ポケットモンスタードールズ (水代)
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プロローグ
この世に生を受けて早五年くらい


 手が動かない、足が動かない、目をろくに開かず、体も、首も動かない。

 

 なんだこれ、って頭だけはしっかり動いているのに、けれど脳からの命令は体には伝わらない。

 いわゆる…………金縛りと言うやつだろうか、なんて考えて。

 

 おぎゃあ、おぎゃあ、と言う赤子の鳴き声が耳に届いた…………と言うか、推定自分だと思われる体から発せられていた。

 

 あれ?

 

 と疑問に思ったのもつかの間。

 直後、テレビの電源でも落としたかのように、ぶつん、と意識がシャットアウトされ。

 

 次に気が付いたのは三歳の時だった。

 

 そう…………三歳。

 

 自身の記憶では自身は二十を超えていたはずなのだが。

 

 だが三歳で間違いないのだろう、子供用の小さなケーキに立てられた蝋燭は三本。

 そして自身の両脇には、両親と思わしき男女。

「三歳の誕生日おめでとう、ハルちゃん」

「おめでとう、ハルト」

 ハルちゃん、ハルト。つまりそれが今の自身の名と言うことなのだろう。

 音だけなら…………(多分)前世の自身の名と同じなのは偶然なのだろうか。

 (多分)生まれ変わっても同じ名前とか…………つまりこれはソウルネーム!?

 

 …………いや、まあ偶然だろうけど。

 

 と言うか、意識が落ちる前はまだ赤ん坊だったのに、もう三歳…………その間の記憶が全く無いのだが、そうなるとこの体は一体どうなっていたのだろう。

 

 ①俺の意識が無かっただけで、普通の赤ん坊のように振る舞っていた。

 ②俺の意識が落ちている間だけ、別の誰かが赤ん坊やっていた。

 ③ずっと眠りっぱなしだった。

 

 個人的には①だとすごく助かる。と言うか②だとすると、すごく厄介な話に。そして③は無いだろう、この両親の様子からして。

 

「なんだか反応が薄いわね?」

「眠いのか? ハルト」

「あらあら、良く寝るわねえ、この子…………食べる時以外ずっと寝てる気がするわ」

 

 あ、①と③の合わせ技っぽい。本能で飯だけ食って、あとはひたすら眠ってる感じか。

 良かった、憑依先の人格なんてものはなかったんや…………。

 

「あうあ?」

 

 何か声を出そうとして、よく考えればずっと眠りっぱなしだったこの体だ、声帯はすでにできているのだろうが、上手く舌が回らない。

 

「あら、声を出したわ、珍しいわね」

「泣くことも滅多にないからなあ、ハルトは」

 

 お父様、お母様、今まで良くそんな赤ん坊を普通に育ててましたね(戦慄)。

 思わずつつ、っと両親から視線を逸らし…………そしてテーブルの上に固定された。

 

 何か…………見覚えのある物体がある。

 

 どうにも頭が上手く働かないせいで、すぐには出てこない。

 赤くて白くて、スイッチのようなものがあるボール状の…………。

 

「おううあおうえ?」

 

 モンスターボール? と言いたかった模様。くそ、舌が回らねえ。

 だが両親には何か言いたかったことだけは伝わった模様。視線の先を辿り。

「ん? ボール?」

 親父様がテーブルの上のボールを手に取り、スイッチを押す。

 

 そして。

 

「シャァ!」

 猿のような生物が出てきた。

 いや、知ってる、名前なら知ってる。けど理解できない。

 

「ヤルキモノ、うちの息子だぞ~ほれほれ、可愛いだろ?」

 

 俺を抱き上げ、ヤルキモノと呼ばれた猿に見せつける。

 鳴き声を上げながら猿が俺を覗きこむ。

 

「ぽうぇおん?」

 

 ――――ポケモン?

 

「お? 今ポケモンって言わなかったかこの子?」

「あら、やっぱりアナタの子ですね」

 

 自身を抱きながら笑いあう両親の言葉すら、今は耳に届かない。

 

 ポケモン、知っている、その名前を、その言葉を知っている。

 けれどおかしい、それはフィクションだったはずだ、現実にはそんなもの存在しない。

 ゲームの中の世界の生き物だったはずなのに。

 

「…………シャッ」

 ヤルキモノが、おっかなびっくり、と言った様子でそっと手を伸ばしてくる。

 ただそれを見ている、見ていることしかできない。赤子の自分には、その凶悪な爪が伸びてくることを見ているしかできない。

 そっと、頬にその手が触れた。温かった、きっと向こうも同じことを感じたのだろう。

 

 今目の前にいるこの生物は、生きているのだと、実感させられた。

 

 

 * * *

 

 

 誕生日からそのままさらに時を加速させて二年。

 晴れて五歳となった。さすがにあの誕生日以降は意識が途切れていきなり数日後、とか数週間後、とかそういうことは無くなった。

 と言うわけで、まず始めたのがポケモンについて知ること。

 そしてその中で一つ、ゲーム時代のポケモン世界には無かった驚愕の要素があることが分かった。

 

 それの名をヒトガタと言う。

 

 ヒトガタ、それはポケモンの遺伝子異常から発生した突然変異だと言われている。

 ヒトガタ、その名の通りの人形(ひとがた)。文字通り人の形をしたポケモン。

 それが初めて確認されたのはもう十年以上前だ。それだけの時間が経てば、最早それは見慣れた日常の一部でしかない。昨今のトレーナーからすればヒトガタの存在は珍しくはあっても、それでも偶にならば見かける程度のものでしかない。

 

 つまり、人の形をしたポケモンがいるらしい。

 

「…………萌えモンじゃん」

 

 と思わず呟いてしまった自身は悪くないだろう。

 萌えモンと言うのは、ポケモンを元にした改造ゲームで、ポケモンの全てが擬人化されている。

 まさに、人型のポケモンと言われれば萌えモンに相違ないだろう。

 と言っても、擬人化絵は別に公式ではないので、同じポケモンでも数多くの種類があるしそのどれに当てはまるのか、それとも全く別なのかは知らない。

 と、言うのもヒトガタはとある理由により野生にはほとんど見つからない、見つかってもすぐにトレーナーによって確保されるからだ。

 

 ここからは自身の推測を交えた話になるのだが。

 

 有り体に言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 6Vと言うのはゲーム時代の用語になるが、ポケモンには全て個体値と呼ばれる数値が割り振られている。

 ポケモンの能力を現す【HP】【こうげき】【ぼうぎょ】【とくこう】【とくぼう】【すばやさ】の六つのステータスにそれぞれ0~31の数値で割り振られており。

 

 0に近いほど能力が低く、31に近いほど能力が高いとされる。

 要はポケモンの才能とでも呼べるものである。

 Vとはこの個体値が31、つまり最大値の能力に対して付けられる呼び方であり、ポケモンの才能はこのVの数で決まっていると言っても過言ではない。

 ゲームでもそうだったが、この世界の住人のほとんどはこの個体値を大よそ程度には理解しても具体的な厳選を行うことはしていない。逆にプレイヤーはそれをガンガン行うことでより強大な個体を得ていく。方法はいくつかあるのだが、一番ポピュラーなのはまあ遺伝だろう。つまり、強いポケモン同士で卵を産ませ、才能を引き継がせていく方法。だが必ずしも遺伝してくれるとは限らないし、自身のやっていたゲームでも最終的には運に頼るしか無いのが現状であり、引き継げなかった子供はひたすらボックスを埋め尽くし、最終的には()()される。

 現実でやれば外道間違いなし、ロケット団なんて目じゃないレベルの悪党である。

 

 まあそれはさておき、何が言いたいかと言えば。

 

 6Vとはつまり、六つのステータス全ての才能が振り切れている、その種族最高の能力を持ったポケモンのことを指す。

 

 ヒトガタとは恐らく、全てこれなのだと推測する。

 

 先ほど言ったヒトガタが野生に滅多にいない理由はほぼほぼこれだ。

 

 ヒトガタのポケモンは強い。とにかく強い。他の野生のポケモンとは比べものにならないほどに。

 どのヒトガタであろうと、例外無く、野生のポケモンにも関わらずトレーナーが育成したポケモンと同じかそれ以上の強さを誇る。

 

 6Vなんて例外過ぎる例外、普通に野生で出会えるはずがない。少なくともゲーム時代では野生のポケモンを乱数調整無しで6Vでゲットしようなど、天文学的確率に等しい。

 確率は簡単だ32分の1を6度試行し、全て同じ32になる確率を考えれば良い。

 だがだからと言って、5V4V3Vが簡単に出るかと言われてもまたそうでもない。

 どころか、野生のポケモンの大半が1Vの才すら持っていないことが大半なのだ。

 

 トレーナーのポケモンと言うのも大本を辿れば野生のポケモンからきている。

 事前に個体値を測ることができない以上、トレーナーの持つポケモンの大半が0V、つまり個体能力値が最高値のものが一つも無いポケモンばかり。

 

 だったのは今も昔の話。

 

 サーチ機能、と言うのがポケナビに付いた昨今では、高い個体値を持つポケモンを捕獲せずとも発見することに成功している。科学の進歩である。

 遭遇時点でサーチが対象を検証し、その能力値を星三つで評価する。

 ゲームで言うならば、オメガルビー、アルファサファイアで実装された機能である。

 

 つまり、サーチ実装以前と比べて才能を秘めたポケモンを見つけやすくなり、トレーナーの扱うポケモンの質も遥かに向上し。

 

 それでもなお、ヒトガタには敵わなかった。

 

 少なくとも、同じレベルであっても、サーチで星3つの最高評価を得たポケモンでさえヒトガタに鎧袖一触で倒されてしまう。

 そしてヒトガタはかなり希少ではあるが、決して存在しないわけでも無く。

 そして何よりも、本当に極々稀ではあるがトレーナーが孵すポケモンの卵からも生まれることがある。

 

 すくなくとも5V,希少性から考えると6Vくらいなんじゃね?

 

 と言うのが自身の意見。

 そしてヒトガタ全てがそういう共通項を持つと言うことは。

 

 高個体値のポケモンのみがヒトガタになる。

 

 と言う結論に達せざるを得ない。

 

 つまり。

 

 萌えモンはエリートの証だったのだ!!!!!

 

 と、言う冗談はさておき。

 

 以上がジョウト地方からホウエンに引っ越ししている自身がトラックの中で読んでいる本についての内容を自分なりに推測してまとめた結果である。

 

 ドドドドドド、とエンジンの音が止まる。

 どうやらついたらしい。

 

「着いたわよ、ハルト」

 

 トラックの外から母親の声、荷台のカバーの隙間から顔を覗かせれば。

 

 森の中に切り開いたような平野に家が点在している。

 ミシロタウン、元プレイヤーからすれば別の言いかたもできる。

 

 始まりの街。

 

 ルビーサファイア、もしくは、オメガルビ―アルファサファイアにおける主人公の初期位置。

 っと、主人公でもう一つわかったことがある。

 

 自身の父親だ。

 

 どっかで見た事あるな、と思っていたのだが。

 

 センリ、と言うらしい。

 

 ああ、うん道理で聞き覚えあると思ったら。

 ジョウトからこちらホウエンにまで引っ越してきて、ジムリーダーをやるらしい。

 

 つまるところ。

 

 自分…………どうやら立ち位置的に主人公らしい。

 

 

 * * *

 

 

 自宅、と言うか初めての自室。

 ゲームだと一階の台所、と二階のプレイヤーの自室しか無かったが当然ながらリアルのこの世界だと父親の部屋と母親の部屋、トイレや風呂場などちゃんとある。

 お父様、お母様が同じ部屋じゃないのは、ジムリーダー業が安定するまでは忙しく、度々家を空けるだろうから、と言うのと、まだこちらに引っ越してきたばかりで自身の弟か妹を作らないための配慮らしい…………すみません、そんな生々しい話しないでください。多分、五歳児には分からないと思ったのかもしれないが、中身二十歳超えてるんで。

 

 ついでにお隣さんに挨拶してきたら? と言われたので、家を出る。

 そう言えば、ゲーム初期のイベントでそんなのあったよなあ、と思いながら歩いていると。

 

 どん、と誰かにぶつかった。

 

「え…………あ、ごめんなさい」

 

 少し考え過ぎていたらしい、前から人が来ていることに気づきもしなかった。

 ぶつかったのは十歳前後くらいの少女だった。

 

 全体的な印象としては、赤と青と言った感じだろうか。

 赤いラインの入った青い帽子と、子供の背丈に合わせた青いコート、コートの裾は何故か怪獣か何かの足を彷彿とさせるデザインとなっていた。

 髪の青さと瞳の赤さが対照的で、とても印象的だなと感じる。

 

 原作キャラではない、と思う。少なくとも、こんなキャラがいたら忘れるはずも無いだろうから。

 

 けれど、少女が自身を見たまま動かない。

 赤く綺麗な瞳を大きくし、目を限界まで見開いて。

 

「……………………」

 

 何かを呟いた。

 わなわなと震えている、明らかに普通じゃない。

 

「あの…………大丈夫、ですか?」

 

 もう一度声をかけると、少女がはっとなり…………やがて、きっ、とこちらを睨む。

 

「えっと…………え?」

 

 なんで睨まれてるの? と言う疑問に答えは無く、やがて少女がふん、と鼻を鳴らして去っていく。

 

「…………えー…………なんだったの?」

 

 イベント、じゃないよなあ、と首を傾げつつ、お隣さん家を目指して歩いていく。

 

 

 それが自身と彼女の()()()()()()()()()()()()()()()

 

 




可愛い! 可愛い! シャンデラちゃんの擬人化イラストがくそ可愛い! 可愛すぎる! 紋々とする、悶えるうううううううううううううううううう。


ならば書くしかねえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


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性格いじっぱり=ツンデレと言う謎の等式

博士、ポケモンバトルしたこともないような初心者にいきなり野生のポケモンとバトルはハードルたけえっす。


 

 お隣さんはとても良い人だった、まる。

 

 まあ薄々分かってはいたが。

 現在の自分の年齢…………五歳。

 お隣さんには一人娘さんがいらっしゃった。名前はハルカちゃんと言うらしい、因みに年齢は五歳。

 原作主人公カップルが確か十二歳らしいので。

 

 原作…………七年後みたいですね。

 

 何故マイダディは七年も世界を縮めているのでしょう。フライング過ぎませんか?

 因みに調べてみたけど、ツワブキ・ダイゴはすでにチャンピオンだった。若すぎじゃないでしょうか?

 あの人本編で二十五だし、現在十八歳…………あれ? レッドさんとか考えたら普通?

 マグマ団とかアクア団とか、少なくとも新聞には影も形も乗ってなかった。そもそもあれってヒガナが隕石回避のために唆すのだから、まだ先…………のはず?

 

 まあそんなわけで、少なくとも後七年は世界は平和そうです。

 

 なんだか色々肩が軽くなったような気もする。

 さてまあ挨拶は終わったのだが、本来ならばここで草むらに入って博士からポケモンをもらうまでが本来のイベントの流れなのだが、まあ五歳児にそんなの無理だし、家に帰ろう…………。

 

「た、助けてくれえええええええええええええ」

 

 ……………………嘘やん?

 

 

 * * *

 

 

 ミシロタウンの入り口は一つしかない、他のポケモン避けに柵で囲ってあるからだ。

 まるで仕組まれたように悲鳴の上がった瞬間、そこには自身しかいなかった。

 仕方なく走り出す、恐らくこの先の展開も予想はついている。

 

 そしてミシロタウンを抜け、101番道路に出てすぐの草むらで、ポチエナに追いかけられた男性がいた。

「大丈夫ですか?!」

「き、キミはあ!」

 ぽっちゃりとした体格に半ズボンにサンダル、そしてもみあげと繋がった髭。

 間違いなくオダマキ博士、そしてゲームならばここで主人公は御三家をもらえ…………。

 

「に、逃げるんだあ、ポケモンがいるぞぉ!」

 

 ()()()()()()

 ゲームならば鞄が転がっていて、そこからモンスターボールが転がり落ちていたはずなのに。

 ポチエナがこちらの存在に気づく。

 そして大柄な男性と、小さな子供、どちらを先に襲うか一瞬考えて。

 

「がぁ!」

 

 自身に向かって襲いかかる。

 

「え…………あ…………」

 ポケモンにはポケモンで対抗しなければならない。少なくとも、訓練を積んだ大人ならともかく。

 五歳児にできることなんて有りはしないのだから。

 

 ポチエナの鋭い牙が迫る。

 

 読み違えた、まさかそういう風にイベントが修正されているとは思わなかった。

 

 完全に誤算だ、その代償がこれか。

 

 どうにか、どうにかしなければ。

 

「ま…………ず…………」

 

 けれど体は動かない、どうにもならない。

 

 そうしてポチエナの牙が自身に突き刺さろうとして…………。

 

 ズダァァァァァン、と轟音がした。

 

 自身も、博士も、完全に硬直していた。

 

 そこにいたのは少女だった。

 

 赤と青が印象的な少女。自身が先ほどぶつかったばかりの十歳くらいの少女が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見れば、たった一撃、こんな小柄な少女に殴られただけでポチエナは完全に気絶し、動かなくなっている。

 その余りにも不可思議な光景に、唖然としていると。

 

「いつまでバカ面してんのよ」

 

 少女が苛立たしげに呟いた。

「え…………えっと…………たすけて、くれてありがと……う……?」

 そんな自身の言葉に、少女の視線が厳しくなる。

「…………なんで気づかないのよ、こいつ」

「…………え、っと何が?」

「なっ、な、なんで聞いてるのよ!」

 ぼそり、と呟いたつもりだったのだろうが、目の前にいるのだからそりゃ聞こえる。

 顔を赤くし、その赤を隠すように帽子で顔を隠す少女の仕草に何だか癒される。

「とりあえずだね」

 と、その時、背後から声がかけられる、どうやら博士は立ち直ったらしい。

「一度ミシロタウンに戻らないかい? ここだと野生のポケモンがまた出てくるかもしれないし」

 その言葉に否と言うものは居なかった。

 

 

 * * *

 

 

 ミシロタウンの入り口まで戻ってくると思わず安堵のため息を吐く。

「情けない」

 そんな自身に辛辣な言葉を呟く少女に、やれやれと苦笑する。

「勘弁してよ…………こちとらポケモンの一匹もいないんだから」

「………………………………」

 そんなことを告げると、何故か少女に睨まれる。

「えっと…………何?」

「…………………………………………ふんっ」

 たっぷりと、沈黙を貯めた後、何も答えず鼻を鳴らす。

「それにしても助かったよ。キミたちはこの辺では見かけない子たちだね、名前を聞いてもいいかい?」

 そんな博士の問いに、そう言えばこちらが一方的に知っているだけだったか、と頷いて答える。

「ハルトです、今日引っ越してきました」

「ああ、キミはお隣さんの…………センリくんから話は聞いているよ、うちのハルカと同い年なんだってね、ハルカと仲良くしてくれると嬉しい」

「あ、はい」

 笑顔で頷く、こちらとしても同年代は友人は願ったりかなったりと言ったところ。

 そうしていよいよ、博士の視線が偉そうに腕を組んでそっぽを向く少女へと向けられ。

「それで…………キミの名前は?」

 そう問われた少女が、数秒沈黙し。

「…………エア」

 そう答えた。

 

 エア…………?

 

 何故か聞き覚えがある気がした。

 それが何だったか、どこでだったか、そこまでは思い出せないのだが。

 

「そうか、エアくん、本当に助かったよ、ハルトくんも、いつか二人とも研究所に来てくれ、その時は何かお礼もさせてもらうよ」

 それじゃあ、とだけ告げて博士が去っていく。

 後に残されたのは自身とエアと名乗った少女だけ。

 

 どうしよう、と言うのが正直な話。

 はっきり言うが、自身はこの少女のことを全く知らない、出会った覚えも無い。と言うかこんな特徴的な少女、見たら忘れるはずが…………。

 

「赤と…………青…………?」

 

 少女の姿をよく見る。

 

「なによ」

 

 少女がジト目で返してくるが、けれども穴が開くほどに見続ける。

 

「な、何か言いなさいよ…………変態」

 

 段々と顔を赤らめていく少女の姿に、何かひどくいけないことをしているような気がしてくるが。

 けれど、だ。

 

 見覚えがある気がする。

 

 否、姿と言うよりその配色に。

 

 ふと思い出す。

 

 ヒトガタの存在を。

 

「ひと…………がた…………?」

 

 自身の言葉に、少女がぴくり、と反応する。

 だとすれば先ほどのことにも納得が行くのだ、ポチエナを一撃で倒したこと。同じポケモンだったのならば簡単な話なのだ。博士はそこまで分かっているのかいないのか、あの人は良く分らない性格をしているので判断はし辛いが。

 

 少女がヒトガタ…………擬人化ポケモンなのは間違い無いだろう。

 

 だとすれば何のポケモンなのか、ヒントは外見だ。

 萌えモン、擬人化ポケモンのイラストはいくつもあったが、基本的には元となったポケモンの特徴をある程度踏襲し、何のポケモンか分かるようになっている。

 この世界でもそれが通用するかは分からないが、最早それぐらいしか判別基準が無い。

 

 少女を見た最初の印象。

 

 赤と、青。帽子。コート。裾。

 

 後は…………エア、と言う名前。

 

 少女がポケモンだとするならば、それはニックネームだ。

 そして自身がこの少女と関係するのだとすればそれは…………。

 

 

 自身が過去にエアと名付けたポケモンが一匹だけいた。

 

 

 当たりまえだが転生してからの話ではない、ゲーム時代の話だ。

 今となっては五年以上前の話。だから忘れていたし、そもそも考慮に無かった。

 ゲーム時代に使っていたポケモンがこの世界にいるなどと言うこと、あり得るはずがないと思っていた。

 だがもしそれがあるとするならば、この少女は。

 

「…………ボーマンダ?」

()()

 

 一秒もおかずにの否定の言葉。けれど、それは反対に自身を確信させた。

 そして同時に、どうして否定したのかも理解した。

 

()()()()()()()()()()()

「…………うん、そうだね。()()

 

 告げた名前に、少女が唇を噛み、震えた。

 

「ごめん、気づかなかった…………気づけなかった、いるとは思わなかった、なんて言い訳かな」

「バカ…………バカ…………ずっと探してたのに、探してたのに…………気づかないとか、あり得ない、バカ、バカバカバカ!」

 少女が…………エアがその赤い瞳から涙を流していた。

 けれど自身にそれを見せまいと、ぐっと自身の顔へと帽子を押し付けてくる、そして。

 ぴとり、とそのままもたれかかってきて。

 

「あ、ちょ、ま」

「え、あ、きゃあ」

 

 どしん、と背中から倒れる。

 なんだかイメージしていたよりずっとエアが軽かったのは確かだが、それでも受け止める方も五歳児である、そこは考慮して欲しい。

「…………最悪、なんで倒れてるのよ」

「五歳児に無茶言わないでよ、全く」

 今の構図、五歳のショタの上に覆いかぶさる十歳のロリ。この場合、背徳的と言うよりはお遊戯的な感じがある気がする。

「なんか変なこと考えてるでしょ、アンタ」

「なんで分かったのか」

「バカ、バカバカ、ホントバカ」

「悪かったよ」

 エアの背に手を当て、ゆっくりと撫でていく。さらさらの髪の毛が手の平を通って、流れる。

「もう置いてかないでよ?」

「分かってる」

「今度はずっと一緒よ?」

「分かってる」

「本当に本当? 絶対に? 約束する?」

「うん、約束するよ」

 五秒、十秒とエアがこちらを見つめ、視線を逸らさず見つめ返して。

 

「…………じゃあ許してあげる、マスター」

 

 泣きそうな笑みでそう告げて、エアが自身の上を退いた。

 

 

 * * *

 

 

「へーエアちゃんって言うのね、よろしくね」

 

 拝啓お母様、私少しばかり、貴女様の懐の広さには戦慄いたします。

 思い起こせば私が子供の頃より貴女様は。

 

「また変なこと考えてる」

 

 ぽかり、とエアが自身の頭部を軽く叩く。

「痛い…………」

「話さないといけないこといっぱいあるんだから、早くしなさいよ」

「ここ我が家のはずなんだけどなあ」

「私のマスターの家なら、私の家みたいなもんでしょ?」

「そうそう、自分の家だと思ってゆっくりしてね」

「はーい」

「解せぬ」

「はいはい、解せない解せない」

 腕を組んでぐぬぬ、と唸る自身の襟元を引っ掴んだまま階段を登って行くエア。

「本当にポケモンなのねー、力持ちだわ」

 なんか下から調子っぱずれなお母様の声が聞こえた気がした。

 

 

 まず第一に聞かなければならないこと、五年前より以前のこと。

「五年以上前のこと…………? うーん、朧げね。あんまり覚えていないと言うか、私が()()なるより以前の話よね? 正直、あやふやだわ」

 多分、ゲーム時代のことは自意識が芽生える以前の無意識で覚えてる程度の記憶なのだろうと予測する。

 だとするならば第二問。五年前からこちら、一体どこにいた?

「さあ…………?」

「さあって…………」

「だって、目が覚めたの今日なんだもの」

「…………はい?」

「私自身どうしてここにいるのか知らない、でもさっきアンタにぶつかった時にはっきりと意識が戻った、戻ってそれから理解した…………アンタが私のマスターだって、それ以前のことも何となし程度に思い出して…………なのに、アンタはこっちを全く知らないみたいな風に言ってくるんだもの」

 そりゃいらっとくるわよ…………って分かるわけねえだろ、と言いたいがまあ泣かせてしまったのも事実なのでここは非難されておく。

「つまりここ五年の記憶は全く無いってこと?」

「…………一つだけ、覚えてることがある」

「それは?」

()()()()()()()()()()()…………正直それ以外何も覚えていないけれど、それだけは事実よ」

 

 私もだし…………()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、ふっと思い出す。

 

 ポケモンは手持ちとして最大六匹まで所持できる。

 だからバトルをする時は六匹を一セットでパーティーとしていた。

 自身の手持ちも例に漏れず六匹いて、ボーマンダ…………エアはその内の一匹、自身のパーティーのエースだったポケモンだ。

 

 他のやつら…………つまり。

 

「他の子たちもいるのかな?」

「いるんじゃないの?」

 あと五匹、この世界のどこかに、自身が育てたポケモンが隠れている。

 そう考えれば。

 

「探してみようか」

 

 そんな自身の言葉に、エアが獰猛に笑う。

 

「当たり前よ」

 

 当然のこと、と言い切って見せる彼女に、思わず苦笑した。

 

 

 

 




ハルトPTのエース、ロリマンダことエアちゃん。

ロリマンダ可愛いよ、ロリマンダ。

因みにこの作品に登場する擬人化ポケモンは、全部どっかの擬人化イラストを参考に書いてるんで、もしかしたらアナタの知ってる擬人化ポケモンが出ることもあるかもしれない。


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本当に可愛い子なら旅なんてさせずに家に囲い込む

「お母様。お話があります」

「どうしたの? ハルくん、改まって」

 一階のリビングに、テーブル越しに向かい合って座るお母様に向かってばっ、と頭を下げる。

「どうか、旅をする許可をください」

「いいわよ」

「………………………………そこをどうか………………………………って、え?」

 

 お母様、五歳児に旅の許可を出すまで僅か0,5秒である。

 

「なんかあっさり許可もらえちゃったね」

「そうね…………なんか私から見てもあっさりしすぎてそれでいいの? って感じなんだけど」

 少し困惑した様子にエアだったが、自身としてもかなり困惑している。

「自分で言っててなんだけど、本当に良いの? 母さん」

 そんな自身の言葉に、我がお母様はええ、と頷く。

「ハルちゃんはしっかりしてるし、それにエアちゃんが着いててくれるのよね?」

 確認するような母さんの問いに、エアがそっぽを向きながら呟く。

「こんなのでも、私のマスターだし、仕方ないからついて行ってあげるわよ」

 こんな台詞、頬を染めながら言う当たり、この子かなり面白い性格してるよなあ、と内心思っている。

「エアちゃんがいるなら、安心して送り出せるわ…………この子のこと、よろしくね?」

 微笑み、そうして託すその言葉に、エアが一瞬言葉を止め…………。

「任せなさい!」

 ドラゴンらしい獰猛な笑みで、はっきりとそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 さて、旅の許可を得た、と言うわけで早速旅に…………なんて言う風にはいかない。

「なんでよ?」

 不思議そうに尋ねてくるエアに、少しだけ戸惑いながら答える。

「ボール必要でしょ?」

「…………はい?」

「だってエア、現状野生のポケモンだよ?」

 その言葉に、数秒エアが沈黙し…………やがて、あっ、と声をあげた。

 どうやら本気で気づいていなかったらしい、まあ現状が特殊なだけに仕方ないのかもしれないが。

 

 ポケモンの所有権、と言うのは『ポケモンを捕獲したトレーナー』か『捕獲したトレーナーが認めて譲ったトレーナー』のどちらかにある。一般的には前者であり、後者の場合、交換などでポケモンを手に入れたトレーナーが該当する。

 他人のポケモンを奪っても所有権は無い、と言ってもその所有権とは実際に何か効果のある物ではない、ただの形式的なものなので結局のところ、そのポケモンが認めるかどうか、が最終的な所有権となる。

 

 ただ公式的な話をすると所有権と言うのは重要になってくる。

 

 端的に言えば。

 

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 何故なら現在エアの入っていたボールは無い。この世界にあるのかどうかすら怪しい。となると、現状のエアはトレーナーが逃した野生のポケモン、と言う扱いになる、他の五匹もそうだ。

 

 恐らくエアのほうから拒絶するだろうから意味の無い話ではあるのだが、使えないだけで持てないわけではない、つまり捕まえたトレーナーが交換を拒否すれば取り返すことすらできない。

 そう言う意味ではこの所有権と言うのはひたすらに重要なのだ。

 

 特に他人のポケモンを奪って売りさばく、ロケット団のような存在が公式である世界だ。用心に越したことはない。

 

「でもミシロタウンにフレンドリィショップは無いわよ?」

「代わりにもっといいところ、あるでしょ?」

 自身の問いに、エアが少し考え…………やがて、なるほど、と頷く、気づいたらしい。

「貸しは作っておくものだね」

 

 例えそれが直接的に自身の貸しでなくても。

 

 自身のポケモンが作った貸しならば、トレーナーがそれを取り立てても間違いではないだろう。

 

「というわけでこんにちわ」

 ミシロタウン唯一のまともな施設、オダマキポケモン研究所の扉を開く。

 研究所、と言われるとなんだか広い施設のイメージがあるが、オダマキ研究所は二階建ての割とこじんまりとした施設だ、そもそも一階はかなり広いがワンフロアしかないので全体的に見るとそんなに大きくは見えない。

「ん…………? おや? おお、キミたちは」

 入ってみると正面最奥の机で何か作業をしていたらしいオダマキ博士が振り返り、こちらの姿を認めるとにっこりと笑った。

「さっきぶりです」

「…………どうも」

「ハルトくんに、エアくん。早速来てくれるとは嬉しいよ」

 わざわざ向こうから入り口に出迎えに来てくれ、そのまま一番奥へと通される。

「お忙しく無かったですか?」

「はは、キミは大人のような気の使い方をするね、ハルカと同い年とはとても思えない。でもそんなの気にしなくても良いんだよ」

 まあ大人ですから、とは言いずらい。と言うかやっぱうちの両親(特にお母様)が鷹揚過ぎるだけで、一般的に見れば自身は五歳児としてかなりズレているのだと思う。

 

 …………まあ目の前のこの人も、一般人と呼ぶには大分感性にズレがあるようだが。

 

「それならまあ遠慮なく…………さっきの今で少しお願いが出来て、やってきました」

「おお、何だい? それはエアくんにも関係ある話かな?」

 鋭い、と言うより先ほどまで知らない間のように振る舞っていたのに、今は二人で来ていることから推察したのだろうと予測する。

「ええまあ…………そう難しい話じゃないんですが」

「まだるっこしいこと抜きで言うと、ボールが欲しいのよ」

「…………ボール? このサッカーボールとかかい?」

 この世界サッカーあるのかよ、と内心で突っ込みつつ、一体どこからそのサッカーボール取りだした、と言うかなんで研究所の中でサッカーボールなんて常備してんだよこのオッサンと言いたいことはいっぱいあったが全部丸っと飲み込みながら。

「モンスターボールです」

「…………ふむ? まあそれくらいならお安い御用、と言いたいのだが、一応目的を聞いても良いかな?」

 さすがに怪しまれるか、五歳児がモンスターボールくれだなんて、そのままボール持って草むらに行くとか思われても不思議じゃない話だ。

 と、なると…………まあ話しても大丈夫だろう、と思う。

 隣のエアに目配せすると、任せる、とだけ返って来る。

 

 ふむ、と一秒未満で思考を巡らせ。

 

「ボールに入れたいのは、こいつです」

 と、エアの帽子の上から手を載せてそう告げる。

 そうして傍から見ると素っ頓狂で頓珍漢な物言いにも、けれど博士はなるほど、とむしろ納得したように頷いた。

「やはりエアくんは、ポケモンだったかい…………研究者である私ですらヒトガタと言うのはあまり見かけないからね、むしろその辺はトレーナーのほうが出会うことも多いかもしれない」

 ヒトガタはみんなトレーナーが所持してしまっているからね。と苦笑いしながら博士がそう告げる。

 と言うかやはり気づいていたのか。

 

 オダマキ博士はポケモンの研究者。その中でもオーキド博士やその他博士たち…………いわゆるゲームでの博士枠が総じてそうであったように、このホウエン地方のポケモン研究者の第一人者でもある。

 だからまあエアの存在に気づいたのは当然、と言えば当然なのかもしれない。

 

「ふむ…………まあ良いよ。どうもエアくんはハルトくんに懐いているようだしね、悪いようにはならないだろう」

 そう呟き、ほら、とモンスターボールを一つ渡してくる。

「ありがとうございます」

 と礼を言ってそれを受け取り…………どうやって使うのだろうと一瞬疑問に思うが、昔父親がやっていたように真ん中のスイッチを押してエアにかざすと。

 

「あ」

 

 しゅん、と一瞬でエアがボールに吸い込まれていく。

「ふむふむ、ボールへの入り方は他のポケモンと同じなんだね、ポケモン、と言う区切りに置いては同じ存在ではあるのだし、当たり前なのかもしれないけど…………やはり興味深いね」

 その様子をつぶさに観察しながらぶつぶつと呟いている様子には、研究職って大変なんだなあ、と言う小並感な感想しか浮かんでこない。

 それはさておき、もう一度スイッチを押してみると、自身の隣の空いた空間にエアが出てくる。

「……………………」

 一瞬自身がどこにいるのか、見失ったかのようにきょろきょろと周囲を見渡し、そうして自身を見つけると。

「…………エア?」

 何故か自身の袖を握る。握り…………握って、何もしない。

 うん? と首を傾げると、エアがはっとなって慌てて袖を放す。放してそのまま腕を組み、顔を背けてしまう。

 何だろう? とは思いつつも、答える様子の無いエアに、とりあえず話を進めることにする。

 

「ありがとうございました、とりあえずこれで旅に出る準備だけは整いました」

「旅? ミシロタウンを出るのかい?」

「ええまあ…………ちょっと探しものもありまして」

「と言ってもハルトくんまだ五歳だろう? もう少し大きくなってからでもいいんじゃ?」

 それは正論だ、全く持って正しい。

 だからこそ、困ってしまう。

 

「待たせてるやつらがいるんです…………だから、探してやらないと」

 

 世界すら異なって、それでもエアは自身を探していたと言った。五年もの間、自身と出会うまで自意識すら持っていなかったのに。それでも彼女は自身を探して、探して…………こうして()()()()()()()()

 他のみんなもそうなのだと、彼女はそう言った。もしそうだとするならば、もし他の五匹が全員、まだ自身を探してくれているのならば。

 

「この言いかたはおかしいかな? うん…………()()()()()()()()()()()

 

 そんな自身の笑みに何を見たのかは分からないが、オダマキ博士が数秒沈黙し。

「うむ…………ならキミにこれを渡しておこう」

 

 そう言って渡されたのは…………。

 

「マルチナビ? でもこれ確か高級品なんじゃ」

 ゲーム主人公は初期で持っていたが、七年も前のこの世界だと割と最新型の高級品だ。一般に普及するようなものでは無い。まあ主人公の場合、ジムリーダーの父親のコネで手に入れた可能性もあるが。

 お値段も六桁は軽くする、少なくとも五歳児に気軽に渡して良いものでは無い。

「おや、知っているのかい? ああ、そう言えばセンリくんも持っていたね。まあ試作に回ってきた余り物だからね、モニターと言うことで貸し出しておくよ」

「モニター?」

「あーつまりだね、そのマルチナビを使ってとあることをして欲しいんだ」

 博士、頼み事、主人公、検索にかけたら本当に出てきそうだ。もう何だか察しがついてしまった。

「そのマルチナビにはポケモン図鑑と言うアプリが入っている。ハルトくんが旅先で出会ったポケモンを自動で登録し、その生態を収集してくれる優れものなんだ。本当に詳細なデータは実際にポケモンを捕まえてみないと分からない部分も多いけれど、正直ポケモンの分布…………どこにどのポケモンがいるか、と言うのを調べてくれるだけでも大分助かるからね。それに後で見てもらうといいけれど、それには多くの機能がついている、旅をするハルトくんにもきっと役に立つはずだ」

 ビンゴ。やっぱりポケモン図鑑だった。と言ってもゲーム見たいに全てのポケモンを捕獲、進化させろと言うわけでもないみたいではあるが。

 まあ出会っただけで自動で登録されるのならば、特にこちらに苦労も無いし、ほとんどデメリット無しでこれが手に入るならばありがたい話だ。

 

「元となる情報が増えれば相手の強さや特性、持ち物なんかも少しずつ表示されるようになるから、是非持っていてくれ」

 

 なんて笑顔で告げるオダマキ博士に、再度謝辞を告げる。

 本当に何と言うか、助けた貸しを返してもらうだけのはずだったのに、余計な恩までもらってしまった感じだ。

 恩を仇で踏み倒せるような性格なら、楽だったのだが、残念ながら今の両親にはそう言う風に教育されなかった。

 

 やれやれ、だなあ、なんて思いながら、物は試しと隣にいるエアに向けてマルチナビを向け図鑑を起動、データ収集をしてみる。

 

 ぴぴ、と電子音と共にエアのデータが表示されて…………。

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【1】

 能力:☆☆☆

 

「…………ん?」

 見間違いか? と思わず数度目を擦り。

 

 もう一度見る。

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【1】←

 能力:☆☆☆

 

「…………………………………………え?」

「何よ?」

 思わずナビとエアの間を数度視線が往復して。

 受け入れがたい現実に、思わず視線を天井へと逸らし。

 ボーマンダ?! とエアの正体に今更驚いている博士も無視して。

 もう一度だけナビを見る。

 

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【1】←

 能力:☆☆☆

 

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!」

 

 変わらない現実に、思わず目の前が真っ暗になった。

 

 




ロリマンダ可愛い、ロリマンダ可愛い、ロリマンダ可愛い!
レベル1で実は貧弱なロリマンダ可愛い!


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レベル1でも強くてニューゲームなのには変わりない

自分で驚くべきことだが、5000字書くのに2時間切った。これも全部ロリマンダへの愛のお蔭か。


 ゲーム時代において、ポケモンのレベルの上限は100で固定されていた。

 と言っても、ゲーム中に実際にレベル100のポケモンを出してくるトレーナーと言うのは居ない。

 ラスボスと言うかは知らないが、本編最後に戦うポケモンリーグチャンピオンですら精々レベル60、後に戦うことのできる強化版でもレベル80が精々と言ったところだ。

 それはつまり、それだけレベル上げの苦労があると言うことであり、簡単にはできないことであると言う証明である。

 だがプレイヤーならばレベル100くらい容易く達成できる、と言うのも経験値を増幅できる道具やゲーム的システム、ギミックその他なんでも使ってレベル100のポケモンを増産することはプレイヤーからすればそう難しい話ではない。

 だがこの世界においてそれはもう無い。摩訶不思議なOパワーなんて無いし、そして何より。

 

「ハピナス道場が…………無い!!!」

 

 思わず道のど真ん中で叫んで周囲から変な目で見られてしまったが、この絶望感はプレイヤーならばきっと分かってくれるだろう。

 あの最強のレベリング方法がこの世界では使えないのだ!!!

 

 となるとトレーナーを片っ端からボコしていくしか無いのだが。

 

「…………まあ向こうから喧嘩売ってきた時だけボコればいいか」

 ミシロタウンからしばらくの間は、エア一人でも余裕だろう。レベル1とは言え、ボーマンダだ。種族値合計600族の最強のドラゴンポケモンの一種だ。そうそう負けるはずも無い。

 と言うか、努力値まではリセットがかかっていないらしい、その辺は一応確認しておいた。自分で捕まえたポケモンならばステータス画面も見れるし、ナビ様々である。

 さすがに努力値と言うものまでは知られていないので、その点だけで見ても自身がその辺の野良トレーナーに負ける要素はほぼ無い。

 

 フェアリーとかこおり統一パとかじゃなければな!!!

 

 ぶっちゃけ、努力値はこうげきとすばやさに限界まで振っているので、防御性能についてはお察し過ぎる。れいとうビーム一発で落ちる確信がある。

 まあこんな初期位置の近くでそんなポケモンいるわけないけどな(フラグ)!!!

 

 ふ、フラグじゃないからな? 本当だからな?

 

 なんてことを内心でこっそりと呟きつつも…………あれ? そう言えばなんか物足りないような、と思って隣を見ると誰もいない。

 おかしいな、と思いつつ振り返ると自身の数歩後ろをエアがこちらを見つめながら歩いていた。

「…………エア?」

「……………………何よ?」

 なんだか元気が無い、どうかしたのだろうか…………確かモンスターボールで捕獲した時を境にしていたような気がするが。

「ボールの中が窮屈だったのか?」

「…………何の話?」

「いや、だって。なんかボールに入れた後から元気無いし」

「…………別に、そんなこと無いわよ」

 全然そんなこと無くないと思うのだが、本人がそう言っている以上、どうにも突っ込みづらい。

 まあそっちが話してくれるまで待つか、と内心で決定しつつ、自宅へと戻る。

 

 え? 旅に出ないのかって? だって今、ナビ以外手ぶらでっせ?

 

 優しい優しいマイマザーにお小遣いくらいもらって旅立たなければトレーナーを狩って賞金で暮らすと言う蛮族プレイまっしぐらである、そもそもトレーナーがいなければ街について何も買えないと言う罠。

 父親に聞いた話だが、トレーナーはポケモンセンターで無料で宿泊できるらしい、食事も一応無料ではあるが、まあ相応の味と量らしく、自分で何か作るか買うかしたほうが良いとのこと。無一文にはありがたい話だが、文明人としては完全に取り残された生き方ではある。

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい」

 母親に挨拶しつつ自室へと戻る。

 そう言えばもうエアをボールの中に入れておいても良いのだが…………。

「…………ふむ」

 手に持ったボールを、机の上に置いておく。

 

 何となく、それは寂しい気がした。存外自身は精神的に参っているのかもしれない。

 現状だとエアだけなのだ、自身のことを理解してくれているのは。

 

 自身を愛してくれている人はいる、両親がそうだ。

 

 自身を好意的に見てくれる人はいる、オダマキ博士だってそうだし、お隣のハルカちゃんとだって友達になれた。

 

 けれど、自身を理解してくれているのは…………ハルトが碓氷晴人と言う名の別の誰かだったことを理解しているのは、エアだけなのである。

 例えそれが虚構の世界のデータの住人としての触れ合いだったとしても。

 エアと…………そしてこの世界にいるだろう残りの五匹のポケモンたち。

 

 彼女たちだけが唯一、ハルトが別の世界の誰かだったことを保証してくれる。

 

 元の世界に帰りたいと言う気持ちはすでに無い。

 ハルトはこの世界に生まれたこの世界の住人だ。だからこの世界で生きていく。

 元の世界に対する未練と言うのはさしてない、元々家族はすでに居なかったし、惜しむほど深いつながりを作っていた人間も居なかった。

 すでにこの世界におけるハルトは、前世における晴人とは別人になりつつある。

 性格からしてすでに変わっていると自覚する部分もあるし、感性だってズレを感じている。

 それでいいと思っている、いつまでも前世を引きずるつもりは無い。

 けれど、前世を断ち切ることも、やはり出来ない。

 そして彼らにその気が無くとも、この世界に自身が存在し生きているだけで前世を否定された気分になる。そんなものは存在しないのだと、言われている気分になる。

 

 だからエアは今の自身の精神安定剤のような存在なのだろう、無意識的に傍に置きたがっている。

 

「…………絶対に離さないからな」

 

 何の気無しに、ぽつりと呟いたその一言に。

 

「え…………な、なななん、えっと、あ、その、な、なに、いって」

 

 ぼん、と沸騰したかと思うほどに顔を真っ赤にしたエアがそこにいた。

「…………あ、もしかして聞こえた?」

「な、なななん、何ががが、よ」

 あわあわと慌てふためくその姿を見ていると、どうにも癒される。その視線を感じ取ったのか、エアがさっと帽子で顔を隠す。何となく分かってきたが、恥ずかしがると帽子で顔を隠そうとするのがエアの癖、なのだろう…………個性を感じる。

 生きてるんだなあ、なんてそんな当たり前のことを思う。

「う、うう」

 そうこうしている内に、恥ずかしさが限界を超えたのか。

「うううにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ちょ、ば、バカ、暴れるな、て、おい、待て待て待て、それは待て、おい、おい、おい、ぎゃああああああああああああああああああああ」

 

 因みにその後エアが落ち着くまでに一時間以上かかった。

 

 

 * * *

 

 

 エアを落ち着かせて、旅支度をしているとすでに日が暮れかけていた。

「…………明日、出ようか」

「…………そうしましょう」

 互いにぐったりとしたままそれだけ呟いて。

「ご飯よー?」

 母親の下からの呼びかけに、互いに顔を合わせ一つため息を吐いてうな垂れたゾンビのようにゆったりとした動きで階段を降りて行った。

 

「随分と楽しそうにしてたわね」

 食事の席で母さんからの第一声がそれである。

 お母様、大分暴れてたと思うのだがそれを済ませてしまうのですか。

 この母親もしかして鷹揚なんじゃなくて、単に天然なんじゃ無いだろうか、と最近疑っている。

「あーうん…………まあちょっと、旅の準備とか、色々ね」

 色々のほうに本当に色々ありすぎて困るのだが、それは言わない。

「いつ出て行くの?」

「一応明日の予定…………今日はもう、遅くなったしね」

「そう…………まあ頑張りなさい。頑張って一人前のトレーナーになるのよ?」

「え?」

「え?」

「え?」

 一人前のトレーナーって何のこと? と思わず出た疑問符に、母親が疑問符に対する疑問を発し、思わず疑問で返す、とか言う意味の分からないことになっているが、とりあえず。

「探し物しに行くだけだよ? だから全部見つけたら帰ってくるよ?」

「あら? そうなの? 探し物? てっきりパパみたいなトレーナーになるためだと思ってたのだけれど」

「本格的にトレーナーやるならもっと年取ってからにするよ」

 

 具体的には七年くらい。

 

 因みにトレーナーにならない、と言う選択肢はすでに無い。

 エアを含め他にも五匹。

 

 自身が好きで集めたポケモンたちだ。

 

 廃人のように徹底的に能力だけで選んだガチ構成なパーティーではない、趣味とある程度の実力を加味した半分以上趣味パの領域ではあるが。

 

 それでも、好きなポケモンたちと旅をしたい。戦って勝ち抜いていきたい。

 

 そう言う気持ちは確かにある。

 

 別にポケモンマスターになりたい、とかそう言うわけではないが。

 明確なビジョンはまだないが…………まあ少なくとも、バッジくらいは集めても良いだろう。

 

 まあ何より、主人公ポジなんで、どう考えてもグラードンとかカイオーガとかあの辺の騒動に巻き込まれる気がしてならない。

 

 実際のとこ、この世界において、グラードンとカイオーガが本当に目覚めるのかどうか、目覚めるとして()()()が目覚めるのか、と言うかむしろ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と言う疑問は沸いて尽きない。

 グラードンが目覚めてもカイオーガが目覚めても、どちらにしても最悪の展開ではあるが。

 どん底の展開として()()()()()()()()()()()と言う可能性は決して捨てきれない。

 

 何せ色々企んではいたが最終的には。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうなった場合、グラードンとカイオーガが復活し、互いに殺し合い、ホウエン地方は地獄と化す。

 しかも両方の玉が無ければ誰もグラードンとカイオーガに()()()()()()()()()()()のだ。

 原作主人公が近づけたのはグラードンとカイオーガの力を緩和した上でさらに特製のスーツがあったからこそだ。

 まあその場合、恐らくヒガナの狙い通りレックウザが出てくるのだろうが。

 代償はホウエン地方の壊滅である、確かに世界崩壊よりはマシかもしれないが、どっちにしろはた迷惑なのは事実だ。

 

 アクア団かマグマ団…………どっちかは確実に止めないとダメだろうなあ。

 

 まあイベントを考えればどっちか片方しか復活はできないだろう。主に潜水艦の数の関係で。

 

 二つ同時開発とかされてたらどうしうよう…………。

 

 ……………………考えただけで恐ろしい。

 

 とにかくあれは本気でどうにかしなければならない。

 

 ジョウト地方だったら別にこんな厄ネタ無かったんだけどなあ。

 と思わず故郷を懐かしむ。

 

 あっちの地方の伝説は比較的無害だ。ルギアはうずまきじまに行かなければそもそも普通の方法では出会うことすらないし、ホウオウもスズのとうに行っても余程の偶然が無ければ出会わない。

 そもそも放っておいても別に何かするわけでも無いし、何とも世界に優しい伝説たちであろうか。

 

 それに比べてホウエンの伝説と来たら…………存在するだけで環境を破壊していく世界に最も優しくない存在と言っても過言じゃない。

 

「でも…………やるしかないんだよなあ」

「何が?」

 思わず呟いた独り言に、母親が問い返し、なんでも無いと返事しておく。

 

 もし主人公ポジである自身が動かない場合、お隣のハルカちゃんがその役割を振られる可能性もある、と考えている。それはそれで楽そうではあるが、余りにも最低なやり口ではある。

 

 そして何より。

 

「…………ん? 何よ」

 エアが、そして後五匹が居てくれれば大丈夫だ。

 伝説だろうが何だろうが勝てる…………そう信じている。

 だから。

 

「…………ううん、何でも無いよ」

 

 こんな世界にまで一緒に来てくれてありがとう、心の中でそう呟いて。

 

 明日の旅立ちに胸を馳せる。

 

 明後日父さん帰ってきたら絶対に驚くだろうなあ…………なんて思いながら。

 

 

 * * *

 

 

「目が合ったらそれがバトルの合図よ!」

 

 ミニスカートのなんとかがしょうぶをしかけてきた。

 

「エア」

「はいはい」

 

 と、言うわけで勝った。

 え、戦闘描写?

 

 ジグザグマLv3 VS ボーマンダLv1

 

 レベルじゃ負けてるからワンチャン…………あるわけ無かった。

 

「ヒトガタなんて反則よおおおおおおおおおおおお!」

 泣いて叫んで逃げていったミニスカートのなんとかさん…………きっちり賞金置いて行ってるのがりちぎだなあ、と思う。

「………………30円?」

「…………しょぼいわね」

 

 ミニスカートさんはどうやら金欠だった模様。

 

 と言うわけで道中特に何事も…………ああ、まあ子供だと舐め切ったトレーナー十人くらいボコっただけだから何も無かったも同然、ていうか101番道路トレーナー多すぎぃ。ゲームだとトレーナーなんて一人もいなかったはずなんだが、普通にそこら中にいる上に片っ端バトルしかけてくるので大虐殺状態である。

 

「なんでみんな揃いもそろって貧乏プレイしてんの?」

「…………10円…………25円…………こっちは5円ね」

 賞金最高額45円…………お前らェ…………五歳児ですら二千円持ってると言うのに。

 

 とかやってるうちにコトキタウンに到着。

 

 そして。

 

「西の102番道路の湖でヒトガタポケモン発生。対処してくれるトレーナーさん募集してます」

 

 そんなことを叫んでいる男がいた。

 

 




次回、ハルトパーティー待望の二匹目登場。
ヒントはれいとうビーム。




ところで、照れ隠しに帽子とかで顔を隠してる女の子って最高に萌えない?


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クールビューティーとは言うけど、冷たすぎですがな

妄想が止まらないいいいいいいいいいいいいいいいい。

仕事が忙しくなりそうで三日くらい投稿できなさそうなので、今の内に投稿貯めておく。


 西の102番道路、異常はそこで起こっていた。

 

 湖…………と言うべきか、水たまりというか。

 ゲームでも街から出てすぐのところに水辺があったが、現実だとそれは湖らしい。

 

 んで、その湖が綺麗に凍っていた。

 

 さらに湖の周囲では霜が舞っている。

 

「凄く分かりやすくこおりタイプの予感がする」

「…………どうするのよ」

 

 もしここにいるのが自身の手持ちの一体だとすれば…………多分あの子だろうなあ。

 

「不味いなあ…………正直エアと相性最悪なんだけど」

「そう言ったって、行くしかないでしょ」

 

 ヒトガタなんてそうそういるはずがない。しかもこの辺りにこおりタイプのポケモンなんて野生に存在しない。と、なると自身の手持ちである可能性が非常に高いのは確かだ。

 すでに先行したトレーナー数名が返り撃ちにあっているらしい。

 

「エア」

「なに?」

「りゅうのまい、六回積んでおいて」

「分かったわ」

 野戦は公式戦と違ってこういうところが便利だ。こっちの世界に来て知ったが、わざわざいると分かっている敵に、対峙してから変化技を積んでやる必要など無い。

 

 そして多分この先にいるであろう相手を考えれば。

 

「と、言うか…………正直、戦う必要あるの? って思うんだけど」

 そんなエアの問いに、まあね、と答えつつ。

「でもなあ…………何か嫌な予感がする」

 ほとんど直感ではあるが、全然平和裏に終わる気がしない。

 

 凍った湖に近づいていく。

 そうして視界の中に…………()()の姿が映った。

 

 濃淡をつけた二色のエメラルドグリーンが全身を分けていた。髪も前髪と後ろ髪で濃淡が分かれており、その頭部には耳にも見える突起がついていた。

 淡いエメラルドグリーンのワンピースの上から濃いエメラルドグリーンのスリーブレスコートを羽織り、濃いエメラルドグリーンに彩られたブーツのようなものを履いた十五、六くらいの少女がそこにいた。

 

 ああ…………うん、事前に多分そうだろうと思っていただけに、今度はすぐに理解できた。

 

「…………シアだ」

「あの子か…………厄介ね」

 

 湖の温度は極端に低い。マイナスとまではいかずとも、氷点下零度くらいにはなっていそうだ。

 多分だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは予測できる。

 

 グレイシアのシア。それが彼女の名前。

 

 例えゲームでは存在しない野生のグレイシアなんてものがいたとして、こんなところにいるはずがない。いるとしたら浅瀬の洞穴だろうから。

 とすれば、間違いなく自身の手持ちだろう。

 

 そして問題が一つ。

 

「うー!」

 

 自身を認めたシアが威嚇を始める。

「…………気づいてない?」

「多分そうね…………きっとまだ目が覚めてないのよ」

 ヒトガタである以上、人の言葉を語れるはずなのに、それを語らない。まるで獣のような声でこちらを威嚇する彼女。

 恐らく自意識に目覚めていない…………もしくは、眠っているか。

 自身と出会う前のエアと同じ状況なのだと思う。

 だとすればどうして自身を前にしても目を覚まさないのか。

 

「もしかしてだけど」

「何よ」

「エアと出会った時、ぶつかったよね? あれが切欠だったんじゃないかな?」

 

 トレーナーによる物理的な接触…………それが意識を呼び起こす切欠なのではないだろうかと推測する。

 

「…………あそこまで連れていくの? アンタを?」

 

 冗談だろ? と言わんばかりの様子のエアだが、シアの姿を数秒見つめて。

「…………仕方ないわね、あの子のためだもの」

 それにそれがハルトのためでもあるし…………ぼそっと呟いた言葉が耳に入り、思わず口元がにやける。

 そしてそれに気づいたエアが、顔を真っ赤にして怒る。

「だから、なんでアンタは毎回人がこっそり言ってるのに聞いてるのよ!」

「だってぇ~、人の目の前で言ってるし~?」

「そのウザったいキャラ止めなさいよ!」

「怒っちゃって、エアちゃん可愛い~」

「うっさいこのバカ! バカバカバカ!」

 そうしてエアをからかって少しだけ緊張を解す。

 

「倒すのと倒さないの、どっちが簡単だと思う?」

「倒すほう」

 

 そうして問うてみれば、即答でエアが返してくる。

 

「オッケー…………ならその方向性で行こうか」

「任せるわ…………好きように扱いなさい、全部こなしてあげるから」

 

 特性のじしんかじょう、がこういう部分で出ているのだろうか、なんて少しだけ考えながら。

 単にパーティーのエースとしての自負なのだと結論を出す。

 

「頼りにしてるよ、()()()

「任せなさい、()()()()

 

 

 * * *

 

 

 ところで、ポケモンにはそれぞれ得意とすること、不得意なこと、と言うのがある。

 酷く極端な例を出すと、ボスゴドラと言うポケモンとハピナスと言うポケモンがいる。

 この二体のポケモンは、とある点が酷く似通っており、それでいて全くもって真逆である。

 

 ポケモンには種族値と言うものがある、その種族全体の基本的な能力、才能であり、個体値とは違う、種族としての才能を差す。

 だいたいにして100をラインとして、超えていれば一線級、120を超えれば最高ライン、そして140を超えるような能力はほぼ特化だ。

 種族値は種族の最も根源的な強さを分かりやすく示しており、有り体に言って。

 

 この種族値の合計が高ければ高いほど強いポケモン、と言う傾向がある。

 

 廃人たちから600族と呼ばれるポケモンたちは、この種族値の合計が600ちょうどになる数種族を示す。

 600族は、伝説、準伝説、幻等の()()()()()()()()()()()()ポケモンを除いた、()()()()()()ポケモンの中でも最高の能力値を持っている。と言うか合計値600を超えるとそれはもう伝説のポケモンしかいないと言う境界線でもある。

 故に廃人たちはこの種族値の高いポケモンを挙って集めようとするのだが。

 

 かといって種族値さえ高ければ強いと言うわけでも無いのがポケモンの奥深さでもある。

 

 最初の話に戻すが、この種族値によって、ポケモンにはある程度の得手不得手が見えてくる。

 

 例えに出したボスゴドラの場合、HP70、こうげき110、ぼうぎょ180、とくこう60、とくぼう60、すばやさ50で合計種族値530。

 

 600族には届かずとも、500を超える種族値は非常に優秀だ。

 何よりもぼうぎょ180と言う数値は驚嘆に値する数値であり、並の攻撃技ではびくともしないだろう。

 だからと言って、ボスゴドラが絶対無敵かと言われれば、全くそんなことは無い。

 

 ポケモンの攻撃には『こうげき』ステータスを参照する物理技と、『とくこう』ステータスを参照する特殊技の二つがある。

 ボスゴドラは確かに物理技に限って言えばかなり硬い。だがとくぼう60の数値を見れば分かる通り、特殊攻撃技には非常に脆い。いわの弱点であるみずは非常にポピュラーなタイプであり、ボスゴドラがいると分かっていれば狙われるのは分かりきっている。すばやさ50と言う遅さも先手が取れないままに一撃で倒されることとなる。

 

 そんな時にいれば活躍できるのがハピナスである。

 

 ハピナスの種族値合計は540。一見するとボスゴドラよりも高いのだが、そのステータスはアンバランスの一言に尽きる。

 HP255、こうげき10、ぼうぎょ10、とくこう75、とくぼう135、すばやさ55。

 

 見て分かる通り、物理技に非常に弱い。だが逆に特殊技に滅法強い。しかもタイプがノーマルだけなので、かくとうタイプ以外は等倍…………ばつぐんもいまひとつも無しで受けることができる。

 

 ポケモンの得手不得手は大多数は種族値によって分けられる、例えば先ほど上げたハピナスに物理技を持たせても、ほとんど火力は出ない。意味の無い無用の長物となり下がる。

 

 だが逆に、逆にだ。

 

 一切の火力ステータスを捨ててみてはどうだろう。

 

 ノーマルタイプと言うのは非常に幅広い範囲の技を覚える傾向にある。

 

 だから“でんじは”や“どくどく”などで相手を状態異常にしてみたり。

 “タマゴうみ”などの回復技や“みがわり”などの補助技を持たせてみたり。

 “ちきゅうなげ”などの固定ダメージによるステータスの影響を受けない攻撃技を持たせてみたり。

 ポケモンの長所を生かし、ポケモン個々ではない、六匹全員を使って一つの戦術を作り上げる。

 

 それがポケモントレーナーが言うところの。

 

 ポケモンパーティと言うものである。

 

 * * *

 

 

 グレイシアのシアは、受けポケである。

 

 受けポケつまり、防御性能と生存能力を上げて相手の攻撃を受けてアタッカーへのダメージを減らす役割を持ったポケモン。

 元々グレイシアのぼうぎょの種族値は110とそれなりに高く、とくぼうも90と悪くない。努力値もその方向で調整してある。

 故に攻撃性能については低い…………かと言われると実はそうでもない。

 

 努力値無振りでも、グレイシアのとくこう種族値は130ある。

 

 つまり。

 

 防御性能への努力値無振りの完全アタッカーのエアにすれば、努力値無振りは同じ。

 

 とは言っても、受けポケとして使っていたのだ、攻撃技は一つしか入れていない。

 

 その一つが、エアにとっては最悪なのだけれど。

 

 収束した冷気がシアから放たれる。

 

「避けろエア」

 

 ゲームならばほぼ必中の命中100技。けれど、現実ならば直線に飛んで来る攻撃だと分かっていれば。

「こっのおおおおおおおお!」

 ギリギリで避けることはできる。問題は…………これ以上距離を詰めたら避けるより先に当たってしまうことで、つまりこれ以上は近づけないことだが。

 

 まあ、本来なら、とつくが。

 

「このために六回も積んだんだ、行けるな!?」

「あったりまえ、でしょう!!!」

「なら、覚悟決めろ、エア!!!」

「任 せ な さ い!!!」

 

 超高速でエアが動く。りゅうのまいはこうげきとすばやさを一段階上昇させる補助技だ、ポケモンの補助技は上にも下にも最大六ランクの計十三ランクと上限と下限が決まっている。

 世代ごとに補助技のランクによる能力値変化量も違ったりするのだが、ここがオメガルビ―やアルファサファイアを元にしていると仮定するならば。

 

 六段階能力上昇を積んだ際のブースト値は()()()()()()()()()()

 

 まだ低レベルとは言え、それだけ積めばかつての能力の半分程度にはなる。

 そして恐らくシアも同じようにかなりの低レベル。

 

 故に、振るわれる一撃は絶対先制の一撃。

 

 そして、受けポケモンの防御性能をまとめて薙ぎ払い、撃ち貫く必殺の一撃。

 

「おんがえし!!!」

 

 振るわれた一撃がシアへと迫り。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「みがわり?!」

 

 瞬間、致命的な考え違いに気づく。

 野戦ならば事前に積み技が使える、そう考えていた。

 

 ならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 必殺の一撃によりみがわりが消滅する。

 

 けれどその奥の本体たるシアはまだ無事であり。

 

 そうして。

 

 れ い と う ビ ー ム !!

 

 ドラゴン、ひこうタイプであるエアにとって致命の一撃が放たれる。

 

「エア!!!」

 

 ほとんど悲鳴染みた叫び声を上げる。無理だ、耐えられるはずがない、エアはアタッカーだ、四倍弱点どころか二倍弱点ですら落ちる。ましてや今は()()を使えないのに。

 

 エアにれいとうビームが直撃し、跳ね飛ばされるかのような勢いで宙を舞い。

 

 それでも、それでも、だ。

 

「エア!!!!!! やれえええええええええええええええええええ!!!」

 

 任せろ、そう言った彼女を信じる。

 

 それで何かが変わるわけでも無くとも。

 

 それでも。

 

 彼女が倒れるまで、決して諦めることはしない。

 

「叫ばなくても…………聞こえてるわよ!!!」

 

 宙を舞いながら、エアの視線がシアを射抜く。

 

 そうして、苦痛に歯を食いしばりながら、口元がそっと呟く。

 

 りゅう…………せい……ぐん……!!

 

 直後、上空から…………否、空の彼方から突如複数の隕石が飛来する。

 真上からの攻撃、それを予想だにしていなかったシアへとそれは次々と直撃し。

 

「あ…………ぁ…………」

 

 何かを呟こうとしたまま、シアが倒れる。

 

「はん…………私に勝とうなんて…………百年早い、わ…………よ…………」

 

 それを確認し、満足気に笑みを浮かべたまま、エアもまた倒れた。

 

「……………………終わった?」

 

 後に残ったのは、自身だけ。そしてすぐに気づく。

 

「そうだ、エア! シア!」

 

 すぐさま…………近い方にいたエアのほうに駆け寄る。

 

「大丈夫か!? エア!」

「うる…………さい…………私より…………シアを、さっさと…………」

 最後まで呟く前に、エアが力尽きる。気を失っただけらしく、ちゃんと呼吸はしている様子に思わずほっとする。

 そっとエアを地面に横たえると、凍った湖の上で横たわるシアへと近づく。

「…………シア?」

 そっと、その頬に触れる。冷たい…………けれど、暖かい。確かに生きている。

 その時、僅かにシアの瞼が開かれ。

 

「…………ます……たあ……?」

 

 呟き、そのまま力が抜けていく。

「あ、おい……………………くそ、寝やがった」

 すうすうと、寝息を立てる少女にはぁ、とため息を一つ吐き。

 

「シア…………ゲットだ」

 

 ボールを押し当て、そのまま捕まえた。

 

 

 

 




クールビューティーとは一体何なのか、実は自分でも良く分っていないけどとにかくグレイシアのシアちゃんです。
作者がオメガルビ―買った時に作ってみたかったポケモンがグレイシアだった。


と言うわけで今回はロリじゃない(
だいたい十五、六くらい? あとオッパイそこそこ大っきい。


あと役割云々のやつは、半分くらいは適当なので聞き流してくれると嬉しい。それなりに役割について勉強してるけど、別に廃人ってほどやってるわけでもないし。

ついでなので今まで出てきたポケモン紹介


名前:エア(ボーマンダ) 性格:いじっぱり 特性:じしんかじょう
技:「りゅうせいぐん」「りゅうのまい」「じしん」「おんがえし」

物理アタッカーにして、ハルトがパーティのエースとしたポケモン。
まあ技構成みればだいたいどういう役割か分かると思う。ぶっちゃけボーマンダはかなりテンプレ出来上がってる感あるので、そんなに違いは無い。
いじっぱ=ツンデレとかそんな公式があるのはこの子だけ。


名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:じゃくてんほけん
技:「れいとうビーム」「ねがいごと」「あくび」「みがわり」

物理受け兼特殊アタッカー。みがわり張って、あくび、して受けたダメージはねがいごとで回復が基本。弱点突かれたらじゃくてんほけんでとくこう上げてれいとうビーム。
ただし炎ポケは天敵なので基本相手にさせない。
みがわりの代わりにあられ積もうかと思ったけど無駄に味方にもダメージ来るんで削った。
別におだやかはクールビューティーの代名詞ではない。クールビューティーが何かも正直良く分っていない。
あともう一人おだやか枠いるけど、そっちは割と陽気な子。


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突撃! 我が家のパパっち

 エア、そしてシアの両者をボールに納め、コトキタウンへと戻ってくる。

 ボール? 事前にフレンドリィショップで買った。ヒトガタがいると分かっている時点で自身の仲間の可能性があったし、もらったお小遣いの半分が消えたがまあ必要経費だろう。

 

 ポケモンセンターに行くと、中はトレーナーで賑わっていた。

 

 この世界ではゲーム時代に見たよりもずっとトレーナーの数が多い。と言っても当たり前の話、まず人口からして違い過ぎる。

 ゲームで登場した人数で数えると、ミシロタウンなど人口十人弱の限界集落である。

 そもそも主人公の家、お隣さん、研究所しかない時点で、他の人の家どこ行った、と言う話であり、実際はもっと家の数は多い。と言っても、それほど多いわけでも無いが。

 

 コトキタウンも例に漏れずそれなりの数の家やそれに伴う店々が存在する。

 

 そして人口が多い、と言うことはそれだけトレーナーになる人間の数も増えると言うことである。

 ミシロタウンは年齢層の関係からか、トレーナーと言うのは居ない。正確にはトレーナーを専門に生きている人間は居ない。研究所の人たちが多少トレーナーの真似事ができるくらいである。

 あそこは交通的な意味で言えば閉所、コトキタウンにしか繋がってない上に、周辺で出るポケモンもゾロアやヨーテリーが多少珍しいくらいで、それ以外に特徴と言った特徴も無い。

 逆にコトキタウンは東に行けばキンセツシティやカイナシティへと繋がり、西に行けばポケモンジムもあるトウカシティに繋がる。そう言う意味ではミシロタウンよりも人、と言うかトレーナーの行き来は多い。

 そしてトレーナー必須の施設が街に二つある。

 

 一つがフレンドリィショップ。

 言わずもがな、道具を買いそろえるための場所。

 

 そしてもう一つが、ゲームなら誰も最もよくお世話になるだろうポケモンセンターである。

 

「ではポケモンをお預かりしますね…………ふふ」

「…………よろしくお願いします」

 

 五歳児ショタに微笑ましい…………と言うか、怪しい視線を送る受付のお姉さんに寒気を覚えながら、エアとシアの二人を預ける。

 そしてカウンター脇にパソコンがあるが、当たり前だが預りのボックスを開いても何も入ってはいない。

「…………いっそ最初から全員ここに入ってたら楽なんだけどな」

 探す必要すら無くなってくれるのだが。

 

 まあ居ないものは仕方ない、地道に探すしかないだろう。

 

「…………取りあえず、どうしようかな?」

 ポケモンセンターはゲームだと預けてすぐに全員全回復してくれたが、現実だと一晩くらいは時間がかかる。故に二階が宿泊施設になっているのだが、時間的にはまだ昼過ぎと言ったところ。

 ミシロタウンを出たのが朝、昼前にはコトキタウンに着いたので、実はそんなに時間は経っていないのだ、そもそもシアとの戦闘も一撃必殺のぶつけ合いと言った感じで、戦闘自体は数十秒の話だったし。

 ポケモンが全滅している以上、街の外に出るのは普通に自殺行為だし、街の中でとなると。

 

 情報収集でもしてみようかなあ、と考える。

 

 シアの例を考えてみると、後四匹も意識の無いままに暴れている可能性はある。

 だがそもそも考えたいのは、何故このタイミングで? と言うのがある。

 自意識が無いままに暴れているのならば、五年前からでもおかしくはない。

 だがエアを伴って自身がこの街に来る直前のタイミングから、と言う都合の良さに首を傾げる。

 

 無意識的にこちらの存在を感知した、とかそういうことなのだろうか?

 

 だがそれは少しご都合的過ぎないか?

 

 そうして分からないことに推測を巡らせていると。

 

「そこのキミ、ちょっといいかい?」

 

 ポケモンセンターの椅子に座りこみ、考えている自身に背後から声がかけられた。

 

 振り返るとどこか見覚えのある青年…………確か街に来た時にシアの存在を呼びかけていた人がそこにいた。

「…………えっと、何か?」

「キミだよね、あのヒトガタを捕まえたトレーナーさんは。実はこっそり見てたんだ、あんまり若いトレーナーさんが向かうのが見えたからね」

 瞬間、警戒の色を浮かべた自身に、青年が慌てたように言う。

「いや、文句とかそう言う話じゃないから安心して欲しい。僕はポケモン協会の一員なんだ」

 そう言ってポケモン協会職員の証であるバッジを見せてくる。

 父親が関係者と言うだけあって、実際に見た事があるそのバッジは確かにそれが嘘ではないと言うことを証明していた。

「…………だとしたら、ポケモン協会の人が何の用ですか?」

 最悪珍しいヒトガタを寄越せとか、奪ってやるとかそう言う展開を警戒していたが、ポケモン協会の一員と言うことならばそう言うことも無いだろう。あそこはポケモンを管理する側、有り体に言ってポケモンリーグを開く側であって、挑む側のトレーナーではない。

 

 そもそもポケモン協会と言う組織がそういう性質ではない。

 ポケモン協会と言うのは、人とポケモンの共存を円滑にするための組織と言ったら良いだろうか。

 現在のこの世界には国家と言う枠組みが存在しないのだが、代わりにポケモン協会が法に近いものを出している。と言っても実効力と言うのはそれほど無い。と言うか義務付けているのはポケモン協会関係者のみではある。

 だが言ってみればそれは、トレーナーとしてのマナーであり、最低限守らなければならない程度のルールであるため、大半のトレーナーにとってそれは()()()()()なのだと言える。

 ロケット団含めた一部の()の場合守らないこともあるが、そう言うのは大概犯罪者なので最初からその前提で考えれば良い。

 

 そのため、意外かもしれないがポケモン協会自体にトレーナーと言うのは少ない。あくまでトレーナーにルールを示す機関であり、職の分類的には事務職のようなものである。

 正確にはポケモンジム、などはポケモン協会の下部組織のようなものなのだが、実際のとこジムとポケモンリーグくらいなのである、ポケモン協会がトレーナーに関与する部分と言えば。

 

 で、そのポケモン協会の一員が目の前にいるわけだが。

 まあポケモン協会の人間がいるのは不自然ではない。

「僕はポケモン協会の中でも、ポケモン被害のほうの部署にいてね」

 例えばポケモンは人間の良き隣人とされているが、自身や博士がポチエナに襲われた一件を見ても分かる通り、野生のポケモンと言うのは容赦なく人間を襲う。その辺りは野生生物と言うことには変わりない。

 故に、時折だがポケモンによって引き起こされる事件や事故などがある。

 大半が住処を追われたポケモンや普段の住処から迷って出てきたポケモンなどが引き起こすものだが、時折どうしようも無く強大なポケモンが割と洒落にならない事件を引き起こすことがある。

 ゲームだとそんな事件無かった、まあ割と対象年齢が低いゲームなのであまり残酷な描写などは描かれていなかったのは当然かもしれないが。その割に、歳を重ねると分かってしまうブラックな話なども盛り込まれているのがゲーフリの遊び心なのかもしれないが。

 とにかく、ゲーム本編だとポケモンは人類にとって“仲の良い生物”としてされていたが、現実を見れば時にはとんでも無い害獣となることもある。

 

 おくりびやまからゴーストポケモンが大量に降りてきて、ミナモシティが大参事になった大分昔の事件だとか…………まあそう言う類の事件が本当に極々稀にだが、あるのだ。

 

 そう言った時に真っ先に対処するのは付近のトレーナー。そしてそう言った事件の危険度を見極めながらトレーナーに協力を呼びかけたり、手に負えない場合、ジムリーダーやポケモンリーグのメンバーに協力を要請するのがポケモン協会の仕事の一つとしてある。

 ジムリーダーである自身の父親もまたその義務の一つとして緊急時の協力を要請されることがあるのでそう言った類の話は聞いたことがある。

 

 そして、目の前の青年はつまりその部署の人と言うことらしい。

 

「いやー助かったよ。まだ若い、と言うか幼いのに凄いんだねキミ。今日中に片付かなかったら、トウカジムの人に来てもらわないといけないと思っていたんだけど」

 自販機で買ってきたらしいミックスオレとサイコソーダを並べてどっちが良い? と尋ねてくる。炭酸は少し喉が痛くなるのでミックスオレを受け取ると青年がサイコソーダを手に取った。

「いやいやそれにしてもその若さであのヒトガタポケモンを倒してしまうなんて、キミは凄いトレーナーになりそうだね」

 名前聞いてもいいかい? そんな青年の言葉にハルト、と名乗る。

「ハルトくんかい、今回は協力ありがとう。ポケモン協会の一員として感謝するよ」

「それはまあ、良いんですが…………一つ聞いても良いですか?」

「ん? 何かな?」

「ポケモン協会の人、ってことは全国飛び回ってたりとか?」

「まあ、職業柄そうだね、僕だけじゃない、僕の部署の人はみんなポケモンによる被害が無いか調べるために全国を歩き回ってるよ」

 ビンゴ、これは都合が良いと内心で呟きつつ。

「なら、最近…………いや、ここ五年くらいで起こったヒトガタのこと、ないし、事件のこと何かありませんか?」

 そんな自身の問いに、ふむ? と青年が思案顔になり。

「そうだね…………ヒトガタ、と言うのはそもそも滅多に出ないからね。出てもすぐにトレーナーに捕獲されるし、ここ五年くらいだと…………ゲンガーとかフシギバナのヒトガタが見つかったくらいかな?」

 どっちも違う…………そのことに安堵する。少なくともすでに四匹がすでに捕獲済み、と言うことは無さそうだ。

「それと事件かあ…………今回みたいな大きな事件は取りあえず無いね」

 小さなものならいくつか、と言われたのでそれらの詳細を聞いては見たが、どれも恐らくは違うだろうと推測できる程度のもの。

 つまり手がかり無しか、と今度は逆に落胆してしまう。

「あはは、ごめんね、あんまり役に立てなかったみたいで」

「いえ…………まあ最初からそう簡単に分かるとは思ってなかったので」

 青年が苦笑いしながら謝って来るが、自身のような子供相手にそこまで教えてくれただけでも感謝と言うものだろう。

 と、その時、青年がふと思い出したように、あ、と呟く。

「何か思い出しました?」

「事件…………ってわけじゃない、噂程度の話なんだけど」

「正直手がかりも無いのでそれでも良いです」

 それならば、と青年がぴん、と人差し指を立て。

 

「一つ、妙な話を聞いたことがあるよ」

 

 そんな前置きの言葉に目をぱちくり、とさせた。

 

 

 * * *

 

 

 預けていたエアとシアは少なくとも今夜一晩はかかりそうだ、と言う話を聞き。

 なら晩御飯でも探しに行くかとポケモンセンターを出る。

 

 昼食をセンターで取ったのだが、内容量は五歳児なのでともかくだが、味が微妙すぎる。

 もしかしてこれは…………ポケモンフード?!

 とか思ってしまうくらい、微妙だった。あれ本当に人間用の食事なのだろうか。

 食事だけは当てにしてはならない、と言う父親の言葉の正しさを思い出す。

 

 確か近くに軽食が食べれる喫茶店のようなものがあったはずだ。

 

 普通の人からすれば軽食でも、五歳児の胃の容量を考えれば十分過ぎる。

 と言うわけでお店に入り、店員からのなんだろうこの子、と言う視線に耐えながら軽食を頼み、一人で偉いねーと頭を撫でまわされながら店員のお姉さんの怪し気な視線から逃げるように出された食事を掻きこみ逃げるようにお金を払ってお店を出る。

 

 なんだこの街、ショタコンの巣窟か何かかよ?!

 

 はぁはぁ言うな、息を荒げるな、舌を舐めまわすな!

 

 エアとシアさえ万全ならすぐにでも出て行きたくなるレベルだが、残念ながら今晩一晩は動けないのが辛い。

 取りあえずはもうポケモンセンター行って寝よう。空を見ればすでに薄暗い。

 今から寝てもう明日の早朝にさっさとこんなところ出てしまおう。

 そう決意した…………瞬間。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 絶叫とでも呼べる声と共に強烈な衝撃が全身を襲う。

 抱き着かれていた、何かに。

 そして。

 

「ハルトオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 じょりじょりじょりじょり

 

 頬刷りされた…………髭面に。

 

「ぎゃあああああああああああああああ、いてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 

 思わずその顔面に思い切り肘打ちする。

 

「ぐはっ」

 

 髭面が衝撃に仰け反り…………その人物が目に入る。

 

「と…………父さん?」

 

 街中でショタを襲った変態の正体は。

 

 マイファザーであった。

 

 

 

 



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ミッション! ショタコンお姉さんから逃げだせ

Q.先生、ロリマンダちゃんが可愛いんです。

A.ならば小説を書け!

Q.先生、グレイシアちゃんが可愛すぎます。

A.ならば小説を書け!

Q.先生! シャンデラちゃん可愛すぎて愛が止まらないよ!

A.いいから黙って小説を書け!!!



因みになんのネタか分かったら、同士。



 まあ冷静に考えて、街中で子供(ショタ)襲う髭面親父(マイファザー)と言う絵面。

 

 どう考えても通報ものです、本当にありがとうございました(白目)。

 

「親子のスキンシップも時と場所を選んでくださいね」

「申し訳ありませんでした」

「いやあ、申し訳ない」

 

 親子そろってジュンサーさんに頭を下げる。

 駐在所を出ると、二人揃ってため息一つ。

「父さん、落ち着いた?」

「うん…………すまんな、ちょっと慌て過ぎた」

 慌てたっていうかほとんど変態なんだが。良かったな自身が男で、これが女の子だったら…………まあジムリーダー就任一週間も経たずの不祥事は免れなかっただろう。

 

 ポケモンセンターに戻って来る。パパっちも今日はここに泊まるらしい。

 受付のお姉さんの相変わらず怪しい視線を(かわ)しながら、割り当てられた部屋へと父さんを連れて入る。

「それで…………話って?」

 まあ分かってはいるけど。そして案の定と言うべきか、予想通りと言うべきか。

「旅に出る、と言うことについてだ」

「あと一日は遅れると思ってたけど、良く気づいたね、父さん」

「コトキタウンでヒトガタが出ていると言う話を聞いてな、対処に来たんだが来てみれば解決している、そして捕まえたトレーナーの名前を聞けばハルトと言う名前が出てくるじゃないか」

 多分あの協会の人だろうなあ、と興味深い話をしてくれた青年を思い出す。

「慌てて母さんに確認を取ったら、お前が旅に出たって言う話を聞いて探し回ってたんだ」

「もう街から出てる可能性は?」

「無いな」

 きっぱり断言するマイファザー。

「無傷で倒せるほどヒトガタポケモンは簡単な存在じゃない。捕まえるにしろ倒すにしろな。だとすればポケモンセンターで一泊するだろうから、今日はまだこの街にいると踏んだ」

 さすがパパっちである、ポケモントレーナーのことに関しては鋭い。

「それで、結局のとこ、父さんは反対なの?」

「当たり前だろ、どこに五歳児を旅に送り出す親がいる」

 お前の奥さん見てみろよ。

「と、言うか…………ハルト。お前、トレーナーになりたいのなら、うちのジムにくれば良かっただろ」

 あ、父さんも勘違いしてた。

「違う違う、トレーナーになるために旅してるんじゃないんだ」

「ん…………? どういうことだ?」

 

 しかし、改めて考えてみると難しい話である。

 自身とエアたちとの関係性を他人に説明しようとすると、前世の話が必ず絡む。

 だがそんなものを信じろと言われても困るだろうし、そもそも自身は教える気が無い。

 

 だから結局、曖昧な言葉で濁すしかないのだが。

 

「…………探してる子たちがいるんだ」

「探している子、たち?」

「その子たちみんな迷子なんだ…………だから探しに行くんだ」

 

 上手く言葉にはできない。だから曖昧な言葉で濁すしかないのだが。

 だからと言ってそれで納得させれるはずも無い。

 

「良く分らんが、もっと大きくなってからでも良いだろう」

 そこで即座に否定でなく、代案な辺り本当に良い親であると思う。けれど譲れない。

「結局、これ以上言えないから何を言っても納得してもらえないと思うけど。それでもお願い、父さん」

「…………ダメだな」

 むう、意外と頑固だ。と言うか分かってたが、頑固だ。

 

「…………仕方ないなあ、父さんてば。本当は、これだけは言いたく無かったんだけど」

 

 だから、最終手段しかない。

 

「あのね、父さん」

 

 目の前の父親に迫り、その耳元でそっと呟く。

 

「そんなこと言う父さんなんて…………大嫌い」

 

「ぐはああああああああああああああっ」

 

 おやばかはちからつきた。

 

「勝った」

 

 後に残ったのは虚しい勝利に浸るショタ一匹と、吐血して倒れた親馬鹿だけ。

 

 なんだろう、この図。

 

 そんな疑問に答える人間は当たり前だがいなかった。

 

 

 * * *

 

 

 灰色と化したパパっちを職員さんに頼んで部屋へ投げ入れてもらい、自室でゆっくり寝る。

 明けて翌日、治療を終えた二人のボールを受け取り、やたらとこちらのお尻を舐めまわすように見てくるお姉さんの視線から逃げ出すように部屋へと戻ると、ボールから二人を出す。

「おはよエア」

「ん、おはよう」

 すっかり元気になったエアの姿に安堵する。やはり自身のポケモンが傷ついているのは辛いものがある。

 そうして、こちらを見たままフリーズしている少女のほうへと歩み寄り。

「おはよう、シア」

 視線を合わせながらそう告げる。

「ます……たー……?」

「うん、久しぶり、かな?」

 驚きに目を見開き、固まる少女の頬に手を当ててやると、シアがその手を両手で触れ、その存在を確かめるように何度も何度も握ったり、摩ったりする。

 やがて現実を受け入れたのか、その手を放し…………。

「あ…………ああ…………ああああ…………マスター! マスター!」

「し…………あぶっ」

 名前を呼ぼうとした自身を抱きしめる。と言うか体格考えろ! 潰れる、潰れるから。

 圧死する、胸についた脂肪の塊に潰される!

 男としてはかなり嬉しい死に方かもしれないが、自身はまだ死ぬ気は無い。

「マスター! マスター!」

「あ…………が…………」

「…………ハルト?」

 自身を抱きしめているシアは気づかなかったが、それを見ていたエアは呼吸困難に陥った自身に気づき。

「ちょ、ちょっとシア!? 死ぬ、ハルトが死ぬから、放しなさい?!」

「マスター! 会いたかったです!」

「会いたかったのは分かったから、放しなさい! シアアアアアアアアアアアア!」

 

 朝っぱらから天国と地獄を味わった五歳児…………自分です。

 

 

「落ち着いた?」

「…………はい、ごめんなさい、マスター。つい取り乱しました」

「…………まあ分からなくはないけど、もう少し落ち着きなさい」

「そう言うエアも、最初凄かったよね」

「余計なこと言わないの」

 生と死の境からなんとか帰還し、ようやく落ち着いたシアと疲れた表情のエアの二人が部屋にあった椅子に座る。

 自身がどこかって?

 

 シアの膝の上だよ。

 

「うふふ、マスター♪」

 シアちゃんすっごいご機嫌。エアはそれを呆れたように見ている。

「それで、話進めても良い?」

 抱きしめられると後頭部に当たる柔らかい感触があるが五歳児なので気にしない。気にしないったら気にしない。

「はい♪」

「早くしなさいよ」

 賛同も得られたので本題に入る。

 

「とりあえずシア、何をどこまで覚えてる?」

 

 そんな自身の言葉に、シアが首を傾げる。

「どこまで…………と言われると、難しいのですが。何となく自分がマスターを探していたことは覚えています。何だか微睡んでいるような感覚だったので、はっきりとどうこう、と言うことはないのですが。完全に目が覚めたのは、湖でマスターが名前を呼んでくれた時、でしょうか?」

 まあすぐに気を失いましたけど、と言うその言葉に、大よそ記憶についてエアと違いが無いことを確認する。

「五年前のことは、どこまで覚えてる? まだシアがボールの中に入ってたころ」

 と聞いてみれば、何となくあったことは覚えているが、ぼんやりとしている。とのこと。

 この辺りもエアと同じ、恐らくまだ自意識が無かった時代と言うことなのだろう。

 

「うふふ、マスタ~」

 

 と言うかさっきからやたらとぎゅっと抱き着いてくるのだが、この子抱き癖でもあるのだろうか。

「なんと言うか、エアと言いシアと言いうちの子みんな個性的だねえ」

「アンタにだけは言われたくないわ」

「こんな無個性な五歳児に向かって何言うんだ」

「え?」

「え?」

 

 何がショックかって、シアにまで素で「え?」って言われたことだよ。

 

「あ、ご、ごめんなさい、マスター。そうですよね、マスターは普通の人です」

「今更取り繕わなくてもいいよ…………いいよ、別に。どうせ異常ですよ」

 

 実際のとこ、自身が異質だと言うのは分かっている。

 こんな五歳児いるはずがない。周りの人間が気にしないやつが多いのでそれほど目立ってはいないが。

 

「バカね…………異常だろうと何だろうと、私たちのマスターはあんただけなんだから、背筋伸ばしてなさい」

「そうですね…………どんなマスターであろうと、マスターはマスターですよ」

 

 それに、こんな仲間もいるのだ。

 

「ああ、うん…………ありがとう、二人とも」

 

 自分は最高に恵まれていると思う。

 

 本当に。

 

 * * *

 

 

 さて、しんみりモードも終わって、それじゃあ旅を再開するか、と思いポケモンセンターを出た矢先。

「ちょっと待ったああああああ!」

 マイファザーの突然のエントリー。

「ぜい…………はあ…………ぜい…………はあ」

「父さん、いつまでも若いと思ってたらダメだよ、歳ってのはある日突然来るんだから」

「よ、余計なお世話だ! それより、ハルト! 勝負だ」

 

 ずい、とモンスターボールを突き出してくる父さん。

 

「…………ふむ、そうだね」

 その意図を何となく察する。

 つまりこれは。

 

「勝てば旅を許す、負ければ帰る。トレーナーなら実力を示せ!」

 

 ()()()()()()()()、なのだろう。

 

「…………そうだね、それじゃあ、昨日はエアに頑張ってもらったし、シア」

()()()()()()

 

 そうしてボールから出した少女の姿に父さんが目を細める。

 

「なるほど、そのポケモンが暴れていたと言うヒトガタか…………なら、行け、ヤルキモノ」

 そう告げて、ボールから出したのは三歳の誕生日の時にもいた猿のようなポケモン、ヤルキモノ。

「やる気持ちか、てことはあくびは封印だね…………まあ、いつものように行こうか、シア」

「はい…………マスター」

 笑みを浮かべ、眼前の敵を見据えるシアに、ほう、と父さんが感心したように呟く。

「昨日捕まえたばかりのポケモンの割りに、随分と懐いているな…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ホント、ポケモン関連はちょいちょい鋭いなあ、この人。

 なんて思いながら。

 

「それじゃあ」

「バトル」

「開始」

「だな」

 

 互いに呟くと同じ、トレーナーの言葉無しに、互いのポケモンが動きだす。

 

 最初に動いたのはヤルキモノ、向こうのほうがすばやさは上のようだ。まあ種族値からして負けてるのだから、仕方ないかもしれないが。

 恐らくレベルは向こうが上。手加減は当然あるだろうが、それでも負けるようなら父さんは本当に旅の中止を命令するだろう。

 つまり、本当に旅をするならばこのくらい勝ってみせろ、と言うこと。

 

 みだれひっかき!

 

 三度、四度とヤルキモノがその鋭い爪を振り回して殴りかかる。

「シア」

「分かっています」

 名前を呼べば当然、とばかりにシアが答え。

 

 みがわり

 

 自身のHPを削り、みがわりを生み出す。

「潰せ!」

 ヤルキモノの攻撃がみがわりを直撃し…………けれど、みがわりが消えることは無い。

「何っ!?」

 みがわりは文字通り、身代わりを生み出す技だ。自身のHPの四分の一を使って生み出された身代わりは、あらゆる状態異常を防いでくれる上に、相手からの攻撃を肩代わりする。

 そして身代わりの耐久は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、受けポケとして調整を受けたシアの身代わりは、そう簡単には壊れない楯となる。

 と言っても、そう何度も攻撃を受けることができるわけではない。

 だから。

 

 ねがいごと

 

 ゲームだと次のターンの終了時にHPの半分を回復する技だ。

 ターン制の無い現実だと、だいたい十秒くらいで効果が発動する。

「もう一度だ!」

 ヤルキモノが再びみがわりを攻撃し…………今度こそみがわりが破壊される。

 それと同時、シアが技を出す。

 

 れいとうビーム

 

 冷気の光線がヤルキモノを撃ち付けるがレベルが上の相手だ、一撃で倒せるわけではない。

「今だ!」

 

 きしかいせい

 

 HPが下がっているほどに威力が上がると言う厄介な技。

 れいとうビームによってHPを削られている上に、この技はかくとうタイプ、こおりタイプの弱点だ。

 いくら受けポケとは言え、一気にHPが削られる。

「もう少しで倒れるな」

 しかも相手のほうが速いのだから、このままでは次の一撃でシアが倒れる。

 

 このままならば、だが。

 

 直後、ねがいごとの効果が発動する。減ったシアのHPを上限の半分回復し、体感だがこれでもう一撃耐えれるだろう。

 

「きしかいせい!」

「れいとうビーム」

 

 再び振るわれる一撃に、シアのHPが減り。

 カウンターが撃ちだされたれいとうビームがヤルキモノを貫く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()がヤルキモノのHPを一気に削り切り。

 

「ぐ…………がぅ…………」

 

 ヤルキモノが倒れた。

 

「なに?」

 どうして、と言った顔の親父様にネタ晴らしはしない。

「これで勝ち…………旅の許可、もらえるよね?」

 色々言いたいことはあっても、それでも実力は示した。

 親父様が頷く。

「仕方ない…………確かな実力は見せてもらった。認めざるを得んだろうな」

 苦々しい顔ではあるが、確かにそう告げる父さんにありがとう、と言う。

「だが最後の一撃はなんだ…………もう一撃、耐えれると踏んでいたのだがな」

 突然威力が上がった一撃、その謎に首を捻る父さんに笑って告げる。

 

「な~いしょ♪」

 

 告げて、そのまま二人を連れて旅立った。

 

 勝った、そのことを内心で喜びながら。

 

 

 




じゃくてん○けんって知ってる?



お仕事の関係で今晩投稿できないので、書き溜め。
まさか二話も書けるとは思わなかった。これも愛か。
と言うわけでシアちゃん可愛い。


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厄介事と言うのはだいたい主人公に向かって全力疾走してくるものである

今日はもう更新しないと言ったな…………あれは嘘だ。
思ったより時間あったのでなんとか一話書けた。


注:この小説はポケモンの二次創作です。お間違いではありません。


『助けてくれえええええ!』

 ナビの電話越しに響いてくる大音量に、一瞬意識が飛びかけた。

 親父殿との勝負勝ってすぐのまだ朝早く、場所は102番道路の半ば。次々と勝負を仕掛けてくるトレーナーたちを根こそぎ倒しながら、その内段々向こうのほうから視線を逸らしだして暇をしだしたタイミングでの突然の電話。

 はて? と思いつつそういやナビにそんな機能あったな、と思いつつもらったばかりのナビなのに一体誰が番号を知っているのだろうと思いながら表示されていた名前はオダマキの名。

 博士? 一体何の用かな? と受信に切り替えた瞬間の第一声がそれである。

 

「は、博士? あの、どうしました?」

『た、助けてくれハルトくん』

「いや、助けて欲しいのは分かるんで、もうちょっと具体的に何があったかをですね」

 そんな自身の言葉で落ち着いたのか、そ、そうだな、と博士が一つ呼吸し。

『ハルカが居なくなったんだ』

「…………は?」

 告げられた言葉の意味を頭の中で浮かべ、理解する。

「フィールドワークですか?」

 たしか彼女は父親に倣ってフィールドワークによく行くんだと出会った時に話していた気がする。

 と言ってもまだポケモンも持っていないので、他の研究者の人たちか父親に同伴して、とのことだったはずだが。

『ち、違うんだよ。それが誰も知らないんだ! ハルカがどこに行ったのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ』

 それって、つまり。

 

「家出…………なんじゃ?」

 

 ぽつり、と呟いた言葉に、電話の向こう側で絶叫が響いた。

『なななななななな、なああああああああああんだってえええええええええええええええええええええ!!?』

「いや、ミシロタウンでハルカちゃんがどこかに向かってたらそりゃ誰か気づくでしょ?」

『た、確かに…………あの子はいつも家の周りを歩き回っているし、研究所のほうにも良く来るから狭いミシロタウンの中ならどこにいても誰か顔をみているはず』

「誰も気づかない内にいなくなったってことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんじゃ?」

 もしそうでないとしたら…………もう一つの可能性だとすると、厄介なのだが。

『い、いやでもあの子に限って家出なんて…………』

「もしそうじゃないとしたら」

 そう、もし家出じゃないとしたら…………自発的じゃないとしたなら。

「誘拐ってことになるのでは?」

 自発的じゃないのならば、他人によって気づかれないように連れ去られたと言うこと。

 それってつまり、誘拐以外のなにものでもないよな?

 

『ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ』

 

 あ、これやばい、と思ってナビの音量を落とし。

 

『誘拐だってええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!?』

 

「ぐわあああああ」

 音量を落としても尚、それ以上の大音量が響き、思わずのけ反る。

 余りにの騒がしさに、エアの入ったボールがガタガタと揺れるまるでうるさいと言っているようで、分かっていると言ってボールを二度、三度撫でると揺れが収まる。

「落ち着いてください、博士…………まずは自発的なのか、それとも誰か他人によってそれが為されのか、何か手掛かりはないんですか?」

『わ、分かった、探してみる…………取りあえずキミのお父さん、センリくんにも協力を頼むつもりだが、ハルトくんも一度戻ってきてもらえないかい?』

「正直五歳児に何ができるって話ですけど」

『藁にでも縋りたい気分なんだ…………それにキミは頼れる人間だと思っているよ』

 五歳児に何故そこまで高い評価を与えているのかは謎だが、博士には恩があるし、それにまだ出会って数日だが友達が居なくなったと言うことであれば戻らないわけにはいかないだろう。

「分かりました、取りあえずはミシロタウンに戻ります」

『すまないね、助かるよ』

 通話を終え、ボールを手に取り。

「と、言うわけでエア」

 ボールからエアを出す。

「ひとっ飛びお願い」

「まあ仕方ないわね」

 ばさっ、とエアの両側の髪が揺れると、ふわりとエアが浮く。

 そうして自身を後ろからしっかりと抱き寄せると。

「目、瞑ってなさい」

「了解っと」

 言われた通り、目を瞑った瞬間、ぐんと急速に加速し、全身にGがかかる。

 と言っても、加減して飛んでくれているのか、思っていたよりも体に負担らしきものは無かった。

 

 ゲームだと、そらをとぶ、の秘伝技が無いとポケモンに乗っての空中移動はできなかったが、当たり前だが、現実でそんな制限あるはずがない。

 とは言うものの、ある意味ゲームも間違ってはいないのだ。

 簡単に言うと、秘伝マシンそらをとぶ、とは技術だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言えばいいのか。それをポケモンに学習させることができる。

 そしてジムバッジとは()()()()()()()()()()()()()()()()代物である。

 

 つまり、ジムバッジを持っていない現状、本当に空を飛んだ場合、犯罪になる。

 けれど…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となると、これが実は合法なのだ。

 空を飛ぶを覚えさせているわけではないので、やや運転は荒いが、そこはエアが気遣ってくれているので安全運転で進めている。

 エアが目を瞑れ、と言ったのは飛行の勢いで地表で土煙が舞っているので念のため目を瞑れ、と言っているのだ。

 元々ボーマンダと言う種族はレベルが上がるとそらをとぶ、を自力で覚える種族だ。

 空を飛ぶことは当たり前のように熟せる。秘伝マシンなど必要ないくらいに。

 ある意味、技の枠を使わずに秘伝技を覚えているようなものである。

 

 そうして体感だが数十分ほど時間が経った頃。

 ゆっくりとエアが減速していくのが感じられた。

 やがて完全に速度を落としきり、勢いを止めて。

「着いたわよ」

 その言葉に目を開くと、目の前にミシロタウンが広がっていた。

「やっぱ飛ぶと早いねえ」

「風情が無いって言って止めたのはアンタでしょ」

 ジト目でこちらを見てくるエアの視線を笑って誤魔化す。

「さて、まずは母さんに挨拶、と行きたいところだけど…………研究所だろうね」

 恐らくそこに博士が待っているはずだから。

 腰に巻いたベルトからもう一つのボールを外し、シアを外に出す。

「ふう、やっぱりボールの外は解放感がありますね」

 一つ呼吸し、吐き出す。なんだろう、それだけの光景なのに、シアレベルの美人さんがやると絵になるな、と思う。

 まあそれはさておき。

「それじゃ行こうか、エア、シア」

「りょーかい」

「ええ」

 そうして三人で研究所へと向かった。

 

 

 * * *

 

 

「もう来たのかい?!」

 研究所へと入ると、すぐにオダマキ博士がこちらに気づき驚きの声を上げる。

「それより、何か見つかりました?」

「いや…………残念ながら手掛かりらしい、手掛かりは」

 唇を噛みしめ、娘の心配をする博士の様子に、どうしたものかと思う。

 

 探すにしても手掛かりが無さ過ぎる。

 

 どうしたものかと悩むが答えは出ない。

「マスター」

 と、その時、シアがこちらに声をかけてくる。

「一度その娘さんが最後に目撃された場所に向かってみては?」

「なるほど…………確かにそれはあるかもしれない」

「そちらのお嬢さんは…………いや、今はいい。ハルカが最後に確認されたのは自宅だよ」

 自宅、つまりいつの間にか家から抜けでていた?

 でも確かあの家は一階にオダマキ博士の奥さんがいつもいたはずだ、博士がいつ帰ってきてもいいようにと寝る時以外はだいたい玄関入ってすぐのリビングにいる。

「奥さんもハルカちゃんが出かけるところを見てないんですか?」

「ああ…………家内も最初は居ないことにすら気づかなくてな、朝食の席にいつまでも来ないハルカを部屋まで探しに行ってそこで初めて気づいたらしい」

「自室、か」

 

 だとすると誘拐と言うのは難しいかもしれない。住人のいる家に侵入し、二階にいる娘を浚う…………そこまでする意味などあるのか?

 むしろ、自分から夜のうちに出て行ってしまった、と考えたほうが自然のようにも思える。

 

「一度ハルカちゃんの部屋を見せてもらってもいいですか?」

 挨拶に行った時に通してもらって見た事があるが、普通の女の子の部屋だったはずだが。

「ああ、行ってみようか」

 そうしてオダマキ博士も連れて博士の自宅へと向かう。

 玄関を潜ると奥さんがいて、心配そうな眼でこちらを見てきた。

「アナタ…………ハルカは」

「まだ分からない…………今ハルカの自室を確認してみようと思って来たんだ」

「…………そう」

「博士、調べるだけならこちらでやるので」

「…………済まないね」

 不安そうな表情で赴く奥さんのことは気がかりだが、オダマキ博士に任せることにする。

 エアとシア、二人を連れて二階への階段を上って行く。

 いくつか部屋があるが、一度入ったこともある部屋だ、間違いようも無い。

 

 部屋の扉を開けるとつい一昨日見たばかりの部屋。

「……………………どう? 二人とも」

「…………特に何も感じないわね」

「こちらもですね」

 ポケモンの観点から見れば別段異常は無いらしい。

 

 ただし、自身の観点から見れば、少し違和感を覚える。

 

「…………たしかここ」

 ベッドの下のほう、前に来た時彼女が見せてくれたもの。

「……………………無い」

 彼女が、ハルカちゃんがお守りのように大事にしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 それに、よくよく見ればあちらこちら。

「割とマメな性格だったみたいだね、ほら、クローゼット、一着一着ちゃんとハンガーにかけてある」

「それがどうかしたの?」

 不思議そうに首を傾げるエアに、いくつもの服がかかっているハンガーを掻き分けて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どう思う?」

「…………?」

 いまいち意味の分からないと言った様子で戸惑うエア、まあそうだろう。

 人間の姿をしていても、あくまで彼女たちはポケモンだ。しかもこの間までほとんど野生化していたのだ、分からないのも無理は無い。

 

 そして最後に感じた違和感。

 

「……………………」

「窓がどうかしたの?」

「カーテン…………あるのに、かかってないね」

「は? それが何かあるの?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………なるほど、まあ推測程度なら立ったかな」

 それで具体的に何がどうと言うわけでも無いところが辛いのだが。

「とりあえず降りてみようか」

 疑問符を浮かべる二人を連れて一階に降りる。

「ハルトくん…………何かわかったかい?」

「えっと…………その前に奥さんに一つ聞きたいんですが」

「何かしら?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その問いに、奥さんがこくりと頷く。

「あの子が居なくなった時のままよ、何も動かしたりはしていないわ」

 なるほど、と一つ頷き。

「じゃあもう一つ」

 一呼吸置き。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉に、奥さんが僅かに驚いた様子を見せた。

「え、ええ…………()()()()()()()。なんで分かったのかしら?」

「ハルトくん…………もしかして」

「ええ…………まあ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、二人の目が見開いた。

 

 

 * * *

 

 

 トウカシティはそれなりに大きな街である。

 そもそもシティと言う名のついている以上、ミシロやコトキタウンとは比べものにならない規模を誇る。

 トウカシティはポケモンジムがあることでも知られており、全国からトレーナーが集まる街でもある。

 

 故にその人の流れは雑多であり、街は常に煩雑している。

 

 センリはトウカジムのジムリーダーである。

 朝から息子に負けて、嬉しいやら誇らしいやらと完全に親馬鹿全開のままその息子が道半ばまでしか歩いていない中でまだジム関連の仕事があるセンリは急いで街へと戻ってきていた。

 トウカジムはトウカシティの中心部のほうにある。割と広い街ではあるが、それでも人の住んでいる円周部とジムなどの施設が密集した中心部と別れているので、そう迷うことも無くジムのほうへとたどり着く。

 コトキタウンで起きていた異常事態も解決し、その報告も上げなければならないと思いつつ、ジムへと入ろうとして。

 

「……………………ん?」

 

 視界の端で、子供がひょこひょこと歩いていく姿を見かけた。

「…………ハルカちゃん?」

 それがミシロタウンの自宅の隣人の娘さんであると気づいた時には、すでにその姿は雑踏の中へと消えていった後であった。

 

 センリの元に少女の失踪を告げる連絡が入ったのはその数分後であった。

 

 

 




何故か唐突な推理小説展開。
と言っても大した謎でも無いけど。

次回からはちゃんとポケモンするんでご安心を。



あとそらをとぶ、ですが。

そらをとぶ→自動車教習
ジムバッジ→自動車免許
空→公道
地面→私道

イメージこんな感じで考えれば、分かりやすい。


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推理してる暇があるなら足を動かせと言いたい

 

 

 ミシロタウンを出て二時間ほど経っただろうか。

「父さん!」

「ハルトか、早かったな」

 場所はトウカシティ中央、トウカジム前。

 

 二時間ほど前、ハルカちゃんをこのトウカジム前で見たと父さんから情報が入った。

 情報をもらってからすぐにエアに飛んでもらい、急行したトウカジムの前で父さんが待っていた。

「父さん、ハルカちゃんを見たって本当?!」

「ああ、すぐに人混みに紛れて見失ったが、確かにハルカちゃんだった…………位置的にはあっちだな」

 そうしてハルカちゃんが向かって行ったと言う方向を指さす。

「あっちは…………104番道路のほうか」

「外に出た…………とは思いたくないがそもそもここまで来た、と言う時点でな」

 ミシロタウンからトウカシティまで101番道路と102番道路を超えなければならない。

「だが子供の足でそんな距離歩けるものか?」

 父さんの疑問に、けれどそれを是と答える。

「ハルカちゃん、お父さんのフィールドワークについていったりで道の悪いところも割と歩き慣れてるみたいだし、けっこう体力もあるみたいだよ」

 だから可能か不可能かで言われれば、可能だろう…………とは言っても所詮は子供の足。距離を考え、逆算すれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「朝一でやってきたジムトレーナーを一人先行して探しに行かせている、まずは彼を探してみるべきだろうな」

 ふむ、と親父様が少し考え。

「ハルト、先に行ってくれるか? 俺はここで博士たちと連絡を取りながら、他のジムトレーナーたちを待つ。少なくともあと一時間以内には全員やってくるはずだ、そうなればジム総出である程度広範囲でも探せる。だからお前は先行させたジムのやつと合流して、ハルカちゃんの行く先、居場所のある程度の目星だけでもつけておいてくれ」

「了解、それで先行してるジムの人ってどんな人で今どこにいる?」

「うむ、ペルシアンを傍に連れているから恐らくすぐに分かると思う。場所は…………待てよ、今連絡する」

 そう言ってナビを操作する父さん。ジムトレーナーは名前の通り、ジムに所属しているトレーナーだ。

 基本的に自分から採用試験を受けに来るか、ジムリーダーが勧誘して決まるのだが、ジムトレーナーになるとジムの中で使用するポケモンの種類がジムが決めたタイプに限定される代わりに、専用の訓練施設やジムが集めた技マシンの使用許可など通常のトレーナーには無い様々な支援が受けられる。ナビもその一つであり、ジムリーダーとジムトレーナーはいつでも連絡が着くようになっている。初代のように、初期地点から一番近い街のジムに挑もうとしたら不在なんてことは基本無くなっているのだ。

「そうか…………分かった、うちの子をそちらに合流させるから頼んだぞ」

 親父様がナビを切ると、こちらへと視線を向けて口を開く。

「104番道路の海辺の小屋あたりにいるそうだ、合流するように言っておいた、急いで向かってくれ」

「分かった、行ってくるね」

「ああ、何があるか分からんからな、気をつけろよ」

「頼もしい仲間がいるからね…………大丈夫さ」

 自身のそんな言葉に、父さんがふっと笑って。

「なら安心だな」

 そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 海辺の小屋、と言われるとハギ老人と言う名前がすぐ出てくるプレイヤー脳。

 いや、でもハギ老人とピーコちゃんはみんなすぐに思い出せると思う。

「ははは、待てーピーコちゃーん」

「きゃ~ますた~」

「ははははは、ぴ~こちゅぁあ~~~ん♪」

「ま~すた~~~♪」

 

 絶句した。

 

 楽しそうに逃げ回る十歳かそこらのセーラー服の小柄な少女を鼻息荒く追いかける未だに爺さんがそこにいた。

「キミがセンリさんのお子さん?」

 後ろで誰かが声をかけてきた気がするが、そんなことすら気にならない。

 ぴーこちゃん…………いや、多分気のせい…………気のせいじゃなかったら…………いや、気のせいじゃなくてもこれは…………。

 

 事 案 発 生 ?!

 

「おーい? 聞いてるかい?」

「はっ?!」

 耳元で呼ばれた声に、意識を取り戻す。

 ゲームと現実にあまりにひどいギャップに思わず意識が飛んでいたようだ。

「ご、ごめんなさい、えっと…………先行していたトレーナーさんでいいですか?」

 年の頃十四、五くらいの少年。まあ至って普通のエリートトレーナーだ。ゲームと同じ服装だし。

「お、丁寧な言葉遣い。ポイント高いね。そうそう、センリさんに頼まれて俺がここまでハルカちゃんだっけ? 追いかけてきてたんだよ」

「それで、ハルカちゃんは?」

 そう尋ねると、少年が少し苦々しい表情をする。

「それが…………この辺りで見失っちゃってね、どうしたものか考えていたらセンリさんから連絡が入ったんだ」

 道は二つ…………南の海辺のほうか、それとも北のトウカの森か。

「…………こっちでトウカの森を探してみますので、海辺のほうお願いできますか?」

「構わないけど…………大丈夫かい? 言っちゃなんだけど、キミみたいな子供が一人で行くのは危ないと思うよ?」

「…………まあ、頼りになる仲間がいますから」

 ボールを取りだしエアを出す。現れた少女の姿に、少年が随分と驚く。

「ひ、ヒトガタ?! そ、そうかい…………確かにヒトガタポケモンがいるなら心強いだろうね」

 ぶっちゃけ、シアとの戦いや親父殿との戦いで多少レベルも上がっているので、日進月歩で強くなっている。それでも全盛期(レベル100)と比べると全然なのだが。

「そういうわけなのでこっちは大丈夫です…………それに、少し気になってることもありますし」

「…………ふむ、そうかい? ならそっちに任せようかな」

「父さんがもうすぐ他のジムトレーナーさんたちを集めてやってくるみたいですから、もし海辺のほうにいなかったらこっちに向かわせてもらっていいですか?」

「了解だよ…………五歳って聞いてたんだが、随分としっかりしてるね」

「まあ、それなりに」

 多少濁しながらそれじゃあ、と告げてトウカの森を目指す。エアで飛んでもいいが、道中にハルカちゃんがいた場合、早すぎて見逃す可能性もあるのでここからは歩くことにする。

 最も、街中で飛ぶわけにもいかなかったので、ジムからずっと歩いていたようなものだが。

 

「それにしても…………この方向、やっぱそうなのかなあ」

「何の話?」

「何って…………ああ、そう言えばあの時、エアとシアはセンターに預けてたんだっけ」

 自身の名が呼ばれたことで、ボールの中のシアががたがたと揺れ出す。

「シアも出しておこうか」

 ボールのスイッチを押し、シアを中から出す。

「良いのですか?」

「まあ、今回はね」

 

 最近、と言うか正確にはコトキタウンを出てからは、だが。

 エアとシアの二人をボールに仕舞うようにしている。

 シアの一件で、ヒトガタポケモンと言う存在がトレーナーにとっては喉が手が出るほど欲しいものなのだと、ようやく実感したからだ。実際、バレはしなかったが、誰かが騒ぎを起こしていたヒトガタを捕まえたらしい、と言う噂はポケモンセンターのトレーナーほぼ全員がしており、一体それが誰なのか、と言う話で持ち切りだった。

 楽観視して、ミシロタウンからコトキタウンまでエアを出したままで歩いてきたが、自身が思っている以上にヒトガタ…………というより6Vポケモンと言うのは注目の的らしい。

 親父殿と勝負した時は、まだ朝早かったことにより、シアの姿を見られた人間は居なかったはずだが、バトルの時は仕方ないとしても、迂闊に路上でエアたちを出すべきではないと考えた。

 エアは多少不満そうではあったが、シアがすんなり頷いたこと、そしてエアたち自身のためでもあることを伝えると渋々頷いた。

 実際、二匹もヒトガタポケモンを連れている、と言うのは確実に目立つ。下手すればロケット団のような奪ってでも手に入れる、と言うやつが現れるかもしれない。だが自身は見ての通りの五歳児であり、ポケモンを出せるならともかく、出せない状況に追いやられればほぼ詰みだ。

 つまり、最初からそう言う状況を起こさせないように、普段から隠しておくべきなのだ。

 

 ただ今回に限っては別だ。と言うより、必要ならば惜しむ必要は無い。

 結局、いつかバレるのはバレるのだ。

 多分そうなんだろうな、と言う程度の予測だが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最終的にはパーティー六匹フルメンバーヒトガタ。

 これで目立たないはずがない。だったらもう今更ではある。

 けれどある程度、自身で自衛できる程度の力や戦力を整えるまでは目立つことは避けたい。そのための予防線でもある。

 

 いつかバレるとしても、そのいつかはできる限り遅らせておくべきだ。

 

 まあそれはさて置いて。

 

「…………トウカの森にね、マボロシの場所がある可能性がある」

「…………マボロシ?」

「の場所、ですか?」

 自身の告げた言葉にピンと来ない二人。まあゲーム用語だから仕方ないのかもしれないが。

 

 マボロシの場所、と言うのは元祖ホウエンとでも言うべき第三世代、ルビー、サファイア、エメラルドでマボロシじま、と呼ばれる島が元だ。

 一日一回、ゲーム内の乱数で判定が行われ、65535分の1と言う本気で幻過ぎる確率の乱数を引くと現れる島だが、そのレア過ぎる確率だけに実際に島を訪れたトレーナーはガチで落胆してしまうだろう。

 あるのはソーナノと言う珍しいポケモンとチイラと言う他では見ない木の実だけ。

 

 確かに野生のソーナノは他には出ないし、チイラもマボロシじまにしか出ない。

 だが6万数千分の1と言う余りにも低すぎる確率を踏破してまで手に入れる価値のあるアイテムとは言えない。

 実際のところ、色違いポケモンや6Vポケモンを野生で捕まえるほうがまだ現実的ではある。何せ、ポケモンの捕獲は一日何度でも行えるが、マボロシじまの判定は一日一度しか行われないのだ。

 余りにも酷すぎる仕様に、ルビーサファイアの強化版とでも言えるオメガ―ルビーアルファサファイアでは大幅な仕様変更が行われた。

 

 それがマボロシの場所。

 

 ゲーム内でストーリーを進行させていると手に入るある道具を使うと行けるようになるマップ上には存在しない場所の()()である。

 

 マボロシのしま、マボロシのもり、マボロシのやま、マボロシどうくつの四つに分かれており、それぞれ他の場所では出ない珍しいポケモンが出現したり、貴重なわざマシンやどうぐが落ちていたりと以前よりもぐっと充実した内容となっている。

 

 しかも、マボロシの場所は一日一回、日付の変更と共に場所と内容が変わるだけで()()()()()()()()()()()()

 

 特に、オメガルビ―、アルファサファイアで野生のメタモンを入手するにはこのマボロシの場所でメタモンが出る島か洞窟どちらかを当てるしかないので、厳選をしようとするならばだいたいのプレイヤーは一度は来るだろう場所だ。

 

 そのマボロシの場所だが、実はこの世界にもあるらしい。海上に突如現れ、一日で消える不可思議な場所として知られている。見つけて、調べようと準備をし、いざ行こうとするとすでに無いと言う不思議な場所で、詳しいことは分かっておらず、あちこちにあるのは確かだが、唯一その神出鬼没ぶりからマボロシじま、とだけ名づけられている。

 

 で、そのマボロシじまと同じものがが、トウカの森に出た、と言う話をコトキタウンでポケモン協会の人から聞いたのだ。

 

 その名も。

 

「マボロシのやかた…………森の奥のほうに突然大きな館が現れるんだってさ。で、調査しようと近づくとふっと、気づいたら消えて、影も形も無くなってしまっているらしい」

 

 マボロシじまとはまた違うタイプではあるが、突然現れたり消えたり、と言った部分は共通しているのでそう名付けられたらしい。

 知らない情報だ。少なくとも、ゲーム内であったイベントでは無い。

 

「…………まあ残りの子たちと関係あるかどうかは分からないけどね」

 

 ただ他に情報も無いし、一応確認に行こうとは思っていたのだ。

 まさかこう言う形で向かうことになるとは思わなかったが。

 

「とりあえず何が起こっても良いように…………頼んだよ、二人とも」

「任せときなさい」

「何があろうと、マスターには指一本触れさせません」

 

 頼もしすぎる二人の言葉に、薄く笑みを浮かべながら。

 

 そうしてトウカの森の入り口へと入って行った。

 

 

 




未だにメタモンはマボロシ。チャット部屋のとあるお人に3Vメタモン2匹もらって厳選してた。もうあの方には足を向けて寝れない。

でも未だに不思議なことが一つ。
逃した覚えも無いのに、ボックスの中から忽然とメタモンが消失。
未だに原因が分からない。

自身の中ではメタモン脱走事件として記憶に新しい出来事である。

メタモンたちは旅立ったのだ…………あの遥か遠くまばゆい新天地(データの海)へと。


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もらいび、ほのおのからだ、すりぬけ…………さてだれだ?

 

 トウカの森はトウカシティにほど近く、そしてカナズミシティへと行くために通る必要があるため、それなりに人の行き来は多かったりする。

 ただ、単純にカナズミシティへ行くだけならば奥のほうにいく必要も無いので、本当の意味でトウカの森を探索するトレーナー、と言うのはあまりいない。

 ゲーム的な話をするならば、この森は割と初期の頃に来ることになるのだが、キノココがいると言う意味で重要だ。

 キノガッサとか言う悪魔を生み出す森、それがプレイヤーから見たトウカの森。

 因みにこのガッサさん…………リアルなこの世界だと野生で存在する。

 

 恐ろしいことに森の奥、ゲームだと行けない最深奥のほうに行くと、レベル五十六十のキノガッサがいるらしい。森の主、と言ったところか。

 キノコほうし、とかいうくそチート技を積んだガッサを相手にするなど冗談でも嫌だ。

 恐らくすばやさと相性の問題で、エアならば勝てるが、それでも被害が大きすぎる。

 ゲームだと草むらを歩いているだけで襲ってくるポケモンだが、物音を立てないようにゆっくりと歩くと、実はそれほど遭遇率は高くない。

 と言うわけで、抜き足差し足しながらゆっくりと歩いていく。

 

「…………居ないね」

「見当たらないわね」

 

 自身の呟いた独り言染みた台詞に、エアが同調する。

 シアも周囲を見ているが、何かを見つけた様子も無い。

 

「ここ、じゃないのかな?」

 

 さすがにマボロシのやかた、と今回の騒動を関連付けるのは無理があっただろうか、とも思う。

 今のところ方向以外に共通点は無い、だから森に入って何か証拠でもあれば確信も出来たのだが。

「…………森を抜けてカナズミに行った、と言う可能性が無いわけじゃないか」

 寧ろそちらのほうが高いだろうと思う。

 残りの子たちと、マボロシのやかた、そして今回の騒動、全部関連付けるのはさすがに虫が良すぎだろう。

「…………戻ろうか」

「いいの?」

「良いのですか?」

 二人の言葉に頷く。

「さすがにこれ以上は確証も無しに深入りすべきじゃない…………素直にカナズミシティ方面に抜けて、それでも見つからなかったら父さんたちと合流しよう」

 自分でも納得はできない、だがそれがベターな選択肢ではある。二人も何か言いたげではあったが、やがて頷いて納得し。

 

 ふっ、と。

 

 視界の中に何かが映った。

 

 ふわり、ふわりと木々が朝日を遮り、一日中薄暗い森の中を何かが漂っている。

 

 赤くて、青くて、時折白くなる何かが森の奥へと入って行く。

 

「……………………エア、シア」

「何」

「はい」

 告げた言葉の音色で、二人が何かを感じ取り、即座に反応する。

「やっぱり予定変更だ…………奥に進む」

 やっぱりこの森、何かある。そんな予感がする。

 

 恐らくハルカはこの先にいる。

 

 そんな確かな予感が芽生えていた。

 

 

 * * *

 

 

 ふわりふわりと浮かぶ光のようなものを追って、森を進むとソレがあった。

 

「…………マボロシのやかた、なるほどね」

 

 確かにこれは館、そう呼ぶに相応しい。森の中、切り開かれた土地に巨大な建物があった。

 周囲は鉄柵で囲まれており、唯一の入り口と思わしき門が開かれている。

「…………誘われてる?」

 無警戒に、門の周辺には誰も居ない、何も居ない。

 だがそれが逆に罠のように見えてならない。

 

「…………行こう」

 

 数秒考え、やがて進むことにする。

 何なのだろうこれは、こんなものゲームには無かった。そう思うと、急に不安を感じる。

 この先には、自身の頭の中にある知識は通用しない。そうなれば自身は少し頭の回る程度の、本当にただの子供でしかない。

 大丈夫だろうか、そんなことを思った矢先。

 

 ぎゅ、と左右の手を握られる。

 

 視線を向ける、エアとシアがそれぞれ片方ずつ手を取っていた。

 何も言わない、けれど言わないからこそ、雄弁だった。

 

 私たちがいる、そう告げていることがはっきりと分かった。

 

「…………うん、大丈夫」

 

 それじゃ行こうか、呟くと同時、足を踏み出した。

 

 

 門を潜り、敷地内に一歩を足を踏み入れる。

 何も起きない…………罠かと思ったが、違ったか?

 

 そう思った瞬間。

 

 きい…………ばたん、と突然門が閉じる。

 

「…………逃がさない、ってことかな」

 押しても引いてもびくともしない。ゲームだったら完全に進むしかない状況だが、現実ならばエアに飛んでもらえば超えられそうだが…………。

「止めておこうか」

「良いの?」

「うん、多分だけど、そう言うところにも対策があるような気がする…………」

 少なくとも、そう簡単には帰してもらえそうには無さそうだ。

「それに…………全員ぶっ飛ばしてやれば全部解決だしね」

 そんな自身の言葉に、珍しくエアがくすり、と笑みを零す。

「同感ね…………やる気十分みたいで安心したわ」

「心配してくれてたの?」

「な、なな、そんなはずないでしょ! ていうかいつまで握ってるのよ」

 ぎゅっと、握ったままの手を握り返しながらそう尋ねると、エアが顔を赤らめて狼狽える。

「不安なんだけどなあ…………握ってちゃダメ?」

「う…………うう………………」

「だ、あ、め?」

「う…………もう、好きにしなさいよ!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くエアに癒される。

「もう、マスター…………エアをあまり苛めてあげないでくださいね」

 そしてそんな自身をシアが嗜めて…………。

 

 先ほどまでの不安は一掃されていた。

 

 くすり、と笑って二人の手を強く握る。

 

「行くよ、二人とも」

「ふん」

「はい」

 

 開かれた扉へと突入する。

 中は薄暗く良く見えないが…………。

 

 ばたん、と背後の玄関の扉が閉まる。

 まあ分かっていたことだけに、別に驚きは無い。

 そして真っ暗闇となった館の内側から次々と刺さる視線、視線、視線、視線、視線。

 ゴーストタイプのポケモンたちの巣窟か何かだったらしい、自身が見たのはここに帰ってきたゴーストポケモンのおにびか何かだろうと予想する。

 

 そして直後。

 

 ぼっ、ぼっ、ぼっ、と突如、次々と館の中に飾られた()()()()()()()()()()

 明かりに照らされ、現れたのは広い広い玄関ホール、そして。

 

「…………ほら、おいでになった」

 

 いきなりボス戦か、なんて内心でバカなことを考えながら。

 

「おやおや…………ようこそ、諸君」

 

 低い、バリトンボイスが空間に反響した。

 

 こつん、こつん、こつん。

 

 硬い石の廊下を叩きながら歩いてきたのは、一人の男。

 白いシャツに黒のスラックスの上からまっ黒な外套を羽織り、シルクハットを被った()()()()四十か五十くらいの紳士風の男。

 トレーナーか? その理性的な声の響きからそんな風に思う。

「おや、随分と年若いトレーナーだ…………それにしては良く懐いたヒトガタを連れている」

 告げられた言葉の意味を即座に理解し、思わず目を細める。

 

 この男…………()()()()()()()()()()()()()()()()()と、一目で見抜いた。

 

 ヒトガタポケモンの外見は本当に人によく似ている。萌えモンは翼や尻尾、など一部元となったポケモンの特徴が残っているものも多かったが、ヒトガタポケモンは本当にそう言ったものも無く、完全なヒトガタだ。

 故に初見で二人を見て、それが人間ではなくヒトガタであると察するのは、困難を極める…………はずなのだ。

 

 ただの人間ではない、それは分かる、だったら何なのか、と言うのは分からない。

 

「ふむ…………まあ折角の客人なのだが、今日のところはお帰り願おうか、別にお客人を招いていてね」

 

 そう呟きながら視線を逸らし…………その視線の先を追えばそこには。

 

「ハルカちゃん!」

 

 生気の無い瞳でじっと立ち尽くす、探していた友人の少女がそこにいた。

 名前を呼んだことで男がおや、とこちらを見る。

「知り合いかね…………なるほどキミはこの子を探しに来たのか。良くぞこの場所にたどり着いた、と言いたいところだが、残念ながらそれは困るのだよ」

 呟きつつ、男が懐から何かを取りだし、こちらに向けてくる。

「…………コイン?」

 と、紐。何か見覚えがある。と、言うかまさかこれ。

 

「エア、シア、見るな!」

 

 咄嗟に目を瞑り、それを直視しないようにする。

 男がほう、と驚いた様子で声を漏らした。

「キミはこれを知っているのだね…………とは言え、知識は十分ではないようだ」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 男の声と共に、ヒュンヒュンヒュン、ビィィィィィ、と()()()()()()()()()と共に重低音が鳴り響く。

「あ…………う…………嘘…………だろ」

 直後、全身から力が抜けていく。体中が気だるさに包まれているようだった。

「エア…………シア…………耳…………塞げ…………」

 どさり、と館の石畳の床に崩れ落ちる。

「目を逸らし、耳を塞ぎ…………それで戦えるのかな?」

 嘲笑している、と言うよりはこちらの反応を期待しているかのようなその笑みに。

「し…………ね…………ばあか!」

 ごろり、と転がってエアの裾を掴む。エアの視線がこちらへと向けられ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「るあああああああああああああああああ!!!」

 エアが咆哮し、館全体をじしんが襲う。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と館全体が鳴動するような勢いで揺らされ、さしもの男も立っていられず、どすん、と尻もちを突く。

 音が止むと同時に、体の気怠さが徐々にだが抜けていく。完全にではないものの、立って起きれる程度には回復する。

「分かった、分かったぞ…………お前…………()()()()()だろ!!!」

 

 さいみんポケモンスリーパー。こいつが今回の事件の犯人だと、ほぼほぼ確信する。

 

「やれやれ…………バレてしまっては仕方ない」

 

 幼女に襲い掛かったり、子供を浚ったり、可愛いポケモンを連れ去ろうとしたり、公式でネタにされているロリコンこと、ロリーパー…………じゃなかった、スリーパー。

 

 ()()()()()()()()()()()()。つまり目の前にいるのはそれだ。

 

「エア…………お前ならすばやさで抜ける、最速で抜けて一撃でぶち殺せ」

 その言葉に、エアが前に出て…………。

 

「おっと…………降参だよ」

 

 スリーパーが持っていた振り子を床に起き、両手を挙げた。

 

「…………どういうこと?」

「言葉の通りだ…………彼女も返そう、今はまだ催眠術で眠っている意識も、次第に目を覚ます」

 

 じろり、と視線をスリーパーに向けたまま動かさない。

 そんな自身の様子に、スリーパーが用心深いね、と苦笑した。

 

「分かった本当のことを言おう。キミたちに助けて欲しいんだ」

「…………()()()()()()?」

「ああ…………この館のゴーストポケモンたちは、みんな()()に支配されている、だが本来彼らはこの世に留まるべきではないのだ…………そのために、私がここにいた」

「…………どういうこと? それに彼女って、誰?」

「ああ…………彼女は」

 

 瞬間。

 

 男の背後の廊下、蝋燭の照らす玄関ホールとは真逆に、一切の光の届かない闇の内側より。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「が、がああああああ!!!」

 スリーパーが絶叫し、そのまま正面の階段から転げ落ちてくる。

 闇の内側より…………()()()()()()()()

 

 少女が現れた瞬間、玄関ホールにいた全てのゴーストポケモンたちが我先にと逃げ出す。

 

 そうして一匹、逃げ遅れたゴースが、少女の視線に止まり。

 

「シャァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こつ、こつ、とストライプ模様のソックスの上から履いたブーツが床を叩く。

 黒を基調としたランタンスリーブのテールカットの上着と紫を基調としたアンガジャントシャツ。淡い紫のチュールスカート。胸元に付けられたリボンを揺らしながら。

 紫がかった髪の色、頭の上にぴょこんと跳ねたサイドポニーが印象的だった。

 

 そして何より。

 

 少女の後頭部で結ばれた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彿()()()()()

 

「キシャシャシャシャ」

 

 少女が嗤う。

 

 命の燃え尽きていく様を、嘲笑う。

 

「…………まじかよ」

 

 思わず呟くその言葉は、誰に対してなのだろうか。

 目の前の少女に対してか、こんな状況になった運命に対してか、それとも根本的にこの世界に対してか。

 

「……………………シャル」

 

 シャル、それが自身が彼女に対して付けたニックネームだ。

 

 もし彼女が自身の知る彼女だとすれば、だが。

 

 まあ間違い無いだろう。

 

 シアの時に何となく気づいたが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 野生のヒトガタだろうと、人の言葉を話す。それはスリーパーが証明している。

 

 故に、目の前で残忍に嗤う少女は…………かなりの確率で自身の手持ちの一体。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 




シャンデラちゃん可愛い!
自分が擬人化ポケモン書きだした最大の要因です。

そして何気に初めての♂の擬人化。
仕方なかったんや…………公式でロリーパーなんてものが存在するから(

そして探した擬人化絵で渋いダンディスリーパーがいたので思わずやっちゃった。

あと、シャンデラちゃんが仲間になったら半分はそろうし、一人一回ずつコミュ回みたいなのやりたい。


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みにみにしゃんでらちゃん

 

「エア!!!」

 咄嗟に叫ぶ。理解していた、認識していた。

 作ったのは自分だ、そういう風に調整して、そういうコンセプトで生み出した。

 

 ()()()()()()()()

 

 だから初手、種族値を考えればエアならば先手を取れる。

 

「りゅうせいぐん!」

 

 轟々と、館の天井を突き破って、流星が降り注ぐ。

「キシャシャシャシャシャシャシャ」

 シャンデラが…………シャルが嗤う。

 

 直後、流星がシャルへと降り注ぎ、轟音と共に、完全にその姿を飲み込んでいく。

 

「…………シア、ハルカちゃんを」

「分かりました、マスター」

 シアが階段の脇にいたハルカを連れて戻って来る。

 それから視線をスリープへと向け…………切り捨てる。

 少なくとも、助ける義理は無い。

 生きていたら助けるが、途中で死んだならばそれはそれで片づける。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 現状最も優先すべきは、ハルカの安全であり、二番目はシャルを大人しくさせることだ。スリーパーのことはその次で良い。

 

「…………マスター」

 エアが、苦々し気な表情で、自身の名を呼ぶ。

 

()()()()()()()()

 

 その言葉と共に。

 

「キシャシャシャシャシャシャシャ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………最悪だ」

 

 ()()()()

 

「…………エア、当てれる?」

「まだギリギリなら、ってことね」

「やれ」

「了解…………ね! じしん!」

 全体攻撃故にハルカを確保せずには使えなかった技だが、もう遠慮する必要も無い。

 一番命中率の高い技を狙っていき…………。

 

 ふわり、と大地が揺れるポイントからするりするりとシャルが抜け出していく。

 

 そうして。

 

「キシャシャシャシャシャ」

 

 また一回りか二回り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャンデラと言うポケモンを使ってみると分かるが。

 圧倒的な高火力の割りに意外と耐久も高い。だがそれは相手のエースの攻撃を受けたり、タイプ一致で放たれた弱点攻撃に耐えれるほどでのものでもない。

 だから、そもそも攻撃を受けない、被弾を極力減らす方向性で自身は彼女を作った。

 

 積んでいる技はかえんほうしゃ、シャドーボールの攻撃系と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして持たせたのはひかりのこな…………無条件で相手の命中を0.9倍にできるどうぐ。

 

 積めば積むほどに害悪となっていくシャンデラ…………それが自身がコンセプトとしたシャルと言う少女だ。

 最終的に命中100の技を7割弱の確率で回避しながら、みがわりを張って、伝説並の種族値から来る火力をもってして一方的に相手を叩くことができる、そう言うコンセプトを持ってして生まれてきた少女だ。

 

 故に、真っ先に、最初の一手目、速度で勝るエアで叩くのが唯一の正解だったのだ。

 たった一度積ませるだけで、命中100の技が途端に六割を切る。

 だからこそ、この展開は分かり切っていた。

 

 最初の一撃、りゅうせいぐんを外した瞬間。

 

 たった19%の敗因を引き当てた瞬間に。

 

 この展開は分かり切っていたのだ。

 

 

 * * *

 

 

「…………自分で作ったポケモンだけど」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 改めてその脅威を実感する。

 自身の目の前には、すでに幾度もの攻撃を受け、ズタボロになったエアの姿。

 これまで自身のエースとして絶対的な強さを見せつけてきた少女が一方的に負けている姿と言うのは中々に来るものがある。

 

「…………仕方ない」

 

 そう、仕方ない。これはできればやりたくなかった方法だ。

 だが、はっきり言ってこれは無理だ。

 極限までミニマム化した上にみがわり状態の今のシャルに攻撃を当てることのできる想像ができない。

 リアルな世界になったことで、システム上は命中100技ならば3割程度の命中率があるはずなのだが、それすら無くなっている。そもそも小さすぎて視界に映すことすら困難になっている状況だ。

 このままでは全滅は必須だ…………エアを信じたいが、けれどこの状況で任せるのは信じているのではない、ただ投げ出しているに過ぎない。

 

「エア、積め…………シア、悪いけど、前に出て」

 

 指示を出す。エアにりゅうのまい、そしてシアにはその間の時間稼ぎを。

「ねがいごと」

 指示通り、ねがいごとをしながらシアが前に出る、当たり前だがこおりタイプのシアとほのおタイプのシャルでは完全に相性が悪い。

 すでに五度、六度とかえんほうしゃを受けてエアがまだ立っているのはドラゴンタイプの半減効果のお蔭と言える。

「キシャシャシャシャ」

 シャルがこちらを嗤いながら指先から炎を生み出す。

 

 かえんほうしゃ

 

 吹き出た炎がシアへと降り注ぐ。

 上から下への一方的な蹂躙。繰り返されているのはそれだ。

 

「シア」

 

 れいとうビーム

 

 射出された冷気が炎をぶつかり合い…………()()()()()()()()。弱点ではあっても半減したその威力では受けポケとして育成されたシアを落とすことはできない、直後にねがいごとによる体力の回復が行われる。

 ターン制のゲームならばこんなことはできない、だが現実にターンなど無い、相手は待ってくれないし、自身だって待つ必要も無い。命中100の技だからって当たってやる必要もないし、命中が低い技だからと外してやる必要も無い。

 攻撃に攻撃をぶつけて相殺しても良いし、今のように火力が違えば打ち破ることも打ち破られることもある。

 

 リアルだからこそ、できること。リアルだからこそ起こりうる状況。

 

 必然、トレーナーに求められるものはゲーム時代とは異なってきている。

 

 故に、これもまたその一つに過ぎない。

 

「エア」

「……………………おーけい! ()()()()()()()()()()()()

 

 りゅうのまいを、限界いっぱいまで積んで、積んで、積んで、積んで、積んで、積んで。

 

 そうして。

 

 じ し ん !!!

 

 放たれるのは限界を超えた一撃、対象はシャル…………()()()()

 

「全部、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ…………()()()()()()()!!!」

 

 轟々と大地が脈動する。揺れている、などと言う生易しいものじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 大地から館を引き抜かんばかりの振り上げ、そして振り上げた館を叩きつぶさんばかりの振り下ろす。

 

 単調な上下運動ながら、その規模は、威力は凄まじいの一言に尽きる。

 

 最初の一振りで、あっさりと、館の屋根が崩れ堕ちた。

 

 次の一振りで壁に亀裂が走り。

 

 トドメの一振りで柱が崩れ。

 

 そうして()()()()()()()()

 

 崩れ落ちていく館から次々とゴーストポケモンたちが逃げ出していく。

 そうしてそのまま天に昇るように、虚空へと突如消える。

 次々と、次々と、次々と。

 

 そんな中で、シャルは完全に硬直していた。

 

 上から落ちてくる瓦礫の山。

 

 右へ行こうと、左へ行こうと。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 しかもこの数と大きさ、みがわりなど本当に時間稼ぎにかならないことを理解しているかのように。

 

「…………よう、シャル」

 

 そして階段下で呟く自身の言葉に、シャルがぴくりとこちらを見る。

 

「知ってるか? ちいさくなる使うと、特定の技が必中かつダメージ2倍になるってよ」

 

 瓦礫が迫る。瓦礫の山に押し潰される。

 

天井崩落(ふみつけ)

 

 その言葉と同時、瓦礫の山がシャルに降り注いだ。

 

 

 * * *

 

 

「…………はは、生きてるや」

 思わず苦笑してしまう。そしてそんな自身の笑みに、エアが一つ、ため息を吐く。

「あのね…………私が助けなかったら本気で死んでたわよ」

「分かってるよ…………ありがとう、エア」

 崩落する天井や壁を弾き、逸らし、そして一瞬の隙をついてハルカと自身を連れて飛んでくれた少女に礼を告げる。

 宙を浮遊する感覚に、少しだけ戸惑うが、エアがしっかりと掴んでくれているので、それほど恐怖は無い。

 ゆっくりと高度を下げ、地面が足と接すると、それでもやはり少しだけ安堵してしまうものがある。

「ハルカちゃんは…………大丈夫そうだね」

「寝こけてるわね…………この状況で。随分と大物になりそうだわ」

 やれやれ、と言った様子で呆れた声を出すエアに、くすりと笑う。

「アンタも…………気をつけなさい、本当に死んでたかもしれないんだから」

「それは大丈夫さ…………だってエアのことは信じてたから」

「はあ?」

 何言ってんだこいつ、みたいな目でこちらを見てくるエアに笑って告げる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って信じたからここまでやったんだよ」

 その言葉に、エアが数秒、絶句し。

 

「…………そう言うの、卑怯」

 

 少し不貞腐れたように、けれど少しだけ頬を赤らめながらエアが顔を背けた。

 

「っと…………そうだ、シア大丈夫?」

 咄嗟にボールに戻したシアを再び出すと、少しぐったりした様子のシアが顔を上げた。

「ええ…………まあ、なんとか、と言った感じはありますが」

「そっか…………良かった」

 シアの言葉に安堵し、笑みを浮かべ…………そうして崩落した館へと視線を向ける。

 

 直後、ぼごっ、と瓦礫が動くような音がする。

 

「?!」

「!!」

「待った」

 

 エアとシアが咄嗟に臨戦態勢に入り…………それを手で制する。

 

「ハルト!」

「マスター!」

 

 二人の言葉を無視しながら、一歩一歩、歩きながら動いた瓦礫の元…………。

 

 シャルの元へと歩いていく。

 

 ごとり、と瓦礫がずれながら脇へとどけられ、中からシャルが姿を現す。

 だがその動きは精彩を欠いていた、当たり前だが建物の崩落に巻き込まれたダメージは甚大だ。

 

 多分大丈夫だろう、と言う予測はあったが、それでも一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

 

 だがそうでもしなければ、シャルを止めることはできなかった。

「仮にも…………仮にも自分のポケモンなんだ」

 仮にも6Vポケモンだ。

「この程度で死ぬなんて、思ってなかったさ」

 どうにかして生き残るだろう、とは思っていた。

 

 シャルが、光の無い瞳でこちらを見つめる。

 

 その指先に炎が宿り。

 

「シャル、捕まえた」

 

 それよりも先に、自身が投げたモンスターボールがシャルを捉えた。

 

 

 * * *

 

 

 シャルは無事捕獲された。

 

 面白い話だが、ナビで捕獲したエアやシアの情報を見ると、親の名前に自身が登録されている。

 つまり、一度野生に還った状態でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないかと思っている。

 つまり自身が投げたボールは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と予想している。

 

 現に、シアと言い、シャルと言い、ボールに入れたら一度の抵抗にあうことも無く捕獲が完了している。

 

 恐らくこの辺りの考えは正しいのではないかと思う。

 つまり、本来ならば戦う必要は余りない。だが一度大人しくさせなければ、大人しくボールを投げさせてはくれないだろうし、そもそもボールを()()()()()()()()

 この辺りはゲーム時代との違いだろう、ポケモンもボールを投げられれば捕獲される可能性を知っているのだ。なのでむざむざ投げさせないし、投げてもすぐさま避けようとする。なので捕獲と言う作業自体はゲーム時代よりもやや厳しくなっている。

 

 つまるところ、やることは今まで何も変わらない。

 一度倒すかどうかして、身動きできないようにして、ボールで捕獲する。

 つまり、ゲームでの捕獲と同じようなものだ。

 

「しかしこれで三匹か」

 

 エア、シア、シャル。

 今まで一度もそんな話聞いたことも無かったし、遭遇したことも無かったはずなのに、探し始めた途端に次々と戻って来るこの都合の良い展開は何なのだろう。

 

 いくら考えても答えは出ない。

 

 だったら、今は良い。どうせ考えても分からないなら、分かるまで待つ。

 

 とりあえず今は…………。

 

「疲れたあ」

 

 どさり、と全身を投げ出し、森の土の上に寝転がる。

 森の中を複数人がこちらへと走って来る音が聞こえる、近い。

 恐らくは父親が連れてきたジムトレーナーたちだと思う。

 あれだけ派手に館をぶち壊したのだ、さすがに分かりやすい目印となっただろうことは予想できる。

 

 これでようやく一件落着。

 

 そう考えれば途端に全身を気怠さが襲い、思わず欠伸が漏れ出た。

 

「だらしないわね」

「ふふ、お疲れさまです、マスター」

 

 二人もどうやら大分回復してきたようだし。

 

 とにもかくにも。

 

「お疲れ、二人とも」

 

 一歩、また前進だ。

 

 

 




シャンデラちゃん、ゲットだぜ(ロリ可愛い)。


そして忘れ去られた男ロリ―パー。


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こいつ…………生きてやがるぞ?!

ハルカちゃん初めてのまともな出番の巻き。
基本的にORASのハルカそのままなイメージで書いてる。ただし少し幼いけど(少し=七年)


 名前をくれないか、と。

 

 男はそう言った。

 

 

 

 瓦礫の山を前にして休んでいると、すぐさまトウカジムのトレーナーたちがやってきた。

 そしてその先頭に立つのは当然。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ハルトオォォォォォォォォ!!! 心配したぞおおおおおおおおおおお!!!」

 

 森中に響き渡るのではないかと思うほどの絶叫を上げながら、自身に抱き着いてくる親父殿である。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ、髭がああ、じょりってするうううううううううううううううううううううう」

 

 じょりじょりと擦れる髭に、思わず悲鳴を上げる。

 そんな親子の姿にトウカジムのトレーナーたちが毒気を抜かれたような表情でぽかん、と呆けて。

 やがてくすり、と笑う。

 

 そうこうしている内に。

 

「ん…………んー?」

 

 シアに任せていた少女が目を覚ます。

 

「んー? ここどこ? ってあれ? ハルトくんに…………それにセンリさん? なんか楽しそうだけど」

 少女…………ハルカが首を傾げ。

 

「どういう状況?」

 

 それは自身が聞きたい、なんだこの状況。

 

 

 * * *

 

 

 そうしてハルカが無事見つかったことにみな安堵しながらジムトレーナーたちを父親が先に返し。

 

「何があった?」

 

 ふと、真面目な顔つきになってそう尋ねてくる。

 その問いに、どこまで答えたものだろうかと考える。

 そもそも何故あのスリーパーがハルカを連れて行ったのかさえいまいちわからないのだ。

 シャルとあのスリーパーの関係性も良く分らないし、肝心のシャルは今、ボールの中で気絶中だし、そもそも恐らく何も覚えていないだろう。

 だから答えれる範囲で言うならば。

 

「ハルカちゃんを誘拐したのはスリーパーだよ」

「スリーパー? どうしてこんなところに」

 

 そう言われると確かにそうなのだ。スリーパーやスリープと言ったポケモンは…………そもそもこの辺りに生息すらしていないはずなのだ。

 それがどうしているのか、しかも。

 

「そのスリーパー…………ヒトガタだった」

「…………なに?」

 

 その言葉に、親父殿が目を細める。

 

「エア…………その辺の瓦礫ちょっとどかしてみてくれる?」

 自身の言葉に、エアが頷き、()()()()()()()()()()()()

 改めて目の前の小さな少女の凄さが分かる。実際ハルカなどほえー、と口ぽかんと開けたまま呆けている。

 そうしてエアが次々と瓦礫をどかしていき。

 

「…………ぐ、う」

 

 やがて瓦礫の下から一人の男を見つける。

 瓦礫のダメージで動けない男の首を背中側から掴み…………そのままぶらん、と持ち上げる。

「言っとくけど…………余計なことをしたら容赦しないわ。不審な動きを見せたらその時点で殺すわ」

 ドラゴンタイプ特有の凄み、とでも言うのか。他者をひれ伏せさせるプレッシャーのようなものを感じる。文字通り、命運を握られた男からすれば、猶更だろう。

「あれだよ」

「…………そうか」

 父さんが腰からボールを取りだす。

 

「こい、ケッキング」

 

 そうして出したのは、ケッキング。

 出現しただけで、どすん、と周囲を揺らすほどの巨体。

 

「さて、質問をしようか」

 

 父さんがそう告げた瞬間、ケッキングが地面を叩く。

 

 ズダダダダァァァァァン

 

 手のひらで叩いただけで爆発でもしたかのように地面が弾ける。軽くクレーター状態である。

 

「質問には正直に答えてもらおうか」

 

 でなければ…………どうなるか、それを暗に後ろのケッキングが示していた。

 

 

 * * *

 

 

 意外にも、と言うべきか。それともやはり、と言うべきか。

 

 スリーパーは大人しく全て話した。

 

 その話の大よそを語るのならば。

 

 スリーパーは元はとあるトレーナーのポケモンであった。

 そのトレーナーがトウカの森の奥、館へと迷い込んだことから全てが始まる。

 この館が何なのか、スリーパー自身にも分かっていない。

 だが一つだけ分かることがある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 館の中はゴーストポケモンが大量に集まっており、そうして集まったまま解放されない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてトレーナーは、この館の中で殺された。

 

 館の最奥にいたポケモンの手によって。

 

 スリーパーもまたその時戦ったが、まるで歯が立たず、瀕死となった。

 

 目を覚ましたスリーパーが見たのは、床に倒れ伏したトレーナーの死体と、主の消えた館の最奥の部屋のみ。

 それからスリーパーは“さいみんじゅつ”によって館に捕らわれたゴーストポケモンたちを浄化し続けていた。世界へ還る、その意思さえあれば霊はいつでも輪廻に戻る。ゴーストポケモンたちを見る中でスリーパーはそれを知った。

 

 スリーパーがそんなことをしていた理由は簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どれが、なんて分からない、分からないから時間をかけてでも全ての魂を送り返すつもりだった。

 

 そこにシャルがやってきた。

 

 魂を燃やす悪夢のキャンドル。

 

 だがどうにもならなかった。

 

 同じヒトガタ、6Vと言う条件であってもスリーパーとシャンデラでは種族としての強さが違い過ぎる。

 だがシャンデラ…………シャルもまたスリーパーの防御性能を厄介視していた。

 スリーパーは全ステータスの中でもとくぼうがひと際高い。特殊アタッカーとしての役割を任せていたシャルの攻撃を大きく軽減させてしまう。そしてアタッカーだけに防御性能に努力値を振られていないシャルでは、下手にきゅうしょに当たったりなどしたら大きなダメージを受けてしまう。

 シャルは臆病な性格をしている。裏を返せば、用心深いと言うことでもある。

 だからこそ、シャルはスリーパーとの正面対決を避けた。

 

 スリーパーもまたゴーストポケモンたちを燃やさせないように立ち回った。

 

 シャルが代わりに求めたのは人であった。

 

 それは恐らくだが、トレーナーを探す、シャルの無意識だったのだと自身は推測する。

 だが人が一人消えれば人間社会と言うのは騒ぎになる、と言うのは元トレーナーのポケモンだったスリーパーは分かっていた。

 

 だから。

 

 独りの人間を狙う。

 特に旅をしているトレーナーなどは狙い目だ。トウカの森でキャンプしているトレーナーを夜こっそりと()による催眠にかけ、館へと引き込む。

 

 トレーナーが居なくなっても誰も気づかない。何故なら旅の途中である以上、何が起こってもおかしくはない、それこそ野生のポケモンに敗北し、殺されていてもおかしくは無いのだ。

 

 そうして連れてきたトレーナーを、シャルは拒否した。自身で無い以上それはある意味当たり前の行動だったのかもしれない。

 困ったのはスリーパーだ。シャルを満足させられなければゴーストポケモンたちが…………中にいるかもしれない、自身のトレーナーだった人間の魂までも燃やし尽くされるかもしれない。だが言われた通りに人間を連れ来ても彼女は拒否する。

 どうしたものか、と思いながら足を延ばした先にミシロタウンがあったのは偶然に過ぎない。

 

 そして夜中にさ迷っているところを、()()()()()()()()()

 

 結論だけ言うと。

 

 ハルカの誘拐は自発的な部分と他者による部分がある。

 

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無くなっていたモンスターボール。お守り代わりと言ったが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えた。

 

 ハンガーから一つだけ無くなっていた服。寝る前だった状態から()()()()()()()()()()()()()()()()考えた。

 

 最後の開かれたカーテン、夜は普通カーテンを閉めるだろう、部屋の明かりで中の様子が外からでも見えてしまう、だから二階だろうとカーテンは普通閉める。だが開いていた。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことに違いない。

 

 そして最後に部屋にかかっていた鍵。つまりそれは。

 

 夜に偶発的か理由あってか、カーテンを開けたハルカは窓の外に何か…………恐らくスリーパーかそのお供のゴーストポケモンかを見た。そして好奇心かそれともそれ以外の理由からか、それを追いかけることにしたハルカはいざと言う時のためのお守り代わりに大事にしていたモンスターボールを手に外着を着て部屋を出た、鍵をかけたのはこの時だ。マメな性格なのはクローゼットを見れば察せられた、だから、自身が外出する時に部屋に鍵をかけた、と言うことだろう。

 

 そしてここからが他者によって行われた部分。外に出たハルカは目的のポケモンたちを見つける、だが逆にスリーパーにさいみんじゅつにかけられて連れ去られてしまい、この森の館までやってきてしまう。

 

「…………まあ多分、全部総合した推測だけど、こんなとこだと思うよ」

 

 合ってる? と視線の先のハルカに尋ねると。

 

「え、えへへ」

 苦笑いで誤魔化された。まあそれはつまり正解と言っているようなものだが。

「あのね…………不用意に家を出なかったらこんなことにならなかったんだから…………反省しなよ?」

「はーい…………えっと、ごめんね? ハルトくん、それに、ありがとう、助けてくれて」

 はにかみながらそう告げるハルカ。これはさすがの原作ヒロイン、と言いたい。可愛い、あざとい、だがそれが良い(ぐっ

 

「それで父さん…………スリーパー、どうするの?」

 

 すでにスリーパーは解放されている、だが動かない。動けない、と言うよりやることが無くなった、と言った感じか。

 

 スリーパー曰く、館の崩壊と共に束縛されていたゴーストポケモンたちは全て天へと還ったらしい。

 恐らくスリーパーの元トレーナーだった魂も。

 完全にやることが無くなってしまった、とは本人の談。

 

 放っておいてももう悪事は働かないだろう、故にこのまま野生に返すのも一つの手。

 どこか知り合いに預けるのも一つの手。

 今回の事件の犯人として処断するのも一つの手。

 

 …………ああ、一つ言っておくと。

 

 野生のポケモンが何らかの事件や犯罪を起こしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 代わりに、そのポケモンが今後何か問題を起こしても、その全ての責任をトレーナーが負うことになる。

 

 つまり、シャルはすでに無罪だ。だがスリーパーは元トレーナーのポケモンであって、実質的な野良だ。

 人を誘拐している以上、危険なポケモンとして処分されてもおかしくはないが…………。

 

「それなんだが…………」

 

 親父殿が口を開こうとした、瞬間。

 

「おじさん」

 

 それを遮って、スリーパーに話しかける少女が一人…………と言うか、ハルカちゃんだった。

 

「行くところが無いなら、一緒に行かない?」

 

 告げられた言葉に、スリーパーが驚きに目を見開いている。

 と言うか、自身も父さんも驚いている。

 

「…………キミは、私を恨んでいないのかな?」

「なんで? 確かにここまで連れてきたのはおじさんだけど、それも理由があってのことだし」

 

 それに、おじさんけっこういい人っぽいし。

 

 ふんす、と鼻息を荒くしながら両手にぐっと力を込めるような構えをする。

「あたしはハルカ、おじさんは?」

「…………名前、ね。()()()()()…………少なくとも、あの子を失った時に一緒に失くしてしまったからね、だから今の私はただのヒトガタのスリーパーでしかない」

「なら、スリーパーのおじさん。あたしね、いつかトレーナーになってお父さんのお手伝いをしたいんだ、お父さんはね、とってもすごいポケモンの博士なんだよ」

 

 爛々と、輝く瞳で、夢を語る少女に。

 スリーパーが口元を緩ませる。

 

「今はまだポケモンを連れてないから、一人じゃフィールドワークもできないけど、それでもね、十歳になったらお父さんがポケモンをくれるって言ってくれたんだ、だからそれまではトレーナーの勉強中、あとポケモンのこともいっぱい勉強してるの」

 

 段々段々と、スリーパーの目が少女に惹きつけられていく。

 

「ポケモンバトルとかは…………あんまり興味ないんだけどね。あたしは別にそう言うのやりたいわけじゃないし」

 

 それが傍目にも分かる、だから父さんへと目配せし。

 

「あとあとね…………」

 

 父さんが頷く。

 

「それで」

「ハルカちゃん」

 

 ハルカちゃんの言葉を遮るように、名前を呼ぶと、ハルカちゃんが我に返ったように顔を上げる。

「あ、いけない、また喋りすぎてた…………えへへ、ごめん、ごめん」

「それはいいけど、まだスリーパーの返事、聞いてないよ?」

 そう言うと、あ、と少し間の抜けた言葉を返してきた。どうやら忘れていたらしい。

「おじさん、どうかな? 一緒に来てくれない?」

 そんなハルカの言葉に、スリーパーが少し黙り込み。

 

 懐から振り子を取りだし…………握りしめる。

 

「名前を」

「えっ?」

 

 何かを振り切るような、決別するような、そんな寂しげな表情を男が見せ。

 

「名前をくれないか?」

 

 目の前の少女にそう問うた。

 

 

 

 

 




①おっさん生きてた
②ハルカちゃんぐう天使
③ハルカちゃん可愛い
④次回大天使シャルちゃん登場
⑤明日は休日よ(四話は更新したい所存)


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まいらぶりーえんじぇるしゃるたん

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 唐突に目を覚ます。

 自身がベッドに寝ているのだと気づいた瞬間、思ったのは“どうして”と言うこと。

 どうして自分はここにいるのだろうか。

 まるで見覚えの無い部屋。けれど、どこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。

 

 部屋にある窓から外を見れば暗い。月が出ている。

 

 そうしてふと気づく。

 

 ああ、これは夢か。

 

 だって自身はこんな部屋覚えが無い、窓から見える風景も見た覚えが無い。

 なんで自分がこんなところにいるのかも分からないし、そもそも自身が直前まで何をしていたのかすら分からない。

 

 余りにも整合性が無い、余りにも唐突過ぎて。

 

 だからきっとこれは夢だ。

 

 目を覚まさなければならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もう一度、ベッドに入って眠ればこの夢は覚めるだろうか?

 どうしてか居心地がいいと思ってしまったそのベッドを見て首を傾げる。

 

 と、その時。

 

 たん、たん、たん、と床を叩く音。

 誰か来るのだと気づき、思わず入り口らしき扉を見つめ。

 

 がちゃり、と予想とたがわず扉が開く。

 

 そうしてやってきたのは…………一人の少年だった。

 

「…………ごしゅじんさま?」

 

 ついて出たその言葉に、ああ、本当にこれは夢だなあ、と思った。

()()()()()()()()()()

 自身が主が、自身の名を呼んでくれる。ああ、夢にしたっていい夢だ。

 ずっと、微睡の中にいた。多分今見ている夢も、微睡の中でふと都合の良い想像をしているだけなのだろうけど。

 

「えへへ…………ごしゅじんさまだ!」

 

 ずっと欠けていた胸の中の空虚が埋まっていく。それが幻影なのだと分かっていても、それでも自身が主がそこにいるのだと思えばこそ、胸の疼きが抑えきれない。

 自身の想像よりも、随分と小さくなってしまっている主に駆け寄り、その体を抱きしめる。

 暖かい、夢なのになあ…………なんて思いながら。

「えへへへ」

 嬉しさに笑みが零れる、きっと現実じゃ恥ずかしくてこんなのできないだろうなあ、なんて。

 人見知り、と言うかなんというか、どうにも上手く言いたいことも言えない自分だが。

 せめて夢の中くらいは素直になってもいいよね? なんて、そんな言い訳をしながら。

「ずっと探してたんですよ、ボク」

 呟いた声に答えるように、主の手が自身の頭を撫でる。気持ちいい。気持ちいい。心地よ過ぎて、涙すら出てきそうだ。夢なのに、全部夢なのに。

 

「やっと見つけた、シャル」

 

 耳元で呟かれる声に、脳髄が蕩けてしまいそうなくらい歓喜で心が満ち溢れていた。

 ぎゅっと、強く抱き留めれば確かに自身の主がそこにいて。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………ご主人様?」

「なんだ? シャル」

「…………夢、じゃない?」

「なんだ、お前。これが夢に見えるのか」

 にぎにぎ、と頬を優しく摘ままれる。確かに感触がある…………。

 

 ……………………………………。

 

 …………………………………………………………。

 

 …………………………………………………………………………。

 

「わ」

「わ?」

「わわわわわわわわわわわわわわわわわわ?!?!?!?!!!!?」

 思わず手を放し、一瞬でベッドまで後退する。

「シャル?」

 主が自身の名を不思議そうに呼ぶが、それどころではなかった。

「ご、ご主人様? え? 夢じゃないよね? なんで? 暖かったなあ…………ってそうじゃなくて、なんでボクここに…………? それにご主人様の良い匂いがして、ってだからそうじゃなくて」

 頭の中がぐちゃぐちゃで、混乱して、混乱して、何も分からないままに慌てふためいて。

 

()()()()

「え…………はい」

 

 主のその一言でふと我に返った。

「とりあえず、座れ」

 そのまま主の言葉に従うように、ベッドに腰かけると、主がその隣に座る。

「あ、あの、あのあの、ご、ご主人様?」

「お前はそう呼ぶのか…………いや、まあいいけど」

 何故か自身が主を呼ぶと、一瞬妙な顔をされる。

「まず最初に聞きたいんだが…………お前、どこまで覚えてる?」

 そんな主の言葉に首を傾げる。すると、主が。

「ああ、言いかたが悪かったな…………この部屋で目覚める以前のこと覚えてるか?」

「…………何となくは、覚えて、ます?」

 本当に、何となくに過ぎない。

 

 ボクはずっと微睡の中にいた。

 

 夢なのか、(うつつ)なのか、虚なのか、実なのか。

 

 それすら分からず、ただぼんやりと自分じゃない自分が動いていた。

 

 だから、何となく、程度には覚えているが詳細を語れ、と言われれば分からないとしか言いようが無かった。

 

 そしてそんな自身の言葉を主も分かっていたとばかりに頷いて。

「まあそうなんだろうな…………分かった、てことは五年以上前のことも同じか」

 こくり、と頷く。それ以外に頷けなかった。何となく、五年以上前とそれ以降では何かが違うことは理解していたが、けれど何が違うのかはっきりとは思い出せない。

 ただ、五年前を境に自身も他の五匹もトレーナーを失った。だから必至になって探していたことだけは覚えている。

 

 そしてようやく目の前に、自身の主がいるのだと思うと。

 

 とくん、と心臓が跳ねる。

「………………………………」

「どうした? シャル」

 思わず主を凝視してしまうが、その視線に主が気づく。

 先ほどまで思い切り抱きしめてしまっていたが、これが現実だと意識すると、途端に恥ずかしくなって。

 けれど、触れていないとまた主が消えてなくなってしまいそうで怖くて。

 

 だから、ちょこん、と。

 

 その服の裾を掴む。

 

 そんな自身の行動に、ふむ、と主が呟き。

「…………本当にどうしたんだ? シャル?」

 自身の頬に手を当て、そう問う。

 

「ご主人様は…………もう、いなくなりませんか?」

 

 声が震えた。

 

 また、また主を失ったら。

 

 今度は、今度こそは()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思ってしまうほどに、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖くて、怖くて、怖くてたまらなかった。

 

「ずっと、一緒にいてくれますよね?」

 

 なんだか告白しているみたいだ、と気づき思わず顔が蒸気してしまい顔を背けたくなるが、けれど視線は逸らさない。そこだけは譲れなかった。

 視線を逸らせば、またこの人は消えてしまうんじゃないかって、そんなことを想ってしまって。

 

 だから。

 

「ああ…………もうどこにもいかない、お前も…………()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな主の言葉に、ボクは安堵していた。()()()()()()()()()

 

 そんな一瞬の隙をついて、主ががばっ、とボクを抱き寄せる。

 

「ごごご、ご主人様?!」

 

 思わず慌ててしまうが、ゆっくりと頭を撫でられ、背中を摩ってくれて。

 

 段々とその心地よさに眠気を覚えてくる。

 

「…………おやすみ、シャル」

 

 とろん、と落ちかけた眼。そして薄れていく意識の中で最後の一言だけ言いたくて。

 

「おやすみなさい、ご主人様」

 

 それだけ言い残して、すぐさま意識は途切れた。

 

 

 * * *

 

 

 シャルの不安そうな表情で頭に焼き付いて離れなかった。

 

「…………他のやつらも、そうなのかな」

 

 エアはいじっぱりな性格だ、それにエースとしての自負も持っている。だから不安を素直に表に出すようなやつじゃない。

 シアはおだやかな性格だ、見た目相応に精神年齢も他二人と比べて少し高いようで、ある程度感情のコントロールが出来ている。

 

 だからシャルと接して初めて気づいた。

 

 自身はあんな表情をさせるほどに、皆を不安にさせていたのかと。

 同時に、もう放さないと、ずっと一緒だと嘯いた時のほっとした、安堵の表情を忘れない。

 今になってようやく分かる、どうしてエアがボールに入ることを嫌がっていたのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シアを手に入れたことで、自身に対する()が増えたので多少安心をした、と言ったところだろうか。恐らく他の五匹を捕まえることにあれほど積極的だったのはそう言う理由なのだと思う。

 かつての手持ちを捕まえるほどに、簡単には捨てられなくなるから。

 

 自身にそのつもりがなくとも。

 

 一度手放したと言う事実は、彼女たちに想像以上の傷を負わせている。

 

 そのことを確信する。

 そしてその傷は簡単に治るようなものでもないのだろう、正気を取り戻したシアやシャルの過剰なほどの自身への態度を見ればなんとなく察せられる。

 

「けど…………別に問題無いな」

 

 そう、けれどもそんなもの問題無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自身が選んで、自身が育てて、自身と共に戦ってきた彼女たちだ。

 

 もう手放さない、絶対に放してやらない。そう告げたのは純然たる自身の中での事実だ。

 

 故にこの問題についてはもう考えない、考える必要すらない。

 

「お前ら全員…………()のものだ」

 

 誰にともなく告げ、そうして笑った。

 

 

 * * *

 

 

 事件が収束し、ハルカたちと共にミシロタウンに戻って明くる日。

 研究所へと向かうと、いつも通りの博士と…………ハルカもいた。

「あ、ハルトくん、おはよう」

「やあハルトくん、おはよう…………それと、改めてありがとう、感謝するよ」

「おはようハルカちゃん、おはようございます、博士」

 二人と挨拶を交わし。

「おはよう少年、良い朝だね」

「…………お前もいたのか()()()

 白衣だらけの研究所内で、黒い外套を来た男がそこにいた。

 ヒトガタスリーパーだ。

 

 ハルカが付けた名を“マギー”と言う。

 

 ハルカの記念すべき手持ち一人目。何だかんだ、この子もトレーナーの才能、と言うかポケモンに好かれる才能みたいなのあるよなあ、と見ていて思った。

 まあそれはされおき。

 

「昨日の今日で二人してフィールドワークですか…………一日くらい休めばいいのに」

 

 スケッチブックやノート、それに他にもいくつかの道具を詰め込んだバッグパックが二つ用意されているのを見て、思わず呆れた声が出てしまう。

 

「あはは、だってマギーがいるからいつもより遠出できるし、いつもとは違う場所でフィールドワークできる、って思ったらなんか途端に行きたくなっちゃって」

 てへへ、と可愛く笑いながらそう告げるハルカに呆れつつ、視線を博士へと向ける。

「ははは、だってハルカがどうしても行きたいって言うからね。それに研究所に貴重なヒトガタポケモンがいるんだ、是非とも実地で観察してみたくて」

 たはは、と可愛くない笑いを浮かべながらそう告げる博士に、よく似た親子だとため息をついた。

 

「あ、そう言えばハルトくんもポケモン捕まえたんだよね? 見せて見せて!」

 それから少しその後の話などもしていると、ハルカがふと思い出したように顔を上げてそう告げた。

「む? そうなのかい? どんなポケモンか私も興味があるね」

 それに同調するかのように博士が顔を上げ…………そう二人して目をキラキラさせられるとどうにもやりづらい気もするが。

「…………おいで、シャル」

 仕方がないのでシャルをボールから出す。出すと同時に、向けられた視線にびくり、とし。

「……………………」

「あ、あうあうあう…………」

 無言でマギーから向けられた視線に、思わずたじたじとなってしまい。

「可愛いかも!」

 同時にハルカが飛び出しシャルに抱き着く。

「あわわわわわわわわ」

「やーん、何この子可愛い!」

 抱きしめ頬ずりするハルカの行動に慌てふためくシャル。

「は、ハルカちゃん」

 中々に眼福な光景ではあるが、さすがにシャルが嫌がっているので引き離す。

「あーん」

「う、うう…………うー」

 残念そうに指をくわえるハルカちゃん、そして自身の後ろに隠れて影から顔を少しだけ覗かせながらハルカを警戒するシャル。そんな光景に癒されていると、博士がこっそりとナビでシャルを解析して。

 

「しゃ、シャンデラ?!」

 

 思わず声を荒げた。

「しゃん……でら……? お父さん何それ?」

「イッシュ地方とカロス地方でしか確認されてない、ホウエンだと生息すらしてないはずのポケモンだよ。すごく珍しい!」

「ひうっ」

 少し興奮した様子の博士の視線に、シャルが怯えて完全に自身の影に隠れてしまう。

「おっと、驚かせてしまったみたいだね…………ハルトくんも凄い運を持っているね。ボーマンダにシャンデラか」

 そこにグレイシアもいます、とは言わない。

「キミが作る図鑑を見るのが楽しみになってきたよ」

 そう言って笑う博士に、こちらも笑みを浮かべる。

「珍しいポケモンも見れて今すごくやる気が溢れてきた、これは早速フィールドワークに行かないとな!」

「あ、待ってお父さん、あたしもいくから! マギー、行くよ?」

「やれやれ…………忙しない一家だね。まあ、悪くは無い」

 バッグパックを持って飛び出す博士を追いかけるハルカ、そしてその後を追うマギー。

 すれ違い様にマギーがシャルを見て。

 

「…………すっかり変わってしまった。最早別人だなこれは、やれやれ」

 

 そう告げて去っていく。

 

「あ…………あう…………」

 何となくだが、覚えているらしいシャルがバツの悪い表情を浮かべて。

「許す、って言ってんだよ…………アイツは」

 そんなシャルの頭にぽん、と手を置いて告げる。

「そ、そうなの…………かな? ボク、酷いこと、しちゃったのに」

 少し気に病んだような表情だったが。

「お前がそう思うなら、いつか謝ればいいさ…………その時は、一緒に謝ってやる」

 そう言うと、少しだけ、安らいだ表情になり。

 

「うん…………ありがとう、ご主人様」

 

 柔らかい笑みで、そう告げた。

 

 

 

 

 




性格おくびょう!
ボクっ子!
トレーナーの呼び方:ご主人様!
寝ぼけてぎゅっとしてくるロリっ子!

A.天使爆誕


もっと可愛くしたい。


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いじっぱドラゴンの矜持

「強くなりたい」

 彼女はそう言った。

 

 

 モンスターボールはポケモンを一時的に入れておくための器だ。

 その中がどうなっているかと言われると、ややこしい構造的な説明をしなければならないのだが、要約すると何もない空間が広がっている。この辺りを改良したボールもあるのだが、まあ基本的にボールは移動や勝負の際に使う、一時的なものである、と言うのが基本的な認識だ。

 故に自宅やポケモンセンターなど宿泊できる環境下ではポケモンをボールから出しておくトレーナーが大半である。

 ポケモン側からしても、ボールの中の何もない空間の閉じ込められた状況がずっと続けばストレスになる。

 

 故にハルトも自宅ではほぼ常時、手持ちを解放している。

 ましてハルトの手持ちは皆ヒトガタ。人間用の家でそれほど不便なく暮らすことができる。

 

 * * *

 

 ボーマンダのエアは空が好きだ。

 故に風を感じられ、空に近い、屋根の上で良く寝ている。

 

 ハルカとオダマキ博士がフィールドワークに出て翌日。

 三日、ミシロタウンで休むとハルトが告げた。

 

 そのことをエアは考える。

 別にそのこと自体は良い、今のところ順調すぎるほどに順調に仲間は戻ってきている。

 まだハルトと出会って一週間と立たずに半分もの仲間が揃ったのだ、運が良い…………まるで運命に導かれているがごとく。

 だから本当に、一時休むくらい別に構わないのだ、ハルトはハルトでちゃんと全員をもう一度捕まえる気があるようだし…………何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そう思わせてくれるから。

 

 だから、問題があるとすれば…………それは()()()()()()()

 

 拳を見つめる、開いて、握って、また開く。

 

 小さな拳。

 

 けれどそこに並のポケモンを圧倒するだけの力が備わっている。

 

 ()()()()()()

 

 まるで足りない、とエアはかつての自身を思い出す。

 まだエアがヒトガタじゃなかった頃の、普通のボーマンダだった頃の話。

 

 今よりも圧倒的なほどに強かった頃の話。

 

 単純に言って、レベルが足りていない。

 だがもっと足りないものがある。

 このままレベルだけ上げていっても、エアは決して過去の自身の強さに到達できないと知っている。

 

 足りない、足りない、何もかもが足りない。

 

 手の中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()エアが呟く。

 

 ダメなのだ、これではダメなのだ。

 

 こう言ってはなんだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例え極限まで小さくなっていようと、昔なら当てれた、そう言う自信がある。

 じしんかじょう、そう言われればそれまでだが、過去のエアはそう言う運命力とでも言うべき何かがあった。確率をねじ伏せ、どれほど低い可能性であろうと、あり得ないと言われようと。

 

 絶対に勝つべき場面で勝利を収める。

 

 それが()()()であるとエアは思う。

 

 ハルトは自身をエースと呼ぶ。トレーナーが自身をこのパーティのエースだと認めているのだ。

 だとするならば、エアは、そのトレーナーの想像を超えるほどに強くならなければならない。

 

 勝てと言われたならば、絶対に勝つ。

 

 負けるなと言われれば、絶対に勝つ。

 

 頑張れと言われれば、殺してでも勝つ。

 

 そういう理不尽なほどの暴力こそ、エースの条件であると、そう思っている。

 

「…………そう、ね」

 

 呟き、決める。

 

「強くなる」

 

 決めたならば、行動は迅速に。

 

 

 * * *

 

 

「ちょっとりゅうせいのたきまで行ってくるから」

 朝、邂逅一番にエアが自身にそう告げた。

「は? えっと…………なんで?」

「…………なんでも良いでしょ」

 少しだけ視線を逸らしながら、エアが答える。

「とにかく、行ってくるから」

 そう告げて飛び出そうとしたエアの手を思わず取り…………。

 

 家を出た瞬間、エアが飛び出し、手を握っていた自身もまとめて浮き上がった。

 

「ちょ、ちょっとなんでついてくるのよ!」

「引き留めようとしたらいきなり飛び出したんだろ!」

「あーもう…………知らない。アンタも一緒に来なさい」

「は? 嘘だろ、ちょ、ま、おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 ばびゅーん、とでも言えばいいのか。

 普段エアって本当に加減してたんだなってレベルで加速されていく。

「あんま高度上げるなよ?! 規定に引っかかったらトレーナーが責任取るんだから」

「分かってるわよ。面倒だからさっさとバッジとればいいのに」

「もっと年取ってからにするよ、今はまだ他の仲間集めるのに必死なんだ」

 

 そんな話をしながら、人の居ない山間の道を文字通り飛びながら進んでいく。

 

 そうして昼に達する前にはりゅうせいのたきへとたどり着いていた。

「…………思えば遠いところまで来たな」

「何言ってんのよ? 日帰りするんだから、さっさと行くわよ」

 遠く、山の麓に見える光景に感動を覚えながら呟いた一言を無視しながら、エアがどんどんと奥へと進んでいく。

「ていうかエア、お前良くりゅうせいのたきの場所なんて知ってたな」

 エア、と言うか手持ちの六匹は全員卵から返したポケモンだ、故に親の故郷なんて知るはずも無いのだが。

「同類の気配がびんびん集まってるもの、そりゃ分かるわよ」

 そう言えばこの場所、奥のほうにタツベイが出てくる唯一の場所だったか。

 陸地が狭すぎて3V厳選に苦労したのを覚えている。

 

「で…………ここで何するんだ?」

 

 りゅうせいのたきに入ってすぐの場所はまだそれほど強いポケモンは出ない。

 だが正面の大きな滝を滝登りで上ると、途端に珍しかったり、強いポケモンが出現しだす。

 特にたきのぼりは、ストーリー的には最後のバッジが無いと使えないひでん技なので、レベルはかなり高く平然と30代40代のポケモンが出てくる。

「とりあえず目に付くやつ、出会ったやつを片っ端から殴り飛ばすのよ」

 

 うちのPTのエースが蛮族だった件。

 

「通り魔か何かかよ」

「うるさいわね、いいから…………やるわよ」

 

 瞬間。

 

 ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 エアが咆哮を上げる。洞窟中に響かんと言わんばかりの大音量が反響し、滝の音すらかき消して奥へと、奥へと届いていく。

 

「さて…………ハルト」

「なんだよ今の」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………は?」

 

 呟いた瞬間。

 

 ()()()姿()()()()()()()

 

 どごっ、と頭上で音がし、視線を上げれば。

 

 ゴルバットを掴み、その顔面に拳をねじり込むエアの姿。

 

「…………な、なんだ?!」

「だから言ったでしょ」

 ずどん、と掴んだゴルバットを地面に叩きつけながらエアが降りてくる。

「洞窟中に咆哮で挑発したわ、これで向こうから片っ端から攻撃してくるわよ」

 

 狩り放題ね、なんて獰猛に笑みを浮かべながら。

 

 直後、降り注いでくる影にカウンターを合わせるように、おんがえしを叩き込む。

 

「グガァァァ!」

「クリムガン!? こんなのまで来るのかよ」

 

 野生のクリムガンがおんがえしの一撃に倒れ、その隙を縫うように現れたのはソルロック。

「じしんが通らない、りゅうせいぐんで撃ち落とせ!」

 いわ・エスパーでふゆう持ち。じしんが通らず、おんがえしは半減。りゅうせいぐんくらいしかまともに攻撃は通らない。

 故に降り注ぐ流星がソルロックを撃ち抜き、ソルロックが倒れる。

「あーもう! 分かったよ、こういうことだな、付き合うよクソが。エア、積め! 次が来る前に一つでも多くりゅうのまいで積め」

「ふふん、覚悟決まったみたいね…………了解よ」

 りゅうのまいで上がるのはすばやさとこうげきだけだ、りゅうせいぐんでがくーと下がったとくこうは戻らない。

 故にもうりゅうせいぐんは使えない、だがりゅうのまいを二度か三度積めばそれでこうげきは元の倍以上だ、タイプで相性を半減されても等倍とほぼ同等になる。

 

 そうこうしている内に、滝の上から次々と敵がやってくる、疑似的な群れバトルのようなものだと理解する。

 

 ズバット、ゴルバット、ソルロック、ルナトーン、みごとにじしん無効の敵ばかり。

 だがこの世界はゲームと違ってターンなど無い。すばやさの高さはそのまま行動の速さに繋がり。

 相手と倍以上のすばやさの差があれば、相手が一度攻撃する間に二度、三度と攻撃することだって可能になる。

 

「エア! 何度積めた?」

「三回よ」

 三積み、つまりブーストは+150%か。それだけ積めればかなり違ってくる。

「ソルロックとルナトーンをおんがえしで落とせ」

 相性的には不利でも、さいみんじゅつやいわおとしなどが使えるこの二体はエアにとっては真っ先に落とさなければならない敵だ。

 それにゴルバットはすばやさが高い、りゅうのまいを積んでも同時に処理、とはいかないかもしれない。

「るああああああああ!」

 エアが猛りながら激しい勢いでおんがえしをソルロックとルナトーンに叩きつける。レベル差もあったが、それでも種族値と積み技によるステータスの暴力でなんとか一撃で落とすことに成功する。

 だがズバットやゴルバットも見ているだけではない、つばさでうつ、やちょうおんぱでこちらを攻撃してくるが。

「避けろ!」

 元のすばやさの2.5倍だ。加速装置でもついているのかと言わんばかりの勢いで宙を飛びまわり、攻撃を躱して。

「落とせ」

 おんがえしで残った二体を落とす。

 

「即座に積め、次が来るぞ」

 次の積み指示を出しながら、何が出る、とあたりを伺い。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 滝の上からソレがきた。

 

「なっ」

 

 赤と青の二色に分かれた巨大な体躯。そして全身の青と進化前には無い特徴的な赤い翼。

「ボーマンダ!?」

 りゅうせいのたきの最奥にいるはずのポケモンの最終進化形がそこにいた。

「エア!」

「六積完了、問題無し!」

 超高速でエアが飛び出し。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「同じ速度?! レベル差か!!」

 いくら四倍になろうと、元の値が低ければ、それは高レベルポケモンの素のステータスと同じになるだろう。

 目の前で起こっているのはつまりそういうことだ。

 

 今のエアと同じ速度…………咄嗟にナビで確認を取り。

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【65】

 能力:☆☆

 

 レベル50以上の差がそこにあった。

 唯一、2V程度だと言うことだけが救いではあるが、だがそんなものことここにおいては関係ないかもしれない。

 

 レベルの暴力とは一種凄まじいものがある。

 

 努力値や、個体値と言ったものが大きく左右するのは()()()()()()()()()()()()と言う但し書きがつく。

 レベル差が開けば開くほど、6Vなんて言葉、虚しくなっていく。

 有り体に行って、0Vと6Vと言っても、レベル1ならばその能力値の差は()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 今のエアが勝つ方法…………何かあるだろうか。

 

 超高速でドッグファイトする二匹に、さて、どうする、と考えて。

 

「ま、け、る、かあああああああああああああああああああああ!!」

 

 エアの気迫が一瞬、ほんの一瞬だけ、ボーマンダを上回る。

 

 それは執念にも似ていた、執着にも似ていた。

 

 ただ負けたくない…………否。

 

 ()()()()!!!

 

 ただただその一心だけがエアを突き動かし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ずどーん、ばしゃーん、とボーマンダの巨体が水面に叩きつけられ、そのまま水中へと沈んでいく。

「…………はあ…………はあ…………はあ…………はあ…………」

 荒く呼吸を吐くエア、だがそれよりも今何かおかしくなかったか?

 

 今一瞬、体が光ったように見えた。

 

「     ?」

 

 ぽつり、と呟いた言葉は、けれど滝の轟々とした音にかき消されて誰の耳にも届くことなく、虚空へ消えた。

 

 * * *

 

 りゅうせいのたきの主、だったのか…………ボーマンダを倒した後、エアを襲おうとするポケモンは居なかった。むしろエアから逃げ出すようにしていくポケモンばかりで、さしものエアもこれでは戦えないと、帰ることを決めたのだった。

 

 帰りは思ったよりゆったりとした速度だった。

 と、言うよりは、ボーマンダとの戦闘のダメージが大きすぎたのかもしれない。

 帰り道、エアは終始無言だった。

 

 ミシロタウンを見えてくるとどこか安堵した気持ちになる。

 そう言えば朝から何も言わずに出てきてしまったが、不味かったかな、なんて思いつつ。

 

「エア」

「…………何?」

「見て見て、夕焼け、綺麗だよ」

 

 自身の言葉に、エアが顔を上げると、そこには確かに綺麗な夕焼けが広がっていた。

 どう? と声をかけようとして。

 

 

 夕焼けに照らされ、空を見上げている少女のその横顔に、思わず見惚れた。

 

 

「…………ハルト?」

「え…………ああ、うん。えっと」

 自身の視線に気づいたらしいエアが不思議そうにこちらへと問いかけ、思わず口ごもる。

「えっと、うん何でもないよ? そ、それよりさ、なんでいきなりりゅうせいのたきなんて行こうとしてたの?」

 誤魔化し気味に訪ねた一言に、エアが黙り込む。

 何か不味いこと聞いたか? なんて、思いが沸いて出たところで。

 

「…………強くなりたい」

 

 そうエアが言った。

 開いた口から出たその言葉に、目をぱちくりとさせる。

 

「弱いのが嫌なの。私は…………私は、このパーティのエースであることに誇りを持ってる、()()()()()()()()()()()()()()、そんな私が弱いのは許さない、許せない」

「許さないって…………」

「他の誰かが…………例え、アンタ自身が認めたとしても、私自身が認められない。仲間にすら勝てないエースなんて誰よりも、何よりも、私自身が相応しくないと断じる」

 

 言われて気づく。

 

 シアと戦った時は、ほとんど気合いだけで立っての同士討ち、つまり引き分け。

 

 シャルと戦った時は、ほとんど一方的にやられた上で、仲間に助けられての勝利。

 

 エアが単独で勝った、と言う戦いは実はそう多く無いことに気づいた。

 勿論最初の頃、それこそ101番道路を進んでいたころは勝っていたが。

 

 ただの種族値の暴力による蹂躙、エアからすれば()()なんて呼べるようなものじゃないのだろう。

 

「足りない、足りないの。レベルが足りない、運が足りない、力が足りない、強さが足りない。昔なら絶対に負けない、そう言う自負があった。でも今は分からなくなっている…………ねえ、私、本当にこのままアンタのパーティのエースでいいの?」

 

 それはエアが初めて見せた弱音だったのかもしれない。

 いじっぱりで、じしんかじょうな少女が初めて見せただろう弱さ、本音。

 

「…………例えばさ」

 

 だから、自身もまた本音で語る。

 

「仲間が一人を残して全滅、相手のエースが場に出ている、そんな状況で次に自分が出す、最後のポケモンはきっと」

 

 エア、お前なんだよ。

 

「お前以外に想像すらできないんだ、最後の最後、お前さえいてくれればまだ勝ち目がある、そう思えるのはお前だけなんだ」

 

 単純な実力じゃない。それを言えば、シアなどエアを思い切りメタっているような構成だが、だからと言ってシアがエースをしようとは思わない。

 シャルはあれで本気でエース級の火力がある、だがシャルではエースにはなれない。最後の一人を任せようとは思えない。

 他の三匹の中にも、一匹アタッカーがいるが、そいつもエースではない。

 

「背中を任せて安心できるくらい、頼れる…………頼ってしまう。そんなやつ、お前しか居ないよ」

 

 小さな小さな少女に、今もこうして背中を預けて飛んでいる。

 

 戦いだってそうだ。

 

 たった一人、相棒と呼べる存在がいるならば。

 

 きっと、それはエアを置いて他にはいないのだから。

 

「気に病むな、とは言わない。気にするな、なんて言えるはずも無い。けどな、これだけは覚えておいてくれ。例えどんなに強いやつが仲間になろうと、どれだけお前が苦戦しようと、()のパーティのエースはお前以外には居ない」

 

 そんな自身の言葉に、エアが沈黙する。

 

 やがてミシロタウンへとたどり着き。

 

「それじゃあ、また後で」

 

 短く呟き、エアが家の前に自身を置いて、すぐに飛び去ってしまう。

 

「…………アレ…………探さないとダメかな」

 

 なにせ、自身のエースが頑張っているのだから。

 

 トレーナーだって何もしないわけにはいかないのだ。

 

 




正 妻 復 活 !!


因みに、この小説書くときに設定したとあるものが伏線としてちょろっとだけ入ってる。


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おだやかクールの花嫁修業

眠い…………ちょっと夜寝するので、次は遅くなるかも。


 

「あら…………マスター?」

 朝起きると、自身の主が消えていた。

 ベッドの上には先日加入したばかりのシャルが穏やかな寝息を立てている。

 ゴーストタイプと言うだけあってか、どうにも夜には強いらしいが、朝には弱いらしい。遅寝遅起きと言った感じの子だが、少し世話がかかる辺りがどうにも目が離せず、その辺り主とよく似た子ではある。

 

 ヒトガタの服はある意味毛皮や鱗と同じだ。故に簡単には脱ぐことはできない代わりに戦闘で傷ついても破れたりすることもそんなに無いし、破れても自然に直って行く。

 とは言っても、風呂の時など非戦闘時において、脱げないのは辛いので、意識的に脱ごうとすれば脱ぐことは可能だ。とは言っても、暖かいお風呂はシアは苦手なので、だいたいシャワーなども水を被るだけだが。

 まあそういうわけなので、基本的にヒトガタポケモンは着替えなどしない。と言うかできない。

 服の上から服を着る、と言うことは可能だが、それが妙な姿になることを知っているから普通にしない。

 

 とは言うものの。

 

「おはようございます、お母様」

 エプロンなどを服の上からつけるくらいはする。

 お前そう言うの似合うな、と主にも言われたのでそれなりに気に入っていたりする。

「おはよう、シアちゃん…………今日も早いわね」

 そう言って、主のお母様が笑う。

 

 三日休む、主のその言葉の通り、昨日は旅に出なかった。

 シャルとの戦いが厳しかったので、療養にもう少し、こののんびりとした街で過ごすと言うことらしい。

 そのシャルも昨日目を覚まし、マスターと研究所に行っていた。

 

「あの、マスターは?」

「ハルちゃんなら、さっきエアちゃんとどこかに出かけたわよ?」

 ついさっき、ほとんど自身と入れ違いだったらしい。

「そうですか」

 少しがっくりする。

 と、言うのも昨日は手伝いだけで何もできなかったが、今日の朝食はシアが自分で一品作らせてもらえることになっていたのだ。

「マスターに食べてほしかったんですが」

 だが出かけてしまったのならば、仕方ない。それにエアがついているならば、多分大丈夫だろう。

 まあ寂しいのは否めないが…………そんな自身の様子を見て、お母様が苦笑する。

「ハルちゃんてば、シアちゃんに好かれてるわねえ」

「そんな…………いえ、はい。そうですね、私もマスターが大好きですよ」

 咄嗟に否定の言葉が出かけて、けれどよく考えれば別に否定するようなことでも無い。むしろ事実であるし、隠すことでも無い。そう思い、肯定すればお母様があらあらと楽しそうに笑った。

「エアちゃんに、シアちゃんに、シャルちゃんに…………それにお隣のハルカちゃんも、ハルちゃんの周りには女の子ばっかりね、知らない間にとんだプレイボーイになってしまったわねえ」

 そんなことを話しながらも、お母様の手は止まらない。手際良く、効率良く、できる限り時間をかけないようにテキパキと朝食を作っていく。

 そんなお母様を何とか邪魔にならないように、手伝っていく。これが中々に難しい作業である。

「ああ、シアちゃん、主人の分だけ塩多めにお願いね。あの人、濃い味が好きだから」

「あ、はい、お母様」

 味付けや好みの味だってみなそれぞれ違っている。

 例えばエアならばピリ辛な料理が好きだが渋味のあるものは苦手だし、シアならば苦味のある珈琲などが好みだが逆に辛いものは苦手だし、シャルはどうやらお菓子などの甘いものが好きで辛い物が苦手らしい。

 主は主で、何でも食べるのでいまいち好みが分かりづらいところもある。

 とは言えお母様曰く、ある程度の傾向のようなものはある、とのことだが。

 

「どうしましょうかねえ、あの子朝食に戻って来るのかしら?」

 

 と言って頭を悩ましているが、エアと共に行った、と言うことは飛んでいったのだろうか? だったら遠出、と言うことになりそうすぐには戻ってこないようにも思える。

「とりあえず置いておきましょうか、帰ってこなかったらお昼にでも回しましょう」

 そう告げて、残りの料理を作っていく。

 

 結局、昼を過ぎても主は戻らなかった。

 

 

 * * *

 

 

「遅いわねえ、あの子」

 丸一日、お母様のお手伝いをしながら主を待つが、帰ってくる様子は無い。

 もう夕暮れ時だ、いくらなんでも遅くはないだろうか?

 そう思いながら、お母様と二人、リビングで待っていると。

 

「ただいまあ」

 

 玄関が開いて主の声がした。

「マスター、おかえりなさい」

 すぐ様、立ち上がり、主のほうへと向かう。そんな自身の様子にお母様が、あらあら、と笑っていたが気にならなかった。

「ん? ああ、シア。居たんだ」

「ええ、今日は一日家でお母様のお手伝いをしていたので」

「そっか、ご苦労様、母さんのこと手伝ってくれてありがとう」

 これだ。たった一言、主が感謝をしてくれる、それだけで自身の心は満たされる。

 これを聞きたいがために自身はお母様を手伝っていたのかもしれない。そう考えると随分と打算的なやつだと自分でも思う。

「マスター、すぐに夕飯になさいますか? それとも先にお風呂に?」

「んじゃあ、シアで…………とか言いたくなるね、そのラインナップ」

「うぇ…………え、えっと」

 主の口から出てきた言葉に、思わず動揺する。そんな自身の動揺に気づいてか気づかずか。

「あはは、冗談だよ、取りあえず先にお風呂入れさせてもらうよ、エアに振り回されて大変だったし」

「あ、え…………じょ、じょうだ…………え、あ、はい、冗談ですよね、そうですよね。お風呂ならもう沸いてるのでどうぞ」

 自分らしくも無く、柄にも無いくらいに焦ってしまったが、どうにか平静を取り戻す。

 そんな自身の様子に不思議そうに首を傾げながら主がお風呂場へと向かう。

 

「ハルちゃん帰ってきたのね」

「ええ、マスターなら先にお風呂に入るそうです」

「あらあら…………ところでシアちゃん」

「はい、どうかしましたか? お母様」

「顔赤いけど、どうかしたの?」

「え、いや…………別に、お、お気になさらず」

 そんな自身の言葉に、あらまあ、とだけ呟きつつお母様が立ち上がる。

「それじゃあ、夕飯の仕度でもしましょうか…………シアちゃん手伝ってくれるかしら?」

「あ…………はい!」

「ハルちゃんのためにも美味しい物作ってあげないとね?」

「はい! 勿論です」

 

 今度こそ、食べてもらえる、そう思うと、不思議なくらいに嬉しさが溢れてきていた。

 

 

 * * *

 

 

「ふう…………美味しかった」

 満足満足、と思わず呟くと、対面に座るシアが嬉しそうに微笑んだ。

 自身の隣ではエアがそぼろのピリ辛炒めをかけた餡スパゲッティ―を掻きこみ、反対側でシャルがデザートにと用意された冷製プリンを嬉しそうに食べていた。

 そうして自身の目の前には御飯の上に肉野菜炒めを乗っけた丼物…………が入ってた空の器。

 

 五歳児ながら中々の食欲だったと思う。特に今日はハードだったので仕方がない。

 

「それにしても、なんか今日のご飯は少し味が違ったね」

 ふと呟いた言葉に、母さんがあら、と微笑み、シアがぴくりと反応する。

「美味しく無かった?」

 そんな母さんの言葉に、けれど首を振る。

「いや、美味しかったよ、いつもの母さんの料理とはまた違う美味しさだった…………もしかして、シアが作ったの?」

「え、えっと…………はい、お口に合いましたか?」

 少し不安そうな、そんな表情のシアに笑いかける。

「美味しかったよシア、また作ってくれる?」

 自身のその言葉に、シアの表情がぱあっと輝く。

「はい! また是非に」

「あらあら…………私の仕事が無くなっちゃうわ」

「いえ、まだまだ私なんかではお母様の域にはとても」

「大丈夫よ、シアちゃんならすぐにでも上達するわ」

 目の前で繰り広げられる熟年主婦と結婚したての新妻との会話みたいな不思議な光景に。

 母さんと仲良くなったなあシア、なんて思う。

 

 まあ仲の良いことは良いことだ、なんて思いつつ。

 

「シア、お代わり」

「あ、あのボクも…………できれば」

 

 エアって何気に腹ペコキャラだったりするのかなあ、とか。

 シャルも甘い物に関してだけはけっこう積極的だよな、とか。

 

「はいはい…………ちゃんと用意してありますから」

 

 そんな二人の面倒を見るシアは、何と言うか。

 

「シア…………お母さんみたいだな」

「え、ええぇ?!」

 呟いた一言に、シアが赤面する。こんなに赤くなってるシア、と言うのも珍しい、いつもはもうちょっとクールな感じなのに。

「え、あの」

「あらあら、じゃあ旦那さんは誰なのかしらね」

「お、お母様?!」

 そんなシアをさらに揶揄(からか)うように母さんが追い打ちをかけて。

 

「結婚しよう、シア」

 

 その手を握って、耳元でそっと呟くと。

 

「あ、あ、ああ…………きゅう」

 

 限界まで紅潮したシアが、途端にふっとその全身から力を抜いた…………と言うか熱暴走で意識が落ちたらしい。

「あ、あれ? シア? う、うわ、母さん、手伝って、潰れる、潰される」

 そのまま自身に倒れかかってきて、全身をシアの柔らかさに包まれながら、けれど見た目は十五、六の少女が五歳児とでは圧倒的に体重が違い過ぎた。いや、女の子にあまり重いと言うのも失礼かもしれないが、それでも五歳児にこれを支えるのは無理である。

 

「あらまあ」

 

 そして自身の息子が圧死しそうなこの状況で、なんとも呑気なお母様のこの台詞である。

「大物過ぎる、母さん…………え、エア、たすけ」

 視線をやると、シアが動かないからか、自分で皿に料理を盛り付けお代わりしているエア。

「しゃ、しゃる」

「あわ、あわわわわわ」

 助けようとは動いているものの、非力過ぎてどうにもならないシャル。

「あ、もう、ダメ…………潰れ」

 

 そのままシアのご立派な胸に押し潰され、呼吸も出来ないままに意識が途切れた。

 

 

 * * *

 

 

 ん…………。

 

 ぱちん、と目を開くとすでに就寝時間直前であった。

「…………えっと、私」

 たしか夕飯の時に、マスターと。

 

 もぞり、と()()()()()()()()()

 

「きゃあっ…………ま、マスター?」

 驚き、自身が無意識的に腕に抱いていた何かを見れば、それは自身の主であった。

「お、起きたか、シア」

「だ、大丈夫ですか? すみません、私」

「て…………天国と地獄」

「え?」

 何でも無い、何でも無いんだ、と呟きながらのそり、のそりとベッドの上から出て行く主。

「シア」

「は、はい」

 まだ少し頭が上手く回っていない感じだろうか、どうにも現実感を感じられない。

 だからこそ、逆に冷静なれているのだろうけど。

「明日も期待してるから」

 それが夕飯の時の会話の続きであると気づき。

 

「…………はい、マスターに喜んでもらえるように頑張りますね」

 

 自身のそんな一言に、主が笑みを浮かべる。

 

 そのまま部屋を出て行った主を見送りながら。

 

 ふと、自身の布団を見る。

 

 先ほどまでここに主がいたのだと思い出すと、少しだけ赤面してしまう。

 

「…………ふふ、あったかい」

 

 シアは、元の種族がグレイシアだ。こおりポケモン、と言うだけあって、お風呂など暖かい場所がやや苦手意識がある。

 けれども、それでも。

 

「…………あったかい…………マスター」

 

 人の温かさだけは…………嫌いでは無かった。

 

 

 * * *

 

 

「て、天国と地獄だった」

 

 シアが思ってたよりも力強く、ぎゅっと抱きしめられると全身が潰れるかと思った。だが同時に相応に大きな胸の感触がダイレクトに伝わってきて男としては喜ばずにはいられないジレンマ。

 出たい、けれど出たくない。死にたくない、けれどこの感触に包まれて死ぬならばなんか本望のような気もする。

 

 と言うかそもそも、何で自分はその部屋にシアと一緒に放り投げられていたのだろう。

 

 母さんにそんな力あるはずないし、父さんも今日は帰るのが遅くなるはず、と言うことは。

 

「エアか…………犯人は」

 

 引き剥がそうにもシアが抱き着いていて離れないし、かと言ってこのままにしとくのも良くない。

 面倒だ、もう一緒に部屋に放り込んで置け。とかそんな感じに思考に違いない。

 

「くそ…………あのロリマンダ、覚えてやがれ」

 

 すごくご褒美です、本当にありがとうございます(本音)。

 

 言っては何だが、シアもそうだし、エアもシャルも、見た目は完全に美少女だ。現実じゃまずお目にかかれないレベルの、まさに空想の世界から飛び出してきたようなレベルの。

 そんな彼女たちに囲まれて平静でいられるのは、単純に五歳児だから、と言うだけに過ぎない。

 

「俺…………歳取ったら大丈夫かな」

 

 今更ながら将来への別な意味での不安を感じつつ、自室へと戻る。

 

「…………あ、ご主人様、おかえりなさい」

 

 そうして何故かそこにシャルがいた。

 

 

 




何故かお色気担当の多いシアちゃん、だって他のやつら全員ぺたん子だし仕方ない(
因みにハルトくん、将来の心配など無意味、だってキミどうせ12歳になったら(


と言うわけで、シャルコミュへと繋ぎつつの、シアコミュ。半分以上シアとお母様のコミュだったような気もしないでもない。

あと今更だが、前話のエアの、命中低くても回避高くても当たった、と言うのは単純に運が良かっただけの話。
でもなんかそういうポケモンっていません? 実機でも確率高いはずなのに妙に外したり、避けられたり、逆に命中低い技でも何故か外れないポケモンとか良く外すポケモンとか。

うちのデンリュウ、きあいだまが外れることがほとんどありません。完全な乱数だと分かってはいるけど、フレのきあいだまやストーンエッジがぼろぼろ外れるのに、うちのデンリュウのきあいだま10回に9回くらいは当たる。外れることのほうが稀、とかいうレベル。まあ命中7割なんだけど。


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おくびょうオバケの精一杯の勇気

 

「大好きです、ご主人様」

 彼女は自身にそう言った。

 

 

 光を生み出した人間は本当に偉大だと思う。

 それによって、人類は…………人類だけは朝、昼、夜、その全ての世界で活動する権利を得た。

 夜を…………暗闇を怖がるのは生物の本能のようなものだと思う。

 だから暗いのが怖い、と言うのは別に恥ずかしいことではないと思う。

 

 それを言ったのがオバケ本人じゃなければ。

 

「…………暗いのが怖いって、お前ゴーストタイプだろ」

 超絶呆れる、と言うかおかしいだろ、と思う。

「よ、夜は好きだけど…………その、真っ暗なのは怖い、と言うか、えっと」

 ぼっ、と指先に火を灯す。さすがはポケモン、と言うべきか、こう言うのはお手の物らしい。

 いや、電気つけろよ、と思いながら天井から伸びる紐を引くと、電灯が部屋を照らす。

「わ、わわ…………凄い」

「…………もしかして、部屋にある電灯のつけ方知らなかったのか」

 こくり、と頷くシャルに、何故一日あって言わないんだ、と思った。

「そ、その、ご主人様、朝から出かけてたし、よ、夜はシアにその…………潰されてたし」

 そう言われると、タイミング無かったような気もしないことも無い。

「この紐引っ張るだけだから、簡単だろ?」

「う、うん」

「だったらほら、早く部屋に戻れ」

 仲間には全員個室を与えている。三人暮らしなのだが微妙に部屋は余っているのでちょうど良いと母親が言ってたが、あと三人増える予定なので、将来的には一人一部屋は無理だろうと予測する。

 まあそれはともかく、シャルが戻ったら寝るか、と考え。

 

「あ、あの…………ご主人様」

 

 動かないシャルの姿にあれ? と思う。

「ね、寝過ぎちゃって…………まだ眠くないから、少しだけお話ししたい、と言うか、その」

 

 今夜は部屋に帰りたくない、と言うか。

 

「…………狙って言ってたら割と魔性の女だよな、お前」

「ふえ?! ね、狙うって、な、何が……です……か?」

 おどおどしながら、こちらの様子を上目遣いに伺うシャルに、これも多分天然なんだろうなあ、なんて思いながら。

 

「少しだけ、だぞ?」

「あ…………はい!」

 

 何時もより少しだけ強い口調で、嬉しそうにシャルが頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 どうせならお散歩しませんか?

