東方読心録 (Suiren3272)
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序章 ~平凡な生活は続かない~

皆さん初めまして。
初投稿なので、至らぬ点も多いと思いますが、暖かい目で見守ってくれると嬉しいです。
投稿ペースは週に一回を目標としているので、これからよろしくお願いします。

追記
少し文章を修正しました。話の内容や流れは変わっていないので、一度読んだ人は読み返さなくても大丈夫なはず……です。


「よう、碧翔(あおと)

「ああ、おはよう。今日はいい天気だね」

 朝八時過ぎ。登校途中に友達の蒼月(あつき)が軽く挨拶をしてきた。

 今日はいい具合に晴れていて、青く澄んだ空には綿を散らしたような雲が浮かんでいる。さらさらとした風が髪をなびかせるが、もう後一ヶ月もすると生温くなり、湿り気が出てしまうのが残念だ。

 

「今日朝から小テストだってよ。だるくねえ?」

「はは、確かに大変だよね」

 通学路には俺たちの他にもちらほらと学生達の姿が見える。良く言えば安定した、悪く言えばありきたりでつまらない、そんな平凡な朝だ。

「そういやお前、プロフィールの紙書いたのか?」

「学校の掲示物のやつ? ああ、書いたよ」

 なんか教室の前に掲示するプリントを書かされた。学年が上がると大体あるものだけど……果たして意味があるんだろうか。

 そう思いつつ、もう一度内容を確認する為に、鞄からプリントを出して一通り目を通す。

 

 真剣碧翔(まつるぎあおと)。現在高校一年生。誕生日は六月十七日で、最近十六歳になったばかり。ついこの間までは中学校に通っていた感じたったのに、時の流れは早いな。

 プリントに何か誤字があったりは……大丈夫か。

「性別の欄、間違えてないか?」

「え? ちゃんと男になってるけど?」

「お前料理とか裁縫したりとか、無駄に女子力高いから女じゃねえの?」

 冗談めかしてそう言う。言っちゃえば確かに地味だけど、役に立ってるし、個人的には別に無駄じゃないと思う。

 

 俺の家は母と妹と俺の三人家族で、父は俺がまだ小さい頃に亡くなってしまった。母は仕事で忙しいから、基本的に俺がほとんどの家事を行っている。まぁ、そのおかげで家事スキルは磨かれたし、今の生活も悪くないと俺は思う。

 強いて言えば、無気力感というのだろうか、あまり生活メリハリがついていないせいで、一日が流れて終わっているように感じる。何か刺激的なものが欲しいな……。

 

 と、二人で他愛のない会話をしているうちに、学校に着いた。

 昇降口で靴を履き替えていると、同じクラスの女子である青澄(あすみ)に声を掛けられる。

「あーおと、おはよっ」

「ああ、おはよう」

「今回のテスト、どう?」

 身を乗り出して質問してくる。元気の良さが取り柄の彼女とは、席が近いのもあって最近よく話している。

 どう、というのはおそらく、どれだけ点が取れそうか、という意味だろう。最近はあまりやる気が起きないというか、どうも勉強するような気分じゃない。……気分で決めるようなものじゃないことは百も承知だし、頑張らないといけないのは分かってるんだけど……。

 

「んー……微妙かな。あんまり勉強してないし」

「ま、お前の勉強してないってのは宛になんねえな」

「あははっ、確かに、碧翔は真面目だからねー」

 真面目、か。どうだろうな。真面目って言葉の意味をどう定義するかにもよるけど、今は全体的にだらけてるし……生活を改善しない限り、良くも悪くも普通ってところか。

 いつものように、三人でそんな会話をしながら、教室に向かった。

 

 

* * *

 

 

 教室に入ると、いつもの様に自分の席に座る。教室の窓側、一番左の真ん中辺りにあるこの席は、周りに友達と喋っている人達が多く、あまり落ち着かない。そのせいか、最近は昼休みに図書室に行くことが多くなってるな。

 もう少し落ち着ける場所はないかと考えながら机でダランとしていると、HRの開始のチャイムが鳴った。

「――あー……いつも通りの朝、か」

 大きく伸びをすると、姿勢を整えた。

 

 

 

 ――普段と何ら変わらないHRを終え、二時限目開始のチャイムが鳴ろうとしている頃だった。

 テストに向けて準備をしていると、不意に視界が揺らぐ。気のせいかと思ったが、その直後、猛烈な眠気に襲われた。昨日は割と早めに寝たはずだし、朝も眠気は少なかったはずだけど……。というか、ここで寝たら色々とまずい。

 なんて考えているうちに、段々と瞼は降りていき……俺の意識は、眠りの世界へと落ちていった。




いかがでしたでしょうか。
自分自身、小説というのは今までそんなに書いた事が無いので、内心とてもドキドキです。
次回もよろしくお願いします。


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第一章 -出逢い-
第一話 ~幻想の世界~


皆さんこんにちは。
前回のプロローグに続き、第一話です。
二話目からは、大体週一で投稿したいと思っています。
それでは、お楽しみ下さい。


「ふわ……ああ……え……?」

 目を開けて一番最初に視界に飛び込んできたのは赤い鳥居。硬い地面の上で寝ていたからか、体が痛い。

 

 ゆっくりと体を起こしながら、辺りを見回す。……いや、どこだここ。見たところ神社のようだけど、家の近所にこんな所……なかったよな。というか、なんで俺はこんな所にいるんだ? さっきまで学校に居たはずだけど、どういうことだろう。

 

 考えていてもしょうがないので、とりあえず神社に入ってみる。全体的にちょっとボロいというか古めかしい感じがするけど、それがまた雰囲気を醸し出している。よく分からないけど、なんだかのどかで、俺は好きだ。

 折角だし、お賽銭でも入れておくか。……っと思ったら十円玉が無い。ちょっと勿体ない気もするけど、百円にしておこう。

 百円玉を賽銭箱に投げ入れると、チャリーンと小気味よい音が響く。正直、今は訳が分からないし――この不可思議な状況から抜け出せますように。

 

 なんて願っていると、境内の奥から誰かが猛スピードで走って来る音が聞こえた。

「お、お賽銭を入れたのってあなた?」

「え、ああ、そうだけど……」

 おお、何だこの人。紅白が基調の巫女服の様なものを着た女の子……なのだが、その服が一般的な巫女のイメージとはかなりかけ離れている。いや、そもそも本当に巫女服なのか? 腋まわりだけ妙に露出してるし、動きにくそうだな。というか何その反応速度。

 

「ちょっと家でお茶でもしていかない?」

「え? あ、いや……」

 変な人には関わらないのが一番。明らかに怪しいけど、ここがどこなのかも、どこに人が居るかも分からないし、訊いてみた方がいいのかもしれない。

 うーん、話だけ聞いたらさっと出ていこう。

 

* * *

 

「こっちよ」

 中に入ると、客人用っぽい和室に案内された。下は畳で、部屋全体が藺草(いぐさ)の香りで包まれている。この部屋の雰囲気、悪くないな。何か落ち着くし。

 言われるままに座布団の上に座った。緑茶が出されたので一口啜ってみる。……なんかやたら味が薄いんですが。色も全体的に氷を大量に入れたやつみたいになってるし。

 

「私は博麗霊夢。この神社の巫女よ」

「ああ、俺は真剣碧翔、よろしく。それで、なんで俺はこんな所に案内されてるの?」

 おそらく同い年くらいであろう巫女さん(?)こと、霊夢に聞いてみる。

「それはもちろん、あなたがお賽銭を入れてくれたからよ」

「……普通はお賽銭を入れたくらいでこんなにもてなされないと思うけど」

 色々と訊きたい事はある、というかあり過ぎるけど、とりあえず当初の目的を果たすとしよう。

 

「ええと、まず前提なんだけど……ここってどこ?」

「幻想郷よ」

…………。

『ゲンソウキョウ』で記憶を探るが、俺の頭の辞書には載っていなかった。地名だとしたら、随分と変わってるな。

「あなたが住んでた国とは隔離されてるの。……って言っても、分からないでしょうけど。毎度のことながら説明が面倒ね」

「あー、えっと、隔離? どういう意味で?」

「結界よ。あなた外来人でしょう? だったら、外の世界に帰った方が良いんじゃないかしら?」

 

 ……話についていけないんだけど。結界で隔離って、そういう話は平面の世界にしか存在しないはずでは。俺が困惑しまくっていると、外から元気な声が聞こえてきた。

 

「おーい! 霊夢ー!」

「ん、また魔理沙ね。……面倒だし、あなた行ってきてくれる?」

「良いけど、どこの誰かも知らない俺に任せて大丈夫なの?」

「魔理沙に何かする気なのかしら? 大丈夫よ、返り討ちに逢うだけだから」

「怖っ、何返り討ちって。いや、そもそも何もしないけどさ」

 霊夢に恐ろしい忠告を受けてから外に出ると、その恐ろしさとは正反対の魔法使いのコスプレみたいな格好をした金髪少女が立っていた。いや、魔女と捉えれば、ある意味恐ろしいか。

 というか、これまた奇抜な服装だな。なんて言うんだっけ、いわゆるコミケにいそうだ。行ったことないけど。

 

「ん、お前誰だ?」

「あー、俺は真剣碧翔。何故かさっきまでそこに倒れてたんだ」

「よく分からんが、外来人か? 私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。よろしくな」

 ……いや、魔法使いって。そう信じ込んでる痛い人……って訳じゃないよな。……まあとりあえずいいや。

 あと気になるのはやっぱり、外来人って単語か。さっき霊夢もそう言っていたけど……外から来た人って書くんだよな? やっぱりここは異世界的な何かなんだろうか。

 それ故にと言っていいのか、霊夢も魔理沙も中々目立つ服を着ている。これで普通に道を歩いてたら、周りから白い目で見られること間違いなしだろう。

 

 とりあえず霊夢の所まで魔理沙を案内した。少しだけ会話をしたけど、馴染みやすい感じの人だった。霊夢も悪い人ではなさそうだし、人は見かけによらないってやつか。別に悪い人って外見でもないけど。

 例の部屋の襖を開けると、さっきと同じように霊夢が寝転がっていた。

「ご苦労さま。ついでに魔理沙にお茶を出してくれると助かるわ」

「……この人、人使い荒くない?」

「元からの性格だからな。しょうがないぜ」

 友人からも諦められるとは、なんという事か。

 仕方なくお茶を入れようと、おそらく台所であるだろう所に行くが、茶葉の袋が無い。と思ったら、明らかに使ったのを乾かしたような茶葉が側に置いてあった。さっきの薄いお茶の原因はこれか。どれだけ貧乏なんだ、あの巫女さんは。魔理沙は慣れているらしく、特に気にすることなく普通に飲んでいた。なんだか可哀想になってきたな。

 

 魔理沙にお茶を入れたところで、本題に入る。

「で、この世界は……なんだっけ、幻想郷、でいいの?」

「あら、信じるの?」

「うーん、正直半信半疑ではあるけど、そうでもないと今の状況の説明がつかないからね」

 色々とツッコミどころはあり過ぎる。けど、現に俺は学校からここにワープしてきた訳だしな。これでドッキリなんてのはありえないだろう。多分。

 まあとりあえず、信じざるを得ない状況ってやつだ。

「それで、これって帰れるの?」

「返そうと思えば返せるわ。それが私の仕事でもあるし」

 ……なるほど。

 

「それで、もう帰るのかしら?」

「……いや、俺はしばらくここに残るよ」

 そう言うと、霊夢も魔理沙も驚いた顔をする。……まあ、確かに普通だったら帰りたいって言うかもな。というか俺も少し思うし。けど、こう、なんと言うか……一言で言うと、『面白そう』。色々大変だろうけど、それでも、この世界が気になる。……だって異世界だよ? 普通の人生を送ってれば、絶対体験することはないだろうし。そう考えると、この世界をもっと見てみたいな、と思った。楽観的思考すぎるかな?

 

「はは、面白い奴だな! 私はこういう人間を待ってたぜ!」

 と、急に魔理沙が大きな声で言った。面白い奴……なんだろうか。あまり良い選択ではないだろうとも思うけど、俺はこの世界にとても魅力を感じた。

 こんなにワクワクする事なんていつぶりだろう。なんて、どこかのオレンジ色のボールを集める話の主人公のような事を考えつつ、俺は立ち上がる。

 いつかは帰ることになるだろうけど、今は余計なことは考えず、この世界を満喫しよう。

 これから訪れる新しい生活の予感に、俺は胸を踊らせた。




いかがでしたか?
まだ主人公のキャラが固まっておらず、悩んでいます。
小説を書く大変さが分かった気がしました。
次回もよろしくお願いします。


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第二話 ~いざ、地底へ~

皆さん、こんにちは。
週一投稿と言ったな?あれは嘘だ。
理由は、この物語のヒロインであるさとりが、物語の都合上序盤は登場しないんです。
なので、あまり最初からダラダラやるのもあれだと思ったため、最初の数話は少し早めに投稿させて貰おうと思います。
それでは、お楽しみ下さい。



「ああは言ったものの、どうしようか」

 決意したのはいいものの、全く計画を立てていなかった俺は、今絶賛ホームレス中。

「霊夢が泊めてやれば?」

「そうね、一泊三千円なら手を打つわ」

「こんな神社なのにそれは高すぎだろ」

「こんなって何よこんなって」

 

 うーん、参ったな。最悪今日はここに泊まるとしても、毎日は迷惑だろうし俺の財布がもたない。実際に住むとなると大変だな。

 どうしたものかと悩んでいると、ぐぅ、とお腹の音が聞こえた。どうやら魔理沙のみたいだ。

「あはは、なんか腹減ってきたな。霊夢なんか作ってくれよ」

「えー、面倒くさい。そこの外来人に作ってもらえば?」

「そうか? じゃあ碧翔、頼んだ」

「いやいや、今の流れおかしくない?」

 

 ついさっきここに来たばっかりの人間に何やらせようとしてるんだこの人達は。……でも、俺もお腹は空いてきたかも。それに、上手くいけば宿泊代三千円は免れる可能性が。うーん、じゃあ下心ありまくりだけど作ってみるか。そもそもこの神社にちゃんとした食材があるかちょっと心配だけど。

 

* * *

 

「へぇ、悪くないわね」

「いいな、早く食べたいぜ」

 かなり簡単ではあるが、数品作ってみた。食材は少なかったけど、一応ちゃんとしたものがあったから安心した。それにしても、まさかこんな所で俺の家事スキルが役に立つとは。人生何が起こるか分からないね。

 

「いただきます」

 二人は手を合わせてから、それぞれの料理を口に運んだ。

「おお、これは美味いな」

「確かに。私は質より量だけど」

 魔理沙からは好評みたいだ。霊夢はよく分からないけど、悪い評価ではないようだし……。料理に関しては普段から作っているし、一応そこらの男子高校生よりは作れる自身もあるにはあるけど、二人の言葉を聞いて安心した。これで不評だったらちょっと悲しいよな。

 

 そんなこんなで皆で雑談を交わしながら食べていると、スーッという音とともに急に襖が開く。急だったため少し驚いた。

 そこにいたのは、緑がかった銀髪にリボンが付いた黒い帽子を被る少女。黄色を基調とした服に緑のスカートを履いている。幻想郷の常識に習ってなのか、これまた変わった服装だ。何よりも驚いたのは、彼女の周りにあるコードのようなものだった。明らかに浮遊しているし、全体的に見たことのないような質感だ。

 

「こいしじゃないか。どうしたんだ?」

「んー……私もよく分かんない」

 魔理沙の問いに、こいしと呼ばれた少女は曖昧な返事をした。自分の意思でここに来たはずなのに、分からないってどういうことだ?

 俺が困っていると、霊夢が説明してくれた。

 

「彼女は古明地こいしって言う覚妖怪よ」

「覚妖怪?」

 聞いたことがあるようなないような。妖怪については当然ながら詳しくない。そんな趣味なかったし。

 霊夢の説明によると、覚とは心を読む能力を持った妖怪で、第三の目(サードアイ)と呼ばれるものがあるそうだ。おそらくそれが、あのコードのようなものなのだろう。だが、彼女の場合はそこについている大きな目が閉じている。

「だから、今の彼女に読心の能力は無いわ」

「……へぇ、そうなんだ」

 事情は分からないが、なんとなくあまり聞いてはいけないような気がした。

 

「あ、何それ?」

 と、こいしが俺の料理に気付いたらしく、なんだか興味深そうに見ている。

「俺が作った料理だよ」

 そう答えると、彼女はじっとこちらを見てくる。

「ああ、俺は真剣碧翔って言うんだ。好きなように呼んでくれて構わないから」

「そっか。……じゃあ、お兄ちゃん。この料理、私も食べてみていい?」

 

 ……お兄ちゃん、か。

 そう呼ばれたのはいつぶりだろう。懐かしいなぁ、妹が小さい頃はよくそう呼ばれてたっけ。あいつは大きくなるにつれ、無愛想になっていったからな。小学校の高学年あたりからは名前で呼ばれるようになったし、中学になると話すことも少なかった。

 

「ああ、いいよ」

 近くにあった新しい箸を手渡すと、ぱくっと一口食べる。しばらく咀嚼していたが、その後、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「ん、おいしー。料理が上手なんだね」

 そう言って他の料理にも箸を伸ばす。

 自分が作ったもので相手が喜んでくれると嬉しい。これは料理に限らず、何でもそうだと思う。

 こうやって見ていると、なんだか小さい頃の妹を思い出すな……。

 

 しばらくこいしを見ていると、霊夢と魔理沙がジト目でこちらを見ているのに気が付いた。

「……ロリコン」

「違うからな!?」

 俺の知らない間に何かとてつもない勘違いをされそうだったので、話題を変えることにした。

 

「そ、そういえばこいしはどこに住んでるの?」

「ん? えーとね、地底にある地霊殿っていうところだよ」

 どうやらこの世界にはそんな所もあるらしい。地底世界があるとは、中々ロマンがあるな。なんだか気になるし、機会があれば行ってみようか。

 

「お兄ちゃんはどこに住んでるの?」

「ああ、俺はさっき、外の世界……だっけ? そこから来たから、まだ住む場所は決まってないんだ」

 

 よくよく考えてみたら、かなり危うい状況だ。さっき霊夢に聞いたけど、妖怪とかが普通に存在してるらしいし。俺、運動とかは全然ダメだからなあ。出会ったら速攻で餌になる。

 

「そういや、碧翔はどうするつもりなんだ?」

「いやー、出来れば人里、だっけ? そこに住めればいいかな。ここだと俺の所持金が無くなるし」

 一泊三千円は俺の所持金的に多分すぐ底をつく。しかも霊夢に迷惑をかけることになりそうだしな。

 そういえば、人里に行ったら仕事も探さないと。本当にここで暮らすんだったら流石に学生の財布の中身じゃ無理がある。

「家の手伝いをしてくれるんだったら、私は別に構わないけど?」

「あれ、本当に?」

「炊事洗濯に掃除、私の身の回りの世話とかは基本ね。一日二回は肩もみをして、私の言うことは何でも聞くこと。そんな感じの雑用をこなしてくれるなら構わないわ」

 ……うん、多分普通に働いた方がいいな。まだ出会ったばかりだが、この人はなんか危ない、色々危ない。本当に住んだら徹底的にこき使われそうだ。

 うーん、でもやっぱり一から家を借りたり、仕事を見つけたりするのは相当大変だよな。そう考えるとここの方が良いのか……?

 

 俺が決めあぐねていると、こいしが言った。

「お兄ちゃんが良かったら、うちに来ない?」

 ……え、今トンデモ発言しなかった?

「え、どういう意味?」

「お兄ちゃんが私の家に来るの。なんか困ってるみたいだしさ」

 こいしの家って、さっき地底にあるって言ってたもののことだよな。かなり急……というか駄目でしょ。

 霊夢と魔理沙も驚愕の目でこいしを見ている。この十数分の間にそんな信頼関係築いたっけか。

 

「いや、でも悪いんじゃ……そこには他にも人が居るんでしょ?」

「えー、私は全然大丈夫だよ。面白そうだし、さっきの料理のお礼。お姉ちゃんには私が説明するから」

 うーん、どうしてこいしが誘ってくれたのかよく分からないんだけど。というかこいしって姉がいるんだな。

 まあ、確かに地底も気になってはいるし、行ってみたいとは思うけど……。

 

「……えっと、よく分からないけど……じゃあ、今回はとりあえず挨拶を兼ねて様子見で行ってみるよ。迷惑になるんだったら人里で家を探すから」

「やったー! 決まりだね!」

 常識的に考えて、住んでる人の許可なしに決めるのはまず駄目だろう。というかそもそも許可なんて取れないだろうけど。

 本当に良いのか? なんというか、これも日本と幻想郷とやらの常識の違いなんだろうか。

 そこでまた二人のジト目が俺を刺す。もちろん物理じゃなくて、精神的な意味なんだけど、心なしかチクチクした痛みを感じるよ。

「……ロリコ――」

「違うから!」

 

 聞いた話だと、どうやらこいしの姉はさとりと言うらしい。種族名がそのまま名前に来てるってなんか凄い。

「まぁ、本当に碧翔が地底に行くんだったら、私もついて行くぜ」

「あれ、魔理沙も? なんで?」

「なんでってのは酷いな。せっかく私がエスコートしてやるって言ってるんだぜ? 目的地まで遠いし、道中危険だからな」

 そうだ、この世界には妖怪が出るんだった。そう考えると、現実じゃないみたいだな。確かにその辺は魔理沙がいれば大丈夫そうだ。……大丈夫、なんだよな? どう見ても普通の女の子にしか見えないけど、何か妖怪に対しての対処法でもあるんだろうか。

 

「もう行こうよー」

「ああ、うん、若干不安は残るけど、そうしようかな。霊夢、さっきは色々ありがとう。今度またお賽銭入れに来るよ」

「本当に!?」

「あ、ああ」

 凄い食い付きようだった。まあでも、霊夢には本当に感謝しないとな。最初に会った時は格好的な問題で色々疑ったけど。これが幻想郷では普通って言うんだから、ここではむしろ俺の方がおかしいのか。

 

 そんなことを考えながら外に出ると、こいしが俺の手を取って、自分の手と一緒に上に突き上げた。

「それじゃあ地底に、れっつごー!」




いかがでしたか?
いやー、早めに投稿する分、急がないといけませんね。
やばい、書き溜めが無くなっていく⋯
次回もよろしくお願いします。


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第三話 ~地底世界の仲間達~

どうも、みなさんこんにちは。
夕方ってどう挨拶したらいいんだろうと思う今日この頃。
今回は第三話です。
それでは、お楽しみ下さい。


 上を見れば青い空。下を見れば立ち並ぶ木々。前を見ると黒い帽子。全体的にとんでもなく不安定。さて、この状況は何でしょう?

 ……一人で何考えてるんだろ俺。あ、正解は、魔理沙の後ろで箒にまたがって空を飛んでいるところ、でした。

 地底への穴がある妖怪の山は徒歩だととても時間がかかるという事で、魔理沙の箒に乗せてもらって、こいしと一緒に移動している訳なんだけど……。さっきも言ったように、本当に不安定。

 

「ね、ねぇ、これ危なくない?」

「私は今まで落ちたことないし、大丈夫だぜ」

「……それ、魔理沙がおかしいってことは?」

 やばい。遊園地のアトラクションの百倍怖い。というか遊園地は安全だけど、これは落ちたら人生終わるし、もしかたら今までで一番の窮地に陥ってるかも。

 

 魔理沙にしがみつくのもあれなので、箒の柄を必死に掴んでいると、遠くから何かが猛スピードで飛んでくるのが見えた。よくよく見ると、人の形をしてて、羽が生えてて……待って何あれ。

 近くなるにつれ、だんだんと姿が見えてくる。白い服に黒いスカート、首から下げたカメラに、手には扇のような団扇(うちわ)のようなものを持っていた。

 

「あやや、誰かと思えば魔理沙さんとこいしさんじゃないですか」

「ああ、射命丸か。何してるんだ?」

「今は取材に行く途中なのですが……そちらの方は?」

「ああ、お、俺は真剣碧翔。さっき幻想入りしたばかりの人間……っと、危なっ」

 箒が不安定過ぎて会話するのも一苦労。それにしても中々丁寧な感じの人……もとい、妖怪だな。

 

「ほうほう、外来人ですか。私は清く正しい射命丸。『文々。新聞』の取材記者をしています。ううむ……折角の外来人、是非取材したいところですが、今日はこれから仕事があるんですよね……と、いうことで!」

 彼女は一度勢いをつけて言葉を切ると、

「後日、お伺い致します!」

 取材自体は諦めないのか。喋った勢いのまま、前傾姿勢になる。

「今日は急いでいるので、また! 文々。新聞をごひいきにー!」

 そう言うと、またさっきの物凄いスピードで去って行った。……言葉を返す暇も無かったんだけど。何かすごい人だな、色んな意味で。

 

「お兄ちゃん、魔理沙、早く行こうよー」

「そうだな。よし碧翔、行くか」

 こいしに呼ばれ、魔理沙が前進しようとする。

「えちょっと待って心の準備がぎゃああぁぁぁ!」

 ……この箒は絶対慣れない。

 

* * *

 

「ついたよー!」

 ようやく目的地に辿り着いたようだ。下を見ると、物凄い大きさの穴が山の一部に空いていた。底が見えない位に深くて暗い。これは箒とは別の意味で怖いな。

「じゃあ降りてくぜー」

 魔理沙が下降を始めるとともに、徐々に辺りが闇に包まれていく。下を見つめると、あまりの暗さに体吸い込まれるような錯覚に陥る。というかさっきから結構降りてるはずなのに全く終わりが見えない。

 

 

 五分だけだったか、三十分経ったかも分からないけど、下を覗くとやっと明かりが見えてきた。ようやく地面に着地する。

 ああ、やっと立てた。やっぱり地面はいいね。I love ground。

 

「こっちだよ!」

 地面に降り立つなり元気よく進んでいくこいしをしばらく追いかけていると、川に架かった橋が見えてきた。そこには、手すりの部分に寄り掛かって退屈そうにしている女の子がいる。

 こちらに気付くと、特に何の素振りも見せることなく、視線だけを向けた。

 

 金髪に特徴のある尖った耳。一般的にエルフ耳って呼ばれるやつだ。どちらかと言うと古い感じの服を着ているが、紐で装飾が施されている辺り、女の子らしさを引き立てている感じがする。

 透き通った翠の瞳が、なんだか全てを見据えている気がした。

 

「そんなにジロジロ見ないでくれる? 全く妬ましい」

「ああ、ごめん。俺は真剣碧翔っていうんだ。外来人って呼ばれてるかな」

「……水橋パルスィよ。……それで、こんなところに何の用なの?」

 一つ溜息を吐くと、名前だけを簡潔に言った。なんだか無愛想な感じだけど、特に嫌な印象は受けない。不思議な人……じゃないじゃない、妖怪だな。

 

「お兄ちゃんはね、今日から地霊殿に住むんだよ!」

「……はぁ?」

 パルスィがよく分からないような視線で俺を見る。あー……間違ってはいないけど、少し語弊があるな。来る前にも言った通り、今回は様子見を兼ねて挨拶に来たっていう(てい)だし、まだ住むとは決まっていない。

 と、なんだかすごい疑惑の視線を送ってくるパルスィさん。一体どんな意味が込められているんだろうか。

「いや、とりあえずは様子を見に来ただけだから、住むとは決まってないぜ」

「ああ、うん。まだ決まった訳じゃないからさ」

 パルスィの視線にデジャヴを感じながらも、魔理沙に合わせて返す。

 

「はあ、妬ましいわ……というか、そもそも何でそんな話になったのよ」

「よく分からないが、こいしが提案してたぜ?」

 さっきから『妬ましい』を何回も言っているが、口癖なんだろうか……と、魔理沙に聞いたら、彼女は嫉妬心を操る能力を持っていて、橋姫という妖怪らしい。……なんでもありだな幻想郷。

 

「早くいこうよー」

 こいしが急かしている。何をそんなに急いでいるのか分からないが、時間的にもそろそろ行かないといけないな。

「ああ、行くよ。それじゃあ、また今度……」

「……私も行くわ」

「え?」

「私もついて行くわよ。案内してあげる。……暇だし」

 

 ……最後に本音が見えた気がするけど、来てくれるならありがたい。よく分からないけど、なんとなく頼もしい感じがするし。

 彼女は奥の方に向くと、地霊殿への道を歩き始めた。

 

* * *

 

 パルスィの案内のもと、地霊殿に向かう。最初は民家がちらほらあるだけで全体的に寂しかったが、しばらく歩くと段々と活気のある店が並び始めた。まあ、明らかに人じゃないようなのばっかりいるけど。

「ところで、地霊殿ってどんな所なの?」

「地底の一番奥にある、でっかい屋敷だぜ」

 へぇ、そこに古明地姉妹が住んでるのか。屋敷って言っても、日本じゃ実際に見ることはほとんどないからな。なんと言うか、異世界感が漂うな。

 

 しばらく歩いていると、近くの店から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

「また勇儀ね。全く、何でいつもああなのかしら」

「勇儀?」

 見ると、体格のいい女の人と、反対に体の小さい人が喧嘩していた。二人とも頭から角が生えていて……ああ完全に鬼ですね分かります。

 と、二人がこちらに気付いたようだ。

「あ、パルスィじゃねえか! なぁ聞いてくれよ、またこいつがさ……」

「先に喧嘩吹っ掛けてきたのはあんたの方じゃないか!」

 

 うわ、なんと言うか色々凄いなあ。言ったらいけないんだろうけど、少し苦手なタイプの人かもしれない。というか、ここにいたらまずいような気がしてきた。

 今のうちに逃げようかと思ったが、案の定声を掛けられる。

「お、誰だいそいつ。というか魔理沙もいるじゃないか」

「えーと……俺は真剣碧翔、外来人だよ」

「今から地霊殿に向かう所だぜ」

「地霊殿に?」

 

 何か皆驚くんだけど。そんなに凄いのか地霊殿って。

「私は伊吹萃香。物好きだねぇ、あんた」

「ああ……なんかそれよく言われるよ」

「私は星熊勇儀だ、よろしくな。そうだ、今から一緒に酒を飲まないか? 折角だし、親睦を深めようじゃないか」

 

 ああ、中々に豪快な人だな。というか酒って、俺まだ未成年なんだけど。幻想郷にそういう法律とかってないのか。色々と危ない。

「あー、いや、俺は遠慮しておくよ」

「えぇ? いいじゃないか」

 なんだか色々言っているが、パルスィが止めてくれた。ありがたい、着いてきてもらって良かったな。

「じゃあもう行くから。あんた達も程々にしときなさいよ」

 パルスィの先導のもと、また俺達は進んでいった。

 

 

 なんか色々な意味で凄いな地底。いや、凄いな幻想郷。

 魔理沙やこいし、パルスィ達と雑談をしながらしばらく歩いていると、とても大きな建物が見えてきた。

「あそこだよー!」

 こいしが前に向かって指を指す。大きいな……あの建物が地霊殿か。大きさといい外装といい、海外にしかないような建物だ。いや、屋敷って時点でそうか。

 正面の門を開けて進むこいしに続き、俺達は地霊殿の中に入っていった。




いかがでしたか?
次回はやっとさとりが登場します!
ヒロインが四話で初登場ってどうなんだろう。
話の構成を変えた方が良かったかもしれません。
次回もよろしくお願いします。


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第四話 ~以心伝心~

皆さん、こんにちは。
やっとさとりの登場です。お待たせしました。
それと同時に書き溜めが底をつきました。やばいです。
それでは、お楽しみ下さい。

追記
文が酷かったので、大分修正を入れました。改善されてるかは微妙ですけど。
話の流れは変わってないので、一度読んだ人は読み直さなくても大丈夫だと思います。


 地霊殿の門を開け、中に入っていく。庭は沢山の緑が全体を彩っていて、動物も沢山いた。町がある方とは違った優雅な雰囲気だ。話には聞いてたけど凄い所だな。

 大きな玄関の扉を潜り、こいしの案内を受けて中を進んでいく。しばらく進むと、こいしは数ある扉の中の一つに入っていった。

 

「お姉ちゃん、ただいまー!」

「あら、こいし。おかえりなさい」

 中にはさとりと思われる人影があった。静けさや寂しさを感じさせつつも、どこか優しいような声が聞こえてくる。

 

「皆も入っていいよー」

 こいしの声で、俺達も中に入る。

 そこには、桃色と言ったらいいのか、薄紫と言ったらいいのか分からないが、変わった色の髪に、水色の服を着た女の子がいた。こいしと色違いのサードアイが周りに浮いている。……彼女のは開いているけど。

 かなり幼い容姿をしているが、今の会話を聞くに、どうやら彼女がさとりのようだ。

 

「……今日はお客さんも連れてきたみたいですね」

「ああ、初めまして、外来人の真剣碧翔っていうんだ。なんというかごめん、突然押しかけちゃって」

「いえ。こいしとは……ああ、博麗神社で出会ったんですね」

 おお、流石だ。心が読めるって凄い。色々と便利そうだな、会話しなくても良いなんて。色んな場面で役に立ちそうだ。

 そんな事を考えていると、彼女は少し目を見開き、こちらを見てから俺に自己紹介をした。

「私は古明地さとり。この地霊殿で妹のこいしやペット達と一緒に暮らしています。……なるほど、今回は挨拶も兼ねて、ということで来たのですか」

 

「あ、うん。困ってたところを、こいしがここを紹介してくれて」

「で、どうなんだ? さとり的には」

 早速と言うべきか、魔理沙がさとりに聞いた。こいしもさとりに事情を説明しているみたいだ。

 

 なんとなく、俺は部屋の隅の方にいたパルスィに質問してみた。

「ねぇ、何でこいしはここを紹介してくれたんだと思う?」

「さあ? でも、私には理解できないわね」

 素っ気ない態度でそう言った。まあそりゃあそうか。

 

「お兄ちゃーん!」

 こいしに呼ばれたので、二人のもとへ向かう。相変わらず元気だな。

「なんと言ったらいいのか、随分と急な話ですね」

「あはは……まあそうだよね」

 当たり前だけど、やっぱり駄目か。人里で家を探すのってどのくらい大変なんだろうな。あ、というかこれって、帰りもまた魔理沙の箒に乗らなくちゃいけないのか。気を付けないと今度こそ本当に落ちそうだ……。

 

 なんて、そんなことを考えていると、彼女は遠くを見るような目で言った。

「……少し、訊いてもいいですか?」

「ああ、いいけど……なに?」

「私は覚妖怪です。心が読める訳ですから、当然あなたが今考えていることも分かります。そんな私と同居なんて、あなたは嫌じゃないんですか?」

 ……ああ、そういう事か。今まで能力のせいで、色々大変な思いをしてきたからだろうな。俺じゃあ理解できないような事も、色々とあったんだろう。

 

「……そういうの、あんまり気にしないかな」

 もしかしたら俺の心を読んで、もう言いたい事が分かってるかもしれないけど……それでも、声に出して言うことにした。

「なんと言うか、正直、俺には君の苦労は分からない。今まで普通に暮らしてきた学生だし……むしろ、俺みたいな普通の人間が分かるなんて言ったらいけないとも思うよ。でも……そんな人間だから言えることかもしれないけど、俺は君のその能力、好きだよ。会話せずに意思疎通ができるなんて、凄いことだと思わない?」

 それに、まだ少し会話しただけだけど、明らかに悪い人ではないと思う。こいしには慕われているみたいだし、魔理沙もパルスィも、普通にここまで来ているし。なら、俺がさとりを避ける理由はない。

 

 さとりはそれを聞くと、黙り込んでしまった。やっぱり余計な事言っちゃったかな……。

 少しの沈黙を挟んでから、さとりは俺の方を見て言う。

「……すごいですね」

「え?」

「そう思えることが、です」

 あー……イマイチ意味が掴めないな。確かに非難する人もいるとは思うけど、俺と同じ考えの人も多いんじゃないか? 凡人の俺が言ったんだから、尚更だと思うけど。

 

「すごいです……けど、やはり私に近づくのはやめた方がいいと思います。人の考えというものは、簡単に変わってしまいますから」

 どこか遠い目でそう言った。彼女には、色々思うことがあるのかもしれない。

 確かにそうだよな。考えなんて簡単に変わるし、趣味嗜好であっても時間の流れで変化してしまう。現に俺は、小さい頃嫌いだった人参も、今なら普通に食べられる。規模や内容は違ったとしても、意味合いは同じで……時間の流れや成長とともに変わっていくのが普通だ。

「俺、妹がいてさ。昔は仲が良かったんだけど、最近は口も聞いてくれなくて。だけどあいつ、なんだかんだ言って優しいんだよな。無視してるようで実はよく見てたりするし」

 あれは思春期特有のものかもしれないけど。でも、俺に対する態度が変わったのは事実だ。

「だから、なんて言うんだろう……人間ってさ、変わっていくけど、原形が全くないものにはならないと思うんだ」

 

 ……なんて、一通り言ってから自分の恥ずかしさに気がついた。

「あー、だから、その……ごめん、やっぱり忘れて。突然無理なお願いをしちゃって、ごめん」

「……ふふっ」

 俺がそう言うと、さとりが少し笑ってこちらを見た。……やっぱりおかしかったか? 普段こういうことってあんまり考えないし言わないし考えないからな……。と、そんな事を考えていると、さとりが。

「そうですね……私は構いませんよ、ここに住むの」

「……ええ!?」

 俺としてはすごく意外というか、驚いた。いや、だって今ので納得する訳ないと思ったし。というかそもそもこの幻想郷って、今まで会った人達を見ると大半が女性だから、男の俺と同居なんて常識的に考えて駄目だろうと思っていたんだけど。

「えっと、本当にいいの?」

「はい。……もう一度、人間を信じてみたいと思えたので」

 と、声のトーンを少し下げて言ったのだった。

 

 

 

「で、結局碧翔はここに住むってことでいいのか?」

 魔理沙の問いに、さとりも俺も頷いた。……今日からここで暮らすのか。なんか実感が湧かないな。

「驚いたな。まあ、霊夢には私が報告しておくぜ」

「ああ、ありがとう。魔理沙とパルスィはこれからどうするの?」

「私は橋に戻るわ。ここにずっといてもしょうがないし」

「私も地上に帰るぜ。この前珍しいキノコが見つかったんだ」

「そう。二人ともここまでありがとう。気を付けてね」

 俺の言葉に頷くと、二人は地霊殿から出ていった。

 魔理沙は茸が好きなのか。……あれ、ここだけ聞くとなんか卑猥な言葉に聞こえて……。

「真剣さん?」

 おっと、さとりさんがこちらを睨んでいらっしゃる。すいませんでした何でもないです。

 さとりはさて、と言うと、座っていた椅子から立ち上がる。

 

「案内しますよ、真剣さん。こいしも一緒に来る?」

「うん、行くー」

 こいしも元気よく立ち上がった。

 と、ここで一つ、さとりに提案してみる。

「そうだ。仮にも同居人なんだし、真剣さんって言うのは堅苦しいから名前で呼ぶことにしない?」

「……そうですね。えっと……それじゃあ碧翔。行きましょうか」

「おー!」

 さとりの言葉に、こいしも元気よく答えた。

 

* * *

 

 さとりの案内で、地霊殿の中を進んでいく。それにしても広いな、ここは。なんか動物もいっぱい居るし。さっきの庭といいこの廊下といい、全体的に自然が多いな。

 そんな事を考えながら歩いていると、扉の中から誰かが出てきた。大きな黒い翼に緑のリボン。右手にはなにやら神社のおみくじのような形をした筒状のものを付けている。

 

「うにゅ? さとり様、この人誰?」

「俺は真剣碧翔。今日からここに住まわせて貰うんだ」

「彼とはこれから会うことも多くなるだろうから、挨拶をしておいて」

「分かった! 私は霊烏路空。よろしく!」

 俺に挨拶をしてくる。それにしても何だあの棒。すごい目立つんだけど。

 

 すると、俺の思考を読んだのか、さとりが俺に教えてくれた。彼女はさとりのペットのようだ。右手の棒は、制御棒というらしい。名前というか見た目というか、なんだか中二病的な心がくすぐられる。

「それじゃあまた後で。仕事はしっかりしておいてね」

「はい! 分かりました!」

 さとりの言葉に元気よく答えると、彼女はすぐそばの部屋に入っていった。

 

「お兄ちゃん、こっちだよー!」

 こいしが廊下の先で大きく手を降りながら俺達を呼んでいる。

「あはは、元気いいな」

「私としては嬉しい限りです。サードアイを閉じた時は不安でしたけど」

 そうだ。こいしも色々あったんだよな。それでもこれだけ明るくしていられるのはすごいことだと、俺は思う。

 

「ここだよ!」

 こいしとさとりが、一つの部屋の前で立ち止まった。見たところ、他の扉と大差はない。

「ここが碧翔の部屋ですね。まあ空き部屋なので、少し埃などはあるかもしれませんが……。基本的な家具はあると思いますけど、なにか必要だったら遠慮なく言って下さい」

 

 俺はさとりに礼をいうと、その扉を開ける。おお、かなりすごい部屋だ。タンスやらテーブルやらの基本的な家具は勿論、ベッドも大きいものが設置されていた。……ホテルとかにありそうだな。窓もしっかりあって、地底だから太陽の光は届かなくても、開放感があって気持ちいい。

「ふふ、気に入ってくれたなら嬉しいです」

「ああ、ありがとう。本当に助かったよ」

「どういたしまして。今日はゆっくりしてくれて構いませんよ。そのうち何か手伝ってくれると嬉しいのですが」

「ああ、家事とかならお易い御用だよ。現代の方でもやってたし」

 

 実際のところ、俺は居候のような立場だと思うし、それくらいはやっておきたい。

 俺の言葉を聞くと、彼女は微笑んで礼を言った。

「ありがとうございます。それじゃあまた後で」

「お兄ちゃん、また後でね!」

「ああ」

 

 扉が閉まると、部屋が急に静かになる。なんだか不思議な気分だな。

 ……とりあえず部屋の中を一通り確認する。クローゼットには奇抜なデザインの服がいくつか入っていた。今まで皆変わった服装だったし、幻想郷では俺のような服装の方が異常なのかもしれないな。

 

 ベッドに寝転がると、真っ白な天井が見えた。うっすらと模様がある。何か疲れたし少し寝ようかな。これからどうなっていくんだろう……と、そんなことを考えながら目を閉じるとすぐに、俺は眠りの世界へと落ちていった。




いかがでしたか?
サブタイトルの意味合いが違う気がしますが気にしたら負けです。
次回もよろしくお願いします。


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第五話 ~地霊殿の歓迎会~

皆さん、こんにちは。なんとか間に合った。
今回は第五話です。
それでは、お楽しみ下さい。


「んー、ふわぁ……」

 目が覚めると、眠る前と同じ天井が視界に入った。知らない天井だ、とは言えなかったけど、まあいいか。

 ところで、さっきからお腹にやたら重みがあるんだけど……。と、まだ重い頭を上げて、自分の腹部を確認する。

「にゃあ」

 ……猫がいるんですがどういう事なんでしょうか。赤いリボンをつけた黒猫が俺の上でゴロゴロと喉を鳴らしていた。いつの間に乗ったんだろう……というか、どこから入ってきたんだ?

