、祝福し、称賛する。

 

だが。同時にこの日より、自衛隊の実力を目の当たりにしたピニャは主戦派の路線から外れ、徐々に講和への道を歩み始めたことは、まだ本人でさえも知らないことだが、歯車はゆっくりと回り、彼女の道を示していた。




後書きという名の雑談

変にアニキだけが存在感出ていたな…もう少し頑張らなくては…


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チャプター2-2 「二つの世界 = 復興する町で =」

さて。チャプター2の二回目です。

感想欄で色々とご感想っていうより「あれ、これ可笑しくね?」っていう疑問が山っつーかハサンとかの如く出て来たので、今回そのことについて一斉に後書きと、活動報告では出来ればですが書こうかなって思ってます。

今回は復興するイタリカで蒼夜たちがどうするかっていうことで。今回は蒼夜たちが出番多めです。
…うん。リリィとかエミヤたちは出番ちょっと少ないよ。どうしよう。
ですが、このあと少しは彼らも出番は増えると思います……多分。


それでも。今回もお楽しみ下さい。


 

 

 

人生最大の決断を貴方は経験したことがあるだろうか。

 

恋愛、出世、進路、活動、生活。

 

人によって様々なこと、大きさはあるが一度は人生最大の決断、と思える時はあるハズだ。そして、もし失敗すればどうなるか。その点ではある意味の共通点がある。

最悪。世界崩壊、などという大規模な結末にはならない事が多いということだ。

 

 

が。もし、それが最悪世界崩壊なんてものに直結した場合にはどうなるだろうか。

 

もしその決断を迫られた人物が居れば?

その人物の背中には大きな使命があったら?

それを自負し、考えたうえでその決断をしなければならない時は?

 

 

 

 

もし。そんな時に直面すればどうなるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうオシマイだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

…まぁ、直面した人物が居るのだが。

 

どうしてこうなってしまったのか。話は少し前にさかのぼる―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリカ攻防戦は実質的防衛側、ピニャの陣営が勝利した。

しかし実際のところ、最後に全てを持って行ったのは他でもない自衛隊だった。近代兵器の塊であるヘリ部隊による強襲と殲滅。もはや過剰としか言えないような攻撃に、敵味方問わず戦慄した。

しかし同時にその圧倒的武力と軍事力が示されたのもまた事実で、理由や状態がどうであれイタリカが守られた、そして守ってくれたのは自衛隊だ、ということからイタリカの民は彼等に称賛の声を上げて讃えた。

 

が。戦いが終わった後であれば色々思うところもあるのもまた事実だ。

実際、自衛隊がもっと早くに来ていればイタリカの被害は最小限にとどめられたハズ。そして彼等の力があれば、残党は殲滅できたはず。

なのに彼らは結果として遅れて来た。そしてその遅れを取り返すように敵を撲滅していった。

そんな力があるのなら、どうしてもっと早くに来なかったのか。どうして早くここに来なかったのだろうか。

不満がないと言われれば嘘になる。現に、そう思っている人物は少なからずいる筈だ。

そして。そこから遠く、更に薄い道を辿れば一つの結論にたどり着く。

自衛隊が来るそれまで。一体誰のお陰で町は守れただろうか。誰が取り仕切ってくれたから、彼等が来るまで耐えられただろうか。

 

そんなことが町の中でも聞こえはした。だが、その当人たちはそれ以上に目の前の現実と向き合わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふむ。交渉は無事に終了したか。だが…」

 

「不満はここでは言うなよ、ライダー。どうあっても奴らは自衛隊だ。民主主義の国を守る組織だ。だから、そういうのは影で叩くしかない。もしくは、そういっても良い奴の前とかでな」

 

イタリカ攻防戦の直後。様々なことがあったが、要点を纏め戦後の交渉終了までの経緯を語ると

 

 

東門の戦闘後、ヘリ部隊から歩兵が順次降下し各所を制圧。残存した残党兵は全員降伏した。また、中には医療関係に精通する人物もいたので、彼等によってけが人は治療。死体は運び出された。

自衛隊はその後、破壊された城門の外壁などの岩の撤去作業などを行い、その間ピニャたちは戦死したノーマを弔った。

死体や瓦礫の撤去。けが人の収容と治療。そして集結。斯くして事故処理は進められていき、イタリカの安全はこうして確保された。

 

さて。その間蒼夜たちこと存在感が薄かった「うるさいよ、そこ」カルデアと、第三偵察隊だが、隊長伊丹が二度目のげんこつを食らったらしく、その後は足止めされていた。また、増えたサーヴァントたちについて追及されはしたが、そこは孔明ことキャスターが上手く誤魔化した。一度集結し、さてどうするかと考えていたが、一先ずは各地への情報収集などの足掛かりとしてイタリカに残るかというのが彼等の中での専らの意見だった。

その後。イタリカのフォルマル家の屋敷にて、自衛隊の健軍一佐たちによるイタリカ及びピニャたちの間での協定が結ばれた。

何気に特地に来てからの初めての協定で、文化の違いなどに苦心していたが、いくつかの条件のもとで協定は締結。しかし捕虜に関しては人道的とこれまた中世と現代の入り交じったような協定内容となった。

 

 

 

 

「しかし。本当に民主主義なだけはあるな」

 

キャスター曰く。気持ちの切り替えがハッキリとし過ぎてるらしい。

協定の内容の一部は捕虜の扱いについては人道的に。

使節往来の無事と諸経費について。そして、アルヌスの中で作られた避難民たちによる共同組合との貿易とその特権の収得。その他多数。

これで特地での資金については解決し、捕虜については自衛隊のほうで選ぶことも出来るようになったらしい。

だが、そのキッチリさがキャスターにとっては気に入らなかったようだ。

 

 

「まぁそういうな。何時の世にもそういった輩、国王はおるものだ。余も似たようなものだっただろうに」

 

「お前の場合、征服して諸国ほっといて最果ての海目指していたから、ある意味まだマシだ。文明とかは除いてな」

 

実際にライダーが善人であったかと言われれば難しいだろう。占領した町などについてほっておいたが、それがかえって国が崩壊する原因となり、彼も自国の文化を強調するなど、典型的な王の一人だったと言える。

 

「仕方なかろう。それが王の特権ではないか」

 

「…だからってなぁ…もう少し相手への配慮とか……」

 

「………どうした、坊主?」

 

「………いや。なんでもない」

 

途中で言葉が止まってしまった孔明に対し、首をかしげるライダー。その後、彼がため息をついてそっぽを向いたので、結局はその場ではその反応について聞けずじまいになった。

 

 

 

 

 

 

その頃。マスターである蒼夜たちはある事を行っていた。

特地にある聖杯を見つけるため、情報収集と地形把握のためにその手の達人ともいえるサーヴァントを呼び寄せることにしたのだ。

召喚サークルは既にアルヌスに配置されているが、それを孔明たちの力で遠隔的に呼び出すことが可能になったのだ。ただし、霊脈が強く、魔力を大量に消費するというデメリットが存在するので多用はしないようにと念押しされて。

 

 

「…で。やはり、彼等ですね」

 

「うん。その手に関しては他のサーヴァントの中でも群を抜いてるし、彼ら…いや彼女ら以外にこの仕事をより確実なものにするってことでは適役は居ないだろうし」

 

「了解です。それでは…」

 

 

蒼夜からの了解と指示に従い、マシュは召喚サークルを起動。遠隔のサーヴァント呼び出しを行う。

聖杯戦争に参加するサーヴァントの中で、特に情報収集に特化したサーヴァントはクラスだけで言えば二つ存在する。

一つはキャスター。陣地作成によるアジトの構築により、安定したシステムを構築できるからだ。アーチャーが言うに、五度目の聖杯戦争と呼ばれる戦いに参加した神代の魔術師メディアは地方都市広域に網を張っていたという。

そしてもう一つがアサシン。気配遮断と元々のクラスの名の元であるハサンから、その手に関してはキャスター以上の働きが出来る。気配遮断と高い機動力。特に機動力は槍兵のランサー、騎兵ライダーと並びトップクラスだ。

 

キャスターのような陣地作成型はここに置くにもあくまで中継地点としてなので長居する気はない。なので結果として選ばれるのはアサシン。そしてその語源の元になった者たち、ハサン・サッバーハの一人。

 

 

「霊器……安定……サーヴァント……指定完了。召喚………実行ッ!!!」

 

 

 

 

 

かつて数代にわたって存在したとされるハサン。イタリカの戦いの中で姿を見せたハサンもその一人だ。呪腕のハサンと呼ばれる彼の他にも、そういった者たちは各代に存在した。

その中で、情報収集などに最も優れた者は、一人…いやその者しかいない。

 

 

 

 

 

「――――――ふむ。ようやく呼び出しか。待ちくたびれたぞ、マスターよ」

 

 

「―――久しいな。百の貌」

 

 

その者はあらゆる貌に成れたという。

通称、百の貌のハサン。その宝具は個にして群。群にして個。つまり個体の分裂。そして分身された意識たちによる自意識の行動だ。

 

「ふん。最初は貴様が呼ばれたと聞いて、聞き間違いかと思ったぞ。呪腕の」

 

「そういうな。これも魔術師殿の采配だ。我らはそれに従うだけ。違うか?」

 

 

「…相変わらず百の貌のハサンさんの前では格好がついてますね。呪腕のハサンさんは」

 

「だな。先輩風って奴か?」

 

いつの間にか後ろに居た呪腕のハサンが百の貌のハサンと話している間、小声で話すマシュと蒼夜。呪腕のハサンは今はそうして仕事人というような風格だが、実際はかなりフレンドリーであり、人として接するのであれば彼ほどの善人も居ないと言えるほどだ。

ちなみにアーチャーとランサーは彼の性格を知って驚いていたが、それは蒼夜たちがどうしてなのかと未だ疑問に思っているらしい。

 

「………で。改めて、我らに用があってのことだな。主よ」

 

「当然。正直、百の貌のハサン以外にこういった情報収集に関しては得意なサーヴァントは少ない。その中で複数体になって大量の情報収集が可能となれば…」

 

「なるほど。それで私たちか」

 

 

ハサンたちの宝具は全て「ザバーニーヤ」に統一されているが、それはハサンたちが信仰するが故のことである。一口に「ザバーニーヤ」と言っても、その代によって彼らハサンが使う宝具には違いがあった。

呪腕のハサンは呪われた右腕による心臓をつかみ破壊するもの。

その他「静謐」と呼ばれたハサンには毒の使い手であったことから毒の宝具。

そして彼女たちこと、百の貌のハサンはいわば多重人格。それが宝具へと昇華されたものだ。

 

 

「我ら個にして群。群にして個……」

 

女性の姿が基本的な纏めとなっているが、実際は百の貌が女性であるという保証はない。男性であるか。子どもであるか。老人であるか。それとも。

その幾つもの人格が作られ、人として形成されたことによって彼女たちの宝具はその力を得た。

多重人格による意識の確立。それぞれが自己の判断で活動する宝具。

それが彼女たちの宝具「ザバーニーヤ」だ。

 

 

「取り合えず、現状では二十人は出来る。で、我らはこれからどうするか?」

 

女性のアサシンの後ろには既に僅かな顔や姿、いで立ちなどの違うアサシンたちが立っており、それら全てがいわば彼女であり彼らでもあった。

個にして群。群にして個とはこういう意味なのだ。

蒼夜は一先ず特地での情報を彼ら全員に説明し、事の状況と現状を更に説明。そしてそこから今に至るまでの話をして彼女たちにも、自分たちが何をするのかを把握させる。

 

「―――以上から、現状、この特地の町の一つであるイタリカから帝都に至るまでの道のりと拠点となる町の確認。そして帝都に侵入して内情把握などをしてほしい」

 

「……ふむ。つまりその帝都に入り、そこから情報収集をしてもいいということだな」

 

「可能であれば…できれば聖杯がどこにあるかだけでもつかみたいけど…現状は道筋確保を優先したい」

 

堅実なことを言っている蒼夜だが、実際は情報がほとんどない状態で敵の本丸を見つけ、逐一報告してほしいと言っているのだ。未だ世界を知らない彼らにとって、それは暗闇の中で足場を探すのに等しい。帝都を見つけられるか、そして無事にそこから情報を集められるか。普通ならそこを問題視するが、蒼夜にはハサンであるというだけで十分な理由になっていた。

 

「こっちで経路の確保ができたら、次に地形と内部構造。それと軍の状態なんかを調べて欲しい。出来るだけ向こうの内情も知りたいし、聖杯に関する情報も欲しいからな」

 

「分かった。では…」

 

「あ、待った」

 

ハサンたちが解散する直前。蒼夜が彼らを止めて全員の目をもう一度自分に向けさせる。一体なにごとかと思って止まった彼らに、蒼夜はある条件を言い渡した。

 

「ごめん。数人は残ってくれないか?」

 

「何…?」

 

「ちょっと別の場所を調べたいために…ね。出来ればその為の人員は確保しておきたいから」

 

他になんの探索をするのだろうかと、気になった百の貌たちだが、マスターの指示であることに変わりはなく、しばらく目を合わせるとその後二人のアサシンを残し、他のアサシンたちは全て影となって消えて行った。

残ったのは男性のアサシンと腰に布切れを巻いたアサシンだけだ。

 

「魔術師殿。何故二人を残した?」

 

「ん……いや、ちょっと日本でのことについて調べて欲しいってね……」

 

ほぼほぼ静観するだけの蒼夜だったが、少しずつその本性を見せ行動を始める。それがサーヴァントたちに教わり、学んだことからの判断であるか、それはマシュや呪腕のハサンでも分からないことだ。

 

現状。蒼夜たちカルデアは自衛隊と協力を結んでいるが、それも互いが互いの腹の内を読めないからだ。自衛隊は突如として現れた蒼夜と、彼が従えるサーヴァントたち。そして彼らが現れた理由などまだ知らない事が多く、未知の部分も多い。大して蒼夜たちはいくらサーヴァントの力があっても国家レベルの相手に対抗するということ自体が無謀であることに違いはない。

今までは大抵、軍に参加してもらっていたからこそ国家レベルの相手に対抗できたわけなのだが、今回はその国家も正直信じられるかも怪しいものだ。

日本内閣、与党の思惑。そしてその日本を支援する国々の本音。

現代であればその位警戒するべきことだ。

帝国の間では自分たちも自衛隊の仲間とされているが、実際は互いに牽制している仲で協力関係ではあるというだけであることを彼女たちはまだ知らない。

 

なので、蒼夜たちはその関係と見た目を崩さないように、外堀から埋めるのではなく、調べることとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で。結果、向こうからの要求は?」

 

場所は変わり、応接間ではピニャが一仕事を終えて戻って来ており、騎士のグレイと先ほど自衛隊と結んだ協定について話し合っていた。

正直、語る口であるピニャにとって、未だその協定の内容は疑わしい事ばかりだった。

 

「…知りたいか」

 

「………はい」

 

「―――捕虜数名の受け渡し。費用は我らが持つことによる使節往来の無事と保障。アルヌスに立てられた共同組合に対しての交易租税免除。一部、イタリカでの住居の租借。その他、要請あった場合のみに食料などの受け渡し」

 

「…足元を固めるという点では分かる話ですな」

 

「ああ。だが…」

 

問題はここから。その先が、ピニャにとって信じられないというべきところであり、彼女たちと現代、自衛隊との決定的な差だった。

 

「自衛隊は、このイタリカを占領せずに即時撤退するらしい」

 

「なっ…!?」

 

普通、大戦時であっても足場となる町を自軍で奪還したり奪ったりすれば当然自分たちが居座ることは出来る。自軍の休息と補給。情報整理、中継地点としての拠点構築。出来ることや意味は色々とある筈。なのに自衛隊はその利点全てを放棄して即時撤退すると言って来たのだ。それは奪還したり奪ったりすればドンと居座れるということが常識であった彼らにとって信じられないことだった。

 

「信じられるか? あれだけの軍事力をもっているにも関わらず、即刻アルヌスに撤退すると言って来たのだ。このイタリカは交易としての重要拠点。それを奪わず荷物を纏めて帰ると、彼ら自衛隊は言い切ったのだ」

 

「まさか……」

 

「私も未だに信じられん。勝者として…全てを圧倒的に勝った者としての権利全てを放棄したのだからな」

 

これが自衛隊。これが異世界の軍隊。

あれだけの力を持っておきながら、勝者としてのふるまいを一切行わない者たち。一体彼らはどうして、そんな事をするのだろうか。

疑問や信じられないことは多く、ピニャは本当にそれだけでいいのかと、それだけなのかと疑って仕方がない。軍であれば、勝者であれば当然のことだと、そう信じて来たハズのことが彼らの前では無意味となったのだ。

戦いに勝てば貰える当然の権利と報酬。彼ら自衛隊はその全てを捨ててまで自分たちの理念を貫いた。

 

 

「…こんなことがあり得るか? 勝者としての全てを棄てて…」

 

「………。」

 

 

すると。

 

 

「それが奴ら、自衛隊だ」

 

「………ッ!」

 

扉の向こうからキャスターとライダーが姿を現し、二人の話に割って入る。特に一度は日本に訪れたことのある彼にとっても自衛隊という組織は未だにワケの解らない組織であるのは確かだ。

 

「彼らの国は帝国のような帝国主義ではない。彼らはその反対である民衆のための政治、民主主義を貫いている」

 

「民主主義…?」

 

「そう。民が政治に関わり、国の方針を決める。指導者だけでなく、民もその方針に賛成するか否かを決定する事が出来る」

 

「そんな国が……」

 

「あるんだよ。門の向こう側にはな」

 

民主主義の代表的な特徴は人民が政治に参加できること。一番わかりやすいものだと選挙がそれに該当し、人々は政治に大なり小なり関わることができるのだ。今であっては至極当たり前な主義ではあるが、時代の差や価値観の差から帝国主義を貫く帝国にとって、その民にとっては信じられないことだと言える。

国の方針。国の政治は政治家がすると決めて、自分たちは自分たちの役割を果たす。農民であれば農業を。商人であれば商いを。

現代であれば人民には多数の自由と選択肢があるのに対し、帝国などの中世時代には自由などはなく、生まれから定められた生き方しか認められないケースが多い。だが、それは裏を返せば将来は絶対的に約束されているということでもある。

 

 

「まさか…それがニッポンの?」

 

「そう。貴方たち帝国が掲げている主義があるように、彼らも人民を大切に扱うという義務を持つ主義を貫いている。それが民主主義だ」

 

キャスターからの言葉にしばらく目線を外していたピニャは、やがて息を吐くと言葉を返す。

 

「…なるほど。それで人道的と」

 

「そうだ。ま、言ってることとやってることは逆さまな気もするがな」

 

「……だが。生き残った捕虜について人道的…人として扱えということには納得がいった。

 彼らは、ああいった輩でも、それを人と扱うという義務と…縛りがあるのだと」

 

「そういうことだ。彼らのいう人道的はどこまでが本当なのかは俺も知らん。というか知りたくもない」

 

それもその筈だ。民主主義。民のために政治をすると言っておきながら他国だからか容赦なく敵として残党を殲滅したのだ。そもそもの自己防衛として最小限の反撃しか行わない組織のハズが、過剰ともいえる戦闘をして多くの死者を出した。

もし彼らのいう民主主義が民を大切にするのであれば、それとやり方とでは矛盾があるのではないか。と。

少しだけだが敵国のことを知ったピニャは小さく、不思議な国だな。と呟くと再び目の前に立つキャスターとライダーにややいやそうに眼を向ける。

 

「―――で。お前たちは何をしに来た?」

 

「はははッ…なに。元一国の王として色々と助言にな」

 

用はキャスターではなくライダーのほうだったようで、数歩歩いてピニャの前に立つと悠然した態度で話題を切り出した。

 

「さて。これで経緯と形式はどうであれ、お前さんは一応この町の主となったワケだ」

 

「…形式上はな。実際はまだミュイ殿がこの町の主だ」

 

「だな。で、あの娘が成人するまでの間、お前さんがこの町を守ることになった。それは相違ないな?」

 

「無論だ。イタリカは貿易拠点としては重要な場所。加えて今さっき襲撃を受けて、しかも防衛設備の回復もままならん。それに、アルヌスからも最も近い場所に位置してる」

 

「で、あればお前さんはこの町の重要さをよく理解している。そして、その為にまず、お前はなにをする?」

 

態度は変わらない。ライダーはそう言ってピニャを試すように問い、彼女にこの場合どうするのかという方針を考えさせる。当然それもあるのだが、ライダーの本心はそこではない。

 

「…まずは混乱した町の状況確認だ。死人、けが人。避難民の確認と残った市民の人数確認。血縁関係者の生死確認。戦いの後で、しかもあれだけ騒いだのだ。まずは中の状態を確認して整理しなければ始まらない」

 

「ほうっ……それで?」

 

「……今、妾の騎士団がこちらに向かっている。予定では今日の昼には到着するはずだ。到着後、再編した民兵隊から騎士団に警備などを引き継がせ、民兵隊は解体とする。元々有志とはいえ市民だ。これ以上戦いに巻き込ませるわけにもいくまい。

 その後。時間をかけて防衛設備の回復と復旧……といったところか」

 

取りあえず思いつく限りの事を話すピニャにライダーは見定めたかのような表情で聞いていく。まるで彼がピニャのことを評価しているようだというようなその場の様子に、グレイは無表情ながらもライダーを警戒し、キャスターはただ彼の結果を待っていた。

 

「町そのものが混乱しているから、今は治安維持と内情把握が必須だ。でなければ民は混乱して二次の災害を招くやもしれんからな」

 

「まぁな。戦いが終わったとはいえ、未だ興奮冷めぬのも事実。で、あれば戦いの終結を示し、民を安堵させる。常道といえば常道だな」

 

「お気に召したかな?」

 

まるで気遣うように挑発するピニャの態度に、彼女が途中からライダーの意図に気付き始めていたことを知る。変に聞かれた辺りで不審に思ったらしく、それが今までの言葉でようやくつながったらしい。

ライダーが自分のことを見て、大将としてどうなのか評価している。その上からの態度に内心では怒りを燃やしているのか、結果彼女はそういった態度で返したのだ。

 

「さぁてな……」

 

だが。ライダーはそれを承知していた。いや、分かっていてあえてそうしたのだ。

だから、今度は彼からの反撃が来るとは、彼女も予測していなかった。

 

 

「で。それだけか?」

 

「ッ………」

 

「治安維持、内情把握。戦の後のやり方としては常道なものだ。それは褒めようぞ。だが、お前さんは一つ。大きなことを見落としている」

 

「見落とし……だと?」

 

「そうだ。お前の行動。それをよく思い出してみろ」

 

別にピニャの行動が間違っているかと言われればそうでもない。状況把握といち早く情報を回して民を安心させること。そしてその間に火事場泥棒のようなことが起こらないように治安維持に目を光らせること。どちらもやることとして間違っているわけでもない。

だが、問題はその後だ。

治安維持をして内部が落ち着くと、後は騎士団にしばらく居座らせて更に治安を守らせる。その後、防衛設備を回復させて全ては元通り

 

 

「だが。元通りにしてどうする」

 

「は……?」

 

「…なるほど。そういうことか」

 

ポツリと一人納得したように呟くグレイは、ライダーの言いたい事にいち早く気付いたらしい。が、ピニャは自分の行動の何処が間違っているのだと、未だ態度を強くして彼に問いかけていた。

 

「元に戻しては、全てが二の舞ぞ。そんな事をすればこの町は確実に滅びる」

 

「馬鹿な事を……治安維持と防衛のために妾の騎士団を配置する。それの何が悪い」

 

「悪くはないさ。ただ、余が言っているのは騎士団だけで、お前の軍だけで本当にここを守れるかという話だ」

 

「何っ……」

 

考えてもみろと、ライダーは彼女の脳裏に今のイタリカの様子を想像させる。

多くの犠牲者が出たイタリカの治安維持と内情把握。そしてその沈静化。彼女のその行動に間違いはない。混乱した町の人々を落ち着かせ、安心させることは当然の配慮と采配だ。

だが問題はその点ではなく、防衛設備を復旧させた直後。

騎士団を配置して復旧までの守りにつかせる事や、そこを拠点とすることも悪くはない。しかし、騎士団の本拠はそもそもイタリカではなく、その騎士団もピニャの部隊。つまり、彼女の私兵隊だ。彼女や皇帝の指示があれば動くこともある。

では。問題はその時のイタリカの状況だ。

 

「仮に町の守りをお前の騎士団が請け負ったとして、もしその騎士団が何等かの理由で不在となればどうなる?」

 

「………。」

 

「残ったのはやっとの思いで直った城壁と、その中に籠る民草たち。そして場合によっては僅かな騎士たちのみ。それで、もう一度この町を守れると?」

 

「ッ………!」

 

その言葉にやっと気づく。騎士団はあくまで帝国から派遣された部隊で、ピニャたちの指示があればどこへなりと行くしかない。その場合、イタリカに残るのはこれまでと同じく民間人がほとんど。防衛の設備などは直っても守れる兵士たちが実質いなければ、タダの壁だ。

もし今回の盗賊崩れの残党でないにしろ襲撃があれば、守備隊すら居ないイタリカに再び大きな被害が出ることは明白。ライダーはその場合についてを話していたのだと、彼女はようやく気付いたのだ。

 

 

「その場合、騎士団を置くにしてもそれとは別の守備だけを専門とする自警組織が必要となろう。騎士団不在であっても最低限町を守れるだけの、治安維持を出来るだけの部隊をな」

 

「…話は分からなくもない。だがその為の部隊をどう用意する。今のイタリカにはそれだけの民兵はもう居ないし、そもそも民兵は一時的なもの。皆、本来の生業があるのだぞ」

 

「分かっておるわ。だったら、その守りをするために出来ることがあるだろうに」

 

「出来ること、だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――例えば、今の民兵から自警団を結成するため、有志で集めるとか。だな」

 

 

扉の向こう側から蒼夜とマシュ、清姫たちといったカルデアの面々が姿を現す。蒼夜たちも別件でその場には居なかったが、ひと段落したようなのでライダーと合流したのだ。

 

「おう、坊主。そっちは終わったのか」

 

「うん。一先ずはね」

 

一仕事という名のアサシンたちへの偵察を言い渡した蒼夜は、それを隠してやる事は終わったと言う。これが帝国や日本への内情偵察だと知られれば双方から不審がられることは避けられない。

 

「……話を戻すぞ。幾らお前さんの騎士団が強くとも、騎士団は王の命令に、主の命に従わなければならない。その場合、この町に残るのは壁とその内側の民草だけだ。守るための組織。坊主が言った通り、自警団のようなものが必要となろうに」

 

「それを有志で集める、か。だがそれでも頭数が絶対に足りなくなるのは目に見えている。第一、先の攻防戦で勇敢な者たちは大半が死んだ。残ったのは大半が嫌々で参加した者たちだぞ」

 

今回の戦いでないにしろ、死を恐れない者たちは絶対に先陣を切る。そしてその結果、今回の攻防戦では多くの死者を出し、自ら志願した者たちは殆どが倒されてしまった。残ったのは臆病に後ろから震えながらも守っていた者たちだけ。そんな者たちで守れるのか、そもそも志願してくれるのかと、当然ながら出来る筈のないことをピニャは指摘する。

しかし、そこもライダーには読まれており、方法はある。と断言した。

 

 

「だったら集めればいいのではないか。この町だけで守れる兵士が出来ないのであれば、守れるだけの組織を他のところから集めて作ればいい」

 

「ッ……それは……」

 

 

「傭兵……ですな」

 

しばらく沈黙していたグレイが口を開き、ピニャが考えていたことを代弁する。イタリカからの志願者だけで町を守れないのであれば、他のところから頭数をそろえて守りを固めるしかない。

その為に他の町の人間を使うのかと言われればそうはいかないだろう。であれば、残るは一つ。特定の町に止まらず、私情を挟まず。金や報酬があれば確実に食いつく者たち、そうして生きている者たちで残りを埋めればいい。

つまり。残る人数を傭兵などで募集し、組織すればいいとライダーは言うのだ。

 

 

(…とても征服王が考える事とは思えんな)

 

(まぁ…確かに)

 

小声でぼそぼそと話す蒼夜とアーチャーは、ライダーの提案に彼らしくもないのでは、と思ってしまうが。その当人が話しているのであれば、当人がそれを良しとしているのだろうと、納得はしていた。

 

 

「傭兵であれば、使い捨ても構わん。奴らは報酬のために参加するのだからな。しかも、それがただの町の警備などであれば容易いものよ」

 

「待て待て! 仮に傭兵を雇うにしても、この町には今、金がない! それに傭兵風情に町を守らせては、治安悪化が懸念される。傭兵に町を守らせるなど言語道断だ!」

 

傭兵たちを使うということに反対するピニャの意見は蒼夜たちからでも納得がいく。傭兵というのは究極的に言えば報酬が全てだ。実力の見返りとして相応の報酬を用意する。そのため傭兵は力が無くては意味がないとされているが、それを十分に備えられれば生計事態に問題もないだろう。しかし傭兵はあくまで自分が雇われるということで一定の自由権を持っている。報酬の上げ下げや変更。条件の設定。雇われるうえでの設備などの租借や必要なものの提供。一部は雇う側が用意することもあるが、大抵は雇われる側から用意を申し出ることも多い。

つまり。彼らは条件にあったからこそ雇われるのであって、条件が悪くでも雇われるということは報酬額などの理由がない限りは絶対にありえない。彼らはあくまで手を貸すのであって、慈善団体ではないのだから。

その為、寝返ったりすることもあれば情報をリークすることだってある。

そして報酬が高いほうにつくこともあり得る。

メリットとしては報酬額の設定によっては確かに強力な傭兵が雇えるだろうが、デメリットはその分あまりに多すぎる。

 

 

 

「この際、仕方なかろうて。頭数が足りなければ二の舞は明らか。であれば、最低限の兵力を整える必要も必須。ならば、傭兵使うしかあるまい」

 

「断るッ。傭兵に雇わせるくらいなら他の要塞や砦から兵を回したほうが…」

 

「それが二の舞の原因だって言ってるんだよ。お姫様よ」

 

そこにランサーも割って入り、彼女に対して論破をする。

 

「そりゃ馬鹿にデカい国なら、兵士に余裕はあるってのは納得いくぜ。けど、結果としてそいつらは国の兵隊だ。王の命令がありゃ動かなきゃならねぇ。そうなれば最低限の兵士しか残されなくて、最悪守れるぐらいっていう人数も居なくなっちまう。なら、自由に動かせる奴らを作っておいたほうがよっぽど良いってわけだ」

 

「国の命で動くしかないのは分かっている。だが、町の防衛という命と大義があれば、最低限の兵力は残せるはずだろ」

 

「のわりにココには兵士が居らんかったではないか」

 

最低限の兵士は確かに居た。だがその兵士はあまりに少なく、守るにしても一日以前に一時間もつかもわからないほどの人数だった。

ならば、その反省点を活かして今度は最低限守れるだけの兵力を別に確保しておくべきではないか。もし、何らかの理由で部隊を動かす時があれば、その時に本拠地を守備できるだけの兵力があれば最悪襲撃時には時間稼ぎも可能だ。

加えて、イタリカが重要拠点であるならば守備隊を編成することに矛盾もないだろう。

 

「ピニャさん。貴方がこの町をどれだけ重要視しているかは俺たちでも話から分かっている。だったら、その為の守りを強くするっていうのは当然のことなんじゃないか?」

 

「………それは」

 

「ライダーたちが言いたいのは、直して元に戻せばいいってワケじゃない。もう同じ理由でもう一度直さないために、反省点を活かすことが大切だって話だ」

 

「それは解ってる。分かってるのだが…」

 

「流石に、私も傭兵を雇う…ということには抵抗感はありますな」

 

ピニャもその為守備隊、自警団の結成に反対なわけではない。問題はその為の人数と、それを合わせるために傭兵を雇うということ。部外者である蒼夜たちは実際に傭兵というものを見た事がないから言えるのかもしれないが、傭兵は自分にとって最適な条件と報酬があれば雇われる者たち。つまり、それが好条件であるなら、雇われるのだが、その分野党側としては雇われる傭兵たちについてとやかくいうことができないのだ。

あくまで自分たちは雇っている側ということで上下関係としては上だが、それも彼らが雇われているから成立している話だ。報酬目当てや仕事内容を知れば、そういったことを理由に盾にして来る者たちも居るということを彼女は懸念していた。

 

「お前たちは知らないだろうが、傭兵というのは金と条件があれば雇われる連中だ。だが、その分何をするか分かったものではないヤツがゴマンと居る。だからといって性格だなんだまで細かく言えば、ずうずうしくて雇われるヤツすら現れない。雇うにしても、それなりに工夫が必要なんだ」

 

「……だろうな。だが、この際贅沢は言えんだろ」

 

「………。」

 

 

話題に膠着が見え始めた。自警団結成という点では双方納得はしているが、実際その為の人数不足補いのためにどうするかという点では、ピニャの雇わないという意見に孔明もやれやれと呆れていた。さすがにそこは頑として譲らないらしく、彼女の正論的な言い方もあってかなかなか話にまとまりが見えなかった。

これではどうにもならないと思い、ほぼ口だししていない主に対し孔明が念話で訊ねる。

 

 

(…蒼夜。お前、このままどうする気だ。一応はライダーの提案とはいえ、お前も納得したんだろ)

 

(まぁそうなんだけど…ここまで頑なだとはね……困ったなぁ……)

 

 

さてどうするかと考える蒼夜は、ピニャの意見も交えて現在最も望ましいことが一つであることに、その打開策を考えた。

イタリカの守備と、治安維持のために自警団を結成する。この点では彼女も同意し、有志募集も納得していた。だが、先の攻防戦で大半の優秀な、勇敢な男たちは戦死しており、残った者たちをかき集めても戦力的に足らないことは明らかだ。

そこで、この際に傭兵を雇うのはどうか、というのがライダーたちの意見なのだが、これをピニャは反対し、容認できないとしていた。特地での、傭兵などのことついては、流石に彼女のほうが現地のことについて詳しく一歩ほど先を行っているので否定もできない。ライダーもあくまで個人の経験談から知ってはいるが、万国全て同じというわけでもないだろう。

つまり。この点でピニャが希望しているのは傭兵のような金銭などで容易に敵味方が変わる奴らより信頼に足る者たちであれば良いということで、それさえ可能であれば後は話も通りやすいと、蒼夜は考えていた。

 

 

(この場で信頼できる者たち。そして戦力として見込める者。傭兵を除けば当然、町の人たちだけど、頭数とかを考えると限界がある。ならば……)

 

 

言い合いでにらみ合っているライダーとピニャをよそに、蒼夜は彼女の隣で張り詰めた状況に、ため息をついていたグレイに目を向けて彼に一つあることを訊ねた。

 

「……えっと…グレイさん…でしたよね?」

 

「うん…?」

 

「グレイさんなら、この場合はどういった人を希望するんですか?」

 

まさか自分に訊ねてくるとは思ってなかったグレイは、声にしなかったが驚いた表情をして、ジェスチャーで「自分が?」と問い返す。首を縦に振って答えた蒼夜に、困る様子ではないグレイは答えていいのかと主の方に顔を動かす。

 

「………。」

 

「…参考までに聞かせてくれ」

 

ピニャも、彼を騎士として一人の戦士としてその腕を認めている。であれば、実戦での経験などからそう言ったことを自然と知って身に着けているのではないか。

そんなことを期待しつつ、蒼夜たちは主の許可を得たグレイから参考までの意見を貰えた。

 

「確かに、今の状況で贅沢は言えません。ですから傭兵という選択肢も無くはないでしょう」

 

「ッ……」

 

辛いことだが、それは事実だ。ピニャは苦しそうな顔をしてグレイの言葉を受け止めた。

 

「ですが今のイタリカの情勢を考えて、傭兵を受け入れるというのが絶対に正しいとも言えない。治安悪化、火事場泥棒もあり得るかと」

 

「守れる力もイタリカにはありませんからね…」

 

「そうです。仮に騎士団が到着したとしても、先ほど言われた通り皇帝陛下の命などで動く場合もある。その場合、どうしてもイタリカに守備の兵力はほぼゼロになる筈です」

 

「あの、今更聞くのも難なのですが、騎士の人を何人か残すというのは…」

 

「それこそ二の舞ですぞ」

 

マシュの問いにグレイは素早く返す。結果として少数の騎士を残しても今回のように恐らく守れずに戦死者を出す可能性もある。

 

「私としては、矢張り信頼にたる者たちとして正規兵をここに配置するというのが良いと判断しています。が、それにも矢張り問題があります」

 

「兵士たちだから…ですか?」

 

「守備隊という大義名分があれば残すこと自体は可能でしょう。ですが、ここ等一帯であれば守備ための兵力を呼ぶまでに時間が掛かりますし、何より正規兵であれば場合によっては派兵の対象になる。アルヌスが自衛隊に獲られた現在、その為の兵力再編や練度の回復のために回せるものも少ないでしょう」

 

「それでも守れる分には…」

 

「ええ。ですが、イタリカ一帯の兵力をかき集めるに関しても、今回のような盗賊くずれになった残党の件もあります。正規兵を回すにしても、今回の一件で早々に動かすのも難しいでしょう」

 

なるほど、とグレイの意見に関心を持つリリィは、歴戦の戦士としての言葉を必死に頭の中に刻み込む。

 

「今回は残党に統率者が居るからの件だったので異例中の異例だと言えます。本来、残党というのは盗賊崩れになるのがほとんど。その場合、大人数にしても大体十数人かそこいら。統率者というよりもボスが居るだけの連中です。が、問題はそこではなく、その盗賊の総数がハッキリとしないことです。アルヌス攻略戦で敗退した諸王国の連合軍の残存兵力がどれだけ残っているのか。どこにどう散らばったのか、どれだけのグループになったのかとハッキリとしない点が多すぎます」

 

「確かにな…今回の襲撃は諸王国軍のもと指揮官が居たからの例であって、本来纏める者といっても小物だ。加えて、われら帝国も敗退した連合軍の残存兵力は確認できていない」

 

「そうです。そのため、自然と各村や町では恐らく盗賊襲撃のために警戒しているところが多いハズ。動かせる者も結果としては…」

 

やはり傭兵を雇うべきなのか、と部下の意見に押され気味になるピニャ。ライダーは不本意だがそれで決着になるかと思いもう少し彼女に意見させてみようと揺さぶりを考えていた。しかし、そこにまだ話は終わってないとグレイが続けた。

 

「ですが。たった一つだけ。もしかすればこの話を受ける者たちが居ます」

 

「………!」

 

「それは…?」

 

 

 

 

 

「―――お分かりでしょうに。この状況で兵力を回す事が可能で、命令があって仮に町に居ないとしても直ぐに戻ってこれる。速力、兵力、戦闘能力。どれをとっても現状、彼ら以上の者たちはこの帝国には存在しない。

 いえ。そもそも、帝国の者たちではない」

 

 

「………ッ!」

 

 

足はヘリと車。兵力は少数だが、現代兵器の能力は彼女も知っている。そして、それが守りの話であるなら乗らない訳もなく、市民を守るためなら猶更。

恐らく。貸しを作れるという点で乗ってこないわけでもない。現在、使節の無事は保障されており万が一道中に襲われても十分に応戦も出来る。

組織的に動くことができ、治安維持にも手を貸してくれるだろう者たちと言えば

 

 

「自衛隊か…」

 

「ええ。彼らであればこの状況、最も都合のいいものでしょう」

 

仮に自衛隊に守備を任せれば、ピニャたちの方には貸しを作らされることになり、その貸しで何かを求められるだろう。しかしそれは逆に彼女たちに一度だけ自衛隊との関係を動かすことや、彼らを使うことができるという意味にもなり、使いようによっては強力なカードにもなる。

 

「だが…向こうがそう話に乗ってくるか?」

 

「乗ってくる…と俺たちは思ってます」

 

ピニャの疑問に即答で返す蒼夜には、自衛隊がこの話を出せば十中八九乗ってくるという根拠があった。

 

「自衛隊は現在、この世界…特地での交渉パイプを求めています。その間でもし、パイプが途切れてしまうことは何としても現状避けたいはずです。加えて、その交渉への糸口がピニャさんのような皇女…それも話のわかる人であれば、是が非でもこのパイプ維持のために関係を持たせるハズです」

 

「マシュ…俺のセリフ取らないで…」

 

「それに、この世界で自衛隊が動くにしても、最低限帝国との良好な関係だけでなく、資金源などにも問題が発生する場合もある。そのことも含めて、向こうは早々に帝国…ピニャ殿下との関係を切るつもりはサラサラないハズだ」

 

「いやだからアーチャーまで取らないで!?」

 

 

「向こうは戦争の継続を望んでいない…か」

 

「ええ。日本もそこまで戦争を継続させる余裕というのが、政治的に難しい。それに、アルヌスなどでの戦いで帝国は自衛隊…日本との戦力差を知りました。であれば、帝国も日本も早期に戦争を終わらせたいハズです。帝国にしては勝ち目のない戦いになるでしょうし、日本は日本でその国家体制から戦争継続を言うこともできない。

 どの道、戦争はそろそろ沈静化して水面下での交渉になる…というのが私たちの見解です」

 

「…だからマシュ、セリフ…」

 

完全にサーヴァントたちにセリフを取られた蒼夜は、それ以上を言うに言えず、結果その場で縮こまっていじけていた。それをリリィと清姫が気遣っていたが、当分メンタル回復は難しいだろうと、しばらくは孔明たちが変わりに話すこととなった。

 

「今現在、自衛隊が帝国との間で最も強い繋がり…交渉への糸口はピニャ殿下。貴方だ。その貴方が自衛隊との関係をより強くするには、今回の自警団の一件では自衛隊の協力を仰ぐ…というのが最も理想的だと言えるな」

 

「その根拠は…?」

 

「さっきも彼らが言ったが、自衛隊の統括である政府組織…ひいては日本は、その国家主義から戦争を長く続けられる国ではない。くわえて、それだけの兵力を投入できるという自由さは存在せず、彼らには多くの縛りも存在している。

 しかし、自衛隊は本来攻め込むことが目的の組織ではない。あくまで守りがメインの連中だ。最低限の守備でその間に交渉で戦争終結をさせる。彼らは戦うにしてもあくまで戦意喪失が目的なだけで、国家滅亡をもくろむ馬鹿な国とは違う」

 

「日本が長く戦争を続けられないのであれば、帝国が戦争継続を望まなければ…」

 

「早期終結は出来る。ただ帝国にもこの世界での大規模な国家、帝国としての威信がある。早期の終結が難しい現状、その為の工作や根回しを向こうも行ってくるはずだ」

 

「…つまり、自衛隊のそのうえ…日本という国は」

 

「ええ。長く戦争する気はない。これまでの戦いでの貴方たちの自衛隊の見方を考えれば、向こうもそろそろ交渉に移り始めるでしょうし。その為のパイプである貴方との関係を失いたくない。

 もっとも。帝国で、まだ交戦する気があるのであればそれを削ぐ工作はあると考えていい」

 

自衛隊の実力は彼女も目にした。ヘリによる圧倒的な蹂躙によって何千いた残党は一瞬にして壊滅したのだ。なのに彼らには、国としての縛り、制約が存在し、その力を存分に振るうことは難しい。それは裏を返せば縛りさえなければ容赦なく帝国を潰せるというだけの力があるということにもなる。

帝国の元老院でも既に主戦派と講和派の二つに分裂し自衛隊、日本と戦うのを続けるか意見が別れている。どの道、このまま戦っても自衛隊に対して勝ち目はない。帝国との戦力差や技術差からその結果は歴然だ。このままでは帝国は絶対に負けると、彼女はあのヘリの姿を見て確信した。

 

「……では、向こう…自衛隊はこの話に乗ってくると?」

 

「向こうのやり方からするに。もしここでこの話を断れば、それだけ交渉までの道のりも遠くなるだろうし、貸しを作ることも出来なくなる。いくらこの町を守ったという事実があっても、二度目もそうやって助けて英雄視されるかと言われればNOだ。一度目に助けたことが忘れられず、人は贅沢な考えをするんだからな。一度目は遅かったが、二度目は早く…と。彼らは知らないうちに「次は早く助けてもらえる」という期待に応えなければならなくなる」

 

孔明は確実に乗ってくるという自信のもと、小さく笑みを作る。そういった決まりを作ったのだから、その中で上手く立ち回るにはその決まり事を理解しなくてはならない。

 

「だが自衛隊には専守防衛のジンクスがある。もしこの場合に断れば、専守防衛の精神のもとでもう一度遅めの登場をすることになる。

 向こうには攻撃されてから反撃という選択肢しかないのだからな」

 

「つまり。もし今回の自警団への協力の話を断れば…」

 

「二度目の遅い登場に、イタリカの民は不満を持つ…か」

 

「一度目だから許された手だ。二度目はない」

 

 

これが絶対の孔明の言う根拠。もし、ピニャに対して交渉の糸口があると見れば、出来る限り関係を保ちたいハズだ。そして、その切欠として今回の自警団結成の協力というのはまたとない話。更に、自衛隊をイタリカに配置して情報収集も可能になる。貸しという点でもこの話を逃す理由はないと、彼は見ていたのだ。

 

「難儀な国だな、日本とは」

 

「その分軍事力は世界上位だけどね」

 

ライダーが面倒そうにぼやき、それにようやく立ち直ったのか蒼夜が答えた。そして、蒼夜はピニャに対し改めて、その提案はどうかと問いただす。

 

「話を戻しましょう。傭兵を諦めるのであれば…どうですか?」

 

「自衛隊にイタリカに入らせる…か」

 

蒼夜たちの提案に少し考えさせてくれとばかりに姿勢を低くし沈黙するピニャだったが、考える時間はそう長くもなく、決断は直ぐに出た。

 

「…その方が、傭兵を雇うよりは数倍はマシか」

 

「では、殿下……」

 

「ああ。その話、実行しよう」

 

 

ピニャの決断は下った。ココに自警団結成の案は纏まり、用意ができ次第、自衛隊にも協力を仰ぐこととなった。彼女の考えはしたが、結局後の事を考えると敵に回すことは良い策ではないとして、明け渡すのと同義ではないのかという不安を抑えて、今は最善の策と思い口にした。

 

「ありがとうございます、ピニャ殿下」

 

「…蒼夜、といったな。お前も、その仲間も……中々の頭の持ち主だ。さぞ名のある軍師だったのだろうて」

 

「いやぁ……」

 

(名のある軍師…そのものなんですけどね…)

 

 

これで話は一つ纏まった。と思ったが、そこに隙を突いたとばかりに蒼夜がまた一つ、今度は自分たちの目的である提案を出してくる。

 

「まぁ…それはそれとして…実は、俺もお願いがあってきたんです」

 

「なんだ…この後に及んで何を頼むというのだ」

 

流石に連続の話に疲れると思っていたが、彼の提案はそれ以上にシンプルなもので、その為の代価も彼はキッチリと用意していた。

 

「実は、イタリカを俺たちの拠点として使わせて貰いたいんだ」

 

「…それは、つまり…」

 

「難しい話ではありません。単にこの町で俺たちが居られる住居を貸してほしいというだけですから」

 

「………。」

 

イタリカは蒼夜たちにとって各地の情報を知るための重要な橋頭保だ。そのイタリカに彼らが住める場所を貸してもらいたい。内容としてはシンプルだが、先ほどの話が終わった直後もあってかピニャはまた何かあるのではと、考えなく口にして訊ねた。

 

「何かあるのではないか?」

 

「まぁ…そうなんですけど…」

 

「まさか、この屋敷を貰う…なんて…」

 

グレイがまさかということを言い出すが、蒼夜もそこまで強情ではない。本当にただの一軒家を貸してほしいだけだと、下手に出て返す。

 

「いやまさか。普通に住居一つを貰えればそれで―――」

 

「ついでに私とマスターが二人で寝られるツインベッドを」

 

「はいはい、きよひーは少し黙ってようね」

 

清姫を手で遠ざけると、蒼夜はまた話がもつれ込む前とその頼みの理由とその為の代価を先に話しておいた。

 

「俺たちは、自衛隊とは別にこの世界のことについてを知っておきたい。だから、その為の自分たちの自由に使える場所として貸してほしいというだけです。もちろん、タダで貸してくれとは言いません。こっちにもそれなりの見合った()を出します」

 

「………いいだろう。で、その見合ったものとは?」

 

 

 

 

 

「…今この町に必要な人材です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で。ライダー、お前があれだけ傭兵を押した理由は?」

 

「んー? そりゃあこの世界での余の部下をだな…」

 

とぼけるな。と復興が進む町の様子を見つつ、孔明がライダーの言葉に異議を言う。そんなことが彼の本音の理由がない。それは孔明が誰よりも、彼のことを知っていたからこそ、今ここで訊ねて問いただしていた。

それにはライダーも態とそう答えたかのように笑うと、遠くから作業の様子とそこで聞こえる声に耳を傾けつつ、孔明の言葉に答えた。

 

「面白いからだな。うむ」

 

「…面白い?」

 

「ああ。あの娘、ピニャとか言ったか。あ奴がどうするか、見てて面白くなったのでな。少し鎌をかけさせてもらったわ」

 

「………なるほど。狙いはそこか」

 

ピニャというよりも、ライダーの狙いは彼女の地位。そしてその地位に彼女がどう動くかというのに興味を持ったらしく、耽るように一人語りだす。

 

「まぁ久しぶりに一国を預かる者の姿、というのを見たように思えての」

 

「……彼女は皇女…姫だぞ?」

 

「であっても、あの年ならああやって国を思うことに不思議もあるまい。国を思い、いかに行動するか。それを見たくなったのでな」

 

「……リリィじゃ不満か?」

 

「不満だな。あ奴の未来は既に見ている」

 

ライダーと孔明。いや、ロード・エルメロイと呼ばれた男。ウェイバー・ベルベットはかつて、セイバーリリィと呼ばれた少女の未来の姿を目にしたことがある。

いや、共に戦い、競い合ったと言えばいいか。後の騎士王、アルトリア・ペンドラゴンと聖杯戦争で剣を交えた二人。そして、彼らはあることで互いの事を知ったつもりだった。

 

聖杯問答。セイバー(騎士王)アーチャー(英雄王)ライダー(征服王)の三人が、それぞれの意思と願いを話した。

騎士王は当時、故国救済を願った。そして、王は民を救うためにあるのだと言った。

英雄王は、聖杯に群がる者として各英雄たちを成敗すると言った。王とはすなわち自分であると言った。

そして征服王は再び現世に根を下ろす事。受肉を願った。そして王とは民を導くためにあるのだと言った。

三者の答えはそれぞれバラバラだった。

 

 

「あ奴も結局は同じだ。救うことだけをして導くことをしない。未来という救いを、あの娘は考えなかった」

 

「………。」

 

「救うだけが全てではない。道が解らない者に、導く道筋を示す。それが王ではないか」

 

「………そう、かもな」

 

 

だが。実際は違ったのかもれしない。孔明は、少女リリィに一度だけ訊ねたことがある。

 

 

―――君はそうやって救うことに精を出す。だが、それでは導くことはできないのではないか?

 

 

するとリリィは笑ってこう答えた。

 

 

 

「そうですね…救うというのは現状を打破することでしかない、と。私はマスターたちとの旅で知らされました。ただ救うだけで、ただ助けるだけで人は前には進めない。折角救ったというのに、彼らを導かなければ本当に助けた事にはなりません」

 

「…では。君はどうする?」

 

「…分かりません。私は、それしか出来ないから。救うことしかできない。騎士として、王として、人として。

 私はあまりに未熟すぎます。だから……

 

 

 

 

 

 

――――――私は見つけたい。王としてではなく。人として。誰かを助けて、そして導いてあげたい。それがどんなに苦しくても、辛くても。一緒に行ってあげられるように。導いてあげられるように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりになり、町の復興はひと段落し始めた。自衛隊は本業がこちらの様なものなので、手際よく作業は進み、その間に様々なことが行われていた。

まず、ピニャの指示でグレイが自警団結成のために有志での希望者の募集を始め、少なからずだが希望者が彼の前に募っていた。

その一方で、伊丹たちは復興作業がほぼ終わり、捕虜を数名選び出していたが、どうにもその捕虜が伊丹の趣味に思えてならないと女性隊員二人がジト目で睨んでいた。

そして、自警団結成にあたってもう一つの準備が、蒼夜たちカルデアメンバー主体で行われていた。

 

「ひと、ふた、みぃ、よ…」

 

「よっと…これが補修行きの分。こっちがそのまま使用可能な分ですね」

 

「補修分は後でランサーたちにこっちに回させる。今は兎も角、集めるだけ集めよう」

 

本来はピニャも反対しただろうことだが、背に腹は代えられぬということで渋々と承諾。残党戦死者から武器装備をはぎ取り、その一部を自警団装備の支給品として流用しようということから、マシュ達がはぎ取った装備を一か所に集めていた。

はぎ取った装備はその大半が自衛隊の発砲した弾によって穴ぼこになっており、殆どが補修行き。残るごくわずかな物が、そのまま流用可能として現在清姫によって数えられていた。

ちなみに、これだけの数を全て補修するのだが、その大半はアーチャーが請け負うというのだから、物好きだなとマスターだけでなく生き残った鍛冶職人たちからも関心させられていた。

 

「ゴロゴロと集まるなぁ…全部集める気か、坊主」

 

「まぁね。兎も角、集められるだけ集めて、補修した分と流用分で自警団へと支給して、残りはいざって時に保存しておいたり、他所に売ったり…利用価値は色々だろ?」

 

「ふーん……ところで、コレ(モーニングスター)要るか?」

 

「いや流石に要らんよ」

 

 

 

当然。サーヴァントたちの間にも不満が無かったと言われれば嘘になる。特に騎士の精神を持つリリィにはとてもではないが容認できたことではないので、かなり否定されはしたが、最終的に合理的判断ということでアーチャーが彼に与したのでリリィも渋々ながらそれを認めた。だが、流石に武器集めを手伝わせるまではせずに彼女だけはべつの場所に居た。

 

「リリィの方…大丈夫かな…」

 

「向こうにはハサン…じゃなかった。アサシンさんが居ますから、問題はないと思います。意外にもあの人、ああいった事には詳しいといいますか…」

 

「うん………意外だったな。アサシンが反対するなんて」

 

「いや…ありゃどっちかっつーと細かい奴だったぞ」

 

というのも、やれ埋葬の仕方はどうか。やれ死体の装備の脱がし方はこうだと、なぜか細かくそう言った埋葬の仕方にこだわっていたアサシン。反対派というより埋葬の仕方がなってないという変なところで細かくしつこかった。

ので、最終的に蒼夜はアサシンに根負けして全部一任(と言う名の押しつけ)をしたとか。

 

「変なところ細かかったなぁ…」

 

「アサシンさん、なにかあったのでしょうか…?」

 

「俺に聞かれてもな。さすがにあのアサシンが本音を語るとも思えんし。アイツの性分なんじゃねぇか?」

 

 

 

 

 

 

最終的に、可能な限りの武器装備が全て集まったのは昼になって太陽が少しずつ傾き始めたころだった。

ほとんどがアーチャーたちによって補修されることになったが、一部運よく使えるものだったりはそのまま自警団などの支給品装備として転用され、多くの剣や槍、弓が彼らに支給されることとなった。

 

「取り合えず、支給品は渡しておいたが…補修分が何分多いのでな。まぁ人数分はあるとみていいだろう」

 

「鍛冶職人たちからの見積もりは?」

 

「予定ではフル稼働して二か月。長くて四か月だそうだ」

 

近くに居た鍛冶職人たちと会話していたアーチャーから、ざっとどのくらいかかるか聞くと、下手をすれば半年になるだろう時間が必要であることを知り、蒼夜は頭を掻いて結果を重く受け止めた。

 

「フル稼働は流石に無茶だから…時間をかけてやるしかないね…」

 

「だな。それに、私たちがここに長居出来るわけでもない。見積もりもあくまで見た感じだからな。それ以上はかかるだろうに」

 

「…直したかったの?」

 

「欲を言えばな。色々と投影に使える武器もあったからな…」

 

アーチャーの武器である干将莫耶は投影品。彼が投影魔術を用いることで、側だけを完璧に模倣した武器が作れる。だが流石に本来の能力まではコピーすることは出来ず、更に聖剣などの神造兵装などは外側だけでも投影することが難しい。

だがそういった物でなければ投影は可能で、しかもストックすることも可能。

また、彼の起源は「剣」であることから剣の投影品とは相性が良く、武器もそれにちなんだものが多く投影される。

なので、今回の戦闘ではぎ取られた武器の中から剣だけを構造解析すれば、後は投影品として作ることができるのだ。

 

「アーチャーも剣に関しては欲があるんだな」

 

「否定はしない。それに、武器の手数は多い方がいいのでな」

 

 

ひとしきりだが収拾と部類分け、そして支給を終えた蒼夜たちは自警団の設立を行っていたグレイから武器装備の支給と共に集まった人数についての報告を聞いた。

総数は数える程度しかいないが、グレイ曰く予想していたよりも多い方だという。恐らく、彼もそこまで人数が集まるとは思ってなかったようで、それなりの人が声を出して寄って来た時、否定は反対意見が多いかと思われたが、どうやら今回の攻防戦で自分たちにも守れるだけの力が必要だと思った者が居たようで、参加する者の意見の大半はそれだった。

 

「それじゃあ人数はそこそこ集まったってことですか?」

 

「総勢で十二名。集まったと言えば集まった…といえばいいのでしょうか。だが、まさかここまでとは思ってもなかったですがね」

 

「それでも、楽観できる状態ではありませんね…」

 

マシュの言う通り、十二名という人数は流石にイタリカを守るためには不十分。しかも、それが全員戦闘の素人であるなら猶更言えた事で、更に補強できる戦力が自前で補充できないという事態には楽観視はできない。実際、そこに戦力補強として自衛隊に協力を仰ぐので、実際はほぼ彼ら任せになっている。

訓練が必要にしても、結果的に防衛に関しては自衛隊任せなのはどちらにしても変わらない。

 

「…で。装備の方はどうでしょうか?」

 

「武器装備は、人数分は支給できると思います。一応、増員された時のためにいくつか置いてありますし、残りは少しずつ時間をかけて補修していけばいいかって思ってるので」

 

「人数分は用意できるということですね…」

 

ふむ、と考えるように言うグレイだが、その表情は明らかに暗く、とてもではないが大丈夫だと言えるものではない。

彼も正直この方法に異はあったのだろう。だが主の命令、そして下した決断に思う所への感情を全ての見込み、その指示に従っていた。その様子に納得がいかないのも無理はないと気遣うように二人は言葉を選んで話を進める。

騎士道という精神を持つのは彼だけではない、リリィのこともあって騎士道というのを感覚的に知っていた蒼夜たちは自然とその避け方などを知り、どうしたらいいのかなどを分かっていた。

 

「馬とかは流石に無理ですが、武器に関してはこれからも集まるでしょうし、余った武器は売ればいい。使い道はピニャさんに任せています」

 

「…分かりました。取りあえず、今ここで用意できる兵力は整うことになりますが…」

 

「自衛隊について…ですね。話には乗ってくるとは思いますけど……問題は向こうがどれだけ送り込んでくるかですね」

 

今回のイタリカでの戦いのこともあり、もしかすれば相応の兵力と装備などが送られて来る可能性もある。加えて、イタリカの様子、状況、戦略的価値を考えると黙って普通科の部隊を一個小隊か二個小隊だけ送るとは考えにくい。下手をすれば彼らはヘリを使い制空権を確保する可能性もある。

 

「向こうはこちらに送れるだけの戦力があると、お考えですか」

 

「一個人としての予想ですがね。けど、自衛隊の今の戦力と消耗から考えるとそれなりの数が来るってのは考えられます。向こうはあくまで人道的支援が目的ですからね」

 

「加えて、イタリカの政治的、戦略的価値を考えると…武力での圧力ではありませんが、イタリカを守備するために、それなりの数を送り込むのではないかと思います」

 

蒼夜とマシュの意見に、まだそれだけの戦力があるのかと言葉が出なくなる。自衛隊も今までの戦闘で死傷者はゼロのハズ。加えて消費が弾薬や燃料だけとなると精神的にもまだ余裕はあるだろうし、自衛隊の本来の活動から考えると小隊レベルの人数で済むとも思えない。

こうはいっているが、実際彼らは武力制圧を目的としていないのだから、それはそれでなお、納得がいかない話だ。

 

「どちらにしても、向こうの出方次第ですね。自衛隊はあくまで防衛が本来の責務ですし」

 

「だな。こっちはそれまでに打てるだけの手を打っておく…しかないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斯くして、自警団結成の中に乗じて拠点を自分たちの拠点を手に入れた蒼夜たち。実際は借り物だが、仮に自衛隊の居るアルヌスなどに居られない時には使えるもので、借りることとなった住居を確認すると、普通に生活するだけでも十分なものだ。

万が一、自衛隊、ひいては日本とトラブルを起こした時や非常時にはココを使えるたり、アサシンたちの報告もここで聞くことができる。

そんな良物件を貰えたのだから、当然相応に応えることも必然。

約束である自警団の人員補強のため、蒼夜たちはピニャにその助っ人を会わせようと準備を始める。

しかし、先に彼らが帰らなくてはならないという事態に、蒼夜はそれを聞いた刹那背筋を冷たく凍らせた。

 

「…マジですか」

 

「マジらしいです」

 

「ゴメン…なんか用事してた?」

 

申し訳なさそうに言う伊丹は片手だが謝罪の意を見せており、苦笑の顔にマシュと二人顔を合わせる。

 

(どうします、先輩。あとはピニャさんの約束を果たすだけですけど…)

 

(住居については不審がられるよな。まるでこっちを信用してないって)

 

(ええ…それに。もし私たちがここに残ると言えば確実に誰か監視の目が付きます。その場合をどうするか…)

 

(監視を誤魔化したら完全に怪しまれるよな…)

 

 

それでなくても極め付けに帰還後には何をどうしていたのかという報告をしなければならないなど、彼らの行動はどの道筒抜けになってしまう。

かといって蒼夜にはそれをだましきれるだけの自信も話術もないので、正直大半その辺りは孔明頼りだ。

兎も角。今は話を濁して出来るだけ離れやすくしようと、蒼夜とマシュは同意し理由は会話中にマシュが作ることにした。

 

「―――――用事っていうより戦後処理の手伝いですけど……というか、随分と長引きましたね?」

 

「ああ。レレイたちが商人さんらと鱗の商談をしていたからな。あの数だから結構の値がついたらしくって」

 

その他、足りない分を割り引いて為替についての情報だったりと彼女も負けずに商談をしていたらしく、結果金貨、銀貨が大量に手に入ったのだという。商談というよりも交渉に長けているのかと、蒼夜もそこには純粋な驚きを見せていた。

 

「魔導師…ですよね。あの子」

 

「なんだけど…どうにもその手の話は得意らしくって」

 

「へぇ…」

 

正直、まだ彼女たちについてあまり知らない蒼夜は、レレイのその交渉のうまさになにか秘訣はないのかと、彼女の話術について知りたいと興味を持った。

すると、隣のマシュが念話だが話かけてきてどうやら言いわけの用意ができたらしいので報告するかのように話に割って入ってくる。

 

(先輩。取りあえずは……)

 

 

「取り合えず、俺たちもやること終わったし。これで帰るんだけど…」

 

「そういや、証人審問もあったな…」

 

「あったのよ。お陰でさっきどやされたよ…」

 

と、嘆く伊丹に、マシュが頭の中で言葉を纏めて会話に入り込む。

 

「あの……伊丹さん。そのことなんですが…」

 

「うん…?」

 

「実は、私たちピニャさんに呼び止められてまして…」

 

「えっ…」

 

マシュの言い訳。というか、言い逃れは実にシンプルだった。それは伊丹だからこそより効果がある言葉で、その状況を知る彼にとっては納得できる話でもあった。

そこに今回隠れて彼らが行っていたことを連結し、話は一つの壁になって現れた。

 

「どうやら、ライダーさんたちに興味を持ったらしく、向こうから今日一日泊まらないか、と勧められて…」

 

「………やっぱライダーか…」

 

「へぇ…あの殿下さまがね……」

 

伊丹もライダーとピニャの悶着は記憶に残っており、ピニャに対し上からの目線で意見をズバズバと言っていたライダーに、流石にどこの馬の骨と彼女も怒りを覚えていたのだろう。だがそれで居残る理由にはならない。だからこそ、マシュは更に言葉を並べた。

 

「というより、完全に向こうは返さない…というつもりで、恐らくもう直ぐ来るだろう騎士団で脅したりするのではないかと…」

 

「…それなら猶更帰った方がよくないか?」

 

「そうなんですけど…」

 

「尻尾撒いて逃げる性分でもないおっさんだから…」

 

そう。ライダーの頭の中に敗走の二文字はなかった。実際、逃げというより移動して戦地を変えているといったほうが正しいのか、彼の動きや判断、言葉に後ろ向きなものは見えなかったのだ。

 

「で…ライダーさんも帰る気なしで完全にやる気満々で…」

 

「…マスターなんだから命令すりゃいいんじゃないの?」

 

「といって素直に聞くヤツでもないのですよ…あのゴリ…王様は」

 

令呪を使用する、という手もあるが、正直それで素直に聞くとも思えない。対魔力に関係なく、ライダーなら自分の考え優先でとんぼ返りも可能だからだ。

 

「それと。今、このイタリカで自警団が結成されてて、その手伝いもあって途中では帰れないんです」

 

「自警団って…この状況でか?」

 

「この状況だからこそです。それに、今後もし戦力がないって時になればその為の守る力も必要でしょ。それの手伝いをって思って手伝いしたんですけど」

 

「結果、ライダーさんが強引にここに残ると言い出して、その他ほぼ全員が同意…辛うじてアサシンさんが保留、清姫さんがマスターに従うという形になったので…」

 

「多数決で残るしかなかったと…」

 

「強制命令もそう何度も使えるものじゃないんで…しかも一人につき一回までが限界なんです」

 

 

 

と、それらしい言い訳を並べるが、これがまさか本当のことだと知ったのは、この日の夜のこと、屋敷の中でだった。

 

 

「………なんとか出来ないか? 今回のは政府からの指示だし。断ると色々と面倒…っていうかマズイでしょ」

 

「話してはみますけど、多分遅れることは必須だと思います…まぁそこまで話が分からないヤツらじゃないんで……早くて明日の朝。遅くても昼には戻ります」

 

「えっ…でも先輩。人数は…」

 

(ライダーの戦車に乗せてもらうよ)

 

(ああ…ぎゅう詰めですね…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

 

 

 

 

「―――結果、どうなったんだ」

 

「一応はOKもらえた。それに監視のために数人置いて行ってくれるって」

 

蒼夜の意思か、それとも歳を尊重してなのか。最後には伊丹が折れて、彼らを残すことに同意したが、彼らとの間で約束されたことを守ることも優先となり、伊丹の隊から数名がイタリカに残ることとなり、後日の夜明け前には彼らから迎えに来てくれるということで話は纏まった。彼らを納得させるということに四苦八苦はしたが、蒼夜たちが先に色々としていたお陰で、無事に丸く収まったらしい。

報告を聞いた孔明は顔をニヤつかせ、彼らの成果に評価していた。

「ほう。話術は得意ではないと言っていたが、そこそこに出来ているじゃないか」

 

「どうかな。あの隊長さんも俺たちの言う事、まだ半信半疑だったようだから、こっちが何か裏方やってるの、読んでると思うよ」

 

「そう…でしょうか? どうにも私はあの人…伊丹さんがそういう風に見ていたとは…」

 

伊丹がそういった策士的な人物ではない。それには蒼夜も確かにそうかもしれないと、マシュの意見に首を縦に頷かせるが、実際本当にただの抜けたオタクであるとは言い切れないと、ほめていたはずの孔明の顔はまた直ぐに仏頂面に変わっていた。

 

「確かにあの男。見た目はズブというか馬鹿にしか見えないが、あの炎龍とかいうドラゴンとの戦いの後や、基地内での振る舞い方からして、早々にそういって捨てきれるヤツでもない」

 

「それによくある話だろ。策士っていうのは一番そうでなさそうなヤツが本当は策士なんだ。ヘクトールのオッサンが言ってただろ?」

 

「オッサン…ですが、そうですね。ヘクトールさんが言ってました」

 

トロイア戦争の大英雄、ヘクトールの言葉となればそうそう信じられないというわけもないだろう。神々の戦争を戦った男。そして戦況不利だったところを守り切った英雄だからこそ、普段はのらりくらりとしているが、その英雄、指揮官としての顔も持っている。

最近では普段のスタメンではないが、時に同行して戦術を授けてくれたりと二人とも仲が良い。

 

「大英雄のお墨付きじゃないか。だが、それでなくても私は彼を警戒するがね」

 

「それは…少し過大評価では?」

 

「なんだと思ったのだけどね。どうにも、彼は他の隊員と違って戦術眼を持っている。観察力もそれなりだ。それにあの場での冷静な判断もあるから胆力もあるだろうに」

 

流石に絶対に敵にしたくない、腹の中は黒いというわけではないが、彼がただの自衛隊員という話ですまないのも確かで、孔明曰く、もしかすれば何処か特殊な部隊に居たのではというのが彼の考えだった。

自衛隊にもそれなりに特殊部隊は存在する。レンジャーなどもその代表例で、一般的な自衛隊員と呼ばれている普通科の人間よりも更に上をいく者たちだ。

 

「兎も角。あの人は確かに頼れるけど、だからって完全に信用できるわけでもない。それに、俺たちの状況からしてそう堂々言って信じてもらえるかも怪しいからね…」

 

「それには同感だ。聖杯探して、並行世界から来ました。なんてことを信じてもらえるとは思えん。それに我々サーヴァントや魔術のこともある。迂闊に言えばなにが原因でデメリットになるか分からん」

 

「当面慎重に…ってワケだ。まぁ…そうだよなぁ…」

 

「一応、議会で話すことも考えないといけませんね」

 

次にやることも決定した蒼夜たちはさっさとピニャとの約束を果たし、その事について注力しようと、疲れた体を伸ばして眠気と疲れを飛ばしていく。軽く体操をして骨を鳴らし、筋肉を目覚めさせた彼に、マシュと孔明もさて手伝いを続けるかと後についていく

 

 

 

が。その次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ、そこのお前ッ」

 

 

「えっ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。次の瞬間、彼が振り向いたと同時に顔面にめがけて一発の拳が撃ち込まれた。

その突然の攻撃に防ぐこともできなかった蒼夜は、そのままそこで意識を手放してしまった。どうしてマシュたちが反応しなかったのかと気にはなったが、兎も角彼の最後に見えた光景、それは

 

 

 

 

(………馬と………女…………リリィ?)

 

 

リリィのように鎧をまとった女騎士。それが馬に跨り、鉄拳をくらわせた。

そして後ろには同じような騎士たちと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑のオタク(伊丹)が居たような気がした。

 




後書き。と言う名の番外編。

感想欄での疑問答についての一斉(ではないけど)回答

・鯖たち弱すぎだろ。
 うん。確かに弱すぎた。けど、流石に無双しまくるのもどうにも面白くないと思ったので少し弱体化…したハズだったのがかなり弱くなってたので、次からは本来のステータスに近いものになるかな。

・FGOメンバー存在薄すぎ
 ですよねー!!?
…ってことで次からも頑張って存在感増やす所存……つーか…アレ。主役って彼らだよな…

・現代兵器なら屁でもないだろ
 まぁそうだけど…正直、現代兵器について神秘云々でどうしようかと思った。
兎も角「現代兵器? そんなの軽い軽い」って感じで「避けさせます」



「避けさせます」←ランサーを見て


・オリ鯖って出る?
 出ない…と思う。だって作るの面倒…もとい、コレジャナイ感で失敗しそうなんで…

・他の鯖orボンクラ作者が持ってない鯖が出るかどうか。
 持ってない鯖…出してもいいよね?


出してもいいよね!!!!!!(血涙で皆さんに突撃していく)


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チャプター2-3 「二つの世界 = 真夜中の反省会 =」

ちょっと早めだったりと原作無視が見え隠れしてますが、そこはご愛敬で…(汗

さてさて。遅ればせながらチャプター2の三話目です。
少し話が長くなる…とは思いますが、一応予定は変更せずです。
そんな今回は夜の出来事からまたぶたれる直前まで。
長めの話になりそうですが、そこは辛抱を…(汗


話は変わって、FGO、夏イベが終わりましたね。皆さん、成果はどうでしたか?
自分はそれなりの成果を出せました。
…最後の交換礼装、ラスト一枚とり逃しましたけど…
そして、お次はプリヤとのコラボ。クロがもらえるらしいですけど…
ステータス。見たよエミヤ。泣くなよ。体力はお前が勝ってるんだから。
ってなわけでこれからも頑張りましょう!


では、今回もお楽しみ下さいッ!!


 

 

事の経緯だけで言えば実に呆気ない話

そんな話は何処でも聞いたことがあるだろう

そう。ただ小さなイザコザがちょっとした話になり、やがてそれが話題になる。

物語を書く作者はそうした小さな話でさえも大きくしなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリカに蒼夜たちを残し、伊丹たちは先にアルヌスに帰還することとなった。

明日には日本で特地から何人か人を呼んでの審問会を開くためで、その対象として彼が連れ帰った三人の少女が選ばれた。

魔導師とエルフと神官。それぞれ職業が違うということで都合もよく、更に種族も異なっているのでこれ以上にない対象人物たちと言える。

そこでその彼女たちを預かってる伊丹に矢が刺さり、彼女たちと共に特地での暮らしや文化、出会いの一つである炎龍との戦いについてなどを質問したいと言っていたらしいが

 

 

 

「―――建て前だよなぁ…それって」

 

「ええ。どっからどう見ても建て前ですね」

 

ゴトゴトと揺れる車内で、助手席にいる伊丹は運転をする倉田にぼやいていた。というのも、審問会で何をするかと彼が訊ねた時に上司である檜垣は特地の暮らしなどについて、と答えていた。それは相違はないのだろう。

だが問題はもう一つあり、それがむしろ彼ら政府にとって本命だと言える。

 

「多分、暮らし云々については本当だけど、実際向こうは炎龍襲撃時の結果を批判したいだけ。狙いは自衛隊の予算くすねとることか?」

 

「無くはない話ですけど、それじゃあ今の状況なら完全誤りッス」

 

「だよなぁ…けど、向こうは意地でも通すだろうに。自衛隊の費用を獲れる、オマケに弱みを握れる絶好の機会」

 

「二次被害は知らぬ存ぜぬ。向こうにとっては美味しい話でしょうね」

 

 

炎龍襲撃時、少なくとも伊丹たちが護衛していたコダ村の住人に被害が出たのは事実。最低百数十人は黒焦げにされてしまった。その他、馬車からの転落や引かれたり、更に押しつぶされたりと死因は複数ある。

いくら自衛隊の装備を持っていたとしても、正直ドラゴン相手に余裕勝利が出来るなどと伊丹も始めから思ってはいなかった。

 

「炎龍の襲撃。正直アレは予想外だ。それに向こうは滞空能力を持ってるし、ブレスでの遠距離も応戦が出来た。それを小銃と機関砲二門でどう相手に出来た?」

 

「榴弾でやっと腕一本でしたからね。でも政治家にはそんなの言い訳っつーか。完全に逃れるための方便って取られて笑われるのが見えます」

 

「……蒼夜たちが居たから、まぁ被害は抑えられた。彼らが居なかったら、もっと被害は出てただろうからな」

 

第三偵察隊はそもそも、現地民との交流関係を築くことから目的として編成されていた隊だ。それをイキナリ、ドラゴン相手に倒して来いというのも、色々と無理がある。ゲームのようにダメージを与えられでも、それで一発即死という都合のいい話がある理由がない。

 

 

 

 

最新の装備だから。最新の兵器だから。

 

だから勝てるだろ?

 

そんな理由で果たして通じるだろうか。

 

 

 

「それを知らずに、向こうは被害が出たってことだけを追求する…んで自衛隊への費用削減を言い渡し―――」

 

「その費用削減が原因だっていうのに金をかけてないからだって言い訳をする…やってられませんね。そうなったら」

 

「全くだよ……ふあぁっ…あー…ねむてー…」

 

完徹していたお陰で、睡魔が今になって伊丹に襲い掛かってくる。大きくした欠伸は体内から生命力のようなものを抜け出させ、思考能力は少しずつだが低下していってしまう。そんな中で伊丹は、帰ったらやるべきことが残っていると必死に頭を起こしながら、帰路につく車に揺られていた。

 

 

「隊長、無理しなくても少し寝ててください。ただでさえ疲れることが続くんですから。寝れる時に寝ておかないと」

 

「つってもね…ここに来て道中・行く先々でトラブルが続くから寝るに寝れないよ…」

 

「…否定要素が全くないッスね」

 

少し長い帰路だというのに睡眠すらも難しい。これでは次に睡眠を取れるのはいつごろかと、長くなることは確実な一日に憂鬱さを感じていた彼は、まるで死体のように僅かに頭を動かしながら目の前の景色を眺めていた。

寝る事も出来ず、かといって起きている気力もない。もはやどうすることのできない状態に、思考は停止していた。

 

 

 

 

 

 

 

が。この直後。伊丹の願いである睡眠は、嫌でも叶う事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――少年の話をしよう。

 

 

 

ある街に一人の少年が居た。その少年はある小さな、ほんの些細な事件に巻き込まれてしまった。

旅行の旅先で好奇心に任せて、まだ見ぬ土地を走り出していた。抜き目もくれず、ただ目の前にある新しい景色に刺激され、足は進み止まることはない。

唯々。走り続けて、疲れた時に少年はやっと気づいたのだ。

 

ここがどこなのか。自分が今どこにいるのは全く分からなくなってしまったのだ。

頼りになる人も居ない。いや、そもそも言葉が通じるかさえも怪しい。

誰も居ない。漠然と広がる大地に、少年は虚しさと悲しさで涙を浮かべる。

親が何処か。一体ここは何処なのか。

遂に泣き出しながら、少年はまた歩き出してしまった。

その場に居た方が捜してもらえるとは思わなかったのだろうか。いや。逆にその場に居ては探せてもらえない。だから彼はせめて誰かいるところをと足を踏み出したのだ。

 

 

 

 

 

すると。泣き疲れてただただ足を動かしていた時に、少年は一人の男と出会った。

 

 

 

 

 

 

―――どうした。そんなに泣き疲れた顔をして

 

 

 

言葉が通じる。男は何気ない問いかけを少年に向けて言った。

少年は目蓋からまだ出続ける涙を拭きながら答えた。

親を探している。何処にいるのか分からない、と。

すると男は呆れてこうぼやいた。

 

 

 

――――それって、迷子ってことだよな

 

 

 

否定はできなかった。自分から始めたことだという自負があった少年には下を俯いて黙秘することしかできなかった。

子どもながら責任感はあるんだと思ったのか、男は小さく微笑むと、膝を曲げて少年と同じ目線に立つ。

 

 

 

―――――よし。なら探そう。俺も手伝う

 

 

 

疑う余地のない顔だった。それがその時少年にとって、どれだけの救いになっただろう。

迷いのないその言葉に、少年の顔には明るい笑顔が戻った。

それを見て、男はよし。と言って彼の親を探す。

すると。少年は何気ない、他意のない意思でこう尋ねた。

 

 

 

――――お兄ちゃん、名前なんていうの?

 

 

 

――――俺…? ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると。そこで少年の意識は突然途切れた。

まるでもう時間切れとばかりに暗くなった世界と共に彼の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと。意識が戻ってくる。夢の中にでも居たのか、気だるい感覚と共に神経からの感覚が伝わり、眠っていた意識などが次々と目覚めていく。

幽体離脱していたのか、合わさるような感覚とともに目の前が暗くなる。そして、神経から伝わり脳が再び動き出す。

眠っていたことで離れていた五感が、次第に動きを起こす。

聴覚は空気に触れた音を聞き入れ。触覚は全身に柔らかい柔軟さを伝える。

味覚は特になく強いていうなら口内にある唾液のぬめりだろう。

嗅覚は体内に溜まっていた空気を吐き出させ、外部の新しい空気を取り込む。

そして。最後に視覚である重くなった目蓋をゆっくりと開き、蒼夜は目を覚ました。

 

 

 

 

「――――――ここは?」

 

 

 

 

目を開けると、そこは。といった典型的な結果。そして状況だった。

そう。所謂、見慣れない天井。それが蒼夜の目の前に広がっていた。

あまりに典型的なことだからか、どうにもそこから先の言葉が出るに出させなかった蒼夜は口をそのままにしてしばらく固まってしまう。

さて、二言目はどうしようか。

起きたばかりだからか、まだ呑気な考えの状態である彼に、聞きなれた声が耳に入った。

 

 

「フォルマル家の屋敷だ。今は下手に動かない方が身のためだぞ」

 

「えっ…」

 

だがそれでも、声に釣られて上半身を起こした蒼夜は、声の主のほうへと体を向けると、そこには壁際に置かれた椅子に座る孔明の姿があった。

聞きなれた声と仲間の姿に安堵した蒼夜は思わず声を出そうとするが、その直後に彼の体、特に頬部に強烈な痛みが走る。

 

「キャスッ……!!」

 

「無理をするな。今までのが、一気に来たんだからな」

 

「今まで……」

 

「隠しても無駄だ。第五特異点までの傷と疲労。本当は完全ではないのだろ?」

 

鋭い一刺しのような言葉が蒼夜に向かい穿たれる。迷いのない孔明の言葉は確実に蒼夜とその内心をつかんでおり、逃がす気のない彼の態度と雰囲気に体を起こした蒼夜は苦笑する。

 

「………バレた?」

 

「加えて鬼ヶ島での無理な登山と丑御前との戦闘。前線指揮とはいえ無理しすぎだ

 ……骨。何本イッた(・・・)?」

 

孔明の問いにしばらく考える蒼夜の表情はどういうかと説明と言い訳を必死に考えている様子そのものだ。

というのも、孔明の問いの答えは未だ彼らにも明かしていない極秘事項のようなもの。それを知っているのはマシュとエミヤ、リリィを加えたごく少数しか知らない案件だ。

しかし場の空気からどうにも隠せないと判断して観念した彼は、言いにくい様子で硬くなっていた口を緩めた。

 

 

「………三本」

 

「嘘つけ。医療スキルを持ってなくても分かるぞ」

 

「……………六本」

 

「おまっ―――」

 

危うく素が出るところだったが、孔明はその直前で冷静さを取り戻して息を整える。

だがそのあまりの結果には予想外だったようで、それを深いため息で代用して彼の容体に頭を抱える。

 

「……お前。よくそれで鬼ヶ島から帰れたな」

 

「ま。今に始まった話でもないからな」

 

「…いつからだ?」

 

「え…?」

 

「その骨。何時から折れていた?」

 

 

 

 

 

 

―――蒼夜曰く。第五特異点の西武時代のアメリカの時に既に大半の怪我を負っていたらしい。あの場では治癒魔術によって完治はしていたが、どうにも完全に骨が治ったかと言われれば、どうにも原因は別の骨にあったらしい。

加えて、大して筋力トレーニングというものを日常的に行っていない事からの身体的な負担。そしてその疲労からの筋肉、骨へのダメージ。

これも大半はロマンたちによって治療されて文字通り問題なし。だったのだが。

 

 

「治癒魔術って言っても結局は傷を治すだけだ。さすがに体への負担はね」

 

「……で。それを今まで隠していたか?」

 

「五番目の特異点の後、直ぐに鬼ヶ島だったからね。さすがに集中治療する暇もなかったし…アイリさんに頼んで誤魔化してもらってた」

 

アイリことアイリスフィールは、元は人…というよりホムンクルスだが、現在はカルデアでサーヴァントの一人として活動している。

孔明と同じくキャスターのクラスである彼女は医療魔術を習得しているので治療に関しては並の医療スタッフやその手の魔術持ちと同じかそれ以上。なのでその魔術を行使することはなんら変でもない。

 

「といっても完全に隠せるわけでもなし…ある意味痛み止めのようなもので自分を騙してた訳なんだけど」

 

「痛覚への幻覚と疲労の抑制…薬でなくても無理をすれば廃人だぞ」

 

「うん。けど…流石に、そんな理由で降りられる話でもないからさ」

 

 

さらりと重い発言をする蒼夜に、孔明もそれについては深く追及することはできない。確かに、人理を守るために彼は今まで様々な時代、特異点を渡り歩いてきた。それが連続に続く連続ではないのは確かだが、その辛さと厳しさ。そして激しさは新たな特異点へと向かうごとに増していく。

そんな中で彼も常に万全にと体調には気を使っていたようだが、彼の様子からそれもかなり瀬戸際になっているようだ。

 

「…で。この事についてドクターは」

 

「知ってるよ。あくまで奥の手。最悪の場合って時に許可してくれるからさ。で、時間がある時に集中治療ってやるんだけど…」

 

 

 

 

今回は流石にここまでの間にそこまでの余裕がなかったのだろう。だから蒼夜の体は精神的に溜まっていた疲労感が今になって襲い掛かって来た。それには孔明もため息をついて呆れる他なかった。

 

 

「ところで……なんで俺、屋敷で…寝てたんだ?」

 

「……覚えてないのか?」

 

「…うん。殴られたことと……あ。リリィ!」

 

「その様子だと…まぁ仕方ないか。取りあえず事の経緯と君が殴られた理由。それと現状について話しておく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、蒼夜たちはイタリカにとどまっていた。

明日には自衛隊基地のアルヌスへと帰還するのだが、その前にこのトラブルが発生してしまったのだ。

 

そして。そのトラブルで起こってしまったこと。それは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何てことをしてくれたんだお前たちはぁぁぁぁ!!!!」

 

屋敷の応接間。そこでは一人玉座に座るピニャの怒号が響き渡り、彼女の行き場のない怒りは手に持っていたゴブレットを地面に叩きつけ、中にあった酒を盛大にぶちまけたほどだ。だが彼女の怒りなどの感情はその中にあった酒よりも多く、そして深い色濃いもの。

それには彼女の三人の騎士たちも思わず身を退いてしまった。

まさかあれだけでここまで怒りをあらわにするとは思いもしなかったのだ。

 

それもその筈。なにせ、結んだその日に協定違反を自分たちでするという最悪の事態かつ最速の違反をしてしまったのだ。

結んだ相手。自衛隊の第三偵察隊。伊丹をこれでもかというほどボコボコにして連れて来た瞬間。まさか半日でそれが終わってしまうとは思いもせず、ピニャは小一時間言葉を失ったほどだ。

 

 

 

 

 

「――――――――――――――!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

これでもかというほど沸き上がる怒りと絶望感に当てることのできない彼女はその場で地団駄を踏んで暴れるという王女という立場が霞むようなことをして怒りを発散させていた。

というのもそれだけで済むようなことではないので、彼女もどうするべきかと容量が越えた怒りに暴れた。

もし彼女が怪力のスキルでも持っているのなら応接間一室が完全に崩壊する勢いの怒りに、彼女の騎士たちはとりあえず主に落ち着いてもらいたいと声をかけた。

 

 

「お、落ち着いてくださいで―――」

 

「これが落ち着いてなどいられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」

 

もはや王女ということは関係ない。一人の人間として許容量を超えた怒りを発散させるためピニャは怒り、暴れ、そして叫んだ。

それが約五分ほど続くと、一先ずは落ち着いた彼女は盛大に椅子に座り込む。

 

 

 

 

アルヌスへの帰路についた伊丹たち。そこに偶然というべきか最悪のタイミングというべきか、彼女の私兵隊。ピニャ直属の部隊である薔薇騎士団が到着来たのだ。

しかも互いにすれ違うように同じ道に居たお陰で逃げることもできない彼らは、気まずい中で取りあえず事実だけを言った。が、それが不味かった。

事情や内情。そして実力を知ったピニャたちならいざ知らず、ただ帝国の敵であるという認識しかない彼女たちにとって、自衛隊は敵。倒すべき相手だ。

その彼らがイタリカから帰ること。イタリカに居たことなど疑問に思い、彼女たちは何処から来たのか。何処へ行くのかを訊ねる。当然、下手に誤魔化すことも出来ないので事実を述べたのだが、結果として彼女たちに敵としてみなされる。

そして仲裁に入った伊丹は殴られ貶され、最後には隊員たち全員を逃がしたが、自分一人はその場に残ったので、騎士団たち全員にこれでもかというほど殴り蹴られいじり回されたのだという。

 

 

伊丹は抵抗することも出来ず一方的に殴られ気絶。それで勝利に浮かれ、更には敵を捕まえたということでピニャが喜ぶと思った彼女たちは予定通りイタリカに入場。そこで後で説明することになるが、蒼夜たちも全員捕縛したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「は――――ははははははははははは………」

 

 

「で……殿下?」

 

 

「もう無理。もうオシマイだ。帝国はもうオシマイ。滅ぶわ」

 

支離滅裂な言葉を並べるが一貫しているのは帝国終了のお知らせぐらいか。

取りあえずピニャの底知れない絶望感に一体どうしてそうなるのかと疑問に思うが、理由を知らない騎士たちは必死に彼女のモチベーションを治そうする。

 

「お、落ち着いてください! こんなことで帝国が滅ぶ理由が―――」

 

「お前らは気楽でいいなぁ。そんなの滅ぶに決まってるだろ」

 

「えっ……ちょっ……殿下?」

 

「無理。絶対に無理。明日には帝国全土焼野原だわ。もう終わった。ラグナロクだ」

 

「最後あたり一体何言ってるのか分かりませんが……取り合えず落ち着いてください殿下ッ!!?」

 

 

 

しかし。結局彼女たち騎士ではどうにも立ち直らないということで、傍にいたハミルトンが一人頑張って気遣うことになり、その間にグレイが三人の騎士たちに事情などを説明することとなった。

 

「………。取りあえず説明する前に聞いておくが…殴ったのは誰だ」

 

若干あきれ顔のなかに疲労感を感じるため息を吐き出すグレイの言葉に、ピニャの騎士である三人は互いに目を合わせるが、一人だけその視線に痛々しさを感じるのか苦しい表情をする。

その様子に犯人を確信したグレイはため息をついた。

 

「…殴ったのはお前か。ヴィフィータ」

 

「あはははは…」

 

最早言い逃れはできない。紫髪の女騎士のヴィフィータは苦笑して場をごまかそうとするが、当然言い逃れも言い訳にもなるわけではないので、最後には折れた彼女が落胆して白状した。

 

「………ハイ」

 

「お前なぁ…」

 

「申し訳ない…」

 

「グレイ。彼女だけを責めないで下さい。私たちにも罪はあるのですから…」

 

流石に彼女だけに罪を着せることに罪悪感を感じていたのか、他二人の騎士も弁護を測る。金髪の縦ロールという、見るからに貴族系の見た目をするボーゼスと男性のような中性的な顔立ちの白髪のパナシュは、かばうように言うのだが、いざ話を聞くとかばうどころの話ではなかった。

 

 

「そもそも、殴ったというよりぶったのは私もなので…」

 

「伊丹殿を?」

 

「………ハイ」

 

と申し訳ない顔で言うボーゼス。そもそも食い掛かった彼女が伊丹の言葉を無視して殴るは抜刀するわとしたので、最後まで彼の話を聞かなかった彼女に非はある。

加えてパナシュも事情を聴かずに敵であると一方的に決めつけたので、武器を持ってない(厳密には握っていない)ことをいいことに降伏勧告をした。

結局のところ。彼女たち二人も十分協定違反どころか独断行動だったというわけでもあるのだ。

しかしだからといって三人同罪というわけでもない。

それがヴィフィータの話だ。

 

 

「………。で。お前はどうして殴ったんだ?」

 

「ええっと…実は……」

 

 

 

 

 

伊丹をボコボコにして捕獲後、イタリカに入った騎士団。そこで一人異様な服装をする者たち(蒼夜、マシュ、孔明)を見つけ、声を掛けたのだが、三人は会話中で特に蒼夜は気付いてなかったらしく、後ろから声をかけたヴィフィータを無視していた。

一応孔明が気付き、目を合わせたが「今話している最中だ」と目で語ってそのまま会話に戻ったので、しばらく待つことにした。だがどうにも終わりそうになく、しかも何を言っているか分からない。

遂には怒りの沸点を振り切ったということで

 

 

 

 

 

 

 

「……彼女が後ろから君に声をかけて」

 

「鉄拳一発と……」

 

「言っとくが、悪いのは君だぞ。マスター」

 

「………ゴメンナサイ」

 

この場合、殴ったヴィフィータも悪いが、その前に声を掛けたのに聞こえてなかった蒼夜も当然悪い。というよりも彼が気付いて振り向いていれば多少マシな結末になっていたはずだ。

 

「お陰で我々全員、屋敷に幽閉状態だからな」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

「………。なるほどな…」

 

「本当にすみませんでしたぁ!?!!!」

 

もうどうすればいいか分からない彼女たちはとりあえず独断行動の謝罪として頭を下げるが、彼女たちの常識であればそれだけで済む話でもない。

だが相手は文化や価値観の違う者たち。それを踏まえてだと、また結果も多少違ってくる。

 

 

「―――――結んだその日に協定違反とは…」

 

「今回の場合は仕方がありませんな。何せ彼女たちはまだ協定について知らなかった」

 

「が。普通可笑しいと思うだろ。敵の軍勢の後ろで町が滅んでないのだ」

 

「それだけで状況全てを察しろというのも無茶な話です。殿下」

 

取りあえずは立ち直り、椅子に座ったピニャは頭を抱えて姿勢を曲げる。

グレイの言葉も分からなくもないと言うが、結果だけを見るとピニャたちが一方的に違反したことになる。特に騎士団は彼女の私兵部隊。であれば最終的な責任はその元締めである彼女だ。

 

 

「……グレイ。このまま向こうは戦争を仕掛けてくると思うか?」

 

「帝国でしたら仕掛けるでしょう。ですが相手は自衛隊、異世界の軍勢でその思想、価値観は我々とは異なっている。

 加えて、彼らの第一原則というべき主義…」

 

「人道的…か。ま、状況だけで言えばそれも破ったことになるが」

 

人道的。つまり人として扱う事。

更に民主的な考えである彼らのことを考えると、それだけで戦争に持っていくとは考えにくい。それはピニャもグレイも同意見だ。

 

「それでも幸い死人が出なかったのです。今なら謝罪だけで事が済む筈」

 

「………妾に頭を下げろというか。騎士グレイ」

 

「そ、そうです。いくらなんでもそれだけで殿下が頭を下げるなど…」

 

「騎士ボーゼス。本来なら重罪にもなりかねないことを殿下が謝罪するだけで済むというのだ。それが、向こうがどれだけ良心的か…分かるか?」

 

「………ッ」

 

「加えて、殿下もご覧になったハズです。自衛隊…彼らの力を。アレに対して、殿下は勝てるとお思いで?」

 

もし自分たちが悪くない、といって返せばそれだけで両国の関係は悪化する。そしてその場合には戦端が開かれ、確実に帝国は滅亡するだろう。

だか、今ならそれを謝罪と彼女が頭を下げるだけでなかったことにも出来る筈。可能性の話ではあるが、確率としてはそれで済むかもしれない。それはその場にいる誰よりもピニャが良く知っている。

力も、思想も。何もかもが違う者たちにたったそれだけで無かった事にできるのだ。

であれば、苦渋といえど答えは決まっている。

 

 

「……………それしかない、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ところでキャスター。他のみんなは?」

 

「…取り合えず全員無事、とだけ言っておこう。だが全員バラバラだ」

 

現在、部屋には蒼夜と孔明の二人だけしかいない。その他のサーヴァントたち、何より一緒に居たハズのマシュが居ない事に気付いた蒼夜は、彼から知っている限りの状況説明とサーヴァントたちの居場所を教えてもらえた。

孔明はあの場で両手を上げて降伏をしたからか、捕まることはなく口八丁で上手くマスターである彼といっしょに居て様子を見ることができた。

しかし残り町の各地に散らばっていたサーヴァントたちはマスターが気絶して指揮系統を失ったということで命令待ちになって全員拘束されてしまった。

 

アーチャー、ランサー、ライダーはその場で抵抗しようにもマスターの許可がないので逃げることもできず、かといって応戦もできない。孔明から彼が気絶したということで撤退を提案されたが、エミヤはマスターが心配ということで自分から降伏。ランサーは一人逃げようとしたが、ナンパ目的で留まった。

そしてライダーはピニャの行動が見たいということで孔明に仕掛けを頼んですんなりと降伏を受け入れた。

また清姫は女性ということで別室に居るらしく、そこにはマシュもいる。

 

 

「…リリィとアサシンは?」

 

「二人は墓地に居たからな。辛うじて逃げられたらしい」

 

「………そっか」

 

二人の無事と全員が手を出さなかったということで一安心した蒼夜は、とりあえず全員に無事であることを伝えるため、魔力による念話をサーヴァント全員に飛ばした。

 

「全員無事か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――おお。やっと起きたか坊主」

 

薄暗い地下牢の中、堂々と石製の地面に座っていたライダーは頭に響いた彼の声に反応した。

 

『ライダー。他のみんな…アーチャーとランサーは?』

 

「ここに居るぞ。二人とも、お前の指示を待っておるわい」

 

ライダーが顔を上げて目の前で待機している二人の様子を見ると、聞こえているよという様な顔で目を合わせていた。

ランサーは昼寝でもするように壁にもたれかかっており、その対面にはアーチャーが壁に寄りかかっている。サーヴァントということで大して疲れもしていないが、あまりに長い待機命令だったのでランサーはやっとか、とぼやいていた。

 

「随分長く寝てたなぁ坊主。そのまま寝ちまったかと思ったぜ」

 