 

 そんなシャルの提案を承諾し、二人で外へと向かう。

 実はさっきまでシアに抱かれて眠って(気絶して)いたのでそれほど眠く無かったりする。

 そう言うわけで、就寝前の散歩、と言うのもありかと思いつつ。

 

「ひう…………く、暗いよぉ」

 

 玄関を開けた瞬間のシャルの台詞がそれであった。

 

「…………えー、お前が散歩行こうって言ったんだろうに」

「き、昨日は、お外がもう少し明るかったから」

 上を見上げると、やや厚い雲が月を隠している。確かに昨日は随分と綺麗に晴れて月もはっきりと見えていたから随分と暗さは違っていただろうと思う。

「あ、あのご主人様…………」

「ん? なんだ?」

「そ、その…………えっと…………手、繋いでもいい、ですか?」

 そんな顔真赤にしてもじもじしながら言うほど恥ずかしいならやめれば良いのに、と思いつつ。

「ああ、構わないよ」

 片方の手を差し出すと、おずおずとシャルの手が伸びて…………そして差し出したほうの手の服の裾を掴む。

「いや、普通に繋げよ」

 少し呆れながら手を動かし、シャルの手を握る。

 すべすべで、柔らかい、小さな手の感触に少しどきり、とするが。

「あ、あわわわわわわわわわ?! ご、ごしゅじさまの手が手が…………わわわわわ」

 目の前でやったら慌てられていると、何か一周回って冷静になってくる。

「ほら、落ち着け」

「は、はうぅ」

 頭に優しくチョップを入れると、唸りながら頭を押さえてようやく落ち着く。

 それは良いのだが、ちらっちらっと繋いだ手を見るのは止めてほしい、割と恥ずかしいから。

「と、取りあえず、明るく…………するね?」

 そうしてようやく立ち直ったのか、先ほどは指先から、今度は手のひらから先ほどよりも大きな炎を生み出し、ふわり、とそれを浮かび上がらせる。

「へー…………便利なものだな」

「えへへ…………フラッシュほどは明るくならないけど」

「それでも、大したもんだよ」

 そうやって褒めると、シャルが嬉しそうにはにかむ。

 シャルはどうにも小動物ちっく、と言うか、好きな相手には犬のように人懐っこいのに、見知らぬ相手には猫のように人見知りだ。それでいて、褒められると嬉しそうに笑うし、叱られるとしゅんと落ち込む、撫でられたりするとあわあわと恥ずかしがるし、抱き着かれたりなど過剰にスキンシップを取られるとうーうーと唸りながら警戒する。

「…………むしろハムスターみたいだな、お前」

「ふえ?」

 ぽつりと呟いた独り言に対して、なあに? とでも言いたそうなその瞳に、なんでもない、と答えて頭を撫でるとあわわわわわ、と恥ずかしがりながらも、えへへへ、と嬉しがっている。

 

 可愛い(確信)。

 

 まあそれはさて置いて。

「とりあえず一日経ったけど、生活はどうだ?」

「あ、あのね…………食べ物が、すっごく美味しいの」

 嬉しそうにシャルがそう言う。ヒトガタポケモンと言うのは人間と同じものも食べれるのだろうか、と思っていたが割と食べれるらしい。エアもシアもシャルも、普通に食べているので気にしなかったが。

「お前って前は何食べてたの?」

「え? えっと…………たま、しい、とか? あとヒトのいのち、とか」

「…………お、おう」

 割とガチで怖い任天堂。そういやそんな設定だったよな、と思い出しながら、リアルの世界だとやっぱゴーストポケモンって割と怖くね? と今更思う。

 そんな心情的な距離を敏感に覚ったのか、シャルが慌てたような様子で続ける。

「で、でも、普通の食べ物も食べれるから! い、今はそれしか食べてないし、だ、だから、その、えっと」

 なんか飼い主に嫌われたくなくて必至な子犬を連想して、可哀想になってきた。

「ええっと…………まあ、大丈夫だ。今は普通の物食べてるのは知ってるし、そもそもシャルがそう言う種族なのは分かってるから」

 ナデナデ、と頭を撫でると本当かなあとばかりに上目遣いでこちらを見る。少し涙ぐんでいるあたりが破壊力が高い。

「別に嫌いになったりしてないから、安心してろ」

「…………そっか、うん、ありがとう、ご主人様」

 えへへ、良かったあ。なんて可愛い独り言を呟きながら、少しだけテンションの高いシャルと夜のミシロタウンを歩く。

 

「それで、食べ物って何が好きなんだ?」

「甘い物かなあ? クッキーとか大好き」

「ほう…………そうかそうか」

 そして何故かここでポケットの中にはクッキーが一枚。

「ところでこれなーんだ」

「え…………あ、クッキーだ」

「はい正解、シャルにプレゼント」

「え、え、え? いいの?」

 嬉しそうに、目を輝かせながらシャルがこちらを見てくる、気のせいかその頭とお尻に耳と尻尾を生えてぴこぴこ動いているような幻が見える。

「ああ、良いぞ」

 そうして許可を出すと、わーい、とシャルが満面の笑みを浮かべながらぽりぽりとクッキーに齧りつく。

「美味しい~♪」

 今まで見た中で一番幸せそうな表情だった。むしろもう、見ているこちらまで幸せになる。

「本当に嬉しそうだな」

「うん、ありがとう、ご主人様」

「そら、二枚目もあるぞー」

 なんで入っているのかって? シアが帰ってきた時にくれた今日のおやつだよ。部屋に置いておいたのだが、散歩に出る前に持ってきたのだ。

 

「つうか、そろそろ良い時間だな」

「え…………あ、そ、そうかも」

 時計を持ってきてないので正確には分からないが、まあ二十分くらいは軽く歩いている。

 それほど広くないミシロタウンなので、もう端から端くらいまでは歩いているような気がする。

「あ、あそこ」

 と、そんなことを考えていると、シャルがふと視線を一方へと向けたまま呟く。

「どうした? ってあれは」

 そうしてシャルの見ているほうを見ると。

 

 とすん、とすん、と草むらを踏みしめながらこちらへとやってくる人影。

 

 それはやがてシャルの手のひらの炎に照らされ、その姿を露わにする。

 

 この夜闇の中で黒い外套と黒いシルクハットを着た、闇に溶け込むように現れたその男。

 

「マギーか」

「やあ…………少年、それに…………()()()()

「え…………う…………」

 シャルが、言葉を失う。昨日の件もあり、多少は吹っ切れたかと思えば、やはりまだ気にしていたらしい。

 ぎゅっ、と自身の手を握るシャルの手に力が籠る。

 だから自身は。

 

 シャルに繋がれたほうの手で、シャルの手のひらをくすぐった。

 

「ひ、ひゃう?!」

 びくり、とシャルが背筋を震わせて驚きに目を見開きながらこちらを見る。

「落ち着け…………俺が付いてるから」

 自身のそんな言葉に、シャルがまだ表情を固くしながらだがこくり、と頷き。

 

「こ、こんばん……わ……」

 

 目の前の男にそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 シャルからしたら目の前の男に対する心境は複雑の一言だろう。

 悪いことをした、と言う自覚が多少なりともある。だがその時の自分は自意識が無かった、つまり自分の本能のようなものであり、自分の意思であるとは言い辛い。

 言ってみれば、自分の体を借りて他人が行ったこと、のようなものだ。

 

 シャルがシャルとしての自分を取り戻したのは、ある意味昨日からなのだから。

 

 だからマギーも言ったのだ、変わってしまった、と。

 

 

 対してマギーもまた目の前の少女に対する心境は複雑の一言に尽きた。

 結局のところ、マギーは別にシャルを恨んでいるわけではない。トレーナーの魂を解放したくて頑張ってはいたが、シャルが殺した中にその魂があったとは限らない、むしろあの館にいたゴーストポケモンの数を考えればその確率のほうが低いだろうと思っている。

 背後から撃たれたことはあったが、そもそも野生のポケモン同士だったのだ、殺し合うことも別に不思議でも何でもない。

 だが紛れも無く、少女は敵だった。マギーにとって、彼女は敵だったのだ。

 容赦も、情けも無く、残忍に命を魂を燃やしていく彼女を敵だと思ったのだ。

 だがその少女は目の前で完全に別人になり替わってしまっている。

 

 

「あ、あの!」

 

 だから、マギーは困っていた。何を言えばいいのか、そもそもどんな態度を取ればいいのか、どういう感情を抱いているのかすらも自分では分からず戸惑っていた。

 だから、先にシャルが声をかけたのは、一重にトレーナーがいたかいないか、の差だっただろう。

 

「…………ふむ、何かね」

 

 そんなマギーの困惑を他所に、少女は…………シャルはがばっ、と頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! 館で、いっぱい、酷いことしちゃって」

 謝罪。まさかそうストレートに来るとは思わず、多少面食らう。

 だが向こうが謝意を見せているのだ…………何がしかの答えは必要だろう。

 だがどんな答えを返せばいいのか分からず。

 

 “許していいのか…………許さないべきなのか…………自分でも迷っているのだよ”

 

 ふとハルカに言われたことを想い出す。

 

 “許すとか、許さないとか、結局決めるのはマギーだよ、私じゃないし、その子でも無い”

 

 マギーの気持ちは、マギーだけが決めれるんだから。

 

「…………………………………………キミが殺した者の中に、私のトレーナーがいたかどうかわかるかい?」

「あ、あう…………ごめんなさい、ボクにはそこまでは」

 

 まあそうだろうと思う。さいみんじゅつで自身の生前でも思い出させれば分かったかもしれないが、そこまで強い催眠をしてしまうと、人格そのものに影響を与えてしまうかもしれないと考え、今までやってこなかったのだ。

 だから、決めるのは自身であると、理解する。

 

 彼女の殺した中にトレーナーがいるとそう思ったのならば彼女を許すわけにはいかない。

 

 だがそうでないならば…………別に許してしまっても構わない。

 

 だから、考えて、考えて、考えて。

 

 出した結論は。

 

「ああ…………もう良いさ。キミも私も、もう新しいトレーナーを見つけたのだから」

 

 心中で死んでしまったトレーナーに、すまない、と呟く。

 だが彼もきっと自身の死に縛られることを望まないだろう、そう言う優しい少年だった。

 

「……………………トレーナーを大切にしなさい。失ってからでは…………もう全部遅いのだから」

 

 呟き、少女が何かを口にする前に背を向ける。

 

「…………分かってる…………そんなの…………知ってるよ」

 

 耳に届いた少女の言葉を聞きながら。

 

 それでも、足を止めることは無かった。

 

 

 * * *

 

 

「……………………………………え、えへへ」

 笑おうして、笑みを見せようと、表情を取り繕おうとして。

 けれど上手くできず、歪な笑みになる。

「…………シャル」

「えへへ…………ボク、ちゃんとできましたか? ご主人様」

「…………ああ、良くやったよ」

 一緒に謝ろうとした自身を止め、自分だけでちゃんとできると、そう告げて。

 そうして臆病者の少女は精一杯の勇気を振り絞ってやり遂げたのだ。

「…………本当に、良くやったよシャル」

 その小さな体を抱きしめ、背中を摩る。

「…………う、うう…………よかった…………よかったよぉ」

 胸に顔を埋めながら、嗚咽を漏らす少女の背中をゆっくりと、何度となく撫でていく。

 

 月は雲に隠れ、唯一の明かりはその手の中へと消え去り。

 

 闇に包まれながら、少女の嗚咽だけが静かな夜に響いていた。

 

 

 時間が経ち、ようやく落ち着きを取り戻したシャルと二人、並んで家へと戻るために歩く。

 再び繋がれた手を放さないように、強くシャルが握る。

 

「あの…………ご主人様」

 

 なんだ? そんな自身の台詞に、少女が少しためらいがちに呟く。

 

「今日…………一緒に散歩してくれて、ありがとう」

 

 気にするな、そう言って笑う自身に、少女が微笑し。

 

「それと、一つだけ良いですか?」

 

 どうした?

 

「大好きです、ご主人様」

 

 そう告げる彼女に、思わず目を白黒させ。

 

「えへへ」

 

 恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、シャルがはにかんだ。

 

 

 

 




やっぱ大天使シャルが正義やったんや。


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はっけん! いしのどうくつたんけんたい

 休日二日目。初日からエアに振り回されたり、シアに窒息させられかけたり、シャルと夜の散歩に出かけたり本当に色々あったが、打って変わって二日目は平和そのものであった。

 りゅうせいのたきでの修行が出来なくなったエアは屋根の上でのんびり寝ているし、シアは母さんの後を付いていきながら家事をしているし、シャルはのんびり微睡みながら穏やかに、そして盛大に寝坊して昼前になって起きてくるし、午後からはハルカちゃんがフィールドワークに誘ってくるので、屋根の上で昼寝していたエアを起こして一緒に草むらを歩き回ったり、夜には父さんが帰ってきて少しだけポケモンのことを教えてもらったり。

 

「…………平和…………だったなあ」

「何遠い目してんのよ」

「させろよ」

「嫌よ」

 

 なんだこの理不尽ロリ。と内心で毒づきながら、またもやエアに掴まれ飛んでいる自身である。

 しかも今度は陸地ではなく…………海の上である。

 

「なあ」

「何よ」

「あっちからキバニアが俺たちを狙って迫ってくるんだけど」

「ならもっと早く行きましょうか」

「これ以上速度上げられたらリバースするんだけど」

「良かったわね、ここ、海の上よ」

 

 後で絶対に泣かす、この幼女。

 

 じゅんしんむくな五歳児の心に鬼が芽生えた瞬間であった。

 

 

 * * *

 

 

 三日目の朝、朝食だけ食っていきなりエアに連れ出されたので何かと思えば。

 第二回修行編の開催らしい。

 え、でもお前もうりゅうせいのたき出禁食らったじゃん、と言う自身の言葉に。

 

 だから今度はいしのどうくつに行くわよ。

 

 と言って有無を言わさず自身の手を引いて飛び出したのがこのロリドラゴンである。

 というかなんでお前そんなに暗い屋内が好きなの?

 

 こいつは確か空とか好きだったはずなんだが、何故か修行先と言って真っ先に出てくるのは洞窟系ダンジョンばかりなのは…………何なのだろう、このノリを間違えた一世代前の少年漫画に影響受けまくった子供みたいな感じ。

 

 ポケモンの修行(レベリング)なんて秘密基地でハピナス道場に通い詰めると相場が決まっているのに。

 

 まあこの世界にそんな便利なものがないので、やるとしたら四天王周回くらいだろうか。

 

 いや、まあこういうゲーム脳を現実に持ち込むとやばいとは思う。

 四天王とチャンピオンをレベリングと金稼ぎ程度の相手にしか思えないあたり、どうしてもゲーム時代の考え方が抜けきらないとは思う。

 おまもりこばん持たせて一匹で全抜き狙ってるあたりでもうゲーム主人公って四天王舐めすぎだよな、とは思う。

 

 ところでいしのどうくつ、にいることで有名なポケモンを二体上げるとすれば。

 

 多分第三世代のルビーサファイアをやったプレイヤーならば、クチートとヤミラミそのどちらかとマクノシタだと思う。

 だがオメガルビ―、アルファサファイアをやったプレイヤーなら多分こう答えるんじゃないだろうか。

 

 ドッコラーとキバゴ。

 

 ボーマンダの例を見れば分かる通り、この世界、普通に野生で進化先のポケモンが出てくる。

 …………まあつまり分かっただろう。

 

「やっぱお前アホだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「うっさい! 早く指示出しなさい、死ぬわよ!」

 

 左右からローブシンが一体ずつ、そして真正面からオノノクス。

 ローブシンのレベルが30と31、そしてオノノクスが52。

 学習しないバカのせいで、またもや絶体絶命である。

 

 エアがこの間のボーマンダを倒したことで大幅に上がって、レベル21。

 確かに大幅レベルアップだが、Oパワーも無ければしあわせタマゴも無いのならばこんなものだろうと言った感じではある、ハピナス道場を知っているとどうしても比べてしまうのは致し方ないだろう、例えもう使えないものだろうと。

 

「勝てるか! 逃げるに決まってるだろ!」

「そんなこと許すわけないでしょ!」

「あーくそもう、オノノクスにりゅうせいぐん、それで倒せなかったら逃げるぞ」

「最初からそう言いなさいよ!」

 

 エアが咆哮し、空から流星を呼び寄せる。

 

「と言うか、洞窟内でどうやって流星落とすんだ?」

「今更ね…………こうすんのよ!」

 

 ズダダダダダダダダダダダダダダァァァァン

 

 連続して天井を叩くような音と共に、洞窟の天井を突き破って流星がオノノクス目掛けて落ちてくる。

 ドドドドドドォォォォ、といくつもの流星がオノノクスへと飛来し、凄まじい衝撃が洞窟内に走る。

 

「ガゴォォォォ」

 

 オノノクスが悲鳴を上げ…………けれど倒れない。

 

「けどもう遅いわ」

 

 反撃に移ろうとしたオノノクスの一瞬の隙を付き、エアが飛ぶことで加速しながら踏み込む。

 

 げ き り ん !

 

 おんがえし!

 

 一瞬の交差、けれど加速した分だけ、エアのほうが速く。

 こうなると分かっていたので事前指示でりゅうのまいを積ませた分だけ、こちらのほうが威力は高い。

 だがタイプ一致な上に伝説種を抜けばドラゴンタイプ最強のこうげき値の持ち主である。打ち合いに勝ったとは言え、本当にギリギリのところであり、エアもまたかなり痛手を負っているのが分かった。

 エアの拳がオノノクスの腹部に突き刺さる。

 

 ずどぉぉぉと決して生物の体からしてはならない音がして…………オノノクスが沈む。

 

 その間にローブシン二体が、エアを挟み撃ちにして。

 

 なしくずし

 

 能力ランクを無視した一撃がエアを撃ち貫こうとし…………。

 

「避けろ!」

「っぐ」

 

 紙一重のところで後方に急加速で抜けたエアが、すれ違い様に攻撃を掠られながらも直撃を避ける。

 

「…………なしくずし、かくとう技で攻めてくれば楽なのに」

 

 かくとう技ならエアのひこうタイプで半減できるが、なしくずしはノーマルタイプの技だ、等倍で通る。

 こうげきの種族値140、オノノクスの147ほどではないとしても、伝説種を抜いたポケモンの中でもトップクラスの攻撃力であることには違い無い。

 タイプ一致な上に弱点を突かれるドラゴンタイプを使えるオノノクスのほうを優先して落とせたのは良かったが、残った二体も十二分に厄介な相手なのには変わりなかった。

 

 エアに事前に持たせておいたオボンのみで回復したのを見ながら、さてどうするか、そう考えた。

 

「チチッ」

 

 その時。

 

「チチチッ」

 

 耳に触れるように届いた小さな声。

 

「…………何の音」

 

 エアが警戒しながら呟いた瞬間。

 

「ぎゃう」

 ローブシンの一体が突然悲鳴を上げて、その動きを止める。

 その様子に驚き動きを止めたローブシンもまた。

「ぎゅぐあ」

 即座にその動きを止める。

 

 全身が震え、動こうとしても動けないその様子にすぐ気づく。

「マヒしてる」

 一体誰が、そう思いよく見れば。

「チ、チチチ」

 ローブシンの足元に、小さな少女がいた。

 

 身長が1mあるかどうか、と言う本当に小さな少女が、ローブシンの足元に頬を擦りつけている。

 左右からぴょこんと飛び出た髪を玉飾りで結び、ランタンスリーブの白いシャツの上からペールオレンジのショートオーバーオールを着て、腰元に大きなリボンのサッシュベルトを巻いた小さな小さな少女。

 特徴としては頭とお尻だろうか、本物のようにぴこぴこと動く耳と、ゆらゆらと揺れる尻尾がそこにあった。

 少女がチチチ、と鳴き声を上げながらローブシンの足に頬を擦りつける。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「エア!」

「分かってる!」

 

 咄嗟にエアを下がらせる。

 それの正体はともかく、何をしているのか理解してしまったから。

 

 ほっぺすりすり、余りにも可愛らしい名前の技ではあるが。

 

 100%の確率で相手をマヒさせられる上に僅かながらにダメージも与えることのできるでんじはのほぼ上位互換技である。

 害悪鍵として有名なクレッフィなど一部のポケモンを除けば使えるならこっちを使うだろう。

 

 れっきとしたポケモンの技の一つであり。

 

 それはつまり、先ほどの少女はポケモン…………しかもヒトガタであると仮定できる。

 

 そしてまだ確定出ないが、これを使う…………と言うか覚えさせたポケモンが手持ちに一匹いた。

 

「偶然…………とはさすがに言えなくなってきた気がするな」

 まさしく、集めると決めた途端に、次々と順序良くかつての手持ちと遭遇している。

 これが偶然ならば、ミナモデパートの抽選でマスターボールを当てられる気すらしてくるレベルだ。

 

「…………アイツ、かどうか…………悩みどころだなあ」

 手持ちの一匹ならば探しに行くべきだろう。

 

 幸い、先発起用のポケモンだけあって、危険度と言う意味ではこれまでで一番低い。

 

 だからエア一人でも倒すことも捕まえることも簡単だろうが。

 

 問題は。

 

「どこに消えた?」

 

 気づけば少女がローブシンの足元から消えていた。

 

「今の今までいたのに…………どこn」

 唐突に、エアの言葉が途切れ。

 振り向いたそこには、エアの背中に飛び着いた少女の姿。

「エア?!」

「ぐ…………ああ…………やら、れた…………わね」

 一瞬でエアの全身が痺れを起こし、立って入れらず膝を着く。

 そうして一瞬エアに気を取られていると、いつの間にかまた少女を見失っている。

「…………厄介だな、場所が悪すぎる」

 洞窟地下一階部分。地上から降りてすぐのところだけに、まだ薄暗い程度ではあるが、その先となると完全に闇に包まれており、フラッシュでも無いとまともに歩くことすらできないだろう。

 

「…………どうする?」

 

 エアが尋ねる。すでに修行とかそんな目的はどこかに行ってしまった。

 捕まえるか、一旦引くか。

 

 だがそんな時。

 

「グ…………オオオオオオ」

 

 ローブシンの片方が動き出す。

 エアを睨みつけながら、マヒに痺れる体を引きずって…………それでもこちらを攻撃しようと、一歩踏み出し。

 

 ぷおぉおぉぉ、と何となく聞いたことのある鳴き声が、洞窟内に響いた。

 

「が…………が、ぐ、グガガァァァ」

 

 瞬間、二体のローブシンが震え出す。エアへの敵視すら止めて、自身たちの後方を振り返る。

 そこにあるのは闇だ、何物をも映さないまっ黒な闇。

 だがそこに何かがいると言うようにローブシンが怯え、体を震わせる。

 

 直後。

 

 ピカァァァァ、と一瞬で洞窟内が光に満たされる。

 

 あまりの眩しさに、目を瞑ってしまい、それでも尚、目を焼く光。

 

 そして。

 

 ぱち、ぱち、と言う音が耳に入る。

 何の音か、それを知ろうと目を見開き。

 

 バチバチバチバチバチバチバチ、一瞬で膨れ上がった電気が()()()()()()

 

 直後、ズドォォォン、と落雷でも起きたかのような音と共にローブシンが電撃に撃たれて倒れる。

 

「…………最悪だ」

「………………………………マス、ター」

 思わず顔を覆いたくなる状況だが、エアの言葉に、分かっていると頷く。

「逃げるぞ」

 

 そこにいたのは先ほどとは別の少女だった。

 

 年の頃は十六かそこらくらい。腰のあたりまで流れる金、と言うよりかは黄色に近い髪。垂れた前髪の両側を黒いリボンで結んでおり、さながら耳のようにも見えた。

 その首には黒いチョーカーのようなものが付けられており、チョーカーの中央には赤い宝石がついており、ペンダントのようにも思える。

 黄色いティーシャツに、白のキャミソール、下は青のジーンズと今まで出会った少女たちとは一風変わってどちらかと言うと自身の前世でありそうな恰好の少女だった

 

 だがただの少女でないことは分かりきっている。

 

 と言うか、恐らくだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と予測している。

 

「なんでこんなところにいるんだよ」

「言ってる、場合じゃあ…………無いでしょ」

 少女を刺激しないように、そろっと、そろっと後退する。

 地下一階から地上へ戻るには背後の坂道を上って行く必要がある。

 ゲームのように都合の良い梯子は無い…………今は坂道のほうが都合が良いのだが。

 

 幸い、少女の視線はもう一匹のローブシンへと向けられている。

 

「ぷおぉおおぉぉ」

 

 と、また聞いた覚えのある鳴き声を少女が発し。

 

 再びその指先に電気が収束していく。

 

 そして、それが放出されると同時に。

 

「いくぞ、エア」

 ボールにエアを戻し、走り出す。

 こちらに気づいた少女が、再び電気を集め出すが。

 

 それが放たれるよりも先に、地上へと戻る。

 

 そして足を止めることなく、洞窟出口を抜け。

 

 近くのムロタウンへと逃げ込み、そのままポケモンセンターへと戻って来る。

 

 すでに五歳児全身ががくがくである。息切れも酷く、幾人かこちらを見ているトレーナーもいるが、それすら気にならない。

 

 最悪だ、最悪だ、最悪だ。

 

 頭の中でその言葉だけが繰り返される。

 

 洞窟にいた二人の少女のうち、小さいほうがチーク。

 

 自身が起点、先発として作ったデデンネだ。

 

 速攻で動き、相手をマヒさせ逃げていく。基本やることはそれだけだが、その時多少のダメージを与えてタスキなどを潰してくれるだけに使い勝手が中々に良い。

 

 そしてもう一人のほう。

 

 あの黄色い少女のほうも見当はついている。

 

 受け殴り、と言うわけの分からない役割を押し付けた彼女は。

 

 イナズマ。

 

 デンリュウの、イナズマだ。

 

 相性最高にして、最悪のタッグがよりにもよって組まれてしまった。

 

 洞窟の狭い通路の中、エアは持ち前の機動力を思う存分には発揮できないし、そもそも素早さだけで見るとギリギリだがデデンネのほうが速い、シアはどちらかと言うと物理寄りの受けな上にイナズマにはシアの弱点をつける技もある、そしてシャルもまた先手を取る前に麻痺&十万ボルトのコンビでやられる可能性が高い。

 

 こういう時いて欲しいのが最後の一匹なのだが。

 

「…………くそ、やるしかないか」

 

 今いる三匹でどうにかやるしかない。

 

 あのローブシンすら一撃で殺しつくした少女を。

 

「…………なにその無理ゲー」

 

 思わず呟いた。

 

 

 




主人公に安らぎなんて無いんだよ!!!

ちょっとしたトリビア:イナズマは稲妻と書かれるが、実はこれは当て字である。本来のいなずまは「電」と言う字が正確であり、現代仮名遣い的に、「ず」と「づ」はまとめて「ず」と表記するようにされており、例外は「つづき」など音が連続する場合と、二つの単語を組み合わせた時だけ「貝塚(かいづか)」。イナズマは電の一文字なので「イナヅマ」ではなく「イナズマ」と表記されるのだ。


ってヤフーの知恵袋に書いてあった。

因みにプラズマさんの元ネタのあの子とは特に関係ないデスヨ?


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タンクってゲームだと受け職だけど、現実には戦車って思いっきり攻撃してるよな

 前略…………俺たちに平和なんて無かった。

 

 

「…………悲しい事実だなあ」

「またピンポイントで引き当てた、って感じはあるわね」

 ポケモンセンターに預けてすっかり回復したエアに運ばれながら、ミシロタウンへと戻る。

 

 また遅く戻ってきた俺たちを心配してシアたちが待っていたが、チークとイナズマの発見を伝えると大層驚く。

 

「吸い込まれるように探し当てますね、マスター」

「ご主人様…………運が良いのか悪いのかボクには分からないよ」

 

 驚いているような、呆れたような声でそう告げて。

 

 

 結局全員でいしのどうくつに翌日やってきた。

 

 

「…………まあ、来ないって選択肢はねえよな」

「そりゃあ…………ねえ?」

「ここに仲間がいるなら、来るしかありませんし」

「は、早く行こうよ」

 洞窟内に足を踏み入れると、相も変らずじとり、とした湿った空気と薄暗い、陰気な雰囲気が漂っている。

「は、はう…………」

 そしてその空気を敏感に察して、シャルが怯える。

「って早いよ、まだ地上部分なんだけど」

「だ、だってぇ」

「はあ…………もう、シア」

「はいはい…………シャル、手を繋いでましょうね」

「しあー」

 涙目でシアに手を取られながら歩くシャルの姿に…………なんだこの緊張感の無いパーティ、なんて考えながら。

「そのパーティの中心がアンタだけどね」

「…………心を読むなよ」

「アンタが分かりやすいだけよ」

 少し呆れたような目でエアが呟きながら、周囲の警戒を忘れないままに昨日降りた地下一階部分まで進んでいく。

「…………さて、この辺からもうすでにあいつらのテリトリーだと考えたほうがいいわね」

 一歩、前に進み出たエアが足を止めて、振り向きそう告げる。

「…………それで、マスター? 何か作戦はある?」

 相変わらず偉そうに腕を組みながら訪ねるエアに。

 

()()

 

 端的にそう告げる。

 

「…………()()

 

 面白そうに、けれど獰猛に、エアが口元を釣り上げ。

 

「なら、ご期待ね」

 

 そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 やることは簡単だ。

 

 相手は二人、こちらは三人。

 

 故に、これをシングルバトルと、ダブルバトルに分ける。

 

 シア対チーク、そしてエア&シャル対イナズマ。

 

 チークはマヒさせることが本領ではあるが、そもそもみがわりを使えば状態異常は無効化できる。

 あとはあまえるなどの攻撃低下もあるが、シアは特殊アタッカー故に関係が無い。そして物理受け寄りのシアのみがわりならば、チークの攻撃で早々に破壊されることも無い。

 先にみがわりを張っておく必要があるので、接敵のタイミングを間違えると厳しいが、この組み合わせならば無効化…………最悪でも泥仕合に持ち込むことができる。

 

 そして肝心のイナズマだが。

 

 イナズマの役割は、戦車(タンク)だ。受け殴り、と表現したがまさにその通りであり。

 どう足掻いてもデンリュウの種族値ではすばやさで先制を取るのは厳しい。

 

 だからまずコットンガードで防御を固める。一度で防御力+150%のチート技だ、これ一度でじしんを食らってもHP半分程度に抑えることができる。

 そして持っているのはたべのこし。回復、これでもう一度耐えられる。ただし連発されれば死ぬのは分かり切っているので、次にエアに変えるなどして対応していたのだが、今回はイナズマ単体。

 ただし、シアの時のように戦う前から積んでいる可能性を考えると、りゅうのまいを最大まで積んだエアのじしんすら普通に耐えてくる可能性が高い。そもそもローブシンを一撃で倒していたあたりで気づいていたが。

 

 今までのやつらと違って、レベルが上がっている。

 

 恐らくここまでにかけた時間の違い、だろうか。

 

 最低でもレベル四十程度はあるだろう、下手すれば五十を超えるかもしれない。

 

 同じ倍率で能力値をブーストすれば、元の能力値が高いほうが有利、そしてレベルが高いほうがステータスが高くなりやすいことなど自明の理だ。

 

 だからエアのみで押し切るには足りないだろう。

 

 だからもう一人…………シャルがいるのだ。

 

 イナズマの最大の問題点が一つ。

 

 物理受けならコットンガードを使えば良い、だが特殊受けに使えるじゅうでんはとくぼうを一段階ずつしか上げてくれない。

 否、一段階上げてくれる上に、次に出すでんきタイプ技の威力を上げるのだから、一挙両得と言った感じではあるのだが。

 

 最初にコットンガード、そしてその後じゅうでんでとくぼうを高めながら、10まんボルト、じゅうでん、10まんボルト。敵がでんきに強ければ()()()()()

 

 それがイナズマの基本スタイル。

 

 HPに極振り、ぼうぎょととくぼうにある程度調整しながら割り振ってある努力値を考えると。

 

 この両方に一遍に攻められると、イナズマとて混乱するだろう。

 

 さらにぼうぎょを上げるべきなのか、それともとくぼうを上げながら攻撃すべきか。

 

 故に先手必勝。最初に一撃で大打撃を与え、そのまま積み上げられる前にカタをつける。

 

 それが今回の作戦、とでも呼べる物。

 

 チークとイナズマ、二人を合流させない。特にチークをアタッカーに近づけてはならない。

 これが大前提の話だ。

 

 

 あれにマヒさせられては、アタッカーがイナズマに上から殴られる。

 エアはひこう・ドラゴン、10まんボルトが等倍できあいだまが半減。

 シャルはほのお・ゴースト、10まんボルトが等倍できあいだまが無効。

 恐らくイナズマもそれを知っているのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、シアをあちらに割り振ったのだ。

 こおりタイプにかくとう技のきあいだまは抜群で、シアは特殊受けにするにはやや特殊が弱い。一応努力値は振ってあるが、抜群技を受けれるほどの特殊は無い。種族値の数値だけ見ればアタッカーであるシャルと同じレベルなのだ。

 

 イナズマにはみがわりを仕込んではいない。

 仕込んでいればすりぬけ持ちのシャルがかなり活躍できたかもしれないが、最早そんなことを言っても仕方ない。

 

「さて…………まずは見つけるところからか」

 

 そしてそれ以前に、昨日はこの辺りまでやってきていたが、今はどこにいるのか分からないのだ。

 

「…………あれだけ激しく光るだけに、光ってないと本気でどこにいるか分からないわね」

 

 実際に目にしたエアがそう呟く。

 全く持ってエアの言う通りだ、あの洞窟内を照らす眩いほどの光のインパクトが強すぎて、発光していないとどこにいるのか全く分からない。

 

 だが一つ、推測程度だが予兆はあると思っている。

 

「チークだ」

 

 自身の言葉に、三人がこちらを向く。

 

「チークを探せ、恐らく…………あの二人が結託しているならば、まずチークがこちらへと来るはずだ」

 

 ゲーム時代には無かった、あっても恐らくフレーバー程度のものであっただろうが。

 探索役として考えると、すばしっこく、体の小さいチークはかなり有用なのだろう。

 デデンネと言う種族は特性の片方がものひろい、と言うくらいに好奇心が旺盛なのだろうし、何かを見つけるのは得意、とかそう言う現実ならではの特技があると考えれば、あの二人の役割は見事に分かれている。

 

 チークが探し、先行して痺れさせ、後からやってきたイナズマが殴り、電撃で焼き殺す。

 

 そうやって、いつからいたのかは分からないこのいしのどうくつで…………あのローブシンに恐れられるほどにまで成長(レベルアップ)してきたのだろう。

 

「シャル…………消せ」

「ふぇ? え、ええー…………ご、ご主人様ぁ」

 暗いのが苦手なシャルに、先ほどから洞窟を照らしている火を消せ、と言うのは中々酷なことだとは思うが。

「悪いが我慢しろ…………今のままだと、一方的にチークに見つかる」

 恐らくこの暗い洞窟で暮らしているのだ、夜目は効いているだろう。

 だが、だからと言って、炎で辺りを照らしていては、こちらからは照らしている範囲外は黒一色で何も見えない。

 例えチークがそこにいて、こちらを伺っていたとしても、それに気づくことすらできないだろう。

 

 故に、こちらも少しは目を慣らしてやる必要がある。

 完全に見える必要は無い。だが、暗闇の中で動く影を捉えられる程度には目を慣らさねばならない。

 

 そんな自身の言葉に、シャルが不安そうにこちらを見つめ。

 

 ぎゅ、とシアが握った手を強くする。

 ぴくり、と一瞬震えたシャルだったが、怯えながらその手の中の炎を消していき。

 

「全員、声を落としていくぞ…………少し闇に眼を慣らせたら歩きだす」

 

 告げ、そして。

 

「チチチ♪」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぱちっ、と電気が弾ける。

「きゃあ!」

「し、しあ?!」

 同時に、シアの悲鳴とシャルの声が響き。

 

「ぷおぉおぉぉぉぉ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「不味い!?」

 

 ぐぉん、と何かが空気を裂いて飛んで来る。

「ハルト!」

 エアが咄嗟に、自身を引っ張る。

 

 直後。

 

 ズドドドドドドドドォォォォ、と天井に向かって放たれたきあいだまにより天井が一部崩れ落ちてくる。

 

 そして。

 

 ドサアァァァァァ、と大量の土砂が降り注いでくる。

 

「…………ぐ、マスター!」

「だ、大丈夫…………それより、エアは」

「こっちも問題無しよ…………ただ」

 

 分かっている、と頷く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やられた…………完全にしてやられた」

 

 崩れ落ちた天井の岩盤と土砂が背後の道にうず高く降り積もり、登るのにも苦労しそうな小山ができている。

 どかすことは…………無理ではなさそうだが。

 

「ぷおぉおぉぉぉぉ」

 

 目の前のイナズマがそれを許してくれそうにない。

 

 そして。

 

「ちちちち」

 

 身軽に、そして足早に小山を上り、チークがこちらへとやってくる。

 

「嘘だろ…………ここまで読んでたのかよ」

「どうするのマスター? 割と絶体絶命よ?」

「分かってる…………だから、もうこうするしかねえだろ」

 

 後ろの小山に向かって走る。

 

「ちち?」

 

 チークがその行動に首を傾げ。

 

 けれど今のチークならばいけるはずだ、と予測する。

 

 そして。

 

「ちちっ♪」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「エア! 積まれ切る前に落とせ!」

 

 

 まず絶対条件は一つ。

 

 チークとエアと接触させないこと。

 エアをマヒさせられたら、イナズマに上から殴られ続ける上に、痺れて体が上手く動かなくなる。

 そうなれば、じしんを連発しようと、コットンガードを完全に積み切られて。

 

 たべのこしで回復しきれる範囲に収められたら最早一方的に嬲られるだけだ。

 

 故にここで必要なことは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして一つ思い出して欲しい。

 

 チークは…………この少女は自身の手持ちだったはずのポケモンであり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に。

 

「ちち」

 

 ほっぺすりすり、電撃を纏ったままこちらへと擦り寄ってきて。

 

 触れる。

 

 電撃が全身を焼こうとする。

 ポケモンにとっては大した威力でなくとも。

 

 人間には十分過ぎるほどの威力の攻撃だ。

 

 まして、受け止めるのが五歳児ならば。

 

 まあ…………。

 

 電気が流れたのならば、だが。

 

「…………こ、怖かった」

 正直、今にも腰が抜けそうだ。身一つでポケモンと相対するのがこれほど恐ろしいとは思わなかった、ましてチークは火力などほぼ無いに等しいはずのポケモンであると自身で知っているのに。

 やっぱり人間とポケモンは違うのだと、そんなことを改めて認識しながら。

 

「ゴム製の雨合羽…………あって良かったあ」

 

 実は洞窟に来た時から羽織っていた雨合羽が寸前で自身の命を助けてくれた。

 ゴムは絶縁体だ。さすがにイナズマの電流を食らえばそもそもゴムが焼ききれるだろうが、恐らくはチークの攻撃ならば大丈夫だとは思っていた、それでも、全身に電気を纏った少女が自身に向かってくるのだ、恐ろしくないはずがない。

 

 そして。

 

「チーク…………捕まえた」

 

 少女の片腕を取り、ボールを押し当て。

 

「…………あ…………トレーナー?」

 

 きょとん、と不思議そうな…………けれど確かに理性のある瞳を取り戻した少女が、ボールの中へと消えていく。

 

 そして、震える体で振り向き。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 じ し ん !!

 

 じ し ん !!

 

 じ し ん !!

 

 単純な種族値だけでも倍以上。そこに努力値まで振られた分だけ、エアの行動の方が速い。

 イナズマが動こうとした一手で、三度、じしんを繰り返し。

 

「…………ぷ…………おぅ…………」

 

 そうして、イナズマが倒れた。

 

「…………はぁ…………はぁ…………はぁ…………マスター…………捕まえなくて、良いの?」

「あ…………うん」

 

 ぴくりとも動かないイナズマに震える足で近づき。

 

 その背にボールを押し当て。

 

「イナズマ、捕まえた」

 

 こうして、戦いは終息を迎えた。

 

 

 




勝因:デンリュウさんまさかのコットンガード積み忘れ、あとはすばやさの差。お前が、死ぬまで、じしんを、止めない!

余裕そう? 実はそうでもない。次の話で少しその辺りの話しようかと思うが、実はけっこう紙一重。と言うか、状況に救われた感じ。



BP稼ぎに、ゲンガーとガブリアス厳選するので、本日は一話のみ(すでにガルは持ってる)。
明日も多分一話か二話だけ書いて、後はひたすら厳選作業。


因みにスーパーシングル最大24連勝くらいの雑魚トレーナー。
因みにその時の構成は、ボーマンダ、デンリュウ、チルタリス。

一番役に立ったのはチルタリス。一番敵を倒したのはボーマンダ。

ただ、こおりタイプ使いと当たって相性差で普通に負けた。
ガルガブゲンで50勝目指して頑張る。実はまだBP交換のアイテム3,4個くらいしか持ってない。


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600族のくせしてオチにもならんやつめ

ちょっと色々詰め込み過ぎた気がする。


 いしのどうくつでチークとイナズマを捕獲し、通路を分断する土砂と岩をどかし、そしてシアとシャルを回収し。

 どうくつを出るとまだ昼を過ぎたばかり。ギラギラと照らす太陽に頭がくらくらしながらムロタウンへと向かい、ようやくムロタウンのポケモンセンターにたどり着く。

 

「疲れたああ」

 手持ちを全員預け、宿泊で借りた部屋のベッドにダイブする。

 全身から疲労感が溢れてくる。

「あ…………やばい、眠い」

 まだ昼飯も食ってないし、汗かいたから風呂入りたい、とは思いつつも、あっさりと意識が飛び。

 

 

 目が覚めたのは夜だった。

 

 

「…………うー…………今何時だ…………?」

 部屋に置いてある時計は午後八時前。ポケモンセンターの食堂は九時までだがあそこの飯は人間の食べるものではないので、置いておくとして。

「…………何か買いに行くかあ」

 大して稼ぎも無いが…………一度家に戻った時に追加でお小遣いをもらったのでまあそれなりに手持ちはある。

「…………これってニートじゃ…………いや、まだ五歳児だからセーフ…………セーフ」

 そう、まだ自分は保護者が必要な年齢…………五歳児だからセーフ。好きなように生きて、親の金で食わせてもらって、親の金をせびって他所で飯食ってても、五歳児だからセーフ、セーフなのだ。

 

「…………十五、六までに適当にリーグトレーナーでも目指すかなあ」

 

 たしかポケモンリーグ本戦に出場するレベルのトレーナーともなれば、それなりに優遇も受けられたはずだ。そこからポケモン協会に入って、適当なジムトレーナーにでもなれれば…………いやそれなら父親のコネもあるし。

「やっぱ公務員安定だね」

 国と言う括りがすでに過去に消滅した今のこの世界では、公務員と言えばポケモン協会職員だろう。

 少なくとも、これが潰れることはまずないし、ポケモンが世界に存在する限り、仕事が無くなることも無い。

 もしくは、シティ運営者と言うのもあるが、まあトレーナー知識以外は本職に敵うはずも無いし、選択肢としては除外でいいだろう。

 

「回復終わってますかー?」

「あ、はい、終わっていますよ。今受け取りますか?」

「お願いします」

 

 因みにポケモンセンターに預けていると、ポケモンたちは何も食べなくても平気らしい。

 原理は良く知らないが、要するにセンターで回復している間は、栄養剤の点滴でも受けているような状態と考えて良いのだろう。

 ただ、人間もそうだが、栄養素が取れてもそれではあまりにも寂しい。栄養剤を摂取することを食事とは言わないのは人間もポケモンも変わりは無いらしい。

 

 受け取ったボールが揺れ、中から、何か食わせろ、と言うエアからの執念にも似た気迫を感じ、一瞬だけ硬直してしまう。

「分かった分かった…………今から飯にするから」

 そう告げると揺れが収まる。食いしん坊め…………少しはシアとシャルの謙虚さを見習え。

 

 だがその前にやることがある。

 

 部屋に戻り…………そうして早速ボールを二つ、取りだす。

 

「おいで、チーク、イナズマ」

 

 そうしてボールから二人の少女が飛び出し。

 

「へーい、おひさ~トレーナー」

「…………あ、あの…………その、お久しぶりです、マスター」

 

 拳を突き上げながら無意味に元気なチークと、反対におずおずと言った感じのイナズマ。

 

「お前、元気だな」

「HAHAHA! アチキはいつでも風の子元気の子さ」

 

 何故そこでアメリカンな笑いを出してくるのだろうこの鼠娘。

 

「ちょ、ちょっと…………ちーちゃん、マスターと会うの久しぶりなんだから、そういうのよくないよ」

 少し呆れたように、そしてたしなめるようなイナズマの言葉に、てへり、と頭を掻きながらチークがぺろ、と舌を出す。

 反省しているかどうかはともかく、イナズマの言葉だと聞き分けが良いらしい。一緒にいたあたり仲と言うか相性みたいなのがいいのかもしれない、同じでんきタイプだし。

 

「…………お前は…………まあ元気そうだな」

「あ…………はい。えっと…………マスターも…………元気…………元気、そう? ですか」

 ちょっと小首を傾げながら、疑問形なイナズマになんでだよ、と視線を向けて。

「その…………なんか、ちっさい…………ような?」

 

 そもそもの疑問なんだが。

 

「お前らは一体、どっちの俺で認識してるんだろうな」

「え? えっと?」

「おいおいトレーナー、アチキたちにも分かるように説明してくんないよ、イナズマが知恵熱で倒れちゃうってサ」

「た、倒れないよ。それに知恵熱って…………赤ちゃんじゃないんだから」

「でもこのもちもちすべすべ肌は赤ちゃん並だけどね」

「ちょ、ちょっと、ちーちゃ、どど、どこ触ってるの?!」

「うっひっひっひ、良いではないか、良いではないか~」

 

 なんで一つ疑問零しただけで、いきなり目の前で百合みたいな光景が広がるんだろう。

 イナズマの服をめくり上げ、そのお腹に触れながら少しずつ上を目指すチークの手を、必死に防ごうと奮闘するイナズマ。

 あと十年歳取ってたら、良い光景なんだけどなあ…………なんて思いつつ。

 

「……………………なにやってんの?」

 

 思わず呟いたその一言に、イナズマははっとなって。

「ままま、マスター、みみみ、見ちゃダメです!!! ダメですからあ!」

「ほらほら、もうちょっとで見えちゃうよ? トレーナーも期待してるって」

「だ、ダメだから! ちーちゃん!」

 

 バリバリバリ、とイナズマの指先が放電し。

 

「うきゃう」

 

 チークが悲鳴を上げて飛びあがる。

 一瞬、緩んだ手をすぐ様払いのけて、両手で肩を抱きながら後退するイナズマ。頬が紅潮し、瞳が潤んでいて…………何と言うかエロい。

「事後みたいだな」

「も、もう! マスターまで!」

 思わず呟いてしまった一言に、イナズマがぶうっと頬を膨らませながらこちらを睨む。

 まあ目元が柔らかすぎて、睨んでるのは分かるが全く怖くない、と言うかむしろ。

 

「可愛いなその表情」

「ふえぁ?! ななななななななな、なにを」

 

 一転して驚きと羞恥に彩られる表情に、感情豊かだなあ、なんて感想を抱きつつ。

 

「…………しっかし、カオスだなこれ」

 

 思わず呟いてしまった。

 

 

 * * *

 

 

 まあ分かり切ったことではあるのだが。

 自身が捕まえるまでの五年間も、それ以前も、大よそ他三人と同じ答えが帰って来る。

 

 やはり情報は無いか。

 

 と思いつつも、無いなら無いで別に構いはしない、とも思っている。

 以前にも言ったが、もう自身は前世とはほぼ別人だと思っている。知識こそあれど、もう自分はこの世界の住人である、ならば別に、自身がここにいる理由など考える必要も無い。

 それでも五年以前と以降のことを聞くのは。

 

 また同じことが起こらないかを警戒しているからだ。

 

 突然こちらの世界に生まれたのだ、もしかするとまたいきなり別の世界へと生まれるかもしれない。

 

 前世で死んだ記憶すら無い、となれば()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ一つ、分かってきたことがある。

 

 自身がここにいるのが偶発的かどうかはともかくとして。

 

 自身がこの世界に来たのは、少なくとも誰かが何かを意図した結果であり。

 

 今自身が動いている行動の結果は、その誰かもまた望んだ結果なのだろうと言うことだ。

 

 自身は運命論者ではない。たった一週間で五匹、手元に集まったこの結果を自身は偶然とは呼ばない。

 自身と手持ちたちの運命だとも思わない。

 

 これは必然だ。

 

 何らかの必然がある。

 自身はほぼそれを確信している。

 

 だがそれが何なのか、誰なのかまでは分からない。

 手持ちたちから聞く情報があってもそこだけはまるで分からない。

 

「…………最後に一つだけ試してみるか」

 

 呟く一言に、チークとイナズマ、二人は首を捻り。

 

「…………明日、最後の一匹、捕まえに行くぞ」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 ムロタウンは田舎だった。

 

 どのくらいかと言うと、ポケモンセンターの食堂が一番遅くまで営業している飲食店だと言うレベルで田舎だった。

 ていうかまさかのフレンドリーショップが夜八時までとかいう凄い場所だった。

 都会でなくても…………少なくとも、コトキタウンのフレンドリーショップでは二十四時間営業だったのだが。

 立地的に商品の仕入れ量が決まっているらしく、だいたい夜八時くらいにはあらかた捌けてしまうので自然こうなったらしい。

 

「ガルルルルルルルルルルルルルル」

 

 他の四匹はまだ大人しかったのでボールに入れたままだが、エアだけやたらにボールを揺らして面倒だったので、外に出しておいたのだが…………失敗したかもしれない。歩いた分だけ余計にお腹が空いてきたらしく、エアの機嫌が最底辺まで落ちている。

 視線からは殺気が溢れているし、その小さな体全体から周囲を威嚇する威圧感が放たれている。

 お前の特性、いかくじゃないんだけど、って言いたい。

 あとついでに口元からは食欲(隠語)があふれ出している。

 

 まあボーマンダっぽいっちゃぽい気がする(偏見)。

 

 お腹空いたとあまりにもうるさいので指でもしゃぶってろって言ったら自身の腕に噛みついてきたので、持ってきたカバンの中に入れていたオレンのみを食わせて空腹を紛らわさせている。

 

「うーん…………何か無い物か」

 

 これならいっそ、カイナシティまで飛んだほうがいいかもしれないなあ、なんて思う。

 カイナシティはホウエン地方でもミナモ、カナズミ、キンセツに次ぐ大都市だ。

 

 少し考え。

 

「やっぱ移動するか」

 

 明日のことを考えるならば、今のうちにカイナシティに移動しておいたほうが良いだろう。

 

「エア」

「なに?!」

 

 イライラとした様子がありありと見えて、少々頼みづらいが。

 

「カイナまで飛んでくれ」

「……………………お腹空いた」

「オレンのみ一個追加だ」

 

 カバンからさらに一つ、オレンのみを取りだす。

 

「腹の足しにもならないわよ」

「まあそう言うなって…………ほら、あーん」

 

 口開けて、と言いながらオレンのみをエアの口元へと運び。

 

「え?! え、え、え…………え、あ…………あ、あーん」

 

 先ほどまでの怒り顔から一転、顔を真っ赤にして数秒葛藤し、やがて悩み抜いた末に口を開けるエアにオレンのみを与える。

「…………美味しい?」

「……………………………………おいしい」

 たっぷりと溜めて、やがて絞り出すように呟く。

「おかわりは?」

「…………いる」

 

 にこり、と笑ってカバンに手を入れた。

 

 

 * * *

 

 

 カイナシティに向かい、夜間の海と言う中々普段お目にかかれない光景に感動し、視界の悪さに少々迷いながらもなんとかカイナシティに着く。

 カイナシティは造船所やポケモンコンテストの会場などがあり、さらに街の南西には大きなフリーマーケットにも似た市場があって夜にも関わらず賑わいを見せている。

 ただ飲食店、と呼べる類のものはだいたい閉まっており、エアの忍耐が限界まで達しようとしたところで、夜間営業の屋台を見つけ即座に急行。

 ギリギリのところでセーフと言ったところだった。

 

「あのラーメン美味しかったな」

「私、あれ好き」

 

 翌日の現在、再び空…………と言うか地面から数メートル浮いたところを飛びながら昨日食べた屋台のラーメンを思い出す。五歳児の体に油ギトギトのラーメンはけっこうもたれるので、全部は食べきれなかったが、あれは確かに美味しかった。

 エアなど三度お代わりして、自身が残した分までペロリと平らげてしまったぐらいだ。

 残りの四人も順次入れ替えながら食べ、全員が一心地着いたらポケモンセンターでそのまま寝てしまったので詳しくは説明していないのだが。

 

「どこに向かってるの?」

 

 現在はカイナシティからキンセツシティへと続く110番道路…………をさらに超えた先にあるキンセツシティからさらに東進。海上を飛びながら渡って行き、118番道路へと抜け、さらにそこを北上した先にあるヒワマキシティ。

 

 からさらに進んだ先、120番道路である。

 

 アブソルがいる場所と言えば分かりやすいかもしれない。

 

「…………雨が降ってきたわね」

 

 ゲーム中だと119番道路はよく雨が降っており、時折晴れることもあるが、基本的に雨模様でバトルが始まる。

 

 そして120番道路。

 

 ちょうどひでりのほこらの南側当たりだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、もしいるとすればここだろうと思った。

 

 自身の手持ち、最後の一匹が。

 

「エア…………この辺でいいよ」

「はいはい…………濡れちゃったわ、最悪」

 コートが吸い込んだ水を絞りだしながら、エアが少しだけ不機嫌そうに呟く。

 

 シア、良し。

 シャル、良し。

 チーク、良し。

 イナズマ、良し。

 

 全員いることを確認する。

 

 今から戦うかもしれない相手を考えれば主力はエアのみだろう…………辛うじてシアもいけるか。

 

 ただエアですら下手すればやられるかもしれないだけに、少しだけ緊張する。

 

 大丈夫…………みんながいる。

 

 そう心の中で呟き。

 

 がさり…………唐突に、草むらからそれは現れた。

 

「ぴょろろ?」

 

 淡い青紫色のフリルスカート状のワンピースの上から、白いコートを羽織り、腰に白いベルトを巻いて、その両脇には同じく白いベルトポーチが一つずつ、首元には淡いグリーンのスカーフ、そして服のあちこちにスカーフと同じ色の宝石状のボタンと、コートの裾にも同じ色の大きなリボンががついている。目もまた同じ淡い緑色の宝石のような瞳をしており、白い髪をツインテールにして帽子を被った十八かそこらの少女がそこにいた。

 

「…………でか」

「…………でっか」

 

 思わず吐いて出た言葉がそれだった、エアも同じ感想だったらしい。

 全体的に、うちのパーティは背が低いのが多い。一番高いのでシアかイナズマか、まあ身長155あるかないかと言った感じなのだが。

 目の前の少女は身長170…………下手すれば180くらいはありそうだった。

 

「ぴょろろろ♪」

 

 そうして少女を二人して見ていると、こちらを見た少女が笑みを浮かべ。

 

「えっ」

「ちょっ」

 

 自身とエア…………()()()()()()()()()()()()

 

「にゃああああああああああああああああ、なんか変な感触がするうううううううううううううう」

「すべすべ肌、というか、ぷよぷよ肌?」

 

 エアが悲鳴を上げ、スライムか何かでも表面につけているかのような不可思議な感触を目を丸くし。

 

「ぬふふふふ~…………リップル幸せ心地~…………って、あれれ? マスター?」

 

 ふっと、自身に気づいた少女がこちらを見つめ、首を傾げる。

 

「…………オチにもならんやつだな、お前」

「ぬーん?」

 

 そういう種族だったよなあ、とふと思い返す。

 戦闘するかも、とか思ってた自分が馬鹿みたいだ。

 

 名前はリップル。

 

 種族…………ヌメルゴンだ。

 

 

 




このオチだけは実はシア捕まえようとしてたころにはすでに決めてた(
ここまで戦闘ばかりですっかり心がやさぐれている主人公である。


一応だけ説明すると、ヌメルゴンと言う種族は人懐っこい種族で、特に気に入った相手には抱き着いて相手をヌルヌルにするという意味の分からん習性がある。

主人公に抱き着いた理由? …………本能じゃね?



最後の一つ。

6Vフカマル出たと思ったらすながくれだったあああああああああああああああああああ。

と言うわけでそのうち砂パでも作ってやる(

あ、ゴースとフカマルの厳選完了しました(
HBCDSの5VようきゴースとHABDSの5Vようき夢フカマル。これでいいや、別に。
フカマルは辛かった(


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あれからどれだけの時が…………え、まだ十日も経ってないの?

 朝、柔らかいベッドの中で目を覚ますと。

「にひっ」

「…………何しようとしてる、チーク」

 布団の上に跨り、こちらを見て悪戯っぽく笑うチークがいた。

「ありり? 起きちゃった…………ちぇ、もうちょっとだったのに」

「…………また寝起きドッキリかよ」

 その手に持ったでっかい氷が入ったビニールを見て、思わずため息を吐く。

「そんな氷、どこで見つけてきたんだよ」

「シアに作ってもらっちゃった」

「…………上手い事言ってまたシア騙したのか」

「騙しちゃないサ? ちょっと熱いもの()ますのに氷欲しいって言っただけサ?」

「熱いものってなんだよ」

「アチキみたいな美少女に朝から布団に馬乗りにされたトレーナーのた・か・ぶ・り」

 無言で目の前の少女の腕をぐい、と引っ張る。五歳児の自身よりもさらに小さな少女は引かれた勢いでこちらに転がってきて。

「イナズマー! チーク連れてってー!」

 ベッドから起き上がりながらずりずりとチークの襟元を掴んだまま引きずって行き。

「はいはいはい、もうちーちゃんここにいたのね。目を離したらすぐにどっかに行くんだから」

 やってきたイナズマへ引き渡すと、そのまま襟元を持ちあげる。空中でぷらーんと、持ち上げられたまま揺れるチークがお? おー? と楽しそうに声をあげる。

「おー? ゴメンネゴメンネ? そんなにアチキがいなくて寂しかったかい? イナズマ」

 持ち上げられた状態から一瞬で態勢を立て直し、トテトテと走ってイナズマに抱き着く。

「あ、ちょ、ちーちゃん」

「んふふふ~、相変わらずすべすべお肌で気持ちいいサね」

「ちょちょちょ、ちょっとちーちゃん、だから毎朝何やって」

 

 相も変わらず仲の良い二人を部屋の中に置いていきながら、部屋を出て一階へと降りる。

「おはよー母さん、シア」

「あら、おはようハルちゃん」

「マスター、おはようございます」

 相変わらず二人で仲良く朝食を作っている母さんとシアに挨拶する。

 ちょうど出来上がった料理をリビングにあるテーブルに置かれた皿に盛りつけていたところだったようだ、鼻孔をくすぐる良い匂いに、思わずお腹が鳴り、手で押さえる。

「もうできますので、席についていてくださいね、マスター」

 楽しそうに、嬉しそうに、いつもの服の上から、水色のエプロンをつけたシアがフライパン片手にそう言って笑う。

「おっけー、じゃあ楽しみにしてるね、頑張って、シア」

「はい!」

 他の男たちが見れば蕩けてしまいそうな笑みを浮かべたシアたちが台所に戻るのを見送り、リビングのテーブルの一席に座る父さんを見つけた。

「おはよう、父さん。今日はゆっくりなんだね」

「ああ…………今日は特に挑戦も入ってないからな、明日と明後日はまた挑戦にきたトレーナーの相手をするから早出になると思うぞ」

 父さんの隣の席に座ると、ちょうどテレビでニュースをやっていた。

 

 今年のポケモンリーグの開催についてらしい。

 

「そう言えばハルト、お前旅はもういいのか?」

 ふと疑問に思った、と言った感じで問うてくる父さんに、うん、と肯定して返す。

「探してるやつら全員見つかったからね…………まあ本当に十日もかからないとは思わなかったけど」

 そう呟きつつ、視線を向けた先には、母さんの隣で調理器具を洗うシア。

「ヒトガタポケモン…………それを六体か。お前、トレーナーになるんだよな?」

「将来的にはね、まあもう四年か五年は大人しくしてるよ…………あんまり長旅するのは今は無理って、良く分ったからね」

 たった一週間、しかも合間合間に実家に戻ったり、移動がエアによる飛行だったりの旅にも関わらず、終わった時に随分と疲れていて驚いたものだ。

「やっぱり体が大きくなるのだけは、待ち遠しいけど待つべきだと理解したよ」

 

 それに十二になれば恐らく原作が始まるだろうし。

 

 ちょうどそれが契機、と言うことで良いだろう。

 

「そうか、ならば良い…………トレーナーでも無いのにヒトガタを六体も連れていては余計な騒動に巻き込まれるからな、なるなら問題無い」

 

 と、その時。

 

『それではホウエンチャンピオンのダイゴさんにインタビューを…………』

 

 テレビに映し出されていたのは。

 

「ツワブキ・ダイゴ…………ホウエンチャンピオン…………」

 父さんが呟き、その少年とも青年とも言える程度の年齢の若々しい男を見つめる。

 だがどちらかと言うと、自身はその男が連れている少女のほうが気になった。

 

 端的に言って、SFチック、とでも言えばいいのか。

 全身が青銅色一色で覆われていた。

 年の頃は十三か四かそこらだろうか、やや背は低いが発育はしているらしい、ぴっちりと体のラインに沿うようなボディースーツの上から少女の膝のあたりまで裾の伸びたややサイズの合わない大きなコートを羽織っていた。

 手甲に具足と言った装身具がやたらと物々しい印象を与え、対照的に淡い青銅の髪に装着されたヘッドホンとそこから伸びたコードがやたらとアンバランスだった。

 表情は無表情としか言いようの無い、一ミリたちとも顔の筋肉が動くことも無く、虚空を見つめるような紅い瞳がただただ不気味でしか無かった。

 

 このデザイン…………これがもし擬人化したヒトガタだとしたらならば。

 

 ダイゴの代名詞的な()()()()()()の6Vと言うことになるのだろう。

 

「…………やっぱ、厄介だなあ」

 実際戦うかどうかは不明だ。ゲームのストーリーでは味方だったことのほうが多い相手だが、それでも最終的には戦うことになるだろう相手。

 

 ホウエンチャンピオン、ツワブキ・ダイゴ。

 

 はがね、いわ、じめんなどのポケモンを好むホウエン最強のトレーナー。

 

 そしてダイゴの切り札にして、相棒、現ホウエン地方のトレーナーに所持されたポケモンで問答無用で最強のポケモンと呼べるのが…………恐らく先ほどの少女。

 

 メタグロス。

 

 エアと同じ第三世代産600族。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思う。

 

 今の状態ならば…………だが。

 

 けれど恐らく、自身が将来戦うときには…………すでにあるのだろう、()()が。

 

 そうなれば、こちらで勝てるのは…………。

 

「やっぱ同じ条件にすら立てないのはやばいよなあ」

 頭の中で考えていく。今のパーティの仲間たちと、ゲーム時代のダイゴの手持ちを思い出しながら、同じものが出るとは限らないが、それでも傾向は似通るだろうから。

 

「…………ハルト」

 

 そんな自身を父親が見ていた。

 小さく呟いた声は、けれど自身の耳には届かず。

 

「お前は…………行くのか? その場所に…………頂点に」

 

 次いで呟いたその言葉は、けれどテレビに視線を釘づけられた自身には届かず。

 

 シアと母さんがやってくるまでの僅かな時間、自身の思考が止まることは無かった。

 

 

 * * *

 

 

「あれ? あと三人は?」

「リップルなら外ですよ、シャルはまあいつも通りで、エアは…………」

 どこだろう、と首を傾げるシャル。

「ハルちゃん、ちょっと探してきてもらっていいかしら?」

「いいよ、分かった、ついでにシャルも起こしてくるよ」

 母さんに頼まれ、二つ返事で返す。

 

 二階に上がり、そのまま屋根裏部屋へと上がる。

 ゲーム時代には無かった…………と言うか描写されてなかった部屋だが、ここから屋根の上へと上がれる。

 天窓を開き、設置された梯子を昇って。

 

 びゅう、と風が吹いていた。

 

 民家故にそれほど高い建物ではないが、それでも屋根の上となると吹き曝しであり、それなりに風を感じる。

 

「エア」

 

 そこに彼女がいた。いつものように、腕を組んで屋根の上に寝ころんでいる。

 

「…………ん? ハルト、どうしたの?」

「朝御飯だよ、降りておいで」

「分かった」

 一つ呟き、エアが起き上がる。

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………横着するなよ」

 

 多分そのまま落ちても、軽傷で済むのだろうが、そもそもエアは飛べる種族故に着地寸前で浮き上がって勢いを殺せばそれで無傷で降りられる。

 こちらに天窓があるのだから素直にこちらから出入りすればいいのに、どうしてあのロリドラゴンはいちいち外から昇り降りするのだろう。

 ため息一つ吐きながら、天窓から降りていき、屋根裏部屋を出る。

 

 それから二階の突き当りの部屋へと向かい、ノックする。

 

「シャル?」

 とんとん、と数度ノックするが反応は無い。

 まあ何時もの事か、と思いつつ扉を開けて中へと入る。

 

「くう…………すぅ…………ふわぁ…………」

 

 入ってすぐのベッドの上に、掛布団を胸に抱きしめながら口を開いたまま眠るシャルの姿。

 

 このおくびょうオバケは暗いのが怖いくせに夜行性だ。だからなのか、それとも単純にゴーストタイプの性質的な物なのか、朝に弱い。

 と言っているのだが、実際問題それほど遅くまで起きていないのは確認されている。

 

 実質的な就寝時間は実は五歳の自身と同じくらいの時間帯であるらしい。

 

 つまり。

 

「起きろシャル、起きろー」

「くう…………ふわ、ごひゅじんしゃまあ?」

 

 ただの寝坊助娘だこいつ。

 

「ほら、起きろ、朝だぞ」

 抱きかかえていた掛布団をひっぺ返し、肩を揺さぶると、とろんとした瞳で瞼が半分落ちかけたままこちらを見つめて。

 

「えへへへ」

「あ、おい」

 

 ぎゅむ、っと自身へと手を伸ばし…………胸に抱く。

 

「んー…………えへへ…………」

「だから、起きろ、こら!」

 

 眠る時に何か抱いてないと眠れない性質らしく、いつも掛布団を抱いているのだがそれが無くなったから次は自身らしい。

 

「起きろ~~~~~~!!!」

 

 結局、シャルが起きるまでさらに五分以上の時間を費やした上。

 目を覚ましたシャルと間近でばっちり視線が合い。

 

「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 朝からシャルの絶叫が響く、割といつもの日常だった。

 

 

 * * *

 

 

 朝食を終え、自室で外出の準備をして家を出ると。

「なにやってんだ」

 庭にビニールプールを出して、朝から着衣のまま水に沈んでいるリップルがいた。

「やっほーマスター。見ての通り、水浴びだよー?」

 間延びした、何となく眠くなってくる口調のリップルが言う通り、まあ見れば分かる、と言えば分かるのだが。

「なんでそんなことしてるのか、と言う意味だったんだけどなあ」

「んー、ちょっと乾燥しちゃってきてるからねぇ、湿気が足りないんだよぉ~」

 そういやこいつ、120番道路のいつでも雨の止まないところにいたよなあ、と思い出す。

 そもそもヌメルゴンと言う種族柄なのかは知らないが。

 

 ヌメルゴンの進化条件に、ずばり雨がある。

 

 ヌメラからヌメイルまではレベルを上げれば普通に進化するが。

 ヌメイルをヌメルゴンに進化させるには特殊な条件を満たしてレベルアップしなければ、絶対に進化しない。

 

 その条件が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この条件を満たして尚且つ、レベルが一定以上になるとヌメイルが進化する。

 そこから考えると、やはりヌメルゴンと言う種族は生きている上で水気が必要になるのかもしれない。

 

「ところで気になってたんだがいいか?」

「なあに~?」

「そのポーチ、何が入ってるんだ?」

 

 ちらり、とやった視線の先には腰につけたベルトポーチ。

 と言うかポーチごとプールに浸水してるのだが良いのだろうか。

 

「これは……………………まあ秘密かな~?」

「そう言われると気になるな」

「だ~め、これはリップルだけの秘密」

 

 まあそう言われれば無理に聞くことでも無いと引き下がる。

 

「んじゃ、研究所行ってくるから、母さんたちに聞かれたらそう言っといてくれ」

「は~いは~い」

 

 多分しばらくはのんびりと庭先にいるだろうし、と言伝だけ頼んで向かう先は言った通りの研究所。

 

「さて…………博士いるかなあ」

 

 いなければいないでも良い。

 

 どうせ、時間はまだまだあるのだから。

 

 

 * * *

 

 

 ヒトガタ、それはポケモンの遺伝子異常から発生した突然変異だと言われている。

 ヒトガタ、その名の通りの人形(ひとがた)。文字通り人の形をしたポケモン。

 それが初めて確認されたのはもう十年以上前だ。それだけの時間が経てば、最早それは見慣れた日常の一部でしかない。昨今のトレーナーからすればヒトガタの存在はやや珍しくはあっても、それでも偶にならば見かける程度のものでしかない。

 

 そんな知識を、この世界に来て、自身は初めて知った。

 

 自身の知るゲームと似ているようで、似ていないこの世界。

 

 だけど、生まれてきてしまった以上、ここが自身の生きる世界なのだと、そう思うから。

 

 かつての仲間たちは今、見目麗しい彼女たちとなってここにいる。

 

 だから旅を始めよう。

 

 自身と彼女たちで。

 

 この世界を、踏破するのだ。

 

 

 

 




と、言うわけで第一章終了。

あとちょっとキャラ紹介。



【トレーナー】

名前:ハルト 年齢:ごちゃい

前世だと二十歳超えてたらしい。専門卒の就職一年目。
気づいたら赤ん坊。そして気づいたらポケモン世界にいた。
自分の手持ちが全員ヒトガタになってて割とびびった。



【パーティ】

名前:エア(ボーマンダ) 性格:いじっぱり 特性:じしんかじょう 持ち物:秘密
技:「りゅうせいぐん」「りゅうのまい」「じしん」「おんがえし」
トレーナーの呼び方「アンタ」「ハルト」「マスター」
一人称「私」

ロリマンダ可愛い。ツンデレっぽいけど、ぽいだけでツンデレって実は良く分らない作者がそれっぽく書いてるだけだったり。実は割とデレ多い。デレ7、ツン3のツンデレは至高って昔のゲームで言ってた。
自身こそがパーティのリーダーであり、最強である、と言う自負を持っている。ドラゴンなんてプライド高そうだしきっとそんなもの。でもだからこそ、自身の弱さを許せない。矜持と実力、二つのバランスが崩れている間は、どれほど言い繕おうとも、彼女が自身を許すことは決してない。



名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:じゃくてんほけん
技:「れいとうビーム」「ねがいごと」「あくび」「みがわり」
トレーナーの呼び方「マスター」
一人称「私」

クールビューティーな子。でもクールビューティーって何か分からない作者のまたもやもどきプレイ。家事とか割とあってたらしい…………と言うか、誰かに尽くすと言う行為に喜びを感じるタイプ。つまりトレーナーに一途な子。あと仲間想い、まあそれ言ったらこのパーティ割と結束高いからみんな仲間想いみたいなものだが。
控えめ、とも取れるくらいに、自分の役割に徹することができる。自分の求められた役割を完璧に熟すことが自分にできることなのだと思っている。それは信頼でもあり、依存でもあるかもしれない。



名前:シャル(シャンデラ) 性格:おくびょう 特性:すりぬけ 持ち物:ひかりのこな
技:「かえんほうしゃ」「シャドーボール」「ちいさくなる」「みがわり」
トレーナーの呼び方「ご主人様」「秘密」
一人称「ボク」

泣き虫っ子。戦闘時いつもびくびくしながらちいさくなってる(物理的に)。
オバケなのに暗いのが苦手、夜何かを抱いてないと眠れない、人見知りの恥ずかしがり屋で、すぐにトレーナーの裾を引いて最終的に後ろに隠れる。
作者はこの子書いてるだけで鼻から愛が溢れそうになる(
臆病者だが臆病なりに矜持はある。引けない時に、振り絞る精一杯の勇気は持ち合わせている。それでもそれが他者を気遣ったが故の恐怖だとするなら本当に臆病なのは一体誰だろうか。



名前:チーク(デデンネ) 性格:わんぱく 特性:ほおぶくろ 持ち物:オボンのみ
技:「ほっぺすりすり」「あまえる」「なかまづくり」「リサイクル」
トレーナーの呼び方「トレーナー」
一人称「アチキ」

お調子者のわんぱく鼠娘。見た目通りの子供っぽい性格で、ちょろちょろと動き回り、忙(せわ)しない。あまり長い間ボールの中に入れておくと、じっとしていられなくてボールががたがた揺れだすレベル。好奇心旺盛で興味が沸いたら一直線につっこでしまうので、よくイナズマに襟元持たれてぶらーんしてる。パーティーの仲間は全員好きだが、特に同じ電気タイプのイナズマに良く懐いている。
人一倍旺盛な好奇心は知識欲の裏返しなのかもしれない、誰よりも知りたがるのは、もしかすると誰よりも未知を恐れているからなのかもしれない。

最後に一つだけ…………散々鼠娘って書いたけど、済まない。

デデンネの元ネタって「ヤマネ」なんだ(



名前:イナズマ(デンリュウ) 性格:ひかえめ 特性:せいでんき 持ち物:たべのこし
技:「10まんボルト」「きあいだま」「コットンガード」「じゅうでん」
トレーナーの呼び方「マスター」
一人称「私」

チークに懐かれており、イナズマ自身もそれが満更でも無いようで「ちーちゃん」と呼んで親しんでいる。チークからセクハラ染みたことを良くされるが、それもまたチークなりの愛情表現…………であると信じたい。
ひかえめな性格であり、一歩引いている、と言うことは視野を広く持っていると言うことでもある。そんな彼女だからこそ、気づけることもあるかもしれないし、そんな彼女だからこそ、深く関わることに二の足を踏んでしまうかもしれない。何せ、関わるには相応に覚悟が必要なのだから。



名前:リップル(ヌメルゴン) 性格:おだやか 特性:ぬめぬめ 持ち物:ごつごつメット
技:「しめつける」「りゅうせいぐん」「とける」「ねむる」
トレーナの呼び方「マスター」
一人称「リップル」

水分抜けると干からびる系ドラゴン娘。パーティで一番身長が高く、だいたい170センチ後半くらいをイメージしてる。雨の日が好きで雨の日はだいたい外で雨に打たれている。種族柄なのか、他人に対して抱き癖のようなものがある。
主にエアとシャルが犠牲者となっているが、偶にトレーナーも巻き込まれる。
粘液を出さなければぬめぬめはしていないのだが、なんか不思議な触感がするらしい。
おだやか、というよりは鷹揚、と言ったところか。その役割と同じように、他人を受け止めることのできる性格で、だからこそ誰よりも心が広く、そしてだからこそ、誰にも心を開くことができない。そんな彼女の心を開かせれるとしたら、彼女にとって唯一無二の存在となるしかないのだろ。





全ての要約:全員実は面倒くさい性格してるから頑張って口説き落とせ


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インタールード
ゲームとは違うと分かっててもイメージは離れない


 

「……………………は?」

 まさしくポカーン…………である。

「どうやら、俺の勝ち、だな」

 視線の先には、ふう、と息を吐く父さんとその目前のケッキング。

 

 そしてその足元に転がり気絶するエア。

 

「……………………は?」

 

 もう一度言う、まさしくポカーンである。

 

 

 * * *

 

 

「父さんと勝負してみたい」

 と言ったのは、うちのマイファザーが明日は久々に一日家にいられる、と夕食の席で仰ったからである。

 それなら、と試しに言ってみたのだが。

 

 父、センリはトウカジムのジムリーダーである。

 

 ゲーム時代よりもトレーナーの人口は数十倍に膨れ上がっており、ゲーム時代数百と言った程度の数のトレーナーは、現在数千…………下手をすれば万を超える数に膨れ上がっており、その分だけジムに挑戦するトレーナーも増えてくる。

 

 ポケモンジムは、ゲーム時代ではストーリー上の都合を除けば、基本的に行けばいつでも戦えたがこの世界ではそんなことは無い。ジムに挑戦するためにはまずジムトレーナーを破って行く。ジムごとに決められた条件があるのだが、だいたいは三人、ないし四人、ジムトレーナーを倒せばジムリーダーへの挑戦権を与えられる。

 たった三人と言うなかれ、ゲーム時代においてポケモンジムのトレーナーなど多くて十人程度だったかもしれないが、現実では少なくとも二十名以上、多ければ五十名近いトレーナーがジムトレーナーとして日々、切磋琢磨しているのだ。

 その中の上位三名、ないし四名ともなれば、ひとかどのトレーナーであり、この条件すら満たせないトレーナーと言うのが非常に多い。

 そしてジムトレーナーを倒し、ようやくジムリーダーへの挑戦権が認められれば即座にバトル…………とは行かない。

 当たりまえだが、ジムトレーナーとの連戦で挑戦者も無傷とはいかないし、ジムリーダーだって、ただ挑戦者と戦うだけが仕事ではない。それ以外にもやらなければならないこと、と言うのはけっこうあるのだ。不定期に、そして不規則に来る挑戦者たちのために常に身軽にしておくことなど無理がありすぎる。

 だからだいたい挑戦が認められてから一週間程度の猶予が挑戦者には与えられる。その間にパーティを見直すなり、育成に励むなり、ゆっくりと休養するなり、戦いに備え、そしてジムリーダーは挑戦者との戦いのために、事務仕事と言う別の戦いに挑み、時間を作らなければならない。

 

 ジムリーダーって実は大変な仕事なのだ。

 

 と言うことを前提に考えて。

 

 折角の休日に子供の我が儘でバトルしたい、である。

 

 やはりジムリーダーなのだし、そうほいほいバトルしていてはダメだろうか、そもそも休日なんだしゆっくりしたかったかな。

 

 なんて言った後に思い出して。

 

「なに?! 俺とバトルしたいのか!!? よし、いいぞ、やろう…………ああ、母さん、ハルトが俺とポケモンで勝負してくれるみたいだぞ」

「あらあら、良かったわねアナタ、明日はしっかりハルトに遊んでもらうんですよ?」

 

 …………なんか思ってたのと違う反応。

 

 と言うか母さん、そこは俺が遊んでもらうんじゃないのでしょうか…………?

 

「いやー、ハルトと勝負するのは二度目だなあ。前は俺が負けてしまったし、今度は勝つぞ」

 

 すっごく楽しそうに、笑みを浮かべてらっしゃる。何と言う幸せの顔だろうか。

 そしてさり気なく、腰の後ろに手を回し…………一番奥のボールに触れる。

 知っているあれ父さんの切り札、ケッキングだ。

 

 この父親、本気でなりふり構わず勝ちに来てやがる。

 

 ジムリーダーは大体の場合、複数種類のパーティを用意している。

 それらは多くて六、七種類、少なくとも四種類程度はあるが、大別すると二つに分けられる。

 

 一つはジム戦用のレベル調整されたパーティ。

 当たりまえだが、ゲームで最初に挑戦したジムのような、レベル20にもならないポケモン二体しかいないのにジムリーダー名乗ってる、なんてことは無い。

 ジムリーダーは、相手が持っているバッジの数やジムトレーナー戦での挑戦者の強さをだいたい見極め、その上でどのくらい本気でやるかと決める。

 ジムトレーナーも最も強い三人、四人、とは限らず、挑戦者の持っているバッジの数に応じて、実は戦う相手と言うのはかなり違ってくる。有り体に言って、バッジを一つも持っていないトレーナー相手に、ジムトレーナー最強をぶつけていてもただの弱いもの苛めである。故に、バッジ0の相手にはジムでも最近入ったばかりの弱いトレーナーを。そしてバッジが増えていくごとに上位のトレーナーに、と相手によって対応を変えてくる。

 当たりまえだが、ポケモンジムが絶対に攻略不可能、なんてことになってはそのジムは廃止される。

 ジムはあくまで、試験のようなものであり、落第必至の試験などただの無理難題だ。

 因みに親父様の場合、レベル10代、30代、50代、70代の四種類のパーティを持っている。

 バッジの数が二個増えるたびに、難易度を一つ上げているため、バッジ4,5個あたりが一番辛いと評判である。

 さらに因みに、あくまで調整されるのはポケモンのレベルであり、強さである。その強さの範囲内であれば、トレーナーは持てる全ての力を駆使してこちらを倒そうとしてくるので、レベルが低いからと言って決して油断できるものでは無い。ゲームの時のような、ただ場当たり的にレベル上げて殴ればいいや、とか言ってたら一つ上の難易度のパーティが来て、逆に殴り殺されるのがオチなのである。

 

 さて、ではもう一つだけ、親父様が持っているパーティがある。

 

 それがガチ用。つまり、いざ何かがあった時に使う、本来のパーティだ。

 つまりジムリーダーの全力、と言い変えてもいいかもしれない。

 

 普段親父様が身に着けているのはこちらのほうだ。ジム用のポケモンはジムに置いてきている。

 割とトレーナーたちの練習相手になっているので、ジム戦以外でも重宝するらしい。

 

 そしてそのガチ用のパーティの、切り札に触れている、と言うことは。

 

「…………マジのマジだ、この人」

 

 五歳児相手に、大人げなく本気で勝ちに来る漢がいた。

 

 

 ……………………俺の父親だった。

 

 

 * * *

 

 

 早朝、やったらテンションの高い父親に起こされて、眠い目を擦りながら庭に出る。

 

「よし、やるぞ! ハルト、準備いいな!」

「良くねえよ…………朝早すぎるよ父さん」

「なあに、朝飯前の軽い運動だと思えば良いさ」

「こんな時間に起きてるやつなんて…………」

 

 シャルは完全に寝ている。イナズマは…………どうだろう、あいつはそこそこ早起きだ。正確にはチークが早起きで、それに起こされている内に馴染んだ感じ。それとシアは母さんと同じ時間に起きているので起きているだろうが、朝食の準備があるので来れ無いだろう。呼べば来るかもしれないが、まあ朝ご飯でも作っておいてもらおう。

 あとは…………リップルか、あいつは何と言うか、生態と言うか正体が意味不明なので起きているような気もするし、寝ているような気もする。少なくとも自分から起きてくるまで自身はあいつを起こす勇気は無い。

 

 それからあとは…………。

 

「エア!」

 

 屋根の上に向かって声をあげるとと、ひょっこり、と屋根の上からエアがこちらへと顔を覗かせる。

 

「ちょっと来て」

 

 手招きしながら呼ぶと、ふわり、と帽子とスカートを抑えながら飛び降り、途中で浮遊して勢いを殺しながら着地する。

 

「…………何? こんな朝っぱらから」

 

 自身と、そしてやる気たっぷりの父を見て、不審そうな表情で尋ねてくる。

「バトル、するんだって」

「…………こんな朝から?」

「朝飯前の軽い運動、らしいよ」

 エアが父さんを変なものでも見る目で見ている、そしてこちらに視線を移し。

「やるの?」

「休日なのに戦ってって言ったのはこっちだしねえ…………まあ仕方ないさ」

 そんな自身の言葉に、はあ、と一つため息を吐き。

「仕方ないわね、付き合ってあげる」

「ありがとう」

「…………ふんっ」

 謝辞を述べれば、少し照れたように顔を背ける。

 素直に礼は受け取れないのがこのツンデレドラゴンである。だが根が良い子なので人の感謝を跳ねのけることはしない、と言うかできないのが可愛いところであると言える。

 

「とりあえず、まだみんな寝てるから、一対一でいいかな?」

「ああ、いいぞ…………前と同じシチュエーションか、燃えるな」

 

 あ、なんかもう目がメラメラ燃えてる幻覚が見える。

 

「さあ…………行くぞ、ハルト!」

 

 叫びながらボールを手に取り。

 

「行け! キング!」

「ぐごおおおおおおおおおお!」

 

 叫びながら出てきたのは。

 

「やっぱケッキングじゃねえかぁぁぁぁ!!! エアァァァァ!」

「はいはい…………取りあえず、やってみるわ」

 

 ケッキング…………ナマケロからの進化。つまり複数入手可能なのに種族値合計670とか言う怪物。

 数値で分からない人にはこう言えば良い。

 

 能力値だけ見れば伝説のポケモンとほぼ同レベル。

 

 ただし特性のなまけがデメリット過ぎるので、総合的に見ると、強いのは強いけど、なんか微妙。と言うところに落ち着く。

 ナマケロの時からだが、なまけは1ターン置きにしか行動できない。現実だとだいたい一度行動するたび数秒何もしなくなる酷い特性だ。

 凄まじく強い反面、使い勝手は難しい。そんなポケモンである。

 

「エア、りゅうのまい」

「キング、アンコール」

「うげっ」

 

 りゅうのまいで能力値を上げるエアに対して、アンコールで行動を繰り返させる。

 これでもう三回くらいはりゅうのまいしか繰り返せない。

 

 だったら。

 

「積め! 折角向こうが許してくれたんだ、積みまくれ」

 

 自身の指示に従って、エアが二度、三度とりゅうのまいを積み。

 計四度、積んだところでアンコールが切れる。りゅうのまいはすばやさも上げるので、相手はまだ動き出す前である。

 そして積み終わったと同時に相手が動きだす。

 手は…………こちらが有利と言える。

 

「おんがえし!」

「ギガインパクト!」

「ルオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「ぐごおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 エアが咆哮し、ケッキングがその巨体を持ちあげて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 図鑑を開いてみれば多分分かると思うが、ケッキングの通常のサイズは2m前後である。

 だが当たりまえだが、生物である以上、通常よりも大きい個体、小さい個体、と言うのは出てくるもので。

 

 父、センリのケッキング…………キングは通常の2倍近いサイズを誇る、余りにもでかくなり過ぎた特異個体である。

 

 種族値、と言うのは確かにあるのだが、だが目の前のケッキングを通常の物と同じと見てはならない。

 

 ヒトガタポケモンは強い、6Vと言うのは確かにその種族の()()()()()の中では最強かもしれない。

 

 だが種から外れ、個となった存在がこの世界には存在する。

 

 ハミダシ。種の枠からはみ出してしまった存在。

 

 故に。

 

「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ごがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 エアのおんがえしとキングのギガインパクトが拮抗する。

 りゅうのまい四度で元の三倍となったエアのこうげきで、である。

 レベル差、と言うのは確かにある。だがそれ以上に、あの恐ろしいほどの剛腕こそが異常なのだ。

 恐らく素のステータスで見れば、エアの倍以上のこうげき数値を持っているだろうことは簡単に予測できる。

 種族値自体最上位クラスに入るレベルなのだ。それがさらに巨体になって全身が力に満ち溢れたその強さは最早ケッキングと言う種族を完全に超えていた。

 

 メガシンカ。

 

 進化を超える進化にして、完全なる変異とはならないためシンカと称されるポケモンの状態変化現象。

 キングは最早常時その状態にあると言っても過言ではない。

 

 強い、それは掛け値なしに理解している。

 

 だが、それでも。

 

「エア…………やれ」

 

 じ し ん !

 

 お ん が え し !

 

 り ゅ う せ い ぐ ん!

 

 次々と繰り出される攻撃を、けれどキングはただ耐える。

 特性のせいで、動かないのだ。

 

 面白いことに、自身が死ぬような目にあっていても、この特性を持つポケモンは動かない。

 それだけ特性と言うものが強力だと言うのが分かる。

 

 特性とは、最早ポケモンの根底の性質と言える。

 それを変えるのは容易なことではない。

 

 ――――――――だからこそ。

 

「キング…………ねむる」

「ぐ、がう…………」

 

 キングが目を閉じ、静かに眠りだす。

 

 そして直後。

 

 キングの口がもごもごと動き。

 

「起きろ、キング」

「ぐ…………がああああああああああああああああああああああ!」

 

 恐らくカゴのみでも持たせていたのだろう。眠って体力を回復し、直後に目覚めさせる。

 ゲームだと良くあったコンボだ。

 

 だがそれは一回だけの切り札だ。

 

 これでもう無くなったし…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、それは意味の無い行動のはず…………()()()

 

 ――――――――そう、だからこそ、だ。

 

 

 だからこそ、自身はその光景が理解できなかった。

 

 

 お ん が え し !

 

 ア ー ム ハ ン マ ー !

 

 じ し ん !

 

 ギ ガ イ ン パ ク ト !

 

 

 じしんによって揺さぶられながらも、耐えて、耐えて、耐えて。

 

 そうしてカウンター気味に放たれた最強の一撃がエアへと突き刺さり。

 

「ぐ…………あ…………あぅ」

 

 エアが呻き、倒れ伏す。

 そのまま動かなくなり…………気絶しているのが分かった。

 

 そして、自身は、と言えば。

 

「……………………は?」

 

 まさしくポカーン…………である。

 

「どうやら、俺の勝ち、だな」

 視線の先には、ふう、と息を吐く父さんとその目前のキング。

 

 そしてその足元に転がり気絶するエア。

 

「……………………は?」

 

 もう一度言う、まさしくポカーンである。

 

 




メガシュッキング! 否、これは最早。

シュッキンオウ! もしくはシャチクオウでも許可。


と言うわけで、第二章開始です。

投稿間隔が一日空いたのって初めてじゃね? と言うことに気づいて、自身の投稿ペースこの小説だけやべえな、って想い返す。やっぱ愛だな。

第二章からは、ゲーム従来のシステムからどんどん逸脱していきます。
ゲーム通りに考えてると、こんな小説読めなくなるから、創作であることを理解して頭を柔らかくしよう。



あと感想で何度も「~と戦ったら勝てない」とか「廃人相手だと普通に負ける」とか言われてるけど。


だから趣味パだって何度も言ってるだろ!!!
勝ちたいなら、メガガル使うわ! (なおセンリさん将来的に上のシュッキンオウとメガガルでジム戦する模様)


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いつまでもゲームのイメージひきずるものじゃないなとぼくはおもいましたまる

「うら…………とくせい?」

「まあ通称だがな」

 

 自身の問いに、我が父はあっさりとそう答えた。

 

「通常、ポケモンが元から有している特性を表特性。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を裏特性と呼ぶ」

 

 裏特性、それがあのシュッキングの秘密らしい。

 ゲーム時代にもケッキングをシュッキング(なまけないケッキング)に変える方法はあった。主にダブルバトルでいえきを使って特性を消したり、デスカーン利用してミイラを移したり、だ。

 ただ父さんの取った方法は、そのどれとも違う。

 

 かいみん…………つまり快眠。その裏特性を、父さんはそう名付けた。

 

 一度眠り、目を覚ますと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言う特性を父さんが()()()()のだ。

 

 ゲームにすれば、5ターン程度だろうか。

 対処法は確かにある。だがそれを差し引いても強力だ。

 

 そして何よりも。

 

「裏特性は特性、と称しているが実際のところ、技術に近い。つまり」

 

 どんなポケモンであろうと、後付けで仕込める。

 

 それはつまり。

 

 自身のあの六人にも。

 

「リーグ上位者なら誰でも仕込んでいるものだ、トレーナーとしてハルトがこの先やって行くならば知っておいて損は無い」

 

 裏特性とは言わば。

 

 ポケモンの技術だ。

 

 キングの例を見るならば、一度眠ることで体にエネルギーをため込み、そして目覚める時にそれを一気に爆発させることで、一時的にだが特性をなまけ、から進化前と同じ、やるき、へと変化させる、らしい。

 当たりまえだが、貯めこんだエネルギーを消費しきってしまえば、再びなまけ、が出てくる。

 

 そしてその具体的な方法だが。

 

 ねむる、のわざを使いこなさせることから始めた。

 

 わざを使いこなす、と言う意味が分からず尋ねれば、またもやゲーム時代には無かった…………けれど現実として考えるならば当然の答えが返って来る。

 

 ポケモンのわざには、得意不得意がある。

 

 何を当たり前のことを、と言うかもしれないが、自身のようなゲーム感覚の人間ほどこれが分からない。

 ゲーム時代では、ポケモンにはそれぞれ、覚えれるわざと覚えれないわざ、と言うのがあった。

 その違いをだが、自身は曖昧に“できること”と“できないこと”と言う風に分けていた。

 

 だがそれは違うのだ。

 否、違いはしないが、正確ではない。

 確かに覚えることのできないわざは不可能なことだけだ。

 

 けれど。

 

 可能であるからと言って、それが得意であると言うわけではない。

 

 有り体に言って。

 

 あらゆるポケモンは自力で習得するわざ以外はほぼ全て不得意なのだ。

 

 わざマシンを使って覚えさせたわざは、そのポケモンにとっては使い慣れないものであり、その真価を十全に発揮することができない。

 ゲームならそんなことは無い、どんなわざでも覚えれたなら設定された通りの効果を発揮する。

 

 だが現実にそんな都合の良いことは無い。

 覚えたばかりのわざは使い慣れない、当たり前のことだ。

 

 逆に。

 

 何度も何度も使っていれば慣れてくる、より精度の高いわざを繰り出せるようになる。

 

 つまり分かりやすく言えば。

 

 ポケモンのわざには全て、熟練度のようなものがある。

 

 そして熟練度が高ければ高いほど、より効果が高くなっていく。

 それは単純な威力であったり、追加効果であったり、様々ではあるが。

 

 熟練度は最終的に優先度に行きつく。

 

 優先度、ゲームではこの優先度の高いほうがすばやさに関係無く先に行動できる、と言うルールがあったが。

 

 現実的に言えば、スムーズにわざが出る、言い変えれば、わざの出が早い、と言うことだ。

 

 ゲームでは優先度のつくわざ、と言うのは全体から見ればそれほど多くは無かったが。

 

 この世界では使えるわざ、全てに優先度をつけることができる。

 

 …………ああ、この優先度、と言うのは父さんが言っていたのではない、単純に自身が聞いてゲーム視点に当てはめて言っているだけだ。この世界に優先度なんて概念は無い。わざの出、そして出から入りまでの速度、それが全てだ。父さんに聞けば、ゲームで言う優先技、と言うのは初動が速い、と言うだけのものであり、わざを磨けば同じ速度を出すのは決して不可能ではない、と言うことらしい。

 

 さて、元の話に戻すが。

 

 父さんはケッキングのねむる、と言うわざの熟練度をとにかく上げていった。

 ねむる、によって急速に体力を回復させるそのエネルギーを熟練度を上げることで高め、余剰エネルギーを体内に蓄積させることを覚えさせた。

 そうして目を覚ました時にそれを解き放つ術を覚えさせ。

 

 そして生まれたのが、裏特性かいみん、と言うことだ。

 

 ()()()()()()()()()()と言った父さんの言葉を思い出し、なるほど、と思う。

 

「他にはどんな裏特性があるの?」

 

 よりイメージを固めるために、他の例を尋ね。

 

「さあ?」

 

 そんな言葉に、思わずがくり、とする。

 

「ハルト、分からないか? 裏特性がどれほど重要なものか」

「……………………いや、分かるよ」

 

 だってそれは、そのポケモンの在り方を決めていると言っても良い。

 

 そのポケモンにトレーナーが何を求めているのか、裏特性とはつまりそういうことである。

 

「…………なるほど、確かにみんな知られたくないよね」

「まあ、安心しろ…………と言っても良いのか分からんが、少なくともジム戦用に調整されたポケモンたちに裏特性は無い」

 その辺りはジムリーダーたちの暗黙の了解のようなものらしい。

 

「と言うか、だ」

 

 そんな余裕が無い、と言うのが正しい。

 

 そんな父の言葉に首を傾げ。

 

「裏特性なんて、そう簡単に作れるものじゃない…………絶対に必要なのは明確なイメージだ」

 

 だがそれが難しい、と父は言う。

 

「そのポケモンをどうしたいのか、どうさせたいのか、具体的な案とそしてそれに必要だと思われる訓練、それらが上手く合致して初めて裏特性になる。だがいくつもの選択肢の中から正しい方法を見出し訓練させることがどれほど難しいか分かるか」

 

 そして何よりも。

 

「正しい訓練と明確なイメージ。それを上手くできたとして…………結局特性を発現させるのはポケモンだ。ポケモンが何かを掴むことができるかどうか。そのためには何百、何千と言う実戦の中でわざを磨くしかない。だからこそ、簡単な話じゃないんだ」

 

 リーグ上位ならば誰でも仕込んでいる…………裏を返せば、リーグ上位に入るほどのめり込んでトレーナーやらないと絶対に覚えさせれない、と言うことか。

 

 それは…………何とも。

 

「…………面白いなあ」

「……………………ほう」

 

 呟いた一言に、父さんが目を細める。

 

「やはりハルト、お前…………リーグ目指すのか?」

「…………うん、そうだね。さっきまでそんなに興味無かったけど」

 

 今は、面白そう、そう思っている自分がいる。

 

 ゲーム時代、四天王とチャンピオンとはストーリー進行上の高い高い壁だった。

 それまで戦ってきたトレーナーよりも一段レベルが上の猛者たちをしかもタイプがバラバラで五人も勝ち抜かなければならないストーリー最後の壁。

 ストーリー後の外伝ややり込み要素を考えればそれで終わりとは言えないが、少なくともそれらに勝てばストーリーに一つの区切りをつけることのできると言う意味で、やはり最後の壁だ。

 

 多くのシリーズがあったポケモンだが、どのシリーズをやったって、初めて四天王に挑戦する時のドキドキは同じだろう。本当にこのパーティで大丈夫なのか、最後まで戦い抜けるか、レベルは足りているか。

 

 何度も、何度も、何度も。考えて、考えて、考えて。

 

 そうしてやれる、そう思って初めて四天王へと挑んだ時、自身の気持ちは確かに挑戦者(チャレンジャー)であった。

 

 例えゲーム…………虚構のデータだけの世界の話だろうと、感じた気持ちは同じ現実のもの。

 

「……………………ふふ、ふふふ」

 

 あの時と同じ感情がこみ上げてくる。

 楽しみだ、楽しみだ、楽しみだ。

 

 勝って、負けて、戦って、戦って。

 

 いつの間にかそれも無くなっていた。

 一度勝てる、と分かってしまえばそれはただの格下に成り下がるから。

 

 だから、忘れていたんだ。

 

 こんな気持ち。

 

 通信による対人戦は、挑戦、と言うよりも互いのパーティの実力を確かめ合うような感覚だった。

 勝てば嬉しいが、負けたなら負けたでダメだった部分を考え、修正。次勝てるようにする。

 相手はいたが、上も下も無い、横同士の戦い。

 

 だから、久しぶりである。

 

 本当に久しぶりだったのだ。

 

「ドキドキする、わくわくする」

 

 こんなにも心躍るのは、本当に久しぶりだ。

 

 主人公ポジだから、きっといつかポケモンリーグも挑戦するかもしれない。

 その程度の感情しか無かった。

 6Vポケモンが6体いて、しかも厳選も個体値も努力値も持ち物の考えていないやつら相手に、真面目に戦うのもなあ。

 なんて…………そんなバカなこと、心のどこかで思っていた。

 

 見下していたのだ、戦ってもいないのに。ゲーム時代の中途半端な知識を引きずって。

 

 だから、負けた。

 知らなかったから。ここが現実だなんて、本当は何も分かっていなかったから。

 

 だから、父さんに負けた。

 

 負けた、負けた、負けた。

 

 知らなかった…………負けたら悔しいだなんて。

 

 ゲームの中ならば、負けてもそれほど悔しさは無かった、あるのは次どうすれば勝てるかを考えるだけの作業。

 趣味パであることは自覚していた。けれど、だからと言って勝ちたくないわけでも無かった。

 それでも勝てない相手がいるのも分かっていた。だからどこか諦めがあったのも事実。

 

 厨ポケ使いの廃人には勝てない、そんなイメージは確かにあった。

 

 そしてこの世界にそんなやつらは居ない。自身たちが苦労して行ってきたことを、この世界のやつらは知りもしないでただ狭い世界の頂上に立っている。

 そんな傲慢なことを考えていた。

 

 狭い世界に立っていたのは自分のほう。

 

 何も知らず、何もかも分かったフリをして。

 

 そしてあったことも無いやつらを嘲っていた。

 

 知らなかった、知らなかった、知らなかった。

 

「知らなかったよ」

 

 本当、知らなかったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここは、ポケモンの世界。

 

 けれども。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ここは現実。

 

 ここにあるのは事実。

 

 虚構は無く。

 

 システムも無いのに。

 

 画一的なものなどあるはずも無い。

 

「安穏と生きようかと思っていた」

 

 だってこの世界は退屈が過ぎる。

 このちっぽけな世界で、6Vと言う暴力を振りかざせば、あっという間に何もかも壊れてしまう。

 

「平穏で良いと思っていた」

 

 自身の大切な彼女たちはここにいる。

 無理に外に出て行く必要も無い。どうせこの世界で手に入るものなんて、意味なんて無い。

 

「けどもう無理だ」

 

 理解してしまった、この世界がどこまでも残酷で過酷な現実であると。

 理解してしまった、ゲームの知識など半分も通用しはしない現実なのだと。

 理解してしまった、自身のちっぽけな想像よりもずっと強くて大きな現実なのだと。

 

()()()()()()()()()()

 

 こんなにも心を躍らせる世界がある。

 こんなにも心を弾ませる戦いがある。

 こんなにも心を揺り動かす生き方がある。

 

「だったら、もう俺にはそれ以外を選ぶことなんてできない」

 

 つまり。

 

「ポケモントレーナーになって頂点を目指す以外の選択肢なんてありはしないんだよ、父さん」

 

 そんな自身の言葉に。

 

「……………………そうか」

 

 父は…………笑った。

 

 

 * * *

 

 

 エア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル。

 

 自身が持てる六体のポケモンが自身の部屋にいた。

 

頂点(てっぺん)を目指そうと思うんだ」

 

 そして部屋に集めた彼女たちに向かって、そう告げた。

 

 言葉の意味を理解できず、目をぱちくり、とさせる彼女たちに、笑って告げる。

 

「意味が無いと思っていた」

 

 笑う。

 

「退屈だと思っていた」

 

 笑う。

 

「簡単だと思っていた」

 

 嗤う。

 

 愉しくて、愉しくて、仕方ないと。

 

「でも、この世界の頂点はそんなに簡単でも、退屈でも、無意味でも無かったみたいだ」

 

 故に、告げる。

 

 自身の大事な大事な仲間たちに、宣言する。

 

「ホウエン地方のチャンピオンを目指す」

 

 だから全員。

 

「ついてこい」

 

 そんな自身の言葉に、彼女たちは一瞬驚いた表情をして…………。

 

 




と言うわけで主人公にモチベーションができました。

そしてオリジナルシステム「裏特性」と「技熟練度」解禁。

タグにオリジナル設定、とついてるように、こういうのこれから次々出てくるので止めるのならここでやめるが吉。

ここから先読み進めるなら、普通のポケモン二次と全然違うことを了承した上で読みましょう。



実際問題、殿堂入りしてやり込み終わると、もう厳選作業と対戦くらいしかやること無くなってくるからなあ。新しい世界で、しかも新しいシステム導入されて、自分の予想とは全く違って強いやつらが出てくると思うと…………やっぱり楽しいと思う。

チートで無双ってのもいいかもしれないが、やっぱ勝負ごとは「勝てるかなあ、負けるかなあ」ってレベルが一番楽しい。




どうでもいいケッキングのねむる熟練度講座

ねむる Lv1 HP100%回復
ねむる Lv2 HP120%回復(20%余剰)



ねむる Lv10 HP200%回復(100%余剰)&余剰エネルギー蓄積



ねむる Lv20 HP600%回復(500%余剰)&余剰エネルギー蓄積&目を覚ました時余剰エネルギー100%×1ターン 特性をやるき に変更=かいみん

裏特性:かいみん ねむるを使ったねむり状態から目覚めた時、5ターンの間、特性がやるきになる
特性発現条件:ねむるの熟練度が一定以上の時、ねむるを使って目を覚ますを十度以上戦闘中に行うこと

と言う感じに、本来のわざの効果+αをつけて、さらにそこから派生させたようなイメージ。


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ポケモン世界にサザエさん方式は採用されなかったようです

今更知ったんですが、センリさん最初はトウカシティに単身赴任してたみたいですね。
けどこの小説ではジム就任最初から家族をホウエンに呼んでる設定にします。

Q.なんで単身赴任じゃなくなったの?
A.原作より親馬鹿を拗らせてしまったから(


 

 

 ホウエン地方に来たのが五月の下旬だったか。

 春の季節と言うだけあり、くさタイプのポケモンが少しずつ野生に姿を現し始めていた。

 そして季節は廻り、夏。みずタイプのポケモンたちは暑さにうな垂れ、庭先で水遊びを始める季節。

 季節は廻り、秋。山が色を変える季節。山に住むポケモンたちが冬を越すための準備をいそいそと始める季節。

 

 そして季節は、冬。

 

「……………………………………」

「なんでエア不機嫌なんでしょう?」

「寒すぎて、屋根の上にいられないかららしいよ」

 

 少し不機嫌そうに部屋のソファに体を預けるエアを見ながら、シアの問いに答えると、シアがくすりと笑った。空色のダッフルコートと赤いマフラーに身を包みながら、ソファの上で体を震わせるその姿はどこか愛らしさを感じる。

 そしてシアは、いくら部屋の中とは言え、いつもと変わらない肩から先が丸出しの露出高めの服装で、正直かなり寒そうなのだが、本人は至って平気そうな顔をしている。

 やはりこおりタイプのグレイシアだから、と言うことなのだろう。反面、夏場の熱さにはかなり参ってしまっていたようだったし。

 そしてドラゴンタイプのエアは、この寒さのせいで毎日一歩も外に出ず、家の中で不機嫌そうに本…………と言うか漫画を読んでいる。

 前世で言うところの九十年代ジャンプ漫画みたいな、熱血的なバトルものが好きらしい、前に本屋に行った時は男と男の殴り合いの友情、とかに目を輝かせていた…………因みに腐った意味ではない。

 その方面に適正がありそうなのは、驚くことにイナズマである。

 お、おとこのこどうしのゆうじょう…………とか顔を赤くして呟いていたので、その方面に堕ちているわけではないが、多少なりとも興味はあるらしい。トレーナーとして、そして男として、早急に正しい方面への矯正が必要であると感じた瞬間でもあった。

 

 因みにそのイナズマだが、チークに拉致されて一緒に遊びにでかけている…………言いかたがおかしいかもしれないが、見たそのままの光景を言ったらそうとしか言いようが無いのだから仕方ない。

 

 そして家の庭ではシャルが雪遊びをしている。いつもの服装では寒いので、青紫色のダッフルコートと、黒のマフラーを巻いている。その姿は完全に雪にはしゃぐ子供そのものである。

 そんなシャルを後ろからニコニコと見守っているのはリップルである。半年以上過ごしていて気づいた事実だが、リップルは恐らく自身の手持ちの中で一番精神年齢が高い。そのせいか、半ばパーティのお守り役みたいなポジションに自然と収まっている。そんなリップルもまた白を基調としたダッフルコートを着て、淡いエメラルドグリーンのマフラーを巻いている。

 

 ダッフルコートとマフラーは、イナズマのお手製だ。

 あの腐りかけ少女、意外とファッションとかそう言うのが好きらしく、自分で手縫いで色々作ってしまう器用な手先をしている。服飾関係だけ言えば、シアどころか、母さんよりも達者だ。

 ただヒトガタポケモンの服とは、ある意味毛皮や鱗の一部であり、そう簡単に着脱できるようなものでは無く、そのため、服の上から身に着ける物でないといけないと言う縛りに本人からすれば納得のいかないものがあるらしいが。

 

 冬も近づき、段々気温も下がってきたある日、イナズマがパーティ全員分と自身の分のコートとマフラーを作ってきた。聞いたところ、夏くらいから少しずつ用意していたらしい。

 イナズマの部屋の中を見ると、服や毛糸が大量に置いてある。と言ってもきちんと整頓されているが…………時折散らかっているのもチークが遊んだ影響である。

 

 そう言うわけで、コートとマフラーのお蔭で比較的暖を取れたチークがイナズマを連れて外に遊びにでかけ、ほのおタイプだけあって、割と体温高めらしいシャルは余り気にせず庭先で遊んでいる。

 逆に厚着をすると弱ってしまうシアは受け取るだけ受け取って、ほとんど袖を通してはいないようだが、クローゼットにハンガーで大切に吊るしてあるのは知っている。

 そしてエアはエアで、最近はほぼ常時身に着けている。脱ぐのは風呂に入る時か寝る時くらいだろうか。

 

 それから…………。

 

「なんでリップル(あいつ)は全然平気そうなんだろう…………エアはあんなに寒がってるのに」

「さあ……………………とくぼうが高いからでしょうか?」

 

 白雪積もる気温一桁の庭で、厚着こそしているものの、全く寒そうな気配一つ見せない自称ドラゴンタイプには首を傾げるしかない。それともエアが特別寒がりなんだろうか?

 

「っと…………そろそろだね」

 

 ふと時計を見やれば、すでに時刻は午後三時。

 

 そろそろ始まる頃合いだろう、とテレビのスイッチを入れて。

 

『さあ、今年もこの時期がやってきました』

 

 聞こえてきたアナウンサーの声に、ああちょうど良かったと呟く。

 

『春に始まったポケモンリーグ予選、夏に行われた本戦。そして秋に行われたチャンピオンリーグ。そして冬に始まるのは、エキシビジョンマッチ“ホウエン地方ジム対抗戦”だあああ!』

 

 わあああああああ、とテレビの向こう側から観客の盛り上がる声が上がる。

 

『春、夏、秋と続く激戦に次ぐ、激戦。そして毎年の最後を飾る〆のバトル、今年も盛り上がって行こうぜえぇぇぇ!』

 

 テレビの向こうでアナウンサーの叫びに同調するかのような観客の声。

 そうして、一度放送が終わり、会場の準備を整えるポケモンリーグの作業員たちが忙しなく作業を進める。

 ざわざわとした会場の熱気がテレビの向こうからでも伝わってきて、見ているだけで楽しくなってくる。

 しばらく作業員たちの忙しない姿を見せられていると、会場上の電光掲示板が起動する。

 

『それでは、今年も冬の寒さも吹き飛ばす、熱いバトルに参加するホウエンを代表するジムの選手を紹介していくぜ!』

 

 そうして掲示板に表示されたのは、ジムの名前と扱っているタイプ、それからメンバーの名前と戦績が一人ずつ上げられていく。

 

『お次はこいつだあ、みずタイプのポケモンを専門とするルネシティジム、新進気鋭の若きリーダーミクリィィィ!』

 

 そうして次々とゲーム時代に知った名前が挙げられていく。

 とは言っても、カナズミやムロ、フエンジムやトクサネジムなどいくつか知らない名前のリーダーもいるが。

 

そうして。

 

『ジョウト地方アサギより遥々やってきたノーマルタイプ専門トウカジムの新リーダー!』

 

 そしてそこに映されていたのは。

 

『センリィィィィィィィ!!』

 

 父さんの映像だった。

 

 

 * * *

 

 

 各ジムからジムトレーナー二名+ジムリーダーによるポケモンバトル。三対三の勝ち抜き戦だ。因みにトーナメント方式でなく、総当たり戦方式で時間が余りにもかかりすぎるので、使用するポケモンは一人三体に絞られている。

 エキシビジョンの名から分かる通り、公式戦でも何でもない、勝っても負けても特に何かあるわけでも無い。あくまで、チャンピオンリーグ終了後の余興としての祭典だ。

 

 故に、本気でやるも、やらないも各ジムに任せられている。

 

 とは言うものの、過去この祭典で本気を出さずとも、手を抜くことをしたトレーナーは居ない。

 

 当たりまえの話だが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはトレーナーにとって当たり前の鉄則だ。

 

 故に、各ジムのジムトレーナー同士が戦い、ジムリーダーが戦い。

 

 テレビの向こうでは()()()()()()()()()()が繰り広げられている。

 

「……………………」

 

 ゲーム時代とは違うと分かっていても、その余りに迫力に、息を呑む。

 

 ゲームならばわざによって起こる現象は全てただの演出(エフェクト)だ。実際は、与えるダメージと追加効果だけが結果の全てであった。

 だが現実ではほのおタイプのわざを出せばフィールドが燃えるし、こおりタイプのわざを出せば凍る。じしんやじわれを使えば、フィールドが崩れるし、いわなだれやがんせきふうじで投げた岩はフィールドに転がって残り、それを利用して戦うポケモンもいる。

 

 自由度のスケールが違う。

 

 ゲームのような殴り合いのようなイメージを持ったままでは、発想力で負ける。

 それを理解する、それを思い知らされる。

 

 そして、いよいよ。

 

『さあ、これは! 新進気鋭の若干十八歳のジムリーダーと新しく就任したジムリーダー同士の戦いだあ』

 

 トウカシティジム対ルネシティジム。

 先発のジムトレーナー同士の対決を制したのはルネシティジムのトレーナー。

 だがトウカジムの次発が相手の先発を倒し、二番手対二番手。

 今度はトウカジムが二番手対決を制し、トウカシティジムトレーナー対ルネシティジムリーダーの対決。

 

 勝負は一瞬で終わった。

 

 二番手対決で消耗が激しかったのもあるが、それ以上に。

 

 ミクリの先発で出てきたホエルオーが異常だった。

 

 試合の開始宣言と共に互いのポケモンが場に出てくる。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と び は ね る

 

 超重量級のホエルオーがわざが届かないほど高く高く跳びあがるその様は、圧巻の一言に尽きる。

 そして。

 

 し お ふ き

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして。

 

 ヘ ビ ー ボ ン バ ー

 

 超重量級のホエルオーが、しおふきでさらに勢いを加速させながら降り注ぐ。

 

 い ち げ き ひ っ さ つ

 

 そんな文字が頭の中に浮かんだ気がした。

 一撃で会場(ステージ)が砕け、地面に亀裂が走った。

 

 そして超重量の巨体に潰された哀れなポケモンは当然ながら一撃で気絶した。

 

「父さんはどうするんだろう?」

 

 例えば自分ならば、あのホエルオーに大してどんな策を考える?

 

 跳ねているのならば…………イナズマにかみなりでも仕込む?

 

 あるいは、エアで飛んで避けてしまえば…………。

 

 考えながら、テレビを見つめ。

 

 そうして、センリ対ミクリの戦いが始まる。

 

 

 * * *

 

「行け…………ゴンスケ」

「ゴーン!」

 

 センリがボールを投げ、現れたのは…………カビゴン。

 

「ルーオ!」

「ホェェェェェァァァ!」

 

 ミクリが出したのは、先ほどと同じホエルオー。

 

「ホァァァァァァァァ!」

 そして、ミクリの指示も待たず、ホエルオーが先ほど同様、空高くへと跳ねる。

 

「ゴンスケ! はらだいこ」

「ゴォォォ!」

 ぼん、ぼん、とカビゴンが自身の腹を叩いて音を鳴らす。

 

 直後、ごごごごご、とカビゴンの全身が隆起していく。

 筋肉が怒張し、膨れ上がる。滑らかでシャープな曲線を描いていた腕がでこぼことしたものへと変わっていく。

 

 そうして、ホエルオーが空からダイブし始める。

 

 し お ふ き

 

 その背から多少の水が噴き出し、落下を加速させていく。

 

 そうして。

 

 ヘ ビ ー ボ ン バ ー !!!

 

「ゴンスケ!」

 センリが、名前を呼ぶ。

 

 それだけで、十分だった。

 

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 右手と、左手、左右の手が別々に引き絞られていき…………。

 

 ギ ガ イ ン パ ク ト !!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()がホエルオーを迎え撃つ。

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 衝撃と衝撃がぶつかり合い、ステージの地面の亀裂がさらに深くなっていく。

 

 そして。

 

「ゴォ…………グォォォ!」

 

 一瞬倒れそうになるがなんとか態勢を立て直したカビゴンに対して。

 

「…………ホェ~」

 

 完全に目を回すホエルオーがそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

「おう、まじかよ」

 

 さすがに目をぱちくり、とさせざるを得ない。

 あのバカみたいな威力のヘビーボンバーを()()()()()()()()()()()()()()

 

 躱す方法、そもそも撃たせない方法はいくつか考えたが、そう言う考え方は無かった。

 

 と言うか。

 

「なんだあのカビゴン」

 ギガインパクトの威力が異常過ぎるだろ、と言いたい。

 恐らくだが、あれも裏特性、と言うやつなのだろう。

 

 裏特性の存在を知って半年近く経つが。

 

 未だに自身は明確なイメージを持てていない。

 

 そもそも、今のパーティは()()()()()()()()()()ある程度まとまっているのだ。

 それは抜けも多くある、と言うかバランスを考えればメンバー選考からやり直さざるを得ないのは知っていはいるが。

 それぞれ個別に見れば、大よそわざや特性など、コンセプト通りの作りをしているために、それなりに完成してしまっている部分がある。

 完成度の高さ、低さはともかくとして、余剰部分、と言うのがあまりないため、何を詰め込んでも余計にしかならない恐れがあり、だからこそ悩む。

 

 裏特性はある程度トレーナーの任意のものを作り出すことができる。

 

 だからこそ、多数ある選択肢の中から、トレーナー自身が選択しなければならない。

 

 たった一つ、付け足すソレを。

 

 弱点を補うのか、それとも長所を伸ばすのか。

 

 はたまた…………。

 

 試合を通じて本当に見たかったのはこれだ。

 

 裏特性、と言うものに対して、まだまだ知識不足が多すぎる。

 

 だからこそ、ジムリーダーが…………ポケモンリーグでも上位の実力を持つトレーナーたちが競い合うこのバトルを見たかった。

 

 自身は未だに明確なイメージを持てては居ない。

 

 だが、ある程度、本当にある程度だが漠然としたイメージはできつつある。

 

 あとはそれをどう形にしていくか。

 

「…………二番手は」

 

 テレビの中でミクリが二つ目のボールを取り…………。

 

 ――――――――投げた。

 

 




と言うわけで、今後出てくるだろうバトル模様についてのチュートリアル。

恐らく野生のポケモン相手ならプロローグみたいな感じに、トレーナー戦は今回みたいな感じにかなり自由度高くやっていきます。

ゴンスケ(カビゴン) 特性:あついしぼう 裏特性:うでじまん


因みに裏特性の習得条件をゲームっぽくすると。

まず前提条件を満たす。

かいみん、に例えると、ねむるのわざをだいたい500回前後使って熟練度上げたら、今度はねむる⇒起きるを戦闘中に合計10回やった時点で閃き判定が出て5%くらいの確率でポケモンが裏特性を閃く。
閃かなかったらまた10回くらいねむる⇒起きるを繰り返す。

因みに習得条件の難しさはそのまま裏特性の技術力の高さになっていくので、難易度高いほどチート気味になっていく傾向がある。


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自由すぎるとかえって困ってしまうふうちょう

ポケモンXを買ったと言ったな。


あれは嘘だ。


起動して初めて気づく。


あ、これYだ(


 ミクリがボールを投げる。

 

 現れたのは。

 

「いけ! イラ」

「グララァァァァ!」

 

 キングラー。クラブの進化形。初代からいる由緒あるみずポケモンの一体。だが通常よりもハサミが一回りくらい大きい。元のサイズからしてけっこうな大きさがあったが、ミクリのキングラーのそれは、最早巨大と呼んで差し支えないサイズを誇る。

 キングラーの目玉がぎょろり、と動き…………目の前のカビゴンを見つめる。

 直後その大きなハサミでばん、ばんと地面を叩きながら。

 

「グラララララァァァァァ!!!」

 

 絶叫し、飛び出す。

 

 素早い動き、とても横走りとは思えない速度でカビゴンへと接近していき。

 

 ク ラ ブ ハ ン マ ー

 

 その巨大なハサミをカビゴンへと叩きつける。

 ダァァン、と横殴りにカビゴンが吹き飛ばされる。

 

 だがかくとうわざでも無い攻撃で一撃で倒されるようなやわな体はしていない。

 

 例え、ホエルオーを止めるために自身も大きなダメージを受けていても、だ。

 だが動かない、否動けない。

 ギガインパクトの反動で、カビゴンはまだ動かない。

 

 そしてまだ動く敵を見据え。

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 もう一度、その巨大なハサミを振りかぶり。

 

 ク ラ ブ ハ ン マ -!!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()がカビゴンを襲う。

 

「守れ! ゴンスケ!」

 

 ま も る

 

 カビゴンが守りを固め…………そうしてクラブハンマーに吹き飛ばされる。

 

「ぐぉぉぉぉん!」

 

 だががっしりと守りを固めたその巨体にさしたるダメージは無かったらしく、地面に腹が反発してぼよんぼよんさせながらも起き上がる。

 

 そうして。

 

「グラララララララアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「裏特性だ」

 呟いた言葉に、隣のシアが首を傾げる。

「え? どれですか? 今のカビゴンのほうでしょうか?」

「違う、あのキングラー…………攻撃が失敗…………じゃないな…………あれは」

 

 恐らく、程度の推測ではあるが。

 

「攻撃して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。多分そんな感じだと思う」

 

 攻撃すればするほど怒りを増していくキングラーの姿に、恐らくそんな感じだろう、と当たりをつける。

 最初のクラブハンマーと次のクラブハンマー、トレーナーの目線で見ていれば明確なほどにその威力の違いが理解できた。

 

 何せ、完全防備を固めたカビゴンを吹き飛ばし、さらに僅かとは言えダメージを与えたのだ。

 

 二発目の威力の恐ろしさが理解できる。

 

 そしてその切欠は恐らく、あの激昂。

 

「次の互いの一撃が決着をつける…………そんな予感がするよ」

 

 呟き、再び画面に見入った。

 

 

 * * *

 

 

 キングラーが激高する。これで二度目。

 

 そこで、ミクリが初めて動く。

 

「イラ! ばかぢから!」

 

 対応するように、センリが声を上げる。

 

「ゴンスケ! ギガインパクト!」

 

 互いに指示を受け、ポケモンたちが動き出す。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「グラァァァァァァァァ!」

 

 ギ ガ イ ン パ ク ト !

 

 ば か ぢ か ら !

 

 カビゴンの両手から放たれる一撃と、キングラーの片鋏の一撃がぶつかり合い。

 

 ダァァァァァァァァァァァァァァァァン

 

 轟音が響き、ステージを爆煙が覆い尽くす。

 

 そして、煙が晴れるよりも先に。

 

「グラララララララララアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そして、瞬間、ミクリが動く。

 

「イラ! トドメを刺せ!」

「…………っ!? ゴンスケ! まもれええええええ!」

 

 煙の中の状況が確認できず、一瞬センリの指示が遅れる。

 けれどミクリの指示で状況を察したのか、即座に指示を出した辺りはさすがと言えるかもしれない。

 

 だが。

 

 ク ラ ブ ハ ン マ ー!!!!!

 

 ドゴォォォン、と衝撃音が響くと同時に。

 

「ごぉぉぉぉぉぉぉん」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ごろん、ごろん、と転がりながらやがてその速度を落とし。

 

「ごぉ…………ぉ…………」

 

 目を回し、気絶するカビゴンと。

 

「グラララララアアアアアア!」

 

 

土煙が晴れ、勝利の歓喜を現すかのようにその巨大なハサミを高く掲げるキングラーがいた。

 

 

 * * *

 

「これで一、一か…………でも情報的に考えれば父さんのほうがやや有利、かな?」

 

 呟きつつ、父さんの次のポケモンに注目する。

 

 * * *

 

 

「…………行け、ブル」

 

 センリが投げたボールから現れたのは。

 

「ぶるん」

 

 ドーブル。尻尾が長く、尾の先が筆のようになっている犬のようなポケモン。

 ドーブルが覚える技はたった一種類だ。そしてその一種類が無限にも等しい汎用性を持つからこそ、このポケモンは有名である。

 

「ブル…………リフレクター」

 

 センリの指示によってドーブルが透明な壁を目前に張る。

 物理技のダメージを半減させるこのわざによって物理攻撃に特化したキングラーが不利になるのは明白。

 

 だとかそんなこと、お構いなしにキングラーが殴りかかる。

 

 ク ラ ブ ハ ン マ ー!

 

 リフレクターの上から殴られた一撃は、けれどドーブルにさして大きなダメージは与えなかった。

「…………何?」

 その様子に、ミクリがぽつり、と呟く。

 だがそれ以上に何も言う様子は無く、バトルが続く。

 

「ブル、キノコほうし」

 

 ドーブルが尾の先の筆を振り回し、()()()()()()()()()()()()()()

 直後、空間に浮かび上がったキノコの絵が、震えだし、胞子をばら撒きだす。

 

 微細な胞子がステージにあふれ出し、躱しきれなかったキングラーがその動きを鈍らせて。

 

 そうして眠る。

 

「く、起きるんだ、イラ」

 

 ミクリが声を上げるが、キングラーはその体を地に伏せたまま動かない。

 

「ブル、コットンガード」

 

 その間にドーブルが指示を受け、()()()()()()()綿()()()()()()()

 書き終わると同時に、綿が空間から浮かび上がり、ドーブルの体に纏わりつく。

 

 キングラーは目覚めない。

 

「ブル、ちょうのまい」

 

 ドーブルが()()()()()()、その力を増していく。

 

「イラ!」

 

 直後、ミクリの声を受けて、キングラーが目を覚まし。

 

「キノコほうし」

 

 目を覚ました直後、再び胞子が空間に充満していく。

 目を覚まし、即座にドーブルに殴りかかろうとしていたキングラーだったが、そのハサミが振り下ろされるよりも先に全身の力が抜けていく。

 

「ちょうのまい」

 

 ドーブルが積む。

 

「ちょうのまい」

 

 積む。

 

 そして。

 

「はらだいこ」

 

 ぽん、ぽんと腹を叩くドーブルの姿に、ミクリが目を見開く。

 

「何だと…………」

 

 

 * * *

 

 

「はあ?!」

 思わずテレビ越しに叫び。

 だが仕方ないだろう、ミクリもまた同じように目を見開いているが、それも当然だろう。

 

 リフレクター、コットンガード、キノコほうし、ちょうのまい。

 

 そしてはらだいこ。

 

 ドーブルの()()()()()()だ。

 

 戦闘時に使える技は四つだけだ。

 それは戦闘と言う一秒を争う中で、ポケモンがトレーナーの指示で条件反射レベルで出せるまで詰め込める個数、つまりポケモン側にとっての容量(スペック)の問題なのだ。

 五つ以上のわざを仕込んでも、最初に覚えたものから忘れていく。戦闘で使えるレベルまでわざを仕込むならば、何かを忘れせる必要がある。

 そう言う大原則が…………ゲームではシステム的な都合。現実では生物としての能力の都合で確かに存在する。

 

 だからこそ、驚く。

 

 今父はその原則を軽く一蹴したのだ。

 

 

 * * *

 

 

 驚くミクリを他所に、戦いは続く。

 

「ブル…………バトンタッチだ」

 

 呟いた言葉に反応し、ドーブルが尾の筆で空間にバトンを描きだし…………実体化したそれを握る。

 

 そして、そのまま光となってセンリの掲げたボールへと消えていき。

 

「…………仕上げだ、来い、ケンタ」

 

 三匹目…………センリの最後のポケモンは。

 

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァ!」

 

 ケンタロス。初代ポケモンから現れ、伝説のポケモンを除けば、問答無用で最強の称号を欲しいがままにしていたあばれうしポケモンだ。

 しかも、ドーブルからのバトンにより、こうげき、ぼうぎょ、とくこう、とくぼう、すばやさの全てが大きく上がっている。

 

 つまり。

 

「じしんだ」

 

 ごうごう、とケンタウロスが大地を踏み鳴らす、踏み鳴らす、踏み鳴らす。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 大地が揺れ、キングラーが上に下にと大きく揺さぶられる。

 

「グララララララララ」

 

 キングラーが叫びを上げながら、もがくが抵抗虚しく。

 

「ぐら…………らあ」

 

 ケンタロスが足踏みを止めると、後には気絶し、目を回すキングラーだけが残された。

 

 

 * * *

 

 

「け、ケンタロス!?」

 しかもドーブルがはらだいこで4倍だし、コットンガードとちょうのまいでぼうぎょ、とくこう、とくぼう、すばやさは2.5倍。

 

 ちょっともうタスキで食いしばってみちづれかけるくらいしか勝てる未来が見えないのだが。

 

「…………これで、決着か?」

 

 そう思える…………だが、ミクリの目はまだ死んでいなかった。

 

 

 * * *

 

「…………なるほど、追い詰められたのは私のほうか」

 ミクリが呟く、状況はかなり悪いことは自覚していた。

 けれど、諦める気もさらさらない。

 

「最後だ…………ルリ!」

 

 そうして現れたのは。

 

 

 胸元に黒いリボンを結んだ水色のセーラー服と水玉模様の短パン、そして内側が赤く外が水色の耳のようにも見えるリボンを付けた、水色のショートカットの少女だった。

 

 

「ヒトガタポケモン?! なるほど、やるな」

 センリが僅かに驚いたように呟くが…………すぐ様平静を取り戻す。

 確かに珍しい、驚きもする、だが。

 

 息子が六匹も連れて帰ってきた時ほどの衝撃は無い。

 

 センリの数十年の人生で、あれよりも驚いたことはさすがに無い。

 それに比べればこの程度、驚きはしても動揺するにも値しない。

 

「ルリ…………頼んだよ」

「まかせて! ますたー!」

 

 ルリ、ことマリルリのヒトガタが元気よく返事を返し。

 ぽん、ぽん、とお腹を叩く。

 

 はらだいこ

 

 マリルリにぐんぐんと力が溢れていく。

 

 そして。

 

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 と っ し ん !

 

 猛スピードで迫り寄って来るケンタロスがマリルリへと狙いを定め。

 ドォォン、と。

 

 まるで暴走するダンプカーにでも撥ねられたかのような勢いで、マリルリが吹き飛ばされる。

 数メートル、滞空しながら地面に叩きつけられ…………。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ルリ! 頼むよ」

「ケンタ、勝て!」

 

 互いのトレーナーが叫び。

 

「やああああああああああああああああ!!!」

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ば か ぢ か ら

 

 ギ ガ イ ン パ ク ト

 

 互いの持てる力の全てを振り絞り、叩きつけ合い。

 

 そして。

 

 

 * * *

 

 

「…………なんでもあり、だなあ」

 テレビを消しながら、思わず呟く。

 

 今回のジムリーダー同士の戦いで、確認できた裏特性は二つ。

 さらにはっきりとしたことは分からないが、恐らく裏特性じゃないだろうか、と思われるものが三つ。

 

 それら全てが裏特性なのだとすると。

 

「…………本当に、なんでもありなんだよなあ」

 技術、と言われれば確かに技術だ。

 ほとんど反則染みたものではあるが、現実的に考えて、無理じゃないだろ? と言われると無理じゃない、と思う。

 

 だから、本当に父さんの言った通りなのだ。

 

 裏特性に必要なのは、明確なイメージだ。

 

 裏特性は技術である。

 

 そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 父さんが本当に難しいと言っていたのはこれだ。

 空想ばかりのチートを思いついたって、それを実現するための訓練方法が思いつかなければ机上の空論にしかならない。

 

 そして訓練方法まで思いついたとして、それで本当に覚えるかどうかは分からない。

 

 結局その方法でポケモンが裏特性を閃くことができるかどうかは、ポケモン次第である。

 

 今頭の中にいくつか候補のようなものはある。

 

 そしてそれを実現するための方法も。

 

「…………取りあえず一つ、試してみるか」

 

 ちらり、と振り返ってみたのは、ソファに沈み込む竜の少女。

 

「…………はてさて、どうなることやら」

 

 ぽそりと呟いた一言は、残念ながら少女の耳には届かなかったようだった。

 

 

 




イラ(キングラー) 特性:かいりきバサミ 裏特性:ブチギレ

ブル(ドーブル) 特性:マイペース 裏特性:スケッチブック

ケンタ(ケンタロス) 特性:いかりのつぼ 裏特性:ちょとつもうしん

ルリ(マリルリ) 特性:ちからもち 裏特性:きようぶきよう


裏特性の詳細は秘密、と言うことで。
多分三章くらいで判明する。

取りあえず。

バトル楽しい。


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ちいさないっぽ、ちいさなであい

 冬が過ぎ、一年が終わる。

 そうして春が来て。

 

「お誕生日おめでとう、ハルトくん」

「ハルカちゃんもおめでとう」

 

 自身、ハルトがこのホウエンへとやってきてから、もうすぐ一年になろうとしている。

 

 春の初旬、それが自身ハルトがこの世界へと生まれ落ちた日であり。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「全然気づかなかったねえ」

「あはは、そうだよねえ、まさか歳どころか誕生日も一緒だなんて、思いもしなかったねー?」

 

 原作主人公的な補正だろうか、なんて一瞬考えて。

 別にどうでもいいか、とすぐに切り捨てる。

 

「と、言うわけで、こっちからはこれ、安らぎの鈴だよ」

「わあ、ありがとう、こっちからはこれ、帽子だよ」

 

 と言って渡されたのは原作主人公の被ってたような白い帽子。

 ありがとう、と言いながら帽子を被ろうとして。

 

「…………あれ?」

「…………あれれ?」

 

 ゴムを伸縮させたわけでもないのに、自身の頭よりもサイズの大きいせいで、帽子を被るとそのまま顔の半ばまですっぽりとはまってしまう。

 

「……………………ウツドンに食べられた人みたい」

「…………っぷ、ちょ、ハルトくん、てばあ」

 

 呟いた一言に、ハルカが噴き出し、お腹を抱えて笑う。

 

「サイズが大きかったみたいだね」

「あははは…………ふ、ふう…………ふう…………ご、ごめんね、ハルトくん」

 

 お腹を抑えながら呼吸を荒げ、謝ってくるハルカに。

 

「まあ大きくなったら使えるだろうし、それまで家に置いておくよ」

「う、うん」

 

 恥ずかしそうにはにかみながら、ハルカが頷き。

 

「それじゃあ」

「…………まあ」

「フィールドワークだよ!」

「…………そうなるのね」

 

 やっぱこの子、少しアレかもしれない。誕生日と言う子供ならウキウキのイベントを余裕スルーでフィールドワークの準備万端な少女の姿に、ちょっと変わってる、と言う印象がさらに深く焼き付いた。

 

 

 * * *

 

 

 フィールドワークと言っても、子供のやることである。

 基本的には、ポケモンを遠くから観察するに留め、直接何かを採取したりなどはしない。

 

 なので。

 

「……………………動かないね」

「しー、静かに、逃げちゃうでしょ」

 

 口元に指を当てて、こちらを見つめる少女に僅かに嘆息し、再び視線を移す。

 視線の先ではジグザグマが茂る草原を真下を向きながら器用に歩いている。

 きっと特性はものひろいだな、なんて思いながらそれから視線を移し、ハルカを見る。

 

「…………変化無し、と」

 

 研究レポ―トのつもりなのか、メモ帳にジグザグマの動きを逐一書き記している。

 研究職、と言うのを自身は良く知らないのだが、こんなに退屈な仕事なのだろうか。

 

「だったらやっぱりなれっこないなあ」

 

 自分には到底無理だ、と思いつつ呟いた一言は、けれど幸いなことに隣の少女には届かなかったらしい。

 そう言えばと腰につけたボールを見る。今日は静かだなあ、エア、なんて思う。まあここでガタガタ揺らされるよりはいいだろう。あれでボーマンダと言う種族としてはかなり強力なポケモンなのだ、出した瞬間、この辺り一帯の野生のポケモンが逃げ出してしまう。

 そうなると、隣の少女に怒られてしまうだろうし、それは遠慮願いたい。

 

 それから一時間近く、ジグザグマがちょこまかと動くのをひたすら追い続け。

 

「…………ハルカちゃん、これ以上は止めない?」

「え? なんでなんで?」

 

 進むジグザグマを追おうとするハルカの肩を掴んで止め、ハルカの前に立ち塞がって、そう告げる。

 疑問符を浮かべる少女に、ジグザグマが進む先を…………背後を指さす。

 

 そこにあるのは森だ。

 

 ミシロタウンを覆う森。

 かなり広範囲に広がる森だけに、その中の生態系は非常に大規模なものとなっている。

 表層の浅いところならともかく、奥深くとなるとオダマキ博士のようなある程度権威のある学者が、探索隊を作って入るレベルの規模のものとなる。

 少なくとも、子供二人で入るような場所ではない。

 

「これ以上は危ないから…………今日はここまでにして帰ろう?」

「…………うーん…………うーん…………うん、分かった」

 

 しばし悩んではいたが、やがて頷く。

 危険な場所には立ち入らない。ポケモンがいるから、と油断しない。

 この辺は割と子供としては規格外だと思う。

 子供と言うのは割と根拠の無い自信に溢れているものだ。

 

 自分なら大丈夫、自分に何かあるはずがない。

 

 そんな保証どこにも無いのに。

 

 それでも大丈夫、と無謀なことをしやすい。そのせいでこの世界における、子供の死亡率と言うのは意外と高い。何せ、前世と違って街の外にはポケモンと言う時には友となりうるが、時として人に牙を剥く、明確な危険があるのだ。

 だからこの場面で素直に引けるハルカを、素直に凄いと思える。

 

 ホント、お守の必要なんて無いよな、なんて思う。

 

 実はオダマキ博士から、もしもの時ハルカが危ないことをしないように見てやってくれ、と頼まれているのだが、博士の想像を超えてハルカが優秀である。

 自身と同じ五歳…………じゃなかった、今日で六歳か。

 六歳の子供が自分を弁えている、と言う辺りでもう普通じゃないよなこの子も、と思う。

 

 森の奥へと消えていくジグザグマを見送りながら、それじゃあ俺たちも帰ろうか、と振り返り。

 

 ズサァァァァァァァァァ

 

 背後から…………森の中から出てきた何かが、自身の背後へと迫って…………。

 

「うわああああああああああ!?」

「待てええええええええええ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

「え」

「あ」

 

 そして自身の正面…………つまり、子供たちの進路に顔を出していたハルカと真正面から向き合い。

 

 ごつん

 

「きゃっ」

「あいたぁ」

 

 ハルカが尻もちを着き、子供の内の一人が転ぶ。

 

「ハルカちゃん、大丈夫?!」

「あ、うん…………大丈夫だよ」

 

 起き上がり、ぱんぱん、とお尻の砂を払ってハルカが目の前に倒れる子供…………少年を見やる。

 

 黒っぽい、それが印象的だった。

 

 黒髪と黒い着物のような服。頭頂部からぴょこん、と跳ねたアホ毛の先は紅く染まっており、着物のほうも裾や袖、襟や模様など、一部が紅のラインが入っており、紅いニーソと何故か下駄と言う組み合わせ。

 ここまで見事なまでにツートンカラー、それだけに、髪留めとその瞳だけがエメラルドブルーで際立っている。

 年齢は…………多分、自身たちと同じくらいだと思う。背はそれほど変わらない。

 

 と、言うかなんで着物?

 

 カントーのジムリーダーエリカを見ればこの世界にも着物があるのは分かるが、森から出てきてなんで着物?

 

 疑問符いっぱいの自身を他所に、ハルカが少年の傍にしゃがみ。

 

「大丈夫?」

 

 声をかける。

 

「あ……うぅ……」

 

 声をかけられた少年が呻きながら顔を上げ。

 間近のハルカとばっちり視線を合わせる。

 

 直後。

 

「あ、あわわわわわわわわわわ」

 

 ぼんっ、と沸騰しそうなほどに顔を真っ赤にしながら少年が飛びあがり、慌てる。

 

 そして。

 

「すきありー♪」

 

 げし、と後ろからやってきたもう一人の子供が少年を蹴り飛ばす。

 

「あははは、なに突っ立ってんのよアンタ…………って、誰こいつら?」

「あわわ…………うう…………痛いよ、おねーちゃん」

「無防備晒してるほうが悪いわね…………で、誰こいつら?」

 

 おねーちゃん、と呼ばれたことから、目の前のこの子は少女なのだろう。

 区別し辛い…………そんなことを思うが仕方ないことだろう、何せ。

 

 少年と少女の容姿はまるで同じだった。

 

 双子、つまりそういうことなのだろうと思う。

 それにしても服装まで同じか、髪留めの位置が右側か左側かくらいしか違いが無い。

 

 ただ似ているのは容姿だけ。

 

 目が余りにも違い過ぎる。

 

 おどおどとしてどこか頼りなさげな少年の目と比べ、口元を釣り上げながら何か企んでいるかのように笑う少女の目はどこか(よこしま)だった。

 

「今、二人ともこの森から出てきた?」

 

 場が少し落ち着いたところで、二人に問いかける。

 その問いに、二人が頷き。

 

「そうだけど? ていうか誰?」

 三度目の同じ疑問に、ようやく答えを返す。

 

「こっちはハルト、あっちは」

「ハルカだよ」

「…………はるか…………おねーちゃん…………」

 

 自身の言葉に繋げるようにハルカが名乗ると、少年が頬を染めて何かをぽつりと呟く。

 

「はーん、ハルトとハルカねー…………この森にそんなのいたっ…………け…………」

 

 少女が訝し気な表情で呟きながら、段々と語気を弱めていく。

 

 まるで何かに気づいたかのように。

 

 そうして。

 

「人間?!」

「え?」

「は?」

「うぇぇぇぇぇぇ?!」

 

 少女が驚いたように叫び、その意味が分からず自身とハルカが首を傾げ、そして少年が驚愕に絶叫した。

 

 いや、待て…………この森から出てきた、だと?

 

 即座にその意味を理解する。

 

「ヒトガタ?!」

「えぇ?!」

「っち、バレたか」

「あわわわわわわわわわわわ」

 

 即座に臨戦態勢に入る少女に、慌てふためくばかりの少年。

 

「まだ子供だし、どうせ大したポケモンなんてもってないでしょ…………私たちなら余裕よ」

 

 あっはっはっはっは、と高笑いする少女に、無言で腰のモンスターボールを取りだし。

 

「エア、頼んだ」

 

 十秒かからなかった。

 

 

 * * *

 

 

「それで…………どうするの?」

 目の前で地面に伸びている双子を見ながら思わずハルカに尋ねる。

「え、ええ…………? 別にあたしは捕まえようとか思ってないよ?」

 野生のヒトガタって言うのも珍しいしね、と告げるハルカに、自分だと返答する。

 

 ぶっちゃけた話。

 

 自身はすでに六体揃えているし、ハルカはそもそも積極的にポケモンを集めているわけではない。

 

 故に、ヒトガタとか珍しいポケモンがいても、捕まえる必要性が特に無いのだ。

 別に六体以上揃えてはいけない、と言うことも無いが…………ただその場合、あの六人の誰かを外す必要がある、と言うことになる。

 世界を超えてまでついてきてくれた彼女たちを今更パーティから外すのも気が引けるので、実際のところ自身はこれ以上主力となるポケモンを増やすつもりは無かったりする。

 

 ただ、倒して目の前でいつでも捕まえれる状態だと、このまま放置も勿体ない気がするのも事実である。

 

「いらないなら俺がもらうぞ」

 

 不意に。

 

 ひゅん、と。

 

 目の前の双子に向かって。

 

 ボールが投げられた。

 

「エア!」

 

 咄嗟の呼びかけに、自身の後ろにいたエアが素早くボールを弾く。

 弾かれたボールが投げた本人の足元へと転がる。

 

 それは男だった。

 

 全身が紅く、角のようなデザインのついたフードを被った男。

 

「…………マグマ団!!?」

 

 思わず零れた声に、男がほう、と驚いた様子でこちらを見る。

 

「なんで俺たちのことを知っているんだ、このガキは…………」

 

 胡乱気な表情でこちらを見て。

 

「まあいいか…………取りあえずそこのヒトガタは俺がもらう、邪魔するな、餓鬼」

 

 告げた言葉に。

 

「だ…………誰が、あんたなんか!」

 

 気づけば少女が立ち上がっていた。震える体を無理矢理起こしながら、男を睨む。

 

「いつもいつも逃げられていたからな、弱ってる今がチャンスみたいだな、今日こそはゲットさせてもらうぜ」

「ぜったいに、お断りよ!」

「…………おねえ…………ちゃん?」

 

 少女が声を荒げ、その声に少年が目を覚ます。

 そうして少年が少女の視線の先を見つめ。

 

「ひぅっ」

 

 びくり、と男を見て怯える。

 

「ケケ…………ヒトガタが二人、いいねえ。こいつらを手に入れれば俺は強くなる、そうすれば幹部にだって」

 

 にぃ、と嗤う男の笑みに、少女が怒りの表情で男を睨み。

 

「待った」

「そうよ!」

 

 自身と、そしてハルカが男と少女を遮るように立つ。 

 足を踏み出そうとした男は自身たちが立ち塞がったことに足を戻す。

 そうして、面倒そうな表情で投げやり気味に告げる。

 

「どけ」

「「嫌だ」」

 

 自分の言葉を一蹴された男が不快そうに頬を釣り上げ…………。

 一瞬、自身の足を前に出しかけたが、傍にいるエアを見て、止める。

 先ほどの行動で、恐らくエアがポケモンである、と気づいたのだろう。

 と言うかこの男、一体いつからこちらを見ていたのか。

 

「っち、ヒトガタか…………まあいい」

 

 エアを見て、一瞬憎らし気に見つめるが、けれどすぐに嗤う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「 あ”ぁ ? ! 」

 

 耳に届いた言葉に、思わず変な声が出てしまった。

 

 と言うか、気のせいだろうか…………今。

 

「エアを…………なんだって?」

「ケケ…………俺が勝ったら、そのヒトガタももらっていくぜ」

 

 ぷつん、と自身の中で何かが切れる。

 

「ケケ、イケェ! グラェナァ!」 

「ぶち殺せ! エア!」

 

 絶叫した。

 

 

 




祝:六歳児になりました。

新しいヒトガタポケモン登場。
やっぱあれだ、擬人化絵あるとすっごい筆が乗る。
だって昨日3時間かけて5000字ちょい書いたの今日は1時間半だもの。
擬人化絵見てるとなんか話のネタが浮かび上がってくるの(

因みに何の擬人化かは分かったかなあ?


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冷静に見えてその実、鬱憤は溜まっているものです

8月3日に投稿できなかった原因?
ぷそで仇花行ってたからだよ(
チムメンの一人がレイシリーズドロってた。因みに俺は☆13はありません。

まあ10603の7sオフス持ってるんですけどね(超自慢)!!!
自慢くらいさせてほしい、すっげえ苦労したんだから作るの。

因みに某妖怪の書いている安藤小説に出てきたトナカイは俺である(
あれ本当は男のはずで提出したはずなのになあ…………何故かTSしてる。


「グラァァァァ!」

 現れ、こちらを威嚇するグラエナに。

「ルオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!」

 威嚇ごと掻き消すような怒声で、エアが逆にグラエナを怯ませる。

 

 びくり、と圧倒的な種族としての違いを敏感に感じ取ったグラエナが委縮し。

 

「グラアアアアアアアアア!」

 けれど覆しがたいレベル差に奮起したグラエナが再び威嚇する。

「…………っち」

 分かってはいても、そう言う特性だ、どうしてもエアは委縮し…………。

 

 これで『こうげき』が下がった。

 

 能力値のランク補正は上昇と下降で補正値が違うので、いきなり『こうげき』の数値が半分になるとかそんな極端な変化は無いが…………それでも物理技主体のエアにとってはきついものがある。

 

 図鑑ナビを開く…………そこに書かれていたレベルは。

 

「…………45、きついな」

 

 煮えくり返るような腹の中とは逆に、頭は冷静に、思考を進めていく。

 確かにバトルの直前までは怒りに猛っていても。

 

 始まれば途端に思考はクリアになる。

 

 直前までの怒りも抜け落ち。

 

 戦い、そして勝利することに貪欲になっていく。

 

 トレーナーと言うのはそう言う存在なのだ。

 

 初手…………エアとグラエナが互いがにらみ合う。

 

 そして。

 

「“りゅうのまい”!」

「“ちょうはつ”しろ」

 

 互いの指示が行き交い、ポケモンが動き出す。

 先手を取ったのは、エア。種族値から見てもグラエナではエアは抜けない。

 “りゅうのまい”がエアの体に力を宿す。

 下げられた『こうげき』が元に戻り、『すばやさ』が一段階積まれた状態へと成る。

 

 直後にグラエナの“ちょうはつ”が決まり、エアの変化技が封じられる。

 

 “ちょうはつ”は使われると攻撃技しか出せなくなるわざだ。

 変化技と言うのは攻撃技以外の全てに適応されるので、“まもる”や“みきり”などの防御系の技や“つるぎのまい”や“こうそくいどう”、“てっぺき”などの能力値上昇系の技、“すなかけ”や“なきごえ”、“しっぽをふる”などの能力値減少系の技、はては“にほんばれ”や“あまごい”などの天気変更系までかなりの数の技が封じられる。

 

 ただし一つだけこの技を使うに当たって問題があるとすれば。

 

「グラエナでそれ使ったって」

「こっちの攻撃を防げないんじゃ、ただの無駄死にね」

 

 “ お ん が え し ”

 

 叩きつけられた一撃が、エアの高い『こうげき』と相まってグラエナに突き刺さり。

「次、行くわよ」

 “りゅうのまい”で五割底上げされた『すばやさ』で強引にグラエナの先を奪い、二度目の“おんがえし”を叩きつける。

 

「ぐらああぁぁぁぁ…………ぁぅ…………」

 

 エアに吹き飛ばされ、ごろごろと転がって目を回すグラエナ。

「…………ガキが、舐めやがって」

 そのグラエナの姿に舌打ちしながら、グラエナをボールに戻し。

 

「っち、行け、マグカルゴ」

 

 次に出てきたのはマグカルゴ。

 

「てめえの耐久ならあのヒトガタの攻撃でも耐えれるだろ、そら、“おにび”だ!」

「エア…………」

「分かってる」

 

 マグカルゴのタイプは『ほのお』と『いわ』。“おんがえし”のタイプは『ノーマル』なので、確かに半減される。

 さらに言うならばマグカルゴの『ぼうぎょ』は非常に高く成長するため“おんがえし”では例え圧倒的速度差で持って三度、四度と叩きつけたところで耐えてしまうだろう、そして“おにび”は命中85技。

 つまり、かなりの確率で当たってしまう上に当たれば必ず相手を『やけど』状態にしてしまう。そして『やけど』状態になったポケモンは物理技で与えれるダメージが半減してしまう厄介な状態異常だ。

 

 故にここで取る選択肢は決まっている。

 

「ルオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

 “ じ し ん ”

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと大地が鳴動し、激しく揺れ動く。

 がこんがこん、とマグカルゴが揺さぶられ。

 

「かごぉ…………」

 

 一撃で『ひんし』になったマグカルゴが大地に倒れ伏した。

 

「な…………なに?! じしん、だと!!? なんだそのヒトガタ、一体なんのポケモンだぁ?!」

「は? なんで教えてやらないといけないの? バカなの?」

 なんでこいつ対戦相手にそんなこと聞いているんだ、と言う当たり前の疑問を口にし、けれどその言葉に男が顔を真っ赤にして怒る。

「バカにしやがってクソガキがぁぁぁ! もういい、こいつは勘弁してやろうと思ったが、止めだ」

 

 男が最後の残ったボールを手に取る。

 

「っち…………こいつは使うつもりは無かったんだが。まあいい、出てきやがれ」

 

 ヘルガー。

 

「ガアァァァァァァ!」

「エア…………“じしん”!」

 一瞬、エアに目配せする。その合図にエアが確かに頷き。

「ルオォォオォォォォォ!」

 

 エアが攻撃を叩きつけようとした、瞬間。

 

「は、読めてるんだよ! おら、交代だ…………マタドガス!」

 

 さっと、男がヘルガーをボールへ戻し、そうして次のボールからポケモンを放ち。

 

「ドガァァァァァァ!」

 

 マタドガス、ドガースが二匹連なったような形のポケモン。

 『どく』タイプなだけに、『じめん』タイプが弱点ではあるのだが。

 

()()()()()()には『じめん』技は当たらねえよなあ」

 

 男がにやついた顔で呟く。

 マタドガスの特性は“ふゆう”だ。『じめん』わざが無条件に当たらなくなると言うかなり厄介な特性である。

 故に、エアの“じしん”は外れる。

 

 まあ、放ったのが“じしん”ならば、だが。

 

 ずどん、と高速でマタドガスに接近したエアが繰り出した一撃で、マタドガスが吹き飛ぶ。

 

 “おんがえし”

 

「ぬああ?!」

 男が驚きに目を見開く。

「読めてるって? うんそうだね、()()()()()()()

 

 そもそも、相手の手を誘導して半減・無効持ちで一手稼ぐなど、対戦をやっていれば有り触れた手でしかない。

 

「くそ、くそ、くそがああああ! ヘルガアアァァァァ!」

 

 男が残ったヘルガーを解放し。

 

「エア」

 

 ただ一言呼べば、それで伝わる。

 

「これで、終わりね」

 

 “ じ し ん ”

 

 弱点を突いたエアの一撃が、ヘルガーへと叩き込まれ。

 

「ぐ…………がぁぁ…………」

 

 最後に一体が倒れ、男の手持ちは尽きる。

 

「くそがあああああああああああ!!!」

 

 瞬間、男が叫び、こちらに向かって駆ける。

 

「このガキイイィィィィィ!!!」

 

 拳を振り上げ迫って来る男に、咄嗟に後ろのハルカに危害が及ばないよう距離を離し…………。

 

「いい加減に…………しなさい!!!」

 

 目にもとまらぬ速さで迫ったエアが男を蹴り飛ばす。

 どん、どん、と二度、三度とバウンドしながら男が転がり…………森の木々にぶつかって止まる。

 

「さっきから、人のことをもらってやるだの、人のトレーナーをガキだなんだって、挙句に果てに勝負に負けたら殴りかかって来るとか」

 

 びきびき、と。まるでそんな効果音が聞こえた気がした。

 ぱきり、と。額に青筋を浮かべたエアが拳を鳴らす。

 あ、これマジギレしてる、そんなことを思いながら、ただその光景を見る。

 

「冗談じゃないわ」

 

 男の元に歩み寄り、その襟を掴んで持ち上げる。

 

「私は!」

 

 ぐったりと、力無くうな垂れる男を振り上げ。

 

「ハルトのエースだあああああああああ!」

 

 思い切り、振り抜く。

 

 ぴゅう、と。

 

 まるでロケットでも飛んでいくかのような猛スピードで空の彼方へと飛んでいく男を見て。

 

 あ、アニメ版ポケモンのロケット団の人みたいだ。

 

 なんてどこかズレた思考をしていた。

 

 

 * * *

 

 

 まだ体力が回復せず動けない双子を、きずぐすりを使って癒す。

 完治、とは言えないが、ひとまず動ける程度に体力を戻した。

 

「一応…………礼は言っておくわ」

 

 少し照れたように顔を背けながら、少女がこちらへとそう告げた。

 

「でも、これからどうするの?」

 

 一応あのマグマ団の男は追い払った。

 だがそれもひとまずは、と言う但し書きが着く。

 

「あの様子だと何度も追いかけられてるんでしょ?」

 

 そんな自身の問いに、苦々し気に少女がこくりと頷き、その隣で少年がぶるり、と身を震わせた。

 

「あいつきっとまた来るよ? もしかしたら、次は仲間を連れてくるかも」

 

 あの男の言動から可能性は低そうではあるが、どうしても捕まえられないとなればそう言うなりふり構わない姿勢で来るかもしれない。結局、双子からすればそれが一番困るのだから。

 

「分かってる…………でも、群れは移せない」

 

 呟きと共に少女が振り返り。

 

 気づけば。

 

 振り返った先にある森。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「…………………………」」」」

 

 一言も口を開かず、こちらをじっと見つめるその異様な光景に、思わず身構えてしまう。

 ハルカもさすがにそれを不気味に感じたのか、自身の後ろで身を震わせ、不安そうに自身の服の裾を掴んで…………。

 

「アンタたち、驚かせちゃダメ」

 

 少女がそう呟いた瞬間。

 

 ぶん、と。

 

 一瞬、子供たちの姿が(かす)み……………………黒い狐の群れが現れた。

 

「ゾロア…………なるほど、ね」

 

 ヒトガタのどこかで見た配色だと思っていたが、そういう事かと納得する。

 

 ゾロアは、わるぎつねポケモン、と呼ばれている。

 

 特性がイリュージョンと言い、その名の通り()()()()()()ことができる。

 ゲームだとポケモンだけだが、ポケモン図鑑によると人にも化けれるらしい。

 

 ただ疑問が一つ。

 

「群れは移せないって…………キミがこの群れを率いてるの?」

 

 そんな自身の疑問に、少女が首肯する。

 

「正確には私と(こいつ)が、だけどね」

 

 隣の少年を小突き、そう告げる少女に、首を傾げる。

 

()()()()()()?」

 

 告げる言葉に、少女が沈黙を返す。

 

 ゾロアの進化形、ゾロアーク。ゾロアークの図鑑説明の中に、仲間の結束が固い、とか言う説明があったはずなのだが。

 そのゾロアークたちが目の前の子供たちを置いて、いない、と言うのはどういうことだろうか?

 そんな疑問を抱いていると、やがて少女がぽつり、と語りだす。

 

「…………はぐれたのよ。さっきのやつらの仲間に襲われて」

 

 マグマ団に?

 

「どういうこと?」

 

 あれはそんな団体では無かったはずなのだが。

 

 マグマ団、それからアクア団。

 ゲームだとルビーサファイアエメラルド…………あとはそのリメイク的なオメガルビ―、アルファサファイアに出てくる組織だ。

 立ち位置的には初代で言うところのロケット団のようなものだ。

 

 両組組織共にそれぞれの目的を掲げて活動している。

 

 ルビー・サファイア・エメラルドとオメガルビー・アルファサファイアとではそれぞれ組織の目的が違うのだが…………これはだいたい予想がついている。

 

 マグマ団とアクア団の服装だが、実はルビー・サファイアとオメガルビー・アルファサファイアでは各団の制服のデザインが微妙に異なっている。まあリメイクだしデザインから気合い入れ直して描いたのだろうが。

 

 先ほど出会った男の服装…………あれはオメガルビー・アルファサファイアでの新しい方の制服だ。

 つまり、この世界はそちらに準拠した世界なのだろうと予想できる。

 

 だとすればその目的はマグマ団が人類のため陸地を増やすこと、アクア団がポケモンのため海を増やすこと。

 まあかなり大雑把だがそういう事だ。

 

 だからこそ、良く分らない、何故ゾロアークの群れを襲う必要があるのか。

 

「ゾロアークの中に、ヒトガタでもいたの?」

「居ないわ…………と言うより、私たちを捕まえに来たのよ」

 

 少女の言葉に、ようやく納得がいく。

 

 前にも言ったと思うが。

 

 ()()()()()()()

 

 単純にして、絶対の事実としてそれはこの世界に浸透している。

 だからこそ、トレーナーならヒトガタを欲しがる。

 

 何のことは無い、ヒトガタである二人のことをどこかから聞きつけ、単純なる戦力として二人を欲しがり、その群れを襲ったと言うことか。

 

 ただマグマ団のリーダーであるマツブサは理想こそキチっているが、インテリぶっていて思考自体はそこまで野蛮ではないはずだ。

 と言うことは、恐らく下っ端たちの独断、と言うことだろう。

 幹部になれるとかどうとか、さっき自分からペラペラ言ってたし、その戦力を使ってのし上がろうとしていた、と言うことか。

 

「ねえ、ハルトくん」

 

 と、その時。

 後ろでハルカが声をかけてくる。

 

「えっと、何?」

「マグマだん…………って、何?」

 

 問われ…………何と答えるか困る。

 

 基本的に何を言っても“なんで知ってるの?”と言われると、答えられない。

 ただあのやり取りを見られた以上、黙っていても誰かに聞こうとするかもしれない。

 

「…………うーん、何と言うか」

「悪いやつらよ! 私たちの暮らしを脅かすの!」

 

 返答に窮していると、横から少女が声を大にしてそう言った。

「えっと、悪い人なの…………かな、まああんまり良い人には見えなかったけど」

 困ったようにちらり、とこちらを見てきて。

「まあ決して良い人じゃないね…………」

 完全なる悪人、とは言い切れないのが何とも困るのだ、特にリーダーと幹部たち。

 

 だがそんなことを言っても仕方ないと思っていると。

 

「決めた!」

 

 ハルカが突然双子と、そしてその後ろの少年少女たちを見て告げる。

 

「あたしがキミたちを守る!」

「……………………は?」

 

 告げた言葉の意味が分からず、一瞬ぽかん、とする。

 それは双子とその他のゾロアたちも同じだったようで、唖然としたまま身動きしない。

 

「えっと…………守るってどうやって?」

「え…………? えっと…………えっと…………どうしよう、ハルトくん!」

 

 がくり、と思わず崩れ落ちそうになる膝をなんとか持たせる。

 コントじゃねえんだぞ、と言いたいがぐっと我慢し。

 

「方法は二つ…………かなあ」

 

 人差し指と中指を立てた。

 

 

 




と言うわけで、双子ちゃんたちの正体はゾロアだったんだよ!

な、なんだってー!?

…………感想でバレバレワロタ。


下っ端の敗因:ボスの風格が足りなかった。

グラエナを出す⇒いかく⇒即座にマグカルゴに交代⇒もう一度グラエナを出す⇒ひんしになる⇒マグカルゴを出す⇒マタドガスを出す⇒おにびを使う⇒だいばくはつ⇒ヘルガーを出す⇒かみくだく連打⇒ひんしになったらマグカルゴに後退⇒あとは気合い

で、ワンチャン確かにあった気がするしたっぱさん。
取りあえず、いかく⇒交代⇒いかくで二回『こうげき』下げないと、マグカルゴでも耐えれません。因みにエアちゃん『じしんかじょう』なので殺すほどに『こうげき』が上がります。


ところで一つ質問。

今回からステータスとかタイプに『』、技とか特性に“ ”つけるようにしてみたんですが、どんな感じですか?
ポケモンのわざとかタイプってひらがな表記多いので少しは見やすくなるかな、と思ったんですが。

システム的な部分とそうでない部分の区別もつきやすいし、反応が良ければこのまま続行する。


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そしてまたショタロリが増える

 

 

「一つはハルカちゃんのマギーやこっちのエアたちでこの場所を守ること」

 

 ヒトガタでなおかつ、ある程度レベルもあるマギーや技の構成や努力値振りまで完全に決まっておりあとはレベルだけの状態のエアたちならば、あの程度の敵ならば単独でもそう問題にはならないだろう。

 幸いにして、ここはミシロタウンからそう遠く無い。ゾロアが生息していることから分かるように、101番道路、つまりコトキタウンとミシロタウンの中間地点だ。

 さすがにゲームのように徒歩数十歩とか言う距離ではないが、それでも歩いて二十分もかかりはしない。

 

 可能か不可能かで言えば可能だが、いつ来るかもわからない敵を待ち続けるのはかなり骨が折れるだろうことは予想に容易い。

 

 まあそれでもハルカならやると言うのだろう、他に方法が無ければ。

 

「で、もう一つは」

 

 ただこっちはこっちで、何か言われそうだなあ、とは思ったが、まあ選択肢として提示する。

 

「こっちに捕まること」

 

 告げた瞬間、少女の視線がきゅっと細められる。

 

「アンタらも私たちを捕まえようとしてるわけ」

「え、いや、別にいらないけど? ねえ?」

「うん、そうだね」

 

 少女の問いに、あっけからんと答え、隣のハルカにも同意を求めるとあっさりと頷く。

 そんな自身たちの様子に、少女が拍子抜けした、と言った様子で目を瞬かせる。

 と言うか、いらない、って言われたことにすこしショックを受けているようにも見えた。

 

「ち、違うの?」

「だってもうパーティメンバーなんて固定してるし、これ以上は別にねえ、図鑑のために捕まえるにしても別にヒトガタである必要なんて無いし」

「あたしは別にトレーナーを専門に目指してるわけじゃないしね、一緒に来てくれるなら歓迎するけど、無理についてきてなんて言わないよ」

「…………っ!」

 

 ハルカの呟いた台詞に、少年のほうがぴくり、と反応したように思えたが…………一体なんだろう?

 

「そう…………そう、ね…………」

 

 少女は少女で少年の僅かな変化に気づく余裕も無さそうだった。

 後ろでゾロアたちが二人を不安そうに見つめる。

 

「もし…………もしアンタたちに捕まったとして、もう野生に戻れないの?」

「戻りたいなら戻してあげるよ、と言うか、ハルカちゃん、博士に頼んでゾロアたちの保護する場所って確保できない?」

「え? あ、それいいかも。うん、お父さんに頼んでみる、お父さんもきっといいよって言うよ!」

 

 にっこり笑ってそう告げるハルカに、少女が呆気に取られたようにぽかんとして。

 

「どうする?」

 

 そう尋ねると、少女がこちらを見て、それから群れのゾロアたちを見て。

 

 数秒悩み、そして口を開く。

 

「私は…………」

 

 

 * * *

 

 

「ゾロアの群れ!!? いいよ、いいね、勿論オッケーだとも! すぐに作ろう、私が頼んでおくさ!」

 興奮した様子の博士を見ながら、ほらね、とハルカが笑う。

 それを見て少女…………ルージュが呆れたような表情をする。

「本当にこれで良かったのかしら」

 思わず、と言った感じで呟いた一言。それから視線を横に向けて。

 ぼうっとした様子でハルカを見つめる少年…………ノワールを見て、また一つため息を吐く。

 

 結局、二人は自身たちに捕獲されることを選んだ。

 

 少なくとも、ゾロアの群れが保護され、いつかゾロアークの元に戻されるのならば、と言う条件でだが。

 別にこっちはそれでも構わなかったので、了承し、いざボールに入れようとして。

 双子の片割れ、少年がハルカのところに向かい。

 

 “ぼ、僕…………はるかおね…………ハルカさんがいい”

 

 そう告げた。

 そのことで割と少年と少女にひと悶着あったが、ゾロアたちがよくある姉弟喧嘩だと言う感じの様子だったのでしばらく放っておいて。

 結局、少女は自身のところへ、少年はハルカのところへ行くこととなった。

 

 捕まえたならば、と言うことで二人のニックネームを考え。

 

 双子と言うことである程度の統一性を持たせようとした結果、(ルージュ)(ノワール)となった。

 

 まあ二人ともそれなりに気に入ってくれたようで良かった。

 

「発情しやがって、愚弟が」

 

 ぺっ、と唾を吐き捨てるような仕草に、こらこらと呟きながら。

「それじゃ、まあ…………帰ろうか、うちに」

 自身と同じくらいの背丈の少女、ルージュの手を引く。

「あ、ちょ、ちょっと!」

 博士とハルカにそれじゃあ、と挨拶しながら研究所を出て、徒歩一分ほどの我が家へと到着する。

「ここが我が家だよ」

「分かったから、放しなさいって」

 そう言えばずっと手を取っていたな、と今更に思い出しつつ、少し恥ずかしそうなルージュに我が家を紹介する。

「それと、今日からはルージュの家でもあるから、まあ気楽に過ごして」

「他の群れを見つけるまで、だからね! 分かってる?」

 分かってる分かってる、と呟きながら玄関を開き。

 

「ただいまー」

 

 新たな家族を連れて、自身の居場所へと帰った。

 

 

 * * *

 

 

「ふむ」

 

 手の中のボールを弄びながら、目の前の光景に一つ息を漏らす。

 

「仕上がってきた、かな?」

 

 呟きと共に、ぶん、と隣に少女…………エアが戻って来る。

「それなりに、ね」

 

 現在地、いしのどうくつ。またか、と言われるかもしれないが、自身なりに考えた結果この場所である。

 と言うか実は以前からちょくちょく来ていたりする。

 

「ただアレが無いせいで、まだ練習の域を出ないのが問題か」

「……………………まあ、気長に待ってあげる」

 

 エアが手の中で、赤と青、二色の不思議な模様の描かれた石を弄ぶ。

 

「うーん、そうだ、エア」

「なに?」

「ついでだし、それもちょっと加工してもらうか」

 

 エアの持つ石を指さし、そう告げる。

 その言葉にエアが不思議そうな表情をする。

 

「まあいいから」

 

 不思議そうな表情のエアから石を預かる。

 

「それより、次、行こうか」

「分かったわよ」

 

 誤魔化されたことにやや不服そうながらも、エアが頷き。

 

 いしのどうくつ、そのさらに奥へと進む。

 

 今回は先ほども言ったが、以前のようなレベリングのためではない。

 そのため、以前のように無意味に挑発して敵を引きつけるのではなく、()()()()だけを倒すようにしている。

 

「サーチャーに反応無いね」

 

 最近、博士が試作したポケモン図鑑の新機能の一つだ。と言うか原作オメガルビーでもあった、周辺に隠れているポケモンを探すための機能である。

 まだ試作と言うことで、精度のほどは微妙だったりする。見ればはっきり分かるはずの潜んでいるはずのポケモンに反応しなかったり、反応したかと思ったら別のポケモンだったり。

 ただそれでも、この暗い洞窟内で自力で探すよりは大分マシであり、それまでよりも効率が随分と上がったのは確かだ。

 

「もう少し、奥に進んでみる?」

「…………そうだね、そうしてみようか」

 

 エアの提案に頷き、さらに進んでいく。

 と言っても退路は常に気にしている。

 以前はここでチークとイナズマに襲われたが、あれは本当に間一髪だった。

 

 今だから言うが、あの時もしチークを見つけるのが遅れたら、イナズマがチークを無視していたら…………ほんの少し運が悪ければ、あそこで全滅していたかもしれない。

 

 チークがこちらに迫った時、誰かを襲う前に見つけられたせいで、被害にあったのがシアだけで済んだし、そのことに焦ったイナズマがチークがやられる前に、自身の守りを固める間も無くパーティを分断させるために動いたし、チークがこちらを無視してエアに走っていたらエアがマヒさせられてイナズマが先にコットンガードを積んでしまい、こちらのじしんの威力も大幅に下がり、先にエアがやられていただろうが現実にはそうはならなかった。

 

 あの場面は本当に危なかった、一歩間違えればあそこで死んでいたかもしれない。

 

 そう思えばこれから向かう場所がとても恐ろしいものに思えてくる…………が。

 

「…………なに?」

「いや、何でもないよ」

 

 エアが居てくれるならば、問題無いだろうと思える。

 本当に、この少女が居てくれなければ自身はどうなっていただろう、とそんな風に本気で思う。

 そもそも、エアが居てくれなければ…………あの時、ミシロタウンで自身と出会ってくれなければ。

 

 本当に、どうなってただろうなあ。

 

 そんな風に思えば。

 

「エア…………ありがとう」

 

 そんな言葉が無意識に零れ出ていた。

 

「何がよ?」

「…………ふふ、なんでもないよ」

 

 隣を歩く少女の手をぎゅっと握る。

 瞬間、少女の顔を真っ赤になるが、気にせず歩く。

 ただ手を繋いだだけで、不安も何も全て消し飛ぶ。

 

 ふいに、笑みが零れ出る。

 

「な、なによぉ」

 

 顔を赤くしながら、語尾が弱くなっていく少女のことが酷く愛おしくて。

 

「なーんでもないよ」

 

 まだ一つ、誤魔化しながら、少女を握る手の力を強めた。

 

 

 * * *

 

 

「シア」

 

 一言呟けば、少女がはい、と答える。

 

「“ねがいごと”」

 

 シアが指示通り“ねがいごと”をして。

「ギェェ!」

 野生のジグザグマがシアに“たいあたり”する。

 その繰り返し。

 

 ただわざには全てPPと言う使用に対しての回数制限があるので、それが尽きれば。

 

「れいとうビーム」

 

 一撃でジグザグマが沈む。

「じゃあ今日はこれでお終いだね」

 お疲れ、とシアに声をかければ、お疲れ様です、と返って来る。

 ミシロタウンは目と鼻の先だ、すぐにたどり着き、そのまま家へと戻る。

 その道中、シアがあの、と声をかけてくる。

 

「最近ずっとこんなことばかりしてますが、これは一体何の意味が?」

「んー…………まあ、色々かな。とりあえずさ」

 

 みんなの完成形が見えてきたから、今はまずその下積みだよ。

 

 そんな自身の言葉に、シアが首を傾げる。

「かんせい、けい…………ですか? それって、裏特性のこと、ですよね? 申し訳ありませんマスター、今のところ何も感じないのですが」

 と、そんなシアの言葉に、ああと一つ頷く。

「まだ何も思いつく必要無いよ…………シア、仲間のこと、大事に思ってる?」

 そんな自身の言葉に、シアが頷く。

「当然です」

 そしてそんなシアの言葉に、満足気に頷き。

 

「なら今はそれでいいさ…………シアなら後は切欠さえあれば閃くはずさ」

 

 そんな自身の言葉に、シアが首を傾げた。

 

 

 * * *

 

 

 正直困った。

 

 それが自身の本音。

 

「あ、あの…………ご主人様?」

 

 腕を組み考える自身に、おずおず、と言った感じでシャルが声をかけてくる。

 ミシロタウンのすぐ真下、森のすぐ傍のやや開けた野原がある。

 子供たちからすれば絶好の遊び場所なのだが、残念ながら現在ミシロにいる子供は自身とハルカの二人だけである、それだけでもう察して欲しい。

 そしてそんな野原に二体のポケモン。片方は自身の手持ちの一匹、シャル。

 そしてもう一匹が。

 

「ピッポ!」

 

 ピンク色の丸っこい頭に、白いリボンのようなしょっかくの生えたポケモン。

 

 ゴチムである。

 

「なんか閃かない?」

「あ、あう…………そう言われても…………」

 

 わざわざオダマキ博士に頼んで一匹用意してもらったのだが、先ほどからどうにも手応えがないと言うか、梨の礫と言うか。

 

 これは…………どうすればいいのだろうか。

 正直、これ以外の訓練方法が何も思い浮かばない。

 

「んー…………取りあえずもうちょっと頑張ってみようか」

「そ、そんなあ」

 

 涙目なシャルの姿に、少し可哀想そうかなあとは思うが、けれど実際のところ、この状況でシャルに何か掴んでもらうしかないので、もうしばらく放置することにする。

 

「…………他に何か、考える必要あるかなあ」

 

 呟きつつ、半泣きで引き下がろうとしても足が一歩も動かない様子のシャルを見ていた。

 

 

 * * *

 

 

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ

 

 食べる、食べる、食べる、食べる、食べる、食べる。

 

 リサイクル、リサイクル、リサイクル、リサイクル、リサイクル。

 

「…………自分でやらしといてなんだが、凄い光景だな」

「あむあむ…………ん? あ、トレーナーじゃん」

 

 一心不乱にオレンのみを齧ってはリサイクルで戻していくチークに声をかけると、チークはこちらを見て笑った。

 シャルがあわあわしている場所から少し離れた場所、そこにレジャーシートのようなものを広げて、その上に大量のオレンのみが転がっていた。

 

「ふう…………お腹いっぱい。ちょっとイナズマ連れて外走り回ってこようかなあ」

「イナズマは別の訓練してるからちょっと待て」

「なあに、一緒になって走ればいいのサ」

 キシシシ、と笑う少女に、まあ好きにすればいいと告げ。

「その前に、少しここ片づけるか」

「んじゃあ、アチキはイナズマのところに」

 こそりこそりと場を去ろうとしたチークの襟を掴み。

「お前も一緒にやれ」

 

 この後二人でめっちゃ掃除した。

 

 

 * * *

 

 

 じじ、じじじ、ばちちちちちちち

 イナズマの全身から電気が溢れる。

 

 “じゅうでん”

 

 そしてそこから。

 

 “こうそくいどう”

 

 『すばやさ』を上げるわざを積んで。

 こてり…………と、イナズマが倒れる。

 

「む、難しい…………ど、どうすれば」

 

 起き上がり、困ったように首を傾げる。

「お、やってるな」

「あ、マスター…………と、ちーちゃんも」

「やっほー」

 手を上げ、挨拶するとイナズマが笑みを浮かべる。

 シャルやチークのいた場所ともさらに少し離れた場所。

 二人がそれほど場所を使わない分、イナズマが一番場所を広く使っていた。

 

「あの、マスター…………やっぱり難しいですよこれ」

 

 困ったような表情をする、イナズマに。

「まあ分かるとは言わないが、多分慣れだと思うぞ、まだ時間はあるから、頑張ってみてくれ」

 月並みな台詞だなあ、とは思うが、さすがにポケモンの感覚なんて分かるはずも無い。

 自分には指先から放電することも、空を飛ぶことも、氷を生み出すことも、影を操ることもできないのだ。

 

 だからこそ、ポケモン自身が掴むしかないのだ、その感覚を。

 

「手探りなのは分かってるが、それができたらお前らはもっと強くなれる」

 

 それだけは。

 

()()()()()()()

 

 だから、頑張ってみてくれないか?

 

 そう問う自身に、イナズマは。

 

「分かりました、マスター」

 

 柔らかな笑みを浮かべ、そう答えた。

 

 

 * * *

 

 

 ぱしゃぱしゃ、と水が跳ねる音が聞こえる。

 

「…………はあ~、気持ちいいね~」

 

 自宅の庭でプールに身を沈ませながら心地よさそうに呟くのが、リップル。

「ホントお前、何のためにやらせてるのか分かってる?」

「分かってる分かってる~」

 ホントかなあこいつ、と思いつつ。

 

「んふふ~…………マスターもリップルと一緒に入るぅ~?」

 

 楽しそうにそう誘ってくるリップルに。

 

「お前と入ると抱き枕にされた挙句に全身滑らされるから嫌だよ」

 

 呆れつつ、呟いた。

 

 

 




そろそろ全員分の裏特性をちょっとずつばらしていきたいところ。



ところで裏特性に続く新システム『特技』が実装されます。
と言うかすでに軽く出ているのをちゃんとシステム的に作り直すって感じですけど。


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戦って飯食って寝てまた戦うのが原作的トレーナーの日常

 

 

「こいつも持ってないなあ」

 

 段々と面倒になってきたなあ、と思いつつ、それでも作業は止めない。

 いや、これを作業と呼ぶのはかなり厳しいものがあるのだが。

 

「さすがにちょっと可哀想になってきたんだけど」

 

 エアがジト目でこちらを見ながら呟くが、ダメダメと呟いて続行を宣言する。

 

 ダメージを与えて気絶させただけ、別に殺したわけでも無いし、そのうち回復するだろうが、それでも海の上にペリッパーの大群がぷかぷかと浮いている光景は中々に壮絶だと思う。

 ペリッパーだけではない、あまいミツに吸い寄せられてやってきた大量のポケモンたちが目を回し海に浮かんでいる光景は一種地獄絵図だった。

 

「キバニアが来たら全員狩られるわね」

「まあそこは自然の掟、と言うことで」

 

 ゲーム時代確率は5%と言う割りにサーチャーのお蔭でけっこう簡単に手に入ったイメージがあるのだが、現実ではそうもいかないらしい。

 

 何が、と言われれば。

 

 廃人御用達し、最早厳選作業、努力値振り作業の後の最後のレベリングには必須と言われるチートアイテム。

 

「出ないなあ…………しあわせタマゴ」

 

 つまりそういうことだ。

 

 

 * * *

 

 

 オメガルビ―・アルファサファイアから新しく追加されたシステムで、“揺れる草むら”と言うのがある。

 まあ別にこれは草むらに限ったわけではないのだが、とにかくランダムエンカウントでポケモンが出現するフィールドである程度歩いていると、ポケモンのシンボルが出現する。

 歩き方も忍び足、と言うのが実装されており、忍び足でゆっくりとシンボルに近づき、接触するとエンカウント。

 

 そこで出てくるポケモンは、タマゴわざを覚えていたり、V個体が確定したり、夢特性を所持していたり、レベルが高かったりと通常とは違う特殊なポケモンが出てくる。

 

 この方法でしか出会えないポケモンもいたりして、まあオメガルビ―・アルファサファイアの特徴的な機能の一つと言える。

 

 ポケモンサーチと呼ばれるこの機能を使うと、出現したシンボルが何のポケモンなのか、今何レベルなのか、タマゴわざを覚えているか、V個体はあるか、特性は何か。

 

 どんなどうぐをもっているか、そんなことまで戦う前に分かってしまう。

 

 しかもシステム仕様に連鎖機能と言うのがあって、シンボル化したポケモンを逃すことなく接触し、倒すか捕獲するかすると連鎖が始まる。

 連鎖が始まった時の特徴として、サーチ機能が非常に高確率で成功する、と言うのがある。

 

 つまり虫よけスプレーなどを使えば、連続して同じポケモンとだけ戦い続けることが可能となるのだ。

 

 つまり何が言いたいかと言えば。

 

 この機能を使えばゲーム時代、ポケモンがたった5%程度の確率でしか持っていない貴重な道具をかなり簡単に入手することができたのだ。

 と言うか割と乱数次第でぽこぽこ低確率のはずの道具が出てくるので、そこまで確率を意識せずとも集めることができたりする。出ない人はとことん出ないが。

 

「だから簡単だと思ったんだけどなあ」

 

 しあわせタマゴ。

 

 オメガルビー・アルファサファイアを準拠としたこの世界だと、ペリッパーと言うペリカンを模したポケモンが低確率で持っている。実際、それでゲットしたトレーナーも確かにいるようだ。

 ただかなり確率が低いので、基本的に貴重品扱いであり、持っているトレーナーはかなり少ない。

 

 因みにだが、この世界。こう言ったゲームでは自分で入手するしかないどうぐも実際にはけっこう売っていたりする。

 トレーナーと言うのは実はけっこう金が溜まる職業だ。ゲーム時代には無かったが、この世界でポケモンバトルはトレーナーにとっては真剣勝負であり、それを見る側からすれば娯楽のようなものだ。

 故にそれを利用して商業をするものはいる。

 なのでこの世界ではポケモンバトルの大会と言うのはあちらこちらで年中ちょこちょこあったりする。

 そう言った大会で優勝すると百万単位の金が転がり込んだりするし、そうでなくともいい成績を残せば企業がスポンサーとなってくれたりする。

 

 ポケモンはある意味人間の隣人であり、人類とこの世界を二分している存在だ。

 どうあっても人間の商売とポケモンの関係は切り離せないものであり、そうである以上、ポケモンを使って戦うことを専門とするポケモントレーナーと言うのは実際、色々な場面で重宝する。

 そうでなくとも、自社の名を背負ったトレーナーが活躍すればそれだけその会社の名も高まる。

 

 ポケモンバトルと商売、そして人間社会と経済は割と密接に繋がっていたりする。

 

 だから、ゲームだと手に入らなかった品も、普通に売られている…………割高で。

 

 しあわせタマゴ級の品となると数百万はくだらないだろう。

 それは勿論トレーナーの中でも下のほうや中堅程度では手の届く値段ではない。

 だがトレーナーの中でもそう言った大会で優勝できるトップを走る勢は基本的に金を持っている連中からすれば、例え数百万払ってでも欲しい一品であり、それを払えるだけの金がある連中でもある。

 こうしてトップオブトップのブルジョワジーを対象にした高額商品の売買と言う商売が成り立つ。

 

 そしてだからこそ、それを専門とするトレーナーと言うのも成り立つ。

 先の例を言えば、ペリッパーを探し捕まえ、しあわせタマゴを持っていればそれだけで数百万の大金が転がり込んでくる。故にそう言ったポケモンが持っている貴重などうぐを探しだすことを専門とするトレーナー…………と言うかむしろもうハンターみたいな人たちもいる。

 

 と言うか自身が今やっているのはむしろそれだろう、と思う。

 

「うーん…………もうちょっとだけ粘ってダメなら、今日はもう戻ろうか」

「そうね…………さすがにちょっと疲れたわ」

 

 そんなエアの言葉に、ふむ、と顎に手を当てて数秒思考し。

 

「やっぱり負担大きい?」

「負担…………て言うほどじゃいわね、でもやっぱり一々気を使わないといけないし」

 

 ふわり、と浮き上がり…………その場でくるくると回転する。

 

「あ、来た…………エア、頼んだ」

「はいはい…………次こそあるといいわね」

 

 瞬間、エアがその身を回転させながら空へと飛びあがっていく。

 その眼下には、ふよふよと海の上を飛ぶペリッパーの姿。

 

 そしてペリッパーが海に浮かぶ気絶した仲間たちに気づき、一瞬、動きを止めた瞬間。

 

 “そらをとぶ”

 

 エアが急降下、一瞬のうちにペリッパーに迫り、すれ違い様にペリッパーへと一撃当てる。

 

 跳ね飛ばされるようにペリッパーが空を舞い、どぼん、と海に落ち、そのまま浮かび上がって来る。

 

「…………完全に通り魔だね、これ」

「やらしてるのアンタじゃない」

 

 いつの間にか戻ってきたエアが、自身の呟きに返してくる。

 だが先ほどまでと違い、その手には小さな卵のようなものが握られている。

 

「ほら、これじゃないの?」

「おお! これだよ、これ!!」

 

 ポケモンの卵とは違い、何の模様も無い真っ白な卵。

 以前どうぐ図鑑で見た“しあわせタマゴ”そのものである。

 

「ようやく見つけれたね」

「ホント苦労したわ」

「まあまあ、良いレベリングになったでしょ?」

 

 ふん、とそっぽを向くエアを他所に、手の中のしあわせタマゴを見る。

 これ一つで数百万。

 

「エア」

「何よ?」

「もう一個くらい見つけない?」

「いい加減にしなさい」

 

 そのまま襟元掴まれたまま強制帰還された。

 

 欲張り、ダメ、絶対。

 

 

 * * *

 

 

 ゲーム時代もそうだったが、現実でも共通していることとして。

 

 野生のポケモンを倒すよりも、トレーナーのポケモンと戦ったほうが得られる経験値は多い。

 

 故に、101番道路、102番道路、104番道路など近場で行けるところにパーティを連れて赴き、片っ端からトレーナーに戦いを仕掛け、仕掛け、仕掛け、仕掛け、仕掛け。

 

「ハルト」

 

 マイファザーからお呼び出しがかかりましたとさ。

 

「はい、父さん」

 

 何と言ったものか、と頭を悩ますパパっちだったが、しばし目を瞑り、やがて開く。

 頭の中で思考をまとめたようで、先ほどよりも落ち着いた様子で口を開いた。

 

「この辺りのトレーナーたちを狩りつくしている子供、と言うのはお前のことか?」

「別に歩いてたら向こうがバトル仕掛けてくるから戦ってるだけですが?」

 

 何か? と言った自身の様子に、父さんが深く悩まし気なため息を吐く。

 

「子供がむしポケモンを捕まえてトレーナーの真似事をすることは…………まあよくあるからいいとしてだ、見た目で格下と侮った連中も悪いが、それでもやり過ぎだ。ジム戦予定がいきなり無くなったから何事かと思ったら、全員が全員、五、六歳くらいのヒトガタを使う子供にぼこぼこに叩きのめされて自信を無くしたと言っていたぞ」

「別にこっちはエアしか出してないのに…………」

 

 因みにわざを含め、今改良中なので以前とは大分違っている。

 その調整のような面も含めて、色々と試していたのだが。

 

「ハルト」

「はい」

「ポケモンバトルがしたいのか?」

「まあ有り体に言えばそうです、はい」

 

 数秒父さんが考え込み。

 やがて、口を開く。

 

「明日からうちのジムに来い」

「え…………?」

「俺は忙しいからできないが、ジムのやつらに手が空いた時に相手をするように言っておいてやる」

「…………いいの?」

 それはそこそこ職権乱用のような気もするのだが。

「少なくとも、お前の実力はある程度知っている、ジムトレーナーたちにとっても良い相手になるだろうし、それに何より…………これ以上ジムに誰も来なくなるとそれはそれで困る」

 

 ジムはあくまで通過点、誰も通らない通過点に意味など無いのだから。

 

「…………………………」

「まあ負けた程度で怖気づくようなら、それまでと言ってしまえばそれまでだ。だが無意味に追い払う必要も無い。それに、俺に勝つことで才能を芽吹かせるトレーナーだっているかもしれん」

 

 故にジムリーダーは戦い、そして負けることこそが大切なんだ。

 

 今初めて、現実の…………ジムリーダーとしての父親を見たような気がした。

 

 設定でだけは知っていたはずの誰か、今は自身の父親であるはずの人。

 

 でも、今は。

 

 今だけは。

 

「そう言う考え方、かっこいいね、父さん」

 

 ジムリーダーセンリがそこにいた。

 

「…………そうかあ? いやあ、照れるなあ」

 

 一瞬で消え去ったけど。

 

 やはり親馬鹿…………どうしようも無いくらいに、子供にデレデレである。

 

 

 * * *

 

 

 ゲームにおけるトウカシティジムは、五番目に戦うジムである。

 

 ゲームではストーリーの展開上、どうやってもそれ以前にも、それ以降にも戦えない場所であり、ジムトレーナーとも、ジムリーダーとも戦えるのはその一度だけだった。

 

 けれども、現実ではそんなことは無い。

 

 まあ普通のトレーナーがすでにバッジを取ったジムでまた戦うのは難しいものがある、ジムには毎日のように挑戦者が来るのだ、一人のトレーナーにばかりかまけていられない。

 だから普通は…………無いのだ。

 

 自分のように、ジムに対してコネでも無ければ、だが。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしくお願いするよ」

 

 各ジムと言うのはそれぞれ特色を生かした内装をしているが、トウカジムはノーマルタイプ。故に普通に道場風の部屋作りとなっている。

 ただ一つの部屋につき二つの出口があり、それぞれ別々のトレーナーがその先で待ち構えている、と言った感じである。

 

 板張りの床がぎしり、ぎしりと鳴って、自身としては前世の学校の体育館を思い出す。

 少しだけそれを懐かしいと感じながら、ボールを取りだす。

 

 端の一室を丸々借りて、朝からずっとこうしてバトルをしている。

 

「行け、エア」

「行くんだ、オドシシ!」

 

 互いにポケモンを繰り出す。

 

「エア、そらをとぶ!」

「オドシシ、とっしん!」

 

 互い全力で戦い。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、お願いするよ」

 

 勝ち、次の相手と戦い。

 

「エア」

「プクリン!」

 

 勝ち、次の相手と戦い。

 

「エア」

「メタモン!」

 

 勝ち、次の相手と戦い。

 

「エア」

「ラッキー!」

 

 そうして半日ずっと戦い続けていれば。

 

「中々いい経験値になったな」

「さすがに、疲れたわよ…………」

 

 さしものエアもへとへとになり果て、ぐったりとした様子で道場に座り込む。

 

「まあ、明日からしばらくエアはお休みだよ」

「ん? どういうこと?」

「とりあえず、エアは良いところまで上がったからね、次はシアだよ」

 

 図鑑アプリを使ってエアの情報を調べる。

 

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【76】

 能力:☆☆☆

 

 

 元々、りゅうせいのたきでボーマンダを倒した時点で25かそこらにはなっていた、その後もチークやイナズマとの激戦に加え、親父殿とのタイマンバトルの後からはちょくちょくレベリングや裏特性のための訓練をしていたし、いつぞやのマグマ団との戦いに、過日にはペリッパーを大量に狩ったし、さらに先日までは近場のトレーナーと片っ端から戦い、挙句今日は一日中エアを使って戦っていたのだ、こうもなる、と言うものである。

 

 他五匹もレベリングをしてはいるが、まだ全員四十程度と考えると、やはりエアだけ頭一つ飛びぬけている。

 

 まあ多分大丈夫だろう。

 

 エアに持たせた“しあわせタマゴ”の存在を思い、口元を釣り上げる。

 

 努力値を考える必要のない、あとはもうレベリングだけの状況だ、後は“しあわせタマゴ”を持たせて戦って戦って戦い続ければ年内に全員のレベリングを終えることだって夢じゃないかもしれない。

 

 それが終わったのならば…………。

 

「…………本格的に裏特性…………極めないとね」

 

 呟く言葉は、けれど誰の耳にも届かず、虚空へと消えた。

 

 

 




と言うわけでチートアイテム確保。

ちょっとだけ解説。


あまいミツ:使うと群れバトルと言う野生のポケモンが一度に5体出てくるバトルが起こる。“あまいかおり”でも同じことができる。主に努力値振りに使われる。
ゲームでは場所によって群れバトルで出てくるポケモンの種類が決まっていたが、現実ならばかなり無作為にポケモンを呼ぶことがきる。

しあわせタマゴ:持たせたポケモンが戦闘で得られる経験値が1・5倍になると言う廃人御用達しのチートアイテム。これがあるかないかで、レベリング作業のマゾさがまるで違ってくる。

経験値差:野生のポケモンよりトレーナーのポケモンのほうが同じポケモンでも経験値が高くなる。理由は良く知らないが、この世界だとトレーナーの戦術通りに戦うポケモンと戦ったほうが野生の本能のままに戦うポケモンより、より多くの経験を積むことができるから、と思ってる。

そらをとぶ:極めたらガリョウテンセイにならねえかなあ、とか思ってる。エアちゃんにガリョウテンセイを覚えさせたいだけの人生だった。でも最終的にスカイスキンに効果乗らない分、すてみタックルのほうが強い人生だった。悲しみに彩られた人生。

トレーナー狩り:六歳児に負けたらそりゃ泣く。というか実機で考えれば、まだ序盤で道端の短パンこぞうがいきなりボーマンダとかグレイシア、シャンデラ使って殺しに来ると考えれば…………しかもその短パンこぞうが毎日移動してると考えれば。
恐らくプレイヤー全員クソゲーと叫ぶ。

ぱっぽまじぱっぱ:アニメでも原作でもかっこいい男の中の男センリ。サカキさんも嫌いじゃないけど、調べてもっと好きになったパッパである。

エアちゃんLv76:しあわせタマゴは強かった…………あと、ジムでポケセンでPP回復しつつ二十人かそこら相手してたらそりゃレベルも上がる。しかも上位のほうは普通にレベル50,60出してくるし。


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ガチトレーナーの手持ちはブラック企業

「ハルト、少し休まないか?」

 

 ある日、父さんが自身にそう言った。

 

「…………ん、じゃあちょっと休憩しよっか」

 朝からずっとバトルしてるし、リップルも少し疲れている様子なのでポケモンセンターに行って、一、二時間くらい休憩を挟んでまた昼から…………。

 

「いや、そうではなくてだな」

 

 どこか呆れたような表情で父さんがため息を一つ。

 

「あのな、俺がお前にここに来るように言ってからどれだけの時間が経ったと思う?」

「え? えーっと、あれがあの日でこれがこの日で…………」

 

 指を折りながら日を追っていき。

 

「だいたい一か月くらい?」

 

 一日一匹のレベリングを六人一サイクルでこれが五週目だからそのくらいのはず。

 

「そうだ、一か月だ…………毎日毎日ジムに来て、一日中バトル。母さんは好きなようにさせてあげればいいと言うが、さすがに俺も黙っていられん」

 

 そうか、もう一か月にもなるのか、としみじみ。

「そうじゃないだろ…………どこで育て方を間違ってしまったんだ」

「割と昔からこんなもんじゃなかったっけ…………?」

 問われ、父さんが数秒思考し。

「それもそうだな」

 納得したように頷く。

「あはは、そうだよね」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、そういうことで」

「ダメに決まってるだろ」

 さっさと退散しようとした自身の肩を掴んで、引き止める。

 

「毎日バトル、バトル、バトル。子供のころからそれじゃあ、ダメだ。少しは外で遊んでこい」

「えー…………」

「駄々捏ねても駄目だ、人の親として許さん」

「うーん…………そうだねえ」

 

 一か月も毎日戦いっぱなし、と言っても毎日一人ずつなので一度やると五日は暇ができるのだが、その暇も訓練させて費やしているし、確かに余り遊ばせていなかったかもしれない。

 

「それに」

 

 ふと父さんが声音を変えて言う。

 

「最近ハルトが余り家にいないと、母さんが寂しそうだしな」

「う…………それは」

 

 母親を楯に取るとか、酷い…………いや、酷いのは今の自分の生活なんだろうけれど。

 

 確かに、そろそろ頃合いと言えば頃合いである。

 

 毎日毎日戦っているが、こちらのレベルの伸びは良くとも、向こうはそうではない。毎日戦っていても、相手をころころと変えているため一人辺りの戦う時間が短い。自身だけが常に戦っているような状況である。

 

 当初最高レベルが50代、60代だった彼らもいつの間にか70代となっている。

 だがこちらはすでに全員が80レベルを超え、ここのジムでは伸びしろのようなものが見えなくなってきているのも事実だ。

 

 実機だった時と違って、この世界で厄介なのは。

 

 レベル差で経験値に補正がかかってしまうことだろう。

 

 要するに、自分より格上の相手と戦っても、レベル差があると経験値獲得量に減算がかかってしまう。

 つまり、自分と同じか格下でも…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言う条件でないと、ろくに経験値が溜まらないのだ。

 

 僅かにならば経験値はある、微量程度だが塵も積もれば山になる、かもしれない。

 だが効率を考えるならば悪すぎる、の一言に尽きる。

 

 そう考えれば、そろそろ潮時と言えるのかもしれない。

 

 100には届かずとも、それでも相当な高レベルなのは確かだし、この世界のトップクラスは割と100レベルがごろごろといるのであまりレベルを過信してはならないが、それでもまだ時間はある、あとはゆっくりと上げていけばいい。

 

 そうなれば、そろそろ次の段階へと移るべきだろう。

 

 そして、その前に一旦全員を休ませるのも良いかもしれない。

 

「そうだね…………次何をするかはともかく、一度休ませてあげようかな」

「お前も、だぞ…………ハルト」

「はいはい…………分かってるよ、父さん」

 

 苦笑しながら頷いた。

 

 

 * * *

 

 

「あ、ハルトくん、おはよー!」

「おや、ハルトくん、おはよう」

「おはよーハルカちゃん、おはようございます、博士」

 翌日、研究所に行くと、ハルカと博士がいた。

「今日はどうしたんだい?」

「一緒にフィールドワーク行く?」

「行かない行かない、実は三日くらいミナモシティに行くことになったんで、お誘いしにきまして」

「ミナモシティ?」

「ミナモシティ!」

 疑問形なのが博士で、感嘆符ついてるのがハルカである。

「最近ちょっとジムに通ってばっかりなので父さんがたまには休めって」

「「…………ああ~」」

 二人して納得したように頷かれた。

 それほど酷かったのだろうか、自分。

 

「それで、父さんがカイナから出る船のチケットを予約して」

 

 因みにゲームでもちゃんとあります、殿堂入りしないと使えないけど。

 

「折角だし、久しぶりに家族三人で旅行行こうと言うことになって、だったらお隣さんも誘ってみたらどうだろうと誰からとも無く言い始めて」

 

 それで、自分が誘いに来ました。

 

 そんな自身の言葉にオダマキ博士が少し考え、ハルカがぱぁっと目を輝かせた。

「お父さん、あたしちょっと行ってみたい」

 そんなハルカの言葉に、博士が苦笑いして。

「仕方ないなあ…………そうだね、私たちもたまにはいいかもしれないね、少し予定を確認してセンリくんと話を合わせておくよ」

 

 そんな博士の言葉に、やった、と拳を握るハルカが印象的だった。

 

「あ、それと、だね…………ハルトくん」

 

 用事も終わったのだし、研究所からさあ帰ろうか、とその時。

 

 オダマキ博士が自身を呼び止める、何事かと振り返り。

 

「例の物、もうすぐ用意できそうだよ」

 

 その言葉に、ぱぁ、と顔を輝かせた。

 

 

 * * *

 

 

 ゲームだと“そらをとぶ”などのわざは旅をするトレーナーだけが使用していた。

 だが当たりまえだが、街と街を繋ぐ街道の道が自然そのままのこの世界でまともな自動車など早々普及するはずも無いし、船も特定の街にしか港が無い以上。

 

 ポケモンを使った航空手段などと言う便利なものが商売に絡まないはずも無い。

 

 空が降り注いできたのかと一瞬思ってしまった。

 

 青い体とそれを包み込むような白い綿毛。

 

 通常が1mほどのサイズの種族にも関わらずその巨体はどう見積もっても10mは優に超す。

 

「…………でっか」

 

 通常種の10倍以上のサイズのチルタリスが空を舞って降りてきた。

 

「はーい、チルタリス便をご利用くださりありがとうございます、お客様の騎乗を確認したら飛びますので、ゆっくり安全に騎乗くださいねー」

 

 チルタリスの頭に乗ったトレーナーらしき男性がそう告げると、チルタリスが体を揺さぶり、背中からころころと縄梯子が降りてくる。器用なものである。

 そのままチルタリスが膝を折ると、その巨体が一気に地上へと近づく。背中まで2,3mくらいだろうか。これくらいならまあ普通に登れそうだなあ、と言う高さ。

 

「よし、では行くか、ハルト、落ちるなよ? ハルカちゃんも、気をつけてね」

「あらあら、この歳になってまさかこんな体験できるなんてね」

「はいはい、分かってるって…………まあ落ちそうな人がいたらエアに助けてもらうよ、いざって時はよろしくね?」

「いいからさっさと乗りなさいよ…………全員乗ったら私も上に行くわ」

「うわーすごいすごいすごい、凄いよお父さん!」

「本当に、これは見事なものだね! 是非研究してみたい」

「もう二人とも、今日くらい研究のことから頭を離しなさいよ、全く」

 

 それぞれがそれぞれの個性を出しながらチルタリスに上って行き、最後にエアが全員昇ったことを確認して飛びあがって来る。

「おかえり、それとお疲れ…………飛行中はちょっと入っててね」

「はいはい、了解よ」

 相変わらず腕組んで偉そうな幼女だが、ちゃんとこちらの言うことを聞いてくれるので、その程度は別に良いだろうと思う。

 背中には鞍と座席のようなものがあって、なんだかジェットコースターか何か乗っているようなドキドキした気分だったのは自分だけではないようで、他のみんなもいつもより少しだけテンション高く、はしゃいでいた。

 そうこうしている内に、トレーナーが確認を終えたのか、チルタリスの頭の上から。

 

「はい、それでは皆様騎乗されたようですので、これよりチルタリス便、出発いたします」

 

 そう告げると。

 

 チルタリスが立ち上がる。

 

 ぐんぐんと遠くなる地上の景色に驚きながら。

 

「それでは、カイナシティに向けて出発です」

 

 ぐん、とチルタリスが羽ばたくと、風が巻き起こり、その巨体が一気に上昇する。

 ぶん、ぶんと羽ばたく度にさらに地上が遠のき。

 

「それでは、良い空の旅を」

 

 その言葉と共に、チルタリスが空を舞った。

 

 

 * * *

 

 

「やっぱ、今からヒワマキシティいってこようかなあ」

「止めんか、バカモン」

 空を飛ぶ感覚っていいなあ、なんて想いながらふと呟いた一言だったが、目ざとく…………耳ざとく? それを聞きつけた父さんによって邪魔される。

「あはは、ハルトくんは活動的だよねー?」

「あはは、ハルカちゃんには言われたくないなー?」

 笑顔で告げるハルカに思わず笑顔で返す。

「キミたち仲が良いね」

 そんな自身とハルカを見て博士が笑う。

 

 カイナシティは以前一度だけ来たことがある。

 

「相変わらずおっきな街だねえ」

 カイナ、ミナモはホウエンで数少ない港がある街だ。

 ホウエンの経済の中心と言ってもいいかもしれない。

 純粋な商業で言えばキンセツ、カイナは研究、ミナモは観光方面にやや傾いているが、それでも人や物が集まるホウエンでも指折りの都市であることには間違い無い。

ゲームも広さはあっても、建物が少なくどうにも余白が多い印象だったが、現実ではその余白を次々とマンションやビルが埋めていって、前世の東京にも似た街並みを呈している。まああれほどの大都会と比べるには、自然が多すぎる気もするが、その辺りはホウエンならではと言ったところか。

 

「アナタ、船の時間、大丈夫?」

「ああ、まだ二時間くらいは余裕があるしな、みんなで何か食べて行こうか?」

 

 時刻は午前十一時半と言ったところか。確かにそろそろお腹が空いてきた時間帯でもある、子供の体は意外と燃費が悪い、成長に栄養を取られるからだろうか。しかも若さか消化は早いので、すぐにお腹が空く。

 何か食べるか、なんて尋ねられれば、思わず腹の音が鳴る。

 

「ちょっとお腹空いたかな」

「みたいだな…………何かその辺で食べようか」

 

 くすり、と父さんと母さん、それにオダマキ家の面々も笑い、近くの喫茶店へと入る。

 と、その時。

 

「ん…………?」

 

 視界の端に、何か赤いものが見えた…………気がした。

 

「どうした、ハルト?」

「え…………いや…………気のせい、かな?」

 

 どこかで見覚えがあるような気がしたのだが。

 

 まあ多分気のせいだろう。

 

 この時はそう片づけてしまった。

 

 それが気のせいではないと気づいたのは、ミナモについてからだったのだが。

 

 

 * * *

 

 

 船。豪華客船、とは言わないが、まあ一般人が気軽に乗れるフェリーのような類ではないのは確かだ。

『本日も旅客船タイタニック号にご乗船くださり、まことにありがとうございます。この船はカイナシティ発、ミナモ行き。乗船時間は八時間を予定しております』

「この船沈まないかな、大丈夫?」

「一体何を言ってるんだ? 沈むわけないだろう?」

「はっはっは、ハルトくんは時々よく分からないことを言うね」

 なんてやり取りをしながら、船に乗る。

 家族ごとに部屋を取ったらしく、それなりに広い部屋の中にベッドが三つ。

 けっこう行き来に時間がかかるので、船内で眠ることもできるらしい。

 

「それで、ハルトは…………」

「あーうん、この子たちに何か食べさせてくるよ」

 

 呟きつつ、腰のボールを次々と外して、中のポケモンたちを出す。

 

「お腹空いたわ」

「もう、エアってば…………すみません、マスター」

「あうう…………ボクもお腹ペコペコです、ご主人様ぁ」

「カリカリカリ…………カリカリカリ…………」

「ちーちゃん、無言でオレンのみを齧り続けるのやめようよ、お腹空いたのは分かったから」

「んふふ~何か美味しいものあるかなあ~、リップルは楽しみだよ」

「ホント濃いわね…………アンタの手持ち、私も行っていいの?」

 

 上からエア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル、ルージュである。

 

 因みにだが、トレーナーは別に連れて歩けるポケモンの数は6体だなんて制限は無い。持てるならいくらでも持っていい。ただし、トレーナー同士でバトルする時に使えるポケモンの数が最大6体と言うだけの話だ。

 以前にエア、シア、シャルとは割とよく話したので、これを機にチーク、イナズマ、リップル、ルージュとも時間を取って話をしてもいいかもしれない、なんて想いながら。

 

「いつの間にか、増えたなあ…………本当に」

 

 遠い目をしながらこちらを見る父さんと。

 

「あらあら…………女の子ばっかり、やるわね、ハルちゃん」

 

 楽しそうにこちらを見つめる母さんに。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 一言挨拶して、喫茶店で常時自分たちにも食わせろとボールを揺らしてきた食いしん坊たちを連れ、部屋を出た。

 

 




この旅行が終わったら一応二章は終了。

ついに三章突入予定。

ただし三章が12歳とは限らないが(


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わんぱく少女のせんちめんたる

「なんでもいい…………いちばんになりたいのサ」

 寂しそうに、少女がそう言った。

 

 

 船、と言われると初代ポケモンのサントアンヌ号を思い出すが、まあこう言うたくさんの客を乗せる船ではよくあるパターンだが、船の中でトレーナー同士が戦闘していたりする。

 

 ゲームでは良く、個室で突如戦闘が始まったりしていたが、現実にはそんなことあるはずがない。と言うか割り当てられた自分の個室以外を行き来するなど、普通はしない。

 

 だからトレーナー同士が戦うことのできる専用のルームが船内にはある。ポケモンと言う人の隣人がいるこの世界ならでは、と言った文化だろう。

「おー、やってるね」

 バトルルームと銘打たれた部屋は、バトルができるようにとかなりの広さがあり、廊下や隣室からでもガラス張りによってバトルの様子を見ることができるようになっていた。

 

 因みに隣室はレストランだ。食事をしながらバトルを見物できるとあって、割と人気はあるらしい。

 自身を入れて八席、確保するのに苦労した。主に待ち時間の間、エアを抑える意味で。

 

 全員が己々好きな料理を注文し、ウェイターが下がって行くと、視線をガラス張りの向こう側へと向ける。

「見た事の無いポケモンですね」

 紫色の体を持つ翼膜のついたサソリのようなポケモンを指してシアが呟く。

「あれはグライガーだね」

 そのポケモンの名…………グライガーのことを告げると、シアが珍しそうに目を瞬かせた。

 

「じゃああっちは?」

 別の場所で行われているバトルをエアが指さしたのは、そのうちの片方…………腹巻巻いたオッサンみたいなウサギっぽいポケモン。

「ホルードだなあ…………けっこう強いよ、ちゃんと育てれば」

 XYシリーズだと割と序盤に普通に進化前のホルビーと言うのがいるのだが、特性“ちからもち”があるので攻撃に回してもかなり強い、じめん版マリルリみたいなポケモンだ。

 特に『ぶつりわざ』の威力を2倍にする特性“ちからもち”、そして『じめん』タイプと言うこともあり、タイプ一致で放つ“じしん”がとにかく強力だ。他にも“じしん”の通用しないひこうタイプなどを相手に“いわなだれ”や、威力が高い“ばかぢから”なども覚える。他にも『ノーマル』タイプもあるので“おんがえし”の威力が跳ね上がったり、“つるぎのまい”や“こうそくいどう”も覚えるので、物理アタッカーとしては中々に優秀だ。

 

 ただ問題が一つあるとすれば“ちからもち”は夢特性なので普通に草むらを歩いているだけでは出ないことだろうか。

 ヤヤコマと言い、ホルビーと言い、XYの序盤に出てくるポケモンはどうして夢特性があんなに強いのだろうか。

 

 まあそれは置いといて。

 自身説明にエアが納得したように、ふーん、と呟き。

 

「ねえトレーナー」

 ふと、チークがバトルの…………とある一点を凝視しながら呟く。

「…………なら、あれは?」

 そうして、チークの視線の先を見て。

 

 小型洗濯機に目がついたようなそのポケモンを見て答える。

 

「ああ、あれか…………珍しいな、ホウエンで持ってるトレーナーがいるなんて」

 

 有名、と言えばかなり有名だろう、少なくとも対戦していれば絶対に一度以上は目にするはずだ。

 受け、起点作りとしてこれ以上ないくらいに便利なそのポケモンの名は。

 

()()()だよ」

 

 

 * * *

 

 食事を終え、船内で各自自由にしていいぞ、と言うと真っ先に飛び出していったのがチーク。それから風を浴びてくると甲板へ向かったのがエアで、シア、シャル、イナズマ、リップルは部屋にいるらしい。

 では自身も部屋に戻るか、と考え。

 

 ふと、気づく。

 

「あれ…………? 財布どこやった?」

 いつの間にかポケットに入れていたはずの財布が消えていた。

 レストランで料金を払ったところまでは覚えているのだが…………。

「困ったなあ、あれけっこうお金入ってるから探さないと」

 以前のレベリングでトレーナーを大虐さ…………バトルをしまくった副産物として賞金もけっこうもらっていたので、六歳児としては破格の重さを誇る財布である。

 正直、ミナモで買いたいものもあるので、失くなったのはさすがに困る。

「…………探そっか」

 呟き、元来た道を帰ろうとして。

 

「へーいへーい♪ デデデ♪ デデンネ~♪」

 

 進行方向から調子っぱずれな歌が聞こえてきた。

 

「アチキは~可愛い可愛いデデンネさ~♪」

 

 一体誰が、なんて思う間も無く自分から正体を歌に乗せて全方向に乗せてバラしていっているバカに思わず額を抑える。

 

「ぷりてぃ~ぷりてぃ~デデンネちゃーん♪」

「おい、チーク」

 

 やってきた少女に思わず声をかけると、少女、チークがこちらに気づいて、にかっと笑う。

 

「おー、トレーナーじゃないさネ」

「おーじゃねえよ…………別に隠せ、とは言わんが、余りヒトガタであること吹聴するなよ」

「シッシッシッシ、こりゃ失敬」

 ぺちり、と自身の額に手を当てて笑うチークに、思わずため息を吐く。

 

「トレーナーはこれから部屋に戻るところかイ?」

「そう思ってたんだけどな…………どうもどっかで財布失くしたみたいでな、探しにいくところだ」

 そう告げると、チークがぽん、と手を叩いて快活に笑う。

 

「猫の手、合いの手、鼠の手♪ 探し物なら私にお任せさ、トレーナー♪ まあアチキはネズミじゃーないけどネ?」

 

 ニシシシ、と笑いながらそんなことを言うチークに、頼っていいものか、と思いつつ。

「まあ、だったら頼むわ」

「シッシッシッ、お任せさネ、トレーナー」

 

 そうして二人で探すこととなった。

 

 

 * * *

 

 

 結論だけ言う、割とあっさり財布は見つかった。

 

「まさかトイレにあったとはなあ」

「ニシシシシ、トレーナーってばアチキみたいな可憐な美少女をどこに連れ込んでるのサ」

「お前が勝手についてきたんだろう」

 いくらポケモンでも見た目だけなら人間とほぼ同じなのだ、身長百前後の外見からして十にも満たない小さな少女がいきなり男子トイレにやってきたら割と誰でも驚く。

 

 ぷらーん、ぷらーんと、そのお尻から生えた尾を揺らしながらチークがご機嫌そう歌う。

「ほーらほーら♪ デッデデー♪ デデンネ~♪」

「と言うか何なんだその歌」

 そう尋ねれば、歌うのを止めて楽しそうに笑って答える。

「にひっ、アチキ作詞作曲アチキのテーマソングさ♪」

 また意味の分からないことを、と思いつつ、ぴこぴこと動くその耳に思わず目を取られる。

「んー? トレーナーに視姦されてるような気がするネ」

「人聞きの悪いこと言うな、このバカ」

 ぽかり、と自身よりも低い位置になるその頭のゲンコツを落とすと、にひひっ、と少し涙目になりながらもチークが笑う。

 

「ていうかその耳と尻尾って本物なのか?」

 

 基本的に今まで出会ったヒトガタの中で、そう言ったものが生えていたやつがいなかっただけに、少し気になった。

 

「これかい? やだなあ、ただの付け耳と尻尾だヨ?」

 

 そう言う割りに…………耳と尻尾が動揺しまくるようにピコピコ揺れている。顔は全然笑顔で、一分の動揺も見られないのに。

 耳と尻尾は感情に素直なのだろうか?

