めざめてソラウ (デミ作者)
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番外編
ダークネス魔法少女プリズマ★ソラウちゃん


イリヤちゃん引けません(憤怒)

書けば出るらしいので書いてみました。
お客様、こちらがお求めのめざソラプリヤ編です。

あ、番外編を書くにあたっての注意点が幾つかあるので書いておきます。
・本編の未到達部分についての盛大なネタバレがあります。
・構想中の本編から接続した話なので、本編の内容が変わる可能性もあります。
・このソラウちゃんはみんな大好き最弱英霊を中に取り込んで、最弱英霊にお洗濯されたアレと繋がってるのでナチュラルボーンホーリーグレイルです。
・このソラウちゃんはロリです。

以上の注意点が問題ない方はどうぞ。


 落ちる。

 墜ちる。

 堕ちる。

 不本意ながら慣れ親しんだ暗黒の泥濘の中を、真っ逆さまに落ちてゆく。何が原因かは分からない。何を理由とするのかも分からない。そして、何を目的とするのかも分からない。俺に解るのは、ただ俺が世界の垣根すら越えて落ちているということだけだ。

 

『――ハハッ、アンタは本当にオレを飽きさせてくれないな。オレと()()()()()とはいえ、そのオレをゲート代わりに平行世界へ跳ぶなんて正気の沙汰じゃ無い――最も、お前にとっては全く寝耳に水なんだろうけどな!』

 

 声がした。

 この声も、俺にとっては慣れ親しんだ――否、慣れ親しんでしまったモノ。ここ最近は聞こえなかった分消えたと思っていたが、どうやらそうでは無いようだ。

 全く、いつ聞いても、何度聞いても人の神経を逆撫でする喋り方だ。此方を嘲り嗤っていることを隠そうともしない声。けれど、まあ、彼奴の経歴……というか存在そのものを考えれば、それだけで済んでいるのが御の字と言うものだろう。

 

『おいおい、物騒なこと考えてくれるじゃねえか。そもそも、オレを受け入れようとしたのはお前の方だろ? オレの軽口くらい軽く流しこそすれ、そうまで目くじら立てて気にするのは美容に良くないと――』

「……全く、どうしてお前はその()を被ったのやら。どうせなら、まだ俺と関わりのある方を模せば俺も色々と眼福だったものを」

『ま、それはオレが覗き見たのがお前の中の知識だったからとしか言えねえわな。お前の中にある知識のオレ、それがお前の言う関わりのある方じゃなくこのカタチだったからオレはこうなったんだ。言ってみりゃ、お前のせいだわな――ソラウちゃん?』

 

 けらけら、と笑う声に顔を顰める――現在顰める顔が残っているのかはともかくとして。暗闇に落下しながら薄れていった身体の感覚は、とうの昔に感じられなくなっている。

 だが、それでも良いと俺は思った。俺と『こいつ』は今や一心同体。奴が消えようと俺にはメリットしか無く、逆に俺が死ねば奴も消える。そんな状況で奴が嗤っているのを見れば、おそらく次に出会う事態がどのようなモノかも察しがつくと言うもの。多分――

 

「それほど危険が無くて、でもそれなりに危険な目に遭って、かつ非常識で心労のかかる立場に置かれるんだろうな……」

『ッハハ、大当たりだぜ。ま、お前さんの知らない事態に遭うってことじゃない――少なくとも、今オレが把握している限りでは。容易に戻って来れはしないが、戻ってくるとなれば時間軸だけはきちんと合わせてやるさ。だから安心して――』

 

 視界が開ける。落下する感覚が収まってゆく。無限の落下から有限の落下へ、闇は閉じ、眼下に開けるのは近代的な街並み。

 

『――逝ってこいよ、我が愛しの宿り木サマ』

 

 その言葉を最後に……彼奴の意思は、今まで通りに何処かへ消え失せた。同時に、落下の速度がぐんと上がる。重力が身体を引き、服の裾がばたばたとはためく。このままでは地面に激突するのは必至。この速度でコンクリートにぶつかれば、無残な血のシミになるのは避けられないだろう。絶体絶命、そんな状況を前にして俺は、

 

「よっ――と」

 

 ()()()()、速度を軽減した。

 何ということはない、嘗て礼装と化した水晶などに付与していた浮遊魔術の応用だ。今となっては諸事情で魔力にも余裕がある俺にとってはこんな程度朝飯前。魔力を調整し、だいたいの目線を合わせ、魔術回路をオフにして地面に降り立つ。

 

「……っ、おあっ!?」

 

 降り立つ――筈が、何故か合わせた筈の目線よりも遥か下に着地した。視界の高さが合わない、まるで地面に沈み込んだかのように。

 何者かの魔術干渉の気配はない。無論、足が地面に沈み込んだ感覚もない。

 ならば、この現象は一体どうしたことか――疑問に思ったのは一瞬だった。

 服の袖が余っている。ズボンの裾も、靴の大きさも、ついでに下着も。成長し、ナイスバディになった俺に合わせて設えた筈の一張羅が、だぼだぼになっている。両手を掲げて顔の前に持ってきてみれば、袖から出したその手は明らかに小さくなっている。この現象が意味するところを、俺は一つしか思い浮かばない。

 

「……俺、若返った?」

 

 口から漏れたその言葉もまた、随分昔に卒業した筈の懐かしい子供ボイス。図らずも仮説を実証してしまったことに、俺は少し溜息を吐いた。吐いて、ズボンの裾を引きずりつつ歩く。

 近くに駐車してあった車の窓を鏡にして顔を確認してみれば、確かに俺は若返っていた。年の頃は、およそ十二歳前後といったところか。

 幸いなことに、魔術回路や魔力、そして結んだ契約や内包するモノに関しては俺――この世界に墜ちる前の、成人していた俺と変わりないらしい。であるならば、少なくとも寝泊まりする場所くらいは簡単に把握できるだろう。そこらの一般人に暗示をかけて金を供出させれば良いし、最悪歓楽街の恋人用ホテルにでも泊まればいい。

 

「――『遠見』。ふむ、この近くに歓楽街は無いか。仕方ない、今宵はそこらの一般人に暗示をかけて、一晩泊まるとするか。……しかし、やっぱり魔術って便利だよなぁ……いや、本当はあんまり悪用しちゃいけないんだけど。でもまあ、生きていく為には――ッ、これはっ!?」

 

 魔術回路を起動し、『遠見』の魔術を使用し周囲の地形を探っていた俺の背筋にぞくりと悪寒が走った。これは魔力反応。此処から少し行った先で、大規模な魔力の奔流を感知したのだ。

 明らかに、これは大魔術クラス。こんな市街の直ぐそばで感じられていい魔力ではない魔力に、俺は自然とそちらへ向かって駆け出していた。勿論、原因を突き止めてそれを解決するため――ではない。何が起きているのかを把握するところまでは間違っていないが、それは事態を解決する為ではない。その事態の重さを把握し、確実に危険が及ばない所まで逃げる為だ。

 俺の活動方針は昔から一貫している。『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとして生き残る』、これだけだ。これを曲げようとしたのは、後にも先にもただ一回しか無い。だから、今回とてそれを曲げるつもりは――

 

「……あ、ヤバい曲げそうかも」

 

 一瞬だった。身体に強化を施し近くの家の屋根に飛び乗り、そこから視力を強化して件の魔力反応のあった場所を覗き見て、一瞬で心が揺れた。

 そこに居たのは、桃色のファンシー&キューティな衣装に身を包んだ幼女と、黒髪をツインテールにした赤い少女。型月厨なら誰でも分かる我らがヒロイン、イリヤと凛だ。しかも、イリヤの衣装とその場所を鑑みるに事態がより明らかになる。

 ――つまり、ここはプリヤ世界。愉快型魔術礼装に選ばれたカレイドの魔法少女達が織り成す、愛と勇気と熱血と、そして女の子同士のいちゃいちゃラブラブが満載の世界だ。

 

「……となると、時系列が問題だが――それに関しては考える必要も無いか。()()()(あくま)()()で鏡面界に突入するのは、ライダー戦をおいて他に無いだろう」

 

 目の前で起こった事象が、俺のつぶやきを補強する。この距離からでも見て取れる程に初々しさを残したイリヤスフィールが杖を構え、魔法陣を通って鏡面界へと突入して行くのが見えた。となると、この少し後にはもう一人の魔法少女が鏡面界へと侵入し、そこで二人の顔合わせが発生するのだろう。

 ――しかし、と。そこまで考えて、俺は自身に笑いが込み上げていることに気がついた。理由は明白だ。だって、此処には『本物』のクラスカードが存在する。知識も理論も独自補填と改造を施した、俺が作製したピーキーな性能の贋作クラスカードではなく、本物が。

 そのカードには、効率的な置換魔術についての魔術式が搭載されているだろう。座へのアクセス方法や英霊置換に際してのノウハウも書かれているかも知れない。エインズワース特有の、置換魔術の秘奥もそこには存在するだろう。

 

「……ああ、欲しいなぁ。解析して、分解して、その全てを学びたい」

 

 ごくり、と喉が鳴った。知らずのうちに唾が溜まっていたようだ。

 アレを手に入れたい。手に入れたいのならば、手に入れるのが魔術師だ。その為にはどのような手段を用いるべきか――逡巡し、思考し、そして、

 

「……郷に入っては郷に従え……?」

 

 天啓が降りた。具体的には、割烹着を着たお手伝いさん的な感じの声で。

 そう、ここは平行世界。ソフィアリ家の監視の目も、ケイネスやその他との煩わしいしがらみも無い。そして、俺が『アレ』を宿している以上――おそらく、滅多なことでは死ぬ事もないだろう。

 

 ……ならば、少しくらい羽目を外しても良いのでは無いか?

 ……ソラウと成ってから二十年弱、ここまで必死に死なないようにやってきた、これはご褒美なのではないか?

 

 その甘美なる誘いの手を、俺は躊躇することなく取った。

 現在立っている家の屋根、そこから飛び降りつつその家の窓を魔術で開錠し侵入する。中にいた成人男性は、目を合わせるや否や暗示に堕ちた。そのまま彼のクローゼットから一番安そうなスーツ一式を拝借し、記憶を改竄し再び屋根の上へ。手に入れたスーツを魔術で加工しつつ件の学校を見張っていると、その視界に二人の女性が映った。

 見間違える筈もない。あの金ドリルと成人した俺――ソラウに勝るとも劣らない豊満な胸の持ち主は、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。そして、その脇に控える幼女は美遊(ミユ)だろう。

 だとすれば、もう時間がない。転身し、鏡面界へと侵入を果たす彼女らを横目に()スーツへ施す魔術を加工させる。

 

 ――生地はそのままに、カタチを切って継いでゆく。

 ――色彩はそのままに、魔力を浸透させてゆく。

 余裕のある洋服を、身体にぴっちりと張り付くコスチュームへ。

 先ほど目にした二人の魔法少女、イリヤとミユの衣装を参考に、男物のスーツをレオタードちっくなフリフリでヒラヒラの衣装へと改竄してゆく。

 

「……色彩に、赤。ネクタイを加工」

 

 そうして出来た雛形に、ネクタイを分解した繊維で刺繍を施してゆく。勿論、その施す意匠は全て魔術的に意味を持つものだ。本家カレイドの魔法少女に及ぶように、物理保護や障壁、魔除け等といった意味合いを込めてゆく。

 そして――最後に全体の調整。二人の魔法少女を模して作ったそれを、俺の中に潜む『アレ』の魔力で染め上げ、カタチを変えてゆく。二人の魔法少女以外に参考にするのは、ゼロイベで登場した人型の逆月。彼女の衣装のように、禍々しくもどこか切なげな装飾を施す。

 

「……時間がない、早く着ないと!」

 

 そうして、ソレは完成した。魔法少女としてのファンシーさを保ちつつも赤黒に染まった、言うなれば『オルタ魔法少女』とも言うべきコスチューム。それに、俺は急いで着替えてゆく。

 脱いだ服を()の中に仕舞い、余った生地でチューブトップとホットパンツを作製しそれも仕舞い、ついでに泥から目元だけを覆う仮面を作製し身につけ、一息吐いた途端に――

 

「……戻ってきたな、魔法少女」

 

 魔力の本流。何もない校庭に魔法陣が描かれ、そこに四人の少女が現れる。桃色の少女、赤い少女、紫の少女、青い少女。原作通り、カードを持っているのは青い少女のようだ。

 会話こそ聞こえないが、彼女らは何かを話し合っている。赤と青が激しく言い合い、一方桃色と紫の間に会話はない。

 いける。まだ彼女らの戦闘経験が浅い今ならば、一撃を撃ち込んだ隙をつけば容易にあのカードを奪取できる筈だ。

 

「クラスカード、弓兵(アーチャー)夢幻召喚(インストール)

 

 呼び出すのは純潔の狩人。ギリシャ神話に名高い俊足の英雄。

 夢幻召喚に従って、俺の衣装が彼の英霊を模したものに変わってゆく。しかし、本来ならば受け入れるそれを俺は拒んだ。現段階で彼女らに『夢幻召喚』について知られる訳にはいかないからだ。

 よって、アタランテを夢幻召喚しておきながら俺の見た目はオルタ魔法少女のまま。こんな力任せの魔術行使が出来るようになったのも俺の内に潜む『アレ』の影響だが、それにしたってどんな反則だと苦笑を漏らす。漏らし、手に持つ弓を引き絞り――

 

「――『天穹の弓(タウロポロス)』」

 

 俺はここだと知らせるように、魔力を一気に噴き上げる。

 咄嗟に此方を向く四人。その中の一人、美遊・エーデルフェルトのギリギリ真横を狙い指を離した。

 発射。

 着弾。

 魔法陣が描かれていた校庭が、神代の一撃の前に呆気なく砕け散る。舞い上がる土煙。俺の矢と土煙から身を守ろうとし、狙い通りに晒した隙をアタランテの俊足で以って突く。

 

「――なっ、これは……サファイアっ!?」

『美遊様、攻撃です――ッ、魔力反応接近!』

「……残念。一手遅かったわね?」

 

 俺の動きに反応出来たのは美遊のみ。だが、反応出来たからと言ってカードを守り通せた訳ではない。すれ違いざまにカードを抜き去り、ついでに意味深に呟いておく。

 目的は達した、あとは離脱するだけだ。抜き取ったカードを胸元へ仕舞い込み、煙の中から美遊達に手を振って、アタランテの俊足でそのまま悠々と離脱を――

 

「……砲撃(フォイア)ッ!!」

「ッ!? 耐久強化(gain_con)!!」

 

 足に溜めていた魔力を防御に回す。瞬間的に発動した魔術が、飛来した魔力弾を掻き消した。反応は容易。だが、反応出来たからと言って……目的を達したことにはならない。

 

「……あら。逃げ果せるつもりが、失敗しちゃったわね?」

 

 砲撃の爆風で、土煙が払われる。

 そこに居たのは、先程と変わらない四人の少女。違うのは、四人が四人ともその瞳に敵意と疑惑を宿しているという点だけ。

 此方を射抜くように厳しい視線。ともすれば一触即発という空気の前に、彼女らは誰も口を開かない。そんな彼女らへ向かって、

 

「……でもまあ、構わないわ。あなた達程度なら、どうにでもなるもの」

 

 俺は、久し振りに高揚しながらそう言い放ったのだった。




あ、番外編、本編問わず拙作『めざめてソラウ』におけるソラウちゃんはロングヘアです。髪に魔力をこれでもかってぐらい溜め込んでます。

そしてプリヤ編のロリソラウちゃんの普段着は真っ黒なチューブトップとホットパンツです。


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ダークネス魔法少女プリズマ★ソラウちゃんツヴァイ!!

一年と……数ヶ月ぶり……
やあ。更新なんだ。しかし申し訳ない、番外編なんだ。
番外編なので本編とは毛色の違う話になってます。それでもよければどーぞ。

あ、あとがきに近況報告でも書きます。


 ――意識が暗転し、反転する。一秒が一時間に引き伸ばされ、一瞬が無限に拡張する。ぼんやりと浮遊しているような感覚。上下もわからない、重力も感じない、おかしいな、と立ち上がろうとして――自分が、横たわっていることに気がついた。

 目を開け、身体を起こし、飛び退く――前に、吹き飛ばされた身体は宙を舞い壁に叩きつけられる。再度立ち上がろうとして、下半身がまるごとごっそり吹き飛ばされていることに気付いた。

 痛覚は遮断済みである。遮断済みであるのに、耐えられないほどの痛みが脳を裂いた。ずるりずるりとずり落ちるままに泥を――この世全ての悪(アンリ・マユ)を呼び出し、そこに沈み込む。

 

 ああ、なぜ、こんな事になっているのか。

 

 記憶は遠く、数百、数千時間前の昨日を思い返す。あれは――そう、麗しの狩人(アタランテ)夢幻召喚(インストール)して、二人の魔法少女と二人の魔術師の前に立ったのだったか。不意を打ってクラスカードを手中に収め、解析魔術をかけながら時間を稼いで。

 

『で? アンタ、結局何者なのよ。それが何なのかも知らないで掻っ攫いに来た、なんてそんなワケはないでしょ? こちとら大師父直々の回収任務なの。何に喧嘩売ったか分かってる?』

『あら。その直々の回収任務を任されておきながらいがみ合ってばかり、挙句魔術礼装からも見放されておきながら、代わりの人員が送られてきたとすら考えられないの? ……まあ良いわ。何者か、くらいは教えてあげる。私は、そうね……ライバル魔法少女、ってところかしら』

『……馬鹿にしてるの?』

『そんな訳ないわ。そっちの……白とピンクの。あなた、あなたなら分かるでしょう? 魔法少女モノにはライバルが付き物だって』

『え……っと……いやぁ、確かに分かるんだけど……その、あなたの格好は魔法少女というより、悪の親玉とか、敵側のヒロインに近いかなって』

 

 そうだ、確かそんな話をした気がする。その後、二人と戦ったんだっけか。アタランテの夢幻召喚を解いてただ杖と聖杯としての機能を前面に押し出した俺――この世界に来てロリと化したソラウ・ヌァザレ・ソフィアリと、ステッキを手にしたばかりのカレイドの魔法少女二人――イリヤスフィールと美遊。

 当たり前のことだが、性能としてはあちらの方が遥かに高い。魔法使い……魔術師ではない、魔術師を超えたそれが作成した超抜級の魔術礼装に対し、此方は聖杯の機能を使用しているとはいえ使い手は俺。黒き聖杯をユスティーツァの魔術回路ごと自分に適合させたとしても、その権能を十全に振るうには宝具の開帳が必要だ――かの黒き聖杯のサーヴァント(ドスケベキャスター)と同じように。

 従って、此方が不利であるのは必然。しかし――緒戦に於いて、二人を圧倒したのは俺の方だった。何故か、答えはいくつもある。イリヤはまだ戦う覚悟が出来ていない、美遊はまだ空を飛べない、対人であるからクラスカードを使うことも出来ない。すぐに挙げられるだけでこれだけにもなるが、やはりそれよりも大きな要因は、「本当の戦いを見たことがあるか」の差だろう。

 俺の目には、魂には、七騎の英霊が誇りをかけてその技を競い合ったいくつもの場面が焼き付いている。その鮮烈さ、その疾さ。それらを決して忘れ得ぬからこそ、それらと同じだけの速さで動くことができる。魂が覚えているのならば、それを目に落とし込むことで。目が彼らの速度について行ける様になったのならば、身体へ魔力を通すことで。

 自らの内にのみ魔術を施すのとは俺の得意とすることだ。黒き聖杯の、その魔術回路。特性を最大限(フル)に活かして駆けた。……副作用として、励起した聖杯の魔術回路がSNのイリヤの励起した令呪みたいなビジュアルになって、また「やっぱり悪者!?」と恐れられたが。

 

 ともかく、ああ、思い出してきた。そこで戦って、やりたかったことは自身の戦力の確認と、黒き聖杯を自身に馴染ませること。どちらも此処へ来る前に試していたことであるが、実戦の機を活かしたのだった。そして、その途中に――

 

「っ、がは……げほっ」

 

 コンクリートの床に手をついて、ずるりと泥溜まりから全身を引き抜く――同時に、腹部に蹴り。木っ端のように吹き飛び、鉄筋コンクリートの壁に蜘蛛の巣状のひび割れ。ずり落ち、倒れ臥し、顔だけを動かす。視界に映るのは細く小さな腕。用意してあった魔法少女衣装は戦闘の余波で既に無残に引き裂かれ、今では胸元と腰回りとスカートくらいしか残っていない有様だ。

 そう。俺は戦っていた。二人の魔法少女を相手取った後、その場から離脱してすぐ。ふと、この世界の今、この時。何があるかに思い至ったのだ。

 探せばそれはすぐに見つかった。建設中のビル、SN(原作)では屋上でセイバーとライダーの宝具がぶつかり合った場所。

 

「――――」

 

 顔を伏せて、下を向いていても感じる圧倒的なプレッシャーと存在感。放つ熱量、こちらを押し潰すかのような圧力。低い唸り声。がりがりとコンクリートを抉る得物の音。大気を捻じ切る轟音に、眼前の敵すら見ないまま横っ跳びに跳ぶ――爆音、風圧。ただの余波だけで、俺の矮躯は吹き飛ばされて、再度壁に叩きつけられた。

 両手足を投げ出し磔のような体勢。そこでようやっと、癒着してしまったかのような瞼を無理矢理に開いた。

 

「……ああ、やっぱり……」

 

 頭の鉢が割れたか、夥しい流血に真っ赤に染まった視界の向こう。冷え切った闇の中に聳え立つそれ。口から漏れ出る、あるいはそれの全身から立ち昇る熱気が白くゆらゆらとゆらめいている。

 ――その鋼がごとき肉体は、いかなる攻撃も通さず。

 ――その丸太がごとき両脚は、それの巨軀をすら雷の如き速さで動かし。

 ――その、天を支える腕は、眼前の全てを粉砕する。

 

「……カードでも、黒化英霊でも……強いなぁ、ヘラクレスは」

 

 眼前に立つは、万夫不当の大英雄。その名をヘラクレス――その影である、

 

 そうして意識が覚醒する。

 そうだ、俺はこのヘラクレスのカードが座するビルに乗り込んだ。理由は――いずれ来る未来、人理焼却の日、それより先の七つの特異点を越えるため。聖杯の力を得たとて、ただの人間の魔術師である俺が、待ち受ける脅威と戦うため。己の知る、最も屈強な大英雄ヘラクレスの影を相手に、少しでも自身を鍛えよう、と思ってのことだった。

 仕込みは万全だった。事前に、頭さえ無事ならば聖杯の泥の中に沈むことで身体を癒せることを確かめ――その為に自傷したらこの世全ての悪(アンリ・マユ)に大笑いされた――、鏡面界を構成する術式に手を加え、内部時間を外界の何百、何千倍にも加速させ。願わくば彼の大英雄の技、剣の振り方のひとつでも学ぶことができれば、と勇んで――

 

「が、っは……!」

 

 第一合。どこにも繋がっていない無名のカードから呼び出した剣、それごと身体を両断されたことを、思い出す。

 血を吐きながら身体を起こす。眼前に迫る武骨な斧剣に、逸らした身体の左半分を持っていかれた。ぐしゃりと鈍い音、噴き出す鮮血が床を真っ赤に染める。見れば、もはやどこもかしこも赤一色であった。

 

「ぐ、ッおぉ……!!」

 

 残った右脚で身体を転がす。呼び出した悪意の泥の上を転がり、そこから欠けた身体を継ぎ接ぎする。左腕を再生する傍ら、その手の中にカードも生成。

 頭の中でスイッチを入れる。詠唱――限定召喚、無銘・剣、剣、剣、剣。

 

「██████▅▅▅▃▄▄▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▃▃▄▅▅▅━━━━――――ッ!!!」

「っがぁぁあああぁぁッ!!!」

 

 一振りに束ねた三百枚の無銘の(カード)と、振り下ろされるたった一つの頂点(いただき)の剣。数瞬の拮抗ののち、名も無き剣とそれを振るう細腕はすべて砕け散る。

 ああ、ここまで来るのにどれだけ掛かったことか。

 

 最初の一合は、たった一振りで断ち斬られた。

 そこから千合に、何の進歩もなかった。

 一万合を重ねてやっと、かの大英雄の影の最初の一太刀で死ぬこと(戦闘不能)はなくなった。

 二万と立ち向かい、三万と砕き割られ、五万と屠られ、十万を費やし。そうしてやっと――俺は彼の前で、細く拙いながらも一応の生存権を得た。

 

「上っ、左手っ、左手回し蹴りっ、もっかい上っ、体当た――りッ、そのまま蹴りっ!!」

 

 流石にこれだけやっていれば、辛うじて防戦することくらいは出来る。防ぐたびに剣を呼び直し、一秒生存するたびに身体を作り直すとしても、それでもどうにか立ち続けることができる。

 ――カレイドの魔法少女はこうではなかった? 全くその通りだ。彼女らは最初から彼に食らいついてみせた。それもそのはず、彼女らに比べて、俺のスペックは格段に低いのだから。

 まず、俺にはステッキが発動している物理保護がない。鎧を着ているかのような彼女らと違って裸一貫同然――文字通り服も半分以上吹き飛んでいる、大人状態だったら双丘・視線集束(ツインバスト・ビッグブルンチ)だっただろう――な俺は、大英雄の剣が掠るだけでも致命傷を通り過ぎてデッドエンドだ。

 次に、中身……というか、素体の貧弱さ。身体強化や神経強化、速度強化に反射神経強化。物理保護と合わせて、俺にも該当の魔術を行使できないわけではないが――カレイドの魔法少女の使うそれと比べて、俺のそれは弱い。聖杯の権能を一部行使できるとはいえ、たかだか二流前後の俺の魔術と魔法使い(宝石翁)の礼装のそれが比較になる筈もない。これがケイネスならばまた違ったのだろうが、俺は自身の特性と原作知識で以ってどうにか『それらしいソラウ』を取り繕っているに過ぎない。

 あるいは、俺自身の出自にも関係があるのかもしれない。聖杯の器として製造された最高傑作のホムンクルスであるイリヤスフィール、中身入りの天然聖杯である衛宮美遊。比較して、俺も同じく聖杯の末端に触れたとはいえあくまで紛い物、後天的にアインツベルンの秘術を肉体に刻みつけ、その疵によって力を振るっているだけだ。『自ずからそう出来ているもの』と『そうなるように為されたもの』では天と地ほどの差があるだろう。英雄王の言葉を借りるならば、真作と贋作と言うべきか。

 そして最後に、何よりも――戦い方、だろう。限定召喚や夢幻召喚を駆使し、風に乗り空を翔ける彼女らに比し、俺は地を蹴って、無銘の武具だけを頼りに真正面から大英雄へ斬りかかっている。そりゃあ、傷も増えようと言うもの。どう考えても馬鹿の所業、ずっと前から頭の中で、小憎たらしいアンリの笑い声が響いて止まない。

 ……白状してしまえば、俺自身も自覚していない驕りもあったのだろう。原作知識として未来と魔術を、英霊とその能力を知っている。ソラウの肉体には才があると知っている。ここにいるのは大英雄の影で、影ならば大元よりも格段に能力を落としている。いざとなれば聖杯の力もある。一流でこそ無いが、魔術師として二流程度の自分ならば食い下がるくらいなら、いい訓練になる――と。

 果たして、結果はこの有様だ。今になって、イアソンの言葉が思い起こされる。英雄達の誰もが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされ続けた頂点――その影、現し身ですらこれなのだから、己の愚かさにはほとほと笑いしか出ない。

 いや、違う。思考がまとまらないが、違う。己の愚かさなど知っていた。自惚れてはいたが、そんなものは知っていた。かの大英雄と己の距離を、この俺が見誤る筈などない。太刀打ちできないどころか、話にならないことなど分かっていた。

 だから、この結果も。全て納得の上で、こうして無限に立ち向かっているのだ――一重に、頂に立つ彼に憧れたが故に。

 

「なんとなく、外から気配を感じるなぁ……もうそろそろ、美遊達が乗り込んでくる頃なんだろうな。外界時間でおよそ〇.〇五秒……こっちで、だいたい三十七秒か」

 

 ゆっくりと立ち上がる。振り下ろされる拳に、五百を超え、千に連なる無銘の剣を一振りに束ね迎え撃つ。かち合う衝撃だけでその半数が砕け散るが――大丈夫、まだ、死んでない。

 無限に魔力を引き出せるとはいえ、一度に使える魔力は決まっている。タンクに水が無限に入っていたとしても、蛇口から出る水の量が一定以上にならないのと同じ。それでも無理やり、その規定を超えればどうなるか。どうなると思う?

 答えは、もうめちゃくちゃ痛い。身体中の魔術回路が励起し、さっきからそれが光と熱を放って止まないのだけれど、それでも魔力を引き出し続ける。

 砕けた端から無銘の剣を重ねてゆく。一振りで五百壊されるから、一秒で千を追加する。重ねれば重ねるほどに、内側からどんどん焼け落ちていく。しかし、何のことはない。ただの激痛が、大英雄の一撃より痛い訳がないのだから。

 この身は既に、この手に握る剣と同じ。幾千幾万回砕かれ、その残骸を寄せ集めて人型に継ぎ接ぎしただけのモノ。そこに芯として熱を通し、熱の上を走る魔力で身体を動かしている。成る程、こうなって初めてかの衛宮士郎(主人公)の気持ちの欠片でも理解できたような気がする。血潮は鉄、それも溶鉄。ああ、熱い。

 

「███▅▅▃▄▄▅▅▅██▅▃▄▅▅▅━━━―――ッ!!」

「が、ぁぁああッ!!」

 

 咆哮。猛進。かの威容は、敵対していて尚、俺の心を震わせる――なんと勇ましいのだろう、と。轟音とともに真正面上方から振り下ろされる一撃。受け止める? 避ける? 弾き返す? 道は多数、しかしそのどれもが死へ繋がっている。ならばどうする、ただ死ぬだけか。違うだろう、ここで間違えばかの戦士に申し訳が立たない。俺は何のために、彼の剣を見続けていたのだ。それは一重に――

 

「██▅▅██▅▃━━―ッ!?」

 

 強大な敵からの一撃。大英雄、ヘラクレスならこう対処する――右手に握った剣をかち上げながら手首を捻る。前に出ながら力をいなす。砕けた剣を補修しながら、懐に潜り込んで――振り抜いた一撃は防がれた。

 ならどうする? 大英雄ならこうする。体躯の差、巌のような横腹へ、握り込んだ左拳を叩き込む。魔力をブーストさせるも、大英雄にダメージはない。逆に、余剰魔力がひび割れから溢れて俺の左手が肩まで砕けたくらいだ。けれど、対価は確かにある。ダメージは無くとも衝撃は通る、かの巨体がよろめき、片足を後ろに下げた。

 

「行くぞ、大英雄――!!」

 

 砕けた腕を泥で再生する。横薙ぎに薙がれた岩の斧剣の上へ肘から転がり乗る。肩からごっそりと肉が削がれた。そのまま回転して、剣の上で立ち上がる。ぎりぎりと引き絞った腕を、魔力放出で加速させて突き出す。

 破砕音。重ねた千が全て砕ける。大英雄にダメージはない。衝撃。砕けた剣から生まれる圧が、大英雄を後方へ弾き飛ばした。好機――

 

「は、ははは、なんでだろな。こんな有様なのにさ。俺、楽しいんだ……!!」

 

 俺は知っている、数多の英雄の戦い方を。そのどれもが、俺には真似のできない一級品。だけど――真似できないなら、学ぶだけだ。

 泥の中で無限に精製するクラスカード(屑カード)。宙空にばら撒いたそれらを一斉に限定召喚し、無銘の黒い武具の雨を大英雄へと射出する。同時に、両手にはそれぞれ剣を。千ずつ重ねた剣を引っ提げ、剣軍を潜り抜けて大英雄のもとへ。

 正面から一撃。無傷。胸板を蹴り飛び退る。降り注ぐ剣軍。無傷。地を這い、両足に力を込めて再度突撃。右、左、もう一度右、下から、上から。ビルの天井や壁を蹴り、四方から斬りつける――無傷。そも、彼の身体まで届いたものは一つとて存在しない。全てその剣が斬り払っている。

 速度を上げる。出し惜しみはナシだ。射出した全てを爆破し、衝撃で命よりも貴重な一瞬を稼ぐ。よろめく影へ両手の剣を投擲。同じだけを限定召喚、もう一度投擲。同じだけを限定召喚、もう一度――そのまま、全身が壊れるほどの全力で踏み込んだ、

 二振りが着弾し、大英雄の影が大きく揺らぐ。それでもなお、斬り崩すには足りない。振り下ろされる剣。迎え撃つように、剣を交差して斬り上げる。一瞬の拮抗――もう二振りが着弾。ここしかない。

 

「砕けろ、妄念――ッ!」

 

 壊れた幻想、などと形容できる筈もない。しかし、生み出す爆発力はそれに勝るとも劣らない。至近距離で砕けた無銘の剣。弾き飛ばされる彼と俺。彼我の距離が開くその前に、俺は浮き上がった身体を魔力で更に打ち上げて、天井へ到達する。

 視界が反転する。床となった天井を蹴る。手の中に無銘の剣。注ぎ込むはありったけの黒い魔力。かの叛逆剣のごとく赤黒い雷を撒き散らしながら一振りの剣へと収束した力を携え、俺は――

 

「――███▅▅▅ッ!!」

「――幾度の死を賭してでも(アンリミテッド・レイズ・デッド)ッ!!」

 

 振り下ろす黒雷、かち上げる轟音。幾度も繰り返された剣戟と真逆となったそれは、互いの肉体へ吸い込まれる。

 衝撃。吹き飛ばされ、剣を床に突き立てることでどうにか倒れない。腹は裂かれ、鮮血が溢れ出している。

 対する大英雄――顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、頭の上から顔の半ばまで、斜に傷を抱えた、ヘラクレスの姿だった。

 

「……へへ」

 

 鏡面界に張った術式が解けるのがわかる。踏み込んでくる美遊、凛、ルヴィア。何事かを話したような気もするし、話していないような気もする――正直、ほぼ覚えていない。その少し後に乗り込んできたイリヤスフィールにも含めて臭いことを言ったような記憶と、肩を並べて戦ったような記憶だけがある。

 そして気がつけば、俺は冬木市と隣町の境に立っていた。空気でわかる、これはプリヤ世界ではなく、俺が元々いた世界であると。何が起こったのか理解もできず、はてあれは白昼夢であったかと一歩踏み出し――継ぎ接ぎの身体に走る大激痛に転倒、そのまま泥の中へ。結局俺は、無謀の代償として、一月を泥の中で痛痒さに悶えることとなったのであった。

 




改めまして明けましておめでとうございます(隔年)。

職場環境が変わったり残業が増えたり深夜残業が増えたり残業が減ったりで完全に供給側でなくなってたデミ作者です。
定期更新はブランクのおかげで難しいですが、またちまちま書こうかと思います。
SN編1話(いつになるか不明)が書き上がるまでこれを最新話として起きておきます。書きあがったらプリヤ編のところに移動します。
それでは、以下Q&A。

Q:なんで遅れたし?
A:SN編の展開がまるで思いつかない。
ソラウちゃんが参戦する必要がこう、ね……デメリット覚悟で人外魔境に飛び込む理由付けができてないのです。

Q:なんか考えてることは?
A:あるにはある。
具体的には間桐慎二改造計画。スーパーケイネスを育てた手腕でスーパーシンジ(エヴァにあらず)にする。
聖杯パワで無理やり魔術回路を開くか、魔術が嫌になった桜ちゃんの合意の上(慎二くんの合意は得てない)で二人の精神を入れ替えるか。
慎二くんが中に入った高校生桜ちゃん見たい……見たくない?

Q:HF2章見た?
A:見た。
今話の前半分くらいは1章見た時に書いてたものをリメイクしてたりします。ヘラクレスぅー! ヘラクレスぅー!
どう見ても影とはいえ大英雄にただの魔術師が対抗できる筈もないので、実質十年くらいソラウちゃんにはボコボコに殺されてもらいました。顔だけは守る女の鑑(脳があるから怖かった模様)。

Q:意識朦朧としてる時ソラウちゃん何したん?
A:イリヤと美遊に抱きついてほっぺたにチューした。
イリヤちゃんも美遊もかわいいからね、仕方ないね。
なお黒化聖杯アンリマ★アイリさんからご褒美が貰えた模様(再臨)

このくらいでしょうか。
それでは、遅くなりましたがお読みいただきありがとうございました。


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本編(〜第四次聖杯戦争決着)
目覚めてロリソラウ


初っ端からあまりシリアスではありません。


 ――目が覚めたらソラウだった。

 

「……なんでさ」

 

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。

 かの名作Fate/stay nightの前日譚……のうちの一つという立場のスピンオフ、Fate/zeroに登場するキャラクターの一人。その性格は冷たく苛烈、貴婦人あるいは女王様を想起させる人物であり――その上、昼ドラもかくやという三角関係のドロ沼を築いた発端。

 

 そのソラウに、俺はなっていた。

 しかも何故かロリッ子状態で。

 

「いや、本当に――」

 

 部屋を見回す。

 豪奢な天蓋付きのベッド、一目見ただけで高価さが窺える調度品の数々、壁に掛けられた金縁の装飾付き大鏡。

 男だった俺のものより大幅に小さくなった足と歩幅で、ぺたぺたとそれに歩み寄ってみれば。

 そこに映るのはやはりどこにでもいるような冴えない男ではなく――赤髪赤目、眉目秀麗、容姿端麗、撫でてあやして抱きすくめたくなるような超絶美少女に他ならなかった。

 

「――なんでさ」

 

 何が起こったのか――否、起こっているのか理解できない。混乱した頭が発するワードはかの心が硝子な主人公のもの、しかし口から出るのはロリっこソラウボイス(CV.豊口めぐみ)。かわいい。

 ……状況を整理しようにも、起こっていることがあまりに突飛すぎてどうしようもない。そもそも俺は元々ロリッ子ではなかったし、そもそも女性でもなかった。何処にでもいる大学生の男で、ただ型月が好きなだけの一般人(モブ)だった。それが何故、こんなところにいる? しかも、いずれ特大の死亡フラグを持つことになる幼女になって。

 埒があかないとは思いながらも、この状況をどうにか整理しようとベッドに座る。溜息を吐けば、それと共に漏れる声も幼く可愛い。頭を振れば、視界に入る長く綺麗な髪は深紅。ちら、と見遣った鏡で見る限り、まだ胸は膨らんでいない。いやいやそんな事よりも大事なものなんて沢山あるだろうとベッドに身体を投げ出そうとし――

 

「……ソラウ、入るよ」

 

 部屋に響くノックの音と、歳を経た男の声。思わずはい、と返事を返すと、品の良い木造のドアがゆっくりと開かれた。

 

「やあ、ソラウ。良い子にしていたようだね」

「……おとうさま?」

「おお! 私の言い付け通りに私の呼び方も矯正したようだね。流石は私の子、ソフィアリの娘だ」

 

 果たして、その男は『ソラウ』の父だった。初老と言うには少し若く、中年と言うにはだいぶダンディー。品の良さと高貴さ――というか、貴族感? のようなものを纏ったその男は、整った顔に笑みを浮かべながら此方へ近付いてきた。俺――ソラウと同じ深紅の髪が揺れる。

 

「ふむ、部屋を散らかした様子もなし。教養の勉強も済んでいるようだ。……ブラムも手の掛からぬ子だったが、お前はそれと並ぶな」

「とうぜんです、おとうさま。ブラムおにいさまの妹、そしておとうさまの娘としてぶざまなことはできませんから」

 

 取り敢えず相槌を返す。この頃のソラウの性格なんて分かるはずもない、故にモデルにするのは――幼い頃の遠坂凛。舌ったらずな身体のせいで、畏まった物言いも丁度よく中和されたように感じる。まずはこれで様子を見て――

 

「おお……ソラウ。お前はもう、そのように考えられるのだな。ブラムですらまだ五歳、六歳の頃はもう少し子供然としていたぞ。未だ未熟ではあるが、それでも見事なものだ」

「それは、おとうさまとおにいさまのお陰です。おふたりの魔術師たらんとしたありかたを学ばせてもらったから、こうしていたらぬながらも魔術師とあれるよう考えることができるのですから」

「うむ、うむ。そのまま歪まずに学び続けるのだ、ソラウ。未だお前の才は調べていないが、それだけの聡明さがあるのならば、たとえ家督を継げずとも良い家へと嫁ぐことも叶うだろう」

 

 言葉を返せば、ソラウの父親――面倒だからもう父と呼んでしまうことにする――は満足そうに頷く。嫁ぐだの何だのと言っているのは、『原作』におけるソラウのことと照らし合わせれば意味は理解できる。

 ソラウ――つまり俺――は、現在わりと激しい権力闘争の渦中にいるソフィアリの家として、嫡子であるブラムの予備として造られた。ブラムがその権力闘争の結果『どうにかなってしまった』時は俺を使い、そうでないのなら詰め込んだ知識教養と顔と性能で商品として売り出す。全く無駄のないプラン。

 しかし、意外なのはそのプランに嫌悪感や拒否感を覚えていない自分だ。いや、流石に心は硝子、もとい男なんだから男と結婚するのなんてさらさら御免ではあるが。そうではなく、娘を予備だの政略結婚の材料だのとして見ることについてだ。

 

「頑張りなさい、ソラウ。お前の頑張り次第ではあるが、望むのならば家を興すことも出来よう。優秀であればあるほど、ソフィアリの血族が根源に到達することが近付くのだから」

 

 こうして見、そして声を聞くと理解できる。俺が彼に嫌悪も拒否も示さなかったのは、偏にその言動全てから愛が感じられるからだろう。その形こそ魔術師でない(一般人の)俺に完全に理解することは叶わないが、それでもこの親なりにソラウを愛している。だからこそ、俺はそれにノーを突きつけることが出来ないのだ。

 

「――はい、わかっています。おとうさまは、このソラウをあいしてくれているのですね」

「勿論だとも。子を愛さない親など居るものか」

 

 彼は柔らかく微笑む。つられて、俺も別物と成り果てた顔に笑みを浮かべた。そこにあるのは、確かな愛のカタチ。

 だからこそ、言えない。形こそ一般的なものからは掛け離れているが、確かに我が子へと愛を注ぐ父親に、眼前の子が自身の愛するそれとは異なるなんて。だって、俺は、俺は――、?

 

「ソラウ?」

 

 ――俺は、俺の名は何だった?

 俺は大学生の男だった。型月と、Fateという作品群と、その世界とキャラを愛していた。勿論このソラウのことも、ソラウの辿る人生も、あるいは別の世界のことも知っている。

 なのに、肝心の俺のことだけが出てこない。いや、良く良く考えれば色んなところが穴だらけだ。名前も顔も身長も体重も家族構成も友達も――かつての自分に纏わることがすべて。

 残っているのは、『俺』というパーソナリティと……この世界に対する知識と愛だけ。それ以外は空っぽの伽藍の堂(ガランドウ)、まるで欠けた夢かのように虫食いだらけ。

 

「すみません、おとうさま。愛している、なんて言われて嬉しくなってしまって」

「なんだ、そんなことか。……いや、そう言えばブラムにばかり構っているのは私だったな。だがそれは仕方のないことなのだ、ブラムは次期当主なのだからね」

「はい、理解しています。だからおとうさま、一つだけわがままを言っていいですか?」

「構わないよソラウ。滅多なものでなければ叶えてあげよう」

 

 ――だから、俺は。

 

「もう一度、()()()()()()()()()()()

「そんなことか……いや、寂しがらせたのは私だな。構わないとも。お前はソラウ。ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだよ」

 

 ――俺は、ソラウになることにした。

 

「……はい、おとうさま。私はソラウです」

 

 その言葉を肯定し、同時に魂に刻み込む。今この瞬間から俺はソラウであり、ソラウとして生きて行くということを。嫌にすんなりと納得しそうになるのは、他者の人生を否定するべき『俺』の人生が空っぽだからか、それともどこかへ追いやったであろう本来のソラウに対する贖罪からか。

 そのどちらもなのだろうな、などと頭の片隅で考えつつ、俺は口を開いた。勿論、お父様(・・・)が此処へ来た理由を聞くためである。

 

「……それで、おとうさま。わたしの記憶違いでなければ、おとうさまはおにいさまの訓練に忙しいはずでは。うれしいですが、なぜ来られたのです?」

「ああそうだ、此処へ来た用を伝えねばならなかったな。他でもない、ソラウ、お前にも魔術を修めて貰おうと思ったからだ。お前の準備次第だが、今週中にでも魔術の基礎に触れて貰おうと思っている」

 

 ――魔術。その言葉を聞いて、俺の心は沸騰する。型月と言えば魔術と言って良いほど、この世界に於いてその重要度は高い。ましてや、このソフィアリの家は時計塔でも有数のロードの家。ならば、それに期待しない訳にも行かないだろう。

 

「……魔術」

「そう、魔術だ。その中でもソラウ、お前には我がソフィアリがロードとして司る魔術分野を中心として学んでもらう。さあ、ソラウ。その魔術分野とは何か、知っているな?」

 

 じっ、と此方を覗き込む父。口元や表情こそ笑ってはいるが、その瞳は真剣そのものに此方を射抜く。間違えることは許されない、とでも言うようなその視線。その視線に応えるべき回答は――

 

「……降霊科(ユリフィス)、あるいは降霊術。おとうさまが時計塔で学部長を務められていて、おにいさまが次期学部長を務める十三の学部のひとつにして、その魔術分野ですね?」

「ああ、良くできた、ソラウ。そうだ、降霊科こそお前が、そして我々が極めるべき分野だ。――さて」

 

 こほん、と父が咳払いをする。

 

「極めるべきとは言ったがな。基本的に、お前の訓練には私は殆ど携わらぬだろう。あったとしても、ブラムの教育を終えた後になる。その代わり、お前には基礎的魔術教育と将来を見据えての貴人としての振る舞いを会得して貰う」

「はい、それも、分かっておりました」

 

 頷く。頷くが、しかしそれをただ了承してしまってはいけないのも事実だ。何故なら、俺がこれからソラウとして生きてゆくにあたって『碌な魔術も使えない』なんてことはマイナスにしかならないからだ。

 

「しかし、おとうさま。それを踏まえた上で、一つおねがいがございます」

「ん、ソラウの我儘か。ついこの前会った時までは自己主張の無いものだと思ったが、どうやら我慢していただけのようだな――おっと、話が逸れたな。さあ、言いなさい」

「ありがとうございます、おとうさま。……それで、お願いと言うのは他でもありません。魔術の訓練をするに当たって、私の魔術回路の質、そして量が余人よりも優れていた場合のみ、おとうさまの望むことを全て行った上でさらなる魔術の研鑽を積む許可を頂きたいのです」

 

 一息で言い切る。

 ここで父の許可を得られるかどうかが、まず第一の分岐点だ。許可を得られれば、少なくとも原作――本物のソラウ――のように、ただ生まれ持った素質が優秀なだけの座する貴婦人にはなりはしないだろう。得られなければ……まあ、それはその時。出来ることならば父から手解きを受けたいところだが……

 

「ふむ、魔術に興味があるのだな。それは良い事だが、ただそれだけで首を縦に振る訳にもいかない。しかし、このやり取りで分かるようにお前が同年代の子供から隔絶した考え方をしているのも事実」

 

 ふむ、と父が唸る。あまり風向きは宜しくないようだ。だが、ここで諦める訳にはいかない。ならは、取るべき行動はたった一つ――!