『ゴメンランサー。けど本当は逃げててもよかったんだけど…』

 

「ああ。そこは気にすんな。俺が自分で残るって決めたんだからな」

 

『……どういうこと?』

 

ランサーの意図が読めないということで念話越しに首を傾げるが、直後に笑ったような彼の声が返って来た。

 

「いやな。女の騎士っつーことで華奢な嬢ちゃんばかりかって思ったけど、思いのほかいい面してるヤツが居たんでな。思わず残っちまった」

 

「セクハラする気満々だったという訳だよ、マスター」

 

強気な女は好みだ、と以前ランサー本人から聞いたことがあったなと会話越しに昔の記憶を思い出した蒼夜は、それが理由なのだろうかと、向こう側で険悪なムードになっているだろう向こう側のランサーとアーチャーの様子を想像しつつ、この後をどうするかを考えつつ一先ずは彼ら三人に対して指示を出した。

 

『…取り合えず、三人とも無事なら霊体化してコッチと合流してくれ。もちろん、変なことは起こすなよ。ただでさえ、今のイタリカは緊張感が高まってる時なんだから』

 

「了解した。こちらは君の魔力を辿って其方と合流する、が彼女たちはどうする?」

 

『マシュと清姫には俺から連絡しておく。けどマシュは霊体化できない筈だから、向こうの姫様が許可してくれない限り、二人とも動けないだろうし』

 

「―――それもそうだな。今は合流を優先する」

 

 

マシュが動けないのは確かだが、それは裏を返せば彼女たちの周りでトラブルが起こらない限りは安全であるということだ。冷静な性格のマシュならそこまで無謀なことは起こさないだろう、後で蒼夜が連絡を入れるのであればなおさら動くこともない。

蒼夜の指示と行動に納得したアーチャーがそういって念話を終えると、他の二人を含めたサーヴァント三人は一斉に霊体化し、薄暗い牢の中から姿を消した。サーヴァントの持つ霊体化能力。それによって物理的なものは何一つ意味も成さない、ある種の本当の霊だからだ。

 

 

 

 

 

「よし。これでアーチャーたちはこっちに来るだろうから。あとは…」

 

ある種の問題児。それをどう宥めるかと、蒼夜は考えつつその悩みの種たる彼女へと念話を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そうですか……ご無事で何よりです、先輩」

 

『ゴメン、二人とも。心配かけちゃって…』

 

 

地下牢に入れられていた男たち三人とは違い、マシュと清姫は女性ということもあってか屋敷の一室に軟禁されていた。どうやらマシュ達は女性ということや非戦闘員だと思われていたらしく、特に降伏を命令されることもなかったが、反面半ば強制的に部屋に押し込まれた。

夜だというのに、部屋の中は比較的明るく、なぜだろうと思って時間を潰していたマシュ。軟禁ということで、そこまで理不尽さや不自由さはなかったが、二人ともマスターである蒼夜のことを心配し、気にかけていた。

二人はソファに腰かけてしばらく黙り込んでいたが、彼からの連絡に反応して声を出すと、部屋の外で警備をしていた騎士たちもやっと声が聞こえたと胸を撫で下ろしていた。中であまりに静かな様子だったので心配していたらしい。

 

 

「いえ、先輩が無事で安心しました」

 

『二人とも今どこに?』

 

「フォルマル家の屋敷、その一室に軟禁されています。どうやら私たちは女性ということで、ある程度は扱いもよかったといいますか…」

 

『アーチャーたちが地下牢だからね…女性を無理に牢屋に押し込めるのも、この世界の人としての倫理観に反するんだろう』

 

価値観が中世時代的な特地の考えだと、恐らく男尊女卑的な社会なのだろうと予想するが、だからといって全て男性優位かと言われればそうではない筈だ。女性という人種に対し社会的地位はなくても、代わりに女性として、人としての扱いは男性よりも上。特に組織的に余裕のある帝国であれば、女性への対応も男性よりは数段上だろう。現に、伊丹に対しては容赦ない攻撃をしたのだ。

 

「なるほど…つまり女性に対しては…」

 

『基本、帝国は丁重に扱う。…いや、そもそも国単位でだったり、国っていう社会の中にある組織ならば当然のことかもしれない』

 

「社会的な常識…というやつですね。だから私と清姫さんは丁重に…とは言いにくいですけど、扱いが良かったと」

 

 

 

加えて、清姫の服装は異国のものであったとしても、質がいいというのは見て分かるもの。なので、彼女の姿を見て「どこかの貴族の出なのでは?」と思い、彼女たちへの対応を買えたとも考えられる。なお、清姫は名と見た目通り裕福な家庭の出なので、その姿と性格(一部を除く)に誤りはない。

 

『だろうな。清姫は実際、当時としてはそこそこ名のある家の出だったから振る舞いも貴族と似たような物のハズだ。だから―――』

 

「私たちだけは扱いをよくしてくれた………というわけですね。旦那様?」

 

『げっ…』

 

声からして分かる気配。その言葉に、蒼夜は背筋を凍らせて体温が下がるのを肌で感じる。そして、露骨に嫌な顔をして、向こう側から聞こえる声の主とその表情に思わず声を出してしまう。

 

 

 

 

―――恐らく。彼の現状を聞いて、物理的にも、精神的にも怒りを溜めているサーヴァント。

 

 

 

 

伝説に出てくる修行僧の末裔ではないのに、絶対に彼の子孫、ないし転生体だと信じてしまっている者。当然、クラスは狂い狂ったバーサーカー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。旦那様の無事が確認できたということで…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃やしましょう。この国」

 

 

帝国の焼却(・・)数秒前の発言に、蒼夜は残り二画の令呪を使用するしかないと、清姫の言葉に思わず右手を握った。

狂戦士というより彼女の自分への異常な愛から絶対にそれを一人でしかねないと思った彼は、清姫がそれを実行しようとした時に令呪を使い、何としてでも阻止せねばと、まるで世界を滅ぼす鍵を握ってしまった青年のように、息をのんで覚悟を決めた。

 

「―――――――。」

 

「………全く。相変わらず危険な子だな」

 

「令呪…使うかな」

 

「一日経つまで待てよ。もう直ぐ日をまたぐだろうからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特地の夜は現代の世界などと違い、かなり幻想的な光景が広がっている。

夜の大地から小さな光があふれ出し、ゆらりゆらりと揺れて天へと昇っていく。

話では大地などからあふれるマナの光だと言うが、そのお陰で夜だというのに懐中電灯の類は全く必要がない。小さな明かり程度だが、互いの顔と服装の大半を見る事が出来るのだ。

 

 

 

「………隊長。ぽっくり死んでないかな」

 

「大変です、富田さん。栗林のヤツが隊長殺してます、っていうか殺そうとしてます」

 

薄い紫の光の中、地面に伏せて双眼鏡を持っていた栗林が本心九割の本音を暴露し、それを聞いていた倉田が間髪を置かずに隣に居た富田に言った。もはや隊長である伊丹のことを生死関係なくほっておこうとでもしようとしている彼女の目に迷いはなく、大方今までのことからこれで死んでくれれば清々する、とでも思っていたのだろう。が、そこは流石にマズイので、できれば現状では隊長は生きていてほしいと願っていた。

何せ、それで後々面倒なことになるのは確定なので、彼一人でその尻ぬぐいなどを自衛隊全員でやらされるのはゴメンだからだ。

 

「栗林。お前、そんなこと言ったら後でおやっさんにどやされるぞ」

 

「あの人でなくても何かヤバイと思うので、全員聞かなかった事にして下さい」

 

「いや、流石にそれは…」

 

 

 

 

―――斯くして。日をまたぎつつあった夜の中で、第三偵察隊と+アルファの面々は、次第に明かりが消えていくイタリカを見つめ、進入の機会を窺っていた。

というのも、原因は当然伊丹にあった。

 

 

 

偶然にも遭遇してしまった第三偵察隊と薔薇騎士団。双方の誤解などから生じた問題により、騎士団たちによって捕まりかけた彼らだが、隊長である伊丹が結果として自分の身を挺したことで、他の隊員たち全員をその場から逃がすことに成功。ただし、当人の安全が保障されていたかというのは言うまでもない。

斯くして残る隊員たちは全員無事だったが、隊長なしでは色々と立ち行かないということで、出戻りのようにイタリカに戻った彼らは、夜半を待って囚われているだろう隊長、伊丹の奪還を計画した。

が。これが協定違反であることは向こう側の元締めであるピニャが一番知っており、彼女の逆鱗と共に胃に穴が開く思いで、この事態をどうするかと考えていた。

考えが食い違っているので、最悪衝突は免れない。が、それでも自衛隊は隊長奪還のためにこうしてイタリカが見える小高い丘に陣取っていた。

 

 

「にしても…本当に隊長、大丈夫か心配だな」

 

「大丈夫ですよ。隊長なら。それに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ……マスタぁぁぁぁぁ……」

 

 

 

「…そういえば、彼女たちのマスター…蒼夜、だったかな。彼も無事なの…か?」

 

「流石にあの年の青年をいたぶるほど、騎士団も横暴ではないでしょうに。それに、万が一死なせれば、それで制裁されても不思議でもなし」

 

「協定違反で向こうはこっちが報復してくるって思うだろうな」

 

伊丹奪還のために丘に陣取った第三偵察隊。そこには彼らだけでなくサーヴァントのリリィとアサシンの二人も居た。

というのも、墓地に居て偶然イタリカ内部に居なかった彼女たちは、幸いにも逃げれる場所にいたということから、現場にいたマシュから一旦外に退避してくれ、と頼まれる。しかし当然リリィはそれに反発してマスターを助けるのであれば、自分も捕まると言い、頼みを断ろうとしていた。

が、孔明曰く、外の状況を確認できる者を配置しておきたい。またリリィの姿から色々と誤解を受ける可能性もある、という理由からアサシンだけでなくリリィのような人物も必要だと言われ、断ることもできなくなった彼女は苦渋の決断でそれを受け入れた。

リリィもアサシンも蒼夜の奪還を考え行動しようとしていたが、相手が相手で迂闊に手を出せば関係の悪化や立場が危ぶまれる。そうなれば彼らの立場が悪くなって、聖杯どころの話ではなくなってしまう。最悪、日本と帝国の両国を相手に戦わなければならなくなるのだ。

なので蒼夜を助けるのは、場が整っているか、マシュたちが中から助けるかこの二つに賭けるしかないとして、こうして偶然の合流から共に町の様子を眺めていた。

 

 

 

「リリィ、大丈夫か」

 

「うう…大丈夫です。けど…マスターが心配です…」

 

どうして泣いているのか分からないレレイは、気にかけて言葉を投げかける。リリィもバイタル的には問題ないのだが、マスターのことが心配なのと自分が何もできずに離れてしまったことなど色々と負い目を感じていたらしい。

 

「案ずるな、白のセイバー。魔術師殿は無事だ。そうでなければ我らに異変がある筈。我らに何の異常もないということは、あの方は息災だということだ」

 

「うっ……アサシンさん…」

 

「今は中に居る者たちを信じよ。我らはそれまでに機会を窺うまで」

 

 

 

「………アレって本当に日本の戦士なの?」

 

「いや…流石にウチの…っていうか日本にはあんな髑髏は居ない筈ですよ…」

 

あんな奴が居てたまるかと言わんばかりに応える倉田は、アサシンに指をさして訊ねたロゥリィに対し速攻で答えた。

見た目からして不気味なヤツを自衛隊が置く理由がない。加えて、彼のような潜入や隠密行動が出来る部隊は自衛隊の中には存在するだろうし、装備だってあんな古風かつ中東的なものではない、と。

 

「そういえば、いつの間にか増えてたな。あの髑髏」

 

「ええ。最初は帝国の刺客か何かって思いましたけど…」

 

リリィの口添えもあって、彼が敵でないことはとりあえず信用した一同。なにせ、見た目が見た目で、しかも雰囲気から易々と受け入れられるようなものではなかったのだ。

アサシンも自分の姿からとても受け入れられるとは思ってなかったので、口数を最低限にした仕事人モードで居たが、一緒に居たのがリリィでよかったと内心では思っていた。

彼こと、ハサン・サッバーハは暗殺者。狂信的な者たちの中の頭領として選ばれ、顔と名前を棄てた者たちだ。

そして、アサシンの語源そのものであれば、いよいよその雰囲気を纏う者としての威厳というのが出来てくる。

 

 

「まぁ…裏切るって雰囲気でもないですし、あの子といっしょなんで味方である、とだけ思ってますけど…」

 

やはり今までの面子と違って、明らかに敵の暗殺者という雰囲気の姿をしているので、信用できないと思えてしまう。

だが、実際は仕事と私情を分けるタイプなので、プライベートであればかなりフレンドリーなサーヴァントだ。

 

「取り合えず、彼が敵ではないってことだけは確かなんだから、それだけを知っておけば十分だろう」

 

「なんスかねぇ…」

 

斯くにも未だアサシンの存在に慣れない彼らは、時折アサシンの方を見つつ双眼鏡でイタリカの様子を窺っていた。

 

「…時刻はそろそろ日をまたぐか。警備も甘くなる時間だな」

 

「隊長、無事なんでしょうかね」

 

「さぁ…だが、生きているのは確実だ」

 

ふと、富田の言葉に疑問を感じた栗林は純粋に不思議がるように彼らに訊ねた。いくら自衛隊員だからといって、絶対に生きているとは言い切れない。もしかしたら瀕死程度にはなっているかもしれないとあることない事、本心を交えていた。

 

「なんで生きてるって言いきれるの? 瀕死程度じゃないけど、それくらい重傷にはなってると私は思うけど」

 

 

「まぁ普通ならな。けど、隊長は一応レンジャー(・・・・・)持ちだし」

 

「そうそう。変にあの人、スタミナあるんだよなぁ」

 

「取り合えず、下手に動かせないって位の怪我にはなってないだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――え?」

 

「………うん?」

 

「どうかした?」

 

 

「―――――今。なんて言った?」

 

「え。あの人、変にスタミナあるから大丈夫って―――」

 

「その前。アンタじゃなくて」

 

「………あー…」

 

 

 

「隊長。ああ見えてレンジャー持ちだからな」

 

 

 

直後。その言葉を聞いた栗林は、無言のまま表情を固めて前に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は再びフォルマル家の屋敷内。その応接間では立ち直ったピニャが玉座に座り、とりあえずはとグレイに指示を出していた。

怪我をした蒼夜と伊丹は現在、それぞれ別室で療養しており、マシュ達二人も更に別室に軟禁されている。そしてサーヴァント三人はそこから地下の牢屋に入れられているという完全に敵対行動ともとれる行為をどうにかして早目に解消しようとしていた。

 

「取り合えず、地下牢の三人を開放して、あの青年…蒼夜、といったか。彼のもとに。少女たちは地下の三人を出してから、軟禁を解いてやれ」

 

「承知しました。伊丹殿についてはどうしますか?」

 

「……当人はしばらく動けない。なにせ相当痛めつけたようだからな。それに、彼は部下たちを全員逃がしたんだ。ボーゼスたちからの話を聞くに、恐らく向こうは彼を救うために、もう一度イタリカに戻ってくる。なら…」

 

「今度は丁重に…ですね。ですがもし向こうがこっちに敵対意思があると認識されてしまったら…」

 

「そこは気にするな。既に手は打ってある」

 

伊丹の方については既にある程度、誤解を解けるようにと手を打ったというピニャに、手早いものだな、と感心するグレイ。実際は彼女の内心で帝国が滅ぼされると脅迫概念に突き動かされての手腕なのだが、それを知ることは出来ない。

兎も角、もしこれを理由に戦端を開かれれば絶対に帝国は滅んでしまう。それだけは確実だと言い切れることから、ピニャも慎重かつ打てる手は全てうつといった構えだ。

帝国と日本の軍事力は総兵力としては圧倒的に帝国が有利だが、自衛隊、ひいては日本にはそれを余裕で覆せるだけの軍事力と兵器がある。

技術、戦術、戦略。どれをとっても特地では最強である帝国が足元にすら及ばない。いくら大規模の兵力を投入しようと。いくら武器を投じようと、結果は変わらなかった。

 

 

「それと。あの三馬鹿をここに呼ぶように。今回の一件。その処遇を言い渡す」

 

「なるべく罪は重すぎないようにしてあげませんと。今回のは情状酌量の余地はあるのですから」

 

「分かっておる。だが…それでも協定違反であることに変わりはない。相応の罰は受けてもらわねばな」

 

協定違反は重罪だ。それが事情を知っていようとなかろうと、それがどちらの世界でも常識の話であることに違いはないのだ。たとえ、協定について知らなくても一方的に相手をいたぶった、というのも含めれば、今回の騎士団主要メンバーへの処遇はそこそこ重い物になる。

そこでもし軽い罪で済ませたのであれば、その瞬間ピニャの指揮官としての資質は無きに等しくなってしまう。

 

「最悪。アイツらには体で払ってもらわねば…」

 

「仮にも貴族の出ですぞ…そんなこと…」

 

「何。ボーゼスの家はなり上がりの家でもなし、そこら辺は仕込まれてるハズだ。今回の一件、出方次第ではそうなる、と言っただけだ」

 

「………なんと」

 

 

容認しがたいことを聞き、表情を硬くするグレイに、ピニャは横目で彼の様子を見ると地面へと俯く。正直、彼女もそんなことを言いたくはないのだが、今回の一件で違反よりも相手を一方的に傷つけたということに、自信への負い目を感じていたので、その決断もしなければならないと思ってしまっていた。

それが、ピニャたちの世界では当然のこと。謝罪として、贖罪としてまだ軽い方だと言われていた。

が、それを言い渡すことに抵抗感がないと言われれば、それは彼女が怒りで反発するだろう。

 

 

(すまんな。ボーゼス。だが…)

 

 

 

 

 

「たっ……大変ですッ!!」

 

刹那。突如、扉のほうから大きな声と共にハミルトンが勢いよく扉を開いて姿を現した。よほどのことなのか、肩で息をする彼女は、今にも倒れてしまいそうな様子で呼吸する。

 

「どうした、ハミルトン。そんなに急いで」

 

「敵襲か?」

 

「い、いえ………実は……」

 

ようやく呼吸を整え、口の中を下で舐め回し滑舌をよくしたハミルトンは、そうまでして伝えなくてはならない急ぎの伝令をピニャたちに伝えた。

 

 

 

「ち、地下牢の三人が居なくなってますッ!!?」

 

「なっ…」

 

「脱獄したというのか!?」

 

「はい。しかも表の警備にあたっていた騎士たちも、彼らが抜け出したことに気付かなかったと…」

 

突然の彼らの脱獄に驚く、そして開いた口が塞がらないピニャとグレイは一体どうやって脱獄したのかと、恐れるようにその可能性をはじき出す。が、警備に抜かりはなく、しかも出口は騎士たちが守っていた場所のみ。それなのにどうやって彼女たちに気付かずに脱獄できたのか、と未だに信じられない。

 

「警備していた騎士たちは」

 

「ハッ…私が行った時に気付いたらしく…」

 

「そうではない! 魔法か何かの類を受けてないのかと聞いているッ!!」

 

「い、いえ…私が見た限りは…」

 

歯切れが悪いが、恐らくハミルトンはいいえと答えたいのだろう。それが伝わって、唇を強く締めたピニャは、直ぐに冷静さを取り戻したグレイから可能性の話を出される。

 

「―――まさか、彼らが…?」

 

「あり得ん…警備のほうも報告が来てないのだぞ」

 

「ええ。ですから…」

 

「警備のものがやられた、か? だとしても、ちょっとした騒ぎになる筈だ」

 

仮に警備の騎士たちを倒して脱走したにしても直ぐに気付くことだ。

特に地下牢には今回の戦闘での捕虜も居るので、警備は厳重だった。仮に脱走出来たにしても他の場所を警備していた誰かが気づくハズだ。

加えて、その脱走方法はあまりに信じられないものだとすれば、彼女たちの考えでは到底追いつくことができない。

 

「加えて…警備の騎士たちが気付けず、中はまるで誰もいなかったかのようにもぬけの殻で…」

 

「…彼らだけが居なくなっていたと?」

 

「信じられませんが…」

 

実際は霊体化して壁をすり抜けていったのだが、未だ彼らがサーヴァント、霊体の類であることを知らない彼女たちは、人間であることを前提として考えてしまう。つまり、彼女たちにとって人間である彼らが、あの場を痕跡もなく逃げ出すことはできない。そんなことは魔導師や幽霊の類でない限りは到底不可能だ。

まるで、今まで捕らえていた者たちが全て虚像だったかのように否定されたことに、信じる事が出来ないピニャは頭を抱えるが、今はそんなことを言ってる場合ではないと冷静な部分から指摘を受ける。

 

 

「…クソッ。皆に捜索させろ。そう遠くには行けない筈だ」

 

「分かりました」

 

「それとグレイ」

 

今は信じられることだけを優先する。ハミルトンに捜索の指示を出し、予定通りに他のことを行うピニャ。消えたことに驚いてはいるが、今はその理由よりも事実だけを受け止めるべきだ。

 

「彼女たちの移動は予定通り行え。兎も角今は出来ることを先決する」

 

「了解しました」

 

確かに彼らが消えたことは驚いたが、だからといって他のことに支障をきたすわけでもない。今は出来ることを優先させると、焦りが逆転して冷静さとなっている彼女は二人に命令する。

が、そこへ一人の来訪者が姿を現した。

 

 

 

 

「―――――ほう。随分と冷静ではないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――そろそろ、いい時間だな」

 

「行きますか。隊長助けに」

 

 

丘に陣取っていた第三偵察隊の面々は、夜の時間も良い頃合いだと見て、ゆっくりと立ち上がる。寝静まった時間、警備の民兵たちも睡魔に襲われる時だ。

攻防戦での疲れなどもあり、普通の一般人からなる民兵なら体内の時間からそろそろ休眠の時間だ。眠る時間に無理やり頭を起こしているのだから、彼らは今頃睡魔と戦っているだろう。

例外として騎士たちはこんなことで警備を怠るワケもない筈だが、そこはそこで彼らもしっかりと対策を立てている。

あとは突発的なアクシデントが無い限りは、作戦上問題はない。

 

 

斯くして。隊長、伊丹の奪還のため第三偵察隊を主軸としたメンバーは、再びイタリカへと戻っていく。

そこには彼らだけでなく、特地で出会った三人の少女たち。そしてリリィとアサシンも居る。

願わくば、何事もなく終わってほしいのだが

 

 

 

 

 

 

 

―――そうはいかないのが世の常らしい。

 




後書きと言う名の雑談。

未だに主人公たちの素性が分からないですよね…
一応、幕間では牛若丸に話しているようですけど、どういう人生っていうかどうなってるんでしょうね、あの二人。


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チャプター2-4 「二つの世界 = 真夜中の方針会議 =」

遅れました最新話です…

が、イマイチモチベーションが上がらず書ける時間も少ないので今回は少な目になっています。
あと一話ほどでチャプター3として日本での話に突入する…と思いたいです

また誤字とかがあると思いますので、よろしくお願いします(汗


サーヴァントは、使い魔の中で最高位に位置する存在だ。

過去の英雄、名将たちが現代に召喚され、魔術師と共に戦う。いや、代わりに戦わせる最強の兵器と言ってもいいだろう。

そのサーヴァントたちには、一部の例外を除きある特性が備わっている。

英霊、つまり霊の類であれば誰もが持っている『霊体化』の能力だ。

この霊体化の能力は一見ただの姿を消すだけの能力だが、その能力だからこそ実体化時には出来ないことができる。

そもそもサーヴァントは決まって聖杯戦争で呼び出されるので霊体化をすれば人間に視認されることはない。それはマスターも同様だが、基本その時はマスターに随伴しているのがほとんどだ。これによって夜間や撤退時には他人や相手に見つかりにくいという長所がある。

また、霊体になることで物理的な物などによる防御がほぼ無意味になる。これは分かりやすく言うと閉じられたドアを開けられない時には霊体化することで通過が可能になり、更に手錠を掛けられていても同じく消えれば手錠は外されると同じく落ちていく。

この能力を使い、サーヴァントとマスターは聖杯戦争を上手く勝ち抜くことも重要なポイントだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶にはこういう休暇も悪くはあるまい。痛覚抑制の処置を施されてるとはいえ、君の体は今ガタがきているんだからな」

 

と皮肉をいう様な挑発的な態度で言うエミヤに、蒼夜は返す言葉もないのか目を逸らしてふくれっ面で小さくぼやいた。

それが精々の彼の反抗だからだ。

 

「はいはい…大人しくさせてもらいましたよ」

 

「……やれやれ」

 

一応は気遣ったつもりだが、言い方に皮肉の色が強かったせいでいじけた様になる蒼夜に、アーチャーは悪気があったのと共に反抗的な返しに強情さを感じて呆れていた。それはキャスターこと孔明も同じで、子どものような態度を取らなくてもいいのではないかと内心頭を抱えていた。

 

「意地を張るのはいいが、だからといって無理をするなと言っている。君は人類史最後のマスターなんだ。その君が無理をして潰れてしまっては人類史の未来どころではないのだぞ」

 

「………。」

 

人類史最後のマスター。蒼夜たちの世界では既に先の未来が焼失してしまい、人という種が根絶やしになってしまっている。残された時間、そして人類。カルデアはその未来を救うために過去へとレイシフトして特異点を修正する。

それは、蒼夜たちの時代、時間ではもはや彼自身しかできないことだ。代え(・・)のマスターは居ない。居るのはその運命を受け入れて戦い続けている自分だけだ。

 

「マスターとして、先陣を切ることに異論を唱える気はない。もう慣れたことだからな。だが、だからといって、君の代わりが居るわけではないんだ。命であれ何であれ、君が死ねば全てが終わる。人類史だけではない。これまでの努力、全てもだ」

 

「それは…」

 

「だからこそ、君には常に最善の状態でなければならない。どんな時でも、如何なる場合でもだ。それを君は受け入れたはずだ、マスター」

 

駄目押しの孔明からの言葉に押し黙るのは、それを当人自身が一番身に染みて理解しているから。カルデアの設備も電力も、殆どがその為に割かれているのは当然だが、更に彼のメンタル、バイタルを確認するためのことや体調管理なども徹底している。

全ては彼を万全の状態にして任務を遂行させ、成功させるためだ。

 

「…説教じみた言い方になったが、君に無理をしてほしくはない。マスターとして、君には生き残ってもらいたいこともあるが、私たちとは違い君は人間なんだ。マスターだからといって、誰も君に私たち以上の結果を求めているわけではない。君には君にしかできない事がある。私たちはそれを導き出せるためにサポートをしていることを忘れないでくれ」

 

「……それってつまりもう少し努力しろっていう遠回しの言い方だよね、孔明?」

 

「………。」

 

「そこは否定してほしかったな、エルメロイⅡ世」

 

答えることのない孔明に対し、アーチャーと蒼夜は無言のまま目だけを逸らして葉巻を吸い始めたので、これには説教のようなことを言われていた蒼夜も態度を変えたことに不満でしかなかった。言いたい事だけを言って図星を突かれて目線を逸らされたのでは蒼夜も令呪を使わざる―――

 

「…使うなよ?」

 

「………チッ」

 

あからさまに使おうとしていた蒼夜に、軽い怒りを覚えた孔明はそれ以上に勝っていた呆れのお陰でそれ以上は怒りを爆発させることはなく話題をそこで一旦区切りにした。

そして、一拍ついた蒼夜は話題を変えて別の話を持ち出した。

 

「ところでアーチャー。ランサーとライダーは?」

 

あの男(ランサー)は外に出た。外に居るセイバーたちの誘導灯替わりだな。ライダーは知らんが、征服王のことだ。大方の行く場所は限られているだろう」

 

「ピニャさんのところか…」

 

ライダーもかなり自分勝手な性格だが、だからと言ってマスターを放り出して東へ西へと行くほど身勝手ではない。一応、マスターへの信頼はあるので、負傷した蒼夜がイタリカにいる間は町から出ていくことはない。なので、ライダーが行く場所はそこぐらいだとアーチャーでも分かり、蒼夜も納得がいった。

王として未来の国を背負う彼女の姿に、興味が湧いたらしい。

 

「…随分と征服王はご執心だな。彼女に」

 

「一国の姫だからな。いずれは国を背負う身ってことで親近感を感じているんだろう。それに、統率者としてもそこそこ買ってはいたから、興味本位で見てみたいというのが本音だな。アイツは王という存在にはかなり五月蠅い。それに王という存在に誇りを持っている」

 

「へぇ…」

 

かつて騎士王たちと共に剣を交えたからか、それとも生前から『王』というものに何か強い信念のようなものを持っていたからか、ライダーの『王』に対しての意気込みは曲がることも揺らぐこともなかった。

民を率い、民を導き、民を先導する存在。自分勝手で、他人を振り回し、誰かを巻き込む。

だが王として、その気品が失われることはなかった。むしろその王としての在り方によって彼は民に慕われたのだ。

 

「罵倒しに行っただけかもしれんぞ?」

 

「かもしれんな。だが、それでもあの娘には何か魅かれるものがあると、アイツは言っていた。欲望に忠実なヤツだからな、ライダーは」

 

「…孔明。前々から、思ってたんだけど…なんでそんなにライダーのこと詳しいの?」

 

ふと延々と語るように頷いていた孔明に対し、思い切って問いを投げた蒼夜。これにはアーチャーも同調し何も言わなかったが、そこは興味があると言った目で同じ視線を向けていた。

不意を突かれたようにぶっちゃけた事を聞かれた孔明は、平行線を進んでいた自分のペースに乱れが出て、いつもの態度は何処へといったのか、狼狽したように目を二人から逸らした。

 

「え゛っ……それは…その…なんだ。前にセプテムでアイツの子どもの頃のと出会って(FGO第二章、参照)興味が湧いたのでな…一人黙々と調べていたというか…」

 

「………調べていた…ね」

 

(確かあの時…)

 

「けど、なんか初見って雰囲気じゃなかったよね?」

 

「………!」

 

しかし相手が悪かった。蒼夜は当然だが、エミヤは第二特異点であるセプテムの時に出会ったサーヴァントでこの時には既に彼のパーティのエースとして前線に出ていた。しかも、出会った時のアレキサンダーの顔が妙に記憶に残っていたのか、二人ともその会話の内容をほぼ大体は記憶していた。

戦場のど真ん中でセイバーことネロ・クラウディウスと会話をしようとしていた後の征服王。そして、その後ろに随伴していた葉巻を吸った目つきの悪いキャスター。その言い方、雰囲気、周りの状況に対しての反応が何となしに慣れていた感じであったことを頼りに、二人はそうだよね?と問うように食らいつく。

 

「いや…」

 

「それはアレだ、マスター。彼にとってアレキサンダーは…いや、征服王にはデジャブを感じるからだ」

 

「そ、そうだ…だから…」

 

「だから彼と征服王は生前に何等かの関係を持つか、憑依前に関係を作っていたということで追及したほうが良いぞ」

 

「あーそういう!」

 

フォローかと思った一瞬、気を緩めて彼が助け船が出たと思った自分が馬鹿らしいと思った孔明は怒りで葉巻を握りつぶし、手に魔力を溜めてあふれ出た怒り声を爆発させた。

 

「貴様ら、帰ったら覚えてろよ!! このジャパニーズどもがぁぁぁ!!!」

 

これだから日本人はと怒声を上げる孔明の脳裏には教え子の一人である日本人の少女の姿があったが、彼女の周りでの出来事を思い出したことで更に怒りの熱が燃え上がり本人も思っていたのかそうでないのか分からない言葉を叫んでいた。

それほどの怒りをすると思っていなかった蒼夜は孔明から遠ざけるようにベッドの上で退いていたが、端にまで追いやられてしまいその怒りだけでベッドという領土を奪われたように思えた。

 

「日本人は悪くないっての…」

 

「そこまで怒ることもないだろう…事実を述べただけで―――」

 

「その事実で孔明がキレたんでしょうが!」

 

こりないアーチャーに怒りを向け、それ以上の余計な口出しを封じさせる。これ以上なにかを言えば、確実にその場の空気が最悪になっていくのは目に見えている。火に油を注いだアーチャーもそれは分かっているのだろうが、その本人の普段からの話し方もある意味の原因だ。下手に口を開けばまた孔明が怒るだろうと蒼夜も全力阻止に必死だ。

 

「………。」

 

それを一言で理解したアーチャーは、マスターである蒼夜からも怒鳴られたので自分の言葉も原因であると察したのか、やれやれとため息をついて口を閉じた。

口は禍の元。それが自分の口であることを理解したようだ。

 

「やれやれ…いつもの事だけど、ほんと足並み悪いな…」

 

戦闘についてもそうだが、個性豊か過ぎる彼の陣営のサーヴァントは大抵が揉め事を起こすことが多いのでその後始末にはいつもマスターである彼とマシュが苦労して行っていた。最近までアーチャーとリリィも入っていたが、バカ真面目なリリィのお節介とアーチャーの女難と皮肉などからの挑発態度。これが原因で最近は二人も巻き起こす側だ。

ランサーが現地の女性に手を出し、清姫が妄想で暴走する。孔明はライダーに連れられてライダーは何処だろうとなんだろうと全力で暴れまわる。

 

 

 

「―――アレ。そういや、このタイミングでライダーがあそこに行くの、マズくね?」

 

「「………あ。」」

 

思い出した時にはもう遅い。この時、ライダーは既に応接間の扉を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特地にも魔法の概念は存在している。しかし、蒼夜たちの世界とは概要的に異なっており、魔力を通し行使されるものは総じて『魔法』と呼ばれていた。

唖然としていたピニャのたちの脳裏にもそれを元にした可能性と仮説が浮かび上がっているのも確かで、目の前で起こっている説明できない状況に彼女は不意にそれを口走った。

 

「…魔法の類か」

 

「魔法…まぁ、魔術の類ではあるわな」

 

突如として現れたライダーに対し、警戒を隠せないピニャに頭を掻いて答える。

一定の知識を持っているので、どう説明するかと考えていたライダーは小難しい話をするのが面倒なのか率直に事実だけを述べる。

魔法、ではなく魔術。確かに突然現れるのであれば魔法と呼べるのだろうが、ライダーは霊体化してここにやって来たので、厳密には魔術というべきだと。

 

「魔術……それがお前たちの世界の魔法の総称か」

 

「いや。坊主の話では、『魔法』と『魔術』は異なっているようだ。余にはそこまでの難しい話を説明する気はないのでな。ま、お前たちがそう思うのであれば、そう思ってくれればよい」

 

魔術と魔法の違いはシンプルなもので、魔力を通して行使するのは同じだが無から有、有から有をするかによって違ってくる。前者を何もないところから何かを作ることを『魔法』。有る物から有る存在を作るのを『魔術』と呼ぶ。

魔術は空気中の酸素と結合させて魔力を使うことで発火させる。

しかし魔法は宇宙でも発火できる。極端な話を言えばそれが魔術と魔法の違いだ。

 

「………?」

 

「余もそういった小難しいのには興味がないのでな。残念だが、聞くのは坊主たちにしてくれい」

 

扉の前にいたライダーは喋りつつ、暗闇だった廊下から明かりのある応接間へと入る。ぬっとあらわれた巨体と赤いマント、そして蓄えられた髭は確かに彼だ。太い足を地面に打ち付け、入ってくる姿にその確信を得たピニャだが、だからこそ逆にその姿を見て沸き起こった矛盾への衝動に彼女の口は意識せずに開かれる。

その場にいるからこそ

 

「―――…どうやって地下牢から脱走した。兵にも、誰にも気づかれずもぬけの殻のように、どうやって貴様たちはあそこからここに来ることができた…!」

 

彼をまだ霊体でないことを知らないのであれば当然の疑問、そして問いかけだ。ライダーたちの脱走方法はあまりに信じられないほど鮮やかで、なおかつ滑らかと言える。誰にも気づかれず、警備をしていた兵士でさえもそのことに気付けなかった。しかも穴を掘った形跡もなく、かといってどこかに細工された形跡もない。

全て彼らが入る前と同じ。しいて違う点があるとすれば、彼らが抜け出した証拠として落ちていた木製の手錠三つがあるだけ。まさに完全密室を彼らは気付かぬうちにやってしまっていたのだ。

 

「あそこには私の兵士たちが居た。鍵も奪われないように遠ざけていた。土の質は硬く、掘ることでさえも難しい。なのに、お前たちはどうして何もせず…いや、何もしてないかのようにあの場から出ることができた?!」

 

「だから言ったであろう。魔術の類だと」

 

「それだけで済むと思うか。第一、そんなことができるのであれば大魔法クラスのものだぞ」

 

今はまだ霊体化について口にしないようにと言われているので霊体などについて話すことは出来ない。しかし実際自分たちがそうして出て来たのだから、そう説明すれば簡単なことだ。が、今後のことやサーヴァントとしてのアドバンテージを出来るだけ維持しておきたいという考えから、蒼夜はあえて霊体化については話さないようにと言っていた。

であれは、あとは口八丁手八丁で納得させるしかない。

 

「この世界では…ではないのか? しかし余や、あの坊主が居た世界ではそれほどのものでもなかったがの」

 

「………。」

 

「忘れたか? 余たちが異世界から来たということを。であれば、定義も考えも違うのは必然ではないか」

 

今更なことに気付くピニャは目の前にいる男が異世界の王であることを忘れかけて、すっかりと馴染んでいた彼の存在感と信用してしまう言葉に気おされていた。

ライダーの存在感、そして言動。彼の立ち振る舞いは特地の世界においても何ら変哲もないだろうもので、彼が一国の王であるというのも信じられるように思えてしまい。そして、その言葉はひとつひとつが心に響き、彼女たちに根拠のない信用を持たせてしまうのは、彼の『カリスマ』所以だろう。

王やそれに匹敵する者たちであれば所有するスキル『カリスマ』は裁定者であれば他者を信用させるが、生憎と彼はそんな優しい男ではない。

 

「それは…たしかにそうだが…だが、だからといってそれが魔法であれ、その魔術であれ、並大抵のことでないのは確かなハズだ」

 

「………まぁ、そうだわな」

 

僅かな間だけ沈黙したライダーだが、その態度と調子が狂うことはなくはぐらかす様な彼の言い方はピニャの言葉を軽く受け流した。

マスターから霊体化についてはまだ話してはならない。これを厳命されていたライダーはまだその時ではないのだろうと察していたようで、それに従い彼女を試してもいたのだ。

 

「それだけの大魔法…いや、魔術か。それを行使できるお前たちは…一体何者なんだ?」

 

霊体化を知らない彼女は、それでもそれ自体が魔法であっても簡単にできないことであり、またそれを平然と行える彼らの異常さに食いついて来る。あの場からなんの痕跡もなく姿を消せるということは転移などの空間系、姿を消す透明化などが考えられるが、当然そんな事は何処の世界でも並大抵にできることではない。蒼夜たちの世界では令呪によるサーヴァント転移がその最もな例だ。令呪のような膨大な魔力とバックアップがあってこそ、初めて空間転移という馬鹿気たことが可能になる。一応、それに近しいことができる者たちが居たという記録もあるらしいが、ここでは語ることではないだろう。

 

「さて。今はまだ教えられんな。なにせ余はあの坊主の仲間であり、あ奴はああ見えて我らの主なのだからな。だが、それよりもいいのか?」

 

話題を逸らすようにライダーは自分がこの場にいることに対しての疑問、問題を投げかける。すっかりと彼が現れたことに関しての疑問と驚きに意識が向けられていたが、そもそもライダーはその場にいてはおかしいのだ。

彼は他の二人と共に牢に捕らえられていたのに、それがこうして平然と立って会話をしている。大前提がすっかりと抜けていたことに気付きはしたが、もう既に遅いと本能的に察していたのか、さして驚くことをしなかった。

 

「…もし、お前が敵将であるなら、既に妾の首をとっていた…とでも言いたいのだろう」

 

「かもしれんな。今のこの町の戦力では余一人でも落とす事は容易だ」

 

「だからといって、ただそれだけを言うためにここに来たワケでもあるまい。もう秘術や魔法のことについて、お前がここに居ることについて問い詰める気はない」

 

諦めというより完全に詰みになった現状に、驚くことにすら気も失せてしまったピニャはため息をついて玉座に座り込んだ。

そもそもライダーとこうして会話している時点で、彼女は心を許してしまい警戒こそしていたが相手がいつ襲ってくるかというのを考えていなかった。

 

「で。そんなお前が何の用でここに来た。悪いが、見ての通り少し立て込んでいるのでな」

 

「わかっておる。まぁ、少し様子見にな。花の姫君が今頃、此度の件で狼狽しておるかと思っていたが…存外、冷静だな」

 

実際ライダーの目的はその程度だ。特に深い意味も目的もない、裏もなくただその言葉通り様子を見に来ただけ。興味と好奇心からの勝手な行動だが、それだけに一応本人は自重しているというが、それを本当に自重と呼べるのかというのが蒼夜たちから見た『自重』だった。

 

「…妾が狼狽えていないとでも? こうみえて頭の中は今にも暴発しそうなのだがな。騎士たちの不始末、それの謝罪、間違えて捕らえられた者たちの解放と治療。そして来るだろう自衛隊の、伊丹殿の兵士たちの案内。そして今のイタリカの安定化。辛うじて治安回復は出来たが、未だ余念を許さないのは見て分かるだろう」

 

「ほう…」

 

憂鬱な顔で頬杖をつき自分の今の忙しさや苦労しているというのを言葉で並べていく。労わりの言葉でも欲しいかのような言い方は度重なる不始末やアクシデントに対しての欲求なのか、心労のたえない彼女の目は本当にそれを求めていた。

 

「協定の違反に関してはどうする気だ。お前の騎士たちが謝罪しただけで済む話ではないのは、お前さんも分かってるだろうに」

 

「当然だ。今回の不始末、情報が伝わっていなかったこともあるが、だからといって今回の騒動を引き起こしたのは他でもない妾の騎士団だ。であれば、指揮官である妾が直接謝罪するのもまた……致し方ないことだ」

 

「…姫が頭を下げるか」

 

小さく舌打ちをして歪めた顔には、納得と怒りが混じった顔になっている彼女の顔があった。姫としての威厳があったが、それが今回の一件で汚れるハメになった。騎士団の面々が協定を知らなかったり、その独断を許してしまったことに対して騎士団のまとめ役としてそれくらいしなければならないという気は、確かに彼女にもあった。しかしやはり姫としての気品、権威、威厳を知らないうちに高く持っていたからか、グレイにも謝罪の話を切り出された刻には彼女もそこまではしたくないと拒絶していた。

が、今は劣勢である自分の立場ではもうそんな贅沢も言えないだろうと、必死に理性で怒りを抑え込んでいた。

 

「であれば、それ相応の言葉と行為をするということだな」

 

「……無論だ。今回の一件で伊丹殿に対して直接の暴力と違反を行った騎士たちには厳罰の処分を下す。特に、女であるならやることは一つしかない」

 

「体を売るか。仮にも騎士、しかもあの身なりは位の高い娘なのだろう」

 

「その前に一人の女だ。女は女のやり方で謝罪をする。男は男のやり方で罪を償う。それがこの世界のやり方だ。残念だが、言葉を並べただけで許されるほど、この世界も甘くはない」

 

もしこの時、伊丹や蒼夜たちが居れば耳の痛い話と思って目を逸らしたりしていただろう。今でこそ、大抵のことは謝罪などで済まされたり売春以外の方法で治まったりするが、ピニャの世界、特地では当然そんなことで済むほど謝罪の意味は軽くもなく違いも出てくる。

今回のような大きな罪の場合は、女性として謝罪をしてもらうというのが、この世界での習わし。つまり、体を売って謝るしか方法はないのだ。

 

「そんなことでひいき(・・・)できるほど甘くもない。今回の一件、見ようによってはこれが戦端を開く口実にもなりかねんのだからな」

 

「協定を結び休戦をしたハズが手のひらを返され、捕虜になったか。まぁ、言い様によっては口実になるな。が、相手が人道的という理念を基本にしているのを忘れてはいまいか?」

 

「人道的であっても、彼らにも限度がある。今回のはあまりに一方的すぎた。向こうからの抗議を受けるのも当然のこと。最悪、それが理由で向こうの過激派が戦端を開く可能性だってある。絶対に彼らが何かの反応を起こすことを考慮すれば、それぐらいの可能性だって考えられる」

 

「…ふむ。確かにそうかもしれんな。で、お前はその前に戦端を開く口実の芽を潰そうとするか」

 

なるほどなと首を傾げるライダーに、ピニャは彼の反応が自分の考えを読んでいたかのように思え、いぶかしく思ったが一先ずは顔に出さずに沈黙を通した。

体で払うということは、彼女はそうすることで戦端を開く口実を裏から潰そうとしている。女を抱くのであれば異性として拒絶できるものではないだろう。性癖が違っていたりすれば話は別だが、幸いか伊丹は典型的性癖だと言える。

 

「今回の戦い。その一部始終を見て、私は理解した。だから今回のようなトラブルは早期に摘むべきこと。特にそれが妾の騎士団の起こしたことであるなら猶更だ。失態云々ではなく、両方の関係を維持するために必要な処置だ」

 

「お主は、戦う気はないと申すか」

 

「………。」

 

ピニャの腹の底。その根源にある自衛隊に対しての印象は二つあった。

一つは自分たちと技術・文明面では圧倒的な差があること。鉄の馬車と称した車や銃などがそれだ。

そしてその銃を用いた、まだ帝国でさえも行きついてない技術と軍事力による戦力の差。戦法、戦術の違いもあるが、一番の違いは戦い方そのものだ。歩兵と騎兵、槍兵を使った今までの戦いとは違う。鉄の武器を使い、弓などのように遠くの敵を撃ち抜く、そして鉄の天馬こと戦闘ヘリによる蹂躙。

地位も名誉も、尊厳すらもない戦い。唯々圧倒されるだけの戦いをこれ以上つづける意味が果たしてあるだろうか。

 

「無理だな。今の帝国の総戦力全てを出しても。そして、仮にかつてのような強力な軍があったとしても。我らの戦力では彼らの兵器には到底勝てない。それどころか、かすり傷ひとつを負わせるのが精々だ。そんな相手に何度も戦いを挑むのは無謀としか言えん」

 

「……正論だな。だが、魔法やこの世界の生物を使えばあるいは勝てるのではないか?」

 

「それこそ無理な話だ。炎龍を見ただろ。アレを手懐けるなど亜神でない限りはできないこと。加えて神がこんな戦いに手を貸すはずがない。彼らは気まぐれなのだからな」

 

確かに炎龍は伊丹たちの標準装備である六四式小銃や重機関銃では炎龍の鱗に対してダメージすらなかった。マトモにダメージがあったのは目だけで、それ以外は対戦車榴弾を使わない限り効果もなかったのだ。

戦力としては申し分ないどころかケチの付け所もないだろう。ただ一つ。炎龍の自由意識などを除けば。

魔法の手もあるが、それはそれ魔導師たちが応じるとも思えない。では、亜神ではどうかと聞かれればピニャの言葉通り、その性質はほぼ気まぐれなものと言ってもいい。ロウリィがその典型例だ。彼女にも一定のルールと基準があるが、その基準さえ当てはまれば相手が誰であろうと問答無用だ。

 

「つまり。最後は人の手でどうにかしろという。だがその人の手も無理であるなら…答えは一つしかない」

 

「自衛隊の大元…そことの停戦条約か」

 

「いや…和平だ。形どうであれ、これ以上戦えば負けるのは確実。なら、向こうがこれ以上の戦う意志のないうちにこの戦争を止めるのが上策だ」

 

大局と大よその結末は見えた。不確定要素がコレ以上ないのであれば、あとはその結果にたどり着く前に戦いを終わらせるだけ。既に敗北濃厚となった帝国対日本の戦いにピニャはこれ以上の戦いは無駄と判断したのだ。戦っても兵を無駄に死なせるだけ。ならばできるだけ良い形で和平を結び戦いを終えるのが一番の策である。これが彼女の考えだ。

 

「当然、この事を受け入れられない輩が多いのも確かだ。武闘派、好戦的、野心、保守。上げれば多いが、みな面子を持っている。そのためだったり、単に帝国のためにという者がいたりするが、結局は慢心と野心、そして国内での権威の争いがほぼ大半だ」

 

「つまり、自分の面子と立場を守り、更に上へと昇り詰めるためにあえて戦うか。愚考でしかないわな。」

 

「実際、彼らは自衛隊の戦力を知らない。ただ一方的にやられたという事実だけしか報告はなく、彼らはそれでも意味のない無謀な戦いをするだろう。そうなれば帝国は遅かれ早かれ確実に滅んでしまう」

 

「だからこその和平か」

 

大局的な勝敗は事実決しているといっても過言ではない。というのも自衛隊でなくても技術的、軍事力などからしても日本と帝国の技術力の差は目に見えたもの。ひどく言えば月と鼈の差だ。それでもなお戦い続けるのは軍人としては納得がいくがだからとって希望も対策もない負け戦を続けるなど屍を増やすだけ。それを間近で見て感じたピニャは、既にその意を固めていた。

ライダーは顎髭をなぞり話を聞いていると興味を示したのか、ふとある事を言い出した。

 

「ふむ…では、こういうのはどうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この度の件…本当に申し訳ありませんでした…」

 

蒼夜の寝ていた部屋にボーゼスの謝罪の言葉が空しく響いた。

時を同じくして騎士団からの疑いが晴れた蒼夜たちの部屋では、ピニャの前に居た三人の女騎士たちが頭を下げて謝罪していた。というのも、三人を呼びに行ったグレイからの提案で、面前だけでなく一人の人として先に謝っておくべきであるという事からの行いで相互に誤解や問題があったとはいえ、先に手を出してしまった彼女たちに非があるということからだ。独断ではあるが、彼女たちも自分たちの行いが一方的なものであることから、自分たちに非があるということで、真っ先に頭を下げたのだ。

 

「あ…いや…別に俺は…というか俺にも今回、非もあるし…」

 

まさか彼女たちがここまで誠心誠意な謝罪をしてくると思わなかった蒼夜は、まるで自分が悪人であるかのような状況に気まずさを感じ、自分にも非はあると弁護するように返す。事実、蒼夜にも罪はあるのだ。彼女たちだけが悪いというのはない、と。

 

「ですが、町を守った貴方たちを私たちは敵としてしか見ずにとらえてしまった。あまつさえ貴方を殴り倒したのですから…」

 

「それこそ俺に対しての罰ですよ。話を聞いてなかったっていう典型的な失敗をした。気付かなかった俺に罪はあるんだ」

 

そもそも普通に聞いていれば話しかける声は聞こえていたハズだ。なのに、それが聞こえていないかそのフリをしていたというだけでも蒼夜に責任はある。

 

「加えて、彼は少し体調不良と過労気味だったからな。いい治療と休息になった」

 

「アーチャー…」

 

結果オーライではないが、そのお陰で蒼夜はこうして休息をとることができた。が、結局は彼にも責任があるのは変わりなく、自責の念とそれに反した休息による体力回復に彼の心境は複雑なものだった。

 

「否定はできないだろ? 結果と事情はどうであれ、休息は必要だった。それに君は正直無理をし過ぎてる。こうでもしない限り君は傷を隠すだろうからな」

 

皮肉のように事実を口にするアーチャーにぐうの音も出ない蒼夜は小さく唸り、開けない口の中に言葉を押し込めた。

言い方に難こそあるが、彼のいう言葉は事実だ。連戦に続く連戦で疲労感は確実に蓄積されている。特に今回だと蒼夜たちは少し前まで特異点一歩手前の鬼ヶ島と呼ばれていた場所に行っていた。そこで聖杯を手に入れていた源頼光によって作り出された鬼と頼光の中に居た丑御前との戦い。狂戦士(バーサーカー)のクラスであることも相まって彼らは激戦の末に丑御前を撃退した。

 

 

「それに、彼の言う通り今回の一件には彼にも責任はある。それを自分から取ると言っているのだから素直に受け取ってもいいとは思うぞ?」

 

「それは…ですが、私たちにも…」

 

「君たちは君たちで自分に責任があると感じている。それを顔に表しているのであれば、彼はこれ以上なにも言わないさ」

 

経緯やいきさつ、事情を知らないので、だからといって自分たちの立場から素直に引くことも出来ないと引き下がることもできない。

アーチャーの言葉だけでは流石に納得してれないと思ったのか、そこで蒼夜は小さく笑みを作ってボーゼスと目を合わせた。

 

「ボーゼスさんたちの気持ちはありがたいですけど、今はこれ以上のものを望みません。それにこうやって謝ってくれるだけでも俺は十分満足してますから」

 

「………。」

 

「…わかりました。今回は、貴方のご厚意を受け取りましょう。感謝します」

 

「だな。変に強請るのも騎士以前の問題だ」

 

一度目を合わせた三人はどうするか迷ったようだが、無理に彼らに何かをさせてくれというのも、かえって厚かましいと思ったのか沈黙していたパナシュは、今回は一歩退いて彼の好意を受け取ることにした。このままでは話が硬直することもあって、どちらかが退かなければと思っていたようで、その引き下がり方はかなり自然なものだった。

 

「助かる。こいつは変に優しすぎるからな。それに多少強情にもなる、そちらから引いてくれない限りはこいつは意地でもそれを受け入れない」

 

「…キャスター、それはないと思うよ? だって、今回は俺も―――」

 

「分かったから、お前は寝ておけ。この被虐体質」

 

それでも自分の責任を言おうとする蒼夜にキャスターは若干怒気を交えた声で無理やり抑え込んだ。このままだと自分もと言って聞かないだろうからと、多少きつめに言い放ち、それが影響したのかそれ以上は口を噤んで黙り込んでいた。

 

「被虐体質はないと思うけどなぁ…」

 

…と、自覚していないことをつぶやいて。

これにはキャスターもため息をつくしかなかったが、彼の性格上それは仕方のないことと殆ど割り切っていた。

他人優先。これが彼の基本だから。

 

 

 

『―――先輩、入ってもいいでしょうか?』

 

ドアを二回軽くたたき、向こう側から聞きなれた声がしてくる。丁寧な言葉遣いと彼のことを「先輩」と呼ぶのは今のカルデアの中では一人だけ。マシュだ。

やんわりとした声に蒼夜は間を開けずに返事をする。

 

「どうぞ、入って」

 

「失礼しま……あれ?」

 

蒼夜からの返事を聞いてドアを開けて入ったマシュは、ゆっくりと開けたドアの向こう側に居た騎士たちに目を丸くした。白い鎧をまとった彼女たちが三人、並んで自分のマスターと向き合っていたのだ。何だか少し重苦しい雰囲気ではないかと思っていたマシュはどうして彼女たちが居るのかを最初に蒼夜に訊ねた。

 

「先輩、これは…?」

 

「ああ…これは」

 

簡潔だがこの状況について説明をする蒼夜。ボーゼスたちがどうしているのかなど疑問があったが、説明と本人らへの確認をしたマシュは小さく頷いた。

 

「―――なるほど。ということは、今回はボーゼスさん…でしたっけ。皆さんが自ら、今回の件について謝罪しに来たと」

 

「今回、我々は一方的に貴方たちを拘束しました。本来なら騎士の名に泥を塗ったことで重罪にもなりますが…」

 

「そこまでしなくても…それに先輩…マスターが言った通り、皆さんが誠意をもってこうしてくれたのですから、私たちはそれだけでも十分伝わりました。それにこうして謝ってくださってるのですから」

 

それだけでも十分ですというマシュに、そうなのかと訊ねたくなるボーゼスとパナシュ。隣にはヴィフィータが居るが、彼女はマシュの笑みに素直に受け入れていた。

騎士たちの世界であれば形で何かを示して謝罪や贖罪と言えるだろう。だが、マシュ達の間、今の時代だとこういった軽いイザコザは頭を下げて謝罪するだけでも十分意味を持つ。時代や価値観の差だがやはり彼女たちにも罪悪感はあったらしい。それが完全に出し切っていないという不完全燃焼のような感覚に苦しい表情だ。

 

「でも私はピニャ様が不在の間、騎士団を任されていた身…罰を受けることにはなる」

 

「そう…なんですか」

 

「ええ。聞けば、あの緑の人たちは往来を約束されたと聞きます。だから…」

 

それに手を出したから協定違反だ。か。

今回の話題の根幹であり原因であることを掘り返したアーチャーの言葉にボーゼスは苦の表情をすることなく小さく頷く。確かに安全を約束されたのに危害を加えれば立派な違反になるだろう。それを行ってしまった騎士団、その指揮をしていたボーゼスたちに処罰が下されるのも不思議ではない。

 

「加えて、俺はアンタらのマスターって奴を殴っちまったからな…」

 

「あー…いやその事については、もう…」

 

 

「…あの、キャスターさん。何か…?」

 

「ああ。あのレディが殴ったことの謝罪を最初にしたのだが…

 すさまじく潔い土下座だったよ」

 

これを最初に出されては蒼夜もキャスターも何も言えない。しかもかなり本気であったこともあって、しばらくの間、部屋には嫌な沈黙と空気が流れていた。

まるで蒼夜が全て悪い、そんな雰囲気だ。

が。もしかすれば今後、この直後にそれが現実になるのではないかという懸念がまだ残っていた事を、緩んでいた蒼夜はすっかりと忘れていた。

そう。解放されたのはマシュだけではないのだ…

 

 

 

 

 

「まぁ。土下座ぐらいはして貰いましょうと思っていましたが…騎士というのもまた…侍と同じ潔さを持っているのですね。私としては腹を切ってほしかったのですが」

 

 

「………。」

 

「あ…」

 

「……そういえば」

 

刹那。声と共に乗せられてくる冷たい冷気のような寒気とプレッシャーが重く部屋の中に圧し掛かる。重圧で潰されそうになるような威圧感と悪寒はまるで蒼夜の頬を撫でるようにゆらりと漂っている。しかしそれ以上に辺りの気配がのし掛かり、全員の体は硬直してしまい、重圧感に息を飲むだけでも重労働のようになってしまう。

 

「こ、この殺気とも…嫉妬ともいえるような気配は…?!」

 

「あー……俺の仲間だ………ッ!?」

 

冷たい悪寒。その中でまるで舌で舐められているかのような感覚と視線が蒼夜に刺され、その瞬間に彼の行動は金縛りにあったかのように止まってしまう。

寸分も外すことがないだろう視線に動くことすらできない状態で小刻みな震えすらも起こってしまう。しかしその中で伝わってくるのは冷たい嫉妬などの中にある暖かな…いや、暖かいだろう愛情の熱。しかしそれは何故かぬるま湯のように思えてしまい、湯冷めでもしたかのような彼の体は更に震えていた。

 

 

「あ……えっと…その…」

 

「ああ。ですが腹を切ってしまっては中の汚物が出てしまいますね…では、どうしましょうか…

 ………やはり、ここは汚物すらも出さず、塵すらも残らない滅却のほうが良いですよね。

 

 

旦那様?」

 

 

鋭く文字通り釘付けにされたかのように動くことのできない蛇睨み。チロチロと小さく細い舌が頬のあたりを舐め回し体には白いうろこのついた銅が巻き付くような感覚がある。

体中が縛られ、動けなくなったところを鋭い牙を使い噛みつくのだろう。

が、果たして彼女に牙というべき歯があるかは分からないが。

しかしだからといってその姿形が実際に自分の目の前にあるわけでなし。それでも彼にはそうされていると錯覚するほどの感覚が感じられてしまうのは彼女の性質が原因か。

 

「マシュ…」

 

「ずっと黙り込んでましたけど……いえ、小声でなんかボソボソと言ってました」

 

「だよなぁ…」

 

小さくテケテケと音を立てて歩いて来る足音。そして近づいて来る人物の目は人というよりも蛇か竜の目だ。怒りと悲しみに暮れていた瞳、しかし今あるのは嫉妬と怒り。(旦那)への狼藉への激怒か。静かに、そして小さくも激しく強い業火。

溺愛と狂乱の声が一室の中に響いた。

 

「ふふふふふふふふふ…

 

 

 

―――――覚悟は…よろしいですか?」

 

 

 

この直後、蒼夜が瞬時に令呪を使用したことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清姫の発言と宝具発動の気配の魔力増大に、回復したばかりの令呪を直ぐに使ってしまった蒼夜。貴重な令呪がまたすぐに消えてしまったことと、回復したのがついさっきの数分前であることが彼へと更に悲しさを上乗せしていた。

貴重な魔力源でありサーヴァントたちを律する絶対命令権。それがまた一画、しかも早々と消えてしまったので、正面に向いていた彼の顔は暗く自分の下半身のあるベッドへと俯いていた。

 

「あらあら…旦那様が悲しそう…一体誰がこんなことを…」

 

と言って、静かな声とは裏腹に殺気立った目でボーゼスたちを見る清姫。だが、当然これが言われないことであるのは確かなので

 

「清姫。鏡に向かって言ってみ?」

 

「スマンがここは言わせてもらう。悪いが、今回は君が悪い。清姫」

 

「令呪がこうも早々と消えるのは私も初めてだよ…」

 

隠せない怒気を纏った静かな声で頭を抱える蒼夜と、やれやれとため息をつくアーチャー。そしてまたすぐに減ってしまった聖痕のあとにキャスターは同情の念を隠せなかった。バーサーカーである彼女が怒ればどうなるか。それは分かっていたが、まさかここまでのことをしなければならないと思っても無かった蒼夜は深くため息を吐き出した。

 

 

「な、なんだったんだ…」

 

「スミマセン、私たちのところの清姫さんが…」

 

怒りの静まった清姫と悲観する蒼夜たちの光景に状況がイマイチつかめない騎士たちに、マシュは頭を下げて謝罪をする。このまま訳の分からないうちにイタリカの町が業火に焼かれるところだったが、それが未遂に終わったので一先ずは危機は去った。

 

「あのご令嬢は魔法を使えるのか?」

 

「ええ…まぁ…本来は使える筈がないのですが…その…愛の力というらしく…」

 

「あ、愛の…か」

 

「はい…愛らしいです…」

 

その愛だけで炎を出せたり蛇か竜かに化けられる清姫の執念さはクラスの特性も相まって異常なものだ。しかも彼女の伝説の内容が内容なので、その執念さに拍車をかけているのだろう。

いずれにしても、今回のようなことが今後も起こるだろうと予想したマシュが先の思いやられると蒼夜と同じく深いため息をついた。

 

「あの令嬢、彼に対してのことで私たちに怒りをあらわにしていたということは、二人は夫婦…」

 

「ではないです、決して!」

 

マシュの強い言い方に若干たじろいだボーゼスは、どうやらマシュたちの間にも何か色々と混みあった事情があるのだろうと、それ以上は聞くに聞けなかった。

 

「そ、そうなのですか…」

 

「はい! 決して!!」

 

 

何やら複雑になってきた室内の雰囲気。すると、外で見張りをしていたグレイが扉を叩き坩堝の中へと入ってくる。なにか報告があるらしく、真っ先にその報告をするべき相手である蒼夜に目を合わせた。

 

「失礼…蒼夜殿。ご知人がお見えです」

 

「知人…?」

 

「あ。先輩、もしかして…」

 

扉の向こう側である廊下の暗闇から現れたのは薄暗い月明りに僅かに照らされていた白いドレスと銀色の鎧。それが明かりのある室内に入ると純白の白と眩い銀色を反射させる。

金色の髪を揺らし、そよ風のように柔らかな空気が舞い込んだ室内は先ほどの混沌としていた空気がどこへやら、換気されたかのように一変する。

揺らめく花びらの如く輝く顔は真っ直ぐと蒼夜へと向かっていく。

 

「マスターッ!!」

 

「リリィッ!!」

 

「リリィさん!」

 

幼い声を響かせたリリィが一直線に蒼夜へと向かってとびかかる。よほど心配していたのか今にも泣きだしそうな表情であったリリィを蒼夜は上半身に力を入れて受け止めた。騎士とは思えない細い体が蒼夜の腕の中に抱えられ、清楚な香りが辺りに広がる。

心配の全てをぶつけた彼女を受け止めた蒼夜は子供をあやすように背を撫でるとぽろぽろと涙をこぼすリリィと目を合わせる。

 

「心配かけてごめんな。けど、もう大丈夫だから」

 

「ふぁい…ご心配しましたマスター…私、一日千秋の思いで…マスターのことを…」

 

「……リリィ。意味違うぞ」

 

 

※一日千秋

意味 : 待ち遠しいこと。人や物事が早く来てほしいと思う事。つまり待つこと。

 

 

「え!? 違うんですか!?」

 

「覚えたてなのはわかりますがしっかりと意味を確認してください…」

 

 

なぜ彼女がそんなことを言い出したりするのかという疑問もあったが、それが蒼夜とマシュとの間で解決されていると、すっかりと蚊帳の外だったパナシュはキャスターに彼女について訊ねた。

 

「彼女は貴方たちの仲間…いや、騎士なのか」

 

「まぁ…騎士、ではあるし我々の仲間でもあるな」

 

そして、ひいては後に一国の王となる伝説の人物である。というのは蛇足だと思ったキャスターはそこはあえて口にせず、一先ず彼女の質問だけに答えた。

 

「では、貴方たちの世界には彼女のような騎士が他にも?」

 

「いや。あれはあくまで彼女の出自が関係しているだけで、我々の居る世界に「騎士」の概念は思想などでしか存在しない」

 

「…では、騎士自体がいないという事か」

 

「そうなるな。彼女の場合は今いった通り、彼女の出自、土地柄が関係している。彼女の生まれた場所は、この世界…君たちと同じく騎士の概念が存在した地だ。時代の変化と共に騎士は居なくなったが、騎士道の精神は残っている」

 

実際、騎士道の精神が欧州の価値観に影響したことも事実だ。よく言われるレディファーストもこれに当たる。確かに騎士道は既に存在せず精神も無きに等しいと言ってもいい。時代が進むにつれて騎士道精神は薄れていったが、今なおもその精神は細々と継承されてはいるのかもしれない。

これは伊丹たちに対しての言い訳として使うもので、自分たちがサーヴァントであるということを伏せるための言い訳の一つだ。

 

「だからこそ、彼は彼女を同行させたのだろうな」

 

 

 

混沌としていた空気が少しずつ軟化されて温和になってきた部屋の中、空気が緩んで話しやすいようになったので、リリィを交えて蒼夜たちはボーゼスとヴィフィータを加えて談笑をする。いつの間にか和やかかつ親しげになっていた彼女たちの間の空気にはキャスターとパナシュも声には出さなかったが順応の速さに口を開けてしまっていた。

が、それも長く続くことはなく、水を差すようなタイミングと承知でグレイが割り込んだ。

 

「…蒼夜殿。そろそろ我々はお暇させてもらってもよろしいか」

 

「えっ…この後に何か?」

 

「ええ。実は彼女たちは殿下に呼ばれていますので」

 

(やべっ…忘れてた…)

 

(ヴィフィータさん…)

 

天然気味に思い出した仕草に本来の目的がすり替わっていたことから、なんだかピニャの存在が適当に思われていると胃痛の彼女の姿を想像するマシュは、ボーゼスの顔色から明るさが消えて暗くなっていくことに、薄々は察しているが問いを投げた。

 

「あの、グレイさん。もしかして…」

 

「今回の件。その処遇を下すためです」

 

一瞬、グレイの言葉に清姫が反応したのを察知して蒼夜は制止させる。令呪が効いているとはいえ、バーサーカーなので何をしでかすか分からない。

しかしそれ以上に今回のことについての対処をするということに自分にも罪はあるということで弁護できないかと情状酌量の余地を求めた。だが、あくまで今回のことが騎士たちの独断であることや統括者であるピニャの不行き届きなどもあって、判断は全て彼女によって決められることから弁護などを行うことは出来ないと言われてしまう。

 

「此度の件、先に手を出したのはこちらです。しかもあまりに一方的で、かつ協定をも違反した。弁明して下さるのは有難いのですが、今回は身内が起こしたことということで、外部の人間である貴方がたからの言葉は残念ですが…」

 

「そんな…」

 

「が。仕方のないことであるのは事実だ。協定違反を行ったのが自分の部下であるのなら、その統括者である彼女が厳正な処分を下す。これは誰が行うことでもない、組織の上に立つものがするべきことだよ、セイバー」

 

冷たい言い方ではあるが事実を述べるアーチャーにキャスターも同意見ということか沈黙する。組織の頂点、指揮するものが部下の処分をしないというのは道理ではない。自分の組織、自分の部下であるのならその始末は統括者である自分がすること。今回の場合はピニャがそれに当たる。誰からの意見でもない、自分が厳正な処分を下すことが出来なければ、組織としてはあまりにいい加減かつ矛盾することになる。

一定の秩序と統率があってこその組織なのだ。

 

「さ、流石に騎士の称号剥奪とかは…」

 

「そこまではしませんが協定違反は重罪ですからな。彼女たちにもそれなりのを覚悟してもらうとしか言えません」

 

既にボーゼスたちへの処分を聞いていたグレイは内心腸が煮えくり返るような思いだが、違反は違反でありそのために適切な処分をしなければならないのも事実ということで反論も意見もすることはしなかった。それが組織の秩序を守るため、適切な処置であるということで割り切るしかないのだ。

 

(…なるほど。大方、中世特有の処分なのだろうな)

 

平静を装っていたグレイに口を閉ざしていたアーチャーは彼の表情と言葉から大体の結果を読み取った。

 

「ですが…」

 

それでも何か言いたげなセイバーにボーゼスは慰めるように彼女の手を取った。

 

「それでも私たちが罪を犯したのは事実です。騎士として、罰は受けなければならない…それは貴方も分かっている筈でしょ」

 

「ッ……」

 

騎士であるなら。王になる身であるなら。騎士としての償いも心構えも分かっているからこそ、セイバーはそれ以上なにも言うことができなかった。それが騎士の精神、背いてはならない鉄則なのだから。

 

「心配しないで。私たちだけで罪が済むのであれば、この身をささげるまで。これ以上の罪や自衛隊との関係を保つためにも―――」

 

 

 

 

 

…と。言っておきながら、この数分後。この言葉は直ぐに破られることになるのを蒼夜たちカルデアメンバーはまだしも、言い出した本人であるボーゼスすらも、この時はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

再び室内は静寂に満ちた。ただし、先ほどのような気まずい雰囲気はなく息苦しさもないのは先ほどとは違い、トラブルの要素が跳ねのけられたからか。清姫もすっかりと大人しくなり暴走の危険性が無くなったと見た彼らは最初に誰が口を開くのかを無意識に待ち望んでいた。

ボーゼスたち騎士が退室し一度はシンと静まり返った室内だったが、未だ誰もが口を開かないその場で、見かねたアーチャーが小さく息をつくと一拍置いて話題を切り出す。

 

「……さて。これからどうする?」

 

「どうする…と言いましても」

 

抽象的な話題の切り出しに釣られたマシュは具体的にどういう意味かというのもあったが、それだけに雲をつかむような現状に対して自分たちがどうするべきなのか下手に受け答えをすることができなかった。それは他の面々も同じでアーチャーも話題を切り出したはいいが停滞する様子にマスターの顔を窺った。

こういう時こそ空気が読めないように切り出すのが蒼夜なのだが、その顔はどちらかというと既に方針が決まったかのようなものだった。

 

「色々と布石は打ってるけど、とりあえず今は流れに任せようと思う」

 

「…というと?」

 

蒼夜の言う布石、それはこの世界、特地に来てから配置したもので自衛隊にも知られていない数々の『コネ』というべきもので自衛隊に、ひいては日本政府に知られないように水面下で進められているものの数々だ。自衛隊にも知られない布石が今後彼らの行動に役立つだろうということから幾つか行われていた。

 

「アサシンたちによる特地の情報収集。そして今回取り付けたピニャ殿下との秘密裏の取引。結論から言って、これだけで十分俺たちは帝国に食らいついていると思う。二つだけだけど、どちらも帝国と日本にとって感知されにくいことだし迂闊に手を出すこともできない事だ」

 

「…確かに、アサシンたちは問題ないだろう。それに情報収集といった諜報戦で言えば、アイツら以上の適任者は居ない。だが、もう一つの姫との取引は彼女が口を滑らせれば意味をなさないだろう」

 

現在、蒼夜たちは自衛隊に隠れて二つのことを行っている。一つはアサシンたちによる特地での情報収集と帝国の首都である帝都の偵察。そしてもう一つはピニャとの取引で自衛隊からではなく彼女から提供されたイタリカ内での拠点の確保とその見返りの受け渡し。

既にアサシンたちはその大半が各地へと散り散りになり情報収集を開始しているだろう。ピニャとの取引はイタリカの状況が落ち着くまでは完全な成立にはならないが、一応彼女から提供される拠点についての話はついている。そして彼女に対してのその見返り。それも蒼夜たちは既に彼女に話をしていた。

 

「まぁ…ピニャさんはあくまでも和平の路線に近い人だから、余計な戦力の出し合いで相手を刺激したくないって気はあるだろうね。けど、今回はイタリカの防衛という大義名分があるんだ。その名目であれば戦力を配置しても理由としては正当性があって通ると思う」

 

百の貌のアサシンたちは自衛隊に隠れて呼び出したサーヴァントであり、しかも既に各地へと分散されていることから蒼夜たちが口を割らない限り彼らの存在がバレることはない。

が、もう一つのピニャとの取引は下手をすればバレる可能性があるのではとキャスターは指摘する。

 

「そもそもピニャ殿下はあくまで日本との戦いを望んでいないのであって、こういった防衛での名目なら乗ってくれるハズだ。加えて、俺たちのことを日本の側だと思っているのなら、下手にこっちの素性を明かさずとも向こうに話を合わせておけば不信感を持たれることだってない」

 

「だが、今の立場ではいずれ日本側から俺たちが仲間ではないことを知られてしまう。そうなってしまえば、最悪両側から俺たちは追われることだってあるぞ」

 

「その前に聖杯を手に入れる…っていうのが極論だけど、今の日本の政治家に俺たちの裏を探るだけの度胸があるとは思えない。そもそも俺たちについては陸将との会談でしか得られた情報しかないんだ。それを鑑みれば向こうからの俺たちの立場は国連の組織、その人間であるということ。つまり、ほとんど情報のない俺たちに対しての貴重な手がかりでありそれが正しいか否かを決める不安要素でもある。でも何百という国が加盟している国際組織においそれと聞くこともできないと思う。

仮に気付かれたとしても迂闊に敵対する…そんな度胸と決断を出来るか」

 

 

仮に蒼夜たちが国連の人間でなかったと気づかれたとしても、サーヴァントたちの能力は脅威であることに変わりはない。未だ片鱗だけしか見せていないところや余裕であること、更に戦力として未知数であったりと不安要素が多いことから即決で敵対すると決められるわけがない。もしそうしたのであれば、後悔ないし絶望するのは明らかなこと。目の前のことだけが現実、現状であると決めつけていた自分が悪いのだからと。

 

「サーヴァントという存在自体を盾にする気か」

 

「でなければ異世界メンバーの寄り合い所帯みたいな感じになりますからね……軽蔑視されるより距離を取られているほうが何かと動きやすくもある」

 

どちらにしても第三勢力的立場である蒼夜たちであれば、行動範囲はかなり広いものになる。一通りの手を打って自衛隊の監視がある現状は迂闊に動けないが、同時に日本からの監視があるということの裏返しとして安全が約束される。

今の蒼夜たちにこれ以上の独自行動ができないのであれば、残った選択肢はもう一度独自に動くことができるようになるまで静観し流れに身を任せるしかない。無論、全て向こう(日本)のなすがままというわけではない。

 

「だから当面は情報収集と現状が動くまで静観するしかない…っていうのが俺の考え」

 

「正気か? 静観するのはいいが、流れに身を任せるのであれは基本後手に回ることになるんだぞ」

 

しかめっ面のキャスターの考えを先に言うアーチャーはまるで彼の考えを呼んでいたかのように代弁する。

蒼夜の言う通り流れるままということは行き当たりばったりと同義。つまり下手をすれば先手先手を打たれて自分たちが劣勢になることもあり得る。そんなその場の思いつきのような行動を行うことは当然得策ではない。

 

「分かってるさ。特地や今までの特異点なら目の前の敵に集中する事が出来たけど、今回は敵になる相手が多すぎる。国やその組織が俺たちを狙ってくる可能性だってあるんだからな。だから、俺はあることをここに提案する」

 

「…提案…ですか?」

 

「うん。別動隊、つまり…

 

 

 

『彼女』を呼ぶ」

 

 

 

 

 



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チャプター2-5 「二つの世界 = 前夜のアルヌス =」

お待たせしました。
最新話の投稿です(汗

今回で多分、今年の投稿はラストになる…かなと思っています。
来年もまた、よろしくお願いします。

そして。今年ラストの話はいよいよ日本に行く前夜までになります。
かなり話を端折ったりしていますが、そこは生暖かい目でお願いします。ええ。

そしてマスターの皆さん。いよいよ22日には最終決戦ですよ。
―――石と絆は十分か。


それでは、お楽しみください。




 

とっぷりと暗くなった夜の世界。だが時計の針は三時になり、少しずつ夜明けへと近づいていた。

夜の時間が終わり始め、周囲からマナの光が消え始める。あふれ出ていた光が徐々に消えて行くのは、もうその光が必要ないからだろうか。幻想的だった風景は次第にありきたりな夜の殺風景さを見せ始め、西へと進んで行く月は夜の終わりを告げようとしていた。

そんな夜更けと夜明けの狭間の時間の空をランサーは一人、屋敷の屋根に腰をおろして眺めていた。

 

 

「…もう夜明けか」

 

誰も居ない屋根の上でポツリと呟いたランサーの言葉は、本心にも思っていない言葉で彼の頭の中ではそれとは別の考えがあった。この世界のこと。出会った者たち。そして炎龍。

 

「………ハッ」

 

不意に出て来た小さな笑い吹かしに自分でも可笑しく思える。

だが、彼の中ではそんな事もまんざらではなかった。特に炎龍と出会った瞬間。彼は本当に可笑しくて笑いが止まらなかったのだ。

 

「影の国でもあんなのは居なかったな」

 

そもそも彼の時代にドラゴンの類が居なかったこともあるが、ランサーにとって炎龍のような巨大な敵自体も生前経験のないことだった。彼が本格的に竜や巨大な敵との戦いを経験するようになったのは英霊となって、蒼夜の下に来てから。魔神柱や巨大なドラゴンは勿論、ワイバーンもこの時が始めてだ。

まだ見ぬ敵と相対する日々。これがどれだけ刺激的で飽きも落胆もないか。彼にとっては、毎日が飽きることはないだろう。

 

「そういや、次は坊主たちと”日本”っつー場所に行くんだっけか」

 

英霊として聖杯から一定の知識を得ているが、その知識はあくまで聖杯戦争中の行動に困らない程度のもの。専門的な知識や聖杯戦争と無縁の事物に関しては当然ながら持ち合わせていない。サーヴァントはあくまで聖杯戦争に呼び出される存在であって、その他の使い魔のような長期的な活動を目的としたものではない。なので、もたらされる知識は最低限、活動するにあたって必要なものだけだ。

 

「そういや、前の聖杯戦争じゃのんびりできなかったからなぁ…坊主に頼んでみるか…」

 

過去に一度、そして蒼夜の下に来てからもう一度、第四次聖杯戦争の時代に渡ったことがあるが、一度目はマスターの問題から。二度目は早期に聖杯戦争を終わらせ、聖杯を手に入れるということから長居することができなかった。

三度目の正直というが、果たして自由に行動できる時があるだろうか、という事にランサーは蒼夜にその時間を作れないかと相談しようか考えていた。

彼も久しぶりの現代ということもあって、時間は作りたいはず。であれば、と。

 

 

「………ん?」

 

ふと耳を澄ませると、夜の世界に乾いた音が一つ鳴り響き、同時に誰かの悲痛な声も響き渡った。

 

 

 

 

 

 

時は少し巻き戻り、蒼夜たちカルデアのメンバーが集まる部屋には新たな来訪者が立っていた。

 

「…というわけで、昼にアルヌス帰還。翌朝、我々は日本へと向かう予定です」

 

「分かった。こちらも明日に戻れるように準備しておこう」

 

伊丹の部下である富田は日本に行くまでの予定を話し、明日の朝には向かうと説明する。今は日を跨いだ深夜三時。明日の朝ということは、そこから更に一日。つまり今日一日は比較的自由に活動で出来るということだ。

話を聞いていたキャスターは相槌と合わせて返事を返すと、それまではある程度自由な行動ができるぞと、アイコンタクトで蒼夜に伝える。話から分かっていたが、改めて具体的な時間を知ることができた蒼夜は小さく笑みを作った。

 

「ありがとうございます、富田さん」

 

「いえ。それじゃあ、自分たちは隊長の部屋にいますから。何かあったら部屋に来てください」

 

必要なことを伝えた富田は、直ぐに部屋を後にする。軽い敬礼と共に帰っていく姿は平静を装っているが、目が多少泳いでいたのはアーチャーやキャスターだけが察していた。

ちらりと目を動かすキャスターは、念のためにマスターに体調を訊ねる。

 

「ということだが…体は問題ないな?」

 

「うん。寝起きは少し気分悪かったけど、今はもう平気」

 

蛇足や質問も無かったことに多少の違和感があったが、それは今訊ねるべきではないのだろうと思っているだけ。なにをすることもなく去って行った後ろ姿に警戒心を持っていたが、恐らくそう思っているだろうと想像しつつ遠のいていく足音に蒼夜たちは今後の行動を話し合う。

その中で最初に不安を打ち明けたのはアーチャーだ。

 

「いよいよ明日の朝には日本か。無事に戻れるといいのだがな」

 

「何かがある、ということは確実ですからね…できるだけ日本政府が穏便に済ませてくれることを願うしか…」

 

「それは無理かもしれんぞ。なにせ、我々の他にも特地の二人の少女と亜神の神官がいる。連中にとっては最高の交渉材料であり、宝の山の鍵のような存在だ。喉から手が出るほどのものをみすみす逃すとも思えん」

 

特地で友好関係を持ったレレイ、テュカ、ロゥリィの三人。彼女たちが門の向こう側の国々にとって大切な存在()であることは言うまでもない。その存在自体が現代の世界にない存在、種族であることも確かだが、彼女たちは特地の世界について彼ら以上の知識を持っている。資源や技術といったものが山のように眠っている宝の山の在処を知る者たち。

 

「加えて、彼女たちにはそれぞれ現代にはないもの(・・)を持ち合わせている。魔法、種族、亜神。どの特徴も神秘がほとんど失われた現代では財宝にも等しい」

 

レレイは魔法知識。テュカはエルフという人類と別の種族。そしてロゥリィは亜神。いずれは神になれるという存在で、不老不死だと聞かされている。

魔法知識はそもそも厄除け程度しかない彼らの世界にとって、使いようによっては様々な物に転用できる。

エルフは人類種とは別の種族なので人にはない能力、身体を持ち合わせている。研究される可能性もなくはない。

そして亜神。いずれは神になるということもあるが、その使徒が友好的なのだ。彼女の主である神と関係を持てば強大な力になる。

つまり。

 

「とどのつまりは力ですか…」

 

「残念だがね。今の国家は権力と金と軍事力、それとポストしか頭にないのが大半だからな。彼女たちは特地への鍵であると同時に貴重な資源でもある。十中八九、主要国家からの手が伸びてくるだろうな」

 

その中に確実に自国である日本も名を連ねているのだろうと思うと、蒼夜の心労は更に増え頭を抱えて盛大なため息をつく。

これには清姫も純粋に彼のことを気遣う。

 

「ああ、お気を確かにマスター…」

 

 

「ですが、現代…神秘がほとんど失われた世界で特地の魔法が役立つでしょうか?」

 

「…無理だろうな。ただ一つ。その魔法を扱ってる奴を除けば」

 

意味深な言葉をキャスターは呟く。魔法の原理は基本、彼らの世界とほとんど変わりはない。大地などに存在するマナと体内のオドを使った原理。しかし、現代の世界は科学技術と豊かさを優先するあまり自然との共存や神秘を棄てて来た。結果、彼らの世界でもキャスターの世界でも、神秘は秘匿するべきものとして扱われている。

が、仮に魔法が使えなくても彼らにとって、まだレレイのような魔導師たちに利用価値がある。

 

「彼らはいわば科学者のような存在だ。魔法を研究し、解明し、次の研究を行う。飽くなき探求心と好奇心。そして頭脳。想像力もあれば、いよいよその手で利用されるだろう」

 

学者としての要素は十分に持ち合わせている。ならば、彼らに満足させるだけの設備や資料を整えて延々と研究を繰り返させればいい。強要されるということで反発はされるだろうが、それは口八丁手八丁でどうとでもなる。

 

「特地の魔導師たちにとっても現代の科学技術、それによって解明されたことは十分研究にも成り得る。だから抱き込めば協力して研究する気にもなるヤツが出てくるだろう」

 

「まぁ…人によってはという点もあるだろうけど…レレイも興味津々だったからな」

 

レトルトでさえも彼らにとっては研究対象に成り得る。技術と文明の差が研究を行わせる意欲にもなるだろう。

 

「んで…亜神の場合は単純な力か」

 

「ロゥリィさんの能力や認知度を見る限り、信仰もあるようですし、その主である神に近づけるのであれば…」

 

マシュもキャンプでの避難民たちとロゥリィとの接し方には、敬われているという雰囲気があると見ていた。実際、伊丹たちもロゥリィと初めて邂逅した際には避難民の子どもたちが何の警戒心もなく喜んで近づいていた。

 

「ロゥリィとその主。二つの力を手に入れられる…かな。主のほうは怪しいけど」

 

「むしろ、どっちも怪しいと思いますよ。だってロゥリィさん…アレですし」

 

善悪は公平に審議され、そして処される。ロゥリィの行動原理はいたってシンプルなものだ。

それだけにその力を利用するというのであれば確実に彼女たちに処されるのは目に見えていること。

 

「それでも亜神…その力をしばらくは利用できるんだからまぁ…やりかねないか」

 

「無理ありますけどね…」

 

 

…と。ここまで、特地の面々のことについて現代の国々がどう利用するだろうかと考えていた蒼夜たちだが、当然。自分たちが狙われる可能性もあることを忘れてはいない。

厳密には警戒されているのだが、正体が知られれば確実に彼らも誘拐や拉致されるだろう。なにせ、彼らの陣営は名を聞くだけで腰を抜かす面子が大半を占めているのだ。大英雄、王者、誰もが一度は聞いたことのある名を持つ英雄たちが、まさか召喚されているなどと。

 

「…それで、私たちも日本に行くのですが…どうするのですか、先輩」

 

「どうするって…なにが?」

 

「えっ…い、いやマスター…」

 

話をふったマシュもそうだが、呆けた顔で首をかしげる彼の反応と返事にリリィたち少女は返事に困り、アーチャーとキャスターの二人はため息をつく。話題について来られていたのか、それとも既に考えがあるのか。どちらにしても唐突に予想外の反応が返って来たことでマシュも言葉を続けられなかった。

 

「今は国連の組織であると誤魔化しているが、いずれはそれが虚実であることに連中も気付く。その場合はどうする気だ」

 

改めてキャスターが問い直し、マシュが激しく首を縦にふる。

アルヌスで挟間陸将には、自分たちが国連組織の人間であるという虚実半々のことを話した。実際、カルデアは国連の認可された組織であることは確かで、それは蒼夜が初めてカルデアに訪れた際に所長のオルガマリー本人の口から語られている。

が、それはあくまで彼らの世界での話だ。

 

「事実、この世界に人理焼却の未来はなく、恐らくカルデアもない。更に言えば、魔術協会や聖堂教会。アトラス院もない。私たちの世界に存在する魔術世界の組織、人間がほぼ確実と言っていいほど存在しない世界だ」

 

もしかすれば、まだ人理焼却が先なだけかもしれない、という可能性もあるが、だからといってもそれか可能性、仮説の一つでしかない。しかも、仮にこの世界もいずれは焼却される運命だとしても、今の情勢からすれば夢物語に等しい。いや、この世界では完全に夢物語、本当のような嘘なのだ。

 

「遅かれ早かれ、日本政府は俺たちについて、そしてカルデアについて調べるだろう。そして、俺たちの組織が存在しないことに気付く。であれば」

 

「―――彼らは一体何者か。何が目的か。どうして特地に居たのか」

 

戸籍すら蒼夜の場合はないハズだ。架空の組織の人間として、どうして彼がそこにいるのか。

そもそも戸籍すらない彼は一体何者か。なぜ、日本語を話せるのか。どうして自衛隊しか派遣されていない場所、特地に居たのか。

投げかける疑問、矛盾は多く存在するが、確かなことはひとつある。

彼らのいう組織、カルデアはこの世界のどこにも存在しないということ。

影も形も、痕跡すらもありはしない。架空の組織なのだ。

 

「そもそも存在しない組織を名乗る連中。しかも、まだ自衛隊しか行けていない場所に平然と入っている奴らだ。そして、日本語を話し、名前から日本人ではないか、という可能性から戸籍を探られる。その結果は…言うまでもない」

 

「カルデアっていう嘘の組織に所属しているつもり、もしくはそう言っているだけの戸籍不明の青年…か」

 

「ま。それが君の現在の状態だな」

 

「カルデア…いえ、そもそも魔術師たちの世界が存在しないのでは、その言い方も無理ないのですかね…」

 

「せめて私の旦那―――」

 

「清姫さんは黙っててください」

 

清姫の妄想を断じるマシュの言葉は、蒼夜の心にも痛く突き刺さった。マスターという肩書、魔術師という立場は、魔術師たちが作り上げた世界では通用するがその世界がないのであればただの誇大妄想をした青年の馬鹿な自称でしかない。

 

「正直、今回の審問は言い逃れ出来ないと考えていいだろう。なにせ、下手をすれば君は公衆の面前に晒されるのだからな」

 

「テレビ中継で痛い子宣言? そんなのは芸人さんだけで十分だって」

 

「芸人も好きでやってるワケではないのだがね」

 

アーチャーの小言を他所に、避けられない状態と未来であることに代わりはないと見た蒼夜。無論、それを避けたり逃げたりする気は彼にはない。ココで逃げれば確実に彼は自衛隊、ひいては日本から敵視されるかもしれないのだ。それだけは今の状況では何としても避けたい。まだ帝国、ピニャとの関係も安定せず、自分たちだけで行動するにも情報や地理などの材料が少なすぎる。

 

「…それはそれとして…さて。どうするかな…」

 

「ルーラー…ジャンヌさんの《聖人》込みの《カリスマ》スキルがあれば、まだ何とか打開できるとは思いますけど…」

 

「…マシュ。それ、俺への当てつけ?」

 

「…スミマセン、先輩」

 

だがマシュの言う通りでもある。聖女ジャンヌ・ダルクは、エクストラクラスと呼ばれる七騎とは別のクラス『ルーラー』で召喚される。そのスキルの一つとして《聖人》があり、それが《カリスマ》のスキルと合わさると、自然と他者を信じ込ませる効果がある、と過去にジャンヌ本人から聞いた事があるが、残念ながら台所事情からそれは叶わぬ願いだった。

 

「だが事実だな。そうでもしない限り、下手にいう事もできない。今回は、マスターの運が祟ったか」

 

「…なら、ライダーさんのスキルではどうでしょうか?」

 

沈黙していたリリィの提案に、真っ先に可能性を考えたキャスターと蒼夜。ライダーも征服王の名は伊達ではなくカリスマのスキルを持ち合わせている。しかも、ランクはAと話題に出たジャンヌよりも更に上だ。ランクAは人が持つ中では最高位。一応それより上としてA+があるが、そこからは呪いの域であると所持者(・・・)本人の口から語られている。

だが、それだけのランクであればあながち出来ない話ではない、かもしれない。

 

「けど、鈍感な連中だよ? 仮に信じるとしても直ぐに反論する可能性もなくはない」

 

「…だがライダーのスキルを使うことには賛成だ。あのガタイと意気込みで、ロクなランクではなかったら、生前の伝説を美談化させることさえも出来ん」

 

「………。」

 

(リリィの前で、それを言うか…)

 

恐らく、カリスマのスキルの効果は発揮されるが、それでも彼らの中にある「それを到底信じられない」という”凝り固まった現実”がある。特地という異世界、ファンタジーの世界があるのに、それを夢物語として語るしかない。でなければ、自分たちの世界が犯され、自分の立場、地位が危ぶまれるのだから。

極論、言ってしまえば彼らは自分たちの世界に介入されることを極端に嫌っているのだ。

 

 

「ライダーのスキルを活かすってことを軸にして説得…もしくは信じさせるか」

 

「できない話でもなさそうですけど、問題は私たちの組織と先輩の存在ですよね…」

 

いくらライダーのスキルがあるからと言っても「自分たちが並行世界からやってきた少し未来の人間である」なんて言われて直ぐに納得させるとは思えない。言えば大爆笑されることは間違いない。

であればどうするか、と言われると。

 

「証拠…だよな。必要なのは」

 

「私たちの目的、状況の信憑性を高める要素ですか…」

 

完全に政治家たちの説得をライダーとキャスター(・・・・)に投げた蒼夜たちは、当然それだけで信用してもらえるとは思っていない。なにか信憑性を高める要素、証拠物品があれば黙らせるぐらいはできるのだろうが

 

「あるのは…えっと…」

 

と、言って自分の持ち物を探り出す。

蒼夜の持ち物は通信機、布のハンカチ、ルーンを刻んだ宝石が複数(クー・フーリン(術)が作成)。予備魔力が詰まった小瓶(ダ・ヴィンチ作)、小型の望遠鏡、携帯食料(カ○リーメ○ト)、飲料水、そして自分の世界での持ち金。

 

「……しょっぱいな」

 

「ああ、しょっぱいな」

 

「うるせーよ野郎二人ッ!!!」

 

明らかに資金を見ての感想に怒る蒼夜。年頃の青年というだけあって、流石に持ち金は自慢できるほどではない。硬貨しかない小さな財布の中身に、妙な期待を持っていたらしいサーヴァントたちは開けられた中身の寂しさにそれ以上の言葉がでなかった。もっとも、それ以上出るのなら蒼夜も堪忍袋の緒が切れるのだが。

 

「ま、まぁ流石に先輩のお金を使うまでにはならないでしょうし…」

 

「では、そのお財布は妻である私が」

 

「清姫さん、ホント自重してください」

 

 

改めて蒼夜の持ち物を眺めながら思案する一同。別に、彼の持ち物で信用させるということになっていないが、何か手がかりはないかと、探り始めたことから次第に「そうするしかない」という様な状態になっていた。

蒼夜も、自分の持ち物でどうにかできないかと中身を探るが、彼の持ち物とそれを入れたバックパックには、たいしたものを入れていなかったなと悲観的だった。

入れたものと言えば、特異点での物ばかりで

 

(……………ん?)