 

 なんてそんなことを考えながら、ぴこぴこと動く耳と尾を見つめていると。

 

「やだなートレーナーってばア。いくらアチキが魅力的だからってそんなに見つめないでよネ。アチキにはイナズマっていう心に決めた人がいるんだからネ」

「お前もイナズマも女だろ」

「あれ? そうだっけ? にひっ」

 

 すっ呆けたような顔で笑うチークを見て、ふと呟く。

 

「お前、いつも楽しそうだな」

 

 瞬間()()()()()()()()()()()

 

 顔は確かに同じ笑みを浮かべているのに、ほんの一瞬でそこに宿っていた感情が霧散しているように感じた。

 

「…………チーク?」

 

 思わず呼んだ少女の名に、けれどチークは答えない。

 数秒、互いに沈黙が続き…………やがて、少女が口を開く。

 

「楽しそうにしないと、溢れちゃいそうなんだよ」

 

 徐々に崩れていく笑み、そしてその後に残ったのは。

 

「酷いよトレーナー…………()()()は頑張って隠してたのに、なんてこと言うのさ」

 

 焦燥、不安、悲しみ。

 

「見ないでよ、こんな()()()、トレーナーにもみんなにも見せたくないから」

 

 様々な負の感情がない交ぜになり、けれどどれもはっきりとした形にならず、抑え込んでいる。

 

「だから」

 

 そんな。

 

()()()()

 

 苦しそうな表情。

 

 

 * * *

 

 

()()()

「っ!?」

 

 なんの躊躇いも無く、そう告げた自身に、チークが驚いた顔をしてこちらを見る。

 そんなチークを無視して、その手を取り…………抱き寄せる。

 まるでダンスとかバレーとかでやってそうな、ポーズだなあ、なんて思いながら。

 

「お前が苦しいのなら、お前が辛いのなら、お前が痛いのなら、お前が焦るなら、お前が悲しむなら」

 

 背に回した手で少女を押し、ぎゅっと胸の中に抱く。

 

「それをどうにかしてやるのが()の役目だよ…………だから、見ないフリなんてできるはずがない」

「…………………………」

「言ってみろ、言いたいことは全部、吐きだしちまえ」

 

 どうせ、ここには俺らしかいねえんだ。

 

 周囲の廊下には誰もいない。昼食時は過ぎたし、みんな部屋に戻って休んでいるか、娯楽エリアのほうへ行ってしまって、個室エリアのほうには人が少ないようだった。

 

 チークがしばらく自身の腕の中で沈黙し…………やがてその重い口を開く。

 

「さっきのロトム、覚えてる?」

「…………ああ」

「どう思った?」

「優秀な受けだな…………起点作りにも使えるし」

 

 実際その性能故に対戦では、特に6:6方式ではかなりの割合でいた。

 

「わたしは…………悔しかったよ」

 

 自分よりもよっぽど優秀で。

 

「見ていて辛かった」

 

 自分にはできないことをいともたやすくできて。

 

「苦しかった」

 

 だったら自分なんかより、あのポケモンがいたほうがよっぽどトレーナーの役に立つ。

 

 そう思ってしまったから。

 

「ロトムだけじゃないよ。今まで戦ってきたトレーナーの中に、わたしと同じ役割でわたしよりよっぽど役に立つポケモンなんていくらでもいた」

 

 でんきタイプに限らなければ、起点と受けと両方こなせるポケモンなど、割と多い。

 その中でチーク…………デデンネにあえてこだわる必要のある特筆する性能と言うのは、そう無かったりする。

 

 故に。

 

「必要性が無いことが怖い、わたしでなければならない理由が無いのが怖いよ」

 

 だってそれは。

 

「わたしよりも優秀で、同じ役割をこなせるポケモンがいれば」

 

 その時は。

 

「わたしは必要無くなる」

 

 それが怖い…………それに何よりも。

 

「そんなはずないだろ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

「お前以外を使う気なんて無いぞ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

「お前だけだよ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

 

()()()()()

 

 チークが笑う、涙を流しながら、それでも笑う。

 

「トレーナーは優しいから、だからわたしが役立たずでも使おうとする」

 

 だから怖いのだ。

 

「トレーナーの役に立てないのが怖い」

 

 そしてその結果。

 

「わたしのせいでトレーナーが負けてしまうことが…………何より怖い」

 

 優しすぎるから。

 

 こんな自分なんかにこだわって、他のもっと優秀なポケモンたちを使おうとしない。

 

 そんな優しさは、酷く辛いのだ。

 

 痛いのだ。

 

 苦しいのだ。

 

 エアはパーティのエースだ。そう自負しているし、それを誰からも認められている。

 

 シアは守りと攻撃両方を熟せる器用なやつだ、『こおり』タイプと言うのは色々な相手に刺さるので使い勝手が良い。

 

 シャルは素の火力ならパーティで一番高い、しかも回避を上げて一方的に相手を叩く戦術もある。

 

 イナズマはある程度守りを固めれるし、いざとなれば特殊アタッカーとして色々な相手を相手どれる。『でんき』タイプのアタッカーはパーティには彼女だけなので汎用性の高さから使用するトレーナーの多い『みず』タイプと有利に戦える。

 

 リップルは要塞だ。“とける”で低かった『ぼうぎょ』も補強できるし、元々の『とくぼう』の高さは飛びぬけている。ゴツゴツメットで攻撃することもなく相手を削れるし、“ねむる”で回復でもこなせる、パーティの守備の要。

 

 チークは…………どうだろう?

 高い『すばやさ』で相手をマヒさせ、あわよくば“あまえる”などで相手の攻撃力を落とし、安全に味方を戦闘に出すのが役目。

 

 けれど、実際のところ、最初の攻撃で落とされることも多い。

 

 チークの弱点タイプである『じめん』タイプは、多くの物理アタッカーが『じしん』を積んでいるので非常に色々な相手に刺されるのだ。

 『ぼうぎょ』に努力値は振られていても、それでも元々の種族値の低さを考えればどうしても耐えきれないこともある。

 

 例えばの話。

 

 これがロトムなら…………そもそも特性“ふゆう”のお蔭で“じしん”を含め全ての『じめん』タイプわざを無効化できる。

 種族値を見れば『ぼうぎょ』も『とくぼう』もチークより遥かに高く、生存率も高いし、“おにび”や“ボルトチェンジ”など便利なわざもたくさん覚える。

 何よりフォルムごとにタイプが変わると言う反則的な形態変化能力を持っており、相手が分かっているならば相手のタイプに合わせたフォルムチェンジが可能だ。

 

 だから…………このパーティの先発がチークである必要など、どこにも無い。

 

 むしろ、チークを捨てて別のポケモンを入れてしまったほうがよっぽどパーティのためになるのではないか。

 

「そんなことをずっと思ってたのか、お前」

 

 こくり、と頷くチークにため息を一つ。

 

「…………分かった、そこまで言うなら」

 

 自身のその前置きにチークがこくり、と唾を呑み込み。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………え?」

 

 言われた言葉の意味が理解できなかったのか、チークが驚きの声を上げる。

「言ったはずだぞ、頂点を目指す、と…………その時、必ずお前も連れてってやる、このパーティの先発はお前以外に居ないと、誰からも分かるように証明してやる」

「でも」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前以外のやつなんていらねえよ」

「……………………とれーなー」

 

 少女を強く抱きしめる。

 思いの丈の、百分の一でもいいから伝わればいいと、強く、強く。

 

「決めるのは俺だ、お前は俺のものだ、だからお前は俺の声だけ聞いてろ、他人の声なんて気にするな、自分の声すら気にする必要なんて無い、俺が必要だ、そう言ったんだ、ならお前は素直にそれを受け入れろ」

 

「……………………うん…………うん…………」

 

 チークが震える。

 

「自信が…………欲しいのサ」

 

 震える体で。

 

「アチキは」

 

 震える声で。

 

「なんでもいい…………いちばんになりたいのサ」

 

 寂しそうに、少女がそう言った。

 

「ああ」

 

 だから、たった一言。

 

「任せろ」

 

 ただそれだけで良かった。

 

 

 * * *

 

 

「ふっふーん♪」

「おい、チーク」

「にひひひ、何にさ、トレーナー?」

 

 自身の背中におぶさりながら、背中にぐりぐりと頭を擦りつけてくるチークにため息一つ。

 

「何さ、じゃなくて…………いきなり甘えだしたな、お前」

「にひっ…………たまにはいいじゃないさネ」

 

 そんなチークの言葉に、首を傾げる。

 

「何がだよ」

 

 そうして、チークが告げる。

 

「今日くらい…………敵じゃなくて、トレーナーに甘えさせてよ」

 

 お願い…………ふと声色を変えてそんなことを言うチークに、またため息を一つ。

 

「…………勝手にしろ」

 

 そんな自身の言葉にチークがにひひっ、と笑った。

 

 




作詞:チーク 作曲:チーク

1番

へーいへーい♪ デデデ♪ デデンネ~♪

アチキは~可愛い可愛いデデンネさ~♪

ぷりてぃ~ぷりてぃ~デデンネちゃーん♪

おしりをふりふり♪ ちょーきゅーてぃー♪


2番

ほーらほーら♪ デッデデー♪ デデンネ~♪



以下12番まで続く



因みにこの子は最初からこんな感じの設定があった。


今回の話ですが、まあ賛否両論あるかもしれませんが。
ロトムが非常に優秀なのは誰から見ても明快ですし、デデンネが決してダメと言うことではありません。
と言うかぶっちゃけ、チークが勝手に劣等感抱いてるだけなので、決してポケモンの優劣をどうこう言うつもりはないです。

個人的な意見を言うならば。

特別優秀なポケモンはいても、特別劣等なポケモンはそういないと思っています。
…………ほら、コイキングとか、ヒンバスとか…………単品だとどうしても使えねえよってやついるでしょ(困惑


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ひかえめ少女の小さな我が儘

「もう少しだけ…………このままでいさせてください」

 少女が優しい笑みで、そんな小さな我が儘を告げた。

 

 

 背に負うチークの重みを感じながら、けれど自身よりも幾分小柄な少女の軽さに驚きながら、割り当てられた個室へと戻る。

「……………………あれ?」

「あ、おかえりなさい。マスター」

 少なくとも六、七人はいるだろうと思っていた部屋の中には、イナズマ一人しかいなかった。

 戻ってきた自身に、朗らかな笑みを浮かべつつ、イナズマが手を止める。

 その手には、縫い針と糸、編み掛けのセーターのようなもの。

 

「持っていくって言うからそうだと思ってたけど、こんな時まで編み物やってるんだ」

「あはは…………ちょっと手持無沙汰になっちゃいまして」

 

 苦笑いするイナズマに、まあいいけど、と一つ呟き、ベッドの一つに背中のチークを降ろす。

「…………ちーちゃん? 寝てるんですか?」

「ああ…………まあ、色々あっておぶってたらいつの間にか寝てた」

 あらら、と苦笑しながら編み物を置き、立ち上がって降ろしたチークを軽く抱き起すと。

「ほら、ちーちゃん、寝るならちゃんとお布団被って」

 イナズマが告げると、チークが眠そうな声を出しながらもぞもぞと布団の中に潜る。

 そのまま乱れた掛布団をイナズマが直してやると、チークが安らかな表情で眠息を立て始める。

 

「……………………ふふ」

 

 そんなチークを見て、笑うイナズマの表情は、何だかいつもより楽しそうで。

 

「…………仲良いんだな」

「……………………そうですね。同じ『でんき』タイプだからでしょうか?」

 

 一瞬言葉に詰まったように口を閉ざし、やがてそう告げ、笑うイナズマの笑み。

 

「……………………ふむ?」

 

 どこか暗いものを見てしまったような気がしたのは…………果たして気のせいだろうか?

 

 

 * * *

 

 

 ミナモシティはホウエン地方有数の観光都市として知られている。

 特に、同じ港を持つカイナシティとの違いとして、ミナモシティは他の地方からの船も受け入れている、と言うことが上げられる。

 つまり、こういう言い方が正しいかは分からないが、ホウエン地方で最も国際色豊かで物に溢れた街と言える。

 

「わあ……………………」

「わあ!?」

 

 隣に並ぶハルカ共々、船から降りた先に広がる光景に圧倒される。

 ゲーム時代ではミナモデパートと美術館、あとは灯台くらいしか見る物の無い街であったが、この世界ではゲーム時代の百倍以上のスケールと千倍以上の人並みに思わず圧倒される。

 行き交う人も、ホウエン地方の人間とは別に、カロス、イッシュ、シンオウ、ジョウト、カントーなど多くの地方からも来ている人たちがいるらしい。

 

 ホウエンの玄関口、の異名は決して伊達ではない。

 

 街に並ぶ品の数々も、他の都市とは比べものにならない。あのカイナシティよりも充実した品揃えに、思わず財布の紐が緩みそうになることも何度もあった。

 

「とりあえず、今日のホテルだけでも取っておくか」

 

 そこら中の露店に並べられた見た事も無い珍しい品々に気もそぞろな自身たちに苦笑しつつ、父さんが冷静に告げる。

 時刻はすでに夜八時を回っている。夕食は船の中で全員揃って取った、今度はエアたちも交えて賑やかな食卓となったが、我が家では毎度のことだし、オダマキ一家も賑やかなのは好きなようで、楽しい夕食となった。

 食事を終え、さて部屋に戻るか、と言った頃にもうすぐ到着する、と言うアナウンスがありならそろそろ支度を整えようかと部屋に戻り、荷物を再び纏めるのとほぼ同時に船がミナモシティに到着した。

 

 大都市の景色に圧倒されながら、何度も来たことがあるらしい父さんの先導でホテルを目指し。

 港から歩いて二十分ほどで到達したホテルにチェックインすると、ハルカが眠そうに欠伸をする。

「今日のところはもう休もうか」

 オダマキ博士が娘のそんな姿に苦笑しながらそう提案し、全員が了承する。

 

「お父さん、お母さん、今日は一緒に寝よ?」

「あはは…………仕方ないなあ、ハルカは甘えん坊だね」

「あらあら、嬉しいわね」

 

 なんて仲の良い親子を周囲に見せつけながら予約していた部屋へと消えていくオダマキ一家の姿を見ながら、父さんがぽつりと呟く。

 

「ハルト、今日は父さんと一緒に寝ようか?」

「加齢臭きついから消臭剤撒いてね?」

 

 泣き崩れる父さんを廊下へと捨て置いて、部屋へと入ろうとして。

「ああ、ハルト…………ちょっと待て」

 傷心を抱えた父さんが気力だけで何とか立ち上がり、壁にもたれかかったまま自身を制止する。

 と言うか何だろう、こうなった原因は自分だが、無駄にかっこいい、ハードボイルドと言うのか、渋い親父様の場合、そう言うポーズが様になっていた、原因は馬鹿みたいだが。

「お前の部屋はその隣だ」

「…………はい?」

 隣、と言われて視線を移せば、両親の部屋よりもさらに二回りほど間隔の広い大部屋、っぽいもの。

「どうせ手持ちのヒトガタたちも一緒に寝させるんだろ? 小柄な子も多いとは言え、八人だからな、大部屋を取っておいてやったから、好きに使え」

「おお!」

 思わず声を上げる。三人部屋で手持ちの仲間たちをどうしようかと思っていたので、まさかの気遣いに思わず驚いてしまった。

「ありがとう、父さん…………さっきの嘘だよ、大好き」

 ちょっと上目遣いで笑みを浮かべながらそう告げると。

「ハルトオオオ…………ぐふっ」

 突如元気を取り戻し、絶叫して自身に抱き着こうとして…………隣のお母様にゲンコツをもらっていた。

「アナタ…………少し落ち着きましょうね」

「あ。ああ…………すまない」

 そんな両親の姿に、思わず苦笑しつつ。

「それじゃあ…………おやすみなさい」

 部屋へと入る二人に告げる。

 

「ああ、おやすみ、ハルト」

「おやすみなさい、ハルちゃん」

 

 二人が微笑み、部屋へと入って行く。

 

 そうして後には廊下に一人…………否、八人が残され。

 

「…………じゃあ。いこっか」

 

 かたん、と腰元でボールが揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 翌朝、船の中でいくらか昼寝したせいか、いつもよりもさらに早起きなチークが部屋の中を駆け回り。

 その騒がしさに目を覚ましたイナズマとシアとエア、それから自身がチークを捕獲、簀巻きにしてベッドに投げ。

 二度寝の微睡を楽しんでいると、しばらくして父さんと母さんが部屋の戸を叩いた。

 

 どうやらいつの間にか朝食の時間だったらしい。

 

 リップルとルージュを起こし、シャルを起こそうとして失敗して面倒なのでそのまま布団から引きずり出し無理矢理連行する、眠い目を擦りながら半分寝ぼけたシャルの手を引きながら部屋の人数通りに朝食も用意してくれたらしいホテルの手の込んだ食事を食べて。

 

「じゃあ今日は各々自由に買い物でもしようか」

 

 と言う父さんの提案に従い、それぞれが好きなように動くことに。

 と言ってもオダマキ一家はまとまって行動するらしい。

 まあハルカも六歳だし保護者同伴なのは当然のことなのかもしれない。

 

 何故かうちはかなり放任だが…………両親揃って先にお出かけされた、夫婦でデートらしい。

 何故置いて行かれたのだろう…………あれだろうか、今朝起こしに来た二人に朝食の席で。

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

 って定番のネタ言ったのがまずかったのだろうか。壮絶に微妙な顔をしていた父親と、相変わらず、あらあら、で済ませる寛大な母親が印象的だった。

 

 因みに手持ちの七匹にも自由にするようにと言ったが、リップルはホテルで風呂に服着たまま入っているし、シャルは二度寝し出すし、エアはふらふらとどこかに消えるし、シアは母さんについて行って一緒に買い物するらしい。

「ルージュはどうするの?」

「そうね…………まああの愚弟のところにでも遊びに行こうかしら」

 捕まってからと言うものハルカにべったりなノワールの姿にため息を吐きつつ、弟を心配しているのがルージュの可愛いところである。割とブラコンだよなあ、なんて思いながらルージュがオダマキ一家へと着いていくのを見届けると。

 

 さて、どうしようかな、考える。

 

 そして。

 

「トレーナー」

 声に振り返ればそこにいたのは、チーク…………それとイナズマ。

「一緒に遊びに行くさネ」

 快活に笑い、自身の手を取るチークに、ふむ、と少しだけ考え。

「いいぞ、他の誰かに誘われたわけでもないしな」

 と言うか二人以外はすでに全員好き勝手に散ってしまったので、こちらとしても手持ち無沙汰でやや困っていたところだ。

 チークのお誘いは渡りに船だった。

 

「んじゃ、行くよ、トレーナー」

「えっと、よろしくお願いしますね、マスター」

 

 そこまでは良かった…………そこまでは。

 

 

 * * *

 

 

「…………あのあの、マスタぁ…………」

「…………分かってる、分かってるから」

 困ったようにこちらを見てくるイナズマと、頭が痛くなってきそうで思わず手で押さえる自身。

 

 最初は良かったのだ、ミナモシティは広大で巨大な都市だ。ぶらぶら見て回るだけでいくらでも珍しいものはあり、見ているだけでも楽しめる。

 

 だがそんな珍しいものだらけの場所で、あの好奇心の塊の手綱を握っていなかったのが自身の失敗だった。

 

 あのマスター…………ちーちゃんは?

 

 イナズマのその一言に、事態に気づいた時には時すでに遅し。

 

 チークの姿が消えていた。

 やたらと慌てふためくイナズマの姿に一周回って冷静になる。

「…………イナズマ」

「マスター…………ちーちゃん、またいなくなっちゃいましたよぉ」

 少し泣きそうになりながらこちらを見つめるイナズマに、大丈夫だから、とその手を取る。

「いつもの事だろ? どうせまたその内ひょっこり戻って来るさ、だからそれまで店でも回ってようぜ」

 どうしようか、と迷うイナズマの手を引いて歩く。

 最初は引かれるがままだったイナズマも、やがて諦めたのか自身の隣を歩き出す。

「さっきさ、何となく分かったんだけど」

「…………何がですかぁ」

 歩きながら、ふと呟いた言葉に、イナズマが首を傾け。

 

「お前、チークがいないと何もできないんだろ」

 

 突如自身が告げた言葉に…………イナズマが絶句した。

 

 

 * * *

 

 

 イナズマと言う少女は、実に前世の自分によく似ている。

 前世の碓氷晴人には、活発で前向きな友人が一人いた。

 交友関係も広いやつで、何もかもが晴人と真逆の人間。

 

 そんな彼と晴人が友人でいられたのは、彼が晴人の幼馴染だったからだ。

 

 碓氷晴人に両親は居ない。否、もう居ない。

 幼い頃に両親共に死んでしまい、すっかり塞ぎがちな根暗な性格になってしまった。

 否、あれを根暗と呼ぶには少し語弊がある。

 

 無気力、と呼ぶのが正しいのだろう。

 

 幼くして、自主性と言うのを忘れてしまった碓氷晴人がそれでも二十になるまで生きていられたのは、間違いなく幼馴染のお蔭だった。

 幼馴染もまた両親を亡くし、同じ児童養護施設の中で暮らしていた。

 何もしない自身なんかとは真逆の、明るく活発で元気なみんなの人気者。

 そんな人気者はどうしてか碓氷晴人を気に入って友達と呼んだ。その関係はいつまでも続いていき、高校を卒業しても続いた。

 その頃には積極性は無くとも、ある程度主体性を取り戻していた晴人。そんな晴人を形作ったのは間違いなくその友人なのだと、ハルトは思う。

 

 自分じゃ何もしない。ただ見ているだけ、ただ思っているだけ、何もしない…………否、何も出来ない。

 怖くて、怖くて、怖くて、失敗するのが怖い、笑われるのが怖い、惨めになるのが怖い。

 

 そんな自分の内側から滲み出る恐怖心に負けて、体が一歩も動かない。

 

 だからそんな時、手を引いて連れて行ってくれる友人が碓氷晴人にとって、確かに心の支えだった。

 

 例えそんな友人に醜く嫉妬していたとしても。

 

 今のハルトは晴人ではないから、そんな思い理解できない。

 ハルトは晴人じゃないから、そんな考え起こしたことも無い。

 けれど、晴人だったハルトは知っている。

 

 目の前の少女が、かつての自分と同じだったことを知っている。

 

「チークが居なければ、手を引いて連れ出してくれなければ、お前は見ているだけ、思っているだけになる」

 告げた言葉に、少女が息を飲む。

 今にして思う、どうしてあの『いしのどうくつ』で二度目の戦いの時、勝てたのか。

 

 勘違いだったのだ、あれは全て。

 

 自身たちはイナズマがチークを先行させていたのだと思っていた。

 

 けれど実際は逆。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今の関係と同じように、何も変わらない、手を引く者と引かれる者の関係だったのだ。

 

 あの頃からずっと、何も変わらない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「怖いんだよな、失敗するのが、失敗して他人に笑われるのが…………その惨めさが怖いんだよな」

 言葉を重ねるほどに青くなっていく少女の顔色を、けれど今は無視する。

「チークが前を歩いてくれるから、自分はその後ろをついていくだけでいい、俺が命令を出すから、お前はそれに従うだけで良い。だって楽だよな、他人が全部決めてくれるんだ、自分じゃ何一つ決められないお前にはそれが楽なんだよな」

 震えるイナズマの体、揺れる瞳を、けれど見つめたまま。

 

「分かるよ、だって昔は俺もそうだったから」

 

 告げた言葉に、イナズマの目が大きく見開かれた。

 

「今はそうじゃないけど…………けど、昔お前を育ててた頃の俺はそうだったから。知っているよ、怖いよな、自分で決めるのって。だってその責任は決めた自分に降りかかってくるんだぜ? そんな重たいもの背負えないよな。怖いよな、自分で選ぶのって。だってどれかを選ぶってことは何かを切り捨てるってことだ。どちらが正しいかなんて選べるはずも無いよな、だって自分からすればどちらも正しいんだから。怖いよな、自分の意思を貫くのって。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な」

 

 滔々と語る自身の言葉に、イナズマがゆっくりと、けれど確かにこくり、こくりと何度も頷く。

 そうしてずっと黙り込んでいたイナズマが恐る恐ると口を開く。

 

「マスターは…………なんでそんな風に変われたんですか?」

 

 今までに無い真剣な瞳で見つめるイナズマに、にかっと笑って。

 

「認められたからだよ」

 

 そう答えた。

 

「この世界に生まれた俺を見て笑いかけてくれた父と母(ヒトたち)がいた、誕生日を迎えた俺を、おめでとうと言ってくれる父と母(ヒトたち)がいた」

 

 それは生まれた直後の僅かな記憶。自意識を持って、すぐに気絶してしまったそのほんの一瞬の間に見えた光景。

 生まれたばかりの赤子に笑いかける父さんと母さんの姿。

 

 脳裏に焼き付いたその光景を今でも思い出せる。

 

 再び意識を取り戻した三歳の誕生日。おめでとう、と言ってくれた両親の顔を思い出す。

 

 それに、何よりも。

 

「こんな違えてしまった世界にまでついてきてくれた、お前たちがいるから…………だから俺は変われたよ。()()()()()()()()んだ」

「…………我が…………儘?」

「失敗したって構わない、笑われたってへっちゃらだ、惨めだって気にしない。だって…………父さんと母さんは俺が失敗したって笑わない、お前たちが誇り高くあってくれるから俺は惨めじゃない」

 だから平気なのさ、なんて。自分で呟いた台詞だが、少しだけ照れる。

 

 それはハルトと言う人間の根底に触れる言葉だから。

 

「けど、それはお前にだって言えるだろ?」

 

 続けて告げた言葉に、イナズマはけれど答えない。

 

「どんなお前だって、エアはきっと気にしない、あいつは自分には厳しいけど仲間には優しいから。自分が群れを引いている自負がある分、仲間が失敗したって自分で取り戻せばいいと思うだろうさ」

 

 イナズマはけれど答えない。

 

「どんなお前だってシアはきっと受け入れてくれるだろうさ。あいつはうちのパーティの中でも人一倍仲間思いだからな。どんなお前だって大切な仲間だって笑いながら面と向かって言ってくれるだろうぜ」

 

 イナズマは答えない。

 

「どんなお前だってシャルは変わらないよ。あいつは臆病に見えて芯があるからな。他人の言動で簡単に態度変えるようなやつじゃないさ。何も変わらない、びくびくしながら裾を引っ張って来るさ」

 

 イナズマは答えない。

 

「どんなお前だってチークは笑い飛ばすよ。あいつはお前なんかよりよっぽど我が儘で強欲なやつだからな。お前の思う程度の我が儘や失敗なんてあいつに比べりゃ可愛いもんさ」

 

 イナズマは答えない。

 

「どんなお前だってリップルは笑って見守るさ。パーティの中で、きっとあいつが一番大人だろうからな。いつも通りに後ろのほうで笑って俺たちを見てるさ」

 

 イナズマは…………。

 

「だからもっと我が儘になっても良いんだよ。もっと前に出ても良いんだ。思ったことがあるなら言えば良い。やりたいことがあるならやれば良い。お前の気持ちをもっとみんなに見せてやれ、きっとさ」

 

 それが一番みんなにとっても嬉しいことだろうから。

 

「……………………わたし、は」

 

 イナズマは…………。

 

「良いんですか? 本当に? 失敗しても、惨めでも、いいんですか?」

「俺がお前の惨めさを笑うようなやつに見えるか」

 

 ぐっと、手を引き、顔を寄せる。

 

 降りてきた頭、その頬に手を当ててその瞳を見つめる。

 

 その瞳は涙で潤んでいた。

 

「じゃあ…………今、一つだけ」

 

 掴んでいた手を()()()()()()

 

「一つだけ、我がままを言わせてください、マスター」

 

 そのまま寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。

 

「もう少しだけ…………このままでいさせてください」

 

 イナズマが優しい笑みで、そんな小さな我が儘を告げた。

 

 




さすが金銀時代の俺の嫁。可愛い(確信

あと一つだけ注意。
善良なる読者の皆さまは、父親に向かって加齢臭などと言う言葉を使ってはいけません、あれは時に即死呪文と成り得ます(


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おだやか少女の優しい願い

 

「いつまでも、みんなで一緒に…………そう願うのは傲慢かな? マスター?」

 雨に打たれながら、少女は首を傾げる、まるで…………。

 

 

 

 イナズマとぶらぶらと街を散策し、いつの間にかひょっこり戻ってきていたチークに呆れながらも三人で適当な店で買い物を楽しむ。

 

「…………イナズマ、それ買うの…………?」

「ひゃ、ひゃいぃぃ?! ま、マスター、みみみ、見ました?!」

 

 本屋で…………男の口からは何とも言い難い表紙とタイトルの本をイナズマがちらっと見ていたので思わず口に出してしまったが、やはりこの少女…………。

 

「今更隠さなくても、イナズマの部屋のクローゼットの奥に隠してあるものなら知ってるよ」

「っ~~~~~~~~~~~~~~!? な、ななななななな、ななんなああああああああ?!」

 

 割と大人しい子だと思っていたが、あんなものを隠していたなんて。

 沸騰しそうなほどに顔を赤くするイナズマを他所に、よよよ、と泣き真似をしていると。

 

「何なに? イナズマがクローゼットの奥に隠してある裸の男同士で抱き合ってる薄い本がどうしたって?」

「ちーちゃあああああああああああああああああああああん?!」

 

 店の中で絶叫してしまったイナズマを連れて店を出る。

 

「違うんです…………ただの好奇心だったんです、別にそういうのが好きだとかそういう訳じゃ」

「はいはい…………分かってる、分かってるから」

「ますたぁ…………目が優しすぎて辛いですよお」

「分かってる、俺は分かってるから」

「もういいです…………ホテル…………帰りましょう」

 

 今にも泣きそうな表情で哀愁を漂わせ呟くイナズマが印象的だった。

 

「OH…………背中が煤けてるネ、イナズマ」

「ちーちゃんたちのせいでしょおおおおおおおおおお!!!」

 

 やっぱ仲いいなあこいつら。

 

 他人のフリをしながらそう思った。

 

 

 * * *

 

 

「あれれ? マスターにチーク、イナズマ? もう戻ってきたの?」

 

 時刻は午前十一時。何だかんだ二時間くらいは遊んでいたらしい。

 ホテルの部屋に戻るとベッドの上で雑誌らしきものを読みながら転がるリップルがいた。

「リップルか…………ってシャルは?」

 いつの間にか消えた寝坊助の行方を聞くと。

「一時間くらい前にエアが戻ってきてそのまま連れてったよー?」

「エアが?」

 ちょっと珍しい組み合わせだなあ、と思いつつなるほどと頷く。

 

「…………で、マスター? イナズマどうしちゃったの?

「クローゼットの奥に隠していたものを暴かれて傷心中」

 端的に告げた言葉に、リップルがなるほどーと頷く。

「ちょっと腐っててもイナズマの隠れた趣味なんだから見て見ぬフリしてあげないとダメだよ? マスター」

「って、リップルまで知ってるのー?!」

 ベッドの上で轟沈していたイナズマががばっと顔を上げる。

 そんなイナズマにこてん、とリップルが首を傾けながら。

 

「みんな知ってるよ? 羞恥の…………あ、違った、周知の事実ってやつだね」

 

 告げられた言葉にイナズマがわなわなと震え。

 

「うわああああああああああああああああああ、もう生きてけないいいいいいいいいいい」

 

 がばっ、と布団を被りベッドに引きこもる。

 

「あらら…………気にしなくていいのに」

「もっと恥をさらけ出していこうぜ」

「にひひ、トレーナーってば鬼畜ぅ」

「う…………うう…………みんななんか嫌いだぁ…………う、嘘だけど」

 

 イナズマの言葉に一瞬きょとん、と全員が目を丸くし、やがて笑う。

 

「良い子良い子」

 リップルが布団に丸まったイナズマの頭、と思しき場所を撫で。

 

「可愛いなあ、アイツ」

 自身がしみじみと呟き。

 

「いーなーずーまー!」

 チークがイナズマにダイブする。

 

「ち、ちーちゃん、いきなり潜りこんで…………ちょちょ、ちょっと待って、なんでいつもより不味いとこ、や、や、やややややっ」

「良いではないか、良いではないかーあははははは」

 

 なんだかいつも通りの二人に戻ったところで、リップルと顔を合わせ。

 

「良ければでかけるか?」

「んー? おっけーだよー」

 

 そんな自身の誘いに、軽く返事するリップル。

 ベッドの上で乳繰り合う二人を置いて、部屋を出て。

 

「さて、どこに行こう?」

 呟いた一言に。

「屋上」

 飛び出たリップルの一言に思わず目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

 ホテルの屋上は随分と高かった。

 

 高層何十階建て、と言うホテルの屋上からはミナモシティの景色が一望出来た。

 

「すごい景色だな」

「良い天気だねえ」

 

 そしてそんな景色に目もくれずに、空を見上げるリップルの一言につられて空を見て。

 

「曇ってるんだが」

「だからいい天気なんだよー?」

 

 まあこいつの場合そうなんだろうなあ、とは思いつつ。

 

「イナズマと、チークに何か言ったの? マスタ-」

 

 ふいに出てきた言葉に、目を瞬かせる。

 

「何のことだ?」

「んー? 気のせいかなあ、と思ったんだけどねえ。二人とも、何だかいつもより良い顔になってたなあ、と思って」

 もしかして、チークならあの船の中の出来事、イナズマなら先ほどまでの出来事を言っているのだろうか。

「…………ふむ、お前、気づいてたのか」

「んふふ~一歩引いて見てるとね、なんだか色々と見えてくるんだよね~」

 いつも通りの、穏やかな笑みを浮かべながら、リップルで呟く。

 

「お前って悩みなんて無さそうな顔してるよなあ」

「失敬だなあートレーナーは」

「まあそうかもな、お前、意外と繊細そうだしな」

「あ、分かる?」

 

 なんて、わざとらしく言うリップルに苦笑しながら。

 

「なんとかしてあげたかったんだけどねー? リップルはリップルなりに考えてたんだよ?」

「ああ、分かってる、お前なんだかんだで仲間大好きだもんな」

 知っている、目の前の少女がその実、シアに負けないくらい仲間を大切に思っていることなんて知っている。

「どうしようかなあって思ってたんだけど、先にマスターに越されちゃったねー」

 ころころと笑いながら、リップルがしみじみと言った感じで呟く。

「やっぱりマスターは凄いね、この間まで気づいてなかったのに、気づいたらあっという間に解決しちゃうんだから」

「いつから気づいてたのか知らないけど、お前のほうが凄いと思うけどな」

 実際、あの二人のことに気づけたのは旅行中と言う特別なシチュエーションあってこそだろう。

 でないと、いつも通りを演出され過ぎて、気づけなかったと思う。

 

「それでも、やっぱり…………マスターは凄いよ」

 

 リップルが笑う。少しだけ嬉しそうに、誇らしそうに。

 

「リップルはリップルの大好きなマスターは世界で一番凄いんだって、思ってるよ」

 

 そんなことを告げるリップルに…………思わず顔を赤くして、言葉を失った。

 

 

 * * *

 

 

 てくてく、と。

 二人並んで道を歩く。

 時折人並みの呑まれそうになるが、その度にリップルが自身の手を引いてくれるので、なんとかはぐれずにいれる。

 こういう時、六歳児の体が少し恨めしい。

 

 見上げるほどに大きなその体、パーティの中でも一番背が高いだけあって、自身とは比べものにならない。

 

 けれど繋いだ手のひらはどこか小さく感じた、それはきっとリップルもまた女の子だからなのだろうと思う。

 

「なんか不思議だなあ」

「んー? なにがー?」

 

 どう見たってただの少女のはずの目の前の彼女が、その実人間ですらないと言う事実が不思議だった。

 

「いや…………リップルはリップルだな、って思っただけ」

 

 まあ別に、そんなことどうでも良かったのだが。

 

「リップルがリップルなのは当たり前だよ?」

「そうだな、だから、何でも無いんだ…………つまんないこと考えただけ」

「んー?」

 

 不思議そうに首を傾げるリップルに、笑みを浮かべつつ、繋がれた手をぎゅっと握る。

 目を瞬かせるリップルに、にっ、と笑って。

 

「ほら、行くぞ」

「え、ま、マスター?」

 

 手を引きながら走ると、リップルが少しだけ慌てたような声を上げる。

 そんな初めて見たような気がするリップルの様子に、笑みを浮かべつつ。

 

「さーて、行くぞ」

「どこに行くの?」

「そんなのは知らん!」

 

 きっぱり言い切って、目を丸くするリップルの手を引いて、走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 午後十二時半。

 

「お腹空いた…………」

「リップルも空いてきたかなあ?」

 二人してお腹を擦りながら、道を歩く。

「ところでさ、リップル」

「なあに、マスター?」

 

 てくてく、と道を歩きながら。

 

 ぴたり、と足を止める。

 

 周囲を見渡す。

 

 ビルとビルの隙間道。後ろも前も見覚えの無い道が広がり。

 

 そのまま足を進め表道へと出る。

 

 前世と違って車などほとんど無いため、車道と言うようなものも無いレンガの道。

 

 見覚えは…………無い。

 

「ここ、どこ?」

「…………さあ?」

 

 適当に走り過ぎて、帰り道が分からなくなっていた。

 

 どこだろうここは、そんなことを考えつつ、足を動かしていく。

 右を見ても、左を見ても、ビルビルビル。

 数秒考え。

 

「…………ナビ使うか」

 

 持ってて良かったマルチナビ。

 ゲーム時代にもあったが、タウンマップ。ゲーム時代よりもかなり細かく位置表示ができるこのアプリがあれば、まず迷うことは無い。

 アプリを起動すると、ミナモシティのタウンマップが表示され、そこからさらにマップを拡大していくと、周辺の詳細な地図と自身たちの現在地が表示される。

「ふむふむ…………今ここだから…………帰り道はあっちかな」

「便利だねー…………いろんな機能あるし」

 マルチナビを覗きこみながら、リップルが呟く。

「ついでに帰り道にレストラン街みたいなのがあるみたいだし、そっちに寄ってくか」

「むふ~だーいさーんせー!」

 けっこう走った気もするが所詮は六歳児の足、それほど離れてもいなかったらしい。

 まあ初めて来た街なんて、割と道一本違えるだけでまるで別の場所に見えてしまうものだし、そんなものかもしれない。

 空腹のせいで少しだけテンションの低かったリップルも嬉しそうに笑う。

 

 そうしてナビを頼りに、道を歩いていく。

 ナビを頼りにたどり着いたレストラン街で、昼食を済ませ、さらにホテルへの帰路を歩く。

 

「ふう…………けっこう食べた気がするな」

「リップルもご満足だよ~♪」

 

 ぽん、ぽん、と軽くお腹を叩きながら笑うリップルに、苦笑する。

 

「なんだかんだ、いつの間にかこんな時間か」

 

 気づけば二時を回っている。道中あちらこちらと並ぶ店屋に寄り道していたからだろうか。

 

「時間が経つのが早いね~」

「そうだな、あと何年かしたら旅を始めるつもりだけど…………その時は全員で来るとするか」

 呟いた一言に、リップルが笑みを浮かべ、何か言葉を口にしようとして…………固まる。

「…………リップル?」

 笑みを浮かべたまま硬直する少女に、思わず振り返り。

「…………みんなで、来れるかな?」

 笑みを消し去り、不安そうな表情でリップルが尋ねる。

「何言ってんだ…………()()()()()()?」

 当たりまえ、そう告げる自身に、リップルが苦笑する。

「どうして? 明日何が起こるかさえ分からないのに、どうして何年も後の未来を当たり前なんて言えるの?」

「…………リップル?」

 様子がおかしい、そう思った。気づくのが遅れた、同時に思った。

「不安だよ、明日リップルや他のみんなはマスターといられるのかな? 明後日は? 一週間後は? 一か月後は? 一年後は?」

「いるに決まってるだろ、何を言ってるんだ?」

「だって…………マスターは何も言わずに消えたよ?」

「………………………………」

 告げられた言葉に絶句する。

 

 忘れていたわけではなかった。

 

 それが根深いことは知っていたはずだった。

 

 それでも、それでも、それでも。

 

「どうしてみんな信じられるんだろう? 明日マスターがリップルたちの前からいなくならないって、そんなこと無邪気に信じられるのかな?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()…………そう言ったのは他ならぬ自身だったはずなのに。

 

「マスターは約束できるの? 明日もいるって、明後日もいるって、一週間経っても、一か月経っても、一年経っても…………いつまでだってリップルたちと一緒にいてくれるって、そんな約束、できるの?」

 

 リップルの言うことは正しい。

 

「…………………………………………」

 

 自身の身に起こったことの原因が分かっていない以上、そんな約束できるはずが無い。

 

「…………できるよ」

 

 それでも、口にする。

 

「例え、六年前のように、突然知らないどこかへと飛ばされたとしても」

 

 嘘、ならばきっとリップルのことだ、すぐに分かってしまうだろう、けれど。

 

「例えその原因が未だに分からなくて、明日この世界にいられる保証が無いとしても」

 

 それでも。

 

「約束する、お前たちを手放さない」

 

 繋いだ手を、強く強く、握りしめる。

 

「手は離さない、例えお前らが嫌がったって」

 

 リップルが、握り返す、強く、強く。

 

「絶対に逃がしてやらない、一緒に連れてってやる。それだけは、必ず約束する」

 

 繋いだ手を、目の前まで持ちあげ、そうして呟く。

 

()()()()()()()()()()()()()…………それじゃあ、ダメか?」

 

 数秒の沈黙、そうしてリップルがゆっくりと、目を閉じ。

 

「…………ううん、いいよ」

 

 開く。

 

「その言葉だけで、リップルは良いよ。例えそれが嘘でも良い…………マスターがそう思ってくれているなら」

 

 そして、笑う。

 

「リップルはそれで充分だから」

 

 笑って、繋いだ手を強く握りしめた。

 

 

 * * *

 

 

 しとしと、と。

 

 雨が降ってきた。

 

「…………濡れるよ? マスター」

「お前こそ、良いのか?」

 

 傘も差さずに、急ぐこともせずに、雨の中をのんびりと二人、手を繋いで歩く。

 

「リップルは雨、好きだからいいよ」

「じゃあ…………俺も良い。偶にはそれも良い」

 

 そっか、なんてリップルが呟いて。

 

「ねえ、マスター」

「なんだ?」

 

 段々と強まって行く雨。

 ざあざあと雨音が響く街の中で、雨に濡れた髪の先から雫が一つ零れ落ちていく。

 

「いつまでも、みんなで一緒に…………そう願うのは傲慢かな? マスター?」

 雨に打たれながら、少女は首を傾げる、まるで…………。

 

 まるで、迷子の子供のようで。

 

「そんなこと、願うまでも無いよ」

 

 だから、手を引く、導くように。

 

「最初から叶うって分かってる願い事なんて…………願う必要なんざ無いさ」

 

 そんな自身の言葉に、少女が笑って。

 

「…………ありがとうマスター」

 

 それだけ呟いて。

 

 雨の街を、二人並んで歩いた。

 

 




街中の一角の電気街。
「あら?」
ふと積まれた電荷製品の山の一角にあるテレビコーナーで、シアが声を上げた。
「どうしたの? シアちゃん」
「ん? どうかしたか?」
シアの様子を見て、センリとその妻が同じテレビコーナーに近づいてくる。
「いや、このテレビに映ってるのって」
シアの呟きに、二人がテレビに視線を向け。


『さあ、今年もやってまいりました、記念すべき第五十回、ミナモ大食い選手権、人間、ポケモン問わず最強の大食いチャンピオンを決めるこの戦い、まず出ましたのは予選を圧倒的な強さで勝ち抜いてきた今大会最大の優勝者候補…………ミシロのエア選手だああああああああああああああ!!!』


「…………エア、なにやってるのよ」
「あらあら」
「見ろ、選手席の端のほう…………この小さい子シャルちゃんじゃないのか?」
「…………シャル、何でもう泣きそうなんですか」
「あらあら」

と言うようなことがあったような無かったような。










おしごとの関係で中々執筆に時間取れなくてつらたん。
一日二時間三時間じゃ一話が限界だよ。

と言うことでコミュ回終了。

次回から本編が進みます。


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けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね

 ミナモシティ二日目、夕方。

 

 みんなで御飯にしようと二家共にホテルの豪勢な食事に舌鼓を打ちながら一日の出来事を話していく。

 珍しく小食だったエアに、大丈夫なのかと声をかけても、曖昧に笑うだけで、良く分らなかったが、本人が大丈夫だと言うので放っておいた。

 あと何故かシャルも食べる前からお腹いっぱいと言っていたのだが、お小遣い程度の金は渡したが、そんなに食べたのだろうか、なんて思いつつ二日目の夜が過ぎていく。

 

 ミナモシティ三日目、朝。

 

 朝から全員でミナモシティ最大の目玉と言えるだろう、ミナモデパートに来ていた。

 

 ホテルからはやや遠いところにあったが、この世界で初めて見たかもしれないバスがあり、それに乗ってミナモデパートへと向かう。

 

 ゲームだと高いビル、程度の外観だったがこの世界ではとんでも無い規模の敷地に建てられた大規模ショッピングモールと言った感じの外見で、さすがにこれほどの規模のものはカイナシティでも見なかっただけに、ハルカと二人思わず唖然としてしまった。

 

 中もゲーム時代ではゲーム内で使うどうぐやわざマシン、ひみつきちグッズなどしか無かったが、当たり前だが現実ではもっと幅広い商品が並んでいる。

 

 集合場所として敷地南端にあるフードコートの一角を指定し、それぞれがお昼までの自由な時間を過ごす。

 

 自分もこの機会に珍しいどうぐや他にはないものをありったけ買っていく。

 

 途中、同じトレーナーズショップでばったり出会った父さんが自身の買った商品の数々を見て、どこからそんな金が出てくるんだと言った視線で見てくるが、ちゃんとバトルをして巻き上…………もらった賞金から出ている。

 

 ちょっと高かったけど、やっぱあってよかったなあ…………“こううんのおこう”。

 

 コトキタウンから東、ゲームだとなみのりが無いといけない道だがエアに水面ギリギリで飛んでもらいながら進むとカイナシティまでかなり近道になる。カイナシティの市場に“おこう”を売っている人がいるのだが、その中に“こううんのおこう”と言うのがある。

 ゲーム内での効果は簡単で“戦闘後得られるお金を2倍にする”だ。

 

 因みに9800円。

 

 つまり“おまもりこばん”と同じ効果のどうぐである。

 家に戻ったらお袋様が“おまもりこばん”をくれて、思わず泣き崩れそうになったのは余談だ。

 

 ゲーム時代のように、これを持たしてトレーナーと戦ったからと言って別に賞金がいきなり二倍になるなんて都合の良いことは残念ながら起こらない。

 けれどこれらのどうぐは現状で自身が知っている限り、最も凄まじい効力を持つ。

 

 ならこれを持たせるとどうなるのか、と言うと。

 

 元の賞金にプラスして最低1円以上の追加が発生するようになる。

 

 良く分らない? まあそうだろうとは思う。

 

 つまり元の賞金が1000円の場合、賞金の最低価格が1001円以上になる。

 

 大したことが無い?

 

 そう思う?

 

 本当に?

 

 まあ数字だけ見ればそう思うだろう。

 

 これの恐ろしいところは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一度金蔓として有名なお坊ちゃまと戦って勝ったことがあるが、戦闘後お坊ちゃまはこう言った。

 

“参ったよ…………これが賞金の5000円…………と言おうかと思ったけど、ここまで完膚なきまでに負けてしまっては仕方ない、これをキミに上げよう”

 

 と言って、黒い高そうな財布を直で渡してきた。

 

 因みに中は札がぎっしりで、軽く二十万くらいは入っていた。

 

 その後何度か別のトレーナーと戦ったり、戦闘後に話をしてみたりで、何となく程度に分かったことを言うと。

 

 “こううんのおこう”と“おまもりこばん”は()()()()()()どうぐである、と言うことだ。

 

 相手の意思とか、思考とか、そう言ったものを誘導し、使っている人間が得られる金銭を上昇させる。

 

 ぶっちゃけた話。

 

 運だとか運命だとか、そう言ったものにまで干渉しているのではないか、と言うのが自身の予測。

 ポケモンに持たせて戦闘させないと効果を発揮しないし、あくまで自分の意思で払おうとする時にだけ干渉するのも検証したが、それでも運だとか運命だとかそんな形の無いものにまで干渉できる時点でもうこれいったい何なんだ、と言う話である。

 

 まあ、二十万巻き上げて翌日にはさらに倍額入った財布を持っていたお坊ちゃまには正直戦慄すら覚えたが。

 

 ゲーム時代ならそこにわざやシステムアシストも合わせて十分程度で十万、二十万軽く稼げるのがオメガルビーと言うゲームだったが、現実でもかなり無茶苦茶だったことは取りあえず言っておく。

 

 と言うわけで実は予算は潤沢だ。

 片っ端からわざマシンを購入していく。どうやらちゃんと使い回し可能なタイプらしい、値段は十倍近いが、それでも使用回数を考えれば全然安い。

 

 驚くことに“みがわり”や“どくづき”、“ジャイロボール”などゲームだとマボロシの場所でないと手に入らないわざマシンも普通に売ってあり、財布の中身はどんどん目減りしていく。

 

 父さんに一度止められたこともあって、もうこの間ほどの荒稼ぎができない以上、あまり使い過ぎるのもどうかと思ったが、けれど便利なものは便利だ。

 こういう旅先で買った物は輸送が不便かと思うかもしれないが、ゲームでもあった通り、パソコン一台あれば実家まで送れる世界である。

 どうぐ、だけでなく、非生物ならば基本的に転送システムでパソコンに出し入れができる。

 ある一定方面では元の世界よりも便利なこの世界だった。

 

 

「……………………?」

 首を傾げる。

 ちりちり、と首の裏辺りに違和感を覚える。

 手で触れてみても特におかしな感じは無い。気のせいかな、と思いつつ振り返っても見えるのは人込みばかり。

「…………何だろう?」

 分からないならまあいいか、と流し、次の場所へと向かう。

「…………ここは、石売り場か」

 ポケモンの進化において、石と言うのはかなり重要だったりする。

 “ほのおのいし”“かみなりのいし”“みずのいし”“リーフのいし”“つきのいし”の初代に出てきた五つの石。

 第二世代金銀から出てきた“たいようのいし”。

 第四世代ダイヤモンド・パール・プラチナから出てきた“ひかりのいし”“やみのいし”“めざめいし”の三つ。

 

 現状分かっているだけでも、九つ、ポケモンの進化に関係する石がある。

 さらに特定一部のポケモンにだけ関連するアレも…………石が関連しているし…………。

 

「けっこう色々あるなあ」

 進化に関係する石だけかと思ったら、なんか宝石とかも含めて色々あるらしい。

 実はこの世界、宝石の値段と言うのがそう高く無い。決して安くは無いが、けれど前世と違い、ポケモンを使えば探すのも、作ることすらそう難しくない…………と言うかコストが安く済むので、前世と比べるとかなり値は下がっている。

 半面、隕石の値段と言うのは凄まじく高い。何せ、未知の鉱石かつ、運が良ければ宇宙の因子がついて回る物質である。見て楽しむものでは決して無いが、研究価値としては凄まじい値になる。

 因みに拳大の隕石を見つけれたら家が一軒立てれる。そこに未知の物質でも付着していればさらに一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。

 

 まあ…………未知の物質って、下手したらデオキシスが生えてきそうではあるが。

 

 ゲーム中でも石屋と言うのが実はある。

 XYかORAS限定ではあるが、いくつかの選択肢が出てきて、大半は“かたいいし”や進化の石なのだが、中にはとんでも無いものもあって…………。

 

「…………まじか」

 

 目の前の台に鎮座する白を山吹色で挟んだようなSの字を引き延ばしたような模様が入った丸い石があった。

 知っている、自身はこの石を知っている。

 

 値札を見る…………三万円。

 

「「買った!!」」

 

 思わず呟いた一言は、どうしてか同じ言葉が隣からも聞こえて。

 伸ばした手が、隣から伸びた手を触れ合う…………。。

「あっ」

「えっ」

 互いに、思わず引き戻し…………隣を見やる。

 

 チャンピオンの ダイゴが あらわれた

 

「…………………………………………………………………………………………」

「……………………やあ、こんにちは」

 

 公式イケメンスマイル。

 ハルトはめのまえがまっしろになった。

 

 眩しいぜ。

 

 

 * * *

 

 

「へえ、キミもトレーナーなんだね」

「ええ、まあ」

 石屋のすぐ近くのベンチに座りながら、チャンピオンに買ってもらったジュースを片手に話す。

 

 …………なんだこの状況。

 

「ボクとしてはどうしてもこれが欲しいんだけど…………譲ってもらえないかな?」

 そう告げるダイゴの指が摘まむのは、先ほど見つけた不思議な模様の丸い石。

 とりあえず、と言うことで自身が代金を払って手に入れておいたのだ。

「石集めが趣味なんでしたっけ」

 告げた言葉に、ダイゴが目を丸くする。

「おや、何で知っているんだい? キミとボクはどこかで出会っていたかな」

 原作でも見たことのある、片方の腕でもう片方の肘を持ちながら顎の下に手を当てるポーズ。

 なんか目の前でやられると様になっていて、余りのイケメン度の違いに嫉妬すら起きない。

「テレビで見ただけですけど…………ホウエンチャンピオンの名前なら、当たり前に知ってますよ」

「…………おや、バレてしまったかい」

 やれやれ困ったな、なんて全然困って様子も無く余裕そうに呟くその姿。

 

 “ホウエンチャンピオン”ダイゴ。

 

 それが目の前の青年の肩書と名前だ。

 何度となく、この季節…………ポケモンリーグトーナメントの開催される春になるとテレビで見る。

 圧倒的な強さで持って頂点に君臨するホウエン地方のポケモントレーナーたちの頂点。

 

 そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、つい聞いてしまう。

 例えそれが無意味に警戒を煽ると分かっていても。

 

「使うんですか…………その()()()()()()

「…………………………………………」

 

 呟いた言葉に、返事は無かった。ただただ驚いたように目を見開いていた。

 数秒、沈黙が続き…………やがて、ダイゴがくく、と笑い出す。

 

「まさかキミのような子が知っているとはね…………いや、本当に驚いたよ。こんなに驚いたのなんて、生まれてこのかた初めてかもしれない」

 

 苦笑しながら呟く。けれどその瞳から、笑みが消えていることに、すぐに気づいた。

 

「キミは…………頂点を目指しているのかい?」

 

 ダイゴが問う。問うた言葉に、寸断置かず。

 

()()

 

 はっきりと頷く。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………っぷ、くふふ」

 

 互いに見つめ合い、沈黙が続く。それを破ったのはまたしてもダイゴからだった。

 

「そうかい…………本気なんだね。ならライバルには秘密にしておこうか」

 

 秘密、と言ったその言葉に、けれど答えは出ているようなものだった。

 ダイゴが立ち上がる、すでに用は無いと言っているようだった。

 

「…………そうですか」

 

 ゲームではソレのイラスト、と言うのは実は無い。

 公式が作った玩具が存在するのだが、それを見る限り多種多様なメガストーンにおいて、それぞれの違いと言うのが配色の違いしか無い、と言う時点でどれがどれかなんて分かりっこ無い。

 だからそれが()()()()()()()()()()()()()なのかなんてわかりっこ無い…………本来ならば。

 

「メタグロスナイトか…………なら面倒だなあ」

 

 呟いた一言に、ダイゴが振り返り。

 

「ふふ……………………キミがやってくるのを楽しみにしているよ、トレーナー君」

 

 一度ふっと笑って、そのまま今度こそ振り返ることなく去って行く。

 

「…………あれが、ホウエンチャンピオン」

 

 ゲームでは何度となく出会ったし、戦って勝ったこともある。

 だが、そんな生易しいものじゃない。

 

 あれは怪物だ。

 

 理解する、ゲームが現実となったこの世界において。

 

 ホウエン地方数万のトレーナーの頂点に立つ存在。

 

 それが並の存在ではないことは分かっていた。

 

 だが、ただ向き合っただけで感じる存在感。

 

 あれは本物だ、と脳が理解する。

 

「……………………楽しくなってきた、本当に」

 

 勝てるのか?

 

 そんな疑問が脳裏を過り。

 

「勝つんだよ」

 

 笑って呟いた。

 

 

「……………………あ、金払ってもらってない」

 

 

 それから余計なことも思い出した。

 

 

 




公式イケメンさん登場。

メガストーンも出したし、次回ついにアレについても語れるぞい!
バレバレと分かり切ってても、それでもアレで押し通したんだ、一人くらいは驚いて欲しい。


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この世に悪ある限り下っ端は何度でも蘇る

 

 集合場所のフードコートへとたどり着くと、ほとんど同時に他のみんなもやってきていた。

「お父さん、お母さん、何食べるの?」

「パスタとか良いんじゃないかな、センリくんたちはどうするんだい?」

「ふむ、そうだな…………そっちに合わせても良い、よな?」

 一度こちらを振り返り自身と母さんに確認を取る父さん。頷くと、父さんもまたオダマキ博士に向かって頷いていた。

 全員で移動しながら適当な店を見繕い、席を見つけると座ってそれぞれにオーダーをする。

 

「そう言えば父さん」

「ん? どうしたハルト」

 何気なく、ウェイトレスの持ってきたお冷で軽く喉を潤しながら、こちらへと視線を向け。

「さっきチャンピオンに会ったよ」

 完全に硬直した。気づけば向かいで話をしていたハルカたちもオダマキ一家も会話を止めて、こちらを見やっていた。

「チャンピオンって…………まさか」

「うん、ホウエンチャンピオンのツワブキ・ダイゴ」

 驚き過ぎて逆にどんな顔すれば分からない、と言った様子の父さんに、まあ、と話を続ける。

「会ったって言っても、少し会話しただけで何があったわけでも無いんだけどね」

「話したのか?」

「うん…………偶然同じ物買おうとしてね、でもそれが一つしか無かったから」

「何を買おうとしてたんだい?」

 チャンピオンも買おうとしていた、と言う言葉に興味を覚えたのか、オダマキ博士が会話に入ってきて。

 

「メガストーン」

 

 告げた言葉に、笑みが凍った。

 

 

「な…………なな、なななななななな?! なんだってええええええええええええ?!!」

 

 絶叫と言う言葉が似あうほどに叫ぶ博士。だがそんな叫びもざわつくフードコートの中の雑音の一つと消えていく。

「どどどど、どこで売ってたんだい?!」

「南区画三階の石屋さん。進化に必要な石の中にしれっと混じっててびっくりしたよ」

「行かないと!」

「あ、お父さん?!」

 駆け出していく博士と、慌てて父親を追うハルカを見送る。

 残された母親は、あらまあ、と目を丸くしながら、けれどやがて仕方ない二人ね、と笑った。

 

 母親と言うのはどうしてこう誰も彼も器が大きいのだろう。

 

「ハルト」

 と、その時、父親に呼ばれ、振り返る。

 隣の席に座る父が自身をじっと見つめていることに何事かと首を傾げ。

 

「…………お前、知っていたのか」

 

 何のことか、と一瞬疑問に思うが、すぐに気づく。

 

「知ってるよ…………と言うか、もうすぐ使()()()()()()()()

 

 その言葉に、父の目が大きく見開かれ。

 

「全く…………いつの間に知ったんだか」

「ていうか父さんこそ知ってたんだ…………()()()()()

 

 メガシンカ。

 

 ポケットモンスターXYから実装された新システム。

 

 本来進化するはずの無いポケモンが戦闘中に突如進化する現象の総称。

 

 ゲームのシステム的なことを言えば、メガストーンと呼ばれる持ち物を持たせたポケモンを戦闘に出し、技コマンド画面の下側にあるメガシンカのボタンを押せばメガシンカ可能になる。

 メガシンカをしたポケモンはそれぞれ種族値が合計で100前後上昇し、特性なども変化する。

 

 全てのポケモンが進化するわけではない、と言うかメガシンカするポケモンのほうが少ない。

 

 それでも、このシステムによって、明らかに強さが変わった…………変わり果てたポケモンなどもおり、実装当時センセーショナルな話題としてファンの間では多くのメガシンカポケモンを使った戦術が構築されていった。

 劇的に強くなるとは限らない、持ち物が固定される、タイプが変化し弱点や半減なども変わって本来当たらないはずの攻撃が当たってしまうなどのデメリットもあったが、それでもこのシステムによって、対戦における戦いの幅が大きく広がったのは事実だろう。

 

「仮にもジムリーダーだぞ、それくらいは知っている…………もっとも、使える人間は限られるがな」

「ていうか使える人いるの?」

「ああ」

 父さんが呟き、懐から取りだしたのは…………。

「バランスバッジ?」

 トウカシティジムに挑戦し、勝利した者に与えられるポケモンリーグ公認バッジ。

 

 その原品(オリジナル)だ。

 

 ゲームだと分かりにくいが、ジムで勝つたびにもらえるバッジは、あれは複製されたものだ。

 と言っても偽物、とかそういうわけでなく、きちんと本物として扱われる。

 ただバッジは、ジムリーダーのみが持つ原品と、ジムリーダーが認めたトレーナーに渡す複製品の二種類があり、原品は当たり前だがたった一つ、ポケモンリーグが直々に作成し、ジムリーダーに渡した一つしかない。

 そしてジムバッジを複製する権利は、ジムリーダーだけが所有しており、他人が勝手にこれを複製すると、前世で言うところのお金の偽造と同じレベルでの犯罪行為となる。

 

「でもバッジがどうかしたの?」

「その裏だ」

 そうしてバッジを渡してくるので、裏返してみると。

 

「…………キーストーンだ」

「…………その通り」

 

 バランスバッジの裏にキーストーンが取り付けられていた。

 

「え、ていうことはさ」

 もしかしてこの親父様。

「…………使うの? メガシンカ」

「ああ、使うぞ」

 こくり、と頷く親父様だが…………だが!!!

 

 ちょっと待って欲しい。

 

 今脳裏に最大級の悪寒が来ている。

 

 一つ前提を覚えておいて欲しい。

 

 親父様は『()()()()』タイプ専門のトレーナーである。

 

 そのため、ケッキング、ケンタロス、カビゴン、ドーブルなど『ノーマル』タイプのポケモンを集中して集めている。

 

 そうして再び思い出して欲しい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『ノーマル』タイプで。

 

 メガシンカするポケモンで。

 

 割とガチ思考な親父様のガチなポケモン。

 

「た…………タブンネ…………とか」

「む? 違うぞ」

 

 最後の希望だった呟きは、あっさりと断たれる。

 

 残ったのは…………。

 

「メガガルウウウウウウウウウウウウウウウウウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 絶叫した。

 

 いや、むしろ。

 

 発狂した。

 

 

 * * *

 

 

 メガガルーラ。

 

 そのまんま、メガシンカしたガルーラだ。

 

 冗談抜きで一時期、対戦環境を一色に染め抜き、対戦してもメガガルーラ同士の殴り合いしか起こらないので『ガルモン』なる蔑称まで生み出してしまった悪魔の存在である。

 余りにも強すぎ、普通に戦っているとほぼ詰むため、対策必須と呼ばれるポケモンの中でも最上位に位置する。

 

 前世では何度となく戦ったことのある相手だ。

 戦って、負けて、戦って、負けて、戦って、負けて、戦って、負けて、負けて、負けて、負けて。

「自重しろ親父いいいいいいいいいいいいいい」

「何がだ」

 何故この世界のポケモンリーグはあの化け物を出禁にしないのだろうか。あんな伝説よりも化け物染みた怪物野放しにしていいのか。

 

 と言うかこの親父、ガチパがシュッキンオウに、ケンタロスに、メガガルーラって…………。

 正直、趣味で作った自分のパーティよりガチな気がする。

 

 と言うかだ…………。

 

「ガルーラに…………裏特性、覚えさせてるの?」

「当たり前だろ?」

 

 何を言ってるんだ、と言わんばかりの親父様の態度に、思わず白目を剥きかけた。

 

 

 * * *

 

 

「戻ってこないね、博士たち」

「お前のせいだろうに…………だが確かに少し遅いな。ハルト、少し様子を見てきてくれないか?」

「ん、分かった」

 どうやら調理にはまだ時間がかかるようだし、行って呼んでくる分にはまあ間に合うだろう。

 お腹空いた、とばかりに腰のボールが揺れるが、はいはいとそれを宥めつつ、席を立って走る。

 

 一階のエスカレーターを昇って行き、すぐ隣の昇りエスカ―レーターに乗って三階にたどり着く。

 石屋は確かこの先だったはずだ、と歩き出そうとして。

 

「…………へへ」

 

 目の前に一人の男が立ち塞がった。

 

 全身が紅く、角のようなデザインのついたフードを被った男。

 

「…………お前」

「よう…………クソガキ」

 

 いつかのマグマ団の男がそこにいた。

 

「ついて来い…………もし来なければ、お前のお友達がどうなるか、分かるだろ?」

 

 お友達、と言う言葉に脳裏にハルカを思い出す。

 

 この先…………まさか。

 

「お前っ」

「おっと…………こんなところで暴れて、回りに人がいっぱいいるぜ? いいのか?」

「………………………………」

「分かったならついてきな」

 

 数秒沈黙し、やがて男の後を追う。

 

 そうして従業員通路と書かれた扉を潜り、さらに階段を昇って。

 

 屋上へと出た。

 

 ごう、と風が吹きすさぶ。

 

「くく…………ようこそ、ってか」

「ハルカちゃんは? それに…………博士は」

 

 自身の言葉に男が視線を向ける…………自身の後方へと。

 振り返る…………そこに。

 

「博士、ハルカちゃん」

 

 縄でぐるぐる巻きにされ転がされている博士と、同じく縛られたハルカの姿。

 どうやら気絶しているらしい…………それとも眠らされたのか、恐らくポケモンのわざだろうと予測する。

 

 振り返る…………どうやら不意打ちはしてこなかったらしい。

 警戒して、いつでもボールを抜けるようにしていたのだが。

 

「要件は分かるよな?」

「復讐しに来たってわけか…………大人げない」

「くく、あの後、あの森からヒトガタが消えた…………てめえの仕業だろ、大人しく渡せば許してやるぜ?」

「冗談…………ルージュは渡さない、お前らこそとっとと帰って大人しくグラードン復活の準備でもしてろよ」

 まあそれも自身が邪魔するけどな、と暗に呟き。

「あん? グラードン? なんだそりゃ」

 訝し気に呟く男の言葉に、ハッとなる。

 

 そう言うことか、とようやく自身の大きな勘違いに気づく。

 

 だがまあ今はそれは良い。

「まあ…………全部片づければ問題無い」

 呟く自身に、男がニィと笑ってボールを掲げる。

「さあ、今度こそてめえをぶっ飛ばしてやるぜ、ガキ」

「この間、エア一人で散々にやられた癖になんでそんな余裕なんだか」

 呟く自身の言葉に、男が嗤う。

「知りたいか? それはな」

 そうして。

 

 パチンッ、と男が指を慣らすと。

 

「へへ」

「くくく」

「っふ」

 

 三人の男たちが、後ろの扉からやってくる。

 

「…………四対一、ね」

 

 つくづく大人げない、と思いながら。

 

「これはただの制裁だ。俺たちマグマ団に逆らった生意気な餓鬼に対するただの制裁」

「へへ…………精々足掻いてくれよ」

「くくく…………ヒトガタ持ってるんだってな、お前を倒したら俺たちが有効活用してやるよ」

「っふ…………さあ、それでは」

 

「「「「行かせてもらうぜ」」」」

 

 四人がボールを投げる。

 

 そうして出てきたのは。

 

 いつかも見たし、戦った黒い大きな犬のようなポケモン、グラエナ。

 

 体の半分以上を占める大きな口が特徴的な蝙蝠のようなポケモン、ゴルバット。

 

 宝石の付いた岩の上に白い綿のような体毛で覆われた頭が生えたようなポケモン、メレシー。

 

 ニタニタと不気味な笑みを浮かべる黒い影のようなポケモン、ゲンガー。 

 

 グラエナで『いかく』して、ゴルバット、ゲンガーで“じしん”を無効化し、“おんがえし”もゲンガーで受け止め、使っても無いが、偶然か分からないが“りゅうせいぐん”もメレシーが無効化。

 

 割とガチでエアを仕留めに来ているな、と言うのが自身の印象。

 

 だから。

 

「実戦テストだ…………エア」

 

 自身の一番の相棒をボールから解放する。

 

「やるのね?」

「ああ…………やるよ」

 

 だから、これが必要だろう。

 

「エア」

「なに…………って?!」

 

 エアに近づき、それを見せる。

 

 指輪だ、紐を通し、首から下げれるようにした指輪。

 指輪には丸く小さな石が取り付けられている。赤と青で構成された不思議な模様。

 Sの字を引き延ばしたかのようなその模様の石は、つい先ほど見たばかりのものと非常に酷似していた。

 

 エアへとさらに一歩近づき、その首に紐を通してやる。

 真赤になりながらも大人しいエアに苦笑しつつ。

 

「これと後は…………」

 

 そうして。

 

「…………偶然、って怖いよなあ」

 

 懐から取りだしたのは。

 

「返すの忘れてたよ、父さん」

 

 バランスバッジ。

 

 そしてその裏に取り付けられているのは、キーストーンと呼ばれる特殊な石。

 

「行けるな」

「…………当たりまえ!」

 

 一瞬で戦闘へと思考を切り替えたエアが、いつも通りのキリっとした表情へと戻り。

 

「なら…………蹂躙しろ、エア!」

 

 呟きと同時。

 

 自身が持つバランスバッジが…………否、そこに取り付けられたキーストーンが輝きに包まれていく。

 

 

「ぐ…………るあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 キーストーンの輝きに共鳴するかのように、エアの首に下げられた指輪が発光し、エアが光に包まれる。

 

 

 そうして。

 

 

 メ ガ シ ン カ !!!

 

 

 卵の殻を破るかのように、光が割れ…………。

 

 

 そうしてエアが…………()()()()()()()がその姿を現した。

 

 

 




ついに来たよ、メガシンカ!

因みにメガシンカシステム。作者非常に好きです。

パーティ6匹の中でたった一匹だけに使える、と言う辺りに非常に特別感を感じる。

マンダがメガシンカ対応してるって知った時は小躍りした。



因みにメガガル持ってます、ただ対戦じゃ使いません。
某執筆妖怪とやってみて、3Vs3で初手メガガルで4ターンで3縦するとか、対戦面白くなかったので(
メガガルは自分の中では出禁になりました。

あ、でもガルガブゲンはスーパーシングルで大活躍してくれてます。
お蔭でBP稼ぎもはかどってる。


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うらぎりははいとく、みつのあじ

「…………エア?」

 

 思わず、自分でも馬鹿らしいとは思うが、それでも。

 

 一瞬、目の前の少女が誰か分からなかった。

 

 エアと同じ服で、同じ髪の色で、同じ瞳で。

 けれどエアよりも幾分か年かさを重ねた。

 

 ()()()()くらいの少女がそこにいた。

 

「…………行くわよ、()()()

 

 少女の口から紡がれた自身の名に、思わずどきりとしながらも。

 

「…………ああ、行くぞ、エア!」

 

 それが疑いようもなく自身の相棒であると、本能的に理解する。

 

 対する敵は、グラエナ、ゴルバット、メレシー、ゲンガー。

 真っ先に落とすべきは…………。

 

「エア“おんがえし”!」

「りょうっかい!!!」

 

 ふわり、とエアが地を蹴り…………浮き上がる。

 

 瞬間。

 

 轟ッ、と空間が弾けたような音が響く。

 同時に、目の前にいたはずのエアが一瞬で姿を消し。

 

 直線状にいたゲンガーに“おんがえし”による一撃を見舞った。

 

「グァァァァァ!!!?」

 

 トレーナーの指示よりも、ポケモン自身の判断よりも早く放たれたエアの一撃に、ゲンガーが弾け飛び、屋上から放り出される。

 特性ふゆうのゲンガーならば、浮き上がって戻ってこれたかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………が…………グァ…………」

 

 必死になってなんとか屋上の内側まで戻って来る、と同時に力尽き、倒れ伏す。

 

「……………………次」

 

 くいっ、とエアが親指を下に向け自身の首の前を横切らせる。

 けれど動かない、動けない。

 一撃で気づく、たった一撃でも気づいてしまう。

 

「な、何だよそれ…………何で『ノーマル』タイプのわざがなんでゲンガーに効くんだよ!?」

「お、おい…………なんだあの化け物みたいに強いポケモン!?」

「ヒトガタ…………これが」

「俺の、俺のゲンガーが一撃だと?!」

 

 トレーナーの動揺に、ポケモンたちが戸惑う。指示が来ないと戦えない…………所詮その程度だと言うことだ。

 

「エア…………次は、ゴルバットだ」

「行くわよ」

 

 だがこちらが待つ必要も、義理も無い。

 エアに指示を出す。

 エアがもう一度、ふわりとスカートを揺らしながら浮かび上がる。

 波打つ長髪がはらはらと宙に舞っては落ちていく。

 

 エアが拳を固める。

 

 それを引き絞るようにして構え。

 

 ()()()()()()()()で弾けるように跳ぶ。

 

 まるで空中で地を踏みしめているような、そんな光景。

 一秒も満たない間に、ゴルバットへと肉薄し。

 

「避けろ、ゴルバット!」

 

 トレーナーの指示にゴルバットが動かそうとしたその瞬間には。

 

「遅い」

 

 “おんがえし”

 

 エアの拳が深々と突き刺さっている。

 ゴルバットが弾け飛び、屋上のフェンスに突き刺さって、そのままぐったりとして動かなくなる。

 

「これで面倒なのは落とした」

 

 優先順位は極めて簡単だ。

 絶対に落とさないとならないのがゲンガー。

 

 もし万一“みちづれ”なんて覚えられていたらそれだけで無条件でエアが負ける。

 レベル差があろうと、HPが残っていようと、特性がんじょうだろうとタスキ持っていようと、問答無用で『ひんし』にされてしまう極悪なわざだ。

 

 だからこれを真っ先に潰す、幸いレベルもこちらが上だし、メガシンカで種族値的にもすばやさは勝っている、間違いなく先制は取れると思っていた。

 

 ゲーム時代と違い、こうして戦闘開始時にメガシンカできる以上、ゲームのように1ターン目はメガシンカ前のすばやさに準拠、なんて設定も無いようだし。

 恐らく逆に、相手に肉薄し、攻撃する直前にメガシンカさせれば元のすばやさを維持したまま攻撃する時だけメガシンカ後のステータスで戦える、とかそう言うことも可能だと思う。

 

 それはさておき、次に厄介なのがゴルバットだった。

 “あやしいひかり”で強制的に『こんらん』させられるかもしれないし、もしかしたら“さいみんじゅつ”を持っていたかもしれない。

 ゴルバットは確か遺伝技で覚えたはずだ。『ねむり』状態になってしまえば、相手に攻撃されようとも無抵抗になってしまう。と言うかそうなったら普通にトレーナーである自身に直接攻撃仕掛けてきそうな気もする。

 

 グラエナがエアを出した時に“いかく”して『こうげき』が多少下がってしまっていたが、それでもメガシンカで『こうげき』の種族値自体が上がっている以上、これくらいならできると思っていた。

 

 何より相手のレベルは図鑑で見る限りおよそ50前後。

 対してエアのレベルはすでに90を超えている。

 誰よりも果敢に戦い、誰よりも貪欲に強さを求めるエアは、だからこそパーティで最もレベルが高く、そして伸びしろも高い。

 意欲の差と言うのが経験値に何か補正でもかけているのかもしれない、同じくらいの敵と戦っているのに、エアは一等レベルの上がりが早い。

 

 恐らくあと二、三週間あのままジムで鍛え続ければレベル100も難なく到達していただろうと思う。

 

 ポケモンにおいて、レベルの差と言うのは余りにも大きすぎる差だ。

 

 たった4か5違うだけでも明確に差ができると言うのに、まして40以上の大差。

 

 エアが吼える。

 

 次はお前たちだ、と明確に敵意を露わにし。

 

 

「グラエナアァァァァ! “いかりのまえば”!」

「メレシー! “いわなだれ”!」

 マグマ団たちが半ば悲鳴染みた指示を出すと、ようやく残った二匹が動き出す。

「エア…………“りゅせいぐん”」

 対抗するようにこちらも次の指示を出す。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!」

 

 エアが咆哮する。空間がびりびりと震動するほどの絶叫に、一瞬トレーナーも、ポケモンたちも怯み。

 エアの全身から手のひらへと、オレンジ色に光る何かが集まり球体を生み出していく。

 そして光球がその手のひらよりも大きくなると、エアをその光を上空に向けて投げる。

 

 瞬間。

 

 ぱちん、と光が弾け…………無数の流星となって屋上へと降り注ぐ。

 

 “ り ゅ う せ い ぐ ん ”

 

 流星がエアへと食らいつこうとしていたグラエナを直撃し、弾き飛ばす。

 そしてメレシーへも降り注ぐが、だが『フェアリー』タイプのメレシーには『ドラゴン』タイプのわざである“りゅうせいぐん”は通用しない。

 

 けれど。

 

「メェェェ~!」

 

 メレシーが放った“いわなだれ”が次々と流星に打ち貫かれていく。

 

「エア…………行くぞ! 行けるな!?」

 

 叫びに答えるように、エアの咆哮が響く。

 

 そして。

 

「“すてみタックル”!!!」

「ルアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」

 

 エアが叫び、宙へと舞い上がる。

 

 そうして。

 

 空に向かって足を向け。

 

 ズドンッ

 

 ()()()()()()、加速する。

 

 ぐるん、とその加速を保ちながら、エアがその身を()()させていく。

 

 ぐるん、ぐるん、と回転が幾重にも増していく。

 

 まるで弾丸のように、超高速で回転しながら一直線へとメレシーを目掛け。

 

 

 “ ら せ ん き ど う ”

 

 

 “ す て み タ ッ ク ル ”

 

 

()()()()()()()()()()!!!」

 

 ズドォォォォォォ

 

 轟音を立て、エアが真正面からメレシーに激突する。

 

 そうして。

 

 ダァァァァァァァァン、とメレシーが派手な音を立てながら屋上を転がりながら、二度三度と床に激突、バウンドしながら転がって行き。

 

 ガシャァァァ、とフェンスに激突して止まる。

 

「…………め、メレシー…………?」

 

 けれど、メレシーは答えない。ぴくりとも動かず、鳴くことすらしない。

 

「…………ぐ…………がああああああああああああああああああ!!!」

 

 エアが反動ダメージを受けながらも咆哮を上げる。

 マグマ団の男たちの顔にはっきりと、恐怖が浮かび上がる。

 

「…………な、何なんだよお前」

「やばすぎる…………やばすぎる」

「何が子供一人を制裁するだけだ、バケモンじゃねえか!!」

「お、俺は降りるぜ、こんなやつと戦ってられるか!」

 

 一人逃げ出すと、途端に蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す男たち。

 最後の一人が逃げ出し、扉がばたん、と閉まる。

 

 後に残されたのは自身とエア、そして縛られた博士とハルカ。

 

 そして。

 

「ぐ、ぐるぅ…………ぅぅぅ…………るぅ?」

 

 どうしていいか分からずきょろきょろと、扉とこちらへと視線を往復させるグラエナ。

 

「ルオオオオオオオオオオ!」

「きゃうんっ?! きゃうん、きゃんきゃん!」

 

 けれどエアが威嚇すればすぐに屋上からフェンスを越えて飛び出す、ついでに気絶するメレシーを抱えて。

 ゲンガーやゴルバットもいつの間にか見えなくなっていた。

 

「…………ふう、なんとかなったか」

 

 実際のとこ、中々にひやりとする戦いだった。

 まあいざとなれば残りの五匹も使えば良かったのかもしれないが。

 

「…………でも、できたな」

「……………………そうね」

 

 メレシーへと放った一撃を思い出す。

 馬鹿げたほどの高い『ぼうぎょ』の種族値を持ち『いわ』タイプで“すてみタックル”の威力を半減させてくるメレシーだったが、あの勢いを思い出せば、自身の企みが成功したことを実感する。

 

「出来たぞ…………()()()

 

 まずは一人、と心の中で呟く。

 

「…………………………っ!」

 

 ぐっ、と。

 

 エアがひっそりと、拳を握った。

 

 

 * * *

 

 

「大丈夫ですか? 博士、ハルカちゃん」

「ふう、ハルトくんか、助かったよ」

「あわわ…………本当にピンチだったかも、ありがとうハルトくん」

 と言いつつ、二人の視線が自身の後ろに固定されている。

 何を見ているんだ、と思えば。

 

「…………何よ」

 

「…………エアくんかい?」

「エア、ちゃんだよね?」

 博士とハルカがまるで不思議そうにエアを見つめる。

 だがなるほど、と思う。目の前で見ていても確かに信じられないかもしれない。

「ていうか、なんで戦闘終わったのにメガシンカ終わらないんだ?」

「…………さあ? 知らないわよ」

「メガシンカ?! も、もしかして、さっきのがかい?!」

 驚くように目を見開く博士。父さんがキーストーンを持っていたことからすでに知っているのかと思えば、実際には目にしたことが無いようだった。

「見た事無かったんですか?」

「センリくんも、いざ、と言う時以外は見せようとしないからね…………私としても専門でも無い分野だから無理にとは言えなかったのさ、それにしても良いものが見れた、ヒトガタのメガシンカなんて前代未聞なんじゃないだろうか」

 

 確かにチャンピオンのアレとかさっき手に入れたばかりだったようなので、自身が初かもしれない。

 

「お父さん? メガシンカって何?」

 博士の言葉に疑問を持ったハルカが尋ねる。

「いいかい、メガシンカって言うのはね」

 と自身が知っている知識を語って行く博士を置いといて。

 

「じゃあ戻るか…………エア?」

 

 ふと振り返り、エアを見れば。

 

「…………何よ」

 

 いつの間にか元の十歳くらいの幼女へと戻っていた。

「なんだ戻ったのか」

「残念だったわね」

「本当になあ、メガシンカしたエア超美人さんだったのに」

「っ!!?」

 呟いた一言にエアの顔を真赤に茹で上がる。

「んな、な、な!!?」

「まあ今も可愛いんだけど、さっきのは良かったなあ、なんていうかカッコいいお姉さん、みたいな感じで、元が元だけに綺麗だったし」

「~~~~~~~~~~~っ!!!」

 声も出ない、と言った様子で蒸気し紅潮した頬で震えるエア。

「あ、そうだエア」

「にゃによ!」

 あ、動揺しすぎて言葉がおかしくなってる。

 

「お疲れ」

 

 呟いた一言に、何か言いたそうな表情で何度となく口を開き。

 

「…………お疲れ」

 

 はあ、と一つため息、と共にそう告げた。

 

 

 

 * お ま け *

 

 

「にゅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ち、ちーちゃん、落ち着いて」

「なんでチーク発狂してるのー?」

「えっと…………その…………エアが…………」

「胸が大きくなってたから…………だそうですよ」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああ、あのうらぎりものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「あわわわわ、ちーちゃんってばあ」

「ぽよん…………ぽよん…………(ぺたぺた)」

「大丈夫、シャルもまだ大きくなるって…………多分」

「今多分って言ったぁ」

「だ、大丈夫よシャル、リップルもあまり揶揄わないの」

「にゅわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ちーちゃあああああん!」

「イナズマもう泣きそうだねー」

「そう思うなら止めてあげてくださいリップルも」

「あわわわわわわわわわわ、ごごごご、ごしゅじんさまとエアががががが」

「シャルは全然関係ないところで慌ててるね」

「あらいい雰囲気ね…………私も後でマスターに…………」

「あ、いいね、リップルも後でマスターに甘えようかなあ?」

「ぢいいいいいいいいいいぐうううううううううじょおおおおおおおおおおおおおお!」

「ちーちゃああああああんうわあああああああ」

「とうとうイナズマも泣き出したねー」

「今回チークずっと叫んでますね」

「あう…………いいなあ、エア…………ボクもシンカできないかなあ」

「この中でメガシンカできるのって…………」

「あら…………たしか…………」

「え、な、なに? 私がどうかした?」

「イナズマの裏切りものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

「ええっ?!」

 

 

 と言う会話がどこぞであったとか無かったとか。

 

 

 

 

 




裏特性:らせんきどう
『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・わざ・どうぐで半減されず、さらに威力が1.2倍になる
取得条件:『ひこう』タイプのわざの熟練度を最大まで上昇させ、『いわ』『はがね』タイプのポケモンを熟練度が最大の『ひこう』わざで100ぴき倒す。


螺旋軌道、イメージはライフルかな? あとドリル。
簡単な説明をすると、飛行中に『回転』を加えることで『貫通力』を上昇させる裏特性。

因みにスカイスキンと重複します、なのでタイプ一致1.5倍×スカイスキン1.3倍×らせんきどう1・2倍דすてみタックル”=相手は死ぬ


裏特性出せて満足。残りは三章で出していく予定。
そして今回でまとまらなかったのであと一話で二章終わり。
その後で要望があったので、登場人物設定書きます。ちょうど明日休みだし。


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まもるべきもの、まもりたいもの

 

「マグマ団、潰そうか」

「「「「「「「…………………………」」」」」」」

 

 ふと呟いた一言に、全員が沈黙した。

 

 博士とハルカを連れてフードコートへと戻り、そこで軽く事情を説明しつつ、キーストーンの着いたバランスバッジを父さんに返却する。

 その際多少怒られはしたが、それでも無事で良かったと安堵のため息を吐いていた。

 

 そしてその隣でオダマキ父子が奥さんに死ぬほど怒られていた。

 

 曰く、研究にばかり目が行って猪突猛進だから悪い相手に浚われるんだ、とか、毎回フィールドワークで野生のポケモンに襲われて研究員に助けてもらってるのは誰だ、とか小さい頃からフィールドワークばかりしてないで少しは他にも目を向けろだとか、ハルトがいなかったどうするつもりだったのだ、とか。

 博士もハルカも奥さんには勝てないらしい、しゅん、となってうな垂れていた。

 

 マグマ団について父さんから詳細を聞かれたが、正直に分からないと言っておいた。

 

 実際のところ、自身にも()()マグマ団は何をやっているのか理解できない。

 勘違いしていたのだ…………と言うより忘れていた、と言うべきか。

 

 自身の知っているマグマ団と言うのは()()()()()でのマグマ団。

 

 伝説のポケモングラードンを復活させ、世界に陸地を増やすことで人類の発展を目指す集団。

 

 実際のところ、やることが過激なだけでその思想自体は別に悪だなんだと言うほどのものでは無い。

 少なくとも歴代悪の組織の中で、マグマ団とアクア団は一番まともな思考をしている、と思う。

 

 だがそれは六年は後の話である。

 

 原作におけるアクア団、マグマ団の活躍と言うのはグラードン、カイオーガの存在、そしてその復活方法を知ったからこその行動だ。

 その存在を知らない…………もしくは知っていても一部の人間のみであり、まだ組織だってその復活に動いていない今の状態のマグマ団、アクア団がどんな活動をしているのか、と言うのは自分にも分からない。

 

 だからこそ、知らない、と言った。

 

 そして同時、心の中で。

 

 “いつか叩き潰すけど”とも。

 

 

 * * *

 

 

 旅行は三日の予定だ。

 最終日にマグマ団と言う余計なイベントが発生してしまったが、それでも全体的には楽しめた旅行だった。

 仲間との絆も深まった気がするし、新しく入った仲間とも仲良くなれた気がする。

 そして帰りの船の中。

 

 両親共に船の中を散策に出かけてしまったため、残ったのは自身と手持ちたちだけ。

 

 その中でふとした思いつきのように、零した一言。

 

「マグマ団、潰そうか」

「「「「「「「…………………………」」」」」」」

 

 ふと呟いた一言に、全員が沈黙した。

 

 

 自身の知るゲームのストーリーに照らし合わせると、後六年、ホウエンは比較的平和を保ち続ける。

 それはつまり、自身が自由に行動できる期間でもあると言える。

 とは言っても、それを鵜呑みにしても良いものかとも思う。

 

 ここはゲームの世界じゃない、現実なのだ。

 

 ゲームでは設定された台詞を喋るだけだったキャラクターたちも、現実では一個の人間として考え、行動している。

 大よそゲーム時代の設定に沿っているため、言動に関してはゲーム時代とそれほどの差異は無いとしても、それでも必ずしもゲームと同じような流れになるとは限らない。

 

 そもそもこの世界がオメガルビ―、アルファサファイアどちらのゲームのストーリーを主軸に進むのか、それともどちらとも違う独自の展開が巻き起こるのか。それすら分からないのだ。

 

 最悪、グラードン、カイオーガ両方蘇ったりして、なんて昔は思ったが、あれだって本当にその可能性は無いわけではない。

 

「と言うわけで、どっちか片方は確実に潰しておきたいんだよね」

 

 グラードンならあいいろのたま、カイオーガならばべにいろのたまがあればまだ対処は可能になる。

 この二つのアイテムはそれぞれグラードンとカイオーガを目覚めさせるために使われ、その捕獲後には持ち物として使えるようになり、両者の“ゲンシカイキ”を引き起こすキーアイテムとなる。

 

 これがもしルビーサファイア版のグラードン、カイオーガならば自身がここまで焦ることも無かったかもしれない。

 作中でもとんでもない天候異常として描かれはしていたが、それでもまだマシなレベルであったのだと、まだ生身でも対処できるレベルであるように描かれていたからだ。

 

 だが、オメガルビ―アルファサファイアのグラードン、カイオーガは()()()()()だ。

 

 それがそのメガシンカと言うシステムから派生し、ORASから新たに追加された()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 ()()()()()()である。

 

 ゲンシカイキしてしまったグラードン、カイオーガは最早人間にどうにかできるレベルでは無くなる。

 

 あれは最早環境破壊…………と言うより、生物を殺しつくすための生体兵器に近い。

 

 何せ、ただそこに()()()()で人間もポケモンも住んでいられなくなるような環境へと変えていくのだ。文字通りに()()()()()()()()力を持つ二体のポケモン。

 

 グラードンかカイオーガか、殺し合い生き残ったほうだけがこの世界にたった一体の生物として君臨することとなる。

 

 …………まあその前にレックウザがやってくるのだろうが。

 

 それでも、少なくとも、ホウエン地方が壊滅の危機なのは間違い無い。

 何せ目覚めただけでルネシティ周辺の海域全てがその“特性”の効果範囲に収まっていたのだ。

 

 そもそもレックウザは本当にアレらに勝てるのか。

 

 もしも原作の設定を()()()()()()()()()()()()()()

 

 レックウザではゲンシカイキしたグラードンにもカイオーガにも勝てないのではないだろうか。

 

 そう言う危惧がある。

 

 

 * * *

 

 

 そもそも何故自分がそんな面倒なことやらなければいけないのだろうか。

 初代赤、緑、青、二世代金銀、四世代も五世代も。

 

 伝説のポケモンが()()()()害悪となるのは、ルビー、サファイア、エメラルド、オメガルビ―、アルファサファイア…………と言うかグラードンとカイオーガだけだと思う。

 

 と言うか…………今のうちに『べにいろのたま』と『あいいろのたま』押さえておけばいいのではないだろうか。

 

 …………いや、あれは確かにグラードンとカイオーガを目覚めさせることができるが、それでも決定打にはならない。

 ぶっちゃけた話、あんなものなくとも、目覚めさせるだけなら何らかの()()があればできるはずだ。

 

 と、言うか…………グラードンとカイオーガってどこにいるのだろう?

 

 オメガルビーではグラードンが、アルファサファイアではカイオーガが海底洞窟に眠っていたが。

 もしこの世界が両方混じっているとすると。

 

 海底洞窟の最奥で二体並んで眠っているのだろうか…………想像してみて、思わず噴き出す。

 

 お前ら仲良いじゃねえか!!

 

 と言うのは冗談で、恐らく三世代目のエメラルド版のように、グラードンがえんとつやまに引っ越ししている可能性が高い。

 となると、えんとつやまでのイベントは絶対に阻止しなければならない。最悪それだけでグラードンが復活するかもしれないし。

 

 しかしこうなると…………復活を阻止するより、復活した時どう対処するか、を考えるべきか。

 

 絶対に必要なのは『べにいろのたま』と『あいいろのたま』。

 

 これをグラードン、カイオーガに奪われたら詰む、と言って過言でない。

 

 となると、二つの玉を事前に確保しておくのは、復活阻止の邪魔にもなるし、有りな選択肢かもしれない。

 問題はあの二つはおくりびやまの頂上にあって、しかもそれを守っている夫婦がいる、と言うことだ。

 

 渡してくれるだろうか…………いや、無理じゃね?

 

 原作だってマグマ団、アクア団が片方の玉を奪ったからこそ、なし崩し的に渡した感じだったし。

 

 やっぱりどっちか片方…………と言うか両方潰しておくのが平和のためのような気がする。

 

 まあその場合、エピソードデルタが早まりそうな気もするが。

 

「取り合えず、面倒だけどしばらくマグマ団とアクア団を潰すことに専念しようか」

 

 そんな自身の言葉に、七匹の視線を突き刺さる。

 

「何?」

「何って…………いきなりそんなこと言われたって、驚くしかないでしょ」

 

 ため息を一つ吐きながら、エアがそう呟くと、他六匹も頷く。

 

「そうかな? まあいいや、簡単に説明しようか」

 

 ふむ、と一つ頷き。

 

「このままだとホウエン地方が壊滅するから今からちょっとずつ動いていくよ」

 

 そう告げた。

 

「「「「「「「………………………………」」」」」」」

 

 返ってきたのはまたもや沈黙だった。

 

 

 * * *

 

 

 夕日が水平線に沈んでいく、最後の一時。

 船から見える水平線は夕焼けに彩られていた。

 もうすぐカイナへと着く。そこからはまた例のチルタリスに乗ってミシロへと戻る予定だ。

 もうあと一時間も無い船旅に、何となく寂しさを感じる。

 夕日に照らされる海、と言うシチュエーションがそうさせるのだろうか、ノスタルジックな感傷にも似た感覚。

 

「…………私は」

 

 水面に反射する夕日に照らされながら、一緒にやってきていたシアが呟く。

 

「マスターがやりたいようにすれば、良いと思います」

 

 こちらを見つめながら呟くシアの表情は…………けれど夕日に照り返っていて良く分らない。

 シアの言葉に無言を貫く、その内にシアが続きを口にする。

 

「けど、エアは…………きっと」

 

 その先を口にすることなく、シアが去っていく。

 

 きっと、言いたいことはみんなあったのだろうと思う。

 

 その証拠に、すぐに次がやってきた。

 

「マスター」

「今度はシャルか」

 

 眩い夕日に目を細め、手で日の光を遮りながらシャルがやってくる。

 

「あのね…………マスター」

 

 口を開き、けれど止まる。

 数舜、何を告げるべきかシャルが迷い。

 

「…………ボクは、みんながいれば…………マスターがいてくれるなら、どこにだって行くよ」

 

 俯き、絞り出すようにして、声を出す。

 

「けどね…………きっとエアは、それを否定すると思う」

 

 シャルにしては珍しく、言うだけ言って去って行く。

 その背をぼんやりと眺めていると、次がやってくる。

 

「やっほートレーナー」

「あ、あの、マスター」

 

 今度はチークとイナズマ。

 

「お前らまで…………なんだ?」

「トレーナーは、トレーナーのやりたいようにやる、アチキらはそれについてくだけ、まあそれもいいさネ」

「…………でも、少しくらい、我が儘、言わせてほしいです」

 

 チークが笑い、イナズマが見つめる。

 

「私は…………私たちは、良いんです、マスターがやりたいようにやってくれれば、それで良いと思いますから」

「でもネ、エアはきっと納得しないから。何やるにしてもちゃんと納得させてあげないとダメだヨ?」

 

 言いたいだけ言って、二人が去って行く。

 

「ぬふーん…………みんな真面目だねー」

「…………っ?! リップル、いつの間に居たんだ」

 

 そして次に来るかな、と思ってたらいつの間にか背後にリップルがいて、自身を見て笑う。

 

「ぬふふ~、マスターもまだまだ甘いねえ」

「何がだよ」

「結局みんな不安なんだよ。それをマスターだけが気づいてないんだ…………いや、マスターが気づかないことこそが不安なのかなあ。とにかくさ、中途半端にしか思えないんだよ」

 

 どういう意味だ、そう尋ねようとして。

 

「…………いねえ」

 

 すでにそこにいなかった…………いつの間に消えたのだ、しかもここは船の甲板、非常に見晴らしは良いはずなのに。すでにどこに視線を向けてもリップルの姿は無かった、まるで霞か何か虚空に溶けて消えてしまったかのように。

 相変わらず生態と言うか正体が不明なやつである。

 

 夕日が、地平線へと消えていく。

 薄暗い、夜の闇がゆっくりと世界を覆おうとしていた。

 

 とん、と背後で音がする。

 

 振り返ってみれば。

 

「…………ハルト、いたの」

 

 帽子とスカートを抑えるエアの姿。

 ふと上を見上げる、甲板周辺に柱のようなものは無い、だとすれば。

「…………あっちの屋根から落ちてきたの?」

「ん? そうだけど?」

 船の船内、三階まであるその船内の一番上、操舵室らしき場所のさらに屋根の上。

 甲板から見れば優に十数メートルはあるほど高い高い場所。

 しかも甲板から百メートルくらいは離れているはずなのだが、飛びながら降りてきたらしい。

 

「自由だなあ」

 思わず呟いた一言に、エアがふん、と鼻を鳴らす。

「……………………」

「……………………」

 そうして互いの言葉が途切れると、途端に沈黙に包まれる。

 ざあざあと波の音だけが響き。

 

「…………ねえ」

 

 やがて、エアがその重い口を開く。

「なに?」

「さっきの話」

「…………マグマ団の話?」

 そう、とエアが頷く。

 その表情は、怒っているようでもあり、泣きそうにも見え、それでいて悲しんでいるようにも見える無表情と言う何とも不思議な表情であった。

「一つだけ聞きたいのだけど」

「なに?」

 僅か一秒、エアが口を開くのを躊躇い…………けれど告げる。

 

「なんでハルトがしないとダメなの?」

 

 告げられた言葉に、けれど意味が分からず首を傾げる。

 

「マグマ団とか、アクア団とか、グラードンとかカイオーガとか、ホウエンの危機だとか…………何でそんなものにハルトが関わる必要があるの?」

 

 そうして言葉にされたことによって、ようやくエアたちと自身の認識の違いを理解する。

 

 自身は…………主人公だ。

 

 と言うのは別に正確じゃない、正確には原作主人公ポジションだ。

 だから無意識的にそれに関わらなければいけないと思っていた。

 自身がやらねば、誰がやるのだろうと思っていた。

 

 それに。

 

 もし自身が動かない場合、世界が違えば自身と同じポジションのハルカちゃんにそれらが全て降りかかる可能性も考えていた。

 

 だから、無意識的に関わることを決めていた。

 

 きっと…………リップルの中途半端とはそれなのだろう。

 

 自身がやろうとしているのは、将来巻き込まれる()()()()()()ことの予防線を張ろうとしているだけ。

 何が何でも関わって解決()()()()()と言う気概があるわけではない。

 ただ何となくこのポジションならやらなければいけないんだろうなあ、と思っていた程度のこと。

 

「…………別にさ、正義感でどうこうってわけじゃないんだ」

 

 きっと。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺はさ…………この世界、気に入ってるんだ」

 

 突然生まれ落ちて、訳も分からず生きてきて。

 

 そして。

 

「お前らと出会って…………触れ合えるこの世界が好きなんだ」

 

 今や自身にとって最も大事と呼んで差し支えない彼女たちの存在。

 それを許容してくれるこの世界が。

 

「守りたいんだ…………義務感でも無ければ、正義感でも無い」

 

 ただ。

 

()()()()()()()()()()を守りたい…………それだけの話だ」

 

 本当に、それだけの話なのだ。

 

 

 




当初のサブタイ:マグマ団死すべし、慈悲はない


これはこれで面白そうだったが、さすがに二章最後の話にこれはひどいと思って止めた。

と言うわけで二章終了。

あと要望のあったキャラ紹介だけ夜に投稿して三章に移ります。



あと連絡事項。
今日何故か休みだったけど、お盆は仕事がすさまじく忙しいので、更新止まるかも。


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登場オリキャラ紹介

名前:ハルト(碓氷晴人) 年齢:6歳(一章5歳、二章6歳) その他公式主人公準拠

 

元現代日本人。気づいたら赤ん坊で、気づいたらポケモン世界だった。

元の世界だと年齢は二十一歳の専門卒の就職一年目だった。なおポケモンはそこそこやったほう。

ボーマンダ、グレイシア、シャンデラ、デンリュウ、ヌメルゴン、デデンネと趣味と実益を兼ねたようなパーティーを使っていた。ポケモン世界に生まれて、ヒトガタの存在を知り、そして手持ちが全員ヒトガタしかも女になっているのを見て、割とびびった。

世界が違うことに対しては、割と早めに割り切っている。

使っているパーティこそ趣味パだが、それなりの知識はある模様。

対戦はけっこうやっている上、固定パーティでずっとやっているのでパーティの長所短所もしっかり把握している。対戦で戦った相手で割とよく出てくる面子に関してはけっこう良く知っている。

メガガルーラだけは許されないのだ…………メガガルーラだけはな!!!

ポケモンで一番好きなのはボーマンダ。メガシンカ来た時はヒャッホオオオオオオオオオイイ! した。

 

代表的な台詞(大いに偏見あり)

「頂点を目指そうと思うんだ」

「絶対に逃がしてやらない、一緒に連れてってやる。それだけは、必ず約束する」

「メガガルウウウウウウウウウウウウウウウウウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

============================================

 

名前:エア(ボーマンダ) 性格:いじっぱり 特性:じしんかじょう 持ち物:ボーマンダナイト

技:「りゅうのまい」「からげんき」「すてみタックル」「おんがえし」

トレーナーの呼び方「アンタ」「ハルト」「マスター」など

一人称「私」

 

いじっぱり、というかもうこれツンデレじゃね? って感じのドラゴン娘。

テレると思わず帽子で顔を隠す癖がある(可愛い)。態度は偉ぶってる部分があるが、根は素直な良い子。因みに恋愛耐性は皆無なので、ハルトに迫られるとあわあわして動けなくなる(超可愛い)。

問答無用、間違いなく、ハルトPTのエース。

 

代表的な台詞

「…………何よ?」

「任せなさい、マスター」

「にゃによ!」

 

裏特性:らせんきどう(螺旋軌道)

『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・わざ・どうぐで半減されず、さらに威力が1.2倍になる

 

============================================

 

名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:じゃくてんほけん

技:「れいとうビーム」「ねがいごと」「あくび」「みがわり」

トレーナーの呼び方「マスター」

一人称「私」

 

クールビューティーな子。冷たいように見せかけて実は仲間想いでトレーナーに一途と言う大和撫子な感じの性格してる。基本は自身の主人に尽くすタイプ。性格は穏やかで温厚だが、自身のトレーナーや仲間がやられると静かに怒る。抱き癖(マスター限定)がある。特に膝の上に座らせて後ろから、が好きが最近はハルトがさせてくれないので、ちょっと寂しい(可愛い)。

世話好きのきらいがあり、特にハルトやシャルなどどうにも目が離せないと思っている(チークはイナズマにお任せ)。

 

代表的な台詞

「…………はい、マスターに喜んでもらえるように頑張りますね」

「はいはい…………シャル、手を繋いでましょうね」

「マスター、おはようございます」

 

裏特性:????

 

============================================

 

名前:シャル(シャンデラ) 性格:おくびょう 特性:すりぬけ 持ち物:ひかりのこな

技:「かえんほうしゃ」「シャドーボール」「ちいさくなる」「みがわり」

トレーナーの呼び方「ご主人様」「????」

一人称「ボク」

 

泣き虫っ子。最強の萌えの化身、戦闘時いつもびくびくしながらちいさくなってる。ただし性能は凶悪の一言。日常だと割と笑顔も多いのだが、一々行動が小動物チックで保護欲を掻き立てる。トレーナーのことが大好きで、良く袖を掴んでくる。寝るときは抱き枕か何か無いと寝れないらしい。

ゴーストタイプのくせに暗いのが怖い、と言う不可思議な生態をしている。

 

代表的な台詞

 

「ひう…………く、暗いよぉ」

「大好きです、ご主人様」

「そ、そんなあ」

 

裏特性:????

 

============================================

 

 

名前:チーク(デデンネ) 性格:わんぱく 特性:ほおぶくろ 持ち物:オボンのみ

技:「ほっぺすりすり」「あまえる」「なかまづくり」「リサイクル」

トレーナーの呼び方「トレーナー」

一人称「アチキ」「わたし」

 

お調子者のわんぱく鼠娘。見た目通りの子供っぽい性格で、ちょろちょろと動き回り、(せわ)しない。あまり長い間ボールの中に入れておくと、じっとしていられなくてボールががたがた揺れだすレベル。好奇心旺盛で興味が沸いたら一直線につっこでしまうので、よくイナズマに襟元持たれてぶらーんしてる。パーティーの仲間は全員好きだが、特に同じ電気タイプのイナズマに良く懐いている。

 

代表的な台詞

「へーいへーい♪ デデデ♪ デデンネ~♪」

「猫の手、合いの手、鼠の手♪ 探し物なら私にお任せさ、トレーナー♪ まあアチキはネズミじゃーないけどね?」

「今日くらい、敵じゃなくて、トレーナーに甘えさせてよ」

 

裏特性:????

 

============================================

 

名前:イナズマ(デンリュウ) 性格:ひかえめ 特性:せいでんき 持ち物:たべのこし

技:「10まんボルト」「きあいだま」「コットンガード」「じゅうでん」

トレーナーの呼び方「マスター」

一人称「私」

 

一歩後ろでみんなのことを見守っているちょっと気弱で控えめな性格のお姉さん。チークに特に懐かれており、イナズマも満更でも無いようで「ちーちゃん」とあだ名で呼びながら良く一緒に行動している(と言っても半ばチークが連れまわしてるだけだが)。実際、途中でふらっとチークが居なくなってはどうしようかとオロオロしている姿をよく見かける。

ファッションなどのお洒落には割と興味はあるようだが、ヒトガタにとって衣服とは皮膚や毛皮の一部のようなものであり、ころころ変えれるようなものでもないので、悩ましく思っている。

 

代表的な台詞

「その…………なんか、ちっさい…………ような?」

「む、難しい…………ど、どうすれば」

「もう少しだけ…………このままでいさせてください」

 

裏特性:????

 

============================================

 

名前:リップル(ヌメルゴン) 性格:おだやか 特性:ぬめぬめ 持ち物:ごつごつメット

技:「まとわりつく」「りゅうせいぐん」「とける」「ねむる」

トレーナの呼び方「マスター」

一人称「リップル」「私」

 

穏やかで明るい性格。種族柄か他人に引っ付いてくることが多い。可愛い物好きで、前述の癖も合わせて可愛いものを見ると思わず抱き着いて撫でまわすのでエアやシャルが時折犠牲になっている。あと時々トレーナーも。パーティの中で一番身長が高く、立ち上がると百七十後半くらいある。性格的な部分もあってか、ただいるだけで安心感があるらしく、割と精神的支柱にされていることが多い。

トレーナー曰く生態というか正体が謎。何気にシアと同じくらい仲間思いなのは分かっているので、そこは安心している、とのこと。

 

代表的な台詞

「ぬふふふふ~…………リップル幸せ心地~…………って、あれれ? マスター?」

「だからいい天気なんだよー?」

「リップルはそれで充分だから」

 

裏特性:????

 

============================================

 

名前:ルージュ(ゾロア) 性格:やんちゃ 特性:イリュージョン 持ち物:なし

技:????

トレーナーの呼び方「アンタ」

一人称「私」

 

双子のゾロアの姉のほう。弟を可愛がる(意味深)のが大好き。マグマ団に襲われるのを避けるために、一時的にハルトの手持ちとなった。因みに弟はハルカのほうに行ったせいで、軽くやさぐれてるブラコン。ハルトPTの非常識ぶりに割と呆れつつ、馴染んできている自分がいることに気づいていない。

 

「発情しやがって、愚弟が」

「ホント濃いわね…………アンタの手持ち、私も行っていいの?」

 

============================================

 

名前:ノワール(ゾロア) 性格:さみしがり 特性:イリュージョン 持ち物:なし

技:????

トレーナーの呼び方「ハルカさん」「ハルカお姉ちゃん」

一人称「僕」

 

双子のゾロアの弟のほう。姉のことは嫌いじゃないけど、ことあるごとに可愛がられ(意味深)て、少し苦手意識が付いている。偶然出会ったハルカにとても懐いている(意味深)。

 

 「ぼ、僕…………はるかおね…………ハルカさんがいい」

 

============================================

 

名前:マギー(スリーパー) 性格:おだやか 特性:よちむ 持ち物:なし

技:????

トレーナーの呼び方:「マスター」

一人称「私」

 

シルクハットの(ロリコン)紳士。スリーパーのヒトガタ。二章ではめっきり出番無いけど、ハルカの手持ちとしてちゃんと存在している。

シャルとのことで色々思うところはあったようだが、最終的には解決した模様。

最近はすっかり平和になり、のんびり過ごせて満足している。

 




一応作ってみたけど、こんなのでいいのだろうか。

ところでこれで全員だったっけ?

忘れてるのがいたら、そのうち付け足す。


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ポケモンリーグ
そらをとぶ使えるようになると行動範囲がいっきに広がる


 

 

 靴紐をしっかりと結び、肩にかけるようにして下げたリュックの位置を直す。

「それじゃあ、母さん」

 振り返り、こちらをニコニコと見つめる母に笑みを見せる。

「ええ…………ハルちゃん」

 母もまた自身の名を呼び。

 

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 玄関を抜け、家を出て。

 

「…………さて、行こうか」

「…………そうね」

 

 隣に並ぶエアに一つ呟き、エアもまた返す。

 

 それが自身のミシロからの旅立ちだった。

 

 

 * * *

 

 

 四年経ち、十歳となった誕生日の翌日。

 どこぞの初代主人公に倣って、この日と決めていた。

 

 五年、育ってきたミシロタウンは、すでに自身にとっての故郷と呼んで差し支えない。

 親しくなった人間も多く、狭い街だけに住人全員が自身の知り合いと言える。

 

 だから、昨日のうちに挨拶は終えた。

 

 残念ながら父さんはジムの仕事で朝から出ていってしまったけど。

 

“次に会う時は…………ジムでだな”

 

 そんな言葉を投げかけられた。それが父さんなりの激励だと知っていたから。

 

“バッジをいただきに行かせてもらうよ”

 

 そう返すと、苦笑しながら出て行った。

 

 ハルカ、博士とも昨日のうちに挨拶は済ませた。

 

“頑張ってね! あたしはここでお父さんと待ってるから”

“いってらっしゃい、次に会うときを楽しみにしてるよ”

 

 二人とも笑って別れを告げ、そうして。

 

 

 * * *

 

 

「うへえ」

「…………うわあ」

 

 ここに来るのも二度目か、118番道路。熱帯地域かつ雨が良く降っているため、エアで飛んでもらうのも苦労する。

 だがもう少しの辛抱だ、と思う。

 

 118番道路を抜け、119番道路へと入る。

 道中でトレーナーの姿をちらほらと見るが、高速で地表すれすれを飛行中の自身たちに追いついてくるトレーナーは居ない。

 

「エア、夕方までには着きたいけど…………行ける?」

「んー…………この調子なら行けるわ」

 

 エアの返事を頼もしく思いながらも、さらに飛んでいき。

 

 そうして夕方、エアの宣言通り、ヒワマキシティにたどり着く。

 

 五年前は素通りした地域だったが、それでも特徴的な街なので覚えている。

 木の上に家を建てている街、と言うかなり変わった街だ。

 原作だと移動するのに梯子の上り下りが多く、無駄に時間がかかってイライラした。

 しかもいざジム行こうとすると何かが邪魔で通れないと言われる。

 

「まあ今は関係ないだろ」

 

 もしいたら…………その時は。

 

「ふ、ふふ」

「ハルト…………なんか、顔が怖いわよ」

 

 おっと、ちょっと危険な妄想が膨らんでいた。

「ふう、危うく想像の中でヒワマキシティが火の海になるところだった」

「……………………一体何を想像していたのよ」

 秘密、なんて呟きつつ、ポケモンセンターへと入る。

 

「とりあえず今日はセンターで一休みしようか。あとでみんなで御飯でも食べに行こう」

 

 そうして明日は。

 

「…………行くよ、ヒワマキシティジム」

 

 ジム戦だ。

 

 

 * * *

 

 

 ヒワマキシティジムは『ひこう』タイプを専門とするジムだ。

 原作では面倒な仕掛けとトレーナーのバトルに邪魔されながら進んでいたが、現実にあんな面倒な仕掛けは無い。からくりだいおうの屋敷ではないのだから。

 あんな面倒な仕掛けで挑戦者が行き詰まったら、それこそクレームものである。

 だから原作とは違い、広いジムの中、いくつかのフィールドがあってそこでトレーナーたちがバトルをしている。

 受付があったので、そこでジム戦申し込みをすると、受付のお姉さんが対戦受理と同時に、すぐに対戦会場への案内をくれる。

 

「頑張ってね、ぼく」

 

 これでも十歳になって、多少背も伸びたのだが、相変わらず子供扱い…………いや、十歳は子供か。

 この扱いも仕方ないのかもしれない。どうせこのお姉さんも、子供が背伸びしてジムに挑戦しにきただけとか思っているのだろうし。

 

 背伸びかどうか…………これが試金石となるだろうと思う。

 

 少なくとも、自身は本気でポケモンリーグの頂点を目指している。

 そのための力を身に着けたと思っている。

 だが、実際にリーグ関係者と戦った経験はほぼ無い。

 父さんとはたまにバトルしていたが、当たり前だが真面目に戦いはしても本気でやることは無い。

 

 だから、ここが最初の通過点にして、最初に確認。

 

「…………果たして俺たちがこの世界に通用するのか」

 

 その最初の第一歩。

 

 だから。

 

「……………………………………あれ?」

「………………………………え?」

 

 戸惑う自身とエア。

 

 案内された先でバトル専用のフィールドが張られていた。

 そこでやってきたジムトレーナーたちと戦っていたのだが。

 

「……………………あれ?」

「…………私一人で行けたわね」

 

 対戦相手が代わる代わるやってくるが、どれもエアが軽く一蹴していく。

 その余りの呆気なさに思わず戸惑う。

 

「…………思ったより、強くなってた?」

「そうかもしれないわね」

 

 認識を改める、どうやら自身で思っていた以上に強くなっていたようだ。

 トウカジムだと割と当たり前のようにレベル70代が出てくるので、ここもそうかと思ったらのだが。

「あれだね…………トウカジムのトレーナーたち付き合わせ過ぎたね」

 日々強くなっていくエアたちと一か月毎日のように戦っていたのだ。あれからはもう行っていないが、それでも十分レベルが上がるだけの経験が積んでいたのは想像に難くない。

 

 そうして五人、六人とトレーナーを倒したところで。

 

 こつん、こつん、と足音を響かせて。

 

 その女が出てくる。

 

「こんにちは」

 

 知っている。

 

「…………こんにちは」

 

 そのインパクトのある、奇抜な服装。

 背中が大きく開いたライダースーツにも似たその不可思議な女の名は。

 

「ではまず、ようこそヒワマキシティジムへ。改めまして私がジムリーダーのナギです、よろしく」

「ハルトです…………こちらこそ、よろしく」

「ふふ…………良い目ですね、それにヒトガタポケモンとは珍しい」

 ジムリーダーのナギが自身と、そして隣のエアを見て笑う。

「すでにこちらのトレーナーも六人、倒されていますし。もしそちらがよろしければ、ジムリーダー戦を開始してもよろしいでしょうか?」

 そんな提案に思わず目を瞬かせる。

 どうやらちょうどジムリーダーの手が空いていたらしい。

 

 ああ、都合が良い。

 

「構いません」

「そうですか…………ではお若い挑戦者さん。こちらからもう一つ提案よろしいでしょうか?」

「え…………?」

 さあジムリーダー戦、となるかと思っていたのだがさらに待ったがかかった。

「実はあなたのことはセンリさんから聞いています、ハルトくん」

「父さんから?」

「ええ、まだ子供ながらとても優秀な子だと…………ジムトレーナーとの戦いも見せてもらいましたし、どうやら戦うまでも無く、このフェザーバッジを与える相応しいトレーナーだと思います」

「…………それで?」

「ふふ、そう身構えないでください…………だから提案ですよ」

 

 スカイバトル、と言うのをご存じですか?

 

 そんな一言に、目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

 スカイバトルとは、ポケモンXYから導入された試みの一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 故に出せるのは飛べるポケモンに限られる。

 この場合、うちから出せるのは。

 

「エアか」

 

 残念ながらその他5人は不可能だ。

 だが不可思議なことが一つ。

 ORASでスカイバトルと言うシステムは無い。

 実装されはしたが、たった一作限りで終わってしまったシステムなのだが、どうしてそれをナギが提案してくるのか。

 

「その顔、どうやらご存じのようですね、お若いのに本当に知識高いようで。ですが知っているならば話は早いですね。私はこのスカイバトルを()()()()()()()()()のですよ」

 

 その言葉に、何となく理解する。

 

「ホウエンにはまだスカイバトルは知られてない…………だから広めたい、なるほど」

「スカイバトルは通常のバトルとはまるで違う戦いが起こります。空の上での戦い…………何と素晴らしいのでしょうか」

 楽しそうに呟きつつ、それからエアを見据える。

「そちらのポケモン…………どうやら『ひこう』タイプのポケモンと見受けます。ヒトガタですので何のポケモンと言うのは分かりませんが、けれどどうやら相当に強い様子。是非とも私のチルタリスと1対1のスカイバトルをして欲しいのです。勿論、勝敗に関係なくバッジは今渡します、それだけの資格をすでにアナタは見せてくれましたから」

 告げ、バッジを取りだしたナギに。

 

「後で良い」

 

 首を振る。そんな自身に、おや? とナギが不思議そうにする。

「後で、とは?」

「だから」

 

 にぃ、と口元が弧を描き。

 

「アンタに正面から勝って、奪い取って見せる」

「…………この戦いにバッジは関係ないと言ったはずですが?」

「勝てばどっちでも同じことだろ?」

「負ける可能性だってあるのでは?」

 

 段々、ナギの表情も笑みが浮かんで来る。

 

「はあ?」

 

 一歩、足を進め。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 拳を握り。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぴん、と指を立て。

 

「ふふ…………なるほど、それは確かに。ですがそれはこちらも同じこと…………この『ひこう』タイプのジムのジムリーダーとして負けるわけにはいきません」

 

 振りかぶり。

 

「エア!」

「ミチル!」

 

 真っすぐ、突き立てる!!!

 

「「行け!!!」」

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ルウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!

 

 互いの指示に、エアとチルタリスが、同時に飛び出した。

 

 

 * * *

 

 

 スカイバトルでは普通のバトルと違って、特殊なルールがある。

 

 当たりまえのことだが、スカイバトルは空中で戦う特殊なバトルだ。

 

 故にだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手の翼を集中攻撃したり、凍らせたり、麻痺させたり、焼いたり。

 とにかく相手を飛べなくして地表に叩きつけても勝ちなのだ。

 それは逆を言えば、こちらがいくら強くとも、飛べなくされたら負けだということ。

 

 確かに通常のバトルとは違う、相手を単純に倒せば良いのではない、そして相手を見る。

 

 チルタリス。

 

 たしか原作でも使っていたジムリーダーの切り札だ。

 

 嫌な予感がする…………チルタリス、そしてスカイバトルと言う状況。

 

 故に…………この四年の間に生み出した、新たなる境地を早速披露する時が来たようだ。

 

「エア! ()()()()()()()!!」

「ミチル! “れいとうビーム”!!」

 

 やっぱりかああああああああああああ!!!

 心中で絶叫する。

 チルタリスと言う特殊寄りのアタッカー。そしてスカイバトルと言う環境。

 

 正直、そっちから提案しておいて、まさか、と言う思いはあったのだが。

 いきなり翼凍らせて飛べなくしての敗北を狙ってくるとはさすがに思いたくなかった。

 

 だがそれはそれで、本気で勝ちに来ていると言うこと。

 そしてこの状況になったと言うことは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「ルオオオオオオオオオオオオオ!」

「ルアアアアアアアアァァァァァ!」

 

 エアが咆哮を上げ()()()()()()()()

 直後、チルタリスの“れいとうビーム”が直撃する。

 

 ()()()()()4倍弱点。

 狙ったのかそうでないのかは分からないが、エアにとても耐えられるはずの無い攻撃。

 

 だが。

 

「ぐ…………ガアアアアアアアアアアアア!」

「なっ?!」

 

 苦し気ではあっても、けれどエアがまだ動く。

 そして。

 

「一撃で決めて見せろ、エア!」

 

 “おんがえし”

 

 上昇した『すばやさ』で接近し、そして上昇した『こうげき』で放たれた一撃は。

 

「ち…………るぁぁぁ…………う…………」

 

 あっさりと、空中に舞っていたチルタリスを地上へと叩き落とした。

 

 

 * * *

 

 

 ホウエン地方ポケモンリーグの開催は、毎年春だ。

 と言ってもやや夏に近い時期であり、自身の誕生日から言えば一月以上先のことでもある。

 

 だが、たった一月だ。

 

 もし自身が今年、リーグに出るつもりならば、単純に言って今のままでも問題無い。

 

 ホウエンリーグトーナメントは誰でも参加できる。

 子供だろうが、大人だろうが、老人だろうが、犯罪者だろうが。

 

 ただ強ければ良い。

 

 他のシティで独自に開かれる大会の中にも歴史や権威のある大会も確かにある。

 それでも、ホウエンリーグトーナメントが。

 

 ポケモンリーグがトレーナーの聖地と呼ばれるのには、それだけの理由がある。

 

 それだけの隔絶がある。

 

 誰だろうと参加は自由だ。

 だが参加者の九割九分が予選で消える。

 

 歴史も、権威も、資産も、犯罪歴すら関係無い。

 

 ただただ強さだけを追い求め、強さだけで全てが許されるその場所。

 

 サイユウシティにて開かれる予選大会の狭き門を潜り抜けたほんの一握りのトレーナーがチャンピオンロードを抜けてたどり着いた先。

 

 ポケモンリーグ。

 

 そこに待つのは、本戦会場。

 そしてそこで優勝を決めた者だけが与えられる挑戦権。

 

 四天王、そしてその先に待つチャンピオン。

 

 別にそれ以外の機会に戦えないわけではないが。

 それでも。

 

 チャンピオンの座を賭けた戦いは、殿堂入りトレーナーとなるためには。

 

 この道しかない。

 

 細く、狭く、長く、そして険しいこの道しかないのだ。

 

 バッジが八つあれば。

 

 この内の予選をスキップしていきなり本戦から出ることができる。

 それだけの意味がバッジにはある。

 

 だがそれも予選までに登録を済ませておいた場合のみ。

 

 つまり、一か月だ。

 あと一か月で、全てのジムバッジを揃える。

 そのために、最初に決めたことがある。

 

 負けないこと、誰にも、何にも。

 

 負けず、絶えず勝利し続けること。

 

 言うは易く。

 けれど行うは難しい。

 だが、ホウエンの頂点を目指すのならば。

 

 ホウエン地方数万のトレーナーの頂点を目指すのならば。

 

 ただの一度だって負けてはならない。

 

 自身が走るは、そんな修羅の道。

 

 まずは、最初の一勝。

 

「フェザーバッジ…………ゲットだよ」

 

 戻って来るエアに、満足気に頷きながら、人知れず呟いた。

 

 




仕事忙しくて明日書けないなら、今日書けばいいじゃん、と言う謎の発想。
と言うわけで、皆さまの予想を裏切っての10歳編三章。
ポケモンリーグに挑戦してまいります。



そして今回使ったわざの解説は多分、次回。


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男なのか女なのか最初分からなかった人

「フェザーバッジがあれば“そらをとぶ”の使用許可が出ます…………と言うか最初に来たあたり、それが目当てなんでしょう?」

 

 バレテーラ。

 

「まあいいです、取りあえずこれを…………ヒワマキシティジムを突破したトレーナーに与えるジム専用わざマシン“はねやすめ”です」

「ありがとうございます」

 

 エアに覚えさせるかどうか、悩みどころではあるが。

 

「さて…………これで一通りのことは言いましたね、ところで、今後の予定は?」

「思ったより早く終わったんで、このまま次の街へ行こうかと」

「あらあら…………終わったばかりでもう次のジムを目指すのですか?」

 少しくらい休まないのだろうか、と言う視線に苦笑する。

「今年のリーグ、目指してるので」

 そんな自身の言葉に、ナギが目を丸くする。

「あと一月ほどですよ?」

「まだ一月あるでしょ?」

 告げる自身の言葉に、ナギが笑う。

「そうですか…………では、次は、ルネなどいかがでしょう?」

「…………ふむ、まあいっか。どうせ()()()()()()()()()()()()()()

 呟く自身の言葉に、ナギが、僅かに首を傾げる。

「では、ミクリに連絡しておきましょう、恐らくトレーナー戦は飛ばせるでしょうし……………………ふふ、私も今年のリーグは楽しみにさせてもらいますね」

「あはは、頑張りますね」

 

 チャンピオンになれるよう。

 

 内心の言葉を読み取ったかのように、ナギが目を細め。

 

「…………ええ、では頑張ってください」

 

 苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 昔旅行に出かけた時に、チルタリスに乗って大空を飛んだ感覚を今でも覚えている。

 吹き抜ける風、間近に迫る青い空、そして眼下に広がる絶景。

 

「あはははははは!」

「テンション高いわね!」

 

 フェザーバッジを手に入れたことで、航空高度の制限が解除され、エアが大っぴらに空を飛べるようになる。

 ヒワマキシティから飛び立ち、120番道路を抜け、ミナモシティへ。

 そしてミナモシティを抜け、大海原へと抜けていく。

 

 駆け抜けるような景色、肌に感じる風、そして普段よりもぐっと近づいた空を太陽に、思わず笑みが零れる。

 

 前世ではきっと一生かかってもできない体験に、思わずはしゃいでしまうのも無理も無いだろう。

 

「エア、もっと速く!」

「場所も不明瞭なのに、どっちによ!」

「きっとあっち」

「適当過ぎるでしょ!」

 

 エアに運ばれながら、そんな会話をしつつ。

 山に囲まれた島のようなものが見えてきた。

 

「あ、あれだよ」

「着いた…………奇跡ね」

「あははは、主人公だからね、必然だよ、必然」

「何言ってんのよ」

 

 そんなエアの呆れたような声を聴きつつ。

 

 …………ダイビングするよりこっちのほうが絶対簡単だよなあ。

 

 ゲーム内だと、最初はダイビングしないといけない場所にそんなことを思った。

 

 

 ルネシティは、ゲーム内だと最後のジムがある街だ。

 同時に、ストーリーに置いてかなり重要な場所『目覚めのほこら』が存在する場所でもある。

「……………………」

「どうしたの? ハルト」

 ポケモンセンター前に着地してみれば、目覚めのほこらは意外と近くに存在した。

 ゲームだと画面が見切れて見えなかったけれど、どうやらルネの中央にどどんと佇む巨大な祠の入り口はどこからでも見えるらしい。

 祠の入り口を見つめる自身にエアが声をかけてくる、その声に振り返り、なんでも無いと呟く。

「とりあえず今日はセンターで休もうか」

 

 呟き、エアをボールへと戻すと、センターへと入った。

 

 

 センターにボールを預ける…………と言っても、エア以外はバトルしておらず、回復の必要も無いので、五匹は部屋の中に開放している。

「明日は早速ジム戦ですか? マスター」

「そうだよ、シア。ルネジムは『みず』タイプのジムだからね、イナズマ、頼むよ」

「あ…………はい、頑張ります!」

 両拳を握って、ぐっとポーズを決めるイナズマだが、気合いを入れているのは分かるが、逆に可愛らしさが際立って見えて、何となくこちらの気合いが抜け、思わず苦笑してしまう。

「あと、チークも出てもらうかもしれない」

「あいあい、アチキにお任せだヨ」

 とりあえず明日はこの二人に任せてみようと思う。

 

「それじゃあ二人とも、頼んだよ」

 

 そんな自身の言葉に、チークが笑い、イナズマが大きく頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 原作ゲームだと、どのジム戦でも6体フルメンバーで勝負を挑める。

 実際のところ、そう言うジムもあるし、無いジムもある。

 実はその辺の裁量と言うのはジムリーダーに一任されている。

 

 先のヒワマキの例を見ても分かるように、突発的に思いつきで変えても別に咎められることは無い。

 公式で何体と規定されているわけではないからだ。

 それ以外のどうぐの仕様の有無など、ジム戦のルールはジムリーダーに一任されている。

 当たりまえだが、挑戦者が絶対不利になるようなルール…………例えば挑戦者よりジムリーダーのほうが出せる数が多いだとか、ジムリーダーだけどうぐを使えるだとか、そんなジムリーダーに一方的に有利なルールは当然ながらやったら即刻ポケモン協会に解雇を喰らうのでできないが、公平性を保ったルールにするも、挑戦者に有利になるようなルールにするも、好きにできるのがジムリーダーだ。

 

 とは言っても、実際ジムに赴けばジム戦ルールは教えてもらえるし、ある程度事前にルールを公表しているジムもある。

 ルネシティジムは事前に公表しているほうで。

 

 3対3、道具の使用は無し、持ち物はあり。

 

 割と基本的な3:3のルールで行われている。

 

 こちらの手番はすでに決まっている。

 だから翌日、ジムに行き、受付へと向かい登録をしようとして。

 

「ああ、キミはこちらへ」

 

 ()()()()()()()()()()()()、試合会場の一つにやってくる。

「ナギから聞いたよ、キミが今日ここに来ると」

 どうやら本当に連絡していたらしい。

「ナギが楽しそうに話していたからね、センリさんから話を聞いていた分もあるし、私もキミに興味が沸いてね」

 

 だから、と呟きながらフィールドの端へ立ち、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「前置きは必要無いだろう…………トレーナーなら」

「バトルで語れ…………ですか?」

 

 それに応えるように、ボールを手にとり。

 

「基本ルールは三対三。道具の使用は無し、ただし持ち物は除く…………異存は?」

「無しっ!」

 

 互いに振りかぶり。

 

「行け! チーク」

「さあ行くんだ、スイリュウ!」

 

 『みず』タイプジムだけあり、水張りされたプールの上に足場が用意されたようなフィールドにチークが放たれ、同時に向こう側からギャラドスが登場する。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「わおっ」

 

 ギャラドスの“いかく”でチークが僅かに怯む。だが問題無い、チークは元々火力の必要無い役割だから。

 

「チーク“()()()()”!」

「はいよっ!」

「スイリュウ“じしん”だ!」

「ガアアアアアア!」

 

 やはり積んでいたか、“じしん”!

 

 だがデデンネとギャラドスでは圧倒的にデデンネ…………チークのほうが速い!

 水の上の足場を器用に飛び越えながら、ギャラドスへと接近し。

 

「にししし」

 

 笑いながらその体に抱き着く。そんなチークの行動にギャラドスが一瞬、戸惑い。

「そのまま痺れさせてやれ」

「あいよっ」

 

 “ほっぺすりすり”

 

 ぱちり、と電気を纏い、体に擦りついていく。

「ぎゃううっ」

 確定麻痺がギャラドスを襲う。しかも『でんき』タイプは四倍弱点。チークの低い『こうげき』ステータスでも多少の痛手にはなる。

「ぐがあああああああああああああ!」

 

 “ じ し ん ”

 

 水面を大きく揺らしながら、ギャラドスが“じしん”を放つ。

「届かないネ」

 だがよく考えてみてほしい。

 

 チークは今、ギャラドスに抱き着いているのだ。

 

 足元で起こる“じしん”が当たるはずも無い。

 

「振り落とせ!」

「“ボルトチェンジ”」

 

 にしっ、と…………チークが笑い。

 

 “ボルトチェンジ”

 

 その全身に電流を纏いながらギャラドスの体を蹴り、その反動で宙を舞いながらこちらへと戻って来る。

 ボルトチェンジは、相手を攻撃したらそのままボールの中へと戻って来る交代技の一つだ。

 

 そして次に出すのは。

 

「来い…………イナズマ!」

「はい…………マスター!」

 

 ボールから出すのは、イナズマ。

「またヒトガタ…………」

 ミクリの目が僅かに細められ。

 

「スイリュウ“じしん”だ」

「イナズマ“わたはじき”」

「グアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 “ じ し ん ”!

 

 今度は先ほどの逆、ギャラドスのほうが速く“じしん”を放つ。

 ギャラドスの高い『こうげき』から放たれた弱点技である“じしん”をイナズマがまともに受け。

 

「んー! えいっ」

 

 “わたはじき”

 

 僅かに痛そうな表情をしただけのイナズマが全身に綿毛のようなものを纏う。

 巨大な綿毛の塊となったイナズマがぶるり、と身を震わせるとフィールド全体に綿毛が拡散していく。

 

「イナズマ“じゅうでん”」

「スイリュウ! もう一度“じしん”だ」

「グガアアアアアアアアアア!」

 

 “じしん”

 

 二度目の“じしん”、だがコットンガードで『ぼうぎょ』を大幅に上げたイナズマにさしたるダメージは無い。それを見て取ったミクリの目がさらに細められ。

 

「ん~~~~~!!!」

 ぐっと、拳を握りながら体を丸めるイナズマに、ばち、ばちと電気が収束していく。

 

 ばちんっ、とイナズマの傍で電気が弾ける。

 

「イナズマ“10まんボルト”!」

「戻れスイリュウ! 行け、ナズ!」

 

 自身が攻撃を指示すると同時、ミクリがギャラドスをボールに戻し代わりに出してきたのは。

 

「ズゥ~~~」

 

 ナマズンだった。

 

「やああああああああああ!」

 イナズマの指先から電流が迸り、水中を伝ってナマズンへと襲いかかるが…………。

 

「ズゥ~」

 

 『じめん』タイプを持つナマズンには効果が無いようだった。

 

 ばちんっ、とイナズマの傍でまた一つ、電流が弾けた。

 

「危ない危ない…………中々に怖いね、キミのポケモンたち」

「透かされたか…………まあいいや」

 

 睨みあい、互いが次の機を測る。

 そうして、互いの視線を一瞬交錯し。

 

「行くぞイナズマ! “きあいだま”!」

「ナズ! “じしん”だ!」

「うう…………やああああああああああああ!」

 

 “ き あ い だ ま ”!

 

 振り抜かれたイナズマの拳、その先から巨大な球体が撃ちだされる。

「ずぅ~?!」

 ナマズンの身の丈よりも巨大なその球体がナマズンを襲い、ナマズンが悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。

「ナズ?!」

「ず…………ずぅ~…………」

 フィールドから弾きだされ、ごろんごろん、と転がったナマズンは、目を回し動かなかった。

「…………こちらが不利か」

 ミクリが呟き、ナマズンをボールへと戻す。

 

「ならば…………キミに頼るしかなさそうか」

 

 そうしてギャラドスとは別のボールを取り。

 

「頼んだ…………ルリ!」

「はい、マスター!」

 

 出てきたのは…………。

 

 以前のジムリーダー対抗戦でも見たことのある。

 

 ()()()()()()()()であった。

 

 

 * * *

 

 

「ルリ“はらだいこ”!」

「イナズマ“わたはじき”!」

 

 マリルリが“はらだいこ”をし、イナズマが先ほどと同様綿毛に包まれながら身を震わせて綿毛の一部をフィールドへと弾き飛ばす。

 

 そうして、次に来るのはきっと。

 

「ルリ“アクアジェット”!!!」

「イナズマァ“10まんボルト”!!!」

 

 『こうげき』を極限まで高めた上で恐らく特性“ちからもち”によって放たれたアクアジェット…………水の噴流とイナズマが指先から撃ちだす“10万ボルト”が中空で激突し、爆発する。

 

「イナズマ! 走れ!」

「っ! はい!」

 

 直後の一瞬の間、自身の指示と同時に。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 “ で ん じ か そ く ”

 

 イナズマの足元で弾ける電流が、イナズマ自身と反発するようにしてその身を超高速で前面へと押し出していく。

 物凄い勢いで水面を進むイナズマに、最後の指示を出す。

 

「“10まんボルト”ォォォォォォォ!!!」

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 先ほどのわざとわざのぶつかりあいによって起きた蒸気を突き破り、イナズマがマリルリへと迫る。

 

「しまっっ、ルリィィィ!」

 ミクリが指示を出そうとするが、けれどもう遅い!

 

 “ 1 0 ま ん ボ ル ト ”!!!

 

 拳に纏った電撃をイナズマがその勢いのままにマリルリへと叩きつけ。

 ズダァァァァァァァァ、と派手な音を立てながら、マリルリが吹き飛ぶ。

 そうしてフィールドからマリルリが弾きだされそうになり。

 

「う、ああああああああああああああ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 その手に持っていたのは()()()()()()()

 

 そして。

 

「“じならし”」

 

 ミクリの言葉に反応し、マリルリが足を上げ…………大地を踏みつける。

 

 瞬間。

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、とプールの中に溜まっていた水が勢いをつけて湧き上がる。

 ズドオオオオオオオオオオオオオオ、と轟く地響きを立てて、ジムの床が大きく揺れる。

 

 それでも。

 

「イナズマ」

「ぐ…………ああああああああああああああ!!!」

 

 “10まんボルト”

 

 震える膝で、崩れ落ちそうな体で、それでも。

 

 イナズマが指先から放った電撃が、マリルリの体を撃ち貫き。

 

「…………きゅう…………」

 

 マリルリが倒れて動かなくなる。

 

 同時に。

 

「…………参った…………降参だよ」

 

 ミクリが、両手を挙げた。

 

 

 




裏特性:でんじかそく
『でんき』タイプのわざを使用したり、受けるたびに『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する
取得条件:『こうそくいどう』『じゅうでん』の熟練度を最大まで上昇させ、戦闘中『じゅうでん』⇒『こうそくいどう』の組み合わせを二十回使用する。

電磁加速、イメージは分かりやすいと思う。ただ直線しか進めないイメージしかないけど()
『でんき』わざを使うたびにその一部をちょっとずつ『じゅうでん』していくイメージ。『プラス』と『プラス』で反発するエネルギーをそのまま『速度』にしたり、単純に貯めこんだ『電力』を上乗せしたりとか。



今日は9時には仕事終わるんだ…………帰ってから書けばいいじゃないか、そんな風に思っていたはずなのに。
今日中に書き終わるように寝る前に少しだけでも執筆しとくか。

そんな風に思っていた時期が私にもありました(

がっつり書いてしまった…………やべえ。



かりゅうのまい、について説明すると言ったな…………あれは嘘だ(
いや、書いてたらなんか話の流れ的に出なかった。
でも次こそは、ほとんど会話の無かったミクリさんとはちゃんとお話しするから(
その時には必ず出すし(


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アニメだとやってんじゃんってことけっこうあるよね

 

「スイリュウでは…………そのヒトガタの相手は荷が重いね、完敗だよ」

 苦笑しつつ、ミクリが自身の目の前までやってくる。

「だが見事だったよ…………キミならばこのレインバッジも相応しい」

 差し出されたのはルネシティジムを制覇した証、レインバッジ。

 ゲームならば最後に手に入れるはずのバッジだが、これで二つ目。

 

「特技だけでなく、まさか裏特性まで身に着けているとは…………どうやら、ホウエンリーグを目指していると言う言葉、嘘ではないようだね」

「ええ」

「と、言うことは…………あと一つも?」

「…………そっちはまあまだ、です」

 なるほど、とミクリが頷く。

「あれはトレーナーとして、一つの境地であるからね…………まあ私からは特に言うまい。キミのことは中々に面白く思ってはいるが…………アイツの顔も立ててやらないとね」

「アイツ…………?」

「ふふ…………ダイゴ、キミが倒そうと言う男の名前だ、知っているかい?」

 そう言えば、ダイゴとミクリはゲーム本編でも知り合いだったか、と思い出す。

 当たりまえだが、すでに十年前のゲームの内容だ。システム的な部分はしっかりと覚えてはいても、シナリオについてはあやふやな部分もある。軽くストーリーの流れだけは記録してはあるが、この世界でどこまで信用できるのかも分からない以上、余り当てにしてはならないだろう。

 

「一度お会いしましたよ…………メガストーン、持っていかれました」

「…………ああ、アイツが言っていた子供と言うのは」

 

 どうやら自身のことをミクリに話していたらしい。

「覚えていてくれたようで…………光栄です、とでも言えばいいんですかね」

「ふふ…………アイツが石のこと以外で珍しく楽しそうに話すトレーナーと言うのも久しくいなかったからね。誇ってもいいんじゃないかい?」

 むしろ忘れていてくれたほうが油断してくれそうで楽なんだけどなあ、とか思ったり。

 

 

 ところで。

 

 ここまでの会話の中で一つ覚えの無い単語があっただろう。

 

 特技。

 

 それが自身がエアに、そしてチークに、イナズマに、シアに、シャルに、リップルに仕込んだ技の正体。

 

 ヒワマキシティジム戦で、エアが使った“かりゅうのまい”。

 今回の戦いでチークが使った“なれあい”、イナズマの“わたはじき”。

 

 それら全て、特技と呼ばれるものだ。

 

 有り体に言えば。

 

 “合成技”だ。

 

 

 原作ポケモンにおいて、1ターン内にわざを二つ使うことはシステム上不可能であった。

 だがこの世界において、ターンなんてものは無いし、相手が攻撃したから自分の番、自分が攻撃したから相手の番、なんてそんなプロレスみたいな仕様は存在しない。

 だから何度でも連続して攻撃しても良いし、使えるなら()()()()()()使()()()()()()()()()のだ。

 勿論、できるのなら、だが。

 

 はっきり言って容易なことではない。

 

 元々技の枠が四つに限定されているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 つまり一つ使うだけで、全力を振り絞っているレベルの行動なのだ。それを二つ同時、と言うのがいかに至難であるか察せられると言うものだ。

 

 だが、何度も何度も何度も何度も、使い続けそれを()()()()()()()で使えるようにする。意識しなくとも体が自然に動くようにする。

 

 その状態でもう一つ、技を使うのだ。

 だがそれだと二つのわざを同時に使うだけだ。当たり前だが、技の枠四つの内の二つを使っていることになる。

 

 だから…………()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()を合わせた行動を()()()()()としてしまう。

 そうすると元となったわざを忘れても、それが一つのわざとして習得するため。

 

 二つのわざの効果を一つの技の枠を使って発揮できてしまうのだ。

 

 当たり前だが、こんな反則的なもの二つも三つも積めはしない。

 ただでさえ、ポケモンのキャパギリギリを要求するような行為なのだ、二つ目を覚えようとしても、一つ目を忘れさせない限り覚えさせることはできない。

 

 そしてなんとこの“特技”。

 

 考案者はあのダイゴである。

 

 メタグロスの放つ極悪な必殺パンチ。

 

 コメットパンチ。

 

 あれに恐るべきことに。

 

 サイコキネシスを合成したらしい。

 

 その名も。

 

 “ブラスターパンチ”

 

 一撃であの耐久力の怪物ボスゴドラを『ひんし』に追いやるほどの威力らしい。

 単純なわざの威力だけではなく、恐らく裏特性などなんらかの秘密があるのだろうが、それにしても恐ろしい威力である。

 

 存在を知った時は、本当に何なんだこの世界、と思ったものだ。

 裏特性と言い、特技と言い実機にあったら()()()()()()()()()

 最早相手の型、だとか育成論だとか、完全に吹き飛ばしてしまう。

 少なくとも、自身が前世でやっていた対戦のセオリーなどほぼ投げ捨ててしまったほうがいいレベルだ。

 勿論、それらを扱えるのは極一部の才能豊かなトレーナーに限られてしまうわけではあるが。

 

 自身がそれらを出来ているのは、前世での実機でやっていた経験、そして蓄えた知識。

 何よりも。

 

 自身の手持ちの彼女たちが6Vであることが大きい。

 

 個体のVは才能の証だ。

 

 6Vとは即ち天稟。天性の才。

 

 その溢れんばかりの才覚を持って、自身の足りない育成を補っている。

 故に自身に他のポケモンたち以外にこれを仕込むことはできない。

 

 だが逆に。

 

 ヒトガタに何かを仕込む、と言う点において自身よりも経験の多いトレーナーはいないのではないかと思う。

 そもそもからしてヒトガタを持っているトレーナーなど数少ない上に、その中で()()()()()()()を所持しているトレーナーなど皆無に等しい。

 

 まして。

 

 パーティ全員がヒトガタ、など前代未聞と言って過言ではない。

 

 ヒトガタを育成した経験値ならば、誰にも負けるつもりは無いのだ。

 

 

 * * *

 

 

「やれやれ、それにしてもまさか、親子揃って私に勝つなんてね」

 肩を竦めて苦笑するミクリ。

「親子…………ああ、五年前の」

 

 冬のジム対抗戦。

 

 トウカシティジムvsルネシティジムの戦い。

 

 その最終戦、ジムリーダー対決。

 

 ケンタロスとマリルリのぶつかり合い。

 

 制したのは…………センリ(父さん)だった。

 

「見てたのかい?」

「裏特性の参考に」

 告げた言葉にミクリが僅かに目を見開く。

「そんなに昔から?!」

 さすがに驚かれた。まあ当然な気もするが。

「父さんから聞いてはいたので」

「ふふ、あの人も気が早い…………だがそれを受けて見事に裏特性を作り上げたキミの腕も素晴らしい」

「残念ながら俺の仲間のお蔭ですよ…………ヒトガタじゃなければできなかった」

「そのヒトガタを従えるのもキミの才覚、何も恥じる必要は無い」

 少し照れた。頬を掻く。

「これをキミに渡しておこう、ひでんマシン“たきのぼり”。いずれ必要になる時があれば使うと良い」

 そうして渡された『ひでんマシン』を鞄に納め。

「では、次のキミの活躍を期待するよ」

 そんなミクリの言葉に見送られ、ルネシティジムを出た。

 

 

「私の出番無かったじゃない」

「勝てたんだからいいじゃん、エア」

「ったく…………私のこと移動手段だと思ってんじゃないわよ」

 少し不貞腐れたようなエアに苦笑しながらその手を取る。

「そんなこと思ってないよ、それにエアに連れてもらって空を飛ぶの好きなんだけどなあ?」

「……………………ふ、ふーん」

 頬を赤らめながらそっぽを向くエアを、可愛いなあこいつ、なんて思いながら。

「次はトクサネジムかな、エア、お願いね」

「し、仕方ないわね、それなら連れてってあげるわよ」

 

 相変わらずチョロいっすわエアさん。

 

 うちのパーティのエースの相変わらずの純真さに内心でそんなことを呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 トクサネシティは、ルネシティより北東の島にある街だ。

 トクサネ宇宙センターと言うホウエンで唯一宇宙と言うものを研究している場所があることで有名だろう。

 トクサネジムは原作だとホウエンのジムで唯一ダブルバトルを仕掛けてくるジムだ。

 ジムリーダーはすでに双子であることは確認しているので、恐らく今回も同じだろう。

 

 ダブルバトルとして安定なのはチークとイナズマのコンビだが、ルネジムで戦わせたばかりだ、今回は休ませるとして。

 

「ふむ……………………」

 

 数秒思考し、空を見上げる。

 ルネシティジムはジムトレーナーとの前哨戦が無かった分、かなり早く終わった。

 まだ昼直前と言ったところか、少し空腹感を感じてきた。

 

「昼飯前に軽く終わらせるか」

 

 呟き、ジムへと入る。

 

「ま…………今回に限って言えば、余裕だわな」

 

 

 * * *

 

 

 結果だけ先に言ってしまおうと思う。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 ジムリーダーたち唖然である、まあ当然だろう。

 相手は何も行動していない。行動させなかった。

 出したのはエアと()()()

 

 タイプ相性を無視してメガシンカして上から殴れるエアと、『エスパー』タイプである相手の弱点をつける『ゴースト』タイプのシャル。

 『ぼうぎょ』が低いルナトーンをエアが、『とくぼう』が低いソルロックをシャルが相手取れば当然の結果と言える。

 

 当然ながら弱点タイプや能力値の低さなど使っている本人たちが一番良く認識しているだろう。

 本来ならばそれをさせないのがジムリーダー、否、トレーナーの役割であるのだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かげぬった」

 

 ソルロックとルナトーン、ジムリーダーたちが出してきた二体のポケモンの()がシャルへと吸い寄せられ。

 シャルがその影を踏みつけた瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 トレーナーがいくら指示を出そうと、けれどソルロックもルナトーンも動かない。

 

 否。

 

 ()()()()

 

 それこそが自身がシャルに仕込んだ物。

 

 自身が全員に仕込んだ裏特性の中で、最も凶悪だと思っているもの。

 

 それこそがシャルの裏特性。

 

 ()()()()だ。

 

 

 * * *

 

 

 呆然とする双子を起こし、ジムバッジとジム専用わざマシン“めいそう”をもらうとジムを出る。

「あっさり終わったなあ」

 自分とシャル二人で作り出した裏特性だが、本気で初見殺し過ぎる。

 ポケモンリーグ本戦で使っていればいずれこの裏特性も知られてしまうだろう。

 何せ効果が明確過ぎる。初見殺しではあっても、その一度で完全に理解されてしまうだろう。

 

「と言うか実際、やらせてみたはいいけど、本当にできると思ってなかったんだよなあ」

 

 “かげふみ”と言う特性がある。

 その特性を持つポケモンが戦闘に出ているだけで『ゴースト』タイプか“かげふみ”を持っているポケモン以外は交代ができなくなる、と言う特性だ。

 シャンデラの特性は“ほのおのからだ”、“もらいび”、“すりぬけ”の三つだが。

 

 幻の夢特性“かげふみ”が実は存在した()()()()()()と言う話がある。

 

 何故かもしれない、かと言えば。

 

 有り体に言って存在しないからだ。

 

 ゲームの中でいくら探そうとそんなもの存在しない。

 正確には第五世代、ブラック、ホワイトのシャンデラの夢特性が“かげふみ”だったのだが、この時点でシャンデラの夢特性は解禁されておらず、続く第六世代でシャンデラに夢特性が追加されたがその時にはすでに“すりぬけ”に変わっていた、と言う話らしい。

 

 つまりデータの中にはあっても、実際には存在しないのだ。

 

 ただ、公式が一度は“かげふみ”を使える、と定義したのだ。

 

 もしかすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考え。

 

 そうしてやってみたら滅茶苦茶苦労したが案外できてしまったのが“かげぬい”だ。

 

 幻の特性をさらに発展させて裏特性として持たせた、“すりぬけ”と強化された“かげふみ”を両方持つシャルは間違いなく、実機にいたら怪物であり、現実でも最強のシャンデラと言えるだろう。

 

 これが出来なければ“ちいさくなる”の効果を2倍くらいにする裏特性でも作ってみようかと思っていたが、あくまでシャルの役割を特殊アタッカーと定義するなら、相手の動きを止め上から殴れる今の裏特性のほうが良いと思ったのだ。

 

「エアもだが…………お疲れ、シャル」

 

 ぽんぽん、とボールを叩いてやると、ぷるぷるとボールが揺れる。

 何度褒めても慣れないからなあこいつ、きっとボールの中で顔を赤くして照れてるんだろうなあと思うと、思わず笑みが零れる。

 

「うし…………バッジも三つめ、いっちょみんなで御飯でも食べに行くか」

「ホント?!」

 

 告げた瞬間、エアが目を輝かせ、そして腰のボールたちが揺れる。

 

 この食いしん坊どもめ。

 

 もう一度笑った。

 

 

 

 




裏特性:かげぬい
自身か相手が戦闘に出てきたターン、自身が相手より先に行動した時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない。ただし特性“かげふみ”を持っているか『ゴースト』タイプには無効。
習得条件:特性“かげふみ”を取得し『ふういん』『のろい』『あやしいひかり』の熟練度を最大まで上昇させ、戦闘中相手の全てのわざを『ふういん』し『のろい』を使い『あやしいひかり』で『こんらん』させるを百度。


特技:かりゅうのまい 『ほのお』タイプ
分類:ほのおのきば+りゅうのまい
効果:『こうげき』ランクと『すばやさ』ランクを1段階上昇させる、3ターンの間ほのおをまとった状態となり『こおり』タイプの攻撃を半減、『みず』タイプの攻撃が弱点となり、『こおり』状態にならない


特技:なれあい 『ノーマル』タイプ
分類:あまえる+なかまづくり
効果:相手の『こうげき』ランクを2段階下げ、相手の特性を自身と同じにする


特技:わたはじき 『くさ』タイプ
分類:わたほうし+コットンガード
効果:自身の『ぼうぎょ』ランクを2段階上昇させ、さらに5ターンの間相手全体の『すばやさ』ランクを2段階下げる



因みに最初は「自身か相手が戦闘に出てきた時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない」だった。
いや、強すぎだろ、無条件に1ターン行動不能かよ、チートだろ、出禁確定って言われたし、自分でもこれはひでえって思ったので色々条件を縛った。
だってそのころのエアの裏特性って「HPが1/3以下の時ひこうわざの威力を1.2倍にする」だったし、他のも似たようなのだったので、シャルだけ強すぎだろってエアを上方修正したり、シャルを下方修正したりでバランスとった。
因みに今の説明だと分かりづらいかもしれないけど。

自分より早い相手でもトリル使って一度戻して、もう一回出せば発動します(

ただし一度の戦闘で1体につき1回だけ。何回も発動してたらバトルにならんし、書いてても面白くないですしおすし。



作者的裏特性やばいランク(A~E5段階)

Aシャル
Bエア、リップル
Cイナズマ、シア
Dチーク


作者の偏見大きく入ってます。あと使い方次第で結局はどれもチート。


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原作的に考えて街一つ丸々商店街ってすごくね?

なんで遅くなったのかって?

俺マススレ読んでたんだよ(


 夜の闇の中でもその明かりははっきりと見えた。

 街中に電灯が灯され、二十四時間営業の店も多いらしく。

 

 “眠らない街”なんて、前世で聞いたようなキャッチフレーズがまさしく似合う街。

 

 キンセツシティ。

 

 実を言えば。

 

 自身、キンセツシティをまともに見るのがこれが初めてだったりする。

 

「ふぁあああ?!」

「…………う…………わあ」

 

 ここまで連れてきてくれたエアも、思わず隣で声を漏らす。

 

 一言で言えば。

 

 ()()()()()()()()()()()だ。

 

 住人は全て中央の居住区画に住んでいるらしく、その居住区画を取り囲むように街一つを丸々改造した巨大なデパートが存在する。

 まさに、街一つを丸々改造しデパートにしてしまった仰天な街だ。

 

 見れば分かるが、ホウエンで最も商業が盛んであり、物品で言えば他地方との交流のあるミナモのほうが多種多様にあるかもしれないが、サービス業の種類ではカイナもミナモもぶっちぎってホウエン一位の大商業都市である。

 

 中に入ってみれば、人人人人人人人…………前世で言うところの、ゴールデンウィークの東京駅くらい人が混みあい、視界の中が人で埋め尽くされている。

 

「エア、ボールに戻っててくれる?」

「…………仕方ないわね」

 さすがにこれは酷い、と思ったのかエアも素直に頷き、ボールに戻る。

 

 人込みに流されるようにしながら進んでいき、道中いくつか見つけたお店に目星をつけておく。

 原作ゲームでは、たしか教え技屋やさかさバトルの店などもあったはずだ。

 まあそれは後にしておこう。とりあえず、まずはポケモンセンターを目指す。

 

「…………すごいな」

 

 こういう夜に電飾で彩られた光景はなんだか懐かしくて、少しだけノスタルジックな気分になった。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンセンターに着き、部屋だけ取るとすぐさま駆け込み、ベッドにダイブする。

「は~…………疲れたあ」

 とにかく広い。広すぎて、自分が今どこにいるのか分からなくなるレベルだ。

 自身だってそれほど方向感覚が悪いわけではないのだが、何せ街一つの規模だ。さすがに道も分からなくなってくると言うものだ。

 

「あ…………生き返る」

 

 ふかふかに整えられてベッドにダイブし、日干しされて良い匂いのする布団の香りをいっぱいに吸い込む。

 布団と言うのは歳と取るごとに抗えない魔力を発してくると思う。

 これがまだ子供の頃は良いのだ、エネルギーに満ち溢れているからとにかく体を動かして発散したがる。

 小学生、幼稚園児が昼寝を嫌がったり、やたら早起きだったりするが逆に大人になるにつれて活力が足りなくなり、頻繁に昼寝をしたり早起きが辛くなってくる。

 勿論生活習慣や運動でいくらでも解消できる範囲の問題ではあるが。

 

「あの快感を味わえないのは辛いよなあ」

 

 二度寝や寝過ごし、あの目覚めの快感は恐ろしいほど病みつきになる。

 この体はまだ十になったばかりの子供の物だが、布団にくるまってゆっくり寝るのが好き、と言うあたり前世の記憶の影響は確実に受けている。

 特に体が疲れを貯めている時は、他の十歳児よりもずっと眠りが長くなるのは完全に前世に引きずられた精神性のせいだろう。

 

「なんか…………おっさんくさい」

 

 ぎくり

 

 いつの間にかボールから抜け出していたエアがこちらを見つめ、ぽつりと呟く。

「だーいぶ!」

 一瞬の硬直の隙をついて自身のベッドに飛び込んでくるチークを受け止めながら。

「すやすや…………」

「ってもう寝てる?!」

 潜りこんですでに寝息を立てているシャルに驚愕する。

 

「もう、マスターに迷惑かけちゃダメよ?」

「んふふ~楽しそうだね~」

 

 そして止めに入ろうとするシアと、見守るリップル。

「マスター、お水もらってきましたよ」

「いつの間に?!」

 そして今部屋に入ったばかりのはずなのに、食堂から『おいしいみず』を人数分確保してきているイナズマ。

 

 いつもの賑やかな面々でその夜を明かし。

 

 

 

「わーっはっはっは」

 朝一番、ジムで受付をし、そして通された部屋で待っていたのがこのオッサンだった。

「…………またジムリーダー」

「わっはっはっは、いかにも! わしがキンセツシティジムのジムリーダーのテッセンじゃ!」

 楽だから良いのだが、トレーナー戦スキップか、と思っていると。

「朝一番からジム戦に来るとは中々やる気があるのう」

「いきなりジムリーダーが出てくるとは思いませんでしたけど」

「がっはっは…………なあに、面白そうなトレーナーがいるとミクリのやつから聞いてな、ホウエンのジムリーダー全員に連絡が回ってるぞ」

 何やってんだあの人オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?

「それにあのセンリの息子となれば、こりゃいっちょ遊んでやらんといかんだろ?」

 何がだろ? なのか分からないが。

 

「とは言え、ジム戦はジム戦じゃ、ちゃんとやるから安心せい…………こちらの手持ちは三体。そちらは六体まで使ってよい」

「…………ふむ」

 こちらのパーティに明確に『でんき』タイプと相性が良い、と言うポケモンはいなかったので、それは助かる。と言うか互いに本気で戦っても三体もの差があるならば、まず負けることはないだろうと思う。

 その辺がジム戦と言うことの考慮、と言うことだろうか?

 

 だが逆を言えば。

 

「だが特技どころか裏特性も仕込んであると聞いとるぞ、故にこちらも全力でお相手するぞい!」

 

 数の差以外は正真正銘、全力、と言うことだろう。

 

「それはつまり」

 

 つまり――――――――

 

「ジムリーダーの本気、と言うことで?」

 

 そんな自身の問いに、テッセンが頷く。

 

「見事勝ち取ってみせい、この『ダイナモバッジ』!」

 

 ――――――――ガチパの解禁、と言うことに他ならない。

 

 

 * * *

 

 

「いけい! ランターン!」

「行け、チーク!」

 

 こちらが出したのは、先発としてはオーソドックスなチーク。

 対して相手のポケモンは…………ランターン。

 

「…………不味いなあ」

 そもそも『でんき』タイプのジムで『マヒ』は狙えない。なのでチークの“なれあい”による『こうげき』のダウンと“特性”の変更なのだが。

 

「チーク“ボルトチェンジ”!」

「ランターン“らいうん”!!」

 

 チークが素早くランターンに接近し、ジャンプで加速をつけながらその身に電撃を纏いながらその体を蹴る。

 タイプ相性以前に体重に差がありすぎる…………見舞われた一撃にランターンが少し痛そうにするが、けれど大したダメージにはならず、そのままチークがボールの中へと戻って来る。

 

「ばるぅ!」

 

 直後、ランターンが上を向いて吼えると、ジムの天井に徐々に黒い雨雲が渦巻き始める。

 そして雨雲がフィールドを覆うほどに巨大に成長すると、ざあ、ざあと雨が降り始め、同時にゴロゴロと雷の音が鳴りだす。

 

「いきなり特技…………面倒そうな。なら次は…………リップル!」

「は~い」

 

 次に繰り出したのはリップル。

 リップルのタイプは『ドラゴン』単タイプ。『でんき』わざも『みず』わざも半減できる。

 

「ほう…………聞いていた通りのヒトガタ使いじゃな」

 

 それを面白そうにテッセンが見つめる。

 

「単純なあまごいじゃないな…………多分混ぜたのは…………」

「この局面で出てくるポケモン…………『でんき』と『みず』を半減できるとなれば同じ『でんき』『みず』の複合タイプかもしくは」

 呟きながらテッセンと自身が次の指示を出す。

 

「とけろ!」

「“れいとうビーム”!」

「ふぁ?!」

 

 テッセンの指示に、思わず変な声を上げる。

 その様子にテッセンが笑う。

 

「わーはっは、どうやら『ドラゴン』タイプのポケモンらしいな。相手の指示に一々動揺しておっちゃあ、バトルなんぞできんぞ!」

 

 “どくどくゆうかい”

 

 先手を取ったのはリップル。

 手が、足が、首が、顔がどろどろとその全身が溶けて、ぶすぶすと毒々しい色の液体へと変わって行く。

 相変わらず、自身で覚えさせておいてなんだが恐ろしくビジュアル的に良くない…………いや、最終的に元に戻るのは分かっているのだが。

「ぬう」

 そのインパクトにテッセンが僅かに唸る。

 

“れいとうビーム”

 

 直後、ランターンの“れいとうビーム”が放たれリップルへと刺さる。

 『ドラゴン』タイプのリップルに『こおり』タイプは抜群だ。

 故にかなりの痛手になる…………()()()()()

 

 “うるおい”

 

「ぬふ~ん」

 腹部に当たったれいとうビームを受けて、少し冷たそうにリップルがお腹をさすりながら、けれど平然とした顔で立っている。

「む?」

 当てが外れた、と言う感じでリップルを見るテッセンに、思わずしてやったりと笑みを浮かべる。

「リップル、“まとわりつく”」

「ふむ、ランターン“10まんボルト”じゃ!」

 

 リップルがその全身を溶かしながらランターンへと接近し、素早く体をしならせながらランターンを締め付ける。

「ばるぅ!」

 直後、ランターンの全身から電撃が発せられ、リップルを襲い…………。

「にゅわ!?」

 耐えるのは耐えたが、予想外の一撃と言った顔のリップル。

 想像以上に効いたようだ、まだまだ問題は無さそうだがそれでも珍しくリップルが驚いている。

「大丈夫か?! リップル」

「問題無いよ、マスター。思ったよりびりってしただけだから~」

 『ドラゴン』に『でんき』は半減のはずだ。リップルの飛びぬけた『とくぼう』で考えれば、今の攻撃だってカスダメくらいになるはずなのに。

 

 裏特性か?

 

 一瞬考えるがけれどそんな簡単には答えは出ない。

 だったらと思考を切り替える。

 幸い…………今のランターンは放っておけば倒れる状態だ。

 

「ば、ばるぅ?!」

 

 ()()()()になったランターンが突如苦し気に声を上げる。

「む、なんじゃ」

 テッセンがその様子に気づき…………それからリップルを見る。

「なるほどのう」

 さすがはベテラントレーナー、と言うことか。一瞬でそれに気づいたらしい。

 

 リップルの特技は“どくどくゆうかい”。

 

 合成したのは“どくどく”と“とける”だ。

 

 “とける”で全身を融解させながら溶かし液状化した体に“どくどく”を纏う。この状態で直接攻撃をするかされるか、とにかく相手と接触することで相手に“どくどく”を移すことができる。

 『ゴツゴツメット』“まとわりつく”と合わせて火力を捨てる代わりに、どんどん強固になって行き、割合ダメージで相手を削ることをコンセプトとしている。

 

「害悪最高おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ヌメルゴンに“とける”で『ぼうぎょ』を上げた今、まさに鉄壁の城塞。

 そしてさらに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “うるおい”と、自身は名付けた。

 

 1ターンの間のみ弱点タイプの攻撃を()()()()()に自身のタイプを『みず』に変える。

 

 つまり『ドラゴン』の弱点が全て消える。

 代わりに『みず』の弱点が増えるが、だがシングルバトルで戦っている限り、リップルの二倍以上の『すばやさ』を持って動かなければリップルが弱点を突かれることは無くなる。

 

 少なくとも、シングルバトルに限って言えば、かなり凶悪な裏特性に仕上がったと言える。

 

 …………こいつの訓練ってほとんどプールで遊んでただけなんだがなあ。

 

 “みずびたし”と言うわざがある、相手を『みず』タイプにしてしまう、と言うわざだ。

 このコンセプトの発想の元はつまりそれだ。

 

 ただヌメルゴンは“みずびたし”を覚えないので多少苦労はした…………と言っても本人は(たの)しそうだった、と言うか(らく)そうだったが。

 

「そのまま絞め落とせ!」

「ランターン“10まんボルト”!」

 

 こうなれば後は互いに我慢のしあいである。

 

 そうして、行ける、そう確信した瞬間。

 

「やれ、リップル!」

「ぬーん…………えいや!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 リップルが真上に向かって投げたオレンジ色の球体が弾け、隕石が降り注ぐ。

 

「ばるぅぁ?!」

 

 ランターンが驚き、声を上げた瞬間そのランターンを真上に向かって投げ飛ばしながらリップルが後退する。

 

 そして。

 

 ズドドドドドドドドドドドォォォォォン

 

 降り注ぐ隕石に撃ち抜かれ。

 

「ば…………ばるぁ…………」

 

 ランターンが倒れた。

 

「いぇ~い」

 喜ぶリップルとは対照的に、むう、とテッセンが唸り。

「見事…………戻れランターン。よくやったぞい」

 ランターンをボールに戻し、次のボールを手に取る。

「さて…………では次じゃ、いけい!」

 

 そうしてテッセンの出した次のポケモンは。

 

 赤い。

 

 小型の。

 

 洗濯機。

 

 言葉にするならそれ。

 

 つまり。

 

「ウォッシュロトムウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」

 

 キンセツジムに自身の絶叫が響き渡った。

 

 




裏特性:うるおい
弱点タイプで攻撃されそうな時、そのターンのみ自身のタイプを『みず』へと変える


特技:どくどくゆうかい 『どく』タイプ
分類:どくどく+とける
効果:『ぼうぎょ』を二段階上げ、『もうどくまとい』状態になる。自身か相手が直接攻撃を使うと相手を『もうどく』にする、この状態はボールに戻るまで続く


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ラグラージ死すべし、タイプ相性で対策したら絶対に殺す親父

 ロトム、以前にも言ったような気がするが、電化製品に憑りつくゴーストポケモン。

 そして洗濯機に憑りついたロトムを。

 

 ウォッシュロトムと呼ぶ。

 

 『みず』『でんき』のタイプを持ちながら、特性“ふゆう”によって数少ない弱点を消し去り、高い耐久と『くさ』タイプ以外の全ての攻撃を等倍以下に貶めるタイプ相性、そして幅広いわざの取得範囲によって受けポケモンの中でも最上級の評価を受けているポケモンだ。

 

 リップルとの相性は悪くない。『でんき』も『みず』も半減できる上に、最悪“おにび”を撒かれてもリップルはそもそも受けだし、攻撃技も割合ダメージが多いので『こうげき』の半減はそれほど痛くはない。

 ただランターンの“10まんボルト”の威力が思ったよりあったらしい、見ただけでは分かりづらいが恐らくHPはすでに残り三割切っているだろう。

 

 “ねむる”の切りどころか?

 

 一瞬そう思ったが、けれど数の上でならば優位なのだ。

 どうせなら少しばかり強気に言っても良いかもしれない。

 

「リップル“まとわりつく”!」

「ロトム“かみなり”!」

 

 リップルがこちらの指示通りにロトムへと接近するが、残念ながら一瞬ロトムのほうが速い。

 

 ”かみなり”

 

「ピギュァァ!」

 

 “らいうん”の中から雷が一条の光の柱となってリップルへと降り注ぐ。

 

 あめが降り注いだこの現状、必中となった“かみなり”がリップルの全身を覆い尽くし。

 

「ぬうううああああああああああああ!」

 

 リップルが雄叫びを上げて耐えきる。

 そうして、リップルがロトムへとさらに接近しようとして。

 

「そら、雷雲(かみなりぐも)が弾けるぞい」

 

 テッセンが呟き。

 

 “かみなり”

 

 二度目の閃光がリップルを襲う。

 

「っ! やっぱりそうか!」

 

 名前からしてそうじゃないかと思っていたが、やはりそうだ。

 トリガーは未だに詳細に分かったわけではないが。

 

 “かみなり”を発生させあまごいの中、必中で打ち込む特技だ。

 

 ここまでかかったターン数は五ターンと言ったところか。

 未だに雨が続いている…………恐らくランターンの持ち物は『しめったいわ』だろう。

 

 リップルだけで想像以上にターンが稼げている、しかも一体撃破している。

 初手チークはやはり失敗だったな、と思う。

 相手が『でんき』タイプなのは分かっていたのだから、最初からリップル、ないしイナズマでも良かったかもしれない。

 “なれあい”によって、特性を上書きしたので良かったが、迂闊に“ちくでん”持ちでも残してしまっていたら、後々面倒になっていかかもしれないし、様子見と自身の中で定義づけた最初の二手は別にいらなかったかもしれないと思う。最悪その隙にチークがやられていたかもしれない。

 まあ今回のジムの場合、チークの有無はそれほど大きいわけではないのだが、それでも大事な仲間だ、使い捨てるような真似は極力したくないし、自身の采配ミスで無意味に倒されてしまうのは避けたい。

 

 やっぱ知識に偏りがあるんだよなあ、と思う。

 対戦時代よく戦った相手ならばそれなりに知識もある、対処法も心得ているが、マイナーなポケモンだとほとんどタイプくらいしか知らないなんてこともある。

 

 この世界に厨パなんて概念は無い。特技、裏特性のせいで本気でどんなポケモンだろうと化ける可能性がある。

 それはつまり、対戦時代目にすることの無かったポケモンがリーグでは出てくるかもしれないと言うこと。

 

 もっと勉強が必要かもしれない、と内心で思う。

 

 そして、そんなことを考えながら視線を上げ。

 

「あー…………う…………」

 

 リップルが崩れ落ちた。

 

「…………お疲れ」

 

 ボールを掲げ、リップルを戻す。

 

 読めてきた。

 

 ロトムの『とくこう』種族値105は確かに高い。ランターンがどうだったかうろ覚えだが、それほど飛びぬけてはいないはずだ、それほど強ければ対戦でもっと出てくるだろうから。とは言ってもイメージ的に物理技を覚えているような感じはない、恐らく特殊型、となれば低くて70、高くても90くらいか?

 

 だがヌメルゴンの『とくぼう』種族値は150だ。

 

 対戦で何度かヌメルゴンと戦ってきたこともあるが、あれを特殊アタッカーで落とすのは本当に苦労する。と言うかタイプ一致で抜群技でも半分超えるかどうかと言ったレベルのふざけた守りをしている。

 半面物理技にはそれほど強く無いのでエアで上から強引に叩いて行っていたが、それでも時には落としきれず“りゅうせいぐん”で手痛い反撃を受けることもあった。

 

 そのヌメルゴンが、そのリップルが。

 

 いくらあれだけ電撃を浴びたからと言って()()の『でんき』わざでそう容易く落ちるか?

 

 威力が高いのか、それとも…………『タイプ』相性を無効化しているのか。

 

 恐らく、エアと似たものを持っていると思う。

 

 それが裏特性ならまだ良い。

 

 もしそうでないとするならば…………。

 

「ついに来たか…………()()()()()()()()()

 

 呟いた言葉にテッセンが口元を釣り上げる。

 

 

 * * *

 

 

 トレーナーズスキル。

 

 技の発展形である“特技”。

 

 特性の対となる“裏特性”。

 

 そして。

 

 指示の究極とされる“トレーナーズスキル”。

 

 特技、裏特性が下地を整えるためのものとすれば。

 

 トレーナーズスキルは整えた下地を120%に発揮させるためのトレーナーの()()だ。

 

 そう、異能でも無ければ特別な訓練でも無い。

 

 ()()だ。

 

 けれどただの指示ならば『スキル』などと称されることは無い。

 

「…………行け、イナズマ」

「はいっ!」

 

 そうして豪雨降り注ぐフィールドにイナズマが登場し。

 

 “ か み な り ”

 

 雷雲から落雷が降り注ぎ、イナズマが雷に撃たれる。

 予想通り…………あれだけターン数を稼いで“かみなり”一発落として終わり、確かに強烈ではあるが。

 

 エキスパートたるジムリーダーがその程度なわけがない。

 

 二度目、三度目…………下手をすれば雨が止むまでずっと雷が落ち続けるかもしれない。

 

「むむむ」

 

 体に感じる軽い痺れに唸りながらもぴんぴんとしているイナズマ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なるほど…………『でんき』タイプ以外への『でんき』わざが半減、無効化されない、そんなところか」

「ほうほうほう…………中々良い観察力をもっとる。気づかんやつは素直に『じめん』ポケモンを出してきて一撃でやられとるがな」

 ふふふ、と含み笑いをするテッセンに、厄介な…………内心で呟く。

 

 下手をすると。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『ドラゴン』『ひこう』を持つエアだが、もしこの『ドラゴン』の半減が無効化されるのなら『ひこう』によって二倍弱点となる。

 メガシンカをすれば一撃耐えれるかもしれないが、出した瞬間落ちてくるあの“かみなり”は、メガシンカのタイミングとずれて先に当たる。

 

 向こうがどこまで計算しているのか知らないが、こちらのエースが半ば封じられている。

 

 しかも、だ。

 この雨はまだまだ止む気配を見えない。

 と言うことは『ほのお』わざも半減する、つまりシャルのメインわざも一つ封じられているのだ。

 

 趣味パだけにタイプや弱点などが偏っているのも自覚はしているが、中々に厄介な状況だ。

 

 少なくとも、三体目いかんによってはかなり不利な状況になるのは覚悟しなければならないだろう。

 

 おいおいまじかよ、と思う。

 

 六対三でこれか?

 

「くふっ…………くふふ」

 

 頂点目指すとほざいて? この程度?

 

「くふふふ」

「マスター?」

 

 そ ん な わ け が な い だ ろ!!!

 

「あーもう。なにお行儀よくゲームみたいなことやってんだ俺…………イナズマァ!」

「ふぇっ、あ、は、はい!」

()()()()()()()()()()()!!」

「ふわぁ?!」

「ほう、大きく出たの」

 

 出来る、出来る、出来る!!!

 

「“10まんボルト”!」

「ロトム“ハイドロポンプ”!」

 

 イナズマの放つ“10まんボルト”とロトムの“ハイドロポンプ”が互いの中間で激突し、盛大に爆発する。

 

「捕まえろ!」

「…………っ?! は、はい!」

 

 一瞬の空白、直後に自身の考えを理解したイナズマが弾けるように飛び出す。

 

 “でんじかそく”

 

 弾けるよう加速し、ロトムへと近づき。

「蹴り飛ばせ!」

「やあ!」

 片足を振りかぶり…………一気に振り抜く。

 

 べきん、とロトムの憑依した洗濯機が妙な音を立てる。

 

「ピギュァァ?!」

 わざですら無いイナズマの行動に驚くロトムに、けれどイナズマが容赦なく追撃をかける。

「捕まえろ」

 片手でロトムの体を持ち。

「ぶち抜け」

 残った片手で“きあいだま”を振り抜く。

 

 命中がいくつだろうと、この密着した状況で外すはずが無い!

 

 べこん、べきん、ぼこん、と洗濯機があちこち壊れ、部品が弾け、歪む。

 

「ぬわあああああああああああああ?! わし特製の『へんけいきこう』があああああああああ?!」

 

 目の前で壊れていく洗濯機にテッセンが悲鳴染みた声を上げる。

 何だ? と一瞬思ったが、関係無い。

 

「そら“10まんボルト”!!!」

「やああああああああああああああ!」

 

 イナズマが全力を振り絞り放つ“10まんボルト”がロトムへと襲いかかる。

 

「ピギュアアアアアアアアアアア?!」

 

 先ほどよりも大きな声で悲鳴を上げながら、ロトムがのたうち回る。

「ロトム?! ぐ、う“ハイドロポンプ”!」

()()()()!」

 

 ロトムがわざを使うよりも先にイナズマがロトムの顔…………目と目の間を辺りを踏み抜き、地面に叩きつける。

 ばきん、とまた一つ嫌な音と共にロトムの体から部品が零れ落ち。

 

 ロトムはひるんでうごけない!

 

 ポケモンとは、どれほど超常的であろうと生物である。

 ロトムに脳なんてものがあるのか知らないが、自分よりサイズがでかい相手に顔を蹴り抜かれれば大抵の生物は怯む。

 『いわ』タイプのポケモンであろうとも口の中に『ほのお』わざを受ければ苦しむし、『はがね』ポケモンでも『ノーマル』わざでさえ目に受ければ痛がる。

 タイプ相性とはあくまで外皮、外殻に通りずらいとかそう言う問題であって、急所に攻撃されれば当たりまえのように痛いし、苦しい。

 

 ポケモンバトルにルールなんてものあってないようなものだ。

 

 都市部で開かれる大会ならまだしも。

 

 ジム戦、そしてポケモンリーグにそんなものありはしない。

 

 唯一“トレーナーを故意に攻撃してはならない”と言うルール以外はなんでもありだ。

 

 故に、実機ならまずありえないようなことでもこの世界では当たり前のようにある。

 

「“10まんボルト”“10まんボルト”“10まんボルト”!!」

 

 バ チ バ チ バ チ バ チ バ チ バ チ バ チ バ チ

 

 イナズマが電撃を放つごとにその身に電気を帯びていく。

 帯電した電気が火花を放つほどにまで帯びた電気は、イナズマの力を加速度的に増していく。

 顔面を踏み抜かれて怯んだロトムが動こうとして。

 

「ぶち抜け! トドメだ!」

 

 “ き あ い だ ま ”

 

 起き上がり様に振り抜かれた拳から放たれた“きあいだま”が再びロトムをジムの床に叩きつけ。

 

「ぴ…………ぴぎゅ…………」

 

 ロトムが目を回して動かなくなる。

 

「うむ、よく頑張ったぞ、ロトム…………しかし荒々しい指示ながら、途端にポケモンたちの動きも良くなったのう」

「縛りプレイは嫌いじゃないけど、マゾゲーは嫌いなんだよ」

 気づけばいつもの…………素の口調で返していたが、もうどうでも良い。

「最後じゃ…………決めてみせい! ()()()()()!!」

 

 ボールから放たれ現れたのはシビルドン。

 ウナギか何かに似ているが、サイズは段違いだ。

 

 それにしても。

 

「よりにもよってそれかあ」

「……………………」

 

 ちらり、とイナズマを伺うとイナズマが無言でシビルドンを見つめ。

 

「うらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ()()()()

 

「あー…………」

 

 全然関係無いが、デンリュウとシビルドンと言うポケモンの種族値を比べると、非常によく似ている。

 と言うかデンリュウがやや耐久が高くでシビルドンが攻撃型。

 同じ『でんき』単タイプに同じ鈍足でアタッカー。

 

 だがデンリュウに無くて、シビルドンにあるのが。

 

 “ふゆう”

 

 なんとこのウナギ、弱点が『じめん』しかないのに、特性で『じめん』わざが当たらないのだ。

 

 この時点で両者の使い勝手が明確に差が付き始める。

 

 そしていつしか人は言うのだ。

 

 …………デンリュウ入れるくらいならシビルドンで良くね?

 

 そしてイナズマは激怒した!!!

 

 あの邪知暴虐のウナギもどきを必ず殺さねばならないと決意する!!!

 

「死ねええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 あのイナズマが、あの気弱で控えめな少女が、怒りに身を任せ、目前にシビルドンへと殴りかかる。

 

「ぶぉ?!」

 

 殺気の籠った視線に射抜かれ、一瞬シビルドンが悲鳴染みた叫びをあげて動きを止める。

 

 そして。

 

「吹っ飛べええええええええええええええええええ!!!」

 

 “ き あ い だ ま ”!!!

 

 最早ただのパンチなのだが、それはともかくシビルドンが“きあいだま”をぬるり、と躱す。

 まるで本物のウナギのようなヌルヌルした動き。

 空中でくるりと一回転してシビルドンが姿勢を正し。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」

 

 “ き あ い だ ま ”

 

 アッパー気味に振り上げられた()()()の“きあいだま”が今度こそ、シビルドンの顔面を直撃し。

 

 ズダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァl

 

 散々“でんじかそく”によって高まっていた『とくこう』から放たれた“きあいだま”がシビルドンを吹き飛ばし()()()()()()()()()()()

 

「…………………………お、おう」

「……………………………………」

 

 思わずそれしか言えない自身と絶句しているテッセンを前に。

 

「……………………頑張りました」

 

 ぐっと握り拳を可愛らしく作るイナズマの姿が、何故か今だけは恐ろしく思えた。

 

 

 




裏特:うき(雨季)
“あまごい”の継続ターンが2倍になる

特技:らいうん(雷雲)
分類:あまごい+かみなり
効果:5ターンの間、天候を『あめ』にする。このわざの使用後『でんき』わざが使われるたびに『たいでんパワー』を貯める。『たいでんパワー』カウントが10以上になった時、以降のターン開始時に相手に『かみなり』が使用される

持ち物:しめったいわ


…………誰かもう分かるな?



裏特性:へんけいきこう(変形機構)
テッセンが自ら作った“ロトム専用家電”。毎ターン開始時に全てのフォルムの中から任意のフォルムに“変形”することができる。

技術、と言うのとはまた違うけどこういうのも裏特性になる。
まあ今回日の目は見なかったけど。


裏特性:ヌルヌルボディ
直接相手を攻撃するわざや『かくとう』タイプのわざを50%の確率で避ける


トレーナーズスキル:かんでん
天候が『あめ』の時『でんき』タイプ以外のタイプ相性によって『でんき』わざが半減・無効されなくなる

どの辺が指示なのかは…………まああまごいのなんやかんや?
まあそんな感じ?




フレーバー特性:シビルドン絶対に殺す電竜
この特性を持っているデンリュウがシビルドンと対峙した時、『こうげき』『とくこう』『すばやさ』を最大ランクまで上昇させ、全てのわざの優先度を+2し、さらにわざがはずれた時、追加でもう一度同じわざを繰り出す。


…………いや、巻きとか言わないでね(

ぶっちゃけ書きたいことがロトムのとこで終わってたり。

因みにこういう「わざ以外のラフプレイ」と言うのはリーグ行くとよくある。
一例ではあるが「フラッシュで相手の命中さげながらトレーナーを目潰しして正常な指示ができなくさせる」とか。


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予定調和な決戦準備

修正①XY以前と以降で努力値の上限が違うらしいことを初めて知ったので「252、ないし255」と修正。この世界でどっちが適用されているのか主人公は知らないため。


 フエンタウンジム、ヒートバッジ。

 

 カナズミシティジム、ストーンバッジ。

 

 ムロタウンジム、ナックルバッジ。

 

 キンセツシティジムでの戦いに勝ってから、さらに三日かけて三つのバッジをゲットした。

 

「これで七つ」

 

 旅を初めて一週間でバッジを七つ。

 

 普通のトレーナーならば旅をし、レベルを上げながらゆっくりとジムに挑戦するのだろうが、生憎自身はこの日までにすでに全員のレベリングも育成も終えている。

 まあ移動にかかる時間を考えれば順当、と言えるだろう。

 

「それにしても、圧倒的だったなあ」

 

 フエンジムも、カナズミジム、そしてムロジムも。

 全てエア一人に任せて勝ち続けた。

 

 戦い続ける中で一つ気づいたことがある。

 

 自身が思っているよりもずっと6V個体と言うのは圧倒的だ。

 

 力も、守りも、速さも。全ての面に置いて隙が無く、そして他を凌駕する。

 

 この世界には実機時代には無い、特技や裏特性、トレーナーズスキルと言った強いポケモンと弱いポケモンの差を埋めるような技術があり、それを元とした固有戦術が存在するが。

 

 元のスペックの違い、と言うのはゲームにおいても、そして現実においてもかなり致命的な差であるのだと今更になって気づき始めた。

 

 この世界に努力値の概念は無い。正確には努力値でなく、基礎ポイントと呼ばれている。

 ただそれを知っている人間はかなり少ない。

 知ろうとすれば実は簡単に分かる。

 当たり前だ、そもそもマックスアップやタウリン、リゾチウムなど努力値を上昇させる道具が存在するのだから、それを知っている人間がいるのも当たり前。

 

 ただ具体的な部分について知っているのは、世界中探しても恐らく自身だけなのだろう。

 

 あれらのドーピングアイテムだが、一般的には使うとちょっとだけ強くなれるアイテム、くらいにしか思われていない。

 実機もそうだが現実でもあれらはドーピング、過剰摂取はさせれない。

 ドーピングアイテムによる努力値の上限は100。つまり10回分。

 値段にすれば九万八千円。少なくとも低ランクのトレーナーが簡単に手を出せる領域の値段ではない。

 そしてジムリーダーやトップトレーナーたちなどからすれば当たりまえのように使われる道具ではあるが。

 

 その上限が252、ないし255まであるだなんて、知っているはずが無い。

 

 つまりジムリーダーたちのポケモンと自身のポケモン、同じステータスに努力値を振っていても152もの差がある。ステータス数値にすれば38。V個体で種族値が120以上とかでもない限り、300あれば十分過ぎるステータス数値である。残念ながら現実にそれを詳細に知ることはできないが、頭の中には入っている。

 エア…………ボーマンダの『すばやさ』の種族値は100だが、V個体でもギリギリで300到達しない、と考えればそこからさらに努力値252、実数値にして63もの上昇がどれほどに大きいか分かるだろう。

 努力値の振り方は廃人たちにとって必須にして不可欠、最早前提条件とでも呼べるものである。

 

 確かに戦術や指示、などでは実際にこの現実で戦い続けているジムリーダーたちには未だ一歩及ばない。

 

 それでも、それを覆すことのできる圧倒的な肉体的性能とポテンシャルを自身たちの手持ちは秘めている。それを今再認識した。

 

「まあ相手がまだ未熟だったり、衰えてた部分もあるけどね」

 

 トウカシティのポケモンセンターの一室でベッドに腰かけながら呟く。

 

 実際のところ、テッセンやミクリなど、四年ないし、五年以上もの間ジムリーダーをやっている相手ならば性能差はあれど戦術と指示で対抗されただろう。

 フエンタウンジムのジムリーダーはまだアスナでは無かった、別の老人がジムリーダーをやっていたのだが、肉体的な衰えが隠しきれていないのか、バトル中指示が遅れることが多くあり、そこを突いて一気に突き崩した。

 恐らく二年後にジムリーダーがアスナに交代しているのはつまりそう言うことなのだろう。

 カナズミシティジムのツツジは幼過ぎた。自身と同じか少し上くらいだろうか。

 あり得ないほど若いジムリーダーだが、それでも任されられているだけのことはあるらしい、徹底的に鍛え上げられたポケモンたちに、タイプでメタを張ればその弱点タイプに逆にメタを張っていると言う、所詮はトレーナーズスクールの生徒と甘く見たトレーナーたちを幾人も泣かしてきた確かなジムリーダーとしての素質を持ってはいたが。

 

 エアが“らせんきどう”で放つ『ひこう』わざの数々で真正面から殴り合われたのはさすがに予想外過ぎたらしい。

 

 『ノーマル』『ひこう』わざが『いわ』ポケモンをいともたやすく打ち砕くその姿に、さすがに絶句していた。そしてその動揺がそのまま戦いにも現れ、一番苦戦しなかったジムでもある。

 

 そしてムロタウンジム。

 

 使うタイプは『かくとう』。エアの『ひこう』とは抜群に相性が良く…………。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「開幕いきなりの“れいとうアッパー”は凄かったな」

 

 全員の裏特性が同じと言う凄いジムで、裏特性を“かくとうぎ”と言う。

 

 アッパー系はそらをとぶ、やとびはねるを無視して攻撃を当てる上に『ひこう』タイプと特性“ふゆう”を相手に威力が増し。

 フック系は相手の『まもる』『みきり』『みがわり』『リフレクター』を無視して攻撃できる。

 ストレート系は威力を上昇させ、さらに『こらえる』や特性“がんじょう”『タスキ』などを無視する。

 ハイキック系は『ひこう』タイプに『かくとう』わざが半減されず。

 あしおり系は当てた相手の『すばやさ』を半分にする。

 まわしげり系はわざを範囲攻撃にする。

 

 全て()()()()使()()()わざ、と言う条件が付く代わりにとんでも無くやりたい放題な裏特性を全員が所持しており、最大の問題点は。

 

 手ならアッパー、フック、ストレートから。

 足ならばハイキック、あしおり、まわしげりの中から()()()()()を一つ選択して放てる。

 

 裏特性としての完成度はかなり高い。

 そしてパーティ全員が覚えている上に、全員これを生かして戦ってくるのでエアが危うく落ちかけた。

 それでも落ちなかったのはメガボーマンダの高い『ぼうぎょ』とVの個体値あってのことだろう。

 

 ただ一つ、問題があるとすれば。

 

「…………はっけいアッパーは無いよな、はっけいアッパーは」

 

 わざの名前+使う裏特性の名前、を叫ぶのが基本らしいのだが。

 パンチ系はまだいいのだ、れいとうアッパー、ほのおのフック、かみなりストレート。まあ多少違和感はあっても悪くは無い。

 だがどう考えてもそれは無い、と言った感じの名前もある。

 

 からてフック…………取りあえず空手なのかボクシングなのか絞れ。

 

 ローキックハイキック…………下なのか上なのか。

 

 とびひざまわしげり…………最大の問題児。

 

 とにかく、名前以外は凄まじい裏特性であった。

 

「…………これで七つ…………七つか」

 

 そうこれで七つ。

 

 ホウエンジムは全部で八つ。バッジも八つ。

 

 故に、残り一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが。

 

 トウカシティジム。

 

 ジムリーダーの名は。

 

「…………勝負だよ、()()()

 

 

 * * *

 

 

 トウカシティジムは『ノーマル』タイプのジムだ。

 実機時代『ノーマル』タイプのジムなんて珍しい、と思った。

 『かくとう』と言う弱点を持ちながら、どのタイプを相手にとっても抜群を取れない『ノーマル』と言うのは普通に考えれば不利なはずなのに。それでもそんなジムがあることに驚いた。

 ルビーサファイアの第三世代には初代、や金銀で出てきたノーマルの大半が出ず、特に『ガルーラ』『ラッキー』『ケンタロス』など有名な『ノーマル』タイプのポケモンが出ないことから、一体このジムのジムリーダーは何を使ってくるのだろう、と思ったものだ。

 そうして実際に戦ってみればケッキングと言う種族値の怪物、そこから放たれる“きあいパンチ”によって自身の手持ちが次々と沈んでいき、初めて戦った時はあっさりと全滅した記憶がある。

 『ノーマル』と言うタイプに正直言ってあまり目立った印象を持っていなかった自身にその凶悪さを刻み込んだものだ。

 

 そのトウカシティジムの前に立っている。

 

 しかもここはゲームじゃない…………現実で。

 

「…………さあ、みんな」

 

 ―――――――――行くぞ。

 

 告げた声に、全員のボールがかたりと震えた。

 

 

 

 トウカジムは大分昔に一か月だけお世話になったことがある。

 あれから新しいトレーナーも入ってきているだろうし、五年も経っているのだ、さすがに忘れられていたかと思っていたが。

「やあ、ハルトくん、いよいよジムに挑戦しに来たのかい?」

「あらハルトくんじゃない! 十歳になったのよね、てことはジム戦?」

「お、ハルト! お前すっかり来なくなって寂しかったぜ」

 幾人か…………古参の人たちが自身を覚えてくれていたらしい。

 入ってすぐにこちらに気づき、数人が自身を取り囲む。その後ろのほうで新しく入ったらしいジムトレーナーたちが誰だ誰だと首を傾げ事情を知る人に話を聞いて驚いている様子が見て取れる。

 

「はは…………どうも。ええ、はい…………()()()()()()()

 

 告げた瞬間、自身を取り囲むトレーナーたちが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「そうか…………お前相手に手加減は一切無用だよな。奥で待ってるぜ」

「ハルトくん。後でね…………待ってるわ」

「おうハルト…………今度は勝たせてもらうぜ」

 

 違う、違う、違う。そんじょそこらのトレーナーたちとはまるで違う、何よりも()()がある。

 勝つぞ、勝つぞ、勝つぞ、と言う意思、そして負けるものか、と言う根性。

 そして何よりも自身が嬉しかったのは。

 

 お前との再戦が楽しみだ。

 

 全員が視線だけでそう告げていた。

 

「ふふ…………いいね」

 

 やっぱりこうでなくではならない。

 これぞポケモンバトルの醍醐味と言うものだろう。

 

 試すのも、試されるのも良い。

 

 だが、意思と意思のぶつかり合い、気迫と気迫の押し合い、根性と根性の粘りあい。

 

 己の全てを賭し、互いにぶつかり合うこの感覚を何と言えば良いのだろうか。

 

 受付を済ませ、指定された部屋へと向かう。

 

 そこに居たのは先ほどの一人。

 

 言葉も無く、視線を合わせた瞬間、互いがボールを構え…………投げる。

 

「エアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 いつかのように。

 

「オドシシイイイイイイイイイイイイイイ!」

 

 互いの意地がぶつかり合い。

 

「エア!」

「プクリン!」

 

 勝利への渇望を抱き。

 

「エア!」

「メタモン!」

 

 バトルを精一杯に楽しみ。

 

「エアアアアアアアアアアアア!」

「ハピナスウウウウウウウウウ!」

 

 そして。

 

 その先に。

 

 

 * * *

 

 

 そこはどこかの道場か何かのようであった。

 否、実機でも見た事があるはずだ。

 板張りの床、そしてそこに敷き詰められた畳のフィールド。他のジムのようなそのジムを象徴するような模様も絵も無く、ルネジムやトクサネジム、フエンジムやヒワマキジムなどのようにフィールド自体が特殊なもの、と言うわけでも無く。

 ひたすらに無骨で、飾り気が無く。

 

 良く言えば実戦的、悪く言えばどこまでも愛想の無い。

 

 それにけれど懐かしさを覚える。

 

 この部屋にまで来たことなんて、一度も無いのに。

 

 だってここは、部屋の主と挑戦者だけがやってくる場所。

 

 ジムリーダーの間。

 

「………………………………来たのか」

 

 四戦四勝。向かってくるトレーナーの全てを叩き伏せ、そうして案内された先に見知らぬ男がいた。

 

 否、知っているはずだ。

 

 何せ()()()()()なのだから。

 その姿は見知った父親のものと同じのはずだ。

 

 それでも、どうしてだろう。

 

「……………………ああ、来たよ」

 

 振り返るその背中を、その表情を。

 

「……………………そうか」

 

 自身はこれまで一度たりとて、見たことが無かった。

 

「使用するポケモンの数は互いに6体。道具の使用は認めない。ただし持ち物は許可される」

 

 男が自身を見据える。

 

「…………異存は?」

 

 来い、と…………その視線が訴えてきていた。

 

「無し」

 

 行くぞ、と視線で訴えかけ。

 

「トウカシティジム、ジムリーダー戦をこれより執り行う」

 

 

 ジムリーダーのセンリが勝負を仕掛けてきた。

 

 

 

 




裏特性:かくとうぎ 手や足を使ったわざに対し、以下の中から好きな効果を一つ付け加える

アッパー⇒そらをとぶ、やとびはねるを無視して攻撃を当てる上に『ひこう』タイプと特性“ふゆう”を相手に威力が増す。
フック⇒相手の『まもる』『みきり』『みがわり』『リフレクター』を無視して攻撃できる。
ストレート⇒威力を大きく上昇させ、さらに『こらえる』や特性“がんじょう”『タスキ』などを無視する。
ハイキック⇒『ひこう』タイプに『かくとう』わざが半減されない。
ロウキック⇒当てた相手の『すばやさ』を半分にする。




悲報:フエンジム、カナズミジム、ムロジム、オートモード(

いい加減書くのだるくなったともいう(
と言っても、ちょっと8つのジム全部はだれるので、三つ飛ばして。

三章前半最大のイベント「トウカジム」です。

もう三章始める前からここが最後ってのは決まってた。


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先発メガガルーラ~中堅エテボース

今更気づいた事実を言っておきたい。
テッセン戦でチークがボルチェン撃ってたの特性が「ちくでん」だったらどうすんだろう、みたいなこと言われたが、その前に「なれあい」使ってるので特性は「ほおぶくろ」で固定されてます、安心してボルチェン撃ってます。

書いてた時はそう思って書いてたけど書き終わったら忘れてるド低能作者。


 

「行け、ルウ!」

「チーク、頼んだ!」

 

 父さん…………センリが出したのはガルーラ。

 そしてこちらはチーク。

 

 相性的に言えばこちらが不利だろうか。

 初手は恐らくメガシンカからのグロウパンチだろうか。メガガルーラからすれば当然の選択であり、もしくは“じしん”で一気に落としにかかってくる可能性もあるだろう。

 圧倒的超火力アタッカーのメガガルーラ相手にチーク…………デデンネでは耐久力不足としか言いようがないかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()、だが。

 

「チーク! “なれあい”」

「ルウ…………“グロウパンチ”」

 

 

 直後。

 

 センリの胸に付けられたバランスバッジにセンリが触れ。

 

 ガルーラの体が輝きに包まれていく。

 

 

 メ ガ シ ン カ !!!

 

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 メガガルーラが咆哮を上げ、拳を振り上げ。

 

「にししっ…………ほら、アチキと仲間になろーゼ?」

 

 “なれあい”

 

 擦り寄ったチークがメガガルーラを一撫でする。

 

「グラアアアアア!」

 

 “グロウパンチ”

 

 メガガルーラの拳がチークを吹き飛ばそうとし。

「避けろ!」

 するり、とチークが直線状に振るわれるそのパンチを避け。

 “ほっぺすりすり”

 もう一度密着し、頬を擦りつけてメガガルーラを『マヒ』させる。

「グラアアアアアアアアアアアアアアア!」

 自身よりも小さな相手にいいように遊ばれていることに激怒したメガガルーラが再びに拳を振り上げ。

 

“グロウパンチ”

 

 二度目の拳はチークを捉え、その小さな体躯を吹き飛ば…………そうとして。

 

 “ボルトチェンジ”

 

 その拳を、電撃を纏った脚で蹴り()()()()()()()()()()()()()()()

「にしっ」

 くるり、と空中で一回転し、チークが身軽に着地してこちらへ戻って来る。その様子から大したダメージは受けてないと判断できる。

「お仕事完了さネ」

「戻れ、チーク」

 ボールへとチークを戻す。

 たったの二、三手、これだけのために居たのは事実。

 

 けれども。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「行け、イナズマ!」

「はい!」

「ルウ! “じしん”」

「グラアアア!」

 

 “じしん”

 

 大地を震わせる一撃がボールから出したばかりのイナズマを襲い…………。

 イナズマが僅かに身を縮こまらせる…………()()()()()()()

 

「…………特性が消された…………だけでは無いな、攻撃も下げられたか」

 

 センリの言葉に、にぃ、と口元を釣り上げた。

 

 

 そもメガガルーラが対戦において無双に近い強さを誇った理由は一重にその特性にある。

 

 “おやこあい”

 

 攻撃技を行った後に、その半分の威力でもう一度攻撃すると言うこの特性こそが凶悪であり、強力無比だった。

 メガガルーラはステータスだけ見れば完全に物理アタッカーだ。

 だがこの特性のお蔭で特殊アタッカーも出来なくはない。

 

 できなくはないが、けれど最大の強みを生かすならば、物理アタッカーだ。

 

 だからその両方を一気に潰したのだ。

 

 チークの特技…………“なれあい”。

 “あまえる”と“なかまづくり”を足し、相手の『こうげき』を下げながら“特性”を変えてしまうと言うかなり凶悪な性能の技だ。

 物理アタッカーであるメガガルーラから『こうげき』と“おやこあい”の両方を一度に剥ぎとってしまえば後はやや能力の高い並のポケモン程度でしかない。

 当たり前だが、この効果は戦闘に出ている間だけだ。だから一度戻されれば消える。

 だがそれでも、先発の意気は挫かねばならない…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 メガガルーラの性能は確かに凶悪だが。

 

 センリのトレーナーズスキルがそれをさらに()()に変えてしまう。

 

 センリの…………父さんの戦い方とは即ち、超攻撃重視のフルアタッカー構成に近い。

 メガガルーラを使ってきている辺り、やはりガチパ…………本来ジム戦で使わない全力で来ているのだと分かる。

 だからこそ、分かることもある。

 

 メガガル―ラ、ケッキング、そして以前の大会で見せたカビゴン、ドーブル、ケンタロス。

 

 恐らくこの五体が確定だろう。そしてあと一体、まだ知らないあと一体がいる。

 それが何かは分からないが…………恐らくこれもアタッカーだろう。

 父さんのパーティは本当に攻撃主体の前のめり過ぎるくらい前のめりな構成をしている。

 だがそれが恐ろしいほどに強い。

 

 センリのトレーナーズスキルによって支えられている。

 

 知っている、実を言うとそれを知っている。

 

 トレーナーズスキル:せんいこうよう

 

 その効果は。

 

 敵が『ひんし』になるたびに、全能力を1段階上昇させる。

 

 敵を倒すほどに意気を上げていく圧倒的アタッカーの群れによる暴力。

 

 その効果を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、リフレクター、ひかりのかべなどと同じく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 はっきり言うが、恐ろしいほどに強い。

 

 テッセンなどもトレーナーズスキルを使ってきていたが、あれはまだ手加減の範疇だったらしい。

 ジムリーダーとは本来こんなバカげたトレーナーズスキルを()()使えるらしい。

 その中でもセンリのトレーナーズスキルは一つ飛びぬけているらしいが。

 

 未だにトレーナーズスキルの一つも極められていない自身は、その時点で恐ろしいほどのハンディキャップを負っていると考えて良い。

 

 そしてこのトレーナーズスキルを発揮された状態で、先発のメガガルーラに下手に攻撃を許せば。

 

 そのままガンガン能力を上げられ、硬い、速い、強いメガガルーラと言う手が付けられない怪物が誕生することとなる。

 

 先発と言うのは基本的に起点作りが多い。攻撃の起点、エースを無償で場に出したり、味方に優位な状況を作ったり、そう言うアタッカーで無く変化技を使う相手が多い。

 そして迂闊に出したその最初の先発をメガガルーラで無常にも狩っていく、慌てて対処しようとアタッカーを出せば先発を倒したことで能力値を上昇させたメガガルーラの暴威の前にひれ伏し、一度火が付けば最早誰にも止められない、最強の特性“おやこあい”とトレーナズスキルによって底上げされた能力値の前に先発に6縦されたなんてこともザラだ。

 最も、父さん自身がこのガチパを余り出さないため余り知られてはいないが、知っている人間は恐怖に心を抉られ、トラウマを発症する。

 

 故に絶対にこのメガガルーラを止めなければならない。

 後から出てくるならば対処のしようもある、数の優位があれば勝ちようもある。

 

 故に。

 

「戻れ、ルウ」

 

 必ず戻してくる…………言っては何だが、ここで使い捨てれるほどメガガルーラは()()()()

 たった一体のメガシンカ枠。ここで使い潰せる程度しか無いならば、勝ち目などあるはずも無いが、幸いそうでは無かったらしい。

 

「行け! ケンタ!」

「イナズマ“わたはじき”」

 

 指示と同時にイナズマの全身が綿毛のようなもので覆われ…………ぶるり、と身を震わせそれを飛ばしていく。

 

 “わたはじき”

 

 場に出てきたケンタロスが絡みついた綿毛に動き辛そうに身をよじる。

 

 そして。

 

「戻れ、イナズマ!」

「ケンタ、すてみタックル!」

 

 “すてみタックル”

 

「ブモオオオオオオ!」

 ケンタロスが全力のタックルを仕掛けるが、一瞬早くイナズマをボールへと納める。

 ゲームでは交代すると相手の攻撃を無条件に受けるために無暗な交代は危険だったが、現実ならばタイミングを合わせて交代させれば一手透かせることもできる。

 ただしタイミングが早ければ相手が攻撃を止めて、次に出るポケモンを出待ちされるし、遅ければそのまま攻撃を喰らってしまう。

 しかも相手の攻撃を避けようと動けば狙いがずれてボールに収まらないため、もしこれをしようとするならば、ポケモンを棒立ちさせておくか、トレーナー自身が超高度な技術で正確に狙いを定める必要がある。

 それに加えてタイミングがシビアなのもあり、かなり難易度の高い技術とされている。実際自身もこうして動かないようにさせた上で、『すばやさ』を下げた敵でも無ければ成功率は低い。

 そして、交代際にもたもたしていては透かしても無意味だ、ケンタロスが動き出す前に次を出す。

 

「行け、シャル!」

「は、はい!」

 

 ケンタロスの後方にシャルを解放すると同時に。

 

「かげぬった」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして。

 

「落とせ、シャル!」

「はいっ!」

 

 シャルが両手を構えると、その手の中に()()()が揺らめく。

 黒い…………影のような炎はその大きさを増し、直径一メートルほど球体へと転じると同時、シャルがその炎を押し出すようにして放つ。

「っあああ!」

 

 “ シ ャ ド ー フ レ ア ”

 

 放たれた球体がケンタロスを襲い。

 

 着弾と同時に黒い炎が弾け、その体が燃え上がる。

 

「ウモオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

 

 ケンタロスが絶叫し、その身を焦がしていく。

 体が弾けた火の粉がその影へと降り注ぎ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 僅か数秒で炎が消えていく。

 

 だがその時には。

 

「ヴ…………モ…………」

 

 動かないケンタロスの姿がそこに残されて…………。

 

「戻れシャル! 出てこいイナズマ!」

「っ戻れ、ケンタ!」

 

 一瞬にして自身のアタッカーが落とされたことに驚くセンリの隙を突き、シャルとイナズマを高速で交代させる。

 直後、ケンタロスを戻したのはさすが、と言えるかもしれないが。

 

「“わたはじき”」

「出てこい、ゴンスケ!」

 

 場にカビゴンが出てくると同時、イナズマの“わたはじき”が発動する。

 場に充満する綿毛にカビゴンが邪魔そうに手を動かすが、綿毛が舞うだけで意味など無い。

 

「戻れイナズマ! 来い、エア!」

「ゴンスケ! “じしん”」

 

 “じしん”

 

 イナズマと交代で出てきたエアにカビゴンが“じしん”を放つが『ひこう』タイプを持つエアには当たらない。

 

「…………出てきたか」

 

 父さんがぽつり、と呟き。

 

「勝負所だな」

 

 きっと目を細めた。

 

「行くぞエア…………一発目、決めるぞ」

「…………ふん、誰に物言ってるのよ」

 

 任せなさい。

 

 自身の()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、エアの首に下げられたメガストーンが輝き出し、その全身を光が包んでいく。

 

 そうして。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 メガボーマンダへと成ったエアが咆哮し、大きく浮き上がる。

 

「ゴンスケ! “ギガインパクト”!!!」

「エア! “すてみタックル”!!!」

 

 “う で じ ま ん”

 “ ギ ガ イ ン パ ク ト ”

 

 “ ら せ ん き ど う ”

 “ す て み タ ッ ク ル ”

 

 両腕を振り上げたカビゴンの“ギガインパクト”と、螺旋を描きながら抉り込むようなエアの“すてみタックル”が激突する。

 弾けるように下がった両者だが実際には()()()()()()()のだ、それでダメージを軽減させたらしい。エアに関しては浮いているためほぼ威力を削ぎ切ったようだ、頑強な体を合わせて相手の技によるダメージは無いようだったが、反動ダメージで体が少し軋み、顔を歪めているのが分かった。捨て身系の攻撃の反動ダメージを軽減する訓練はしているが完全には消すことはできない。それでも元と比べれば大分マシだろうとは思っている。

 とにもかくにも、まだまだエアは行けそうだ、と次の指示を出す。

 

「もう一発“おんがえし”!」

「“ギガインパクト”だ!!」

 

 弦がしなり、矢が放たれるようなイメージ。弾けるように螺旋を描きながら飛びだしたエアと、その鈍重な体だけに動きが遅れるカビゴンが再び腕を振り上げ。

 

 “ ら せ ん き ど う ”

 “ お ん が え し ”!!