「えーっと……地味に重いんだけど……」

 って何で猫に話しかけてるんだ俺。仕方なく下に降ろそうかと思ったら、その猫は、素早く自分で降りていった。何か話が通じてるみたいで面白いな。

 

 そう思った瞬間、目の前の猫が女の子になった。……いや、本当に言葉通りに。

「女の子に対して『重い』とは、喧嘩売ってんのかい?」

「あー……えっと、化け猫……?」

「何か色々と失礼だね。あたいは火焔猫燐。さとり様のペットの一人だよ」

「ペットって、ああ、空と同じか、びっくりした……」

 どうやら本当に話が通じていたらしい。猫の状態になったりも出来るなんて、すごいな。

「人間が来たってさとり様が言っていたから来てみれば……」

「いやあ、ごめん。まだ幻想郷には来たばかりだからさ。こういう事に慣れてなくて」

 と、そう言いながら頭を撫でてみると、すぐに機嫌が良くなった。……やっぱり猫なのか。

 

「そういえば、汗をかいたからシャワーを浴びたいんだけど、お風呂の場所教えてくれる?」

「ああ、それならこっちだよ」

 お燐こと、火焔猫燐に案内してもらう。幻想郷の夏は暑いな。地底だから余計なのかも。これは八月になったらさらに大変な事になりそうだ。

「うちのとは別に近くに温泉があるから、時間があったら入りに行ってもいいかもね」

「へぇ、温泉か。いいね、今度入りに行ってくるよ」

 

 雑談を交わしながら歩いていると、目的の場所に着いた。

「お風呂はここね。じゃああたいは仕事に戻るから」

「ああ、ありがとう」

 お燐にお礼を言ってからお風呂場に入る。

 ……うわ、お風呂場って言ってたけど、かなりの広さだな。そこらの銭湯に匹敵しそうだ。改めてすごいな、地霊殿って。なんと言うか、これに慣れたら普通のお風呂が狭く感じそうだ。

 

 

* * *

 

 

「はー、すっきりした」

 一通りシャワーを浴びてからお風呂を出る。お風呂上がり特有の体がすーっとする感じが心地よくて好きだ。

 ……さて、どうするかな。自分の部屋に戻ってもいいけど……折角だしちょっと探索してみるか。

 なんとなく地霊殿をブラブラする。……最初も思ったけど、動物が多いな。見ると、あちこちに様々な動物がいる。犬や猫などの一般的なものから、ワニや名前の分からないようなものまで、種類は動物園以上だ。

 同時に庭には様々な植物が植えてあり、なんだか心が癒される。ああ、良い所だなあ。地底とは思えないよこれは。

 

 ズラリと並んでいる扉を見ていくと、他とは違う大きな扉があった。扉を開けて部屋を見てみると、大きなテーブルに椅子が並べられている。その上には皿や蝋燭などが置いてあった。映画に出てきそうだ。おまけにどこからか料理のいい匂いもしてくる。……何かお腹空いてきたな。

 そんな事を考えていると、後ろからさとりに声を掛けられた。

「もう少ししたら晩御飯ができると思うので、待っていて下さいね」

「ああ、もうそんな時間か」

 思ったよりも長く寝てたみたいだ。まあ、お陰で疲れはとれたから良かった。

「そういえば、さとりって料理とかするの?」

「出来なくはないですけど、基本は人型のペット達が行っていますね」

「そうなんだ。是非食べてみたいな、さとりの手料理」

「そう思いますか? ……そうですね、機会があれば作ってみます」

 なんとなく、さとりは外見というか雰囲気的に料理ができそうに見えるな。あくまでもイメージだけど。作ってくれる日を楽しみにするとしよう。

 

 と、そんな会話をしていると、俺達の所にこいしがやって来た。

「お姉ちゃん、ご飯まだー?」

「もう少しでできるって」

 そう答えると、俺の所にトテトテとやって来て、服の裾を引っ張りながら言った。

「じゃあご飯ができるまで部屋で待ってない?」

「ああ、良いけど……」

 こいしが俺の手をとって、前に進む。おお、なんか柔らかい。女の子の手って感じだな。それに引っ張られながら部屋に戻った。その時のさとりは、どこか深妙な表情をしていた気がする。

 

 

* * *

 

 

「じゃーんけーん、ぽん! あ、やった!」

 こいしが出したのはグーで、俺が出したのはチョキ。あはは、ジャンケンに勝っただけで、そんなにはしゃげるってすごいな。

「こいしは、いつも何をして遊んでるの?」

「ん……お姉ちゃんは忙しいから、一人で外に行ったり、私のペット達と遊んだり……かな?」

「へえ、こいしにもペットがいるんだ。今度見に行ってもいい?」

 そんな事を話しながら二人で遊んでいると、突然部屋の扉が開いた。どうやら空みたいだ。ノックしてくれるとありがたいんだけどな。

「碧翔、さとり様がご飯出来たって言ってたよ。食べに行こう?」

「ああ、それじゃ、行くか」

「うん、お腹空いたー」

 

 三人でさっきの部屋に向かう。こいしと手を繋いでいたら、何故か空も反対の手を握ってきた。こういうのを両手に花って言うんだろうか。二人とも容姿端麗だしな……。俺じゃ釣り合わなさそうだ。

 三十分程前にも見た大きな扉を開けると、そこには美味しそうな料理の数々が並んでいた。結構な品数だぞこれ。俺の心を読んだのか、先に部屋に居たさとりが言った。

「今日は碧翔が来た初日なので、少しだけですが、品数を増やしてみました」

「へぇ、ありがとう。どれも美味しそうだよ」

 

 さとりの向かい側の席に俺も座る。その隣にこいしがちょこんと座った。周りを見ると、俺達以外にも空やお燐、その他諸々のペット達が居る。人数はそれほど多くないけど、中々賑やかだな。

皆が集まったのを確認してから、こいしが言った。

「それじゃあ、いただきます!」

 

 

 皆もそれぞれの料理を食べ始める。なんか良いな、こういうの。料理も美味しいし、本当に楽しい。今更だけど、妖怪も人間も食べるものは基本同じなんだな。

 皆でしばらくご飯を食べていると、こいしが近くにあった唐揚げを箸を使って俺に差し出して来た。

「はい、あーん」

 おお、何気にこういうの初めてかも。……いや、一回だけ風邪をひいたときに妹がこうしてくれたことあったっけ。かなり前だし、もうあんまり覚えてないけど。

 こいしが差し出した唐揚げを、一口で食べる。

「どう?」

「うん、美味しいよ、ありがとう」

 中々ジューシーで美味しいな。お店とかのとは違って、味付けも濃すぎず丁度いい。今度作り方を教えて貰おうかな。

 

 もう一度、辺りを見回す。周りには、今日知り合ったばかりのさとりにこいし、ペット達が居た。本当にここに居るんだよな、俺は。なんだかまだ実感が湧かないけど、俺はこれから本当にこの世界で、この地底で暮らすんだ。そのうち地上を見て回ったりしてもいいかもしれないな。

 これからの幻想郷ライフを楽しみにしながら、俺は唐揚げをもう一つ頬張った。




いかがでしたか?
キャラ的にこいしの登場回数が多くなってますね。
次回も日曜日に投稿予定です。よろしくお願いします。


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第二章 -日常-
第六話 ~忍び寄る烏天狗~


どうも、こんばんは。
最近はサブタイトルが思いつきません。オラに発想力を分けてくれー!
ということで、どうぞ。


「んー、あぁ、朝か……」

 目が覚めると知ってる天井。地底にいると時間が分かりにくいけど……さて、今日から地霊殿生活の始まりだ。

 昨日は楽しかったな。こいしのあれはあんまりやってるとどこかの巫女さんと魔法使いに勘違いされそうだけど。いや、既に手遅れか?

 とりあえず起きるか。ベッドから降りて、大きく伸びと深呼吸をする。服は……クローゼットに入っていたあの服しかないな。この世界では一般的なんだろうけど、あのデザインにはやっぱり少し抵抗が……。まあ、これしか無いししょうがないか。

 何で男の服があるんだろうな……と思いつつ一通り着替える。鏡で見てみると、明らかに奇抜な服を身にまとった自分の姿があった。これで現代を歩いてたら完全に変人だな。

 

 着替えも完了したところで、昨日の部屋に向かう。扉を開けると、既にそこにはさとりとこいしが座っていた。

「あ、その服着たんですね。中々似合ってますよ」

「あはは……ありがとう」

「お兄ちゃん、こっちに来て」

 

 こいしに言われるままに隣に座った。

「今日は何か、やりたい事はありますか?」

「そうだな……まだ全然地底を見て回ってないから、とりあえず旧都の方に行きたいかな」

 お店も色々あったし、是非入ってみたい。あ、勿論普通の飲食店で。俺人間だし、未成年だから鬼達に絡まれるのは勘弁だ。

 さとりはそれに頷くと、少し考えるような仕草をしてから言った。

「それじゃあ私もついて行きますね」

「え、いいの? 人……というか妖怪達もいるし、あんまり出歩くのは……」

「私なら大丈夫ですよ。それに案内役がいりますよね?」

「……確かに。それじゃあお言葉に甘えるとするよ」

 ……ありがとう、と心の中で呟くと、彼女は俺に柔らかな笑みで返してくれた。

 

「こいしはどうする?」

「んー、私は今日は留守番してるよ。まだ眠いし」

「そう。それじゃあ早速行きましょうか。朝御飯もお店で食べる事にしましょう」

 そんなこんなで、俺はさとりと一緒に旧都を見て回ることになった。

 

* * *

 

「来た時も思ったけど、すごい賑やかだなぁ」

 辺りを見回すと、様々な妖怪達で一杯だった。店の種類も多種多様だけど、共通点として大体の人はお酒を飲んでいる。改めて見ると凄い光景だなこれ。

「鬼達はお酒が好きですからね」

「へぇ、そうなのか。確かに、俺も来る途中に飲まされそうになったな」

「大丈夫だったんですか?」

「ああ、パルスィが助けてくれたからさ」

 

 あれは助かった。飲まされてたらシャレにならないし……。

 そんな事を話していると、人混みの中にその金髪緑眼の橋姫がいるのを見つけた。

「っと、噂をすればなんとやら、ってやつかな」

「え? と、ああ、あそこですか」

 俺の言葉にさとりも気付いたみたいだ。折角だから声を掛けるか。

「おーい、パルスィ!」

 

 向こうもこちらに気付いたみたいで、俺達の方に向かって来る。パルスィの他に、もう二人後ろから付いて来る人達が居た。片方は髪をポニーテールにしていて、もう片方は桶のようなものに入っている。

「結局地霊殿に住むことになってるんだから。ああ妬ましい」

「そこで妬ましいって言うと勘違いされると思うよ?」

「口癖だし……別に大丈夫だと……」

 

 三人で何やら話してるけど、とりあえず自己紹介をした方がいいか。

「俺は真剣碧翔。地霊殿に住まわせて貰ってるんだ」

「パルスィから聞いてるよ。私は黒谷ヤマメ。土蜘蛛っていう妖怪だよ」

「ええと……私はキスメって言います……よろしくお願いします」

 ヤマメにキスメか。ヤマメは明るくて、反対にキスメは内気って感じかな? 中々良いコンビな気がする。

 と、パルスィがいつかのジト目で見つめてきてます。地霊殿に住むうえで、ジト目を向けられる事はもはや宿命なのかもしれない。

「それにしても、地霊殿に住むなんて凄いね! どうやってさとりを落としたの?」

「ちょっと、変なこと言わないでくださいよ」

「お兄さんすごいですね……頑張って下さい……」

「……私だと収集つかなそうなので、碧翔お願いします」

 

 え、ここで俺に話を振られても困るんだけど。というか二人ともノリがいいね。

 ……んー、あえてここでヤマメ達と一緒になっても面白い気が……っと、すいません、そんな事しないんで足を踏もうとしないでください!

「あはは、俺は何もしてないよ」

「ホントにー? じゃあ何でさとりは住むことを許可したの? 今までそんな事無かったのに」

 やっぱりそうなのか? まあ確かに地霊殿にはペット達以外に誰も居なかったけど⋯。さとりの方を見ると、少し横に目を逸らした。……よく分からないな。

 

「まぁいいや。それよりもさ、これから私達お店に食べに行くんだけど碧翔達も一緒に行かない? パルスィも良いでしょ?」

「……別に、好きにすれば?」

「ああ、それなら俺達もまだ食べてないし良いよ。さとりも大丈夫?」

「ええ、構いませんよ」

 という事で、皆でお店に食べに行く事になった。今更ながら朝からお店って結構ハードじゃない?

 

* * *

 

「いらっしゃいませー!」

 店員の明るい声とともにお店に入る。時間なんて関係なし、と言わんばかりに席はお客で一杯だった。

 中に入ると店の奥の方の席に案内される。前にはパルスィ、隣にはさとり。パルスィの両隣にヤマメとキスメが座った。

 ……うーん、今のメンバーも、周りの人達を見ても、明らかに男女比率がおかしいなこれ。今まで知り合った人も全員女の子だし、地霊殿にも男は俺だけらしいし。アニメとかで良くあるハーレムってやつじゃないですか。現実だと嬉しいと言うよりも気恥ずかしいと言うか場違い感が凄い。

 

「さて、何を注文しましょうか」

 さとりの持っているメニューを覗き込んで俺も考える。

 色々あるけど基本的にファミレスとかでよく見るようなものが多い。全体的にちょっと古い感じはするけど。基本は日本と変わらないって感じか。俺は朝からガッツリしたのもあれだし、軽いものが良いかな。

「だったらこの辺りのメニューですね」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

 

 さとりの助言でメニューを選ぶ。……うん、美味しそうだしこのホットドッグでいいかな。基本は肉とパンだけど野菜も入ってるし。

 皆で店員に注文する。しばらくすると、それぞれの所に頼んだものが運ばれて来た。俺の前にはソーセージやレタスが挟んであるホットドッグ。さとりはサンドイッチを頼んだみたいだ。

「それじゃあいただきます」

一口食べる。……うん、美味しい。ソーセージはパリッとしていて中はジューシーだし、マスタードの風味とすごく合っている。レタスも新鮮で瑞々しく、全体のバランスを保ってる気がするな。

「美味しいなこれ。さとりはどう?」

「ええ、美味しいです。良かったら一つどうですか?」

「いいの? じゃあ貰おうかな」

 さとりから一つ受け取って食べる。これも美味しいな。

 

 ……ホットドッグもサンドイッチもすごく美味しいんだけど、さっきからやたら視線を感じる気がする。三人からも何故かチラチラ見られてるけど、それじゃないな。どこか別の方向からだと思うんだけど。俺の思考を読んだのか、さとりがこちらを見る。

「さとり、分かる?」

「いえ、人が多すぎてどうにも……」

 

 なんだなんだ、面倒事にならないと良いけど。そんな事を考えていると、横に光が見えた気がした。そっちをよくよく見ると、植木に隠れて人影が。手にカメラを持って、頭に白い丸が付いてて……って!

「射命丸か!」

「あやや、見つかってしまいましたか」

 植木の陰から出てきたのは、清く正しい烏天狗。一体どこが清く正しいんだ。盗撮とか犯罪じゃん。

 

「あれー、文じゃん。何やってんの?」

「いやー、ちょっと良いネタが目の前にありまして」

「ネタって……ああ、そういう事ね」

 パルスィとヤマメはなんか納得してるけど、何の事だ? 俺達を撮って面白いことでもあるのだろうか……なんて思っていたら、射命丸の思考を読んだであろうさとりが急に顔を真っ赤にした。

「あれ、どうしたの?」

「な、何でもないです! 文はカメラを渡して下さい!」

「はてさて何の事でしょう。っと、私はこれで失礼いたしますので」

 

 そう言って飛んでいってしまった。相変わらず凄いスピードだな。

「全くあの天狗は……」

「あはは、大丈夫?」

「私は大丈夫ですけど、よく気付きましたね」

 さっきの光はおそらくカメラのレンズの反射光か何かだと思う。FPSとかのゲームではスナイパーライフルの反射光で敵の位置を特定したりするからね。ゲーム知識が役に立った。

 

 皆が食べ終わった所で、雑談をしながら店を出る。

「それじゃあ行こうか。さとり、碧翔、今日はありがとね」

「いや、こちらこそ。楽しかったよ」

「ありがとうございました」

 三人と別れて先に進む。それにしても、射命丸はなんで俺達を撮ってたんだろう。まぁ、とりあえずいいか。さとりに聞いても言ってくれなさそうだし。

 そうして俺達は、地底散策を続ける事にした。

 

 ちなみに、数日後に届いた『文々。新聞』のトップ記事が『地霊殿の主、さとりと熱愛!? 外来人、真剣碧翔の正体とは!』となっていて一荒れしたんだけど、それは別の話だな。




いかがでしたか?
なんかグダグダしているような気もする……。
これからは毎週日曜日に投稿できたら、と思ってます。
次回もよろしくお願いします。


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第七話 ~幻想郷の日常……?~

どうも、こんばんは。
今回は少し文字数が少なめです。
ということで第七話、どうぞ。


「うーむ」

 俺の前にはスマホが一つ。 電池残量80%。バッテリー状態は良好となっている。

 元を辿ると俺って学校の教室からここまでワープした訳だから、ほとんど何も持って来てないんだよな。今あるのはポケットに入れてたスマホと財布くらい。何かもっと便利なものを持って来れてたらなあ、とも思ったり。

 

「お兄ちゃん、それってなに?」

「スマートフォンって言う機械だよ。えーっと……遠くの人と会話したり、写真を撮ったりできるんだ」

「そういえば霊夢達が前に似たような事をしてましたね」

 幻想郷って結構発展途上だと思ってたけど、そんなのもあったのか。魔法とか普通にあるみたいだし、発展途上というよりは、独自の文化を築いてるのかもな。

 それにしても、このスマホも電池が切れたら使えなくなるんだよな。

「地上には河童が居ますから、行ってみると良いかもしれませんね」

「河童?」

 

 さとりが言うには幻想郷の河童はかなり光学的みたいだ。正直よく分からないけど、機会があったら行くとしよう。

 まあ幻想郷って電波とか無いし、カメラくらいしか使い道ないんだけどね。でも最近のスマホのカメラは凄いよ、ホントに。俺の機種は古めだからそんなでもないけど。

「そうだ、写真でも撮らない?」

「それで撮れるの?」

「ああ、他にも色んな機能があるよ」

 

 スマートフォンなんて機械、幻想郷からするとかなりオーバースペックかもな。普通に使ってていいんだろうかと思いつつも、カメラを起動する。

「あ、じゃあ三人でいっしょに撮ろうよ!」

 こいしの提案で、三人一緒に撮るために内カメラに。位置を調整する。

「二人とも、もう少し寄ってくれる?」

「こうですか?」

 三人一緒って結構難しいな。かなり近寄らないと。チラッと横に目をやると、さとりの横顔が見えた。ずっと思ってたけど、幻想郷の人達って皆綺麗だよな。幻想郷ってどうも外の世界とかけ離れた感じがするけど、これが原因の一つかも。

 どうにか画面内に収めると、シャッターのボタンをタップする。

 

 シャッター音とともに撮った画像が画面に映った。まあそれなりに上手く撮れたんじゃないかな?

「へー、すごいね、すまーとふぉんって」

「他にこんなのも出来たりするよ」

 そう言って電波の必要無いゲームを起動してみる。簡単だし、こいしも出来るんじゃないかな?

 一通りやり方を教えてみるとすぐに覚えたらしく、はしゃぎながらソファーの上で遊んでいた。

 

 さとりは自分の椅子へ座り、俺もこいしの隣に座ろうとした時、さとりが小さく声を出した。

「痛っ……」

「どうしたの?」

 見ると、木製の椅子にささくれができていて、それに引っかけたみたいだ。大した怪我じゃないけど、血が出ている。

「大丈夫?」

「少し切っただけですから、心配ないですよ」

 

「……そういえば」

 俺はポケットの財布を取り出した。中にはお金やカードの他に、絆創膏も入っている。非常用に入れておいて良かった。たまに使うんだよね。

「絆創膏ですか?」

「そう、いつも財布に入れてるんだ。結構使えるんだよ」

 一つ取り出してさとりに渡す。彼女はお礼を言って微笑んだ。

 

 

* * *

 

 

「……こういうの、暇っていうのかな」

 ベッドに寝転がってそう呟いた。あ、Twitt○rじゃないよ。

 あれから部屋に戻ってきたけど、やる事がない。うーん、現代じゃ勉強したりたまにゲームやったりで時間を潰してたんだけど、幻想郷って娯楽が少ないのかな。ずっとごろごろしてるのもあれだし、お燐あたりに手伝える事がないか聞いてみるか。

 そう思って立ち上がろうとした瞬間、物凄い轟音とともに部屋に巨大な何かが突っ込んできた。

 

「な、なんだ!?」

 よく見ると、黒くて大きい岩のようなものが見事に壁を突き破っている。……いや、なにこれ。

 辺りにはコンクリートの破片が飛び散り、砂埃もすごい。辛うじて無事だった窓から外を見ると、勇儀と萃香が弾幕? らしきものを飛ばし合っているようだった。

 

 状況に着いていけず棒立ちしていると、勢いよくドアを開けてお燐が入って来る。

「ど、どうしたんだい、これ」

「いや、俺もよく分からないけど、あれ……」

 窓の外を指差すと、お燐は呆れたような顔をして言った。

「あいつらか……全く、勘弁して欲しいね」

「何あれ?」

「どうせまた喧嘩でもしてるんだと思うよ。最近は少なかったんだけどね」

 

 危な過ぎだろあいつら。一歩間違えたら死ぬところだったぞ今。注意した方がいいんじゃないか? まあ、それで止めるとも思えないけど……。

 それにしても、どうするんだ、これ。岩みたいなこれは二人に片付けさせるとして、壁の損壊は酷いし……業者的な人に頼まないといけないんじゃないか?

「とりあえず片付けはあたい達の方でしておくから、碧翔はさとり様に報告してくれるかい?」

「ああ、分かった」

 俺は少し早足でさとりの部屋へ向かった。

 

 

* * *

 

 

「なるほど、さっきの音はそれだったんですね……怪我とかありませんか?」

「あ、うん、俺は大丈夫だけど……」

 さとりもお燐と似たような反応をしていた。やっぱ幻想郷やばいな。

 部屋の修理はやはり頼みに行くそうだ。俺が行こうかと思ったけど、よくよく考えたら道とかまだ全然覚えてなかった。仕方ないし、それはお燐達に任せる事にしよう。

 俺の代わりの部屋は地霊殿の内側にして貰った。庭は見れないけど、命は大事だよ、ホント。

 

 しばらく待っていると、旧都の方に行っていたお空とお燐が帰ってきた。二人が連れてきたのは……って、ヤマメ?

「ヤマメ? どうしたの?」

「もちろん碧翔の部屋の壁を修理しに。というかよく生きてたね?」

 頼むって言ってたけど、それってヤマメにだったのか。本人曰く、土蜘蛛は建築が得意らしい。修理と建築って微妙に違う気もするけど。

 

 とりあえず部屋の修理は任せるとしよう。色々な道具を持って、ヤマメ達は部屋の方へ向かった。

「それにしても、碧翔が無事で良かったです。幻想郷(ここ)に来て三日目で大怪我なんてしたら大変ですから」

「あはは、そうだね。ありがとう、心配してくれて」

「勇儀達にはしっかり注意しないといけませんね……」

 と、なんだか少しぞわっとした。注意って……?

 

 そんな事を話していると、玄関の扉がノックされ、開かれた。いや、ノックしたらこっちが開けるまで待とうよ。入ってきたのは、俺の部屋の壁を壊した張本人の二人。何故来た。

「いやー、何か悪かったね」

「いや悪かったじゃないでしょ、俺死ぬところだったんだけど」

「ところで今から飲みに行くんだけど、碧翔達も行かないか?」

 二人がそう言った瞬間、俺の隣から唯ならぬ殺気が……。

 

「二人とも……少しこっちの部屋に来て下さい」

 あれあれ、なんだかさとりさん、笑顔なのに目が全く笑ってないぞ。

「碧翔は少し待っていて貰えますか?」

「あ、ああ……いいけど」

 こうして二人は連れて行かれ……数分後、隣の部屋から鬼二人の悲鳴が聞こえてきた。ちょっとした覚妖怪の闇を垣間見た気がします。

 でもまあ、こういうのこそが幻想郷の日常……って、そんな訳あるか!




いかがでしたか?
短いとかって言ってましたが、加筆修正してたら他の話とあんまり変わらなくなりました。全部で2800文字くらいなので……400字詰め原稿用紙7枚分ですね。
まあそんなわけで、次回もよろしくお願いします。


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第八話 ~酔態の果てに~

皆さん、どうも。
今回は少し時間があったので挿絵を入れてみました。
それと、一人称と三人称が切り替わる部分がありますので、読みにくいところがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
ということで、どうぞ。


「イェーイ! 真剣碧翔でーす! これからよろしくぅ!!」

 碧翔の声で場が盛り上がる。外来人、真剣碧翔は酔っていた。

 未成年でありながら酒を飲むという、現代なら問題になる行為だが、幻想郷では関係ない。何故このような事になってしまったのか。事の始まりはこの日の夕方……。

 

 

* * *

 

 

 さとりのお仕置き(?)を受けてから、二人はすごすごと帰って行った。何かちょっと可哀想な気もするけど、さとりには「この位はしないといけません」と言われた。何をしたんだ何を。まあ二人は反省したっぽいし、部屋の修理も順調に進んでいるらしいから結果オーライか。

 ……とまあ、この時はそう思っていたけど、次の日に二人がまたやって来た。

 

 どうも昨日の事は反省したから、地底の仲間への紹介ついでにお詫びとして宴会でもしよう、という事になったらしい。

 いや、正直嫌な予感しかしない。というか俺お酒飲めないし。さとりも一応許可をしたけど、「気を付けて下さいね」との忠告を受けた。

 

「ほら、碧翔。折角なんだから呑もうよ」

「い、いや、俺はいいって」

 それで今、萃香に全力でお酒を勧められてる訳です。どうしたらいいんだこれ。しかも瓢箪みたいのに入ってるこのお酒、匂いからして絶対強いよ。母親はお酒を飲まなかったからよく知らないけど、これは絶対やばいやつだって。

 パルスィも特に止めてくれないし。チラッとパルスィの方を見ると、あからさまに視線を逸らした。……面倒なんですねそうなんですね。

 

 そこで、勇儀が思いついたように言った。

「そうだ碧翔、折角だから自己紹介しておかないか?」

「良いねえ、是非やってくれよ」

「いや、俺はいいって、恥ずかしいし」

 この大人数の前で自己紹介とか無理だよこれ。そういうのあんまり得意じゃないし。

 俺がそう言うと、萃香がフフン、と笑った。

 

「そこでお酒の出番だよ。勢いで行っちゃえ!」

「だから俺はいいか――がぼぅ!?」

 無理矢理口に突っ込まれました! 種族通り鬼だ! というかこれさっき萃香も飲んでたよね!? という事はこれって、か、関節キ……。

 そんな事を心で叫んでいるうちに、口にお酒が流れ込んでくる。辛っ! 超辛いし喉が熱い……!

 ――あ、これ死んだかも。そこで俺の意識は途切れた。

 

 

* * *

 

 

「あ、起きたみたいだぞ」

 碧翔が目を覚ますと、周りに何人か人が集まっていた。その中にパルスィもいる。

「あ、碧翔、大丈夫!?」

パルスィはひどく心配しているようだった。いつもは素っ気ないが、なんだかんだ言って世話焼きなのだろう。

 碧翔はパルスィを視界に捉えると、いつもとは全く違ったテンションで答えた。

「あー、全っ然大丈夫! パルスィの可愛い顔を見たら元気になったよ!!」

「か、かわ……え?」

若干呂律が怪しい口調でそう言った。パルスィは戸惑った様子で碧翔を見る。まるで別人だ、当然の反応だろう。

「本当に可愛いなパルスィは。緑に透き通った瞳も、絹のようなその金髪も、全部最高に可愛くて綺麗だ!」

「な、何言ってるのよ。お酒でおかしくなったんじゃないの?」

 

 パルスィは顔を少し赤くしつつも、警戒して後ずさる。お酒を飲ませた張本人は、呑気に笑って見ていた。

「俺は至って正常だよ? っと、そうだ、自己紹介をするんだったかな」

 そのままのテンションで真ん中の席に立つ。当然周りからの注目が集まっていき、碧翔はそれを眺めるように辺りを見回した。普段からは考えられない様な状態だ。

「イェーイ! 真剣碧翔でーす! これからよろしくぅ!!」

 碧翔の声に周りの人達も同じように返す。その場はどんどん盛り上がっているようだった。ついでに勇儀や萃香も一緒になって騒いでいる。パルスィはそれを見て、まだ少し赤い顔で溜め息を吐いた。

 

 

 それから約一時間後、碧翔は思い出したように言った。

「っと、俺はもうそろそろお暇しようかな」

「もう帰るのか?」

「あんまり遅くなるとさとり達に怒られそうだからね! さらばだ皆!」

 皆に大きく手を振って去っていく。そんな碧翔の後ろ姿を横目で見ながら、パルスィは溜め息を吐いた。

「はぁ……あの調子で帰って大丈夫なのかしら……」

 

 

* * *

 

 

 大きな音とともに地霊殿の扉が開け放たれる。部屋の中にはさとりの姿。碧翔は大股で部屋に入り、手を上げて言った。

「ただいま、さとり!」

「ええ、おかえりなさい……って、どうしたんですか? 何というか、様子が変ですが……」

「ちょっと宴に行ってきただけだよ。それにしても、さとりはやっぱり可愛いな」

「可愛いって……え?」

 さとりもパルスィと同じく、戸惑った様子だ。慌てて碧翔の心を覗くと、萃香達が原因だということが分かる。

 

「あの二人は……まだお仕置きが必要のようですね……」

 そんな事を言っていると、碧翔がさとりに急接近した。片手を腰に回して、半分抱いているような状態になる。さとりの顔が少し赤くなった。

「あ、あの……」

「よし、俺の部屋に行こう!」

「ち、ちょっと……!」

 反論するが、完全に碧翔のノリに流されている。結局二人で碧翔の部屋に向かった。

 

 

「ただいま俺のマイルーム!」

 そう叫びながら碧翔はベッドへ向かう。勿論さとりも一緒に。碧翔に手を引かれ、二人でベッドに寝転がった。

「あ、あの、碧翔、何でここに?」

「あはは、たまには一緒に寝ようと思って。一緒に住んでるんだし仲を深めないとね!(義務感)」

「いや、あの、かっこぎむかんってどういう……!?」

 碧翔はさとりを抱き寄せる。さとりは完全に混乱状態だ。逃げようにも身動きが取れず、力づくで抜け出すのは碧翔が怪我をするかもしれない。仕方がないのでさとりも目を閉じる。しばらくは恥ずかしさで全く寝付けていなかったが。

 

 

────

─────────

 

 

 痛てて……ひどい頭痛だ。おまけに吐き気もする。というか体全体が重いな。 あれ、俺って何してたんだっけ。確か勇儀達に誘われて……そうだ、そこで無理矢理お酒を飲まされたんだ。今の気分の悪さは二日酔いってやつか?

 で、それから、それから……あれ? どうしたんだっけ。というかここ何処だ? 布団があるからベッドの上か。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはさとりの顔。一瞬思考が停止した。改めて見ると、さとりは俺の隣で静かに寝息を立てながら寝ていた。

 

【挿絵表示】

 

「うおお!」

 思わず声を上げて飛び起きる。なんでさとりが隣にいるんだ!? というかここって何処!? 半分混乱状態で辺りを見回すと、そこは地霊殿の俺の部屋。あれ、いつの間に帰ったんだ?

 さとりをもう一度見ると、俺の声で起きたのか目を開けていた。

 

「あの……」

「え、えーと……おはよう?」

「お、おはようございます」

「あー……これってどういう状況?」

「……え?」

 俺の質問に少し戸惑った様子のさとり。そういえばお酒を飲まされてからの記憶が無いな。

 ……目が覚めたら二人ベッドの上で、酔ってて記憶がない。加えて、さとりの戸惑い具合……俺、何かしたのか? ありえないと思いつつも、状況的に嫌な考えが頭をよぎる。……やってないよな?