 

すると。

 

 

 

 

 

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

夜明けの深夜三時。イタリカの町にある、フォルマル家の屋敷にて一人の自衛隊員の声が木霊した。マシュは目を更に丸くし、蒼夜は小さく口を開ける。そして、キャスターは冷静に声の主が誰だったかを予想した。

 

「………え?」

 

「…今の声は…」

 

「確か…伊丹とかいう…」

 

そして、その前に小さく乾いた音が響いたのだが、この時の彼らには音の正体が分からなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと。木霊した声と乾いた音。この二つの原因は双方の誤解からだったという。

蒼夜たちのもとに謝罪したボーゼスたちは、その後ピニャの下に呼ばれ彼女からの処分を言い渡された。パナシュはお咎めなし、ヴィフィータは処分を言われたがそれが果たして処分と呼べるものかは怪しいものだった。

問題はボーゼス。伊丹を殴り暴行し、重症を負わせたということから、使節への暴行として立派な協定違反だ。重罪であるのは彼女も覚悟だったが、言い渡された処分は重いものだった。

 

 

 

―――体で支払わなければならない。

 

 

 

その言葉にその場の空気は凍てつく。一瞬、血の気が引いたボーゼスは直ぐには言葉が出なかった。抵抗はあったが、それがピニャの下した指示であるなら、せめぎ合いが僅かな間に彼女の心の中で行われていた。騎士として、彼女の部下として、従うのは当然。

抵抗できるはずもない宣告にようやく屈したボーゼスは息を整えて、震えながら口を開いた。

 

「ピニャ様と帝国のため、この身を捧げましょう」

 

まるで、おぞましい怪物の生贄にでもされるかのようなやり取りだが、自衛隊との力量差からすれば、その言い方もどこかしっくり来る。自衛隊と帝国との戦力差、技術と文明の差。どれをとっても帝国が圧倒的不利であることは確かで、ピニャたちの場合それが一種の助長となって戦端を開く口実になるのではないかと恐れていた。無論、自衛隊や日本がこんな些末事を、言い訳にすることはない。

 

「伊丹程度の男には惜しいが…これも帝国の為、無益な血を流さないためだ」

 

「はい…」

 

 

―――斯くして、戦端を開く口実を摘むため、ピニャは責任者としてボーゼスにその贖罪を言い渡した。

その身をもって彼に取り入ること。そして、ひいては帝国の兵士を一人でも多く生かすために。

…しかし

 

 

 

 

 

「………で。なんだありゃ」

 

「…二次災害だな」

 

厳密には二次被害…とでもいえるのだろうか。

応接間に集まった伊丹の隊の面々。蒼夜たちカルデアの面々。そして、騒動を起こしたボーゼスが騎士の甲冑ではなく薄い紫のネグリジェを着て、伊丹の隣に立っていた。

小声とも独り言ともいえる音量で呟いたランサーは、目の前で起こっていることに対して呟き、隣で壁に寄りかかっていたアーチャーは答えるように言った。

全員整列。深刻というよりも何か気まずい、母親に叱られるかのような空気の応接間では、文字通り母が子を叱りつけるような顔つきで、ピニャが訊ねた。

 

 

「で。その顔の新しい叩き傷は?」

 

「……………私がやりました」

 

申し訳もない顔で下に俯いたボーゼスがボソボソと答えた瞬間、ピニャは生気が抜けたかのように椅子へと落ちて行った。しかも、椅子から滑り落ち、もはや姫としての姿はなく一人の苦労人としての姿しかない。

 

「とんでもないストレスでしょうね…髪の毛が抜けないか心配です…」

 

「育毛剤より胃薬だろ…この場合…」

 

「わかる…分かるぞ、殿下…!」

 

「…もしもーし? 先生ー?」

 

何故か同情するキャスターを見て、なにしているんだと肩を揺する蒼夜。なぜか今にも泣きそうな顔をしている彼の目はどこか遠い。

そんな彼を他所にしてマシュとリリィ、そして清姫は近くにいた栗林に、どういう事かと説明を頼む。

 

「あの…栗林さん、これって一体…」

 

「ん…えっと…私も途中からしか見てないから全部は言えないけど…」

 

端的に説明すれば、リリィが蒼夜たちの部屋に来たのと同時に、伊丹の隊の隊員たちも隊長救出のため再度屋敷に潜入した。しかし、そこに居たのはメイドたちに介抱されている姿で、苦痛や疲労とは程遠い状態の伊丹だった。

運ばれた伊丹がその後、フォルマル家のメイドたちに介抱されていたことを聞き、隊長の無事などを確認した彼らは一晩の文化交流へと流れて行った。

…この時、当然この事を知らない騎士たちは、生け贄を捧げるが如くボーゼスを向かわせたのだった。

 

「で。なんか私たちが楽しんでるところで、あのスッゴイ姿で出てきて、それで…」

 

「…折角、身を削る思いで来たのにそれが無駄どころか必要すらなく、完全アウェーになったと」

 

「それで…」

 

結果、自分の覚悟は何だったのか、と踏みにじられたこともあり、ボーゼスはその元凶たる伊丹に対し平手打ち。彼の顔には癒されていない暴行の跡に加え、赤く腫れあがった平手の跡が出来上がったのだった。

当然。双方に誤解があったこともあるが、完全にまた自分たちの方から手を出してしまったということで、ピニャの心労は更にたまった。

 

「よりにもよって…しかも…また……ああああ…」

 

手を出してしまったのは完全にこちら側。しかも一方的ともなると、余罪としては十分だ。

最悪の事態からどうにか打開せねばと思っていたのに、それが裏目に出てしまったことに、ピニャはどうしてなのかと問いたくなる。

考えとしては、彼女たちの世界として常道なのだろう。しかし、これは単に間が悪かったとしか言えない。

 

 

「ハハハハハ。まぁ、それは間が悪かっただけだな。すんなり諦めい」

 

「気楽なことを言う…」

 

「こんな事で一々気にしていれば王は務まらんのでな」

 

気まずい空気だというのに、なにが可笑しいのか明るく笑い飛ばすライダー。その晴れ晴れとした顔に今度は蒼夜の顔色が曇ってしまう。

 

「…で。なんでライダーがここに居るの。つか、そこにいるの?」

 

まるでピニャの知り合いか何かのように堂々と彼女の隣に立つライダー。傍から見れば親子にも思えてしまう光景だが、片や敵国の姫、片や幽霊の元国王だ。

取りあえず、蒼夜が問いたいのはどうして彼だけがそこに居るのかということだ。

 

「ん? まぁ、色々とな。それより坊主。傷はもう平気なのか?」

 

「…歩くとかなら別に」

 

話を逸らされた蒼夜は、ジト目で注視し「質問に答えたのだから」と自分の投げた質問に答えるようにアイコンタクトする。それに気づいたのか、再び笑うと勿体ぶるような言い方で答えた。

 

「こっちもま、少しばかり助言をしてやっただけだ」

 

「………。」

 

場が膠着し始めてきたので、話題を進めたいと口を開いた富田はピニャに今回の一件の処分や対処については彼女に任せたいと言い出す。

 

「あの…今回の一件、私たちは特に荒立てる気はありませんので…対処はそちらに任せても…」

 

「そうはいかん…今回、二度にわたって私たちが手を出してしまったことだ。なにか詫びを入れなければ、こちらの気が収まらんし、話も丸く収まらん」

 

「…そう言われましても…」

 

「せめて、明日の朝まで待ってくれないか。こちらとしては今回の戦いでの個人的な礼をしたいのだが…」

 

しかし、更に倉田が割って入り、予定が詰まっていることを話す。

 

「お気持ちは有難いのですが、隊長は国会に参考人招致を掛けられていて…今日にはアルヌスに帰還しなければならないんです」

 

「………!」

 

難しい言葉も混ざっているが、何より自衛隊員たちとピニャたちとには未だ言語の壁があり、彼女の目はちらりとレレイの方へと向けられた。今、日本語と特地の言葉を両方話せるのはサーヴァントたちを除けば彼女だけだ。

 

「…伊丹は私たちの所でいう元老院に呼び出されているらしい。今日にも、アルヌスに戻っておかなければならないと」

 

「ッ…元老院…!?」

 

多少の差はあるが、概ねの意味は同じだった。伊丹が日本の政治機関に呼び出されていることを聞いたピニャの表情は苦虫を噛み潰したかのように苦しい表情になる。

それに目を細めたアーチャーは何かに気付いたらしいが、他の面々は蒼夜を加えて誰一人として気づいてなかった。

一瞬、彼女の表情の中に何かが混じっていたのだ。

 

(……まさか)

 

仕掛け人の顔を窺うと変わらず笑みを作っている。

であれば、彼女の考えは彼によって手玉に取られている。

 

「……そうか。仕方ないな」

 

「…なら―――」

 

話が纏まった。特地に戻ってから、このイザコザの始末があるとなると気が重くなるが、今はそれ以上に参考人招致に行くことが優先なので、面倒ながらも後回しにできたことに安堵していた………のだが。

 

 

「なら。妾も同道させてもらう」

 

「……………え?」

 

刹那。ピニャから出た言葉に、伊丹だけでなくその場にいたほぼ全員が一斉に固まってしまう。彼女の言葉、それが聞き間違いではないのかと疑いたくなるが、生憎と言い出した本人の顔はいたって真面目、変える気も補足も、ましてや付け足す言葉一つでさえもない。

決意を固めたという顔に、伊丹は震え声で恐る恐る訊ねた。

 

「ぴ、ピニャ殿下…それって…どういう…」

 

「どうもこうもない。協定違反、一方的暴力、どちらも重要なことだ。しかも、どちらも原因がこちら側にあるのであれば、それを指揮官や将に謝罪するのが筋というものだろう。

 だから妾は、伊丹殿の指揮官、軍の責任者に詫びなければいけない。であるなら、私がアルヌスに行くこと自体、不自然ではあるまい」

 

「え…いや…その、ですね…」

 

話の筋がある程度通っているせいで、伊丹も反論という反論ができない。

部下である騎士たちの不始末を、責任者であるピニャが詫びる。正しいことであるし、その相手に対して自分たちから行くことも何の間違いもない。

だが、タイミングがタイミングで、しかも参考人招致が掛けられているこの時に呼び出されるのは、極めて面倒なことだ。

 

「…書状でもいいのでは…?」

 

「助けられた側だというのに、偉そうに手紙だけをもって帰らせろと? 妾とて、そこまで無礼ではない。敵であるにも関わらず、我々を助けてくれた恩についてもある。

 ここまでされていて直接顔を出さずに礼を述べる、などということは恥だ」

 

「えー…」

 

「であるなら、協定違反を含めてそちら側に赴き、礼を述べるのもまた当然のことだと思っているが……違う、か?」

 

堂々と言ってみたが、文化の差があるので困り顔をしていた伊丹を見て内心でも「間違っていたのか」と気にしてしまう。間違えてはいないのだが、伊丹たちにとっては都合があまり良くない。

 

「まぁ…別に不自然ではないですし、こっちでも礼儀としては通っているのですが…」

 

「…なら、問題ないのではないか」

 

「………。」

 

 

(強引にねじ込んでくるな…あのお姫様)

 

(ええ…なんだか、最初とは雰囲気が少し違うというか…)

 

小声で耳打ちをする蒼夜とリリィは、その原因であるだろう征服王(ライダー)の顔を窺う。無言のまま仁王立ちしているが、目を閉じたままの顔はご機嫌そうだ。それでよいと言わんばかりの頷く表情は、見ただけで彼らに真犯人の確証を持たせた。

 

(ライダーのヤツ…)

 

(見ただけでけしかけた張本人の正体が分かるな…)

 

(あの馬鹿…)

 

蒼夜は無言のまま、げんなりとした顔で肩を落とし、目を閉じたアーチャーは小さくため息をつく。そして、頭痛と胃痛に襲われたキャスターは頭を抱えた。

完全に彼の入れ知恵だ。と。

 

 

(…アサシン)

 

(ここに)

 

(…百の貌の全員に通達。報告はアルヌスで行うこと。それと、明日からはしばらく戻れないって)

 

(承知。連絡が終わり次第、私もそちらに合流します)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が昇り、晴天の空が青々と広がる。町には、まだ少し焦げ臭いニオイが混じっていたが、次に来るときは大丈夫だろうと思い、大して気にもしない。

復興が進む町の中にある屋敷の正面では、伊丹の隊の車両三台が停まり、隊員たちや蒼夜たちを次々と乗せていた。

その中には、使節としての服装なのか甲冑とはまた別の服装に身を包んだピニャとボーゼスの姿もある。

 

 

「…はぁ…なんでこんな事になったんだか…」

 

車内で溜息をつく伊丹は、憂鬱な顔でぼやく。自衛隊の仕事とはいえ、何故こんなことになったのかと自分の運命を呪いたい、もしくは呪われているのではないかと思えてしまう。

少し仕事して、楽して生きたい。それが彼のポリシーだというのに、それをさせまいと神が阻むかのように。

 

「本当に姫様たちも来るとはな…」

 

「仕方ありませんよ。向こうの申し出なら、断ることもできませんし」

 

 

結局、断ることもできないので、伊丹たちはピニャとボーゼスの二人をアルヌスに同道させることを受け入れた。その他の騎士団員たちはイタリカの守りとして置いていくことになり、しばらくはそこが彼女たちの拠点となるらしい。まさか騎士団全員が来るのではないかと思ったこともあったらしいが、今回の騒動を起こしたボーゼス、そして騎士団の主としてピニャが同行すると言った時は少し肩の荷が下りたらしい。

 

「…これで更に面倒なことに…なるな」

 

「隊長。目が遠くを眺めてますよ。隊長ー」

 

魂が抜けている伊丹が座席からズルズルと滑り落ちそうになるが、それを食い止めるかのように後部座席から富田が顔を出す。手には無線機を持っているので、アルヌスと連絡を取っていたようだ。

 

「隊長、檜垣三佐からです。「受け入れOK。丁重に案内せよ」と」

 

「…了解。こうなったら、割り切るしかないのかね………前へッ!」

 

すっかりと諦めたのか、伊丹の声は号令の時だけキッチリとしていた。

次々と降りかかる災難に、もはや逃げることも難しいと観念したのか、それともその時だけはしっかりするようにと厳しくされたのか。恐らくは諦めたのだろうと、後部に乗っていた蒼夜は予想していた。

全員乗車、確認を済ませた伊丹たちの隊の車は、こうして激戦地だったイタリカをようやく後にした。

 

 

 

 

 

イタリカからアルヌスまでの道のりは、馬車では丸一日はかかると言われていた。

しかし自衛隊が乗るのは馬車ではなく車なので、その移動速度から到着時間は雲泥の差と言えるほど違った。

その日の内にアルヌスに到着する。これを目にしたピニャとボーゼスは酷く驚いていた。

 

 

「あ…もうアルヌスか…ふぁっ…」

 

「…寝てないの?」

 

座席に腰を落とした体勢で座りながら欠伸をする蒼夜。眠たげな顔を見て、目が合ったテュカは虚ろになっていた表情に心配そうにしていた。

車に揺られていた蒼夜も、頭があまり回らないらしく小さく頷くだけだ。

 

「二時間しか寝てない…」

 

「あの後、少し寝ただけですからね…」

 

「ふぁぁぁぁぁぁっ…」

 

「…本当に大丈夫?」

 

「…だと思います…多分」

 

普段、最低でも五時間は寝る蒼夜だが、今回は不完全燃焼といえる睡眠時間なので、頭の中は未だ靄がかかり思考も働かず、目も次第に閉じようとしていた。

文字通り寝不足になっていた蒼夜は、睡魔によって再び夢の世界へと落ちようとしていたが、目を閉じて眠ろうとしていた彼をマシュが揺すって起こそうとする。

 

 

「先輩、寝るのなら着いてからで…!」

 

「ううん………ロマン、あと五分………」

 

「――――――あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターロマン。現在のカルデアの最高司令官で、医師としても働いている。

しかも、蒼夜たちのレイシフト時にはオペレーターとしてサポートもしなければならない。その多忙さは、並の職員なら軽く過労死するだろう、という超ハードワークだ。それを体を無理に酷使してまでサポートする理由。それは、彼の背中にも全人類の命と命運がかかっているのだということや、魔術師として、マスターとして未熟であり、未知の世界ともいえる特異点の世界に対し、少しでも安全に、安定した行動や戦いが行えるように。

彼自身、戦いはできないが、サポートは十分にできる。だから、彼はそれでも蒼夜たちをサポートするのだ。

…が。

 

 

 

「忘れてました。ドクターたちとの通信、できていませんでしたね」

 

「というより、こっちから一方的に通信を切っていた…いや、切るしかなかったか」

 

この世界、特地に来てからカルデアとの連絡は一切途絶えていた。というのも、炎龍の襲来で蒼夜が気絶した際に、どうやら通信機の電源が落ちたのか故障したらしく、しばらく使えない状態だった。

最初こそ連絡を密に取り合っていたが、襲撃からの休む間もない蒼夜たちの行動に、連絡をする暇もなかった。

 

ここ(アルヌス)に来た時も、自衛隊の監視があったので迂闊には出来ませんでしたけど…今回なら大丈夫ですよね」

 

自衛隊との邂逅、その基地への連行。そしてイタリカでの戦い。立て続けに起こっていたことがようやく終わり、一息ついたマシュは蒼夜が持ち歩いていた通信機を取り出した。

 

「レディ。通信機は問題ないのか?」

 

「はい。見た感じ、目立った損傷はありませんので、恐らくは…」

 

大した傷もないので大丈夫だろう。そんな、いい加減ともいえるような判断をしたマシュは、通信機のスイッチを入れた。

しかし。通信機に反応はなく、ただスイッチを入れた音だけしかなかった。最初はただのタイムラグかと思っていたが、仮にも最新技術の塊であるし、使用年数が経過しているわけでもない。

 

「…おかしいです…反応が…いえ、もしかして…」

 

いくら押しても、動かしても反応のない通信機に、まさかと血の気を引くマシュ。だが、その場にはその手の事について詳しいサーヴァント(・・・・・・)が居ない。詳しいことについては、彼が見ないとどうにも分からないが、長い間、使い続けたマシュもこれには直ぐに答えが出る。

 

「まさか故障…」

 

「このタイミングでとはな…全く…ほとほと、彼の運の無さには呆れるしかない」

 

通信機が故障したタイミングは後にも、先にも思い当たる時は一度だけ。それ以外に考えられるタイミングなど、二人の中には存在しない。たった一度だけ、殴られた時とは違う思い切った打撃を受けたのは

 

「炎龍との戦い…でしょうか」

 

「可能性としてはあり得るだろう。だが、その事については後回しにしよう。今は通信機を修理することを優先だ」

 

壊れたタイミングは、炎龍との戦いで蒼夜が気絶した時ではないか。ひとまずはそれを原因として、先にその壊れた通信機を修理しなければならない。あとで幾らでもその事について話し合えるほどのたいしたことでもない話題だと、キャスターが断じ、マシュも手に持った通信機を握り、了解の意味として首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

アルヌスに帰還した伊丹率いる第三偵察隊。戻って来て直ぐに、伊丹はピニャに話しかけられていたが、面倒事があると踏んで、言いわけを置いて一目散に逃げてしまう。

それを呆れた目で見ていたアーチャー、苦笑するマシュたちカルデアのサーヴァントたちは明日の朝までの自由時間、それぞれの場所に散らばっていた。

マシュとキャスターは難民キャンプ内で通信を行おうとするが、故障していたことを知り。

アーチャーは糧食班に出向。ランサーは近くの森に入り休息。ライダーは自衛隊員たちの訓練を見に行っている。リリィは難民の子どもたちの遊び相手をしていた。清姫は蒼夜に付きっ切り、だがキャスターに監視の使い魔を張られていた。

そして。マスターの蒼夜も、十分な睡眠を取るために今は床に入って夢の中だ。

 

 

「はぁ…いいなぁ…疲れたら寝るって言って寝られるの」

 

そんな独り言をつぶやき、机に伏せた伊丹。彼は現在、帰還してからの後始末を一人淡々と行っていた。ピニャが何か変なことを言わないかと、先手を打って伊丹を止めようとしたが、それよりも先に彼は後始末を言い訳にして逃げてしまう。実際、確かに彼には戻って来てからも多くの仕事が待っていた。

 

「あ゛ー…疲れたぁ…」

 

まず使用した武器と弾薬、弾は残弾全てを返納し、銃は整備して武器庫へ。この時、破損した銃を見られて叱られタイムロス。

続いて、移動に使用した車の泥落とし。これは次も問題なく使えるため、他の隊や隊員が使えるようにするため。

そして。最後に参考人招致の説明を三人の少女たちに。レレイには先に話しておき、銃の整備や泥落としのあとにテュカとロゥリィに説明した。ちなみに、この時レレイの師であるカトーが「自分も行きたい」とごねていた。

 

「つかあの爺さんも来るのか…」

 

軽く笑って、もし彼が審問会に来たときのことを想像する伊丹は、そのあまりのシュールかつどこか馴染めている光景に小さな笑いが沸き起こった。

 

「まぁ…説得力はある…かな?」

 

老魔導師であるカトーが居れば、多少は特地のことについて信じてもらえるかもしれないと、密かな期待をする。レレイの師ということもあって、知識は豊富だろうというのも政治家たちを納得させるカギになる筈だ。

 

「無事に終われるかなぁ…参考人招致」

 

異世界の人間。未知の領域に住む者たち。他国からすればかっこうの餌だ。

未だ全貌が明らかではない特地からの人間は、日本以外の国であれば財宝にも等しい。だが、それは今の話。恐らく特地に入れば、自然と有用性が失われていつかは用済みになってしまうかもしれない。

しかし、今回特地から来る三人はそうして軽々と捨てられる者たちではない。若き魔導師のレレイ、人間種とは違う、エルフのテュカ。そして亜神のロゥリィ。

特に、テュカはエルフという架空だった種族であること。ロゥリィはエムロイの神に仕える使徒。さらわれれば最悪の場合、テュカはホルマリン漬けに、ロゥリィは信仰心を利用されるかもしれない。…それはロゥリィが黙って従っていればの話だが。

 

「………無理か。いや、そうはさせてくれないかな」

 

深いため息をつき、トラブルは避けられないと確信する。なにせ、連れて行く三人の素性がコレなのだ。他からすれば喉から手が出るほどの人物たち()。であれば、手が伸びてこない筈がない。

 

「向こうもそれなりにガードはしてくれるハズだし、あとは出たとこ勝負か」

 

現れる障害はなんとしても跳ね除けなくてはならない。日本に戻ってから覚悟しなければならないと、決意を固めるが、その意志に反して顔は軟弱に垂れ下がっていた。

まるで、明日のテストをやらなければいけないと考えながら、本心が顔に出ているという風に。

 

「………寝たい」

 

既に日も暮れて月明りが照らす時間、眠気が襲い始めた伊丹の目蓋はゆっくりと垂れ下がり始めていた。

睡魔によって意識が遠のきかけているが、まだ彼もやる事が残っているので寝るに寝られない。このまま寝てはいけないと、何か景気づけに眠気覚ましの趣味でもしようかと思っていたが、ふと、ドアが開く音が耳に入った。

 

「―――伊丹。居るか」

 

「…あれ。柳田…?」

 

眼鏡をかけた陰湿そうな顔をした男、幕僚の柳田がドアの向こう側から姿を現した。もう遅くなる時間なので部下かと思っていたが、その予想は外れて最近言葉を交わす事が増えた彼が現れたには、伊丹も思わず目を開いた。

 

「どうした…? まさかまた何か…」

 

「……まぁな。だが安心しろ。お前の考えているのとは違うからな」

 

小さく一笑し嘲笑うかのように返す柳田に、伊丹はそこまで言うかと内心では思っていたが、睡魔が頭の回転を阻害していることや、疲労感からもうそんな事で一々怒る気にもなれない。

体を伸ばした伊丹は、面倒そうに改めて訊ねる。

 

「で。俺に何か用か…? もう眠いんだけど…」

 

「………。」

 

ようやく話題に入れる。鋭い目で伊丹と顔を合わせた柳田はただ一言だけ言った。

 

「…ああ。けどここじゃ難だ。少し外で話さないか?」

 

「…?…いいけど…」

 

 

 

 

 

 

建物の屋上は、夜の月明りで白いタイル板を照らし、冷たい夜風が吹き抜けていた。だが、冷たさで肌が震えるほどでもなく、ほど良い風が室内で籠っていた蒸れた熱を冷ましてくれている。加えて、石油ガスなどの匂いが全くない空気は、日本に居た伊丹にとって新鮮以上の清々しさだった。

が、生憎と今回。そうしたリラックスのために伊丹はそこにいるわけではなかった。

 

「…で。話って?」

 

鉄パイプの柵に肘をつけ、夜風に辺りながら呆けつつも用件を訊く。隣で同じように柵に手を付けた柳田は小さく相槌すると、間を置かずに質問を投げる。

 

「伊丹。いくつか質問したいんだが…いいな」

 

「…いいけど?」

 

何も悪いことはしてないぞ、という顔で了承した伊丹に、柳田は何かを察したか理解したのか一息つくと、質問を始める。

それは、伊丹が第三偵察隊の隊長としてイタリカで起こった出来事についてだった。

 

「お前、イタリカであのお姫様と何について話した」

 

「何って…最初、イタリカについた時は俺たちが戦いにじゃなくて、鱗を売りに来ただけで、イタリカが滅ぼされちゃ困るからって、盗賊との戦いに参加するってことか」

 

「―――その他は」

 

「その他って………んで二度目は、戦いに勝ったから鱗を売れるようにすることと、協定について。これは、健軍一佐が居たから。で、その後、騎士団に色々と間違われて殴られたこととかについての話、この時に殿下がこっちに来るって言った」

 

「……なるほど。その三度だけだな?」

 

「……ああ。それだけだけど…何かあったのか?」

 

包み隠さずに本当の事を話した伊丹、だが柳田は一人だけ分かったような顔をしているので、どうしても伊丹は何がわかったのか。何があったのかなど、知りたいという気持ちがあった。無論、それを勿体ぶったり隠す気のない柳田は遠回しに答え始めた。

 

「…ま。お前には政治の世界なんか似合わないってことだな」

 

「その前に政界に入る気なんてサラサラないけどな…」

 

結局、何が分かったんだ。と問い詰める伊丹。このまま勿体ぶられるのは正直我慢できない。思い切って食い掛かった彼に、柳田も答えた。

 

「―――ピニャ殿下から、自衛隊に対しての要請があった」

 

「要請…?」

 

「内容は、イタリカの治安が整うまでの補強として、自衛隊に町の防衛を行ってほしい。つまり、俺たちにイタリカを守ってほしいって言って来た」

 

「えっ…ま、待て…それって!?」

 

「ま、お前でも分かるよな。この頼みがどういう意味なのか」

 

それは、ピニャたちが伊丹の居ない間に決めていたイタリカの今後しばらくの方針だった。

二度にわたる盗賊との戦いに大きく損耗したイタリカは、人だけでなく町も壊滅的なダメージを受けていた。それを容易に回復させることは、現代であっても。大国であっても難しいことだ。外壁の修復、地面の整地、戦場と化したあちこちの清掃。破壊された町の補修もその一つだ。

 

「イタリカは今回の戦いで多くの犠牲と被害を出した。それによって町全体の守りは一時的に弱体化している。民兵を駆り出してまでの戦い、それによる一般人、町民の減少。男たちの減少。復興は難航している」

 

「じゃあ…お姫様が要請した理由は…」

 

「そこまでかは分からんが。このままだとイタリカは再び戦火に巻き込まれる可能性がある。城塞の機能がマヒし、騎士団がやっとで賄えてる、だろ?」

 

「…ああ」

 

「だが。あの姫様の騎士団は仮にも帝国に属する軍勢。いざという時には、軍を率いてイタリカを後にしなければならない。そうなればどうなるか…」

 

「イタリカの防衛戦力は減少する。けど、あの規模の盗賊がもう一度現れるなんて…」

 

「ないだろうな。恐らく。

だが、今のイタリカの治安はとても不安定だ。治安悪化による犯罪の横行と、盗賊による襲撃。これでガタがこない筈がない。騎士団が守っているが、警備が甘くなれば今のイタリカじゃ犯罪は多く起こるだろう」

 

復興を進めているイタリカは、確かに警備は甘くなっている。警備、防衛のための設備が十分に機能せず、その為の兵士も少ない。ピニャの騎士団が補強に入っているので守りはある程度問題はない。が、もし仮に騎士団の全軍ないし大半の戦力が不在の場合、どうなるか。

 

「そこで、イタリカの守りと治安維持。そして復興の支援としてウチに話しを持ちかけて来た」

 

「守りと治安。そして抑止力か…」

 

「今の俺たち(自衛隊)に対抗できる勢力は、特地には存在しない。帝国でさえも大敗して、その為に連合諸国を生贄にしたんだ。神官とやらが相手になれば話は別だが…」

 

「ロゥリィが言うには『その時の場合による』らしい」

 

「なら。現状、俺たちに対抗する勢力はないととれる。つまり、その勢力を自分たちの陣地に招けるんだ。それがどういう意味か…わかるよな?」

 

自衛隊という強力な戦力が自軍に守りとして加わってくれる。防衛戦力としては申し分ないが、いざという時にはその戦力だけでなく「強さ」そのものが武器になる。

帝国という頂点の勢力を軽々と退け、壊滅させた勢力。戦えば誰もが敗北することを予想できる。しかし、それを自分たちの所に味方として引き込めれば

 

「自衛隊という力。それを一時的だが借りることが出来る。虎の威を借りる狐…とはいかないが、帝国にとって…いや、あのお姫様にとって強力な一枚のカードにならないか?」

 

「そりゃ…今の帝国の状況からすれば、俺たちを引き込めれば大戦力さ。けど…!」

 

「分かってる。問題は、タイミングだ」

 

現在、帝国と日本は停戦状態だ。帝国が壊滅的ダメージを受け、日本はアルヌスに腰を下ろしそこを基地としている。帝国が打って出れば日本との戦いは再開されるが、日本が打って出ることは専守防衛の思想から、基本はあり得ないこと。要人救出などであれば話は別だが、基本彼らは守りしか許されていない。

今回はピニャからの支援要請という大義名分が立っているが、それでもこの状況で首を縦に振ることは難しい。

 

「帝国と日本はにらみ合いを続けている。恐らく、派閥争いや主戦か降伏かで分かれてるんだろう。けど、お前の考える通り。今、帝国は敵国となっている。敵であるハズの彼女()が俺たちに助けを求めてきたんだ」

 

「帝国内部からしちゃ、姫様は裏切り者として扱われるかもしれない」

 

「そうだ。今回の出来事すべてが偶然の重なりだとしても、これは彼女、ピニャ殿下が独断で決めたこと。偶然でもなんでもない。

 もし、これが知られれば、彼女の立場は危うくもなる」

 

「危ういだろ。こっちはそのお陰で交渉の糸口が…」

 

「違うな、伊丹。逆だよ。糸口から来てくれたんだ」

 

柳田の目は好機と見た捕食者の目だった。

確かに、唯一の帝国との交渉、国を纏める者たちが居る場に一番近い存在であるピニャの立場が危うくなることは避けられないだろう。裏切り者として、主戦派に非難されることもある筈。だが、それはあくまで戦うことを考える者たちからすれば、の話だ。

逆に臆病で、帝国が負けたという事実に怯えて降伏を考えて保身に走る政治家だっている。戦う事を止めない武闘派、タカ派、主戦派であるのに対し、ハト派、つまり保守派、講和派だっている。

 

「主戦派にとっちゃ殿下は売国奴にもなる。けど、それはあくまで主戦派からの目線だ。講和や和平で早々に自分の足場を固めて風呂敷を纏める奴らにとっては、逆に殿下の存在は貴重な自分たちの身を固めてくれる盾になる」

 

「同時に、殿下は講和派にとって切っても切れない存在になる…」

 

「なにせ、帝国の軍勢を打ち破った自衛隊。その俺たちと、こうして話ができる人物なんだ。願えば自分たちのことは安全を約束してくれる筈。だから…」

 

「殿下は講和派にとって、大事な命綱、か」

 

「命綱かどうかはさておき、彼女がこうして交渉の糸口になってくれるのは正直俺たちにとって、日本にとっても有難いことは事実だ。こっちもお国柄から長期の戦争は出来ないんだ。早々に交渉、和平の糸口があるのなら、それを手繰っていく必要がある」

 

「でも、問題は…」

 

「そうだ。その内容、そして時期。正直、殿下がここまでアクティブに動いて来るとは、俺も陸将も予想してなかった。まぁ、向こうも後のことを承知の上で、このタイミングで打ち明けたんだろうが」

 

最初はボーゼスの不始末と協定違反についての謝罪からだった。

帝国側からピニャとボーゼス。自衛隊は陸将の狭間と柳田、翻訳のレレイを加えた五人が、一室に集まり、陸将の狭間から口を開き始まった会合。若干、ピニャたちが口ごもったり、押されたりとぎこちない話が続いていたが、一先ずは不始末の謝罪を行い、狭間もそれを受けて「協定の考え直しの必要がある」と言った。これには彼女も過敏に反応し、協定についてはコレまで通りとして、当初の目的は概ねクリアされた。

 

「問題はこの後だった。話もうまく纏まって、俺たちは話を切り上げようとした」

 

が、ピニャはそこで話題を終わらせようとしなかった。むしろ、そこからが本題だと言わんばかりに。

 

「殿下は「もう一つ。今回はある頼みがあって、聞いてはもらえないだろうか」ってな。んで切り出された話題がコレだった」

 

「自衛隊を、イタリカの守りに加える…か」

 

「交渉の糸口である殿下からの要請だ。簡単に断ることもできなかった。だが、お前の言う通り、殿下にとっては危なすぎる綱渡りだ。下手をすれば、何もかもを失うことになる」

 

「けど、殿下は自分が大切な交渉の糸口であることを自覚していた。だから、俺たちが早々に断ったりしないと分かっていた」

 

「大義名分が立ってるし、復興作業の手伝いっていう理由もあった。日本からすれば、そこまで非難される話じゃない」

 

「けど、帝国からすれば敵に城を…イタリカを明け渡すのと同義だ」

 

「だから殿下はこのタイミングで頼んできた。流石に、陸将も驚いたけど、とりあえずは保留になった。が、殿下の立ち位置を考えると許可も時間の問題だろう」

 

ピニャは自衛隊がイタリカ防衛のことを簡単に断らないことを分かっていた。だから、あえてその場で頼んだ。

下手をすれば、失敗する可能性だってあるのにも関わらず、未だ相手がどんな存在なのか他らないにも関わらずだ。それでも彼女は、「断らないだろう」という自信から打って出た。

 

「殿下は俺たちが断らないっていうことを知っていた…?」

 

「おかしな話だろ。たった三度。健軍一佐たちが二度目に居たとはいえ、たった三回で俺たちのことをそこまで考えられると思うか?」

 

「………。」

 

無理だ。そんなのは人心を読み取れる人物でもたった三度の会話だけで、そこまで確信が持てる筈がない。精々、天秤が揺れて決断がもう少し遅れているだろうというのに、ピニャはまるで自衛隊のことについて知っているか、知識を持っているかのように行動した。

 

 

「誰かが、俺たちのことを話した………まさか…」

 

「ああ。この状況で、そんなことが出来るのはアイツらだけだ」

 

こんな事。まだわからない相手について、まるで分かったかのように彼女が振る舞えた理由。そしてそれを行わせた者たち。

それは今の状況では一つだけ。

 

「………カルデア…蒼夜たちが話したか」

 

「アイツらは日本の事について知っている。だから自衛隊の事を知ってても不思議じゃない」

 

現に、柳田の言う通り蒼夜たちが、自衛隊はピニャの要請を断らないと言った。それは彼らが自衛隊についての一定の知識を持っていたからだ。

 

「あの子ども、蒼夜って奴もそうだが…スーツの男と赤髭の男にも注意しておけ。陸将も、あのスーツの男には警戒していたからな」

 

「………。」

 

ふと、柳田の言葉を耳にしていた伊丹は、脳裏で不敵な笑みを浮かべて顔の半面を見せる蒼夜の姿を想像する。まるで自分たちのことを嘲笑っているかのような、あくまのような笑い顔。それでも、その顔に腹を立てることが出来ない彼は、その姿に疑問を持った。

 

「アイツら…一体なにを…」

 

敵か味方か。蒼夜たちの存在がますますわからなくなった伊丹だったが。

それが分かる時が直ぐ近くまで来ていることを、この時の彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オマケ。

翌朝の事務室にて、伊丹は毛布一枚にくるまるレレイとリリィの姿を目撃した。
しかも自分のデスクの前に固まって。

「………ゴメン。二人とも」



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チャプター3 「現代停滞地『日本』 = いざ日本 =」

久しぶりの更新です。

…が。少し怠け気味だったのでグダってます。かなりグダってます。

なんでそれを承知でお願いします。
あ。あと多分少し短いと思います。


FGOも巌窟王の復刻が終了して次はバレンタインかな。
皆さんはエドもんは当たったでしょうか。
自分は石が大変だったし、邪ンヌ居たので問題な…


…え。ちょっとエドモンさんなにをって(焼却)



それでは、お楽しみください(ぷすぷす)


 

 

 

 

 

 

 

 

「…ボーゼス。今日一日の出来事をお前はどう思った」

 

「どう…といいますと?」

 

唐突なピニャからの質問に、整理すらまだのボーゼスは頭の中に今日一日のことを加えた今までのことを思い返す。彼ら日本が自分たちにどういう事を言って、どう対応し、どうしたのか。

そこから弾き出された言葉はシンプルであり、同時に全てだった。ただ一言。

 

「―――…好意的、でしょうか」

 

「………そうか」

 

上っ面だけの接待。席を外し、目線が外れると直ぐに裏の顔が出る。

それはどちらでも同じだろう。少なくとも、彼女たちが思っていること。常識と思っていることも少なからず当てはまることもある。

だが。それでも

 

「私たちへの対応。接待が好意的だった…というより本当に善意で行っているという感じでした。私たちが敵である、しかもその中で上の地位であるというのに」

 

「…そうだな」

 

実際、自衛隊が彼女たちに対して行った接待は善意的な風景(・・)だった。まるで自分たちから率先して行うということが当然であるかのように。ある意味ボランティアのように彼らは上官たちからの命令を受けていた。命令だからというのもあるが、それを彼らは嫌々やっているようには見えなかったのだ。

それをもし命令だからということで従うのであれば、機械的であり仕方なく従うという感情が顔に現れるだろう。だが、彼らはそんな表情を一切することはなかったらしい。

 

 

「…まさか。こうして私たちを油断させることが目的では…」

 

「かもしれない。だが、だとすればもう少し不自然に丁重に扱う。私たち二人を個室に分けてという手だってある」

 

「それは確かにそうですが…」

 

「それに。蒼夜からの情報もある。仮に日本が、アイツの言う通りの国であるなら。長期的な戦争は行わない。早急な和平、条約の為に私たちを受け入れたことも頷ける」

 

ピニャの言う通り、現在帝国と日本との間に少なくとも敵対的関係をもって顔を見合わせているのは彼女たちだけだ。しかも、そのピニャが皇女であるというなら、最初に出会った三人よりもある意味、戦争の終結という目的のための最短コースであると言える。

 

「私たち…いえ、殿下が帝国と彼らとの講和の糸口として重宝しているということ、ですか」

 

「アイツらから話は聞いただろ。今、帝国と日本の双方に少なからず関係を持っているのは私たちだけ。であれば、その最短の距離にある私を無碍に扱ったり、そもそも受け入れを拒否することはしない」

 

「講和の為の糸口をなんとしても確保する…それなら、今回の接待も」

 

「おのずと頷ける…ということだ」

 

彼女たちの予想はある意味では正解と言える。だが、同時に半分は外れているともいえる。確かにピニャたちは講和のための大切な糸口で、早期終結のためには必要不可欠な人物だ。

彼女の地位、立場。どれも現状の中では最適な人物。それをみすみす離すわけにはいかない。

だが、ただそれだけで好意的と取れるような接待を果たして出来るだろうか。

それでは上っ面の面々、帝国の中にひしめいている者たちと何ら変わりはない。

 

だからこそ。後に伊丹が言う言葉が当てはまる。

 

 

「…それでも、今の彼らが何を目的として和平を目指しているのか。それが分からない。ただ守るべきであると判断したからか。何か必要なことを成したからか。それとも…」

 

帝国は今まで国の繁栄のために戦い、その力と土地を広げて来た。圧倒的な武力、軍事力。それをもって国を強くし、勢力を拡大してきた。

しかし今度は帝国が日本に負けているという状況。今まで勢力を広げていた側が、今度は広げられてしまう側になってしまった。

帝国は前哨戦としてアルヌスから日本へと侵攻した。だが、これも奇襲という形で失敗し、帝国軍は敗退の道を進んで行く。

またいつ来るか分からない敵に対し、日本は自衛隊を特地に派遣。帝国が日本に来るために使った「門」のあるアルヌスを占領した。

 

「帝国をも圧倒する武力があるのですから…彼らが本気を出せば帝国は…」

 

「三日と持たずに帝都は終わっていただろうな」

 

事実、それだけの軍事力、技術の差はある。剣や槍、弓が主流の帝国に対し、日本はその更に先を行く銃と大砲を武器にしている。その時点で既に差は歴然としている。

 

「なら、帝国は本来、攻め滅ぼされてもおかしくない…」

 

「そうだ。だが、日本にはそれが出来ない理由がある」

 

ここまでの国が、これだけの技術と文明の差があるというのに何故、本腰を入れて攻めてこないのか。それは日本の「専守防衛」と「自衛隊の存在意義」が大きな理由だ。

専守防衛は守ることが前提の戦い。自衛隊は元々その為に創設された組織。守ることが絶対の使命であり、それしか許されない者たち

 

「守る戦いを是としている自衛隊は、自分たちから敷いたその縛りによって「攻め」に転じることが出来ない」

 

攻められないというより、攻めることが許されない組織というのが自衛隊の実体だ。

そもそも自衛隊の前身である警察予備隊の理念は、防衛力と治安維持の兵力確保が目的。敗戦国である日本がもう一度戦うなどという事の為に作られた組織だ。それは今も続く自衛隊の組織そのものの存在意義でもある。

 

 

「では。彼らの目的は一体…」

 

「…さてな。文化も文明も、思想も理想すら違う国。異なる世界だ。彼らが一体何のために、どういう理由で動いているか…私にも見当がつかん」

 

日本と帝国。その両国がどれだけ違うのか。それは言うまでもない。

何もかもが違う彼らが何を理由に戦うのか。何を目指しているのか。その理由は。あらゆる疑問が、あらゆる理由が彼女たちの脳裏を駆け巡っていた。

だからこそ。

 

 

「―――だから、確かめるのだ。私たちが、自分たちの目で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリカでの出来事から翌日。無事にアルヌスに帰還した伊丹たちには新たな任務が待っていた。参考人招致、つまり特地から数人を連れてきて特地の現状や自衛隊保護下での現状についてなどを話してもらうというもの。

今回の場合は自衛隊保護下である今について、その調査という所だ。

 

「―――というわけで。諸君。おはよう!」

 

気楽な挨拶から始まった軽い今日一日のスケジュール説明。それを行うのは当然、事の始まりであり原因でもある人物である伊丹だ。

彼の服装は普段着ているようなものではなく自衛隊の礼装。式典などで使用するそれは、普段のと色合いは似ていても礼節さがある。

 

「えー本日はお日柄もよくとかは置いておいて。本日は参考人招致ってワケで、日本に行きます。こっちと違って向こうは冬なので、皆さん風邪をひかないように」

 

「隊長ー出張費用はいくらでしょうかー?」

 

「正直言ってしょぼいでーす。期待はしないようにー」

 

まるで遠足当日の光景であるかの様に呑気にしている一行。今回はただの参考人招致ということで、トラブルさえなければ穏便に済むことだ。

が、それでもやはり今回は面子が面子なので、伊丹もそれで済む筈はないと、内心ない物ねだりをしているように思えて馬鹿馬鹿しく思えた。

 

参考人招致。本来なら質問をして返してでハイ終わり。だが今回その呼ばれた面々は現代の世界からすれば文字通り宝にも等しい。

希少種のエルフ、頭脳明晰な魔導師、不死の亜神。どれも現代の日本では居ない存在ばかり。

 

「今回は俺と富田。んで栗林が護衛だ。しっかり頼むぞ」

 

「了解です」

 

「参考人招致だけでしょ。議事堂もガード厚いでしょうし、そこまで気にすることもないと思いますよ」

 

今回の人選は伊丹によるもの。本当ならベテランである桑原を連れて行きたいところだが、所用につき参加できない。そこで謎の人選というわけではないが、この二人が選ばれた。

若干個性のある偵察隊の中で堅実な性格の富田。逆に飛んだ性格をしているが、格闘戦などの戦闘能力は高い栗林。腕っぷしなら、彼女は素手で大の男を殴り倒せる。

 

(お前の場合は…)

 

(栗林の場合、それでもトリガーハッピーが起きそうで…)

 

しかし最大の問題点として、栗林の好戦的な性格。常に銃を携帯しているというアメリカ人も驚きそうなそれは、トリガーハッピーとまではいかないが銃を問答無用で撃ちそうでならない。現にイタリカでの戦いでは我先にと蒼夜たちよりも先に戦場に飛び込んで、銃を乱発。最終的に持っていた小銃を廃銃にしてしまった。

流石に自重はするだろうが、伊丹は今回の参考人招致で絶対に銃撃沙汰はあると予想しつつも、願わくばそこまで発展しないよう願うばかりだった。

 

「今回はあくまで、可能性を考慮して俺たちに銃の携行が許されてるんだから、無闇に抜いたりするなよ」

 

「なんで隊長は私にむかって言うんですか。まるで私が戦闘狂みたいじゃないですか。自重しますよ。絶対」

 

(お前の場合、それでも撃ちそうだから怖いんだっての…)

 

 

一抹の不安を頭の隅に置いた伊丹は、ぞろぞろと集まって来た彩り豊かな服装をする面々に目を向ける。赤い外套、蒼いタイツ。銀色の鎧と白いドレス。その他エトセトラ。

性格の個性もさることながら服装も豊かな彼らは、現在自衛隊、ひいては日本と協力関係を持つカルデアのメンバー。人類史最後のマスター蒼夜と、そのサーヴァントたちだ。

その中で、伊丹の目に真っ先に飛び込んできたのは

 

「昨日は…まぁ、色々あったようで…」

 

「はい。特に先輩は睡魔と色々とがあって…」

 

気楽そうな様子の伊丹とは違い、彼の目の前に立っているマスターの蒼夜は魂が抜けている状態のまま棒立ちしていた。生気の抜けた空の状態になっている彼の姿は、誰もがどうかしたのかと訊ねたいところだったが、目を逸らすサーヴァントたちとただ一人目を逸らしている清姫から、大体の推測は出来た。

 

「現在、疲労感よりも生気の低下によってこういう状態ですので、もう少しすれば多分戻るかと」

 

「ま、まぁ…議事堂に着くまでに戻ってね。でないと色々と面倒っていうか…大変なことになるから」

 

大方、着物の彼女が夜這いでもしたんだろうと適当に考えていたが、それがまさかあながち間違ってもいないことだと知らない伊丹は、逃げるように蒼夜から目を外す。

 

「他のメンバーは準備はいいのか」

 

「ああ。私たちは問題ない」

 

黒のスーツを着こなす長髪の男、キャスターは眼鏡の奥から細い目で伊丹と目を合わせて答える。サーヴァントたち全員に対しての質問だったが、それに真っ先に答えたのは常に仏頂面をした彼だ。

予想ではキャスターではなくランサーが先に答えると思っていたが、結果は外れてその後に続けてランサーが答えた。

 

「俺たちよりも問題はウチの大将のほうだがな。全く…」

 

「…こりゃ議事堂行く前に軽く休ませないと、流石にダメか」

 

生気は一応戻ったが、蒼夜の目の下にはクマが薄っすらと出来ている。肩は垂れ下がり、髪の毛も少し跳ねているという典型的な寝不足の姿に、伊丹は議事堂に着く前に仮眠させる必要があると考え、蒼夜を気遣うマシュに若干だが予定の変更を提案する。

彼が寝不足の状態では答えられるものも答えられないだろう。

 

「マシュちゃん…でいいよな。議事堂行く前に少し彼を寝かせて上げよう。日本についたらバスでの移動だから、車内になっちゃうけど」

 

「それで構いません。流石にこの有様では先輩もただの寝不足の同人誌作家にしか見えませんし…」

 

「例えが現代的だね…」

 

オタクとしてその表現に痛烈なものを感じた伊丹は少し顔を引きつかせる。同情というよりも皮肉が混じっているかのように、その時は聞こえたのだ。

 

「悪いけど、バスの前にゲートの移動は徒歩だ。彼に歩かせるか誰か背負うかだけど…」

 

 

「…ライダー」

 

「ん。なんだ」

 

「とぼけるな。彼を運んでやれ。小脇に抱えるくらいで十分だろう」

 

「…ま。仕方ないわな。ホレ、坊主」

 

「あ…ありがと、ライダー…」

 

寝不足で目が疲れているのか、頭を抱える蒼夜はフラフラとままならない歩き方でライダーのもとへと近づく。ここから日本までの間、ライダーに抱えられるか、彼の馬に抱えられるか、そのどちらかで運ばれるというマスターとしては情けない他ない移動方法になる。

だが今の蒼夜の状態ではそんな贅沢を言っていられる状態ではない。

 

「全く…昨晩は寝られなかったようだな」

 

「ええ。なにせ昨日、清姫さんが居たものですから…」

 

あまりの酷い有様にアーチャーは横目でマシュに呟く。伊丹の考え通り清姫が昨晩に襲い掛かったせいで、彼はまともに睡眠がとられなかった。マシュ曰く、睡眠時間は一時間弱。

その後は全て「ストーカー」スキルで夜這いしてきた清姫との牽制と警戒のせいで寝るに寝られず朝日を見たらしい。

デミではあるが、サーヴァントであるマシュはまだしも蒼夜は人間だ。

 

「酷いですわ。まるで私が諸悪の根源のような言い方で」

 

「諸悪も何も、今回のは清姫さんが悪いと私も思いますよ…」

 

これには流石に全員一致の清姫有罪判決。リリィさえも弁明は出来ないと拒否した。

 

 

「…ところで、ひとつ質問をしてもいいか」

 

「ん。なに?」

 

「この世界、特地と繋ぐゲートの中を通って日本に行くというのは最初に聞いたが、移動時間はどのくらいだ。その間に危険性は」

 

改めて質問してきたのはゲート内についてのことだった。アーチャーからの質問に伊丹は、これまでのことや調べた結果を元に、取りあえず今の状態での結果を伝える。

 

「車で約十分。歩きで二十分ってとこかな。その間、ずっと薄暗い道を歩くけど、真っ直ぐ歩いたらちゃんと日本につくよ」

 

「道を外せばどうなる」

 

「さてね。道を外そうなんて思ったこともないし」

 

そもそもそんな危険なことをする気にもなれない。伊丹の返答に内心ではそれもそうかと納得するアーチャーは、それ以上はその場で口を開かなかった。最低限、マスターの安全だけでも確保しておきたかったのだろう。

 

「そもそも、道中に何かあれば、アルヌスに大部隊を置くことなんてできないでしょ」

 

「…確かにな。だが常に安全である、なんて保障できるものでもあるまい。念のための確認をさせてもらっただけだ」

 

 

「………ねぇねぇマシュちゃん」

 

「ハイ。なんでしょうか、栗林さん…」

 

「あのアーチャーって人。いつもああなの?」

 

身を少し屈めてマシュに近づき、耳打ちのようなトーンで話しかける栗林は嫌味を影で叩く言い方で訊ねてくる。どうやら、彼の上からの目線が彼女にとっては気に入らなかったのだろう。

その質問を聞き、マシュは小さく唸ると頭の中から情報をひねり出すように言葉を絞り出す。

 

「ええっと…まぁ探索などの時はああであることは多いですね…ですが普段はもう少し優しい人…のハズです」

 

「ええ~…あの人の優しいところなんて想像できないなぁ…」

 

「アーチャーさんは皮肉を言ったりすることは多いですけど、根はやさしい人ですよ。私たちによく手料理を振る舞ってくれます」

 

「男料理ってやつ? それって結構脂っこいヤツでしょ、大丈夫なの?」

 

「いえ男料理というより、三ツ星料理というか…」

 

「………ハイ?」

 

 

ちなみに、カルデアの食事事情を聞くと、若干数名による豪華な料理を毎日三食振る舞われていると聞き、栗林は思わずアーチャーを何度か見直した。一度目は姿を、二度目は性格を、三度目は

 

「………あのゴツイのが?」

 

と事実であるかと確かめるように。

 

 

 

「…ところで隊長。今、我々は何を待ってるのですか?」

 

「柳田が(ゲート)の解放の申請…はもう終わってもいいころなんだけど、なんか少し待ってろって言われてさ」

 

「柳田二尉が…?」

 

一体なにがあるのかと、待たされる理由に内心で首を傾げる富田。伊丹も事情は聞いてない様で、しょうもない理由であるならさっさと行きたいと内心は参考人招致以外の目的にひっそりと炎を燃やしていた。

昨晩、とある人物から届いたメール。それはある意味定期報告のようなイベントのお知らせだ。

 

(冬の即売会(大イベント)、今度は夏の分まで買いたいよ…)

 

 

まだ先のことだというのに既に参考人招致が終わった気でいる伊丹の耳に、重低音のエンジンが鎮まりブレーキの音が聞こえてくる。聞きなれた音だが、この特地においては最近はその回数が減っている。

エンジン音を鳴らしていた黒い車は自衛隊が要人などを送るために使っている専用車だ。

 

「悪ぃ、遅れちまった」

 

「柳田。遅いぞ」

 

降りて来た柳田の姿を見て、文句を言う伊丹。しかしそれを軽くあしらった柳田は目を合わせることもなく、後部座席のドアを開ける。その奥に座っていた人物たちを連れてくるのに時間が掛かったのだろう。その姿を見た瞬間。伊丹の顔は驚愕の隠せないほどになり、大きく口を開けた。

まさか、彼女たちが乗っているとは思いもしなかったのだ。

 

「って……ええっ!?」

 

「悪いな伊丹。だが、あの人たちが行きたい。と願い出て来たんでな。こっちとしても皇女の願いを叶えない理由もない」

 

車から降りて来たピニャとボーゼスの姿に驚きを隠せなかったのは、何も伊丹だけではない。彼の隣に立っていた富田も半開きにして呆気にとられていた。そもそも二人とも彼女たちが来ることなど一言も聞いていなかったのだから。

 

「いや、それは分かるけど、せめて事前通告とかをだな…」

 

「お前が寝落ちしていた時に決められたことなんだ。それに、俺たちも今朝聞かされたんでな。ここはあいこにしてくれ」

 

「…大丈夫なのか?」

 

「向こうにも話は通している。それに、殿下は講和のために行くんだ。断る理由もないだろ。

 それに殿下たちに俺たちの世界について文化交流ができる機会だ。上手くいけば、講和のいい材料になるかもしれないぜ」

 

ポケットの中を探りながら話す柳田が他人事のように話すので、伊丹はその一瞬だけ恨んだ目で彼を見ていた。

 

「これは嬢ちゃんたちの慰労に使えって。それと殿下は今回お忍びだから、降りる場所はお前らと少し違う。講和のために補佐官と色々と準備をするらしい」

 

「なるほどね…」

 

手から抜き取るように慰労を受け取った伊丹は、和気藹々と話している少女たちやピニャたちを眺める。同行するということを聞いて向こう側への期待を膨らませている彼女たちは緊張感から胸に手を当てている。

 

「…アイツらとは、仲良さそうだな」

 

「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない? 少なくとも、女の子たちは本心で楽しんでそうだし、恐らく頭を使ってるのはあのスーツの人とマスターである蒼夜君ぐらいでしょ」

 

「かもしれないな。けど気を付けておけ。その少女にも、助けられたんだからな」

 

 

「そういえばテュカさん。そのセーターは…」

 

「ああ。コレ? 向こうは寒いから着ておけって言われてね」

 

クリーム色の暖かそうなセーターの袖を回しながら、マシュの質問に答えるテュカ。セーターの着心地はいいのか気に入っているようだ。

そんなテュカの服装を見て、そういえばと呟くマシュは少し深刻そうな顔になる。

 

「…どうしたんだ。マシュ」

 

「あ。いえ…」

 

気付いたアーチャーが訊ねるが、答えにくいのかマシュはなかなか言葉にできない。だが意を決した彼女は、その問題の難題さに頭を抱えながら悩みを打ち明けた。

 

「……私たち、このままの服装で行くことになるんですよね…」

 

「………。」

 

青タイツ、銀色の鎧。赤いマント。白い着物。

黒いスーツを着たキャスターは兎も角として、蒼夜のサーヴァントの大半は薄着といっていいような服装をしている。特に、リリィと清姫、そしてライダーは見ているだけで寒く感じてしまう。

 

「征服王は生まれが生まれだからな。それに、バーサーカーの彼女は、まぁ…なんとかするだろう。問題はリリィだ。彼女の服装は、あの花の魔術師のせいでロクなものがない」

 

「随分とリリィさんにだけ熱心といいますか…」

 

「…いや、ほかの連中がたくましいだけで、彼女はその…」

 

リリィのことについて触れた途端、アーチャーはなったのか目線を逸らした。生前になにかあったのか、アーチャーはセイバーリリィのことに関すると嫌に突っかかる。どうやら何か理由があるらしいのだが、当人は答える気はないとはぐらかす。

ランサーと、カルデアにもう一人のライダークラスのサーヴァントは薄々と勘付いていた。

 

 

「ふむ…確かに、街中をこの姿で動くのは不自然極まるか」

 

アーチャーの意見に、キャスターも自分の服でも少し不自然かと自分の服を見下ろす。サーヴァントは霊体なので、現実世界の影響は少ない。特に病原菌の類は付着するところがないので皆無だ。もっとも、英霊が憑依したサーヴァントは肉体があるのでその辺は人間と同じだ。キャスターとマシュがその例に当てはまるのだが、彼は平気な顔をしている。逆にマシュも少し肌寒いようで口から白い息を出していた。

 

「向こうに行く前に何か、向こうの環境に似合ったものを用意しないといけませんね」

 

「そうだな。特に、私とレディは急務だな」

 

「アロハシャツはダメなのか」

 

「論外だ。ランサー」

 

 

「ふむ…それだけの厚着をするということは、ニホンは雪国なのか?」

 

「いや。日本だけの話ではないが、向こう側には季節があってな。年月ごとに季節が緩やかに変化している」

 

テュカの服装を見て雪国なのかと推測するが、実際は当たりでありハズレであるとアーチャーが答える。

 

「そうなのか…?」

 

「ええ。我が国日本はその中でも数少ない、季節が四つある国です。三月から五月が春、六月から八月が夏となって、今は十二月で寒い冬の季節です」

 

「なんと…周期ごとに季節が変化するのか」

 

「この世界では季節はあまり変化しないので温暖ですが、向こうは寒いですのでできるだけ暖かいものをと」

 

替わるように富田が答え、その一つ一つに興味津々なピニャはなるほどとうなずく。門の向こうの世界について少しでも知っておくことは、損な事ではない。むしろ講和相手である彼らのことを知ることは、上に立つ者として当然のことだ。

 

「十二月か…年末だな」

 

 

「伊丹さん。日本の今日の気温は聞いていますか?」

 

「ん。今日は確か、最低で六度だったかな」

 

最低気温が六度という寒さに、マシュも自分の服装である装備に目を落とす。特地に来てから装備で過ごしているので、傍から見れば肌寒さを感じられる者も居るだろう。

幾ら鎧であるといっても、叛逆の騎士のような重装備さはなく、むしろ動きをよくするために軽装になっている。

これでは、流石に傍からも寒いと思われ、自分も寒くて仕方ないだろう。

 

「………なるほど。寒いですね」

 

「真冬だからねぇ…」

 

 

 

「――――これよりゲートを開放する。開けたらさっさと入ってくれよ。何が起こるか分からんからな」

 

用意を終えて全員出発の準備が整うと柳田が、何処かに連絡を入れつつゲートを開けさせた。恐らく門を覆っているゲートを管理しているところに連絡していたのだろう。

神殿の様な建物を覆い隠すように作られたゲートは常に解放状態である門に蓋をするために作られた。

それが今、大きな音ともに再び開かれようとしていた。

 

「この門の向こうが、伊丹たちが居た世界…」

 

「んふふっ楽しみねぇ♪」

 

「私たちは遊びに行くわけではない。だが…」

 

未知の世界。そこに期待し興奮を隠せない者たちが居て

 

 

「やれやれ…面倒にならなければいいのだがな」

 

「無駄なことだ。キャスター」

 

一抹の不安を抱え、震える音に頭を抱える者

 

 

「いざ、再び彼の地に赴くことになろうとはな」

 

「ま、退屈しなきゃそれでいいけどな」

 

再び、その地に行くことを心待ちにする者。

 

 

「…先輩。いよいよですね」

 

「………。」

 

 

「この向こうが…」

 

「やっと帰れる…」

 

向こう側、まだ見ぬ世界に息を飲むピニャの隣には、やっと懐かしい景色を拝めると伊丹が深く息を吐いた。

 

(そうだ。戻るんだ……………あのクソッたれな世界に)

 

そして。その地にまた足を踏み入れることになると思った青年の顔は苦痛に歪み、手には赤い血が激しく通っていた。

今また、あの世界に、あの場所に戻るのだ。

彼が嫌悪する彼の地に

―――日本に。

 

 

(―――ああ。吐き気がする))

 

脳裏から呼び覚まされた記憶からの嫌悪感は、ふと言葉を重ねる。

その言葉は彼のであり、同時にもう一人の誰かの言葉。

二人の言葉は偶然にも重なり、そして同じ言葉を過らせる。

それがなぜ同じだったのか。その理由が果たして同じなのか。

それは、この瞬間であっても誰も知る事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――当たり前の世界だった。

文化があり、歴史があり、停滞があり、平和がある世界。

違いがあるとすれば、四大文明と呼ばれた世界よりも遅く、そして異なる文明を築き上げたということだけ。その歴史は、たったの約二千年。その後はぐるりぐるりと回るだけ。

それが平和であるなら、私たちはそれを受け入れていただろう。

 

怯えるものはなく、人はただ当たり前の日々を過ごすだけの世界。

ありていに言えば平和。しかして実態は進むことのない停滞と循環の国。

見えない明日、無限の可能性、変化の兆しを棄てた代わりに、彼らは永遠の平和を手に入れる。

もしかすれば、そうして終わる筈だったのかもしれないそこは、望まない変化を起こす。

 

 

「…伊丹さん。実は昨日、向こう…日本で起こった事件について聞いたのですが…」

 

「…マシュちゃん。悪いんだけど、今は話さないでくれないかな」

 

「………!」

 

ぽつり、と寂し気な声で返す。歩いている彼の顔は何処か遠くを眺め、そして何かを思い返していた。

聞かれることに拒絶感があるではない。ただ、それを思い出すことが悲痛なだけで、どうしてもそんな顔になってしまう。

その姿に、小さく息を飲んだ。

 

「今、殿下にそれを聞かれると講和どころじゃなくなっちゃう。それに、あまりいい話でもないからさ。今はね」

 

「………。」

 

 

今でも脳裏に焼き付いている光景。それは彼の中ではある種の戒めとして残っていた。

いつも最後に現れる少女。彼女の服が水色から黒に変わり、無情の目で彼を見つめる。

伊丹が悪いわけではない。彼に非がある筈もない。

ただ、その姿は、その顔は確かに彼を見ていた。

 

(英雄って…こんな理不尽をいつも感じてたのかなぁ…)

 

英雄はいつも理不尽に殺される。後世から英雄として讃えられる替わりに、その生涯は同じ時を生きていた者たちにとっては様々な見方をされる。

ある時は善人。ある時は悪人。そしてある時は変わり者。

世捨て人になった英雄はその時その時にあらゆる見方をされ、そして決めつけられる。

(英雄)はこういう人間なんだ、と。

 

 

(俺は英雄って柄じゃないし、そもそもその考え自体が間違ってる。人助けをしたけど、結果として多くの人たちを救えたってだけだ。その為に、俺は…)

 

彼もまたその一人。世捨て人になってはいないが、人々から一辺倒な見方を押し付けられている。多くの市民を救った英雄、優秀な自衛隊員。

しかしその実態は真逆。そしてその行動理由を聞かされれば、いよいよ彼を英雄とは呼べなくなる。

それでも、彼らはその先入観からは離れられないだろう。

 

 

(俺って、一体なにやってんだろ…)

 

自己矛盾に陥りそうになった刹那、彼らの目の前に光が差し込んでくる。

 

 

「ッ…そろそろ向こうに着くぞ」

 

「車だと直ぐでしたけど、歩きだと長いッスねぇ…」

 

向こう側の世界、少し前まで自分たちが当たり前のように生活していた場所が見えてくる。

やっと戻れるという気持ちもあったが、またすぐに特地に戻ることになると分かっているお陰で伊丹たちの内心はやや複雑だ。

 

「オイ、坊主。そろそろだぜ」

 

ライダーの隣を歩いていたランサーは担がれた蒼夜に声をかけるが、どうやら寝不足のせいで熟睡していた。

だらりと下がった四肢は死人のように思えるが、僅かに聞こえてくる寝息で彼が今は夢の中に落ちているのだと気づけた。

 

「よく寝てるなぁ…このまま一日寝て終わるなんてことはねぇよな」

 

「安心せい。いざという時は、余が叩き起こしてやる」

 

「力加減はほどほどにしておけよ」

 

大方デコピンで起こすのだろうと予想したキャスターは、力加減についてだけ注意をすると広がり始めた光に目を細める。

 

「この先に…先輩の住んでいた世界が」

 

もう間もなく、神秘に満ちていた世界から科学が支配する世界へと移る。かつては神秘が満ちていた、自分たちが居た世界とよく似た世界。

蒼夜やキャスター、アーチャーにとっては見慣れた世界が、そこにあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特地の世界において、初めて日本の地を踏んだのは帝国の侵略部隊だ。

しかしそれは表沙汰にはならず、歴史の影に消えて行った。その代わりに、その後に足を踏み入れた彼女が、その最初の人物として歴史に名を刻む。

 

帝国皇女、ピニャ・コ・ラーダは戦争状態であった日本との講和のため、密かに日本に渡る。

その時のことを記した日記は、後に特地で書籍化されることになった。

彼女が日本に渡るときのことを、そこにはこう記されている。

 

『我が世界と、彼の地「日本」を結ぶ門。それを潜ると白い吐息と共に、私の目の前には見たことのない世界が広がっていた。

 石の世界。摩天楼が広がっていたのだ』―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かな光があった。しかし、その先へと潜ると、待っていたのは暖かな熱ではなく冷気。肌寒い冷たさが、門をくぐった者たちの肌へと伝わる。ぬくもりを予想していた皮膚と頭は少し驚き、誰もが身を縮み込ませ、白い吐息を吐いた。

 

「ッ…さむっ!?」

 

と思わず声を出したのは、やや暖かい服装をしている筈の栗林。それにつられて、テュカやピニャたちも自分たちの体をさすり摩擦熱で体温を保たせようとする。

 

「栗林…その服装で一番最初に寒いって言うか…」

 

「仕方ないでしょ…向こうが暖かかったせいで寒さに慣れてないんですから」

 

「…ま。無理もないか」

 

温暖だった特地と違い、冬の日本の最高気温は当然低い。極度の温度差であると体がその温度を過剰に感じる。感覚的な意味では彼女の意見はもっともな事だ。

 

「寒い…」

 

「本当に冷たいな」

 

「ねぇ。お肌が心配だわ」

 

「二人とも、平気なの?」

 

セーターだけではやはり完全に寒気をシャットアウトできないようで、テュカは寒そうにしているが、隣で首を上げているレレイとロゥリィはやけに平然としていた。

震える唇を動かし、寒くないのかと聞くが

 

「私はそんなに? まぁしいて言うならお肌が心配ってだけよ」

 

とロゥリィは平気そうに返す。亜神だからか、それとも元々寒いのに慣れているのかと考えていた時

 

 

「へくちっ!」

 

 

「………。」

 

小さくくしゃみをするレレイ。これには二人も思わず彼女の顔を直視する。

それを座った目で鼻水を垂らしながらレレイは

 

「………問題ない」

 

そう言って、自分の周りに暖かめの炎の魔法を使い防寒代わりのバリアにした。

 

「ず、ずるい…」

 

「レディ。魔法を使ってる時点でバレバレだ。正直に寒いのなら寒いと言ったらどうだ」

 

 

「―――すごいな。これだけの建築物を作る技術があるとは…」

 

一方で、白い吐息を出しつつも目の前の光景に寒さを感じる暇もないピニャは、ボーゼスと周りのビル街の風景に圧倒され目を大きく開いた。

中世の時代真っ盛りの彼女たちの世界にとって、現代の建築物は未来的だ。

特に宮殿や城が石材で作られ、一般家庭は木材のワラの時代。まだコンクリート自体知らなければ作ることも出来ない彼女たちにとって、見上げた建物は興味を魅かれた。

 

「壁…いや、壁に見えるほど密集している…?」

 

「物凄い数ですね…これは一体…」

 

「…! アレを見ろ、中に人が居るぞ」

 

ビルのガラス壁から人の姿が見えたことに驚き、指をさすピニャは、瞬時にこの壁のような建築物が建物の類であることを直ぐに察した。しかも、よく観察すれば他の建物にも人影がちらほらと見えている。

 

「あれは…施設なのか?」

 

「そんなところですね。元々は民間…つまり一般人の商人が使っていたのですが、門が開いて以降は自衛隊が管理しています」

 

「ッ! あの建物を商人が使っているのか!?」

 

「ええ。といっても個人だけでアレ一つを持っているというわけではなく、いわゆる商業組織がその中の階層一つや建物一つを借りたりしているのです」

 

商人と言えば、金にがめついというのが共通意識だ。それは特地でも似たようなもので、金勘定に関しては五月蠅いのも居たりする。

そんな彼らが組合のような組織をつくり、ああいった建物一つを使っている。と言えば、彼女たちの考えでは到底あり得ないことだろう。

逆に、説明をした富田、そしてほぼ同じ時代に居た蒼夜たちにとってはむしろ普通、平凡であるのだ。

 

 

「一か所に縦に高い建築物を並べる…限られた土地の中で、多くの人が生活できるように活用している」

 

「そんなのがこんなに並んでるってことは、伊丹の国って狭いのかしら?」

 

ビルを分析して呟くレレイの言葉に、ロゥリィはそれだけ手狭な国なのではないかと推測する。実際、当たらずも遠からずということで富田も大きくは表情を変えなかったが内心、驚いている。

 

「これでも、島国としてはそこそこに大きい国だけどね」

 

「ッ…日本とは島国なのか!?」

 

「ええ。ただし殿下たちが考えるような小島ではなく、どちらかというと複数の島がある諸島といった方が適切だと思います」

 

「ちなみに、この世界の地図を見ると多分腰を抜かすと思うがね。なにせ、国の面積は恐らく帝国以下だからな」

 

「なっ………!?」

 

ダメ押しとばかりにアーチャーが余計な一言を付け足し、衝撃を隠せないピニャはその真意を確かめるように富田に詰め寄った。

 

「本当なのか?!」

 

「え、ええ…まぁ…」

 

 

「…確かに、日本は島国で国の面積も近隣諸国と比べて小さい方だ。だが、経済発展のための首都には多くの人口が密集している。そこは帝国の首都と同じだ。首都圏が経済、政治の中心地なのだからな」

 

人口が多くなり、一か所に多くの人が集まる。そうすれば、自然と街になり大都市になってそこにはシステムが生まれる。

首都圏である東京も当然、首都としての機能はしっかりと持っている。

経済の中心地でもあるので人口は自然と増加。その為、大手企業のビルが立ち並ぶ場所も当然存在する。

少ない土地を有効に活用するというのは日本よりも先に外国で実施され、それを採用した。

縦に伸びた建物を作ることで、より多くの人をそこに集めることが出来る。

 

「なるほど…首都というのは常に文化、文明の最先端の地。であるなら、これだけの建造物が作れるのも当然のことか…」

 

(…ま。地方に行けば一軒家、他県に行けば、それ以下だがビルなどが立ち並んでいるが…それは言わない方が吉か)

 

「建築物、経済、政治…どれをとっても、我が帝国と日本との差か歴然だ…しかも島国であるというのに、それでも差は変わらない。それだけの国、いや世界に帝国は戦争を始めたのだな…」

 

隣国の経済、技術、文明の情報が分かるからといって全てが同じ要領で解決するハズがない。

いくら辺境でも、いくら未知の世界でも。もしかすれば、自分たち以上の何かを持ち合わせているのかもしれない。もしかすれば、自分たちの力が全く及ばない世界かもしれない。

だというのに、たった少し慢心、傲慢が、こうして多くの血肉を流す結果となる。

帝国は門をくぐり、他所の世界にも勢力を広げようとした。自分たちの国が、一番進んでいる国なのだから。そういった油断が、今回の結果なのだ。

 

 

「そういえば、マシュちゃんの服、いつの間にか変わってるわね」

 

「え、ええ…まぁ…」

 

今更なことに気が付いた栗林はマシュの服装をジロジロと眺める。彼女の服装は、特地の時の鎧とは違い、カルデアの館内で身に着けている制服だ。

ゆったりとしたパーカー、女性用のスカート。白い制服は彼女の清楚さにはよく似合っている。しかしその中に締められたネクタイは眼鏡と合わせると真面目さも持たせる。

 

「へぇ、結構似合ってるじゃない」

 

「ありがとうございます。制服姿で、少し恥ずかしいですけど…」

 

「別に変じゃないって。むしろ…」

 

「…栗林さん?」

 

「…いや。何でもない。制服で嫌な記憶を思い出しただけ」

 

その時の顔が何か触れてはいけない、思い出したくないという辛いのだがどこかしょうもない記憶で思い出しても別に苦しくはない、という記憶を思い出している顔だというのをマシュは後に蒼夜から聞かされるのだが、それはまた後の事だ。

 

「っていうか。いつの間に服を着替え―――」

 

栗林の質問に思わず内心、胸に槍が刺さったかのような痛みに襲われたマシュだが、その瞬間彼女の後ろに真意をカモフラージュするために頑張っている一人の男の姿があった。

赤い外套を着た彼は、得意げな顔で自分と同じぐらいの大きさの布を振るい「フッ…」と小さく笑みを浮かべていた。

 

「………。」

 

よく執事の漫画やドラマ、昔やってたドラマでもそんなことしてたなぁ…と彼の姿を見て思っていた栗林は、それ以上は口が動くことも無ければ追求することすらしなかった。

知ってしまえば何か崩れそうになる、この後のことに耐えられない気がする、という第六感の忠告を素直に受け入れたのだ。

 

「いや、何でもない…」

 

「………?」

 

 

「お前…嬢ちゃんの為ならなんでもするんだな」

 

「五月蠅い。その場で不審がられるのが不利益なだけだ」

 

 

 

サーヴァントたちを交えて一行が門の前で談笑している間、伊丹は手続きを行い参考人招致のため手配などを進める。

門をくぐった後は、バスでの移動になる。大型乗用車の手もあるが交通や移動手段からしてバスの方が有効だ。加えてコレからの事を考えると尚、そうせざるをえないと言ってもいい。

なにせ、ここからはドラマさながら、要人警護も行わなければいけないのだ。

これからの事を考えると気が重たくなる伊丹は、鼻の奥から重く感じられるような息を吐き出す。

 

すると、その鼻息を聞いてなのか彼の後ろからくつくつと笑うような声が聞こえてくる。まるでその鼻息となったため息を嘲笑う声に、伊丹は無表情で振り向く。

 

「伊丹二尉…ですね?」

 

「…ええ。おたくは?」

 

「情報本部より参りました。皆さんのエスコートを仰せつかった駒門と申します」

 

一言で言えば、伊丹はその男、駒門の所属と性格を大体察した。

陰険、他人の傷の抉るのが得意。くつくつとした笑い方が板についているのでそこは間違いない。そして、その声が出る顔と目つき、そしてお付き(・・・)二人の雰囲気。

昔の探偵か何かに似たような顔が居た気がするが、それよりも先に彼の口は動く。

 

「公安の人? もしかして」

 

「フッフッフッ…分かりますか? 流石は英雄…いや二尉だ。鋭い洞察をしてらっしゃる」

 

ほめているが全然嬉しくないと感じられる。それもその筈だ。伊丹にとって自分の階級よりも前に言われた「英雄」という言葉が、正直誉め言葉にはならなかったのだ。

眉を寄せた伊丹は「英雄は余計だ」とばかりに少し苛立った。

 

「…たまたまだよ」

 

「偶々…ねぇ。まぁそうしておきましょうか」

 

「………。」

 

 

「…何者だ。あの男」

 

「公安の人。一応、アレでも警察の公安部って部署の人らしいけど」

 

「諜報専門の連中か…」

 

恐らくは警察関係の人間であろうというのは分かっていたが、公安がどういう組織か分からないキャスターは一応、近くに居た栗林に訊ねる。

ただ彼でも、伊丹と同じく駒門からはただの刑事などではないというのは直ぐに察せていた。彼の雰囲気、そして目つきが直ぐに只者ではないと理解したのだ。

 

 

「悪いが、アンタの事を色々と調べさせてもらったよ。いやはや、波乱万丈な自衛隊人生送ってるねぇ」

 

「…それなりにね」

 

「一般幹部候補生の課程を受け、成績は同期の中にけが人が出たお陰でブービー。任官し、その評価は「不可にならない程度に可。」候補生時代のこともあり、業を煮やした上官に幹部レンジャーに放り込まれるが、これをなんとか終了」

 

 

「…あの男、自ら入ったわけではないんだな」

 

「そりゃそうでしょ。隊長、自分からレンジャー入るって顔でもないし」

 

「…きっぱり言い切るな。君は」

 

 

「その後、なぜか習志野に異動。理由は不明。素行に難ありとして三尉に留められていた。理由は…まぁアンタが一番よく知ってるな」

 

「………。」

 

 

「お前がこの時代、この世界に居たら同じ道を進んでいただろうな」

 

「それはないな。なぜなら、それを帳消しにするだけの働きをすればいいのだからな」

 

「………。」

 

 

「しかし、例の事件(銀座事件)での行動、判断などから二尉に昇任。今に至ると」

 

「よく調べてるなぁ…」

 

唐突に始まった伊丹の自衛隊の履歴を聞きながら、彼の性格からレンジャーはあり得ないと拒絶していた栗林は、その事を聞いて何か安心したかのようにうんうんと強く頷いていた。どうやら、伊丹がレンジャーに「放り込まれた」という事実に安心があったらしい。

もし彼が志願して入ったのなら、それこそ彼女はまた倒れていただろう。

 

 

「安心しなよ。アンタのそれ以前の事はノータッチだからな、フッフッフッ…」

 

「………頼むよ。本当に」

 

だが調べられた方は当然いい気持はしていない。失笑していたが、内心ではあまり知られたくない出来事の数々なので、怒りや羞恥、そして懐かしさもあれば僅かだが喜びもあった。

そんな複雑な心境をしまい込み、伊丹はその来歴を改めて自分の口で読み上げた駒門に一言だけ警告した。

 

「「月給泥棒」「オタク」、隊内じゃ散々ボロクソに言われてるねぇ。

あ。あと最近、バラ疑惑も」

 

「オイ、駒門さん。後でそれ話したヤツとっ捕まえておいてね」

 

「ハハハ。まぁその内にな。けど、そんなアンタがなんで「S」なんぞに」

 

 

 

 

 

その刹那。駒門の一言を聞いた瞬間に、頷いていた栗林はそのまま硬直。

そして。風に吹かれたかのようにまた倒れたのだった。

 

「嬢ちゃんが倒れたぞ」

 

「お前…隊長がレンジャー持ちだって聞いた時にもソレしてたが…現実逃避か?」

 

そんな栗林が逃避したくなるような事実である「S」とは「特殊作戦群」と言われる陸上自衛隊内に存在する特殊部隊のこと。米陸軍のデルタやグリーンベレーといった特殊部隊と言えば必ず名が挙がる組織を範として編成された部隊。

つまり。自衛隊の持つ特殊部隊の一つで、その実態は多くが謎に包まれているほどの秘匿性を持っている。

 

「富田さん、「S」とは…?」

 

「特殊作戦群。いわゆる特殊部隊で、その英語訳が「Special」で始まるから「S」って呼ばれる。けど、ふつうに「特戦」って呼ばれもする」

 

「つまり伊丹さんは…」

 

上下反復が激しいとは言えるが、まさか彼が特戦に入っていたという事には栗林にとっては完全トドメのようなものだったらしく、冷たい地面に顔を打ち付けて倒れていた。

面白半分にランサーが突いているが、余程のショックだったようで立ち上がる様子どころか気配すらもない。

 

 

「元レンジャーで特戦群。しかもその運の良さは折り紙付きだな」

 

「運の良さで地獄の訓練に二度も放り込まれるかよ…」

 

「だが、自衛隊の中では異常ともいえる経歴だがな」

 

アーチャーがからかい半分に彼の経歴を纏める。ただでさえレンジャーでも色々と可笑しいのにも関わらず、そこに更に特殊作戦群に入っていたという経歴が足されている。

自衛隊でもこれだけの経歴を持つ人間はそうは居ないだろう。

 

「しかし本当によく調べてるねぇ…」

 

「別にこれくらいは当然だ。が、私も知った時には驚いたよ。まさか特戦に居たとは」

 

「…ま、色々とな。それに、知ってるか? 働きアリの中で怠けてる個体を取り除くと、また新たに怠けるアリが出てくるそうだ」

 

「怠け者…つまり、少しでも違いがあるヤツが必要だと?」

 

「さぁね。ただ、当時の上官にこの話をしたら…結果はその通りさ」

 

ちなみに、伊丹の話は「働きアリの法則」といい、八割の働きアリは懸命に働くが、残りの二割はサボってしまう。それを取り除くと、また別の二割が怠けるというものだ。

ちなみに怠けていた者同士が集まると、その中からまた八割が懸命に働くらしい。

これは何度やっても結果は同じ。八割は必ず働くが、残り二割は怠ける。

その二割が伊丹だということだ。

 

 

「屁理屈のハズが上官の逆鱗に触れた…か。ま、けどその法則も確かに一理ある。それに、アンタがそうしているっていうのもある意味いいことなのかもな」

 

常に全力、同じであってはもしもの時に対応できない。本人は望んで怠け者になったのだろうが、それを続けるのには意外と根気や精神が必要だ。

働きアリの法則の続きだが、実は二割の怠け者は本当に働かないあり以外は何も怠けているだけではない。仮に八割の働きアリの中で疲労感によって働けなくなったアリが居れば、そのアリの仕事が回って来て怠け者が今度は仕事をするのだ。

 

「一辺倒な連中っていうのはまぁ組織としてはいいんだろうが、それはそれで面白みがないからなぁ」

 

「自衛隊のギャグ担当かよ、俺は…」

 

「かもな。けど、アンタはただ怠けてるだけじゃない。そうだろ?」

 

でなければあの日、銀座で起きた時の出来事で、ああも的確な指示や行動が出来る筈がない。伊丹は普段は怠けているだけで、必要な時は自衛隊としての洞察や能力を発揮するというだけ。

能ある鷹は爪を隠す。という言葉にある意味で彼も当てはまっているのだ。

 

「働きアリとして。その中で怠け者を演じ続けられるアンタの精神を尊敬するよ」

 

駒門はそういって敬礼をするが、伊丹にはそれがどこか嫌味のように思えてしまう。働きアリである自分が、少なくとも伊丹という働きアリよりも誇れる。

彼にそんな気がないというのは分かっているが、さっきまでの話題がまだ尾を引いているせいでマイナスな考えを起こしてしまう。いや。常に考えてしまうのだ。

 

 

「―――ところでだ。報告に聞いていた、日本語を話せるヤツってのは?」

 

大雑把な言い方だが、それが蒼夜のことを指していることを彼らは直ぐに察する。

この場で日本語を話せるというのは他の面々でも言えたことだが、日本人である伊丹たちを除けば、自然とあとはサーヴァントたちと彼だけになる。

 

「ああ。坊主のことだよな?」

 

「坊主? そいつは何処に…」

 

ふとランサーの指さした方へと目を向けた駒門はライダーに担がれた青年を目にする。強盗された袋詰めのもののような状態で担がれているものが、まさか「者」であることに気付いた駒門は全員に対し「これが?」と訊ねる様に指をさして顔を見合わせていた。

 

「スミマセン…寝不足だったので…」

 

「………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊丹の手配したバスが到着し、乗り込んだ一行。すると蒼夜とは別にまるで干された洗濯物のようになっていた栗林が追加されていたのを見て、ライダーが彼女を指さして尋ねる。

 

「あの娘も寝てないのか?」

 

「いや…アイツは気にしないでください。ほっといてもその内、大丈夫なので」

 

「そうか。ならいいのだがな」

 

見放された言い方で富田に言われ、放置されることになった()栗林。

その隣には介抱されるように後部の座席に寝かされている蒼夜の姿があり、青ざめた顔だがそれでも落ち着いて眠りにつけた様子で、次第に顔色も元に戻った。

 

「つかよ。なんであの嬢ちゃん、あそこまで錯乱してんだ?」

 

「アイツ隊長がレンジャーと特戦群であることを信じたくない様ですから。無理もないといえば確かですけど…」

 

「その「レンジャー」って奴にアイツが入ってるのがそんなにおかしいのか」

 

「信じたくない…というか信じられないという気持ちは分からなくもないと思います。けど、実際隊長はそれを全て経験しましたし記録だってある。それでも…」

 

「ガラじゃないってか」

 

そういうことです。

未だ目覚めない、というよりしばらくは戻ってこないだろう彼女の姿を眺めつつ富田はランサーに説明をした。イタリカでも彼女は同様の反応と拒絶を起こしたことから、どうやら本当に伊丹がレンジャーと特戦群を出たことを受け入れたくなかったらしい。

簡潔に言えば、どちらも地獄そのものというほど過酷な訓練を行うらしく、それを突破した人物がああいったオタクであることに納得も理解もできなかった。というより、それでオタクであること自体も納得できないらしいが。

 

「そこまで拒絶されると俺も傷つくんだけど…」

 

「ま。現実を知ってくれたと思って、前向きに捉えるのだな」

 

「………。」

 

未だ信じられないという状態の彼女に、そろそろ立ち直ってほしいと思う伊丹だが、当分気持ちの整理がつくまでは無理だろうとアーチャーに断じられる。

その言葉通り、しばらくは布団干しの状態だろう。

 

「…仕方ない。出してくれ」

 

小さなため息をついた伊丹は、運転手に頼んでバスを発車させた。

目指すは国会議事堂だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…マスター。大丈夫…ですよね?」

 

と、同じ最後尾の座席に座りマスターである彼の様子を窺うマシュ。

心なしか彼の顔色はあまり優れず、されど熟睡しているという状態。その睡眠状態は決して悪いものでも、まして良い物でもない。特にこの状況、直ぐに大事事が控えている今は。

 

「…これって…完全熟睡モード…というか深寝ですよね…」

 

果たして。蒼夜は無事に起きる…のか。

 

 

「では私が目覚めの接吻を」

 

「そろそろ本当に清姫さんは自重してください。昨晩それで寝れなかったんですよ!?」

 

「え。そうなのですか」

 

「………。」

 

ロマンが聞けば、確実に胃にドリルどころか虹霓剣で抉られる案件である。

その後、マシュとリリィが付き添い、しばらくは車内で落ち着いて眠っていたという。ただし、清姫にずっと直視され続けるという本人が後で知れば背筋が凍り付く状態だったようだが。

 

 

 

 



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チャプター3-2 「現代停滞地『日本』 = 質疑開始 =」

おまたせしました。

チャプター3の二話目です。

今回はいよいよ参考人招致の開始。その少し前も交えています。

順番は原作通り伊丹、レレイ、テュカ。そしてロゥリイを少しとなっています…

ええ。気力とページの都合上、身勝手にロゥリイは前後半にしました。
そして後半、つまり次回にロゥリイと蒼夜を行う予定です。


皆さん、1.5章は楽しんでいますか?
自分はガチャをしたら新宿のアーチャーが出ました。
…実はエミヤオルタ狙いでしたけど。
え。新宿のアヴェンジャーとアサシンですか?
…アヴェンジャーが欲しいです(オイ

それでは、チャプター3の第二話、お楽しみください。


 

―――夢を見た。

 

あの日に見た影は大きく、そして広い、まるで一本の大木のような背は、今も少年の中で鮮明に色を残す。

 

ただその背が一体だれのだったか、少年の幼い記憶の中には色濃い影でしか残らなかった。

鮮明ではあるが同時に年かさねによる過去の記憶としての忘却が容赦なくその記憶すらも消してしまう。

黒い影の向こう側で、どんな顔でどんな声で、どんな姿で、そしてどんな言葉を自分に言ってくれたのか。その時であれば絶対に思い返せただろう。しかし記憶にはその部分だけが綺麗に抜き落ちてしまい、言葉の一片すらも思い出せない。

 

少年は今になってそれを恥じた。その時に一体なんと言ってくれたのか、今だったらその意味を考えることが出来たのにと。幼き日の自分が、それを知ることはできないと知ってしまったがために、その姿は言葉ともに忘却の彼方へと消え去った。

 

 

 

 

 

―――それでも、少年は僅かに覚えていた。

 

その背が広く、そして勇ましい男のものであったことを。

男の顔をみていた自分が、ひどく落ち着いていたこと。泣きじゃくっていた筈の自分が、その言葉に憧れ、そして夢見てしまったのだ。

 

 

―――いつか、俺も「―――」のような奴になりたい。

 

 

理由も、その意味も解らないというのに少年は憧れを持ってしまった。男の顔がその言葉を聞いた途端に暗く悲し気であったことに気付けずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずんと重たくなった体に意識が通る。暗い闇の中だというのに、嫌に感覚だけは鮮明で四肢の感触も感じられる。眠っていた意識と共に感覚器官が作動しはじめ、魔術回路と共に体を点検し起動準備を行う。

血管の中の血が体を通い、暖かな血流が人肌程度に体を温めてくれる。血の流動が命を動かし、体を少しずつだが正常に復旧させる。

引き上げられた意識とともに蒼夜はゆっくりと目蓋を開いた。

 

 

 

「――――――。」

 

乾いた目蓋を開くと知らない天井が見えた。肌寒さから外かと思っていたが、どうやらその冷たさと身の窮屈さは仕方のないものらしい。まだ意識がはっきりせずどういった状態なのかと周りの状況が分からないが、そのことについて教えてくれる人物が、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 

「…先輩? お目覚めですか」

 

「マシュ…俺、どれだけ寝てた?」

 

眠りから覚めた蒼夜は、凝り固まった体を伸ばし体調を確認する。魔術回路による簡易的な健康診断のようなもので全身に魔力を少し通して状態をスキャンする。

基本的健康。体調に若干の不安はあるが問題はなし。しいて上げるなら睡眠不足か。

 

「二時間…といったところでしょうか。バスでの移動時間が思ったよりも渋滞で増えてしまいましたので」

 

体調確認をした蒼夜に、マシュが手元に置いていた腕時計で時刻を読んで答える。

支給品であるらしく自衛隊らしい耐久性の高そうなデジタル時計だ。コンマのズレもない正確な時刻を刻むだろうその時計はマシュも使い心地がいいのか嬉しそうな顔を彼の前で見せている。

 

「二時間…まぁ、まずまずだな」

 

「ええ。ぐっすりと睡眠ができたようでよかったです」

 

蒼夜の記憶が正しければ、昼前には議事堂に着く予定だ。だがマシュの報告で渋滞にハメられたということで若干の遅れの可能性もある。

あれから二時間。ゲートを潜り、現代にやってきた蒼夜たちは若干時間の余裕があるということで、蒼夜本人は仮眠をとっていたので何もしなかったが、その間に伊丹たちが審問会前にと色々と準備をしていたのだ。

 

「…バスの中…誰もいないな」

 

「皆さん、先に降りてお店に入りましたからね。私はここで先輩を防え…もとい、見守ってましたので」

 

「…清姫、なにもしなかったか?」

 

「大丈夫です。ハイ」

 

寝起きの状態なので頭が少し痛む蒼夜は最後尾の座席から起き上がると、最前列の運転席に至るまで誰もいない車内の様子に素っ気なく答える。彼にとってはそれ以上に安眠の邪魔をされなかったかという事が重要で、この後の審問会のことを踏まえると今の仮眠がどれだけ重要なことなのかは嫌でも分かってしまう。

それが満たされたのであればさして気にもしなかった蒼夜は、ふと窓を見ると冷たい風が吹いているだろう冬の東京の様子にしばらくその景色を眺める。

 

(…そういえば東京は十二月だったな)

 

うっすらと起きていた時に耳にした不確かな情報だが、目の前に映る装飾されたツリーやクリスマスということでバーゲンセール等をしている店の広告から一目でわかる。

 

「体のほうは大丈夫ですか、先輩」

 

「ああ。ちょっと頭痛がするけど…しばらくしたら治まるだろうし大丈夫だよ」

 

寝ていた環境もあるが、睡眠時間がたったの三時間というので睡眠不足になるのは当然だ。体調は完璧とはいえないが審問会に出るには十分な状態であると考えた蒼夜は、マシュに心配をさせまいと平静を装う。

 

「そうですか…すみません、マスター。本来ならドクターのバイタルチェックが必要だというのに」

 

「気にするなってマシュ。ドクターじゃなくてもコレ位は自分で管理しないと。まかせっきりっていうのも悪いしさ」

 

レイシフト時は常にロマニことドクターロマンが彼のバイタルチェックをしているので、万が一問題があれば常に彼の方から報告があった。しかし今回、最初に事故で通信機が故障するという事態に陥ってしまい、カルデアとの通信は不可能になった。向こうとの通信不可は聖杯探索の面で言えば大きくマイナスだ。向こうとの連携があってこそ、今までの探索は成功したと言ってもいい。

それでも蒼夜がこうして生きているということは、通信はできなくても少なくともカルデアとのつながりはあるということ。後に蒼夜たちも知ることになるが、いわゆるタイムトラベルをした蒼夜たちがその時代で活動できるのはカルデアの方で彼の存在証明を行っているからだ。

 

「兎も角、今は目の前のことに集中しよう」

 

「…はい。そうですね」

 

カルデアとの通信は確かに急務だが、それは今日の出来事を終わってからでも十分に対策を考えられることだ。

少なくとも今、蒼夜がこうして存在証明がされているということは、カルデアは具体的な情報はつかめなくても存在は確証しているということ。ロマンたちの方でも対応はしている筈だと、彼らのことを信じ蒼夜はまずサーヴァントたちの様子を見に行く。

 

「…そういえばマシュ。みんなどこに行ったんだ?」

 

「あ、はい。実は―――」

 

 

 

腹が減っては戦はできぬ。よく言うことわざがある。

空腹であっては戦うこともできないというのは、戦であれば確かに常識だろう。戦国時代しかり戦いの時には常に兵糧も重要視され、籠城に至っては兵糧で兵の士気が左右されるといってもよかった。

が。今はそのことわざがどうしても悪い意味で聞こえる蒼夜は、この時ばかりはそのことわざを脳裏に浮かべ顔を引きつった。

 

「………は?」

 

赤い看板。中がほとんど見える窓の構造。看板のマークには牛が描かれている。

安く、早く、そして旨い。肉をがっつりと食べられるというサラリーマンなどのニーズに答えた飲食店。

つまり、牛丼屋だ。

 

「…なんでさ」

 

「さぁ…?」

 

 なぜ現在、牛丼屋で食事をしているのだろう。そもそもどうして牛丼なのか。

 蒼夜の中で巻き起こる疑問の数々に脳内がパンクしそうになるが、店内を見るとサーヴァントたちの姿があった。大方、ライダーとランサーの二人が引っ張ったのだろうと考えつつ、その光景を見てため息をついた蒼夜はマシュに困り気味な顔を向ける。

 

 「…仕方ない。俺たちも入るか」

 

 

 

 蒼夜が眠っている間、バスを使い議事堂まで移動する予定だったが時間にまだ余裕があることや、そもそもの問題があるらしく伊丹は先にスーツ店に足を踏み入れる。

 興味津々に東京の街並みを見ていた三人。その中で特にテュカの服装があまりに場違いで、セーターを着こんでいるとはいえシャツにジーパンは失礼ではないかという事で、彼女用のスーツを見に行ったらしい。スタイル自体が整っているので、スーツも問題なく着こなし耳を隠せばさながら出稼ぎに来た金髪の外人だ。

 

 「…で、その後にここに来たと」

 

 その後。まだ時間に余裕があったということで、軽食をとるため更に移動する。まだ時間もあるということで飲食店をと予定していたが、参考人招致では費用はそこまで出ないらしく、一人五百円という遠足にでも行かされているかのような費用では、そこらにあるまともな料理店で一品食べられるだけでも怪しい。

 そこで。時間節約も兼ねて比較的安価、そしてある程度の旨さは保障できるということで牛丼が選ばれた。

 

 

 

 「お。起きたか」

 

 「お陰様で」

 

 カウンター席で自衛隊員三人が並んで食事をしている風景は、蒼夜の世界でも見る事の無かった光景だ。その三人がそれぞれ頼んだ牛丼をつつき、さらに食べながら箸を持った手であいさつをするなどのやり方はまるで自宅で食べているかのようだ。

 

 「二時間、ばっちりと寝かせてもらいました」

 

 「そりゃよかった。向こうで寝られちゃ、流石に困るだろ」

 

 「…そうッスね」

 

 蒼夜に向けて放った言葉であるのは、彼自身も分かっていた。肝心の本人が寝ていては伊丹たちも困るだろう。だがそれ以上に蒼夜たち自身が困ることも確かだ。肝心の中心人物が睡眠不足で爆睡するかマトモに答えられないのであれば餌になるのは目に見えている。

 皮肉のつもりか、それとも別の意味でか。少なくとも蒼夜にとっては前者に聞こえていた。

 

 「食べれるか? この後、審問会で食べるのはかなり後になるぞ」

 

 「…んじゃ俺たちも食べるとしますか」

 

 どの道、空腹なのは事実。腹が減っては何とやらということで、蒼夜は何処か適当に開いている席を見つけマシュと二人で座る。

 近くのテーブル席には先に食事をしていたライダーたちの姿があり、その手前にはランサーとアーチャー、そしてセイバーと清姫の姿があった。

 

 「おう、坊主。目ぇ覚めたか」

 

 「ん。まぁ取りあえず赤っ恥をかかない程度にはな」

 

 全国の前で恥をかくのは確実だが、それでも事実は事実だ。せめて言い訳をしたりできれば一人でも信じて欲しいというのが正直なところ。そうしなければ、蒼夜たちの行動は今後さらに制約が課せられる。

 ならば赤っ恥を覚悟で特攻するしかないというのが、蒼夜の考えだ。

 

 「オイオイ、最初っから負けるの前提か?」

 

 「まさか。負け確定の戦いなんてのはゴメンだ。特に、公衆の面前では絶対に嫌だ」

 

 「下手をすれば、私たちは世間から笑いもの…ですもんね」

 

 それが自分の肩にかかっているとなると…考えるだけで蒼夜は幻覚の頭痛に悩まされる。この参考人招致がカルデアの、ひいては自分たちの今後の行動がかかっているのだ。失敗すればどうなるか。最悪、野盗崩れと同格の扱いをされる可能性だってある。

 もしくはそれが無くても政府の言いなりにされる、という可能性もなくはない。なにせ金と権力が取り柄の政治家が多い場所だ。

 

 「笑いもの…で、済めばいいんだけどなぁ。あの手の連中はロクでもないことには頭が回るから」

 

 「ま、今は食って腹ごしらえしねぇとな。その手の連中にゃ頭を使わねぇと」

 

 「頭っていうより悪知恵だけどな」

 

 薄いメニューを手に取った蒼夜は、目を流して読むと直感的に食べたい牛丼をチョイスする。行き慣れているようでメニューを開けてから牛丼を選ぶまでは一分とかからなかった。

 しかしこの手の店、ましてや外界と接することが一度もなく、それが現代であれば完全無縁だったマシュは蒼夜の目の前で硬直していた。

 

 「えっ…あ…」

 

 「…? どうした、マシュ」

 

 手渡されたメニューを受け取ったはいいが、ガチガチに固まってしまっているマシュに蒼夜は首をかしげる。ただメニューを渡しただけで、ほかには何も余計なことは口にしていない筈だ。

 だがそれでも彼女が固まってしまったことで、何か異常があることは確か。原因にまだ気づけていない蒼夜は疑問符を頭の上に浮かべていた。

 

 「…もしかして肉、食べられな―――」

 

 「あ、いえそういうわけではなくて…」

 

 あまりに大量の肉ということで食べられないのかと気遣うが、彼女が「マシュ・キリエライト」であることを忘れていた彼はついに本人から説明をさせてしまう。

 

 「私、そもそも飲食店自体が初めてですから…」

 

 「あ………」

 

 失念していたことに今になって気付く。そもそもマシュは一度もカルデアの外に出た事がなかったのだ。レイシフトによってある意味での外出は増え、最近ではオガワハイムの時に近代都市に行ったが、あの時はマンションに入っただけでその他の場所に行くことは出来なかった。

 つまり。今回の特異点でマシュは事実上初の現代都市デビューというワケだ。

 

 「ゴメン、マシュ…色々と分からない事だらけだったよな…」

 

 「い、いえ、これも勉強です! 現代都市の文化に触れ、少しでも世俗を知っておかねば…」

 

 「…あ、うん。兎も角は…」

 

 

 

 「楽しそうにしてんな、坊主たち」

 

 「お前は不愉快か? 女でもあるまい」

 

 「俺の時代じゃ女も怖かったっつーの」

 

 アーチャーの言葉に苛立つランサーは口に爪楊枝を加えて露骨な嫌悪の顔を見せている。二人の席には他にもリリィと清姫が居るが、二人は会話には混ざってこない。

 その後ろにはライダーとキャスターの二人が席に座り、孔明は食事を終えたが不服そうで、葉巻も吸えない状態から別の意味で苛立っていた。

 

 「つかよ。お前ホントーに慣れてんな。この時代に」

 

 「悪かったな。一応、神秘とは無縁の時代出身なものでな」

 

 「だからお前の筋力はDなんだよ」

 

 「おっと心は硝子だぞ」

 

 「素早く受け答えすんなや」

 

 持ちネタのように軽々と受け返すアーチャーに思わず突っ込む。どこかで聞いたことのある内容だったが気のせいだろうと深くは考えなかったランサーはちらりと自分の隣の席に目をやった。アーチャーの隣にリリィが居るのに対し、ランサーの隣には…

 

 

 

 「―――――随分と楽しそうですわね、マシュさん」

 

 「お義母さま…」

 

 「お義母さま!?」

 

旦那(蒼夜)を寝取られたような顔で怒りをあらわする清姫。彼女の顔は宝具発動の一歩手前。その顔が現在、蒼夜の真上にあるのだ。対面にいるマシュはそれを直視せざるえない。

 顔は笑顔だが、その顔の奥には燃えるような炎の一片が見え隠れしている。たとえるなら福笑いの顔の面の向こうから漏れる煉獄の炎。

 

 「清姫おちつけって!?」

 

 「お断りします。旦那様がマシュを選ぶのであれば「いたりか」を燃やします」

 

 「無関係な町を燃やさないで!?」

 

 「というかそんな事で燃やされてはイタリカの人たちが酷い迷惑―――」

 

 「なにか言いました?」

 

 「なんでもございません、お義母さま」

 

 「だからなんでお義母さま!?」

 

 その後、無事にマシュも食事にありつけたのだが蒼夜は清姫を宥めるのに時間がかかり、食事にありつけたのはマシュより少し後になった。

 

 

 「…なんか、凄い話をしてる気がするんですが」

 

 「そう? 私はなんか…女の愛憎を」

 

 「栗林、聞かれたら怖いから無視してなさい」

 

 助け船でも出してあげようかと考えていた伊丹も後ろから聞こえてくる愛憎と黒焦げの危機に手を伸ばすどころか顔を振り向くことさえもできず、見捨てるかのように断じた。厨房に目をやると若い店員があまりの怖さに怖気づいて奥に隠れているほどで、言い訳としてガチャカチャと音を立てて食器を洗っている。

 

 (俺はそれ以上に…)

 

 

 神秘、時代、現代。文化に触れる。初めての事。

 今まで考えていた事が、伊丹の中で音とともにいつの間にか崩されていた。目の前にある現実は真実を普段の日常と同じように何気ない時に放り投げて来たのだ。構えもしていなかった彼の耳には多少の漏れはあったものの確かに脳裏に刻まれた。

 まるで自分たちとは別の時代から来たような発言、レレイやロゥリィたちといった特地の面々と同じような事を言う。

 その中でマシュだけは自分たちと同じ近代人であると思っていたが、その予想も違っていた。

 

 (少なくとも、蒼夜は現代人だ。雰囲気だけじゃなくて振る舞い方が馴染んでる。けど問題は…)

 

 他のサーヴァントたちが一体なにものなのかという疑問を今までは適当にはぐらかされていたが、改めてその疑問が目の前に現れ、浮かび上がった。何気なく今も日本語で話しているが、だからといって彼らが日本人ではなく、日本語を話せる外人で済ませられるわけもない。

 それは恐らく今日の参考人招致で分かるだろうと思い、無駄な詮索はしないようにしていたが、彼の中で本当にそれでいいのかと疑っていた。

 

 (嫌に気になるなぁ…なんでだ?)