 

 一瞬早く、エアの攻撃がカビゴンの体へと突き刺さる。

 一メートル、二メートルと、わざの余りの威力にその巨体が引きずられ。

 

「ぐ…………ガアアアアアアアア」

 

 カビゴンが咆哮を上げ、振り上げた腕を振り下ろす。

 

 “ギガインパクト”

 

  振り下ろされた拳がエアへと襲いかかり…………直前で力を失っていく。

 

「ぐ…………おう…………」

 

 カビゴンが倒れる、と同時にエアに積み技を指示し。

 

 “かりゅうのまい”

 

 エアの全身が炎に包まれていく。

 

「…………ふむ、ならば、次はお前だ。ボス」

 

 センリが三つめのボールに触れ、投げる。

 放たれたのは。

 

「キュイッキュ~」

 

 紫色の体に二本の長い尾の猿のようなポケモン…………エテボース。

 

「…………不味いかなあ、これ」

 思わず呟く。エテボース、と言えば…………。

 となればここは…………。

 

「戻れエア」

「ボス“うらみのビンタ”!!」

 

 センリの指示にエテボースが動き出し、それより一瞬早くエアをボールへと戻そうとボールが機動して。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ、あああああああああああああああああああああ!!!」

 絶叫にも近い声を上げながら、エアがボールへと収まって行く。

「おいうち効果?! いや、それだけじゃない…………エテボース…………まさか?!」

 

 気づく、気づいてしまう。

 

 そして目の前の男を…………センリを見る。

 

「やってくれた」

「してやったり、だな」

 

 にやり、と笑いながらセンリがエテボースを戻す。

 

 これで確定だ。

 

 特技、そして持ち物。

 

 持ち物は恐らく()()()()()()()()。同じ技しか出せないが『こうげき』を1.5倍にする凶悪などうぐ。

 

 そして特技は。

 

 ()()()()()()()()()…………そして()()()()()()()()()()()()

 

 




トレーナーズスキル:せんいこうよう
味方が敵を倒すたびに味方の全能力が1段階上昇する、この効果は味方の場の状態として扱われる。


特技:シャドーフレア タイプ『ほのお』『ゴースト』
分類:れんごく+シャドーボール
効果:威力90 命中95 PP5 100%の確率で相手を『やけど』にする。このわざのタイプは『ほのお』『ゴースト』のどちらか相性の良いほうになる。“かげぬい”状態の相手を攻撃した時、威力が2倍になる


シャルちゃんが極悪過ぎて笑うw
なんでカビゴンにはしなかったかって?
HP種族値75、とくぼう種族値70のケンタロスなら一撃で落とせても、HP種族値160、とくぼう種族値110のカビゴンじゃ耐えられる可能性が高いから。
耐えられると“じしん”撃ってくるので危険。それでなくても、センリのようなベテラントレーナーだと何がしか対策されそうだとハルトくんが思ったから。


裏特性:うでじまん
手を使った攻撃の威力を1.5倍にし、わざの反動を無効化する

手だけでギガインパクト撃ってるから別に体は動くよ? と言うパッパ理論。
カビゴンの体を重さを軸にした技術なので、カビゴン級に重くないとできません。逆に言うとカビゴン級に重いやつはみんなできる(



そして新登場エテボース。

特技:うらみのビンタ 『ノーマル』
分類:ねこだまし+かたきうち+おいうち
効果:威力60 命中100 優先度+2 相手を100%の確率で怯ませる、戦闘に出て最初のターン以外では失敗する、前のターンで味方が倒されている時、このわざの威力を2倍にする。相手が交代する時、このわざの威力を2倍にし、交代前の相手を攻撃する

因みに特性:テクニシャン(


全体的にパッパの殺意が高い。


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中堅エテボース~大将ケッキング

タグ実装! ハメにタグ実装されてるよ!!!
執筆妖怪から聞いて「え、まじで?!」ってなったわ。


 基本的に、特技は二種類の技を合わせて作り出す合成技である。

 

 だが例外的にそれを無視することもできる。

 つまり、リソースの問題なのだ。

 ポケモン側に技3つ+2種特技までしか受け入れる余裕が無いからこそ、そうなっているだけで。

 

 技の数自体を減らしてしまえば三種のわざを混ぜることが可能になる。

 

 あのエテボースはつまりそういうことなのだ。

 しかもしっかりとテクニシャンを乗せてきている…………熟練度を上げて本来乗るはずの無いテクニシャンを乗せるように訓練してきているのだろう。

 半面…………あのエテボースの持っているわざは恐らくその特技一つだけなのだろう。

 こだわりハチマキを持たせていることからもそれが分かる。

 

 死に出しからの一手、それだけに特化させたエテボース。

 

 いよいよセンリも手札を切りだした、と言うことか。

 

「…………大丈夫か、エア?」

 ボールの中でかたり、とエアが揺れる。

 かなり厳しそうだが『ひんし』にはなっていないようだ。

 メガシンカしたお蔭か…………だが本当にギリギリのところのようだ、感じる意気が弱々しい。

 次に何を出そうか、迷う。

 

 センリはすでに決めているようだ、ボールを一つ手に持っている。

 

 この辺りがトレーナーとしての経験の差だろうか。

 

 センリはぶれない。一手も迷わずに意思を持って指示を出している。

 反対に自身は迷い続けている。

 これで大丈夫なのか、本当に大丈夫なのか。

 そんな不安が心の奥底にある。

 

 フィールドに“わたはじき”の効果はまだ残っている。

 と、なれば…………。

 

「頼む、シャル!」

「行け、ブル!」

 

 こちらはシャルを、相手はドーブルを出す。

 

「ブル、“スケッチ”!」

「シャル、“シャドーフレア”!」

 

 高速で宙に何かを描いていくドーブルの影が引き寄せられ、シャルの足元へと延びていく。

 そうしてシャルがその影を踏んで。

 

「えっ」

 

 声を漏らす。

 

「ブル、“キノコのほうし”!」

 ()()()()()()()()()()()()が、空間にキノコを描く。

 同時に放たれる黒い炎がドーブルを襲う。

 

「…………『ぼうじんゴーグル』か」

「当たり前の警戒でしょ?」

 

 ほうし降り注ぐフィールドで、けれどシャルは平然と動く。

 燃え盛る炎の中で、ドーブルもまた再び尾筆を掴み。

 

「シャル…………終わらせろ“シャドーフレア”」

「ドーブル“ひかりのかべ”」

 

 ドーブルが目の前に半透明の壁を張ると同時。

 二発目の黒炎がドーブルを燃やしつくし、ドーブルが倒れる。

 

「…………これで残り三か」

 

 『ひんし』になったドーブルをボールに戻しながら、ぽつり、とセンリが呟き。

 

「強くなったな」

「……………………」

 

 その言葉に、けれど何も答えず、笑みを浮かべる。

 そしてそんな自身をセンリが笑い。

 

「中盤戦だ…………行け、ボス!」

 

 再び出てきたのはあのエテボース。

 

「…………最悪だ」

 

 最悪過ぎる。どう考えてもおかしい、理屈に合わない。

 『ゴースト』タイプのシャルに『ノーマル』タイプわざしか打てないエテボース?

 

 死に出しが基本と言っても、相性が悪いどころの話ではないことは理解しているはずだ。

 

 それでも出してきた、と言うことは。

 

 当てれるのだろう…………たった一撃でエアを『ひんし』直前まで追い詰めたあのバカげた一撃が。

 

「悪い、シャル」

 完全にミスった、ドーブルを倒したらすぐに戻すべきだった、この状況に至るまで戻し損ねた自身の思慮不足だ。

 ドーブルを倒した時に派手に炎を巻き上げたせいで、すでに綿毛は燃え尽きている。どう考えても『すばやさ』の差で負ける。

 

 シャルにあの一撃を耐えるのは無理だと確信してしまう。

 

「…………いいよ、頑張って、マスター」

 

 シャルがこちらを向き、微笑し。

 

「ボス“うらみのビンタ”」

「シャル“トリックルーム”」

 

 ボールに戻さない…………恐らくこれだけのことで威力は半減するはずだ。

 それでもシャルが耐えるのは無理だろう。半減しても威力が高すぎる。

 

「きゅい~!」

 

 “うらみのビンタ”

 

 バシイイイイイイイイイン、と派手な音を立てて、エテボースの尻尾がシャルを殴りつける。

 裏特性だろうとは思うが、やはり『ゴースト』タイプにも当たるらしい。

「シャル!!!」

「う…………あ…………」

 シャルが目を回しながら、ごろん、と地を転がり…………。

 

 “トリックルーム”

 

 技の発動と共に、地面に光の線が入って行く。

 

「…………発動されたか」

 

 センリが苦々し気に呟く。

 

 トリックルームと言うのは、変化技の中でも一際特異な効果を持つ。

 『すばやさ』が高いほど行動が遅くなる、と言う不可思議な空間を生み出すわざ。

 

 これから出てくる相手はあと三体。

 

 エテボース、ケッキング、そしてメガガルーラ。

 

 どれもこれも『すばやさ』が高い相手ばかりだ。

 メガガルーラはマヒしているが、確率で痺れて動けないと言う大きなハンデを抱えている以上、そう簡単には出せないだろう。

 

 故に、ここで出してくるのは。

 

「来い…………キング!」

「ぐごおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ケッキング。やはり現れたかと思う。

 そしてそれを読んでいたからこそ、こちらの手は。

 

「イナズマ!」

「はい!」

 

 イナズマvsケッキング。

 

 ただし、シャルがやられたので。

 

「さあ、一人ずつ倒すぞ、キング」

「ぐがあああああああああああああああああああああおおおおおおおおおおおお!」

 センリの言葉にケッキングが胸を叩いて咆哮する。

 意気高揚、と言ったところか。やはり条件が緩すぎる。いや、厳しいと言えなくも無いが、やはり6vs6でバトルしている以上、二匹か多くて三匹、使い捨てるポケモンと言うのは出てくる。例えば自身の手持ちで言えばチーク、アタッカー勢も攻撃特化で防御性能には一切振ってないので先ほどのように強烈な一撃を受ければ耐えきれない場合も多い。

 

 相打ちでもいいのだ、それだけでガンガン能力値が上がって行く。

 サポートが居ないのではない、受けが居ないのではない。

 

 そんなもの必要ないのがセンリのパーティ。

 

「キング“ねむる”」

「イナズマ“じゅうでん”」

 

 ケッキングが目を閉じ、眠りに落ちる。

 イナズマが自身の指示に従い“じゅうでん”を行い、全身に電気を貯めていく。

 もごもご、とケッキングの口が動いたかと思った瞬間。

 

ぐごおおおおおおおぉぉぉ!!!

 

 ケッキングの目をぱっちりと開き、雄叫びを上げる。

 

「出たな……………………イナズマ“10まんボルト”!」

 

 ケッキングが目を覚まし動こうとする…………だがその動きが鈍い。

 トリックルームの効果がまさしく現れているのだ。

 ケッキングの『すばやさ』の種族値は100。そこにさらに能力上昇が1段階上がっている現状、イナズマの約二倍の速度と考えても良い。

 

 そしてだからこそ、トリックルームの中において、イナズマはケッキングの()()()で動くことができる。

 

 “10まんボルト”

 

 “じゅんでん”によって威力を大幅に増した電撃がケッキングを襲う…………だがそれほど効いた様子は無い。

 同時にイナズマの動きが徐々に鈍って行く。

 

 “でんじかそく”によって『すばやさ』が上がるほどにトリックルームが仇になっているのだ。

 だがそれでも『とくこう』を二段階上昇させた今ならば。

 

「イナズマ“きあいだま”!」

「キング! “きあいパンチ”」

 

 イナズマの“きあいだま”が放たれ、ケッキングを捉える。

「ぐごおおおおおおお!」

 だがさすがのタフネスか。『とくこう』を二段階も上昇させたイナズマの放つ弱点技を受けて、僅かに顔を歪めるがまだまだ問題無いと拳を固め。

 

 “きあいパンチ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ケッキングの“きあいパンチ”がイナズマへと突き刺さる。

 

 ズダアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ

 

 恐ろしいほどの『こうげき』種族値と特異個体故の巨体から放たれた一撃は、イナズマを正確に射抜き。

 その体を軽々と吹き飛ばし、道場の壁へと叩きつける。

 

「ぐ…………あ……………………」

 

 その攻撃を…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「イナズマアアアアアアアアアア!」

 

 “きあいだま

 

「いってええええええええええええ!!!」

 

 絶叫しながら拳から“きあいだま”を放つ。

 

「ぐごおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 迫りくる“きあいだま”を全身で受けつつ…………ぐらり、とケッキングの体が揺れる。

 だがまだ倒れない…………巨体故の呆れるほどのタフぶり。

 素早く接近し放たれるケッキングの攻撃でイナズマが倒れ。

 

「ご、ごめんなさい…………マスタ…………」

 

 目を回して動かなくなる。

 

「お疲れ…………イナズマ」

 

 イナズマをボールに戻すと同時、センリが叫ぶ。

 

「これで二体目…………さあもっともっと行くぞ!!!」

ぐごおおおおおおおおおおおお!!!

 

 ケッキングが叫び、さらに戦意を高揚させる。

 やはり面倒くさい…………これでケッキングを倒したとして…………。

 

 能力上昇効果が次のポケモンにもその次のポケモンにも続く。

 

 害悪過ぎるトレーナースキルに、思わず顔が歪む。

 

「…………リップル、任せた」

「はーい…………お任せだよ」

 

 いくらか逡巡したが…………選んだのはリップル。

 

「溶けろ」

「落とせ! “きあいパンチ”」

 

 “どくどくゆうかい”

 

 トリックルームのお蔭で、先手を取ったリップルが全身を溶かしていき、一瞬遅れてケッキングの“きあいパンチ”がリップルへと突き刺さり…………。

 

「ぬううう~~~~!!!」

 

 苦悶の表情で、けれどリップルがそれに耐える。

 同時に、ケッキングの顔色も変わる。

 

「ぐうごおおおお?!」

 

 持っていたゴツゴツメットの削りでの手痛いダメージに加え、リップルに直接触れたことで『もうどく』状態へと成ったケッキングがうめき声を上げる。

 ここでチークに変えて“なれあい”でもしたいところだが…………。

 それをやるとシュッキングの特性がどうなってしまうのか予想できないのが怖い。

 “なまけ”は生半可な特性への干渉技では上書きできなかったが、“やるき”ならばどうだろうか。

 うっかりここで“やるき”を上書きしてしまうと、この先ずっと“ほおぶくろ”のケッキングが暴れ回ることになる。

 イナズマの“きあいだま”二発分、そして今『もうどく』。

 恐らく“かいみん”の裏特性が終わったら即座に“ねむる”を使ってくるだろうことは予想できている。

 そうなればダメージも状態異常もひっくるめて回復される。

 

 恐らく早期ターン…………ゲーム風に言うならば最小ターンの2、3ターンで起きるように訓練されているだろう。そうなればエアを出しても恐らく真正面から蹂躙される未来しか見えない。

 だとするならば…………。

 

「リップル…………“りゅうせいぐん”!」

 

 もうすぐトリックルームの効果も消える、その前に僅かでも大きなダメージを通さねばならない。

 リップルは受けとみられがちだが、ヌメルゴンの『とくこう』種族値と言うのは存外高い。

 

 故に。

 

 “りゅうせいぐん

 

「ぬうう~~~やああああああ!」

 

 リップルの手の中からあふれ出したような光が天井で弾け、流星となってケッキングを撃ち抜いていく。

 

「キング! 落とせ! “きあいパンチ”だ!」

「ぐがああああああああああああああああああ!」

 

 “きあいパンチ”

 

 流星に撃たれながら、ケッキングが拳を固め()()()()()()()()()()振りかぶり。

 轟、と唸り上げながら振り下ろされた一撃がリップルを吹き飛ばし…………。

 

「う、があああああああああああああああああああああ!」

 

 ()()()()()()()()

 タスキも無ければ、ハチマキも無い。ゲームならば絶対に倒れている状況で。

 ただの気合い、根性、そんな精神論で耐え抜く。

 

 と言っても、ただ立っているだけだ。

 

 ただ『ひんし』ではないのでセンリのトレーナーズスキルには適応されない、それだけのこと。

 たが。

 

「ぐ………………が…………」

 

 イナズマの“きあいだま”二発に、猛毒ダメージ二回分、そしてゴツゴツメットの接触ダメージ二回分と全力の“りゅうせいぐん”一発のダメージ。

 それだけ加え続けて、ようやくケッキングが崩れ落ちる。

 本当に…………ドーブルの“ひかりのかべ”にしっかりと仕事をされてしまったと言ったところか。お蔭でリップルももう『ひんし』直前だ。

 

「良くやったぞキング…………後は二人に任せろ」

「戻ってリップル…………一旦休んでて」

 

 互いにボールへと戻す。

 確かに倒れてこそ無いが、リップルはもう死に体…………恐らくわざを放つほどの体力も残っていないだろう。

 

 4vs2の状況だが、こちらのアタッカーは実質エア一人。あちらは両方まだまだ健在。

 エアもまたほぼ死に体でHPも残り少ない…………もう一度は耐えれないと思ったほうが良いだろう。

 

 次に出てくるのはまず間違いなく…………ならば。

 

「行け! シア!」

「頼んだぞ、ボス!」

 

 互いにボールを投げ合い。

 

 そしていよいよ終盤戦の幕が開けた。

 

 

 




特技:くうそうスケッチ 『ノーマル』
分類:スケッチ+スケッチ
効果:わざ以外の『ステータス』『タイプ』『特性』などもスケッチできる


裏特性:スケッチブック
自身の覚える“スケッチ”の数だけわざを習得し、“スケッチ”したわざを戦闘時に使用できる


裏特性:ちょとつもうしん
捨て身系のわざの威力を3倍にするが、反動も2倍になる



戦況

ハルト

エア ダメージ極大 食いしばり状態 メガストーン
シア 無傷 ????
●シャル ひんし ぼうじんゴーグル
チーク ダメージ小 ????
●イナズマ ひんし きあいのタスキ
リップル 残りHP1 ゴツゴツメット




センリ 全能力+2

メガガルーラ ダメージ小 マヒ メガストーン
●カビゴン ひんし たべのこし
●ドーブル ひんし ヨプのみ
●ケンタロス ひんし とつげきチョッキ 
エテボース 無傷 こだわりハチマキ
●ケッキング ひんし カゴのみ





タグ実装! タグ実装!! タグ実装ひゃっほおおおおおおお!!!


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最終戦メガガルーラ

まっくのーうち! まっくのーうち!


「ボス“うらみのビンタ”」

「耐えろシア!」

 

 バァァァァァァァン

 放たれた尾の一撃に、激突と同時に派手な音を立てながらシアが吹き飛びながらフィールドを二転、三転する。

 

 全能力値二倍の今のエテボースの一撃…………だが、シアならば…………()()()()()耐えることができると確信があった。

 

「…………っつ…………手酷い一撃ですね…………けど、倒れません」

 

 床をバウンドしながらそれでも態勢を立て直したシアに、センリがぴくり、と表情を揺らす。

 

「シア“いのりのことだま”」

 

 自身の指示と同時に、シアが両手を組み、祈る。

 

 “いのりのことだま”

 

 名前で分かるかもしれないが、“ねがいごと”から派生させた特技だ。

 もう一つの効果を発揮せずとも回復に使える。

 回復までにタイムラグがあるのは相変わらずだが、その隙を突かれまいとシアが身構え…………。

 

 けれどエテボースは動かない。

 

「……………………」

「……………………」

 

 バトル中に、唐突に沈黙が訪れる。

 

 センリは何も指示を出さない。交代もしない。エテボースは持ち物のせいでこだわっている、けれど恐らくあのわざは出して最初の一撃でしかできないわざだ。そういう条件が付いて初めてあの威力を出せているのだろう。

 だとすればどういうことだろうか…………いや、決まっている。

 

 メガガルーラを最後まで出したくない、と言う意思表示に決まっている。

 

 明確過ぎるほどに思惑が分かりやすい。

 “ほえる”や“ふきとばし”などの交代技があれば使うのだが…………。

 いや、そこまで読んでいる? 分からない、恐らくメガガルーラを出したくない理由があるのだとは思うが…………。

 

「…………シア“みがわり”」

 

 指示に従ってシアの“みがわり”が作られる。

 

「ボス“わるあがき”」

 

 センリの指示にスカーフによってわざを縛られ出すに出せないエテボースが“わるあがき”をする。

 と、同時にシアの“いのりのことだま”の効果によってシアのHPが回復する。

 恐らくこれで体力は六、七割と言ったところか。“みがわり”が発動した辺り、思ったよりも体力は残っていたらしい。

 “わるあがき”に身代わりが攻撃されるが、耐える。

 

 当然だ。

 

 何せ()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 倒れた仲間の数だけシアは強くなる。半ばにして倒れた仲間に任せろとその意思を受け継いでシアは強くなる。

 

 それがシアが()()()()()()()()()()…………“なかまおもい”だ。

 一人につき全能力が一段階、と言ったところか。

 今のシアの守りは相当に硬いと言える。例え能力二倍だろうと“わるあがき”程度ではそう簡単に“みがわり”も壊せない。

 だがこれでいよいよメガガルーラを出したくないと言うのが分かる。

 

 恐らく…………そう言う裏特性か、もしくはトレーナズスキルか。

 

 自身の知るセンリのトレーナーズスキルは“せんいこうよう”だけだ。

 いくら親子とは言え、将来的に戦う相手にそう簡単に手の内は見せてくれないらしい。

 自身が一つでもトレーナーズスキルを知っているのは、それを使っていたのを見たからだ。

 だから逆に言えば。

 

 この先にあるものは、まだ恐らくこのホウエンで誰も見た事が無い。

 

 ()()()()()()()()()()()と言うことになるのだろう。

 

 自身の指示でシアがさらに“いのりのことだま”を使う。

 それと同時に“わるあがき”によって身代わりが破壊され。

 

「きゅい…………きゅう…………」

 

 エテボースが反動ダメージで倒れる。

 

 これで、残り一体。

 

「……………………さて、待たせたな」

 

 センリがエテボースをボールへと戻し、最後のボールを手に取る。

 

「正直良くここまでやってきた、と言いたい…………だが、まだ終わっていない。最後まで勝負は分からんぞ?」

 

 センリが不敵に笑む…………そして。

 

「これで最後だ…………超えて見せろ、ハルト!!!」

 

 ボールを振りかぶり。

 

「蹂躙しろ! ルゥ!!!」

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 道場全体を震わせるほどの怒声を持って、メガガルーラが再び姿を現す。

 “なれあい”の効果は一度下げられれば効果は無くなる。

 だがよく見れば『マヒ』の効果は残っている…………ならばまだ勝ち目は…………。

 

「“ぼうえいじゅんび”!」

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「戻れシア! 行け、チーク!」

「わー、アチキ大ぴーんち」

 

 “ぼうえいじゅんび”

 

 メガガルーラがぐっと、空手か何かのような構えを取り。

 

 瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「グラアアア!!! グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 その全身に活力が満ちていき、『マヒ』が回復していく。

 さらに次々と能力の向上がかかって行くのが理解できる。

 

「ルゥ、お前が最後だ…………お前が()()()()だ、ここより先は無い、ここより後は無い、抜かされるな、負かされるな、打ち砕け、噛み砕け、蹂躙しろ!!!」

 

 “デッドライン”

 

「グルガギャアアアァァァァアアアァァァァ!!!」

 

 メガガルーラの目の色が変わる。より強固に、より凶悪に。固い堅い意思が見える。

 

「…………やばいな、なんか絶対にやばい気がする」

 

 とんでもない怪物が目の前にいる。ただそこにいるだけで、体が震えるほどの威圧感。

 なんて化け物だ、こんなものバトルに持ち込むのかよ、と言いたい。

 

 だが、そんなものだ。

 

 強いほうが正しい。

 

 弱いのが悪い。

 

 自身が目指すポケモンリーグとは究極的に言えば()()()()()()なのだ。

 

 強すぎるなんて、反則的だなんて、そんな戯言何の意味も無い。

 

 必勝の戦略? 打ち崩せないやつが悪い。

 

 最強の特異個体? 倒せないやつが悪い。

 

 反則的なスキル? 攻略できないやつが悪い。

 

 強さにだけは何の言い訳もしないし、させない。故にレギュレーションなんて“トレーナーを攻撃しない”くらいしか存在しないのがポケモンリーグ。

 そしてその先にいるのが四天王。

 

 それから…………チャンピオン。

 

 この先に進むのならば、越えなければならない。

 

 ()()()()()()()()超えられなければ先などあるはずが無い。

 

「チーク“なれあい”」

「ルゥ! “グロウパンチ”」

 

 轟、とメガガルーラが風を切り裂き、猛スピードでチークへと迫り…………。

 

 “なれあい”

 

 “グロウパンチ”

 

 ほぼ同時に放たれた二人の技。だがチークの“なれあい”は()()()()()()()()

「にし…………し…………どうだい」

「グラアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “ふりこうんどう”

 

 “グロウパンチ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がチークを貫き。

 ズドォォォン、とチークが道場の壁まで吹き飛ばされる。

「あと…………まかせた…………よ…………にし、し…………」

 最後まで笑みを絶やさないままに、チークが気絶する。

「…………ありがとう、チーク。よくやった」

「…………やれやれ、最初から最後まで、デデンネ一人に崩されるとはな」

 センリがため息を吐きながら。

 

()()()()()()()()()

 

 視線をこちらへと向ける。

 

 さあ、来い。と言わんばかりの視線にボールを手に取り。

 

「行け! シア」

「お任せください、マスター」

 

 チークと入れ替わりにシアを場に出す。

 現在『ひんし』になっているのは三人。これで全能力三段階上昇と言ったところか。

 チークが『ひんし』になったことで、相手の“せんいこうよう”も効果を発揮しているが…………どうにも先ほど“なれあい”で下げた『こうげき』以外はもう上がり幅が無いらしい。

 かなり厳しい…………だが、それでも、負けるわけにはいかない。こんな道半ばで、終わらせれるはずも無い。

 

「シア“いのりのことだま”」

「ルゥ…………“ほのおのパンチ”」

 

 シアが手を組み“いのりのことだま”を発動すると同時にメガガルーラの炎を纏った拳がシアへと突き刺さる。

 『ほのお』タイプ…………()()()だ。

 

「来た」

 

 賭けに一つ勝ったことに思わず呟いた。

 瞬間、ぐーんと上がるシアの『こうげき』と『とくこう』。

 持ち物の『じゃくてんほけん』の効果だ。

 

 これで『こうげき』と『とくこう』が5段階。

 

「ぐ…………う、ま、まだです!」

 

 シアがその燃える拳を受けても、けれど気力で立ち続け…………。

 

 “ ふ り こ う ん ど う ”

 

 振り切った拳の反動でもう一撃、戻ってきた反対の拳がシアへと突き刺さる。

 

 “ほのおのパンチ”

 

 さしものシアもメガガルーラの高火力による二発もの弱点技は耐えきれず…………。

 

「あとは…………おねがい、します、よ…………エア」

 

 ばたり、と倒れる。

 

「戻ってシア…………お疲れさま」

 

 ボールへとシアを戻し、労いの言葉をかける。

 これで最後…………ここで勝敗を決めるしかない。

 リップルは最早『ひんし』寸前だ。まともに攻撃のできる体力はすでに無い。

 

 だから…………頼む。

 

「頼んだぞ! 俺の『エース』!!!」

 

 ボールを投げる。

 

「ぐ…………」

 

 中から重々しく体を引きずるエアが出てきて。

 

 “いのりのことだま”

 

 シアの最後のわざがエアを包み込む。

 

「るう…………」

 

 降り注ぐ光を受けながらエアが震え。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」

 

 天を見上げ咆哮する。あまりの音量に道場の窓ガラスがびりびりと振動し、今にも割れそうだった。

 

「行くぞ、エア!!!」

「ええ…………任せなさい、マスター!!!」

「これが最後だ! 勝て!! ルゥ!!!」

「グラアアアアアアア!!!」

 

 エース対エース。

 

 この勝敗が決着となるだろう。

 

 互いにすでに後が無い。

 

 出し惜しみは無い。

 

「勝て! エア!」

「蹂躙しろ! ルゥ!」

 

 エアがふわり、と飛びあがり…………天井擦れ擦れの場所から突如急降下する。

 メガガルーラが拳を固め、思い切り振りかぶり。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “らせんきどう”

 

 “ す て み タ ッ ク ル ”

 

 “ ギ ガ イ ン パ ク ト ”

 

 

 能力ランク5段階と6段階状態での互いの最大威力の一撃。

 最早想像を絶する威力の一撃と一撃がぶつかり合い。

 

 パァン、空気が破裂したような音が響く。

 

 直後、吹き飛ぶ両者。

 

 天井に激突するエア、そしてフィールドを超えて壁にまで吹き飛ばされたメガガルーラ。

 けれど激突しても尚、すぐさま動き出そうとして。

 

 メガガルーラが反動で動けない。

 

 一撃目が相殺されてしまったために反動が抑えきれなかったらしい…………全身を震わせながら、動かないメガガルーラ。

 

「エア、舞え!」

 

 それを隙と見て、エアに指示を出す。

 

 “かりゅうのまい”

 

 エアの全身が炎を覆われていく。

 これで『こうげき』と『すばやさ』は最大。

 

「行け! エア!!」

「やれ! ルゥ!!」

 

 エアが再び急降下をし、メガガルーラが再び拳を構える。

 先ほどの焼き回しのような同じ光景。

 

 だが今、エアの『こうげき』は先ほどよりも高い。

 

 メガガルーラの『こうげき』はケッキングよりも低い。だが低くても特性と…………恐らく先ほどから攻撃を連発してくるあの裏特性によって手数を増やしてその『こうげき』の低さを補っている。

 だがあの裏特性は恐らく、()()()()()()()必要があると見た。

 つまり、相殺し続ける限り、単発の威力しかないと言うこと。

 

 先ほどは相殺された。

 

 つまり同じ威力。

 

 だが今は先ほどよりもエアの攻撃の威力は高まっている。

 

 結果。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「グラアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 メガガルーラの一撃を吹き飛ばし、エアがメガガルーラへと“すてみタックル”をする。

 今度は一方的に吹き飛ばされたメガガルーラがフィールドを転がるが、すぐさま態勢を立て直し…………。

 

 反動で硬直する。

 

「今だ!」

 この瞬間しかない、相殺で勝っているとは言え、相手の反動技は動けなくなるだけ、だがエアの反動技はしっかりとエア自身の体にダメージを蓄積していっている。

 繰り返すほどにエアに負担が大きくなる。

 

 ここで決めるしかない、メガガルーラが動けない、無防備に受けてしまうこの瞬間しかない!!!

 

「決めろ!!! ()()()!!」

「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “エース”

 

 瞬間、自身とエアの間に何かが繋がる。

 その感覚を理解しながら、けれど意図的に無視する。思考の隅に追いやり、ただ一心に目の前の相手を倒すことを考える。

 

 エアが全身の力を貯め込み、天井を蹴ると同時に弾丸のように飛び出す。

 

 “らせんきどう”

 

 “すてみタックル”

 

「貫けええええええええええええええええええええええええ!!!」

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 エアと、自身の叫びが重なり、道場へと響き渡る。

 

 そして。

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアア?!」

 

 メガガルーラへとエアが突き刺さり、その巨体を一瞬で吹き飛ばし、壁に勢いよく激突、めり込み…………そして落ちる。

 

 先ほどよりもさらに威力を増したバカげた威力。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 自分自身、どうやって放ったのかエアですら戸惑うほどの強烈な一撃にメガガルーラは動かない。

 

 終わった…………そう思った、瞬間。

 

 “デッドライン”

 

「ぐ…………ぐら…………グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ?!」

「はあ?!」

 自身もそしてエアですら素っ頓狂な声を上げる。

 それも無理は無いだろう。

 

 先ほどの一撃は確実に決まったと思った、だと言うのにどうして動ける?!

 

「エア、もう一度だ!」

「っ…………りょう、っかい!」

 一瞬エアが言葉に詰まる、分かっている…………三度の“すてみタックル”ですでに体力の限界が近いのだ。

 元々バカげた威力だったのに、あんな強敵を相手にしていれば余計に体力も精神も消耗してしまう。

 

 それでも、あと一息なのだ…………メガガルーラは“食いしばっている”。

 ゲーム風に言えば絶対にあとHP1の状態なのだ。

 

 あと一撃押せば倒れる。

 

「ルゥ! 潰せ!」

「エア、頑張れ!」

 

 再び互いの一撃をぶつけ合う。そうして先ほどと同じ、エアが打ち勝ち。

 

 “おんがえし”

 

 エアの一撃がメガガルーラへと突き刺さる…………その巨体が崩れそうになり。

 

 “デッドライン”

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうなってる?!」

 さすがにおかしい、おかしすぎる。

 ちらりとセンリを見れば、ふっと笑みを浮かべるセンリ。

 

「トレーナーズスキルかよ畜生がああああああああああ!!!」

 

 どうする? どうする! どうする?!

 

 種が全く分からない。恐らく何度でも“食いしばる”なんて便利な技では無いはずだが、それでも後何度“食いしばる”ことができる?

 

「行け! ルゥ!」

「グラアアアアアアア!」

 

 最早重戦車もかくやと言わんばかりの勢いでメガガルーラが動き出す。

 何だこの化け物、ここまで来てさらに“食いしばり”連発とかふざけんなくそチートどもめ!!!

 

 ダメだ、足りない、こんな状況はさすがに想定していない。

 こんなバカげた状況さすがに想定できるはずが無い。

 

 経験が足りない、圧倒的に、トレーナーとしての経験値が余りにも不足しすぎている。

 

「エア! 頼む!」

「…………分かって、る…………わよ!」

 息も絶え絶えなエアに、それでも行け、としか言えない自身に腹が立つ。

 

 “すてみタックル”

 

 “ギガインパクト”

 

 互いの攻撃が放たれる。

 だがすぐに気づく。

 

 “らせんきどう”が乗っていない。

 

 最早それを出すことができないほどに、極限まで疲れ切っている。

 

 だがダメだ、あれが無いと!?

 

「ぐ…………が…………」

「グラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 激突し、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “ふりこうんどう”

 

 “ギガインパクト”

 

 そしてメガガルーラが反動をつけ、さらに威力の増したもう一方の拳を振りかざし…………。

 

「スイッチバーーーーーック!」

 

 咄嗟にエアをボールへと戻す。エアを、アタッカーを失えば最早勝ち目は無いと言う判断。

 

「ごめん…………リップル!」

 

 入れ代りにリップルを出す。かと言ってこの状況で何ができると言うものでは無い…………そう、思っていると。

 

「…………いかん!?」

 

 瞬間、センリが明らかに顔色を変えた。

 

 けれどもう止まらない、振りかぶった一撃はエアと入れ違いに出てきたリップルへと振り抜かれ。

 

「ぬわあああ~~~~~!?」

 

 リップルが吹き飛ばされ、壁際まで転がり、目を回す。

 

「ぐらあああ…………あ…………」

 

 同時に()()()()()()()()()()()()

 

「…………え…………え…………?」

 

 何が起こったのか理解できず、動けない自身に。

 

「…………ふう…………やれやれ」

 

 センリが…………父さんが、ため息を一つ吐き。

 

「お前の勝ちだ、ハルト」

 

 そう告げた。

 




勝った! 第三章…………完!

裏特性:なかまおもい(仲間想い)
『ひんし』になった味方の数だけ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』の能力ランクが上昇する

特技:いのりのことだま 『ノーマル』タイプ
分類:ねがいごと+バトンタッチ
効果:次のターンの終了時にHPが最大HPの半分と状態異常を回復する。このわざを使用したターンに『ひんし』になった時、次のターン、交代した味方のHPと状態異常を全回復し、このわざを使用したポケモンの能力ランクを引き継ぐ



裏特性:ねらいめ
命中率100以上のわざが必中になり、きゅうしょに当たりやすくなる(急所ランク+2)。『ゴースト』タイプに『ノーマル』わざが当たるようになる。



裏特性:ふりこうんどう
『ぼうぎょ』『すばやさ』ランクが3段階以上上昇した状態で手を使うわざを使った時、同じわざをもう一度使い、二度目の威力を1.1倍にする。この効果発動時、わざの反動を受けない。



トレーナーズスキル:ぼうえいじゅんび
通常のわざとは別に、変化技「ぼうえいじゅんび」を使用することができる。

ぼうえいじゅんび:変化技
戦闘に出ているポケモンのHPを1/2回復し、状態異常を治す。一定ターン任意の能力ランクを上昇させる。制限ターンは戦闘の開始からこのわざの発動までにかかったターン数と上昇させる能力ランクの数による(戦闘開始から発動までにかけたターン数÷上昇させる能力の数=切り捨て≒制限ターン)



トレーナーズスキル:デッドライン
戦闘に出ているポケモンが最後の一体の時のみ使用可能。特性:デッドラインを追加する。

特性:デッドライン
攻撃技によって『ひんし』になる時、上昇した能力ランクを一種類12段階下降させてHPを1残す。


トレーナーズスキル:エース
詳細不明。ただし『エア』に関連すると思われる。

今回のMVP:リップル
ケッキングを倒した上に、ゴツメなかったら負けてた。


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この子どうなったんだろうと思った人もいるだろうきっと

 

 全く持って実感が無い。

 と言うか普通に負けたかと思った。

 

「お前の勝ちだ、ハルト」

 

 父さんがそう告げた言葉の意味を、数秒自身で理解できない。

 

 勝った…………? え? え?

 

 頭が混乱して、状況に追いつけない。

 そんな自身を見て父さんが一つため息を吐く。

 

「そんな不安そうな顔をするな…………もう終わりだ」

 

 と、と、と…………と。

 木張りの道場の床を短い足音を立てながら父さんが自身の目の前にやってくる。

「…………認めなければならないだろう。全力を出して敗れたことを」

 ふっと、父さんが笑う。

「渡そう、その証を…………このバランスバッジを」

 自身に見せつけるように、ずい、と目の前に差し出すその手には。

 

 トウカジム制覇の証たるバランスバッジが燦然と輝く。

 

「…………受け取れ、ハルト」

「あ…………」

 差し出された手に、無意識にバッジを受け取る。

 そうして自身の手に渡されたバッジを目の前にかざし…………。

 

「勝った…………の…………?」

 

 父さんへと視線を向け、こくり、と父さんが頷く。

 

「お前の勝ちだ、ハルト」

 

 そんな先ほどと同じ台詞を父さんが繰り返し。

 

「…………勝った、のか」

 

 ようやくその事実を受け入れ…………どすん、と尻もちを付く。

「…………は…………はは…………全く実感沸かないや」

 そんな自身に父さんは微笑し、けれど何も言わない。

「はは…………は、はは…………勝った…………」

 喜ぼうにも、乾いた笑みしか出てこない。

 それほど絶望的だった、それほど激戦だった、それほど敗北感に打ちひしがれた。

 

 負けたと思った、どうやって勝てばいいのか見当も付かなかった。

 

 リップルが倒れた時、終わったと思った。

 

 次にエアを出し、それで打ち合って自身の敗北、その未来まで見えてしまっていた。

 

 だと言うのに。

 

 お前の勝ちだ、なんて唐突に告げられて。

 

 素直に喜べるはずも無い。

 

 けれど、取りあえず。

 

「…………シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル」

 

 それから。

 

「…………エア」

 

 ボールの中で休んでいる彼女たちに声をかけ。

 

「お疲れさま」

 

 かたり、とボールが揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 バランスバッジを手に入れたことで、これで八つ全てのバッジが揃ったことになる。

 ホウエンリーグの受付のためにサイユウシティに行く必要があるのだが。

 

「少し待て」

 

 と言う父さんの言葉に引き止められ、昨日はジム戦の疲れもあって、父さんと一緒に自宅に帰った。

「…………もう帰ってきたの?」

 と言う母さんの驚いた顔が見れたのが個人的には新鮮だった…………お母様、十年生きてきて、貴女様が驚く顔を初めて見た気がします。

 まあそれでもそうだろう…………たった十日足らずで八つ全てのバッジを集めると言うのは誰もが予想していなかっただろう。

 翌朝、庭でフィールドワークに行く直前の博士と出会ったが、さすがに驚いていた様子だった。

 その際、マルチナビの機能をアップデートをしてもらったり、新しいアプリを追加してもらったり、と色々してもらい。

 

「博士にはお世話になりっぱなしだなあ」

 

 フィールドワークに向かう博士の背を見ながら思わず呟いてしまう。

 その手が無意識に左手にはめた指輪へ…………そこに取り付けられたキーストーンへと触れる。

 これも四年前…………旅行に行った後に博士にもらったものだ。

 正確にはその一年くらい前からずっと頼んでいたのだが博士の伝手を使ってもそう簡単に手に入るものではなかったらしい。数か月かけてようやく、と言ったところか。

 エアのメガストーンを指輪に加工して首から下げれるようにしてもらったのも博士に頼んでだし。

 

 借りが積もりまくってるなあ…………なんて思わず思う。

 

 見ず知らずの他人ならばともかく、父さんの親友であり、ハルカの父親であり、自身も散々お世話になった隣人の恩を踏み倒せるような恥知らずにはさすがになりたくはないので、いずれ何がしかの恩返しはしておきたいところである。

 

 まあゲーム時代のポケモンの分布はだいたいは覚えているので、ホウエン図鑑の完成に協力でもすれば少しは返せるだろうとは思う。

 

「ふう…………なんか、気分いいなあ」

 

 たった十日足らずの旅路だったのに、ミシロタウンで過ごす朝がとても久々に感じられるのは、それだけ濃い時間を過ごしてきたと言うことだろうか。

 

「それにしても父さん…………何だろうね?」

 

 待て、と言ってきたっきり、今朝まで何か言ってくる気配は無い。

 まあリーグの受付締め切りまではあと二十日はあるので一日二日は問題無いのだが。

 自身でも想定以上のハイペースでバッジ集めが終わってしまったため、時間を持て余しているのは確かである。

 

「時間…………時間かあ…………」

 

 実を言えばやりたいことがある。

 と言うか、今の内にやっておかねばならないことがある。

 

 実を言えば四天王とジムリーダーと言うのはそれほど実力が隔絶しているわけではないらしい。

 まあ父さんに聞いた話なので自分で確かめたわけではないのだが。

 父さんも恐らく全力でやれば四天王クラス、と言えるレベルではある、と言う自慢なのかそれとも自意識過剰なのか分からない話を聞いた。

 だから父さんの全力に打ち勝った、と言うことは四天王にもある程度は通用するだろうことは分かる。

 

 分かるのだが…………。

 

「勝てない、よな」

 通用するだけで、勝てると言うわけではないだろう。

 ジムリーダーと四天王が戦えばほぼ四天王が勝つと言われる。

 実力に差が無ければ後は経験が物を言う。

 

 ジムリーダーとはまだ若い未熟なトレーナーを相手にしている。ジムトレーナーによってある程度ふるいにかけられてはいるが、それでも本当に強い相手と戦うことなどそれほど無く、そもそも勝つことではなく、試すことを主軸に置いた戦いをしている。数は多いが戦いの質はそれほど高くは無い。

 逆に四天王は一年を通して戦うことなどほとんど無いと言っていい。だがその戦いの質は極めて高い。何せ春のホウエンリーグ予選、夏の本戦を戦い抜き、勝ち抜いてきた最強のチャレンジャーが秋にチャンピオンリーグに挑戦するのだ。数こそ少ないがその質はホウエンでも最高だろう。

 レベリングに例えるならば、レベルの低い敵をたくさん倒すのと、レベルの高い敵を少数倒す。

 どちらが良いか、ゲームならばともかく、現実ならば圧倒的に後者のほうが強くなる。

 

 手持ちのポケモンたちもまた、最強の敵を戦い抜いてきた生え抜きの精鋭ばかり。

 文字通り、格が違うのだ、ジムリーダーと四天王と言うのは。

 

 そしてそれら全てを打倒し、頂点に立つのが。

 

 チャンピオン。

 

 自身の目指す場所。

 

 今の自身ではまだ届かないと理解している。

 幸いにもバッジを全て集めたことで、予選は恐らくスキップできる。全バッジ所有者が多いと予選に参加しなければならないこともあるらしいが、それでも最後のほうになるだろう。

 つまり、三か月かそこらの猶予が自身にはある。

 

 その時間を使って、ジムリーダーレベルでは無い…………四天王レベル、否、チャンピオンと同じレベルにまで鍛え上げる必要がある、ポケモンも…………そして自身もだ。

 

 やるか、一つ息を吐き、そう決意し。

 

「あら?」

 

 声が聞こえた。

 

 振り返るとそこに血に染めたような紅い髪とエメラルドブルーの瞳の女がいた。

 導士服、とでも言うのだろうか、全身まっ黒に染め上げたような服に袖や裾に赤いラインが入っており、唯一露出した二の腕の肌の白さだけが余計にその黒さを余計に際立たせていた。

 長い髪は腰よりも下まで伸び、その途中を瞳と同じ色の髪飾りで括られている。

 よく見ればその紅い髪の毛先にメッシュのような黒が混じっているのが分かる。

 

「ああ…………来てたのか()()()()

 

 四年前、拾ってきたゾロアの少女…………今となってはゾロアークへと進化したかつての少女、ルージュがそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

「戻ってたんだ、ハルト」

「ああ」

「アンタの旅っていっつもすぐ終わるわよね」

「目的を設定して、そこまで一直線に突っ走るからね」

 

 ルージュと共にミシロを歩く。そんな光景を少しだけ懐かしむ。

 

「懐かしいねえ」

「そうね…………もう二年も前のことだしね」

 

 ルージュと言う少女は、かつてマグマ団によって住処を襲われ逃げ出したゾロアークの群れから逸れたゾロアたちのまとめ役をやっていたゾロアのヒトガタだ。

 四年前に自身たちは出会い、そして約束をした。

 

 ゾロアたちを元の群れへと戻すことを。

 

 その間だけ、ルージュは自身に捕まることとなった。マグマ団に狙われないように…………こう言う言い方もあれだが、所有権を決めたのだ。

 その群れも実は二年前に見つけている。実はコトキタウン近くにいたらしい、一匹化けてコトキタウンに来ているのをたまたま見つけてしまい、それをエアにひっ捕らえてもらい、ルージュに会わせれば一発でヒットした。

 ただここで一つ問題が発生する。

 

 実はルージュは前々から他の面々同様に育成(レベリング)をしていた。

 と言うのも、野生に戻り、ボールに捕獲できる状態となればまたマグマ団のような連中に襲われないとは限らない。その時のために強くなって、悪意ある連中を返り撃ちにできるようになりたい、とのことだった。

 だから、パーティのレベリングとは別にルージュの努力値振り(パッパに『きょうせいギプス』を用意してもらって、エアで飛んで回った)をし、その後レベリングを行い、最後のわざの調整だけしておいた。

 なので、かなり強い個体…………と言うか野生の群れの中では飛びぬけて強い個体となったと思う。元々ヒトガタと言うだけで強かったのをさらにゲーム知識フル活用で育成したのだから、野生の個体が群れになっても一蹴できる程度には強くなった。

 

 強くなったせいで、群れの長になった。

 

 うん、まあ何を言っているのかと驚くかもしれないが、事実だ。

 野生なんてものは実力主義、一番強いやつが群れを率いる。割とそんなものなので、群れにゾロアを連れてルージュが戻った時点で即座にルージュが次の長になった。

 約束通り、ルージュを解放してやり、そうしてゾロアたちはみな野生へと戻って行き、もう会うことは無かった…………。

 

 …………なんてことも無かった。

 

 ゾロアたちもなまじ人里で生活していたせいか、すっかり人に慣れてしまい、ミシロとコトキの間の森の中でも割と人里に近いところに住処を作っているせいで、時折道に出てきては、道行く人を化けては驚かせている。

 それが彼らなりに人とのコミュニケーションらしい。実にらしい、と言うかなんというか。

 

 ミシロタウンの住人も一時期研究所で保護していたゾロアの群れと言うこともあって、すっかり愛着が沸いていて、割としょっちゅうゾロアたちがミシロにやってきては可愛がられている。

 お前ら野生のポケモンなのにそれでいいのか、と言う自身の呟きはけれどルージュの。

 

「細かいことはいいのよ」

 

 との一言に一蹴された。と言うか、群れの長であるルージュ自身割と人里に現れるため、長年野生で暮らしていたゾロアークたちが一番困惑していると言う事態。

 

 まあそれでも…………もう家に帰ってもルージュは居ない、すでに帰るべき場所を見つけたから。

 それにそうしょっちゅう会っているわけでも無い、ルージュだって群れの長としてやるべきことがあるのだから。

 だから、それを多少寂しく思ったりもする。

 けれど最初からそう言う話だったし、こうして時たま会いに来てくれるのは素直に嬉しい。

 

「最近は特に忙しそうね」

「ジム戦のための旅支度してたからね…………もう終わったけど」

「相変わらず、アンタの旅って短いわよね」

 

 そう言われ思い浮かべてみれば、確かに十日以上旅をしたことなど無いかもしれない。

 

「まああれだよ、目的があるから旅に出て、後は目的に向けて一直線って感じだからじゃないかな」

 

 基本的に自身は寄り道と言うのを余りしない。

 この辺りがややゲーム脳と言うべきか。必要があればそれだけをさっさと終わらせてしまおうと言う感じがある。

 今回のことだって、もう少しゆっくりジムに挑戦しても良かった。

 それを引き延ばさずさっさと終わらせたのはひとえに引き伸ばす意味が無いからだ。

 意味が無いから、理由が無いから。それってけっこう余裕ないよな、と改めて考えるとそう思う。

 

「もっとゆっくりやってもいいと思うわよ、色々」

 

 まさか心まで見透かされたわけではないだろうが、けれどそう言われると少しドキリ、とする。

 

「余裕…………無いのかな?」

「だから昔、強制的に旅行に連れてかれたんでしょう?」

 

 そう言われると何も言えなくなる。

 昔も今も変わらない…………何に追い立てられているわけでも無い。ただ自分で自分を勝手に追い詰めているだけの話。

「…………そっかあ」

 自分でも思ってしまっただけに、他人に言われると余計そう思ってしまう。

 

 そうこう歩いている内にミシロの出口にやってくる。

 

「それじゃあ、ここまでね」

「帰るの?」

「ええ…………元々アイツの様子見に来てただけだしね」

「ああ…………ノワールのね」

 

 ハルカの手持ちとなったノワールは、ルージュが群れへと戻った後も、ハルカの元を離れなかった。

 ハルカにすっかり懐いてしまっているらしい。

 とは言っても、ルージュと違い、ハルカの手伝いをしているだけなので、早々レベルが上がるようなことも無く、未だにゾロアのままなのだが。

 すっかり大きくなってしまったルージュに最初は呆然としていたが、今でも姉弟仲は良いらしい…………色々な意味で。

 

「元気だった?」

「そうね、相変わらずだったわよ、全く」

 色気づきやがって、なんて昔と変わらない台詞を告げるルージュに苦笑し。

 何だかんだこうやってちょくちょく様子を見に来ている辺り過保護なお姉ちゃんだよなあ、なんて思ってまた笑う。

「何よ?」

「いや、別に…………」

「…………ふん」

 何だか少しだけ昔に戻ったみたいで懐かしいな、と思いながら。

 

「ああ、そうだ…………これ、あげる」

 

 そう告げて、ルージュが差し出してきたものを見る。

 

「…………なにこれ?」

 

 石だった。ただ何と言うか、普通の石じゃない。

 透き通った琥珀色の不思議な石。

 

 中に模様…………いや、文字だろうか? が入っている。

 

「森の中に落ちてたのよ、ただの石ころにしては綺麗だし、人間ってこう言うの喜ぶんでしょ?」

 

 もしかして宝石のことかな、なんてルージュの勘違いを察して苦笑するが。

 

「それに、けっこうやばそうだし」

 

 続いて告げた言葉に、眉根を潜める。

 

「やばそうって…………これが?」

 

 そんな自身の問いにルージュが頷く。

 

「何と言うか、エネルギーの塊と言うか、力を凝縮して詰め込んだような…………ポケモンが取り込んだらそのまま耐え切れずに内側から弾けそうな感じ」

「……………………うん…………?」

 

 なんか、僅かに知識に引っかかりを覚える。

 

 だがそれが何なのかどうしても思い出せない。

 

「まあとにかく、ゾロアたちが勝手に口にいれたりしたら大変なことになりそうだし、ハルトにあげるわ。アンタなら何かに使ってくれそうだし」

 

 それだけ告げるとルージュが森へと消えていく。

 

 その後ろ姿をしばらく見送り。

 

「……………………うーん?」

 

 もう一度手の中の石へと視線を落とした。

 

 

 

 




更新遅くなりました(

お願いです店長…………試験日前日になって「明日試験だよ?」とか言わないでください(白目)


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Who am I?

「戻ったか…………それなら、早速やるぞ」

 散歩から戻ってきて早々、玄関前で何故か仁王立ちしているパッパがそう告げる。

「やるって…………何を?」

 何のために引き止められたのかすら分かっていないのに、いきなりやるぞ、と言われ多少困惑しつつ尋ねれば。

 

「勉強だ」

 

 端的に、短く、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 トレーナーズスキルはトレーナーの『指示』だ。

 

 少なくとも自身はそう思っている。そう思っていた、勝手にそう信じていた。

 

「トレーナーズスキルは主に二種類に分けることができる、能動型(アクティブタイプ)受動型(パッシブタイプ)だ」

 

 だから、最初の一言目からして、初耳だった。

 

「以前お前に少しだけ教えたのは、本当に触りの部分に過ぎない。だから本当はジム戦で見込みがありそうならば教えてやろうかと思っていたんだが」

 まさか勝つとはな、と少しだけ呆れた様子のパッパ。

「トレーナーズスキルはトレーナーの『色』だ。固有戦術に極めて深く関わっている。これがある、無しで戦術の格がまるで違ってくると言っても過言ではない」

 

 確かにその通りだろう。普通にポケモンバトルしていては、パッパのようなふざけたトレーナーズスキルの優位に押しつぶされるのが関の山だろう。

 今回勝てたのは、事前にどんなトレーナーズスキルがあるのかを知っていたから。だから知らないスキルが出てきた最終戦はあれほど混乱してしまった。

 

 はっきり言って、トレーナーズスキルはトレーナーズスキルで塗りつぶせないとほぼ勝ち目がない。

 

 先のメガガルーラを見れば分かるように、何をすればいいのか分からず、打てる手が無くなるのだ。

 

 あの時は咄嗟の交代でなんとかなったが、実際あんなものは本当に偶然に過ぎない。

 ただがむしゃらだった自身の判断と、残っていたポケモンの役割が偶然相手のトレーナーズスキルの穴を突いただけに過ぎない。

 

 “デッドライン”。昨晩の内に父さんから教えてもらったパッパのトレーナーズスキルの一つ。

 手を捨て、足を捨て、守りを捨て、牙の最後の一本が抜け落ちるまで抗い、噛み付くそのトレーナーズスキル。

 やっていることだけを見れば、ただ単純に意地だけで耐えているだけのことだ。

 

 原理としては『きあいのタスキ』や『きあいのハチマキ』と同じと言える。

 

 ただ持ち物でなく、トレーナーの『指示』と『信頼』でそれを行う、と言うのがポイントだが。

 

 トレーナーのために、そして倒れた仲間たちのために、倒れるわけにはいかない、負けるわけにはいかない。負けるか、負けるか! 絶対に負ける物か!!!

 

 そんな強い意思によって発動するスキルであり、それを『指示』できるだけの『信頼』が必要となる。

 

 自身がトレーナーのためならば命を懸けるだけの『覚悟』。

 

 仲間の思いを一心に受け絶対に無駄にはしないと言う『矜持』。

 

 この二つを宿せることができれば使えるようになる、と父さんは言う。

 だがその両方を持っていれば、自身でもそれが『指示』できるようになるかと言えば、そう言うわけではない。

 トレーナズスキルは技術だ…………だがその技術は余りにも個人の性質を反映している。

 

 

 ――――制圧せよ、蹂躙せよ、眼前の敵を討ち払え、行く先の壁は全て打ち砕け。

 

 

 シンプルで分かりやすい力押し。父さんの目指す理想とはつまりそう言うものらしい。

 だがそれは自身には理解できない。理解できても共感できない。

 

 だからこそ、自身には()()()のトレーナーズスキルは使えない。

 

 同じ言葉で『指示』を出しても、そこに熱が無いから。『指示』する言葉に込められたポケモンたちを燃え上がらせるほどの『熱』こそがセンリのトレーナーズスキルの根源。

 そしてその『熱』を長年受け続け、トレーナーの意思を反映してきた長年の仲間たちだからこそ、できるのが“せんいこうよう”、そして“デッドライン”。

 

 父さんが言ったトレーナーズスキルはアクティブとパッシブに分かれるとはつまりここの話だ。

 

 “せんいこうよう”はパッシブ…………つまり、特に何か言う必要も無く発動する。

 必要なのは『連帯感』。戦意高揚…………つまりパーティを一つの軍団とし、敵を撃破するごとに()()を上げていく。

 士気…………つまり、ポケモンたちの戦意の高さによって普段以上の力を引き出すこと、それがこのスキルの正体であり、そのためにはパーティ全体が一体となるような『連帯感』を事前に仕込む必要がある。

 

 これは育成の分野にも大きく関わる話であり…………。

 

「ある意味、裏特性とはパッシブ型のトレーナーズスキルの派生とも言える」

 

 同じポケモンに仕込むものではあるが、肉体的もしくは精神的にトレーナの意思を反映した“育成”を行い、そしてそれをトレーナーが()()()()()()()()()ものがトレーナーズスキル。

 そして技術的なものをトレーナーが恣意的に方向性を与えて“育成”したものが裏特性と言える。

 

「パッシブ型のトレーナーズスキルは裏特性と違って複数仕込むことができる…………ただそれが必ずしも良いとは限らない」

 

 パッシブ型はつまり、実戦の中でトレーナーの『指示』が実行できるように、事前にそのための下地を作っておく、と言うことになる。つまり肉体や精神をある一定の指針へ『特化』させるのだ。

 だが『特化』させれば『弱体化』してしまう部分もどうしても出てしまう。

 

 例えば“せんいこうよう”は強力なトレーナーズスキルだが、敗北を重ね続けたり、ポケモンに酷いことをしたりしてトレーナーへの信頼が無くなってしまうと一切の効果を発揮しなくなる、どころかどんどん戦う意思が弱くなってしまうらしい。もしくは、相性の悪いポケモンと組んだり、不仲になってしまったりして『連帯感』を失くしてしまっても同じ。

 

「これは精神面で仕込んできた結果、デメリットが主に精神面に来ているからだな」

 

 メリットがあれば、同じだけのデメリットも孕む。

 必ずしもパッシブ型スキルはたくさん入れればいいわけではない由縁である。

 

「メリット、デメリットはしっかり考えて、トレーナーがそれを補えるようにしなければ、パーティがどんどん機能しなくなるぞ」

「なるほど…………」

 

 リスクリターンの管理は重要だ。それは実機時代からあったことだ。

 

 そして。

 

「アクティブ型はトレーナーの本質が関わるものが多い」

 

 例えば“デッドライン”のような先も言ったような、トレーナーの本質に触れ続けることで、トレーナーに()()()とでも言えばいいのだろうか。長年連れ添ったポケモンと言うのはトレーナーの性質の影響を大きく受けるらしい。それによって目覚めることもあるのだとか。

 

「だが逆に全く関わらないものもある」

 

 例えば技術的なもの、とか。

 

「それって裏特性と何か違うの…………?」

 

 だが聞いた限りでは、その区別が分からない。

 それを尋ねると、父さんがやや困ったような顔をしながら。

 

「あー…………明確な差異があるわけではないんだが。トレーナーが指示をして初めて発動するのがトレーナーズスキル。指示しなくても発動するのが裏特性、と今のところは分けられている」

 

 と言っても、そんなに違いは無いんだがな、とは父さんの言葉。

 

 なるほど、と一つ頷きながら。そうして最初の授業は終わりになった。

 

 

 * * *

 

 

「うーん」

 考える、考える、考えこむ。

「あの…………どうかしたの、ご主人様?」

 一階のリビングのソファーに胡坐をかいて座りながら唸っていると、通りがかったシャルが首を傾げて尋ねてくる。

「…………うーん、シャルから見て、俺ってどんな人間?」

「え…………えっと」

 少し戸惑ったような風に、シャルが言葉を詰まらせて…………。

 

「えっと…………ね…………かっこいい、人…………かな」

 

 少し頬を赤らめ、照れたようにそう告げるシャルに、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 

「ご主人様は…………悩んでも、迷っても…………それでも最後には自分で決められる人だから…………だから、そんな在り方は、ボクにとっては憧れるし、かっこいい生き方だと思う」

 

 シャルがそう続ける、そんな言葉に思わず言葉に詰まり。

「…………父さんなら、そもそも悩まないし、迷わないだろうけどね」

 苦笑しながらそんな風に誤魔化す。

 けれど、シャルが自身を見て、首を振る。

 

「それは…………()()んだ。悩んでるから支えたいし、迷ってるから手を差し伸べたいんだ…………悩まないし、迷わない人は…………ボクには()()よ」

 

 そんなシャルの言葉に、なるほど、と一つ頷き。

「良く分った、ありがとう」

 そう告げればシャルが二度、三度こちらを見て…………やがて去って行く。

 

 

 悩むから支えたい、迷うから手を差し伸べたい…………か。

 

 

 なるほど、確かにそれは自身にも理解できる。

 悩まないし、迷わない、そんな人は確かに()()

 だってそんなの、自身が必要とされる領分が無いように思えてしまうから。

 

 きっとそれが…………自身の“本質”なのかもしれない。

 

 本質を探せ、と父さんは言った。

 

 トレーナーズスキルはトレーナー本人の気質が最も重要であると。そう言った。

 

 だから考えて、考えて…………自分のことなんて、自分が一番分からないものだ。

 だから聞いてみた、みんなに。

 

 “俺はどんな人間?”

 

 シアは言った。

「優しい人です」

 

 シャルは言った。

「かっこいい人だよ」

 

 チークは言った。

「頼りになる人サ」

 

 イナズマは言った。

「あったかい人、です」

 

 リップルは言った。

「安心できる人かな?」

 

 それから。

 

「何やってんの?」

 ソファに深く沈み込みながらだらけていると、エアがやってくる。

 手に持っているのは牛乳の入ったコップ。昔から身長が伸びないのを悩んで毎日飲んでいるのは知っている、涙ぐましい努力である…………五年経ってもまるで成果が無い辺り、涙無しでは語れない。

 そんな自身の視線に気づいたのか、僅かに目を細め。

「…………何よ」

「いや、何でもないよ?」

 言ったら殺されてたかもしれない、なんて思いつつ。

 そう言えばエアにはあの質問をしてなかった、と問いかけてみる。

 

「…………は? アンタがどんな人間かって…………?」

 急になんだ、と言った様子で、少し呆れたような表情で、どこか訝し気にこちらを見ながら。

「決まってるじゃない」

 それから一つ息を吐き。

 

()()()()()()()()

 

 彼女はそう言った。

 

「五年前から何か変わったように見えて、結局何も変わっちゃいない。怖がりで、先に不安ばかり感じていて、何よりも自分を信じられない臆病者」

 

 ふざけるな、とか。

 バカにするな、とか。

 そんなこと一言でも言えたら良かったのかもしれないけれど。

 

 言えなかった…………何も。

 

 本当のこと過ぎて、何も言えなかった。

 

 黙してそれを聞く自身をエアが一瞥し、鼻を鳴らす。

 

()()()

 

 そっぽを向くように顔を背け、両目を閉じ。

 

「アンタはそれでいいのよ」

 

 片方の目を開きながら、半分だけ顔をこちらへと向ける。

 

「バカみたいにびくびくして、有りもしないものに怯えて、見えもしない未来に不安ばかり感じてて、自分のことなんて何にも信じられないただの臆病者でも」

 

 それでもね、と彼女は続ける。

 

「アンタは私たちを信じてくれている。だから私たちもアンタを信じてる。それで良いし、それが良い」

 

 気づけば、離れていたエアとの距離がぐっと縮まっていた。

 エアが自身の目の前に立っているのだと、今になって気づく。

 

「私は、アンタだから信じられるし、アンタにだけは信じて欲しい」

「信じてる…………エアのことは、信じてるよ」

 

 きっと、誰よりも。

 そして、何よりも。

 

「アンタは臆病者だけど、逃げ出さない。他の人より警戒心が強いだけであって、怖がっていても、足掻こうとする」

 

 エアが近づく、目と目を合い、エアの顔が間近に迫る。

 

「アンタは臆病者よ…………でも腰抜けじゃない」

 

 赤く輝く綺麗なその瞳に目を奪われる。

 

「アンタはそのままでいなさい。そんなアンタだから、私は好きになったんだから」

 

 そうして告げられた言葉に意味を理解するのに、数秒、沈黙が続き。

 

「え…………?」

「あ…………」

 

 意味を理解した自身が思わず漏らした声、そして自身が告げた言葉の意味を今更理解したエアが顔を真赤にして。

 

「ち、違うわよ…………そう言う意味じゃないわよ? 分かってるわよね? 勘違いしないでよ?」

「え…………あ、うん…………わかっ…………たよ?」

「本当に分かってる? あーもう! アンタが変なこと聞いてくるから余計なことまで言っちゃったじゃない、もう知らないから、一人で考えてなさいよ!」

 

 怒っているような…………照れ隠しのような。まあ帽子で顔を隠しているところを見ると間違いなく照れ隠しだろう。

 茹ったかのように顔を真赤にしながらエアが速足で去って行く。

 

「……………………どうしよう、これ」

 

 一人残された空間でぽつりと呟く。

 

 頬が熱い。

 

 動悸が激しい。

 

「…………何だろうこれ」

 

 こればかりは、いくら考えても分かりそうに無かった。

 

 

 




と言うわけでトレーナーズスキルについてのあれこれ。
あとエアを愛でる回。




なんで遅くなったのかって?
初めてのラスベガスで遊んでたからだよ(

ラスベガスってすごいところだなあ。

まさか自由の女神がスフィンクスに乗って襲い掛かって来るとか(


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石を落とした、すとーん、なんて

タイトルのネタ切れ感(


「なんだろうねえ?」

 顕微鏡らしき機械で自身の渡したビー玉ほどの小さな玉を観察した博士は首を捻りながらそう呟いた。

「恐らく琥珀…………だとは思うけれど、専門外な分野だけに絶対、とは言えないかな」

 覗き穴から顔を上げ、こちらを見て困ったように博士が告げる。

「興味深いのはやはり中の模様だね…………琥珀だとすれば遥か昔に混入した何かなのだろうけれど」

 かちり、と顕微鏡の隣に置いたパソコンを操作すると、画面中央に石の写真が表示される。

「これが模様を正面から見た写真、そして視点を九十度回転させ…………」

 かち、とマウスを一度クリックすると、次の写真が表示される。

 同じ石の写真、ただし模様らしきものはなく、真ん中に細く黒い線が一本入っているだけに見える。

「と、まあ見てもらった通り、生物などではなく炭のような黒い物が広がって模様になっている…………つまりこれは本当の本当に、琥珀に描かれた模様なんだよ」

 

 模様を拡大すれば、それは文字にも見える。ただこんな文字は知らないし、だからこそ模様としか言いようが無い。

 

「ただこの模様の付き方は偶然、と言い切るにはやけに整い過ぎている感じはあるね」

 琥珀と言うのは植物の樹脂が長い時を経て化石化したものだ。だから、生物の死骸などが入っていることは偶にはある。ポケモンの中にも琥珀から取りだした遺伝子を元に再生したポケモン、と言うのも存在する。

 だからこそ、余計に分からない。炭か何かが琥珀にかかったとして、こんな綺麗な模様になるものだろうか。だが人為的、とも言えない。何せ何万年前の太古の化石だ、意図的と言うのはまずないだろうとは思う。

 だが自然に出来上がる模様としては複雑過ぎる。一遍たりとて模様が崩れた場所が無く、見ただけではっきりと分かるほどに整っている。

 だからこそ、謎が謎を呼ぶのだが。

「それに、これが森の中に落ちていた…………と言うのはやけに不自然な話だね」

 先ほども言ったが、琥珀は太古の化石の一つだ。

 山中や崖など、地層が出来上がっている部分から見つかるならともかく、森の中に転がっていた、と言うのはどうにもおかしい。

 

「誰かが落とした…………? 石自体の不自然さもあるし、それも決して否定しきれないけれど。けどそれだと別の意味で不自然だし」

 

 独り言のように呟く博士、やがてこちらを見て。

 

「とりあえずどうしよう? 専門じゃない僕じゃあほとんど分からないことだらけだけど、知り合いの研究機関に頼んでみるかい?」

「…………そう、ですね」

 少し考え、けれど首を振る。

「まあちょっと気になる、程度のものだし、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですから」

「そうかい…………?」

「はい、ありがとうございました、博士」

 礼を述べ、石を博士から受け取り、研究所を後にする。

 

「…………うーん、何なんだろうな、これ」

 

 家へと戻る道中、空に向かって石をかざし、日の光を透かしながら石を見つめる。

 きらり、と光る琥珀色の水晶のようなそれは、中で幾重にも光を乱反射しながら輝いている。

 

「……………………どっかでこんなの見たような」

 

 正確にはこれ自体を見た覚えは無いが、これに似たようなものを何かで見たような。

 しかもここ十年の話ではない、恐らく前世で…………となると、実機での話だろうか。

 だが十年も前の話、しかも一度終わったストーリーをいつまでも詳細に覚えていられるはずも無い。

 少なくとも、ストーリーで重要になるようなアイテムではないはずだ、重要なものならば覚えているはずだし。

 

「と言うかストーリーで重要なアイテムって二つの玉だけだよなあ……………………ん?」

 

 玉…………べにいろのたま、あいいろのたま。

 その二つの名前と共に何か思い出しそうで…………。

 

「……………………何だっけ?」

 

 けれどふっとは出てこない。

 少し考えてみるがけれど結局答えは出ない。

「…………まあ今はいいか、すぐにどうこうって話でも無いし」

 少なくとも、ストーリーは二年も後の話だ…………今のところは。

 唐突に原作が早まる可能性は決して捨てきれないので、備えだけはしているのだが。

 

 はっきり言って、グラードンとカイオーガに勝てる要素がまるで見当たらない。

 

「…………実機はその辺、当たり前のようにバランス取って修正されてるんだよなあ」

 

 ポケモンの種族値、と言うのは大よそこの世界でも実機と同じと言うことが分かっている。

 だが実機では高くても野生のポケモンなんて40、50が精々だったのに比べ、この世界では当然のようにレベル80、90、100なんてのが生息している。

 まあそこまで高レベルとなると、さすがに主クラスであり、そうぽこじゃかと居るわけではないのだが決して居ないわけでも無い。

 と言うかルージュだって言ってみれば、野生のゾロアークのレベル100だ。

 自分が散々育成したので、天然物、とは言い難いが、けれど野生のポケモンと言う意味では決して間違っちゃいない。

 

 さて問題なのは。

 

 伝説のポケモンと呼ばれる二体が、果たしてその範疇で収まっているか、と言うことである。

 

 前提として、最近の自身は一つ、疑念を持っていることがある。

 

「エアのやつ…………なんかまた強くなってる気がするんだよなあ」

 

 自身のパーティのエース、エアは四年前の時点ですでにレベル100を達成していた。

 実機ではレベルの上限は100で固定されており、この世界でも基本的にレベル100が上限と思われている。

 つまりエアは四年前の時点で、能力値自体は完成をみている、と言うことに他ならない。

 

 だが最近になってエアの動きがまた一つ、鋭くなっていると思う。

 単純に体の動かし方が良くなった、とか技術的なものならばいいのだが。

 

 力が強くなっている、守りが堅くなっている、動きが素早くなっている。

 

 それが目に見えて違いを見せてきている気がする。

 耐えるはずの無い攻撃を耐えたり、倒せるはずの無い一撃で倒したり、躱せるはずの無い攻撃を躱したり、追いつけるはずの無い相手に追いついたり。

 

 種族値の問題で僅かに『すばやさ』で負けているはずのチークを、エアが抜いた、と言う時点で何かおかしいと思い始め。

 

 そこでようやくマルチナビでエアの情報を読み取った結果。

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【ERROR】

 能力:☆☆☆

 

 レベルがエラー表記を出していた。

 どういうことだと、思わず首を傾げ、博士を尋ねた。

 博士曰く、図鑑の表記範囲から逸脱してしまっているとのこと。

 そして図鑑のレベル表記範囲は1~100。

 

 つまり、確実にレベル100を逸脱している、とのことらしい。

 

 博士に聞いたが、他に前例は無いらしい、いや、発覚したのがこれが初めて、と言うだけの可能性は決して捨てきれないが。

 そうして博士がエアの能力値を元に図鑑の対応表記幅を修正し作った最新版ポケモン図鑑で計測したエアのデータがこれである。

 

 名前:【ボーマンダ】

 タイプ:【ドラゴン】【ひこう】

 レベル:【100(112)】

 能力:☆☆☆☆☆☆

 

 レベル112。実機の上限を完全に超えている。

 と言っても、これはエアのレベル100の時の能力と、現在の能力を比較し、ボーマンダと言う種族の能力を参考にしながら作ったものであり。

 ボーマンダのレベル100の能力をこれくらい、とすると、今のエアのレベルは恐らくこのくらい、と言う曖昧なものであることは否めない。

 つまり、図鑑上のレベルは100だが、能力値的にはレベル112分くらいの能力がある、と言うデータが出ている。

 

 それはつまり。

 

 ポケモンはレベル上限100を超えてさらに能力値を上昇させる、と言うことに他ならない。

 

 そしてここまでを前置きとした上で、先ほどの伝説のポケモンの話に戻してみよう。

 

 かつて大陸を生み出したグラードン、海を作ったカイオーガ。

 

 二体の伝説のポケモンは果たして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エアがレベルの上限と言うある意味の強さの制限を突き抜けたため、そんな思考が自身の中で巡り始めた。

 正直、伝説種の種族値と言うのは馬鹿げて高い。

 

 まして、ゲンシカイキされてしまっては最早バランスブレイカーと呼べる領域にあるほどだ。

 実際、プレイヤー同士の対戦でも伝説種は使用禁止であり、特定のルールの元でしか使えない。

 そのくらい強力で凶悪な伝説のポケモンが、レベル100を超えて野生にいる可能性。

 

「…………悪夢じゃね?」

 

 だが実際にその可能性は高いのだ。

 太古の昔、グラードンとカイオーガは戦いあっていた。

 だが太古にはその二体以外のポケモンもいたはずだし、野生のポケモンでも強いポケモンなどいくらでもいるはずなのに、伝承にはグラードンとカイオーガ以外にはレックウザの名前しか出てこない。

 それはつまり、グラードンとカイオーガにはレックウザ以外まるで太刀打ちできなかったと言うこと。

 

 まず天候を操る能力が凶悪過ぎて、戦うことすらできない、と言うのもあるだろうが。

 それでもグラードンの特性下だろうと『ほのお』ポケモンなど、戦うことはできるだろうし、カイオーガも『みず』ポケモン、特に深海に棲むポケモンならば地上でどれほど雨が降っていようと戦えるはずなのだ。

 にも関わらず、二体の伝説は互いに殺し合い、世界が滅ばん勢いで暴れ回った。

 

 それは単純に二体が強すぎたからだ、と言う可能性を自身は考えている。

 ()()()()()()()()()

 

 下手をすればレベル150、否、200と言う可能性もあるのではないだろうか、と予想している。

 

 そして…………最悪の可能性だが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 オメガルビー、アルファサファイアでは伝説種と準伝説種と呼ばれるポケモンは必ず3V…………個体値が三つ、最高値に固定されていた。

 だがゲーム時代から疑問だったことがある。

 

 準伝説…………つまり幻のポケモンはまだ良い、ラティオスやラティアスなど公式が複数いることを明言しているポケモンもいるから。

 だが伝説はそれに当てはまらない、たった一体のみ、世界に一体のみのオンリーワンだ。

 太古より現代までひも解いても、伝説種が複数実在したと言う話は一切ない。

 

 つまり、伝説のポケモンとは固有存在だ。

 

 たった一匹だけのオリジナルモンスター。

 

 だとすれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一体しかいないのに、種族も何もないし、個体値とは一体何と比べているのだ、と言う話だ。

 

 グラードンとカイオーガについて…………以前からずっと伝承を集め続けている。

 少しでも()()()()()()()()情報が知りたくて。

 少数ではあるが、ゲームで出ていた情報以外にも伝説のポケモンの情報はあった。

 そして集めれば集めるほどに、なんだこの怪物、と思ってしまう。

 

 この前エアに臆病者、と言われたがまさしくその通りだ。

 

 備えても備えても、足りないと感じる、まだ足りない、まだ足りない、こんなものじゃ足りない。

 

 伝説種と言う怪物の姿を頭の中に思い描き、その影に怯えている。

 

 まだ目を覚ましてもいない、動きもしない存在に、けれど確かに訪れる未来に恐怖している。

 

 まあ結局のところ。

 

 自身の立ち位置をポジション、程度にしか考えていなかった時点で、最早未来は決していたのかもしれない。

 

 二年後になってそう思うことになることを、今の自身はまだ知らない。

 

 

 * * *

 

 

 トレーナーズスキルの獲得は、意外と順調だ。

 と言うか、ある程度構想が見えてきた、と言うべきか。

 実際のところ、ヒントらしきものはあったのだ。

 

 父さんとの戦い、トウカジムでの戦いの最中にエアと何かが繋がったような感覚があった。

 感覚とかそんなものでは無い、見えない何か…………例えるならば。

 

 絆、とか。

 

 恐らくそれは自身の本質なのだろう。

 臆病者の自身の本質。

 恐らく自身にとって切り札の一枚となるだろうトレーナーズスキルはまだ未完成ながら、少しずつ完成へと近づいてきている手ごたえがあった。

 

 それからもう一つ、裏特性が一つしか獲得できないもののために切り捨てたはずの技術がある。

 

 構想だけはあったのだが、どうやらトレーナーズスキルと言う物について父さんから習った限りでは、それも出来そうだ。

 

 これで二つ。

 

 自身の目指す場所は頂点。チャンピオンだ。

 

 故に。

 

 対ダイゴ対策となるようなスキルが一つ欲しい、と思う。

 

 歴代チャンピオンの中でも、ダイゴのテレビへの露出は割と多い。

 単純にチャンピオン、と言うだけでなく、デボンコーポレーション社長子息、と言うもう一つの顔の影響も大きいのではないだろうか。

 そのお蔭か、いくつか情報は集まっている。

 

 トレーナーズスキル“はがねのせいしん”

 

 それがダイゴがもっぱら使用するパッシブ型のトレーナーズスキル。

 

 詳細な効果は不明だが。

 

 『はがね』ポケモンをより強固にするスキル、らしい。

 

 最硬のチャンピオン。

 

 それがダイゴを示す、最も分かりやすい言葉であった。

 

 

 




最近更新が不定期になってきているのが申し訳ない。
どうにも不眠症で起きていても頭がぼーっとする上に、仕事が忙しい。

九月にはもう少し更新頻度あげれるようにしたいところ。



システムアップデート情報

・レベル上限の解放


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ホウエンリーグ開幕

「はあ…………ふう」

 一つ息を吸い込み、そうして吐き出す。

 緊張が少しは紛れるか、とも思ったが、けれど心臓の鼓動は速さを増すばかりだ。

 

 耳鳴りするほどの大歓声。

 

 ギラギラと差す真夏の日差しに目を焼かれ、思わず手で覆い隠す。

 

 実況が何かを言っているが、良く聞こえない。

 

「はあ……………………ふう」

 

 もう一度深呼吸。

 

 腰に下げたボールを一つ、握る。

 

 瞬間。

 

「…………おっけ」

 

 ()()()()()に、途端に緊張がほぐれていく。

 

「それじゃあ…………行こうか」

 

 最初の一体目、ボールを握り。

 

「試合」

 

 審判が腕を振り上げ。

 

「開始!」

 

 振り下ろす。

 

「行け!」

 

 互いがボールを投げ。

 

 そうして、自身のホウエンリーグが始まる。

 

 

 * * *

 

 

 ホウエンリーグ()()()()()

 

 リーグに参加登録するため、サイユウシティへとやってきた自身へと与えられた位置はそれだった。

 

 今年はどうやら全バッジ取得者がやや多かったため、それだけで本戦へと進むことはできないらしい。

 まあ予想できたことの一つなので、そこまで驚きは無い。

 

 夏直前、それが自身の出るべき試合の日程らしい。

 

 大よそ二か月後と言ったところか。

 それを聞きつつ、一旦ミシロへと戻る。まだやり足りないことは多いと感じていた。

 それからまだ中途半端に終わっていたトレーナーズスキルを磨いたり、リーグ出場者の情報を集めたりとしている内にあっという間に二か月が過ぎ。

 

 そうして、今日。

 

 自身のホウエンリーグ初の試合が始まって…………。

 

 

「えー…………」

 

 

 あっという間に終わった。

 

 …………うん、終わったんだ。

 

 相手? まあ強かったよ? ある意味。

 

「俺のポケモンたちは全員裏特性で“おやこあい”を持たせているぜ」

 

 とかなんとか、試合前から自分の手の内ぺらぺら喋ってくれていた親切な人だったよ?

 でもガルーラはともかく、レアコイルやマタドガス、ナッシーを親子と言うのは違和感があったけど。

 まあ疑似おやこあい、って感じだった。

 多分裏特性で特性“おやこあい”を追加したのか、上書きしたのかは分からないが。

 

 全員チークで“ほおぶくろ”に変えてイナズマとシャルで殴り倒した。

 

 うん…………だって自分から手のうちペラペラ喋ってくれるし。

 

 いや、予選レベルで裏特性持ちがいるってのは凄いんだけど、これまで戦ってきた相手が相手だけにどうにも消化不足感がある。

 “おやこあい”は確かに凶悪な特性だが、それ単体ならいくらでも対処法はあるのだ。

 けれど相手には()()()()しかなかった。

 確かに予選レベルならそれで十分なのかもしれないけれど。

 

 まああれだよ…………相手が悪かった、と言うことで。

 

 所詮は予選レベル、言っちゃなんだけど()()()()()苦戦してちゃダメだ。

 自身が目指すのはあくまでも、頂点。この程度軽くあしらってしまえて当然と言える。

 

 まあそんなわけで至極あっさりと予選通過し。

 

 

 

チャンピオンロードへの挑戦権が与えられる。

 

 

 * * *

 

 

 実はリーグ予選最終日から本戦初日までの間には一月ほどの猶予がある。

 とは言っても、この猶予は実は準備期間であると共に、()()()()()()()()()()()の期間でもある。

 

 それこそが。

 

「ちゃんぴおん……ろーど…………?」

 サイユウシティポケモンセンターの一室。

 ぐるぐると回転する椅子に座りながら、エアが首を傾げる。

「そうだよ、チャンピオンロード。本戦出場者はここを通ってポケモンリーグへと至る、予選通過者最後の試練」

 

 中にはレベル70を超える野生のポケモンがそこら中におり、主クラスになると当たりまえのようにレベル100が出てくる。

 原作よりも遥かに強いポケモンの巣窟であり、ホウエン地方屈指の難関。

 

 ホウエンリーグ予選通過者には一つの試練が与えられる。

 

 それがこのチャンピオンロードを通過して、ポケモンリーグへとたどり着くこと。

 

 入り口でリーグ職員にチャンピオンロード挑戦の受付をし、入場。

 そうして期日の一月後までにチャンピオンロードを抜け、ポケモンリーグの受付を済ませることで本戦出場が決定する。

 

 そう、逆を言えば。

 

 期日までにこの難関地帯を抜けることが出来なければ、予選を通過しても本戦には出られない。

 

 予選通過者は全部で100名に限定される。

 

 だが本戦出場者は毎年十名前後にまで振り落とされる。

 

 そして予選通過者の九割を振るい落とす悪夢の領域、それこそがチャンピオンロード。

 

「父さんから聞いた話だけど、入ったら最短で三日、長くても一週間くらいで抜けれるらしいから、明日、明後日はそのための準備をしようか」

 

 因みにサイユウシティにまともな施設は無い。

 そこは原作とほぼ同じで。

 

 この街…………街と呼んでいいのか分からないが、ここには予選会場とポケモンセンターだけがある。

 普通に家や、食事処などもあるにはあるが、ポケモントレーナーに必要なものを売っている店は皆無と言っていい。

 それは意図的にリーグ側がこの街からそう言ったものを排除しているからだ。

 

 道具を自前で揃えるところまで含めてトレーナーの腕。

 

 つまりそういうことだろう。

 さらにチャンピオンロードを抜けるために必要な道具や食料など、かかる代金も全てトレーナーが自腹を切る。

 ポケモンの強さ、サバイバルのスキル、道具を集め準える力、そして財力。

 本当に何から何まで試そうとしてくるのがポケモンリーグと言うものだ。

 単純にポケモンが強い、と言うだけでは勝ち残れない。

 

 そして最後に。

 

 この試練最大のルール。

 

チャンピオンロード内での、予選通過者同士のポケモンバトルを推奨する。

 

 これこそが、予選通過者を大幅に減らす最大の要因と言える。

 

 チャンピオンロード内でトレーナー同士が出会った場合、どちらかがバトルを申し込まれた場合、これを断ってはならない。

 通常バトルは両者の同意を得た場合のみ行われるが、けれどチャンピオンロードでは違う。両者の否定が無い場合、バトルを()()()()()()()()()()

 両者が共にバトルをしないことを選択した時のみ、バトルの回避が可能となる。

 

 もしバトルを申し込まれているのに行わない場合、罰則が科せられる。

 

 ペナルティは()()()()()

 

 通常一月のはずの期日が二十日に減ったり、などだ。

 

 ここでは、トレーナーの交渉でバトルを回避しても良いし、戦っても良い。

 

 ただし、戦えば自身の手の内を晒すことになる。

 それも本気で戦えば戦うほどに。

 だが負ければ、手持ちが全滅することになる。

 そうなればすぐに『あなぬけのひも』で戻らなければ、野生のポケモンに襲われることもある。

 『げんきのかけら』などもあるが、あれらは戦闘可能状態に戻るまでに一時間かそこらの時間を要するので、手持ちが全滅した状態で使っていると、戦闘できるよりも先に野生のポケモンが襲い掛かって来る。

 それでも毎年、差し迫った期日に焦り、素直に戻らなかったため、野生のポケモンに襲われて大怪我を負うトレーナーがいるのは、リーグの恒例と言える。

 棄権すればすぐに巡回の監視員が救助に来るため、早々死者が出ることは無いはずだが、それでも二、三年に一度は死者も出るらしい。

 少なくとも、この道を目指すトレーナーならば、そこまで覚悟した上で挑まなければならない。

 実際、入り口の入場受付の際に、そう言った類の書類にサインしなければならない。

 それを軽んじて、甘く見た人間ほど怪我をして本戦辞退することになるのだ。

 

 対策としては、トレーナーの少なくなる後半を狙うか。それとも圧倒的実力で情報をほとんど見せずに勝ち抜くか。もしくは交渉で不戦のまま通過を狙うか。

 

 例えば、他の予選通過者の情報。本戦有力者の情報。最悪の場合、自身のパーティの情報など、チャンピオンロード内でバトルをして倒したとしても、サイユウシティに戻りまたやり直される以上、本戦に出場した時、知っていれば自身が有利になれる情報などのほうが価値が高くなる。そう言った価値を提示して、交渉をするトレーナーは意外と多い。まあ期日が危ないならば、出戻りさせてタイムオーバーを狙うほうが多いが。

 

 例えば、有力なトレーナーは前半のうちに強敵を次々と突破して本戦登録を済ませてしまうのならば、必然的に後半になるほど力量に自信の無いトレーナーたちが集まる。そうなれば、有力なトレーナーと戦うよりは幾分か、本戦出場を狙いやすくなる。

 

 例えば、一体で相手の六体全てを相手取り、勝つことができるのならば、情報の流出は最小限で済ませることができる。

 

 ただ自身はこのどれをも取らない。

 

「力を見せつけてやればいい」

 

 真正面から行く。

 

「格を見せて付けてやれば良い」

 

 交渉もしない。

 

「どうせ全部倒すんだ」

 

 バトルして、勝って。

 

「やれるな? エア」

 

 そうして本戦に出る。

 

「…………任せなさい」

 

 そんな自身の言葉に、エアが頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオンロードを早期に抜けることのできたトレーナーと、期日ギリギリに抜けてきたトレーナー。

 果たしてこれはどちらが良いと言えるだろうか。

 

 力を見せつけ、相手を下して早期に抜けたトレーナーは、その分、必要以上に手の内を晒すことになるだろう。何せ同じ時期に戦う相手は、同じ本戦有力候補なのだ。どうあっても激戦になりやすい。

 逆にその辺を上手く立ち回り、情報の露呈を最小限に押しとどめることができれば、かなり有利になるのは間違い無い。

 

 それとは反対に、慎重を期し、強敵との戦いを避け、情報を守りながら戦力を温存し、遅ればせながら抜けてきたトレーナー。こう聞くと、こちらのほうが良いように聞こえる。

 

 だが時間、と言うのは非常に重要なものとなる。

 

 チャンピオンロードを早期に抜けたトレーナーはそれだけ()()()()()()をすることができる。情報収集やチャンピオンロードの野生の強敵相手にレベリングや実戦訓練をしても良い。

 逆に期日ギリギリに抜けたトレーナーはチャンピオンロードを抜けることに力を割き過ぎて、本戦への備えと言うのがどうしても不十分になってしまう。

 

 特に早期に抜けてきたトレーナーの最大のメリットとして。

 

 対戦相手が分かる、と言うのがある。

 

 抜けてきたトレーナーは全て本戦出場者、つまりライバルだ。早期に抜けてきたトレーナーには予選時の情報を集めたり、対策を練ったりする時間が与えられる。期日ギリギリに抜けてきたトレーナーには無い大きなメリットである。

 だがその分情報の拡散も大きく、敵に対策も取られている可能性も高くなる。

 

 一長一短ながら、自身が選んだのは前者。つまり早抜けである。

 

 それも出来れば、本戦出場一番を狙う。

 

 極論を言えば、相手のトレーナーズスキルの有無やその効果、裏特性など事前に知っていないと当日になって詰みに陥る可能性の高いものが、この世界には多い。

 それほど完成度の高い戦術はさすがにジムトレーナーなど一部しかいないとは思いたいが。

 

 忘れてはならない。

 

 ここはホウエンリーグ。

 

 トレーナーの聖地にして、弱肉強食、力こそが全ての世界だ。

 

 そのリーグの本戦出場者と戦うのだ、相手を低く見て詰んでしまう可能性は決して低く無い。

 

 そのためにも見極めなければならないのだ。

 

 自分の敵を。

 

 

 * * *

 

 

 バックパックにはおよそ五日分の食料、それからチャンピオンロード内の地図。

 後は洞窟内で寝るためのテントなど。

 正直十歳の子供が持つにはかなり厳しいものがあるので、一番体格の大きいリップルを出して持ってもらうことにする。

 周囲から視線を感じる。同じくこれからチャンピオンロードへと挑戦するトレーナーたちだろうと簡単に予想できる。

 

 ヒトガタポケモンを連れている以上、この手の視線は当たり前のように慣れた。

 

 だから、特に気負うことも無く、ポケモンセンターを出て、チャンピオンロードへと向かう。

 洞窟の入り口にリーグの職員が立っていたので、トレーナーズカードを見せて受付を済ませる。

 子供がいる、と言うことで僅かに職員が驚いた様子だったが、一蹴して洞窟内を見る。

 

 暗い…………だが原作でもフラッシュなどは必要無かった通り、ある程度道が整備されて明かりなども置かれている。

 当然のことながら、完全な天然の洞窟では無いらしい。手入れなどはされている様子だった。

 

「リップル、大丈夫か?」

「平気だよ~、ただバトルする時は荷物が邪魔になっちゃうけど」

「…………なら、来い、チーク」

「はいはい~っと、お呼びかナ?」

「先行頼んだ」

「はいよっと、了解さネ」

 

 手持ちからチークを出して先行させる。索敵と斥候も兼ねているが、何よりチークは先の予選ですでに使った一体だ。ある程度露出してしまっている以上、使っても惜しくは無い。

 

 ぎゅ、とバックパックの肩紐を握る。

 

 つま先でとんとん、と地を蹴り、靴をしっかりと履き直す。

 

「さて…………それじゃあ、まあ」

 

 両隣二体に目配せし、そしてボールの中の四匹を軽くとんとん、と手で叩き。

 

「行くぞ」

 

 チャンピオンロードへと足を踏み入れた。

 

 




開幕…………バトルするとは言ってない(

二次創作とかでもチャンピオンロードに大してほとんど触れられてない作品ばっかりなので、うちでは割とがっつり触れます。
と言うか原作では毎回あるのに、あれの存在意義ってあんまり触れられてないんだよなあ(

まあうちではこういう形式でやる。

バトルだけ強くても、ダメ、と言うことで。



追伸:トレーナーズスキル実装でシャルがさらに極悪化しました(


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チャンピオンロード殺意高すひぎぃぃ

 

 轟々と川が流れる音が暗い洞窟の中に響き渡る。

 『いしのどうくつ』などと違い、ポケモンリーグ側で手が入れられているらしく、道はあちらこちらと補強されているし、水辺や高台の上には吊り橋のようなものも設置されている。明かりも松明があちらこちらと置かれており、光には困らなさそうだ。

 ナビに登録したチャンピオンロード内のマップを広げる。

 

 このマップにはチャンピオンロード内の全マップが記されており、しかもどの辺りにどんなポケモンが生息しているのかまで表示されている。

 このマップは受付をした時に全員に平等に渡されるものだ、故にこれ自体にアドバンテージは無い。

 

 何のためにこれをリーグ側が渡すのか、と言われると。

 

 道が大まかに分けて三つある。

 

 一つは危険な近道、一つは難あり苦ありの正道、一つは遠回りの安全道。

 

 有り体に言って。

 

 近道と言うのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 危険度は非常に高いが、最短コースでこの洞窟を踏破することができる。

 

 正道はそれなりに野生のポケモンも多く、近道よりも距離は長いが、道が舗装されており、比較的楽に進むことができる。

 

 安全道は主のテリトリーを迂回していく道だ。遠回りにはなるが危険度は少なく、出てくるポケモンのレベルもやや低めな傾向にある。

 

 ただし危険なのは何も野生のポケモンだけではない。

 

 近道は足場が悪く、下手をすれば崖や高台から落ちて大怪我をしたり、最悪死ぬこともあるし、川の激流に流され溺れることもある。

 

 正道は道こそ舗装されているが、けれど野生のポケモン襲来も多く、人の通りやすい道だからこそ、トレーナー同士のバトルも多い。

 

 安全道は最も安全だからこそ、実力者に待ち伏せに会いやすく、悪意の餌食になりやすい。

 

 どの道も一長一短であり、各々のパーティの力量と相談しながら進むことが重要となる。

 

 同時に、踏破できない程度の力量しかないトレーナーはここで落ちろ、と言うことでもある。

 

 入り口受付で洞窟内で死亡した場合、事故として扱い、リーグ側は一切の責任を負わないと言う誓約書を書かされているが、それは逆説的に言えば、本気で死を覚悟する事態もあり得る、と言うことである。

 

「チーク、周囲に敵は?」

「んー…………」

 

 ぴこぴこ、とチークの頭頂部の耳と、臀部の尻尾が揺れる。

「いないっぽいかナ?」

 まあまだ入り口からいきなり奇襲、とかそう言うことは無かったらしい。

「よし、行くぞ、リップル、俺の後ろを守っててくれ、チークは前を歩きながら索敵頼む」

「は~い」

「了解さネ」

 

 そうして三人縦に並んで歩きながら、マップを見やる。

 自身が通ろうとしているのは近道のほうだ。

 上手く行けば、三日ほどでチャンピオンロードを抜けることができる。

 だが危険度は非常に高い。

 足場も悪く、どこから敵が出てくるか分からない。

 

 とは言っても『いしのどうくつ』や『りゅうせいのたき』などの洞窟をある程度探検したことがある身としてはそれほど問題にもならないが。

 

 何事も経験だよな、なんて思いつつ、道を確認しながら歩いていく。

 そうして歩いていると、やがて三叉路へと出る。

 

「ん、ここか」

 

 ここがどうやら分岐点らしい。

 川に架けられた橋を渡る近道、真っすぐ舗装された土手道を進む正道、そして地下へと続く安全道、となっているらしい。

 

「近道は橋のほうか」

 

 少しだけ橋に触れてみるが、しっかりとした木造の橋だ、子供一人乗ったところで軋みもしない。原作のような吊り橋とかだと正直怖いものがあるが、この橋なら大丈夫そうだ。

 

 唯一不安なのは、手すりも柵も無いので倒れればそのまま川へとドボン、だが。

 まあ大丈夫だろう、と思い、歩みを進めようとして。

 

「待った、トレーナー」

 チークが静止をかけ、服の裾を掴み、足を止めてくる。

「どうした?」

「何かいるネ…………気をつけたほうがいいかもしれないヨ」

 

 チークの言葉に、周囲を見渡す…………何もいない。

 だがチークの言葉を疑うわけじゃない、一歩、橋の上から足を戻す。

 視線を向けた先は…………川の中。

 

 轟々、と相変わらず流れの激しい川である。飛沫のせいで中の様子は伺えない。

 

 けれど。

 

「いるんだな?」

「いるヨ、アンテナにビンビンきてるネ」

 

 ぶらんぶらん、と尻尾を揺らし、ぴこぴこと耳を動かしながらチークがそう警告してくる。

 ボールを構え、スイッチを押す。

 

「来い、イナズマ」

「…………ん、はい!」

 

 イナズマを呼び出し、激しく水飛沫を上げる川を指さし。

 

「“10まんボルト”」

 

 情け容赦の無い痛撃を川へと解き放つ。

 イナズマの指先から放たれた電撃が川へと飛び込み。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐぎゃああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫を上げ、川の中からギャラドスが飛び出してくる。

 

「あぶね…………迂闊に渡ってたら横合いからパクリ、かよ」

 

 この橋の作り、絶対リーグのやつら狙ってただろ…………殺意高いな。

 なんてことを考えつつ、全身に負ったダメージに悶えるギャラドスへと、イナズマにもう一度指示を出す。

 

「落とせ」

 

 “きあいだま”

 

 イナズマの放った拳の一撃がギャラドスを再び川へと押し戻し、そのままギャラドスが川を流されていく。

「倒さないのかイ? トレーナー」

「別のやつの邪魔してくれるかもしれないしな」

 まあ四倍弱点の一撃喰らったから、割と死にかけな気もするが。まあそれならそれで別に構わない。もう邪魔されないと言うことではあるし。

「チーク、どうだ? まだ何かいるか?」

 それより、ギャラドスを排除した今、他に何かいるか、チークに尋ねる。

 チークがその耳と尾を盛んに揺らし、周囲を見やる。

「いや、大丈夫だネ」

 そうして振り返ってそう告げると、一つ頷き、イナズマをボールへと戻す。

「行くぞ」

 そうして橋を渡って行く。

 

 川から何かまた来るかと少しだけ身構えたが、チークの言葉通りもう何もいなかったらしい。

 無事橋を渡り終え、さらに道を進んでいく。

 

「うーん?」

「どうした、チーク?」

 そうして進んでいるとチークを首を傾げていたので、尋ねてみると。

「野生のポケモンの気配がしないヨ? ここってそんなに少ないのかナ?」

「んー…………多分だが、主のテリトリーだからじゃないのか?」

 そんな自身の言葉にチークがなるほど、と頷きながらさらに進んでいく。

 

 暗い洞窟内、松明で視界が確保されているとは言え、外の様子が全く分からないため今が一体何時なのか、ナビで見ればすでに洞窟に入って数時間が経過している。

 

「…………時間の感覚がおかしくなりそうだな」

「そうだね、空が見えないから余計にそう思っちゃうよねえ」

 洞窟の天井を見上げながら呟いた言葉に、リップルが後ろで同意とばかりに頷いた。

 時間帯としてはそろそろ昼過ぎと言ったところか。

 

「少し休憩しようか」

 

 正直、歩き疲れた部分もある。

 これまでの旅を振り返ると大概エアに乗って飛んでいたのでそのツケだろうか。

 まさか十歳児で運動不足と言うのも不味いだろうし、今度から少しは運動すべきか。

 

 周囲を見渡すと、ちょうど良さそうな岩場がある。

 

「チーク、あれ大丈夫?」

 

 うっかり座ってゴローンだった、とか言うオチが無いようにチークに確認させ。

 

「ういうい、大丈夫、ただの岩だヨ」

 

 チークがオッケーサインを出したところで、岩場で身を休めることにした。

 

 

 * * *

 

 

「ふう…………ちょっと疲れたね」

 岩に座りながら、靴を脱いで軽く足を揉む。固くなってしまった足裏の筋肉がほぐれ、少しだけ足が軽くなる。

「チーク、悪いけど周囲の警戒お願い」

「了解だヨ」

「リップル、バックパックから水筒出してもらっていい?」

「はいは~いっと」

 転がしたバックパックからリップルが水筒を取りだし、こちらに渡してくる。

 それを受け取り、蓋に中身を注いでいく。

 薄暗い洞窟を照らす松明の明かりを映す透明なそれは、まるで冒険ものの映画のワンシーンか何かのようで。

「まあただの水なんだけどね」

 くい、っと注がれた『おいしいみず』を一気に呷り、一息に飲み干す。

「…………はあ、人心地ついた」

 一つ息を吐くと、じとり、と全身が汗ばんでいることに気づく。

 洞窟内で、しかも川が流れているため温度自体はそれほど高くは無いのだが、空気が湿っぽい。

 湿度の高さからか、肌に感じる空気もべたついているようだった。

「よっと」

 多少高さのある岩から飛び降り、バックパックからタオルを取りだす。

 手早く汗を拭い、ナビで時間を見やればすでに時刻は午後一時を過ぎている。

「お昼ご飯にでもしようか」

 呟くと同時、腰に付けたボールの一つがやたらと揺れ出す。

「分かってる、分かってるから暴れるなよエア」

 相変わらず食べることには目の無いやつだと、僅かに呆れつつ。

 バックパックの中からお弁当箱を取りだす。

 湯で温めるだけで食べれる、前世で言うところのレトルト、と言ったところだろうか。

 レンジじゃなく火にくべる、と言ったあたりが実にこの世界らしい。旅人向けの品と言ったところだろうか。

 小型鍋に川で汲んだ水を入れ、火にかけてしばらく待つ。

 沸騰してきたら弁当箱を一つ投入。鍋のサイズ的に一人分ずつしか作れそうに無い。

 最初の一つはまあ、食いしん坊に食べられることとなるだろうから、自身が食べれるのはそれ以降となりそうだった。

 そうしてしばらく温めて取りだす。軽く水をかけて容器を冷やし、蓋を開けてみれば。

「うーん…………美味しそう」

 キノコのリゾットか何かだろうか、が弁当箱に詰まっており、実に食欲を刺激する香りが漂う。

 同時にボールの揺れがさらに大きくなる。

「分かったから、慌てるなよ」

 呆れつつ、ボールからエアを出し。

「ほら、熱いから気をつけてな」

「いただきます!」

 差し出した弁当箱を受け取ると、一瞬の躊躇も無くエアが一緒に渡したスプーンを使って一心不乱に食べ始める。

「…………うーん、豪快」

 見ているだけで笑みが零れる食べっぷりに、レトルトとは言え、作ったほうとしても気分が良い。

 

 そうして、エアの姿を眺めながら二つ目の弁当箱を湯煎していると。

 

 

「ぐあああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ…………な、なんだ?!」

 思わず耳を抑えて顔をしかめる自身に。

「はぐはぐはぐ…………ん、ぐぐ…………ん! ハルト! すぐに片づけなさい!」

 一瞬で弁当箱の中身を掻きこみ、飲み込んだエアがすぐさま立ち上がり、警戒態勢を取る。

 どう考えてもただ事じゃないのは理解していたので、エアの言葉に従い、リップルと二人で簡易キャンプをテキパキと片づける。

「よし、チーク、状況は?」

 大よそ片づけ、すぐさま周囲の警戒を頼んだチークの元へと行く。

 チークは視線を一か所へと固定したまま、警戒して動かない。

「…………トレーナー…………近づいてきてるよ」

 チークのその言葉に、眉根を潜め。

「エア、一度戻って…………リップル、荷物担いで」

 エアをボールへと戻し、リップルにすぐに動けるように備えさせる。

 

 ずどん、ずどん、と。

 

 重い足音が響いてい来る。

 

 そして。

 

 

「ぐあああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 現れた影の放つ、最早衝撃波としか言いようの無いその咆哮に、両耳を抑えて蹲る。

「トレーナー!」

 チークがすぐさま後退し、自身を庇うように立つ。

「な…………んだ…………これっ…………」

 余りの衝撃に、頭がくらくらとする。正直、今にも気絶してしまいそうだ。

 

 そうして視線を上げ。

 

 見やる。

 

 大きく口を開けた、怪獣風の出で立ちのポケモン。

 

 知っているポケモンだ。

 

 名は。

 

「バク……オング……」

 

 ゲームでは多少面倒、と言った程度のやつだったが。

 洞窟と言う閉所と音と言う組合わせ。

 

 それがひたすらにバクオングを極悪化していることにすぐに気づく。

 

「くそ…………だったら」

 

 そうして、手を打とうと、ボールに手をかけ…………。

 

 

「ぐるぎゃあおおおおおおおううう!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ?!」

 

 突然の事態に、思考が一瞬止まる。

 

 そうしている内に、バクオングを吹き飛ばしたポケモンが姿を現す。

 

「ぐるう…………ぐぎゃあああああおおおおお!」

 

 全身を覆う鋼の鎧が特徴的なそのポケモンは。

 

「ボスゴドラ?!」

 

 とんでも無い大物が出てきたと内心で呟く。

 

 現れたボスゴドラは、こちらを一瞥し、けれどバクオングへと向かって歩く。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!」

「ぐるぎゃあああおおおおおおううううううううう!!!」

 

 バクオングとボスゴドラ、互いが互いを攻撃し合う。

 

 その超威力、必殺の応酬を呆然と傍から見ていると。

 

 グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 地鳴りのような音と共に、天井に亀裂が入る。

 

「うげっ…………走れ! リップル! チーク!」

 

 正面やや外れたところでは二匹の巨大なポケモンたちが暴れ回り、その余波だけで天井や壁に亀裂が入っていく。

 二匹の脇を抜けるような形で走り抜け。

 

 直後。

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォン

 

 天井が崩落し、元来た道が塞がれる。

 

 それでも二匹は暴れるのを止めない、このままではチャンピオンロードが崩れ去る勢いで暴れ回る。

 

「走れ! 走れ!! 止まったら生き埋めにされるぞ!」

 

 理解する、ようやく理解する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり今起きているのはそういうことなのだ。

 

 二体の主による縄張り争い。

 

「畜生があああああああああああ」

 

 そして近道ルートとは、その縄張り争いの真っただ中を潜り抜けるルートに他ならないのだ。

 

「殺意高すぎだろ!!! クソがああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫しつつ、走り続ける。

 

 止まったら死ぬ、それだけが足を進めた。

 

 




主でも何でも撃破して進む?

うん、いいんじゃない?




戦 っ て ら れ る 状 況 な ら な あ !!!



チャンピオンロード殺意に溢れてて、書いてて最高に楽しい。


近道⇒道が舗装されておらず、足場が悪い、主のテリトリーを突っ切るコース。

正道⇒道がしっかりと舗装されており、歩きやすい。ただし野生のポケモンの襲撃も多く、人が良く通るためバトルも頻発し、連戦になりやすい。

安全道⇒主のテリトリーを遠回りするため、レベルの低いポケモンが出やすい割合安全な道。ただしここを通ると言うことは実力に自信が無いと言ってるようなものなので、ここで待ち伏せするトレーナーもいたりする。


どこ通っても危険しかねえなチャンピオンロード!!!

それでも最短がダントツ危険だわな。
バクオングとボスゴドラとギャラドスの覇権争いの真っただ中潜り抜けるしな(
え? ギャラドス? あの程度でリタイアするわけないじゃん。頑張って泳いで戻って来るよ?

因みに争いに負けた主が正道に迷い出たり、覇権争いから逃げ出した大量の野生のポケモンが安全道になだれ込んだりして、結局どれも最悪なのは変わりないけどな!!!

ホント、チャンピオンロードは地獄だぜ。

因みに原作でも洞窟の途中から外に出れてそこから空飛んでサイユウシティ戻れたけど、そこから空飛んでリーグ目指すと洞窟表層、山のほうに棲んでるウォーグルとバルジーナの群れに撃ち落とされて今日のお昼ご飯にされるけどな!

ここが地獄の一丁目なのだ。

因みに三丁目はチャンピオンと四天王の棲むリーグ(

まあ伏魔殿と言い変えてもいい(


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信じられるか…………これでまだ一日目なんだぜ?

 主同士の争いから逃げ続け、ようやく騒音が聞こえなくなったところで足を止める。

 呼吸は荒くなり、足も最早棒のように重い。

「チーク…………周囲…………は?」

 先行させていたチークに問い、チークが一つ頷く。

「問題無しさネ」

 その言葉に、思わず地面に座りこむ。

 安全が確認された途端に全身から疲労が噴き出し、体が鈍重になっていく。

「はあ…………はあ…………」

 ゆっくりと、呼吸を整える。リップルがバックパックからもう一度水筒を渡してくるので、礼を告げつつ、中身を飲み干していく。

「思ったより…………水の消費速い、かも」

 確実に想定以上のペースで消費してしまっている。それでも五日分くらいは用意はしているが、この調子で飲み続けていたら足りなくなるかもしれないと少し危惧する。

 いや、それよりもさらに問題はいくらでもあるのだが。

 

「…………やばいな、想像以上かもしれない、近道」

 

 思わず零したその言葉が素直な本音だ。

 敵がわんさか出てきてそれを薙ぎ払いながら進む感じの道なのかと思っていたが。

 まさかまともに戦ったら崩落で殺されそうになるとは思いもしなかった。

 

 ちらり、と後方、自身が走ってきた方向を見る。

 

 暗闇が広がるだけでそこには何も見えない。

 洞窟のかなり奥に来てしまったと予想して、マップを開く。

 ナビには現在地表示機能があるので迷うことはほぼ無いが…………。

 

「…………地下一階…………?」

 

 特に段差を下った覚えは無いが、けれど暗い洞窟内で急勾配ならともかく、緩やかな傾斜道が続けばあれだけ慌てていては気づかなかったのかもしれないと予想する。

 視線を上げると、周囲をきょろきょろと見まわしながら警戒を続けるチーク。そしてこちらを向いていたため視線がぶつかり、きょとん、と首を傾げるリップルの姿。

 そして腰にはボールの中に他四人もいて。

 

「…………ふう」

 

 一つ息を吐く。大丈夫、みんながいる。

 だから大丈夫、と何度となく内心で呟く。

 少し参っているのは確かだ。精神性はともかく、肉体的には成長したとは言えまだ十歳。

 このサバイバル染みた洞窟探検は中々肉体的にくるものがある。

 そうして体が参れば精神まで弱ってしまう。

 

「…………少し休憩しようか」

 

 先ほどもしたばかりだが、無理をすれば命まで落としかねない。

 幸い洞窟内には先ほど休んだ時と同じような岩場はいくらでもある。岩に腰かけ、深呼吸する。

 もう一度マップを確認し、ここからどう進むのか思案する。

 当初の予定としては塞がる敵を全てなぎ倒しながら最短ルートを進む予定だったのだが、残念ながらそれをやっていては生き埋めコースになることが分かった以上、予定を変えざるを得ない。

 

 さて、どうするか、とそう考えた時。

 ぐう、と腹の音がなる。

 そう言えば結局先ほどはお昼ご飯食べ損ねたな、と思い出す。

 

 バックパックの中にとっさに突っ込んだお弁当を取りだす、一応湯煎は終わっているから食べることはできるだろう。

 蓋を開けると多少中身が乱雑になってはいるが、元々リゾットがいっぱいに敷き詰められているだけだ、それほど気にすることも無く口に運び、もそもそと咀嚼する。

 

 人間腹に何か入っていると気持ちが落ち着くものだ。

 いざ冷静になってみると、先ほどまでの自身が気が立っていたのだとようやく気づく。

 

「…………そうか」

 

 そうしてゆっくり、もう一度冷静に思考を見つめ直せば。

 

「…………うん、そうしようか」

 

 意外とあっさり正答と言うのは導き出されるものだ。

 

 

 * * *

 

 

 “らせんきどう”

 “おんがえし”

 

 高速で飛来したエアがすれ違い様、宙を飛ぶゴルバットに一撃叩き込み、一瞬で『ひんし』に追い込む。

 その後ろをゆっくりと追い縋ると、先行させていたチークが戻って来る。

「どうだった?」

「いるヨ、この先に二匹」

 その言葉にエアへと視線を向け、エアが頷く。

「イナズマ」

「はい」

 ボールからイナズマを出し、待機させ。

 

 ふわり、とエアが宙に浮かび上がる。

 とん、とエアが空を蹴り、ごう、と高速で飛び出す。

 

「イナズマ」

「っや!」

 

 ぱちん、と指先から激しく放電させ、一瞬洞窟内に光が満ちる。

 

 “らせんきどう”

 “おんがえし”

 

 暗闇の先、一瞬照らされた二体の野生のヤミラミへと接近し、一撃を叩き込む。

 

 つまり、まともに戦ってたら危ないなら、奇襲して一撃で沈めてしまおう、と言うわけだ。

 実際のところ、先ほどからこれで比較的安全に進めている。

 ただそれがいつまで通用するか分からないが。

 それに他のトレーナーに知られないようエアは使わない予定だったのに、出してしまっている。いや、これは予想以上にチャンピオンロードが危険だったため、仕方ないことだとは思うのだが。

 

 それにどのみち、主などの一撃で倒せない相手が出てきたらまた同じような結果になるだろうことは予測できる。

 

「マップは…………まだ半分も終わってないかあ」

 

 初日だし、これだけ進めば十分なのではないかと思う。

 恐らく最短三日と言うのは、中で戦ったりして遅れながらの数字だと思うし。

 実際のところ、距離だけで言うなら一日程度…………子供の足ならば一日半ほどで抜けれるのだろう。

 

 ナビの時刻はすでに夕方を回り、夜に差し掛かるかと言ったところ。

 

 正直、いつ主が出てくるのか、びくびくしているところはある。

 単体ならば勝てない相手ではないと思う。だが普段やっているトレーナーとのバトルとは違い、ルール無用にいつ何時どこから現れるのかすら分からない相手とこんな暗い洞窟の中で戦うと言うのは神経をすり減らす。

 しかも仮に主の一匹を倒したとして、最低でももう一匹主はいるし、しかも他の野生のポケモンたちも数多くいる。主を倒してはいそこでお終い、と言うわけにはいかないのだ。

 

 出し惜しみをしていては先に進めない、かといって死力を尽くせば後に続かない。

 

 本気ではやっていても、余力が必要となる。

 

「…………今日寝るところを探そうか」

 

 正直、夜になってから探していては余りにも遅いのだが、しかしながら少しでも距離を離しておかなければ、先ほどのバクオングやボスゴドラがまた現れないとも限らない。

 行き止まりのような箇所があれば警戒もしやすい、反面敵がやってきたら逃げられないのだが、そこは挟まれないだけマシだと考える。少なくとも自身が育て上げた彼女たちならば、少々連戦した程度では問題無いだろうと思う。

 

 残念ながらマップに安全な場所や安全に寝れる場所なんて都合の良い物は書かれていないので、自身の足で見つけるしかないようだ。

 そうしてしばらく歩いてみて、良さそうな場所を見つける。

 

「よし、じゃあここでいいか」

 

 洞窟の壁に亀裂が走っており、照らしてみれば奥に空洞が見える。

 どうやら自然にできたものらしく、恐らく原作ならば“ひみつのちから”を使えば秘密基地でも作れそうな場所だ。

 原作だとチャンピオンロードには秘密基地は作れなかったが、現実ならそういう事もあるだろう。

 

「と、言うわけでエア」

「はいはい」

 

 エアをボールから出すと、エアが壁の亀裂へと近づき。

 

「えいっ」

 

 “ひみつのちから(物理)(おんがえし)

 

 突き出した拳の一撃で亀裂を広げ、壁を粉砕する。

 加減はされていたらしく、ちょうど人一人やっと通れるくらいの穴が開く。

 子供の自身ならば余裕と言ったところで、潜り抜け、チークたちを呼び戻す。

 四方二メートルほどの手狭な空間ではあったが、それでも周囲を壁に囲まれ入り口が今潜ってきた一つだけ、安全が確立されたこの空間は、チャンピオンロードに入ってきて一番安らげる場所でもあった。

 

「入り口塞いだほうがいいのかな?」

 

 岩は砕けてしまっているので、バックパックの中から着替え用の黒いティーシャツを一枚取り出し、穴に上手く引っ掛けてみる。

 どうやら松明が置かれているのは地上部分、だけらしい。地下一階のこの場所にはそれらしきものを一度も見ていない、どころか舗装されたような後も無いことから、完全に自然のままの姿を残しているのだろうと予想する。

 

「んー…………エア」

 正直空間が狭いので全員ボールに戻していたのだが、一度ボールからエアを出す。

 ただでさえ狭い空間がより狭くなってしまった感じはあるが仕方ない。

「………………………………」

「エア?」

 横の狭さもあるが、それ以上に想像以上の天井の低さに、意図せず抱き着くように密着する形になってしまっているが、それはともかくエアが無言でこちらを見つめる。

「…………え…………あ…………ち、近いわよ」

 ふい、と顔を逸らし、帽子で顔を隠そうとするが、天井の狭さのせいで上手くいかない。

「………………………………」

「………………………………」

 

 そう可愛い反応されるとこちらまで恥ずかしくなってくるんだけど…………。

 

 なんて思いながらちらり、とエアのほうを伺うと、エアもまた帽子の上からちらりとこちらを見てきていて。

「…………何か言いなさいよ」

「…………うん、取りあえず」

 なんか途端に緊張感薄れてきたなあ、なんて思いながら。

「後ろの壁適当に砕いて…………もう少し空間拡張しないと、他の子たち出せないから」

「…………ちょっと退きなさい」

 エアのほうが入り口側にいるので入れ替わるにはそのままぐるりと互いに回ればいいのだが、密着状態なので必然的に抱きしめるようにして体を回すことになる。

「ぎゅむ」

「え…………あ、ごめん」

 天井に押し付けられ、エアが潰れたような声を出す。一方自身はと言えば押し付けられた柔らかい感触に思考がほぼフリーズしていた。

 うわあ、うわあ、うわああ、と内心で絶叫しながら、ようやく互いの位置を入れ替え。

 

「せい!」

 

 エアが拳を固めて岩壁を殴ると、ずどん、と鈍い音が響き壁が砕ける。

 ぱらぱらと、粉砕された岩が地面に零れ落ちる。

 さらに二度、三度と殴ると、四方二メートルほどだった隙間が押し広げられ三メートルほどにまで広がった。

 天井のほうも掘削して、エアが少し浮かび上がっても大丈夫なくらいまで広げた。

 そして砕けた岩を入り口から投げ捨てておく。

 

 これでもし入り口の前を通ったら砂利の音がするだろから、簡易的な警報代わりだ。

 

「じゃあ、後は全員夕飯にして今日はもう寝ようか」

 

 安全な内に寝て、危険が迫れば即座に起きる態勢を作っておく。

 

 ホント…………チャンピオンロードは地獄だわ。

 

 ナチュラルにサバイバル思考に切り替わってる自身に割と驚きつつ、そんなことを考えた。

 

 

 * * *

 

 

 深夜…………と言っても、太陽も月も見えないせいで、いまいち時間の感覚が狂っているが。

 ふと目を覚ます。

 

 眠気と倦怠感が全身を襲っている。今にもまた目を瞑って寝てしまいたい気分ではあるが。

 

「……………………今、何時?」

 

 僅かに開いた瞼。けれど真っ暗で何も見えていない以上、手さぐりにナビを探し。

 ようやく辿りよせたナビを起動し、時間を確認する。

 

 日付を超える直前、と言ったところか。

 

 四時間くらいは眠れたらしいが、まだまだ寝足りないと全身が主張している。

 それだけ深く疲れが残っている、と言うことなのだが。

「…………眠れない」

 どうしてだろう、眠れない。

 そわそわしてしまい、どうにも落ち着かない。

 ひりついた空気。まるで主が目の前にいるかのような緊張感。

 

 おかしい、この場所は比較的安全なはずなのに。

 

 入り口を見やる。覆いかぶされたまっ黒なTシャツは一切の光を通さない。

 だが向こうからは特に何の音もせず、気配も無い。

 

「……………………うーん」

 

 どうにも生死すらかかった状況下で神経質になってしまっているのだろうか。

 そんな風にも考える。ただの気のせい、と言えばそれまで。

 

 だが…………そんなに甘い場所ではないことは、すでに分かり切っているはずだ。

 

「…………念には念をいれる、か」

 

 ナビ画面の明かりを頼りに、ボールの一つを手繰り寄せる。

 こんこん、とボールをつついてみるが反応は無い。

「…………出てこい」

 スイッチを押し、中から飛び出す一つの影。

「チーク」

 敷物を地面の上に敷き、上からタオルケットを被せただけの簡易的な布団の上でチークがすやすやと寝息を立てている。

 起こすのは忍びなかったが、それでもその肩を揺らす。

「ん…………あ…………んー…………」

 チークが呻き、ゆっくりと、眼を開く。

「…………とれー…………なあ…………?」

「寝ているのに、悪い…………少し、様子を見てくれないか?」

 眠そうに目を擦り、チークがゆっくりと上半身を起こす。

「んー…………どうしたのさネ?」

「何があったってわけでもないけど……………………けど何だか、嫌な感じがする」

 根拠のあるわけでもない話、けれどチークはふむ、と一つ頷き。

「なら一つ見てくるヨ、トレーナーはここで待ってて欲しいネ」

「悪いな…………頼んだよ」

 あいあい、と呟きながらチークがぴくぴく、と耳と尾を揺らす。

 向こう側に何もいないと判断したのかそろっと入り口を隠していた服を外し、するりと抜け出す。

 

 そうして入り口から顔を覗かせた。

 

 瞬間。

 

「っ?!」

 

 がばっ、と、即座に入り口から戻ってき、再びTシャツで入り口を隠す。

「チーク?」

「しー!」

 口元に指を当て、静かに、とジェスチャーする。

 チークのそんな様子に、自身もまた口を閉ざし。

 

 どすん、どすん、と音が響いてきた。

 

「「っ!!」」

 チークと目を合わせ、けれど動かない。と言うよりは動けない。

 どすん、と言う足音は段々と近づいてくる。

 随分と重い足音だ…………バクオング、もしくはボスゴドラか。もしくはまた別のポケモンかもしれないが、どちらにしてもかなりのサイズがあると見た。

 余り相手にしたくない…………このまま過ぎ去ってくれるか?

 

 考えている内に、足音が入り口のところまで来て。

 

 

 ぴたり、と止まる。

 

「…………………………っ」

 ゆっくりと、音を立てないように息を殺し、手元にボールの一つを手繰り寄せる。

 来るか…………そう身構え。

 

 どすん、どすん、と再び足音が響き、段々と遠ざかって行く。

 

 ぐるるるぅぅぅぅ

 

 足音の主が低く唸りながら歩いていく。

 その声に心臓をばくばくとさせながら、けれど安堵の息を漏らし…………。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 ()()()()()()()()()

 

 かなり遠くからだと分かるほどに反響させながら、それでもそんな距離からでも聞こえるほどの音を立てながら。

 

 ()()()()()()()()()

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 それは複数の足音だった。群れだ、群れがまとまって走っているのだとすぐに気づく。

 

「「「「「オオオオオオオオオオォォォォォォウン」」」」」

 

 それが鳴き声を上げながら入り口の前を通り過ぎていく。

 そして、直後。

 

 「ぐるごぎゃあああああああああ!!!」

 

「「「「「オオオォォウン!!!」」」」」

 

 先ほど歩いて行ったばかりの巨体の主とそれらが遭遇し。

 

「オオオオオオオオォォォォォウン!」

「オオウゥン!」

「オオオオオォォォォォォォン!」

 

 群れていたソレらだけが咆哮を上げ、そうして地響きを立てて去って行く。

 

「……………………何だ、今の」

 

 背筋が凍る。

 

 何だ今のは。

 

 本当に。

 

 何なんだ、ここ。

 

 思わず泣きそうになった。

 

 

 




色々あって2話で終わらせようと思ってたチャンピオンロード編は。
5,6話構成の地獄のチャンピオンロード編へと変更されました。

チャンピオンロードの難易度がハードからルナティックへと変更されました。

さて、はっきり言っておく。



チャンピオンロード 真 の 地 獄 は こ こ か ら だ !!


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ドドドドドドドドドな二日目

PSO2やってて遅くなった。

ついに、ついに完成したぞ。

7sオフス武器に、6sオフスユニット3種のフルオフス装備!

BrHuなのにドリンク込みでPP211とか言う中々のぶっ飛び具合。
これで俺も廃人装備に一歩足を踏み入れたんじゃないだろうか。

3億メセタ吹っ飛びました(白目)


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 

 朝が来る。

 昨晩あんなことがあって、まともに寝れるはずも無かったが、それでも寝なければこんな危険地帯で無駄に体力を消耗するだけだ。目だけでも瞑って体を休ませようとすれば、やがて疲れを取ろうと体も眠りの態勢に入る。

 それでも湧き上がる恐怖心に、完全に意識が落ちることも無く、夢うつつのまま時間だけが過ぎ。

 

「っ!?」

 

 そして。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 轟音染みた何かの足音で目を覚ます。

 昨晩も聞いた()()()()()が今も壁を挟んで目の前を通り過ぎていく。

 息を殺す、音を殺して、気配を殺し、そしてただひたすらに耐えて待ち続ける。

 

 群れが通り過ぎていくのを。

 

 やがて音が去って行き、洞窟内に静寂が訪れる。

「…………全員、いる、よな?」

 思わず呟いたその一言に、ボールが六つ、かたり、と揺れる。

「…………よし」

 ナビを見る、午前四時と言ったところか。

 何だかんだうつらうつらでも六、七時間は寝れている…………体は軽い。若いって良いな、と前世を思い出しながらしみじみと考える。

 少しだけ引きずった眠気を、ぱんぱん、と頬を叩いて覚まし。

「よし、ご飯食べたら進もう」

 その言葉に、何人かのボールが激しく揺れ、思わず苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 昨日よりも騒がしい。

 

 それが進んでいて思うことだった。

「チーク」

「…………大丈夫、今のとこは」

 先行するチークが一旦戻って来る。尋ねてみれば一つ頷き、そう告げる。

 

 洞窟内はそれほど複雑な道をしていない。

 ただ狭かったり細かったり、天然で出来た穴を拡張しただけのような道は、非常に通りづらい。

 まだ小柄な十歳児の自身がこれだけ苦労するのだから、もっと年上のトレーナーたちがここを通るのは本当に大変であろうことは予想できる。

 と言うか、余りにも細いと、リップルが通れないので一旦戻そうとしたのだが。

 

「ぬるーん」

 

 とか言って、体がすごく変な曲がり方をして隙間を通っているその姿は、正直グロテスクだった。

 と言うか明らかに人体の構造としては間違った通り方をしたと思うのだが、人間ではない、ヒトガタはあくまでポケモンなので多分大丈夫なのだろう…………大丈夫だと信じたい。こいつが例外過ぎるだけのような気もするが。

 

 時々だが、狭い通路を無理矢理押し通ったような拡張された跡や、壁に大きな穴が開いていたりするのは、恐らく巨体のポケモンが通った跡なのだろうと考える。そういう時は近くにその巨体の主がいるのではないかと神経質になりながらも、時折遭遇する野生のポケモンを相変わらずの奇襲でやり過ごしながら進んでいく。

 

 しかしながら、本当に代り映えしない。

 見えるのは岩壁と闇ばかりで、進んでいるのか、戻っているのかどうかすら定かではない。

 いや、進んでいるのはマップナビによって確認はしているのだが。

 

「しかし、長いね」

「そーだねー。地図だとそんなに長くは見えないのにね~」

 思わず呟いた独り言に、後ろを歩くリップルが反応する。

「実際のところ、直線距離自体はそれほどでもないんだろうけど…………それこそ、ミシロからトウカシティへ行くよりかは短いと思う」

 普通に進めば歩いても半日で着く程度の距離である。

「ただ通れる道、通れない道、通りづらい道。道自体が舗装されてなくて歩きづらい上に、いつどこから野生のポケモンが飛び出してくるか分からないって言う怖さがあるからね」

 必然的に足は鈍り、歩みは遅くなる。

「最短三日、って言ってたけど、確かにね。地図上だとそれほどでも無いのに、と思ってたけど…………地図があてにならないこともあるってことか」

 足を止める。地図の上では直進するはずの道。

 

 けれども。

 

「どうしよっかトレーナー」

「塞がってるねえ…………道」

「そうだね…………」

 

 目の前に広がるのは道を塞ぐ崩れた岩の山を前に途方に暮れる三人。

 当たりまえだが、地図上では通れる道だからと言って、こんな巨大なポケモン同士が争い合う危険地帯で道がいつまでも無事なわけも無かったらしい。

 

「マップ変更は…………行けるな、少し戻って隣の道か、チーク頼んだ」

「はいヨっと」

 

 またとてとてとチークが前を歩きだしていき、その後ろをついて歩く。

 手前の道に戻り、分岐路のあたりをきょろきょろと視線をさ迷わせる。

 こちらを向いてこくり、と一つ頷き。

 

 じゃあ行くか、となったところで。

 

 ……………………ドドドドドドドドドドドドドド

 

 足音が響く。

 

「「「っ?!」」」

 全員がはっとなり、周囲を見渡す。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 道は三つ、一つは来た道、そして一つは今行ったばかりの行き止まり、そしてもう一つが今から行く道。

 どこから足音が響くのか耳を澄ませるが、足音は洞窟内を反響して出所を探らせない。

 

 逡巡は一瞬。

 

 数メートルほど、行き止まりだった道へと戻る。

「…………リップル、溶けろ」

「…………ん、分かったよ」

 

 “どくどくゆうかい”

 

 一瞬、こちらを向いたリップルだったが、やがて一つ頷き、その全身が溶けていく。

 液状、と言うよりは軟体状に変化していくその姿が少しずつ紫色を帯びていく。

 

「イナズマ」

 

 ボールからイナズマを出し。

 

「“じゅうでん”、合図したら明かりを出して」

「了解です、マスター」

 

 “じゅうでん”

 

 ばち、ばちばち、とイナズマの全身を電気が覆っていく。

 それから仕上げに。

 

「シャル」

「ふぁあ? ふぁい!」

 

 洞窟内の暗さにびくつくシャルの背を軽く叩き。

 

「頼んだぞ」

「…………ふぁ…………はい!」

 

 その瞳にしっかりと火が宿ったのを見て、顔を上げる。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 足音はもう近くまで迫っている。

「…………頼むよ、みんな」

「任せて、どーんと、ぜーんぶリップルが受け止めてあげるから」

「…………できることは少ないですが、頑張りますから」

「あうあう…………だ、大丈夫、やれるよ、ご主人様」

 全員の、そんな頼もしい言葉を聞いて。

 

()()()

 

 “つながるきずな”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 絆を紡ぐ(全体能力ランクの二段階向上)

 

 心を繋げる(全体能力ランクの共有化)

 

 直後。

 

 

「「「「「オオオオオオオオオオォォォォォォウン」」」」」

 

 

 洞窟の奥、これから向かおうとしていた方向から、闇を切り裂き。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「イナズマアアアアアアアアアア!」

 

 悲鳴にも似た自身の叫びと共に、イナズマがその全身に溜めこんだ電気を解き放つ。

 バチバチバチバチバチバチ、と光が溢れだし。

 

 ()()()()()()()()()

 

「リップル!」

「はいよ!!!」

 

 飛び跳ね、一斉にこちらへと襲い掛かるガブリアスの群れの前へ、リップルが立ちはだかり。

 

 “ファントムキラー”

 

 その鋭い…………()()()()()がリップルの全身を切り刻む。

「ぐっ…………がああああああああああ!」

 一瞬目を見開き、その想像を絶する威力に耐えたリップルが咆哮を上げる。

 

 そして。

 

「シャル!」

「かげ、ふんだ!」

 

 着地、リップルに受け止められ、重なり合ったガブリアスの影を踏み抜く。

 

 “かげぬい”

 

 一瞬でその動きを止めたガブリアスたちがもがくが…………。

 

 “シャドーフレア”

 

 シャルが両手に生み出した黒い炎がガブリアスのうちの二匹を燃やし尽くし。

 

「こ…………のお!」

 

 “きあいだま”

 

 イナズマの放った拳の一撃に一匹が倒れ。

 

「これでオシマイ」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 リップルの“りゅうせいぐん”に撃ち抜かれ、残り二匹も倒れた。

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオンロードはポケモンリーグが試練のために用意している一種のダンジョンだ。

 一階の舗装された道を正規ルートとすれば、そこから横道を抜けてショートカットする近道、遠回りをする安全道。

 この中でリーグ側が手を加えているのは正規ルートだけだったりする。

 その他二つは、正規ルートを作った結果、自然とそうなってしまっただけのものであり、昨年までの安全道が今年は近道になる、なんてケースもあったりする。

 マップは毎年予選中に作成されるため、ほぼ最新版のマップとなっているが、昨日まであった道が今日は無いなんてことも偶にあるらしく、マップを妄信してはならないのは、先も学んだばかりである。

 

 では、道以外の部分ではどうだろうか。

 

 道の舗装や篝火の用意以外にリーグが手を加えた部分があるのか…………と言われると。

 

 ある、のだ。

 

 チャンピオンロードに生息する野生のポケモンたち。

 元々住んでいた在来種とは別に、リーグ側が外から持ち込んだ外来種がいるらしい。

 

 恐らく自身が遭遇したガブリアスも、つまりそう言うものの一種、と言うことなのだろう。

 

「くそ…………絶対に殺す気だ、あり得ないだろ、ガブリアスってなんだよ!!!」

 

 さすがの事態に思わず声を荒げる。

 だが考えても見てほしい。

 

 ガブリアスである。

 

 対戦を少しでも齧っているならば、誰だって知ってるレベルで対戦ではメガガルーラと並んでトップクラスにメジャーなポケモンと言っても過言ではないだろうと思う。

 

「…………けどこれ」

 

 倒れ伏すガブリアスを見て、けれど顔をしかめる。

 

「腕…………凄いなこれ」

 

 元々ガブリアスにはヒレのような翼が生えていたが、これはそんな生やさしいものでは無い。

 

 これは、刃だ。

 

 鋭く研ぎ澄まされた、刃。

 通常よりも太く、そしてより長くなった足で洞窟を走り、そうしてすれ違い様に刃と化した翼ですっぱりと一撃。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 恐らくチャンピオンロードのガブリアスとはそう言う種族なのだろう。

 洞窟と言う本来ガブリアスが住処としないはずの環境にけれど適応してしまった結果。

 

「…………それに、目、もかな」

 

 真っ白で、何も映さない目。

 死んでいるからとかではない。最初からこうだったのだ。

 

 真っ暗で、闇ばかりで、明かりなど無いから。

 何も見えないから、目を捨てたのだ。

 

 代わりとなる何らかの感覚で獲物を探知し、それを追いかけて狭い洞窟内で飛ぶことはできないから翼をより細く、鋭利に変え、そして足りない速さは太くなった足から繰り出される、力強い脚力で補う。

 最早ガブリアスと言う名の別の何かと化している。

 

 チャンピオンロードの一階にはリーグ側の手が入っている。

 そのため、一階部分にはそれほどおかしなポケモンは出てこない、凶悪なポケモンが正道を塞げばリーグ側が追いやるからだ。

 そうして追いやられ、追いやられ、追いやられ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………一つだけ良かったと言えるのは、こんな場所でトレーナーもバトルしてこないだろう、ってことか」

 

 バトルしている間に、音に反応してやってきた野生のポケモンたちに後ろから襲われかねない。

 いや、そもそも自身の他にこんな危険地帯まだ通っている人間がいるのかどうかは謎だが。

 

「今から変えるか…………? いや、でも…………」

 

 最短ルートを狙うのならば、間違いなくこの地下だろうことは分かっている。

 恐らく一階はバトルをするトレーナーで溢れかえっているだろうから。

 情報の露出、そして連戦。どちらも遠慮したいところだ。

 

 数秒悩み、けれど頭を振って。

 

「…………行くよ、みんな」

 

 決心したような声でそう全員に告げ。

 

 瞬間。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 

 再び聞こえてきた音に、顔を引きつらせる。

 それは他の全員が同じ気持ちだったようで。

 

 

「「「「「オオオオオオオオオオォォォォォォウン」」」」」

 

 

 闇を切り裂いて現れたガブリアスの群れ。

 

 

「ふざけんなああああああああああ」

「うわあ……………………うわあ…………」

「ま…………また…………?」

「あう…………あうう…………」

 

 げんなりしながら、けれども手は抜けない。

 抜いた瞬間に死が待ち構える。

 

「リップル、イナズマ、シャル!」

 

 “ファントムキラー”

 

「あーもー!」

 

 “じゅうでん”

 

「は、はい!」

 

 “かげぬい”

 “シャドーフレア”

 

「うにゃあ…………!」

 

 少しだけイラついた様子のリップルがガブリアスの群れを受け止め、イナズマが閃光玉のような光を発し、シャルが影を踏みつけその姿を縫いとめながら全員を燃やしていく。

 

 後何度これが続くのだろうか…………今回はまだ良い、後ろを気にせずいられるから。

 

 もしも…………これに挟み撃ちにされてしまえば。

 

「…………帰りたくなってきた」

 

 そんな泣き言が思わず漏れ出て。

 

 割と切実に早く抜け出したい…………そう願った。

 

 

 

 

 




特技:ファントムキラー
分類:????
効果:????

第一の試練、地表主たちの乱闘、に続く。

第二の試練 ガ ブ リ ア ス の 群 れ !!!



だがまだ絶望には速い。



俺はまだあと三つの試練を残している



アヒャアアアアアアアア(アヘ顔)
最高に楽しい。さいっこうに楽しい。すっげええええ楽しい!


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油断してると丸呑みされちゃうチャンピオンロード

 時間にしてそろそろ夕方だろうか。

「…………やっと…………やっと着いた」

 すでに疲労は極致へと達している。

 当然と言えば当然だ。この暗い洞窟内の迷路のような地下をマップを頼りにしながら歩いてきたのだ。

 しかも道中にはガブリアスの群れとか言う頭のおかしい群れバトルが発生するし、挙句の果てにマップの道は時折塞がれていて通れなかったりする。

 その度に道を変えたり、行けそうなら塞いでいる障害物を排除したりして進み。

 

 ――――ようやく地下から地上へと繋がる道へとたどり着いた。

 

「…………長かった…………長かった…………本当に、長かった」

「長かったね…………マスター…………」

 二度、三度と呟くほどに感慨深い。心なしかリップルも疲れた様子を見せていた。

 ようやくこの地下から抜け出せるのだ。

 

 恐らく、あのガブリアスの群れは地上には居ない。

 

 正道があんなとんでもポケモンが大量に歩き回っているような難易度ならば、毎年の本戦出場者の数はもっともっと絞られているだろう。

 恐らく正道から弾かれた強者たちが地下に住み着いているのだと予想するならば、ここから先の難易度は格段に下がるはずだろうと予想できる。

 だからこそ、今度は逆に下から何か来ないか、チークに見張らせながら、ついてこさせている。

 今のところ、何らかのアクションは無い…………どうやらこの辺りには何も居ないらしい。

 

 傾斜のついた道をゆっくりと昇って行く。

 バックパックが重たい。疲れもあるし、坂だと言うこともある。

 上を見上げれば地上へと繋がる道が続く。

 

 闇の中に吸い込まれていくようなその道にふと、不安を覚える。

 

「…………ふう」

 

 一つ息を吐く。

 見えない、と言うのはけっこう不安を煽る。

 だからこんな気持ちになるのだ、と考える。

 

「…………そうだな、シャル」

 

 ボールの中からシャルを出す。

 

「ひゃう…………ななな、なんでボクなんですかぁ」

 

 暗さの余り涙目になっている辺り少し罪悪感を覚えないでも無いが、と言ってもシャル以外に適任が居ないのも事実。

 

「明かり出してくれ…………この暗さでイナズマ出したら目が潰れて何も見えねえよ」

「はう…………あう、分かりましたぁ」

 

 ごう、と手の中に炎を生み出す。

 途端に周囲に明るさが戻ってくる。

 相も変わらず数メートル先すら真っ暗で何も見えないが、それでも最低限明かりがあるだけでも安心感がある。

 シャルに炎を掲げさせ、再び歩き出そうとして。

 

 瞬間、ぴくり、と視界の中で何かが動いた気がした。

 

「…………ん?」

「ご主人様?」

 

 踏み出そうとした歩みを止め、視線を周囲へとさ迷わせる自身の様子に、シャルが首を傾げる。

 

 ほんの小さな違和感。

 

「シャル…………もっと先まで照らせるか?」

「え…………は、はい」

 

 神経質、疑り深いにもほどがある。

 頭の中でいくつもの言葉が過って行くが、けれどそれらを無視する。

 シャルが自身の言葉に、手の中の炎をひょい、と投げる。

 浮き上がり、重力を共に落ちていく炎が、空中でぴたりと静止し、すう、と前方へと動き出す。

「凄いな」

「で、でも…………あんまり遠くまでは、照らせない、か…………ら?」

 その言葉の通り、五、六メートルほど移動したところで炎が動きを止める。

 

「………………うん?」

 

 シャルが視線を前方へと向け、言葉を止める。

 自身もまたそれを見て、首を傾げる。

 

「…………壁の色が、違う?」

 

 些細な変化、と言われればその通りだが。

 洞窟の岩壁は苔の緑が混じった茶だが、途中からいきなりそれが紫色に変化している。

 明らかに自然な色、とは呼べない。と言うか岩ですらない。

 恐らく明かりを灯さなければ気づかなかっただろう、壁の色の変化。

 上へと昇る道はこれ一本ではないが、けれどこの先に地上へと続く道があるのは確かだ。

 戻る、と言う選択肢は現状無い。

 

 だったら進む、と言うわけにもいかない。

 少なくとも、それが何か分かるまでは迂闊に足を進めることができない。

「リップル、一度戻れ」

「はいはーい」

 リップルをボールに回収し、持たせていた荷物を担ぐ。

 重い…………ことは重いが、この二日で大分中身も消費してしまっているので、自身でも持てない重さではない。

 それでもいざ、と言う時のために、肩紐を掴んだまま地面に荷物を置く。

 いざ、と言う荷物が邪魔で動けない、なんてことにはならないようにしておく。

 

 最悪…………捨てることも視野にいれるしかないだろう。

 

 そんなことを思いつつ、隣に立つシャルに問うてみる。

「…………シャル、あれなんだと思う?」

「え…………えっと…………ご、ごめんなさい、ボクにも分からない、です」

 

 困ったようにシャルがこちらを見つめてくる。

 そんなシャルを他所に、しばし考え込み。

 

「シャル…………燃やせ」

「え…………あ、はい」

 

 “シャドーフレア”

 

 再び手の中に炎を生み出す、けれど今度の炎は…………黒い。

 壁へと手をかざし、撃ちだす。

 

 炎が紫の壁へとぶつかり…………瞬間。

 

「ぬごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 至近で爆発でも起きたかのように風が吹き荒れた。

「っな?!」

「あ、きゃあ!!?」

 引き離されまいと、咄嗟にシャルの手を引き、抱き寄せる。風に押され、二転三転しながら数メートル坂道を転がったところで、勢いが止まる。

「ぐ…………しゃ、シャル、大丈夫か!」

「ごごごごごご、ご主人様、あ、ああああああ、頭」

 腕の中のシャルへと声をかけると、シャルが目尻に涙を浮かべながらこちらの額の辺りを見ている。

 手で触れてみれば、ぬるり、とした感触。

 手の先にべったりとついているのは…………血。

 認識した瞬間、くらり、と眩暈がするが、すぐに持ち直す。

「ご、ご主人様…………」

「大丈夫だ…………だから、前だけ見てろ」

 腕の中からシャルを解放し、起き上がる。

 視線を前方へと向ければ。

 

 

 そこに紫の壁があった。

 

 

 否、それは壁では無い。ポケモンの体の一部だ。

 具体的に言えば。

 

 頬の内側、と言うことになるのだろう。

 

「…………悪質過ぎる」

 

 収縮していくその体はけれど未だ道いっぱいを塞いでも余りあるほどに大きい。

 天井まで十、否、十二、三メートルはありそうなのに、その巨体は窮屈そうに天井に頭をつけていた。

 横幅五メートルほどのそれほど狭くはないはずの道なのに、その巨体は壁に押し潰され、逆にその壁を押しつぶして無理矢理に空間を横に広げていた。

 顔の上半分は暗すぎて見えはしないが。

 それは下半分だけでも分かりやす過ぎるほどに明確な容姿をしていた。

 

 地獄への片道、と言ったところか。

 

 ガブリアスの群れが徘徊する地下。命がけで地下から逃げ出してきたトレーナーたちが地上へと繋がるこの道をほっと…………()()()()()()()、或いは、ガブリアスたちに追い立てられながら()()()通り抜けようとする。

 その道の、闇の先に待っているものに気づかず。

 

 そのまま()()()()()が大きく開いた口の中に自ら飛び込むのだ。

 

 そう、目の前にいるそれは。

 

 全長十五メートルを超える超巨大マルノームであった。

 

 

 * * *

 

 

 即座に悟ったことが一つ。

 

 無理だ、逃げろ。

 

「スイッチバック! リップル!」

 左手でシャルを回収しながら、右手でリップルを弾くように出す。

「撤退するぞ」

「了解だよ」

 リップルが即座に足元の荷物を担ぎ直し、坂道を下って行く。

 幸い、と言うべきか、巨大マルノームは道に出来た空間に完全にはまってしまっているらしく、動かない。

 そして逃げ出した自身たちを追うこともしないらしい。

 

 ぬお~~~。

 

 間の抜けた声を発しながら、どこか名残惜しそうに自身たちを見逃していた。

 坂を下りきった先で、チークがこちらを見て、驚いている。

「トレーナー? 戻ってきたのカい?」

「ああ…………はあ…………はあ…………とんでも無いのが、いた」

 呼吸を荒げる自身の背を、リップルが摩って来る。

 少しだけそれに癒されながら、もう大丈夫、と手で静止する。

 

「チーク…………周囲、大丈夫…………か?」

「ちゃんと電波は飛ばしてるヨ」

 デデンネ、と言うポケモンの特徴の一つだが、電波を飛ばして遠くのいる仲間と連絡を取ることができる、と言うのがある。

 これの応用らしく、電波を飛ばして周囲の存在を感知するレーダーのようなことができるらしい。

 ただ洞窟内は非常に電波が乱反射しやすく、正確な位置が分からなくなるためこれまで使うことが無かったのだが、この場所は地上へと繋がる一本道しかない。つまり後方一方向だけを警戒すればいいため、こんな時にはかなり便利に使える。

 

 …………ポケモンの姿の時に生えていたアンテナの役割を果たすはずのヒゲは一体、今この体のどこに生えているのだろう。

 

 なんてふと思ってしまったが、それを思考の隅に追いやりながら、次のことを考える。

 

「まず大前提として」

 

 ちらり、と逃げてきた道を見て。

 

「あそこは通れない」

 

 端的にそう告げる。

 

「位置が最悪過ぎる。マルノームは体液が毒とか言う全身毒まみれなポケモンだ、もし倒して全身から毒が流れだして来たら、お前らはともかく俺が死ぬ」

 

 坂道、と言う状況で、相手のほうが上方向にいる、と言うだけで非常に厄介だ。これが逆ならばいくらでもやり様はあるのだが。

 通常のマルノームならばともかく、あのサイズだ…………下手したら毒の川が出来上がりそのまま坂道を流れてくる可能性だってある。絶対に死ぬ、それはポケモンは『どく』状態で済んだとしても、自身が絶対に死ぬ。

 

 だから、もうこの道はすっぱり諦めるべきだろう。

 

「道は…………ここ一つじゃないしな」

 

 とは言え、またあの地下を通って別の出口を探さなければならないと考えれば。

 

「…………覚悟、しないとダメか」

 

 ため息一つ、懊悩を押し殺した。

 

 

 * * *

 

 

 ルートの変更を余儀なくされた、とは言え。

 もう時間的に夜だ。しかも今日一日中、あのガブリアスの群れが徘徊する地下を通ってきたのだ。

 さすがに疲れは隠しきれない。しかもようやくの思いでやってきた地上への道が通れないことが分かったのだ。

 

「あー…………動きたくない」

 

 最早動く気力すら無く、ぐでり、と地面に敷いた敷物の上に倒れ込む。

 場所は先ほどと変わらず、地上への道を下ったところ。

 ここはそこそこ広い空間になっており、高さも二十メートルほどはあり、四隅までの幅も二、三十メートルくらいはありそうだった。

 空間の先に、地上への道があり、途端に道幅が狭くなっているので分かりやすい。

 反対方向には地下への道が続いており、ただし幅も高さもやや狭く、少なくとも、ガブリアスが突進しながら潜り抜けれるほどの大きさは無いので、奇襲される心配は無い。

 とは言え、何があるか分からない。空間の中央を壁際に寄って敷物を敷き、簡易的なベッドにする。

 しばしそうやって寝転んで、少しだけ気力を取り戻すと起き上がる。

 サバイバルキットの中から携帯燃料を取りだし、その辺にいくらでも転がっている石で囲いを作ると、燃料を燃やして火を起こす。

 

 季節は夏…………とは言え、日の光の届かない洞窟の地下だ。

 外の暑さとは対象的に、非常に寒い。

 さすがに水が凍るほどではないだろうが、前世で例えるならば室内でクーラーを最低温度にして一日かけっぱなしにしたようなそんな寒さだ。

 服も予備に持ってきていた物を二枚上から重ね着して、体温を保っている。

 洞窟内を歩き回り、体中汗ばんているせいか、余計に寒さを感じる。

 

「…………取りあえず着替えるか」

 

 洞窟内で洗濯などできるわけも無いので、服は多めに持ってきている。

 あとは…………まあはっきり言って衛生的とは言い難いとは思うが、風呂などあるはずも無いので、タオルを水で濡らして体を拭くのが精々だろう。

 汗でぐっしょりと濡れた上着を脱ぎ捨て、冷たいタオルで体を拭っていく。

「あ…………そう言えば、血、出てたな」

 タオルについた深紅に思わず目を細める。傷口に触れてみる、がすでに血は流れていない。何だろう自分の体はアニポケ仕様になってしまったのだろうか、と思いつつ、まあ実際はそれほど傷が深く無かったのだろうと予想する。浅く広く、ならばこれだけ時間が経てば血が止まっていても不思議ではない。

 血にまみれたタオルをビニールに包み、バックパックに入れ直す。リーグに着いたら捨てるかと内心で思いつつ。

 ふと流れてきた空気に、洞窟内の冷たさが余計に身に染み、背筋が震える。

 それから背中も拭こうとして…………手が届かない。

「リップル、悪いけどちょっと背中拭ってくれないか」

 リップルにタオルを差し出しながら、そう声をかけ。

 

「……………………じゅるり」

 

 少しだけ頬を赤くしながら、こちらを見つめるバカを見る。

「…………オイ」

「…………っは?! な、何かなマスター」

「…………今のなんだ」

「え。何のこと?」

 とぼけたような表情をしているが、紅潮した頬は隠しきれていない。

 一つため息。最近ため息を吐くことが増えている気がする。

「背中、拭いてくれ」

「あ、はいはい、リップルにお任せだよ」

「…………本当に任せて大丈夫だよな…………?」

 少し不安になった。

 

 

 夕飯はまたレトルトだった。

 今度は麺類だった。

 正直カレーとか食べたいなあ、なんて思うが。

 余り匂いの立つものを洞窟内で食べる、と言うのも無意味に居場所をばらしてしまうだけかと思ったので、こういうチョイスにしたのだが、まあ仲間内には割合好評だったのでまたその内買ってみようかと思う。

 

 …………エア、それは明日の分だぞ。

 

 食べ終わり、火を適当に始末すると、ボールの中からシアを出す。

「…………ふう、やっぱり一日中ボールの中だと息を詰まりますね」

 解放感から軽く体を動かすシアに、地下へと続く方の道を見ているように頼む。

「そうですね…………私の出番はそうありそうに無いですし、それがいいかもしれません」

 正直、他のトレーナーに見られる可能性を考え、シアを出す気は無かったのだが。

 

 こんなところに他のトレーナーいるのか?

 

 と言う当然過ぎる疑問に今更ながら行き当たり、結局出すことに決めた。

 出し惜しみをして結果、損害を被るのは御免だった。

 

「おやすみなさい、マスター」

「ああ…………おやすみ、シア」

 

 タオルケットを被り、目を閉じる。

 

 久々にちゃんと眠れそうだった。

 

 

 




地下でガブに追い立てられ、焦って逃げてやっと見つけた地上への出口。

だがそこは十五メートル級マルノームの口の中と言う地獄への片道なんだよ!!!

因みにでかすぎて、道にすっぽりはまってるので、普通にやったら動けません…………普通にやったらね(ニッコリ




お仕事返って来ると疲れて眠くなって執筆できないのつらたん。
ようやく6連勤終わって水曜休みなので、もう一話更新したいんだどん。

恐らく、チャンピオンロード入って初めて平和な終わり方。

あと2話でラストスパート入るよ。下手するともう一話か二話増えるけど、許して(
ちょっと更新速度上げたい。速く三章終わらせたいし。



ところでなんでこんな鬼畜設定にしたのかって?
このくらい鬼畜じゃないと予選通過者落とせないから。
予選通過者はレベル100が基本だと思えば、分かりやすいだろうか。
レベル100の手持ちが6匹なトレーナーが100人いるわけで。

それを10人前後まで振り落とそうとすれば、この程度の難易度になる。

と言うか主人公がここまで地獄な目にあっているのは、わざわざ近道選ぶから。

正道か遠回り行ってれば野生のポケモンレベル70~80くらいしか出てこない。
地下はやばいのだよ、地下は(

まあ地上にもやばいのいるんだが…………まあこれは次回の話。


代わりにここまで一人もトレーナーと出会ってないので、少なくとも、チャンピオンロード内に限定すれば一切の情報露出してません。
正道通るとそれはもうトレーナーと連戦しまくるので、勝ってもほぼ情報面で丸裸にされます。

裏特性、特技、トレーナーズスキル。こんだけ知られたらまあ普通に勝ち目とか無いです、このレベルになってくると。
それらを一切知られないメリットと、危険だらけの地獄地帯と言うデメリット。

これでようやく釣り合いが取れる。



あと、ここに来れる救助隊とか、こいつら追い立てるリーグ何なんだよと言われると。
四天王とかチャンピオに要請がかかる。
つまり四天王およびチャンピオンの強さも分かるな?

俺はちゃんと作中で言ったぞ。

全国数万のトレーナーの頂点、トレーナーの聖地、強さの殿堂。

ポケモンリーグってのはそう言う修羅の住まう地だって。



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重苦しい(物理)チャンピオンロード

 

「起きてください、マスター!」

 

 

 無意識の底の底に埋もれていた意識が、突如響き渡った声と共に急速に覚醒する。

「っ! なんだ!?」

 がばっ、とタオルケットを跳ね飛ばし、起き上がる。

 すぐさま周囲を見渡すと、そこに自身を守る楯のように自身の前に立ち塞がるシアと。

 

 その先、融解しドロドロの液状となった何かがあった。

 

 真っ暗な闇の中、多少目が慣れたとは言え、正直何かがいる、程度にしか分からない。

 ずぷ、じゅぷり、と水音を立てているから、何か液状のものだとは分かるがそれが何なのかはっきりとはしない。

 

「…………起きろ、イナズマ!」

 

 咄嗟に枕元に置いてあったボールの一つを手繰り寄せる。

 誰がどのボールに入っているかなんて目を瞑っていても分かる。

 例え見えずとも、()()()()()()()()()()()()()()

 ボールの開閉スイッチを押し、自身のすぐ傍にイナズマを呼び出す。

 

「マスター! 少し目を閉じてて!」

 

 幸いにもシアの声で目を覚ましていたらしい、緊急事態を悟ったイナズマの忠告に従い、半分ほど目を閉じ下を向く。

 

 直後。

 

 

 ばち、ばちばちばち、と電気が弾ける。

 

 

 瞬間。

 

 

 洞窟内が光で満たされる。

 

 

 一瞬の輝き、直視していれば目が潰れていただろうことは簡単に予想できた。

 それでも半分閉じていた、しかも下を向いていれば入って来る光量は大分絞られる。

 絞られて…………それでも目が痛くなるが、それでも見えなくなるわけではない。

 少しずつ、光量が絞られていく。イナズマが光を弱めているのだ。

 

「マスター!」

 

 そうしてイナズマの声と共に、視線を前へと向ける。

 まだ少し眩しい感じはあるが十分に見える。

 

 そこに居たのは、紫色の液状の何かだった。

 まるでスライムか何かのようにドロドロと溶けて原型を留めないそれを、けれど即座に理解する。

 

「“とける”か!!? ってことはこいつ!」

 

 降りてきたのだと直観する。すっぽり体が空間にはまっていても、ここまで溶けてしまえば後は放っておけば勝手に流れ落ちてくる。

 そして今目の前で、ドロドロのその体が徐々に膨らみ、元の形を取り戻していく。

 洞窟の天井にまで届かんとする全体的に丸い紫のその巨体。

 つまり目の前のこれは。

 

「マルノームか!」

 

 先も見た、超巨大マルノームに他ならなかった。

 

 

 * * *

 

 

 正直言おう。

 

「運が巡ってきた!」

 

 ピンチ? 違う、これはチャンスだ。

 自身があのマルノームを迂闊に倒せなかったのは、坂での立ち位置での問題だ。

 確かに言ったはずだ。

 

 これが例えば上下の位置が逆ならやり用はいくらでもある、と。

 

「イナズマ、光源打ち上げろ!」

「え、は、はい!」

 

 つまり。

 

「…………シャル!」

「は、はい!」

 

 寝坊助のこいつでもさすがにこの緊急事態では目が覚めるらしい。

 繰り出したシャルに指示を出す。

 

「縫い付けろ!」

 

 その指示と同時に、シャルが一歩、大きく踏み出す。

 幸いにして、マルノームの影は巨大だ。

 イナズマの手から放たれた輝きを放つ光の球が洞窟の天井に放たれ、大きく開いたこの空間を光で満たす。

 真上から生み出された光はマルノームの巨大な影を産み出し。

 

「かげ、ぬった!」

 

 シャルが影を踏み抜き、その動きを縫いとめる。

 超巨大マルノームがその動きを止め。

 

 荷物を抱えた自身がその脇を抜けていく。

 

 マルノームは動かない。

 

 走る、十歳児の体の小ささが恨めしいほど、その差の広がり方は小さい。

 

 マルノームは動かない。

 

 たどり着く。地上へと繋がる道、その坂の入り口に。

 

 そうして。

 

「ぬごぉぉぉぉぉぉぉ~!」

 

 マルノームが動き出す。

「戻れシャル」

 影を踏み抜いていたたためやや距離の離れていたシャルをボールの中へと戻し。

 

「蹂躙しろ、エア!」

 

 ボールを投げる。

 

「ルオオォォォォォォォォォォ!!」

 

 咆哮を上げ、エアが飛び出す。

 

 指輪に着けられたキーストーンへと触れる。

 

 瞬間、エアの全身が光に包まれ。

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 “らせんきどう”

 

 その姿を変えながら、飛ぶ力に回転を加えていく。

 

 “すてみタックル”

 

 ぐぉぉぉぉぉ、と轟音を響かせながら放たれたエアの一撃がマルノームの体に突き刺さり。

 

 

 “そらのおう”

 

 

 マルノームを抉るように軌道を逸らしたエアがその脇を抜け。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “らせんきどう”

 

 そうして放たれた。

 

 “すてみタックル”

 

 追撃の一撃が。

 

「ぬ、ぬご…………おぉぉぉ…………」

 

 今度は真っ芯からマルノームを捉え、その巨体が断末魔の声と共に、確実に地に沈めた。

 

 

 * * *

 

 

 マルノームが倒れたあの場所は。

 そのまま体が溶けだしたマルノームが広がって行き、さながら毒沼がごとき光景となっていた。

「……………………見なかったことにしよう」

 そうなんじゃないかな、と思っていただけにこの光景は悪夢だ。

 正直、ポケモンならともかく、トレーナーが足を踏み入れたらそのまま死ぬんじゃないだろうか。

 うっかりチャンピオンロードに即死ゾーンを作ってしまった気がするが。

 

「そう俺は悪くない、正当防衛…………これは正当防衛の結果なんだから」

 

 実際のところ、あのマルノームを放置していても結局、この坂道で誰か死んだだろうから、大して違いも無いような気がする。

 即死ゾーンが上から下に移っただけ、とでも言うのか。

 薄暗い坂道を登りながらそんなことを考える。

 ただし今度は最初からシャルに明かりを出させた。

 さすがにあんな化け物もう一匹いるとは思えないが、それでも何も潜んでいないと考えるのは楽観が過ぎると言うものだろう。

 

 そんな自身の不安は余計だったようで、何事も無く地上へとたどり着く。

 篝火がところどころに見える。入ってきた時は、頼りなかったか細い火ではあるが、先ほどまでの地下を知ってしまうと、今はこの篝火でさえも頼もしく思える。

「…………生き残ったあ…………」

 そう、もうガブリアスの群れに追い立てられることも無ければ、主同士の乱闘に巻き込まれることも無いのだ。あの主たちのテリトリーからこの場所は大分外れている。

 

 そして。

 

「…………あった」

 少し歩けば上へと続く坂道。

 

 チャンピオンロードの道は原作でもそうだったが、地上、地下、地上二階と三層に分かれている。これは現実でも同じだ。

 建物でも無い洞窟の話なので、二階、と呼ぶのは正しくないような気もするが。とにかく地上部分からさらに一つ上の層がある。

 マップを見れば分かることだが、実はチャンピオンロードは地上部分には入り口があっても、出口が無かったりする。

 じゃあどこに出口があるのか、と言われればこの二階部分になる。

 

 つまりこの坂道を登って、歩いてけばこの地獄のような場所から出ることができる!

 

 そう思えば希望も湧いてくる、と言うものだ。

 さすがに地上部分にマルノームのような罠があるとは早々思わないが、それでも何があるかは分からない。

 慎重に、慎重に。少しずつでも足を進めていく。

 

 だが拍子抜けするほど何事も無く、坂道を登り、二階層へと到達する。

 

 そうして。

 

「グゴォォォォオオォォォオオオォォォォォォォォォ!」

 

 登り切った先の開けた空間にそいつはいた。

 

 周囲は針山のように地面から突き出た岩がいくつもあるが、その内のいくつかはすでに折れている。

 幅一メートルはありそうな地面から突き出た岩の柱が、である。

 容易に想像できる、それが動いただけでそれが起こったのだと。

 

 薄暗い洞窟の中、壁の亀裂から漏れる僅かな外の明かりを反射して鈍く光る鈍色(にびいろ)

 

 動く度、ずりずりと地面を引きずり、岩をへし折る長く太い巨体。

 

 それはまさに、鉄でできた蛇と言ったところか。

 

 

 ハガネール、そう呼ばれている…………少なくとも、自身が知っている限りでは。

 

 

 優に二十メートルは超す…………下手をすれば三十、四十メートルを超えるかもしれない巨大なハガネールを本当に単にハガネールと呼んでいいのかは疑問ではあるが。

 

 

 * * *

 

 

 ハガネールがこちらに気づく。

 

「グルゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 咆哮を上げ、ずずずずず、と体を引きずりながら途端に迫って来る。

「っ、リップル!」

「了解だよ」

 自身の後ろにいたリップルが、荷物を置いて前に出る。

 

 “どくどくゆうかい”

 

 最早指示の必要も無いほどに当然の選択とリップルがわざを出す。

 指示が無い、と言うのはポケモン自身が選択する、と言うことであり、その分手が一手速くなる。

 ゲーム風に言えば優先度+1、と言ったところか。

 

 “アイアンテール”

 

 ハガネールから放たれる鋼鉄製の尾がリップルへと飛来する。

「うぐっ…………ちょっと痛い」

 二段階、防御を高めているとは言え、タイプ一致の物理技は痛いらしく、リップルが少し涙目になっていた。

「…………厄介だな」

 

 『はがね』タイプには『どく』が通じない。

 

 “どくどくゆうかい”は接触技にこそ効果を最大限に発揮すると言うのに、その肝心の接触技で『もうどく』にできない、と言うのは少し厄介だ。

 とは言え、タイプ相性的に言えば、ここはシャルか。

 

 そう考え、ボールを握り。

 

 

 ずどん、と天井から凄まじい勢いで岩が落ちる。

 

「っ?! な、なんだこれ」

 

 それと同時に、がくん、と全身に重さがのしかかって来る。

 

 

 “ ち ょ う じ ゅ う り ょ く ”

 

 

「へっ…………え? え…………?!」

 見れば、リップルも膝を折り、地面に手を突いている。その顔の驚きようを見る限り、リップルでさえもどうにもならないレベルの圧がかかっている、と言うことか。

 何かがのしかかってきているような重さ。

 

 ちょっとでも油断すれば、押しつぶされそうなそんな重圧がかかっている。

 

「ぐがあああああああ!」

 

 動けない!!

 精神的な問題では無く、物理的に重すぎる!!

 だと言うのに、ハガネールは何事も無かったかのように…………否、気のせいでなければ()()()()()()()()()()()()迫って来る。

 

「ぬ、ぬうううあああああああああ!」

 

 リップルが起き上がる、ほとんど気力だけで重力の枷を振り切って、起き上がり。

 

「リップル! シャルを出せ!」

 

 絞り出した声がリップルに届き、即座にリップルが自身の手に持っていたボールをひったくると、スイッチを押し。

 

「かげぬった!」

 

 最早目の前まで迫っていたハガネールの()()()にシャルを出現させる。

 

 “かげぬい”

 

 ぴたり、とハガネールの動きが止まり。

 

 “かげおに”

 

 瞬間、全員が重力の圧から解放される。

 

「っ…………そういう事か!」

 

 瞬間、何が起こったのか、理解する。同時に対策を打ち出す。

 

「シャル! トリックルーム!」

「えっ…………は、はい!」

 

 シャルが念じるように目を閉じると同時、不可思議な模様が空間に広がって行く。

 直後、ハガネールが動きだし、全身にかかる重圧が復活するが。

 

「グ…………グガ…………?!」

 

 先ほどのような素早さが出ずに戸惑うハガネールに。

 

「シャル、燃やせ!」

「はい!」

 

 “シャドーフレア”

 

 重圧に晒されながらも何事も無かったかのように動くシャルがその手に黒い炎を産み出し、放つ。

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアウオオオ!?」

 

 『ほのお』の弱点タイプによるしかも特殊攻撃だ。さしものハガネールでも大ダメージは免れない。

 

「グ…………グルゥ…………」

 

 唸り声を上げながら、こちらを睨むハガネール。

 こちらも負けじと睨み返し。

 

 シャルがいつでも次の攻撃が出せるように備え、リップルが何度でも立ち塞がると、自身の前に出る。

 

「…………グガァォゥ」

 

 敵わないと見たのか、ハガネールがその体を引きずりながら去って行く。

 

 その姿が完全に闇の中に消え。

 

 十秒が経ち。

 

 二十秒が経ち。

 

 音も聞こえず、気配も無い。

 

 完全に去ったのだとようやく理解し。

 

「…………こ、怖かった」

 

 思わず息を漏れた。

 

 

 * * *

 

 

 リップルの回復だけ手早く済ませると、再び荷物を担いでもらい、歩きだす。

 マップナビで見れば、出口はもう近い。

 現在時刻六時前と言ったところか。

 

 マルノームのせいで途中で起こされたとは言え、シアに見てもらえていると言う安心感から睡眠はしっかり取れたので体調は悪くない。

 今日で三日目。このまま行けば、昼前にはチャンピオンロードを抜け出せるだろう。

 

 準備期間まで入れればおよそ五日ほど。

 

 一週間以内の到着、となれば一位通過も十分狙える。

 

 色々ありはしたが、何だかんだ順調に進めている。

 

 そう…………進めていた、はずだった。

 

 

「…………みーつけた」

 

 

 目の前に、そいつが現れるまでは。

 




ハガネール Lv110
特性:がんじょう
裏特性:ギガイアス⇒戦闘開始時、場を「ちょうじゅうりょく」状態にする
わざ:アイアンテール、じしん、ヘビーボンバー、りょういきふうさ

ちょうじゅうりょく:ハガネール以外のポケモンの『すばやさ』をハガネールのレベル×2下げる、この時『すばやさ』が0以下になったポケモンは以降行動できない。全てのわざの優先度を1下げる。ハガネールの『すばやさ』をレベルと同じだけ上昇させる。全てのわざの優先度を1上げる。互いのわざが必ず当たる。特性『ふゆう』や、『ひこう』タイプのポケモンに『じめん』タイプの技が当たるようになる。また、技『そらをとぶ』『はねる』『とびげり』『とびひざげり』『とびはねる』『でんじふゆう』『フリーフォール』が使えなくなり、使用している場合は解除される。『テレキネシス』を受けなくなり、受けている場合は解除される。

特技:りょういきふうさ
分類:とおせんぼう+がんせきふうじ
効果:相手の『すばやさ』を100%の確率で1段階下げる、相手は逃げたり交代したりできなくなる。


裏特性の意味? これには深いわけがあってだな。ハルトくんたちは気づかなかったが、ハガネールさんの頭の上には最小サイズ0.4m級ギガイアスさんがいてだなあ。
H抜け5Vのギガイアスさんだが、Hの個体値が最低の0で、とてもHPが低い。
だからギガイアスさんはハガネールさんと一体化することで、自身の貧弱さを補ったのだ。そしてハガネールさんをサポートするためだけに、自身の才能リソースの全てを“じゅうりょく”にのみ割り振った結果、“ちょうじゅうりょく”へと変化したのだ。要するにヤドンとシェルダーみたいに共生して一体のポケモンとなってる。
言うなればギガハガネール。メガがありなら、きっとギガもあり。




そらのおう:“エア専用”トレーナズスキル(パッシブ型)。
『ひこう』わざを使った時、50%の確率でもう一度行動できる。

かげおに:“シャル専用”トレーナーズスキル(パッシブ型)
“かげぬい”が成功したターン、相手を対象とした相手のトレーナーズスキルや裏特性を無効化する。


ぶっちゃけ、シャルがいなかったら死んでたかもしれない(

この小説における裏特性、トレーナーズスキルの重要性を鑑みると、ひたすらチート街道を爆走するまいらぶりーえんじぇるしゃるたん。

珍しく連投。
次でチャンピオンロード編…………終われるといいなあ(


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最後が最難関に決まってるじゃないですかチャンピオンロード

「…………みーつけた」

 

 視線の先には光が見える。

 つまり、出口。この地獄のような洞窟から抜け出す一縷の蜘蛛の糸。

 だがその出口を目の前にして。

 

 洞窟の出口を遮るように、一人の少女がそこに立っていた。

 

 一言で言えば、和装をした十二、三くらいの齢の少女だった。

 ショートカットに揃えられた黒い髪の中央に、小金に輝く髪が一房。着物とミニスカートを足したような青灰色の和装に、ざっくりと切り込みの入ったほぼノースリーブ状態の両肩と胸元から見える肌色。椿色の帯を腰に巻き、ガーターソックスと足袋ソックスを足したような靴下と時代錯誤な下駄を履いていた。

 一番の特徴は何と言っても、腰に巻かれた体の半分は覆ってしまいそうなほどにおおきな青灰色のリボンだろうか。少女がその身を揺らすたびに、ふりふりとリボンもまた揺れる。

 その手には鞘に収まった短刀があり、少女が短刀を鞘から抜き去る。

 

 そうして、少女のダークブラウンの瞳が自身を射抜き。

 

 少女がにぃ、と嗤う。

 

 察する。恐らくこの世界で自分以上に目の前の少女のような存在について詳しい人間は居ないと自負できるほどに。

 直感で理解する。本能が推察する。

 

「…………嘘だろ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、そう思う。

 けれどそれが嘘ではないと自身が一番良く分っている。

 

 つまり、目の前の少女が。

 

「……………………ガブリアス!!!」

 

 ヒトガタなのだと。

 

 

 * * *

 

 

「リップル!」

 

 指示とほぼ同時、リップルが自身を塞ぐように前に出て。

 

“ファントムキラー”

 

 一秒に満たない間に迫り寄ってきた少女の振り上げた拳がその腹部へと突き刺さり、一瞬で吹き飛ばされる。

 

 “ちめいのやいば”

 

「う…………あ…………」

 ぐったり、とリップルが地を転がり、そのまま起き上がってこない。

 

「クカ、クキャハハハハハハハハハハハハハハハ! 地下の“もどき”どもの一撃と一緒にすんなよぉ? アタイのが正真正銘本物の必殺の一撃なんだから」

 

 その言葉通り、『ぼうぎょ』と積む間も無かったとは言え、たった一手でリップルを落としてきたその威力に戦慄する。

 

「その火力剥ぎ取れ、チーク!」

「あいよ!」

 

 チーク…………と言うかデデンネとガブリアスの『すばやさ』種族値は101と102。ギリギリのところでガブリアスに負けており、しかも相手もヒトガタ…………つまり6Vポケモンで個体値も同じ。

 

 だが努力値を考えればチークのほうが速い!!!

 

「“なれあい”」

「にひっ」

 

 “なれあい”

 

 チークが少女…………ガブリアスに迫り寄り、体を擦りつけるようにして技を発動させる。

「邪魔っだああああ!」

 これで特性は消した。“すなあらし”が洞窟内で発生するとも思えないし、恐らく“さめはだ”だったのだろうが、後々エアを出すことを考えれば絶対に消しておきたい。

 そしてトレーナー戦ではない野生のポケモンであることを考えれば()()()()()()()()()()()()()

 そしてガブリアスのタイプは『ドラゴン』『じめん』。

 『でんき』タイプのチークは相性が悪いように見えて。

 

“ファントムキラー”

 

「キャハハハハハハハハハ…………あ?」

 

 撃ちだされた一撃がチークを捉え…………けれどその身に1ダメージすら与えることなく()()()される。

 けれど勢いは止まらない、超高速で接近し体ごと繰り出した一撃の反動は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っぐううううああああああああ!」

 

 二転、三転と、少女が床を転がる。

 

「『ドラゴン』わざか!」

 

 どん、ぴしゃり、と言ったところか。

 デデンネのタイプは『でんき』そして『フェアリー』。

 ただの酔狂だけでデデンネを選んだのではない。

 600族はとにかく『ドラゴン』タイプが多い、対戦において戦うことの多かった『タイプ』だけに、対策の一つや二つは行う。

 特にガブリアスの『げきりん』やサザンドラの『りゅうせいぐん』など一撃でこちらのエースを落としてくるような凶悪な攻撃をチークを出すだけで無効化できるのは非常に大きい。

 『すばやさ』種族値の激戦区と呼ばれる100。これを抜くことのできる『フェアリー』タイプは二匹しかいない。

 エルフ―ンか…………デデンネだ。

 存外優秀なのだ、デデンネと言うのは。とは言うものの、対戦時代ならば僅か1の種族値の差で『すばやさ』極振りのガブリアスに競り負けてしまうのだが『ドラゴン』わざを読んで交代で出せば大体のガブリアスの『ドラゴン』わざなど“げきりん”なのだから、大して関係も無い。

 

 余りの威力の高さに、もしかしたら、とは思いつつも張ったタイプ『フェアリー』と言う予防線が上手く当たったらしい。これで一手透かせれた。

 

 特性は消した、『こうげき』も下げた。

 

 次は。

 

「スイッチバック! シャル!」

 

 転んで起き上がろうとするその僅かな隙を突いて、チークとシャルを入れ替える。

「っの! 小賢しいんだよ!」

 ガブリアスが起き上がり、再び刃を構え。

 

 “かげぬい”

 

「かげふんだっ」

 

 その動きが止まる。

 

「…………ぐ…………の」

 

 怒りの表情で、ガブリアスの少女がこちらを睨むが、けれど無駄だ。

 

「燃やせ」

 

 “シャドーフレア”

 

 黒い炎が少女を覆い尽くし、そして燃やし尽くす。

 

「グ、グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ガブリアスが炎に絶叫する。

 『ドラゴン』タイプに『ほのお』は半減だが。

 

 シャドーフレアは『ほのお』と『ゴースト』相性の良い方が通る、つまり等倍。そして“かげぬい”状態の敵に対して威力が2倍になる。

 つまり、実質的にはタイプ一致の弱点技を受けたも同然である。

 

 ガブリアスはその『こうげき』と『すばやさ』の高さが目立ちがちだが、耐久力も非常に高いポケモンだ。

 『ぼうぎょ』種族値95の『とくぼう』種族値85は努力値の振り方次第で耐久受けすらできるほどの数値である。

 

 だがそれでも。

 

 シャンデラの『とくこう』種族値140からすれば余りにもか細い守りである。

 

「う…………ぐ…………あ…………」

 

 全身を燃やし尽くされ、体のいたるところが焦げた少女がうな垂れる。

 それでもまだ立っているところがさすがに6Vと言うべきか。

 

 だがそれでも、まるで負ける気はしない。

 

 ポケモントレーナーが率いるポケモンの群れと、野生のポケモンでは強さの次元が違う。

 

 戦術を考えた強さ、そして戦略を組み込んだ育成ができるトレーナーに、ただ己が素の強さのみで戦う野生のポケモン。

 

 確かに6Vと言うのは脅威だ。

 しかもガブリアスの6V。その強さは計り知れない部分はある。

 並大抵のポケモントレーナーでは歯が立たないだろう。

 もしかすると予選通過者ですら敗北するだろうトレーナーもいるかもしれない。

 

 それでも。

 

 それは6Vとそれ以外と言う前提があってこそだ。

 

 同じ6V同士、しかも手持ち全てがヒトガタの自身にとってその前提は当てはまらない。

 同じ6V、種の頂点存在同士、その理不尽は言うなればお相子と言ったところ。

 

 そうなれば後は育成と戦術、そして数の差が全てを決める。

 

 確かにリップルを一撃で落としたその『こうげき』の高さには驚かされた。それは認めよう。

 

 だが『こうげき』は2ランク下げられ、特性も消させ、挙句に『()()()』状態の今のガブリアスには何の脅威も感じない。

 

 つまり、これで。

 

「チェックメイト」

 

 詰みだ。

 

 地面に倒れ伏す少女を見下ろしながら、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「ふ…………ふひゃ」

 少女が嗤う。

 

「ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひひひひ、キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!」

 

 その目が爛々と輝く。

 

 でろん、とその口から赤い舌が突きだされる。

 

 

 

――――その舌先に置かれた琥珀色の石が見えた。

 

 

 

「ひっひひひひひひ、つええ…………つええなあ…………いひひひ。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 少女が嗤う。

 

「トレーナーってのは理不尽だなぁ? 毎年毎年、飽きもせずにこんなあぶねーどーくつの奥まで来てよぉ?」

 

 くつくつと、少女が嗤う、嗤う、嗤う。

 

「よえーやつは洞窟の中で群れに殺される。つえーやつは、()()()()()()()()()

 

 だから、と少女は嘲る。

 

「だからアタイはここにいるんだ、証明するために」

 

 答えの無い自身を他所に、けれど何も気にしてない風に、少女が滔々と()()()を続ける。

 

「この山の主はアタイだ。一番つえーのはアタイだ、だから、そのために」

 

 少女が視線を上げる。

 

「お前も死んでけよ」

 

 舌先の石ころが輝いた。

 

 

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 

 

 そうして、怪物たちの王が降臨する。

 

 

 * * *

 

 

“さじんのおう”

 

 

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 山中に轟く咆哮と共に、目の前の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を中心として“すなあらし”が巻き起こる。

 

「…………おいおい」

 

 呟く、呟かずにはいられない。

 目の前で起きたことが信じられず、頭の中がフリーズする。

 

 その隙を目の前の怪物が逃すわけも無いのに。

 

「ご、ご主人様!」

 

 咄嗟、シャルが自身の前に割って入り。

 

 “さじんのおう”

 

 “ファントムキラー”

 

 “ちめいのやいば”

 

 刹那の間、シャルが切り裂かれ、言葉も無く倒れ伏す。

 仲間が倒され、ようやくスイッチが入る。

 

「イナズマ!」

 

 ボールからイナズマを出し、イナズマへと指示を出そうとして。

 

 “さじんのおう”

 

 “ファントムキラー”

 

 “ちめいのやいば”

 

 一瞬にしてその命が刈り取られた。

 

「クソがああああああああ! チーク!」

「やばいネ」

 

 最早後が無い。それを認識し、ここが切り札の切りどころだと認識する。

 

 “つながるきずな”

 

 絆を紡ぐ(能力ランクの二段階向上)

 

 思いを重ねる(個別能力ランク上昇の全体化)

 

 心を繋げ(全能力ランクの累計化)

 

 縁を結ぶ(全体能力ランクの共有化)

 

 結ばれた縁が、紡がれた絆が、重ねられた思いが、繋がれた心が、エアが、シアが、チークが。

 全員の思いを一つに重ねて、結び合せる。

 

 絆、それが自身のトレーナーズスキルの本質と呼んで差し支えないだろう。

 

 倒れた三人を除く、三人分×2段階の能力向上の全体共有合計化。

 

 つまり、今この瞬間、チークには()()()()()()()()()の状態と言って良い。

 

「先んじろ! なれあい!」

 

 優先度すらも霞むほどの圧倒的速度で、チークが弾丸のように飛び出し、反転し。

 

 “さじんのおう”

 

 砂嵐に目を霞んだその突進を、ガブリアスが避け。

 

 “さじんのおう”

 

 “じしん”

 

 踏み抜いた地面が大きく揺れ。

 

「う…………あ…………」

 

 一瞬にしてチークを『ひんし』に追いやった。

 

 

 * * *

 

 

 ガブリアスが変化を起こす直前のことをはっきりと思い出す。

 舌先に乗せられた石が光り輝きだし、ガブリアスのその全身を覆い隠す球形の岩のようなものへと変化させる。

 そうして一瞬、岩の表面に何かの文字のようなものが現れ。

 

 そうして現れたガブリアスは、ヒトの姿からポケモンの姿へと変わっていた。

 

 だがあれはただのガブリアスではない。

 

 普通のガブリアスとはまた少し細部が違っているのもあるが、何よりも背が高すぎる。

 変種…………?

 

 いや違う。

 

 知っている、あれを。

 

 あの現象を。

 

 メガシンカにどこか似ていて。

 

 けれど決定的に違うあの光景は。

 

 

 ゲンシカイキ

 

 

 だがあれはグラードンとカイオーガ専用のメガシンカのような扱いだったはずだ。

 何故ガブリアスが可能とする?!

 

 

 * * *

 

 

「シア! 頼む」

「はい!」

 

 残り手持ち二匹。

 シアを先に切る。やることはもう一つしか無い。

 

“いのりのことだま”

 

 何よりも、誰よりも早く出せるように必死に反復したわざは、ガブリアスの一撃より速く放たれて。

 

 “さじんのおう”

 

 “ファントムキラー”

 

 “ちめいのやいば”

 

 直後、ガブリアスの一撃によって刈り取られる。

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ガブリアスが咆哮を上げる。

 次はお前だ、とこちらを睨み。

 

「…………お前が最後だ…………お前が最後の砦だ」

 

 ボールを掴む。最後の一つ。

 

「お前だけが頼りだ…………」

 

 振りかぶり。

 

「頼んだぜ…………エース!」

 

 投げた。

 

 

 

 

 




特性:さじんのおう
戦闘に出ている限り天候が『すなあらし』になる。天候『すなあらし』の時、自分の『すばやさ』ランク、回避率ランクを2段階上げ、タイプ一致わざの威力を2倍にし、『じめん』『いわ』『はがね』タイプ以外『すばやさ』ランク、回避率ランクを1段階下げる。

特技:ファントムキラー 『ドラゴン』タイプ
分類:きりさく+ドラゴンダイブ
効果:威力120 命中95 優先度+1 自分の『すばやさ』が相手より高いほどきゅうしょに当たりやすくなる。攻撃が外れると自分の最大HPの1/8のダメージを受ける。
備考:熟練度の高さから、威力、命中が向上し、反動が軽減されている。

裏特性:ちめいのやいば
相手を直接攻撃する技で相手のHPが10%以下になった時、相手を『ひんし』にする。



トレーナーズスキル:つながるきずな(A)
3ターンの間、手持ちのポケモン全員の能力を2段階向上させ、手持ちのポケモン全員の能力ランクの変化を合計し、場の効果として共有化する。


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夢の第一歩

 メ ガ シ ン カ

 

 

 その全身を光が包む。まるで孵化直前の巨大な光の卵のように。

 直後、光がひび割れる、ぴきり、ぴきり、とそれを皮切りに光が次々とひび割れていき。

 

 ぱりん、と砕け散る。

 

 そうして、砕け散った光の粒子を舞わせながら、現れたのは一人の少女。

 

 

 「ルォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 メガボーマンダ…………エアの咆哮に、洞窟中が、山中が震えあがるような錯覚すら一瞬覚え。

 

 “ファントムキラー”

 

 直後、()()()()()()()ガブリアスがこちらへと突進してきて。

 

「行かせるかかああああああ!!!」

 

 “おんがえし”

 

 振り払うように繰り出したエアの一撃が、ガブリアスとぶつかり合う。

 

()()()()()()()()()()()()()!!」

「グオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 “ファントムキラー”

 

 “おんがえし”

 

 互いの一撃と一撃のぶつかり合い。互いに弾け合う手と手。

 すなあらしの中、相も変わらず視界は悪い。

 だが目の前に相手がいるこの状況ならば視界の悪さなど問題にもならない。

 だがこの状況で打てる手は互いに互角の一撃。

 ()()()()()()()()エアのほうが圧倒的に優位なはずの状況で。

 けれど互角にやりあっているその原因は。

 

「くそ、レベル差か!」

 

 種族値云々よりもエアよりもさらにレベルが高いのが最大の要因だろう。

 レベル130…………? 否140…………下手をすれば。

 

「もっとか」

 

 レベル差は最低で20と見ておいたほうが良いだろう。

 先ほどもチークが先んじたが、あれは恐らく距離と予備動作…………つまり優先度の差、と言ったところか。

 千日手を崩す手は…………エアのほうが持っている。

 

 “おんがえし”は予備動作の少ない…………ゲーム風に言えば優先度を高くしやすいわざだ、実際にゲームについていたわけではないが。

 もう一方のわざ“すてみタックル”は“すてみ”と称する程度に勢いの必要なわざだ、つまり加速が必要になる。

 半面ガブリアスも下がりたがっている。今のガブリアスのわざは余りにも()()()だ。恐らくあれもまた“すてみタックル”などと同じようにある程度加速しながら放つ技なのだろう。だから足を止めた今の状況は向こうにとっても不本意な距離。

 だがそれでもここで打ち合っているのは、下がれば下がった分だけエアが前に出るからだ。

 前に出る()()()()を攻撃に転化すればエアがそのまま打ち勝つことを意味する。

 だからガブリアスとしてはエアのほうから引いて欲しいのだ、それに合わせて自身も引けば安全に距離を産み出せる。

 

 つまるところ互いに必要なのは速さだ。

 

 そしてそのためには助走…………つまり僅かでも良い距離が必要になる。

 たった二、三メートルの距離でもエアならば()()()()()勢いをつけれる。

 恐らく向こうも技本来の威力が増すだろうが、それを補って余りあるほどの威力がこちらは叩きだせる自信がある。

 ああ、それだけならば下がっても良かった…………()()()()()()()

 

 だが当然ながらそれを出来ない理由がもう一つある。

 

 ずばりこの“すなあらし”だ。

 

 たった二メートル…………それだけの距離を離せば途端に“すなあらし”に視界を隠される。

 

 そうなれば最悪だ。

 

 “すなあらし”に紛れての奇襲。正直、エアが食らっても『ドラゴン』タイプだろうあのわざは致命的なダメージになるのは容易に予想できるし、それ以上にこれは競技では無い、野生のバトルである以上、()()()()()を狙ってくる可能性すらもある。

 それが原作との違い。いや、現実的に考えれば当たりまえのことなのかもしれない。

 ポケモンは人間を襲う。

 原作でもポケモンを持たずに草むらに入ろうとすれば止められていたが、現実ではそれがより顕著である。

 

 だからこそ、この均衡を崩すのは賭けだ。

 エアが“すてみタックル”で相手を捉えるのが速いか、それとも相手が“すなあらし”に隠れこちらに致命の刃を届かせるのが速いか。

 

 賭け金(ベットするの)は自身の命だ。

 

 だからと言って、このままでは“すなあらし”にエアが()()()()()()。徐々にだが継続ダメージが溜まって行っている。長期戦をすればするほどに不利になるのは、こちら。

 

 だからこそ賭けの危険性をどうにか減らせないか、そう考えてみるが。

 現状エア以外の手持ちを失った自身にどうにかできるはずも無く。

 

「…………くそ、頼む、エア」

 

 エアに全てを託すしかできない。それがもどかしい。

 

「ふん…………任せなさい」

 

 それでも、鼻を鳴らしながら不敵に笑むエアの姿に。

 

「アンタは私が守ってあげる」

 

 一瞬にして不安が吹き飛んだ。

 

 

 * * *

 

 

 反撃の兆しはそう時間を置かずやってきた。

 

 “ファントムキラー”

 

 “おんがえし”

 

 三度、四度と繰り返した打ち合い。

 けれど少しずつ、目の前の相手の様子が変わってきているのに気づく。

 

「ハルトっ!」

「分かってる!」

 

 エアの呼びかけに、頷く。

 分かっている、分かりやすいほど明確に、ガブリアスの様子が変わってきている。

 

「グウウウウ…………オアアアアアアアアアアアアア!」

「だから!」

 

 “ファントムキラー”

 

 “おんがえし”

 

「アイツを殺す前に」

「アアアアアアアアアアアアアア!」

 

 “ファントムキラー”

 

 “おんがえし”

 

「私を超えていけえええええええええええええええええええええ!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 “エース”

 

 “おんがえし”

 

 “ファントムキラー”

 

 エアの一撃がガブリアスの一撃に()()()()

 振り切ったエアの一撃がガブリアスに突き刺さり、その身を吹き飛ばす。

 

「エア!」

「分かってる!」

 

 その巨体故に下がったのは二、三メートルほどに過ぎない。

 だがそれだけの距離があれば十分だ。

 

「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 スカイスキンによってさらに強化された全身で放つ一撃。

 

「グ、グルオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 後退したガブリアスが前を向いたその時。

 すでにエアはその眼前に迫っている。

 

 “らせんきどう”

 

 “すてみタックル”

 

 螺旋の軌道を描いたタックルがガブリアスへと突き刺さり。

 

 その巨体が吹き飛ばす。

 

 ズダァァァァン、と洞窟への中へと吹き飛ばされたガブリアスが地を転がり。

 

「グ…………グルオォォォォ」

 

 こちらを睨みながら起き上がる。

 だが動きがどこか鈍い。ダメージはしっかりあるようだった。

 けれどまだ動く、油断はできない。

 

 そう、思った瞬間。

 

「グ…………グルォ?!」

 

 ガブリアスが突如動きを止める。

 その全身が震える。

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 絶叫する、絶叫し。けれどどうにもならないとばかりにその震えが増していく。

 直後、その全身が徐々に光に包まれていく。

 

 ゲンシカイキが解除されようとしている。

 

 徐々に減じていくその威圧感に、直観的にそう理解した。

 同時にガブリアスが最後の力を振り絞り、こちらへと迫り…………。

 

「エア」

「…………仕方ないわね」

 

 自身の視線に、エアが一つため息を吐き。

 

「殺さない程度にやるわよ、ちゃんとね」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 エアの手から放たれた球形の気が宙で弾け、ガブリアスの体を次々と射抜く。

 『ドラゴン』タイプのわざだけに効果は抜群だったようで、最後の力も使い果たしたガブリアスが倒れ。

 

 その全身が一瞬光に包まれたかと思うと、その後には少女だけが残された。

 

 

 * * *

 

 

「ぐ…………」

 ガブリアスが呻きながら震える両手で、何とか上半身を起こそうとし…………崩れ落ちる。

 それでも顔だけはこちらへと向け、鋭い視線を自身を射抜く少女を見据えながら。

 

 モンスターボールを向ける。

 

「…………なんかこの絵面ひっどいなあ」

「…………犯罪的ね」

 

 構図だけ見れば完全にアウトな気がする…………いや、待て相手はポケモンだ。

 隣でエアがぼそっと何か言った気もするが、それもきっと気のせい。

 

「まあ、勝ったのは勝ったんだし」

 

 かちり、とボールのスイッチを押し。

 

「そう言う世界だしね」

 

 ひょい、とボールを少女へと投げ。

 

「そういう事で」

 

 かたり、かたりとボールが揺れ。

 

「ガブリアス」

 

 ぴたり、と止まった。

 

「ゲット」

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオンロードを抜け、山の中腹あたり、整備された山道を辿っていると、やがて滝が見えてくる。

「おー…………なんか原作でもこんなの見た気がする」

 正直もうそんなに覚えてないけど、なんて呟きながら。

 それでも、何となしその光景に感動しながら、さらに歩いて進み。

 やがて彼岸花らしきものが咲き乱れる光景が広がって来る。

 

「…………うん、これは覚えてる」

 

 原作イベントに確かにこんなのあったな、なんて。

 何となくノスタルジックな気分に浸りながら咲き乱れる彼岸花を眺めながらさらに進み。

 

 そうして。

 

「…………到着、と」

 

 舗装された道と両脇にずらりと続く石壁。

 道なりに進むこと五分ほどで、それが視界に入る。

 

「…………来たよ」

 

 中央にモンスターボールのロゴの入った巨大な赤い柱の建物。

 

「ここまで来るのにちょうど五日」

 

 考えうる限り、ほぼ最速で来たと思う。

 チャンピオンロードを抜けるためにした苦労を思えばどうにも感慨深い。

 

「けどまだまだ」

 

 ここからが本番だ。自身はまだ()()()()()()を得ただけなのだから。

 

「取りあえず受付だけでも済ませないとね」

 

 独り呟き、そうしてその入り口の扉を潜った。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンリーグには何でもある。

 

 なんて言葉がある。

 ゲーム時代には聞かなかった言葉だが、現実で考えればなるほど道理だと納得する。

 

 何せこれから最低一か月、本戦で勝ち進めば二か月以上、最後まで勝ち残れば三か月もの時間をこの場所で過ごすことになるのだ。

 ポケモンセンターやフレンドリーショップなどポケモン関連の施設は当然のこと、ホテル、旅館などの宿泊施設や喫茶店、レストランなど飲食店、その他服飾店から娯楽施設までトレーナーのための施設まで含めて本当に幅広い数の施設がこのポケモンリーグと言う()()()()に収まっている。

 

 その施設の種類の幅たるや、あのキンセツシティにすら匹敵するほどだと言われている。

 

 そしてそれらを利用できるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 年に一回、この時期のためだけに()()()()()()()()リーグの時期が過ぎればまるで火を落としたランタンのようにその賑わいを消す。

 ポケモンリーグがこの時期のためだけに事前に用意したそれら施設はどれもこれもが通常では味わえないような最高ランクのものであり、それらを使用できるのは一部のリーグ関係者や本戦出場者だけの特権だと言われている。

 この一部のリーグ関係者と言うのはたった五人を指す。

 

 つまり。

 

 チャンピオンと四天王。

 

 ポケモンリーグがトレーナーのためだけに作ったトレーナーのための街。

 

 リーグを入って受付を済ませ、本戦出場を決めた選手たちが真っ先に案内されるのは、そんな楽園のような場所だ。

 

「…………毎度思うけど」

 

 広がる光景に、圧倒されながら思わず呟いた一言は。

 

「ポケモンリーグって儲かるんだなあ」

 

 自身の正直な感想だった。

 

 

 * * *

 

 

 疲れた。それが最初の感想だった。

 

 ポケモンセンターに手持ちを全員預け、自身は近くのホテルで部屋を借りることにする。

 時刻としてはすでに午後三時と言ったところか。

 この街、とにかく施設が多いせいで無駄に迷ってしまった。

 ポケモンセンター探すのに三十分は無駄にした気がする。

 

「くそがあ…………ミアレシティかよお」

 

 実機時代の話だが初めて行った時にポケモンセンター探して迷ったことなど、何となく思い出す。

 取りあえず今日はもう休む。三日もあの地獄のチャンピオンロードにいたのだ、精神的にも肉体的にもかなり疲弊しているのを自身で理解している。

 

 それが終わったら…………。

 

「一日か二日くらい休養がてら街を回ってみようかな」

 

 本戦で負けたらその時点でリーグを去ることになる。つまりこの街は使えなくなる。

 とは言っても負ける気などないのだが、今の内に何があるかくらいは知っておいたほうが良いだろう。

 

「何か役立つ施設あればいいんだけどな」

 

 なんて考えながら。

 

 ふと窓の外を見る。

 

 広がる街の光景。

 

 ゲーム時代とは随分と違うが。

 

 街の奥には門がある。

 

 本戦が終わるまで決して開かれることの無い門。

 

 つまるところ。

 

 チャンピオンリーグ。

 

 ()()()()()()()()

 

 そしてその先に待つのは四天王と。

 

 ――――チャンピオン。

 

 

「…………やっとここまで来た」

 

 それは夢へと至る入り口だ。

 

 その入り口に立つための挑戦が一か月先に始まる。

 

「…………勝つこと」

 

 夢を見続けるための条件。

 

「勝ち続けること」

 

 必要なのは。

 

 

 

 

「それだけだ」

 

 

 

 

 




備考:ゲンシカイキするとヒトガタがポケモンの姿に戻ります。解除すると人の姿になります。



さらに幼女、ゲットだぜ。

ポケモンリーグはパライソだった?

ダイゴさん実は毎年リーグ街で石の展示会を開催。


と言うわけで、次回からポケモンリーグ本戦やっていこうと思う。
実はまだ完全には相手決まってないんで、某妖怪じゃないけど感想に戦術だけでも乗っけてくれたら出すかも。

道具パ、とドラゴンパ、だけは今決まってる。


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温泉と来れば…………××の裸

 

「…………ふう」

 体が内まで温まって行くのが心地よかった。

 逆に首から上だけは涼し気な夜の風に吹かれ、涼しさを感じる。

 

「…………良いなあ、温泉」

 

 本戦受付を終わらせて翌日。探索がてら街を歩く。さすがはリーグ街、と言うべきか。他では滅多にお目にかかれないような物もあり、あれやこれと

 フエン温泉リーグ出張所、とか言う旅館があったので、少し寄ってみたのだが。

 

「…………あ”あ”あ”~」

 

 癒される。

 いや、十歳児ボディは回復力も高いので、一晩久々にベッドでぐっすり眠り、体の疲れはほとんど残ってはいないのだが、精神的な疲れと言うのが思ったよりもあったらしい。

 肩の力が抜けていくのが良く分る。

 

「心が洗われるぅ~」

 

 このまま溶けてしまいそうなほどに、体中が弛緩していく。

 

 と、その時。

 

 がらっ、と、入り口の戸が開かれる音がする。

 

「ん?」

 

 誰か来た、と言うのは分かる。だが誰が来た?

 昨日リーグ受付で確認したが、本戦登録最短は自身だった。そして今朝もう一度確認したが、次の通過者はまだ現れていない。

 と、なるとリーグ本戦参加者ではない。

 だったら従業員か誰かか、日は沈んではいるが、まだ営業時間内のはずだが…………掃除か何かか?

 

 ぺたぺた、と素足で石の床歩いてくる音に、そんなことを思いながら、ふと振り向き。

 

「おや…………? 覚えのある顔だね」

 

 全裸のチャンピオンが目の前に仁王立ちしていた。

 

「…………………………………………………………」

 

 タオルなど必要無いと言わんばかりに何もかもが剥き出しのチャンピオンがそこにいた。

 

「やあ、たしかいつかのミナモデパートで出会った子だね? ボクのことは覚えてるかな?」

 

 ぶらーん、ぶらーん、と…………何がとは言わないが揺れていた。

 

「さ」

「さ?」

「三万返せえええええええええ!!!」

 

 ここで叫ばねば負ける、直感が囁いた。いや、何にだよ、と言う話だが。

 そうして余りのことに半分思考を止めていたが、後になって思う。

 

 少しは前隠せよ、と。

 

 

 * * *

 

 

「ここはボクもお気に入りの温泉なんだ」

 湯船に入って、何故かわざわざ自身の隣にやってくるチャンピオンに、はあ、と曖昧な返事を返す。

「リーグ本戦の時期に入らないとリーグ街は本格稼働しないし、かといって入れば本戦出場トレーナーが増えてボクみたいなのは動きづらくなるからね、毎年本戦受付が始まって最初の一週間くらいだけ味わえる特権みたいなものさ」

 はは、と笑いながらチャンピオンがそう呟く。

 あけっぴろげ(意味深)なチャンピオン様である。

 

「いやいや、それにしてもまだ受付開始から六日目だって言うのに、キミはもうチャンピオンロードを抜けてきたんだね」

「…………まあ、そうですね」

 何だこの状況、としか言いようの無いのだが

「この日数、と言うことは最短ルートを通ってきたのかい?」

「え…………あ、はい」

「あははは、本当にあそこを通ってきたんだ、あそこにはボクの育てたポケモンも何体かいたはずだけど、良くこんな短期間で通ってこれたね」

 

 …………今なんつった。

 

「…………まさかあのハガネール」

「ああ、ギガイアス乗っけてるやつかい? あれはボクが育てて放流したポケモンの一匹だよ」

 ギガイアス…………そうか、そのせいか、ハガネールが“じゅうりょく”なんて覚えないのに、何故その強化版みたいなわざを使うのか謎だったのだが、ギガイアスがいたのか。暗かったので見つけることはできなかったが、どこかにいたらしい。

「ふむ、出会ったのはハガネールだけかい。あとは入り口付近にボスゴドラ、地下通路に“つじぎり”特化のハッサム、ギギギアルと組んで相手を磁力で行動不能にしたまま“だいばくはつ”してくる自爆特化のレアコイルに、あとは五匹一組の群れになって巨大な生態系作っているアイアントたち…………ボクが仕込んだのはまあ精々これくらいだよ」

「十分過ぎる?! むしろもう、これ以上ないくらい殺意に溢れてる!!?」

 

 ん? とチャンピオンが首を傾げる。

 

「そうかい? 四天王たちなんてもっとすごいの投げてたけどね…………ゲンジなんて暗視対応したガブリアスの特異個体の群れを地下に放流して大繁殖させてたけどね」

「あれお前らのせいかよ四天王おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 四天王もチャンピオンもガチで殺しにきていた件。

 

「その様子だと苦労したみたいだね」

 くす、とチャンピオンが笑う。

「でもね」

 けれどそれも、すぐに消える。

 

「そのくらい突破できないなら、この地を踏む資格すらない」

 

 先ほどと同じはずの笑み。

 けれど今はどこか、底冷えするような冷たさを感じ、思わず温泉の浴槽へ半分顔を沈める。

 

「ふふ…………少しだけ、面白くなってきたよ。あの日キミは確かに頷いたね、頂点を目指すのかと言うボクの問いに」

 

 チャンピオンが…………ダイゴが自身を見つめ、ふっと笑う。

 

「少し遊ばないかい?」

 

 トレーナーくん。

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオン。

 

 地方リーグの頂点。

 

 たかが地方と侮るなかれ。

 この世界の地方とは言わば、前世で言うところの国のようなものだ。

 一地方のチャンピオンとは、つまり。

 

 ホウエン地方数万のトレーナーの頂点であり、最強の存在であると言うこと。

 

 言葉にすれば簡単ではあるが、言葉で見るほど簡単なことじゃない。

 ゲームのようにレベル60、70程度で勝てるのは予選一回戦までだ。

 レベル100、つまりカンスト。

 それが()()()()()

 裏特性、トレーナーズスキル、特技、戦術、戦略。

 そして育成。

 足し付け加えるべき要素は無数に存在し、それら全てを付け足してようやく()()()()()()()()()を得る。

 

 本戦で激戦を繰り広げ、他を圧倒し優勝し、そしてその上に立つ四天王たちを四人全員倒し、最後にチャンピオンと戦い、これに勝つ。

 

 そうして新しいチャンピオンは生まれる。

 

 チャンピオンダイゴはかつて、このリーグ予選、本戦で勝ち抜き、そうして四天王を下し、前チャンピオンをその座から引きずり下ろし。

 

 

 五年以上もの長きにわたってその座を守り抜いてきた不動の王者である。

 

 

「少し遊ばないかい?」

 そう告げたチャンピオンと共に、旅館を出て十分ほど歩いたところにあったのは。

「…………空き地?」

「一応、仮想スタジアムってとこかな」

 グリーンネットで四方を区切られた前世で言うところのグラウンドのような場所。

「ちょっと手狭だけど、遊ぶにはちょうどいいと思わないかい?」

 遊ぶ、とはつまり、そういう事なのだろう。

 

「…………良いんですか? 本戦前に、チャンピオンがこんなところで遊んでて」

「ふふ、構わないさ…………どうせ、本戦が終わってチャンピオンリーグが始まるまではボクたちの出番は無いからね」

 

 微笑み、ボールを掲げるチャンピオン。

 

「…………まあ、いいか。どうせ本戦勝てば同じこと」

「そうさ、予習とでも思えば良い」

 

 随分と余裕なことだ、と少しだけイラつく。

 有り体に言えば、舐められているのだ。

 情報はやるから次に戦う時まで少しは対策して楽しませてくれ、と暗にそう言われている。

 

「今三体しか手持ちがいなくてね、まあそっちは全員使ってくれて構わないよ」

 

 その考えを裏付けるかのように、余裕そうな表情でそんなことを告げてくるチャンピオンに。

 

「……………………舐めんなよ」

 

 険しい視線でチャンピオンを睨む、けれどチャンピオンは涼しい顔を崩さず。

 

「なら倒して見せればいいさ…………ヤイバ!」

「ぶち殺せ! チーク!」

 

 互いがボールを投げる。

 

 こちらはデデンネのチーク。

 そうして、相手は。

 

「エアームドか」

 

 原作と同じ、先発はエアームド。

 ただし、その強さは原作の比ではないと予想できる。

 

 一手目…………思考する。

 いつもなら真っ先に“なれあい”と行きたいところだが、正直エアームドの場合、どちらかと言うと受けのイメージが強い。

 『すばやさ』を比較すればまず負けることは無いので、一手様子を見る、と言うのはありかもしれないが。

 

「チーク!」

「ヤイバ、撒け」

 

 以心伝心、ではないが、大よそ名前の発音だけで指示の使い分けができるようにしている。ほんの1秒にも満たない差だがその数舜が勝負を分けることだってある。

 だがそれは向こうも同じだったようだ、さすがに鍛えられている、と言うべきか。

 

 チークが走り出し、エアームドへと近づいて。

 エアームドが目の前のチークを無視して、その両翼を大きく振り払う。

 

 “ステルスロック”

 “まきびし”

 

 右の翼からは尖った石片が次々と飛び出し、宙に固定される。

 左の翼からは“まきびし”がばら撒かれ、足場を埋めていく。

 

「設置技の同時使用?!」

 いきなりの変化球…………いや、エアームドと言うポケモンの役割としては間違ってはいないが。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 一瞬遅れてチークが迫り、金属の体にその頬を擦りつける。

 その場から動かない、それだけに時間差で先手を取られてしまった。

 この辺りがゲームとの違いだろうか。

 

「チーク! そのまま戻ってこい!」

 

 そして、だからこそ、こう言う手も打てる。

 

 “ボルトチェンジ”

 

 接触しているのなら、そのままゼロ秒で打てる。

 ゼロ距離からの接触技ならば時間だってゼロに決まっていた。

 

 エアームドを蹴った勢いで、そのままボールの中へと戻って来るチーク。

 

「来い、イナズマ!」

「は、はいっていたいたたたた」

 入れ代りにイナズマを出すが、ステルスロックとまきびしに体中を傷だらけにされる。

「くそ…………面倒な」

「ふふ…………厄介だろ? こういうのは」

 ダイゴが不敵に笑み。

 

「ヤイバ」

「イナズマ! 撃て!」

 

 イナズマがその指先に電撃を纏い…………。

 

 “まきびし”

 

 “まきびし”

 

 それより速くエアームドがさらに追加の設置を行う。

 最早まきびしで地面が埋め尽くされているのではないか、と言うレベル。

 と、同時にイナズマの充填で完了し。

 

“10まんボルト”

 

 放たれた電撃がエアームドを捉える。

「ギェェェェァァァ!」

 弱点技である電撃に、エアームドが苦し気に吼え。

 けれど落ちない。

 

「…………弱点タイプの特殊攻撃で、落ちない?」

「…………ふふ、どうしてだろうね」

 

 純粋にレベルが高い…………と言うのは余り考えられない。お互いにすでにカンストしているはずだ。

 いや、むしろヒトガタである分、こちらのほうが高いかもしれない。

 

 ヒトガタポケモンはレベルの上限が他より高い。

 

 そのことに最近になって気づく。エアが上限を超えていたのは知っていたが、他の五人も少しずつ、ではあるがレベル100(カンスト)の枠を超えつつある。

 決定的だったのはチャンピオンロードだろう。以前に経験値は数でなく質の問題だと言ったが、あれほど濃密な体験をしたのだ、その経験値は凄まじいものだったようで、現在パーティーの平均レベルは110を超えている。

 

 だから、レベル差と言うのは考えにくい。

 

 だったら…………もう一つだろう。

 

「トレーナーズスキルってことか。それが」

 

 だったら、こちらもそれ相応にやるだけだ。

 

「イナズマ、貯めろ」

 

 “じゅうでん”

 

「ヤイバ」

 

 “どくどく”

 

 変化技まであるのかよ、と思いつつ。

「ぶちかませ!」

「回復しろ」

 同時に指示を出し…………そして。

 

 “はねやすめ”

 “10まんボルト”

 

 『すばやさ』の差でエアームドが先手を取る。

 “はねやすめ”は体力を半分回復する、だけでなく『ひこう』タイプをそのターンのみ喪失する。

 つまり。

 

「ふふ…………まだまだいけるね」

「グェェェェァ!」

 

 『でんき』タイプが弱点でなくなる、等倍で放てばいかに“じゅうでん”していても、同じことだ。

 猛毒がイナズマを蝕む。苦痛に顔を歪めるイナズマに、内心歯噛みしながら。

 

「もう一発貯めろ」

 

 “じゅうでん”

 

「これで全快だね」

 

 “はねやすめ”

 

 イナズマがさらに“じゅうでん”をし、エアームドが“はねやすめ”で失ったHPを全て取り戻す。

 

 そして。

 

「ぶん殴れ!」

「ヤイバ」

 

 “きあいだま”

 

「アアアアアアアアアアアアアア!」

 イナズマの拳が唸りを上げて振るわれる。

 放たれた“きあいだま”がエアームドを確実に捉える。

 “はねやすめ”によって無くした『ひこう』タイプが戻るタイミングは、ゲームならば1ターンだったが、現実ならば()()()()()()()まで、となる。つまり、次の行動時だ。

 そして“でんじかそく”によって『すばやさ』はエアームドを抜いた今ならば残っているのは『はがね』タイプ。

 “でんじかそく”によって『とくこう』が三段階積まれた今の状態ならば、ぶち抜ける!