 

「な、な……! へ、変な想像しないでください! 何もしてないです! 一緒に寝てただけですから!」

「ご、ごめん、そっか」

 すごい勢いで否定してくる。まあそりゃあそうか。というか本当に安心した。そもそも、さとりなら俺くらい軽く吹っ飛ばせるだろうしな。

 余計なことを考えたせいで変な汗が出てきた。

「えっと……それじゃあ何で二人で寝てたの?」

「それは……その」

 さとりが言いかけたところで扉がノックされた。お燐と空みたいだ。

「碧翔ー、入ってもいい?」

「別にいいでしょ、入っちゃおう!」

 俺達が返事をする前に質問を解決してるんだけど。って、ちょっと待てよ。これ今入られたら……。

 ガチャ、と扉が開く。時が止まったかのような沈黙が数秒間、部屋を支配した。

「えーと、これには訳があってさ……」

「……お楽しみ中失礼しました」

「ちょっと待ったぁ!」

 お燐は少し複雑な表情をしてから空を連れ部屋から出ていった。……いや、どうすんのこれ。

 

 その後、お燐はさとりがちゃんと説得したらしい。……どことなく不安だけど。

 勇儀達には、「いやー、中々いいもん見せて貰ったよ」なんて言われた。お酒飲んでから何したんだよ俺。

 とりあえず、勇儀と萃香に誘われた時はもっと気を付けよう、と心から思った。……というか、もう行かないでおこうかな。




いかがでしたか?
というか改めて見ると中々酷い挿絵ですね。そのうち描き直そうか……。
ということで、次回もよろしくお願いします。


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第九話 ~撫でて、撫でて~

皆さん、こんにちは。
最近は暑くてエアコンをつけっぱなしにしているので、電気代が恐ろしいことになってそうですね。
それでは、どうぞ。


 本って良いよね。最近は電子書籍なんかもあるけど、やっぱりあの紙の質感というか、読んだって感じが好き。表紙のスベスベ感とかもなんとも言えないな。PP加工って言うんだっけ。マット調いいね。

 こんな事を言うとなんか凄い愛好家って感じだけど、俺はたまに読む程度。さとりも本が好きらしくて、時間がある時はよく読んでるんだそう。

 今はさとりから借りた本を返しに行くところなんだけど……っと、ここだ。

 

 部屋の扉を開ける。何かを書いていたさとりがこちらを見た。

「この本ありがとう。中々面白かったよ」

「もう読んだんですか? それなりの長さだったと思いますが」

「あはは、つい夢中になってさ。さとりは今何してるの?」

 何かを書いていた紙を覗き込もうとすると、さとりはそれをばっと隠す。驚きの速さだ。

「し、趣味で執筆している小説です」

「へえ、小説を書いてもいるんだ。是非読ませてよ」

「これはダメです! その、恥ずかしいので……」

 

 紙を胸に抱えてそう言う。うーん、読んでみたいんだけどな。まあ無理強いは良くないし、そのうち読ませて貰える事を願うか。

「ちなみにジャンルは何? 案外恋愛系とか?」

「……ち、違いますよ!」

 ……さとりさんや、他人の心は読めるけど自分の心も漏れてますよ。キッと軽く睨んでくる。表情がむしろ逆効果だと思うけど。

 

 そんなやり取りをしていると、部屋に一匹の子犬が入ってきた。後からお燐もやって来る。何やら子犬を追いかけているようだった。

 と、丁度犬が俺の方にやって来たので、ひょいと持ち上げる。

「はい、お燐」

「ああ、ありがとう。体を洗おうとしたら逃げ出してさ。無駄にすばしっこいんだよね、まったく」

「ペットの世話ってお燐がしてるの?」

「いや、普段は他のペット(ひと)がやってるよ。あたいはあんまりかな」

 

 どうやら今日は人手が足りなくて、お燐が手伝ってるらしい。だから少し慣れてない感じだったのか。

「大変そうだし、俺も手伝おうか? 良いよね、さとり」

「もちろん、碧翔が良ければ構いませんけど」

「いいの? ありがとう! 作業が多くて困ってたんだ」

 明るい表情で嬉しそうに笑う。なんとなくお燐の頭を撫でた。妖怪と言えどやっぱり猫だからか、撫でられるのが好きらしい。まあ、見た目は普通の女の子だし、傍から見ると勘違いされそうだけど。

 

「そろそろ戻った方が良いんじゃないですか? 他のペット達が心配です」

「ああ、そうだね。それじゃあ行こうか」

「うん、こっちだよ」

 そうして俺は、お燐と一緒に中庭の方へ向かった。

 

 

* * *

 

 

 中庭に入ると様々なペット達で溢れていた。すごい数だな、これ。

「とんでもない数だね、動物園なんかよりも全然種類いるし」

「動物園? 何それ?」

 っと、そうか、幻想郷には無いよな、この感じだと。

「動物を見るための施設なんだけど……それぞれの場所に動物がいて、それを観察する所かな」

「閉じ込めておくのかい? 動物が可哀想だよ」

「いや、まあ確かにそうなるのかもしれないけど……ちゃんと遊ぶものがあったりするし、餌ももちろん与えられるから、特に不自由じゃないと思うけど?」

最近はかなり広い所で飼われてたり、自然が多かったりもするしね。俺はよく知らないけど、多分ストレスを感じさせない工夫があるんだろう。

 

「地霊殿のペット達はどこで飼ってるの?」

「まあ種類にもよるけど、基本は決まってないね」

「へぇ、すごいな。だからたまに廊下にいたりするのか」

 今日の朝も一匹俺の部屋に入ってきたんだよな。本を読んでたら目の前にいて超驚いた。その時に本を落としちゃって変な折り目ができたページがあるんだけど……あ、これさとりには内緒ね。

 

「それで、俺は何をするの?」

「体を洗うのはこいつで最後だから、碧翔は餌をあげてくれる? そこの箱に入ってるから」

「分かった、あれね」

 返事をすると、隅の方に置いてあった大きな木箱みたいなものから餌の袋を取り出す。えーと、これは猫用でそれは犬用、これは小鳥系……って、種類が半端ないな。まあ、これだけ動物が居れば当然か。ざっと十二種類。隣にも数箱あるからもっとあるだろうな。

 地味な作業だけど結構大変だぞ、これ。こんな事を普段からやってる人型のペットすごい。とりあえずそれぞれの餌を器に入れていく。

 この器も大量にあり過ぎて銭湯の桶みたいになってるよ。端の方に積まれてるやつ。……よし、一通り入れ終わったし、四つずつ持ってくとしよう。

 中庭の中央の方へ持っていくと、そこにいたペット達が目の色を変えて餌を食べる。勢いが半端ない。撫でようかとも思ったけど、食事中に撫でると機嫌が悪くなるって何かの本で読んだ気がするから止めておいた。

 

「終わった?」

「ああ、とりあえずそこの箱に入ってたやつはね」

 箱の方を指差す。中々時間が掛かるし大変だな。まあ楽しくもあるけど。なんて、普段からやってたらこんなこと言えないかもね。

「ありがとうね。あたいも一段落したし、一旦休憩しようか」

 二人でベンチに腰を掛ける。改めて見ると、不思議な光景だな。真ん中に噴水があって、その周りには青々と茂る植物達。その中で、様々な種類の動物が餌を食べている。気持ちいいけど、上を見るとやっぱり太陽は無くて。ここは地底なんだなあ、と改めて思わされる。

 

「ペット達は皆元気だね。餌に飛びついてきたよ」

「はは、そのせいでよく困らされるんだよね」

 お燐は笑いながら言う。確かに仕事中だったりすると大変だろうな。そう思いながら再びお燐の頭を撫でると、一旦立ち上がってから猫の姿になった。

 確かにこっちの方が撫でやすいし、いいかもな。頭やら首の辺りやらを撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして寝転がる。……なんかこっちまで癒されるなあ。

 

 しばらくお燐を撫でていると、急に視界が真っ暗になった。

「だーれだ?」

 後ろから声がする。どうやら目を手で隠されたみたいだ。これはあれか、よく恋人同士がやるイメージのあるあれ。

「こいし?」

「せいかーい。むー、何でわかったの?」

「いや、声で思いっきり分かるし、こんな事するのはこいしくらいだから」

 お燐のついでって言うとあれだけど、こいしの頭も撫でた。こいしはにっこりと笑って目を閉じる。

 

 そんな事をしていると、中庭に繋がっている廊下の方から、ぐー、という音が聞こえてきた。

「あー、お腹空いたー。ご飯まだかなぁ?」

 ……どうやら空みたいだ。お腹にぽんぽん、と手を当てながらこっちに向かってくる。

「あ、お燐にこいし様ー。と……誰だっけ?」

「いや、碧翔だよ、真剣碧翔。まだ覚えてなかった?」

「ああ、そっか」

 ここに来てもうすぐ一週間経つのに忘れられてるって、なんか悲しいな。というか記憶力やばくないか? 逆に悩みとかは無さそうだけど。……って、こんな事言ったら失礼か。

 

「何やってるの?」

「ああ、仕事の休憩中なんだけど、今は――」

「あ、私も頭撫でてー」

 人の話は最後まで聞こうか。空は俺の隣に座り、俺の方をじっと見てくる。よく分からないけど、仕方がないので空の頭も撫でる。……おお、髪の毛さらさら。というか、傍から見るとなんか変な状況だよな。

 

 そんな事をしていると、こいしが廊下の方を見て言った。

「あ、お姉ちゃん」

「え?」

 どうやらさとりが様子を見に来たようだ。

「碧翔、仕事はどうですか?」

「ああ、順調だよ。今は休憩中だけど」

「それは良かったです」

 

 そう言って微笑んだ。

 ……と、さっきの流れなのかよく分からないけど、ついさとりの頭にも手を置く。

「……!」

「あ、ごめん、つい……」

「い、いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど」

 そう言って、自分の頭の上を確認するように手を乗せたかと思うと、横を向いた。心なしか若干顔が赤いような気もするけど……。

「……誰かと一緒にいるのも、悪くないですね」

「あー……どういうこと?」

「あ、いえ……もう行きますね。手伝い、頑張ってください」

 そう言うと、さとりは背を向けて戻っていった。

 

「さて、じゃあ仕事再開しようか」

「あ、うん」

 いつの間にか人型に戻っていたお燐に声をかけられて、再び作業を始める。

 今の、どういうことだったんだろうな。いや、別になんでもないんだけど……なんとも言えない表情をしてたような気がする。

 

 と、こちらを見ていたお燐が口を開いた。

「碧翔が来たことが、きっかけになったりするかもね……」

「え、何が?」

「さあ……頑張ってよ、外来人さん」

 いや、どういうこと。

 ――まあいいか。とりあえず続きをするとしよう。一つ深呼吸すると、俺は作業を再開した。




いかがでしたか?
熱中症などにならないよう、皆さんも気を付けて下さいね。
次回もよろしくお願いします。


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番外編 ~彼への思い~

どうも、こんにちは。
少し、と言うよりかなり早い気がしますが番外編です。
今回は文字数が少なくなってしまった...。いつもと違う視点で書くのは難しいです。
それでは、どうぞ。


『来ないでよ……気持ち悪い』

 

 皆が私を避けていく。

 

『近付くな、覚妖怪』

 

 皆が私を否定する。

 

『ここから出ていけ!』

 

 居場所なんて、どこにも無くて。

 

 

 それが当たり前になって、いつしか人間に希望を抱くことは無くなっていた。

 私に近寄るのは、ただの迫害支配したがりと、一時的な同情で理解したと勘違いしている愚人だけ。

 

 どうせまた避けられ、嫌われ……理解する人間はいない。

 

 それが道理だと、ずっと思っていた。

 

 

 けれど――。

 

「さとり、大丈夫? ぼーっとしてるけど」

「あ……何でもないですよ、すみません」

「そう? 頼りないかもしれないけど、何かあったら、言ってくれれば聞くよ」

 

 ――彼だけは、違った。

 

 

* * *

 

 

 ある日突然、こいしが碧翔を連れてきた時は驚いた。こいしが人間を気に入る、というのもあるけれど、自分から望んで地底に来る人間なんて、今までいなかったから。

 地霊殿に住むなんて話が出て、最初は疑ったりもしたけれど……でも、彼は何故だか嫌な感じがしなかった。不器用な言葉で一生懸命に伝えようとしてくれて。慌てて色々言ってから、結局全部取り消そうとして。

 何故だか、思わず笑みが溢れた。何故だか、彼を信用してみようと思えた。

 

 最近の碧翔は幻想郷の暮らしにも慣れてきたらしく、大分落ち着いているみたいだ。地霊殿の仕事を手伝ったり、こいしと一緒に遊んでいたり……。私も、彼と話す時間ができて、今までの生活より充実している気がする。彼が来てから、パルスィやヤマメ、他の地底の人達との関わりも増えた。

 ――今は……碧翔を迎え入れて、良かったと思う。

 

 

 

「ご馳走様でした。今日も美味しかったよ」

「ええ、何よりです」

 いつも通りの昼。今日はご飯に味噌汁、その他諸々の和食。似合わないなんて言われるけれど、私は結構好きなんですよ? 碧翔は茶碗のご飯を食べ終えると、水を一口飲んでから伸びをする。

「あー……少し食べ過ぎたし、気分転換に中庭にでも行こうかな。さとりも来る?」

 

 私も丁度食べ終わったところだ。部屋で本でも読もうと思っていたけど、少し外の空気を吸うのもいいかもしれない。とは言ってもここは地底だし、本当は外とは少し違うけれど。

「そうですね……折角ですし、ご一緒します」

「ん、じゃあ行こうか」

 そう言って部屋の扉を開ける。そうして、二人で中庭へと向かった。

 

 

* * *

 

 

 外に出ると、元気よく走り回っていたり、噴水に入っていたりするペット達の姿が目に入った。遊ぶのはいいのだけれど、そのまま中に入られると困る。廊下が水浸しになっていたり、部屋のものを汚したり……片付けに困る。

 二人で他愛のない話をしながら、ベンチに座った。

「やっぱり、幻想郷っていい所だよね。前に地上も少し見たけど、自然が多くて気持ちよかったし」

「そうですか? もうずっと居るのでよく分からないですね」

 何百年もここに居るからか、すっかりこの環境に慣れてしまった。逆に、私たちからしたらとても珍しい外の世界も、碧翔からすれば見飽きているんだろう。

 と、ここで外の世界について少し興味が湧いたので、聞いてみることにした。

 

「碧翔が今まで暮らしていた、外の世界はどうだったんですか?」

 私の言葉を聞くと、少し考えるような動作をする。それと同時に、様々な思考が流れ込んできた。

「うーん、外の世界か……こことは違って、建物がいっぱいあるかな。後は車とかの乗り物が走ってたり」

「なるほど……確かに、幻想郷とは随分違いますね」

 彼の思考には、とても高い建物が沢山あったり、よく分からない乗り物が動いていたり、様々な文明が発達しているみたいだ。気にはなるけれど、行きたくはない。なんとなく、そう思った。

 

「あ、あと蒼月と青澄っていう友達がいるんだ。三人とも名前に『あお』って読める字が偶然入っててさ、そこから仲良くなったんだよね」

 彼は楽しそうに話をする。その二人との思い出や昔の記憶が、能力で全て分かってしまう。なんとも言えない居心地の悪さが胸に溜まっていくようだった。

「あの……碧翔は、ずっとここにいるんですか?」

「え? あー……急にどうして?」

「あ、いえ……何でもないです、すみません」

 何を聞いているんだろう、私は。一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ところが、彼はこちらの表情を少し伺ってから、口を開いた。

 

「うーん、そうだなあ……今までの生活はもちろん悪くなかったけどさ、ここでの暮らしも、楽しいな……って思えるんだ」

 私の方を見ながら言う。目が合ってしまい、思わず視線を逸らした。

「それでさ、もう少しここにいたい、って思うんだよね。どうなるかは分からないけど、まだ帰るつもりは無いかな」

 嘘のない言葉。彼の表情を見ると、なんだか安心できた。……やっぱり、碧翔といるとどこかゆっくりできて良いな……。

 

「なんか、はっきりした答えじゃなくてごめん」

「いえ、大丈夫です。変な事聞いてしまってすみません」

 噴水がさらさらと流れる音が心地よい。辺りは静かで、自然たちのささやきだけが聞こえる。

 しばらくそんな時が続いて……ゆっくりと、私は碧翔に寄り添う。いつの間にか彼の肩に頭を預けていて……彼の少し驚く思考が伝わってくると共に、私は目を閉じた。

 

 

* * *

 

 

「ふわぁ……」

 一つ大きな欠伸をする。碧翔と別れてから、私は部屋に戻っていた。今日の分の仕事は午前中に終わらせたため、今は本を読んでいるところだ。

 一通り読み終わったところで、部屋の扉がノックされる。どうやらお燐みたいだ。

「さとり様ー、少し良いですか?」

「ええ、大丈夫です。入って下さい」

 私が返事をすると、扉が開く。書類を持ったお燐が部屋に入ってきた。

 

「これ、終わりましたよ。って、やったのは碧翔だけど」

「碧翔が?」

「簡単な計算だけだったから、やらせてくれ、って。まあ一応私がチェックしたけど、大丈夫そうでした」

 そう言って私に紙の束を渡す。

 なんというか、碧翔らしい。私が怪我をした時もさり気なく絆創膏をくれたし、昨日もペットの世話で困っていたお燐を手伝ったし……そういう気遣いが出来る人って、そう多くないと思う。

 

「でも、最初に碧翔が来た時は驚いたなー。まあ、今となっては良かったと思うけど」

 最初、お燐に碧翔の事を話したときはやっぱり驚いていた。彼女からは、さとり様が人間を引き入れるなんて、という驚愕の思考。

 最初は「重いって言われた!」なんて怒っていたけど、今は頼りにしているみたいだ。

「あ、もうそろそろ行かないと。それじゃあさとり様、失礼しますね」

「ええ、仕事はしっかりお願いします」

 

 はーい、と言うと、お燐は部屋から出て行った。私は一つ息を吐くと、渡された書類の確認作業に入る。

 これから碧翔はどうするのか。どうしていきたいのか。まだ分からないけれど、さっきの彼の言葉を思い出すと、なんだか安心できた。




いかがでしたか?
主人公の話に出てきた蒼月と青澄、覚えている人はいるでしょうか。
序章の部分に少しだけ登場したのですが、何しろ出番が少ないので存在感が...
次回もよろしくお願いします。


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第十話 ~真剣碧翔のお料理教室~

皆さん、こんばんは。
いやー、ごろごろしてたらいつの間にか日曜日の夜。
時が経つのは早いですね。
それでは、どうぞ。


「あっち向いてほい! あ、また負けたー!」

 こいしがポカポカと叩いてくる。これで俺の三連勝。本人に言ったら怒るだろうけど、単純だから簡単に予想できるんだよな。

 俺にも中一の妹がいるけど、幻想入りする半年位前から口も聞いてくれない。こいしとは正反対だな。……いや、前はそんなことなかったか。

 

「むー、全然勝てないー」

「あはは、簡単には勝たせないよ?」

 そんな事を話していると、こいしが俺に近づいて、 くっついた。

「ねーお兄ちゃん、おんぶして?」

「え? なんで?」

「んー、なんかそういう気分!」

 

 よく分からないけど、まあいいか。少ししゃがむと、すぐにこいしが飛びついてきた。後ろからぎゅっと抱きしめるように手を回す。

「よーし、進め、進めー!」

「……いつから俺はこいしの世話係になったんだ」

一つ息を吐くと、部屋を出た。

 

 

* * *

 

 

 こいしと一緒に廊下を進む。いくら体が小さいと言っても、長時間背負ってると結構疲れそう。いい運動にはなるだろうけど。まあ俺も力はない方だし、丁度いいか。

 それに、こいしも喜んでるみたいだしな。笑顔ではしゃいでいるのを見ると、なんだかこっちまで癒される。

 

「ねー、お兄ちゃん」

「ん、何?」

 しばらく廊下を歩いていると、こいしが俺に声を掛けてくる。代謝は人間の子供と同じなのか、体温が高く、背中がかなり温かい。

「お兄ちゃんは幻想郷に来る前は何をしてたの?」

 ここに来る前か。……そういえばさとりにも似たような事を聞かれたな。うーん、もともと俺はこれと言って特徴のない、普通の高校生だったからな。こんな世界に偶然やってきたから、今では全く違う生活を送ってるけど。

 

「普通の人間だったかな。皆と変わらない高校生だよ」

「こうこうせい?」

 ああそうか、高校もここには無いんだった。

「高校って言うのは、うーん……幻想郷でいう寺子屋みたいな感じ? 俺くらいの年齢の人が通うところかな」

「へえー。でもお兄ちゃんは、普通の人間とは違うと思うな」

 

「え?」

 後ろから抱きしめるように手に力が入る。

「だって、お兄ちゃんは優しいから。いつも私と遊んでくれるし、お姉ちゃんの事を怖がらないし。だから私は、お兄ちゃんが大好き!」

 元気にそう言う。……そっか、地上には定期的に出てるみたいだけど、人間とのこういう関わり方は、こいしもしたことないのか。

「……うん、ありがとう」

 

 

 それからしばらく廊下を歩き回っていると、向こうから空が歩いてきた。

「うにゅ? 何やってるの?」

「今はね、お兄ちゃんにおんぶして貰ってるんだ」

 いやー、流石に疲れてきた。正直もうそろそろ降りて欲しいんだけど……。

 そんな俺の思いに全く気付く様子もなく、こいしは空と会話している。

「へー。あ、じゃあ私もおんぶして?」

 

 ……え?

「いやいや、ちょっと待っ……がふっ!」

 こいしの上から空が乗ってきました。当然支えきれずに潰れる。三人が重なってサンドイッチのできあがりだ。

「あれ、大丈夫?」

「もー、お空重いよー」

「く、苦し……」

 

 三人でそんな事をしていると、近くの部屋からお燐が出てくる。

「……こんな所で何やってるんだい?」

 視線が痛いんでそんな奇怪なものを見るような目で見ないで……。

 そこでやっと空が上から降りる。それに続いてこいしも離れた。あー、死ぬかと思った……。とりあえずお燐にこうなった理由を説明していると、誰かのお腹の音が聞こえてくる。

 

「……お兄ちゃん、お腹空いたー」

「ああ、こいしか。でもご飯はもう少し先だと思うよ?」

「むー」

 ご飯と言われてもまだ結構時間あるし……どうしようか。何かおやつでも……って、それじゃあご飯食べられなくなるしなあ。

「ねー、お兄ちゃんってご飯作れたよね?」

「俺? うん、一応出来るけど、何で?」

 

 こいしは博麗神社でのことを言っているんだろう。

 俺がまだ小さい頃に父は他界してしまった。母は仕事で忙しくて、基本的な家事は俺がやっていたから、家事スキルは結構なものだと自負している。もちろん料理も例外じゃないけど……。

俺の問いにこいしは満面の笑みを浮かべて言った。

「私、またお兄ちゃんのご飯が食べたいな!」

 

 

* * *

 

 

「と、言う訳なんだけど」

俺の説明にさとりは溜め息を吐く。

「全く、こいしはまた我がままを言って...」

「いや、別に俺は良いんだけどさ。さとり達は大丈夫なのかと思って」

いつもは皆が作ってるから予定もあるだろうし、いきなり俺がやっていいものか……向こうからしたら迷惑なんじゃないかとも思う。

 

「いえ、私は構いませんし、今からペット達に伝えれば予定も変更は出来ますよ」

「やった! じゃあお兄ちゃん、何か作って?」

 うーん、何か、と言われても……どうしよう。人数もそれなりに居るし、皆で取り分けられるものがいいよな。

 んー。カレーは……幻想郷にカレー粉ってあるのか? 煮物は……地味だし単品だと味気ないよな。

 ……そういえば、前に家族三人で炒飯を食べた事があったような気が。これだったら皆で取り分けられるし、特別な材料も必要じゃないし……よし、それじゃあ炒飯に決まりだな。

 

 作るものが決まったので、キッチンの方に行く。おお、広い。

「ねぇお兄ちゃん、何を作るの?」

 そして何故かこいしもついて来てます。別にいいんだけど、ずっと見られてるとなんか……まあいいか。特に気にする様子もなく、俺に付いてくる。

「炒飯を作ろうと思ってるけど」

「へー、美味しそう、早く作って!」

 

 うん、作るから少し落ち着こう。こいしを少し宥めてから、調理を開始する。

 まずは手を洗って、材料を切る所から。使えそうな材料を用意する。こいしが身を乗り出して見てくるから、少し下がるように言った。材料と一緒に手も切ったりしたらシャレにならないしな。

 次にフライパンに油を敷いてから、基本的な材料を入れて、卵とご飯も入れる。炒飯って手軽だけど、本格的なのはかなり難しいんだよね。

 肉とネギを加えたら、更に炒める。上手くやらないとパラパラにならないんだよな、これが。

 最後に冷蔵庫にあったダシっぽいやつと塩コショウ、醤油を入れたら完成。

 

「よし、これで完成かな」

 ついでに付け合わせの品も、本当に簡単にだけど作っておいた。

 大きいお皿に盛ったら、部屋へ持っていく。既に皆は椅子に座って待っていた。

 テーブルの上にお皿を置く。いやー、量が多いと重いね。

「お、なかなか美味しそうだね」

「早く食べよう!」

 俺とこいしも席に着いた。皆が揃ったところで、手を合わせる。

「それじゃあ、いただきます!」

 

 皆がそれぞれのお皿に取り分けて食べる。俺も自分の分をお皿に盛ると、一口食べてみた。

 ……うん、まあそれなりにいい感じにはなったかな。久しぶりに作ったから不安だったけど。こいしも満面の笑みで食べている。

「ん、おいしい! やっぱりお兄ちゃんって料理上手だね」

「確かに、美味しいですね。これからは碧翔が料理担当でも良いんじゃないですか?」

 なんて言うけど、流石に毎日はレパートリーがそんなに無いしな。折角の誘いだけど、お断りさせて頂くとしよう。まあ、たまにならまた作ってもいいけど。

「あー、美味しかった。ごちそうさまでした!」

「うん、お粗末さまでした」

 手を合わせると、こいしは元気よくそう言った。誰かのために料理をするっていいな。もちろん現代でも家族のために作っていたけど、それが当たり前になってたから、今日はなんだか新鮮だった。

 

 こいしは俺の手を取ると、ぐいっと引っ張りながら言う。

「部屋に行ってまた遊ぼう!」

 ……こいしの世話係役はまだまだ続きそうだ。




いかがでしたか?
炒飯ってうまく作るのそれなりに難しいらしいですよね。
私は作ったことありませんが。たまには自炊もしてみたいです。
次回もよろしくお願いします。


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第十一話 ~ああ、妬ましきかな~

皆さん、こんばんは。
今日はとても涼しくて、過ごしやすかったですね。
ずっとこんな日が続いてくれると嬉しいです。
それでは、どうぞ。


 

 橋姫。橋を守る女神のことだけど、伝承によっては鬼女や妖怪に類することもあるらしい。日本では……宇治の橋姫ってのを聞いたことがあるような。妬む対象を殺すために鬼なりたいと願ったり、割と怖い所もあると。あ、地霊殿にあった妖怪辞典情報です。こう聞くと、現実で会ったりは絶対したくないな。まあ、今まさに目の前にいるんだけど。

 

「ヤマメ……あんた、分かってる?」

「いだだだだ!! ごめん、ごめんって!」

 ヤマメに何かの技をかけている。なんだあれ、柔道か? でもまあ、幻想郷の橋姫は世話焼きだし、なんだかんだで優しいからな。別に怖くない……。

「ぎゃあぁぁ!! 碧翔ー! 助けてー!」

 ヤマメの悲鳴が凄い。……前言撤回とまでは言わないけど、やっぱりちょっと怖いかも。

 

 

 事の始まりは……今日の朝だったか。

 

「この人はそれを伝えたかったのではないですか?」

「あー、そういう捉え方もあるのか」

 今はさとりと二人で推理小説の内容について語っているところだ。やっぱり普段から沢山本を読んでる人は考え方とか発想力がすごいと思う。自分じゃ思い付かない事も色々あるからなんか面白いな。

 

 話が一段落したところで、大きく伸びをする。

「あー……しばらく体を動かしてないと、逆にだるくなるんだよな」

 もともと俺はあんまり運動する方じゃないけど、休日なんかはよく買い物に行ったりしていた。幻想郷に来てからは外に出ること自体、前と比べて少なくなったし、たまには旧都に行くのも良いかもしれない。気分が暗い時は、体を動かすとすっきりしたりもするし。現代の見慣れた風景と違って、幻想郷(地底だけど)は新鮮味があるからな。

 

「よし、気分転換に散歩でもしてこよう」

「一人で大丈夫ですか?」

「うん、道は大体覚えたし、そこまで遠くには行かないよ」

 俺はさとりに「行ってきます」と一言言うと、地霊殿を出た。……これで迷子になったりしたら相当恥ずかしいな俺。

 

 

* * *

 

 

 相変わらず旧都は活気に満ち溢れていた。店での話し声、酔っ払いの叫びなど、なかなかに騒がしい。まあそこが良い所でもあるんだけど。ただ、周りを見ると妖怪、妖怪、妖怪……たまに妖精。人間が一人もいないんだよな、ここ。周りからの視線もなんとなく感じるし、人間が一人で歩いてるのは異例なのかもしれない。

 

 大通りが騒がしかったため、少し入った所の路地に行くと、人の声は大分遠くになった。この辺りの道はそんなにはっきり覚えてないけど、少しくらいなら大丈夫……だと思う。多分。

 しばらく歩いていると、遠くの方に人影が見えた。こんな所も歩いたりするんだな。向こうも近付いてきているようで、影は段々と大きくなっていく。やがて姿が見え、すれ違おう、という所でお腹の辺りに衝撃が走った。

 

「てめえだよなあ、地底で暮らしてる人間ってのは」

 どうやら殴られたみたいだ。お腹を殴られた時特有の不快感が広がる。痛った……急に人を殴るってなんなんだ?

「今までこの地底に人間が留まることは無かった……。こんな所に好き好んで住み込むやつはいねえし、いたとしても俺が消してたからな」

 倒れ込んだ俺を見下すように言う。

「だがお前はまんまと地霊殿に住み込みやがったんだよ」

「……それとあなたに何の関係が?」

 

 そいつは俺に蹴りを入れると、表情を変えた。

「気にいらねえんだよ、人間がここでのうのうと暮らしてるのが」

 そんな理由で殴ったのかよ。随分と自己中な……。

 すると今度は俺の胸ぐらを掴んで持ち上げる。そのまま顔に思いっきりパンチを食らった。人……正確には妖怪だけど、思いっきり殴られたのは初めてかもしれない。

 

 これはまずいな……。ここは大通りからは離れた裏路地だし、その大通りもかなり賑わってるから、叫んでもおそらく聞こえない。霊夢やさとりの話によると、人間と妖怪にはかなり力の差があるらしいし、立ち向かってもまず勝ち目は無いだろう。

 目の前の妖怪は、再び倒れ込む俺に再度近付こうとする。どうする……? どうすればいいんだ?

 

 と、その時。

 

「ガッ!?」

 

 妖怪に光の弾のようなものが当たり、吹き飛んでいった。

 

 弾が飛んできた方を見ると、そこには金髪緑眼、エルフ耳の橋姫が。

「あ……パルスィ?」

 妖怪が倒れたことを確認してから、俺の方に駆け寄ってくる。

「――大丈夫?」

「あ……うん、多分」

 助かった……のか? パルスィはいつも通りではあるけど、その表情はどこか心配そうだ。

「はあ……まったく……やっぱり妬ましいわね」

 彼女は安堵したように息を吐くと、俺に近づいて手を出してきた。やっぱり、少しぶっきらぼうだけど優しい一面もあるんだよな。

 

「こんな所で何をしていたの?」

「ああ……散歩、かな。なんかこういう脇道みたいなところって、入ってみたくなるんだよね」

「……ほんと馬鹿ね。人間が一人でいることの危険性を理解してないの?」

「……ごめん」

 俺は差し伸べられたパルスィの手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。痛むところも多いけど、そこまで大怪我はしていないようだ。

「それじゃ、行くわよ」

 そう言うと、俺の手を掴んだまま歩き始める。

 

「行くって、どこに?」

「……そのまま帰るつもりなの?」

 ん、どういうことだ? ……と、さっきから少し痛んでいた鼻の辺りを触ると、ぬるっとしたものが手に付く。うわ、鼻血だ。なんか久しぶりだな、こんな怪我したの。さっきは状況的に気付かなかったが、それ以外にも少し擦りむいたりしているみたいだ。

 ……確かに、絆創膏だけだと菌が入ったりもするし、今回は厚意を受け取ることにしよう。

 

 パルスィに手を引かれ、通りの方へ出る。

「そういえば、さっきの人はあのままでいいの?」

「そのうち目を覚ますだろうし、勇儀に報告でもしておけば大丈夫だと思うわ」

「そ、そっか」

 裏通りで放置プレイにしておくらしい。酷い奴だとは言え、少し気の毒だな。

 

 

* * *

 

 

 しばらく歩き、人通りの少ない、通りから離れた所までやってきた。

「ここよ」

 和風の一軒家の前でパルスィが止まる。どうやらここがパルスィの家みたいだ。木造だと思われるこの家は、全体的に和の雰囲気が漂っている。庭もあるが、特に目立つ物は無い。簡素な感じがパルスィらしくて、なんだか少し笑みが溢れた。

 お邪魔します、と一言言うと、せっせと進むパルスィに続いて中に入る。外見と同じく、家の中も和風だった。

 おそらく客間だと思われる所に案内され、一通りの治療を受ける。まずは消毒からなんだけど、超痛かった。あれだよ、綿みたいのに染み込ませた薬をつけるやつ。下手すると殴られた時よりも痛いのでは……? まあ痛みの種類が違う気もするけど。その上から絆創膏を貼ってとりあえずOK。他も同じように。

 

 パルスィは最後の怪我に絆創膏を貼ると、救急箱をパタンと閉じた。

「はい、終わり」

「ありがとう。なんか悪いな、こんな時間に」

 時計を見るともう夕方。日本に居た時はもう夕食の準備をしてたっけ。ぐぅ、と俺のお腹が鳴る。時間的にお腹が空いてきたな。パルスィはお腹の音聞くと、溜め息を吐いて立ち上がる。

「……少し待ってて」

 そう言うと、台所の方へ向かった。もしかして夕食を作ってくれるんだろうか。ちょっと悪い気もするけど……でも、パルスィの手料理は是非食べてみたい。もちろんどうかは知らないけど、パルスィの事だし絶対上手だ。そういえばさとりも一応できるって言ってたな。今度頼んでみようか。

 

 しばらく待っていると、いくつか料理が運ばれてくる。和風な料理が多く、どれも美味しそうだだ。料理の内容も、パルスィのイメージと合っていてなんかいいな。

 一通りの品が並ぶと、俺の向かい側にパルスィも座り、二人で手を合わせる。

「じゃあ、いただきます」

 そう言ってから、一口食べる。……おお、美味しい。この肉じゃがは濃すぎず薄すぎず丁度いい味付けだし、焼き魚も身がふわふわだ。食レポみたいなのは得意じゃないから表現が分からないけど、すごく美味しい。語彙力が欲しいね。

 

「美味しいな、これ。治療してくれた上にご飯まで、本当ありがとう」

「あんたが妬ましいからよ。……どういたしまして」

 そう言うと、彼女は視線を逸らした。しばらく他愛のない話をしながらご飯を食べていると、玄関の方から引き戸が開く音がした。

 

「おーい、パルスィいるー?」

 そう言いながら中に入ってくる。ヤマメみたいだ。幻想郷の人って皆ノックとかしないよね。

「あ、パルスィが男連れ込んでる」

「何言ってるのよ。こんな奴わざわざ連れ込むと思う?」

 いやなんかひどい言われようなんだけど。成り行きでこうなったんだし、連れ込むっていうのは表現が違う気がするな。

「またまたー。ご飯まで提供しちゃってるし、ちゃっかり女子力アピールして……っだ!?」

「ヤマメ……あんた、分かってる?」

「いだだだだ! ごめん、ごめんって!」

 

 ……と、まあこんな感じだ。

 

 

 

「それじゃあ、今日は色々とありがとう」

「今度は気を付けなさいよ」

 パルスィ家の玄関。俺は自分の靴を履くと、パルスィにお礼を言って家を出た。ヤマメがパルスィの後ろで蹲ってたけど、あえて無視。ヤマメ、頑張れ。時には荒波に揉まれるのも大事だよ、うん。

 

 

* * *

 

 

「ただいまー」

 もう割と見慣れた地霊殿の玄関。やっと帰ってこれた。

 でもほんと、パルスィのおかげで助かった。あそこでパルスィが来てなかったら、どうなってたか分からないもんな。とにかく、これからは気を付けよう、本当に。

 今日の事を反省しながら玄関の扉を開けると、なぜか玄関の前にこいしがいた。

「あ、お兄ちゃん! 良かった……どこ行ってたの?」

 ああ、散歩に行ったきり数時間も帰ってこなかったら、そりゃあ心配もするよな。

 

 と、奥からさとりも出てくる。

「碧翔! 随分遅かったので心配してましたけど、良かったです」

「ごめん、ちょっと色々あってさ、パルスィの所でお世話になってた」

「色々って……あ、怪我してるじゃないですか!」

「まあ、その、本当に色々……」

 

 その後、さとりに事情を話したら普通に怒られた。まあ、今回のことは完全に俺が悪いもんな。

 でも……こうやって心配してくれる人がいるのは、本当にありがたいことだな、って思ったりもする。そんな人達のためにも、これからは心配をかけるようなことがないようにしていこう。そう、改めて実感した。




いかがでしたか?
最近料理系の話が多いですが多分気のせいです。ええ。
次回もよろしくお願いします。


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第十二話 ~大中小、どれがお好み?~

どうも、こんばんは。
いやー、明日は月曜日ですが休みですよ。敬老の日万歳。
やっぱり嬉しいです。ずっと家に引きこもっていたい。って、超ニート発言ですね。
それでは、どうぞ。



 地霊殿の朝。外の世界に居た頃とは違って、学校も用事も無いからか、ついだらだらしてしまう。

 朝起きた時に気兼ねなくそのまま寝ていられるっていいなあ。夏休み中なんかもそうだけど、学校のこととか気にしなくて良いから、気が楽だ。いや、部活をやってたりすると、また別なんだろうか。

 

 まあ、だからってずっと寝ているのも良くない。このままだとダメ人間になりそうだし、適度に外に出た方がいいな。

……そういえば、休みの日にごろごろしてたら妹に怒られた事があったっけ。

『体に良くないし、お腹空いたから朝ご飯作って』って。 珍しく口を開いたと思ったらこれだった。優しいんだか自己中なんだかよく分からなかったな。

 布団に少し名残惜しさを感じながらも、ベッドから降りる。大きく伸びをしてから、廊下に出た。

 

 

 

「うにゅー」

「ごめん空、ちょっとおも……いや、やっぱ何でもない」

 

 なぜか廊下で空を背負っている俺。どうしてこうなった。

 いや、廊下を歩いていたら、この前は結局おんぶをしなかったから、という理由で空が乗っかって、半強制的にこの状態になったわけなんだけど……なんて言うか、その……OMOIDESU。

 まあ、前におんぶしたこいしは小さいから軽いだけだと思うし、本当はこれくらいが普通なんだよな。むしろこれ以上軽いとさとりがペットの世話をしていないことに。

 ただ、もともと運動する方じゃなくて、更に幻想郷で怠けてた俺からすると大分やばい。

 

……おまけに、空が動くたびに背中に色々当たってるんだけど。なんかのラブコメで見たぞこういうの。

 なるべく背中から意識を逸らそうと努力しつつ歩いていると、突然傍の扉が開く。部屋から出てきたさとりとご対面になりました。

 

「あ、おはよう」

「おはようございます。またお空と遊んでくれているようですね」

「俺は望んでないんだけどね……」

 

 苦笑いをしつつ廊下を進む。

 そろそろ膝と腕が疲れてきた。背中の件もあるし、俺としてはもうそろそろ降りて頂きたいのですが。

 その様子を見ていたさとりが、空に言う。

 

「お空、そろそろ降りなさい。碧翔が大変そうよ」

「んー、分かった」

 

 そう言うと俺の背中から降りる。ナイスですさとりさん。いたわってくれたのか健全な教育のためなのかは分からないが、何にしろ助かった。

 それにしても、まだ背中になんとも言えない感触が残っている。……なんか、外見が同い年くらいということもあって罪悪感があるな。こいしの方はそんなことないんだけど。

 ちらりと横目でさとりの方を見る。こいしとさとりは……なんというか、そういう女性的な部分を感じないからだろうか。

 

「……こほん」

 

 さとりがわざとらしく咳払いをする。

……能力のこと忘れてた。そういうつもりで思ったわけじゃないけど、失礼だったな。

 ごめん、と一言心の中で謝っておいた。

 

 

* * *

 

 

 メーデー、メーデー、こちら碧翔! 今鬼達に襲われています! あ、もちろん変な意味じゃないです! 至急救援をお願いします!

 心の中でそう叫びながらさとりの方を見るが、向こうは目を逸らす。さとりー!

 

「よし、いくぞ!」

「うわぁ、待って! 本気で殴られたら死ぬから俺!」

 

 二回目だけど、どうしてこうなった。

 ついさっき、この前裏道で殴られた話をパルスィから聞いた鬼が、宴会誘いついでに地霊殿へとやってきた。勇儀が『旧都を一人で歩くなら、もう少し強くないとな』なんて言いながら稽古をつけてやる、と言い出したんだけど……。

 前を見ると、爛々と輝いた目。この人絶対自分が戦いたいだけじゃん迷惑すぎる……!

 戦闘狂の餌食になるのは本当に勘弁だ。さっきも言ったけど、俺運動神経は良くない。いや、そもそもこの場合は運動神経以前の問題だし。

 

「なんだよ、やんないのか?」

「いや、俺が人間だってこと忘れてるよね?」

 

 勇儀はわざとらしく残念そうな顔を作りながら、考えるような動作をする。直接的な戦い以外でお願いします。

 

「しょうがないし、まともにやるか。じゃあ拘束された時の対処法なんてのはどうだ?」

 

 まともにとか言っちゃったよこの人。今までのはなんだったんだ。

 とりあえず一通りの説明を受けてから実践してみることにする。習うより慣れろってよく言うけど、個人的にその方式はあまり好きじゃない。

 

 まずは拘束されないといけないので、腕を横に開いて直立する。締め上げるような感じで勇儀は脇の下あたりから腕をまわして拘束した。

 

「お、おお……思ったより何倍もしっかりしてる……というかこれ、全く動かないんだけど」

「力で拘束を解こうと思っても上手くいかないぞ。妖怪だろうが人間だろうが、人型の骨格をしてる奴は関節の可動範囲に限界がある」

 

 おお、すごいまともなことを言ってる気がする。さすが、伊達に鬼やってるわけじゃないな。

……が、一つ気づいてしまった。

 

「ちょ、ちょっと勇儀……」

「どうかしたか?」

 

 今のこの拘束の体勢、空の時と同じくかなり背中に当たる。何がとは言えないけど、さっきといい今といい、どういう日なんだ今日は。

 さとりが何か言いたそうな表情でこちらを見る。今回は完全に不可抗力だし、苦笑いをするしかない。

 

 まあ……とりあえず今は、勇儀の稽古に集中するとしよう。うん。

 

 

* * *

 

 

「今日はこの位にしておくか」

 

 勇儀の言葉を聞いて、思わず近くの椅子に勢いをつけて座った。いや、疲れた。体が鈍ってたのもそうだし、やっぱり妖怪の指導はきついよ。

 

「私は飲みに行くとするか。旧都に行く時は気を付けてな」

「ああ、ありがとう」

 

 そう言って勇儀は地霊殿から出ていった。宴会ついでと言っていたけど、結局何がしたかったんだろう。

 とりあえず……疲れたし、部屋に戻って一休みするか。

 そう思って部屋に行こうとすると、さとりに呼び止められた。

「お疲れ様でした。部屋で休むのも良いですけど、その前に紅茶でもどうですか?」

「ああ、いいよ。喉も渇いたし」

 

 時刻は三時半を過ぎていた。地上の方はもう少しで日が傾き始める頃だろう。

 さとりはキッチンの方へ行くと、ティーカップとポットを持ってきて、椅子に座った。

 紅茶というのは、使う道具や淹れ方でかなり味が違ってくるとどこかで聞いたことがある。普段からティーバッグで適当に淹れている俺には全く分からないけど。

 

 という事で、二人で少し遅めのおやつタイムだ。

 透き通った水色(すいしょく)の紅茶が目の前のカップに注がれる。

 紅茶を注いでいるだけだが、優雅さを感じさせるその動作が妙にさとりに似合っていて、写真でも撮りたいなんて思ってしまった。

 小さめのバスケットに入った一口サイズのクッキーがお茶請けとして横に置かれる。昔からお菓子とかスイーツなんかが結構好きで、余計に女子っぽいと言われる原因になってるな。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 ティーカップからはうっすらと湯気が立つ。一口飲むと、紅茶のほどよい苦さと香りが身に染みていくような感じがした。砂糖とかミルクを入れたのも良いけど、やっぱり本質を楽しむんだったらストレートだよな。甘いお菓子とも合うし丁度いい。

 クッキーの方も一つ、食べてみる。丸いシンプルなデザインに沿うように、味も素朴で紅茶によく合う。少し控えめな甘さがしつこくなくていい感じだ。

 

「どうでしたか? あの人の指導は」

「まあ、ちょっと強引なところもあるけど、分かりやすいし色々教えてもらったよ。おかげで明日は筋肉痛になりそうだけど」

 

 そう言って肩を軽く回してみせる。少しの指導で実戦で使えるのかはさておき、身を守る方法は知っておいた方がいいし、何よりいい運動になった。

 そうやって勇儀の言葉を思い出していると、つい背中の感触も一緒に思い出してしまう。

 

「……へ、変なこと考えないでください」

「ご、ごめん、そんなつもりはないんだけど、つい」

 

 いやいや、ついって何言ってるんだ俺。

 すると、さとりが少し俯き気味にぽつりと言った。

 

「……やっぱり、大きい方がいいんでしょうか」

 

……え、これ俺に言ってるの?