 

 自分でもわからない疑問に頭を抱えるが、それを今は考える時ではないと頭痛を抑えるために手元にあったお冷を口につけた。

 

 

 

 軽食を終えた一行は、いよいよ日本の中枢機関である国会議事堂へと向かう。軽い食事で腹を満たされたことでまた少し仮眠をとっていた蒼夜は満腹の顔で眠りについていたが、今度はそれなど長い移動時間でもなく、一時間もしない間にバスは目的地にたどり着く。

 

 「ほう、これがこの国のか」

 

 「映画じゃよく破壊されているがな」

 

 バスの窓から見える石製の外見に興味を持つライダーは懐かしい我が家を見ているように眺めている。彼の時代だと丁度石造りの建造物が主流の時代で、見慣れた感じがあるのだろう。しかし隣に座るキャスターは見てても面白くないのか、眼鏡の奥にある目を閉じて両腕を組んで座り込んでいた。

 確かに特撮やら映画やらで破壊されることもあるが、彼はそれほどに日本が嫌いなのかとマシュは苦笑する。

 

 「それに、お前が思うほど中は外見と一致しない。ロクデナシの集まりだからな」

 

 明らかな宣戦布告ともとれる言動を次々と並べていくキャスターに、マスターが起きていればどんな顔をしていただろうかと考え、その当人の寝顔を窺う。まだ起きてはいないようですやすやと寝息を立てているが、きっと目が覚めていれば彼の胃もまた虹霓剣の如く抉られていただろう。

 

 「私たち…本当に戦いませんよね?」

 

 「だ、大丈夫のハズです…」

 

 既に先行きが怪しく思えて来たリリィがおろおろと訊ねてくるが、同じく不安でしかないマシュも今はそう願うしかできないと諦めていた。

 

 「あと…そろそろ着くのでいい加減離れてください」

 

 いつの間にやら蒼夜に抱き着いていた清姫を睨むが、当人は腕に固着して離れそうにもない。このままだとまた悪夢にうなされるかもしれないと無理やりにでも引きはがそうとするが、清姫は中々はなれようとはしない。

 あの牛丼屋での出来事をまだ根に持っているのか、時折マシュを見る目が妬ましい。散々向こうでいい思いをしているのだからと、顔で話すが目は明らかに蔑んでもいた。

 

 「旦那様の容態を管理するのは妻の役目です」

 

 「その妻のせいで寝不足になったんですが」

 

 あまりに横暴な清姫にマシュも怒りの沸点に達しかけたが、タイミングよくバスが停車しドアが開いた。ひと悶着おきる直前にバスが着いたことにホッとした伊丹は割って入るほどの声量で呼びかけた。

 

 「そこまでだ。議事堂についたから、降りてくれ!」

 

 「………!」

 

 「…嫌だと言いましたら」

 

 子どものように剥れる清姫にサーヴァントたちは不意にある一人の男に顔を向ける。こういう困った時には、彼が一番の適役だからだ。

 要約して言えば面倒事を押し付けるという形だが、それでも彼以上の適役はいないだろう。

 

 「…オイ。アーチャー」

 

 「…なぜ私だ」

 

 「アーチャーだからだ」

 

 「斬り殺されたいか貴様」

 

 困った時には自分に放り投げろみたいな雰囲気と決まりのよう空気に呆れるしかないが、だからといって否定できる要素がなかったアーチャーはそれ以上なにも言えず、押し黙ってしまう。やがて彼が折れる形で清姫に交渉とは名ばかりに説得を試みた。

 

 「…仕方ない。が、事実だ。き…バーサーカー、ここは大人しく従え」

 

 「分かっています。ですが…」

 

 「ですが…なんだ」

 

 「せめて私がマスターを抱きかかえて―――」

 

 「君、筋力Eだろ」

 

 行かなければならない事は承知していたが、やはり諦めきれなかった清姫は最後の悪あがきとばかりに我が侭を言うが、アーチャーは間髪を入れずに事実だけを叩きつけた。

 

 「狂化を使えばEXに…」

 

 「嘘をつくな。そこまで上がらないだろ」

 

 「つかお前、他人にゃ嘘だめなのにテメェは嘘つくのかよ」

 

 「嘘ではありません。これは愛の力で」

 

 「分かったからもう行くぞ。このままだと本当にマスターの足手まといになる」

 

 これ以上は清姫が駄々をこねるだけだと見て、強引に話を切り上げたアーチャー。最後は言葉の力づくだが、これ以上言い訳をされるよりはマシということで止む得なく蒼夜を叩き起こす。

 揉め事は二人のどっちかが連れて行くかになっていたので、当人を起こして行かせればその問題点も解消される。ただ快眠していた彼を起こすということで多少抵抗感はあったが、この場合はそうせざるえない。

 なお、この時の清姫の言葉は本人いわく「嘘ではなく、事実と可能性を述べたまで」らしく「嘘」にはカウントされないとか。だがこれが明らかに屁理屈であることは、その場の全員が満場一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼夜を起こし、バスを降りる一行。その中にはピニャたちも紛れようとしていたが、念のための確認として富田たちに降りていいかを尋ねる。

 

 「妾たちもここで降りるのか?」

 

 「いえ。自分たちは別の会場に向かいます。公では殿下は日本に来ていませんので」

 

 世間では特地からの参考人として三人の少女たちが呼ばれたというだけで、ピニャの存在自体はまだ向こう側に居ることになっている。狭間陸将か、彼女たちが来日すると事前に内閣の方には話を通していたので、現在ピニャとボーゼスの二人が日本に来ていると知っているのは、内閣の中枢面々と陸将。そして伊丹たちといった同行者たちだけだ。

 

 「このままもう少しバスに乗っていてください。次の目的地が会談の場所です」

 

 「分かった。頼む」

 

 富田と栗林、二人を護衛にピニャとボーゼスを乗せたバスはドアを閉じる。目的地であるホテルに向かい発車したバスは反転して入って来た門へと進む。

 窓の向こう側からもう少しコンクリートの都市の様子を眺めていたピニャは、ふと降りた蒼夜たち一行の姿を目に映すと直ぐに違和感に襲われる。

 

 (…一人多い……?)

 

 後ろ姿だが、紫の変わった服装と長髪の髪を揺らす人物。最初はキャスターだと思っていたが、その服装の違いと何より本人がライダーの隣を歩いていたことから彼ではないと分かる。

 今まで見たことのない人物がまた一人増えていた。一瞬だが見えたその姿を鮮明に焼き付けたピニャは姿を思い返す。

 

 (変わった服装をしていた。それに…あの背に掛けたのは…剣、か?)

 

 さぞ名のある剣士なのだろう。

 議事堂から離れていくピニャは、その後ろ姿だけを見て考えていたが「この世界」では名のあるどころの話ではない人物であることをこの時はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 参考人招致は議事堂の中にある会場の一つで行われる。テレビでよく見かける政治家たちの論議の場。長い歴史と共に進むも戻るもない、停滞しかないような場所はお茶の間に彼らの醜態をさらし時には奇跡ともいえるような出来事を見せてくれる。果たして、それが良き出来事か、それとも悪い事なのかはさておき。今では日常の中、テレビのニュースでも偶に映る場所だ。

 今回特地から連れて来た三人に対し、向こう側での生活や自衛隊に関しての質問等が行われる。そんな場所で行うことかと言われればそうだが、今回は外国ではなく、異世界、とかも魔法の類が確認されている世界なので異例ともいえる。

 さらに今回は各国にもライブ中継が行われ、アメリカ、ロシア、中国といった列強国も今回の参考人招致には一定の興味があった。

 一部の国にとっては目的は別にあったが、その為の情報収集として今回の参考人招致は意味のあることだ。

 

 

 

 「…で。今回は二回に分かれると」

 

 「そうらしい。最初は彼女たちと交えて。そして二度目は…」

 

 「俺たちについて…か」

 

 避けられない現状に蒼夜とキャスターは俯いている。

 会場の扉の前では、蒼夜たちカルデアのメンバーが集まり最後の打ち合わせを行っていた。扉の前には伊丹たちが既に入る用意をしていたが、その少し後ろに彼らは陣取り普段着ともいえる戦闘服に姿を変えていた。ただし、マシュだけはカルデアの制服のままで彼女もまた蒼夜のサポートとして今回の質疑に加わる。

 

 「最初に至っては深くは追求されないとして、問題は二度目か」

 

 「連中、根掘り葉掘りや追求は得意だがカウンターは不得意だからな。出来るだけ向こうに優勢を装わせるしかあるまい」

 

 「…一応、イタリカで準備は進めたから、ある程度の手札はそろったけど…向こうは現実逃避だからなぁ…マジで」

 

 「現実から逃げるというよりも、現実に逃げる(・・・・・・)…という意味でしょうか」

 

 「あたり。向こうは現実主義気取ってるけど、中身は保身第一だからな。そこが弱点だけど」

 

 そもそもカルデアの組織自体がこの世界には存在しない。向こうからすれば蒼夜たちは嘘っぱちを話しているということになるが、彼らからすれば組織も状況も全てが事実。

 人理焼却と人類滅亡。そのカウントダウンが刻一刻と迫っている。

 しかしだからといってそれをイキナリ受け入れろというのは、いささか無理がある。特地には魔法があるということを出会って直ぐに信じて欲しいと言っているのと同義だ。

 加えて蒼夜たちの世界では現実の世界に裏側に魔術師たちの世界が存在し、その世界ではかつての英霊たちを現界させられる魔術がある。そして彼の周りにいるサーヴァントたちがその英霊、つまり英雄たちであるということを果たして彼らは信じるだろうか。

 

 「とにかく。最初は俺とマシュ、それとキャスターで行くから。みんなはここで待っててね」

 

 「大丈夫か、坊主。お前らだけで」

 

 ライダーありきで今回の参考人招致を乗り切る算段だというのに、前哨戦は彼を除いた三人が参加する。カリスマスキルで信憑性を高めるという計画だが、それを今すぐに行うほど焦る状況でもない。

 

 「ああ。まずは様子見。それからでもライダーに頼るのは遅くはない筈だ。それに、こっちには「先生」がいるからな」

 

 「お前なぁ…」

 

 にひひ、とにやける蒼夜にキャスターは青筋を浮かべる。つまり困った時はキャスターに押し付けるという、なんともアーチャーが同情しそうな結論だ。が、彼がいるからこそライダーを温存できると言っても過言ではなく、ある意味今回の中で重要なポジションに彼はついていた。

 

 「…余程の時以外は手を貸さんぞ」

 

 「分かってる。それに今回はマシュも居るし」

 

 「はい。出来るだけ先輩のサポートをしてみせます」

 

 肝が据わっているマシュもいることもあって、幾分か政治家たちからの嫌味も捌ける。見た目に反して弱気ではないのが彼女の長所だ。以心伝心まではいかないが、彼女とは意思が通じ合ってるようなもので、蒼夜に対して色々とアドバイスや助言、相談もするので捌くことも円滑にできるだろう。

 

 「き…バーサーカーは俺が嫌味を言われてるからって炎とかを使わないように」

 

 「むぅ…」

 

 ついて行く気満々だったが、先に蒼夜に説得されついて行けない清姫は頬を膨らませて剥れた表情で彼を見ていた。私も付いて行きたいと言わんばかりの顔で、今にも彼が逃げ出してしまいそうだと妄想しているが、別に彼がどこに逃げるほけでもなく、さりとて浮気するわけでもない。自分たちにかけられた疑いを晴らし、今後の行動に影響させないために彼は政治家たちのもとへと行くだけなのだ。

 だが自制心の弱い彼女にとっては、それを分かっていても我慢はできなかった。

 

 「…せめて霊体化させてください」

 

 「だーめ。清姫がここに居ないと、それこそ疑われるし、霊体化自体ここじゃ怪しまれる」

 

 「それは…そうですけど…」

 

 それは彼に迷惑をかけてしまう行為であることは清姫も分かっていた。それでも彼を思い慕う気持ちと願い(狂った愛)が強くなってしまう。

 

 「大丈夫だって。万事先生がなんとかしてくれるし」

 

 「結局、全部わたし頼みか!」

 

 完全にキャスター任せであることに怒りを爆発させたが、今さら後に引き返すこともできない。そもそも彼が令呪をもってそんな事をさせてくれないだろう。

 

 「そう怒るな。坊主もお前だからこそ頼っているのであろう」

 

 「頼るというより、完全に押し付けだろうが」

 

 「失礼な。簡単な受け答えは俺がして、困った時からは常に先生が…」

 

 「同じ意味だろうが」

 

 ライダーに宥められるキャスターだが、本心ではライダーも行きたかったはずだ。すまんな、と口元で手を立てた蒼夜は小声で謝罪する。

 だがライダーはそれに反応はせず軽く彼の背を叩いた。もっとも、それが軽くという勢いなのかは人によるものだったが。

 

 「ホレ、始まるぞ」

 

 「…ライダー。すまん」

 

 「なにを謝る必要がある。自ら先陣を切るとマスターが豪語したのだ。であれば、余は時が来るまで待つまでよ」

 

 「………」

 

 ライダーの存在は今回の中では重要なものだ。

 それを次にまで取っておけるか。それが蒼夜の腕の見せどころでもある。下手な受け答えで相手に不信感を持たせるか。それとも一定の信頼は勝ち取れるか。

 正直、彼にとっても全ては彼らの反応次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ―――変に重苦しい、そこはフラッシュバックの嵐だった。

 

 会場に一歩入ると、その間に数百回というほどのカメラのシャッターが切られ、眩い光を各所から照らす。嫌に眩しい光に目を細めてしまうが、フラッシュバックに慣れていた蒼夜にとってはさして気にするものではなかった。

 問題は視線だろう。至る所から見られているという視線は、周りに人が居るからという意味で当然のこと。だがそれとは別に、さらに何千万、下手をすれば何億という人間に見られているという無意識から来る視線に蒼夜は耐えることが難しい。会場には百人から二百人程度はいると思えるが、それ以上に感じる視線というのは、なにもその場にいる者たちからではない。

 会場の二階にある無数のカメラとTVカメラ。そのTVカメラの向こう側から、何千何億という視聴者が自分たちの姿を見ているのだ。これに直ぐに慣れろというのも無茶な話で、蒼夜の内心は緊張の高まりで破裂寸前だった。

 

 

 「…ダメだ。緊張で死にそう」

 

 「ま、マスター…意識をしっかりとしてください!」

 

 (やれやれ…前途多難だな)

 

 しかしそれが今に始まった話でもない。議事堂に入ってからというもの、常に視線を感じていた彼は今までには感じなかった現代人からの視線に慣れず、入る直前からそわそわしていた。今は格好をつけなくてはいけないので冷静を装っているが、内心は彼の小声の通り死にそうなほどの緊張感に圧迫されている。

 

 

 斯くして。今にもロボットのようにカチコチに硬直してしまいそうな蒼夜たちも加え、参考人招致は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ここで、改めて参考人招致の内容を説明する。

 といっても、そこまで難しくもなく加えて前に説明した通り、単純に向こうでの出来事や特地から来訪した三人に質問をするというのがおおまかな概要だ。特地での生活、自衛隊に保護されるまでは何をしていたか。生活の云々。

 そして自衛隊員である伊丹には、その間の出来事を報告するとともに質疑を行う。

 ただ質疑とは名ばかりで、実際は自衛隊の弱みを見つけてはつけ込みたいというのが本音だろう。

 

 

 「―――単刀直入に言います。特地甲種害獣、通称「ドラゴン」によって自衛隊の保護下にあった村の住人、約百五十名が犠牲になったのは何故なのですか?」

 

 

 白い女性用のスーツを来た女性議員「幸原みずき」が、先陣を切り最初の話題を切り出した。自衛隊によるコダ村の住人の犠牲。その原因である炎龍との戦闘。自衛隊が保護していたというのに、という他人事な結果だけを突きつけてくる。

 ご丁寧にフリップまで用意されており、しかもそのフリップを持つ顔は余裕げだ。これを見るや露骨に嫌な気分を見せた蒼夜とマシュ、そして辛い表情を見せたテュカは話題そのものにいい気分にはなれない。

 

 「………」

 

 マイクを通し、名指しで伊丹の名前が呼ばれ彼による回答が行われる。普通ならここで適当な言い訳をして逃れるというのが政治家たちの大抵の返答だ。

 が。自衛隊で、ましてこのような場に来ること自体が初めてな伊丹にとってはそんなことは関係はない。彼はただ、あるがまま、見て知った事を元に返答をした。

 

 

 

 「そりゃあ……ドラゴンが強かったからじゃないですかね?」

 

 それ以外になにがある。まるでそう言いたげな伊丹の返答は、その場、そして政治家たちにとっては意外すぎる返しだった。

 これには幸原も一瞬戸惑ってしまい、自分の回答が分かっているのかと彼の正気を疑うが、伊丹や蒼夜たちからすれば逆に彼女たち政治家の方に正気を疑う。

 

 「ッ……そ、そんな他人事な…!」

 

 「けど事実です。本当に強かったですし、無力さを感じました。ゲームやアニメ、漫画とかで自分も「あー強いのかー」程度にしか考えていませんでしたからね」

 

 「百五十人の尊い命が失われたのですよ!! 責任も罪悪も感じないんですか?」

 

 話を理解しているのかと、フリップを叩きながら声を張る幸原に対し伊丹の表情は冷静。そしてどこか脱力しており淡々とした様子で話を続けていく。

 

 「犠牲になった人、そしてその家族の方に対しては残念に思っています。それにそれだけの人を救えなかったという事の、自分たちの無力さも感じています」

 

 「…それは、自衛隊の非を認める…と受け取っても?」

 

 「いえ。不足していたのは銃の威力です。あと、まとめて言うなら火力ですかね」

 

 隙ができたと思った瞬間、次に飛んできた伊丹の斜め上な発言にまたも呆気にとられる幸原は、彼が一体なにを言っているのかと口を開けてしまう。

 しかしこれが実際のあの出来事での反省点の一つであることもまた事実だ。

 

 「小銃…7.62mmとか機関銃とかじゃ豆鉄砲みたいで、ドラゴンは痛くも痒くもなかったですし。目に当ててやっと嫌がる程度。しかもマトモにダメージを与えられたのが二発しかないロケットランチャーですし」

 

 炎龍に対し目に銃撃を加えたが、実際ダメージはなく伊丹の言葉通り嫌がる程度にしか効果はなかった。その後、やっと対戦車榴弾で腕をもいだだけで炎龍を完全に倒すことはできなかった。これが尾を引くのではないかと、話題を切り出された時にふと思い返す。

 

 「もっと威力のある武器があれば…と心底思いましたね。荷電粒子砲とかレールガンとか、多連装ミサイルとか重粒子兵器とか、核融合炉搭載兵器とかビーム兵器とか…」

 

 完全にアニメの世界の話をしている伊丹に対し、幸原だけでなくその後ろにいた野党議員たちも彼が一体何を言っているのか、そもそもそんな話をする場ではないと彼の言動に苛立ちを見せていた。

 これには短気だったのか、それとも彼の言動に意見したかったのか幸原が直ぐに反論をする。

 

 「貴方ね、ふざけているんですか!?」

 

 「ふざけてはいません。まぁ…たとえ話については私の妄想であると取って下さって結構です。

 ですが、さっきも言った通り、ドラゴン…特に我々第三偵察隊がエンカウントしたようなタイプに対しては本当に火力が足りませんでした。ぶっちゃけて言えば、あの場でドラゴンが逃げ帰ってくれなければ、我々の全滅だってあり得ましたし」

 

 その場合はどうなるか。そんなことは誰の口から語るまでもない。

 場の空気が悪くなったところに議員の一人が挙手し間に入り、一枚の資料をもとに報告をする。

 

 「い、委員長!」

 

 (沸点低いなぁ…)

 

 「特地から持ち込まれた「ドラゴン」のサンプルですが、タングステン並みの強度を持つ鱗を全身に覆い、超高温の火炎を吐くということが解析と分析の結果判明しました。火炎については伊丹二尉たちが実際に目にしたということで信憑性も高く、その防御力も合わせればいわば空飛ぶ戦車…いや要塞と言っても過言ではありません」

 

 しかも火炎放射の効果範囲が広いのであれば、戦略爆撃機と言い換えてもおかしくはない。それだけの火力と防御力を併せ持つ生物自体、彼らの世界には存在しないのだ。

 言い過ぎではないかと思う議員たちも居るが、それが全くの事実であることは伊丹たちが良く知っているし、その証拠もあるので言い返すことはできなかった。

 

 

 「加えて、高い機動性を持っていたとも言います。それにそもそも、ドラゴンと戦うこと自体彼らにとっては初めての出来事です。相手の出方だけでなく生態も分からない相手に犠牲者をなしにするというのは無理難題ではありませんか?」

 

 せめて相手がもう少し弱いワイバーンであれば、確かに被害ゼロは出来ただろうが、伊丹たちが相手にしたのは炎龍。並みのドラゴンとは比べ物にならない強敵だった。

 これを相手に犠牲者をゼロにしろ。というのは当然ながら無茶なことだ。

 が。それでもあきらめきれないのか、幸原はまだ粘り続ける。

 

 「ですが、先ほどの話では伊丹二尉の部隊には対戦車榴弾…いわゆるロケットランチャーがあったと聞きます。それで倒せたのではないですか?」

 

 伊丹の話から自分たちに有利になるだろう部分だけを掬い取る幸原だが、それを聞いた伊丹たちはマズイ以前に呆れるしかない。

 

 「…確かに第三偵察隊にも対戦車榴弾はありました。ですが、だからといってその時持っていた二発だけで倒せる…なんて今でも思えません。第一、一発目はドラゴンに防がれた形で致命傷は負わせられませんでしたし。二発目を使ったところで、果たして倒れていたかも怪しいほどです」

 

 これを好機とみていた幸原も自分のやっていることが悪あがきであることは分かっているが、それでも引けない理由が彼女にもあった。といっても、それが政治家や議員にとっては重要なだけで、ほかの人間それこそ目の前に伊丹たちにとっては至極どうでもいいこと。政治家としての面子だろう。

 

 「それに偵察隊はそもそも未開の地と言える特地の地理や地形を知るために編成された隊なんで、武装も最低限。支給された武器も旧式でした。戦闘なんて視野には入れてませんでしたし、対戦車榴弾も先ほど言った通り二発だけ。一発だけでも馬鹿にならない値段ですし…あんなドラゴンが居るなんて自分自身信じられませんでした」

 

 

 ファンタジー、魔道の世界があるのだからドラゴンという生物はいるのではないかと考えてはいた。が、今回の炎龍のような大型のドラゴンが居るとは思いもしなかった伊丹たちは必死の抵抗でドラゴンを撃退した。

 結果として見れば犠牲はあるものの人民を救い、生還したということは称賛するべきことである筈だ。むしろ、それを罵倒と批判で返すのはあまりに酷なことだ。

 

 「………」

 

 これには幸原も流石に下手を踏んだと思ったのか重圧か重石を背に乗せられたかのように重心を下げ、顔をひくつかせたが沈黙の後に大人しく引き下がることにした。

 

 「…いいでしょう。では、次にレレイ・ラ・レレーナ参考人にお訪ねします」

 

 順はレレイ、テュカ、ロゥリィの順でその最後に蒼夜たちが参加する。そもそも彼らの存在自体がイレギュラーなので、急遽後ろに入れたという感じだ。

 最初の参考人としてレレイが指名され、伊丹は台から離れるとレレイに行くように指示する。

 

 

 「日本語は分かりますか?」

 

 「…はい。少し」

 

 前に出て来たレレイに興味を持つ議員たちのざわめきの声が小さくだが聞こえてくる。年若いというのもあるが、彼女の見た目や持っている杖、そして服装も彼らの世界ではまず見たことのないものだ。コスプレであればファンタジーものとして作られるだろうが、彼女の服は最初から衣類として作られたものだ。

 

 「結構です。今は難民キャンプで生活をしていますが、なにか不自由や不満などはありませんか? 小さなことでも構いません」

 

 「…不自由の定義が理解不能。自由でないという言語の意味であれば人は生まれながらにして自由ではない」

 

 「………」

 

 簡単な質問のハズが返って来た言葉に頭を抱える。まさか一で投げた質問を十にして返してくるとは思ってもなかった幸原は言い方を変えて再度質問を投げかける。

 

 「…言い方を変えましょう。現在の生活で不足、または不満な点はありませんか?」

 

 「…問題はない。衣食住職霊の全ての必要最低限は満たされている。私たちの立場上、質を求めることは傲慢。質を求めていたらキリがない」

 

 遠回しだが否定したレレイに、その言葉だけで彼女の知識力を思い知らされる議員たち。恐らく、その場にいる誰よりも知識人だろう。淡々とした受け答えはそれ以上の追撃を許さない。

 

 「…分かりました。では最後に、先ほど伊丹二尉にも質問したことですが、自衛隊保護下にある村人百五十人が犠牲になったことについて、彼ら自衛隊に問題はありませんでしたか?」

 

 「…ない」

 

 返答が簡潔かつ短いことから、これ以上は何も聞き出す事はできないと察した議員たち。レレイの回答はどれも知識的ではあるがシンプルなもので、全てYESかNOかで答えていた。この手の性格の相手からは聞き出すことはできないと見た幸原は深追いはせずに引き下がる。

 まだあと二人居るんだ。つけ入る隙や証拠は絶対にある筈だと、この時はまだ期待していた。

 

 

 「次は…エルフ?」

 

 二番手として出て来たのは、唯一スーツ姿に身を包んだテュカ。金色の髪をゆらし整ったスタイルをしている彼女を見て恐らく幸原の後ろにいる議員たちは鼻の下を伸ばしているだろう。そんな変態どもに嫌悪感を持ちつつ通訳を務めるレレイと共に彼女の姿を観察する。エルフと言えば、人間に近い姿を持っているが耳がとがっているのがファンタジーで特徴。それはテュカの例外ではないようで、彼女の耳も金髪の髪からはみ出ていた。

 

 

 

 「えっと、失礼ですが…その耳は本物ですか?」

 

 軽い自己紹介とあいさつをするテュカに念のための確認として訊ねてみる。エルフであるということを疑うわけではないが、変に気になってしまい思わず考えも無しに口にしてしまった。

 

 「はい。自前ですよ、触ってみます?」

 

 二つ返事とともに金色の髪の中から出されたエルフ耳をテュカは自分の体の一部であることをアピールするようにひくひくと動かす。正真正銘のエルフであることに会場は騒ぎ立て、沈静化していたカメラのフラッシュが一斉に切られる。ファンタジーや二次元でしかなかったエルフが目の前にいるのだ。是非とも目に焼き付け、写真にしておきたかったのだろうが、問題は議員たちも携帯を持ち出してドサクサに紛れて写真撮影をしていた。これには委員長が制止をマイクで呼びかけるほどで、ほぼ全方位からのシャッター音は蒼夜や伊丹を苦笑いさせる。

 

 「オイオイ親父ども…」

 

 静粛にとマイクで言う声の中、降り注ぐシャッターの嵐に一瞬だが驚いた様子のテュカ。当然の反応だが、それが過剰になった原因として、まさか議員たちまで写真撮影をするとは思っても無かった蒼夜は呆れるしかなく、ため息をつく。

 

 

 「…改めて。ドラゴンの襲撃時のことですが、自衛隊の対応に問題はありませんでしたか?」

 

 聞けば、テュカもまた被害者であると聞く。であれば少なからずの情報はある筈だ。自衛隊に対しての材料を手に入れたかった幸原はレレイの時と同じ質問を彼女に行う。

 しかし、レレイやロゥリィと違い襲撃当時、ただ一人気絶していた彼女にとっては真偽はともかくとしても、その時の事は全くと言って覚えていない。

 

 「…覚えていない。その時、気を失っていた。ただ自衛隊に助けてもらったのは事実だし、私も途中で起きていたけど、自衛隊は勇敢にドラゴンと戦っていた」

 

 俯いた表情で答えるテュカだが、その言動は何処か嬉しそうにも見える。彼らのお陰で一矢報いれた、自分の村を焼いたドラゴンに痛手を負わせられたからだろうと蒼夜は彼女の後姿から声だけで予想した。

 

 「………いいでしょう。分かりました」

 

 一方で、気絶していてしかも逆に自衛隊を称賛する結果になってしまったことに、苦い表情になる幸原はテュカを下がらせるとため息をつく。

 ここまでマトモな成果が何一つとしてないのだ。レレイは簡潔かつつけ入る隙はなく、テュカは当時気絶していてしかも覚えているのは自衛隊がドラゴンに勝ったという場面だけ。

 別に自衛隊をここで称賛すること自体がダメなわけではないが、特地の世界で一体なにをしているのか全く分からない彼らについて頭に来ているのは少なくとも幸原だけではない。彼女の後ろで圧迫している議員たちもその為の証拠、または材料が欲しいのだ。

 だが結果は現在ツーストライク。どちらも自衛隊への不満は何一つないと言っていい。

 

 

 (ここまで来て二人とも自衛隊の不満や不安を垂らさないとは…まぁ所詮は向こう側、中世時代の人間だからとは思ってたけど…どうにかして向こう側に関する情報か失態が欲しいわ)

 

 このままでは崖っぷちに立たされる。いや、既に崖っぷちの状態である彼女にとって蒼夜を除けば最後の一人が望みだ。

 その最後の一人、と言えば…

 

 

 「…ん?」

 

 

 「次、ロゥリィ」

 

 「ああ。私の番ね」

 

 三番目、順当にいけば残っているのはロゥリィだ。いつも通りのゴスロリ服…という正装を纏った彼女だが武器には黒い包帯が巻かれ、顔には布が一枚掛けられている。彼女の服装が正装であることを知らない幸原は服装はさておき、その見た目に着目する。

 黒い服と顔に掛けられた布。日本でいうなら、思い当たるのは一つだけだ。

 

 (黒い…ゴスロリ服? それにアレは…ベールね。つまりは…)

 

服装を見て口元を釣り上げた幸原は、ロゥリィが黒い幸福の女神のように一瞬だが見えていた。黒い服と顔に掛けられたベール。熟年の女性が顔に掛けるものと同じで、彼女だけでなく議員たちからもその姿が葬式の参列者に見えてしまう。

 

 

(これはチャンスね…)

 

好機と見た幸原は小さくせき込みをして息を整えると、前の二人と同じように名前から訊ねる。

 

「それでは、お名前を」

 

「ロゥリィ・マーキュリーよ」

 

「貴方は別の理由で保護されたと聞きます。難民キャンプでは何をしていますか?」

 

隣にいるレレイに目を動かし、何と言っているのかと通訳を頼む。小声で分からないが、特地の言葉で通訳しているのだろう。

通訳を聞き終えるとロゥリィは甘い妖艶の声で返答する。

 

「単純よ。朝に目を覚ましたら生きる、祈る。命を頂く。祈る。そして夜になって眠る。それだけよ」

 

「………」

 

下手をすればニートとも呼ばれかねないような単純な一日の生活を話すロゥリィに議員たちは呆気にとられる。特地の世界であれば普通のことだが、日本の議員たちからすれば祈り以外は自堕落な生活にも聞こえてしまう。

 

「祈り…ですか」

 

「ええ。エムロイの神官としては当然のことよ」

 

「命を頂くというのは…」

 

「言葉通りよ。食べる事。殺す事。全て、命を頂くという行為。全てはエムロイへの供儀よ」

 

時折出てくるエムロイについて知らず、彼女が一体何者であるかさえ分からない幸原は、彼女が中二病かなにかの妄想好きであると勝手に断定すると、話題を切り替える。

無論、ロゥリィは全て事実を話しているのだが、どうやら議員たちにとっては絵空事にしか聞こえないようだ。

 

(神官? まぁファンタジーの世界だからあり得ることでしょうけど…どうせ大切な人が死んで混乱しているのでしょう。相当無理やりに連れてこられたかしらね)

 

(エムロイって度々あの子から名前が挙がってたけど…戦神かなにかか?)

 

(恐らくは。もしくは生死をつかさどっているのかもしれませんね)

 

「…質問を変えましょう。見たところ、貴方は親族か大切な方を無くされたと見えます」

 

「………」

 

「親族、知人、そういった方たちが無くなった原因は自衛隊に問題があったからだとは思えませんか?」

 

もう破れかぶれになりかけている姿に呆れるどころか本気で言っているのかと疑ってしまう蒼夜は幸原の正気を疑う。今までは質問だけだったのが、今度は無理やり自分たちの意思に同意させようとしているのだ。

完全に自衛隊が悪いことをしているという証拠を教えて欲しいと言っているその言動に彼の姿勢は崩れ、眠気すら感じさせる。

 

「…阿保か」

 

「全く」

 

これにはキャスターも目を閉じており、揃ってみるに堪えない様子だった。

質問をされているロゥリィはレレイからの通訳を聞き、小さく首をかしげる。彼女にとってはそもそもそんな事は関係はないことだ。

 

「………?」

 

「質問の意味が解らない。そもそもロゥリィの家族は―――」

 

「結構です。そのお姿を見れば、大体のご事情は察せます。自衛隊が保護していた貴方のご親族が亡くなられたという事実。これは由々しきことだとは思いませんか?」

 

「………」

 

(あーあ…)

 

レレイの言葉を無視した幸原は、水を得た魚の様に次第に言葉を次々と並べ始める。どうやら彼女の目と耳からはロゥリィの姿が伊丹たちへの反撃のチャンスに見えたらしい。

 

「ドラゴンの襲撃によって四分の一の村人の方が亡くなり、重軽傷を負いました。なのに、自衛隊は被害どころか傷一つなく戻って来たと聞きます。

おかしくはありませんか? 人民を守るために存在するハズの自衛隊が、そもそも人命を守る以前に自分たちの命を優先したという結果がここにあるのですよ?」

 

…そんなものはある筈がない。次第にロゥリィも一人爆走している彼女の姿を見て、何を言っているのかと目が座り出している。

レレイも通訳をしているのに突っぱねられたので、少しすねていた。

 

「…何を言っているのかしら?」

 

「さぁ…」

 

 

「守るべきは人命、村人たちだったハズ。それなのに彼らは自分たちの命を最優先にした! その結果、多くの命を奪った!! そうでしょう!!」

 

「………」

 

「話を聞いていない…」

 

「あ。やっぱり伝えていないのね」

 

「あの様子だと多分そう」

 

 

勝った。

何も言い返さないロゥリィの様子(実際は布のせいで見えていない。彼女は隣のレレイと話をしていた)を見て、図星であると見たのか、幸原はエンジンに火をつけて口を動かし始める。

実際は大きな勘違い、空回りであると知らずに。

 

 

「さぁ!! お話してくださいよ、自衛隊の、彼らの本当の姿。貴方の見た醜態を!!!」

 

勝利を確信した幸原は一気に攻める。これで後はロゥリィが自衛隊の悪を洗いざらい吐いてくれると見ていた彼女の表情は既に勝利に酔いしれていた。

マイクを通した慢心と自信たっぷりの言葉が会場内に響き渡り、その所為なのか室内は完全に沈黙してしまう。元々静かな状態でもあったが、それ以上に彼女の振る舞いや言動、パフォーマンスがあまりに典型的であったことからの呆れと落胆もあった。

冷めきった会場。勝ち誇る議員たちを見て目を丸くしていたロゥリィは小さくため息をつくと、そのまま息を吸い

 

 

 

「貴方、おバカぁ?」

 

 

 

腹の奥底から大声を吐き出し、ロゥリイの声は会場に大きく、そして反響音と共に響き渡った。音は広く、先ほどの幸原の時以上に広がり、甲高い音が会場いっぱいに広がったお陰でその場にいた全員が耳を塞ぐほどだ。

 ロゥリイもマイクのことについて知らないので力加減なしに叫んだのだろうが、それとは別に彼女の幸原への見方もその声には混ざっていた。

 

「っ………い、いま…なんて…」

 

「なんても何も、「貴方はおバカ(・・・)ですか」って訊いたのよぉお嬢ちゃん(・・・・・)

 

ロゥリイの甘い声からの言葉に呆気にとられる議員たち。同時に今まで優勢であったよなという妄想が、この時点で既に霧散していた。

彼女の言葉に優勢と勝利を確信していたという偽りがここで崩れはじめたのだ。

布の向こう側から見せた、誘惑するかのようなロゥリイの顔は幸原たち質問側の議員たちが予想していた顔とは違っていた。予想では頭が真っ白になり言葉が出ない彼女は泣く泣く事実を語る。もしくは逃げる。

だがそれはあくまで幸原の語ったことが全て「正しいこと」であるならの話だ。

そもそもレレイの通訳を無視した時点で、議員たちは既に間違いを犯していた。

 

 

「お……お嬢ちゃん…?」

 

自分が何を言っているのか分かっているのかと青筋を浮かべる幸原だが、その怒りはむしろレレイたちがするべきことだ。通訳である彼女を無視し一方的な自分の押しつけをするだけして、反論されれば子どものように怒る。そんないい加減なことに我慢ならないのはむしろ彼女たちの方だというのに、レレイたちは青筋を浮かべている幸原とは違い嫌な顔をしていない。

 

(嬢ちゃんっつーか…)

 

(婆さんだな。ありゃ)

 

(口にはするなよ、マスター、それとランサーも。そんなことを言ってしまったら私たちの身が危険になる)

 

 

「そんなに聞きたいのなら…聞かせてあげるわよ。伊丹たちが向こうで何をしたのか。何をしていたのか。…もっとも。それが貴方の思うものなのかは、保障できないけど」

 

これから語られるのは全て嘘偽りのない話。全てが真実。虚実はなく全てが本当に起こった出来事。

血を代価にして得た、亜神からの贈り物だ。

 

 

「さぁ。語ってあげるわ。真実を―――」

 



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チャプター3-3 「現代停滞地『日本』 = 死と生と=」

お待たせしました、最新話です!

いやぁ……リアルで色々と忙しかったり課題で死に掛けたり、なんか授業出たのが俺一人だったり、DDともふもふしてたり動物拉致してたり、人間拉致してたら遅れました。

……え? 後半違うだろって?

…………サテ、ナンノコトデゴザイマショウカ


皆さんお待ちかねの参考人招致の第二回。
今回はロウリィと蒼夜メインです。そして、次回からいよいよカルデア面子との真っ向勝負となります。
……個人的には嘉納さん(伊丹が閣下と呼んでた人)との審議をやりたいですけど、あれって立場上無理っぽいですよね……ま、その辺はいずれ。

それでは、今回もお楽しみください。


・追記
今回、後半から少し三点リーダーの数を増やしています。
前半と違うので若干読みにくいと思いますが、ご了承を。
……別に、手を抜いたわけではないんです。
いや、マジで。


 

世の中は、言ってしまえば嘘で成り立っている。

真実というが、それが果たして真実であるのかと疑い、その先で果てしない真偽を問うしかない。

「それが真実である」という絶対的に確定した証拠はない。人の中にあるそれを信じると言う気持ちと僅かな記憶、そして物的証拠があってこと「真実」は姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、伊丹たち特地の自衛隊たちと日本の政府との間にはある違いがあった。それは特地で知ったこと、カルチャーショック、そしてそこから生じた価値観の違いだ。

中世時代の特地と現代の日本とでは当然ながら文化も文明も違う。同時に思想や意識にも差があるのは、今の時代でも明らかなことだ。

 

「貴方たちの話を聞いていたけど、まず炎龍の恐ろしさを知らないようね。まぁ実際に貴方たちは、その目で見ても居ないんだから無理もないでしょうけど」

 

ペースを完全にロウリィに握られ、怒りを爆発しようにもタイミングがない幸原は挑発的な言い方をする彼女の喋り方に眉を動かす。

だが政治家たちが実際に炎龍を見ていないのは事実で聞くだけと見るのとでは、感じるものが圧倒的に違う。蒼夜や伊丹達の脳裏には、今もあの赤い鱗に覆われた炎龍の姿は鮮明に思い返せた。

 

「炎龍は私たちの世界に存在する龍種でも抜けた力をもつの。それこそ帝国が使役しているのなんかよりもずっと強いわよ」

 

始めて伊丹たちの前に現れた炎龍は、目の前を飛んでいた翼竜をいとも簡単に喰らった。体格の差もあったが、その容易さは空気でも食べていたかのようだった。

 

 

「そんな炎龍から五体満足に生還した。まずはそこを称賛するべきじゃないかしら?」

 

さも当たり前のことを言っているロウリィの言葉に何人かの議員たちは唇を強く締める。正論ではある、と分かっていたようだが全員がそうではなく、幸原のような青筋を浮かべている議員たちも中にはいた。分かっていたとしても、それが全て「当たり前のこと」として処理されていた。

 

「貴方たちもさっき聞いたでしょ。炎龍から犠牲者をゼロにしろ、というのがどれだけ無理難題か。それこそ、神でなければそんなことは不可能よ」

 

「ですが、あの場で唯一ドラゴンに対して有効な手段を持っているのは自衛隊だけだった。避難民を移送している中、現れたドラゴンに対して彼らは避難民を盾にして、応戦したのではないですか?」

 

「それは無いわね。あり得ない(・・・・・)

 

ロウリィが断じ、幸原の言葉を真っ向から否定する。幸原の言うことは、全て報告されてきたものから考えられる、いわば仮説的なものだ。直接彼女が現地に赴いたわけではなく、あくまでも報告されてきたデータから独自の解釈で考えたものに過ぎない。

対してロウリィはその一部始終を見ていたので、説得力で言えば彼女の方が断然上だ。しかも直後に紡がれた言葉がさらに彼女の言葉に信憑性を持たせる。

 

「そもそも、伊丹たちは武器をもつ人間よ。武器を持った人間が最初に考えることは二つ。「人を傷つける」か「人を守る」か。形や言い方がどうであれ、結果的に言えば武器を持つ人間の考えはそのどちらかに分かれるわ。

「人を傷つける」は他者、それも弱者に対して攻撃すること。革命や侵攻と言った者たちが考えるもの。「国を守るため」「悪を倒すため」「悪いものを滅ぼすため」だから率先して武器を握る。

けど「人を守る」のは違う。武器は持つけど武器を使わない。いえ、使う時を選ぶの。「敵から国を守るため」「悪人から人を守るため」「悪いものを近づけさせないため」。人を傷つけるのと確かに同じに見えるけど、そこには決定的に意思の差がある」

 

「…侵攻による正義と、守備による抑止」

 

ロウリィの言葉に蒼夜がポツリと呟く。それに反応し、孔明も小声で話だした。

 

「一見、「人を傷つけること」と「人を守ること」は似ているかもしれん。だが客観的に見れば違いは大きい。国を守るために他国を侵略し、自国を守る。防衛として大義を立てているが、結局は他国を攻めたという事実に変わりはない。それで自分たちの国を守ったかと言われれば、その間に自国を攻められもすれば意味をなさなくなる。

国を守りたいのなら自国に籠ればいい。自分たちの国の範囲で、自分たちの国を守り続ければいい。他国を攻めて自国を守るというのは、結果的に侵略論をいいように変えたにすぎない」

 

 

「伊丹たちは当然後者よ。彼らには守るべき避難民たちが存在した。守るべきものは、避難してきた人間だった。「守る」ために「守る目的」を態々危険にさらす意味なんてあるのかしら?」

 

「それは…ですが、彼らはドラゴンという初めての生物とエンカウントした。普通の人間なら誰だって恐れおののく。彼らだって例外ではないと思えます」

 

「だから避難民を盾にした?」

 

「人間、最後に望むのは自分の命です。命あっての物種、だからこそ人間は生存を優先する」

 

「…まるで伊丹たちも弱い人間みたいな言い方ね」

 

実際、精神的にビビっていたのは確かで、ロウリィの言葉に伊丹は耳の痛い話だと苦笑いをして目を逸らしていた。加えて、命が大切とまではいかないが彼も自分の人生の危機であれば真っ先に逃げてしまうので内心では何本もの槍が刺さっていた。

 

「勿論、自衛隊が応戦しなかったとは言いません。彼らだって戦いはしたでしょう。ですが実戦経験の浅い彼らが命惜しさに避難民を犠牲にしたのではないですか?」

 

「だからそれこそあり得ない話よ。貴方だって私たちの世界との技術、文明の差をわかっているでしょ? どちらが生存率が高いのか。どちらがあの炎龍の攻撃で生き残れるか。兵士という存在から考えれば、むしろ逃げるほうがおかしいわ。考えつく(・・・・)はずがない(・・・・・)

 

逃走の成功率でいえば圧倒的に伊丹たちの車のほうが高いのは当然のことだ。加えて頭の回転が早い伊丹は自分たちの機動性の高さから、敵を引きつけつつ頃合いを見て逃走できるという根拠を持っている。車のスピードであれば馬車よりも速く逃げられるはずだ。

ならば避難民を盾にして戦ったり、犠牲にしてしまうという行動はそもそも考えられず、人を守る兵士ましてや自衛官としては失格でしかない。

 

「そりゃ自国でもない人間を彼らが見捨てて逃げれば助かるでしょうね。けど彼らは兵士。国を守り、その財である人を守るのがそもそもの役目。それでは本末転倒よ」

 

「…あくまでも犠牲は仕方ないものだと?」

 

「当然でしょうに」

 

炎龍とのエンカウントは突然のことだった。加えて炎龍という強大な存在を知らなかった伊丹たちにとってどう対処すればいいのかでさえも分からない相手だ。闇の中を手探りで探るのと同じ、であればそれで犠牲が出ないというのも不自然でしかない。

 

「第一、兵士であっても彼らは人間よ。貴方の言いたい弱い人間。ならば貴方の言う通り命を大切にするのは当たり前のことでしょ?」

 

「ッ…それは…」

 

「兵士であれば命を投げて、っていうのはよくある話よ。でも結局大体の人間は命を一番大切にしている。それは貴方たちが一番よく知っているんじゃなくて?」

 

言葉を返せない幸原は口元をゆがめる。不快な意思を露骨に見せている表情は現在生中継で放送されているが、彼女の頭にはもうそれは関係がない。

自分を馬鹿にした、「お嬢ちゃん」と見下したあの小娘を降すまでは絶対に。

 

「炎龍という強大な敵から、犠牲を出してでも彼らは生き残った。けが人がなかったというのは…伊丹の采配のお陰でもあるわね。

貴方たちはそんな彼らを罵り、批判する。私からすれば貴方たちの考えがちゃんちゃらおかしいわ」

 

 

(おーおー食って掛かる食って掛かる…)

 

できればこっちに飛び火しないでほしいと願う伊丹だが、すっかりとヒートアップしているこの場ではもうその願いは届かないだろう。

既に幸原の顔も青筋から真っ赤な火の手が上がり始めている。対してロウリィは平静を崩さない。

 

「普通の人間ならまず、炎龍に出会えば逃げるわ。それは当然のことだし無理もないことよ。けど伊丹たちは恐れずに避難民を守るために戦った。犠牲は出てしまったけど、多くの村人を助けた。それは事実であるし、それだけの人間を助けたという事実にもならない?」

 

「…ですが、その為に多くの村人の命が散った。四分の一という尊い命が、奪われたのです」

 

「…貴方たちがどれだけ人命を敬っているか。それは今までの話で分かったわ。けどね、人は死ぬものよ、いずれは。理不尽なもの、避けられないもの死は変わらない。犠牲というのは死が早まっただけよ」

 

「それが理不尽であるからこそ、納得がいかないのです。人命を貴方たちは敬わないというのですか」

 

「命は敬うわ。けど犠牲というものは仕方のないものよ。死はいずれ平等に訪れる。それが理不尽か運命か、ようやくなのか。それだけよ」

 

このロウリィの言葉に蒼夜や伊丹たちは一つの違いを知った。

ロウリィは犠牲に対しては仕方がないと言った。それは死ぬという確定したことをどうしても避けることができないからだ。炎龍の攻撃を受け、燃えカスとなった人間を果たして今の人類は、そして魔術師たちは蘇生できるだろうか。

そんな質問をすれば誰だって「不可能」の言葉が返ってくる。

命は大切にする。がそれは命が「生きている」間だけの話だ。死んでしまえばそれは「生きている命」ではない。

 

「貴方たちは死した命を大切にし過ぎてる。死んだ命は死んだのよ。それは何があっても覆らない。

だからこそ、生きている命を大切にするべきでしょ。伊丹たちが救ったのは死んだ命ではない。生きている人間の命よ」

 

 

死神、いやロウリィが常に人を殺め、罪の意識などを知っているからか伊丹にはその言葉は重く感じられた。エムロイの神官として罪人を処する彼女の語る「命」は政治家たちのいうものとは明らかに違う。それだけに彼女の語る言葉は強く、議員たちも反論することはできなかった。反論してしまえば何か敗北してしまうと気づいていたのだ。

 

「―――お分かりかしら。彼らが、伊丹たちがどれだけのことをしたのか。それを成し遂げたのかを。その小さな頭で理解できたかしら、お嬢ちゃん(・・・・・)?」

 

奥歯を強くかみしめる幸原の姿はもはや議員としてだけでなく、女性としても怒りを隠す気もない顔でロウリィを睨んでいた。挑発的な言い方も癪に障ったが、それ以上に自分を子ども呼ばわりして見下されているのが我慢ならず、今にもはじけ飛びそうな怒気がふつふつと煮えてあふれ出していた。

 

「…お嬢ちゃん…フッ…政界に入って間もない以来ね…」

 

既に幸原の沸点は臨界点を超し、自分でも表現しきれないほどの怒りが沸き起こっていた。あんなゴスロリの、しかも正装というものを知らない少女(・・)に子ども扱いされるということは、誰も不満を持たないわけがない。

 

「どうやら…相当田舎から来たようね、お嬢ちゃん」

 

「………。」

 

眉をひくつかせ、今にも爆発寸前の幸原の顔は顔に滲みでる我慢の汗で化粧が解けかけている。沸騰するやかんを想像した蒼夜は小さくため息をついてあきれ返っていた。

 

「礼儀作法は習わなかったのかしら?」

 

「…それって私のこと?」

 

さも不思議そうに首を傾げて尋ねるロウリィの表情は、自分のことかと指をさす。

これが最後の理性を切り、幸原の怒りを爆発させた。

 

「他に誰が居るの!? 私と話をしていたのはアンタ(・・・)以外、誰もいなかったでしょうが!!!」

 

 

(あーあ…)

 

(おっかね…)

 

我を忘れて怒り叫ぶ姿に蒼夜は目を閉じて視線を逸らし、扉からこっそりと見ていたランサーもそこまで怒るのかと、若干引いていた。

傍から見れば幸原が怒るのも無理はない。しかし、それが果たして正しいものかと言われれば伊丹からすれば筋違いのものだった。

 

「なにを怒ってるのかしら?」

 

「さぁ…」

 

突然怒り出したことに驚いたレレイは不思議そうにしているロウリィの隣で気圧されている。彼女たちからすれば幸原の怒りは暴走以外なにでもないのだ。

それを知らずに幸原はまだ怒りに任せた言葉を続ける。

 

「そもそも、私はそこの自衛隊たちが避難民を犠牲にしたでしょって聞いてるのよ! それが何? いきなり私を馬鹿呼ばわりしてお嬢ちゃんって!! どこからどう見ても貴方が年下でしょうに!!!」

 

「…あら。貴方、私よりも年上(・・)なの?」

 

「当たり前です!! そもそもここは貴方の居た世界とは違う! この国では年上は敬われる存在なんです!!」

 

「…だったら―――」

 

たった二人の議論という独り相撲で沸騰していた空気がさらに熱を帯びてきた。

伝染したように広がっていく熱気は周囲にも影響し、興奮が辺りに巻き散る。感化された議員たちの鼻息を荒くし、喉の奥からは何かが溢れかえろうとしている。

 

(マズイ…!!)

 

興奮の渦の中心にいるロウリィがただでは済まないのは分かっていた。彼女も反応して小さく舌を舐め回すと唇が紫に変色し眼差しも鋭くなる。一瞬にして捕食者の目になった彼女を後ろ姿と醸し出す雰囲気から察した伊丹は、考えるよりも先に体を動かした。

 

「い、委員長! すこし待ってください!!」

 

「………!」

 

挙手と同時に立ち上がった伊丹は彼女の間に割り込んで入り、無理やりにでもロウリィを後ろへと下げる。この後に何が起こるのかを直感的に想像してしまった彼の頬には汗がにじんでいた。

興奮が頂点に達しようとしていた時に、突然割り込まれたので当人は不満タップリの顔で伊丹の制服をつかむ。

 

「なんで邪魔するのよ!」

 

「いいからいいから…っていうかここで暴れちゃ駄目だって言っただろ!?」

 

「むぅ…それはそうだったけど…」

 

渋々と後ろに下がったロウリィに後で謝ると言い、伊丹は彼女の代わりに立つと説明をした。

 

「…えー…信じられない…というより信じられるわけがないと思いますが、彼女ことロウリィ・マーキュリーは、見た目はこの姿ですが、この会場にいる誰よりも年長者なのです」

 

「…はぁ?」

 

「まぁ信じられない…というのは当然だと思います。俺も聞いた時には信じられませんでしたし」

 

「ならその信じられない年齢とは、一体いくつなんですか?」

 

ロウリィの年齢が自分たちよりも年上だという事を信じられるわけがないというのは、その場にいた議員たちの一致した見解だ。どう見てもレレイやテュカと同い年か近い年齢に見える彼女が、まさか自分たちよりも年上なわけがない。まだ幼さのある顔をした彼女がまさか七十や八十なわけがない。

だがそもそも彼女たちの居る世界は魔法という概念が存在し、神秘的な、いわば非科学的な力がある世界だ。アンチエイジングのような外見だけを維持する方法があると言われても不思議ではない。

 

 

「ロウリィ。年齢、いくつだ」

 

「私? 今年で961歳よ」

 

 

「………は?」

 

が。直後に放たれた言葉に幸原だけでなく議員の何人かが口を開けてあんぐりとする。一瞬、聞き間違いかと思える年齢にまさかそんな訳がないと思えたが、ロウリィは更にダメ出しで事実を告げた。

 

「本当よ。私、死なないし」

 

「………え!?」

 

異世界、魔法の世界という事で年上の話も事実なのだろうと覚悟していた議員たちだが、度を超えた事実を聞いて思わず抜けた声を出す。それは伊丹の後ろにいた蒼夜たちも同じで、まさかそこまでの年齢とは思ってもいなかったらしい。キャスターも汗を滲ませて冷静さを失った顔をしていたが、そこまでは取り乱していない。

 

「…居るにはいるものもだな」

 

「せ、先生、あまり驚かないんだね…」

 

「…まぁな。私たちの世界にも、そんな不死の奴らが居る…などと時計塔で聞けばな」

 

「嘘でしょ…」

 

今の場では関係のない話だが、人間の常識を超えた年齢の生物がいることに蒼夜の顔は青ざめる。

一方で目の前にいる常識を超えた年齢の人物と相対している幸原は恐る恐る口を開く。

 

「…という事は…テュカさんは…」

 

「私ですか? 165歳ですよ」

 

「ひ、ひゃ…」

 

エルフということでファンタジーだと短命だったり長寿だったりするが、テュカの場合は後者で、しかもロウリィと同じく自分たちよりも遥かに年上だった。これで若者というのだから成人の年齢は容易に想像できない。

 

「まさか…!」

 

「…15歳」

 

この流れではもしかして三人とも自分たちよりも年上で見た目よりも長寿なのではと考えてしまった幸原は上ずった声でレレイに顔を向けた。

表情を変えないレレイは囁くような声で自分の年齢を明かし、十五歳という自分たちが想像する範囲の年齢にホッと胸をなでおろした。

 

「伊丹。変わって」

 

「あ。ああ」

 

“そもそも”の部分を忘れていた議員たち。彼女たちは異世界、いわゆるファンタジーの世界から来たのだ。自分たちの常識が向こうでも絶対に通じるという保証はない。

それを証明するようにレレイが再び前に立って、それぞれの種族(・・)について話始めた。

 

「私たちの世界にはいくつかの種族が存在する。私はその中の「ヒト種」。普通の人間。その寿命は平均で約六十年から七十年前後。今の私たちの世界の住人の大半はこれ」

 

(…エルフたち以外にも複数の種族がいるってことか)

 

「テュカは不老長命のエルフ族。その中でも更に希少な妖精種で寿命の概念はほぼ存在しない。

ロウリィは元は人間だけど、今は亜神となったことで肉体年齢は固定された。千年ほどで肉体を捨てて霊体の使徒に、その後は司る神になる。

ちなみにロウリィも殆ど死の概念は存在しない。だから「死なない」のニュアンスに間違いはない。あとロウリィの仕えているエムロイは死や断罪、戦争を司る神だから当人も武闘派」

 

次々と語られる特地の文明、そして現状。エルフが実在し、神という概念が崇拝や信仰だけでなく実在しその使徒が存在する。

ファンタジーというよりも魔的な概念が特地では当たり前となっているのだ。

そして何より、人間が欲する究極の願いのひとつともいえる不死が条件付きではあるがある(・・)ということ。これを聞いて反応しない人間が居ないわけがない。

しかしロウリィの仕える神、エムロイは死と断罪の神。やましい考えがあれば断罪されるかもしれないというのを彼らも思わないわけがない。

 

「か、神というのが実在すると…?」

 

現代からすれば馬鹿馬鹿しい話ではあるが、魔術師であるキャスターから言わせればその理由は科学の発展にこそ原因がある。人が科学技術を発達させるのに比例し魔術の神秘は薄れているのだ。

 

「私たちの世界では実在する。エムロイの他にもハーディ、ルナリューなどがいる。この世界にも複数の神が存在したと伊丹から聞いた」

 

神という存在をイマイチ納得ができず、居ないではないかと内心では決めつけたいが特地の世界の性質から捨てきることもできなかった。

下手を踏めば、本当に神が現れるかもしれないのだから。

一笑する議員も居たが、彼らも内心ではどこまで笑い飛ばせているのか分かったものではない。

 

「………。」

 

特地と自分たちの世界との違い。それを目の当たりにした幸原は話がやや脱線したこともあって、それ以上の追求をすることができない。彼女たちにとって信じられない話が平然と、そして次々と語られてきたのでそれをあり得る(・・・・)あり得ない(・・・・・)で部類するのに時間を要してしまうのだ。

 

『―――幸原議員。質問は?』

 

「…以上です」

 

オーバーロードした頭を抱え、俯いた幸原は全ての力をもう使い切ったかのように覇気を無くした声で質問を終えた。

結局、自分たちのプラスとなる要素を全くと言っていいほど聞き出すことが出来なかった議員たちは幸原に「何をしてるんだ」と蔑んだ目で見ていたが、果たして彼らが幸原よりもうまくできたかと言われれば、それはその時でなければ分からない。

 

 

 

 

 

「…結局、政府側は大惨敗か」

 

「だな。自衛隊の弱みを見つけてつけ込もうとしたが、相手が悪すぎた」

 

自分たちの常識が異なった常識を持つ者たち相手に自分たちの常套手段が通じるとは限らない。レレイに短く返答され、ロウリィに馬鹿にされたように彼女たちが日本の暗黙の了解ともいうべき常識を知らなかったことから、ペースをつかむことが出来ず結局は彼女たちを振り回すどころか振り回されてしまい、大敗を喫してしまった。

異世界だから、自分たちよりも文明が劣っているから。そんなことを何処かで考えてしまったせいで、幸原たちは逆に反撃を食らってしまったのだ。

 

「あの王女であれば、確かにペースはつかめただろう。だが、彼女たちは政府(・・)というのを知らない(・・・・)。だから最後まで自分たちのペースを維持できた」

 

「テュカの場合はペースどころの話でもなかったけどね」

 

「いずれにしても。スリーアウトで本来ならゲームセットだ。だが、今回は我々が居る」

 

「…ゲームセットじゃなくてチェンジってわけですか」

 

 

 

 

 

「では次は………天宮(アメミヤ)蒼夜参考人」

 

そう。本来なら(・・・・)、ロウリィで終わる筈だった参考人招致だが、まだ最後の一人が残されていた。

本来ならいる筈のない。予定にもなかった一人。

三人よりも謎を多く孕み、そして未知の力を持つ青年。

彼らは蒼夜が魔術師であることを知らない。同時に、彼が別世界の人間であることも知らない。

 

そして。蒼夜の世界が人理焼却という未曽有の危機により人類史が終焉を迎えようとしているという事態も、知る筈がない。

 

議員たちにとっては、ただの青年にしか見えない。ただの日本人、どこにでもいる普通の人間にしか見えていない。

彼らにとっては最後の希望。最高の獲物。自衛隊という存在を揺るがすだろう存在。ただの誇大妄想を持っている頭のおかしい青年にしか見えていないのだ。

 

 

(アメミヤ…それが蒼夜の本名か)

 

しかし、既に彼の力の一端ともいえるサーヴァントたちを知っている伊丹にとってはただの青年には見えていない。見た目は本当にどこにでもいる青年だが、彼の中に、そして彼に周りには自分でも想像がつかない何かがあるのだと、ゲーマーや自衛隊としての勘ではない、人としても直感がそう告げていた。

 

(本当に日本人ね…ということは、うまくいけば…)

 

日本人であることには間違いはない。既に気力が滅入っていた幸原は蒼夜の顔を見るや、希望を持ったかの様に息を吹き返していた。

彼が自分たちと同じ(・・)人間(・・)であれば、自衛隊についての事も知っている。であればマイナスの面も分かる筈だ。

そうなれば彼らを揺さぶるものがやっと手に入る。使えるかどうかは別として、特地の自衛隊について知ることができるのだ。

 

 

(先輩、大丈夫でしょうか…)

 

(何。彼とてマスターだ。この位は問題なかろう)

 

 

 

 

 

「では、改めて名前を」

 

天宮(あめみや)蒼夜(あおや)。…日本人です」

 

「……年齢は」

 

「今年で十九です」

 

十九なら既に高校を卒業し大学に入っている歳だ。あとで詳しく調べれば色々とボロが出るだろうと期待していたが、今はそんなことを頭の隅に置き、セオリー通りに質問を行う。

 

「…分かりました。貴方は自衛隊第三偵察隊がドラゴンと遭遇していたタイミングで邂逅したと聞いています。貴方の目から、自衛隊の行動になにか問題や不備、不満などは感じられませんでしたか?」

 

「…俺たちはほぼ途中からなんで、確証というか絶対にそうである、とは言えませんが自衛隊が炎龍襲撃の際に行った行為、行動に問題はなかったと思います」

 

自己紹介を終えてからだろうか、蒼夜の雰囲気が変わったことに伊丹や彼と同じ側に座ってる人間は気付いていた。彼の言葉づかいだけでなく、その表情や挙動がここに入ってきた時よりも滑らかで話し方にも緊張感というものがなかった。

彼は、本番で無意識に強くなるタイプだ。自分では本番は弱いと言っても、実際になれば練習通りかそれ以上の働きをする。緊張感が最初は強いが次第に弱くなる、慣れ(・・)が早いタイプと言ってもいい。

 

「むしろ、俺は炎龍が襲撃してきたあの場で冷静な判断を下した伊丹さんを尊敬しています」

 

(どこまで本気なんだか…)

 

明らかな嘘っぱちにも聞こえる蒼夜のセリフに苦笑する伊丹は時折、幸原の向こう側にいる議員たちの視線が気になり、逃げるように目の前の質疑に目線を動かす。

幸原はやっと自分たちのやり方が通じる相手になったので安堵したのか、蒼夜の前であからさまな安堵の息をついていた。今までは自分たちの常識(当たり前)が通じない相手だったが彼は自分たちの常識を知っている。自分たちの常識の中で生きてきた人間に違いない。

 

(やっとまともな相手(獲物)が出てきたわね…)

 

三人に振り回されっぱなしだった議員たちはここで体勢を立て直し、なんとしてでも批判のネタを一つでも手に入れたいところだ。既に三人を終えて残るは目の前にいる蒼夜だけ。あまり危機感は感じられないが、同時に後がないというのは幸原も承知していた。

 

「…そうですか。では、アルヌスでの自衛隊の難民に対する処置や待遇に不満、不安な点はないでしょうか」

 

「…ありません。というより、テレビで見るような自衛隊の活動そのまま…って言ったらいいんでしょうかね。アレをイメージしました」

 

言葉を詰めることなく淡々と答えていく蒼夜は目線を逸らさず、表情も固定されたように無情のような顔をしている。しかも模範的な回答をしていることもあって、議員たちは彼が本当に人間なのかと一瞬うたがってしまう。

またレレイと同じパターンになるのではないかと考えた幸原は、露骨に嫌な顔をして「もう少し感情を持ってくれ」と目で訴えかけるが、蒼夜が表情筋のひとつでも動かすことはない。

 

(このままいけば本当に無駄になる…というか、彼も知らぬ存ぜぬを決め込むわね…)

 

このままでは機械のような回答だけで質疑が終わってしまう。そうなれば、自分のやったこと叫んだことが全部無駄になってしまう。しかも自衛隊に対しての批判のネタが何一つ収穫できないという最悪の結果でだ。

 

(…本当なら使いたくないけど)

 

出し惜しみをしている場合ではない。ここで引き下がれば彼女の政治家生命もここまでになってしまう。今まで出す事を渋っていた幸原は、最後の手として悪あがき(・・・・)に出た。

 

「………いいでしょう。では、最後の質問です。特地にて派遣された自衛隊が一方的な(・・・・)虐殺を(・・・)行った(・・・)と報告されていますが、それについてはどう思いますか?」

 

「………!?」

 

(なっ…!?)

 

幸原の口から出てきた質問は蒼夜の表情を動かし、伊丹に余計な汗をにじませる。あまりに無茶苦茶なその質問は伊丹も驚くどころの話ではない。どうしたらそんな質問、仮説と結果が出てくるのかと聞きたくてならない。

しかし他の議員たちはざわめき、初耳であると同時に驚きを隠せず中には声が弾んだ者もいた。

 

(オイオイ…そんな嘘が通ると………いや、まさか…!)

 

「……どういう意味…いえ、それってどういうことなんですか?」

 

「言葉通りです。自衛隊は特地に派遣後、数回にわたって戦闘行為を行いました。その中で自衛隊に対しての死者はなく、代わりに特地の人民が多く死亡した…という報告をことらでは受けたのです」

 

(…イタリカでのことか)

 

「戦闘行為であるなら、死人はでなくても負傷者がでる筈です。ですが派遣された自衛隊からそのような報告は受けていません。これは、自衛隊が銃火器を用い一方的な虐殺行為ないしはそれに準ずる行為を行ったのではないか…という意味です」

 

荒唐無稽もここに極まれり、といった様子で呆れる伊丹だが、見方を変えればそれは確かに正論であり、正しい指摘ともいえる。

事実、自衛隊は銃火器を用いアルヌス、イタリカでの戦闘においては死者は出ていない。これは当然、近代文明の武器装備による技術差や練度の差などが理由だ。現代の日本が銃火器で戦っているが、特地の文明レベルではクロスボウ辺りがやっとだ。あとは弓矢や魔法といったもので補強され帝国は強大な軍事力を誇っていた。

 

「虐殺…ね」

 

しかし、実際に自衛隊の行った戦闘は全て自衛隊の組織で許可される範囲内でのこと。初戦のアルヌスは陣取ってはいたが戦闘そのものは帝国軍の攻撃に対しての反撃。イタリカに至ってはピニャからの正式な要請のもとで行った防衛行為だ。アルヌスでの行為がグレーゾーンだとしても、イタリカでの行動は自衛隊だけでなく憲法としても正当な行為だ。

 

(アルヌスでの行動のことを言ってるのか…? ってことは…)

 

少なくとも自衛隊にリークした人物がいるということ。それだけはこの場でハッキリとした。イタリカでの行動については、明確な報告はまだだからだ。

幸原の質問という暴露については正直伊丹たちの間でも確証めいたことは言えない。ただ自衛隊のアルヌスでの行動は前内閣が行ったことで、同時に法にのっとった行動をとったまで。彼らが違憲をしたという証拠にはならない。

しかし、それはあくまで彼らが違憲したかどうかでの話であって、幸原たち議員の狙いはそこではない。

 

(こすい方法だな…国民を出汁にするなんて)

 

「…孔明さん。これってどういう意味なんでしょうか…」

 

「見た通り…と言えばわかるか。議員たちの狙いは何も自衛隊が法を破ったか破ってないかは別に関係はない。法破りはこの国でも平気で行われていることだ。

議員たちの狙いは、最も単純なもの。「民衆の意識と考え」だ」

 

「民衆の…」

 

「民主主義国家である日本は国民を第一にした政治を敷いている。国民主権や人権の尊重といった政治の三本柱。国民にも政治への関与が投票などで可能となっている。だからニュースで今の政治に対しての民衆の意見も取り上げられる。取り上げてくれる(・・・・)

国民の言葉を民主主義は大切にしなければならないのだからな」

 

「………それってつまり、先輩を利用して自衛隊への悪評を広めようと…?」

 

「要するにそういうことだ。そもそも自衛隊と憲法第九条をいまだに引きずっているこの国だ。足の引っ張り合いなんてものは日常茶飯事だろう。現に目の前で議員共は国を守ろうとしている、守ろうとした、守っている自衛隊の醜態をさらそうと躍起になってるからな」

 

「じゃあ、別にこの場で負けても…」

 

「自衛隊が特地の兵士、人間を一方的に殺した。この事実はまぁ言い方によっては確かだがこれが正当な行為であるかそうでないかはあの議員は一言も言っていない。そこは国民たちの想像力に任せるのだろう」

 

「けど、銀座事件という出来事があるんですから、自衛隊がやることに異議を唱えるなんて…」

 

「だとしても、自分たちは無傷で相手は蹂躙された。この事実はどう覆す? 自衛隊はイタリカであのやりたい放題を演じてしまった。バレればネタにされるのは確実だ。そして、大型兵器による圧倒的な戦力差での戦闘と完勝。第九条に対して未だにねちっこく言っている連中にとってはいい餌だ」

 

国民を盾にし、国民を人質にとり、国民という言葉を利用する。民主主義であるからこその考えだ。国民という資源(・・)を大切にしているからこそ、その効果はここぞと言う時には強いものだ。

国民はニュースやネットでしか政治関係の情報は入手できない。だから、情報統制や情報管理といったシステムがあり、国民の意識を意のままに操れる。

この場合は国民に対し「自衛隊が一方的な虐殺をした」という言葉のみがインパクトを与えることができる。ガセでも捏造でも、政治という滅多に観ない場での出来事が彼らの記憶には残ってしまう。国民はその事実を見ていないので議員が語る言葉を信じるしかできないのだ。

 

「この場でマスターがそれを認めれば、自衛隊が一方的な蹂躙をしたということになる。逆に否定すれば「ならばどうして死者が少ない」と屁理屈を言う。向こうの思うがまま…だがな」

 

 

 

「…虐殺…ですか。伊丹さんたちが」

 

「ええ。もし答えにくいのであれば首を振るだけでも結構です」

 

そう。答えるだけでいいのだ。

「はい」と答えれば自衛隊が一方的に特地の人間を殺しているという事実に変化(・・)する。

「いいえ」と答えれば死人が少ないことについて追及ができ、特地の難民を見殺しにしたのではないかという虚実(・・)が作り上げられていく。

屁理屈であるのは幸原もわかっていた。だが、自衛隊が向こうで何をしているのか分からないというこの状況は、国民にとっては知りたい事であり答えによっては国民に対しての先入観が作られる。「自衛隊が虐殺したのではないか」という可能性と「難民を見殺しにする形で戦っていたのではないか」という可能性。特に難民を見殺しにしたという虚実が建てられれば真っ先に矛先が向けられるのは伊丹だ。

 

(さぁ…貴方はどっちを答える? 虐殺をしたと認めるのか。それとも認めないのか)

 

どちらにしても国民に対しての自衛隊への印象は悪くなる。

三人に対しての苛立ちや怒りを彼にぶつけているようにも思えるこの構図は、蒼夜がスケープゴートにされていた。どの道、彼に対しても色々と聞かなければいけない。彼も自衛隊ともども道連れにしてやるといった小悪党の考えで彼の答えを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――仕方ないんじゃないですかね?」

 

「……………は?」

 

だが次の瞬間。蒼夜が他人事かつ適当な物言いで口をひらいた、ぽんと投げた言葉にその場にいた全員は面食らった顔をしてしまう。

「はい」か「いいえ」かの話ではない。そのどちらかを答えろという空気だったのが、蒼夜はそれとは別の「仕方ない」という言葉を口から出した。

場の流れでは二者択一だったものが、突然第三の回答を言い放った蒼夜に引きつった顔で幸原が訊ねた。

 

「い、今…なんて…」

 

「いや、ですから「仕方がない」と」

 

「…それは肯定と受け取って」

 

「いいえ」

 

「えっ…!?」

 

では否定なのか、と言いたいが「仕方がない」という言葉を否定としてとらえるには無理がある。蒼夜がこの後に否定の理由などを言えば「仕方がない」は否定の言葉としてとらえられるが、そうすれば議員たちの思惑に当てはまってしまうのは蒼夜も理解していた。

当然、彼は否定の理由も言うつもりはなかった。そして肯定をする気もない。

であれば、蒼夜が最終的に答えるのは、その「仕方ない」という言葉の意味だ。

 

 

「わ、私は成否を問うただけで別にそれ以上の意味は…」

 

「その成否を問う所の時点で色々と間違ってるんですよ。議員さん」

 

蒼夜の目線が次第に冷たくなる。幸原だけを一点集中で見つめるその目は鋭く、見られた幸原は無意識のうちに息を飲んでいた。

 

「俺が言いたいのは、自衛隊が虐殺行為に似たようなことをしている、と思われても「仕方ない」という意味です。この意味には二つ、理由があります。

ひとつは自衛隊と帝国との軍事的な差。そしてもう一つは……貴方たちが結果しか(・・・・)見ていない(・・・・・)ということ」

 

「そんな事は―――」

 

口を止める気がない蒼夜は淡々と話しを始める。解答の権利は自分にあるのだから、別に長くなってもいいだろうと言うような落ち着いた様子にまた自分たちのペースにはめることが出来なかったと議員たちは奥歯を強くかみしめた。自分たちのペース、自分たちのやり方でこの場を纏められる、どうにかできると考え切っていたが蒼夜は議会という空気や、その場での常識なんてものは知らない。答えるのは自分なのだからという一般的な常識のみで彼はその場に立っていた。

 

「…私たちはそれが事実か否かを聞いているだけです。別に、この場で貴方たちを糾弾しようなんて…」

 

「いや。別に俺がなんと言われようと、俺自身は構いません。ただ一辺倒にしか見て決めることのできない貴方たち議員さんに、俺は呆れるしかないって意味です」

 

「なっ…」

 

「言いましたよね。貴方たちは結果しか見ていないって。今までの会話がまさにそれです」

 

ロウリィが小馬鹿にしたように蒼夜も自分たちを蔑んでいる。しかも自分たちよりも確かに年下である彼が見下した言い方をしているというのには、幸原も我慢はできない。怒りに飲まれず、大人としての冷静さとプライドを保って今は耐えていた。

 

「まず、最初に伊丹さんに訊ねたコダ村の人たちの被害。貴方たちは真っ先に訊ねたのは自衛隊の不備とか行動とかについてじゃない。コダ村の住人がいったい何人亡くなったか。いわば結果です。結果としてコダ村の人たちはこれくらい亡くなった。これは全体的な結果ではなく、結果(・・)っていう中のひとかけら。

伊丹さんたちが村の人たちを避難させ、炎龍に襲われ、攻撃を受け、そして撃退した。そこから生まれた結果のひとつ。全てじゃない」

 

実際、最初に伊丹に対して幸原は炎龍で出た死傷者について追及した。自衛隊が守って居ながら、なぜそれだけの被害を出し、自衛隊は負傷者でさえも居なかったのか。

彼らが最初に訊ねたのは、結果のひとつ。被害についてだけだ。その後のことや当時の行動などについては何一つとして聞いていない。

典型例だと、自衛隊は村人を避難させるのにどうしてそんな少人数しかださなかったのか。どうして自分たちだけで出来ると思ったのか。それぐらいの追求であればまだ分かった。だが、彼らが訊ねたのはあくまで「これだけの死人がでました」という事実だけだ。

 

「最初に訊いたことが、伊丹さんたちへの行動やその後についてだったら、俺も納得はしましたけど、真っ先に訊いたのが被害、それも死人についてでしたからね…正直、本気かって思いたくなりましたよ」

 

「それは自衛隊が守っていながら、それだけの人を死なせてしまったという意味で、貴方のいう結果そのものではないんですか?」

 

「違います。伊丹さんたちは確かに死人を出している(・・・・・)。けど、それが全てだというわけではない。実際、コダ村の人たちは殆どが生存しているんですから」

 

「ッ…それは、確かにそうです。けど、死人を出してしまったということについて、彼らに不備があったとは考えられませんか」

 

「それが俺の言った「仕方ない」のひとつです。相手は炎龍、今までの銀座で帝国が乗り回していた翼竜とは違う、強大な強さとどう猛さを持っていたヤツだ。伊丹さんも言ってたでしょ「機関砲でも効かない」って。それだけの相手なら、最悪のシナリオだってあり得た。けど、伊丹さんは俺というイレギュラーがあったとはいえ、その被害を最小限にして、尚且つ炎龍に深手を負わせた。ロウリィがさっき言ってた通り、まずはその勇敢さを認めるべきでしょ?」

 

あくまで幸原たちが言っているのは自衛隊が生んだ被害だけであって、彼らが炎龍という自分たちより、ましてや人類よりも強大な力に対して屈しなかった、そして撃退したという事実を無視していた。

逆にいえばそれだけの強大な存在であり、普通なら精神的にも屈してしまう、怯えてしまうハズだ。

 

「人間は自分たちの常識が通じない相手には絶対に臆病になる。恐怖を感じてしまう。自分たちが「非常識」「絶対にありえない」「常識というカテゴリーに受け入れられない」からだ。さっきのロウリィたちの年齢についてが、そのいい例です。貴方たちはロウリィが自分たちよりも年下だと決めつけていた。それはテュカも同じ、けど結果二人はこの場にいる誰よりも年上だった」

 

「そ、それはテュカさんがエルフであるからで、彼女もほぼ不死なんですから…」

 

「そう。だからそうやって自分たちの「常識」というカテゴリーに収める必要がある。テュカが年上なのが「エルフという長寿の種族だから」ロウリィが不死なのが「亜神だから」。それぞれ自分たちの知識としての範囲内で納得できる理由があって、初めて人はそれを受け入れられる。そして、時間を要して「常識」のひとつに加える」

 

たとえば今は当然のものとなっているが、タッチ式の画面というのも当時は信じられるものではなかった。誰もが最初は「本当に触れるだけで動かせるのか」と疑っていたが、今では当たり前のようにその機能を持つ携帯をもっている。

長い時間をかけることで浸透し、新たな常識が生まれるのだ。

 

「貴方たちは「炎龍=翼竜」という考えで話を進めていた。それは最初に質問した時にすぐにわかりました。貴方は炎龍が銀座を襲い、帝国が保有する翼竜と同等の力、人類の文明の利器というもので対処可能という範囲で考えていた。実際、たしかに榴弾で炎龍に手傷を負わせられだけど、それは榴弾での話。小銃についてはさっき伊丹さんが話した通りだ」

 

「―――大型のドラゴンというのなら、ライフルの攻撃が通じないというのはこちらでも大方予想はしていました。そして、彼は榴弾を使用してドラゴンを撃退した。それは咎める気はありません。

私が言いたいのはドラゴン撃退との釣り合いがとれているかです。自衛隊はドラゴン撃退のために約百五十の犠牲者を出した。自衛隊が迅速に対応していれば犠牲は最小限に抑えられたのではないか、そう聞いているのです」

 

「………それこそ、無理な話ですよ」

 

平静さを崩すことなく、蒼夜は小さく一笑すると議員らに向ける目を変える。

彼の目つきが変わったのを感じたランサーは、後ろの壁際にいたアーチャーへと振り向く。なにせ、蒼夜の目はアーチャーが他人を挑発するときの目つきそのもので、それを後ろから見ているだけでもランサーの気分は悪くなる。

まさにその目で、彼はアーチャーに「犬」を言われたのだ。

 

「常識的に考えてください。近代科学が跋扈するこの世界、神秘の塊であるドラゴンが現れると思いますか?

ファンタジーやゲーム、漫画で取り上げられる程度で、実際見るのは皆さん銀座事件が初めてだったでしょ。そんな「常識」の尺度の分からない相手に伊丹さんたちは挑んだ。尺度の定まっていない、まだ具体的な情報だってないっていうのに彼らはそれに挑み撃退した。

「常識」の範疇でしか行動ができない貴方たち肥え太った狸と狐が、はたして炎龍相手にまともでいられるかさえも…いや、そもそも無理か」

 

完全に小馬鹿にされている幸原の沸点は再び動き始め、怒りのラインへと上昇していく。だが今度はその後ろにいた議員たちにでさえも蒼夜は罵倒し、反感を買っていた。わかったつもりで話している小僧というのが、彼らにとっては我慢ならない事実だ。

 

(あまり煽り過ぎないでくれよ…俺にまで飛び火してるんだから…)

 

 

「「常識」っていうのはあくまで物事の平均的な尺度でしかない。そこには「絶対」の規定なんてないし保障もない。目安にきまりなんてあったら、それは「常識」っていうより決定事項だ」

 

「…哲学的なことを言ってますけど、要は自衛隊の事実を認めると?」

 

「認めたいのであればご勝手に。俺には関係のない話ですから」

 

「なっ…!?」

 

「そうですね。話が脱線しましたから、取りあえず質問の返事を具体的に言います。といってもさっきの答えに少し脚色するだけですけど。虐殺という事実はないですけど、虐殺ととれる行為を自衛隊は行っている。まぁ、それこそ俺がさっき言った理由のひとつである帝国と自衛隊との軍事力の差、というのが大きな理由です」

 

「確かに、帝国と我が国との技術的な差は雲泥のものと聞いています。ですが、だからといってそれが理由に―――」

 

「…長篠の戦い」

 

「…はい?」

 

だからこそ、その理由になるという例えを蒼夜はぽつりと呟く。なんの前触れもなく出てきた言葉に議員たちは何を言っているのかと妄言を聞いているように首をかしげる。

長篠の戦いといえば、織田信長と徳川家康が武田勝頼と戦った有名な一戦。それが、と聞こうとした刹那、蒼夜が言うまでもなく理由を説明する。

 

「知っていますよね? 約三千丁あまりの鉄砲隊を組織した織田軍が武田最強の騎馬隊を打ち破ったという有名な戦い。言ってしまえばこれと同じ。鉄砲…銃に対して帝国は騎馬、馬や翼竜。そして遠距離の武器といえば弓矢だ。当然、射程でいえば銃が圧倒的に有利だし、なにより銃は人を殺すために使う武器。殺傷の面では帝国のどの武器よりも秀でている。それが一丁だけならまだしも、百丁、千丁といけば…あとはわかりますよね?」

 

その面でいえばイタリカでの戦いは代表例だろう。ヘリ部隊が居たとはいえ、銃撃による掃討作戦で盗賊となった連合軍の残党は壊滅した。しかも自衛隊の被害は皆無で、その被害は伊丹たちが来る前まで戦っていたピニャの組織した民兵たちと残党がほとんどだ。

はたから見れば、自衛隊が一方的に残党軍を殲滅した、などと受け取ったり事実改ざんさせたりもできるだろう。

 

「だから、帝国との間にできたこの戦死者の差。これは技術的、文明的な面から見て当然のことと言える。それを蒸し返しても、文明の差はどうやっても埋めることはできない」

 

「…ですが、武器は使い方によっては抑止になり得る。別に全滅させなくてもよかったのではないですか?」

 

「―――それを最初に貴方が言っていれば、俺はこんな周りくどいことを言わないで済んだんですがね」

 

「あっ………」

 

自衛隊の結果しか見ていない。この言葉が形となったのを幸原は痛感する。ロウリィの時もそうだが、蒼夜も彼女たちが結果のみをみていなかったことを批判しその内容についても触れるべきだと指摘した。だが議員たちはそれは既に終わったことだからと気にもせず、ただその後である結果だけを見ていた。

それを今更になって気付いた幸原の表情に蒼夜は呆れるしかなかった。

 

「貴方たちは結果しか見なさすぎる。課程や意味、それを考えずにただ結果だけを見て、考えすぎている。課程やいきさつなんかを見れば、いくらでも彼らに投げかける質問もあったハズ。でも、貴方たちは最初に結果(死者)だけしか見ていなかった」

 

「結果だけだとしても、結果は事実です。変えることのできない答えと現在。そして真実です。ならば、その真実を、結果を最初に受け止めるべきでしょ?」

 

「結果を受け止めることについては確かにそうでしょう。けど、課程を見落としていてはちゃんと真実を受け止めたことにはなりません」

 

「結果から課程は推測できます。それに、結果だけしか見ていないというわけではありません。私たちは課程も見ています」

 

「それなら、なぜ最初に伊丹さんにその課程の話をしなかったんですか」

 

「それは……」

 

忘れていたからだと言うのはどこか情けない。いや、情けないどころの話ではない。だが今の状態でなんと言い返すべきかと考えていた幸原は蒼夜の冷静な返しに思わず口籠ってしまう。別に最初から陥れるつもりではなかったが、口籠った隙を見て蒼夜は質疑の決着へと舵を向けた。

 

「―――……正直に言って、俺は日本のことはそんなに好きでもないんです」

 

「えっ……」

 

まさかの自国への嫌悪を口にした蒼夜に驚いたのは議員ではなく伊丹だった。まさか自分の生まれた国を嫌う人間が居るとは思ってもなかったが、それ以上に彼がそうやって断言することも驚くべきことだった。

無論、それに驚いたのは彼だけではない。目の前でそれを聞いた幸原や、その後ろに居た議員たちも気分のいい表情をする筈もなく顔色を変えない筈がない。自分たちの住む、自分たちの生まれた国を否定したのだ。彼らがもし、こうした公式の場ではなければ殴るかSPに撃たせていただろう。

 

「振るうだけの力。使われない金、動くことのない政治。停滞する経済。不景気というだけで、今のこの国は機能停止手前にまで向かっている。それはなぜか。

国を率いる筈の人間たちが、国を率いようと、よりよい国に導こうと

この国を救おうとしていないからだ」

 

 

否定できる言葉の筈だった。そんなわけはない、そこまで愚かではないと彼一人の考えを否定できた。まだ若く、世の中を知らない青二才の言葉。それを一笑して、世を知る大人たちは威厳を見せられた筈だ。

なのに、その場にいた議員たちは誰一人として彼の言葉に反論の意を示すことをしなかった。声を荒げ、立ち上がり、指をさして返すことをしなかった。心で叫ぼうとも、その言葉が口から出すことができない。

それは自分たちでも薄々と気づいていたからでもない。彼の言葉は自分には当てはまらないと思い込んでいる。しかし、彼の言葉が議員たちの心というものに槍のように穿たれたのだ。

 

 

「既に自国の発展と成長を望む人間は数えるだけになり、残るのは私腹を肥やすだけの貴方たちだけ。だからこそこの国は停滞をしている、他国に遅れをとっている。

進むことも退くこともない。ただ自分たちの今の地位を奪われたくないというだけで、その場にとどまり続ける」

 

自論ではあるが、嫌なところをついてくる蒼夜の言葉に大半の議員たちの表情が苦痛にも似たものになってきている。自分のことを言われているのかというのもあるが、未だに馬鹿にされていることや自分たちよりも世間を知らない彼が高説していることに我慢ならなかったのだ。

にもかかわらず、彼らは未だにそれを否定しようとしない、今まで討論をしていた幸原でさえも沈黙してしまっていた。

 

 

「分かり切った結果(現在)しか求めず、発展と未知数の結果(未来)を見ない。いくら技術が発達し、文明が栄えようともそこにまだ見ぬ発展がないのであれば、それは未来とはいえない。平行線の現在だ」

 

征服王イスカンダルはまだ見ぬ地、オケアノスへと遠征を続けた。未だ分からず、未知の地である最果ての地へと彼は旅し、そして多くの臣下を率いた。結果は歴史の通りだが、それでも彼らがまだ見ぬものへの探求心から共に大地を駆け抜けたという事実は決して覆されるものではない。

 

「そんな結果だけしか見ていないからこそ、俺の口からは「仕方ない」の言葉しか出てこない……ってワケですよ」

 

国を愁いてや、嘆いて、思ってのことではないのは、誰の目からも明らかだ。彼はそんなことについて、微塵も思ってもいないし語る気もない。

まさに現代停滞地。

この世界、国の有様を見て英霊の王たちは何を思うのか。ふと自分の口から出てきた言葉に、蒼夜は横目で扉のほうを見た。

沈黙する征服王。彼が、この後一体なにを言うのか。この国をどう評するのか。

もはや彼にとって、議員たちからの質問や圧力は眼中にすらなかった。

 

 

 

 

 

 

完全に言いたい放題に荒らされた議員たちは、もはや彼らの言葉に対して抵抗する気力すら無かった。最初の三人の回答が、どうやら堪えたらしく、特にロウリィと最後の蒼夜の言葉には怒りと動揺が混ざり、どちらを優先するべきか迷っていた。普通なら怒るところなのだろうが、場の状況が状況だ。生放送で世界にも中継されている、この場で怒りに任せて怒鳴り散らすことは果たして政治家として、大人として、世界の有数の国の一つとしていかがなものか。

……というのもあるが、やはり二人の回答が決定打だったのか、これ以上は無駄と見て議員たちは、露骨な疲労感を曝け出すと、審議を終わりへと向けた。

結局、特地から来た三人に振り回される形になり、トドメに油断していた蒼夜からの言葉に議員たちは、自衛隊の非難のネタをつかむことすらも出来ずに終わった。

 

 

 

「……大敗だな。こりゃあ」

 

「……ですね」

 

審議が終わり、伊丹たちがいったん退室すると、彼らの側に座っていた二人の議員が口を開く。

幸原たち野党議員の対極に位置する席に座るのは、現内閣総理大臣の本位(もとい)。そして、彼の内閣で防衛大臣をしていたが、特地への「門」が開かれたことで新たに”特地問題対策大臣として任命された嘉納(かのう)

現内閣の大臣二人は、伊丹たちの審議について口を挟むことはなかったが、ただ傍観していたというわけではなく、惨敗した向かい側の席の様子を見て、ため息と一笑をしていた。

手痛い結果に終わった今回の審議は、嘉納としては見ものだったらしいが、総理大臣であり、小心である本位にとっては、胃痛の要因にしかならなかったようだ。

 

「まさか、政治のなんたるかも知らない娘っ子たちに、遊ばれるとは思ってもなかったですよ」

 

「私もです。しかし、これが原因で、特地での活動に支障がでなければいいのですが…」

 

頭を抱える本位の隣で、嘉納が満面の笑みを浮かべている。陰険な政治ではない、久しぶりに波乱万丈な審議であったことが、余程すかっとしたのだろう。加えて、彼の脳裏には鳩が豆鉄砲を食ったように、目を丸くしていた野党議員たちの顔が鮮明に記録されており、その顔が滑稽だったのか、更に笑いの種として頬を緩ませていた。

 

「ま。取りあえず、頭の固い連中にはいい薬だったでしょうに。特地の状況を聞いて、笑い飛ばしてた議員たちの顔、見ましたか? 親に説教をくらってた顔ですぜ!」

 

「……あまり大声にしないでくださいね。狙われるのは私なんですから……」

 

だが、本位が内心では嘉納の言葉に同感で、散々上から目線だったり偉そうな顔をしていた野党議員たちの呆けた顔は、彼から見ても「ざまぁみろ」と思えるものだった。

 

「ですが、確かにいい薬になったでしょう。議員の中には特地を見下していた者も多いですからね」

 

「文明、文化、技術、思想。あらゆる点で言えば、特地は確かに劣る。だからこそ、無意識に議員たちも見下していた。……が、それがあの審議でひっくり返った」

 

「……私たちが今の生活、文明や文化を手に入れるために棄てたものを。彼女たち…いえ、特地の人間は持っていたのですからね」

 

飽くなき欲求と発展のために、人間は多くものを棄てて来た。それは、思想だったり意識だったりと様々だ。が、それらが基本的に共通しているのは、人間の内面的なものが多いということ。つまり、精神的に言えば特地の人間、人々は現代の人間が棄てて来たものを、しっかりと持っていた。

 

「差別を乗り越えた共存。命の尊さ。確かに、私たちは死人しか見ていなかったのでしょうね」

 

「……でしょうね。けど、今の我々とは違い、何かが原因で直ぐに死んでしまう彼らは、必死に生にしがみ付いている。命の重さを、我々とは別の意味でよく知っている」

 

「死人という結果ではなく、生者というその後……分かっているつもりが、分かっていなかったのか……」

 

「それを考えるのは、我々の仕事ではないでしょうに。総理。我々がするのは、少しでもこの国をよりよくすること。その為に、若い奴らに多くのものを残す」

 

「……その肝心の若い者と対峙する、となると頭が痛いですけどね」

 

「ですなぁ……」

 

頭痛を抑え、ため息をつく本位の隣で、嘉納も自分の言った言葉に苦痛を感じたのか苦い顔をする。しかし、その割に声は明るく目線も逸らすどころか、ある場所を凝視していた。

伊丹、そして蒼夜たちが退出した方角。最初に彼らが現れ、今は閉じられた扉の向こう側だ。

 

(……ただの若造ってワケでも、なさそうだがな)

 

最初の審議は伊丹たち自衛隊の活動報告と、特地から参考人として連れて来た娘三人との審議。その後には、マスコミを全員下がらせ、各国代表と日本の議員たちだけの完全非公開で第二審議が行われる。

無論、それは蒼夜たちについて。そして彼らの処遇について、と言ってもいい。表立って、第一審議で普通に現れたが、立場上、彼は非常に不安定な立ち位置にいる。

特地から来た人間でありながら、日本語を使え、そして異能とも呼べる力を持つ者たち(英霊)を従えている。そして、名前も蒼夜という日本人の姓名。

そして。何より、彼らが国連からの調査員というのだから、いよいよ本当かどうかも怪しい。そもそも、国連が彼のような若い日本人を所属させているという話自体、聞いたこともないのだ。

 

(さて。鬼が出るか蛇が出るか……丁半と行こうじゃねぇか)

 

嘉納の予想する「丁」か、それともその予想も超える「半」か。第二審議の用意は、マスコミの退席で、始められようとしていた。

 

 

 

「……さて。ここからが俺たちは本番だな」

 

「はい。次はいよいよ、私たちの番。第二審議です」

 

第二審議が始められるまで、蒼夜たちは一旦、退席し扉の向こう側、廊下にいた。次の審議が公には公開できないもので、マスコミも一切取材不可能という、傍から見れば政治家たちの悪だくみが行われるのでは、と思われるが、それが彼らの為だけに行われる、公開処刑のようなものであることに、ネタにしか興味のないマスコミは気付きもしなかった。

 

「ここからは、一気に俺たちに焦点があてられる。俺も出来る限り答えるけど、予定通りライダーと先生も話に加わってね」

 

「うむ。いよいよ、この征服王たる余の出番というわけだ」

 

「といっても、戦うわけではないんだ。途中でキレて剣を抜くなよ」

 

「……バーサーカーもね」

 

どうして唐突に自分も釘を刺されるのか、と不思議そうに驚いていたが、清姫の場合は彼が馬鹿にされた時点で炎を出すこと、変化スキルで龍になることは、蒼夜たちは身をもって知っているので、当然のことだった。

しかもバーサーカーのクラスは、ただでさえ意思疎通が不可能なクラスだ。口を開けば支離滅裂、なんてことはあり得るだろう。

 

「そんな……私は、旦那様のために……」

 

「その旦那に迷惑をかけるから、できるだけ口を閉じててくれという意味だ。君の言葉は、政治家たちから見れば、笑い話にしかならないからな」

 

「ああ……そんな方たちなら、いっそのこと」

 

「だからそれを止めろと言ってる」

 

既に炎が出かかり、髪の毛が揺らめいていた清姫に、アーチャーは冷や汗を滲ませる。この調子では、直ぐに彼女の怒りが頂点に達するだろうと、先行きの不安さに蒼夜とキャスター共々ため息をついた。

正直、蒼夜も内心ではうまくいくのかは、自分でも半信半疑で脳裏では既に失敗の結果が組み上げられていた。それを考えるだけで、腹が立ち、自分の不甲斐なさに頭が痛くなるが、それは可能性の一つにすぎないと考えをやめると、タイミングよくランサーが訪ねてきた。

 

「で。坊主の方は用意、出来てんのか?」

 

「取りあえず、あるもの使って何とか乗り越えないといけないからな。用意は……ま、一応は出来てるかな」

 

「大丈夫かよ」

 

「孤立無援の状態ってのは慣れてるし、今回はなにも戦ったりするわけじゃない。あるもの、ある事、全部使ってやりきるだけさ」

 

「口八丁が坊主の武器ってことか」

 

「そういうこと。困った時には先生もライダーもいるし」

 

「駆り出される私の身にもなれ……」

 

と、事あるごとに自分頼みにされているキャスターは、薄く青筋を浮かべながら頭を抱える。マスターからの指示であり、自分たちの立場も関わることなので、手を抜く気もないがこうした政治的な駆け引きとは、一時的には離れられると思っていた彼も、まさか現代に戻って来て、日本人の政治家たちとの口論(・・)をすることになろうとは、思っても居なかった。

 

「き、キャスターさん、ファイトです!」

 

「今のろ……キャスターさんなら、乗り越えられると思います!」

 

どう声を掛ければいいのか分からない、リリィとマシュの声援を背で聞き、無いよりはマシと礼を言って受け止る。彼女たちも期待はしているのだ、なら、やるしかない。

諦めたキャスターは、憂鬱と苛立ち、そして不機嫌さを混ぜたいつもの表情に戻る。

最初に召喚された時、そして日常的な彼の顔は蒼夜も見慣れていたが、その顔が今日は何時になく頼りがいのある物に見えていた。

 

「……先に言っておく。さっきと同じで、私はフォローに回るだけだぞ」

 

「それでいいよ。あくまで、こっちの主力はライダーと俺だ。そりゃキャスターに全部任せたら万事解決しそうだけど、それじゃ俺がマスターだっていう証拠にはならない。

だから、どの道、キャスターはマシュと一緒にサブに回ってほしい」

 

「……ふむ、弁えは出来ているということか」

 

「あの議員たちをぶちのめす覚悟が出来てると言ってもいいですよ」

 

「そんな事をするヤツが実際に一人、ないし二人は心当たりがある。本当にしてくれるなよ」

 

「……そっちは善処します」

 

明らかに誰の事を言っているのか分かった蒼夜は、苦笑した顔で頬杖をかき、ちらりとバーサーカーとライダーの顔を見る。二人とも、自分たちのこととは気づいてない様で、その気楽な顔に彼も肩に重荷を感じ、ため息をついた。

こんな調子で、果たして審議を無事に終えることができるのだろうか?