 

「っ、おねがいします、おとうさまっ」

 

 座っていた状態から立ち上がり、父のズボンにしがみ付く。声は悲壮感を醸し出し、身体は膝あたりに密着させる。小さな手でくいっと布地を握り込み、更に追撃(Extra Attack)で上目遣いプラス捨てられた子犬のような表情……!

 先程鏡で確認したソラウの姿は十人いれば十人が振り返るような美幼女。しかも俺がソラウとなる以前は原作通りに感情の振れ幅が極めて小さかったはず。ならば、この行動の組み合わせで陥せぬオトコなど居るはずがない――!

 

「む、むう、分かった。分かったともソラウ、だからそんな顔をするのは止めておくれ」

 

 陥した(とった)。俺の渾身の演技により、父はなす術もなく陥落した。だが、ここで気を緩める俺ではない。ぱあっと花が咲いたような笑顔を演出しつつベッドに腰掛けなおす。

 

「ほんとうですかっ。ありがとうございます、おとうさま!」

「いや、構わんよソラウ。但し、条件は言った通りだ、お前の才能次第だぞ」

「はい、わかっています!」

 

 無論、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリという身体の素質を知っている俺からすればその条件は既にクリアしたも同然。故に、約束された勝利は手中にあるのだ。

 

「それではおとうさま、早速魔術の訓練に参りましょう!」

「はっはっは、学びに積極的なのは歓迎するが、直ぐに訓練とは行くまいよ。まずは魔術に関する勉強をして、後に魔術回路を開くところからだ。そこからで良いなら、今日はまだ都合が付くがな」

「かまいません、いきましょうっ!」

 

 策は成った。取り敢えずのところは。

 嬉しくて堪まらない様子の童女を演じながら、内心で一人ガッツポーズをする。そう、ソラウになって早々ではあるが第一の壁は越えただろう。

 だが、『ソラウ』に待ち受ける壁はそんなものではない。なにせ相方の某天才魔術師がどの平行世界でも基本的に死んでいたりするのだ。『ソラウ』の末路も推して知るべしといった所だろう。

 だが、簡単に死んでやる訳にはいかない。右も左も分からないままこんな幼女の身になったとはいえ、本来その人生を歩むべき人間の居場所を掠め取ったようなものだからだ。故に俺は決意する。

 

 ――俺が、あらゆる『ソラウ』の死亡パターンを回避してやるぜ!




型月暦はそれなりに長いですが、ソフィアリ家のことなんてあまり突っ込んで調べたことが無いので知識はあやふやです。間違いや勘違いのご意見やご指摘等ございましたら是非に宜しくお願いします。


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目覚めてソラウ現在九歳

降霊科の魔術って何やるんだよ……(調べても何も出てこなかった顔)
あ、あと原作に登場しない、喋るモブキャラが出ますので注意。出番はこれっきりです(多分)

7/21追記 :モブキャラ一名の発言を改訂致しました。ご意見ありがとうございました!


 ふぅ、と息を吐く。

 全身から力を抜き、椅子に深く腰掛ける。両脇の手摺に軽く肘をかけ、両手に握った二つの宝石に意識を集中させる――無駄な思考はここまで。必要な思考だけを、理性で回転させる。

 

 集中する。

 両の手の中にある宝石の、片方は空で片方は充実。内包する魔力の差だ。左手が空で右手が充実。左手が赤で右手が青。

 

「――魔術回路(application)起動(access)

 

 励起する。

 この身に宿ったスイッチを切り替える。イメージは、高所から飛び降りるもの。崖の端から奈落へと飛び込むと同時に、表出した魔術回路に魔力が回り出す。

 そして、埋没する――魔術的論理を展開し、過程を決定し、必要な式を導き出し、予め決定された結果を確定する。求められる知識と過程は、全てソラウの――俺の優秀な頭脳に刻み込まれている。

 

「……ふう、この程度ならもう大丈夫ね」

 

 故に、その成功は必然だった。

 両手に握られた宝石のうち、魔力が満ち充ちているのは――赤いもの。対して青い宝石には、かつての魔力の残滓すら残っていない。

 

「見事だ、ソラウ。先程見せてもらった『降霊』の他に、『転換』まで熟すとは。研鑽は積んでいるようだね」

「勿論ですわ、お父様」

「だが、まだまだ甘いな。構築した理論は完璧だが、その過程を辿る際に無駄が多い。効率が悪いということだ。その証拠に――ほら、赤の宝石に充てられた魔力が、元々青の宝石に溜まっていたものより減少しているだろう」

 

 言われ、意識を宝石に向ける――までもなく、理解できた。重みが違う。転換の魔術自体には成功したが、移し替えには失敗したというところだろうか。まあ、()()()()()から考えればこのロスは仕方ないだろう。

 だが、言い訳をする気はない。

 

「はい、仰る通りです。精進いたします、お父様」

「うむ。だが、お前のその年齢を勘案すればこれ以上無いと言ったところだろう。降霊魔術そのものに関してはブラムにこそ劣るが、お前の魔術全体はよく研鑽されている。私はブラムの訓練に戻るが、これからも自己の向上に励むように」

「はい。お父様のお言葉を胸に刻みます」

「ではな、ソラウ。次回の訓練は()()()()だ、それまで達者でな」

 

 そう言って、父は部屋を後にした。残されたものは、他の『同様の用途』を持った部屋より幾分か小さく、物も少ない、がらんとした部屋と、そこに置かれた椅子と魔術用品と、そして疲れて汗を掻いている俺のみ。いつも通りの訓練後の光景が、そこには存在した。

 俺が父に魔術の手解きを受けられるのは、基本的に二ヶ月に一回だ。残りは全てブラム――兄に充てられている。しかし、それでも『当時のブラム』と同じ程度、あるいは幾つかの分野に於いてはそれを上回る成果を出し続けているのは、偏にこのソラウの身体の優秀さと、俺の努力によるものだろう。特に後者に関しては、『努力すればするだけ成果が出る』という例を知っているだけに一層身が入るというものだ。

 

 その例の一つはエミヤシロウ――言わずと知れた原作主人公。非才二流の身でありながら、ただ只管に鍛え続けた先に格上の英霊と渡り合えるようになった化け物。

 また例の一つは佐々木小次郎――あるいは燕を斬った無名の侍。彼にとっては大したことが無かっただろうが、此方もただ只管に燕を斬ることのみを追い続けて、その結果に魔法の域に達する技を手にした化け物。

 

「そんな奴らがいる、現れるってのに……特にエミヤなんか才能が無いってのに。こうやって才能ある身体を与えられた俺が怠けてちゃ、何処にも面目立たないもんな」

 

 あるいは、そうやって努力を重ねるのもソラウの身体を奪った故か。自問しても答えは出ないことは理解している為、そこで思考を打ち切った。こうして思考のスイッチを簡単に切り替えることが出来るようになったのも、魔術の鍛錬による恩恵だろう。

 ともかく、努力を怠ることはできないし、しない。慢心が即、死に繋がるのはソラウの宿命と言っていい。故に、疲れた身体が脳へ向かって休みたいというコールを送っていることを無視しつつ――

 

「さあ、次は自主訓練ね。お父様とお兄様が家の工房は使うし、ここは私の研鑽する魔術には狭すぎるから――お庭の端を借りようかしら」

 

 ――少しだけ表出させていた俺の口調すら切り替えて。完璧に構築されたソラウの皮を被って、俺は可憐な少女らしく襟元をぱたぱたとさせながら蒸し暑い工房を後にした。

 やることは山積みで時間はなく、すべき事を成しても生き残れるかどうか定かでは無い。それでも全てに蓋をして、知らない筈のことには知らないふりをして、今日も一日魔性の美少女を演じる。

 

「それにしても……暑いわね。こんな服脱いじゃいたいわ」

 

 ともかく――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。改め、俺。

 ソラウにして一回目、俺にして二回目の、九歳の夏であった。

 

 ソフィアリ邸は広い。それはもう西洋の豪邸として恥じない広さを誇っており、冬木の遠坂邸はおろかかの衛宮邸よりも広いだろう。その豪邸の廊下を歩く。大きさ・長さは一般的なものなのだろう――あくまで豪邸としてはだ――が、そこは俺、前世は六畳一間の安アパートに住んでいた経験から、こうして少女の身体となった今では余計に長く感じる。まだ幼女であった時分に、歩いても歩いても廊下の端が見えてこなかった時は遭難したかと思った程だ。

 

「これ、ソラウお嬢様。人目が無いからとあまり無防備にしていてはいけません」

「あら、爺や。失礼したわ、あなたの言う通りね」

 

 曲がり角を曲がった時、唐突に声を掛けられた。背後でドアの開いた音がした、おそらくそこから出てきたのだろう――声の主は、この数年で聞き慣れたものだ。

 

「結構。して、お嬢様はこんな所で何をされていらっしゃいます。確か本日のスケジュールですと、十三時までの旦那様との訓練が終わった後は十八時の淑女教育まで休憩となっていた筈ですが」

 

 声を掛けてきたのは老齢の男。年老いてはいるが身長は百八十を優に超え、白髪頭と同じ色の口髭を蓄えている。

 その男は、このソフィアリ邸の執事長。初めてその存在を知った時には驚いたものだが、良く良く考えれば『原作』のエーデルフェルトにも執事はいたし、アインツベルンにはメイドも沢山いる。だから恐らく、彼は存在こそしたものの語られなかった存在の一人なのだろう。最も、見上げる彼はエーデルフェルトやアインツベルンの従僕ほど強い訳ではないだろうが。

 

「休憩だからこそ、よ。私には休んでいる暇もない事はあなたも知っているでしょう? 魔術の訓練よ。そして、あなたはいつも丁度いいところに居るわね。今日はお庭の端で魔術を使うから、その所を他の従僕に伝えておいて頂戴」

「旦那様には了解を得ておられて?」

「お父様が私の訓練は私に一任していることは知っているでしょう。許可は無いけれど駄目とは言われないわよ」

「そうですか、それは申し訳ありませんでした」

 

 言って一歩下がり、恭しく頭を下げる執事長。その光景に、ふむ、と内心で頭を捻った。

 彼はこの家で働いて長く、俺が庭で訓練をする際に許可を取らない事など既に良く知っているはずだ。その証拠に、こうして許可を取ったかなどと聞かれたことは最初の数回を除いて存在しなかった。なのに今日、改めてそれを聞く。その行為の意味を、魔術の訓練で良く回るようになった頭で考え、結論を出した。

 

「成る程、そういう事。じゃあ――ねえ、そこに跪きなさい」

「……はい、お嬢様」

「流石、躊躇わないのね。良くできた従者よ、あなたは――」

 

 語りかけながら、膝を折った男の頭へ手を伸ばす。その高さは丁度、小柄な少女である俺の胸の位置。そんな白髪頭へ俺はゆっくりと手を伸ばし……その頭を胸の中に抱き込んだ。

 

「ねえ、聞くけれど。あなた、私に態々あんな質問をしたのは、私がお父様と会話できているか確かめる為よね?」

「……」

「ああ、いいのよ答えなくても。あなたは気が回る男だもの、二ヶ月に一度の今日くらいはお父様と訓練以外の言葉を交わせたか気になったのでしょう?」

「仰る通りでございます、お嬢様」

「ほら、当たった。でも残念、そんな時間は無かったわ。それはちょっと寂しかったけれど――でも、あなたが気を使ってくれたから平気になったわ。だから、これはご褒美よ」

「お、お嬢様――」

 

 ――スーパー美少女ソラウ四十八の秘儀の一つ、籠絡っ!

 ――どうだ、男ならこんな美少女になでなでされれば堪らんだろう!

 

 内心で技名を叫び、頭を抱き込んだままゆっくりと撫でてやる。正直に言って男の頭を抱くのなんて遠慮したい事案なのだが、いずれ美女として成長するソラウとして生きてゆく以上我慢せねばなるまい。そして俺が目指すべきソラウ像、それは原作のような女帝然としたものではなく――いや、女帝然としながらもあらゆる相手を惹きつけてやまないスーパー貴婦人。ならば、今のうちからこの世界の男のツボを把握し、そこを突く手練手管を磨かねばならんのだ。

 故に、これも訓練の一環。ほら、その甲斐あってこの堅物の執事長もメロメロに――

 

「――お嬢様、誰彼構わず魅了しようとするのは止めなさい」

「あ、あらっ?」

 

 ならなかった。

 彼は頭を胸の中から抜くと、すっくと立ち上がる。

 

「まったく、油断するとすぐに人を支配しようとなさる。その行為に、どれだけのメイドと執事が籠絡されたことか。旦那様がぼやいておりましたぞ、『ソラウはこの家の使用人をみな乗っ取るつもりか』とな」

「あ、あはは……。その、ゴメンね? 気に障ったなら謝るわ」

「怒ってなどおりませんよ。形はどうあれ、仕えているお方から賞賛を頂いたのです。喜びこそすれ、怒るなどとは」

「……むう、まだまだ魅力が足りないのかしらね。精進するわ」

「お戯れを、お嬢様」

 

 ぴしゃりと言い放つ執事長。そんな彼から一歩下がり、俺は歩き出しながら口を開く。決して形勢が悪くなったから逃亡する訳では無い。ただ、そろそろ訓練に向かわないといけないだけだ。

 俺の使う――使おうとしている魔術の訓練には時間がかかる、正確にはその理論の構築に多大な時間を要する。故に、さっさと切り上げるのだ。

 

「じゃあ、そういう訳で。淑女教育の先生がいらっしゃる一時間前には訓練を切り上げてシャワーを浴びる積もりだから、それくらいの時間に用意をしておいて。迎えは誰か女性のメイドに着替えを持たせて遣わせて頂戴」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 それっきり、執事長へと背を向けて歩き始める。長い廊下を抜けて、目指す先は邸に備えられた広く優雅な庭園の隅。

 ソラウとして生まれ変わり、その能力を把握してから練りに練った魔術。そのレベルを上へ上へと押し上げるため、俺はただ歩き続けるのだった。




魔性の美少女ソラウちゃん。
魔術に関しては調べはしましたが知識があやふやなもので、間違っている点やおかしい点等あれば是非教えてください。あと降霊科で何やるとか。その都度訂正致します。

さあ、次回はソラウちゃんの魔術についてお披露目。転換ともう一つ、何を使うからわっかるっかなー。


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目覚めてソラウ魔術修行

はじめに注意。
今回は型月の魔術に関して独自解釈とか入ってます。
というかほぼ独自解釈です。
原作のどっかで似たようなことはやってたよな、というのは思い返しつつ書きましたが、無理な場合はごめんなさい。

それはそれとして六章とかヤバいですね。
所長のパパの話が出たり、エルメロイ二世では通常時間軸上にオルガマリーちゃんやアニムスフィア家があることが確定したりで大騒ぎです。プロットを練り直さねば。

そんなこんなですが、今回もどうかよろしくお願いします。


 ソフィアリ邸に設えられた庭園は、それはもう見事な規模を誇っている。

 青々とした広い芝生に、整えられた木々。噴水の周りを囲うように設置された花壇には色とりどりの花が咲いている。庭の周囲を覆う林は、高く大きく育ったオークの木によって構成されている。刈り込まれた芝生の上には大理石で造られた石畳。水場の近くには瀟洒なベンチとテーブル。豪奢にして優雅、そしてその殆どが――魔術的要素を含み、庭園全体で一つの霊的空間を構成し、形成していた。

 そんなある種の結界にも似た空間の構成物を、俺の独断で動かすわけにはいかない。庭での鍛錬の際には必ず、俺は物置から古い道具を取り出し片付けるようにしている。

 

「よい……しょ、っと。魔術回路(application)――起動(access)。転換――身体強化(gain_sta)

 

 一節一節、過程を意識しながら言葉を紡ぎ、魔術を発動させる。

 必要な荷物は多く重く、取り出すには身体強化が必要不可欠。故に、魔術回路を励起し、転換の魔術を応用し、身体強化を未熟ながらも施す。詠唱は我流――『Extra』のコードキャストから流用したが周囲にはそう通している――で、効果も今ひとつ。しかしながら、『元々存在する何か』に魔術を落とし込んでいる為に、未熟で微弱ながらもきちんと発動させられるという訳だ。

 そうして発動した身体強化を維持しながら、俺は必要な荷物を庭の隅、生い茂るオークの木々の下まで運び出す。用意したものはいくつかの貴金属製の硬貨や小物、そして小さなテーブル。

 

「……よし、と。にしても暑いな、こんな布地の厚い服なんて着たかねえよ……とっとと冷却の魔術覚えないと」

 

 周りに人はいない。俺はそれを確認し、俺としての素を曝け出した。

 ソフィアリの家という厳格な魔術の大家、そしてその息女という立場に押し込まれても気を違えなかったのはこうして息抜きが出来ることが大きいだろう。そして、息抜きをすると同時にやりたいことを追求出来るということが。

 そう、この自主訓練はソラウとしての研鑽を積むと同時に、嘗てこの型月――TYPE-MOON世界観と作品群に触れた俺が、その理想を追究出来る場でもあるのだ。

 

「よし。先ずはいつものから行くか! 身体強化(gain_sta)――転換――筋力強化(gain_str)

 

 身体強化の魔術を『転換』させることで、筋力強化の魔術へと変える。無論、転換の魔術は応用の効きやすいものとは言えど万能ではない。このような魔術自体を変質させることが可能なのは、この魔術が自身へ作用するものであるが故に操作し易いだからであるのと――俺の強化魔術が、転換魔術よりも未熟だからだ。

 まあ、それについてはどうでも良い。筋力強化を施した腕で、貴金属類の中から掴み出した金のティースプーンをぐにゃりと捻じ曲げれば、俺は一先ず強化の魔術を解いて息をついた。

 

「さて、と……理論の見直しはしたが、今日は上手くいくかね。まあ、やってみなければ分からんか――っ」

 

 捻じ曲がり、完全に奇妙なオブジェと化したティースプーンをそのままに、硬貨を一つ手に取る。これは銀貨、銀製ではあるが銀含有率の低い硬貨としてしか価値のないもの。俺は、手の中へ含んだそれへ魔力を流す。

 

「――銀含有率九十パーセント。うん、ただの銀貨だな」

 

 解析の魔術――と言っても拙いものだが――で確認したそれは間違いなく銀と呼べるものだった。だから何だと言われそうだが、今回はそれが重要なのだ。

 だって、銀貨を銀貨でなくすのだから。

 テーブルの上の雑然とした物を横に退け、スペースを空けてそこへ腰を下ろす。銀貨を握った右手は胸の前へ真っ直ぐ掲げ、左手はそこへ添えるように配置する。

 頭の中に魔術式は用意した。辿るべき過程も、到るべき結末も。だから、

 

「魔術行使――」

 

 息を吐き、集中し、埋没する。手に熱が集まるイメージ。その熱はゆっくりと、しかし確実に銀貨へと浸透し、侵食し、塗り替える。含有する銀、貴い金属とされたそれを別の物へと()()()()、卑しいそれへと堕とすために――

 

「――『置換魔術』」

 

 銀を対価として、銅を錬成する。

 かつて錬金術より派生し、しかし対価を支払っても同等か下位のものしか錬成することが出来なかった基礎魔術――置換魔術。ある外典(プリヤ)に於いて猛威を振るっているその下位魔術が、正しく下位の魔術としての結果を導き――

 

「……成功っと。まあ、本番はここからだよな……ッ」

 

 手を開けば、そこに在ったものは陽を受けて赤褐色に光る硬貨。意匠や大きさ、厚さなどは以前のままに含有する金属だけを変質させたそれが、手の中に収まっていた。

 その硬貨を、()()()()()()()()()()()()。緊張で強く握りしめた手が痛い。構わず、先程と同じ理論を構築。過程をなぞり魔力を通し、結果を――

 

「――ッ! ぐ、っ……失敗か」

 

 ――求められない。開いた手の中には、握り込む前と変わらない銅貨があった。置換魔術――銅を銀へと置き換える魔術は結実することなく魔力の無駄使いに終わったのだった。

 

「あー……! くそ、難しいな。というか、この魔術で()()()置換なんて出来るわけないだろ……とんでもないなエインズワース」

 

 ぼやきつつ銅貨を傍に置き、強張っていた全身を弛緩させ、魔術回路のスイッチをオフにしながら考えを巡らせる。内容は勿論、行使していた置換の魔術について。ソラウとして魔術訓練を始めてから何年も親しんできた魔術ではあるが、行使の後に思うことはいつも、

 

「……なんて、使()()()()()()

 

 ……置換魔術。

 文字通り『何か』を『何か』で置き換える魔術。

 

 例えば――『空間』と『空間』の繋がりを置き換えたり。

 『死者の魂』を『人形』と置き換えたり。

 あるいは……『英霊』を『人間』に置き換えたり。

 

 とかく『置き換える』ことに関してなら万能の魔術――と言うわけではなく。

 普通は空間の繋がりの置換なんて出来ないし、死者の概念の置換も、英霊を人間と置換も出来ない。出来るわけがない。父からも、そして前世の知識からも得ている『基本的に下位互換しか出来ない』と言う魔術であるのは嘘ではなく、通常の魔術師であれば見向きもしないと言うのも分かるというもの。

 それは俺――『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ』という優秀な肉体を得て、さらに其処へとある『アドバンテージ』を上乗せした俺でも例外ではなく、同等以上の置換は未だ成功したことはない。

 ならば何故こんな魔術の訓練を続けているのかというと……理由がある。ただのロマンだとか、打倒エインズワースを掲げているだとか、奇跡を期待しているからだとかではない。

 

「……『降霊』と『転換』と『置換』。何故だか他より扱い易いんだもんなあ」

 

 そう。降霊魔術、転換魔術、そして置換魔術。この三種の魔術は何故だかしっくりと馴染むのだ。無論他の魔術だって今の年齢を鑑みれば優秀に過ぎるくらいだし、ソラウの肉体であれば多大なる研鑽さえ積めばどれでも一流を誇れるようにはなるだろう。

 だが、この三種はそれを上回る。

 修得している魔術がランクとして他より優れているというのもあるが、何より『詠唱を簡略化できる』のだ。

 詠唱を簡略化できるという事は、式を用意し過程を辿り……と言った『自己に働きかける』必要がないと言うこと。つまり、その事象が自らの内で確固たる事実として存在し、確立しているということなのだ。

 これについても理由はある。仮説ではあるが、納得できる理由が。

 

「……納得は出来るけど、もっと上を望みたくはなるよなぁ。だって、『ソラウになったこと』が理由なんだったら、もっと別の誰かになってたなら更に優れた魔術師になれただろうに。ケイネスとかになりたかったよ」

 

 そう。その理由とは、俺がソラウになったこと。

 もっと言えば、俺の魂がソラウに『降霊』し、俺が男から女に性『転換』し、俺という個人がソラウと言う個人に『置換』したことに因むモノ。

 つまり、これは俺……ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリという存在がこうあるが故に発現したモノなのだ。仮説ではあるが、限りなく正解に近いものだと思う。降霊魔術に関してはソフィアリの血もあるだろうが。

 

「起源……とはまた違うだろうけど似てはいるよな、在り方が魔術に作用するってのは。ま、言ってても仕方のないことだけど。無い物ねだりしてる暇があるんならちょっとでも修行しないと……死にかねないし。よし、最後やるかぁ!」

 

 ともかく、気分を『転換』する。

 こうして自己に関わることになら、先程の三魔術は気安く使える。例えばこれ以外にも感じる暑さを置換したり、脳内時間の流れを展開したり。あるいは、俺としての口調とソラウとしての口調とを無理なく切り替えるのも転換の魔術の賜物だ。

 そして、これから行うのもまた自己に作用する魔術。ルーチンワークとして息を吐き、両手に二つのものを握り込んだ。片方にあるのは先程の銅貨、もう片方には捻じ曲がった金のティースプーン。

 

魔術回路(application)――起動(access)

 

 ――ところで、俺の得意とする置換魔術だが。この魔術に親しむ上で分かったことがある。

 置換魔術は錬金術から派生して、ものを下位互換に置き換える魔術。錬金術とは卑金属を貴金属へ『変化』させる魔術だ。それから分岐して、求めるものとは逆方向へ走った――それは確かなのだが、錬金術的なアプローチからだけでは決して原作――プリズマイリヤに於けるエインズワースの『置換』には辿り付かなかった。

 空間の繋がりを置換し、魂と人形を置換し、ヒトと英霊を置換する。その魔術は錬金術より出でたかも知れないが、既に錬金術ではないのだ。

 ならば、この魔術はどのような過程を辿っているのか――式を解析して見つけた答えは『コピー&ペースト』。置換魔術は、その結果に到るまでの過程において『写し取る』、『貼り付ける』という二つのステップを踏んでいる。

 死者と人形の置換や英霊と人間の置換などその最たるもので、それぞれ『死者』『英霊』という情報を――あるいはその情報の一端を――写し取り、媒介となるものに貼り付ける。それが置換魔術なのだ。

 先程の硬貨の置換も同じで、置き換え先の『銅』という情報を写し取り、含有する『銀』を等価交換として差し出し貼り付けることで結果を成した。夢幻召喚も、規模が大きくなっただけで同じ理論だろう。

 

「……置換魔術、発動。物質情報(material)読込(read)……完了(complete)

 

 ただし――それはエインズワースに限った話。

 置換魔術が下位互換しか出来ない関係上、明らかに下位である人間を、上位存在である英霊と置換するなどどう足掻いても不可能な筈なのだ。衛宮士郎のように彼らだけが特異であるのか、イリヤスフィールのように結果だけを呼び出しているのか、それともまた別のアプローチなのかは分からないが……それを可能にするのが彼らの秘奥であり、俺がそれを成せない理由。

 やり方や理論をどうにかすれば良いのではなく、使用するのが置換魔術である以上、『下位互換を成す』という規定を前提としている以上、どうやっても越えられない壁。圧倒的に足りない。同じ土俵で勝負をすれば負けるしかないのだ。

 ないのだが――

 

「……置換魔術、一時停止。転換魔術、発動」

 

 同じ土俵上で勝てないのならば別の土俵で勝負すれば良いだけであるし、足りないものがあるのならば別のものを使用すればいい。それが魔術師なのだから。

 転換魔術とは、魔力や精神、魂や概念を変化させる、あるいは()()()()()魔術。その範疇には勿論、自らがある物質へ込めた魔術を別の物質へ移し替える機能も含まれている。それを利用し、俺は、

 

「……物質情報(material)上書き(install)……!」

 

 ()のティースプーンから読み取った『金』の物質情報、それを保持した魔術を()貨へ無理やり押し込んで行く……!

 

「……っ、魔力のロスが、大きい……っ! こんな情報、入りきらない……!」

 

 瞬く間に溢れ出してゆく魔力に、枯渇してゆく体力。当たり前だ、これは置換と転換の何方もを得意としているからこそ出来る芸当ではあるが基本的に不可能な組み合わせ。自分が行使し、自分が操作し、これに関わること全てを自分が司るからこそ成し得る無茶。

 その無茶に耐えかねるように、情報を流し込んでいる銅貨が瞬く間にひび割れてゆき――

 

「……っあ!!」

 

 弾ける。

 魔力を噴出し手から零れ落ちた銅貨は、地面に落ちると同時にひびに沿って幾つかの破片へと砕け散った。結果は失敗、魔力と体力を無駄にしただけ。けれど、

 

「……はぁ、はぁ、ふう……よし、今までで一番の成果だ」

 

 割れて別れた銅貨の破片のうち、割合にして四分の1程度ではあるが……それだけの破片が赤褐色ではなく黄金色に輝いているのを見て、俺は小さくガッツポーズをした。着実に進歩している。

 汗を掻いて身体にじっとりと張り付くワンピースの襟元をぱたぱたとしながら、俺は大きく伸びをする。丁度その時、やって来たメイドの一人に声を掛けられた。察するに、先程執事長が向かわせると言っていた者だろう……口調を転換する。

 

「……ソラウ様」

「ああ、もうそんな時間なのね。あなたもありがとう、こんな暑い日にここまで面倒だったでしょう」

「い、いえ。そんなことはございません……恐縮でございます」

「うふふ、畏まらなくたっていいのよ。私はあなたを信頼してるもの。さ、お風呂場まで連れてって頂戴」

 

 なんなら私の身体を洗ってくれても良いのよ、なんて冗談を飛ばすと顔を真っ赤にする彼女へ、四十八の美少女奥義の一つであるソラウスマイルを向ける。彼女若いし可愛いんだよな、身体は女同士なんだし添い寝とかしてくれないかな……なんて思いつつ、俺は彼女に連れられて風呂場へ向かうのだった。




タグに独自解釈ありとか独自設定ありとか追加した方が良いのでしょうか。

それも含めてご意見ご感想、至らない点等あれば、良ければどうかお伝えくださいませ。
それでは私は六章の攻略に戻ります。


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目覚めてソラウ現在十二歳

なんだかソラウちゃんが気の向くままに魔導の探求をする小説になりつつある気が。
そしてソラウちゃんはまだロリっ子です。
今回も独自解釈モリモリなのでご注意を。

あ、それとUA沢山来ててびっくりです。
ご意見ご感想、評価も含めてありがとうございます。
全て目を通させて頂いております。
皆様の期待に応えられれば幸い。では、どうぞ。


 皐月の風が頬を撫でる。窓から吹き込んだそれはカーテンを揺らし、狭い狭い工房の埃っぽい空気を新鮮なものに入れ()える。その過程に『置換』の魔術式のヒントを見出しながら、

 

「……ダーメだ。どうにも上手く行かないな」

 

 俺――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、もう七年の付き合いとなった身体に張り付いたドレスの胸元を広げ、椅子に背を預けながら息を吐いた。息を吐きながら、魔術回路のスイッチを落とす。そのまま両脚を高く伸ばせば、机の上に組みながら下ろす。ドレスの裾が捲れるのもそのままに、丁度いい位置にあったガラクタの上に白く透き通る肌の脚を乗せながら、背もたれへと深く倒れこむ。

 背を椅子は俺の記憶にある物と同一ながら、俺の背中を受け止め切れずに小さく軋む。そこに別段可笑しなことはなく、ましてや何らかの魔術的要因もなく――ただ即ち、俺、十二歳。だいたいこの位の歳を境に幼女は幼女を卒業し、少女になる。魔法少女適齢期と言い換えてもいい。最も、俺の側には傍迷惑な愉快型魔術礼装など存在しないが。

 

「魔法少女、ねえ。見た目は少女で中身は大人の男ってのは、魔法少女に分類出来るんだろうか。いや、あのステッキなら嬉々として仲間に引き入れそうだが」

 

 どうでも良い事を呟くのは気分『転換』の一手法。歳を経て転換の魔術に親しむに従って、この程度は意識せずとも一工程以下(ワンフレーズ)で結果を求められるようになった。この三年ほど、ほぼ毎日転換と置換、そして降霊術に触れてきた故に当然とも言えるだろうが、それでもこれは確かな進歩だろう。が、勿論それ以外にも魔術の研鑽は積んできた。

 というか、研鑽を怠る即デッドエンド(道場送り)なのだから油断は出来ない。まあ、最近はただ単純に魔術の研鑽が面白くなってきた、というのもあるが。げに素晴らしきはこのソラウボディだ。

 そのソラウボディに美しいドレスが装備されているのは、今日邸宅に客人が来るからである。どの家の誰が来るかまでは知らされていないのだが、こんな礼服を着せるくらいなのだからそれなりの家の者が来るのだろう。

 だが、だからと言って今日一日は訓練お休み……なんてことにはならない。客人が来るその時間まで、俺はこの数年でそれなりにモノになった魔術の訓練をしているのだ。

 この三年で取り組んだことは、俺の基幹となり得る三魔術系統――即ち、降霊、転換、置換の三種の習熟度の深化。

 転換の魔術はその万能性を潰さないように広く浅く、そして自身に合致する分野に関しては深く探求を重ねた。深く重ねた分野は――勿論宝石系・鉱石系と、俺の独自魔術となる『置換』に接続する分野。それと新しく、ソフィアリ家の司る降霊魔術の補助となる分野だ。具体的に挙げるならば降霊を行った際の魔力の運用や操作、降霊物の制御など。今となっては、この転換魔術が俺の全てを支えていると言っても過言ではないだろう。

 さて、その降霊に関しては父の薫陶を賜りつつ、ソフィアリ家としての伝統かつ秘伝を――兄には及ばない程度にだが――学び、習熟した。かの接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)等の超高度降霊礼装には及ばないものの、其れなりの補助礼装や、転換と併用することで高度な命令(プログラム)を実行できる高位の使い魔の作成ができる俺のレベルは、総じて高い所に存在すると言えよう。最も、上には上が居るので相対的に見ればまだ中位程度だろうが。

 また、降霊術の研鑽の一端として独自に英霊召喚を試みたりもした。厳密に言えば『降霊術と英霊召喚のプロセスを通じた英霊の座へのアクセス』なのだが――当然と言うべきか何というべきか、此処まで行った十数回において、全て失敗を喫した。

 初めの数回こそ魔術式・魔術理論の不備であったが、それ以降の失敗はもっと根本的な原因によるもの。即ち、英霊の座にアクセスしようとしてもその座標が掴めなかったのだ。

 現世の魔法陣から出発し、定められた式と理論で座までのルートを開通させる。理論から出発し、過程を辿る……その最中で、結果に繋がる過程へと辿り着けない。過程Aと過程Bの間が繋がらない。俗に例えれば『道に迷った』という表現が近しいだろうか。目的地に向かって出発したはいいが、途中で道が複雑になって辿り着けずにすごすご泣き戻る。概ねこんな感じのことを繰り返した。エインズワースの『屑カード』……『どこにも繋がっていない』というアレもこのように出来たのかも知れない、と、その時は漠然と思ったものだ。

 

「エインズワース、エインズワースねえ……そういや結局、そんな名前の家は確認出来なかったよな。存在するのはエインズワースでなくアインツベルン。やっぱり此処は『原作』だ」

 

 呟きながら回想を続ける。回想、というのは一見無駄に見える行為だが、これも魔術の研鑽の一つだったりする。回想する、即ち過去から現在までの『過程を辿る』行為は応用すれば魔術行使の際の思考の滑りを滑らかにする。あらゆる精神活動はそのまま魔術訓練になり得る、と言うのが俺の学んだことの一つでもあるくらいだ。

 まあ、それはともかく。エインズワースと来れば次に導かれるのは置換魔術、なのだが……これに関しての進展はあまり存在しない。

 と言うのも、置換魔術の使い手が殆ど存在しない以上資料が少なく、現在構築している式の改良が捗らなかったためだ。一応は無駄を削ぎ落とし必要な過程を付け加え効率化は図ったが、置換魔術という分野において独力での進歩は難しいと言える。まあ、その分軽度の非物質置換の習得と、そのうち簡単なものならばほぼ無詠唱で行えるようにはしてやったのだが。

 それよりも、重要なのは『転換』と『置換』を複合させた独自の魔術――未だに名前は無い――である。俺としてもコレが自身の生命線になり得ると漠然と理解していた為に、この三年で最も力を入れてきた。その甲斐はあって、かなり踏み込んだ領域にまで達しただろう。

 まず言及すべきは上位置換――銅を金に換えたりする置換。これに掛かる時間と消費する魔力、そして必要な集中力は大幅に軽減された。しかし、肝心の置換そのものに関しては完全成功の例は今だに無い。原因もはっきりしている、読込(read)した物質情報(material)上書き(install)する際に、明らかに器以上の情報を押し込み過ぎているからだ。例えるならば、ゴム風船に容量以上の空気を送り込む、あるいは降霊術に失敗して二つの魂と肉体を暴走させる、はたまた上級AIのアバターに虚数域のメモリを積みまくる――だろうか。どれにせよ、容量オーバーでヒビ割れ破裂するのは目に見えている。

 つまり、魔術式自体に問題はないが、そこから求める結果を導く為には更に一手別のアプローチが必要になるのだ。そして、それ故に俺はこの上位置換をここで一旦ストップさせている。

 何故なら、今の俺にはどうしようもないからだ。手広く魔術を習得出来る肉体を持ち、その上降霊、転換、置換には秀でている。しかし、それだけ。出来ないことも普通に存在し、無茶を通せばどうにかなる訳でもない。一先ず棚上げ、というのは必要なプロセスなのだ。

 ならば棚上げしてから今日まで何をして来たかと言えば――

 

「よっ……と。流石に脚と背中が攣りそうだな。筋肉は解れたけど」

 

 声を出し、脚の下敷きにしていたガラクタ……透き通る水晶で出来た水晶玉を爪先で転がし、爪先から脚の上を滑らせて胸の前まで持ってくる。

 そう、このガラクタ――否、ガラクタに成る以前の『魔術礼装』の研究をしていたのだ。

 研究、と言っても開発や発展を目的としたものではない。置換と転換の併用魔術、その内の一工程である『コピー』を使用した、礼装に施されている術式の複製と習得、そして改竄。要するに、礼装によって齎される効果を盗みとってやろう、というものだ。

 その栄えある実験第一号として選ばれたのが、この水晶玉――『遠見の水晶玉』である。

 この水晶玉の効果は字の如く『遠見』。離れた場所の出来事を水晶内に投影し映し出す――のだが、俺はこの礼装と魔術式を徹底的に解体し、呪文の一言に至るまで言及し尽くした。何故なら、この遠見の魔術が置換転換の複合魔術と相性が良かったからである。この魔術式というのは、此処ではない何処か、指定した人、モノ、あるいは場所の現在を読み取り『複製』し、それを水晶玉の内に『貼り付け』て映し出すことで結果を成すもの。そして、そのコピーとペーストの二工程によって編まれているのならば俺の独壇場という訳である。

 実際には複製の前に座標指定や空間保持、貼り付けの後に映像化やリアルタイムでの同期等の様々な魔術式を重ねることで礼装として完成させていたようだが、俺はそれら全てを学んだ上で――省略した、否、省略出来てしまった。『起こっている事実』の全てを『複製(コピー)』し、そのまま『貼り付け(ペースト)』る、という荒技によって。ただ一つ、リアルタイムでの同期を図る式についてはそのまま採用したものの、それ以外は軒並み纏めて簡略化した。その結果が――

 

「……『遠見(view_map)』」

 

 この、()()()での魔術行使である。

 そう、魔力を通すだけで効果を発揮する……一工程で済むはずの礼装のメリットを殺す結果。しかし、俺は全く後悔していない。何故なら――

 

「……あら、丁度お客様がいらっしゃったみたいね。まあ、先ずはお父様がお相手をなさるのでしょうし、私は最後の顔合わせに間に合う位に行けば良いでしょう」

 

 ――何故なら、その魔術を発動しているのは水晶玉でなく窓だから。何の変哲もない窓で、俺は遠見を実現させているのだ。

 これが理由。俺は礼装とそれを構成する魔術を分解し尽くし、その根幹たる魔術を根こそぎ自分のものとした。『一工程で、それなりの魔力を消費する、水晶玉が無くては発動できない魔術』から、『一小節で、魔力消費が殆ど無く、何処でも発動できる魔術』へ。払ったデメリットに対し得たメリットは遥かに大きい――ついでに様々な魔術理論に触れられたとあれば、完全に俺の勝ちだろう。

 これに味を占めた俺は、その後も様々な礼装の解体に手を付けた。今の所は遠見の水晶玉ほどにモノに出来たものは無いが、幾つかは時間の問題という所にまで来ている。

 無論、月の聖杯戦争でも無ければそうそう簡単に礼装など手に入らないもの。手に入らないもの、なのではあるが――そこはソフィアリ家の財の力と言うべきか。父に可愛くおねだりをすれば没落した魔術師の家系の礼装を買い取り与えてくれるあたり、名家の力の大きさを思い知らされる。まあ、当の売り出した魔術師も、礼装をばらばらに解体された挙句自身の施した術式と理論をそのまま盗まれるとは思ってもいないだろうが。

 

 そこは俺が生き残るため、勘弁して欲しい。

 

「……それにしても来客、ね。ちょっと気になるわね、聞き耳を立てに行きましょうか」

 

 そして、情報収集も生き残ること為には必要なのだ、うん。

 そう自分に結論付け(言い聞かせ)て、椅子から立ち上がる。大きく伸びを――しても、胸は別に盛り上がらなかった。というか、俺――ソラウは歳の割には発育が遅い。最終的にはzero勢の中でも一番の巨乳になるのは確定しているのだが、それはそれで元男としては複雑だったりする。

 そして、zeroと言えばその顛末をどうするか。それについてもずっと頭を悩ませてはいるが……

 

「こればっかりはまだ結論が出ないわね。ま、今考えることじゃないかしら。部屋を出ましょう……っと、その前に。『浮遊(add_float)』」

 

 足蹴にし、胸に抱いていた、元・遠見の水晶玉……今となってはただの水晶玉に魔術を施す。求められる結果は『浮遊』。文字通り、物質を自由自在に空中で動かす魔術。

 無論、掛け値なしの大魔術――という訳では無かったりする。実はこれ、遠見の水晶玉から盗んだ座標指定の魔術式と、非物理置換……重力の置換を組み合わせているだけだ。一応、使っている魔術は置換なので他の魔術師も出来ないことはない……だろうが、秀でている俺でなければ『優秀な魔術師』レベルでやっと、それでも一つの動作に十小節以上(オーバーテンカウント)は掛かるだろう。つまり、実質俺専用という事だ。だが、俺に取っても平易な魔術ではないことは確かであり、この水晶玉……解体し尽くした後に俺の血と魔力と魔術とを注ぎ、その上で所有の刻印を施したこれにしか使えないが。

 言うなれば、俺の初めての自作礼装だろうか。全てを終えた後に淡い青から綺麗な菫色へと変わった水晶玉を見て、柄にも無く高揚したのを今でも思い出せる。今の所はこうして浮かせ動かして俺に追随させるのと、遠見の魔術のスクリーン程度にしか使えないが。それでも狐巫女神(キャスター)っぽい気分にはなれるので万事オーケー。精神の休養も必要なのだ。

 

「戸締り完了。まあ、水晶を浮かせる()()()ならお客様に実力を見せる魔術として不足は無いでしょう。もしかしたら、お父様にお褒めの言葉を戴けるかも知れないし、ね」

 

 廊下を歩く。そう言えばこの七年、この廊下ばかり通っている。思い返してもソフィアリ邸から外へ出た事が無いくらいだ。権力闘争の渦中に在って危険とは言うが、外に出た事が無いことに気付かない位には俺も現状に……約束された死の未来を持つソラウとなったことに動転していたのかも知れない。

 考え事をしつつ廊下を抜けると、そこはもう父の応接室の目と鼻の先。扉から離れた所でも時たま声が聞こえるくらい、会話は白熱しているようだ。これならば聞こえ易い、とドアの前へ忍び寄り、

 

『ソラウ。そこに居るんだろう』

「――ひゃあっ!? ……失礼いたしました。それで、お父様?」

『私は少し喉が渇いたのだが、紅茶が切れてしまってな。我が客人と私の分、厨房から茶菓子と一緒に持ってきてくれたまえ』

「はい、お待ち下さい、お父様」

 

 微かに頬を染め、すごすごと引き下がる。

 多分、廊下に感知の結界でも張っていたのだろう。気付かないとは正に未熟。一抹の悔しさを覚えつつ、廊下を抜けて厨房へ。メイドへ話を通し、ワゴンと茶と菓子のセットを受け取る。ウィンクとスマイルをつけてやれば、オマケにドライフルーツを一つゲットした。メイドの指から直接食んでやれば彼女は頬を染めて卒倒しそうになっていたが、まあそれは彼女へのご褒美。

 問題は、俺が客人と顔合わせ出来るのかどうかなのだが――

 