 

 そう、考えて。

 

「グェェェェ!」

 “きだいだま”が直撃しながらぴんぴん、としているエアームドが吼えた。

「…………は?」

「ふふ、狙いは良かったよ、でもね」

 

 ボクには通じない。

 

 不敵にチャンピオンは笑い、指示を出す。

「さあ、ヤイバ、そろそろ次の相手をしようか」

 

 “ふきとばし”

 

 呆然とする自身を他所に、エアームドの放った一撃が、イナズマの体を押し戻し、ボールへと戻る。

 

 そうしてその衝撃で弾かれたように次の一匹が場に押し出された。

 

 




正式タイトル:温泉と来れば…………王者の裸



トレーナーズスキル:はがねのせいしん
『はがね』タイプを持つポケモンの『ぼうぎょ』と『とくぼう』を高いほうの能力と同値にし、『ほのお』『かくとう』『じめん』わざを半減する。



ヤイバ(エアームド) Lv100 特性:するどいめ、がんじょう 持ち物:ごつごつメット(今回は無し)

わざ:ステルスロック、まきびし、ふきとばし、はねやすめ、どくどく

裏特性:りょうよく
場の状態を範囲とするわざを2回使用できる。



もっと速くふきとばせって?
ダイゴさんのナメプだよ。
ダイゴさんの分かりやすいひどさ。

エアームドの種族値で分かりやすく言うと。

ぼうぎょ140、とくぼう70がぼうぎょ140、とくぼう140、になる。
ほぼヌメルゴン並のとくぼう、そりゃ2倍弱点くらいじゃ簡単には落ちない(



あと感想にパーティ案くれた皆さまに感謝。
お蔭で大分まとまりました。


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チャンピオンのビッグボス

「うわっ、っとと」

 イナズマが押し戻され、代わりに出てきたのはリップルだった。

「あいたたたたたたた、痛いってこれ」

 あちこちにばら撒かれたステルスロックやまきびしのダメージで、場に出しただけでとんでも無くダメージが入る。

「…………不味いな、これ」

 エアームド一匹にひたすら翻弄されているのが分かる。

 しかも向こうはまだまるで本気じゃない…………文字通り遊んでいる。

 この異常なほどの耐久に回復まで入れて、しかも弱点タイプの通りが悪くなっている。

 そして設置技と強制交代。下手すればこの一体だけで6体の半分以上が削られかねない。

 

 自身のパーティには設置技の除去の方法が無い。

 ゲーム時代に置いて、設置技と言えば大抵がステルスロックだったが、多少相性の悪い手持ちはいても、それが致命的になるようなことがほぼ無かった、と言うのが最大の問題点だ。

 確かにゲーム時代でも設置技は厄介な技ではあったが、あくまで『きあいのタスキ』や“がんじょう”を無効化するためのもの程度の技であり、ダメージを期待するほどの技でも無かった。

 だからそれの除去に一手使うより上から殴り続けるほうがパーティのコンセプトとしては合っていたのだ。

 

 だが現実ならば。

 こんなふざけたことができる、と考えれば。

「…………甘かった、ってことか」

 これがただの先発。一体目。つまり目の前のエアームドはただ場の状況を整えるためだけにいるだけであり、そもそもが()()()()()()()()()()のポケモンなのだ。

 その前提でぶつかり、足踏みしているのが自身の現状。

 

 なるほど、それは遊び、と言われても仕方がない。

 

 舐められている、だがそれも道理だ。

 つまり向こうからすれば。

 

 この程度で躓いているようなやつ、相手にならない、と言うことに他ならないのだから。

 

「…………スイッチバァック! シャル!」

 

 だからと言って、このまま舐められて終わるだなんて御免だった。

 

 せめてその涼し気な表情を崩してやらないと気が済まない!!!

 

「は、はい…………って、痛っ?!」

 

 リップルを戻しながら、シャルを前に出す。

 スイッチバックはトレーナーの中では割とポピュラーの技術である。使える人間もそこそこいる。

 有り体に言うならば、戻すと出すを同時に行うことだが。

 ゲーム風に言うなら、交代にターン消費をしない、と言ったところか。

 

「ぶっ飛ばせ! シャル!」

「は、はい!」

「ヤイバ!」

「グェェェ!」

 

 自身の絶叫染みた声に、驚きながらもシャルが前に出て。

 

「かげふんだ」

 

 “かげふみ”

 

 エアームドがその動きを止める。

 

「えっと…………それじゃあ」

 

 その手に黒い炎を産み出し。

 

 “かげおに”

 

 “シャドーフレア”

 

「さようなら…………かな?」

 

 影の炎がエアームドを燃やし尽くす。

 

「グギェェェェェァァァァァ??!」

 

 エアームドが絶叫染みた叫びを上げ。

 

「…………ぐ…………ギゥ」

 

 動かなくなる。

 

 ようやく一体、こちらは主力三人がいきなりHP半分近いダメージ。

 やられた…………やられ過ぎた。手札を切るのが遅すぎた。

 思わず顔を顰め。

 

「…………ふふ」

 

 チャンピオンが笑った。

 

 

 * * *

 

 

「なるほど…………戻って、ヤイバ」

 チャンピオンがエアームドを戻し、次のボールと取る。

 

「さあ、行け…………ココ」

 

 ボールが放たれ、中から出てきたのは。

 

「ぐるぎゃあおおおおおおおううう!!!」

「は?!」

「ひ、ひぅ!」

 

 現れた瞬間、ズドォォォン、と轟くような地響きを慣らしたのは。

 

 全長十メートルを超えるボスゴドラであった。

 

「でかっ?!」

「ごごごごご、ご主人様ぁ………………む、無理だよこんな怪獣みたいなのぉ?!」

 

 シャルがやったら慌てるので一周回って冷静になってくるが、だが冷静に見て見てもやはりでかい。

 そこそこ面積はあると思っていたサッカーでもできそうなくらい広いはずのグラウンドがまるでテニスコートくらいの大きさに見えてくる。

 まさしく怪獣。どんな化け物だと言いたくなる。

 

「ふふ…………ボクの自慢の一体さ。さあ、遠慮無く挑んでくると良いよ」

 

 初手、一撃に賭けるしかない。

 

「燃やせぇぇぇ、シャル!」

「っはい!」

 

 『すばやさ』の差で、先手は取れる。

 そして先手を取れば。

 

「かげふんだ」

 

 “かげぬい”

 

 ボスゴドラの動きを完全に停止させ。

 

 “かげおに”

 “シャドーフレア”

 

 影の炎で燃やし尽くす。

「グルギャアアアアアアアアアアアアオオオオオオオ!!!?」

 全身を焼きつくされる痛みに、ボスゴドラが絶叫する。

 と、同時に“かげぬい”の拘束を振り切り、ボスゴドラが動き出す。

 その姿に“やけど”のダメージは見えない…………無効化か?

 

「もう一発だ」

 

 だがそれでもシャルがさらにもう一手速い。

 

 “シャドーフレア”

 

 今度は“かげぬい”状態ではないため先ほどよりも威力は下がる。それは理解している。

 問題は、ボスゴドラと言えば圧倒的なほどに『ぼうぎょ』種族値とは逆に『とくぼう』の種族値は並だったはずだが、果たして通るのか。

 

「グル…………グラアアアァァァァァ!!!」

 

 一撃目と合わせて痛手、ではあるが、それでも致命傷には程遠いと言ったところか。

 だが逆にこれで確信した。

 

「『ぼうぎょ』と『とくぼう』を同じだけ高くする。そういうことか!」

「…………へえ、良く分るね」

 

 分からないでか、と言いたい。

 いくらなんでも先ほどから耐久力が異常過ぎる。同時に“かげおに”を使った時だけダメージが跳ね上がるのは、トレーナーズスキルを無効化しているからだ。

 

 と、なると不味いかもしれない…………イナズマがほぼ詰んでいる。エアのような圧倒的な一点特化の攻撃性能も、シャルのような相手を無力化しつつ威力を上げる技も無いイナズマは、完全に火力不足だ。

 

 トレーナーズスキルで『ぼうぎょ』と『とくぼう』を入れ替える、とかならばまだ分かるが、それを両立させる、と言うのはあり得ないとしか言えない。

 だがチャンピオンならば、或いはそのあり得ないをあっさりやってのけるのだろう。

 少なくとも、入れ替え、なんて中途半端な対応で勝ち続けられる世界じゃないと思っただけだ。だから半分以上は予想に過ぎなかったが、どうやら正解だったらしい。

 

「ついでに、弱点タイプに耐性も持ってる、と」

「…………ふふ、大正解」

 

 随分簡単に認める、と思うがつまりまだまだ引き出しがある、と言うことだろう。

 この程度知られても何も問題無い、そう思われるくらいに。

 

「なら何度でも叩きこめ、シャル!」

 

 “シャドーフレア”

 

 二発目の黒炎がボスゴドラへと叩きつけられる。

「グルアアアアアアアアアアアアアアア!」

 だが“かげぬい”状態ではないためか、やはり効き目が薄い。

 最初の攻撃で『やけど』も入っているはずなのだが、今一効いている様子が見えない。

 

「さあ、反撃だ、ココ!」

 

 そうして超巨大ボスゴドラが動きだす。

「…………シャル!」

 その様子を見、咄嗟に切り札を一枚切る。

 

 “つながるきずな”

 

 絆を紡ぐ(全体能力ランクの二段階向上)

 

 思いを重ねる(個別能力ランク上昇の全体化)

 

 心を繋げ(全能力ランクの累計化)

 

 縁を結ぶ(全体能力ランクの共有化)

 

「耐えろ! シャル!」

 

 一瞬にして全能力二段階積み。

 これならば、と思い。

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 “はがねのよろい”

 

 “メタルバースト”

 

 “ヘビーボンバー”

 

 その超巨大なボスゴドラが、一瞬()()()

 一メートル近くも、その超巨体を浮き上がらせ。

 

 そうして、シャルへと降り注ぐ。

 

 

 ズドオオォォォォォォォォォォォォォォォォン

 

 

 世界が震えあがったような凄まじい衝撃、そして轟音。

 同時、一瞬、視界の端を何かが過る。

 咄嗟に振り返った直後、ダァァァン、と派手な音が響く。

 視線をそちらへと向ければ、シャルがグラウンドの端まで吹き飛ばされ、ネットに弾かれて地面に倒れ伏していた。

「…………しゃ、シャル…………?」

 思わず呟いたその名に。

「ご…………ごしゅ…………ま…………」

 一瞬、シャルが動く…………だがそのまま起き上がることは無い。

「……………………お疲れ」

 シャルをボールへと戻す。

 死んでは無い、ポケモンは体力が無くなれば『ひんし』にはなるが、けれどそこからさらに何度も追撃でもしない限り、そう簡単には死亡することは無いし、モンスターボールに生命保持機能のようなものがついているので、ボールの中で死ぬようなことも早々無い。

 

 だが。

 

「…………二段階積んで、それすら抜いてきた…………?」

 

 シャルに努力値など振ってはいない。

 だがシャンデラと言うポケモンは『ぼうぎょ』の種族値90と中々の硬さを持つ。

 それを二段階、能力ランクを上げればそれは元の二倍だ。

 それすら抜いて、一瞬にしてシャルの体力を削り切った。

 

「…………異常だぞ、あれは」

 

 シャルが三度攻撃しても倒れないタフネス、そして二倍もの『ぼうぎょ』を持つシャルを一撃で落とした火力。

 

「…………これが、チャンピオンのボスゴドラ」

 

 一月後、本戦を戦い抜いて、そのさらに一月後、チャンピオンリーグで四天王に勝ったとして。

 

 待っているのはこれだ。

 

「…………………………」

「…………………………」

 チャンピオンは何も言わない。ただ悠然とこちらを眺めている。

 余裕綽々そうに、否、実際余裕なのだろ。

 

 シャルを戻したボールを持つ手が震える。

 

「…………次…………次」

 

 誰を、誰を出す?

 

 誰を出せば良い?

 

 迷う、迷う、迷う。

 目の前の余りにも巨大な…………巨大過ぎる壁に思考が迷走する。

 震える、手が。何を出してもあのボスゴドラに圧潰させられる未来しか見えない。

 

 どうする? どうする? どうする?!

 

「…………次…………次は」

 

 迷う手がチークを掴み。

 

「行け!」

 

 投げる。

 

「あいたたたたっと…………うっひゃあ、こりゃホントにすごいネ」

 

 パーティの中でも一番小柄なチークとでは十倍近いサイズの差。

 圧巻と言う言葉をこれほど適格に示している状況も無かった。

 設置技のダメージを持たせた『オボンのみ』で回復して持たせる。

 

「チーク! “なれあい”、ついでに痺れさせてやれ!」

「はいよ」

「ココ」

「グルアアアア!」

 

 “なれあい”

 

 ひょこひょこと素早く近づいたチークがボスゴドラへと触れ、その特性を書き換え、さらに『こうげき』を落とす。

 さらにそのままの勢いでその全身に電気を帯びて。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 ボスゴドラのゆったりとした動きが一撃叩きだすより先に、二度目の攻撃を入れる。

 “ほっぺすりすり”は必ず相手を『まひ』させる。先ほど『やけど』になっていないならば、これで相手は『まひ』になった。『すばやさ』の差はさらに広がるし、低確率ながら痺れで停止も狙える。

 さらにこちらのトレーナーズスキルはまだ続いている、チークはやや物理に寄った性格と努力値を振ってあるので、二段階『こうげき』を落とした一撃ならば耐えられるはず。懸念は設置技で食らったダメージだが…………そこはチークが耐えてくれることを祈るしかないか。

 そうしたらもう一度『こうげき』を落として、ボスゴドラを機能停止に追いやる。

 

 そう考えて。

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “はがねのよろい”

 

 “メタルバースト”

 

 “ヘビーボンバー”

 

 

 ズドオオォォォォォォォォォォォォォォォォン

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ………………な…………あ…………」

 言葉にならない。確かにチークの攻撃で『こうげき』は下がったはずだ。

 だと言うのに、変わらない。その威力は。

 

「う…………む……ぎゅう……」

 

 チークが弾き飛ばされ、気絶する。

 ほとんど慣れ、だけでチークをボールに回収し。

 

「…………なんだ、それ…………」

 

 絞り出した言葉に、ダイゴが苦笑する。

 まるで悪戯が成功した子供のように。

 

「理解できないって顔だね…………多分『こうげき』を下げようとしたんだろうね、ココを相手にしたトレーナーはみんな同じことを考えるからね」

 

 あの威力を考えれば、まともに受けることなど誰だって考えない。

 かと言って速攻で潰そうとしてもあのタフネスぶりだ。

 どうやっても火力を落とすしか考えつかない。

 

「だから引っかかるんだけどね」

 

 チャンピオンが笑い。

 

「さあ…………次のポケモンを出しなよ」

 

 そう告げる。

 

「次…………………………………………」

 

 けれど自身の手は動かない。

 

 否。

 

 動かせない。

 手の震えが収まらない。

 どうすればいいのか、頭の中は混乱の極致だ。

 

 誰を出しても勝てない。

 

 そんなイメージが脳裏に焼き付けられてしまった。

 

 対処のしようがない。

 

 そんな幻想を抱かされてしまった。

 

 チャンピオンが不敵に笑う。

 

 まるでこれが自身とお前の差だと言わんばかりに。

 

 シアが、リップルが、イナズマが、エアが。

 全員であのボスゴドラを叩いても、落ちる気がしない。

 

 状況は…………詰んでいる。

 

 だったら、もう。

 

 終わりでいいのではないだろうか。

 

 チャンピオンだって言っていたではないか。

 

 ただの遊びだと。

 

 ここから先、戦う意味などもう無い。

 

 もう、自身の敗北は決定している。

 

 だから、この手を降ろして。

 

 一言、告げれば良い。

 

 参ったと。

 

 それで終わり。

 

 それで。

 

 それで…………。

 

 それで…………………………。

 

 かたり、と腰元でボールが揺れる。

 

 まるで、折れかかった自身の心とは真反対に。

 

 イナズマが、リップルが、シアが、エアが。

 

 まだ戦えると、言わんばかりに、ボールを揺らす。

 

「…………………………………………………………………………ごめん」

 

 折れかかった心はそう簡単には治せそうには無いけれど。

 それでも。

 

 みんなが折れないように支えてくれるのならば、まだ戦える。

 

 折れるのは…………みんなが倒れた後で良い。

 

 それまでは。

 

「リップル!」

「お任せだよ!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 降り注ぐ隕石がボスゴドラを撃ち抜く。

 ダメージを与え。

 

 “はがねのよろい”

 

 “メタルバースト”

 

 “ヘビーボンバー”

 

 落ちる。

 

「イナズマ!」

「あたたたたた、痛い、痛いよマスター?!」

「我慢しろ、気合いで殴れ!」

 

 “きあいだま”

 

 一応、トレーナーズスキルによって全能力が2段階、底上げされている。

 だがあの圧倒的堅牢さを考えればそれほど期待もしていなかった一撃だが。

 

「グラァァ」

 

 僅かにボスゴドラが揺らぐ。

 それに気づき、理解する。

 弱点タイプを失くしたと言っても『はがね』のものだけであるらしい。そう言えばエアームドは普通に『でんき』が弱点だったようだし、間違いないだろう。

 とは言え4倍弱点が2倍になった、しかもあの『とくぼう』の高さ。多少のダメージになっても、致命傷にはまだ届かない。

 

 “はがねのよろい”

 

 “メタルバースト”

 

 “ヘビーボンバー”

 

 同じ一撃でイナズマが倒れ。

 

「シア! 頼んだ」

「はいっ!」

 

 とは言っても、シアが攻撃しても焼け石に水だろう。

 

 だから。

 

 “いのりのことだま”

 

 最後に託す。

 

 “はがねのよろい”

 

 “メタルバースト”

 

 “ヘビーボンバー”

 

 シアが倒れ。

 

 そして。

 

「…………エアアアアアアアアアアアアア!!!」

「…………………………任せなさい」

 

 じっと、ボールから解放されたエアがボスゴドラを睨む。

 ボスゴドラも並々ならぬ、エアの気迫を感じ取ったか、強く睨みつけ。

 

「行くよ…………エア!」

「ルゥ…………」

 

 その身が光に包まれ。

 

 その姿を変える。

 

 メ ガ シ ン カ

 

「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!」

 

 突如変化したエアの姿に、ダイゴが初めてその表情を崩した。

「…………メガ、シンカ…………ふ、ふふふ」

 笑みを深く、先ほどと同じはずなのに、どこか違う印象を受ける笑み。

 

 獰猛な笑み。

 

 否、今はそれは置いておく。

 ただ、目の前の敵を。

 

「打ち砕け! エアァァ!!」

 

 “らせんきどう”

 

 シアのお蔭で、今のエアは全能力が四段階積んである。

 

 通常の三倍。

 

 例えメガボスゴドラだろうと、撃ち抜いて見せる!!!

 

 

 “すてみタックル”

 

 

 まるでドリルか何かのように、高速で螺旋を描きながらエアがボスゴドラへと肉薄し。

 

「ブチ貫く!!!!!!!!!」

 

 

 その巨体ごとボスゴドラを吹き飛ばす。

 

 

 数メートル、滑空しながら吹き飛び、着地と同時にその巨体がグラウンドを転がり。

 

 そうして、止まる。

 

「……………………どうだ」

 

 これでダメなら、もうどうしようもない。

 

 けれど。

 

「…………ぐ…………る…………」

 

 うめき声こそ上げれど、ボスゴドラは動かない。

 

「………………お疲れ、ココ」

 

 チャンピオン…………ダイゴがボスゴドラをボールに戻し。

 

「…………ふふ、まさかココがやられるなんてね」

 

 笑う。

 

「ふふ…………ふふふ…………あはははははははははははははははははははは」

 

 笑う、笑う、笑う。

 

「楽しかったよ…………だから、これは」

 

 ――――その礼だ。

 

 ボールを振りかぶり。

 

 ――――見せてあげよう。

 

 投げる。

 

 ――――ボクの“エース”を!

 

 現れたのは。

 

 

「……………………敵視認」

 

 

 年の頃は十三か四かそこらだろうか、やや背は低いが発育はしているらしい、ぴっちりと体のラインに沿うような青銅色一色のボディースーツの上から少女の膝のあたりまで裾の伸びたややサイズの合わない大きなコートを羽織っていた。

 手甲に具足と言った装身具がやたらと物々しい印象を与え、対照的に淡い青銅の髪に装着されたヘッドホンとそこから伸びたコードがやたらとアンバランスだった。

 表情は無表情としか言いようの無い、一ミリたちとも顔の筋肉が動くことも無く、虚空を見つめるような紅い瞳がただただ不気味でしか無かった。

 何よりも特徴的なのはその手に持ったハンマーのようなものだろう。

 ()()()()()()()()()()()彿()()()()()()()()()()()()を持った少女はちらりと、チャンピオンを見て呟く。

 

 

「……………………指示」

 

 

 少女の言葉に、チャンピオンが告げる。

 

 

「打ち倒せ…………コメット」

「了解」

 

 

 端的に少女が頷き。

 

 

「残り一匹」

 

 

 その鉄槌を振り上げ。

 

 

「存分に死ね、雑魚ども」

 

 

 振り下ろした。

 

 




ココ(ボスゴドラ) Lv100 特性:がんじょう、いしあたま、ヘヴィメタル 持ち物:たべのこし(今回は無し)

わざ:ヘビーボンバー、すてみタックル、ストーンエッジ、ばかぢから

裏特性:はがねのよろい
物理技を『こうげき』でなく『ぼうぎょ』でダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル:メタルバースト
発動ターン相手から攻撃を受けている場合、わざのダメージを1.5倍にする。
ダイゴが技としての“メタルバースト”をトレーナーズスキルとして改良した物。
何度でも使えるように見えて『一体の敵に一回』と言う制限はある。ただしその一回でほぼ間違いなく倒せるのであんまり気にならない制限。

備考:特異個体(10m級)につき全能力値1.5倍。



コメット(?????) Lv120 特性:????、???? 持ち物:?????
わざ:????

備考:ヒトガタポケモン。ダイゴのパーティのエース。多少口が悪い。



もうダイゴさん戦ここで終わらせようと思ったら長くなってしまった。
因みに能力値ですが、ウィキで大雑把に計算してどれくらい食らうかとか考えながら出してる。

はい、ボスゴドラさんアバウトですが。

HP300 『ぼうぎょ」750 『とくぼう』750

んで、ヘヴィメタルの効果で重さ700kg以上、一番重いヌメルゴンで150kg、ただヒトガタなのでもっと軽いです。リップルちゃんそんなに重く無いよ(目逸らし
と言うわけでヘビーボンバー威力120、タイプ一致で1.5倍。
そんで、物理技は裏特性により『ぼうぎょ』で計算するので。
まあ分かる…………よな? 基本即死です。
デデンネが6積4倍で『ぼうぎょ』600くらい。うん、死ぬ。
まあ設置技無かったらまだ分からなくも無かったけど、ってレベルの無理ゲー。
つうか通常個体の体重300ちょいくらいだったはずで、10m級となればそれ以上。
うん、多分威力200超えてるんじゃないだろうか(


“かげおに”の効果1ターンに限定しました。
ちょっと強すぎた、この時点で出していいレベルじゃない(


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ヌルゲー染みてちゃつまらない

 

 自分で言うのも何だが。

 

 ツワブキ・ダイゴと言う人間は恵まれている。

 

 そもそもの生まれがホウエン最大規模の企業デボン・コーポレーションの社長子息。

 生まれた瞬間から、ある意味で勝ち組の仲間入りを果たした自身は、けれどそれだけでなく、ポケモントレーナーと言う才能にも恵まれていた。

 自身が好んだのは『はがね』ポケモン。そしてそれに合わせたかのように自身の才能は『はがね』ポケモンをひたすらに強くすることに長けていた。

 

 基本的にタイプを統一したパーティと言うのは、弱点や対策なども統一されるためジムリーダーたちのように()()()()()()()()()のようなトレーナー以外からは忌避される傾向にあるのだが、それでも自身は『はがね』タイプのポケモンに拘った。

 

 特に理由があったわけでも無い、しいて言うなら何となく、だ。

 

 それでも、まるで自身の思いに応えるかのように、才能は芽吹く、芽吹いた才能はトレーナーとしての自身を押しあげ。

 

 そうして何の苦も無く十七歳にしてホウエン地方の頂点に立った。

 

 自分の好きなポケモンたちで、自分の好きなように戦い、そしてその上で頂点に立った。

 

 勝つために必死になって特訓し、戦術を磨き上げているトレーナーたちからすればふざけているのかと思われるかもしれないが、それでも実際そうなのだ。

 

 才能と言うのは、人間を語る上で最も不公平なものだと思う。

 次点で境遇、だろうか。

 

 そのどちらも最高のものを持ち合わせている自身に不満なんてものがあろうはずも無く。

 

 けれど、不満の無い人間など決して居ないのだといるはずも無い。

 

 チャンピオンになって一年目はまだ良かった。

 意気込みのようなものがあった。気力は充実し、王座を守ることに対する責任とも義務ともつかない感情が確かにあった。

 二年目になって少しだけそれが陰りを見せた。

 三年目になると余り積極的でなくなった。

 

 四年目になればやる気はほぼ失せていた。

 

 それでも勝つ、勝てる、勝ってしまう。

 

 リーグ予選を勝ち抜き、チャンピオンロードを抜け、本戦で激戦を制覇し、さらに四天王すら一度は打ち破ったはずの挑戦者たちだと言うのに。

 

 無気力に、投げやりに、それこそ適当に戦っても勝ってしまう。

 

 余りにも不公平、と言えば不公平だろう。

 

 周りがどれだけ懸命になって戦っているのか、どれほど苦労を重ねてこの場所まで来ているのか、どれほどの思いを賭けて自身の前に立っているのか。

 

 そんなもの何の意味も無い、と言わんばかりに、無情にも、いっそ非情なほどに自身の命じる一言でポケモンたちは動き、挑戦者たちを打ち払う。

 

 つまらない、と。

 

 五年目になって初めて思った。

 

 これはつまらない、余りにもつまらない。

 

 薄々は感じていた。それでも気づきたくなかった。

 自身と周囲の温度差、それに今更ながらに気づいてしまった。

 

 こんなものただの遊びだ。

 

 そう思った。

 真面目にやるようなことじゃない、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、ポケモンバトルなんて遊びに過ぎない。

 

 リーグに挑戦しているトレーナーたちが聞けば激怒するかもしれない。

 だが彼らに怒る権利すらない。

 

 だって余りにも弱い。

 

 弱すぎる。

 

 怒るくらいならば、自身を本気にさせてみればいい。

 

 それができないならば、こんなもの、ただの遊びなのだ。

 

 

 * * *

 

 

「良かった?」

 

 去って行った少年の姿を見送りながら一人佇んでいる自身に、少女がそう声をかけてくる。

「良かったって、何がだい?」

「自身を出す、必要性、無かったはず」

 少女の視線は自身の腰に付けた、()()()()()()()()に向けられていた。

「シー…………出せば良かった」

「ふふ…………構わない。元々ボクはその辺の情報を隠しているわけでもないからね」

 

 ただ理解されないだけだ。

 

 曰く、余りにも規格外過ぎて。

 

「普通にやっているだけなんだけどね」

 

 それだけのことなのに、誰もそこに追いすがれない。追いつけない。

 だから何時までたっても遊びにしかならない。

 

「……………………遊び、か」

 

 意図せずして笑みが浮かぶ。

 

「…………楽しそう?」

 

 少女の言葉に、少しだけ黙し、やがて頷く。

 

「そうだね…………彼は、少し楽しめそうだからね」

 

 それにもしかしたら…………呟き、けれどその先は告げない。

 

 初めて会ったのはミナモデパート。

 メガストーンを知っている、その事実だけで興味を持った。

 だってそれは知っている人間など限られているはずのもので、少なくとも小さな子供も知ることではなかったはずだから。

 

 ライバル、だなんて言ったけれど当たりまえだが本気では無い。

 そもそも十歳になるまでトレーナーとして公式試合に出ることも出来ないのだ、あの時何歳だったのかは知らないが幼いのはすぐに理解できた、となれば一体何年後の話だ、となるわけだ。

 だからあれは軽い冗談のつもりだった。

 

 けれど彼はここにやってきた。

 

 予選を抜け、あのチャンピオンロードの一番厳しい場所を通って。

 

 軽く遊んでみて、まだまだ自身の領域に届くようなものでは無い、とは分かった。

 ここからさらに伸びるか、それともここで頭打ちになるか。

 

「…………本戦で勝ち続ければ嫌でも伸びるだろうね」

 

 自身が与えたのは切欠だ。

 そう考えれば、意外と自身は彼に期待しているのかもしれない。

 

 少なくとも、自身がこんな気まぐれを起こしたのは初めてのことだ。

 少女は自分を出す必要があったのかと説いたが、そもそも遊ぶ必要性すらも無かったのに、どうして自身は彼と遊ぼうと思ったのだろうか。

 

「…………メガシンカ、か」

 

 手持ち全員がヒトガタ、と言う驚きのパーティではあるが、特に最後の一人。

 

 自身の知るあの現象は、メガシンカである。

 

 あの少年はメガシンカを知っていた、ならばそういう事もあり得るのだろう。

 

 もし期待があるとすれば、そこかもしれない。

 

 取りあえず、宿題は与えた。

 

 後は彼がそれを解けるのか…………そして。

 

「…………彼なりの答え、見せて欲しいものだね」

 

 そうでないと、またつまらないから。

 

 そして、どんな答えの出すのか。それ次第だ。

 

 

 * * *

 

 

「……………………うがあああああああ!」

 チャンピオン曰くの遊び、を終えて戻ったホテルの屋上、天に向かって両の拳を振り上げ、咆哮する。

 負けた、完璧に負けた。

 たった三体を相手に、六体全員がやられた。

 

 これが今の、自身と、チャンピオンの差。

 

「………………く…………くふふふ」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 少なくとも、全く手も足も出ない相手では無い。付け入る隙は見つけたし、そのために必要なものもある程度頭の中で浮かんでいる。

 一度は諦めかけたが、それはあの場所で対処のしようがない、と言うだけの話。次に戦うならば、対策くらいいくらでも立てれる。それに、あそこで諦めなかったからこそ、相手のエースを見ることができた。

 

 6Vメタグロス。脅威の600族が、チャンピオンの育成を受けて、その脅威度を跳ね上げてきている。

 

 現状でさえ悪夢のような相手だし、その上まだ底を見せてもらっているわけではない、それでも…………それでも。

 

 本戦を戦い抜き、チャンピオンリーグで四天王と戦い、そしてチャンピオン。

 期間にして三か月ほどだろうか。

 

「…………ギリギリ間に合う、か?」

 

 全員をさらに強くする必要がある、だが。

 

「楽しい」

 

 楽しい、楽しい、とても、楽しい。

 

 これだ、これが欲しくて自身はこの場所に来たんだ。

 ただレベルを上げただけのパワープレイで押し通れるようなつまらない場所ではない。

 戦略を練り、戦術を考え、それを踏まえた育成を行い。

 

 そうして集った生え抜きのトレーナーたち。

 

 それら全てを下し、頂点へと経つ。

 

 それでこそ、目指す意味がある、と言うものだ。

 

「あは…………あはははははははははは…………あはははははははははははははは!」

 

 笑う、笑う、笑う。

 

 時間が経つのが勿体ない、いくらでも積み込みたいことはあるのだ。

 

 けれど。

 

 明日が来るのが楽しみだ、明日は明日でまた新たな発見があるかもしれない。

 

 今日が終わらなければいいのに/早く明日にならないだろうか

 

 二律背反の不思議な気分。

 

 それでも一言だけ言えるのならば。

 

 

「ああ…………楽しいなあ」

 

 

 それが全てだった。

 

 

 * * *

 

 

 話がある、と言われたのは翌日だった。

 

 

 さすがはリーグ街、と言うべきか。

 並のジムより余程優れた訓練施設が存在している。

 と言うより、ホウエン地方屈指と言っても過言ではないだろう。

 何せチャンピオンや四天王たちまで利用するのがリーグ街なのだから。

 と言っても、この時期しか開かれない関係上、チャンピオンや四天王は外部に専用の施設を個々人で持っていると言う噂だが。

 まあとにかく、ここがホウエン地方でも最高レベルの訓練施設であることには変わりない。

 だからこそ、チャンピオンに敗れて翌日、すぐにここに来ていた。

 

 やはりリーグトレーナーが使うだけあり、個別の場所が割り振られた訓練施設は他人に見られる心配も無く、自身の思うがままの訓練を課せる。

 そんな訓練場の片隅。ぽつりと置かれたベンチに座る。

 隣にイナズマが座ると、先ほど買ったばかりの缶ジュースを一つ渡す。

 プルタブを開け、喉を潤す。夏真っ盛りと言った天候だけに、冷えたジュースが心地よかった。

 

「…………それで、話って?」

「あの…………その…………」

 

 渡されたジュース缶を手にしたまま、けれどイナズマは視線を下に向け、俯いたままだった。

 

「昨日のバトル…………何も、出来なくて」

 

 ぽつり、ぽつり、と呟きは増えていく。

 

「何も、何も…………倒すことも、出来ない、相手に、いいようにされて…………それが…………それが…………」

 

 悔しくて。

 

 呟きと共に、拳に力が入っていることに気づく。

 震えている、拳も、体も、言葉も。

 それがイナズマの…………感情を素直に表していて。

 

「…………そうだな、昨日のは力不足だった…………お前も、俺も…………みんなも」

「……………………」

「だから、もっと強くなる…………なんて言うのは簡単だけど、そんなことじゃ納得できないよな」

 

 こくり、とイナズマが頷く。

 

「なあ、イナズマ」

 

 立ち上がり、イナズマの真正面に立つ。

 その顎に手を当て、くいっ、と持ち上げれば、目に薄っすらと涙を貯めたイナズマと視線が合う。

 

「俺のこと、信じれるか?」

「…………はい」

 

 そんな自身の問いに、視線を逸らすことも無く、真っすぐ自身を見据え、イナズマが答える。

 

「だったら信じろ、次にやれば勝てる…………俺がそう断言してやるから、そのまま真っすぐ信じてくれ」

 

 視線を逸らすことなく、イナズマを見つめ、呟いた言葉。

 イナズマは答えない。一秒、二秒と経ち、十秒が過ぎて。

 

「……………………はい、今度こそ、マスターのために」

 

 呟いたその一言を。

 

「そうじゃない」

 

 否定する。

 

「…………え?」

「俺だけのためじゃない、俺たち全員のために、俺たち全員で勝つんだ」

 

 それが。

 

「パーティってもんだろ」

 

 告げた一言に。

 

「…………はい」

 

 目端に涙を流しながらも、けれどイナズマが笑って答えた。

 

 

 * * *

 

 

 話は変わるが、自身が青春していようと、チャンピオンにぼろ負けしようと、ヤケ酒代わりに自棄温泉巡りをしようと時間が平等に過ぎていく。

 

 そもそもの話、自身が四天王、チャンピオンと戦うためには乗り越えなくてはならない難関がまだ一つあることを忘れてはならない。

 

 チャンピオン戦ばかりを見据えていて、ここで躓いてもバカらしい。

 

 そう、本戦出場者たちが少しずつではあるがリーグ街に集まりだしている。

 

 一週間。それが自身がリーグ街にやってきてから流れた時間である。

 自身がリーグ街に来たのが本戦受付開始から五日目、と考えれば遅れて一週間、つまり十二日目。

 例年から見れば中々に優秀な戦績であると言える。

 自身は地下を通ったため、地上でトレーナー同士の戦いに巻き込まれることも無く、ほぼ最短ルートでやってこれたが、一体次にやってきた彼彼女たちはあの地下を通ったのか、それとも地上でトレーナーたちを蹴散らしながらやってきたのか。

 

 当たりまえだが、期限が一か月あればチャンピオンロードを通るトレーナーの半数以上は、()()()()()()と急いてくる。故に、最初の二週間くらいはチャンピオンロード内にトレーナーが溢れかえる時期でもある。とは言っても、感覚を掴むためだけに慣らすだけのトレーナーもいるので、実際にチャンピオンロードを通過しようと挑戦するトレーナーのピークは最初の一週間後から二週間目にかけての七日間と言われる。

 そこから一歩抜き出るために、自身は多少の準備不足も覚悟で三日目に潜ったのだが、後一日くらいは余裕を持っても良かったかもしれないと後々になって思う。まあ結果オーライと言うことにしておこう。

 

 まあとにかく、リーグ街を歩いていると、一人か二人、人とすれ違うようになってきた。

 後続のトレーナーたちが追いついてきているのだ。

 

「どれだけ増えるのか…………次第だねえ」

 

 やってきているトレーナーの名前などは確かめている。

 そこから予選での戦いの情報を集め、ある程度の強さを測って行く。

 これができるからこそ、先にやってきたと言っても過言ではない。

 それに、チャンピオンと戦うと言う思わぬメリットもあった。

 

「…………ふふ、やることがいっぱいだね」

 

 一月なんてあっという間だ、なんて内心で呟きながら。

 

 それでも、楽しさに、心は弾んでいた。

 

 




ここから最終強化はいっていきまーす。
多分、本戦でもう一回データが化ける(


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ご相談はランチの後で

 

 夏の日差しが素肌を焼く。

 嫌いな人には嫌いな感覚なのだろうが、少女…………チークにはむしろ快適とさえ思える感覚である。

「…………むむむ?」

 リーグ街にある公園のベンチに座りながらチークが唸る。

 

 考えるのはやはり先のチャンピオンとのバトルだ。

 

 トレーナーであるハルトはこれまで決して負けたことが無いわけではない。

 と言うかむしろ、自分の好きなポケモンに拘って負けることも昔は多々あった。

 

「と言ってもアチキはそんなに覚えてないんだけどネ」

 

 単純に十年以上も前の話だから、と言うのもあるが。

 チークも含め、ハルトの手持ちのポケモン全員が()()と別れる以前の記憶が曖昧だ。

 ()()の手持ちとして戦っていたことは朧げに覚えている、と言うか理解している。

 ただどんな相手と戦った、とか、どんな戦い方をした、とか。具体的な内容となると一切出てこない。

 

 恐らくその理由をハルトだけは知っている…………ようだが。

 

「まあどうでもいいさネ」

 

 何となく、分かっていることはある。

 自身たちがハルトを追ってこの場所にいる、と言うこと。

 そしてハルトは自身たちを探し出してくれた。

 だからまあ、それ以上は多分良いのだ。

 それにもう五年も前に蹴りを付けた話だ。今更そんなことどうでも良い。

 

 そう、問題は、だ。

 

 確かにこれまで負けることだってあったはずだが、それでも。

 

 チャンピオンほど一方的に叩きのめされたのはさすがに初めてだろう、と思う。

 実際、あの時、トレーナーは半分諦めかけていた。

 現状の戦力で詰んでいると考えたのだ。

 

 勿論トレーナーだって実際の挑戦の時にはもっと周到に用意して挑むだろう、あんな行き当たりばったりな戦い方はしない。

 だがそれでも…………全力を挙げて、倒せたのがたった二体、と言うのはさすがに不味い、と言うのは分かる。

 何よりもチークを唸らせるのは。

 

「止められなかった…………のがネぇ」

 

 相手のボスゴドラに何も出来なかった。

 『こうげき』を下げても意味が無く、特性を変えても意味が無く、麻痺させようとしても通じず。

「うーん…………確かに当たったはずなのにナ~?」

 “ほっぺすりすり”…………今となってはもう全身で当たりに行ってるようなわざと化しているが、確かにボスゴドラに当たったのだ。だが全く『マヒ』した様子は無かった。恐らくトレーナーは気づいていない。

 自身だって直接触れ、自身で放ったわざだからこそ、その手ごたえの無さを感じているのだ。

 

 “なれあい”も“ほっぺすりすり”もどちらも効かない相手、と言うのはさすがに困る。

 

 そんな相手にチークができることなど無いではないか。

 だからこそ、悩んでしまうのである。

 イナズマなど、チークよりも遥かに真面目だから、悩み過ぎて負けた日の夜は一人で泣いていたのをチークは知っている。

 

「…………って言っても、トレーナーが何とかしてくれたみたいだけどネ」

 

 訓練場から戻ってきてみれば、まだ振り切ってはないけれど、どこかすっきりした顔のイナズマがいて。

 イナズマがそんなに簡単に割り切れるはずが無いだろうし、トレーナーがなんとかしたんだろう、と予測する。

 それに、イナズマのことばかり心配もしていられない。

 

「…………参ったネ」

 

 ――――このままじゃ()()()役立たずだ。

 

 ずきり、と一瞬、胸が痛む。

 

 そっと手で抑え、一つ息を吐く。

 

 ――――俺の戦いはお前を起点として始まるんだ、お前以外のやつなんていらねえよ

 

「……………………うん、悩んでばかりじゃいけないネ」

 

 ぴょん、とベンチから飛び降りる。

 

「分からないなら、分かる人に聞けば良いヨ」

 

 そのまますたすたと歩いて公園を出て行った。

 

 

 * * *

 

 

 ギラギラと窓から指す夏日がイナズマの体温を否応無しに上げていく。

 訓練施設…………の中でも室内施設の一つでイナズマが空に向けて拳を振るう。

 引き絞った腕、拳を固め、一瞬の呼吸を置き、真っすぐに突き出す。

 びゅん、と空を裂いて鋭い一撃が放たれる…………が。

 

「…………ダメ」

 

 足りない、全く足りない。同じパーティーで長年見てきたからこそ分かる。

「…………これじゃエアには遠く及ばない」

 何気無く振ったその一撃は()()()()()

 鋭さ、と言う意味では最早次元が違う。

 イナズマの拳は所詮人と同じ、面だ。空間を()()ことは出来ても()()ことはできない。

 だがエア放つ攻撃は()であり()である。

 一点集中、と言うが、あの見た目と相反する凶悪なほどの力を僅か一点に集中させるからこそ、エアの拳は鋭く、重く、そして痛い。

 

 当然、と言えば当然だ…………イナズマは、デンリュウとはそう言う種族ではない。

 

 ばちり、と指先で電気が弾ける。

「…………これ、しかない」

 イナズマの誇れる武器は結局のところ、これしかない。

 

 けれど。

 

「………………これすら通じないなら…………どうすれば」

 

 分からない…………分からなくて、不安で、苦しくて。

 

 ――――俺のこと、信じれるか?

 

「…………信じてるに、決まって、ますよ」

 

 どこが、とか何が、とか…………そんな部分的なものでは無い。

 ただマスターがマスターであると言うだけで、イナズマは少年が大好きだし、少年を無条件に信じれる。

 今更疑うはずも無い…………。

 

 だからと言ってここで何もしないのは、ただの停滞だ。

 

 本当はその停滞こそがイナズマが何よりも安らげる状況だった。

 手を引いてくれる少女(チーク)がいてくれた、だから手を引かれるままについていけば良かった。

 指示をくれる少年(マスター)がいてくれた。だからその声の望むがままに動けば良かった。

 

 ――――思ったことがあるなら言えば良い。やりたいことがあるならやれば良い。

 

 ()()…………それじゃダメだと思ったから。

 

 だから、イナズマと言う少女は…………生まれて初めて自身の意見を押し通した。

 

 強くなりたい、そう願った。

 

「…………半端じゃ、ダメ」

 

 それは少年の考えるパーティ構成に反するかもしれない。

 

「これだけで良い…………」

 

 少年の期待を裏切る答えかもしれない。

 

「…………………………代わりに」

 

 それでも。

 

「……………………………………………………」

 

 ぱちん、と指先で電撃が弾け。

 

「……………………後は、マスターに」

 

 

 * * *

 

 

 エリートトレーナーのユイ

 パーティ構成:ピクシー、ライチュウ、ゴローニャ、カビゴン、カイリュー、リザードン

 エース:リザードン

 総評:今年カントーから来たらしいトレーナー。『フェアリー』『でんき』『いわ』『じめん』『ノーマル』『ドラゴン』『ほのお』『ひこう』と手堅くタイプをばらけさせてきている。統一感は無いが、先発、受け、アタッカーと役割はしっかりと持たせている模様。

 注意事項:予選では出さなかったカイリューが未知数。

 

 

 “アイテムマスター”のヒロアキ

 パーティ構成:エテボース、ホルード、ラッキー、グライオン、バンギラス、????

 エース:不明

 総評:“アイテムマスター”の二つ名を持つトレーナー。ポケモンそのものにそれほど特別な育成はしてはいないが、全員が「どうぐを複数持つ」裏特性を獲得している。さらに戦闘中に「持ち物の入れ替え」「条件を無視した持ち物の使用」、さらには「任意のタイミングでの道具の使用」が可能な模様。

 注意事項:「とつげきチョッキ」「こうかくレンズ」「こだわりはちまき」持ちのバンギラスの繰り出す「ストーンエッジ」は脅威。エアとは相性が悪いので要注意。

 

 

 ポケモンブリーダーのタカセ

 パーティ構成:ニャオニクス、バリアード、プクリン、テッカニン、アブソル、バシャーモ

 エース:バシャーモ

 総評:エース一点型パーティ。バシャーモ以外の全員がエースの補助のためだけに育成させ、全員が補助を積み続け、エースが最後の敵を6タテするのが基本戦法。恐らくセンリの“デッドライン”と同じ類のトレーナーズスキルを保有していると考えられる。

 注意事項:ブリーダーがトレーナーをしているため、ほぼトレーナーの理想通りの育成が行われている。一般的なポケモンと同じように見ると痛い目に遭うと思われる。また元を辿ればカロスの出身らしく、メガシンカを使える可能性がある。

 

 

 ドラゴン使いのライガ

 パーティ構成:ガブリアス、サザンドラ、オノノクス、ラティアス、ラティオス、ボーマンダ

 エース:ボーマンダ

 総評:典型的なドラゴン使い。ただし『こおり』『フェアリー』対策はしっかりしてあるようでガブリアス、オノノクスが“どくづき”、サザンドラ、ラティアス、ラティオスが『だいもんじ』を覚えている。ドラゴン統一だけあって基本的に種族値の暴力が酷い。

 注意事項:どこで捕まえたのかは知らないが、ラティアスとラティオスを使用してくる。ラティアスは“こだわりメガネ”、ラティオスは“こころのしずく”持ちだと思われる。またエースのボーマンダは、変種か特異個体の可能性が高く、色が黒い。タイプも通常とは違っている可能性もあるので注意が必要。

 

 

 “さかさま”のシキ

 パーティ構成:サザンドラ、ジバコイル、パンプジン、????、????、????

 エース:不明

 総評:予選をほぼサザンドラ一体で乗り切った本戦要注意トレーナー。その不可思議なトレーナーズスキルから“さかさま”の二つ名で呼ばれる。

 注意事項:下降能力を反転させる、と言うトレーナーズスキルと三つ首で威力を下げる代わりに三度の“りゅうせいぐん”を打てるサザンドラの組み合わせで、1ターン目で“りゅうせいぐん”を無効化できなければ6段階『とくこう』を積まれることになる。チークでほぼ無効化できると予想できる。ただし、まだほぼ手札は切ってない様子なので、かなりの強敵と思われる。

 

 

 

 パタン、と一度ノートを閉じる。

 自身がチャンピオンロードを抜けてから早二週間。本戦開始まで残り十日時点での本戦登録者たちのデータをまとめてみたが、予想以上に手を隠したまま予選を抜けているトレーナーが多い。

「…………さかさま、か」

 予選のビデオなどは存在するのでチェックしたが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 そう感じた。ほとんど直感のようなものだが。

「情報が少なすぎるなあ」

 “りゅうせいぐん”を連打し続けているだけで火力は上がるわ、威力が酷いわ、でもしフェアリータイプが出てきてもサブウェポンに“とんぼがえり”で『はがね』タイプのジバコイルに交代。フェアリーを倒すとまた出てきて“りゅうせいぐん”の連打。

 本当にこれだけで予選を押し切ったのだから、その強さは本物だと思っていいだろう。

 

 両手を突き出し、背を伸ばす。

 長時間机に座っていたため少しだけ体が硬い。

 ホテルの部屋の椅子はその辺の安物よりよっぽど快適ではあったが、それでもすでに二時間近くこうして座りっぱなしだとお尻が痛くなってくる。

 ふと窓の外を見れば、すでに太陽は真上に昇っており、きつい真夏日が差し込んできていた。

 

「…………あいつらどうしてんのかな?」

 

 手持ちは今日は全員ボールから出して、自由にさせている。

 ここ一週間は割かしハードにトレーニングしていたし、対戦相手のレポートをまとめるついでに今日は一日は休養を取らせることにしたのだ。

 リーグ街には他のトレーナーたちもいるが、別に訓練しているところを見られているわけでも無いので問題ないだろうと思う。

 

 時刻を見れば十二時半。太陽が真上にあるのでそうかな、とは思っていたが、やはりもう正午を回っていたらしい。

 

「…………お昼でも食べに行こうかな」

 

 どうせホテルの中に適当なレストランあるし、そこでいいだろう、と考えつつ立ち上がり。

 

 こんこん、と扉がノックされる音に振り向く。

 

 …………誰か戻ってきたのか?

 

 と思いつつ、扉の覗き窓から見れば。

 

「…………イナズマ、とチーク?」

 

 何時もの仲良しコンビが戻ってきていたので、扉を開く。

 

 開いて。

 

「トレーナー!」

「ごふっ」

 

 開いた瞬間、チークが腹部に向けてタックルする。

 ちょうどその頭が自身のみぞおちを貫き、思わず息を吐きだしてしまう。

 

「ま、マスター!?」

 驚いたイナズマがチークを自身から剥がす。

 腹部の痛みで一瞬悶絶していた自身も、ゆっくりと体を起こし。

 

「…………な、何だよ、お前、えら」

 

 途切れ途切れになりながら、二人に尋ね。

 

「あのね、トレーナー! 聞いて欲しいのサ」

「その…………マスター、私も少し…………その、お話、あって」

 

 珍しく真面目な顔のチークと、少しだけ不安そうにしながらもそれでも絶対に譲れない、と言った様子のイナズマに驚きながら。

 

「…………ふむ、まあ取りあえず」

 

 指を立て、そのまま部屋に飾ってある時計を指さす。

 

「…………飯でも食いながら話さないか?」

 

 瞬間、チークのお腹からきゅるう、と音が鳴り。

 

「「………………あ、はい」」

 

 一瞬、互いに目を合わせた二人が頷いた。

 

 

 




コミュ回やりたいけど、やったら話数伸びすぎなのでコミュもどきをする(

因みに昨日徹夜で最終データ完成させたので、後は書くだけ。

それとトレーナーズスキル周りのシステム少し整備した。
詳細はまたその内。


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本戦開始一戦目前半

 

 

 こつん、こつん、と。

 選手用廊下を歩きながら、腰の付けたボールを手で触れる。

 ホウエンリーグ本戦の会場はリーグ街中央にある、巨大なドーム型スタジアムで行われる。

 リーグ街の先にある門は、このスタジアムの勝者だけが潜ることが許される。

 

 負ければこの街を去る、勝てば残る。

 

 シンプルな世界だと思う。

 

 選手用個別控室のあるスタジアム西側から選手用廊下を抜けて南へ。

 そこからスタジアム中央へと続く階段がある。

 一歩、一歩、足を進め、階段を登って行く。

 階段の先、スタジアムフィールドのほうからアナウンスの声が聞こえる。

 

「……………………さて」

 

 登るごとに、聞こえるアナウンスの声は大きくなるが、反比例するように自身の耳はその音が遮断していく。

 そうして階段を登り切り、最後の通路。

 

 ここを抜ければ、スタジアムフィールド。

 

 決戦の場だ。

 

 こん、こん、こん、と端から六つのボールを指でノックしていく。

 かたり、とその六つ全てのボールが揺れる。

 

 ふっ、と笑い。

 

「…………行くよ」

 

 そうして、足を踏み出す。

 

 

『さあ…………さあさあさあ!!! いよいよ始まります』

 

 

 実況席でアナウンサーが何かを喋っている。

 

『夏の風物詩、今年の夏も熱く盛り上がってまいりましょう!』

 

 けれど知らない、耳に入っては来ない。

 

『今年このリーグ本戦に出場するトレーナーは…………たったの8名! 予選通過者100名に対してたったの8名、毎年のことながらチャンピオンロードと言う場所がどれだけ過酷な場所か分かるでしょう』

 

 視線は真っすぐ、前だけを見据え。

 

『しかし、たった8名と言うなかれ、その過酷なるチャンピオンロードを突破した選りすぐりのエリートトレーナーたち8名による夏の祭典』

 

 スタジアムフィールドの端、トレーナーエリアに立つ。

 

 

『ホウエンリーグ本戦!!! 開 催 で す !!!』

 

 

 ボールを構え…………投げた。

 

 

 * * *

 

 

 ホウエンリーグ本戦に出場するトレーナーの数は8名。

 例年から見るとやや少ない、と言った数らしい。

 

 三度、だ。

 

 トーナメント形式のため、三度勝てば優勝が決定する。

 トーナメント表は、リーグ側が抽選を行い決定する。

 テレビで公開しており、参加者たちにはナビに直接連絡が届く。

 

 そして自身の一回戦の相手は。

 

「チーク!」

「ウッキー!」

 

 自身の先発はチーク。

 そして相手の先発は、エテボース。

 

「『プラスパワー』使用だ、突っ込むぞ!」

 

 “アイテムマスター『プラスパワー』”

 

「キュイッ!」

 

 “ねこだまし”

 

 安定、と言うより最早定石とすら言える、エテボースの初手“ねこだまし”。

 そして、定石だからこそ、対処も分かる。

 

「さてと…………いきなり切るよ、()()()()()()

「了解さネ」

かわせ! 躱して、相手の足を止めろ」

 

 “キズナパワー『かいひ』”

 

 エテボースが放つ“ねこだまし”をチークが横にずれて避ける。

 そうして、わざを放った一瞬の硬直を狙って。

 

 “ほっぺすりすり”

 

「き、キュイ?!」

 

 電撃を纏い、ぶつかるようにエテボースに触れたチークが。

 

「戻ってこい」

 

“ボルトチェンジ”

 

 そのままエテボースを蹴り飛ばして、ボールの中に戻った。

 

 

 * * *

 

 “アイテムマスター”ヒロアキ…………それが自身の一回戦の相手だ。

 噂によると某有名なトレーナーアイテムの生産会社の社長子息らしい。

 何だか誰かを思い出させる話である。

 

 それを裏付けるかのように大量の数の道具を膨大な種類揃えているらしい。

 そして“アイテムマスター”の二つ名を裏付けるかのようなトレーナーズスキル。

 

 厄介な相手ではあるが…………まあそれでもやるしかないのだ。

 

 

「さて…………お披露目だ、イナズマ!」

 

 次いで出したのは、イナズマ。

 

「…………はい!」

 

 前よりも、少しだけ前向きな、やってやる、と言った様子に少しだけ苦笑しながら。

 

「弾け」

「ウッキ! 投げろ」

 

 エテボースが所持物を投げようとして。

 

 “からだがしびれてうごけない”

 

 先ほどの『マヒ』がいきなり仕事してくれたらしい、痙攣したエテボースは動けない。

 その隙に、イナズマが動く。

 

 “わたはじき”

 

 その全身から弾けるように綿毛が飛び出し、相手の機動力を確実に奪う。

 

「っち」

 相手トレーナーが舌打ちする。麻痺は相手にとっても面倒らしい。

「次だ、貯めろ! イナズマ!」

「先に『マヒ』を解く、『かいふくのくすり』だ」

 

 “アイテムマスター『かいふくのくすり』”

 

 相手のトレーナーが投げつけた『かいふくのくすり』がエテボースへと降り注ぎ、その体を癒す。

 

 同時に、ばちん、とその足元で電気が弾ける。

 

「さあ…………行くぞ、ぶっこめ!」

「大丈夫です」

 

 “かじょうはつでん”

 “じゅうでん”

 

 バチバチバチバチバチ、と。

 今にも爆発しそうなほどの大量の電気がイナズマの周囲で弾け。

 

「行け! ウッキ」

「キュイ!」

 

 “なげつける『おうじゃのしるし』”

 

 投げられた道具がイナズマに当たり。

 

「あうっ…………い、痛い」

 

 一瞬、イナズマが怯む。

 

「リロードだ、ウッキ」

 

 “アイテムギフト『どくどくだま』”

 

 一瞬の隙を突いて相手トレーナーが道具を投げる。

 あの毒々しい色の玉は…………『どくどくだま』以外にあり得ないだろう。

 一瞬にしてエテボースが『もうどく』に犯される。

 だが『かいふくのくすり』を使えば元通り、と言うわけか。

 

 けれど、こちらのほうが一手早い。

 

「イナズマ、行けるか?」

「…………はい! 行けます、マスター」

 

 意気込みのあるイナズマの返事に、一つ頷き。

 

「じゃあ…………ぶっ放せ!」

「はい!!」

 

 ばちん、と。

 イナズマの足元で電気が弾ける。

 トレーナーズスキルも込みの“じゅうでん”によって、一瞬で場が磁力で満たされ。

 

 その磁力を引き寄せ、集め、誘導し、放つ。

 

 だから自身もシンプルに名を付けた。

 

 

 “レールガン”

 

 

 一言で言えば電撃のビーム。

 最早光の柱とすら呼んで過言ではない圧倒的な電撃の奔流。

 イナズマが欲し、求めた、必殺の電撃。

 

 だが。

 

 それでも。

 

使()()! ウッキ」

 

 “アイテムウェスト『きあいのハチマキ』”

 

「きゅ…………キュイ」

 

 生き残る、耐えきる。恐らく『きあいのタスキ』が『きあいのハチマキ』辺りを仕込んでいたのだろう。

 “アイテムマスター”の名を持つ相手だ、その辺、()()()()()()()()スキルを持っていても不思議ではない。

 

 ただ。

 

「きゅ…………きゅ…………い」

 

 タイミングが悪かった。

 よりにもよって直前で『どくどくだま』なんて持たせるから。

「っ…………」

 『もうどく』のダメージで最後の闘志まで削り取られる。

 

「ぐ…………う…………」

 

 と、同時に力を使い過ぎたイナズマが、一瞬、がくり、と膝を折りそうになる。

 トレーナーズスキル、の反動だ。一撃の威力を跳ね上げることができる代わりに、『とくこう』ランクが最低値まで落ちる。

 だから最初からその対策もしている。もぐもぐ、と口の中で事前に持たせておいたソレを食べて。

「…………う、まずっ」

 青い顔をしながら無理矢理飲み込む。

 瞬間、イナズマの全身へ力が再びこめられる。

「イナズマ」

「…………うぐぅ、ま、まず…………だ、大丈夫、行けます!」

 『しろいハーブ』を持たせていたのだが、味に問題があったらしい。

 まあ普通に考えて、ハーブなんて単品でしかも生食いするものでは無いから、当然なのかもしれないが。

 

「後でケーキ食べさせてやるから頑張れ」

「っ!? ホントですか!!?」

「勝てばな」

 

 負けたらリーグ街退場だから無理だ。

 

「絶対、勝ちます!」

 

 やる気は出たようで良かった…………と言って良いのか。

 視線をやると、先ほどのイナズマの圧倒的火力に悩んでいるのだろうか、相手トレーナーが少し悩んでいる様子だった。

 だがすぐさまボールを一つ掴むと、振りかぶり、投げる。

 

 出てきたのは。

 

「ギュアアアオオォォォォォォァ!」

 

 バンギラス。現れたと同時に特性によって『すなあらし』が巻き起こる。

 持ち物は恐らく『こだわりハチマキ』『とつげきチョッキ』『こうかくレンズ』の三つ。

 高い『こうげき』種族値から放たれる“じしん”は確かに脅威だろう。

 

 と、なれば。

 

「イナズマ、積め」

「受け取れギララ! 『プラスパワー』さらに“じしん”だ!」

 

 互いの指示が飛ぶ、だが“わたはじき”の効果で動きを制限されているバンギラスよりイナズマのほうが速い。

 

 “わたはじき”

 

 その全身に再び綿毛を纏い…………それを揺らすと同時、吹かせる。

 特技を作ったばかりの頃と違い、実戦で何度となく使ってきたわざだ。

 いい加減成長の一つもする。

 

 その『ぼうぎょ』ランクの上昇率は、ようやく“コットンガード”と同じ3に、『すばやさ』ランクの下降率に至っては、本来の“わたほうし”を超える3ランクになった。

 つまりたった二度の使用で自身の『ぼうぎょ』を極限まで高め、相手の『すばやさ』を最低辺にまで落とす凶悪なわざへと成長した。

 しかも弾く綿の量が増えたせいか、効果継続ターンも大分伸び、目算だが以前が5ターン程度とするならば、今は8ターン程度にまで伸びるかなり優秀なわざに成長した。

 

 …………いや、実機時代にこんなわざあればチートすぎてゲーム機ぶん投げるレベルだが、この世界だと優秀なわざ、程度で済んでしまうのが恐ろしくもある。

 

 さらに『ぼうぎょ』を上げたイナズマに。

 

 “アイテムマスター『プラスパワー』”

 “じしん”

 

「グギャアアアアアォォォォォ!」

 『プラスパワー』によって『こうげき』の上昇したバンギラスの“じしん”が容赦なく突き刺さる。

 

 けれども。

 

「……………………ん、ちょっとだけ、痛かったです」

 

 僅かに眉根を潜めたイナズマだったが…………それだけだ。

 

「……………………………………は?」

 

 さすがの光景に、相手のトレーナーが一瞬呆ける。

 

「イナズマ、貯めろ」

 

 トレーナーが呆けようと、試合は進んでいるのだ。

 例え相手のバンギラスが指示が無いと動けないとしても、そんなもの呆けているほうが悪い。

 

 だから。

 

 “じゅうでん”

 

 “つながるきずな”

 

  絆を紡ぐ(全体能力ランクの二段階向上)

 

  思いを重ねる(個別能力ランク上昇の全体化)

 

  心を繋げ(全能力ランクの累計化)

 

  縁を結ぶ(全体能力ランクの共有化)

 

 バチン、とイナズマの傍で電気が弾ける。

 同時に自身と、イナズマと、そしてボールの中の五匹との間にラインが結ばれる。

 

「っ!」

 その音に、相手トレーナーが我に返る。

 

「「戻れ!!」」

 

 次の指示は同時。

 

「なっ?!」

「読めるさ…………さっきの火力は怖いもんな」

 

 例え“とつげきチョッキ”と“すなあらし”で『とくぼう』が跳ね上がっていても、先ほどのあのバカげた威力を見ればそれは受けたくないだろう、ただじゃすまないのは明白だろうし、最悪一撃で落ちでもしたら、ほぼ詰みだ。

 そして“レールガン”を警戒するならば、次の手なんて読めている。

 

「くそっ…………来い! ディッくん!」

「さあ、行くぞ、シア!」

 

 互いに投げたボールからポケモンたちが飛び出す。

 こちらはシア。

 そして相手は。

 

「いらっしゃーい、ホルードくーん」

「タイミングばっちりでしたね、マスター」

 

 『じめん』タイプが出てくるのは予想できていた。事前の情報から相手の『じめん』タイプはホルードかグライオンの2体だと予想できていたし、ならばそのどちらにも刺さる『こおり』タイプのシアが最適解だろう。

 さらに今のシアはトレーナーズスキルにより『こうげき』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』が2段階、『ぼうぎょ』が6段階上昇している。

 元は受けを意識して育てただけあり、鉄壁と言っても過言ではない状態だ。

 

「さて…………シア、やるぞ」

「ご随意のままに、マスター」

 

 シアの言葉に、にぃ、と笑い。

 

「シア、やれ!」

「戻れ! ディッくん! 行け、ピピ!」

 

 咄嗟の判断、ホルードを戻し、出したのは。

 

「ルァッキー!」

 

 薄桃色の真ん丸。と言うとポケモンじゃなくて、ピンクの悪魔が出てくるが、今回はポケモンだ。

 ラッキー。特殊受け最強クラスの一体。

 だから、シアの『とくこう』2倍の攻撃でも受けきられてしまう可能性はある。

 

「攻撃だったら、ね」

 

 “あくび”

 

 シアが口元に手を当て、欠伸をする。

 ふざけているように見えて、実機時代に恐ろしいほど有用性の高かった立派な変化技だ。

 それを受けたラッキーもまた、僅かに目をすぼめ、欠伸をかみ殺す。

 

「なっ…………またかっ、また読まれた」

 

 顔を顰め、焦った様子を隠しきれなくなってきた相手トレーナーに、僅かに笑みを浮かべる。

 

「さて、シア…………行くぞ」

「はい、マスター!」

「くっ…………ピピ! ばら撒け!」

「ラァッキィー!」

 

 先手を取ったのはこちら。

「さて……………………行くわよ」

 シアが目を細め、ぐっ、と拳を握る。

 

 ふわり、と、シアの全身から水色の光球のようなものが浮かび上がって、その拳の中へと吸い込まれていく。

 

 一つ、二つ、三つ、四つ、と次々と光が集まり、拳の中の輝きを増していく。

 

 そうして全部で十四の輝きが集ったその拳を、ラッキーへと向け…………ばっ、と開く。

 

 “つなぐてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

 絶対零度もかくやの冷気の光がラッキーへと降り注ぐ。

「ルァァァァ?!」

 全身を凍てつかせる冷気にラッキーの動きが徐々に鈍って行き。

 その全身を凍り付かせる。

「…………ぐっ、くそ! 『かいふくのくすり』だ!」

 

 “アイテムマスター『かいふくのくすり』”

 

 相手のトレーナーの投げた『かいふくのくすり』によってラッキーのHPが全回復し、さらに『こおり』状態が解除される。

 

「無駄だよ!」

 

 『こおり』状態から解き放たれたラッキーに向け、シアがもう一度、拳へと光を収束させ。

 

 “つなぐてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

「もう一発だ!」

「クソガアアアアアアアアアア!」

 

 再び放たれた凍てつく冷気の光がラッキーを襲い。

「ラ…………ラッ」

 ()()()()()()()()()()()()

 

 さらに先ほどのわざと合わせ、ラッキーの周囲に渦巻く冷気がどんどんと上がって行き。

 

 はらりはらり

 

 『すなあらし』が冷気によって凍り付き、『あられ』が振りだす。

 轟々、と凄まじい勢いで吹き付ける容赦の無い『あられ』がラッキーのHPを一方的に削って行き。

 

 そして。

 

「シア!」

「行きます!」

 

 シアの手に冷気が収束する。

 

 相手はそれを見ていることしかできない。

 

 ラッキー以外の手持ちは『ホルード』『グライオン』『バンギラス』と残り一体。

 

 残りの一体が何なのか、最後まで分からなかったが、恐らくエース級ポケモンだと予想している。

 

 つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勿論『ヤチェのみ』等でダメージを軽減できるだろうが。

 『こおり』状態はどうにもならない。

 

 大よそ事前調査の時点で分かっていたことではあるが。

 

 任意のタイミングで任意の道具を使用できるトレーナーズスキルがある。

 確かに強力だ、何せピンチなら『かいふくのくすり』を使えば元通り。

 先ほどもそれで凌がれた。

 

 だが。

 

 それは連続では使えないと予想できる。

 当たりまえだが、投げて使う、と言うやり方である以上、準備と言うものが必要だ。

 だから、道具パックの中から使う道具を出している時間が必要になる。

 

 だから。

 

 だから、無意味なのだ。

 

 例え2ターンに一度使えたとして。

 

 『すばやさ』の差が明確過ぎて、凌ぎきれない。

 ここを凌いでも、次のターンで落ちるかどうかの差。

 

 故に――――――――。

 

 “つながるてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

 撃ち抜く冷気の光がラッキーを襲う、だが倒れない。さすがにしぶとい、もしかすると『オボンのみ』辺りでも持たせていたのかもしれない。

 あの圧倒的HP種族値で『オボンのみ』は確かに驚異的だが。

 

 もう無意味だ。

 

 “つながるてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

 三度目の正直。

 放たれた凍てつく光に。

 

「…………キィ…………」

 

 倒れる。

 

 ――――――――ラッキーはここで捨てるしかない。

 

 道具の使用にスキルが特化しすぎて。

 

 リーグトレーナーならかなりの割合で持っているはずの“スイッチバック”などの高等技術を持っていない。

 

 これで。

 

「四対六」

 

 こちらの損害はほぼ無いと言っても過言ではない。

 魅せ札も切った、相手はそれに目が眩んでいる。

 

 だから。

 

「…………さて、このまま勝ちに行かせてもらうよ」

 

 不敵に笑った。

 




トレーナーズスキル(A):キズナパワー
ターン開始時発動、『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』『きゅうしょ』『めいちゅう』『かいひ』『かいふく』『かんつう』『むこうか』の中から一つ選択し、発動する。
『かいひ』→ターン中一度だけ相手のわざを必ず回避する(必中技には無効)。

裏特性:でんじかそく
『でんき』タイプのわざを使用したり、受けるたびに『じりょくカウンター』を一つ貯める。『じりょくカウンター』が1つ貯まるごとに『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する(最大6個)。

特技:わたはじき 『くさ』タイプ
分類:わたほうし+コットンガード
効果:自身の『ぼうぎょ』ランクを3(2)段階上昇させ、さらに8(5)ターンの間相手全体の『すばやさ』ランクを3(2)段階下げる

特技:レールガン 『でんき』タイプ
分類:かみなり+じばそうさ
効果:威力180(150) 命中100(85) 優先度+1 
『じりょくカウンター』が2つ以上無い時、このわざは失敗する。『じりょくカウンター』が3個以上の時、多い分だけこのわざの威力を30上昇させる(最大4つ分)。このわざを使用した時、場の『じりょくカウンター』を全て取り除き、100%の確率で『とくこう』を二段階下げる。自身の場に「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などがある時、威力50の追加攻撃を行い、「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などを取り除く。

専用トレーナーズスキル(P):かじょうはつでん
「じゅうでん」を使用した時、『じりょくカウンター』を6つ増やし、次に使用する『でんき』わざの威力を2倍にするが、『でんき』わざを使用した時、自身の『とくこう』を12段階下げる。


トレーナーズスキル(A):つながるきずな
行動直前時発動、戦闘に出ているポケモンの全能力を2段階向上させる、スキル発動以降、あらゆる状況で交代をしても戦闘に出ていたポケモンの能力ランクや状態変化を全て引き継ぐ(『ひんし』からの交代でも引き継ぐ)。
(多少手直し入れたのでもう一度記載)


トレーナーズスキル(P):つなぐてとて
技や特性、トレーナーズスキルなどの確率を手持ちの数×10%高める。


特技:アシストフリーズ 『こおり』タイプ
分類:れいとうビーム+アシストパワー+あられ
効果:威力60 命中100
自分のいずれかの能力ランクが1つ上がる度に威力が20上がる。10%の確率で、2ターンの間天候が『あられ』になり、30%の確率で相手を『こおり』状態にする。




“アイテムマスター”ヒロアキ

使用ポケモン


エテボース 特性:テクニシャン 持ち物:おうじゃのしるし、きあいのハチマキ、ノーマルジュエル
わざ:なげつける、ねこだまし、とんぼがえり、かたきうち


ホルード 特性:???? 持ち物:????
わざ:????、????、????、????


ラッキー 特性:しぜんかいふく 持ち物:しんかのきせき、たべのこし、オボンのみ
わざ:わざ:ちきゅうなげ、いやしのねがい、にほんばれ、ステルスロック


グライオン 特性:???? 持ち物:????
わざ:????、????、????、????

バンギラス 特性:すなおこし 持ち物:こうかくレンズ、こだわりハチマキ、とつげきチョッキ
わざ:じしん、????、????、????

???? 特性:???? 持ち物????
わざ:????、????、????、????

共通裏特性:コレクター
持ち物を3種まで持てる

共有トレーナーズスキル(P):アイテムギフト
ターン開始時、持ち物枠が空いている味方に「どうぐ」を持たせる。“アイテムチェンジ”を使用した時、この効果は使用できない。

共有トレーナーズスキル(P):????

共有トレーナーズスキル(P):????

共有トレーナーズスキル(A):アイテムマスター
ターン開始時、任意の道具を一つ選択する。選択した道具を任意のタイミングで使用できる。1度使用すると1ターンの間はこの効果を使用できない。

共有トレーナーズスキル(A):アイテムウェスト
1ターンに1度、任意のタイミングで自身の消費する持ち物を条件を無視して発動させる。ただし効果が無かった場合でも、持ち物を消費する。





水代大変なことに気づいた。
確かに徹夜してハルトくんの手持ちはデータ作った。


相手のデータ作ってなかった


あと本戦2人、四天王4人にチャンピオン…………あ、あと7人、だと(震え声



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本戦開始一戦目後半

妖怪がクロスとかシェアワールドとか騒いでたから、パーティ案募集して、読者案パーティのポケモンバトルしたくなってきた。


 6-4

 

 こちらはイナズマが多少のダメージを負っているのみで、ほぼ無傷。

 あちらはすでに二体『ひんし』。

 状況的には圧倒的有利。

 

 だが油断はできない。

 

 少なくとも、予選を勝ち抜き、あのチャンピオンロードを抜けてきたトレーナーなのだ。

 まだ何か隠し持っている可能性は高く、何よりも一度も出していない最後の一体が気になる。

 

 だがもう負けることは…………無い。

 

 やってみて分かったが、あのトレーナーズスキルは厄介だ。

 回復、補助、どちらも両立できる上に、本来きのみを使わなければダメ―ジを受けた直後の回復などできないところを『かいふくのくすり』で一気に、それも多少の間隔は開けど何度でも全回復できる。

 あれをどうにかするなら回復が追いつかないほどのダメージを与える必要がある。

 だがそのために『貯め』を見せれば相手も補助に道具を使用をしてくる。

 

 なるほど、拮抗すればするほど、相手にひたすら優勢に傾いていく。

 

 拮抗していれば…………だが。

 

 要するに、随所に小細工を仕込むスキルだと思えば良い。

 ポケモン同士の能力の差が小さいほど、小細工が効いてくる。

 だが逆に、ポケモン同士の能力の差が圧倒的なほどに開いていれば、多少の小細工など無意味だ。

 いくら道具を持たせようと、いくら能力補助をしようと、レベル1がレベル100に勝てる道理など早々無い。絶対的な能力の差を覆すならば、戦略が必要だ。

 

 やっていて分かるが、読みが甘い。

 こちらが軽い誘導をかければ、素直なほどに乗って来る。

 予選までの相手ならばそれでもスキルの差で押し勝てたかもしれないが。

 

 そして何よりも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 相手のポケモンも確かに個体値の高いポケモンを選んでいるのかもしれないが、それでも3Ⅴ、良くて4Ⅴだろうか。

 だが自身のポケモンたちは全て6Vである。そこにさらに努力値によって底上げも行っている。

 基礎能力からして違い過ぎる。

 

 だから、もう、負けは無いのだ。

 

「シア…………このまま行くよ」

「あら…………ふふ、そうですね、久しぶりに頑張ってみます、マスター」

 

 呟く自身の言葉に、シアが微笑む。

 唇を噛みしめ、相手がボールを握り。

 

「行け、ギララ!」

「グルォォォォアアアアアアアアアア!」

 

 再び現れたのはバンギラス。

 そうしてバンギラスが現れたことにより『あられ』が『すなあらし』に上書きされる。

 

「ギララ、チェンジだ」

 

 “アイテムチェンジ『ラムのみ』”

 

 相手が投げた何かの木の実をバンギラスが受け取る。代わりにぽろり、とバンギラスが何か落とす。

「あれは…………『こうかくレンズ』、かな」

 鎖の着いたグラス状のそれを見て、恐らく『こうかくレンズ』だろうと予測をつける。

 そして同時に、何を渡したのかも簡単に予想できる。

 

「バカだねえ…………シア」

「はい、マスター」

 

 読みやすい相手、と言うのは致命的なまでにやりやすい。

 特に現状の自身のパーティはメインアタッカーができるポケモンが半数を超えている。

 そこに常時能力変化の引き継ぎ効果(バトンタッチ)のサイクル戦を展開する自身にとって相手の次の手が読めると言うのは何よりもやりやすい。

 

「ヤチェでも持たせれば良かったのにね」

 

 ヒロアキと言うトレーナーはどうも思考の切り替えが下手なタイプらしい。

 イナズマへの対処を見ればそれは分かる、だからシアに痛い目を見せられてからの対処は分かり切っている。

 

 “つなぐてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

 凍てつく冷気が『すなあらし』を凍り付かせ『あられ』へと変化させる。

 同時、シアの手から放たれる冷気の光がバンギラスを覆う。

 だが『とつげきチョッキ』持ちの上に直前まで『すなあらし』状態のバンギラスだ。

 一撃くらいなら持ち堪えれる。

 

 そうして反撃しようとして、けれどその全身が『こおり』ついて動けない。

 直後、バンギラスの口が動き、先ほど渡されたらしい木の実を咀嚼し、飲み込む。

 途端、バンギラスが動き出し。

 

「グゴオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “ストーンエッジ”

 

 振り上げた拳を大地へと叩きつける。

 途端、シアの足元の地面が隆起し、岩の刃を産み出して。

 

「あら、痛そうね」

 

 ひょい、と刃を避ける。

 自身でもほとんど活用したことは無かったが、シアの特性は“ゆきがくれ”だ。

 『あられ』状態の現状ならば、命中率の低く、しかも『こうかくレンズ』の命中補正を捨てたストーンエッジならば問題無く避けることができる。

 ゲームならば80%の0.8倍で命中率64%と言ったところだが、現実ならばそんな命中率のわざ、ある程度訓練すれば避けるのは容易だ。

 わざの熟練度を高め、命中80のわざでも()()()()()さえつかめば()()()ことは出来る。

 だが『こうかくレンズ』で常時命中を補っているのが常態とするならば、現状それを失くしてしまっている状況で常と同じように当てることなど無理な芸当だ。

 便利な道具に頼ればその分鈍ってしまうものもある、と言うこと。

 

 とは言っても、結果は変わらない。

 

 持ち物を変えず『こおり』つく瞬間に『かいふくのくすり』を投げる。

 そして『こおり』状態から回復しながらわざを出す。

 そのくらいできなければこの状況を覆すことなど不可能だ。

 

「シア」

「はい」

 

 もう『すなあらし』は無い。

 『とくぼう』の補助は『とつげきチョッキ』だけであり、だがシアとて『とくこう』が2倍になっている。

 故に『すばやさ』の差で、シアにもう一度行動を許した時点で、もう終わりなのだ。

 

 “つなぐてとて”

 

 “アシストフリーズ”

 

 吹き荒れる冷気の輝きがバンギラスを襲い。

 

「グル…………ルァ…………」

 

 ずどん、とバンギラスが倒れる。

 

 これで、三体目。

 

 相手の顔が青を通り越して白くなっているが、大丈夫だろうか、なんて思いながら。

 

「…………っ、頼む! バナ!」

 

 震える手でボールを掴み、投げる。

 

「バァァァァォォォォォォォ!!!」

 

 出てきたのは、フシギバナ。

 

「…………ふむ」

 相手トレーナーの顔色を考えるに。

 メガシンカは無さそうだ。

 そして、フシギバナと言えば“ソーラービーム”を連想するが、“ギガドレイン”、などもありそうだ。

 持ち物は…………最後の一体、と言うことを考えれば、恐らくこのフシギバナがエース。

 と言うことは『こだわりメガネ』あたりはあるかもしれない。複数持てると言うことだし『きあいのタスキ』『きあいのハチマキ』のどちらか、あとは『きせきのたね』なども一応候補になるだろうか。

 だが問題は現状『あられ』だと言うこと。

 もしかすると、今までに倒したポケモンの中に“にほんばれ”持ちが居た可能性もある。

 エテボースは先発、と考えれば真っ先に倒される可能性を考えるなら恐らく違う。フシギバナは最後まで隠したいだろうし、受けポケの中に一体。そして現状すでに倒されているとするならば、恐らくラッキー。バンギラスは特性が“すなおこし”だし、アタッカーとして攻撃に専念して欲しいだろうから、間違いないだろう。

 

 と、考えた上で、すでにもう“にほんばれ”は出来ず、しかも『あられ』天候。

 “ソーラービーム”は無いと考えていいだろう。

 恐らく相手の手持ちの中で辛うじてシアをどうにかできる可能性があるのがフシギバナ、と考えるとこの状況で“ギガドレイン”は無い気がする。

 何せバンギラスが1ターンしか持たなかったせいで、後1ターン分程度だけ“わたはじき”の効果が残っている。

 『すばやさ』の差を考えればこのターンを凌げなければ二連続“アシストフリーズ”で終わりだ。

 となれば“まもる”と言うのもあるかもしれない。

 これは第一案として考えていいだろう。

 

 そしてもし攻撃してきた場合だが“ギガドレイン”でも“ソーラービーム”でも無いなら。

 後は何だろう…………フシギバナが覚えており、尚且つシアの大打撃を与えることができる技。

 恐らくあったとしたら特殊技だろう、フシギバナは両刀できなくても無いが、基本的には特殊アタッカーである。

 

 シアの弱点タイプは『かくとう』『いわ』『はがね』『ほのお』。

 

 フシギバナが覚えるこの辺りのタイプのわざで威力の高いものは無い。

 あるとすれば…………。

 

 めざめるパワー…………?

 

 個体値によってタイプが変動するこのわざならば或いはシアでもそれなりに食らうかもしれないが。

 だが個体値調整なんてこの世界のトレーナーができるとは思えない、個体値なんて概念持ってるならば最初から6Ⅴ探してくるだろうし、ならば偶然、そう言う個体値と言う可能性はある。

 

 第二案、としておこう。

 

 そして最後は。

 

 『くさ』タイプで一番強いわざ。

 

「ふむ…………まあこれ以上考えても無意味かな」

 

 恐らく“まもる”。だがもし攻撃してきてもそれはそれで構わない。

 

「戻ってシア」

「バナ! 最大火力で吹っ飛ばせ!」

 

 “アイテムウェスト『イバンのみ』”

 

 ボールにシアを戻し、次のボールを持ったところで、フシギバナが動き出し。

 

「行って、リップル」

「はいはい、どーんとお任せだよ」

 

 リップルがフィールドに降り立つと同時。

 

 

 地面が隆起する。

 

 

 “ハードプラント”

 

 

 ズドオオオオオオオオオオオ、と激しい音を立てながら地面から何本もの巨大な植物の根が現れ。

「わあ」

 驚くリップルへと根が一斉に襲いかかる。

 

 “ハードプラント”

 

 『くさ』タイプ最強のわざ、と言って良いだろう。

 簡単に言えば『くさ』タイプ版の“はかいこうせん”と言ったところか。

 タイプ一致、さらに持ち物で威力を底上げし、放たれた脅威の一撃。

 

 だったのかもしれないが。

 

「あいたた…………ちょっと打っちゃったよ、痣になってないといいなあ」

 

 わざが解除され、根が戻って行く。

 それと同時に、平然とした顔でリップルが戻って来る。

 

「…………な…………あ…………」

 

 切り札、だったのだろう一撃。

 それをこうも平然とした顔で受けられ、さすがに動揺を隠せない。

「スイッチバック、シア」

 リップルをボールへと戻しながら、同時にシアをボールから出す。

 

 フシギバナは反動で動けない。

 

「シア…………落とせ」

「はい…………マスターのご随意のままに」

 

 シアの手へと光が集う。

 そうして放たれる冷気の光にフシギバナが覆われ。

 

「…………ば…………な…………」

 

 フシギバナが倒れる。

 

 それと同時、相手が膝から崩れ落ちる。

 

 そうして。

 

「…………参りました」

 

 呟かれた言葉。

 

 6-2

 

 だが残り2体を出そうと結果は変わらない。

 『ぼうぎょ』4倍のグレイシアの守りを抜き、『とくこう』2倍の弱点技を防ぐ手立てが最早無い。 

 

 つまり。

 

 詰み、だった。

 

 

 * * *

 

 

 一回戦全試合終了。

 

 その報告がされた頃にはすでに日が沈みかけていた。

 

 難敵、と言うにはほど遠い相手ではあった。

 物足りない、と言われれば確かにそう言う感じもあったかもしれない。

 

 それでも…………決して楽勝だなんて言えない。

 

 読み間違えれば確かに危険はあったし、何よりも大舞台で試合をすることへの緊張感とでも言うのか、そう言ったものが自身の精神を蝕んでいたのを、終わって初めて気づく。

 

 ぐったりとホテルのベッドの上で寝転がりながら、目を向けることすらせず垂れ流したテレビが今日の試合結果についてニュースで報道を始めたのに耳を傾ける。

 

『さてさて、先ほど本日のホウエンリーグ本戦一回戦の全試合が終了致しました。現場のアナウンサーに中継を繋ぎましょうか』

 

 起き上がることも、画面に目を向けることもせず、全身に感じる疲労感に身を投げ出したまま動かない。

 そんな自身を他所に、ニュースが続く。

 

『こちらホウエンリーグスタジオです。今年も特例の許可をいただきやってまいりましたが、本日のホウエンリーグも先ほど最後の試合が終了し、明日のトーナメントの対戦組み合わせが決定いたしました』

 

 アナウンサーがテレビの中で語る言葉を聞いていると、ぴろん、とマルチナビに電信が届く。

 

「ん…………次の対戦相手か」

 

 リーグは一日で全試合を行うが、一度試合を行えば次の試合までに一週間程度の期間を設ける。

 一日で試合を終わらせるのは先に終わらせたトレーナーと後に終わらせたトレーナーの間に時間と言う不公平を極力作らないようにするためであり、同時に対戦を終えたトレーナーはその日一日、スタジアムへの立ち入りを禁止され、次の相手の情報が漏れないように制限される。

 実際のところ、リーグが始まってから情報を得るのは中々に難しい。

 だからこそ、リーグが始まる前により多くの情報を得、自身の情報を一つでも隠せるか、そこが重要になってくるのだ。

 

 リーグはトーナメント式だ、だからこそ、自身の相手は二名に絞られる。

 

 とは言うものの、片やチャンピオンロードを期間ギリギリで抜けてきた無名のトレーナーと、情報もしっかりと集まっている有名なドラゴン使いである。

 あのチャンピオンロードをギリギリで抜けてくるのは大体が、大回りで安全な道を取ってきたトレーナーが大半であり、実際の実力はそれほどでも無いことが多い。

 ドラゴン使いのほうは、準伝説のラティアス、ラティオスすら使う圧倒的な力の持ち主だ。

 

 結果はもう見るまでも無いだろう。

 

 そう思い、ナビを置こうとして。

 

『第四試合の結果は大番狂わせでした、あのドラゴン使いライガ選手が、無名のトレーナールルノ選手に敗れました』

 

 テレビで告げられた言葉に、目が点になる。

 

「……………………は? はあ?!」

 

 大慌てでナビを起動させ、通信を確認する。

 

 二回戦第二試合 ミシロタウン ハルト 対 タチワキシティ ルルノ

 

 表示された名前に、顔が引きつる。

 

「やばい…………やばいぞ」

 

 相手はあの準伝説と600族含めたガチガチのドラゴンパーティに勝つほどの実力者。

 だと言うのに、受付はギリギリ、そして無名。

 予選でのデータも今探しているが、やはり無名だけあって情報も探しづらい。

 

 つまり。

 

「…………ほぼ初見ぶっつけ本番、か」

 

 自身で呟いた言葉に、思わず嘆きたくなった。

 

 

 




エテボース 特性:テクニシャン 持ち物:おうじゃのしるし、きあいのハチマキ、ノーマルジュエル
わざ:なげつける、ねこだまし、とんぼがえり、かたきうち


ホルード 特性:ちからもち 持ち物:ちからのハチマキ、やわらかいすな、チイラのみ
わざ:じしん、おんがえし、とんぼがえり、ストーンエッジ


ラッキー 特性:しぜんかいふく 持ち物:しんかのきせき、たべのこし、オボンのみ(アイテムチェンジorアイテムギフト→あついいわ)
わざ:ちきゅうなげ、いやしのねがい、にほんばれ、ステルスロック


グライオン 特性:ポイズンヒール 持ち物:どくどくだま、やわらかいすな、たべのこし
わざ:じしん、どくどく、まもる、みがわり


バンギラス 特性:すなおこし 持ち物:こうかくレンズ、こだわりハチマキ、とつげきチョッキ
わざ:ストーンエッジ、ばかぢから、じしん、かみくだく


フシギバナ 特性:しんりょく 持ち物:こだわりメガネ、きせきのたね、イバンのみ
わざ:ソーラービーム、ハードプラント、ギガドレイン、せいちょう

専用トレーナーズスキル(P):アイテムフリー
自身の持ち物の不利な効果を無視する。



共通裏特性:コレクター
持ち物を3種まで持てる

共有トレーナーズスキル(P):アイテムギフト
ターン開始時、持ち物枠が空いている味方に「どうぐ」を持たせる。“アイテムチェンジ”を使用した時、この効果は使用できない。

共有トレーナーズスキルP):アイテムチェンジ
ターン開始時、味方の持ち物を一つ選んで任意の「どうぐ」を入れ替える、“アイテムギフト”を使用した時、この効果は使用できない。

共有トレーナーズスキル(P):アイテムスチール
相手に直接攻撃をした時、相手の持ち物を奪う

共有トレーナーズスキル(A):アイテムマスター
ターン開始時、任意の道具を一つ選択する。選択した道具を任意のタイミングで使用できる。1度使用すると1ターンの間はこの効果を使用できない。

共有トレーナーズスキル(A):アイテムウェスト
1ターンに1度、任意のタイミングで自身の消費する持ち物を条件を無視して発動させる。ただし効果が無かった場合でも、持ち物を消費する。



折角作ったデータと戦術…………8割以上ハルトくんに潰されたよ、畜生が!!!
次の相手では滅多メタに苦しめてやるからなあキサマァ!



こだわりメガネ? きせきのたね? 小賢しいんだよ!!!

「とくぼう」2倍かつ『くさ』半減のヌメルゴンがその程度でダメージ食らうかよ!!!!!!!!

と言う話。
久々じゃないだろうか、ヌメルゴンの『とくぼう』がこんなにも目立ったのは。
そしてシアがアタッカーするのなんて野生の時以来な気がする(


最近ふとポケモン小説探したらロリマンダを信仰する小説があったので、1話目からずっと感想にマンダ賛美を爆撃してる水代である。


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野生らしい、と言えば野生らしい

 

 少しだけ時を遡って。

 本戦受付を済ませた翌日。

 

 ホテル出て、ポケモンセンターに向かい、全員の回復を終え、ボールを受け取る。

 そうして一度ホテルに戻り、バトルの出来るような場所を聞き、訓練所へと向かう。

 

 大丈夫、だとは思うが、一応の警戒はしておく。

 

 訓練所の一室を借いる、幸いまだ他のトレーナーは誰もチャンピオンロードを突破していないので、貸し切り同然だった。

 屋外訓練所は行ってみればテニスコートを三倍くらい広くしたような形の場所だった。

 もしかしたら暴れる可能性もあったので、都合が良い、と思いながら、訓練所の中央に立ち。

 

 そしてボールを二つ構える。

 

「エア」

 一つを投げる。

「…………出すのね?」

 出てきたエアが、こちらを向くので、一つ頷く。

「分かったわ」

 それだけで察したらしいエアが自身の後ろに立ち。

 

「……………………暴れない、よな?」

 

 もう一つのボールを投げる。

 

 そうして出てきたのは。

 

「…………………………………………」

 

 無言でこちらを見つめる、青灰色の着物とミニスカートを足したような和装の少女。

 どことなく忍者を彷彿とさせる衣装だが、肝心の少女がまるで忍ぶと言う言葉を知らないと言わんばかりに威圧感を放っているのが、余りにもミスマッチだった。

 ちりちり、と少女の放つ威圧感に思わず肌が焼け付くような感覚すら覚え。

 

「……………………はあ」

 

 ため息一つ、と同時に少女から放たれる威圧感が完全に霧散する。

 一歩、少女が自身へと歩を進める。

 

 そして。

 

「負けた以上…………そして欲せられた以上は、それに従うが、道理か」

 少女が自身を見つめる。身長の問題で、やや見下ろされてしまっているが、その目にすでに敵意は無い。

「オーケイ、認めるよ、アンタが私のボスだ」

 その言葉に、自身の後ろでエアが警戒を解く。

 

 と言うことがあったのが、約一月前の話。

 

「そんで…………アタイに何か用かい? ボス」

 

 一回戦終了から明けて翌日。

 次の二回戦まで一週間ほどの時間があるため、今まで聞きそびれていたが、今の内にどうしても聞いておきたいことが一つあった。

 

()()()()()()について、知ってることを教えて欲しい、()()()

 

 ホテルの部屋で、椅子に腰かけながら、ホテルのベッドに腰かけその柔らかさに驚いている自身がアースと名付けた少女に尋ねる。

 

 だが。

 

「…………げんし、かいき?」

 

 不思議そうに首を傾げるアースに、思わず、えっ、と声を漏らす。

 

「えっと…………なんだい、それ?」

「え、え?! だって、アース自分でしてたじゃん…………って、あ」

 

 呟きと共に気づく。

 野生のポケモンがそれに名前など付けているはずが無いのだと。

 困ったように首を傾げるアースに、ゲンシカイキの簡単な説明と、戦った時に起きた現象について話。

 

「ああ! …………あれかい」

 

 十数分語り続け、ようやく理解が得られる。

 同時にアースが困ったような表情で告げる、

 

「と言ってもなあ。あれは洞窟の中で拾った石を持ってたらなんか強くなってた、ってだけでアタイも良く分ってないし」

「取りあえず、石のほう見せて欲しいかな」

「んー…………ボスがそう言うなら」

 

 少しだけ不満そうな表情ではあったが、渋々、と言った様子で口を開き、舌の上に乗った石を…………。

 

「…………なんで口の中に入ってるの」

「へ? はって、はくしはらはいへんはろ?」

「失くしたら大変…………かな? いや、まあ分かるけどさ…………」

 

 野生のポケモンだったわけだし、エアのメガストーンのようにアクセサリーにして身に着ける、と言うわけにもいかないのかもしれない。

 アースの舌の先の石に手を伸ばす、唾液でべたべたになった石を掴み、そのまま洗面所まで持って行って水で流す。

 備え付けのタオルで綺麗に磨き、再び椅子に座ってそれを翳してみる。

 

「……………………ふーん、なるほど、ね」

 

 琥珀色の真ん丸な石ころ。

 透き通っており、光に翳せば眩しいくらいに。

 そして中には何かの文字のような紋様。

 

「…………やっぱり、これか」

 

 自身のポケットから取り出したのは、いつかのルージュが持ってきた同じく琥珀色の石。

 

「…………あん? ボスも持ってたのかい?」

 

 アースの言葉に、確信へと至る。

「例えばアース…………こっちのほうでもゲンシカイキできるのかな?」

 そう尋ね、ルージュの持ってきたほうの石を渡す。

 アースがそれを受け取り、しばし見つめ。

 

「…………()()()()()()

 

 そう呟いた。

 

 なるほど、石と石に互換性はある、と言うか同じ物、と考えるべきか。

 ゲンシカイキに必要なのは“自然エネルギー”だ。

 それが何なのか、具体的には良く分らない。

 だがこの石でゲンシカイキらしき現象を起こせる、と言うのならば。

 この石には“自然エネルギー”が蓄積されている、と言うことになるのだろうか。

 

「…………ん?」

 

 よくよく見れば、二つの石に僅かに違いがある。

 

「…………色が薄い?」

 

 アースの持っていた石のほうが色素が薄い気がする。

 そんな気がする、と言ったレベルではあるが。

 

「んー?」

 

 自身の呟いた言葉に、アースが近寄ってきて二つの石を見比べる。

「んー? なんつうのか…………総量が違う?」

 呟いたアース自身が首を傾げるが、こちらには何となく分かってきた。

 つまり、使ったから、と言うことだろう。

 

「一つ聞きたいんだが、今こっちでゲンシカイキできるか?」

 

 アースの持っていた石を差し出し、アースに渡す。

 また石を見つめていたアースが、首を振る。

 

「無理、だね」

 

 その言葉に、理解する。

 

 つまりこの石は“自然エネルギー”を蓄積する。

 そして蓄積した“自然エネルギー”を消費してゲンシカイキを行うことができる。

 消費した“自然エネルギー”は何らかの方法で再び蓄積することができる。

 

「今までどうやって貯めてたの?」

「さあ…………? 気づいたら勝手に、だね」

 

 これまでゲンシカイキしたのがあれ一回だなんてはずないだろうし、だったらどうにかして蓄積していたはずなのだろうが、本人すらそれが分からない、となると。

 

「自然エネルギーなら自然の中に置いとく、とか?」

 

 チャンピオンロードやミシロ近くの森。この石が見つかったところは総じて自然の中だし、そう言うこともあるのかもしれない。

 

 と、なると。

 

 次の問題は。

 

「…………何でゲンシカイキ出来るんだろう、アース」

 

 少なくとも実機でゲンシカイキを行えるのはグラードンとカイオーガだけであった。

 ガブリアスができるのはメガシンカくらいのはずだが。

 

「…………この辺の条件、考えてみるか」

 

 もしこれが他のやつらにも使えるならば。

 

 これは大きな力になる。

 

 考えるだけで。

 

「…………夢が広がるなあ」

 

 

 * * *

 

 

『ホウエンリーグ一回戦、今年もホウエン地方トレーナーの頂点を決めるべく、チャンピオンロードを突破したトレーナーたちが熱いバトルを繰り広げています』

 

「ジムリーダー! リーグの番組やってますよ!」

「センリさーん! 早く早く」

「分かっている」

 ジムのトレーナーたちに呼ばれてテレビを置いた部屋へとやって来る。

「全く…………すでに試合は終わっているんだ。今更焦っても仕方がないだろうに」

「何言ってんですか、この日のためにジムのテレビ大型に買い替えたくらい楽しみにしてたのジムリーダーじゃないですか」

「録画機器まで完璧に用意して、番組予約までしてる人の台詞じゃないですよ、センリさん」

 

 ジムトレーナーたちのジトっとした視線を躱すようにテレビへと視線を向ける。

 直径2m四方はある大型テレビの画面の中で、ポケモンバトルをする見知った少年が映し出されている。

 

「たどり着いたか…………ハルト」

「おおおおおおお! ハルトくんだ、本当にホウエンリーグ本戦まで進んじゃったんだなあ」

「さすがセンリさんの息子さんと言うべきか」

「いやあ、あれはハルトくんが純粋に凄いだけだろ、昔から見てたけどあれは一種の天才だよ」

「五歳児が一か月間毎日飽きもせずにバトルし続けてたのはさすがにどうかと思ったけどね」

 

 ふと気づけば、ジム所属のトレーナーたちが二人、三人、四人、五人、と次々と増え、今では大型テレビを囲うように二十人近いトレーナーたちが集っていた。

 

「お前たち、鍛錬はどうした」

「いやー、こんな時くらいは良いじゃないですかジムリーダー」

「そうですよ、折角ハルトくんの晴れの舞台なのに」

「独りだけ見るとかそれは無いっすよ、リーダー」

 そうだそうだ、と騒ぐジムトレーナーたちに、存外自身の息子は愛されているのだな、と感じる。

 実際のところ、ジムに通っていたのは五年前に一月だけだが、その一月で強烈な印象を擦り込み、さらにその後も何度か自身がジムに呼んでいたため、未だに古参のトレーナーたちの間では、記憶されているようだった。

 

「相手は…………アイテムマスター?」

「二つ名持ちかよ、ハルトくん大丈夫か?」

 

 二つ名持ち、とはつまりそれだけ印象強く暴れたトレーナーである、と言うことの証明だ。

 自称、では二つ名はつかない。他人に呼ばれて初めて二つ名となる。

 トレーナー本人や観客たちが勝手に呼ぶだけならばまだしも、それを公共機関が告げる、と言うことはそれだけ認知度が高い、と言うことの裏返しでもある。

 つまり公然の事実、と言うやつだ。

 

 二つ名を持っている、と言うことはそれを認知されるだけの実力がある、と言うことでもある。

 故に二つ名持ち、と言うだけである程度以上の実力は保証されている。

 ジム門下生たちの心配はつまりその辺りに起因しているのだろう。

 

 だが。

 

「苦戦するだろうな…………私と戦った時のままならば」

 

 実際に試合が始まり。

 

「ねこだましを避けた!」

「完全に読んでたね、今の」

「それに相手を麻痺させてからボールに戻るまでの動きがすごくスムーズだったな」

 

 そうして。

 

「うわ、あの子確かデンリュウだよな」

「凄い威力…………あんなの『じめん』で受けるしかないわね」

「特技って作るのに発想が必要なのに…………凄い」

 

 試合が進み。

 

「また凍った?!」

「どんな確率?! いや技術かしら」

「あられ、ですなあらし、の書き換えもしてる」

 

 終わってみれば。

 

「………………6対2で相手が降参か」

「圧勝、だったわね」

「……………………強い」

 

 そう、言われた通りの圧勝。

 相手のミスも多く目立つが、それでも相手を誘導し、一方的に倒したその強さは自身と戦った時の比ではない。

「……………………強くなったな」

 最早自身でも勝てるかどうか分からない、と言ったレベルで強くなった。

 

 そして同時に、チャンピオンを目指すと言ったその言葉が嘘ではないと自らの行いを持って証明していた。

 

 だが果たしてここから先もそれが通用するかどうか。

 

「…………どこまで行けるか。試してみろ、ハルト」

 

 画面の向こうで不敵に笑う自身の息子に、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

『一回戦第二試合、勝者、ミシロタウンのハルト選手です』

 

「「おおおおおおおおおおお!」」

「まあまあ」

「あらあら」

 

 テレビのアナウンサーが告げた言葉に、お隣さん親子が声を上げて驚き。

 テレビに映る自身の息子の姿に、思わず笑みが零れる。

 

「お父さん、ハルトくん勝ったよ」

「そうだね、まさか本当に一回戦を突破するだなんてね」

 

 お隣のハルカちゃんが笑みを浮かべ、父親であるオダマキ博士もまた同じように笑う。

 十歳でホウエンリーグの本戦にハルトが出た、と言う事実にさすがのオダマキ博士も驚きを隠せなかったようだった。

 正直自身はポケモンバトルについてそれほど詳しいわけではないが、それでもこのホウエンリーグと言う舞台が格別の場所であると言うことは知っている。

 

 ホウエンリーグ。

 

 ホウエン地方のポケモントレーナーならば誰もが憧れる舞台。

 

 そして、自身のたった一人の息子が目指し、登りつめた場所。

 

「ふふっ、ハルト勝ったんだ」

「あら、ルージュちゃん、いらっしゃい」

 いつの間にか、ルージュもまたやってきてテレビを見ていた。

 四年前にハルトが連れてきて一時期家にいたポケモンの少女。

 と言っても、ハルトが次々と連れて帰って来るのでもう驚きもしなかったが。

 今はもう野生に帰ったようだが、それでもハルトに会いに時折ここを訪れているため、やってきたこと自体に驚きは無い。

 

「今日はハルト居ないのよ」

「ああ、うん、知ってるわ。リーグ、だっけ? それに出てるんでしょ?」

 どうやらすでに知っていたらしい、と言うことは。

「ハルトの応援かしら?」

「ちょっと遅かったみたいね…………でも、うん。勝ったなら良かった」

 安堵したように笑みを浮かべるルージュに、自身もまた微笑む。

 

「本当に、お父さんの子供ねえ」

 

 早熟な子ではあったが、子は親に似るものだ。

 バトル中の緊張感のある表情や、勝利後の不敵なほどの笑み。手持ちのポケモンにやたらと好かれるところなど。

 一つ一つの所作がどことなく、父親を思い起こさせる。

 

 そしてポケモンバトルに夢中なところまで本当によく似た親子だ。

 

 晴れ舞台に立つ子供のことを誇らしく思う気持ちが無いわけでも無いが。

 

「…………まあ、元気でやってるならいいわ」

 

 呟き、一つ微笑む。

 

 その息子が手持ちに見せる笑みと同じ表情を浮かべて。

 

 

 




主人公視点ばっか書いてる気がするので、偶には両親、と言うかリーグから離れた視点で書いてみた。
うん、パッパは相変わらず親馬鹿…………いや前より酷いかもしれない。

と言うわけで6Vガブリアスことアースちゃん。

忍者と言うかくの一っぽいエロ衣装の子。因みに胸はイナズマより少し小さいくらい(そこそこある)。
他6匹と違い、人口孵化じゃなく天然産なので野生味が残ってて、自分より強い群れには従う。

主人公への呼び方は「ボス」「長」「御屋形様」のどれにしようかな、と思ったけどやっぱり「ボス」にした。


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本戦二回戦前半

『ホウエンリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイグ! 二回戦!!!』

 

 アナウンサーの声を聞きながら、再びフィールドへの階段を登る。

 

『激闘の一回戦を勝ち抜いたエリートトレーナーたち。その数はいきなり四名。事実上の準決勝戦!!』

 

 タチワキシティのルルノ。それが相手トレーナーの名前。それ以外の情報はほぼ無かった。

 

『本日の二回戦でその数をさらに半数へと減らします』

 

 一週間調べ続けて、予選のデータまでひっくり返して。

 

『前口上はここまでで良いでしょう、さあ』

 

 分かったことと言えば。

 

『始めましょう!!!』

 

 毒を使うパーティ、と言うことだけだ。

 

『二回戦、開始!!!』

 

 

 * * *

 

 

 ルルノは外見だけで見るなら十六か七歳くらいの少年だった。

 この世界だと逆に少し珍しい黒髪黒目、と言う前世を思い出させる顔をしている。

 出身はタチワキシティ。タチワキシティと言えば、ブラックホワイトだったかで出た街だったはずだ。

 情報量が極端に少ないのは他所の地方のトレーナーで最近こちらに来たばかりだからか。

 確かタチワキシティは『どく』タイプのジムがあったはずで、本人も使う戦法は毒らしい、と調べはついているので、恐らくジムで学んだ『どく』タイプのエキスパートと睨んでいる。

 

 そしてそれを裏付けるかのように。

 

「チーク!」

「行け、マタドガース」

 

 現れたのはマタドガス。

 『どく』単タイプのくせに、“ふゆう”で『じめん』無効とか言う厄介な相手。

 チークは『フェアリー』タイプを持つので、『どく』わざは抜群だ。

 恐らく物理技ならば一度くらいなら耐えられるかもしれないが、特殊で来られたら相当に危ない。

 

 いきなり変えるか?

 

 一瞬の逡巡、出した答えは。

 

「一手、見るか…………チーク!」

「あいサ!」

「ドガース!」

「ゴォォォォォ」

 

 “つながるきずな”

 

 トレーナーズスキルを使用しながら、出した指示は“ほっぺすりすり”。

 相手の出方を見ようとまずは麻痺。不味そうならばそのまま“ボルトチェンジ”に移行、そのつもりで指示を出して。

 

「ぶっ飛べ!」

「ゴォォォォォォォォォ」

 

 

 “だいばくはつ”

 

 

 マタドガスへとエネルギーが収束し、そしてうちから弾けるようにエネルギーが爆発を引き起こす。

 

 ズダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ、と爆音が響き渡る。

 

「あ、あた…………た…………」

 

 爆風に吹き飛ばされたチークが、それでも起き上がる。

 努力値や性格で『ぼうぎょ』を高めていたのをさらにトレーナーズスキルによって底上げしていたおかげで、辛うじて生き残ったらしい。

 突然のことに面食らったがこれで一手有利。

 

 そう思った瞬間。

 

「ほら…………もう一発だ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “れんさばくはつ”

 

 “だいばくはつ”

 

「嘘だろっ!?」

 

 チュ、ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 二度目の爆発、マタドガスの全身から()()()()()()()

 同時、チークが吹き飛ばされ、フィールドの床を転がり。

 

「あ…………う…………」

 

 今度は立ち上がれなかった。

「…………っく、悪い、戻れ」

 チークをボールに戻す、何もできないままに、いきなり先発がやられたことにさすがに動揺を隠せない。

 

 だが先発が倒れたのは向こうも同じ、ではあるが。

 

「ガ…………ゴォ…………」

 

 浮かんでいた体がぽとり、と地に落ちると同時に。

 

 “もうどくスモッグ”

 

 ぷしゅー、とその全身から紫色のガスが噴出される。

 もくもくと立ち込めるガスがフィールドを紫色に濃く染め上げ。

 やがて全てその姿が紫の海に消えたところで、相手トレーナーがマタドガスを戻す。

 

 えげつない、最初から一手目で倒れることを想定した育て方だ。

 

 だが厄介なことになった、これでフィールドが推定毒ガス一色だ。

 こんなもの出した瞬間に『どく』になること間違いない。

 一呼吸で汚染されそうな状況。

 しかも、だ。

 

 よく見ればあちらこちらに落ちているものが見える。

 “まきびし”…………ではないだろう、マタドガスが爆発した時に飛び出したそれは。

「…………“どくびし”か、あの手この手で『どく』にしようとするな」

 設置技、チャンピオン戦で散々苦戦させられて、対策の一つもしていないわけがない。

 

「…………よし」

 

 ボールを掴み、振り上げ、投げる。

 

「リップル!」

「はいさーっと」

 

 “つなげるてとて”

 

 “うつりぎてんき”

 

「全部流せ!」

「はいはい、っと」

 

 リップルがフィールドに立った瞬間、頭上に雨雲が発生し始める。

 途端、大粒の雨が大量にフィールドに降り注ぎ、紫色のガスを掻き消していく。

 同時に大量の雨がフィールドに散った“どくびし”を押し流し、フィールドの端へ端へと流していく。

 毒ガスも、“どくびし”も全て取り払い、さっぱり綺麗になったフィールドへ、相手のボールが飛んで来る。

 

「行け、ゴースト!」

 

 ボールが投げられ、現れたのは。

 

「グェァアアア!」

 

 ゲンガーだ。

 タイプは『ゴースト』『どく』、なるほど、確かに『どく』パーティなら持っていてもおかしくは無い。

 相性的にはかなり良い。

 特殊アタッカーのゲンガーだが、リップル…………ヌメルゴンは最高クラスの特殊受けとしての性能を有している。

 ただ相手が『どく』を狙っている以上、固定ダメージで削り殺される可能性がある。

 

 故に。

 

「溶けろ」

「はーい」

 

 “どくどくゆうかい”

 

 その全身が溶けていく。

 と、同時にゲンガーも動き出す。

 

「ゴースト! “どくどく”だ」

「グェアアアアア!」

 

 “どくどく”

 

 ゲンガーの投げつけた毒の塊のような液体がリップルへと降り注ぐ。

 もろに“どくどく”を浴びたリップルだが。

 

「問題なっしん!」

 

 平然とした顔をしていた。

 そもそもの話、“どくどくゆうかい”は接触した相手を『もうどく』状態にできる。

 それはその表皮に“どくどく”を纏うからこそできる芸当である。

 そして直接“どくどく”に触れたのでは当たりまえだが、リップル自身も『もうどく』に侵される。

 だから、そのための安全装置があるのは当然のことだ。

 “どくどくゆうかい”の時、“どくどく”と表皮の間にヌメルゴンの分泌するぬめぬめの体液を挟んでいる。元々ヌメルゴンとはそう言う種族だから、案外簡単にリップルも出来た。

 そしてだからこそ、“どくどくゆうかい”の時、直接口から摂取でもしない限りは『どく』『もうどく』状態にはならずに済む。

 

 こちらは『ぼうぎょ』を上げ、向こうの技は防いだ。

 これでようやく一手稼げた。

 

 だからこそ、次の一手が重要になる。

 

 相手は奪われた一手を何が何でも取り返そうとしてくるだろう。

 その一手を引きずれば、ずるずると最後まで優勢のまま終わってしまうことがあるのがポケモンバトルだ、この流れを断ち切ってこちらが取った一手を守り切れるかどうか、そこが重要だ。

 

 交代…………いや、相手がこちらを『どく』にしたがっているのは明瞭だ。

 迂闊に交代して“どくどく”でも食らいたくは無い。

 

 攻撃? だがリップルのアタッカーとしての性能はチークよりは低いが、それでもアタッカーと呼べるほどでもない。

 

 どちらも一長一短ではあるが…………。

 

「リップル、捕まえろ!」

「ゴースト! たたりめ!」

 

 互いの指示が飛ぶ。

 リップルがその全身をくねらせながらゲンガーへと迫り寄る。

 ゲンガーがその両手の手に黒い球体を産み出し、リップルへと投げつける。

 

 “たたりめ”

 

 投げつけられた黒い球体がリップルへ直撃する、だがリップルが平然とした顔でゲンガーへと迫り。

 

 “まとわりつく”

 

 その全身を拘束する。

 同時に交代の阻害も行われる。

 と言ってもダメージのほうは全く期待できない。『むし』わざはゲンガーのタイプのどちらも半減なのでダメージを実数で言えば1/32。それだけターンを潰す前にこちらが倒れている。

 

 だから。

 

「そのままぶちのめせ!」

「引き剥がせ!」

 

 “ヘドロばくだん”

 “りゅうせいぐん”

 

 互いが攻撃を放ち、けれど互いに耐える。

 

 “へドロばくだん”

 “りゅうせいぐん”

 

 

 泥沼の持久戦になりつつある。段々と“りゅうせいぐん”の反動で火力が落ちてきているものの、こうも回数を重ねられればゲンガーだってかなりダメージを負っている。

 硬すぎるヌメルゴンとなんとか抜こうとするゲンガーと、火力が低すぎるヌメルゴンに何とか耐えているゲンガー。

 まさしく泥沼。

 だが、だからこそ。

 

「リップル…………回復しろ!」

 

 “キズナパワー『かいふく』”

 

 瞬間、リップルの体が光に包まれ、傷が回復していく。

「っ…………」

 相手トレーナーが舌打ちする。

 だがもう遅い。

 

 “ヘドロばくだん”

 “りゅうせいぐん”

 

「ぐ…………ゲェ…………」

 三度目の正直、今度こそ、ゲンガーが倒れる。

 

 トレーナーの心理とは不思議なもので。

 実機時代でもそうだが、相手のHPが少なければ少ないほど持っていても“みちづれ”と言うのは使われ辛い。

 相手がエースやアタッカーなら容赦なく“みちづれ”で一体ずつの交換を狙ってくるようなトレーナーでも、相手が受けポケで、しかも残りHPが少ないと“みちづれ”でなく、普通に倒そうとしてくる。

 例え残りHPが少なくとも“みちづれ”を決めれば無条件で一体倒せる、と言う誘惑がトレーナーの判断を鈍らせるのだ。

 だからこそ、受けであるリップルを出し、“まとわりつく”で交代を封じ“りゅうせいぐん”の連打。

 実際のところ、相手のほうが素早いのだから“みちづれ”を決めればいつ倒されても1体ずつの交換で済んだのだ。

 だがリップルを倒し、次のポケモンに“みちづれ”できればゲンガー一体で二体持っていける、その誘惑に目が眩んだ。“みちづれ”をしてもし倒れなかった場合、無意味に持久レースを不利にする。

 その判断が出来なかったからこそ、最後の一手、こちらが隠し持っていた切り札を読めなかったのだ。

 

 キズナパワーは、文字通り、絆の力だ。

 

 そもそも絆とは非常にあやふやな表現だが、それでもメガシンカやそれこそなつき度、などに代表されるように絆は実数値にも現れる力になる。

 そして恐らく使えるんじゃないかと思っていた主人公(プレイヤー)特権(チート)が一つ。

 

 Oパワーだ。

 

 XYから実装された機能の一つ。

 そしてそれを教えてくれる人物の名前が()()()()()()

 Oパワーはシステム側に分類されるチートだ。故に純粋なプレイヤーの能力とは違う。

 だがそれを転用して編み出したのが“キズナパワ―”。

 言ってみれば仲の良いポケモンに頑張れと声をかけてその気にさせているだけ、だ。

 だが能力ランク向上系のわざもそうだが、ポケモンの能力と言うのはポケモンのテンションによってかなり上下幅がある。

 故に特別な異能、と言うわけではない、ただ自身がポケモンたちと紡いだ絆が力となる。

 

 これはそう言うスキルだ。

 

 

 * * *

 

 

「……………………仕方ない、か」

 

 相手のトレーナーがボールを手に少しだけ悩んだように呟き。

 

「行け、スピアー」

 

 現れたのは。

 

 ブブ、ブブブブブブ、ブブブブブブブブ

 

 擦れるような羽音を立てながら一匹の巨大な蜂、スピアー。

 

「殺れ」

 

 呟き、相手のトレーナー…………ルルノがその手首に着いた腕輪に触れる。

 

 瞬間。

 

 スピアーの体が光に包まれる。

 

「進化を超えろ」

 

 そして。

 

「メガシンカ!」

 

 光が割れ、その中が露わになる。

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 現れたのは。

 

 先ほどよりも凶悪なフォルムに、そして巨大になったスピアーの姿。

 

 同時に、スピアーが動き出す。

 

 両の手の凶悪な針を振り上げ。

 

 “デッドリーポイズン”

 

 すれ違い様に()()、リップルを刺していき。

 

「ぐ…………あ…………」

 

 一瞬にしてリップルの耐久を奪い去る。

 

 同時。

 

「戻れ、スピアー」

 ルルノがスピアーをボールに戻す。

 

「行け、エア!」

「行け、グラゐオン!」

 

 同時にボールを投げ、互いのポケモンがフィールドに現れる。

 

「5-4ね…………このまま押し切るわよ」

「ラァァァァァ!」

 

 エアが相手を睨み、現れたグライオンが咆哮を上げる。

 同時にグライオンの体が毒に汚染される。

 特性は…………恐らく“ポイズンヒール”だろう。

 

「エア“かりゅうのまい”」

 

 『こうげき』と『すばやさ』をさらに積む。

 下手な攻撃で生き残られれば“ポイズンヒール”で回復される。

 だったら一撃で決めてやれば良い。

 

「グラゐオン“どくどく”だ」

「ラァァァ!」

 

 “どくどく”

 

 グライオンの“どくどく”が吐き出され、エアを汚染する。

「っぐ…………少しきつい、わね」

 『もうどく』を喰らったエアが僅かに顔を歪める。

 

「頑張れエア…………“りゅうせいぐん”だ!」

 

 メガシンカはまだ隠しておく。

 一回戦でも使わなかったため、未だに把握されていないだろうし、出来ればこのまま決勝まで取っておきたいところだ。

 そして、そうなれば物理技より特殊技のほうが威力が出るだろうと予想する。

 グライオンの『ぼうぎょ』の種族値はかなり高かったはずだが『とくぼう』はそれほどでも無かったと記憶している。

 

 野外ステージから見える空から流星が降り注ぐ。

 

「グラゐオン! 守れ!」

「ラァァァァァ!」

 

 “まもる”

 

 グライオンの目の前に青い半透明の楯が現れると同時に、流星が降り注ぐ。

 だが“まもる”によってその全てが防がれる。

 

 直後。

 

「吹っ飛ばせ!」

 

 “ブローバック”

 

 “まもる”で生み出された楯が突如膨らみ、そして弾ける。

 パァン、と短い音と共に楯が破裂し、そして衝撃が突き抜ける。

 

「きゃっ」

 

 短い悲鳴を上げながらエアが吹き飛ばされ。

 

 そしてボールへ戻る。

 

 と、同時、その衝撃でボールの一つが弾け。

 

「え…………え?!」

 

 イナズマがフィールドに現れる。

 

「…………吹き飛ばし(ブローバック)?!」

 

 バトンは…………繋がっている。このくらいで断ち切れる絆ではない。

 だが、厄介だ。

 

 今のを見た限りだが、キーとなる行動は“まもる”。

 

 防がれたら、強制交代。

 

 そうなれば。

 

「一手で決めるしかないか」

 

 だがそれはイナズマでは無く、シャルの領分だ。

 

 イナズマも威力の高い必殺技とでも呼ぶものを手に入れはしたが、どうしても2ターンは必要になる。

 1ターン目で溜めて、2ターン目で守られるのがオチか。

 

「…………どうするかな」

 

 シャルの入ったボールに目をやり、一つ呟いた。

 

 




マタドガース(マタドガス) 特性:ふゆう 持ち物:ノーマルジュエル
わざ:もうどくスモッグ、おきみやげ、だいばくはつ、どくびし

特技:もうどくスモッグ 『どく』タイプ
分類:えんまく+どくガス
効果:5ターンの間、互いの場にいるポケモンを『どく』状態にし、命中率を1段階下げる。

裏特性:れんさばくはつ
自身のHPが0になった時、“だいばくはつ”を使用する。

専用トレーナーズスキル:はじけるどく
“だいばくはつ”を使用した時、互いの場に“どくびし”と“もうどくスモッグ”を使用する。



ゴースト(ゲンガー) 特性:ふゆう 持ち物:きたいのタスキ
わざ:どくどく、たたりめ、ヘドロばくだん、みちづれ

裏特性:さいみんどく
相手を『どく』『もうどく』状態にした時、相手を『ねむり』にする(『ねむり』から回復した時『どく』『もうどく』になる)。



グラゐオン(グライオン) 特性:ポイズンヒール 持ち物:どくどくだま
わざ:じしん、どくどく、みがわり、まもる

裏特性:ブローバック
“まもる”などで相手の攻撃を防いだ時、相手のポケモンを強制的に交代させる。

グライオン専用トレーナーズスキル(P):ちしどく
『もうどく』状態のポケモンが受けるダメージを常に最大値(15/16)で固定する。



スピアー 特性:むしのしらせ 持ち物:メガストーン
わざ:デッドリーポイズン、????、????、????

特技:デッドリーポイズン 『どく』タイプ
分類:どくづき+みだれづき
効果:威力30 命中95 2-5回攻撃する。30%の確率で相手を『どく』状態にする。





特技:どくどくゆうかい 『どく』タイプ
分類:どくどく+とける
効果:優先度+2 『ぼうぎょ』を二段階上げ、『もうどくまとい』状態になる。自身か相手が直接攻撃を使うと相手を『もうどく』にする。このわざを使用以降、場にいる限り、『どく』『もうどく』状態にならなくなる。



トレーナーズスキル:キズナパワー『かいふく』
発動時、自身のHPを1/2回復する。





エースが『もうどく』になったぜ!!!
そしてリップルはもう居ない。
ハルトォ! 貴様のパーティに最早『どく』を防ぐ手段は無いぞ。

ここからが毒地獄の始まりだぜ。


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本戦二回戦後半

 交代は…………まだしない。

 相手の一手目の行動は読める。

 

「イナズマ、弾け!」

「グラゐオン、“どくどく”」

「ラァァ!」

 

 “どくどく”

 

 グライオンが毒液を噴き出す。

 噴き出した毒液がイナズマへと降り注ぎ、その身を『もうどく』が侵す。

「こん…………のお!」

 だが歯を食いしばり、イナズマがその身に綿毛を纏い、弾ける。

 

 “わたはじき”

 

 フィールドが毒ガスに変わり、今度は綿毛が漂う。

 まとわりつく綿毛に、グライオンが動きにくそうにする。

 

「行くぞ、イナズマ!!!」

「っはい!!!」

 

 チャンスだ、とイナズマに声をかけ。

 相手トレーナーがこちらを見て、叫ぶ。

 

「戻れイナズマ」

「グラゐオン、“まもれ”」

 

 “まもる”

 

 攻撃が来る、と読んだ相手がグライオンを守らせる。

 だがこちらはイナズマをボールに戻す。

 当たりまえだ、イナズマはすでに『でんき』わざしかないのに相手は『じめん』タイプを持っているのだ、当然の選択肢、ではあるが向こうがそんなこと知っているはずが無い。

 故に、攻勢に出る、とブラフを張って見事に向こうが引っかかった形だ。

 そして代わりに出すのは。

 

「行け、シア」

 

 シア。シャルは前回の試合でも使っていないので、出来れば情報の露出を避けたいところである。使わずに済むのならばそれに越したことはない。

「っ…………不味い」

 相手が呟く、だがもう遅い。向こうからすれば『こおり』タイプのシアは相性的には最悪だろう。

 だが“まもる”は連続で出すと失敗しやすい。二度目を使うかどうかは博打になる。 

 

 だから。

 

「シア“いのりのことだま”」

「はい」

「グラゐオン、守れ!」

「ラァァァ!」

 

 あえてここは攻撃しない。

 

 “いのりのことだま”

 

 “まもる”

 

 グライオンの目前に半透明の楯が現れる。

 攻撃していればまた吹き戻し(ブローバック)を受けていたかもしれない。

 博打に勝った、と言うわけだ、向こうは。

 だがそれすらも読んでいる。何せ他に方法が無い。

 有り体に言えば『すばやさ』が三段階落とされた今のグライオンがシアから先手を取れるわざは“まもる”しかないだろうからである。

 と言ってもあくまで予測ではあるが、当たっていたようだ。

 

 だいたい“ポイズンヒール”持ちのグライオンなど受けに決まっている。

 まして“まもる”に裏特性を付けてきているのだ、どう考えたってこのグライオンの役割は“どくどく”を使って次のターンに“まもる”で押し戻し、『もうどく』状態のポケモンを量産することだろう。

 となればだいたいわざの構成も予想できる。

 

 “まもる”、“どくどく”、あとは“じしん”、“みがわり”、“とんぼがえり”、可能性は低いが“つるぎのまい”や“シザークロス”あたりか。

 どれでも良いが、少なくとも優先度は無い。『すばやさ』勝負ならば今の状態で負けるはずも無い。

 と、なれば博打だろうと“まもる”しかないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 そして交代しなかった、と言うことは、交代できなかった、と考えるべきだろう。

 グライオンを除けば残りは三体、うち一体がスピアー。

 ここまでの戦術の傾向を見る限り。

 

 『どく』『もうどく』状態の敵に対して何らかの追加効果を発揮する、トレーナーズスキル、または裏特性、と言ったところか。

 

 この読みすら外すなら、相手がそれ以上、と言うことだろうが、ここまで分かりやすく狙ってきているのだ、割と自信はある。

 

 と、なれば自身がやるべきは。

 

「シア、倒せ!」

「はい!」

「グラゐオン、もう一度だあああ!」

 

 互いの指示にポケモンたちが動き出す。

 

 “アシストフリーズ”

 

 “まもる”

 

 シアの放った冷気の光線が真っすぐ、グライオンへと伸びる。

 同時、グライオンが三度目の“まもる”を使用しようとし、半透明の壁を作り出そうとして。

 

 ぱりん、と。

 

 冷気の光が当たった瞬間、あっさりと壁が砕け“アシストフリーズ”がグライオンへと降り注ぐ。

 

「ラァァァ…………ァァ…………」

 

 『ひこう』『じめん』タイプのグライオンに『こおり』わざは4倍ダメージだ。

 当然、耐えきれるはずも無い。

 

「…………これでリード、しかも」

 

 相手の『どく』起点を潰した。

 恐らくだが残りスピアーともう一体がアタッカー、最後の一体は補助役(アシスト)かまた受け、と言ったところだろうか。

 アタッカー三枚、とするならこの状況になった時点でシアが攻撃連打で勝てるのだが。

 

 そうこうしている内に、相手が次のボールを投げる。

 

「行け…………ドロミラド!」

 

 ドロミラド…………じゃない、ドラミドロ。

 

 先ほどからポケモンのニックネームがおかしなのばかりなのだが、そう言うセンスなのだろうか。

 アナグラムじゃないんだから…………なんてくだらない思考を捨てる。

 同時に相手を見据える。

 

 タイプは『どく』『ドラゴン』。

 

 普通に考えれば『こおり』タイプのシアの前に出すのは不味いはずなのだが。

 一瞬、思考を回転させ。

 

 攻める。

 

 直後にそう結論づける。

 ドラミドロは『とくぼう』種族値が高いが、それでも弱点タイプでしかも『とくこう』を四段階積んだ状態だ。

 十分撃ち抜ける、そう予想し。

 

「撃ち抜け!」

「守れ!」

 

 互いの指示を飛び交い。

 

 “まもる”

 

 “アシストフリーズ”

 

 一瞬早く、相手の楯が完成し、攻撃が防がれる。

 

 だが。

 

「もう一度!」

「ドロミラド! 押し返せ!」

 

 “アシストフリーズ”

 

 凍てつく冷気の光がドラミドロを襲う。

「シャァァァァァァァァ!」

 ドラミドロが咆哮を上げながら冷気に凍てつかされていき。

 『こおり』つく。

 

 だがまだ倒れないようだ、行ける、と踏んだがどうやら予想以上にしぶといらしい。

 

 だが『こおり』状態ならばもう一度いける、と踏んで。

 直後、ドラミドロが動き出す。

 どうやら持ち物が『ラムのみ』か何かだったらしい、口がもごもごと動いている。

 

 そして。

 

 “ドラゴンテール”

 

「なっ」

 

 シアがその尾に弾かれ、吹き飛ばされる。

 しかもその体が一瞬で『どく』に侵される。

 どうやら特性が“どくしゅ”だったらしい。

 吹き飛ばされたシアがボールの中に戻り、代わりに出てきたのが。

 

「は、はわわ」

 

 シャルだった。

 どうやら厄介な場面に出てきてしまった、と考え。

 

「…………っ、ぐ…………な、なに、これ」

 

 突如シャルが崩れ落ちる。

 と同時、その全身が『もうどく』に侵される。

 『どく』『もうどく』に侵されると一瞬、全身に紫のラインが走るのでこちらでもすぐに気づく。

 

「…………いや、待て…………()()()()()()()()()?」

 

 何せこの試合でまだシャルは出してなかったのだ。

 フィールドに設置技が置かれている様子は無い。

 

 だったら…………いつ『どく』にされた?

 

 しかも今『どく』になったばかり、と言った感じではない。

 少なくとも()()()()()()()()()()()()感覚がある。

 ゲームのように数値で表されているわけではないので、あくまで感覚的だが、かなりダメージを負っているのは分かる。

 それがいつか、と言うのを考え。

 

「…………っち、考えても分からん」

 

 すぐに思考を打ち切る。

 トレーナーズスキルや裏特性は幅が広すぎて読み切れない。

 考えていてはいくら時間があっても足りなくなるので強制的に打ち切る。

 問題は、ここからどうするか、だ。

 

 厄介なタイミングではあるが、しかしこの対面は悪くない。

 

 強制交代だろうと何だろうと一度はシアの一撃を喰らったのだ、もう一度ぶち込めば確実に倒せる。

 

 残念ながら“かげぬい”を使えるタイミングはすでに逃している。

 あれは自分か相手が出てきた瞬間のみ使える方法なので、強制交代で出鼻を挫かれたこのタイミングでは無理と言って良い。

 だがそれでなくとも普通に攻撃すればいい。

 

「シャル」

「…………っ、はい!」

 

 多少辛そうにしながらも、シャルがその手に黒い炎を宿し。

 

「ドロミラド、守れ!」

「シィイイイイ!」

 

 “まもる”

 

 “シャドーフレア”

 

 シャルが放つ黒い炎を半透明の楯が防ぐ。

 また一手稼がれた。と内心で舌打ちしつつ。

 

 がくん、とシャルが膝をつく。

 

「シャル!」

「だ…………だいじょう…………ぶ…………」

 

 ふるふる、と震えながら、シャルが起き上がる。

 不味い、不味い、不味い。

 まだ場に出てそんなに時間は経っていないはずだぞ、なんでこんなにダメージを受けている。

 分からないが、このままでは不味いのだけは分かる。

 

「シャル!」

「…………………………っ、は、はい!」

 

 二度目。シャルが放つ黒い炎がドラミドロを燃やし尽くし。

 

「シィイ…………ィィィ」

 

 ドラミドロが倒れる。

 

「戻れシャル」

 

 同時、シャルをボールへと戻す。

 どういう理由かは分からないが一つだけ分かることがある。

 もう一度『もうどく』ダメージを喰らったら、シャルが倒れる。

 ボールに戻して一度リセットをかける。

 

 次は。

 

「イナズマ」

 

 イナズマを場に出す。

 直後。

「ぐっ…………ま、マスター…………こ、これ、な、何ですか」

 シャルと同じように、出した途端にイナズマが膝を着く。

 しかも先ほどのシャルよりもダメージを大きいように見える。

「……………………」

 答えない、答えられない。自身にも分からない。

 ただ一つ、言えることがあるとすれば。

「…………行けるな、イナズマ」

「……………………っはい!」

 イナズマが歯を食いしばって立ち上がる。

 

 と、同時、相手トレーナーも次のポケモンを出す。

 

「行け、ペントラ」

「ギガァァァァァァ!」

 

 次いで出したのは、ペンドラーだった。

 

「っイナズマ! 溜めろ!」

 

 恐らく、こいつがアシストだ。ペンドラー。

 

 夢特性は“かそく”。

 

 そして“つるぎのまい”が使えて。

 

 トドメに“バトンタッチ”を覚える『むし』『どく』ポケモン。

 

 こいつをスピアーに繋げさせてはならない。

 直観的にそう理解し。

 

 “かじょうはつでん”

 

 “じゅうでん”

 

 イナズマがその全身に強烈な電気を帯びる。

 と同時に足場がバチバチと放電し始め、磁場が形成される。

 

「ペントラ、舞え」

「ギァァァァ!」

 

 “つるぎのまい”

 

 ペンドラーが『こうげき』を上げる。

 

 だがもう遅い、こちらが先手を取った。

 

「イナズマァ!」

「っはい!」

 

 “レールガン”

 

 放たれた極光がペンドラーを飲み込み。

 一瞬にして、その体力の全てを奪う。

 

「ギ…………ガァ…………」

 

 ペンドラーがフィールドに倒れる。

 

 と、同時。

 

 “こどくののろい”

 

 しゅう、とその体から黒い(もや)のようなものが噴き出し、そして相手トレーナーの最後の一つとなったボールへと吸い込まれていく。

 

「…………おい、まじかよ」

 

 さすがに、この状況でこの光景。理解できる。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 自身が『ひんし』になった時を条件に次の相手にバトン効果を付与する。

 つまり、“かそく”と“つるぎのまい”の効果の全てが。

 

「…………さあ、仕上げだ、蹂躙しろ」

 

 ブブ、ブブブブブ、ブブブブ。

 

 現れた目がスピアーに、全ての補助効果が集約している、と言うことになる。

 

「殺れ」

 

 相手のトレーナーの短い言葉と同時。

 ふっと、スピアーが消えたように見えた次の瞬間。

 

「っ」

 イナズマの目の前まで移動したスピアーがその両の手を振り上げ。

 

 “デッドリーポイズン”

 

 刺す、刺す、刺す、刺す、刺す。

 一瞬にして五度、突き刺す。

 

「ぐぅ…………く…………」

 

 だが耐える、『ぼうぎょ』はすでに六段階、最大まで達している。

 相手のスピアーの『こうげき』が何段階かは分からないが、それでも連続攻撃と言うのは一発当たりの威力は低いものだ、故に耐える。

 

 耐えて。

 

 “アナフィラキシー”

 

「…………っ?!」

 そして、突如倒れる。

「イナズマ!!!!!!!」

 驚きに目を見開き、そのまま宙を掴むかのように手を伸ばし、けれど伸ばしたまま崩れ落ちたイナズマに驚き、叫ぶ。

 だがイナズマは答えない。

 死んでは無い…………ポケモンはそう簡単には死なない。

 だがすでに戦える状態ではないのは明白だった。

 

「…………くっ、よくやった、イナズマ」

 

 イナズマをボールに戻し、次のボールを手に取る。

 数秒思案し。

 

「頼む、シア」

「…………はい。マスター」

 

 自身の危機感を感じ取っているのか、先ほどよりも幾分か緊張した面持ちのシアがフィールドに降り立つ。

 

「スピアー…………殺れ」

「シア、悪い」

「…………いえ、マスターのご随意のままに」

 

 ブブ、ブブブブブブ、ブブブブブブブブ

 

 一瞬にしてスピアーがシアへと接近し。

 

 “デッドリーポイズン”

 

 刺す、刺す、刺す。

 

 今度は三度。針で刺す。

 

 同時。

 

 “アナフィラキシー”

 

「ぐっ…………………………!!!」

 

 シアが崩れ堕ちる。

 

「シアっ!!!」

 

 それでも。

 

「まだ…………です…………っ!」

 

 “さいごのいって”

 

 “いのりのことだま”

 

 癒しの願いが発せられると同時、シアが倒れる。

 

「…………ナイス、シア。よくやってくれた」

 

 シアの頑張りを労いながら、ボールへと戻す。

 やはりそうだ…………シアはまだかなり体力が残っていた上に、受けとしてかなりの硬さを持っていたはずなのに、一撃でやられた。

 

 『どく』『スピアー』『蜂』

 

 まさか、とは思うが。

 

「いちげきひっさつ…………とか言わないよな」

 

 『どく』状態の相手限定の一撃必殺、恐らくそんな裏特性かトレーナーズスキルかだと予想する。

 

「……………………シャル、じゃきついか」

 

 余りにも『すばやさ』が違い過ぎる。

 “いのりのことだま”の効果で状態異常を回復できる、だから一撃でやられることは無いとしても。

 確かメガスピアーはそこそこ『とくぼう』が高かったはずだ、一撃で倒せなかった場合、次の攻撃でやられる可能性が高い。

 

 と、なれば。

 

「…………やっぱお前に頼むしかないか…………頼んだよ、エア」

 

 ボールを投げる。

 

 そして。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 同時に左手の指輪に触れる。

 

 エアの首にかけられたメガストーンが共鳴し。

 

 メ ガ シ ン カ

 

 その姿を変じていく。

 

 相手がその光景に僅かに眉根を潜め。

 

「エア!」

「スピアー!」

 

 同時に叫ぶ。

 

 “デッドリーポイズン”

 

 やはり相手のほうは速い!

 

 だが。

 

 だからこそ。

 

「切り札は取っておくものだね」

 

 “キズナパワー『かいひ』”

 

 スピアーの攻撃を、けれどエアが避け。

 

「さあ、見せてやれ、エア…………お前の…………俺たちの、新しい力を!!!」

 

 ぐん、とエアが真上に向かって飛び立つ。

 

 急上昇。

 

 そして、空中でぴたり、と勢いを止め。

 

 急降下。

 

 わざとしては“そらをとぶ”に似ているが、一瞬の急上昇と急降下。

 

 それを数秒…………1ターンに納めたこのわざを、自身はモデルとしたわざに因んでこう名付けた。

 

 

「「ガリョウテンセイ!!!」」

 

 

 スピアーが避けようと動き始めるが、すでにエアが猛スピードでその的を狙い定めている。

 

 一瞬にして降り注いだ一撃が、スピアーを貫き。

 

 ブブ…………ブブ…………ブ…………

 

 スピアーがやがてフィールドに堕ちる。

 

 落ちて…………最早動かない。

 

「…………………………………………………………っ………………はあ」

 

 息を吐く。

 

「……………………お疲れ、エア」

 

 短く呟いた一言に。

 

「…………お疲れ、ハルト」

 

 返ってきた言葉に、思わず安堵した。

 

 

 本戦二回戦、第二試合、終了。

 

 

 勝者 ミシロタウン ハルト

 

 

 

 




マタドガース(マタドガス) 特性:ふゆう 持ち物:ノーマルジュエル
わざ:もうどくスモッグ、おきみやげ、だいばくはつ、どくびし

特技:もうどくスモッグ 『どく』タイプ
分類:えんまく+どくガス
効果:5ターンの間、互いの場にいるポケモンを『どく』状態にし、命中率を1段階下げる。

裏特性:れんさばくはつ
自身のHPが0になった時、“だいばくはつ”を使用する。

専用トレーナーズスキル:はじけるどく
“だいばくはつ”を使用した時、互いの場に“どくびし”と“もうどくスモッグ”を使用する。





ゴースト(ゲンガー) 特性:ふゆう 持ち物:きあいのタスキ
わざ:どくどく、たたりめ、ヘドロばくだん、みちづれ

裏特性:さいみんどく
相手を『どく』『もうどく』状態にした時、相手を『ねむり』にする(『ねむり』から回復した時『どく』『もうどく』になる)。





グラゐオン(グライオン) 特性:ポイズンヒール 持ち物:どくどくだま
わざ:じしん、どくどく、みがわり、まもる

裏特性:ブローバック
“まもる”などで相手の攻撃を防いだ時、相手のポケモンを強制的に交代させる。

グライオン専用トレーナーズスキル(P):ちしどく
『もうどく』状態のポケモンが受けるダメージを常に最大値(15/16)で固定する。




ペントラ(ペンドラー) 特性:かそく 持ち物:くろいヘドロ
わざ:どくびし、メガホーン、つるぎのまい、バトンタッチ

裏特性:こどくののろい
『ひんし』になった味方の数分だけ自身の『こうげき』『すばやさ』を上昇させる。また自身が『ひんし』になった時、次の出すポケモンに自身の能力ランクや状態変化を引き継ぐ。





ドロミラド(ドラミドロ) 特性:どくしゅ 持ち物:ラムのみ
わざ:とける、べノムトラップ、ドラゴンテール、まもる


裏特性(ドラミドロ):しんしょく
相手に『どく』『もうどく』状態のポケモンがいる時、場に出ていない時でもダメージを受ける。

ドラミドロ専用トレーナーズスキル(P):せんぷくきかん
“しんしょく”による場に出ていない『どく』『もうどく』状態のポケモンへのダメージを全て場に出た時にダメージ計算する。この効果は自身が場に出た時発動し『ひんし』になっても続く。





スピアー 特性:むしのしらせ 持ち物:メガストーン
わざ:デッドリーポインズン、とんぼがえり、ドリルライナー、まもる

特技:デッドリーポイズン 『どく』タイプ
分類:どくづき+みだれづき
効果:威力30 命中95 2-5回攻撃する。30%の確率で相手を『どく』状態にする。

裏特性(スピア―):アナフィラキシー
『どく』『もうどく』状態の相手を「どく」わざで攻撃した時、30%の確率で『ひんし』にする。

スピアー専用トレーナーズスキル:むしばむどく
相手が『どく』『もうどく』状態で経過したターン×5%分“アナフィラキシー”の発動確率を上昇させる。




トレーナーズスキル(P):れんさかんせん
相手が『どく』『もうどく』状態のポケモンを手持ちに戻した時、毎ターン10%の確率で前後のポケモンを同じ状態異常にする。


トレーナーズスキル(P):ふしょくどく
『はがね』『どく』タイプのポケモンも『どく』『もうどく』状態にすることができる。



専用Tスキル(P):さいごのいって
『ひんし』ダメージを負った時、自身がわざを繰り出すまで『ひんし』にならない。このスキルが発動した時、必ず持ち物を使用する。使用に条件のある道具でも、条件に関わらず効果が必ず発動する。



特技:ガリョウテンセイ 『ノーマル』タイプ
分類:すてみタックル+そらをとぶ
効果:威力160(140) 命中100 空中へ飛び上がり、ターンの終わりに攻撃する。空中にいる間はほとんどの技を受けない。相手に与えたダメージの1/4(3)を自分も受ける。


禁じ手:『ノーマル』タイプのガリョウテンセイ。
無いなら作っちゃえばいいじゃない、と言うハルトくんの発想。
因みに本当のガリョウテンセイじゃなくて、ガリョウテンセイと言う名のガリョウテンセイをモデルにしたガリョウテンセイ(もどき)…………うん、死ぬほどややこしい。
『ノーマル』タイプになったので、『スカイスキン』『らせんきどう』が両方乗って凄い威力になる。


あと前回のあとがきに入れ忘れてたリップルの専用Tスキル。

専用トレーナーズスキル(P):うつりぎてんき
自身が戦闘に出ている限り、毎ターン50%の確率でターン中のみ天候「あめ」になる。「あめ」になった時、自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。



因みに決着時点でのハルトくんの手持ちの状況。


チーク ひんし
イナズマ ひんし
リップル ひんし
シャル @37%『もうどく』
シア ひんし
エア @100%

因みにエアは“いのりのことだま”受けるまで@31%だったので、本当にギリギリの戦いだった。


と言うわけで『どく』使い戦終了。
また一週間のインターバル挟んで、決勝戦。
相手は…………まあみんな予想してるし、本編であんな風に要注意って書いて出なかったらある意味最高の出落ちだろうけど出るんだなあ、の“さかさま”の人。

因みにだけど、XY編の構想があって、“さかさま”の人はXY編主人公にも関係あったり。
読みたい人が多かったら、本編終了後XY編書く、かもしれない。


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タイプエスパー…………こっちは凡人なんですけど

 

 

 異能…………前世での超能力とはまた定義が違うこの世界ならば、超能力(エスパー)と呼んでもいいのかもしれない。

 実機時代でも確かにいた。

 

 サイキッカー。そう呼ばれるトレーナーたち。

 

 実機ならば使用ポケモンに『エスパー』タイプが多い、と言うかそれしか使わない、と言うだけの普通のトレーナーだったが。

 

 この世界の場合、事情が変わって来る。

 

 地方大会では良く“異能禁止ルール”なるものが設定されている。

 この場合の異能、と言うのはポケモンではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 この世界には異能が存在する。もういっそ()()と呼んで差し支えないかもしれない。

 

 前世とは明らかに異なったこの世界の理を()()()()()()を持って塗りつぶす者たち。

 

 それが異能トレーナー。

 

 

「…………厄介な」

 

 

 トレーナーズスキルとは、端的に言って()()()()()()()()だ。

 通常のトレーナーズスキルには、ある程度の原理がある。

 

 例えば。

 

 自身のトレーナーズスキルは()によって生み出される。

 

 見知らぬ他人と親しい誰か、応援されれば誰だって後者のほうが頑張ろうと気力を漲らせる。

 

 つまりそれをとことんまで追求したのが自身のトレーナーズスキルだ。

 前世なら気休め程度の効果だが()()()()()()()()()()()()()()

 気力とか、気迫とか、思いとか、勢いとか、そんなものが現実の効力を発揮するのだ、この世界は。

 だから前世のイメージのまま殴り合えば負ける、こちらが気休めだと思っているものを本人たちは最大限真面目に行い、そしてそれがそのまま強さに直結するからだ。

 

 けれどそれにしたって多少の原理はある。

 

 例えば先に戦った毒使いの少年について語るのならば。

 タチワキシティと言う『どく』タイプジムで専門を学び、『どく』タイプに対して理解を深め、そこから生み出した戦略、戦術、スキル、裏特性、特技だった。

 さらに前に戦った“アイテムマスター”のトレーナーについて語るならば、あれは完全にトレーナー自身の腕だ。蓋を開け、振りかける程度に使うはずの薬品類を投げて使うというあの発想、そしてそれを実行するだけの投擲技術をトレーナー自身が持っていた。そして道具の使い方に関する知識、それらを知っていたからこそ、ポケモンたちにそれを伝授し、裏特性として目覚めさせた。

 

 翻って、次に戦うトレーナーのスキルにはそれが無い。

 

 何の原理も無い。

 ただトレーナーの意思一つでオンオフが切り替わり、ある程度の傾向はあれど()()()()()()()()()は完全にトレーナーに依存する。

 異能トレーナーと言うのは最も読みが難しいタイプだ。

 

 何せその異能は下手をすれば手持ちにまで影響を与えるのだから。

 

 

 

 チャンピオンとのバトルを覚えているだろうか。

 

 

 あの時は気づかなかったが、あの後になって気づいたことが一つある。

 先発のエアームド…………使っていた技を思い出してみる。

 

 “ステルスロック

 “まきびし”

 “どくどく”

 “はねやすめ”

 “ふきとばし”

 

 五つ、だ。

 間違いでも何でもなく、五つの技を使用していた。

 ポケモンのわざは四つ、までだ。

 何故ってそれがポケモンのリソースに許された限度だからだ。

 

 だからこそ、チャンピオンの異能が光る。

 

 と言っても、恐らく、だ。実際本人に聞いたわけでも無いが。

 

 自身の才能(リソース)を割り振ることによる手持ちのリソース拡張。

 

 自身の才能をポケモンに与え、ポケモンに積め込める許容量を拡張しているのだ。

 それこそがチャンピオンの異能(スキル)

 

 とことんまで『はがね』に特化した才能(イノウ)である。

 

 それを踏まえて言うならば。

 

 

 ――――――――なんでもあり。

 

 

 それこそが、異能トレーナーと言う存在だ。

 異能を持たない自身には、理解も把握も出来ない摩訶不思議意味不明なる(ワザ)を持つ。

 傾向こそあれ、上限も分からなければ、底の深さも分からないびっくり箱。

 いや、もうむしろ、爆弾、と呼んで差し支えないかもしれない。

 

 理論も、原理も、理屈も、全て吹っ飛ばしていきなり結果だけを残してくるような相手、まともに読もうとしても読めるものでは無い。

 

 対抗手段は二つ。

 

 こちらも異能を身に着けて対抗する。

 なんて言っても自身にそんな才能は全くない、これっぽっちも無い。

 チャンピオンのような全てにおいて才能溢れる人間と違って、自分は正真正銘ただの凡人だ。

 本来ならばトレーナーズスキルの一つあればいいようなレベルの凡人だが。

 

 彼女たちがいたから、ここまでこれた。

 

 結局、自身の指示も、育成も、スキルも、全て彼女たちありきなのだ。

 自身が彼女たちを強くするために、彼女たちを生かすために、彼女たちを育むために。

 

 彼女たちのためだけに自身の才の全てを傾けた。

 

 それ以外に自身がこの世界で成り上がる方法は無い。

 ゲーム基準で考えていた過去が馬鹿らしくなるほど、この世界は理不尽だ。

 

 

 例えばの話、レベルフラットの制限付きで3VS3のバトルを100回やったとして。

 

 100連勝できる相手、と言うのがいるだろうか。

 

 互いの全力を持って戦い、100連勝を決める。

 相当に戦術や戦略、そして読みの上手さが要求されるだろうことは想像に堅く無い。

 それでも運次第では負けるかもしれない、当たると思った攻撃が一発外れるだけで全てがひっくり返ることだってある。

 つまり、基本的に実機時代の対戦と言うのは()()()()()()()()()()()()()()()()でしかないのだ。

 

 だが翻ってこの世界で同じ相手を100戦すれば。

 

 本当に強ければ当たりまえのように100連勝する。

 何だったら1000戦したって全勝する。

 これが1万回になろうと、10万回になろうと。

 

 やればやっただけ勝つ。

 

 そのくらいの()()()()が生じる。

 

 だからこそ、挑み甲斐がある、とは思う。

 そしてここまで戦ってきた中で思うのは自身の凡庸性だ。

 

 読み、こそ実機時代の経験で()()()()だとは思うが。

 

 特別カリスマ性に優れるわけでも無く。

 

 相手を出し抜ける特別な読みが出来るほどでも無く。

 

 まっとう過ぎるほどまっとうな育成能力しか無く。

 

 特別異能があるわけでも無い。

 

 総じて言えば、多少読みができる程度の凡人。

 

 知ってはいたが、この世界に於いてそれはハンデだ。

 いっそ、父親のように突き抜けることができればそれはそれで一つの武器と成りえたかもしれないが。

 

 突き抜けることも出来なければ、振り切ることも、貫き通すことも出来ない。

 

 だから。

 

 彼女たちが居なければ、自身などここまで来れなかった。

 

 精々六つ目か七つ目のジムで負けて引退を考える程度の雑魚トレーナー。

 

 そう。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そんなIFなど考えても意味が無いのだ。

 彼女たちは現実にここに居てくれる。

 世界さえ異なって、それでも自身の傍に…………否、前世よりもさらに身近に居てくれる。

 誰よりも欲しかった存在となって。

 

 自身の何よりも大切な、かけがえない存在となって。

 

 だから。

 

「…………もう一つ、しかないよね」

 

 もう一つの方法。

 

 つまり。

 

()()()()

 

 例えそれがどんな凄まじい異能だろうと、どんな効果を持つ能力だろうと。

 

 真正面から突き抜け、突き破り、食い破り、食い散らす。

 

「いいよ、そっちのほうが好みだ」

 

 結局、自身は彼女たちが好きなのだ、好きだから作った、好きだから育てた、好きだから使い続けた。

 

 6V…………とは言わずとも、5V程度ならばボックスに溢れていても、だ。

 

 ガルーラ、作った。

 ゲンガー、作った。

 ガブリアス、作った。

 ファイアロー、ギルガルド、バシャーモ、カイリュー、ゲッコウガ、ニンフィア、マリルリ、バンギラス、サザンドラ、ラグラージ、シビルドン、ギャラドス、チルタリス、メタグロス、ヨノワール。

 他にもたくさん作った。作って、それでも最終的に使っているのは、エア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップルだけだ。

 

 結局のところ、それは彼女たちが一番好きになった、好きになれたからだ。

 使っていて、負けることはそれはある、実機時代、こんな偏りのあるパーティ、それはガチで組んだパーティなら負けることなど幾度もあった。

 それでも変えないのは使()()()()()()()()()()からだ。

 

 ああ、そうだ。

 

 だいたいのポケモンなど5Vで十分だ、例えばエアならば『とくこう』が抜けていても十分に強いし、シア、シャル、イナズマに『こうげき』などあっても使うことも無い。

 

 だとしても、それでも6Vに拘ったのは。

 

 つまるところ。

 

 自分の好きなポケモンを自慢したいからだ。

 

 『どうだ? 俺のポケモン、凄いだろ?』

 

 なんて、言いたかったからだ。

 

 そこだけはこの世界も、前世も変わらない。

 

 みんな、みんな同じだ。

 

 意地がある、矜持がある、意思がある。

 

 それでも根底にあるのは。

 

 愛に過ぎない。

 

 自分のポケモンたちが世界で一番可愛い。

 

 これまでの相手も、そしてこれからの相手も、同じ。

 

「…………うん、そうだね」

 

 考えていても仕方ない、と言うか、考えても変わらない。

 

 ぱん、ぱん、と立ち上がり、ズボンのお尻をはたく。

 少し埃がついていたのを払うと、そのまま歩き出す。

 

「さて、それじゃあ行こうか、みんな」

 

 スタジアム脇のベンチから歩けばすぐ目の前に目的地がある。

 

「エア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル」

 

 彼女たちの名を呼ぶ。

 

「決勝なんて言ったって、これはまだ道の途中に過ぎない、こんなところで負けてられない」

 

 だから。

 

「勝つよ?」

 

 その呟きに。

 

 かたり、と。

 

 当然、とばかり反応が返ってきて、笑みを浮かべる。

 

 さあ行こう。

 

 ――――――――三回戦…………決勝が始まる。

 

 

 * * *

 

 

 今大会最強の凡人。

 

 それが対戦相手への自身の評価である。

 

 統率、カリスマを見れば人並み。

 育成を見れば確かに育てられているが、それも結局ヒトガタの才能に依存したものであり、本人の育成能力は並。

 指示、読みを見れば多少人より高くはあるが、相手を見透かす、と言うほどでも無く、定石外の手には対応しきれていない、つまり高くはあってもとび抜けてはいない。

 特異な能力も無い、あのアイテムマスターのような特別な技術も無い。

 

 つまり、正真正銘ただの凡人。

 

 だが、それでも彼の連れているポケモンは凡庸などと言う言葉からは程遠い。

 六体全てがヒトガタポケモン、と言うその異様な布陣は決して侮られるものでは無い。

 

 総評して、注意すべきはトレーナーでは無く、ポケモン。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 普通できないのだ、ヒトガタの扱いなど。そう容易く無いのだ。

 ヒトガタポケモンは通常のポケモンよりも強い。いっそ別格と呼んで差し支えないほどに強さに差がある。

 だからこそ、ヒトガタは群れの主になりやすい。

 と言うよりも、レベルの高いポケモンもそうだが、強くなれば強くなるほど、野生の矜持のようなものが生まれる。

 例えそれが人の手で孵化されたポケモンでも同じ。

 

 強くなるほど(レベルが上がるほど)に我が強くなり、トレーナーの言うことを聞かなくなる。

 

 ヒトガタ、と言うのはそれが本当に顕著なのだ。

 実際のところ最高峰(ハイエンド)にたどり着いたヒトガタを使役するには、あのチャンピオンのような圧倒的王者のカリスマのような最高位の統率力が必要とされる。

 

 もしくは…………あの子のような…………。

 

 とにかく、彼のような普通の人間ならあっさりと手綱が取れず暴れるのが関の山だと言うのに。

 

 自身の対戦相手はその手綱を完璧に握っている。

 彼の率いるヒトガタポケモンたちは誰も彼もが彼に従順であり、同時に絶対の信頼を置いているように見える。

 

 実際のところ、単に野生のヒトガタが六体並んでいるだけなら手強いとは思っても、負ける、とは思わない。

 

 だが彼によってそれが統率され、我の強いはずのヒトガタたちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事実が自身に脅威を感じさせる。

 

 単純な能力値の暴力、と言うのはそれだけで脅威だ。

 さらにそこにトレーナーによる育成が入り、バトルでは統率と指示が混ざる。

 

 異能など必要無いほど十二分な戦力である。

 

 単体で見ればトレーナーもヒトガタも脅威足りえない。

 

 だが、両方揃えば途端に恐ろしい戦力へと変わる。

 

 自身もまた異能トレーナーとして戦ってきたが。

 これほどの強敵など片手の指で数えるほどしかいない。

 

 勝てるか?

 

 そう問われれば、こう答えるしかない。

 

「勝つわよ」

 

 呟き、少女、シキは一歩、歩みを進める。

 

「それはそれとして」

 

 そうして、一つ呟く。

 

「ここどこ?」

 

 絶賛迷子だった。

 

 




何故こんなに遅くなったかって?

ヒトモシの厳選してました(

C抜けばっかでてきて、折角HBCDSの5Vキターーーーーーーと思ったら特性が違ってたり、発狂しながら軽く8時間ほど厳選してました。

シャルちゃん作りたかったのに、よく見たら性格:ひかえめ、だった。
なのでXY編にひかえめシャンデラぶっこむことにする(
因みに男の娘です。シャルちゃんと対局のいたずらっ子(可愛い)。

ところで、データがまだ作り終わらない件(

気分転換にネット対戦に手を出し始めた。バトンバシャ+はちまきカイリューのコンボが綺麗に嵌る。

バシャ出して初手守る→変化技→みがわり→変化技→つるまい→攻撃→みがわり→変化技→バトンタッチ→攻撃→カイリュー無償降臨。

あとははちまきカイリューがしんそくでぶっころするだけの作業。

読みがぴったりはまると楽しい。

活動報告にフレコ乗せるんで、誰かあそぼーず。


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決勝戦開…………開…………始…………?

対戦して思ったこと。


カロスルールは卑怯(卑劣なマンダ封じ


 ざわざわと、会場が騒めいていた。

 まあ当然、と言えば当然なのかもしれない。

 

 ここまで続いてきた決勝戦。

 

 その開始時刻になっても、相手トレーナーが現れないのだから。

 

「…………どういうこと?」

 

 正直、自分も困惑している。

 開始時刻からすでに十分が過ぎている。

 一回戦ならば不戦勝になっているような時間だが。

 

 年一度、ホウエン中から注目を集めるこのリーグ決勝が不戦勝などと、リーグ側もさすがに困るだろう。

 何よりも視聴者が誰も納得しない。

 そして、自身もそれでは困る、困るのだ。

 

 進めるのだから、良い…………と普通なら思えるかもしれない。

 リーグ優勝が何もせずとも手に転がって来るのだ。普通のトレーナーならそれでいい、棚ボタだと思うかもしれない。

 だが自身はそれは困る。

 

 一線級の異能トレーナーと戦う最高の機会なのだ、これは。

 

 チャンピオンと戦うために、自分なりに考えた条件。

 その一つ、異能トレーナーとの戦いに慣れること。

 

 どんな理不尽も、どんな不条理も、丸めて飲み込めるだけの胆力をチャンピオンと戦うまでに鍛え上げなければならない。

 自身は異能トレーナーとの対戦経験が余りにも無さ過ぎる。

 当然だ、異能トレーナーなんて早々いるものではない、ホウエン全体で見ても百といるかどうか、だ。

 数万人のトレーナーの中で、たったの百、である。

 

 そしてその中で、異能トレーナーの中でも格付けのようなものがある。

 

 有り体に言えば、どれだけ理不尽か、どれほど不条理か。

 

 その規模や力、強制力によって格が決まる。

 

 今日戦う相手は間違いなく、最高位の異能トレーナーだ。

 

 同時に、それ以外の能力も間違いなく一線級。

 

 ポケモンを従えるカリスマ性、深い読みを実現する思考速度、状況に対する的確な指示、そしてポケモンの能力を十二分に引き出す育成。

 言ってしまえば、チャンピオンと同じ万能型、と言ってもいいかもしれない。

 

 だがチャンピオンほどの完成度はまだ無い…………恐らくこれから先、さらにバトルを続ければいつか同じ領域までたどり着くのではないかとは思うが。

 

 つまり、チャンピオンに似たタイプなのだ、相手は。

 

 異能の性質は全く違っていても、チャンピオンを想定した戦いと言っても過言ではないほどに。

 

 今回、自身は普通の対策しかしていない。

 

 と言うか異能トレーナー相手に、それ以上の対策なんてできない。

 

 あとはバトルの中で、自分が見つけるしかない、相手の隙を。

 

 そして見つけた隙に致命の刃を差し込めるか。

 

 これはつまり、そう言う戦いだ。

 

 これから戦う相手にそれができないならば、チャンピオンにもできるはずが無い。

 だが逆に、これから戦う相手にそれが出来たならば、自身の刃はチャンピオンにも届きうる、可能性の刃となる。

 

 ……………………の、だが。

 

「…………どうするんだこれ」

 

 十五分経過、相手は来ない。

 会場のざわめきもピークに達してきていた。

 

 と、その時。

 

『静粛に』

 

 アナウンスが響いた。

 

 静かな、けれど耳に残る声。

 

 一瞬にして、会場が静まり返る。

 

『決勝戦についての説明を、ボク、チャンピオンダイゴからさせてもらうよ』

 

 アナウンスの主がチャンピオンだと言う事実に、会場のざわめきがまた大きくなりかけ。

 

『決勝戦の時刻を今からさらに三十分後に変更させてもらうよ。会場も、テレビの前のみんなだってこんな終わり方じゃ納得しないよね?』

 

 その言葉に、会場の随所で同意の声が上がる。

 

『ハルト選手も良いかな?』

 

 アナウンス席からこちらを見つめる視線に気づく、同時にその言葉で会場中がこちらを向き。

 両手で大きく丸を作る。

 

『うん、ハルト選手も納得してくれたみたいだね…………と言っても、このままじゃ不公平だ、開始時刻に来ないのに何のペナルティも無しじゃ示しもつかない、そこで』

 

 一旦、言葉を区切り。

 

『試合開始前にシキ選手は選出するポケモンを五体、公開することを義務付ける、これが決勝を行うための条件だ』

 

 勝手にそんなこと言っていいのだろうか、とも思うが、相手がここに来てない時点で不戦勝だ、と自身が訴えればそれはそれで通ってしまうので、最低限の線引き、と言うことだろうか。

 実際のところ、最初から手持ちの情報が分かっていれば、大分読みやすい、と言うのは確かにある。

 だがそれだけで試合が決まってしまうほどではない。

 あくまで有利と言う程度であっても覆せないほどでない。

 なるほど、確かにそれならばペナルティを課しながら最小限のハンデで済ませることができる。

 

 そして五体、と言うのもまた際物だ。

 

 手持ちは全部で六体、その内の五体だから、一体だけは隠せることになる。

 

 その一体は果たしてパーティの中核か、要か、それともエースか、切り札か。はたまたこちらへのメタかもしれない可能性もある。

 

 五体晒すことで、余計に残る一体が意味深になってくる。

 もしかしてそれはブラフで、晒した五体の中に、こちらへの切り札が混ざっているのかもしれない。

 

 手持ちを公開しても、特性も、持ち物も、技も分からなければ、裏特性もトレーナーズスキルも分からないのだ。そう言うことだってできるかもしれない。

 

 とは言ったものの、それも全て相手がくれば、の話。

 

 試合が行われない以上、ここにいても仕方ない。

 階段を下り、自身に割り当てられた控室は西側通路を歩いたところにある。

 南側からぐるっと回って西側へ。

 ついでに落ち着くために飲み物でも買うか、と西側からスタジアムを出て傍の自販機へと向かう。

 

 そうして。

 

「…………ここどこ?」

 

 途方に暮れたような表情の少女がスタジアム入り口とは反対側を歩いているのが見える。

 

 歳の頃十二、三くらいのまっ黒なツインテールの眼鏡をかけた小柄な少女。

 髪と同じ黒のTシャツに、動きやすさを重視したような紺のハーフパンツ。

 足に履く白かったはずの運動靴は、すっかり履き古してやや汚れている。

 

 覚えがある…………と言うレベルでは無い。

 

「…………いや、いるじゃん」

 

 自身の対戦相手がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 朝が弱いのは自身の最大の弱点だと思っている。

 

「ああ、もう! クロ、起こしてよ!」

 

 自身の叫びにボールの中でクロが無実だ、とでも言うようにカタカタと震える。

 実際のところ、ボールの外鍵を外し忘れていたのは自分なので冤罪と言えば冤罪だ。

 モンスターボールのロック機能は二重になっており、内鍵と外鍵の二つがある。

 まあ、鍵、と表現しても別に中に鍵穴があるわけではないので、あくまで比喩だが。

 

 開閉スイッチを押すと、この両方の鍵が外れて中からポケモンが強制的に排出される。

 そしてもう一度スイッチを押せばポケモンが収納させ、両方の鍵がかかる。

 基本的にはこれでもいいのだが、外鍵を外しているトレーナ―と言うのは実はけっこう多い。

 外鍵を外していると、森の中や洞窟など、咄嗟の状況でポケモンが自発的にボールから飛び出し行動してくれるからだ。

 

 もう一度言うが自身は朝に弱い。

 

 寝坊などしょっちゅうだ。

 だから一人旅を好むのだが、こう言う時間が指定された日と言うのもたまにはあるのでそう言う時は手持ちのポケモンの一体であるクロに起こしてもらっているのだが。

 昨日に限ってボールの外鍵を外し忘れ、目を覚ませば決勝戦開始直前である。

 

「ああ! もう!!!」

 

 さすがに今日ばかりは自身の体質を恨む、慌てて支度を整え、部屋を飛び出していく。

 幸い自身の泊まるホテルからコロシアムは近い。走ればギリギリで決勝戦に間に合う。

 

 なのだが。

 

「…………ここどこ?」

 

 気づけば、見知らぬ場所。

 見知らぬ景色。

 迷った、すぐにそのことに気づいた。

 

 どうやら慌て過ぎて、道を一本間違えたらしい。

 道中で対戦相手のことを考えていたのも不味かったのだろうか。

 

 不味い。

 

 恥ずかしいので人には言えないが。

 

 自身は極度の方向音痴なのだ。

 

 二週間、毎日地図を片手に通い続けてホテルからスタジアムまでの道をやっと歩けるようになった、と言うのに。

 引き返せばいいだろう、と思うかもしれないが。

 

「…………どっちが、どっちよぉ」

 

 最早自分がどこから来たのかすら分からない。

 

 気づけばスタジアムの影も見えない(右手をご覧ください)。

 

 車道はずっと続いており、反対側には商店街のようなものも見える(だから右)。

 

 あそこで誰かに聞いてみればスタジアムの場所も分かるかもしれない(だから右見ろって)。

 

 そうと決まれば、と一歩、車道へと足を踏み出し。

 

「おいっ!」

 

 突如背後からかけられた声。

 と、同時に手を後ろへと引かれ。

 思わず数歩、後ろへとたたらを踏み。

 

 ぶうん、と目の前を車を一台通り過ぎていく。

 

 あのまま飛び出していれば轢かれていたかもしれない。

 その事実に気づき、さあ、と血の気が引く。

「大丈夫!?」

 手を握ったままの声の主が自身にそう尋ねる。

「えっと…………だ、大丈夫」

 答え、振り返り。

 

 見る、見る、見る。

 

 視線が合う。

 

 少年の青い瞳が自身を見つめ。

 

「……………………………………っ」

 

 その綺麗な色に見入る。

 

 余りに唐突に。

 

 余りにあっさりと。

 

 十三年の人生の中で、初めて。

 

 一目惚れ、と言うものを経験した。

 

 

 * * *

 

 

 対戦相手を連れてスタジアムへと向かう。

 と言っても、目と鼻の先なのだが、何故彼女は反対方向へと向かおうとしていたのか。

 問えば北口からしか入ったことが無いので、西口から見た風景の違いに、それがスタジアムだと認識できなかったらしい。

 最早それは方向音痴とか以前に認識の障害か何かなのではないか、と思うのだが。

 

 まあとにかく、無事相手トレーナーをスタジアムに連れ。

 

 いよいよバトルができるようになる。

 

 その前に遅参のペナルティが相手トレーナー…………シキへと課せられる。

 

 道中で何故か名前で呼んでくれ、と言われたのだが一体何だったのだろう。

 堅そうな印象、と言うかこれから戦う相手なわけだが、あのフレンドリーさは一体…………?

 

 まあとにかく、シキが手持ちの中から五つ、ボールを投げる。

 

 出てきたのは。

 

「…………何?」

 

 サザンドラ。

 これは良い、知っている。

 

 ジバコイル。

 これも良い、事前情報にあった。

 

 ハリテヤマ。

 知らない、これは知らない。一度も見た事が無い。

 厄介なのが出てきた、特性がどれも優秀だが“あついしぼう”だった場合、シャルとシアが半分無効化されているようなものだ。

 シャルの場合、それでもごり押しできないことも無いが、相手が“じしん”などを覚えていた場合、一気に窮地に陥る。

 

 それから次が。

 

 ハピナス。

 またもや情報に無い相手だ。最悪の特殊受けが出てきた。

 何気に自身のパーティは、エア以外物理アタッカーが居ないので、存外これは厄介かもしれない。

 

 そして最後に。

 

「ギィアオオオオオオオ!!!」

 

 ()()()()()

 

「……………………は?」

 思わず目を見開く。

 何故そんなポケモンが入っている。

 いや、知ってはいる。どんなポケモンか知ってはいるのだ。

 

 何せ数少ない、特性がマイナスに振り切ったポケモンだ。

 

 特性“よわき”

 

 自身のHPが半分以下になると『こうげき』と『とくこう』が半減する、と言うどうしようも無い特性を持っているポケモンだが。

 

「…………………………いや、待て」

 

 半減?

 

 つまり。

 

 ()()()()する?

 

「…………いや、まさか」

 

 まさか、とは思う。

 だが思い出して欲しい。

 

 理論も理屈も無いのが異能だ。

 

 ならば、可能なのかもしれない。

 

 シキについて書いたレポートを思い出す。

 あの時注意事項に確かこう書いたはずだ。

 

 注意事項:下降能力を反転させる、と言うトレーナーズスキルと三つ首で威力を下げる代わりに三度の“りゅうせいぐん”を打てるサザンドラの組み合わせで、1ターン目で“りゅうせいぐん”を無効化できなければ6段階『とくこう』を積まれることになる。チークでほぼ無効化できると予想できる。ただし、まだほぼ手札は切ってない様子なので、かなりの強敵と思われる。

 

 下降能力を反転させる

 

 もしこれが特性にまで影響するのならば。

 

 HPが半分以下になった瞬間。

 

 『こうげき』と『とくこう』が()()()する。

 

 つまり。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 




今回だけ、先に読者に情報公開しておく。存分にネタバレを見ると良い。



クロ(サザンドラ) 特性:ふゆう 持ち物:こだわりメガネ
わざ:りゅうせいぐん、あくのはどう、かえんほうしゃ、だいちのちから

裏特性:みつくび
自身が使用する『ドラゴン』タイプのわざの威力を半減するが、攻撃回数を3回に変更する。

専用トレーナーズスキル:しょうりのほうこう
相手を倒した時、「最大HPの1/3を回復」「自身の『ぼうぎょ』『すばやさ』を1段階上昇」「自身の『とくぼう』『すばやさ』を1段階上昇」のいずれかの効果を得る。




ルイ(ジバコイル) 特性:じりょく 持ち物:ひかりのねんど
わざ:ミラクルバリアー、めざめるパワー(炎)、10まんボルト、みがわり

特技:ミラクルバリアー 『エスパー』
分類:リフレクター+ひかりのかべ
効果:5ターンの間、味方への物理・特殊技のダメージを半減し、攻撃技が急所に当たらなくなる。持ち物が『ひかりのねんど』の時8ターン続く。

裏特性:はんぱつりょく
『でんき』わざが命中した相手を強制交代させる。



ドッスン(ハリテヤマ) 特性:こんじょう 持ち物:くろおび
わざ:インファイト、ばかぢから、はらだいこ、はたきおとす

裏特性:りきし
自身の『かくとう』わざで相手が『ひんし』になった時、相手を強制交代させる(次に出すポケモンをランダムに選出する)。

専用トレーナーズスキル(A):リバースダメージ
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのダメージをHP回復効果に変える。



ララ(ハピナス) 特性:いやしのこころ 持ち物:こうかくレンズ
わざ:ちいさくなる、いやしのはどう、うたう、いやしのねがい

裏特性:ヒーリングボイス
『うたう』で相手を『ねむり』状態にした時、『ねむり』状態の間、毎ターン最大HPの1/4回復する。

専用トレーナーズスキル(A):リバースヒール
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのHP回復効果をダメージに変える。



ケイオス(アーケオス) 特性:よわき 持ち物:いのちのたま
わざ:もろはのずつき、げきりん、ついばむ、じしん

裏特性:きょうそう
特殊技・変化技を出せなくなるが、物理技を使用した時、自身の『こうげき』『すばやさ』に『とくこう』の半分を加算して先攻後攻、ダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル:きょうらん
HPが半分以下の時、相手の攻撃技以外のダメージを全て無視する。自身の攻撃の反動を受けなくなる。


???? 特性:???? 持ち物:????
わざ:????

裏特性:????

専用トレーナーズスキル:????



トレーナーズスキル(P):いかさまロンリ
味方の下降効果が上昇効果になる。

トレーナーズスキル(A):????

トレーナズスキル(A):????

トレーナーズスキル(A):????



全部公開するとは言ってない。
特に最後の一体は読者に驚いて欲しくて頑張って隠しているからハルトくん相手に出てきたら存分に驚いて欲しい。

と言うわけで喜べよ、おら。
人間のヒロインだよ、初めてだよ。
四章レギュラーになるから可愛がってあげてね?

ハルカちゃん? あの子とミツルくん四章の主人公だよ?


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決勝戦前半

 ボールを握る。

 フィールドを挟んで向こう側にいる少年の姿を見据える。

「…………っ」

 瞬間、湧き上がる感情に思わず頬を染め、顔を逸らす。

 

 まさか自身がこんな感情を覚えるだなんて、夢にも思わなかった。

 

 とは言え、トレーナーならば、私情とバトルは別だ。

 少年とてここまで来た身だ、負けられない譲れない理由の一つだってあるのかもしれないが、それは自身とて同じ。

 

 負けない、負けられない。

 

 そう思っているのはこの本戦までたどり着いた時点で同じなのだ。

 そうでなければあのチャンピオンロードで折れている。

 故に、全力で勝ちに行く。

 

 とは言え、相手は決勝まで勝ち進んだ強敵だ。

 

 故に思考を巡らす。

 

 すでに五体、相手に見せてしまっている。

 

 …………いや、寝坊した自身が悪いと言えばそれまでなのだが。

 不戦敗すらあり得たのだから、このくらいのハンデで許されたのは良かったと言うべきか。

 だがそれでもすでに五体、相手に見せてしまっているのは痛い。

 

 とは言え。

 

「それで何か変わるわけでも無し」

 

 堂々と行こうか。

 

 正面から、突き進む。

 

 異能なんて使っていても、結局のところ自身のパーティ構成は力技ばかり。

 

 多少の絡め手はあっても最終的にパワープレイだ。

 

 やることなんて変わらない。

 

 ならば。

 

「…………行って、クロ!」

 

 ボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

 まずはクロ。

 種族はサザンドラ。

 自身の先発。

 

 と言っても、毎試合使っていれば相手だって分かっているだろう。

 

 その上で。

 

「チーク」

 

 出してきたヒトガタはいつもと同じ。

 と言っても、アレが何のポケモンなのか、自身には分からない。

 

 個人的に思う、ヒトガタポケモンの一番厄介なところだ。

 

 姿形が違い過ぎてそれが何のポケモンが分からない。

 ある程度の類似点、と言うか特徴があるのは分かっているが、それでも余りにも違い過ぎる。

 

 チーク、と少年が呼ぶポケモンは、恐らくタイプ的には『でんき』。

 

 相性は…………悪くない、はず。

 

 こちらに対策を打ってきているかとも思ったが、少年の試合は毎回あのポケモンが先発登用されている。

 他のポケモンも控えと入れ替えている様子は無いので、どうやら固定パーティで戦っているらしい。

 固定パーティは総じて練度が高い、同じ面子が全試合で戦い続けているのだから当然と言えば当然。

 だが代わりに役割がある程度固定されているため、同じ試合運びになりやすい。

 

 と、なれば、他の先発が居なかっただけ、と見るべきか。

 

「一手様子見、かしら」

 

 くい、とハンドシグナルでクロへと指示を出す。

 こくり、とクロが頷き。

 

 “みつくび”

 

 “りゅうせいぐん”

 

 空から大量の流星が降り注ぐ。

 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 地表、バトルフィールドを流星が抉りながら相手ポケモンへと降り注ぎ。

 

「チーク」

 

 少年の声がぽつり、と響く。

 

 瞬間、降り注ぐ流星をものともせずに相手ポケモンが飛び出し。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 クロに触れた瞬間、クロがびくり、と体を痙攣させる。

「無傷っ…………フェアリータイプ?!」

 『でんき』タイプだと思っていたが予想が外れた?!

 否、確かいたはずだ、両方兼ね備えたポケモンが。

 

「デデンネっ!」

 

 完全に読み違えた。

 てっきりプラスルかマイナンあたり、あってもせいぜいピカチュウ程度だと思っていた。

 ホウエンに生息しないポケモンだけに意識の外にあった。そうだ、自身だってホウエンの外から来た身のくせに何をその可能性を除外していたのだ。

 一手目を完全に間違えた、しかもクロの持たせた道具は…………。

 

「こだわりメガネなんて持たせるんじゃ無かった」

 

 一手目で確実に相手に致命傷を叩き込むための必勝の策は、いきなり自身を窮地に追い込む。

 だが、まだだ。まだクロがやられたわけでも無い。

 

「チーク」

 

 次の指示を出そう、と思考を巡らせた瞬間。

 

「あいサ」

 

 “つながるきずな”

 

 “ボルトチェンジ”

 

 デデンネの少女がクロを蹴る、と同時にその姿がボールの中へと吸い込まれていく。

 

 そして。

 

「さあて…………お披露目だ、行くぞ、エアァァァァ!!!」

 

 少年が次のボールを投げる。

 

 出てきたのは。

 

「オオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 咆哮を上げる青と赤の少女。

 

 同時。

 

 少女の手に持つ琥珀色の石が輝きに包まれる。

 

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 

 同時、少女の全身が光に包まれ。

 

 ()()姿()()()()()()()()

 

 赤く、青く、そして白く。

 人の形ではない、異形、怪物、文字通りの四足の竜。

 知っている、と言うか見た事がある。カロスにもあれはいる。

 ボーマンダと言う名のドラゴン。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 翼が細く長く変わって行く。

 それは完全に空を飛ぶためのものでは無い。

 しいて言うならば、それは鎌だろうか。

 鋭利に砥がれた、空気を切り裂くための翼刃。

 通常は高さ1.5mのその体はさらに大きく、優に高さ3m、横幅に至っては10mへと迫るではないかと思うほどの巨体へと至り。

 その顎の真横辺りから二本の大きな牙が正面へと伸びている。

 その手足には薄っすらと模様のような物が光っており、良く見ればそれは文字のようにも見えた。

 

 正直言って、それは自身の知るボーマンダと言うポケモンとはまるで別物であった。

 

 と、言うか、ヒトガタポケモンが本来の種族の姿へと変化する、と言うこと自体が理解できない。

 例えば、メガシンカ。それでも確かにヒトガタポケモンは進化する、だがそれはヒトの姿を保ったままの変化だ。

 目の前の存在のように、ヒトガタが原種へと変化すると言う事例は聞いたことが無い。

 まして原種の姿からさらに大幅な変化が起こるなど、前代未聞である。

 

 何よりも分からないのは。

 

 自身はメガシンカしたボーマンダの姿を見た事がある。

 だが目の前のそれはメガボーマンダとは似ても似つかない別物だ。

 

 ()()()()()()()()?!

 

「……………………っ」

 

 考えても仕方ない。

 もう様子見なんて言ってられない。

 無理矢理にでもこちらのペースに引き込む。

 

「戻って、クロ」

 

 ボールを差し向け。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 “しっそうもうつい”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 “ドラゴンハント”

 

 

 ボールがクロを回収するよりも早く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しまっ?!」

 

 その行動が意味することを理解した時には最早遅い。

 

「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!」

 

 咆哮を上げるボーマンダが振り上げた(かいな)がクロ目掛け振り下ろされ。

「ギャアアアアゥゥゥァァァァァァァァ!!?」

 致命的な一撃にクロが悲鳴を上げ、()()()()()()()

 

 そして。

 

 “りったいきどう”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な…………あっ」

 

 振り下ろされた一撃がクロを大地に叩きつけ。

 

「ギュ………………グル………………ア…………」

 

 叩きつけられたクロが目を回し、動かなくなった。

 

 

 * * *

 

 

「………………………………………………………………………………」

 

 口を閉ざす。

 

 強い。

 

 ただその言葉だけが浮かんで来る。

 よく考えられた戦術である。

 恐らくは()()()()()()()()()の組み合わせ。

 “きゅうばん”の特性や“ねをはる”等のわざが無いとあのバカげた威力と合わさって当たった時点で詰み、と言って良いかもしれない。

 そして残念ながら自身の手持ちにそんな都合の良いわざや特性を持ったポケモンはいない。

 恐らく相殺しても命中した時点で強制交代がかかる、交代際を追撃してくるので、二撃目は相殺も出来ない、守ることも出来ない、無防備に食らうしかない、と言う厄介さもある。

 

「……………………ふ、ふふ」

 

 当初考えていた勝率は8割。確かに強いトレーナーではあるが、それでも異能を込みで戦えば早々負けるはずないと思っていた。

 

 だが、ここまでの状況を見れば、自身が一方的にやられている。

 

「………………………………ふふふ」

 

 ()()()()()()()()

 

 そう思うのは自身の悪い癖だろうか、否、ポケモントレーナーならば誰だってこんなものだろうと思う。

 次のボールを手に取り。

 

「戻れ、エア」

 

 少年…………ハルトがボーマンダを戻す。

 

「……………………へえ」

 

 目を細め、嗤う。

 ここで引く? 様子見? 否、そう言った感じではない。

 ここまで力押しで来たのに、今更リードを取ったくらいで引くようなトレーナーなら、その勢いでそのまま押し返せる、が。

 どうやらそういった様子では無さそうだ。

 

 と、なれば何らかの制限でもあるのだろうか?

 

 なるほど、そう考えれば先ほどの攻防も納得が行く。

 つまり時間をかけれないから、なるべく早く敵を一方的に叩ける状況を無理矢理に作り出す構成か。

 と、なればこちらのやることも決まった。

 

「来て、ルイ!」

「行け、リップル」

 

 こちらはジバコイルのルイ、そしてハルトは白と紫のヒトガタ。

 相変わらず何のポケモンか分からない。と言うか予選では出ていなかったポケモンだ。

 この場面で出てくると言うことは…………アタッカー、か?

 それともワンクッション置いて、受け、か。

 

 僅かに思考し。

 

「ルイ、“ミラクルバリアー”」

「リップル」

「はいはいっと」

 

 “ミラクルバリアー”

 “まとわりつく”

 

 ルイが目の前に透明な壁を生み出すと同時に、相手のヒトガタがルイへと迫り。

 ぐにゃぁ、と明らかに人体の構造上それはおかしいだろ、と言いたくなるような奇怪な曲線を描きながらルイへと絡みつき、締め上げる。

 

 交代を封じられた…………()()()()()

 

「ルイ“10まんボルト”」

「リップル“りゅうせいぐん”」

 

 ばち、ばちばち、とルイの体に電気が溜まって行き。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 “10まんボルト”

 

「ぐっ」

「ギ…………キィ」

 技の出は向こうが速くとも、密着している分、一瞬ルイのほうが先に当てた。

 ばちばち、とヒトガタに電流が走り。

 

 “はんぱつりょく”

 

 ルイの裏特性により絡みついていたはずのヒトガタの体が一瞬で弾かれ、ハルトの手元のボールへと戻って行く。

 だが、すでに出したわざは止まらない。“りゅうせいぐん”が降り注ぎ、ルイの体力を削る。

 とは言うものの『はがね』タイプのルイには『ドラゴン』わざは半減だ、多少のダメージはあってもHPの半分も削れていないだろうと予測する。

 そして強制的に押し戻されたヒトガタの代わりに出てきたのは。

 

「わっとっと」

 

 紫の髪の少女。予選で一度出ていた、確か『ゴースト』タイプのポケモンだったはずだ。

 と、ヒトガタが出てきた瞬間、ヒトガタの影が突如長細い立体となってルイへと伸びる。

 

「ルイッ」

 

 短く叫び、ルイがそれを避けようとするが、一瞬早く影がルイへと絡みつく。

 

 “かげぬい”

 

「シャル」

「はい」

「ルイ!」

「…………!?」

 

 ハルトの声にヒトガタが応え、その手の中に黒い炎を産み出す。

 と同時、自身の叫び声にルイが応えようとして、けれど動かない。

 

“シャドーフレア”

 

「ルイ!」

「ギィ……………………ッ?!」

 

 ヒトガタが放つ黒い炎、けれどルイは動かない、()()()()

 燃える、その黒影が、燃えていく。

 そして。

 

「ギ…………グ…………」

 

 がしゃん、と。

 ルイが地に落ちた。

 

 

 * * *

 

 

 思考を加速させる。

 

 状況は4-6。

 

 確実に追い詰められている。

 

 勝てる、と思っていたはずの勝負。

 だが実際蓋を開ければどうだ。

 

「なるほど」

 

 どうやらまだ見くびっていたようだ。

 もっと、もっとシビアに、読みを深く深く、深く。

 

 影に捉えられればゲームオーバー。

 ならどうする?

 

 簡単だ。

 

「行って、ララ」

「ハピ!」

 

 ボールを投げる。出したのはハピナスのララ。

 と同時に再び影が伸び、ララを絡めとる。

 だがハルトの顔は優れない。それどころか苦々しそうにしている。

 それでもヒトガタに指示を出し。

 

 “シャドーフレア”

 

 黒い炎がララを襲う。

「ピィ…………ハピッ!」

 だが大して効いた様子も無く、ララが再び動き始める。

「ララ“いやしのはどう”」

 

 自身の指示にララがその小さな手を相手のヒトガタへと向け。

 

 “リバースヒール”

 “いやしのはどう”

 

 放たれた“いやしのはどう”がヒトガタへと命中し。

「っ…………あ…………」

 がくり、とヒトガタが膝を着く。

 “さかさ”の回復技がダメージとなって一気にHPを半減させる。

 そして攻撃技と違い、最大HPに割合依存する回復技は何度撃とうと威力が変わらない。

 

 つまり。

 

「戻れシャル」

「戻ってララ」

 次が致命の一撃となる。それが何となくでもハルトにも察せられたのだろう、だからこそ読める。

 

「行って、ドッスン」

「エア!」

 

 互いがボールを投げ。

 こちらが出したのはハリテヤマのドッスン。そして向こうに再び出てきたのは先ほどのボーマンダ。

 

「ドッスン“はらだいこ”」

「エア! やれ!」

 

 自身の指令にドッスンが動きだすより早く、相手のボーマンダが駆ける。

 

 “しっそうもうつい”

 

 ぐんぐん、と速度を増し一息の間にドッスンへと迫ったボーマンダがその腕を振り上げ。

 

 “リバースダメージ”

 

 “ドラゴンハント”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 振り下ろされた一撃がドッスンを吹き飛ばす。

 そしてドッスンがこちらのボールへと押し戻され。

 

 “リバースダメージ”

 

 “りったいきどう”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 二度目の攻撃がドッスンを襲い…………。

「空振りご苦労様」

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 “リバースダメージ”。個人的に最も使い勝手が良いと思っている異能スキル。

 読んでそのまま。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 これで二手。

 自身の猛攻が無駄だったことを悟ったハルトが顔をしかめる。

 やはり先ほどのボーマンダはある程度時間制限のようなものがあると予想できる。

 そして押し戻されたドッスンに代わり、次に出てきたのは。

 

「…………あら、来ちゃった」

 

「ギャイアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 自身の切り札の一つ、アーケオスのケイオスだった。

 

 

 




名前:エア(ゲンシボーマンダ)) Lv150 性格:いじっぱり 特性:しっそうついび、オールドタイプ 持ち物:????
わざ:「かりゅうのまい」「デッドリーチェイサー」「りゅうせいぐん」


特性:しっそうもうつい
毎ターン『すばやさ』ランクを1段階上昇させる。物理技を使用した時『すばやさ』の半分を『こうげき』に加算する。自身が攻撃技を使用した時、相手が交代するならば、交代前の相手を攻撃し、わざの威力を2倍にする。

特技:デッドリーチェイサー 『ドラゴン』タイプ
分類:ガリョウテンセイ+ドラゴンクロー
効果:威力130(120) 命中:100(90) このわざがはずれた時、自身の最大HPの1/4の反動ダメージを受ける。

裏特性:りったいきどう
相手が交代を行う時、交代前の相手を攻撃できるわざを使用できる。

専用トレーナーズスキル:ドラゴンハント
自身の直接攻撃するわざが命中した時、相手を強制交代させる。




不利に追い込まれたことでさかさまさんが本気出し始める。
と言うことで今回はあえて敵視点でやってみることにした。
今までハルトくんと戦ってきた相手の視点でやってみえ一つ分かったことがある。


シャルが手に負えねえ(チート過ぎだろこのシャンデラ


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決勝戦後半

挿絵とか欲しいなあ、って偶に、どころか良く思う毎日。

ところでアムチ実装されたよ!

☆12ユニットとか新☆13武器とか掘りに行きたい。


 ここまでで二手、ボーマンダが動いた。

 さて、後何度動ける?

 恐らく最大でも五手…………少なければ次の一手、と言う風に考える。

 そうでなければ一手透かされたくらいでそこまで苦々しい表情にはならないだろう、と。

 

 と、すれば、ここらが札の切り時だろう。

 

「ケイオス、行け」

「ギィァァァァアアアア!」

「エア!」

「ルォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 待つ必要は無い、相手のエース、と言う情報だけはすでに得ているのだ、ここで落とせるならば確実に落とす!

 

 “ぎゃくてんロジカル”

 

 異能を使う。

 効果は…………一定時間の()()()()()()()

 相手が能力を上げていくタイプなのは分かっている。そうでなければおかしい場面がいくつかあった。

 だとすれば、これは効くだろう。

 

 ガクン、とボーマンダの速度が落ちる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どれだけ化け物染みているのか、と問いたいが。恐らく単純な技の熟練度の問題だろう。

 速度自体ではケイオスのほうが勝っている、だが相手のボーマンダのほうが上手い、と言うだけの話。

 

 だから。

 

 “ビトレイアル”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 指示が分からなくなり、一瞬忘我に陥ったボーマンダを。

 

 “もろはのずつき”

 

「ギィアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ケイオスの必殺の一撃が直撃する。

「ル…………オォォ…………」

 一歩、二歩とボーマンダがたたらを踏み。

 一撃で体力を根こそぎ奪われ、それでも倒れまいと、膝を折るまいと四足で大地を踏みしめ。

 

 瞬間。

 

 ぱぁ、とその全身が光に包まれ、途端にその巨躯が縮んでいく。

 異形のドラゴンの姿から、再び人の姿へと戻って行き。

 

「ごめ…………ハル…………」

 

 ばたり、と倒れた。

 

 

 * * *

 

 

「チーク、頼む」

 次いでハルトが出したのは先ほどのデデンネ。

「ケイオス…………“じしん”」

「チーク! “なれあい”」

 

 先手は。

 

“キズナパワー『うちけし』”

“きょうそう”

 

「ぬわあぉぁぁぁ!」

「ギィアアアアアアアアアアアォォォォォ!」

 

 同時。

 “ぎゃくてんロジカル”は継続している。

 ハルトもそれが分かっているのだろう、恐らくすでに“ぎゃくてんロジカル”の詳細は理解されているだろう。

 存外彼はそう言う思考が出来るようだ、頭の硬い人間ほど異能者の異質さを理解できず、ドツボに嵌るものだが。

 だがどれだけ継続するかまでは分からないだろう、だからこそ相手もこちらの様子を伺っていた。

 だがこれ以上は被害が大きすぎると考えているらしい。

 向こうも何らかの手を切ってきた、それによって“ぎゃくてんロジカル”の効果を無視されているらしい。

 最小限の被害でこれらを切り抜けたいと思っているのだろうが。

 

 “じしん”

 

 ズダダダダダダダダダダダダダダン

 

 ケイオスが大地を踏み鳴らす、鳴らす、鳴らす、鳴らす、鳴らす。

 蹴り上げるほどにより強く、大きく震動していくフィールド。

 デデンネが揺れる大地に二度、三度と跳ね上げられ。

 

 “なれあい”

 “れんたいかん”

 

 デデンネの指先が一瞬、ケイオスへと触れる。

「意地でも…………これだけはやっておくネ」

 

 呟き、あっさりと倒れる。

 

 これで4-4。イーブン?

 否、あと一手ほどで“ぎゃくてんロジカル”が解除される。

 さすがにそれ以上の継続はこちらの負担が大きくなりすぎる。

 異能はそれほど無条件で使える万能の力ではないのだ。

 と、なれば最低もう一体は持っていきたいところ。

 だが問題は最後の一手。一体何をされた?

 

 分からない、分からない、が。

 

「行くしかないわね」

 

 呟きと同時、ハルトが次のポケモンを出す。

「頼む、リップル」

 

 出したのは先ほども出てきた白と紫のヒトガタ。

 結局アレが何なのかは分からないが。

 

「構わない、ケイオス、行って!」

「リップル…………頼んだ」

 

 “キズナパワー『ぼうぎょ』”

 “きょうそう”

 “もろはのずつき”

 

「ギィアアアォオオオオ!」

 ケイオスが猛スピードで走り寄り、勢いのままヒトガタへ頭突きをする。

「ぐっ…………どーん、と…………受け止める!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………えっ」

 あり得ない光景に一瞬目を疑う。

 ケイオスの必殺の一撃を、止められた?

 理解できない一瞬の思考の間。

 

「リップル!」

「おま…………かせ、だよ!」

 

 “キズナパワー『きゅうしょ』”

 “りゅうせいぐん”

 

「ここで」

 ヒトガタが呟き。

「落ちろォォォォォ!」

 ハルトが絶叫する。

 

 薄くなってしまったルイの張ったバリアをあっさりと貫き、次々と降り注ぐ流星がケイオスを撃ち抜く。

 

 そして。

 

「ギィ…………ア…………オォ」

 

 ケイオスがふらりと崩れ落ちそうになり。

 

「ケイオス!」

「ッッッッッ!!!」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ全身の力を漲らせ。

 

 “もろはのずつき”

 

「あ…………うぅ」

「なっ」

 瀕死際の最後の一撃にヒトガタが倒れ、ハルトの顔が驚愕に染まる。

 

 同時。

 

「ギ…………ァ…………」

 

 最後の力を出し切ったケイオスも倒れた。

 

 

 * * *

 

 

 これで3-3のイーブン。

 ケイオスは実に良い仕事をしてくれた、と思う。

 だが同時に“ぎゃくてんロジカル”の効果は切れた。

 だが向こうはまだそれが分からない状態だ。

 

 故にここは。

 

「来て、ドッスン」

「来い…………()()()

 

 こちらが出したのはハリテヤマのドッスン。

 そして相手が。

 

「っ?!」

 

 出てきた相手を見て、目を見開く。

 そして次の瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 “かげぬい”

 

 その光景に、ハルトがニィ、と笑う。

「…………気づかれた、わね」

 やられた、完全に。博打なのか、それともこちらを読んだのか。

 相性の悪い対面を強制された。

 

「シャル」

 

 こちらは完全に動けない、と、なればドッスンはどうやらここまでか。

 そう、考え。

 

 “ちいさくなる”

 

 相手のその体が縮む。

 

「………………………………………………まさか」

 

 まさか、とは思うが。

 

「シャル」

 

 “ちいさくなる”

 

「ドッスン!」

「ヌオオオオオオ!」

 

 “はたきおとす”

 

 ドッスンの大きな手が虚空を切る。

 すでにこの遠距離からでは肉眼でギリギリ見える程度のサイズとなってしまった相手を見て。

 

「シャル」

 

 “ちいさくなる”

 

 三度目の縮小。今度はもう完全に見えなくなる。

「当てて、ドッスン!」

 無茶苦茶を言っているとは分かっているが、これは不味い。

 

 “はたきおとす”

 

「避けろシャル」

 ひらり、と豆粒のように小さくなってしまった相手がドッスンの手から逃れる。

 

「シャル」

 

 “キズナパワー『かいふく』”

 “みがわり”

 

 最早こちらからでは何をしているのか、目視すらできない状況に。

「っ、戻ってドッスン」

 不味い、と思う。だがどうしようもない。

 

「ララ!」

「シャル!」

 

 “かげぬい”

 “シャドーフレア”

 

 代わりに出したララが黒い炎をまともに受ける。

「ハ…………ピィィィ!」

 何とか耐えた、と言った様子のララの姿に、唇を噛みしめる。

 まだ動けるのは動ける、だがもう一撃は耐えれないだろうと予想する。

 

 思考を回転する。

 

 状況3-3。

 

 形勢、極めて不利。

 

 逆転…………()()と断じる。

 

 なら、躊躇は要らない。

 

「ララ“いやしのはどう”」

「シャル、“シャドーフレア”」

「今っ!」

 速さが足りない、先手を取られる、それを理解し、自身の異能を発動させる。

 

 “ビトレイアル”

 

 異能の効果により、シャンデラが一瞬、指示を忘れ棒立ちになり。

 

 “リバースヒール”

 “いやしのはどう”

 

 ララの放った“いやしのはどう”が相手へと命中する。

 “いやしのはどう”はそもそも攻撃技では無いため、いくら回避を上げていても必中する。

 空を飛んでいるか、地面に潜っていればまた話は違っていたかもしれないが、まあそれも今となっては関係の無い事。

 目の前のヒトガタポケモンに対して、これで二度目の“いやしのはどう”。

 攻撃技と違って、体力の半分を確実に削るこの組み合わせ技ならば、すでに倒れていてもおかしくは無いのだが。

 

「ぐ…………う…………」

 

 歯を食いしばりながらも立っている目の前のヒトガタを見れば、どうやらどこかで回復されたのだと理解する。

「…………厄介、ね」

 ここで確実に落とさなければならない。

 これを後に残せば確実に厄介になる。

 

 それを理解しているからこそ。

 

「ララッ!」

「ハッピッ!」

「シャル!」

「…………はいっ!」

 

 互いの指示が飛んで。

 

「これが最後!」

 

 “ビトレイアル”

 

 振り絞り、放った異能がヒトガタの動きを止める。

 そして。

 

「ハーッピ!」

 

 “リバースヒール”

 “いやしのはどう”

 

 ララの放ったトドメの一撃がヒトガタに直撃し。

 

「う…………え…………」

 

 呆然としたまま、ヒトガタのサイズが元に戻り、そのまま倒れる。

「………………………………」

 表情を歪め、ヒトガタをボールへと戻すハルト。

 

 これで2-3。逆転だ。

 

 だが。

 

「行けっ、シア」

 

 次に出てきたのは、青い服のヒトガタ。

 本当にどれもこれもヒトガタばかり、一体どうやって集めたのだと言いたくなるレベルである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに。

 

「シア、頼む」

「はい」

 

 向こうの短いやり取り。

 そしてこちらも指令を出す。

 

「ララ、積んで」

「ハッピ!」

 

 先手は。

 

「行きます」

 

 向こう。

 その指先に光が集う。そして輝きを増したその指先をララへと向け。

 

 “アシストフリーズ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一瞬にして、氷漬けにされ、直後氷が砕け、ララが倒れる。

 

「……………………ハ…………ピィ」

 

 ララをボールに戻す、そして数秒思考し。

 

「…………ふう」

 

 一つ、ため息を吐く。

 

 どうやらドッスンを出しても意味が無い。

 ダメージ自体は反転できても、一瞬にして氷漬けにされて一方的になるのがオチだ。

 

 と、なれば。

 

「……………………使うことになるとは、ね」

 

 もう一度、ため息一つ。

 

 正直、気が引ける、と言うべきか。

 

 こんなもの、こんな場所で使うべきものでは無いと理解しているから。

 

 それでも、負けるよりは良い。

 

 出し惜しみして負けるくらいなら。

 

「行って」

 

 ボールを掴み、振り上げ。

 

()()

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 ハルトが驚愕に目を見開いているのが分かる。

 

 そうか、分かるのか。

 

 知っているのだな、これを。と思う。

 

 遥かなる太古より眠りし悠久の伝説。

 

 ――――()()()()()

 

 捕獲不可能とすら言われる正真正銘の伝説種が一体。

 遠くシンオウに伝わる伝説の一体。

 

 どうして持っている、そんなことを聞かれれば。

 

 ある種偶然で。

 

 けれど必然なのだろう。

 

 あの子のように。

 

 正真正銘、自身の最後の切り札。

 

 これが敗れる相手ならば、ドッスンを出しても同じだろうから。

 

 事実上の2-1。

 

 最後の砦。

 

 だが、そんなに甘くも無い。

 

 これは正真正銘。

 

 ――――伝説の存在なのだ。

 

 

 * * *

 

 

 ぎぎ、ぎぎぎぎぎ、と。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 “さびつき”

 “スロースタート”

 “いかさまロンリ”

 

 そして。

 

「…………………………………………」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と一歩動くたびに派手な地響きを立てながら。

 ギガが動き出す。

 

「ギガ“ロックカット”」

 

 “ロックカット”

 

 その全身に付着する無数の石ころを削り落としながら、その速度を高めていく。

 

「シア!」

「はい!」

 

 焦った様子を見せながらも、それでもハルトの指示を受け、相手のヒトガタが再び光を収束させ。

 

 “アシストフリーズ”

 

 収束した冷気の光がギガの全身を氷漬けにする。

 完全に『こおり』状態になったギガの姿に、ハルトが逆に驚いた様子を見せ。

 

「ギガ…………やって」

 

 “おうのおう”

 

 自身の指示と共に、ギガが()()()()()()()()()

「シアっ!」

 それに気づいたハルトが咄嗟に指示を出し。

 

 “ばかぢから”

 

 振り上げた拳に圧倒的なエネルギーが収束し。

 

 

 

 ――――振り下ろす。

 

 

 

 音よりも速く、振り下ろされた一撃が大地を砕き。

 

 ダアアアアアアアアァァァァァァァン

 

 一瞬遅れて轟音が響く。

 砕け、ひび割れたフィールドの上で、ギガの拳をまともに受けたヒトガタが吹き飛ばされ。

 

「最後…………に…………」

 

 “いのりのことだま”

 

 何かを発する、とそのままボールの中へと吹き飛ばされ。

 

 “ジャガーノート”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ…………う…………」

 

 手の痛みで、思わずボールを落とす。

 と、同時に開閉スイッチが偶然にも押され、中からポケモンが飛び出してくる。

 

 黄色いヒトガタ。

 

 やはり全てヒトガタ。本当に、伝説種を連れている自身の言うことではないが、どこで捕まえてきたのやら。

 

「く…………ま、ます…………たー…………」

 

 出てきた瞬間、ヒトガタが膝を着く。

 どうやら相当ダメージを受けたらしい。

 

 ギガの拳は余剰ダメージを逃さない。

 

 例え倒れても、ダメージは伝播し、確実に削って行く。

 

 誰にもその拳は止められない、逃げようと、防ごうと、確実にギガの拳は相手の喉元へと届く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ギガを出した時点で、もう負ける気も無い。

 

 そして。

 

 理解しているからこそ、ハルトにも分かるはずだ、この絶望的状況が。

 

 なのに。

 

「…………どうして」

 

 理解しているはずなのに。

 どうして。

 

 どうして笑っている。

 

 どうしてまだやれる、とそんな目でいられるのだろう。

 

 分からない、分からない、分からない。

 

 分からないが、けれど。

 

「……………………ああ、だから私は」

 

 あの子に負けたのかもしれない。

 

 あの時、あの状況で、あの目が出来なかったからこそ。

 

 否。

 

 今はそんな状況ではない。

 

 どう言う手を打とうが最早意味は無い。

 

「ギガ…………行って」

 

 躊躇は無い、遠慮も無い。手加減もしない。

 

 情も、倫理も、思考も、全て要らない。

 

 もうその一言だけで良い。

 

 それ以上は、要らない。

 

 それで、終わr

 

「イナズマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 唐突に。

 

 ハルトが叫ぶ。

 

 どうにもならないはずのこの状況で。

 

 楽しそうに、笑う。

 

 そして、その左手の指に右手を添え。

 

「行くぞ…………準備は良いな?」

「…………はい、マスター」

 

 短い互いのやり取り。

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして。

 

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 

 その姿が光に包まれた。

 

 




ちょいちょい書いてて修正が必要になったデータがあるのでもっかい全のっけ。




クロ(サザンドラ) 特性:ふゆう 持ち物:こだわりメガネ
わざ:りゅうせいぐん、あくのはどう、かえんほうしゃ、だいちのちから

裏特性:みつくび
自身が使用する『ドラゴン』タイプのわざの威力を半減するが、攻撃回数を3回に変更する。

専用トレーナーズスキル:しょうりのほうこう
相手を倒した時、「最大HPの1/3を回復」「自身の『ぼうぎょ』『すばやさ』を1段階上昇」「自身の『とくぼう』『すばやさ』を1段階上昇」のいずれかの効果を得る。




ルイ(ジバコイル) 特性:じりょく 持ち物:ひかりのねんど
わざ:ミラクルバリアー、めざめるパワー(炎)、10まんボルト、みがわり

特技:ミラクルバリアー 『エスパー』
分類:リフレクター+ひかりのかべ
効果:5ターンの間、味方への物理・特殊技のダメージを半減し、攻撃技が急所に当たらなくなる。持ち物が『ひかりのねんど』の時8ターン続く。

裏特性:はんぱつりょく
『でんき』わざが命中した相手を強制交代させる。



ドッスン(ハリテヤマ) 特性:こんじょう 持ち物:くろおび
わざ:インファイト、ばかぢから、はらだいこ、はたきおとす

裏特性:りきし
自身の『かくとう』わざで相手が『ひんし』になった時、相手を強制交代させる(次に出すポケモンをランダムに選出する)。

専用トレーナーズスキル(A):リバースダメージ
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのダメージをHP回復効果に変える。



ララ(ハピナス) 特性:いやしのこころ 持ち物:ヨプのみ
わざ:ちいさくなる、いやしのはどう、うたう、いやしのねがい

裏特性:ヒーリングボイス
『うたう』で相手を『ねむり』状態にした時、『ねむり』状態の間、毎ターン最大HPの1/4回復する。

専用トレーナーズスキル(A):リバースヒール
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのHP回復効果をダメージに変える。



ケイオス(アーケオス) 特性:よわき 持ち物:いのちのたま
わざ:もろはのずつき、げきりん、ついばむ、じしん

裏特性:きょうそう
特殊技・変化技を出せなくなるが、物理技を使用した時、自身の『こうげき』『すばやさ』に『とくこう』の半分を加算して先攻後攻、ダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル:きょうらん
HPが半分以下の時、相手の攻撃技以外のダメージを全て無視する。自身の攻撃の反動を受けなくなる。



レジギガス 特性:スロースタート 持ち物:こだわりハチマキ
わざ:ギガインパクト、ばかぢから、ストーンエッジ、つばめがえし、じしん、みがわり、グロウパンチ、きあいパンチ、ロックカット

裏特性:さびつき
ターン経過で特性“スロースタート”が解除されない。

専用トレーナーズスキル:ジャガーノート
ダメージ計算時、『ひんし』やわざの効果(みがわり、こらえる等)、道具(タスキ等)によって余剰ダメージが発生した時、追加ダメージとして相手にダメージを与える。

アビリティ:たいこのきょしん
自身の使用する物理技が半減・無効化されない。

アビリティ:おうのおう
自身を対象とする全てのデメリット効果を無視する。



トレーナーズスキル(P):いかさまロンリ
味方の下降効果が上昇効果になる。


トレーナーズスキル(A):ぎゃくてんロジカル
ターン開始時発動、3ターンの間、互いの能力ランクの上昇効果を反転させる。この効果は1試合1回のみ使用可能。


トレーナズスキル(A):ビトレイアル
ターン開始時発動、スキル発動時、相手のポケモンがトレーナーの指示を無視する。1試合3回のみ使用可能。

トレーナーズスキル(A):さかさまマジカル
ターン開始時発動、5ターンの間バトル形式が「さかさバトル」に変更される。






トレーナーズスキル(A):キズナパワー
ターン開始時発動、『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』『きゅうしょ』『めいちゅう』『かいひ』『かいふく』『かんつう』『むこうか』の中から一つ選択し、発動する。
『こうげき』→ターン中のみ自身の物理攻撃のダメージが2倍になる。
『ぼうぎょ』→ターン中のみ自身への物理攻撃のダメージを半減する。
『とくこう』→ターン中のみ自身の特殊攻撃のダメージを2倍にする。
『とくぼう』→ターン中のみ自身への特殊攻撃のダメージを半減する。
『すばやさ』→ターン中のみ自身の『すばやさ』を2倍にし、優先度を+4する。
『きゅうしょ』→ターン中のみ自身の攻撃が必ず急所に当たる。
『めいちゅう』→ターン中一度だけ自身のわざが必中になる。
『かいひ』→ターン中一度だけ相手のわざを必ず回避する(必中技には無効)。
『かいふく』→発動時、自身のHPを1/2回復する。
『かんつう』→ターン中一度だけ自身の攻撃が相手の『ぼうぎょ』『とくぼう』を無視する(0にする)。
『うちけし』→発動時、自身に影響のある不利な効果を全て解除する。



専用トレーナーズスキル(チーク)(P):れんたいかん
“なれあい”使用時、相手の自身より高い能力を自身と同じ数値にする、この効果は相手が『ひんし』になると戻る。さらに1ターンのみ相手のわざを自身が覚えることのできるわざ以外を使えなくする。



アビリティは伝説種のみに許された底力的何か。
そしてギガスのわざめっさ多いのは、つまりリソースの圧倒的な差。
伝説は伊達じゃないのだよ。
因みにゲームデータ的に言うとレベル100ギガスがこの世界のレベル1ギガスの能力くらい。初期能力って感じ。そこからさらにレベル+99されてるので、凄まじいことになってる。因みにシキちゃん良く捕まえられたな、と思ったかもしれないが。

よく考えろ、シキちゃんの能力ないと所詮レジワロスだ(スロースタート




と言うわけで次号決着。待て次回。

感想見てて思うが。

何故ばれたんだろう…………レジギガス(
アーケオス出さない方が良かったかなあ。

と言うか今回はバトルの組み立て方間違えたなあ、さかさまマジカル使えなかった。
本当はさまさまマジカルでシャルちゃん落とさないといけなかったのに。
実際のとこ、設定だけ作って後は自分で実際にやるなら、とか思いながらやってるのでデータだけ存在して実際には使われない設定ってのが多い(
おのれ主人公(

まあシキは四章で使いまわすのでそっちでつか…………えると良いなあ(


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ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 伝説のポケモン、と言う存在について、正直言って自身は何も知らないに等しい。

 実機時代の知識ならある、種族値もある程度は覚えているし、タイプや特性、覚えるわざなども把握している。

 だが、この現実において、それらがどれほど意味を為すのか、正直分かりかねている。

 

 自身の手持ちで考えるならば、実機時代レベル100の伝説だろうが、エアならば勝てる自信はある。

 パーティで戦えばまず間違いなく勝てる、と言う程度の存在。

 だが現実において、その程度の存在が伝説に語られるだろうか?