 

「あ、ご、ごめんなさい、なんでもないんです」

 

 いや、思いっきり聞いちゃったんだけど俺。

 さとりはますます下を向く。

 まあ、もちろん俺も男なわけだし、そういうことは考えないわけじゃないけど……ふざけて友人に聞かれたことはあったな。特大か極小かどっちがいいですか、みたいな。今考えると学生の馬鹿らしい会話だけど……結局俺は答えなかったんだっけ。

 

「なんというか、まあ気にすることないんじゃない? ほら、人間重要なのは見た目じゃないしさ」

「……」

 

 説得力が無さすぎるが仕方ない。というか何について語ってるんだよ俺は。

 まあ……真面目に考えるなら、実際のところ気にしない。というか、まず考えたことがない。けど……どちらか選ばないと死ぬって考えたら、多分、小さい方だと思う。霊夢と魔理沙の勘違いに追い討ちをかけそうだから絶対言わないけど。

 と、さとりが口を開く。

 

「……その。碧翔も、意外と男の子なんですね」

「……え? いや、その」

「か、カップはそのままで大丈夫ですよ。後で私が片付けますから、碧翔は部屋で休んでください」

 

 そう言うと、紅茶を飲み干して席を立つ。さとりは小走りで部屋から出ていった。

 それからしばらくの間、さとりとの会話がどこかぎこちなくなった。今回のことが原因だったのは明らかだけど……。

……えーと。どういうことだったんだ?

 




いかがでしたか?
ちなみに私は大きさより形だと思います。はい。
次回もよろしくお願いします。


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第十三話 ~地上に行こう~

どうも、こんばんは。
今回から地上編です。と言っても三話だけですが。
ちなみに今回はいつもより少しだけ文字が多めです。
それでは、どうぞ。


「お兄ちゃん、はい、あーん」

うん、美味しい。幻想郷って普通の白米でも日本より美味しく感じるんだよな。水が綺麗だからか。なんだかもういつも通り、と感じられるようになった朝。

「そういえば、碧翔が幻想郷に来た日から大体一ヶ月くらい経ちましたね」

「もうそんなにか。何か早いな」

思い返せば最初はこいしのトンデモ発言からこの地底まで来ることになったんだっけ。

霊夢と魔理沙にもお世話になったな。魔理沙は茸が好きで、霊夢はお賽銭への反応が凄くて... ん?お賽銭?

...あ、そういえば...

 

『そうするか。霊夢、さっきは色々ありがとう。今度またお賽銭入れに来るよ』

『本当に!?』

 

 

こんな会話を交わしたような... お 賽 銭 入 れ に 行 っ て な い 。

や、やばい... 霊夢のあの感じだと絶対覚えてる。これは怒られそうだぞ。お賽銭を入れないから怒る巫女ってどうかとも思うけど。いやー、恐ろしいよ絶対。まぁ、ついでに地上に行くのもいいかもしれないけどさ。俺地上は全然知らないし。

地底に行く最中も魔理沙の箒が怖すぎて、周りをほとんど見てなかったからな。

 

「と、そんな感じなんだけど、どう?」

「どう、と言われても... まぁ確かに、碧翔は一度地上に出てもいいかもしれませんね」

このまま無視してると霊夢に殺されかねないし、一回地上に行ってみるか...?うーん、でもそうなると、色々問題が出てくるな。

まず俺、空飛べない。アイ キャント フライ。地底まで魔理沙の箒で来たけど、こっちから行くのはどうしよう。その後も移動手段が歩きになるし。うーん、参ったな...

 

「その...私が運んでいくのはどうですか?」

「あー、でもそれ危なくない?というかさとりも行くの?」

人間や妖怪に嫌われてこの地底にやって来たんだろうから、地上に行くのは良くないんじゃないか。彼女からしたら恐ろしいだろう。

「...博麗神社だけなら私も大丈夫です。一緒に...行きたいです」

何かを決心したように、そう答えた。

 

* * *

 

「...それで?何で私まで...」

「さとりだけだと俺の移動に問題があってさ。パルスィには頼ってばかりで本当に悪いんだけど、お願いできないかな」

今はパルスィに地上まで一緒に来てくれないか頼んでいるところだ。さとりだけだと色々問題があるから、ということでお願いしている。

 

「全く... もう、分かったわよ、今回だけね。ああ妬ましい」

「ありがとう!助かるよ。出発は明後日にしようと思ってるけど大丈夫?」

「別に、問題ないわ」

そんなこんなで、皆で地上に行くことが決定。いやー、幻想入りした時以来だし、久しぶりだな。パルスィも大丈夫らしいし、俺も準備しないと。とりあえず今日は地霊殿に戻るか。

 

 

「あ、お兄ちゃんおかえり!」

「ただいま、こいし」

玄関を開けるとこいしがお出迎え。相変わらず元気がいいな。さてと、それじゃあ少し休んでから準備するか。

そう思い、部屋に行こうとすると、服の裾を引っ張られた。

 

【挿絵表示】

 

「ねぇ、私も一緒に行っていい?」

「ああ、もちろん良いけど」

「やった♪」

そう言うと、元気に部屋に戻って行った。えーと、俺とさとりとこいしとパルスィ... 全部で四人か。地上はかなり久しぶりだし、明後日が楽しみだ。

 

部屋に戻ると、ベッドに寝転がる。

準備って言ってもそんなに長居する訳じゃないだろうし、必要なものとかあるか?あ、そういえば...

机の方を見ると、そこには電池切れの俺のスマホ。こいしがゲームを遊んでいた時に切れたんだっけ。今は充電するすべが無いけど、河童だっけ?確か機械を扱っている人がいるって言ってたな。時間があったら寄ってみようか。

 

 

そんなこんなで二日後...

俺達四人は地底と地上を繋ぐ穴の真下まで来ていた。

「さてと... ここまでやってきた訳だけど、どう上ろうか」

おんぶってのは何かあれだし、後ろから持ち上げられるのも色々と危ない気がする。

「考えてなかったの?」

「いや、ほらさ、皆女の子だし、差し支えないように運ぶのはどうしたらいいのかと...」

やっぱりお姫様抱っこ的なのが一番良いのか?女の子にお姫様抱っこで運ばれる男ってどうなんだろう...

 

「あーもう、いちいち面倒だし、私が運ぶわよ」

パルスィはそう言うと、俺に近寄り持ち上げる。さすがは妖怪、力は相当あるみたいだ。結局お姫様抱っこになりました。ちなみに正式名称は横抱きって言うらしい。

「よーし、それじゃあ上に上がっていこう!」

こいしの一言で上に上がり始める...けど、うわ、これ半端じゃなく怖い。

魔理沙の箒と同等かそれ以上だ。下が見えないと逆に恐怖だな。何か不安定な感じするし。

 

「だ、大丈夫だよね?」

「別に故意に落としたりしないわよ」

まぁそこは信用してるけど、バランスとか大丈夫なんだろうか...

そんな事を考えていると、さとりが近寄ってくる。

「まぁ見たところ特に問題ないですし、私も見ているので心配いりませんよ」

「あ、あはは... ありがとう」

いやー、女の子に運ばれるわ、心配されるわでなんて情けないんだ俺。

 

しばらく上がっていると、だんだんと光が見えてくる。上がっていくうちに光の量は多くなっていき、やがて視界全体を包んだ。

ゆっくりと目を開けると、そこには青い空。顔を横に向けると、青々とした木々が立ち並んでいた。

久しぶりの太陽の光。深呼吸をすると、新鮮な空気が体に流れ込んでくる。うわ、すごい空気が爽やかだ。

「太陽の光を浴びたのはいつぶりでしょうか...」

さとりがそう呟く。確かに、俺とは比べ物にならないくらいの間地底にいたんだよな。そう考えると半端じゃなく久しぶりなのか。

 

「ねーお兄ちゃん、これからどうするの?」

「とりあえず博麗神社に行くかな。これ以上遅れると霊夢に殺されかねないし」

と、言うことで博麗神社へ。ところで、この状態で移動ってかなり恥ずかしいな。

 

* * *

 

さぁさぁ、見えてきました博麗神社。お賽銭を入れると言っておいて、一ヶ月も放置してたけど大丈夫か。

パルスィには少し前で降ろしてもらった。あのまま行くと変な勘違いされそうだし。

「霊夢は... いないみたいだね」

こいしがそう言った。確かに見たところ姿は見えないけど...。俺はポケットに入れていた財布を取り出す。

結構な間放置してたし、謝罪の思いも込めて五百円を二枚。ほら、お札だと音がしないし。

お賽銭箱に投げ入れると間もなく、奥の方から走る音が聞こえてきた。

 

「お賽銭!しかも多そう!」

...どれだけ飢えてるんだろう。何か可哀想になってきた。

ダッシュでやってきた霊夢は相変わらずの巫女服だ。この服、冬とかどうしてるんだろう。

腋が出てるし薄そうだし、絶対寒いでしょ。冬用のとかもあったりするのかな?

「あ、碧翔じゃない。それに皆も」

「久しぶり。おかげさまで今も元気に暮らしてるよ」

もしここに霊夢がいなかったらどうなってたか分からないし、本当に感謝している。

格好が怪しすぎて、最初はどんな人かと思ったけどな。

 

霊夢は俺達の方を見て、目を細める。明らかに何か言いたげな様子だ。

「碧翔は別に何もしてませんよ。仕事を手伝ってくれたりして、助かっていますし」

何もしてないってどういう意味だ? なんか前も似たような事を言われた気が...

「ふーん... それにしても、あんたが地上に出てくるなんて珍しいわね。しかもパルスィまで」

「別に、私はこいつに頼まれたからついて来てやっただけよ」

 

あはは... 何かごめん。それにしても、どうしようか。一応目的は達成した訳だし、もうここを離れても良いんだけど...

ちらっとさとりの方を見る。

「私達の用事は済みましたし、邪魔になるならもう出ていきますが」

「いえ、別に大丈夫よ。お賽銭してくれたし、丁度魔理沙も来てるから上がっていけば?」

また魔理沙?最初の時も来てたし、もうご用達の場所なのか。

俺達が部屋に向かっていると、後ろから「千円!これで潤うわ!」なんて声が聞こえてきた。

...今度地霊殿に招待でもしてあげようかな。

 

襖を開けると、俺が最初に案内された部屋。あの時と特に変化はないみたいだ。

部屋の中心では、魔理沙が寝転がって煎餅を齧っていた。

「あー、やっと戻ってきたか。って、碧翔。久しぶりだな」

向こうも俺に気が付く。ゆっくり起き上がると、体を伸ばして大きく欠伸をした。

「お前ら、碧翔に何かされてないか?」

「魔理沙もそれ言う?何で二人とも俺をそんなに信用してないの?」

「はは、冗談、冗談」

そんな冗談いらないんだけど。まぁ魔理沙も元気みたいで良かった。

 

そこで、こいしが俺に駆け寄ってくる。

「ねぇねぇ、なんかお腹すいたー」

ああ、もう昼か。確かに俺も少し空いてきたな。と、皆の視線が俺に向く。あ、これは既視感(デジャヴ)かな?

 

* * *

 

予想通り俺が作ることになりました。まぁ皆美味しいって言ってたし、良かったけど。

うーん、俺は構わないけど、これだけ女の人がいるのにわざわざ男が作るってどうなんだろう。

まぁ最近は男の人が家事をしてる家もあるらしいからね。

そんな感じでご飯を食べて、雑談して、気が付くともう外は真っ暗。

用事は済ませたし、もう帰ろうかと思ったけど...

「外は危ないし、泊まっていけば?」

霊夢の一言で今夜は博麗神社に泊まることに。夜は危険らしいし、ありがたい。これが千円の力か。

折角来たんだし、明日も少し地上を回ろうかな。

それで今は布団を敷いてる途中。ひとつずつ運んで準備していく。

 

そこでこいしが唐突にこんな提案をしてきた。

「ねぇ、私お兄ちゃんと一緒に寝たい!」

「え」

全員の声が重なる。いやいや、流石にそれはまずいって。

もともとは俺だけ男だから、違う部屋で寝ようと思ってたんだけど...

「いや... それはあんまり良くないと思うな、俺は」

「えー、なんで?あ、お姉ちゃんも来ない?」

いやいやいや、流石にそれはさとりも嫌がるんじゃないか?

そう思いながらさとりの方を見ると、顔を赤くして何かをぶつぶつと呟いていた。

 

「あー、さとり?」

「い、いや、私は別に、その...」

よく分からないけど、どうしよう。どうにか説得するか。

そんな事を考えていると、霊夢がため息を吐いて立ち上がる。

「じゃ、私達はあっちで寝ることにするわ」

「ふん、妬ましい。ほら、魔理沙も行くわよ」

そう言って皆は部屋から出て行った。

「あ、ちょっと!?」

...本当にどうしよう。部屋に取り残された俺達三人。

結局右にこいし、左にさとりといった感じで、挟まれて寝ることに。うーん、なんでこうなったんだろう。

左右に二人がいるからか、いつもより暖かい。というかこいしなんて思いっきりくっついてるし。

 

「お兄ちゃん、おやすみー」

「あ、おやすみ、なさい...」

えーと。まぁとりあえず...

「あぁ、おやすみ」

 

 

 

次の日。

「ふわぁ... あー... あれ?」

目が覚めると知らない天井でした。




いかがでしたか?
今回は挿絵も入れてみました。
昼から描き始めて、気が付いたら夕方になっていましたが。
次回もよろしくお願いします。


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第十四話 ~紅い館と吸血鬼~

皆さん、こんばんは。
忙しかったため、少し投稿が遅れてしまいました。
もう少し早く書けるようになりたい。
それでは、どうぞ。


赤を基調とした壁や家具。地霊殿とは違った、高級感あふれる部屋だ。そんな所のベッドで寝ていた俺。

あれれー、おかしいぞー。博麗神社に居たはずなのに目覚めたら見知らぬ部屋ってどういうこと。

なんか幻想入りした時と似てるな。確か教室で急に眠くなって、気が付いたら幻想郷にいたんだっけ。

なんて回想してる場合じゃなかった。とりあえず外に出てみようか。

そう思い、ベッドから立ち上がろうとすると、部屋の扉がノックされる。

 

「失礼します、起きておられますか?」

「えっと、まぁ一応...」

綺麗な声だ。可愛らしさのあるさとりやこいしとは違う、美しい、と表現できるような声。

というかまともにノックされたのって、幻想郷に来てから初めてなのでは...?

俺が返事をすると、ガチャリと扉が開く。

入って来たのは、俺と同い年か少し上くらいの、銀髪のメイドさんだった。

青と白のメイド服に、頭には白いカチューシャ。アニメなどでよく見るメイドオブメイドだ。

 

「私はこの紅魔館のメイド長を務めております、十六夜咲夜です」

「あー、ご丁寧にどうも... 俺は外来人の真剣碧翔って言います」

「はい、存じ上げております」

俺の事知ってるのこの人?俺の記憶には無いけど... 幻想郷に来てから、そんなに多くの人とは会ってないし。

俺が悩んでいると、彼女は微笑んで言う。

 

「真剣様とは初対面ですね。それと、無理な敬語は必要ありませんよ」

「あはは... ごめん。でも、それじゃあ咲夜さんも普通に接してくれていいよ」

「すみませんが、私はお嬢様から客人に対しては丁寧に接するよう仰せつかっておりますので」

そうか... まぁいいか。ところでお嬢様って... 紅魔館って言ってたけど、やっぱり主人が居るのかな。

と、そろそろ本題に入らないと。

 

「何故自分がここに居るのか、という事を聞きたいのでしょう?」

「もしや覚妖怪!?」

なんて茶番は置いておいて。まさにおっしゃる通りです。なんで俺はこんな所に居るの。

咲夜さんも悪い人とは思えないし、よく分からないな。

「まず、今日ここに真剣様をお連れしたのは、お嬢様の命令です」

「え、そうなの?」

という事はその人も俺を知ってるってこと?いつの間にそんな有名人になったんだ俺。

噂になったりとかしてないよね?幻想郷怖い。

 

「私も詳細は知りませんが、外出途中に真剣様を偶然お見かけしたので」

「えーと、それで俺に会ってほしいと」

うーん、やっぱりよく分からないけど、状況的に会うしかなさそうだな...

その時にさとり達の事を話せば分かってくれるか。

ところで、それじゃあ寝てる間に俺をここに連れてきたってことだよな。

なんか不自然な気がするけど... まぁいいか。

 

* * *

 

咲夜さんの後ろについて廊下を歩く。所々に絵画があったり、花瓶に花が挿してあったりなど、中々すごい。綺麗だけど掃除が大変そう。

色々オシャレなものがあるけど、一つ気になるのが、窓が無い。ランプなのか魔法なのか中は明るいけど、窓がほとんど見当らない。

それに加えて壁とか床、天井まで全部赤いから結構目にきます。雰囲気は良いけど、居心地は微妙... ってこんな事言ったら失礼だけどね。

 

しばらく歩いていると、一際大きい扉が目に入った。その前で咲夜さんが止まる。

「こちらです。よろしいですか?」

「ああ、大丈夫」

俺が返事をすると、扉を軽くノックした。なんか今更だけど、状況が急展開すぎる気がする...

さとり達はどうしてるかな。突然人がいなくなったら相当驚くと思うんだけど。

「お嬢様、真剣様がお目覚めになられました」

「入っていいわよ」

扉の奥から、レミリアのものであろう声が聞こえてきた。

威厳があるが、どこか可愛らしい声の許可とともに、咲夜さんが扉を開ける。

 

その奥にいたのは、やはり赤が基調となっている大きめの椅子に座った少女だった。

紫色の髪に白い帽子を被り、背中には大きな羽がある。とりあえず、人間ではないな。

小さな体から大きな何かを感じ取れる。流石、館の主って感じだ。

「私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主よ。あなたがあの外来人ね」

「あの、というのはよく分かりませんけど... 外来人の真剣碧翔です。よろしくお願いします、レミリア様」

「ふぅん。...敬語はいらないわ。普通な感じで接してほしいの。なるほど、確かに写真と同じね」

なんか敬語を訂正されることが多くないか、俺。レミリアはテーブルの上にある新聞を取り、その一面を俺に向ける。

えーと...『地霊殿の主、さとりと熱愛!?外来人、真剣碧翔の正体とは!』

 

「あ!これって!」

「あなた、新聞に載っていたでしょう?」

これはあれだ、俺が幻想入りしたばかりの頃に射命丸に盗撮(?)されたやつ。

でもこれ結構前のだし、あれはあの後すぐ射命丸に発行を止めさせたはず...

運が良いのか悪いのか、たまたま持ってたっぽいな。

「普段は天狗の新聞なんて読まないけれど... あなたの事が気になってね」

「俺が?」

「あの覚妖怪と同居。気にならない訳がないでしょう?」

 

そんな風に言われるって、さとりは周りからどう思われてるんだ...?

というか本当に有名人になっちゃってるじゃん俺。しかも新聞の内容的に勘違いされそうな...

「あー、でもこれに書いてる内容はほとんど嘘だと思うけど」

「そんな事私も分かってるわ。だからこそここに連れてきたんじゃない」

彼女の目が光る。いやー、なんと言うか... もう帰りたい。

 

 

 

それから数十分に渡り質問されまくった俺。

年齢とかの普通な質問もあれば、さとりの事をどう思っているのか、みたいなよく分からないものまで。

何はともあれ、やっと気が済んだのか質問の嵐が止まりました。...凄い暴風雨だったぜ。

「ところで、俺はもうそろそろ博麗神社に戻らないといけないんだけど...」

「ああ、霊夢達だったらもうすぐ来るんじゃない?」

「え?」

夜中に突然連れ去ったんだし、俺の居場所は知らないのでは?

 

と、急に咲夜さんが目の前に現れた。

「置き手紙を添えておいたので、時期にいらっしゃるかと」

「ああ、そうなんだ... って、ええ!?」

すごい自然な流れだったから思わずスルーしちゃったけど、今目の前に突然現れたよね。いやいやいや、ホラーすぎ。

心臓に悪いよ、高血圧になるよ。俺はまだ高校生だけど。

本人によると、今のは『時間を操る程度の能力』というものらしい。

チートと言うか化け物と言うか... あ、ちなみに彼女は人間です。俺を運んだ時に使ったのもこれらしい。

いくら時間を止められると言っても、男一人を運ぶのはかなり大変そうだけど... まぁあれだ、メイドの心得だ、きっと。

 

 

その後もしばらく二人と雑談をした。

「それじゃあレミリアは料理は苦手なの?」

「に、苦手って訳じゃないわよ。館の主だからやらないだけであって...」

「前に『料理を作ってみたい』と言い出して大失敗したのはどこの誰でしょう」

「咲夜、余計なこと言わないで!」

うわぁ、その時の絵が容易に想像できる。なんか微笑ましいな。

立場的には逆だけど、結構咲夜さんが母親って感じしない?

「あはは、今度教えようか?」

「うー...」

レミリアは俯いてしまった。あれ、こんなキャラだっけ?

 

​───────

 

「真剣様は読書がお好きなんですね」

「まぁ大好きって程でもないけど、暇な時は結構読むかな」

幻想郷の本って現代とはまた違った感じがして結構好き。

今まで学校に行ってたりゲームしてたりした時間が半分くらい読書になってるから、地霊殿にある本も結構消化してると思う。

「うちにも大図書館があるので、何か借りに行ってはどうでしょう?」

「へぇ、大図書館か。折角だし、少し見ていこうかな」

という訳で、さとり達を待ってる間に図書館へ行くことに。

 

* * *

 

咲夜さんの案内で紅魔館の中を進む。しばらく歩いていると、角から金髪の少女が出てきた。

レミリアと似た帽子を被っていて、髪を片方で結んでいる。サイドテールって言うんだっけ。

そして何よりも、背中から伸びる七色の翼が目を引く。

翼って言っていいのか分からないような感じだけど、多分そう。

「妹様、おはようございます」

「おはよう咲夜。この人は?」

「俺は真剣碧翔。外来人なんだ」

俺がそう言うと彼女はこちらに近付き、まじまじと見てくる。

 

「ふぅん。私はフランドール・スカーレット。皆はフランって呼ぶの。よろしくね」

さっきレミリアが妹がいるって言ってたけど、この子の事か。

まぁ見た目は幼くても吸血鬼らしいし、俺とは比べ物にならないくらい長生きなんだろうけど。

「今は図書館に行くところですが、妹様もご一緒しますか?」

「うん。行こう、お兄さま」

そう言うと、俺の手を引く。こいしからはお兄ちゃん、フランからはお兄さまか。

実際に妹もいるけど、俺ってそんなに兄気質?

 

 

 

「こちらです」

咲夜さんが一際大きな扉を開けると、その先には本、本、本。

天井付近まである棚に本がビッシリと収まっているのは圧巻だった。流石は”大”図書館というべきか。

咲夜さんの後に続き、中を進む。中央にある机に、ゆったりとした服を着た女の人が座っているのが見えた。

近くにもう一人いるみたいだ。二人ともこちらの方を向く。

「魔理沙以外の人間がいるとは珍しいわね」

「俺は外来人の真剣碧翔。咲夜さんの薦めで本を借りに来たんだけど...」

 

「へぇ... パチュリー・ノーレッジよ。本は貸し出すけど、ちゃんと返すように」

「私はパチュリー様の使い魔の小悪魔って言います。こあって呼んでください」

よし、許可も貰ったし、本を見てみようかな。と言っても、これだけあると相当迷いそうだけど。

俺の横にいたフランが、左を指さして言う。

「お兄さま、あっちに行ってみよう」

小走りで進んでいくフランの後を追って、俺も奥に入っていった。




いかがでしたか?
前回、地上編は三話で終わると言いましたが、文字数的にもう少し長くなりそうです。
次回もよろしくお願いします。


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第十五話 ~閑話休題~

どうも、こんばんは。
少しの更新停止の筈が、かなり遅れてしまいました。申し訳ありません。
これからはまたいつも通りの更新となりますので、よろしくお願いします。
それでは、どうぞ。


「うーん、どれにするかな...」

一通りぐるっと見て回ったけど、数が多すぎて迷う。

俺の身長の三倍はあるであろう本棚には、物語系から魔術書みたいなものまで、多種多様な本達が並んでいた。

それにしてもこれだけ棚が高いと地震が来たりしたら危なそう。本がぶつかって死ぬってなんか嫌だ。

 

ゆっくりと歩きながら本を見ていく中で、一つ目に留まったのが『(さとり)の謎』という本。

俺はその本を棚から抜き出すと、パラパラとページをめくる。

​───────

覚。人の心を読むことができると言われている妖怪。山小屋などに居る人の心を読み、隙があれば襲うという。

しかし、偶然や気まぐれ、無意識などの思いがけないことには弱い。

 

ふーん... さとりと言うよりは元の覚妖怪の事っぽいけど、なんか面白そうだし、この本を借りていくか。

これともう一冊、幻想郷に関しての本を手に取ったところで、背中を何かにつつかれる。

「ねぇお兄さま、この本読んでくれない?」

「ああ、フランか。いいよ、あっちで読もうか」

二人で中央のテーブル横にある椅子に座る。フランが持ってきたのは、薄めの絵本のようだった。

読み聞かせなんて小学校の頃、委員会かなんかの関係で少しやったのが最後だから久しぶりだな。

「じゃあいくよ...」

 

 

 

「めでたしめでたし...っと」

「あー、面白かった。ありがとう、お兄さま」

こういう絵本にも、結構学ぶところがあったりするよな。哲学的な話も割と多いし。

丁度本を読み終えたところで、入口の扉が開いた。入ってきたのは銀髪のメイド。

咲夜さんいつの間に外に出てたのかと思ったけど、能力を使ったのか。

「真剣様、霊夢達が到着したようです」

「お、皆来たか。じゃあそろそろ行こうかな」

俺はパチュリーにお礼を言うと、二冊の本を持って図書館から出る。後ろからフランもついて来た。

 

「お兄さまはどこに住んでいるの?」

「地底の地霊殿に。さとり達と一緒に暮らしてるんだ」

女の子と同居とかベタなアニメみたいだけど、アニメみたいな展開は無い... と言うかあったら困る。

なるべく平穏な日々を送れますように。

 

* * *

 

「失礼します」

再びレミリアの部屋に戻ってきた。咲夜さんがノックをしてから扉を開ける。

中には霊夢に魔理沙、パルスィに古明地姉妹。部屋に入ると、さとりがホッとしたように息を吐いた。

「碧翔、良かったです...」

こいしも安心したような表情をしていた。俺のせいじゃないとはいえ、心配をかけたみたいだ。

俺は心の中で小さくごめん、と呟いた。

 

「ところで... お二人はどのような関係でいらっしゃるのですか?」

と、唐突に咲夜さんが聞いてくる。どんなって言われると... 同居人?なんか違う気もするけど。

「あー... イマイチいい表現が浮かばないな...。と言うか何でそんな事聞くの?」

「失礼致しました。昨晩はお二人で一緒に寝られていたようなので、少々気にかかりまして」

咲夜さんがそう言った瞬間、さとりの顔が赤くなる。なんかしょっちゅうなってる気がするけど、中でも今日は真っ赤だ。

確かに、昨日のことは思い出すと恥ずかしい...

「べ、別に意味はないので!何もない...です」

 

さとりがそう言うと、魔理沙が溜め息を吐いた。

「全く、さとりも奥手だよなぁ」

「魔理沙、余計なこと言わない」

「はぁ、相変わらず妬ましい...」

昨日は結局何だったのかよく分からないけど、まぁそこは置いておこう。ともかく、皆とまた合流できて良かった。

そんな事を話していると、俺達を見ていたレミリアが思いついたように言った。

「そうだ、折角だからここで食事をしていかない?碧翔もまだ起きてから何も食べていないでしょう?」

「そういえばそうだね。それじゃあお言葉に甘えるか。さとり達も良いよね?」

俺が問いかけると、皆頷く。こいしは元気に「はーい!」なんて返事をしていた。

なんか幻想郷生活も充実してきたな。皆を見て、改めてそう思った。

 

 

レミリアが、料理ができるまで少し時間が掛かるから、ということでゆっくりしていて良いと言った。

確かに、能力を使っても時間を止めてたら焼いたりできないしな。

皆と待っていても良かったんだけど、折角だし迷わない程度に館内をぶらぶらしていたら、赤色の髪の女の人に会った。チャイナドレスと華人服を合わせたようなものを着ている。

なんか幻想郷の人達の格好にももう慣れたな。俺がこんにちは、と言うと向こうも元気に返してくれた。

「紅魔館で門番をしている紅美鈴です。あなたは?」

「外来人の真剣碧翔。よろしく」

 

この館、門番とかもいたんだな。俺は入り方がイレギュラーだったし、知らなかった。

「あなたがお嬢様の言っていた外来人ですか」

「別に特別秀でた所もないし、そんなに取り上げられるような人じゃないと自分では思うけどね」

俺と比べて友人の蒼月は運動が得意だったからな。あいつ足超速かったし。

運動能力が重要そうな幻想郷では俺は結構危ないのかも。少し運動しようかなぁ。

「丁度庭の花に水やりをするところなんですけど、来ますか?」

「ああ、まだ時間もあるし、見てみたいかな」

 

こっちです、と美鈴の案内で来た所は、壁が他と違いステンドグラスになっていた。

横の扉を開くと、奥に見えたのは色鮮やかな花たち。

植物はそんなに詳しくないから分からないものが多いけど、チューリップとかパンジーみたいな定番の花もあった。

上を見上げれば青空。周りは花に囲まれていて気持ちがいい。

「庭の花たちには私が毎日水やりをしているんです」

「へぇ、どれも綺麗だね。あ、この花はなんて言うの?」

「それはガザニアですね。春から夏の終わりにかけて、結構長い間咲いています。きらびやか、純白なんて言う花言葉があるんですよ」

楽しそうに話している。本当に花が好きなんだな、と感じた。

その後も庭の花について聞いたり、植物の話をしていたりすると、入り口の扉が開いた。出てきたのはパルスィだ。

 

「ご飯が出来たから二人とも来いって言ってたわよ」

「分かった、行くよ」

パルスィの知らせで、三人で会話しながら部屋に向かう。美鈴って話しやすくていい人だな。

さとりも話してて楽しいけど、それとはまた違った感じがする。

「皆とご飯ってなんか久しぶりですねー。仕事の関係上、私は皆と食べないことが多いので」

「そうなんだ。門番って大変だね」

 

少し歩いて、かなりの長さのテーブルがある部屋にやってきた。なんか海外映画とかに出てきそう。

高級感溢れる蝋燭に、装飾の施されたお皿。細長いグラスがランプの光を反射している。

皆はすでに席に座っていた。

「もうすぐ咲夜が料理を持ってくると思うから、待っていてね」

「咲夜さん仕事早いなー。まだそんなに時間経ってないと思うけど」

 

少しすると、咲夜さんが料理を運んできた。お待たせしました、って言ってたけどそんなに待ってないよ。

料理も美味しそうなものばかりだ。俺が作らないようなジャンルのものが多いからか、なんか新鮮。

一口食べるとそれはもう絶品でした。流石メイドだからか、料理の腕は半端じゃなかった。庶民の俺とは違うなぁ。

前を見ると、紅魔館の豪華な椅子にきっちりと座るさとりの姿。

「この料理すごく美味しいね」

「そうですね。私も少し料理をしないと...」

「あはは、さとりの手料理だったら喜んで食べるよ」

 

皆で雑談をしながら食事をする。

パチュリーがどんな本を読んでるのかや、レミリアの一日の過ごし方。

美鈴の日常にフランが大事にしている人形の話。俺の幻想入りの経緯や外の世界での事。

本当にちょっとした話なんだけど、それが楽しい。なんて言うか、充実してる、生きている楽しみがある、みたいな?

皆良い人達だし、自然は多いし、幻想郷って本当に良いところだな。

 

* * *

 

「もう行くのかしら?」

「ああ、まだ周りたい所もあるからさ。今度は自分の足で訪問させて貰うね」

紅魔館の門の前。皆で俺達を送ってくれた。こう正面から見てみると、紅魔館って相当大きいな。地霊殿と同じかそれ以上?

それにしても、紅魔館の人達には本当にお世話になった。人を寝てる間に攫っていくのはどうかと思うけど。

「ありがとう、また来るよ」

レミリアにそう伝えると、俺達は紅魔館を後にした。

 

 

 

薄く霧がかった湖。皆で歩いていると、魔理沙が一つ息を吐いた。

「いやー、料理うまかったなー」

「魔理沙、結構食べてたよね。霊夢も凄かったけど」

魔理沙は常識の範囲って感じだったけど、霊夢の食いつきようは凄かったな。

まぁあれだけ美味しければ分かる気もするけど。

「当たり前じゃない、タダで食べられるんだから」

あ、美味しさは関係なかったみたいです。

 

そんな事を話しながら霧の湖を歩く。こういう場所って結構好き。

霧が醸し出す独特の雰囲気がなんとも言えない気持ちにさせる。

ふと、こいしが俺の方を見て問いかける。

「お兄ちゃん、次はどこに行くの?」

「うーん、俺は人里に行きたいかな。さとりが良ければだけど」

「人里、ですか...」

この辺はさとりの過去に触れることになっちゃうんだよな。やっぱりさとりは待ってる方が良いか。

だけど、さとりの様子を見る限り、なんだか迷っているようだった。

俺達を見て察したのか、霊夢が言う。

「...そういえば家にマントみたいなものがあったと思うけど、使う?」

「そう、ですね。 一回見てみたいです」

さとりがそう言うと、魔理沙がハキハキとした声で言う。

「よし、じゃあ博麗神社に戻るか!」

 

てなわけで、それを取りに博麗神社に戻ることになりました。

イマイチ効果があるかは分からないけど、無いよりはマシだよな。

「あ、俺はここで待ってるよ。ほら、一緒に行くと移動が大変だし」

「確かにそうね。それじゃあ私とさとりで行きましょうか」

「私も付いてくぜ。ずっとここにいても暇だしな」

霊夢と魔理沙、さとりは三人で博麗神社に向かって飛んでいった。残ったのはこいしとパルスィと俺の三人。

それにしても飛べるって便利だよな。移動とか超速いし。現代の人達が飛べたら車とかいらないんじゃないか。

 

「ねぇパルスィ、飛ぶってどんな感じ?」

「どんなって... 私達にとっては当たり前だから」

あー、人間で言う手足を動かすのと同じ感じなのか。

手をどうやって動かしてる?って聞かれても、イマイチ説明しにくいしな。

「なんか羨ましいな。いや、こういう時は『妬ましい』か」

「全く...」

パルスィはふん、といった感じで遠くを見た。

 

俺も同じように湖の方を見ると、遠くに水色と緑の何かが飛んでいた。二つともだんだんこちらに近付いてくる。

見えてきたのは... 何あれ、妖怪?なんだか喧嘩をしているようだけど...

「あたいはサイキョーだから大丈夫なの!」

「だ、駄目だよ、危ないって」

水色の髪に水色の服、水色の目をした女の子と、緑色の髪を片方で結んでいる子が話していた。

二人とも背中に羽根のようなものがある。妖怪と言うより、妖精?

 

「どうしたの、二人とも」

俺が話し掛けると、緑の髪の子があたふたした様子で言う。

「え、えっと...チルノちゃn」

「あたいがサイキョーだから、あの穴を確かめに行くんだ!」

なかなかに強引な子だな。良く言えば元気がいい、か。昔の妹を思い出すなぁ。疲れるんだけど、一緒にいて楽しい、みたいな。

「それで、その... あなたは?」

「あ、ごめん。俺は真剣碧翔。よろしくね」

このセリフは何回目なんだろう... テンプレになっている自己紹介をすると、向こうも答えてくれた。

「わ、私は大妖精って言います。それで、こっちはチルノちゃん。よろしくお願いしますね」

大妖精にチルノか。チルノは活発で、大妖精は常識人って感じ?なかなか良いコンビだな。

 

それで、穴がどうのって言ってたけど...俺が問いかけると、二人で交互に答えた。

どうやら、向こうの方に大きい穴があるらしい。

「ねぇお兄ちゃん、それって地底の穴じゃないの?」

「あ... そうじゃないんです。人里の近くにあって、地底の入り口ほど大きくないので」

「大ちゃん、早く行こうよ!」

そこにチルノが行きたがってるのか。うーん、俺は幻想郷に詳しくないからよく分からないな。

パルスィに聞いてみても知らないらしいし。

まぁとにかく、万が一何かあったら二人が危ないし、今は止めておこう。

人里だったら後で俺達も行くし、その時に霊夢と魔理沙あたりが確認すればいいからな。

 

「と、そんな訳だから、二人はここで待っててね」

「えー、行きたかったー」

チルノはやっとな感じで大妖精に止められた。ほんと騒がs... 元気が良いな。それにしても、穴か...

まぁ霊夢と魔理沙がいるし、大丈夫だよな。あ、フラグじゃないよ。




いかがでしたか?
ちなみにこの話の季節は、まだ夏の後半頃です。
話の進みがどうしても季節に追いつかず...
次回もよろしくお願いします。


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第十六話 ~人騒がせな貸本屋~

皆さん、こんばんは。
最近は寒くて、朝着替えるのが辛いです。まぁこれからもっと寒くなるんですけど。
それでは、どうぞ。


あれから数十分後、霊夢達が博麗神社から戻ってきた。

マントみたいなものって言ってたけど、何と言うか... ゲームのラスボスが着てそうな感じ?

頭の部分はフードになっていて、そこから下は体全体を覆うようなものだった。

フードだから安心感があるだろうし、周りからはサードアイも見えない。これなら大丈夫か。

それにしても霊夢、何でこんなもの持ってたんだ。使う機会滅多にないよな、これ。

 

「さとり、大丈夫?」

「まだ分かりませんけど... やってみます」

よし、とりあえず人里に行ってみるか。ちなみに魔理沙は何故か煎餅を咥えていた。

ただでさえ厳しい霊夢の家計が... まぁ煎餅一枚で死活問題ってのもおかしいんだけど。

 

​* * *

 

そんな訳でやってまりいました、人里です。人間だよ、人間がいるよ。霊夢と魔理沙も一応人間だけどね。

人里、と言うだけあって、雰囲気は江戸時代って感じ。道行く人は皆、着物のようなものを着ている。

人通りが多く、店も沢山あり、全体が賑やかで活気に溢れていた。

そんな中を俺達六人で歩く。周りと服装というか格好が違うけど目立ってないのか?

隣にいるさとりを見ると、少し俯きながら歩いていた。

 

しばらく里内を見て回っていると、霊夢が尋ねる。

「それで、どうするの?」

「どうするって...特に決めてないけど。皆の行きたい所でいいかな」

もともと予定があった訳じゃないからな。

俺がそう言った直後に、こいしが店の方を指差して言う。

「あ、あの人形かわいい!」

小物が色々並べてあるお店の端の方にあった小さなうさぎの人形。

手のひらサイズくらいで、男の俺でも確かに可愛いと感じられるようなものだった。

里の雰囲気と違って、売ってる物は結構現代的だな。

 

「確かに可愛いね。買ってあげようか?」

「いいの?ありがとう!」

商品の並べてあるところから一つ人形を取ると、お店の人に渡してお金を払う。

小さいけど結構いい値段するな。こういうところも現代と同じか。

「ありがとうね」

俺から商品を受け取ったお婆さんは、一つお礼を言うと人形を丁寧に袋に入れていく。

 

そういえば、チルノ達が言ってた穴のこと、少し気になるな。

「すいません、人里の近くに大きな穴があるそうなんですが、何か知ってる事はありますか?」

俺がそう聞くと、少し考えるような動作をしてから答えた。

「穴、ねぇ。私にはちょっと分からないねぇ」

「あ、すいません、ありがとうございました」

「申し訳ないね、役に立てなくて。はい、出来たよ」

 

お婆さんから人形の袋を受け取る。うーん、穴なんて本当にあるのか?