「まあ、私の名前を出して、その上で態々お使いに出すのだからその気はあるのでしょうけど。それにしても、お茶とお菓子を運ばせるなんて――私は給仕(メイド)ではないと言うのに。ほら、ドレスだってこんなに綺麗なのに……もう」

 

 ぶつぶつと漏らしながらお茶菓子のワゴンを押す俺の衣装は、肩を曝け出した深紅のドレス。もっと言えば、かの礼装『恋知らぬ令嬢』のソラウの纏っている『アレ』を子供用にダウンサイジングしたもの。元が元だからか、あるいは元ネタが元ネタだからか、ぴったりよく似合う。戯れにこれを着せてくれたメイドにしなだれ掛かってみれば、一撃でノックダウンさせた程だ。

 

「まあ、大した距離でも無いし構わないか。さて、今度は急に声を掛けられても驚かないように――」

『だからな、今の私達のことを考えてくれ。確かに君は良い友人だが、流石にこの額は承諾しかねる』

『君の家が権力闘争の渦中にある事は知っている。だからこそ、私に協力してくれと言っているのだ。時計塔のロード同士の同盟となれば、多少の余裕も生まれるだろう』

 

 ロード、とそう聞こえた。成る程、他のロード相手ならば俺を着飾らせたのも分かる。恐らく、兄ブラムは既に顔合わせを済ませているのだろう……そうして気を抜いていた俺の耳に飛び込んできたのは、超特大の爆弾だった。

 

『そうは言うがな。()()()()()()()()()()に、完成の目処も立たぬ物に金は使えぬのだよ――この巨大装置の設計図を見ても、そう言わざるを得ない。分かるだろう、()()()()()()

『ぐ、ぬ……っ』

 

 ――時計塔のロード、マリスビリー・アニムスフィア。その名は、そしてその名の示す意味は余りにも大きく重い。同時に、それらを活用出来るように、脳内で考えが纏まってゆく。それら全てが纏まり切った所で、俺は淑やかな女の仮面を被り、

 

「お茶をお持ちしました、お父様」

 

 静々と、応接室の扉をノックした。




パパニムスフィア登場。
型月成分が欲しくなってCCCを再プレイしてましたがやっぱり良いですね。
それにしても、エクストラ系列はグランドオーダーと重なるところが多いような。考察が捗ります。

今回もまた、ご意見ご感想、注意点など御座いましたらよろしくお願い致します。


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ソラウちゃんとパパと所長のパパと

エルメロイ二世の事件簿の第四巻を待ってたら更新が遅れました。
いや、所長出てますからマリスビリーも出てるかも知れない、出てたら口調とか気を付けないとって判断でした。

それはそれとして8/19はソラウちゃんのバースデーです。
祝いましょう。


 重苦しい音を立ててドアを押し開く。もう慣れはしたが、まだ小さかった頃は扉を開けるという一動作にすら苦労したものだ。

 場違いな感慨を抱きつつ、銀のワゴンを室内へ運び入れる――応接室のソファに向かい合って腰掛けていたのは、見慣れた父親と見慣れぬ壮年の男性。その二人へ向けて、俺はゆっくりと頭を下げた。

 

「失礼致します、お待たせ致しました。お茶とお菓子をご用意致しました、お父様」

「ああ、ありがとうソラウ」

「他にご要望はございますか、お父様?」

「いや、充分だ」

「承知いたしました。それでは、私のような第二子がお二人の邪魔をしてはなりません。私はこれで下がらせて頂きます」

 

 一度目よりも大きく、恭しく礼をする……ほんの少し、俺と長年付き合った者しか分からないような好奇心と不服の表情を浮かべながら。

 勿論この動作、そして浮かべる表情すら計算ずくだ。憂いを帯びた表情の中に好奇心と、思わず庇って構いそうになる小動物的な要素を絡める。向ける相手が父親で、そしてこのような状況であるならば、先の行動は十全に読めたようなもの。即ち、

 

「まあ、待ちなさいソラウ。……マリスビリー、娘を紹介させて頂いても構わんかね?」

「勿論だとも。先程のブラム少年は魔術師の家系の跡取りとして、非常に良く出来た子供だった。同じソフィアリ家の娘と言うのならば、是非ともご紹介願いたい」

「そういう訳だ。ソラウよ、此方は私の大事な客人。失礼の無いように挨拶しなさい」

「宜しいのですか――いえ、失礼致しました。それでは、有り難くお受けさせて頂きます 」

 

 ――来た! 予想通り、一度引いてみせれば父は此方に配慮をしてくれた。最早身内程度ならばある程度行動をコントロール出来るようになったことに軽く満足を覚えるが、今はそんなことに構っていられない……もっと重要な事案が目の前に存在するのだから。

 その事案とは、言わずもがな『マリスビリー・アニムスフィア』。かのオルガマリー所長の父にして、これから未来において設立される――あるいは設立される可能性のある、カルデアという組織の所長となる人物。

 では、何故このマリスビリー氏が重要な事案と成り得るのか、なのだが……それはこの世界、あるいはこの世界の未来についての不確定さに起因する。

 端的に言うと、現時点でこの俺のいる世界が『Fate/zero』なのか『Fate/stay night』なのか『Fate/Grand Order』なのか、あるいは可能性は少ないが『Fate/EXTRA』なのか、それともその他外典のどれかであるのか――つまり、()()()()だか判明していないということである。まあ父や兄、そしてその他の外部の講師達の話を聞く限りに於いてはエクストラであったりアポクリファであったりはしなさそうではあるが。

 ともかく、『俺のいる世界がどれをベースにしているのか分からない』と言うのは大きな問題である。何故なら、俺の生死に直接関わってくるのだから。

 そして現状、俺の辿りそうな運命は大別して二つの世界線(ルート)に絞られている。

 一つは、俺の居る世界が『Fate/zero』、あるいは『Fate/stay night』であった場合。これならば話は簡単だ。俺の覚えている、忘れられない情報と知識――魔術を満足に使えるようになってから魂の奥底に強く焼き付けた――を駆使し、どうにか生き残るために動けばいい。難易度こそ非常に高いが、結末や道筋が分かっているというのは大きなメリットになる。……最も、このzeroやSNであったとした場合、もう一つ()()()()()が待っているのだが。

 そして、もう一つが『Fate/Grand Order』の世界であった場合。もしも俺の存在する世界が此方であった場合は――俺の生存は、()()()()()になる。少なくとも、二〇十六年までは。何故なら、この『Fate/Grand Order』の世界に於いて、聖杯戦争はただ一度のみしか開催されていないのだから。

 その根拠が明示されたのは、『Fate/Grand Order』における期間限定イベントの一つ『Fate/Accel Zero Order』――通称ゼロイベ。その中で、はっきりとエルメロイ二世(ウェイバーちゃん)が説明している。

 つまり、この世界が『Fate/Grand Order』であった場合、俺は第四次聖杯戦争など存在しない世界で二〇十六年まで安穏と暮らした挙句、人理焼却に巻き込まれて死ぬ羽目になるということだ。

 今回の邂逅は、それを覆し得るもの。人理焼却がもしも成された場合に、生き残る術を得る為の邂逅である。そして、生き残る術を得る為には必ず事を成さなければならない。

 

 即ち――マリスビリー氏に取り入ること。これが必須だ。

 

「こんにちは、おじさま。私はソラウ、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリと申します――高名な天体科のロードをこの目で見ることが叶い、光栄に存じます」

 

 男を籠絡する四十八の必殺技のうちの最も基本となるもの、ソラウちゃんスマイルを振りまきつつ、スカートの端を摘み一礼をする。長年叩き込まれた淑女としての礼節に則った、それでいて花の咲き乱れるような可憐さを香らせて、相手のハートをロックオンする。予習は完璧に済ませてある、故に好感を持たれることは間違いない。惜しむらくは、最近籠絡した相手がおじさまばかりであるという点か。

 

「おや、君は私のことを知っていたのかね」

「勿論です、ロード。偉大な父と兄の下にある存在とはいえ、私もソフィアリ家の端くれ。二人に恥を掻かせるような真似はしないように、研鑽と情報の収集に努めておりますので」

「ふむ、良い心掛けだ。やはり君も良く教育されているようだ。願わくば、私もこのような後継ぎを持ちたいものだな」

「恐れ入ります、ロード」

 

 下げた頭を上げ、しずしずとワゴンの側に戻る。そのままワゴンに乗せた紅茶と茶菓子を二人の前に置き、もう一度一礼。少なくとも無様を晒すことの無かった俺に、父はご満悦のようだ。相対するマリスビリー氏も、どこか緊張を解しているように見える。

 

「しかし、君達アニムスフィアが山から下りてくるとはな。余程のことが無い限り、君達は星の巡りにしか興味が無いものだと思っていたが」

「此処もその星の一つだろう? だが――今回私が君の所を訪れたのは、この計画が我々にとって、君の言う『余程のこと』だからなのだからだがね」

「そうだろうな、ロード・アニムスフィア。だが、何度要請されようと、このままでは首を縦に振ることは出来ない」

 

 父は、紅茶のカップに口をつける。対してマリスビリー氏の方は、茶にも茶菓子にも手を付けようとしない。心なしか、その表情は切迫しているように見える。窓も開いているというのに、じっとりと汗を掻いているほどだ。

 

「ロード・アニムスフィア。貴方がこうして設計図まで公開しているのは、この『天体図のようなもの』を完成させるために必要な肝心の魔術式が未完成だからだろう。完成する見込みすらない。君主(ロード)間でのツテが生まれると言えど、これには金は出せんよ」

「どうしても……どうしても駄目か」

「無理だ。そもそも、何故わざわざ我々ソフィアリに話を持ってきた? アニムスフィアは貴族主義派だろう。法政科はともかく、同じ派閥の鉱石科(キシュア)――エルメロイにでも頼れば良いだろうに。それに、エルメロイには天才がいる。私の教え子だが、彼の才能は当代一だろう。彼ならば足りない魔術理論の補強もしてくれるかも知れないぞ」

「エルメロイには既に話を通した。アーチボルトの若き俊英にも協力を要請した。だが――駄目だ、取り付く島もない。アーチボルトの倅の方は、理論にだけは興味を示してくれはしたが……」

 

 良い具合に議論が発展し、俺の存在は忘れられつつある。最も、そうなる為に一切の口出しをしなかったのだが。

 ともかく、好機(チャンス)到来といった所だ。ワゴンの側に控えた俺の立ち位置は万全、二人の注意は俺から逸れている。窓は開き、そこからゆるやかに風が流れ込んでいる。そして――最も重要な『天体図のようなもの』の設計図(スクロール)は、無造作に机の上に置かれっぱなし。杜撰な管理に見えるが、そもそも此処は降霊科(ユリフィス)のロードの家、それも応接室だ。外部からの魔術干渉など容易に跳ね除ける此処は、この敷地内でも安全な場所の一つと言えるだろう。

 ――だが、内部からの干渉にはどうか。

 一工程以下(ワンフレーズ)で、慣れ親しんだ魔術を発動する。魔術回路の起動は一瞬。発現する現象も、また一瞬。発動する魔術は低位の基礎魔術であり、魔力消費も無いに等しい。故に、この一連の企みは誰に露見することも無く、

 

 ――非物理置換、発動……!

 

 窓から風が吹き込むと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「……あっ、お父様!」

 

 一工程以下(ワンフレーズ)での魔術行使など、求められる結果は大したものではない。ましてや、自分の礼装と化した水晶玉にならばまだしも、他者の持ち込んだスクロールなどに大きな変化を齎すことは出来ない。だが、今回に限ってはそれで良いのだ。

 なにせ俺の目的は、机の上に置かれた設計図を、風の仕業に見せかけて机から落とすこと――そして、それを俺がキャッチすることなのだから。

 咄嗟に手が出た風を装い、ひらひらと舞う設計図を掴み取る……果たしてそれは問題無く成功した。掴み取った一枚の紙切れには、事細かに文字や図が書き込まれている。その内容は複雑かつ難解であり、一般的な魔術師ならば四分の一もその内容を理解出来ないようなもの。本来ならば、齢十二の小娘に理解出来るような物ではないだろう。

 

「拾ってくれたか、ソラウ。客人の持ち込んだものだ、綺麗に返却するのが当然だからな。だが、どうも内容を見てしまったようだが……マリスビリー?」

「構わないさ。君の言う通り未完成品の上、そもそもその内容は彼女には理解出来な――」

 

 ――だが、その小娘が俺でなかったならばの話だが。

 

「……天体図、地球儀? いえ――これは、擬似天体。地球の、コピー?」

「っ、なんだと!?」

 

 マリスビリー氏が声を荒げ、けたたましく音を立てて椅子から立ち上がる。父は驚愕に目を見開き、しかしこちらをじっと注視している。父の反応は概ね予想通りだが、マリスビリー氏の驚き様は予想以上だ。

 ――後々考えてみれば、その驚愕は尤もだった。自らが心血を注いで作成した巨大魔術構造物の全貌を、複数枚ある設計図のうち一枚、しかも軽く目を通しただけで把握されたのだから無理もないというもの。

 だが、俺には『原作』の知識が存在する。原作知識は、この世界で生き延びる為に欠かせないものだ。だが、それはただ単に『原作の流れを知っているから有利である』という意味ではない。

原作の知識を所持しているメリット。それは、『あらゆる物事』が『何であるか』を知っているという点にある。

 原作の流れなど、この型月世界においてはあまりに不確定だ。一番の原作である『Fate/stay night』一つを取っても、開始時点から三つのルートが存在する。それほどに世界が分岐し得る以上、原作の流れは参考程度に留めておくべきだ。

 それよりも、目の前に現れた現象が一体どういうものであるのか、それを理解することが出来る知識こそ有用なのだ。

 

 例えば、魔術とはどのような物で、どのような種類が存在し、どのような使用例が存在するのか。

 例えば、時計塔とはどのような場所で、そこに属するロードとは何で、どんな人種が集まっているのか。

 そして例えば――そのロードの一人が持ってきた設計図に描かれている『カルデアス』とは、一体どのような用途で用いられ、どのような理論で構築されているのか。

 

 今回は、その知識が必要だった典型例だ。生存の可能性を少しでも上げるため、その知識とその驚愕こそが必要だった。驚愕し、俺に……ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリという魔術師に興味を持って貰うことが必要だった。

 

「……ソラウ。お前はそれが何であるか理解できるのかね?」

「……? はい、お父様。拝見させて頂く限りでは、地球に魂が存在すると仮定した上でどうにかその魂を観測できるカタチに押し込めようとしている巨大な魔術構造物のようだと考察いたしましたが、間違っておりますか?」

 

 座ったままの父から向けられた疑問に回答し、また質問をマリスビリー氏へと向ける。回答を聞くまでもない、正解に決まっているのだから。このカルデアス――あるいはそのプロトタイプの設計図に記されている理論は()()知っている。

 

「い、いや……、間違っていない」

「そうですか、良かったです。父と家の名に、恥を塗らずに済みました。それにしても……美しい魔術理論を構築なされておられますね、ロード」

「ははは、これを一目見ただけで理論まで見破るとは、ソフィアリの娘は大した傑物のようだ。美しい君にそう言われると、天にも昇る心地だよ、リトルレディ」

 

 だが、話は思ったように転がって行かない――それもそうか、と考え直す。たかが十二歳の小娘が設計図の魔術理論を見破ったところで、単なる秀才としか捉えられないのは分かりきっていたことだ。だが、それでは足りない。いずれ発足する可能性のあるカルデアという組織に対して、これでは繋がりを持つことは出来ない。出来ないのならば――

 

「そんな、恐れ入りますロード。――ああ、でも……本当に素晴らしい魔術理論。ねえロード、お父様。これ、()()()()()()()()()()?」

 

 ――自ら、流れを引き寄せるまでだ。

 無邪気に笑い、そう告げる。顔はソラウちゃんスマイル、全身はソラウちゃんムーブ。淑女教育で身に付けた作法をふんだんに使い、なおかつ子供らしく悪戯っぽく。しかし、その声音には真に迫るものを含ませる。こんなもの、置換魔術よりも簡単なことだ。そして、簡単な分だけ結果も容易に予測出来る。

 俺の言葉に凍りついたのは男二人だった。先程、設計図が何であるかを当てた時よりも深刻な顔でこちらの様子を窺っている。その瞳の中に見えるものは――父は驚き、マリスビリー氏は驚きと期待の入り混じったものだった。

 

「……ソラウお嬢さん、その設計図に書いてある物を造りたいと言うことは、つまり()()()と言うことかね?」

「あまり言いふらす事ではありませんけれど、その通りですロード。但し、私なりのやり方になりますけれど」

「……構わないかね、マリスビリー」

「ああ、構わないとも。――じゃあ、少し我々に見せてくれるかね……リトルレディの魔術を」

 

 ――釣れた(フィッシュ)。内心でガッツポーズをする。

 本日の一件は、彼等に対して魔術を披露することが出来るかどうかが分かれ道だった。その為に少々強引に話を進めはしたが、その程度は仕方が無いだろう。俺は別に弁が立つ訳でもない、出来ないことも沢山ある。その中で、生き延びるために全力を尽くしているだけだ。

 だから、俺にとっては此処からが正念場だ。

 先ずは魔術回路を起動し、遠見の魔術から盗み取った座標指定の魔術式に魔力を通す。座標を調べる物体は、俺の礼装と化した菫色の水晶玉。自室にあるそれを捕捉し、非物理置換を駆使して浮遊させ、応接室まで運ぶ。廊下を突っ切ってきたそれを扉を開けて迎え入れれば、父やマリスビリー氏は大層驚いた様子だった。だが、此処で驚かれても困る。本当に見せたいものは、此処からなのだから。

 

「……置換魔術、発動。検索、惑星情報。物質情報(material)読込(read)……未完(incomplete)

「置換魔術だと?」

 

 疑問の声。しかし、己の裡へ埋没した俺の集中はそんな事では止まらない。

 

「置換魔術、一時停止――検索方式変更、使用理論、降霊魔術。惑星情報再読込(reload)……未完(incomplete)。情報量過多につき、読み込む情報を縮小化。大陸情報再読込(reload)……っ、ぐ、ううっ」

 

 ずきり、と魔術回路に痛みが走った。感覚としては、肌の下へ熱した針金を差し込まれる、という表現が近いか。全身から汗が噴き出し、呼吸が乱れそうになる。ずきり、ずきりと回路が悲鳴を上げる――しかし、魔術を行使する手は止めない。

 中途半端に魔術行使を止めれば、待っているのは破滅だけ。それに、もし破滅しなかったとしても今日の試みは全て無駄になるだろう。

 実を言えば、こうしてカルデアを構成するであろう要素に取り入ることは昔から考えていた。その内の手段の一つとして、その時期に未だ完成していない発明品を模倣することも考えていた。全ては生き残るために。ソラウとしての生をソラウから奪った時、俺は決意したのだ。俺はソラウになり、ソラウとして生き延びて見せると。

 故に、こんな痛み程度で、俺は諦めたりはしない――

 

「――再読込(reload)完了(complete)物質情報(material)、保持。置換魔術、一時停止。転換魔術、行使開始……!」

 

 菫色の水晶玉に、魔力が注ぎ込まれてゆく。水の中に垂らした絵の具のように魔力は広がり、薄菫の球体の中に真っ赤な花が咲き、次第に収束してゆく。行った手順はいつも通り、置換魔術で情報をコピーし、転換魔術でそれを上書きするだけ。今日はそこに、情報のコピーの為に降霊魔術を、魔力の収束の為に更に転換魔術を併用したのだ。

 慣れない魔術すら駆使し、そこまで苦労してなお、出来上がるのは本物よりも小さく、情けない出来栄えの、カルデアスとは呼ぶ事の出来ない代物だ。しかし、現状でこの理論を全う出来るのは俺だけだという自負もある。その誇りで、魔力に最後の指向性を与え、

 

「……物質情報(material)上書き(install)……!」

 

 ――水晶玉の中に、星の魂の一部を写し取った、ブリテン島とユーラシア大陸の縮小図を描き出した。

 

「ふぅ、ふぅ、はあ――」

「まさか……信じられん。我々アニムスフィアがどれだけ知恵を絞ろうと完成せず、エルメロイの天才ですら理論構築に多大な時間が掛かると言った代物を、こうも……」

「どう、ですか、ロード、お父様。全部を再現は出来なかったですけど、出来るところまでは――ふぅ」

 

 水晶玉を浮遊させながら、膝に手を突いて荒く呼吸をする。ぽたぽたとカーペットに落ちる汗を拭おうとした時、不意に柔らかいものが押し付けられた。顔を上げる。其処にあったのは、いつも父が使用しているハンカチだった。

 

「良くやった、ソラウ。正直なところ、お前がここまで研鑽を積んでいるとは思わなかった」

「お父様にそう仰って頂けたのならば、私も努力した甲斐があるものです。お父様とお兄様、二人の恥とならぬように――きゃっ!?」

「お嬢さん、いや、ミス・ソラウ! 君は天才だ、神童だ! 君の才は素晴らしい! 君がもしもソフィアリの子息でなければ、直ぐにでも我が養子として迎えたいところだ――流石に現実的でないことは把握しているが、ね。だが、ミス・ソラウ。君の才、諦めるには惜しい。どうだね、その才能を私達アニムスフィアに貸してくれはしないか?」

 

 急に肩を掴まれ、興奮気味に捲し立てられる。マリスビリー氏は興奮した様子で、俺の肩をがくがくと揺さぶる。歳は相応に重ねていると思えない程の力の強さだ。対抗し腕を掴み、それでも逃げられず父に助けを請い、どうにか其処から抜け出せば大きく息を吐く。そうして、俺はマリスビリー氏に相対した。

 

「えっと、お誘いと高い評価をありがとうございます、ロード。ですが、私はソフィアリの娘。家の事を疎かにする訳にはいきません。あくまで私は家に付随するもの、父の所有物ですから」

「……うむ、それはその通りだが……」

「ですので、ごく偶の機会。可能であれば助力するという形で良ければ、喜んで。私の魔術の研鑽にもなるでしょうし。……その、構いませんか、お父様?」

「ああ、構わんとも。お前はブラムと違い、刻印の移植に時間を割く必要もない。可能な限り彼等の助力をし、自らの糧を増やすといい」

「――っ、ありがとうございます、お父様!」

「うむ。さ、疲れたろう。お前は部屋に戻りなさい、ソラウ。後は私が彼と話をしておく。決まったことは後で伝えよう」

「はい、お父様。それでは――失礼致しました」

 

 荒い息をとり繕い、ドレススカートの端を摘み一礼。二人へ向ける笑顔は満面の笑み、その裏に隠した感情は歓喜。

 疲労はしたが、目的は達した。世界がどう転んでも、これで生き延びる手段は増えた。生存に繋がらなくとも、カルデアとコネクションを持つことは様々な技術を学ぶことに繋がる。

 湧き上がる達成感を噛み締めつつ、俺はゆっくりと応接室を後にしたのだった。




このソラウちゃんまだ十二歳なんだぜ。

ちなみにケイネス先生なら、時間さえかければ大体原作通りの時期に一人でカルデアスを完成させられます、というぐらい天才って扱いにしてます。ケイネス先生ってば冠位ワンチャンある位ですし、まあ多少はね?


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目覚めつつあるソラウ、十三歳

そろそろ知識の浅さが露呈してきたザコ型月おじさんです。
感想欄で沢山意見を頂いたことを反映させて頂き、前半は前回のアレに関するフォローから入ってます。
いつも助かってます、本当にありがとうございます!

これからもご意見やご感想、批判点など宜しくお願いします!


 降霊術、という魔術系統が存在する。

 読んで字のごとく、霊を降ろし、それを使役し、あるいはその霊の力の一端を借り受ける魔術だ。俺――ソラウの生まれたソフィアリ家はこの降霊術を生業とする魔術の大家であり、当然ながら他の魔術師の家系よりもこの魔術に秀でている。それは血であり、知識であり、魔術刻印である。

 そして、当たり前のように俺の身体――ソフィアリの第二子として生まれたソラウの身体にも、その血は流れており、俺の育ったソフィアリの屋敷には降霊術に関する蔵書が山のように存在する。刻印こそ引き継げはしないが、生まれ持った血を十全に活かす分には問題ない。

 そして、だからこそ、俺はそれら蔵書を読み漁り、術式を解析し、盗み、血に馴染ませ、『ソフィアリの財産』の全てを『原作知識』を組み合わせることを当然のように発想し――

 

「……でも、やっぱマズったかなぁ」

 

 ――結果、去年のこの時期に、とんでもないことをやらかしてしまったらしい。

 擬似……と言うには烏滸がましい、型落ちあるいは粗悪品の『カルデアスの原型』の製作。あれは、俺の存在を降霊科のロード(お父様)天体科のロード(マリスビリー氏)に刻み付けるには十分、いや十二分に機能したようだ。

 そもそも、何が問題だったのか? その結論から言えば、『何もかもが問題だった』と言わざるを得ない。

 件の似非カルデアス製作、俺にとっては――理論的な意味では――決して難しいことではなかった。なぜなら、『完成形』と『結論』……即ち、『答え』が分かっているのだから。出発点が他人とは違う、と言い換えても良いだろうか。

 例えば、『カルデアス』とは、地球に魂が存在すると仮定した上でその魂をコピーし形にしたもの。よって俺以外の魔術師はまず、その魂の存在を確かにする術式の構築から始めなければならない。また、カルデアスが完成したとして、それをどのように使い、どのように稼働させるかもまだ手探りの段階だ。故に、現段階の開発はまず『カルデアスに可能な事柄の最大限度』を探すというプロセスを踏まなければならない。これは、相当な手間だ。なにせ、結果的に無駄に終わるかも知れない数多のことにも力を注がねばならないのだから。

 ――だが、俺は違う。なぜなら、他ならぬ俺だけは『完成したカルデアス』を知っているのだから。ゴールを知っているのだから、そこに至るための道筋を模索するのも楽になる。『カルデアスは地球の魂をコピーしている物』なのだから、『降霊術と置換転換術式を応用すれば良いのでは』と言うように。そこに、『地球の魂の有無を確認する』だとかの面倒かつ無駄な作業は必要ない。

 ……これが一点目の間違い。そしてもう一つ、二点目の間違いは使用した術式が不味かったことだ。

 俺が似非カルデアスの製作に当たって使用した魔術は降霊術、転換魔術、置換魔術。だが、そこに使用した理論はプリズマイリヤに於けるエインズワースの埒外の置換を基にしたもの。そして、その埒外の置換を模したものを活用できるようにチューニングした降霊術と転換魔術の術式だった。そして、そのチューニングした降霊術こそが問題の肝となる。

 ここで、エインズワースの置換を振り返ってみる……と言っても今更理論を振り返る訳ではない。ここで思い返すのは、俺がいつもモチーフとしていた、彼等の象徴となる絶技――即ち、クラスカードの作成について。

 勿論、俺はクラスカードの作成なんて出来ない。が、そこにある程度までなら迫ることは出来る。それは俺が原作知識を持っていることと、転換置換を得意とすることが原因だが、その根底にあるものを知っていると言うのも一因だ。

 クラスカードの根底となる物、それが何であるかは言わずもがなであろう。そう、冬木における英霊召喚だ。

 詰まる所、俺は『冬木における英霊召喚の技術をモチーフにした置換魔術に合わせて、降霊術を変質させて使用した』と言うことになる。

 第二の問題は、これだった。厳密に言えば冬木の英霊召喚、そこに用いられている『魔法』の一端……術式に第三魔法の一端が用いられていたことこそが地雷だったのだが。

 製造において、俺の主観的に言えば『サーヴァント召喚・夢幻召喚の発想を置換魔術と降霊術に応用して他の魔術と組み合わせただけ』だけだった。だが、それを目撃した二人がいけなかった。

 片や『降霊術』に関して尋常でない腕と知識を持つ降霊科のロードである俺の父、片や将来聖杯戦争に参加する可能性が存在し、英霊召喚に対して造詣の深いであろうマリスビリー氏。二人から見れば俺は、『第三魔法を基盤とした魔術理論を応用した魔術を更に改良して使用した』風に見えてしまったのだ。しかも、それらに関する知識が一切無いにも関わらず。

 無論のことだが、俺は第三魔法を基にした魔術式など全く知らない。が、そう見えてしまったことが運の尽き――いや、ルートの分かれ道とでも言おうか。期待に目を輝かせたマリスビリー氏を見送った後、見たことが無いほど真剣な顔をした父に魔術についてあれやこれやと質問をされ、ついでに今まで行っていた魔術訓練等について洗いざらい喋らされた結果――

 

『ソラウ。ソラウ、準備は出来たかね』

「――はい、お父様。私の用意は終わっております。それでは今日も向かいましょうか――()()()へ」

 

 ――俺は弱冠十三歳にして時計塔に入学することとなっていた。

 

「……うむ、問題は無さそうだな、ソラウ」

「ありがとうございます、お父様」

 

 魔術回路のスイッチを()()()返事をする。体感時間を引き延ばし、思考を高速化させていた魔術が抜けるにつれて、思考速度が通常程度に落ち着きつつある頭で準備をする。俺は傍に置いてあった上質な革のバッグを片手に自室の扉を開き、父の前へと出る。服装はこの一年で馴染んだもの――原作ソラウが纏っていた衣装を、今の俺の年齢に合わせてダウンサイジングしたものだ。上機嫌で鞄を片手に提げた俺は、そのまま父に連れ添って時計塔――大英博物館地下ではなく学術都市の方だ――に存在する、ソフィアリの()()から外へと踏み出した。

 

「今日は……そうね、降霊科の講義を聴いて、私のお仕事を済ませたら後は自習にしましょうか」

 

 時計塔での俺の仕事は二つ存在する。

 一つは勿論、魔導の探求を志す者として講義を受け、魔導の研鑽を積む仕事。最近の俺はどうやら『兄のスペア』から『兄のスペアかつ高品質な魔術師に成長する可能性のある子供』にランクアップしたようで、魔術の研鑽を積むに当たっての補助や口利きを受けられることも増えた。

 メインで所属し学んでいるのは、もちろん父の管轄する降霊科。本当ならば他の様々な学部の魔術についても学んでみたかったものだが、流石にそう上手くはいかない――一箇所、天体科を除いてだが。

 そう、おそらくマリスビリー氏の口利きだろうが、俺はサブとして天体科の施設にも出入り出来ている。どうやら俺……というより『降霊科(ソフィアリ家)の娘が天体科に出入り出来ている』という事実自体がソフィアリとアニムスフィアの友好性を示し、権力争いに対する牽制となっているようであるのだ。そんな関係で、俺は天体科の講義にも出席することを義務付けられている――俺にとってはメリットしか無いが。

 そしてもう一つ、俺が時計塔で父から課されている仕事が存在する。それは、時計塔に於ける父の秘書役だ。

 主に講義時間や他の幹部との会合の日程を調整したり、父の行う講義内容を纏めた文書を作成したり。後は、ごく偶に父の講義の補助を行うこともある。本来ならば兄であるブラムが行う事なのだろうが、彼は現在ソフィアリ家にとって最も重要な刻印の移植を段階的に行っている最中。加えて、ブラムは次期ロード故に法政科にも通う必要がある。簡単に言えば、秘書仕事など今の彼にはやっている暇が無いと言うことなのだ。故に、その代役を俺が務めているという訳だ。

 だが、その秘書業務も案外捨てたものではない。スケジュール調整などの雑事を行う際には『体感時間を引き延ばす魔術』を行使すれば――言うまでも無いが置換の応用である――良い訓練になるし、父の講義内容を纏める際にはその内容を学ぶことが出来る。講義補助として魔術を行使する際などは事前に父から手解きを受けられる為、これまでと比べれば格段に改善点を指摘されることも増えた。要するにこの環境は、俺にとっては良いことずくめなのだ。

 

 ――まあ、その全ては『ある一つの目的』の前には瑣末事なのだが。

 

「置換の精度に関してはどうしようもないし、そろそろ本格的に使える全ての魔術を組み合わせることを考えた方が良いかしら。いえ、『zero』に備えるならば礼装を充実させることも必要ですし、そう考えるならばやっぱり夢幻召喚をどうにかしてモノにしなければ――あら?」

「や、やあ。おはよう、ミス・ソフィアリ。今日も良い天気だね」

 

 その『ある一つの目的』そのもの。俺が時計塔に所属するに当たって、最も重要視していたそれ――ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。今はまだ十六歳と年若い彼が、父と別れて歩いていた俺の前へと現れた。

 

「あら、御機嫌よう。アーチボルト家次期当主にこんな朝から出逢えるとは、私は運が良いわ。けれど、どうにも空は曇っているようよ?」

「あ、ああそうだね。私としたことが、うっかりしていたようだ」

 

 我々型月厨にとっては大人気の彼、言わずと知れたケイネスと会話しながら講義教室までの道のりを歩く。彼とは、既に父の秘書業務を通じて幾度か出会っている。最初に出会ったのは数ヶ月以上前になるが、それから彼はずっと出会うたびにこうだ。まあ、俺がソラウなのだからそれも予想通りと言えよう。

 隣に立つケイネスは、その年齢も相まってか俺よりも頭一つ以上背が高い。対する彼は上機嫌に口を動かしている。なぜ、このケイネス・エルメロイ・アーチボルトが俺にとっての最重要案件であるのか。それは偏に、彼が『この世界を原作通りに進める為に必要なキャラクター』だからだ。正確に言えば、俺――ソラウが死ぬ寸前まで原作通りに進めるため、だが。

 俺――ソラウはとても死に易い。その原因は、間違いなくこのケイネスだろう。俺がソラウであり、ケイネスが父の教え子である以上、俺は必ずこのケイネスの婚約者とならなければならない。そしてケイネスのとばっちりを受けて死ぬ。その最たる原因は第四次聖杯戦争での敗死だが、それがあっても無くてもケイネスは死ぬ。そして俺も死ぬ。

 その死の運命からの離脱において、最も最初に思い浮かぶことは『第四次聖杯戦争に勝利すること』だろう。原作知識を活かして他の陣営を倒し、戦場全てを俯瞰して危機を逃れる。あるいは、衛宮切嗣だけは先に殺しておく等の戦法を取って勝つのも良いだろう。事実、俺もまだソラウに転生する前はそう考えていた時期もあった。そう、『時期もあった』。

 今はそう考えてはいない。むしろ、何があっても勝っては――聖杯を顕現させてはならないと考えている。その根拠となるのは『Fate/Grand Order』の期間限定イベントの一つ、通称ゼロイベだ。

 ゼロイベにおいて俺が注目したのは、抑止力によって現界したアサシンが登場したこと。無論一型月厨としてはその正体やら活躍やらに悶えたりしたことは確かだが、今注目すべきはそこでは無い。

あのアサシンは、アイリスフィールを始末するために現界した。『間違いなく顕現するであろう聖杯の器であるアイリスフィール』を狙って。

 この事実が示すものは一つ。即ち、『第四次聖杯戦争において聖杯の顕現が確実となった場合は抑止力が仕事をする』と言うことだ。

 つまり、勝てない。いや、勝ってはいけない。聖杯は原作通りに切嗣とセイバーに破壊して貰わなければいけないのだ。むしろそう考えると、原作の第四次聖杯戦争に集ったマスターの中で最も魔術師として格上だったケイネスが切嗣に殺されたのも抑止力の後押しあってのものだったのかも知れない。

 ともあれ、俺たちは勝ってはいけない。切嗣を勝たせた上で、つまり敗北した上で、生存していなければならないのだ。これほど難易度の高いものがあるだろうか。本音を言えば救える命は救いたいが、そんな事よりもまず自分の命だ。

 最悪、ケイネスだけに死んでもらって俺はとんずらでも構わない。いや、むしろそれが一番生存確率は上がるかも知れない。

 

「――それでだね、ミス・ソフィアリ。なんと、私はもう直ぐで講師となるのだよ。時計塔の講師に。これは降霊科では最年少の抜擢らしい。それもこれも、君のお父上の教えあっての賜物だよ」

「流石はエルメロイの俊英、アーチボルト家次期当主ね。父もよくあなたのことを褒めているわ。彼は間違いなく天才だ、と。願わくば、一度あなたの語る魔術理論なんて聴いてみたいものね?」

「……っ、ああ、君にそう言って貰えると光栄だよ」

 

 ――四十八の美少女奥義の一つ、『ソラウスマイル』!

 いつの間にか進んでいた会話に適当に、花の咲いたような笑顔で相槌を打ちながら歩く。そう、これもまた俺の生き延びるための計画。ケイネスを今のうちから、少しでも俺が操縦し易いようにしておく。その為だけに、俺は彼と交流を続けているのだから。

 

「ああ、ミスター? 良ければ今度買い物に付き合って貰えないかしら」

「……! あ、ああ喜んで! それで、何を買いに?」

「下着よ」

「えっ」

「――うふふ、冗談よ。私はそんなに羞らいのない女に見えた?」

 

 頭の中で、いかにケイネスを生贄に生き延びるかを構築しつつ、俺達は歩幅を揃えてゆっくり歩く。

 ――すまない、ケイネス先生。本当にすまない。

 心の中で形だけの謝罪を繰り返しつつ、俺達は、表面上は和気藹々と降霊科の講義教室へと向かうのだった。




ケイネス先生は報われます(ネタバレ)

もっとこう、美少女ソラウちゃんがいろんな男を骨抜きにする話を書こうと思ってたのにどうしてこうなるんや……。
ケリィとアイリがイチャコラしてるとこに乗り込んで「どうも愛人二号です☆やっほー本妻さん☆ねぇケリィ同盟組もう???」「えっ」ってギャグをぶちかませなくなってしまう……。


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ソラウちゃん時計塔満喫中

感想、評価、いつもありがとうございます。
拙作が皆さんの期待に応えられているかいつも戦々恐々としながら書いていますが、いつも励まされております。
と言うわけで本編ではどうぞ。
この辺りから設定に自己解釈やあやふやな点が増えてきますので、おかしな所があれば是非ご指摘下さいませ。


 時計塔の地下――正確には大英博物館の地下だが、そこには魔術協会としての時計塔に参加している魔術師たちの工房が存在する。無論ながら、階を降りるごとに凶悪さ、強烈さが増すその工房らの中には、これまた無論ながら降霊科(ユリフィス)のロードである我が父の工房も存在する。

 時計塔を訪れたばかりの数週間、住処が決まるまでの数週間はそこで寝泊まりしたものだ。お陰で、まだまだ一般人メンタルの俺にも少々の度胸と呼べるものが備わった。

 ショッキングなものは沢山あった。血の匂いがするのは日常茶飯事、そこかしこから伝わってくる、洗脳や暗示、人間を害する結界の数々、そしてそれより直接的な『命を狙う』魔術の痕跡たち。これらを常に喉元に突きつけられているのがソフィアリ家の現状かと思うと、俺は安易に此処には立ち入らないようにしようと固く心に決めたのだった。

 そう、決めたはず。なのに今、俺はその時計塔地下の工房群のうちの一つを訪れている。その理由は――

 

()()()()、魔術回路の低負荷起動(アイドリング)を確認。暗示魔術、効果を確認。魔術回路、問題なし。肉体面、問題なし。術式適合率――約十九パーセントと目されますが」

「術式適合率以外に問題は?」

「見られません。その他全ての項目が最適に調整されています」

「ならば構わない、施術を開始しろ」

「――はい」

 

 ――魔術による()()()()を受けているから、だったりする。

 もっとも、この施術は俺と相手の互いの合意の元で行われたものであり、不本意に拉致されたりで強引に行われたものではない。というか、今の俺――今のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに対してそんな真似をしようものならば骨も残らないだろう。

 現在、俺を取り巻く状況はわりと込み入っている。俺の存在――降霊科学部の娘ながら天体科にも所属している――が降霊科と天体科の橋渡しとなっているのは変わりないが、なんと最近ではそこに鉱石科までが加わったのだ。

 勿論、それは偶然でも何でもない。()()()()にエルメロイとソフィアリの両家の間で同盟――権力闘争に対する協力体制が確立されたことの証左だろう。いや、現状を鑑みるに逆、協力体制を確立する為に俺を鉱石科にまで派遣したと見るべきか。

 ともあれ、天体科との一件のせいでまたしても権力闘争に巻き込まれる形となった俺であるが、実際のところ不自由はしていない。それどころか、鉱石科の魔術を学べることに関しては感謝したい程だ。

 鉱石科の魔術といえば馴染み深いのが『魔力を宝石に込める魔術』、そして『宝石に込めた魔術を使用する魔術』。鉱石魔術、あるいは宝石魔術を使用するにあたってこれらは基本中の基本であり、だからこそ難易度が高く、だからこそよく研究されて来た――現代に至るまでずっと。そうして磨き抜かれた魔術式は、今まで俺が使用していた物など児戯に等しいレベルと言っていいだろう。それ故に、その魔術式を盗み、改竄し、置き換え、自分のものとした際に俺の魔術がどこまで拡張されるだろう。それを楽しみに、日々精進を続けていると言うわけだ。

 その成果の一つが、今の状況で非常に役に立っている魔術だったりする。

 

「作業進度およそ四十パーセント――凄いですね、彼女。身体の造りを変える作業だから痛みが発生するにも関わらず、涼しい顔で眠ってる」

「眠っている訳ではないだろう。低負荷起動状態の魔術回路から見るに、自身への暗示が相当深いようだ」

 

 暗示の魔術。

 型月厨ならば誰でもが知っていると言っても過言ではない、最もポピュラーな魔術の一つ。今回の施術に当たって、俺はこれを恒常的に使用している――と、彼らには説明してある。

 実際に使用している魔術は『支配』系統の魔術。そう、『Fate/strange fake』にてバズディロットの使用したアレである。

 勿論、そのバズディロットと同じ程に支配の魔術を扱える訳ではない。だが、彼と同じように『自己を支配する』際にだけはその足元に届くのだ。無論、置換と転換を併用し、自己の深くに魔術を押し込むことによって。

 だがまあ、今日のこの施術を受けるに当たって使用する魔術は『支配』でなくとも良かった。彼らに説明した通りに暗示でも良かったし、むしろこんな手間をかける必要のない分暗示の方がコスト的にも良い。

 ならば、何故『支配』を使用したか。その理由もまた、バズディロットと同じなのだ――そう、この世全ての悪(アンリ・マユ)対策。

 俺が第四次聖杯戦争に参加するに当たって、『この世全ての悪』と接触する可能性は極めて低い。ゼロと言っても良いだろう。だが、可能性が無いわけではない。何がどう転んで、溢れ出した泥の前に投げ出されるか分からない。そして、そうなった際に何も出来ずに飲み込まれてゲームオーバーだなんて認められやしないだろう。そんな無様を回避する為に、俺はこの魔術を研鑽しているのだ。

 その効果は上々。こうして今までのことを振り返っている最中にも俺の構造を造り変えるための施術が行われているだろうが、その痛みを感じることは全くない。施術において付与される術式を自分なりに造り変えて身体に馴染ませながらなお、痛みはないのだ。この魔術もまた、俺の習得できたものだと考えていいだろう。

 勿論、バズディロットが泥の呪いを防ぐことが出来た理由が『支配』の魔術だけが理由でないことも知っている。故に、これだけでは足りないことも理解している。理解しているが、やりようがないのも事実だ。その事実に関しての回答も一応は用意できているが……まだまだ試行錯誤の段階と言わざるを得ないだろう。

 故に、自己に対する『支配』の魔術の効果を試すことが出来る今回の施術は渡りに船だったのだ。それだけを理由として、この実験的側面の強い施術を受けた訳ではないが。

 

「術式適合率、およそ四十パーセント。……すごい、素質的には間違いなく施術が失敗するレベルなのに」

「彼女の才能は群を抜いている。それは私が一番良く分かっているさ。恐らく、いくつかの分野でならばあのエルメロイの俊英にも匹敵するだろう」

「それを実感しましたよ、ロード。こんな逸材が、仮とはいえまさか我々()()()の門下に入ることになるとは……」

 

 外から聞こえる言葉を聞き流しつつ、『支配』によって痛みを抑えた身体と魔術回路を操作する。目的は、身体に刻み付けられつつある施術をソラウの身体に適合させること。

 やることは変わらない。刻まれる術式が暴走する前に置換魔術で無理やり解析し、それを組み替え、転換魔術で身体と魂に組み込んで行く。

 魔術を行う際にはイメージが大切だ。俺が抱くそのイメージは、『Fate/EXTRA』の『魂の改竄』。自分のステータスを弄る幻を『支配』で強固に維持しつつ、得た経験値(魔術式)パラメータ(魂と身体)振り分けて(馴染ませて)ゆく。電子の世界では進捗も分かりやすい。六十、七十、八十。支配が進めば進むほど、余人の入る隙は無くなり作業効率が上昇する。その上昇した効率で、イメージの中のキーボードを叩けば――

 

「――百パーセント、ね。どう? ロード、そして講師の先生方」

「いやはや、完璧だともミス・ソフィアリ。やはり君は、私に見せてくれたように天才のようだ」

「あら、お世辞でもロードのようなおじさまから頂けるならこれ程嬉しいことは無いわね。講師の先生は、私に何もないの?」

 

 四十八の美少女奥義の一つ、ソラウ流し目を使いながら空気を和ませる。ちなみに流し目を向けた先生――二十代半ばで生真面目そうな男だ――は顔を真っ赤にしている。さては虜になったな。

 

「はは、ミス・ソフィアリ。我が天体科の魔術師を引き抜かんでくれるかな」

「あら、失礼。――それで、ロード。あなたが私に()()して下さった、この施術の評価についてなのですけれど」

 

 そう、依頼。今回の改造施術は、俺が天体科学部長マリスビリー・アニムスフィアから直々に依頼されたものなのだ。その内容は、この施術の効果・術式・身体への負担や影響等、施術に関わる一切を評価し改善点を洗い出すこと。似非カルデアスの一件とその後の時計塔での評価で俺のことをいたく気に入ったマリスビリー氏が、是非にと頼み込んで来たものだ。

 そして――本来ならば、そこに『ソラウが施術を受けること』は含まれていなかった。つまり、自分の身に改造術式を施すようにと自ら頼んだことになるのだ。

 彼らの視点から見れば、危険も多く効果も未知数な施術。なぜ、それに自ら志願したのか。それは――

 

「……細かいことはまた後で評価しますが、総括として。私……ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの名の下に、評価は『効果は確かに得られる』ものの『人体への影響が大きすぎる為に未だ実用には程遠い』となります――この、『英霊適合術式』は」

 

 ――それは、この術式が『デミ・サーヴァントを作成するための技術』の雛形であったからだ。

 デミ・サーヴァント。英霊と人間の融合体であり、かの『Fate/Grand Order』の主要人物の一人であるマシュ・キリエライトが成る存在。人でありながらサーヴァントと渡り合えるようになる、埒外の術式。それを行うと告げられたからこそ、俺はこの身を差し出したのだ。

 というか、そもそも俺がマリスビリー氏……と言うよりアニムスフィアと接触を望んでいたのは、強力なコネとこの技術だけが目当てだったと言っても過言ではない。

 無論、第四次聖杯戦争に生き残るために。

 

「……そう、か。程遠いか」

「率直に言わせて頂くならば、程遠いと言うよりも最早『不可能』と言った方が宜しいかも知れません、ロード」

「……それは、何故かね」

 

 マリスビリー氏がじろりと此方を睨めつける。その眼光の鋭さは流石だと言えるが、此方とてそれに臆する訳にはいかない。

 

「理由は幾つか存在します。まず一つは、この術式自体が未だ不完全である為です。人体を無理やり改造すると言うのに、理論が固まっていないのならば失敗は必然。術式を見るに降霊術系統の魔術のようですが、このままでは施術中に被験体が破裂することもざらにあるかと」

「……だが、君はこうして生きて立っているではないか」

「それは、私が施される術式に対してリアルタイムで改竄を加えていたからです。正確には、術式と自らの身体の両方に対してですが。双方に干渉し、改竄し、調整しつつ馴染ませました。少なくとも降霊術に秀でた血を持ち、更にこの改善を行える魔術師でなければ死は免れないでしょうし、そんな魔術師はそうそう存在しません」

「では、君が施術中にそれらの処置を施すことで強引に結果を出すことは出来ないのかね?」

「不可能でしょう。私の魔術が少々特異だと言うことは、ロードご自身が理解されておられるでしょう。その魔術を、最大限に効果を発揮出来る己の内で使用して耐えられたのです。他者に作用するとなれば効果は保証できませんので、やはり不可能です」

 

 マリスビリー氏は腕を組み、顰め面をして唸っている。天体科の彼にとってこの施術は専門では無いだろうが、それでも彼も優秀な魔術師の一人だ。俺の言ったことが正しいことだと言うのは理解できるだろう。

 

「二つ目に進んで宜しいでしょうか、ロード」

「構わない、続けてくれ」

 

 了承を得て、口を開く。此処からは、原作――FGOで触れられていたことをそのまま垂れ流すだけだ。気が楽と言えば変だが、気負わなくて良いのは確かに楽だ。

 

「二つ目と三つ目は相関関係にあります。二つ目は、この術式だけでは施術の意味が無いこと。三つ目は、この術式に意味を持たせようとした際に喚び出される英霊との折衝についてですが――」

「――いや、もういい。理解したよミス・ソフィアリ。この術式は、言わば『巨大な霊的存在を受容できる身体』に造り変えるもの。それ単体では意味が無い。そして肝心の英霊降ろしを行ったとしても、彼らに備わった人格が問題となるという訳だな」

「流石の御慧眼です、ロード」

「言われなければ分からなかったことだよ、ミス・ソフィアリ。しかし、どうやら君は初めからこの結果を予想していた様ではないかね?」

「はい、仰る通りですよロード」

 

 再びマリスビリー氏から向けられる眼光。それに対し、俺は平然と返答する。懐疑の視線が強まったようだが、それを意に関せずに微笑みを浮かべた。ソラウスマイル――相手は警戒心を解かれる!