急に不安になって来ていた蒼夜だが、時間は待ってくれなかったようで、再び会場への扉が開かれた。

 

「……先輩。いよいよです」

 

「ああ……ここからが、正念場だ」

 

第二戦目。いよいよ、次なる狙いは自分たちだ。

だが、ただ黙ってやられるほど蒼夜も愚かではない。彼も彼で、やれることを全てやりつくすだけ。真実を語り、言葉を操り、この場を乗り切るのだ。

言葉での戦いは、彼も初めてだが、彼の周りには頼もしい者たちがいる。

大英雄、征服王、魔術の君主、そして無銘の男(せいぎのみかた)

 

―――大丈夫です、きっと。

 

不意に、横に立つ後輩の少女の顔を見て、蒼夜はホッと安堵する。言葉にはしなかったが、大丈夫だと語りかけてくる彼女の表情に、自然と勇気をもらった蒼夜は、その笑顔のおかげで大きく一歩を踏み出し、つい先ほどとは違い、笑みの表情で進む。

 

「んじゃ、行くとしますか……!」

 

今、第二審議が始まる。

 



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チャプター3-4 「現代停滞地『日本』 = 第二審議=」

暑い。熱い。厚い。
いや、最後のは特に関係ないんですがね。
単なる語呂合わせっていいますか。

さてさて。暑さの影響で大分と更新が遅れましたが、やっと最新話投稿です。
取りあえず、もうしばらくはこの審議が続くと思います。
なにせ、こっちがメインみたいなヤツですので。

ですが、流石に七月は課題などが山積しているので、もう更新しないと思います。
次の更新は恐らく早くても九月ぐらいかと。
…まぁ、頑張って八月に一本でも出してみます。

それでは、最新話をお楽しみください。
…あと、例によって誤字脱字もよろしくです…まだあるみたいなので


 

 

 

 第二審議では、蒼夜たちカルデアのメンバーに対しての質疑が行われ、彼らに対しての疑問、不満などが一斉に襲い掛かってくる。

 最初の審議で、聞かれることのなかった質問、問いかけ、尋問まがいの脅し。彼らについて、根掘り葉掘り問われ訊かれ、政治家たちは、彼らから自分たちの有利かつ有益な情報を根こそぎ手に入れようとする。

 そもそも、蒼夜の存在自体、その世界ではイレギュラーなもので、彼の存在は母国とされる日本でさえも、実体をつかめていない。彼が本当に日本人なのか、彼はどうして特地に居たのか。彼の周りに居る者たちは。本当に国連が送った人間なのか。

 そもそも、カルデアとは何なのか。彼らは本当に、日本人(・・・)なのか。

 それを全て知るために、彼の全てを丸裸にするために、そして、自分たちの有益な情報を手に入れるために。

 

 政治家たち、そして蒼夜たちの思惑が交錯する中、第二審議が始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 人と出会った時、こんなことは無かっただろうか。

 ふと顔を見合わせただけ。後ろ姿を見ただけ。ばったりと出会い、すれ違っただけ。

 そのほんの一瞬、刹那の瞬間に自分の第六感のようなものが働き、自身に対してこう告げる。

 “──―あれ(ヤツ)は、お前とは違う”

 理由も不明確で、確かな根拠もない。たった一瞬、近くに近づいただけで、自分の中からそんな言葉が沸き上がってきただけだ。根拠や理由というのは、時間をかけて脳が整理し、導き出す答え。一瞬で現れる勘の言葉は、予想でしかない。

 それは確かに予想なのだろう。だが、同時に予想は予感(・・)でもある。

「違うだろう」から「違うと思う」、他人事ではなく自身にも関係がある事として認識する。

 人は、それをカリスマと呼んだり、素質と言ったりする。

 

 

「マスコミの退室は完了。議員も、彼についての報告を聞いていない者は退室したから、かなり人数が減りましたね」

 

「ここまで殺風景な審議など、過去にあったでしょうかね……」

 

「多分無かったでしょうね。今まで、こういった会議は公開されてきましたから」

 

 そもそも、国民は政治に関与、介入をすることはできず、国民投票や民意というのが、精々耳を傾けられるだけ。最終的な判断や決議は、全て政治家たちが執り決めている。その彼らが、結果どんな結論、決断を下すのかというのを知るために、議会などの公開が義務付けられている。動画サイトでも、生放送が行われているのだ。

 

「世論がどんな反応をするか、考えるだけで頭が痛くなります……」

 

「本位さん、今更ですよ、それは。もう、国民の大半は政治に対して呆れ気味ですから」

 

 それが自分に対しての言葉と分かったうえで、嘉納は国民の自分たちに対しての見方というものを認めていた。

 議員たち含め会議室に残った政治家たちは、この殺風景な会場に新鮮さと不慣れさを感じていた。今まではマスコミが居て、多くの議員たちが居て、フラッシュライトの光が当たる中で行われていたが、今回は違う。

 

「叩かれるのは覚悟しておきましょうや。今回の一件、俺らにも飛び火は確実でしょうし」

 

「はぁ……頭が痛い……」

 

 慣れていた空間が、少し変化しただけで、全く別の何かに見えてしまっていた。自分たちが何時も使っている、入っている筈の場所が変わり果てたように見え、嘉納たち以外の議員の中にも戸惑って周囲を見回す議員がちらほらと居る。周囲はSPがガードし、厳戒態勢が敷かれている。

 その中で、いよいよ問題の第二審議が行われるのだ。

 

「それと、今回の審議にも伊丹を同席させます。アイツにも、色々と知っておいた方がいいでしょうしね」

 

「分かりました。……と」

 

 ガタン、と重い扉が開かれる音が響き、議員たちの目は一瞬にして扉へと集まる。

 反射的な無意識で、扉へと向くと、そこには先ほども現れた青年と少女、そして一人の男の姿があった。第二審議の主役、蒼夜たちの登場だ。最初の審議と違い、今度は先陣を切り、堂々とした足取りで入ってくる姿は、もう隠す気などないという意志のあらわれだろうか。

 

「来たか……ッ!」

 

 刹那、肌から感じられた気配が、体中の毛を逆立て、議員たちの顔から汗を滲みださせる。突如、前触れもなく感じられた、異質な気配に誰もが恐怖をしていたが、それが次第に殺意などのものではないと気づくと、どよめきまでに落ち着く。それでも動揺は隠せないらしく、息を飲む議員たちは、現れる者たちを凝視していた。

 

「あれが……」

 

「報告にあったという人たち、ですか……」

 

 蒼夜とマシュ、そして孔明。現代人ということをまだ知らないが、所詮はその程度だと見切っていた一部の議員たちは、その考えが間違いであることに気付く。

 たった一歩、蒼夜の後ろから入ってきたサーヴァントたちが、踏み込んできただけだというのに、会場の空気は一変される。今まで、吸って来た会場内の空気が、時代を巻き戻されたかのような逆行の感覚。それは、ある意味で正解なのだろう。彼が連れているサーヴァントたち。その大半は、議員たちよりも過去の時代を生きた英雄たちなのだ。

 

 

「オイ……これ、俺たちが負けるんじゃねぇか?」

 

 不意に嘉納がそう言い放ち、この審議の結末を予想した。

 大義名分は第二審議だが、実際は裁判のようなもの。相手は青年、負ける要因もない。

 なのに、彼らが現れた瞬間、どうしてその自信が揺らいでいるのだろうか。

 その揺らぎを、嘉納は負けると自分たちが思っている、と予想していたが、これがどうなるのか、それはこれから分かる事だ。

 

 

(……改めて見ると、凄い違和感だな)

 

 最後に入ってきた伊丹が、蒼夜の後ろを付いて入ってくるサーヴァントたちの姿を見て、その後ろ姿と周囲との風景に違和感を覚える。しかし、その違和感は「この場所には似合わない」と言う場違いではなく、「溶け込んでいる」という浸透、違和感の無さだ。特に、蒼夜の後ろを歩くキャスターとアーチャーは、空気から「居て当たり前」という馴染み加減だ。

 

(あのキャスターさんは、スーツ姿だし、まぁ違和感ないだろうなって思ってたけど……問題はあの赤いヤツ(アーチャー)……なんであーも馴染んでるんだ?)

 

 伊丹はアーチャーの正体について知らないからの違和感なのだろうが、彼の正体を知れば、自然とその違和感も消えるだろう。

 まさか、彼が他の英霊たちとは違う、別の時間軸の人間であるとは。

 

(まぁ、それ以上に他のみんながここまで馴染んでるっていうのが驚きなんだよな……これってもしかして……スーツ(・・・)のお陰か?)

 

 そう。実は、今回の参考人招致に当たって、サーヴァントたちも正装としてスーツに着替えていた。ランサーのタイツや、セイバーの鎧は、違和感以上に警戒心を抱きかねない。その警戒心を解き、少しでも審議が円滑に進むためにということで、今回ばかりは伊丹からも着替えてくれと頼まれていた。

 着替えたのは、アーチャーとランサー、そしてセイバーの三人。ランサーは黒いスーツに蒼いネクタイをつけ、アーチャーはグレーのスーツにパーソナルカラーである赤のネクタイをつけている。

 そして、セイバーはテュカと同じく女性用スーツを危なっかしく着ていた。どうやら、まだ年若い彼女にとって慣れない服装だったらしい。

 なぜアーチャーまでも、という疑問があったが少なくともあの外套姿よりは警戒心は持たれないだろうと、伊丹も追及はしなかった。

 

「デカいな……二メートルはあるか?」

 

「今の時代、二メートル越えの人間なんていませんよ……」

 

 三人と違い、スーツではなく本来の服装を纏いずんずんと歩くライダー。彼の姿が、この場で一番目立ち、そして議員たちの目を引いた。

 体格もそうだが、その体を支える分厚過ぎる胸板と筋肉、太い腕。燃えるような赤い髪。そして、彼が相応の地位の人間である、ということを示す赤いマントをなびかせている。まさに王者そのもので、ここまで堂々とした、そして豪華な服装は見たことがない。議員の中には口を開けて呆気に取られているのも居た。

 本物の王、いや、それとも見た目、格好だけか。後者であれば、どれだけ楽だろうかと考えるが、彼の真名を聞けばそんな浅慮な考えは霧散する。

 

「なんだ、あの大男……」

 

「まさか……帝国の王族なのでは……」

 

「……ふん、所詮は特地の人間だろ」

 

 耳をすませば、議員たちの声が聞こえてくる。いくつか聞き取れない声もあったが、どうやらライダーの登場が予想以上の効果をもたらしたようで、議員たちの顔には余裕の色がない。強がりを言っている者もいるが、内心では彼が放つオーラ、覇気を受け止めるだけで精一杯なのだろう。

 それが、これからしばらく続くというのだから、弱みを握る以前に自分がそれまで耐えなくてはならない。

 

「なんだ。期待していたよりも覇気のない。居るのは辛気臭い、陰険な奴らばかりではないか」

 

 容赦なく、普段の太く低い声でライダーが思ったことを口にする。見渡してこちらを見てくる議員たちの姿に、彼も少しは期待していたのだろう。だが、見渡す限り怯え、肥え太った者ばかり。偶に睨む者も居たが、それが強がりであるのは見て分かった。

 

「坊主、お前の国の政をする者たちは情けないのぉ」

 

「それここで堂々と言わないでくれる……言うのは、また後で幾らでも言っていいから……」

 

 蒼夜も、伊丹から見れば突っ込むところが違うと言いたいが、嫌悪感を持っていた彼の心情であれば、無理もないのだろう。

 加えて、これから彼の言う通り、ライダーたちにも幾らでも話をすることができる。その機会が与えられているのだ。今から始めてしまっていては、後にもう言うことはないと言って終わられてしまってもどうすることもできない。

 

「しょっぱなから手厳しいな、オイ……」

 

(頼むぞ、蒼夜……こんなところで、トラブルだけは止めてくれよ……)

 

 これがこれから続くとなると、嘉納でさえも何が起きるか予想はつかない。そして、伊丹も自分に飛び火どころか、大惨事になりかねないとして、キリキリと締め付けられる胃の痛みに手を当てていた。

 

『……それでは、第二審議を始めます』

 

 

 

 

 

「──―この第二審議で、質問等を担当させていただきます、幸原です」

 

(あ。さっきの議員さん)

 

 引き続き自分との討論の相手が、先ほどの幸原であることに気付き、話しやすさを感じた蒼夜だが、当然、それは自分が相手しやすい、勝てる相手だということも含めての話しやすさだ。

 

「よろしくお願いします」

 

「はい。それでは、早速、議題に移させていただきます」

 

 だが、最初の審議と違い、人が変わったかのように淡々と話を進めていく彼女の様子に意外さを感じ、後ろに座っているサーヴァントたちのことを思い浮かべる。どうやら、ライダーの存在感が、彼女たちの気を引き締めさせたらしい。

 

「……単刀直入に言わせていただきます。天宮さん。貴方には、現在国連から、ひいては日本政府から様々な容疑が掛けられていることを、言わせてもらいます」

 

「…………」

 

「政府は昨日、国連に対しあなたの所属する組織「フィニス・カルデア」について問い合わせましたが、国連からは「こちらが言うカルデアという組織は、国連公認、また確認されている国際組織には存在しない」と回答しました。また、PKO団体等も同様の回答をし、こちらが調べた限りでは、あなたの言う”カルデア”という組織は存在していません」

 

 それはそうだろう。そもそも、カルデアは蒼夜たちの世界に存在する組織であり、彼らの世界の国連が、カルデアの存在を認めていた。どれだけ向こうで認められていると言われても、今の世界ではカルデアはおろか魔術に関する組織すらも存在しないのだ。

 

「この事は、国連についても報告される案件であり、回答次第では国際法で貴方は処分される可能性もあります。その事を承知していてください」

 

「……分かりました」

 

「更に二つ。一つは当然ながら、貴方が特地に居たという事実。これは、門自体が自衛隊の管理下にあり、一般には解放されていない門を潜ったこと。そして、その貴方が特地へと渡ったということ。密入国とも取れる行為です。

 そして。貴方が日本人ということで、こちらから戸籍情報を調べさせて貰いました。ですが、「天宮蒼夜」という人物は、戸籍上の記録はなく、また同姓も存在し(・・・)ません(・・・)。これは、戸籍登録がされていないか、そもそも天宮という名前が偽名であるか、ということになりますが」

 

 戸籍自体がどうなっているのかは分からなかったが、元の世界で、その事について話題が持ちあがらなかったことから、親がしっかりと戸籍登録をしてくれていたのだろうと考えていた。ただ、彼の中で一番以外だったのが、自分の姓である「天宮」が居ないということだ。探せばいるかもしれない程度に思っていたが、まさか完全に居ない、と言われた時には少しショックだったらしく、目線を無意識に下げていた。

 

「もう一度、訊かせて貰います。貴方の名前、それは本名ですね?」

 

「ええ。名前については本当です」

 

 今更、本名が嘘だと偽る意味もない。加えて、清姫の居る前ということもあって、蒼夜は下手な嘘がつけないので、言葉選びも今まで以上に慎重だ。背筋が凍る殺気を時折感じながらも、そればっかりは嘘ではない、と言うように即答で返す。

 

「……分かりました。では、まず貴方が日本人である、という証拠のためにいくつか質問をさせていただきます」

 

 さて、ここからが本番だ、と自分に言い聞かせた蒼夜は小さく息を整えると、頷いて答える。

 

「ではまず、貴方のご出身は──―」

 

 蒼夜に対しての質問が粛々と始まり、後ろから彼の様子を見守るマシュは、小さく息を飲む。今までのように、これから始まるという明確な開始がないので、水のように滑らかに始まった審議に危機感を感じていた。

 

「……自然な始まり方です。本当に、いつの間にかという感じで……」

 

「こういった審議、会議は他の人間に自分たちとは反対、つまり反論を言わせる機会を与えないというのが基本だ。反論を言わせれば、他からも反論意見が出てしまい、自分たちの思惑通りに事を運べなくなる」

 

「なるほど……だから、自然な導入で不意をつき、反論者を出遅れさせると」

 

「この場合は無論、蒼夜が対象だ。だが、相手が一人であるのなら、この入り(・・)はアイツ自身が注意していれば対処は可能だ。質問の相手はアイツ一人なのだから、議題、質問の内容をしっかり把握していれば、さほど問題にもならん」

 

「試している、というわけではないのですよね?」

 

「向こうにとって、我々は未だ謎の多い未知の勢力。いわば第三勢力だ。回りくどかったり、直接的すぎればかえって劣勢に立つと判断したのだろう。ならば、無難に、手堅く慎重な話運びにすれば、自ずと真実は見えてくる……という筋書きだろう」

 

 その点で言えば、ある意味政府側の予定通りだと言える。幸原から投げられた質問に対し、蒼夜は数秒ほど考えては答える、というのを繰り返し審議は淡々と進んでいるかのように思えた。彼からすれば、進む道の足元を注意深く警戒しているのだろう。

 逆に、こういった駆け引きを嫌というほど経験してきたキャスターから見れば、蒼夜はどこか誘導されているかのようにも見える。だが、それはあくまで、議員たちの予想通り、予定通りに進んでいればの話だ。

 

「だが、アイツの腹黒さは知っているだろう。アメリカに居たライオン頭(エジソン)の直線的なものとは違う。アイツも手堅く、側面からせめて地固めをする」

 

「日本でなら、狸と言われてもおかしくないのだがね」

 

「むしろ(スネーク)だな。直進はするが、変則的な動きで隙を取り、そして獲る(・・)

 

 自衛隊に黙って、ピニャとの取引もまさにその一つだろう。彼女たちに自衛隊という一度切りの最強のカードを与える代わりに、自分たちの特地での活動の支援を求めた。そして、さらにその対価として、彼女たちがイタリカで必要としているもの(・・)を出した。

 もし、自衛隊、ひいては日本と敵対ないしは協力関係が断ち切られても、最低限ピニャとの関係を続けていれば、蒼夜たちはとりあえず問題なく聖杯探索、特異点の調査を行える。

 

「ジェームズ・モリアーティでも居れば、彼をスカウトしていたかもしれんな」

 

「わからんぞ、アーチャー。逆にアイツが仲間にしているかもしれん……」

 

「お二人とも、マスターをどういう目で見ているのですか……」

 

 既に、協力関係が断ち切られた時のことを考えての行動は、時期尚早ともいえるが、念のための保険、そしていざという時の糸口として確保している。

 万が一、そうなった時というための対策は、蒼夜曰く、ゲームでもよくするらしい。

 

「全く……アイツの育った環境はどういう場所なんだ……」

 

 サーヴァントたちが、マスターについて話をしている内に、幸原が蒼夜に対しての日本人である、という確証を確かめるための質問が終わったらしく、その区切りとして、結構です、という言葉がマシュ達の耳に入ってくる。

 互いに平静のままということは、対した収穫も変化もなかったようだ。

 

「……回答から見て、貴方が日本人である、ということは間違いないようですね」

 

「一応、生まれて殆どは日本に居ましたから」

 

 皮肉交じりに答える蒼夜だが、本人の顔は嘲笑ったり、馬鹿にしている様子はない。どうやら、事実を言ったが、それが皮肉に聞こえる言葉だったようだ。

 

「ですが、これであなたが日本の法で裁かれる可能性がある、というのも忘れないように。特地の人間であるなら、特別措置がなされますが、貴方がこちら側の人間であるということは、同時にこちらの法で裁かれるようになったということです」

 

「……ですよね」

 

 容疑から考えるに、蒼夜がもし逮捕されるのであれば「詐欺」「管轄地への不法侵入」「密出国」などだろう。しかも彼には戸籍がないのだから、それも問題の種だ。ただでさえ容疑が多いというのに、国連まで引っ張りだしたのだ。国際法で裁かれるであれば、終身刑で果たして済むかも怪しい。

 いずれにしても、蒼夜の周りにはもう、大量の爆薬ともいうべき問題があった。

 

「既に、密入国や自衛隊管轄地への無断侵入で、罪に問われています。さらに、これからの質問であなたに対しての、裁判での罪状、そして一部の証拠になることをご承知ください」

 

「物的証拠ではなく、証言証拠っていうことですね」

 

「ええ。本来、物的証拠であれば直ぐに裁判の証拠になりますが、今回はそれがなく、またあなたが戸籍、国籍を持っていないことから、それを捜索する手立てにもなりません。よって、これからあなたが答えること、話すことが全て、裁判や国連に対しての証拠であり、最悪、あなたの未来を決めるという事を覚えていてください」

 

「……わかりました」

 

 言葉としては間違っていないが、やはり全て、向こうが決めるというのは納得がいかない事だ。少なくとも、彼は別に遊びに行ったり、スパイしに行ったりしていたわけではない。蒼夜たちは、蒼夜たちで人理修復という任務のために、特地へとやってきたのだ。しかも、その為に態々、並行世界という無理なレイシフトを行ってまで。それを今から説明する、ということになるのだが、果たしてどこからどこまでを話し、そして信じてもらえるか、というのが正直彼には心配だった。

 

(……さて。問題は向こうがどこまで、俺の話を信じるか、だな)

 

 正直、蒼夜自身も直ぐに話を信じてもらえるとは思っていない。それは自分たちの話が飛躍して、馬鹿馬鹿しいものである、というのもあるが、現実しか見ず、見えているものしか見ていない彼ら議員が、果たして真面目に聞くかどうかさえも怪しい。

 議員たちが、どこまで自分たちの話を信じるのか。それが、この場で最も重要な点だ。

 

「……では、まずカルデアについて、お話ししていきます」

 

 正直、この場にロマニが居ないことは、蒼夜にとって痛手だった。彼が居れば、カルデアについて詳細に、かつ冷静に語れた筈だ。それについてはマシュも同様だが、彼女はまだこういった場の経験は浅い。

 現時点でのカルデアの最高責任者、誰よりも組織について知っている人間(・・)。その点で言えば、彼以上の適任はいなかっただろう。

 

(どこまでできるかは、分からない……けど、やってみるか……)

 

 

 

 ──―人理継続保障機関フィニス・カルデア

 魔術と科学が混合し、人類を強く尊命させるために設立された特務機関。

 百年後までの人類史、魔術世界でいう「人理」を保証するため、各国から精鋭が集められ、カルデアはその活動を行っていた。

 元々、魔術と科学はその性質、歴史的に相いれない存在として、時代の発展とともに関係は薄れていった。魔術は過去のものであり、神秘の薄れたこの世界では遺物となりつつある。科学は未来への道筋であり、人類の発展を促すが、それは時に過ちを犯すものにもなる。

 魔術だけで見ず、科学をもってしても計れない人類の未来。それを観測し、人理の存続を目的とする。それがカルデアの目的だ。

 

「……ま。有体にいえば、人類の未来の保険屋……とでも言うんですかね」

 

 この時点で既に、飛躍した話になっているのは蒼夜も自覚している。現に人類の未来を保証するという行為を、カルデアは行っているという話自体、子どもの妄想なのではないか、という顔で見ていた議員たちの視線を感じており、後ろに居たマシュと孔明もそうなることを予想し、ため息をついていた。

 

「つまり、人類の未来を観測し、その存続を保証する……ということですか?」

 

「そうです。といっても、俺はそこに所属している職員(ロマニ)から聞いたことを、そのまま言っているだけなので、カルデアのことを全て知っているわけではありません。でも、カルデアが人類史……人理を継続させるために活動している、というのは確かです」

 

 現に。その為に自分はここにいるのだ。と

 

「哲学者や研究者たちが、提唱するようなものとは違う。明確な未来の観測と保障ができる組織、それがカルデアです」

 

「……ですが、それだけの事を可能にするのなら、それなりの設備や資金が必要の筈です。しかも、未来を観測……いえ、推測するだけでも現在の世界の科学技術を合わせても不可能なこと。そんなこと、夢物語としか……」

 

「俺も、最初はそう思ってました。けど、カルデアは事実、それを可能にした」

 

「それだけの設備とシステムを、そのカルデアは持っている……と?」

 

「そこについては、俺よりも彼女の方が詳しいと思います」

 

 首を振り向き、後ろ座っていたマシュと目を合わせた蒼夜は、小声で彼女の名を呼ぶ。話から自分の出番があるのではないか、と考えていたマシュは既に用意は出来ていたようで、はい、と答えると立ち上がって、代わりに説明を始めた。

 

「初めまして。私は、彼、天宮蒼夜と同じく、カルデアに所属するマシュ・キリエライトと申します」

 

 ここでマシュが登場し、カルデアの組織体について明確になっていく。彼女は元々蒼夜よりも長くカルデアに在籍しているので、説明でいえば彼女がこの場で適任だ。しかも、前の審議でマシュは結局、座って傍聴していただけなので、彼女についての情報は何一つとして存在しない。名前もこの場で彼女が初めて口にしたので、議員たちにとっては未知の相手だった。

 

「私は、先輩よりも長くカルデアに在籍していますので、ここからは私がカルデアの目的についてと、そのプロセスをお教えします」

 

「えっ……こ、公開してもいいのですか?」

 

「はい。本来は、NGなのですが、現状が現状です。ですが、こちらにも一定の秘匿権利がある、ということをご承知していただいて、且つその権利を許可してもらいたいのですが」

 

 相手が全て、赤裸々に語っているのに、自分たちは隠すだけ隠すというのもフェアではない。マシュが一部の秘匿込みで、カルデアについて語るということに、何かあるのではないかという警戒心もあったが、謎に包まれていた組織が明らかになり、場合によっては何かに使えるのではないか、という野心を持った議員から、いいのではないか、という声が漏れ出ていた。

 

「……分かりました。マシュさん。貴方が話せる程度で構いませんので」

 

「ありがとうございます。それでは、先ず皆さんの疑問である「どうやって未来を観測するか」ですが、これにはいくつかの装置が必要で、それらを使用し私たちは未来を観測しています。

 未来観測などに使用される超大型の疑似霊子演算器「トリスメギストス」。これは超高性能なCPU、ないしはAIと思って下さい。

 そして、そのトリスメギストスを利用し、未来だけでなく、過去、現在などあらゆる時代を観測するものとして、小型の疑似天体、いわば小さな地球(・・)のコピーである装置として、疑似地球環境モデル「カルデアス」があります。これを使い、私たちは未来を観測し、人類史を保証しています。

 他にも、そのカルデアスで観測するための装置として、近未来観測レンズ「シバ」があり、これらで私たちは未来の観測、という行為を行っているのです」

 

「ち、ちょっと待ってください!!」

 

「あ、はい……」

 

「マシュさん、今、貴方は未来だけでなく過去も観測できると仰いましたよね……!?」

 

「ええ……カルデアスは惑星、つまりこの地球が魂を持っていると定義し、それを複写することで観測を可能としています。よって、魂の過去、つまり人類史の過去もカルデアスは観測することができます」

 

 それはつまり、今まで積み上げられた歴史、それすらもカルデアでは観測ができるということだ。事実、それら地球の過去である人類史の過去へと、蒼夜たちはこれまで何度もレイシフトしてきた。オルレアンを始め、ローマ、オケアノス、ロンドン、そしてアメリカ。全て未来でも、現代でもない過去の人類史、現代の人間でいえば歴史上の時代を彼らは見ることが出来るということだ。

 それが、どれだけ馬鹿げた話であったとしても、果たしてそんな事が可能なのか、と誰もが疑ってしまい、中には嘘に決まっていると既に決めつける者もいた。

 

「ですが、当然、その為に莫大な資金と電力が必要で、カルデア内には大規模な自家発電装置がありますし、各装置を開発するために、それこそ国家予算並みの資金が投じられた、と聞いています」

 

「こ、国家予算!?」

 

 魔術師たちの研究、魔術の探求はどのジャンルをとっても莫大な研究費用というものが必要になる。それは、その為の資材や資料、土地などが不可欠だからで、彼らの時代に生き残る魔術師とその家系は、大半が莫大な資金や土地を持つ貴族のような者たちばかりだ。

 現に、魔術師たちの組織である魔術協会は、何代という世代にわたって研究や探求が続けられており、同時にその代数が魔術協会でのランク(・・・)でもあった。

 

「はい。なにせ、これだけの事を行うための設備や施設、人員の確保等は並々ならぬ苦労があったと聞いています。現在のカルデア所長の父である先代所長も、主に資金面で苦労していたと」

 

 後にカルデアでの運営、カルデアスの起動と維持のために莫大な資金が投資され、さらに膨大な電力が必要だと知った蒼夜。

 その資金源と電力源が油田施設や原子力発電所だけでは足らない、ということから、先代所長が冬木の聖杯戦争に参加した理由だということを知るのは、今から大分後のことである。

 

「なら、それだけの資金運用を誤魔化すことだって、電力面でもそれだけ膨大であるなら、誰かが気付くハズ。ましてや、それを国連が承認している、いや、確認していれば何らかの処置や加盟国への通告がある筈です」

 

「それは……」

 

 莫大な資金が動いているという面で言えば、痕跡だったり使用用途が不明な資金(ブラックパジェット)として記録されている筈。流石に、それを加盟国が知るということまでは出来ないが、そんな資金の流れがあるのであれば、国連のあるアメリカで調査が動いたり、諜報機関がもみ消しをするだろう。

 が、これを視聴していたアメリカ大統領は、当然ながらカルデアはおろか、そんな資金の流れすら聞いたこともない。CIAなどがあえて教えていないという可能性もあるが、その可能性(・・・)も、メリットの面からすれば皆無だ。過去、未来を観測するというのは魅力的だが、だからと言って過去改変や未来へのタイムスリップができるわけではないのだ。……もっとも。それが実際に(レイシフト)できるのだ、という事を彼らが知らないのであれば、の話だ。

 

「莫大な資金は兎も角としても、電力はその為の発電施設が必要になります。ですが、発電施設は各国も管理、監視していますし、何より貴方たちの組織への電力の流れを関知している筈です。念のために訊きますが、発電施設は何処にあるのですか?」

 

「……フランスだと聞いています。原子力発電所らしいのですが、私も詳しい場所まではわかりません。所在地は所長が管理していましたので」

 

 といっても、その所長が親子そろっていないのだから、詳しい説明のしようがない。その追求だけは避けたかったが、議員たちはそれを逃すまいと追撃する。

 

「では、後々貴方たちの所長にお聞きします。今はどちらに?」

 

「……すみません。現在、所長は不在……いえ、居ないのです」

 

「居ない? それはどういう意味で」

 

「実は、カルデアの現在の所長であるオルガマリー・アニムスフィアは不慮の事故(特異点F)で行方不明で、現在は代行を立てて活動をしています。が、その代行とも特地に赴いてから、連絡ができずにいましたので、音信不通の状態です」

 

 ある意味、この時オルガマリーが居ないということは蒼夜たちにとっては有難かった。所長の管理である原発について、彼らが知らないというのであれば、原発の件だけでも追及は避けられる。しかも、こういった資金面、しかも個人所有のものは当然彼女が管理するのが道理なのだから、どうやって資金を集めていたのか、電力はどうやって確保しているのかはスタッフも情報公開されている程度しか知らない。

 

「……では、カルデアの運営資金については、マシュさんたちは関知していないと」

 

「はい。カルデアの核であるカルデアスがどうやって起動したのか、またその為の資金はどうやったのはかまだ……」

 

「分かりました。その点での質問はここまでにします」

 

 だが、それで終わったわけではない。まだ、カルデアという組織について、国連が絡んでいるかという重要な点がまだ残っているのだ。

 幸原は息を整え、未だ整理のつかない頭を動かして次の質問へと移る。

 

「では、カルデアという組織が国連に認められている、その理由は先ほどの未来の観測……つまり、予知ということですね」

 

「予知というよりは、予想、と言った方が厳密です。カルデアの未来観測は極めて精度が高く、オルガマリー所長もカルデアスに映った百年後の状態こそ、未来の私たちの人類社会であると」

 

 同時に、カルデアスに映ったものこそ、これから彼らの辿る現実、未来だと言える。だからこそ、彼らはカルデアスに映ったあの未来(・・・・)を覆そうと、抗っているのだ。

 それを今、ここで話すべきなのかを迷っているマシュだが、少なくとも蒼夜は語るべきではないとして、小声でまだだ、と言った。

 

「……そんな組織であるのなら、国連が認めないのはあり得ませんね。ですが、実際に国連はカルデアという組織の存在について否定しています。これについては、どういう理由でなのか、お二方はご存知ですか?」

 

「…………」

 

 非公式の公認組織、という肩書で言えば納得はするかもしれない。だが、その組織の資金の流れや電力について先に話してしまったことが仇になってしまった。電力に不明な流れはない。資金がどこで集められたのかも知らない。

 そんな組織が果たして存在するのか。いや、そもそもカルデアという組織はないのではないか? 

 どうせそんな結末だろう、と既に審議の結果を見ていた議員たちは暇そうにしている。もう既に勝った、子どもの些末事に付き合っていた自分たちに苛立ち、彼らの罪状について考え始めていた、が

 

「──―そこからは私がご説明しよう」

 

 ふと、後ろから聞こえてくる声にマシュは振り返ると、椅子から立ち上がるスーツの男、キャスターこと『ロード・エルメロイⅡ世』の姿があった。鋭く、不機嫌そうな目つきで腰を上げた彼の様子に、まさかと思ったマシュは隣にいたマスターに目で訊ねた。

 

「……そろそろ難しいと思って。あとお腹も痛くなって来たから……」

 

「……先輩……」

 

「俺たちは一度下がろう。しばらくはあの人のターンだ」

 

 

「……貴方は?」

 

「失礼。彼らと同じく、カルデアに所属している諸……まぁ、ロード・エルメロイⅡ世と呼んでくださって結構。外部からの監視員、ならびに顧問をしている」

 

「……ロード……エルメロイ?」

 

 貴族のような名前だな、と見た目との不釣り合いさに眉を寄せる幸原の違和感は正しいものだろう。ロード・エルメロイは元々貴族の出である魔術師、ケイネス・エルメロイのこと指していたが、彼が聖杯戦争で死亡し、以後彼が当主を失ったエルメロイ家の再建に尽力、次期当主であるライネス・エルメロイから名を賜ったというのが、彼の名の経緯だ。

 本名はウェイバー・ベルベット。魔術協会でも新参者であった家の人間だが、彼こそが協会に新たな派閥を生んだ中心人物だ。

 そして、彼の本名を知るのは、カルデアの中でもただ一人。かつてケイネスと同じ聖杯戦争を参加し、彼を生き残らせたライダー、つまり征服王イスカンダルのみだ。

 

「し、失礼ですが、その名前はご本名で……?」

 

「いや。本名は別にあるが、この名前は通り名のようなものだ。それとも、この場では本名を使わなければいけない義務でもあるのか」

 

 不機嫌そうな目つきだからか、高圧的な雰囲気に気圧される議員たち。だが、中にはその態度が気に入らないのか、嫌悪感をあらわにしている議員もいる。どうやら、自分よりも若いというだけで、若造であると決めつけているようで、露骨な強者のアピールにキャスターは小さくため息をつく。

 

「あとしばらく頼む」

 

「全く……丸投げの魂胆が見えすぎているぞ」

 

「あはははは……」

 

 キャスターと選手交代を行い、代わりに彼が席に立ち質問への返答をする。今まで沈黙していた彼が、突如として口を開き、交代したということに驚きと焦りを感じている。実力未知数の相手、しかもこんな時に出てくるのだから、口での化かし合いについては強いのだろう。

 実際、キャスターことロード・エルメロイⅡ世は確かに交渉術が優れている。魔術協会での、強者たちとの中での自分の立ち位置の確保と安定、そしてそれによって培われた胆力。

 アルヌスでも狭間との交渉も主に彼のお陰で、彼のお陰であの場を乗り切れたのだと蒼夜は考えていた。

 

「だが、どの道この局面だ。今後のために、やるしかあるまい」

 

「……頼みます、ロード・エルメロイ……」

 

「……Ⅱ世だ。毎度のことだが、いい加減覚えろ」

 

 だが拒否する気もなく、キャスターはバトンタッチされた出番に赴く。見えないように腰の辺りで乾いた音とともに受け取ったバトンは、思いのほか軽かった。

 だからなのだろうか、とキャスターは目の前いる議員たちの姿に小さく笑みをこぼす。こんな場所、いや、こんな会議など

 

(あそこに比べれば問題でもないか)

 

 ここからが、彼、ロード・エルメロイⅡ世の独壇場であることに、果たしてどれだけの人間が気付いていただろうか。

 

 

「さて。まずは先ほどの質問の答えだな」

 

「え……ええ……」

 

「カルデアが何故、国連から存在を否定されているのか。それは、今までの話からして実に簡単なことだ。

 カルデアの設立目的は人類史の保証、そして観測。傍から見れば、それは今の科学技術では絶対に不可能な大偉業だ。なにせ、未来は見ることはできない、などという三文小説の言葉を軽く覆したのだからな」

 

 ──―未来はあやふやだから無敵なんだ。

 かつて、そんな言葉を言った少女の言葉を思い返す。だが、カルデアの組織、そして彼らが持つカルデアスの前では、未来も未来視も、全てが白日の下にさらされてしまう。

 無敵だった未来は、人類を守る為にその無敵さを失ってしまった。

 それは、同時に誰の手にも届くものになってしまったという意味だった。

 

「だからこそ、カルデアという組織は隠され(・・・)なくては(・・・・)ならない(・・・・)。未来を観測するという大偉業、それを悪用しないという人間が居ない筈がない。未来というのは、いわば結果だ。その結果にするために、人間はなんでもする」

 

 カルデアの行っている人理保障。それが悪用されないという保証どころか、できないわけがない。未来は結果であり、現在を変えれば未来は変わってしまう。都合のいい未来にするために、誰もが喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

「そのためには、カルデアという組織は表立って存在してはならない。そんな組織があるのなら、人類はとうの昔に破滅してしまうからな。

 そんな筈はない、と言い切れる保証(・・)もないだろ」

 

「た、確かに……」

 

 一応、カルデアには厳重すぎるセキュリティが存在し、登録名に名前がなかったり、一致しなければ入館はできないが、それに反しなければ入館は可能だ。であれば、カルデアに入り、施設を占拠することだってかつては(・・・・)可能だった筈だ。

 

「大偉業ではあるが、同時にそれは偉業であればあるほど危うい。カルデアという組織、そしてその実態は、その危険性故に隠されなければならない。だからこそ、カルデアという組織について国連は知らぬ存ぜぬと決め込んでいる」

 

「で、ですが、それならこの場でそれを話してしまっては……!」

 

 そんな重要なことをここで話したキャスターに、逆に幸原の声が上ずっているのは、彼が本来隠すべきことを暴露したということについて、改めて説明したからだ。

 カルデアという組織は、本来、隠される組織でなければならない。

 なのに、自分たちの立場が危うく、そして罪を負わされるということから止む無く彼らは、カルデアについて語ってしまった。

 いつの間にか、自分たちはパンドラの箱を開けてしまっていたのではないか。という恐怖が、自然と彼らの中に現れていたのだ。

 

「さて。どうだろうな。この審議は他の国のトップたちも視聴しているのだろう? アメリカ、ロシア、中国、フランス、ドイツ、イタリア……ま、名だたる国々は見ているだろ」

 

 事実、今回の審議二つはアメリカを始め、中国やロシアといった先進国はトップたちが見ている。特に、日本との関係が強く、カルデアが国連の組織ということで、その本部があるアメリカ、そして対立している中国や、情報を手に入れたいロシアは釘付けの状態だろう。

 少なくとも、そういった大国、主要国家のトップはこの審議を現在進行形で視聴している。それはキャスターも事前に聞かされていたので分かっていた。

 

「そう。特にアメリカは特地に自衛隊を送り込む前、積極的な支援をすると言っていたな。なら、その見返りである今回の報告も見ているな。加えて、今回我々がこうして捕まり、容疑を問われている、となれば……あの大国も黙ってはいまい。折角、国連と口裏を合わせて黙っていたのだからな」

 

 既にカルデアについて話してしまったという現状について、それが場合によってはマズイことなのではないか、という恐怖を強調させていた。

 勿論、だからといってアメリカが悪いわけでも、怒るわけでもない。今回の彼らの審議やその議題に対し、アメリカは何一つとして関わっていないのだ。アメリカの方は自分たちが知っているどころか、聞いたことのない話を急に振られたせいで若干は戸惑っているだろう。

 

(口実は出来た。さて、後は……)

 

「ま、まさか……」

 

「別に、この話を聞いたからといって、アメリカが貴方たちを消すつもりなどはない。日本の一議員。しかも、他国が視聴している。こんな証人の多い場所で、そんな愚策をするわけもない」

 

 命の危機など、ハナから意味もないことだ、と言わんばかりに呆れた様子で返したキャスターから、胸を撫で下ろしはしたが、どうにも馬鹿にされているのではないかと感じる幸原。実際、訳していうのであれば、「お前たちは取るに足らない」と言われているのだ。馬鹿にされているどころか、価値すらもないと言われていることに、まだ気づいていないのは、命の危機だったからか、それとも、と内心でため息をつく。

 

「仮にここに居る連中が全員記憶していたとしても、口裏を合わせるか、口封じをすればいい。無論、殺害、といった関与をにおわせるものでもない、生存ありきでのだがな。諜報の面でいえば、アメリカはこの国よりも数段上をいく。

 いくら国内だろうと、世界だろうと、力を持っているといっても諜報、情報が全てである今の時代では、あの国に勝つことはできまい」

 

 もっとも。自分たちの居た世界なら、さらに恐ろしい組織がいるのだが、と自分が所属している組織(魔術協会)対立している組織(聖堂教会)を思い浮かべたキャスター。実際、あの二つの組織は、CIAがまだかわいく見えてしまうほど、色々な事をしてはもみ消しているのだ。パラミリだろうが、戦争のプロだろうが、果たして魔術知識なしが生き残れるか、と言われれば数秒で無理と言える。

 

「わ、分かりました……」

 

 自分の命の危機がないということを知った幸原は、脂汗をハンカチでふき取ると、呼吸を整えて再び審議をするために、気持ちを切り替えた。

 

「一先ず、カルデアという組織ついては保留といたしましょう。ですが、後で所在地だけは聞かせてもらいます」

 

「それで結構。だが、聞いたからといって直ぐに行ける場所ではない、ということだけは承知してくれ。なにせ、組織が組織だからな」

 

 

 

「……坊主。カルデアの工房ってよ」

 

「ここでは言わないで、ランサー。カルデアの場所は」

 

「……あー……そういう事かよ」

 

 

 

「……では、次の質問です。あなた方が国連の指示で、動いていた。という前提にして、どうやって、こちらから特地へと赴いたのですか」

 

「シンプルな質問だな。無論、銀座にあるあの門から通らせてもらった。現在、特地への道はあそこだけだからな」

 

 他国にも「門」が開いたのではないか、という可能性もあるが、それはそれで銀座事件と同じく大事になることは避けられない。であれば、キャスターの言う通り、彼らは銀座の「門」から、特地へと向かったということになる。

 

「ですが、貴方たちの姿はこちらでは確認されていません。これは、どう説明するのですか」

 

「当然だろう。私たちは、「門」が現在のような厳重な警備体制を敷かれる前に、特地に入っているのだ。警備システムの構築、その直前や事件後であれば、混乱に乗じて向こうに行ける……とは思えないか?」

 

「それはそうですが……」

 

 話として筋は通っているが、どうにも釈然としない。これが弄ばれているからか、それても無意識のうちに、それが嘘なのではないか、と考えていたからというのもあったが、凝り固まっていた彼女たちの頭では、霧の中を手探りで探しているような感じになっていた。

 時期的には、そんなやり方で特地へと向かったと言っても可笑しくはない。だが、実際はレイシフトで直接、特地へと向かったのだが、と真意を隠していた。

 

「清姫。今回だけは我慢してくれ」

 

「それは無理なご相談です、マスター。あとであの方を焼きます」

 

「焼くなって……仕方ないだろ、魔術のこととかサーヴァントのこと、ギリギリまで伏せとかないと……」

 

 キャスターが語ったのは、あくまで可能性としての方法だ。実際には別のやり方で特地に入ったので、当然のごとく嘘としてカウントされる。

 故に、蒼夜は隣で嘘に対しての怒りの炎を燃やす彼女に対し、必死の説得を試みていた。

 嘘に関しては人一倍どころか百倍敏感な彼女だ。当然、キャスターの言葉が嘘であることは、無意識どころか自然と理解していた。

 時には必要な嘘、誤解があるのだと言いたいが、嘘を極端に嫌う彼女を鎮めるのは至難の業だ。

 

(マスター。清姫は頼む)

 

(場合によっては令呪で鎮める……)

 

 

 

「……では、特地へは銀座の「門」を使ったということですが、あなた方は銀座にアレが現れることを知っていたのですか?」

 

「いや。こちらは別件での調査を行っていた。それが、偶然、あの場の出来事を聞いて調査に向かったというわけだ。が、向こうは通信環境などという都合のいいものはなかったからな。しばらくは組織と音信不通だった」

 

 それが今でも続いていて、通信機が故障しているのだが。

 ロマニとの通信は、この世界に来てからは一度も出来ていないが、マスターの蒼夜が平然としているということは、カルデアのほうで彼の存在証明が続けられているということ。つまり、カルデアとのパスはまだ繋がっているということだ。

 どういうワケで通信だけが繋がらず、存在証明だけが続けられているのかは不明だが、これはまだ、彼らとの通信ができるという望みはあるということだ。

 

「その別件……というのは?」

 

「黙秘させてもらう。だが、少なくとも内偵のような国際法に違反することではないと言わせてもらおう」

 

 動じるどころか、顔色ひとつ変えないキャスターは、淡々と質問に答え、返していく。まるで機械を相手にしているかのようだが、実際彼は投げかけられた質問を返しているだけにすぎない。

 彼がここまで人ではないように思えるのは、恐らく彼に憑依した英霊が理由だろう。諸葛亮孔明。中国三国志でも有名な軍師であり、赤子でもない限り、知らない人間は殆どいないだろう。

 

「では、特地について調査をしていたというのですが、一体なにを調査していたのでしょうか」

 

「そちらと同じさ。文明がどれだけ発達しているのか、どんな文明か、どういった文化形態なのか。人口は、村の形態は、生活環境は、経済は。

 未知の場所だったからな。取りあえず、小さな情報でも最初の調査では大きな成果にはなる」

 

「……銀座を襲撃した帝国、その国の実態を調査しようと?」

 

「場合によっては、未知のフロンティアだからな。アメリカ辺りは、黙示録よろしく帝国を火の海にして、奪うだけ奪うつもりだっただろう」

 

 征服王よりも質の悪いやり方でな、と後ろでどっしりと構えながら沈黙するライダーの気配を背に感じていたキャスターだが、どうやらライダーはこの審議をつまらないものと見ていたのか、普段醸していたオーラが半分以上もでていない。

 ほりの深い顔は俯いて、大きく開かれた目も今は閉じている。下手をすれば、つまらない、と断じて眠りにつくだろう。そうなってしまっては、蒼夜の計画も水の泡だ。

 

(出番までに寝てくれるなよ)

 

「では、貴方たちは自衛隊とは別に、既にコミュニティーと情報を得ていると」

 

「そういう事になるな。といっても、我々も自衛隊が特地に向かったのと時間的な大差はない。恐らく、知り得ている情報も差はない筈だ」

 

 蒼夜たちカルデアのメンバーと自衛隊、両陣営が特地に入ったタイミングは実は自衛隊のほうがタッチの差で早かった。自衛隊がアルヌスで戦闘をしたのちに、彼らはレイシフトで特地へと訪れ、そしてテュカの居た村に来訪したのだ。

 

「……分かりました。ということは、あなた方がここに来たという事は、目的は果たせたと、いうことですか?」

 

「いや。我々は偶然の遭遇である自衛隊との合流、そしてそれによる日本政府が持つ我々への懸念、それを晴らすためにここにいる。目的はまだ果たしていない」

 

「果たせていない。それはつまり、特地の地理調査だけではない、と」

 

「無論だ。現地の仲介人や情報提供者を確保するため、その諜報活動をしていた。が、結局は無駄になったがな」

 

 エルフたちの村は炎龍に焼かれ、その後まもなく自衛隊と邂逅。その後、狭間との交渉で保護下に置かれた彼らは、諜報活動は一時中断してはいたが、仲介人や情報提供者の確保を諦めていたわけではない。

 聖杯の情報を手に入れるため、彼らは独自にピニャとの取引を行っており、自衛隊とは別のやり方でアプローチをかけていた。

 国という制約があるが、軍事力がある自衛隊と日本。一方で人数こそは少ないが、同等の力を持ち、国の制約がないカルデアからの戦力はピニャにとって、帝国にとっても魅力的と言える。しかも、彼らの戦力が英霊、つまり英雄たちであるということならば、その実力から有用性はさらに跳ね上がる。

 英霊という存在をフルに活用した、この方法で現在カルデアの面々はピニャに対しての関係は強い。

 

「では、貴方たちの最終的な目的は、特地の現地調査とその報告、ということですか?」

 

「そうだな。だが、現在はある理由から連絡はできない。特地に居た際、貴方たちがドラゴンと呼んでいた炎龍の襲撃にあってな。通信機材が使用不能となってしまった」

 

「まだ、国連には報告はできていないと」

 

「国際電話でもかけたいが、ここに来るまでが急なものだったのでな。残念ながら、まだ報告はできていない」

 

 わざとらしい垂れ糸だな、とアーチャーは小さく笑う。キャスターの言う通り、報告という点ではまだ報告はできていない。現在、カルデアはこの世界(・・・・)の組織とされているので、その相手は国連だ。

 つまり、まだ国連への報告が終わっていない。これだけでも、議員たちにとっては安定剤のような役割を果たす。国連は今回の参考人招致については視聴していない。そして報告がまだなら、今の内に口裏を合して貰ったり、自分たちにとっての不都合をもみ消すこともできる。こちらでは彼らを保護している(・・・・)のだから、と保護下であることを強みにしている筈だ。

 

(しかし、既にこちらは拠点を確保し、ピニャと呼ばれた皇女とのつながりと取引を持っている。仮にこの時点で政府からの協力が得られなくなっても……)

 

 蒼夜たちの活動に対してのマイナスは少ない。あるとすれば、カルデアとの連絡のための通信機の修理ができなくなるぐらいか。

 

「我々は、これからこの参考人招致後に国連に対しての報告がしたい。だが、その為には通信機器の修理が必要になる。こちらで使用しているのは、特殊な機器で傍受されにくいものだからな」

 

「それは私の一存では判断はできません。恐らく、自衛隊と総理からなんらかの便宜が図られると思いますので、詳しいことはいずれ」

 

「……了解した」

 

 とはいっても、そもそも国連に報告すること自体がないので、キャスターの言葉は時間稼ぎに過ぎない。内閣と政府は、彼らが通信機器の修理を終えるまでに、何か手を打つか、修理自体に手を加えるかをして、こちらの情報をつかみつつ、何か対策を取るというのが蒼夜とキャスターの一致した見解だ。

 

「──―続いての質問です。カルデアの組織的目的が人類の未来の保障ということは理解し、その為の設備があることは、彼女のいう事を今は信じるとします。

 ですが、その未来を観測する組織が、どうして日本に来たのか。そして、「門」の向こう側へと赴いたのか。それが未だに分かりません。貴方たちは、別件ということで黙秘していますが、それは我々日本政府にも秘匿するべきことなのですか?」

 

「そうだ。こちらは何せ、未来を預かる組織だからな。しかも、未来が絡んでいるとなると、出来る限り不安要素は排除しておきたい。そうだろ? でなければ、この日本が最悪の未来を迎えるかもしれないのだからな」

 

 じりじりとだが外堀を埋めている議員たちに対し、キャスターは未だ焦りの色を見せない。これぐらいのことであれば、まだこちらが口八丁でだますことはできる。

 しかし、サーヴァントたちのことについて触れられれば、少しは揺らぐかもしれない。もっとも、その前に平気で嘘をついているキャスターの身の危険が、いま現在後ろから感じられていた。当然、原因は清姫である。

 

「清姫、今はマジで我慢してくれ……! あとで叱りは受けるから!」

 

「それは無理な相談です旦那様。あと一回、いえ、一言、一単語、一語でも嘘をつけば私の口から火が噴きます」

 

「明らかな宝具発動だからマジでやめてくれッ!!!?」

 

 小声ではあるが、今にも叫んで令呪を使いたい蒼夜。嘘の連続で、我慢してくれと主からの懇願で思いとどまっていたが限界点は近い。彼らの前では、キャスターが彼女をしっかりと抑えておいてくれと、悲願している後ろ姿があり、必死に冷静さを装っていた。彼にとって、焦りと危機は後ろからの不意打ちだ。

 

「では。次です。こちらの方から、調べさせて貰いましたが、あなた方が日本国内に入国した形跡、空港や港といった経路での姿が確認されていません。これは、あなた方が不法入国したか、それとも国内に居たかになりますが」

 

「…………」

 

 平行線が続き、いよいよ小手先だけでの攻撃に変わってきた議員たちの質問にキャスターは後ろをちらりと振り向く。

 前門の虎後門の狼というわけではないが、後ろには笑顔だが笑顔ではない顔で、チロチロと舌を出し、今にも炎を発火しそうなバーサーカーの姿があった。これにはキャスターも話が違うとばかりに怒りの表情をしていたが、蒼夜も手を抜いていたわけではない。

 思えば、ここまで彼女が嘘を我慢していたということでさえも奇蹟なのだ。

 

(まずいな。これ以上、嘘を言えば確実に清姫が怒りを爆発させる。そうなれば、彼女の逸話から……)

 

 清姫伝説の最後は、安珍を追っていった清姫が鐘の中に隠れた彼を蛇になって燃やしたというのが結末になっている。つまり、鐘はなくとも今のキャスターと蒼夜は鐘の中で、蒸し焼きにされるのを待つ安珍と同じになってしまっている。

 彼女も、蒼夜との付き合いと絆のお陰で、自分たちにとって必要な物であると理性(・・)では理解している。しかし、本能では到底許すことはできず、彼女の体内は怒りと冷静さの二つの炎が混ざり合っていた。

 どの道、爆発すればただ事ではないのだ。

 

(しかも、面倒な質問だな)

 

 特地へと直接レイシフトしたということで、彼らは日本から「門」へ入ったわけではない。国内に入国の形跡が一切ないのは、当然といえる。だから、国内に居て、そのまま「門」に入ったというのが、この場で答えるべき回答なのだろう。

 しかし、平行線が続くということは、それだけ嘘を重ねるということ。であれば、向こうも次第にこちらに対しての信憑性も薄れて行ってしまう。解答するにしても、その答えがありきたりであったり、秘密が多ければ劣勢になるのは目に見えている。

 

(このままダンマリ……いや、誤魔化しを決めるにしても、そろそろ清姫が限界だ。しかも、いくら最初のインパクトが強かったと言っても、隠し事が多いせいで向こうのこちらに対しての信憑性は薄れている)

 

 ここでキャスターが執るべきなのは、信憑性の高い事実を告げるということ。そして、信憑性の高い嘘をつくということ。

 この二つが、彼らの現状打破の方法であると考えられるが、後者は平行線が目に見えているので、あまり使えない策だ。

 であれば、前者。事実を告げるということだが、レイシフトの話をこの場で出して、信じられるかと言われれば、誰もが笑い話として笑い飛ばす。しかも、その方法はタイムスリップであるのだから、今の時代では夢物語にしかならない。その他の話をするにしても、英霊召喚は最後まで隠しておきたい鬼札。人理焼却も飛躍し過ぎて信頼性が低すぎる。そして、その全てを繋ぐものとして聖杯もあるが、言えば言ったで、悪用と事態の混乱は先ず避けられない。必ず、他国の諜報機関が介入してくるだろう。

 

(……ライダーを投入する、か?)

 

 征服王のカリスマはこの場では最強の手札だ。それを切る為には、それなりのお膳立てが必要。彼を出すには、こちらへの不信感を減らしておきたかったが、流石に今回はその為の材料が少なすぎた。

 しかも魔術に対しての秘匿があるということで、無意識的に自分たちで自身の首をしめてしまっていた。これでは、八方ふさがりになるのも無理はないだろう。

 だからといって、キャスターが諦めるかと言えば、当然そんな気は毛頭ない。彼も協会内の修羅場を潜り抜けて来た自負もあるし、彼に憑依している英霊の性分から言ってもここで終わる筈がない。むしろ、終われば何もかもがそれまでになってしまう。

 意地もあるが、終われないという意思のあるキャスターは、次の手を打とうとするが

 

 

 

「──―なるほどな」

 

 ふと。背中から、誰かの声が聞こえ無意識に耳を傾ける。目の前の審議に集中はしていたが、そこまで力んでもいなかったので、声は確かに、そしてしっかりと聞こえていた。その声は、彼が今まで聞いたことのない声で、低くも野太い声だがライダーのそれとは明らかに違っていた。

 覇気がない、というわけではないが、鋭い声は自信に満ちていた。

 

(後ろ、誰だ?)

 

(今の声は……)

 

 静観をしていた伊丹も、小声だがはっきりとした音量を聞き取れたので、目線だけでも動かして声の方へと動かす。

 彼の場合はキャスターとは違い、声に聞き覚えがあった。それは、彼が昔から聞きなれた、この場で一番知っている人物であったからだ。だからこそ、その声は聞き逃すことはなく、記憶からも瞬時にすくい上げられた。

 詰まりかけていたこの場を動かす存在。それが誰なのか、と予想した直後。状況から変化が起こった。

 

「──―少しいいか?」

 

「え……?」

 

 今度は先ほどよりも音量のある、はっきりとした声がその場に響く。聞き逃しはする筈がない。キャスターは先ほどの小声の主が、その人物であると理解し、伊丹はどうしてこの場で動くのか、隣に居た総理(・・)共々理解できなかった。

 同時に、行き詰まりかけていたその場を打破するかのように、男が一人、何気ないような顔で挙手をした。

 

「えっと……どうしたのですか、嘉納議員」

 

「か、嘉納さん?」

 

 唐突な挙手による審議の中断に、誰もが驚きを隠せなかった。キャスターとの問答をしていた幸原は、途中中断されたことと、その人物である嘉納が手を挙げて止めたことに、どうしたのかと目を丸くし、嘉納の隣にいた総理は一体どうしたのかと狼狽している。

 議員たちも同じで、どうしてこのタイミングが審議を止めて手を挙げたのか、その行為が分からず、中には野次を飛ばして審議を中断させたことを批判する議員もいた。

 が、それを気にすることなく、嘉納はのそりと体を立たせると、審議を止めた謝罪から話を切り出した。

 

「すまねぇな、審議を途中で止めてしまって。けど、どうしても聞きたいことがあってな」

 

「聞きたい事……? 嘉納議員、質問をしたいのは分かりますが、今は控えさせて……」

 

「分かってる。質問はひとつだけだ」

 

「…………」

 

 年長者、それとも年の功なのか、幸原は嘉納の質問を止めることはしなかった。というのも、質問が自分たち、ないしは彼らに関係するものであって、何か手がかりになるのではないかという期待を彼女が持っていたからだ。

 しかし、やはり法の中心ということもあり、言語道断と断じる議員もいないわけではない。

 

「内閣の一人だからといって、そんなこと、許されるわけがないだろう!!」

 

「お前のは後回しなんだよ!!」

 

 

 この場での質問の優先権は、嘉納ではなく幸原なのだろう。それを邪魔したというもあるが、質問できる側ではないというのもあるのかもしれない。

 審議自体は互いが向き合って行うもの。普通の会議であっても、そこは変わらないだろう。しかも、嘉納は一応、自分の側の人間に質問をしていることになっているのだ。

 だが、それとは別に幸原の質問が自分たちの質問であるかのような言い方は、他人事であっても蒼夜も頭に来ていた。

 

「こちらは一向にかまわんがね。この場での質問は、極力回答しておきたい」

 

「それで、お前さんらのことを信じられるに値するから、か?」

 

「…………!」

 

 返ってきた言葉に、キャスターは無表情ながら反応する。嘉納の返答は別段特別なものではなかったが、態度と雰囲気がどうやら感じるものがあったらしい。

 打開策になるのではないか、という期待もあるが、どうやら彼自身にも興味を持ったらしく、内心では彼だけ評価を改める。

 

「……さて、それはそちらの考えにお任せするとしよう」

 

「そうかい。んじゃ、質問だ。ま、聞く事はぶっちゃけ大雑把なんだがよ」

 

 嘉納という男。彼は、どうやら幸原の向こう側にいるような有象無象の議員たちとは違っていたようだ。日本の議員はどこも同じである、と思っていたが、彼の態度と鋭い目は確実にキャスター、そして蒼夜たちに食い込んでいた。

 性格か、それとも経験か。どちらにしても、既に確信めいた様子で行動を起こしたという彼には、キャスターもちょっとした興味を持っていた。

 

(他の議員たちは、俺たちを既存(・・)人間(・・)だと思っている。が、どうやら、薄々とは勘付いているらしいな、この男)

 

 

(自衛隊の関係者って、どうしてこう……有能そうなんだろ?)

 

(はい。なんといいますか、人材の傾きが凄まじいといいますか……)

 

 狭間に嘉納。特に嘉納についてまだ知らない蒼夜とマシュだが、彼が自衛隊の関係者であるというのは、近くに座っている伊丹の顔で分かった。

 つまり、彼もまた自衛隊、ひいては伊丹に関係を持つ人間だろう。

 それがどうしてここまで有能そうに見えるのか。そして、どうしてそんな人間が自衛隊関係に多いのか。ただ、他の場所を見ていないからという可能性もあるが、どうにも二人の目からはそう見えてならない。

 

 

 

「──―お前ら、なんか隠してるだろ。それも、俺らに聞かれちゃまずい、いや聞いても信じられないだろうって奴か?」

 

 臆することなく、嘉納は疑問をキャスターたちに投げかける。その迷いのない言い方は、核心を突かれたかのように蒼夜の背筋を振るえさせ、キャスターを小さくだが唸らせた。

 そして。岩のように動くことすらなかった男の目を、静かに開かせる。



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チャプター3-5 「現代停滞地『日本』 =明かすか明かされるか=」

お久しぶりです……久しぶりの更新です……

夏休みが終わってからいろいろと忙しく、十月には学費やら面接やらに追われてましたので、ようやく書き上げることができました……本当に遅れて申し訳ない……(汗

で。そんな今回の審議。正直言ってそろそろ自分も気力がなくなってきましたので、次回あたりで強引に終わろうかと思ってます。
つか終わらせたいです。ハイ。
なんで後半から少し強引かつ、しっちゃかめっちゃかになるのでご承知を。

それでは、今回前置きは短いと思いますが、お楽しみを……


「―――確かに大雑把な質問内容だ。しかも、根拠もない」

 

 「まぁそうだな。根拠もねえし確証もねぇ。言っちまえば山勘だ」

 

 山勘という言葉に、キャスターは聞き覚えがあった。勘。つまり根拠もない「そうであるかもしれない」という第六感だけで結論付けた物事のこと。言うなれば「直感」と同じだ。

 

 (勘……直感だけでか。野生児でもあるまいし、そんな根拠もないやり方で政治が務まるというのか)

 

 無論、そんなことで政治が務まるわけもないというのは、キャスターも分かっていた。政治というのはいわば腹の探り合い、意地の悪さの張り所だ。相手の手口を知り、見極めるというのが鉄則の一つと言える。なのに、その政治の中を山勘でいくというのは、流石に政治を舐め切っているとしか言えない。現に彼の言葉に怒りをあらわにしている政治家の姿を見受けられた。

 

 (いや。時として直感による奇襲が、相手への不意を突く切り札になるというのは分かるが……まさか、その直感だけで私たちの不自然さに気付いたと?)

 

 だとすれば、なおの事あり得ない話だ。

 直感による行動、発言が無意味ではないというのはキャスターもよく理解している。そんな塊のような男と過去、苦楽共にしたのだ。だが、それだけで今の会話の中から「カルデアのメンバーは何かを隠している」という結論に至る理由が分からなかった。直感をするにしても、その直感に至る原因、理由があるはずだ。

 

「―――その直感から感じたことは?」

 

「まず、お前さんらの嘘についてだが、組織については嘘をついているとは思えねぇ。本当に嘘だとしたら話が凝り過ぎているからな。それに、さっきの嬢ちゃんが話した極秘事項。嘘ならひた隠しにするか、もう少し信用できるようなカードを切ってからだ。が、それを初っ端から出したってことは「初めからそれだけしか用意していなかった」か「本当に実在し、その存在を証明するため」のどちらかに絞られる。今のお前さんらの立場から、なりふりなかまってられないっていうのは見て明らかだ」

 

「なるほど。だが、もし前者だったらどうする。作家でも余計な部分だけの設定を凝らせて、他の部分が杜撰である、ということはよくある話だ」

 

「それも考えられるさ。けどな、仮に前者だとしても、それなら今度は国連の話に説明がつかねぇ。そして、その中のひとつである「門」を潜った話もな。

 お前さんらが仮に、前者を前提とした嘘つきであるとする。なら、あの混乱の最中、普通の人間が果たしてまともでいられるか? 非現実的な現実。誰もが逃げ怯えたあの状況を。

 そして、国連という巨大権力を出す意味。確かに嘘であっても国連という存在は、俺たちにとっては大きな存在だ。だがな、下手を踏めば俺たち政治家、特に総理からすれば直ぐに不審な点を見つけられる」

 

 国連のことに関しては、国際社会に立つ以上総理も耳ざとくしていなければならない。内包的であっても、鎖国をしているわけではないのだ。世界の国の一員であること。それを証明するためにも、国連という組織については敏感であるのは政治家誰もが同じことだ。

 そして何より国連のことは政治家たちが行っていることだ。政治家のテリトリーであるこの場では、ある事ない事、総理でなくても見抜くことは容易だろう。

 

「こういうのも難だが、今の人間ってのは自分たちで解釈できない現実には逃避的だ。なんせ、自分の考えでわかるものじゃないんだからな。分かる問題だけ、解釈できるものだけに縋りついて、その答えだけをもって生きている。だから、答えられないもの、解釈できない者には否定的だし、同時に逃避しちまう」

 

「同感だな。現にここに居る政治家たちは炎龍についての話、自衛隊の行動を自分たちの解釈だけで判断した。少し考えれば、他の解釈、仮説だってあり得たハズだ。それを考えずにいるというのは、意識的にその考えを、可能性を排除しているに他ならない」

 

 後ろからうっ、と唸る声が聞こえ蒼夜がキャスターの後ろを覗くと、幸原の口元がへの字に歪んでいた。どうやら図星だったらしい。

 

「だが、だからと言って、それがさっきの問いの意味になるとは思えない」

 

「ああ。話はまだ続くぜ。前者の可能性が排斥されれば、残るのはお前さんらが本当のことを言っているってことになるっていう可能性だ。だがさっきもそこの姉ちゃんが言った通り、お前さんらの大将の戸籍も、組織の存在もない。これをお前さんは「組織は非公式だ」って答えた。それは筋が通るさ。なんせ、未来を見るっつー大それたことをするんだ。そんな事すりゃ世界は大国、最悪は個人の思うがままだからな。が、ここでまた問題が出る」

 

 現在、政治家たちがカルデアに対しての疑問は幾つか在る。

 ひとつはカルデアの所在。これは並行世界であるため、実在すらしないが、こちらの世界でもその場所は容易に行くこともできない所だ。

 次にカルデアの資金源。これはマシュが説明した通りフランスの原発と、その他に虎の子の油田施設がある。しかし、調べれば両方の施設は公には存在しないことになるだろうし、何より電力についての問題も浮上する。これを蒼夜たちはオルガマリーたちが管理していて、知らないと本音を言って隠しているが、政治家からすればそれも嘘だと思える。

 さらに蒼夜の存在。名前や見た目から、日本人であることは間違いないが、彼は並行世界の人間のため、並行世界の同一人物がいるか、戸籍すらない、そもそも存在しない人間かのどちらかになり、結果は後者、存在しないと分かった。

 そして。なにより大きな問題が

 

「組織の所在、資金源はこの際後回しにするとしても、さっきの坊主の戸籍についてと、お前さんが入国した形跡がないっていうのが問題になる。お前さんらが国連の人間なら、堂々と空港から降りればいいのにその形跡もなく、密入国の可能性も浮上した。基本、この国は永住する国民は戸籍が必要だし、親が馬鹿じゃない限り戸籍は持っている。国内で生まれれば病院で自動的に登録されるだろうし国外でも同じだ。が、それがないってことは可能性は二つ。本名が別にあるのか、それとも、だ」

 

「………。」

 

「そして密入国。仮に坊主が日本人であれば問題もないし、国連の人間であればなおさらだ。が、お前さんらはあえてそれを選択せずに仮説として密入国をした。国連の非公式の組織であるなら、その実態を知られないために素性を隠す必要があるが、だからってそれが密入国の理由にはならねぇ。パスポートでっち上げれば問題ないんだからな」

 

 カルデアが国連の非公式組織として、存在しキャスターの話した通りある任務で日本にくる必要があったとする。なら、別に密入国をしなくともパスボード偽造をすればいいだけの話だ。それはそれで問題ではあるが、密入国をする必要もなくなる。

 しかし、その前提はあくまで彼らがこの世界の(・・・・・)国外から日本に来たという事での話だ。

 

「んじゃなんで密入国する必要があったのか。って話になるが、そもそも本当にお前ら密入国したのかって話にもならねぇか?」

 

「………何?」

 

「非公式組織なら、その存在は隠される。が、お前らはこうして公の場に姿を見せ、あまつさえ他国のトップにも姿をさらしている。それは別に姿をさらしても問題がないって意味だ。

 だが逆に密入国は姿を隠して他国に入ること。見つからない(・・・・・・)ことが前提だ。疚しいことをするためにゃあ見つかったら元も子もない。だから密入国と言える。

 するとどうだ。仮に密入国をしているのなら、どうしてこんな場に姿を現すかっつー矛盾が生じる。国連からの指示を受けて、態々こっそりと入って来たってのに、堂々とここに立っているっていう矛盾がな」

 

「……我々が囮だとは考えなかったのか?」

 

「ないね。囮が秘密を話しちゃ、囮の意味がねぇだろ」

 

「ふむ……」

 

 嘉納の返す言葉にキャスターは焦りはないが興味と感心を抱き、不満げだった顔に少しだが微笑みを作った。どうやら、嘉納の態度と推測に興味を持ったようだ。

 

「だが、囮である私たちが言った事。それらが全て嘘である可能性もあるのではないか?」

 

「そうだが、ならお前らを囮として、本命は何が目的だ。素性も行動も、組織すらも嘘だとしてもお前さんらが特地に居たという事実には変わりない。つまり、特地に対しての何等かの目的があるってことは囮も本命も共通している。攪乱のためとか言っても、見ず知らずの土地に堂々と上がり込んで、しかも姿も見せないんじゃ囮としての意味もねぇ。どっちにしても、お前さんらが特地に目的があるってのは確かなんだからよ」

 

「………。」

 

「お前さんらの組織は確かに存在する(・・・・)。けど、その内情については言えない(・・・・)。恐らく、その理由はお前さんらが特地に居たっていうのと、密入国の話の筋を通すだけには十分な理由だが、何らかの理由で話すことができない(・・・・)

 つまり。その隠し事は、お前さんらがここに居る理由。そして正体についての核心、つまり答えになる。違うか?」

 

「……なら、質問を返す形で問おう。なぜそう思うようになった?」

 

 答えは近づいてきた。キャスターの問いかけに、そう確信した嘉納は僅かだが目線を彼が背を向けている本来の質問者と、その傍観者たちの様子を窺う。そろそろブーイングの一つも飛んでくる頃合いだ。ならば、早々に結論を出す必要があるだろうと

 

「理由は二つ。ひとつは、短時間での回答者の入れ替わり。大将の坊主から始まり、そこの紫の髪の嬢ちゃんに移った。それは最初から予定していたことなんだろうよ。けど、直ぐに嬢ちゃんからお前さんに移った。これは計画はしていたが、行き詰まりが早くなったからっていうアドリブじゃねぇか?」

 

「うっ……」

 

 その言葉に呻いたのは蒼夜だった。彼の予想、考えに見事に図星だったようで心臓を穿たれたかのように苦痛の顔を見せていた彼にキャスターは小さなため息をつく。

 予想は当たりだった。嘉納の理由、そのもう一つが薄々だがキャスターも察することができた。

 

「で。もう一つは……隣にいるこの和服の嬢ちゃん(清姫)。話の途中からムッツリになってたから、もしかしてと思ってな。それにさっきの嬢ちゃんも、多分嘘をつくことが下手なんだろうな。途中、口籠ってた様子が後ろからでも分かったぜ」

 

「………なるほど。確かにレディ(マシュ)は嘘が下手だ。それに彼女(清姫)も嘘が極度に嫌いでね。これもカン(・・)というやつか?」

 

「それもあるが、事あるごとに和服の嬢ちゃんの様子が変わってったからな。もしかしてと思ったら……案の定だったようだな」

 

 ここでキャスターはバーサーカーこと清姫の性格、情報を知られたことに小さく舌打ちをする。別段、彼女の性格を知られたからといって何が悪いわけでも、知られてマズイわけでもない。しかし、極力英霊のことに関しては避けておきたいと考えていた彼にとっては小さくも手痛いものだ。英霊のことを話すのであれば、必然的に聖杯のことについて話す必要が生じてくる。聖杯の力と、それによって召喚される英霊たちは全ての国家にとって大きく利用できるものであり、聖杯の力も私欲に転用することなど容易だ。なので聖杯についてはなんとしてもここでの開示を避けたいのは、キャスターだけでなく蒼夜も同意見だった。

 

(英霊のことを話すまでにはいかないが、この状況は面白くない。聖杯のことを話せば、十中八九各国の首脳部が動くし、私利私欲で手に入れる者たちも現れて来る。国内だけで揉め事をする日本にとっては手に余る代物だが、それ以上に聖杯の存在は極めて厄介だ。しかも、英霊についても同様。兵器転用とプロパガンダは確実か。

 だからといって、英霊だけを話しても聖杯の情報開示は避けられなくなる。ここはどうするか……)

 

 清姫たちの正体について誤魔化すのにはそろそろ彼女自身の限界が見えてきているのでやりにくい。しかも、ここでまた正体をはぐらかせば嘉納が食いつくのは目に見えている。彼らが誤魔化しているという事実、それを示す証拠が偶然にも彼らの周りにあるのだ。

 キャスターにとって、英霊と聖杯、そして目的については極力避けたいと思っていたのだが、嘉納がここまで頭がキレる男であるとなれば、うまく誤魔化すことも難しいだろう。

 

(まったく……清姫の居るせいで、こちらの仕事がやりにくい。このまま誤魔化し続ければ、確実に彼女の沸点の方が先に到達するだろう。なら、いっそのこと本音を吐くか。が、それでは確実に今この審議を視聴している国家に知られるだろう。特に、アメリカ、中国、ロシアは確実にな。であるなら、鎌掛けは必要か……)

 

(清姫を連れて来たのは本当に失敗だったな……清姫の嘘嫌いは極端通り越してるし、この場での嘘と誤魔化しの言い合いの中じゃ確実に彼の仕事の邪魔になってしまう。なら、聖杯について……いや、けどどうする?)

 

 聖杯のこと。英霊のこと。人理のこと。今、蒼夜たちが隠している中で最も重要なことは人理修復と聖杯だ。だが、だからといって英霊に価値がないかと言われれば当然嘘にある。彼らの戦闘能力、一騎当千の力は言うまでもない。彼らが居たからこそ、蒼夜は今までの激戦を潜り抜けて来たのだ。

 であれば、英霊のことを語るしかないというのは自然と彼の脳裏にも浮かんでくる。しかし、その中で問題があるのも確かだ。

 

(英霊、サーヴァントのことを語る、というのは聖杯について誤魔化すことになるけど、そもそも英霊たちの存在を政治家の皆さんが受け入れてくれるとは到底思えない。英霊といえど結果的には死人であることに変わりはない……先輩もそこは承知しているはず)

 

 英霊について語れば、それをどうやって召喚したのかという過程を質問される可能性だってある。否、今キャスターが背を向けている議員たちよりも対峙している男のほうが的確に突いて来るだろう。

 英霊たち、サーヴァントを呼び出す方法といえば必然的に聖杯のバックアップが必要不可欠だ。聖杯の力、奇蹟があるからこそ、英霊たちはただでさえ不可能に近い召喚を可能として現界している。

 

(死人がいきなり目の前に現れたのなら、誰も信じないよな……俺だって多分その筈だ。だったら……)

 

 もはや英霊たちの事を話す事を前提にして考えを始める蒼夜の思考は、キャスターにとって努力の無駄に思えるのではないかと見えるが、実際清姫と嘉納の板挟みから、隠すこと自体に限界を感じ始めている。彼も自分の正体、英霊であることを明かすことにもはや否定はしない。

 それを前提にして次の手を考えるが、その考え自体が嘉納の言葉に対しての答えになっていない。英霊のことはあくまで自分たちの正体について。今、嘉納が聞いているのは自分たちがどうしてここに居るのか。それが語っても信じてもらえないことなのではないか、ということ。であれば、その理由を説明するために必要な言葉は二つ。

「聖杯」か「人理焼却」か。

 聖杯については、特地の性質上、語ればある程度信じてもらえるだろう。しかし仮に聖杯が本物であるなら確実に国が動き出す可能性が高く、聖杯探索に大きな障害が出来てしまう。聖杯の力は、それだけ彼ら科学(現代)の人間にとっては魅力的であり魔的でもある。

 対して人理焼却については語ることは容易い。が、話が壮大かつ飛躍しすぎており、誰もが子どもの妄想それであると思ってしまう。インパクトとしてはいいが、信憑性が皆無だろう。

 

(目的である聖杯に触れずに話す、ということは事実可能だ。なにせ、私たちの目的は人理修復であり、その為の目的に聖杯が含まれているというだけだ。なら、英霊のことを語り、人理修復の事情を話すというだけでも問題はないだろう)

 

(って言っても、問題はその瞬間に生じるサーヴァントたちに対しての各国の介入。特地のことを踏まえるとアメリカと中国は確実、そしてその中で一番介入の確率が高いのは……)

 

 欧州圏の英霊はリリィとランサー、征服王ことライダーは中東のマケドニア。そしてアーチャーと清姫は日本の英霊。となれば、残るのは一人。

 諸葛亮孔明を憑依させているキャスターだ。ただ、彼の身なりと姿が欧州圏の人間であるということから信憑性はコレもないと言っていい。

 

『聞こえる先生?』

 

『ああ。言うまでもないと思うが、構わないな?』

 

『ええ、もうこの状況で隠すのとだますのは無理っぽいですし、対等さを考えてもここで使うしかないですね』

 

『……計画が狂ったな。そこのプリンセスのせいで』

 

『清姫にはあとでしっかり言っておきます……』

 

 このまま隠すという案もあったが、嘉納のように頭の切れる人間が居るとは思ってもなかったキャスターは、これ以上隠すことはできないと自分たちの所でニコニコとしている確信犯を横目にため息をつく。

 

「……分かりました。全てお話ししよう。質問の回答に対してのみではあるが、構いませんね?」

 

「……ああ。質問した側はこっちなんだ。そこまで傲慢にはしねぇよ」

 

「ミス・幸原。貴方もそれでよろしいか」

 

「え、あ……はい……」

 

 すっかりと蚊帳の外だった幸原は、再び自分にも言葉が投げかけられてようやく我を取り戻す。それまで、嘉納に対して溜まっていた鬱憤や苛立ちは、二人の会話という駆け引きの中ですっかり消えてしまい、呆気に取られていたのだ。

 今まで気絶でもしていたかのように放心していたが、キャスターの言葉が自分に振られていると気づき、抜けた表情がレレイからの説明を聞いた後のように口を開ける。

 会話の空気が自分たちの方に戻って来たと感じて、政治家たちもせめて存在感を再認させようと野次を飛ばすが、彼らに発言の権利が与えられたわけではない。話の流れの通り、キャスターが真実を明かすだけであって、審議が再開されるわけではないのだ。

 

「ただし。私から一つ条件がある。これから私が話すこと、説明することは、この場にいる人間と傍聴、視聴している人間だけでそれ以外の人物、知人、マスコミには一切の他言無用を願いたい。一応、私が話すことはそれなりに重要かつ機密情報であるからな」

 

「……わかりました。こちらはあくまで質問をしている側です。この場にいる議員並びに警備員たちに対しての口止めは可能ですが、この審議を視聴している各国のトップの方々については、各国の判断を尊重します」

 

「……それであなた方がいいのなら、私は構わん。取りあえず、この場にいる全員については約束をしてくれるのだからな」

 

 逆にいえば他国からの干渉は十分にあり得ることで、日本からの干渉はないが向こうが律儀に約束を守らない限り、介入は起こると考えていい。敵を絞れたということと、足元から狙われることがないということだけは確認できたキャスターはひとまずは安堵し、介入への対策と対処はすべて蒼夜へと投げる。

 マスターである彼にも今回の責任は大なり小なりあるからだ。

 

(今後の介入については彼に任せるとして、どう初手をうつか……)

 

 なにを話すかは決まった。なにを語るべきかを決めた。

 なら、最初はどう切り出すか。会話ではそれが最も重要な点だ。

 話すべきことが二つと決まり、それをどの順番でどのように話すか。基本ではあるが、基本だからこそキャスターも慎重に進めなくてはならないと思考を巡らせる。

 

「―――では、質問に答えさせてもらおう」

 

 清姫はいわば嘘探知機だ。ならば、嘘をつかず(・・・・・)真実を語り(・・・・・)本音を隠す(・・・・・)。背後を取られている相手(嘉納)にはおそらくあまり効果がないのかもしれないが、目の前の議員や各国のトップたちを欺くことは容易だ。そもそも彼らの状況自体、この世界とは関係のない異世界での話なのだから。

 

「先ほど、嘉納議員が語った通り我々は今はまだ(・・・・)語れない(・・・・)理由で特地に赴き、そして行動していた。それは確かだ。密入国は、まぁ確かにしただろうな。が、それはあなたたちが思う密入国とは事情が大きく異なる」

 

「……と、いいますと?」

 

「まず。話を少しずらすが、私たちのことについてだ。最初に言っておくが、彼、蒼夜は間違いなく日本人だ。それは私も保証する」

 

「保証する、と言われましても、彼には戸籍がありません。国内で出生したのなら必ず国内のどこかに戸籍が記録されているはずです。

 その戸籍、記録がないというのに、保証できる根拠はなんですか?」

 

「あるさ。戸籍は。ただここにはない(・・・・・・)

 

「……ない? それは国外という意味ですか」

 

「……国内でも国外でもない。いや、厳密には国内だが……ここの国内ではない……いや、この世界ではないと言えばいいか」

 

「は……?」

 

 一体、なにを言っているんだと再び彼に対して冷たい目線を送る議員たち。当然の反応といえば当然だが、キャスターはなにもふざけてはいないし、馬鹿をしているわけではない。反応を見て、語るべき言葉を選び、キャスターは続ける。

 

「もう少し、この状況と現実を見れば考えたくもない、そもそも考え付かないような可能性が浮上するが、それは今の時代、誰だってすぐに信じろといえば無理な話だ。

 だが、在りもしないのに在る、という理由。この世界なら、容易にその夢想を現実にできる可能性、要素があるのではないか?」

 

「だから、一体どういう……」

 

「「門」。あれは本来交わることのない、世界同士を繋ぐという馬鹿げたことを実現する装置だ。それが今、銀座に現れて帝国による奇襲攻撃を受けた。そのせいで多くの死人が出たとともに、更なる被害を防いだという英雄が現れた……」

 

 その言葉に伊丹は苦虫を噛み潰したような顔になるが、内心ではキャスターが一体なにを言いたいのかをいち早く察した。

 

「わからないか? 「門」という非科学的かつ非現実的なことを実現する要素、つまり装置はそこにある。なら、その「門」の力で不可抗力が生じたとしても不思議ではあるまい」

 

「それはまるで、彼が異世界から来たかのような……」

 

 そう考えれば合点がいくのではないか?

 キャスターの小さな笑みに、幸原も察したようで「まさか」という表情になる。確かに蒼夜が異世界から来た、ということが事実であれば彼の戸籍がないことや入国の記録がないことには説明がつく。なにせ、同じ日本人とはいえ別世界から来た人間なのだ。

 だが、果たしてそれが真実なのか、そもそもあり得るのかという時点で既に考える間もなく否定する幸原の中では馬鹿げた言い訳、逃げ口上にも聞こえてくる。

 ……なのに。

 

(い、いえ……戸籍がないのも記録がないのも、彼が国内の、人が寄り付かないような場所や田舎だからで……)

 

 なら、彼のもつ一般知識はどう説明する?