 実機で考えるなら、ストーリー上必ず戦うことになる伝説のポケモンたちが理不尽なほどに強ければ、そこで詰みになる。だからこそ()()()()()()()()調()()()()()()()()と言うのが普通だろう。

 本当に伝承通りの能力を作ったならば、アルセウスなどどうやって倒すのだ、と言う話。

 それを捕獲してしまうトレーナーは、じゃあアルセウスや他の伝説種の力を使って世界を再び作ることだってできるかもしれない。

 だがゲームにおいてそんなことはできない。

 

 例えグラードンとカイオーガをゲンシカイキさせても、天候被害はバトルの範疇に収まるし、伝承通りの力を十全に発揮しているとは思えない。

 

 だが現実において。

 

 本当に伝承通りの力を十全に振るうとするならば。

 

 伝説種とは。

 

 

 文字通りの災厄だ。

 

 

 * * *

 

 

 圧倒的な力。

 存在そのものの格の差、とでも言えばいいのだろうか。

 

 絶望的なほどの隔たりを感じる。

 

 ただそこにいるだけのはずなのに。

 文字通り、存在感が違う。

 生きている世界が違い過ぎる。

 

 だからこそ。

 

 ――――勝たねばならない。

 

「行くぞ…………イナズマ」

「ん…………ますたー」

 

 歳の頃十五、六ほどだったその姿を変化(へんげ)したイナズマが力強く頷く。

 

 メガデンリュウ。今回の自身の切り札。

 この世界に来た時、イナズマが持っていたのは『たべのこし』である。

 故に、この世界で再びデンリュウナイトを見つける必要があった。

 原作においてニューキンセツにあるはずのそれだが、ゲームならともかく、現実に勝手に入れるわけも無く。

 だがゲームと違って現実には、ショップ販売でメガストーンが売られていることもあることを思い出す。

 ミナモデパートのように大きな店舗ならばあるかもしれないと、近場のキンセツシティを探し。

 そうして見つけたのだ、黄と橙の特徴的な石を。

 

 メガデンリュウ、原作でも伝説種を除けば『とくこう』種族値の高さにおいてトップ3に入るほどの強力な特殊アタッカーである。

 唯一『すばやさ』が下がる部分だけは難点だが、元の数値が低いためそれほど気にはならない。それよりも『ぼうぎょ』『とくぼう』の数値が高くなり、打たれ強さを増しているため全体的には使いやすさも増している。

 

 少し話は変わるが。

 

 この世界において、育成とは才能の開拓だと自身は思っている。

 ゲームで言えば厳選した個体を努力値を振って、レベリングをして、技を整えること、と思うかもしれないが。

 特技、裏特性、トレーナーズスキルの存在するこの世界ではポケモンの才能と言うものが大きく関わって来ることに、自身の手持ちを育成する中で気づいた。

 

 才能とは種族値であり、個体値であり、努力値である。

 努力値を才能、と呼ぶにはおかしな語感ではあるが。

 

 例えばエアならば物理攻撃と速度一辺倒の努力値振りをしているため速攻アタッカーとしての才能の開花は非常に速い。“らせんきどう”や“かりゅうのまい”も初めての試行錯誤の中でも無事完成したし、ある程度要領を得て行った“ガリョウテンセイ”の完成も非常に早かった。

 逆にシアならば防御と補助、特殊攻撃に比重を置いているため、普通の物理アタッカーや速攻アタッカーのような育て方をしても難航しただろうことは予測できる。

 

 エアには“りゅうせいぐん”を覚えさせている、いずれこの辺りもさらに追及していきたいと思っているが、物理アタッカーとしての比重を置いているエアにしてみれば恐らく特殊攻撃技の特技を開発することは物理技よりも難航するだろう。

 

 だが不可能ではない。

 

 努力値を振った分だけ、振った能力に依存した技術の開発が容易になる。

 つまり努力値とは才能の後押し、とでも言えばいいのだろうか。

 物事全てに経験値をつけ数値で表すならば、努力値を振った能力と言うのは経験値が増すのだ。それだけその才能を開発しやすくもなる。

 だが努力値を振っていなくても物理技ほどでないにしても、いずれ特殊系の特技も使えるだろう。

 

 何故なら『とくこう』がVだからだ。

 

 つまり個体値の問題。

 そしてボーマンダと言う種族が決して『とくこう』種族値が低く無いことにも起因する。

 種族値自体が種族としての才能とするならば、個体値はその種族の才能をどれだけ発揮できるかの才能。

 6V個体とはつまりその種族の才能を100%発揮できる個体、と言える。

 

 だからシアを物理アタッカーとして育て直そうとしたら、努力値を振っても相当に苦労するだろう。そもそもの『こうげき』の種族値が低い。

 まして裏特性や専用トレーナーズスキルを開発することは絶望的かもしれない。

 

 だからイナズマも実は難航した。

 裏特性で火力と速度の両立をしたかった。

 だがデンリュウと言う種族の『すばやさ』数値を考えると相当に絶望的なのは分かる。

 

 だからそう言う場合には条件付けをする。

 

 特定の条件を満たした時、特定の効果を発揮する、と言ったように。

 足りない才能は条件を限定することで効力を絞り、特化させていくことで解決した。

 得意の電気に絡め、そして前世における科学の知識を無理矢理にこちらの世界の理に適応させる。

 裏特性は技術だ、だったら理論と原理があれば多少の無茶は通る。

 デンリュウの夢特性の『プラス』と言うのもその一押しになっただろう。デンリュウにはそう言う下地があるのだ。イナズマはそうじゃないとしても、デンリュウと言う種族にそう言った眠った才能があることは確かだ。

 そうやってイナズマとシャルに関してはかなり無理を通した。

 

 さて、ではここで一つ問題だ。

 

 メガシンカはどうなる?

 

 メガシンカすると種族値が上昇する。

 種族値は種の才能だ。そして6V個体であるイナズマは上昇した種の才能を十全に発揮できる。

 

 つまり。

 

「イナズマ、フルパワーチャージ!」

「ちゃーじ…………する」

 

 “むげんでんりょく”

 

「最大威力でぶっ飛ばせ!」

 

 絶叫染みた叫びと同時。

 

「でんりょく、さいだい」

 

 “レールガン”

 

「ギガス!!!」

「……………………」

 

 “ギガインパクト”

 

 互いの最強の一撃がぶつかり合う。

 最早電撃のビームとでも呼んでも過言でないイナズマの放つ一撃と、レジギガスの放つ拳の一撃が衝突し。

 

 そして。

 

「…………………………!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 そして押し返す勢いを殺そうと、レジギガスが拳で受け流そうとするが。

 

「もーいっぱつ」

 

 “レールガン”

 

 無慈悲に叩き込まれた二発目の“レールガン”が、レジギガスを飲み込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 ――――夢から醒める。

 

 

「ん…………」

 

 薄っすらと、意識が覚醒していく。

 ゆっくりと目を開きながら、目の前に見える肌色をぼんやりと考える。

 寝ぼけ半分の頭を回しながら、何の気無しに手を伸ばす。

 

 ふにゃ、と柔らかい感触がした。

 

「ん…………やぁ…………」

 

 そして耳元をくすぐるように聞こえてきた艶のある声。

 ふと視線をずらす。

 

「んー…………ます……たぁ……?」

 

 ずらした先、ジャストなタイミングで少女が目を開く。

 そして自身の視線と少女の視線がぶつかり合い。

 

「えへへ…………ます、たあ」

 

 少女のターコイズのような色の瞳が自身を見つめ、そうしてその目が形を変え、笑みを浮かべる。

 じゃれあうように、自身へと小さな手を伸ばし、しがみついてくる少女をあやしながら、上半身を起こす。

 

「…………まだ小さいんだな、()()()()のやつ」

 

 そう、同じベッドにいつの間にか潜りこんでいたらしい目の前の()()()()()()()()()

 自身よりも背の低く、足元まで届くほどに長い金の髪の少女は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エアのメガシンカは成長を促していた。だからてっきりイナズマもそうだと思っていたのだが。

 イナズマのメガシンカは退化していた…………いや、別に能力的に低くなったわけではない、数値的に見れば確かにメガシンカ分強くはなっていたのだが。

 

 何故かその外見は十歳程度にまで若返り、さらに知能まで年相応になっていた。

 

 しかも、決勝戦はとうに終わったはずなのに、翌日になっても未だにメガシンカが解けていない。

「…………いつになったら解けるんだよ、これ」

 

 異常事態、と言えばそうかもしれない。

 

 本来メガシンカしたポケモンはバトルが終わればメガシンカは解除されるはずなのに。

 同じメガシンカしたことのあるエアに聞いてみたところ。

 

 幼児退行しているせいで、逆に自分の意思でメガシンカを解けないのではないか、とのこと。

 

 と言ってもキーストーンとて永続的に共鳴しているわけではない。

 放っておけば自然と解けるのではないか、と言うのがエアの見解。

 

 は、いいのだが。

 

「…………なんでこうなってんだ」

 

 右を見る、イナズマが嬉しそうに笑っている。

 その奥にはリップルが平然と眠っている。

 

 左を見る、すぐ隣にエアが眠っている。

 その奥にはシアが安らかな寝息を立てている。

 

 二人いない、そう思えば。

 チークとシャルは自身の両の脚にしがみついていた。

 どうりでさっきから暖かいと思った。

 

 つまるところ。

 

 手持ち全員と一緒に一つのベッドで寝ていた。

 

 思うことはただ一つ。

 

「…………………………狭い」

 

 かなり大きなホテルだけに、実家にある自身のベッドよりも倍以上大きいサイズのはずのベッドなのに、寝返りうつ余白すらない。

 

 どうしてこうなってしまったのか、思い出そうとして。

「おかしい…………全員それぞれのベッドで寝てたはずなのに」

 ()()()()()()()()()()()だけあってその辺は都合がつくらしい。ヒトガタポケモンが六体と言うことで、一番大きな部屋にベッドが七つも用意されていた。

 

 寝る前は確かに全員それぞれのベッドに入ったはずなんだが。

 

 どうしてこうなった、そう考えて。

 

「…………まあいいか」

 

 全員、昨日はよくやってくれた。

 本当に、誰一人欠けても駄目だっただろう戦いだった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 そう、勝ったのだ。

 

 あの強敵を相手に。

 

 伝説種すら下して。

 

 勝ったのだ。

 

「…………ますたー?」

 

 ふと、イナズマを見ると、きょとん、と首を傾げるその姿に苦笑する。

 

「…………イナズマ」

「はーい」

 

 短く、名前を呼べば嬉しそうに答える。

 

 だから。

 

「頑張ったな」

 

 その頭に手をおいて。

 

「ありがとう」

 

 笑みを浮かべた。

 

 

 * * *

 

 

「……………………はあ」

 

 ため息一つ。

 

 ベンチに座ったまま、さてどうしようかと考える。

「負けちゃった…………わねえ」

 まさかの敗北に、実際戸惑いを隠せない。

 レジギガス、伝説種まで出しての敗北。

 まさしく完敗、である。

 

 正直、ここからのことは何も考えていない。

 

 勝たなければならない勝負だった。

 負ければ後など無かった。

 

 否。

 

「後が無い、と言うなら、いっそ」

 

 捨ててしまおうか、正直もうあの場所に未練も無い。

 

「………………………………シキ」

 

 呟くその名は、自身と同じ。

 けれど、自身のものでは無い。

 

 それは大切な、大切な。

 

「…………あの子のこと、言えなくなったわねえ」

 

 “正しさだけで決めるな、意味なんて求めるな”

 

 そう言ったのはあの子。

 あの時の自身には分からなかった。今の自身にも分かったとは言えない。

 

 だが……………………。

 

「旅でもしてみましょうかね」

 

 まずはこのホウエンと言う地方を。

 

 敗北した自身に、あの場所に居場所など無い。

 ならば、もういっそ…………捨ててしまえば良いのかもしれない。

 

 それに。

 

「……………………ハルト」

 

 呟く、自身が戦った相手の名。

 

 そして。

 

 初めて自身が――――――――

 

「呼んだ?」

 

 背後より聞こえた声に驚き、振り向く。

 

「さっきぶり、かな」

「…………そうね」

 

 勝者と、敗者。

 流れる空気は、気まずい。

 

「あの、さ」

 

 だが、その空白を打ち破って、ハルトが口を開く。

 

「頼みがあるんだ」

「たの、み?」

 

 自身が首を傾げ。

 

 そうして、ハルトがその続きを語る。

 

「――――――――」

 

 呟かれたその言葉に、目を見開いた。

 

 

 




“さかさま”のシキ(サイキッカー)


クロ(サザンドラ) 特性:ふゆう 持ち物:こだわりメガネ
わざ:りゅうせいぐん、あくのはどう、かえんほうしゃ、だいちのちから

裏特性:みつくび
自身が使用する『ドラゴン』タイプのわざの威力を半減するが、攻撃回数を3回に変更する。

専用トレーナーズスキル:しょうりのほうこう
相手を倒した時、「最大HPの1/3を回復」「自身の『ぼうぎょ』『すばやさ』を1段階上昇」「自身の『とくぼう』『すばやさ』を1段階上昇」のいずれかの効果を得る。




ルイ(ジバコイル) 特性:じりょく 持ち物:ひかりのねんど
わざ:ミラクルバリアー、めざめるパワー(炎)、10まんボルト、みがわり

特技:ミラクルバリアー 『エスパー』
分類:リフレクター+ひかりのかべ
効果:5ターンの間、味方への物理・特殊技のダメージを半減し、攻撃技が急所に当たらなくなる。持ち物が『ひかりのねんど』の時8ターン続く。

裏特性:はんぱつりょく
『でんき』わざが命中した相手を強制交代させる。



ドッスン(ハリテヤマ) 特性:こんじょう 持ち物:くろおび
わざ:インファイト、ばかぢから、はらだいこ、はたきおとす

裏特性:りきし
自身の『かくとう』わざで相手が『ひんし』になった時、相手を強制交代させる(次に出すポケモンをランダムに選出する)。

専用トレーナーズスキル(A):リバースダメージ
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのダメージをHP回復効果に変える。



ララ(ハピナス) 特性:いやしのこころ 持ち物:ヨプのみ
わざ:ちいさくなる、いやしのはどう、うたう、いやしのねがい

裏特性:ヒーリングボイス
『うたう』で相手を『ねむり』状態にした時、『ねむり』状態の間、毎ターン最大HPの1/4回復する。

専用トレーナーズスキル(A):リバースヒール
ターン開始時発動、発動ターン中互いへのHP回復効果をダメージに変える。



アーケオス 特性:よわき 持ち物:いのちのたま
わざ:もろはのずつき、げきりん、ついばむ、じしん

裏特性:きょうそう
特殊技・変化技を出せなくなるが、物理技を使用した時、自身の『こうげき』『すばやさ』に『とくこう』の半分を加算して先攻後攻、ダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル:きょうらん
HPが半分以下の時、相手の攻撃技以外のダメージを全て無視する。自身の攻撃の反動を受けなくなる。



レジギガス 特性:スロースタート 持ち物:こだわりハチマキ
わざ:ギガインパクト、ばかぢから、ストーンエッジ、つばめがえし、じしん、みがわり、グロウパンチ、きあいパンチ、ロックカット

裏特性:さびつき
ターン経過で特性“スロースタート”が解除されない。

専用トレーナーズスキル:ジャガーノート
ダメージ計算時、『ひんし』や『みがわり』によって余剰ダメージが発生した時、追加ダメージとして相手にダメージを与える。

アビリティ:たいこのきょしん
自身の使用する物理技が半減・無効化されない。

アビリティ:おうのおう
自身を対象とする全てのデメリット効果を無視する。

アビリティ:たいりくへんどう
自身の『こうげき』の能力ランクが6以上の時使用可能。次に使用する物理技の威力を2倍にする。使用後、全ての能力ランクの変化を元通りする。この効果は“おうのおう”によって無視できない。



メガデンリュウ
外見:イナズマをそのまま幼くした感じ。髪は足元まで伸びている。
特徴:口調が幼い、知能が退行している。
注意:メガシンカから元に戻っても記憶だけ残っている


専用トレーナーズスキル(P):むげんでんりょく
自身がメガシンカをした時、自身を『じゅうでん』状態にし、『じりょくカウンター』を6つ増やす。さらに自身が場にいる間、毎ターン『じりょくカウンター』を2つ増やす。



水代考えた。メガシンカしたイナズマの容姿どうしよう、と。
エアを鑑みて、大人のお姉さんにしようかと思ったけど。
ふとピクシブでメガデンリュウ見て思ったことがある。

そうだ、幼女にしよう。

何故大きくなる=成長なのだ。
成長して小さくなってもいいじゃないか。

そんな逆転の発想から生まれたイナズマならぬ、いなずまちゃん。
ろりいずづま…………ろりづま? ロリ妻?

ところでハルトくん、いなずまちゃんの()()()()()()()()()()()()


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生え変わり時期なんじゃ…………

執筆意欲が死んでて更新遅くなりました。


 伝説種とは存在そのものが別格の存在だ。

 

 と言ったってゲーム的に見れば種族値は合計600オーバー、一番高いアルセウスでも720。

 準伝説と呼ばれる存在が基本的に600、偶に580もいる。

 ならば600族と比べてもそれほど大きな差異は無い、と言える。

 

 実機で考えるならば。

 

 だが現実的に考えて欲しい。

 タイプ的に有利なポケモン数匹用意した程度で勝てるような存在が()()、などと呼ばれるか。

 レベル上限まで育てた600族で対等に渡り合えるような存在が()()()()()()()足り得るのか。

 

 分からない、分からない、分からない。

 

 自身が体験したのはゲームであって、現実ではない。

 この現実で伝説のポケモンがどれほどの存在なのか、自身には分からない。

 

 だからこそ、知りたかった。

 

 レジギガス、文字通りの伝説の存在を持つ彼女を訪ねたのはそのためであり。

 

 来るべき伝説の目覚めへの備えでもあった。

 

 

 * * *

 

 

 伝説のポケモン、と呼ばれる存在は世界各地にいる。

 自身の出身、カロスにも伝承だけならば残っている。

 ポケモントレーナーならば一度くらいは夢想するだろう、伝説のポケモンを自らの手に、などと。

 だがそんなものは所詮夢で、語る言葉とて戯言に過ぎない。

 

 まず遭遇すること自体が稀である。

 

 いくつかの目撃証言から辛うじて存在することだけは分かっているが、その大半がどこに生息しているのか、どんな生態をしているのかすら分かっておらず、どこに行けば遭遇できるのか、と言う問題がまず最初に立ちはだかる。

 

 伝説のポケモンと言うのは、遥か昔より存在しているものが大半であり、古い文献などにその名を見ることができる。

 故に、それを調べることで、ある程度の生活パターンや生息地なども絞り込むことができ、ひたすらに現地で探し続ければ、稀にだが出会うことも出来る。

 

 そして次にぶつかるのが。

 

 出会って、逃げられないかどうか、である。

 否、逃げられるという言いかたは正しくは無い。

 正確には視界に入れてもらえるかどうか、だ。

 

 伝説のポケモンと言うのは、圧倒的な強さと超常的な力を持つ。

 

 それこそが、伝説のポケモンが伝説たる由縁であり、ただ個体数が少ないだけの幻のポケモンとは一線を画す理由でもある。

 

 伝説種、伝説のポケモンには、神と謳われるような超常的な力を持っている…………とされている。

 

 誰もその真実を確かめたことが無いのだ、本当かどうかなんて、分かるはずも無い。

 そして他を圧倒するほどの力を持つからこそ、伝説と言うのはある種、傲慢だ。

 

 脅威にもならないと判断されたならば、相手にされない。

 戦うことすらできないのだ、そんな状態でボールを投げてもまず避けられる。

 

 だから本当に伝説種を捕まえるならば、まずは相手に脅威だと感じてもらう必要がある。

 

 そしてバトルに入りそしてそして。

 

 そこからが本当の始まりだ。

 伝説種に敵だと認められる、それだけの力を持ってして、伝説とは圧倒的な暴威だ。

 レジギガスとの戦いは文字通りの死闘だった。

 

 伝説種にはその存在を象徴するものが一つある。

 

 カロスの伝説ならば破壊と生命、そして秩序。

 ホウエンの伝説ならば干ばつと大雨、もしくは大洪水。

 

 その象徴は伝説種たちが過去に起こした伝説から大凡のものが読み取れる。

 そして実際に戦って自身が知ったのは。

 

 伝説種はその象徴とも言えるものを概念的力として発揮する。

 

 レジギガスの象徴はつまり()()()()()()()と言う伝承。つまりは“怪力”だ。

 防げず、耐えれず、どんな物質もどんな生物も一撃で砕く究極にして必殺の一撃。

 触れれば砕ける、躱せば空間が揺れる。そんな拳を振りまわし、タイプ相性すら無意味なものと化したその一撃に多くのポケモンたちが倒れ。

 

 都合五十用意したレベル上限のポケモンたちの八割が『ひんし』にされ、残りの二割でようやく捕獲に成功した怪物だ。

 

 だが、正直に言って。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 多少己惚れるならば、自身だからこそ、その程度で行けた、と言う思いもある。

 並のトレーナーならば、レベル上限のポケモン百用意しても一蹴されただろう根本的な強さの違い。

 

 それから。

 

 どうしてレジギガスなのか。

 

 それは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 五十のレベル100のポケモンの一斉攻撃に揺れながら、振るう拳の一撃で一体ずつ確実に屠り、最終的に戦えるポケモンの数が残り十を切った時、ようやくその動きを止めた怪物。

 

 それでも尚、それは最弱なのだ。

 

 伝承と照らし合わせるならば、どんなものも一瞬で破壊しつくす圧倒的暴威も無く、破壊された生命を一瞬にして芽吹かせる圧倒的回復力も無く、海を枯らし生命を干からびさせる力も無く、大雨と洪水によって全ての命を飲み込む力も無い。

 同じシンオウの伝説は他にもいるが、時間を操り司るポケモン、空間を操り司るポケモンとどう考えても手も足も出ないような存在だった。

 

 故に最弱なのだ。

 

 例え大陸を動かすほどの怪力があろうと、小島を一撃で砕き沈めるほどの剛力だろうと。

 

 ただそれだけ、なのだ、レジギガスと言うのは。

 

 言うなれば、ただ極端なほどに攻撃力が高いだけのポケモン、と言い変えることができる。

 

 他の伝説種のような天災のような力は持っていない。

 

 故に狙い目だった、狙うことができた。

 

 自身にも、自身でも。

 

“頼みがあるんだ”

 

 だから、信じがたい。信じられない。

 

“ホウエンの伝説を捕まえたい、協力してくれないか”

 

 そう告げた彼の言葉に、驚愕する。

 無茶だ、無理だ、無謀だ。

 もしかして、もしやすると、自身のレジギガスに勝ってしまったがために、そのせいで。

 

 錯覚してしまったのではないだろうか、伝説に勝てると。

 

 それは間違いだ、それは勘違いだ、それは見当違いだ。

 

 必死になって止めた、余りにも無謀過ぎると。

 

 けれど。

 

“分かった…………その時は、協力する”

 

 最終的には折れた。

 同じ伝説を目指した一人のトレーナーとして、そして自身に打ち勝った彼の頼みだったからこそ。

 自身は頷いた。

 

 それは彼が、決して自身の無謀さを理解していないわけではないと分かったからだ。

 

 それでも、それが必要なのだと、そうしなければ。

 

「…………ホウエンが滅びる、か」

 

 信じ難い…………とは言えない。

 本当に伝説種と言うのは一体で地方を滅ぼすだけの力がある。

 まして、彼の語るホウエンの伝説と言うのは殊更特殊だ。

 

 伝説同士が敵対している、など信じがたい。

 

 グラードン、そしてカイオーガ。

 

 それが彼の語る伝説の名。

 

 曰く、海を枯らす干ばつの化身。

 曰く、陸を飲み込む海の化身。

 

 その二体が近い将来目覚めること、それを利用しようとしている人間がいること、その道筋の先にはホウエン地方の壊滅が待っていることなど、彼はつらつらと語った。

 

 どうしてそんなことを知っている、とは聞かない、と言うかどうでも良い。

 

 少なくとも、自身はそれを信じた。

 いつの時代でもどの地方でも伝説を利用しようとする人間と言うのはいる。

 実際にそれができるかどうかは別としても、そう言う人間がこの地方にいても何もおかしくは無い。

 

 阻止しなければならない。

 

 だが単純に阻止しただけではいつかまた再び伝説を利用しようとする人間が現れるだろう。

 だから捕まえる、と言った彼の言葉に。

 

 ああ、それは嘘だ。

 

 直観的に理解した。

 何が、とは分からないが、恐らく伝説を捕まえるのはもっと別の理由な気がする。

 だが少なくとも、悪用しよう、と言った感じの人間ではない。

 もっとも、自身が彼を好いているからそう思いたいだけかもしれないが。

 

 考えても仕方ないのならば、後はそう、シンプルな話だ。

 

 彼を…………ハルトを信じるかどうか。

 

 少なくとも、自身は信じると決めた。

 あの時、自身の手を引いてくれた彼のことを。

 

 だから自身も語る。

 自身の知る限りの、伝説と言う存在を。

 

 

 * * *

 

 

 レジギガスはほぼ育成されていないポケモンだ、とシキに告げられた時。

 

 いったい何の冗談だ、と思った。

 

 全能力を全開まで積んだメガデンリュウの最大威力の攻撃を()()()()したあの異常なまでのパワー。

 初撃で押せたからこそ、そのまま勢いのまま押し切れた、と言う感じがある。

 むしろ、一度でもグロウパンチなどで『こうげき』を積まれていたら、負けていたかもしれない。

 それほどまでに異常な強さを持っていた。

 

 持ち物、そしてトレーナーズスキルによる特性の反転強化。

 

 その二つを持ってして、ようやく半分だとシキは告げる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()だと、そう告げた。

 

 あの強さで、あの火力で、あれでまだ半分。

 

 さらに言うなら。

 

 恐らくレジギガスが伝説の中でも最弱だろう、と。

 

 それは理解できる。

 

 単純な能力だけで比べればレジギガスだって十分に伝説と呼べるだけの力はある。

 

 だがそれだけだ。レジギガスにはそれ以外のものが無い。

 

 アルセウスのような創世の力も無く、ディアルガのような時間を操る力も、パルキアのような空間を操る力も、ギラティナのような対を司る力も、グラードンのような海を干上がらせるような力も、カイオーガのような陸を飲み込むような大雨を降らせる力も、ホウオウのような死した命を蘇らせることも、ルギアのような荒れ狂う海を鎮める力も、レシラムのような世界を燃やすほどの熱量も、ゼクロムのような世界を焼き尽くすほどの電力も、イベルタルのような破壊の力も、ゼルネアスのような生命を操る力も無い。

 

 大陸を動かすほどの怪力、それだけがレジギガスに与えられた力である。

 

 それとて伝説に語られるほどの無双の剛力。圧倒的破壊力を持つポケモンなのは間違いない。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 戦う、と言う点において、伝説種の中で一番やりやすい相手であることは間違い無い。

 

 それでも、まだ自身は甘かった。甘く見ていた。

 

 決勝で戦ったレジギガス。

 確かに強かった。これぞ伝説級と呼べる存在だと、実感できた。

 だが種族値的に考えれば、メガデンリュウだって伝説に劣るわけではない、だから対抗できたのだと、思っていた。

 

 あれでまだ半分。

 

 もし野生時だったレジギガスと戦ったならば、自身の手持ち六体全てを使っても勝てないかもしれない。

 

 タイプ相性すら意味を為さない、概念的な圧倒的暴威。

 

 守っても、守りを貫通する究極の一撃。

 

 そして異常とも言えるタフネス。

 

 想像するだけでおぞましい。

 シキは良く勝ったものだと思う。

 

 だが、とにかく、だ。

 

 これで一人、協力者が出来た。

 

 自身がこのホウエンリーグに出た目的は大きく分けて三つだ。

 

 一つ目は単純に、自身と手持ちたちがこの世界でどこまで通用するのか試すこと。

 

 二つ目は名声と権威を得ること。

 例えばの話『べにいろのたま』と『あいいろのたま』の場所を知っている自身は、先に確保に動くことができる。

 だが普通に言っても確保などできるはずも無い。

 

 だから、権威が必要だ。

 

 できればポケモン協会を動かせる立場。

 そう、チャンピオンなどならばまた話は違ってくるのではないだろうか。

 リーグ優勝、と言うだけでもかなりの名声があるが、権威、となれば四天王クラスかチャンピオンの座が必要になってくる。

 もしダメならば、チャンピオンに素直に協力を依頼するしかないだろう。原作ならば共に戦ってくれる仲間的な位置づけだが、あのチャンピオンは肝心な時に居ないから頼りづらい。

 そもそも自身の実機からの知識をどこまで語っていいものか、という問題もある。

 

 故に出来るならば、自身がチャンピオンになれることが望ましい。

 

 まあそれには、四天王と、そしてあのチャンピオンを倒さねばならないのだが。

 

 そして三つ目。

 

 協力者を作ること。

 第一候補はチャンピオン。先も言った通り、原作ならば協力してくれていた。マグマ団とアクア団の活動はホウエンの危機にもつながる以上、それをきちんと証明できれば協力は得られると思っている。

 だが協力してくれる人間は多いに越したことはない。

 

 そして先の決勝。

 

 思わぬ幸運があった。

 

 伝説種を捕まえたトレーナー。

 

 シキとの邂逅である。

 

 

 * * *

 

 

 ――――夢から醒める。

 

 

「ん…………」

 

 薄っすらと、意識が覚醒していく。

 ゆっくりと目を開きながら、目の前に見える肌色をぼんやりと考える。

 寝ぼけ半分の頭を回しながら、何の気無しに手を伸ばす。

 

 ふにゃ、と柔らかい感触がした。

 

「ん…………やぁ…………」

 

 そして耳元をくすぐるように聞こえてきた艶のある声。

 

 “あれ? なんか昨日もこんなことあったような…………?”

 

 そんな思考が一瞬、脳裏を過り、ふと視線をずらす。

 

「んー…………ます……たぁ……?」

 

 ずらした先、ジャストなタイミングで少女が目を開く。

 そして自身の視線と少女の視線がぶつかり合い。

 

「……………………ま、ます…………たあ…………?」

 

 直後、少女、イナズマが目を見開き、がばりと起き上がり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

「え?」

 

 一糸纏わぬ白い肌に一瞬、目を奪われ。

 

「…………お前、服は?」

 

 呟いたその声に、イナズマが自身の状況を理解し、一瞬にしてその頬を紅潮する。

 

 そして。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫が部屋に響いた。

 

 

 




と言うわけで、野生時のレジギガスさんのデータ。
ステータス数値についてはアバウト。だいたいこれくらい、と考えて欲しい。



レジギガス Lv200
H18000 A1600 B660 C500 D660 S600
特性:スロースタート 持ち物:なし
わざ:ギガインパクト、じしん、しねんのずつき、ヘビーボンバー、にぎりつぶす、アルティメットブロウ

特技:アルティメットブロウ 『ノーマル』タイプ
分類:ギガインパクト+ばかぢから+インファイト+フェイント+きあいパンチ
効果:威力1000 命中90 優先度-2 相手の『まもる』や『みきり』等で無効化されない。 

裏特性:でんせつのいふ
このポケモンは『ひんし』にならない限り、捕獲できない。自身の『HP』の種族値を大幅に上昇させる。自身が受けるダメージを全て半減する。

アビリティ:たいこのきょしん
自身の使用する物理技が必ず相手の『きゅうしょ』に当たる。

アビリティ:おうのおう
自身を対象とする全てのデメリット効果を無視する。

アビリティ:たいりくへんどう
自身の『こうげき』の能力ランクが6以上の時使用可能。次に使用する物理技の威力を2倍にする。使用後、全ての能力ランクの変化を元通りする。この効果は“おうのおう”によって無視できない。

禁止アビリティ:むそうのかいりき
自身の『こうげき』種族値を2倍にする。自身の使用する物理技の威力を2倍にする。自身の使用する物理技が相手のわざ・タイプ・どうぐで半減、無効化されない。


物理防御⇒メガボスゴドラ並
特殊防御⇒ハピナスなんて目じゃない
HP⇒頭おかしい
攻撃力⇒一撃必殺


はい、これで伝説最弱レベルです。

因みに裏特性は捕獲時点で消えてる。その他色々変わったり、弱体化した部分がある。
これでトレーナーズスキルと持ち物で辛うじて補ってたのがシキさん。
ぶっちゃけ育成なんてできませんわ(
致命的だったのは、レベルが120まで下がってたこと。
上のステータス頭おかしい、と思うかもしれないが、よく考えてくれ。
レベル200なんだ(


そしてゲンシグラカイは250レベなんだ(絶望


大分遅くなったけど、次の更新はもっと速くしたい(願望
手持ちとのR18とか書きたいなあ(欲望


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生え変わり時期なんだよ…………

 

 なんだろうこの状況。

 

 自身のベッドの上を占領して、その肢体を布団で隠しながらさめざめと泣くイナズマの姿を見てふと思う。

 

 なんか事後みたい。

 

「んで…………なんで脱げてるんだ?」

「知りませんよぉ」

 シャツやキャミソール、ジーンズ。どころか、下着の類まで寝て起きたら無くなってると言う状況に、さすがのイナズマも動転しているらしい。

 椅子に座りながら、イナズマの分の衣類を買って来るように頼んだエアとチーク、それからシアの帰りを待つ。

 余り見ていても可哀想なので、視線を逸らせばこの状況でやはり呑気に寝ているシャル。

 そして少し離れた扉の先からはザーザーと言う水音。リップルが呑気に朝風呂している音だ。

 

 しかし不思議なこともある。

 いつだったかオダマキ博士に簡単にヒトガタについての話を聞いたことがあったが、ヒトガタポケモンの衣服とはつまり鱗であり、体毛であり、毛皮である。

 そう簡単に脱げるようなものでは無い、と言うか深いダメージを負わない限り破れることすらない、と言う優れものであり、少なくとも寝て起きたら脱げていた、どころか消失していた、と言うのは余りにも不可思議だ。

 

「って、あ、そうだ」

 

 オダマキ博士に聞いてみればいいのだ、そんなことを今頃思い出す辺り、どうも自身も寝ぼけていたらしい。

 

「と言うわけでナビ使ってっと」

 

 博士の番号は最初に登録されている、時間は…………やや早い気もするが、あの一家は早起きだから問題無いだろう。

 しばしの間の後。

 

『やあ、ハルトくん、おはよう!』

 

 通話が繋がり、博士の声が聞こえてくる。

「おはようございます、博士」

『テレビ見てたよ、手に汗握る戦いで、ハルカも大はしゃぎだったよ』

「あはは…………ありがとうございます、それで、ちょっとご相談があるんですけど」

『私にかい? いや、まあ時間からして何かあったんだろうとは思ったけれども、それでどんな相談だい? 私に答えられる範囲なら、何でも答えるよ』

 博士のそんな言葉にほっと一息つきながら、イナズマに起こった現象について話す。

 

 そうして情報全て話した後の博士の第一声は。

 

『体毛の生え変わりの時期なんじゃないのかな?』

「……………………は?」

『あくまで私の専門は生態のほうだから、そちらの見解に偏るけれど。前にも言ったように、ヒトガタの衣服と言うのは毛皮や鱗のようなものだ。それが脱げる、と言うのは体毛が抜け落ちるようなものだと思う。つまり時間が経てば自然と元に戻る可能性もあるね』

 

 服=毛、服が脱げる=毛が抜ける、動物の毛が一斉に抜け始める=生え変わりの時期。

 

 なるほど、そう考えるとなるほど、と言わざるを得ないが。

 

 ただ首を傾げる点もある。

 

「なんでイナズマだけ…………?」

『そこだね、そして()()()()()()、と言うのもある』

 

 イナズマと出会ってすでに五年だ。その間に、先のようなことは一度も無かった。

 イナズマだけではない、生え変わり、と言うのならばエアやリップルだって鱗の生え変わりくらいあってもおかしくないし、チークやシアも同じく毛の生え変わりくらいあってもおかしくない。

 シャルは…………まあ多分そう言ったものはないのだろうが。

 

 何故イナズマだけ、そしてどうして今頃、と言う疑問は当然のように出てくるし。

 

『メガシンカ、そのことに何か秘密があるのかな?』

 

 特別なこと、と言えばそれだけだ。

 初めてイナズマをメガシンカさせたこと。

 

 だが、同じくメガシンカしたエアにはそう言った異常は見られないのは何故だろうか。

 

『もし何か新しく分かったことがあったら教えてほしい、こちらもそう言った事例が無いか、調べてみるよ』

「はい、分かりました」

 通話を切るとナビが再び沈黙する。

 視線をイナズマへと向けると、どうやらこちらの話を聞いていたらしい。

「体毛の生え変わり時期なんじゃないか、って言ってるけど」

 

 イナズマの種族はデンリュウだが、デンリュウって体毛生え変わったりするのか?

 と言う疑問は多少あるが、デンリュウの進化前はモココだ。

 メリープとモココは見たままの羊だし、その進化系のデンリュウも、もしかしたら生え変わりもあるのかもしれない。

 

「イナズマ、何か変調はあるか?」

「え、へんちょ…………体調ですか」

 問われたイナズマが言葉の意味を一瞬測りかねたように戸惑うが、僅かに首を捻り。

「そう言えば…………いつもより力が弱くなったような」

 布団の隙間から指先をすっと出し。

 

 ぱちん、とその指先から電気が迸る。

 

 一瞬のことだったが、イナズマが少し渋い顔をして首を傾げる。

 

「やっぱり、ちょっと電気が弱くなってる、かなあ…………?」

 

 メガシンカの反動、のようなものだろうか?

 エアの場合、メガシンカの反動は食欲に出る。

 と言うか、メガシンカによって消費した膨大なエネルギーを食べることで補おうとするのだ。

 だからバトル中にメガシンカを使うと、使った分だけ食べる。

 いや、やっぱ普段からけっこう食べてるし、単なる食いしん坊と言うだけかもしれないが。

 

 イナズマの場合…………力が弱まる、と言うことだろうか?

 

 でもメガシンカにそんなデメリットがあるなんて聞いたことが無い。

 そもそもがヒトガタのメガシンカの例自体が少ないため分かっていないだけかもしれないが。

 

「…………イナズマのメガシンカはちょっと慎重になったほうがいいか」

 

 独り呟く。

 

「待って、マスター」

 

 その自身に、イナズマが待ったをかける。

 

「…………どうした?」

「あ、あの…………その…………」

 どこか迷っているようなイナズマに態度に、僅かに首を傾げ。

 けれどこちらから声を出すことはしない。

 自分で決める、自分から意見を述べる。

 イナズマに必要なのはきっとそれだから。

 

「………………その………………お願い…………あり、ます」

 

 か細い、消えてしまいそうな声。

 それでも、確かに届いた声。

 

「言ってみろ」

 

 端的に呟き、その先を促す。

 数秒、再びイナズマが黙し。

 

「――――――――――――――――」

 

 

 * * *

 

 

 ゲンシカイキ、と言う現象について自身が知っていることはそう多くない。

 自然エネルギーを取り込むことによるパワーアップ。

 太古の力を()()()()こと。

 

 そしてグラードンとカイオーガにしか本来できない。

 

 だが現実にはエアとアース、二体のポケモンがゲンシカイキに成功している。

 

 ただ、それ以外のメンバーについて、一人を除いて琥珀色の石は反応を示すことが無かった。

 その一人は…………リップルだ。恐らくリップルも“ゲンシカイキ”が可能となる。

 エアとリップル、アースは良くて、それ以外では駄目な理由を少し考え。

 

 ふと思い出す。

 ゲーム内でこんな話が無かっただろうか。

 

 “通常のポケモンではゲンシカイキがもたらすとてつもないパワーに耐えきれない”

 

 つまり、実機でグラードンとカイオーガだけがゲンシカイキできた理由とは。

 種族としての強さ、と言うことではないだろうか。

 

 エア…………ボーマンダ、リップル…………ヌメルゴン、そしてアース…………ガブリアス。

 二人の共通して、他五人に共通しないこと。

 

 種族値合計値600。

 

 それだけならば、あの地下で大量のガブリアスがゲンシカイキしている。

 だからもう一つ、条件を付け加えるならば。

 

 6Vであること。

 

 もしくはヒトガタであること、だろうか?

 

 ただ正直なところ、リップルに関して、彼女をゲンシカイキさせることはほぼ無いだろう、と思う。

 するメリットが無い、と言うのは本当のところ。

 エアのゲンシカイキは相当な奇襲になりえる。

 上手くいけば三手で三体、半分もの敵を倒すことができるのだから。

 

 と、言うか。

 

 ゲンシカイキという言いかた自体がどうだろう、と思う。

 

 ゲンシカイキは“今は失った太古の力を取り戻すこと”だ。

 

 つまり、失った本人、グラードンやカイオーガのように太古の昔から生きているポケモンならばともかく、そうでも無い…………エアやアースが行っているゲンシカイキとは。

 

 血脈を辿り、太古の祖先の力を手に入れること。

 

 ある意味回帰ではあるのだがこちらはどちらかと言うと進化に近い。

 進化とはつまり適応だ、現在に適応した肉体を再び太古の血脈のものへと適応し直す。

 

 ゲンシカイキ、とは似て異なるこの現象、自身は始まりの意味を込めて。

 

 アルファシンカと呼ぶことにした。

 

 そしてαの先、終端。

 

 それを求めた。

 

 実機時代、ゲンシカイキとメガシンカが別枠だと知った時、大抵の人間が思ったのではないだろうか。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()使()()

 

 

 それこそが、自身がエアに求める終着。

 恐らく、この世界ならば、可能なはずだ。

 

 種族としての終着点、原初の肉体と進化を超えた進化の先に見える種の頂点、最強の一。

 

 名づけるならば。

 

 

 ――――オメガシンカ。

 

 

「んー…………どうすべきかなあ」

 正直言って、手古摺っている。

 こんなものただの理想だ、具体的なものは何もない。

 例えば先に戦ったアイテムマスターを思い出す。

 あんな風に二つの道具を持たせる…………恐らく、可能だ。

 6Vと言う才能の塊をもってすればそう言う仕込みは出来なくは無い、いくつか切り捨てる部分も出るだろうが、それ以上のものが手に入るだろう。

 

 だがそれでは無理だ。

 

 ゲンシカイキとメガシンカの両立、これでは成立しない。

 実際のところ、すでにそんなもの試した。

 正確にはアースで、だが。

 

 リーグ街には世界各地から大量に物が集まって来る。

 以前、チャンピオンのダイゴとリーグ街で出会ったが、その時教えてもらったのだ、リーグ街の石屋の存在。

 と言ってももっぱら売っているのは単なる宝石や貴金属、あっても進化の石くらいだが、数件だけ、あったのだ、メガストーンを売っている店が。

 

 その中の一つが奇跡的にガブリアスナイトだった。

 

 他にもいくつかのメガストーンを手に入れることができたが、それはさておき。

 ガブリアスナイトを手に入れた時、当然ながら琥珀色の石と合わせて使うことを考えた。

 そしてリーグで戦っている合間合間に少しずつアースの育成をし。

 

 二つの道具を使える裏特性を仕込んだ。

 

 アイテムマスターのように三つも、とはいかない。あれはアイテムマスターだったからこそできたのだ。

 自分ではこれが精いっぱいだ。

 

 そうして試しにメガストーンと琥珀色の鉱石…………自身が原始石晶(オリジンクォーツ)と名付けたそれの同時発動を試し。

 

 結論だけ言おう。

 

 爆発した。

 

 二種類の莫大なエネルギーが体内で弾け、エネルギーが暴発したのだ。

 そのせいでアースも怪我を負い、すぐにポケモンセンターに向かうことになった。

 

 恐らく、二種類の別々のエネルギーが流れ込んでくるのがダメなのだ。

 体内で反発してしまう。

 

 つまり、理論的にはゲンシカイキとメガシンカの併用は不可能だと思われる。

 

 だが、だ。

 たった一度だけ戦った、チャンピオンのメタグロスを思い出す。

 あの圧倒的暴威を思い出す。

 

 リーグで優勝を果たした。

 そうなれば次の相手は四天王。

 そしてチャンピオン。

 

 思い出す、あの最強のメタグロスを。

 

 勝てない。

 今のままでは、勝てない。

 

 まだ足りない。

 だから欲している。

 

 力を、強い、力を。

 

 オメガシンカ。

 

 実現できれば、あのメタグロスすらをも打ち倒す切り札となる可能性がある。

 単純なトレーナーの才能の差、とでも言うべきか。

 自身よりも圧倒的に潤沢な才能(リソース)を、全て『はがね』ポケモンのためだけに向けたあのチャンピオンに、凡人たる自身が打ち勝つには最早それしかない、そう思えるほどに。

 

 そのくらいの不可能、可能にして見せなければ。

 

 この差は、ひっくり返らないのだ。

 

 ホウエンリーグ本戦は終わった。

 

 次に始まるのは。

 

 

 チャンピオンリーグ

 

 

 リーグ街終端にある巨大な扉の先へ。

 その先に待つのは四天王。

 そして四天王を全て打ち破った先に待つのは。

 

「…………タイムリミットは近い、か」

 

 チャンピオンリーグは九月から始まる。

 こちらはホウエンリーグと違い、実況などは無い、四天王側と挑戦者側の極々少数での戦いになる。

 ホウエンリーグ本戦の人数の少なさのために、まだ七月。

 次のリーグまでに一月、勝ち進み、チャンピオンと戦うのはあと二か月。

 

 それまでに、オメガシンカを完成させ、同時にパーティの完成度をより高めていくこと。

 

 それが出来なければ、負けるだけの話。

 

「…………負けるもんか」

 

 嫌だ、ようやくこの舞台に立ったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「勝つ」

 

 必要なのはそれだけのこと。

 

「ただ、勝つ」

 

 勝って、勝って、勝ち続け。

 

「勝つのは、俺だ」

 

 頂点へと立つのだ。

 

 

 




オリジナル用語

アルファシンカ:ゲンシカイキ(もどき)のこと。本来のゲンシカイキと多少意味が違ってるので、ハルトくんが名付けた。α=ギリシア文字で最初の一文字だから「始まり」=「始原」の意味。

オメガシンカ:ゲンシカイキ(アルファシンカ)とメガシンカの同時使用のこと。ゲンシカイキによって原始の強さを取り戻し、その上で進化の先を行くシンカを行うと言う意味で、種の終着点と言う意味を込めた。Ω=ギリシア文字の最後の文字だから「終わり」=「終端」「終着」の意味。

オリジンクォーツ:ゲンシカイキ(アルファシンカ)に必要な琥珀色の鉱石をハルトくんが名づけたもの。日本語っぽく直すと「原始石晶」。



と言うわけで、これより一月の修行編、と見せかけて次からチャンピオンリーグ開催。

え、修行編?

シキちゃん呼んで協力してもらいながら毎日バトルするだけだよ?
シキちゃんなんでいるって?
ホウエンリーグ本戦まではテレビ実況される。つまり大会なのだ。
そして本戦優勝者と準優勝者は表彰みたいなのあるから、準優勝者だけは負けても残る。
表彰終わったら基本的には去るけど、ハルトくんが頼んでバトルの相手してもらってる感じ。
まさに惚れた弱み。


ところで今XY編に向けて着々とパーティ案練ってるけど。
どうしよう…………ハルトくんが一蹴されるレベルで強すぎる(


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四天王カゲツ①

ふりょうだったおれもいまじゃりっぱなしてんのう


 

「まあ、あれだわ」

 

 四天王。

 

 ポケモンリーグが招集した、チャンピオンへと至るまでに挑戦者が戦うべしと定めた四人のトレーナー。

 その誰しもがトップクラスのトレーナーであり、ポケモンリーグが認めたその地方最強の四人。

 

 今代の四天王は、歴代でも最難関だと言われている。

 それは四人のそれぞれが別々の特徴を持った最高峰(ハイエンド)のトレーナーだからだ。

 

「まず最初に、ようこそチャレンジャー、ってな」

 

 バトルに必要なトレーナーとしての能力を大別するならば、三つ。

 

 一つは何よりもポケモンを用意する能力。

 一つはポケモンに指示を聴かせる能力。

 一つは相手の行動を読み抜く能力。

 

 簡単に言い変えれば。

 

 育成する能力と、統率する能力と、読み勝つ能力だ。

 前世で聞いた言葉を借りるならば、育成型、統率型、指示型、と言ったところか。

 

「それ以外にも色々言いたいことはあるが」

 

 それに加える例外が一つ。

 

 言うなれば、異能型。

 残念ながらこの世界において、トレーナーの異能は実機時代と違い、フレーバーで済まない実効力が存在する。

 故に、この例外を付け加えた四つをトレーナーを大別するための分類として。

 

「全部後回しだ…………少なくとも」

 

 四天王はこの四種の頂点を担う存在と言えよう。

 

 そしてその四天王のトップバッター、最初の関門にして最も多くの挑戦者たちを蹴落としてきた最難関。

 

 四天王カゲツ。

 

 それが、今自身の目の前にいる男の名である。

 

「俺はもう火がついちまったぜ!」

 

 それが戦いの始まりを告げる一言だった。

 

 

 * * *

 

「任せた、チーク!」

「はいさネ!」

「いくぜえ、グラエナァ!」

「ぐるるるるうううう!」

 

 互いがボールを投げ。

 カゲツが出したのはグラエナ。やはり実機と同じ『あく』統一パっぽい。

 

 実を言うと、チャンピオンに比べ、四天王と言うのは外部への露出がかなり少ない。

 全国中継されるリーグ予選、本戦に比べ、チャンピオンリーグは極端に関係者が減る。

 挑戦者、四天王、チャンピオン。それだけだ。

 リーグ街の最奥、そこに佇む巨大な扉。その先を歩いていけば、待っていたのは砂塵舞う御殿へと続く廊下。

 原作でもこんな感じの道あったよなあ、と思いつつ。

 進み、御殿の扉を開いた先にはバトルフィールド。

 そこに立っていたのは一人だけ。

 

 そう、四天王との戦いは、原作のように四天王と挑戦者二人だけの戦いとなる。

 

 チャンピオンもまた同じことではあるが、チャンピオンのダイゴは長年君臨し続け、メディアでの露出やエキスビジョンマッチなどでの活躍もあり、パーティの傾向などいくつかの情報の露出はある。

 だが四天王は逆にそう言った類のものがほぼ無いので、実機時代の知識だけで考えていいものか悩んだのだが。

 どうやらそれもいらぬ心配だったらしい。

 

 と、なれば。

 

 『あく』タイプのグラエナと『フェアリー』タイプのチーク。

 相性は悪くない。唯一、いばる、にだけは気をつけなければならないが。

 

 と、その時。

 

「グルアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」

 

 “いかく”

 “かんきょう”

 

 ばくおんぱ、でも放たれたのかと言うほどの大音量に、部屋中がびりびりと震動する。

 余りの勢いにチークが一瞬怯む。

 特性の“いかく”か。とすぐに気づく。実機だとただの嫌な特性、だが現実的にはこれほど恐ろしいとは。

 一瞬だがトレーナーである自身まで委縮してしまうほどの迫力。

 だから、初っ端から切る。

 

 “つながるてとて”

 

「落ち着けチーク…………俺たちがいる」

「…………ふう、うん、大丈夫さネ」

 

 僅かに震えていたチークの足、その震えが収まり。

 

「余計なことされる前に行け!」

「グラエナァ! もう一発ぶっこめ!」

 

 互いの指示が飛び、チークが飛び出そうとして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “がんつけ”

 “ほえる”

 

 グラエナの絶叫が響き渡る。

 と同時、チークが足を止め。

 

「む、無理!」

 

 こちらへ飛び込むようにボールの中へと戻る。

 咄嗟にバトンだけは渡したようだが、肉食動物に怯える草食動物のような有様になってしまっている。

 “ほえる”はポケモンの本能に訴えかけてくる技だ。こればかりは仕方がない。

 問題は。

 

「あわ、あわわわわ、ぼ、ボク?!」

 

 強制交代で引きずり出されたのがシャルと言うことだ。

 “かげぬい”の発動タイミングがずらされた。それだけでシャルの強みが半減している。

 とは言ったもの、強制交代持ち…………しかも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持った相手に素直に交代、と言うのも考えさせられる。

 

「…………読みのカゲツ、か」

 

 今代の四天王について分かっている数少ない情報の一つ。

 四天王それぞれが各タイプのトレーナーの頂点に立っている、と言うこと。

 カゲツはその中で、読み勝つことを得意とするタイプだ。

 読みのカゲツ、とはつまりその名の通り、読みを得意とするトレーナーの頂点と言うこと。

 

 引くに引けない。初っ端から厄介な状況だと思う。

 

 だが、グラエナの種族値、そしてこちらのトレーナーズスキルによる積み状況を考えれば決してこの対面は不利ではない。

 

 ならば。

 

「シャル、行け!」

「今っ、グラエナァァァ!」

「グルウウウウウウラアアアアアアアア!!!」

「は、は…………いぃ…………?!」

 

“ぬけがけ”

“かみくだく”

 

 シャルがその両手に炎を生み出す一瞬の虚を突き、グラエナが接近しそのアギトを開く。

「なっ…………はやっ」

 単純な『すばやさ』ならば勝っている、だが恐らく…………優先度の差を付けられた。

 ならば、手札を切るのは。

 

「ここだ! 耐えろ!」

「砕け!」

「グラアアアアアア!!!」

「負け…………ない、からあああ!」

 

 『あく』タイプの攻撃は『ゴースト』タイプを持つシャルには2倍ダメージ、だが。

 

 “キズナパワー『ぼうぎょ』”

 

 初っ端から札を切る。何があろうとここでシャルを落とされるわけにはいかない。

 手痛いダメージをもらったシャルだが、それでも耐えて手の中の炎を撃ちだす。

 

 “シャドーフレア”

 

 黒い炎がグラエナを燃やし尽くす。元々『とくぼう』だってさして高くも無いのだ、シャンデラの一致技を受けてグラエナが立っていられるはずも無く。

「グラ…………ラ…………」

 グラエナが倒れる。

 

「くく…………やるなあ。なら、次だ!」

 カゲツが笑い、次のボールを投げる。

 出てきたのは。

 

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「で……か………………」

「さあ、行くぜ」

 一瞬次の手を考え。どう考えても一択しかないことを悟る。

「戻れ、シャル!」

 シャルをボールに戻す。『ほのお』『ゴースト』わざしかないシャルではあのサメハダーに有効打は出せない。

 ならばここは。

「シア!」

 代わりに投げたのは、シアのボール。

 

「そら、“つじぎり”だあ!」

「ギシャアアアア!」

 

 “わるのきょうじ”

 “つじぎり”

 

 巨大サメハダーが回転するようにシアに迫り、その背びれで深く切り裂く。

「ぐっ…………ま、まだ、まだ…………です」

 シアが苦痛に顔を歪めながらも、立つ。

「大丈夫か、シア」

「だ、大丈夫、ですよ、マスター」

 思わずかけた声に、シアが笑う。

 

 回復するか…………?

 

 否、ダメだ。

 シアの役割はそうではない。

 傷は試合後回復すればいい、今はとにかくバトルに集中だ。

 

「シアっ、狙っていくぞ」

「はい!」

「サメハダー!」

「ギシャアアアア!」

 

 互いの指示と同時、互いが動き出し。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はっ?!」

「なっ!!?」

 さすがにこんなもの予想外が過ぎる。

 

 “わるのきょうじ”

 “かえんほうしゃ”

 

 サメハダーの口から噴き出た業火がシアを飲み込み。

「シア!」

「…………っ、な、なんと、か」

 トレーナーズスキルによって『とくぼう』を2段階上昇させていたお蔭か、辛うじて耐えきる。

 

 だが、何だ今のは。

 

 サメハダーが“かえんほうしゃ”?

 

 あり得ない、絶対にあり得ない。

 そんなこと出来るはずが無い。

 もしかして噂に聞くデルタ種とか言うやつか?

 

 否、待て、待て、待て。

 

 何か忘れてないだろうか?

 

 何か、重要なことを一つ、忘れていなかっただろうか?

 

 そんな思考を遮るように。

 

「撃ち抜き、ます!」

 

 シアの指先から放たれた冷気の光がサメハダーを襲う。

 

 “アシストフリーズ”

 

「ギシャアアアアアアアアア…………ァァァォォォオオオオオオオオオオオン?!」

 『みず』の半減相性でさえなお、サメハダーに絶叫させるほどの大ダメージ。

 待て、今何かおかしかった。

 

「あーあ…………バレちまった」

「…………………………そういう事かよ!」

 

 歪む、目の前で、サメハダーのその姿が歪み。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「“イリュージョン”か!!!」

 

 やられた、完全に騙された。どうして忘れていたのだ、実機時代でも使っていたではないか。

 ゾロアーク…………つまり、ルージュたちと同じ種族。

 特性は…………“イリュージョン”。

 味方に化ける、ゾロア系列のみが持つ固有の特性。

 

 完全にしてやられた、つまり自身がサメハダーだと思っていた相手はずっとゾロアークだったのだ。

 

 出すポケモンも、指示も、何もかもが間違っていた。

 ここで出すべきはリップルだった。

 

 相手のゾロアークは『こおり』ついている。

 収支で見れば相手はもう死に体、と言ったところではあるが、こちらも痛いダメージを受けている。

 あの“かえんほうしゃ”が真に奇襲だった。完全にこちらの予想の遥か上を行かれた。

 

 読みで上を行かれる、と言うのは本当に厄介だ。

 それでも渡り合っているのは、ひとえに6Ⅴと言う彼女たちの才能とレベル120と言う限界を超えた強さ故。

 だがそれでも綱渡りだ。

 もっともっと、シビアに思考を回さなければ、どんどん押し込まれていくだろうことは容易に想像できる。

 

「シア」

「はい」

 

 “アシストフリーズ”

 

 交代は…………恐らくしないだろう。と予想したが、やはりだ。

 シアの放った冷気の光が再びゾロアークを襲い。

「オォ…………ン…………」

 氷漬けから解放されたゾロアークが倒れ伏す。

「おっかねえ、おっかねえ」

 カゲツが笑いながら次のボールを手にし。

 

「戻れシア、行けチーク」

「今度こそお前の番だぜ、サメハダー!」

 

 次のボールを投げる一瞬の間にシアを回収し、代わりにチークを出す。

「お、残らねえのか…………ほう」

 一瞬、カゲツが目を細め、足元をとんとん、と二度叩く。

 表情を見るに思考している時の癖のようなものだろうか。

 やがて、にぃ、と笑みを浮かべると告げる。

「サメハダー“かみくだく”だ」

「チーク“なれあい”」

 

 自身の指示にチークが走り出そうとして。

 一瞬の間、先を制したサメハダーがチークの勢いを潰し、その大きな口を開き、凶悪な牙を覗かせる。

 

 “ぬけがけ”

 “かみくだく”

 

「いったああああああああああああああああい!」

 肩近くまで噛み付かれたチークが、僅かに放電してサメハダーを振り払う。牙の抜けたその全身から血が滴る。

「それでも…………お仕事完了さネ」

 

 “なれあい”

 

 チークのわざにその特性が上書きされ、『こうげき』が下がる。

 と同時に、チークがごそごそと服のポケットから『オボンのみ』を取りだし、ひょい、と口に放り投げる。

 もぐもぐと口を動かし、美味しかったのか笑みを浮かべ。

「ふっかーつ!」

 むん、と両腕を突き上げて元気さをアピールする姿に、ほっと安堵する。

 それでも服のあちこちに付着した血の跡に、顔を顰める。

 

「チーク」

「はいサ!」

「むう…………こっちか? サメハダー!」

「キシャアアアアア!

 

 サメハダーがこちらの様子を一瞬伺ったようだったが、チークが走り出すと同時、向こうも動き出す。

 先ほどと違って、先手はこちら側。

 

「ここで、いっけえ!」

 

 “きずなパワー『こうげき』”

 

 “ほっぺすりすり”

 

 その全身に電撃を纏わせ、サメハダーに引っ付いたチーク。そしてチークから流れる電流にサメハダーが苦悶の叫びを上げ。

「トレーナー、次は交代封じと回復封じも欲しいさネ」

「き…………しゃあ…………」

 いくらチークの『こうげき』が低かろうと、それ以上にサメハダーの『ぼうぎょ』が低ければダメージも出るし、そもそも『でんき』わざは『みず』タイプには2倍ダメージ、そこにさらに『こうげき』2ランクと()()()()()()()()()をつければ、サメハダーとて一撃で落とせる。

 

「…………おう、まじか」

 さしものカゲツもこれには驚いたようだ。

 ヒトガタと言う外見から何の種族か非常に分かりにくいハンデがあっても、それでもチークがサポートだとここまでの流れで理解していただろうだけに、この一発は大きい。

 

 初めて一手、先を取れた、その手ごたえが感じ取れた。

 





グラエナ 特性:いかく 持ち物:メンタルハーブ
わざ:いばる、ほえる、かみくだく、じゃれつく

裏特性:かんきょう
特性“いかく”発動時、自身の『こうげき』を2段階上げる。

専用トレーナーズスキル(A):がんつけ
“ほえる”の優先度を+2に変更する。


ゾロアーク 特性:イリュージョン 持ち物:いのちのたま
わざ:つじぎり、ナイトバースト、かえんほうしゃ、きあいだま

裏特性:ようかいへんげ
“イリュージョン”の対象を味方か、バトル中自身が相対したことのあるポケモンに変更する。

専用トレーナーズスキル(A):せんぺんばんか
自身のタイプと特性を“イリュージョン”の対象と同じにする。ただし“イリュージョン”が解除された時元に戻る。



サメハダー 特性:かそく 持ち物:こだわりハチマキ
わざ:アクアジェット、かみくだく、フェイント、こおりのキバ

裏特性:きょうぼう
自身の接触技の威力を1.5倍にするが、相手に与えたダメージの1/3のダメージを自身も受ける。

専用トレーナーズスキル(P):ロケットスタート
自身の『すばやさ』ランクが上がった時、『こうげき』ランクも同じだけ上げる。




トレーナーズスキル(A):ぬけがけ
ターン開始時『物理』『特殊』『変化』の一つを選択する。相手がそのターン使用するわざが選択した分類と同じだった時、自身のわざの優先度を+1にし、急所ランクを上げる。

トレーナーズスキル(P):わるのきょうじ
“ぬけがけ”を発動しなかったターンのみ、自身の『あく』タイプのポケモンの全能力を1.2倍にする。


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四天王カゲツ②

あああああああああああああああああああああああああああああああ、ネッキー難易度くそたっけえええええええええええ。
3回やって2回しかクリアできなかったあああ。


オービットガンスラ欲しいいいいいいいいいいいいいい。


「次行くぜ」

「戻れチーク」

「ダーテングゥ!」

「イナズマァ!」

 

 互いに放たれたボールから二体のポケモンが出てくる。

 片方はデンリュウ、イナズマ。

 そして相手のポケモンは。

「コオオオォォォ!」

 長い鼻に体の後ろ半分を覆う白い体毛、そして手に持った扇のような葉。

「ダーテングか」

 タイプは『くさ』『あく』。

 イナズマのメイン技の『でんき』タイプとは半減相性だが。

 

 確か…………こいつそんなに強く無かったよな。

 

「イナズマ“じゅうでん”」

「ダーテング! “リーフストーム”」

 

 先手は…………ダーテング。やはりイナズマの『すばやさ』で先手を取るのは中々厳しいものがある。

 “じゅうでん”を開始したイナズマに向け、その手に持った扇のような葉っぱを向け。

 

 “わるのきょうじ”

 “リーフストーム”

 

 木の葉の竜巻が()()()()()()()飛来する。

「う……………………っ、っと…………()ったあ」

 全身に切り傷を作りながらも、イナズマがその身に電気をため込んでいく。

 

 “じゅうでん”

 

 ばちん、と。

 その足元が弾ける。

 

 “かじょうはつでん”

 

 バチバチバチバチバチ

 

 イナズマの周囲の空間に電気が迸り、足元で火花を散らす。

 と、同時。

 

 ゴォォォォ、と風が轟く。

 そして“リーフストーム”によってフィールドに散った木の葉を派手に巻き上げる。

 

 “はがくれ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………見失った」

 思わず呟く。フィールドに逆巻く風、そして打ち上げられた木の葉。

 時折、視界の中にその白い姿を確認できるが、一瞬見えてはまた消え、また見えては消えの繰り返し。

「不味った」

「マスター」

 イナズマの呟きに分かっている、と頷く。

 

 これでは狙いが付けられない。

 

「…………当たるか?」

 一瞬悩み。

 次の手を打つ。

 

「イナズマ」

「仕上げだ、ダーテング」

 自身がイナズマに指示を出すと同時、カゲツもまたダーテングへと指示を出す。

 そして何が来る、と一瞬身構えた自身たち。

 だが待てども何も起こらない…………少なくとも、自身たちの身には。

「……………………っ、これは」

 原作よりも遥かに大きな、ドームほどもある巨大な部屋に光が満ちていく。

 空を見上げれば、そこに煌めく陽光の姿。

 

 “にほんばれ”

 

 日差しが強くなった。それを確かに感じる。

 “にほんばれ”の効果だとすぐに気づく。

 だが同時に疑問。

 

 ()()()()()()

 

 “わたはじき”

 

 思考の隙を縫うように、イナズマが綿毛を飛ばす。

 木の葉の中に紛れて行った綿毛は、けれど確実にダーテングの『すばやさ』を落としていく。

 それでも狙いをつけきれない。木の葉のカーテンが視界を覆い、ダーテングの姿をあっという間に消し去ってしまう。

 

「…………っち、イナズマ! 全部撃ち抜け!」

「はい!」

「ダーテング“みがわり”だ」

「コォォォォ!」

 

 “みがわり”

 

 イナズマがその両手に電気を収束し、その一瞬の間にダーテングが“みがわり”を生み出す。

 

 “レールガン”

 

 直後、何もかもを吹き飛ばさんと言う勢いで放たれた巨大な電撃が空間に舞う木の葉を悉く焼き尽くしながら…………。

 

「コォォォォ」

「…………あ、あう…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして再びダーテングが風を巻き起こし、フィールドに木の葉が吹き荒ぶ。

「…………ダメだ。当たらない」

 しかも“みがわり”まで張られた、となれば。

 

「…………スイッチバック、シャル!」

 

 イナズマを戻す、戻しながらもう片方の手でボールを押し出し。

 

「わっとと…………ま、またボク?」

「縛れ」

「あ…………っはい!」

 フィールドに出したシャルの影が伸びていく。

 まるで生者を引きずり落とそうとする亡者のごとく黒い手のような影は、木の葉のカーテンを突き破り。

 

 “かげぬい”

 

「コオ…………オォォ」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「っ、戻れダーテング!」

 咄嗟にカゲツがボールを突き出し、ダーテングを戻そうとするが“かげぬい”によって縫い止められたその身はボールへと戻ること無く。

「焼き尽くせ」

 

 “シャドーフレア”

 

「えっと…………ばいばい」

 特性“すりぬけ”によって“みがわり”をすり抜けたシャルの放った黒い炎によってその身を焼き焦がし。

「コ…………オォ…………」

 フィールドに倒れ伏す、と同時に影が四散する。

「…………っち、厄介だな、そいつ」

 カゲツが忌々しそうにシャルを見つめる。

「ひ…………ひぅ…………」

 その鋭い視線にシャルが怯え。

 

「戻ってシャル」

「っち…………よくやった、ダーテング」

 互いのボールにポケモンを戻す。

 そうして、次のボールを手に取り。

 

「…………こんなに早くお前を出すとはな…………やられっぱなしは癪だ、行くぜ」

「頼んだ…………リップル」

 

 投げる。

 

「はいはい、お任せだよ~」

 自身のボールからはリップルが。

「やれ…………アブソル」

「ルゥーゥゥ!」

 

 現れたのは、白い毛並みに側頭部に刃のような角を持つポケモン…………アブソル。

 実機と同じ、カゲツの切り札、と言うことか。

 まずは初手、と考えたところで。

 

「…………さあて、行くぞ、アブソル」

 

 カゲツが動く。

 その手に握られていたのは。

 

「チャンピオンリーグ開幕直前にダイゴのやつが渡してきやがったんだよ」

 

 キーストーン。

 

 それが意味することは、つまり。

 

「これで全力で相手してやってくれってなあ!」

 

 

 メガシンカ

 

 

 キーストーンが眩い光を放ち、アブソルを包み込む。

 アブソルの全身が光輝き、そして。

 

「ルウゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォ!!!」

 

 その背に羽のようなものを生やした、姿でアブソルが…………否、メガアブソルが雄叫びを上げる。

 

 直後。

 

 

 “てんどうぐらい”

 

 

 眩いばかりに陽光を放っていた日が途端に陰りを見せる。

「…………日が」

「…………食べられ…………てる?」

 “にほんばれ”によって生み出された太陽が黒く染まって行く。

 まるで蝕まれるように、()()()()()()()()()()()()()

 

“くろいひざしが すべてをくらく そめあげる”

 

「『かいきにっしょく』…………完了。さあ、ここから反撃行くぜ」

「っ…………溶けろ、リップル!」

 

 突然の異常事態に呆気に取られていたが、カゲツが動きだしたことで我に返り、咄嗟に指示を出す。

「…………っ、りょーかい」

 さしものリップルもこの状況に一瞬我を忘れていたようだったが、自身の言葉にはっとなり。

 

 “どくどくゆうかい”

 

 その全身が溶け始める。毒々しい紫に染まっていき、触れるだけで猛毒を移す恐ろしい毒の坩堝と化す。

 

 けれど。

 

「ルゥ…………ォォォォ!」

「えっ」

 一瞬の間、リップルが自身が技へと意識を移した僅かな間を潜り、一瞬にしてメガアブソルがリップルへと迫り。

 

 “あくのきょうじ”

 

 “よみのやいば”

 

 “きょをつく”

 

「っえ…………あ………………」

 ほんの一瞬の交差だった。

 一瞬、メガアブソルの脇をすり抜けたと思ったら。

 

 どさり…………と、余りにもあっさりと、リップルが倒れ伏す。

 

「…………いち、げき…………?」

 

 確かにリップルの『ぼうぎょ』はメガアブソルの『こうげき』に比べれば格段に低い、と言えど。

 『ぼうぎょ』ランクを6段階積んだ状態のリップルを一撃で倒す、と言うのは異常だ、異常過ぎる。

 

 考えられるとすれば。

 

「…………いちげきひっさつ…………それとも、急所か」

 

 一撃必殺技ならば『ぼうぎょ』の高さなど関係無い、だがアブソルは一撃必殺系を覚えないはずだ、どちらかと言えばアブソルの適正は…………。

「急所、と見た」

 急所に当たれば自身に不利な相手の効果を全て打ち消せる。

 “リフレクター”や“ひかりのかべ”、他にも能力ランクの上昇なども全て無視できる。

 恐らくこれだろうと予想する。

 

 問題は、次の手だ。

 

 相手は現在イナズマの“わたはじき”で『すばやさ』が低下している。さらに“どくどくゆうかい”のリップルを直接攻撃して『もうどく』もくらっている、だろう。

 

 この状況でできることを考え。

 

「…………悪い、チーク」

「まあ仕方ないさネ…………でも、絶対に勝ってよ? トレーナー」

 

 ボールを投げ、チークを出す。

 

「アブソル」

 

 カゲツの指示を飛び。

 

 “ぬけがけ”

 

 “よみのやいば”

 

 “きょをつく”

 

「…………きゅう」

 あっさりとチークを倒す。

 これで二人。

 

 次に投げるのは。

 

「シャル」

「戻れアブソル」

 シャルのボールを投げると同時、カゲツがアブソルを戻す。

「っ…………戻した!?」

 先ほどダーテングを仕留めた時に見せすぎたか、と予測する。

 シャルの裏特性は強力だが強力過ぎて効果が分かりやすい。警戒されるのも当然と言える。

「行け、ヘルガー」

 そうして代わりに投げられたボールから出てきたのは、弧を描く角の生えた黒い犬のようなポケモン、ヘルガー。

 

「…………………………不味いな」

 

 『あく』タイプに『ゴースト』は半減。ならば“シャドーフレア”を撃った場合『ほのお』タイプになるのだろうが、だがヘルガーの特性の一つに“もらいび”がある。

 『ほのお』わざを無効化し、しかも相手の『ほのお』わざの威力を上げてしまう危険性がある以上、ここで攻撃と言う選択肢はかなりリスクが伴う。

 

 …………ならば。

 

「ヘルガー…………“オーバーヒート”」

「戻れ、シャル…………来い、イナズマ」

 一瞬の思考の間を突かれ、カゲツの指示が飛ぶ。ヘルガーがその全身から膨大な熱を発し。

「耐えろ、イナズマ!」

「あ、あっつ、あつ」

 出てきたイナズマが熱の余波だけで顔を歪め。

 

 “オーバーヒート”

 

 同時、放たれた莫大な熱エネルギーがイナズマを焼く。

「ぐう…………ああ…………ああああああああ!!」

 とんでも無い火力ではあるが、それでも『とくぼう』が高まっている現状ならば、なんとか耐えられる。

「イナズマァ!」

「ぐう…………は、はい!」

 指示と同時、その指先に電撃を灯し。

 

 “10まんボルト”

 

 放たれた電撃がヘルガーを穿つ。

 元々耐久するほどの硬さを持たないヘルガーだ、イナズマの電撃にあっという間に体力を削られ。

 

 ひらり、とヘルガーの体からだ何かが舞った。

 

「……………………布…………?」

 

 それが、タスキだと気づいた瞬間。

 

「っまさか!!?」

「決めろヘルガー!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “よみおくり”

 

 “カウンター”

 

 まさかの特殊技に対しての“カウンター”など予想できるはずも無い。

 イナズマの電撃を真正面から突き破り、その勢いのままにイナズマに突進する。

「ぐ…………あ……………………」

 イナズマが吹き飛ばされ、そのままフィールドに倒れ伏す。

 

 やられた。

 

 完全に狙われた。

 

 そもそも、本来カウンターは物理技に対して発動する技だと言うのに。

 特殊技に反応するカウンターなど誰が考えるか、そんなもの“ミラーコート”でいいだろうと言いたくなる。

 否、だからこそ、予想の上を行く、と言うことか?

 

 確かに襷ヘルガーと言う型は実機時代にもあった。

 一度ならず二度、三度と食らってその恐ろしさは実感している。

 その可能性はきちんと考慮していた。

 だからこそ、油断があった。

 

 カウンターならば特殊技で対処すればいい、と。

 

 裏特性か、それともトレーナーズスキルかは知らないが、こんなピンポイントな思考に刺してくるものがあるとは思いもしなかった。

 

 だが、動揺は後だ…………イナズマがやられた。これでこちらの残りは。

 

「あと三体、だな」

 

 そして相手は襷ヘルガー、となれば必ず持っているはずだ。

 

 “みちづれ”を。

 

 襷ヘルガーはそのまま『きあいのタスキ』を装備したヘルガーのことだ。

 HPが満タンの時、必ずHPを1残す『きあいのタスキ』で相手の物理攻撃を受け、カウンターで2倍ダメージにして返す。ほぼどんなアタッカーでも、発動したならこれで即死する。

 実際のところ、実機時代にこの方法でメガボーマンダが潰されたこともある。

 そして残りHP1になったヘルガーだが、次のターンにその素早さを生かし、次手で“みちづれ”を使ってもう一匹倒す。

 3vs3において、先発一匹で相手を二匹倒せるのだ、ハマればほぼ試合が決定したと言っても良い。

 と言っても、メガガルのようにタスキを潰してくる相手には意味が無いし、そもそも相手が特殊技を使って来ればそれも意味が無い。

 だがこの戦法が通じずとも、そもそもその高い火力で遊撃しても十分強いのがヘルガーだ。

 対処法さえ分かっていればカウンターに引っかかることは無いが、それを読ませておいての通常攻撃、などと言う引っ掛けもでき、戦略性が問われるポケモンでもある。

 

 すでに“カウンター”には引っ掛けられた。

 引っかかった、と言うよりはまさに引っ掛けられた、と言うべきだろうあれは。

 そしてタスキが発動したと言うことは確実に次の手は“みちづれ”。

 となれば、ヘルガーに大して先手を取れる相手。

 

 と言っても、残りは三体、限られている。

 だがシャルはダメだ、リスクが高すぎて出せない。

 そしてシアも厳しい、恐らく行ける、とは思うが、それでも残りHPを考えれば、今の火力の下がったヘルガーの“オーバーヒート”でもやられる可能性はある。先手を取れればそんなことも関係ないのだが、相手がどこまで手札を残しているのか、それが分からない以上。

 

「エア、頼んだ」

 

 自身のエースに任せる。

 

「頼まれた!」

 

 エアがボールから飛び出し、そのまま地を蹴り。

 

「ルォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 猛るように吼える。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 その全身から登りつめたオーラが空で結集し、ヘルガー目掛けて流星が降り注ぐ。

 

「……………………はっ」

 

 そうして、カゲツが。

 

「ガア…………アア…………」

 

 ヘルガーが。

 

「ははははは」

「ガアアアアアアアアアアアアアア」

 

 嗤う/吼える

 

 

 “しにがみ”

 

 

 ヘルガーの影から黒い手の影が伸びる。

「は?」

「なっ」

 一瞬にして、エアの全身に絡みついた影がエアを地表に引きずり落とし。

 

「み…………ち、づ…………れっ?!」

 

 “みちづれ”

 

 そのままエアが倒れ伏した。

 

「……………………死神の鎌は、絶対だぜ?」

 

 呆然とする自身にカゲツが嗤う。

 

 そして。

 

「…………………………シア」

 

 ボールを投げる。

 最早無意識的行動。

 投げねば、戦いは進まない。

 思考は完全に止まっている。

 それでも体は動く。

 

「そら、あと二体だぜ、アブソル!」

「ルゥ…………ォォォォォオオオ!」

 

 メガアブソルが再び現れる。

 

「マスター!」

 シアの声が響く、と同時に我に返る。

「アブソル、殺れ」

「シアっ! 祈れ」

 ほとんど咄嗟の反応で、カゲツと同時に指示を出す。

 だがアブソルのほうが速い。

 否、速いのではなく早い。

 『すばやさ』自体は能力ランクを積んだシアのほうが速くとも、間の詰め方、と言うのだろうか。

 意識の空白を縫って一瞬にして距離を潰す、そう言う巧さがアブソルにはあった。

 

 “ぬけがけ”

 

 “よみのやいば”

 

 “きょをつく”

 

 一瞬にしてシアが切り伏せられ。

 

 “さいごのいって”

 

 “いのりのことだま”

 

 それでも最後の最後でシアが祈りの完成させ、倒れる。

 

「……………………お疲れさま」

 

 そうして最後のボールを投げ。

 

「シャル…………終わらせて」

「…………はい」

「…………っち」

 シャルの登場と同時に、カゲツが舌打ちする。

 

 “かげぬい”

 

 虚を突こうが何だろうが、それでも単純な『すばやさ』の差がある以上、影の手から逃れることはできない。

 シャルの影から飛び出した影の手がメガアブソルを拘束し。

 

 “シャドーフレア”

 

 放たれた黒い炎がメガアブソルを地に叩き伏せた。

 

 

「…………一手、足りなかったかよ」

 

 

 カゲツが呟き、大きくため息を吐いた。

 

 

 

 




グラエナ 特性:いかく 持ち物:メンタルハーブ
わざ:いばる、ほえる、かみくだく、じゃれつく

裏特性:かんきょう
特性“いかく”発動時、自身の『こうげき』を2段階上げる。

専用トレーナーズスキル(A):がんつけ
“ほえる”の優先度を+2に変更する。


ゾロアーク 特性:イリュージョン 持ち物:いのちのたま
わざ:つじぎり、ナイトバースト、かえんほうしゃ、きあいだま

裏特性:ようかいへんげ
“イリュージョン”の対象を味方か、バトル中自身が相対したことのあるポケモンに変更する。

専用トレーナーズスキル(A):せんぺんばんか
自身のタイプと特性を“イリュージョン”の対象と同じにする。ただし“イリュージョン”が解除された時元に戻る。



サメハダー 特性:かそく 持ち物:こだわりハチマキ
わざ:アクアジェット、かみくだく、フェイント、こおりのキバ

裏特性:きょうぼう
自身の接触技の威力を1.5倍にするが、相手に与えたダメージの1/3のダメージを自身も受ける。

専用トレーナーズスキル(P):ロケットスタート
自身の『すばやさ』ランクが上がった時、『こうげき』ランクも同じだけ上げる。



ダーテング 特性:ようりょくそ 持ち物:あついいわ
わざ:リーフストーム、みがわり、にほんばれ、だいばくはつ

裏特性:はがくれ
『くさ』タイプのわざを使用した時、自身の回避率をぐーんと上げる。

専用トレーナーズスキル(P):ばくはつしさん
自身が『ひんし』となるダメージを受けた時、HPを1残して“だいばくはつ”を使用する。



ヘルガー 特性:もらいび 持ち物:きあいのタスキ
わざ:オーバーヒート、カウンター、みちづれ、にほんばれ

裏特性:しにがみ
自身が『ひんし』になった時“みちづれ”を条件を無視して使用する。

専用トレーナーズスキル(A):よみおくり
発動ターン中、特殊攻撃に対して“カウンター”を発動する。



アブソル 特性:きょううん 持ち物:アブソルナイト
わざ:きょをつく

特技:きょをつく 『あく』タイプ
分類:つじぎり+ふいうち+おいうち+だましうち+フェイント
効果:威力100 優先度+1 急所に当たりやすい(C+1)。必ず相手に命中する。相手の『まもる』『みきり』等を解除して攻撃する。相手が交代しようとした時、交代前の相手を攻撃し威力を2倍にする。

裏特性:てんどうぐらい
天候が『ひざしがつよい』の時、天候を『かいきにっしょく』に変更する。

専用トレーナーズスキル(A):よみのやいば
そのターンのみ、接触技の威力を2倍する。また攻撃が急所に当たりやすくなる(C+1)。このスキルは1度のみ使用できる。

専用トレーナーズスキル(P):さついのわざわい
自身が相手を『ひんし』にした時、“よみのやいば”の使用回数を1回増やす。



天候:『かいきにっしょく』
『あく』タイプのわざの威力を1.2倍する。また『あく』タイプのわざが相手の『タイプ』相性によって半減されない。『あく』タイプのわざが急所に当たりやすくなる(C+1)。



トレーナーズスキル(A):ぬけがけ
ターン開始時『物理』『特殊』『変化』の一つを選択する。相手がそのターン使用するわざが選択した分類と同じだった時、自身のわざの優先度を+1にし、急所ランクを上げる。

トレーナーズスキル(P):わるのきょうじ
“ぬけがけ”を発動しなかったターンのみ、自身の『あく』タイプのポケモンの全能力を1.2倍にする。






今回から始めての試みとして。
最初から設定作って、そのうえで、本文書く前にバトルの流れをあらかじめ決めてみた。
今までは本文書きながらアドリブでやってたけど、シキちゃん戦で使えなかった設定多すぎるなと思って今回は全部の設定出せるように頑張ってみた(無理
やっぱ無理だ、だって全部の設定出すってことは相手の思惑通りの試合になるってことで、その上で勝つってまず無理だろ(

と言うわけで四天王一人目。
…………あと3人もデータ作らないといけないのか(白目
残り全員3vs3じゃダメ?(ダメ


と言うか誰かこの臆病者のフリした破壊天使をどうにかしろ(
相手の立場で指示考えてて、シャルだけぶっ壊れ過ぎて本気で困る。


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久々に帰省すると周囲が変わっているなんてよくあること

連勤とか免許更新とか、原付の廃棄依頼とか、帰省とか、色々あって遅れました(


 

「…………ふう」

 

 一つ、目の前で男、カゲツが息を吐いた。

 アブソルを戻したボールをホルダーへと戻すと、とすん、と傍にあった椅子に座る。

 

「やるな、チャレンジャー」

 

 こちらを見つめ、にい、と笑う。

「楽しいバトルだったぜ、お前なら次に進む資格がある」

 そう告げ、背後を見やる。

 原作ならば次の四天王が待ち受けるだろう御殿へと続く通路。

「チャンピオンリーグの期間は一月(ひとつき)。今日から始まって、勝ち進めば」

 

 一カ月後、チャンピオンとの戦いになる。

 

 告げられた言葉に、僅かに身を固くする。

 ついに、その場所までたどり着いたのだと理解する。

 

 後、三人。

 

「次はフヨウ…………そうだな。負けた俺から一つアドバイスをくれてやるよ」

 

 ――――四天王はそれぞれがトレーナーとして得意とするものが違う。

 

「俺は読み勝つ力、フヨウは育てる力、プリムは異能の力、そしてゲンジは率いる力」

 

 そして、その全員が。

 

「ダイゴのやつからこいつを渡されている」

 

 手の中で弄ぶキーストーンをこちらに見せ、カゲツがそう呟く。

 つまり、ここから先、四天王全員がメガシンカを扱う、と言うこと。

 

「次のフヨウは強敵だぜ…………こと『ゴースト』タイプに限って言えば、他の地方含め、最高の育成家と言っても過言じゃねえ」

 

 ――――最も異能に近い育成。

 

「そう呼ばれるほどにフヨウの『ゴースト』タイプに関する育成能力はズバ抜けている…………精々気をつけろよ、お前ならもっと先に行ける。進み、戦いを楽しんで来いよ」

 

 その言葉と共に、自身はその場を後にする。

 

 次の戦いは一週間後。

 

 相手は。

 

 四天王フヨウ。

 

 ホウエン最強の『ゴースト』統一パーティだ。

 

 

 * * *

 

 

 勘違いされがちだが。

 リーグに挑戦するトレーナーは別にリーグ街に住まなければいけないと言ったルールは無い。

 ただ目の前にホウエンリーグ挑戦のための門があり、尚且つリーグ街でほとんど全て揃っているような状況だからこそ、リーグ街以外に行く意味が無い、と言うだけの話である。

 

 だから、意味があるのならば、別にリーグ街を飛び出すことに何の問題も無い。

 リーグ街からエアに連れられて飛び立ち、リーグ職員の事前の指示に従って航路を取る。

 うっかりチャンピオンロード上の山に近づくと、大量の『ひこう』ポケモンに襲撃されるので絶対に近づかないようにと言われたが、そんな危険な場所、放置するなよ、と言いたい。

 

「それで」

 

 空の上へ上へと昇り、やがてホウエンリーグやサイユウシティのある島の圏内から出た辺りでエアがぽつり、と呟く。

 

「どこに行くの?」

 

 そう問われ、そう言われれば行き先を告げていないことを思い出す。

 

「ミシロ」

 

 告げた言葉にエアがきょとん、とした。

 

 

 * * *

 

 

 春のリーグ予選が始まって以降、およそ数か月、戻っていなかっただけに、久しぶりの帰省は両親共に狂喜された…………うん、あの喜びようは狂喜である。いや、本当、いつかは独り立ちするつもりなのに大丈夫なのだろうかこの両親。

 と言うか父さんなんでいるのだろう、と思ったが。

 どうやらジムリーダーが忙しいのはリーグ予選が始まるまでの数か月の話であり、特にリーグ本戦が始まってからは比較的暇な時期が続くらしい。

 ジムリーダーも夏休みみたいなものだ、と苦笑しながら言っていた。

 

 そう言われるとこれまでも比較的夏は家にいること多かったかなと思い出す。 

 と言っても修行だなんだとすぐにジムに戻るので、あまり変わらない気がする、と言うのが正直なところだが。

 

 お隣さん一家もどうやらテレビでリーグ本戦を見ていたらしい、戻ってきたその日にやってきて一緒に祝ってくれた。

 そう。自身にとってそれは通過点に過ぎなかったかもしれないが、ホウエンリーグ優勝、と言う結果は確かにそこにあるのだ。

 当たりまえだが、簡単に…………と言うかどれほど努力しても早々勝ち取れるものでは無いし、その意味は大きい。

 そしてポケモンが中心となったこの世界においてホウエンリーグの知名度と言うのは前世で言うところのオリンピックよりも高い。

 そしてそこでの優勝、と言うのは結果的に自身の知名度を遥かに高めていたらしい。

 そもそもミシロタウン自体が他所と比べれば悪く言えば田舎な、良く言えば小規模で長閑な場所だ。

 元々街全体で近所付き合いしているような場所だけに、自身が戻ったことはあっという間に広がり、テレビで自身の優勝を見た近所中の人たちがやってきて一日目は大変だった。

 前世のように同じ街に居て顔も知らない人間などいくらでもいる、と言ったようなこと、この街だとほぼ無い。街の大半の人間は顔見知りだし、こちらに引っ越してきたばかりの頃から何かと世話を焼いてくれた人たちばかりであり、それだけにやってくる人たちを無碍にもできず、その対応だけで初日は潰れてしまった。

 と言ってもそれほどたくさん人の住んでいる街でも無いし、翌日からはまた平穏な日常に戻る。

 

 久々のミシロの空気に、癒されながら、朝から遊びに来たハルカと散歩しながら街を散策する。

 

 と、ふと見慣れた景色の中に見慣れない家を見つける。

 

「…………あれ? ねえ、ハルカちゃん、こんな家あったっけ?」

 隣のハルカに尋ねれば自身の視線の方向を見て、ハルカが、ああ、と声を上げる。

「ハルトくんが出て行ってすぐに建てられたお家だよ」

 

 へーと呟きながら、新しく建てられた家を見る。

 ポケモンと言う存在のお蔭か、この世界における建築技術と言うのは現代と比べて遜色無い、どころかサイズによっては前世よりも遥かに高い時もある。

 特に一家数人程度が住む家は、前世よりも小さい傾向にあるので本当に一月あれば建てられてしまうこともある。

 何せゴーリキーたち『かくとう』ポケモンを使えば、前世では重機を使わなければ運べない、立てられないような柱や壁など重い資材も容易に運べるし、組み立てられる。

 材料もコンクリートなども無いわけではないが、割合木造も多く、そう言った事情もあるらしい。

 

「ミシロもちょっとずつ人が増えてきたね」

「そうだね。前もハルトくんたちが来たしね」

 そんなハルカの言葉に、そう言えばもう早くも五年になるのか、と思い出す。

 と言うか元々ジョウトの生まれなんだよなあ、と考えるが。

「もうすっかりミシロのほうが故郷って感じだなあ」

「そうだったら嬉しいな」

「うん、ハルカちゃんもいるしねー」

 向こうではまだ同年代の友達、と言うのが居なかったのでこちらでハルカと出会えたのは僥倖だったと思う。

「うん、私もハルトくんと友達になれて嬉しいよ」

 そんなことを屈託の無い笑顔で告げるハルカに、思わず自身も笑みを浮かべた。

 そして道端でそんなことを話していると。

 

 がちゃり、と目の前の家の玄関が開かれる。

 

 そして、中から出てきたのは。

 

「大丈夫だよ、父さん。今日はなんだか、体調も良いから」

 家の中の誰かに向かって話しかける、一人の少年。

 恐らく歳の頃は自身たちよりもやや下、だろうか?

 薄緑色の髪に、青い瞳。そして白いシャツと長ズボンの少年。

 

「……………………は?」

 

 思わず、声が出る。見覚えがある、いや、無い。

 少なくとも、自身はこの世界で彼に出会ったことは無い。

 

 だが見覚えがある、見た事がある、知っている。

 

「本当に大丈夫かい? ()()()

 少年を追って出てきた少年の父親と思わしき男性が、少年の名を呼ぶ。

 

 ()()()、と。

 

 

 * * *

 

 

 ORAS真のライバルこと、ミツルくん。

 

 お隣さんがどちらかと言うとお助けキャラ的だったのに対して、最初は弱々しい後輩的だったのに対して、最後は主人公と同格のトレーナーへと成長し、バトルをしかけてくる。

 一度目がキンセツシティ、この時は大したことの無い相手で、余裕で倒せる。

 だが二度目、チャンピオンロードの終点に立っているのだが、気づかず進んでしまってレポート書き忘れて消耗したまま戦って真面目に敗北したのはプレイヤーもあるいはいるのではないだろうか。

 

 ライバル、と呼ぶには初代と違ってそれほど戦う回数も多いわけではない。むしろお隣さんのほうが良く戦うと言っても良い。

 

 だがそれでも、ORASでライバルと言われると、やはり彼になる。

 

 そんなミツルくんだが、初期設定では病弱で、トウカシティの実家からシダケタウンの叔父の家に引っ越す、その時にポケモンを一緒に連れて行きたいと思い、センリに頼んでポケモンを捕獲しに行こうとし、その時やってきた主人公がそれを手伝う、と言った流れであった…………はずだ。

 いや、もうなんか後半病弱キャラどこいった、と言うか殿堂入り後のはっちゃけ具合が酷すぎて初期のキャラとか印象薄いんだけど、まあとにかくそう言う設定があるはずなのだ。

 

 だと言うのに。

 

 …………なんで一家揃ってミシロに来てるの。

 

 しかも、原作は約二年後。引っ越しするにしても二年もフライングである。

 そう言えば、自身たち一家の引っ越しも七年早かったよなあ、と考え。

「…………まあゲームじゃないんだから、そうもなるか」

 と、一人呟き、納得する。

 

 久々に帰ってきて、思わぬところで原作キャラに会ってしまって驚いた感じはあるが。

 まあここは現実なのだ…………何でもかんでも設定通りにはいかないのだろう、と思うことにした。

 

「あ、あの」

 

 と、一人そんなことを考えていると、声をかけられる。

 視線を上げると…………目の前のミツルくんがいた。

「え…………あ、み…………何かな?」

 思わずミツルくん、と呼びそうになったが、よく考えたらここは初対面だ。

 余り人物に関してはメタ知識は考えないほうが良いかもしれない、と思う。余計な先入観を持ってしまうことになりかねない。

「えっと、それで俺に何か用かな?」

 気を取り直し、改めて問い直すと、ミツルくんが、弱々しくこくり、と頷く。

 はて、一体何だろうと内心疑問に思う。

 

「あ、あの…………ハルトさん、ですよね?」

「俺、名前言ったっけ?」

 何故知っているのだろう、と考え。

「その、この間、テレビで見ました…………リーグの決勝戦、すっごく感動しました。こ、この町に住んでるって話には聞いてたけど本当だったんだぁ」

 ああ、それでか、と自身の知名度に関して改めて思い直す。

 まあリーグ自体の知名度もあるし、それを十歳…………公認トレーナーの最年少で突破した、と言うのも余計に自身の名を高めているのだろうと思う。

 

 まあここから先、ずっと付き纏う話だ。

 

 何せ、今からチャンピオンを目指そうとしているのだから。

 

 チャンピオンリーグの内容自体は基本的に非公開ではあるが、さすがにチャンピオンの交代があるのならばポケモンリーグから公表があるので、結果だけは分かるのだ。

 

「ぼ、ボク…………その」

 

 たどたどしく、言葉を選ぶように、ミツルくんが視線をさ迷わせ。

 

「応援してます、その、チャンピオンリーグ、頑張ってください!」

 

 何かを言おうとし、けれど言葉を飲み込んで代わりに出した、と言ったような風だったが。

「あー…………うん、ありがとう。頑張るよ」

「でもハルトくん、帰ってきたってことは負けたの?」

 そして見事なタイミングで、ふと思いついたと言ったような様子でハルカが呟き。

 ぴきり、と目の前でミツルくんが固まる。

 まあもし一戦目に負けて帰ってきた相手に今の言葉かけたのなら、完全なる嫌味である。

「え、あ、あの、その、違くて、えっと、えっと」

 完全に慌ててしまったミツルくんに苦笑しながら。

「大丈夫、負けてないよ…………ハルカちゃんも、昨日言わなかったっけ?」

「あれ? そうだっけ?」

 どうたったかな、と首を傾げるハルカ。あの様子だと完全に頭からすっぽ抜けていたらしい。

「ってことは、勝ったんですか? 四天王に」

 負けてない、と言う言葉にミツルくんが安堵したようにため息を吐き、同時にその意味を理解して少しだけ興奮したように顔を紅潮させて問うてくる。

 

「まあそうだけど、少し落ち着いて」

「凄い、四天王に勝つなんて。やっぱりハルトさんはボクの憧れで…………っあ」

「凄いね、ハルトくん。憧れだって」

「いや完全に失言だったって顔してるのに、触れてあげるのもどうかと」

 

 目の前で先ほどとは別の意味で顔を紅くしているミツルくんと隣で呑気なことを言うハルカ。

 

「あ」

 

 一つ忘れていた、と思わず声を上げると、二人の視線をこちらを向き。

 

「知ってるかもしれないけど、俺はハルト。こっちはハルカちゃん…………キミの名前は?」

 

 そう告げれば、名乗っていなかったことを思い出したミツルくんがはっとなり。

 

「挨拶遅れました、一月前にトウカシティから引っ越してきました、ボクはミツルって言います」

 

 ぺこり、と丁寧な挨拶。

 

 それが自身とミツルくんのこの世界での出会いだった。

 

 




ホウエンリーグ本戦の視聴率平均78%
ラジオ中継もしているので実際の視聴者数はもっと増える。
ホウエン地方の約8割の人間がハルトくんの名前を覚えたと言っても過言ではない。

割と子供に夢を与えているハルトくん。
最年少トレーナーが優勝とか実際そうなってもおかしくはないよなあ、とか思いながら書いてた。

そしてフライング登場のミツルくん。別名ランニング王子M。

さしてオチも無く次はフヨウ戦。



追伸:今日は待ちに待ったサンの発売日だ。


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四天王フヨウ①

 

 こつん、こつん、と。

 主の居なくなった部屋を歩く。

 四天王カゲツがいたはずの部屋はけれど今や照明は落ち、薄暗い部屋の中は非常灯だけが道を示していた。

 以前は閉じられていたはずの扉は今は開かれている。

 部屋…………と言うか最早一つのドームのようなその場所を突っ切って、部屋の奥の扉を抜け。

 

 ぼん、と。

 

 真っすぐ伸びた通路の先で一つ、提灯に一つ、火が灯る。

 

 一歩、歩みを進めれば、ぼん、と二つ、火が。

 

 一歩、また進めば、三つ。

 

 歩みを進めるほどに視界に映る御殿に掲げられた提灯に明かりを灯され。

 

 橋のような通路の半ばまで歩みを進めた時。

 

 ぼん、と最後の提灯に明かりが灯され、ぎぎぎぎぎ、と御殿の扉が独りで開いていく。

 

「……………………すう…………はあ…………」

 

 一つ呼吸を整え。

 

「…………行こう」

 

 一歩、足を進めた。

 

 

 * * *

 

 

「アハハ、アタシフヨウ。よろしくね?」

 御殿の扉を潜り、室内に入った自身を認めた少女…………四天王フヨウが椅子から立ち上がり、こちらに向かってそう告げる。

「使用するポケモンは六体。それ以外のルールは特にないよ。好きなように戦えばいいから」

 呟きつつ、どこからともなく、ボールを取りだす。

 

「前置きは…………まあいいよね、ここまで来たんだから」

 

 にかり、と笑ってフヨウがボールを振りかぶり。

 

「それじゃあ」

 

 投げる。

 

「始めようか」

 

 

 * * *

 

 

 一手、様子見かな。

 判断し、ボールを投げる。

 

「頼んだ、チーク」

「あいあいサー!」

 

 “つながるきずな”

 

 チークとの繋がりを確認しながら、相手を見やる。

 投げられたボール、出てきたのは。

 

「キヒヒヒヒ、アタイが参上なのサ」

 

 袖や(ふち)にジッパーのような模様のある黒い着ぐるみのようなコートを着、両手に紫の大きな爪のようなぬいぐるみ型の手袋をはめた、十三、四歳くらいの紫の髪の少女だった。

 

 “だいいちのきょうふ”

 

 ぞくり、と背筋が凍る。

 一瞬だが、フヨウと目の前の少女から発せられた威圧感のようなものに、体が硬直する。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに無くなる。

 

「何か不味い」

 

 そんな気がする。

 相手はゴーストタイプとなればここは。

 

「チーク」

 

 指示を出し、チークが動きだそうとした瞬間。

 

 “うしろのしょうめん”

 

「だーれダ」

 

 “かげうち”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「後ろだ!」

 咄嗟の叫びに、チークが敏感に反応し。

「うわわわああ…………あっとっと」

 頭を下げながら体を前に転がす。

 振り向かないままに前に転がったことで、完全には避けることは出来なかったが、いくらか威力は軽減されただろうと予想する。

 そして、すばやく態勢を立て直し。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 チークが少女に全身から突っ込んでいく。

 最早タックルじゃないのか、と言うレベルだが。

 

「避けて」

 

 “たましいのきずな”

 

 フヨウの呟きに、少女がぴくり、と反応し。

 少女がふっと、虚空に消えたと思うと。

 

「ふう…………危ない、危ないネ」

 

 気づけば、フヨウの元に少女の姿がある。

 そんな少女を見ていて、ふと呟く。

 

「めが…………じゅぺった?」

 

 “かげうち”と言うことは物理型。

 そして突然消えては現れる…………恐らくゴーストダイブの元のような技。

 そしてあのカラーリング、と見た事のあるような外見。

 

 総合して考えるに。

 

 メガジュペッタ。

 

 それがあの相手の名前だろうと予測する。

 

「あらら~? バレちゃったね」

「キヒヒヒヒ、なんでだろーネ?」

 

 自身の呟きに、首を傾げるフヨウと嗤う少女。

 だが、種が分かれば…………と言いたいところだが。

 

「…………どうする?」

 小さく呟く。手は二つ。変えるか、残すか。

 正直言えば、チークでは有効打が無い。と言うか、今回に関してチークは半分も仕事ができないだろうと予想する。

 

 “なれあい”がタイプ相性のせいで、相手の全てのポケモンに無効化されてしまう以上、チークは今回は余り当てにはならない。

 今回重要なのは、シャルだろう。

 『ゴースト』に『ゴースト』わざは相性抜群だ。

 シャルの“シャドーフレア”を叩き込めれば、ほぼ確実に相手を倒せると考えても良い。

 エアは能力ランクを上げて行けば、一方的に上から叩けるので、相性は悪くない。

 最も、相手がそう容易く勝負を運ばせてくれるかどうかは分からないが。

 

 それと、一つ不思議なことがある。

 

 あのジュペッタ…………本当にメガジュペッタなのか?

 否、メガシンカさせていない通常のジュペッタに“かげうち”…………?

 なくは無い、がそれだったら“シャドークロー”の一つでもあったほうがまだマシだ。

 この世界ならば、優先度と言うのは『すばやさ』で補えるものだからこそ、実機時代ほど優先技、と言うのはメジャーではないのだ。

 だからこそ、あれはメガジュペッタだろう、とは思うし、実際、フヨウも否定しなかった。

 ブラフ、と言う可能性は無くは無いが、どうにもそう言う駆け引きの得意のようなタイプには見えないのが困る。

 

 だからこそ、疑問。

 

 ()()()()()()()()()

 

 そもそも、だ。

 フヨウのあの服装、キーストーンらしきものが一つも無い。

 それに、メガシンカをすれば、必ずキーストーンが共振するので分かるはずなのだ。

 その兆しは一切見えない、つまり、可能性は二つ。

 

 一つはキーストーンを隠している。

 とは言ってもこれは考えにくい。何せあの服装だ。南国衣装と言うか、何と言うか。

 光り輝くキーストーンをあの服のどこかに隠し持っていると言うのはちょっと考えづらい。

 

 と、なると可能性は残り一つなのだが。

 

「…………まさか、ねえ」

 

 正直、余り考えたくない、考えたくないが、最早そう考えるしかない。

 

 ホウエン最高の『ゴースト』タイプの育成家フヨウ。

 

 まさか、とは思うが。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 否、その可能性自体は自身とて気づいていた。

 それでも、だ。

 

 未だ自身でもたどり着かない領域だ、それは。

 

 もし、目の前の少女がその領域にたどり着いているとするならば。

 

「……………………勝てるのか、この勝負」

 

 本気でそう思わざるを得なかった。

 

 

 * * *

 

 

「当てに行く…………頼む、チーク!」

「あいあいサ!」

「行くよー、ぺぺちゃん!」

「はいヨ!」

 

 “うしろのしょうめん”

 

「だーれダ?」

 

 “ふいうち”

 

 放たれた一撃。

 それを。

 

「アンタだヨ!」

 

 あえて受ける。ほとんど一瞬の、攻撃に移ろうとする僅かな意気と息の隙間を縫った一撃を、けれど来ると分かっていれば受けることは出来る。

 

 “ほっぺすりすり”

 

「アババババババババ…………し、しびれた、ゼ」

 

 帯電した体へと放たれた一撃は、けれど放った本人であるメガジュペッタの少女を『マヒ』させる。

「ぐ…………ぬ…………うううううう、えいっ!」

 突き刺さったメガジュペッタの一撃を、けれど気合いだけで堪え。

 

 “ぬすみぐい”

 

「…………って、これ食べれないよ」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『きあいのタスキ』をひょいと投げ捨てる。

 そして、その全身に再び電気を纏い。

 

 “ボルトチェンジ”

 

「おおっトォ?」

 メガジュペッタを蹴っ飛ばし、そのままボールの中へと戻り。

「ここで落とす」

 

 余り残しておきたく無い相手だ。

 

 故に。

 

「行けっ、シャル」

 

 切り札を一枚切る。

 

「は、はい!」

 

 場にシャルが降り立つと同時に、あふれ出た影がメガジュペッタへと延びる。

 

「“かげふみ”系の裏特性、もしくはスキル? うーん、でもそう言うのって『ゴースト』には効かないんだよね」

 

 さすがに育成が得意なだけあるらしい。一瞬で“かげぬい”の正体を見破る…………だが。

 

“かげはみ”

 

“かげおに”

 

“かげぬい”

 

「シャル」

「は、はい!」

 

 呟きと共に、シャルがその手の中に黒い炎を産み出し。

 

「ペペ、避けて!」

 

 放たれた炎、同時にフヨウが声をあげる…………が。

 

「あ、あ…………れ…………?」

 

 メガジュペッタがその赤い瞳を大きく開き、驚愕する。

 その指先の一本たりとて、動くことは無く。

 

 “シャドーフレア”

 

「ペペっ!?」

 

 メガジュペッタが黒い炎に飲み込まれ。

 

「あ…………あう…………や~ら~れ~た~ネ~」

 

 目をぐるぐると回しながら、ばたん、と倒れる。

「戻れ、シャル」

「お疲れ、ペペ」

 相手がポケモンをボールに戻すのと合わせて、こちらもシャルを戻す。

 

 これで6:5

 

 ただチークがかなり削られている上に、タイプ相性の問題でほぼ無力化している以上有利とは決して言えない状況。

 

 シャルは魅せ札だ。

 

 次いつ出てくるか分からない、この状況でじわじわと圧力をかける。

 正直、シャルの裏特性、そしてトレーナーズスキルは自身の手持ちの中でもひと際凶悪に仕上がっている自負がある。

 ただ相手は四天王。カゲツはタイミングの問題で対処するには手札が足りない状況で発覚したからギリギリ一手、こちらが勝った。

 だがこんな序盤で見せたのだ、恐らく対策はされるだろう、と予想する。

 

 次に見せるのは勝負の趨勢を決める一手、それまでは他五体で試合運びをするしかない。

 

 次のポケモンは。

 

「行くぞ、シア」

「行って、バルちゃん」

 

 互いにボールを投げ、こちらが出すのはシア。

 そして相手は。

 

「ブルブル~」

 

 “みんなのうらみ”

 

 紫色の気球のようなポケモン、フワライドだった。

 タイプは『ひこう』『ゴースト』だったはず。

 シアとの相性は抜群に良い。

 

 ならば。

 

「シア! 行け」

「吹き荒べ、バルちゃーん!」

 

 同時に指示が飛び。

 

 “たましいのきずな”

 

 一瞬、フワライドが加速したかのように見えた次の瞬間。

 

 “おいかぜ”

 

 室内に風が吹き始める。

 同時、シアがその冷気を収束させ。

 

 “アシストフリーズ”

 

 放つ。

 

 “ふうせん”

 

 だが、フワライドが風に揺られふわり、と浮き上がる。

 光線はその真下を抜けていき、フワライドには命中しない。

 

「あの動き、厄介だな」

 

 恐らく裏特性、と判断する。

 『おいかぜ』状態の時に発動する裏特性、と言ったところか。

 

 ならば。

 

「シア、狙いを定めて」

 

 “キズナパワー『めいちゅう』”

 

 それでも、見えているならば、当てられる。

 ダーテングのようにトレーナーのほうも視認できないような場合は無理だが、相手の動きを観察し、当てる、それをトレーナーの指示によって命中を強化できる。

 

「撃て」

 

 “アシストフリーズ”

 

 言葉と共に、シアの一撃が放たれようとして。

 

「戻って、バルちゃん」

 

 直前でフヨウがフワライドを手持に戻す。

 撃つ直前で技を押しとどめたシアが、いつでも放てるようにと構え。

 

「行って、ミミちゃん」

 

 投げられたボールから現れたのは。

 

 “みんなのうらみ”

 

「…………メガヤミラミ?!」

 

 赤い半透明の盾を持つヤミラミの姿。

 

 “せいしんとういつ”

 

 出てきた瞬間、盾に隠れゆっくりと呼吸を行う。

 これは…………もう間違い無いだろう。

 

 フヨウはすでに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と、なれば、まだ見ぬ三体の内、一体も予想はできる。

 むしろ『ゴースト』使いが持っていないはずが無い。

 いや、それは後で良い、どうせいつかは出てくる相手だ。

 

「シア」

「はい!」

 

 自身の言葉に短く答え、シアがその手に収束する冷気を放つ。

 

 “アシストフリーズ”

 

 放たれた冷気がメガヤミラミへと降り注ぎ。

「……………………ギギィィ」

 僅かに、ヤミラミがうめき声を上げる。

 

 “かがみのたて”

 

 同時、手に持った盾が怪しく光り。

 

 びゅん、と氷の光が反射される。

「なっ」

「っぐ!」

 反射された冷気の光線がシアへと降り注ぎ、シアが苦痛に呻く。

 

 同時。

 

 メガヤミラミがその手に持ったボタンのようなものを押す。

 

 ぼん、と音が弾け。

 

 次の瞬間、メガヤミラミがフヨウのボールへと戻って行く。

 

「『だっしゅつボタン』か!」

 

 実機ならばメジャーだったが、この世界だと使われているのを余り見た事が無い道具だけに、僅かに驚く。

 そうしてメガヤミラミが引っ込み、フヨウが次のボールを投げる。

 

「来て、ひーちゃん!」

 

 投げられたボールから出てきたのは。

 

「キシャシャシャシャシャ」

 

 嗤い声を上げながら、紫色の炎を燃え上がらせるポケモン。

 

「…………シャンデラ!」

 

 自身の手持ちと全く同じ種族のポケモンが嗤い声を上げながら、立ちはだかった。

 

 





メガジュペッタ 特性:のろわれボディ、いたずらごころ 持ち物:きあいのタスキ
わざ:ふいうち、かげうち、おにび、みちづれ

裏特性:うしろのしょうめん
優先度の着いた攻撃技が必ず急所に当たる。

専用トレーナーズスキル(P):だいいちのきょうふ
自身が戦闘の最初に場に出た時、自身の『とくこう』を2ランク下げ、『こうげき』を2ランク上げる。




フワライド 特性:ゆうばく 持ち物:チイラのみ
わざ:おいかぜ、めいそう、だいばくはつ、おきみやげ

裏特性:ふうせん
場が『おいかぜ』状態の時、自身の回避ランクを最大まで上昇させる。

専用トレーナーズスキル(P):うかぶれいこん
場が『おいかぜ』状態の時『ゴースト』タイプのポケモンは『じめん』わざが当たらなくなる。




メガヤミラミ 特性:いたずらごころ、マジックミラー 持ち物:だっしゅつボタン
わざ:おにび、せいしんとういつ、バークアウト、イカサマ

特性:せいしんとういつ 『ノーマル』タイプ
分類:めいそう+じこさいせい
効果:自身の『とくこう』と『とくぼう』ランクを1段階上げ、自身の最大HPの1/2を回復する。
 
裏特性:かがみのたて
自身が攻撃された時、相手は自身が受けたダメージの1/2のダメージを受ける。また自身が状態異常にならなくなる。

専用トレーナーズスキル(P):めいきょうしすい
自身が場に出た時“せいしんとういつ”を使用する。



トレーナーズスキル(P):たましいのきずな
10%の確率で次の効果が発動する。
・相手の攻撃を回避する。
・相手よりも先に行動する。
・自身の攻撃が急所に当たる。
・自身の状態異常を回復する。
・自身が『ひんし』になるダメージを負った時HPを1残す。


トレーナーズスキル(P):みんなのうらみ
手持ちの『ゴースト』タイプのポケモンが『ひんし』になった時、味方の場に出ているポケモンの全能力ランクを1段階上げる。この効果は味方のポケモンが場に出るたびに発動する。




と言うわけで、『ゴースト』タイプに限り、()()()()ができる可愛い可愛いフヨウちゃんですよ。
因みに割りとトレーナーとしての本質がハルトくんと類似してるので、トレーナーズスキルもかなり近い。
え? 最後のトレーナーズスキル、なんか聞いた事ある?
き、気のせいでしょ(
倒したモンスターの数分だけ威力が上がるRPGの禁じ手みたいな某技とは一切関係ないから(震え声


本当なら月曜に執筆するはずだったのに、サンが面白すぎてついやり込んでしまう。
現在UB関連のイベントやってます。厳選しながら。

今作ではミミッキュを嫁ポケとし、Rキュウコンやアシレーヌなど、フェアリーパを作りたい所存。
…………カミツルギとかテッカグヤとか、UBは許さない、出して来たらカプ系フルコースで応戦する(


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四天王フヨウ②

 

 対面不利、判断は一瞬。

 

「戻れシア、行けリップル」

 スイッチバック、と言うほどは速くは無い。あれは相手の先を読んで予め次のボールを準備しておかなければならない。だから相手を見てから交代、と言うのは無理だ。

 それでも手早く、何度も、何度も、手慣れている作業だ。

 目を瞑っていたって誰がどのボールに入っているかなんて分かる。

 投げたボールからリップルが解放される。

 

 “うつりぎてんき”

 

 同時、フィールドに雨雲が形成され、ぽつり、ぽつり、とやがて雨が降り出す。

 

「ひーちゃん! “テレキネシス”」

 

 同時、シャンデラの放つサイコパワーにより両者の体が浮き上がる。

「リップル“りゅうせいぐん”」

 一手遅れる形で、自身の指示が通る。

 リップルが両手を握りしめ。

 

「えい!」

 

 天に突き出すように拳を振り上げ、発せられたオーラが空中で弾け、流星を産み出す。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 降り注ぐ流星がシャンデラを打ち据える。

 感覚的だがHP半分程度には入った、気がする。

 タイプ一致“りゅうせいぐん”と言うのはそれだけ強い技だ、例えリップルの『とくこう』に努力値を振っていなくても、そもそも種族値自体110とアタッカー並の高さを誇る上に、個体値は最高値。後は威力の高さが多少の『とくこう』の不利を補ってくれる。

 とは言うものの、シャルでも知っている通り、シャンデラと言うポケモンも中々耐久力がある。

 最初のメガジュペッタあたりなら八割は削れた気がするが、シャンデラでは半分が精々だ。

 そして“りゅうせいぐん”最大のデメリットとして反動で『とくこう』が2ランク下がる、と言うものがある。

 正直こう言う能力の下がる技は自身の現在のパーティでは一番使いづらいかもしれない。

 父さんのような、場の効果として発動するならともかく、自身のトレーナーズスキルでは能力変化の引き継ぎ、つまりバトンタッチと同じ効果を使用しているのだ。故に下がった能力は交代で打ち消せない、それを打ち消せば“つながるきずな”の効果も全て消える。

 そして、だからこそ、それに対策を立てるのがトレーナーとしての腕、と言うことだろう、

 

 “いやしのあまおと”

 

 絶えず降り注ぐ雨がリップルの全身を濡らす。それを心地よさそうに受ける今のリップルに()()()()()()()()()()()。そう言う風に仕込んだ。

 これで気兼ねなく“りゅうせいぐん”を連打できる。

 

 と、同時、向こうのシャンデラが持ち物を使って回復を計る。

 どうやら『たべのこし』を持っていたらしい。

 『たべのこし』の効果は毎ターン最大HPの1/8を回復すること。

 『たべのこし』なんて名前なのに、いくらでも使えていくら食べても無くならない不思議な道具である。

 

 半分は超えられた、となれば確一…………確実に一発で倒せるラインは抜けられたと考えるべきだ。

 とは言え、リップル…………ヌメルゴンの本領は『とくぼう』の非常識なほどの高さである。

 相手のシャンデラも伝説種含めてもトップクラスの『とくこう』の高さを誇っているが、それでも特殊技でリップルを落とすのは骨が折れるだろう。

 

 この対面は決して悪くは無い…………とは思う。

 だが、相手のやり口が良く分らない。

 

 “テレキネシス”ってなんだ?

 

 いや、何だ、と言う言いかたはあれだが、効果自体は分かっている。

 相手を『テレキネシス』状態にする技だ。この状態になっていると、受ける技が『じめん』技と一撃必殺技以外必中になる。

 ただシャンデラの使う技でそんなに命中の不安な技と言われると…………。

 

「あったな」

 

 だがこの状況で使うか? 『あめ』が降っているこの状況で? 『ドラゴン』タイプ相手に?

 さすがにタイプが分からない、などと言うことは無いだろう。こちらがどのポケモンかは分からなくとも、少なくとも“りゅうせいぐん”を使っておいて、ドラゴンじゃないなんてあり得ない。

 考えてはみるが、分からない。

 

「いや…………対面は悪くないんだ、行くか…………リップル!」

「おっけーだよ、マスター!」

「ひーちゃん、行くよ!」

「キシャシャシャシャ!!!」

 

 “れんごく”

 

 『おいかぜ』状態だけに心配していたのだが、案の定だったらしい。先手を取ったシャンデラから放たれた炎がリップルを燃やす。

「う…………くっ」

 炎に焼かれながらリップルが苦悶の表情を浮かべる。

「“れんごく”…………予想通り、と言えば通りだけど」

 

 何故この状況で?

 

「やあああああああああああああああ!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 自身の思考を断ち切るように放たれた掛け声からの“りゅうせいぐん”がシャンデラを吹き飛ばす。

 かなりのダメージ、次はもう受けられない、と見ていいだろう。

「いっ……たあ……」

 っと、リップルが辛そうな表情を浮かべる“れんごく”の追加効果で『やけど』状態になっているのだろうと予測する。中々に痛いダメージだが。

 

 “うつりぎてんき”

 

 ざあざあと降り注ぐ雨がリップルの体を癒していく。

「あー…………気持ちいい~」

 目を細め、笑みを浮かべるリップルの表情が安らぎに満ちていく。

「…………あらら?」

 フヨウが笑みを浮かべたまま、首を傾げる。

「雨…………あっ」

 どうやらリップルの種族に思い当たったらしい。

「あちゃあ」

 失策、と言うのは分かったのだろう。この対面自体は完全に失敗している。

 ヒトガタの奇襲性、とでもいうものがここに来て発揮されていた。

 同時『おいかぜ』が切れる。これで恐らくリップルのほうが速いはず。

 

「まあ…………仕方ないか、ひーちゃん」

 

 “ソウルドレイン”

 

「キシャシャシャ」

 フヨウがシャンデラに声をかけると、同時。

 リップルからふわり、と何かシャボン玉のような何かが抜け出し、そのままシャンデラへと吸い込まれていく。

「うっ…………」

 僅かにリップルが顔を歪める。

 何か不味い、そう直観的に感じ取り。

「リップル! 落とせ!」

「ひーちゃん、最後に一仕事、お願いね」

「やああああああああ!」

「キシャシャシャ!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 『おいかぜ』が切れた今、こちらのほうが速い。放たれた三度目の“りゅうせいぐん”が今度こそシャンデラを撃ち抜き、吹き飛ばし、その体力を根こそぎ削り取る。

 これで二体目、そう考えた瞬間。

 

 “ろうそくのともしび”

 

 炎が場に吹き荒れた。

 降り注ぐ雨をも蒸発させるほどの勢いで、シャンデラに灯る炎が吹き荒れ。

 

「キシャシャシャシャシャシャ!!!」

 

 “めざめるパワー”

 

 収束した力が放たれる。

 

「“めざめるパワー”?!」

「ポケモンによってタイプが変わる珍しい技だけどねー…………ある程度育成が得意だと、タイプだって任意なんだよ」

 

 となれば勿論タイプは。

 

「『こおり』タイプ…………弱点突かせてもらうから」

 

 放たれた一撃。これまでのシャンデラの中でも最大威力の一撃。

 

 けれど。

 

 “うるおい”

 

 ぬるり、とリップルが滑る。

 放たれた一撃を受け、吹き飛ばされ。

 

「あいたたた」

 

 いともたやすく起き上がる。

 

「…………あ、あれ?」

 

 さしものフヨウも、これには驚いたのか、笑みを崩して目を見開いた。

「あ…………危なかった」

「ほんとだよ、マスター」

 

 呟くと同時。

 

 “ソウルドレイン”

 

 ごっそりと、リップルの中から何かが抜けていく。

 抜けた何かがシャボン玉のような形となってシャンデラのほうへと誘われ。

 

「キシャ…………シャシャ…………シャ…………」

 

 シャンデラが嗤い、そのまま倒れ伏す。

 

「ぐっ…………あ…………ああ…………」

 

 リップルも倒れこそはしなかったが、突如崩れ落ち、膝を着いている。

「っ、戻れリップル」

「お疲れさま、ひーちゃん」

 

 互いにボールを回収する。

 何をやられた、と言うのは良く分らないが、リップルがちょっと戦えないレベルで弱っているのは感じられる。

 実質やられた、と考えていいだろう。

 『ゴースト』タイプは特殊アタッカーが豊富なだけに、リップルのような極めて強力な特殊受けの存在が居なくなったのは厳しい。

 

 とは言え実質5-4。

 依然有利は続いている。

 

 と同時に疑問が沸く。

 先ほど戦っている時には気づかなかったが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うこと。

 

 あの時確かに『おいかぜ』は切れていたはずだ。

 現実的に考えて、『すばやさ』ランク2段階積んでいる時点で同じ種族値の相手より2倍速で動けるのに等しい。例えば相手のシャンデラに努力値が降ってあったとしてもおかしくはない。『インドメタシン』ならばぶっちゃけミナモでもキンセツでもそれこそリーグ街でも売っている。

 だから素の『すばやさ』で負けている可能性は決して否定はできないが。

 それでもほぼ同速度…………ややこちらが速い、と言ったところか? なのは理解できない。

 と、考えれば一つ思うことがある。

 

「トレーナーズスキル、か」

 

 恐らく、自身に似た――――。

 

「あなたとアタシは似てるよね」

 

 思考を巡らす自身に、フヨウがふと呟く。

 

「あなたもアタシも、トレーナーズスキルの根源はきっと同じ」

 

 即ち、絆。

 

「正直ね、驚いたんだ。ポケモンリーグに来る人で、そこまでポケモンが大好きな人がいるんだって」

 

 だからこそ。

 

「負けられない、大好きだからこそ、負けて欲しく無い、勝たせてあげたい、勝ちたい」

 

 けれど、そんなもの。

 

「こちらだって同じだ…………負けない、勝たせたい、自身の仲間を、家族を、勝たせてやりたい。負けられない、負けたくない」

 

 呟き、フヨウが笑う。

 

「アタシは育てることは得意。でもカゲツくんほど読み解く力も無いし、プリムさんみたいな異能も無い、ゲンジさんのように率いる力も無い」

 

 ボールを片手に持ち、フヨウが続ける。

 

「アタシが出来るのは育てること、あなたが超えるべきは、アタシがこの子たちと育んできた時間、そして絆」

 

 ボールを持った手を振りかぶり。

 

「見せてみて、あなたとポケモンたちの絆。もしそれがアタシたちを上回ると言うなら」

 

 投げた。

 

「この戦いで証明してみせてよ!」

 

 

 * * *

 

 

「行って、ミミちゃん!」

 相手が出すのは、メガヤミラミ。

 硬い上に、シアの“アシストフリーズ”で『こおり』付かないあたり、状態異常無効化でもあるのかもしれない。さらには盾で受けたダメージをこちらにも反射してくる、と言う糞仕様。

 ならば、札を切るのはここだろう。

 

「落とせ、シャル!」

 

 シャルの入ったボールを投げる。

 

「あわわわわわわ、なんか凄そう」

 

 メガシンカポケモンの威圧を受けて、シャルがびくりと縮こまるが、いざ相対すれば、少しだけ相手にビビりながらも。

 

 “かげぬい”

 

 影が飛び出す。飛び出した影がメガヤミラミへと延びて。

 

「ここ!」

 

 “スイッチバック”

 

 メガヤミラミがフヨウの左手のボールへと戻り。

 

「行ってみょんちゃん!」

 

 右手で投げたボールから出てきたのは。

 

「ミカルゲ?!」

 

 場に出てくると同時、シャルの影にその身を絡めとられ。

 

「落とせ、シャル!」

 

 “シャドーフレア”

 

 放たれた一撃が、その身を燃やし尽くす。

 

「オゥ…………ヒョ…………」

 

 場に出てそのまま焼かれ、倒れ伏すミカルゲに、一体何のために出したのか、一瞬首を捻り。

 

 “えんさのねん”

 

 びゅん、と。

 『ひんし』のミカルゲから抜け出した黒い影のような何かがシャルへと纏わりつく。

「わ、わわわわわ、ああわわわわわわわわわわ?!」

 

 突然の事態に慌てるシャルに一喝する。

 

「落ち着け! シャル」

 

 とは言え、こっちだって何が起こったのか理解できない、と言うのが本音だ。

 

「今度こそ、ミミちゃん!」

 

 ミカルゲを戻し、投げたボールから再びメガヤミラミ。

 

 “せいしんとういつ”

 

 場に出た瞬間、盾に隠れ目を閉じるメガヤミラミ。

 同時、メガヤミラミに向かって再び、シャルの影が伸び。

 

 “かげぬい”

 

 その動きを縛る。

「何をやろうとしたのか知らないが」

 どうやら無駄みたいだ、そう呟こうとして。

 

「…………ご、ご主人様ぁ」

 

 シャルが、ふいに声を上げる。

「どうした?」

 何気なく尋ねた言葉に、シャルが泣きそうな声で答える。

「…………攻撃、できなくなってる」

 呟いた声に、一瞬、理解が追いつかなかった。

 

 直後、メガヤミラミの影の拘束が解かれる。

 

 そうして。

「“バークアウト”」

「シャル…………くそ!」

 何かを指示しようとして、けれど空回った思考でいくら考えても何も出てこず。

 

 “たましいのきずな”

 “バークアウト”

 

 ――――きゅうしょにあたった

 

「ぐ……………………ご、ごめ…………な…………さい」

 一瞬の隙を突かれ、放たれた一撃にシャルが沈む。

 

 “ふういん”と“かなしばり”辺りの裏特性、もしくはトレーナーズスキルか。

 

 直後にその可能性に気づく。

 

 バカだ、完全にバカをやらかした。

 自分で考えていたではないか、早々に対策は考えられる、と。

 だが、だからと言って、こんな簡単に狙ってくるのか?

 あのタイミング、スイッチバック、と言うのはあらかじめ交代の用意をしておく必要がある、咄嗟に出来るはずも無い。

 と、なれば。

 

 メガヤミラミでまんまと釣りだされた。

 

 相手だってシャルがどれだけの脅威か分かっていた。

 

 否。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことなのだろう。

 

 やらかした、やってしまった。

 

 メインアタッカーと相手の推定アシストを交換されてしまった。

 

 相手の残りのポケモンは三体。

 

 一体はメガヤミラミ、もう一体はフワライド。

 

 そして残るは…………恐らく。

 

「……………………きっついなあ」

 

 呟き。

 

 そして、そのまま終盤戦へと入る。

 

 





シャンデラ 特性:ほのおのからだ 持ち物:たべのこし
わざ:シャドーボール、れんごく、テレキネシス、めざめるパワー(氷)

裏特性:ソウルイーター
相手が受けたダメージ分だけ相手の最大HPを減少させ、自身の最大HPを回復する。

専用トレーナーズスキル(A):ろうそくのともしび
自身が『ひんし』のダメージを受けた時、自身の『とくこう』ランクを12段階上昇させ、攻撃技を使用する。攻撃後『ひんし』になる。



ミカルゲ 特性:プレッシャー 持ち物:ラムのみ
わざ:おいうち、ふいうち、おにび、おきみやげ

裏特性:ハイプレッシャー
自身が場にいる間、相手は一度出した技を出せなくなる。

専用トレーナーズスキル(P):えんさのねん
自身が『ひんし』になった時、相手は最後に使用した技をバトル中使えなくなる。





専用Tスキル(A):かげはみ
“かげぬい”が成功した相手を対象とした相手の全能力を1段階下げ、自身の全能力を1段階上昇させる。さらに相手を対象としたトレーナーズスキルの対象を、以降自身に変更する。この効果は戦闘終了時まで続き、自身が『ひんし』でも発動する。また相手が『ゴースト』タイプだった時“かげぬい”が無効化されず、相手の最大HPの1/2のダメージを与え、与えたダメージ分自身のHPを回復する。



裏特性:うるおい
弱点タイプで攻撃されそうな時、そのターンのみ自身のタイプを『みず』へと変える。タイプが変わった時、自身のHPを1/4回復する。

専用トレーナーズスキル(P):うつりぎてんき
自身が戦闘に出た時、天候を『あめ』にする。場に出ている限り、毎ターン50%の確率でターン中のみ天候『あめ』になる。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

専用トレーナーズスキル(P):いやしのあまおと
天候が『あめ』の時、毎ターン開始時自身の最大HPの1/8回復する。また自身や相手の特性、技の効果で能力が下がらなくなる。



修正の入った裏特性、トレーナーズスキルも載せとく。

専用トレーナーズスキルは基本的に一匹に着き一つ。
それを二つ作れる、と言うところが6Vの6Vたる所以。

だからこの破壊天使いい加減止めろよ(
と言うわけで、ほぼシャルちゃんのためだけに作ったおんみょ~んさんです。



サンムーンすっごい楽しいね。
チャット住人があかいいと出なくて苦労してたから、ぬこぬこ物拾い部隊で頑張ってたらRコラッタの色違い出てきてびびった。
ミミッキュも色違い欲しくて粘ってたけど30連鎖でまさかの事故死させてしまったのでもう諦める。海外産個体が出てくるのを待ちます。

今回の厳選すごい楽ですね。タマゴ作るの早いし、生まれるのも早い。
ケンタロスでお姉さんに突撃する激突孵化とか毎度のことだが、厳選作業で気が狂ってるわ(


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四天王フヨウ③

毎日毎日お仕事、楽しい楽しい六連勤(白目
今日も出勤、昨日も出勤、明日も出勤、明後日も出勤。


…………ぼすけて(


 数秒思考し。

 

「行くぞ、イナズマ」

 

 出したのはイナズマ。

 

「…………はい!」

 

 一瞬、場に出たイナズマが相手のメガヤミラミへ鋭い視線をやり…………そうしてはっきりと頷く。

 同時、左手に付けた指輪、そこにあるキーストーンへと触れ。

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 瞬間、イナズマが光に包まれる。

 そうして光が割れ、中から出てきたのは、長い長い、膝まで届くほどの金の髪を伸ばした、十歳かそこらの少女のヒトガタ。

 

「ん…………いく」

 

 幼くなり、少し舌ったらずな喋り方になったイナズマが、目前の敵を見据え。

 

 “むげんでんりょく”

 

 瞬間、その全身から激しい雷電の奔流があふれ出す。

「さあ、見せてくれよ、お前の答えを」

 

 一月前、ホテルで告げられたイナズマの()()()

 

 ――――自身のメガシンカをもっと多用して欲しい。

 

 最初はその意味が良く分らなかった。

 だがそれでも良いだろうと思った。

 エアはゲンシカイキにもっと慣れさせようと思っていたし、ならばイナズマにメガシンカ枠を譲ったとしても問題は無い。

 ただイナズマが自分から言い出した、と言うのが少しだけ気になった。

 

 イナズマは基本的に自分を見せない性質だ。

 

 自分の声を挙げれない、自分の思いを見せない、自分の意思を出さない。

 だからチークに手を引かれて安堵するし、自身が指示を出せばそれに全力になる。

 そんなイナズマが珍しく明確な自身の意思を見せた。

 

 少しずつ、少しずつ、変わってきていると思った。

 

 そして、だからこそ、期待を寄せた。

 イナズマ自身が何かを掴もうとしていることに。

 

 ――――リーグまでには、必ず。

 

 そう告げたのは彼女自身だ。

 残念ながら、初戦では使うことはできなかったが、それでも。

 

「行けるな? イナズマ」

「…………ん、とーぜん」

 

 にぃ、と少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ。

 

「…………ふう、一難去って、また一難、だね…………頼むよ、ミミちゃん!」

 

 互いが動き出す。

 

 “バークアウト”

 

 先を取って、メガヤミラミが一撃を放ち。

 

「行け! イナズマァ!」

 

 “キズナパワー『すばやさ』”

 

 けれども、すでにイナズマも同時にそれを放つ。

 

 “レールガン”

 

 放たれた極雷がメガヤミラミの放った技を一瞬で飲み込み、掻き消し、そして。

 

「ギィ…………ギ、ギィ」

 

 “たましいのきずな”

 

 盾に縋りつくように、メガヤミラミがふらふらとしながらもその両足で立ち。

 

 “かがみのたて”

 

 盾が光り、そうして受けたダメージを反射しようとして。

 

「むり、むだ、むい」

 

 “てんいむほう”

 

 イナズマの呟きと共に。

 

 ぴきり、と盾にヒビが入り。

 

「くだけ……ちれ……」

 

 ぱりん、と短い音をたてメガヤミラミの盾が砕け散り、メガヤミラミが支えを失い、倒れる。

 最早起き上がる気力も無い、完全に『ひんし』だった。

 

「…………お疲れ様、ミミちゃん」

 

 フヨウがメガヤミラミをボールに戻す。

 そうして次のボールを手に取り。

 

「……………………ふう」

 

 一つ、心を静めるように、祈るように目を閉じ、黙し。

 

「お願い、バルちゃん」

 

 投げたボールから出てきたのは、フワライド。

 

「イナズマ」

「ん…………ますたー」

 

 一つ頷き。

 

 “かじょうはつでん”

 

 “じゅうでん”

 

「バルちゃん…………ごめんね」

「ブル~」

 

 向こうも動き出す。

 

 “おきみやげ”

 

 イナズマの周囲に再び雷電が迸る。

 同時、フワライドの全身から力が抜け、抜け出した黒い魂のような何かがイナズマへと憑りつく。

 

「おきみやげ……………………厄介だな」

 

 “レールガン”は過剰な電力を消費するためどうやっても『とくこう』ががくっと落ちる。

 そこにさらに“おきみやげ”を重ねられたせいで火力の低下は否めない。

 

 だが感覚的に、イナズマの答えも理解する。

 それがとてつもないものだと、理解する。

 

「やっぱお前は凄いよ、イナズマ」

 

 呟き、視線をフヨウへと向ける。

 

 現状、4-1。

 

 こちらはシャルが落とされ、相手は最後の一体。

 状況は圧倒的にこちらに有利と言えるだろう。

 

 問題は。

 

「……………………追い詰められちゃったか。うーん、あなたとポケモンたちの絆、確かみたいだね」

 

 最後のボールをその手に取り、フヨウがこちらに向けて呟く。

 

「でも、まだこの子が残ってる…………これが、最後だよ。気を抜いてたら、あっという間に行くよ」

 

 振りかぶり。

 

「お願い…………ユーちゃん!」

 

 投げる。

 

「はいよ! 後はアタシに全部任せなさいな!」

 

 出てきたのは、裾が赤いフリルのついた黒のタートルネックの上から紫のフード付きのジャンパーを着て、下には黒のスパッツとブーツを履いた、紫の髪と赤い瞳の十五、六歳ほどの少女。

 

 ヒトガタ故に、外見だけでは完全には分からないが、けれど分かる。

 

 この状況で、ゴースト使いが出してくるポケモンなど、最早他には居ないだろう。

 

 “かげふみ”

 

「…………メガゲンガー!」

 

 “みんなのうらみ”

 

「シシッ」

 少女…………メガゲンガーが短く笑う。その足元を見れば、おかしなほどに伸びたイナズマの影が踏まれている。

 

 そして、同時。

 

 “そうれい”

 

 ふっと、突如イナズマの周囲に椅子や机、果てはティーカップからクローゼットのような大きなもので、不意に空間から溶け出すように浮かび上がり。

 

 “ポルターガイスト”

 

 明らかに不自然な挙動でふわりと浮いたそれらの家具、が…………突如勢いをつけて動き出す。

 

「…………っ、なに、これ」

 

 イナズマが手で防ぎながら短く呟く。

 勢いを止めない家具の猛攻に、イナズマが苦々しそうに顔を歪め。

 

「イナズマ! 撃て!」

「ユーちゃん!」

 

 “たましいのきずな”

 

 フヨウの言葉に、メガゲンガーがイナズマより一瞬早く動き。

 

 “ゴーストタッチ”

 

 ふわり、とその手がイナズマの腹部に触れ。

 

 どくんっ

 

 直後、イナズマが目を見開き。

「ぐ…………あ…………かっ…………」

 ぱくぱく、と何かを口にしようとして。

 

 そのまま倒れ伏した。

 

「……………………は?」

 一瞬の思考の停滞、空白。

 

 何が起こった?

 

 全てそれに帰結する。

 理解できない、理解できない、理解できない。

 

 何が起こったのか分からない、どう対処すればいいのか分からない。

 

 分かるのは。

 

「…………やばい、ぞ…………これ」

 

 このまま手を誤れば、負ける可能性がある、と言うこと。

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 どうする?!

 

 思考を回す、回す、回す。

 

 チークで様子見?

 

 それとも、シアで積む?

 

 それとも、エアで勝負を決する?

 

 どれも正しいように思えるし、どれも間違っているように思える。

 

 分からない、分からない、分からない。

 

 相手の種が分からない、いや、いくらか理解できるものもあるが、けれどイナズマを一瞬で落とした種が分からない。

 

 悩み、悩み、悩んで。

 

 かたり、と。

 

 ボールが一つ、揺れる。

 

 まるで、迷う自身に。

 

 “任せなさい”

 

 そう告げているようで。

 

「……………………うん、分かった」

 

 もしそれで負けるならば。

 

「それでも良い…………いや、良くないけど。少なくとも、どうしようも無い、と思える」

 

 それでも。

 

「頼む…………まだ…………負けたくないんだ、だから」

 

 縋る。

 

「頼むよ…………エア」

 

 投げる。

 

 

 暴竜の王が場に降誕する。

 

 

 ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 反響し、ドームのような御殿全体が震えるほどの怒声。

 

 さしものメガゲンガーも、一瞬、びくり、と震え。

 

 差し向けられた瞳に、歯を噛みしめる。

 

「来たね」

 

 メガゲンガーが嗤い。

 

「……………………」

 

 エアが無言でそれを見つめ。

 

 その手に持った琥珀色の珠をかざす。

 

 

 “ ゲ ン シ カ イ キ ”

 

 

 エアの全身が光に包まれ。

 

 ()()姿()()()()()()()

 

 赤く、青く、そして白く。

 人の形ではない、異形、怪物、文字通りの四足の竜。

 ボーマンダと言う名のドラゴン。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 翼が細く長く変わって行く。

 それは完全に空を飛ぶためのものでは無い。

 しいて言うならば、それは鎌のような。

 鋭利に砥がれた、空気を切り裂くための翼刃。

 通常は高さ1.5mのその体はさらに大きく、優に高さ3m、横幅に至っては10mへと迫るではないかと思うほどの巨体へと至り。

 その顎の真横辺りから二本の大きな牙が正面へと伸びている。

 その手足には薄っすらと模様のような物が光っており、良く見ればそれは文字のようにも見えた。

 

 ゲンシボーマンダ

 

 自身の切り札の一つ。

 

 フヨウすらその存在を知らないだろうことは、その驚愕の表情が証明している。

 

 自身も確かに相手のことが分からないかもしれないが。

 

 けれど、相手も同じ。

 

 決勝でたった一度だけ使っただけの変化。

 

 大半の人間はメガシンカとの区別などつかない。

 そもそもホウエンにおいても、メガシンカを扱うトレーナーと言うのは少ないのだ。

 その中でメガボーマンダを使うトレーナーなど、片手で数えるほどでしかない。

 故に、大半の人間はそれをメガシンカだと思っただろう。

 同時、イナズマもまたメガシンカしたことに驚いただろうが、それは余談としても。

 

 けれど、目の前のフヨウは分かっただろう。

 

 それがメガシンカでないことに。

 

 だからこそ、理解できない。

 知らないから、こそ、恐れる。

 

 互いに霧の中を手探りで進むような戦い。

 

 だからこそ。

 

「行くよ、エア!」

「グルゥ…………ルァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “しっそうもうつい”

 

 自身の言葉に、エアが咆哮を上げ。

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 振り上げられた前足が振り下ろされる。

 

「ユーちゃん!」

「はいよ!」

 

 メガゲンガーがそれに冷静に対処しようとして。

 

 ぎらり、と。

 

 エアがメガゲンガーを睨みつける。

 

 どくん

 

「っ」

 ほんの一瞬、強大なる暴竜の威圧に、メガゲンガーがほんの一瞬だけ怯みを見せ。

 

 “エース”

 

 振り下ろされる。

 

「しまっ」

 

 一瞬の隙、空隙をエアが正確に突き、その一撃を通す。

 

 メガゲンガーが吹き飛ばされ、フィールドを転がる。

「ぐっ…………が…………」

 

 その間にも、未だこちら側で荒れ狂うように勢いをつけて家具が暴れ回る。

 けれど、エアはそれを物ともせず、その巨体でただ悠然と佇み。

 

「っ…………あ、ぐ…………」

 

 メガゲンガーが起き上がる。

 

「ユーちゃん!」

「…………応、とも、さァ!」

 

 ふらふら、としながらも。

 メガゲンガーがその両手の中に輝きを産み出し。

 

 “マジカルシャイン”

 

 『ドラゴン』タイプの天敵、『フェアリー』タイプのわざを繰り出す。

 しかもそれは、幾段も『とくこう』を強化された上での、文字通り『ドラゴン』タイプにとって致命的な一撃。

 

 だから。

 

「突っ込め、エアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 叫ぶ。

 

 同時。

 

「ルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 それに答えるように、エアが真正面から突き抜け。

 

 “キズナパワー『こうげき』”

 

 “しっそうもうつい”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っな」

 

 相殺、どころか、押し返された一撃に、一瞬、メガゲンガーが驚きに目を見開き。

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()がメガゲンガーを打ち抜いた。

 

「…………ぐ…………まだ…………ま…………だ」

 

 “たましいのきずな”

 

 それでも尚、ほとんど瀕死の体を引きずりながらも、けれど気力だけでメガゲンガーが立ち。

 

「…………もういいよ。ユーちゃん」

 

 フヨウが告げる。

 

「これ以上は…………ダメ」

 

 振り返り、自身のトレーナーを見るメガゲンガーに、フヨウが首を振り。

 

「ありがとう、お疲れ様」

 

 その言葉と共に崩れ落ちる。

 

「ちく…………しょう…………」

 

 最後の気力すらも尽き、完全に『ひんし』となったメガゲンガーをボールに戻し。

 

「…………おめでとう、チャレンジャー」

 

 泣きそうな表情で、けれど笑みを浮かべ。

 

「あなたの勝ちだよ」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

「……………………なんとか、かな」

 

 エアをボールに戻す。

 と同時、視線を向ければ、フヨウがこちらへとやってくる。

 

「見せてもらったよ、あなたとポケモンたちの絆。確かにね」

 

 告げると共に、振り返る。

 

 その視線の先、次の部屋へと続く扉が開いていく。

 

「私に勝ったあなたは次の部屋へと進む権利を得た。戦いは一週間後。鍛えるも良し、休むも良し、戦術を練るも良し。あなたにとって悔いの無いようにね」

 

 こくり、と頷き。

 そうして踵を返す。

 

 そしてその背に、フヨウがさらに続ける。

 

「あなたたちの絆がどこまで通じるのか…………楽しみにしてるよ」

 

 その言葉に…………少しだけ、笑みを浮かべた。

 

 

 




ペぺちゃん(メガジュペッタ) 特性:のろわれボディ、いたずらごころ 持ち物:きあいのタスキ
わざ:ふいうち、かげうち、おにび、みちづれ

裏特性:うしろのしょうめん
優先度の着いた攻撃技が必ず急所に当たる。

専用トレーナーズスキル(P):だいいちのきょうふ
自身が戦闘の最初に場に出た時、自身の『とくこう』を2ランク下げ、『こうげき』を2ランク上げる。




みょんちゃん(ミカルゲ) 特性:プレッシャー 持ち物:ラムのみ
わざ:おいうち、ふいうち、おにび、おきみやげ

裏特性:ハイプレッシャー
自身が場にいる間、相手は一度出した技を出せなくなる。

専用トレーナーズスキル(P):えんさのねん
自身が『ひんし』になった時、相手は最後に使用した技をバトル中使えなくなる。





ひーちゃん(シャンデラ) 特性:ほのおのからだ 持ち物:たべのこし
わざ:シャドーボール、オーバーヒート、

裏特性:ソウルイーター
相手に与えたダメージ分だけ相手の最大HPを減少させ、自身の最大HPを回復する。

専用トレーナーズスキル(A):ろうそくのともしび
自身が『ひんし』のダメージを受けた時、自身の『とくこう』ランクを12段階上昇させ、攻撃技を使用する。攻撃後『ひんし』になる。



バルちゃん(フワライド) 特性:ゆうばく 持ち物:チイラのみ
わざ:おいかぜ、めいそう、だいばくはつ、おきみやげ

裏特性:ふうせん
場が『おいかぜ』状態の時、自身の回避ランクを最大まで上昇させる。

専用トレーナーズスキル(P):うかぶれいこん
場が『おいかぜ』状態の時『ゴースト』タイプのポケモンは『じめん』わざが当たらなくなる。




ミミちゃん(メガヤミラミ) 特性:いたずらごころ、マジックミラー 持ち物:だっしゅつボタン
わざ:おにび、せいしんとういつ、バークアウト、イカサマ

特性:せいしんとういつ 『ノーマル』タイプ
分類:めいそう+じこさいせい
効果:自身の『とくこう』と『とくぼう』ランクを1段階上げ、自身の最大HPの1/2を回復する。
 
裏特性:かがみのたて
自身が攻撃された時、相手は自身が受けたダメージの1/2のダメージを受ける。また自身が状態異常にならなくなる。

専用トレーナーズスキル(P):めいきょうしすい
自身が場に出た時“せいしんとういつ”を使用する。



ユーちゃん(メガゲンガー) 特性:ふゆう、のろわれボディ、かげふみ 持ち物:とつげきチョッキ
わざ:ヘドロばくだん、ポルターガイスト、ゴーストタッチ、マジカルシャイン

特技:ポルターガイスト 『エスパー』タイプ
分類:サイコキネシス+さわぐ
効果:威力90 3ターンの間、場が『ポルターガイスト』になる。

場の状態:ポルターガイスト
毎ターン場の『ゴースト』タイプのポケモン以外に最大HPの1/8の『ゴースト』タイプのダメージを与える。

特技:ゴーストタッチ 『ゴースト』タイプ
分類:のろい+みちづれ+シャドーボール
効果:威力80 相手を『のろい』状態にする。

裏特性:ポイズンインザシャドー
“かげふみ”が成功した時、相手を『どく』にする。

専用トレーナーズスキル(P):ソウルドレイン
攻撃技以外で相手がダメージを受けた時、受けたダメージ分自身のHPを回復する。

専用トレーナーズスキル(P):そうれい
場に出た時、自身の技“ポルタ―ガイスト”を使用する。



トレーナーズスキル(P):たましいのきずな
10%の確率で次の効果が発動する。
・相手の攻撃を回避する。
・相手よりも先に行動する。
・自身の攻撃が急所に当たる。
・自身の状態異常を回復する。
・自身が『ひんし』になるダメージを負った時HPを1残す。


トレーナーズスキル(P):みんなのうらみ
手持ちの『ゴースト』タイプのポケモンが『ひんし』になった時、味方の場に出ているポケモンの全能力ランクを1段階上げる。この効果は味方のポケモンが場に出るたびに発動する。


>>読者たちが散々ゲンガーが弱い、ゲンガー不遇と嘆くから、ほら、強化してやったぞ(まあそれでもエアに倒されるけど

フヨウさんのパーティのコンセプトは『害悪』です。

特にメガゲンンガーはその要素が強い。
シャンデラちゃんは相手が悪すぎただけで、普通にバカみたいな火力で攻撃しながら回復も同時にできるチート性能。
フヨウさんの指示全体的にカゲツさんと比べればヌルくしてます。指示より育成得意な人だし。その代わり、一体一体の個体の強さはフヨウさんのほうが強く調整してる。
カゲツさんのほうが強そう? あれはトレーナーズスキルの問題だよ(



専用トレーナーズスキル(A):エース
手持ちが6体以上でかつ『エア』以外の3体以上が『ひんし』の時、行動時に発動可能。発動ターン一度のみ『エア』の攻撃の威力を2倍にし、相手のわざの優先度を-5する。

>>要するにガンつけて、一瞬ビビらせる。出来るときもあるし、出来ないときもある。



裏特性:ぬすみぐい
直接相手を攻撃する技を出した時、相手の持ち物がきのみだった場合、それを自身が消費する。きのみ以外の場合、その持ち物をその戦闘中使えなくする。

>>何気にチークの裏特性出したの初めてなんだよなあ、何だかんだ使う機会が無かったりする。使っても意味が無かったりとか。




専用トレーナーズスキル(P):エゴイズム
自身がメガシンカした時、自身の特性を“てんいむほう”にする。

特性:てんいむほう
自身の『でんき』わざを使用する時、相手のタイプ相性の不利、特性、裏特性、トレーナーズスキルを無視して攻撃できる。

>>“かたやぶり”の進化系。オリ特性はXY編にたくさん出てくるので、その予習だと思うがよろし。



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 …………あれ? なんでこんなことになったんだっけ?

 

 呆とした頭で、考える。

 視界に広がるのは、顔を紅くして陽気に笑う少女たち。

 気崩された浴衣から覗く肌色と、紅潮し、上気してしまって緩んだ表情を浮かべる顔。

 どことなく、艶めかしい。

 

 いや、実際のところ、自身とて顔を真赤にしているだろうことは容易に予測できる。

 

 上手く働かない思考をゆったりと巡らせながら、ここに至る経緯を思い出そうとして。

「ハりゅトっ」

 どん、と後ろから誰かが抱き着いてくる。

 そしてそのまま回された腕に持った瓶をこちらへ近づけ。

「あんたもにゃみにゃさいよ」

 視線を巡らせば、その瞳と同じくらいに顔を紅くしたエアが、背中にぴたりとくっついていて。

「えあ…………そんなに揺らされたら飲めない」

「はん? ゆりぇてんのは、はりゅとのほうでしょ」

 言われ、気づく。

 

 視界が揺れている…………と言うか、回っている。

 

「…………目が回る…………」

「はりゅと?」

 

 すう、っと意識が遠のく。

 

「ありゃ?」

 

 最後に見たのは、目を丸くして自身を見つめるエアの顔だった。

 

 

 * * *

 

 

 夢だ。

 

 一瞬でそれを理解していた。

 

 それは自身が…………ハルトが、碓氷晴人だった頃の記憶。

 

 のっぺりとしていて、張り付けたような平穏。

 平和、や平穏と言うよりも。

 

 何も無かった、と言うべき日常。

 

 文字通りに、何も無かった。

 語るべき非日常も。日常の中で見つけたささやかな幸せも。嘆くほどの不幸も、他人に愚痴るほどの辛さも。

 いっそ虚無的なほどに、碓氷晴人の日常とは平穏、平和、虚無で占められている。

 

 その日常の中で、碓氷晴人は笑っていた。

 

 大切な親友のために。

 

 嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、幸せだったことも、全て話した、親友に。

 本当は何も思ってなんかいなかったのに。

 嬉しくも無かった、悲しくも無かった、辛くも無かった、幸せでも無かった、でも不幸でも無かった。

 

 他人に感情を抱くほど、碓氷晴人は他人に興味など持っていなかった。

 

 空っぽだった自身に、かつて親友がそうしろと言ったから、人間的に振る舞っていただけ。

 本質的に自身とはそう言う存在だった。

 それが最後まで続いたならば、きっと碓氷晴人は…………そしてハルトは人間として重大な欠陥を抱えていたのだろう。壊れたガラクタのように、感情の無い欠陥人間になっていたのかもしれない。

 

 ではそれが続いたか、と言われれば、そうでも無い。

 

 切欠は…………きっとあれだろう。

 

 親友が自身にくれた一つのゲーム。

 データ上とは言え、生物を育て、共に旅をし、そして戦い、勝つ。

 それはつまりそう言う内容のゲームだった。

 

 別にそれで劇的に何かが変わった、と言うわけではない。

 

 ただ、その世界に親友はいなかった。

 代わりに、共に旅をする仲間がいた。

 一緒に戦ってくれる仲間がいた。

 いつの間にか、愛着と呼べる感情を抱いていた。

 いつの間にか、勝ちたいと思えるようになっていた。

 いつの間にか、画面の向こう側に他人を見るようになっていた。

 

 碓氷晴人の世界に、初めて自分と親友以外の存在を認識した。

 

 断たれていた繋がりが、再び出来上がった。

 そうなれば、後は少しずつでも繋がりは増えていく。

 増えていく繋がりは決して無視できない。

 

 朱に交われば、とは言うが。

 人との繋がりを増やすほどに、人間らしさ、と言うものも増していく。

 数年もすれば、ただの専門学校卒の普通の社会人が一人、出来上がっていた。

 

 故にそれは、ただの過去だ。

 

 と言うか、現代日本でならば、割とよくあることだ。

 苦しいまま生きている人間はいないし、辛さを忘れて生きることも出来ない。

 それでも人が形成した社会の中で、人として生きるのならば、次第に人として順応していく。

 小学校、中学校、高校と幾つもの過程を得て、子供は大人になって行く。

 

 不幸な境遇の少年も、いつの間にかただの一人の大人でしか無くなっていた、そんなありきたりな話。

 

 ああ、そうか。

 

 ふと思い出す。

 

 始まりはきっとあそこだったのだ。

 初めて自身が遊んだゲーム。

 まあ、つまりそれがポケモン。

 

 何の偶然か、奇跡か、それとも幸運か、不幸か。

 

 碓氷晴人は、今はハルトとなって今ここにいる。

 

 いや、幸運なのだろう。

 

 彼女たちと言う得難い存在が今自身の隣にいるのだから。

 

 

 * * *

 

 

 目覚めは穏やかな気分だった。

 決して、いい夢、と言うわけではない。

 碓氷晴人の最悪の時代の夢なのだ、決して見ていて気持ちの良いものではない。

 けれど、悪くは無い。

 少しだけ、自身の原点のようなものを思い出せたから。

 

 ふと、視線をさ迷わせれば。

 

 畳張りの座敷に倒れ伏す少女たちの姿。

 

「…………っくし」

 

 九月、もうすぐ夏も終わると言った季節。

 朝焼けの差す障子窓。時計を見れば時刻は四時。

 なるほど、いくら夏と言っても肌寒いわけだ。まだ日は昇ったばかりのようだった。

 

「…………しっかし…………酷い有様だなあ」

 

 畳の上で、死屍累々と言った様子で折り重なって眠る少女たち

 そして傍らに転がる()()()()()

 

「はあ…………チークに買い出しさせたのが間違いだった」

 

 二日酔いでも無いのに痛くなってきた頭を押さえ、思わず呟いた。

 

 

 

「少し休みませんか?」

 すっかり慣れてしまったホテル生活。

 ベッドの上でカタカタとノートパソコンを叩きながらシアが淹れてくれた緑茶の入った湯呑を片手で啜る。

 渋味の中に僅かにだが甘味がある、ホテルの備え付けのものだが、このホテルの格を考えると多分高いものなのだろう。

 美味しい、とは思うが、別に普通のティーバッグの安物の緑茶でも満足できる安い舌の自身には、少し不釣り合いにも感じられる。まあ美味しいので飲むが、本当に美味しいし。

 

「もう…………マスター!」

 

 少しだけ、怒気の込められたシアの声に驚き、思わず手を止める。

 視線を向ければ、いつもより目つきの鋭いシアが、口を開く。

「もう夕方ですよ? 朝からずっとそんなことして…………体壊しますよ」

「大丈夫だよ、一日や二日くらい」

「もう六日目です!」

 シアが声を荒げる。実際のところ、初めて見た気がするその姿に目を見開く。

 直後、ぎゅっと、シアがその胸に抱き止める。

「し、シア?」

「気づいてますか? マスター…………チャンピオンリーグが始まってから、少しずつやつれてきてますよ」

 言われ、自身の頬に触れてみる。少しだけ乾燥したざらつく肌。

 十歳にして、すでに肌が荒れているのが理解できた。

「心配なんです…………でも、邪魔しちゃダメだって、分かってて…………それでも…………それでも」

 次第に、泣きそうな声になっていく、シアの姿に何か言おうと口を開き。

 

「………………………………っ」

 

 けれど何も言えず、口を閉ざす。

 

「お願いしますから、少しは休んでください」

 

 縋るように呟かれる一言に思わず…………こくり、と頷いた。

 

 

 

 夜寝る前、自身の腕が震えていることに気づいたのはいつだっただろうか。

 毎夜毎夜、負けてリーグを去る夢を見ていることに気づいたのは、いつだっただろうか。

 どうしようもなく唐突に、胃がひっくり返るような吐き気を覚えるようになったのは、さて…………いつからだっただろうか。

 当たりまえだが、ハルトの前世、碓氷晴人にとって自身の全てを投げ打って打ち込めるようなもの、と言うのは無かった。

 特別誰かに褒められるような人生でも無く、かと言って特別他人に貶されるようなことも無い。

 少し幼少が不幸だっただけの平々凡々な人生。

 世界中探せば、有り触れているような凡俗の人生。

 

 ホウエン地方チャンピオンリーグ。

 

 それが今、ハルトが戦っている場所の名前。

 ホウエン地方数万人のトレーナーの頂点を決める戦い。

 

 ハルトと言う少年は、特別才能に溢れているわけでも無ければ、自身に誇れるものがあるわけでもない、精神が一般的なそれから逸脱しているわけでも無ければ、絶対に揺るがない意思があるわけでも無い。

 平々凡々な人間。前世と何も変わらない、ただ取り巻いた環境と、一緒に居てくれる仲間が特別なだけの凡人。

 だからこそ、ハルトにとってこの場所は酷く重い。

 

 予選で零れ落ちた数えるのもばからしいほどの数のトレーナーたち。

 本戦にたどり着けなかった、八十を超える予選を勝ち抜いた優秀なトレーナーたち。

 本戦で下してきた、あのチャンピオンロードをも超えるほどのエリート中のエリートトレーナーたち。

 

 薄々は感じていた。

 十歳にして、ホウエンリーグ優勝。

 本当は転生をして、精神的にある程度成熟していたとしても。

 そんなこと他人に分かるはずも無い。

 

 結果だけを見れば、最年少リーグ優勝者。

 

 周囲の期待の視線は否応でも無く高まる。

 それをはっきりと感じたのは、先週、ミシロに帰った時。

 誰も彼もが、口を揃えて言う。

 

 チャンピオンに勝て、と。

 

 それがどれだけ困難なことなのか、分かりもしないで。

 自分たちが何をしてくれるわけでもなく。

 ただ期待だけを押し付けていく。

 ただの凡人に。

 だたの凡人だからこそ。

 押し付けられた重さを振り払うことも出来ず、少しずつ積み重なる、少しずつ、少しずつ。

 体が重くなっていく。

 心が沈んでいく。

 

 勝たなければならない。

 

 無意識にそう思っていた。

 無意識にそう思わされていた。

 

「…………そうじゃないだろ」

 

 シアに止められ、息抜きのために久々にリーグ街にある温泉旅館に来てみた。

 以前にチャンピオンが普通に風呂に来たが、さすがにこの時期になると早々来るものでもないらしい。

 暖かい湯につかりながら、ふと呟く。

 考えてみれば、何を焦っていたのだろうか。

 確かに勝ちたい…………そう思っているのは事実だが。

 勝たなければならない、と気負う意味も無い。

 負けて何かを失うわけでも無いのだから。

 

 考えてみれば三人目の四天王との戦いも今日を除けば残り一日しかないのだ。

 下手に体調でも崩せば大変だったかもしれない。

「…………シアに感謝だなあ」

「…………私だけじゃないですよ」

 独り呟いた言葉に、入り口のほうから返事が帰って来る。

「…………へ?」

 思わず振り返る。

 

「…………えっと、その…………そんなにじっと見ないでください、マスター」

 

 呟き、照れたように頬を染め、タオルで体を隠すシアと。

 

「何先に入ってるのよ」

 

 まっ平ら体にぐるぐるとタオルを巻きつけてはいるものの、酷く堂々とした様子のエア。

 

「は、はう…………ご、ご主人様いるんだけど」

 

 入り口から顔半分だけ覗かせながらこちらを見るタオル姿のシャル。

 

「シッシッシ、幼児体型は気にしなければいーのサ」

 

 普通に全裸で、何故か顔をタオルでぐるぐる巻きにしているチーク。

 

「ち、チーちゃん?! 隠さないとダメなところが、全部出てるよ!」

 

 それを追って、出てきたのは髪と胸元をタオルで隠すイナズマ。

 

「あはは~、みんな元気だね~」

 

 そしていつも通りの服装のリップル。

 

「って、なんでお前、服着て温泉入ろうとしてるの?!」

 

 偶にホテルとかで服着たまま入ってるのは知ってたが、まさか温泉でまでとは思わなかっただけに、本気で声を荒げてしまう。

 

「り、リップル…………さすがにそれは」

 シアも顔を引きつらせて呟く。エアは無関心、シャルはそれ以前、チークはむしろ真似しそうだし、イナズマもチークを止めるのに必死みたいだ。

「えーダメ?」

「さすがにダメだなあ…………家とかホテルならともかく、ここ別に貸し切りでも無いからな」

 

 まあリーグに挑戦するトレーナーは自身だけであり、四天王やチャンピオンが来るわけでも無いならば、実質貸し切りみたいなものではあるが。

 仕方ないなあ、と一度脱衣所に戻り。

 

「これでいいよね」

 

 全裸で現れた。

 

「…………………………………………」

 

 ぽよん、と。一歩歩くたびに…………その、何とは言わないが揺れている。すごく。

 

「……………………………………………」

 

 絶句してしまう自身に、シアがはっと我に返り。

 

「タオルくらいつけてきなさい!!!」

 

 顔を真赤にしながら叫んだ。

 

「あー…………いい湯だねぇ」

 

 因みに、アースはいつの間にか湯船に浸かっていた。タオル装備で。

 

 

 * * *

 

 

 思わず風呂以外のところでのぼせそうになりながら。

「そう言えば服脱げないんじゃなかったの?」

 旅館の大人数用の客室を一つ借りて、全員で寝転がる。

 ひんやりとした畳が体から熱を奪っていき、じんわりと心地よさを伝える。

 それから、先ほどと、それから今も、疑問に思っていることを尋ねる。

 

 今彼女たちが着ているのは、いつもの服ではなく…………浴衣だ。

 

 旅館らしい、何とも和テイストだが、この世界にもこう言うのあるのかと思わず懐かしさを覚える。

 だが確かヒトガタの服は毛皮や鱗の一種であり、一部ならともかく、完全に脱ぐのは毛皮や鱗を剥がすのに等しいと聞いた覚えがあるのだが。

 そんな疑問に、イナズマが答える。

 

「だから、これも、さっきのタオルも、いつもの服を変えたんです」

 

 嬉しそうに告げるイナズマの言葉に、首を傾げる。

 そんな自身の様子にイナズマがえーっと、と言葉を選び。

 

「つまり、その本質的には同じものですけど…………なんて言うのか、毛色を変えた、と言うか、柄を変えたと言うか」

「つまり、今来てる浴衣も、さっきのタオルも、いつもの服と同じ毛皮や鱗の類、ってことか?」

「えっと、まあ…………はい、それでだいたい大丈夫です」

 

 多分、本人たちにとっても感覚的なものなのだろう。

 まあ何となく分かったような気がする。

 一人納得していると、イナズマが再度こちらへと視線を投げかけてくる。

「…………何だ?」

 自身の視線に気づき、一瞬びくっとして。

「えっとその…………………………えっと」

 少しだけ、躊躇したような様子で、やがて意を決したように一つ頷き。

「どう、ですか? この浴衣、私がデザインしてみたんですけど」

 その言葉に僅かに驚く。

 てっきり旅館の備え付けかと思ったら、イナズマのデザインだったらしい。

「へー…………いいじゃん、可愛いよ」

「は、はう」

 呟いた言葉に、イナズマの頬を紅くなる。

 あー、こいつ可愛いなあ。なんて思っていると。

 

 とんとん、と障子が二度、三度ノックされる。

 

「あ、はーい」

 声を挙げれば、やってきたのは従業員の人。

 どうやら夕飯の支度が出来たので運んでいいか、と言うのを聞きに来たらしい。

「ご飯っ!」

 お食事、と言う言葉に真っ先にエアが飛び跳ねて起きる。

「あーはいはい、分かったから、すぐに運んでもらうからもうちょっと我慢ね」

 従業員にお願いします、とだけ言付けて、欠食児童(エア)をなだめすかす。

 

「あ、そうダ」

 

 ふと、チークが思いついた、と言った様子で立ち上がる。

 

「入り口でジュースいっぱいおいてあったネ」

 

 ふむ? と首を傾げてみる。

 

「みんなジュースで乾杯しようヨ」

 

 告げた言葉に苦笑する。

 ジュース、と言うのは特別高級品、と言うわけではないが前世ほど一般的でも無い。

 と言うか品数が大分少ないし、だいたいが甘い木の実のジュースばかりだ。

 ただこの旅館、と言うかリーグ街は各地から物が集まるだけあって、珍しい品も多く。

 以前来た時、売店で他所の地方で作られたジュースの瓶が並べられているのを見て、チークが涎を垂らしていたことを思い出す。

 

 要は、適当な理由つけて、珍しいジュース飲みたいってだけか。

 

 とは言うものの、まあ別に構わないだろうと思う。

 

 それぐらいの我が儘、可愛いものだ。

 

 自身は彼女たちがいないと戦えない、彼女たちの居ない自身では、どうあがいても上には登れない。

 

 いつもいつも、頑張ってくれている彼女たちに、それくらいは良いだろうと思う。

 

「じゃあチーク、適当に買ってきてくれる?」

 

 そう言えば、チークが了解ヨ、と楽しそうに笑みを浮かべ部屋を出て行く。

 

 

 …………まあ、今思えばこれが間違いだったのだろう、言っても仕方ないけれど。

 

 

 

 




プリムがガチやばすぎて、データ調整中。
因みに、プリム戦までもう一話挟む予定。


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朝風呂で温泉とか至高だと思う

デンジュモク エスパーZ
ガブリアス ラムのみ
カミツルギ いのちのたま


バトルツリーでメガメタグロスに3縦されたよ(遠い目



 

 朝日を浴びながらの散歩と言うのは存外気分が良い。

 特に、寝起きに浴びる朝日と言うのは殊更心地よいものだ…………眠気が無ければ。

「静かだなあ」

 最早利用者一人のリーグ街は急速にその規模を狭めている。ポケモン協会運営の店舗は残ってはいるが、その他個人経営店舗は全て撤退をしている。

 ホウエンリーグ本戦開始時には二百、三百といたはずのこの街の住人もすでに数十人と大きく数を減らしている。

 人の少なさが、そのまま静けさを演出し、同時に物寂しさのようなものもあった。

 

「うーん…………静かだなあ」

 

 前世は、都内で人の声が絶えることなどまずありえなかっただけに、少し珍しさも覚えた。

 ミシロは確かに夜は同じくらい静かではあるが、早く起きてトウカシティやコトキタウンへと仕事に出かけてる人や、それに合わせて朝食を作ったりする家庭の音で町中が溢れている。田舎は早起き、と言うことだ。だから日が昇っている時間に、こんなに静けさを保っているのは、珍しくもあり、同時に少しだけ不安も感じた。

 

「まるで世界に自分しかいないみたいな気分…………なんて、ちょっと中二チックかな」

 

 独り呟きながら、街を歩く。

 人の居ない街、と言うのは存外に薄気味悪いものだ。

 街とは人が居た痕跡そのものでありながら、そこに肝心の人が居ないその不自然さがどうにも不気味に思えてならない。

 

「…………明日、かあ」

 

 そしていよいよ残り一日に迫った、三人目の四天王との戦いについて考える。

 

 四天王プリム。

 

 元々はホウエンの外から修行のためにやってきたトレーナーだ。

 使うポケモンのタイプは『こおり』。

 カゲツやフヨウの言うことが事実なら異能トレーナー。しかも四天王に座すほどとなればとびっきりだ。

 異能トレーナーと言うのは、自身が最も苦手とする相手と言って良い。

 異能トレーナーとは…………とにかく不条理なのだ。

 読みも何もあったものではない、理不尽を無理矢理にごり押ししてくるような相手だからこそ、育成を得意とするトレーナーが一番相性が良い。

 例えばホウエンリーグ決勝で、自身はシキと戦ったが。

 あの時勝てたのは、ほぼ情報量の差と言って過言では無かっただろう。

 始まる前から、自身は相手の情報の半分は手に入れていた。そして偶然とは言え、事前に五体公開が行われての戦いとなった。

 

 正直に言おう。

 

 互いの情報を一切無しで戦ったならば、まずシキに勝てる気がしない。

 

 異能トレーナーとは、究極の初見殺しだ。

 どんな“ありえない”ことでも、“ありえて”しまうのが異能トレーナーの恐ろしいところである。

「…………必中絶対零度…………いや、そんなバカな」

 無い、と決して言い切れないのが怖い。

 と言うかそんなものどうやって勝つのだ。

 “がんじょう”持ち六体並べておけとでも言うのか。

 

 正直、きつい。

 

 と言うのが感想。

 ただでさえ異能トレーナーと言うのは手が読み辛いのだ。

 そんなバカな、と言うようなこと平然とした顔でやって来るせいで、何でもあり、としか言いようがないのが異能トレーナー。

 その上さらに、エア、リップル、そしてメガシンカすればイナズマも。

 うちのパーティには『こおり』弱点が多すぎる。

 趣味パの時点で偏りがあるのは確かなのだが、それにしたって『こおり』タイプを専門とする四天王にこの編成は正直きついとしか言いようがない。

 

「なんて泣き言言っても仕方ないか」

 

 一応程度の対策は仕込んでは見た。

 誰も彼も、文字通り天性の才を持つ少女たちだ、ある程度の無茶でも覚えてくれる。

 最近少しだけ分かってきたことがある。

 

 ヒトガタがヒトガタであることには意味がある、と言うこと。

 

 メリットデメリットと言うものがちゃんと存在しており、ただ6Vである、と言うだけでは語り切れない物がそこにはある。

 

「本当に今更だけど」

 

 そう、今更過ぎることではあるが。

 

「ヒトガタって何なんだろうね」

 

 前世での擬人化絵、萌えモンと言ったポケモンを擬人化したものは非公式ながら確かに存在したが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この世界は現実だ。

 ゲームの世界に飛び込んだわけでも無ければ、創作世界に迷い込んだわけでも無い。

 ここには生命があり、人がいて、ポケモンがいて。

 それが当たりまえの世界。自然な世界。

 元の世界にあった理はきちんと存在していて、けれど元の世界には無かった理も存在していた。

 

 だからこそ、何か理由があるのだと思う。

 

 ヒトガタと言う存在が生まれたことに、何か、意味があるのだと思う。

 

「そう…………だね、やっぱり、そうしようか」

 

 一つ、以前から考えていたことがある。

 

 二年後の話。

 

 決して油断はできないが、このまま放置していれば恐らく二年後に、グラードンかカイオーガ…………恐らくそのどちらか、或いは両方が目覚める。そしてそれを食い止めたとしても、次なる災害は迫って来る。

 そのために、旅をしようと思っている。

 

 各地の動向を見て回るための旅、そして同時に、マグマ団とアクア団を抑止するための旅。

 

 だが最終的にはアレを止めなければ、無駄なのだろうな、と内心で呟きつつ。

 

 そしてその時に、調べてみようと思う。

 

 ヒトガタ、とは一体何なのか。

 

 この世界でその存在を知ってからずっと抱いていた疑問。

 

 どうしてポケモンが人の形を取るのか。

 

 それを疑問に思う人間は実は少ない。

 そう言うものだと思ってしまっている人が大半だ。

 学者たち一部の人間だけがそれに疑問を抱く。

 ヒトガタがこの世で認知され始めて十年以上が経つが、分かっていることなど“ヒトガタは強い”くらいのものだ。

 何よりも、ヒトガタ本人たちが一番何も分かっていないのだから、それも仕方ないのかもしれないが。

 

「うん…………それは、面白そうかもしれない」

 

 チャンピオンになって、ホウエンの災害を止めて、平和な日常が戻ってきたのならば。

 

 ヒトガタの研究者になるのも、面白いかもしれない。

 

 そんなことを思い、苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

「あ、マスター…………おはようございます」

 旅館に戻ると、シアが起きて皆を布団に押し込んでいた。

「おはよう、シア…………起きてたのか」

「私はまあ、いつもの習慣で」

 苦笑しながら手際良くタオルケットを畳んでいく。

 家にいる時は、いつも母さんの手伝いをしており、さすがの手際である。

 早起きして朝食を作ったりもしているので、そう言う意味で習慣、と言ったのだろう。

「ああ、それと…………これ、マスターですよね?」

 思い出したように、その手に持った畳んだばかりのタオルケットを掲げるシアに、一つ頷く。

「あー…………まあ、ちょっと肌寒かったしな」

 布団敷いて運ぶには、力が足りないし、仕方ないので出かける前にタオルケットだけでも全員にかけておいたのに気づいたらしい。

「ありがとうございます」

 嬉しそうに、そう言いながら笑うシアに、何だか少し胸の辺りが温かくなる。

 

「他のやつらは…………まだ起きてないか」

「あはは…………みんな、マスターが寝ちゃった後もずっと飲んでましたからね」

「お前ら…………酒強かったのな」

 前世の時から酒など一切飲んだことが無かったので、自分がこんなにも酒に弱い体質だとは知らなかった。単純に子供だから、と言うのもあるかもしれないが、それでもコップ一杯で思考が止まってしまうのはどう考えたって弱いのだろう。

 どうやら他の面子はほとんど最初に潰れてしまった自身とは裏腹にその後もずっと酒盛りしていたらしい。

 

「シアは?」

「気づいたらけっこう飲んでた気がします…………ちょっと記憶があやふやですけど」

 どうやら記憶が余り残らない性質らしい。と言うかシアなら気づいた時点で止めるだろうし、案外シアも強くないのかもしれない。

「私も途中で寝ちゃったので、最後どうなったのかは分からないんですけど。取りあえず、エアとリップルはかなりの量飲んでたはずなので、多分中々起きてこないと思いますよ」

「あー…………まあ、今日は一日休養ってことでいいかあ。温泉入りながらのんびりしよう」

「…………本当ですか?」

 少しだけ心配そうなシアの表情。それは昨日までの自身を見て止めたのはシア自身なのだから、気持ちは理解できなくも無い。

「うん…………ちょっと意味の無いところで焦ってたから、気持ちリフレッシュして、万全の体調で明日に望もうか」

「…………はい」

 少しだけ声を強めて、嬉しそうに頷くシアに。

 

 可愛いなあ、この子。

 

 なんて思った。

 

「…………起きてこない、か…………なら…………」

 後方を見て、誰も起きていないことを確認する。

 それから。

 

「シア」

 

 名前を呼ぶ。

 

「はい、マスター」

 

 少し首を傾げ、シアが応えて。

 

「おいで」

 

 ぽんぽん、と膝の上を手で軽く叩く。

 

「……………………え?」

「おーいーで」

 

 ぽんぽん、とさらに数度叩き、ようやく意味を理解したシアの表情が一転して真赤になる。

「え、あの…………えっと、そ、その…………ま、ますたー?」

 慌ててしどろもどろになる少女を見て、少し苦笑し。

「ほら、いいから…………おいで」

 三度目の誘い。有無を言わせないその仕草に、シアが少しだけ躊躇って。

 

「その…………失礼、します」

 

 やがてゆっくりと、その頭を自身の膝の上に置いた。

 膝の上にかかる重み、伝わる熱に、笑みを浮かべる。

「…………………………はう」

 未だに顔が赤いシアは、自身と視線を合わせないよう反対側を向いていて。

 

「…………ふふ」

「ひゃう…………え、あ、あの」

 

 そんな後ろ姿を見て、悪戯心が沸いてきた。

 そっと、シアの髪に手を入れ、手櫛で梳いていく。

 自身の突然の行動に、シアがびくりと震え、明らかに動揺した様子を見せてくる。

 

「シアの髪、柔らかいね」

「あ…………あの…………その…………あ、ありがとう…………ございます」

 

 自身の手が髪に触れるたびに、びくり、びくりと震えるその姿が溜まらなく可愛らしく。

 思わず、三度、四度、と手が伸びる。

 

「ねえ、シア」

「ふぁ…………ひゃい」

 

 名を呼び、うなじをくすぐるとシアの声が裏返り、びくん、と身を強張らせる。

 起き上がろうとするシアを、手で制止して、再び髪に触れる。

 

「楽しいね」

 

 そっと呟いた一言に、シアが振り返る。

 

「私は、楽しく無いですよ」

 

 ようやくこちらを向いたその顔は林檎のように真赤に染まっており、視線は鋭くこちらを見つめていた。

 ふふ、と笑うと、何がおかしいのか、と視線がさらに鋭くなり。

 

「幸せだな、って思っただけ」

 

 差し伸ばした手がシアの頬に触れる。

 笑う。笑う。笑う。

 楽しくて、嬉しくて、幸せで。

 

 だから。

 

「シアは…………笑えない?」

 

 楽しく無い?

 嬉しく無い?

 幸せじゃない?

 

 そんな自身の問い、シアが一度口を閉ざし。

 

「凄く、幸せですよ…………()()()()()

 

 呟かれた名前に、心臓がどきり、と跳ねた。

 

 

 * * *

 

 

「だから、お前は!!! 服を脱いで入ってこい!!!」

 

 朝風呂と言うのは人類文明最大の贅沢の一つだと思う(過言)。

 朝から温泉とか、最高だわ、なんて少し年寄りみたいになってしまっただろうか、なんて考えながら。

 ゆったりと湯船に沈んでいると、がらり、と入り口が開き、ぺたぺたと誰かが入って来る。

 手持ちの誰かだろうか、と首を傾げ、振り返ったそこに。

 

 服を来たリップルが立っていた。

 

 そして先ほどの一言。当然の話である。

 

 だが注意を受けたリップルが少しだけ、えー、と言った不満顔。

「ダメ?」

「絶対に、ダメ!」

 ホテルの風呂ならばともかく、こんなところでそんなもの許されるはずが無いだろうに。

 そして目の前で仕方ないなあ、と言う呟きと共に、リップルの姿が変化する。

 いや、正確にはしゅるしゅるとまるで糸がほどけていくように、服が変わって行く。

 ほんの数秒の間の出来事、見ている間にその服が変わり。

 

 そして水着になる。

 

「……………………びみょう~な、ラインだが、まあいいか」

 良いとも悪いとも言い難いラインだが、まあ前世でも混浴で水着とかもあると言う話だし、ギリギリセーフと言うことにしておく。いや、実際のところどうかは知らないが。

 自身の了承を得たことで、リップルが浴槽へとやってきて、そのまま自身の隣に座る。

「あ~…………気持ちいいねえ、マスター」

「なんで隣なんだよ…………まあいいけど」

 相変わらず、シアとリップルは…………どこがとは言わないが大きい。

 特にこういう場だとそれを殊更に意識してしまうのは男の悲しい性だろうか。

 

「ねーマスター?」

「あー? なんだー?」

 

 温泉の熱で二人揃って、脳まで蕩けそうになりながら。

 ふとリップルが呟く。

 

「マスターはさー、リーグが終わったらどうするの~?」

 

 そうして問われた一言に、あ~と間延びした声を出し。

 

「取りあえずは調査だな~…………リーグの結果がどうあれ、ひとまずそこれで区切りつけて本格的にグラードンとカイオーガへの対策しようかな~って思ってる」

 

 温泉で溶けたままの思考をそのまま告げると、なるほどね~とリップルが一つ頷き。

 

「ところでマスタ~、全然話変わるんだけどさ~」

「あ~なんだー?」

 

 ぐでー、と湯船にもたれ、目を閉じながらリップルの言葉の続きを聞いて。

 

「好きな人とかいるの~?」

 

 告げられた言葉に、一瞬言葉に詰まった。

 

「あ…………あ~? いや、何でだ?」

 

 質問の意図を確かめようと、そんな言葉を投げかけ。

 

「いい加減気づいてると思うけどさ~?」

 

 何気無く。まるで何のこと無いように。

 

 

 

「私たちみんな、マスターのことを()()()()()()で好きだからさ、気になってると思うよ?」

 

 

 

 爆弾を投げつけた。

 

 

 




半分コミュ回。シアとイチャつきながら、リップルと温泉でぐだって、最後に爆弾落とすだけの回。

そして落とした爆弾は回収しないままに、次はプリム戦。

ちょっとデータ作成にてこずってるので、時間かかるかもしれない、とだけ言っておく。
ハルトくん側にも多少調整入れるかも。
正直、まだほとんどデータ決まってないのに勝ったら不自然になるレベルでやばい。






ちょっとだけネタ晴らし。見たくない人は見なくても良い。

プリムさんの異能スキル。

トレーナーズスキル(P):だいひょうが
場の状態を「だいひょうが」に変更する。

場の状態:だいひょうが
『こおり』タイプのわざの威力を2倍にし、『ほのお』『みず』わざの威力を半分にする。また『こおり』タイプ以外のポケモンは『すばやさ』が1/2になり、毎ターン最大HP1/8の『こおり』タイプのダメージを受ける。天候『あられ』の時発動する技、特性が発動する。天候が『あられ』の時、毎ターン『こおり』タイプ以外のポケモンが10%の確率で『こおり』状態になる。

トレーナーズスキル(P):だいれいど
『こおり』タイプが弱点となるタイプ相性を持つ相手に対して、弱点タイプの数だけ“ぜったいれいど”の命中率が倍化する(2倍⇒60、4倍⇒120)。


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四天王プリム①

 

 

 こつん、こつん、とこの通路を歩くのも何度目だろうか。

 と考え、これで三度目だと気づく。

 

 続く御殿への通路。

 

 進んだ先に佇む扉が開き。

 

「………………さむっ」

 

 凍り付いた部屋の温度は極めて低く。本当にこんなところに四天王がいるのかと一瞬疑って。

 

「あら。いらしたのね」

 

 床一面、氷が広がったフィールドの先で、四天王プリムが凍り付いた椅子に座っていた。

 プリムがこちらに気づくと、そう呟き立ち上がる。

 

「ようこそ、ホウエンリーグへ。私は四天王のプリムと言います」

 

 微笑み、軽く一礼。

 

「さて…………色々と語りたいこともありますが。それは勝負の後にしましょう」

 

 ボールを片手に、握る。

 

「勿論…………あなたが勝てば、の話ではありますが」

 

 その口元が弧を描き。

 

「はてさて、あなたは私を本気にさせてくれるでしょうか?」

 

 手の中のボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

 試合前から一つ、決めていたことがある。

 

「さて…………先発、任せるぞ。()()()()!」

 

 今回に限って、先発を変える。

 

「行ってください、キュウコン」

 

 投げられたボールから出てきたのは。

 

「さーて…………お仕事するよー」

「キュィィ!」

 

 こちらはリップル。そして相手は。

 

「白い…………キュウコン?」

 

 色違い? 一瞬そんなことを思ったが。

 

 “ゆきふらし”

 

 キュウコンが一つ吼える、途端にどこからともなく雲が集まり、『あられ』が降り始める。

「……………………『こおり』タイプの、キュウコン?!」

 なんだそれ、と一瞬考え。

 

 デルタ種か、と考える。

 確かポケモンカードのほうの設定で、ホロン地方と言う場所で育った特殊なポケモンたち。

 通常とは異なるタイプを宿すそのポケモンたちを『デルタ種』と呼ぶらしい。

 自身も聞いたことがある、程度だったがこの世界だと普通にあるらしい、オダマキ博士の研究資料の中で見たことがある。

 

 だが、違う、すぐに気づく。

 

 自身は確かどこかで見た事がある、このポケモンを。

 

「あ」

 

 辿って行く記憶の中、ふと思い出す。

 そうだ、このポケモンは。

 

「七世代…………アローラキュウコンか」

 

 第七世代、ポケットモンスターサン、ムーンで出ると言われていたポケモンだ。

 残念ながら、自身は情報だけ見て実際にプレイすることが無かった…………と言うか、プレイする前にこちらの世界に生まれたので、当時ネットで見た情報以上を知らないのだが。

 良く十年も前のことを覚えていたものである、と思いながら。

 

 “なないろげしき”

 

 降り注ぐ霰。そしてフィールドに煌めくのは。

「…………オーロラ?」

 それが“オーロラベール”と言う技だと知ったのは後からのこと。

 正体は分からないが、少なくとも相手にとって有利なものなのだろうと言うことは予想がつく。

 そして同時に。

 

「さあ、広がって」

 トレーナーゾーンでプリムが両手を広げる。

 

 瞬間。

 

 ぴき、ぴきり、と床の氷が軋み音を立てる。

 

 直後。

 

 ばきん、ばきんばきんばきん、と()()()()()()()()()()()

「なっ…………なっ…………なあああ?!」

「え…………わ…………」

 余りにも非常識な光景に、何を言えばいいのかもわからず。

 ほんの十秒も経たない内、ただ見ている内に。

 

 フィールドがでこぼことした白い氷の山へと変化していた。

 

「ようこそ、この氷のフィールド…………『だいひょうが』へ」

 

 下は氷河。上は霰。

 

「……………………マジやばい」

 思わず突いて出たその一言が、自身の本心であった。

 けれど、少なくとも。

 

「リップル」

「うわ、つめた、冷たいよ!?」

 床一面に張られた氷に、驚きながら、それでも手を真上に掲げ。

 

 “スコール”

 

 『あられ』だけでも上書きしておく。

 

 “はげしい あめが ふりだした”

 

 ()()()()()()()()()()()、『ねったいこうう』へと天候を書き換える。

「…………あら」

 書き換えられた天候に、プリムが短く呟き。

 

「リップル、だいもんじ!」

 

 初手の一発、ほぼこの四天王のためだけに滅茶苦茶高いわざマシンを買って覚えさせた技を指示する。

 

「キュウコン、ふぶき」

 

 同時、キュウコンもまた『こおり』最強の技を放ち。

 互いの技がフィールド中央で激突し、小さな爆発を起こす。

 毎度思うが、何故ポケモンの技は衝突すると爆発するのだろう。なんて一瞬だけ余計なことを考え。

 

「スイッチバック! リップル」

 

 “だいもんじ”を放ったリップルを即座にボールへ戻し。

 

「行け、エア!」

 

 エアのボールを場に投げる。

 

「ルウウウオオオオオオ!」

 

 エアが咆哮を上げ、ふわり、とその場で浮き上がる。

「行くぞ、エア!」

「任せなさい」

 言葉と共に、エアがその手に持った()()()()()を握りしめ。

 

 

 ゲンシカイキ

 

 

 瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「っな」

 プリムが驚きに目を見開く。

 足元の氷を一瞬にして溶かし、氷が解けた水も、降り注ぐ雨も、全て蒸発させ。

 しゅうしゅうと蒸気を生み続けながら、炎が荒れ狂う。

 

 燃え盛る炎が弾け飛び、そして。

 

「ルウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()が、その全身に炎を纏わせながら咆哮する。

 同時に、一月の特訓の成果が確かに出たことを確信し。

 

「潰せ、エア!」

「りょう…………かい!!」

 

 ダン、とエアが足元を蹴り。

 一直線にキュウコンへと迫る。

 

「キュウコン“ふぶき”」

 キュウコンが一つ鳴き、同時にその背後から“ふぶき”が降り出して。

 

 “ふぶき”

 

「エアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ルウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “つながるきずな”

 

 絶叫、同時にエアのスピードがぐん、と加速する。

 

 “メテオフレア”

 

 振り上げた両手の中に生まれた巨大な炎の球。

 ドン、とジャンプし。

 

「燃え尽きろオオオオオオオオオ!」

 振り下ろす。

 

 轟、と業火がキュウコンを襲い。

 一瞬にして、その全身を焼き尽くす。

 

「キュ…………ゥ…………」

 

 『こおり』タイプの弱点である『ほのお』タイプの技だ。二倍ダメージに“きずな”の力でさらに『とくこう』も強化されれば、耐えられるはずも無く、キュウコンが足を折る。

「…………凄まじい熱。良いわ、次はこの子」

 

 そうして投げられ出てきたのは。

 

「グォォオオオ!」

 

 白い巨体の熊のようなポケモン、ツンベアー。

 確か『こうげき』がそこそこ高かったとは思うが、鈍重でそれほど強い印象は無かったのだが。

「考える前に、突っ込めばいいのよ」

「なんだよその脳筋思考…………まあ、それもありか」

 苦笑しつつ、ツンベアーを指さし。

「エア!」

「オーライ!」

 

 再び、エアが走り出す。

 先ほどよりもさらに加速し、ツンベアーへと迫り。

 

「ツンベアー!」

「グウウウウウウオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ツンベアーがすいーっと氷の上を滑る。

 

 “ゆきかき”

 

 まるでアイススケートでもやっているかのような光景に、はあ? となるが。

 ぐん、とその速度が一気が上がる。

 『すばやさ』の上がったエア、ほどでは無いのは確かだが、先ほどの倍近い速度。

「なっ…………はや?!」

 思わず口に出したその時には、けれどすでにツンベアーとエアが接触しようして。

 

「グウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “ごうわん”

 

 “じゃれつく”

 

 振り上げた一撃。異様なほどに力の込められた一撃が振り下ろされ。

「ルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 負けじとエアがその両の手を振り下ろす。

 

 “ブレイズクロス”

 

 炎を纏った両の手を交差させる。

 一撃、二撃。

 放たれた二撃がツンベアーの一撃と正面から激突し。

 

「ぐう…………グオオオオ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 互いの攻撃が物理技であり、エアのほうがレベルが高いのもあるが、それ以上に『こうげき』ランクだって2段階積まれているのである。正面から激突すれば当然の結果と言える。

 押し切った二撃がツンベアーを吹き飛ばし。

 

「ぐう…………グウウオオオオ…………」

 

 だが減衰した威力の分、倒しきることはできなかったらしい。

「ツンベアー! その場で撃って!」

 同時、プリムの指示。

 

 何をする?

 

 そう考えた直後。

 ツンベアーが凍り付いた地面に拳を撃ち付ける。

 

 あの技は!!!

 

 気づき。

 

「避けろ、エア!」

 叫ぶのと同時。

 

 “ストーンエッジ”

 

 『ドラゴン』『ほのお』の今の状態のエアの弱点を突いてくる一撃が放たれる。

「当てなさい、ツンベアー!」

 トレーナーの指示を受け、ツンベアーが意地でも当てんと、もう一撃拳を叩きつけ。

 

 “ストーンエッジ”

 

 ズドドドドドドドドドドドド

 

 二発、放たれた石…………と言うか氷の刃が床から突き出しながら、エアへと迫り。

「くっ…………このっ」

 だが想像以上に動きにくい。一直線ならともかく、この滑る氷の床の上で回避行動、と言うのは慣れてないと相当に難しい。

 一撃目、辛うじて避けたエアだったが、そこで動きが止まり。

 

「ぐううううう」

 

 二撃目の“ストーンエッジ”がエアに直撃、エアが打ち上げられる。

 打ち上げられた瞬間、競りあがる刃を蹴り辛うじて吹き飛ばされるように威力を殺す。

 そうして何とか着地し、態勢を立て直すが、意識的か無意識的かその腹部に手を当てる。

 ダメージはあった、と言うことか。

 恐らく急所を抉られた…………運が悪いとしか言いようが無いが、元々の『ぼうぎょ』の高さもあって瀕死、とまではいかないが大分ダメージを受けたようだった。直観的だがもう一撃は受けられない、そう考えたほうがいいだろう。

 想定以上に威力が高い…………急所だけではない、恐らく火力補助となる道具の存在。

 技の切り替えができているから『こだわりハチマキ』と言う線は消していい。となれば恐らく『いのちのたま』…………もしくはタイプ不一致の補助に『かたいいし』でも持たせているのだろうか。

 

 まあ、何だろうと問題無い。

 

 どうせここで終わらせる!

 

「ぶちかませ、エア!」

「ルウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア!!!」

「迎え撃って、ツンベアー!」

「グウゥオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “キズナパワー『とくこう』”

 

 “メテオフレア”

 

 “ストーンエッジ”

 

 放たれた炎球と岩の刃が激突し、一瞬にして岩の刃を砕き、炎球がツンベアーへと襲いかかる。

「グウウウウウウウウアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!?」

 弱点タイプの超火力に焼かれ、ツンベアーが絶叫する。

 そうして、『ほのお』技に焼かれたツンベアーが膝を折り。

「ぐ…………ゥゥ」

「…………ごくろうさま、ツンベアー」

 気絶したツンベアーをプリムがボールへと回収する。

 

「……………………少し、侮っていました」

 

 次のボールを手に取り、プリムが口を開く。

 

「ええ…………まさかこうもあっさり、二匹がやられる、と言うのは予想外ではありました」

 

 ぐっと、手の中のボールを握り。

 

「ですから…………ええ、ですから」

 

 振りかぶり。

 

「ここからは、本気です」

 

 投げた。

 

 

 “ ブ リ ザ ー ド ”

 

 

 瞬間、生温く降り注いでいた雨が、一瞬にして止み。

 直後、『あられ』すらも凌駕するほどの、猛吹雪がフィールドに荒れ狂った。

 

「な!!」

 

 天候の上書き!? しかもポケモンの技や特性でなく。

 

「異能で場の状態も、天候も書き換えれるのかよ!!!」

 くそったれ、と内心で吐き捨てる。

 これだから異能トレーナーと言うのは理不尽なのだ。

 さらに下がった室内の温度に、身震いする。

 正直、この寒さの中で長時間戦っていれば、ポケモンより先にトレーナーが参ってしまう。

 同時、この寒さはポケモンに対してもダメージになるだろうことも予想できる。

 実際、エアもこの痛いほどの寒さに、顔を顰めていた。

 

 直後、プリムの投げたボールから出てきたのは。

 

「…………ふう。私ですか」

 

 白い着物に紅の帯、雪のように白い髪と、氷のように透き通ったアイスブルーの瞳の少女。

 まるで童話の雪女を連想させるその出で立ちに即座に理解する。

 

「ユキメノコ…………か」

 

 恐らく間違っていないだろう、と予想する。

 

 “ゆきかげのあくい”

 

 “のろい”

 

 同時、ユキメノコから放たれる黒い呪詛のようなものが、エアへと降り注ぎ。

「っ」

 こぽり、とその口から一筋の血が流れる。

 ダメージを受けた、と即座に理解。それが先ほどの黒い呪詛…………『のろい』によるものだと直観する。

 この氷のフィールドのせいで、見た目以上にスリップダメージが大きい、恐らく次の『のろい』のダメージは耐えられないだろうと判断する。

 

 交代するか?

 

 一瞬考え。

 

「エア!」

「りょう、かい!」

「吹雪で落とす…………いえ、ここは確実に行きましょう」

「…………そう、分かりました、主」

 

 互いのトレーナーとの短いやり取り。そして。

 

 “とおせんぼう”

 

 ユキメノコがその場に立ち塞がり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「交代封じ?!」

 一体何のために? いや、疑問は後だ、少なくとも一手稼いだと判断し。

 

 

「エア!」

 

 “キズナパワー『かいふく』”

 

 結ばれた絆で、エアに活力を与え、その体力を戻す。

 少なくとも後一度くらいならば『のろい』にも耐えられるはず!

 

 そして。

 

「吹っ飛びなさい!!」

 

 “ブレイズクロス”

 

 『ほのお』タイプの二連撃が、ユキメノコを吹き飛ばし。

 

 “みちづれ”

 

 その足元から伸びた影がエアを捕まえ、無理矢理に引きずり落とす。

「なっ…………が…………」

「は?!」

 余りにも突然、何の予兆も無かったその技に、自身もエアも、一瞬思考が止まる。

「く…………はる…………と…………」

 エアが何か呟こうとして、倒れる。

 思考が回転を始める。理由は分からない、だが少なくとも“みちづれ”でエアがやられた、それだけは理解する。

 エアをボールに戻し、次のボールを手に取る。

 

 こっちは後五体。向こうは三体。

 

 数だけを見れば有利だが…………。

 

「…………上は猛吹雪、下は氷河」

 

 完全に『こおり』タイプだけのフィールドと言った感じ。

 

 だから、まずはその有利を奪う!

 

「行け、リップル!」

「りょう、か…………い!」

 

 まずは天気を上書きする。このためだけに、一週間費やしてトレーナーズスキルを発展させたのだから。

 

 そう、だから。

 

「ま、マスター…………」

 

 それは予想外。

 

 否。

 

「変わらない、これ」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「天気が…………変わらない」

 

 氷の異能。

 

 それが明確に、自身に牙を剥いていた。

 

 




キュウコン(アローラのすがた) 特性:ゆきふらし 持ち物:つめたいいわ
わざ:ふぶき、ムーンフォース、オーロラベール、ぜったいれいど

裏特性:しろげしょう
天候が『あられ』の時、複数を攻撃する技以外を50%の確率で回避する。

専用トレーナーズスキル(P):なないろげしき
戦闘が始まって最初に場に出た時“オーロラベール”を使用する。



ツンベアー 特性:ゆきかき 持ち物:いのちのたま
わざ:ばかぢから、じゃれつく、ストーンエッジ、ぜったいれいど

裏特性:まとうれいき
自身の攻撃技に『こおり』タイプを追加し、相性が良い方でダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(P):ごうわん
直接攻撃技の威力を1.5倍にする。



ユキメノコ 特性:ゆきがくれ 持ち物:きあいのタスキ
わざ:ふぶき、のろい、とおせんぼう、みちづれ

裏特性:くろいかげ
“とおせんぼう”の効果が続いている間、自身が『みちづれ』状態になる。

専用トレーナーズスキル(P):ゆきかげのあくい
場に出た時、変化技を使用する。



トレーナーズスキル(P):だいひょうが
場の状態を「だいひょうが」に変更する。

場の状態:だいひょうが
『こおり』タイプのわざの威力を2倍にし、『ほのお』『みず』わざの威力を半分にする。また『こおり』タイプ以外のポケモンの『すばやさ』を1/2にし、毎ターン最大HP1/8の『こおり』タイプのダメージを

受ける。天候『あられ』の時発動する技、特性が発動する。天候が『あられ』の時、毎ターン『こおり』タイプ以外のポケモンが10%の確率で『こおり』状態になる。



トレーナーズスキル(P):ブリザード
場の状態が『だいひょうが』の時、天候を『もうふぶき』に変更する。

天候:もうふぶき
場の『こおり』タイプ以外のポケモンは毎ターン最大HPの1/6のダメージを受ける。“ふぶき”が必ず当たり、威力を2倍にする。この天候は『デルタストリーム』『おわりのだいち』『はじまりのうみ』以外の天

候によって変更されない。天候『あられ』の時に発動する技、特性が発動する。




疑問お答えコーナー

Q.同じような天候系の異能が被ったらどうなるの?
A.異能の強さと言うかランクの高いほうが優先されます、つまり異能が強いほうが弱いほうを押し切ります。順番とか関係ねえです。“ブリザード”の異能も、あんな風に書いてはいますが、より強い異能がいたら書き換えれます。まあ四天王よりも強い異能持ちって早々いねえけど(XY主人公とか



追記



うつりぎてんき⇒スコール


専用トレーナーズスキル(P):スコール
自身が戦闘に出た時、5Tの間天候を『ねったいこうう』にする。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

天候:ねったいこうう
この天候は『あめ』として扱う。場のポケモンはターン終了時『こおり』状態が回復する。また『ほのお』タイプのわざが半減されない。




名前:エア(ゲンシボーマンダ)(アルファボーマンダ) Lv150 性格:いじっぱり 特性:ターボブレイズ 持ち物:オリジンクォーツ
タイプ:『ドラゴン』『ほのお』
わざ:「ブレイズクロス」「メテオフレア」

特技:ブレイズクロス 『ほのお』タイプ
分類:ドラゴンクロー+ほのおのキバ
効果:威力75 命中90 2回攻撃する。10%の確率で相手を『やけど』にする。

特技:メテオフレア 『ほのお』タイプ
分類:りゅうせいぐん+かえんほうしゃ
効果:威力150 命中90 『ドラゴン』タイプと相性に良い方でダメージ計算し、不利なタイプ相性を無視する。

裏特性:ブレイズバースト
自身の攻撃技が相手の裏特性、トレーナーズスキル、能力ランクの変化を無視する。

専用トレーナーズスキル(A):もえひろがるほのお
自身の行動前に使用可能。自身の技の威力を半減し、相手の“まもる”や“みきり”などを解除して攻撃する。

専用トレーナーズスキル(P):きえんばんじょう
自身の攻撃技で相手を倒した時、ゲンシカイキのターンカウントが1上昇する。


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四天王プリム②

 天候の上書きができない、となればこの相手にひたすら一方的に有利なフィールドでやるしかない、と言うこと。

 こうなる前に、エアでもう少しリードを広げておきたかったのだが、あのユキメノコで完全に断たれてしまった。

 

「さて…………行って、トドゼルガ」

「ガアアアアアアアアォォォォォォォ!!!」

 

 プリムが投げたボールから、トドゼルガが現れる。

 まあ予想できたことではある、実機時代、と言うか三世代、ルビーサファイアの頃には最後の一体だったこともあるポケモンだけに、これは予想できた。

 

 ただ。

 

「で…………かっ…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()はさすがに予想できなかったが。

 

「な…………な…………なんだこれ?!」

「お…………おっきい…………」

 さしものリップルも目の前に立ちはだかる巨体に唖然とする。

 余りにもでかすぎる。でかければ強い、確かにそれは真理ではあるが、では大きいほどバトルに使えるか、と言われればそんなこと決してない。

 まず小回りが利かない、十メートル級ともなれば、自身の巨体で自ら死角を作ってしまう。視界が遮られ、死角に逃げられてもその巨体故に俊敏に狙いをつけることも出来ない。

 確かに全体的に能力値は高いが、巨体故に鈍重になる。

 実機時代ならば単純に受けて殴る、と言うスタイルで使えるかもしれないがこの世界でターンなんて存在しない。鈍重な体で一度攻撃する間に、手の早い相手ならば二度、三度、下手すれば四度、五度と攻撃される。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、バトル用に使用するポケモンのサイズとして最大でも五メートル前後が限界だと言われている。

 四天王ならば、そんな当たり前のこと、当然のように知っているだろう。

 だとするならば…………この選択に、意味があると言うべきだろうか。

 

 一瞬の迷い、そして。

 

「リップル! “だいもんじ”」

「了解!」

「トドゼルガ“じしん”!」

「ガアアアオオオオオオオォォォォォォォ!!」

 

 “だいもんじ”

 

 巨体故か、やはりその動きは鈍い。

 先制を取ったリップルの“だいもんじ”がトドゼルガを燃やし。

 

 “あついしぼう”

 

 これっぽっちも効いた様子を見せないままに、トドゼルガが吼える。

「ガアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 “じしん”

 

 どん、どん、どん、と氷上で何度となくトドゼルガが跳ねる。

 その度に、ごうんごうん、とフィールド全体が大きく揺れ、リップルが上下に揺さぶられる。

「リップル!」

「だ、大丈夫…………耐えれる、よ! マスター」

 『ぼうぎょ』はやや低めのリップルだが、それでも能力ランクを二段階も積んでいる、何とか耐えきってくれた。

 

 そう、思った直後。

 

 “クレバス”

 

 ぴきり、とリップルの足元に罅が入り。

 

 “ じ わ れ ”

 

 突如フィールドに出来た裂け目にリップルが落ちて行き。

「あ…………」

 目を見開き、何かを呟こうとして。

 

 “い ち げ き ひ っ さ つ”

 

「…………う…………く…………」

 ずどん、と裂け目に落ち、底で動かなくなる。

「あ…………え…………」

 余りにも突然の展開に、思考が一瞬理解を拒み。

「も、戻れ!」

 直後、現状を理解し即座にリップルを戻す。

 

 一撃必殺?!