 

「私が着目したのは、この術式で得られる結果――『巨大な霊的存在を受容できる身体』と成る事です。私もソフィアリ家の端くれ、降霊術を使用するに当たっては何かと便利ですから。術式を見た段階で、副作用をどうにか出来る目処は立っておりましたし――受容できる規模が大きくなれば、その分あの『天体模型』の完成にも近づくでしょうから」

「なるほどな、初めから向いていた方向が別だったと言うわけか。君を利用するつもりが、利用されていたと言うわけだな」

「うふふ、ロード。女の子はみんな我儘ですのよ? それに、そんな笑った顔で怖い事を言われてもどう反応して良いやら困りますわ」

 

 うふふ、あははと互いに笑い合う。マリスビリー氏は少し残念そうだが、その理由には踏み込まない。対して、俺の方は目的が達成出来て嬉しげだ。

 

 ――――まあ、全部嘘っぱちだがな!

 

 マリスビリー氏に語った内容は嘘も嘘、大嘘である。俺の目的を達したついでにそうなった、というだけに過ぎない。

 ならば、俺が目的としていたのは何か――勿論、『デミ・サーヴァントと成ることが出来る下地を造る』ことだ。

 ところで、ここで置換魔術――俺の置換魔術と、原典であるエインズワースの置換魔術について振り返ってみる。

 俺の置換魔術は、基本的にエインズワースのそれの劣化互換だ。 空間の置換も死者の魂の置換も不可能なもの。

 それは、置換魔術の奥義――クラスカードに置き換えてみても同じだろう。エインズワースが上、俺が下。座の英霊の情報を読み取りつつも不要な部分を削り夢幻召喚しているエインズワースに比べ、俺の置換魔術はコピーアンドペースト。コピー元……英霊の情報の方が大きければ、それを人間に貼り付けることは出来ない。

 つくづく、エインズワースの夢幻召喚は『完璧』だと思い知らされる。()()()()が人の身に余るのなら、人の身に許される限界値で英霊と化す技術。完璧より上、『完全』な英霊との同化は人の身には大きすぎるのだ。

 

「……うふふっ」

 

 ――だが、もしもその大きすぎる英霊の情報を全て身に宿すことが出来ればどうか。その際に得られる力は、精々黒化英霊と渡り合える程度の『夢幻召喚』よりも遥かに勝るはずだ。

 

「おや、どうかしたかねミス・ソフィアリ。随分楽しそうだが」

「失礼いたしました、ロード。これでまた魔術の研鑽が積めると思うと、胸が高鳴って仕方が無いのです」

 

 そう、俺が目指したものは『クラスカードを用いたデミ・サーヴァント化』。完璧を越えた『完全』な英霊化を、異なる作品同士の技術を合算して成し遂げる。

 宝具やスキル、身体能力も完璧以上の完全に。それだけでなく、デミ・サーヴァント化によって戦闘経験も習得する。クラスカードによる英霊化と、デミ・サーヴァント化による英霊との融合。二つの異なる『英霊降ろし』の良いとこ取り。英霊の人格以外、全てをコピーして貼り付ける俺だけの夢幻召喚――俺の置換の欠点を逆手に取った文字通りの起死回生、死の運命に立ち向かうための切り札として、これを完成させる。

 勿論、まだまだ課題が多いことは承知の上だ。英霊の座の座標も分からず、施された術式もプロトタイプ故に穴が多い。その他にも、細かな課題が山盛りだ。

 だが、その全てを越えなければならない。それ程までに、俺――ソラウという魔術師に課された死の運命は絶対的だ。

 故に、俺は研鑽を続ける。

 生き残るために。

 

 

 

 

 

「胸が高鳴って、か。そう言えばミス・ソフィアリ、君も随分成長したね、胸とか」

「もう、嫌ですわロード……いえ、おじさま。まだ子供とはいえ、私は淑女。不躾ではなくて?」

「ああ、すまないミス・ソフィアリ。君の成長が嬉しくてね。おお、そう言えば誕生日のプレゼントは君の父上に預けておいたよ」

 

 そんなこんなで、わりとプライベートでマリスビリー氏と仲良くなって来ている、最近成長期で胸も膨らみ出した、元男としてはなんだか複雑だけれどよく考えたらソラウはzeroのキャラでも一番ナイスバディになるじゃんと気付きだした――そんな俺ことソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ、今日は十四歳の誕生日であった。




つまり酒呑ちゃんコスの美女ソラウちゃんが見れるってことだよ!!!!(机バァン)

はい、どんどんとアレな方向に突っ走ってますソラウちゃんです。でも、デミサバとクラスカードの融合って燃えません?

と言うわけで、誤字脱字や設定考察の間違い、その他ご意見がございましたらどうぞ教えてくださいませ。今回も読了ありがとうございました!


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ソラウちゃんとケイネス先生

またまた時間が飛んで半年後ぐらいですかね。

以前に感想で頂いていた路地裏ナイトメアを購入して読みました。脳汁がやばい。
オルガマリーちゃんの扱い、どうしましょうかね。まあ、そもそもFGO編まで行くかどうかという問題があるのですが。


 ――魔術回路(application)起動(access)

 

 心中で呟いたマジックワード(俺だけの呪文)が、身体中の神経を反転させる。スイッチの入った魔術回路が回り出し、取り込む空気から魔力を身体の隅々まで充填させた。

 

「……調子が良いわ。これなら、あなたの眼鏡にも適いそうね?」

 

 魔術回路の具合は上々。それどころか、魔力を取り込んだ身体の調子まで上向きになっている。天体科の施術――デミ・サーヴァントを生み出すための実験の雛形――を受けてから半年ほど、ずっと好調が続いているのだ。というか、俺……ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリのあらゆるレベルが底上げされたと言うべきか。

 何にせよ、俺にとっては予想外の幸運だったと言わざるを得ない。クラスカードと併用してデミ・サーヴァント化する、あるいはそれが叶わなくとも降霊術を十全に扱えるようになるだけだと踏んでいたものが、まさかこんな結果を齎すことになるとは。

 

「――魔力、運用(add_mgi)

 

 唇を動かす。凛としたソラウの声が漏れる。その言葉に導かれるように、全身に満ちていた魔力が一気に弾け、一気にそのカタチを変えてゆく。無形にして無貌、世界を流れるだけだった魔力が、確かな方向性と理を与えられる。

 魔力の塊を外殻に。翼に、嘴にと指向させてゆく。

 魔力の流れを血流に、筋に、腱にと変化させてゆく。

 ただの魔力に、完成系の情報を詰め込んで行く。

 

「――転換、併用」

 

 それを、一気に眼前の宝石へ押し込んだ。

 瞬間、宝石がぎちぎちと音を立てて変貌してゆく。艶やかな表面は盛り上がり、生物のようなフォルムを形作ってゆく。カットされ、磨かれた輝きはそのままに、それは楕円の球形から掌サイズの鳥……首が長く、翼は無機質、尾は長い、見るものが見ればEXTRAの鳥型エネミーだと判断できるであろうカタチへと成った。

 使い魔の作成。これは数多存在する魔術の中でも『高位かつ基礎』の位置に値する。自らの分身として生み出す使い魔は高位、限定的な条件下で使用する道具として生み出す使い魔は基礎。広く魔術師と言われている連中ならば、それがどのようなレベルであろうと、基礎に分類される使い魔を作成できないということは殆どない。逆に言えば、基礎の使い魔すら満足に作成できないのならばさっさと廃業すべきだろう。

 だが、その基礎の使い魔と言えど数を用意するとなると話が違ってくる。構造は単純ながらそれを複数個用意できるだけの魔力と魔術回路の質、そして同じ作業を延々と繰り返してなお低下しない集中力と演算能力とが必要となる。無論、その製作する使い魔が高度なものになればなるほどに負担が大きくなるのは言わずもがなだ。

 基本でありながら、その者の実力が問われる魔術。それが『道具としての使い魔の作製』という魔術なのだ。

 ――故に、

 

「完成系、保持――魔術回路、起動維持。置換魔術、情報の盗抜を開始」

 

 故に、眼前数メートルの距離で腕を組み此方を俯瞰する人間に腕を見せつけるには、使い魔作製は打って付けと言えた。

 

「――物質情報(material)読込(read)

 

 完成させたエネミー型の使い魔に置換魔術が浸透してゆく。自ら作製したものだけあって、魔術の通りが余物よりも段違いに高い。その高さを利用して、数瞬前に押し込んだ情報の全てをコピーしてゆく。

 読み取るべきは創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、成長経験、そして蓄積年月。ある未来の英霊が語った『投影六拍』、それをなぞるように情報を読み込んでゆく。

 無論、俺にエミヤシロウ(かれら)のような規格外の投影など出来るはずもない。故に、本来ならばこの投影六拍を踏む必要は無い筈だ。だが――今の俺にとっては、少し違う。

 

「――読込完了(complete)

 

 置換魔術による置き換えを行う場合、まずはその置き換えるべき物の情報を読み込み、その後に上書きする形で置き換える。俺の置換魔術はそのプロセスを応用したものだが、ついこの間まではその『読み込み』の過程を深く掘り下げていなかった。当然だ、そこは元々『置換魔術』における構成要素の一つでしかない。その上で精度を高めようと思えば、後は魔力と集中力を無理やり注ぎ込むしかないと考えていたからだ。

 だが、それは覆された。目の前で俺を眺める人間によって。無論、直接的に投影六拍を踏まえろと言われた訳ではない。ただ、そのプロセスに『解析魔術』的なアプローチを加えてみればどうかとアドバイスされただけ。そして、俺はそのアドバイスを取り入れた。自身の内に眠るかつて一型月厨だった頃の知識を引っ張り出し、魔術に触れる上でその言葉が正しく意味するところを理解できるようになった頭で、投影六拍を以って置換に臨んだ。

 その結果が――

 

「――読込情報(readmaterial)並列上書(mulch-install)……!」

 

 左手に握った物質情報が、足元の魔法陣を通じて幾重にも分かれ、様々な物質に流れ込んで行く。それら支流の先にあるものは、あるものは拳大の粗悪な宝石であり、あるものは金や銀、鉄といった金属であり、またあるものは身の丈程もある巨大な石だった。

 それら全てが、画一に上書きされてゆく。大きさは元の物質に準拠しながらも形状は全く同一に。そしてその機能も、本来ならば純度の高い宝石を素材としなければ実現され得ない高性能……つまり、元となった宝石製のエネミー型使い魔と全く同一に。

 

「……上書き、完了。占めて使い魔十五と一体、素材は違えど全て基本と同じ性能を有した攻性使い魔よ」

 

 下位互換と同位互換しか成し得ないはずの置換を用いた、『下位物質で以って上位物質と同じ性能を発揮させる』魔術――擬似的な上位互換が、ここに完成された。

 

「――やはり君は素晴らしいよ、ミス・ソフィアリ。使い魔の完成度は勿論、これだけの数を瞬く間に用意するその手際と能力。それに何より、純度の高い宝石に劣る金属や石くれですら高性能の使い魔としてしまえる発想と才能。きみのお父上と兄上同様、素晴らしい血と才能の為せる技だろうな」

「あら、そんなに褒めてくれるなんて。嬉しいわ。けれど、並列上書が可能になるまでの理論と情報の圧縮については、あなたのアドバイスと魔術式が無ければ到底辿り着けなかったもの。感謝してるわ――アーチボルト先生?」

 

 そう言うと、眼前の彼――誰あろう『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』は、頬を染めてそっぽを向いた。そのまま手袋を嵌めた手で頬を掻いている。普段は常に上から目線の自信家がこんな表情をするなんて、珍しいことだと照れる彼の正面に回り込み、伝家の宝刀ソラウスマイルをぶつけてやる。更に顔を赤くする彼に、俺は暖かい感情を――

 

 ――抱くわけがないッ!

 ――もう一度言う、抱く、わけが、ないッ!

 

 当たり前だ。身体はソラウでも心は男。ソラウの身体でもう十年弱過ごし、第二次性徴すら迎えつつあると言っても心は硝子――ではなく、ずっと変わらずに男なのだ。ここを違える気は更々無いし、そもそも原作知識を魂に刻み込んだ時から俺の精神性は男として固定されている。『転換』の応用でソラウ……というか淑女として相応しい仮面を被り淑女として振る舞っても、仮面の下は男なのだから男に対してどうこうと言った感情を抱くことはないのだ。ウェイバーちゃんみたいな小動物系は多分除くけれど。

 

「けど、邪険には出来ないんだよなぁ……」

「ふむ、何か言ったかね? 質問や疑問にならば何時でも答えるが」

「ああ、違うのよ。こうまで上手く行ったなら、この前あなたが言っていた『多重夢幻召喚(multiple-install)』も実用段階に持っていけるかと思ったのよ」

多重上書(multiple-install)か。異なる幾つかの情報を複合させつつ一つの殻に押し込む魔術。君からその構想の雛形を聞いた際には耳を疑ったが、成る程確かに可能かも知れないね」

「……セーフかな」

 

 最近膨らんできた胸を撫で下ろしながら、聞こえないように小声でつぶやく。

 そう、俺はこのケイネスを邪険に扱うことは出来ない。それは彼が原作においてソラウの婚約者であったことも理由であるし、現在ソフィアリの家とアーチボルト家との橋渡しを俺が行っていることが理由でもあるし、ついでに言えば父が原作と同じように俺とケイネスを婚約者として成立させてしまおうと動いていることも理由である。

 だが、それらは全て二の次だ。俺が彼を邪険に出来ない理由、それは彼がぐうの音も出ないほどに『天才』であるからだ。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。原作でも散々に天才だ神童だと持て囃されていた彼は、実際に天才だった。いや、そんな表現では足りない。こと魔術に関することであれば、確かに当代随一と言えるほどの才能と血統を、彼は有していた。彼の才能の前では俺――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリですら、精々前座が良いところだろう。我が兄、我が父であろうとそれは変わり無い筈だ。それ程に、彼は卓越していた。

 その才能が、俺には惜しい。現に俺が永年行き詰っていた転換・置換に関する問題も、彼の視点とアドバイスによって瞬く間に解決したのだ。彼の頭脳の協力を得ることが出来れば、様々な礼装の解体で得た魔術式を身体に馴染ませることも、デミ・サーヴァントの雛形となったこの身を更に英霊に適合するように調整することも、なんだって出来るだろう。

 同時に、彼の才能を知るにつれて、原作での性格も成る程と納得できたものだ。何せ、競う相手がいない。競う相手がいないのだから、全てが自分の思う通りになる。結果として、原作のような性格になると言うわけだ。

 最も、俺自身はケイネスの性格について悪い印象を持っている訳ではない。むしろキャラとしてはzeroでも割と好きだったくらいだ。傲慢であるのも生まれからすれば仕方なく、むしろそれでも外道では無いだけ根はまとも。

 そう、ケイネス先生は実は、性格は捻じ曲がってるけど性根はまともだったんだよ――問題は、その性格が元で彼のみならず俺まで死ぬ運命であることだが。

 故に、俺はこれを課題とした。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの性格を大幅に変えないままに、俺が死なない方向へ持って行く性格とする。言い換えれば、気位が高くプライドに満ち、魔術師らしい魔術師という性格をそのままに血統の無い者にも一定の理解を示し、他者に優しく自らに厳しい性格へと矯正する。その為に用いるのは、無論俺、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの身体。

 俺のスマイルやおねだり、甘えや要望。ソラウ式美少女四十八奥義を駆使し、その上で魔術研鑽においても特性を活かして張り合うことで他者に対しての冷徹さのレベルを下げ、血統の浅い者(ウェイバーちゃん)に対しての寛容さを上昇させる。

 この一大プロジェクトは、俺が初めてケイネスと接触した時にスタートさせた。その時から会話の全てに気を使い、一緒に魔術の訓練をするようになってからは更に直接的に色々と働きかけた。その結果が、

 

「いやはや、我がエルメロイ教室にもソラウ、君ほどに才ある魔術師がいたらどれだけ良かったものか。物分かりの悪い者ばかりで、教鞭を摂る立場からしても困ってしまうよ」

「あら、そんなこと言って良いのかしら? あなたに師事している人達を、そう邪険に扱っては駄目よ。あなたに特別扱いして貰えるのは嬉しいけれど、それでもね」

「……う、む。君の言う通りだ、ミス・ソフィアリ。今のは私の失言だな。それに、よくよく考えれば見所のある生徒も居るにはいる。努力で血統の積み重ね全てを覆せるとは言わないが、せめて彼等が代を重ねる際に残せる物が多くなるように尽力してやろうと思うよ」

 

 これである。矯正の成果出すぎである。やっぱり美少女の力って偉大なんだね――という冗談は置いておいて、この矯正の成功によって俺が生き延びる可能性はぐんと広がった。

 要するに、このケイネス先生が俺を戦争に連れて行こうとするかどうかである。あるいは、連れて行ったとしても危なくなったら引き返すという選択肢を選べる性格でさえあれば良いのだ。その点で言えば、今の彼は合格に近い。

 

「……あら、意外。そんなにあっさり認めるのね」

「君と一緒にいると、考えさせられることが多いものでね。良い意味で刺激的なんだよ。そのお陰さ」

「ふぅん……。まあ、私は今のあなたの方が好きよ?」

 

 ソラウワードをぶつけてやれば、一気に赤面するケイネス。そこだけは変わらないなあ、と奇妙な安心感を抱きつつ、俺は更なる生存への道を模索する。他に手を打っておきたいことは、魔術の研鑽とコネ作り。聖杯戦争で敵対することになるであろう人物とのコネが作れれば御の字だが、そうは行かない手合いも多数存在する。

 未だ生存が確定されないとはいえ、一歩ずつ進んでいることも事実。いざとなれば父に泣きつくしか無いかなあ、などと思考しつつ、俺はこの天才と一緒に暫しの魔術訓練を行うのだった。




プリヤイベント始まることだし、何故かまたロリ化してプリヤ世界に吹っ飛ばされたソラウちゃんがプリヤ本編未登場のクラスカードを使って謎の中立魔法少女をやりつつイリヤちゃんやミユやクロとか後は凛とかルヴィアとかを籠絡する話を

書きません。


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ソラウちゃん十六歳

イリヤちゃん出ません(全ギレ)


 大英博物館の地下にある『時計塔』、魔術師たちの工房の集うそこは、当然と言うべきか空気が悪い。工房を構えるには適した立地ではあるものの、その雑然さや品のなさ、また、周囲に他人の工房が存在することに忌避感を覚える者はそれ以外の場所――例えば講師なら自らが教鞭をとる学園都市に工房や研究室を構えたり、あるいはそれらを二つ、三つと持つ者も存在する。

 そして俺が今向かっているのも、そんな一人の魔術師が複数構えた工房の一つだった。

 

「おはようございます、レディ・ソフィアリ!」

「レディ・ソフィアリ! 今日もお美しい!」

「ねえ、見て! 三国の女王(トリプルクイーン)よ!」

「うわぁ……可愛いし綺麗、いつ見てもクラッと来るな」

 

 目指す研究室は鉱石科の奥に存在する。それ故に学術都市の中を突っ切り、教室棟の廊下を歩き、教室や図書館と言った様々な施設の複合された多目的施設を進むのだが――扉を開け、角を曲がる度に歓声が彼方此方の生徒から飛んでくるのだ。

 

「御機嫌よう。今日も魔導の探求、頑張ってね?」

 

 そんな事態に陥った原因は分かりきっている。自分のせいだ。

 数年前、父の補佐として時計塔に連れてこられた時分から、俺は精力的にある活動をしていた。それは、人の取り込み。勢力争いの渦中にあったソフィアリ家の立場を安定させるには、その勢力を支えるだけの人数が必要だ。それ故に俺はソラウの身体持ち前の美貌とオトコとしての感性を活かし、降霊科と天体科で、そして自由な出入りが許可されてからは鉱石科においてロビー活動――愛想を振りまき、笑顔を向け、誘惑し、魅了する――を行って来たのだ。

 その結果が、今の俺――降霊科学部長の娘であり、天体科学部長の秘蔵っ子であり、鉱石科学部長の()()()である『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ』なのだ。

 そう、婚約者。

 俺はつい先日、婚約者候補から婚約者へと正式にランクアップしたのだ。お相手は勿論、みんな大好きケイネス・エルメロイ・アーチボルト。俺が十六歳となったのを見計らったように周囲が一斉に動き出し、元々原作通りに俺……ソラウにベタ惚れだったケイネスはそれを受けてここぞとばかりに喜び勇んで働きかけてきて。結局、周囲に流されるままに婚約関係を結んだと言うわけだ。

 最も、俺としてはハナからその関係を忌避していた訳ではない。理由はいくつも存在するが、一番大きな理由は『原作から逸れるから』である。

 原作通りに進んでゆけば、生存できる確率が加速度的に下がって行くことはどうしようもなく把握している。しかし、だからと言って原作を外れてしまうと何が起こりうるか。答えは、対策の出来ないまま不可避の死が訪れる可能性が出現する、だ。

 故に、俺は原作を辿る道を選んだ。原作を辿り、その隙間を抜けて、どうにか生を繋ぐ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険を冒さねば死の運命など覆せないということだ。

 ……俺は生き延びる。その為に必要な事であれば、どんな事でもするし、どんな立場にも甘んじよう。

 ちなみに、婚約者となったからといってPC版stay night、hollow ataraxiaのようなことはやっていない。俺は未だに聖処女、もとい純潔の乙女(エリちゃん)である。中身はオトコだけど。

 というか、幾ら何でも男相手にPC版SNとかホロウとか無理なのである。父からの遠回しな圧力を素知らぬふりしてケイネスと学術的に魔術を高め合う仲に収まっていることはPC版SN的、ホロウ的展開に対しての予防なのである。

 ともかく、俺は純潔の乙女(エリちゃん)である。ついでになぜか、純潔の乙女(エリちゃん)であることが知られている――否、望まれているようでもある。主に一般生徒(シンパ達)に。それ故の、俺の立場であったりもする。まあ彼らならば俺がたとえどうなろうと傅き続けるのだろうけど。

 

「……まあ、その結果がこんなお姫様扱いなのは……ちょっとくすぐったいし恥ずかしいわね。悪い気は、しないけれど」

 

 とまあ、偉そうなことこそ考えているが、この待遇は中々どうして嫌えるものではない。もう十年前後ソラウとして、人の上に立つ生まれの魔術師として生きてきたとはいえ、元々中身は普通のオトコなのだ。傅かれるのも悪くない――などと考えていると、ふと、視界にある少年の姿が映った。

 人通りの多い大廊下から離れた、人気の少ない奥まった場所(そこ)。そんな所に立って、誰もいないのにおどおどとしている男など、俺は一人しか知らない。扉の前に立ち、ノックすべきかどうしようか迷っているであろう彼の肩を、俺はそっと叩いた。

 

「はい、おはようミスター?」

「うわあッ!? ごめんなさいごめんなさい、ボク怪しい者じゃ――って、ソラウさん?」

「ええ、ソラウさんよ。それではもう一度。おはよう、ミスター・ベルベット?」

「え、ああ――おはようございます、ソラウさん」

 

 ウェイバー・ベルベット。それが、ケイネスの講師室の前で立ち竦んでいる彼の名前だった。

 型月厨の中でその名を知らない者は存在しないであろう、誰もが認めるFate/zeroの正ヒロイン。かつ、後代においては他者の才能を見抜き、発掘し、導き、大成させる傑物。ロード・エルメロイ二世の名すら冠するようになる魔術師見習い、それが彼である。

 俺と彼の関係は、割と昔まで遡る。ケイネスの講義を生徒席側で受けていた際に図らずも(意図して)隣に座ったことが関係のきっかけだっただろうか。あるいは、彼が道を歩いていた時に曲がり角から飛び出て偶然に(狙って)ぶつかってしまったことか、もしかしたら何かの世間話の際に年齢が同じことにかこつけて期せずして(計画通りに)会話が盛り上がったことだったかも知れない。

 まあ何にせよ、俺は思いがけず(完全に狙って)未来の一級講師とのツテを手に入れていたというわけだ。

 

「それで、あなたはケイネスの研究室の前でどうしたの? 何だか、迷っていたようだけれど」

「ああ、それは……先生の講義について、疑問点や質問点を自分なりに考察したレポートを書いてみたんだけど、それを提出するかどうか迷ってるんだよ。けど、これは先生からの課題じゃなくて自主的に書いたものだからさ。提出して良いのかどうか困ってるんだ」

「あら……レポート? 良いわ、それ位なら私がケイネスに渡しておいてあげる。ケイネスも、私が薦めるのならちゃんと目を通してくれるでしょう」

「ほんと? ありがとう、助かるよソラウさん」

「構わないわよ。それに、ケイネスも講師なんだから生徒の面倒はきちんと見るべきではなくて?」

 

 そう言って、俺は彼に笑いかける。ソラウ四十八の美少女奥義の一つ、ソラウウィンクだ――だが、それを使うまでもなく、彼の瞳には仄かな熱っぽさが見える。

 さもありなん、考えてみて欲しい。公式で美女と評される俺のまだ少女と呼ばれていた時分、つまり美少女が隣に座ったり曲がり角からぶつかってきたりおしゃべりしたり。そう、ラブコメである。

そんなラブコメめいた状況に、彼が巻き込まれればどうなるか。答えは言わずもがなである。

 

「ほんと、その通りだと思うよ。――けど、ケイネス先生はよくやってくれてると思うよ。他の先生とは違って、形はどうあれボク達に熱心に指導してくれる。偶に……いや、結構な頻度で、歯に絹着せない正論でボク達を叱責するけど」

「それはそうでしょう。ケイネスもあなた達を導く立場なのだから、間違っていることをそのままには出来ないでしょう? あなたも、いずれケイネスからこっぴどくやられる日が来るかも知れないわ――あら、もうこんな時間ね」

 

 腕時計を見ると、三十分が経過していた。本日の予定よりも大幅に遅れてはいるが、まあ些細なことだろう。この三十分で未来の一級講師とのコネを更に強められたのなら、リターンの方が更に大きいからだ。

 

「あなたとの会話は時間を忘れるわ、困った人ね。それじゃ、私は行くわ。これはケイネスに渡しておくから、あなたも魔術の研鑽に精を出して頂戴ね」

「え、ああ……うん、それじゃ、また」

 

 ウェイバーが抱えたスクロールの束を受け取りつつ、そっと手の甲を撫でておく。茹で蛸のように顔を真っ赤に染め走り去る彼を横目に、俺はそのまま扉をノックした。ややあって、部屋の主であるケイネスから入室の許可が下りる。同時に、此方へ矛先を向けていた侵入者排除用のトラップの気配が薄れた。

 

「おはよう、ソラウ。少し遅かったじゃないか?」

「おはよう、ケイネス。ええ、少し友人と話していたの。これ、その友人から預かったものよ? 魔術的な仕掛けはされていないわ」

 

 部屋に入ると、ケイネスは読んでいた分厚い本を机の上に置いて歩み寄ってくる。その彼の手に、一瞬だけ起動した魔術回路ですら看破できる程に何の細工もされていないスクロールを手渡し、入り口近くの椅子に腰掛ける。俺専用に作らせただけはあって、座り心地は良好だ。

 

「ふむ、これは……ウェイバー君か。後で目を通させて貰おう。先日の課題についても目を通したが、彼自身は非才ではあるが、こうして自らの意見を纏め、プレゼンする能力は高い。君の言っていた通りだね、ソラウ」

「でしょう? それに、あんな態度で中々どうして思い切りも良さそうよ。切っ掛けがあれば化けるんじゃない――勿論、魔術師としてではなくまた別の何かに、ですけど」

 

 そう言って、俺は大きく伸びをした。伸びをすると同時に、たわわに実った胸が揺れる。zeroの登場人物の中で最も大きくなることは理解していた、言わば約束された勝利の胸(エクスカリバスト)ではあるが、第二次性徴からこっち、よくもここまで成長したものだと感嘆してしまう。未だに健全なオトコの精神を保っている俺にとっては色々と辛いものがあるが。

 だがまあ、これ()も使いようだ。健全なオトコである俺から見て魅力的であると言うことは、即ち世の大半の男から見て魅力的であると言うことだ。俺は、そんな胸の谷間から一つの試験管を抜き出した。

 

「あ、そうそうケイネス。ちょっと見てよ、ねえ」

「ど、どうしたのかねソラウ? な、なんだか今日の君は少しばかり刺激的に過ぎる気がするのだが――ああいやそれが悪いという訳ではなくて、むしろセクシーで構わないと私は思うのだが」

「ほらほら見てみて。月霊髄液(ハイドラ)模倣(コピ)っちゃった♡」

 

 語尾に茶目っ気たっぷりの小悪魔ハートを乗せた言葉と共に、栓を開けた試験管の中身を床に垂らす。その中身は水銀……でなく水。ただし、水銀の質量と性質を持ち、月霊(ヴォールメン・)髄液(ハイドラグラム)と同じ性能を有した水だ。試験管の口から溢れ出ると共に質量軽減の魔術が解かれ、床に広がってゆく水。しかし、それがカーペットや調度品を湿らせることも、染み込むこともない。まるで水銀のように広がったそれに一言呪文を呟くと、それは俺の意思に応じて球形に収束した。

 どこからどう見ても、透明であることを除けばケイネス・エルメロイ・アーチボルト渾身の礼装と全く同一。それを見て彼は、

 

「――――――ハァッ!?」

 

 絶叫した。絶叫し目を点にするケイネスを宥めすかし、模倣した月霊髄液を形状変化させて作り出した椅子に座らせる。そうして、俺は彼に模倣の仕組みを解説した。

 とは言っても、やったことは今まで幾度と無く繰り返してきた『置換』と『転換』だ。置換魔術を用いてオリジナルの月霊髄液を構成する概念、魔術式、質量、その他あらゆる要素の全てを投影六拍を踏んでコピーし、それを同じ体積の水に貼り付けただけ。もっと簡単に言えば、『月霊髄液』のクラスカードを『水』に夢幻召喚(インストール)したようなもの、と言えば分かりやすいだろうか?

 しでかした内容こそとんでもないことだと自覚しているが、今の俺……俺という魂によって特性が変化し、魔術回路をきちんと鍛え、魔術に関する造詣を深め、手術で身体にメスを入れ、そしてケイネス・エルメロイ・アーチボルトに師事したソラウの肉体にとっては、これは出来ないことでは無かったのだ。

 

「……いやはや、この私がここまで驚かされるとは。やはりソラウ、君は素晴らしい頭脳と実力を持っている。で、だね。それは理解したのだが、なぜ私の礼装を複製しようと試みたのだね?」

「そうね。私の魔術の完成度を試したくなった、というのも嘘では無いのだけれど――一番はやっぱり、あなたの為かしら?」

「私の、為?」

「ええ、あなたの為。月霊髄液は他に類を見ない程に優秀な礼装だけれど、弱点が無い訳では無いでしょう? 攻撃に回すと守りが薄くなったり、質量の関係で攻撃が単調になったり。でも、それらは月霊髄液が複数個存在すればカバーできる問題でしょう? だから、私はそれを増やそうと思ったの。そうすればあなたの安全はより磐石なものとなるし、ケイネスなら増えても問題無く操れるでしょう?」

 

 四十八の美少女奥義の一つ、ソラウ言いくるめを使用。あなたの為なのよ、というワードを繰り返し使うことで彼のハートをくすぐる技だ。そして、それは目の前の彼に対しては絶大な効果を発揮するのだ。

 

「ソラウ……! 君は、君はそこまで私のことを思って……!」

 

 まあ嘘だが。

 正確には、嘘も混じっている、だ。オリジナルの月霊髄液の弱点を補強するために作製したのは嘘ではないし、それがケイネスの安全を確保する為なのも本当だ。だが、それら全ては俺の為、俺が生き延びる為に行っているのだ。

 

「うふふ、気に入ってくれたみたいで何よりよ。……ああ、そうそうケイネス。私、今日はこれから礼装としての効果を備えた服を製作しようと思っているのだけれど、手伝ってくれるかしら?」

「勿論だ、構わないとも。君の構築する魔術式はとても美しい、私の参考にさせて貰うよ」

「もう、お世辞は要らないわよケイネス。それに、参考にしたいのは私の方だもの。礼装服のデザイン、あなたの好みに合うように作りたいもの」

 

 スマイルを飛ばし、ケイネスの気分を盛り上げる。彼の手助けがあるのならば、俺一人で作製するよりも遥かに高度な礼装としての性能を備えた服が完成するだろう。イメージはFate/Grand Orderにおけるマスター礼装。あれに準ずるものを作れたならば、そしてそれの性能を万全にすることが出来れば、生存確率はまた一つ向上するだろう。

 そんな事を考えながら、俺はケイネスと連れ立って工房へと潜っていった。

 ――机の上に置かれた、ケイネスの読んでいた本。背表紙に『聖杯戦争』と記されたそれを残して。




今回は『純潔の乙女』に『エリちゃん』ってルビ振ったのが個人的ベストポイントだと思います。
何のことか分からない人はCCCやろう、な!


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ソラウちゃん十八歳

イリヤちゃん出ませんでした(狂化)
なので、その保護者に責任を取って貰おうと思います。


 照り付ける夏の太陽から降り注ぐ光が、俺の身体に熱を齎す。

 汗は乾燥した空気に蒸発してゆき、時たま吹き付ける風が爽やかさを感じさせる。日陰に入れば、一気に涼しさを感じた。少なくとも、俺が男だった頃に居た日本の蒸し暑い夏よりは過ごし易いだろう。

 

「……そうかー、そうなるかー。……そっかー」

 

 思わず呟く口から漏れるのは、慣れ親しんだソラウボイス(cv.豊口めぐみ)。もうロリ枠には該当しない声。

 現在、俺――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは十八歳。肉体は成熟し、背も顔も胸も原作とほぼ同じ位に成長した。違うのは、魔術の実力と髪の長さ、そして服装くらいだろうか?

 この身体から察するに、俺の見立てでは、そろそろ聖杯戦争に巻き込まれても可笑しくない頃だ。無論、死ぬ気はない。死なないためにこれまで努力して来たのだ、死んでたまるものか。

 だが――戦場にもしもは付き物だ。不意の奇襲で死ぬことだってあるだろうし、正面切って戦って死ぬことだってあるだろう。そもそも『ソラウ』は死に易いのだ。

 だから、せめて悔いは残さないように――俺は父に許可を取り、観光に出た。正確には、観光と魔術研鑽を兼ねた旅行だが。

 時計塔の講義で必要なものは大方マスターし、一般的な魔術なら『転換』を駆使することで使用可能になった。加えて、俺独自の『転換・置換・降霊』を組み合わせた魔術の効果、特異性を知っているのなら父も止める理由は無い。土着の魔術の痕跡や降霊術に役立てる為の史跡を回るつもりだ、と話せばむしろ快く送り出してくれた。

 故に俺はここにいる。ここはイタリア、シチリア島。豊満に成長した俺の――ソラウの身体を肩紐付きのチューブトップとホットパンツに押し込み、半袖のジャケットを羽織り、麦藁帽子を被って、俺は悠々と一人旅を楽しんでいる。

 一人旅は気楽で楽しい。ケイネスや他の知り合いに色々と気を遣わなくて良い分、俺本来の男としての感覚を常に前面に出しておけるからだ。だが、気楽にはしていても魔術の研鑽まで忘れて良い訳ではない。

 

「……はぁ。にしても聖杯戦争かー、ついにかー」

 

 ぴっ、と胸の谷間から一枚のカードを抜き取りながら、俺はぼやいた。

 掴み取ったカードは、勿論只のトランプや花札に使う物ではない。裏面には魔法陣が記され、表面には、弓を構えた女性の絵柄が描かれている。そして、表裏何方にも罅割れたような黒い染みが滲んだそれ。言わずもがな、クラスカード――『何処にも繋がっていない』、屑カードだった。

 ――屑カード。この名称を用いたのはエインズワースだが、曲がりなりにもクラスカードの作製に着手した身からすればそれ以外にしっくり来る呼び方も無い。何処の英霊にも繋がっていないというこのカードは、本来クラスカードで為し得る成果を考えれば屑と呼ぶしか無いからだ。

 だが、本来の成果――つまり、英霊になるという効果さえ忘れてしまえばこの屑カードもそれなりに有用だったりする。限定展開(インクルード)に限ってではあるが剣や槍、盾、爪等の形状を取る宝具として使用可能な礼装であり、大した性能では無いと言ってもそれは対魔法少女――つまり宝石翁謹製の礼装と比較した場合。使い捨てならば足もつかず、更に数を揃えるのも容易。対サーヴァントならばともかく、敵マスターとの交戦や撤退に関して言えばこれほど便利な礼装も存在しないだろう、奥の手……つまり『夢幻召喚が可能なクラスカード』を隠すという意味合いでは。

 そして、最近の俺の研究テーマは、専らこの奥の手であるクラスカードについてだ。原理は分かる、理屈も理論も理解できる。術式も構成できる――しかし、ただ一つ『英霊の座』だけが捕捉できない。あらゆる手段を尽くしてクラスカードの生産を試み、その結果として生まれた屑カードは今や百を越えようかと言うほどに溜まっていた。

 ――クラスカード。英霊の力の一端を写し取り、それを自らに置換する異端の礼装。このカードを作成するにあたり試行錯誤し、失敗を繰り返し、そして俺は一つの疑問へと辿り着いた。

 それは、『英霊の人格』について。

 プリヤにおけるギルガメッシュのカードを見るに、通行証(クラスカード)を介した夢幻召喚、つまり座へのアクセスの際には英霊の人格へも参照が到達してしまう。これはクラスカードを製作する過程において術式を仮組みした際に、自分で確かめた。『英霊召喚』の術式で呼び出す英霊に自我が備わっているのだから、その術式を応用したクラスカードでの夢幻召喚においても自我が含まれるのは当たり前だと言うことだ。

 ならば、何故ギルガメッシュ以外のカードからは『英霊の人格』が感じられない――あるいはその様に描写されているだけだが――のか。その答えは、俺の生前の知識……魔術によって魂に深く刻み付けた記憶の奥底から見つけ出すことが出来た。

 それは、ジュリアン・エインズワースの言葉。ギルガメッシュのカードに向かって言い放った、『その英霊は()を通じてなお汚染しきれなかった自我を持つ』という言葉。箱がどうのと言うのは推測は可能なもののまだ意味が分からない――その上ソラウとなった俺にとって二度と知る機会は無いだろう――が、自我を汚染と言う言葉の意味するところならば分かる。

 クラスカードが実体化した際に形作るのは黒化英霊の姿。つまり、クラスカードは英霊を夢幻召喚する際に『箱』という手段で以って、まるで英霊を『アンリ・マユ』で汚染したかのような現象を引き起こし英霊の自我を焼き潰していると言うことだ。

 

「箱、箱ねぇ……。俺がまだ俺だった頃は色々考察してたけど、どれが正しいもんか。エインズワースのアレはムーンセルめいて立方体だったけどあの泥はアンリっぽいし、泥から英霊を蘇らせるなんてのはホロウ――いや、prototypeか? ま、いいか」

 

 胸の谷間に屑カードを仕舞いながら、俺は思索を巡らせる。

 この事実は、クラスカードを作成する上で重要なことだ。何せ、『箱』を介さずにクラスカードを作成してしまうことが可能であったならば、そのカードで夢幻召喚した際には英霊の人格に飲み込まれ得るのだから。

 また、おそらくだが『箱』を介さないで作成したクラスカードはプリヤの、エインズワースの作成したそれよりも、夢幻召喚を行った際の性能が高いであろうことが予測される。

 これは順を追って考えれば自明のことで、まず、クラスカードは通行証であり、カードを通じてアクセスする座から英霊の情報の一端を写し取り夢幻召喚しているという点。次に、クラスカードの実体化によって顕現するのが黒化英霊であり、その黒化英霊も()()()()座の情報を参照した上で顕現しているのではないかという点。最後に、黒化英霊は本家本元の英霊・サーヴァントよりも性能が低いという点。

 これらを踏まえると、エインズワースのクラスカードによって夢幻召喚される『英霊の情報の一端』というのは、『箱』とやらによって自我を潰された英霊――即ち『黒化英霊』のことではないかと仮説が立てられるのだ。

 そして、『本来の英霊よりも弱体化した代わりに人格周りへのアクセスを遮断した黒化英霊』のクラスカードと、『英霊人格との相互アクセス・干渉機能を残した代わりに能力を十全に使用できる英霊』のクラスカードではどちらがより強力になり得るかなど、もはや言葉にする必要は無いだろう。

 

「……まあ、道具として有用なのは前者だけどな」

 

 独りごちる。

 当然の如く、使用者の意思通りに動作しない道具など不良品。ましてや意思通りどころか意思を裏切る可能性のある道具はそれ以下だろう。その点で考えれば、俺に作製し得るクラスカードは実用不可能な代物だろう。むしろ屑カードの方が使用し易いとさえ言える。

 故に、俺の取るべき手段はいくつか考えられる。その一つは、冬木に到着してから研究を続けるというものだ。

 冬木の聖杯には、この世全ての悪(アンリ・マユ)が眠っている。第四次聖杯戦争において青髭ジルが召喚されたのも、殺人鬼がマスターとして選ばれたのも、アンリ・マユによって聖杯が汚染されているからだとも示唆されていた。

 一つ目のプランは、それを利用するものだ。冬木の聖杯戦争における英霊召喚の術式に関しては、既にソフィアリ家の力を用いて手に入れてある。正確にはソフィアリ、アーチボルト、アニムスフィアの三家の利益が合致した結果俺に齎されたものなのだが、ソフィアリが現在所有している以上ソフィアリのモノとして扱って構わないだろう。

 ともかく、召喚術式は手に入れた。ならばどうするか――答えは、クラスカード作製時に経由する『英霊召喚術式』を、『冬木の英霊召喚術式』と置換するのだ。

 無論、第四次や第五次で召喚されるサーヴァントを見るに、そのまま置換しただけでは意味が無いだろう。何故なら、彼らは召喚時には汚染されてなどいないのだから。普通に召喚術式を置換した程度では、汚染は成らない。

 故に、魔術の流れを『転換』させる。サーヴァントは消滅すれば聖杯に焚べられる。つまり、サーヴァントと聖杯の間には霊的な繋がりが存在するという事だ。それを利用する。クラスカード作製時に必要な術式を冬木の英霊召喚術式と置換し、その術式が辿る路を歪曲させ、既に汚染された聖杯を経由することで擬似的に『箱』による汚染を再現する。これが一つ目のプランだ。

 メリットは、まず間違いなく汚染自体は成功するであろう点。デメリットは、冬木に降り立ってからそれらを行うには危険な敵が多すぎるという点と、汚染に成功したとしても自我を潰す事に成功するかどうかは不明だという点だ。

 デメリットの前者に関しては、必要な術式のコンパクト化さえ為せればほぼ無効化できる。サーヴァントやケイネス、或いは『敵の敵』を誘導することで時間を作れば十分に可能ではある。

 問題は後者だ。アンリ・マユによる黒化の例を見るに、反転はすれど人格の焼却にまでは至らない可能性も考えられる。これに関してはプリヤの『泥の英霊』のように自我消滅まで聖杯に漬けてやればどうにかなるかも知れないが、今度は高度に聖杯――アンリ・マユを制御する必要が生まれる。賭けとしては勝率は高くも低くもない、よって保留。

 二つ目のプランは、EXTRAのラニを参考にするものだ。彼女が自らのサーヴァントに使用した『思考の同一化』、その術式を開発し、クラスカードの作製時の術式に盛り込む手法。此方のメリットはほぼ間違いなくサーヴァントの自我を封じ込められる点と、施術を受けた今の俺の身体――プロト・デミ・サーヴァントと化したソラウの肉体ならば思考の同一化をした英霊からでも戦闘能力や経験を引き出せるであろう点。

 デメリットは、夢幻召喚が可能なサーヴァントが狂戦士(バーサーカー)に限られるであろう点と、肝心の『思考の同一化』の術式がアトラス院謹製の魔術であった場合に成す術が無くなるという点だ。

 此方も、前者に関してはある程度は目を瞑れるだろう。バーサーカークラスのみと限定されたとしても呂布にランスロットあたりならば十分に実用に耐えうるだろう。ヘラクレス? 彼ほどの理性を持った大英雄にはそもそも『思考の同一化』など通用しないだろう。

 そして、此方でも問題となるのは後者。『思考の同一化』という魔術など、俺がソラウとして生きてきた過程ですらほぼ聞いた事が無い。似たようなことを成すならば、洗脳や感覚共有を組み合わせた物となるだろうか? どちらにせよ、それらにカテゴライズされたとしても俺が組み上げた術式がサーヴァントの精神に通用するかといえば疑問だ。万全を期するならばアトラス院の魔術について調べるしか無い訳だが……相手はあのアトラス院、そこから術式を盗み出すなどまだ普通に聖杯戦争に参加する方がマシだろう。故に、これも保留だ。

 考え得る様々な方法の中で最も成功の可能性が高い二つ、それらが共に保留。だが、この中からどちらを選ぶかと言えば――やはり前者だろうか。夢幻(インス)召喚(トール)だけでなく限定展開(インクルード)の事も考えれば、手駒が多いに越したことはない。

 勿論、英霊の精神に何も介さないクラスカードをそのまま夢幻召喚するなんて以ての外だ。ミユのように肉体を乗っ取られるだけならまだしも、そのまま精神の――俺という人格が消滅しないとも言えないのだから。

 

 ――さて。以上を踏まえて、現状を考えてみよう。

 ここはイタリア、シチリア島。シチリア島は南部、アグリジェントに存在する――俺が居るのは『神殿の谷』。

 神殿の谷には今、俺以外の人が存在しない。俺――ソラウのような美女どころか人っ子一人居ないのは、俺が人払いの結界を張ったためだ。

 そして俺は、その遺跡群の中でも最も古いとされる()()にいる。現存するのは八本の柱とその周囲の石造りの床のみという其処は、しかし確かに、俺が今まで訪れた他のどんな場所よりも厳かで、神秘的だった。

 

「いや、いやさ? やっぱりこう、浪漫ってあるじゃん。型月厨ならさ、考えるじゃん?」

 

 弁明をする。

 誰に向けた訳でもない言い訳が空に吸い込まれ、俺は静かに目線を落とした。冷や汗がたらりと顎から流れ落ち、胸の上で跳ねる。

 視線の先に存在するのは、風雨によって削られた石の台座の上の、一枚の()()()。先程の屑カードと同じく、弓を引く女性の絵が描かれたカード。違うのは、その表面に黒い染みが滲んでいないという点だけ。

 

「いやさ、触媒召喚なら今でも試せるじゃんとか思ったのは悪かったけどさ」

 

 自問する。

 何が悪かった? 何を間違えた? 自由の身になって浮かれて、酒を買って、それに酔いながら此処へ来たことか? そのまま酒の勢いに任せて触媒召喚を試したことか? いやまあ酒のトラブルなら()()()()にも縁があるよなってやかましいわ。

 

「なんでさ……いや、なんでさ?」

 

 状況を、確認しよう。

 ここはイタリア、シチリア島。シチリア島は南部、アグリジェントに存在する――俺が居るのは『神殿の谷』。その神殿の谷において最も古い神殿の名は――

 

「……いや、その。……ゴメンなさい! 俺、全サーヴァントの中でもあなたが一番好きだったんです! 許してくださいゴメンなさいっ――ヘラクレスっ!!」

 

 ――『ヘラクレス神殿』だった。

 

「こんなとこで貴重な幸運(LUC値)消費するなよっ――もう、なんでさぁぁぁあッ!!?」

 

 ――拝啓、生前の知り合いのみんなと、全型月厨の仲間たち。

 俺、人格が残った弓兵枠の大英雄(アチャクレス)のカード、作っちゃった。




反省も後悔もしている。けどやりたかった。
流石にアチャクレスのカードは使いません。というか使えません。

黒化英霊に関して、というかプリヤの設定に関する考察は全部独自解釈です。まあプリヤの設定は本編にはフィードバックされないと言われてますし(免罪符)、間違っててもしょうがないよね!