チルノ達が見間違えた可能性もあるけど...。こいしに袋を手渡すと、笑顔で答えた。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

さて、どうしようか。俺はもう目的もないし...

「さとり、何か買っていく?折角人里に来たんだし」

「そ、そうですね。食材が少ないので買っていきますか...?」

 

なんか受け答えがぎこちない。やはり、周りを気にしているようだった。

フードのやつを羽織ってはいるけど、やっぱり気になるか。

「あー、マント...じゃないけど、それを着てるから覚妖怪だと思われることは無いし、俺達もいるからさ。大丈夫だよ」

「...そうですね。ありがとうございます」

さて、それじゃあ買い出しに行ってこよう!あ、持って帰るのは野菜とかの常温で保存できるものに限るけどね。

肉とか魚は博麗神社で調理しよう。これはまた俺の料理スキルが役に立ちそうだ。

 

* * *

 

「あー、どれにしよう...」

俺の目の前には無数のカボチャ。定番の煮付け以外にも天ぷらとかスープとか、思ったよりも応用がきく。

確かカボチャは重くて茎の切り口にヒビがあるやつが、身が締まってて高品質なんだよな。うろ覚えだけど。

「...これが良いんじゃない?」

後ろで黙って見ていたパルスィがカボチャを一つ手に取る。確かに他と比べるとかなり良さそうだ。

前の料理も美味しかったし、パルスィは女子力と言うか生活力が高いな。

「ありがとう。パルスィは凄いね」

「ふん、別に...」

 

​───────

 

「お、このシイタケ美味そうだな」

「あはは、魔理沙は本当に茸が好きだね」

嫌いな人も多いシイタケだけど、栄養は多いんだよな。良薬は口に苦しってやつか?俺は好きだけど。

これもいくつか買っていこう。カボチャと全然関連性無いけど気にしちゃいけない。

シイタケって言うとなんとなく鍋のイメージがあるんだよな。端っこの方で煮えてるやつ。

もう少し野菜を見たら、次は肉の方に行くか。

 

​# # #

 

そんな感じで買い出し中。魔理沙とこいし、パルスィはさっき魚屋の方に向かっていった。

二手に分かれた方が早いだろうしね。俺とさとり、霊夢は肉屋の方に向かうことに。

三人で雑談をしながら歩いていると、少し遠くにある『鈴奈庵』という看板が目に入った。

「あのお店は何?」

「あれは鈴奈庵ね。破茶滅茶な子が店をやってる貸本屋」

へぇ、貸本屋か。なんか面白そうだな。破茶滅茶ってのが気になるけど。

「ねぇさとり、少し寄って行ってもいい?」

「ええ、私は構いませんけど...」

てなわけで鈴奈庵に少し寄り道。なんか幻想郷に来てからだいぶ本と触れ合ってる気がする。

 

近くで見るとなんだか雰囲気がある。筆で書かれたような迫力のある文字が目を引いた。

ガララ、という音とともに霊夢が正面の引き戸を開ける。暖簾の奥に、棚に並んだ本たちが見えた。

中に入ると、空気が本特有のものに変わる。図書館と同じような感じだ。

俺達の入店から一歩遅れて、奥から俺と同い年くらいの女の子が出てきた。

「いらっしゃいませ!...あ、霊夢さんじゃないですか」

「久しぶりね。ここは相変わらずみたいだけど」

頭に大きな鈴の飾りを付けている。

特徴的な模様の服の上から、ローマ字で『KOSUZU』と書かれたエプロンのようなものを着ていた。

 

「その人はどなたですか?」

「外来人の真剣碧翔。よろしくね」

いつも通りのテンプレで返す。とても元気そうな女の子だ。破茶滅茶って言ってたけど、何となく予想がつくな。

「私、本居小鈴って言います。外来人なんですね!この鈴奈庵に置いてある本は、ほとんどが外来本と言って、外の世界で作られた本なんですよ」

「へぇ、外の世界の本か」

もしかしたら俺が知ってる本もあるかもな。面白そうだし、やっぱり来て正解だった。

 

「あれ、後ろの人は?」

小鈴が俺の後ろのさとりを見て、唐突に言った。

「あ、あの、私...」

「ああ、こっちは俺の... 連れって言うのかな?古明地さとり」

そうだったんですね、と言うと、小鈴は霊夢と話をし始めた。

やっぱり人間との会話は駄目か...?霊夢は小鈴のことを「妖怪を差別するような子じゃない」って言ってたけど...

 

とりあえず、本を見るか。棚を見ていくと、どこかで見たことのあるような本がいくつかあった。

なるほど、やっぱり現代から来た本なんだな...って、そういえばこれって、どうやって幻想郷に来たんだ?

まぁ外の世界から来た俺が言うのもなんだけど...

そんなことを考えていると、近くにいたさとりが答えた。

「...幻想郷の結界に綻びができたりなど、様々な理由で幻想入りする物があるようです。詳しくは私も知りませんが」

「へぇ... それじゃあ俺は何で幻想郷に来れたんだろうね」

 

幻想郷ってよく分からないな。二人でしばらく話していたら、小鈴と霊夢が会話をしながら近付いてくる。

「そういえば、あれから妖魔本とかの管理はしっかりしてる?」

「それは、あーっと...」

「妖魔本って何?」

幻想郷に来てから、分からない言葉だらけだ。そこら辺も勉強した方が良いのか。

うーん、なんか難しそうだな。

「妖魔本って言うのは、妖怪が書いた本とか、妖怪の存在を記した本とか、そんな感じね。で、どうなの?」

「あー... 実は今から二、三時間前に妖怪が一匹逃げ出して...」

「はぁ?全く、何やってるのよ...」

 

逃げ出すって、封印でもしてるのか?やっぱりよく分からないな。

それにしても二、三時間前って、チルノ達が穴について騒いでた頃じゃ...

「で、でも!今回は大丈夫ですよ!ちゃんと再封印できたので」

「ふぅん... まぁそれなら良いけど... どんな妖怪だったの?」

「店から近い所で何故か穴を掘っていたので、無事に終わったんですけど... どんな妖怪だったっけ...?」

穴を掘る妖怪ってどんなのだよ。人里近くにあった穴って、やっぱりその妖怪のせいか。

普通の人間が生活している中に妖怪が逃げ出すって、かなり危なくないか。

しかも『今回は』再封印できたって... 破茶滅茶ってそういう事?霊夢は苦労してそうだな。

 

「とにかく、本当に気を付けなさいよ?」

「はい!次はすぐに霊夢さんを呼びに行きますね!」

霊夢は呆れたような表情をして溜め息を吐く。うん、まぁ憎めない感じだな。

「それで、どうするの?あんまり長居しててもしょうがないし」

「あー、それなんだけど、今回は紅魔館で本を借りてるし、返しに来るのも大変だしさ。また今度、改めてって事でも良い?」

あんまり多く借りると読むのも返すのも大変だからな。

じゃあ何のために店に入ったんだって話になるけど、まぁ、気になったもので...

 

俺が小鈴に問いかけると、笑顔で答えた。

「はい、全然大丈夫です!また来て下さいね」

「あはは、近いうちにまたお邪魔するよ」

俺はそう言うと、出入り口の引き戸を開ける。雰囲気が良くて、落ち着けるような所だったな。

次地上に来ることがあったら、また入らせて貰おう。

 

* * *

 

肉屋に行って、人里の入口に戻った頃には既に日が沈みかけていた。

地平線へ消えようとしている夕日の残片がとても綺麗だった。

鈴奈庵に寄り道していたせいか、魔理沙達を待たせてしまっていたようだ。

三人と合流してからは、再びパルスィに運ばれ、博麗神社に戻る。

別にパルスィじゃなくても良いんじゃないかと思ったけど、霊夢は面倒だって言うし、さとりは体格的なものがあるからな。

魔理沙については、本人は別に良いって言ってたけど、あの箒はもう勘弁願いたい。

パルスィは妬ましい、などと文句を言いながらも、ちゃんと運んでくれた。優しい。

 

買ったものに生ものがあったから、結局今日も神社に滞在することに。千円パワーはまだ続くようです。

と、そんな訳で現在絶賛料理中。パルスィが選んだカボチャはすごく良かった。切った時の感じで大体分かるんだよな。

色々あるけど、やっぱりカボチャと言えば煮付けだろう、という事で今煮込んでおります。

しばらくすると、こいしが駆け足で近付いてくる。

「わー、美味しそうだね!」

「パルスィが選んだからね。後でお礼言っておいて」

「はーい!」

 

 

皆でご飯を食べてから、少し休憩したら就寝時間。

さとり達と一緒に寝るのは止めよう、というさとりと俺の意見で、今日は俺だけ少し布団を離して皆一緒の部屋で寝ることに。

昨日は変な空気だったからな。あの気まずい感じは困る。

それにしても、まだ知り合った人達が女の子しかいないんですが。

人里に行ったら普通に男もいたけど、仲が良くなるって所まではいかないし。

こういう状況の時に男友達が一人くらいはいた方が気が楽というか...

 

まぁとりあえず、今日は穏やかに眠れますように。目が覚めた時も知ってる天井であることを祈ろう。




いかがでしたか?
穴を掘る妖怪について、明確な表現はしていませんが、それはご想像にお任せします。
いや、何分妖怪について詳しくないもので...
次回もよろしくお願いします。


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第十七話 ~最新鋭?河童の技術~

皆さん、こんばんは。
なんだか最近、不定期更新になってますね。ペースを戻さないと...
それでは、どうぞ。


近くで鳥のさえずりが聞こえる。それと共に目が覚めた。瞼の隙間からうっすらと光が射し込む。

「うーん...」

顔に生暖かい風がかかる。少し湿っぽい、まるで人の吐息のような...

ゆっくりと目を開けると、知ってる天井でも、知らない天井でもなく、きっちりと閉じた目が視界に映った。

長めのまつ毛に、眉毛のあたりまでかかった黒髪。どう見ても霊夢ですね分かります。

俺の布団の上だけど霊夢がいるってことは... 向こうの方を見ると、くしゃくしゃになった霊夢の掛け布団があった。

どうしようかと固まっていると、霊夢の赤茶の瞳が顔を出す。向こうもしばらくは固まっていた。

どうやら思考が追いついていないみたいだ。

「えっと... お、おはよう、霊夢」

「っ~~~~!!」

平手打ちの甲高い音が、博麗神社に鳴り響いた。

 

* * *

 

「だ、大丈夫ですか...?」

さとりが心配そうに近付いてくる。痛い... 霊夢本気で叩いたな...

霊夢の寝相のせいでこんなことになったんだから、俺は悪くないはずなのに... 昨日といい今日といい、寝起き運悪すぎだ。

 

「ねぇお兄ちゃん、これもう使えないの?」

そんな俺に荷物を漁っていたこいしが見せてきたのは、電池切れのスマホ。確か河童に充電に関して頼むんだったっけ。

どうしよう、今日行ってみようかな。あんまり博麗神社に長居するのも悪いし、河童の所に行ったら地底に帰ろうか?

「てな感じで、行ってみようと思うんだけど、どこにいるの?」

「河童は基本的に玄武の沢にいるそうですね。妖怪の山の麓にある河川です」

河童が居ると言うだけあって川か。幻想郷って海が無いらしいけど、川の水はどこに流れて行くんだろう。

よし、じゃあ今日は玄武の沢に行ってみるか。と、その前に...

「お腹すいたー... お兄ちゃん、ご飯ー」

「おう、了解」

 

* * *

 

「という訳で、玄武の沢に行こうと思うんだけど、霊夢達はどう?」

朝食中に霊夢や魔理沙にも聞いてみる。

魔理沙はこれから魔法の実験(という名の毒薬作り)をするらしく、ついていけない、とのことだった。

昨日の帰りに道端の草を見てなんか色々言ってたけど、この事か。

霊夢は、面倒だけどどうせ参拝客は来ないから、と言って一緒に来てくれることに。参拝客ゼロとか悲しいな。

「なんか悪いな。私だけ行けなくて」

「全然大丈夫だよ。薬、どんなのができるか楽しみにしてるね」

俺がそう言うと、霊夢が意味ありげにこちらを見た。あれ、今俺変なこと言った?

 

しばらく朝食を食べていると、パルスィが俺を見て言う。

「そういえば、今キュウリはあるの?」

「キュウリ?確か昨日買った分が残ってると思うけど。河童に?」

「そう、持っていけば喜ぶと思うわ」

なるほど、そのあたりは日本の河童のイメージと同じなんだな。じゃあ手土産として持っていくか。

朝食の後片付けをした後、鞄に例のスマホとキュウリを入れる。なんか変わった組み合わせだけど、これで大丈夫だな。

 

用意も大体できたので、博麗神社から玄武の沢へ出発。パルスィさん、毎度毎度ありがとうございます。

何度見ても幻想郷の景色は綺麗。大自然の中、妖精たちが飛んでいる姿はとても幻想的だった。

太陽の光が顔に当たる。空気がおいしい。ああ、素晴らしきかな。ちょっとした話をしながら移動するのもなんか良いね。

「それで、そのスマホっていうのは何ができるの?」

「んー、基本的には他の端末との通話とか、インターネットの閲覧とかかな」

電波が必要だから両方幻想郷じゃ出来ないんだけど。

 

 

そんな感じで玄武の沢に到着。断崖絶壁の崖になっている所に降りる。

耳をすますと、下の方からはさらさらと水の流れる音が聞こえてきた。

水が近くにあるからか、他と比べると随分涼しく、ゆっくり休めそうだ。

なんかレジャーシートでも敷いて弁当を食べたい気分だな。さっきご飯食べたばっかりだけど。

崖の端から下を見ると、結構な高さがあり、川の流れもそれなりに速い。これは落ちないように気を付けないとな。

 

「確かこっちだったはずよ」

霊夢の記憶を頼りにしばらく歩くと、大きな湖が見えてくる。紅魔館の湖と違って明るい雰囲気だ。

これは是非写真を一枚撮りたい。もし充電できたら撮ってみようか。

そう思い、辺りを見回していると、大きな緑色のリュックを背負った後ろ姿が見えた。

俺が想像する『河童』とは似ても似つかない容姿だったけど、さとりは勿論、勇儀やレミリアの前例もあるし...

「あ、あれが河童のにとりね」

案の定でした。

 

「にとり、ちょっといい?」

霊夢がそう呼びかけると、その少女は俺達の方へ振り向く。

「ん、なんだい、盟友?」

緑の帽子とリュックを身に付け、水色を基調とした服は、全体的に水をイメージさせる格好だった。何故か胸元に鍵を付けている。

小柄なのに旅行に行くみたいな大きさのリュックを背負っているからか、かなりの違和感。

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

俺がそう言うと、興味深そうにこちらを見る。

「お、人間か。やぁ盟友、私は河城にとり。河童のエンジニアさ」

「盟友っていうのはよく分からないけど、外来人の真剣碧翔。よろしく」

お互いに自己紹介を済ませると、用件を説明する。ふんふん、みたいな感じのノリで聞いてたけど...

「ちょっと見せてくれる?」

俺がスマホを渡すと、充電コードの差し込み口あたりをまじまじと観察する。

幻想郷にスマホなんて当然無いだろうけど、大丈夫なのかな。まぁ今更なんだけども。

 

「うーん、そういえば前に似たようなコードを拾ったような...」

にとりは「少し待ってて」と言うと、近くにあった建物(工房らしい)に入っていった。

しばらくすると、片手に白いコード、もう片方の手にはなにやらペダルのようなものが付いたよく分からない物体を持って出てきた。

...何だあれ。一つはさっき言ってた充電コードだろうけど、もう一つは...?

 

「あったあった。はいこれ」

そう言うとその二つを俺に渡す。いや、はいって言われても使い方が分からないんですが。

「そのコード合ってるかい?」

「ああ、うん、USBだしちゃんと差さるけど、こっちは?」

ペダル付きのよく分からないものを見せて問いかける。

所々からコードの束が飛び出ていたり、管のようなものが付いていたりと、いかにも発明って感じだ。

というかこれかなり重い。これを持ち歩けば良い運動になりそうだけど、明らかに使い方違うな。

 

「それは私が作った発電機。幻想郷は給電する所が無いから、前に作っておいたんだ」

ああ、なるほど。言われてみれば確かに、それっぽい部品があるような...

ペダルを漕いで発電するってことか。これはこれで運動になりそうではあるな。いや、別に運動目的じゃないんだけど。

「ありがとう。あ、そういえばこれ、お礼って言うのもなんだけど」

持ってきたキュウリを手渡す。これだけのものをくれたのに、お礼がこんなので本当に良いんだろうか...?

「おお、ありがとう!発電機を作った甲斐があったよ!」

あ、良かったみたい。 お礼がキュウリって、常識的に考えてどうかと思うけど... 本人は喜んでるみたいだしまぁ良いか。

 

「少し試してみようかな」

持ち帰る前に、一度充電できるか確認してみる。コードがおかしかったりしたら大変だし。

恐らく差し込み口であろう穴にコンセントを差すと、もう片方をスマホの方にも繋ぐ。その状態でペダルを回すと...

「あ、付いたみたいですよ」

スマホの画面には、充電中のマークが大きく表示されていた。良かった、普通に使えたみたいだ。

しばらく充電してから起動してみる。バッテリー残量8%。ちょっと時間がかかりそうだけど、ちゃんと充電できてるな。

 

「そうだ、写真を撮ってみようかな」

カメラのアプリを起動して、湖を写す。...うん、良い感じに撮れた。折角だし、これからも少しづつ撮っていこうかな。

ギャラリーを見ると、幻想入りしてから間もない頃にさとりとこいしと、三人で撮った写真があった。

なんか懐かしいな。こんなのも撮ったんだっけ。さとりにも少し見せてみる。

「ほら、この写真、覚えてる?」

「はい、懐かしいですね...」

「あはは、やっぱり?一ヶ月だけでもなんかそう思えるよね」

さとりも俺の方を見て微笑んだ。

 

「よし、じゃあもうそろそろ行こうかな。今日は本当にありがとう。助かったよ」

「キュウリも貰ったし、何せ盟友の頼みだからさ。困ったことがあったらまた来るといいよ」

俺はもう一度お礼を言うと、来た道を戻っていった。

 

* * *

 

「それで、これからどうするの?」

「うーん、俺はもう特に用事は無いかな」

地上でやりたい事は全部済ませたし、俺はもう大丈夫だな。さとりとこいしに行きたい所があれば行っても良いけど...

あ、そういえば、結局今まで知り合ったのは全員女の子だったよな。

「ねぇ、霊夢の知り合いで男の人っていないの?」

「男... いるにはいるけど、何で?」

「今まで出会ったのは全員女の子だったからさ。折角地上に来たんだし、男の人とも知り合いたいな、と」

 

そんな感じで地底に戻る前に少し寄り道。霊夢の紹介で、ある店に行くらしい。

幻想郷に来て約一ヶ月。やっと男の人と知り合える... まぁ幻想郷のことだから、一癖ありそうではあるな。

どうでもいいけど、発電機を持ったまま移動って、絶対大変だ。俺の腕の力力が試される時が来たか。

この後、腕が動かなくなるくらいに疲れたのは言うまでもない。うん。




いかがでしたか?
先日予約したゲームが、コンビニ払いにしたため、発売日に受け取ることができず... 悲しい。
次は早めに投稿できるようにしたいです。次回もよろしくお願いします。


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第十八話 ~男友達は道具屋さん~

時間がなーい!と、言うことで、こんにちは。
もう少しで今年もおしまい、何だか早いですね。これからも執筆、頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします。
今は一応冬休みなので、もしかしたら投稿ペースが復活するかも...
という訳でお待たせしました、第十八話です。それでは、どうぞ。


「う、腕が...」

幻想郷の空。パルスィに運んで貰いながら俺は発電機を持ってるんだけど、もう腕が死にそうです。

長時間だとすっごくつらい。いや、俺の力が弱いとかじゃなくてね?

「私が持ちましょうか?」

「い、いや、大丈夫だよ ノーセンキュー」

「...気を使わなくてもいいんですよ?」

 

こういう時に読心が出来ると見抜かれちゃうからな... なんと言うか、情けない。玄武の沢は最後に行った方が良かったか。順番間違えた...

「パルスィは重くないの?」

「あんたとは違って貧弱じゃないのよ」

発電機に加えて言葉まで重いよ、パルスィ...

しばらく飛んでいると、木々が立ち並ぶ森の中に一つだけ、和風な一軒家があるのが見えた。

「あそこよ」

やっとのことで着地。危ない危ない、ほんと途中で落としそうになったよ、発電機。息を吸い込むと自然の香り。風が吹くと、カサカサと葉の擦れ合う音がした。

和風の建物の看板には、『香霖堂』と書かれている。その家の雰囲気とは似合わず、入り口は普通のドアだった。

 

それを開けて中に入ると、目に映ったのは白黒の服。この金髪と大きい帽子は...

「あら、魔理沙じゃない。実験はもう終わったの?」

「霊夢達か。おう、こっちは一通り終わったぜ」

魔理沙も来ていたみたいだ。霊夢と魔理沙が会話している間に、店の中を見回す。全体的に薄暗くて少し埃っぽいけど、外見と同じく古風な感じが良い。

一般的にガラクタと呼ばれそうなものが、あちこちに置いてある。全く並んでるようには見えないけど、一応商品なのか...?

その奥の窓にある障子は、あちこちに新聞が貼ってあった。見たところ破れた時の応急処置みたいだけど...

しばらく店内を観察していると、店の奥から男の人が出てくる。

 

一本だけ跳ね上がったくせのある短い銀髪に、下だけに縁のついた黒い眼鏡。青と黒の二色で構成された和服のようなものを着ている。

幻想郷で眼鏡をかけてる人ってあんまり見ないよな。というかそもそも眼鏡を作る技術があるんだろうか。

彼はこちらを見ると、俺をまじまじと観察する。

「え、えっと...」

「...君、もしかして真剣碧翔君、じゃないか?」

「ああ、そうですけど... 何でですか?」

俺がそう言うと、彼は障子の方を指差す。恐る恐るそっちを見てみると、修理に使われている新聞には俺の顔。やっぱり新聞じゃないですかやだー。

文々。新聞恐るべし。というか自分の顔が載ってる新聞で障子が修理されてるってなんか複雑な気分...

 

「障子を修理しようと前の新聞を漁っていたら、たまたまね」

「なるほど... でも、よく覚えてましたね?俺なんて平凡な顔してるし、新聞を見ただけで思い出せるなんて」

「ああ、魔理沙から話を聞いていたんだよ。自分から地底に行ったロリコンがいるって。ロリコンってどういう意味なんだい?」

「それ違いますよ!?」

なんかこの流れ、幻想入りした直後にもあったような...

ちなみにロリコンは『ロリータ・コンプレックス』の略で、幼女・少女を恋愛対象とする人のこと。って、何説明してるんだ俺。

「ねぇお兄ちゃん、ろりこんってどういう意味?」

「うん、こいしはちょっと黙ってようか」

そもそもさとりは妖怪なんだし、具体的には知らないけど見た目以上の年齢のはず。

レミリアなんて人間で言えばすごい老婆... あ、これ怒られるやつだ。

 

「まぁそれは置いておいて、あなたは?」

「おっと、自己紹介が遅れたね。僕は森近霖之助。香霖堂の店主をやってるんだ」

「ちなみに私はこーりんって呼んでるぜ」

魔理沙が横から顔を出して言う。それにしても、人里以外で男の人(妖怪?)を見たのは初めてだな。出会う妖怪皆女の子なんだから驚き。いっつふぁんたじー。

 

とりあえずお互いに自己紹介を済ませてから、もう一度店の中を見回してみる。本当にガラクt... 幻想郷じゃ使わないようなものが多いな。

工夫次第で使えそうなものも無くはないけど... さとりも周りの商品を見ているようだ。

「これはなんですか?」

そう言ってさとりが持ってきたのは、紺色で角が丸まった三角形。

「あー、自転車のサドルか... なんて言うんだろう、日本にある乗り物の座る部分かな」

ちなみに俺の自転車は黒に白い線が入ったサドルだった。全体的にシンプルなデザインだったっけ。

幻想郷だとサドル単体じゃ全く意味無いから、にとりの所にでも持っていった方が良いな。流石に今日は行かないけど、また機会があったら寄ってみるとしよう。

 

しばらく商品を見ていると、奥から霖之助さんが懐かしいものを持って出てきた。全体が銀で塗装されていて、大きめのボタンが三つ並んでいる。

その上には、『再生』や『停止』などと、少し掠れた文字で書かれていた。

「碧翔君、少し見て貰いたいものがあるんだけど、良いかい?」

「はい、それですよね?俺が小さい頃、家にありましたよ」

霖之助さんが持ってきたのはビデオデッキ。昔、かなりの安値で売ってたビデオを何回も見ていた記憶がある。今はもう捨てたか売ったかで家にはないけど。

最近は皆DVDとかだし、時代は変化していくね。なんて、俺はゆとり世代の高校生なんだし、そんな事言える歳じゃないか。

 

「これは、保存したものを見るための機械だよね?どうやったら使えるんだい?」

「はい、そうですね。使うには映像が保存されているテープと、テレビに接続コード、後は電気も必要なんで、幻想郷じゃ使うのは難しいと思いますが...」

テレビは無傷なものが幻想入りするなんてそうそう無いだろうし、電気も安定供給は難しいよな...

俺が持ってる発電機も、誰かがペダルを漕いでないといけないし、その前に多分テレビとビデオデッキが使えるほどの発電はできないと思う。

残念だけどここだと使えないかな...

「分かった、ありがとう。これは一応僕が保管しておくよ」

「はい、役に立てなくてすいません」

 

それからは皆で少し雑談。その中で、霖之助さんは道具の名前と用途が分かる能力があることを知った。だからビデオデッキも用途は分かったんだな。

と言うか霖之助さん、銀髪っていう時点でなんとなく予想はついたけど、やっぱり妖怪だったのか。

そう本人に言ったら、正確には半妖、妖怪と人間のハーフだと訂正された。そのせいか、どうやら食事はしなくても良いらしい。

それに加えて寿命が長く、更に病気にもかからないと言うんだから驚きだけど、基本は人間と同じような生活をしているんだそう。

 

 

太陽が西に傾き始めた頃、外から何やら物音が聞こえた。音がした窓の方を見ると、修理に使われている俺の顔が載った新聞が急に破け、外から手が出てくる。

「文々。新聞でーす!」

「うわぁ、なんだ!?」

声が聞こえたと思ったら、翼の羽ばたく音がして声の主は飛んでいった。

よく見ると、破けた障子の前には、きっちりと折り畳まれた新聞。

文々。新聞って言ってたけど、また射命丸か...?

それにしても、俺の顔が見るも無残な姿に... なにも障子を破って行くことないでしょ。

「天狗の新聞だね。たまに来るんだよ」

 

霖之助さんはそう言うと、今届いた新聞を手に取って少し目を通してから、それを使い障子を修理し始めた。いやいや、それで修理するんかい!

あんまり読まれてないのか、文々。新聞。そう考えると、射命丸も少し可哀想な気がしなくもない...かな?

「これで大丈夫かな。面白い内容の時もあるんだけど、今日のはイマイチだったからね」

「そ、そうなんですか...」

香霖堂での新聞の末路であった。

 

* * *

 

「今日はありがとうございました」

「僕は何もしてないよ。気が向いたらまた来るといい」

香霖堂の入り口、俺は霖之助さんにお礼を言った。用意も出来たし、そろそろ帰ろう。少し不思議なお店だったけど、地上に来たらまた寄るか。

入り口のドアを開けると、そよ風が吹き込んでくる。中とは大分空気が違うな。香霖堂も少し換気をすればいいのに。

ドアをしっかりと閉め、俺達は香霖堂を去った。...重い発電機を持って。

 

 

「さて、用事も全部済んだし、今度こそ地底に帰ろうか」

「はい、お燐やお空も待っていると思いますよ」

お燐に空、ヤマメにキスメ、勇儀に萃香。萃香は例外な気もするけど、皆、地底で暮らしてる。

この一ヶ月間地底にいたからか、やっぱり帰る場所は地霊殿って感じがするな。

「お前達はほんと、仲良いよな。こいしとか特に碧翔と一緒にいるし」

「そう?そんな事言ったら魔理沙の方が霊夢と一緒なイメージだけど」

「それは魔理沙が勝手に絡んでくるだけよ。私としてはすごく迷惑なんだから」

はは、やっぱり仲が良い。まぁ、確かにこいしはよくくっついてくるな。本読んでたら背中に乗ってきたりするし。

 

そんな会話をしながら空を飛ぶ。俺は運んでもらってる、が正しいか。自分から頼んでおいてなんだけど、パルスィもよく毎回運んでくれるよな。

本人は気が向いただけだって言ってたけど... 怪我した時も治療してくれたし、なんだかんだ言って優しい。

発電機の重さで腕がまた疲れてきた頃、地底の入り口である大きな穴が見えてくる。

「霊夢も魔理沙も、本当にありがとう。色々助かったよ」

「全然大丈夫だぜ。私も楽しめたしな」

「そうね。最近は異変も起こらないし、暇だったから良かったわ」

「また地上に遊びに来てくれよな」

二人はそう言うと、それぞれの場所に向けて飛んでいった。

 

「よし、じゃあ俺達も戻ろうか」

そう言って、俺達は深い穴へと入っていく。一番最初に来た時も思ったけど、やっぱり怖いな。

暗闇の恐怖って感じ?ここを抜けると別にそんな事は無いんだけど。でも、ここも何か懐かしいな。やっぱり最初に来た場所だからか。

 

* * *

 

「戻ってきたー」

やっぱ発電機は重い。もう持ちたくないね。それにしても、地底特有のこの空気。この旧都の雰囲気。

「いつも通り、騒がしいわね」

「パルスィはこういうの嫌い?」

「......別に」

そう言うと、パルスィはいつもの橋の方へ向かっていく。離れていくパルスィに向かって、俺は一言。

 

「今回はありがとう!」

 

 

 

てな感じで、戻って来ました地霊殿。相変わらずの大きさです。もう通り慣れた門を開けて、中に入る。

自然に包まれた庭を通り抜け、茶色の扉を開ければ、コンクリート製の玄関。

「ただいまー!」

こいしが大きな声で叫ぶ。すると、奥からさとりのペット代表である二人が出てきた。

「あ、さとり様!おかえりなさい!」

「碧翔もー。待ってたんだよ?」

「ごめんごめん」

 

やっぱり、帰るべき場所は地霊殿だな。

「今日もお兄ちゃんのご飯食べたいな!」

「しょうがないな、何がいい?」

「えーとね...」

不意に、こいしの向こうにいたさとりと目が合う。それが何だかおかしくて、二人でお互いに微笑み合った。




いかがでしたか?
もっと文章を書くスピードが上がると良いんですけどね... 文章力が欲しいです。
次回もよろしくお願いします。


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クリスマス特別編 ~皆一緒に~

皆さん、こんばんは。今年のクリスマスはいかがお過ごしでしょうか。
私は丸焼きのチキンを食べましたが、真っ二つにしたら思った以上にグロテスクでした。あ、味は美味しかったですよ。
という訳で、本編と時系列は違いますがクリスマス特別編です。内容的にはいつもとそんなに変わりませんが。
どうにか今日までに書き終えたので良かったです。
それでは、どうぞ。


「さむいー」

「いや、俺にそんな事言われても...」

今日はクリスマス。イエス・キリストの降誕を祝う祭りなんだけど、実際の誕生日は実は分からないらしい。

と言うかそもそも『クリスマス=キリストの祝い』みたいなイメージって、一般人にはそんなに無くない?

キリスト教徒じゃないし、俺もあんまり意識しないんだけど... イエスさん、ごめんなさい。

とまぁ、それは置いておいて、こいしが今言った通り、寒い。旧地獄が近いから暖かいのかと思ったらそうでもないぞ。

地上はもっと寒いんだろうか。霊夢とかあの服どうしてるんだろう... にとりも湖が凍ってたりして。

 

「地上では今頃、雪が降っていると思いますよ」

「ああ、やっぱり?あれだけ自然が多いと気温も下がるよね」

雪か。少し見てみたかった気もするけど... まあ、俺はさとりやこいしと一緒にいる方が良いかな。地上は超寒そうだし。

ところで、さっきからこいしが寒い寒いって背中にくっついてるけど、こいしの方が温かいような...

こいしが正面になるように向きなおして、少し抱きしめてみる。

「やっぱりこいしの方が温かいね。代謝が良いのかな」

「お兄ちゃんの手つめたーい」

なんとなくさとりの方を見ると、こちらを見て少し顔を赤くしていた。

「あ、お姉ちゃんも、お兄ちゃんとぎゅってする?」

「っ!?だ、大丈夫です!」

そう言うと、さとりはそっぽを向いてしまった。

 

それにしても、クリスマスか。日本にいた時は、折り紙とかを使って色々飾りを作ったな。こっちでもやってみようか。

「クリスマスなんだし、折角だから何か作ろうよ。飾り付けとかするのも面白いと思うよ」

「そうかな?じゃあつくろう!」

さとりとかかなり器用そうだよな。後で手伝ってもらおうか。

という訳で、飾り付けのはじまりはじまり... って、そんな大事じゃないんだけどね。

 

* * *

 

「何をつくるの?」

「そうだな... やっぱり飾り付けと言えばあのわっかを繋げたあれじゃない?」

細く切った折り紙を輪にして鎖みたいに繋げた『あれ』。正式名称は知らないけど、誕生日とかクリスマスには欠かせないイメージ。

簡単に作れてしかも綺麗だし、やっぱりまずはこれだよな。

「まずはこの折り紙を縦に三回折って」

「はーい」

ついた折り目に沿ってハサミで切ればあっという間に八等分。後はこれを量産してから繋げるだけ。

ものによっては四等分で作る時もあるけど、基本はこっちかな。

壁に付ける時に同じ間隔にするのが実は結構技術がいるんだけど、まぁ多分大丈夫だろう。

 

「私も何か手伝えることはありますか?」

「あ、じゃあさとりは星を作ってくれる?」

これも折り紙で作れる、立体的な星。一言だと説明しにくいんだけど、折り紙を折ってから一回ハサミを入れるだけで作れるから、こっちも割りと簡単。

というかさとりだったら難しいものでもテキパキと作れそう。いや、あくまでもイメージだけど。

「ねぇ、これどのくらいまで作ればいいの?」

「お、かなり長くなったし、もう良いんじゃない?一回付けてみようか」

輪の方はとりあえず完成したみたいだから、一旦壁に付けてみる。こういうのって変に計算するよりも大体で付けた方が結構良くなったりするんだよね。

 

 

「よし、こんなもんかな」

どうにか良い感じになったから良かった。ついでにティッシュを使って花でも作っておくか。

本当は花紙みたいのがあると良いんだけど、ここには無さそうだし。

 

「星って、こんな感じで良いんですか?」

さとりの方を見ると、とても丁寧に作られた折り紙の星がいくつか出来ていた。

「おお、すごいな。これって結構ずれたりするんだけど」

「はい、気を付けて作りましたから」

やっぱり器用だなぁ。よし、これだったら綺麗になりそうだ。作った星や花を壁に付けていく。

こういうデザインをするのって何か好き。良い感じになったら嬉しいし。...よし、これで完成かな。

 

「出来たー!」

大したものは飾ってないけど、こういう手作り感も良いよね。人の手で作ったっていうのも大事だと思う。

「今まではほとんど市販品を使っていましたけど、自分達で作るのも面白いですね」

「でしょ?色々工夫ができるし、俺は良いと思うよ」

丁度飾り付けが終わったところで、お燐が縦長のダンボール箱を持って部屋に入ってくる。

さとりくらいだったら入れそうな大きさの箱だけど、何が入ってるんだ?

「よいしょっと。はぁ~、疲れた。さとり様、運び終わりましたよ」

「何かやたら大きい箱だけど、何これ?」

お燐が箱を開けると、中から出てきたのは緑色の円錐。細いプラスチックが付けられているこれは...

 

「クリスマスツリーです。クリスマスには必ず必要ですよね」

「そうだね。これも飾り付けしようか」

俺の家にあったものと比べるとかなり大きい。組み立てたら俺の身長くらいあるんじゃない?

ツリーをしっかりと組み立ててから、セットで入っていた球状の飾りや、雪を模した綿などをバランスに気を付けながら乗せていく。

この飾りも、よく見ると結構種類があって面白い。プレゼント箱を再現したものとか、超ミニサイズの靴下なんかもあるし。

「あははっ、お兄ちゃん、頭に綿がのってるよー」

「あ、ほんとだ。本物の雪だったら冷たいだろうね」

さとりもこいしも楽しそうだし、俺も楽しい。クリスマスとか、こういうイベントって良いな。

 

よし、ツリーは出来たけど、位置が悪いから向こうに移動させるか。...とは言っても、俺一人じゃ運べないんだけど。

大きいから当然重いし、バランスを保つのも大変そう。これを一人で運ぶなんて、お燐すごいな。

「ちょっとお燐、手伝って」

「もう、情けないね。男なんだからこれくらい一人で頑張んなよ」

「いや、男である以前に人間なんで...」

 

 

 

「せーの、よいしょっと」

よーし、これで大丈夫かな。あとはペット陣が料理を運んでくれば... ちょうどその時、空をはじめとしたペット達が部屋に入ってくる。

サラダやスープなどの前菜系から、チキンにケーキなどといったクリスマスらしいものも色々あった。

大体揃ってきたし、そろそろ座るかな。

全員が席に座ったところで、俺の隣のこいしとアイコンタクトをとってから、同時に言った。

 

「「メリークリスマス!」」

 

本当はクリスマスって静かに楽しむものらしいけど、ここは幻想郷だし、いいよね。

皆、それぞれの料理を口へ運ぶ。俺もいくつか食べてみたけど、いつも通り美味しかった。

 

「あ、あの、碧翔」

「ん?」

さとりに呼ばれたので前方に顔を向けると、顔をうっすらと赤く染めたさとりが、一口サイズに切ったチキンを俺の方に向けているのが見えた。

「あ、あーん...」

「!? ど、どうしたの?」

これってあの『あーん』だよね。こいしがする事はよくあったけど、さとりが俺に...?

俺が混乱していると、さとりは手を引っ込めてしまった。

 

「あ... め、迷惑でしたか...?」

「いや、そんな事はないけど、珍しいから驚いてさ。ごめん、もう一回どうぞ」

どうぞって言ってやる事じゃない気もするけど、まあいいか。改めてさとりは箸でチキンを取り、俺に向ける。

なんか手が震えてる気がするけど、それは置いておこう。

「あーん...」

「.......うん、やっぱり美味しいね。ありがとう」

「は、はいっ」

 

恥ずかしさを紛らわそうとしたのか、さとりは少し下を向きながら、箸を使って手元にあるサラダを食べた。

.....ん?その箸って、今俺にチキンを食べさせたやつじゃないか?

俺の心を読んで気がついたのか、さとりの顔がみるみる赤くなっていく。

「あ、えと、その...」

「あー、まぁ別に気にしないし、大丈夫だよ」

わざとじゃないだろうし、まぁしょうがない...よな?

似たような事は今まであった気がするけど、何だかいつもに増して恥ずかしかった。

 

* * *

 

「はぁー、お腹いっぱいー」

「あはは、こいし結構食べてたからね。俺も少し食べ過ぎたかな」

「ふふ、今日は楽しかったですね」

なんか色々あったけど、楽しめたから良かった。来年もまた、こういうのをやりたいな。次はもっとクオリティの高い飾りも作りたいし。

それにしても、やっぱり寒い。今日はもう部屋に戻るかな。

「あ、私も一緒に行く!お姉ちゃんも来ない?」

そう言って、またもやこいしがくっついてきた。まぁ温かいから良いんだけど。

「そうですね、行きましょうか」

 

もうすぐ今年も終わり。来年もいい年になりますように。

 




いかがでしたか?
最近はノロウイルスやインフルエンザなど、感染症が流行っているらしいので、皆さんもお体にはお気をつけ下さい。

I wish you a merry Christm(良いクリスマスを!)as!