 来るなら“ぜったいれいど”だと思っていた、それだけは警戒していただけに“じわれ”など完全に予想外だった。

 次の手を考える。

 

 一瞬考え、けれどすぐに次のボールを取る。

 

「行って、シャル!」

 

 エアに続く二枚目の切り札をここで出す。

 できればここで二体、倒しておきたい。

 そう考え。

 

“かげぬい”

 

 場に出たシャルの足元から伸びた影が、目前の巨大なトドゼルガの動きを止める。

「お、おおおおお、おおっきい?!」

 その圧倒的サイズに、さしものシャルも驚きに目を見開き。

「シャル、撃て!」

「あ、は、はい!」

 その両手に黒い炎を産み出し。

 

 “シャドーフレア”

 

 放たれた黒い炎がトドゼルガの全身を燃やしていく。

「ガアアアアァァァオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 トドゼルガが絶叫し、同時に“かげぬい”が解除される。

 

 “あついしぼう”

 

 直後に、トドゼルガがその巨大な体をごろりと、回転させ体に残る火を消してしまう。

「耐え…………っ」

「ご、ごご、ご主人様?!」

 耐えられた、そう理解すると同時、シャルが悲鳴染みた声を上げる。

 ばっと、視線を向ければ。

「あ、あわ…………わ…………」

 足元から徐々に凍り付いていくシャルの姿、見る間にその全身が『こおり』つき、完全にシャルが動きを止める。

 

「ようやく一体、凍ってくれましたか」

 

 ぽつり、と呟くプリムの言葉に、はっとなる。

「トレーナーズスキル…………天候か、場の方か」

 恐らくは『もうふぶき』か『だいひょうが』のどちかの効果と言ったところか。

 シャルの“かげぬい”は裏特性やトレーナーズスキルの発動を止めることはできても、すでに発動し天候や場の状態として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()物に対しては効力を発揮しない。

 

「くそ、シャル! 燃やせ!」

 『ほのお』技ならばこの氷を溶かして攻撃できる、そう考え指示し。

「トドゼルガ、ここで終わらせなさい」

 同時、プリムが指示を出して。

 

 “こおるこおり”

 

 “ ぜ っ た い れ い ど ”

 

 トドゼルガが放った冷気が、一瞬にしてシャルを覆い。

 

 “ い ち げ き ひ っ さ つ ”

 

「っう…………ごめん…………なさ……い……」

 徐々に氷が解け、氷の束縛から解放されると同時に、シャルが倒れる。

 “ぜったいれいど”が命中したのだと気づき、思わず顔を顰める。

 運が悪かった、と切り捨てることは出来るが、さすがのさすがに、これまでパーティのメイン火力として戦ってきたシャルが何も出来ずに落とされた、と言うのは堪えるものがある。

「すまん…………シャル」

 シャルをボールに戻し、さらに思考を重ねていく。

 

 相手の残りは三体。

 内一体、体感だがあの巨大かつ異様なタフネスのトドゼルガは残りHP3割、と言ったところだろうか。

 恐らく特性が“あついしぼう”なのだと思う。リップルの“だいもんじ”と言い、シャルの“シャドーフレア”と言い、異常なほどに()()()()()

 恐らく場の状態(だいひょうが)天候(もうふぶき)のどちらかで『ほのお』タイプのわざが半減、さらに特性“あついしぼう”でさらに半減。

 いくらシャルの『とくこう』が二段階積まれていて、さらに『かげぬい』状態でさらに威力二倍になっていても、四分の一まで減少されたら等倍と変わらない。

  それでも普通のトドゼルガならば或いは『ひんし』に追い込めたかもしれないが、あの巨体から来るタフネスで受けられてしまっている。

 

 とは言え、恐らく『ほのお』タイプの技以外の通りは悪くないと見る。

 少なくとも、イナズマでも出せばほぼ倒せる自信はある。

 と成れば、問題は残り二体。

 

 こちらの残りは三体。数の上では互角だが、メインアタッカー二体がやられてしまっている現状はこちらに不利、と見るべきか。

 

「…………エースより早くイナズマが落ちたらほぼ詰みか」

 

 頭の中で展開を思い描く。

 そして、次のボールを選択する。

 

「…………頼む、イナズマ!」

 

 投げられたボールからイナズマが飛び出し。

 

「行け!」

「行きます!」

 

 即座に動き出す。

 

 “キズナパワー『すばやさ』”

 

 “10まんボルト”

 

 放たれた電撃がトドゼルガを襲い、その全身を電流が迸る。

「ガア…………オオォォ…………」

 開幕一手目の奇襲に咄嗟の対応がしきれず、トドゼルガの巨大な体から力が抜け。

 ズシィィン、と地響きを立てながら、トドゼルガが倒れる。

 プリムがトドゼルガを回収し、次のボールを手に取る。

 

 さて、問題は次だ。

 

 次に何が出るか。

 

 候補は二つ。

 

 ユキノオーかオニゴーリ。

 

 どちらか、或いは両方か。

 

 何せこの二体だけが『こおり』タイプのポケモンの中でメガシンカができる。

 

 頭の中で急速に戦略が整っていく。

 いくら読みは並程度でも、ここまで互いの手数が減った状況でなら、これまでの経験を生かせばある程度は対応できる。

 

 次どっちだ。

 

「ヌウオオオオオオオオ!」

 

 出てきたのは、ユキノオー。

 そして、メガシンカの様子は…………無し。

 と、なれば。

 

 続行。

 

「イナズマ!」

「はい!」

 

 声をかける、と同時。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 “ き ず な へ ん げ ”

 

 “ メ ガ シ ン カ ”

 

 その全身が少しずつ縮んでいき、対照的にその黄に近い金の髪が伸びていく。

 メガシンカ。文字通りの現象。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “きずなへんげ”。

 アニメで実装され、ゲームに逆輸入されたゲッコウガの特性。

 正確にはサトシのゲッコウガ()()が持つ特異な特性。

 キュウコンの例で分かる通り、自身は残念ながら七世代…………サンムーンをやったことが無い。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こっちの世界に来た事にそれほど後悔があるわけではないが、出来ればもう二か月遅く来たかったな、とこれに気づいた時思ったものだ。

 

 簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただし、ただのフォルムチェンジではない。

 種族値を大幅に上昇させてのフォルムチェンジだ。

 振り幅100を超える種族値の上昇。これをメガシンカに絡みつけて作ったのが“きずなへんげ”。

 

 文字通り、絆で変化(シンカ)するトレーナーズスキル。

 

 まだフヨウのように常時メガシンカ、とまでは行かないが。それでも。

「メガストーンを持たせないメガシンカ…………ついに完成、だな」

 相手を倒した時、と言う条件が付くのがやや難点だが。

 それでもメガシンカポケモンが持ち物を持てる、と言う利点は想像を絶するほどに大きい。

 

 故に。

 

 “むげんでんりょく”

 

 メガシンカと同時、イナズマの周囲で磁力が弾ける。

 それらをかき集め、束ね、そうして。

 

「撃て」

「りょーかい!」

 

 “レールガン”

 

 放つ。

 

 極光がユキノオーを包み込む。

 前半でエアを見ていて一つ理解したことがある。

 

 異能トレーナーへの対処方法。

 

 有無を言わさない圧倒的な火力で、何もさせないままに撃ち落とす。

 

 異能を持たず、同じ土俵に立てず、相手の土俵で立ち回るほどの知恵も無い以上、その土俵ごと崩してしまうのが一番簡単な異能対策なのだと気づいた。

「ユキノオー! “まもる”!」

「ヌオオオオオ!」

 

 “まもる”

 

 翳す手に、薄い光の盾が生み出され。

 

「無理」

 

 “てんいむほう”

 

「無駄」

 

 パリン、とあっさりと盾が砕ける。

 

「無意味!」

 

 そのままユキノオーが“レールガン”の光に飲み込まれ。

「ぬう…………ぉぉ…………」

 目を回し、ずどん、と倒れ込む。

「…………ご苦労様」

 プリムがユキノオーを回収し。

 

 これで三対一。

 

 ()()()()()()()()()()()()()なのだろうが。

 

「…………ふう」

 

 プリムが一つ息を吐く。

 

 残された最後のボールを手に取り。

 

「…………お願い、オニゴーリ」

 

 投げる。

 

「グゴォォォォ!」

 

 出てきたのは、鬼のような顔だけの一頭身なポケモン、オニゴーリ。

 

「行くわ、オニゴーリ」

 

 プリムが呟き、その手に持ったキーストーンを翳す。

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

「グウウウウウウウウグゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 その姿が光に包まれ、光の球が割れると同時、中から現れたのは、先ほどの一頭身をさらに一回り大きく、ごつごつしくしたような外見のポケモン。

「メガオニゴーリ!」

 絶叫染みた声と共にプリムが声を張る。

「仕上げよ!」

「グゴオオオオオオオオオオオオオ!!」

 その言葉と共に、メガオニゴーリが咆哮を上げ。

 

 “えいきゅうとうど”

 

 変化は足元から始まった。

「…………嘘だろ、おい」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 嵩を増し、厚さを増し、そして温度は下がって行く。

「まだ…………上があるのかよ」

 思わず零れたその一言と同時。

 

 ぱきぱきぱきぱき、床一面の凹凸が次々と盛り上がっていき、さらに巨大な氷河を作り上げていく。

 見た目の変化はそれだけ…………だがそれ以外の変化は明慮だった。

 

 何よりも大きかったのは。

 

「…………くそ、震えが」

 

 気温がさらに下がった。

 最早マイナスを完全に超えている。

 やばい、やばい、やばい。

 先ほどから震えが止まらない。何でプリムは、あんな薄着で平然とした顔をしていられるのか。

 異能者ってのはフィジカルまで化け物染みているのだろうか、否、その割にシキはポンコツだし、きっとプリムが特別なのだろうと思う。

 

 次の一手を考える。

 

 考え。

 

「やれ!」

「りょーかい」

「応戦して」

「グゴオオオオ!」

 

 “10まんボルト”

 

 イナズマの手から電撃が放たれ。

 

 “ふぶき”

 

 オニゴーリの放った吹雪が一瞬にして電撃を掻き消し、そうしてイナズマを襲う。

「っ…………く…………う…………」

 イナズマは、メガシンカするとタイプに『ドラゴン』が入る。

 弱点となったタイプの最大威力の技に、たまらず苦悶の声を漏らし。

 

「ここっ!」

 

 プリムが声を上げ、オニゴーリが応える。

 

「グゴオオオオ!!!」

 

 “だいれいど”

 

 放たれた冷気が道筋を作るように、イナズマとオニゴーリを一直線に結び。

 

 “ぜったいれいど”

 

 放たれた極限の冷気がイナズマの体を捉える。

 

 “ い ち げ き ひ っ さ つ ”

 

「ぐう…………が…………う…………」

 呻き声をあげ、イナズマがあっさりと崩れ堕ちる。

「なっ…………また一撃必殺?!」

 トドゼルガに、オニゴーリに、どんだけ一撃必殺積んでるんだ、と言いたくなる。

 実機では三割と言う確率の低さもあって、ややロマン傾向にあった一撃必殺技をこうもぽんぽん当てられては堪ったものではない。

 

 残り二体。

 

 それでも。

 

「…………よくやったイナズマ」

 

 正直な話。

 残り一体は誰でも良かった。

 

 それは試合前から決めていたこと。

 

 エアのゲンシカイキでリードを作り。

 

 リップルに『とつげきチョッキ』を持たせて守りを固めた上で“スコール”で『こおり』の状態異常を抑止し。

 

 シャルはいざ落とされても攻めの手が止まらないように、遊撃としておき。

 

 イナズマでエアの作ったリードを広げ。

 

 

「最後の一体…………お前の出番だぞ、()()()!」

 

 

 投げたボールから出てきたのは。

 

「任せるさネ、トレーナー」

 

 チーク。

 

 “こうきしん”

 

 ボールから投げ出された勢いそのままを駆って、メガオニゴーリへと接近し。

 

「オニゴーリ! 止めて」

「グオオオオオオ!」

 メガオニゴーリもそれを阻止しようと動き出すが、ちょこまかと動くチークの動きに翻弄され接近を許す。

 そして。

 

「悪いな、これで詰みだ」

 

 “れんたいかん”

 

 “なれあい”

 

 一瞬の交差。

 けれどその一瞬で仕込みは終わっている。

 

「オニゴーリ! “ふぶき”」

 プリムの指示が飛ぶ。

 

 けれど。

 

「グ…………グオ…………?」

 オニゴーリが戸惑ったような表情を浮かべ、動かない。

「オニゴーリ? “ふぶき”!」

 二度目、プリムが指示を飛ばす。

 けれどオニゴーリは動かない。

 

 “れんたいかん”は相手の素の能力が『デデンネ』と言う種族と同じになるまで制限する、と言うトレーナーズスキルだが同時に使える技もまた『デデンネ』が覚える技、に限定してしまう。

 前までは時間経過で解けていたが、このトレーナーズスキルを作ってから大分時間も経った。何度も繰り返し使い、()()()()()()()()()()までに成長した。

 

 だから、もう詰みなのだ。

 

 オニゴーリが今どんな技を覚えているかは知らないが。

 

 それがデデンネが覚えれる技と被ることなどほぼあり得ない。

 

「戻ってチーク」

 そうしてチークを戻し。

「シア、おいで」

 入れ代りに、場にシアを出す。

 

 “なかまおもい”

 

 裏特性によってシアの能力ランクが四段階向上。これで全能力六段階。

「タッチだ、シア」

「はい、マスター」

 未だに何もできないオニゴーリを他所に、シアをボールに戻し。

「折角だ、偶にはトドメ役、やってみなよ、チーク」

「シシシ、珍しいこともあるもんさネ」

 チークがバトンを受け継いだまま、場に出て。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 全身に纏った電撃ごと、オニゴーリへと当たりに行き。

 

「オニゴーリ! “まもる”」

「あっ」

 

 当たる直前で張られた透明の盾にぶつかり、ばたん、と倒れる。

「…………い、いたひ…………さネ」

「えっと…………ドンマイ?」

 呟き、瞬間びゅん、と吹雪が一層に荒れ狂う。

 平然とした顔をしているが、チークもこの寒さにかなり体力を削られているはず。

 

「決めろ」

 

 今回のために仕込んだ、必殺の刃。

 

「ニシシ…………たまにはこう言うのもアリさネ」

 

 “ か み な り ”

 

 ゴロゴロゴロ、と上空に渦巻く雷雲から放たれた雷撃が、荒れ狂う吹雪を切り裂き。

 

「ついでだもってけ」

 

 “キズナパワー『きゅうしょ』”

 

 そこだ、と指で刺したオニゴーリの急所をチークが的確に読み取り“かみなり”で抉る。

 

 ずどん、と一瞬雷鳴が煌めき。

 

「グ…………ゴ…………ォォ…………」

 

 メガオニゴーリを目を回しながら、倒れる。

 

「…………………………………………ふう」

 

 僅かに驚いたように目を見開きながら、やがて一つ息を吐き。

 

「…………私の負け、ですね」

 

 プリムがそっと目を閉じた。

 

 

 




頑張って色々考えたトレーナーズスキル全部使えなかった(


キュウコン(アローラのすがた) 特性:ゆきふらし 持ち物:つめたいいわ
わざ:ふぶき、ムーンフォース、オーロラベール、ぜったいれいど

裏特性:しろげしょう
天候が『あられ』の時、複数を攻撃する技以外を50%の確率で回避する。

専用トレーナーズスキル(P):なないろげしき
戦闘が始まって最初に場に出た時“オーロラベール”を使用する。



ツンベアー 特性:ゆきかき 持ち物:いのちのたま
わざ:ばかぢから、じゃれつく、ストーンエッジ、ぜったいれいど

裏特性:まとうれいき
自身の攻撃技に『こおり』タイプを追加し、相性が良い方でダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(P):ごうわん
直接攻撃技の威力を1.5倍にする。



ユキメノコ 特性:ゆきがくれ 持ち物:きあいのタスキ
わざ:ふぶき、のろい、とおせんぼう、みちづれ

裏特性:くろいかげ
“とおせんぼう”の効果が続いている間、自身が『みちづれ』状態になる。

専用トレーナーズスキル(P):ゆきかげのあくい
場に出た時、変化技を使用する。




トドゼルガ 特性:あついしぼう 持ち物:たべのこし
わざ:こおりのキバ、はらだいこ、じしん、ぜったいれいど

裏特性:ラージサイズ
自身のHPを1.5倍、『こうげき』『ぼうぎょ』『とくぼう』を1.2倍、『すばやさ』を0.6倍にする。

専用トレーナーズスキル(P):クレバス
場の状態が『だいひょうが』ならば、“じしん”を使用した時、“じわれ”の追加攻撃を行う。



ユキノオー 特性:ゆきふらし 持ち物:オボンのみ
わざ:ふぶき、やどりぎのたね、まもる、ぜったいれいど

裏特性:うけとめる
相手の接触技で受けるダメージが最大HPの1/2未満だった時、自身の次に出す技が必ず当たる。

専用トレーナーズスキル(P):こおりのよろい
自身が相手から受ける攻撃技のダメージを0.9倍にする。さらに『ほのお』タイプの技のダメージを半減する。



オニゴーリ 特性:アイスボディ(メガシンカ時:フリーズスキン) 持ち物:オニゴーリーナイト
わざ:ふぶき、はかいこうせん、まもる、ぜったいれいど

裏特性:クリアアイス
自身の『こおり』タイプ技の威力を1.5倍にし、自身が受ける『かくとう』『いわ』『はがね』タイプの技のダメージを半減する。

専用トレーナーズスキル(P):えいきゅうとうど
自身が場に出た時、場の『だいひょうが』を『えいきゅうとうど』に変更する。

場の状態:えいきゅうとうど
『こおり』タイプのわざの威力を3倍にし、『ほのお』『みず』タイプの攻撃技が無効になる。また『こおり』タイプ以外のポケモンは『すばやさ』が1/4になり、毎ターン最大HP1/4の『こおり』タイプのダメ

ージを受ける。天候『あられ』の時発動する技、特性が発動する。天候が『あられ』の時、毎ターン『こおり』タイプ以外のポケモンが30%の確率で『こおり』状態になる。また互いのポケモンが『こおり』タイプの

攻撃技を使用した時、50%の確率で相手を『こおり』状態にする。また“ぜったいれいど”の命中が50になる。



トレーナーズスキル(P):だいひょうが
場の状態を「だいひょうが」に変更する。

場の状態:だいひょうが
『こおり』タイプのわざの威力を2倍にし、『ほのお』『みず』わざの威力を半分にする。また『こおり』タイプ以外のポケモンの『すばやさ』を1/2にし、毎ターン最大HP1/8の『こおり』タイプのダメージを

受ける。天候『あられ』の時発動する技、特性が発動する。天候が『あられ』の時、毎ターン『こおり』タイプ以外のポケモンが10%の確率で『こおり』状態になる。


トレーナーズスキル(P):だいれいど
『こおり』タイプが弱点となるタイプ相性を持つ相手に対して、弱点タイプの数だけ“ぜったいれいど”の命中率が倍化する(2倍⇒60、4倍⇒120)。


トレーナーズスキル(P):ブリザード
場の状態が『だいひょうが』の時、天候を『もうふぶき』に変更する。

天候:もうふぶき
場の『こおり』タイプ以外のポケモンは毎ターン最大HPの1/6のダメージを受ける。“ふぶき”が必ず当たり、威力を2倍にする。この天候は『デルタストリーム』『おわりのだいち』『はじまりのうみ』以外の天

候によって変更されない。天候『あられ』の時に発動する技、特性が発動する。


トレーナーズスキル(P):こおりのつらなり
自身の手持ちのポケモンが全て『こおり』タイプの時、自身のポケモンの『こおり』タイプの攻撃技が不利なタイプ相性を無視する。


トレーナーズスキル(P):すいぶんとうけつ
自身の『こおり』タイプのポケモンが使用する『こおり』タイプの技が『みず』タイプに抜群になる。


トレーナーズスキル(P):こおるこおり
『こおり』状態の相手に対して“ぜったいれいど”が優先度+2され、必ず命中する。









今回のハルトくんのPT


名前:エア(ゲンシボーマンダ)(アルファボーマンダ) Lv150 性格:いじっぱり 特性:ターボブレイズ 持ち物:オリジンクォーツ
タイプ:『ドラゴン』『ほのお』
わざ:「ブレイズクロス」「メテオフレア」

特技:ブレイズクロス 『ほのお』タイプ
分類:ドラゴンクロー+ほのおのキバ
効果:威力75 命中90 2回攻撃する。10%の確率で相手を『やけど』にする。

特技:メテオフレア 『ほのお』タイプ
分類:りゅうせいぐん+かえんほうしゃ
効果:威力150 命中90 『ドラゴン』タイプと相性に良い方でダメージ計算し、不利なタイプ相性を無視する。

裏特性:ブレイズバースト
自身の攻撃技が相手の裏特性、トレーナーズスキル、能力ランクの変化を無視する。

専用トレーナーズスキル(A):もえひろがるほのお
自身の行動前に使用可能。自身の技の威力を半減し、相手の“まもる”や“みきり”などを解除して攻撃する。

専用トレーナーズスキル(P):きえんばんじょう
自身の攻撃技で相手を倒した時、ゲンシカイキのターンカウントが1上昇する。




名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:じゃくてんほけん
技:「アシストフリーズ」「いのりのことだま」「あくび」「まもる」

裏特性:なかまおもい
『ひんし』になった味方の数だけ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』の能力ランクが上昇する

特技:いのりのことだま 『ノーマル』タイプ
分類:ねがいごと+バトンタッチ
効果:優先度+4
次のターンの終了時に最大HPの半分と状態異常を回復する。交代した場合、同じ位置にいるポケモンが回復する。このわざを使用したターンに『ひんし』になった時、次のターン、交代した味方のHPと状態異常を全回復し、このわざを使用したポケモンの能力ランクを引き継ぐ。

特技:アシストフリーズ 『こおり』タイプ
分類:れいとうビーム+アシストパワー+あられ
効果:威力60 命中100
自分のいずれかの能力ランクが1つ上がる度に威力が20上がる。10%の確率で、2ターンの間天候が『あられ』になり、30%の確率で相手を『こおり』状態にする。

専用Tスキル(P):さいごのいって
『ひんし』ダメージを負った時、自身がわざを繰り出すまで『ひんし』にならない。このスキルが発動した時、必ず持ち物を使用する。使用に条件のある道具でも、条件に関わらず効果が必ず発動する。




名前:シャル(シャンデラ) 性格:おくびょう 特性:すりぬけ 持ち物:ひかりのこな
技:「シャドーフレア」「みがわり」「ちいさくなる」「どくどく」

裏特性:かげぬい
自身か相手が戦闘に出てきたターン、自身が相手より先に行動した時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない。ただし特性“かげふみ”を持っているか『ゴースト』タイプには無効。

特技:シャドーフレア タイプ『ほのお』『ゴースト』
分類:れんごく+シャドーボール
効果:威力110(90) 命中100(95)
100%の確率で相手を『やけど』にする。このわざのタイプは『ほのお』『ゴースト』のどちらか相性の良いほうになる。“かげぬい”状態の相手を攻撃した時、威力が2倍になる

専用Tスキル(P):かげおに
“かげぬい”が成功したターン、相手を対象とした相手のトレーナーズスキルや裏特性を無効化する。

専用Tスキル(A):かげはみ
“かげぬい”が成功した相手を対象とした相手の全能力を1段階下げ、自身の全能力を1段階上昇させる。さらに相手を対象としたトレーナーズスキルの対象を、以降自身に変更する。この効果は戦闘終了時まで続き、自身が『ひんし』でも発動する。また相手が『ゴースト』タイプだった時“かげぬい”が無効化されず、相手の最大HPの1/2のダメージを与え、与えたダメージ分自身のHPを回復する。




名前:チーク(デデンネ) 性格:わんぱく 特性:ほおぶくろ 持ち物:ラムのみ
技:「ほっぺすりすり」「なれあい」「かみなり」「リサイクル」

裏特性:ぬすみぐい
直接相手を攻撃する技を出した時、相手の持ち物がきのみだった場合、それを自身が消費する。きのみ以外の場合、その持ち物をその戦闘中使えなくする。

特技:なれあい 『ノーマル』タイプ
分類:あまえる+なかまづくり
効果:優先度+3 相手の『こうげき』ランクを2段階下げ、相手の特性を自身と同じにする

専用Tスキル(P):れんたいかん
“なれあい”使用時、相手が場から離れるまで、互いの能力ランクの上下を除いた自身より高い能力を自身と同じ数値にする。相手は自身が覚えることのできるわざ以外を使えなくなる。

専用Tスキル(P):こうきしん
戦闘に出て最初に出す技が変化技だった時、技の優先度を+2する。自身の変化技が相手の“まもる”や“みきり”などを無効化して出せる。





名前:イナズマ(デンリュウ) 性格:ひかえめ 特性:せいでんき 持ち物:ヤチェのみ
技:「レールガン」「わたはじき」「じゅうでん」「10まんボルト」


裏特性:でんじかそく
『でんき』タイプのわざを使用したり、受けるたびに『じりょくカウンター』を一つ貯める。『じりょくカウンター』が1つ貯まるごとに『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する(最大6個)。

特技:わたはじき 『くさ』タイプ
分類:わたほうし+コットンガード
効果:自身の『ぼうぎょ』ランクを3(2)段階上昇させ、さらに8(5)ターンの間相手全体の『すばやさ』ランクを3(2)段階下げる

特技:レールガン 『でんき』タイプ
分類:かみなり+じばそうさ
効果:威力180(150) 命中100(85) 優先度+1 
『じりょくカウンター』が2つ以上無い時、このわざは失敗する。『じりょくカウンター』が3個以上の時、多い分だけこのわざの威力を30上昇させる(最大4つ分)。このわざを使用した時、場の『じりょくカウンター』を全て取り除き、100%の確率で『とくこう』を二段階下げる。自身の場に「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などがある時、威力50の追加攻撃を行い、「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などを取り除く。

専用トレーナーズスキル(P):かじょうはつでん
「じゅうでん」を使用した時、『じりょくカウンター』を6つ増やし、次に使用する『でんき』わざの威力を2倍にするが、『でんき』わざを使用した時、自身の『とくこう』を12段階下げる。

専用トレーナーズスキル(A):きずなへんげ
自身の技で相手を倒した時、メガシンカを行う。

専用トレーナーズスキル(P):むげんでんりょく
自身がメガシンカをした時、自身を『じゅうでん』状態にし、『じりょくカウンター』を6つ増やす。さらに自身が場にいる間、毎ターン『じりょくカウンター』を2つ増やす。

専用トレーナーズスキル(P):エゴイズム
自身がメガシンカした時、自身の特性を“てんいむほう”にする。

特性:てんいむほう
自身の『でんき』わざを使用する時、相手のタイプ相性の不利、特性、技、裏特性、トレーナーズスキルを無視して攻撃できる。



名前:リップル(ヌメルゴン) 性格:おだやか 特性:うるおいボディ 持ち物:とつげきチョッキ
技:「まとわりつく」「りゅうせいぐん」「どくどくゆうかい」「だいもんじ」



裏特性:うるおい
弱点タイプで攻撃されそうな時、そのターンのみ自身のタイプを『みず』へと変える。タイプが変わった時、自身のHPを1/4回復する。

専用トレーナーズスキル(P):スコール
自身が戦闘に出た時、5Tの間天候を『ねったいこうう』にする。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

天候:ねったいこうう
この天候は『あめ』として扱う。場のポケモンはターン終了時『こおり』状態が回復する。また『ほのお』タイプのわざが半減されない。

専用トレーナーズスキル(P):いやしのあまおと
天候が『あめ』の時、毎ターン開始時自身の最大HPの1/8回復する。また自身や相手の特性、技の効果で能力が下がらなくなる。



トレーナーズスキル(A):つながるきずな
行動直前時発動、戦闘に出ているポケモンの全能力を2段階向上させる、スキル発動以降、交代をしても戦闘に出ていたポケモンの能力ランクや状態変化を全て引き継ぐ。

トレーナーズスキル(A):スイッチバック
ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。

トレーナーズスキル(A):キズナパワー
ターン開始時発動、『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』『きゅうしょ』『めいちゅう』『かいひ』『かいふく』『かんつう』『むこうか』の中から一つ選択し、発動する。

トレーナーズスキル(P):つなぐてとて
技や特性、トレーナーズスキルなどの確率を手持ちの数×10%高める。






あと二人!!!
あと二人で三章終了!!!
ああああああああああああああああああこのデータ地獄ともおさらばだああああああああああああ!!!

四章は割とフレーバー的と言うか、データ用意せずに場当たり的な勝負増やす。
伝説くらいかな、データ作るの。


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物か、者か。つまりそう言う問題

 

 

 ぱちん、とプリムが指を鳴らした瞬間。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と床の氷が消えていく。

 摩訶不思議、奇想天外、吃驚仰天。

 異能の凄さをまじまじと体感しながら、徐々に上がって行く気温に、ほっと一息。

 

「負けはしましたが…………得る物もある戦いでした。次に戦う時までにもう一段階、異能を極めれそうですね」

「止めて、マジ止めて、本気で凍え死ぬから」

 

 まだ悪化するのか、この異能。と軽く戦慄しながら思わず呟く。

 そんな自身の言葉にプリムがふふ、と笑い。

 

「私に勝った貴方には次に進む権利が与えられます」

 

 そんな言葉と共に、プリムの背後の扉がゆっくりと開いていく。

 

「けれど心しなさい…………次に待つのは、四天王最強の男…………」

 

 呟き、途中でふっと気づいたように言葉を止め。

 

「そうですね。他の方のように私からも一つアドバイスを」

 

 ふっと、背後を振り返る。

 正確にはその先にいる男を見ているのだろうと直観する。

 

「私、ゲンジには一度も勝ったことがありません」

 

 出た言葉に、一瞬思考が止まった。

 

「ゲンジの戦いは酷くシンプルです。元々が強い『ドラゴン』タイプのポケモンを強化して、相性の良い相手を能力の差で圧倒して叩き続ける…………それだけです。同時に、育てることが一番苦手な方でしてね。裏特性はともかく、専用トレーナーズスキルはエースにしかついてません」

 

 次々と出てくる次に戦う男の情報に、けれど冷や汗が流れる。

 四天王レベルになれば、裏特性など当たりまえのようにあるし、専用トレーナーズスキルだって当然のようにあるはずだ。少なくとも、リーグ決勝レベルですでにそれは前提のように揃えられていた。

 だが次の相手にはそれが無いと言う。

 

 そも専用トレーナーズスキル、とは。

 

 文字通りの専用。

 その種族…………否、そのポケモンだけが応えることの出来るトレーナーからの指示、と考えれば良い。

 必要なのは三つ。

 明確に指示するための伝達力。それにポケモンが適応できるようにするための事前の育成。そしてポケモンに応えてもらうための信頼。

 

 と言っても、前者二つの条件はポケモン自身の才能によってある程度は緩和される。

 

 だから自身程度の指示と育成能力でも為し得る。

 

 だがそれが無い、と言うことは、相当にそれらを苦手としているのだろう、次の相手は。

 

 だからこそ、怖い。

 

 異能を持ち、相応以上の指示と育成能力を持ったプリムが、それでも一度も勝てたことが無いと言うその力。

 何せ四天王ゲンジの扱う『ドラゴン』タイプと言うのは、プリムの『こおり』タイプとの相性は最悪と言っても良い。

 だと言うのに、プリムが勝てない、と言うのはちょっと尋常じゃない。

 

 踵を返す。

 急いで街へと戻り、特訓しなければならない。

 

「お帰りですか…………では、一週間後、次に進み、このポケモンリーグの恐ろしさ、確かめなさい」

 

 もう、ここに用は無い。

 

 

 * * *

 

 

「……………………ふう」

 一つため息。屋上で一人風に吹かれるのも、そろそろ飽きてきた。

 リーグ街に戻ってきたのは昼過ぎだと言うのに、見上げる空はすでに夕暮れ。気づけば二、三時間はこの場所で黄昏ていたらしい。

 

 自身のマスター…………ハルトは四天王戦を終えてホテルに戻ってきてから、ずっと部屋に籠ってPCを叩いている。

 シアもそれに寄りそうように部屋にいるし、シャルは四天王戦でのダメージが大きかったので部屋で休んでいる。イナズマはチークと一緒にホテルの売店を冷やかしているし、リップルはまた部屋で着衣のままで風呂に入っている。

 

 シャル以外の面子に関しては『ひんし』になるようなダメージを受けたとは言え、相応に時間もあって大分ダメージは抜けてきている。

 自身やリップル、イナズマは元より打たれ強いのもあって激しい運動は難しいが、まあ散歩くらいならばできるくらいまでは回復している。

 とは言え、ハルトが何も指示を出さないならば、こちらとしても特に何かすることがあるわけでも無く。

 

 いつも通り、と言えばいつも通り、風に当たっていたのだが、少し長居してしまったかもしれないと、エアは考える。

 

「…………お腹空いたわね」

 

 ぐう、と僅かに腹の音が鳴る。

 時間的には少し早いが、ホテル以外で何か探してみればちょうどいいぐらいの時間かもしれない。

「…………みんな誘って行こうかしら」

 イナズマとチークは帰ってきているだろうか、と少し考え。

 

 

 ふわり、と。

 

 

 自身の背後で風が蠢いた。

「っ…………?!」

 即座に振り返り、僅かに後退し距離を取る。

 

 すたん、と。

 ()()()()()()()()()

 

「………………………………」

 エアが無言で男を睨みつける。

 見た目は十代後半…………いや、二十前後と言ったところか。

 うなじまで伸びる青の透き通るような髪、そして首元に巻く赤いマフラー。

 縁が赤で彩られた青を基調とした襟の高いコートに、青のジーパン。

 そして頭部には赤と青、ツートンカラーの帽子。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 だが違うだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 着地した瞬間をエアは見た。

 それはつまり、上から、と言うことだが。

 

 ()()()()()()

 

 当たりまえだが上は空だ。

 つまり空から降ってきた?

 もしくは跳んできたか? 確かに隣に同じくらいの高さのビルがあるが…………端から端までの距離は十五、六メートルと言ったところか。

 とても人間が飛べる距離ではない。

 

 否、そもそも。

 

 ほぼ直感で理解できる。

 

「同族ね」

「そのようだな」

 

 これはヒトガタだ。

 

 自身と同じ()()()()()である。

 

「初めて見たわ…………同族のヒトガタ」

「俺もだな」

 

 男の…………ボーマンダの言葉は短い。

 だがその視線は決して悪意的なものではない、どちらかと言うと、好意的…………否、好奇的と言ったほうが良いだろうか。

 

「何故ここに…………否、そうか」

 

 独り呟き、何かを納得しようにボーマンダが呟く。

 

(なれ)挑戦者(チャレンジャー)の手持ちか」

 

 呟かれた言葉に、エアが首を傾げ。

 

 気づく。

 

 そう、つまりそういう事か、と。

 

 この場所にヒトガタがいる意味。

 野生、だなんてあり得ない。こんな街中に野生のヒトガタ…………それもボーマンダなんて洞窟の奥にいるような種族がいるなんてあり得ない。

 だから必然的に目の前のボーマンダも誰かトレーナーの手持ち、と言うことになるが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 と言うことは二つに一つ。

 

 挑戦者側か、四天王側か。

 

 そしているではないか…………次の対戦相手、最後の四天王に。

 

 ()()()()使()()()()()

 

 それが次に戦うトレーナーだったはずだ。

 と、なれば。

 

「アンタが…………そう、次の相手ってわけね」

 

 どうしてこんなところに、とは言わない。

 そんなことはどうでも良い。

 ただ戦う相手の顔はしっかりと覚えた。

 だから、次に会った時は…………。

 

(なれ)

 

 全力で叩きつぶす、そう考え。

 ボーマンダが自身を呼ぶと同時、その手を取る。

 余りにも自然な動作に、一瞬反応が遅れ。

 くん、と手が引かれる。

 とすん、と。身長の差からかそのまま相手の腕の中に抱き抱えられるような形になり。

 

「汝、俺のモノになれ」

 

 呟かれた言葉、思考が止まった一瞬を突いて。

 

 その顔がゆっくりと近づいてきた。

 

 

 * * *

 

 

 それは最早、ボーマンダにとって本能と言っても過言ではない。

 

 そもポケモンとは元来野生に生まれた存在だ。

 特にヒトガタとは普通に生まれさせようとしても早々生まれる物では無く、野生の中で偶然生まれたものをトレーナーが見つけ、捕獲するのが一番手っ取り早い。

 ボーマンダもまた、タツベイの頃に自身の主に捕獲され、それから長い時間を共に生きてきた。

 

 けれど、人に捕獲されたポケモンだとしても、野生の…………と言うよりは()()()()()()本能は失われない。

 

 優秀なメスと(つがい)になり、強い子を産む。

 

 余りにも野生的、と言えば野生的な、動物的と言えば動物的な、けれどそれは本能だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは分からない、そもそも人間だって本当に番を何を基準に選んでいるのか、分かっているのだろうか。

 ヒトガタであるボーマンダは人に交じって生活することも多かったが、疑問に思う。

 惚れた、恋した、そう(さえず)る人間の感情に、本当にその理由に、本能は無いのだろうか。

 否、そもそも子を残そうと番を作ること自体は生物としての本能だと言うのに。

 だとするならば、番を選んだ理由に本当に相手の能力を見ず選んだと言えるのだろうか。

 

 人はどうしてかそれを嫌う。

 感情で、心で相手を定めようとする。

 理由をつけて、まるで自身が高尚であるかのように振る舞う。

 

 まあそれでも良いのだろう。人間はそうやってしか生きられない生物なのだから。

 

 だがそれはヒトの理だ。

 

 ボーマンダにとっては…………ポケモンにとってはそうではない。

 

 ボーマンダは覇者だ。

 統べるべき竜の王だ。

 

 このホウエン地方に、彼よりも強い竜は存在しないと思っている。

 

 ボーマンダと言う種族において、自身が最強であると言う自負がある。

 

 故に、ボーマンダには理解できない。

 

 唇と唇を重ねる。

 

 否。

 

 正確には…………重ねようとして。

 

 

 * * *

 

 

 激怒した。

 

 何を言われたのか、一瞬脳が理解を拒否し。

 けれど自身に行われようとした行為を脳が理解した瞬間。

 沸き上がった感情は憤怒だった。

 

 “俺のモノになれ”

 

 そう告げた目の前の男に対する返答は、握り拳であった。

 男の頬にめり込み、振り抜いた一撃が男を数歩後退させる。

 

「…………何をする?」

 

 まるでそれが不思議なことであるかのように、男が殴られた頬に手を当てながら首を傾げる。

 

「アンタこそ…………何しようとした!!」

 

 ぎりり、と歯を軋らせる。

 

「分からぬか?」

 

 心底不思議である、と男が呟く。

 

「何故拒否する? 強いオスを求めるはメスの性。そして優秀なメスを求めるはオスの性であろう?」

 

 呟かれた言葉に、ぶちん、と何かが明確に音を立てて切れた。

 

「ふざけんなあああああああああ!!!」

 

 一息にその間を詰め、再び拳を振り上げて。

 

「ふむ…………よく分からんが、まあ良いか」

 

 あっさりと、ボーマンダはその拳を片手で受け止める。

「焦らずとも一週間後、決着はつく…………」

 振り払おうと手を引こうにも、万力のような力で握りしめられ、びくともしない。

「正面から汝を下そう…………その時こそ、汝を俺のモノにしようか」

 呟きと共に拳を放される。

 引く勢いと合わさって、思わず数歩後退し。

 

「その時まで、待っていろ」

 

 言いたいことだけを言い放ち、ボーマンダが屋上の縁のフェンスへと足をかけ。

 

 ふっと、一足跳びに空へと飛びあがって行く。

 

「……………………ふざけんじゃないわよっ!!!」

 

 後には一人、エアだけが残された。

 

 

 * * *

 

 

 “なんかエアがすごく不機嫌だ”

 

 次の四天王であるゲンジの情報を過去のネットから拾い集めていれば気づけばすっかり日も暮れていた。

 リップルは風呂上がりで濡れた服を乾かしながら床を濡らしているし、シャルは目を覚ましてテレビを見ているし、チークとイナズマは売店で買ってきたらしい鼠の玩具で遊んでいる。

 そうして雑誌を読んでいたシアに声をかけられ、そろそろ良い時間だと言うので、みんなで夕飯でも食べようか、と考えているとドカン、と派手な音を立ててエアが部屋に戻って来る。

 そして部屋に入ってきたエアを見た全員の感想がそれである。

 

 怒気と言うか、怒りのオーラが全身から溢れている感じ。

 

「…………エア?」

「…………何?」

 

 声をかければ、じろり、とエアがこちらを見つめる。

「なんでそんなに不機嫌?」

 問いかける言葉に、エアが数秒沈黙し。

 

「何でもないわよ…………」

 

 さらに増した怒気に、何か藪蛇だったと直観し、全員で顔を合わせる。

 触らぬ神に祟り無し…………そっとしておこう、と言うことで結論付ける。

 

 取りあえず飯でも食おうと全員を連れてホテルで夕飯を取る。

 エアがいつもの三倍くらい食べてたが、怒りでエネルギーが発散されてしまったのだろうか。

 それとも。

 

 思わず暴飲暴食するほどストレスをため込んだ、とか?

 

 まあ理由を言ってくれないとどうにもならないので、今はそっとしておくしかないか、と結論付け。

 

 その夜の内に、エアに呼び出された。

 

 いや、呼び出されたという言い方もどうなんだろうと思わなくも無いが、それでも呼び出された、としか言いようが無い。

 

 夕飯を食べ終わり、不機嫌なエアの様子にくわばらくわばらと唱えつつ、やることも特にないので全員で寝る。

 そうして深夜、ふと目を覚ます。

 

 誰かが自身の体を揺らしていた。

「…………エア?」

 闇の中でも僅かな光を反射する綺麗な赤の瞳が見えた。

「屋上…………来て」

 呟き、自身が起きたのを確認するとそのまま部屋を出て行く。

「……………………屋上?」

 半分寝ぼけ眼。と言うか他の面子は完全に寝入っていると言う状況。

 一体何事だろうか、と回らない頭でうつらうつら。

 てくてくと階段を昇って行き、屋上の扉を開き……………………いた。

 

 屋上の一番奥。フェンスの前にこちらに背を向けて立っている。

 

「エア…………どうした?」

 

 その背に近づきながら問いかける…………だが返事は無い。

 そうして手を伸ばせば届く距離、その肩に手を置き。

 

 瞬間。

 

 がしゃん、とフェンスが揺れる。

 肩に置いた手を掴まれ、そのままフェンスへと押し付けられたのだと気づく、と同時に衝撃で意識がはっきりと覚醒する。

「…………え…………あ…………?」

 どうしてこんなことになっているのかそれでも理解できず問いかけようとして。

 

 目の前で、少女が泣いていた。

 

「……………………エア、本当に、どうした?」

「……………………うるさい、バカ」

 

 問いかけ、返ってきた罵倒に戸惑う。

 別に罵倒されたことに戸惑っているのではなく。

 ただボロボロと、止めどなくその瞳を濡らす涙の意味が分からなかった。

 

 ぐっと、自身の襟元を掴み、エアが自身をフェンスに押し付ける。

「え…………えあ…………くるしっ?!」

 呟きを遮るように、エアの顔が迫り。

 

 唇が触れ合う。

 

 思考が、呼吸が止まる。

 同時、襟元を掴むエアの手が緩む。

 けれど、放されずに。

 ぽすん、と自身の胸元にエアが顔を押し付けてくる。

 

「分かってるのよ」

 

 声が、震えていた。

 

「分かってる…………本当は分かってるわよ」

 

 嗚咽を交えながら、ぽつり、ぽつりとエアが言葉を漏らす。

 

「私がおかしい…………私が間違ってる…………私は…………私は、ポケモンだから」

 

 口を開こうとして、言葉が出ない。

 首は解放されている…………それでも、何を言えばいいのか、分からない。

 思考が動かない、ただ再開された呼吸の音だけがエアの言葉の途切れた静寂を埋めていく。

 

「それでも…………それでも…………好き、だから…………仕様が無いじゃない…………」

 

 思考は回らない。言葉の意味が理解できない。

 今のハルトには、目の前の少女がエアと言う名の少女と合致しない。

 自身の知るエアと言う少女と、目の前の少女が本当に同じ人物なのか、分からなくなる。

 

「望んだなら…………願ってしまったなら…………仕様が無いじゃない…………」

 

 それでも、止まった思考でも、一つ分かることがある。

 

「渇望した…………だから、私は…………こんな形になったのに…………」

 

 今度は、こちらの番だ、とエアの頬に手を当てる。

 

「…………はるっ」

 

 泣きはらした顔で、自身の名を呼ぶよりも早く。

 

 

 少女の唇と自身の唇を重ね合わせる。

 

 

「……………………………………………………」

 

 少女が目を見開き、凍り付く。

 一体どれだけの時間、そうしていたのか。

 

「…………ぷはっ」

 

 苦しくなった呼吸に、顔を上げる。

 

 そうして。

 

「良く…………わかんないけどさ」

 

 未だに動かない少女の頬に手を当て。

 

「俺()、エアのこと、好きだよ…………それじゃ、ダメかな?」

 

 しばしの沈黙。

 

 どうしよう、そんな困惑が心中に広がりだし。

 

「……………………バカ」

 

 

 ぽつり、とエアが呟き。

 

 

 もう一度だけ、唇を重ねた。

 

 




ぐはっ(吐血


俺には…………これが…………精一杯…………だった…………ぜ(バタリ


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四天王ゲンジ①

 

 

「さて」

 

 部屋に入ると、中央で男が仁王立ちしていた。

 四天王ゲンジ。

 それが男の名と肩書。

 

「ことここに至って、今更のように長々とした話も前置きも必要あるまい」

 

 四天王最後にして。

 

「男ならば」

 

 最強の男が。

 

「バトルで語れ」

 

 構えたボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

「来ませい! オノノクス!」

「来い、チーク!」

 互いが投げたボールから、チークと…………オノノクスがフィールドに降り立つ。

「ゴゥゥゥン!」

「ほいサ!」

 

 “つながるきずな”

 

 “ドラゴンオーラ”

 

「ゴゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 直後、オノノクスが天に向かって吼える。同時、その全身にゆらり、と陽炎のように橙色の半透明な何かが揺らめく。

 

「行くぞオノノクス、突っ込め!」

 

 “だいごうれい”

 

 ゲンジの指示に、オノノクスが再び咆哮を上げ。

 

「チーク!」

「オノノクス!」

 

 互いの指示が一瞬で飛び交い。

 

 “なれあい”

 

 一瞬早く、チークの技がオノノクスに当たり。

 

 “じしん”

 

 直後に放たれた一撃に、チークが吹き飛ばされる。

「う…………ぐ…………」

 チークが歯を食い縛って、攻撃に耐え。

 咄嗟にポケットの中に隠した『オボンのみ』を取り出し、口にする。

 

 “ほおぶくろ”

 

 一気に回復する体力、とは言え…………『こうげき』ランクを2ランク下げられた状態で、『ぼうぎょ』が2ランク上昇したチーク相手に『オボンのみ』発動の圏内まで削られた、と言う事実に驚く。

「ふむ」

 それを見て、ゲンジが一つ呟き。

 

 ぞくり、と背筋が震える。

 

「…………やばいな」

 嫌な予感がする。予感と言ってしまえばあやふやだが、相手の雰囲気から察するに。

 

「…………落としに来たか、チークを」

 

 ここで決めてやる、そんな気迫が感じられる。

 と、なれば。

 

「戻れチーク」

「ぶちかませい! オノノクス…………ぬっ?!」

 チークを戻し。そして出すのは。

 

「行け、エア!」

「まかせなさいっ!」

 

 先週以降、何となく大人しくなった気がするエア。

 けれど、バトルの時は、さすがに元に戻るらしい。

 

「ルウウウオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 咆哮を上げる、と同時にオノノクスを睨みつけ。

 

 “とうろうのおの”

 

 “じしん”

 

 放たれた一撃は先ほどの比ではない。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と響くその音だけで、跳ね上がった威力を察せられるほどであった。

 ただし…………『ひこう』タイプのエアには効果は無いが。

 

「ぬう…………戻ってこい、オノノクス」

 

 そうして反撃だ、と指示を出そうとして。

 

 “きそうほんのう”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「はっ?!」

「そら、出てこい、チルタリス」

 入れ代りにとゲンジが投げたボールからチルタリスが現れ。

 

 “ドラゴンオーラ”

 

 “だいごうれい”

 

 “カミングハミング”

 

「ピ~♪」

 

 “うたう”

 

 囀るように“うたう”。

「…………っ、避けろ! エア」

 一瞬、判断が遅かった。

 ()()()()()()()()()()()()時にはすでにエアへと音が迫り。

「っ」

 虚空を蹴り飛ばすかのように弾け無理矢理音の範囲外へと逃れる。

「登場と同時に“うたう”かよ…………厄介な。エア!」

「分かってる…………ここで落とす!」

 

 気づけば、オノノクスと同じようにオーラのようなものを纏ったチルタリスが一瞬、羽ばたき。

 

「突っ込め、チルタリス!」

 

 『パワフルハーブ』

 

 “ゴッドバード”

 

 一瞬にして、貯めの終わった『ひこう』タイプ最強の攻撃が放たれる。

 

「エアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 自身もまた宙へと飛びあがり、そして急降下する。

 

 ズドォォォォォ

 

 中空で互いが激突し、()()()()()()()

 

「引き分け…………タイプ不一致分抜けなかったか!」

 

 だが、手はある。

 

「エア!」

「りょーかい!」

 

 再び、エアが浮き上がり。

 

 “きそうほんのう”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「またっ!」

「来い…………ガブリアス!」

 

 “ドラゴンオーラ”

 

 “だいごうれい”

 

「グウウウアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 現れたのは。

「ガブリアスっ!」

 前世でも最もよく見ただろうポケモンの一体。

 自身も先のチャンピオンロードにて捕獲したが。

 よく考えれば、チャンピオンロードにガブリアスを放流したのは目の前の男なのだ、持っていてもおかしくは無い。

 そして目の前のソレこそが、最も完成された個体、と見て間違いないだろう。

 

 ならば、ここは。

 

「エア!」

「ガブリアス!」

「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「グウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 “げきりん”

 

 互いに放たれた一撃が、空中でぶつかり合う。

 再び相打ち、互いにダメージを残しながら弾かれ、距離が開く。

 

 そして。

 

 “きそうほんのう”

 

 三度目になれば分かる。

 ガブリアスがボールへと戻り。

 

「来ませい! オノノクス!」

 

 再び出てきたのは、オノノクス。

 

 “ドラゴンオーラ”

 

 “だいごうれい”

 

「ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「あーもう! エア、ブチかませ!」

「りょうかいっ」

 放たれるとしたら“げきりん”か?

 正直目の前の男が何となく分かってきた。ここでチーク交代で“じしん”を撃てるほど器用な男ではないのだろう。

 相性読みだけはしやすい、しやすいが“げきりん”状態でも簡単に戻せるトレーナーズスキルがある。

 あれがある限り、イタチごっこをしているに過ぎない。

 

 故に。

 

 “キズナパワー『こうげき』”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 放たれた一撃が、先手を取ってオノノクスに突き刺さり。

 

 “むすぶきずな”

 

 振り上げた腕を振り下ろすことも無く、オノノクスが膝から崩れ落ち。

「ゴゥゥゥゥゥ…………ゥゥ…………」

 ずどん、と音を立ててフィールドに倒れ伏した。

「むう…………一撃でオノノクスを破るか。ならば、来ませい、チルタリス!」

「取った! そら、行くぞエア!」

「応ッ!」

 

 ゲンジが次のボールを投げ、チルタリスが現れる。

 

 “ドラゴンオーラ”

 

 “だいごうれい”

 

「ピ~♪」

 

 場に現れたチルタリスが一つ鳴き…………歌わない。

「…………条件がある?」

 あの攻撃後に交代するトレーナーズスキル、あれで出た時、とかそう言うことだろうか?

 まあいい…………今はとにかく。

 

「限界を超えろ、臨界へとたどり着け」

 

 呟き、左手に付けた指輪へと触れ。

 

 “きずなへんげ”

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 エアが光に包まれ、そうしてメガシンカする。

「さーて…………さっきまでとは一味違うわよ」

 ニィ、とエアが口元を釣り上げ、呟く。

 そんなエアに、ゲンジが一瞬目を細め。

 

「エア!」

「チルタリス!」

 

 互いの指示は一瞬。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 チルタリスの放った“りゅうせいぐん”がフィールドへと降り注ぐ。

 弱点である『ドラゴン』タイプの特殊技の中で最強の一撃。

 当たれば大ダメージは免れないだろう、その一撃を。

 

「ルウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 エアが叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 

 “らせんきどう”

 

 ふわり、と浮き上がり。

 

 “むすぶきずな”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 抉り込むような回転で、一直線、軌道上に降り注ぐ“りゅうせいぐん”を()()()()()ながらチルタリスへと迫り。

 

「ぶち抜け!!!」

 

 “きゅうしょにあたった”

 

 ダンプにでも撥ねられたかのように、チルタリスが吹き飛び、フィールド端の壁に激突し…………そのまま崩れ落ちる。

「…………ぴ…………ぴぃ…………」

「…………ぬう…………」

 目を回し、気絶するチルタリスに、ゲンジが唸りを上げ。

 

 数秒、ゲンジが黙し。

 

「ここでやらねば、押し切られる…………か」

 

 三つめのボール、を戻す。

 そうして代わりに一つのボールを取り出し。

 

「…………来い! ボーマンダ!」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

「「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」

 

 出てきた瞬間、自身の、そして相手のボーマンダの咆哮がフィールド全体に響き渡り、部屋…………どころか、リーグ全体を揺らしたようにすら錯覚する。

 

 “ドラゴンオーラ”

 

 “だいごうれい”

 

 “りゅうおうのいふ”

 

 なるほど、確かに。()()()()()()、と思う。

 ただそこにいるだけで空気が重たくなるようなその威圧感。

 或いは、かつて戦ったチャンピオンのエースと同等か…………それ以上かもしれない。

 身の竦むような畏怖に、自身の体が重たくなっていくのを感じる。

 

「強いな」

 

 男が…………ボーマンダがぽつりと呟く。

 

「俺を前にした相手は大概、怖気づくものだが…………まだ立っている、それだけで評価に値する」

「…………はんっ」

 

 鼻で笑う。

 

「一々上から目線なのよ、アンタ…………本当に」

 

 気に食わない。

 

 気に食わない。

 

 気に食わない、気に食わない、気に食わない!!!

 

「俺はますます汝が欲しくなったぞ」

「私はアンタが大嫌いよ」

 

 互いに視線でけん制し合い。

 

「「ボーマンダ(エア)…………行くぞ!!!」」

「「応っ!!」」

 

 互いの声が重なって。

 

 相手のボーマンダの全身が光に包まれていく。

 

 

 メガシンカ

 

 

 一瞬にして、成長していく。さらに上背が伸び、体つきが一回り大きく。

 偉丈夫となった男が、にぃ、と口元を歪め。

 

 “らせんきどう”

 

 “こうくうのはしゃ”

 

「「ルアアアアアアアアアアアア!」」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 “すてみタックル”

 

 放たれた互いの一撃が激突し。

「ぐっ」

「ふん」

 自身のほうが弾かれる。

 

 体が重い。

 

 相手の畏怖に足を引かれ、速度が乗り切らないのが自覚できる。

「……………………確かに、言うだけはある」

 強い、それだけは事実。

 

 だが。

 

「負けない…………負けられない」

 

 番がどうとか、昨日のことがどうとか…………最早そんなことは頭に無い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()!!!

 

「ハルト!!!」

 それでも、自分だけじゃ足りない。届かない。それだけの強さが相手にはある。

 分かっている、分かっている、認めざるを得ない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「応っ! エア!!」

 

 “きずなをむすぶ”

 

 “おもいをたぎらせ”

 

 “こころをもやす”

 

「ルゥ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “らせんきどう”

 

 “むすぶきずな”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

「ボーマンダ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 “こうくうのはしゃ”

 

 “すてみタックル”

 

 再度の激突。

 だが、今度は―――――。

 

「くっ」

「ぬうっ」

 

 互いが弾かれあう。

「本当に…………強いっ!」

 ここまでやって互角なのか、と言いたくなる。

 先ほど出てきたガブリアスなら一撃で沈めれるくらいの会心の一発だったはずなのに。

 

 どうする?

 

 このままではこちらが先に押されるかもしれない。

 そんな考えが沸く。

 ハルトとの絆の力で無理矢理に押しているだけの現状。

 今ほどの威力の一撃、後何度撃てるか分からない。

 

 そんな一瞬の思考を突いて。

 

 “こうくうのはしゃ”

 

 “すてみタックル”

 

 勢いをそのままに乗せて、相手のボーマンダが二度目の攻撃を仕掛けてくる。

 最初に下がった『すばやさ』の差がここに来て、足を引いてくる。

 

「くっ」

 

 加速しようにも、距離が足りない。

 速度が乗り切る前に相手に押し潰されるのがオチだろう。

 

「避けろエア!」

 

 直後に飛んで来る声に。

 

 “キズナパワー『かいひ』”

 

 咄嗟で体が動き、中空を…………虚空を蹴る。

 弾かれたように動いた体が、ギリギリのところで攻撃を回避し。

 

 即座に決断する。

 

「ハルト! 使うわよ」

「使う…………本気か?!」

 

 驚いたように、目を見開くハルトに、頷く。

 

 未だ成功したことは無いが。

 

 未だに上手くいくかどうかわからないが。

 

 それでも、そうしなければ。

 

「勝てない…………アイツに!」

 

 無理する場面でも無いのかもしれない。誰かに交代すべきなのかもしれない。

 それでも。

 

「勝ちたい、勝って、証明したい!」

 

 自身と、ハルトとの絆が、確かなものであると。

 この思いは決して、意味の無いものなんかじゃないと。

 

 証明するのだ、あの最強の竜を相手に。

 

 証明するのだ、あの最強の竜を下して。

 

 だから。

 

「ボーマンダ!」

「オオオオオオオオ!」

 

 四度目の攻撃、もう回避も出来ない…………否、する気も無い。

 

 真正面から受けて立つ。

 

 だから。

 

「ハルト!」

「あーもう! どうなっても知らねえぞ!」

 

 その言葉に、笑みを浮かべ。

 

「ちゃんと…………勝つに決まってるわよ、私は」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「アンタのエースなんだから!」

 

 

“ ゲ ン シ カ イ キ ”

 

 






オノノクス 特性:かたやぶり、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:いのちのたま
わざ:げきりん、じしん、アイアンテール、ばかぢから

裏特性:とうろうのおの
自身の能力値が一つでも相手より低い時、自身の攻撃技の威力を2倍にし、次のターン行動できなくなる。


チルタリス 特性:ノーてんき、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:パワフルハーブ
わざ:コットンガード、りゅうせいぐん、うたう、ゴッドバード

裏特性:ハミングカミング
特性“きそうほんのう”によって交代して場に出た時、互いの行動前に音技を使用する。



ヌメルゴン 特性:ぬめぬめ、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:とつげきチョッキ
わざ:だいもんじ、れいとうビーム、げきりん、りゅうせいぐん

裏特性:ねんえき
接触技を受けた時、3ターンの間相手の特性を“ぬめぬめ”にする。



ガブリアス 特性:さめはだ、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:ラムのみ
わざ:げきりん、じしん、どくづき、つるぎのまい

裏特性:ターボダッシュ
自身の『すばやさ』ランクの上昇値分だけ自身物理接触技の威力を強化する(ランク×0.1)。



サザンドラ 特性:ふゆう、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:こだわりメガネ
わざ:だいもんじ、りゅうせいぐん、ラスターカノン、あくのはどう

裏特性:あくりゅう
自身の『ドラゴン』タイプの攻撃技に『あく』タイプを追加し、自身の『あく』タイプの技に『ドラゴン』タイプを追加し、相性の良いほうでダメージ計算する。


ボーマンダ 特性:いかく、りゅうりん、きそうほんのう 持ち物:ボーマンダナイト
わざ:すてみタックル、かえんほうしゃ、はねやすめ、りゅうせいぐん

裏特性:こうくうのはしゃ
『ひこう』タイプのポケモンの弱点となるダメージを半減する。自身の『ひこう』タイプの技の威力を1.2倍にし、50%の確率でもう一度攻撃する。

専用トレーナーズスキル(P):りゅうおうのいふ
自身が場に出た時、相手の全能力を2ランク下降させる。



トレーナーズスキル(P):だいごうれい
自身の手持ちの『ドラゴン』タイプのポケモンが場に出た時、任意の能力を二つを2ランク上昇させ、一つを2ランク下降させる(重複はできない)。


トレーナーズスキル(P):ドラゴンオーラ
自身の手持ちの『ドラゴン』タイプのポケモンの全能力を1.2倍にし、特性“りゅうりん”を追加する(元の特性にさらに追加する)。

特性:りゅうりん
自身のHPが満タンの時、状態異常を受けず、相手の攻撃技で受けるダメージを半減する。


トレーナーズスキル(A):りゅうのそうくつ
自身の手持ちの『ドラゴン』タイプのポケモンに特性“きそうほんのう”を追加する(元の特性にさらに追加する)。

特性:きそうほんのう
ターン終了時、任意で味方と交代する。





トレーナーズスキル(P):むすぶきずな
自身の攻撃技を『なつき度』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

※誰でも取得はできるので専用ではないけど、今のところ取得してるのはエアだけ。条件は…………まあ、分かるよな?




まだ出てないやつのデータ乗ってるって?
もうほとんど勝ち確演出じゃん、察しろよ(


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四天王ゲンジ②

 決着は、まさしく、一瞬だった。

 

 たった一度の交差。

 

「ぐ…………が…………」

 

 膝を着く…………()()()

「…………嘘だろ」

 心境を言えば、そんなところか。

 

 まさか、と言った気持ちが強い。

 

「…………本当に完成させやがった、()()()()()()

 

 ずだん、と相手のボーマンダが崩れ落ち、無言で倒れ伏す。

 完勝…………とは言い難い。エア自身、相当なダメージと疲労が溜まっているのは分かる。

 それに、やはり自身の想像通り、かなり負担が大きいらしい、たった一撃で三手か四手程度は持つはずの“ゲンシカイキ”が解除されて、メガシンカ状態まで戻っている。

 

 だが。

 

 それでも。

 

「…………私の勝ちよ」

 

 倒れ伏すボーマンダを見下ろしながら、エアが呟く。

 

「…………なん、だ…………? 今、の?」

 

 分けが分からない、と驚きの表情で、息も絶え絶えにボーマンダが呟き。

 

「教えてやるか…………バカ」

 

 その頭をエアが踏み抜き、完全に沈黙した。

 

「……………………詰み、か」

 倒れ伏し、動かないボーマンダをボールに戻しながら、ゲンジが呟き。

「なるほど…………確かな絆があるらしいな」

 目を光らせる。

 

「ならば、最後まで試していけ…………このワシを超え」

 

 そして。

 

「チャンピオンに届きうるのか、見せてみろ!」

 

 次のボールを投げる。

 

「ヌメルゴン!」

「ぴょろ?」

 

 場にヌメルゴンが現れ。

 

「まだ行けるか? エア」

「…………ぐ…………あたり、前、でしょ!」

 

 ふらふら、と揺れる体で、それでもエアが立ち上がり。

 

 

「ルウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 絶叫染みた叫びを上げながら、ふわり、と浮き上がり。

 

「ヌメルゴン!」

「エア!」

 

 “れいとうビーム”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 ヌメルゴンの放つ“れいとうビーム”。4倍弱点のはずのそれを片手で弾き飛ばす。片腕が凍り付く。だが関係無いとばかりに、中空を蹴り上げ。

「ルアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ヌメルゴンに激突。勢いのままにヌメルゴンが弾かれ、フィールドに倒れ伏す。

 

 “ねんえき”

 

 触れた瞬間、エアに纏わりつくヌメルゴンの粘液を、エアが鬱陶しそうに払い。

 

「ハルト」

「了解」

 

 “キズナパワー『うちけし』”

 

 ぶん、と全身を振り回して粘液を完全に振り払う。

 

 と、同時にゲンジが次のボールを投げ。

 

「ガブリアス!」

「グウウウウアアアアア!!」

「エア!」

「まだ、行ける!」

 

 “げきりん”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 互いが激突し、()()()()()()()()()()()()()

「堕ちろおおおおおおおおおお!!!

 

 “そらのおう”

 

 “りゅうせいぐん”

 

 放たれた流星がガブリアスを次々と狙い打ち確実にフィールドに沈める。

 

「サザンドラアアアアアア!!!」

「グルゥゥ…………グオオオオオオオ!!!」

「エアアアアアアア!」

「オオオオオオオオオォォォォォォォ!

 

 “りゅうせいぐん”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 次々と降り注ぐ流星を躱し、弾き、それでも被弾して、けれど歯を食い縛り。

 

「沈メエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 

 エアの渾身の一撃がサザンドラの耐久を一撃で奪い去り。

 

「グルゥ…………オ…………ォ…………」

「ぐ…………あ…………」

 

 同時にフィールドに倒れ伏す。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 互いが無言で互いのポケモンをボールに戻し。

 

「……………………くっ」

 ゲンジが、一瞬俯き。

「ぐわあああっはっはっはっはっは!!!」

 大口を開けて笑う。

「見事成る哉! これほど大負けしては笑うしかあるまいよ!!!」

 笑って、笑って、笑って、ひとしきり笑うと、こちらへと向き直る。

 

「見事! いよいよお前は四天王を全て突破し、最後の戦いへと望む権利を得た!」

 

 呟いた瞬間。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 地響きを立てながら、ゆっくりと、その背後の扉が開く。

 

 瞬間。

 

「っ?!」

「む? ははっ! 猛っておるな!」

 

 感じたのは圧倒的威圧。

 

 まるで手持ちも無く、野生のポケモンに出会ってしまったかのような圧倒的な圧迫感。

 心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に一瞬、凍り付き。

 

「チャンピオンも、お前との戦いが待ち遠しいらしいな…………だが次の戦いは一週間後。どちらが勝とうと、お前がこれまで戦ってきた中で最も厳しい戦いとなることは間違いは無い」

 

 故に。

 

「全てを出し切れ。あらゆるものを振り絞って、そうして、悔いだけは残さぬようにな」

 

 踵を返し、歩きだす。

 

 『あく』使い、四天王カゲツ。

 『ゴースト』使い、四天王フヨウ。

 『こおり』使い、四天王プリム。

 『ドラゴン』使い、四天王ゲンジ。

 

 四天王四人との全ての戦いがこれで終わった。

 

 そうして、次に待ち受けるのは。

 

「ついに…………来たよ、ここまで」

 

 初めて出会った時を思い出す。

 石屋で出会ったのが始まり、そしてあの時手にしていたメガストーンはきっと…………。

 

 次に出会った時を思い出し。

 その実力を間近で体感し、その強さを肌で感じさせられた。

 

 今度は誤魔化されない。

 

「俺の三万…………返してもらう!!!」

 

 ……………………何か間違えた気がする。

 

 

 * * *

 

 

 眠れない。

 

 ホテルのベッドの中で、寝返りを打ちながら、眠気を感じながらも、けれどそれ以上の興奮で目が冴える。

 三度、四度と寝返りを打ちながら、けれど一向に収まることの無い心に、ため息を一つ吐き。

 

「…………寝てる、な」

 

 すやすやと寝息を立てて眠るみんなを見て、そっと部屋を抜け出す。

 特に何か用があるわけでも無いが、自然と足は上へ上へと進んでいく。

 一週間前と同じく、再び屋上の扉を開いて。

 

「あら?」

 

 そこに、一週間前と同じく、少女がいた。

 

「…………エア?」

 

 自身にとっても、少女…………エアにとっても予想外な出会い。どうやら部屋を出る前に確認した時には気づかなかったらしい。

 自然と、二人並ぶように、屋上の縁、フェンスへと持たれかかる。

 

「どうしたんだ? こんな時間に」

 

 日付が変わるか、変わらないか、と言った程度に時間帯。

 少なくとも、いつものエアなら寝ている時間だろう。

 

「それはこっちの台詞よ…………寝なくていいの?」

 

 まあそれはお互い様である、とエアが苦笑しながら尋ね。

 

「なんか…………夢見て、起きたら、もう寝れなくなった」

 

 そんな自身の言葉に、エアがその赤く綺麗な瞳を真ん丸にして。

 

「…………私も同じ」

 

 そんなことを言う。

 自身の見ていた夢は。

 

「「あの日のチャンピオンとのバトル」」

 

 互いの声が被る。

 全く同じ夢を見ていた…………そんな事実に。

「ぷ…………あはははははは」

「くす…………あはははははは」

 なんだか酷くおかしくて、思わず二人、顔を合わせて笑ってしまった。

 

「一週間前もここでこうしてたな」

 

 ふと思い出したように呟いた一言に。

「え…………あ…………えっと…………」

 ぼん、と一瞬でエアの顔が紅潮し、言葉に詰まる。

「覚えてる? 俺の言ったこと?」

「え…………っと…………うん」

 こくり、と赤くなった顔を覆い隠すように帽子で顔を抑えながら、エアがこくりと呟く。

 

 そうしてエアに問いかけながら、少しだけ思い出す、一週間前のこと。

 

 

 * * *

 

 

「きっとさ…………難しく考えすぎなんだと思うよ?」

 

 碓氷晴人は紛れも無く、人間らしい人間だ。

 一時、不幸があって、感情の発達が遅れた部分もあったが、それでも今となってはまっとうな人間と言っても過言ではない。

 社会人になって、多少の経験もして。

 

 それでも未だに一つだけ学べていない感情があった。

 

 碓氷晴人は恋と言う感情を知らない。

 

 大概の青少年が抱くだろう感情を、幼少期の不幸のせいで経験することなく、思春期と呼べる年齢を通り過ぎてしまっていた。

 故に碓氷晴人は、その二十年余りの人生において、他人に恋愛感情を抱いたことが無い。

 

 そしてその記憶を受け継いだ…………否、受け継いでしまったハルトは、だからこそ、恋愛感情に鈍い。

 以前から自身が持て余していた感情に名前を付けることすらできないほどに、なまじある程度成熟してしまった精神が最初からあっただけに()()()()ことも出来ないままにこの年齢になるまで過ごしてきてしまった。

 

 それでも、だ。

 

 分からないだけで、無いわけじゃない。

 知らないだけで、育たないわけじゃない。

 

 少なくとも、エアとキスを交わした時、ハルト自身感じるものがあった。

 その感情に名前を付けるのなら…………きっと。

 

「好きなら好きでいいじゃん」

 

 恋…………とはハルトは呼ばない。

 そもそもそれに名前なんて付けない。

 だってつける必要も無いじゃないか。

 だってそれは明確なほどに、ハルトに教えてくれるのだから。

 

「俺は、エアが好きだよ…………それがエアの好きと同じかは分からないけど」

 

 それでも少なくとも。

 

「エアの好きと同じくらい、俺はエアが好きだから」

 

 だから。

 

「深い意味は良いよ。人だとか、ポケモンだとか、正しいとか、間違ってるとか、そんな区別もいらない」

 

 必要なのは、思いの深さ。それだけあればハルトには十分だ。

 

「キミが俺を好きでいてくれるなら、俺もキミを好きで居続ける」

 

 だからそれは、約束だ。

 

 一度目はエアから、二度目はハルトから、三度目はお互いに。

 

 そして四度目は、約束だ。

 

「絶対に放したりしないわよ?」

「いいよ、ずっと一緒だ」

 

 その約束。

 

 

 * * *

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 思い出してエアが頭抱えだす。

 ホント、とことんこういうのに耐性無いなエアって、と傍観者目線でいると。

「う…………うう」

 顔を隠した帽子の下からちらちら、とエアがこちらを見てきて。

「……………………っ?!」

 視線が合うと、さらに顔を紅くしてさっと顔を俯けてしまう。

「……………………ふふ」

 思わず笑みがこぼれ。

「エア」

 抱きしめる、その小さな体を。

「え、あ、え、え、え、え、えええええ?!」

 エアが酷く慌てた様子で、けれど拒否することも無く、ひたすらにテンパっているのを見て。

「ふふ…………可愛い」

「あ、あう」

 笑みを浮かべ呟いた一言に、エアが熱を出し、目を回して倒れる。

 

 楽しいなあ、なんて。

 

 これが恋心だろうか。とかつての親友を思い出し。

 多分それはサド心だと思うぞ、と想像の中の親友が言った気がした。

 

 

 

「それで、真面目なところ」

 それからしばらくして、互いに、と言うかエアがようやく平静を取り戻したくらいのタイミングで、問いを投げかける。

 

「真面目な話、勝てると思う?」

 

 誰に、とか何にとか、そんなこと言わなくても分かっているだろう。

 何せ、同じ夢を見たのだから。

 エアもまた、自身と同じ。

 

 かつてのチャンピオンとの戦い、そして()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

「分からない…………」

 空を見上げたまま、エアがぽつりと呟いた。

「強くなった…………そう言う自信、と言うか自負はある、けど」

 そう、けれども。

 

()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

 こちらはメガシンカを使ったエアと、メガシンカを使わなかったヒトガタのメタグロス。

 だと言うのに、エアが負けた、完膚なきまでに。一方的に叩きのめされた。

 

「かなりメタな話だけど種族としての強さみたいなのはほぼ同じくらい。個体値、と言うか才能みたいなのも同じく最高レベル。だから違いがあるとすれば」

 

 育成、つまり。

 

「トレーナーの差、と言うことかな」

 

 思わず呟いた一言に。

 

「それはっ!」

 

 反論しようとしたエアを片手で制する。

 

「分かってるよ…………でもやっぱりそこは見て見ぬふりは出来ないところだよ」

 

 恐るべきは『はがね』タイプを育てる際のチャンピオンの才能であろう。

 種族値や個体値、努力値の差すらも覆しかねないほどの凶悪なトレーナーズスキルと育成能力の組み合わせ。

 

 有り体に言えば。

 

 今まで戦ってきた四天王の長所を全て組み合わせたような相手だと言える。

 

 カゲツの読みと、フヨウの育成、プリムの異能と、ゲンジの統率。

 

 その全てを足して四で割らないような相手。

 

「…………まじでふざけろ」

 

 なんだそのチート、反則だろ、と言いたいが、それが現実。

 

「本当に…………どうすっかなあ」

 

 なんて呟いてみて。

 

「ハル」

 

 短く、呟く。

 一週間前から、時折呼ぶようになった、その呼び方で。

 

「大丈夫だから」

 

 そっと、エアが手を伸ばし…………自身の手を取る。

 

「今度は負けない…………絶対に」

 

 呟き。

 

「ハルは絶対に劣ってなんかない…………私にとって、一番のトレーナーだから」

 

 だから。

 

「勝って証明するから」

 

 何を?

 

「ハルがこのホウエンで一番のトレーナーだって」

 

 だから。

 

「だから」

 

 だから。

 

「信じて」

「勿論」

 

 今更過ぎる。

 

 そんなの当たりまえだ。

 

 そうか、だから。

 

 こう言えばいいのか。

 

「勝て、エア」

 

 そっと呟いた一言に。

 

「任せなさい!」

 

 力強くエアが頷く。

 

 

 二人の手は離れなかった。

 

 

 




半分タイトル詐欺なんじゃないだろうか、と思いつつも。

次からコミュ回。
取りあえず一人一話やってたら長すぎるので、3人一話くらいかな。

それ終わったら、いよいよチャンピオン戦です(データ作成中


それにしても、感想見てるとエアちゃん読者に愛されるなあと思えて、作者としては嬉しい。




キズナパワー『うちけし』→発動時、自身に影響のある不利な効果を全て解除する。


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カロス編予告(っぽいもの)

なにやってんだって?
毎年恒例のお茶濁しだよ(


 

 

 

 

 

「本当に良いのかい?」

 青いシャツの上から白衣を羽織った男性、プラターヌの言葉に金髪の少女が頷く。

「はい、この子に決めました」

「…………アォゥ」

 少女の腕の中で身を縮込めながら短くオレンジ色の毛色の狐のようなポケモン、フォッコが鳴く。

 その言葉に、プラターヌは一瞬目を閉じ。

「…………そうかい、新しい子が欲しくなったら、いつでも言ってくれ」

 再び目を開くと、少女にそう告げる。そしてプラターヌのそんな言葉に、少女が一瞬むっとなり。

「分かってくれ…………キミのためでもあり、そしてこの子のためでもある」

 プラターヌが少しだけ顔を伏せ、少女の腕の中のフォッコを見つめながら呟いた言葉に、少女が黙する。

 少女が視線を落とした先で、フォッコが卑屈そうに身を縮め、また一つ鳴く。

 少女が苦笑し、フォッコに頭を撫でる。

 

「難しい旅になるだろう、苦しい旅になるだろう、きっと傷つくこともあるだろうと思う。それでも、キミたちは行くのかい?」

 

 プラターヌのそんな問いに。

 

「はい」

「アォゥ」

 

 短く、端的に、けれど即答した。

 ふう、とため息を一つ、プラターヌが吐き出し。

 

「そうかい、ならばキミたちの旅の無事を祈ろう。そしていつでもまたここにおいで。私はいつでもキミたちの力になるから」

 

 言葉と共に、少女へとソレを差し出す。

 

「ポケモン図鑑…………このカロス地方のポケモンのほぼ全てのデータを網羅した完成版だ。受け取ってくれたまえ」

 

 差し出されたポケモン図鑑を少女が手に取り。

 

「それじゃあ、行ってきます、博士」

「ああ…………頑張って来たまえ、セレナ君」

 

 そうして少女、セレナはフォッコと共に旅立つ。

 

 その先に待ち受ける、苦難も、艱難も、困難も、まだ彼女たちは知らない。

 

 期待は…………無かった。

 

 それでも。

 

 希望は確かに、そこにあった。

 

「行くよ、フォッコ」

「アォゥ!」

 

 セレナの言葉に、フォッコが短く鳴き。

 

 そうして二人は旅立った。

 

 それがトレーナーセレナの始まり。

 

 だからこれはその余談に過ぎない。

 

「…………行きましたね」

「行ってしまったね」

 

 プラターヌの立つ玄関のやや後ろの通路から一人の少年が現れる。

 歳の頃は、先ほどの少女セレナと同じくらいだろうか。黒く短い髪と青縁の眼鏡が特徴の少年。

「キミはまだ行かないのかい?」

「ボクも、そろそろ」

 少年の言葉に、プラターヌはそうかい、とだけ呟き。

 

「ケロマツ」

 

 呟く少年の声に。

「ルォ」

 少年の足元で、水色の蛙のようなポケモン、ケロマツが鳴く。

「ボクたちも、そろそろ行こうか」

 少年がそっと手を差し出せば、ケロマツが一つ頷き、ぴょん、とその手に乗る。

「もし…………もしも彼女が道中迷うことがあるならば」

 そして自身たちも旅だとうとする少年たちに、プラターヌが思わずと言った風に口を開いた。

「その時は、導いてやってほしい…………他ならない、キミだからこそ」

 プラターヌの言葉に、少年が数秒黙し。

 

「…………はい、その時は、必ず」

 

 微笑し、足を進める。

 

「……………………ああ、ありがとう」

 

 そんな少年の背に、プラターヌがそう呟き。

 

「いってらっしゃい、シキ君」

 

 少年、シキへそう告げた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

――――この指一つ。

 

【罪の破片】シキ。

「キミにしてあげたかったこと、たくさんあったはずなのに、今はもう思い出せないや」

 

――――照らす灯。

 

【弱者の牙】シッコク団。

「ワレワレは、その強さに反逆する」

 

――――私は探し。

 

【強欲にして高慢なる黒の王】ブラック。

「オレガ、シッコクダンノオウ、ブラック、ダ」

 

――――やがて見つけ出す。

 

【始まりの一】プラターヌ。

「全てここから始まったんだよ。何もかも…………この場所からね」

 

――――眩い輝き。

 

【理想を目指す者】フラダリ。

「フレア団こそが、美しき世界を創るのだ」

 

――――私の希望。

 

【王者】カルネ。

「カロス十万の頂点。その全てを知りたいと言うならばかかってきなさい」

 

――――闇を打ち払う輝き。

 

【■■■■■】■■■■■。

「ならば、こわしてしまえばいい。ぐちゃぐちゃに、ぶちまけて、はじけさせて、まぜてしまえばいい。あとは■■■■■がなんとかする。わたしはただ、こわすだけ、ただ■■のいうとおりにこわすだけ、それだけ」

 

――――希望の灯。

 

【指先の灯】セレナ

「私のこの指先が希望を示す。だから信じて。私も貴女を信じるわ」

 

 




と言うわけで、カロス編はセレナちゃんとシキくん(♂)の主人公二人でやってく感じ。
群像劇風に3、4人主人公作ろうかと思ったけどいきなり多人数は難易度高いので、まずは2人から。
前も言ったかもしれないけど、カロス編は基本的にまともな戦闘は少な目。と言うかセレナちゃん視点だと戦闘ありって感じ。
色々オリ設定やオリキャラも多いので、割と構想長く練ってる感ある。
唸れ、俺の中二ちから。

なんで予告こんな中二っぽいのって言われたら、昔書いたメガテンの予告参考にしたからかなあ(





と言うわけでお知らせ。

年末年始は仕事とても忙しいので更新できません(じゃあこれなんだよ、お茶濁しだよ)。
多分二週間くらいは更新できない気がする(多分)ので、一応報告。

この二行のためだけに予告作った気がする…………活動報告でいいじゃんて?

うるせえ(


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実りの秋だからきっと色々実ってる

恋とか、あと影とか。


 残すは六日。

 九月に入り、夏の暑さも大分和らいできた気がする。

 とは言うものの、日差しに当てられればまだじんわりと汗ばむような季節ではある。

「大丈夫? シア」

「溶けそう…………です…………」

 うだるような暑さも過ぎ去ったとは言え、まだまだ日中の気温は高い。

 自身ですらそうなのだから、暑いのが苦手なシアからすれば、余計に、と言うものだろう。

 

 チャンピオンリーグもいよいよ最終局面、と言ったところか。

 

 残すは最強、このホウエンの頂点たるトレーナー。

 

 チャンピオンダイゴ。

 

 やることはもうやり切った、と思う。

 実際、ゲンジ戦で確かめることはできなかったが、今のパーティはすでに自身が当初考えていたパーティを軽く上回った完成度だと自負している。つまり、今以上の成長と言うのはまだ自身には思いつかない、と言うことでもあり。

 だからこの一週間は、何も考えないことにした。

 

 ただ、気楽に。

 

 ただ、道楽に。

 

 その日を待つ。

 六日後を。ただ待つ。

 

 泣いても笑っても、これで最後だ。

 

 

 * * *

 

 

「あー…………お茶が美味しい」

 先ほど買ったばかりの冷えた麦茶を飲み干し、ゴミ箱にペットボトルを投げ捨てる。

 ホテルに籠ってばかりじゃ気分も下がるし、どこかぶらりとでかけるか、と考えたのだが。

「木陰だとまだ少し涼しいね」

「そうですね」

 リーグ街は一つの街だ。最早規模が縮小され、ほとんどの店が撤退してしまったとは言え、一つの街と呼べるだけの敷地があり、店は撤退してしまったとは言え、建物自体は残っており、中心部以外は人の居ない伽藍どうの街が残っている。

 そんな街でどこかに出かけようとしても、まず買い物と言う選択肢は抜ける。

 実際問題、全ての店を冷やかしても半日も潰せない程度の距離しかない。

 なので適当にお昼ご飯でも用意して公園でのんびりピクニックでもしようか、と全員を誘ったのだが。

 

「あのはくじょーものども」

「あ、あはは、まあまあ」

 

『退屈だし、体動かしてくるわ』『ねむいでしゅ、ごしゅじんひゃま』『探検だー! 冒険がアチキを呼んでいる!』『え、えっ、ち、ちーちゃん!? なにそのキャラ、あ、待ってちーちゃん、ご、ごめんなさい、マスター』『干からびそうだからお風呂入ってるねー』

 

 以上、誰がどんな状況か、非常に分かりやすいコメントだった。

 結局シアだけである、一緒に来たのは。

 

「ほら、シア」

 先ほど買って来たばかりの買い物袋の中身からカップアイスを取り出すと、付属のプラスティックスプーンと一緒にシアに渡す。

「ありがとうございます、マスター」

 嬉しそうにそれを受け取ると、早速蓋を開けて食べ始めるシアの顔がほころび、こちらまで笑みが浮かぶ。

「暑いっちゃ暑いけど、こっちの木陰だとまだマシかなー」

「そうですね、思ったより風が良く吹くので、大分マシですね」

 公園に乱立して生えた七、八メートルほどの上背の木の影に腰を落ち着け、足元に敷いたビニールシートに先ほどの買い物袋を置く。

 

 比較的温暖な気候のホウエンだが、海に接する地域が多いお蔭か風が良く吹き、それほど熱を感じさせないことが多い。

 特にこのリーグ街のあるのは小島だ。四方八方海に囲まれており、潮風がほどよく熱を冷ましてくれる。

 

「お弁当とか、良く用意できたな、シア」

「あり合わせですけど、まあ気分は出ますよね?」

 買い物袋とは別に用意されたバスケットを開けば中には色取り取りのサンドイッチが入っている。

 実家のような台所も無いのに、良くまあこれだけの物を作れたものだと割と驚きがある。

「朝ご飯食べてないから、お腹減ったなあ」

「マスターがお腹空かすって言って食べなかったんじゃないですか、一応お昼ご飯に用意したんですけどね、これ」

 時間的には午前十時くらいと言ったところか。少し早いお昼ご飯ともちょっと遅い朝ご飯とでも言える時間帯だが。

「ブランチって言っておけばいいんだよ」

「そう言うところ適当ですよね、マスター」

 シアが口元に手を当てて笑う。

「美味しいご飯があって、隣に可愛い女の子がいれば、男なんてあとは適当でも良いんだよ」

 ああ美味しい、とサンドイッチをぱくぱくと食べながらしみじみと呟く。

「……………………」

 そんな自身の言葉に、目を見開き、言葉を失ったシアに、ん? と首を傾げ。

 ぼん、と顔を真赤にしてるシアに苦笑する。なまじ肌が透き通るように白いだけに、余計にその赤は目立っている。

「シアって割と照れ屋だよね」

 見た目一番クールそうなのに、褒めると一番恥ずかしがる。そう言うギャップがまた可愛いのだが。

「ま、マスターは…………その」

 頬を染めたままシアが珍しくジト目でこちらを見つめ。

「浮気性なんですか?」

「…………はあ?」

 呟かれた言葉に、思わず目が点になる。

「なにそれ」

「だってマスター、エアを受け入れたんですよね?」

「ぶほっ?!」

 思わず噴き出す。けほけほ、とせき込みながら、吐き出しかけたサンドイッチをなんとか飲み込む。

「な、なんで知ってんの?!」

「…………本当に分からないと思ってたんですか?」

 じーっと、見つめてくるその瞳に、吸い込まれそうになる。

 そうして同時に気づく、目の前の少女が僅かにイラだっていることに。

 

「……………………シア、もしかして」

 

 何故だろうか、と考え。

 やはり思い出されるのは、以前にリップルが言っていた言葉。

 

「…………嫉妬してる?」

 

 自身の言葉に、シアが僅かに驚いた顔をして。

 

「…………割と」

 

 頬を膨らませながら、ぷい、と顔を背ける。

 思わずその膨らんだ頬を、つん、と人差し指でつつく。

「…………何するんですか」

「悪戯」

 笑みを浮かべながら呟いた一言に、シアが、むっ、とした表情になり。

「シアがそう言う顔するの、珍しいね」

 呟いた一言に、ピタリ、と止まる。

「……………………仕方ないじゃないですか」

 やがて絞り出すように出た言葉。

「私だって、マスターのこと、大好きなんですから」

 拗ねたようにぷいっ、と顔を背けたシアに、思わず苦笑し。

「仕方ないなあ」

 ビニールシートの上、膝立ちで起き上がって、シアへと手を伸ばす。

「…………えっ」

 伸ばされた両手がシアの頭を掴み、思わずと言った様子でシアが驚き、こちらを向いて。

「よしよし」

 胸の中に抱くようにその頭を抱き寄せ、後ろ髪を梳いていく。

「え、あの、ま、マスター?」

「まあまあ、気にするなって」

「気にしますよ?!」

 声を荒げるシアの様子に、本当に今日は珍しい姿が良く見れるなんて思いながら。

 

「いつもありがとう、大好きだよ、シア」

 

 呟いた一言、腕の中でシアがびくり、と跳ねた。

 

 

 * * *

 

 

 蕩けそうになる思考の片隅で、いつまでも梳かれる髪に、この人はこれが好きなのだろか、なんて考える。

 ああ、もう、本当に。

 

(ずる)いですよ、マスター」

 

 狡い、卑怯、反則だ。

 

 ありがとう、と言われた時、心が弾む。

 大好きだ、って言われれば、心が跳ねる。

 

「本当に、狡いですよ」

 

 ずるい、卑怯だ、反則だ。

 本当に、本当に、本当に。

 だって。

 

「ありがとうだなんて、大好きだなんて」

 

 そんなこと言われたら、貴方にそんなことを言われたのなら。

 

「私が、私たちが拒めるはずないじゃないですか」

 

 頬が熱くなる。溶けてしまいそうなほどに、心が温かい。

 ただ触れられただけで、胸が早鐘を打つ。

 声を聴くだけで、思考が蕩けてしまいそうで。

 

 好きだなんて言われたら、もう抵抗なんてできない。

 

 全身から力が抜けていく。

 ただただ、抱かれるがままに。

 全てを委ねてしまう。

 

「マスター」

 

 呟いた一言に。

 

「シア」

 

 呟かれた名前に。

 

「…………好きです」

 

 自身はポケモンである。

 

「ああ…………俺もだよ」

 

 目の前の少年は、ヒトである。

 

「大好きだよ、シア」

 

 それでも、これは、この気持ちは。

 

「はい」

 

 紛れもなく、恋だった。

 

「私もです」

 

 

 * * *

 

 

 そもそもな話。

 

 いつからだったのだろうか。

 

 ふと、少女、シャルは思考してみる。

 

 けれど、やはり、どうしても、行きつく先は同じ。

 何度も、何度も、何度も。

 考えて、思い出して、想って。

 それでも、やっぱり、行きつく先は、いつも同じ。

 

 最初から、だ。

 

 五年前に。

 

 この世界で。

 

 初めて彼に出会ったその時から。

 

 自身は彼が好きだった。大好きだった、愛していた。

 

 大切に、大切で、大切な自身の主を。

 

 敬愛していた、親愛していた、信愛していた。

 感情は複雑で、でも一言で表そうとすればシンプルに。

 

 “大好き”

 

 それだけで事足りる。

 だからシャルは、彼が大好きだった。

 大好きで、大好きで、大好きで、それで事足りていた。

 

 事足りていた、はずだった。

 

 はずだったのに。

 

「…………はあ」

 

 思わずため息。

 夜の公園、何故ブランコなんてものがあるのだろうか。

 確かここはリーグトレーナーやその他関係者しか来れないはずの街なのに。

 一体誰が使うんだろうか、なんて一瞬考え。

 なるほど、今現在、自身が使っている、と思い直す。

 

「…………ふう」

 

 二度目のため息。

 煌々と明るい秋の月は、暗い夜を照らしている。

 それでも夜は夜だ、暗いことには変わりない。

 いつものシャルならば、苦手な暗い場所。

 それでも、今日だけはそのほうが都合が良かった。

 

「…………こんなの、見せられない」

 

 昨日、正確には深夜、戻ってきたエアを見た。

 シャルの睡眠時間は長い。早く寝て、最後に起きる。

 けどそれが必要かと言われると、そうでも無い。

 だってシャルは…………シャンデラは『ゴースト』ポケモンだ。

 他のどのタイプのポケモンたちとも違って『ゴースト』タイプのポケモンたちは、()()()()()()

 この言い方、表現が的確かと言われると首を傾げるが、それでも他に言い表しようが無い。

 本来食べる必要も無い、眠る必要も無い、生理的な欲求も無ければ、生殖的欲求も無い。

 『ゴースト』ポケモンの体とは、つまり精神の具現化だ。

 だからシャルにとって睡眠とは回顧である。

 眠っているように見えて、その実寝ていない。夢は見る、けどそれは文字通り、過去の記憶の回顧をしているだけ。だから実のところ、その場で起きている状況と言うのはしっかりと把握している。

 だから夜中に戻ってきたエアと主のことを知っている。

 そしてその時のエアの様子を知っている。

 その様子に違和感を覚えた、覚えてしまった。

 

 同時に、昼に目を覚ました時、帰って来たシアを見た。

 だから気づいてしまった。

 彼女たちは受け入れられたのだと。

 同時、自身の中で浮彫になる感情に。

 

 自身の主に対する、恋心に。

 

 そしてこの臆病者は気づいていた。

 きっと自身の主たちは自身たちをみんな受け入れてしまうのだろうと。

 

 五年前、自身たちを探してホウエンを旅した時のように。

 

 だからこそ。

 

「受け入れられない」

 

 誰よりも何よりも、自身が受け入れられない。

 他のみんなとは違う、全く違う、ポケモンだとか、人間だとか、ヒトガタだとか、そんな理由じゃなくて。

 生きてすらいない自身(ユウレイ)が、生きた人間に恋するだなんて、許されるはずがない。

 ただ好きだったなら、それだけで良かった。

 ただ憧れているだけならば、それだけで良かった。

 気づかなければ良かった、自身の思いなんて。

 気づかなければ良かった、受け入れるかもしれないなんて希望。

 誰よりも、何よりも、シャル自身が理解してしまっている。

 

 人と交われば、決して禄でも無いことになると言うことに。

 

 魂を燃やす悪夢のキャンドル。

 

 そんなバケモノがヒトに恋しただなんて、決して悟られてはいけない。

 

 受け入れられた仲間に、嫉妬したなんて、決して気づかれてはならない。

 

 人だとか、ポケモンだとか以前に。

 

 自身は生命ではない。

 

 命なんて物がない。

 

 ぞわり、と影が蠢く。

 

 足元から沸きだした影が公園中に広がり、そこらかしこを黒に染め上げていく。

 緑の芝生は枯れ堕ち、青々と茂っていた木々は葉を落としていく。

 溢れ出す影が周辺にある命と言う命を絞りつくしていく。

 そうして溢れだしそうになる想いを塞ぎ、押し込めれば込むほどに、影は溢れ出す。

 

 いつからだったのだろう、と考えれば、きっと最初からだったのだろう、と答える。

 

 本当に、気づかなければ良かった。

 

 こんな感情。

 

 (くる)しくて、(にが)くて、痛くて、辛くて。

 

 いらない、いらない、こんな感情なんて、いらない。

 

 だから、吐き出す。

 

 消えろ、消えろ、と思いながら。

 

「好き…………大好きです、ご主人様」

 

 呟いた言葉に。

 

「俺もだよ、シャル」

 

 言葉が返って来た。

 

 

 




シャルの言ってた独白は、ゴーストポケモンはなんか人間とかポケモンが死んで成った物、みたいな設定をどこかで聞いた気がするのでその辺を考慮し、組み込んだ独自設定です。


6V夢フカマルゲット!
しかも♀だぜ。アースちゃんと名前を付けておく。


と言うわけでいよいよタツベイ厳選始めました。
目標は♀6V。エアちゃん作りたい感。


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幽霊ヒロインとかエロゲだとむしろ基本

 

「…………ご主人様」

 夜の公園にやってきた理由を言えば、まあ偶然と言われれば偶然だ。

 何故か置いてあるブランコ、ちょうどシャルが座る。

「昼の忘れ物探しに来たんだが、妙なところで会ったな」

 ぎいこ、ぎいこ、とブランコが軋む。

 隣でこちらを見つめたまま凍り付いたように動かないシャルを見て、苦笑する。

「もう暗いけど…………平気なのか?」

 呟いた一言に、シャルが一瞬言葉を(もだ)そうとし、けれど口を開く。

「そう、だね…………あんまり平気じゃないから…………だから、もう、戻るよ、ご主人様」

 まるで逃げるかのように、自身のほうを見ることも無く、立ち上がり歩いていくシャルのその背中を見て。

 

「……………………どうしたもんかな」

 

 そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 エアを受け入れたことは切欠だったのだろう。

 シアがそうであったように、シャルがそうであったように。

「キシシ」

 翌朝の早朝、戻ると口にして、結局ホテルに戻って来ることの無かったシャルを探して、再び公園にやってくる。

「…………なんでいるの?」

 いつの間にか隣にいたチークに、思わず呟く。

 おかしい、ホテルを出た時にはまだこいつ部屋にいたはずなのに。何故かいつの間にか隣にいる。

「探し物ならアチキに任せるネ」

「別に探し物とは言ってないけどな」

「シャル探してるんだよネ?」

「…………まあ分かるか」

 何時も同じ部屋で寝泊まりしてる仲間が一人欠ければ気づくのも当然か。

「キシシ…………シャルもバカだネー。余計なことばっか、何のために今ここにいるんだカ」

 思わずため息を一つ、だから俺の隣でチークが呟いた一言を聞き逃す。

 

「そんで、探し物、と言うか探し者は任せろってどうするんだ?」

「捜査の基本は足だヨ、トレーナー」

「…………俺一人で探しても変わらねえじゃん」

 

 思わず呟いた言葉に、チークがキシシ、と笑った。

 

 

「まあ、真面目な話をするなら」

 公園を一通り探し回り、どこにもシャルが居ないことを確認し、次は街のほうを歩いて回る。

 早朝の街はまだ人が居ない。ポケモンリーグ直轄の店は後一週間弱は続くはずだが、さすがにこの時間では開店もしていない。

 入り口の閉ざされた店舗が続く街をチークを二人、当ても無く探し回っていると、ふとチークが呟く。

「シャルが本気で隠れたなら、普通にやっても見つからないヨ」

「…………どういうことだ?」

「シャルは『ゴースト』タイプのポケモンネ。アチキらと違って、壁でも何でもすり抜け放題ヨ」

「…………なるほど」

 下手するとこの閉ざされた店の奥に隠れてる可能性…………いや、無作為に天井裏とかそんなところに隠れられたらもう絶対に見つけられない気がする。

「だからトレーナーがシャルに会うなら方法は二つしかないネ」

「二つ?」

 チークの言葉に思わず首を傾げると、一つ頷き、チークが一つと指を一本立てる。

「一週間後…………よりは短いけど、試合当日になれば戻って来るヨ。シャルの性格からしてバトルすっぽかせるようなタイプじゃないネ」

 その言葉になるほどと頷く。確かに性格的にそう言うのは難しいだろう。特にチャンピオン相手にシャルは自身としても切り札の一枚と数えていたほどだ。シャルが戻らなかったら、まず勝てないだろうと思う。

 ただその場合。

 

「そうネ、その場合、シャルとの問題は何も解決しない…………多分、このまま有耶無耶になるヨ」

「それは良くないな」

「良くないのカ?」

 

 ふと、チークが立ち止まる。

 立ち止まり、自身の言葉に首を傾げオウム返しに問いかけてくる。

「良くないだろ」

()()()()?」

 

 その瞳の色に言葉を失くす。

 本当に、心底不思議そうに、チークは首を傾げている。

 

「どうしてって」

「放っておけば、少なくとも以前のようにはなれる…………なら放っておけばいいんじゃないのかナ?」

 

 それとも――――。

 

「トレーナーは、変えたいのかイ? 私たちとの関係を」

 

 投げかけられたチークの言葉に。

 

「…………変えたいのは、お前らだろ?」

 

 そんな答えを返す。

 

()()()()()()。でも、シャルはそうは思ってないかもしれないヨ?」

「そんなこった無いさ」

「ヘエ…………」

 

 チークの問いに即断した自身の言葉に、チークが笑みを浮かべる。

 

「どうして?」

 

 分からないはずが無いではないか。

 ()()と言う感情をエアに教えてもらった。

 ()()と言う感情は両親に。

 ()()と言う感情はかつての親友に。

 そして()()を俺に教えてくれたのは目の前のこいつらだ。

 

 だからこそ、分からないはずが無い。

 

 “好き…………大好きです、ご主人様”

 

 そんな台詞を、苦しそうに、辛そうに、痛そうに吐き出すように、呟いているシャルの姿に、気づかない自身ではない。

 

()()()()()()()()()…………前に言ったろ、お前は知ってるだろ。だから俺もお前らのことなら知ってるよ」

 

 絆とは、想いの繋がりに他ならない。

 

 誰よりも、何よりも、強くて、硬い絆。

 

 だからこそ、理解している、理解できている。

 

「なんだ…………分かってるじゃないカ」

 

 きょとん、と。

 まるで何も問題が無いとでも言いたげに、何でも無いことのように、チークが呟く。

 

「散歩はオシマイさネ」

 

 自身の手を引っ張り、踵を返すチークに引かれるまま、歩く。

 

「分かってるじゃないカ、トレーナー。だったら、もう分かるさネ?」

「…………何がだよ」

「シャルの見つけ方、だヨ」

 

 二つ目さネ、と指を二本立ててチークが呟く。

 同時、自身もまたその方法に気づく。

 

「…………ああ、なるほど」

 

 言われてみれば、どうして気づかなかったのか。

 

「あー…………うん、俺が馬鹿だったな、これは」

 

 こんなに簡単なことなのに、どうして失念してしまっていたのか。

 

「理解できたさネ」

「ああ、ホント、こんなの散歩じゃねえかよ」

 

 否、近すぎたのだろう、これまでが。

 こんな簡単なことを失念してしまうくらいに、必要無かったのだ。

 今初めて、たった一歩分、自身とシャルの間に距離が出来た。

 感情を繋げることをシャルが躊躇った。そのことには僅かな驚きもあるが。

 

 それでも、紡いだ絆が否定されたわけでも無い。

 

 繋いできた手が振り払われたわけでも無い。

 

「お前も、俺に言いたいこと、あるのか?」

「キシシ…………アチキは…………そうだネ、まだいいや。物事には順序ってもんがあるさネ」

「そうかい」

 

 チークと二人、手を繋いで帰る。

 仲間の中でもエアよりもさらに小さなチークだが、今の自分からすればちょうど良い高さと言ったところか。

「全く、難しいな、感情って」

「キシシ、アチキはいつだって自分の感情には素直さネ」

「嘘つけ…………」

 

 この捻くれ者。

 

 呟きを隠した言葉を、けれどチークは読み取ったかのようにこちらを向いて。

 

「キシシ」

 

 再び笑った。

 

 

 * * *

 

 

 どうしようか、とゆっくりと、意識を覚醒させながら思考する。

 

 逃げてしまった、あの時、確かに自身は逃げてしまった。

 

 辛くて、苦しくて、ただ顔を見ているだけで胸が痛くなる。

 だから逃げた、逃げてしまった。

 けれど、逃げられるものではない。そんなこと自身だって分かっている。

 もう数日もすれば、最後の戦いに行かなければならない。そこからすらも逃げ出せばもう自身は彼らの仲間ですら無くなる。それはダメだ、それは許容できない。そんなことになれば、何のために自身がここにいるのか分からなくなる。

 

 だから時間が欲しかった、ただ心を押しつぶす時間が。

 浮き上がる想いを沈めるための時間が。

 ゆっくりと、ゆっくりと、心を静めていく。

 沸き上がる感情に蓋をして、浮き上がる想いを鎖でがんじがらめに沈め。

 思い出さないように、湧き上がらないよう。

 少しずつ、()()()()()()()()()()

 

 大丈夫、まだ数日の時間はある。

 

 それまでにゆっくりと()()()()()()であれるようになれば良い。

 どうせ彼らにここは見つけられないのだから。

 

 そう、思った。

 

 思っていたはずなのに。

 

「…………シャル、見つけた」

 

 腕を引かれる。

 

「ごしゅじん…………さま…………」

 

 その胸の中に抱き寄せられる。

 

 蓋を閉めたはずの心から、感情が一気に噴き出した。

 

 

 * * *

 

 

 結論だけ言えば、公園にいた。

 ただし、実体化していなかったから、分からなかっただけだ。

 『ゴースト』タイプのポケモンと言うのは、そう言うところがあるらしいが、今までほとんど見る機会が無かったので失念していた。

 

 けれど確かにそこにいる、分かる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうすれば確かにいる、そこに、彼女がいることが()()()()()

 

 手を伸ばした、届け、と念じて。

 

 そこにいる彼女を思って、手を伸ばした。

 

 確かに触れた。

 

 同時に。

 

「…………シャル、見つけた」

 

 その腕を引く。

 

「ごしゅじん…………さま…………」

 

 呆然とした様子で、シャルが呟き。

 

 ぽすん、とその小さな体を腕の中に納める。

 

「やっと捕まえた…………ちゃんと帰ってこい、心配するだろ」

 

 腕の中で動かないシャルに、思わず呟く。

 これでも朝から探し回っていたのだ。これくらい言わせて欲しい。

「…………なんで…………どうして、ここ…………分かったん、ですか」

「俺たちは繋がってる…………まあ普段意識しないせいで、気づくのに遅れたけどな」

 今この瞬間だって、意識すればシャルとの繋がりを感じられる。

 

 何度逃げ出そうと、未だシャルが俺と絆を結んでいること、それ自体、シャルが本気で逃げ出そうとしているわけではないことの証左にもなりえる。

 

「ダメ、です…………離…………して」

 はっと、なったシャルが腕の中でもぞもぞと動くが。

「やだよ」

 ぎゅっと、さらに強く抱きしめる。

 そうして力を強めるごとに、シャルの抵抗が弱々しくなっていく。

「ダメ、です…………こんなの、ダメ…………隠せなくなるから、やめて、ご主人様」

「隠さなくても良い、お前はお前の想うままにすれば良い、俺が全部受け止めてやるから、だから」

 シャルがぐっと、自身の服を掴む、しわくちゃになるんじゃないかってくらい、強く強く掴み。

「だから…………ダメなのに、ご主人様は…………受け入れちゃうから、ダメなのに」

「どうしてそんなに拒絶する?」

「ボクは…………ボクなんか、命の無い、ただの化け物なのに」

 声が震えていた。まるで今にも泣きそうなその様子に。

「ボクなんか…………ダメなのに」

 口から吐きだす、悲観的な言葉の数々に。

「あー…………もう」

 少しだけ、イラついた。

 

「うるさい、黙ってろ」

 

 くい、とその顔を上げさせ。

 

 問答無用で唇を押し付けた。

 

 

 * * *

 

 

「あ…………っんむ」

 

 その瞬間だけは、思考が真っ白になった。

 先ほどまで悩んでたことも、ぐちゃぐちゃにない交ぜになった感情も、全部全部吹き飛んだ。

 蕩けてしまいそうな思考に、ただ本能のままに、そのままに身を委ねる。

 ただただ真っ白で、何も考えられなかった。

 

 両頬に当てられた、自身の主の手が酷く熱く感じる。

 

 まるで火傷してしまいそうなほどの熱が、けれど手では無く頬のほうだと気づく。

 

 ぺろり、と口の中に潜りこんだ舌が自身の舌と絡み、唾液を交える。

 

 瞬間、びくり、と体が跳ねる。そんな自身に主がふっと嗤い。

 

「ぷはっ」

「あ…………あう…………あっ」

 

 直後、主の唇が離れる。同時に開かれた口が大量の空気を求めて、何度となく胸が上下する。

 

「あんまり驚かせないように…………優しく行こうかと思ったけど、止めた」

 

 その両手に頬が固定されたまま、主の顔が近づいてくる。

 先ほどからから回り続ける思考は、何の言葉も紡ぎ出せず。

 

「え…………あ…………っと」

 

 言葉にもならない音の羅列が口から零れだしていく。

 

「シャルが悪いんだから」

 

 にぃ、と主が嗤う。

 

「あんまり強情だから」

 

 再びその顔が迫り。

 

「全部全部…………溶かしてあげる」

 

 ほんの一瞬、唇と唇が重なり合う。

 

「全部全部…………蕩けさせてあげる」

 

 先ほどよりも、どこか淫靡な口づけ。

 

「奪ってあげる、浚ってあげる、掠め取ってあげる」

 

 耳元で囁かれる言葉に、全身の力が抜けていく。

 

「全部全部…………シャルが素直になるまで」

 

 崩れ落ちる体を、自身が主が抱き留め。

 

「滅茶苦茶にしてあげる」

 

 だから――――――――。

 

「覚悟しなよ?」

 

 呟き、嗤った。

 

 




告ったのに逃げられたのでハルトくんキレるの巻。

書いてて思う…………これはR18事案ですわ。

と言うわけでその内書いとく。そんなに長くならないと思うけど。


コミュ回と言う名のヒロイン攻略回になりつつあるけど、もうちょい告白会分散させれば良かったと反省。やっぱ恋愛フラグってのは自分には難しい。
この辺は次回に生かしたいところ。
あと一話でチャンピオン戦入ります。


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閑話 夜の公園で

ミズシロエロモドキ…………うん、何かの生物の学名だろうか。

いまいちエロくない…………いや、こういうエロっぽい描写書くの初めてだから仕方ないのかもしれないが。

まあ別に読まなくても支障はないので、こういうの嫌なら読み飛ばせばいい。
多分もう閑話書かないから。これが最初で最後だと思われ。


 

 触れ合うように、唇と唇を触れ合わせる。

 

 ぼう、と熱に浮かされたかのような潤んだ眼差しで自身を見つめる少女に。

 全身から力を抜き、全てを委ねるように自身の腕の中へともたれかかる少女に。

 

 最早止まれるはずも無かった。

 

 触れ合わせた唇から舌を突き出し、少女の口内を犯していく。

 

「んんっ?!」

 驚いたように目を見開き、けれど一切の抵抗をしない少女の口の中を蹂躙していく。

「ん、ちゅ…………ちゅる、ん…………ちゅう」

 舌と絡ませ、歯茎を舐め、唾液を送り込む。

 なすがままの少女の瞳が段々ととろん、と蕩けていき、その頬が上気していく。

「ぷはっ」

 一度顔を離す、はあ、はあ、と荒い息を互いに吐き。

「拒まないの?」

 口元に弧を描きながら、再び顔を近づけ。

 

「ごしゅ…………じん…………さまぁ」

 

 小さく呟くシャルの声に。

 

「拒まないなら」

 

 このまま。

 

「染め上げてあげる」

 

 再び口付ける。

 

 今度は送り込むのではなく、貪るようなキス。

「えろ…………ん、ちゅ…………んん…………ん、む…………ちゅる」

 唇を窄め、絡めた舌を啜る。そうすれば、おずおずとシャルの舌が伸ばされ、再びそれを自身のモノと絡め合わせ、互いの口内を犯しあう。

「はあ…………はむ…………はあ…………ん、ちゅ、むう、むう…………ちゅる…………ちゅ…………」

 貪りあうように、気づけば、自身だけでなく、シャルもまた唇を突き出し、積極的に舌を伸ばしていた。

「ごひゅじん…………ひゃま…………ごひゅじんひゃま」

 何度も、何度も、絡めた舌のせいで上手く言葉にならないのに、それでも何度も、何度も、自身を呼ぶシャルが愛おしくて。

「シャル…………ちゅ…………ちゅる…………ん…………ちゅ…………」

 思考が白くなっていく、ただただ目の前の愛おしい少女の存在だけが自身の中に焼き付いていく。

 

「ん…………ちゅ…………はっ…………はっ…………ちゅ、ちゅる、んん」

 

 貪る。

 

「あむ…………ちゅ…………ちゅるる…………ん…………ちゅる」

 

 貪る。

 

「ごひゅじんひゃま…………ごひゅじんひゃま!」

 

 ただ、互いを必死になって貪る。

 

「シャル…………シャルっ!」

 

 互いに名を呼び合い、舌を絡め合い、唾液を交換し。

 

 そうして。

 

「はあ…………はあ…………はあ…………」

「はっ…………はっ…………はっ…………」

 

 すとん、と互いにそのまま地面の上に腰を落とす。

 いつの間にか、日がどっぷりと落ち、夕暮れから夜へと移行しようとしていた。

 

「なあ…………シャル」

 

 足元に広がった芝生に、くったりと、疲れた体を投げ出す。

 ぺたん、と両足を投げ出したまま座るシャルは、呆然としたまま答えず。

 

「寂しいこと、言うなよ」

 

 けれど、その様子を気にかけず、言葉を投げかける。

 

「冷たいこと、言うなよ」

 

 声は届いている。ならば、それでいいと言葉を続ける。

 

「ああ、認めるよ。俺だってさ」

 

 ――――お前らのことが、好きなんだよ。

 

 告げた一言に、ぴくり、と少女が反応し、初めてこちらをまともに見る。

「普通に考えて、お前らみたいな可愛い女の子が自分のこと好きだって全力でアピールしてきてて、気にならないはずないだろ」

 驚いたまま動かない様子の少女の腕を取り。

 

「お前さ、エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも、リップルも、難しく考えすぎなんだよ」

 

 その勢いのままに押し倒す。

 シャルの上から覆いかぶさるようなその態勢に、シャルが目を白黒させ。

 

「好きだよ…………だったらそれで良いよ。余計なこと考えて、気持ちを捨てるなんてもったいないだろ」

 

 だから。

 

「聞かせてくれよ、昨日みたいに、お前の、本当の気持ち」

 

 真正面からシャルの目を見据え、呟き。

 

「…………………………………………………………………………きだよ」

 

 ぽつり、とシャルが呟き。

 

「好き、だよ! 好きに決まってる、大好きだよ、ボクだって、ボクだってご主人様のこと、好きに決まってる! でも、ボクは――――っ!」

 

 でも、と続けた瞬間、その唇を塞ぐ。

 

「ん――――っ?!」

 

 目を見開き、言葉が止まる。

 そうして口を離し。

 

「でも、も、けど、もいらねえよ…………それだけ聞ければ十分だ」

 

 手を引き、その背にもう片方の手を回し、シャルを抱き起す。

 抱き起し、そのままぎゅっと抱きしめる。

 

「あっ」

 

 シャルが短く呟き、やがて口を閉ざす。

 

「良いんだよ、そんだけで…………好きになるのに、理由も理論も理屈も必要無い」

 

 必要なのは。

 

「ただ好きって気持ちだけあれば、それでいいんだ」

 

 ゆっくりとした口調で、諭すように、あやすように、その背を撫でる。

 

「素直で良いんだ、隠さなくていいんだ、我が儘で良いんだ」

 

 だから。

 

「こんな時くらい、臆病じゃなくても良いんだ」

 

 う、と、シャルが呻く。

 

「良い…………のかな…………ボク…………ご主人様のこと…………好きで…………いいのかな」

 

 言葉に時折嗚咽を交えながら、ゆっくりとシャルが紡いだ言葉に頷き。

 

「良いんだよ…………誰よりも、何よりも、俺が許してやる」

 

 ひっく、ひっく、とシャルのその目端から何かが零れ落ちる。

 

「笑えよ、シャル…………その方が、お前には似合ってる」

 

 自身の腕の中で涙を零す少女に、優しく呟き。

 

「いつもみたいな、笑顔、見せてくれよ」

 

 ぽん、ぽん、とその背を優しく叩くと、やがてゆっくりと、シャルが顔を上げて。

 

「あの…………ね…………ごしゅじん…………さま」

 

 泣きながら、その瞳から涙を流しながら、それでも。

 

「大好きです、ご主人様」

 

 その笑顔は、今まで見た中で、一番綺麗だった。

 

 

 




ベロチューはR18にはならねえんだってさ。
妖怪曰く「本番無いなら全裸でもR15だぞ、運営に確かめたからな」とのことなので、恐らくこれは普通に投稿しても大丈夫だろうと思っておく。

本番…………? 10歳児ができるわけねえだろ。

感想でも言われてたが、ハルトくんの前世はホストだったんだろうか…………自分で書いててそんな気がしてきた。

とりま、シャルちゃんにエロいことできたので、割と満足。


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十年一緒に住んでて初めて見た

 

 

 人間もそうだが、ポケモンもまた生物だ。

 今更何を、と言われるかもしれないが、それが事実だ。

 だから、人間と同じようにポケモンも怪我もすれば、病気にもなるし、最悪それが原因で死亡することだってある。

 と言うか、原作でも確か金銀で病気になったデンリュウと言うのが出てきたはずだ。『ひでんのくすり』とか言うアイテムを取りに行くお使いクエスト的なものだったはず。

 

 まあ何を言いたいかと言うと。

 

「…………っくしゅん」

「…………風邪だなあ」

「はひ…………すみまひぇん」

 

 ずず、と鼻を鳴らしながら真赤な顔をしているイナズマに嘆息する。

 リーグ最終戦まで残すところ四日にして、まさかのメンバーが一人病欠と言う問題。

 まあ幸いにして。

 

「明日か、長くても明後日には治るって話だけどね」

 

 怪我だろうと、病だろうと、ポケモンに関する異常ならなんでも診てくれるのがポケモンセンターだ。

 朝からイナズマを連れて行ってきたが、人間で言うところの軽い風邪であり(厳密には人間と同じものではないポケモンがかかる病なので)、それほど大事にはならず、また一日、二日で治るとのこと。

「今日はホテルで寝てろよー?」

「ふぁい」

 どうにも熱っぽいらしく、目がとろんとして瞼が落ちかけている。

 呼吸もやたら熱いし、息苦しさもあるようで、やや息が荒い。

 

 完全に風邪である。

 

「あう…………」

 

 ベッドの上で、布団で顔を半分ほど隠しながら、イナズマが小さく呻いた。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンは、前世の動物と似ているようでまるで違う。

 当たりまえだが、普通の動物は口から火は吐かないし、指先から電撃放ったりしないし、一瞬で水を凍結させるビーム出したりもしなければ、電波飛ばしたりも、雨を呼ぶことも出来ない。

 とは言っても生物の範疇である。脳があり、心臓があり、その他内臓があるのも同じだし、手もあれば足もあり、目で見て、耳で聞いて、口で語り、舌で味わい、鼻で嗅ぐ。

 一部例外もあったりするが、大よそのポケモンはこれに当てはまる。

 『ほのお』ポケモンなら体内に火炎を生み出す仕組みがあったり、『でんき』ポケモンならば発電する仕組みがあったりと、多少の違いはあるのだろうが、大よそのところ、風邪を引けば対処方法は同じである。

 

 薬飲んで、栄養のあるものを食べて、体を暖かくして寝る。

 

 つまりこれに尽きる。

 

「はい、イナズマ、あーん」

「あーん」

 

 いつもならもう少し恥ずかしがりそうな感じもあるが、完全に熱に頭浮かされてるなあ、と思いながらベッドの脇に腰かけ、ホテルのレストランに頼んで作ってもらったお粥を掬ったレンゲを差し出す。

 さすがにここまで勝ち抜いているトレーナーだけあって、ホテルからの待遇もかなり良い。多少の無茶も聞いてもらえる。

 と言うかこの街にこんな百十人くらいは泊まれそうなホテルを立てて、全ての部屋が埋まることがあるのだろうか。リーグ街のトレーナー全員ここに泊まっても埋まりそうに無いし、そもそもリーグ挑戦者のトレーナーは皆、同じホテルで寝泊まりすることを嫌ってだいたい各地のホテルに散らばっているので、余計にこの数は無駄なのではないだろうか、と思う。

 まあそのお蔭で、一室別に貸切るとか言うこともできるのだが。

 

 ポケモンセンターのジョーイさん曰くポケモンの風邪なので人間には移りはしないが、同じポケモンには移る可能性がある、とのことらしいので、イナズマだけ別室に寝かせて、自身が朝からついているのだが、入り口の扉の隙間からこちらを伺う視線の数々に、思わずため息を吐く。

 

「まふは…………?」

 

 そんな自身のため息に、イナズマがぼんやりとしながら首を傾げ。

「何でもないよ」

「ふぁ…………ふぁい…………」

 茶碗一杯ほどのお粥をゆっくり咀嚼させながら、全て食べさせると。

「ほら、イナズマ、薬」

 ポケモンセンターで処方してもらった薬を取り出しながら、ポッドで沸かした湯を湯呑に注ぐ。

 そのままでは熱いので、ふうふう、と二度、三度と吹いて程よく冷ましたら、イナズマに湯呑を渡し、そのまま薬を飲ませる。

「…………にがい」

「薬だからね」

「…………ますたー、手」

「はいはい、繋いでるから」

 病気で気が弱っているのか、どうにも今日のイナズマはやたらと甘えてくる。

 そもそもポケモンセンターで寝かしておこうと言う話だったのが、どうにも自身の裾を掴んで離さないせいで連れて帰ることになったのだから、相当だ。

 

「ほら、さっさと寝た寝た。どうせ寝るのが一番体に良いんだよ」

 

 少なくとも人間はそうだ。ポケモンがどうか知らないが、まあ体調不良の時に寝て体に悪いと言うことは無いだろうと思う。

 

「…………寝てる間、一緒に居てくれますか?」

 

 潤んだ瞳でこちらを見つめるイナズマ。単に熱のせいなのだろうが、ちょっと事実無根な罪悪感を感じるので止めて欲しい。

「分かった分かった…………寝て、起きて、お前が良くなるまで、一緒にいるよ」

 

 ――――だから、早く風邪治しちまえよ。

 

 半ば無意識で呟いた言葉に。

「…………えへ…………はい」

 にへら、とイナズマが笑い、そうして枕に顔を埋める。

「…………おやすみなさい、ますたー」

 呟き、目を閉じる目の前の()()に向かって。

「ああ…………おやすみ、イナズマ」

 片手を繋いだまま、自身もまたベッドの上で胡坐をかき、頬杖を突く。

「ふぁ…………朝からポケセンまで走ったせいで、ちょっと眠い」

 一つ欠伸し。ちらり、とベッドの中で眠る少女の顔を見る。

 相変わらず熱っぽい。だがぎゅっと、その手を握りしめれば嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべ。

「タオルタオルっと」

 そっとその額の汗を拭ってやり、ついでに頭の上に絞ったタオルを置いてやる。

「俺も寝るか」

 イナズマのベッドの隣にくっつけたもう一つのベッドにごろん、と転がる。

「チーク…………部屋の中、入んなよー?」

 扉の外でこちらを伺うチーク他数名へと一つ釘を刺し。

「んじゃ…………おやすみ」

 繋いだ手をそのままに、布団を被り、目を閉じる。

 

 襲い掛かる睡魔に、身を委ね。

 

 あっという間に意識が暗転していった。

 

 

 * * *

 

 

 暑い。

 

 熱いでは無く、暑い。

 

 体に溜まった熱の暑さに、ふとイナズマが目を覚ます。

 ぼんやりとした頭で、ふと窓の外を見れば、すでに日が傾き始めていた。

 ふと時計を見る、時刻は午後五時を回ったくらい。

 上半身を起こす、と同時に顔から落ちてくるタオル。

「…………あ」

 寝る前に感じた僅かな冷たさ。ひんやりと気持ち良い感覚を思い出し。

「…………マスター」

 呟き、そして同時に、繋がれた手の存在を思い出す。

 ふっと視線をずらせば。

「……………………すう…………すう」

 静かに寝息を立てる、自身の主の姿。

「…………朝から、騒がせちゃいましたしね」

 自身を背に運ぶエアと併走するようにポケモンセンターへと走った自身の主の姿をうすらぼんやりと思い出し。

「…………えへへ、ありがとうございます」

 主を起こさない程度の小さな声でそう呟く。

 そうして、そっと、その手を解き。

「……………………」

 一瞬、ほんの一瞬だけ感じた、手の温もりが離れていくことに対する惜しさ。

 けれどそれも一瞬。

 

「…………汗、べとべと」

 

 服が大量に寝汗を吸って、やや気持ち悪い。

「…………ヒトガタは脱げないからなあ」

 寝汗を吸って水気たっぷりのこの服は、乾かす以外に方法が無いのがヒトガタの苦労である。

 まあそもそもヒトガタで無ければ、相対的に毛の量が増えているので、乾かすのがもっと大変になるだろうが。

 ふと視線を傍にあった机の上に向ければ、水の張った洗面器と傍には数枚のタオル。

 どうやらホテルから借りてきてくれたらしい。

 

 タオルに手を伸ばし、一つ手を取る。

 同時に感じる甘い香り。

 それは昨晩、()()が寝る前に大量に食べていたお菓子の香り。

 

「…………ちーちゃん」

 

 これを借りてきてくれた少女の名前を呟き、ぎゅっと抱きしめる。

 洗面器の中に僅かに溶け残った氷が見える。時間からしてかなり経ったはずなのに今尚残る氷。

 洗面器に触れてみれば僅かに感じる冷気。

「シア、かな」

 そして部屋の中の空気。残暑の影響を受けない程度に快適な温度は多分、恐らくシャルの手によるもの。

 そして乾燥し過ぎない、かと言ってべたつかない病人に優しい湿度はリップルだろうか。

「…………みんな頑張り過ぎだよ」

 思わず苦笑する。

 

 普段生活する上で、ここまですることは無い。その程度には手間がかかる作業である。

 ポケモンの力は便利に使おうとすれば確かにこういうことも出来ても、それでも日常的に使うには細かな調整が必要で、だったら多少我慢するか、別の物で代用すればいいだけの話である。

 だが今こうして手間をかけて、病気で弱った自身に負担の無いように気を張ってくれた跡を見れば、どうしても嬉しくなる。

「…………ありがとう、みんな」

 呟き、タオルで顔と額、それから首回りを拭いていく。

 服は…………後で風呂に入ってそのまま乾かせば良いだろう。

 普段はあまりしないが、自身の服はデンリュウと言う種にとっての毛皮と同じだ。普段は払い落とす程度でも良いのだが、時々は洗ってやらないとどうしても汚れていく。

 露出した手や足を拭き、それから服の裾を捲り、隙間からタオルを入れていく。

 お腹の周りを拭い、それからさらに服を捲って少しずつ上を上を目指していく。

 

 そうして、半ば上着を脱ぎかけたところで。

 

「ふぁあ…………ああ…………ん、イナズマ、起きてたのか?」

 

 自身の主が目を覚まし、体を起こす。

 

「…………………………」

 

 突然横から聞こえた声に、一瞬びくり、と固まり。

 自身が今どんな格好なのか、思い出したのは直後。

 

「…………………………あっ」

 

 時すでに遅し。

 その一瞬の間に、こちらを向いていた主とばっちりと目が合い。

 

「あ、ああ、あああ」

「あ、いや、その、だな」

 ふい、と頬を赤らめながら主が顔を背け。

 

「やああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫が室内に響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

「で、そのままイナズマの背中拭いて上げたの?」

 かぽーん、と鹿威しの音が響く。

 風情だなあ、と内心で想いながら。

「…………仕方ねえだろ、後ろ手が届かないって言うんだから」

 

 何故こいつ(リップル)は当たり前のように男湯に入ってきているんだろうか、と内心で疑問を呈する。

「もうマスター以外に入って来る人なんていないから大丈夫だよ」

「だからナチュラルに俺の心読むなよ」

「マスターが分かりやすいだけだと思うよ?」

 ホントかよ、なんて不審そうな目をしながら。

「まあ何にせよ、明日には治りそうだな」

 夕方もう一度イナズマの体調を見たが、朝より大分良くなっていた。やはり寝ていれば治る、と言うのは人間もポケモンもそんなに変わらないらしい。

 

「役得だったねー?」

「……………………いやー、前までならともかく、今のあの幼女にさすがに発情はしねえわ」

 そう、イナズマ。幼女である。またしても。

 と言っても、すでにプリム戦終了後からのことではあるので、最早慣れているのだが。

 以前との違いは、精神年齢までは下がっていないと言うことか。いや、多少の影響は受けているみたいではあるが、概ね何時ものイナズマと変わりない。

 

「うーん、私もメガシンカしてみたいなあ」

「お前は…………ゲンシカイキならできそうではあるけど」

 ただやる意味が余り感じられないだけで。

「リップルはあくまで受けだからなあ」

「まあ分かってたけどね」

「チャンピオン戦終わったら、考えてみるわ」

「お願いねー」

 かぽん、と再び鹿威しが鳴る。

 

 いつ入っても温泉は良い。と内心呟く。

 やはり前世が日本人だからだろうか、和食とか温泉とか、そう言った類のものが酷く安心する。

 そう、安心するのだ。温泉に入っているのは、つまりそれが目的だ。

 

「緊張する?」

「…………当たりまえだろ」

「まあ、そうか…………あと四日だしね」

 

 残すところ四日。

 チャンピオンとの戦いまでの残り日数。

 

 一日近づくごとに、心臓が跳ねる。

 

 近づく期限に、気持ちばかり焦ってしまっている。

 

 だから温泉に入って気持ちを静めるのだ。

 

「エアのやつがさ、えらく気合い入ってるよな」

「まあ前回のリベンジってのもあるしね、エアは負けず嫌いだから」

「…………何自分は関係ないみたいな顔してるんだよ」

 

 呟いた言葉に、リップルが首を傾げる。

 そんなリップルに一つため息を吐き。

 

「俺も、お前も、いや、それどころかシアも、チーク、イナズマも、あのシャルですら」

 

 全員が全員。

 

「負けて、負かされて、そのままで良いなんて思っちゃいないだろ」

 

 そんな自身の言葉に、リップルがにやり、と口元を歪ませ。

 

「勿論」

 

 短く返し。

 

 そうして。

 

「珍しい、お前のそんな顔」

 

 獰猛に笑った。

 

 

 




自分も今風邪中です。そして休めないお仕事。
寒い時期ですのでみなさんも風邪にはお気をつけて(オーストラリア在住は知らない)。


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チャンピオンダイゴ戦①

「さて」

 こつん、こつん、と。五度目となる通路を歩きながら、一つ呟く。

「…………泣いても笑っても、これで最後だ」

 こつん、と足音が止まる。

「…………覚悟はいいかい?」

 自身のそんな問いに、目の前を歩くエアが鼻を鳴らす。

「そんなもの、最初から終わってるわよ」

 そんなエアの言葉に、そうかい、とだけ呟きエアをボールに戻す。

 

 四天王カゲツの居た部屋へと入る。

 

 中は薄暗く、奥へと続く扉の周りだけが光に照らされている。

 

「マスターこそ」

 部屋を歩きながら、隣を歩くシアが呟く。

「大丈夫ですか?」

 そんなシアの問いに、勿論、とだけ呟き。

「…………頼りにしてるよ?」

「…………任せてください」

 互いに顔を合わせ、笑みを浮かべる。

 そうしてシアをボールへと戻し。

 

 次に入ったのはフヨウの居た部屋。

 

「あう…………く、暗い」

「この間は普通に夜でも平然としてたのに」

「あああああ、あの時は、そそそそ、その、別のことで頭がいっぱいだったと言うか」

 体を震えさせながら、自身の裾を掴むシャルに、やれやれと苦笑し。

「今日は頼むよ? シャル」

 そんな自身の言葉に。

「…………はい、頑張りますから」

 一つ頷き。

「だから、勝ってください。ご主人様」

 何時もとは違う、少しだけ強気な言葉に、頷き、シャルをボールへと戻す。

 

 次に入ったのはプリムの居た部屋。

 

「まだ寒い気がするヨ」

「よく考えたらあれのせいでイナズマ風邪引いたんじゃないだろうか」

 足元を見ながら、チークが先導し、やがて次へと続く扉の前で止まる。

「さてはて、トレーナー。これで最後だネ」

「そうだな、最後だな」

「終わったら、アチキも言いたいことあるから、だから」

「…………ああ、待ってる、だから」

 短く、言葉を止め。

 

「勝つぞ」

「勝つヨ」

 

 互いに笑みを浮かべ、頷き。そしてチークをボールへ戻す。

 

 さらに歩を進め、入ったのはゲンジの居た部屋。

 

「あはは…………みんな気合入っちゃってますね」

 後ろで苦笑するイナズマに、振り返りながら問う。

「何だ…………? お前はやる気ないのか?」

 瞬間。

「…………そんなはずないじゃないですか」

 笑みだった。確かにそれは笑みだった。

 だが本来の意味での笑み…………とてもとても獰猛で、攻撃的な意味の笑み。

「良い意味で『ドラゴン』っぽくなってきたな」

「…………そうですか? 自分だと良く分らないんですけどね」

 あはは、とまた苦笑するイナズマにふっと笑みを零し。

 

「頼むぞ、俺は勝ちたいんだ」

「当然です」

 

 そこで当然と言えるのが、何よりの変化だと、今は思う。

 頼もしくなった、そう思いながらイナズマをボールに戻し。

 

 そうして、最後の扉を抜ける。

 

「…………緊張する?」

 いつの間にか、自身の隣に立っていたリップルに問われ、手が震えていることに気づく。

 続くのは長い長い、石の回廊。

 歩いていくごとに感じる、重圧に、思わず息を呑む。

「…………本当に人間なのかな、ってレベルだね、これ」

 感じる重圧、その根本を辿れば、この先にいるたった一人の男に集約されるのだろう。

 リップルが隣で漏らしたように、本当にこれが人間の放つ気配だろうかと思ってしまうような濃密な重さを纏った気配。

「最高だよ」

「…………へえ」

 呟いた一言に、リップルの口元が弧を描く。

「この空気が如実に物語ってる…………今度は、遊びじゃないって」

 一度目は、ただの遊びだった。少なくとも、自身は全力を振り絞り、それでも相手にとってはただの児戯に等しい物だった。

 だから、不安はあったのだ。

「本気にされている、それだけの力が、今の俺たちにはある」

 石作りの階段を一歩一歩上って行く。

 

 そうして。

 

「さあ…………行くぞ」

「御意に、マスター」

 

 (うやうや)しく頭を垂れたリップルをボールへと戻し。

 

 

 ついに、その場所へとたどり着いた。

 

 

 * * *

 

 

「何を言おうか、と考えていた」

 

 その男は、ただ独り、そこに立っていた。

 

「ここまでたどり着いたキミに、一体ボクは何を語ろうか、考えていたんだ」

 

 いつかと同じ、服装、同じ髪、同じ顔、同じ背丈、同じ表情、同じ優しい笑み。

 

「でもね」

 

 けれど。

 

「キミを見たら、何も出てこなくなってしまったよ」

 

 その目だけは、はっきりと異なっていた。

 

「ああ、本当に強くなった」

 

 そう、言うならば。

 

「ただ今は、互いの全力をぶつけ合いたい」

 

 ただ倒す、と言う意思。そんな闘争心に滾った瞳。

 

「言葉より何よりも」

 

 そうして、男が。

 

「一番雄弁に語ってくれるのは、コレだ」

 

 ボールを構え。

 

「だってボクたちは、トレーナーなんだから」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

「ヤイバ」

「チーク」

 まるでいつかの焼き回しのように、互いが最初に投げたボールから、エアームドとデデンネが現れる。

「シャアァァ!」

「今度は、負けないサ!」

 互いへの指示も無く、互いのポケモンが動きだす。

 すでにやることは決まっている。先発と言うのはほとんどそう言うものだから。

 

 “つながるきずな”

 

 だから。

 

 “ほっぺすりすり”

 

 先手は絶対にチークが取る。

 こと『すばやさ』に置いて、チークより速いポケモンは相手には恐らく居ないだろうと予想している。

 『はがね』ポケモンとは、基本が高耐久鈍足だ。

 だから、この先手だけは絶対に取れる。

 

 それが、チャンピオンの隙。

 

「うりゃりゃりゃ!」

 チークから発せられる電撃がエアームドを襲い。

 

 “やいばのつばさ”

 

 ずぶり、とチークの全身から血が溢れる。

「チイイイイイイイク!」

「問題、無いさネ!!!」

 自身の叫びに、チークが端的に返し。

 

 だからその言葉を信じる。

 

 “むすぶきずな”

 

 最も強い絆の力。

 

 そして。

 

「これが、俺の!」

 

 否、俺たちの。

 

「五年の意味だ!!!」

 

 “ドールズ”

 

 “ビリビリでんぱ”

 

「ギ…………シャ…………」

 『マヒ』状態のエアームドが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこに生まれる一手分の隙。

 

「スイッチバァァッック!!」

 

 一瞬でチークを戻し。

 同時に、もう片方の手でボールを押し出す。

 

「イナズマァァァ!」

「はい…………行きます!!!」

 

 ボールから出てきたイナズマの周囲にばちん、と電磁場が発生し。

 

 “むげんでんりょく”

 

 ばちばちばちばちばち、と電気が弾け、火花を散らす。

 

「ヤイバッ!」

 と、同時『マヒ』による行動不能が解除されたエアームドが動き出し。

 

 “りょうよく”

 

 “まきびし”

 

 “まきびし”

 

 こちらの場に大量の『まきびし』がばら撒かれる。

 前回はこれに苦労した。『まきびし』による固定ダメージの痛さ、と極めて硬いエアームドの耐久、そして後に控える超火力超耐久のボスゴドラのコンボに、あわや全滅の憂き目にあったのだ。

 

 だから、こそ、当たり前のように。

 

「イナズマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ううううううううううううううううううううううやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 “てんいむほう”

 

 絶叫する、イナズマが、声を張り上げ。

 

 “レールガン”

 

 全てはこの瞬間のために仕込み続けてきた。

 浮かぶ、浮かぶ、極光の一撃に引き込まれるように、イナズマの周囲に散らばる『まきびし』が磁力に吸い寄せられそうして。

 

「吹っ飛べええええええええ!!!」

 

 放ったエアームド自身へと“まきびし”が吹き飛び、返って行く。

「ギ…………シャ…………ア…………ァァ…………」

 “てんいむほう”でトレーナーズスキルを無視し、さらに“がんじょう”すら無視したはずのダメージを、それでも耐えたところに設置物の弾丸による追加攻撃、それでも確かに一瞬、エアームドがもう一度耐えようとして。

「…………ご苦労様、ヤイバ」

 けれど、耐えきれず倒れたエアームドをダイゴがボールへと納める。

 

 そうして何も出来ず、倒れたエアームドの入ったボールを見つめるダイゴの表情は。

 

「……………………っ」

 笑みだった。そう、今までに見た事もないような、純粋な笑み。

 猛々しい。いつもの優しい笑みなどどこに忘れたのかと言うような、そんな攻撃的な笑み。

「さあ。次だ…………ジャイロ!」

 そうして投げられたボールから放たれたのは。

 

「…………フォレトスか」

 

 タイプは『むし』『はがね』。

 正直それくらいしか覚えが無い。余り印象が残らないポケモン。

 

「どうするか…………」

 悩むのは一瞬、即座に答えを出し。

 

「イナズマ」

「回れ、ジャイロ」

 

 先手はイナズマ。やはり相手は全体的に鈍足だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()も相当だが、それでも『すばやさ』を2段階積んだ現状ならばこちらが速い。

 

 “わたはじき”

 

 自身の『ぼうぎょ』をさらに固め、同時に相手の『すばやさ』をさらに落とす。

「…………ふふ、ありがとう、遅くしてくれて」

 そしてそんな自身の指示に、ダイゴが笑い。

 

 “ジャイロボール”

 

 ()()()()()()()()()()

 

 ぐるんぐるん、と回転し、回転し続ける。

「…………しまった」

 呟いた直後。

 

 “じくかいてん”

 

 高速で回転し続けるフォレトスが、一度どん、と跳ねて。

「なっ」

 イナズマへと降りかかる。

 

 ズドァァァン

 

 轟音が響き渡り、土煙が立ち込める。

「イナズマ!」

 叫び、目を凝らす。やがて土煙が晴れ。

「ぐ…………まだ、まだ!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ほう」

 ダイゴが僅かに目を見開き。

 

「けれど、それで終わりだ」

 

 “こうへいなるしんぱん”

 

 “だいばくはつ”

 

 呟きと同時、フォレトスの全身が光に包まれていき。

「投げ捨てろ、イナズマ!」

 その意図に気づき、絶叫するが。

 

 ズドァァァァァァァァァァァァァァァァァン

 

 先ほどを超える轟音が響き渡り。

 

「ぐ…………こんな…………とこ、で…………」

「グゥ…………ン…………」

 

 イナズマとフォレトス、両者が同時に倒れた。

 

 

 * * *

 

 

 5-4。

 

 数の上だけで見れば、こちらの有利。

 だがメインアタッカーのイナズマが落とされたのが痛い。

 何より、相手の『はがね』タイプの技を半減相性で受けれるのがイナズマとシャルだけ。

 そしてシャルは絶対に受けには回せないので、イナズマが落ちると、受けに回せるのがリップルかシアと言うことになる。

 だがシアは『こおり』タイプ。『はがね』タイプの技が弱点であり、リップルは『ぼうぎょ』に難がある。決して低いわけではないのだが、相手のポケモンの火力の高さを考えると、やや不安が残る。

 何よりも今の攻撃。

 

 『ぼうぎょ』を5段階積んだはずのイナズマが、一瞬で落とされた。

 確かに“だいばくはつ”は威力の高い技だが、それでも『ぼうぎょ』5段階と言うのはそう簡単に抜けるものではない。

 『きゅうしょ』にでも入ったか、それともそう言ったトレーナーズスキルか。

 

 どちらにしろ、総合的に見るとこちらがやや不利と言ったところか。

 

 ならば、ここで覆す。

 

 次の相手はもう予想できているのだから。

 

「行け、ココ」

「頼む!」

 

 互いに投げたボールから出てきたのは。

 

「出てきたな、ボスゴドラ!」

 

 前回こちらのパーティを壊滅に追いやった元凶、ボスゴドラ。

 大してこちらのポケモンは。

 

「再びアチキの出番さネ!」

「やれ、チーク」

 

 互いへの指示は一瞬。

 

 そして。

 

「にひひ」

 チークが笑い、ボスゴドラへと迫り、触れる。

 

 “こうきしん”

 

 “なれあい”

 

 “れんたいかん”

 

 ボスゴドラよりも数秒早く、技の態勢を取ったチークの“なれあい”によってボスゴドラの能力を無理矢理に書き換える。

「スイッチバック」

 “れんたいかん”の効果により、恐らく全ての技が使用不可能になったボスゴドラが動きを止め、その瞬間を狙ってチークをボールに戻し。

 

「行って、シア!」

「任されました、マスター!」

 

 “ゆきのじょおう”

 

 場に出た瞬間、空に雲がかかり『あられ』が降り始める。

 シア。タイプ相性的に見れば恐ろしいほど不利。

 何せ相手は『こおり』半減に対して、こちらは『はがね』『いわ』の両方が弱点だ。

 だが、それでもここはシア以外にあり得ない。

 シャルでは万一、耐えられた時、リスクが高すぎる。

 ここは決定的に決めなければならない。

 例え『ひんし』にできなくとも、この後もう絶対に障害とならないように、この一発で決めなければならない。

 

 故に。

 

「シア!」

「はい!」

 

 “アシストフリーズ”

 

 放たれた冷気の光が、ボスゴドラを襲い。

 “れんたいかん”によって強制的に下げられた能力値。

 そしてシアの“ゆきのじょおう”によってさらに下げられた能力ランクの効果により。

 

「ぐ…………お…………オォォ…………」

 

 ボスゴドラが倒れる。

 過去、何も出来ずに倒されたあの巨体が、今度は何もさせずに倒す。

 やっと、やっとだ。

 やっと過去を乗り越えた確信を得る。

 今度は負けない、そんな自信を得る。

 

 そうして、そうして、そうして。

 

「リボルヴ」

 

 ダイゴが次のポケモンを出し。

 

 “リロード”

 

 “クイックドロウ”

 

「撃て」

 

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 

 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン

 

 鈍い音が幾度か響き渡る。

 

「あ…………え…………あ…………」

 

 何が起きたのか分からない、そんな驚きの表情のシアが崩れ落ち。

 

「ごめん、なさい…………ます、たー」

 

 そうして、動かなくなった。

 

 




サブタイ別名:チートVSチート

今回は勝敗着くまでデータ見せない方向で。
最後に全部公開します。


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チャンピオンダイゴ戦②

「六連続…………バレットパンチ…………?」

 

 目の前で起きた光景に、一瞬思考が飛ぶ。

 だが崩れ行くシアの姿にすぐさま現実へと引き戻され。

「シャル!」

 出した。『むし』『はがね』タイプの目の前のポケモン…………ハッサムの弱点は『ほのお』だけだから。

 だから、出した、出してしまった、それが引きずり出されたのだと気づいたのは数秒後。

「行きますっ!」

 シャルが場に出ると同時、影がハッサムを捕らえようと伸び。

 

 “かげぬい”

 

 その影を釘づけにし、本体をも行動不能にする。

 そうして。

 

「燃やせええええ!!」

「っはい!!!」

 

 “シャドーフレア”

 

 放たれた黒炎がハッサムへと迫り。

 

「戻れリボルヴ」

 

 影が捕らえたはずのハッサムがするり、と抜け出す。

 後に残ったのは白く輝く抜け殻。

「ッ! 『きれいなぬけがら』?!」

 それは恐らく、シャルの“かげぬい”の数少ない弱点。

 “かげぬい”はそも“かげふみ”を改良した裏特性だ。だから、大本である“かげふみ”の影響が大きい。

 『ゴースト』タイプには無効化される、“かげふみ”持ちには通じない、など“かげふみ”と同じ弱点がそこにある。

 そして、だからこそ、それもまた、一つの弱点として残ってしまう。

 

 『きれいなぬけがら』

 

 そう言う道具。効果は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、“くろいまなざし”や“かげふみ”、“ありじごく”などを無効化する道具。

 

「出てこい…………ヴォルカノ」

 

 そうしてハッサムと入れ替わりで場に出てきたのは。

 

 “ヴォルケイノ”

 

 “かさいりゅう”

 

 “だいかさい”

 

「ギェェェウギァァァァァァァ!!!」

 

 “マグマストーム”

 

「ひ…………()()()()()?!」

 

 シンオウ地方の伝説がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 放たれた黒い炎が、ヒードランへと迫る。

「まずった」

 思わず呟き、同時にシャルを誘われたのだと理解する。

 

 『ほのお』タイプが唯一の弱点のハッサムを出し、『ほのお』技を誘発して、そして。

 

「“もらいび”のヒードラン!!!」

 

 黒い炎がヒードランへと接触し、けれど全身を包む炎に、ヒードランは特に反応を示さない。

 それどころか、炎が徐々にヒードランへと取り込まれて行き。

 

「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 お返しとばかりに放たれた“マグマストーム”がシャルへと襲いかかる。

「あつっ…………つ…………」

 燃え盛る炎に、シャルが顔を顰め、耐える。

 

 けれど燃え盛る炎の竜巻は、消えず、シャルの体力を削り続ける。

 

 同時、シャルの足元から伸びた影がヒードランを捕らえ、その動きを止める。

 

 “かげぬい”

 

「っ…………また“もらいび”持ちか」

 いつぞやのヘルガーと言い、本当に鬼門だ。

 そして厄介だ。“マグマストーム”の作った炎の竜巻、これのせいで交代すらできない。

 “かげぬい”で動きは止めたが。

 

「…………っち、殴り合いしかないか」

 

 嘆息し、読み違えたと吐き捨てる。

 

「悪い、シャル…………」

「う、うん…………いいよ、ご主人、様…………」

 炎の竜巻の中で、自身の言葉にシャルが応える。

「それでも…………頼む、こいつは残せない、残しちゃおけない」

「うん…………分かってる、頑張るから、だから」

「ああ、だから」

 

 “キズナパワー『とくこう』”

 

「ぶち抜け、シャル!!!」

「最大…………威力で」

 

 “サイコキネシス”

 

「いっけえええええええええええええ!!!」

 

 恐らく、初めて聞いただろう、こんなにも気迫のこもったシャルの声。

 そして、感情が引き金となり、力が弾ける。

 

 “むすぶきずな”

 

 シャルと、自身との絆が力へと変わる。

 

「ギェェェェェェァァァァァァ!!!」

「やああああああああああああああああああ!!!」

 

 “かげぬい”と“サイコキネシス”に抵抗しようとするヒードランを、シャルが全身全霊を振り絞り、押さえつけ、そして。

 

「落ちろおおォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 その巨体を宙へと振り上げ、同時に叩き落とす。

「ギァァァァァァ!!!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから。

 

 ずどん、ずどん、ずどん、と二度、三度、四度。

 振り上げ、落とす、振り上げ、落とす。

 炎の竜巻は徐々にシャルの体力を削る。最初のとんでも無い威力の一撃から考えて、残りの体力も僅かだろう。

 それでも、放さない、ヒードランを捕らえ。

 

 落とす、落とす、落とす、落とす、落とす。

 

 都度十を超えるサイコキネシスの連発。

 

 さしものシャルも疲れを見せ、炎の竜巻がトドメの一撃となり。

「ごめ…………なさい…………」

 シャルが倒れ伏す。

 

 そして。

 

「いや…………」

「ギィ…………ァァ…………」

 ヒードランがうめき声をあげ。

 

「良くやった、シャル」

 

 倒れた。

 

 

 * * *

 

 

「リボルヴ」

「リップル」

 

 相手の投げたボールから先ほどのハッサムが。

 そしてこちらからはリップルが場に出る。

 

「耐えろリップル」

「撃て、リボルヴ」

 

 互いへの指示は一瞬。

 

 そして。

 

 “リロード”

 

 “クイックドロウ”

 

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 “バレットパンチ”

 

 連続で放たれた鋼の拳がリップルを襲い。

 

 “キズナパワー『ぼうぎょ』”

 

 ずどん、ずどん、ずどん、と何度となく打ち付けられた拳を、リップルが耐え。

「お返しだ」

「燃え、尽き、ろ!」

 

 “だいもんじ”

 

 がっちり、と。

 目の前のハッサムを掴み、絶対に外すことの無い距離で放たれた“だいもんじ”がハッサムを焼き尽くす。

「グワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 絶叫。4倍弱点で燃やし尽くされたハッサムが絶叫し、そうして。

「…………ォ…………ォ」

 力無く崩れ堕ちる。

 

 そうして。

 

 これで。

 

「あと…………一体」

 

 1-3。

 

 数の上では圧倒的に有利。

 けれど、リップルは最早死に体だ。

 戦力として考えられないだろう。

 と、なれば実質1-2。

 だが一匹はチークだ。

 しかもボスゴドラ相手に切れる札を切りつくしている。

 なので、実質的には1-1。

 

「ふう」

 

 チャンピオンが一つ、息を吐く。

 

「やれやれ…………本当に、強くなった」

 

 呟き最後のボールを手に取る。

 

「けれど」

 

 そうして。

 

「彼女は超えられない」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 一体。

 

 何年ぶりだろうか。

 

 公式戦で、自身の出番が来るのは、と場に出た少女…………メタグロスのコメットは思考する。

 

「コメット」

 トレーナーからの一声に、頷き。

 

 “バレットパンチ”

 

 超高速の一撃で、目の前の竜を沈める。

「ぐっ…………」

 呻きを上げながら、相手トレーナーに回収された竜を見送り。

 同時。

 

 “スリップガード”

 

「…………(ぬめ)ってる」

 手に、そして持った槌に付着した粘液。先ほどの拳の一撃の時か、と冷静に思考し。

 同時、鉄槌の柄が滑り、握りにくいと思う。そしてこの感じでは、槌で殴っても付着した滑りに着弾点が僅かにずれ、威力が減少してしまうだろうと理解する。

 なるほど、攻撃した相手の足を引く、面倒な手を隠していたものだと思うが。

「無意味」

 

 “クリアボディ”

 

 ぶん、と手と、そして槌を奮えば、粘液が剥がれ落ちる。

「無駄」

 そうして手に違和感が無い事を確認すると、再び槌を構え直し。

 

「…………勝て」

 

 挑戦者が、ボールを投げる。

 

「エアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 そうして再び邂逅するは。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 あの日、一度は降した竜。

 

「……………………無為」

 

 硬く、硬く、柄を握り。

 

「コメット!」

「エア!」

 

 “ブラスターパンチ”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 放たれた互いの技が中空で激突し。

 

 そうして。

 

 ()()()()()()()

 

「っ?!」

 それは、彼女にしては珍しい驚きの感情。

「は…………ははは」

 そして、彼にしては珍しい歓喜の表情。

「…………楽しい?」

 ふと、自身がトレーナーに問いかける。

 珍しいこともあるものだ、と内心で呟く。

 そしてその理由が理解できるからこそ、彼女もまた。

「キミこそ、楽しいかい?」

「…………勿論」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

「“アームハンマー”!」

「“じしん”!」

 

 “アームハンマー”

 

 “じしん”

 

 放たれる互いの一撃が、激突し、相殺される。

 また、互角。

 

「“れいとうパンチ”!」

「“かりゅうのまい”!」

 

 “れいとうパンチ”

 

 “かりゅうのまい”

 

 放たれた冷気を纏った鉄槌に一撃を、けれど全身に炎を滾らせた相手が受け止め、平然とした表情を見せる。

「はは…………ははは」

 笑みが零れる。いつもの、取り繕ったものではない、正真正銘、自身の心の底からの歓喜の声。

 

「“ブラスターパンチ”!」

「“ガリョウテンセイ”!」

 

 再び拮抗する互いの一撃。

 徐々にだが、反動ダメージは互いに受け続けている。

 けれど、崩れない。均衡は崩れない。

 

 ()()()()()()()()

 

「はははははははは、あははははははははは!!」

 

 楽しい、楽しい、楽しい!!!

 

 なんて楽しいのだろうか!!!

 

 ポケモンバトルとは、これほど楽しいものだっただろうか!!!

 

「“れいとうパンチ”!」

「かわせ! お返しに“じしん”だあ!」

「左で“アームハンマー”、すぐに右で“ブラスターパンチ”!」

「しゃらくさい!!! “ガリョウテンセイ”でまとめて吹っ飛ばせ!!!」

 

 倒れない、倒れない、何度攻撃を重ねようと、相手は倒れない。

 自身の絶対のエースの攻撃を何度も、何度もぶつけあい、相殺し、その度に僅かずつ溜まるダメージと疲労。

 じりじりと互いのエースが削れていくその様。けれど沸き上がるのは不安や焦燥よりも歓喜だった。

 

 ツワブキ・ダイゴの人生において、不可能と言う文字は一度たりとも無かった。

 

 挫折と言うものを経験したことが無い、ある意味それこそが最大の挫折なのだと知ったのは、いつだっただろうか。

 特にこのポケモンバトルと言うジャンルにおいて、自身は無敵だった。

 

 正真正銘の無敵、敵が居ないのだ。

 

 敵足り得る存在が居ない。

 

 強すぎて、余りにも強すぎて。

 

 何度となく戦ってきたが、最初のエアームドを突破できるトレーナーが半数。

 そしてボスゴドラを突破できたトレーナーは…………ほんの一握り。

 そしてそのほんの一握りのトレーナーたちを無情にもハッサムが、そしてヒードランがトドメを刺していく。

 

 本当にいつ以来だろうか。

 

 彼女の出番が来るなんて。

 

 まして。

 

 彼女と互角に戦う相手だなんて。

 

 そして。

 

 間違いなく、これは初めてだろう、と確信する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 満たされている。

 ああ、本当に、今自身は何よりも満たされている。

 

「なるほど、ボクもトレーナーだった、と言うわけか」

 

 ずっと探していたのだ。

 

 自身と対等であれる誰かを。

 

 対等の立場で競える誰かを。

 

 今その相手が、目の前にいるのだ。

 

 だから、だから、だからだからだから。

 

「勝ちたい」

 

 人生で初めて、そう思った。

 

 

 * * *

 

 

 『ドラゴン』タイプ特有のタフネスぶりでエアがぶつかりあい。

 『はがね』タイプ特有の硬さでメタグロスが防ぐ。

 

 互いに凶悪な種族値を持つポケモン同士。

 その力は全くの互角だった。

 

 だからこそ、このままでは駄目だと予感する。

 均衡を保っているように見えるが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  ただの小手調べ。そして能力ランクを積み上げたエアと、相手のメタグロスが互角と言う事実に、どれだけ強化されているのかと戦慄を覚える。

 

 だから。

 

「エア!」

 

 叫ぶ。

 

 同時に。

 

「コメット」

 

 チャンピオンもまた呼びかける。

 

 互いのポケモンが同時に後退し。

 

 そして。

 

「決着だね」

 ダイゴが笑い。

「望むところ!」

 自身が叫ぶ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「行くぞエア!!!」

「限界を超え、進化を超越せよ」

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 互いのポケモンが光に包まれ。

 

 そして。

 

「ルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「オオ…………ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 エアが、そしてメタグロスが。

 

 絶叫し、最速の一撃を放つ。

 

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 

 “ブラスターパンチ”

 

 

 そうして、最後の戦いの火蓋が切られた。

 

 

 




ここまで来るともうデータとかフレーバー感ある。


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チャンピオンダイゴ戦③

何故みんな主人公が勝つなどと思っているのだろう(フラグ


 “ガリョウテンセイ”

 

 

 “ブラスターパンチ”

 

 

 互いの最大火力が激突し、そうして相殺し合う。

 けれどそれは先ほどまでの相打ちとはまるで意味が異なる。

 

 メガシンカポケモン同士の最大火力の打ち合い。

 

 ただの余震、余波だけで足元がぐらぐらと揺れる。

 ただ立っているだけのことすら難しいほどに、轟々と空間を流れる空気が風を生み、足元の石作りのフィールドは揺れ、二度、三度と互いがぶつかり合い、弾け合い、地面に何度となく衝突しながら再び態勢を整え直し、再度突撃する。

 

 再びの均衡。

 

 だが相殺した際の余波で受ける互いのダメージは比べものにならない。

 すでに両者共に、体力の半分は削れていると見る。

 どちらが優勢と言うものでも無い。エアのほうが体力の総量が高いし、メタグロスのほうが単純に防御力が高い。

 だから均衡。割合的には同じくらい。

 

 そしてこの均衡をどこで崩すか。

 

 それこそが、最大の問題。

 

 必ずチャンピオンはどこかで仕掛けてくるはずだ。

 何せこのまま互いに相打てば、残りのポケモンの数で自身の勝ちだ。

 だから、何としてもどこかでズラしてくる。

 均衡を打ち崩し、一気に押し込んでくる。

 そのどこか、のタイミングを測れるか否か。

 

 そこにかかっている。

 

「“ブラスターパンチ”」

「“ガリョウテンセイ”!」

 

 打ち合い、弾かれ、再び打ち合い、弾かれ。

 徐々に削れていく互いの体力。最早最初の時の静けさを剥ぎ捨てたかのように、獰猛で荒々しいメタグロス。そしてエアもまた、精一杯に睨みつけてはいるが、限界が近いことを理解しているようだった。

 

 けれど動かない。

 チャンピオンは動かない。

 

 このままでは両者共倒れだと言うのに。

 

「…………どういう、つもりだ」

 

 呟きに焦りの感情が乗る。

 だが待て、待って欲しい。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 実は隠れてすでにトレーナーズスキルか何かを使っているのではないか?

 それともやはりメガメタグロスのほうが少しだけ耐久が高いのではないか?

 

 考え出せばキリの無いことだが。

 要約すれば一つの疑問に行き当たる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手が震える。

 そんなはずはない、とは思う。

 けれど最早瀕死直前となってまで動かないチャンピオンの姿にまさか、と思う。

 

 もし、そうだとすれば。

 

 このままダメージレースを続ければ負けるのはこちらだ。

 

 だが、だがである。

 それがチャンピオンの狙いだとすれば。

 相手の手札は分からないが。

 少なくとも、均衡を崩すための手札はもう残り少ない。

 

 先に見せ、対処されれば均衡が一気に傾く。

 そうなれば勝機はさらに薄くなるだろう。

 

 ブラフか、それとも――――――――

 

「っ………………………………………………………………エア!!!」

「っ?! 了解!」

 

 “キズナパワー『こうげき』”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 圧し掛かる重圧に耐えきれず、札を切る。

 もしこれで対処されたとすれば――――。

 

「ようやく動いてくれたね」

 

 “こうへいなるしんぱん”

 

 “ブラスターパンチ”

 

 本来ならば威力を倍増させたはずの一撃は、けれど。

 

「崩せ」

「なっ」

 

 弾かれる…………()()()()()

 

「これで決めろ!!! コメット!!!」

 恐らくこの試合初めてだろう、チャンピオンの叫びに。

「了解」

 極めて自然にメタグロスが応え。

 

 “ミーティア”

 

 あふれ出さんほどのエネルギーがその鉄槌に集中していく。

 そうして。

 

 “ブラスターパンチ”

 

 振り上げ、跳躍する。

 弾かれたように、エアの真上五メートル以上へと跳びあがり。

 

「これで、終われ」

 

 振り下ろす。

 

 “くうかんしん”

 

 直後、轟音と震動がフィールドを破壊しつくした。

 

 

 * * *

 

 

 読まれた。

 

 即座にそのことに気づいた。

 自身の攻撃が弾かれた瞬間()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 異能、理解する。それが異能だと。

 

 公明正大なる裁定。

 

 それはつまり()()()()()()()()()()()()どころか、()()()()()の上下や()()()()()すらも無視した純粋なる元の能力のみの判定。

 それはつまり、全ての要素を抜き去った素の能力で、自身が目の前の少女に劣っていると言うことに他ならず。

 

「っ」

 

 そのことについて考えるよりも早く、体が弾かれ吹き飛ばされる。

 フィールドに二度、三度バウンドしながらも態勢を立て直し。

 

 直後、真上から降り注ぐ圧倒的破壊の一撃に目を見開いた。

 

 

 轟音、そして衝撃。

 

 

 全身がバラバラになるかと錯覚するほどの衝撃に、呼吸すらも一瞬止まり。

 

 ああ、また無理だったか。

 

 一瞬、ほんの一瞬、そんな気持ちが沸き出てきて。

 

 視線が合う。

 

 吹き飛ばされながら、視線が合う。

 

 自身のトレーナーと。

 

 最愛の人と。

 

 視線が合い。

 

 ――――何よ。

 

 見ていた。

 

 ――――何よ、その目。

 

 不安そうに。

 

 ――――気に入らない。

 

 悲しそうに。

 

 ――――そんな目、させたくないのに。

 

 ただ、ただ。

 

 ――――私が、不甲斐ないから。

 

 きゅっと唇を噛みしめ。

 

 

 “むすぶきずな”

 

 

 瞬間、彼との絆を感じ取る。

 そして同時理解する。流れ込む感情に、笑みを浮かべる。

 

 ――――何よ、そんな顔して。

 

 そんな不安そうな表情をしておいて。

 

 ――――まだ勝つつもりなの?

 

 勝ちたい、そんな欲望にも似た感情をひたすら感じ、笑ってしまう。

 

 ――――そうよね。

 

 ああ、そうだ。

 

 ――――負けたく、無いわよね。

 

 そんなもの自身だって同じだ。

 

 ――――だから、そんな顔、止めなさい。

 

 ぐっと、拳を握る。

 

 直後、浮遊感が途切れ、背中に感じる衝撃。

 地面に叩きつけられたと気づき、かはっ、と呼吸が漏れ出し。

 

「…………はる、と」

 

 呟く、自身の最も大事な人の名を。

 

「はる、と…………ハルト」

 

 震える手で、足で、それでも立とうと、力を込め。

 

「エア…………エア!!!」

 

 呼ばれる名に、込められた感情に。

 

 ――――アンタが私の名を呼んでくれるなら。

 

 そうやって。

 

 ――――アンタが諦めないならば。

 

 いつまでも、いつまでも。

 

「――――やってやる!!!」

 

 起き上がる。

 

 

 * * * 

 

 信じられない、と言った表情でチャンピオンが目を見開く。

 否、チャンピオンだけでない。

 メタグロスもまた同じ、先ほどの技の反動だろうか、指先一つ動かせないまま、目を見開き硬直していた。

 

「…………エア…………エア!!!」

「わか…………ってる、わよ!!!」

 

 ふらふらの体を起こしながら、それでも力強く頷く。

 

 それでも、ダメージは隠しきれていない。

 

 あと一撃で確実に倒れる。

 

 体力はとっくに限界、気力だけで立っているような状況。

 

 これ以上は無理だと言うようなその状況で。

 

「それでも!!!」

「勝つ!!!」

 

 エアが()()()()()()()()()()()()かざす。

 

「正真正銘、これが最後だ!!!」

「ルウウウ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 メガシンカ状態に、さらにゲンシカイキのエネルギーを合成する。

 

 その瞬間に生まれる爆発的な力の奔流を、手繰り。

 

 

 オ メ ガ シ ン カ

 

 

 一気に昇華する!!!

 

 

 * * *

 

 

 十六、七だった背丈が再び縮んでいく。

 十三か四か。やや小柄な少女と言った辺りで収縮は止まる。

 

 否、それは収縮では無く()()である。

 

 メガシンカ状態から外見的な変化はそれほどない。ただ少し背が縮んだ程度の物。

 

 だがその身に纏う空気は明らかに異なっている。

 

 その全身から発する龍のオーラが弾け。

 

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 龍の咆哮と共に、空に変化が訪れる。

 

 闇、そう闇だ。

 室内の上空が暗い闇へと包まれていく。

 黒色のペンキを空にぶちまけたかのように、黒一色に塗りたくられた空に、やがてぽつりぽつりと光が生まれる。

 

 それは言うなれば。

 

 星空。

 

 ホウエンでも夜になれば見れる美しく幻想的な光景。

 

 だが変化がそれで終わらない。

 

 生まれ、生まれ、生まれ続ける夜空の星がやがて空を埋め尽くさんばかりに増えた頃。

 

 ひらり、ひらりと、流れ落ちてくる。

 

 光が、星が。

 

 光のシャワー、星の雨。

 

 これが。

 

“うちゅうから りゅうせいが ふりそそぐ”

 

 エアによって捻じ曲げられた天候が『りゅうせいう』と言う形を取って顕現する。

 

 そうして、場に。

 

 “りゅうせいのおう”が降誕する。

 

 

 * * *

 

 

 それはまさしく、流れ星。

 

 浮かび上がり、飛びあがり。

 

 そうして闇夜へと消えていく。

 

 一瞬、場を支配する沈黙。

 

 誰もがただ目前の出来事を見るだけしかできなかった。

 

 自身も、チャンピオンも、そして当事者であるメタグロスすら、技の反動に動けず、ただ事を見守ることしかできなかった。

 

 そうして。

 

 それが降り注ぐ。

 

 赤い、赤い光。

 

 それが全身を包む炎なのだと、直後他の二人も気づいただろう。

 

 夜の空から降り注ぐ赤い光。

 

 それはまさしく、流星だった。

 

 故に、名前も至ってシンプルだ。

 

 

 “シューティングスター”

 

 

 降り注ぐ火の玉が、真っすぐにメタグロスへと降り注ぎ。

 

 直後、視界が真っ白に染まった。

 

 

 * * *

 

 

「はあ…………はあ…………はあ…………」

 

 全身が痛みに悲鳴を上げる。

 それでも、倒れることはしない、出来ない。

 

 少なくとも、相手が倒れるまでは、自身だって倒れられない。

 

 それはまさしく全身全霊の一撃だった。

 今の自身が出せる…………否、自身と言う存在が極めた最強にして、究極の一撃。

 

 反動の大きさに、その一撃でオメガシンカも解除されていく。

 否、オメガシンカどころか、メガシンカすらも解けていく。

 最早気力すらも残っていない。体力など当に空っぽだ。

 

 正真正銘、自身の最後の一撃。

 

 ()()()()

 

「ぐ……………………ふう…………ふう…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()を見て、目を見開く。

 ふらふらである、今にも倒れそうである、こちらを見るだけの余裕すらも無いようだ。

 

 ()()()()

 

 立っている。

 立って、まだ武器を握っている。

 

「素晴らしい」

 

 相手のトレーナーが…………チャンピオンが呟く。

 

「素晴らしい一撃だった」

 

 最早限界だった。

 

「生まれて二十年以上、トレーナーになって十年を超えるけれど」

 

 膝を突く。

 

「ここまで追い詰められたことは一度として無かった」

 

 両手を突き、体を支える。

 

「素直に称賛するよ、紛れも無く、キミたちは今まで戦ってきた中で最強の挑戦者だった」

 

 最早そうしなければ立っていられなかった。

 

「勝ちたい…………そう思えたのは、初めてだ。本当に、本当にありがとう」

 

 呼吸を乱しながら、ゆっくり顔を上げ。

 

「ああ…………本当に、ありがとう。これで」

 

 目の前にメタグロスがゆったりと迫っていて。

 

「これで、僕たちの勝ちだ」

「終われ」

 

 呟きと共に、鉄槌を振り上げ。

 

「結ばれし糸へ、集え…………!!」

 

 震える手で、ぴん、と目の前のメタグロスを指さし。

 

「“きずなぼし”」

 

 “きずなぼし”

 

 降り注ぐ流星が、メタグロスから最後の力を奪い去った。

 

 

 * * *

 

 

「……………………あ」

 

 ぱくぱく、と何かを告げようと何度も口を開き。

 けれど、それらは言葉にならず、ずどん、とメタグロスが崩れ落ちる。

 

「ぐ…………ごめ…………げん、かい」

 

 同時に、エアもまた崩れ落ち。動かなくなる。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 呆然とし、動かないチャンピオン。

 震える全身を抑えようとして、けれど失敗する自身。

 

「……………………コメット?」

 

 やがて、チャンピオン…………ダイゴが、震える声で呟き。

 

 けれどメタグロスは反応しない。

 最早完全に動かない。

 

 誰がどう見たって分かる。

 

 最早メタグロスは『ひんし』である。

 

 そのことに、ダイゴがようやく気づき。

 

「……………………は、はは」

 

 笑みを零す。

 

 それは先ほどまでのとも違い、以前に見たものともまた違う。

 

「あははははははははははは…………ははははは…………」

 

 震えた笑い声。

 

「なるほど……………………」

 

 そうして何か納得したように一つ呟き。

 

「これが、悔しいと言うことかい」

 

 顔を手で覆いながら、口元が弧を描く。

 

「……………………ふふ」

 

 そうして、その顔に笑みを浮かべながら、こちらを見つめ。

 

「ボクの負けだね」

 

 そう告げた。

 




大誤算「主人公には勝てなかったよ…………」

次で三章終了予定。

長かった…………本当に長かった。

と言うか、七月の時点でメガメタグロスVSゲンシメガマンダの組み合わせは決定してたけど、ずっと書きたかったシーンようやく書けて非情に満足している。






“チャンピオン”のダイゴ



ヤイバ(エアームド) 特性:するどいめ、がんじょう 持ち物:ごつごつメット

わざ:ステルスロック、まきびし、ふきとばし、はねやすめ、どくどく

裏特性:りょうよく
場の状態を範囲とするわざを2回使用できる。

専用トレーナーズスキル(P):やいばのつばさ
直接攻撃技を受けた時、相手に最大HPの1/8の『はがね』タイプのダメージを与える。



ジャイロ(フォレトス) 特性:がんじょう 持ち物:いのちのたま
わざ:ジャイロボール、ころがる、ボルトチェンジ、だいばくはつ

裏特性:じくかいてん
“ころがる”“ジャイロボール”などの技の威力を1.5倍にする。

専用トレーナーズスキル(P):しなばもろとも
『ひんし』になるダメ―ジを受けた時、“だいばくはつ”を使用する。



ココ(ボスゴドラ) 特性:がんじょう、いしあたま、ヘヴィメタル 持ち物:たべのこし

わざ:ヘビーボンバー、すてみタックル、ストーンエッジ、ばかぢから

裏特性:はがねのよろい
物理技を『こうげき』でなく『ぼうぎょ』でダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(A):メタルバースト
発動ターン相手から攻撃を受けている場合、わざのダメージを1.5倍にする。

備考:特異個体(10m級)につき全能力値1.5倍。



リボルヴ(ハッサム) 特性:むしのしらせ、テクニシャン 持ち物:きれいなぬけがら
わざ:バレットパンチ、とんぼがえり、むしくい、ばかぢから

裏特性:リロード
拳を使った技を2-6回連続で出す。

専用トレーナーズスキル(A):クイックドロウ
“バレットパンチ”を6回連続で出す。



ヴォルカノ(ヒードラン) 特性:もらいび 持ち物:ふうせん
わざ:マグマストーム、だいもんじ、だいちのちから、ラスターカノン

裏特性:かざんのあるじ
自身と同じタイプの技の威力を1.5倍で無く2倍にし、さらに『ほのお』技が相手のタイプ相性の不利を無視する。

専用トレーナーズスキル(A):ヴォルケイノ
5ターンの間、場の状態を『ひのうみ』へと変更する。

専用トレーナーズスキル(P):だいかさい
場の状態が『ひのうみ』の時、自身の『ほのお』タイプの技の威力を1.5倍にし、攻撃が必中する。

アビリティ:かさいりゅう
場が『ひのうみ』になった時、一度だけ『ほのお』タイプの技を使用する。

アビリティ:しゃくねつブラッド
『ほのお』タイプの攻撃技が、相手の特性を無視する。



コメット(メタグロス) Lv120 特性:クリアボディ、てつのこぶし 持ち物:メタグロスナイト

わざ:ブラスターパンチ、バレットパンチ、アームハンマー、れいとうパンチ

特技:ブラスターパンチ 『はがね』タイプ
分類:コメットパンチ+サイコキネシス+じしん
効果:威力150 命中95 わざの命中回避関係無く、“くうかんしん”の追加攻撃を行う。特性『てつのこぶし』の時、威力が1.2倍になる。

特技:くうかんしん 『エスパー』タイプ
分類:サイコキネシス+じしん
効果:威力100 命中100 このわざは『とくこう』でなく『こうげき』の能力でダメージ計算をする。特性“ふゆう”や『ひこう』タイプに対してダメージが2倍になる。

裏特性:サイコアシスト
物理技を使用した時、自身の『こうげき』に『とくこう』を足してダメージ計算する。特殊技を使用した時、自身の『とくこう』に『こうげき』を足してダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(A):ミーティア
使用したターンに使うわざの威力を2倍にするが、次のターン動けなくなる。メガシンカ時のみ使用可能。

専用トレーナーズスキル(P):しょうりのやくどう
自身の攻撃技で相手を倒した時、攻撃技のデメリット効果を無視する。







トレーナーズスキル(P):はがねのせいしん
『はがね』タイプを持つポケモンの『ぼうぎょ』と『とくぼう』を高いほうの能力と同値にし、『ほのお』『かくとう』『じめん』わざを半減する。

トレーナーズスキル(P):こうてつのいし
『はがね』タイプを持つポケモンが『ねむり』『こんらん』にならなくなる。また『まひ』『やけど』などのダメージや能力減少を無効化する。

トレーナーズスキル(P):はがねのおう
自身の手持ちの『はがね』タイプのポケモンの全能力を1.5倍にする。

トレーナーズスキル(A):こうへいなるしんぱん
発動ターンのみ、互いの裏特性やトレーナーズスキルによる技の強化、能力ランクの変化、タイプ相性を無視してダメージ計算する。






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“■■■■■■■■”ハルト


名前:エア(ボーマンダ) 性格:いじっぱり 特性:じしんかじょう 持ち物:オリジンクォーツ
技:「りゅうせいぐん」「ガリョウテンセイ」「かりゅうのまい」「じしん」

裏特性:らせんきどう(螺旋軌道)
『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・わざ・どうぐで半減されず、さらに威力が1.2倍になる

特技:かりゅうのまい 『ほのお』タイプ
分類:ほのおのきば+りゅうのまい
効果:『こうげき』ランクと『すばやさ』ランクを1段階上昇させる、3ターンの間ほのおをまとった状態となり『こおり』タイプの攻撃を半減、『みず』タイプの攻撃が弱点となり、『こおり』状態にならない。さらに自身の『ノーマル』わざを『ほのお』タイプに変更する(スキン系の特性を持つ時、両方のタイプを持ち、相性の良い方でダメージ計算する)。

特技:ガリョウテンセイ 『ノーマル』タイプ
分類:すてみタックル+そらをとぶ
効果:威力160(140) 命中100 空中へ飛び上がり、ターンの終わりに攻撃する。空中にいる間はほとんどの技を受けない。相手に与えたダメージの1/4(3)を自分も受ける。

トレーナーズスキル(P):むすぶきずな
自身の攻撃技を『なつき度』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

専用トレーナーズスキル(P):そらのおう
『ひこう』わざを使用した時、50%の確率でもう一度行動できる。

専用Tスキル(A):アルファシンカ
ターン開始時発動、持ち物『オリジンクォーツ』の時、3ターンの間ゲンシカイキする。レベル+30、HP+30、こうげき+20、ぼうぎょ+20、とくぼう+20、すばやさ+10の種族値を加算する。タイプを『ドラゴン』単体に変更し、特性を“しっそうもうつい”に変更する。




名前:エア(ゲンシボーマンダ)(アルファボーマンダ) Lv150 性格:いじっぱり 特性:しっそうもうつい 持ち物:オリジンクォーツ
タイプ:『ドラゴン』
わざ:「かりゅうのまい」「デッドリーチェイサー」「りゅうせいぐん」


特性:しっそうもうつい
毎ターン『すばやさ』ランクを1段階上昇させる。物理技を使用した時『すばやさ』の半分を『こうげき』に加算する。自身が攻撃技を使用した時、相手が交代するならば、交代前の相手を攻撃し、わざの威力を2倍にする。

特技:デッドリーチェイサー 『ドラゴン』タイプ
分類:ガリョウテンセイ+ドラゴンクロー
効果:威力130(120) 命中:100(90) このわざがはずれた時、自身の最大HPの1/4の反動ダメージを受ける。

裏特性:りったいきどう
相手が交代を行う時、交代前の相手を攻撃できるわざを使用できる。

専用トレーナーズスキル:ドラゴンハント
自身の直接攻撃するわざが命中した時、相手を強制交代させる。


固有スキル:オメガシンカ
オメガボーマンダへとオメガシンカする。レベル+60、タイプに『ひこう』を追加し、特性を“りゅうせいのおう”へと変更する。




名前:エア(ゲンシボーマンダ)(アルファボーマンダ) Lv150 性格:いじっぱり 特性:ターボブレイズ 持ち物:オリジンクォーツ
タイプ:『ドラゴン』『ほのお』
わざ:「ブレイズクロス」「メテオフレア」

特技:ブレイズクロス 『ほのお』タイプ
分類:ドラゴンクロー+ほのおのキバ
効果:威力75 命中90 2回攻撃する。10%の確率で相手を『やけど』にする。

特技:メテオフレア 『ほのお』タイプ
分類:りゅうせいぐん+かえんほうしゃ
効果:威力150 命中90 『ドラゴン』タイプと相性に良い方でダメージ計算し、不利なタイプ相性を無視する。

裏特性:ブレイズバースト
自身の攻撃技が相手の裏特性、トレーナーズスキル、能力ランクの変化を無視する。

専用トレーナーズスキル(A):もえひろがるほのお
自身の行動前に使用可能。自身の技の威力を半減し、相手の“まもる”や“みきり”などを解除して攻撃する。

専用トレーナーズスキル(P):きえんばんじょう
自身の攻撃技で相手を倒した時、ゲンシカイキのターンカウントが1上昇する。




名前:エア(オメガボーマンダ) Lv180 性格:いじっぱり 特性:りゅうせいのおう 持ち物:オリジンクォーツ
タイプ:『ドラゴン』『ひこう』
技:「シューティングスター」


特性:りゅうせいのおう
この特性のポケモンが場にいる限り、天候を“りゅうせいう”に変化させる。天候が“りゅうせいう”の時、『ドラゴン』タイプのわざの威力を1.2倍にし、『すばやさ』を二段階上昇させる。

天候:りゅうせいう
“うちゅうから りゅうせいが ふりそそぐ”
場にいる『ドラゴン』ポケモンの全能力を1.2倍にする。『ドラゴン』わざの威力を1.5倍にする。『りゅうせいぐん』が必中になる。『ドラゴン』タイプのポケモンの能力が下がらなくなる。


特技:シューティングスター 『ドラゴン』タイプ
分類:デッドリーチェイサー+りゅうせいぐん+かりゅうのまい
効果:威力250(180) 命中100(90) 優先度+2
空中へ飛びあがり、ターンの終わりに攻撃する。空中にいる間はほとんどの技を受けない。
自身の『とくこう』を『こうげき』に足し、相手の『ぼうぎょ』か『とくぼう』の低い方でダメージ計算する。このわざのタイプは『ひこう』『ドラゴン』『ほのお』の中から一番良い相性で判定する。相手の特性を無視して攻撃できる。

裏特性:メテオストライク
自身の攻撃技が相手のタイプ・わざ・どうぐで半減、無効化されず、さらに威力が1.2倍になる。

専用トレーナーズスキル:きずなぼし
自分の攻撃で相手が『ひんし』にならなかった時、“りゅうせいぐん”で追加攻撃する。







名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:ひかりのねんど
技:「アシストフリーズ」「いのりのことだま」「オーロラベール」「まもる」


特技:いのりのことだま 『ノーマル』タイプ
分類:ねがいごと+バトンタッチ
効果:優先度+4
次のターンの終了時に最大HPの半分と状態異常を回復する。交代した場合、同じ位置にいるポケモンが回復する。このわざを使用したターンに『ひんし』になった時、次のターン、交代した味方のHPと状態異常を全回復し、このわざを使用したポケモンの能力ランクを引き継ぐ。

特技:アシストフリーズ 『こおり』タイプ
分類:れいとうビーム+アシストパワー+あられ
効果:威力60 命中100
自分のいずれかの能力ランクが1つ上がる度に威力が20上がる。10%の確率で、2ターンの間天候が『あられ』になり、30%の確率で相手を『こおり』状態にする。

裏特性:なかまおもい(仲間想い)
『ひんし』になった味方の数だけ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』の能力ランクが上昇する

専用トレーナーズスキル(P):さいごのいって
『ひんし』ダメージを負った時、自身がわざを繰り出すまで『ひんし』にならない。このスキルが発動した時、必ず持ち物を使用する。使用に条件のある道具でも、条件に関わらず効果が必ず発動する。

専用トレーナーズスキル(P):こおりのかべ
タイプ相性が『こうかはばつぐん』の技の受けるダメージが3/4になる。

固有スキル:ゆきのじょおう
場に出ている間、天候を『あられ』に変更する。天候が『あられ』の間、相手の全能力を1ランク減少させる。また自身の攻撃で相手が『こおり』状態になる時、相手の状態異常と平行して相手を『こおり』状態にする。




名前:シャル(シャンデラ) 性格:おくびょう 特性:すりぬけ 持ち物:こだわりメガネ
技:「シャドーフレア」「みがわり」「ちいさくなる」「サイコキネシス」


裏特性:かげぬい
自身か相手が戦闘に出てきたターン、自身が相手より先に行動した時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない。ただし特性“かげふみ”を持っているか『ゴースト』タイプには無効。

特技:シャドーフレア タイプ『ほのお』『ゴースト』
分類:れんごく+シャドーボール
効果:威力110(90) 命中100(95)
100%の確率で相手を『やけど』にする。このわざのタイプは『ほのお』『ゴースト』のどちらか相性の良いほうになる。“かげぬい”状態の相手を攻撃した時、威力が2倍になる

専用トレーナーズスキル(P):かげおに
“かげぬい”が成功したターン、相手を対象とした相手のトレーナーズスキルや裏特性を無効化する。

専用トレーナーズスキル(A):かげはみ
“かげぬい”が成功した相手を対象とした相手の全能力を1段階下げ、自身の全能力を1段階上昇させる。さらに相手を対象としたトレーナーズスキルの対象を、以降自身に変更する。この効果は戦闘終了時まで続き、自身が『ひんし』でも発動する。また相手が『ゴースト』タイプだった時“かげぬい”が無効化されず、相手の最大HPの1/2のダメージを与え、与えたダメージ分自身のHPを回復する。

固有スキル:かげのまのて
『かげぬい』状態が解除される時、相手に最大HPの1/8の『ゴースト』タイプのダメージを与える。





名前:チーク(デデンネ) 性格:わんぱく 特性:ほおぶくろ 持ち物:オボンのみ
技:「ほっぺすりすり」「なれあい」「ボルトチェンジ」「リサイクル」


裏特性:ぬすみぐい
直接相手を攻撃する技を出した時、相手の持ち物がきのみだった場合、それを自身が消費する。きのみ以外の場合、その持ち物をその戦闘中使えなくする。

特技:なれあい 『ノーマル』タイプ
分類:あまえる+なかまづくり
効果:優先度+3 相手の『こうげき』ランクを2段階下げ、相手の特性を自身と同じにする

専用Tスキル(P):れんたいかん
“なれあい”使用時、相手が場から離れるまで、互いの能力ランクの上下を除いた自身より高い能力を自身と同じ数値にする。相手は自身が覚えることのできるわざ以外を使えなくなる。

専用Tスキル(P):こうきしん
戦闘に出て最初に出す技が変化技だった時、技の優先度を+2する。自身の変化技が相手の“まもる”や“みきり”などを無効化して出せる。

固有スキル:ビリビリでんぱ
『マヒ』状態の敵を、必ず行動不能にする。同じ相手には使えない。





名前:イナズマ(デンリュウ) 性格:ひかえめ 特性:せいでんき 持ち物:しろいハーブ
技:「レールガン」「わたはじき」「じゅうでん」「10まんボルト」


裏特性:でんじかそく
『でんき』タイプのわざを使用したり、受けるたびに『じりょくカウンター』を一つ貯める。『じりょくカウンター』が1つ貯まるごとに『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する(最大6個)。

特技:わたはじき 『くさ』タイプ
分類:わたほうし+コットンガード
効果:自身の『ぼうぎょ』ランクを3(2)段階上昇させ、さらに8(5)ターンの間相手全体の『すばやさ』ランクを3(2)段階下げる

特技:レールガン 『でんき』タイプ
分類:かみなり+じばそうさ
効果:威力180(150) 命中100(85) 優先度+1 
『じりょくカウンター』が2つ以上無い時、このわざは失敗する。『じりょくカウンター』が3個以上の時、多い分だけこのわざの威力を30上昇させる(最大4つ分)。このわざを使用した時、場の『じりょくカウンター』を全て取り除き、100%の確率で『とくこう』を二段階下げる。自身の場に「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などがある時、威力50の追加攻撃を行い、「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などを取り除く。

専用トレーナーズスキル(P):かじょうはつでん
「じゅうでん」を使用した時、『じりょくカウンター』を6つ増やし、次に使用する『でんき』わざの威力を2倍にするが、『でんき』わざを使用した時、自身の『とくこう』を12段階下げる。

専用トレーナーズスキル(A):きずなへんげ
自身の技で相手を倒した時、メガシンカを行う。

専用トレーナーズスキル(P):むげんでんりょく
自身がメガシンカをした時、自身を『じゅうでん』状態にし、『じりょくカウンター』を6つ増やす。さらに自身が場にいる間、毎ターン『じりょくカウンター』を2つ増やす。

専用トレーナーズスキル(P):エゴイズム
自身がメガシンカした時、自身の特性を“てんいむほう”にする。

特性:てんいむほう
自身の『でんき』わざを使用する時、相手のタイプ相性の不利、特性、技、裏特性、トレーナーズスキルを無視して攻撃できる。

固有スキル:エヴォリューション(モフモフ)
メガデンリュウへと進化する。メガデンリュウ時限定のトレーナーズスキルが常時使用できるようになる。自身が受ける物理攻撃のダメージが半減する。





名前:リップル(ヌメルゴン) 性格:おだやか 特性:うるおいボディ 持ち物:たべのこし
技:「だいもんじ」「りゅうせいぐん」「どくどくゆうかい」「まとわりつく」


裏特性:うるおい
弱点タイプで攻撃されそうな時、そのターンのみ自身のタイプを『みず』へと変える。タイプが変わった時、自身のHPを1/4回復する。

特技:どくどくゆうかい 『どく』タイプ
分類:どくどく+とける
効果:優先度+2 『ぼうぎょ』を二段階上げ、『もうどくまとい』状態になる。自身か相手が直接攻撃を使うと相手を『もうどく』にする。このわざを使用以降、場にいる限り、『どく』『もうどく』状態にならなくなる。

専用トレーナーズスキル(P):スコール
自身が戦闘に出た時、5Tの間天候を『ねったいこうう』にする。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

天候:ねったいこうう
この天候は『あめ』として扱う。場のポケモンはターン終了時『こおり』状態が回復する。また『ほのお』タイプのわざが半減されない。

専用トレーナーズスキル(P):いやしのあまおと
天候が『あめ』の時、毎ターン開始時自身の最大HPの1/8回復する。また自身や相手の特性、技の効果で能力が下がらなくなる。

固有スキル:スリップガード
相手の物理技の威力を半減し、自身の『すばやさ』を1段階上昇させる。相手を直接攻撃する技を受けた時、相手の『こうげき』『すばやさ』を1段階下げる。この効果で下げられた能力は、交代しても戻らない。





トレーナーズスキル(P):つなぐてとて
技や特性、トレーナーズスキルなどの確率を手持ちの数×10%高める。

専用トレーナーズスキル(P):ドールズ
ヒトガタポケモンの全ての能力値を1.2倍にし、攻撃が急所に当たりやすくなる(急所ランク+1)。レベルの上限が+20される。ヒトガタポケモンが使用するわざのデメリット効果を大きく緩和する。ヒトガタポケモン各自の固有スキルが使用可能になる。

トレーナーズスキル(A):つながるきずな
行動直前時発動、戦闘に出ているポケモンの全能力を2段階向上させる、スキル発動以降、交代をしても戦闘に出ていたポケモンの能力ランクや状態変化を全て引き継ぐ。

トレーナーズスキル(A):スイッチバック
ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。

トレーナーズスキル(A):キズナパワー
ターン開始時発動、『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』『きゅうしょ』『めいちゅう』『かいひ』『かいふく』『かんつう』『むこうか』の中から一つ選択し、発動する。このスキルは1試合中○回しか使えない。
『こうげき』→ターン中のみ自身の物理攻撃のダメージが2倍になる。
『ぼうぎょ』→ターン中のみ自身への物理攻撃のダメージを半減する。
『とくこう』→ターン中のみ自身の特殊攻撃のダメージを2倍にする。
『とくぼう』→ターン中のみ自身への特殊攻撃のダメージを半減する。
『すばやさ』→ターン中のみ自身の『すばやさ』を2倍にし、優先度を+4する。
『きゅうしょ』→ターン中のみ自身の攻撃が必ず急所に当たる。
『めいちゅう』→ターン中一度だけ自身のわざが必中になる。
『かいひ』→ターン中一度だけ相手のわざを必ず回避する(必中技には無効)。
『かいふく』→発動時、自身のHPを1/2回復する。
『かんつう』→ターン中一度だけ自身の攻撃が相手の『ぼうぎょ』『とくぼう』を無視する(0にする)。
『うちけし』→発動時、自身に影響のある不利な効果を全て解除する。


専用トレーナーズスキル(A):エース
手持ちが6体以上でかつ『エア』以外の3体以上が『ひんし』の時、行動時に発動可能。発動ターン一度のみ『エア』の攻撃の威力を2倍にし、相手のわざの優先度を-5する。


専用トレーナーズスキル(A):ゲンシカイキ
ターン開始時発動、レベル120以上で種族値合計600以上のオリジンクォーツを持つポケモンを『ゲンシカイキ』させる。





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これで終わり、そしてここから始まる

 

 

『臨時ニュースをお伝えします』

 

 テレビで、ラジオで、夕刊で。

 

『本日、チャンピオンリーグ最終戦が終了し』

 

 それは伝えられた。

 

『結果について、先ほどホウエンリーグより正式に発表がありました』

 

 ああ、まだやってたんだ。

 

 それを聞いていた人間の大半はそんな感想を抱く。

 テレビやラジオで実況中継されるリーグ予選、本戦と違い、チャンピオンリーグは結果以外、一般には公開されない。

 言ってみれば、大多数の人間からすれば、チャンピオンリーグは、ホウエンリーグのおまけ、余禄程度の存在に過ぎない。

 ただまあ、当たり前だが、チャンピオンとバトルの結果、と言うのは多少気にも留める。もしチャンピオンが敗北すれば、それは新チャンピオンの誕生を意味するのだから。

 

 ただ、まあ。

 

 それは無いだろうなあ、と言うのがホウエン地方ほぼ全ての人間の共通見識である。

 

 現チャンピオンダイゴ。

 

 五年以上に渡りホウエン地方数万のトレーナーの頂点に立ち続けてきた男。

 

 チャンピオンとして、またデボンコーポレーション社長子息としてもマスメディアに良く出ており、その認知度は非常に高い。

 同時にその強さもまた、広く知れ渡っている。

 

 その隔絶した強さを、誰もが知っているから疑わない。

 

 ホウエンの頂点が誰のものである、と言うことを。

 

 そして、だからこそ。

 

『チャンピオンリーグ最終戦、結果は挑戦者ミシロタウンのハルト選手の勝利』

 

 聞こえた言葉に、誰もが一瞬理解が遅れた。

 

『よって、現チャンピオンダイゴさんがチャンピオンの座から退き、ハルト選手が新しいチャンピオンとなりました』

 

 理解が追いついた瞬間、誰もが驚愕の声を発した。

 

 

 * * *

 

 

 見ていた。見つめていた。

 

 ただ、ただ。

 

 ボールの中で、独り。

 戦う彼女たちの姿を。

 そして声を張り上げ、彼女たちを指揮する少年を。

 自身が『ボス』と呼び、従う男の姿を。

 

 見ていた。

 見ていた。

 見ていた。

 

「……………………あーあ」

 漏れ出たため息が声となって、ボールの中で反響する。

「後半年、早く出会ってれば」

 もし、後半年、ボスと出会えていれば。

「アタイもあそこで、戦えたのかねえ」

 

 ただ、血が沸いた。

 

 野生の戦いとは違う、負けても命を失くさない温い戦い。

 己が誇りの全てを賭けた、本気の闘い。

 

 ただ、輝いて見えた。

 ただ、憧れた。

 

「なるほど」

 

 ――――なるほど、なるほど。

 

「これが」

 

 ――――これこそが。

 

「ポケモンバトルかい」

 

 瞑目し、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 全身の力が抜けそうだった。

 今にも倒れそうなくらいに、震える手と足。

 それでも立っていられるのは。

 

「……………………ふう」

 

 ただの意地だ。

 目の前の男が、平然と立っているのだから、自身だって負けていられない、ただそれだけの意地。

 どこか遠いところを見るように、上を見上げ拳を握る男…………ダイゴの胸中は分からない。

 そうして一度目を閉じ、再び開く。その視線がこちらへと向けられ。

 

「おめでとう、と言っておくよ……………………さあ、ボクについてきて」

 

 言葉を残し、こちらに背を向け。

 

 ()()()()()()()

 

 扉へと続く階段をダイゴがゆっくりと歩き。

 

「……………………」

 

 口を閉ざしたまま、その背を追う。

 気力的にも体力的にも限界は当に来ていたが。

 倒れるわけにはいかない。

 ダイゴの言う通り。

 

 自身は、このホウエン地方のチャンピオンとなったのだから。

 

 ホウエン地方数万のトレーナーの頂点。

 全てのトレーナーたちの目指す頂に座す存在。

 正直、自覚は無い。

 ただ自身は自身の仲間とどこまで行けるのか、それを試したかったと言うのが理由の大半である。

 それと同時に、目の前の男に勝ちたかったと言う思いも確かにあった。

 だから、チャンピオンと言う座も、全て結果に過ぎず、後からついてきたものに過ぎない。

 現実感が沸かないのだ。

 

 そうしてチャンピオンの間の奥にある扉をさらに進み。

 

 殿堂入りの間へとやってくる。

 

「ここは、リーグチャンピオンのみが来れる部屋」

 

 中央にある装置以外、何もない部屋。

 

「中央に装置があるだろ? そこにボールを置くんだ」

 

 言われた通り、装置にある六つの窪みにエアの、シアの、シャルの、チークの、イナズマの、リップルのボールを置いていく。

 

「後は自動で装置が記録を取ってくれる」

 

 告げられた言葉と同時に装置が機能を開始する。

 ボールと繋がり、データを収集し、そうしてその所持者の情報と共に記録を残す。

 

「この記録はホウエンの歴史に残るものとなるだろう」

 

 背後で、ダイゴがそう告げる。

 

「キミが殿堂入りを果たしたこの瞬間を持って、ボクはホウエンチャンピオンの座から降りる。そして同時に」

 

 振り返る。そこにいる男の顔をしっかりと見つめ。

 

「キミがこのホウエンのチャンピオンとなる」

「………………………………………………」

 

 こつん、と足音が響く。

 

 それはダイゴが部屋を去っていく音。

 

 最早ダイゴはチャンピオンではない、男の態度こそが、その事実を如実に示し。

 

「……………………チャンピオン、ね」

 

 未だに自分の中で実感は沸かなかった。

 

 

 * * *

 

 

 ミシロタウンは長閑な田舎町だ。

 その歴史を紐解いても、有名なトレーナーがいたと言う話はとんと聞かない。

 精々ポケモン博士のオダマキ博士や現トウカシティジムリーダーセンリが住んでいること、ミシロの有名な人間と言うとそれくらいだろうか。

 

 だからこそ、自身のリーグ優勝はミシロ始まって以来の快挙と言っても良かった。

 ましてそこからの殿堂入りである。

 前回を超えるほどの人の熱狂に晒された。

 

 まあどこの街でも当たりまえだが、自分の住む街のトレーナーが有名になれば街を挙げて祝う。

 ジョウトに住んでいたころにも稀に見かけた光景である。

 前世と違い、全体的に人と人の繋がりが強い世界なのだ。それはポケモンと言う隣人のお蔭なのかもしれないと思う。

 

 チャンピオンの関する諸々の話や手続きなどをホウエンリーグで済ませ、戻って来たのは翌日のこと。

 戻って来た時にはすでに我が家の周囲は宴会場と化していた。

 

 ――――何やってんだこいつら。

 

 と言う当然の疑問だったが、その中心でマイファザーが一番騒いでいるのだから、絶句する。

 酔っ払いの群れに突入する勇気は無かったので、お隣さんの家にお邪魔すればハルカとその母親がいた。因みに博士のほうはマイファザーと一緒に騒いでたのを見かけたのでスルーしておく。

 なんでこっちに、と言う当然の疑問に、いや、むしろあの酔っ払いの輪に入れと? と言う当然の答え。

 そこで、じゃあまあ取りあえず一晩泊まって行けば、と言われる辺り前世じゃあり得ないなあと本気で思う。

 そうしてハルカにチャンピオンロード内で出会ったポケモンたちやリーグで見たポケモンの話をしながらオダマキ家に泊まり。

 

 ふと、深夜に目を覚ます。

 

「……………………ここ、どこ?」

 

 一月寝泊りしていたホテルの部屋とは異なる天井に、あれ? と、一瞬首を傾げ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「…………うそーん」

 

 思わず変な言葉が出てしまうくらいにはびっくりした。

 

「ああ、そっか昨日ハルカちゃんと話してて」

 

 半年近い旅の話を話していて、その途中で眠ってしまったのだった。

 

「……………………それでなんで俺、ハルカちゃんのベッドに放り込まれてるの」

 しかも本人と一緒に。

 何だろう、このもやもや感。信頼されているのか、いや、そもそも十歳ってそんな歳では…………いや、でもけっこうそんな歳じゃないだろうか、十歳と言うと。

「ハルカちゃんは絶対に後から入って来ただろこれ」

 隣で眠る少女へ視線を向ければ、きちんとパジャマに着替えられている。

 少なくとも、自身の覚えている限りでハルカが眠そうにしていた様子も無かったので、自分の意思で後から入ってきたのだろうが。

 運んだのは確実に母親のほうだろう…………ハルカが一人で二階の部屋まで自身を運べるはずも無いし。

 何なんだろうこの信頼度。微妙に怖さすら覚えるのだが。

 

「……………………はあ」

 

 一つため息を吐き、もぞもぞとベッドから抜け出す。

 幸い同じ布団で眠る少女、寝つきはいいらしい。起きる様子は無い。

 

「なんか…………目が冴えちゃったな」

 

 時計を見れば、四時間ほど眠っていたらしい。

 それで大した気怠さも無く、起きようと思った瞬間眠気が覚めていくのだからさすがは十歳児の体、そしてそんなことを考えている自身の心は確実に体より大分老けているな、と思う。

 

 一階に降りれば机の上にボールが置かれていた。

 

「あ…………出してなかった」

 さすがに他人の家で解放するのもどうかと思っていたので、全員ボールに入れっぱなしだったのを思い出す。

 一応ポケモンセンターで回復だけはしているのだが、この一か月近く、ボールから解放した生活をしていたので、ボールの中で物静かにされているとどうにも違和感を感じる。

 

 誰か出すか? とも思ったが、こんな夜にと言うのもあって、止めておくか、と結論を出す。

 

 それに、今は少しそう言う気分でも無し。

 

 玄関の鍵を開き、そっと開く。

 

「……………………え」

 

 思わず二度見してしまう。

 玄関先にオダマキ博士が転がっていた。

 

「…………え、鍵…………え?」

 

 鍵、閉まってたよな? と一瞬考え。

 

「…………意外と怖かったんだな、ハルカちゃんのお母さん」

 

 まさか夫を締め出していたとは、と内心戦慄を覚えながら、玄関を出る。

 まあまだ夏と秋の変わり目くらいだし、ホウエンは元々気候的には温暖だ。多分大丈夫だろう…………多分。

 内心でそう呟き、自分を誤魔化しながら視線は自身の家へ。

 

「……………………」

 

 自然と足がそちらへと向く。

 庭先にあれやこれやとゴミが散らかっているが、すでに人は居ない。

「…………あーあ」

 誰が片づけるんだ、と内心で呟きながら庭へ一歩、足を踏み入れ。

 がちゃり、と玄関のドアが開く。

 

「…………………………おかえり、ハルちゃん」

 

 そこから顔を覗かせた自身の母親は、自身を見つけ、笑みを浮かべてそう告げる。

 

「…………なんで分かったの?」

「さあ…………何となく、かしらね」

 

 やっぱマイマザーただ者じゃないわ、なんて内心で思いながら、苦笑する。

 

「それに、私だけじゃなくて、お父さんも、さっき出かけて行ったわ」

 

 そしてそんな言葉に、きょとん、とした表情になり。

 

「多分、待ってると思うから…………行ってあげて」

 

 母さんの言葉に、頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 ざあ、と風が吹いて、草原を揺らした。

 月が煌々と草原を照らし。

 

 その中央に、男が立っていた。

 

「…………よく分かったな」

「まあ俺も…………何となく、かな?」

 

 久々に親子の会話、けれど第一声はそんな言葉だった。

 

「…………不思議な気分だ」

「何が?」

「息子がチャンピオンである、と言う事実が」

 

 振り返る、男が、センリが。

 

「俺はずっと強さを追い求めていた。追い続けていた。チャンピオンと言うのは一つの終着点だ。地方の最強、そう…………最強と呼ばれる存在、俺が求めた物。今そこに、自身の息子が立っている」

 

 ただ言葉も無く、センリの語る言葉を聞く。

 

「正直同じトレーナーとしてそこに嫉妬が無いとは言えない。俺が追い求めた場所に、俺より先に息子が立つと言う事実にな。だが同時にそれを誇らしく思う気持ちもある。俺がまだ成し遂げられないことを、息子がやってくれた、と言う誇らしさが確かにある」

 

 ――――だからこそ。

 

「複雑な心境だ。嬉しいのに、悔しい。悔しいのに、嬉しい。複雑だよ、本当に」

 

 ああ、なるほど、と思わず納得してしまう。

 どうして自身がチャンピオンと言う事実を受け入れられないのか、現実味を感じられないのか。

 分かった、分かってしまった。

 

「ねえ、父さん…………難しく考えすぎだよ」

「…………む?」

 

 呟いた言葉に、センリが疑問符を浮かべる。

 そしてそんなセンリに、告げる。

 

「俺もさ、自分がチャンピオンだって言われても、どうにも現実味が無いと言うか、しっくりこなかったんだけど…………今その原因が分かったよ」

 

 呟き、腰に付けたホルスターに納められたボールを一つ、手に取る。

 

「始まりは、父さんだった…………そう、父さんなんだよ」

 

 全ての始まり…………自身がホウエンリーグを目指した日。

 ()()()()()()()()

 

「始めたのは父さんだ…………だから、締めくくりはやっぱり、父さんじゃないとダメだ」

 

 きっと自身は今、笑っているのだろう。

 獰猛なまでに、攻撃的な笑みを浮かべているのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、俺は父さんに告げよう」

 

 呟きと共に、ボールを差し向け。

 

「勝負だ、センリ」

 

 そんな自身の言葉に、センリがハッと笑い。

 ()()()()()()()()()()()()()

 そうだ、トレーナーならばこれが最も手っ取り早い。

 思いの丈の全て、心のありったけを詰め込んで。

 

 互いの全身全霊をぶつけあう。

 

「トウカシティジムリーダー、センリ」

 

 握り込むように掴み、腕を振り上げ。

 

「チャンピオン…………“ドールズマスター(ヒトガタ使い)”ハルト」

 

 互いに、投げた。

 

「「勝負!!!」」

 

 

 

 ポケットモンスター

 

 …………即ちポケモン。

 

 世界中の至る所に棲んでおり、人と共に助け合い、時には共に戦いあう、人間の隣人たる存在。

 

 ヒトガタ、それはポケモンの遺伝子異常から発生した突然変異だと言われている。

 ヒトガタ、その名の通りの人形(ひとがた)。文字通り人の形をしたポケモン。

 それが初めて確認されたのはもう十年以上前だ。それだけの時間が経てば、最早それは見慣れた日常の一部でしかない。昨今のトレーナーからすればヒトガタの存在はやや珍しくはあっても、それでも偶にならば見かける程度のものでしかない。

 

 そんな知識を、この世界に来て、自身は初めて知った。

 

 自身の知るゲームと似ているようで、似ていないこの世界。

 

 だけど、生まれてきてしまった以上、ここが自身の生きる世界なのだと、そう思うから。

 

 かつての仲間たちは今、見目麗しい彼女たちとなってここにいる。

 

 だから旅を始めた。

 

 やがて世界を踏破するための旅。

 

 始めた旅はようやく終わりを向かえようとしている。

 

 ここに一つの終わりを告げよう。

 

 ハルトと言う名の自身がチャンピオンとなり、一つの結末を迎えた物語。

 

 

 ――――そうして次に始まるのは。

 

 

 ホウエンの全てを巻き込むだろう、伝説との邂逅の物語である。

 

 

 

 




“ドールズマスター”ハルト。

これ割と前から考えてたハルトくんの二つ名。
ヒトガタ使い、でもいいけど、“ドールズ”のトレーナーズスキル考えてた頃からずっとこれにしようと思ってた。出せて満足。


と言うわけで三章終了です。


次から四章、で、四章で終了(予定)です。

何話で終わるかな(遠い目

取りあえず、ORAS久々に最初からやり直そうと思う。

ではまた次回まで。


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ホウエントラベ(ブ)ラーズ
旅立ちの日に一人だけスタートを切れないやつがいるらしい


四章だ! 四章だ!! 四章だあ!!!

予定? 未定! プロット?? アドリブ!! 結末??? 知らん!!!