いつもご意見ご感想、たくさんありがとうございます!
今回も待っておりますので、どうかよろしくお願い致します!


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ソラウちゃんとケイネス先生と聖杯戦争直前

そろそろ聖杯戦争に入らないと怒られそうなので聖杯戦争します。



「――素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」

 

 外界と繋がる一切を魔術的に締め切られた大部屋の中央から、朗々と呪文を詠み上げる声が響く。紡がれる言葉の一つ一つが覚えのある――いや、忘れようにも忘れられないもの。俺の型月道は此処から始まったと言っても過言ではないそのフレーズは、同好の士ならば一度は暗記したことがあるだろう()()

 部屋の中央には魔法陣。その前に立ち、呪文を唱えるのはみんな大好きケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔法陣の中央には、少し離れた此処からでも感じられる程の神秘を誇る聖遺物。

そう――これはサーヴァント召喚の陣。呼び出す英霊は、勿論決まっている。

 ギリシャからローマ、ペルシャにまで足を伸ばした()()から帰還して早々にケイネスから聞かせられた話は、やはりと言うべきか『聖杯戦争』に関するものだった。原作と同じように武功を求めて参加するという彼に対し、褒めそやし泣き落とし色気まで使って篭絡したものの……出場の意思は変えられなかった。半ば諦めていたとはいえ、やはり気分は滅入ってしまう。

 色仕掛けの副作用としてケイネスが俺にもっと好意を向けてくるようになったのはまあ仕方がないとして、気分が滅入ったとしても参加しなければならない。俺の予測の付かない所で死に襲われることを防ぐ意味合いもあるが、一番の理由は、第四次聖杯戦争の『後』のことを考えざるを得なかったからだ。

 今更繰り返すことでも無いが、俺は第四次聖杯戦争で死ぬつもりなど毛頭無い。毛頭無い以上、その先もこの世界をソラウとして生きていかなければならないのは当たり前だ。そう考えると――第四次聖杯戦争を、()()()()()()()()必要が出てくるのだ。つまり――原作通りに泥を溢れさせ、原作通りに衛宮切嗣を生き残らせ、原作通りにウェイバーちゃんをエルメロイ二世にする必要がある。衛宮切嗣が存在しなければ衛宮士郎が存在し得ないし、エルメロイ二世が生まれなければ冬木の聖杯が解体されることは無いだろう。二人無しでの第五次とか想像したくもない。

 ここで問題になってくるのが、二人の誕生条件だ。衛宮士郎の誕生に関しては衛宮切嗣を勝者とするだけで解決するだろうが、問題は後者。ウェイバー・ベルベットがロード・エルメロイ二世となるには、幾つかの条件が必要だ。その一つが、聖杯戦争に参加すること。一つが、第四次聖杯戦争で征服王イスカンダルと主従関係となり、敗北すること。一つが――ライネスやエルメロイ教室に恩を売ること。

 問題となるのは、勿論三つ目だ。ライネスを含めたエルメロイ派に恩を売る為には、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの死は必須事項となっている。ケイネスの死により魔術刻印が失われ、それを復活させること等を契約としてウェイバーちゃんはエルメロイ二世となるのだ。そして、ケイネスの死が意味するところは一つ。共に参加している俺――ソラウも同様に、死するということだ。

 つまり、ウェイバーちゃんが二世になると俺は死ぬ。それを踏まえた上で、俺は俺が生き残る為にウェイバーちゃんを二世にしなければならない。

 詰んでいるというレベルじゃない。『ウェイバーを生かし、ケイネスを死なせた上で、ソラウは生存する』という不可能に等しい可能性を掴まねばならないのだ。勿論、俺達ケイネス陣営が聖杯戦争に勝利するなんて達成してはいけない最大の悪手だ。なまじ聖杯を掴み得るだけに、抑止力に妨害を受けて無残に死ぬことが目に見えている。

 紛れもなく不可能に近い――けれど、不可能だと断じてしまえば死ぬだけだ。策を巡らせ、分の悪い賭けを繰り返し、どうにか生き延びなければならない。

 その為に必要な仕込みの一つは、既に終えている。

 まず、原作よりも大幅に改善されたケイネスが周到に準備していた聖遺物を、全て秘密裏に独占した。手元に入ってくる触媒を、イスカンダルのマントの切れ端とディルムッドの遺物だけに限定する為だ。ケイネス自身そう簡単に聖遺物が手に入るとは思っていなかったようで半ば諦めもついていたようだが、悪いなケイネスこれも俺が生き残る為だ。あとで四十八の美少女奥義の一つ、ソラウ胸押し付けを見舞ってやるから我慢してくれ。

 次に講じた策は、ウェイバーちゃんとケイネスの仲違いだ。此方に関しては、馬鹿みたいに金と手間を使った第一の策に比べればいとも簡単に達成することが出来た。今のウェイバーはケイネスに無駄な敵愾心を抱いてはいないし、ケイネスの方もウェイバーに対して『よく研究室を訪れる生徒』として、魔術以外の才能については認めている。原作からすれば極めて良好な関係を築いている両者であるが、そこを利用した。

 と言っても、取った手段は簡単だ。イスカンダルの聖遺物が届く予定の日に合わせてウェイバーにケイネスとの補習のアポイントを入れさせ、そこで二人に()()()()()酒を飲ませただけ。ケイネスにはウェイバーが訪れる前の研究室で『もっと饒舌になってアドバイスしてやるべき』と称し、ウェイバーには研究室に入る直前に『気を大きくしてしっかり意見を言うように』と称して、俺が手ずから調薬した『威勢を良くする薬』を混ぜ込んだ酒を飲ませたのだ。

 結果はご覧の通り。見事にケイネスとウェイバーは論争に発展し、半ば喧嘩別れのようにウェイバーが部屋から飛び出し、その流れでイスカンダルの触媒を手に入れさせたという訳だ。

 その結果がこの召喚。手に入れる触媒を限定されたケイネスは、その触媒を礎としてサーヴァントを呼び出そうとしている。

 

「……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――……!」

 

 魔法陣に満ちていた光が収束し、凝縮し、弾ける。明滅するそれが臨界に達したと同時に、俺の全身から魔力が奪われる感覚に襲われた。流れ出す魔力は、そのまま魔法陣の内側の何かへと流れているのが理解できる。

 

 ――繋がった。

 

 思わずぼそりと漏らした言葉に応えるように、部屋を照らしていた眩い光が拡散する。その中から現れたのは、深緑のボディスーツに黒髪を携えた、極めて端正な偉丈夫だった。俺から流れる魔力がその男に流れ込んでいるのが分かる。ちらりと此方を向いたケイネスに首肯で答えると、彼は正面の男へと口を開く。

 

「……問う。貴様が私のサーヴァントか?」

「如何にも。この身はフィオナ騎士団が一番槍、我が名はディルムッド・オディナ。貴方の槍となり、あらゆる敵を貫く者です」

「宜しい。これより貴様は我が『槍』だ。その名に恥じぬ活躍を期待するぞ――ランサー」

 

 ランサー――ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団の誇る英雄の一人であり、原作でケイネス陣営が呼び出したサーヴァント。正直なところ、クラスカードに封じた最強の弓兵(アチャクレス)を使えば召喚できない事も無かっただろうが、そうしなかった理由は幾つもある。

 まず第一に、純粋に彼の運用など不可能だからだ。ヘラクレスなど超一級のサーヴァント、バーサーカー化せずとも魔力消費とて桁違いだろう。満足に運用するならばバズディスロット並みの下準備が必要だと言うこと。宝の持ち腐れも良いところだ。

 次に、原作との齟齬を少しでも減らすため。仮にヘラクレスを召喚したとして、英雄王(金ぴか)が消えた結果第五次において特異点Fが発動するといった未来が無いとは言い切れない。それを除いたとしても、原作知識が無くなった結果切嗣に一方的に脅威認定されて狙撃されて即死しかねない。ただでさえ死のリスクが高いのだから、目立たないに越したことは無いのだ。加えて、カードを使ったところで確実にヘラクレスを召喚出来ると決まった訳ではない。触媒無しの縁召喚と見做された挙句キャスターやアサシンを引く可能性もある。おとなしくディルムッドを狙えば召喚出来るのはまず確実なのだから、下手な手を打つ必要は無い訳だ。

 第三に、そもそも俺――ソラウの立場からすれば聖杯戦争に勝利する気が無い為だ。俺の目的は抑止力に睨まれずに生き残ること、ヘラクレスなど召喚してしまってはそれこそ抑止力に殺されるだろう。

 とまあ、これがヘラクレスを選ばなかった理由だ。……実は、他にももう一つだけ理由がある。これは理詰めやメリットの問題ではなく、ただ単に俺の、一型月厨としての我儘だったりする。ヘラクレスを召喚出来た場合のメリット全てを考えた上でそれを選ばなかった理由。

 ――それは、俺が、ヘラクレスにはイリヤちゃんのサーヴァントでいて欲しいからだ。ギリシャ神話最大の英雄、あらゆる戦場の理をねじ伏せて自らの信念を通した大英雄、狂化して尚理性を保つ精神の高潔さ。そんなものを持つ彼を、俺の為に使う訳にはいかない。これは、自分の死のリスクと引き換えにしても彼を選び得なかった我儘。

 故に、俺は『ヘラクレスのクラスカード』を所持していることを誰にも告げていない。置換魔術で組み上げた俺専用の蔵に保管し、誰にも手出しが出来ないようにしている。

 それで良い――と俺は思っている。彼のような偉大な男を、俺の私欲で使ってはいけない。そんな事を考えていると、不意に精神と肉体に働きかける()()を感じた。『女』の身体を通し全てに働きかける甘い疼き、その原因に見当をつけた俺は即座にそれをレジストする。

 

「……あまり良い気分ではないわね」

 

 魅了(チャーム)の魔貌。予想通り、ケイネスの前に立つディルムッドから発散されていたそれに対して頭を振ると、二人の視線が此方を向く。

 

「ッ――申し訳ありません。この貌の魔力は私でも止められないのです」

「構わないわ、その程度無効化(レジスト)出来るから。けれど――ねえディルムッド、私はケイネスの婚約者なの。つまり、貴方からすれば主君の嫁と言うことになるわね? 生前の過ち、繰り返さないように注意して頂戴」

「はっ。――っ、主の、奥方殿?」

「ええ。そう言えば、ケイネスとは名前の交換が終わったようだけれど私は自己紹介をしていないわね。私の名前はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。今回の聖杯戦争では、あなたの魔力供給を担当するわ」

「失礼致しました、ソラウ様。我が名はディルムッド・オディナ、主ともどもお守り致しましょう」

「ええ、期待しているわ」

 

 心底安堵した表情で手を差し伸べてくるディルムッドと握手を交わす。やたらごつごつして大きな手だ――というより、これはソラウの手が小さいだけか。久しぶりに新鮮な感覚を味わいながらも、俺はさも今思い出した風を装ってケイネスとディルムッドに話しかけた。

 

「あ、そうだケイネス。ディルムッド、少し借りて良いかしら? 別にこの部屋から出るわけじゃない――というか、この空間も借りたいのだけれど」

「ああ、構わないよソラウ。君が何をするのか、多大な興味があるからね」

「ありがとう、ケイネス。じゃあ……お待たせしたわね、ディルムッド。あなたに少し聞きたいことがあるのだけれど、構わないかしら」

「ええ、勿論。俺に答えられることならば何でも答えましょう」

 

 鷹揚に頷くディルムッド。きらりと光る白い歯がまぶしい。イケメンは座に帰れ――ではなく。正直なところディルムッドがどれだけイケメンであろうと、俺の精神は既に男として固定してある。ソラウの仮面を被っていたとしても、惹かれることは万に一つもない。無いが、原作のこともある。ディルムッドにときめくような事が無かったことに安心しながら、俺は更に言葉を紡ぐ。

 

「なら、ディルムッド。あなたは生前、二振りの剣と二本の槍を使いこなす騎士だったと記録されているけれど、それは間違いないかしら」

「はい、その通りです。俺は二刀二槍の宝具を組み合わせて使うことで、フィオナ騎士団の一番槍に恥じないだけの活躍をしました」

「そう。じゃあ次ね、ディルムッド。あなたはランサーのクラスで現界したようだけれど、保有している宝具に剣は含まれているの?」

「……申し訳ありませぬ、ソラウ様。此度はランサーとしての現界の影響か、我が二振りの剣をお見せすることは叶いませぬ」

「そう。じゃあ――最後。ディルムッド、血を一滴、私に頂戴?」

「……なんと?」

 

 訝しむディルムッドだが、そこは忠義の騎士の面目躍如か素直に言われたものを差し出してくれる。展開した『破魔の赤薔薇』で自らの人差し指を傷つけた彼の指から溢れる血を、事前に用意しておいた特製の試験管に収める。治癒を施し、ディルムッドを再度魔法陣の中心に立たせれば準備は完了だ。

 

「英霊本人の血液なんて、何にも勝る聖遺物よね。反則だわ」

「あの、ソラウ様。貴女は一体何を――」

「――素に銀と鉄」

 

 言いかけたディルムッドを制するように、()()を紡ぐ。目を見開きながらも静止しているディルムッドと、俺の一挙手一投足を興味深そうに観察するケイネスの視線を感じる。無理もない、と思いつつも、呪文を詠じることは止めない。

 展開した魔法陣に、再度魔力が充満する。呪文が一節ずつ進むにつれて輝きを増す魔法陣と魔力、その流れをしっかりと把握する。把握して、俺はそれを()()()へと導いた。

 それは一枚のカード。剣を真っ直ぐに構えた騎士の図柄が描かれた、黒い染みの滲む一枚のカード。その染みの上へ、試験管の中の一滴の鮮血を垂らし――

 

「抑止の輪より再び来たれ、天秤の守り手――()()()()()()()()()()!」

 

 そのカードを、ディルムッドの胸板に叩き付け叫ぶ。力の流れ全てを目の前のサーヴァントへと置換されたそれは、カードに記された通りの効果を彼に齎す。英霊の中に、英霊を加える。元々一つだったものを一つにする。槍兵の中へ、剣士の力が流れ込んで行く。

 

「――夢幻召喚(インストール)……っ!!」

 

 閃光。

 収束。

 再び部屋に満ち溢れた光が霧散してゆく。そこには――

 

「……やっぱり、上手くいったわね。私ってば天才かしら?」

 

 二槍に加えて腰に()()を提げた、二槍二剣の槍兵が立っていた。

 驚愕する男二人を尻目に思う。ディルムッドに剣を使わせれば、本来よりも上手く立ち回れるだろう。セイバーとも互角に戦えるようになれば、即座に狙われることもない。後は潰しやすい狂戦士(ランスロット)に暴れさせ、頃合いを見てディルムッドにはセイバーに負けて貰う。騎士らしく死ぬディルムッドに、正々堂々敗北したケイネス。後はケイネスを『策』に嵌めれば、第四次聖杯戦争は完璧だ。

 

 ――よし、目指せ円満な敗北ライフ!




巧妙なヘラクレスのステマ。


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ソラウちゃんと聖杯戦争

聖杯戦争本編をガンガン巻いていく執筆スタイル。


 潮風に乗って、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。それは人知を超えた速度で重なり合い、また離れ合い、夜の闇に無数の火花を散らす。やはりと言うべきか、その超高速の剣戟を肉眼で捉えることは不可能だった。辛うじて、周囲のコンテナの前で何かがブレて動いていると把握出来るのみ。どうでもいいが、個人的には此処は倉庫街ではなくコンテナ置き場と呼んだ方がしっくりくるのだが。

 ともかく、ここは冬木港の倉庫街。Fate/zeroにおいて初めてサーヴァント同士の戦闘が行われた記念すべき場所であり、また、現在超常の存在が鎬を削っている場所である。

 その超常の存在とは、勿論ランサー(ディルムッド)セイバー(アルトリア)に他ならない。セイバーは不可視の剣を、ディルムッドは()()をそれぞれ振るっている。

 そう、二槍。セイバー(剣ディル)を夢幻召喚させたにも関わらず、彼は剣でなく槍だけを振るっている。その理由は簡単、切り札を秘匿する為だ。

 俺の――ソラウの施した夢幻召喚により、ディルムッドは己の二剣を獲得した。しかし、それはディルムッドが二重召喚のスキルを獲得した訳でもなければクラスが変わったという訳でも無く、ステータスに正式に宝具が加えられた訳でもない。人間が――例えば俺がディルムッドのクラスカードを夢幻召喚しようとサーヴァントになり得ず、サーヴァントとしてのステータスを得る事もなく、俺のステータスに宝具が加えられる訳が無いのと同じように、側から見ればディルムッドは何の変哲も無いランサーであり、彼の宝具は二つ――破魔の赤薔薇と必滅の黄薔薇だけなのだ。

 つまり、ただ宝具を使えるようになっただけ。このメリットを活用しようと考えたのはケイネスだった。彼の発案により、ディルムッドは剣の宝具の使用をギリギリまで粘ることにしたらしい。その辺の話し合いは男二人で終わらせたらしいが、まあ俺の策が上手く嵌るならどうしてくれても構わない。あまりにも不味い方向へ転ぶのならば、俺が手助けをするし。

 

「――ほら、見たまえソラウ。ランサーの奴は、あれで十全に戦っているようではないか。敵は最優のセイバー、ステータスも尋常でなく高いと来たが……中々どうして期待を超えてくれる」

「……後は正直に己の願いさえ話せば、かしら?」

「ああ、その通りだよ。……と言っても、少し考えを改めつつあるがね」

「あら。どういうことかしら、説明して頂けるかしら?」

 

 俺の言葉に、ケイネスは笑みを浮かべて構わないよ、と言う。積み上げられたコンテナの上から使い魔を飛ばし、高みから地を見下ろすその瞳には、恐らく自らの僕であるディルムッドが映っているのだろう。あるいは、その有用さか利用方法が。

 

「あの男はね、私や君とは思考の在り方が違うのだよ。例えるならば、魔術師と一般人との違いに近いだろうか。私の物事を考える尺度とあの男の尺度とが異なるのだから、魔術師として理解しようとしても無理な話だと言う訳さ」

「成る程ね。確かに根本的な物の考え方があなたと彼で違うと言うのは納得したわ。で、どうするのかしら? 問題は貴方と彼の考え方が違うという点ではなくて、彼が聖杯にかける願いが分からないこと――もっと端的に言えば、彼の願いのために裏切られる心配が拭えないという点だわ」

「……その点についてだがね。あの男には確たる願いが無いのではないかと私は推測した。尤も、これは奴が私達にはよく分からない思考方法を採用しているという前提に立った話だが。奴は聖杯を欲したのではなく、聖杯戦争に参加することが目的だったのではないか、という推論だよ」

「……なるほど。ある点に於いてはケイネス、貴方と同じ思考をしていると言いたいのね?」

「その通りだ。私も聖杯を求めてはいるが、真に欲するのは武名を轟かせ自らに箔を付けることだ。万能の願望機を不要とは言わないが、これが単なる決闘だったとしても構わないという訳さ。同じように、ランサーもまた似た理由なのだろう。ただ戦いたいだけか、それとも自らの力がどれ程のものかを試したいのかは知らんが、ね」

「ええ、納得したわケイネス。けれど、それが本当なら厄介よね。実力試しがしたいと願っていたのなら、最悪負けても構わないってことじゃない」

「それに関しても、今は彼奴の言葉を信じるしか無いだろうね――おっと。そろそろ手の内を晒させる時のようだ」

 

 そう言うと、ケイネスは己の喉に手を当てて話し出す。魔術によって声を拡散し、自らの位置を敵に悟らせまいとする――原作通りの行動。宝具の開帳を許す、と言ったその言葉の後に起こったことは、概ね原作通りと言って良いだろう。

 ディルムッドが黄薔薇を地面へと落とし、アルトリアが鎧を取っ払い突撃し、その隙を突いて左腕の腱を斬る。そこへイスカンダルが乱入し、声を挙げ、ギルガメッシュが姿を現し――そこからランスロットが撤退するまでは、ほとんど原作通りに事が運んだ。違いは、ケイネスがウェイバーを詰らなかったことと、ディルムッドをアルトリアへ嗾けなかったことだ。

 いや、実際には嗾けようとした。しかし、ディルムッドからの抗議を受けたケイネスはその言葉を翻したのだ。「そこまで言うのならば見せてみろ、お前の騎士道とやらを」という言葉で以って。

 結局二対一の構図になったランスロットが撤退する形となったが、それに戸惑ったのは俺である。ケイネスの性格も穏やかになったとはいえ、ここまでの変貌を遂げるだろうか? せいぜい相手に理解を示そうとする位だと思っていた、というかケイネスがそれ以上にディルムッドに歩み寄る筈が――。

 そこまで考えて、はたと気づいた。

 そもそもケイネス、俺……つまりソラウが寝取られてない以上、ディルムッドに敵愾心を抱く理由が無いじゃんと。

 そう、ケイネスは基本的に理知的で理性的だ。それは原作に於いても変わりなく、自分の意に沿わない事が発生するかソラウ関連の何かかが発生するか以外では冷静なのだ。原作でそれなのだから、俺によって精神面の価値観を大幅に改善された挙句ソラウも寝取られていないとあっては、ディルムッドの持つ騎士の矜持に一定の理解を示したとしても不思議ではない。

 しかしまあ、これが大した誤差でなくて良かった。動揺する感情を無理やり冷静に『転換』し、落ち着いたところでケイネスに話しかける――横を見る。そこに彼は居なかった。

 

「……は?」

 

 嫌な汗がつうっと胸元に垂れる。慌てて使い魔と感覚を共有すれば、案の定と言うべきか嫌な予感が当たったと言うべきか、ちょうどケイネスが戦場の側のコンテナの上に姿を現わすところだった。

 

「お初にお目にかかる、征服王、騎士王、そしてアインツベルンのマスターよ。私はケイネス・エルメロイ・アーチボルト、そこなランサーのマスターだ」

「主!? どうして此処へ……!」

「なに、本来ならば私は後ろで引っ込んでいる予定だったがな。ほら、そこに居るだろう――そうだ、征服王の戦車に乗っている若者だよ。……いやはや、ウェイバー君。まさか私の用意した触媒を盗み出したのは君だったとはね。よくぞやってくれた、と()()しておこうか」

 

 胸を張り、鷹揚に両手を広げて語り出すケイネス。ディルムッドはそれに疑問の視線を向けている――俺も同じ気持ちだぞ、ディルムッド。

 

「ふむ。それで、そのランサーのマスターがこの場に何の用だ? どうやらこの坊主と因縁があるようだが」

「ああ、その通りだ征服王。そのウェイバー君は、私の時計塔での教え子でね。少し挨拶にでも、と伺った次第だ。――それで、ウェイバー君」

「ひ……ッ」

 

 ケイネスの言葉に、ウェイバーちゃんが怯える。ウェイバーちゃん最萌え。ではなく、彼も多少はマシになったとはいえまだまだケイネスへは畏れを抱いている。同じぐらいの尊敬も抱いていた筈だが、どうやら今はそれが罪悪感と威圧感に呑み込まれてしまっているようだった。

 視線を向けられ、更に縮こまるウェイバー。原作とは大分流れが違うが、多分この後イスカンダルからのデコピンが飛んでくるんだろう。そう予想していた俺は、更に予想を裏切られることとなった。

 

「そう怯える必要もない、ウェイバー君。今此処に限っては、私と君とは対等なのだからな」

「……へ?」

「何を不思議そうな顔をしているんだねウェイバー・ベルベット。私と君は互いに聖杯戦争に参加したマスター同士だろう。これ以前、そしてこれ以後にどのような立場の差があろうと、こと今、戦いの場においてはそんなものは関係の無い話だ」

「……な、先生」

「加えて、君は私からイスカンダル召喚の触媒をくすねてみせた。多少は運もあっただろうが、このロード・エルメロイに向かってそのような謀を成し遂げられる者がどれだけ居るものか。そして、その覚悟も。実を言うとだね、教鞭を執ってはいたものの、私を超えようと反抗する者など今まで居なかったのだよ――君を除いては、だが。故に賞賛し認めよう、ウェイバー・ベルベット。魔術の才こそ未熟だが、君は私に並びうる覚悟を持った男だと」

 

 ――なんでさ。

 いや、なんでさ。思わず、久しく使って居ない言葉が漏れた。多少は性格矯正をしたとはいえ、まさかケイネスが此処まで男前になるなんて思っては居なかった。アルトリアもディルムッドも、果てはイスカンダルまで満足そうにうんうん頷いてるし。あれか、これが騎士の矜持ってやつか。ディルムッドに毒されたのか。そうこうしている内に、話はどんどんと転がって行く。

 

「そして……征服王イスカンダル。これより競い合う相手にこんな事を頼むのも可笑しな話だと自覚はしているがね。どうか、ウェイバー君を頼んだ。彼は魔術の才こそ無く、それ以外も今でこそ未熟だが、成長すればいずれ化けるであろう逸材だ。だから――」

「ふん、抜かすではないか。だが……よい。女の身であるにも関わらず戦場に立つそこなセイバーのマスターに比べれば、表にも出てこない臆病者。そう思っていたが、中々どうして剛毅なタチではないか。細っこいが、度胸もある。どうだ、貴様は元々余を召喚する予定だったと言う。ならば我が軍門に下る気は無いか?」

「有難い誘いだがね、征服王。私は既にランサーの主だ。臣下が私に忠を尽くすと言っているにも関わらず、その主が先に白旗を掲げることなど有りはしないだろう? それよりも、君が我々に敗北した際のことを考えるといい。ウェイバー君と共に我が元へ降るのならば、喜んで迎えよう」

「ほう! 言うのう、ランサーのマスターよ。成る程、まこと貴様のような騎士に相応しい主ではないかランサー」

 

 ケイネスとイスカンダル、それにディルムッドとアルトリアが笑い合う。笑っていないのは何か決意を固めたような顔をしているウェイバーと、何が起こっているのかとおろおろしているアイリスフィールだけだ。うん、その気持ちは分かる。急に現れた天才がいきなり益荒男と意気投合し出したら誰だって動揺する。

 だが、動揺ばかりしても居られないというもの。忘れてはならないのが、この場には彼の衛宮切嗣が居るのだ。そして、その卑劣必勝ハズバンドがこの場面において狙撃銃を構えていることも、俺は知っている。

 故に、俺の仕事はその狙撃から姿を曝したケイネスを守ることだ。せっかく策を考えていると言うのに、こんな所で()()()()()()()のだ。その為に、先程から使い魔を飛ばし、立ち位置を変え、切嗣だけを注視し続けている。元々切嗣はケイネスを捕捉していた筈だ、俺の動きも読まれているだろうが構わない――むしろ良い。俺の気苦労なんて知らぬとばかりに談笑している彼らが解散するまで俺がプレッシャーを掛け続け、ヘイトを此方へ集められるのだから。

 

「――ここまでか。そろそろ帰還するよ、舞弥」

 

 何分か、何十分か。切嗣とその助手の動向に気を払いながらも発動していた空間置換により、切嗣のその言葉を拾う。示し合わせたように撤退してゆく主従と、再戦の約束をして解散するサーヴァントとマスター達。その顔は、どれも明るい。

 やっと終わったか、とコンテナの上に腰を下ろす。ふぅ、と大きく息を吐くと同時に、服の胸元を引っ張り中に涼しい風を送り込んだ。疲れる、なんてレベルではない。相手がサーヴァントでないとは言っても、相対した敵は衛宮切嗣……戦闘者。その相手に気を張り続けるのが、これほど疲労する物だとは思ってもみなかった。

 

「……まあ、今のうちに体験出来て良かったと思うべきかな。はー、それにしても暑っつい。気合い入れて編んだ礼装だけど、快適さに関してはもうちょっと改造するか」

 

 纏っている服は、ソラウ本来の服を元にFate/Grand Orderのマスター礼装である時計塔制服のデザインを加えたようなもの。本当は礼装『英雄風采 三英傑』でぐだ子の着ていたアレ――髪の装飾と尻尾は抜くが――を再現でもしてやろうかと思い、服自体としては完成させてはいたが、礼装へと改造するには時間が足りなかった。

 

「……まあ、いいさ。こっちに持ってきてるし、聖杯戦争さえ終わらせれば時間は取れるはずなんだから」

 

 言いながら、コンテナから飛び降りる。勿論、周囲に誰もいないことは確認済みだ。それでも警戒を切らさないように注意しながら、俺は先程まで戦闘の繰り広げられていた広場へ辿り着いた。

 目的のものは、直ぐそこにあった。ひび割れたコンクリートのそば、地面に撒き散らされた真っ赤なそれ。鉄臭いそれを胸元から引き摺り出した器具で採取し、特殊な加工を施した試験管へ封入する。

 消失する兆候は見られない。それを確認して、俺は安堵の溜息を吐いた。

 

――アルトリアの血液(触媒)、ゲットだぜ!




主人公以外が原作をぶっ壊していくスタイル。


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ソラウちゃんと冬木市ハイアットホテル

繰り返しますよ。
この小説はわりと不真面目な内容です。考察はわりと真剣にやってますけど。
タグのR15を確認したなら、どうぞレッツゴー。


 冬木市ハイアットホテル。

 聖杯戦争の行われるこの冬木市、新都に新しく完成した高級ホテルの名前。未遠川を跨いだ東、冬木の中で最も高いセンタービルの近くに建てられたこのホテルは、その立地や掛けられた金に恥じないほどの満足を、宿泊客に与えてくれるだろう。

 最上階はスイートルーム。最上階や、そこでなくとも高層から眺める新都の夜景はまさに圧巻。夜景と川、そしてその川の流れ込む海。晴れた夜に月が海に沈む景色の見事さなど、それだけでハイアットホテルの評判が広まり高まるほどだ。

 そして、そのホテルの最上階、スイートフロアを丸ごと豪華に貸し切った者こそ――何を隠そう、我らがケイネス先生と言うわけだ。

 しかしこのハイアットホテル最上階、一部屋取るだけでも生半可な値段ではない。それを一フロア丸ごととは、アーチボルトの財力は無尽蔵か……と考えた事もまあありました。けれど、よくよく考えれば俺――ソラウの実家、ソフィアリ家の財産もまた似たようなもの。少なくとも、俺が使途不明に結構な額を使い込んだとしても追及すらされない程、魔術の名家とは金があるものなのだ――例外(トオサカ)は除いて。

 とまあ、そんな訳で俺は考えることを辞めた。どうせ直ぐに爆破されるのだ、なら、せめてそれまでの間は好きに使わせて貰おう。そう思い立った俺は――

 

「…………んっ、ふぅ。流石は高級ホテル、という訳かね。いやあ、俺、こんな良い風呂入ったこと無いよ」

 

 ――思う存分、バスタイムを満喫していた。

 倉庫街の戦いから帰還した俺は意気揚々と凱旋するケイネス・ランサーの二名とホテル近くで合流し、意気投合する二人を胡乱げな目で見ながら最上階へと帰還した。俺は勿論この後に起こることも知っている、故にすぐさま次の手を打とうかと思考していた際に声を掛けられたのだ。君は風呂で疲れを落としてはどうかね、と。

 どうやら彼等は俺の胡乱げな――こいつらなんでこんなに仲良くなってるんだよという視線を、精神的疲労によるものだと認識したらしい。

 初めは断ろうと思ったものの、良く良く考えてみれば次の策の為にはケイネス達の余裕が無くなる方が良く、またホテル爆破までの間に態勢を整える時間が無い方が都合がいい。そんな訳もあって、俺はその言葉に従い、()()()()を施してから彼等より先にバスタイムに突入した訳だ。まあ、潮風に当たりっぱなしで気持ち悪かったのも事実だから有難いと言えば有難いのだが。

 

「しっかし……うん。……うん」

 

 少し熱めの湯に浮かべた薔薇の花弁を指で弄びつつ、全身の筋肉を解してゆく。緊張と疲労でかちかちに固まった脚を爪先までぐっと伸ばし、脚を組み、バスタブの淵に伸ばして置く。俺は、何とはなしにその脚へと目をやった。

 すらりと伸びたそれは健康的ながら色香を感じさせ、透き通った白い肌は湯の熱のせいか仄かに桃色に染まっている。そこから順に視線を滑らせれば、たおやかに曲線を描いた太腿、身体全体のプロポーションの肝となるヒップ。次は下腹部――と行こうとした所に、いきなり飛び込んでくる所がある。

 それがバスト。つまり胸だ。全体の半分ほど湯に浸かり重力から解き放たれたそれを、俺はおもむろに下から持ち上げてみる。

 

「……重い」

 

 細い腕にかかる重量感と、指にめり込む弾力と柔らかさ。そのバストサイズ――九十一。なんと、原作のソラウがこの時期に記録していたバストサイズ八十八を優に上回る、かのリーゼリットに迫る数値を叩き出していたのだ。

 そして肝心のその理由だが……これには深い、本当に深い理由がある。自分でもどうしようもない、仕方がないと思える理由が。

 俺の精神は男としてのパーソナリティを持っている。これは俺の前世が型月厨の男だったこと、そしてその自我を何故か引き継いでいることが理由だが、二十年弱女性――それも美幼女、美少女として生活して尚精神が女性に染まらないのは、俺が自分に施したある魔術に依るものだ。

 

 それは『記憶を魂に刻み込む魔術』。完成した魔術として成っていないどころか、そもそもが幼少期に無理やり行った魔術だ。

 その効果は読んで字のごとく、自らの保有する記憶を魂に焼き付け刻み込む、つまり何があっても忘れないようにする魔術。

 それを行った理由は、型月世界に生きる上で俺が引き継いだ『原作知識』の数々がどんな宝よりも貴重になると理解していたから。

 そして、それがもたらした結果こそが、数々の『原作知識』と密接に結びついていた俺の自我を、原作知識ごと魂に深く深く刻み付ける、といったものだった。

 

 つまり、俺の『男である』という自我は最早どうしようも無いくらいに俺の魂に焼き付いている。以前――と言っても結構前だが――ソラウの人格を再現する上で自らの精神構造を作り変える魔術を試してみたことがあったが、全く作用しないうちに霧散する結果となったことがある。つまり、俺の人格、自我は俺が俺として生きる限り変わらない、変えられない。

 ……さて、それが何故ソラウボディのバストサイズ増加問題に繋がるのかと言うと、実に簡単な話である。俺も男だった、と言うことだ。

 いやだって、仕方ないじゃん。寝ても冷めても鏡に映るのは美少女だし、聞こえてくる声も一級品だし、男としての意識が残ってるからいつまで経っても身体を『自分の身体』ではなく『他人の身体』として見てしまうし。霊体でも何でもない肉の身体を得て食欲と睡眠欲を日々感じているにも関わらず()()()()を感じない訳もなく。

 

「……何度触っても、柔らかいよなぁ」

 

 ごく健全に、色々とやってきたのだ。そりゃもう色々と。

 魔術の訓練と淑女教育に明け暮れ娯楽なんて殆ど無かったから、なんやかんやと。成長したら成長したで元の身体との違いに目が行ってなんやかんやと。男とは違い芯に残り、何度でも繰り返せる()()()()に翻弄されてなんやかんやと。

 そもそも、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリという人物は感情の薄い人間だった。原作においてもそれはディルムッドと出会うまでは変わらず、他者になど興味が無かった筈だ。そんなソラウが俺程に()()()()訳がなく、しかしそれでいてzero随一のプロポーションを誇っていたのだ。そこを、『Fateって元は十八禁だからしょうがないよね!』なんて言い訳をせざるを得ない程に色々として来たならば、女性ホルモン等が原作以上に分泌されるのは当たり前で。

 結果――このソラウボディ、あるいはソラウバストは原作を超えてしまったと言う訳だ。正に『約束された勝利の胸(エクスカリバスト)』、否、原作を超えて豊満になったから『最果てにて輝ける胸(バストミニアド)』と呼ぶに相応しいと言えるだろう。

 

「……上がるか」

 

 そんな『最果てにて輝ける胸(バストミニアド)』を鷲掴みにしていた指を離し、俺は湯船から立ち上がる。シャワーで汗と花弁を流し落とし、浴室の戸を開ける。いかにも高級そうな手触りのバスタオルで全身の水気を取り、魔術で髪を乾かす。下着を身につけ、ハイネックのシャツを着れば、俺は上機嫌を装って二人の元へと戻っていく。

 

「先に頂いたわよ、ケイネス」

「ああソラウ、おかえり。疲れは取れたかい?」

「お陰様で、もう十分にね。それにしても随分楽しそうじゃない?」

「ふむ、そう見えるかね。いや、楽しいのは事実なのだけれどね、ソラウ。ランサーの話――神秘の色濃く残る時代の英雄譚は、私の想像を超えるものばかりだからかな」

 

 リビングへ戻れば、ケイネスとディルムッドが談笑している所だった。ケイネスはいつもの青い外套をハンガーに掛けソファに腰掛け、ディルムッドはそれより少し離れた()()()の中で直立している。別にこれは、ケイネスがディルムッドに嫌がらせをしている訳ではない。彼を立ったままにしたのは、誰あろう俺なのだから。

 

「お疲れ様、ランサー。ごめんね、ずっと立たせっぱなしで?」

「いえ、お気遣いなく、ソラウ様。どちらにせよ私は、ソラウ様に命ぜられずとも主の身を守る為に控えているつもりでしたから」

「そう? それなら有り難いわ」

 

 ランサーの足元に敷かれた魔法陣は、淡い菫色に発光している。そして同時に、そのランサーと正対するように距離を空けて設置された台座の下にも、同じように菫色に発光する魔法陣がある。台座の上には一枚のカード。剣を胸の前で真っ直ぐに掲げた、以前は黒い染みのような傷に覆われていたそれ。『セイバーのディルムッド』を夢幻召喚する為のクラスカードが、そこに安置されていた。

 ところで、俺はクラスカードを作成することが出来る。そのクラスカードを夢幻召喚することも出来るだろう。ただ一つプリヤに敵わないのは、カードを通じてアクセスする英霊の自我を潰すことが出来ないという点だ。

 俺の作成するクラスカードは黒化英霊でなく英霊の能力を参照し、それを自らに置換するモノ。その弊害が英霊の自我、精神に有るというのは以前から分かっていた通りだ。プリヤ――エインズワースはその問題を、英霊を汚染するという方法でクリアした。だが、その手段は俺には再現不可能だ。そう、再現不可能――ならば別の何かで代替すれば良い。それが魔術師という人種の基本理念だ。

 故に、俺はこの『英霊に繋がったクラスカード』を研究した。汚染し潰すのではなく、どうにか英霊の自我に繋がる部分だけを検出し、それを封じられるように……というのが基本コンセプト。ヘラクレスのカードを実験台に、あらゆるアプローチを試みた――そのどれもが、あまりに複雑過ぎて現状では不可能という結論を出したのだが。

 しかし、その結論は覆る。他でもない、召喚された英霊の存在によって。

 英霊召喚とは基本的に、座に存在する英霊のコピーを生み出すものだ。当然、召喚されたばかりの英霊は座に存在する大元と酷似――否、同一である筈だ。ただ一つ、クラスに当て嵌められているという点を除いて。

 夢幻召喚とは基本的に、座に存在する英霊のコピーを自らに上書きするものだ。カードを通行証として座にアクセスすると説明されていた通り、クラスカードには座の英霊の能力を引き出す機能がある。

 では、ここで疑問が生まれる。そう、『座から召喚されたばかりの英霊』に『座の英霊の能力と人格』を組み込めばどうなるのか、だ。

 単純に考えるなら、両者が食い合う筈だ。ミユがギルガメッシュのカードに身体を乗っ取られかけたのと同じように、英霊Aに英霊Bを組み込めば取り返しのつかないことになるのは目に見えている。

 だが、もしも組み込む英霊が元になる英霊と同じものであれば? 座から召喚されたばかりの英霊と、座本体の英霊の自我は同一。であれば、組み込んだところで両者は齟齬なく同一化するだろう。同一化し、消えて無くなるはずだ――クラスカードによって付与された、自我以外の全てを残して。

 この台座と二つの魔法陣は、いずれもそれを検証する為の限定礼装。魔法陣内部に置かれた物質の比較と、そのデータの記録をする為だけに、俺が組み上げた装置。これを以って、俺は『ランサーディルムッドの中に夢幻召喚されたセイバーディルムッド』と『座から参照されるセイバーディルムッド』の情報を比較した。

 結果は良好。礼装は、俺の望んでいた通りのデータ――即ち、自我だけが欠如したセイバーディルムッドの情報を観測したのだ。データさえ出揃えば、あとは単純な引き算だ。後者から前者を引けば、残るのは『英霊の自我』という部分のみ。それを普遍化し、あらゆるクラスカードに適応させられるようになれば、理論上はあらゆるクラスカードから英霊の自我を排することが出来るようになるだろう。

 先行きは未だ不安だが、少なくとも上手く行っている。膝から屈み魔法陣に触れ、そこから情報を読み取れば、俺はわざとらしく笑みを浮かべた。

 

「……どうしましたソラウ様、随分と嬉しそうな顔をされておられますが」

「え、あら? 顔に出てたかしら……恥ずかしいわね。けど、仕方ないかも知れないわ。長年の研究の課題を一つ、攻略出来そうなのだもの」

「ふむ、どうやら君の研究も捗っているようだね、ソラウ? そろそろキリが良くなりそうだと推察するが、今後の聖杯戦争の展開について議論したいと思うのだよ。どうかな、構わないかね?」

「ご、ごめんなさいケイネス。私、自分のことばっかり優先して。……ええ、構わないわ。それじゃあ始めましょう。聖杯戦争の事でも、伝えておかなければならない事があるわ」

「手を取らせてすまないね、ソラウ。では、始めようか」

 

 ケイネスがソファから立ち上がり、エスコートするように此方へ手を寄越した。その拍子に、彼が首から下げたルビーのアミュレットが音を立てる。俺が『()()()』として彼に贈ったそれは、彼の数少ない外見的な原作ブレイクポイントだ。ついでに言えばそれは俺とのペアになっているもので、贈った時の彼は小躍りせんほどに喜んでいたか。

 

「ええ。……それでね、ケイネス。話し合う前に一つ、ケイネスに伝えておきたいことがあるの。私がずっと見張ってた、おそらくアインツベルンに与する協力者――いえ、傭兵と言った方が良いかもしれない彼についてよ」

 

 ――ところで。俺の設置した限定礼装の機能は二種の比較だが、その際に敷かれる魔法陣は他の魔術に流用することも出来る。その魔術とは、対象内部を確認する際に用いられる魔術……即ち『解析』。先程魔法陣に触れた際に、俺はその解析結果を入手していた。勿論、このホテルについて――正確に言えば、ホテル爆破の為の爆薬についての解析。

 

「彼、か。ふむ、君が口に出すのならば、相当な難敵だと見受けるが」

「ええ――何処でかは忘れたけれど、以前彼の情報を得たことがあるのよ。それで気付けたの。彼の通り名は『魔術師殺し』、名前は衛宮切嗣――」

 

 切嗣のことをケイネスに伝えるのは、俺の策にとっては決定事項だ。起源弾をぶち込まれでもしたら目も当てられない、故にそれらに関しては口を出す気でいた。

 けれど、あまり早く伝え過ぎて対策を取られても困る。少なくとも、この冬木市ハイアットホテルに運び込まれた魔力炉等の高価な礼装は、テロでフィナーレされなくてはならない。でなければ、エルメロイ二世が誕生しない恐れがあるから。

 故に、

 

「ッ! 主、ソラウ様、備えて――」

「――きゃあっ!?」

「ソラウッ!!」

 

 爆音、爆風。階下から響く轟音と衝撃が床を揺らし、バランスを崩しそうになる。差し伸べられるケイネスの右手をひっ掴み、胸元へ抱き込む。手袋越しの彼の手が胸に当たっているが、これは作為的(あててんのよ)だ。そうして、俺は魔法陣に触れていたままの状態……つまり、魔術回路を起動したまま、彼の右手を掴むことに成功する。

 

 ――魔術発動。

 ――『置換』。

 ――対象発見。

 ――模倣(コピー)完了。

 ――貼付(ペースト)完了。

 

 ケイネスの水銀に周囲を覆われ、奇妙な浮遊感を感じながら、俺は胸元へ手をやった。ケイネスの右手からコピーした()()を、まだ生きている魔力炉からの魔力で以って胸元に完全に再現する。

 ハイネックのシャツの奥に走る三画の熱。俺の極めた置換の秘奥、それが成ったことを正確に把握し、俺は一人ほくそ笑んだ。

 

 ――令呪三画、ゲットだぜ!