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第十九話 ~カードの奇術師~

皆さん、こんばんは。
果たしてこの作品を覚えている人はいるのだろうか、と思う今日この頃です。
最初の数話の修正をしたり、少し怠けていたらいつの間にか二ヶ月も経っていました。
三章に入るまでのネタがあまり思い付かず... 申し訳ないです。
それでは、どうぞ。


「思ったんだけどさ、俺ってなんか特徴ある?」

地上から帰ってきた次の日。さとりとこいしにそんな事を聞いてみた。

人間誰しもが個性というものを持ってると思うけど、俺にはどんなものがあるんだろうか。単に気になったからってのもあるけど、地上に行ってから見直してみると、自分の個性が見当たらない気がする。

あ、あと自己紹介も何か考えたい。自分の自己紹介がかなりテンプレというか単調で、もう少し何かないかなあ、と。そもそもの原因として、俺が外来人ということ以外は特徴がないからなのでは?と考えたわけなんだけど...

 

「うーん... 優しい!」

「それは... 私も思いま、す...けど、それって個性ですか?」

俺が優しい...かどうかは分からないけど、人間他人への優しさというのは、誰しもが必ず持っているものだと思う。まあ程度の差はあると思うけど、全く無いって人はいないんじゃない?どれだけ極悪非道な人でも、それは性格とか他の部分が捻じ曲がったせいで、隠れてるだけなんじゃないかなあ、と俺は思うけど。楽観的思考過ぎるかな?

 

まあ優しさ云々は置いておいて、何かないものか...。地上で沢山の人に会ったけど、大体名前と外来人だと言う事しか伝えてないし。

何かないかと考えていると、さとりがこちらを見て言った。

「そうですね... 何も無くても良いと、私は思います」

「え?」

「特別目立ったところは無くても、碧翔の小さな気遣いや、大事にする思いが大切だと、私は思いますよ」

 

と、穏やかな雰囲気と口調のさとりはいつもと変わらず、それでいてなんだか普段より真剣な面持ちで答える。

「さっきこいしが言ったものだって、こいしが一番に思い付くくらいに、そういう優しさが大きいからです。それを前面に出すのは中々出来ないと思います」

「んー、そうかな...?」

「はい、そうですよ!」

さとりは微笑んで答えた。...結局自己紹介の問題は解決してないけど... まあ、それはおいおい考える事にするか。

と、話が一段落したところで。

「ねぇお兄ちゃん、これやろう?」

唐突にこいしがそう言う。俺とさとりが話している間にいなくなっていたけど、いつの間にか手にトランプを持って戻ってきていた。

プラスチックのケースに入ったそれは、とても綺麗な状態で保管されていたらしく、キズなどは見当たらない。

「トランプか。良いけど、何で急に?」

今までこいしと遊んでいたのは比較的単純なもので、こういう頭を使いそうなものはやっていなかった。別にやってもよかったんだけど、なんとなく流れでそうなってたし。

 

「うーん... なんとなく?」

「そんな疑問形で返されても困るけど... 折角だし、お燐とかも呼んで皆でやってみようか」

と、言う訳で何故か皆でトランプを使って遊ぶことに。

さとりも快く引き受けてくれたけど、地上に行った次の日で、仕事とか大丈夫なのかな。まあさとりの事だし、心配はいらないと思うけど。

 

* * *

 

「さあ、始まりました!第一回トランプ大会!」

「...で、なんでパルスィとヤマメまで来てるの?」

俺の向かい側に座っているのは、微妙にテンションがおかしいヤマメ。というか大会って大袈裟すぎ。しかも何故か顔が赤い。フラフラしてるし、お酒でも呑んでたのか?

「はぁ、碧翔もヤマメも、妬ましいわ」

ヤマメはともかく、なんで俺まで...?

パルスィによると、明らかに酔っているような状態のヤマメが地霊殿に入っていくのを見たらしい。それをパルスィが追いかけて行ったんだとか。なんで追いかけたのかは知らないけど。

「まあ、とりあえずやっていこうか」

「碧翔ー、さとり様はどうするの?」

「私は審判をやりますよ」

さとりは能力の関係で審判をやることになった。読心ができるとそういう面では色々役に立つし、無いと思うけど、反則しようとした時なんかもすぐに分かるからな。こんな事に付き合ってくれるなんて、さとりに感謝しないと。

 

一通り辺りを見回す。丸いテーブルを中心とした時計回りに、俺、お燐、パルスィ、ヤマメ、空、こいしの順で座っている。

「何をやるの?」

「まあ最初だし、まずはシンプルにババ抜きとかで良いんじゃない?」

そう言ってトランプをシャッフルする。トランプを二つに分けてから指で弾いて重ねていき、それを山なりにして戻す、リフル・シャッフルと呼ばれるものだ。手品とかで使われることが多いけど、いい具合に混ざるから割と普通に使う。

「わ、お兄ちゃんすごい...」

「ホントだ、どうやってるの、それ?」

どうやってるって言われても、見たままだと思うけど。この位だったら少し練習すれば大体出来るようになると思う。俺は一時期、やたらこのシャッフルばかりしてて、指が切れた(というか皮膚が剥がれた?)ことがあるんだけど... 今考えると相当馬鹿らしいな。

「他に何かできないの?」

「そんな見せるものでもないし、これだけだよ。じゃ、配るね」

 

閑話休題ということで、今度こそ皆に配っていく。一通り配り終えたところで、空が小さく手を挙げて言った。

「はーい、質問なんだけど」

「どうかした?」

「ババ抜きって、どうやるの?」

おう、そこから始まったか。まあ空らしいと言えばそうだけど... とりあえず簡単にルールを説明する。

「......って感じ。分かった?」

「うにゅ、多分大丈夫!」

...心配すぎる。

 

とりあえず自分のカードを確認すると、幸先悪く、手持ちカードの中にババがあった。まずは一ターン目という事で、お燐が俺のカードを取る。

迷い手をしたり、俺の手札を凝視したり、なんか相当迷ってるらしい。意を決したのか、やっとの事で札を取るけど... あ、ババ引いた。肩をビクッと動かしたかと思えば、おぼつかない動きで次のパルスィにカードを差し出す。分かりやす過ぎる。

パルスィは迷いなくさっと引いたかと思えば、同じカードが無かったのか、少し混ぜてから隣のヤマメにカードを見せた。ヤマメは意気込み、大袈裟な動作でそれを引く。「あーなるほど...」と一言言うと、今度は空にカードを向けた。一枚引いた空は、しばらくそのカードを眺めてから...

「これってババって言うの?」

俺達の方に向けた。いや、見せたら駄目だろ。というかそれ本当にババだし。パルスィもヤマメも引いてたらしい。だとするとパルスィは隠しが上手だな、全然分からなかった。

「あー、それはババだからとりあえず次行こう、次」

この辺りはあまり気にしない事にした。

 

​───────

 

「わー、また負けた!」

「碧翔強いなー、全然勝てないや」

「俺もそんなに勝ってないと思うけど...」

「いえ、これで碧翔の三勝なので、皆の中では一番ですよ」

六戦中三勝。どうやら俺が一番らしい。こういうのはそんなに得意じゃなかったはずなんだけど... ちなみに他は、パルスィが二勝でヤマメが一勝。後の三人は天然とバk... おっちょこちょいなんだな。

「と、言うことで、第一回トランプ大会、碧翔は準優勝!」

「まだ言ってるのか。というか準優勝って、優勝者は?」

「主催者権限で私!」

権限逸脱だ!そもそもヤマメは主催者じゃないし、これは大会でも無いはずなんだけど。

 

と、そんな事を話しているとこいしが俺に向かって言う。

「ねえ、もう一回シャッフルやって?」

「あー、あれ?俺はいいけど」

という事で、もう一度シャッフルをやって見せる。どうやらこれが気に入ったらしく、こいしは喜んで見ていた。今まで人に見せるなんてこと無かったけど、人生何が役に立つか分からないな。

 

* * *

 

「さとり、今日はありがとう」

部屋に戻るさとりに声をかける。勝敗の記録をしてくれたり、色々と助かった。優勝者を決めるのは何故かヤマメだったけど。

「いえ、私も楽しかったので。碧翔は何勝もしてましたし、シャッフルが凄かったです。そうですね... 奇術師みたいでした」

「き、奇術師って、喜んでいいの?」

「はい、私としては褒め言葉なので」

奇術師ってなんだっけ、手品師みたいなものだったような。まあ折角だし、ありがたく受け取っておこう。

と、そこでさとりが、何かを思い付いたように言った。

「あ、自己紹介、カードの奇術師でどうでしょうか?」

「そ、それはお断りしておきます...」

俺の二つ名が生まれた瞬間だった。...おそらく使うことはないだろうけど。




いかがでしたか?
もう少し発想力が欲しいです。
今後はなるべく早めに投稿しようとは思っているので...
次回もよろしくお願いします。


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第二十話 ~懸河瀉水~

どうも、こんばんは。
ふと思ったんですけど、前書きと後書きって無い方が良いんですかね?
毎回どうでもいいことを書き込んでいるので、読みにくいかなあ、と...
もし良ければ、教えて頂けると有難いです。
それでは、どうぞ。


電気。現代日本に住む人達には欠かせないであろう存在。これが無かったら夜は真っ暗。テレビはおろか、冷蔵庫が使えないから食品も保存できない。交通機関なんかもほとんど機能しなくなるだろう。幻想郷に来てからというもの、電気のありがたみが分かった気がする。

「あははっ、これ楽しー♪」

「そう?俺も助かるよ」

にとりから貰った発電機を楽しそうに漕ぐこいし。地上に行った日からというもの、毎回俺の部屋に発電機を漕ぎに来ていた。いかにもな見た目の発電機からは、自己発電型のライトを付けた自転車と似たような音が発せられている。発電機から伸びた一本のコードの先には、俺のスマホ。中々時間がかかるけど、自分達で充電できるのはありがたい。

 

「お兄ちゃんは、これが大事なの?」

「ああ、スマホ?そんなに多用はしないけど、確かに写真とか大事なものも入ってるからね」

そう言ってスマホの電源を入れる。電池残量七十パーセント。うん、かなり充電できたな。それを確認しながら写真を閲覧するアプリを開く。適当に検索して見つけたものなんだけど、なんだかんだでもう二年くらい使っているアプリだ。

なんとなくカメラのファイルを開くと、幻想郷で撮った写真が表示された。にとりの湖や、さとり達と撮った一枚。帰り際に遠くから撮影した紅魔館。色々なものを見ていくうちに、現代での写真が出てくる。

 

「あ、もしかしてお兄ちゃんの家族?」

隣で見ているこいしがそう言った。

――家族。俺には家族がいる。俺と妹のために働く母親、素っ気ないけどなんだかんだで俺を気にかける妹。...今頃どうしているんだろう。そういえば、俺が幻想郷に来ている間、向こうではどういう認識になってるんだ?いなくなった直後は、相当混乱が起こったんじゃ?

「...お兄ちゃん?」

「ああ、ごめんごめん。そう、これが妹でこっちが母親」

こいしは珍しいものを見るような目で、画面をスクロールしていく。流れていく画面の中に、俺の友人二人が映った。

「この二人は?」

「ああ、前に話さなかったっけ?俺の友達の蒼月と青澄」

俺も含めて、三人とも名前に『あお』と読める字が入っていたことから仲良くなった。蒼月とは中学からの付き合いだけど、青澄とは高校で出会ったんだっけ。蒼月はよく周りからDQNネーム、なんて言われてたな。本人は全く気にしてなかったけど。

 

ふと時計を見ると、丁度九時を回ろうとしていた。

「あ、もうすぐ晩御飯じゃない?」

「ほんとだー。じゃ、お兄ちゃん、行こ?」

そう言って俺の手を引く。いつものようにその手に引っ張られながら、俺達は部屋を出た。

 

* * *

 

食事を済ませた後、俺は自分の部屋で本を読んでいた。紅魔館から借りてきた、幻想郷についての本。そもそも俺は、幻想郷についてあまりよく知らない。今更ながら、最低限の知識は身に付けておくべきだと思って借りてきたんだけど... 正直よく分からない。この本自体、眼鏡をかけた超頭が良い人が黙々と読んでそうなイメージのある分厚さだし、内容もそんな感じだ。情報が多く、文字がかなり小さい。老眼の人なんかはまず読めないだろうな。

 

「うーん、幻想郷は博麗大結界、幻と実体の境界、この二つによって守られていると。なるほど分からん」

結界がどうのとか、妖怪がどうのとか、色々あり過ぎて理解が追いつかない。もっと簡単に説明してくれればいいんだけどなあ。

まあいいや、とりあえずこの本は紅魔館に返すまで封印しておこう。俺にはまだ早かったらしい。読める時が来るか分からないけど。

 

「でも、幻想入りの仕組みとかは知っておいた方が良いよな...」

俺自身、未だに幻想入りした理由やその仕組みが分かっていない。さっき言った結界とやらが関係してるんだろうけど――。

少し悩んでから、封印したばかりの本にもう一度手を伸ばそうとしたところで扉がノックされた。空とお燐はノックせずに入ってくるし、こいしだったらすぐに声をかけてくるだろう。という事は、さとりかな?

と、自分でもどんな考察だよ、と思いながら扉を開けると、案の定の覚妖怪だった。

 

「なんだかペット達が迷惑をかけているようで、申し訳ありません」

「あはは、ノックのことは別に気にしてないよ。まあ、ちょっとどうなんだろうとは思うけど、お燐達らしいしさ」

一ヶ月もいれば流石に慣れる。まあ、それはそれでどうかとも思うけど。

俺が扉を大きく開けて部屋に入るよう促すと、お邪魔します、と一言言ってから部屋に入った。俺の部屋は椅子が一つしかないので、二人でベッドに座る。

「それで、どうしたの?」

「いえ、特別な用事がある訳ではないのですが...」

俺の右隣に座るさとりの横顔は、なんだかとても綺麗だった。透き通った瞳には、部屋の明かりが反射し、白くハイライトが出来ている。きめ細やかな髪を揺らしてこちらを見ると、少し間を開けてから言った。

 

「碧翔は地上に行って、どう感じましたか?」

「地上かー、俺は幻想入りしてからまだ二度目の地上だったからなあ... 見るもの全部が新鮮だったよ」

香霖堂にあった商品の中には、見たことがないものや用途の分からないものも沢山あったし、幻想郷にはとても興味がある。そういえば、最初に俺が幻想郷に留まろうと思ったのも、幻想郷に興味が湧いたからだったな。現代も平坦な生活だったし、ちょっと不思議な体験をしてみるのも悪くないかな、と。

 

「...この地底には、地上から追いやられた覚妖怪が住んでいます。とっても長い間... それはもう、外の景色なんて忘れてしまうくらいです」

さとりは、どこか遠い目をしながら唐突にそう言った。

...それはそうだ。具体的に何があったのか俺は知らないけど、すごく長い間、地底にいたはずだよな。

「ですが、それはこの前までの話です。自分を信じられずにもたもたしていたその妖怪の背中を、一人の少年が押してくれました」

「......」

さとりは俺の方に体を向け直すと、まっすぐと俺の顔を捉えて言った。

「ありがとうございました。本当に感謝しています」

「いや... 俺は特に何かした記憶も無いし... 決断したのはさとりだからさ。こちらこそ、俺なんかと一緒に地上まで来てくれてありがとう」

「...はいっ!」

俺の言葉に、微笑んで答えたのだった。

 

 

 

「ところでさ、前も聞いた気がするけど、俺はなんで幻想入りしたのか分かる?」

「碧翔が幻想入りした理由ですか?私はあまり詳しくないのでよく...」

さとりに少し質問してみた。何のきっかけもなく突然異世界に飛ばされるなんてこと無いだろうし... というかそもそも幻想郷って、どこにどうやって存在してるんだ?アニメとか漫画みたく、空間の狭間とか?

「あ、それなら何かの本で読んだ気がします。えっと...確か外の世界の一部だったような...?」

「え、そうなの?」

なんだろう、さっき読んだ本に書いてあったなんとかの結界ってやつか?最初に霊夢に簡単な説明を受けた時も、『忘れ去られたもの達の最後の楽園』としか聞いてないんだよな... 確か全てから忘れ去られると来れるんだっけ?うーん、でも俺はそんなことなかったはずだし...

 

「あの...」

あれこれ考えていると、さとりが少し躊躇いがちな感じで声をかける。

「碧翔は何故、幻想郷に残ったんですか?」

何故。それはさっきも言った通り、幻想郷に興味が湧いたから。程度の差はあれど人間に必ず存在する、好奇心ってやつだ。

現代は少し名残惜しかったけど、それ以上に幻想郷が『おもしろそう』だったから。

 

――でも、今思えばそれってどうなんだ...?

 

改めて考えると、本当にそれだけの理由だったんだろうか?現代は、家族はどうなった?友達は?...なんで今まで深く考えなかったんだろう。

幻想郷に来て一ヶ月。幻想郷は素晴らしかった。日本に比べると娯楽が少なかったり、不便なところはあったりする。だけど、ここの住人は良い人ばかりだし、空気は綺麗で自然が多い。おまけに、空を飛ぶなんていう力や、光の弾で勝負する、不思議な遊び(弾幕ごっこ)があったりもする。まるで夢みたいだ。

...だけど、俺はここに居ていいんだろうか。

 

「あお、と...?」

「え、あ...」

さとりに呼ばれて我に返る。なんでもない、と言おうとしたけど、言葉が出なかった。

さとりの瞳に宿った不安の色。どうして彼女がそんな表情をしているのか分からなかったけど、俺の心に何かが刺さった。...さとりは心が読める。今の俺が良くないことをした、いや、考えてしまったのかもしれない。

 

「あ...ごめん」

「い、いえ、碧翔は何も悪くないです!...私こそすみませんでした」

少し間沈黙が続いたが、しばらくしてからさとりが口を開いた。

「あの、私... 他人の心は読めるのに、自分の心が分からない時があるんです」

「自分の心?」

「こう、自分がどういう感情を抱いているのか分からないことがあって、その... す、すみません、やっぱり忘れてください」

そう言うと、さとりは俯いてしまった。再び沈黙が訪れる。

が、それを破るかのように、急に扉が開いた。

 

「碧翔ー!またペットの世話手伝ってくれない?って、うわ、またさとり様と二人だ」

「うわ、ってなんだよ」

入ってきたのはお燐だった。赤い髪を揺らして勢いよく突入してきたが、俺達二人を見た途端、一歩後ずさった。なんでだ。

「あーやっぱりいいや。二人で部屋にいて」

「いや、手伝うよ。なんでか知らないけど、遠慮しなくていいからさ」

俺はそう言うと、座っていたベッドから立ち上がる。

「じゃ、さとり。また後で」

「あ、はい... 頑張ってくださいね」

さとりに一声かけてから、俺は部屋を出た。

 

* * *

 

「さとり様って、最近どう?」

「どうって...」

お燐の手伝いをしていたら、唐突にそう問いかけられた。

...さとりか。思い当たることはあんまり無いけど... 強いて言えばさっきの表情。何かを恐れているような感じだったけど、俺の勘違いか...?

「...特に何も無いと思うけど、何で?」

「無かったら別にいいんだよ。...さて、こいつでおしまいっと」

お燐はペットの体を拭いていたタオルを置くと、一つ息を吐いてから立ち上がった。

「ありがとう。碧翔のおかげで助かったよ」

「うん、大丈夫だよ。俺も楽しかったし」

いつものように、お燐の頭を撫でた。

 

幻想郷。不思議なこの場所の地底に、俺は住んでいる。

これからどうなっていくんだろう。と、そう考えると少し怖い。今のままでいられるのか。はたして、俺がいるべき場所なんだろうか。いつの間にかそんなことを考えていた。

幻想郷か...。少しの不安を抱きつつ、俺は部屋に戻った。




いかがでしたか?
そろそろストーリーに大きな展開が生まれると思います。
拙い文章ではありますが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします。


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第三章 -迷い-
第二十一話 ~藪から棒に~ Side:A


毎度閲覧、ありがとうございます。
さて、一応ですが、ここで次の章に入りました。全体的に文字数は少しだけ減ると思いますが、これからの形式上その方が読みやすいかなあ、と。あまり文字数が多いと、投稿も遅れてしまうので⋯
と、いうことで、第二十一話です。それでは、どうぞ。


カチャカチャと部屋に響く、食器とナイフやフォークがぶつかり合う音。今日のお昼は洋食だからこうだけど、普段は普通に箸も使う。皆でテーブルに座る配置は、俺が幻想入りした初日から全く変わっていない。

顔を横に向けると、テーブルの端の方でお燐と空が雑談しているのが目に入る。こちらも隣のこいしはいつも通り俺に話しかけてくるが、向かいに座っているさとりが、さっきから一言も発しない。もともとこいしほど喋るわけじゃないけど、今のさとりは、こう、何かに迷いがあるというか、躊躇っているような⋯。

 

「⋯碧翔」

「う、うん、何?」

さとりが俺の目を見据えて、言う。

「後で話があるのですが、良いですか?」

「あ、うん、それはもちろん」

話って、一体何なんだろう。よく分からないけど⋯でも昨日部屋で話してからのことだと思うし、その辺りについてか?

さとりの言葉に、なんだか少し不安を覚えた。

 

 

「はい、お兄ちゃん、あーん」

と、こいしが俺にフォークを使って、近くの鶏肉を差し出してくる。

「⋯⋯うん、美味しい。ありがとう」

「えへへ」

俺がそう言うと、こいしははにかむように笑った。

人に食べさせるなんて行為も、最初は現実に存在するんだ、なんて思っていたけど、今では普通になっている。慣れって恐ろしい。

 

「そういえばお兄ちゃんって、きらいな食べ物とかないの?」

「嫌いな食べ物か⋯」

そこまで好き嫌いは無いけど、ウニとかキャビアみたいな高いイメージのあるものは割と駄目なんだよな。って、そもそもそんなに食べる機会は無いんだけど。ウニはたまにあるけど、キャビアなんて本当に一、二回しか食べたこと無いしなぁ。あ、でもそういえば両方とも幻想郷には無いんだっけ。

「そうだな⋯ 幻想郷にあるもので、嫌いなものはそんなに無いかな」

「へー、お兄ちゃんはすごいな」

「あはは、すごい⋯のかな?逆にこいしは嫌いなものってあるの?」

 

俺が問いかけると、こいしは少し悩んでから⋯

「私はそんなにない⋯よ?」

そう言った。が、そんな俺達の話を聞いていた空が、こいしに向けて言う。

「あ、こいし様、嘘はよくないよ!前サラダに入ってたニンジン、全然食べてなかったじゃん!」

「あ、お空!なんで本当のこと言うのー!」

どうも本当のことらしい。まあ、好き嫌いってのも可愛らしいし、いいんじゃないかな?食べたくないってことは、その人の体がその食べ物を必要としてないって事だとも思うし。まあ、好き嫌いが無かったらそれが一番なんだけど。

こいしと空の口論?のせいで、少し騒がしくなった昼食だった。

 

* * *

 

「はぁ」

部屋に入ってから一つ、息を吐く。気にかかっているのは、先程のさとり。あとで話がある、って言ってたけど⋯ 部屋に来るのかな。

ベッドに寝転がってしばらく待っていると、扉がノックされた。深呼吸をしてから扉を開けると、案の定の覚妖怪⋯じゃなかった。いや、覚妖怪ではあるんだけど、恋の目(サードアイ)を閉じた方だ。

「あそびに来たよ、おにーちゃん」

「こいしだったんだ。珍しいね、扉の前で大人しく待ってるなんて」

いつもならノックした直後に、『お兄ちゃん、一緒にあそぼー』なんて、俺を呼ぶんだけど⋯。

 

俺がそう言うと、こいしは俺の少し上を見て、思い出すように言った。

「えっと、お姉ちゃんが碧翔に迷惑だからやめるように、って」

「あー、さとりか」

多分昨日の事だろうな。わざわざ注意してくれるなんて、なんというかさとりらしい。

「お兄ちゃん、今まで迷惑だった?」

「いや、そういう訳じゃないけどさ。これから気を付ければいいんじゃない?」

俺としては、むしろ元気が良いというか、微笑ましい感じで別に気にしなかった。まあ人によっては迷惑に感じるだろうから、これからを考えると直すに越したことはないか。

 

「さて、じゃあ何して遊ぶ?」

「えーとね、今日は⋯」

と、二人で話していると、こいしの後ろの廊下に、薄ピンクの髪の毛が見えた。

「あ⋯」

さとりがこちらに気が付いたようだ。一緒にいるこいしを見て、少し驚いたような顔をしている。

「あ、さとり、もしかしてさっきの?」

「そうですけど⋯」

なんだか言いにくそうだ。こいしがいると話しにくい、とかかな。確かに、さっきの様子を見てると、大事な話みたいだし⋯

俺は目の前にいるこいしに向かって言う。

 

「ごめん、ちょっとさとりと大事な話があってさ。悪いんだけど、遊ぶのはまた後でもいい?」

「お姉ちゃんと?むー、分かった、じゃあおわったら教えてね」

「うん、ごめんね」

俺がこいしにそう言うと、こいしは廊下の奥に歩いていった。

さとりと二人だけになる。俺は部屋の扉を大きく開けると、二人で部屋に入った。後でこいしに謝っておかないとな。

 

 

前回と同じく、部屋のベッドに座る。柔らかな肌触りのシーツは、とても寝心地が良い。俺の家は床に布団を敷いてるだけだったから、ベッドってなんか憧れがあったんだよな。

さとりは俺から少し離れて座ると、こちらを見た。

「あの⋯ 昨日、碧翔のおかげで地上に出ることができた、という話、しましたよね」

「うん。でも、それはさとりの力だと思うけどね」

「いえ、私が外に出るきっかけを作ってくれたのは、碧翔です」

強調するように、体を前に出して言う。

「それで、その⋯ 思ったんです。私は、碧翔が――」

 

と、その時、俺の視界がぐにゃりと歪む。

「っ!?」

目眩というか、何かに引き寄せられるような、吸い込まれるような感覚。前にも一度、どこかで――。

「あ、碧翔?どうかしましたか?」

「あ、いや⋯ ちょっとトイレに行ってくる」

俺はさとりにそう言うと、駆け足で部屋を出た。

 

* * *

 

廊下を歩く。頭がボヤボヤする。眠い。猛烈な眠気。なんなんだ、これは⋯

と、その時、地面が揺れた。いや違う、俺が倒れたのか。視界が闇に包まれていく。何故か思い出したのは、さとりやこいし、幻想郷の皆の笑顔だった――。

 

 

 

 

 

───────

 

───────────

 

 

 

 

 

「あ⋯」

体が痛い。ベッドから落ちて床で寝ていたら、きっとこんな感覚だと思う。

目が覚めた。視界に映ったのは、灰色。とても硬い、地面。あれ、これってコンクリートだよな⋯。コンクリートなんて、幻想郷にあったっけか。

そんなことを考えていると、遠くからエンジン音のようなものが聞こえてくる。それが急に俺の前で止まると、ガチャリと何かが開く音がした。

 

「おい!危ねぇぞ!」

その叫び声で意識が覚醒する。

「あ⋯え⋯?」

急いで起き上がった俺の目の前にあったのは⋯ 車。そう、あの乗り物の車だ。

「何だってこんな所で寝てんだよ!轢き殺しちまうところだったぞ!?」

「あ、す、すいません⋯」

恐らく車から降りてきたであろう男が、俺に向かって怒鳴る。

何だこれは。どうなってるんだ。にとりの発明にしては、あまりにも現代の車に似すぎている。というか、地面は整備された道路だし、幻想郷には無いはずのガードレールや道路標識なんかも立っている。俺の頭に、一つの仮定が浮かび上がった。

⋯まさか、そんな訳。

 

「あの⋯ ここってどこの国ですか?」

「はあ?お前頭おかしいんじゃねえか?日本だよ日本!」

……やっぱり。この人が嘘を吐いてなければ、俺の仮定は成り立つ。

⋯俺は今、現代日本にいる。おそらく――

 

 

――幻想郷から帰ってきた――。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
ちなみにタイトルの「Side:A」は碧翔の頭文字です。Side:碧翔、みたいにすると、なんか見た目的に微妙だったので。
次回もよろしくお願いします。


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第二十二話 ~豁然、俄然忽然~ Side:S

どうも、こんばんは。
今日はかなり寒かったです。もう四月に入るのに、雪の予報が出ていたりもするそうですね。桜も大変そうです。今も手が冷たくて、文字入力がしにくい⋯。
と、そういえば、タグに少し追加しました。あまり変えるのは良くないかとも思いますが、これから出てくる要素もあるので、一度ご確認ください。
それでは、どうぞ。


 

皆での昼食の時間。朝がシンプルな和食だったため、昼は洋食にして貰った。品数は多くないけれど、とても美味しく仕上がっている。長いこと料理をしているからか、ペット達の腕も上がってきたらしい。

そういえば、前に碧翔が作った炒飯、あれは美味しかった。また今度作って貰おうか。

と、その碧翔と言えば、さっきから私の方を気にしている模様。それもそう、発言数こそ多くないものの、普段なら雑談を交わしているであろう昼食時に、私は全く喋っていない。あまり余裕が無いというか、緊張しているというか⋯。

彼はそんな私の様子に気付いているようだった。碧翔は人をよく見ている⋯いや、私が分かりやす過ぎるからだろうか。

それはともかく、この後の時間の為にも、ここで一言伝えておかなければ。

 

「⋯碧翔」

「う、うん、何?」

彼は少し慌てたような様子で返事をした。

「後で話があるのですが、良いですか?」

「あ、うん、それはもちろん」

碧翔がそう言ったと同時に、彼の思考に言葉が追加される。

 

――話って、一体何なんだろう。よく分からないけど⋯でも昨日部屋で話してからのことだと思うし、その辺りについてか?――

 

人の気持ちに関して鈍感な碧翔にしては、私の話について感づいているようだった。⋯どう話したらいいんだろうか。

しばらくしてからもう一度碧翔の方を見ると、こいしと話をしていた。こいしは最近、碧翔と一緒にいる事が多い。毎日彼の部屋に行って大きな声で呼ぶみたいだから、少し注意しておいた。碧翔は迷惑じゃないと言っていたし、実際そうなんだろうと思うけれど、直しておいた方が今後のためにもなるから。

 

こいしは碧翔と楽しそうに話している。⋯少し羨ましい。あの妬み妖怪じゃあるまいし、別に嫉妬している訳じゃないけれど、碧翔と話すのは楽しくて何だか充実している気がするから。こいしも多分同じ気持ちだと思う。お燐だって、よく彼に仕事を頼んでいるし。ちょっと抜けているところもあるけれど、頼りになる、そんな人だ。

気が付くと、私は彼の横顔をじっと眺めていた。

 

* * *

 

昼食後、私は碧翔の部屋に向かっていた。それほど大きな事じゃないのは分かっているけれど、やっぱり少し緊張する。⋯一旦落ち着こう。以前読んだ本に、『冷静さは焦りを抑え、成功に繋げる』という言葉もあった。

誰かの名言を思い出しながら、深呼吸をする。そんな事をしていると、廊下の角からお燐が出てきた。

 

「あ、さとり様」

お燐はこちらに近付くと、私の方をまじまじと見る。

「⋯お燐、何か用があるのなら言ってください」

「いや、さとり様だったら聞かなくても分かりますよね」

確かに。お燐が、私が碧翔に話をしに行くんだろうなー、という好奇心に満ちた思いを私に向けているのは、読心能力が無かったとしても分かりそうだ。

「ふふん、頑張ってくださいね」

と、どこか腑に落ちない笑顔を浮かべると、私とは反対方向に歩き出す。けれど、どこか引っかかるような⋯。って!

 

「お燐。私が碧翔に告白でもしに行く、なんて思ってますか?じゃなくて、思ってますね?」

「あれ、違ったんですか?」

全く、なんて事を考えているんだろう。それはまあ、碧翔は優しくて良い人だし、私を受け入れてくれたし、趣味も合っていて話していると楽し⋯って、だけれども!まだ合って一ヶ月で、分からないことも多いのに、私が碧翔に、こ、こく⋯

「⋯はく、なんて、する訳ないじゃないですか!」

「うわ、びっくりした。そんなに大声出さなくても」

「とにかく、お燐は早く戻ってください!」

私の言葉にどこか呆れ気味で、お燐は今度こそ歩いていった。

 

なんだか今ので既に疲れた⋯。と、とにかく、碧翔の部屋はもう目前だから心の準備を⋯って。

「さて、じゃあ何して遊ぶ?」

「えーとね、今日は⋯」

碧翔と一緒にいるのは、黒い帽子を被った私の妹。まさか、またこいしが来ていたとは。とりあえず、えーと⋯ どうしよう⋯。

悩んでいると、碧翔がこちらに気が付いた。

 

「あ⋯」

「あ、さとり、もしかしてさっきの?」

「そうですけど⋯」

流石にこいしがいる前では少し話しにくい。遊びを邪魔する訳にもいかないし⋯仕方ないから、また後で出直そうか。

と、そこで碧翔がこいしに声をかける。

「ごめん、ちょっとさとりと大事な話があってさ。悪いんだけど、遊ぶのはまた後でもいい?」

「お姉ちゃんと?むー、分かった、じゃあおわったら教えてね」

こいしはそう言うと、私が来たのと同じ方向に歩いていった。

なんと言うか、碧翔らしい。ありがとうございます⋯と、こんな事でお礼を言うのもどうかと思うので、心の中で言っておいた。

 

前と同じく、碧翔のベッドに座る。昨日もこうだったけれど、他人の、それも男の人のベッドに座るなんて今まで無かったから、実は昨日、結構緊張していた。碧翔は全く意識してなかったみたいだけれど⋯ 私だって女の子なんですよ?

そんな私に気付くことなく、碧翔はこちらを見る。⋯さて、どう話そう。

「あの⋯ 昨日、碧翔のおかげで地上に出ることができた、という話、しましたよね」

「うん。でも、それはさとりの力だと思うけどね」

「いえ、私が外に出るきっかけを作ってくれたのは、碧翔です」

 

ずっと外へ出るのを躊躇っていた。太陽の光が、地上が、人間が、再び追いやられることが怖くて、逃げていた。けれど碧翔、彼のあの言葉。私にかけてくれたあの言葉があったから、私に真剣に目を向けてくれたから、地上に出てみようと、人間をもう一度信じてみようと思えた。

外は怖い。けれど、怖いからって逃げ続けるのも、苦しい。それなら、思い切って足を踏み出した方がいいに決まっている。そう気付いた。

外に出た時はやはり怖かったけれど、それ以上にどこかすっきりした。心の奥深くに溜まっていた(わだかま)りがすーっと消えていったような、そんな感覚。地上に出て、本当に良かった。

だからこそ、思う。碧翔は望んでいないかもしれないけれど、叶えたい、叶ってほしいという、私の我がまま。

 

「それで、その⋯ 思ったんです。私は、碧翔が――」

「っ!?」

と、その時、碧翔の目が見開かれる。碧翔からは、混乱の思考。

「あ、碧翔?どうかしましたか?」

「あ、いや⋯ ちょっとトイレに行ってくる」

そう言うと、碧翔は部屋を出て行ってしまった。あっという間だったため、彼の思考ははっきりと伝わってきていない。それに、彼自身も何が起こったのか分かっていないようだった。

 

碧翔⋯どうしたんだろう。

どうにも胸騒ぎがしてならなくて、少し部屋を出てみる。が、廊下は人の気配など微塵も感じさせない程に静まり返っていた。読心をしても、せいぜい外の動物達の声が聞こえてくるだけ。

⋯どうにもおかしい。いくら急いでトイレに行ったからって、私が読心できなくなる程に離れることは恐らくないと思うし、トイレだったらこの部屋を出てすぐ、右に曲がったところだから。

 

しばらく部屋で待ってみても、碧翔が戻ってくることはなかった。

「碧翔⋯ 一体どこへ⋯?」

胸騒ぎが収まらない。とにかく、碧翔を探さないと⋯。

心にできた少しの迷い、そして大きな不安と共に、私は部屋を出た。

 




いかがでしたか?
調子のいい時に書き溜めておいたのですが、もう無くなりそうです。時が経つのは早いですね⋯なんて、そんな事を言えるような歳じゃないんですけど。
次回もよろしくお願いします。


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第二十三話 ~帰ってきたモノ~ Side:A

どうも、こんばんは。
ちょっとオリジナルキャラで話を書いていたら、いつの間にか東方要素が消えてました。
東方の小説としてどうなんだろうと思うところもありますが、主人公の話には全く興味がないという人は、読み飛ばしてしまってもそんなに問題ないかもしれません。
東方キャラの登場を楽しみにしていた人には、本当に申し訳ないです⋯。一応幻想郷での話と交互になるようにしているので、次回の投稿をお待ち頂ければと思います。
ということで、どうぞ。


俺の後ろには、走り去っていく車。さっきの人には迷惑を掛けたな。人が道路に倒れてたら相当驚くだろうし。

でも、俺は本当に現代に⋯?どうなってるんだ一体。さとりに何も伝えていないし(トイレとは言ったけど)、ここが現代ってことは、俺の家族とかもいるはずだし⋯。いや、考えるのは後にしよう。まずは今は状況を整理しないと。

 

まず、今現在俺がいるのは現代日本で、周りを見る限りそれはもうほぼ間違いない、よな。

とりあえず、辺りを見回して場所を確認してみる。今俺がいる場所は二車線道路。片方はかなり傾斜のきつい、崖に近いような坂になっている。もう片方は高い壁。この上にも手すりのようなものが見えることから、多分どこかから登れるはずだ。

と、ここで気付いたことが一つ。

「⋯どこだよここ!」

 

困った、今どこにいるのか分からないっていうのは致命的だ。家の近くにこんな所あったっけ?

というより、場所が分かったとしても色々問題があるし。まず第一に、俺の服。今俺が着ているのは、部屋のクローゼットにあった幻想郷の、現代の感性で言えば奇抜な服だ。俺が幻想入りした時に着ていたのは学制服だけど、流石に毎日同じ服を着るわけにもいかないし、着慣れてきていたこともあって、最近はほとんど毎日奇抜な方の服を着ていた。

ただ、幻想郷では普通でも現代じゃ非常識すぎる格好だ。さっきの人が俺を気味悪がった原因の一つだとも思う。

というか、そういう意味では知り合いに会ったらまずいんじゃ⋯?でも行くあてが無いからなぁ。うわぁどうしよう。

ここに留まっててもしょうがないし、とりあえず道路に沿って進もう。ずっと同じような道が続いてたら心折れそうだけど。

 

* * *

 

人間、探していたものが見つかると嬉しいよな。学校で、忘れたと思っていた教科書が鞄から出てくると安心するし、無くしたゲームのメモリーカードが出てきた時の喜びは半端じゃなかった。幻想郷で前にこいしが帽子を無くしたこともあったけど、見つかった時は本当に安心したな。こいしは無意識に任せてたまに地上にも行ったりするから、無くしたのが地底なのは不幸中の幸いだった。

 

閑話休題ということで、俺も探していたものが見つかった。真っ直ぐと続く階段で、どうやら高台のような所に繋がっているらしい。見晴らしの良い場所で状況を確認したかったから良かった。そういえば前に、ここに来たことがある気がするようなしないような⋯。まぁいいや、とりあえず上ってみることにしよう。

無機質な鉄製の手すりを掴み、段を上がる。その段の隙間からは、薄緑の雑草が生えてきていた。どうやらあまり使われていないらしい。少し高めの段に足を掛けて上がっていく度に、少しずつ先程の道路が遠くなっていく。

 

一番上まで上りきると、見えてきたのは、広い街。住宅地や商店街、公園やマンションなど、まさに現代日本の姿だ。

ふと、遠くに一際大きいビルが見えた。あれは知ってるぞ、俺の家の近くにある駅のものだ。どうやら、どこか違う県や市に飛ばされたりはしていないらしい。⋯俺は本当に戻って来た、帰って来たんだよな⋯。

近くにあったベンチに腰掛け、考える。さとり達、心配してないかなあ。前にパルスィの家でお世話になった時も、すごく気にかけてくれてたみたいだし⋯。あ、こいしと遊ぶ約束もしたんだった。

そう考えると、思い残すことが色々ある。このまま二度とさとり達に会うことはできないなんて、そんなのは嫌だ。そもそも、意図的に幻想郷に入る手段ってあるのか?