 事前に行った蒼夜への質問、問題は模範的な正答率だった。つまり、彼は田舎であってもしっかりと一般知識を身に着け、社会に出ても問題はないような知識を持っている。

 それは一般的な知識を持つ人間に教わったからではないか。それなら、たとえ戸籍がないような場所でも彼が一般的な知識を持つことに理由はできるが。

 どうにもその考えが正しいとは思えない。信憑性でいえば残念だがキャスターの方がまだ上だった。

 

「そ、そんなことが現実にあり得るはずが……」

 

「現にこうして、異世界との繋がりは発生し、向こうからの襲撃を受けている。それがすべて嘘だと言いたいのか?」

 

「ッ……それは……」

 

 あの理解不明なできごとを忘れるなという方がむしろ無理な話だというのは、誰もが同じ。幸原も例外ではなかった。

 あの銀座での戦闘。一方的な殺戮や蹂躙、破壊活動。帝国にとっては戦争ともいえるあの出来事が嘘だったというのか。それは幸原にとっても嘘であってほしい、夢であってほしいと言えるような馬鹿馬鹿しくも偽ることのできない事件だった。

 だからなのだろうか。あの事件に関わるワード、「門」を出された瞬間に彼女のなかでその言葉の信憑性が高まってしまったのは。

 

「「門」、異世界……そんな空想の出来事を使って言われても言い逃れには―――」

 

「では、彼の戸籍がないこと、入国の記録がないのはなぜだ。仮に彼が国内の人間で、戸籍が取れない、ないような場所で育ったとして、誰がその知識を彼に授けた。そして、彼にそうさせることでなんの意味がある?」

 

 質問に質問で返されてしまい、思わず言葉が詰まってしまう幸原は、質問は自分たちがしているのではないかと指摘をしたかったが「門」の話を出された時から妙な信憑性を持ってしまい、頭の中で言い逃れへの追及と質問への答えに自分から勝手に追われてしまっていた。別に答える必要もないことのはずだが、すぐに返されることを知っているせいで変に考えてしまう。

 

「可能性としてはなくもないだろう? それに、この馬鹿げた言い訳(・・・)なら、話に合点がいくのはわかっているはずだ」

 

「ですが、それは都合のいい言い訳にしか聞こえません。「門」によって繋がっているのは特地のみ。いくら不可抗力とはいえ、そんな都合のいい話などあるはずがありません」

 

「なら。あなたは彼がどうして戸籍を持たず、入国の記録、形跡がないのか理由づけはできるのか?」

 

「無論です。彼の入国記録がないのは国内にいたから。戸籍がないのは彼個人の事情であると推察できます」

 

「ほう、確かに個人の事情であれば戸籍登録はしないもかもしれない。だが、それは同時に登録しないだけの疚しい理由があるということだ。でなければ、彼は偽名を使っているか、そもそも持っていないかだ。

 なら、それこそ「何故」という疑問に戻らないか。戸籍を持たないというのに、どうしてこうも堂々と公の場に姿を現しているのか」

 

「戸籍の在る無いは彼のプライバシーの問題ですからあえて踏み込みません。ですが、現に彼はここにいるのです。なら、戸籍がないにしても我が国の国民であることに変わりはないでしょ?」

 

「門」という要素が仮になければ、蒼夜がそうした理由でこの国の中で生きていたという理由と仮説の定義はできる。親、家庭の事情、特殊な環境によって偽名か、そもそも登録をしていないか。その理由については考えるだけ無駄であると判断したのか、彼女は堂々とその思考を捨て去っていた。

 しかし、結果として蒼夜はここにいるが、戸籍はない。「門」がなければ仮説は有力となるが、その仮説として「門」という要素を加えたキャスターの仮説。いや、真実があるのだ。

 

「かもしれないな。だが、戸籍というものはその国で生きていくため、そして国の国民として認められたという証明書だ。戸籍がないのであれば、そもそもあなた方の国民でもないはずだが?」

 

「それでも、親の存在や居場所が明らかであれば、自ずと彼の存在は明らかになります。こじつけもいい加減にしてもらいましょうか」

 

「こじつけ、か。果たして、どちらがこじつけなのだろうな」

 

 あくまで彼がこの世界、自分たちの国の人間であるという主張、考えを崩さない幸原に対して、キャスターは次の手を打つ。

 彼もここまでの平行線、反論は想定していたようで焦りはなく、淡々と次の手次の手を用意し組み立てていく。

 

「既存の現実のみでの仮説か、それとも非現実を混ぜた現実での仮説か。非現実を信じられない、受け入れられないというのは私も同意する。が、時として非現実的な出来事が現実となることもある」

 

「……では、あなたは未だに彼が異世界からの人間である、という主張を崩さないと」

 

「事実だからな。だが、確かにあなたのいう仮説も証拠さえあれば正しい。だから、私も「証拠」を出させてもらおう」

 

「証拠、ですか……?」

 

「そもそも、彼をこの世界の人間として考えられるのは、彼がこの国で通用する一般的な知識を持ち合わせていたからだ。

 だが、必ずしもそれがすべて正しいものではない。それは先ほど、そちらが行った簡易的な質問。その中で彼が回答したものの中で近しくも(・・・・)異なる回答(・・・・・)があったと思うが」

 

 最初に蒼夜に対して行った質問は、彼が日本人であるかどうかを知るために行った問題で、蒼夜はそれを殆ど考える間もなく答えていた。

 だが、その解答、答えには伊丹たちにとっては惜しいものであり、彼が答えたものに近しいものならば存在する、というのも幾つかあった。それを最初は彼の記憶違いだろうと考えもしなかったが、並行世界、この世界とは異なる世界であればそれが正しいことになる。

 

「並行世界である彼の日本での知識が必ずしもこちらと同一の言葉、意味、そして概念であるとは限らない。だからこそ、彼が自信満々げに答えた中にはそちらにとって笑い話になるような解答があったはずだ」

 

「確かにありはしましたが、それは彼の記憶違いではないのですか? 質問した問題の中には一般的に語彙の間違いが多いものもありました。なら、記憶違いであるという可能性も」

 

「にしてはその違いが大きすぎたと思うが?」

 

「うっ……」

 

 なまじ質問を投げた当人である幸原にとって、確かにそれは見過ごせない、すぐに忘れることのできない内容だ。彼への質問の中で大きく答えが違い、名称が異なるものがあった。

 しかも「それは「あれ」ではないか」と彼が自信げに答えた解答に対して自分も内心で笑っていたせいか、笑いの種、笑い話として頭の隅で残っていた。

 それでも、まだ信じられない、そんな馬鹿な話があるはずがないと論戦が続く。

 

「記憶違いというのは、大きく分けて二つだ。ひとつは、記憶として残っていない、ほとんど覚えていないことを自分の中で補塡、補正し「そうであったはずだ」と記憶すること。

 もうひとつは概要、概念、定義は正しく記憶していても、名称などの単語を正しく記憶していないこと。仮に内容が一致していたとしても、名称、意味を定義づけているものが異なっていれば、それは「違い」と言える」

 

「であれば、彼は後者のはずです。名前、名称を間違うのは人として当然のことです」

 

「名称の記憶違いは、覚えきっていない名称を脳内で補正し誤って記憶するということ。ならば名称に近しくも間違うというのがこの場合での「記憶違い」だ。だが彼の場合はそれが大きく異なっている。それはむしろ、「記憶違い」ではなく単なる「違い」だ」

 

 蒼夜の質問への回答は確かに自信ありげだったが、間違いはあった。本人はそれが正しいと思っていても幸原たちにとっては違っている名前、内容、答えは存在した。

 それが単なる記憶違いの程度であればよかったが、名称が異なったり事実が違っているものがあるせいで彼が本当に正しく記憶しているのか。本気で言っているのかと疑ってしまう。

 その疑心暗鬼がキャスターの可能性を信じてしまう要因になっている。

 

「「記憶」は視覚情報が認識したものを脳が記録することを指す。大抵、人間の記憶は特筆性がないものは抹消され、持続的に必要な情報だけを保持し続ける。だから、普段は必要のない情報。そもそも必要性のないものはすべて脳が判断して消去している。

 だが、それだけでなく最低限必要な情報、記録を正確に「記憶」できるかと言われれば無理な話だ。人間、時間が経過すれば記憶は摩耗し、詳細な部分から少しずつ脳が消去していく。残された情報が必要な時、人間はそれを様々な方法で補正し、修正する。

 その結果、記憶違いが生じることもあるが、記憶違いはあくまで元あったものを補正したものだ」

 

 それが決定的な言葉の意味の差で、記憶違いは「元ある物に対して」の相互であり、違いは「物が正しいか否か」。模範的な答えがあるが、記憶違いは具体的かつ絶対的。違いは具体的な答えはあるが、必ずしもその答えであるということにはなりにくい。

 

「それに、そもそもへと戻るが彼は戸籍上、存在しない人間だ。しかも家族、住所、経歴。そのすべてがどこの記録にも存在しない。存在しないのは誰かに消されたからか? それだけではないはずだ。

 彼という人間は今まで存在しなかった(・・・・・・・)。だが、彼は今、ここにいる。その理由は。本当に山奥の原始動物のようにひた隠しにされて育てられてきたとでも?」

 

 とはいうが、キャスター自身実際そうして育てられてきたという人間、いや魔術師を何人も目にしてきたことがある。

 魔術という神秘の一端、それを持つ人間である以上、現代社会から隔絶されなければならず、魔術師たちは文字通り奥地に潜んだり、現代社会に浸透しつつ魔術を秘匿している。

 とある封印指定の魔術師も、かつてはそうだったと言われている。

 

「……これでは埒があきません。いいでしょう、あなたの奇天烈な発言を前提として、あくまで百歩譲って、あなたの言う通り、彼がいうなれば「もう一つの世界」から来た人間だとします。では、あなたと、彼らが特地にやってきた目的は? 一体、何のために居たのですか?」

 

 敗北を認めず、むしろ平行線が続くと見た幸原は少しでも状況が進展してほしいと思ったのか、やむ得なく彼の話を前提とした次の質問へと切り替える。

 当然、まだ彼女だけでなく議員たちですら信じてはいないのであくまでも前提、仮説として負けを認めてやっているだけだ。もし、彼がボロを出せば、いつでも食らいつけるようにと。

 

「―――特異点。というのをご存じかな?」

 

 無論、キャスターもその気になれば平行線どころか負かすことはできるが、伏兵の多いこの状況と制約のある今では、思う様に立ち回れず難儀している。

 キャスターも本来の自分自身の能力がフルに発揮できないというもどかしさと窮屈さを感じていたが、それを素直に顔に出すほど彼の顔も晴れ晴れとしていない。

 

「我々は人類の未来を保障するため活動をしているが、その中で我々の進む未来に影響し、存続の危機に陥るような事態が稀に存在する。そういった事態は大抵、未来に影響することから現代、さらには過去に時間がさかのぼることも多い。

 自分たちの都合のいい結果に書き換えて、人類を滅亡の危機に瀕させる連中もいるかもしれんからな。そのせいで自分たちすら身を亡ぼす結果になってしまうと、気づく輩も少ない。

 そこで、我々はそういった場所、つまり未来に影響する時代、場所を特異点と認定し修正……具体的に言えば原因を取り除くことだな。そうすることで、未来を保障させている」

 

「分かりやすく言えば、未来に影響する原因をあなた達は取り除いている、と」

 

「そういうことだ。特異点は様々な理由で発生する。その原因を突き止め、修正することで、私たちは今まで人類の未来というのを保障してきた」

 

「……では、特地に赴いた理由というのは」

 

「その特異点。私たちの未来を脅かす原因がそこにあるからだ。私たちの未来に影響する、その根本たる原因がな」

 

 それが聖杯であるとはあえて言わず、取りあえず原因があるとだけ強調する。これは、特異点たらしめる原因が何か事件や、精神的なものであるのと思わせるためで、物質的な聖杯を話に出してしまえば、自衛隊を動かしてでも彼らは聖杯を手に入れようとするのがキャスターにも見え見えだった。

 特異点の原因はあくまで「何かが起こった(・・・・)」という精神的なものであると政府側に思わせることが狙いで、キャスター自身はその原因が聖杯という物質的なものであるとは言っていないので、情報量の少ない彼らは「自分たちが手に入れられないもの」「自分たちではできないもの」とミスリードしてしまい、それが物質であるという考えを自然と除外させる。

 清姫の反応が気になるところだが、彼自身は別に嘘はついていないので、特に問題はないと思っていたが

 

「嘘の気配……」

 

(駄目だ先生。清姫の嘘判定機能がエラーとオーバーヒート起こしてやがる)

 

 並べられた屁理屈と虚実、そして嘘や鎌掛けといった彼らの見えない戦いは、清姫にとって経験の少ないことで、しかもここまで難易度の高いものであれば狂戦士のクラスの影響で知能指数が低下した彼女の脳ではキャパシティーを優に超えてしまったようだ。

 おかげで彼女の眼をよく見ると虚ろな目がグルグルと回転しており、今にも許容越えで倒れてしまいそうになっていた。

 

(なんとかしろ。こちらは重要な所だ)

 

(はいはーい……)

 

 

「あまりにわかに信じられない話ですが……それがあなた達がここに来た理由だと?」

 

「信じる信じないの話はもうそれ以前の事だ。今は目の前の出来事がすべて真実だということだ」

 

(こちらが一歩引いたというのに、その態度は何よ……)

 

「少なくとも、その原因が特地にあるということはこちらも掴んでいる。が、その原因の証拠となるものはまだ見つかっていない」

 

「そのための調査で、あなた方は行動していた。そして、自衛隊と遭遇した、ということですか」

 

「そう言うことになる」

 

 具体的な場所や位置、どこにどうやってあるかなど、未だわからないことは多いが、少なくとも聖杯が特地にあるというのは、彼らも確信を持っていた。なにせ、カルデアでは特異点の反応があれば、過去であろうと観測することができるので、そのレイシフトの行先が日本ではなく特地であったことも加えると、向こう側に聖杯があるという可能性が極めて高い。

 特異点そのものは発生させるために膨大な魔力などのエネルギーが必要であり、それを容易に発生、確保するためには聖杯はうってつけの存在だ。

 特異点=聖杯ではないのだが、特異点を発生させるためのリソースとして、聖杯ほど適したものはない。

 

「……特異点と言いましたが、それは私たちの世界と特地が繋がったことが原因なのですか」

 

「いや。確かに、こちらの世界と向こうの世界が繋がるというのは本来あり得ないことであり、我々も過去に例を見たこともない。しかし、特異点の発生というのは大雑把に言えば世界の危機のようなもの。ざっくりとした例なら宇宙人が地球に攻めて来て、地球が滅ぶ、といった感じだ」

 

 事実、冗談なしに自分たちの地球人類が滅びかけているのだが、と知っている蒼夜たちにとって笑えない物の例えで、失笑するしかない。

 宇宙人ではなく、滅ぼそうとしているのは過去の偉人で、地球どころか歴史すら焼却しようとしているのだ。宇宙人の方がまだマシだと思える自分たちがいて、そう思えてしまうほどのことを経験しているせいか、自分たちの中では感覚が鈍ってしまっているように感じてしまう。

 

「なら、仮にその特異点というのが実在したのなら、我々の国に何等かの影響が及ぼされるのではないですか?」

 

「可能性としては無くもないだろう。だが、実際特異点となった原因がどれだけの規模で、どれだけの影響を及ぼすのかは我々にもわからない」

 

「分からない、というのはどういう意味ですか。あなた方は今までそうした特異点を解決しているかのような口ぶりですが」

 

「……特異点といっても、規模にも大小さまざまなものがある。ごく小規模のものが人類史に影響するパターンもあればそれが大きい場合もある。仮に小さければ、こちらへの被害はないと考えてもらって結構だ。だが、特異点の規模は毎回違っている。必ず安全であるという保障はない」

 

 各特異点の規模は基本的に大規模なものが多かったが、例外も無論存在する。羅生門やオガワハイム、さらに第一、第四特異点も規模的に言えば小さな特異点だ。

 逆に第二特異点はローマ帝国一帯。第三特異点もオケアノスと呼ばれた大海原。そして第五特異点は現在のアメリカそのもの。このように、特異点と言ってもキャスターの言う通り、規模の広さ、大きさ、危険度は毎度によって異なっている。なので、絶対に日本にも影響がない、とは言い切れず、逆に影響があるという絶対もない。

 

「現時点はまだ調査も進んでおらず、具体的な情報が一切ない。故に特異点である特地に何が起こっているのか。これから何が起こるのか。その予想規模は残念ながらここで言うことはできない」

 

「では、仮にこちらにも被害が出た場合、あなた方は責任を取らないと。言うわけですか?」

 

「ああ。我々と貴国との関係は稀薄だからな。自衛隊との協力関係を結んだとはいえ、我々はそちらになんの恩義もない。正直、知った話でもないのだ」

 

「……仮にも、仲間の一人の生まれ故郷だというのに、ですか?」

 

「それはどうかな。第一、さっき散々根掘り葉掘りしたではないか。彼の出自と戸籍についてを」

 

 直ぐに口をつぐみ、苦悶の色を示す幸原の顔。延々進まない平行線だったからこそ、こうして妥協して話を進めているのだ。自分からわざわざまたループに戻るような真似は彼女ももうしたくはない。

 キャスターとしては別にどちらでもいいのだが、恐らく彼らの屁理屈で永遠と続きそうな気がするので、彼自身も望みはしない。

 

「それに、逆に言えば彼以外の我々にとってこの国がどうなろうが、どうしようが勝手だ。なにせ、私はこの国の人間ですらないのだからな」

 

 挑発的に話を進めているのは、戦略のためと思いたいが、どこか本音を言っているように感じてしまう蒼夜は後ろ姿に白い目線を向ける。

 キャスターは元々かなり日本嫌いらしく、過去の出来事から日本人も好きか嫌いかで言えば即答で「嫌い」と答えるほどだ。彼が過去にそれほどまでの事を経験したのかと、その過酷さを想像させる。しかし、それに反して彼の趣味が日本製のゲームという謎のものだ。

 が、それを加えても彼の過去の経験と記憶から、日本嫌いが治ったり、プラスマイナスゼロになったりはしないようだ。

 

「別世界の国、ましてや自分の祖国でも生まれ故郷でもないんだ。責任がどうのと言われて、我々に責任を押し付けようとしても、関係のないモノの責任など知ったことではない。それでも押し付けるというのは、単に責任転換したい相手がほしいだけじゃないのか?」

 

 責任というのは誰だって嫌なものだ。だからその責任、面倒ごとを押し付けたいがためにキャスターたちにも連帯責任があると意識させようとしていたが、当然ながら彼にとってこの国には何の縁もない。縁もゆかりもないところの責任をばか真面目に請け負うほど、彼もお人よしではない。

 蒼夜以外にも日本出身のサーヴァントは居るが、彼らの場合はこの世界の人間でもないので、同じく関係のない話だ。ならば、自分たちに関係のないこの世界の責任を押し付けられても迷惑でしかない。

 

「それは違います。我々は立場上、あなた方を保護している側です。なら保護している側としてあなた達の責任をどれだけこちらで引き受けられるか、そうでないかを―――」

 

「とはいうが、後ろのメンツはその気はないと見えるが?」

 

「ッ……!」

 

 思わず振り向くと、自分のことと言われずとも気づいた議員たちが体をビクつかせ、目線を逸らした。何も言わずとも目を逸らしたということは、言うまでもなくキャスターの言葉に当てはまったということだ。

 

「それに。我々は別に特異点の原因を修正できるのであれば、正直どちらについてもいい。自衛隊、ひいては日本についているのは戦力、政治的にそちらの方が上だからだ。

 政府が我々を利用したり、捕らえることをしたりするのであれば、もしくは自衛隊との間で結んだ協力関係の条件。それを破ったのであれば、こちらはいつでもそちらの保護下から離れてもいい。別に、行先がないわけではないのだからな」

 

 この場合、政府の人間からすればその行先は帝国となるが、キャスターの言葉は帝国そのものを指しているわけではない。帝国の中にある町、イタリカに彼らは秘密裏に拠点を確保していて、しかもその町を実質的に統治しているピニャの下。帝国の講和派、穏健派の陣営に彼らは匿ってもらえばいいのだ。交渉の材料、カードがないわけでもなし、カルデアに滞在している一騎当千のサーヴァントたちの戦力は自衛隊よりも勝っているのだ、それをチラつかせて、尚且つ交渉できるのであれば、帝国は対等な立場に立てる。無論、その場合は主戦派が息を吹き返すハメになるが、その時はその時と蒼夜は若干楽観的に考えていた。

 

「ここに我々がいる理由。その一番の意味は、我々がそちら側の言葉を話しているということだ。別に先の三人と違って我々が特地の人間のサンプル(・・・・)として呼ばれたわけではないのだからな。それにプラスαとして、生身で炎龍と戦ったという戦闘力。

 そちらからすれば、自衛隊が逃げ腰だったと思っている(・・・・・)炎龍相手に生身で善戦し、しかも撃退したんだ。帝国に渡れば、もしかすればこちらに対しての危険因子になったかもしれない。あの場では隊長である(伊丹)がただ者ではないというだけで我々を拘束したが、それなら抑え込める戦力があり首脳部の壊滅がない特地に置いておけばよかったはずだ。だがその危険因子である我々をわざわざここに呼んだ」

 

 となれば答えは一つだ。危険な因子であるからこそ、確かに自分たちの下には置いておきたくないが、仮にも敵国の領地が近い場所なのだ。その気になれば敵国に逃げることもでき、キャスターの言う通り日本には義理立てする理由もないので、帝国につくこともできる。

 何より、保護した者たちは自分たちと同じ言葉を介する者たちなのだから、説得交渉をしてこちら側に着けさせればいい。敵国にこれほどの戦力を渡すのであれば、こちらでリスクを犯してでもこちらに呼んで交渉させることもできるのだ。

 

「我々カルデアという不確定要素、それを自分たちの下に置くことができれば、リスクはあるが戦力として組み込むことができる。帝国との軍事的な差は圧倒的だが、非科学的かつあなた方の言う常識では計り知れない要素が満ち満ちた世界だ。何が切っ掛けで軍事力、力のバランスが崩れるかわからない。それにこちらの言葉がわかる相手だ。うまくいけばこちらに引き込める可能性がある。そして、必要がなくなれば特地で消すなりなんなりすればいい。国内でやればことだが、敵国の、ましてやインフラのない場所だ。死体遺棄なぞ、容易なことだろうに」

 

 自分たちの言葉がわかるのだから、少なくとも自分たちの世界の人間であると決めつけていた議員たち。だからこそ、話は分かるだろうし必然としてこちら側だと思っていた。自分たちと同じ言葉を使い、同じ考えを持つ、同じ文明を生きる人間。であれば、考えも必然としてこちらに近しいはずだと。無意識のうちにそう決めつけてしまっていた。

 だが、だからと言って必ず自分たちの側に立つかと言われれば、彼ら議員たちにとっては国家権力という盾をしているだけ(・・)で目立った根拠はほぼ無いに等しい。

 小国とはいえ、世界に名を連ねる国家なのだ。その力は十分わかっているハズ、と決めつけているが、残念ながら彼らにとっては国家という力は大きく下に位置していた。

 

「……随分と自分たちのことを過大評価しているようですが、こちらにとってあなた方はハッキリと言えば犯罪者と何ら変わりはありません。あなた達は異世界から来たと言いますが、世間ではまだこちら側の人間となっているのですよ。確かにあなた達の目的、そして組織機能は国際的に考えても重要なものです。が、だからと言ってそれが戦力として大きく左右されるわけでもなく、それ以前に私たちは戦力というものを望んでいません。あなた達を保護し、ここに連れてきたのはあなた方の立場をはっきりとさせるためです」

 

「ほう……では、炎龍撃退はまぐれ(・・・)だと?」

 

「ええ。生体上、どんな生物であっても眼が弱点であるというのは当然のことです。自衛隊もそれを気づいていたと聞きますし、あなた方が後から介入したのであれば、それはいわば弱点を自衛隊の戦いを見て知ったからではないですか?」

 

「………。」

 

 実際は逆で、先にカルデアの面々が戦闘をしていたところを今度は自衛隊が相手になっていたというのだが、それを話していなかったせいか、自分事のように自分たちが先だと言い張っている。

 当然、彼らの前に更にテュカの居た村のエルフたちが戦い、そしてダメージを与え弱点を見つけたのだが、これもまた話していないことだ。

 

「……なら、彼が目撃したカルデアの関係者たちの身体能力はそちらにとっては平均的だと。なら、貴国の人間は随分と勇ましいのだな。まるで紀元前の人間だ」

 

 話題も流れも、いいころ合いと見たキャスターはこの審議の終わりが見えてきたと、一人勝手に考えていた。

 そろそろお膳立てもできたところで、次のカードを切る時か。と、キャスター、否、諸葛孔明ことエルメロイⅡ世は、今見せられる最後の一枚である自分たちの正体についてを語る。

 

「そんな原始人的なものではありません。貴方がたは特地の特異点調査のために訪れた者たち。そして帝国と何らかの関係を持っているというだけ。自衛能力は多少あるようですが、結局炎龍を撃退したのは自衛隊、こちら側です」

 

「……自分事のように言うな。さっきまで、その自衛隊を悉くけなしていたというのに」

 

「それは……」

 

 結果だけを頼っているからだ、と言いたい孔明は鋭い一言を突き付ける。ついさっきの第一審議で自衛隊に対して批判していたというのにと、余程今の話題に意識が向けられているのだと見ていた。自分にとって都合のいい物が果たしてずっと都合がいいモノかと言われればそうと限らない。

 イラつき(・・・・)始めていた(・・・・・)彼の頭の中では、さっきまで他愛にもなかったことを、少しずつ子どもが相手を負かしたかのように優越感を持ち始める。

 どうやら、彼にとって戦力の過大評価という言葉に憤りを感じたらしい。

 

「ま、それは身内の話だ。勝手にしてもらって結構。だがな。一つだけ間違いを訂正してもらおう。我々の戦力というものが―――」

 

 自分が過小評価されることについては反論しないが、彼にとってはどうしても全員、その中でたった一人だけは、そんな評価をされてはならないと、頭に血が上っていた。

 彼だけは、絶対にあってはあってはならない。その言葉だけは、と。

 その刹那。背から聞こえてきた重くハリのある声に思わず動きを止めた。

 

 

「坊主。その話、まだ続けるのか?」

 

「………ッ!」

 

 まるで大騒音の中をたった一言、聞こえるか否かの音量で制したかの如く。重く、そして威圧感と存在感を持った一言が重々しくもはっきりと放たれた。

 その声は今の今まで発されることのなかった声で、この会場に来てから彼は一度も言葉を発しなかった。それまでの言葉がすべて自分の言葉ではなかったかのように、放たれた声ことが彼の正真正銘の声であると示すように、今まで静寂を保っていた者たちを揺り起こした。

 蒼き槍兵は、関係はないと睡魔に捕らわれていた意思を呼び戻し。

 赤き弓兵は静観していたが小さく息をつく。

 白き姫は必死になっていた意識の糸が緩められた。

 

「そろそろ、この問答も飽きてきた(・・・・・)。ここまで進まぬのであれば、こちらから終わらせるしかあるまいて」

 

 眠りについていた者たちを起こし、今まで感じたことのない荒々しくも研ぎ澄まされた、砂漠の風のような声が会場を吹き抜ける。

 まだほんの二言、三言程度しか喋っていないにも関わらず、彼の下された命に従い誰もが一斉に沈黙してしまう。

 

「……ようやく動き出したか」

 

 静観を決め込んでいたアーチャーが響く声に対してポツリとつぶやく。彼がいつかは動くことはわかっていたが、そのタイミングは彼ですら予想することができず向こう次第だったので、それが今やっと場が動き出したのを実感していた。

 

「国の治める者たちの場と聞いて、少しは期待していたが……ま、この程度(・・・・)なのは仕方あるまいて。なんせ、ここの連中には揃って覇気というものがないからな」

 

「お前……」

 

「交代だ。坊主。ここからは……いや、幕引きは任せてもらおうか」

 

 まるで大山の如く、今まで動くことのなかった赤い大男こと、征服王。今まで政治家たちを見定めていた彼の評価はかなり辛辣で、この一言に眉を寄せる者も多く居た。しかし、今までのように彼に対して野次を飛ばす、という行為をする者は誰一人としていなく。皆揃って口を噤み、腹の底の本音を喉の辺りでせき止めていた。

 ライダーが政治家たちの主であり、何もしゃべるな、と命じられたかのように。視線を向けられていないにも関わらず、無言の圧ではなく無視の圧が彼らを抑えていたのだ。

 

「ライダー……いや……」

 

「つまらぬ問答かと思えたが、そこそこに楽しめた。この時代にもまだ威勢のいいのが居るからな」

 

「ッ……だがな」

 

「先生っ」

 

 孔明が何か言いたげにライダーの方へと振り向くが、既に自分に目を合わせていた蒼夜が何も言わずに制する。

 ―――言いたいことはわかっている。だが、ここは。

 せめてこれだけは言いたい、と頭に来ていたところを彼に呼び止められたせいで、頭の中は怒りと冷静さが複雑に混ざり合い、混沌とした状況になっていた。冷静な怒り、とでも言うのだろうか。目の前の男への侮辱を許さない彼にとって、それだけはどうしても言いたかった事であり、自分の名前以上に訂正してほしいと願うことだった。

 が。その願いの人物、彼が尊敬する人物が「自分に任せてくれ」と言っているのだ。これを嫌だと答えるのは、果たして傲慢か、それとも優しさか

 

「……………。わかった」

 

「……ありがとう、先生」

 

 本音は嫌だ、と言いたかったが。椅子に座りながらこちらに目を向ける王の眼差しに、彼は自分の意地が傲慢であると取られていることを知り、その場は彼の意思もあって引き下がることにした。

 

「ただし、ヘマやトラブルは起こすなよ。ただでさえ、お前はトラブルメーカーなんだ」

 

「分かっておるわい。なに……こやつらに戦士、というものを教えるだけよ」

 

 その一言が出た直後、彼の周りから放たれる覇気、いやオーラというべきか。纏う気配というものが一瞬にして強くなり、今までがほんの小手調べだったかのように王者はゆっくりと立ち上がった。

 赤い大山、その体格にふさわしい威厳と威圧感を持った男。あふれだす覇気は常に感じていた者たち以外を圧倒し、灼熱の風が室内に漂っているのかと疑ってしまうほど、体中から冷や汗が流れ出てくる。まだ何も、自分たちに対し喋っていないにも関わらず、既に政治家たちは口を開くどころか息を飲んで、彼の姿を凝視することしかできない。

 王の姿を見よ。誰かがそう言ったかのように。彼らは目の前にいる、本物の王に目が離せなかった。

 

「俺がついてる。ヤバイ時はフォローするし、説明しなきゃいけないところもあるから」

 

 その王の傍をついていくように蒼夜が立ち上がり、小声で孔明に告げる。トラブルメーカーであるライダーがこうして前に出てくるのだ。何がきっかけで本能のままにロクでもないことを言うかわからないので、補足や彼が説明できない、というよりもしないことを代わりに説明するためにマスターである彼がついていくことになる。

 その有様はまるで王の側近で、王であるライダーの雰囲気、覇気をより強く醸し出す一因となった。

 

「……たく。お前ときたら……」

 

「すまんな、坊主。だが」

 

 しかしその瞬間だけ。二人の間は他の誰にも、ましてやマスターである彼さえ入ることのできない空間を作り出していた。

 いや、自然と二人の距離が近くなり、互いに語り合う時にのみ、二人だけの世界というものが作り出される。無論それは比喩でも卑猥でもない。純粋に二人の間に言葉では到底語り切れぬ「何か」があったということ。それがやがて彼らの中にごく自然のものとして形成された。その証拠に、蒼夜にはその時の孔明の顔がどこか幼くも純粋な眼差しに見えた。それが自分ではなく彼が尊敬する王に対してのものだというのも、眼差しの先にある姿を予想できるほどに。鮮やかな瞳は確かに彼への敬意を表していた。

 

「ここからは、余の出番というやつよ」

 

 政治家のスーツ彩る重い(・・)空間の中を一人熱砂の如く呆気かけらと吹き飛ばす風があった。如何なる視線も、いかなる圧力も、まるで梃子や重石の如く動くことすらもない。だが決して干渉することもなく、ただ何人も寄せ付けることのできなかった風。それは熱砂に鍛えられ、渦巻く風は現代の都市に吹く陰険な薄い風とは違う。現れたからには存在感を示し、相対したからには決して退くことも無し。初めから「退く」ということを考えない、あるのはただ進むことのみ。

 

 

「で。坊主、ここでいいのか」

 

「うん。俺とか先生がやってたみたいに、ここで」

 

「ほう……改めて見ると小さいのぉ。こんな小さい台で民に聞かせるとは……」

 

「いや、現代にはマイクっつー便利な物があってですね……いやもう話すの面倒だからあえてもう突っ込まないけど……」

 

 ライダーの目で言えば、確かに小さいものだろう。それも見た目だけではない。台という借り物、それもこんな小さなものの上で、国のトップに立つ者たちが毎日小さなことをしつこく。誰もが気にすることを責任転換のたらい回しを繰り返しているのだ。彼の目からすれば、この台はその意味も含めてあまりに小さなものでしかない。

 台という借り物を使うことでしか話せられない者たち、それを台がなくとも腹から出した声一つで民衆を、臣下たちを夢見させ、忠義を誓わせた彼にとっては必要ないものだ。

 

「ま、どこであろうとこやつ等に聞かせるには関係ないからな。とっとと初めて、終わらせるか」

 

 長々と続いた審議に嫌気がさしていたのだろうか。普段と変わらない、ケロッとした顔のライダーだが、その様子は傍にいる彼でもわかるほど機嫌斜めだった。感情表現がわかりやすい彼のことなので、この嫌そうな顔をしてからそう時間は経っていないと考えて、どうやら彼がこの顔になったのはカルデアについて色々と聞かれていた時だろうと蒼夜は推測する。

 

 

「さーて。どこまで話していたかの。お前らの子飼い(・・・)の連中……自衛隊と言ったか。連中が我らよりも強い、という事だったか」

 

 仁王立ち。まさにこの言葉にふさわしく、征服王は政治家たちの前に立ちはだかった。台に手を付けることもない、両足を肩幅まで広げ、腕は腰に。もう片方は後頭部辺りをぽりぽりと太い指で掻いている。そして、燃えるような赤い髪とほりの深い顔の中にある鋭い眼差しはゆっくりと開くと目の前にいる有象無象に向けられた。マイクすらもいらない。ただ野太くも通った声が確かに相対した彼らの耳にも聞こえていた。

 いや、聞き届けられていたというべきか。本物の王者である彼の言葉を一言一句聞き逃さないために、耳が自然と意識して向けていたのだ。

 

「………。」

 

 だからこそ、その姿と雰囲気だけでその場にいた議員たちは瞬く間に察した。この男は私たちとは根本的に次元が違う。腹の黒さや威圧感、プレッシャー?

 否。王者としての佇まい。そして覇気。砂塵舞う世界を駆け抜けた威風堂々たる男。それ

 は神代の存在であるからや、まして神話の人物だからではない。

 男がそう在るべく(・・・・・・)して生まれたから(・・・・・・・・)。王となって生き抜いたから。彼が生涯をかけて作り上げた己、そして人生という己が生の結晶体。だからこそ、ライダーが、征服王イスカンダルが放つ覇気は相手を屈するだけにあるものではない。彼の臣下となったエルメロイⅡ世がそうであるように。誰もが彼に魅了される。その意志を征服されるのだ。

 

 

「―――で。それに対して我らは漁夫の利を得て、手柄を横取りしたと。そうでなくとも、お前さんたちは我らが弱い。自衛隊のおかげで勝てただけだろうと……簡単に言えばそういいたいのだろう」

 

 小難しい話というより面倒ごとを抜きにして何が言いたいのか、つまりはどういう意味なのか。それだけを知り、知らせたいがためライダーは端的に話の要点を纏めた。これ以上政治家たちの延々と長ったらしい話は彼も飽きてきたので、早い目にこの審議にケリをつけたかったのだろう。

 今までの小言、疑問点。向こう側が聞きたいことであり、問題提起していたことを彼は気にすることもなく「取りあえずこういうことだろ?」とまとめてしまったのだ。幸原たちにとっては唐突に現れてはつまりこういうことだろ、と勝手に話を進める彼の横暴は目に余ることだが、ライダーの放つオーラにしばらく気圧されてしまっていたことで、反応が出遅れてしまっていた。

 

「え……あ……」

 

「ふむ。ま、確かにそうだわな。連中は強い。なんせ己よりも何十倍もでかく、そして強大な竜に対し正面からやり合い、尚且つ手傷を負わせた。圧倒的という力の差、体格の差があったあの場であ奴らは臆することもなく立ち向かい、そして勝利した。それは余も称賛に価すると思っておる」

 

 それはつまり、自衛隊の功績を認めるということ。そして自分たちが漁夫の利を得て炎龍を撃退したのではないか。

 一人独演会のように語っているライダーの言葉に幸原の頭の中では既に言葉ができているが、それを今すぐに出そう、ということができない。ライダーの言葉を一言一句逃すこともなく聞き取り、それはつまりと頭の中は正常に回り、話題についていって反論意見をくみ上げていた。だが、その言葉をいざ口にしようとした瞬間。彼女の中で「それを今、口にしていいのか」という疑問が唐突に浮上してしまい、まるで口が塞がれてしまったかのように言葉が喉の奥から出ようとはしない。あと一歩、もう少しというところで、言葉は完全にせき止められてしまう。

 

「が、話からするに自衛隊が強いということは他の連中が弱いという事に結びつくわけでもあるまい。あくまで撃退の一因が奴らの攻撃であったというだけで、それがヤツを一撃で屠ったわけでも、ましてやこちらが何もせずに横取りをしたという理由にはならんだろう」

 

「そ……それはそうですが、事実、自衛隊が撃退したという報告をこちらでは受けています。そしてその時の状況証拠と証言も既に確認済みです。ならば、彼らがドラゴンを撃退した、その事実は何の変わりもないはずです!」

 

「……だから。坊主の話を聞いておったか。それはあくまで結果での話だ。一から十まで自衛隊が戦っていたというわけではなかろう。でなければ、我らの横槍という事実自体が無に帰してしまう。それではお前さんらが()評価していた自衛隊の話がまるっきり嘘になってしまうぞ?」

 

 と、ライダーの言葉にまたも言葉を詰まらせ、それは、と小声でつぶやいて沈黙してしまう。

 一体彼らは自衛隊のことが好きなのか嫌いなのかと、ライダーはどっちつかずな彼女たちの解答にイラついていたが一定の理解は持っていた。いつの時代にもそういう考えを持つ人間がいる。だからこそ、なのだと。

 政治家、特に国の運営をする人間というのは、ああいった自分の利益になるものは何でも利用する輩がいる。特に軍略の面で活躍できず、対人間での駆け引きが得意な人間であれば、自分のため、仕える君主のためであれば

 

「それは、そうなりますが……ですが、だからといってあなた方が自衛隊よりも強いという保障も確証もありません! イタリカで多少は戦闘行為をしたと言いますが、それは対人戦。自衛隊が苦労して撃退したドラゴンをあなた方が倒せると―――」

 

「できると言えばどうする?」

 

「………は?」

 

 意気揚々とようやく自分たちのペースを取り戻せた幸原の言葉を、さも当然の如く割って入り、またも彼女の言葉を途切れさせる。

 

「貴様らは我らがあの炎龍を倒せないのではないかと言っているのだろ? なら、我らがもし炎龍を倒せたらどうする。いや、そもそも倒せる力を持っているのではないか、という可能性をお前さんらは考えてないのか?」

 

 何言ってんだお前、と目を丸くして呆気にとられる議員たち。対しているライダーは目が細く座りはじめている様子から、もう話に飽き始めていたのが見てわかるほどだ。

 どうやら自衛隊の力量を基準として、しかも自衛隊の戦闘能力しか知らない彼らにとって自然とカルデアのサーヴァントたちを下に見ていたようだ。

 

「そんな可能性とは……まさか、あなた達がドラゴンを倒せると? 確かに身体能力はおありだと聞いていますが、そんな漫画のヒーローでもない限りは……」

 

「なるほどな。つまりその「ひーろー」とやらであれば、「征服王」たる余やここにいる強者たちよりも強い、ということか」

 

 

「……おい、今アイツ……」

 

 もう長引かせる意味もない。当てつけのように強引に幕引きへと持っていくライダーの口から語られた自身の異名。その言葉に真っ先に反応したのは、彼に心酔する孔明に食らいついた嘉納だった。

 

「征服王……征服だって?」

 

 伊丹も遅まきでその言葉を聞いて耳を疑った。今まで豪胆なだけの王だと思っていたが、なぜか、その言葉を聞いた瞬間に彼の姿に揺らぎを覚え、一瞬にしてその見方が変わってしまう。

 征服という言葉、その言葉を口にした彼の姿はどうしてかその言葉が似合っており、その言葉が彼の為にあるように思えてしまう。その言葉の為に彼が居て、彼がその言葉の為に居る。

 それもその筈だろう。征服王。それこそがライダー

 

「人理を賭けた我ら人類の戦い。未来という不可視の世界を守るためには、当然相応の力というものが必要だ。が、見た通りこの坊主は正直戦士としてはからっきしでな。代わりに肝の据わった精神と、何事にも屈しない根気を持っておる。それは余も買っておるわい。

 だからこそその精神に、何事にも屈せず、恐れをも受け止めるこの男の姿にかの英雄たちは参列へと加わる。余もその一人だ。

 人類の未来、そのための特異点への旅路。それは想像に余る宿命よ。だからこそ、その旅を征するため我らの世界ではある秘術が使われる。

 

 英霊召喚。我らサーヴァントの使役よ。

 

 過去に名を刻み、人類史に偉業として称えられた者たち。その英霊たちを召喚し、自らの使い魔、サーヴァントとして共に戦う。

 これぞ、我らの正体であり、その一人がこの征服王イスカンダルである」

 

 王者の一人、神代の砂漠を勇者たちとともに駆け抜けた男。ライダーことイスカンダルは名を隠すこともなく公然と真名を曝け出した。かつて、彼のマスターであり共に聖杯戦争を駆けた孔明は、脳裏にその時のことを無意識に思い返していたが、あの時とは状況がまるで違う。この場は聖杯戦争でもなければ、戦いの場ですらない。いや、そもそも政治的な面では戦いの場なのだろうが、彼のように剣を振るい、馬を駆けた武人たちの戦場ではない。

 それでも、イスカンダルにとってはここは戦場であることに変わりはない。彼もまた王であることから政治面にも一定の明るさは持ち合わせていた。

 

(……ま、それを抜きにしてもアイツはああするだろうがな)

 

 元マスターであり現臣下の孔明は流れるようにアッサリと自分の名前を名乗ったライダーの姿に表情は呆れつつも内心はまんざらでもないと言った様子で、彼の口上をもう少し眺めていたかったが、自分の役割は別であるとすぐに政治家たちの方へと視線を向ける。

 孔明の予想では恐らくあのあっけからんとした名乗りに一瞬は驚き、思考停止するのだろうが、すぐに思考再開すると凝り固まった頭で「そんなことはあり得ない」と真っ向から否定して笑い飛ばすハズだ。

 なにせ姿は「らしい」としても伝説上の英雄の名前を語って男は現れたのだ。服装、雰囲気などは確かにそれを納得させるだけの要因にもなるが、だからといって伝説上の人間の名前を出し、あまつさえ自分は同一人物だ、と言い張ったのだ。

 今までのおっかなびっくりと特地の特性を抜いても、伝説上しかも何千年と昔の人間がこうも堂々と生きていて目の前に立っているのだ。それを素直に受け入れろと言われてすぐに受け入れられる人間はそういないだろう。

 

「は……?」

 

「えっ……?」

 

「………。」

 

 座っている議員たちの様子は多様だが、共通しているのはライダーの名乗りに呆気に取られていること。そして、恐らく英霊召喚のことも聞いて脳が一時的にフリーズしている状態で、誰もが彼の名に驚愕を隠せていなかった。

 だがすぐに整理した脳が結論として一笑を選択してくるだろう。なにせ、それだけ確信めいたものがなければ意味のないビッグネームだ。しかも、現実的でしかない政治家の考えからすれば、あざ笑うのも無理はない。

 

(……ん?)

 

 だが、三十秒といったところで笑い声の一つでもあがっていいではないか、と思っていた孔明の予想とは違い、イスカンダルの名乗りの直後にわずかに驚愕を隠せないという声以外は声が一言も出てくる様子がない。

 まるで時が止まったかのように会場は沈黙しており、議員たちは本当に時が静止したのかと思えるほどの硬直だった。目の前でライダーの目を明かされた幸原は口を開けたまま棒立ちしており、後ろで今まで呑気にしていた議員たちも眼を見開いたり口を開けたりして動こうとしない。一応、ライダーの後ろに居た伊丹は開けた口を静かに閉ざしていき、冷静になりつつあったがどうやら未だ戸惑いを隠せないらしい。

 

「は……ははは……」

 

 現実というより非科学的な特地の特性を受け入れる気になれない議員たちの考えのおかげなのか、後ろの席に座っていた議員たちの中からまばらだが小さな声が絞り出され始める。未だ信じられない、混乱しているということでの音量なのだろう、おぼつかないその笑い声は現実逃避そのものだった。

 

「い、いやそんなことが……」

 

 それが段々と前に居た議員たちも同じように声を絞りだし、面食らって彼の言葉に驚愕していた幸原も小声で彼の言葉を必死に否定する。

 

「だってイスカンダルってアレでしょ、神話の人物であって……そう、そうよ、きっと名前が同じというだけであって―――」

 

「いや、そのイスカンダルで相違ないと思うぞ? なんなら、余の死因とか死ぬ前に何をしていたか答えてやろうか?」

 

「そ、そんな事を言ったってそんなあり得ない話があるはずないでしょう! イスカンダルと言えば神話の人間、それがここにこうしていること自体あり得ないことで」

 

 そう。あり得ないことだ。それは少し前の蒼夜自身もそうだった。最初に冬木の地に降り立ち、キャスターのクーフーリンと出会い、その後牛若丸やレオニダス、そして清姫たちと出会い、やがて孔明、そしてイスカンダルやリリィとも出会えた。

 彼らが歴史の偉人である、時代に名を遺した者たちであるという実感を改めてかんじられたのは皮肉にもそういう反応をした冬木の時だ。

 

「ええ。あり得ないでしょうね。けど、実際にそうすることができる事、そうする方法をカルデアは知っている」

 

 より厳密に言えば魔術師たちでも知っていること。広く、当たりまえのように広がっているが実際にしようとしても、彼らサーヴァントを呼び出すにはそれなりの苦労もいる。

 が、極端な話、その苦労さえ乗り越えればあとは召喚するのは簡単な話なのだ。

 

「彼がイスカンダル本人であるというのは俺が保証します。そして、その証拠としてかいつまんでではありますが、彼らがどうやって現れたのか、そのやり方もお教えします」

 

「は!? そ、そんな馬鹿げた話を信じられると―――」

 

「別に信じようが信じまいが関係ありません。俺はただ事実を話すだけ。それを信じる信じないはすべてあなた方の自由です。嫌なら信じなければいい、別にいいのなら別に信じようと信じまいと勝手ですから」

 

 冷たい言い方で意見を一蹴する蒼夜だが、事実彼は議員たちに対して信じてくれとは懇願もしていない。ただ在ること、真実を包み隠さずに話すと言っているだけであって、それが嘆願であるわけでもない。そして、これからも彼が議員たちの前でそうすることはない。

 

「先輩……もしかして怒ってます?」

 

「単に我慢の限界なんだろう。見ろ、表情筋のところがひくついている」

 

 と、他人事のように傍観するマシュと孔明。だが彼らも巻き込まれるかわからないので、その時が来てもいいようにと構えている。なにせライダーの行為は一度声高く叫ぶと、それは瞬く間に演説にもなってしまうのだ。途中で自分たちの名前を上げられ、巻き込まれると考えてまず間違いはない。

 

「英霊たちの召喚。それは極端な話、皆さんが思う召喚のやり方で間違いはないと思います。英霊ことサーヴァントたちの縁の品、いわゆる触媒を用意して召喚するための陣を書いて準備は完了。あとは召喚の為の呪文を唱えれば英霊は召喚されます」

 

 イスカンダルが動いたというだけで、会場の空気は一変した。孔明が現代人であったからか、よくある政治家たちのねちっこい議論の場でしかなかった会場と審議は彼に変わったとたんにその陰険さをかなぐり捨てられてしまう。

 彼にとって、そんないちいちしつこい政治的な追及や質問、執念というのは生前から縁のなかったことであり、彼も絶対に好むことはない。彼の表現で言うなら、いわば湿地帯を好むか砂漠を好むかで当然ながらイスカンダルは後者を選ぶだろう。

 

「英霊というのはかいつまんで言えば使い魔。人の姿をした従者です。ですから、マスターである俺が彼らに魔力を提供することでその存在を保持しているし、だからこそ必然的にマスターにサーヴァントは基本(・・)従います。マスターが死ねば、魔力の供給が断たれる。そうなれば自分たちは魔力が切れて消えてしまう、というわけです」

 

「まるでよくあるファンタジーものですね、そんなことで信じられると……」

 

「じゃ、少し生々しい話を。触媒を使って召喚しますけど、実はこれってかなり博打打ちなんですよ」

 

「サーヴァントの召喚は触媒と召喚に必要な陣があれば問題はない。だが、問題は触媒によって誰が召喚されるかだ。我らサーヴァントは触媒の縁によって召喚されるが、触媒の縁は様々だ。必ずしも「この英霊が召喚される」という保障はない」

 

 空っ風のようにシンプルな雰囲気、いやシンプルな内容でありながらその奥には深い「何か」がある。それがライダーの言葉であり、彼の性格そのものと言っていい。

 王の矜恃という言葉だけでは到底片付けられないもの、時の人たちによる教示と出会い。人との出会いによって人が形成されるのであれば、砂漠の大海とそこに生きる人々との出会いが彼の根本を作り上げたと言っても過言ではないだろう。

 

「余に縁のある触媒を使ったとしても、必ず余が召喚されるわけではないからな。もしかすれば余の軍師が召喚されるやもしれぬし、はたまた影武者が召喚されるやもしれん。ま、時の運というやつだな」

 

「最初から強い英霊を召喚できるなら、誰も苦労はしません。そういう意味では、召喚された英霊たちはそれだけの実力と名があるということにもなります」

 

 故に、彼の前では陰湿だった空気はどこ吹く風と飛び去って行き、乾いた風が湿り気を乾かしていく。現代の政治家たちの腹黒いだけの空気を吹き飛ばし、すべてを曝け出せと言わんばかりに砂塵の嵐となって。

 ぬめりのある水は乾かされ、湿気ていた空気は水はけよくなっていく。議員らの中にあるその水を、空気を、曝け出しては防いでしまう。

 

「そんな話をしたからと言って、それを信じられるとお思いですか……!?」

 

「無理だろうな。なんせ貴様らの頭は余から見ても破滅的に硬い。目の前の現実を自分の納得するようでしか納得できんからな。そんなのが国の、民の上に立っているというのだから、この国の民も大変だなぁ……」

 

「ッ……また……」

 

 また小馬鹿にされた言い方をされてしまい、しかもやれやれとジェスチャーをしながら呆れられているのだから、いくら体勢を立て直したとはいえ幸原にとっては傷を抉られているのと同じだ。ロゥリィに馬鹿にされ孔明にあしらわれた彼女の精神はもはやボロボロで、怒りの沸点がかなり下げられてしまっている。ようやく落ち着きを取り戻した矢先にこの態度と対応なのだ。

 

「……て。普通に信じられる話ではないというのは俺も承知しています。非現実的ですもんね?」

 

「ッ……大人をからかって……しかもその大の大人までもが子どもみたいに……」

 

「嘘だと思っても結構です。だから、最後には俺の勝手をさせてもらいます」

 

「まさか、今後ろに居る人たちも歴史人物の名前、とか言わないでくださいね?」

 

「……大正解です」

 

 普通なら口を噤み若干気圧されるところなのだろうが、蒼夜はそこを当てられてしまったと残念そうな笑みを浮かべて返答した。

 

「………は?」

 

「んじゃ順に先生から」

 

 そう。まさかと言って普通なら浅慮な自分の考えを見抜かれてしまい、何も言えなくなるというのがこの場での常識だろう。実際、幸原も脳裏には彼がぐうの音も言えず別の言い訳か何かをして時間を稼ぐと見ていた。

 だが、蒼夜の返事はそのまさか。肯定し、あくまでそれを前提にした話を展開してきたのだ。

 

「―――諸葛亮孔明」

 

「えっ!?」

 

 一人目、キャスターこと孔明が深いため息をつき眼鏡を動かす。

 

「あ、私は英霊ではないので違いますが、私の隣にいるのは……」

 

「清姫と申します」

 

 未だ混乱気味だが、マシュに紹介されるように一礼する清姫。

 

「おーい、ランサー?」

 

「聞いてたよ。ランサー、クーフーリンだ」

 

「ケルト神話の英雄だ……!」

 

 イスカンダル共々爆睡していたと思っていたが、どうやら目を瞑っていただけのランサー。これにはゲームで知ったのか伊丹も反応する。

 

「……ジャック・チャーチル」

 

「……どちらさん?」

 

 ※ジャック・チャーチル

 第二次大戦中(・・・・・・)に実在した人物。

 繰り返し言うが、大戦時に居た人である。わからない人はググるべし。

 

 と、真名ではない別の名前を明かすアーチャー。

 彼が真名ではないのは著名人物ではないということもあるが、それ以上に彼の経歴は一言では語り切れぬものということで、蒼夜が事前に調べてその名を名乗るように頼んでいた。無論、このことは清姫にも伝わっているのであとで制裁を加えられることになっているのだが、この場を切り抜けられるのならと制裁を受けることを覚悟している。

 なお、彼の語ったジャック・チャーチルは大戦時に実在した人物で彼の祖国でない限りはマイナーな部類と言える。

 

「そ、そんな著名者を並べれば納得できるとでも思ってるのですか! いくら名前を有名人にしたからと言ってそれを納得できるなどと……」

 

「当然だな。なにせ目の前には死んだ歴史上の人間がいるんだ。それを信じろと言われてすぐに信じられるほど現実味を帯びた話ではない」

 

 そんなことは百も承知、孔明も議員たちの心情を理解してないわけではないと、彼らの言い分に同意する。だが、目の前にいるのは正真正銘の英霊たちで、蒼夜自身それを偽るつもりは欠片もない。同時に歴史上の英雄であれば炎龍との戦いにおける立ち振る舞いも強引だが納得のいく話になる。伝説上の英雄、であれば多少一般常識を逸脱していても「伝説の人物だから」というこじつけで納得してしまう。

 

「では、特地で見せた彼らの身体能力。あれは嘘だったという気か?」

 

「あなた方がドラゴンとの戦いに介入したという事実は覆せないでしょう。ですが、身体能力については誤認だったという可能性も捨てきれないと思いますが?」

 

「真人間が十数メートル飛んで、攻撃をよけてをすると思っているのか」

 

「いいえ。ですが、現場の状態から見てまともに認識できたとは思えません。事態が事態であったために、そう見えて(・・・・・)しまった(・・・・)のではないか、と考えられませんか?」

 

「……つまり何か、俺は弱いってか」

 

 もはや審議ではなく一種の議論の場となった中で孔明と幸原の討論にランサーが目を細める。

 そろそろ言い訳も苦しいところだが、逆に幸原の態度は余裕さを取り戻している。いい加減なこじつけの理由をしているというのに、それが逆に冷静さを取り戻す要因となっているのだ。これには孔明もため息をつくしかなかったが、同じくこの議論を終わりにしたい蒼夜も半ば破れかぶれな気持ちで返す。

 

「じゃあ、一体なにをすれば彼らが本物の英雄たちであると信じてもらえますか」

 

「そもそも、その話自体が間違いです。貴方はそのこと自体をさも当然のように話していますが、歴史上の英雄、著名人たちがそんなありもしない魔法で生き返るわけがないでしょう。貴方の言葉は根本から間違っていますし、私たちの話を全く聞いていませんッ!」

 

「どっちが聞いてないんだか……」

 

「というか坊主。さっきの名乗りで二人ほど名乗ってないぞ」

 

「え。あ……そういえばリリィと……」

 

 と。ここで何を思いついたのか、蒼夜はライダーに耳打ちをする。

 どうやら彼の言葉で何か浮かんだようで、ライダーも耳打ちを聞きながら勝手に議員たちを信じさせる方法をつぶやいていた。

 

「さて。なんなら余の戦車でも出すかの。頭の固い連中でもアレを視れば……」

 

「いやそんなことはしなくてもいいっていうか戦車なんぞ出すなッ!」

 

 むしろそんなことをしなくてもいい。

 不敵な笑みを浮かべて余裕げな様子の蒼夜は、サーヴァントたちの席、その中で端に居た、まだ名乗っていない二人のサーヴァントの内、カチコチのまま必死に目を開けているリリィに声をかける。

 

「リリィ。大丈夫?」

 

「へっ……あ、は、はい! だ、だだだ大丈夫でです!」

 

「声が震えてるよ……」

 

 孔明たちの討論についていくのに必死で頭が追い付いていなかったのだろう、と申し訳なさそうな声の返事に苦笑いをする蒼夜。

 だが、むしろそれでいいのかもしれない、彼女の頭が追い付いていないのなら、名乗っても(・・・・・)状況把握が遅れるだけなのだから。

 

「まぁ……ともかく、後は二人だけ(・・・・)だから、早く自己紹介ね」

 

「え。でも……いいんですか?」

 

「いいのいいの。それで、いいの」

 

 目の前にいるのが実在した英雄たち。それを信じられないという気持ちは当然のこと。だからこそ、信じられないと頑なに否定するのも結構だが、存在を否定してもその力は否定できない。ライダーの戦車(チャリオット)の召喚も、正直言えば蒼夜自身出してもいいとさえ思ったが、これ以上の事態の混乱は彼の望むことではない。

 では。この事態を収拾し、なおかつ一定の信用を得られる方法とは。

 頑固に否定するしかできない議員たちを信用させるには?

 その方法の一端として、リリィの存在は蒼夜にとっては絶好のサーヴァントと言えたのだ。

 

 セイバーリリィ。真名、アルトリア・ペンドラゴン。その幼き時のIFの姿。

 聖剣エクスカリバーを持つとされる騎士の王。

 その伝説は、この世界には存在しない(・・・・・)のだ。

 

 



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チャプター3-5 「現代停滞地『日本』 = 一難去って =」

すっっっっっっごいお久しぶりです。
Blazです。

えー長く更新どころか手に付けてなかったので設定の面でボケたり忘れてる部分がある可能性がなくもないどころかありありです。文章もかなりぐだぐたです。
つーわけで今回は短めにしてあります。ええ。
だってもう終わりたいし!

ってことで前置きはここまで。誤字脱字については例の如く。
それではお楽しみください……本当に遅れて申し訳ない……(汗


 

「―――にしても、まさか審議だけでここまでもたつく結果になるとはね……」

 

 地下鉄のホームに立っていた蒼夜は何の気もなく、ふと唐突に話を切り出す。今しがた終えた議事堂での審議、それを思い返していたのだが、予想以上のもたつきと結果に彼は半分ほど失笑気味だった。

 

「ええ。議員の皆さんが英霊を認められないという気持ちはわからなくもありませんでしたけど……あれはむしろ現実逃避といいますか……」

 

「頑なに自分の型に相手をハメようとしている……か? ま、政治家というものは自分のペースに相手をいかに乗せるかが重要な連中だ。しかし今回、我々は向こうの斜め上を行く解答と事実を突きつけた」

 

 そのせいで半ば有耶無耶な形のまま審議が終わったというのだから、不完全燃焼でしかない蒼夜は未だに審議の時の緊張感のような感覚が残っていた。だが、既に審議は終わり、彼らはこうして別の場所に居る。締まらない終わり方だったというのはマシュも同じだったようで、同情半分、納得できないが半分といった心境で受け手だった政治家たちの様子を思い返していた。

 一方、マシュとは逆側に立つ孔明は平然としており、不満そうな顔は相変わらずだが、審議についてはもう割り切っているという顔をしている。

 

「ペースをつかむというのは、基本的に自分がそのペースを知っているからこそできることだ。だが、そのペースが自分の知らない、わからないのであれば掴むことは至難の業であり、多くの時間を要してしまう」

 

「その結果が……まぁ今回の審議だよな」

 

「ライダーさんが独特……と言うべきなんでしょうか、相手が掴みにくい「自分のペース」を既に作り上げていたからですかね」

 

「それもある。だが、ライダーの場合はペースを大きな箱やコンテナのようにして置いたからと言うのが正しい。あいつの場合やることなすこと、体格もろもろがデカすぎる」

 

 妙にその瞬間だけ嬉しそうにしていた孔明はほくそ笑むが、その笑みも冷たい洞窟のようなホームの中では風と共に去ってしまう。

 葉巻が吸えないことに憂鬱さを感じていた孔明は小さなため息をつくと周囲の様子を窺う。

 冷たい冬の季節の風だけでなく、無機物のコンクリートに覆われた空間。ホームには温度調整の為の空調設備が置かれているが、さして外界との気温は変わらない。稼働していなのかと思えてしまうが、実際この季節であれば誰もが厚着の服装になるので、その分の費用を削減しているのだろう。

 生身である蒼夜、疑似サーヴァントであるため英霊とは異なる肉体である孔明、そしてデミ・サーヴァントであるマシュの三人にとって、最初こそは問題ないと思っていた冬の寒さも夜になるにつれて下がっていく気温には耐えられなくなっていた。なので、伊丹たちと(・・・・・)別れる直前に(・・・・・・)蒼夜は自分とマシュの二人分のコートを彼から借り受けていた。

 

「フォウッ」

 

「ふふっ……フォウさんもコートのフード部分が気に入ったようですね」

 

「………。」

 

「……先輩?」

 

「そういえばフォウ、何時の間に居たんだ?」

 

「……フォウ?」

 

 何を言ってるんだ、と言いたげな顔をして首をかしげるフォウ。そういえば今の今まで姿を見てなかったな、と当たり前のように顔を出している白い生物の姿にマシュと孔明も思わず目を丸くする。

 

「そういえば……」

 

「今まで見ていなかったな。カルデアの方に残っているのかと思っていた」

 

「私もです……フォウさん、何時の間に?」

 

「………。」

 

 今更気づいた二人に対して、呆れているのか。もう一度「何言ってんだ」という目を向けているが、それはこういった生物とのふれあいが数える程度しかない孔明であってもわかるような目だった。

 まさに失望したと言わんばかりの目をしていたのを見て、孔明はフォウが恐らくは最初から居たと察する。何らかの理由ではぐれてしまったのだろう。とは言っても、そのはぐれた理由も蒼夜たちカルデアの面々の行動を考えれば一つしかない。

 

「……わかった。我々が申し訳なかった。君は我々が察せないことに失望するほどのトラブルを潜り抜けてようやくたどり着いたのだろ?」

 

「フォウッ」

 

 小さな胸を張り、そうだ、と言わんばかりの表情をするフォウ。孔明も偶にマシュや蒼夜がフォウと触れ合っている時に思えたことだが、どうにもこの生物は他の生物に比べて表情豊かだ。まるで小さな体の中に人でも入っているかのように顔はコロコロと変化していた。

 

「ってことは、議事堂での審議の時もいたってことか?」

 

「フォウ?」

 

 と言うだけで、元気に返事はしていない。どちらかと言えばどういう意味なのか、と尋ね返しているように、蒼夜の目を見ていたので、フォウはどうやら議事堂の中には入れなかったらしい。

 最も。フォウという生物が人間しかいない議事堂の中に居れば、少なからずトラブルになっていただろう。それがなかったということは、つまりフォウは入れなかったということだ。

 

「まぁ、あの場にいたよりかはマシか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ―――その瞬間。蒼夜の脳裏にどっと笑う声が響いた。

 誰もが笑い、そしておかしいといい指をさすという光景。一種の可能性と言ってもいい。ともかく、彼の頭の中に浮かんだその光景は笑い声に反して決していい感情をもてる未来ではなかった。

 なにせ笑い声は目の前の面白おかしいことに笑っているのではなく、こいつは何を言っているのか、と馬鹿にしている時に出す声と仕草だからだ。見下し、蔑み、過小評価し、そして自身の常識で一蹴するだけのあざ笑い。その笑い声を聞いていい気分になれるのは、相手が自分の罠にはまっていたりする時ぐらいだ。

 が、彼の脳裏に浮かぶ彼の表情はそんな策士のような顔ではない。ありきたりな恥辱に歯を噛みしめる苦痛の表情だ。

 

 

(正直、リリィを出すこと自体、俺にとっては賭けそのものだ。下手をすれば本当に俺はただの精神異常者としてこの世界では永遠にみられることとなる。馬鹿なことを言った、精神異常の犯罪者。そんなところだろうな。……でも)

 

 ……でも。もしかすれば、それが逆転のカードになるかもしれない。

 それを考えるだけでも、幾分か痛みはやわらぎ、逆に興奮を感じていた。

 呼ばれたリリィが近づいてくる姿に、段々と心臓が締め付けられる感覚が強くなっていく蒼夜の表情はサーヴァントたちから見てもやせ我慢をしているようにして見えていない。マシュですら彼の表情を見破りあまりの辛さで平静を崩している。

 しかし、その当人の中で渦巻く興奮と恐怖の感情を知る人物は、果たして彼のパーティの中でも何人いるだろうか。

 

「……一か八か。当たれば君は……本当に勝利の王だ」

 

「ほえ?」

 

「え、ああいや。ゴメン、リリィ。なんでもないよ」

 

 ぽつりと呟いた独り言を聞かれていた蒼夜は慌てて台の前から引き下がり、発言者を自身とライダーからリリィに移す。後ろから傍聴していたので、どこでどうするかわかっていた彼女は、未だこわばった顔で台の前に立つ。その様子は蒼夜も同情を隠せないほどに緊張している顔で、恐らく彼女の心臓は今にも破裂しそうなほど苛烈に動いているに違いない。

 しかし、それでも彼女には語ってもらわなければいけない。リリィの緊張を少しでもほぐそうと隣に立ち、自分も未だ緊張が解けない顔で笑みを作る。

 

「大丈夫。俺も正直、怖かったからさ」

 

「………。」

 

 慣れはしてきたが、未だに緊張が解けないのは彼の本音だ。人生あるか無いかの場なのだ、それに慣れているのはその場に居られる人間だけ。その空気こそ、この場にいる政治家たちのアドバンテージだった。政治家と一般人とは次元の異なる世界に居ると見られている。その意識と感じたことのない空気、関わることなどなかったと思っていたはずが、関わることとなってしまった時の戸惑い。これだけの要因があるのだから、審議も容易にかつ計画的、予想範囲内で済むだろうと思っていた……

 その矢先にこれだ。蒼夜たちだけでなく、目の前で座っている政治家たちでさえライダーを中心にしたサーヴァントたちの行動に予想できずにいた。なにせ歴史上の人間、その人たちが実際に現れるなどオカルトやファンタジーでしかありえない話だ。しかし、実際に目の前にそう名乗る者たちがいる。そう納得できる理由がある。

 もはや彼らでさえも流れに身を任せる他、選択肢はなかった。

 

 

「そういや、あの二人は名乗ってなかったな……」

 

「ええ。しかも女の子の方は……スーツですね。誰かに見立ててもらったのでしょうか?」

 

「まぁ俺はあの子よりも控えてる()様が気になるんですがね」

 

 混乱しつつあるこの中で、今度はなにをするのかと若干楽しげな様子で嘉納がリリィたちへと目を向ける。入ってきてからカチコチになっていたセイバーリリィことアルトリアは審議の前に大体こんな感じだと蒼夜から説明を受けている。しかしその後ろには今まで一言も発することもなく静観を決め込んでいた人物が一人。

 バスの時にピニャが見かけた紫の髪の剣士だ。彼は今も眼を瞑りながら蒼夜やライダーたちの後方、マシュたちの中間に立ち、黙り込んでいる。未だ何も言わない、名乗りすらしてない彼の姿に嘉納と総理はまさかな、と揃って思っていた。

 

「嘉納さん、仮に彼……天宮君の話が本当だとすれば、あの二人も英雄であるということなんですよね?」

 

「でしょうな。一貫性がないのは寄せ集めか、話の通りなのか。問題はあの二人が彼にとってどんな勝負札なのかです」

 

「……このタイミングで出してくるということは、この話題に納得をいかせるため……でしょうかね」

 

「もしくは、それに近しい理由を提示するか。ですねぇ、この場合」

 

 こじれにこじれて事態に収拾がつかなくなっている。これは蒼夜たちだけでなく政治家たちにとっても不都合なことにかわりはない。

 

私たち(政治家)には納得したくないと言い張る人間は多いですからね」

 

「総理はどっちで?」

 

「……信じざるえないでしょう。恐らく、彼らも」

 

 総理もこの馬鹿馬鹿しい審議をさっさと終わらせたいという気はあった。その前、第一審議でさえも見事に特地の面々によって引っ掻き回されたのだ。自分のペースというのがこれほどまで崩され、滅茶苦茶にされたのであれば、もはや妥協して諦めるほかない。それほどまでに自分たち政治家というのはペースを崩されること、奪われることに関して弱い生き物なのだ、と痛感したのだが、その後のこの面々が斜め上のことをするのだから、彼の容量だけでなくストレスですらも許容量を超え始めていた。真面目でいるのも阿保らしい、早く終わってくれないかと、さながら授業が面倒な生徒の顔となっていた。

 

「並行世界という考え、いえ理論は元からこの世界にもあるのです。私たちはただそれが実現できない、非科学的な出来事であると認識しているだけで、彼らにとっては科学的に、常識として受け取れることなのでしょうね」

 

「でなきゃあんなことを堂々と言って平気な顔してるわけもありませんからね」

 

「常識と現実、特地の参考人たちとの差もこれなのでしょうね」

 

「でしょうな。幸原ももう少し、その辺の聞き分けも良ければいいんですが……」

 

「……嘉納さん。やけに楽しそうですね」

 

 心なしか楽しげに見えていた嘉納の表情が、そろそろ隠せないものになってきていた。本位も総理として真面目な顔を保っているが、確かにどんな偉人が目の前にいるのか、他にどんな者がいるのかという気はあった。しかし、彼のように子どもが楽しみにしている、という気分にはなれない。年齢というよりもこの場でのストレスによってその気力すら失せていたのだ。

 

「ま、正直なところ半信半疑をごまかしてるだけですよ。でもね、あの男が孔明だと言った瞬間、違和感はありましたが納得はしましたよ。

 三国志に登場する天才軍師、それがまさかここに居ると言われてすぐに納得できる人間はそうは居ない。なんせ何千年って昔の人間ですからね。でも、そういう歴史的偉人だからこそ醸す雰囲気ってやつなんですかね。他の人間が出すものとは違うものを持っている。それは見るだけじゃなく、感じることができる」

 

 それは総理こと本位にも理解できたことで、横目でイスカンダルの姿を視界に収める。日本でも天皇が国外ではこの国の王として見られていたが、誰もが想像する「王」というものにはやや離れていた。しかし彼の場合は、その言葉がすっぽりと治まる雰囲気、いで立ち、そして振る舞いをしていた。王冠はなくとも、灼熱のようなマントを纏い、熱砂で焼かれた肌とほり(・・)の深い顔。ただ立っているだけだというのに、その存在感は大きく、彼という存在がどれだけ視界から離れようと、見え無くなろうとも肌で感じられる。仁王の姿が栄えるとはこの事だろう。

 

「どれだけいい加減なことを言われても、今の俺たちが信じられるわけがないことでも、なぜか彼の言葉を信じてしまう。いわゆるカリスマってやつなんですかね」

 

「カリスマ、ですか」

 

 そう。この場である種の主導権を取っているのは、他でもないイスカンダルだ。彼の存在、その言葉から発する力が会場の議員たちを黙らせ、自分らの言葉を信じさせている。しかも、その地位は不動たるもので、どんな揺さぶりも彼の前ではそよ風になってしまう。これを変えるには恐らく彼ほどのカリスマ、オーラを持つ人間か、彼自身が何かしら失敗しなければ隙は生まれない。

 前者はこの場にいる議員たちの中には、残念ながらそんな魔物のようなオーラを持つ人間は居ないのであきらめざるえない。だが後者、彼かもしくは蒼夜が何かしら失敗をすれば、それはそれでイスカンダルのカリスマによって作られた空気を打破する切っ掛けになるのではないか。どちらにしても、蒼夜と彼が連れてきた二人のサーヴァント。この二人が審議の決着に大きく関係していることは間違いない……のだが

 

 

「えっと……初めまして。セイバーのサーヴァントをしています、アルトリア・ペンドラゴンと申します」

 

 例えるなら水が流れていくかの如く。風が小さく吹き抜けていくかのように、セイバーは前に立ち、緊張した顔で自分の名前、真名を明かした。事前に蒼夜からどうすればいいかを聞いていたので、後はそれに沿って彼女も名乗り質問に答えるだけだった。スーツの姿をした金髪碧眼の少女という漫画に出てきそうな彼女の姿、そして麗しさは佇まいも相まって誰もが思わずかしこまってしまう。おまけに容姿も整っているので、その顔を見た脂肪分しかない議員たちは鼻の下を伸ばす。

 ただ一人。同性である幸原を除いて、だが。

 

「………は?」

 

 同性ということだからか、多少彼女の若さと可愛さに物を言わせるような仕草に苛立って眉を寄せていたが、その苛立ちに随伴して彼女の脳にある情報が現れる。それは彼女にとっての常識であり、その言葉を聞いた瞬間に浮かび上がった疑問だった。

 

「アルト……アーサー王?」

 

 目の前に現れた少女、セイバーが名乗った真名はまごうこと無き彼女の名だ。

 彼女の真名であれば思い当たるのは当然、あの(・・)アーサー王伝説に登場するブリテンの騎士王「アーサー(・・・・)・ペンドラゴン」だろう。

 そう。あのアーサー王伝説。そう思った瞬間

 

「……ふっ」

 

 真剣な顔が緩やかに崩れ、噴き出した顔になる。今はまだ我慢をこらえているが、それが本来なら彼女が大声で笑いあげるものだというのは誰もが見て明らかだ。なので、絶賛混乱中の清姫と静観しているイスカンダルを除けば、男たちは揃って不快な表情を見せていた。

 

「………?」

 

 一方で、当の本人ことリリィは目の前で笑おうとしている幸原の様子を理解することができなかったのか頭の上に疑問符を浮かべている。

 彼女にとってはただ普通に名を名乗っただけ。それも本来なら言うべきではない真名を自ら名乗ったのだ。本来の聖杯戦争であれば死活問題であり、マスターからの小言や罵倒、暴言は免れないこと。

 しかしそんなことを知るはずのない彼女は、その名を聞いて数秒考えた瞬間、思わず笑いだしてしまった。

 

「あの……私、何かしてしまいましたか?」

 

「気にするな。彼女が自爆しただけだ」

 

 何か間違えたのかとオロオロと後ろに控えている蒼夜と孔明、そしてイスカンダルの顔を窺うが心配するなと笑みを返す蒼夜に孔明も連なって言う。そして、すぐに孔明の目は彼らカルデア勢の隣に座っている男、嘉納の方へと移り、彼が幸原の反応から察した様子でくつくつと笑っているのが見えていた。

 孔明の目線が動いたのは他の人間の反応を見るからと安堵したリリィだが、それでも自分は何を間違えてしまったのかと頭を動かし、再び正面へと向き直る。

 

 

「そう……そうですか。貴方があの有名なアーサー王で」

 

「……? そうですけど……」

 

 どうかしたのか、と急に笑いこらえている姿にイマイチ状況を把握できないリリィは何度か後ろと前方を行き来し蒼夜たちの様子を窺い、指示を求めた。しかし蒼夜の顔は大丈夫、という安堵させるための笑みで小さく首を縦に振った。

 ただ彼らも笑っている理由を審議に来る前に知っていたので、やや苦笑い気味ではあったが。

 

「……すみませんが、もう一度彼に替わっていただけますか」

 

「あ、はい……」

 

 あくまで質問、疑問などを突きつけるのはメンバーのリーダーと思われる蒼夜だけでいい。孔明であれば無限ループになり、イスカンダルでは彼の独壇場。ならばリリィ本人に質問すればとなるが、彼女の様子から先のテュカの二の舞になると予想したのだろう。故に一番突きやすく、やりやすい人間である蒼夜であればまだ幾分か自分たちにも場の流れを取り戻すチャンスがあるはずと見て、微笑から小さな怒気を纏った声色に変える。

 

「……ふざけているつもりではありませんよね?」

 

「いいえ。彼女は正真正銘の騎士王です……未来の、が頭に付くのですが」

 

「あくまで自分たちの意見を突き通す、と。ですが今の証言だけは私も信じることはできません」

 

 ―――だろうな。

 と孔明も椅子に腰かけたまま呟く。恐らくこの会議室にいる人間の大半が考えていることで、それは蒼夜にとっては常識であっても伊丹たちの世界では常識の話ではない。

 

「彼女の名前が、ですか」

 

「はい。今までのことを鑑みて、百歩譲って貴方の言う通り、後ろに立つ御仁が大王であるとしましょう。ですが、貴方であってもこれは常識ではないのですか?」

 

「………。」

 

「なら、あえて言わせていただきます。知っての通り、アーサー王伝説は架空の物語。つまり、アーサー王ならびにその伝説に登場する人物はこの世には存在しません」

 

「……でしょうね」

 

 それでも平静を崩さない蒼夜に、幸原の言葉は止まらない。

 

「今までは全て、架空の可能性があると言えど実在の可能性をも持つ偉人たちの名前を列挙してきました。清姫伝説の方は……まぁ、調べてませんが。ですが、これだけは確かな事。貴方は大王だけでは決定打にならないと思って適当な名前を出したようですが……どうやら、一般知識が乏しいようですね」

 

 遠まわしに馬鹿呼ばわりしているようだが、蒼夜の脳裏にはある場面が蘇っていた。それは、この話題から少しさかのぼった自分のことについて。パラレルワールドのこと、異世界のことなどを受け入れることをせず、あくまで彼がこの国、この世界の人間であると言い張り、こじつけのような理由と仮説を並べた。確かに全てを話せなかった蒼夜も悪いが、それはそれで後々に面倒ごとが増えてしまうので、今でも仕方のないことと割り切っている。

 問題は恐らく彼女の脳裏にもこの話題のシーンが浮かんでいるだろうという彼の予想。つまりは忘れているだろう話題を引っ張りだして話を延長戦に持ち込み、こちらの腹と弱みを探ろうとしているということ。

 それくらいは今の彼にでも読み切れることだった。

 

「……俺と彼女が嘘をついていると言いたいんですか」

 

「はっ……」

 

「清姫さん、寝てて下さい」

 

 とようやく出てきた「嘘」のワードに反応した清姫をマシュが強引に耳をふさぐ。今の今まで行われていた言葉の戦いに清姫もついていけなくなったのだろう。こうなってしまえば、もはやその言葉だけで「嘘をついた」と判断してしまい暴走する可能性もある。だが二人とも嘘をついているわけではない。蒼夜も賭けであるからこそリリィの名前を明かし、彼女もその事を知らずにだが、自分の真名を名乗った。マシュの行動も、混乱している清姫が暴走することを見越しての対策だ。

 

「少なくとも、今までの話に真実があったとして。貴方が嘘をついてないという部分も確かにあります。しかし、今までの話を思い返してみても理由や証拠が不十分であり、貴方がはぐらかしたり、いい加減なことを言ったところもあります。

 そして今の彼女の名前。偉人が居たとしても、架空の偉人を出したというのであればどこまでが本当のことなのか、と疑いを持ってしまいます」

 

「否定はしません。ですが、俺も彼女も本当のことを言ったまでです」

 

「……あなたは彼女がアーサー王であると言い張るのですか」

 

 攻めに徹している幸原の眉も次第に寄せられていく。その後ろの議員たちも眉を顰めて、それは流石にどうだろうか、と難色を示していた。蒼夜にとっては本当のことを話しているが、内容と事実が食い違っているこの状況では議員たちの反応もおかしくない。

 蒼夜にとって、そしてカルデアのある世界にとってセイバー、アルトリアは確かに実在する。それは歴史的にも証拠がある事実だ。

 しかし対して伊丹たちのいるこの世界では逆にアーサー王伝説は存在するが、あくまで架空の伝説であるというだけ。実在した歴史ではないのだ。

 

「貴方でもアーサー王の物語は知っているはずです。伝説は存在しても、実在はしていない。そもそも、アーサー王は伝説では男性の筈です。そこにいるのはどう見ても女性でしょう」

 

「……ええ。彼女、アルトリアは女性ですよ」

 

 なのに、と思わず舌打ちをしてしまいそうになるが、まだ我慢できる範疇なので言葉を喉の奥に押しとどめる。しかし、内心彼女の本音は既に怒りの限界点に達しており、罵詈雑言の嵐を彼に浴びせていた。

 アーサー王は実在せず、物語もフィクションである。大人でなくても彼の歳であれば誰もが知っている常識的なことのはず。なのに、蒼夜はそれが間違いであると受け入れても訂正しようとしないどころか、謝罪や自分が間違えていたという自覚が微塵も感じられなかった。安っぽい自責も落ち込みもない、ただそうであるという事実を受け入れただけの顔は不快までは行かないが苛立ちを募らせるには十分だった。しかもわざわざ振り返り、名乗った彼女の顔を見てから答えるという様子は議員たちからすれば挑発されているのと同じだ。

 

「……あくまで彼女がアーサー王であることを突き通すつもりなんですね。ですが、そもそも伝説そのものがないのは事実。あなたがこうやって平然と虚言を言っているということは、貴方の今までの発言の信用を全て失うことになるんですよ」

 

「信用を失うかどうかはそちらの自由です。でも、俺も彼女も嘘をついていません。彼女は彼女。あなた達の言うアーサー王です」

 

「……平行線ですね。これでは貴方の発言がどこまでが本当でどこまでが嘘なのか、わからなくな―――」

 

 ―――ならないんだなぁ。

 と独り言のように二人の審議に、またも嘉納が割って入ってくる。わずかに俯いているがその表情はしかめた他の議員たちとは違い一人推理の答えを知った探偵、または視聴者のように笑みを作っていた。

 

「また入ってくる……嘉納議員、発言は挙手などでおねが―――」

 

「すぐ終わる。それに手も上げる」

 

 と事後報告をする嘉納は立ち上がることはせず、そのまま目を蒼夜に向けて話し出す。

 

「多少荒っぽいが、お前さんの言いたいことは大体理解した。

 本来、歴史的に存在するはずのない偉人。しかも伝説とはことなる性別をしている。こじつけをするにしてもまともな証拠がなけりゃ仮説にもならねぇ。だがお前さんはあくまでその意見を突き通した。それはなぜか。

 簡単なことだ。俺たちにとっては伝説がフィクションだが、坊主にとっては史実だからだ。だからこそ、あの時の無理があるパラレルワールドの話が繋がってくる」

 

 パラレルであれば歴史のどこかが違っていたり、異なっていてもおかしくない。自分たちの世界の歴史、史実や事実とはどこか異なっている何かがあって何かがない。それが平行世界の定義のひとつだ。

 蒼夜たちが平行世界の人間であるか否かを信じる信じないは後にするにしても、仮に嘉納の言う通り蒼夜の住んでいる平行世界では伝説が史実となっているならば、それが史実であると同時に嘘をついていないと言い張る根拠にはなる。

 問題はそれが本当なのか、ということだが残念ながら今の彼にはそれを証拠づけるものは持っていない。

 

「俺たちの世界では伝説は架空の物語だ。だけどパラレルでこれが通じるかって言われたらまぁ違うわな。伝説が本当にあったかもしれねぇし、逆にそもそも伝説すらないかもしれねぇ。ましてや今名乗った嬢ちゃんのように本当は王様が男装した女だったかもしれねぇ。

 俺たちにとっては常識のことが、他の世界では異常識になっちまうかもしれねぇ」

 

「ですが、まだ彼がそうと決まったわけが……」

 

「決めちまったじゃねぇか。百歩譲ってよ」

 

 幸原は思わずあっ、と抜けた声を出してしまう。

 さらりと返された言葉を聞いて記憶をたどると、嘉納の言う通り彼女は確かに蒼夜たちが「もう一つの世界」の人間であるというのを認めていた。この審議の序盤に彼らの荒唐無稽なあまりに曲げずにいたので、逆に彼女のほうが平行線に嫌気をさして仕方なくそれを前提にすると認めてしまっていた。他の話題、彼らの独壇場をどうにか自分たちのペースしようと必死でその事を忘れかけていた彼女は今更ながら自分の失言に気づく。

 既に百歩譲って彼が平行世界の人間であると認めてしまった以上、もう「蒼夜は平行世界の人間である」ということを前提にして話を進めなければいけない。

 

「それは……」

 

 無論、ここで幸原が否定しその根拠がないと言えば蒼夜も物的な証拠がないため言い返すこともできない。だが、蒼夜とイスカンダル、そして孔明がいる以上はローテーションをしてでも彼女たちの意見を返し、自分たちの意見を通すこともできる。なにより征服王のその存在感と威圧感。そして仁王の如き姿で静観している姿に「他に何かあるのではないか」と思わず考えてしまい、その一言を踏み出すことができなくなっていた。

 

(この場でその「百歩譲って」を否定してもいい。実際はブラフだから、言えば簡単にこちらを崩すことにもなる。だが、このあまりに大きな隙は逆に突くべきかを迷ってしまうのもまた事実だ。ライダーの存在もあるが、今までの独壇場と罠のような説明の杜撰さ。踏み込むのは容易でもその簡単さが逆に命取りになるかもしれない)

 

 例えば目の前に偽物の落とし穴の仕掛けがあるとする。実際はただそう見えるようにしたフェイクだが、用心深い人間や人に騙し騙されてを経験している人間であれば慎重になってしまう。穴が本物であっても、偽物であってもその可能性とこうなってしまうという未来を考えてしまうから。孔明の予想通り、否定しないのはそれが落とし穴ではないかと考えてしまい、そこからあることないことを混ぜた妄想に膨れ上がっているから。

 そして、自分とライダーの存在と今までのやり方で可能性という名の妄想はより大きく、無限に膨れ上がっていく。

 

(だがその前にこの場で手のひらを反すというのは、あまりにいい加減すぎる行為だ。今まで自分の突き通してきた主張だけじゃない、せっかく進んだ話をまた一からやり直すというのは誰もが納得できることではないのだからな。しかもまたあの話題に入ったのなら、今度は確実に無限ループになってしまう。そんなこと、この場にいる誰もが飽きたことで、もう二度とやりたくもないだろう)

 

 加えてもう一度そこまで話題を戻すということはまた意見の食い違いや平行線を行うということ。孔明は鬱憤がたまる程度なので大して気にはしないが、自分たちのペースを完全に崩された議員らにとっては不快感も割り増ししているので、これ以上続ける気力も自然と失せてくる。

 無かったことにすれば追及はできるが、それはそれで政治家としての顔をマイナスのものにしてしまう。政治家であれば誰だって市民に対する顔は可能な限り綺麗にしておかなければこの国ではやっていけないのだ。今の審議が国民に見られてないとはいえ、それは直接での話。間接的に他の政治家が漏らすことだってあり得る。

 

「詰み、だな」

 

 口ごもってしまった幸原の姿にアーチャーが呟く。まだいくらでも言い分を言うこともできるが、当然この場では逆効果でしかない。言うのはたやすくとも、既に悪あがきにしか聞こえないからだ。

 

「言ったことを取り下げるのは簡単なことだ。けどな、言った手前それを簡単に撤回するってことはそれだけ自分の言うことを直ぐ裏返すってことにもなる。それは政治家以前に人間としてアウトだ。それだけ自分の言うことは嘘ですって言っちまってるんだからな」

 

 しかし。それでも。やはり納得できない事は納得できない。

 

「………わかりました。ですが、せめて証拠だけは欲しいですね」

 

「証拠ですか?」

 

「ええ。貴方がそこまで頑なに伝説が実在するという事実。それを見せてもらわなければ私も首を縦に振ることはできません。画像、実物。なんでも構いません。証言以外であれば、貴方の言葉を実証できる……はずです」

 

 自分でも悪あがきというより意地を張っているだけだというのはわかっている。だがせめて信用できるものはないのか。でなければ何もなく、ただ言われただけのことを信用しろと言われても信用できない。

 ついに折れはしたものの、ならばせめて自分たちが折れるだけの”もの”はあるのか。という態度にまだ足掻くかと孔明も頭を抱える。

 だが同時に正論でもある。言葉だけを信用しろというのも難しい話。加えて蒼夜にはイスカンダルほどのカリスマというものは持ち合わせていない。つまり、言葉だけで信用させられないのであれば、物で信用させるしかない。

 

「この場にいる議員も、私もそろそろ確かなものが欲しいのです。ですから、それを提出してくだされば、私は貴方の言葉を一応は信用します」

 

「……証拠、ね」

 

 嘉納が再び黙り込み椅子に深く座り込むと、蒼夜は実物の証拠がないか考える。セイバーの聖剣カリバーンを出すという手もあるが、伊丹たちの世界では伝説が空想である以上実物を見せたところで彼らが信用するとは思えない。そもそも存在しない偉人、サーヴァントが居て、それを知らしめた時点でその手のことについてのインパクトは大きく減少しているのだ。

 

「足掻くなぁ、あのねぇちゃん」

 

「言いだした手前、引き下がることもできないだろう。それに彼女一人で我々と特地の三人を相手取ったのだ。実力もあるが意地もあるのだろう」

 

 一体どうやって証拠を見せるのかと他人事のように見ているランサーとアーチャー。後ろ姿だが、焦った様子のない蒼夜の背中は俯き考え込んでいた。実際、もう証拠という証拠がないので彼も手詰まりなのだろう。しかし他に手があるはずと蒼夜が丸めていた背筋を正し、腰に手を当てた時

 

(………あ)

 

 思わず顔を上げて何かに気づいた素振りを見せる。そして、自分のズボンに思い切り手を入れて何かを探り出した。

 どうやら手立てを見つけたらしい。

 ―――確か……

 と小声でつぶやいた蒼夜がズボンのポケットから取り出したもの。

 

「あった」

 

「……携帯?」

 

 今時の若者が当たり前のように持ち歩いているタブレット携帯をポケットから引っ張り出した蒼夜は慣れた手つきでスリープから立ち上げると思い出したように操作していく。

 どこにでもあるような携帯に思えるが、伊丹の見る限り蒼夜のもつタイプの機種は見たことがない。

 

「えっと……何を?」

 

「思い出したんです。証拠を」

 

 携帯を操作し画面に一枚の写真を表示させると、蒼夜はその画像のまま議員たちの前に見せびらかす。遠くからなのでほとんどの議員たちは見ることはできなかったが、何が映っているのかと尋ねる前に蒼夜が写真について説明する。

 

「これは俺が子どものころイギリスへ旅行に行った時、両親が撮影した写真です。映っているのはとある博物館。イギリスの中でも有名な場所らしいです。そこで当時、旅行していた時に博物館であるものが展示されてました。あとで親に聞いたところ、その年に特別にアーサー王伝説に登場するあるものが展示されてたんです」

 

 淡々と説明しだし、写真のことについて語っていくが無論、言葉だけではわかるはずもなく、遠くから写真を見せられているだけでは誰も納得どころか信用すらしてくれない。写真があるなら見せるのは当然のこと。

 それをわかっていた蒼夜は、何を思ったのか台から離れて嘉納の下へと歩み寄る。

 

「ん?」

 

「ま、証人の一人として」

 

「……ほう」

 

 嘉納が積極的に彼らの話題に食いついてくれたからか蒼夜も近づきやすくなったようで、それならば、と話が本当であるということを理解してくれる証人の一人として嘉納を指名し彼に最初に携帯の画像を見せた。無論、あとで他の議員たちにも見せるつもりだがそれよりも先に嘉納に渡したということは、それだけ蒼夜も発言力に期待していたということ。

 

(この話題だ。イギリスっつーことは……)

 

 携帯を受け取って画像を見ると、映っていたのは厳重にガラスケースの中に収められた木製の何か欠片らしいものがひとつ映っているだけというシンプルなもの。周囲に他の展示物がなかったり大型の展示ケースの中に入ってないところを見ると、この展示物が目玉だったり並べられているものよりも価値のあるものだというのがわかる。しかし、当然ながらこれが撮られた当時の蒼夜同様に画像を見ている嘉納と横から見ている本位、そして若干後ろから見ている伊丹も展示物が一体何かわかるはずがない。

 だが勘のいい伊丹もリリィの話が切り出され、この画像を見せられたという時点で画像に映るものに予想をつけていた。

 

「映っている欠片はアーサー王伝説に登場する騎士たちが使っていた円卓です」

 

 反応は蒼夜が予想していたよりも薄かった。というのも、伊丹と嘉納は話題と流れから考えて伝説に関するものではないかと予想していたようで、円卓そのものというのには驚いていたが、予想通りであったことから相殺されてやや薄い反応を見せていた。

 一方、議員たちはそんなまさか、といった顔とどよめきを上げているのは伝説が架空であるということからの抵抗と、裏付ける証拠である画像が実際にそこにあるということに半信半疑になっているからだ。

 伊丹もまだこれが円卓の欠片であるということは受け入れきれてないようで、念のための確認をする。

 

「本物なのか?」

 

「らしいですよ。この展示会が行われた数年前に偶然にも円卓の欠片が発見されたらしくって。出所は覚えてませんけど、イギリスとかで大々的に放送されていたって昔テレビで見たのを覚えてますから」

 

 子どものころの記憶では証拠として薄いのではないか、と思えてしまうが蒼夜は実際にあったことで覚えていると言い切る。記憶だけではまた信用されないのではとマシュも心配気味にしていたが、彼の表情と態度がその心配をかき消してくれる。その瞬間だけ、彼の表情はどこか遠くを眺めるようなそれでいて懐かしくも興奮を隠せないという様子だった。

 

「これで信じるか信じないかはそちらにお任せします。これで信用するならそれで結構。逆に信じないのであれば……言わずもがなです」

 

 平行線どころかループになるということはもう言うまでもないことと、蒼夜はそういって返された携帯をそのままにして議員たちの下へと向かい、近くで画像を確認させる。動かされていないので、そのままの状態で見せられて、写っていた円卓の欠片の写真に手渡された瞬間、幸原は思わず無意識に息を飲んだ。

 ただの画像。しかも映っているのはありふれた博物館で撮られた写真。言ってしまえばただの古い木片だというのに、その画像を見た瞬間に思わず息を飲むほど凝視してしまう。映るものを聞いたからか、それとも写真であるというのに神秘的なオーラを纏っていたからか。それは無意味に否定だけをして感じようとしなかった彼女たちにはわからない。

 所詮は空想上の。と未だ抵抗感を持っていたが、画像を見せられた刹那その抵抗心は揺らぎを大きくしていく。

 

「ふむ、それがセイバーの使っていた円卓とやらの欠片なのか」

 

「ん……らしい。博物館の時の記憶がかなり曖昧なところもあるんだけど親が騒いでたのは覚えてる。五月蠅かったから」

 

 凝視しているせいでわからなかったのか、誰かが蒼夜に対し気軽に話しかけている声が聞こえてきたので画面に向けていた目線を少し上げると、いつの間にか彼の隣には袴を来た一人の男が立っているのに気づく。紺色の長髪に一本の竿のような棒切れを背にしているのを見て、妙な既視感を感じるのは恐らく彼が和服を纏っているからだろうか。暗色の服装に長い髪と体格のよさ、そして同性であっても美形と認めてしまうほどの顔のよさは思わず意識してしまうほど。

 

「……えっと、し、失礼ですがその隣の方は?」

 

「いや、実はリリィと一緒に紹介しようとは思ってたんですけど……タイミングを逃してしまって」

 

 最後の一人。つまりセイバーと同じ偉人の名前の人物である、ということは場の流れから議員たちも理解していた。だが、ここまで名前に関連などがないとどんな名前が出てくるのかというのに期待と不安が高まってしまう。もはや審議関係なしに、ただ彼らの真名が知りたいと思う好奇心が、いつの間にか彼らに否定や野次といったものを言わせることを封じていた。

 ただし、それは幸原たち質問側の席にいる人間に限ることだ。

 

「ただの政の語り場と思い、つまらん場所と思っていたが……いやはや、現世にも美しい麗人が政に加わっているのだな」

 

 蒼夜の背面、つまり背中を見ている伊丹は、携帯を見せに行った時に同行した最後の一人の姿に当然ながら彼が誰なのかという疑問が浮かび上がった。無論、それは真名の話ではなく彼のことを一度も見たことがなかったからだ。少なくとも蒼夜が伊丹たちと遭遇して出会ったサーヴァントたちの中で、彼のような和服の男性は今までいなかったのは確かで、その後にまた現れたと考えれば納得できるが、それでも彼が一体何者かという疑問の根本的な解決にはなっていない。男陣は今、陣取っているメンツと霊体化しているアサシンだけでそれ以上は伊丹どころか誰も知らないのだ。

 

「まさか彼って……」

 

 初見は今の場面。いつの間にか居た男の姿に伊丹も思わず目を見開き、どこから現れたのかと少し混乱してしまった。なにせ気配どころか一言もしゃべらずにいて存在すら感知できなかったのだ。それが突如として現れ、今こうして蒼夜の隣に立ち、幸原議員にセクハラまがいのナンパを仕掛けている。やりたい放題どころか前代未聞のこの光景に自分に飛び火しないかと考えてしまうのがいつもの彼なのだが、今回はそれよりも先に男の正体について驚いていた。

 

「わ、私のことですか?」

 

「残念ながら、貴殿以外に麗しいと思える者は見当たらなくてな。まさに地獄に仏か?」

 

 ……と熟した歳の女性を落とそうとしている男に蒼夜が止めに入る。

 

「アサシン」

 

「ん。そうであったな。名乗りはまず、こちらから……」

 

 礼節として名乗るのであれば、まず自分からということに乗っ取り、アサシンのサーヴァントは凛とした佇まいで、静かに名を名乗る。

 

「某の名は佐々木小次郎。先ほど、主が言った通りただの棒切れを振るうアサシンのサーヴァントよ」

 

「………え」

 

 その瞬間。伊丹の予想は現実のものとなり、小声でマジか、とつぶやいた。それは彼だけではない、その場にいるほぼ全員が彼の名を聞いて同じことを考えていた。

 佐々木小次郎。その名を聞けば誰もが一度は聞き、そして知っているだろう男の名前。無論、その場にいた議員たちは全員知っており、自分たちが最も知っている名前が出てきたとばかりに思わず口を開けてしまう。他のサーヴァントたちが名乗った時も大概驚いていたが、あくまでビックネームが現れて当人がいるかもしれないという可能性があったから。半信半疑だったこともありインパクトは強くとも度合いで言えばさほど大きくはなかったのだ。

 だが。佐々木小次郎が名乗った瞬間には半信半疑よりも本当に彼なのか、という事実への疑問とそれが本当ならばという歓喜が混じっているのは間違いなかった。蒼夜の目から見ても好奇心というものが見え隠れしていたのだ。

 

「………。」

 

「言いましたよね。別に信じようと信じまいとかまいませんって」

 

 もはやいちいち驚く気力もないが、それ以前にまさかその名前がという驚愕に幸原も口を開けて携帯を手にしたまま彼を見つめていた。今までは他国の英雄ということでインパクトもあったがどこか他人事のように思えた。清姫の場合は同じ国の人間であって親近感や驚きはあったが、彼女の伝説がややマイナーなこともありさほど変わりはなかった。

 その後に出てきた彼だ。信じる信じないは後にしてもその当人と名前が出たという驚き、既に彼と言葉を交わしたという事実を後から理解した彼女は、混乱した頭では正常な思考ができず、もはや自分でも何が本当で何が嘘なのかがわからなくなっていた。

 

「……………。」

 

「あ、どうも」

 

 トドメのようなものを受けたせいか今まで堪えていたものが全て吐き出されて顔色が悪く、仮にもカメラが映る場だというのにため息が吐き出される。

 どうやら思考が追い付かないようで、考える気力すら失せていたのか無言のまま携帯を蒼夜に返すと疲れ切った顔で目線を下げて両手で覆い隠した。

 

『……質問は』

 

「……以上です」

 

 話の無駄、悪あがきだといえばそこまでの審議だが、ただ一つ蒼夜たちが徹底していたことがある。それは清姫というハンデを負ったからこそ、彼らは一度として嘘をつかず事実しか話さなかったということ。マシュの言うことは一部有耶無耶になり、蒼夜への処遇についてもここまで話題がこじれてしまったことから結局追及を逃れるという形になったが、その代りとばかりにカルデアの面々は嘘だけはつかなかった。厳密にはつけなかったのだが、裏を返せば彼らは本当のことしか話さなかったということだ。

 

「嘘……いえ、でも特地での例や可能性を考えれば……いいえまだ確証ができたわけでもないし……」

 

 一体どこからが本当でどこからが嘘なのかという疑問に対しては残念ながら仕掛けた当人、蒼夜でさえも分からない。それどころか嘘すらついていないのだ。

 それを信じる信じないという前提を勝手に作り、自分の考えで計っていたせいでどこからが本当でどこからが嘘なのかという袋小路にあっていた。

 言っていることは嘘だ、といえば簡単なことだが蒼夜たちは嘘をついてはいないので当然、その指摘自体が間違いになる。話が飛躍しすぎているせいでばかばかしいと匙を投げるのも無理はないが、既に飛躍した出来事に直面しているのではそれが果たして馬鹿馬鹿しいことなのかということになる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――斯くして審議は終了。カルデアの存在は概ね肯定されましたけど、制限は残りましたね」

 

「むしろ善戦したほうさ。真名開示は予定外だったが、あの石頭たちにこちらの事情を受け入れさせるだけのことはできた」

 

「その代りに議員たちの頭痛と清姫のオーバーヒートっていう代償があったけどな」

 

 その清姫も地下鉄のホームからの風とその前に地上を歩いていたおかげか、すっかりと熱が冷めて元の状態に戻っていた。が、さすがにあの審議での会話と攻防にはついていけなかったようで、後でマシュが簡潔に事態の説明をしていた。

 結果オーライだが清姫が居たおかげで彼らは嘘をつかず、事実だけをうまく使い政府にカルデアと自分たちの存在を認知させることができた

 

「……かもしれないよな」

 

「一応、審議の結果として私たちの意見は通りましたが、皆さん半信半疑で不完全燃焼のような感じでしたからね」

 

「ま、こっちにも事情があるし聖杯とかについて話したら俺たちを付け狙うだろうからな」

 

「その事なんですが先輩。私は別に聖杯の情報を開示してもよかったのではないか、と思っています」

 

「なんでさ。聖杯の力は下手すれば……」

 

「分かっています。ですが聖杯、私たちのいう疑似聖杯は現在判明しているだけで特地にある聖杯のみです。しかし、その聖杯も行方知れず。しかも仮に見つけられたとしても、それを使えるかどうかということになりませんか?」

 

 聖杯は各特異点に点在する物で、特異点を作り出した根源。それが回収されれば特異点は元の歴史に修正されるのは既に彼らも理解している。

 しかし聖杯の力はそれだけではない。特異点たらしめる原因として、その聖杯に願いを込めるだけで様々な願望を叶える代物なのだ。食料が欲しい、こう思う人物が現れてほしい、世界を少し模様替えしてほしい。願望の大小はあっても聖杯はそれを叶えてしまう。その結果が特異点だ。

 が、今回の審議でわかったことで政府の人間の殆どは、この夢のような事実を事実として受け入れようとしない。特地での出来事を軽視し、ファンタジーなどを信じず自分たちの常識を絶対的な前提にして話を進めていた。