この令呪は今のところどのサーヴァントにも繋がってませんし、魔術工房がテロでフィナーレした関係で魔力炉も無くなったので今後増産することも不可能です。

え?ソラウちゃんの胸を盛った理由ですか?
趣味ですよ!!

あ、あと魂に記憶を刻みつけ云々は何話か前の『ソラウちゃんとケイネス先生』でさらっと触れてるのでぽっと出の設定じゃないです。


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ソラウちゃんとケイネス先生とアインツベルン城

すいません、どうにも投稿が遅れました。
諸々の用事のお陰でまだちょっと執筆時間が奪われそうで、多分来週水曜日の更新も無理そうです。


 やあ、こんばんは。ソラウちゃんだよ。

 ……という冗談は横へ置いておいて、切嗣による魔術工房のダイナミック解体から数日が経過した。あれから俺たちケイネス陣営が新たに構えた拠点は原作通りの場所――ではなく、ただの一般的な住宅。それも、住宅街のど真ん中にある普通の一軒家だ。これは別段ウェイバーちゃんと同じような効果を期待しての事ではなく、ただ単に戦術・戦略的観点から『原作』の拠点では不安だという結論に達した為である。そもそも我々ケイネス陣営は既にアインツベルンと一戦交えているのだ、現時点での所在地など筒抜けである可能性すらある。

 故にケイネス陣営――と言ってもケイネスとディルムッドの二人で決定したことだが――は、住宅街のとある家に間借りする運びとなったのだ。

 だが、俺としては少々文句を言いたいところではある。別に俺を省いて場所を決めたのは良い。今後の戦略を鑑みて、爆発物やその他切嗣の行為から身を守り得る場所を選んだのも構わない。間借りした一般人さん達に掛けた暗示の内容が『ケイネスとソラウは新婚ほやほやのラブラブカップルの貴族であり、今は新婚旅行中であり、かつて大学で共に勉学に励んだ友の家に泊まりに来ており、ディルムッドはその側仕えである』という、暗示を掛けた本人(ロード・エルメロイ)の私情がマシマシなのも、まあ目を瞑ろう。

 だが、なぜ此処を選んでしまったのか。そう、ここは新都。襲撃に遭ったハイアットホテルから極めて近い駅前外れの住宅街。もっと言えば――冬木市民会館と市民公園が目と鼻の先に存在する住宅。

そう、此処は『原作』に於いて、確実にあの泥(アンリ・マユ)に呑まれる場所なのだ。

 まあ、ケイネスやディルムッドはそれを知らないから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。人工とはいえ側に地脈が通っていて、『現場から逃げるだろう』と予測しているであろうアインツベルン陣営の裏を突き、加えて市井に紛れることでカモフラージュ効果を高める。理に適っている――だが、ただ『原作』という一点を考えた上で、俺だけが悶々としてしまっていると言うわけだ。

 まあ、唯一の救いはこの家に『赤毛の少年』など影も形もないことか。もしこれでそんなものの居る家をケイネスが引き当てていたなら、一切合切の事情をブチ撒けた上で彼を攫ってとんずらしていた自信が――いや、無い。多分極力関わらないようにしただけだろう。

 

「……まあ、取らぬ狸の皮算用――は違うか。仮定にすらなってない冗談だけどな」

 

 独りごちる。返ってくる言葉は皆無。俺は、それを当然だと受け止めた。この家の宿主は既に深い夢の中であるし、その宿主に俺――ソラウの旦那だと思われている彼とその従者は、今は家にいないからだ。ならば、その彼らは何処にいるのか。

 

「……さて、と。俺も準備しますか」

 

 答えは簡単。アインツベルン城である。

 

魔術回路(application)――起動(access)

 

 そう、今日はケイネスと切嗣が激突する日。ついでに言えばディルムッドとアルトリアがジルと戦ってたり、綺礼がアイリさんと舞弥さんに八極拳を叩き込んでいたりする日だ。

 尤も、ケイネスの性格がえらく男前になってしまった関係、そもそもケイネスがアインツベルン城へ向かわない可能性すらあったのだが。

 原作において、ケイネスがアインツベルン城へ攻撃を仕掛けたのは魔術師としてのプライド故だ。名門魔術師であることに対する誇りと、同じくその誇りを持っている筈の名門アインツベルンに対しての怒りと嘆き。総じて魔術師らし過ぎる魔術師としての性格が原因と言える。

 その性格が変化してしまったのだ。搦め手、現代兵器、大いに結構。寧ろ魔術師の身ながら勝つ為に全力を尽くす姿勢に賞賛を贈りたい――とでも言い出す可能性が割と大きな確率で実現しうると俺も考慮していたが、現状を鑑みるにそれは杞憂だったと言えよう。

 ケイネスがその心中で何を思っていたかは定かではない。俺――ソラウにすら語らずに、ただアインツベルンの拠点へ向かうとだけ言ってこの拠点を出たのだから。

 衛宮切嗣のやり方については、怪しまれない程度ではあるが全て伝えた。魔術師殺しという通り名があると言うことも伝えた。その上で、全てを知った上で戦場へ出たのだから、ケイネスにも戦う理由があったのだろう。

 ちなみに、俺もケイネスに着いて行きたいと申し出たが却下された。なんでも、「君の言う通り、衛宮切嗣が勝つ為に手段を選ばない魔術師だと言うのならば、君が人質にされる可能性が高いだろう。間違いなく、ね。ならば、君には此処に残って貰った方が良い。此処ならば少なくとも衛宮切嗣の魔の手は及ばないだろうし、君の言っていた衛宮切嗣の協力者とやらが現れようと、協力者程度なら君ならばどうにでも出来るだろう」だとか。誠に正論である。

 ただ、この言葉を発した際のケイネスの表情は何かを悔いているようだった。そして、この状況でケイネスが悔いるとすれば……おそらく、倉庫街での戦いの時のことだろう。

 ケイネスは、俺が切嗣の牽制をしていたこと――あるいは、俺からそれを伝えられるまで気付いてすら居なかったことを悔いている。月霊(ヴォールメン・)髄液(ハイドラグラム)による自動防御を過信し、切嗣に狙撃されかかり、その狙撃を防ごうと俺が気を張っていたことにも気付かなかった。

 結果――俺、ソラウは切嗣に目を付けられただろう。身を隠していた切嗣を発見しただけでなく、ケイネスはおろか自身への攻撃をも防ぐ為に場所を変え、プレッシャーをかけ続けた存在として。

 少なくとも、ケイネスはそう考えていると見える。だからこそ、ケイネスは俺を連れて行かなかったのだろう。人質に取られる危険性は確かにある。しかしそれ以上に、俺――ソラウに、愛する婚約者に降りかかる危険を少しでも少なくしようと考えたのではないか。そう考えると、ケイネスは今日アインツベルンと決着をつける算段すら立てているかも知れない。

 故に――今日この夜こそが、俺達アーチボルト陣営がどう立ち回るか。あるいは俺が、用意した複数の策の中からどれを選ぶのか。その分水嶺と言える夜なのだ。

 

「魔力充填。魔術回路稼働、術式選択――」

 

 なので、置いていかれたからと言って指を咥えてじっとしている訳にはいかない。俺は起動した魔術回路を維持したまま魔力を高め、同時に自らの胸の谷間に片手を突っ込み、

 

「――『置換』、発動」

 

 置換魔術を用いて、胸の谷間と『()』の取り出し口を置換した。

 この『蔵』は以前弓兵(ヘラクレス)のクラスカードを保管する為に編んだ特別な空間であり、今ではクラスカード以外にも様々なものを保管している。そして、この『蔵』は基本的に外部からの取り出し口が存在しない――唯一、置換魔術を用いてソラウボディの胸の谷間と繋げることを除いては。

 別にこれは伊達や酔狂で胸の谷間を使っている訳ではない。勿論、何かにつけて胸を触りたいとかいう理由でもない。胸の谷間を『蔵』への唯一の取り出し口としたのは、偏に俺の置換魔術の特性故だ。

 俺は『置換』、『転換』、そして『降霊』を得意とする。そしてそれらは、他者や外部ではなく自己へ働きかける際に最大限の効果を発揮する。逆に言えば、俺の得意とする魔術――『置換』、『転換』、『降霊』に最大の効果を発揮させるには、自己を対象とする必要があると言うことだ。

 俺はヘラクレスのカードを安置する際に、万全の保管場所を欲した。普通に形成する魔力空間では駄目だ。俺の成し得る全力でないからか、外部から空間に干渉することが出来、何より俺と『蔵』の基点にしたものとが離れ離れになってしまえば意味がない。

 俺が求めたのは決して俺と離れることなく、そして外部から決して干渉されない……俺の全力で編む魔術空間。

 故に俺は成したのだ――『胸の谷間』の『蔵』への『置換』を。

 だから正確には、『胸の谷間と蔵の取り出し口とを置換する』と表現するのは間違っていて、『置換魔術を行使している時だけ胸の谷間の奥が蔵へと置き換わる』と表現する方が正しい。正しいのだが、この魔術を生み出す際にイメージしたもの――パッションリップのブレストバレー、あの胸の影響か、どうしても取り出し口云々と考えてしまうのだ。

 ともかく、そんな経緯で誕生した俺の秘密の『蔵』から、菫色に染まった水晶玉を取り出す。正直この水晶玉を使う理由は無いのだが、そこはそれ雰囲気という奴だ。キャスター――ジルも水晶玉を使ってたし。

 

「さあ、ケイネスはどんな具合かな――『遠見(view_map)』っと」

 

 一小節(ワンフレーズ)で魔力に指向性を持たせ、術式をなぞり、十全の結果を導く。何十何百と繰り返した魔術を失敗する事など有り得ない、予想と少しのズレも無く発動した遠見の魔術が水晶玉に景色を映し出す。ほんのりとバイオレットに色付いた映像が描き出すのは予想通りの二人の男。片方は衛宮切嗣、そしてもう片方はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。しかし、その光景は到底容易く理解出来るものではなく――

 

「――なんでさっ!?」

 

 水晶玉に浮かび上がった光景。それは、切嗣の放った銃弾をケイネスが華麗に()()するシーンだった。

 

『く……っ、固有時制御(タイムアルター)二重(ダブル)――』

『あれは……。ならばこうするまでだ! ire:sanctio(追跡抹殺)――latin(並列)tri-scalp(三連斬撃)!』

 

 何事かを呟くと同時に挙動が加速する切嗣。対してケイネスは、その前後に控えさせる()()()水銀塊を操り対応してみせた。一つの斬撃が牽制の役目を果たし、一つの斬撃が本命として切嗣の身体を袈裟懸けに両断しようとし、残る一つの斬撃が切嗣の回避先を先んじて潰す。それだけの攻勢を掛けておきながら、ケイネスの顔に余裕や慢心といった表現は見て取れない。それどころか、人間離れした挙動で三連斬撃を回避した切嗣を侮ることもなく更に追撃を仕掛ける。

 上、下、そして場合場合に応じた死角。常に三方向から襲い来る斬撃――しかし切嗣もさる者。固有時制御の発動・停止を繰り返すことでテンポを替え、巧みにケイネスの追撃を躱し続ける。時折その回避に銃撃を紛れ込ませるあたり、流石の戦闘者と言ったところか。

 加えて、切嗣は固有時制御の反動こそ受けているものの無傷。対するケイネスは――左肩に風穴を空け、そこから血が流れ出している有様だ。おそらくここは原作通り、トンプソン・コンテンダーによる一撃を受けたのだろうと予想出来た。

 

『短い方――それは通じぬぞ、衛宮切嗣!』

『くっ……ケイネス・エルメロイ、此処までとは』

 

 回避しつつ機関銃による掃射を仕掛ける切嗣、しかしそれはケイネスの水銀――その一つが防御に回ることで防がれる。ということは、自動防御の無い残る二つが俺のプレゼントしたやつだな……などと、半ば呆然とする俺。そんな俺など知ったことでは無いとでも言うように、二人の戦いは更に激化する。

 機関銃を牽制として放ちながらコンテンダーを構え撃つ切嗣。対してケイネスは、あらゆる魔術の発動を取り止め、壁に空いた穴から隣の部屋へ逃げ込むという方法を選択した。おそらく俺がケイネスに衛宮切嗣の手法――『魔術師を確実に殺し得る手段を持っているそうだ』、という情報を警戒してのことだろう。しきりに肩の銃創を気にしていることから、コンテンダーによる一撃こそが切嗣の奥の手だと読んでいるのだろう。あるいは――このケイネスなら、コンテンダーによる一撃を呼び水に魔術防御を誘発させ、そこを追撃するという切嗣の悪辣なやり口も看破しているのかも知れない。

 

「……っ、いかんいかん。どう転ぶにせよ、俺も此処に立ち会わないと」

 

 でなければ、未だどれを選択するか悩んでいる策――その選択を、為せなくなる。それでは駄目だ。

 それは別に、選択できないことでこの先の死が確定するといった意味合いではない。このままアインツベルン城に出向かずに迎える未来なら、おそらく俺――ソラウは高い確率で生存出来るだろう。そしてそれ――『選ばなかった末の未来』は、今の俺には安息を与える筈だ。その場に居なかったから仕方ない、という言い訳と共に。

 でも、そうでなく、この先往く道を自ら選ぶこと。それを為さねば、おそらくきっともっと大切な時にいずれ俺の首を絞める、そんな予感がする。

 

「……置換魔術――空間置換。目印(ケイネス)を基点に、その付近へ――」

 

 一つ指を鳴らせば、目の前に大きな空間の裂け目が現れる。これは極めて条件を限定した代わりに、力の及ぶ範囲を拡大した魔術。即ち――ケイネスの近く、かつ繋がる位置をランダムにすることで、その付近までの道を作る魔術だ。

 俺はそうやって開けた孔を躊躇いなく潜り抜ける。カーペットから一歩踏み出した先は――土。

 どうやら此処は、アインツベルン城の正門前のようだ。それを如実に示すように、遠くから銃声と爆音が絶え間なく聞こえてくる。

 

「……『遠見』」

 

 走りながら、網膜の裏側に微細な映像を投影する。

 映し出されたものはやはり予想通りのもの。ケイネスが、切嗣に追い詰められている様子だった。

 横や後ろに逃げ込む空間は無く、上階は瓦礫、下階は戦場が一階である関係で回避を封じられている。切嗣は機関銃を連射しながらも時折クレイモア地雷を炸裂させることで、ケイネスに令呪を用いる隙を与えない。あるいは――隙を敢えて晒し、令呪を使わせる瞬間に起源弾を撃ち込むつもりなのか。

 まあ、この結果は分かっていたことだ。いくらケイネスが強くなり、精神面において改善が見られようと、あくまでケイネスは魔術師であり研究者。潜り抜けてきた死線の数が桁違いな切嗣に、彼のホームグラウンドであるアインツベルン城で、勝てる可能性はない。

 だから、この状況を切り抜けるには外部からの助けが必要なのだ。

 

「…………」

 

 この状況こそが、俺が俺の意思で選択を成す場面。ケイネスを撃たせるか、撃たせないか。

 撃たせた場合は、俺の生存への難易度が一気に低くなる。ケイネスの魔術回路や刻印がお釈迦になり、せめて身体だけでも動かせるようにするため『稀代の人形師』の協力を仰ぐ。

 俺はその際に――俺、つまりソラウボディを精巧に模した人形を一つ購入するだけでいい。後はその人形に一時的に意識を置換し、本体を隠し、原作通りに全滅するだけ。撃ち殺される寸前に精神置換を解けば、晴れて俺は自由の身と言うわけだ。

 何せ、この策を採用すれば『ソラウ』は世間的に死んだことになる。その後は魔術からも離れ、田舎ででも静かに暮らすのならば、死んだ人間が更に殺されるような事は無いだろう。

 安全で確実――最高の手段。少なくとも、起きるかどうか確実ではない人理焼却が訪れるまでは。

 

「……切嗣が、コンテンダーを構えた」

 

 対して、ケイネスを撃たせない場合だが――その場合、阻止した瞬間から賭けが始まる。切嗣の一撃目を防いだ次の瞬間に二撃目を撃たれたり、クレイモア地雷で消し飛ばされたりする可能性があるのだ。

 そこを凌いだとしても、第四次聖杯戦争を俺の策通りに動かさなくてはならない。そこまでやった上でのメリットは、ほぼ無い。あるとすればただ一つだ。

 それは、全てが上手くいった前提に限っての話だが――ケイネスを、対外的に死んだことにして、生き延びさせることが出来るということ。後はこれも賭けになるが、人理焼却を生き延びられる可能性がある。ただその二点だけだ。

 

「衛宮切嗣の起源弾に対し、魔術的干渉は不可能。魔術的防護壁はもちろん、空間置換で銃弾の軌跡を曲げることすら危ない」

 

 冷静に考えれば、取るべき選択肢は一つだ。俺は身体こそソラウだが、心は男。ケイネスはまあ好きなキャラではあるが、その為に危ない橋を渡る必要はない。

 そもそも俺の目的は、ソラウとして生き延びることだ。俺が奪ったソラウの生を、あらゆる可能性を鑑みた上で、一秒でも長く存続させること。加えて、個人的にも苦しんで死にたくなんかない。

ならば、選択などとうに決まっている――

 

「……なら、やることは決まってる!」

 

 ――あらゆる可能性を鑑みるなら、人理焼却も発生し得ると考えるべきだ。その際に、生き延びられないのは駄目だ。

 ――俺にとって協力的なケイネスの頭脳は、今後起こり得る様々な事態に対処出来るだろう。賭けてみるだけの価値がある。

 ――単純な話、ここで逃げるようなら先は無いだろう。この程度の窮地も越えられないと、自分で示しているようなものだ。

 それに、何より――

 

「――ケイネスから、離れなさいっ!」

 

 ――なんだかんだ言っても、やっぱり俺なんかに人を見殺しにする度胸なんて無いんだよコンチクショー!!

 

「……なっ、お前はっ!?」

 

 切嗣が引鉄を引こうとした瞬間に、彼の体勢を崩す為にタックルを仕掛ける。起源弾の餌食とならないようにあらゆる魔術的作用を除いた一撃、女の身体で成し得る威力は極めて低いものだったが――それでも、銃口を逸らすには充分。

 機関銃が暴れ、跳ねる弾が俺の身体の数カ所を突き破る――あたたた、痛い痛い痛い。けど、正直デミサーヴァント化手術する時の方が痛かったぜ!!

 

「ケイネスっ、早くっ!!」

「ソラウ……っ、分かった。――来い、ランサーッ!!」

 

 痛みを置換で抑えつつ、壁に突き刺さった起源弾を尻目に俺は叫ぶ。

 直後ケイネスの右手から目映い赤光が迸り、膨大な魔力が拡散し、一瞬の間に深緑の影が現れる。それは切嗣と共に床へ倒れ込んだ俺を抱え上げれば同じくケイネスをも引っ掴み、全力で床を蹴り戦場から離れてゆく。

 

「……感謝する、ランサー。お前の助けなくては、私は彼処で再起不能になっていただろう」

「勿体無きお言葉です、主よ。また、セイバーと尋常に勝負をつける機会を下さったことにも感謝を」

「構わん。そして――ソラウ。本当に助かった、君のお陰で私は……ソラウ?」

 

 あ、ケイネスってばようやく俺が撃たれたことに気付いた。一気に顔が真っ青になる様子は、まあ見てて少し面白い。なんだか声が遠くなっていってる気がするけど、まあ仕方ないよね!

 にしても、やっちゃったなぁ。その場の勢いとか雰囲気とかに流された感はあるけど、後悔は――いや、してる、かも。

 というかアレ、側から見たら『愛する婚約者のために身を投げ出す妻』とかそんな図だったんじゃないか? うわー、うわー。そう考えると一気に後悔が押し寄せて来たぞ。

 夢じゃあない。痛いし。でもその場のノリだとしても、もっとやりようがあったんじゃないか。どうして俺はあんなことぅおぅぅおぅ……。

 

「ソラウっ!? ソラウ、しっかりしてくれ!!」

 

 失意のあまり頭がガクンと落ち、それをケイネスが何かと勘違いする。お前のせいで醜態を晒す羽目になったのだから、少しは慌てるがいい。

 ともあれ、なし崩し的にではあるが、俺は選択をした――してしまった。ならば、後は目標へ向けてひた走るだけだ。そりゃあ別の策に比べれば難易度は高いかも知れないが、そこはまあ原作主人公達よりは低いはず。

 こうなりゃもうヤケクソだ。選んだ案はわりと荒唐無稽だが、それが何するものぞ。やるだけやって、見事生き延びてやる!

 さあ、待ってろよ――この世全ての悪(アンリ・マユ)




下宿先に赤毛の少年がいた場合別ルートも開拓されます。


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ソラウちゃん達と大海魔

更新は出来ない!エクステラも買えない!
ふざけるな!ふざけるな!馬鹿野郎!!


 ――ふと、目を覚ます。

 薄ぼんやりと拓けた視界に映るものは、近代的な電灯と天井。明々とした光を返してくるそれは、明らかに電気仕掛けで動いているものだ。その電灯や天井を見る限り、どうやら俺の居る所は電気の通った屋内であり、俺の状態は今まで眠っていたのだと言うことが分かった。

 理解に次いで、身体を動かす――少し引き攣ったような感覚が走る以外は、概ね問題はない。天井へ向けていた視線を少し下へずらせば掛けられた毛布越しに、横たわって尚存在感を主張する豊かな双丘が目に入った。いやまあ、これもある意味では問題はない。

 

「ん……っ」

 

 身体に力を込めると、木の軋む音がする。どうやら俺が眠っていたのはベッドの上だったようだ。ちらりと視線を動かせば、床には淡く光る魔法陣。刻まれている魔術式から鑑みるに、どうやら治癒の魔術を施すものらしい。未だぼんやりとして上手く働かない頭では思い出せないが、俺は怪我でもしていたのだろうか。

 ともかく、まずは起きねば。誰が居るとも分からない、脳内で瞬時に淑女の仮面を被り『ソラウ』を演じる。演じながら、ゆっくりと身体を起こした。

 瞬間、身体から毛布が滑り落ちる。柔らかい布が肌を撫でる感触。それを疑問に思う間も無く、明らかに上質だと理解できるそれは腰まで落ちる。

 取り払われた布から露わになったのは――肌色。それも、服の裾から見えるちょっとしたものではない。一面の肌色が視界に広がる。

 ――つまり、俺……ソラウボディは全裸であった。

 

「へ……?」

 

 なんでさ。いや、なんでさ。

 急速に覚醒し出す思考を巡らせ、何があったかを思い返す。そうだ、今起きた眠りに落ちる前は、確かケイネスを切嗣から庇った形で傷を負っていた筈だ。あれは屋外での出来事だ、断じてその時俺が全裸だった訳ではない。ならば――

 

「ソラウっ! 目が覚め……た……」

 

 思考を纏め切る前に、ばたん、と大きな音を立てて人影が部屋に飛び込んでくる。見覚えのある金髪に碧眼、怜悧な顔。そう、みんな大好きケイネス先生だ。そのケイネスは、言いかけた言葉を急速に萎めてゆく。それと比例するように、顔が赤く染まってゆく。

 ――状況を整理しよう。部屋の中には俺とケイネス。俺はベッドに腰掛けた状態で、ケイネスはそんな俺を凝視し、口をばくぱくと開け閉めしている。いつもの青い上着は着ていないようだから、おそらく休息を取っていたのだろう。

 そして何より特筆すべきは、俺が全裸であり――俺の身体は胸の大きな、美少女と美女のいいとこ取りをした美しい女であるということだ。

 状況の整理は完了した。ソラウの仮面も被っている。ならば、この状況で取るべきアクションは決まっている。

 

 ――魔術回路、起動。

 ――『置換』発動、羞恥の感情を淑女の性格に適合。心臓の鼓動を早め、血流を操作し、顔に血を集め、頰を真っ赤に染める。

 ――『転換』発動、全身の魔力を操作し、右手の人差し指にありったけの魔力を集中、収束させる。

 ――淑女としてのアクション、参照完了。全身を縮こませ、脚は内股にし、腰までずり落ちた毛布を左手で胸元まで抱え込み身体を隠す。同時に目の前の男へ向けて魔力を収束させた人差し指を向け、息を大きく吸い込み、

 

「な、ソラ――」

「きゃぁぁぁあぁああぁぁああぁあっ!!??」

 

 ガンド、発射。

 指差すことで発動する北欧の呪いを起源にした、しかしただの呪いではなく物理的威力すら保有する『フィンの一撃』と呼称されるそれ。魔術師ソラウとして生まれ何度か使用してきたそれらよりも遥かに高性能、高威力となった漆黒の一撃が、俺の意思によって引き金を引かれ指先から飛び出し――

 

「――ウうっ!?」

 

 ケイネスの顎へ命中し、その身体を吹き飛ばした。

 

「……あ」

「どうしたのですか主よっ!」

 

 轟音を立てて壁にめり込み崩れ落ちるケイネスに、どたどたと階段を駆け上がってくるディルムッド。お前霊体化してなかったのかよ、というツッコミはさて置き、崩折れたケイネスと毛布で身体を隠した様子の俺を見てディルムッドはきちんと何かを察したようだ。視線を伏せ、俺――ソラウの身体が視界に入らないようにしつつドアをゆっくりと閉める。

 その様子を見送ってから、俺は漸く毛布を手放した。はらりと床に落ちるそれを見遣りつつ、ゆっくりと立ち上がる。ちらりと見た床の魔法陣からは、やはり光が失われている。この魔法陣を張ったのは、ケイネスで間違いなかったようだ。ごめんよケイネス、でも今のはキャラ的に必要なんだ。

 

 ……ま、俺的には別に男に裸見られても平気なんだけどな。

 

 万が一にでも扉の向こうのディルムッドに聞こえてはいけない、心の中で呟きつつドレッサーと、併設された鏡の前へ。元の身体に比べればバランスの可笑しなこの身体にももう馴染んだものだ、などと妙な感慨を抱きつつ、取り出した下着を慣れた手つきで身につけてゆく。

 気を失う直前まで着ていた原作通りの服の代わりは勿論用意してあるが、それだけだと言うのも存外味気ないものだ。よって、ワンポイントアレンジを加える。その為に消費したある服は、元々のソラウの服とは全くの別デザインだ――と言っても、別段馴染みのないものではなかったりする。

 

「……ふむ。これも中々悪くは無いわね」

 

 組み合わせた礼装服は、端的に言ってGrandOrderの『魔術協会制服』……の、上着部分。それをソラウのイメージカラーである菫色を基調として染め直したものだ。ちなみに、何故髪と同じ赤にしなかったかと言うと『赤い上着』というフレーズを危険視した為。何か妙なフラグが立ちそうな予感がした為だったりする。

 ともかく、その上着を羽織って鏡の前でくるりと一回転。どこも可笑しい所が無いことを確認すれば、部屋の中に二人を呼び込んだ。

 

「……その、だな。さ、さっきは済まなかった、ソラウ。淑女の部屋に入る際の気遣いが足りなかったというか、その」

「確かに少しデリカシーに欠けていたわね、ケイネス。……けれど、気を失った私の介抱をしてくれたのはあなたでしょう? それに、私もガンドを撃ち込んじゃったし。だから、この話はこれまで。ね?」

「……う、うむ」

 

 久し振りの美少女四十八奥義の『ソラウスマイル』と『ソラウ首傾げ』、ついでに『ソラウ人差し指をぴんと突き出して相手の口を抑える』を組み合わせることでケイネスを封殺。そのままの流れで気絶していた頃の事を聞き出した。

 その話によると、きちんと原作通りに『王の宴』イベントは発生したようだ――訂正、発生こそしたが、少しばかり原作通りではなかったようだ。何故なら、そこにケイネスとディルムッドがお邪魔していたようなのだから。なんでも、イスカンダルとウェイバーちゃんが強引にそれぞれを誘ったらしい。まあ、この世界での関係ならばさもありなんと言ったところか。

 ともかく、王の軍勢は原作通りに恙無く展開され、アサシンは脱落。ディルムッドはメンタルをやられたセイバーのことが気になっているようで、次会う機会があれば励ましたいとのこと。

 あ、そうそう。やはり切嗣はケイネスの殺害を企んでいたようだ。ようだ、と言うのはそれが未遂に終わったことを指す。なんでも、警戒を続けるディルムッドを見たイスカンダルが「無粋なことをするのならば先ずはその輩から蹂躙する」と宣言したようだ。流石の切嗣も二騎、下手をすれば三騎のサーヴァントに狙われることは避けたかったと言うことだろう。というか、そんなもの誰だってそうだ。

 ともかく、運命はきちんと始まり(ゼロ)に向かって進行しているようだ。この調子なら、切嗣陣営による急な暗殺にさえ気を付けておけば心配は無いだろう――多分。

 ならば今後についてだが……その前に一つ聞いておかねばならないことがある。その内容とは、

 

「……そうだ、ケイネス。あなたを庇った後、私はどれくらい眠っていたのかしら?」

「どのくらい、か。そうだな、君は――」

 

 ――瞬間、背筋に途轍もない怖気が走った。

 先の動揺も抜け始めたケイネスもまた同様に、穏やかに緩めていた表情をきつく変化させる。ディルムッドに至っては窓から外を覗き、槍を顕現させ警戒している。

 勿論、俺はこれが何かを知っている。アニメ版Fate/zeroにおいて第一期のラストを飾った、青髭ジルとの決戦。つまり、大海魔イベントだ。

 全てを知っている以上、別段驚くことはない。しかし、遠くに出現したであろう大海魔から流れてくる魔力は醜悪かつ異形、そして強大なもの。ならば、怯えるふりをしなければなるまい。自らの身体を抱き、身を縮ませる。腕の中で胸がやわらかく変形する感覚がわりと心地よい。

 

「……これは」

「ね、ねえケイネス。これって、多分かなり不味いものよ」

「ああ、分かっているともソラウ。落ち着いて、心配しなくて良い。――ディルムッド」

「はっ、主よ」

「この醜悪な魔力の元を探しに行くぞ。お前は私と共に来い。――ソラウ、君はここで待っていてくれるかな」

 

 怯えたふりをする俺を宥めつつ、ディルムッドを従え、ケイネスが立つ。彼は机の上に置いてあった俺謹製の魔除けアミュレットを首から掛けると、椅子に掛けてあった青い外套に袖を通す。通しながら、彼は俺に『待っているように』と言った。

 俺としては願ったり叶ったりだ。まだ身体が治りきっていない今、外にも出たくない。おまけに大海魔戦には切嗣まで出張ってくるのだ、気を抜いたら一撃で狙撃など洒落にならない。此処は引っ込み、影から使い魔を操って切嗣からケイネスを守る方が良いだろう。

 とは言っても、何も言わずにそのまま引き下がっては駄目だ。キャラ的に。なので、俺はあえて声を張り上げる。

 

「……嫌よ。ケイネス、あなたあの城で戦った時も死に掛けていたでしょう!? そんなところを見せられて、私だけまた待機だなんて――っ」

 

 掴みかかるモーションを維持しつつ、足が縺れたふりをする。狙い澄ましたかのようにケイネスに倒れ込み、狙い澄ました通りに支えられる。同時に胸を思い切り押し付けてやれば、(バス)ターブレイブチェインの完成だ。

 

「……ソラウ。君はまだ病み上がりで万全ではない。傷も表面こそ塞がったが、まだ引き攣るように痛む筈だ。そんな状態の君を、戦場になど連れて行ける筈がない」

「……なら、あの衛宮切嗣にだけは注意すると約束して。あの彼の事だから、罠や狙撃を仕掛けてくる可能性が高いわ」

「分かっているとも。だから、君は安心して待っていてくれたまえ」

「……分かったわ。けど、使い魔だけは飛ばさせて貰うわよ」

 

 頷き、踵を返し部屋を後にするケイネスと、その背に追従するディルムッド。二人が部屋から完全に退出し、宿としているこの家からも離れた頃合いを見計らって、俺は背中からベッドに飛び込んだ。眼下でたわわに揺れる胸の隙間から水晶玉や白紙のクラスカードを引っ張り出しつつ、俺は安堵の溜息を吐いた。

 

「いやー、どうなることかと思ったけど原作通りに進んでるようで何より。大海魔戦じゃ特に原作崩壊に繋がるイベントなんか無い筈だし、ちょっとの間は安心できるかな」

 

 ベッドの上で大きく伸びをし、うつ伏せに体勢を変える。ふにょんと押し潰される胸をクッションにしつつ、魔術回路を起動させた。『置換』の魔術式の一部を使用し、監視の魔術の類があるかどうかを解析。問題ない事を把握した上で、更に部屋内部を透視出来ないように結界を張る。諸々の準備が済めば、そこで漸くクラスカードの作製に取り掛かれるのだ。

 

「……ん、完成っと。慣れたこともあるけど、理論がしっかりしてればこれだけ楽に作製出来るのか……まあ、触媒は必須だけどさ」

 

 ディルムッドをサンプルとした理論はやはり完璧だ。これで魔術式に不備が無ければ、英霊の人格部分だけを排したクラスカードが完成している筈。それはエインズワースの物よりも更に有用になっている筈だ。

 

「さーて、後は機を見計らって使い魔を作って見に行くだけで――ん? なーんか忘れてるような、嫌な予感が……?」

 

 いや、別段やらかした事は無い筈だ。とは言っても、妙に心配になってしまったのも事実。急いで適当な鳥エネミー型の使い魔を作製し、大海魔戦の戦場となっている未遠川へ向けて飛ばす。使い魔の視界を水晶玉に接続し、擬似空の旅を満喫すること数分。

 

「え――」

 

 俺が目にしたものは、縦横無尽に()()()()、手に持った()()()()を存分に振るい、大海魔の足をばっさばっさと斬り落とすディルムッドの姿だった。

 あの()()()()には見覚えがある――というか、俺がディルムッドに与えたと言っても過言ではないもの。

 FGO五章のコマーシャルでディルムッドが構えていたそれは、クラスカードを付与することでディルムッドが得たもので……詳細な効果を俺が把握していない一振り。

 即ち、大なる激情(モラルタ)と呼称されるそれ。下手をすれば対軍宝具だったりするかも知れない、未知なる宝具。

 

「――なんでさぁぁあっ!?」

 

 ……間違いなく、やらかしていた。




モラルタは対人宝具です。簡単に言うと壊れる可能性のある剣ランスのアロンダイトです。

ソラウネキってショートカットなのと目を細めて満面のスマイルしないからキツそうに見えてるだけで、ちょっと印象変えれば超キュートになると思うんじゃがどうかね。


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ソラウちゃんとディルムッドくん

いやはや、どーも。
皆さん大変長らくお待たせいたしました。ごめんなさい。
いやね、遅れたのは反省してます。でも、私も遅れたくて遅れた訳じゃない。どうしても、遅れざるを得ない理由がありました。
以下がその理由です。




――エクステラと七章やばいよね。


 ディルムッド・オディナ。

 ケルト神話はフェニアンサイクルに語られる、二槍二剣の英雄。他のケルトの英雄――例えば、彼の主君であったフィン・マックールやケルトの光の御子クー・フーリンに較べれば幾らか知名度は劣るものの、その実力においては両者に比肩する紛れも無い英雄。特にその特異な得物を用いての戦闘や、極至近距離においての駆け引きにおいては無類の強さを発揮し、今回の聖杯戦争に於いては初戦で『あの』アーサー王の左腕を使用不能にするという快挙をも成し遂げた。

 その英雄が――

 

「……いやいやいや、これは流石になんでさ」

 

 ――空を飛んでいた。

 正確には、空を『跳んで』いる、あるいは駆けていると言うべきだろうか。まるで見えない足場が存在するかのように、何も無い空を足場に跳躍する。跳躍し、迫る大海魔の触手を断ち、その触手を足場に更に跳ぶ。正しく縦横無尽と形容するのが正しい光景。海魔の足元や低い位置で奮戦するアルトリア、そして戦車で飛び回るイスカンダルもディルムッドの奮戦に目を剥いている。

 しかし、何故ディルムッドはこんなことが可能なのだろうか。使い魔の視覚を操作し、視界を広げる。高い位置――もちろん宝具(ヴィマーナ)で空を飛び回るギルガメッシュよりは低い位置を保っている――から風景を俯瞰し、戦場を眺めれば『それ』が目に入る。

 原因はすぐに分かった。ケイネスだ。地に描かれた魔法陣の中央で先程から何やら呪文を唱えているケイネスだが、ディルムッドが跳躍する瞬間にのみ何らかの魔術を発動させている。此処からでは詳細は把握できないが、おそらくは大気を操作して一瞬だけ固めているのだろう。

 

「流石はケイネス、と言ったところかね」

 

 一流を超える実力を備え、風と水の二重属性を持ち、それらの才能に溺れることなく研鑽を重ね、その上自らのサーヴァントの呼吸を完璧に見極められるこのケイネスだからこそ成し得る所業。いや、この時この時代においてはケイネス以外に成し得ることの出来ない偉業か。ともかく、そんなケイネスの助力を得て、ディルムッドは正に水を得た魚のように空を跳び回っていた。

 

『――疾れ、憤怒の波濤(モラ・ルタ)ッ!!』

 

 赫閃。

 破魔の赤薔薇と同じ色をした刃が轟音と共に振るわれ、醜く濁った青紫の触手が千切れ飛ぶ。その工程は何度も繰り返されたものだ。だと言うのに、醜悪なそれは一向に減る様子を見せない。

 その理由も俺は知っている。大海魔の内部に座するキャスター、ジル・ド・レェの宝具の効果だ。彼奴が存在する限り大海魔が衰えることは無く、大海魔が存在する限り内部のジルに関与することは難しい。

 俺がそれを知っているのは『原作』における知識からだが、実際に戦っている面々も似たような結論に達しつつあるようだ。特に一度ジルの宝具を目にしたアルトリアとディルムッドは、ほぼ正確に現状を理解しつつある。

 即ち――ジリ貧。このまま戦闘を続けようと決定打を与えることは出来ず、かと言って戦闘から離脱しようにもこの大海魔を野放しにすることは不可能。戦局を覆すには何か大火力(対城宝具)が必要。

 ディルムッドが苦々しげに顔を歪ませ、飛び回るイスカンダルに目を遣る――その瞬間に生まれた僅かな隙。

 大海魔はもはやジル・ド・レェの制御下を離れているとはいえ完全にコントロールすることが出来ない訳でもないのか、あるいはただの偶然なのか。どちらにしても結果は変わりない。ディルムッドが足場としていた脚を大海魔が突然下げ、宙に放り出される形となったその身体めがけて太く重い触手が迫る。

 

『なッ――』

 

 焦燥に歪んでいた表情が驚愕へと変化する。迫り来る一撃に虚を突かれたディルムッドは迎撃を行えず、咄嗟に両手の武器を交差させ防御の体勢を取る。取るが、大海魔の一撃をもろに喰らえばどれだけのダメージを受けるか。それほどまでに大海魔の触手は重く、太い。唯一その速度が遅いことだけが救いだが、それも比較的と言うだけのこと。地に立っているならばまだしも、空を蹴っている今では咄嗟に動くことなど出来はしまい。

 この状況に於いては流石のケイネスと言えども手を出せないらしく、憎々しげに歯噛みしている。攻撃が致命傷を与える類でなかったことも災いした。喰らえば大きなダメージを受けるが、一撃で霊基を損壊させる程でもない。令呪を使ってまで回避するべきか否か、その逡巡が一瞬の遅れとなる。まあ、戦闘者ではないケイネスにこの状況で最善の判断を素早く下すことは出来まい。まあそれは、ウェイバーちゃんであろうと俺であろうと同じことなのだが。

 

『ランサーッ!』

『おいおい、ありゃちとマズいぞ坊主! どうにかならんか!?』

『オマエに無理なことをボクがどうにか出来るわけ無いだろぉ!?』

 

 アルトリアとイスカンダルが各々焦燥の声を上げ――しかし、彼らの助力は間に合わない。防御の態勢を取っているディルムッドが衝撃に備え、その身体目掛けて触手が横薙ぎに振るわれる。丸太、大木を思わせるそれ。あまりにも暴力的で、冒涜的なそれがディルムッドを木っ端のように吹き飛ばし――

 

「――『gain_con()(耐久強化)』」

 