気が付いたら、幻想郷の皆の事ばかり考えていた。たったの一ヶ月だったけど、それほど俺にとっては大きかったのかもしれない。

 

「なんだ、あいつ?」

「うわ、なんか凄い格好してるけど」

と、後ろから声がする。誰か来たみたいだ。格好については余計なお世話だけど反論できないな⋯。さて、じゃあもうここから降りて――。

と、俺がベンチから立ち上がると、後ろの二人が、わっと声を大きくした。

「⋯も、もしかしてお前⋯ 碧翔、か?」

「⋯え?」

思わず返事をした。聞いたことのある声。呼ばれた俺の名前。まさか⋯ いや、そうだ。俺はこの人達を知っている。幻想入りする前までは、いつも一緒に登校していたはず。

俺はゆっくりと、確かめるように後ろに振り返った。

「碧翔、碧翔だよな!?」

「うそ⋯ 碧翔、なの?」

やっぱり、俺の友人達だ。二人――蒼月と青澄は信じられないものを見たような顔をしている。そりゃあそうだよな⋯。

あー、どうしよう。いや、どうしようじゃない、知人に会えたのは良かった。ここはほとんど覚えていないような場所だし、この先どうしようかと途方に暮れていたところだったから、助かった。助かったんだけど、どう説明したらいいんだろう⋯。

 

「は、はは⋯ まさかもう一度、碧翔の顔が見れるとはな」

「ほんとだよ!もう会えないと思ってた⋯」

そう言って二人とも少しの間固まっていたけど、しばらく間を空けてから蒼月は俺に近づいた。俺の顔をよく見てから、少し目を逸らして言う。

「いきなり過ぎて、何から質問したらいいか⋯ お前、今までどこにいたんだ?何やってたんだよ?」

蒼月から出る当然の質問。人ひとりいなくなったんだから、当たり前だよな。

「あ、えっと、記憶⋯ そう、記憶が無いんだ」

俺がそう言うと、二人は顔を見合わせる。咄嗟に出た言い訳だけど、流石に無理があるよな⋯。というか、こんな格好をしてベンチに座ってて、話しかけたら記憶が無いって、よくよく考えたらかなりヤバい奴じゃん、俺。

でもまあ、正直に幻想郷に行ってたなんて言ったらもっと危ないか。普通の人間だったら信じる訳ないだろうし。

 

「あー、なんかよく分かんないけど、とりあえず碧翔の家に行った方がいいよね?母親と妹さんに伝えないと」

青澄が蒼月に提案する。そうだ、家族になんて言おう⋯ いや、そもそも嘘を吐いていていいんだろうか。皆に変な目で見られたとしても、本当のことを言った方がいいんじゃ?ああもう、考えることが多すぎてまとまらない。とりあえず青澄達の言う通り、家に行こう。ずっとここにいても、何も変わらないしな。

「そうだな、青澄の言う通り、家に行こう。碧翔、それでいいか?」

「あ、うん、大丈夫」

「じゃ、行こう?」

青澄はそう言うと、俺に手を差し出す。

こんな無茶苦茶なことを言っていても、変わらずに俺に協力してくれるなんて。本当に感謝しないとな⋯ 後でお礼を言おう。

俺は青澄の手を取って、立ち上がった。

 

* * *

 

「あのさ、俺ってどのくらいの間、いなくなってたの?」

家に向かう途中、少し気になったことを聞いてみた。幻想郷と日本の違いというか、仕組みみたいなものが分からないからなんだけど⋯。

「お前と最後に登校したのがあの日だったから⋯ 大体一ヶ月くらいじゃねぇか?」

「⋯そうなんだ」

やっぱり、時系列がおかしかったりはしないんだな。物語とかだと、いない間の記憶が無くなってたりってのもあるけど、そんなにうまくはいかないか。

「この辺りじゃあ大きいニュースだったな。人ひとり消えたんだ、かなり騒ぎになってたよ」

「色々噂になったりもしたね。神隠しにあったとか、別世界に行ったとか」

うわぁ、まんざら嘘でもないぞそれ。噂か⋯ 俺が戻ったらどんな反応するんだろうな、皆。心配、してくれていたんだろうか。それとも、そんな他人のことなんて気にしないだろうか。

 

「記憶が無いんだっけか?そんなことが有り得るのか俺には分からねぇけど、お前が嘘をつくとは思えねぇしな⋯ 今はとりあえず信じることにしとく」

「あ⋯ああ⋯」

「大丈夫だよ、落ち着いたら思い出すかもしれないしさ。だから、今は行こ?」

二人の思いやりが辛い。咄嗟とはいえ、俺は二人に嘘を言ってしまった。二人の信頼を裏切る行為だ。⋯こんな気持ちじゃ、こんなんじゃ現代で暮らしても、幻想郷にいても駄目だと思う。⋯俺はどうすればいいんだ?

 

「⋯⋯」

蒼月は少し鋭い目で俺を見た。

俺の隣を歩いていた青澄が、空を見上げて言う。

「今日は良い天気だねー。清々しいよ。碧翔もこんな空の下にいるんだからさ、もっと笑顔で、ね?」

「⋯うん、ありがとう⋯」

 

その言葉に、俺は頷いた。

 

 

 

 




いかがでしたか?
書き進めていたら、いつの間にか少し暗い展開になっていました。シリアスって書くの苦手なんですけどね⋯。
なるべく頑張りたいと思いますので、次回もよろしくお願いします。


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第二十四話 ~捜索開始~ Side:S

どうも、こんばんは⋯じゃなくて、こんにちは、ですね。
昼に投稿できるのは、GWのおかげですね。私の友人はSW(スタディー・ウィーク)なんて言ってましたけど。学生としては、大変だったりもするようです。
ということで、どうぞ。


 

「碧翔?私は見てないけど、どうかしたんですか?」

私の顔を不思議そうに見るお燐。どうやら⋯いや、やっぱり見ていないらしい。お空や他のペット達にも聞いてみたけれど、同じく何も知らない様子。やはりおかしい。家のペットは色々な所にいるし、普通に移動したんじゃ誰にも見つからずに外に出るのは不可能に近い。碧翔が自分の足で出ていったというのはないと考えていいはず。

となると、転移系の魔法か何か⋯?誰が何のために?

 

「さとり様、難しい顔してどうしたんですか。碧翔と話をしていたはずじゃ⋯。さては碧翔、さとり様に何か⋯」

「あ、いえいえ、碧翔は何も悪くない⋯はずです。なんと言うか、突然いなくなってしまって」

この感じだと地霊殿内にはいなさそうだ。この地底にいればいいけれど⋯。

とりあえずの今の状況を軽くお燐に説明した。

「さとり様を前にいなくなるなんて、全く。⋯探してるんですよね。なら、あたいも手伝いますよ」

「お燐⋯ ありがとうございます」

 

色々言っているけれど、お燐も彼のことを気に入っていたらしい。二人で話している姿もよく見かけたし、羨ま⋯じゃないじゃない、微笑ましい感じだった。

「それじゃ、お空にもこのこと伝えてくるんで」

「あ、はい。よろしくお願いします」

そう言うと、お燐は駆け足で去っていった。

 

* * *

 

「じゃ、碧翔捜索にあたっての計画を立てようか」

そう言うと、お燐は壁に大きな紙を貼り付けた。

お空を呼びに行っただけのはずが、いつの間にか勇儀に萃香、パルスィにヤマメやキスメ⋯結構な人数が集まっている。

「あの、皆さんはどうしたんですか?」

「最近は暇でね。面白そうだったから、そこの火車について来たってわけよ」

「相変わらず妬ましいんだから。さっさと見つけるわよ」

いくらお燐が呼んだからって、これだけの人数が集まるなんて。これも、人に優しく、周りから好かれる碧翔の性格故なんだろうか。

 

「さて、それじゃあまずは、最後に碧翔と一緒にいたさとり様。状況の説明をお願いします」

「はい。最後に碧翔の姿を確認したのは、部屋で一緒に話をしていた時でした」

皆に状況を説明する。不可思議なところや不明な点が多く、あまり捜索の手がかりにはならなさそうだけれど⋯。

「それじゃ、誰かに連れ去られたってことかい?」

「確証はありませんけど⋯ 碧翔から自主的に、ということはありえないですから」

「ま、ただの人間だしな。というか、これじゃ探しようがなくないか?」

確かに、このままだと手がかりが何も無い。地霊殿内での目撃情報はゼロで、部屋の近くの廊下も色々調べてみたが、得られたものは無かった。このままでは行き詰まる。旧都の人達に聞いてみるのもいいけれど、そのまま何もなかったらそれこそ終わりだ。

 

「とりあえず、手当り次第探してみるしかないね。じゃあ、まずは役割を分担しようか。勇儀とパルスィ、ヤマメは地底の人達に聞き込み。あたいとキスメとさとり様はここで作戦を考えたり、指揮を執る本部係。お空は仕事柄、いつも通りの方がいいね。萃香は⋯ 地上に行って聞き込みしようか」

「えー、私一人でかい?」

全員の役割分担をお燐が決めると、萃香が少し面倒そうな顔をして言った。確かに、彼女一人で広い地上を探すのは大変かもしれない。

「萃香は一番顔が広いでしょ?最近は博麗神社にもよく居るみたいだし、霊夢あたりに聞いてきてよ」

「全く⋯ 分かったよ。その代わり、碧翔を見つけたら神社で宴会を開いて貰うからね」

ということで、話は大体ついたみたいだ。宴会については私達が迷惑をかけているし、地霊殿から出費することにしよう。

 

と、ここであることに気が付いた。

「そういえば、さっきからこいしが見当たりませんけど⋯何か知っている人はいませんか?」

問いかけてみたが、反応なし。誰も知らないらしい。まぁ、こいしの場合はよくある事だし大丈夫だと思うけれど⋯碧翔が来てからは少なくなっていたから、珍しいと言えば珍しいような。とりあえず、今は置いておくとしよう。

 

「じゃ、それぞれの役割に動くとしようか」

勇儀はそう言うと、膝に手をついて立ち上がる。

色々と不安なことばかりだけれど、今は皆を信じて待つとしよう。私ものんびりしていられない。皆の手助けになるような方法を少しでも考えないと。

「よし、それじゃあ⋯碧翔捜索作戦、開始!」

 

* * *

 

さっきの部屋から少し場所を移動して、私の自室。分担通り、私とお燐とキスメで作戦を練っている。とは言っても、作戦と言えるような内容か分からないけれど。

「今はとりあえず皆に捜索して貰ってるから、それの成果が出なかった時の対処を考えようか」

「やはり⋯あの地上の神社にいる巫女さんの話を聞くのが⋯いいと、思います⋯」

と、キスメが答えた。確かに、手がかりがほとんど無い今の状況だと、今行っている捜索で見つからなかったら私達だけじゃ対処できない。その点、幻想郷のことをよく知っているであろう霊夢に聞くのが、一番懸命な判断かもしれない。

 

「まぁ、その辺りは萃香に期待するとして⋯ さとり様は何かいい案でも浮かびましたか?」

「いえ、あまり⋯」

私の返事以降、二人ともあまり口を開かなくなった。何か出来ることがあればいいけれど⋯。

 

「さとり様⋯ 碧翔がいなくなった事、不安ですか?」

「⋯ええ」

「やっぱり珍しいな、さとり様がそこまで人間を気にかけるなんて⋯。まぁ、人の事言えないけど」

あまり表に出してはいないが、お燐も碧翔を心配しているようだった。お燐の仕事を手伝ったりもしているし、二人で話している姿もよく見かけた。読心能力が無くても、仲が良いのはよく分かる。

 

碧翔⋯本当にどこに行ってしまったんだろう。もし地底で成果が得られなかったら、今度は地上を探すことになる。それでも見つからなかったら?と、そのことを考えると不安でしょうがない。

人間に避けられてきた私に、いつも優しく接してくれた碧翔。何故彼をそんなに探しているんだろう。何故彼の、私に笑いかけるあの表情が忘れられないんだろう。

 

碧翔といる時はいつも楽しかった。本の話をすれば、二人で登場人物について考察し合ったり。料理の話をすれば、彼の得意なメニューや、私でも作れるようなものを一緒に考えたり。いつもただ仕事をこなし、本を読んで生活していた今までとは違う、誰かと共有し合える楽しさ。あまり他人と雑談することのない私は、彼との何気ない会話が本当に楽しかった。

だからだろうか、彼を失いたくないのは。いつしか、これからもずっと一緒にいたいと願うようになり⋯ やはり、自分が分からない。

 

「よし、じゃあ一旦休憩にしようか。キスメ、紅茶飲める?」

「あんまり飲んだことないけど⋯お願いします」

「さとり様も飲みます?」

お燐に聞かれてはっとする。駄目駄目、しっかりしないと。

「あ⋯お願いします」

お燐は頷くと、部屋から出ていった。部屋にいるのは二人だけになり、静寂が訪れる。思えば、今までキスメとちゃんと話したことはほとんど無かったような気がする。彼女の性格からか発言することは少ないけれど、結構色々考えているようだ。

 

「碧翔⋯大丈夫、ですよね。きっと」

私がそう言うと、キスメがゆっくりと口を開いた。

「私⋯あのお兄さんとはそんなに接点が無かったけど⋯でも、とても優しくて大きい感じがしました⋯。きっと、大丈夫だと思います」

強い表情でそう言った。

そうだ、碧翔なら大丈夫。きっと、いや、必ず無事でいる。私も頑張ろう。また碧翔と、一緒に夢を共有するために。

そう、強く決心した。

 




いかがでしたか?
超今更ですけど、物語を作るのって難しいですね。
他の方々の作品を見ていると、「うわぁ自分の作品すげぇ内容薄い⋯」ってよく思います。
ちゃんと『考えた物語』を作っていきたいなぁ、とつくづく感じました。
次回もよろしくお願いします。


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第二十五話 ~再開と決裂~ Side:A

どうも、こんばんは。
今回も現代での話なので、主人公に興味ない人はスルーOKです。
それにしても⋯眠い。小説書いてたらいつの間にか寝てました。睡眠は大事ですね。
ということで、どうぞ。


俺の家は俺、母、妹の三人家族だ。父は俺が小さい頃に亡くなってしまった。父がいた頃は家族団欒というか、皆で一緒にご飯を食べて、休日は皆で出かけたりもして、色々楽しかった記憶がある。もう十年くらい前だから、本当にうっすらとしか覚えてないけど⋯。

 

父がこの世を去ってからは、母が働き、俺が妹の面倒を見て、どうにか生活していた。妹は少しドジというか、要領があまり良くなかったから、いつも俺と二人で協力して色々やってたんだよな。俺が小学校高学年くらいになるまで、本当に家計は火の車だった。

⋯今、火の車でお燐を思い出した俺は、もう相当幻想郷に馴染んでいたのかも。

本当に大変だったけど、俺が中学に入った辺りで母の仕事もようやく安定して、俺も妹も少し落ち着いた。

 

ちなみに、その辺りから俺に対して妹の風当たりが強くなった気がする。まぁ思春期だってこともあるんだろうけど、話しかけても返事しないし、家にいる時は基本部屋に篭ってるからな。昔はよく二人で一緒にいたんだけど⋯。

 

と、色々考えているうちに、俺の家が見えてきた。

一ヶ月ぶりに見る俺の家。俺が本来帰るべき場所。それは一ヶ月で何も変わっていないように見えれば、何かが大きく変わったような気もする。

「お前、大丈夫かよ。さっきから様子が変だぞ」

「ああ、いや、なんでもないよ。⋯行こうか」

家賃の安い借家のドア。その横にある、インターホンを鳴らす。段々緊張してきた⋯。そういえば今日は何曜日だ?蒼月と青澄はここにいるんだから、休日ではあるんだろうけど⋯。

 

しばらく待ってみるが、誰も出ない。

母の仕事はシフト制のため、定期的な休日というものはなく、休みはその月ごとにバラバラだ。妹は基本部屋に篭っていて誰かが来ても出ようとしないから、母が仕事だと出る人がいないことに。

「誰も出ないね」

「親は多分仕事で出てるんだと思う。妹はいても出ないから」

俺の鍵は通学用の鞄に入れてるから今は持ってないし、どうしようか⋯。

 

と、突然ドアがガチャリと開く。出たのは――妹だった。

妹は目を見開いて、唖然とした表情でこちらを見ている。

「あ⋯えっと、色々混乱してるだろうけど⋯とりあえず中入っても、大丈夫?」

俺が問いかけるが、何かを恐れたような感じで一歩後ずさる。

と、俺の隣にいた青澄が声をかけた。

「碧翔の妹さんだよね?いきなりで悪いんだけど、事情はすぐに説明するからさ、お邪魔しちゃってもいい?」

しばらくの間を挟んだが、無言で頷くとドアを大きく開けた。⋯やっぱり駄目だな、俺。

三人の後に続いて、俺も中に入った。

 

* * *

 

「⋯この辺りに、座って」

無愛想な感じで、妹が二人に言う。

家の中は思っていたよりも綺麗だった。というか、俺がいた時とほとんど変化がない。正直、もう少し変わってるんじゃないかと思っていたけど⋯。

 

小さなテーブルを挟んで四人で座る。

「じゃあ、碧翔を見つけた時の話なんだけど」

青澄はそう言うと、順を追って説明し始めた。

「碧翔を見つけたのは街の高台の上でね。出かけた帰りに、こっちの蒼月とたまたま会って、碧翔についての話をしながら二人で歩いてたんだけど⋯」

「階段登ったら本人がいたわけだ。驚くなんてもんじゃねぇよ、全く」

蒼月は軽く笑いながら言った。

そこから、二人は俺のことについて話をした。変わった服を着ていたこと、俺が⋯記憶喪失だということ。⋯心が傷んだ。

妹は終始無言で聞いていたが、ずっとこちらを睨むような目付きだった。

 

「その⋯俺がいなかった間はどうなってたの?」

俺が問うと、蒼月と青澄は顔を見合わせてから、言う。

「お前がいなくなったあの日⋯俺達は普通に登校してたよな?」

「普通に教室にいたと思うんだけど、気が付いたら碧翔がいなくなってた」

そうだ。俺が幻想入りした日、二時間目の始まる直前に意識が途切れて、気が付いたら幻想郷だった。何が原因かは分からないけど、そこで現代から俺は姿を消したってことか⋯。

「最初はトイレにでも行ってんのかと思ったよ。だけど、いつまで経っても帰ってこねぇ。次の日になっても、一週間経ってもだ」

「私達はよく知らないけど、一回、碧翔の家に警察が来てるのが見えたよ。多分、捜索願を出してたんじゃないかな」

と、そこで突然、妹が口を開いた。

「警察に色々⋯質問、された。何か悩みはなかったかとか、原因に心当たりはあるか、とか」

失踪した原因が何なのか、というのを色々質問されたが、どれも分からなかったらしい。報道関係の機関も来たが、全て断ったそうだ。

「だが失踪から一ヶ月後、突然本人が現れた⋯か。これが知れたら大ニュースだぞ」

「どうしようか。とりあえず、碧翔の親を待った方がいいよね」

日によって違うが、親は大体二十一時から二十二時くらいに帰ってくる。今は昼頃だから、まだ結構時間があるけど⋯。とりあえず待つしかないか。

 

それにしても⋯幻想郷の方はどうしているだろうか。

幻想郷にいたのは、俺が今まで生活してきた時間と比べればすごく短い期間だった。短かったけど⋯でも、忘れられない。

突然来た俺に状況の説明をしてくれた霊夢、地底まで送ってくれた魔理沙。少し棘があるけど本当は優しいパルスィ、俺の部屋を直してくれたヤマメ。豪快な性格で頼りがいのある勇儀に、いつも俺を気にかけてくれるお燐。明るくポジティブな空に、一切穢れのない澄んだ笑顔を、いつも俺に向けてくれるこいし。そして⋯人との関わりに関してはちょっと不器用だけど、優しくて穏やかで、一緒にいるとすごく楽しい、さとり。

皆、幻想郷で出会った大切な人達だ。

 

でも⋯俺が本来居るべきなのは、外の世界(こっち)。自分を産み育ててくれた親や、血の繋がった妹、いつも一緒だった友人達。今回のことで迷惑をかけてしまっているし、家族も友達も大事だ。

 

――なら、これからは今まで通り、ここで暮らしていくのが正解のはず。

 

そう、思っているはずなのに⋯。俺は何に迷ってるんだ?

 

「⋯翔?碧翔ー?大丈夫?」

「⋯え?あ⋯う、うん、ごめん」

青澄に呼びかけられ、我に返る。さっきから何やってるんだ。一先ず今は目の前の問題に集中しよう。

そもそも、幻想郷から何か来るのかすら分からないんだ。いや、むしろ来ないという可能性の方が高い。⋯落ち着け。

「今の話、聞いてたか?俺達は一旦帰ろうかと思う」

「ずっとお邪魔してるのも悪いし、私達がいても出来ることはないからさ」

青澄はそう言うと、立ち上がって身体を伸ばす。蒼月もそれに続いて立ち上がった。

「碧翔もあんまり思い詰めないでよ?何かあったら私達に相談してね」

「⋯ああ」

 

二人は玄関の方に向かい、それぞれ靴を履く。

「それじゃあ、今日は帰るね。明日は月曜日だけど、学校が終わったらまた来るから。お母さんによろしくね」

お邪魔しました、と言うと、二人は外へ出ていった。

 

部屋は静寂に包まれる。誰かが家から出ていった後の静まり返った感じ、俺はあまり好きじゃない。

と、でも今妹はいるんだ。以前は学校にこそ通っていたものの、家にいる時は部屋に篭もりっきりだったからな。何か変化があったんだろうか。

 

「⋯碧翔」

「うわっ。な、何?」

いつの間にか後ろにいたようだ。振り返ると、刺すような眼差しをこちらに向けている妹。今俺が驚いたからか⋯?とは言っても、最近はほとんど会話してなかったからな。どう話したらいいのか⋯。

話しかけてきたのは向こうだが、こちらを見てずっと黙ったままだ。

「あーっと⋯今日はなんか、ごめん」

「⋯ふざけんな」

「え?」

向こうはずっと俺の目を見たままだ。その表情からは、怒りや苛立ちといったものが見て取れる。

「突然消えたと思ったら突然戻ってきて、記憶喪失がどうのとか訳の分からないこと言って⋯ふざけんな」

 

至って普通に話しているように聞こえるが、その言葉一つ一つにうまく表現できないような重みがあった。俺を責め立てるかのようにじりじりとこちらに迫る。

「えっとさ、混乱する気持ちは分かるよ。でも――」

「分かるわけない!」

大声を張り上げたかと思うと、一層こちらを睨む。目に、鋭い光が宿っていた。

「不器用なくせに無駄に人の気持ち探ろうとして!人の事なのに自分の考えだけで答えを出そうとして!そんな奴に、そんな事してる奴に私の気持ちなんて分かるわけない!」

そう吐き捨てるように言うと、妹は早足で廊下の角へと消えていった。おそらく自分の部屋に向かったんだろう。

 

玄関近くの廊下。ここは窓が少ないため、昼夜に関わらずいつも薄暗い。

扉の小さな硝子から射し込む外の光が、一人佇む俺の顔を照らしていたが、しばらくするとその光さえも消えてしまった。

 

 

 

 




いかがでしたか?
何かしら身を守れる能力とコミュ力を持って幻想郷行きたい。
私の場合相当貧弱なんで、身を守る系の能力がないと多分速攻で死にます。
ついでにコミュ力もないと、キャラに出会った時にまともな会話ができません。
そう考えると、幻想郷に行っても問題だらけですね。現実はつらいよ。
ということで、次回もよろしくお願いします。


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第二十六話 ~集う者達~ Side:R

どうも、こんにちは。
ふと、今のペースで投稿していったら、完結まであとどれくらいかかるんだろうか、と思いました。
今のところ、予定だと大体八十話くらいで完結かなぁ、と考えています。
約一年で二十五話と考えると、全部で三年ちょっとという事に⋯。
まぁ何にせよ、早めに投稿したいですね。
ということで、どうぞ。


全く⋯さとりと碧翔は何をしているのかしら。こっちは迷惑でしょうがないんだけど。

私の住居である、この博麗神社。最近はここを遊び場だったり、暇潰しの為の場所だと勘違いしている奴らが多すぎる。魔理沙はもちろん、どっかの青い氷精だったり、酒飲みの鬼だったり⋯今日なんて、こんな奴まで。

「霊夢ー、久しぶりに弾幕ごっこでもしない?」

「嫌よ。碧翔に遊んでもらいなさい」

「えー、だってお兄ちゃん戦えないよ?」

 

黒い帽子に緑がかった銀髪。この特徴をおさえている奴は、私の知っている限りこいししかいない。

全く、皆して面倒ばかりだ。お賽銭を入れていくならともかく⋯碧翔が前に千円を入れてから、賽銭箱には未だに一銭も入っていないし。

大体、妖怪退治を生業とする私の所にこれだけの妖怪が集まるということ自体、普通じゃないと思う。というかうちに参拝客が来ないのって、もしかしなくてもこの状況のせいよね⋯。

 

「ねー霊夢、喉かわいたからお茶ちょーだい?」

「はぁ⋯地霊殿に帰ればいいじゃない。さとりか碧翔にも遊んでもらえるんだし」

私がそう言うと、こいしは少し困ったような顔をした。首を傾げる動作はかわいらしく見える気もするが、やはり迷惑には変わりない。

「それがね、なんか二人とも忙しそうだったの」

「⋯さとりと碧翔が?」

「うん、なんかお兄ちゃんと二人で話があるから、って。それで待ってようと思って散歩してたら、いつの間にかここに来てて」

 

話って⋯とうとう告白?

なんて、人の色恋沙汰が一番に出てくるくらいに最近は暇だった。でも暇だからって面倒事を受けようとは思わない。よく分からないけれど、こいしには帰ってもらうことにしよう。

もう一度こいしにそう伝えようとしたところで、外から声が聞こえてきた。

 

「霊夢ー、いるかー?」

言葉一つ一つを伸ばして私を呼ぶのは、間違いなく萃香だ。全く、どうしてこうも妖怪ばかり集まってくるんだか。

萃香はいつも通り無遠慮に部屋に入ってきた。

「おー、いたいた。っと、あんたは⋯さとりの妹じゃないか。ここいたんだね」

こいしの方を見てそう言った。ここにいた、というのはどういう事だろうか。

「さっさと要件を言ってくれる?暇潰しに来た、なんて言ったら追い出すわよ」

「暇潰しだったら良かったんだけどねぇ。⋯霊夢、碧翔がどこにいるか分かるかい?」

「⋯碧翔?」

 

あまり萃香の口から聞かない人物が出てきたため、思わず聞き返してしまった。しかもどこにいるかって⋯地霊殿じゃないんだろうか。

「その表情は知らないって顔だね」

「そりゃ、碧翔といったら地霊殿じゃないの?」

さとりも碧翔もはっきりしていないと言うか、あまり積極的じゃないから組み合わせ的に本当は微妙なのかもしれないけど⋯前回来た時は結構仲睦まじい感じだったし。⋯本人達、特にさとりに言ったら全力で否定されそうだ。

 

なんてことを考えていたら、萃香が簡単に状況を説明し始めた。

碧翔がいなくなったこと。さとりが必死に探していること。地底の妖怪達も協力しているということ。そこから、萃香は地上担当になったということ。

「ふーん⋯あんたが人間の為にここまで何かするって珍しいわね」

「いやぁ、私は宴会がやりたいだけなんだけど」

どうやら碧翔が見つかったら宴会を開くことになっているらしい。⋯準備片付け、その他諸々のことを全部任されるのは勘弁してほしいのだが。

 

「それを私に協力しろってこと?博麗の巫女は便利屋じゃないんだけど」

「まぁそうだけどさ。どうにか頼むよ、宴会がかかってるんだ」

いや、私としてはそれが一番面倒なんだけども。

と、その時、ぐっと服の裾が引っ張られる。下を向くと、こいしがこちらを見ていることに気が付いた。

「お願い、一緒に探そうよ」

そう訴えかけてくる。こいしも今の話を真剣に聞いているようだった。確かに、前に来たときも碧翔とは仲良さそうにしていたけれど⋯。

「はぁ⋯まったく、二人で探せばいいじゃない」

「むぅ⋯!」

こいしが私をぽこぽこと叩いた。あ、これ背中にやってもらったらいいマッサージになるかも。

 

なんて、そんなことを考えていると、襖が突然ざっと開いた。そこいたのは、銀色の髪に白いカチューシャを付け、青を基調とした少し変わった服を着ている――咲夜。

「ああもう、何でこんなに妖怪ばっかり」

「⋯私は人間なのだけれど」

「あんたも人外みたいなもんでしょ」

私の言葉に特に反応することもなく、咲夜は部屋の中を見回した。襖こそ勝手に開けたものの、萃香のように中に入ることもせず、再び私に目を向ける。

 

「それで、要件なのだけれど」

「⋯レミリアが遊んでほしいって?」

「まぁ、間違ってはいないわね。貴女も読心の能力が目覚めたの?」

咲夜の要件というのはこうだ。紅魔館の主が、最近はすごく暇をしているらしい。それでパーティー的な何かをしようという訳で、私を呼ぼうという話になった、と。なんでそんな考えに至ったんだあの吸血鬼め。

⋯まぁ、タダで料理を食べられるんだったら行ってもいいかもしれないけど。

 

「それともう一つ、お嬢様が『あの覚妖怪のところの人間も連れてこい』とおっしゃられていたわ」

「碧翔のこと?だったら、今は無理じゃない?行方不明中だそうよ」

咲夜にも萃香が簡単に経緯を伝える。彼女にしては珍しく、興味深そうに聞いていた。

「真剣様が行方不明⋯」

「⋯あんた、その呼び方いい加減変えたら?本人も話しにくいって困ってたわよ」

 

私の言葉に返事することなく、彼女は外の方を見ながら言った。

「じゃあ、私は一旦お嬢様に報告しに戻るわ。霊夢は来ると伝えておくわね」

そう言うと、能力を使ったのか一瞬で消えてしまった。

勝手に決められると困るんだけど⋯まぁ何かしら料理は出るだろう(出させる)し、限界までお腹を満たして帰ってくることにしよう。

 

「⋯お兄ちゃん、探さないの⋯?」

こいしがもう一度私に問う。地底の妖怪達も探しているんだし、別に私が行かなくてもいいのでは?なんて、言っても意味ないか。

「そこの鬼は探しに行くみたいよ。一緒に行ってくれば?」

「もう⋯!」

 

こいしは一向に諦めようとしない。なんとなく立ち上がって襖を開け、外を見た。空には雲が多く広がっているが、その隙間から太陽が顔を覗かせている。今は⋯大体三時頃だろうか。息を一つ吐いた。

⋯真剣碧翔。幻想郷じゃあまり聞かないような名前だし、本当にさとりと同居したって言うんだから、印象は強かった。まぁ本人の性格ははっきりしないけど。

何故さとりは碧翔の捜索に必死になっているのか。何故こいしはこれだけ一緒に探すよう私に訴えるのか。分からなくはない。確かに彼は、優しい⋯俗に言う『思いやりのある人間』なんだと思う。

 

「はぁ⋯」

また一つ、息を吐いた。

しばらくぼーっとしてから、部屋の中に戻ろうと、襖を閉めようとした時。

「あら、霊夢」

目の前に再び咲夜が現れた。さっきいなくなってからまだ五分くらいしか経っていないはずなんだけど⋯能力のせいね。

「さっきの件をお嬢様にお伝えしたのだけれど――私達も捜索を手伝う事になったわ」

「は?」

「紅魔館総動員で探すことにしたのよ。流石に門番である美鈴は置いておくけれど。ちなみにこれはお嬢様のお考えよ」

 

なんともまあ⋯吸血鬼の考えることは分からない。というか、何でレミリアまで碧翔を?

「それで、霊夢も探すんでしょう?」

「はぁ?いや、私は」

「霊夢⋯お兄ちゃん探そうよ⋯」

問いかけてくる二人から目を逸らす。碧翔、か⋯。ああもう、全く。

 

「⋯分かった、私も探すわよ。でも、この後の宴会の準備、あんたらも手伝いなさいよ」

「霊夢!ありがとう!」

こいしが元気よく言う。⋯こうなりゃ、さっさと碧翔見つけてまたのんびりするとしようか。

 

さて、やるとなったら迅速に。萃香が言うには、碧翔がいなくなった手がかりは何も無いらしい。となると、虱潰しで探すしかない。まぁ、幻想郷はそんなに広くない。紅魔館の奴らもいるらしいし、手分けして探せば何かしら収穫はあるはず。

 

「じゃ、適当に担当を決めるわ。まず、こいしと萃香は人里方面。紅魔館組は幻想郷の紅魔館側半分ね。あんたの所はメイドが大量にいるんだし、できるでしょ。あとは⋯太陽の畑周りね。それじゃあ、ここは私と――」

「よう霊夢!のんびりするついでに煎餅貰いに来たぜ!」

「――そこのバカにしましょうか」

突然、白黒の魔法使い(バカ)が部屋に入ってきた。なんと言うか、空気の読めない登場の仕方だ。

 

「なんだなんだ、どうしたんだよお前ら」

まぁ、魔理沙はとりあえず無視するとして。これで担当が大体決まったはずだ。あとは、人里の方は適当に聞き込み、他は近くの妖怪にでも訊けばいい。

「という訳で、探しに行くとしましょうか。さっさと見つけるわよ」

「おー!お兄ちゃんを助けにいこう!」

「おい霊夢、どういう状況なんだよ今。説明してくれ霊夢!」

 

幻想郷最東端の博麗神社。いつもは参拝客もおらず静かな場所だが、今は人間や妖怪が集まっている。碧翔――これだけの人を巻き込んでるんだから、早く見つかりなさいよ。想い人(さとり)もきっと心配しているだろうし。

それぞれの思いを胸に、私達は碧翔捜索へと足を踏み出した。

 




いかがでしたか?
色々課題はありますが、投稿頑張っていきたいです。
次回もよろしくお願いします。


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第二十七話 ~来訪者~ Side:A

どうもです。
また投稿にかなり間が空いてしまって、『次話投稿』という文字を押すのが随分久しぶりに感じました。
勢いに乗ってくると結構書けるので、なるべく頑張りたいです……と、いうことで。
それでは、どうぞ。


「はぁ……」

 ため息。幸せが逃げると言われるけど、今は体が重くてしょうがない。少しでも軽くならないかと何度も息を吐くが、マシになるどころか心も含めて重く、圧迫されていく一方だった。

 

 今日は月曜日だが、今俺がいるのは家。昨日親が帰って来てから一連の流れは説明した。いっそ幻想郷のことを打ち明けてしまおうかとも思ったが、蒼月や青澄と話が食い違うと面倒になるし、何より信じてもらえる訳がない。

 蒼月達と連絡をとったり親と話し合ったりした結果、まだしばらくは学校を休むことになった。周りの人達に知れたら騒ぎになるし、俺の今の状態を考えて、ということなんだけど……。

 

 先程から流れているテレビ番組。芸人と思われる人達がなにか喋っているが、内容は全く入ってこない。

 俺はぼんやりと、昨日親と交わした会話を思い出していた。

 

 

​───────

 

 

「そういう訳だから、しばらく学校は休みなさい。少し様子を見た方が良いかもしれないし、ね。今週の土曜は私も仕事が無いから、その時に一度病院へ行きましょう」

「……ああ、ありがとう、母さん」

 俺は母にお礼を言うと、身体を伸ばすために椅子から立ち上がる。

 ふと廊下の方に目を見やると、丁度角から妹が出てくるところだった。一瞬目が合ったが、すぐに横の扉を開け、中に入っていく。どうやらトイレみたいだ。

 

「……あの子、碧翔がいなくなってから、家事とか結構するようになったのよ」

「え、そうなの?」

「ええ。最近は料理もやっているし⋯あなたも頑張らないと、そのうち追い越されちゃうかもね」

 母はそう言うと、使っていたコップを持って立ち上がった。

 

 あいつが料理って……確か三、四年前に俺を手伝ってキュウリを切っていたのが最後なんじゃないだろうか。いや、そもそもそれは料理とは言わないか。というか、家事とかってことは、もしかして部屋の掃除もあいつが? 俺がいた時から同じ環境が続いているということは……。

 

 

​───────

 

 

 部屋の時計から音楽が流れ、ふと我に返る。一時間ごとに別々の曲が流れるこの時計は、俺が小学校高学年辺りの時に買ったものだ。銀を基調とした色で構成されたシンプルなデザインで、これだったら何にでも合うからという理由で購入したんだったと思う。しばらく動かしていないため、埃は積もっているが、まだまだ健在だ。

そんな時計の針は丁度正午、十二時を指していた。⋯そろそろ昼食の時間か。

 

 実は今、この家には俺以外に妹もいる。どうやら土曜日にも特別授業があったらしく、今日はその振り返りで休みになっているらしい。

「昨日のあいつの顔……」

 睨みつけるように鋭く、それでいてどこか哀しさを含んでいるような複雑な表情。

 妹が怒る気持ちも分かっているつもりだ。俺だってあいつの立場だったら混乱するに決まってる。でも……何かが他の理由があったりするのではないかと、昨日の妹の言葉から違和感を覚えていた。

「……よし」

 このままじゃいけない。どうすればいいかは分からないけど、今はもう一度あいつと話してみるべきだ。

 そう決心すると、俺は妹の部屋へ向かうために、椅子から立ち上がった。

 

 

 家の廊下のフローリングは、古いからか歩くたびにギシギシと音がする。そのため、部屋にいても誰かが向かってくる場合はすぐにそれを察知することができた。何気に防犯対策かもしれない。多分俺が今部屋に向かっていることにも気づいているだろう。

 部屋の扉の前に立つと、一度深呼吸してからノックをした。……俺は幻想郷の住人とは違うからね。

 

「あー……起きてる? って、この時間で寝てたら流石にまずいと思うけど」

 呼びかけるが、返事はない。当然ながら扉には鍵が掛かってるし……。

「昨日はごめん。多分お前の気持ちをちゃんと分かってなかったんだと思う。昨日……いや、もっとずっと前に話をしておくんだった」

 そうだ。妹が部屋に篭もり気味になった時点で、ちゃんと向き合うべきだったんだ。今こうなっているのも、変に野放しにしていたせいだよな。

「人の気持ちとか探るの、苦手だからさ。なんでお前が今の状態になったのか、正直言って俺には分からない」

 廊下に置いてある観葉植物の土が乾いていた。

「でも、今回のことで感じたんだけどさ――やっぱり、俺はお前が大事みたいだ」

 

 窓から差す光が俺の体に当たり、廊下の壁に影を作る。それをぼんやりと眺めながら、俺は扉から離れた。

「……ごめん、やっぱりそんなこと言える立場じゃなかった、ね。俺はもう行くよ」

 そう言ってそこから離れようとした時、部屋の中から物音が聞こえてきた。扉に何かがもたれかかるような音と振動が伝わってくる。

「……羨ましくて」

中から突然、声が聞こえた。

「何でもできて皆に優しくて、周りから信頼されていて……何も出来ない私に手を差し伸べる……真剣碧翔という人間が、羨ましくて、妬ましくて、恨めしかった」

 

 中からまた少し音が聞こえ、それと同時に妹の声も遠くなった。

「でも、私は……私……」

「あ……あのさ!」

 とてもか細く、放っておいたら消えてしまうんじゃないかと感じさせるようなその声に、思わず大声を出した。気が付くと、体も扉にぴったりとくっつけている。傍から見たら意味不明な状態だ。

「ほら、もうすぐ昼だしさ、昔作ってたあの卵焼き、また食べない?なんて言ったっけ……ああ、擬似的洋風卵焼き(オムレツもどき)だっけ?」

 返事はない……と思われたが、かなり間を開けて。

「……うん」

 返ってきた返事に、安心して息を吐いた。

 

 

* * *

 

 

 擬似的洋風卵焼きと書いて、オムレツもどきと読む。いつだったか、妹と二人で考え出した名前だ。今考えるとネーミングセンスに少し笑える。見た目は普通の卵焼きだが中身が半熟になっているため、半熟卵焼き、と表現した方が正しいかもしれない。

 オムレツというのは基本焦げ目を付けず、全体的にふわっとした食感を感じられる食べ物だ。しかし、オムレツもどき(これ)は外側が結構しっかりと焼いてある。焦げ目も若干付くため、オムレツと卵焼きの間ということでこの名前になった。