 そこに聖杯を入れればどうだろうか。ということだ。

 

「……なるほど。聖杯の力が本来この世界ではありえない力だ。だから別に聖杯のことを話しても、向こうは鼻笑い程度ではねのけたのではないか、と」

 

「はい。政府の方々はどうにも特地の実情を甘く見ています。魔法、魔術に関してや亜神、神に関して。エルフについてもそうです。テュカさんのことを確認程度ですが訊いていましたし。議員の方々の前提が自分たちの世界を基準としているのなら、残念ですが聖杯については一笑ものです。ですが、それなら―――」

 

「言いたいことはわかるよ。けど、それは議員が、いや政府全部がそう思ってくれるならってことが、それこそ前提じゃないか?」

 

「む……」

 

「マシュの言いたいこともわかる。下手に事実を隠すより、笑い飛ばされた事実のほうが、後々やりやすいかもしれない。けど問題はそれを向こうが本当に笑い飛ばしてくれるかだ」

 

「……先輩は信じる方もいる、と」

 

「そりゃね。十あって全てが同じならいいけど、人間十あって一は絶対に違ってるからな」

 

 その結果が偉人、英雄、ひいては英霊と呼ばれる者たちだ。と蒼夜は遠まわしに自分の腕から離れない清姫の頭を撫でる。未だ彼女との生まれ変わり云々についての解決はしていないが、最近は当人も大してその事は気にしなくなってきている。撫でられた感触に清姫も嬉しそうに微笑んでいた。

 

「マシュも見たでしょ。あの人」

 

「えっと、伊丹さんが言っていた嘉納議員……でしたよね」

 

「そ。彼がその一だ。俺の場合はな」

 

 同調するように孔明も続けて言う。彼もどうやら嘉納には一目置いているらしい。

 

「確かに、あの男は他の議員たちとは目の色も頭の切れも違っていた。こちらとしては幾分かマシな相手だが、敵対するとなれば厄介だ」

 

「孔明……先生も買ってるんだね」

 

「ああ。あの男、真っ先にこちらの本心に近づいてきたからな」

 

 第二審議で話題と状況の転換を起こしたのは確かに彼だ。嘉納が孔明に問い、それに孔明が他の議員たちと違うことを察し言葉を交えた。

 そのおかげで蒼夜たちもあの平行線に入りつつも自分たちのペースを保つことができたといってもいい。そして同時に、彼が最初に蒼夜たちの本心に唯一近づいた。

 

「まぁ伊丹さんの話じゃ悪い人じゃないから聖杯を悪用するってことはないと思うけど、あの場で聖杯の話を持ち出せば状況はさらにこんがらがったかもしれないからね」

 

「それにあの男のように物分かりがいいだけでは済まない議員もいるだろう。そんな奴に聖杯のことを聞かれてみろ。確証を持った瞬間に自分のものにしたいと裏工作してくる」

 

「マシュの言う通り聖杯のことについて言えばこっちも隠し立てせずに行動できただろうけど、その場合特地だけじゃなくて日本のほうも警戒しなくちゃいけなくなる。そうなれば間接的にこっちに色々としてくるだろうし自衛隊との協力にも悪影響が出てくる可能性もあるから」

 

「加えて、聖杯のことは最後まで取っておいた方が良い。我々にはこの手の駆け引きで使えるカードが極端に少ないからな。できるだけ温存はしておきたい」

 

 カルデアからの支援がない現在、自衛隊や帝国との協力関係は聖杯探索をするうえで必要不可欠である。

 軍事的、技術的に優位でカルデアの時代と最も近しい自衛隊。

 軍事力では自衛隊に劣るものの地理や魔法などに優れ、特地を支配している帝国。

 双方が既に交戦し休戦状態となっている今、第三勢力であるカルデアがどちらとも関係を築いておくというのは損なことではない。その為の交渉や取引のカードは現在孔明の言う通り少ないので、できる限り温存しここぞという時に使わなければならないのだ。

 

「それに俺は嘉納さんになら聖杯のことを話してもいいって思うんだ」

 

「あの男、伊丹の知人だからか? だからと言っておいそれと開示するわけにはいくまい」

 

「ああ。今はこっちの体勢を整えないと、聖杯探索どころの話じゃない。話が分かる人がいて、悪用しない……だろうって人がいるなら話せるタイミングで話しておくべきだ」

 

 自衛隊と付き合うとなった以上、政府の人間に信用できる人間を確保しておくというのは無駄なことではない。加えて、自分たちの置かれている状況を理解し受け入れてくれるという人間であるならこれ以上の適任は居ないだろう。

 だが、あくまで可能性としての話なので、今すぐに言おうというわけではない。ほぼ孤立状態である現在、手持ちのカードは温存しておくべきというのは二人とも同意見だ。それでも目星は今の内につけておくに越したことはないので、一種の保険だ、と蒼夜は言う。

 

「それに。ここから無事に特地に戻るまで、俺たちにまともに休めるタイミングもあるかわからないしな」

 

「ハサンさんからの話では、ライブ中継で見ていたのは少なくともアメリカ、中国、ロシア、イギリス、イタリア、フランス、ドイツといった先進国が中心。この場合ですと……」

 

「積極的に首突っ込んでくるのは中国とアメリカだろうな。アメリカは日本をほぼ属国扱いしてるし、中国はなまじ大国だからこと組織規模も馬鹿にならない。日本とほぼ二極化している中でリードを取りたいだろうね」

 

「あと、ハサンさんの報告ではロシア系の方が多くみられたと聞きましたのでロシアも介入してくると思います」

 

「特地の環境と旨味は今の国々にとっちゃ宝だからな。それを日本がもってあまつさえその旨味を最大限に利用していないってなると……」

 

「狙いはレレイさんたち……ですね」

 

「向こうにとっちゃおこぼれ(・・・・)でも喉から手が出るほど欲しいんだろうけどな。加えてあの場で孔明の名前を出したんだから、調べたいって気もあるだろうし」

 

「……やれやれ、ということは。他国も水面下でこちらを狙ってくるな」

 

「だな。アーチャーとランサーを上に残しておいて正解だったな……」

 

 今頃どうしているだろうか、と地上の状況を調べるためと他国の反応をうかがい知るために残してきた二人のサーヴァントのことを思いつつ、ホームに響くアナウンスから電車が来たことを知った蒼夜たちは、現在二人を除くサーヴァントたちとともにある場所に向かう電車に乗ろうとしていた。血管のように張り巡らされた鉄道網の中で丸の内線を使い、これから公安の駒門が指定した場所に向かうためだ。

 特地からの来客は以前にも語った通り、他国からすれば宝と同じ。それを狙う人間も国も当然いることだろう。なので、公安が伊丹や蒼夜たちを警護するために何重もの計画を練って彼らを守ろうとしている。

 

「まさか地下鉄にここまで警戒して乗る日が来るなんてなぁ……」

 

「仕方あるまい。特地の人間はもちろんのこと、こちらは同じ世界の英雄だ。本物であれば自国のために確保したいと思う輩で居ても不思議ではあるまい」

 

「その輩がこっち今現れるって可能性は……あるにはあるか」

 

「地下鉄も使用するのはいいが、向こうはその手のプロもいる。場合によっては予定変更をしてもかまわんから次の駅で降りることを考えとけ」

 

「そうする。マシュとリリィ、清姫もいいね?」

 

 蒼夜の言葉にマシュたちも相槌を打ち、返答する。

 地下鉄の使用も事前に打ち合わせて決めた場所へと向かうもので、打ち合わせではこの十数分前には既に伊丹たちが乗車している。一塊を狙われてはたまらないが、それ以前に公安で大人数を守れるほどの人員を出すわけにもいかないので、少し時間をずらして、少しでも護衛しやすくして被害に遭う確率を減らしているのだ。そして、伊丹たちの電車が去った今、蒼夜たちカルデアメンバーがこうして次の電車に乗ろうとしていた、というわけである。

 

「それはそうと蒼夜。ダミーのほうの準備はできているのか」

 

「ああ、アレ(・・)のこと? うん。取りあえず、あの二人だけ。孔明の言うその輩への牽制と調査だから、少人数のほうがいいって思って」

 

「だが大丈夫か? 彼女の場合、この案件を聞いて不貞腐れてたんじゃないか?」

 

「だから、伊丹さんに事前にコンビニの場所を聞いてお金も渡してきた。そこはセルフでって」

 

「……仏頂面にされても知らないぞ、私は」

 

「ですよね……」

 

 暗いどうくつのような線路の向こう側からまばゆい光を放ち、一列に連なった列車がホームに入ってくる。時刻表通りに到着した電車の中は、ホーム内に弱まっていく動力の音を響かせ、完全に停止すると自動ドアで乗り降りをする客を入れ替えていく。蒼夜たちもその流れに従い先頭車両に乗り込むが、それと同時に感じられた視線に思わず顔を向けた。

 平日の昼間過ぎということもあり乗客は数える程度しか見えないが、それがかえって自分たちの存在感を浮き上がらせるようで、入ってきた瞬間に乗車していた客から視線を集めることとなった。

 

「……キツイな。これ」

 

「我慢しろ。ここから三つなんだろ」

 

「駒門さんたちは霞が関で合流するって言ってたけど、目的が彼女たちじゃあね。恐らく伊丹さんたちと一緒に乗ってると思う」

 

 霞が関は蒼夜たちが乗車した一つ先にある駅で、その先に「門」のある銀座、そして東京となっている。駒門が議事堂ではなく霞が関にいるのは、地上で行われているだろう出来事を処理してからでしか合流できないという事情があり、その狙いが特地の三人であることから優先順位として伊丹たちの乗っている電車に合流するというという流れだ。無論、蒼夜たちも護衛対象なので、駒門の部下が同じく霞が関で合流するという手はずになっている。

 

「先輩。やはり戦力分担は……」

 

「いや、いくら地下鉄とはいえこの閉鎖空間で何かしでかすとは思えない。仕掛けるなら……」

 

「いえそうではなく……」

 

 心配性だな、と思っていた蒼夜が顔を向けると、そこには声色とは違い少しだが警戒の色を見せていたマシュの表情が映り、その様子に蒼夜も思わず窓の外を見る。

 暗い地下の中、映るのは暗闇か時折反対の線路を通る車両だけで、別段なにもおかしなところはない。だが唇を強く引き締めている様子から蒼夜はまさか、と意識を研ぎ澄ませた。

 

「……ほんの少しですが、魔力の気配を感じます。ごく僅かですので感知するのでやっとなんですが……この気配、エネミーのゴーストに近しいものです」

 

「……まさか」

 

「確証はありません。気配もほんのごく僅かですので……ですが」

 

 魔術が未熟な蒼夜も周囲の気配を探ると、確かに感知まではいかなくとも地下鉄では絶対に感じられない違和感がある。具体的にはと言われれば説明はできないが、マシュの言う通りエネミーの時のような感覚と誰かに見られているという視線があった。それが今自分たちを見ている乗客のだけと思いたいが、それだけではない窓の向こうがわからもとなればいよいよそれが何なのかと考えてしまう。

 

「一難去ってまた一難、か。こりゃ早々に伊丹さんたちと合流しないとな」

 

「はい。もしこれがエネミーならば……」

 

「向こうも狙われる可能性もある。単なる杞憂であればいいんだけどね」

 

 既に電車は発車し、次の駅に向かっている。霞が関、そしてその次は銀座へと。

 その銀座と、そこにある特地への入り口を思い浮かべるだけで蒼夜の中ではある妄想のような可能性が浮かんでくる。

 ……だからなのでは、という仮説。そして蒼夜たちだからこそ考えられる可能性。

 まるで「門」によって集められたのではないか、もしくは現れたのではないかと。

 今はそれを証明するだけの証拠も保証もないので、まだ口にするには足りないものが多い。それを口の中に押しとどめ、蒼夜はただじっと、見つめ返すように窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 



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チャプター3-6 「現代停滞地『日本』 = 明日の朝日より今夜の寝床 =」

はい。少しずつ更新していこうということでお次の話です。
箱根山の話は次のチャプターで、チャプター3は参考人招致の日までです。
あれくらいの方が区切りが丁度いいと思ったので

本当はもう少し早く更新したかったのですが、いよいよ就活生となって
資格も取らなければと頑張ろうとした矢先、微熱でダウンしてました。
母曰く「起きる時間に体が慣れてないから」だとか。
念のために用心してるので回復はしてます。ハイ。

FGOとかについてはまた活動報告で。今回はここまでにしておきます。
それでは今回もお楽しみください


 

 

 

 

 ―――始まりは蒼夜たちが乗車する数十分ほど前にさかのぼる。

 

 参考人招致が終わり、ようやく議員たちからの質問攻めから解放された蒼夜たちは先に審議を終えて待っていた特地の三人と合流した。待合室で座っている三人の様子は三者三様でロウリィは欠伸をし、レレイは杖を抱えたまま沈黙。テュカは一人、周りの様子を見てそわそわとしている。伊丹が居ないということで多少不安になっているのだろう。

 

「やっと解放かよ……」

 

「ってランサー殆ど黙って座ってただけでしょうに……」

 

「それならアーチャーと清姫の嬢ちゃんもだろ。つまんなくて欠伸が出ちまうぜ」

 

 スーツ姿とはいえ頭をかいて欠伸をしている姿は流石にみっともないのだが、ランサーの場合、顔が整っているせいでなぜか他の人間がするよりも男性の色気というものを醸し出しており、目にした女性たちはたまらず意識してつばを飲み込んだ。

 

「ま、ほぼ全員が静観してたからね……」

 

「清姫さんに至っては未だに頭の中の整理がついてないようです」

 

 マシュの言う通り、彼女とリリィが支える形で歩いている清姫の目はやや虚ろで顔も心なしか熱されたように赤い。政治家たちの攻防はいくら貴族の出でもまだ政治について未熟だった清姫にはいきなりあの混沌とした場は息苦しかったらしい。しかもクラスがバーサーカーということもあり、彼女の理性に問題があるのでそれも重荷になったのだろう。

 

「清姫、歩ける?」

 

「は……は、い……」

 

「こりゃしばらく休ませるかおぶるかしないと、動けないな……」

 

「でしたらぜひ、旦那様が私を―――」

 

「うし、清姫一人で歩け」

 

 冷たい言い方で即座に突き放したことに「ご無体な……」となぜかまんざらでもない顔をしていた清姫を横目にして、蒼夜たちはようやくこの息苦しい議事堂の中から出られると思い、張りつめていた雰囲気をやわらげて体を伸ばしたり溜まっていた疲労感を吐息と共に吐き出したりしていた。成果は十分なものとは言えないが、自分たちの目的は果たせたので大よそは成功だと言ってよかった。

 

「ともあれ、私たちの目的も果たせたことですし、一段落ですね」

 

「だな。なんやかんやではあったけど、言いたいこと言えて向こうとの一応の連携はできる……はずだし」

 

「現地のことは基本陸将に任せておけばいいけど、あまり大事にしないでくれよ。基本向こうで大人しくしていれば政府も何もいわないと思うけど、なにせ君らの立場が立場だからね。下手すりゃ問答無用に拘束される可能性だってあり得る」

 

「といってもそれは基本政府の不利益になるならの話ですよね。その点については大丈夫だと思いますよ。流石に国は嫌いであっても弓を引く気はないですし」

 

 ―――とか言ってるけど、その気になれば引く(潰す)ってことだよな……

 喧嘩腰で退室していく議員たちの姿を目にしながら言うので、伊丹は彼がいつしか戦争でもふっかけるのではないかと思わず妄想してしまうが、彼とて自衛隊との関係は崩したくないという冷静な考えが入り込んだおかげで、それはないと自分の中で妄想は直ぐにただの絵空事として消えていった。

 それでも審議の時に彼が言ったセリフはほぼ本心だろうと見ていた伊丹は深いため息をつく。

 

(やれやれ、とんだ連中を拾ってきちゃったなぁ……)

 

 特地に関わること、そして入ってからというもの彼の周りにはトラブルや問題が絶えず入れ替わり立ち代わりして現れてくる。それをどれだけさばいてもまた新たな問題が。

 これでは自分のモットーにいつまでたっても、と在りし日のことを思い返していた伊丹は孔明から声をかけられたことで現実へと引き戻される。

 

「で。これからどうするんだ。審議は終わったが、それだけか?」

 

「……ん。いや、一日滞在してまた特地だ。取りあえずこの後、宿泊する予定なんだけど」

 

 先ほどの審議。そして特地から来た三人。その姿を視界に入れた伊丹は頭の中で考えを纏めるとその場にいる全員に聞こえるように次の行動を指示する。予定では彼の言う通り宿泊施設に入り一泊。そして特地へという流れになっているのだが、そうは問屋が卸されないのは目に見えている。

 

「十中八九、ここから先俺たちを狙ってくる輩が現れて妨害してくると考えていい。駒門さんからもそれらしい事があったって聞いてるから」

 

「狙いはあの三人か?」

 

「当初はね。けど、あの場で征服王が堂々と名乗ったんだ。急きょ任務追加が言い渡されても不思議じゃない」

 

「……だな。信憑性はどうであれこちらは偉人の名とそれに見合うだけのものを見せたんだ。可能性として無くはないか」

 

「加えてマシュちゃんが言ったこと。カルデアについては「そんなはずはない」と言い切れそうでも、もし仮にって考えるはずだ。

 なにより蒼夜君らも特地に行った。つまり目下最も重要である特地の情報について持っていることになる」

 

「仮に三人を捕えられなくとも、特地に行った我々の誰か一人でも捕えればいい……考えそうなことだな」

 

 カルデアについての信憑性は未だいいとは言えない。サーヴァントについてもそれは同様で恐らく審議を視聴していた国々のトップも本当か否かと最低でも情報収集を行うハズ。となれば審議で彼らが言ったことの真偽を問うためにも誰かに接触、ないしは拉致はあり得る。無論、それだけではなく彼らは特地の参考人として連れてこられたという側面もあるため、仮にカルデアについての情報などが嘘であっても特地についての情報は真実なのでその情報を各国は手にすることができる。

 

「狡いことをするな。そんな回りくどいことをせずとも、奇襲の利を活かして最初から捕らえることを前提にすればいいではないか」

 

「やればやったでどの国がやったか直ぐにバレることだってあり得ますからね。諜報員だってそこまで大胆に行くとは思えないッスよ」

 

 拉致などを目的とするなら、イスカンダルの言う通り予告なしの奇襲は確かに利がある。今はこうして「そうなるかもしれない」という可能性の域がでないだけで、実際にそうするとは言い切れない。政治的に圧力を加えたりすることもこの場合では可能だ。日本という国がアメリカの下にあるならその()を活かし直接的に奪うことだってできるかもしれないのだ。

 しかしそれを黙って受け入れるほど、日本もやわではない。公安などの組織がそれを考慮して既に警戒しているのは伊丹の言葉からわかること。電光石火の如くではなく、一撃必殺を狙っているのと同じだ。

 

「多分、向こうは公安をうまく出し抜いてこっちから誰かをかすめ取ろうとしている。問題はそれが誰かわからないってところですけど」

 

「あの娘っ子三人の内誰かが狙われるか?」

 

「そのための事はしてくるでしょうね。でも向こうも国のメンツがありますから直接はこないと思いますよ。バレれば国際問題ですし。だから、自分たちがやったとバレないようにするためには直接的なことではなく間接的に事故とかを起こしてこっちを足止めしてくるでしょうね」

 

「なるほど。で、お前さんならどうする?」

 

 仮に自分がさらう側であればという質問に、いつの間にか本気になって考えていた伊丹。だが、それはそれで向こうの行動を予測できることにもなるので彼も無駄ではないと自分の意見を答える。

 

「この首都には地下鉄とかの交通網が網の目のように張り巡らされている。なんでその中の一つを止めれば多少の時間は稼げるけど、すぐに別の方法で移動することは簡単なこと。けど、その間にとっ捕まえるだけの時間は十分にあるでしょうし、捕まえられたらられたでこのごった煮になっている首都圏の交通網を利用して相手を撒けばいい。他の移動手段、方法があるってことはそれだけ複雑になってるってことになるでしょ。つまり、うまく盗めて車とかに乗った瞬間、向こうの勝ちはほぼ決まったと言っていい。もちろん、盗まれる側が負けたってことにはならないでしょうけど」

 

 盗む側としては複雑な交通網を利用して相手を撒くという選択肢はあるが、それは盗まれる側でも考えれること。しかも今回は盗まれる側、つまり日本の側に地の利があるので逃げ切れば勝ちという条件なら盗む側、各国の機関にとってはそう容易ではないことだ。

 そしてもう一つ。

 

「で。俺たちがあの子らを盗まれないようにするためにはどうするべきか、ってなれば方法はひとつ。この網の目をうまく利用すればいい」

 

 そう言って伊丹はある提案を蒼夜たちに出した。

 恐らく早くてもホテルまでの移動で妨害にあう可能性がある。駒門からの情報と合わせれば既に各国の諜報員たちは首都、いやこの都市に入っていると考えるべきだ。

 そこでこちらが打てる手としてバスを囮にする。バスに自分たちが乗ったように見せかけて、その隙に自分たちは別の方法で宿泊施設に移動しようということだ。

 バスによる移動が囮にされるということは、この街で使える移動手段は主に二つ。徒歩か地下鉄か。徒歩であれば公安も常に彼らを目視しながら護衛ができるが、時間が時間なので人込みは多く、その隙に拉致されることは言うまでもない。

 ならば、残された方法は一つしかない。ということで伊丹は地下鉄を利用した移動を提案する。

 

「ちかてつ? おい、坊主。ちかてつとはなんだ?」

 

「……簡単に言えば地面の下を走る……といえばいいか。地上は色々と障害があるが、地下ならそれが少ないからな。日本、特に首都圏は地下鉄が多い」

 

「そ。丸の内を使って議事堂前の駅から東京……なんだけど、駒門さん曰く「市ヶ谷(・・・)にしてくれ」ということで。市ヶ谷になってます」

 

 議事堂からであれば市ヶ谷へ直接行った方が早いが、駒門はあえて複数のルートと方法で相手を分散させ、その隙に本命に入れようという算段にしていた。直接であれば確かに近く安全かもしれないが、相手もそれは予想しているはず。であれば議事堂から直接のルートに罠を仕掛けていると考えていいだろうというのが彼の予想だ。伊丹も直接行くのは馬鹿がやることと賛成し駒門が用意した別の方法で向かうことを計画していた。

 

「俺たちは一度、地下鉄で議事堂前から東京駅へ。その後、公安が手配した車で市ヶ谷へと向かいます。けど、当然途中妨害にあうってことは確実でしょうし、あくまで予定の目的地。場所が変更になったり、途中の予定変更はあると考えておいてください。以上ッ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――斯くして、伊丹さんの計画通り地下鉄使って俺たちは移動してるわけなんだが」

 

 駒門たち公安も流石に大人数を護衛するのは難しいので、今回は特地組とカルデア組に分散して行動することとなった。無論、分散されれば各個に狙われる可能性もあるが、どうじにそれだけ公安も守りやすいということになるらしい。

 事実、駒門もそれを見越していたのか、既に応援を呼び対応を開始していると蒼夜は借りた携帯で連絡を受けていた。

 

「携帯二台持ちかぁ……イマドキ臭くなったなぁ……」

 

「通信機器で言えば厳密には三台ですね。カルデアとの通信機、未だに壊れたままですから」

 

 元々カルデアとの通信用に使用していた通信機だが、特地にレイシフトしてきた直後に故障してしまい、修復をしようにもタイミングを逃していた。修理ができれば向こうとの通信だけでなくカルデアについての信憑性も上げられるのだが、直そうにもパーツがなく確保するための時間も彼らにはなかった。

 

「召喚陣は稼働してるから、やっぱエルフの村でのアクシデントでか。アーチャーにパーツ買ってきてもらおうかな」

 

「それは難しいと思いますよ。なにせあの通信機は元々カルデアで作成されたものですし。携帯の性能も先輩の携帯のほうが若干勝っているそうですから」

 

「ま、今となってはその携帯も使い物にならないけどな」

 

「通話はできないんですか?」

 

「できるとは思う。けど、別世界の電波使って変にならないかって思っちゃってさ。それにスマホとかはガラケーに比べて電池消費が激しいからね。使用は可能な限り自重しないと」

 

 ガラケー時代に比べ、スマホは電池消費が激しいのであまり無駄な使用はしたくないというのも蒼夜が自分の携帯をむやみに使いたくないという理由でもあった。異世界で携帯の電波が入るとはいえ、何か問題があれば仮にカルデアに戻った時に同じように使えるかわからない。加えて今までの特異点では通信は全て通信機で行い、サーヴァントとも直接か口伝え。そしてなにより特異点が携帯などの通信技術が未発達だった時代が大半なので、無用の長物だったからだ。

 

「それにどの道みんなと話す分には念話で十分だし」

 

「念話でしたら傍受されることはこちらでは無いですからね。それに特地でも恐らくは」

 

「魔法として発達してるけど、特地の魔法もそこまで優れているってわけでもなさそうだしね。リリィ、レレイから魔法についてどれだけ聞いてる?」

 

 特地の三人と最も良好な関係をもっているのはリリィであることは蒼夜たちも知っていた。具体的なことはわからないままだが、どうやら彼女の純粋さがレレイの知識に興味を持ち、レレイもリリィの性格に興味を持った、というのが一応の理由ではないかと考えているが、当人の様子からそれだけではないらしくその説明は未だ明かされていない。

 

「えっと……聞いた限りでは魔法の基本概念は私たちの魔術と大差はないようです。大気のマナを使用しそれを変換して魔法、私たちで言うところの魔術にすると」

 

「炎龍が現れた時の魔法、魔法の基本概念が同じであれば重力軽減の魔法も理屈としてはわからなくもありませんね」

 

「ですが、なんといいますか……魔術というより何か勉強のような……」

 

「というと?」

 

「魔術ってどこか神秘的じゃないですか。でもレレイの言う魔法はどこか現実的といいますか……」

 

「現実的……ですか?」

 

 首を縦に振るリリィの言葉に蒼夜たちも感覚として理解しても言葉にできないのだと知り、代わりに孔明がリリィの言葉を要約する。

 

「彼女たちの魔法がこちらの世界などの科学のように学術研究……有体に言えば今発達している技術、とでもいうのだろうな。科学が私たちの世界で常に研究されているのに対し、特地の魔法もまたそうやって研鑽と研究が続けられているのだろう」

 

「はい。すみません、うまく言葉にできなくて……」

 

「いや。レディが何を言いたいのかは大体理解できた。つまるところこの世界にとっての科学が特地にとっては魔法であるということだな」

 

 孔明の要約に「なるほど」と頷く蒼夜とマシュは学会などのように自分たちの研究を発表しているという風景を想像する。

 どうやらそれが彼女たちの世界、特地における魔法の概念らしい。

 

「となれば……この地下の違和感も向こうは流石に気づいているか」

 

「そう考えていいかと。反応が弱いとはいえ、この気配は気のせいで済むことではありません」

 

「神秘の薄れたこの時代にゴーストが残っているのは別段おかしくはない。だが、ここまで私たちのことを見ている(・・・・)というのは……異質だな」

 

 地下鉄に入り、東京駅へと向かっている今この状況でも孔明たちの肌には冷たく表面を撫でるように気配が漂っているのを感じられた。ほんの肌寒い程度なので魔力を感知していないとわかりにくいが、魔力を扱える人間であればそれに加えて視線を感じてしまう。蒼夜はまだ魔術師として未熟なのでそこまで明確な感知はできないがゴーストらしき気配があるということだけだが、マシュの言う通りゴーストたちは確実に彼らを見ている。

 

「ゴーストって普通そういうもんでしょ? 現世に未練とかがあるから成仏されずに残っている魂。それがゴーストだって思ってるんだけど」

 

「ゴーストというのは本来、消滅せずに現世を彷徨う魂の総称だ。それを魔術師たちは使役することもあるが、それらは作られた魂。いわゆるホムンクルスに近い。しかしどちらも共通しているのはゴーストの意識が希薄であるということだ。使い魔であるゴーストはもちろんのこと、現世に未練を残すゴーストはその未練のみで現世にとどまっているのだからな。無論、例外的ケースもあるが……それはむしろないと考えていいだろう」

 

「ですから、ここまで私たちを意識し、目視しているというのは通常ではありえないことなんです」

 

 蒼夜はそもそもこの世界の人間ではないのだから、この世界にいるゴーストたち地縛霊が彼を恨んでいるというのは矛盾している。本来いるはずのない人間に対し恨んでいるというのだから、ゴーストそのものが使い魔であるか彼らの世界からついてきたかでなければ説明はできない。カルデアからレイシフトするにも、その手の力をゴーストたちが持っているとは考えられないので前者、使い魔の類であるということを考えられるが一体誰が、何のためにということになる。

 

「それなら魔力に引かれたとかは……?」

 

「考えられなくもないが、それならなおさら今襲ってこないのはなぜだ。偵察にしても存在を気づかせては偵察にはならない。それに仮にそれが理由なら地下に入った時点で襲ってくることもできたはずだ。なのに、ヤツはそれらをせずに私たちをただ見ているだけだ」

 

「んじゃ孔明はあのゴーストたちをどう推測するの。野良にしては慎重だし使い魔にしても杜撰すぎる。ならそれ以外にどういう理由が……」

 

「恐らく、このゴーストたちは使い魔だろう。でなければゴーストがこうして気配を見せているのに襲ってこないことに理由がつけられない。自然発生のゴーストであれば残留思念に従って襲ってくるはずだが、奴らは知性があるのように動いている。なら、考えられるのは二つ。使い魔か自意識を持つ霊体……そうだな。幻霊……とでも称しておこうか。だが幻霊ならば見つかるようなことはしない」

 

 仮にゴーストが自意識を持っているのなら、自分の気配が見つかってはならないと思い気配を消すハズだ。そこまではいかなくとも自らの姿をみすみす知らせるようなことはリスクが高すぎる行為でしかない。自身の目で監視、もしくは偵察するなら気配をほぼ完全に消すか、それができないのなら態々地下で偵察せずとも人込みのある地上で行えばいい。そして直接ではなく間接的に監視できる方法があるならその方法を使えばいいはずだ。態々サーヴァントという存在が複数体いる場所を、自ら危険にさらすようなやり方でやるのは孔明から言わせれば愚行でしかない。

 

「知性があるなら、それなりにやり方を変えてこちらの様子を窺うはずだ。もしここではなく地上でなら人込みをカモフラージュに使い気配を溶け込ませることもできる。が、ゴーストたちはそうではなくココで現れた。ということは誰かの指示に従って現れたという可能性が最も高い」

 

「それで使い魔か……でもこんな中途半端な方法じゃ一体なにがしたいのかわからないな」

 

「考えたくもないが、ゴーストたちの主はこの魔術……いや魔法か? これを使うのに慣れていないようだ。でなければ自意識過剰な馬鹿かのどちらかだ」

 

 かくにも、ゴーストたちがこうしてこちらの見ているとなれば特地の人間、もしくは組織が関わっていると考えていい。流石にこの世界の人間がやっているわけでも、ましてや魔術王がと考えてしまうが、それはそれでメリットがわからない。であれば自然と考えられるのは特地にいる誰かか、はぐれサーヴァントということになるが今回の特異点の性質上はぐれサーヴァントの可能性も限りなく低い。

 

「蒼夜、地上の二人と連絡は取れるか?」

 

「ちょっと待って。状況報告ついでに聞いてみる」

 

 現在、蒼夜立ちの中で戦闘能力が高く偵察などに向いたスキルを持つサーヴァントであるアサシン、呪腕のハサンを始め、アーチャーとランサーの二人が地上の偵察に出ており、彼らと別行動をとっていた。地上の偵察と言っても東京駅など全域を調べるわけではなく、彼らの進行方向である丸の内線を中心に、介入してくるだろう各国の諜報員を発見しそれを報告、移動までの計画にその対策を練り込むのでいわば情報収集を行っている。

 アーチャーは千里眼、ランサーは持ち前の敏捷さとルーンによる気配の一時的遮断。アサシンことハサンは気配遮断のスキル。特にアサシンは偵察や情報収集などを行うのにそのスキルとの相性は抜群と言っていい。

 

(―――アーチャー、ランサー、アサシン。聞こえる?)

 

(ああ。聞こえている)

 

(おう。ちゃんと聞こえてるぜ)

 

(同じく。それで主殿。いかがされた)

 

(地上偵察の報告とかをね。そっちはどう?)

 

 念話は魔術によって相手の脳波と周波数を合わせて交信する、いわば魔術版の通信機だ。今回は四人が同じ周波数になるように魔術を施しており、それによって四人全員に対し念話を行い会話することができる。しかし、中には念話を使えない場所、カルデアへの通信は念話では絶対に不可能なので、そこは全て蒼夜とマシュが持つ通信機によって連絡を取り合う。なので、通信機でない限り現在地は未熟な蒼夜では見つけられないのだ。

 

「巧妙に隠しているがかなりの数の工作員、諜報員がいるな。それにどうやら少なくとも三か国は既に諜報員を動かしていると見ていい」

 

(伊丹さんの予想通り、か。具体的な人数とかはわかる?)

 

「難しいな。しかし規模は大よそ推測可能だ。少なくとも一国につき二小隊から三小隊ほど。まぁ潜入工作としては常道だな」

 

 むやみに動けば位置を知られるということもあるが、動くだけでは見逃してしまい、たとえ見つけてもすれ違ってしまったせいで姿を見失うこともある。その可能性を考慮して偵察に出た三騎はそれぞれのスキルなどを活かして状況把握と情報収集を行う。ランサーとアサシンは敏捷さに加えて気配遮断を利用し、東京駅に先回りするように移動しつつ周囲の探索し、それをカバーするようにアーチャーが高所から全体を見渡して広範囲を監視する。万が一、敵に襲われたりした時には後方にいる彼が援護し、蒼夜たちの移動の時にも鷹の目である彼が支援を行えるようになっていた。

 

「ところでマスター。まさか状況報告のためだけにこちらに連絡してきたわけではあるまい」

 

(……気づいてる?)

 

「地下ではないので、君たちほどではないがな。銀座を中心に敵の反応がちらほら感じられる。あの「門」が原因らしいな」

 

 銀座方面に目を向けたアーチャーは自身のスキルである「千里眼」を用いて視力を強化し、厳重に管理、閉鎖されている「門」の様子を窺う。サーヴァントの中でも「弓兵」クラスは遠距離での戦闘を得意としているので自然とスキルもそれに合わせたものが揃う。アーチャーの場合は目が最大の売りと言っていい。「千里眼」のスキルはそれだけではないのだが、彼の場合はこれだけでも戦闘などにおいては非常に役立つスキルだ。

 なので彼は現在一人で街の中にある最も高いタワーの上に陣取り、そこから見下ろすように街を監視していた。

 

「ランサーもルーンを使い気配を探っているが、どうにも数がな。路地裏に入れば二、三匹は現れるぞ」

 

(……マジで?)

 

「冗談抜きでな。今はまだ人を襲うこともないが、銀座を中心にゴーストたちが現れ始めている。「門」が原因であることは見て明らかだが、自然発生の類ではない。第三者が使役しているようだ」

 

(こっちも孔明が使い魔じゃないかって。俺もその意見には賛成だ。で、そのゴーストなんだけど「門」から現れているの? それとも「門」の向こう側から?)

 

「わからん。アサシンが偵察に赴いているから、結果は彼から聞いてくれ」

 

(わかった。アーチャーも気を付けてね)

 

「ああ。合流地点、東京駅の周辺にランサーが待機している。あの足だけが取り柄の猛犬と合流してくれ」

 

 ……とアーチャーの最後の言葉を聞いた瞬間、無意識に彼のこめかみから冷や汗がにじみ出てくる。最後の言葉はジョークのつもりだったのだろうが、そのせいでいざこざになっていなければいいのだが、と。

 

「猛犬だから……セーフ?」

 

「多分アウトだと思いますよ、先輩……」

 

 マシュも念話の内容を聞いていたようで、気まずい空気になったことを知って同じく汗をにじませている。クーフーリンは犬を侮辱されることを嫌っており、アーチャーは過去に彼の前で犬を罵倒したことで彼の怒りを買ったことがある。どうやら彼らがカルデアに召喚される前に起きた聖杯戦争で実際に言ったことらしく、その時の話をするランサーの顔は怒りに満ち溢れ、今度言えば確実に、というものだった。

 

(……ランサー)

 

(先言っとく。聞こえてたからな、蒼夜)

 

 念話の周波数を合わせてしまったせいで、ランサーに対しての小言はばっちり聞こえていたらしく、彼の声は最初の時よりも低く、そしてドスの入った殺意のある声をしていた。

 無論、それが蒼夜に向けてではないのは声から感じられる気配というもので蒼夜も理解していたが、ただでさえ面倒なこの状況で喧嘩は止めてほしいと願うことしか彼にはできなかった。

 

(……俺からアーチャーに言っとく。で、そっちは)

 

(………。ま、あの野郎と似たようなもんだ。そこら中に気配がうようよしていやがる)

 

 地下だけかと思われていたが、どうやらゴーストの姿は地上にもあるらしく。ランサーの目には路地裏や屋上、表街道などから少し外れた道を闊歩しているゴーストの姿が映っており、アーチャーと同じく人を襲っている様子は見られない。

 

(地下だけじゃなくか……襲わずにいるってことは偵察かな)

 

(かもな。あと蒼夜。お前のほうは地下に入ってから奴らの気配を感じられたようだけど、俺のほうもお前らが地下に入ったのと同じぐらいだぜ)

 

(同じって……俺たちが地下鉄に乗ってからってこと?)

 

(ああ。仕組まれてたってわけではなさそうだが、水のようにドバドバとな。地下のほうが早かったのは多分たまたまだろ)

 

 これでゴーストたちが「門」によって現れたことは明確となった。自然発生の可能性がなくなり、これが誰かが人為的、つまり使い魔として召喚したということになるが、それに至っては目的がわからない。

 

「たまたま……か。了解。引き続きゴーストたちの様子を監視しつつ、俺たちが地上に出たらこっちと合流してくれ。タイミングは任せるから」

 

(あいよ。坊主のほうも気ぃつけろよ。あの先生がいるからつっても何が起こるかよからねぇからよ)

 

「……そうする。それじゃ」

 

 念話に向けていた意識を解き、集中していたのか体に負担がかかったようで、その疲れを吐息と共に吐き出す。ひと息ついたはいいが、たかが念話にここまで負担がかかるということに自分事だからこそ情けないと未熟さを痛感する。

 そんな彼の様子を見て会話を一通り終えたようだと、孔明が瞑っていた目を開き「どうだった」とアイコンタクトで訪ねてくる。

 何も言わずにただ首を縦に振ったことで「向こうも同じような状況である」ということを理解した孔明は小さく「そうか」とつぶやく。

 

「どうやら、異変というわけではないようだな」

 

「となると……これが特異点の影響?」

 

 この世界が特異点の影響を受けているというのは言うまでもない。「門」によって繋がってしまった二つの世界によってそれぞれが互いの世界の影響を受けているのだ。しかし、だからといってゴーストが特地の影響かといえば、そこまで魔法が未発達であるわけではない。加えて、魔法というものが一つの学問である以上、こんなことが無駄であることは特地の魔導師たちもわかることで、つまりゴーストの出現は特異点発生の影響である可能性があると蒼夜は考えていた。

 

「直接か間接かはさておくとして、その可能性は無くもない。が、誰かに使役されている「かもしれない」というだけでは確証にならない。もう少し情報を入手しなければ精査できん」

 

「となると、この手のことについては向こうで調査してもらってる百貌のハサンたちに聞かないとわからないか」

 

「向こうにいるハサンさんたちと連絡は取れないんですか? 霊体化をすれば……」

 

「できなくはないんだけど、その場合なにが切っ掛けでゴーストたちが動くかわからないからね。こっちに残した百貌ハサンさんの分身二人も失いたくないし、下手に手を出すよりは今は静観するしかないかも」

 

 霊体化して誰かが向こうと連絡を取る、というリリィの提案は清姫を除く全員が検討していたが、その場合「門」を渡るということだけで仮にいるだろうゴーストの主を刺激することになりかねない。

 まだ仮説が並んでいるが、特地にいるゴーストたちの主は使い魔を通して向こう側である日本の様子を窺っている可能性が高く、その場合その出入口である「門」を警戒しているはず。ならば霊体化をしていても気づかれる危険性もあり、もし気づかれた場合は向こうを刺激してゴーストたちを動かしかねない。そうなれば、各地にいるゴーストたちとの戦闘になることはほぼ避けられないだろう。

 

「……そういえば、その百貌のハサンさんの分身の二人はどこに行かせたのですか?」

 

「議事堂と首相官邸」

 

「え゛っ……「門」じゃないんですか?」

 

「「門」を偵察しても意味ないからね。本当は官邸だけにしようかって思ったけど、政府の動きも知りたいし」

 

 とサラリと間接的に政府のことを全く信用していないと言い切る蒼夜に、マシュは思わず絶句し青ざめた顔になってしまう。もしバレてしまえば大事になるというのに、マスターである彼はそれを平然と行ったのだ。サーヴァントの能力を信用していると言うべきか過信しているととるべきか。マシュの場合は後者で、流石に過信しすぎではないか、と行動の大胆さと危なさに「大丈夫なのか」と思わず声に出したくなる。

 

「……それ、ここで言って大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫でしょ。いざとなれば……ね」

 

「いや、何をするのか言ってくださいッ!」

 

 完全に危ないことを考えている顔にマシュも思わず声を出して言い返してしまう。急に声を出したということで、周りにいた乗客も彼らの方を見てしまうが、それ以上のことは何もせず、ただ彼らが何をして、なにを話しているのかと聞き耳を立てていた。

 

「マシュ、声こえ」

 

「あ……スミマセン……」

 

「ま。ともかく目下の目的としてまずは目に見える追手から逃げないとね」

 

 ゴーストのことばかりを話していたが、彼らを付け狙っているのは霊体だけではない。第二審議を見ていた各国の代表。そしてその代表たちが差し向けた諜報員たち。ゴーストよりも行動を起こしてこちらを狙ってくるのはむしろ彼らのほうだ。

 

「おい坊主」

 

「ん。どうしたの?」

 

 ふと、今まで話に加わらなかったライダーが野太くも通った声で蒼夜を呼びかけ、正面の運転席にある窓から向こう側を眺めながら彼に尋ねる。

 

「さっきからずーっと先の道が暗いままだぞ。このまま冥府でも行くのか、これ」

 

「冥府って……地下鉄は基本地下を走る列車だから、進行方向は暗いままだよ。って言ってもこの丸の内線は地上から地下に、逆に地下から地上に出るタイプの線路だから、方向によっては地上に出るよ」

 

「ほう。ではこのまま進んでいたら地上に上がるのか」

 

「いや、進行方向逆らしいからずっとこのまま」

 

 暗い洞窟の道が続くと聞いた瞬間、ライダーは「なんだ。つまらん」と言い切り窓から顔を離す。進む先がずっと暗いだけで、駅にいちいち止まるというのはどうやら彼にとってはつまらないものらしく、それを聞いたらもう興味はないと仏頂面になった。

 

「ただの鉄の箱が暗い洞窟を進むだけと思っていたが、まさかそれだけだったとはな」

 

「仕方ないでしょ。今回は地下鉄でしか移動できないんだから」

 

 蒼夜たちは今回、遊覧にきたというわけではない。参考人招致を受けるため、そして自分たちの立場の足場づくりのために来たのだから、時間も自然とその為に割かれていた。

 ライダーの言うこともわからなくもなかったが、今の状況では全員の身の安全の確保が優先される。諜報員だけでなくゴーストまでいるのだから、この状況で個人の意見を通すわけにはいかない。

 

「向こうの出方をみない限り、こっちも手出しできないから今は我慢してくれ」

 

「ということは後で好きにしてもいいということか?」

 

「……まぁ時間があればね。ただしあまり大事にしないでくれよ」

 

 蒼夜の言葉を聞いた瞬間、一瞬だが孔明の目が輝いたように見えたマシュは刹那の出来事に思わず首をかしげる。まるで子どもが欲しいゲームを買ってもらえるような、自由な時間と欲求を満たされることに対しての喜びとでもいうのだろうか、と精一杯の比喩と想像をして考えていたが、さすがに孔明もそこまで幼稚ではないだろうとすぐにその勘違いが目の錯覚であると振り払った。

 

『霞が関。霞が関』

 

 ふと蒼夜たちがアナウンスに気が付くと、電車は議事堂前から次の駅である霞が関に到着する。早いようで遅いような到着に「もう着いたのか」と時間の流れを感じた彼らは景色が黒一色から駅の明るさと人込み、そしてその騒音に満たされてく光景にいつも通りかと眺めていたが、人込みとざわめきが妙に大きいことから蒼夜はすぐに孔明と目を合わせる。

 どうやら何かあったらしい、と。

 

「先輩。なんだか様子が……」

 

「ああ。どうやら何かあったらしい」

 

 と言ってもこの場合の予想は蒼夜もついていた。話に出た各国の諜報員。彼らが宣戦布告と共に先制攻撃を仕掛けてきたのだろう。その結果、電車は停車したのではなく、その場に止められてしまったのだ。

 

「場所だから止まった……というわけではなさそうだな。なにがあった」

 

「……どうやら、この先の駅で事故ったらしい」

 

「事故、な。さてそれが本当に事故であるか怪しいもんだの」

 

 ライダーの言う通りこれがありきたりな事故である可能性は正直五分と五分。蒼夜も通学などで電車を使用していたので偶にこういった人身事故や点検などが入り停車したり、発車が遅れることは知っていた。中でも前の車両との間隔をあけるため、と言われれば仕方ないと思うことも偶にあった。電車であれば、こういった事故やトラブルはある意味つきものといっていいだろう。

 

「……だな。このタイミングと状況からして、こっちに人を回したってところだろ」

 

「どうやら原因は架線事故のようですね」

 

「架線ね。ってことは向こうの攻撃ってことかな」

 

 だが今回はそのタイミングがあまりに良すぎた。架線事故ということで他人からすればただの事故、運営側のトラブルと考えて、そのただの事故が解決するまで待っていようとするだろう。事故に見せかけての妨害は、妨害そのものをカモフラージュする意味もあるので人によっては自分に対する攻撃ではなくただの事故と誤認することもありうる。

 しかし、今回はそれがかえって向こうからの妨害なのではないか、という可能性を高めることになり蒼夜たちはそこから先に進むことに警戒心を持ってしまう。このまま黙って乗っているべきか。それとも、と。

 

「可能性はありますね。向こうとしては早く特地の皆さんを抑えたいでしょうね……」

 

「向こうの展開が思ったよりも早いな……先手を打って、こっちの行動を抑え込もうって腹か。自衛隊と公安のツートップで守っているのは承知の上だろうし、それなら足の速さで勝負ってわけか」

 

「地の利は伊丹さんたちにありますから、奇襲の利でこちらを混乱させることが目的でしょうか……?」

 

「だろうな。向こうは少人数。ならかく乱はしてくるよ」

 

 常道とはいえ流石に大国の諜報員ということもあり、相手の動きが早いことに蒼夜は焦りを感じる。彼の言う通り、諜報員という立場上人数としては圧倒的に向こうのほうが不利で、それを覆すには少人数を活かしたかく乱などは必ず行ってくる。加えて少数による利点は数の少なさによる機動性の高さ。それを利用し身軽なフットワークで人数に勝る敵を混乱させることは容易なことだろう。

 自分が予想していたよりもこちらへの介入のスピードが速すぎたことに正直に戸惑っていたが、考えている内に蒼夜は向こうの妨害の意図に気づく。

 

「……少し考えればわかることがわからない。やっぱ凡才だな、俺って」

 

「先輩……?」

 

 そもそも、人数で劣っている諜報員たちの利は先ほどの通りフットワークの軽さとそれによるかく乱の有用性。量を質でカバーするのが、少数行動における原則と言ってもいい。

 その中で奇襲による攻撃は諸刃とはいえ、足で勝っている向こうに関して言えば容易なこと。だが、公安のガードがどこまであるのはわからない今、先制攻撃と奇襲の利だけで攻めは愚策でしかない。これは蒼夜も直ぐに理解できた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「……いや。それよりマシュ。降りる用意はしておいてくれ」

 

 ではそれ以外で自分たちの持ち味を生かせることは。と直ぐに浮かび上がったのは少数による隠密。それによる精神的プレッシャーが挙げられる。少数の質を利用すれば数に勝っていても「いつどこから来るのか」という緊張感が混乱に発展することもある。数によるプレッシャーであれば、大勢の方がより多くプレッシャーをかけられると思われているが、それはあくまで正攻法による戦闘のみに限られる。こういった正攻法が通じない諜報戦であれば相手をかき乱すことの方が有効になる。

 

「ですが、まだ霞が関ですよ。東京駅に行くには最低でも銀座まで行かないと……」

 

「俺もそうしたいけど、ゴーストのこともある。それにいざって時は伊丹さんたちと連絡とれるし、ここで降りても電話とかすれば大丈夫さ」

 

 だからそこ彼らは奇襲を放棄した。厳密には奇襲をしたが先制攻撃を警告とかく乱にしたのだ。

 

「先生。ゴーストの様子はどう?」

 

「……駅に入ってからこちらに近づかなくなった。どうやら、あまり人込みやら明るい場所は好きではないらしい。ゴースト、お化けの典型を行くな」

 

「ってことはここで降りても大丈夫ってことかな。この状況だと伊丹さんもそろそろ降りてるだろうし」

 

「ここで降りるのか」

 

「これが向こうの先制なら、多分伊丹さんたちも先に気づいていると思う。恐らく駒門さんだってついてると思うし、地下鉄もピニャさんらと合流するためだけに使えば」

 

「直ぐに降りるか。ということはこの一つ先の駅ということだな」

 

 霞が関の一つ先。つまり銀座駅で既に伊丹たちが下りていると予想した蒼夜たち。それがまさか正解で実際に彼らも危険を感じ降りていた。一応の捕捉を言えば理由はそれだけではないのだが、特地からの来客である彼女たちの立場と伊丹たちの状況を考えれば、銀座で乗り捨てることは当然と言えば当然だろう。

 

「ああ。それと、ライダー」

 

「うん。どうした?」

 

「ライダーなら、この後どうする?」

 

 問題はこの後のこと、つまり伊丹たちがどうするかを逆算して蒼夜たちも行動を決めなければいけない。目的である東京駅から別の移動方法で行くはずだったが、この予定は既に不可能となった。となれば、後は伊丹たちとできるだけ足並みを合わせての別行動をしなければいけなくなる。大本命が彼らだからといっても自分たちもターゲットの内に入っているのだから、うかつな行動はNGだ。そこで。

 

「アサシンに諜報員たちをあぶりださせるって方法もあるけど、今はマーキング程度でいいと思う。あとはその人数からライダーならどうするか、戦略を聞きたくってね」

 

「……でその戦略を元に奴らの手を読み、行動するか。随分と大きく出たな。王たる余を軍師のように扱うか」

 

「軍師であるなら孔明先生だけど、こういう荒事ならライダーのほうがって思ってね。どの道先生にはゴーストを警戒してほしいから」

 

「それくらいなら片手間でできるのだがな。……まぁいい。ゴーストの方は任せたまえ」

 

 ゴーストに対してはひとまず孔明に警戒させることとし、蒼夜は次の行動を指示する。

 霞が関で電車が止められたのであれば、態々向こうの罠に飛び込む理由もない。ならばもう電車に乗る必要もない。

 

 

「よし。んじゃここでいったん降りよう」

 

 

 蒼夜は降車を指示し霞が関の駅で降りるサーヴァントたち。態々罠にかかることで相手の意表を突くというのもあるが、彼らにそんな余裕も得もない。ならば常に動き、相手の目から逃れる方が今はまだマシであるというのがその場にいた面々の一致だ。加えて向こうが何かしらの手を打っているのだろうが、それでも彼らにはある策があった。

 

「……ん?」

 

「先輩、どうかしたんですか?」

 

「いや……あ、携帯」

 

 懐で何かが震えていると思いポケットに手を突っ込むと、元々持っていた携帯ではなく、こちらの世界の携帯がマナーモードの状態で着信を告知しており、画面に映る通話相手の名前を見た蒼夜は通話状態にする。

 

「もしもし」

 

『天宮君、今どこにいる?』

 

「霞が関です。この様子ですと、伊丹さんは銀座駅ですか」

 

『当たりだ。向こうの行動のこともあるけど、ロゥリィがちょっとな……地下に入ると特地の冥府神に求婚されたことが嫌な思い出らしくって』

 

「で。銀座で降りたら見事ラッキーだったと」

 

『君たちもだろ。で。今後のことなんだけど。予定通り(・・・・)市ヶ谷に向かってくれ』

 

「了解……って、市ヶ谷ここからだとクソ長いんですけど」

 

『そこはまぁ……ほら、タクシー拾ってさ』

 

 つまり後は自力でなんとかしてくれという超他人事な言い方に苦悶の声を漏らす。仮にも自衛隊員がここまで適当かつ他人任せなことを言うのは、彼が現代人で現代のことを知っているから後はどうにでもなると考えているのだろう。だが蒼夜のメンバーは大半が英霊。現代とは異なる時代を生きたサーヴァントだ。現代の知識を得ているとはいえ、現代人とは常識や慣れの違いだってある。

 そちらにも何かしらの方法があるから、その方法で向かってくれ。と言っているのだろうが、何がともあれ伊丹があまり厄介事を引き受けたくないこと、男が居てどうにかしてくれるだろうという責任放棄をしているのは確かだ。

 

「……伊丹さん。よく自衛隊で居られますね」

 

『わかる? よく言われる』

 

「開き直らないでください……」

 

『あはははは……ま、市ヶ谷はあくまでも予定だし仮にたどり着けなくても大丈夫。こっちで手は打ってあるから』

 

「……これで俺たちを見放したら化けてでますからね」

 

『もう化けてるやつらいるじゃん……』

 

 自衛官としてだけでなく、一人の年長者として蒼夜やマシュのことを放っておく気は伊丹も流石にないようで、既に何かしらの対策をしていたということを聞き自然と蒼夜の中で安心感が生まれる。それでも責任放棄のように後は彼ら任せにしたということに関しては許す気はなく蒼夜の脳裏では自衛隊に対しての印象が悪くなりつつあった。

 

『ってなわけで、ここからは別々の方法で各自打ち合わせ通りに行くんだけどさ』

 

「……なんかまだあるんですか?」

 

『あるよ。一つだけね。今さっきまで駒門さんと内通者やらの対応とかの話を聞いてたんだけどさ。バスを使った囮の作戦でちょっとおかしなことがあったんだ』

 

「………。」

 

『運転手になりすましていた中国人男性と同国籍の男数名。人気のない場所に簀巻きにされてバスもろとも放置されてたんだ。正直、一瞬君らの内の誰かがって思ったけど、囮にして移動する時には全員の姿を確認した。加えて、バスは囮の為に運転手を除いて誰もいなかったのに、車内には他の誰かが居た痕跡があった。それってつまり、あらかじめ誰かがバス内に潜伏して、囮のバスの襲撃者を返り討ちにするように仕向けたってことになるよね』

 

 ―――君は一体なにをした。

 携帯のスピーカーから聞こえてくる伊丹の声はいつもの腑抜けさを一切感じられず、彼が今回の任務の隊長としての自覚、そして自衛官として蒼夜に尋ねているということを声だけでわからせた。

 その質問に蒼夜の表情は一気に無情のものにかわり、戸惑いや苦悶、笑みすらも消えてしまう。それが聞かれてはいけない事ではないのだが、蒼夜の耳からはそれだけではなく別のことを訪ねているようにも思えた。

 ―――君の目的はなんだ。

 未だ全貌が見えないカルデアの目的に対して伊丹は食らいついている。

 まるでそう言ってるように聞こえた蒼夜は小さく噴き出して呟き始めた。

 

「……いくら伊丹さんたち自衛隊に一定の信用をされているとはいえ、こちらの世界では自分たちで身を守らないといけない。それに自衛官じゃない俺たちは、情報のほとんどがそちら頼みです。だから、俺たちは俺たちのやり方で情報を集め、行動をしなければいけない。バスの一件はその為の一つと取って下さい」

 

『……そりゃそうか。あくまで君たちとは協力関係であって保護云々じゃないからね』

 

「名目上は保護ってなってますけど、特地では協力関係です。だから伊丹さんたちがこちらに対して情報の全てを開示しないように、こっちだって手札を全て晒すわけにはいかない。今はまだ隠しておく、ってだけです」

 

 カルデアが自衛隊や日本に対して優位に立てるものは幾つかあるが、その中で最も優位なのは戦力。サーヴァントたちだ。その力は一騎当千というにふさわしく、個々でも大局を覆すことや優勢を保つことは造作ではない。しかしサーヴァントが英霊、過去の偉人であるとわかった以上、情報社会である現代であれば、その偉人やサーヴァントのことについて調べるのは容易なこと。むやみに真名を晒せば対抗策を作らせることとなってしまう。聖杯戦争だけでなく、こういった面においても真名開示は彼らにとってデメリットになる。

 

『……わかった。ひとまずバスの件は保留ってことにしておくよ』

 

「助かります。駒門さんにもそう言っておいてください」

 

『あー……俺から伝えとく』

 

「………?」

 

 真名の開示はカルデアにとっては重要なことなので、それを極力避けていくことは自衛隊に対してカルデアとの協力関係が白紙に戻った時に対抗策を講じさせないためにもなる。仮に真名が明かされて向こうに対抗策を講じられても、英雄と呼ばれた彼らをそう易々と倒すことはできない。加えて真名がわかったら分かったで、逆にその知名度によるサーヴァントに対しての脅威が発生し、それが一人二人ではなく十人、二十人となれば迂闊に手を出すことや、そもそも関係を白紙にすることもできない。

 サーヴァントという存在、そして真名のシステムをうまく利用することは聖杯戦争においても重要なことなので、それを利用し蒼夜は伊丹たちに適度な脅威をチラつかせることで立場を安定化させていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まったく……あの歳になると末恐ろしいね、若い子って」

 

「隊長、歳よりみたいになってますよ」

 

 蒼夜との電話を終えて、携帯の通話を切った伊丹に対して富田が年寄り臭くなっていることを指摘するが、ただの天然や素直ではない彼との会話はほとんどが腹の探り合いのようなものになっているので、自然と疲労感のせいで年寄りの物言いになっている。

 今回の参考人招致で蒼夜が日本のことを好きではないと言い切ったからか、彼の態度もやや距離をとったものになっており、伊丹も彼の本心を知ることが難しくなっていた。その追い打ちもあり彼との会話は化かされているようで、苦労と疲労は倍増する。

 

「相当修羅場とかを潜り抜けてきたって感じだからね。おまけに天下の軍師様が一緒なら、腹黒くなるかもね」

 

「……隊長はやはり、彼の言うことを信じるんですか?」

 

 議事堂前で別れた富田、栗林、そしてピニャとボーゼスは第二審議をテレビ中継で視聴しており、あの泥沼のような長い審議を伊丹とは別の方法で一部始終見ていた。なのでカルデアのことや孔明の答弁なども知っており、その審議がいつもテレビで見る討論会のようなものとは違う、レベルの差を感じさせたことも新しい記憶として刻まれていた。

 当然、ライダーことイスカンダルの真名の宣言と、それに流れで名乗ることとなった英霊たちの真名に伊丹と同様に驚いていたのは言うまでもなく、自分たちと一緒にいた人物らが英雄であることに開いた口が塞がらなかった。

 

「富田は信じない? 彼らの言ったこと」

 

「信じる信じないで言えば、自分は信じます。イタリカでの戦果もありますし、能力で言えばあれを常人と超人で片付けることなんてできませんし。仮に内容の一部がブラフだとしても、そこに事実を混ぜなければただのほら吹きです。ですが、彼らはほら吹きにならないように、既に証拠を残していた。炎龍との戦い、そしてイタリカ。ですから……」

 

「半分が本当でもう半分は嘘を混ぜたってことか。けど、あの場でブラフを言うと思う? カルデアのこと、彼らの目的のこと。その為の英霊たちのこと。あんなの嘘だろっていうのは本当に簡単だし、議員の誰かが「そんなこと嘘だろ」って言ってしまえばあとはその流れに乗って虚勢を作る議員たちが出てくるはずさ。でもそんな流れは作れなかった。それが嘘だと言うことはできても、言い切ることはできなかった。それが本当である可能性があったからだ。「門」を使わずに彼らが特地に居たこととかね。実際、普通の人が聞けば荒唐無稽だって言えることを彼らはあの場で言った。それを馬鹿馬鹿しいと思った人もいるはず。でもそれを妥協する形ではあるけど、議員たちは信じた。無論、総理もね」

 

 ブラフだと思っていても、そう言い切れる根拠がない。結果として有耶無耶になった蒼夜の正体についてがそうであり、それが結果最後まで決着することがなかった理由として特地の意識と定義がある。

 魔法という非科学的、ファンタジーの話であるものが特地では実際に存在し、逆に科学文明は進んでいるとは言えない。逆に日本では科学技術が発達しているが、非科学的である魔法は見る影もない。これをそれぞれの視点で蒼夜のことを考えれば、特地では「「門」を使ったかそれに近しい方法でこの世界に来れた」という仮説を立てることができ、それが矛盾していないという証拠もあった。しかし対して日本では日本人でありながら特地に居た彼のことを「何等かの方法で「門」をくぐり特地に入っていた」としか考えられない。

 何が何でも自分たちの常識と実証できる範疇でしか矛盾や疑問を解決することしかできないのが日本に対し、特地では常識外のことも考慮し「その可能性がある」となればそれを加えて仮説を立てている。

 

「結局、あの場で彼はどうやって向こうにいたのかは話さなかったけど、それは彼自身「言っても信じてもらえない」って方法だったからじゃないか? その可能性があるのなら、魔法なりなんなりの可能性だってあるし、カルデアのことも自然と嘘ではないかもしれないって考えてしまう」

 

「それが議員らにとっては都合の悪いことだったから、あの審議で頑なに認めなかったと」

 

「あの場に居た議員さんらはみんな自分たちの定義、常識に彼を強引にはめ込んで自分たちの考えを押し通そうとしていた。それがかえって常識外のことについて考えさせないようにしていたんだろうさ」

 

「自分たちの負担をできるだけ軽くして、得だけを得られるように立ち回る。それが政治家のやり方だから……ですか?」

 

「俺はそこまではわからないけど、特地のことを自衛隊にほっぽってるんだから多分ね」

 

 現地にいる身としてはもうすこし自衛隊のことを考えてほしいと願うが、第九条のことを考えると自分たちにとって不利益や面倒ごとは極力避けたいというのが政治家たち本音なのではないか。

 今回の参考人招致でそれを肌で感じた伊丹は、自分たちの立場に不安になりつつも今は目の前にある救急車を見送ることで忘れることにした。

 

「……で。これからどうします。駒門さんはああなってしまいましたが……」

 

「駒門さんの方は大丈夫でしょ。公安だって馬鹿じゃないし、こっちにガードはつけているハズ。まぁ……不慮の事故はあったけど」

 

 そう。なぜ救急車を伊丹たちが見送っていたのかというと、その車両に駒門がうつ伏せで乗せられていたからだ。

 銀座駅で急きょ降りると言い出した伊丹に、立てた段取りが狂ってしまうからと駅に引っ張り戻そうとしたが、蒼夜たちが霞が関に居る頃に銀座でも架線事故のアナウンスが入り、地下鉄は事実上使用不可能となってしまう。運がよかったと言えばそれまでだが、これで駒門が立てていた計画通りにはいかなくなってしまった。なので、やむえなく銀座駅を降りた一行は別の方法で目的地に向かうこととなったのだが……

 

 

「んっ……うーんッ! 久しぶりに外に出たみたい! やっぱり息苦しい地下よりも地上よねぇ。空気がまずいのは仕方ないけど、嫌な思い出のあるあんなところよりは一億倍マシだわ!」

 

「一億倍って……どんだけ嫌な思い出なんだか」

 

「恋愛っつーのは相思相愛がベストだっていうからな。あの嬢ちゃんの話は俺たちの想像を超えるほどなんだろうよ」

 

「駒門さんが恋愛の話をすると中年の見合いのように思えるよ……」

 

「しれっと失礼なこと言ってません、隊長」

 

 栗林の突っ込みを無視しながら伊丹は視界内に特地の五人がいることを確認するとアイコンタクトで富田に彼女たちから離れないようにと指示を出す。ロウリィは地下鉄の出入口前で大きく体を伸ばし、レレイはテュカと二人で近くに立っている装飾された木に夢中だ。ピニャはもう夜だというのに、昼間のように明るい街道の様子をながめており、その明かりの一つである街灯をボーゼスはどういう仕組みなのかと興味を示していた。

 結果的に運がよかったとは言え、電車まで止めるという方法には流石の駒門も驚いたようで、相手が何が何でも彼女たちを捕える気であるということは二度の妨害でハッキリとしたと不敵な笑みを浮かべる。向こうも特地という旨味を手にするために躍起になっているのだろう、そう言って携帯を一瞥すると伊丹に顔を近づけて彼にだけ聞こえるように小声を出す。

 

「ま。ここで下手すりゃ一生政略結婚される羽目になるんだろうな。そうならない為に……」

 

「わかってますよ。で、敵さんの狙いはなんだと思います?」

 

「最初の予定は二段構えであの娘らを捕える気だったんだろうな。でも、同時に二段構えが失敗することを予期していた」

 

「こっちがその為の策を講じると予想して……か」

 

「ああ。だから奴らは副次効果を利用したんだ。一度目のバス、二度目の電車。捕らえる気はあったけど失敗すると覚悟していた」

 

「……けどあえて実行したのは?」

 

「アンタもわかってるだろ。デモンストレーション。そして同時にこれはメッセージでもある。「俺たちはいつでも捕まえることができるぞ」ってな」

 

 バスと電車が警告でありメッセージであるというのは蒼夜と同意見で、ここに居ない彼も同じことを予想しているだろうと二人も考えていた。

 これが警告であるということにしたということは、初めからこの二段作戦で成功すると考えていなかったということ。しかし最初の二つが失敗しても無駄ではないということをわかっていた。失敗しても警告はできるのだから。それだけのことを考えられるのだから、相手の諜報員はそれだけの経験を積んでいる人間という事になる。

 

「それが相手の一組の意思か」

 

「分かってるじゃないか。中国人が簀巻きにされてたってことは中国も動いてる。こっちの予想では最初の二つは恐らくアメリカ」

 

「バスは元々アメリカの策だったけど、それを看破した中国が相乗りして利用した。けど、バスは失敗。電車も俺たちが下りたことでご破算と」

 

 伊丹も電車の件で相手が並みの諜報員でないということはわかっていたので、大体の予想は絞り込めていた。それだけの実力を持つ諜報員が居て、なおかつ特地に対しての旨味が欲しい日本と関係を持つ国。となればその国は限られる。

 

「結果、向こうさんの計画は次に移行するってことだ」

 

「ってことは……」

 

「ああ。間接的に自分たちのことを知られないようにするって方法でやってきたが、それは向こうも無暗に手出しできないことになる。でないと自分の正体がバレちまうからな。けど間接的な妨害が二度失敗したってことはこれ以上無意味ってことにつながる。だから……」

 

 退社時間なのか人込みが増え始めたころ、ロウリィが気分転換を終えて街の様子を眺めていると、次の瞬間に彼女の驚く声が出た。声に気づき伊丹たちが目を向けると、彼女の死角から突如見慣れないジャージ姿の男が一人駆け寄ってきて、素早く手に持っていたハルバードを奪い取っていた。死角からいきなり物を盗られると思っていなかったロウリィは呆気にとられてしまい反応が遅れ、そのまま男がハルバードを抱えて逃げていく姿を眺めていた。物が物なだけに男でも両腕で抱えるように奪い去っていくが、その足は一般男性よりも早く体格も富田よりも屈強だ。

 

「ほうれ。こんな風に……」

 

 この盗難劇と男の姿を見て駒門はくつくつと笑うと手を貸そうともせずロゥリィ同様に逃げていく男の姿を目で追うだけで手を貸そうともしない。彼も走ったりはできるが、歳なのでそこまで無理なことはできないという理由もあるが、それにしても動くことすらしない。傍には現役の自衛官がいるので実質彼ら任せにする気で、反射的に体が動いていた栗林が横目で彼の姿を見て「少しは手を貸してほしい」と思うほど冷静だった。

 ……しかし。それもつかの間。

 

「うっ……!?」

 

 男がハルバードを抱えて走り出してから、まだ五メートルも進んでない辺りで盗難劇は終わりを告げてしまう。わずか一瞬、男がハルバードを抱えて数歩という距離で声と共に体が地面へと落とされていく。磁石にでも引っ張られるかのように抵抗することもできずに姿勢が屈みやがて地面へと落ちていく流れは、男がどれだけ力を込めようと抗う事ができず、止めることもできなかった。

 

「あ……」

 

 情けない声を出して倒れる男の上に持ち去ろうとしていたハルバードが落ちてくる。その光景には咄嗟に追いかけようにとしていた栗林も足を止めてしまい、周囲の人間もこのあっけなさ過ぎる盗難に何がしたかったのかと目を丸くしてしまった。

 

「あーあ。コケちまったのかい。情けないねぇ」

 

「……どうします、コレ?」

 

「どうも何も、立派な窃盗犯だからな。普通にアウト……でしょ」

 

 ひとまず、ロゥリィの所有物を盗んだということで彼が窃盗で捕まることにかわりはないので、駒門と目を合わせた伊丹は相槌を打つと犯人ではなくロゥリィの方に声をかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ。それにしてもなに、今の。物盗り?」

 

「ああ。今、駒門さんが警察……捕まえる人たち呼んでる」

 

「ふーん……二ホンの物盗りって貧弱なのね」

 

 貧弱というが、伊丹たちの目にはそうは思えないほど屈強な体をした男が下敷きにされており、その光景は上にのっている物の大きさもあって不釣り合いだ。なにせロゥリィの背でようやく倍近い武器が男の体と比べればさほど変わらない程度に見えている。つまり見た目と想像する重さが釣り合っていないのだ。

 

「取りあえず、そこ男は窃盗としてしょっぴかせて貰うよ。まぁ情報とかは期待しないほうがいいねぇ」

 

「……使い捨てってこと?」

 

「だろうな。直接的な行動に出たからと言っても、自分たちの手を使うにはまだ早い。今はまだこの程度さ」

 

 携帯をポケットにしまい、倒れた男に近づく駒門はこの男が諜報員たちの差し金であると言い、背中に手を置くと周囲をぐるりと見まわす。男に触れたというだけだが、それだけで諜報員たちの反応は大きく二つに分かれる。仮に本物の諜報員、つまり仲間なら何かしらの反応を見せる。しかし駒門が言った通り、この男が捨て駒なら反応はない。

 駒門が様子を窺いながら体を触っていると一人なにかわかったかのように立ち上がる。

 

「どうやら、まだやるつもりらしいな、奴さんらは」

 

「……マジですか。ったく、少しはこっちも休ませてほしいよ」

 

「安心しなって。今回の一件は公安でも重要視されている。ガードはキッチリとしておくから、アンタらはもう少し肩の力を抜きな」

 

 公安がしっかりとガードしているというのは、駒門がここに居るということで信用していた。しかし、それでもガードを掻い潜って仕掛けてくる人間が居たりするのだから、公安が常に反応してくれるとは限らない。あくまで不審な行動を未然に防げる程度にはガードしている、という意味なのだろう。

 皮肉にも聞こえる駒門の言葉に不満げな表情をする伊丹だが、その表情は直ぐに変化する。駒門が男の上に乗せられているハルバードに手をつけていたのだ。盗む気がないというのはわかっていたが、伊丹は彼がその動作に移った瞬間に思わず声を出して止める。

 

「あ、ちょっとそれは―――」

 

「心配するな、俺もこの程度のなら持て―――」

 

 刹那。

 銀座の街に駒門の裏返った声と共に体内の骨が鳴り響いた。

 その声は彼の想像をはるかに上回り重さと苦痛と共に一つの答えを与えた。

 ああ。そういうことか。と

 

 

「……亜神の武器は並の人間では持ちにくいと聞く」

 

「身体能力でも私たちと亜神との差は歴然。だから見た目はこうでも」

 

「重さは凄まじいんだよな……」

 

 言うのが遅い、と突っ込みたいが駒門は既に声すら上げることができずその場に果てた。

 その姿に伊丹は現在、同じくぎっくり腰になっている桑原を思い浮かべ、今も医務室のベッドの上に居る彼の姿と重ね合わせていた。

 

「これくらいでだらしないわねぇ。せめて巨人ぐらいの力でないと」

 

「だからその力が無理なんだって……」

 

 

 ……かくして駒門を除く全員が救急車を見送った場面に戻る。

 そんなわけで不慮のトラブルで戦線離脱となった駒門を見送る伊丹たちは、サイレンの音が遠のいていくと次の行動について話し合いだした。

 

「で。改めてどうします、隊長。駒門さんが言う通りに……」

 

「にしたいけど、敵さんのこの速さを考えると当初の計画は無理だな。このままいけば向こうが流れをつかんでこっちが不利になる」

 

「てことは、市ヶ谷はアウトってことになりますか」

 

「そういうこと。中国アメリカと双方がここまで食いついてるんだ。こっちの情報とガードがガバガバだぞ」

 

「こうなると、こういうのもなんですが公安のガードも信用しづらくなりますね」

 

 駒門が居なくなった途端に公安の行動に辛口なことを言う三人。彼らももう少し公安のガードと対応に期待していたが、相手が上手なのかそれても公安が立てた段取りなのかここまで立て続けに仕掛けられているということに対して次第に彼らの護りも期待できなくなっていた。しかも肝心の段取りを知っている駒門はこうして今は居ないのでは、段取り通りや信用しろと言われてもしきれるものではない。

 

「それに問題はもう一つある」

 

「レレイちゃんが言っていたことですか?」

 

「地下って言えばあまりいいイメージはしてなかったけど、まさかね」

 

 そこにダメ押しをするように伊丹たちにはもう一つの問題があった。地下鉄に入ってからマシュたちが感知していたゴースト、レレイを始め特地の面々はそれぞれの方法で感知しており、特にレレイとロゥリィはゴーストが自分たちを見ているという存在感までも感じ取っていた。

 最初は誰もが地下鉄が初めてであったということもあり地下鉄ではこういう感じなのかと納得していたものの、次第にゴーストたちの気配が感じ取られるようになってくるとレレイが反応し伊丹に忠告をした。

 

「誰かに見られている。それも、人間じゃない。霊体……亡霊のような」

 

 それに続くようにロゥリィも言葉を繋ぐ。

 

「地下に入ってから、嫌な感じしかしない。ハーディのせいって思ってたけど違うわ。これは……彷徨える魂たちが私たちのことを見ている」

 

 霊魂というものに関してはロゥリィの方が知っているからか、レレイの言葉の段階で半信半疑だったものが一気に確信へと至り、それが事実なのかと窓の方へと振り向くが伊丹たちの目には窓の向こう側は暗い線路の道しか見えない。レレイもロゥリィも居るとは言っているが実際にそこに見えるわけではない。あくまで気配があり、見ていると感覚で理解しているだけだ。

 

「亡霊……お化けっていうよりはゴーストか。都市伝説とかオカルトの話かと思ってたけど、本物の魔法使いとかが言うと現実味が増すなぁ……」

 

「ゲームと現実は違いますからね。案外、コロッとされるかもしれませんよ、隊長が」

 

「……コロッとって、何? 俺が襲われるとか?」

 

「ゴーストって怨念だけで現世にとどまってるでしょ。だからホラ、現世にとどまって目的を果たすためにはっていうか」

 

「生きている人間の魂を吸うってか。あり得そうで怖いけど、今は見えないお化けより見える連中だ」

 

 ゴーストだけが相手ではないのは伊丹たちも同じ。特に彼らの場合は特地の三人が狙われているということもあり、その警戒心と襲撃される確率は高い。だからといってゴーストのことも置いておくわけにはいかないが、これは今の自分たちでは解決できるものではないと頭の隅に置きつつ様子を調べていたレレイにゴーストの動きを聞く。

 

「どうだ。まだこっちを見てるか?」

 

「ううん。えきに入ってから亡霊たちが動かなくなった。今は地下に居るし、動く気配もない」

 

「そっか。レレイ、すまないけど……」

 

「わかってる。ゴーストの動きは私のほうで感知しておく」

 

「頼むよ。ただの思い過ごしで終わればいいけど、なんかね」

 

 居るかもしれない、とまでしかわからない相手に今すぐどうしろというほど切羽詰まっているわけではないが、それでも気にかけないわけにもいかない。普通なら、まず信じること自体間違っているかもしれないが、既に魔法やらなんやらを見ている彼らにとっては一つの可能性、あり得る話になっている。素直にそれを信じるとまではいかないが、もしかしたらそうかもしれない、と考えている時点で普通の人間とは異なっている。

 真実味が帯びていても伊丹たちがまだ完全にその話を信じ切っていないのもある。情報だけでなく感知した気配もまだ不確定で、見られているだけでは単なる思い過ごしや緊張感による誤認だってありえるかもしれない。

 

「もしかして隊長、幽霊とか苦手ですか?」

 

「人並みにね。でも、なんでだろうね。ゴーストの話に関して半信半疑の自分がいるのに、それがまんざら嘘だとも思えない自分もいるんだ」

 

「つまり、彼女らの言うことが本当かもしれないと?」

 

「まだ断定はできないけどな。取りあえず、まずは移動しよう。いつまでもここに居たって始まらないし。いつまた襲われるかわかったもんじゃない」

 

 公安がガードしているとはいえ、絶対に安全ではないというのは変わりない。またいつ他の諜報員たちが自分たちに襲い掛かってくるかわからないので、人込みの中を移動しつつ今夜はやり過ごそうと提案する伊丹に対し、富田と栗林は顔を見合わせて尋ねる。

 駒門が救急車に乗る前に市ヶ谷のホテルに向かえと言っていたが、伊丹は既に諜報員たちによって何等かの手が打たれていると考え向かう事を断念している。どの道、銀座にいる彼らが市ヶ谷に行くまでの距離は蒼夜たちと同じぐらいに長いので、タクシーなどで乗っていくにしても途中で何かしらの襲撃を受けてしまう。

 

「つーわけで。当初の予定を大幅に変更して、今晩は俺が知っている場所に行くことにする。異存ないか?」

 

「いえ。ですがその場所とは……」

 

「言っておきますが、秋葉はいきませんよ」

 

 オタクである彼のことだからと先回りを言う栗林に、自分がそこまで安直な考えはしていないと否定する。確かに秋葉原に行きたいという気持ちは伊丹にもあったが、この場でそんな贅沢を言い出すほど彼も馬鹿ではない。

 

「秋葉は逆に他の人たちに見られやすいし、情報が拡散する恐れもある。殿下のこともあるし、普通に避けるべきだ」

 

「んじゃ、他にどこに行くっていうんですか。隊長の財布で私ら全員泊まれる場所なんて……」

 

 そこらのビジネスホテルなのでは、と彼の財布事情を勝手に想像するがホテル系は襲われる可能性があるので極力さけることにしている。ホテルならチェックインすれば誰でも泊まれるので諜報員も同じように入ることができる。つまり、防御はないに等しいのだ。

 どんなにグレードの高いホテルでも同じで、チェックインもせずに入っても「既にチェックインしている客」か「客の関係者か」とフロントの人間は考えてしまうので実質顔パスされてしまう。そうなればまた逃げることになり、休まる時がなくなってしまう。

 

「そんなわけないでしょ……ホテルは流石にアウト。なら、連中の目を掻い潜れる場所でないと」

 

「で、その場所とは?」

 

「これから行くんだけど、その前にちょっと……」

 

 行く宛てがある、という伊丹の提案に一先ずこの先のことは彼に任せようとそれ以上の口を挟むことをしなかった二人。彼の言う通り、ホテルや秋葉は別の意味で危険な場所なので、そこに直行するのは無謀でしかない。今は賢明な判断をしている彼の指示に従っておけば大丈夫だろうということで従ったのだが、この時彼が一体どこに自分たちを連れていくのか、それだけを聞いておけばと思うことになる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――じゃあ、今は狙ってこないってことか」

 

「そういうことになるな。これだけの人間がいるんだ。なにか事を起こすのなら、もう少し人気のない場所、逃げやすい場所を選ぶだろう」

 

 霞が関の地下鉄駅から階段を上がり、ようやく地上に出ることのできた蒼夜たち。彼らの目の前にはすっかりと暗くなった夜空と、その中を照らして未だ昼のような明るさを保つ街並みの光景が飛び込み、月明りと僅かな火の明かりだけが照らす世界しか知らない清姫やリリィにとっては新鮮味のある光景だ。

 一方で現代人である蒼夜やかつて聖杯戦争で現代に召喚されたことのあるイスカンダルは特に目立った反応をせず、目下自分たちが置かれている状況に対し次の行動について話をしていた。

 

「けど、木を隠すなら森の中って言うよ。逆に人込みを利用してくるって可能性もあるんじゃない?」

 

「まぁ発想は間違ってはおらん。実際、そうしてくる輩もいるだろう。だがな、それは並外れた暗殺者か、その場から逃げだすという逃走の面でしか役に立てん。人さらいをするには人の数が多すぎる」

 

「そうか、人の数が逆に逃げるときに」

 

「そう。仮に連中がこちらの娘っ子の誰一人をさらったとしよう。力もあり、足も速い。女一人を抱えて逃げるのは容易なことよ。だが、そこには己が身を隠すために入った人間という大海が待っている。それを避けて、逃げ切れるだろうか?」

 

「やろうと思えばできる。でも……」

 

「現代は情報がたやすく手に入り、拡散できるのが長所だ。携帯を使ってSNSにアップするなんてことは直ぐにできることだから、撒いて逃げようとしても顔を見られ、撮られる可能性だってある。車も似たようなものだ」

 

 現代に詳しい孔明が、ライダーの話を補うように入り自分たちが襲われるケースの可能性、方法が一つずつ現れては消されていく。駅を降りてから、次の行動とそれまでに相手がどう仕掛けてくるのかを話し合っていた彼らは、こうして諜報員たちがいつどこで仕掛けてくるのかを考え、同時にその時の対策について練っていた。

 

「ナンバーは偽造されてるんじゃないかな。仮にも誰かを拉致するんだし」

 

「それでも逃げている間はそのナンバーをつけてなくてはならない。なら、写真を撮られたら後は拡散されるなり警察に捜索のための手がかりにされるなりされてしまう。人気のない場所に連れ込むにしても、この場で襲えばライダーの言う通りになる」

 

 なにも襲われることを恐れていたり、拉致されてしまった時に自分たちが何も手が打てないことを考えているわけではない。今までと違い、情報と知識を用い自分たちに襲い掛かってくるという状況と、それが戦闘ではない拉致を目的としているという今まででは一度も経験したことのない相手。加えて後方支援のロマニたちに連絡できない孤立無援の状態という今までの中でも監獄塔ほどでないにしろ絶望的な状況だ。

 支援もない。敵も今までとは目的から異なっている。しかも相手は人間で、誤って殺害してしまえばそれだけで自分たちの立場が危うくなってしまう。

 

「こっちが人気のない場所に行かない限りは向こうも下手に手を出してくることはないだろう。それに今はまだ人の多い時間帯だろ。なら、人込みに隠れるにしても襲うのはもう少し後になる」

 

「……逆に言えば、人が少なくってくると向こうも逃げきれる確率が上がるってことか」

 

「この場で襲うのならな。こちらが人気のない場所にいけば、向こうは絶好の狩場だろう」

 

 視線を感じながら辺りを見回すライダーは自分たちに目を向ける一般の人間には目も合わせず、まるで何かを探すかのように視線を動かし時折目を細めている。何かをにらむようにしているその目線は周囲の人間が目の圧だけで怖気づいてしまい、視線を逸らしたり俯いてしまうほど。ただ一瞥しただけだというのに、彼の存在感とオーラに気圧されている人間が多かった。

 

「って言ってもな。市ヶ谷はアウトの確率大だし、「門」は伊丹さんたちが居ないと開けることもできない。といって俺たちにこれ以上、行く場所があるかと言われてもないし……」

 

「どうする。予定通りに言われた場所に行くのか?」

 

「……そうだね。どの道、他にあてもなし。少なくともここに居るよりはマシ……かな」

 

 このまま人気のある場所にいても、時間が経過すれば向こうの有利な状況に変化してしまう。特に今は帰宅時間というだけで人が多いのも一時的なものなので、ラッシュ時間が過ぎれば、人の数は減っていき混んでいた道も見渡せるようになる。そうなれば向こうが手を出すのも容易になり逃走の確率も上昇してくる。

 となれば街道にいる人の数が減るのは時間の問題で、そこにしがみつくよりも移動する方が賢明であると考え、蒼夜は伊丹たちと最初に打ち合わせで計画していた目的地に向かう。その場所こそ彼らの今回の目的地だ。

 

「……よし。アーチャーたちに連絡して、目的地に移動しよう。多分、伊丹さんらとは時間差で俺たちが先に向こうに着くと思うけど、ここよりは安全だ。途中、電車が終電になるかもしれないけど、それはそれ。最悪はライダーの世話になっちゃうけど」

 

「構わんぞ。今はマスターであるお前さんの身が第一だからな。それに余も、そろそろこの見世物のような雰囲気に耐えられんくなってきた。歯がゆくて仕方ない」

 

 有名人が居れば、誰だって思わず目を向けてしまう。一般人からすれば天に居る存在ともいえるので、たとえ意識をしなくとも視線を向けてしまうだろう。向ける側としては、それだけだが問題は向けられる側。あまり視線を向けられると逆に変に意識してしまう。ライダーも最初は特に気に留めていなかったが、地下を出てから視線の数が増えたせいで嫌気がさしてきたのだろう。名の売れた人間というのは、そういうジンクスを持っているらしい、と蒼夜は後ろを振り返る。何人か自分たちの方に顔がむいたと目を逸らした。

 

 

「……あ、先輩ッ」

 

 周囲からの視線を気にする蒼夜にマシュが何かに気づいたのか声をかけてくる。野次馬が携帯で撮影でもしているのかと彼女が見ていた方角を蒼夜も見ると、そこには野次馬などではない、つい最近……というよりも数時間前に見たことのある顔がそこに立っていた。

 

「な……ん?」

 

「……貴方は」

 

 思わず眉を寄せて疑問符を浮かべた蒼夜の声に孔明も気づき、少し遅れて同じ方向を見ると、横目から見てくる通行人とは違い、目の前に堂々と立っていたブラウンコートを着込んだ男の姿に素直に驚く。

 どうしてここに、という疑問もあるが、それより彼が一人でここに居るということの方が孔明にとっては驚きを隠せなかった。

 

「よう。こんなところでたむろってると、風邪ひくぞ」

 

「嘉納……さん」

 

 ちらりと周囲を見回した蒼夜は言葉が詰まりかけるが、なんとか口から出る言葉を変えて乗り切る。目の前にいるのが政府の人間、しかも大臣であることを彼も昼間の審議で嫌というほどわかっていたので、大臣と言いかけたが周りの目が自分たちに向いている中で、そんなことを言ってしまえば変な噂が立ちかねないと無意識に考えてしまっていた。

 

「まさか……」

 

「一人……ってことにしたかったんだが、まぁこっちの事情でな。悪いが数人ほどついてきてる」

 

「……だろうな」

 

 ライダーが顔をにやけさせて嘉納の向こう側の電柱や自分たちの後ろにある路地への道を見ると、周囲に溶け込んではいるが足の止まった人間がこちらの視線を向けたり、目を逸らしているが、彼らの様子を窺っていたりしていた。嘉納の言う通り、彼の周りには数人のSPが配置しているようで、こういったSPが要人の周りについているという状況が初めてだった蒼夜は変に意識してしまい嘉納自身に目を向けられない。

 

「で。国を預かる者が、我らに何の用だ」

 

「何の用……って言っても俺は偶然通りかかっただけさ。帰り道がこっちなんでな」

 

 大臣がこうも堂々と歩いて帰るわけがないだろう。思わずそう言いたくなる蒼夜だが、瞬時にそれがまんざら嘘でもない(・・・・・)ということを察する。

 あからさまな嘘……と言いたいところだったが、その嘘を感知する嘘感知器の清姫が「嘘である」と断言していない。それどころか彼女が一言も発せず、嘉納の顔をじっと見ており、その様子も平静そのものだった。とは言うが彼女が嘘などに警戒しているのも確かで無意識に近い形で人の嘘を判別できる清姫が「嘘」と言うどころか、一言も言わないということに蒼夜は事実として受け入れられなかった。

 

「……まさか車酔い、なんてわけじゃないですよね」

 

「いいや。今日はなんだか物騒な事故が多くってな。危ないから歩きにしたってわけだ」

 

 嘉納の言葉に清姫が目を細め、口をへの字に曲げる。どうやら嘘をついているようだが、その嘘の度合いが弱い(・・)ものらしい。清姫は生前のできごとから嘘についてかなり敏感で、嘘の気配があれば清姫の態度が一変し冷たい目とオーラを出してくる。

 清姫がこうして嘘だと反応したことに蒼夜は彼女の嘘の判別が正常であるということに安堵した。

 

「……で、本音は?」

 

 すかさず孔明が隠さずに嘉納の言い訳が嘘であることを言い、話題がずれないうちに本題へと入ろうとする。嘉納も、そのつもりだったようで「冗談が通じねぇな」とつぶやくと本題に切り替えた。

 

「しいて言うなら、お前さんらに個人的な興味を持ってな。で、護衛を担当している公安にどこにいるのか話を聞いたってわけだ。ちなみに帰り道がこっちだっていうのは本当だぜ。それにどの道、地下鉄はあれだし、上も上だったからな」

 

 嘉納の話を聞いた限りでは、どうやら彼も妨害のことについては知らなかったらしい。それを知ったタイミングは恐らく蒼夜たちとさほど変わらず、そのために帰る方法も変えたか途中で降りたのだろう、というのが孔明の推測だ。公安もまさか地下鉄まで止めるとは思ってもいなかったので、その事を考えると彼はわかっていたとは考えにくい。

 事実、公安も何かしらの妨害をしてくると構えてはいたが、具体的なところまではわからないのでほぼ出たとこ勝負だったと言っていい。

 

「……で、俺たちを待ち構えていた?」

 

「ああ。だが、まさか霞が関でお前さんらが降ろされることになったって聞いたときは俺も耳を疑ったけどな」

 

(どこまで本音なんだか……)

 

 嘘は言ってないがあえて隠しているのか、それとも本当なのかは清姫の反応にゆだねるとしても、彼がカルデアに、そしてサーヴァントに興味を持っているというのは蒼夜も納得はできた。でなければ先ほどの審議で、あそこまで食ってかかることはしないだろう、と。

 

「それで、お前さんらは今日どうするんだ」

 

「一応、そちらが用意した場所に行くつもりです。時間はかかりますけど、俺たちにはその為の方法もあるにはありますから」

 

 とはいうが、時間も既に遅く彼らの用意した場所に行くまでの間に電車が止まってしまうのではないか、という不安はあった。そこはライダーの戦車を利用することとなるので特に問題はなかった。

 だが、それを知らない嘉納は「ふーん」と言うとしばらく口元を触りながら考え込み、何を思いついたのか口を吊り上げる。見様によっては不敵な笑みにも見えてしまう表情に蒼夜たちも思わず構えてしまうが、同時に何か悪知恵が働いた子どもの無邪気さにも見えてしまう。今回はその後者だったようで

 

「行ったって確実に終電逃してアウトだろ、こんな時間じゃあよ」

 

「それは分かっています。ですが、俺たちは他に行く宛てもないですし、他の移動手段にしたってバスは囮に使いましたから」

 

「ああ、話は聞いてる。そこでだ」

 

 その辺りの話を聞いていたのか、既に何かしらの方法か提案を用意していた嘉納に用意周到さと都合のよさを感じられるが、こうなることは彼も予期していたのだろうという納得感があった。政治家というだけあって耳の速さもあるが、それを瞬時に次の行動や対策に変えられるという手際の良さに蒼夜と孔明、イスカンダルは改めて彼の手腕の一片を見た。

 しかも、その政治家が何かしら用意しているのだから、伊達に金と権力だけがあるのだからそれだけ期待してもいいのではないか、と変な期待を持ち始めていた。

 

「夜遅いからよ、ウチ来いよ」

 

「………はい?」

 

 彼が斜め上の提案を持ちだすその瞬間まで、だが。

 

 

 

 



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チャプター3-7 「現代停滞地『日本』 = 帰路の真実 =」

お久しぶりです。

以前はやる気がまったくだったのですが、なぜかふとやる気が出てきたので再開しました。
このモチベーションが続く限り、書いて行こうかと思います。

……で。今回は会話パートですので少し、場面を多めに切り替えてますのでご了承を。

それでは久方ぶりのFate×Gate、お楽しみください。


・余談
ちと多機能フォームの操作をしてたので特に編集や修正はしてませんので。


 ──―現代、日本

 とは言うが、その世界は蒼夜たちがいた2016年の世界ではない。

 伊丹たちの居る世界の日本も時代的な見方からいえば現代なのだ。蒼夜たちの世界と伊丹たちの世界は時代、年代が極めて近いので「未来」とも「過去」ともいえない。同じ「現代」だ。

 その現代の日本は今、前代未聞の事態に直面していた。これは過去に例のない、どの国も、ましてやあるはずのなかった事だ。

 ……と世間では騒がれているが、事実それは確かなことだろう。

 異世界と自分たちの世界とが繋がり、そこから異世界の軍勢が現れ、さらには自衛隊が今その世界へと派遣されている。

 自衛隊や日本でなくても、こんなことは()()()()()()初めてのこと。未だ世間が騒ぎ続けていて話題が持ち切りになっているのも無理はないことだ。

 そもそも異世界と自分たちの世界が繋がる、ということ自体がファンタジーでしかありえないと誰もが決めつけていた。それは子どもだけでなく、その手のジャンルを書く作家や漫画家でさえも、それはあくまでフィクションでありフィクションだからこそ面白いのだ。と答える。つまり、ファンタジー的な要素、それこそ「門」というものは()()()()()()()といつしか決めつけていた。

 

 

「──―ところがどっこい、二次元だと言われていたことが現実になっちまった。異世界という架空が現実になり、その異世界から俺たちは侵略を受けた」

 

「それが銀座事件の幕開け、ですか」

 

「ああ。当時「門」の周辺は休日ってこともあって人だかりがそこそこあった。元々人口密集地だったからな、それが休日にもなりゃ自然と人の数は増える。おまけに昼時ともなりゃ」

 

 予想被害は言うまでもない。

 嘉納の言葉に蒼夜は当時の様子を容易に想像できた。

 休日の昼時。しかも人口密集地である市街地で突如、襲撃を受けたのだ。完全な不意打ちで、しかもそれが空襲や計画されたものではなく、ましてや現代の人間では想像はできてもあり得ないと断じてしまう方法。

 誰も異世界からの軍勢が市街地のど真ん中に現れる、などと予想することはできないだろう。

 

「政府も最初は何かの撮影かなんかだと思っていた。当然俺もな。だが、実際に現地の情報や被害が届くにつれてそれが嘘のような真であることを受け入れた。

 その時にゃ既に銀座は帝国の侵攻を受けて大惨事だったらしい」

 

 急襲という形で始まった銀座事件は、銀座を中心に攻撃する帝国軍によって蹂躙され多くの死傷者を出した。そして、完全に先手を取った帝国軍は態勢が整ってなかったとはいえ政治中枢機関の一つである議事堂まで侵攻。この時、議事堂内もかなり混乱したらしく、中には大の大人が逃げ出したり泣き出したりしていたという。無論、現実を受け入れられない、あるはずがないと否定する者もいた。同じく現実を受け入れられなかったが、絶体絶命であることからそれどころではないと死期を悟った議員も居た。

 

「今でもこれが現実なのかって受け入れられない議員は多い。なんせファンタジーものの作品が丸っと目の前に現れちまったんだからな。無意識の中で現実と架空とで線引きしていたところが、いつの間にか消えて一体化しちまった。なにが現実で、どこからが虚像なのか。俺も未だにその辺りの線引きはできていねぇんだ」

 

 辺り一面を照らす街灯、照明の光が輝く都内の街道。冬の季節ということですっかりと葉を落とした木々を目に、嘉納は独り言のように淡々と語る。

 今日という一日を終えて、帰宅する者やこれから友人、上司らと共に飲みに行く会社員。クリスマスに彩られた街道を、手を繋いで歩くカップル。そのカップルを横目に自己満足のためだけに騒ぎ立てる若者。

 東京の街というだけではない、どこの街でも見られる極々ありふれた光景。

 いつも目にする変わらない街並み。だが、そこに架空のような現実が一つ。

 

「「門」を受け入れている人は多いんですか?」

 

 先頭を歩く嘉納にマシュが尋ねる。まぁな、と答えると

 

「と言っても、受け入れられないヤツも居るのも事実だ。銀座事件で親兄弟、子どもを殺された。自分の関係者は被害を受けてなくても、その被害者たちに同情する者。その被害者たちを理由に危険だとわめく奴ら。理由は様々だが、少なくともそういった反対する奴らは大勢いる」

 

 何かに難癖をつけて他のことまで批判する、といった形で政府の非を突きつけるといった姿は蒼夜もSNSやテレビで目撃したことがあるが、今回はそんな余計が入る余地もなく「門」のことに関して集中した形での批判、デモが頻発しているのだという。