 使い魔から聞こえる低音質の声や音を掻き消すように、しんと静まり返った部屋に俺――ソラウの凜とした声(cv.豊口)が響き渡る。同時に、使い魔と共有している視界にも変化が起こった。

 術式を発動した瞬間、ディルムッドとの間に繋がっている魔力の経路(パス)を通じて彼の目の前に光が集まる。それは瞬く間に結晶体を幾重にも重ねたような強固な壁となり、盾となり――炸裂する大海魔の一撃を妨げる緩衝材となり、彼の身を守る。攻撃を喰らい吹き飛ばされたものの傷自体はほぼ皆無の状態で一撃をやり過ごしたディルムッドは、そのまま空を滑るイスカンダルの戦車に拾われたようだ。

 

「……ふう」

 

 その光景を使い魔越しに見届けてから、俺は勢いよくベッドに腰掛けた。ベッドが軋み、胸が揺れる。全身に伸し掛かるのは軽い疲労。負傷明けの寝起きで魔術を使ったのがその原因だろうか。

 あの魔術(コードキャスト)自体は上手く発動してくれたものの、いくら『転換』を応用したとはいえまだまだ負荷が大きいらしい。そのお陰で、自分に掛けていた目眩しの『置換』――即ち、胸元の模造令呪をただのつやつやすべすべ柔らか美肌に置き換え、塗り隠していたそれが解けてしまった。そう言えばこの令呪隠しの置換魔術も、術式自体は即興で組んだものだったか。意識がない間も効果が継続するように設定したは良いものの、消費する魔力はそれなりに大きい。なら、それら二つがこの全身に掛かる疲労の原因だろう。

 

「しかし、流石に些か予想以上だよなぁ……。まあ、(あっち)地上(こっち)じゃ根本から基盤が違うし、名前や詠唱を模倣しただけとはいえ期待できる効果は絶大だし、仕方ないのか? ……あ、いや、ただ単に消費魔力(MP)の問題なだけかも知れないけど。モノによっちゃ四、五発も撃てないのもあった気がするしなぁ――コードキャストって奴は」

 

 ――コードキャスト。

 言わずと知れた『Fate/EXTRA』、『Fate/EXTRA CCC』に登場する術式の一種。色々と種類があったことは確かだが、『事前に術式を製作しておき、使用の際は魔力を流すだけで発動できる』という点で全ては共通していた筈だ。利便性という面ではとても使い勝手が良く、更に『転換』を得意とする俺にとって術式の製作・保存はお手の物。まさに俺――ソラウにとって使い易いものであったことは確かであり、コードキャストから発想を得たのが礼装化させた俺の『菫色の水晶玉』だったりするが、そこは割愛。

 と言っても、俺はそこを重視した訳ではない。俺が着目したのはその効果。魔力を流すだけで発動できる『効果』、特に戦闘用コードキャストの効果は原作に於いて多岐に渡り、そして非常に強力なものが多かった。

 

 ――例えば、少しの間だけ筋力や耐久、魔力の値を大幅に向上させるもの。

 ――例えば、一瞬だけ敵サーヴァントを怯ませ隙を作り、場合によってはスタン(麻痺)させるもの。

 ――例えば、一瞬で体力を回復し、様々なマイナス効果を消し去り、あるいは敵のプラス効果を封じるもの。

 

 そのどれもが強力であることは勿論だが、何より『サーヴァントにすら通用する』というその一点が肝要だ。そう、サーヴァントと対峙する可能性を鑑みるに当たって、一秒の差が有ると無いとではどれほどの違いが出てくるか。()()()()()()()()の為に少しずつ術式を構成していたのだが、今回はそれが良いように役に立ったと言うべきであろう。

 

『ッ、主! あれはっ!?』

『何でもいい、今は後回しだッ! ライダーを援護しつつ、遊撃を続けろランサー!』

 

 使い魔との視界の共有こそ切った――切った理由はあまり大海魔を見ていたくなかったりしたからである。なんだか背筋に悪寒が走るからね。男だった頃はセイバーが海魔に捕まってStayNight(R-18原作版)みたいなことをされるような薄い本(ソリッドブック)とか好きだったけど何故か今は触手とか見ると悪寒がするのだよね何故だろうね――ものの、音だけは未だに拾っている。そこから判断するに、ディルムッドはイスカンダルの戦車を基点に、ケイネスの生み出す足場を用いて立ち回っているようだ。先程から断続的に聞こえる大きな斬撃音も、ディルムッドの生み出すものだろう。

 善戦しているとは思う。原作に比べてもなお、ディルムッドは良く戦っているだろう。俺のお茶目なミスにより二振りの剣を手に入れたことも要因ではあろうが、それにしてもマスターと息の合ったディルムッドがこれ程までに良く戦うとは。

 

『うおぉぉォォォォッ!!』

『下から来ているぞ、ランサー』

『無論、承知の上です我が主よ!』

 

 気になって切った視界の共有を再び繋ぎ直せば、そこに映ったのは正に獅子奮迅の活躍と言うに相応しい働きをするディルムッドの姿だった。

 紅剣、黄剣、紅槍、黄槍。目まぐるしく手の中を入れ替わる四つの刃が、四方から迫る触手を両断してゆく。極至近距離から中距離まで、およそ騎士と名のつく人種が接近戦で扱わなければならない範囲の全てをカバーしたディルムッドは、正にフィオナ騎士団の一番槍という異名を遺憾無く発揮していると言えよう。サーヴァントとの一騎打ちであれば、今の彼に敵う者など極一部では無いだろうか。そんな感慨を抱かせるほどに、今のディルムッドは強かった。

 

『――主よ』

 

 ……けれど、それでも駄目なのだ。戦闘力は高い。けれど、火力が足りない。全てを焼き払い薙ぎ払う、圧倒的な火力が無い。それを持ち得るのは、この場においてアルトリアかギルガメッシュのみ。そのギルガメッシュは何もする様子を見せないところから、辿る未来は決まっているようなものだ。

 

 

『仕方があるまい、背に腹は変えられぬ。……だが、ランサー。お前はそれで良いのか? その槍、貴様にとっての誉れであろう』

『その誉れ一つで、数多の民の命を救うことになるのならば、何を躊躇うことがありましょう』

 

 作戦会議の後、三騎はそれぞれ駆け出す。イスカンダルが大海魔を固有結界内部に引き摺り込み、ディルムッドが己の黄槍を真っ二つにへし折る。それらを受けたアルトリアが、未遠川へ位置取る――その前に。

 

『セイバーよ。あなたは我が騎士ランサーに対し、あの怪物を打倒し得ると仰られたな』

『ええ、その通りです魔術師(メイガス)

『――あれは騎士だ。自らの得物に命を賭した騎士だ。その騎士が、己の誇りである槍を折ってまであなたに賭けたのだ。……ならばあなたには、奴の槍一本に見合うだけの光を見せて貰わねばならない。もしもそれが叶わなかったのならば、私はあなたを永劫に軽蔑するだろう』

『――――』

『それは、あなたが誰であろうと変わらない……アーサー王よ。あなたが、我等イングランドの民が誇る偉大なる王であると言うのならば、どうか奴に報いてやってくれないか』

『……承知した、魔術師(メイガス)よ。我が聖剣の光は、ランサーがあなたに捧げた誉れに見合うだけのものであると、この一振りを以って証明しよう』

 

 ――未遠川の中央に位置取ったアルトリアの正面に、大海魔が落とされる。その醜悪な肉の塊へ向けて、常勝の王は騎士達の夢を振り被る。告げられる奇跡の真名は、約束された勝利の剣――エクスカリバー。

 ――星の光が悪を焼き、絶望に堕ちた哀れな騎士の魂を救済する。立ち昇る光の柱は、救われた魂の数々だろうか。その光は希望を背負った尊き王と同じように、尊き光で夜闇を照らす。

 

 それは、確かに――目を奪われる光景だった。

 だからこそ、俺は決意する。人知れず、静かに、しかし譲れぬと。

 ――原作を、全うする。『Fate』ルートをなぞり、彼の王に最期の夢を……と。

 

 

 と、そんな風に決意を新たにしていた時、感覚を共有したままだった使い魔の聴覚に声が聞こえてくる。二つとも、覚えのある声だ。

 

『ところでなぁ、ランサーよ。お前、ランサーってことは槍を使うだろう? なのに剣の宝具まで、しかも二つも持っておるとはどういうことだ?』

『ああ、そのことか征服王。確かに俺は槍兵のクラスで現界した。その時には宝具も槍を二つしか持っていなかったのだがな。酒の席で話が出ただろう? 主の婚約者殿が魔術で俺に二本の剣を与えてくれたのだよ』

『――なんと。つまり、その婚約者とやらは宝具を生み出せると?』

『俺も魔術に精通している訳では無いから詳しくは分からんが、少なくとも俺に関してはそうだ』

 

 ――何を言ってくれたんですかねぇこのどこに出しても恥ずかしい最高最低の主大好き駄サーヴァントがーーッ!!




クォンタムタイムロックについて考えると世界線がアレになって死ぬ。


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ソラウちゃんと運命

もしかして:あけおめ

いやあ……終章、良かったですねえ。
ただアレを読んだ結果、ソラウちゃんinFGOの構想を練り直すことが決まりました。おのれおのれおのれ。

それはともかく、本編は一気に時間が飛びます。
ぐだぐだ引き伸ばしても本能寺、それより僕ははやくソラウちゃんにジャックとかエリちゃんとかエレナとかを夢幻召喚させたいんだよォン(えっち)


 ――『Fate/zero』。

 全ての原作であるStayNightの十年前の出来事である、第四次聖杯戦争を描いた前日譚。主要登場人物がほぼ全員死亡し、救いも殆ど存在しないと言った、これでもかと言わんばかりにキャラに優しくない作品だ。

 アニメ化もされたその作品において、先日発生した『大海魔戦』はちょうど聖杯戦争の折り返し地点にあった。キャスターの脱落から一気に戦争、人死にの速度が上がって行くという意味でも、また、アニメ的な意味では一期と二期の境目であるという意味でも。これがどういう意味かと言うと、聖杯戦争における『イベント』はまだまだ山盛りだ、と言うことだ。

 ケイネスもまた原作ではこの時期に死ぬことになる――つまり俺の死亡フラグもまた此処にある。それをどうにか乗り越えることは前提として、ケイネスを生かすのならば下手を打って原作より酷い結末にならないよう立ち回らなければならない。気を抜いている暇など無いはず。

 そう、そのはず、だったのだが――

 

「……ランサー。覚悟は出来たな」

「無論です主よ。このディルムッド・オディナ、如何なる処罰であろうとも――」

「――『主とその妻が素晴らしいところを伝えたかった』で余計なことを口にするんじゃあないこの忠犬めがッ!!」

「ごふッ!」

 

 ケイネスの水銀パンチ。急所(顔面)に当たった。効果はばつぐんだ。

 ――とまあ、山盛りのイベントも人死にもすっ飛ばして、我々はなんだかアットホームに過ごしていたりする。

 と言うのにも理由がある。あの日大海魔戦から帰宅したケイネスがいの一番に始めようとしたことは、駄サーヴァントぶりを存分に見せつけた忠犬ディル公への制裁ではなく引越しであった。さもありなん、最も目を付けられてはいけないような相手――つまり衛宮切嗣――に剣の宝具が増えた理由(最大級の爆弾)を知られてしまったのだから。

 別に俺としても、拠点を移すことに異論は無かった。無かったのだが、ケイネスが持ってきたいくつかの候補地の資料を目にして意見を百八十度反転させた。何故なら、それら資料に書かれた新拠点は、どれもこれも全て『廃倉庫』『廃工場』と言ったものだったからだ。

 原作において、ケイネス陣営の終焉の地はどこぞの廃倉庫だった筈だ。そんなところに拠点を構えるなど、殺して下さいと言っているようなもの。断じて認められる訳がない。

 故に、俺は必死で説得した。現在の拠点の利便さを説き、今敷設している魔術的防御の優秀さを褒めそやし、それを新たな拠点に敷設し直す際の労力と隙を訴え、新拠点に風呂が無いのは嫌だと駄々をこね、それでも渋るものだから戦争が終われば一緒に風呂にでもプールにでも遊園地にでも行ってやると懇願(誘惑)し、結局最後のそれが決め手となってケイネスの籠絡に成功した。まあ、戦術的に間違っているのなら遠慮なく指摘するようにと命令されていたディルムッドが黙っていたことから問題も無いだろうが。

 ともかく、これで死亡フラグの一つは回避した。しかし、そうなると次は衛宮切嗣の襲撃に備えなければならない。故に俺はこの数日を必死で過ごしたのだ。

 無防備になる数日の間、ケイネスとディルムッドに護衛を頼みながら魔法陣を敷き、祭壇を用意し、儀式の準備を整え、自らの魔術の効果を最大限に増す陣を完成させる。それを利用し、俺は一つの置換魔術を使用した。その魔術とは大規模な空間置換――即ち、プリヤに於いてエインズワースが自らの居城に行っていた()()、城を丸ごと覆い隠す魔術。

 流石に俺――ソラウ一人の魔術回路と魔力、そして適性ではエインズワース程の卓越した置換魔術を使用する事は出来ないし、城ほどの構造物を置換することも不可能だ。しかし、この間借りしている家一つ程度ならば条件さえ整えれば不可能ではない。今回はケイネスにも協力を仰ぎ、魔力炉の残骸から彼が造り出した触媒を経由することで発動を補助し、発動後は近場(市民会館)の霊脈から魔力を頂戴することで半永久的に発動し続けられるようにしてある。この辺りは流石ケイネスと言ったところだろうか、逆立ちしようと俺には真似出来そうにもない。

 ともかく、未遠川での一戦の後から数日は、このように慌ただしく過ぎていた。無駄口を叩いている暇はなく、俺も不眠不休で術式の敷設を行っていた。ケイネスとディルムッドのやりとりも、それらが一段絡着いた今だから行われたのだろう。

 ちなみにだが、大海魔戦直後にやって来た舞弥さんは完全に置換でやり過ごした。お隣の家に忍び込んで、置換で一時的に姿を置き換えることによって。急だったものだから、その家の大人はともかく一人の子供に見つかってしまったが。私は魔法使いなのだ、と何処ぞ(エミヤ)誰か(キリツグ)を真似て、二人だけの秘密という言葉をちらつかせて純真な子供を丸め込むことで事無きを得たが。

 ……正直なところ、舞弥さんとなら正面から戦ったとしても勝ち目はあっただろう。特に、この胸に忍ばせてあるクラスカード(ヘラクレス)を使えば。だが、俺はそれをしなかった。それは単にここで切るには惜しい切り札だという理由でもあり、おそらく英霊の自我と繋がりうるカードで夢幻召喚など試せないという理由でもある。

 しかし、やはり一番大きな理由は――この英霊相手に、ただ力だけを借り受けるなんて不誠実な真似をしたくない、なんてわがままだろう。

 いや、この英霊だけではない。俺は、クラスカードにし得る英霊達を知っている。キャラクターとしてではあるが、その願いや祈り、苦悩、絶望、力を得るために積み上げた研鑽、その全てを。

 だから俺は、クラスカードを使いたくない。まったく、生き延びる為なら何でもやると決意した筈だったのに。アインツベルン城でケイネスを庇ってからこっち、どうにもその決意が感情に流されて仕方がない。仕方がないが、もうどうにもならないだろう。だって――やっぱり俺は、大好きな彼ら彼女らをただ『使う』だけなんてしたくないのだから。

 頭を振り、意識を転換させる。どうやらケイネスの説教も佳境に入ったようだ。

 

「全くお前は、どうしてそうも微妙に残念なのだ! そもそもお前は生前からして妙なところで調子に乗る、敵を侮る、その結果として大猪に殺されたのだろう! 反省をせんか、反省を!」

「仰ること、正に……! 肝に銘じまする、主よ! ですがその、この『セイザ』という体勢は主の国のものでは無かった筈では? そしてこう、足が」

「そんな事はどうでも良い! 足がどうした足が! それが反省する態度か――」

「あの、ちょっとケイネス?」

「――む、ソラウか。今回はお疲れ様、迂闊なことをしたこいつには私が話をつけておくから安心してくれたまえ。で、どうしたのかね?」

「その、話を遮ってごめんなさい。けれど、ちょっと疲れちゃったから先に睡眠を摂らせて貰おうと思って……」

 

 欠伸と同時に伸びをし胸を強調させ、涙で目を潤ませて上目遣いのコンボ。この胸に懸けて勝利は約束されている。

 

「ああ、済まないねソラウ。気が回らなかったようだ。私には構わず、先に休んでくれ。……ああ、それとも先にバスタイムかい?」

「うーん……そうね、シャワーだけ浴びることにするわ。それから寝ます。ありがとうケイネス、それじゃ」

 

 挨拶をし、部屋を出て、シャワーを浴び、部屋に戻る。この身体となってから妙に長風呂をしてしまうようになっていたが、流石に今日はそんな気分ではなかった。それは、考えるべき事柄が一つ存在するから。

 個室、ベッドに倒れ込めば胸元に掛けたアミュレットがちゃりんと音を立てる。俺が置換と降霊で直々に作製した、()()()()()を封じ込めた特注の礼装。ある『たった一つの用途』以外には何の意味もないそれは、俺とケイネスだけが持っているものだ。尤も、彼にはただ単にお揃いの()()()としか説明してはいないが。

 そのアミュレットを手の中で弄びながら溜息をつく。今日は大海魔襲撃から数日後。そう、『数日経って』いるのだ。つまり、それがどういう事かと言うと――

 

「……『遠見(view_map)』、『置換』」

 

 ――原作での『イベント』が、恐らく進行しているという事だ。

 それを確かめるために、俺は今街に仕掛けている使い魔の一つの視界を手持ちの水晶玉に投影している。

 本来ならば、大海魔戦直後に発生するイベントは二つ。一つは俺――ソラウがアインツベルン陣営に拉致されるもの、もう一つはケイネスによる監督役殺害。しかし、このどちらもが今回は発生していない。前者は俺が身を隠したからであり、後者は言わずもがな『この』ケイネスがそんな事をする人物では無いからだ。

 それによって引き起こされるものは、後続のイベントの消失と遅延。ケイネス陣営が無惨に全滅するイベントは潰れ、おそらく言峰綺礼がその愉悦に目覚める切っ掛けが多少遅れるだろう。

 だが、多少だ。遅れはしても、言峰綺礼の覚醒自体は無くなりはしないだろう。だから俺はこうして使い魔を飛ばしている。目的は――遠坂時臣の生死確認。

 遠坂時臣に――あるいはこの戦争で死ぬ定めにある彼ら、彼女らに対して、俺がどうあるべきかは決めている。彼らを助けたくないと言えば嘘になる。しかし、助けられるかどうかはまた別問題なのだ。

 それは別に、原作を遵守する為だとかそういった理由ではない。勿論その気持ちは今でも持っているが、それはケイネスを生存させると踏み切った際にある意味吹っ切れた。

 ならば何が問題なのか。単純だ、遠坂時臣や言峰璃正、間桐雁夜やアイリスフィール、そして衛宮切嗣――彼ら彼女らを救うには、実力も立場も足りない。それだけだ。

 まず、俺がいくら原作知識を持っていようと、それを信じて貰えるかどうかは別問題だ。何せ俺は俺――ソラウに恋慕しているケイネスにすら顛末を隠している。これはそれだけ荒唐無稽で、俺の知るはずのない情報だからだ。

 また、次に問題となるのは彼らへの接触の仕方だ。彼らは誰もみな敵陣営、会話を交わすことすら難しい。第四次聖杯戦争は二週間前後で決着がついた筈だが、その二週間の間に全ての陣営と穏便に接触するなど不可能に等しいだろう。

 ならば、残るは力づく――即ち拉致するなり何なりでどこぞに縛り付けて死んだことにし、生かしたまま第五次を発生させるしか無いのだが、これは言わずもがなだろう。これを選んだ場合に俺が個人として相手取らなくてはならないサーヴァントがアルトリア、ランスロット、そしてギルガメッシュ。円卓二人は勿論だが、何よりギルガメッシュが鬼門だ。アレはまずい。

 客観的に見て、俺の所業はギルガメッシュの好むものと対極に位置するだろう。このソラウの、『女』という要素を利用した立ち回り。本人ですらない贋作。ザビーズやぐだーず、ウェイバーのように信念や意思を通している訳でもなく願いはただ『生きたい』というもの。こんな体たらくならば、ギルガメッシュの前に出た時点で良くて即死。運が悪ければ、陵辱ののち緩慢な死だろう。

 つまるところ、俺がソラウである限り彼らを生かすことは極めて難しいということだ。彼らを生かすのならば――そう。例えば、俺がソラウでなく禅城葵の身体でこの世界に堕ちていれば遠坂時臣を生かせただろうし、アイリスフィールになっていたならば衛宮切嗣を生かせただろう。あるいは、間桐桜になっていれば、間桐雁夜を生かせたかも知れない。

 始まった時点で八方塞がり。にも関わらずこうして使い魔を飛ばしているのは、遠坂時臣の生死の確認――即ち俺の実力不足が招いたことの結末を見なければならないという責任からであり、そして万が一彼がまだ生存していた場合はどうにか生かそうと足掻く為だ。

 

「……暗い、わね」

 

 使い魔の視点から、遠坂邸を俯瞰する。その屋敷に、灯りはない。人工的なものだけでなく、魔術的な灯りさえも。

 使い魔を降下させるも、結界の類に感知される様子はない。そのまま屋根へ着地し、窓から室内を覗き込む。

 果たしてそこに存在したものは、品の良い調度品が設えられた部屋の床一面に広がる血痕だけだった。

 

「……っ、次は、教会に」

 

 使い魔を離脱させつつ、教会へ向かわせていたものと視点を切り替える。今度は降下するまでもない。教会入り口から出てきたものはだらりと力無く担がれる遠坂葵と心の壊れた間桐雁夜、そして口元を愉悦に歪める言峰綺礼と、黄金の英雄――

 

『――雑種が』

 

 彼を視界に入れた瞬間、その紅い瞳が使い魔越しに俺を捉えた――そんな錯覚をした。蛇のようなあの瞳に睨まれた瞬間に、心臓が縮み上がり全身が強張る。背筋に無数の氷柱が捻じ込まれたようだ。

 これは確信だ。根拠など無いが、今の一瞬に満たない視線の交錯だけで彼は俺の全てを見抜いただろう。俺が何処の誰であるかではない。俺がどんな存在であるかを、だ。

 ならば、取るべき行動は決まっている。相手はあの英雄王だ。平伏し、この使い魔を直ちに自壊させ、その怒り(気紛れ)が此方へ向かないことを祈るしかない。

 あれは嵐だ。歯向かうことが烏滸がましい。生きたいのならば、やり過ごすしかない。逆らうなんて以ての外だ。

 あれは運命だ。ヒトにとって避けようのない裁定そのものだ。運命(Fate)に逆らうことの何と愚かなこと。

 さあ、さあ、さあ――頭を、頭を垂れろ。

 意識が働かない。何も考えられない。身体が、心が、そして意思までもが、全身に染み付いた生存への本能に突き動かされる。

 即ち、

 

「…………ッッ!!」

 

 ――睨み返す。

 英雄王への畏怖に充てられ、全身の自由を喪失し、詳らかにされた俺の魂は、睨み返すことを選択した。

 何のことはない。だって――俺は俺として生まれた瞬間に、運命に逆らうことを決めていたのだから。

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、どう足掻こうと第四次聖杯戦争にて死亡する。それが運命。それを覆すために、俺は生きてきた。

 たとえ死ぬ定めにあろうとも、俺の生き方は俺が決める。だから英雄王、俺はただ生きるために、生き抜くために、俺――ソラウとして生きよう。

 使い魔を自壊させることなく、ゆっくりと踵を返させる。

 その使い魔が破壊されることは、終ぞ無かった。




さーて本日のめざソラは?

ソラウちゃん、英雄王にあてられて唐突に覚醒(未遂)するの巻。
なお英雄王がソラウちゃんのことをザビーズやぐだーずめいて「見直したぜ雑種ゥ」となる展開はありません。ギルはそんなにチョロくないもん!

舞弥さんから逃げてテンパってるソラウちゃん「私ってば魔法使いなのだ」
隣の家の赤銅色の髪のショタ「マジで!」

あ、ちなみに雁おじはこの後綺礼に心臓グサーで殺されます。
このままだと消滅サーヴァントの数が足りなくて切嗣誘き寄せられないからね、仕方ないね。


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ソラウちゃんとZeroとstay/night

お久しぶりです(白目)
お待たせしました(土下座)
せめてZero編くらいは収拾つけないとな、と。

いやあ、うん。それもこれもFGOやらFakeが面白いのがわるい。アガルタ楽しみ。ところでヘラクレスのモーション改定いつですか。ヘラクレスすき。
あと最近『青剣って弱いよね』みたいなのよく見るのでめっちゃ強くしてやりました。snからずっとやってる老害としてはやっぱり青剣好きです。

あ、あと「いくらギルでも使い魔越しにソラウちゃん見抜くの無理じゃね」みたいなご意見を頂きましたが、その辺はあれです。「全知なるや全能の星」の名残みたいなものです。使用を控えていたとしてもそれだけの眼を持ってたのなら、たかが一魔術師くらいギルなら見通せるでしょと。ギルTUEEE?はははご冗談を。ギルがこんな程度なはずないでしょう。

長々と書きましたが、それでは本編どうぞ。


 ギルガメッシュ相手に意地を張ってから数日。殺されこそしなかったものの何が起こるか分からない、怯えながら陣地に引き篭もっていると、冬木市民会館から原作通りの連絡がされた。それはつまり、最終決戦が近いことを意味する。

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、第四次聖杯戦争ももうすぐ終わりを迎えようとしている。俺――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの死亡フラグであるこの戦争を策通りに切り抜けられさえすれば、一先ずは安心と言って良いだろう。

 勿論、慢心するつもりはない。ここまで来て死因が慢心による死亡など笑い話にもならない。故に、俺は眼前の事象を睨み続ける。隣に立つは我らがケイネス先生、前に立つは深緑の騎士ディルムッド。そして、彼が相対する敵こそ――

 

「お前と矛を交えるのもこれで三度めか。こんな乱戦の中で三度戦い、一度ならず肩も並べた。互いに中々の因縁だとは思わないか、セイバー?」

「同感だ、ランサー。そして、この局面まであなたが生き残り、こうして尋常に雌雄を決することが出来る。……今ここで決着を着けなければならないことは惜しいが、一人の騎士として戦えることを嬉しく思う」

「フッ――」

 

 一瞬の休息ののち、再び始まる剣戟の嵐。

 小柄な体格を魔力放出スキルで補いながら、地下駐車場を駆け巡る影。金の髪に青い戦装束の彼女――セイバー、アルトリア。それが、ディルムッドと戦っている者の名前だった。

……何故俺たちがこうしてアルトリアと戦っているのか。この地下駐車場でアルトリアと戦う役目、それはディルムッドではなくランスロットが担っていたはずだ。

 ランスロット、延いては間桐雁夜の居所は現時点では不明。だが、推測程度なら可能だ。彼は言峰綺礼と組んでおり、最後にその姿を確認したのは言峰教会から出て来た時――遠坂時臣を使った一連の悪趣味な遊戯が終わった直後のこと。その事と、今回の冬木市民会館からのしるし……言峰綺礼の仕業であるそれとを結び付ければ自ずと答えは見えてくる。

 あれは言峰綺礼が、衛宮切嗣を誘き寄せるために打ち上げたもの。確か、その信号の意味合いは『達成』と『勝利』だったか。つまり、それは聖杯戦争の勝者は自分であると喧伝しているに等しい行為。そして、それを効果的に行うには、それ相応の状況でなければならない。

 そう、例えば――残るサーヴァントがあと僅かであるとか。

 間桐雁夜は茫然自失、そうでなくとも言峰綺礼ほどの手練れならば背後から一刺しすることなど容易いだろう。であれば、アイリスフィールを攫わせ、愉悦を最期の一雫まで搾り取り、万が一他の陣営と手を組まれた場合に厄介なランスロットを抱える間桐雁夜は処分されている可能性が高い……尤も、俺の読みの悉くが的外れであり未だどこかに控えている可能性も高いのだが。

 

「……ケイネス」

「ああ、ソラウ。やはり周囲に罠らしきものは存在しないようだ。あのセイバーの語った通りにね。だとするならば、やはり私たちはここでセイバーを打倒するしか無いだろう」

 

 ケイネスが答える。彼の言う「語った通り」とは、そのままアルトリアの口から出た話を言う。その内容とは、アルトリアが俺達ランサー陣営の足止めをする、と言うことだ。

 彼女が俺達の前に姿を現した際に提示した選択肢は二つ。結託し、ディルムッドとアルトリアの二人がかりでギルガメッシュを下し、その後に剣槍二騎で雌雄を決するというものがひとつ。もうひとつが、今すぐに、ここで決着をつける、というものだ。

 それに対し、ケイネスとディルムッドは後者を選んだ。普通に考えれば、ギルガメッシュという強大な相手を前にしての決裂など愚策下策に当たるだろう。しかし、そうしなかった理由は明白。

 なぜなら――その理由は。ケイネス・ランサー陣営は、一騎討ちでアルトリアと切嗣に勝利することが、不可能だからである。

 

「風よ、舞い上がれッ! 『風王鉄槌(ストライク・エア)』ッ!」

「――ッ、切り裂け、『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』ッ!」

 

 アルトリアの巻き起こした嵐をディルムッドが断ち、その余波が地下駐車場を荒れ狂う。サーヴァントの宝具、残滓と言えど明確な破壊力を残したそれに煽られ体勢を崩しつつも、俺の思考は止まらない。

 ケイネス・ディルムッド陣営では、アルトリアと衛宮切嗣に勝利することは出来ない。一見すれば、その理論は可笑しいと断ぜられるだろう。魔術協会にずぶずぶの魔術脳どもどころか、ケイネスの名と実力を知っている者ならばほぼ全てがケイネスの勝利を予感し、衛宮切嗣の魔術師殺しとしての性能を知っている人間が判断するならば五分、あるいは衛宮切嗣優勢。しかし、少なくとも、勝ち目が全くないとまでは言わない筈だ。他でもないこの俺――『原作知識』から乖離した、この勇ましく紳士的なケイネスを知っている俺もまた、彼の実力ならばと思ってしまう。

 

 しかし。勝てないのだ。二人に。

 理由はいくつか――あるいは、いくつもある。まず第一に、ケイネスと衛宮切嗣の戦力差。原作で語られた通りの相性の悪さは健在であり、仮にギルガメッシュを倒したとしてその後一騎討ちをする羽目になったなら、ケイネスが切嗣の魔の手から逃れられる道理はない。

 衛宮切嗣の思考回路と性能、取り得る手段をいくら吟味しようと無駄だ。あれは、衛宮切嗣は根本的に俺達とは違う存在。戦う者でも研究する者でもなく、殺す者(アサシン)。俺達の張り巡らせた思考や策ごと、気付かぬままに殺されるだけだろう。

 それを踏まえた上で、次にサーヴァントの戦力差が問題だ。これは、単にステータスや持ち得る最大攻撃力の話をしている訳ではない。確かにアルトリアのステータスとスキル、宝具は脅威以外の何物でもないが、クラスカードを夢幻召喚し宝具を追加し、いざとなれば令呪を切ることもするケイネスをマスターとした今のディルムッドならば、『Zeroのセイバー』を打倒することならばなんとか可能だ。では、何が問題なのか?

 ――答えは簡単。『全て遠き理想郷(アヴァロン)』だ。

 現在は衛宮切嗣の内部に格納されているそれであるが、衛宮士郎に使用した例を鑑みれば取り出しは容易なはず。取り出しが容易ならば格納もまた容易であり、何より本来の担い手たるアルトリアがそれを使用した際の凄まじさは――Fate/staynight(原作)で示された通り。それがある以上、いかに強化されたディルムッドだとしても、概念的に鞘を打ち破ることが出来ない以上、勝ち目はない。令呪を用いて衛宮切嗣を襲わせようとも、向こうだって令呪は残している。結局は同じだ。

 ……これだけでも、絶望的。だというのに、俺の頭は――俺だけの頭は、もう一つ、絶対に勝ち目がないということを知らせている。

 その思考のままに、俺は荒れ狂う嵐と嵐を直視した。強化の魔術を掛けようとも、殆ど視認できないほどの高速戦闘。赤と黄の旋風を引き連れ、尋常な騎士として戦うディルムッドと、それを迎え撃つアルトリア。攻勢をかけるディルムッドの表情(かお)は強大な好敵手との戦いにまさしく二つ名の通りに輝いており、俺にZeroアニメでの彼の顔を思い出させる。

 対して――それを迎え撃つアルトリアの双眸(かお)。口を真一文字に引き結び、口端だけを少し上げ、顎を引き、目を見開き、瞳孔の収縮したその顔。その顔にもまた――俺は奇妙な懐かしさと感慨を覚えている。

 あれは、『騎士王』だと。

 ディルムッドの双槍がアルトリアの剣を跳ね上げる。ディルムッドにしては珍しく、力任せに行われたそれは、彼の槍の柄に浅くない傷を付けつつも隙を作ることに成功する。

 武器の差、その数の差。聖剣一振りを得物とするアルトリアに対し、今のディルムッドは槍に加え剣さえ持つ。故に彼は跳ね上げたままの双槍から手を離し、瞬時に双剣を顕現させると更に一歩踏み込んだ。

 赤剣が光を帯びる。身体を打ち付けるような魔力の奔流は、見ずとも宝具の真名を開帳するのだと理解できるほど。その威力――大なる激情(モラルタ)の鋭さは、神話において『あらゆる敵を両断する』と語られた通り。

 決まれば、アルトリアすら殺し得る一撃。横薙ぎに振るわれるそれは、聖剣を上段に打ち上げられた彼女の腹へ吸い込まれてゆく。その一刀が振るわれる瞬間、しかし、俺は、

 

「――駄目、避けてディルムッドッ!」

「っ!?」

 

 思わず叫んだ俺と、踏み込んだ片脚を起点に距離を離そうとするディルムッド。瞬間、首を思い切り後ろに倒して背筋を逸らした彼の鼻先、胸先を、轟音を立てて分厚い空気の層が駆け抜けていった。

 跳躍。彼女の剣の間合いから離れるディルムッド。その緑色の胸鎧は見るも無残に剥ぎ取られ、逞しい胸板には浅い抉り傷。それだけで、躱した攻撃の威力を推察できるような傷跡に、俺を除く三人はそれぞれ息を呑み、あるいは息を吐いた。

 

「っ、ディルムッド!」

「ご心配めされるな、主よ。掠っただけです――しかし。まさかかの騎士王が、隙を作り攻撃を誘い、あまつさえそこを聖剣以外で突くとは」

「さて、それはお前の見積もりの甘さだぞランサー。お前が槍と剣を使うように、私にも他の戦い方がある。槍か、あるいは飛び道具か。もしかすると、このセイバーというクラスさえ偽装する宝具を持っているかも知れないぞ?」

「抜かせ、セイバー。聖剣の担い手が剣士以外であるものか。……しかし、感謝致しますソラウ殿。今の一瞬、このディルムッドでさえあの隙を偽装だとは見抜けませんでした。あなたの一声が無ければ、私は痛手を負っていたでしょう」

 

 ディルムッドの言葉に、三人の視線が集中する。思わず叫んだだけとはいえ、ここでだんまりは不可能そうだ。ソラウ流美少女奥義で乗り切るのはもっと不可能そうだ。故に、俺は口を開く。

 

「……私も、今のを見切れた訳ではないの。ただ……なんというか。今の動作はフェイントなんじゃなくて、『全部知っていた』から対応したような、そんな気がして。だから、つい声を……」

 

 無論、俺の言いたいことは『直感スキルのせいで対応された』ということだ。未来予知にも等しいとされるほどの『直感』は、アルトリアの戦闘能力の基盤の一つと言って良いものだろう。

 ――しかし。その直感スキルよりも先に、今は考えねばならないことがある。場合によっては、この戦闘の結末すら決めてしまうだろう要素。

 ――恐らく結末すら加味した上で、ギルガメッシュに対しての共闘を持ちかける、あるいはその切嗣の提案に賛成する精神構造。

 ――彼女の表情、視線に籠る敵意と殺意、直感スキルを用いたフェイントすら織り込んだ必殺の数々。

 ――半ば煽るようにすら聞こえてしまう、『アルトリア』らしからぬ、しかし俺に……『原作』を知る俺には、頷きたくなる物言い。

 やはり、彼女は。

 

「……それよりもディルムッド、ケイネス。彼女は……騎士ではなく、『騎士王』。あなたは王である……そうよね、セイバー」

 

 彼女は何も答えない。ただ、こちらを見据える瞳が雄弁に、それは是であると語っていた。その姿が、『セイバー』と被ってしまって――俺は、まさしく『直感』のごとく、

 

 ――これ、ZeroセイバーじゃなくてSNセイバーじゃねーか!

 

 ダメだ、と確信した。

 SNセイバー。『Fate/stay night』。言わずと知れたFateの原点に登場した、『アーサー王』。高潔さを持ちながらも王としての視点を失わず、大局のためならば少しの犠牲も止むなしと認めてしまえる騎士王。――人の心が分からない、とさえ形容された、孤独で貴き聖剣の担い手。

 俺たちの前に、ディルムッドの前に立っているのがそんな『騎士王』だとしたら。それは、もう、どうしようもないとしか言えないだろう。

 仮定の話だが、ディルムッドが対峙していたのがZeroセイバーであったならば、勝機は十分にあっただろう。公正を重んじ、尋常な立会いを望み、ある種『自分のレベルを此方と同じ程度にまで落とす』ように真っ直ぐに向かってくる、それでいてマスターと折り合いをつけられていないZeroセイバーならば、二剣二槍を用い優秀なマスターに恵まれたディルムッドにならば、確実とは言えないまでも五分の勝機はあった。

 

「セイバー。折角の機会だ、ソラウ様の言うようにお前が王だと言うのならば、一つ問わせて貰いたい。あの問答の場に於いて、お前は故国の救済、つまり過去のやり直しが願いであると言った。それがどのような意味を持つ所業であるか、承知の上で言ったのか」

「無論だ。……ランサー、そう言えばあなたもまた、自らの過去を良しとした上で今生の主に仕えていたのだったな。ならば、私の願いは理解し難いものなのかも知れない。それでも、私はこの願いを曲げられない」

「それは、何故だ」

「簡単なことだ、ランサー。私の見た理想に、私の治世に、夢を見た騎士がいたからだ。――アグラヴェイン、という騎士を知っているか?」

「……鉄の騎士アグラヴェイン。かの太陽の騎士の弟、円卓に於いて尚邪悪なる騎士だ、と()()されている、あの騎士か」

 

 アルトリアはディルムッドの言葉に薄く笑みを浮かべ、頭を振る。やはり、その姿、声音、表情から想像できるのは――騎士ではなく、騎士王としての姿。

 

「そうだ。しかし――いや、私もこの時代に伝わる円卓の騎士達の話を聴いて驚いたのだが、アグラヴェインはそのように伝わっていたのだな。尤も彼ならば、それを気にする筈も無いだろうか」

「……それで、セイバー。よもや、その邪悪なる騎士こそがお前の治世に理想を見ていたと?」

「そうだ。そして訂正するならば、彼は邪悪な騎士などではない。不平一つ漏らすことなく働き続け、どれだけ仕えようと忠義に揺るぎなく、欠点といえば働き過ぎることくらいしか無い。そんな騎士が、私と同じ理想を見た。彼だけではない、各々の選んだ道こそ違えど、かつて円卓に集った騎士達は、みな同じ理想を掲げていた。――ブリテンという疲弊した国を護り、そこに住まう民の生活を護る。その為に、我らが治める国を少しでも長く存続させる、と」

「セイバー、お前は」

「だからこそ、私は王として在った。彼等に、そして民の望むものに応えるために。……征服王は、自らの王の形を民の野望(ゆめ)の総算だと言ったな? それに倣えば、私の王道とて民と騎士の‪希望(ゆめ)の総算だとも。私は王として、その希望(ゆめ)を背負っている。その証こそが、我が手にある聖剣の輝きだ」

 

 戦闘能力、単純性能だけでなら、今のディルムッドはアルトリアに比肩し得る。特に対人、一対一。「果し合い」に持ち込むことが出来れば、それでどうにかなる可能性はあったのだ。

 しかし。此処にいるのがSNセイバーだ。公正を重んじながらも必要に応じて手段を変え、尋常な立会いを望みながらも王として優先すべきことを優先し、自らの持てる力全てで立ち塞がる敵を粉砕する、そして信条はともかく『戦争の手段』として、マスターの方針を受け入れられる器を持った彼女だ。

 ならば――

 

「……まあ、征服王の宝具に驚かされたのは事実だがな。円卓の末路を考えると、思うところが無い訳でもない。だが、戦力として見るならば、我が太陽の騎士一人いればどうにでもなるものだ。征服王も、自分が部下を引き摺り出しておいて、私には認めないなどと言うはずも無いだろう。尤も、彼が居らずとも、どちらにせよ聖剣の一振りで片がつくだろうが」

 

 そう言って、アルトリア(SNセイバー)は、

 

「さて、ランサー。お互い()が控えているだろう。遠くから伝わっていた、英雄王と征服王の魔力のぶつかり合いも収束を迎えつつあるようだ。故に――」

 

 此方へ向けていた射殺すような視線をそのままに、聖剣の切っ先を真っ直ぐにディルムッドへと向けた。瞬間、その刀身が帯びる光が膨れ上がり、地下駐車場を照らし上げる。

 

「我が全力で、あなたを葬ろう。願わくば、もっとただの騎士として技を競いたいものだったが……私は、聖杯を得なければならない。そちらの女性の言うように、私は、王であるが故に」

 

 聖剣から放たれる魔力に、殺気が乗せられる。あまりに濃密なそれは、その姿を見るものに畏怖を抱かせるほど。そのさまに俺とケイネスは思わず一歩後退り、ディルムッドは全身を強張らせる。

 放出されていた光が刀身に収束する。

 聖剣が掲げられる。

 振り翳す、黄金の輝き。

 地下になど収まらない、フレアのごとき光が、一刀に込められてゆく。

 

「――ッ、我が僕、ランサーに令呪を以て命ず! ソラウのみならず、この私からも魔力を絞り取れ!」

 

 真っ先に動いたのは、なんとケイネスだった。黄金の光の中に、真紅の閃光が一つ疾る。同時に身体を強い倦怠感が襲う……も、視界の端に映るケイネスはそれ以上の怠さを感じていることだろう。

 

「主よっ、何を――」

「重ねて命ず! この一瞬に全てを賭け、自らの最大以上の力を発揮しろ! お前の持てる技全てを駆使して、あの騎士王に打ち勝て!」

 

 二つ目の紅い閃光。強制的に魔力を充填され、ディルムッドの気迫が漲ってゆく。同時に、膝をつくケイネス。彼ほどではないものの連鎖的に魔力を奪われ、俺もコンクリートの床へへたり込む。

 ディルムッドは、そんなケイネスを振り返らない。声音から、彼の覚悟を感じ取ったからだろう。翠の騎士はぎりぎりと全身の筋肉を引き絞り、その瞬間に備えている。

 

「……いいマスターだ。戦争の手段に限れば私のマスターに軍配が上がるが、精神の高潔さならばあなたの主ほどの者はそうは居ない。……あなたに、あなたのマスター、そしてその婚約者。あなた達は、素晴らしい陣営だ」

「無論だセイバー。ケイネス殿は俺がこの剣と槍を捧げた相手であり、ソラウ殿はこの剣を私に再び授けて下さった方。そして……主は、聖杯を掴むお方だ。その為にも、お前を越えさせて貰うぞセイバー……!」

 

 言って、ディルムッドはそこで一度だけケイネスを振り返った。視線が交錯し、ケイネスは三度右手を高く掲げる。

 

「――重ねて命ず! 我が騎士ディルムッドよ、お前の騎士道を全うせよ! 何に憚ることもなく、その槍で私に勝利を齎せ! この一連の令呪三画を以て、これをお前への勅命とする……!」

 

 光が疾る――その令呪の魔力すら置き去りに、ディルムッドは光よりも速く駆けた。いかなセイバーと言えど、絶対に追い付くことの出来ない神域の速度。この一瞬に限れば、ディルムッドを凌駕する英霊など一握り以下だろう。

 

「セイ――バーァァァアァァァァァァッ!!!」

約束された(エクス)――」

 

 遅い。ディルムッドの黄槍がセイバーの左肩へ突き刺さる。紅剣が右手の腱を断ち、黄剣が腹へ深々と突き刺さる。そして、ディルムッドは、「ケイネスの命令通り」に、その赤薔薇を、

 

「――勝利の剣(カリバー)ァァァァァアァァアアァァッ!!」

 

 縦一閃、袈裟懸けに振り下ろされる聖剣。それを捉えられたのは、たった一瞬だけ。刹那以下の交錯は人である俺――ソラウやケイネスの目には残像としてしか残らない。

 その交錯が終わった時、ディルムッドは、二剣二槍のうち三つをアルトリアの身体に突き立て、自身は残る赤薔薇を振り抜き、その疾走を終えていた。

 アルトリアは、俺達に向かって聖剣を振り下ろした体勢のまま硬直している。ディルムッドは、疾り抜けたまま此方へ背を向けている。

 アルトリアの身体に刻まれた傷口からは夥しい血が溢れており――ディルムッドの身体からは、血の一滴たりとも垂れてはいなかった。

 

「……見事だ――」

 