 

 コンロに火をつけ、フライパンに油を入れる。充分に熱したところで、卵二つをかき混ぜたものを投入。ちなみに、少しだが塩コショウも入れてある。適度に混ぜ、まだあまり固まっていない時点でフライパンの下部に寄せ集め、ここで火を強める。そうすることで、卵の外側にだけ火が通るという仕組みだ。いい具合になったら卵を裏返し、少しだけ間を開けてから火を止める。余熱で中まで火が通らないようにすぐさま皿に盛り付け、最後にケチャップを端の方にかけたら完成。

 こう焼くことによって、外はカリッと(カリッとはしてないけど)、中はフワッと、というテレビ的表現を再現できるのだ。

 

「よし、できたよ」

 流石にこれだけだと昼食にならないため、ご飯に納豆、妹が作ったという味噌汁、野菜を切ってドレッシングをかけただけの超シンプルサラダなど、簡単なものを一緒に用意した。

 既に食卓に着いていた妹の向かい側に座り、手を合わせる。

「いただきます」

 そう言って、サラダに箸を伸ばす。

 ……幻想郷でさとり達と一緒に挨拶をして誰かと会話しながら食べるのに慣れていたからか、なんというか寂しい。今まではこれが普通だったんだけどな……。

 

 妹はしばらく目の前のテーブルを見つめていたが、しばらくすると俺が焼いたオムレツもどきに手をつけた。

「なんか懐かしいなー……こういうの」

「……」

 相変わらず無言だが、二人でご飯を食べること自体かなり久しぶりのため、俺は少し懐かしさを感じていた。

「しばらく作ってなかったけど、うまく焼けてる?」

「……ん」

俺と目は合わせずに、小さく答えた。

 

 と、ここで妹が作ったという味噌汁を飲んでみる。

 ……おお、なんと言うか……普通に美味しい。って、この言い回しをすると決まって親に『普通なのか美味しいのかはっきりしろ』って言われるんだよな。俺的には案じていたことがなく、ちゃんと美味しいものになってる、って感じの意味合いで使ってるんだけど。

 それにしても、料理か……。まぁ味噌汁くらいなら大きく失敗することは無いだろうけど、妹が料理をしている姿が全然想像できない。……って、ちょっと失礼か。

 

「あのさ、さっきの話なんだけど……」

「……」

 ご飯を食べていた手が、ピタッと止まった。

「俺って全然運動出来なくてさ。お前小学校の時、毎年運動会で活躍してたでしょ? ちょっと羨ましいなぁ、なんて思ってたんだよね」

 確かにちょっと不器用なところはあったけど、俺と違って前から運動は得意だった。俺みたいな運動できない勢からしたら妬ましいことこの上ない。ぱるぱる。

 

「だからさ、お互い様。なんだろう、どんな人でもそれぞれ良いところと悪いところってあると思うんだ。まぁその意味合いにもよるけど……。だから、悪いところを見るよりも、良いところを探した方が良いと思うんだよね」

 そんな簡単な話じゃないとは思うけど、何に対しても明るい方を見て、希望を持って行動した方が人生得なんじゃないかと思う。……んー、でもまあ、当たり前と言えば当たり前か? 何にしろ、俺はそういう生き方の方が良いと思うし、そうしていきたいと思ってる。いや、そりゃあ普段からずっと意識してるわけじゃないけどね。

 

 

「それに……この味噌汁、美味しいよ。料理してるところ見たことなかったからさ、作れるようになってて驚いた」

「……」

「それに、この家だって。昨日母さんから聞いたよ。俺の代わりに家事とか全部やっててくれたんだよね? ……なんか、本当に成長したな……ありがとう」

 

 外から近所に住む子供たちの遊ぶ声が聞こえる。平日のため、おそらく幼稚園に入る前くらいの歳だろう。

 

「ん……その。ごめん……昨日」

 

妹の声が、一つ。

 

「いや……俺の方こそ、今まで悪かったよ」

 

俺の声も、一つ。

 

 

 しばらくの静寂。紡ぎ出す言葉も見つからず……とりあえず食事を再開することにした。妹の方を見ると、先ほどよりも穏やかな表情になっている。俺にできることなんてほとんど無いけど、元々は俺のせいでもあるんだし、少しでも力になれたら嬉しい。人によっては偽善的とかって言われそうだけど……偽善とか偽善じゃないとか、その辺りはよく分からない。あんまりそういう話は好きじゃないし、普段から考えることもないし。俺はそんなこと、考える必要はないと思う。どんな思いで行動しても、相手の力になればそれで……やめよ、やっぱり俺はこういう話駄目だ。

 

 

「一つ……聞きたいんだけど」

 しばらく食べていると、妹が言葉を発した。

 

「碧翔は……記憶、本当に、無いの?」

 

 真っ直ぐな眼。俺は思わず、『それ』から視線を逸らした。

 ……そんな表情で問われたら、嘘なんて……。

 幻想郷のこと。こっちに来てからはずっと黙っていた。はたしてそれは、俺や皆のためになるんだろうか。……俺は。

 

 

「……あのさ、蒼月と青澄が来たら、話したいことがあるんだ」

 

 

* * *

 

 

「調子はどうだ? 何か思い出せたか?」

 

 夕方。学校帰りの蒼月と青澄が、昨日の約束通り俺の家に来た。俺は二人を昨日の部屋に案内すると、自分のスマホを片手に、その向かい側に座った。二人の横に、少し距離をおいて妹も座る。

 

「……そのことで話したいことがあって」

「思い出せたの?」

 

 青澄が問いかけてくるが、俺はそれを無視してスマホを操作すると、いつものギャラリーアプリを開いた。どれにしようか迷ったけど……とりあえず紅魔館を撮った時の写真を見せる。

 

「これ、なんだけど」

「うわ、大きい建物だね……。これがどうかしたの?」

 

 俺はもう一度スマホを手元に戻すと、今度はさとり達と撮った写真を表示させる。俺も写っているものだ。

 

「信じられないだろうけど……俺さ、本当は記憶が無くなったりなんてしてなくて……幻想郷っていう、異世界……? みたいなところに行ってたんだ。今まで嘘ついて、ごめん」

 

 三人は顔を見合わせる。スマホの写真も見せたが、やはり信じられてはいないようだ。当然か。スマホを渡して、向こうで撮った写真は全て見せたが、皆困惑するばかりだった。

 

「えーと……とりあえず落ち着いた方がいいんじゃないかな。多分、色々あって疲れてるんだよ、きっと」

 

 青澄の言葉に、俺は苦笑した。……やっぱりやめておけば良かったかなぁ。

 

 

 と、その時、不意に俺の横側の空気が揺らぐ。気のせいかと思ったが、直後、俺の横に何かが現れた。いや、空間が裂けた、とでも言うべきか。端にリボンが付いたその裂け目の中には、おぞましい程に大量の目のようなものが浮かんでいる。

 空気が揺れるような、痺れるような感じがするその裂け目の中から、一人の女の人が出てきた。

 

「――お取り込み中ちょっといいかしら?」

 

 

 




いかがでしたか?
後書きで書くことが無くなってきたので、しばらくはなんとなくキャラクターについての話でもしていこうかと思います。完全な雑談なので読み飛ばしOKです。

​​──真剣碧翔(まつるぎあおと)─────
主人公の碧翔は、当初は今よりも内気なキャラをイメージしていました。名前はGoogle先生で検索したものを繋ぎ合わせて作ったのですが、友人に「くどい」と言われ撃沈。
読者の方々にそれぞれのイメージをもって読んで頂きたいということで、外見設定は一切ありません。あ、でも序章の『さらさらとした風が髪をなびかせるが』という表現から、少なくとも髪の毛は生えてます。はい。


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第二十八話 ~希望への道すじ~ Side:Y

どうも、こんにちは。
またまた久しぶりの投稿です。なのに超短いです。すいません。
代わりに……というのはちょっと違うかもしれませんが、数日後に息抜き回を投稿したいと思います。やっぱりほのぼのしてる方が書いてて楽しいんですよね。
あ、ちなみに最近の話は、時間的には現代日本視点が先行してて、幻想郷視点が後を追っていく感じになっています。
ということで、どうぞ。


「何か手がかりは見つかった?」

「……いえ、こちらは何も」

「ったく、どこ行ったんだよ碧翔……」

 

 地霊殿の大広間。さとりや霊夢など、碧翔を探している面々が集まっていた。どうやら成果は出せていないようだ。……まあ当たり前なのだが。

 ちなみに、今この場は霊夢とさとりが指揮を執っているらしい。

「地底はもう探し尽くしたと思うのですが、手がかりはありませんでした」

「こっちもダメね。萃香の話だと人間の里での目撃情報は一切無かったらしいし、私達も成果なしよ」

「全く、太陽の畑は遠いし、うっかり花踏んで幽香は怒るし、散々だったぜ」

 

 皆、肩を落とす。……やはり面白い。人間一人いなくなっただけでこれだけの人数が集まるなど、滅多にないことだ。しかも当の本人は本当にただの人間で、かなりの人望がある訳でも、群を抜いて優れているものがある訳でもない。目立って悪いところがあるなんてこともないが、性格的にも能力的にも本当にただの人間だ。

 

「でも、そうだな……ここまで探しても手がかりが無いとなると、森のよっぽど深くで彷徨ってるか、外の世界にいるくらいしか可能性が……」

「っ……」

「さ、さとり様……碧翔ならきっと大丈夫ですって」

 皆の間に妙な空気が流れる。

 

 そうね……。覚妖怪の前に姿を現すのは気が進まないけれど……あの子の為にも、そろそろ出てみましょうか。

 と、その時、霊夢が宙を見上げ――正確にはこちらを見て、言った。

「……じゃ、答えはあいつに訊いてみましょうか」

「……?」

 皆がこちらを見る。流石霊夢と言ったところか。私はスキマから出ると、皆の前に立った。

 

「八雲紫……!」

 皆が驚く中、霊夢は一つため息をついて言った。

「これだけ探しても見つからないし、どうせあんたの仕業でしょ?」

「あら、人聞きの悪い。別に私は何もしていないけれど?」

「あ、あのっ、碧翔について、何か知っているんですか?」

 と、さとりがこちらに問いかける。……覚妖怪は今考えている事しか読めないんだったか。

 

「あの子なら、外の世界にいるわ」

「っ……!」

「あら、幻想郷に戻るって話なら、あの子は望んでいないかもしれないわよ?」

 

 心が読めるんだから、私がカマをかけたのも、知っていて言っているのも分かっているはずだ。だが、今の私もあの子の本心は知らない。当然、知らないことは読めるはずもなく……。向こうの方から姿を表しても良かったかもしれないが……やはり先にこちらに来て正解だったようだ。

「あんた……ちょっと趣味が悪いんじゃない?」

「最近暇なのよ。霊夢だって薄々気づいてるんでしょう?」

 

「……碧翔に合わせてもらえませんか?」

 と、さとりが言う。私としては別に構わないが……霊夢がまっすぐに目線を向けてきた。

「……少し待っていてくれる?」

 さとりにそう告げると、霊夢は奥の廊下へと進んでいく。私もその後を追って、奥へ入った。

 

 

「……あんたが行ってきなさいよ」

 霊夢は急に立ち止まって、私に背を向けたままそう言った。

「何故かしら?」

「さとりが行ったら、碧翔の本心が聞けないでしょ? 二人は今会うべきじゃない。というか、あんたもどうせ行くつもりなんでしょ?」

「……ふふ、霊夢にしては珍しいわね」

 本当に。これも、あの子の影響なんだろうか。

 

「いいわよ、行っても」

「……碧翔に変なこと吹き込まないでよ?」

 と、さとりもこちらにやって来た。

「すみません、二人の心が聞こえてきたので……碧翔を、よろしくお願いします」

 覚妖怪の能力の有効範囲は結構広いようだ。……まあ、いいか。

「……ふふ、楽しみにしててね?」

 

二人にそう告げると、私はスキマの中へと入っていった。




本編の方はストーリー的に書くのが難しくて進みが悪く。一応流れは考えてあるんですけどね。

──古明地(こめいじ)さとり─────
さて、本作のヒロインのさとりですが、総合的に見て他作品よりも包容力というか大人っぽさが無いと思われます。私の趣味です。はい。
実は口調でかなり悩みました。当初は~だわ、~かしら、などのキャラクター的なものにしようかと考えていましたが、そのような口調が好みではないという、私の個人的趣味で敬語に。でも実際敬語は可愛いと思うんですよ。


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バレンタイン特別編 ~ぷれぜんと・ふぉー・ゆー~

バレンタイン、いかがお過ごしでしたか?
もちろん私はサッパリですが、貰える人ってすごいというか、羨ましいというか……。とりあえず尊敬します。
とまあ、そんな訳でバレンタイン特別編です。久しぶりにダラダラした日常を書いた気がしますが、やっぱりこっちの方が書いてて楽しいですね。シリアスは難しいんじゃー。
というわけで、どうぞ。


「チョコレート……ですか?」

「そ。私たちで作って、碧翔にプレゼントしようと思って」

 二月十四日。今日は、外の世界ではバレンタインデーと呼ばれる日なのだそうだ。特に外の世界から来た碧翔は馴染み深いだろうということで、ヤマメの提案で、私たちが作ったチョコレートを碧翔に渡すことになった。

 

「いいね、面白そう! お兄ちゃん喜んでくれるかな?」

「心を込めて作れば、きっと喜んでもらえるよ。……と、いうことで、パルスィも一緒に作ろうか」

「なんで私まで……」

 ヤマメに誘われて、パルスィも一緒に作ることになったらしい。……嫌がっているように見えるが、内心は意外と乗り気なようだ。

 

「材料は昨日買っておいたんだ。ほら」

 ヤマメが持っていた袋から中身を取り出す。基本となる溶かす用のチョコレートや、デコレーション用のチョコスプレー、できたチョコレートを入れるための小さな袋など、必要なものは大体用意されていた。

「無駄に種類多いわね……妬ましいわ」

「でしょ? こういうの作るのって楽しいよねー。私はチョコレート苦手なんだけど」

 どうやら作る方専門らしい。ヤマメが全部出費したのだろうか……と、そこの疑問は置いておくとして。

 と、こいしがふと思い出したように言った。

 

「そういえば、お兄ちゃんは今どこにいるの?」

「碧翔はお燐と一緒にペット達の世話をしてもらっています」

「作るなら今ってことだね。早速始めようか」

 各自早速準備に取り掛かる。それぞれ担当の道具を用意していく中、私は先ほどのヤマメの袋から基本となる板チョコを取り出した。湯煎で溶かすつもりなので、とりあえず鍋にお湯を沸かす。

 あまり作業が長引くと、碧翔がこの部屋に来るかもしれない。別にサプライズという訳ではないが、折角作るのだから喜んでもらいたいし、今碧翔に見つかるのはあまり……。

 

 ……と。

 

「……!」

「ん、お姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、えっと……碧翔がこの部屋に向かって来てるみたいなんですけど……」

「ええっ!」

 

 と、皆も同じ考えだったらしく、急いで道具をしまい始めた。

 わ、私はどうしよう……鍋はお湯を沸かしているだけだから多分大丈夫だけど……あ、机の上に出ているチョコレートを隠さないと!

 

 

「さとり、いる?」

「は、はい! なんですか?」

 私は急いでチョコレートを机の下に隠すと、立ち上がった。

 

「小鳥用の餌が無くなったから、倉庫の鍵を借りたいんだけど……って、あれ、皆も来てたんだ」

「う、うん! それよりもさとり、倉庫の鍵、渡したら?」

「そうですね!」

 どこかぎこちないやり取りだが、碧翔に鍵を渡そうと下のチョコレートを気にしつつ、ポケットをまさぐる。……が、その中身は空だ。

 どこに置いたっけ……そういえば昨日、自室に置いたきり触っていないような。

 

「あ……私の部屋にあると思うので、見てきてもらえますか? 鍵はかかってませんから」

「そっか。でも、勝手に入っちゃっていいの?」

「はい。その辺りは信用してるので」

 部屋の場所も知っているはずだし、碧翔なら大丈夫だろう。

 

「……ヘタレとも言えるけどね」

 と、ヤマメがボソッと呟いた。

 

* * *

 

「はぁ〜、お兄ちゃん、やっと行ったね」

「そうだねー。さ、早く作っちゃお」

 というわけで、早めに作業を進めるとしよう。

 

 チョコレートは、細かく砕いて湯煎する。水が入らないように注意しつつ、ヘラを使って混ぜ、溶けたら型に移して固めるだけだ。……が、その前にテンパリングという作業を行う。固める前に一度チョコレートの温度を二十五度まで落とすのだ。そうすることによって、チョコレートにツヤが出て、風味も良くなる。

 さて、テンパリングが終わったら、もう一度お湯に入れて温める。今度こそ固めていくのだが、恐らくここの工程で皆のアイデアが炸裂するだろう。良い意味でも悪い意味でも。

 現に、ヤマメは既によからぬ事を考えているようだ。

 

「……ヤマメ」

「あ、さとりはどんなの作るの? 私はね――」

「激辛チョコでサプライズ……なんて考えは捨ててくださいね?」

「……はい」

 固まった笑顔でそう答えた。

 

「うぅ……激辛チョコ、面白いと思うんだけどな……パルスィはどんなの作るの?」

「……あんたには関係ないでしょ」

「わあ、みんな辛辣だあ……」

 辛辣というか、パルスィの場合は照れ隠しに近いと思うけれど。

 

 と、型やトッピングの方も用意し終えたようだ。さて、こっちのチョコレートも温め終わったし、これもあっちに持っていって、と。

 ――あれ……この心の声は……。

 

「ごめんさとり、この鍵さ――」

「ひゃっ!?」

 突如開いた扉とその声に、思わず持っているチョコレートを落としそうになった。……やっぱり碧翔!

 

「ど、どうかした? って、この部屋すごい甘い匂いがするね。チョコレート?」

「あ……えーと……皆で食べてたんですよ! ですよね、ヤマメ?」

「ああそうそう! 私チョコレート大好き!」

「そ、そうなんだ」

 私たちの謎の勢いに若干引いている気がするが、とりあえず誤魔化せただろうか? ……いや、むしろ逆に怪しまれてそうだ。

 

「で、お兄ちゃん、その鍵がどうかしたの?」

「ああうん、この鍵、どれも違うみたいなんだけど」

 碧翔が出した鍵の束には八つほどの鍵がついていたが、確かにどれも違うようだ。

 ……そうだ。そういえば、倉庫の鍵はあまり使わないから別で分けていたんだ。思い出した。

 

「すみません、倉庫の鍵だけ二階の事務室に置いていたのをすっかり忘れていました。手間取らせちゃってごめんなさい」

「いや、全然いいよ、ありがとう。後でチョコレートもらおうかな」

 そう言って少し笑うと、碧翔はガチャリと扉を閉めて去っていった。

 

「今度こそ本当に行ったみたいだね。一時はどうなるかと思ったよ」

「どうなるって……別に碧翔に見つかるだけじゃない」

「ん、でもパルスィだって、碧翔に今バレちゃうのは嫌でしょ?」

 ヤマメの言う通り、多分もう大丈夫だろう。大丈夫……ですよね?

 

「じゃ、チョコレートも溶かして準備も整ったし、いよいよ作っていこうか」

「おー!」

 こいしが元気よく答えた。

 さて、私はどんなのにしようか。型はあるし、そのままチョコレートを流し込んで作るのもいいけれど……。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

「こいし、どうしたの?」

「お兄ちゃんってさ、嫌いなものってあったっけ? なんか前は、幻想郷にあるもので、食べられないほどのものはないーって言ったんだけど」

 嫌いな食べ物か……。確かに今まで、これが嫌いだ、とかって話は聞いたことがない。……いや、食べ物に限らず、彼の好きなものや嫌いなもの、趣味や嗜好を聞かれたら、ちゃんと答えられる自信がない。私、まだまだ碧翔のこと、知らないな……。

 

「うーん……まあ今はいっか。お兄ちゃん、ここのお菓子とかは前に食べてたし。お姉ちゃんはどんなの作るの?」

「……私は――」

 

* * *

 

「じゃあ、全員ラッピングまで終わった?」

 ヤマメが全員に確認する。

「うん、できたよ!」

「……まあ、こんな感じかしら」

 冷蔵庫に入れると品質が悪くなるため、固めるのに時間を要したが、全員作り終わったようだ。ヤマメはそれを確認すると、うんうんと頷いた。

 

「いいねーこういうの。面白くなってきたなー」

 感慨深そうにそう言った。何が面白いのかは心を読まなくても分かりそうなものだが、やはり渡す時の私達や碧翔の反応を楽しみにしているようだ。というか、私達に今回の話を持ちかけたのも、これが理由なんじゃないだろうか。

「早くお兄ちゃんに渡しに行こうよ!」

「そうしようか。そろそろペットの世話も終わってるんじゃない?」

「そうですね。碧翔の部屋に行ってみましょうか」

 

 

 と、いうわけで、各自作ったチョコレートを持って、碧翔の部屋までやって来た。全員で入って順番に渡していくという寸法だ。

 私は扉の前に立つと、きちんとノックをする。

「碧翔、いますか?」

「さとり? 大丈夫だよ、入ってきても」

 碧翔に了承を得てから、部屋に入る。

「あれ、四人も集まってどうしたの?」

「えっと、今日は外の世界では、バレンタインという日だと聞いたので」

「お兄ちゃんに、皆でチョコレートを作ったんだ!」

 

「……言っとくけど、もともと私は作る気無かったわ……ああ妬ましい」

「あはは、碧翔に向けてってことだし、ぜひ受け取ってほしいな」

「へえ、バレンタインか。そういえば今日だったね。作ってくれたの?」

 碧翔は思い出したようにそう言った。確かに、幻想郷に来ていると、外の世界の日付け感覚は無くなりそうだ。

 

「じゃあ私から渡すね! はい、お兄ちゃん、どうぞー」

「おお、箱になってる、すごいな。ありがとう、こいし」

 白い小さな箱をピンク色のリボンで留めている。『お兄ちゃんへ』と書かれた紙が、リボン横に貼ってあった。リボンを結ぶのに苦戦していたようだが、上手くできたみたいだ。

 

「じゃ、次は私ね。ありがたく受け取ってよ?」

「あはは、ありがとう、ヤマメ」

 激辛チョコを仕込もうとしておいて、よくそんなことが言えたものだ。ヤマメのものは、袋自体に粘着面が付いていて、簡易的に封がされている。中のチョコレートも、基本のチョコにチョコスプレーのみというシンプルなものになっていた。

 

「……はい」

「あ、パルスィ、ありがとう」

 素っ気なく渡した黄色の袋。だが、中身はかなり手が込んでいるようだ。パルスィはもともと器用なのもあって、クオリティがかなり高い。こういうのを、外の世界では……ツンデレ? クーデレ? なんて言うらしい。後で碧翔に聞いてみようか。

 

 と、残りは私だけになった。私は、手に持っていた袋を前に出す。

「碧翔の、嫌いなものは何ですか?」

「えっと、嫌いなものって?」

「いえ……私、まだまだ碧翔のことを全然知らないって気づいたんです。……もっとあなたのことを知りたいので、これからも色々教えてください。私も、自分のことを伝える努力はしていきますから」

 

 私は、持っていた袋を碧翔に差し出す。薄桃色の袋を水色のリボンで結んだものだ。自分らしさを出すために、この配色を選んだ。

「庭に咲いているスイセンの花を模して作ってみました。受け取って……もらえますか?」

「……うん、ありがとう。俺も努力してみるよ」

 そう言って微笑むと、差し出した小さな袋を受け取ったのだった。

 

【挿絵表示】

 




いかがでしたか? 主人公羨ましい。

本当はこんな会話も入れようとしてたんですけど、収拾がつかなくなったので止めました。折角なので載せておきます。


「んん、どれも美味しいね。こいしのはカップに入ってるんだ?」
「うん! ここの模様とか、かわいいかなって」
 と、碧翔は皆のチョコレートを食べて少し笑った。
「今までバレンタインなんて貰ったの、妹と青澄くらいだったからな……こう見てみると、やっぱり嬉しいね。本当ありがとう、皆」
「お兄ちゃんが喜んでくれたら、私もうれしいな」


少し書いただけなので短いですね。
というか、女友達にチョコレート貰えるって……碧翔、お前勝ち組やん。

まあ、そんなわけで、次回もよろしくお願いします。


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第二十九話 ~お兄ちゃん~ Side:I

『――ねえ……お兄ちゃん』

『どうしたの?』

『またおむれつもどき、作ってほしい』

『ん、もうこんな時間か。今日も母さんは遅いみたいだし、そろそろご飯にしようか』

『うん……!』

 

 ――夢を、見ていた。

 

 小さい頃の夢。

 

 お母さんはいつも帰りが遅くて、正直寂しい。

 

 でも……そんな時の寂しさも癒してくれるような、優しい光みたいな存在。

 

 私は、お兄ちゃんが大好きだった。

 

 いつも私に笑いかけてくれて、私ためを想ってくれるお兄ちゃんが、大好きだった――。

 

* * *

 

 遡ること数時間前。突然起こったのは、目を疑うような現象だった。

 

「――お取り込み中、ちょっといいかしら?」

 

 何もない空間から突然、女の人が出てきたのだ。ふんわりしたスカートと変わった配色……不思議な格好をしたその女の人は、私の方を見ると、笑みを浮かべて言った。

「あら、あなたが碧翔の妹さん? とても可愛らしいわね……目のところとか碧翔にそっくり」

 皆、圧倒されて声も出ない。この人は一体……?

 

───────

 

「それじゃあ、あなたも幻想郷の住人だと……?」

「ええ、そうね。でも、住人というより管理者の方が正しいかしら」

 イレギュラーすぎる女の人の登場と共に、碧翔の話の現実味が増した。正直、突然の事にまだついていけてないけど……先ほどの裂け目の出現と目の前の人物が、これが現実の出来事だと物語っているようだった。

 

 その女の人は碧翔の方を見て問いかける。

「私は八雲紫。ゆかりちゃんでもゆかりんでも、好きなように呼んでね?」

「……あー……紫さん」

「あら、ノリが悪いじゃない」

 碧翔は、八雲と名乗った女の人の様子を窺いつつ考えている様子だ。……この人はどうにも胡散臭いというか、少し変わった雰囲気を持っている。まあ、目の前であんな現象を見せられたら、信じざるを得ないけど……。

 

「あなたは、幻想郷に戻る気はある?」

「…………正直」

 碧翔は、少し間を開けてから言った。

「……よく、分からない……ですね。どうしたらいいのか……」

 八雲は、再び私の方に目を向けると言った。

「私は歓迎するわよ? そうね……あなたもどうかしら?」

 

 ……は? 私……?

 先ほど、八雲から”幻想郷”についての説明は一通り受けた。結界によって現代日本とは隔離された世界。隔離されているため存在を認識できないだけで、正確には日本の一部だという。碧翔もどうやらこの事は知らなかったらしい。

 そんな作り話のような世界に、この一ヶ月間碧翔はいたと……。さっきも言った通り、にわかには信じがたい話だ。

 でも……私がそこに誘われる理由は?

 

「碧翔、あなたは妹さんが大事なんでしょう? 妹さんも碧翔のことが大事だと。ならいっそのこと、一緒に幻想郷へ来てしまうのはどうかしら?」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。話についていけないのもそうだが、唐突すぎじゃねーか?」

 碧翔の友人の……蒼月だったっけ。彼が八雲へと問いかける。

「あら、悪い話じゃないと思うけど。第一、本人達に聞いてみないと分からないでしょう? どお? おふたりさん?」

 

 冗談を言うような口振りだけど……なんとなく、こちらの様子を窺っているような感じがする。

「蒼月の言う通り、いきなり過ぎるよ。これじゃ妹さんも混乱すると思うし、碧翔だって……」

 青澄も続けて言う。

 

 ……なんだろ、この状況。

 一緒に幻想郷に。正直、考えてもみなかったというか、分からないことが多すぎる。……実際どうなんだろうか。碧翔と一緒にいられるし、碧翔の悩みもなくなって。どんな場所かは知らないけど、少なくとも、碧翔は心惹かれたんだ……よね。

 

「……あの」

 小さい頃から、コミュニケーションは得意じゃなかった。碧翔みたいに人から好かれるようなタイプじゃないし、友達も多くないし、はっきり言って話すのは苦手だけど……。

 私は八雲に問いかけた。

「もし、幻想郷に行ったら……周りの人達は? 碧翔みたいにいなくなったら……また大騒ぎに、なるし」

「ああ……そのことなら心配いらないわよ? ありとあらゆる記録や、皆の記憶は全て消せるしね」

「……!」

 

 ……本当に、そんなことが可能なのだろうか……?

「もちろん能力を使えば、だけどね?」

「ああ……そういえば幻想郷の人達は、何かしら能力を持ってることが多いんだっけ……はは」

 皆が驚く中、碧翔はどこか納得しているようだった。幻想郷で過ごしていたからこそなんだろうか。

 

「ああ、それと、あの覚妖怪があなたのことを探してたわ」

「あ……さとりが?」

 と、碧翔の表情が明らかに変わる。

 さとり……? 女の人だろうか。知らないうちに他人と知り合っているというのは、なんだか少し寂しいような気がする。

 

「さとり……なんて言ってました?」

「んー? そうね……まあ、あの覚妖怪が、あなたが帰ってくることをどう思うかは別として……」

「……」

「……ま、あなたによろしくって言ってたわ」

「……そう、ですか」

 話の内容はあまり理解できないけど……碧翔が悩んでいることは確かだった。

 

「ちょっと……一日、考えさせてくれませんか?」

「私は構わないけれど。ちゃんと考えて、自分の答えを導き出したらいいんじゃないかしら?」

「……ありがとう、ございます」

 二人の会話を聞きながら、私は部屋の窓を見つめていた。

 

* * *

 

「っ――!! ……お兄ちゃ…………っ!」

 

 ぐっと意識が覚醒する。ぼやけた視界に映るのは部屋の天井。……寝てた、のか。

 身体に力を入れて起き上がると、部屋の窓を見つめる。外には、雲でぼやけた月がゆらりと浮かんでいた。

 ……お兄ちゃん、か。そう呼んでいた時は今より楽しかった。二人で繋ぐ生活。振り返ってみれば、碧翔のおかげで、今まで生活できてたんだ。

 寝起きのせいで、碧翔が帰ってきて、八雲が来たことまで夢だったんじゃないかと思える。でも、あれは紛れもない現実で……碧翔がどうするのかも、分からない。

 

 この一ヶ月間バタバタしてたし、最近はほとんど話してなかったからあんまり意識しなかったけど……やっぱり碧翔には一緒にいてほしい。それに、本来それが正しい答えなんだろう。でも……碧翔は迷ってる。迷ってるってことは、それだけ大切なもの、大事にしたいものが幻想郷(向こう)にもあるってことだ。

 

「……お兄ちゃん」

 

 やっぱり、私は――。

 

* * *

 

「……碧翔」

「ん……ああ……どうかした?」

 碧翔はリビングの椅子に座っていた。スマートフォンで何かを見ていたようだ。

「晩ご飯……どうするのかなって」

「本当だ、もうこんな時間か。何か用意するよ」

 そう言って立ち上がると、冷蔵庫の方へと向かう。何気ない会話にどこか既視感(デジャヴ)を感じつつも、碧翔が座っていた隣の椅子に腰を下ろした。

 

「碧翔が言ってた……幻想郷って、どんな感じ?」

 テーブルの木目を指でなぞりながら、一つ質問をしてみる。

「んー……不思議なところ、かな。景色がすごく綺麗なのと、向こうの人達と話してると楽しくて、なんというか、心安らぐ感じ」

 特別何かがあるって訳じゃないんだけどね、と付け加えると、碧翔は冷蔵庫を閉めた。

「でも、結局は居候って立場だしな……さとりっていう向こうの人に――いや、正確には妖怪なんだけど、大分お世話になったんだ」

 

 さとり……さっき言ってた人のことか。今回の話は……多分、その人も大きく関わってるんじゃないかと思う。

「……その人のことは、どう思ってる? ……大切?」

「え? まあ……さっきも言ったけど、さとりにはお世話になったし、一緒に過ごすうちに……確かに大切な人になったかな。もちろん、こいしや空、お燐も――あ、他の幻想郷の人達も同じだけど」

 知らない名前がいくつか出る。一貫して少し変わった名前だったが、全員女の人のようだ。

 この後もしばらく幻想郷について質問をした。幻想郷について語る碧翔は……よく分からないけど、色々迷っていながらも、どこか穏やかな感じだった。

 ……そっか。

 

 ――その日のご飯は、懊悩と決意の味がした。

 




なんかずっと前書きが似たり寄ったりだったんで、ちょっと後書きだけにしてみます。

──碧翔の妹─────
さてさて、そんなわけで今回は妹視点でした。皆に『妹さん』とか『あいつ』とかって呼ばれている通り、名前の設定がありません。他キャラに比べて不憫な気もしますが、最初の方から名前を出していなかったので、後付け設定感が出るような気がしてそのままにしてます。
口調はどこか淡々としているというか、話し方が途切れ途切れなイメージなのですが、私の技量不足で多分再現できてません。
外見設定は碧翔と同じくありませんが、個人的に低身長なイメージ。あ、あときっと可愛いはず!


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第三十話 ~嫉妬姫と外来人~ Side:P

 

「――碧翔? 知らねーな、聞いたこともねえ」

「やっぱそうか……助かったよ、ありがとな」

 

 数時間前……地底の旧都にて、私と勇儀、ヤマメの三人は、道行く人に聞き込みを行っていた。

「なあパルスィ、やっぱ地底にはいないんじゃないか?」

「もう、うるさいわよ。私達の担当はここなんだから、黙って続けなさい。この質問三回目よ?」

「二人とも怖いなあ。喧嘩するほど仲がいいってやつ?」

 

 とは言っても、かれこれ二時間近く経つものの、未だ情報はゼロだった。手がかりが無いというのもあるが、そもそも碧翔のことを知らない人がほとんどだ。過去に新聞が出ていたから、少しくらいは情報があるかと思ったけど……地底に天狗の新聞は普及していないらしい。

「顔写真の一つでもあれば、見かけたかどうかくらいは分かんのになあ。持ってないのかよ?」

「あればとっくに出してるわ。写真自体は何枚か撮ってるらしいけど、碧翔本人が持ってるって」

「おーい、碧翔ー! いないのかー? 出てきて写真渡してくれー!」

「いや、出てきたら顔写真必要ないよね」

 

 結局手がかりは得られず、時間だけが過ぎていく。

 それにしても、本当に世話の焼ける……。あいつはなんというか、妖怪と馴れ合いすぎている気がする。私のような妖怪に好きで話しかけてくる人間はあいつくらいだろうし……地底に迷い込んだ奴は別として、会って声をかけてくるのは勇儀やヤマメ、萃香くらいだ。友好的というか無知というか。……本当、妬ましい。

 

「手がかりも見つからないし、なんだかねー。ね、パルっち?」

「……それ、私のこと言ってるの?」

「あ、ぱるちーの方が良かった?」

 ……屋台経営してる夜雀じゃあるまいし。

 

 しばらく歩くと、通りの一角にある小さな建物が見えてくる。申し訳程度に吊るされた提灯が入り口を照らしているが、全体的にかなり薄暗い。扉から漏れ出る光を見ると、中はそれなりに活気がありそうだ。

「着いたぞ。ここで聞いて情報無かったら一旦戻るか」

「何ここ? 酒場?」

「私行きつけの穴場だ。ほとんど常連しかいないから、一見さんは入りにくいかもしれないが」

 

 そう言いながら入り口の扉を開ける。ガラガラと音を立てながら開いた先には、賑やかに酒を楽しむ妖怪達がいた。

「お、勇儀さん!」

「おう、元気してるか?」

 何人かが集まり、勇儀と会話をしている間、私は店内を一通り見回す。ヤマメはまた別の席で話をしているようだ。私もさっさと聞き込み始めるか。

 私は店の端の方、一人で酒を飲んでいる人の所に行った。

 

「ちょっと話いい? 人間を探してるんだけど」

 その男は持っていたグラスの酒を飲み干すと、私の方を見る。

「……あ? あいにく人間の知り合いはいねーんだ。分かったらさっさと……。っ!」

 その男は私を見たかと思うと、驚いたように立ち上がる。……と、こいつは……。

 

「てめえ! 俺を吹っ飛ばしたあの女じゃねえか!」

「あんた……碧翔に襲いかかった奴ね」

 その男の顔には見覚えがあった。少し前に、碧翔に恨みを持って路地裏で襲いかかった奴だ。こんなところにいたのか。

「今回の話……まさかあんたが主犯じゃないでしょうね?」

「ああ? 知らねえよ、なんの話だ……!」

 

 と、私達の間に勇儀が立つ。

「二人とも落ち着けよ。冷静に話さないと意味のある会話はできないぞ?」

「……は、妬ましい。あんたに言われたくないわ」

 とりあえず近くの席へと座り、話を聞く。いつの間にかヤマメもこちらに来ていた。

 

「……で、なんの話だよ。俺ァ何もした覚えねーぞ」

「あんたが襲いかかった人間、いたでしょ。アイツが行方不明になったのよ。あんた何か知らない?」

「……さっきも言ったが、ここ最近人間とは関わっちゃいねえよ。……第一、俺だって反省してんだ」

 それを聞いた勇儀が笑って言う。

「はは、私が締め上げたしな。骨の無い奴だったよ」

「うるせえよ。……ともかく、無駄なことに固執するのはやめにした。人間がどう暮らそうが、俺には関係ねえ……って、今なら思えるしな」

「ああ……そういやお前、家族もいるんだったか?」

 勇儀を無視すると、その男はグラスを持って立ち上がる。

 言っていることが本当かは分からないが、確かにこいつが犯人の可能性は低そうだ。第一、今回のことを起こせるくらいの力を、こいつは持っていない。関係していないとみなして構わないだろう。

 

「……協力ありがと。助かったわ」

「はっ……まあ今更だが……迷惑かけたのは悪かったよ」

 そう言うと、その男は店を出ていった。

 はぁ……結局情報はゼロか。まあ得られなかったものはしょうがない。もうしばらくで霊夢たちも帰ってくるだろうし、そろそろ地霊殿に戻るか。

 

「じゃあ地霊殿に戻ろー」

 ヤマメが先行して店を出ていく。私たちもその後に続いた。

 

* * *

 

「――ま、妬ましくもそんな感じだったわ」

「なるほどなー。私達も似たようなもんだったぜ」

 紫が外の世界へ行っている間、皆で詳しい聞き込みの結果を報告し合っていた。……まあ、報告と言っても、聞き込みの過程を伝えあっているだけなんだけれど。

 

「私と霊夢は、霊夢の取り決め通り太陽の畑に向かったぜ。知っての通り、成果は無かったけどな」

「というかあの妖怪凶暴すぎるのよ。危うく魔理沙を盾にしなくちゃいけないところだったわ」

「おいおい、そりゃないぜ」

 地上のことを考えると、私はまだ地底で良かったってことか。まあ、結局碧翔は外の世界にいると分かったんだし……とりあえず落ち着けるといいんだけど。

 

『おーい、パルスィ!』

『パルスィには頼ってばかりで悪いんだけど、お願いできないかな』

『パルスィは凄いね』

 

 ……碧翔は、帰ってくるだろうか。碧翔がどうなろうが、私には関係ない……はずなんだけど。

 

『それじゃ、行くわよ』

『……あんたの怪我を治療しに、よ』

『はあ、全く。今回だけよ』

 

 ……はあ。

 

「……ほんと、妬ましいわ……」

 

 あのスキマ妖怪に任せるのはどことなく不安だけど……今は待つしかないか。

 私は一つ息を吐いて、見えない空を見上げようと、大きく上を向いた。




最近PCを買ったんですけど、座りっぱなしのせいで首が痛い。猫背で姿勢が悪いので、多分それが原因ですね。


──羽間蒼月(はざまあつき)─────
碧翔の中学からの友人。名字は作中には出てきてませんが、一応設定は前からありました。現実にいたら「おお」ってなる名前ですね。いや、そんなこと言ったら碧翔もそうか。その他オリジナルキャラと同じく外見設定はありませんが、私的に目付きが悪そうなイメージ。あと、碧翔とは反対にスポーツ寄りな感じです。


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