 銀座事件の被害、帝国の行いも理由の内だが、それよりも「門」が持つ力、異世界と繋がるという可能性が国民たちの不安を募らせる原因にもなっていた。

 

「帝国のやったことを許せない者、その帝国が「門」を開きっぱなしにしていること。そして「門」が起こすかもしれない可能性に対しての批判。分けてみると理由も様々だ。が、それを放置するわけにもいかないし、ましてずっと守ってるだけってのも逆に国民の不安と恐怖の種だ。そこで」

 

「帝国のいる異世界、特地に自衛隊を派遣した……ということですね」

 

「……公ではな」

 

 嘉納もこれが派遣という名と言葉を借りた侵攻であるかもしれないというのは分かっていた。事実、当時の内閣総理である北条(ほうじょう)重則(しげのり)が自衛隊を特地に派遣することを決定した際には内閣でもかなり揉めたという。

 派遣とは聞こえはよく、戦闘もないと思われているが実際は自衛隊を特地からの脅威に対する抑止力として派兵しているだけ、と大臣の一人が言った。自衛隊はあくまで専守防衛、そして他国を支援することが大まかな存在意義なのだ、と。

 無論、北条もそれは理解しており、これが見方によっては侵攻と言われてもおかしくないというのも承知の上だった。

 

「当時の内閣総理、北条がそれでも特地に自衛隊を派遣したのは国の安全ということもあるが、帝国がそれだけの文明を持つ国であるということ、やり様によってはこれ以上の戦争を回避できる、と考えたからだ。自衛隊と帝国の軍との戦力差は言うまでもないが、それ以上に向こうも馬鹿じゃない。軍を編成し竜を手懐け、怪物どもを従えていたんだ。それだけの知性、文明があるってことになるだろ?」

 

 カルデアの面々はそこまでは目撃していないものの、帝国がワイバーンを手懐けて竜騎兵として利用しているという話は聞いていた。嘉納の言う通り、他の生物を調教しているのなら、彼らにはそれだけの知性と知識があるという意味にもなる。

 無論、それだけで自分たちと対等な存在かと言われれば、文明や文化の違いはあり、帝国よりも日本のほうが文明では上回っている。しかし、帝国の実態と政治体制は十分に成熟しているので対話や講和をする余地は十分にある。

 

「とは言っても、結局は帝国と二度の交戦を行い、挙句の果てには連合諸国とその残党とも戦ったっていうじゃねぇか。無血どころかドロドロの戦争になっちまったがな」

 

「帝国にはこの国、否、この世界を支配しようとする気があり、この国は国を守る為に戦うことを受け入れた。元より戦が避けられんのは分かっていたのだろう」

 

 ライダー、イスカンダルがいう言葉はもっともで嘉納もそれは分かっていることだった。帝国は元々異世界を侵略するために軍を動かした。一度目が銀座での事件。そしてその後、「門」の向こう側、特地へと退いたとはいえ自衛隊がやってくるとわかった上でアルヌスに兵を置いた。結果、自衛隊は嫌でも帝国との第二戦を行うことになりその後、一連の戦いに繋がった。

 自衛隊と政府も、ただ「門」から出てくる敵を追い払うだけでは根本的な解決にならないのはわかっていた。その為に「門」の向こう側へと進み、特地に入りアルヌスを手に入れた。

 

「帝国はハナから戦うことでこの国を手に入れようとしていた。向こうが既に拳を振り上げて降ろしているのに、こちらはそれに応じないのは無礼極まりない。降りかかる火の粉は払うしか方法はない。そうであろう?」

 

「……まぁな。だから銀座でもアルヌスでも自衛隊は応戦した。専守防衛の大義名分もあったが、殴られたら殴り返さずに話し合おうって言うほど平和ボケもしてねぇさ。

 事実、銀座で追い返したからって次は向こうも対話を持ちかけてくる、なんて馬鹿な考えをしてた奴なんて居なかったしな」

 

 侵略しようとしている国があって、その国が日本へと進んでくるのだから、日本も既に戦闘する意思を示している帝国と剣を交えることは避けられないことでもあった。相手が戦おうとしているのに、自分たちは戦わないというのは傲慢ではないか。まるで自分たちが戦うまでもない、と言い彼らの尊厳や意思すらも否定することのよう。相手が戦おうとしているのに戦わないというのは、優しさでもあるが同時に自分の傲慢さを示しているのと同じだった。

 加えて、帝国が銀座で攻めてきた時に既に自分たちの国を攻撃することに躊躇しないというのは分かっていた。ならば、もう二度と銀座事件のような惨劇や被害を出さない為には、帝国が攻めてくるのを諦めさせるには、自分たちも戦うしかない。人々を守るために、銃爪を引くしかないと

 

「結果。公の発表で自衛隊は二度にわたり帝国と交戦。どちらも圧勝という形で帝国の主力部隊を壊滅させた。無論、支援活動であるイタリカの戦いは伏せられているがな」

 

「伏せられているのですか?」

 

 嘉納の言葉にマシュは問う。

 

「ああ。俺たちは報告で聞いているが、他の二つと違ってイタリカ戦は相手が帝国じゃないからな。盗賊崩れの残党、しかも構成員は帝国の属国の兵士だったて聞く。俺たちの相手は帝国なのに、属国の連中を倒したって話をしても「何故、どうして」と質問攻めにされるのがオチだ」

 

「……それは確かに。それにイタリカの戦いでは正規の軍人さんはごく僅かで民兵が戦ってましたから、そうせざる得ない状況だったとはいえ批判される可能性もなくはないですね」

 

「ま、やむを得ないっていう理由で納得する奴もいるだろうが、それでもそんなところに自衛隊が茶々入れるっていうのも国民がどこまで納得してくれるかわからないからな。結局はお蔵入りさせるか、タイミング待つか。とは言っても、この場合はほとんどが前者を考えるがな」

 

 交差点の前に並び赤になった信号を眺めながら言う嘉納は深いため息をつく。夜も深くなりつつあるというのに車の往来は多く、どこかしこから聞こえてくるエンジン音は未だどこかで人々が働き、営みというものを続けていることを示していた。

 

「不都合な情報のもみ消し……か」

 

「常道の手段だろ? といっても威張れることでもねぇけどな。それでもイタリカの件はまだ明かすわけにはいかん。今回の参考人招致でもそうだが、ほとんどの人間は始まりと結果しか見ない連中が多い。過程は見ているといっても、それは所詮と言ってな。物事の大事なことっていうのは「結果に至った理由」、つまり過程だっていうのにな」

 

 頷く蒼夜に嘉納が返す。彼の言う通り、イタリカの経緯は仕方のないこととはいえ事実は変わらないので、その部分しか知らされず誇張されるしかないのであれば、いっそその事実を時が来るまで伏せるか、最悪歴史の闇に葬るしかない。それは日本と言う国、そして国というシステムが成り立ってから国を動かす者たちが自然と行ってきた方法の一つだ。

 

「情報の隠蔽。真実の迷宮入り。この国が成り立ってからずっとやり続けてきたことだ。いずれは表に出てくることもあるんだろうが……自衛隊が他所でドンパチして人を撃ってるんだ。言われることは大体予想がつく」

 

 何故、自衛隊はイタリカで帝国ではない盗賊を相手に戦っていたのか。

 何故、たった数百人の村人たちを自衛隊は守れなかったのか。

 何故、帝国との戦争の早期終結をしないのか。

 何故、自衛隊はイタリカで戦いに参加していたのか。

 戦いとは言え、盗賊崩れを壊滅させる必要はあったのか。

 そもそも。自衛隊はただ戦争をしたいだけではないか。だからこそ、特地での活動報告を曖昧にして隠蔽しているのではないか。

 その場で蒼夜がざっと考えただけでもイタリカを含め、自衛隊の特地での活動に対しての疑問と批判の意見の予想はこれだけ出てくる。もちろん、それだけではないもっと多くの疑問を国民は持っているだろう。

 特に自衛隊が特地に行ってから向こうのことについての報告が曖昧である、と報道されており事情を知らない、早く終わってほしいと思う国民はその糸口として明確な報告というものを待ち望んでいる。同時に政治家たちも同じだ。特地では現地の自衛隊たちが様々なことに四苦八苦しているのに対し、日本にいる政治家、国民はその苦労を知らない。

 

「イタリカのことも含め、ドラゴン……炎龍つったっけか。そして帝国との水面下での交渉。そもそも帝国が俺たちと同じ知性を持つ人間たちが立てた国であるってことを国民は忘れている。向こうも知識を持ち、文明を持っているんだ。思想もありゃメンツもある」

 

「それでも二度の大敗という状況から、帝国は戦争を続けることができない。もしくは続けても無駄であると理解しているとみて降伏は時間の問題と考えている、かな?」

 

「そう簡単にいくとは誰も思っちゃいねえさ。それだけの大敗をしてもなお帝国は白旗を上げないんだ。敗北よりもひどい敗北をしたっていうのに、それでも帝国はあきらめていねぇ。

 メンツなんてモンだけを理由に戦ってたら、知らないうちにどんどん屍の山を築くっていうのにな。この国の人間……特に失われつつある人間たちはそれを一番よく知っている」

 

 特地の世界で覇権を握っていた帝国。それが異世界の日本、自衛隊によって圧倒的ともいえる軍事力を見せつけられて惨敗した。しかも銀座事件の後にアルヌスでの攻防戦が行われ、その時には銀座事件以上の損害を帝国が被ったというのだから、帝国のメンツだけでなく軍事力、威信ですらズタズタにされたと言ってもいい。それでも帝国は二度の敗北という状況を目の前にしても戦おうとする者たちが居た。虚勢を張り、それでもなお威信にかけて戦うと言う者たち。これまでの歴史、そして先人たちが己が人生と命、そして意思をかけて帝国という大国を作り上げたのだ。メンツだけでなく、そういった今の帝国を作り上げてきた人たちに対して申し訳ない。だからせめて一矢報いるまでは、と思う人間も居るだろう。

 だからこそ。その末路をこの国(日本)は知っているのだ。

 

「この国はかつて大戦によって大きすぎる被害を受けた。何百何千万という命と、その命すら気が付けば吸い上げてしまうほどの大地を作り出し、それでもなお幻想の勝利へと進もうとした歴史。

 帝国は言ってみりゃこの国と同じ末路を辿ろうとしているのかもしれない。だから、それを止めるためには互いに納得のできる形で止める必要がある」

 

「帝国の降伏。もしくは終戦協定ですか」

 

「先に喧嘩を売ってきたのは帝国だからな。向こうが負けを認めてくりゃ良し。引き分けと言うのなら……ま、そこは俺たちでなんとかして纏めないとな」

 

 歩行者用の信号が赤から青に変わり、嘉納と共に蒼夜たちも白と黒に分けられた歩道を渡り、彼の後をついていく。話も止まることはなく、嘉納は蒼夜たちに聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で話を繋げた。

 

「今、国民が望んでいるのは帝国との和平。いや終戦だ。「門」ができてから国民も落ち着き始めているが、それでも戦争に関してはいい加減から真面目まで理由は様々だが終わってほしいという声が圧倒的だ。それに、自衛隊を特地に派遣しているっていうのも、政府としても国民としてもあまりいい気分になれないからな」

 

「あの、嘉納議員。自衛隊はそこまで国民に嫌われているのですか?」

 

「いや。嫌ってるっていうより立ち位置をはっきりして欲しいっていうのが本音だ。正直、自衛隊が居なけりゃ困るのは俺たちだけじゃない。国民だって困るのさ」

 

 議事堂での審議での自衛隊に対する批判の嵐はマシュから見ても政治家たちにとって自衛隊があまりいい組織ではない、という印象を植え付けるのには十分なほどだった。といっても嘉納の言うことも事実で、実際政治家たちにとって自衛隊は居ないよりは居てほしい組織で、あれば便利程度にしか見られていない。しかし銀座での事件もあり近年では自衛隊の存在価値も高まっているので、政府としても自衛隊自身としても、そろそろ立ち位置というのをはっきりさせておきたいのが現実だった。

 

「──―そもそも、自衛隊という組織の理念が納得できん。専守防衛といい、戦う気があるのか?」

 

 そこにイスカンダルが今まで気になっていたことを訊ねる。自衛隊のありようという、彼にとってはハッキリとしないそれはむず痒いものだったのだろう。その言葉には威圧とも我慢の限界ともいえる熱が混ざっている。

 

「戦う意思があるかどうかでいえば、ない、だな。だが近隣諸国の情勢の不安定さという点では自衛隊……いや、武力を司る組織は必要だったと言える」

 

「ならハッキリと言えばいいではないか。近隣諸国の脅威から守るための軍事組織。他国との差別化を計ればそれだけでも存在する意味はあると思うがな」

 

「それができればよかったんだけどな。この国は自衛隊っつー組織を持っていながら、戦争放棄……つまり戦争をしないことを謳っている。それが自衛隊の立場をあやふやにしてしまってるんだよ」

 

 そもそも自衛隊という組織は軍隊ではない。というのが政府の見解であるが、他の国から見れば自衛隊の規模と装備は明らかに軍隊のソレとなんら変わりはない。陸海空とそれぞれに部隊を保有し、最新型ではないが多くの兵器をも有している。事情の知らない人間からすれば、自衛隊は立派な軍事組織に見えてしまうのも当然のことだろう。

 だが、嘉納の言う通り自衛隊の現状は自分たちの居る国。つまり日本が制定した憲法によって立ち位置があやふやになっており、そこまで至ったのには歴史があった。

 

「大戦後、日本が元々有していた軍は解体されて日本には一時期だが軍というのが存在しなかった。警察は残ってたけどな。その間に政府はアメリカと決めた新憲法、今のこの国の憲法の基礎を作り、そして制定した。かつての帝国主義、過ちを繰り返さないように戦争放棄を明言し、世界で唯一の戦争に加担しない国家となった。

 もう二度と戦争に巻き込まれることはない。国民は大いに喜んだんだろうよ。けど、問題はその後だった」

 

「戦争放棄によって自分たちが戦争に直接かかわることは無くなったけど、代わりに他の国の戦争に関わらざるえなくなった」

 

「……ってことはそっちとこっちの歴史は大して変わりはないってことか」

 

 蒼夜の割り込みに嘉納もどこも同じだな、とつぶやく。

 戦争放棄によって日本そのものが軍を持たず、戦争を直接行うことはなくなった。しかし、今度は戦争をする国の支援ということで間接的だが戦争に関わることになる。戦争によって何もかもを失われた国家は、こうして戦争によって失ったものを取り戻していった。

 同時に自国を守るための武力も同様で、一度は手放した軍事力は再び手にすることとなり、その結果自衛隊という組織が生まれた。

 

「自分たちでもう二度と戦争はしない。その為の軍隊を持たない。と明言したはいいが、今度はよその国の戦争に巻き込まれちまって、挙句その為に守る力がまた必要となった」

 

「で、それでできたのが自衛隊か」

 

「昔は警察予備隊って言ってたがな。やってることの大よそ変わらねぇが」

 

 斯くして警察予備隊から保安隊を経て今の自衛隊へと変化したのだが、問題は後付けの形で生まれた自衛隊と、その以前から存在していた戦争放棄に関する法律とが矛盾しているという問題が生じてしまう。

 戦争放棄は戦争を起こすだけでなく、戦争をするための軍事力を廃するという意味もあり、日本が二度と戦争を起こさないように封じる、もしくは戦争をすることを未来永劫してはいけないという戒めでもあった。しかし、いくら近隣で戦争が起こり、その脅威から守るためとは言え軍事力を有するというのは本末転倒にもなってしまう。

 なので、現在でも自衛隊の立場に関する論議はことあるごとに度々行われてきた。

 イスカンダルの言う通り、自衛隊を軍と認めるか。それとも自衛隊を軍と呼ばれないほどに縮小させるか、解散させるか。あくまで一例、例えの話だが論議の内容はそんなものだ。

 そして、現在伊丹たちの居る世界、そして蒼夜たちの世界の日本が共通して公表しているのは「自衛隊は守るための組織であり、軍ではない」ということ。

 

「結局、自衛隊という組織は未だにあやふやな立場に置かれてしまっている。国を守るための軍隊か、人を守るための組織か。その為の行動はずっと起こしてきたつもりだった……けどなぁ」

 

 銀座事件、そして特地での戦闘。イタリカでの戦い。これら全てが自衛隊の今までの行動を一気に無に帰してしまうようなことになってしまったのは、嘉納にとっては痛い話だった。

 

「…………」

 

「リリィ? どうかしたの」

 

「えっ……ああ、いえ何も……」

 

 嘉納たちの話を聞いている間、ずっと俯き何かを考え込んでいたリリィの表情がさらに暗くなったのを見て心配した蒼夜は我慢ならずに小声で呼びかける。当人は考え込んでいたようで、気づいた瞬間にマスターである彼が心配そうな顔をしているのを見て、力のない笑みを作った。

 

「リリィさん、大丈夫ですか? 思いつめたような顔をしてましたけど……」

 

「……はい。でも、大丈夫です。少し考えていただけなんで」

 

 作り笑いで必死に誤魔化そうとしているリリィの様子に蒼夜とマシュは揃って目を合わせて何かあったのか、と気にするが今はと蒼夜はそれ以上突っ込むことをせず、相槌を打ったマシュも

 

「わかりました。でも、何かあれば言ってくださいね……その、目線のこととか」

 

 と気を和ませることを言いリリィも面食らった顔をするがはい、と笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表通りを移動し、人気のない道に入ると今までよりも第三者の視線というものがより強く感じられた。

 蒼夜はそれが恐らく嘉納の護衛をしている人間か、自分たちを監視、もしくは狙っている諜報員ではないかと見るが、気楽な様子で鼻歌を歌いながらイスカンダルと談笑している彼の様子から後者はないと見て、視線が護衛のものだと考える。

 

「痛い視線だな。見なくともわかるほどの気配だ」

 

「警戒されてる……ってことなんですかね」

 

「仮にも議員一人とこうしているんだ。警護なしということの方がおかしい」

 

 普通なら警護数人をつけて初めて安心する、というのが政治家などの権威者たちの典型だが、嘉納はそれとは異なりSPが居ようがいまいが関係はない……とまではいかずともあまり気にしないタイプだと孔明は言い、そんな政治家がいるのかと素直に驚いている。

 議事堂で見た議員たちはほとんどが典型例に当てはまる人間だったので、未だにこうしたタイプが年齢的にもいるのだというのは珍しいことだという。

 

「おかしいってことなら……俺は目の前の光景が少しおかしいかなって……」

 

「……ああ。それはもうこの場にいる全員がわかっていることだ」

 

 目の前の光景。それは彼らの前を歩くイスカンダルと嘉納のことだ。現代の政治家と伝説に登場する大英雄。本来出会うどころかあり得ないだろうことが、こうして実現し、しかもかなり親しげに話をしている。他の政治家なら固まるか虚勢を張るかだが、嘉納の話し方はそんなものは微塵も見られず、様子から見てもその有様は蒼夜から見て酒を飲んで語り合う親父二人だ。

 

「すごいですね、嘉納議員……イスカンダルさんとあそこまで話せてるなんて……」

 

「あそこまで豪胆で大雑把なヤツはいないからな。そういう人間の扱いが慣れているのは自分が同じか、そういった人間を好むか。はたまただが、恐らく彼の場合は前者だろうな」

 

「まぁ……そうですよね。俺たちと一緒に帰って、しかも家に連れ込もうとしてるんだし」

 

 もはや付き合いの長い友人二人のような光景にマシュとリリィも驚くしかなく、孔明は彼ら二人の様子を羨ましそうに眺める。蒼夜はその片方である嘉納の器や度胸に恐れるしかなかった。

 

「……俺ら、人理修復に来たんですよね」

 

「え、先輩?」

 

「もはや目的すら分からなくなってきているのかもしれないが、一応、この世界は特異点に関係しているんだ。間違いはない」

 

 そもそもの目的すら分からなくなるような光景に蒼夜もついには思っているのかわからないことを口にしてしまい、自分たちが何のためにここに居るのか分からなくなってきていた。

 孔明の言う通り、今彼らの居る世界が特異点である特地に関わっていることは確かで何かしらの鍵があるのかもしれないという可能性はあった。が、未だ特異点の原因すらわからないこの状況では目的を見失いかけるのも無理もない話だと孔明は言うが理由はそれだけではない。

 

「それとも、今更ホームシックにでもなったか?」

 

「…………」

 

 それがどうやら当たり(・・・)だった。孔明の彼の鋭く的確な言葉が次の瞬間には彼の中に突き刺さり、彼の表情を打ち壊した。自分の目的、行動理由を失いかけた理由がそれである、と知られてしまい沈黙しているので、孔明は小さなため息をついて徐々に明るさを失っていた蒼夜の顔を見下ろした。冗談とまではいかないが、彼に対し目的を忘れるな、気を緩めるなという意味で声をかけたのだが、それがかえって彼の本音に突き刺さってしまったらしい。

 

「……先輩?」

 

 心配になってマシュが声をかけるが、蒼夜は答えない。

 

「今に始まった話でもないが、やはり原因はここ(……)か?」

 

 笑みが消えて、孔明からの言葉に穿たれた蒼夜の顔は正面から地面へと俯いていく。歩くスピードも徐々に遅くなってきているが前を歩く二人を見失わないようにと必死に足を動かしていた。それが目の前にいる二人に追いつこうとするだけではなく、見失ってはいけないという最後の維持のようなものがあるおかげだというのはマシュにも容易に想像ができたが、蒼夜がその一言でここまで機嫌を変えてしまうのは、彼女では理解することはできなかった。

 

「……別に君の気持も理解できないわけではない。それに、それがおかしいとは思わない。むしろ普通。そう思うことは正しいことだ」

 

 ホームシックというものは、誰だってあること。それは孔明も否定せず当然であると肯定する。それは人間として、()()()()としてはごく当たり前で失ってはいけないものだからと

 

「以前、Dr.ロマンから話を聞いた。最初の頃は特異点修復のせいで余裕はなかったが、時折君の家のこと、家族のことを話していたとな。無論、それがホームシックだけじゃなく君の精神に対する一種の治療法であるというのは分かっている。人理修復などという馬鹿げた大偉業を担っているんだ。何の用意も覚悟もない君がそんなことを経験しないはずがない」

 

 孔明の言葉を聞きながら蒼夜の表情は嫌悪感ではなく、的確に本音を突かれて何も言い返せない、いわゆる「ぐうの音もでない」というもので孔明の言葉を聞きたくないのではなく、むしろそれが図星だからこそ蒼夜は言い返すことも、嫌悪することもせずに沈黙していた。

 

「理由が幼稚だ、などというつもりもない。誰かを思うということ。それが利害や損益、合理的な意味ではない感情的な理由であるなら、それは間違いなくマスターがまともであるということの証明だ。魔術師であれば、そんなことは考えない」

 

「……俺は、魔術師ではないと」

 

「少なくとも君はそう自覚していると私は見ている。数多のサーヴァントたちを束ねる異端なるマスター。人類史最後にして例外中の例外。それはマスターとしてだけではない。そのサーヴァントたちを使役する人間としても君は十分に異端だ」

 

 異端という言葉に蒼夜は聞きなれながらもその実感はないに等しいのだが、孔明、否ロード・エルメロイⅡ世から見ればその言葉は十分に当てはまる存在だという。

 本来、聖杯戦争に参加するマスターは魔術師であることがほぼ常であると言っていたことを思い返す。聖杯戦争が魔術師たちが起こす儀式なのだから、当然参加するのも魔術師である。一応、例外的な事例もあるにはあるらしいがそれは彼も知るところではない。

 

 

「……話を戻そう。君がこの世界に色々な感情を抱くのも無理からぬことだ。なにせ、君がレイシフトした特異点の中では、この世界は一番君の時代に近い。いや、ほぼ大差はないと見ていいだろう。今までの中でここ以外に近い時代は私と言った平行世界の第四次聖杯戦争。そして、ミス・両義が居たあの塔……いや、ハイムか。そして冬木。だがあのハイムは、あの周りのみが特異点であり、冬木はそもそも壊滅していた。であれば、残るは第四次の冬木だが……ま、あの時は君にロクな支援をしてやらなかったのは謝罪する」

 

 というのも、平行世界の冬木で起きた第四次聖杯戦争。それは特異点Fの2005年から更に十年ほどさかのぼった時に起こったもので、孔明もかつての名前「ウェイバー・ベルベット」として参加者に名を連ねていた。

 そこに現代で疑似サーヴァントとなった彼が介入し、完全な第三勢力として聖杯戦争に参加。聖杯の回収を行った。

 が。その時は聖杯回収のためと、基本行動の全てが彼任せであったということから、ライフスタイルは完全なロード・エルメロイⅡ世のそれだった。宿はビジネスホテル。夜に備えて二人は爆睡。しかし隣では葉巻を吸い、彼が何かを企み用意し時折それを手伝わされる。

 結果。自分の時代よりも数年前の世界、というものを堪能できずほぼ疲労感といつ襲われるか分からないという危機感に襲われた日々であったというのを蒼夜も鮮明に覚えていた。

 

「辛うじてコンビニ周りとか、欲しがってたゲームソフト買うのに付き合わされたりとかしましたけどね……」

 

「……スマン。欲しかったのでな」

 

「孔明、日本嫌いとか言ってるけど割と日本のもの好きだよね」

 

「そういえばそうですね。前にお邪魔した時には日本のゲームらしきものが大量に……」

 

 遠い記憶に思いをはせていたマシュと蒼夜に妙な罪悪感を覚えた孔明はああ、すまんかったと投げやり気味に返すが、次の瞬間ふと会話に割り込んできたリリィの発言に思考を停止させる。

 

「…………待て、セイバー。君は入ったのか。私の部屋に」

 

「え? ええ……」

 

「……冗談だろ。私の部屋は極力入らないようと彼ら(ドクターたち)や蒼夜に……」

 

「ですが、あの時はキャスターさんご自身が入っていいと言ってくれましたよ?」

 

 リリィの純粋かつ裏のない言葉に孔明は抱えていた頭を動かして、それらしい記憶がないかと探る……こと、二十秒前後。

 

「……ああ。そういえばそうだったな。二回ほどだったか」

 

「いえ、五回ほど……」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──―時を同じくして、都内のとある表街道。

 

 蒼夜たちが入った閑静な住宅街とは異なり、未だ人の往来が多い表街道は目が疲れるほどの明るさで、暗い夜の月明りは人工的に作られた明かりの数々には微力でしかない。

 立ち並ぶ店やテナントビルなどの光に照らされた道を行きかう人たちは疲れ切った顔をした者や、まだまだ元気な者、すっかりと出来上がっている者など様々だが、みな夜も更けてきたということで声量が極端になってきている。

 

「ったく。東京の街ってのは、なんでこう……」

 

 だがあくまでも声が聞こえにくくなってきているだけで、道路には未だ車が途絶えることなくあちらこちらへと向かい、走らせ続けないための信号機が障害者用の音声を鳴らしている。まるで昼の肉声の代わりに夜は無機物の機械音が台頭して、未だ首都圏は眠らないことを見せつけているかのようだ。

 当然、誰が望んだことでもなく、首都圏が経済の中心である事やそれが原因で夜遊びだけでなく人道を反した残業時間の会社員などがいるからこそ、この賑わいは成立している。

 だから、よそ者でなくてもこの夜の騒音を好む人間というのはそうはいない。いるとすれば、それは恐らく()()()にいる女性のように好奇心に身を任せるか夜遊びですっかりとリミッターが壊された若者たちなどだろう。

 

「五月蠅いったらありゃしねぇ。だから、俺は……」

 

「あら、もしかしてこの街が嫌いなの……?」

 

 憂鬱げに俯いてぼやく声が聞こえたのだろうか。前で目を輝かせて楽しげに辺りを見回していた女性が、いつの間にか目の前に立っていた。

 別段、目の前に現れたことに驚きはしなかったが、女性から投げかけられた質問にはため息をついて間を開けると嫌々ながらに答える。でなければ純粋さ100%の彼女にとっては無視ないし無言は罵倒と同義なのだから。

 

「別に。ただ夜は静かなほうが好きってだけ。第一、俺も都内に来たのは初めてだし来たからって特に嬉しくもない」

 

「都市部が苦手なの?」

 

「いや、俺も用があれば散歩がてら街には出たけど、だからってここまで目と耳が喧しい街じゃなかった。おかげで寝る気も失せた」

 

「……まぁ、貴方が言うことも一理あるわね……夜の街がここまで賑やかで明るいのはいいことだと思うけど、少し度が過ぎているというか……」

 

 

 ……ああ。話を合わせてるな。完全に。

 

 

 どうやら彼女は五月蠅くても、活気のある街の街道というのは好きであるらしく自分の言葉に同意する時に見回していた目は言い訳を探すかのように必死そうにしていた。

 返した解答は外れではなかったが、同時に当たりでもなかったらしい。一番中途半端な回答をしてしまったということになるが、それでどうなるという訳でもない様子なので何も言わずにまた歩き始める。

 

(はぁ……)

 

 現実でのため息をつき終えて、今度は内心でもため息をついてしまう。その原因は周りの騒音、ではなく実は行動を共にしている女性が原因なのだが、その女性という原因もさらに辿っていけば全ての原因は自分の判断にあった。

 が、今更後悔や思い返しをしても意味がない。本当なら適当にそこらの物に当たりたいが、生憎と人がいる前なので面倒ごとはゴメン。

 自分でも性分に合わないことをしているな、と思いながらふと下げていた目線を持ち上げて電飾と街灯の先に広がる黒にもなれない夜空を眺めながら歩き続けた。

 

(我ながら慣れないことしてるよな。……こんなことならあの時、アイツの頼みを断ればよかった)

 

 今さらでは自分の判断に文句をつけることしかできないが、それで気分が少しはマシになるのだからと、脳裏でひとしきり文句を言うと現実に戻ってきた意識によって周囲の変化に気づく。

 

「ん……?」

 

 考え事をしていたので、気づくのが遅れてしまったが気が付けば自分の周りでゆったりとそれでも撫でまわすように辺りを見ていた女性の姿がない。

 いや。厳密に言えば女性の気配はあった。が、その距離は先ほど話していた時よりも離れている気がした。

 

「どこに居るのかと思えば」

 

 一応、連れ人であるため、居なくなっては自分にとって色々と困る。なので、彼女を探し右に左にと首を回していると自分のほぼ真後ろにいることに気が付き振り返る。

 女性が自分のことなど気にせず、というよりそれ以上に興味を持ったものに夢中だったので、気づかせるためにやや音量を上げて呼びかけた。

 

「おい。そろそろ行くぞ」

 

「んー……ちょっと待ってー……」

 

 聞こえてはいるが、返されたのは待ってほしいという頼みで、何をそれほどまで見るのに夢中になれるものなのかと進んできた道を少し戻って女性の眺めているショウウィンドウを見に行くと、そこには女性なら誰もが憧れる美しい白のドレスがガラスの向こう側の世界で顔無き女性たちに纏われており、その色白……というよりも白そのものであるはずの女性マネキンの上からも純白のドレスは耀きを放っていた。

 

「……ウェディングドレス?」

 

「綺麗よねぇ……本当に……」

 

 話を聞いているのか、それともととれる言葉を呟きながらガラスの向こう側に着飾られたドレスをうっとりと眺めている。

 その目はドレスと同じように耀き、美しい赤色で光の世界を見つめ子どもが欲しいものを見つめるそれと同じように向こう側の世界、そこにいる女性たちの纏う礼装を憧れる目であった。ショーケースの中にある蛍光灯の光にあてられ、煌びやかな光を放つ純白のウエディングドレス。女性であればだれでも一度は来てみたい、という淡い願いを抱くのだろうが、それを見るもう一つの目はそこまでのあこがれも、まして興味すら持たない。

 ……でも。

 

 

「……ああ。まぁ外の風景よりは、ずっと見やすい」

 

 その意見には同意だ。と、小さく微笑む。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 とっぷりと夜の色が濃くなってきた空は目を凝らせば厚い雲がところどころに見えており、晴天だった空は闇に変わっている。星明りのない空の下は暗く、かろうじて空に浮かぶ白銀の月だけが夜闇を照らすが、それも一時であり僅かなもの。ひとたび雲に覆われれば視界は闇に覆われ、目の前どころか自分の姿すら侵されてしまい見えにくくなってしまう。

 

「だいぶ住宅街に入ってきましたね」

 

「うん。……っていうか歩くの長くないですか、嘉納さん」

 

 だが、そんな夜闇の世界でも人間の科学の利器である街灯、そして家々の明かりが時折蒼夜たちを照らし、顔の表情や服、歩く姿を曝け出す。

 閑静な住宅街に入ってからしばらく、暗く時折明るい夜道を歩く蒼夜は隣を並び歩くマシュの言葉に、そろそろ歩くだけもつらくなってきた蒼夜は嘉納にいつまで歩くのかと尋ねる。

 

「なんだ、もうヘバッたか?」

 

「いや、別にそういうわけではないんですけど、あんまりにも歩くの長いなって」

 

 現に、彼の少し前を歩く孔明ことエルメロイⅡ世の顔は疲労感を見せており、後ろを歩くセイバーと清姫にいたってはサーヴァントであるにもかかわらず眠気が襲ってきているようでうとうとと微睡んだ顔になりつつあり、かろうじて残された意識で蒼夜とマシュの服を掴み後をついていた。

 

「……後方三名、既に限界間近です」

 

「なんだ。お嬢ちゃんらはともかくとして、そこの優男の兄ちゃん(孔明)はへばるの早すぎじゃねぇか?」

 

 ……後に、孔明はこの時のことを「空気が悪いせいだ」と言い訳するが無論そんなことで通るわけもなく失笑で終わった。サーヴァントになったというのに体力があまり強化されていないという現実は、孔明としても受け入れがたいものだったのだと、失笑した蒼夜は思っていた。

 

「悪かったな……こちらはこうした長距離の移動は慣れてないんだ」

 

「長距離ねぇ……まぁいいさ。もうすぐ俺ん家だからな」

 

 その言葉に内心孔明は安堵していたのか、ようやく一息つけると小さな溜息がこぼれ歩く足取りが若干だが回復したようで、ライダーの背を追っていく。

 もうすぐ終わりだから、とラストスパートをかけて歩く姿は蒼夜にも見覚えがあり、ようやく終わると思い全力でゴールへと向かい走る少年……より詳しく言うなら中学生が長距離を走り終わる当たりの心境であると。

 

「二人とも、もうすぐだから頑張って」

 

「ん……はい……」

 

「んみゅぅ……」

 

 なんとか眠気と戦いながら歩く清姫は、残された意識と力で答えるが、マシュを掴んでいるリリィはそろそろ限界なようで返事すらできてない。リリィとしてはこの時間は元々眠りの時間のようで、既に彼女の顔は夢の世界に旅立とうとしていた。

 

「おーい、リリィー寝るなら着いてからだぞー」

 

「……完全に熟睡モードですね」

 

「やれやれ……マシュ、ちょっと手伝って」

 

 眠気に勝てなくなっていた二人を蒼夜はなんとか連れて行こうと、体勢を変えることにして清姫をおぶさり、リリィとは手をつなぐという父親のようなことをすることとなり、片手で清姫を支えながら歩く蒼夜の顔は動く前から疲労感が出ていた。

 マシュは既に疲労感満載の彼の顔をみてすぐにフォローに入り、リリィの手をなんとか自分に握らせて蒼夜が清姫に気を配れるようにする。

 

「とと……ごめん、マシュ」

 

「いえ、先輩にすべてお任せするわけにはいきませんので」

 

 もうすぐ嘉納の自宅だからといって蒼夜に任せるというのは理由にはならないと、マシュはリリィの手をしっかりと握り、それでいて蒼夜たちに遅れないように今までと同じスピードでついて行く。

 マシュの気配りに蒼夜は素直に感謝し、両手で清姫を抱える蒼夜は前からの視線に気づかないまま、清姫をしっかりと抱える。

 

「まるで夫婦だな、ありゃ」

 

「ははははは。まぁ実際、あやつらの関係は友というよりは、その方が近いのかもしれんな。対等であり、敬いであり、慕いでもある。そしてその中に確かな信頼というものを持っておる。ま、確かにありゃ熟年夫婦だわな」

 

 後ろからついてくる熟年夫婦顔負けの二人の仲の良さを前を歩く男三人は目にせずに聞こえてくる声だけで理解し、それを肴に話題に花開かせる。

 話題は夫婦から連想され、嘉納やイスカンダルらの身の上話に変わる。

 

「ウチのカミさんも、ああやって俺のこと気遣ってくれりゃいいんだけど、これがまた手厳しくてよ……」

 

「ほほう。いつの時代も女とは一筋縄にはいかぬものだな。余の妻のロクサネもだな──―」

 

 共に既婚者ということで話が盛り上がり、後方の静けさとは打って変わり明るい男たちの声が夜の住宅街に響き渡る。相当気が合ったのか、二人の話題は直ぐに盛り上がりを見せ、会話の内容は二人にしかわからない内容になっていく。

 ついて行く孔明はそれを蚊帳の外から聞いているが、時代や国が異なる彼らがここまで話が合うことに違和感を覚えながらも、妙に合致する感覚に戸惑いを隠せない。

 そして、傍観してた孔明は、なんの前触れもない奇襲攻撃に抵抗もできず面喰ってしまう。

 

「ところで兄ちゃん。お前さん、結婚してるのか?」

 

「……は?」

 

「結婚だよ。お前さんの歳なら、それくらいの話はあるだろ」

 

「い、いや……私は……」

 

「あ。そうか。諸葛亮孔明つったら既婚者だったよな」

 

「あ……ああ……」

 

 ロード・エルメロイⅡ世がその身に宿し、憑依された英雄である孔明は既婚者。つまり結婚しているのだ。名は黄夫人といい、名前については諸説あるが彼女が孔明の妻となり知識を与えたという話もある。が、その辺りの真意は不明とされている。

 だが彼の中にいる孔明はどうやら既婚者であることは間違いないらしく、エルメロイⅡ世もそこは否定しなかった。

 

「ほう。そうなのか、坊主」

 

「いや……まぁ……」

 

 嘉納とライダーの言葉に歯切れの悪い声しか返せないエルメロイⅡ世は目を泳がせたくなるが、それを必死に抑えなんとかこの話を終わらせようと思考を巡らせ、会話を紡ぐ。

 

「……確かに、私の、妻……はいるが、誰もが思うような関係では……」

 

「へぇ、そうなのか? それはそれで聞いてみたくなるな」

 

「あ……」

 

 ちなみに、依り代であるロード・エルメロイⅡ世は独身。結婚なんていう浮いた話とは無縁の生活を送っており、性格がこうでなければ捻くれた人生を送っていたという。

 また結婚という話は一切なかったが、後に孔明はある時うっかり「子どもを作らされるところだった」と語ったとか。

 

(マズい……)

 

 とはいえ、今は彼は孔明の名で通っているワケなので、話も相手はそれを基準にして、自分もそれを踏まえた上で話していかなければいけない。エルメロイⅡ世はそのことについては別段問題があるわけではなかったので、孔明のようにふるまうというのはできなくはなかった。しかし、さすがに身の上話については考えてなかったらしく、未知の領域である結婚生活の話を孔明はなんとか誤魔化して──―それも清姫の検知に引っかからないように──―話を進めて行くしかなかった。

 

 

 

「前はなんだか楽しそうですね。ライダーさん、嬉しそうです」

 

「そうだね。参考人招致の時、ライダー結構鬱屈してたから、ああやって話せる人が居て嬉しんだろうな」

 

 陽気な前方の三人の会話風景を目に、蒼夜とマシュはその後をついて行き、あと少しである嘉納の家を目にすることを望み、歩いていく。月明りと住宅街にぽつぽつよ点在する街灯の光、そして住宅の明かりだけがあたりを照らすだけになった道を歩く二人は、あまり多くを語らず、そして話すこともしなかった。

 蒼夜は単純に清姫の事を気にかけて、というのもあるが何より自分の隣を歩く少女の姿に、なんとなくそうするべきだ。と考えたのだ。

 

「それにしても嘉納さん、かなりフレンドリーにライダーさん……アレキサンダー大王と話してますけど、物怖じもなにもありませんね」

 

「多分、嘉納さんはその辺意識はしてるんだろうけど、頭の中の割合……っていうかプレッシャーよりも好奇心とかシンパシーが勝ってるんじゃないかな」

 

 加えて、フレンドリーに話しかけてくれる彼の性格が嘉納とは相性がいいようで、政治家であるということを抜きにしても親しみやすい性格同士だったのがあるのだろう。

 ……それにしても、後ろから見れば飲み会帰りのリーマンに見えるな

 と、ふと見た時に思ってしまった蒼夜だがそれは言わないでおこうと半笑いの顔を必死にこらえ、彼らの後へとついて行く。

 そして。嘉納の足が徐々に遅く、やがていったん止まり方向転換したのを見てようやく目的地にたどり着いた蒼夜たちは顔を見上げ、目の前に現れた建物に目を向けた。

 

 

「………………」

 

 

 見上げた顔が元の位置に戻らない。ただ一人、マシュだけが茫然と顔を見上げて口を開けるという、普段の彼女からはあまり思えないリアクションをするので蒼夜は思わず立ち止まり、マシュに声をかける。

 

「マシュ、どうかした?」

 

「え……あ、いえ別に……」

 

 ふと聞こえてきた蒼夜の言葉に反応したマシュは一瞬きょとんとした目で彼を見るが、すぐに何を言っていたかを思い出し、それに対しての返答を返す。

 珍しく呆気にとられた顔をしていたので、それを見た蒼夜は口にはしなかったがマシュが見ていた方角に何があるかを確かめると、なるほどと納得する。

 一言でいえば、マシュにとってはイメージと一致しなかったのだろう、と。

 

 この後、嘉納の家に無事にたどり着いた蒼夜たちだが、そこでもまた騒動があったのだが、それは後の話。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そのころ──―

 時を同じくして、夜の住宅街を歩く一団が先導者によって目的地に向かっていた。

 師走の肌寒い風が肌をなで、思わず身震いしてしまうのは大半の者の衣類がやや薄着であるということだからか。それでも目的地があるのとないのとでは差は大きく、もうすぐ暖をとれると考えれるだけで彼らの足取りは緩まなかった。

 だが、それも長くは続かない。特地からやってみた面々はともかくとして、元からこの世界に居る三人も寒さにはこたえ、冷たく感じていた頬の感触は次第に痛みを伴い始めていた。

 

「……で。もうずいぶん長いこと歩いてるんですけど、本当に目的地に向かってるんですか?」

 

「ああ。もうすぐだ」

 

「……本当なんでしょうね、これで秋葉原とかに着いたら……」

 

「しないしない。本当に別のとこだって」

 

 先導者の行く先を信じていない栗林は背に向けて鋭い目線で警戒しており、先導者であり信用というものが薄れている伊丹にもはや警戒心に近しいものを持っていた。

 これには先導する伊丹も視線に対し本気にならざるえなく、もうすぐだからと宥めて歩くことしかできなかった。

 

「すっかり警戒されてますね」

 

「まぁイメージからかけ離れてるっていうことからの気持ちはわからんくもないけど……」

 

 とはいえ、この状況は伊丹にとっては複雑でしかなく、なんとか特地メンバーは談笑で若干時間を稼げているとはいえ、そろそろ目的地に着かなければ何をされるか分からない。不満げな顔をしているのは栗林だけであるが、それがかえって伊丹の胃を強く縛る原因にもなっていた。彼女の冷たく鋭い視線は心労を加速させるだけでなく、自分の信用のなさという証拠にもなっていたからだ。

 

「隊長、いつもこんな感じだったんですか?」

 

「まぁ、おおよそはね。一応公私わけてたつもりだけど」

 

 富田はそんな目で見る事はなく、興味本位ともいえる言い方で質問をするので彼との会話が唯一、心労をやわらげる方法だった、が。ふと周りの景色に何か気づいた伊丹は歩を緩め顔を一方向に向ける。目的地にやっと着いたのだ。

 

「お。ここだ」

 

「ここ……ですか」

 

「ここは……アパート?」

 

 伊丹の声に富田と栗林が続いて止まり彼と同じ方向に目を向ける。これには他の面々もつられ、足を止めて首を動かし、目を向けた。

 見えてきたのは、どこにでもあると言えるほど普通などこにでもある二階建てのアパート。外装からして古く、何十年も前に作られた見るからに安アパートなそこは、思わず誰もが言葉を失ってしなう。

 しかし、そこを何気なく、取り付けられた階段を上がりアパート二階の部屋に向かう伊丹の姿に、口を開けて呆然としていた面々は気づくと急いで後を追う。

 どうやらここが伊丹の目的地らしいが、それにしてもこのアパートが、と思う面々はこの先に何があるのかという興味と警戒心を持ち、さびれた廊下を歩いていく。

 ──―まさかここが彼の自宅か? 

 最初に誰もが思ったのが伊丹の自宅だが、自衛隊という職からそこまで悪い生活をしているはずがないと、同じ自衛官である二人は頭の中で否定するが、そこに伊丹の趣味という要素が加わることで、その可能性が現実味を帯びていく。

 趣味に大半、あと生活。傍から見ればありえなくもない。

 

 

「うわ、寒っ……」

 

 二階の一室の前に立ち止まり、スーツの内ポケットから鍵を取り出した伊丹は慣れた手つきで鍵を開けると、ドアを開けて最初に吹き込んできた冷気に思わず身を震わせる。

 外に出たわけではないというのに、なぜか肌寒いその理由は間違いなく部屋が暖められていないからだ。その証拠に、部屋に入ったというのにその向こう側は外の夜空よりも暗く、生活感どころか誰か住んでいるかすらわからないようなほどで、その部屋の光景を見た特地の面々はここは深淵か何かの入り口かと間違えるほどで、実際ある意味ではここは深淵のような場所、であるのには変わりなかった。

 

「こりゃまた……水道、ガス……電気、はまだ生きてるか。まったく……電気まだついてるならエアコンぐらいつけろよ」

 

 と、部屋の寒さと暗さに文句を言う伊丹は電気のつかない部屋の中で靴を脱ぎ、短い廊下を歩き部屋の一室の戸を開く。

 一連の動きはまるで明かりがある我が家のような動きだが、実際は部屋は外よりも暗く、我が家というわけではなかった。彼はまるでそこにもう一人、誰か住人がいることを知ってるかのような言い方で話しており、ここが伊丹の自宅ではないという可能性は彼の言葉によって霧散した。

 

「あの……二尉……」

 

「ああ。ごめんみんな。構わず入ってくれ。部屋暗いけど、何もないからさ」

 

 次の瞬間。戸を開けた向こう側からがさがさと物音が鳴り、小さく淡い光とともに何やら黒い物体が伊丹に向かいうごめき、はいずり寄っていく。まるで黒い蟲かなにかを思わせる動きは見ただけで入る気を失せさせるが、それ以上に彼の足元でもぞもぞと動いているそれが何なのか聞きたい富田、栗林らは目を細めて黒い何かの姿を暴こうとする。

 

 

「ご・は・ん~あー~……あったか~……」

 

 すると、うごめく黒いなにかは伊丹が持ってきた袋にしがみついたままつぶやき、むしゃぶりつくかのように袋に触れていた。そういえば、とここに来る前に牛丼チェーン店に行っていたので、黒いものがすがりつく袋の中身がテイクアウトした牛丼であることを思い出す一同は袋の中身が牛丼であることを察するが、それですべてが解決したわけではない。

 最後に影が薄れ、目が慣れ始めた富田が伊丹に対し黒い物体について問いを投げた。

 

「あの……そちらの方は……」

 

「ん。ああ。これは………………

 

 

 

 

 俺の”元”嫁さんだ」

 

 

 

 ──―直後、アパート一室の玄関口で一同の絶叫が響き渡る。

 余談ではあるが、この時、栗林がとどめを受けたかのように打ちひしがれるのだが、それに気づいたのは近くで見ていたボーゼスだけで他の誰もは目の前の事実の驚愕していた。

 

 

 

「うえ……?」

 

 そして、そのすべての元凶である伊丹の元妻はあたたかな牛丼によだれを垂らしながら、目の前の光景に目を丸くしていた。

 



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チャプター3-7 「現代停滞地『日本』 = 夜の幕間 =」

お久しぶりですー

急にやる気が出てきたんでひとまずは。
ただ最近はやる気のメーターや方向性が振れ幅激しいので、どうなるかは俺にも……
とりあえず続ける気がある限り気長に続けます。

ちなみに久しぶりの更新なので内容を若干忘れていますので、ご勘弁を。


それでは、どうぞ。


 

 

 

 

 

 伊丹が既婚者である、というのは実は知られているようであまり知られていない。というのも、彼の性格、人間性から「どうせロクでもない奴だ」という先入観があるせいで大体の自衛官が自分と同じ独身である、と思っているからだ。無論、そうでなくても他人の事にはノータッチという人もいるので知られない理由の一つでもある。

 だが、実際は―――

 

 

 

 「ったく……やっぱ案の定滞納してたか」

 

 「いやー……面目ない」

 

 ……と。牛丼をほおばりながら謝罪の意思が全く見えない顔で謝る伊丹の元妻こと葵梨沙(あおいりさ)。その表情に謝罪どころか反省の色というものが微塵もなく、牛丼を食べながら笑って言うとさらに説得力がない。むしろこれを当たり前か些末なことと切り捨てているかのような軽さで、これには伊丹も深いため息しかでなかった。

 

 「お前なぁ……これじゃぁ先の生活が思いやられるぞ。もう少し幅広げたらどうだ?」

 

 「おーこーとーわーりーでーすー。私の作品はそういう商売のためにしてるわけじゃないので」

 

 「がっつり即売会に出てるのにか?」

 

 「うぐっ……」

 

 同じ穴の狢ということでか二人の会話はかなりスムーズで、その話の内容は蚊帳の外にいるレレイやテュカらはもちろん、富田ですら何の話かと首をかしげる内容で一体なんのことか聞いても理解できずにいた。

 

 「まったく……腐女子だっつてるけど、こんなことしてたら本当に腐るぞ」

 

 「しれっと怖い事言わないでくださいよ……大丈夫ですって、今度は使いすぎないようにしますから……」

 

 「そう言って何度も金借りたとこ見てきたぞ」

 

 「うぐぐ……」

 

 直後。梨沙は伊丹の言葉から逃げるように目の前にある作業スペースことPCに向き直り、牛丼をほおばりながら作業を行う。彼女にとっては耳の痛い話なようで逃げるそぶりと縮こまった体からそれは明らかだった。

 現に富田から見ても梨沙の生活は決して余裕のある生活とは言えず、先ほども電気以外がすべて止められ、梨沙自身は餓死寸前だった。それを伊丹からお金を借りて生活してるというのはなんとも納得のいく話で、これには栗林も返す言葉がなかった。

 

 「しっかし、まさかこの人が隊長の元奥さんなんてね……」

 

 「不思議な格好をしているな。こっちでは流行りの服なのか?」

 

 レレイの質問にノーと言いたい伊丹だが、ある意味で梨沙の着ている服は流行っているというニュアンスが正しい。着脱可能で着心地もある程度保証され、しかも外出はそれを着たままで髪型を気にするだけでいい。そんなオタク系御用達の服装であるジャージ姿はオタク系や外出を好まない者、ファッションにあまり金をかけたくない者には好まれる傾向がある。無論、本来の使い道であるスポーツ選手も着ているが、そうでなくても着やすさと着心地を兼ね備えたこれに最終的に落ち着くのは道理でもある。

 

 「一部で……かな」

 

 「特に隊長みたいな趣味を持つ人に、ですよね」

 

 栗林の言葉を耳に入れつつも必死に無視をする伊丹は、話題の切り替わりを見て逃げから戻った梨沙と目を合わせ、何も聞かない彼女に対し問いの返答をする。

 

 「……テレビ見てたか?」

 

 「全然。でも動画生放送で見てましたよ」

 

 「そうか。まぁ……言ってしまえば、そう言うことだ」

 

 「…………。」

 

 詳しく何も言わない伊丹の言葉に梨沙はしばらく沈黙するが、牛丼を食べる口だけは動かし後ろに広がる光景をじっと眺める。

 梨沙の部屋をぐるりと見回すレレイ。あくびをするロウリィ。本棚を物色(許可はもらった)するテュカ。そして。

 

 「これは……なんと……」

 

 「素晴らしい……このような芸術(ゲイ術)がこの世界にあったとは……」

 

 「殿下、ここは異世界ですよ……」

 

 「―――そうだった」

 

 と。テュカが物色する本棚の中から出てきた梨沙の成果物を見て何やら驚愕を受け、食い入るように見るピニャとボーゼス。ちなみに物色した当人であるテュカはさして興味がないようで、開いて流し読みをしてはちゃんと戻すという妙に律儀なことをしていた。

 

 「―――なるほど。事情は大体わかりました。つまり、ここに今日泊まりたいと」

 

 「そう言うこと」

 

 と、察した梨沙に伊丹は了承を得たと確信するが、返ってきた言葉は普通に考えられる当たり前のものだった。

 なぜ。私の家なんだ、と。

 

 「……なんで私の家なんですか」

 

 その言葉に伊丹は今更だが罪悪感というものが突き刺さり、また口を閉ざしてしまう。なんで元妻の梨沙の家なのか。なぜ彼女の家で一夜を明かそうと決めたのか。理由はいくつかあるが、その理由の中には共通してあるものがあった。

 極端な話。それに巻き込まれるものの事を考えないということ。梨沙の気持ちを二の次、三の次にしているということだ。いくらピニャら特地の来客を守るためとはいえ、自分たちの家はマークされているからとはいえ、その虚を突くためにこうして元妻の家に上がり込んでいる。確かにここなら一夜を明かすことは問題ないが、それは彼女を巻き込んでしまうという事実に他ならない。

 

 「いや、話は分かりますよ。でもね、それで私を巻き込むのはどうかなと思うのですが。……二重の意味で」

 

 「自分もここで一夜を明かすのは少々……二尉の元奥様とはいえ民間人です。巻き込むわけには……」

 

 これには当然ながら富田も反論し、ここに泊まることに反対する。行く当てがない以上、こうして誰かの家に泊まることは致し方のないことだが、ここで戦闘にでもなれば確実に梨沙の身に危険が及ぶ。無論、それは伊丹も承知しており、言うまでもなくそれは想定している。

 だからこそ。

 

 「わかってるさ。巻き込まれることも。でもね、遅かれ早かれ梨沙が狙われる可能性はあったし、ほかに行く当てもない。俺の家なんてそれこそ罠に飛び込むのと同じだ。

 だったらその可能性がある場所、梨沙の家に泊まるなり確認に行くなりしないと」

 

 「……そのためにここに来たんですか?」

 

 「それもあるし、今言ったけど行く当て他にないしさ。あとはこうして滞納してるだろうなーって」

 

 再び伊丹が梨沙の方へと目を向けると、気まずい梨沙はまた目をそらして逃避する。結果は予想通りであったこともあり、しばらくは話題に入ることも反論をすることもできなかった。

 梨沙を説き伏せることに成功した伊丹は、それを彼女の了解として受け取り話を進める。

 

 「そういうわけで、今夜はここに泊まろうってことになったわけだ」

 

 「まぁ建前としては納得ですけど、本音であるなら少し考えすぎじゃありません?」

 

 今度は栗林が言葉を返し、伊丹の考えは考えすぎではないか、と言う。確かに伊丹の考えは考えすぎと言えばそうであり、本当にそうしてくる可能性も低いはずだ。

 が。これを伊丹はあえて肯定し、考えすぎな方が今回は丁度いいかもしれない。と返した。

 

 「まぁ栗林が言う通り俺の考えすぎかもしれない。でも今俺たちが守ってるメンバーを考えると、そうも言ってられなくなる」

 

 「……蒼夜くんらですね」

 

 「そ。それに今俺たちが守っているロウリィらも加えると、こっちは向こうさんにとっては宝の山を抱えているのと同じだ。特地の人々、本来ならありえざる存在。これで手を出すなっていう方が少ないはずだ」

 

 「まぁ現に二、三度こっちに仕掛けてきてますもんね」

 

 「最初のバスをデモンストレーションとして省いても既に二度。つまり向こうは十重二十重の策を余裕で練っているってことになる。だったら、少し考えすぎて意外な場所に行くってのも案外考えられるだろ」

 

 相手が既に立て続けに襲ってきた時点で伊丹たちに警告だけでなく実力までも見せているので、相当の大国、諜報能力がある国なのは明らかだ。そして、もし失敗してもすぐに次の作戦、方法を展開するあたりそういったことに慣れている、経験豊富な組織が行っているのもおおよそだが判明した。

 つまり、可能性として梨沙になんらかの危害が及ぶというのもまんざらあり得ない話ではないのだ。

 

 「だから、実は案外どっかから俺らのこと見張ってる、なーんてのもあり得るってわけだ」

 

 「うわぁ……隊長が隊長してる」

 

 「栗林。お前ホント俺を何だと思ってる」

 

 栗林の言葉に若干の怒りを覚えた伊丹はそう言いつつ、話がまとまったとみて全員に話を切り出す。

 

 「……はぁ。全員注目! 本日はここで一夜を明かします!」

 

 伊丹が全員に向け話を切り出すまで、レレイやテュカらは梨沙の部屋を興味ありげに見て触っていたが、彼の話に全員が目と耳を傾け、やや気だるげだったり軽い返答が帰ってくる。

 

 「ういー」

 

 「はぁい♪」

 

 「はーい」

 

 どこで覚えてきたのか、気だるげなレレイ。妙に引きつり何かから逃げる……という梨沙と似た表情で笑みを作るロウリィ。そして梨沙の成果物を何食わぬ顔で読んでは戻すテュカ。

 三者三様の返事が返ってきて、それぞれの反応に伊丹も苦笑いするが、それだけ彼女らも暇をしてないということにひとまず安堵する。

 ……ただし。

 

 「なんと……」

 

 「これは……!」

 

 変に深刻そうな顔で梨沙の成果物を読むピニャとボーゼス。

 何にそこまでショックを受けたのかと思うが、成果物の中身を知っている伊丹は脳裏に「まさか」と彼女らの脳裏に広がる光景を想像してしまう。

 

 「……まぁそうだよな。異世界だし、中世だし」

 

 「中世とか異世界は関係ないと思いますよ、隊長……」

 

 だが、趣味や性癖などに時代は関係ないので、こればかりは否定も阻止もできない。話そっちのけで食らいつく二人の後ろ姿に、伊丹は顔を引きつらせて失笑した。

 ―――二人の頭の中には今、本当の意味で薔薇が咲き乱れているのだろう。

 赤く美しく、そして魅惑あふれる赤いバラ。それがこの時代ではネットという電子の海でどう呼ばれているか。それを知る伊丹は、まさかだからなのか、と思いたくなるがそうであって欲しくない。なんだかそう思えてしまい、必死にその否定を自分自身に言い聞かせていた。

 

 

 

 すっかりと夜も更け、誰もが寝静まる深夜。澄んだ雲も夜の闇に溶け、辺りには必要最低限の光しか灯されていない住宅街の道を、富田は梨沙の部屋の窓から見下ろす。周囲に誰か不審な者はいないか、変化はないか探るためだ。とはいえ、普通に窓の外からでは一般人からも怪しまれるので、カーテンを閉めて、そこから僅かにめくり外を覗き込んでいる。

 

 「にしても、まさか本当に異世界の人間……それもエルフとかが居るとはね。新作ネタには困らないわ、これは」

 

 梨沙の部屋で一夜を過ごすということを決定した後、伊丹、栗林、そして富田の三人は交代で見張りと仮眠をとることとなり、今は富田が見張りをしつつ梨沙と気晴らしの会話を行っていた。とはいえ、その話相手である梨沙は明日締め切りだからということで満たされた腹から小さな吐息を吐きつつ、目の前の画面に釘付けになっている。彼女も一応、これが仕事のようなものなので、落とすワケにもいかない。なので会話も途切れ途切れになり、梨沙に返答の余裕がある時を窺いつつ、富田は質問を投げかける。

 

 「……隊長とは趣味の一致で?」

 

 「うん。まぁね。とはいえ、私は御覧の通り腐女子なわけだけど、あの人……先輩はそういうの知ってて受け入れてるから」

 

 「では、互いに知った上で……ですか」

 

 「若いころから互いに腹の中知ってるしね。私が先輩の趣味を理解してるように、先輩も私の趣味を理解していた」

 

 「だから結婚なさった……」

 

 「んだけど、まぁそれだけで上手くはいかなかったわけよ。これが」

 

 趣味を理解しているから、互いの腹の中がわかっているからと言って結婚生活がうまくいくか、と言われるとそうでもない。互いの事を理解していてもいつか理解できない、納得できないものが出てくる。

 梨沙にとってはつい最近起きたことで、そう思えたのはその時からだ。

 

 「人間、誰もが100%理解できたり分かり合えるわけじゃないように、私も先輩とはその辺がかみ合わなかった。他ではかみ合ってたのに、その部分だけがかみ合わなくってね。それが何故か全部かみ合わないみたいに感じて、ああ、これは違うんだなって思えて。だから、別れた」

 

 「……そんなアッサリと別れられるものなのですか」

 

 「意外とね。とはいえ、私らは世間一般の夫婦っていう感じじゃなかったし、そもそも互いを愛し合ってたかって言われれば、その辺もね。だから別れる時も特別哀しかったわけじゃない。現にこうして偶に会えるし、普通に会話もできるし」

 

 梨沙曰く、夫婦という関係からかつての先輩後輩、そして友人という間柄に戻りはしたが、これが思いのほか前よりもうまくいっているのだという。というのも、夫婦であることから互いのプライベートが犯される心配があったらしく、それが離婚によって無くなったのが実は互いに一番喜ばしいことだったらしい。考えるべき部分、喜ぶべき部分がそこであるということには富田も一言いいたくもあったが、彼女らにとっては重要な点はそこだったということに、なるほどと頷く。

 

 「結婚ってさ、凄い幸せではあるんだと思うよ。実際私も多少違ってたとはいえ、夫婦生活っていうのに楽しさも感じてたし。でもね、夫婦って言うことは常に互いを思い気遣うことが必要なんだって知ったのよ。自分だけじゃない、もう一人のパートナーって存在が自分と同じ家で、同じ時間を過ごし、同じご飯を食べて、同じテレビを見る。

 一人じゃないってだけで寂しくもならないけど、同時に窮屈に感じることもある。本当の一人の時間っていうのが少なくなるからね。

 けどあの人の、先輩との違いとか窮屈さっていうのはそこじゃあなかった」

 

 「喧嘩なさったんですか?」

 

 その言葉に梨沙は小さく一笑する。

 

 「まさか。趣味関連で喧嘩は多々やったけど、私生活での喧嘩はなかった。むしろ互いに互いが知る情報を交換して生活の役に立ててたし。互いを知ってるから譲歩や妥協点は見えてたから。

 ……でもそこじゃない。私が本当の意味で先輩と離れたのは、そこじゃないのよ」

 

 「……どういう意味ですか?」

 

 富田の問いに梨沙はしばらく言葉を詰まらせて沈黙する。その沈黙はなぜか聞いた富田にも重くのしかかり、まるで話すべきではないことを聞いてしまったかのように、その場の空気が暗いものに変わっていくのを肌で感じた。

 それでも。梨沙は意を決したのか、小さく息を吸いまるで腹をくくったかのように口を開いた……その時だ。

 

 「………! 失礼。電話です」

 

 携帯のバイブが骨を通じ感じられたので富田は会話を止めて携帯を手にする。

意を決して話そうとした梨沙は、その対応に拍子抜けし僅かに落胆したが、彼の見えない、見ないように視線を動かすと小さく息をついた。

 

 「もしもし……あ。蒼夜君?」

 

 「……蒼夜?」

 

 「今どこに――――――え? 嘉納大臣の家!?!?」

 

 富田のその言葉に、微睡みに落ちていくはずの伊丹の意識は突如引っ張り上げられ、裏返った声とともに彼の体は起き上がったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「はい……はい……あ。ハイ」

 

 携帯を耳に引っ付かせ、短い返事だけを返す蒼夜は、最後に「わかりました。では予定通り、明日」と言うと、今まで上の空だった目を椅子に腰かける孔明に向け、また短い挨拶を交わして電話を切る。画面を弄り、スリープに切り替えた蒼夜は携帯を近くにあるテーブルに置くと、対面するように椅子に腰かけて溜息をつく。

 

 「どうだった?」

 

 「伊丹さんたちも今日は身を隠して一晩過ごすらしいです。互いに寝床の心配をしてたけど、これは大丈夫そうかな」

 

 「……となると、うまく撒けたか。あるいは、向こうも準備しているか、か」

 

 細めた目でさて、とつぶやく。今後の事や今の状況を推察する孔明に蒼夜は今の平穏が偶然のものなのかと問う。

 

 「この状況、今日が前哨戦ということで素直に退いたのもあるだろうが、あの自衛官……伊丹が予想とは若干異なる場を選んで隠れたことが功を奏したのだろう。人の住むアパート、それも人口密集地だ。異音やトラブルには臆病な日本人(ジャパニーズ)でもそれくらいは勘付く。

 そうなればどこから作戦が漏れても、行動が読まれてもおかしくはない」

 

 「臆病っていうより敏感というか。他人ごとだけど、そういうのを自分の目で確かめないと気が済まないっていう人が多いんだよね」

 

 「なるほど。だが、どちらにしても下手をすればバレてしまう」

 

 「だから今回はやめた……か。強硬策が来るって可能性が?」

 

 「ない。さっきも言ったがこういった人の多い場だ。少なくともそこで騒ぎを起こすとは考えなくてもいいだろう。誘拐にしろ拉致にしろ、この一件で警戒レベルが引き上げられているだろうから、それも皆無だ」

 

 ゆえに落ち着いていられるのか、とイスに腰掛ける孔明に相槌で返す蒼夜。

 今日だけで既に三度の襲撃があり、そのすべてが悉く失敗してしまった。一度目のバス、二度目の地下鉄、そして三度目は伊丹らの方の脅しまがいの窃盗もどき。それが立て続けに行われ、なおかつ失敗したことで相手はもう少し強引に出るか、と蒼夜は考えていたが、それは考えが浅いと孔明に指摘される。

 強硬策というのは、もうバレてもいい、後がない時やバレても問題ない時に行われる策であって、こういった場合に行う強硬策は無策の力技と同じ。相手は世界の大国であることから、そんな愚かなことは早々しないし、やるはずがないだろうということで、孔明は今夜の襲撃はないと言い切ったのだ。

 が、それは同時に後日に改めて何かしらの攻撃があるということ。今はその時ではなく準備を整えているだけだ。そのつかの間が今なのだ、と。

 

 「それよりも問題はあのゴーストだ。あれだけの数を出しておきながら動かすこともしないのはなぜか。地下鉄内で言ったこともありうるが、そもそもあれだけの数をこちらで出すメリットがない。いや、それ以前に生み出す理由、使役する意味は何か。そもそもアレを生み出したのは誰か」

 

 「自然発生じゃない、誰かによって生み出された幻霊……って言ってたよね。なら少なくともこの世界って可能性はない。だから……」

 

 「特地の魔術師か。確かに向こうの魔法と言われる魔術であればあるいは可能だろう。だが、そうならまた次の疑問が産まれる」

 

 地下鉄の線路内に出現したゴースト……幻霊は姿こそ見えていたものの動くことをしなかった。ただ線路内を彷徨い、動くだけのポルターガイストは蒼夜からすればC級映画やイラストなどで見る背景のそれと同じで、その無反応さは今も疑問点だ。

 彼らが特異点の旅でゴーストの類との戦闘があるというのも理由の一つだが、同時に誰かから教わった言葉が蒼夜の脳裏を駆け巡り、疑問へと繋げていた。

 ―――そこに在るということは何かしらの意味がある。それは有機物、無機物。生命、非生命。生命体、怨霊、幻霊。万物のものは在るだけで意味を持つ。

 それが誰かからの言葉か、読んだかは定かではないが、それが根拠の一つだ。

 

 「生み出したのは誰か。そして、何が目的でここに彷徨わせているか……か」

 

 「特地の人間の仕業であるなら、ある程度は目的は推測できるが、だからと言ってここに呼び出す根拠にはならない。わざわざこちらで呼び出すなら特地の自衛隊の基地でもいいはずだ」

 

 「ですよね。わざわざ地の利もない場所に呼び出すなんて……ホント、ただの偵察とか?」

 

 「幻霊まがいのゴーストでか? 夜はマナが高まりやすいとは言うが、だからと言って地下鉄線路内を中心に配置するというのは納得しがたい。単に地下だからという理由で呼び出すなど、向こうもそこまで馬鹿ではあるまい」

 

 「……ですよねぇ」

 

 実際、孔明曰くゴーストを召喚するのには他の使い魔同様、場所というのはさして関係はないらしい。必要なもの、魔力。そこにプラスアルファをするために場所を選ぶこともあるが、使い魔という召喚獣を呼び出すのに場所を選ぶ意味はない。

 ゆえに、極論を言えば必要ならいつでもどこでも好きな時に呼び出せばいい。

 

 「ゴーストを集中させていること、人気の少ない場での召喚。偵察というよりも何かしらの準備で呼び出したというのが妥当なところだが、それにしても誰が、どうやって呼び出したかだ」

 

 「門は自衛隊がおさえてますし、物理的にも封鎖されてた。人が出入りすれば気づくけど……魔法で姿を消したり、気配を消したとか」

 

 「連中、魔術についてはからっきしだが、我々がいた時点でそれらしい兆候は見当たらなかった。つまり、魔法使いというヤツに頼ることもなく門は閉ざされていた。そんな必要がなかったということだ」

 

 自衛隊の装備や規模、基地の事を考えれば当然と言える話に、蒼夜の口元が尖る。

 蒼夜ももしかすれば、という可能性を他幾つか上げるものの孔明が「もう少し調べなければ確証にすらならない」とアッサリ返している。

 魔法使いという存在がどんな存在かはわからず、魔法という力も未だ未知の部分が多いので確かなことが言えない。だが、例え優れた魔法使いとやらでも最新式の警備システムや探知機に引っかからず門を潜れるだろうか、という問いには蒼夜も同意している。

 

「自衛隊が占領し門を閉ざしているというのもあるが、そもそも門の存在が異質かつ未知数だ。異世界とをつなぐパスゲート。デメリットもなしに行き来できるという。しかも通行は有機物無機物、どれでも問題なく影響も皆無。

コレだけの物が存在していること自体があり得ない」

 

 「……そこまで?」

 

 「当たり前だ。並行世界への渡航。それになんのデメリットや代価がないのはあり得ない。我々の世界ですら魔法の域なのだぞ」

 

 傍から聞けば当たりまえの話だが、孔明ことロード・エルメロイⅡ世が言いたいのはそれだけではない。並行世界、パラレルワールドへの渡航、認識は近代科学でも机上の空論に等しいが、一方で魔術の世界においては不可能に近い理論とされている。

 その理由はロマニ曰く「数少ない魔法の一種」だからだそう。並行世界の認識はおろか、渡航という大それたことは魔術師でも到底不可能な話で、それを成しえた人物は一人だけだという。最も、その魔法も厳密には渡航や認識ではなく【運営】であるため、差はさらにあるのだが、これはロマニどころかエルメロイⅡ世ですら知らぬ話なので語ることもない。

 つまり、魔術師である彼らですら未だなしえない並行世界との接続、渡航、安定化を成功させている門はあまりにも優れており、同時に異質であると言える。魔法の域、おそらく永久に人類だけではなしえない事を、門はこなし、あまつさえノーリスクだというのだ。

 

 「カルデアのレイシフトでようやくなこの並行世界渡航、それを変換なし、危険性なし、安定性十分でこうして存在しているんだ。それがどれだけの存在でどれだけの旨味を持っているか、君にはわかるはずだ」

 

 「……まぁ。筆舌に尽くしがたいほどには」

 

 「……その辺は帰ってからだが、とりあえずわかっているならそれでいい。話を戻すが、それだけの代物ということ。逆を言えばそれだけの物であるなら何かしらのデメリットがあっても不思議でもない」

 

 全く魔術、魔法と言うものに対しての知識がない自衛隊がこうして門を閉鎖し、最大限の警備体勢を強いているというのは当然であり常道であると孔明は言う。原理も不明、内部も不明、デメリットも不明という存在をいつまでも野放しにしては置けない。その為に門の周囲を囲い、門を箱詰めにするというのは当然のこと。その一方で、今回のように門を不用意に使用するのはあまりいい方法ではないともいい、下手をすれば門をくぐる間に行方不明になることも、最悪別の場所に繋がることもありうる。

 もちろん、それは自衛隊だけでなく日本政府も分かっているところだろうが、それを聞けるほどの立場でもない。

 

 「特地の人間であるならある程度は門の危険性も承知のはず。それに加え向こうからすれば未知の技術を用いた防壁を築いている。全貌がつかめない相手に挑むのは蛮勇無策に他ならない」

 

 「でも、可能性としては特地の魔法使いがやったって確率が高い……か。この世界に魔術協会って組織みたいなのに近い組織があるって可能性は?」

 

 「さてな。だが、門が現界して幾日も経っているのにアクションがないのを見るに存在はしないだろう」

 

 ゴーストの出どころが特地である可能性が高いという仮説が真実味を帯びてきていることから、蒼夜は改めて今までの特異点とは違う世界、事情があることに実感する。以前の炎龍との戦いである程度特地の魔法事情を目にしていたが、これが事実なら厄介なことであり、同時に魔法という文明、技術の高さを示すこととなる。

 

 「孔明。ぶっちゃけ、特地の魔法ってレベル高い?」

 

 「まだ何とも言えん。だが、コトーと言われたあの老師やその弟子のレレイの実力を鑑みるに空想書物で描かれるような魔法、と言われる術式が一般的に流通、浸透しているのは確かだろう」

 

 「……なら魔法で気配が消せるのは」

 

 似た質問を投げかける蒼夜に孔明も溜息をつく。

 

 「……まったく……あり得ない話でもないが、門をくぐってその後は。君の言い分では仮に自衛隊の警備システムをかいくぐり、門を無事に抜けたとする。だが、その後。見ず知らずの異界で、帝国のために、とか言って行動を起こすと思うか。野心に目覚めるかもしれない、異界の地の文明、文化の相違に混乱するかもしれない。

 ……そもそも、常識という括りの違う世界で生きているかすら怪しい」

 

 説教気味に話す孔明は一つ一つ可能性を提示するとともに、その可能性、あり得る話を潰していく。

 確かに特地の魔法が空想作品のようにデメリットの少ないハイリターンな魔法が使えるとして、もしそうであるなら警備システムをかいくぐれるというのはまんざら不可能ではない。気配遮断。存在の希薄化。透過。そういった魔法という力でなら突破は容易だ。そして門は自分たちがまっすぐ進むことで銀座へとたどり着くことが一応ながら証明されている。構造、デメリットは未だ不明だが最低限は保証がされているのかもしれない。

 ―――だが。問題はその後だ。

 仮にこの二つを突破できたとして、銀座にたどり着いたとする。では、その後なぜゴーストを呼び出しておきながら何もしないのか。そもそも、なぜゴーストを人気の少ない場に集中的に集めているのか。その召喚者の意図も不明な点が多く、何を目的をしているか。その終着点が見えない。

 偵察か、野心か。はたまた破壊か。諜報か。それとも。

 

 

 『―――先輩。孔明さん。居ますでしょうか』

 

 ふとドアをノックする音と声に気づいた蒼夜と孔明はドアの方へ目を向け、声の主へと返答をおこなう。蒼夜が短く切り返すと、「失礼します」と言いながらドアが開き、風呂上りの少女が三人、部屋へと入ってくる。丁度湯上りなようで湯気を立たせ旅館で羽織る浴衣の奥の柔肌を見せるのは、別室に案内されて先に風呂に入っていたマシュ、清姫、リリィだ。

 

 「すみません。お風呂をお先にいただかせてもらいました」

 

 「ああ。嘉納さんの奥さんにも言っておいた?」

 

 「はい。奥様には先に。というより……」

 

 苦笑いをするマシュの顔を見て、蒼夜はフォウが居ないことに気づくが、同時に脳裏に「まさか」の文字とともに一階の様子が想像ではあるが浮かび上がった。

 

 「……一緒?」

 

 「フォウ君にべったりですよね……」

 

 「ええ。フォウさん、なかなか離してもらえないようで現在も……」

 

 同じく湯気を立たせているリリィもまた苦笑いを浮かべて答え、生還のできていないフォウの様子を暗に説明する。

 よくよく男二人も耳を済ませれば、一階からの笑い声に交じりフォウの鳴き声が聞こえてきていた。……文字通りの泣き(・・)声が。

 

 「あのぉ……先輩」

 

 「あ、うん。とりあえず俺も孔明もお風呂いただくから……その時に……」

 

 はたして自分が助け船になりうるか、と一抹の不安を感じながらも蒼夜は好意に甘える形で一階の浴室へと向かうこととした。

 

 

 「ではマスター、お背中は私が」

 

 「結構です。自分で洗えるから!!」

 

 

 ……などという会話もあったが、清姫の申し出を即断った蒼夜は、その後孔明に感知用の陣の展開を頼む。清姫が諦めるわけないからと、当人の前で堂々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……むこうはむこうで凄い事なってるな」

 

 電話を終えた富田に対し、確認するかのように伊丹が上半身を起き上がらせて呟く。

 

 「まさか嘉納大臣のご自宅に招かれるとは……」

 

 「かっ……大臣、参考人招致の時にイスカンダル大王にえらく興味持ってたからな。それに蒼夜君らの説明を一人まんざら嘘でもないって顔で見てたし」

 

 「大臣は蒼夜君らの言葉を信じたんでしょうか?」

 

 富田の問いに伊丹は一瞬口をふさぎ、沈黙する。

 あの場では、参考人招致の場では誰もが蒼夜たちの言葉を信じようとはしなかった。疑い、一笑し、真意を探ろうと、彼らの後ろにいる―――はずもない―――であろう国家を探り当てようとした。それはあの場に居た政治家だけではなく、視聴していた誰もがまともに取り合うなどしなかっただろう。イスカンダルの【カリスマ】のスキルである程度は信じ込ませたが、それでもわずかな変化でしかない。

 そんな場所でただ一人、嘉納大臣だけが果たして信じていたのだろうか。

誰もが信じるわけのない話を。あり得ない話をつらつらと並べ、荒唐無稽とも聞こえる彼らの言葉を、事実と受け止めて信じたのだろうか。もしくは、嘘を言っていないという根拠を持って、彼らが嘘を言っていないと思ったのだろうか。

 

 「……難しいところだな」

 

 夜中の頭で思考する伊丹はどこか引っ掛かることろがあると思いつつも考えがまとまらないために考えをやめ、どちらでもないと言葉を絞り出した。

 

 「……素直には信じられませんよね」

 

 「ああ。特地の出来事よりも信じられないよ」

 

 ……とはいえ、伊丹はそれでも一つだけ確証を得ており、それはまだ誰にも告げていない、根拠のない確証だった。

 その確証とは蒼夜たちが別の世界からやって来たということ。より突っ込んで言うなら、伊丹が好む二次元小説よろしく並行世界からやってきたということだ。

 理由としてはいくつかあり、一つは質疑の時に幸原議員が言った通り蒼夜という人物がそもそも居ないこと。これは戸籍がないだけという話かもしれないが、彼の年齢からそれはない。

そしてもう一つに門について。伊丹の考えでは蒼夜たちは本当に門をくぐって(・・・・)いない(・・・)。門をくぐるためには銀座側を占拠していた自衛隊の警備を突破する必要があるが、蒼夜たちが門をくぐらずに特地に来たのだとすれば、そもそも門を使う必要すらない。別の方法で来られるのだから、介することをしないのだ。

 

 (……もし蒼夜君の言うことが本当なら、彼は別の地球の人間になる。でも、そうなら目的は? サーヴァントなんてのを連れて特地に来た理由……単なる放浪(迷子)じゃない、明確な目的をもって行動してる。ってことは……)

 

 ―――何かしらの目的、理由があって彼らは特地に降り立った。そして偶然(・・)にも自分たち(並行世界の自衛隊)と遭遇してしまった。

 ということになる。

 

 「……考えてたら眠くなった」

 

 「ご無理をせずに休息を取ってください。もう少しすれば自分と栗林が交代しますので」

 

 「スマンが、そうさせてもらうよ……くあっ……めっちゃ疲れた……」

 

 思考するのも限界に達してきた伊丹はそういって起こしていた上半身を倒し、再び横になる。すぐ隣には丸くなって眠っていたレレイがいるが、彼女も伊丹同様に疲れたようで起きることなく寝息を立てている。

 

 「んじゃ、富田。先に寝させてもらうわー……おやすみー……」

 

 「おやすみなさい、二尉」

 

 枕もない部屋で、伊丹は自分の腕を枕代わりにすると瞼を閉じて微睡みの中へ落ちていく。意識も目を閉じればすぐに浮遊感とともに遠のいていき、彼の意識は一分とかからずに眠りへと誘われた。

 

 「奥さん見たいだね、アナタ」

 

 「いや、それは……」

 

 デスクにむかって作業を進めていた梨沙が画面から目を離すことなく茶化してくるので、富田は背に向かい否定をする。

 

 「というかさ、そういう話をここでしていいワケ? 一応私、一般人なんですけど」

 

 「確かに問題ではありますが、特地のことについては公と大差はありません。それに今話した事を聞いても、梨沙さんにとっては……」

 

 「まぁ……なんのこっちゃってヤツね。だーから先輩も止めなかったってわけか」

 

 加えて、梨沙にとっては今目の前の作業が重要な事項であって、彼らが話す特地の出来事、蒼夜のことなどはほぼ眼中にない。むしろ厄介ごとは彼女としても御免こうむるので関わろうとしない。元々自衛隊の妻をしていたので、そう言った線引きをしていたのだろう。と後に伊丹は語っている。

 

 「ところでさ。あの人、さっきからずーっと私の本棚の成果物物色してますけど……どちらさま?」

 

 その話題になったので気になっていたことを話す梨沙はいったん作業の手を止めて後ろを振り返る。富田や熟睡している者たちの向こう側、部屋のほぼ対面では梨沙の成果物である同人誌の本を読んでは棚に戻すピニャの姿があり、その横には既に限界がきていたのがボーゼスも寝転がり眠っている。

 富田はピニャのことについて説明をするべきか、迷ったがひとまずは彼女もまた特地からの来訪者であるとだけ答える。

 

 「……彼女たちも特地から……」

 

 「……ふーん」

 

 横目でしばらくピニャの背を見ていた梨沙は作業に戻り、再び沈黙。目の前の脱稿目前の原稿を仕上げようとペンに力を入れる。

 作業に入り集中する梨沙に富田は邪魔すまいと再びわずかに開いたカーテンを目を向ける……が、静寂は刹那に終わりを告げた。

 

 

 「……ふー……」

 

 後ろの本棚の前でピニャが一息つく。どうやらすべての同人誌を読み終えたようで、ぽつりと「良き……」とつぶやいていたがそれを聞いていた富田はなんのことやらと首を傾げ、梨沙は我が事とにやける。

 

 「どう。よかったでしょ?」

 

 「ん……?」

 

 窓の外を見ていた富田が梨沙の言葉を翻訳する。

 

 「面白かったでしょう、と」

 

 「……ああ。実に素晴らしい。よい芸術だった」

 

 芸術、という言葉に富田はそんなに芸術的なのか、と作画の良さを想像したが実際は彼のような男がという作品であるのを知らない。

 

 「どれも素晴らしい。話の作りも、絵も、いずれも我が帝国の……いや、我々の世界のどんな芸術よりも繊細で、優雅で、それでいて魅惑的だ。一つ二つの話だけではない。この棚にあるすべての本が芸術的で、我らの世界の上を行く」

 

 おもむろに顔を上げ、目の前に陳列する同人誌とそれを納めた本棚を見上るピニャはさらに言葉を紡ぐ。

 

 「芸術においてもだが、この国……いやこの世界はなにをとっても我らの世界の文明や文化を大きく上回っている。食もそう、政治も。衣類、交通、情報。そして軍事力。どれも敵わないどころか足元にも及ばない。この圧倒的な大差は、見ているだけで心が痛む」

 

 同時に後悔する。

 帝国はそんな国と戦争を始め、敗戦してもなお戦うのをやめようとしない。国の威信、プライド。そう言ったいつの間にかできていた見栄のために多くの人の骸を特地では作り上げている。負けて負けて、それでもなお立ち上がる。それだけを聞けば聞こえはいいが、実際はただ敗北を認めたくないだけ。諦めればプライドが、威信が傷つき地に落ちると考えているから。だから戦うのをやめない。

 

 「先ほどのあなた方の会話もそうだ。おそらく今回の元老院(政府)との話を話しているのだろう」

 

 日本語を完全に理解してなくても、伊丹や富田の会話、そしてすぐに口を開いた梨沙の様子からおおよその内容をピニャなりにも理解していたらしい。

その言葉に富田は肯定も否定もしなかった。

 

「一国民に対し政治の情報を開示する。我らの国、世界であれば貴族と民草とは決定的に隔絶され政治の情報も殆ど開示されない、する必要がないとしている。だが、この国では一国民が政治を目にし、考えることができる。関わることを許されている。国民もまた政治の関係者であると」

 

 とはいえ、国民が政治に参加できる政治、いわゆる民主主義にも脆弱性はある。それは国の行く末、運営を決める政治家に対し自分たちの言葉を一々挟むことだ。国民の声を聴き、それを政治に反映するという点では効率的ではるが、同時に国民の意見が多ければ多いほど、政治の方針はそちらへと引っ張られ決定に時間がかかり、答えが中途半端にもなりえてしまう。

 国民のためというが、政治に参加できるという意識、自意識の過剰さが傲慢を生み、政治に悪影響を及ぼすことも少なくない。何より、大衆は大衆であるからこそ声を高らかに叫び続ける。

 一方で帝国の政治も実のところ間違いでもない。貴族や王族が政治を行い、軍事を司り、国民はそれぞれの営みを行う。政治がわからず国民が混乱するという可能性もなくはないが、彼らにわかりやすく説明し、それを打ち出すことは(トップ)としての言い切りの良さにもつながる。

王族や貴族の独裁ともいえるが、逆を言えば互いに仕切り、区切って役割を果たしているのにそれをしない、自分たちにしか益のない事をすれば当然反感を買う。

 ……結論を言うなら日本の政治も帝国の政治も根本的には間違いではない。ただどちたが長所か、短所かの違いなのだ、と後に孔明ことエルメロイⅡ世は告げる。

 

 「帝国は戦だけでなく、文化文明でもこうして負けている。それでもなお戦争を続けようとする。あれだけの犠牲を出してなお、まだ意味のない勝利を得ようと骸の山を積み上げる。

 もう、戦いたくない者も多いと知っているのに……」

 

 イタリカでの出来事がピニャの脳裏をよぎる。アルヌス戦で敗戦し、逃げてきた敗残兵。狂気と怒り、やり場のない悲しみに暮れ野党と化し、街を襲った者たち。そして、その敗残兵と戦うために武器を取ったイタリカの街の人々。

 敗北を知り、やり場のない怒りを募らせ、死の恐怖と生への執着から弱者を襲う。

 負けたくない。死にたくない。なんでこうなった。どうしてこうなってしまった。そんな目の人々を幼き騎士はあの日、嫌というほど目にした。

 

 「帝国にも日本との戦争は無意味であると説く者は多い。だがそのほとんどは帝国の惨敗を知って考えを変えた者たち。初めから融和や和平、調査のみで済まそうと言った者、考えた者は果たして何人いたか」

 

 「……殿下以外にも和平を望む者が?」

 

 「和平という名の妥協だがな。軍事で負けを知ったから今度は政治で勝とうとする。もしくは保身のために走っているだけだ。まぁそれなら崩すのも容易だが」

 

 ピニャの口ぶりは帝国の講和を肯定するというよりもあざ笑っているのに近い。彼女としてはすぐ手のひらを返し講和だなんだと言い出す者たちが我慢できないのだろう。保身に走るのは人の常道。とはいえ、それでもなお自分たちが優位であるや勝っていると思うその考えが怒りの根源の一つだ。

 だからこそ、富田は伊丹の寝顔を横目に言葉を絞り出す。

 

 

 「……ピニャ殿下。殿下は……本気で我が国と講和をすることをお望みですか?」

 

 

 その問いかけにピニャの返事はすぐには出なかった。それどころか彼女の背はピタリと硬直し、動くことをやめていた。

 動かず、振り返ろうともしない彼女の背に富田は息を飲んだ。

 

 「―――終わってない」

 

 静寂を破ったのは、ピニャ……ではなく画面から顔を離さない梨沙だ。

 

 「……え?」

 

 「多分さ。その人はまだあきらめてないよ。何度も何度も負けても、倒されても、はいつくばってでも立ち上がって、自分なりの勝ちをもぎ取ろうって意志をさ、持っているんだと思うんだよな。私は」

 

 「あの……梨沙さん……」

 

 無論、梨沙もまた特地の言葉を理解していない。ピニャの独白、そのすべては特地の言葉。梨沙にとっては英語や中国語に等しく、一単語わかれば上々。わからない。わかるわけがない。

 ……でも、言葉から発せられる気持ちだけはなんとなくわかる。

 

 「女はしぶといよ。男以上にね」

 

 顔を振り向かせない梨沙に富田は口を開けて呆けてしまうが、気を取りもどすと彼は自分らに向けられていた視線に気づき本棚の方へと振り返る。

 赤い髪と赤い瞳の少女がこちらへと体を向けていた。

 

 「―――講和は望んでいる。もう無益な血を流さないために。帝国を、私の祖国を亡国としないためにも。

その為であればこの身をやつすことも厭わない」

 

 赤い瞳は富田の姿を捉え、富田はその瞳に吸い込まれそうな感覚と、途方もない何かを感じ取った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そのころ。金色の瞳は眉間にしわを寄せ、デスクを指でたたきながら目の前の投影式ディスプレイを眺めていた。

 目は若干細め、反対の手は頬杖を突き、姿勢をわずかに右に偏らせディスプレイに映る存在証明のデータに唸り声をあげていたが……

 

 「だああああああああああ!!!」

 

 柄にもなく声を上げて立ち上がり、自分の薄い桃色の髪を強くつかんでかき回す。

 突然の出来事に周りにいたスタッフの面々も背をビクつかせ驚いていたが、子どものように困り顔を浮かべる男の顔を見て驚愕と緊張の表情が和らぎ、やれやれと苦笑を浮かべる。中にはクスクスと笑う者もいるが、それは余裕というより彼の仕草によるものだ。

 かくにもそんな絶叫を上げた男の姿に和やかな雰囲気が流れるのは―――

 

蒼夜とマシュ、そして多くのサーヴァントらが属する人類最後の砦、天文台にして観測所。

人理継続保証機関フィニス・カルデアの所長代理、ロマニ・アーキマン。

 現在、意味不明の状況に絶賛お悩み中である。

 

 「何がどうなっているんだ! っていうかいつになったら蒼夜君やマシュは連絡してくるんだ!! もう半日(・・)だぞ!! 僕が頼りないからってそろそろ連絡あってもいいんじゃないかなぁ!!」

 

 というのも、レイシフトをした蒼夜とマシュたちから一向に連絡がないのが彼の悩みの種の根幹だ。向こうでは通信機修復のために動いてはいるのだが、それを伝えようにも連絡手段はその有様である。修復も容易なはず、と考えてはいるがレイシフト地である特地にそんな技術があるわけがない。

結果、存在証明はできているのになぜか連絡がこないことに加え、目的地が銀座であるなら連絡ができるはずと考えていること。そして蒼夜の経歴や場所が銀座ということで、という過保護からの勝手な想像から現在ロマニの精神は発狂寸前、【狂化 E】判定が入っていた。

 

 「はーいはい、落ち着けってロマニ。そんなダレイオス三世みたいな声上げても連絡が来るわけじゃないんだから」

 

 ロマニの後ろから肩を叩き、落ち着けと制するのは誰もが認めるほどに整った顔と実りのあるボディ、そして奇抜ともとれる服装をしたブラウンの長髪の女性。カルデアの技術顧問を務めるサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチその人だ。

 

 「存在証明は確実に行われている。向こうとの通信が繋がらないのは向こうで何かしらのトラブルがあったと考えるのが妥当だ。しかも、ただの銀座じゃないっていうのは事前の観測で分かっていたことだろ。予期せぬこと、想定外の自体は当たり前なんだ。それを対応して蒼夜くんたちは今どうにかして、こちらと連絡を取ろうとしているって考えるのが前向きじゃないか? ここは彼らを信じて気長に待とうぜ」

 

 ダ・ヴィンチに制されたおかげである程度落ち着きを取りもどしたロマニは管制室の階段を下りていく後ろ姿を見て小さく息をつく。

 

 「でも、流石に半日何も音沙汰無しはおかしいだろ。おまけにこちらからの観測はほぼ不可能。肝心な部分が霧散するかのように消えているのに厳重に防御されている。そこにないはずが、そこに在るかのようになっている」

 

 「シュレディンガーの猫みたいな状態なのは私も疑問さ。しかも、それが一直線にそっているならなおさらね。でも、それはただそう在るだけで、こちらへの干渉も蒼夜くんたちの方への影響も皆無。楽観的に考えるなら、ソレはそうするだけの何かで、あって特異点認定をされた世界への直接的な悪影響を及ぼす存在ではない、と考えるのが自然だ」

 

 「楽観的なら、ね。もう少し考えるなら、それが今から特異点に干渉することも、あるいは元から特異点のある世界に存在する特殊なものであるとも考えられる。もしそうなら、彼らの戦力だけでは……」

 

 最悪絶望的な状況かもしれない。そう考えるとロマニの顔は下を向き、暗くなる。

 だが、その一方でダ・ヴィンチの顔は前を向き、明るさを絶やさない。

 

 「だからこそ、蒼夜くんは戦力増強を図っている。カルデアに駐屯しているサーヴァントたちが呼び出されているのはその為とみるべきだ。加えて今のところ呼び出されたのはアサシンだけ。即戦力のクラスとは言えない、斥候、偵察などに向いているクラスだ。

 彼らを呼ぶということはまだ蒼夜くんたちはそこまで絶望的な状況に追い込まれていない、と言えるだろ」

 

 「……確かに。呼び出された三騎はどれも即戦力とはいいがたい。でも彼らを呼ぶということは」

 

 「ま、確実に面倒ごとになっているのは確かだろうさ。あの人選は下手すりゃ一国そのものだからね」

 

 アサシンという縁の下を呼んだということは事態は厄介ごとの方面に進んでいる。敵がいるから倒して終わり、という話ではないのだということは他の特異点同様に何かしら複雑な事情というのが絡んでいるに違いない。それはアサシンが呼び出された時にロマニも考えてはいた。

しかし、逆に彼らを呼び出すという選択肢を取れるという状況なのだともいえる。カルデアには特地に赴き、マスターである蒼夜と行動を共にする者たち以外にも多くのサーヴァントがここに腰を下ろしている。その中でアサシンという直接の戦闘に向かない、対人(・・)重視のサーヴァントである彼らを抜擢したということは、まだそこまで絶望的ではない。

 

 「しかもその後詰めで彼女らだろ? 人選としてはおかしいが、戦力としては申し分ない。特に保護対象である彼女は、ね」

 

 「第二特異点同様に国家勢力が絡んでいる……おまけのこの人選ってことは……」

 

 「蒼夜くん、確実に向こうの政府と厄介ごとを起こしてるね」

 

 ダ・ヴィンチの予想にロマニも肩の荷が余計に重くなり、立つこともできないのか落ちる形で椅子に座り込む。

 

 「やれやれ……向こうの政府とは極力関わらないで欲しかったんだけどなぁ……」

 

 「遅かれ早かれ、おそらくいずれは関わることになってたさ。それが今ってだけだ」

 

 「えらく向こうの状況を知った風な口ぶりだね、ダ・ヴィンチちゃん。何か予想が?」

 

 「うーん……まだ憶測の域を出ないけど、おおよそは……ね。どうやらこの特異点、思ってたよりも面倒なもんを抱えているようだ」

 

 ダ・ヴィンチのセリフにスタッフたちは慣れができてきたせいであまり取り合わなかったが、振り返る彼女の目にロマニは彼女の意思を感じ取る。椅子に座り直し、制服と白衣を整えたロマニはいったん呼吸を整えると管制室一杯に聞こえる声を出す。

 

 

 「所長代理の権限で第二次非常事態警報を発令。カルデア内に居るサーヴァント全員にスタンバイを呼び掛けてくれ。それと、キャスタークラスを別で編成。人選はレオ……ダ・ヴィンチちゃん、君に任せる」

 

 「第二を出すか。まぁそうかもしれないね。オッケー。サーヴァントたちには私から伝える、ロマニ、君は引き続きコッチを頼むよ」

 

 「ああ」

 

 ロマニが口にした警報に管制室のスタッフらの表情が一気に変わり、和やかだった空気は一気に引き締まって慌ただしさを見せ始める。

 彼がおいそれと出すことのない警報であるからというのもあるが、二人の会話からスタッフらもただならぬ何かを感じ、そして理解した。自分たちが思っているよりも、何か起こっている。

 ―――嫌な予感がする。

 ロマニは自分の中で激しく動悸する心臓の鼓動を握りしめ、目の前に映るモニターを注視した。

 




あとがき

俺はGateはアニメのみなんで嘉納さんの家族構成は分からなかったんですよね……なんで今回はオリジナル要素ということで結婚しているということにしました。
奥さんについてはとりあえず「嘉納さんの意気にホレた」とだけ。
大丈夫。この後でないはずだから(オイ)


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