 そして、先程まであれほど身体から抜け出ていた魔力の流れが、全くぴたりと止まっていた。

 サーヴァントは血を流さない。否、正確には、霊核を破壊されたのならば、サーヴァントは無駄に血を流さずに消えてゆく。

 

「――セイバー」

 

 ディルムッドもまた、足元から金色の粒子へと変わりつつあった。

 

「……ええ、ランサー。あなたのような騎士がいたこと、私の記憶に留めておきましょう」

 

 『直感』。その瞬間に於いて、最も最適な解答を得るスキル。アルトリアのそれは最早未来予知の域にあり――その直感を以って、アルトリアは、ケイネスの言葉とその令呪による強制から、ディルムッドの一撃を読み切った。

 『魔力放出』。全身から魔力を放出する文字通りのスキルで、小柄なセイバーが大柄な相手と対等以上に渡り合う生命線。特に、高速機動をする際には鎧の魔力まで回すが――逆に言えば、高速機動する必要が無いのならば、その魔力放出は極限まで使用箇所を絞ることが出来る。今回は剣を振り下ろす一瞬と、ディルムッドの槍を逸らす一瞬との二回だけ。残りはすべて、防御へ回したのだろう。

 その結果が、これだ。ディルムッドの、そしてケイネスの一撃は、届かなかった。

 そして、俺はこの結果に安堵している。伏せた策の全てが十全に作用し、原作が原作通りに進むだろうから。

 なのに、どこかで悔しさも感じている。端々だけとはいえ、ディルムッドとケイネスの駆け抜けたこの聖杯戦争を知っているから。

 全く、と、俺は少しだけ独り言ち、必死に立ち上がろうとしているケイネスの肩を抱えてやった。胸を押し付けてやっているのはよく頑張ったサービスである。

 

「……しかし、ああ、無念だ。申し訳ありません、我が主ケイネスよ。あなたに勝利を、と思っていたのに……私は」

「……何を言う。お前の矜持、魅せて貰った。お前は、私などには勿体無いほどの忠義の騎士だった。……もう二度と会うことも無いだろうが、な。我が騎士ディルムッド・オディナよ。お前が私の騎士で、本当に――」

 

 言って、ケイネスは崩折れた。軽く解析の魔術を掛けてみると、どうにも魔力切れが原因のようだ。俺はそんなケイネスの身体を膝枕のように抱え込みながら、同じくコンクリートの床にへたり込む。

 

「私も、あなたを主としたことを、誉と感じます――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトよ。そして――ソラウ様、あなたに力を頂きながらこの結果。あなたの愛する夫へ勝利の誉を齎すことの出来なかった私を、どうか恨んで下さい」

 

 俺はふるふると頭を横に振った。もちろん、愛する夫云々のところを否定している。というかケイネスの頭がいい具合に乳置きとして役立っていて肩が楽だ。本人も意識は無いが嬉しいだろう。

 

「……あなたたちは、本当に。――セイバー、」

「言われずとも、私は彼女らに手出しはしない。我がマスターも、この局面で二人に手を出す余裕は無いだろう。……とはいえ、何が起こるかも分からないもの。なるべく早く、ここから脱出して下さい。それで良いですね、ランサー?」

「ああ、感謝するセイバー。……不謹慎だが、俺は幸せ者だ。これだけ良い主と好敵手に恵まれたのだから。願わくば英雄王でなく、お前に聖杯の言祝ぎあらんことを。そして、主とその奥方に良き未来があらんことを――」

 

 そう言い残し、翠の騎士は金の粒子となって消滅した。彼がいた場所に残っていたのは、俺が彼に預けたクラスカード一枚のみ。俺はケイネスを目覚めさせないように寝かせると立ち上がり、カードを拾い、そしてそのままアルトリアへ近付く。近付いて、

 

「――『heal()(治癒)』」

「これは、傷が。……しかし、何故?」

「……あら。ディルムッドも言っていたでしょう? せめてあなたに聖杯を、と。なら、傷付いたまま戦われちゃ困るじゃない。……どうせなら、ディルムッドに勝ったあなたに願いを叶えてほしいのよ、私も」

 

 ――嘘だ。実際、片手が塞がったままでは黒き聖杯に聖剣を振り下ろせないからこうしているだけだ。けれどアルトリアは何も言わない。俺の内心を見透かして、何らかを思っていることを看破した上で敵意がない故に放置しているのかも知れない。けれどそれは、どちらにとっても好都合だ。

 

「……十全ですね。感謝します、魔術師(メイガス)

「礼には及ばないわ。……私達も、少し休んだらすぐ出て行くわ。あなたも早く行って頂戴。……さようなら」

 

 アルトリアは振り返ることなく俺の前を後にした。それを見送って、俺は未だ落ちたままのクラスカードを拾い、胸の谷間の収納ゾーンへそれを格納する。格納して、ケイネスの元へと戻り、彼の身体を抱えれば駐車場の奥……冬木市民会館の中心部へ近い位置へと近付いてゆく。

 策は成った。ケイネスの生存自体は、これで成し遂げられた。しかし、これでは片手落ち――この世界でも「エルメロイ二世」を誕生させる為には、ケイネスが死んでいなければならない。

 

「――そろそろだな」

 

 遠くに感じる、禍々しい気配を感じつつ俺はそう独り言ちた。ケイネスは未だ、目覚める気配を見せない。よほど魔力を振り絞ったこともそうだが、そもそも倒れるほど魔力を使ったこと自体初めてなのだ。好都合、と言わざるを得ない。

 ケイネスの胸元へ手を突っ込み、そこからアミュレットを取り出した。俺――ソラウが手ずから作成し送った、銀製のアミュレット。『魔除け』の効果を付与したそれ。

 

「魔力が近付いて来てるな。間違いなくあの泥……さて、ここからは賭け、かぁ。嫌だ嫌だ、ケイネスを置いて逃げればどうにでもなりそうだってのに」

 

 ――ところで、唐突だが、降霊術という魔術がある。読んで字のごとく、霊を降ろす魔術だ。サーヴァント召喚の際に用いる魔術の基盤の一つにもなっているこれだが、その派生、あるいは本質として、ソフィアリの家で学ぶ降霊術を駆使すれば、同じく英霊を降ろすことも出来る。

 と言っても、英霊をサーヴァントとして現界させる訳ではない。英霊の概念を少しだけ借りて、それをモノに付与する、とりたてて特筆することもない魔術だ。

 勿体ぶらずに言ってしまえば、この二つのアミュレットは、その「英霊降ろし」に似た工程を踏んで魔術礼装としてある。

 似た工程、と言ったのは、アミュレットに封じてあるのが英霊の概念ではないからだ。過去の文献を漁り、置換魔術を駆使し、『反則』を暴き出し、その術式を用いた逸品。

 不安を押し潰すように思索を巡らせる俺。その目の前の壁がどろりと溶けた。向こうから染み出してくるのは、視界に入れることすら悍ましい黒色の泥。

 

「――出たな、この世全ての悪(アンリマユ)。――『suggest_slf(64)(自己暗示・強)』」

 

 がちり、と理性に縛りをかける。fakeの、俺が敬愛するヘラクレスを歪ませたバズディロットの真似事だ。俺は彼ほどぶっ壊れた精神をしている訳ではない。その代わり、泥に呑まれないために、別のものを使う。

 この世全ての悪(アンリマユ)に対してのみ魔除けの効果を発揮する、対この世全ての悪(アンリマユ)用の概念を降ろしたアミュレット。アインツベルンが嘗て犯した反則を使用し、降ろし得ない神霊の座する場所までパスを繋いだそれ。

 

「――礼装、発動。『この世全ての善(アフラ=マズダ)』」

 

 どろり、と泥が俺とケイネスを覆う。

 意識が、一瞬で暗転した。




『もしもソラウちゃんの中の人の憑依先が桜ちゃんだったら』みたいな案も無くはないですがこの投稿ペースだと番外編書いていられなさそうなので別の形で案を供養してやろうかなと。

ちなみにソラウちゃんの中の人が桜ちゃんになった場合、完全にBBちゃんみたくなって、呼び出す英霊は黒ひげです。


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ソラウちゃんと――

「問おう。貴様は聖杯に何を願う?」
「――残業のない世界。人が、定時に仕事を終え、家に帰り、小説を書くことができる世界を、僕は望む」

大変お待たせしましたごめんなさい!!!!!!!


 落ちる。

 堕ちる。

 無限の――否、無間の、と表現したくなるほどに真っ暗な闇の中を、俺は頭を先にして墜ちてゆく。手足の感覚は薄れ、心臓の鼓動は凍りつき、一瞬を永遠のように、あるいは永遠を一瞬のように感じる。

 なるほど――と感じる。これが、俺の思う虚数空間か。視界の端に星々の輝きを捉えられないことを除けば、この感覚は「Fate/EXTRA CCC」冒頭のあのシーンの描写と酷似している。それが何故だかは分からないが、少なくとも衛宮切嗣が「この世全ての悪」の泥に呑まれた時は既知の場所をイメージとしてその中に見た。それの延長のようなものだろう。

 

「――さて」

 

 と、そんな風に思索を巡らせている――どれだけの時間巡らせていたかは定かではない――俺の耳に、ひとつ声が聴こえた。その声音(CV.)は大原さやか――つまり、この声の主は。

 

「――やあ、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』」

「あら、話が早いのね。流石に、望んで私の中に堕ちてきただけはある……のかしら」

 

 アイリスフィール……ではなく、その人格を殻として被ったアンリマユだ。

 じっ、とその姿を眺めてみる。アイリスフィールの姿は倉庫街の一戦で見た限りだが、こうして眺めているだけならば差異は感じられない。纏う黒いドレスと酷薄そうな口元の笑みだけが違和感を感じさせるが、それさえ消えてしまえば判別はつかない。

 

「……その物言い、既に俺のことは色々と把握されているようだな?」

「ええ。あなたの記憶を覗かせて貰ったわ。この聖杯の器の人格を以てしても俄かには信じがたいけれど……その真偽は置いておいて、少なくともあなたが知っている筈のないことを知っていて、その上で()()()()を望み、あまつさえ狙っていたことは理解しています。その上で、あなたに問いましょう」

「……あー、いや、少し待ってくれ。一つ質問をしても?」

 

 俺が言葉を遮ると、彼女はアイリスフィールと寸分違わない顔にあどけない疑問の表情を浮かべて首をこてん、と傾げる。それだけを見れば和みどころなのだが、此方としてと訊ねておかねばならないことがある。特に、これだけは。

 

「今、外はどんな感じだ? 外と比較して、俺が今いる時間は? 言峰綺礼と衛宮切嗣は既にお前に呑まれ終わった後か?」

「そうね……色々と知っているあなたに言うならば、『冬木大火災は発生した』と言うのが手っ取り早いかしら。あの人も、言峰綺礼も共に私に呑まれ、排出され、今頃は地獄のような街を彷徨っているはず」

「――そうか」

「もしかして、それを止めたかったの? ちらりと眺めただけだけれど、あなたの中にそんな願望は無かった筈。……でも、あなたが願うのならば叶うわ。あなたの目の前にあるのは、万能の願望器なのだから」

「よく言う。お前の正体を知っていると、お前も知っているだろうに」

「ええ。そしてその上で、願望器であることは間違いではない――でしょう?」

 

 じわり、と増す圧力。俺の周囲を取り巻く闇が、一瞬にして氷へと変わったかのような寒気。アイリスフィールのものであるはずの紅い瞳が妖しく、そして恐ろしげに輝く。

 

「質問は終わりかしら?」

「もう一つ。お前は自身を万能の願望器だと言ったが、それは虚言ではないな? 俺の知るところと同じく、俺が望めばどんな願いも――それこそ、魔法さえ体現してみせると?」

「ええ……と言いたいところなのだけれど。『魔法』に関しては否定を返さざるを得ないわ。万能の願望器たる聖杯の成り立ちは知っているでしょう」

「ああ。七騎の英霊の魂――膨大な魔力を聖杯に焚べ、その魂を用いることで根元へと続く路を開くためのもの。それが聖杯、正確には小聖杯か」

「ええ。今の私は小聖杯であり大聖杯の意思でもあるため、どう呼んでくれても構わないのだけれど。ともかく、知っているならば分かるでしょう?」

「……やはりギルガメッシュ、そしてアルトリアが居ないとなると、か」

「その通りよ」

 

 アイリスフィールの殻を被ったこの世全ての悪(アンリ・マユ)は、それが心底不満そうに口を尖らせた。それは願望器という道具であるが故に、役目を果たせないがための自身への落胆か。あるいは、悪性情報の化身として、二騎ものサーヴァントを取り込み損ねたが故の不満か。

 ともあれ、彼女は気を取り直したように口を開く。その顔に、此方を揶揄うような表情を浮かべて。

 

「でも、それはあなたには関係の無いこと。違うかしら? 少なくともあなたに、根元を求める意思はない。……あ、それとも『元の世界』に帰りたかったのかしら。道を開いたとしても、その身体のまま帰ることになるだろうけど」

「いや、それは御免被る。……しかし、うーん。となると、魔法は無理か」

「あら、本当にそれが望みだったの? 想像出来ないわね、あなたが何を欲していたのか聴かせて頂けるかしら。あなたの大好きな大英雄(ヘラクレス)の生きた時代に行って、妻にでもなる気だったの?」

「魅力的ではあるが流石に無理だろ色々と」

 

 主に物理的に。どうやっても入らなさそうだ。入ったとしても入れる気など更々無いが。何とは言わないが、精神的にPC版SN(げんさく)などノーセンキューである。

 

「まあ、そうね。『魔法』の完全再現は不可能だけれど、『魔法』の残滓の真似事程度なら可能じゃないかしら。特に、あなたの特異性を通じてなら平行世界の運営……とまでは行かずとも、観測程度なら可能ね。尤も、十秒も叶わないでしょうけど」

「……なるほど」

「そろそろ、あなたに問うてもいいかしら」

「……ああ。俺のプランは確定した」

 

 言うと、彼女は愉しそうに笑う。嬉しそうに、嬉しそうに、アイリスフィール(この世全ての悪)の口が三日月に裂け――

 

「英霊を従えてすらいないのに、私のところまで辿り着いた魔術師よ。さあ。あなたは、そこまでして求めた『聖杯(わたし)』に何を願うの?」

 

 紡がれる言葉に、俺は、

 

「――お前が欲しい」

「……あら」

 

 瞬間、アイリスフィール(アンリ・マユ)の顔からするりと表情が抜け落ちた。口元に浮かべていた笑みさえ消し、いっそ荘厳な雰囲気すら感じさせる視線で、此方を見据えてくる。

 

「助力を乞いたい、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』よ。俺はお前に、純粋な協力関係を築くことを願う」

「それは、なぜ?」

「俺の願いのためには、お前の力を借りることが不可欠だからだ」

「あなたの、願いとは?」

「――死なないこと。訳も分からないままに、終わらせられないことだ」

 

 『この世全ての悪』という英雄を、直接知っている訳ではない。ただ、かつて俺がソラウとなる前に、ゲーム画面を通してその在り方を知っただけ。他の数多の、俺が大好きな英霊たちの一人として、キャラとして知っていただけ。

 それでも、この「死にたくない」という願いを懸けるなら彼しかいないのだ。たとえ俺の敬愛する大英雄ヘラクレスが眼前にいたとしても、この願いだけは彼に懸ける……いや、正直に言うと五分五分だが。

 ともあれ、なぜなら。俺は、彼がその願いを受諾するであろうことを知っているから。

 Fate/Hollow Ataraxia。snのスピンオフであるその作品に於いて、同じく死にたくないと願ったバゼットの願いを汲み取ったことを知っているからだ。

 無様にも程がある、とは自分でも思う。答えの一つを知った上で、その答えが自分にも返されることを期待して問い掛けるなど、情けないことこの上ない。

 

「あなたが私を求めていることは分かったわ。けれど、解せないわね」

「……どこに疑問があるんだ」

「あなたが私を求めること、そのものに。全てではないけれど――私は見たのよ、あなたの中を。あなたは、あなたの言う『原作』を維持し、破壊しないことに執心していた。自分と婚約者を生存させることだって、手段を選ばないのであればもっとやりようもあったことを、『原作』の為だけにこんなに回りくどいことをした。そんなあなたが私に助力を迫る、つまりサーヴァントとして私を従えること……それは『原作』――『Fate/Hollow Ataraxia』を覆すことになるのではなくて?」

 

 アンリ・マユの言うことは尤もだ。俺がここで契約してしまえば必然、バゼットが契約を結べなくなる。そうすればホロウは発生せず、あるいは俺が無理やりに発生させたとしても結末は変わってくるだろう。その行き着く先は、おそらく剪定事象まっしぐらだ。

 けれど、俺が生き延びる為にはアンリ・マユ――『彼女』の助力は必須だ。だから俺はこうして回りくどい準備までして、『第四次聖杯戦争中に』泥の中へ潜った。

 このタイミングしか無かったのだ。第五次後では駄目。第四次から時間が経った後でも駄目。衛宮切嗣と言峰綺礼、その二人の直ぐ後でないと駄目だったのだ。

 

「いや、そうはならない。俺が求めているのは確かにお前ではあり、お前の助力無くしては成立しないが、お前とはあくまで協力者――『共犯関係』でありたいと思っているからな。サーヴァントとして使役するつもりは無いんだよ」

「……ごめんなさい? 正直なところ、訳が分からないのだけれど。私を従えるつもりが無いのなら、何を私に望むというの?」

「そう、だな。端的に言えば、俺がお前に――『この世全ての悪』になる手助けを、して貰いたいと思っている」

「……? 何を――、っ、まさか、あなた」

 

 俺の言葉に、彼女ははっと目を見開いた。

 

「そう。わざわざ自分に暗示までかけてくり抜いたこの身体。霊体、霊的存在を受容しやすくなったこの身体――異なる世界線に於いては、デミ・サーヴァントとなり得るだけのこの身体に、お前を降ろす。お前を降ろし、聖杯の器となる。俺の願いは、それだ」

「……、……そう。よくそんな事を思いつくのね。狂人の発想だとは思うけど、確かにそれなら易々と死ぬことはなくなるでしょう。あなたが懸念しているように、たとえこの歴史が焼却されたとしても、どこぞの影の国の槍使いのように世界の裏側に隠れることだって出来るはず」

「一応、他にも目的はあるけどな」

「でも、やっぱり駄目よ。私を降ろせばこの私はあなたに囚われることになる。あなたがこの聖杯と接続すれば、Hollowどころか原作(SN)まで発生しなくなるわ」

 

 本気で困惑したように――否、実際困惑しているのだろう、アイリスフィールの顔を可愛らしく歪めてこの世全ての悪(アンリ・マユ)はそう宣う。まあ、いきなり現れて「お前を俺の中に受け入れたいんだ」などと言われても困惑するしかないだろう。ましてや精神的にはともかく、今の身体は女同士なわけだし。そのあたりの誤解を解消すべく、俺はなんだか楽しくなって口を開く。

 

「ああ、その辺りについては考えている。まず一つ、先に言ったとおりにお前を従えるつもりはない。お前を俺の中に降ろすとは言ったが、実際に行うのは――コレだ」

「……クラスカード?」

 

 俺が豊満な胸元から取り出したそれを見て、アイリスフィールは漏らす。どうでもいいが、今の俺のスタイルはアイリスフィール以上なのか。全て遠き理想胸(アヴァストロン)なのか。複雑である。

 

「ああ。コレでお前の……『この世全ての悪』の情報だけを模倣し、その全てを俺の中に空いた回路に焼き付ける。あと、これは『魔術師(キャスター)』のクラスカードだ。『復讐者(アヴェンジャー)』でなくな」

「……なるほど。だからあなたは、私がここに居るその時を狙って、このタイミングで堕ちてきたのね。私の存在とアイリスフィールの殻を触媒に、あなたの知る黒き聖杯(アンリ・マユ)のクラスカードを創造するために」

「ついでに言えば、大聖杯ユスティーツァの魔術回路そのものまで写し取りたいところだが……まあ、それは可能であればだ。不可能であっても、魔術師(キャスター)アイリスフィールと同等の器としての資格さえあれば聖杯を扱うには事足りる。……そして、ここまで言えば二つ目の疑問、どこの聖杯と接続するのか、も理解できるだろう? Heaven's FeelとStrange Fakeの合わせ技、さ」

「……あなたもとんでもないことを考えるのね」

「死にたくないだけ――では、ないよな。もう。死なせたくないし、死にたくないだけ……うん。これが近いと思う」

 

 俺が求めた『この世全ての悪』は不定形の英雄。現界の際に取る形は泥であったり、はたまた全身刺青の少年であったりと様々だ。そして、その形によって所持する宝具、自身のステータスも変わってくる。

 ならば、その不定形の英雄に、こちらから『殻』を与えることが出来れば。それもただの殻ではない、それとして機能し得る実績を持った、アンリ・マユにこそ馴染む殻を与えられれば。そこまで求めれば、きっと応えてくれる筈だと。

 

「俺が生き残るために必要なのは『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』じゃない。殺人に特化したサーヴァントの能力でもない。俺に必要なのは、『黒き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)』、かつて見た汚染されし聖杯の化身――そこで、俺は気付いた。やりようによっては、『刺青の青年(アンリ・マユ)』を残したまま、『黒き聖杯(アンリ・マユ)』と関係を持てるとね」

 

 俺がこの世全ての悪(それ)に手を伸ばしたのは、なんとも卑怯ではあるが「知っていた」からだ。原作をプレイし、彼の人となりを知って、その上で打算を重ねて彼を求めた。知っていたからこそ周到に用意をし、ケイネスまで騙して彼の元へと辿り着いた。

 間違っても格好の良い行為ではない。衛宮士郎や岸波白野、藤丸立香たちのように高潔で強い「主人公」ではない。がむしゃらに足掻いて、もがいて、それで聖杯に辿り着いたのではなく、知っていたからそうする、と裏道を使っただけ。ズルも良いところだ。でも、それでも。

 

「俺は全てを識った上で、打算の上でお前を欲しいと願った。願望器よ、俺に応えるか否か。――教えてくれ」

「是非もありません――願望器、聖杯としても。アイリスフィールの人格を持った存在としても、あるいは――あなたの知る、人間が大好きな悪魔としても。私は、あなたに手を貸しましょう」

 

 そう、彼女は言った。

 安堵する。安堵のあまり腰砕けになりそうになり、慌てて踏み止まる。胸が揺れた。踏み止まり、背筋を正す。胸が揺れた。

 

「――は、はは。はぁ……良かった」

「私としても、そこまで熱烈に求められては応えるしかありませんもの。丁度、あなたも彼女と同じで赤毛ですし? 予行練習と思えば良いでしょう」

「ああ、それでもいいさ。何でもいい。力を貸してくれるならば、それで構わない」

「……あぁ、でも」

 

 ふと、思い出した……そんな風を装って、いかにも軽く彼女は切り出した。此方を揶揄う表情で以って。

 

「その弄り回された身体に『この世全ての悪』を焼き付け、聖杯と繋がると言うのならばそれなりのフィードバックは覚悟することね? この殻の元、アイリスフィールも、あるいは間桐桜も。聖杯と繋がった者がどうなるか、知っているでしょう。いくらデミ・サーヴァントとなるとしても、何かを奪われる覚悟はしておくことね」

 

 やはりその性根は悪辣であるのか、それともどうやって切り返すのかを期待しているのか。美しい顔ににやにやと笑みを浮かべながら、彼女はそう言い放つ。

 よろしい。ならば切り返してみせようではないか。聖杯からのフィードバック? 勿論そんなものは織り込み済だ! というかそれが無いと困ったことになるぞ!!

 

「ふむ。それについては心配ない。もう、何をどうするかは決めてあるからな」

 

 言って、俺はぽん、と自らの下腹を叩いた。

 

「……自信満々に狸の真似事かしら?」

「ははは、そんな訳はあるか。どうせ使わないここ(・・)を使い潰す、と言ってるんだよ馬鹿」

 

 言って、俺はもう一度ぽん、と自らの下腹部――その皮膚の向こう側にある子宮(はら)を叩いた。

 

「…………えっ」

「いやあ、困ってたんだよ。俺さ、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだからさ。ケイネスの婚約者なわけ。で、ケイネスを生き延びさせると……その、まあ、そういう事になる訳じゃんか。だからな」

「いや、あの、私が、というより私の被った殻の人格がとても動揺しているのだけれど、えっ」

「婚約者を守るために『この世全ての悪』を受け入れた代わりに子を成せなくなった――なんとも美談ではないかね、ん? それに――」

 

 『この世全ての悪』は口をぱくぱくさせて、絶句している。然もありなん、とも思うものの、どちらにせよこれ以外の選択肢はない。この身体には馴染んだものの、この身体に焼きついた俺のメンタルはやっぱり男なのだ。ついでに言えば、譲れないところもある。一型月厨としては、やっぱり――

 

「――聖杯は孕むものだろ、原作(SN)的に」

「――っ、あはははははは! あなた、凄いわ! いえ、お世辞抜きに本当に。ええ、これなら楽しめそう。あなたを選んで良かったわ」

「そりゃ重畳。で、此方としても済ませるところはさっさと済ませたいんでな。始めていいか?」

 

 キャスターのクラスカードを取り出して言う。彼女は楽しそうな顔のまま頷くと、此方へ一歩踏み出してきた。

 応えるように彼女へ歩み寄り、クラスカードを構える。慣れ親しんだ文言を口内で唱え、魔力を身体で循環させる。

 基本骨子から順に、目の前の存在――ひいては今、俺を取り囲む空間そのものにまで知覚を巡らせ、情報を読み解いてゆく。目配せをして、彼女に合図を送る――途端、俺の全身へ向けて、彼女が雪崩れ込んできた。

 それらを順に、丁寧に、カードへと織り込んでゆく。必要なものだけを形にし、不要なものは切り捨て、俺の身体へ落とし込むのに最適な形へと組み替え――そうして出来たそれがあまりの情報に綻び切る前に、俺はそれを自らの裡へと、

 

夢幻召喚(インストール)

 

 使い道のなかった身体の中の空間に、英霊の情報が絡み合ってゆく。空けられていた容量が一瞬で満ち、溢れたそれらを身体に刻み込んでゆく。痛みは感じない。ただ、破裂しそうなほどの圧迫感を感じるだけ。

 その圧迫感を丁寧に丁寧に、歪みを正し折り目を揃え、ソラウという身体へと刷り込んでゆく。幸いなのは、本来のように英霊そのものを身体に取り込んでいる訳ではないことか。英霊の力と情報だけを取り出したそれは、困難に、しかし想像していたよりも遥かに簡単に身体へと馴染み、

 

「……ふぅ、これでひとまず――っ、ぷ!?」

 

 ――しな垂れかかってきたアイリスフィール(この世全ての悪)の唇が、俺の唇と触れ合う。彼女の手が腰に回される。胸と胸が押し付けられあい、ぐにゅりとひしゃげる感覚がする。そのまま、彼女は片手を俺の下腹部、子宮の上へと添えて――

 

「…………〜〜ッ!!」

 

 そこから流し込まれる魔力に、背筋を震わせた。今ちょうど生まれたばかりの魔力経路(パス)、アイリスフィールやユスティーツァの備えた聖杯を受け入れるためのそれに、黒い魔力が流れ込んでゆく。脳天まで突き上げるようなそれ。一瞬のような永遠、あるいは永遠のような一瞬の後、彼女は手と口と身体を、俺から離した。

 

「……ぷはっ、ふぅ。ご馳走様?」

「おま、おま……! クロじゃあるまいし、おま……!」

 

 ばっ、と距離を離し口元を覆う。見遣る『この世全ての悪』はアイリスフィールの顔をほんのりと朱色に染め、しかしそれ以上に妖艶に嗤っていた。正直言ってクロにしか見えない。

 メンタルが男である俺だ、興奮しない訳がない。心臓がばくばく言っているのが分かる。側から見ればそれはもうじぃえる時空なのだろうが、一皮剥けばお察しなのは哀しむべきだろうか。

 

「あら。まさか、悪魔と契約するのに何の対価も無しに済むと思っていたのかしら?」

「――――っ、ああくそ。一本取られたよ。正直ラッキーではあったが。男として」

 

 手を上げ、降参のポーズをする。ひとしきり笑うと、『この世全ての悪』は笑みを微笑みに変えて、此方へ視線を送ってきた。受け止めるように対峙し、その紅い目を見つめる。

 

「……さあ、そろそろ時間じゃないかしら。あなたの願いは聞き届けたし、あなたの願いは叶ったでしょう。これより先は、また見える時まであなた一人で歩んでいく道よ」

「ああ、分かっている。世話になった」

 

 言葉を交わしながら、身体の感覚が無くなってゆくのを感じる。聖杯の外に弾き出される瞬間が近付いているのだろう。

 

「ああ、そうそう。ケイネスだけど、ちょっとお前の中で預かって貰うぞ。合法的に死んだことにする為にここまで来て貰ったんだ、それくらいは良いだろう?」

「ええ、共犯者。どちらにせよ、あなたはもう聖杯の器と化したのだからあなたの意思でここを使うといいわ」

「そりゃ有難い。……そろそろだな。じゃあまた、『この世全ての悪』。Hollowまで片付いたら、俺の中へ匿ってやるよ」

「そうやって、並行世界の果ての果てまで人理を守る旅をするのかしらね。それは――何とも、魅力的だわ」

 

 黒い闇が白く染まってゆく。人を呪う悪魔らしからぬ、優しい応援の声を背に――俺の意識は遥か、浮かび上がったのであった。




ドスケベキャスター☆ソラウちゃん爆誕の巻。
ここからSN編挟んでFGO編、またの名を所長救済ルートに入る予定だけどいつまでかかるかなあ…………。

その間に息抜きでソラウちゃんの中の人が桜ちゃんになってたifとか、イリヤちゃんになってたifとか書くかもです。時間と気力があれば。

ともかく、今回もありがとうございました!


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幕間
Interlude


 いや、あの、はい。
 違うんですよ、はい。
 一年くらいお待たせしたのは確かなんですけど、こう。
 流石にこんな内容で更新して良いのかなとかいくらなんでもとか葛藤してたんですけど、そろそろ何か更新しないと多方面から怒られそうだなって……

 いやでも、大晦日だし前書きに「あんまり真面目な内容じゃない」って書いてますし漫画版Fakeの弓ヘラクレスがクッソカッコ良かったので皆さん許してください!!!
 それでは今年一年ありがとうございました来年もよろしくお願いします!(今年二回目の投稿)


 黒い影は語る。

 ――蝶の羽ばたき効果というものを、今更知らない者は少ないだろう。元来は力学の用語であっただろうか、そこまで理解しているかはともかくとして。どこかの蝶の羽ばたきが、また別のどこかで大きな嵐を生む。運命において、何がどう影響しているか分かったものではない、ということだ。

 さて。その蝶の羽ばたき効果であるが、それが実際に起こりうるものである、あるいは起こったものだとしよう。しかし、誰がそれを理解できるのだろうか? 本来こうなる運命だった、などと説明しようと、理解などされるはずもない。それがバタフライエフェクトであると理解できる者は、所謂「本来の歴史(げんさく)」を知っているものだけ――故に、それが運命の揺り戻しであるということを、当事者自身ですら理解できない。

 

 運命の揺り戻し。それは無論、第四次聖杯戦争に於いて、無惨に死ぬべきだった二人が生き残り、呪いとともに消えるべきだった一人が希望とともに去った事実と、その反動を指す。本来の歴史と比較して、三人の人生を捻じ曲げたそれ――その揺り戻しが、同じように、また別の三人の人生を捻じ曲げるものであるのも、また自明の理なのだ。

 

 ならば、何が何を変えたのか?

 それは、槍兵陣営が斃れていないが故の結末。聖杯戦争を最終盤まで運ぶために、教会の裏手にて殺され果てた――本来の歴史(げんさく)に於いては蟲蔵まで這い戻った間桐雁夜の、未帰還が、すべてを捻じ曲げた。

 

 

 ――運命の壊れたその日。第四次聖杯戦争より幾分か年月の経った蒸し暑い夜。戯れに少女に告げられた言葉は、その壊れた心を以ってしても衝撃であった。

「ああ、雁夜か。アレはあの戦争でお主を放って逃げおったぞ。もともとが落伍者、どこまで無様を晒すかと見ておったが……よもやあのようなことを仕出かすとはな」

 

 無論、それは老人――間桐臓硯の悪意ある嘘だ。しかし、蟲蔵の少女にそれを確かめるすべはなく、また疑う気概も残ってはいない。

 

「あの時、あやつはな、桜。お主を見捨て、そしてお主の姉と母のみを連れて何処ぞに雲隠れしおったのよ。お主の産みの父、遠坂時臣をサーヴァントで縊り殺してな。今にして思えば、このことを最初から計画しておったのだろう。お主のことも、己から女を奪った憎き恋敵の娘を地獄に叩き落とすことで溜飲を下げたかったのじゃろうな。遠坂の倅は今際にそのことに気付いたようであったが、最早手遅れよ」

 

 悪意の蟲はきぃきぃと嗤う。

 

「お前の娘は胎盤として消費されるだけだ、とな。あやつはあの醜い顔を殊更に歪めて、四肢を捻り切った遠坂の倅に言い放っておったわ。なるほど、あの狡猾さは確かに我が孫よ。魔道の才こそ無いものの、儂をここまで欺くだけの智慧を見せていればもう少しマシに扱ったものを。……ああ、桜。恨むのならば儂を恨むなよ? お主がここへ堕ちたのは、儂のせいではないからのぅ」

 

 蟲に犯される少女、あるいは幼女――間桐桜は声を発さない。

 けれど、間桐臓硯は分かっていた。それを告げた瞬間、間桐桜の身体が、痛み苦しみとは別の要素でぴくりと動いたことを。唾を飲み込んだことを。眦から一筋、涙を垂らしたことを。

 それは、五百年を生きた怪物の腑を、歪んだ喜悦で満たすには充分な反応であった。

 

「そもそも、儂が欲していたのはお主の母親よ。お主でも、お主の姉でもない。どちらでも良かった。仮にお主が男であったなら、姉を譲り受けただけの話じゃからな。禅城の血は我ら間桐の血統をすら蘇らせる可能性があった。故にやつと禅城葵を引き合わせてやったと言うのに、奴は惚れた女を蟲に饗するのが気に食わなんだらしい。……ああ、だからお主まで産ませたのだろうよ、桜。儂に贄を用意してから本命を連れ出す、なんとも浅薄ではあるが上手く仕掛けたものよ。女のほうも、姉だけがいれば気を収めるとは、アレに似合いの淫婦じゃな」

 

 じゃからのう、桜。

 お主が恨むべきは儂にあらず。恨むべきは、思惑通りにお主を産ませ、儂へ手を出させた雁夜か。

 お主を捨て、お主の父を捨て、雁夜に靡いたお主の母か。

 あるいはお主自身が女に産まれたこと、そのことか。

 そのいずれか、あるいはいずれもを、恨むが良い――

 

 ――それは、確かに蟲の翁の戯言である。

 しかし、それを確かめる術は間桐桜には無く。

 少女は正しく絶望した。己を取り巻くすべて、即ち『間桐桜として産まれたならば、臓硯からは逃げられない』のであると。

 その中に一つの希望を見た。即ち、『間桐雁夜のようにすれば、臓硯からは逃げられる』のであると。

 そして、切望し熱望する――ゆえに、ここで運命が壊れた。

 それを聴いていたのは、間桐桜ただ一人にあらず。久方ぶりの喜悦にほんの少し我を忘れ、声の大きくなった蟲翁の戯言を耳にした――間桐鶴野。

 吹き飛ばされた右手の痛み、じくじくと熱持つそれがほんの一時だけ恐怖を、嫌悪を、後悔を忘れさせ――着の身着のまま、間桐邸を飛び出す。それだけの勇気、あるいは蛮勇もまた、間桐雁夜(おとうと)が蟲翁を出し抜いたという嘘によって齎されたものだった。

 

「ああ――」

 

 運命の歯車は、どうしようもない程に狂ってしまった。

 飛び出した党首は己の手を奪った魔術師殺しをも頼り、行方を晦まし。

 人でなしの蟲翁は鬱憤を少女に叩きつけ。

 故に、間桐桜は――その日、運命に出会わなかった(赤銅髪の少年の高跳びを見なかった)

 一切の希望なく、泥の底に溺れ行く。なればこそ、深く暗いその感情がそれ(・・)の中に潜む復讐者と結びつくのは必然であった。間桐桜の躰に埋め込まれた砕けた聖杯の欠片(アイリスフィールの残骸)。本来ならば悪神に届くはずもないちっぽけな少女の願い。

 ――聖杯は覚醒し駆動し機能していた。ひとりの紅い女がそれに触れたことで。

 ――聖杯に満ちる意思は、悪魔とされた黒い少年のものではなく、幼い女を子に持ち慈しむ白い女のものであった。ひとりの紅い女が、それを消さずにおいたことで。

 ――そして、聖杯は、その『法』を知っていた。他でもない、己に触れた紅い女の中身が、そうして紅い女(ソラウ)に成ったことで。

 

 故に。

 間桐桜がそれに耐え得ると、そして生贄が最も影響を被ると判断された、第四次聖杯戦争より数年後に。幼女が少女となり、身体つきが丸みを帯び、胸も膨らみ始めたその頃。少年が英国にて思春期を迎え、自身の男性性(おとこ)を自覚し始めた頃――最悪(最高)のタイミングで、その呪いは起動した。

 逃げたる遊蛾と囚われの蝶、その人格(なかみ)を丸ごと入れ替えるという置換魔術によって。

 

「……は?」

 

 故に翌日、間桐桜の躰の中で目覚めた人格――魂ではなく、肉体と精神、魂の三要素の内側に蓄積される趣味趣好や記憶、経験や知識、そして思考回路と個人歴史(パーソナリティ)のすべて――が、躰の持ち主のそれではなく、本来の歴史、あるいは運命において、彼女の兄となるはずであった間桐慎二のそれであったことは、必然であった。

 

「はっ、は、な、何だこれ、ここは、僕、は――っ、夢、じゃない……!?」

 

 かつて少年であった少女が布団を捲りあげれば、そこにあるのは勝手知ったる己の男の身体ではなく、一糸纏わぬ少女の裸身。混乱する頭で周囲をぐるりと見回せば、肩口まで伸ばされた髪が首筋をくすぐる。ここは知っている、もう長いこと帰っていないとはいえ自分の知る間桐の屋敷のはず――だと言うのに、その内に居る己だけが変質している。

 

「あ、なん――っ、声……!?」

 

 身体もであれば、無論声も。は、と細くなった指を喉に這わせれば、少しずつ男の身体になってきていた自分のそれとは違い、喉仏も無ければ肌の手触りも違う。きめ細かく柔らかな肌が触られている、という異常事態が脳――間桐桜の脳であるが――へ警鐘を鳴らす。

 ごくり、と呑み込んだ生唾が腹へ落ち込む感覚が嫌に生々しい。少年(おのれ)のものでない心臓が、少年(おのれ)のものでない膨らんだ胸の内側でばくばくと音を立てる。紫色の瞳を通して見る屋敷の風景も、形の整った鼻腔をくすぐる屋敷の香りも、此処を訪れるのは幼少期以来であるというのに何故だろう、はっきりと自身が知覚していたそれとは異なると理解してしまう――それが、「間桐慎二として経験した感覚」と、「間桐桜として経験する感覚」との差異であることを、少女となった少年はまだその脳で理解し得ない。

 

「ち、畜生……何が、どうなって……ひいっ!?」

 

 おっかなびっくりベッドから抜け出した、途端に鳴り響く電話のベル。羽織るものを探そうにも、身の回りにそれらしきものは存在しない。仕方なく、裸身のまま全身を震わせながら受話器を掴み取る――果たして、向こう側から聞こえてきたのは。

 

『ああ、もしもし? 繋がってますよね? えーと、間桐桜さん……いや、間桐慎二さん、ですよね?』

「おまっ、僕の声……!」

 

 それは、彼にとって馴染み深い間桐慎二の声であった。声を聞いて安堵したか、あるいは現状を忘れて怒りに染まったか。喉より溢れる鈴のような少女の声で一気に捲し立てる。お前は誰だ。ここは間桐邸か。僕はどうなった。この身体は誰のものか。お前の差し金か、元には戻れるのか――すべての返答は、くすくすと言う嗤い声だった。

 

『ああ、いえ。すみません、何もできない非力なその身体で、怯えているのが目に見えてしまって。……質問の答えですが。私は昨日まで間桐桜だったもので、その身体は間桐桜のもので、そこは間桐邸で、こうなった理由は分かりません……原因はなんとなく分かりますけど。で、元に戻れるかは分かりませんが、戻りたくありません。まあ原因と照らし合わせて、私がこう思っているので二度と元に戻れないんじゃないでしょうか』

「なッ……お、オマエっ! ふざけるなよ、いきなり僕にこんなことをしておいて嫌だと!?」

『ええ、はい。でも良いじゃないですか。慎二さん、魔術が使いたかったんでしょう? 自分の身体だったら無理だったかもしれませんが、その身体なら使えますよ。とびきりの希少属性と極上の魔術回路つきですし』

 

 は……? という呆けとともに、少しばかり受話器から耳が離れる。

 

「じゃ、じゃあなんで――」

『さあ? まあ、この時間ならもうすぐ理解できると思いますよ。まあ、お互い要らないものを捨てて必要なものを手に入れたということで。魔術の才に比べれば、些細なことでしょう? その身体で生きていくことも、私が欲した平穏で普通の生活を送れなくなることも。あなた方にとっては、それが至上なんでしょう?』

 

 きしきし、ぎいぎい、くちくちくち。

 自身のものとは到底思えない底冷えのする声に、背筋を走る怖気。問い返そうとするも既に遅く、そしてそれは怖気などでもない。

 

「おい……おい、ちょっと待て。おま――ひ、ィッ!? む、蟲!? なん、なんだよこれェ!」

『ああ、始まりましたか。まあ、諦めてください。ホント、魔術師ってどうしようもないですよね。鶴野さん……ああいや、父さんも同意見みたいで、そう言ったら喜んでましたよ。こんなどっちつかずの中途半端なところは引き払って、魔道と関係ないところに引っ越そうとも』

「ハ、ぁ……! なあ、助けて、助けてくれよォ! 脚に、手に蟲がァ!」

『こんなに恵まれた男性の立場を失って、そんなゴミみたいな魔術師……いや、胎盤としての生活を送る引き換えに手に入れられるのが魔術の才能だけだなんて、少し同情もしますけど。返品も交換も受け付けてないので。ごめんなさい。まあ――』

 

 ぶらん、ぶらんと伸び切ったコードに揺られる落ちた受話器の前に少女――間桐桜は既に居らず。

 

『良い感じの悲鳴だったんで、あの蟲爺も張り切るかもしれませんけど。一番痛いところは多分私が肩代わりしたんで、あとは慣れたら楽ですよ――まあ、男性がどう捉えるかは分かりませんけど。ともかく。『間桐慎二』は私が引き受けますから。あなたは『間桐桜』として私の代わりに生きて、死んでくださいね』

 

 がちゃんと切れた通話の向こう側に、地下から響き渡る女の絶叫は届かず。

 ここに、運命は致命的なまでに崩壊した――

 

――――――――――――――――――――――――

――――――――――――

――――――

―――

 

「――というのが、アンタが魔法少女戦線(プリズマワールド)に出向いてた間に起こったことだな。ああ、時系列的には数ヶ月前だ」

 

「は?」

 

「ああ、安心してくれよマスター。アンタがかつて自分に施したみたいに間桐桜の精神は保護済みだし、痛覚も一定ラインを超えると快楽に転換されるようにマスター(アンタ)の転換魔術を施しておいた。アイツは死ぬまで間桐慎二としての自意識を保ったまま間桐桜の肉体で生き続けるから問題はないぜ」

 

「は?」

 

「あー……まあ……言い出したというかやらかしたのはこの世全ての悪(オレ)だがオレじゃない。アイリスフィールの皮のほうだ。曰く、『マスターの平行世界の記録を鑑みるに、あんなの生かしておいても女の子が酷い目に遭うだけよ!! 女の敵よ!!』とのことだ。つまりオレの責任じゃない――いやまあ皮被ってもオレはオレだし止めようと思えば止められたけど観てて楽しかったからしょうがなブゲェッ!?!?」

 

「……この、何処に出しても恥ずかしい精神の捻じ曲がったド低級星ゼロサーヴァントがーーッ!!」

 

 夢幻召喚、エリザベート・バートリー……怒りをそのまま竜息吹(ドラゴンブレス)として叩きつけ、元凶のアンリを壁にめり込ませて撃滅――すれど事態は面倒な方向に転がったまま。

 俺――ソラウはツノの生えた頭を抑え、ちょっと動くと原典(PC)版みたいなことになりそうなヒモ衣装を鏡に映しながら、原作(シナリオ)から逸脱しそうな間桐陣営をどうにかするために、頭を抱える羽目になったのであった。




 いやアトランティスクッソやばいでしょ(ヘラクレスガチ勢)
 これはアルケイデスか弓クレスくるでぇ今日(2019/12/31)の生放送で日が回った瞬間にオリュンポス実装告知される、俺は詳しいんだ。

 慎二くんと桜ちゃんの人格交換は型月的魂-精神-肉体の三要素に抵触しない形で理論を考えてますがめちゃんこ長くなったので割愛しました。
 ちゃんと桜ちゃんになった慎二くんも桜ちゃんの肉体から与えられる感覚を最大限受容できるので安心してください!

あとこの後の間桐陣営大整理は気が向けば書きますが気が向かなければそのまま第五次に突入しますので悪しからず(予防線)


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