 

「はふっ」

 手を口に当て、漏れ出る欠伸をかみ殺す。

 朝の木漏れ日に目を細め、手をかざして陽光から目を隠す。

「ハル」

 呟かれた声に、振り返る。

 何時もの赤と青の服装の上からエプロンを付けたエアがそこに居て。

「いってらっしゃい」

 どことなくぎこちの無い、けれど優しい笑みを浮かべ、柔らかな声でそう告げた。

「うん…………行ってくるね、エア」

 にっこり、と笑って返せば、エアの頬に差す朱に、苦笑し。

「…………頼んだわよ、アース」

 背後でエアが呟いた一言に、かたり、と腰のボールが一つ揺れた。

 

 

 * * *

 

 

「それじゃあ、ハルカ」

「うん、分かってるって」

 玄関の扉を背で押し、半ばまで開きながら、視線の先に並ぶ両親に頷く。

「ハルトくんに余り迷惑かけちゃダメよ?」

「分かってるって」

「それと、珍しいポケモンを見つけたら、お父さんにも連絡をくれ」

「それも分かってる」

 昨日から何度となく、それこそ耳にタコができるほど聞かされ続けたことだ。

「なら、まあ…………」

「そうね」

 両親が互いに頷き。

「「いってらっしゃい」」

 告げた言葉に、微笑み。

「うん、行ってきます」

 半開きの扉を開き、玄関を潜る。

 朝の日差しに一瞬、瞼を閉じて。

 

「うん、良い天気…………楽しくなるね」

 

 にかっ、と笑って、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「本当に行くのかい?」

 父の口から出たその言葉に、一体これで何度目だろうか、と思う。

 それでも、それだけ自身を心配しての言葉だと思えば、決して悪い気もしない。

「うん…………それに、この子たちのためにも、ボクもトレーナーになりたい」

 腰に付けられた三つのボールがかたりと揺れる、まるでそこに自分たちが居ると自己主張するかのように。

 そんなボールの中のポケモンたちに苦笑し、そっとボールを撫でると、ぴたりと揺れが収まる。

 そしてそんな自身たちの様子を見た父がはあ、と一つため息を吐き。

「やれやれ…………本当に、元気になったな、ミツル」

「うん…………父さんと母さんと…………それと」

「ハルト君のお蔭、だろ…………分かってる、まあ心配しておいてなんだが、ハルト君がいるなら大丈夫だろうと思ってる」

 ここ二年の間にすっかり有名になってしまった自身の憧れの名に、笑みが零れる。

「あ…………時間。ごめん、父さん…………もう行かなくちゃ」

「そうか…………まあこれだけは言わせてくれ」

 自身の肩を掴むがっしりとした両腕、その頼もしさを感じると共に、これからその頼もしさから離れることに寂しさも感じる。

「頑張らなくても良い」

 そして告げられた言葉に、目を丸くする。

「できないことはやらなくても良い、無茶もいらない…………ただ元気でな」

 困ったように笑みを浮かべる父の顔に、少しだけ涙が出そうだった。

「…………うん、父さん…………行ってきます」

「ああ…………行ってらっしゃい」

 旅立ちの朝。背けた顔。玄関を潜ると朝日が眩しかった。

 

 

 * * *

 

 

 旅をする。それは二年前…………どころか七年前から決まっていたことだ。

 十二歳。それは実機で言うならば、原作開始の年。

「予想してた面子と大分変ったなあ」

「何か言った? ハルくん」

「いや、なんでもないよ、ハルちゃん」

 隣で首を傾げるハルカに、苦笑して誤魔化しながら、こちらへやってくる人影に、視線を向ける。

「来たみたいだね」

「あ、ホントだ。おーい」

 ハルカが手を振って、声を挙げる。そうして少しだけ焦ったように、人影が走ってきて。

「はあ…………はあ、おはようございます、ハルトさん、ハルカさん」

「おはよう、ミツルくん」

「おはよう!」

 息を切らせるミツルに、苦笑しつつ、ペットボトルを渡す。

「ありがとう、ございます」

「そんなに急がなくても良かったのに」

「いえ…………()()を、待たせるだなんて」

「あ、その師弟ごっこまだやってたんだ」

「ごっこじゃなくて、本当になったけどね」

 

 大分前に、ミツルくんにトレーナーのイロハを教えたことがある。

 その時、半分冗談で師弟になったのが、今でもずるずると続いて、ホウエンリーグからトレーナー育てるならちゃんとやれ、って言われた結果本当に師弟になった。

 まあ正確には、チャンピオンが遊び半分でトレーナー育てるな、だが。

 育てるなら、弟子としてちゃんとやれ、と言うお達しだったが、まあそれもいいか、と思ったのでミツルには自身がこの世界で学んだことをありったけ詰め込んでいる途中だ。

 まあ二つ年下のこの弟子は、今日から正式にトレーナーデビューと言うことで、バトルする相手も今までほぼ自身で固定されていたので、この旅で総仕上げと言ったところだろうか。

 原作的に考えて強くなるのは分かっているし、上手くやればマグマ団、アクア団と戦う時の戦力になるかな、と言う打算も多少ある。

 

「さて、それじゃあ行こうか…………まずはコトキタウンだね」

 

 誰か一人足りない気もするが…………まあ集合時間に遅れているのだから仕方ない。

 

 こうして旅するのは懐かしいなあ、となんて思いながら。

 一歩、足を進める。

「さて…………行こうか、みんな」

 振り返り、告げ。

 

 ホウエンを巡る旅の一日目が、そうして始まった。

 

 

 * * *

 

 

 前世で旅をする、となると割と荷物がかさばる。

 まあどこを、と言う点で荷物量は大きく変わるが、例えば街と街を旅するにしても、最低衣類は必須だ。まさか行く先々で買い変えるなんて真似も出来ないし、洗濯すると言うことを考えても三日、四日分くらいはいるだろう。この時点でけっこうな荷物だ。

 それに、それ以外にも必要なものは多い。移動が徒歩な以上、一日で街にたどり着けなかった場合の備えと言うのも必要だ。

 だがこの世界ではその事情が大きく異なる。

 

 原作でも持ち物をパソコンに預けると言う謎過ぎる技術があったし、よくよく考えれば自転車などのかさ張る物や、金に飽かして買いこんだ道具などをどこに持っていたのかと言う疑問。『かいふくのくすり×99』とか『ハイパーボール×99』など誰でもやるだろう買いこんだ道具類、だが原作主人公たちの誰もそんな大量の荷物持ってる様子が無いわけで。

 

 つまり、それが答えだ。

 

 物質の量子化、つまりデータ化と再生再現技術。この世界にはそう言うものがある。

 手荷物はいざという時に使う、ボール類をいくらかと薬の類など。

 それ以外はだいたいデータ化して、マルチナビに保存されている。

 自転車、などの大きな荷物もそれで保存できるのでかなり便利なものである。

 ポケモンのボックス転送などもこの技術によって作られており、この技術のお蔭でトレーナーたちの旅が段違いに簡易になったと言える。

 十歳の子供がポケモンがいるとは言え旅に出れる背景と言うのはこの辺りからきていると言えよう。

 そのせいでトレーナーが増えた、とも言えるが。

 

「まあこんなのポケモンバトルには何一つ関係無いけどね」

「無いですか?!」

「旅するなら便利、程度の知識だよ。技術者ならともかく」

 

 えーっと言う顔をするミツルに、ニコニコと笑うハルカ。そしてニヤニヤとする自身。

 ミシロを出てコトキタウンまで半ばほど、と言ったところか。

「で、ハルちゃん」

「ん? なになに?」

「この辺のポケモンのデータは取らなくてもいいよね?」

 問う言葉に、ハルカが一つ頷く。

「うん、この辺はもう一通り調べつくしてるからね」

「そっか、じゃあミツルくん」

「あ、はい!」

「適当にポケモンバトルでもしながら行こうか」

 告げた言葉に、ミツルが大きく目を見開き。

 

「は、はい!」

 

 すぐに表情を変え、微笑んだ。

 

 

 * * *

 

 

 101番道路。ミシロタウンとコトキタウンを繋ぐ唯一の道。

 五歳の時にここをエアと二人で通ったことが遥か昔のことのようだ…………いや、七年も前の話だし、やっぱり遥か昔のことだ。

 基本的にこの辺りにいるトレーナーたちは、新人が多い。コトキタウンを拠点として周囲でジグザグマやケムッソなどの野生のポケモンを相手に経験を積み、時折出てくるポチエナと戦いレベルを上げ、同じ新人同士でバトルをしトレーナーとしての腕を磨く。

 

 この辺りに出てくる野生のポケモンが比較的弱い個体が多く、さらに気性も大人しいことも手伝って、新人トレーナーの練習場のような体を為している。

 まあそもそも、五歳児だったハルカが観察(ウォッチング)と言う名で遊び場にしていた時点でその危険性はお察しであろう。

 野生のポケモンとのバトルは意外と神経をすり減らす。何せ相手はルールを守ったトレーナーでは無い、ルール無用、弱肉強食が基本の凶暴な獣だ。戦うことに慣れない新人トレーナーはここでゆっくりとバトルに対する経験を積まねば、いざという時パニックになって指示も出来なくなる。

 

 まあそう言う意味では自身も昔は結構無茶した気がするが、自身の場合、隣にいてくれる頼りになる仲間がいたからこそ、慌てることなく戦えた、と言う部分もある。

 新人トレーナーがいきなり最初のポケモンにそこまでの信頼を預けるのも、最初のポケモンが新人トレーナーをそこまで信頼するのも無理な話なので、あくまで自身は例外と言えるだろう。

 

 まあ何が言いたいかと言えば、この場所にいるようなトレーナーならば今日ようやく正式なトレーナーになったばかりのミツルでも同じくらいの実力で戦えると言うこと。

 

「まあ、当たって砕けろ、その辺の相手にバトル申し込んでみたら?」

「は、はい…………頑張らないと」

 

 緊張した様子で、震える手でボールを確認し、周囲へと視線をさ迷わせ。

 

 同じくきょろきょろと辺りを見渡していた麦藁帽と網とカゴと言う虫取り少年スタイルな幼児と視線が合い。

 

「おい、おまえ! オレとしょーぶだ!」

「はは、はい!」

 

 しどろもどろになりながら頷く。

 

「なんでミツルくん、幼稚園児に弱気になってんの」

「優しい性格なんだよきっと」

「それって優しいって言うの?」

「あ、蝶々」

「なんでいきなりバカになるのさ」

 

 などと言う外野の声も緊張からか聞こえなかったらしく。

 

「サナ、“ハイパーボイス”!」

「あっ」

「えっ」

「は?」

 

 聞こえた声に視線を向ければ、推定レベル3~5のケムッソに、努力値『とくこう』『すばやさ』極振りのレベル100のサーナイト(NNサナ)が先手を取って全力の“ハイパーボイス”をかましていた。

 

 音が弾ける、と言う言葉で表現するならまさしく今目の前の光景のようなことを言うのだろう。

 ケムッソが軽く十メートルくらい吹き飛び、後方に生えていた木に激突して、ずるり、と落ち目を回す。

「……………………ハルくん?」

「あっ……………………あの二匹は禁止って言い忘れてた」

 自身が遊びとは言え初めて師と名乗った時に捕まえた二匹のポケモンの片割れ、ラルトス、今となってはサーナイトのサナ。捕まえてから二年近くもずっと自身のポケモン相手にバトルさせていたのである。

 その辺の新人トレーナーの相手させればこうなるのは分かっていた。

 だから旅に出ると決めた直前に渡した努力値だけ振らせた低レベルの個体が一匹いるのだが、二匹は禁止と言い忘れたせいで、普通に使ってしまったらしい。

 ミツルもミツルで、平時バトルするのが自身か父さん、テレビとかでもバトルを見てもそれは基本ホウエンリーグ等のエリートトレーナーたちのバトル。

 

 今の自分の実力が、実戦経験以外はその辺のエリートトレーナーよりよっぽど高いと言う事実に気づかなかったらしい。

 らしい、と言うか自身も忘れていた。

 

「あー…………どうしようこれ」

 

 視線の先には目を回し動かなくなったケムッソ、そして呆然とした表情で動かない幼児。

 そして顔を青ざめさせたミツルと、困惑した様子のサーナイト。

 

「あ、蝶々」

 

 困って視線を向けると、ひらひらと舞うアゲハントとそれを観察しようとカメラを構えるハルカ。

 

「初日から面倒くさ」

 

 ため息一つ、思わず呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「………………………………」

 ミシロタウン入り口。周囲を森とポケモン避けの柵に囲まれているが故に、コトキタウンに繋がるこの場所がミシロタウン唯一出入り口と言っても過言ではないだろう。

 そしてその場に立ち尽くす少女が一人。

「………………………………」

 艶やかな黒のサイドテールが特徴の少女。慌てていたのか、かけた眼鏡がずれ、髪と対象的な白いシャツと紺のハーフパンツに黒の靴下と靴。

「置いて…………行かれた」

 どさり、と少女が膝から崩れ落ちる。同時、斜めがけの黒の鞄がずしり、と地面に落ちる。

 マルチナビを起動し、時間を見る…………時刻は午前八時十五分。

 集合時間は…………八時。

 

「…………マルチナビの時計がずれてるとか…………そんなの無いわよ」

 

 ミシロタウンからコトキタウンへのマップはある。

 今から走れば、普通に考えれば徒歩の彼らと合流できる…………はずだが。

 

「…………い、行けるわよね」

 

 震え声の呟きに、腰に下げた自身の相棒の入ったボールがガタガタと激しく揺れる。

 

 その様子を言葉にするならば。

 

『ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 と叫んでいるようにも見えるが、少女は気にしない…………気にしなかった。

 愕然としていて、絶望感に浸っていて、気づけなかった。

 端的に言えば、焦っていたのだ。

 

 だから、無謀にも彼女は踏み出したのだ。

 

 ミシロを出て、一歩目からして、何故森へ向かうのか。

 

 仕方がないではないか…………少女は極度の方向音痴なのだ。

 

 少女が先に行ってしまった少年たちと出会えるかどうか。

 

 まさしく、神のみぞ知る、であった。

 

 

 

 




四章一話目から迷子発生。


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現実的に考えてジムが挑戦拒否とか無いわ

「びょ、病弱…………ショタ…………」

「男の子…………師弟、ですって」

「オレの物を受け入れろよ、そんな師匠…………みたいなことが」

 

 コトキタウン。

 時折買い出しなどでやってくることはある街。

 

「ハルトさん…………何か寒気がするんですが」

「気のせいだ、気のせいに決まってる、だから気にするな」

「あ、ポケモンの足跡だ」

 

 何故か背筋に寒気の走る舐めまわすような視線を感じた気がするが、断じて気のせいだろう。

「それで…………一応ここまで来たはいいけど、どうする?」

 ポケモンセンターのロビーに置かれたソファーに腰かけ、置かれたテーブルに上に先ほど外で買ってきた昼食を並べながら、ハルカとミツルに尋ねる。

「どうする、ですか?」

「どこに向かうか、ってことだよね…………もぐもぐ」

 疑問に首を傾げるミツルに、サンドイッチを頬張ったハルカが補足するように言葉を連ねる。

 紙パックのジュースをストローで飲みながら、ハルカの言葉に一つ頷き。

「ここから東に向かえばカイナシティ、もしくはキンセツシティ。西に向かえばトウカシティ、その先のカナズミシティに行ける。基本的に俺とハルちゃんはミツルくんに合わせるから」

 良いよね? とハルカへと視線を向ければ、口いっぱいにサンドイッチを含んで喋れないハルカが、オッケー、とハンドサインしてくる。

 

 基本的に、旅の目的は全員バラバラだ。

 ミツルは各ジムを巡り、トレーナーとしての腕を磨き、ホウエンリーグに出ること。

 ハルカはホウエン各地のポケモンたちを捕獲し、図鑑で記録していくこと。

 そして自身は各地で暗躍するマグマ団とアクア団の動きを見て回ること。

 現在十二歳。すでに実機で言うところのストーリーの開始時期と見て良いだろう。

 と、なれば自身も本格的に動き出さなければならない。

 

 現在、両団の尻尾は完全には掴めていない。

 だがいくつかすでに手は打ってはいる。原作の知識を持ち、チャンピオンとしての権力も合わせれば大分先回りが出来たと思っている。

 だがそれも全て終わるまでは分からない。

 この世界は現実であり、原作開始前にチャンピオンが変わっていたり、ミシロに居ないはずの人間がいたり、そもそもヒトガタなんて存在がいたり、と色々違う点はあるが、それでも類似した点も多い。

 両団を壊滅させるか、グラードンかカイオーガを捕まえるか。

 そして最終的にホウエンに降り注ぐであろう隕石をどうするか。

 手は打ったとして、まるで運命に導かれるように二体の伝説は復活するかもしれないし、レックウザを捕まえなければ隕石はどうにもならないかもしれない。

 何もしなければ定められた運命だが、自身の行動で果たしてそれが変わるのかも分からないし、そもそも変わったとして、原作よりも良い物になると言う保証も無い。

 ORASは何だかんだでハッピーエンド風に纏まっていたストーリーだったので、原作通りの展開にできるならそれでも良かったと言えば良かったのだが、この世界はどこまでも現実だ。

 本当に原作通りに行くのか、と言う内心の疑問が沸くのは当然のこと。

 そして今自身が生きているのはこの現実なのだ。だったら知っている以上、精一杯のことはすべきだと思う。

 

 まあ、だがそれも今すぐ、と言うほどのものではない。

 少なくとも、最近両団の活動が活発になっているのは把握しているし、何かあればすぐにこちらにも連絡が届くようにはなっている。

 まだ完全に安心することはできないが、今すぐどうこう、と言うことは無いと思う。

 

 だからまあ、これはどちらでも良い選択だ。

 

「東に行くか、西に行くか、まあシンプルな話だよ」

 

 そんな自身の問いに、ミツルが少しだけ悩み。

 

「なら、西で」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 コトキタウンを東に抜ければ、102番道路になる。

 その先にはトウカシティがあり、そこに最初のジムがある。

「ミツルくん、挑戦するの?」

「あ、はい…………出来るなら、挑戦してみようかと」

 原作だとバッジを半分集めなければ挑戦できなかったジムだが、まあ現実的に考えてそんな縛り存在するはずなく、普通に挑戦できる。

「…………まあ勝てるかどうかは別の話だけどね」

「えっ? 何か言いました?」

 何でも無いよ、と呟きながら笑みを浮かべる。

 

 まあ負けるのもいい経験だろう。

 

 ――――――――正直、トウカジム、今ちょっと魔境化してるし。

 

 なんて考えていると。

 

 がさり

 

 草むらのほうから聞こえてくる物音。

「っと…………ハルちゃん」

 音のするほうに視線を向ければ、揺れる草むらを見つけ、ハルカへと声をかける。

「っ…………オッケー、行ってくるね」

 自身の視線の先の揺れる草むらに気づいたハルカが小声をそう言うと、そろり、そろりと物音を立てないように近づき。

「お願いね、ノワール」

「…………了解」

 ボールを投げた瞬間飛び出した黒い影が草むらを一閃。

「キャンッ」

 草むらから茶色のドングリのようなポケモン…………タネボーが転がり出てくる。

 それを追うように飛び出した黒い服の狐面を被った少年がハルカの前に立ち。

「もう一回、お願い、ノワール! “イカサマ”」

「沈め」

 

 “イカサマ”

 

 少年…………ノワールが、威嚇し、飛びかかって来るタネボーを手にした太刀でいなし、その勢いのままにタネボーが地面に激突する。

「キュウ…………ウゥ」

 呻くタネボーにハルカがすかさずボールを手に取り。

「いって!」

 投げる。放物線を描いたボールがタネボーへとぶつかり。

 しゅん、と赤い光に包まれボールの中へと消える。

 ゆらり、ゆらりとボールが揺れ。

 ぱちん、とボールのスイッチが赤から白へと切り替わる。

「よしっ、これで102番道路のポケモンは全部だね」

 タネボーをゲットしたボールをマルチナビを使い、博士の研究所に転送しながらハルカが呟く。

「意外と時間かかったね…………もうトウカシティまですぐだよ」

「あ、ホントだ…………ラルトスはすぐ見つかったのにね」

「ミツルくん、ラルトスホイホイだからね」

「何ですかその呼び方…………」

 

 草むら歩いてるだけなのに、気づけばラルトスが列をなしてミツルくんの後を歩いているのだから、こっちが驚くと言うものだ。

「ミツルくんてば、誘ラルトス体質ね!」

「語呂悪い」

「センス無いです」

 閃いた、みたいな顔で何を言うのかと思えば。思わず口を突いて出た言葉に、まさかのミツル追随でハルカがしょんぼりとしていた。

 

「取りあえず、トウカシティに着いたらもう今日はポケモンセンターで部屋取ろうか」

 見上げればそろそろ夕暮れに空が橙に染まっていた。

 さすがに朝ミシロからコトキタウン経由でここまで歩けば相応に時間も経つし、昼にコトキタウンを出て夕方にトウカシティに着いたのなら、まあ早い方だろう。

 以前に移動した時はエアに連れられてだったので、余り気にしなかったが街と街の間と言うのは意外と距離があるのだ。

 自身やハルカはまあ以前から良く動き回っていたのでそうでも無いが、ミツルはまだ多少体が弱いところがある。余り無理をさせるものでも無いだろう。

 坂を一つ越え、見下ろす先に広がるトウカシティの光景に、ミツルが目を細める。

「…………懐かしいなあ」

「そう言えば前までここに住んでたんだっけ」

「はい…………センリさんのジムの近くでした」

 原作でも確かにトウカシティにミツルの家あったよな、なんて思いながら。

 

 夕暮れに染まるトウカシティへと足を向けた。

 

 

 * * *

 

 

 トウカシティジムは『ノーマル』タイプ専門のジムだ。

「それで、ジム戦ではあの二人を出しても良いんですか?」

「あーうん…………他のジムならダメって言うところだけど、ここは良いよ」

「トウカシティジムかー…………あたしポケモンジムって初めて来たかも」

 一日明けて、ポケモンセンターで十分休んだので、早速ジムへとやって来る。

 トウカシティに限らず、ポケモンジムと言うのは街の中心部に立地していることが多い。

 それがこの世界における、ポケモンバトルと言う物の存在価値の高さを如実に示していると言える。

 

 初めて行く街でもだいたいジムのある街なら街の中心に行くほどトレーナーの数が増えていくのですぐに分かる。ポケモンセンターの数も通常の街よりも多く設立されているので、見慣れてくると初めての街でもすぐに分かるようになる。

 当たりまえだが、実機のように一つの街に一つのセンターなんて、現実にやったらポケモンセンターが常に満員になって回復待ちなんてものが出来る。

 『ひんし』状態から全回復するのにだいたい半日以上かかると考えれば一つの街で最低でも十件以上は必要になる。ジムのある街ならば二十、大きな街でかつジムもある…………カナズミシティや、行ったことは無いがカントー地方のヤマブキシティならば恐らく三十を超えるポケモンセンターが乱立しているだろう。

 原作で考えれば多すぎるようにも思えるが、トレーナー人口二、三万と言われるホウエンですらこの数でギリギリと言ったところだ。

 トレーナー人口十万を超えるカロス地方などに行けば、もっと多くのポケモンセンターが密集しているだろう。

 

 実機のように明確なエリアがあって、ここからここまでが道路、ここからが街、なんて境目は無い。

 なのでだいたい街の端と端にポケモンセンターを置いて、そこを区切りにしていることが多い。

 そう言った理由から、普通の街は外周に行くほどポケモンセンターが多くなるが、ジムのある街ならば中心にさらに多くのセンターがある。

 と、まあそんな余談は置いておいて。

 

「すみませーん、ジム戦お願いしまーす」

「はーい」

 入り口を抜け、受付で声をかければ奥からジムの担当がやってきて。

 

「チャンピオン?!」

 

 絶叫にも似た声がジムに響き。

 

「チャンピオン?」

「あ、ハルトくんだ」

「ハルトじゃねーか!」

「おっす、ハルトくん」

「ハルトくんじゃねえよ、もうチャンピオンだろ」

「おい、誰かジムリーダー呼んで来いよ」

「チャンピオンって、あの人が?!」

「お前新入りだから知らなかったか? ハルトくんはホウエンチャンピオンで、ジムリーダーの息子さんだよ」

「ええええええ?!」

「え、あなたも知らなかったの?」

 

 ぞろぞろ、と言う言葉がまさしくぴったりなほどに、奥から大量のジムトレーナーがやってくる。

「ハルトさん、人気者ですね」

「父さんのジムだから、昔からお世話になってるんだよね」

「賑やかだね」

 そうこうしている内に、奥から男がやってくる。

「あ、父さん」

「ハルトか」

 自身の父にしてこのジムのリーダー、センリである。

「ふむ…………挑戦か?」

「うん、ミツルくんがね」

 ぽん、とミツルの頭の上に手を置くと、ジムトレーナーたちの視線がミツルへと集まる。

 

「あれ? あの子どっかで」

「確か以前にジムの近くに住んでた子じゃなかったっけ?」

「なんでハルトくんと?」

「ていうか挑戦って、あの子トレーナーだったの?」

「そういやちょっと前から見なくなったよな」

「引っ越したって聞いたぞ?」

 

 どうやら出身だけあって、ミツルのことを知っている古参トレーナーたちもちらほらといるらしい。

「なるほど…………ふむ、今日は予約は無かったはずだな?」

 父さんが視線を受付のトレーナーへと向けると、受付のトレーナーが紙を挟んだボードへと視線を落とし、頷く。

「数はどうする?」

「あの二匹使うんで、二対二で」

 その言葉にセンリが一瞬目を細め、なるほど、と頷いた。

「ヒデキ、サオリ…………相手してやれ」

「「はい」」

 センリの言葉に、ジムトレーナーが二人前に出てくる。

「残りの者は…………そうだな、ハルト、相手してやってくれるか?」

「え? 俺? あー…………あんまバトルするとホウエンリーグがうるさいんだけどな」

「リーグ側には俺から調整のため、とでも理由をつけておく」

 

 真面目な話。

 ダイゴを破りチャンピオン就任と言うのは、相当にホウエン全体に影響を与えたらしい。

 自身の顔と名前も相当に売れ、それ故に、トレーナーたちからバトルの申し込みが殺到した。

 自分自身、ダイゴに勝ったのも紙一重と感じていたため、自身のトレーナーとしてのレベルアップのためフルメンバーで野良バトルしていたらホウエンリーグから、公式戦以外での殿堂入りメンバーの使用を禁止された。

 今回の旅に、エアもシアもシャルもチークもイナズマもリップルも使えないのはそのためだ。

 どうも、チャンピオンがチャンピオンリーグ以外でほいほい全力でバトルしてたらチャンピオンリーグの意味ねえだろ、とまあ要約するとそう言うことらしい。

 ただ主力メンバー…………つまり殿堂入りの時に登録したメンバーでなければセーフ、とのことなので、今回の旅に連れてきているのは二体だけだ。

 

「ならまあ…………遊ぼうか、()()()()()()()

 

 かたり、と腰に付けたボールが一瞬揺れ。

 

 それが返事の代わりとなった。

 

 

 * * *

 

 

「……………………ここ、どこかしら?」

 

 海、海、海。

 

 見渡す限りの海。

 

 振り返った先には、洞窟の入り口。

「…………ここから出れるのかしら」

 呟きと共に、洞窟へと踏み入り。

「…………冷たい風が流れてくるわね」

 洞窟の奥から吹く、ホウエンに似つかわしくない冷たい風。

 潮が引いて、洞窟内に出来た道を進みながら。

 

「…………それで、ここどこ?」

 

 まずお前どうやって来たんだよ、と言う疑問を投げかける人物はどこにもおらず。

 何故“なみのり”も“そらをとぶ”も無く徒歩で、僅か一日で浅瀬の洞穴にやってこれるのか。

 

 今日も方向音痴は奇跡を連発していた。

 

 

 

 

 




ハーメルンでスコップ掘ってて初めて0評価つけたいと思った。
1とか0とかつけるならさっさと閉じればいいじゃん、と思って付けたこと無かったけど、読んで損したどころか、気分が下がったと思わされたのはさすがに初めてだわ。
ランキング上位ですら偶に地雷がある…………さすがハーメルン、魔窟の異名を持つサイトだわ。

まあ鬱な話はここまでにしておいて。

サンムーンでバンク解禁!

ただし注意点

①島スキャンで出るポケモンの夢個体を厳選した個体は対戦じゃ使えないぞ(アローラマーク付くと不正扱いになるらしい、つまり夢シャンデラ&夢ジャローダ封印された

②各フォルムごとの専用技を覚えたロトムは対戦じゃ使えないぞ(ウォッシュロトム=ドロポン、ヒートロトム=オバヒなど、謎の不正判定

③新しいメガ石解禁されず

など問題も多い模様(

あ、やっぱ鬱い。
もういいや、俺はひたすら色ミミッキュと色イーブイ求めて走るのだ。
GTSでゴミマンダと交換したミミッキュが海外産6Vで本気でびびった。
卵20個作って6Vミミッキュ2匹とか笑えるわ。


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魔境トウカシティジム

 ルールは二対二のシングルバトル。

 それ以外にルールは無い。

 

 師匠からの許可は出ているし…………ここは。

 

「行って、サナ」

 

 ボールを投げる。

 出てきたのはサーナイトのサナ。

 自身の最初の相棒。

 そして相手がボールを投げ、出てきたのは。

 

「オォォォォォォォオォォォォ!」

 

 白く長細い胴が特徴のポケモン、マッスグマ。

 トウカシティジムは『ノーマル』タイプのジムだし、マッスグマの進化前のジグザグマはホウエン地方の全域で見かけることのできるメジャーなポケモンだ。故に選出候補としては真っ先に挙げられていたポケモンであり。

 

「注意するべきは“はらだいこ”…………一気に『こうげき』を上げられるから。下手すればただの“でんこうせっか”でも必殺の一撃となりかねない…………だったよね」

 

 互いに最初の一手。

 

「サナ“サイコキネシス”」

「マッスグマ“はらだいこ”」

 

 届いた指示に、互いのポケモンが動き出し。

 

 そして。

 

 

 * * *

 

 

「ふひっ」

 

 “じしん”

 

「ふあひゃひゃひゃ」

 

 “どくづき”

 

「ひゃははははははきゃっはははははははは!!!」

 

 “ストーンエッジ”

 

「ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひひひひ、キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!」

 

 “ファントムキラー”

 

 揺らし(じしん)突き刺し(どくづき)打ち上げ(ストーンエッジ)切り裂く(ファントムキラー)

 解き放たれた暴威が笑い、哂い、嗤う。

 狂ったように嗤い声を挙げながら、倒されては出てくる敵を沈め、沈め、沈め、沈め、沈め、沈め続ける。

 

 百体勝ち抜きシングル。

 

 それがセンリが告げたルール。

 文字通りの二対百。

 それでも。

 

(のろ)い」

 攻撃されるより先に一刀で叩き伏せ。

 

(もろ)い」

 守りを固めた敵をいともたやすく打ち砕き。

 

(ぬる)い」

 放たれた一撃をけれど、片腕で払い。

 

「沈め」

 

 “ファントムキラー”

 

 放たれた片腕が、相手のポケモンを切り裂き、相手のポケモンが気絶する。

 

「うーん…………これは酷い」

 そしてジムトレーナーたちが全員ドン引きしているのを見ながら、思わず呟く。

「……………………誰がここまでやれと」

 隣で見ていた父さんも、顔が引きつっているレベルで酷い。

 勝負にならない、と言うかこれじゃただの蹂躙劇である。

「やっぱ強いな、アース」

 

 6Vの600族と言うのは同じポケモンの中でも一種特別なのは分かっていたが、やはり凄まじい。

 

 アースもこの二年の間、エアとばかり戦っていたので違う相手と戦えてはしゃいでいる。テンション上がり過ぎて、手加減と言う物を完璧に忘れている模様。

 二対百だったはずの戦いは、すでに残り三十を切っている。

「これでは逆効果だな…………よし、残り全員でかかれ」

「おい、パッパ」

「まあ大丈夫だろ、多分」

 大丈夫なら大丈夫で、余計に心が折れるような気もするが。

 

「キキャキャキャキャキャャキャ!!! 良いぜ、全員で来いよ、このまま終わりなんてつまんねーぞ、おいっ!」

 

 壮絶な笑みを浮かべるアースに、トレーナーたちが一瞬気圧され。

 覚悟決めた表情で、残った全員がボールを投げる。

 すでに三十には満たずとも、それでも二十を超えるジムで鍛えられたポケモンたちが一斉にその牙を向け。

 

「キヒャハヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

 アースが狂ったように嗤いながら、手にした琥珀色の石をかざした。

 

「…………あっ」

 

 呟いた時には、すでに時遅かった。

「…………しーらね」

 持ち物変え忘れた責任から全力で視線を逸らしつつ。

「今頃ミツルくんはどうなってるかなあ」

「おい…………おいっ、ハルト?!」

 背後で響く悲鳴や怒号、轟音にさしもの父さんも一言物申そうとして…………。

「…………いや、まあいいか」

「え、いいの?」

 さすがにこれは文句言われても仕方ない、と思っていただけに予想外の一言に反応してしまう。

「去年の冬のジム対抗戦で優勝してから、どうにも増長するジムトレーナーたちが増えてなあ」

「…………ああ」

 そうして出てきた言葉に、思わず納得してしまう。

 二年前から強さに対してさらに真摯になった父さんだったが、それに感化されたようにジムトレーナーたちもメキメキと力をつけ、去年の冬のホウエンジム対抗戦で全戦全勝による文句無しの優勝。しかもまだジムリーダーが交代したばかりのフエンタウンジムとの戦いなど、トウカシティジムトレーナーがフエンタウンジムリーダーを残り一体に追い詰めるところまで行くなど、圧倒的な力の差を見せつけての勝利となった。

 これに触発されかのように各ジムでもさらなる研鑽が行われるようになったとか言う話だが、とにもかくにも現在ホウエン最強のジムと言われれば誰もがトウカシティジムを上げるほどにその強さは別格の物となっている。

 だがまあ人間立場があがれば増長するものだ、父さん曰く、トウカジムシティのジムトレーナーであることがイコールで強いみたいな勘違いをしたトレーナーが増えているらしい。

 

「強いトレーナーほど慢心しないものだ…………何せ、上を見上げれば天井知らずの世界だからな」

 

 ため息一つと共に吐き出した父さんの台詞に、確かに、と苦笑する。

 思い出すのは去年の防衛戦。

 ホウエンチャンピオンとして初めての防衛戦の相手は…………シキである。

 どうやらダイゴはホウエンリーグ自体に不参加だったらしい。まあどうせ今年か来年か、またさらに強くなって挑みに来るのだろう…………勘弁して欲しい。

 ダイゴは自身の知る限り最強のトレーナーだが、シキとて決して侮れない相手だ。

 特に互いのネタが割れている状態だっただけに、戦いは壮絶な殴り合いとなった。

 

 最終的に相手の知らない札…………ギリギリで調整の終わったアースを投入してのギリギリの勝負だった。

 

 シキの持つ伝説、レジギガスも以前よりもさらに強くなっており、一時は負けも覚悟したが、エアが最後の最後でレジギガスを沈め、紙一重で勝利することとなった。

 改めて異能トレーナーの理不尽さを実感させられた勝負だったが、これから挑むことになる伝説たちを考えれば少しでも理不尽に慣れていたほうがマシなのかもしれない、とも思う。

 

「…………終わったか」

 父さんの呟きに、思考の中から戻って来る。

 気づけば静寂がフィールドを包み込んでいた。

 振り返る、そこに立つ一匹の巨大な竜の全身を光が包み込み、途端にそのサイズを縮小していく。

 

 そうして。

 

「あー…………楽しかった」

 

 満足気な表情で呟く、アースにご苦労様と告げながら、ボールへと戻す。

「…………これでこっちは終わりか。ミツル君、どうなっているかな」

 呟いた言葉に、父さんがふっと笑い。

「分かっていてここに連れて来たのだろう」

「…………まあね」

 

 まあ、十中八九。

 

「負けてるだろうね」

 

 

 * * *

 

 

「サナ“サイコキネシス”」

「マッスグマ“はらだいこ”」

 

 届いた指示に、互いのポケモンが動き出し、先手を取ったのはマッスグマ。

 だがこれ自体はミツル自身分かっていた。相手のほうが素早いのは、師匠であるハルトから聞いて知っているから。

 同じくらいのレベルならば、種族のポテンシャルが物を言う。

 そもそもミツルが最初に与えられたラルトスたちだって、別に師匠のようにヒトガタであるわけでも無い、普通の個体なのだから。

 

 それでも“はらだいこ”は『こうげき』を絶大に上げる代わりに体力の半分を失う非常にリスキーな技だ、そこにサナの全力のサイコキネシスを叩きこめば、一気に押し込めるだろう。

 

 そう考えて。

 

 ぽん、ぽん、と自身の腹を叩くマッスグマにつられるように、“サイコキネシス”を撃とうとしていたサーナイトの動きが止まる。

「…………サナ?」

 何故止まったのか、その理由が理解できずにいると、サナもまた腹部に手を当て、ぽんぽん、と叩きだす。

 

 “はらだいこ”

 

 “ついずい”

 

 “はらだいこ”

 

 自身の指示した“サイコキネシス”ではなく、サーナイトと言うポケモンが覚えるはずの無い“はらだいこ”をし始めるサナに、さしものミツルも困惑する。

「サナ“サイコキネシス”!」

 自身の指示にサナもまた応えようとするのだが、目の前で“はらだいこ”をするマッスグマを見ているとどうしても、同じことをしてしまい、技が出せなくなる。

「…………どうして…………いや、待って…………これ、まさか」

 そこに至って、ようやくミツルも原因の特定に行き当たる。

 

「…………トレーナーズスキル」

 

 そして気づいた時には、すでに遅いのだ。

 

「マッスグマ…………“しんそく”」

 

 呟きと共に、放たれた矢のようにマッスグマの体が()()()

 

 “しんそく”

 

 ずどん、と気づいたその時にはマッスグマの体がサーナイトに突き刺さり。

「ァァ…………アァ…………」

 サナが崩れ落ち、動かなくなる。

「…………サナ、ごめん…………ゆっくり休んで」

 サナをボールへと戻し、唇を噛む。

 何もできないままにやられた、そのことが悔しい。

 サナが悪いのではない、自身が…………トレーナーが悪かったのだ。それが理解できるからこそ、歯噛みするし、同時にハルトが何故このジムに限ってサナたちを使っていいのか理解した。

「こうなるって分かってたんだ…………ハルトさん」

 自身のポケモンたちがすでにレベル的には最上位に達していることは分かっている。

 ヒトガタでも無いポケモンならば、レベル100が上限であり、だからこそ、ある意味サナたち二匹は()()されたポケモンだ。

 だがまだ()()はしていない。そのことを自身が理解していなかった。

 

 仮にもチャンピオンに二年も師事してきたのだ、すでに二匹には裏特性すら仕込んである。

 だがそれでもまだ足りない。全く足りない。

 

 言い方はあれだが、まだこの程度なのだ。

 ジムリーダーどころか、ジムトレーナーにすら勝てない程度の実力。

 ポケモンバトルはポケモンとトレーナーの両方が揃って初めて成立する。

 故に、ポケモンだけが()()していても、いつまで経っても()()はしないのだ。

 

 理解する。

 

 理解する。

 

 理解する。

 

 故に。

 

「…………頼むよ、エル」

「ギシャァ…………シュキィ!」

 

 繰り出したのは…………エルレイドのエル。

「マッスグマ!」

「オォォォォォォォオォォォォ!」

 場に出たエルレイドを目指し、トレーナーの指示を受けたマッスグマが再び突撃の態勢を取り。

 このままでは先ほどの二の舞…………故に、故に、故に。

「エル…………キミに全て賭ける。だから、ボクを信じて」

「…………シュキィ!」

 こくり、と頷きマッスグマへ向けて構えを取るエルレイドに、口元を歪め。

 

「行けっ!」

「今だ!」

 

 相手の指示と同時に、こちらも指示を飛ばす。

 “しんそく”は超高速による突進技だ、一々視認でタイミングを計っていては絶対に間に合わない。

 故に相手の指示でタイミングを計る。そして、その速度故に互いの指示が()()()()

 

「ギシャアアアアアアアア!!!」

「オォォォォォォオオォォォォ!」

 

 “とっこうせいしん”

 

 “しんそく”

 

 エルが体を捻り、回転をつける。

 その脇を全身からぶつかるようにマッスグマが突撃してきて。

 

 “げいげきたいせい”

 

 振り下ろしたエルの肘打ちが、ジャストタイミングで突撃してくるマッスグマを捉え、その身体を撃ち落とす。

「オオオォォォォ?!!」

 突撃しようと跳ねた中空で撃ち落とされ、マッスグマが勢い良く地面を転がって行き…………やがて止まる。

 そしてその瞬間にはエルはすでに走り出している。

 

「エル!!! “インファイトォォ”」

「シャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “インファイト”

 

 走った勢いのままにマッスグマとの間を詰めたエルの拳がマッスグマへと突き刺さり、その体をフィールドの端まで吹き飛ばす。

「ォォ…………オ…………」

 ぐったりと、力無く倒れたマッスグマ。完全に『ひんし』であると、理解し。

「…………やった?」

 ほとんど思いつきのような指示。けれどそれが功を奏したと言う事実を理解して。

「…………わあ」

 相手トレーナーが驚いたように目を丸くしていた。

「…………交代だ、サオリ」

 マッスグマをボールに戻した女性のトレーナーが後ろ方来た男性のトレーナーと交代し。

「さて、次は俺だ…………行け、ザングース!」

「ガラアアアアアア!!!」

 投げられたボールから出てきたのは白と赤の毛並みのポケモン、ザングース。

「エル! “サイコカッター”」

「ザングース、“まもる”」

 “インファイト”は強力だが、自身の『ぼうぎょ』と『とくぼう』を下げてしまう。使うならばここぞ、と言う時だろう。その点で言えば“サイコカッター”は優秀だ。急所に当てやすく、威力も高い。弱点タイプを突けないが様子見としては申し分無い。

 だがエルの“サイコカッター”はザングースの前面に展開された透明な障壁によって防がれ。

 

「“まもる”は連発できない、チャンスだよ、エル! “インファイト”」

「ザングース…………“みがわり”」

 

 ここで一気に畳みかける、そう考え指示した必殺の一撃を、けれどザングースはHPを消耗し、みがわりを作り出し、作りだされた分身をエルの一撃が破壊し、分身が消え去る。

「…………“まもる”と…………“みがわり”?」

 両方とも相手の技を透かすための技である。だが攻撃を透かすだけで、それ以上でもそれ以下でも無い。いや、むしろ“みがわり”は自身のHPを消耗するので、この組み合わせはデメリットが大きい。

 

「エル! “サイコカッター”」

「ザングース“まもる”」

 

 またもエルの攻撃が防がれる。

 一手様子を見るか、一瞬そんな考えが浮かび。

 

「ザングース…………“フェイント”」

 

 突如ザングースがエルへ接近し、片方の拳を振り上げる。

 振り上げられた拳に、思わず防御姿勢を取ったエルに、ピタリと拳を止めて反対の拳で下から抉り込むように殴る。

「シャアアアッ」

 咄嗟に首を捻り、衝撃を殺したためそれほどダメージは無いようだったが、エルが顔を歪め。

 

 “かんせんげん”

 

 直後、目を見開き、膝から崩れ落ちる。

 

「…………エルっ?!」

 

 突如起きた目の前の光景に理解が追いつかないままに。

 

「シャア…………シュキィ…………」

 

 苦痛に顔を歪めならがも、何とか立ち上がろうとするエルだったが、けれどふっと、全身から力が抜けたかと思えば。

 

「…………エル」

 

 けれどエルは答えなかった。

 

 

 

 




ポケモントレーナー ミツル



サナ(サーナイト) 特性:シンクロ 持ち物:無し
わざ:ハイパーボイス、サイコキネシス、めいそう、こごえるかぜ

裏特性:????
????



エル(エルレイド) 特性:せいぎのこころ 持ち物:無し
わざ:サイコカッター、インファイト、ストーンエッジ、みちづれ

裏特性:????
????

専用トレーナーズスキル(A):げいげきたいせい
ターン開始時相手の攻撃技を一つ指定する。相手がそのターン、指定した技を使用した時、相手の技を無効化し、次に出す攻撃技の威力を二倍にする。自身の技の優先度を-7に変更する。相手の技が攻撃技以外だった時や相手の攻撃が失敗した時は自身の攻撃技も失敗する。



ヴァイト(????) 特性:???? 持ち物:????
わざ:????






そしてこちらが今回使い捨てキャラのために(10分くらいで)作った二体。


マッスグマ 特性:はやあし 持ち物:いのちのたま
わざ:はらだいこ、しんそく、まもる、かぎわける

裏特性:とっこうせいしん
同じ技を使う度に威力を1.2倍にする。

専用トレーナーズスキル:ついずい
相手より先に行動した時、相手に自身が先に出した技と同じ技を使用させる(相手のポケモンが覚えない技でも使用できる)。



ザングース 特性:どくぼうそう 持ち物:どくどくだま
わざ:フェイント、からげんき、まもる、みがわり

裏特性:めんえきたいしつ
『どく』『もうどく』のダメージを無視する。『どく』『もうどく』状態の時、『すばやさ』ランクが1段階上昇する。

専用トレーナーズスキル:かんせんげん
相手を直接攻撃する技が命中した時、自身が『どく』『もうどく』ならば、相手を自身と同じ状態異常にする(『もうどく』のターンカウントも引き継ぐ)。『もうどく』のターンカウント数を2倍にする。




ジムリーダーと闘う前から、これを倒さなければならないトウカジムの魔境具合(
そして彼らは再び出てくることは無いだろう…………そんな尺はもうねえ!!!(そんなー


ところでミツルくん、即興で専用トレーナーズスキル作るとかどうなってんの(


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トウカの森事件簿

 自身がそうであったので勘違いしていたのだが。

 

 裏特性とトレーナーズスキル。どちらの習得が早いか、と言われると全体的にはトレーナーズスキルのほうが早く習得できる傾向にある。

 

 裏特性はポケモン自身の技術だ。

 そしてトレーナーズスキルとはトレーナーの指示だ。

 

 どちらが重要か、など比べるものではないが、取得のための条件を比べた時、トレーナーズスキルのほうが圧倒的に条件を満たしやすいのは事実だ。

 裏特性は単純な練度の極みの先の技術。有り体に言えば、ある程度レベルが高くなければ…………そう、最低でもレベル50以上は無いとそもそもの実力からして不足する。まあ余程特殊なものでなければ、だが。

 人に例えるなら赤ん坊に料理を教えたって無理なものは無理だ。ある程度、単純な知能もそうだが、それ以上に自身の体の性能と言う物を理解できていなければならず、そのためには相当数の経験が必要になる。

 必然的に要求されるレベルも高くなるし、またレベルだけで満たせるものでも無い。

 

 翻ってトレーナーズスキルとはどうだろう。

 指示、と一言に言っても、技を出させるのも指示だ。基本的にトレーナーの指示とは技のことであり、それ以外の指示と言うのは方向や威力などを告げること。

 もしくは、何か明確な目的で技を出させること、か。

 

 これに関してはレベルは関係ない。

 必要なのは、トレーナーのバトルでの経験、そしてポケモンとの絆だ。

 トレーナーズスキルは指示だ。だがそれを鍛えるのに一番最適なのが無指示戦闘、と言うのもまた面白いものである。

 言葉の意味の通り、指示をしないバトルである。

 と言うか、ある程度以上のトレーナーになってくると、割合無指示と言うのは多い。

 告げた技の名前だけで、相手に咄嗟の対応を取られることもあるからだ。

 だから、明確な指示をせず…………例えば自身なら、名前を呼ぶだけで何をさせたいのか、ポケモンたちが理解できるようにしている。

 そうして指示にもならない指示を出すバトル、と言うのはトレーナーとポケモンの相互理解を強く深める。

 トレーナーズスキルに一番必要なのはこれだ。

 

 トレーナーがやらせたいことを、明確にポケモンがイメージできるか。

 

 意味不明な指示を出したって、トレーナーズスキルにはならない。

 何とかしろ、なんて曖昧な言葉で何とかなるならトレーナーなんていらないのだ。

 まあこれに関しては言葉にしても良いのだが、一度口から出せば相手に対策を取られるのは当たり前のこととするならば、出来る限り言葉にしない指示であることが望ましい。

 だから練習の時点で大よそ決めておく。この時はこう言う対応、これを言ったらこう言うことをする、と予め決めておくこと。

 それが現実的かつ有効な物であるならば、それがトレーナーズスキルとなる。

 とは言っても、現実的、かつ有効的、と言うのが中々難しいのだが。

 

 具体的にどう言う効果が欲しい、と考えて。そのためにはどうすればいいのか、と考える。

 そしてそれができるのは誰なのか、と考え、そして実際にそれが可能かどうかを考える。

 

 そうしてトライアンドエラーの先に生み出されるのがトレーナーズスキルと言う物である。

 

「即興…………即興かあ」

 

 ジムでのミツルのバトルの様子を聞き、思わず頭を抱える。

 もう一度言うが、経験を積んだトレーナーが何度も試行錯誤を重ねた上で作り上げるのがトレーナーズスキルと言う物だ。

 それをたった一度で、しかもバトル中に即興で作り出すと言うのは、さすがに非常識としか言えない。

 

「…………さすが原作キャラは格が違ったと言うことかあ」

 

 いや、もうこの期に及んで原作云々は関係ない。

 ただ純粋に、ミツルと言うトレーナーがひたすらに天才なだけだ。

「…………まあ、予想通り負けるのは負けてたか」

 それでも勝てない、と言う事実は幾分かミツルを打ちのめしただろう。

 少なくとも、何が足りないのか、自分で気づけたのは僥倖だった。

「真面目な話、一つ目のジムと考えれば、そこまで至れば十分過ぎるだろう。バッジを与えても問題無いとは思っている、が」

 どうする? と尋ねてくる父さんに、けれど自身は答えない。

 そのまま視線をミツルへと向け。

「だ、そうだけど?」

 質問をそのまま流す。数秒、ミツルが考え込み。

「…………勿体ないけど…………でも、良いです。ちゃんと、勝って、もらいたいですから」

 ぐっと、拳を握り込み、そう告げた。

 そんな自身の弟子の様子に、くふっ、とおかしな笑いがこみ上げてくる。

 

 そうだろうな。自分でもそうする。

 

 負けたままじゃいられない…………トレーナーなら当たりまえのことだ。

 

 そんな弟子の成長に、笑みを浮かべながら。

 かたり、と腰でボールが揺れた。

「…………ん?」

 以前は七つ下げていたボールも今や二つ。

 だが、片方は先ほど大暴れしたばかりで満足気に戻って行ったから違うとして。

「…………戦いたかったの?」

 呟いた言葉に反応するように、かたっ、とボールが再度揺れる。

「じゃあ次のジムでは使うようにするから」

 そんな自身の言葉に満足したかのように、揺れが収まり。

「それじゃあ行こうか」

「あ…………はい」

 ミツルを呼び、すでにジムの外に出ているハルカの元へと向かう。

 また来い、なんてミツルがジムトレーナーたちに声をかけられているのを見て、苦笑しながら。

「じゃあ、またね、父さん」

「ああ、いつでもまた来い」

 父さんに挨拶をし、そのままジムから出る。

 

 そして恒例の選択肢。

 

「次はどっちに行く?」

 トウカシティから先は、さらに二つの選択肢がある。

 トウカの森を抜け、北へと歩けばカナズミシティ。

 逆に南へ向け、海を渡ればムロタウン。

 街の規模は全く違うが、けれどどちらにもポケモンジムがある。

「あ、できればカナズミが良いな。あたし」

「あれ? そうなの?」

「うん、なんかデボン製の新しいモンスターボールがいくつかカナズミシティで販売されてるって話があったし、道中に便利だと思うから買っておきたいんだよね」

 ああ、そういう事か、と納得する。タイマーボールやリピートボール、後はクイックボールなども、原作では捕獲に便利なボールは中々売っているところも少ないため、カナズミのような大都市に行くならば是非とも補給しておきたいものだろう。

 それに、新作モンスターボールと言われれば自分とて全く興味が無いわけでも無い。

「どうする、ミツルくん」

「ボクも構いませんよ」

「じゃあそうしよっか」

「オッケー。じゃあ早速出発する?」

 

 問われ、空を見上げる。

 朝からジムに行ったので、まだまだ日は高い。

 ただトウカの森を行くならば、少しばかり準備が必要なことも事実で。

「…………うーん、どうしよっか。トウカの森を行くなら少しだけ買い足しておきたいものもあるし。午前はちょっと買い物に行って、午後から出発しようか」

 トウカの森を抜けようと思うなら、半日は欲しいので、残念ながら今日中、とはいかないだろう。

「今日は森の前のセンターで泊まりかな?」

 トウカの森の入り口手前に建てられたポケモンセンターで一泊して、翌日朝から抜ければ夕方までにはカナズミに到着するだろう。

「えー、森でキャンプもありだと思ったのになあ」

 そう言われると困るが、夜の森と言うのは存外危険が多いので、出来れば遠慮したいところだ。

 残念、と言った様子で気落ちするハルカに、思わず苦笑してしまった。

 

 

 * * *

 

 

 トウカの森。

 

 懐かしい場所である。

 自身が初めて、シャルと()()した場所。

 シアとの出会いも衝撃的だったが、シャルはそれに輪をかけて大騒動だったなあ、なんて思い出し。

 もうあれが七年も前のことなのか、と思うと自身がとんでも無く歳を取ったような気がしてならない。

「歳取ったなあ」

「???」

 何言ってんだこいつ、みたいな不思議そうな表情でハルカがこちらを見てくる。

「いや、トウカの森の事件…………あれもう七年も前のことなんだなって」

「…………事件とかあったっけ?」

 

 ――――まさかの本人がすっかり忘れていた件。

 

「あー…………まあ、いいや、何でも」

 別に今更掘り返して何かあるわけでも無い、終わった事件のことだ。

 忘れてるなら別にそれでも良いだろう、と思う。

 問題はそれよりも。

 

「…………酷いなこれ」

「だねえ」

「…………どうしましょう」

 

 森の入り口にあるポケモンセンターの窓に三人並んで思わず呟く。

 

 ザーザーと、酷い雨が降っている。

 トウカシティを出てその日の晩にはここにたどり着き。

 

 それからまる一日、ずっと外はこの調子だ。

 実機ならば雨が降ろうと雪が降ろうとプレイヤーキャラクターに不便は無かった。違いと言えばバトル時に天候が絡んでくるくらいのものであり、大した問題でも無かったのだが。

 現実的に考えて、雨が降り続いている中を足場の悪い森を歩いて抜けるとか、難易度が高いとか言うレベルじゃない。特に自分たち子供の足ではかなり危険が伴う。

 靴だって旅用の歩きやすい物を履いているが、それでも雨のぬかるんだ地面を歩くようにはできていない。

 何より森の中を抜けていくのに、この雨ではナビのマップ機能も電波障害で使えない。あれは存外精密機械なのだ、前世で言うところの携帯の電波よりもさらに弱いため、洞窟などに入るとすぐに使えなくなるし、雨でも同じだ。

 ゲームなら適当に迷っててもその内たどり着けるし、そもそも分岐する道自体が少ないので地図は必要ないが、現実ではゲームの十倍以上は広いし、そもそもはっきりとした道も無い。

 ゲームのようにいけない場所は無い代わりに、だからこそ、分かりやすく整った道も無いのだ。

 だから現在地を表示してくれるナビマップが無ければ、確実に迷う。

 

 そんなこんなで、すでに二日この場所で釘づけにされているのだが。

 

「止む気配が無いな」

「無いねえ」

「無いですねえ」

 

 三日目の朝。未だにトウカの森は雨に包まれている。

 ポケモンセンターは例年にないほど忙しくなっており、ジョーイさんたちが忙しなく動いているのが分かる。

 この雨に足止めを喰らったトレーナーたちが次々とやってくるせいだろう。

 森に入る前の一時の休憩場程度の場所だったはずのセンターは、次々とやってくるトレーナーの数にパンク寸前だ。

 

「…………今日で三日目か…………何しよう」

 雨のせいで、一日中センターに閉じこもっているのだ。三日もあれば大体やれることはやりつくした感がある。

 暇すぎるので、ポケナビで番組でも見ようかと、スイッチを起動させ。

 

「…………………………は?」

 

 出ていたのは、天気予報。

 当たりまえだが、現実なこの世界では毎日天気と言うのは変わる。

 ミシロにだって雨は降るし、冬は雪も降る。曇り日和もあるし、晴天な時もある。

 だから天気予報があるのは当然と言えば当然だし、この雨後どれくらい続くのかとうんざりして情報を得ようとしたのは当然だったのだが。

 

「…………どういうこと、これ」

 

 表情に険が混じるのが自覚できる。

 

 天気予報にはこう書かれている。

 

 ホウエン地方全域数日の間快晴。

 

 おかしい、おかしいだろそれは。

 視線を上げる、窓の向こうの景色はいつまで経っても止まない雨が見える。

 

 だがこの天気予報を見るならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 さらに言うならばトウカの森で特に集中豪雨が降っていると言う情報も無い。

 

 視線を向ける。

 

 トウカの森の上空では分厚い雨雲が森全体を覆っている。

 

 さらに反対側、トウカシティのほうへと視線を向け。

 

「…………………………」

 

 一切の雲の無い空を見て、もう一度トウカの森を見る。

 雲は動かない。

 どうして昨日気づけなかったのか、臍を噛みたくなるほどに迂闊だった。

 雲が低い。マジマジと観察しなければ分からないが、こうしてじっくりと見ていれば、常よりも低い位置に雲が見える。

 

「ミツルくん、ハルちゃん」

 

 椅子に座って呆けている二人に声をかける。

 視線がこちらに向けられると、今から森へ行くことを伝える。

「え、危ないよ? ハルくん」

「そうですよ、雨が止んでからでも」

 こちらを心配する二人に、ナビの天気予報を見せる。

 お天気観測所から送られてくる最新データ。本来なら観測所の社外秘データではあるが、ホウエンリーグを通してポケモン協会に呼びかければ、チャンピオンの権限として閲覧は可能だ。

 それを見る限り、やはりこれは異常事態、と言うことだろう。

 

「事件だ…………悪いけど、ちょっとお仕事してくるよ」

「ならボクも」

「んー…………ちょっと待って」

 自身も行くと、立ち上がりかけたミツルを、ハルカが手で制し。

「エアちゃんたちいないけど、大丈夫?」

「うん、それなんだけど、取りあえず今いる二匹で行けるかどうか試してみて、ダメそうなら一度戻って来るから、ハルちゃん、エアたちに連絡取って準備だけさせといてくれないかな?」

「うん…………分かった」

 自身の言葉に、ハルカが頷き。

「行ってらっしゃい、頑張ってね、ハルくん」

 そう告げて来るハルカに。

「うん…………まあ、ほどほどにやってくるよ」

 

 呟き、二度、三度頭をかきながら、二人と別れる。

 

「…………やーれやれ、早速面倒ごとだよ」

 

 センター内を歩きながら、手の中で二つのボールを弄び。

 

「それじゃあ…………行こうか」

 

 雨合羽を羽織りながら、ポケモンセンターを飛び出し、トウカの森へと走った。

 

 




何が出てくるか当てられたら割と凄い。でも実機をやってたらもしかしたら、推測できるかもしれないけど。


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雨音の森

「逃がすな!」

 土砂降りの森の中を男たちが走る。

 その行く先には、男たちから逃げ出すように走る一匹のポケモンの姿があった。

 とん、とん、とぬかるんだ森の道を、まるで危なげなく軽やかに走り、男たちを徐々に引き離そうとし。

 

「サメハダー!」

「キシャアアアアアアアアアアア!!」

 

 ポケモンの前方を塞ぐように、いつの間にか数人の男と男たちのポケモンたちが立ちはだかる。

 一瞬、ほんの一瞬だけポケモンが逡巡し。

 

「キャオオオオオオオオオオ!!!」

 

 吼える。足を止め、その全身から()を捻りだす。

 

 “ハイドロポンプ”

 

 捩じられ、まるでライフル弾のように貫通力を付けられた水の竜巻が前方に立ちはだかる男たちとそのポケモンたちを一瞬で吹き飛ばし、ねじ伏せる。

「おら、いい加減に観念しやがれ!」

「グラエナァァァ!」

「グルアアアアアアアアアアアア!!!」

 その隙に後方から追いつてきた男たちとポケモンが次々の攻撃を繰り出し。

 

 “あめのけっかい”

 

 放たれた攻撃の数々をまるで雨水が意思を持ったかのように集中的に撃ち落とし、その威力を削ぐ。

 未だ逃げるポケモンへと届く攻撃はほとんど無く、すぐさまポケモンは逃げ出す。

 

「くそっ! また逃げられた!」

「この雨をどうにかしないと、捕まらねえぞ!」

「確かゴルダック持ってるやつがいたはずだろ、連れてこい!」

「早くしろ! 逃げられでもしたら、リーダーに殺されるぞ」

 

 男たちが悪態を吐きながらその後ろ姿を追う。

 

 雨の森の逃走劇は未だに終わりを見せなかった。

 

 

 * * *

 

 

 走る。走る。走る。

 

 雨が滴り落ちる森の中を、ひたすらに走る。

 ぱっと見て回ったところに、特に異常は見受けられない。

 となれば、これよりさらに奥に入らねばならない、と言うことではあるが。

 

「…………うーん」

 

 前も言ったが、ナビが使えない。と言うこの状況で森の奥に不用意に進むのは、危険が伴う。

 無事雨の原因を突き止め解決し、雨が止んだならばそれでも帰れるのだが。

「見つからない場合、そのまま遭難…………かなあ」

 気軽に選択するには、リスクが大きすぎるのが困りものだ。

「…………さて、どうすべきかな」

 とは言う物の、ここまで見て回った限りで森に異常は見受けられないのも事実。

 このまま外周をなぞるように走り回っていても時間の無駄、と言う可能性も大きい。

「…………ソラノが居てくれたらなあ」

 呟くその名は、前世で使っていたポケモンの一匹。

 チルタリスのソラノだ。

 

 メインメンバーはエア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップルだったが、別にそれ以外のポケモンがいなかったわけでも無い。

 前にも言ったが、最終メンバーはともかく、それ以外のポケモンも大体は作るだけは作っているのだ。

 その中で、過去流行っていた天候パ対策として使っていた“ノーてんき”チルタリス。

 いたら恐らくもっと大胆に行動できただろうし、探索もぐっと楽になっていただろうと思う。

 だがいないものはいないのだから、仕方ない。

 この世界に自身と共にやってきたのは結局のところ、当時使っていた彼女たち六人だけだったのだから、仕方がない。

 

「…………腹くくるしかないかあ」

 ここでグチグチ言っていても何も解決しないのは事実。

 行くしかない、と意気込んだ、瞬間。

 

 PiPiPiPiPi

 

 電子音が鳴る。

 音の発信源を見やれば、マルチナビが着信を受け取っていた。

 開けばメッセージが一つ、内容は。

 

「……………………何?」

 

 ――――カナズミシティ周辺でアクア団の動きアリ。

 

「…………カナズミで、アクア団が動いた…………?」

 どういうことか、このタイミングで? 偶然? それとも必然か?

「雨…………アクア団…………カイオーガ…………嫌な符合だなあ」

 そもアクア団の目的とは、カイオーガを使って雨を降らせ、海を増やすこと。

 雨とアクア団と言う符合がどうにも嫌な予想をさせる。

「急ぐか」

 ざあざあと降り注ぐ雨空を見て舌打ちを一つ。

 

 そうして森の奥へ向けて走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンは走る。

 走り、走り、走る。

 後方で追いつこうとする男たちがぬかるんだ道に足を取られているのに比べ、そのポケモンの足取りはひたすらに軽い。

 

 だがどれだけ走ろうと完全に逃げ切ることができない。

 それは一重に森全体を包囲するほどの人間たちの数もそうだが、それだけならばポケモンにとって問題になるはずも無かった。

 北風と共に去っていくと言われるほどの伝承を持つポケモンにとって、人間から逃げることなど酷く容易いことのはずだったから。

 

 だからこそ、問題はそこには無い。

 

 最大の問題は、自身を引き付ける不可思議な力である。

 引きつけ、この地に縛り付けるおかしな力によって、自身はこの森から出ることができない。

 それが未だに人間たちを撒けず、挙句こうして雨の結界によって時間を稼いでいる原因に他ならない。

 

 そもそもの話、ポケモンはこの森がどこなのかが分からない。

 ポケモンが知る森と言えば、一つしか無いはずだが、けれどこの森の空気はポケモンが知る森とは別物であると告げている。

 だからここは、全くの異邦の地だった。

 どうして自身がここにいるのか、ポケモンは分からない。

 文字通り、気づけばここにいたから。

 

 すでに三日、不眠不休で逃げ続けているが、いい加減限界が近いことも理解している。

 さして争いを好まない性質だけに、ポケモンは今日まで逃げ続けていたが、けれどいい加減それも限界だと言うことも気づいている。

 初日は森から出られない事実に気づけず。二日目はしばらく相手してやれば人間たちも諦めるだろうと楽観し。

 そして三日目、この結果である。

 ならばもう遠慮することも無いだろう。

 争いは好まないが、野生のポケモンだ、いざとなれば牙を剥くのも自明の理。

 

 ぴたり、とポケモンが足を止める。

 

 そうしてしばらく待つと、後方から男たちが追いついてきて。

 

「ようやく…………観念…………しやがったか!」

「ふう…………ふう…………追いついた、ぞ!」

「はあ…………グラエナ! はあ…………行くぞ!」

 

 息も絶え絶えに、けれど男たちがさらに追加でモンスターボールを取り出し。

 

「キャオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “おいかぜ”

 

 ごう、と風が吹き荒び、一瞬雨が吹き散らされる。

 けれど直後降り注いだ雨が風に交じって暴風雨となり替わり。

 

「キャオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 水の支配者が天に向けて、吼えた。

 

 

 * * *

 

 

「…………今、声がしたな」

 

 人の、では無く、何らかのポケモンの声。

 と言うか、どこかで聞いたことがあるような。

「…………何のポケモンだっけ?」

 さすがに声ですぐ分かるのはピカチュウとタツベイとボーマンダだけだ。

 だが少なくとも、今生で聞いた覚えは無いので、恐らく実機時代だろうと予想する。

 対戦で戦ったポケモンか? この森にいる、と言うことはキノガッサか何かだろうか。

 否、そんな感じじゃない。もっと、何かこう、抽象的だが…………凄みのある声だった。

 声に威圧感があると言うべきか。

 

 恐らくこの雨と無関係と言うことは無いだろう、と予測する。

 

「なら行くしかないな」

 声のしたほうへと走り出し。

 

 直後。

 

 ズドン、ズドン、ズドドドドドォォォン

 

 森を揺るがす爆音が響き渡る。

「っ何が起きてる!?」

 分からない、が少なくとも何かが起きている。

 走る。森の木々を避けながら、ぬかるむ道に足を取られないように注意を払いつつ。

 

 木々の隙間を抜け、そうして見る、見る、見る。

 

 ――――そこに青の獣がいた。

 

 

 * * *

 

 

 紫のたてがみと青と白の模様の体の獣のようなポケモン。

 

 知っている。自身はそれを知っている。

 

「…………なん…………で…………?」

 

 知っているからこそ、分からない。

 何故それがここにいるのか。

 それは本来ジョウトにいるはずのポケモンだ。間違ってもホウエンにいるはずの無いポケモン。

 

「……………………スイクン」

 

 呟いた声に、青の獣…………スイクンがぴくりと反応した。

 よく見れば、周囲にはアクア団らしき服装の男たちが大量に倒れ伏している。

 どうやらスイクンを捕獲しようとして失敗したらしい。

 

「…………キャオォォ」

 

 スイクンが唸る。

 こちらを見て、威嚇する姿に、敵視されているその事実に気づき。

「待て、待て、待て?! 言葉、通じるのか知らないけど、待て、俺は敵じゃない」

 両手を上げて、後ずさる自身に、スイクンは視線を外さない。

「…………スイクン、だよな…………? なんでホウエンにいるんだ」

 呟く声に、スイクンが目を細め。

 

 

「フゥーアッハッハッハッハァァ!!」

 

 

 雨音を切り裂き響く笑い声と共に、森の木がずどん、と音を立てながら吹き飛んだ。

「っ…………何だ」

 咄嗟にボールを構え、数歩後退する。

 そして雨の森の向こうから出てきた一人の男が見て、驚愕する。

 

「ナンダナンダァ? テメェらぁ、まーだ遊んでヤガルのかヨォ?」

 

 どすん、どすん、と地響きのような足音を立てながら現れたのは、上半身が半裸の筋肉マッチョだった。

 男がスイクンを見、そしてこちらを見る。

「ナンダァ? 何でガキがいやがル?」

 うん? と首を傾げるが、けれどすぐにガハハと笑い出し。

「マーイイカ。どーせ全員ツブしちまぜば同じことヨ」

 にぃ、と男が笑い、その巨大な手に不釣り合いなほどに小さなボールを取り出し。

「ブッツぶせぇ! シザリガァ! ゴルダック!」

「逃げろ、スイクン」

 即座に状況を理解する。こいつらが何をしに来たのか。そうして自身が何をすべきか。

 そうしてスイクンへ目配せしてやれば、何かを察したのか、そのままスイクンが足早に立ち去って行く。

 

 故に。

 

「ちっと出番が早くなったが…………まあいいや」

 

 ボールを手に取り。

 

「暴れろ、ルージュ」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 原作において、マグマ団、アクア団はそれぞれ一人のリーダーと二人の幹部を中心として構成されていた。

 とは言う物の、三世代ルビーサファイアではぱっとしなかった幹部たちだったのだが、六世代オメガルビ-アルファサファイアでは誰だよこれ、と言うレベルでの別人への変貌を遂げ実際自身もやっていてかなり驚いた記憶がある。

 

 で。

 

 問題は。

 

 目の前の半裸のマッチョ。

 

 自身の記憶違いでなければ。

 

「…………アクア団のウシオか」

「アァン? オレっちのことを知っているノカ?」

 

 その言葉に、ふっと笑う。

 

「お前こそ…………俺を知らないのかよ」

 

 にぃ、と笑い。

 

 どん、とルージュが一歩、足を踏み出す。

 それに反応するようにシザリガーがその手に水の塊を生み出し。

「シザリガー、ブッツぶセェ!」

 

 “クラブハンマー”

 

 そのハサミの中に生まれた水塊ごと、ハサミを振り下ろす。

 同時、ルージュもまたその手の中に光の珠を生み出し。

 

 “ダイレクトアタック”

 

 “きあいだま”

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ドォォォォン、と水が弾け、光が弾け、互いが弾かれ後退する。

「くっ…………あははは」

 全身を弾けた水に、そして雨に濡らしながら、ルージュが嗤う。

「うわあ…………」

 こいつもアースと同じ(セントウキョウ)か、と思わず天へ嘆いても降り注ぐ雨に顔を打たれるだけだ。

 まあ今は良いだろう。

「ルージュ…………やれ」

「あいさ」

 

 “つながるきずな”

 

 両の手に黒い球をふわりと浮かび上がらせながら、ルージュが先ほどを超える速度で疾走する。

「ぬっ?! シザリガー、叩きツブせェ!」

「もう、遅いわよ!」

 

 “ダイレクトアタック”

 

 シザリガーを目掛け、大きく跳躍。

 中空で両の手をぱん、と合わせ、黒い球を混ぜ合わせ。

 

 “ナイトバースト”

 

 両手の中の漆黒をシザリガーに()()()()()()()

 

「…………うーん、さすが性格やんちゃ、だなあ」

 

 ルージュがまだゾロアの時の話。

 性格やんちゃ、と言うのは『こうげき』に上昇補正がかかる。

 とは言え、弟のノワールが完全に物理アタッカーにすくすくと育っていたので、さてどうしたものか、と考えた。

 面倒な話だが、実機と違って現実には好みや適性、と言うものが存在する。

 ノワールの性格はさみしがり。姉弟揃って物理アタッカー偏重なのだが、ルージュはどうも性格の割りに物理技より特殊技のほうが覚えが良かった。

 外見を見れば分かるだろう、ノワールはそのゾロアークの爪を太刀と言う形で顕現させた。

 逆にルージュは爪を持たなかった。導士服と着物を足したようなこの世界において奇抜なその外見だけ見ればこいつが近接戦闘なんて違和感しかない。

 だから最初は特殊メインで物理もできる両刀型、と言うので育てる予定だったのだが。

 

 性格やんちゃが遠くからちまちま攻撃するだけ、なんて性にあっていなかった。

 

 そうおかしな話でも無い、先ほど現実だから好みと適正があるとは言ったが、好みと適正が必ずしも合致することも無いのもまた現実だからだ。

 特殊技に関してはルージュは天才だった。威力が同じはずの物理技と特殊技を比べたら2、3割ほど威力が変わるぐらい特殊技に関しては天稟があった。

 だが性質がそれを許さなかった。本人曰く、直接ぶん殴らないとつまらない、のだ。

 

 だから、折衷案を出した。

 

 特殊技と言うのは基本遠くから放つものだが、別にそれに拘る必要も無い。

 だったら特殊技を展開して直接叩き込めばいいじゃないか。

 

 と言うわけでこの問題児が生まれた。

 

 

 “ナイトバースト”によって生み出される破壊力にシザリガーが吹き飛ばされ、一瞬で戦闘不能になる。

 そしてそれを狙ったかのように、隙を伺っていたゴルダックが動き出し。

 

 “じんつうりき”

 

  放たれた一撃は、けれどルージュには届かない。

「オォ? ナンデだ?!」

 驚いたように目を見開くウシオにけれど答える義理は無い。

「ルージュ」

「了解」

 

 “ダイレクトアタック”

 

 “ナイトバースト”

 

 抉り込むようにして、黒を纏ったルージュの拳がゴルダックに突き刺さり。

「グァ…………ガァァ…………」

 強烈な一撃に急所を突かれたゴルダックが一瞬で沈んだ。

「オイオイオイオイオイオイ…………マジかヨ」

 ウシオが目を見開き、驚く。そして視線を周囲に向ければ、雨に沈む団員たちと、すでに居なくなったスイクン。

「…………こりゃァ、引き際だナ」

 一歩、男が後退し。

「たのしかったゼェ…………またヤリあおう、全力でナ!」

 五、六人はいた団員たちを軽々と肩に担ぐと走り去っていく。

「追わなくていいの?」

「そっちは良いや…………先に片づけないといけないこともあるし」

 

 ふと周囲を見る。

 

 雨の降りしきる森。

 

 そして姿を見せないスイクン。

 

「この森をまた探さないといけないのか…………面倒くさ」

 

 ずぶぬれの濡れ鼠となった自身を見て一つ嘆息した。

 

 

 

 




名前:ルージュ(ゾロアーク) 性格:やんちゃ 特性:イリュージョン 持ち物:きあいのタスキ
わざ:????、わるだくみ、ナイトバースト、きあいだま


特技:????
分類:????
効果:????

裏特性:ダイレクトアタック
自身が特殊技を使用した時、自身の『とくこう』に『こうげき』の半分を足してダメージ計算する。ただし、攻撃技が全て直接攻撃になる。命中が100未満の攻撃技の命中が100になる。



ウシオさん口調わっからん、変じゃなかったですか?
オレ持ってるのオメガルビーなんで、今一登場シーン少ないんだよな、ウシオさん。






おまけ


スイクン Lv150 特性:プレッシャー
わざ:ハイドロポンプ、めいそう、オーロラビーム、おいかぜ、しんそく、エアスラッシュ、ぜったいれいど

裏特性:めぐるきたかぜ
場が『おいかぜ』状態の時、自身の『ひこう』技の威力を1.5倍にし、ターン終了時に任意で交代、逃げることができる。

アビリティ:みずのしはいしゃ
場に出た時、天候を『あめ』にする。

アビリティ:あめのけっかい
天候が『あめ』の時、受けるダメージを半減し、毎ターン終了時最大HPの1/8分HPが回復する。

アビリティ:じゅんすい
自身への『でんき』タイプの技を無効化する。


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明日天気に

 ざあざあとバケツをひっくり返したかのような雨が。

 ぽたぽた、と少しずつ、少しずつだが、止んでいくのが分かる。

 そうして、徐々に空から引いていく雨雲を見ていると。

 

 ぴちょん、と。

 

 水が跳ねる音が聞こえた。

 

 そうして音の聞こえた方…………後ろを振り返り。

 

 そこに佇むスイクンを見やる。スイクンもまた、自身を見る。その視線に多分に警戒が含まれていることに気づき。

「……………………戦う気も捕まえる気も無い…………っと、これで良い?」

 腰からボールを外し、足元に置く。雨でぬかるんだ土の上に置かれたボールがかたりと揺れた気がするが、多分気のせいだろう。

「……………………………………キャォ」

 少しだけ警戒が薄れる。少なくとも、いきなり襲いかかってくるようなことはしないらしい。

 それに、実機のように会っていきなり逃げ出すことも無いようだ。

 

 恐らくそれは、ここがホウエンだから…………否、()()()()()()()()ことを理解しているからだろう。

 

 スイクン。

 第二世代金銀に登場した伝説の…………と言うとややこしいが、とにかく伝説のポケモンだ。

 実機的には、種族値600以下の、いわゆる準伝説級のポケモン。

 三世代…………ホウエンで言うところの、ラティアス、ラティオスのような幻のポケモンと同じ分類として扱われていた。

 特徴としては、()()()()()()()()()()()()と言うことだろうか。

 ホウオウと言うジョウト地方の伝説のポケモンによって蘇った存在。

 故に、ラティアス、ラティオスたちとは違い、明確なまでに世界中探し回っても一匹しか存在しないポケモンである。

 だからこそ、目の前の個体は、ジョウトにいたはずなのだと分かる。

 

 分かるからこそ、疑問が沸く。

 

「…………何でホウエンにいるんだ?」

 

 そんな自身の問いに、スイクンが僅かな戸惑いの気配を見せる。

 その理由を数秒考え。

 

「…………もしかして、何で自分がここにいるのか、分からない?」

 

 その言葉に、スイクンが無言で返す。けれど僅かに動揺したその瞳を見ていれば、それが肯定だと理解できる。

 

 どうしてスイクンがホウエンにいるのか。

 

 実を言うと心当たりが無くも無い。

 いや、自身の知識と色々と差異はあるが、けれど一応だが実機でも()()()()()()()でスイクンと遭遇することがある。

 すでに先ほどのジョウトにいた、と言う言葉と矛盾するようだが、事実なのだから仕方ない。

 

「…………よし、スイクン、行こうか」

「…………………………ォォ」

 

 どこに、と言ったその視線に一つ頷き。

「トウカの森のさらに奥」

 そしてそのさらに先。

 

 実機時代、空からしか行けなかったその場所の名を。

 

「――――未開の地へ」

 

 

 * * *

 

 

 ORASに実装された新システムの一つとして、おおぞらをとぶ、がある。

 “そらをとぶ”のひでんわざを自機操作仕様にしたようなシステムで、簡単に言えばホウエン中をポケモンに乗って好き勝手に飛び回れると言うものだ。

 

 そして幻の場所を含めた一部のマップは、このおおぞらをとぶ、でしか行けない仕様となっている。

 まあ普通に考えて、海上にぽつんと佇む孤島や、空の上の亀裂、暗雲などどう考えて普通に行けるわけない場所は分からなくも無い。

 だがその中でも一つ。

 

 未開の地、と呼ばれる場所がある。

 

 実機をやっていた時から思っていたが。

 

 完全にトウカの森と陸続きだ。と言うかむしろ、トウカの森を東に抜けた先、と言っても良い。

 普通に考えて、この場所ならば歩いてでも行けるだろ、と思うのだが実機にはトウカの森から未開の地へ行く道自体が実装されていないため、おおぞらをとぶ、でしか行くことができなかった。

 

 だが、現実に考えて陸続きの場所に歩いていけないなど、そうそうあるはずも無い。

 

 スイクンが雨を止ませたお蔭か、通信も復活し、ハルカとミツルには先にトウカの森を抜けるように言ったので、後でカナズミで合流できるだろう。

 それから、さすがにこの森の中を延々とマップ片手に迷子は勘弁して欲しいので。

 

「お、来た来た」

「来たじゃないわよ、いきなり」

 

 実家から(エア)を呼んでおいた。

 子供の足でここまで二、三日と言ったとこだが、さすがエアである。呼び出して一時間と少々でここまで飛んできた。

 

 ふわり、と上空から降り立ち、こちらへと呆れたような視線を向ける目の前の少女に苦笑する。

 突然現れたエアに、スイクンが僅かに警戒を強め。

「ああ、大丈夫、こいつは俺のポケモンだから」

 ぽんぽん、とその頭を叩くと、ずれた帽子を直そうとエアが両手で帽子を被り直す。

 そんな自身たちの様子に、スイクンがまた一つ警戒を解く。

「…………何こいつ」

 そしてそんなスイクンに今更気づいたらしいエアが、目を丸くして呟く。

「スイクン、だよ」

「……………………覚えがあるような、無いような」

「ジョウト地方の伝説の一体だよ」

「……………………何でそんなのがホウエンにいるのよ」

 それは正直、自分が知りたい。

 

 まあそれはさておいて。

 

「エア、飛んで」

「…………はあ、いきなり来いって言うから何かと思ったら、そういう事」

 なんだかエアがジト目で見てきているような気がするが、多分気のせいだろう。

「よしじゃあ…………スイクン、ついてきて」

 自身の言葉に、スイクンがじっとこちらを見て。

 

 こくり、と頷いた。

 

 まだ多少警戒はあるようだが、少なくとも当てが無いうちは着いてきてくれる、と言ったところだろうか。

「じゃ、行くわよ」

「よろしく」

 短い言葉のかけあいと同時、ふわり、と体が浮遊感に包まれる。

 昔のようにエアに抱えられて浮かび上がっていたらさすがに怖かったかもしれないが、逆に今はエアにおぶさるようにしてもたれかかっているので、大分心に余裕がある。

 まあエア(相棒)なら大丈夫、と言う信頼と安心もあるのも確かだが。

 

「で、どこ行くの?」

「トウカの森から東に向かって進んで…………あんまり高く飛び過ぎないでね、スイクンが見失うといけないし」

 

 伝説のポケモン、と言うカテゴリーではあるが、実際の能力的には準伝説、つまりまだ比較的常識的な部類に入る。

 エアが全力で飛行したら或いは見失ってしまう可能性もあるかもしれない。

 

 大よそ自身の体感だが。

 

 実機時代での強さ的に、準伝説は種族値合計が+100~200されていると思った方が良い。

 レベル上限の高さに加え、種族としての格のようなものがその他ポケモンとは一線を隔す。

 精神論か、もしくは単純な能力値かで上回ることが出来なければ絶対に勝てない、そう言うある種の理不尽さを含んでいるのが準伝説種だ。

 

 そしてそれをとことん突き詰めた存在が伝説種である。

 まあそれは余談だが。

 

 エア…………と言うか、ボーマンダと言う種族と比べれば実のところ合計種族値ならばスイクンよりボーマンダのほうが高い。

 けれど、恐らく同じレベルのボーマンダを育成しても、スイクンには劣るのだろう。単純な相性だけではない、それこそが種族としての格の差、と言ったところか。

 

 メガシンカ、恐らくそれをすることによって、その差が大きく埋まる。

 自身のとっておき。オメガシンカ、あれで恐らくその差が()()する。

 

 と、言われたら準伝説種は確かに手の届く存在だ、と思うかもしれないが。

 反動が大きすぎて、1手分使っただけでエアがボロボロになるほどの代償をもらう行為までして、ようやく一手分だけこちらが優勢を取れる。

 

 と考えれば、やっぱり準伝説種だって十二分に化け物である。

 

 特に、スイクン、エンテイ、ライコウなどはジョウトの伝説から直接力を分けられた存在なのだ。

 同じ準伝説枠のラティアス、ラティオスとは比べものにならない。

 

「…………まあそれでもデオキシスのほうが強いんだろうなあ」

 

 少し遠い目をしながら呟き。

 

「…………何か言った?」

 

 自身の独り言にエアがこちらを向いて。

 

「何でもないよ」

 

 呟く頃には目的地はすぐ目の前に迫っていた。

 

 

 * * *

 

 

 丸い輪っかだった。

 

 一言で言えば。

 

「……………………うわあ」

 思わずげんなりとした表情をしてしまったが、無理は無いと思う。

 

 実のところ、ポケモンと言う世界は二種類存在すると言われている。

 

 正確には初代から数えて七世代目まで。

 

 リメイク作品を除けばそれぞれ別地方を描いているので分かりにくいが、実はだいたいが前作以前と繋がっている。特に同じ陸続きの地方であるカントーとジョウトを中心とした初代と第二世代金銀は分かりやすいだろう。トキワシティジムリーダーの存在や、ロケット団の存在、そしてシロガネやま最奥のトレーナーの存在など完全に前作との関連性を絡めたストーリーとなっている。

 一方三世代、ルビーサファイアに入ると途端に前作までの話題と言うのはほとんど無くなっている。

 探せば無くは無いが、実際にはほとんど新しいストーリーだ。

 四世代、五世代もまた同じである。

 

 だがそれでも、五世代までは()()()()()()()とされている。

 公式がそう明言したわけではないのだが。

 

 一般的な区切り方として。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うものがある。

 

 六世代ORASでその存在を匂わすキャラクターが存在し、その仮説が信憑性を帯びる。

 

 つまり、初代、金銀の主人公たちがロケット団と戦ったのも、ルビーサファイアエメラルドの主人公たちがマグマ団、アクア団と戦ったのも、ダイアモンドパールプラチナの主人公たちがギンガ団と戦ったのも、ブラックホワイト、ブラック2ホワイト2の主人公たちがプラズマ団と戦ったのも全部全部全部。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことになる。

 

 と言っても、この世界で同じ事件が起きているかどうか、と言うのもあるが。

 一応過去の記事を調べたことがあるがそれらしい記事は一切無かった。

 

 自身も一応ポケモンの時系列と言うのを見た事があるが、さすがにそんな十二年も前のこと思い出せるはずも無く。

 ()()()()()()()()()だけなのか、それとも()()()()()()()()()のか。それすらも分からない。

 

 で、ここまで長々と語って何が言いたいのかと言えば。

 

 今現在、この世界での現時点では。

 

 まだゲームの主人公たちの誰もが()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことだ。

 

 初代、金銀はともかく、三世代以降はストーリー上に伝説のポケモンががっつりと絡んできてそれを倒すか捕獲するかが必須となっていた。

 つまり、原作同様のストーリーがあるなら必ず伝説のポケモンが一度は登場しているはずであり、そんな話は聞いたことが無い以上、原作ストーリーは現時点で展開されておらず、伝説のポケモンたちも一匹たりとも捕獲されていない、と言うこと。

 

 そして。

 

 実機ORASでは伝説戦後、ホウエンの各地で()()()()()()()()()()()()()と言う事実だ。

 

 公式がXYとORASの四作で、()()()()()()()()()()()()()()()()と言っているほどに、伝説のポケモンたちのオンパレードがホウエンとカロスで展開される。

 いや、カロスなどまだカントーの三鳥が飛びまわってミュウツーが洞窟に引きこもっているだけだからいいのだが。

 

 ORASに登場する伝説、準伝説はホウオウ、ルギア、スイクン、エンテイ、ライコウ、グラードン、カイオーガ、レックウザ、レジロック、レジアイス、レジスチル、デオキシス、ディアルガ、パルキア、ギラティナ、ユクシー、エムリット、アグノム、ヒードラン、レジギガス、クレセリア、コバルオン、テラキオン、ビリジオン、トルネロス、ボルトロス、ランドロス、ゼクロム、レシラム、キュレムの以上三十体だ。

 これにまだ幻枠でラティアスやラティオスが追加される。

 元からホウエン、と言うか三世代にいた伝説、準伝説を抜けば二十三体、それだけの数の伝説、準伝説が他所の地方からホウエンに集中することになる。

 

 多すぎである。

 

 実機にいたからって、別にこの世界でもそうなるわけではない、かもしれないが、なるかもしれない、と言う可能性を考えると、頭が痛くなる。

 と言うか、それぞれに遭遇条件みたいなものが存在しており、だから普通は出会わないはずだったのだが。

 

 …………こんなところにスイクンがいるせいで、その仮説も揺らいでしまっている。

 

 いや、まさか、と言いたい。本当に嘘だと言って欲しい。

 

 目の前に存在する空中に浮かぶ丸い輪を見て、思わず嘆く。

 

 輪の中は黒い渦が巻いており、一寸先すら見えないほどの闇だ。

 

 そもそもが他地方にいるはずのスイクン含め、伝説たちがホウエンにいる理由がこれだ。

 

 原作でもこの輪について一切の説明は無かったが、けれどポケモン映画のお蔭でその存在だけは知っていた。

 

 そも空間を跳躍して物体を引っ張って来るなどと言う芸当、並のポケモンに出来ることではない。

 

 可能性としてパルキアならあり得るかもしれないが、パルキアならこんな輪っか残さない。

 

 だから、可能性はもう一つなのだ。

 

 実機時代、結局そのポケモンは映画での配布以外で見かけることは無かった。

 

 だから、正直その可能性は考えてなかったのだが。

 

 よく考えれば、現実として見ればアニメも実機も同じ設定から生まれた世界なのだ。

 実機の図鑑にも登録でき、ちゃんとデータとして存在する以上、そいつはこの世界にも存在しているのかもしれない。

 

 リングの中の空間を歪め、あらゆる物質をテレポートさせると言う幻のポケモン。

 実機時代、自身のデータでついぞ見ることの無かったそのポケモンの名は。

 

「…………いるのか、フーパ」

 

 呟いた言葉に、けれど輪は何の答えも返さなかった。

 

 




ふとした思い付きでホウオウ、ルギア、スイクン、エンテイ、ライコウ、グラードン、カイオーガ、レックウザ、レジロック、レジアイス、レジスチル、ラティオス、ラティアス、デオキシス、ディアルガ、パルキア、ギラティナ、ユクシー、エムリット、アグノム、ヒードラン、レジギガス、クレセリア、コバルオン、テラキオン、ビリジオン、トルネロス、ボルトロス、ランドロス、ゼクロム、レシラム、キュレムがホウエンで一斉に争い出す展開を思いついた。


どう考えてもホウエン最後の日です、本当にありがとうございます(
ヒガナも隕石どころじゃなくなるぜ(
レックウザ出てきても収集がつかない事態。


あー…………やべえ、フーパなんかだしたらどう考えたって展開広がるだけなのに、どうして思いつきで話を広げてしまうんだろう。四章100話で終わるだろうか(戦慄



積みゲー消化してたら一週間空いててびっくりした。


ところで面白そうなパーティ型思いついたので、またその内対戦募集するかも。
あといじっぱ6Vミミッキュが9匹余ったのでその内配布するかも。








追記:バレンタイン絡めながら、そのうちエアちゃんたちとデートな番外編書くかも。


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大きな都市に初めて行くと迷うなんてことよくある

「うん、噴水の向かい側にあるポケモンセンターだよね」

『そうそう、噴水の向かい側にあるポケモンセンターだよ』

 分かった、と告げて、ナビの通話を切る。

 

 ふと、空を見上げる。

「…………もうすぐ日が暮れる、か」

 昼前に森に入って、森の中を散々歩きながらここまで来たのだから、まあそんなものか。

「…………問題は、これか」

 視線の先には何も無い…………正確には()()()()()()()()()()()()()()()()

 スイクンがリングを潜るまで確かにそこに存在していたのだが、スイクンがリングを潜ると同時に消えてしまった。

「…………中どうなってんだろう」

 ちゃんとジョウトに着いたのかな、と一瞬考える。

 恐らくジョウトに戻ったのだろう…………そう信じたい。

 さすがに自分で試しに、で入ってみるわけにもいかないし、この先がどうなっているのか残念ながら暗闇が広がる輪の中は見通せないので分からない。

 ただ、実機でスイクンが出てくる輪がここなのだから、恐らくこの先はジョウトだろうと思っている。

 まあ間違っていたらスイクンにいつか謝ろう…………もう一度会えるかどうかも不明だが。

 いやそれよりもリングである。消えた、のは良かったと思う反面、どういうことだ、とも思う。

 ため息を一つ。考えることは多かった。

 

「エア…………悪いけど、日が暮れる前にカナズミまで連れてってくれる?」

「りょーかい」

 そうして再びエアの背に負ぶさり、カナズミ目掛けて空を飛ぶ。

 

 まともに森を抜けて居たら半日、まあ最低でも夜になっただろう、最悪日付も変わっていたかもしれないが、エアがぐんぐんと加速しながら空を飛ぶ。

 この調子なら一時間もしない内にカナズミへとたどり着けるだろうと考え、一つ息を吐いた。

 

「やってらんねえ」

「…………何が?」

「色々…………かなあ」

 

 スイクンはあくまでこのホウエンを渦巻く面倒ごとに一つに過ぎない。

 グラードン、そしてカイオーガ、そしてレックウザに隕石、マグマ団にアクア団、そして伝承者の存在。

 さらに加わったフーパの影に、そこから出てくる伝説たち。

「なんで俺がチャンピオンになった時に限って色々出てくるんだろうね」

 ダイゴも、その前の歴代チャンピオンたちも、ここまで極まった面倒な状況に遭遇したことなど早々無いはずだろう。

 どうして自分だけこんな状況に陥っているのだろう…………自分は精々静かに平和に暮らしたいだけなのに。

 

「…………ったく、アンタは」

 少しだけ呆れたような声で、エアが呟く。

 

「なに心配してんのよ……………………私がいる、シアもいるし、シャルも、チークも、イナズマも、リップルも…………今はアースとルージュもいる。なら何を心配するのよ」

 

 そんな自信過剰とも取れる言葉に、沈黙し。

 

「…………くふっ…………そうだね」

 

 思わず苦笑する。

 

「…………頼りにしてるよ、エア」

「任せなさい、アンタが邪魔に思うなら、私が全部ぶっ飛ばすから…………だから、そんな顔するのやめなさい」

「うん…………ありがとう、エア」

 

 少しだけうんざりしていたけど、もう大丈夫だ。

 

「当然ね」

 

 相棒(エア)が…………それに仲間(みんな)がいるから、大丈夫。

 

「強くなったね、エアは」

 

 夕焼けが綺麗だった。だから、そんな一言が出たんだろうと思う。

 

 それはそれは綺麗な夕焼けだった。

 

 ――――――――七年前に、エアの慟哭を聞いたあの日と同じ、綺麗な夕焼けだった。

 

「今も昔も、変わらない…………俺のエース。けど昔とは違う、今は俺だけが認めたエースじゃない、ホウエンの頂点に立つパーティの誰もが認めたエース」

 

 あの日の慟哭を、七年も前のことを、けれど今でも覚えている。

 

 ――――強くなりたい。

 

 そう願ったあの日の少女は、強く、美しく育った。

 二年前のホウエンの頂点、あのチャンピオンダイゴのエースと激闘を繰り広げ、そうしてついにその鉄壁の牙城を打ち崩し、自身に勝利をもたらしてくれた。

 昨年の防衛戦では、さらに強く育成された伝説の巨人(レジギガス)相手に一歩も譲らぬ激しい戦いを見せつけ、その執念で持って伝説の膝を折らせた。

 

 誰もが認めざるを得ないだろう、その強さを。

 

 あのプライドの高いアースですら、エア相手には一歩譲っている、認めているのだ、このパーティの誰がこの頂点であるかと言うことを。

 

 誰にも文句なんて言わせない。

 

「おめでとう、エア…………ホウエン最強になった気分はどうだい?」

 

 そんな自身の言葉に、エアが()()

 

「まだね」

「…………まだ?」

「最強なんて名乗るなら、せめて」

 

 ――――伝説くらい倒さないと、ね?

 

 告げる言葉に、思わず笑いがこらえきれなくて。

 

 全く、頼りになるエースである。

 

 視界の先に見えるカナズミの街を見ながら、空の上で笑っていた。

 

 

 * * *

 

 

 カナズミシティはホウエンでも有数の大都会だ。

 ミナモシティが観光都市、カイナシティが港湾都市、キンセツシティが商業都市とするならば、カナズミシティは産業都市と言える。

 ホウエンで最大規模を誇る企業、デボンコーポレーションを初めとして多くの企業がこのカナズミと言う街に集合し、各街に支店を出しながら商業で鎬を削っている。

 さらにホウエン最大のボール生産工場などもあり、さらにホウエンでも最大規模のトレーナーズスクールが存在する。

 と言うか、カナズミシティと言うのはホウエンでも有数の学術都市の面も持つ。

 何せ、ホウエンで唯一の大学が存在する街だ。過去の著名なポケモン研究家たちの多くを輩出した名門である。

 因みにオダマキ博士もホウエンでも有数のポケモン研究家ではあるが、大学はジョウトのほうだ。父さんとは学生時代の友人だったらしいが、その辺で繋がりがあったらしい。

 

 こう言う広い街だと、ポケモンに乗って空から入って来るトレーナーたちも見慣れたもので、街中にエアに連れられて降りてもさして気にもされない。まあエアがヒトガタだと言う部分で多少の注目もあるが。

 中には自身がチャンピオンだと気づいた人間もいるらしいが、それでもひそひそと話す程度でこちらの邪魔はしてこないので良しとする。

 当たり前と言えば、当たり前だが。

 十歳でチャンピオンになったと言うのは、歴史的快挙と言える出来事だろう。

 自身だって実機で考えれば、初代主人公くらいしか思いつかない。

 いや他の主人公たちだって、十代前半でチャンピオンになってるのだから、十分過ぎるほどに非常識なのだろうが。

 あのダイゴですらチャンピオンになったのは十代後半である。

 となれば、トレーナー資格を持てるギリギリの年齢である十歳でチャンピオンと言う事実がどれほどのものか、考えるほどにその非常識ぶりが目立つ。

 だから、自身の顔と言うのは割とメディアに露出していることが多い。

 とは言っても、別に自身はそれほど際立って顔が良いわけでも、特徴的な服装をしているわけでも無い。まあ街中の人込みにこうして紛れてしまえば、そう気づかれることも無いだろうなあ、とは思っていたので予想通りと言えば予想通りである。

 

「噴水の…………ってあれかな」

 上空から見ていた時に見つけた噴水のある公園らしき場所、その向かい側にポケモンセンターがあったので恐らくここで間違いないだろうと思う。

「…………公園かあ」

 公園である。例えベンチをサザンドラが占領していたとしても、そのせいで周囲の人たちが本気でビビっているような光景が広がっていても公園である。

「…………ていうか、あれ?」

 ふと首を傾げる。あのサザンドラの足元に何か。

「…………ねえ、ハル」

 ふいに、エアが自身の裾を引っ張る。視線を向ければ、一言。

 

「あれ…………シキじゃないの?」

「……………………………………………………え゛?」

 

 自身の喉の奥から飛び出た変な声に自分で驚きながらも、視線はサザンドラの足元に蹲る黒い何かに向けられて。

 それがサザンドラを枕に眠る自身も良く知る少女だと理解した瞬間。

 

「なんか居るぅぅぅぅぅぅぅぅ?!」

 

 絶叫した。

 

 

 * * *

 

 

「助かったわ…………本気で助かったわ」

「なんで都会のど真ん中で遭難してるの、シキ」

 眠ると言うか、半ば疲れて気絶したシキをサザンドラのクロと共にポケモンセンターまで運び込み、すぐに介抱する。

 部屋を借り、さすがに勝手に服を着替えさせるわけにもいかないので、後でシーツを交換してもらおうと思いながらベッドに寝かせ、三十分後にようやく意識を取り戻したシキが自身を見て言った最初の一言は。

 

「…………夢?」

「夢じゃないから」

 

 まだ意識が朦朧としてるらしいシキを寝かしつけ、ポケモンセンターでもう一部屋借りて、休む。

 そう言えばミツルとハルカはどうしたんだろう、と思ったらどうやらカナズミの街へ出かけたらしいとジョーイさんに聞き、取りあえず着いた、とだけナビで連絡を入れておく。

 そうして、ようやくはっきりと目覚めたらしいシキが部屋でシャワーを浴び、身支度を整えたのか小奇麗になって自身の部屋にやってきたのが三時間ほど後のことだった。

 すでに空は暗く閉ざされており、月も出ていたが、カナズミの街のど真ん中ではその月明かりもほぼ見えなかった。

 

 すでに戻って来たハルカとミツルを誘い、四人でセンターで食事を取るため席についたシキの第一声が先ほどのものだった。

 

「都会って…………ほら、コンクリートジャングルって言うじゃない」

「何と言うか、そう言う意味じゃないと思うんだけど」

「あはは…………でも確かにこの街って広いよね。昔行ったミナモシティと同じくらい広いんじゃないかな」

「ボクは普段、ミシロにしか居ないんで、こう言う都会は初めてですけど、確かに迷っちゃいそうですよね」

 

 そんなハルカとミツルの言葉にうんうん、と頷くシキにやや呆れた視線を向けながら。

 

「ところで、俺たちに何か言うことは?」

「…………え?」

「初日の待ち合わせ時間に来なかったシキさん、俺たちに何か言うことは?」

「申しわけありませんでしたあ!!」

 がばっと、頭を下げるシキに、ハルカとミツルが苦笑する。

 そうして自身はと言えば、ため息を一つ。

「全く…………頼むよ、ホント」

「…………ごめんなさい」

 しゅん、となってしまったシキにもういいよ、とだけ声をかけて皿に装われたスープを一口。

 

「…………うん、微妙」

 

 思わず顔を顰めた自身に、ハルカとミツルがノーコメント、とばかりに表情を笑みで固める。

 シキは久しぶりに味のある物食べた、と言わんばかりに、美味しよふ美味しいよふを連呼。

 何故同じ日に旅に出たのにこれほど差が出てしまったのだろうと思わずにはいられない光景だった。

 

「…………これならエアに何か作ってもらえば良かったなあ」

「あ、その時は私にも食べさせてね」

「あの、ボクもお願いします」

 ぽつん、と呟いた独り言にハルカとミツルが過敏に反応する。

「え、何、エアってそんなに料理上手なの?」

「去年くらいから練習してるみたいだよ、シアと一緒に母さんに習ってるみたい…………最近はけっこう美味しいの出してくるよ」

 逆に言えば、初期は酷かったが。

 シアは割と最初からその辺そつなくこなしていたので、安心して食べていたのだが、初めてエアの作った料理を食べた時は三日寝込んだ。

 チャンピオン、エースの手料理で毒殺?! とかゴシップにならなくて良かったと思う。

 まあそんな忘れたい記憶も過去の物。今となっては小器用に色々作ってくれる。シアの場合、家庭料理に加えて自分の好みなのかお菓子系を良く作るのだが、逆にエアは大雑把な男料理と言うか、肉、肉、肉、みたいな偏った物を好んで食っていることが多い。

 とは言え、育ち盛りの自身からすると、好みとしてはエアの料理のほうが良かったりする。別にシアの料理が不味いわけではないが。いや、と言うか七年に及ぶ母様からの薫陶のお蔭か、母様の味わい慣れた味に最も近いのはシアである。何と言うか食べていて安心する味だ。ただ性格的な部分なのか多少の物足りなさを感じてしまうのは自身もまた男子と言うことか。

 

 …………なんでエアさん、感性が男子と同じなん?

 

 それはエアがエアだからとしか言いようが無い話である。

 

 

 * * *

 

 

 翌日、カナズミシティのポケモンセンターで目を覚ます。

「……………………ん?」

 もぞり、と自身のベッドの上で、何かが動く。

 ぺらり、と布団を捲り。

 

「…………ん…………」

 

 健やかに眠るエアの姿を見る。

「……………………………………あ」

 そう言えば昨日、シキ見つけたせいで帰すタイミング逃してたんだっけ、と思い出し。

 一人部屋しか取ってなかったのでどうしようかと思って、ボールの中で一晩過ごさせるのも可哀想だし、まあいいか、と一緒のベッドで寝たのを思い出す。

 

 とは言う物の、余り寝付けず遅くまで起きていたようだったが。

 

 …………なんで知っているのかって?

 

 そら…………ほら…………分かるだろ?

 

 ぶっちゃけ、自分だって寝付けなかったからだ。

 

 エアとは一度、気持ちを交わし合った仲だ。

 好きと言ったし、好きだと言われた。

 だからこそ、余計に意識してしまう。

 しかも同じベッドで寝ているからか、相手もこちらを意識しているのが分かってしまって余計に恥ずかしさを覚える。

 結局、寝るに寝付けずにいたら、日付を超えた辺りで若者ボディが時間の遅さに眠気を訴えて、ようやく睡魔に襲われた。

 

「…………寝てる」

 

 どうやら自分のほうが先に眠ってしまったらしいが、同じベッドの中に眠るエアは一体いつ眠ったのだろうか、と考える。

 ぐっすり寝入っている。こうして眠っていると、随分と幼さが目立ち、愛らしく思える。

 無意識にその頬に手が伸び、触れるか触れないかくらいのラインで止まる。

 

「………………ん」

 

 一度手を引き、けれどまた伸ばす。恐る恐る、まるで壊れ物か何かに触れてしまうかのようなゆったりとした手つきでその頬に触れ。

「…………は…………る…………」

 呼ばれた名前に、びくり、とするが。けれどどうやら寝言だったらしい。

 ほっと、一息ついた瞬間。

「…………ん…………ふふ」

 エアの頬に触れた手に、エアの手が重なり、微笑む。

 

「…………やばい…………なんかもう…………いや、なんていうか」

 

 言葉にならないレベルで、幸せを感じていた。

 

 

 ……………………。

 

 

 ………………………………………………。

 

 

 ……………………ボールの中からこちらを見つめる二人分の視線には気づけなかったのがこの日最大の失敗だったと言える。

 

 




アース <●> <●>ジー
ルージュ <●> <●>ジー

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

俺は先の展開を考えずにどうしようかと悩んでいたらロリマンダを愛でていた。
何を言っているのかわからねーと思うが、俺自身も分からねえ。
全身からロリマンダへの愛が溢れていたんだ。

と言うわけで都会の荒波(物理)に揉まれたシキちゃん合流。


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天才少女の幼い苦悩

「あ、ミツルくん」

 寝起きにエアとアースが大暴れしたせいで朝からポケモンセンターにぶち込まれることになった二人のことをさらっと記憶から削除しながら、朝食に出てきたシリアルをスプーンでかき混ぜならミツルに声をかける。

「あ、はい」

 自身の呼びかけに、隣の席でナイフとフォークで何とかベーコンエッグを食べようと苦戦するミツルが顔を上げる。

「今日は朝からジムに行くから」

「ジムって…………カナズミジムですか?」

 目をぱちくり、とさせながら小首を傾げるミツルに一つ頷く。

「実はリーグから依頼来てるんだよね」

 そうして自身の口から出たリーグと言う言葉に、目を丸くした。

 

 

 ホウエンリーグからの依頼は簡単だ。

 カナズミ、フエンの両ジムのジムリーダーとの調整試合をすること。

 

 まず基本的に、リーグがジムの運営方針に口を出すと言うことはほぼ無い。

 ポケモンジム自体は公認非公認と言う部分を排すれば割と数は多いし、リーグからすれば各街の中で比較的質の良いジムを探してそのジムを()()すればいいだけなので、最悪運営方針が間違った方向に進むなら認可を取り消せば良い。それだけでそのジムは非公認となり、リーグとは何の関係も無くなる。

 

 原作だと八つしかないので勘違いされがちだが、アニメだったか小説だったかできちんと公開されていた設定として。

 

 挑戦者にバッジを渡せるのはポケモンリーグ公認ジムのみとなる。

 そして公認ジムは、各ジムの中からリーグ側がジム検定巡視員を選定し、その巡視員がジムを審査し、認定することによってジムバッジの製造を認められる。

 リーグ側が認めたジムだけが、ポケモンリーグ開催の際に優遇措置が取られる、と言うことだ。

 ホウエンだと予選を勝ち抜くことでバッジを持たずともリーグに出場することができるが、これがカントー、ジョウト地方やカロス地方のようなさらに大規模なリーグ大会となると、そもそも公認バッジが無いと出場すらできない、と言うことがあるのでリーグ側も公認ジムを作ることは必須だし、ジム側も公認ジムと認定されることはジムに箔がつくし、認知度も多いに上がるため、ジム側にも多大なメリットがある。

 

 だからこそ、各ジムは公認ジムになれるように努力もするし、リーグ側も一つでも多く質の高いジムを発掘できるように目を光らせている。公認ジムが多くなるほどにリーグが賑わう、それはトレーナーの質の水準を上げることにも繋がるからだ。

 先ほども言ったが、そうしたジムに対してリーグ側はほぼ口を出すことは無い。

 とは言いつつ、実情が酷いジムに対しては再審査を行い結果次第で認定を取り消すこともあるわけだが、それ以外ではほぼノータッチを貫いている。

 

 そして今回はそのほぼ、の例外の事態と言うことだった。

 

 

 * * *

 

 

 ジムに認定審査があるならば、ジムに通うトレーナーにもまた審査があるのか、と言われれば無い、と言える。

 基本的に公認ジムと言うのが挑戦者にバッジを配布すること以外は他のジムとほぼ変わらない。必要に応じてリーグ側から給付金のようなものも出たりするところは大きな違いと言えるかもしれないが、門下生のジムトレーナーたちから月謝を受け取ってジムを運営しているはずなので、よっぽど門下生が少ないジム以外はそんな事態は早々無いはずだ。

 尚、うちのパッパはこの給付金の申請の理由に『旧型テレビを大型の最新式テレビに買い替えるため、また録画機器の新設のため』などと書いてできるわけねえだろ、と拒否られ自腹を切ったことがあるらしい。

 …………いや、何やってんのパッパ。と言うか前にジム行った時にテレビが変わってると思ったけど、あれ自腹だったのか。何に使ったんだろう?

 

 さて、基本的にジムトレーナーには面倒な制約などは存在しない。まあ最低限のルールと言うものはあるが、そんなもの非公認ジムだろうと基本的には同じだろう。

 

 だが、だ。

 

 公認ジムのジムリーダーにだけは、資格と言うものが必要になる。

 

 挑戦者にバッジを渡すための最後の試験はジムリーダーなのだから、当然と言われれば当然なのかもしれない。

 ゲーム時代だとボスキャラくらいにか思わず、バッジについてあると秘伝技が使える程度にしか思っていなかったバッジだが、この世界においてバッジの価値と言うのは本当に重いのだ。

 ジムリーダーは、引退する時に次のジムリーダーを指名する。ただしそのことをきちんとリーグ側に報告する必要があるのだが、当たり前だが次のジムリーダーにも資格が必要になる。

 そうして資格の取得に時間をかけ、ようやく今年からジムリーダーとなったのがフエンタウンジムのジムリーダーアスナである。自身が二年前に戦った時は高齢のおじいさんがジムリーダーをやっていたが、ようやく自身の知るジムリーダーに交代したらしい。

 ここだけ取るとすでに二年前にジムリーダーになっていたツツジのほうが先輩とも言える。

 

 さて、ここで一つ面倒な話。

 

 どうしてツツジとアスナだけ調整試合を頼まれて他のジムへの依頼は無かったのか。

 

 有り体に言えば、若いからだ。

 

 若い、と言うだけならば大した問題でも無い。

 ただ、ツツジにはトレーナーとしての経験が、アスナにはジムリーダーとしての経験が圧倒的に足りていないのだ。

 

 もっと分かりやすく言えば。

 

 カナズミシティのツツジは()()()()()、フエンタウンジムのアスナは()()()()

 

 ジムリーダーと言うのは別に勝つことが目的ではなければ、負けることが目的なわけでも無い。

 公認ジムのジムリーダーの役割とは挑戦者の()()()だ。

 ハードルを設定し、それを超えた挑戦者にバッジを与え、超えられなかった挑戦者にはアドバイスを与え次に繋げる。

 

 もう一度言う。

 

 ジムリーダーの役割は、勝つことでも負けることでも無いのだ。

 

 ツツジと言うジムリーダーは、その若さ故に対戦経験と言うのが圧倒的に足りていない。

 その天性故に早熟な強さを身に着けた彼女にとって、努力して少しずつ成長するその他トレーナーへのハードルと言うのは無意識的に高くなっていく。

 だが待って欲しい、ジムリーダーが設定するハードルと言うのはジムバッジの数に応じた物になる。

 父さんを含めた他のジムリーダーと言うのはこのハードルを上手く設定している。ジムバッジがいくつの時にこのくらいの実力があれば問題無い、と言う比較の対象を自身の中に持っている。

 だがツツジはその対象を常に自分に定めているせいで、だいたい他のジムより二段階ほど難易度が高くなっている。

 分かりやすく言えば、バッジ0個のポケモンもレベル一桁が二匹三匹の初心者にいきなりレベル30のダイノーズの入ったボールを投げるくらい容赦が無い。

 特に最初の一年目は酷く、バッジ取得者が一年を通して一人だけである。

 二年目は何となく程度に加減を覚えたのか知らないが、それでも三人。

 二年で四人はさすがに酷いだろうから、少しは手加減と言うものを教えてやれ、と言われ調整試合をすることになったのだ。

 

「と言うわけで、最初は俺がやって、後から調整できたらミツルくんがやってみるってことで」

「あ、はい、分かりました」

「こちらも異存はありません」

 と言うわけでカナズミシティジム。最奥のバトルフィールドの端に立ち、反対側に少女、ツツジが立つ。

「こちらが使用するポケモンは二体です」

「おっけー、こっちは今朝二匹センター送りになったから、一匹だけだけど、まあ上限入ってるから問題無し」

「では」

「じゃあ」

 フィールドに立ったのだ、互いにやることは一つ。

 ボールを構え。

 

「行ってください、イシツブテ」

「適当に遊ぼうか、ルージュ」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 少女、ツツジにとってポケモンバトルとは常に全力勝負だった。

 幼くして大人顔負けの強さを持った少女にとって、競う相手とは同じトレーナーズスクールのクラスメートたちでは無く、カナズミと言う大都市にやってきてジムへと挑戦するトレーナーたちだった。

 ジムの門下生の中でも一番幼かった少女は、けれど同時に一番才能豊かな少女でもあった。

 その才能はポケモンバトルを繰り返すごとに開花していき、一足飛びに強くなっていく少女は次第にジムの中でも最上の強さを持つようになっていき。

 

 僅か十二にしてジムリーダーと言う立場に就くことになった。

 

 別に前のジムリーダーが悪かったわけではない。少なくとも、当時はまだ少女よりも強く、だからこそ少女はただ全力で目の前の相手にぶつかれば良かった。

 けれど、そのジムリーダーを超えてしまった時、ジムリーダーがその職を辞し、次のジムリーダーに少女を指名した時、そして少女がその才能を持ってあっさりと資格を手にし、ジムリーダーへと収まった時。

 

 何かが狂った。

 

 初めての挑戦者は公認バッジを六つ集めた青年だった。

 ジムトレーナーたち相手に裏特性やトレーナーズスキルを駆使して戦う青年は確かに強敵であり、少女はただいつものように全力で戦って。

 

 あっさりと青年のポケモンが全て倒れた。

 

 青年の出身地ルネシティの期待を一身に背負った青年は自らより十近い年下の少女になすすべも無く敗北し、折れた。

 今となってはどうしているのかすら知らない。

 次にやってきたのはバッジ三つの少女。ジムトレーナーたちと戦い、まだ未熟ながらも将来への期待を感じさせる少女にツツジもいつも通り全力で相手をし。

 

 少女のポケモンが全て倒れる。

 

 ただ一方的に何もできないままに敗北した少女は涙を流しながらジムを出て行った。

 

 少女、ツツジにとってそれは特に疑問に思うようなことでも無い。

 バトルに敗北し、涙をしたことはツツジにだってある。そこから立ち直り、さらに強くなる、そのために一時の挫折も必要だろう、と天才少女はそう考えた。

 そんな強さを持つ人間ばかりではないと、少女には理解できなかった。

 

 ある日ホウエンリーグから連絡が苦情が来た。

 

 ――――曰く、ジムリーダーが強すぎてとトレーナーから苦情が来ている。バッジもまだ一つも渡していないし、もっと手加減できないのか、と。

 

 意味が分からない、と言うのが正直な感想。

 

 バトルで手を抜くなど失礼以外の何物でも無いではないか。

 トレーナーなら当たりまえと言えば当たりまえの理論。

 

 だがジムリーダーとしては、それがダメなのだと、まだ人間的に未熟なツツジには理解できなかった。

 当たりまえと言えば当たりまえ。まだ十二の少女にトレーナーを教え、導くジムリーダーとしての立場の意味や意義など分かるはずも無かった。

 

 それが揺らいだのは、その年のリーグ開幕直前に戦った一人のトレーナーとのバトルだった。

 

 その前に言っておくが、ツツジと言う少女は間違いなく天才だ。

 僅か十二にしてジムリーダーへと就任するなど、並大抵の才覚で許されることではない。

 バトルの腕においても、ジム内でもトップであり、今となっては他の追随を許さない。

 ジムリーダーとして何の不足も無い実力、と言える。

 

 だが、それでも。

 

 ジムリーダー最強と言うわけでも無い。

 

 相手は同じ土俵に立つ存在だ。

 当然、ジムで推奨するタイプの相性の優劣もあるし、そもそもの腕でツツジより経験豊富なジムリーダーたちには一歩劣ると、ツツジ自身が理解している。

 

 だからこそ、驚愕するしかなかった。

 

 そして同時に、いつも自身が挑戦者たちにしていることの意味を何となく理解した。

 

 ツツジをして、初めての経験だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()などと言うのは。

 

 エースのボーマンダ一体に、自身の最強の六体がことごとく屈した。

 『いわ』タイプ相手に真正面からぶつかり、打ち砕くその強靭さ。さしものツツジも動揺を隠せなかった。

 その動揺を突き進んだかのように次々と打ち取られる仲間たち。

 

 最後の一匹が倒れた時、今までにないほどの敗北感がツツジにはあった。

 

 だからこそ、理解した。

 

 いつもツツジがジムリーダーの責務と思ってやっていたことは、これだったのだ。

 何も教えない、誰も導かない、ただの蹂躙。

 こんなことに何の意味も無い、これはジムリーダーの仕事ではない。

 幼いながらも聡明な少女は、たった一度の経験からそれを理解した。

 

 だからこそ、悩んだ。

 

 ジムリーダー就任二年目。

 

 最初にも言ったが。

 

 少女、ツツジにとってポケモンバトルとは常に全力勝負だった。

 

 年嵩を得た他のジムリーダーたちは、自然とそれができるようになるが、まだ年若く経験も浅いツツジにはどうしてもできないのだ。

 

 手加減と言うものが。

 

 いっそ来る挑戦者全員がバッジ八つならば常に全力でいけるのに、と思うこともあるが、実際はトレーナーズスクールと言う初心者養成所のような施設がある以上、バッジ0の少年少女たちがやってくることも多い。

 だからこそ、分からない。

 

 バッジに応じた強さの基準、と言うものが少女の中で分からない。

 

 それでも自分なりに悪戦苦闘しながらも、実践をしてみた。

 だからこそ、二年目はバッジ取得者三名となった。それでもまた圧倒的に少ないが。

 他のジムが毎年二十から三十人程度バッジを渡していると考えればまだまだ少なすぎる。

 

 だから、三年目。

 ホウエンリーグへと打診したのだ、調整用のバトルを相手を見繕ってほしい、と。

 

 結果。

 

 二年前に自身を打ち破り、今ではホウエン頂点へとたどり着いた少年がやってきて。

 

 そうして。

 

「では、カナズミシティジム、ジムリーダーツツジが挑戦者ミツルのお相手を致しますわ」

 

 何かを教えることの出来るジムリーダーになれるだろうか。

 

「よろしくお願いします!」

 

 誰かを導くことの出来るジムリーダーになれるだろうか。

 

「では」

 

 それは全て。

 

「始め!!!」

 

 これから次第、と言うことだろう。

 

 




ちょっとずつ、三章では空気だったキャラにも焦点当てていきたい所存。


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まっとうにやれば強いほうがまっとうに勝つ理屈

「イシツブテ!」

 ジムリーダーが最初に出したのは、イシツブテ。ホウエンでもよく見かけるメジャーな『いわ』『じめん』タイプのポケモンだ。

 『いわ』タイプ専門のこのジムならば、まあ多分いるだろう一匹。

 

 そして、こちらが出すのは。

 

「…………出番だよ、ヴァイト!」

「ギャーォ!」

「…………フカマル、ですか。なるほど」

 

 ジムリーダーが呟きと共に笑みを浮かべる。

 フカマル、それが自身の三体目のポケモン。

 野生のラルトスだったエルやサナと違い、師匠であるハルトさんが卵をくれ、自身が孵したポケモン。

 

 ――――どう育てるかはミツルくんに任せるよ。

 

 卵から孵った時、告げられた言葉を、今でも自身は覚えている。

「ヴァイト、“あなをほる”!」

「遅れは取りません、イシツブテ、“いわおとし”!」

 

 基本的な話、『いわ』ポケモンと言うのは体重が重い。だからその分、速度はどうしても遅くなる。

 と言っても体重自体比べれば実は基本的にはフカマルとイシツブテにそれほど差異は無い。むしろややフカマルのほうが重いくらいだ。

 だがイシツブテには無く、フカマルにあるものがある。

 

「ギャッ!」

 その場でヴァイトが高速で穴を掘り進め、すぐさま地面へと潜っていく。

「ゴオオオォォォォ」

 

 “いわおとし”

 

 直後、イシツブテが放った岩が直前ヴァイトが居た地面へと落ちる。

 そして。

 

「今だ! 突き上げて!」

「ギャー!」

 

 “あなをほる”

 

 ほんの一瞬の間に、イシツブテの足元まで穴を掘り進めたヴァイトが、真下から飛び出し、全力でイシツブテにぶつかり、同じ体重の相手を大きく吹き飛ばした。

 

 フカマルにあってイシツブテに無い物とは、つまり、パワーだ。

 とは言っても、単純な攻撃力ならイシツブテのほうが高いだろう。何せあの岩の体躯だ。普通に殴られただけでも痛そうだ。

 だがフカマルには『ドラゴン』タイプ特有のタフネスとパワーがある。その体の重さを補って余りあるパワフルさは、イシツブテから絶対の先手を取れるだけのスピードを生み出す。

 

 そして。

 

「トドメだ! “りゅうのいかり”!」

「耐えて反撃ですわ、イシツブテ“たいあたり”」

 

 イシツブテが再び岩を生み出し、こちらへと放とうとして。

 

「ギャォォォー!」

 

 “りゅうのいかり”

 

 それよりも早く、大きく息を吸い込んだヴァイトが、“りゅうのいかり”を放った。

 “りゅうのいかり”は少しだけ特殊な技だ、と習った。

 相手の強さは一切関係無く、どんな敵にでも同じだけのダメージを与える技、らしい。

 イシツブテは物理攻撃には強いが体力自体は低いので、これで押し切れる、そう考え。

 

()()()()()

 

 “いわのいちねん”

 

「ゴオオォォォォォォォォ!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………あっ」

 

 短い呟き、耐えられるはずの無い攻撃を耐えられた。その事実が一瞬思考を止め。

 

「反撃です!」

「ゴオオオオオォォォ!」

 

 “たいあたり”

 

 その頑丈なら体でヴァイトを吹き飛ばす。

「ギャッ」

 短い悲鳴を上げながら、ヴァイトが地面を転がり…………ヨロヨロと立ち上がる。

 

 “きゅうしょにあたった”

 

 今の一撃が不味い角度にもらった一撃だと理解できる。そしてそんな一撃をもらってしまったヴァイトの体力が残る少ないことも。

 いくら『ドラゴン』タイプのタフネスぶりをもってしても、まだヴァイトは進化すらできていない子供なのだ。その体力にも限界はある。

 立ってはいるが、すでに戦える状態ではないのは明白だ。

 

「これで…………」

 

 ジムリーダーがふと、呟く。

 

 ――――これで、私の勝ち。

 

 そう告げようとして。

 

「――――ええ、これで、ボクたちの勝ちです」

 

 “さめはだ”

 

 ヴァイトに直接ぶつかったイシツブテが、特性によるダメージを受ける。

 イシツブテとて元はギリギリのところで耐えていたのだ、これで倒れる、そう考え。

 

「ゴォ…………オォォォ」

 

 それでも倒れてなるものか、と歯を食い縛り。

 

 『ゴツゴツメット』

 

 ヴァイトに持たせていた道具の効果で、さらにダメージを受け。

 

「ゴォォォ…………ォォ…………ォ…………」

 

 ずどん、とその体が地に落ちた。

 ジムリーダーがその光景を、瞬きと共に見つめ。

 

「…………ええ、そう…………負け、ですわね」

 ふう、とため息一つ吐き。

「お見事ですわ」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 目の前に繰り広げられた、ふつーのバトルを見て。

 これが普通のポケモンバトルだと言うことに違和感を感じている自分はすでにこの世界に慣れ切っているのかもしれないと改めて自覚した。

 とは言っても、ツツジのほうは一度だけトレーナーズスキルを切ったので、後でダメ出ししておくとして。

 

「ミツルくんやっぱり、予想外に弱いね」

 

 と言うか、自身の想定通りの展開から外れると途端に調子を狂わせるタイプだ。

「どこかで修正しないとダメかもね」

 この世界におけるバトルは初見殺しの連続だ。上に行くほどその要素は強まって行く。最も、それはお互いさま、と言うことも十分あるので、実際はそれほど大きな差異は生まれはしないはずだが、それでも一度相手のペースに陥ると、そのまま抜け出せなくなることも多い。

 だから、少しでも早く相手の手を読み、正確な返しを打つこと、それこそがこの世界で上へと登りつめるために必要な要素になる。

 ミツルのように、自分の予想通りの展開にならないだけで調子を崩すようでは、裏特性、トレーナーズスキルが絡んだだけで立ち行かなくなる可能性もある。

 

 結局のところ。

 

 正直過ぎるのだ、指示が。

 

 だから、変化を混ぜられると途端に追いつかなくなる。

 

 まあこの辺りは経験を積んでいくしかないことなので。

「やっぱりこの旅の間に最低二百戦はしてもらわないとダメだなあ」

 ミツルは夏のリーグ出場を狙っているらしいので、今から約三か月ほどと言ったところか。

 一日二試合以上のペースで進めていかなければならないと考えると、カナズミジムでの経験は大きな糧となることは間違いないだろう。

 

 まあミツルのこともそうだが、今年に限って言えばそれ以上に問題なのが。

 

「マグマ団に動き無し、か」

 

 ジム戦中にナビに送られてきたメッセージを読みながら、呟く。

 カナズミシティにおけるアクア団の動きは沈静化し、今は鳴りを潜めている。

 そしてマグマ団のほうは今現在、不気味なほどに動きも無い。

 とは言っても活動していない、と言うことは無いだろう。

 すでに両団ともグラードンとカイオーガの存在は知っていると考えるべきだろう。

 

 キンセツシティのカジノ襲撃事件がその証明となっている。

 

 実機には無かった事件だが、ある意味自身が誘発した事件でもあるので、これはそれほど問題無い。

 ただ、すでに実機の流れはそれほど当てにはしない方が良いだろうとは思っている。

 ここは現実だが、実機と同じ状況ならある程度同じような結果が残る。それは分かっている。設定…………と言うと嫌な感じもするが、そこにいる人間の思考も、状況設定も同じなら、同じように動く。実機時代の知識はその程度には正しいが、けれど自身か、それとも自身以外の誰かが実機と違う状況を用意すれば、違う結果が生まれる。現実なのだから、それは当たり前だ。

 

 そしてすでに自身が実機とはかなり状況を変えてしまったため、ここから先、両団がどう動くは予想しきれないところがある。

 とは言っても、一つだけ絶対に変えられない部分と言うものはある。

 

 アクア団のカイナシティでの潜水艦強奪事件だ。

 

 おおよその検討として、グラードンは『えんとつやま』、そしてカイオーガは『かいていどうくつ』に存在するだろうと予想している。

 と、なると、陸路で行けるグラードンはともかく、深海奥深くに眠るカイオーガは、絶対に“ダイビング”の秘伝技か、潜水艦が必要になる。

 とは言っても“ダイビング”はそれほど便利な技でも無い。正確には()()()()()()()()()()()()と言ったところか。

 第一に荷物の重量制限がある。それにポケモンによって潜れる深度の違いと言うのがある。それ以外にも呼吸なども含めいくつか問題があり、個人がほぼ何も持たずにその辺の深いところを軽く潜るだけならともかく、海の底深い海底洞窟の入り口をさ迷って探すようなことは、ほぼほぼ自殺行為に等しい。

 と、なれば潜水艦の存在はほぼ必須だろうと思う。

 特に実機ではアクア団はリーダーのアオギリだけでなく、手下も含めて大勢で洞窟に突入していたのだ、あれだけの数の人間で海底洞窟を目指すなら“ダイビング”は現実的ではない。と、なれば潜水艦を奪取するしかない。

 

 こればかりはどのタイミングで来るかは分からないが、少なくともある程度…………最低自分たちで完成できる程度まで造り終えた辺りで来るだろうと思っている。

 と、なればまだ一月か二月は問題無いだろうと思う。

 

 できるなら潜水艦の造船自体を取りやめさせたいのだが、さすがのチャンピオンでもトレーナー以外の、造船所の人間にそんな命令できる権限なんて無いし、そもそも造らなかったからと言って、アクア団が独自で造らないと言う保証は無いのだ。

 だったらまだ強奪される可能性を見逃すほうが、いつ海底洞窟に行くのかのタイミングも分かりやすくて良い。

 

 マグマ団については『えんとつやま』自体をリーグ側に要請し、リーグトレーナーを配置してもらっている。

 今はまだ巡回のみだが、その内本格的に警備態勢も取ってもらう予定だ。

 

「…………やっぱチャンピオンって良い身分だね」

 

 ポケモンと言う存在がとてつもなく大きいこの世界において、ポケモンバトルをするトレーナーの頂点と言う立場は非常に強い。

 強権を発動すれば、リーグに属するトレーナー…………それこそ四天王だって動かせる。

 大抵のことはできるし、給料だってもらえる。と言ってもはっきりとした職ではないので、前世で言うところの名誉職に対する年金的な扱いのものだが。

 そして何よりも信頼が重い。チャンピオンと言う存在の口から語られた言葉は、荒唐無稽に思えてけれど無碍に扱われることは無い。

 そうしてホウエンリーグにマグマ団とアクア団の動きを調べさせ、自身の言葉の裏付けをさせ、ようやくホウエンリーグ…………ひいては、ホウエンのポケモン協会を動かすことにも成功した。

 

 とは言っても、結局強権と言うのは無理を生じさせる。

 通常の業務に加えてのこのホウエンの危機に対する対処もさせているのだ。

 これ以上の引き延ばしは出来ない。

 

 それにいつ自身がチャンピオンで無くなるかもわからない。

 

 少なくとも、誰にも負けるつもりはないが、それでも負ければチャンピオンと言う強権も無くなる。

 それでリーグや協会がこの件から手を引くわけではないが、それでも自身の思惑から逸脱するだろうことは確かだ。

 ホウエンの危機はグラードンとカイオーガ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 α(始り)Ω(終わり)を乗り超えても、Δ(その先)があるのだ。

 

 だからこそ、今年中…………できれば、チャンピオンリーグ前に片を付けたい。

 

 そのためにもまずは…………。

 

 

 * * *

 

 

「取りあえず、デボン(うち)の荷物を盗もうとした不届き者がいたから適当に追い払ったけど…………なるほどね、あれがキミの言ってた連中かい?」

「…………その荷物ってカイナへ届けないといけなかったりする?」

「おや、良く知ってるね」

「…………なるほど、そっちも進行中か。そこまでは予想通り」

 

 デボンコーポレーション。

 ホウエン最大級の会社の名だ。

 日用品からトレーナーグッズまで幅広くやっている。

 特に本社のあるカナズミシティでは、デボンコーポレーション製の新商品が真っ先に店に並ぶため、新商品の情報が市場に出回ると、そのためだけに遠方から人がやってくることすらもあるほどの人気を誇る。

 ぶっちゃけ、ハルカが言っていた新作のボールの情報などがこれに当たる。

 

「キンセツシティのほうはどうなってる?」

「問題無いよ、リーグトレーナーたちが常時見張っているし、時折ボクも参加しているからね…………以前の件でさすがに懲りたらしい、様子を見に来る人間はいるけれど、手を出す度胸のある人たちは居ないようだね」

 

 デボンコーポレーションの社長の名を、ツワブキ社長と言う。

 そしてその息子の名前を、ツワブキ・ダイゴと言う。

 つまり、デボンの本社ビルに背を預けている自身の隣にいる男の名である。

 自身がダイゴからチャンピオンの座を奪取した後、おおよそ一月ほど後のことだろうか。

 ツワブキ・ダイゴはデボンコーポレーションにいた。社長子息であるのだから、それほど不自然なことでも無い。将来的なことは分からないが、ダイゴが社長を継ぐ可能性だってあるのだから。

 そんなダイゴに会いに行き、そしてシキ同様協力を仰いだ。

 元々原作でも主人公と共に立ち向かってくれる正義感のある人間だ。当然と言わんばかりに協力してくれることになり、今に至る。

 

「今のところは問題無し、か」

「アジトの場所さえ割れればこちらで抑えることも出来るんだけどね」

「アクア団の場所はミナモシティと分かってはいるけれど、詳細な場所は不明。マグマ団に至っては痕跡すら無し…………さすがに自分たちの急所となるアジトは丁寧に隠されてるからね」

 

 実機知識ではミナモシティの東の水辺から明らかに怪しい洞窟が見えていたが、あんなあからさまに怪しい場所が現実にあるはずも無く、どうやら入り口は丁寧に隠されているらしい。

 どうにか探し出せないかと、アジトに帰る団員を追跡しようとしたことがあったが、どうやら外にいる団員は完全に外用のメンバーとしてアジト内の団員とは区別されているらしい。

 そしてミナモシティ内のどこかにべつの入り口があるらしく、そちらから物資の搬送などは行われているらしく、完全に足取りが掴めない状況である。

 

「ミナモシティって言うのが厄介なんだ…………人が多すぎるし、都市がでかすぎる。外の人間も入り混じってて、正直どこに何があるかなんて、誰も把握しきれていないのが現状だし」

「さらにホウエンの玄関であるミナモを封鎖、なんて真似できるはずも無いし、何か事件でも起こせば観光都市ミナモの名に大きな傷が付く…………なるほど、確かに厄介だね」

 

 何よりも厄介なのは、アクア団もマグマ団も、普段の活動ではあの特徴的な服を着ていないのだ。

 実機ではいつでもあの団員とすぐに分かる制服らしきものを着ているが、現実でそんな一発でばれるような服着ている阿呆は滅多に居ない…………まあ七年くらい前にそんなバカがいたような気がするが、自身はもう忘れたので知らない振りをする。

 あの特徴的な制服で無くなると、途端に個性が薄れてしまうため、ミナモシティを根城にしていることは分かっていても、どこにいるのか全く分かっていないのが現状だった。

 

「…………取りあえず、一緒に旅している仲間次第だけど、そう遠くない内にキンセツシティには寄るはずだし、一度様子を見に行こうかな」

「そうだね…………ボクのほうも、一度ミナモシティのほうへ行ってみる」

 

 その後、一通りの情報交換をし、別れようとしたところで。

 

「ああ、そうだ…………一つ良いかい?」

 ダイゴの言葉に振り返り、何事かと首を傾げる。

 そんな自身に一つ苦笑し。

「いや、頼みたいことがあってね…………先ほど荷物を奪われそうになった、と言ったけれど。確かにキミの言う通り、カイナシティのとある造船所へ届ける物なんだ」

 そんなダイゴの言葉に、何となく言いたいことを理解する。

「…………うん、まあ察してくれたみたいだね。どうやらこれはやつらにとっても必要なものらしい。だったら余計に渡すわけにはいかない。と、なれば、一番安全なところに保管すべきだよね?」

 

 一番安全なところ。

 

 つまり。

 

「チャンピオンが持っているならば、このホウエンで一番安全な場所と言えるね」

 

 頼めるかい?

 

 そんなダイゴの言葉に苦笑し。

 

 是、と答えた。

 

 

 

 




トレーナーズスキル(P):いわのいちねん
HPが残り50%以下の時、『ひんし』になるダメージを受けた時、必ずHPを1残す。



公式大会開催。
ダブルバトルってあんまやらないんですけど、取りあえずで適当にやってみたら4戦4勝。
だいたい全部合わせて20ターン以上戦って、16、7ターンはテッカグヤが場に出てると言う生存能力。
カプ・コケコに一発で落とされた時はもうだめかと思ったけど、レートの守り神ガブ・リアスによって勝利を得た。

最近気づいたが。
身内でやるとそんなに勝率良くないと言うか手管知りつくされて対策されつくしてるが、逆に互いに情報の無い状態のフリーバトルとかでやるとけっこう勝てるや。

カグヤにほのおZ持たせてたけど、面白いように奇襲が決まって笑える。
取りあえず3戦以上で参加賞もらえるらしいので、これでクチートナイトはもらったぜ。


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ほっとなひととき

 

「お腹空いたなあ」

 呟いた一言に、どうしたものか、と手の中でボールを弄ぶ。

 ミツルはジムで勉強してくると残ったので、今は独り…………いや、ルージュがいるので二人か。

 と言ってもジムリーダー相手に割と暴れ、疲れて眠っているので、実質一人と言ってもいいだろう。

「ふむ」

 そうなると、朝から出かけたハルカは除いて、残りは自身と、まあエアとアース、起きていたらルージュと言ったところか。

「…………シキはどうするんだろう」

 確か朝自身たちが朝食を済ませた段階ではまだ寝ていたはずだ。

 どうやら旅疲れが想像以上にやばかったらしい、昨日も夕食だけ取ったら早くに寝入っていた。

 まあシキに関しては後で尋ねてみれば良いだろう。最悪でも彼女のエースのクロがいるはずなので、どうにかなるだろう…………長年シキと共に旅していただけあって、シキよりもしっかりしているし。

 

 街頭に建てられた時計塔を見れば時刻はそろそろ正午だ。

「一旦センターでエアたちを拾って」

 と、考えて。そう言えば今はエアがいるのだから。

「…………作ってもらうか」

 旅に出てまだ一週間弱だが、早くも実家の食事が恋しくなってくる。

 エアの作る料理は、母さんやシアとはまた違った物ではあるが、かなり自分好みなので実家では時々食べていたものだ。

 …………あんまり食べ過ぎると、母さんやシアの作った分が食べれなくなって、シアが拗ねるのでほどほどにしないといけないのが難だが。

 今日は存分に食べても問題無い、そう考えると余計にお腹が空いてきた。

 

「早く帰るか」

 

 少しだけ、急ぎ足でポケモンセンターへの帰路を歩く。

 

 楽しみだな、なんて思いながら。

 

 いつの間にか、気分も弾んでいた。

 

 

 * * *

 

 

 好きな人に手料理を食べてもらう。

 

 なんとも女子力の高い話ではないだろうか。

 と、以前シアに語ったら。

 

『その料理に込められてるのは女子力では無く漢気では?』

 

 などと言われ、泣く泣くハルトの口に無理矢理詰め込んだりもしたが。

「…………ふーんふーん」

 鼻歌混じりに野菜の皮むきをしていき、平行して鍋に水を張って温める。

 固形スープを溶かしている間に、一口大にカットしていく。

「ま、こんなもんかしらね」

 まな板の上の具材をどばどばと鍋に投入していく。シアなどはいちいちフライパンで順番に炒めたりするが、残念ながら自身はそんなことは気にしない。

「あとは」

 もう一つ、隣に用意したフライパンを熱し、油を引く。そこにビニールに包装された肉の塊を投下する。

 じゅうじゅうと音を立てながら、油が弾ける。

 軽く胡椒で下味をつけながら全体的に火を通し、色が変わったら。

「そのままどん、と」

 フライパンの中身を肉汁をたっぷり絡めた油ごと全て隣の鍋に放り込む。

 塊だった肉も、解しながら火を通したお蔭ですっかりバラバラになって鍋の中で舞い踊っている。

「後は…………」

 しばらく放置、その間に適当に木のみの缶詰を開けてボウルの中で混ぜ合わせていく。

「これで一品ね」

 野菜が足りないだどうだと小うるさいシアも今日は居ないので思う存分に作れる。

 そうこうしている内にぐつぐつと音を立てて煮える鍋の蓋を開け。

「…………ん、行けそう」

 鋭敏な嗅覚が火の通りと熱を感じ取る。実際のところこの煮えたぎる鍋に指を突っ込んで直接具材の具合を確認しても別に人間と違って火傷もしないのだが、あまり衛生的ではないと言う理由でシアに厳禁された。

 まあ自身に料理を教えてくれた仲間の言葉だし、一理あるのでそれだけは守っている。

 しっかり具材に火が通っているのを確認し、固形ルーを投入していく。

 直後広がる食欲を誘うスパイシーな香りに、ぐぅ、とお腹が鳴って。

「…………あとちょっと、あとちょっと」

 (鍋の中身)半分ほどつまみ食いしたい気持ちにかられながらも、最後のモーモーミルクを使って味を仕上げていく。

「…………ちょっと物足りない?」

 塩を少し足し、ようやく満足行く味になったのを確認して、火を止める。

 炊飯器を見ればご飯も炊けているし。

 

「ハルー、できたわよー」

 

 エプロンを外しながら、隣の部屋にいる自身の主のそう声をかけた。

 

 

 * * *

 

 

「こっちの料理って美味しいわね」

 スプーンを咥えながらシキがぽつりと呟く。

「それとも、エアの腕がいいのかしら?」

 目の前の皿に盛りつけられたカレーライスをさらにスプーンで掬いながら一口。

「シキって確か…………カロスのほうから来たんだよね、あっちはカレーとか無いの?」

 昼食を作ってと言った自身にエアが出してきたカレーライスに舌鼓を打ちながら満面の笑みを浮かべる。

 やはりカレーは偉大である。

 簡単に作れて、失敗が無い。けれどそこからさらに好みによって奥行きはどんどん深くなる。

 エアの好みはどうも極めて自身と似ているらしい、大雑把だが大量に入った肉、肉、肉。どこを掬っても肉がついて回る極めて男料理なカレーは、男子からすれば満足の一言に尽きる。

 母さんやシアはその辺どうしても栄養配分とかバランスとか気にするので、野菜多め肉少な目になる。それが不味いわけではないのだが、夏野菜のさっぱりカレーより、ごろごろと肉の入ったこってりカレーが食べたいのが十代の男子と言う生き物である。

 まあこれが二十代に入ると段々食性も正されていくのだが、残念ながら自身はその途中でこちらの世界に来たのでまだまだ食べ盛りである。

 まあそれはさておき、ホウエン地方と言うのは設定的には九州がモチーフに当たるらしい。対してカロス地方と言うのはフランスがモデルらしい。

 なので案外食生活と言うのは違うものなのかもしれないな、と思いながら問うてみれば。

 

「向こうだとこのお米もあんまりないのよね、あっちだとパンが主流だから」

 味付けもさっぱり、後こういうがっつりした一品よりも、少量の物をいくつも、と言うのが多いらしい。

「だいたい調理時間が長すぎるのよね…………あっちのレストラン、一品一時間とか普通だから」

「うわあ…………それってレストラン行くのにいちいち予定立てるレベルだよね」

「予約制のところも多いわね、こっちみたいな大衆食堂? みたいなのも少ないし…………まあポケモンセンターのご飯の不味さは同じだけど」

「あ、そこは共通なんだ」

 

 なんだ、ホウエンだけかと思っていたけど、そうでも無かったのか、センターのメシマズ。

 

「でもあっちだとポケモンセンター内に飲食店とかもあるのよね、フレンドリーショップもあるし」

「ああ…………実機でもそんなのだったね」

「実機?」

「いや、なんでもないよ」

 なんて久々に実機時代のことを思い出しながら。

「…………あの、エアさん?」

 先ほどから一言も語らないこのカレーの製作者に視線を向ける。

「はふはふ…………はふ…………ん? はにひょ?」

 口いっぱいにカレーを頬張りながら、リスのように頬を膨らませるエアの姿に苦笑する。

「いや、何でも無いから食べてていいよ」

「んぐ…………ん…………んん、そう」

 もごもごと口を動かし、咀嚼、飲み込み、口の中の物が無くなってから一言そう呟くと再びスプーンを動かし始める。

「…………良い食べっぷりだね」

「…………全くだよ」

 シキもまたそんなエアに苦笑し。

 

 なんてことの無い昼のひと時が過ぎて行く。

 

 

 * * *

 

 

「と、言うわけで…………これが近年発見された新タイプ、『フェアリー』タイプ」

 黒板にチョークで『フェアリー』と書き込み、その下に『ドラゴン』『はがね』『どく』と書き込む。

「一番の注目点は、これまでタイプとしては最強を誇っていた『ドラゴン』タイプを完全に無効化してしまう、と言う点。そして『ドラゴン』タイプに対して弱点タイプとなる点。まさしく『ドラゴン』タイプの天敵と呼んでも問題無い…………ように見えるけど、実はこれが違うんだよね」

 

 自身の言葉に、トレーナーズスクールの生徒たちが、えっ、と声を上げる。

 昼下がりのひと時。朝のジムでツツジ繋がりでトレーナーズスクールの校長から講義の依頼がポケモン協会超しに来ていたのだが、ちょうど予定も空いていたし、こうして来てみた。

「はい、じゃあシキ、この点についてどう思う? 例えばシキなら、サザンドラ使ってたよね」

 

 ついでに、去年のリーグ優勝者にして、防衛戦の相手…………つまり、四天王を突破したシキも道連れとして連れて来たのだが、思いの他子供たちから受けが良い。まあ何気に二年連続リーグ出場、一昨年は準優勝、去年は優勝したトレーナーとしてシキも名が知られているし、さもありなん、と言うところだろうか。

 

「例えば先発のサザンドラに、相手が『フェアリー』タイプならどうする?」

「そうね…………まあ、私の場合は異能でタイプ相性を逆転させることもできるけど…………基本的に『フェアリー』タイプってそれほど速い相手が居ないから、だいたいは“かえんほうしゃ”か“だいちのちから”で落とすわね…………まあ相手が来ると分かっているなら“ラスターカノン”あたりを仕込んでもいいし」

「そう、これが問題なんだよね」

 

 プクリン、ピクシー、トゲキッス、マリルリ、クレッフィなどなど、『フェアリー』タイプとして知られるポケモンの名前をいくつか挙げていく。

「基本的に『フェアリー』タイプって足の速いポケモンが少ないんだよね…………ついでに言えば、耐久もそれほど高く無いから『ドラゴン』タイプ相手だと素早さで負けて一方的に攻撃されて一撃で負ける、と言うことも実は多々あるんだよ」

 一番分かりやすいのはガブリアスだろう。実機において“じしん”、“げきりん”、“どくづき”の三つに“つるぎのまい”か“みがわり”あたりがテンプレと言って良いほどに、良くある構成だった。

 実際ガブリアスの『こうげき』種族値で“どくづき”でもされれば並の『フェアリー』タイプなどたまったものではない。

 

「そんな時に、対策としてトレーナーが持たせるのが『こだわりスカーフ』や『きあいのタスキ』、他にも木の実で半減を狙ったりとかね」

 とは言っても、実際問題木の実は中々難しいものがあると思う。最悪等倍で殴られればほとんど無意味な産物だし。まあ6対6の持ち物重複無しのフルバトルならありかもしれないが。

「後は数少ない足の速い『フェアリー』タイプを使う、とかね」

 自身の先発チークの種族デデンネや、後はあの害悪存在エルフーンなども挙げられるだろう。

 ゼルネアス、と言うのもあるが、あれは伝説なのでノーカンで。

 

「まあまだトレーナーズスクールのみんなじゃ、持ち物、と言われてもすぐにはピンと来ないだろうけど、トレーナーになるならこの辺りは必須だね」

 だよね、とシキに視線を向ければ。

「そうね、持ち物一つで技の威力、与えるダメージ、そして受けるダメージなども全く変わるわ。だからトレーナーがそのポケモンにどんな役割を期待しているのかによって持たせる持ち物は全く変わるし、逆に言えば相手が持たせている道具である程度のどんな役割をさせようとしているのかは分かって来るわね。だからこそ、その役目を果たさせるか、止めることができるか。たった一手で趨勢が変わることだってあるわね」

 告げるシキの言葉になるほどと必死になってノートを取るスクールの学生たちに苦笑しながら、さて、次は何を話そうと考える。

 ただすぐには思いつかなかったので。

 

「ところでシキは何かある?」

「ん…………そうね」

 シキに投げた。そうして投げかけた質問にシキが一瞬考え。

「私がこっちに来て一番驚いたのは特技ね」

 知っての通り、基本的にポケモンの技幅とは四種類だ。

 だからこそ、特技と言うのはある意味革新的だと言える。

「前チャンピオンダイゴの作り出した技と技の合わせ技…………私もカロスでは噂だけは聞いていたけど、実際こっちに来て初めて見て本当に驚いたわね」

「ああ、それは分かる…………特技一つで既存の戦略が全部ひっくり返されたような気分になるよね」

 自身の言葉にシキが頷く。

 

 特技の最も恐ろしいところは、一つの技で二種類の技の効果を発揮すること、そして何よりも、発展性である。

 

 例えばエアなら“かりゅうのまい”。りゅうまいマンダは実機でもよくあった型だ。ボーマンダの“いかく”で相手の火力を下げ、安全を確保しながら『ぼうぎょ』が跳ね上がるメガマンダへとシンカ。そして“りゅうのまい”を積みつつ相手の攻撃を耐え、跳ね上がった火力と速度で敵を上から叩く全抜きエースが一体。だが極論、めざパ『こおり』でもいいし、最悪タスキで耐えてつららばり、もしくは優先技がボーマンダには無いので“こおりのつぶて”でも最悪一撃で落ちる。『こおり』4倍と言う明確な弱点がボーマンダにはあったせいで、絶対のエースと言うのは無理があった。

 だがそんなメガマンダにまさかの『こおり』タイプ半減差引二倍。実機でそんなことできたらメガマンダの暴威が止まらなくなる。相手の『とくこう』が高ければそれでも落ちる可能性もあるが、それでも一撃で落とすために必要な火力と言うのは段違いに高くなる。

 最早単純にタスキで『こおり』技、もしくは“こおりのつぶて”、なんて言えなくなってしまったのだ。

 

 “りゅうのまい”に当たりまえだが『こおり』を半減する効果など無い。それを“ほのおのキバ”と言う()()()()()の要素を足すことで、速度と火力を上げながら『こおり』を半減するボーマンダ、などと言うチート紛いな技が出来てしまうのだから、本当に恐ろしい。

 

「因みにカロスにはちょっと違うけれど『追撃』と言うのがあるわ」

「…………『追撃』?」

 初めて聞く言葉に、思わず問い返す。見れば他の学生たちも首を傾げていた。

「まあ見ての通りの追加攻撃、ね。私はあまり使い勝手が良くないから使わないけど。簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うこと」

 なんだそれ、と思わず聞きたいところだが、今は授業中と我慢する。

「カントー、ジョウトなら『強化必殺』、シンオウなら『貫通』、イッシュなら『溜め撃』とかね…………面白いことに裏特性やトレーナーズスキルはどの地方も共通して存在するのに、残り一つの要素だけはそれぞれの地方の固有なのよね」

 まあ私みたいにこっちに来て学ぶトレーナーもいるけど、とはシキの弁。

「まあ、でも上に行くほど、その地方特有のスキルがあるから…………もし将来アナタたちが他の地方のトレーナーたちと渡り合いたいと思うなら、特技の存在は必要不可欠と言っても過言ではないかもしれないわね」

 そんなシキの一言と共にチャイムが鳴り。

 

 自分たちの一時間弱の講義は終了となった。

 

 

 * * *

 

 

「『追撃』、『強化必殺』、『貫通』に『溜め撃』かあ…………聞いたこともないようなのばっかだな」

「そうね、まあ他の地方に行かないとほぼ見られないでしょうね」

 スクールからの帰り道に、シキと話しながら歩く。

「まあ特技を覚えさせてるなら、無理な話だし、それほど気にしなくても良いと思うわよ」

「…………そう言うものかなあ」

 特技と言うのは以前も言ったが、ポケモンにとっての才能のリソースを喰う。

 恐らくシキの言う他の地方独特のスキルもそう言う類の物なのだろう。

 なるほどね、と一つ納得して思考を切り替える。

 

「そう言えば、シキは今年のリーグも出るの?」

 だからそれはまあ、他愛の無い世間話の一つ。

「……………………」

 そして、だからこそ。

 

「…………いえ…………今年は、と言うか、もう今後は出ないわね」

 

 その一言は予想外も良いところだった。

「…………どういうこと?」

「…………あのね、ハルト、ちょっと言いにくいんだけど」

 少しだけ俯いて。

 

「…………今年が終わったら、カロスに帰るわ」

 

 そう言った。

 

 




ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(発狂

バトルが書きたい、データ作らせろおおおおお、バトル、一心にバトルさせろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??!!?!

デート回? やっぱ時代はバトルだろ?
やろうかと思ったけど、なんか気が乗らなかったので料理回になった。
と言うわけで、次回はバトル予定。

内容ほぼバトルオンリーなポケモン二次って需要あるかな?
場合によってはカロス編本編終了後、バトルだらけのリーグやるかも。本編自体は50話くらいで終わりそうだし。


因みにハルトくんがフラグ立て損ねるとマジでシキちゃんは帰る…………頑張れホスト(違う


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5対1? つまり群れバトルですね、分かります

「シキ起きてくるまでに行き先でも決めておこうかな…………カナズミ北へ行けば『りゅうせいのたき』抜ければハジツゲタウン。東へ行けばカナシダトンネル、その先はシダケタウン。南から船に乗ればムロタウン、そこからカイナシティかな」

 カナズミシティに着て早三日。ジム戦含め、やることと言うのは大体終わったし、そろそろ次の街へ出発しようとミツルとハルカに提案する。

「私はどこでもいいよ、最終的には全部回るつもりだし、ボールもいっぱい買ったしね」

 呟くハルカが買って来たばかりらしいボールを机の上に並べ、磨きながら呟く。

 別に磨いたからってボールの性能が良くなるわけでも無いが、入れられたポケモンは案外自身の入っているボールが綺麗だと喜ぶし、汚れていると嫌がるので、自身も時折ボールの整備や清掃はしている。

 案外この辺を気にしないトレーナーと言うのは多いが、ハルカはその辺りマメである。

「ならムロタウンはどうでしょう」

 そして意外と早く答えを出したミツルに、理由を尋ねてみれば。

「実はボク、船って乗ったことが無いので、一度乗ってみたかったんです」

 なるほど、と納得する。

 

 まあそう言う知らない物に触れ合うことも旅の醍醐味と言うものだろう。

 

「特に異論はないかな、良いよね、ハルちゃん」

「おっけー」

 一度こちらを見て、一つ頷くハルカに苦笑し。

「じゃあ、次はムロタウンだね」

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

「はふっ」

 欠伸をかみ殺しながら、朝焼けの空から高度を落とし、屋根の上に降り立つ。

 屋根裏部屋の窓を開け、するり、と体を滑り込ませて。

「…………玄関から入ってきなさい」

 聞こえた声に、目を丸くする。

「シア」

 腕を組みながら、ため息一つ吐くエメラルドグリーンの少女、シアがそこにいた。

「おかえりなさい、エア…………マスターは元気でしたか?」

「ええ…………それに、シキのほうも合流したわ」

 告げた名前に、シアが僅かに目を細める。

「ああ…………合流できたんですね」

 怒っているようにも見えて、その実笑いをかみ殺しているのだと気づける。

「あと、ハルトから伝令」

 続けた言葉に、空気が一転し、底冷えする。

 

「――――――――――――」

 

 告げた言葉に、シアが一つ頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 カナズミシティまでやってきた道をまた戻っていく。

 さすがに行きのようにトウカの森が雨続きなんて事態は無く、午前中にカナズミシティを出て、夕暮れ前にはトウカの森を抜ける。

「このまま船着き場まで行くか、それとも森の入り口のセンターで一晩休んでいくか、どっちにする?」

「あれ? 船着き場に泊まるとこあったっけ?」

 ハルカが首を傾げながら呟いた疑問に、一つ頷き。

「乗船客が泊まるための宿がいくつかあるよ」

 そう答えた。

 

 実機だとハギ老人のいる海辺の小屋しかない場所だが、実際に個人所有の船着き場などあるわけがなく、トウカシティ西の船着き場は極々小規模な港町になっている。

 正確に言えば、海辺の小屋の南、実機だとただの海岸だがあの辺りを中心としていくつかの宿と店が存在している。港町、とは例えたが民家のようなものは無い。言ってしまえば停泊所と言ったところか。

 もっと言えば、船着き場からムロ経由、カイナ行きの定期便が出ている。実機のようにわざわざハギ老人に連れて行ってもらう必要も無い。でなければ、ムロタウンの人間は全員『なみのり』か『そらをとぶ』を使えるのか、と言う話になる。

 とは言っても、実際のところムロタウンと言うのはホウエンと言う他所の地方と比べても発展の乏しい地方の中にあって、ダントツの田舎街だ。シダケタウンだって何気にキンセツシティが近い分いくらか発展もしているし、ハジツゲタウンも『りゅうせいのたき』の研究のためなどで人の賑わいもあり、そのための施設や研究員たちのための店などもあるが、本土から離れた小島と言う立ち位置からして、どうしてもムロタウンと言うのはそう言った人の賑わいから遠くなる。

 同じ本土から離れた島とは言ってもトクサネにはロケット開発に携わる『うちゅうセンター』などもあるのでまた別と言える。

 

 まあそう言った事情から、定期便の数と言うのは少なく、半日に一回。一日二回が精々だ。

 だから一度逃してしまうと下手すれば一晩越さなければならないこともある。

 そう言った利用者のために小規模ながら宿が用意されている。

 

 さらに因みにだが、この定期便も、宿も、ポケモン協会の管轄だ。

 ポケモン協会は前世で言うところの地方自治体を規模を拡大したものと言える。なのでバスや船などの乗り物や、ポケモンセンターなどの施設など、公共物に関しての管轄は全てポケモン協会だと言える。

 

「だから今日はそっちに泊まって明日の午前の便に乗れば良いと思うけど」

 

 そんな自身の言葉に、三人とも意見は無い、と言った様子で頷く。

 夕焼けに染まる空を眺めながら歩けば、オレンジ色に染まる海が見えてきて。

「ここで良いんじゃない?」

 船着き場へと向かう途中に見つけた宿を見て、シキがそんな風に告げる。

 別にどこに泊まるか、と言うことに拘りも無かったので、部屋の空きだけを問い、全員が泊まれることを確認すると、あっさりと宿を決めてしまう。

 

 宿、と言っても旅館のようなものではなく、一階建てのホテルと言った感じだが、まあ野宿よりは大分マシだろうと思う。

 そうして案内された部屋に荷物を置いたら、シキに割り当てられた部屋へと向かう。

 軽いノック、返事と共に扉を開く。

 

「ハルト…………どうしたの?」

「明日の便の時間見たいから船着き場まで付き合ってくれない?」

 部屋で休んでいたせいか、いつもかけている眼鏡が無いと少し雰囲気が違うな、なんて思いながら、自身の言葉に頷いたシキと共に宿を出て、船着き場まで歩く。

 

「眼鏡かけてないけど、見えるの?」

「細かい字までは見えないけど…………まあ、一応持ってはいるわ」

 ポケットから眼鏡を取り出し、戻す。

「独りだと絶対に外せないんだけど…………今はハルトがいるから助かるわね」

「シキ一人で歩かせたら、明日から三人旅に逆戻りだよ」

 この少女の方向音痴が度を超えた物であると言うのはすでに自身の中で確定事項だ。

 なんだかんだカロスホウエンと数年に渡って旅してきているのだから、最悪の事態、と言うのは無いだろうが、それでもキナ臭い雰囲気の漂う現状、ハルカとミツルの守りと言う意味でもいてもらわないと困る。

 

 …………まあ、ハルカに限ってそれが必要かどうかは悩みどころだが。

 

「ん…………暗くなってきた、急ごう」

「分かったわ」

 すでに夕日は水平線へと沈みかけている。

 そう広い場所でも無いが、街中と違って灯りがそれほど無いこの辺りでは暗くなれば一気に視界が悪くなる。そうなる前にさっさと帰りたいものだ。

 少しだけ、二人足を急がせる。

 幸い宿からそれほど距離も無かったらしく、すぐに船着き場に着き、定期便の時刻を確かめる。

 まだ僅かに日の光の残る帰り道を歩きながら。

 

「…………ところで、昨日の話」

 

 昨日からずっと気になっていた話を切り出す。

 

「昨日?」

「帰るって、ホントに?」

 

 ――――カロスに帰る。

 

 昨日確かにシキがそう言った。

 昨日は結局聞けなかったが、気にはなっていた。

 そもそもシキがどうしてカロスからホウエンに来たのか、その理由も含めて。

 聞けるチャンス、と言うのは確かにこの二年の間にもあったが、それでも今まで聞いてこなかった。

 いつでも聞けると言う安心もあっただろうし、そもそも今シキはホウエンにいるのだ、だったらそれで別に良いじゃないか、と言う思いもあった。

 

「……………………本当よ。今年中でハルトの目的は達成される、のよね?」

「…………まあ、現状だとその可能性は高いね」

 

 自身の目的、伝説種の捕獲、正確にはホウエンの崩壊の阻止。

 その目的は確かに今年、自身が十二歳となった年に達成される見込みだ。

 この時に向けて色々と仕掛けてきたのだ、阻止できなければさすがに困る。

 そして実機でも起こった事件のいくつか、言うならば()()は確かに始まっていると考えて良いだろう。

 

 つまり、近いうちにことが起こる、そしてそれさえやり過ごせばもう自身の()()()()()()()()()()()()は終わりと言って良いだろう。

 

「だから、ハルトの手伝いが終わったら、帰るつもり」

「…………なんで突然」

 

 そう、本当に突然。

 少なくとも、旅に出る前までそんな素振り全く無かったのに。

 

「……………………個人的な事情よ」

 

 自身の問いに、けれどシキは僅かに目を細めるだけでそれ以上のことを語ろうとはせず。

 

「――――あの時のこと、忘れてちょうだい」

 

 一歩、前に踏み出し、振り返る。

 

 同時に水平線の彼方へ、太陽が消えていき。

 

「シキ、俺は――――」

 

 夜が訪れた。

 

 

 * * *

 

 

 ――――直後。

 

 囲まれている。

 

 自身と、シキと。

 互いが互い、同時に気づき、口を閉ざす。

 

 ――――いつから?

 

 最初に浮かんだのはそんな疑問。

 いつから、そしてどこから。

 こんな閑散とした場所で、わざわざこちらを囲っている、なんて。

 どう考えても、こちらを狙い定めている。

 

 少なくとも、先ほどまで歩いていて周囲に人の姿なんて見ることが無かった。

 と、なればこっそりついてきたのか、それとも最初からここで待ち伏せていたのか。

 まあどちらでも良い、とにもかくにも、自身たちに用事がある相手がいる、と言うのは事実。

 

 そして恐らく、友好的でないだろうことも。

 

 ならば次の疑問は。

 

 ――――何者か。

 

 足を止める。

 同時、腰のつけたボールを手に取り、いつでも投げれるようにする。

「…………シキ」

「…………分かってる」

 互いに一瞬の声の掛け合い、そして目配せ、それでだいたい意図は通じた。

 シキもまた同じようにいつでもボールを投げれるように態勢を取る。

 

 そして、こちらが気づいていることを悟ったのか、やがて前方の建物の影からゆらり、と誰かが姿を現し。

 

「よう」

 

 そこに男がいた。

 体に張り付くかのようなピッチリとした青いボディスーツに青いバンダナを付けた無精髭の目つきの悪い大男。

 

「…………なんだ、大物が釣れたね」

「…………誰?」

「首領だよ、アクア団の」

 

 呟いた言葉に、男が目を細める。

 

「なんだ、オレのことを知ってやがんのか、意外だな、チャンピオンサマよぉ」

「そっちこそ、俺のこと知ってんだ、ウシオのほうは知らなかったのに」

 

 自身の口から出たウシオの名に、アオギリが一瞬目を丸くし。

 

「あー…………アイツを倒したトレーナーってのはテメェか、あのバカ、地方チャンピオンの顔くらいは知っておけよ」

 

 ぽりぽりと、後ろ頭を掻きながらぼやくように呟き。

 

「まあそれはいい…………本題はシンプルなんだ、デボンで受け取った荷物をこちらに渡せ」

 

 単刀直入に要求を突き付けて。

 

「断る」

 

 即断した。

 

「即決かよ…………一応言っておくが、こっちは五人だぜ?」

 

 アオギリの言葉と共に、左右に二人、そして後ろから二人。暗くて分かりづらいが、恰好から察するにアクア団の団員だろう。

 全員がボールを構え、いつでも行けると言った様子。

 

 上手い手ではある。

 言っては何だが、ポケモンバトルをすれば、まず負けない自信がある。例え5対1でも、である。

 だが実機と違って相手はお行儀よくバトルのルールを守る必要など無いのだ。当然トレーナーへのダイレクトアタックもありの何でもありでは、数の差と言うのはかなり不利になる。

 守ればジリ貧、攻めればこちらの守りが足りない、なるほど、それなりに考えられてはいる。

 

 だから。

 

「ルージュ」

 

 何かされるよりも先にボールを投げる。

 

「クロ」

 

 一瞬遅れてシキがボールを投げ。

 

「テメェら!」

 

 アオギリがほぼ同時にボールを投げ、ワンテンポ遅れて団員たちもボールを投げる。

 

 ルージュが、サザンドラ…………クロが、こちらに現れ。

 

 アオギリがサメハダーを。そして残りの団員たちがキバニアを出す。

 

「遅い」

 

 けれどその時にはもう遅いのだ。

 

 “つながるきずな”

 

 ルージュと絆を結び。

 

「戻れ」

 

 “スイッチバック”

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そうして。

 

「蹂躙しろ、アース」

 

 ボールを投げる。

 

「ふひ…………き、ひひ、あひゃ」

 

 “とうしゅうかそく”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「シキ」

「捕まって」

 クロの背に掴まる。

 

 同時に。

 

 “じしん”

 

 ずどん、と。アースが大地を踏み抜き、轟音と共に大地が大きく揺れる。

 

 『こうげき』6積のガブリアスの“じしん”である、耐えることなどまず不可能と言えるレベルの一撃に、一瞬で場に出たポケモンたちが全滅する。

 

 “ふゆう”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ…………」

 僅か一瞬、ほんの数秒内の出来事に、アオギリが驚愕に目を見開き。

 その視線が自身たちを囲むように配置されていた団員たちへと向けられる。

 激しい“じしん”の余波で、ポケモンだけでなく腰を抜かして座り込む団員たちを見て。

 

「…………っち、オレの見込みが甘かったってことか」

 

 舌打ち一つ、同時に建物の影から一人、また一人と新しくアクア団の団員たちが現れ。

 

「撤収だ」

 

 こちらを警戒したまま、アオギリが呟くと、新しくやってきた団員たちが座り込む団員たちを連れて去っていく。

 こちらはまだ動かない、と言うか動けない。

 

 正直、去っていくならそれでも良かった。むしろあの数でキバニアでも並べられて“アクアジェット”でもされたらさすがに防ぎきれないところだ。

 

「…………うーん、こっちも見込みが甘かったかな」

 

 荷物を受け取って一日、カナズミで様子を見たが特にちょっかいを出してくる輩が居なかったのでエアを返したのだが、こうなるなら残しておけば良かったかもしれないと後悔する。

 

「…………シキ、追跡用のポケモンいる?」

「…………ごめん、さすがにこんなところで出会うと思わなかったから用意してない」

 

 そっか、とだけ呟き。

 

「実機には無い行動、か…………そろそろ真面目に動かないとダメかな」

 

 一つ嘆息した。

 

 

 




アクア団の行動⇒カナズミシティで潜水艦のパーツ移送するらしいから奪おうぜ⇒カナズミシティに現地集合な、遅れんなよ? ⇒やべえ、トウカの森通ってたら森にすげえ強い『みず』ポケモンいんだけどどうするよ⇒捕まえろって、絶対役立つから⇒やべえ、強すぎワロえない⇒ウシオさん行くってよ⇒潜水艦のパーツどうすんの?⇒残ったやつがやるっきゃないっしょ⇒やべえ、ウシオさん含めて森のやつら全滅だってよ⇒パーツ強奪も無理だった(泣)⇒ていうか元チャンピオンとかマジ鬼畜難易度⇒取りあえず監視してチャンスを伺っとけ⇒あ、でも子供に渡してるぞ⇒カナズミで仕掛けるとまた大誤算でてくんべ⇒街出るまで監視だな⇒なんかいい具合に人気の無い船着き場向かってんだけど⇒リーダーもいるしここは行くぜ⇒チャンピオンには勝てなかったよ(今ここ



名前:アース(ガブリアス) 性格:いじっぱり 特性:さめはだ 持ち物:オリジンクォーツ
わざ:「じしん」「ファントムキラー」「どくづき」「ストーンエッジ」

特技:ファントムキラー 『ドラゴン』タイプ
分類:きりさく+ドラゴンダイブ
効果:威力120 命中95 優先度+1 自分の『すばやさ』が相手より高いほどきゅうしょに当たりやすくなる。攻撃が外れると自分の最大HPの1/8のダメージを受ける。

裏特性:とうしゅうかそく
味方から能力ランクを引き継いで場に出た時、引き継いだ能力ランクを最大まで上昇させる。

専用トレーナーズスキル:????

専用トレーナーズスキル:????

固有スキル:????




ハルトくんの絆スキルで2段階上昇、そこから通常交代で出ると『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』6ランクの6Vガブリアスが誕生する。
まあチートだ。チートだがもうリーグ戦終わってるので、伝説戦相手ならこれくらいでちょうどいい。


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ムロ…………? ああ、あの孤島の過疎集落ね

報告:天使が生まれました(詳しくは活動報告で


 前世でプロゲーマー、などと言う職業があったように。

 

 この世界において、エリートトレーナーと言うのは立派な職業とされる。

 

 そもそも、ポケモンと言う存在によって、トレーナーの価値と言うのは非常に高い。

 人間の隣人とされるポケモンだが、突き詰めれば野生の生物だ。時に人間と敵対することだってある。

 そうした時、人間では敵対したポケモンを止めることはほぼ不可能と言って良い。

 

 当たりまえだ、火を噴き、水を吐き、氷を降らせ、空を飛び、雷を落とす。そんな生物を人間がどうやって止めるのだ。

 一応銃火器の類は存在しているが、それでも種族によってはそんなもの効きもしないポケモンもいるし、何より製造には厳しい規制があるし、使用にはもっと大きな制限がある。と言うか『ゴースト』タイプの類はそう言う物理的な攻撃は割とすり抜けてしまう。その辺り研究者ではないので良く知らないが、ポケモンの物理技、と言うのとはまた違った区分がされるらしい。

 まあとにかく、ポケモン相手に人間だけでどうにかしようと言うのは、かなり無理と無茶があるのだ。

 だったら同じポケモンを捕まえてポケモン同士で戦わせたほうが手っ取り早いし、確実性もある。何よりも安心感が持てる。

 

 ポケモンは人間を守ってくれる、と言う安心が。

 

 ポケモンは人間の隣人である、と言う安心が。

 

 一部反ポケモン団体と言う例外もいるが、基本的にポケモンと人間は良い関係を築いている。

 と言うか、最早ポケモンと人間の仲は切っても切り離せない物だ。そのくらいポケモンは人間の生活に根付いてしまっている。

 

 だからこそ、理解させてはならない。

 

 自身の隣にいるその隣人が、自身をあっさりと殺すことのできる恐ろしい牙を秘めた怪物なのだと。

 

 それを民衆が理解した時、真の意味でこの世界は滅びる。冗談も、誇張も一切抜きで。

 

 まあ、そんな事態、あるはずも無いのだが。

 

 野生のポケモンは人に敵対する、捕獲されたポケモンは人に懐く。

 そんな理をこの世界では幼少の頃から()()として教え込まれる。

 だからこそ、野生のポケモンがどれほど人に被害を出そうと、それは野生だから、の一言で片付いてしまう。

 

 

 だからこそ、止めなければならない。

 

 

 ――――――――伝説と言う名の、最強の野生を。

 

 

 この揺り籠のように優しい世界を守るために。

 

 

 * * *

 

 

「やっぱ船って言うと、サントアンヌ号とか有名だよね」

「ああ、クチバのあの豪華客船ですね!」

「知ってる知ってる、あのおっきい船だよね」

「昔乗ったけど、内装もかなり凄かったわね」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 船に揺られる感覚、と言うのも少し懐かしい。

 前世では基本的に船に乗った経験が無いので、六歳の時に旅行で乗ったのが初めてと言うことになる。

 ただ以前に乗った船は長時間航行のため室内で休んでいることが多く、こうして甲板で海を見ながら揺られることは余りなかったので、年甲斐も無く心が弾んでいるのを自覚している。

 …………いや、十二歳と言う年齢を考えれば、年相応なのだろうけれど。

 

「え、乗ったの? なんで?」

「なんでって…………以前にカロスのほうに来たことがあって、その時にまあちょっと家の都合で?」

「確かサントアンヌ号って招待制で、けっこうな著名人たちが招待されてるって話を聞いたような」

「シキちゃんのお家って有名人さんなの?」

「え………………………………あー」

 

 特にこの連絡船は以前乗った物よりも背が低い小型フェリーのような作りになっているので、前に乗った巨大な客船よりも随分と()()()()

 波が船にぶつかり、甲板にまで跳ねてくるが、それもまた新鮮で楽しい。

 多分毎日乗っていたらすぐに何てことの無い光景になるのだろうが、新鮮味と言うのはなんでもないようなことまで楽しくしてくれる。

 

「えっと…………その…………」

「そう言えば、シキさんってカロスだとどんな生活していたんですか?」

「えっ…………あ、えっと」

「シキちゃんって、なんでホウエンに来たの? カロスからホウエンってけっこう距離あるよね? まだイッシュのほうが近いと思うけど」

「いや、その、ね…………あの、は、ハルト!」

 

 と、そんな風に波と戯れていた自身の背をシキが引いてくる。

 ざぷーん、ざぷーん、と寄せては弾ける波を見ながらため息を一つ。

「ほら、二人とも、その辺にしないと。家庭の事情なんてどこでもあるんだし」

 まあうちには特に無いが。

 ただ二人もそれはそうか、と一旦納得し、言葉を収める。

 そして自身の横で、ふう、と安堵の息を吐いているシキ。

 とは言う物の、色々と不詳な部分が多いシキに大して好奇心が疼いているらしい二人がその程度で止まるはずも無く。

 

「あの、シキさん…………ボクとバトルしてくれませんか?」

「え?」

「あ、私も乗った」

「は?」

 

 唐突なミツルの申し出に、珍しいことにハルカが追随する。

「えっと、なんで?」

「シキさんのこともっと知りたいけど…………だったら、トレーナー同士、バトルするのが早いですしね」

 さすが自分の弟子である。思考がよく似ていると言える。

「あたしはなんだか面白そうだから」

 さすがミシロの野生児。実にシンプルな理由である。

「……………………はあ、分かったわよ」

 数秒考え込み、ため息一つ。シキが頷き、ボールを取り出す。

「でもこっちとまともに戦えるのって、サーナイトとエルレイドだけじゃないの?」

「ああ、それなら大丈夫」

 ミツルくんのポケモンの中で、と限定するなら確かにそうかもしれないが、今はハルカがいる。

 だから後ろからそう告げた。

「ハルちゃんが三匹持ってるし、俺がルージュ貸すよ」

 まあ残念だがミツルくんのフカマルではまだまだ実力不足なのは明白だし、その辺は仕方ないとして、

「ハルカが…………? でもハルカは」

 

 ――――トレーナーではない。

 

 正確にはポケモンバトルを専門とする人間ではない。

 それは正しい、正しい意見だが。

「かと言ってそれが弱いと言うわけでも無いんだよね」

 

 実機ORASでのライバルは、バトルは苦手、と言いつつこちらと同じ速度で成長し、強くなるトレーナーだったが、現実でもそれは決して外れてはいないらしい。

 オダマキ・ハルカはトレーナーではない。

 

 けれども並のトレーナーより余程バトルと言うものを理解している一種の天才だ。

 

 トレーナーとしての努力をしているわけではないので、決してエリートトレーナーにはなり切れないが、けれど或いはそれに達する域の腕前がある。

 少なくとも、二年近く自身が教えを説いたミツルより、現段階で圧倒的に格上だ。

 

 そもそもそうでなければ自身とて、この旅にハルカは連れてこなかった。

 説き伏せてでも後一年は大人しくさせるか、それとも後一年早く旅させるか。

 少なくとも、()()に限って旅をさせると言うのは、それだけの実力があると認めているからだ。

 

「まあさすがにミツルくんいるし、トレーナーズスキルは抜きでやればいいんじゃない?」

「まあ、別にいいけれど」

 

 なんでこんなことになったのだろう、と嘆息するシキに苦笑しながら。

「ムロに着くまでの時間潰しとでも考えれば?」

 そんな自身の言葉に、また一つため息。

 

「まあ、そう考えたほうが建設的ね」

 

 呟きと共に、ボールを構えて。

 

 ――――投げた。

 

 

 * * *

 

 

 ムロタウン…………おいおい、どこだいそれ? 聞いたことも無いよ。

 

 と言われ続けて早二十数年。

 公認ジムまで出来たのに、未だに離島の秘境扱いなムロタウンに到着する。

 

 以前来た時も田舎だと思っていたが、それでも実機だと必ず来なければならない場所な上に『いしのどうくつ』と言うイベント場所もあるので割と覚えていたが、世間での扱いは未だに秘境扱いである。

 とは言っても『かくとう』タイプ専門のジムがあるため、格闘家などには割合知名度があるらしい。

 だがそれ以外には…………まあお察しである。

 まさか公認ジムがあるにも関わらず、トレーナーの間での認知度まで低いとか本気でどうなっているのかと問いたい。

 

 そもそも、ここまで廃れてしまっているのは立地的な不利と言うのが大きい。

 本土から離れた孤島とは言え、それでも定期便まで出ているのだ、決して交通が無いわけではないのだが。

 だが立地を考えてみて欲しい、カナズミから、或いはトウカシティからカイナシティに行くならコトキタウンを東に抜けたほうが速い、実機のように『なみのり』が無いと進めないなんてことないし、普通に水辺に沿って歩いていけばカイナシティ北側に抜けられる。何もわざわざ一日二本しかない船に乗る必要なんて無いのだ。

 カイナシティからカナズミに行こうとした時だって同じ。わざわざ船に乗って行く必要などない。

 そもそもが船と言う移動手段自体が、人の移動手段としてはかなりマイナーなのだ。

 ホウエンは街以外の部分は余り舗装されていないので車は余りメジャーではないが、それでも徒歩や自転車で移動している人は多く見るし、海なら『なみのり』それでなくても、『そらをとぶ』による航空タクシーと言うものまで存在している。

 船と言うのは運送業などの大量の荷物を運ぶ時や、ホウエン以外の地方へ行くための長距離移動、後はそもそも遊覧などを目的とした客船などがメジャーであり、フェリーのような短距離を移動するための船と言うのは実のところ、トウカ、ムロ、カイナを結ぶこのラインにしか存在しなかったりする。

 実際のところ、トウカ、ムロ、カイナと定期便は出てはいるが、実情はほぼムロタウンの住人専用である。

 

「急げ急げ、もう夕暮れだよ」

「ポケモンセンターが八時で営業終了って嘘でしょ?!」

「正確には食堂が、だけどね。早く部屋取ってさっさとご飯食べないと、夕飯が乾パンとドライフルーツと水になるよ」

「それはいや~、ちゃんとしたもの食べたい」

「ま、待って…………みなさん、速すぎ」

 出発時刻は午前十時。到着時刻午後六時半。

 かなりゆったり進んでいたのもあるが、単純にムロタウンまでの道のりが長いのもある。

 そしてこの街、と言うか最早村では、午後八時以降に営業している店と言うのが存在しない。

 となれば、のんびりとしていられなくなる、と急ぎ足でポケモンセンターへと向かった。

 

 

 * * *

 

 

「クソがっ」

 

 ぼん、とゴミ箱を蹴り飛ばす。

 がたんごとん、と床に跳ねながらゴミ箱が転がる。

 まだ中身は入っていなかったらしい、中から何も出てくる様子は無い。

 それでもまだイライラが収まらず、男…………アオギリが悪態を吐く。

 

 どうする?

 

 苛立っているようで、けれど頭の奥では冷静に算段を思考している。

 

 戦力差…………質は比べものにならない。こちらが勝っているのは数だ。

 

「団員全員のレベルアップが必要だな」

 それはあのチャンピオン相手だけでなく、マグマ団を相手取った時にも有効だろう。

 

 戦術…………全うにバトルをしていては決して勝ち目がない。

 

「奇襲だ…………今度は、全力で潰す」

 だがそれだけで本当に勝てるだろうか、あのチャンピオンに。

 あのとてつもなく強いヒトガタポケモンを思い出す。

 

「つっても…………対策は、必要か」

 

 奇襲失敗、そしてそのまま全滅なんて詰まらないことにならないように、チャンピオン対策が必要だ。

 そのための人員も必要になる。

 面倒な話だ、だがそれだけならまだマシと言う物だろう。

 

「あのパーツは恐らくカイナに届けられるはず…………となれば、いっそ完成品を奪っちまったほうが早いな」

 

 パーツさえあればアクア団の科学力で作ることも可能だろうが、パーツを奪えなければ無意味。

 となれば、完成品、ないし、完成間近のものを強奪してしまったほうが良いだろう。

 そのためにもまずはカイナに潜ませている団員を造船所に配置しなければならない。

 

「上手く潜りこめよぉ」

 

 椅子に持たれながら足を組む。ぎしり、と椅子が軋みながら揺れる。

 

 最大の問題が一つある。

 

 以前からずっと探していて、ようやく見つけたが警備が尋常でなく堅くどうやっても手に入れられない物。

 

「『あいいろのたま』をどうするか…………それが最大の問題だな」

 

 現在キンセツシティのとある施設にそれがあることが分かっている。

 だがリーグトレーナーたちが複数日夜見張っており、とてもではないが手が出せない。

 実際マグマ団のやつらが手を出して大損害を被っている。

 

「クソが、あれもチャンピオンの差し金か」

 チャンピオンがリーグを動かし、そうさせたと言う情報はすでにこちらに流れてきている。

 ことごとくこちらの邪魔をしてくれる相手だ。

「アクア団を破産でもさせる気か?」

 実際のところ、アクア団とマグマ団以外にはほぼ無意味の長物である二つの珠。

 

 それは今―――――。

 

「カジノになんぞ置きやがって、クソが」

 

 コイン100万枚の景品として、キンセツシティのカジノに置かれていた。

 

 

 




『べにいろのたま』…………コイン1000000まい
『あいいろのたま』…………コイン1000000まい

景品の倉庫は常にリーグ側のトレーナー複数名に見張られ手が出せず、毎日スロットに勤しむ両団の方々。

マツブサがスロットやりながら眼鏡キラリさせてる絵思い浮かんでついやってしまった(

因みにコイン自体の購入制限は1万枚。それ以上はスロットで増やしてね方式。
チャンピオン相手だからと珠を渡した老夫婦も多分知ったらブチギレる。


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いしのどうくつたんけんたいまーくつー

日常話 エアとシアの場合



 料理は愛情などと、古来より言われるが、存外それだって間違いの無い言葉ではあるとシアは思う。
 正確に言えば、食べさせる相手のいる料理と、いない料理と言うのは手の入れ具合が全く異なる。
 お腹が空いたから自分で食べる、と言う程度の料理ならば、シアだって割合簡素なものが多い。
 だがこれが『誰か』に食べてもらう料理、となると手を抜くことなく細部に至るまでこだわりを見せる。
 その誰かとは文字通り誰だっていいのだ、先ほどの言葉と矛盾するようだが自分だっていいのだ。
 自分が()()()()と思ったのなら、それでも良い。ただ食欲を満たすだけに食べる物と楽しみたくて食べる料理と言うのはやはり別物だと思うのだ。

「だからってエア…………これは手抜き過ぎでしょう」

 呆れたように呟くシアに、エアが首を傾げる。
 ミシロにある自身の主の実家では、お米が主食として良く出てくる。
 それは一重に、ジョウト生まれの主やその両親の影響もあるし、ホウエン自体が割合米食がメジャーであることも理由にある。
 だが何よりも、主がパンよりご飯、と言って止まないのが最大の理由だろう。
 息子を溺愛する主の母親が息子のそんな些細な我が儘を叶えないはずも無く、父親のほうもどちらかと言えばパンよりご飯と言った性質なので、基本的にこの家では主食はご飯、偶に朝食にパンが出てくるくらいだ。

 だがシアの目の前で、エアが自身で作ったとされる手抜き料理を見て、絶句する。

 大きな、それこそ両手で持たなければ持ち上がらないほど大きな丼ぶりに山のように盛られたご飯、そしてその上から白米の白を塗りつぶすかのように敷き詰められた肉、肉、肉、肉、肉。
 要するに、焼いた肉を白米に乗せただけの超手抜き丼である。

 二年前から少しずつだが、エアは料理を覚え出した。
 それはエア自身にもその理由を理解できていないことだったが、シアには何となく理由が分かっている。
 それはシアがエアに感じているものであり、エアが無自覚にシアに感じているものなのだろう。

 つまり、羨んでいるのだ。

 シアが主の食事を作り、それを主が褒めている光景を。
 主と()()()()()()になって、余計にそう言ったことに敏感になったのだろう。それも本人の自覚の無い部分で。
 シアからすれば、主の隣に自然に立てるその立ち位置こそ何よりも羨ましいものなのだが…………まあ隣の芝生は青い、と言うのだろう、こう言うのは。
 それにシアにしても、エアの女としての意識の低さは見ていて悩ましいものではあったので、少しずつでも変わっている現状は決して悪い物ではないと思う。

 そうして教え始めて当初は酷い出来ではあったが、年月を重ね、今ではまともな料理を作れるようになっている。少なくとも教えて来たシア自身、これだけの腕前があれば十分だろうと思う程度には。
 とは言うものの、主が旅に出てから、食べさせる相手の居なくなったエアはどんどん手抜き料理を覚えていっている。

「せめて付け合わせにサラダを作るとか、一緒に野菜を炒めるとかあるでしょう」

 本当に、白米、肉、肉、肉。それだけの丼である。
 そしてそれを平然とした様子で食べている辺りが本当に深刻である。
 それは勿論、原種の食性の違いと言われればそこまでだが、それでも普段から同じものを食べているのだから、野菜だって食べれることは分かっているのだ。
 だからこそ、その栄養の偏りをシアは見過ごせない。

「…………エア」
「はふはふ…………んあ? あに?」

 頬っぺたにご飯粒を付けたままこちらを向く少女に、思わず頭を抑えながら。

「夕飯、一緒に作りましょうか」

 そう提案するのであった。



 『いしのどうくつ』はムロタウンにある一部研究者の間で有名な場所だ。

 中には、かつてホウエンに生息したと言われる伝説のポケモン、グラードンとカイオーガの壁画が描かれている。

 実機時代、オメガルビーではグラードンの、アルファサファイアではカイオーガの壁画が描かれている場所ではあるが、現実世界のこの場所では両方のポケモンが描かれている。

 それは神話の一部を切り取った光景と言われ、かつてこの両者が存在していた確かな証と言われているが。

 

 ()()()()()()()

 

 かつて、存在していた。なんて嘘だ。今も尚、海底の奥深くで、そして溶岩の海で、両者は眠っている。

 やがて来る復活の時を待ち望んでいる。

 

 煮滾る灼熱の海、火山の奥深くで。

 

 深い深い青い海の底、暗い暗い海底の洞窟で。

 

 今も尚、その時を待ち望んでいるのだ。

 

 

 * * *

 

 

 『いしのどうくつ』には多種多様なポケモンがいる。

 数も多く見つけやすいのはズバットやケーシィ、イシツブテやマクノシタなどだろうか。

 一階層にも生息する比較的レベルの低いポケモンたち。

 そこから奥深く、地下へと進むほどにレベルも高い手強いポケモンたちが現れる。

 進化系のゴルバット、ゴローンにハリテヤマなどである。

 そして地下一階からさらに珍しい、地表には出てこない深い闇の中に住むポケモンたちがいる。

 クチート、ヤミラミ、ココドラなどである。イワークやノズパスなども時折地下一階層にまで出てくることもある。

 時にはココドラの進化系、コドラやキバゴ、ドッコラーなどもおり、独特の生態系が築かれている。

 とは言えここまではまだマシなほうである。

 

 さらにその奥『いしのどうくつ』最深奥。

 

 地下二階層。

 ここまで来ると野生のポケモン同士の縄張り争いのようなものが始まる。あのチャンピオンロードのようにである。

 

 出てくるポケモンはゴルバットの群れ、ゴローニャやゴローンの集団。

 

 そして、ローブシンとオノノクス。

 

 レベル50を超える野生のポケモンたちが闊歩する危険地帯である。

 

「何故俺は過去、あそこにレベル20のポケモン一匹だけ連れて行ったのだろう」

「…………何やってるのよ、ハルト」

「ハルくんそんな無謀なことしてたの?」

「えーっと…………さすがにそれは」

 遠い目をしながら呟いた一言に三人が少し呆れたように返してくるが、強いて言うなら全部エアのせいであって、俺のせいではないとだけ言っておく。

 

 『いしのどうくつ』の地下一階。

 実機だと『フラッシュ』が無いと暗くて見えたものではない場所ではあるが。

「懐中電灯って便利だよね」

「文明の利器よね」

「『フラッシュ』って使いどころに困りますよね」

「トレーナーが失明するから禁止技に指定してるとこもあるしね」

 何故原作主人公たちには懐中電灯と言う手段が無いのだろうと思うこの頃。

 パソコンと転送技術などと言う高度なテクノロジーがありながら、まさか懐中電灯が無いなどとは言うまい。

 と言うか普通にある。そりゃテレビだって、携帯モドキだってあるのだ、パソコンのモニターだってピッカピカ光っているし、家の天井を見れば蛍光灯だってある。今更それをコンパクト化するだけの技術が無いなんてあり得ない。

 『フラッシュ』の本領とは、ただ灯りを照らすことではない。

 

 ()()()()()()()()ことにあるのだ。

 

 暗い洞窟内で生活しているポケモンと言うのはとにかく明るさを忌避する。それは単純に明るいのが嫌いなだけだったり、或いは環境の違いに慣れなかったり、それ以外にも暗闇に焦点が合い過ぎて、強い光に目が焼かれたり、まあ理由は色々だ。

 ぶっちゃけた話、対戦で使うと相手トレーナーどころか指示を出した自分自身の目すら焼いてしまうほどの強烈な光を発するのだ。

 真昼間に使ってもそれだけの光量である、まして暗い洞窟内で、暗い場所に慣れ切ったポケモンたちがいる場所で使えば、と言うことだ。

 

 とにかく『フラッシュ』と言う技の本領は()()()()()()である。

 こんなせまっ苦しい洞窟内で複数のポケモンに囲まれたら本気でピンチである。だから単独で洞窟に入るなら『フラッシュ』でポケモンを避けながら進むのが正しいやり方なのだ。

 

 とは言うものの、突然環境が変わると洞窟内が騒めくのもまた事実だ。

 過去にもカントーの『イワヤマトンネル』で洞窟内のあっちこっちで複数人が『フラッシュ』を使って、洞窟内に生息するポケモンたちが突然の生息域の変化に驚き、暴れ出して最終的に洞窟崩落するまでの事態を引き起こした事件もある。

 そう言う経緯もあって『フラッシュ』の技は『ひでんわざ』としてポケモン協会に認定され、ジムバッジが無ければ扱うのに相当に厳しい条件が課せられることになった経緯がある。

 

「それに今回はポケモンの捕獲に来てるわけだしね」

 ハルカの目的である、図鑑埋め。と言うのは正確ではない。

 実のところ、ただ生息地の把握だけなら自身が実機の知識フル活用ですでにこの二年の間に終わらせている。

 ただ実際には捕獲はしていない。オダマキ博士からも生息地の把握だけで十分だと言われているし、自身も捕獲する、となるとそれなりに面倒も多いので、ハルカに任せることにした。

 そして一つ分かったことがある。

 

 ミシロ近くの森にゾロアがいたのを覚えているだろうか。

 

 本来ゾロアたちは実機ならば伝説戦後で無いと現れないはずのポケモンたちだ。

 だが実際は居た。だから調べてみたが、ヨーテリーやクルミルなどはいなかった。

 同じ、本来は伝説戦後に現れるポケモンなのに、その違いは何なのか。

 ルージュやノワールに聞いてみたが、ゾロアたちも、あの時マグマ団に襲撃されていなかったら、もっと別の場所にいたはず、らしい。

 つまり、ゾロアやゾロアークの群れにマグマ団が襲撃する、と言う実機には無かった過程を得て、一つのポケモンの生息域が書き換わった。

 

 そこからさらに想像を働かせて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()を考える。

 

 そうすると一つ思いつく。

 

 伝説戦…………否、伝説のポケモン、グラードン、カイオーガが存在することで何が起こるか。

 

 ()()()()()

 

 環境の激変。つまりそれが答えなのではないだろうか。

 本来、ゾロアたちも含めて、伝説戦後に現れるポケモンたちは実機でポケモンと遭遇する場所の外に生息していた。ゾロアたちならミシロの傍の森、などプレイヤーキャラクターの行けない場所に生息していたポケモンたちが、伝説のポケモンの復活によって激変した環境に追われ、プレイヤーたちが行ける範囲にまで出てきたのではないか、と言うことだ。

 

 と、なると。

 

 この旅で図鑑埋めても、後でもう一度旅しないとまた生息域が書き換わっている、と言うことなのだが。

 まあそれはハルカに頑張ってもらうことにする。別に現状で図鑑を埋めているポケモンたちが今いる場所からいなくなるわけでも無いし、だったらこの旅も決して無駄ではないだろうし。

 

 因みにキバゴやドッコラー、イワークなども本来伝説戦後に現れるポケモンだが、現状でも普通に出てきている。

 ただし、本来実機なら一階層から普通に出てくるはずのポケモンたちが地下でしか出てこない、と言うことから、恐らく本来はプレイヤーの行けない洞窟のどこかにいたはずの群れが環境変化の一環で出てきた、と言うことなのだろう。洞窟内にそこまで大きな変化があるわけでも無く、そもそも『いしのどうくつ』以外海と田舎しかない島である、多分最初から『いしのどうくつ』にいたのだろうポケモンたちが人の手の届く場所に出てきた、と言うだけのことなのだと思う。

 さすがにゲーム的な都合と現実的な都合が混ざると推測しきれない部分もあるが、恐らくそんなところだろうとは思う。

 

「取りあえず、ここにしかいない、キバゴとドッコラーを狙っていくよ」

「ハルちゃん張り切ってるね」

 カナズミからこちらの来る時、トウカの森でも散々キノココを追いまわしていた。お蔭で大分遅くなってしまったが、まあ急ぐ旅でも無いし問題無いだろうと思う。

「ムロタウンなんて滅多なことじゃ来ないしね、滞在中に捕まえれるポケモンは全部捕まえちゃうよ」

「て…………なると、ココドラ、ヤミラミ、クチートなども捕まえておいたほうが良いかな、チャンピオンロードにも一応いるけど…………あそこは人間の通る場所じゃないしね」

 チャンピオンロードと言う言葉に、隣でシキが遠い目をしている。

 よく考えればシキは去年もリーグに出ていた。つまりあのチャンピオンロードを二年連続で通ったのだ。

 良くまあこの方向音痴が通ったものだと感心すると共に、どう考えても苦労したんだろうな、と言うのがその死んだ目から察せられた。

 

「えっと…………シキちゃん、大丈夫?」

「エエ、ダイジョウブヨ、ハルカ」

「目が死んでる…………それに片言になってますよ」

 あの地獄を知らないハルカとミツルは、顔を引きつらせているが、自身からして身に覚えがありすぎて思わず、うんうん、と頷いてしまう。

「まあ大丈夫だよシキ。ここはあんな地獄じゃない。レベル100が当たりまえのように闊歩する超危険地帯なんかじゃない。出口の見えない迷路も無いし、音も無く奇襲してくる敵もいない。四天王とチャンピオンが半分趣味で育成したピーキーなポケモンたちが覇権争いしてる紛争地帯じゃないんだ。だから落ち着きなって」

「…………そ、そうよね。ここにはいないのよね、高所から無音で振ってきて突然“つじぎり”で首を狙ってくるハッサムも、磁力でこちらを縫いとめるギギギアルも、連動して“だいばくはつ”してくるレアコイルたちもいないのよね。目が覚めたら目の前に2mを超えたアイアントの群れがいるあの場所じゃないのよね」

 思い出し、震え出し、そして安堵のため息を吐くシキだったが、ハルカとミツルはシキの口から出た想像を絶する言葉の数々に絶句していた。

「シキ…………ダイゴさんの放流したポケモンにことごとく引っかかったんだな」

「そっちはどうだったのよね、一昨年」

 逆に問い返され、思い出し…………身震いする。

「初日からボスゴドラとバクオングの縄張り争いに巻き込まれるわ、橋を渡ろうとしたら水中にギャラドスが潜んでるわ、地下に入ったらガブリアスの群れが襲ってくるわ、地上に上がろうとしたら通路いっぱいに塞がったマルノームがいるわ、地上に戻ったら戻ったで“じゅうりょく”でこっちの動きを縫いとめてくるハガネールがいるわ、ようやく出口だ、と思ったら」

 

 アースがいたのだ。

 

 少しだけそれが懐かしい。

 

「こいつがいたんだよね」

 そんな風に懐かしんではいるが、ハルカとミツル、ドン引きである。

「ていうかミツルくん、リーグ本戦目指すならどうやっても出るんだよ?」

「え゛っ」

 ボクもリーグに出たいです、と以前言っていたが、本戦出場すると言うことはチャンピオンロードを通ると言うことに他ならない。

「毎年二、三人くらい死人も出てるし、ダンジョンアタックの基本くらい今学ばないと本格的にやばいよ、あそこ」

 一応四天王他リーグトレーナーたちが救助に向かうが、それまでに死んだ場合はどうしようも無い。

「最悪、俺たちが助けるけど、それまでに死なれるとどうしようも無いし、それまでに探索用の仲間作っとくと良いよ」

 まあさすがに余りチャンピオンと言う立場で一人のトレーナーに手を出し過ぎるのは不味いので、リーグ開催されたら手出しは控えるが、それまでにアドバイスするくらいなら問題無いだろう。

 そうして悲壮感溢れる表情のミツルを連れてさらに奥へ、奥へと進んでいき。

 

「きゃう!」

「お」

「あ」

「え」

「あ」

 

 岩陰から出てきたポケモンの影に、声をあげる。

 緑色の体躯の恐竜を二頭身にしたようなポケモン…………キバゴである。

 道中何度か野生のポケモンに遭遇したのだが、キバゴはこれが初めてと言うこともあり、ハルカの表情が明るくなる。

「よーし、行くよ! マギー!」

「ふむ…………まあ、任せてくれ」

 ハルカがボールを投げ、出てきたのは黒いロングコートにシルクハットの男。

 ハルカの一番最初の仲間であるスリーパーのヒトガタ、マギー。

 最近滅法見る機会が無かったが、どうやらノワール同様野生とのポケモンの戦闘でかなり鍛え上げられているらしい、以前より強くなったように感じる。

 

「マギー、“さいみんじゅつ”!」

「安らかに眠ると良い」

 

 “まほうのふりこ”

 

 “さいみんじゅつ”

 

 ひゅん、ひゅん、と風切り音を立てながら回転する振り子が一瞬でキバゴを捉え。

「きゃ…………う…………」

 すとん、と刹那にしてキバゴが『ねむり』に落ちる。

「よし、もういっちょ!」

「了解だ」

 

 “せんのう”

 

 “さいみんじゅつ”

 

「眠れ、深く、深くね」

 さらに振り子が振られ、キバゴから完全に力が抜け落ちる。

 

 “ノンレムさいみん”

 

 一切の抵抗を失くしたキバゴにハルカが近づいて。

「捕獲――――」

 ひょい、っとボールを投げる。

 そうして、キバゴにぶつかったボールが、ポケモンを感知し、自動的に捕獲を開始する。

 かたり、と一度だけボールが揺れて。

「――――完了だよ」

 ぽーん、と機械音一つと共にロックがかかる。

 

「キバゴ、ゲット!」

 

 呟き一つと共に、誇らし気にボールを掲げた。

 

 

 




名前:マギー(スリーパー) レベル:90 特性:ふみん 持ち物:無し
わざ:さいみんじゅつ、ナイトヘッド、サイコキネシス、かなしばり

裏特性:まほうのふりこ
『エスパー』タイプの技の命中が100になる。

専用トレーナーズスキル(P):せんのう
『ねむり』状態の相手に“さいみんじゅつ”を使うことができる。命中した時、相手の『ねむり』のターンカウントを+5する。

専用トレーナーズスキル(P):ノンレムすいみん
『ねむり』のターンカウントが3以上の時、野生のポケモンなら必ず捕まえることができる。ターンカウントが5以上の時、相手のターンをスキップする(はかいこうせん等の反動と同処理、行動交換不可)。



ほぼ90話ぶりのおじさんの出番ktkr
忘れてる人のために少しだけ言うなら。
一章でハルカが誘拐された時に出てきたヒトガタスリーパーです。
シャルちゃんが仲間になった時の話ですね。


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ひっさつ! とびひざまわしげり!

日常話 シャルとチークの場合


「おーなんか良い物ありそうさネ」
「あ、あのチーク…………? もう帰らない?」

 カイナシティの西には大きな市場がある。
 獲れたての新鮮な魚介から、怪しげな発明品、はたまたアロマグッズに、技マシン屋。
 その他…………ファンシーショップなども。

 棚にずらりと並べられたポケモンドールやいろとりどりのクッション、はたまた音符の模様の書かれたマットや花などの植木などなど、多種多様な模様替えグッズが置かれていた。

「んー…………シャルは何かピンと来ないかナ?」
「え、いやボクは、別に…………」

 と、ふと視線をやればカビゴンドールと言う名の巨大なカビゴンのぬいぐるみ。
 ふかふかして、気持ちよさそうだなあ、なんて一瞬そんな考えが過って。

「店員さん、これとこれ買うヨ!」

 その一瞬の間に、自身の視線の先を目ざとく見つけたチークがカビゴンドールをもう一つ、その隣にあったぬいぐるみを指さし叫んだ。
「え、ええ、ちち、チーク! そんなお金どこにあるの!?」
 そもそも自身たちは自身たちの主の母親に頼まれて荷物の受け取りに来ただけなのだ、多少のお金はあってもそれこそ、買い食いができる程度であって、こんなところでファンシーグッズを買うほどの持ち合わせは無いはずだ。

「こんなこともあろうかと…………さネ!」

 にしし、とチークが笑い、ポケットからお札を取り出す。
「え、ええええ?! そんな大金どこから持ってきたの」
「パパさんからこっそり、ネ?」
「こっそりじゃないよぉ…………」
 それって泥棒なんじゃないだろうか。と言うか率直に言って泥棒だ。
 そんな自身の視線に気づいたのか、チークがチッチ、と指を振りながら言う。

「盗んだわけじゃないサ。ちゃんとジムのお手伝いの報酬としてもらってるヨ」
「ジムの…………お手伝い?」

 包装されたぬいぐるみが渡される。
 巨大だ…………大きすぎて自身だけでは持てないので、チークと二人で運ぶ。
 市場ですれ違う人たちがこちらを見ている気がするが、もうこうなったら知るものか、と気づかない振りをする。
 …………まあ今確実に自身の顔は真赤なのだろうが。

「そそ、ちょーっとジムトレーナーの相手をしてあげるだけのお仕事さネ」
「いつの間にそんなことを…………」
 まあアルバイトみたいなものさネ、と笑うチークに、少しだけ呆れる。
 確かに、自身たちの主が旅に出てからと言うもの、随分と退屈になったと思う。
 だからそうやって空いてる時間をそれぞれが使ってはいるものの、どうにも自身は時間の使い方と言うのが分からないらしい。
 やることが無いと、日がな一日呆けているように過ごしている自覚があるので、こうしてお使いなどには最近良く付き合うようになったのだが、チークと二人だけ、と言うのは少し珍しいかもしれないと思う。

「まあ、それもそろそろオシマイさネ」
「…………そうなの?」
「エアも戻って来たし…………アチキたちも動く必要が出てくるだろうサ」
「……………………そっか」

 互いに口数が減る。
 少しだけ重い空気が流れ、そんな空気を変えようと口を開く。

「そう言えば、ボクのと一緒にチークも何か買ってたよね」
 確かカビゴンドールの隣にあった何かのぬいぐるみだったと思う。カビゴンドールに視線が行っていたせいで詳しくは見ていなかったが。
 何を買ったのだろうと尋ねてみれば、チークがにし、と笑みを浮かべ。

「これさネ!」

 カビゴンドールの上に積まれた箱の包装を破り、中身を手に取る。

「1分の1サイズのデデンネドールさネ!」
「まさかの自分?!」

 今日一番の驚きがそこにあった。



 ムロタウンジムは、ムロタウンで数少ない民家以外の建築物だ。

 後は個人商店が数件とポケモンセンター、そして集会所が一件。

 それ以外は全て民家、それがムロタウンと言う町…………否、村である。

 フレンドリーショップすら、この島には存在しない。何せトレーナーがほとんどいないから儲からないのだ。

 ムロタウンのトレーナーは大よそ二種類に分けられる。

 

 ジムトレーナーか、釣り人か、だ。

 

 稀にジムに挑戦するトレーナーも来たりするが、稀過ぎてむしろジムに格闘技を習いに来た格闘家の数のほうが多いかもしれない、と言うレベル。

 大都市にあるキンセツシティジムやカナズミシティジムは毎年千から二千のトレーナーが公認ジムバッジを目指し挑戦すると言うが、ムロタウンジムに挑戦しにくるトレーナーの数は毎年百に満たない。

 一月十人、いれば多いほうで。公認ジムに成りたての頃は一年を通し、十人を切った年もあった。

 

 ムロタウンジムのジムリーダーは、名をトウキと言う。

 

 トウカシティジムのジムリーダーセンリと同じく、先代の引退を切欠にホウエンの外から招集されたトレーナーで、元はカントーのほうに住んでおり、かつてはカントーの四天王シバと共に修行をした仲である。

 ジムリーダーとしての実力も高いが、それ以上に、ジムトレーナーへの指導能力が非常に高く、ムロタウンジムのジムトレーナーの実力は、トウカシティジムを除けば、あのルネシティジムと二分するほど、と言わている。

 挑戦者に対する姿勢もまさしくジムリーダーのあるべき姿、とでも言うものであり、ホウエンリーグからの信頼も厚い…………のだが。

 

「…………困った」

 

 そのジムリーダーが現在両腕を組みながら唸っていた。

 まだ日も昇り始めたばかりの朝焼けの海。キラキラと光を反射しながら輝く水面。

 いつものトウキならば、趣味のサーフボードを片手に海に飛び出すところだ。

 そもそもトウキがカントーからこちらにやってきたのは、ホウエンの海で思う存分にサーフィンをするため、と言うのが大きなウェイトを占めている。

 勿論ジムリーダーとしての責務はきっちりと果たす、だがそれ以外の部分では趣味に走る。

 そのギャップこそが地元ムロの住民から好意的に受け入れられている理由なのかもしれない。

 

 そう、トウキは外から来たトレーナーではあるが、ムロタウンの住民からの信頼が厚い。

 ムロの子供のたちは地元のジムリーダーであるトウキを尊敬し、将来はトウキのようなトレーナーになろうと努力する。そんな子供たちを見て、親たちは微笑ましく思いながらも、トウキのような立派なトレーナーになって欲しいと願う。

 

 そんな信頼厚いトウキだからこそ、現在進行形で困っているのだった。

 

 ――――始まりは、ここ数日前に住民から相談を受けたことだ。

 

 ポケモンジム、と言うのは有事の際などに地元住民から頼られることが多い。特に公認ジムともなれば、ポケモン協会に認められたジムとジムリーダーと言うことであり、猶更である。

 ムロタウンは本土から孤立した島であり、日に二度の定期便こそあれ、本質的には()()()()()()()()。外界から途絶している、と言っても良い。

 いざ、と言う時に最も頼れる相手は地元ジムのジムトレーナーそしてジムリーダーである。

 だから、普段からもトウキは住民から相談を受けていた。

 畑がポケモンに荒らされたから追い払ってほしい、だとか、『いしのどうくつ』に子供が行って中々戻ってこないから心配だ、とか。大抵の場合は、何とかできる範囲の話だったのだ。

 

 ただその相談だけは、トウキの能力を完全に超えていた。

 

 ――――ムロタウンと言う町をもっと発展させたい。

 

 要約すればそう言うことだ。

 ムロタウンの町長(あくまで住民はここを町だと言い張っているため)が最近世代交代したばかりなのだが、まだ年若い町長からそんな相談を受けた。

 勿論トウキとてこのムロタウンと言う町が好きだ。気の良い住民たち、自身を慕うジムトレーナーたち、島と言う海に囲まれた環境。カントーからやってきて正解だったと思っている。

 そして公認ジムとして認められながらトレーナーたちがほとんど挑戦しに来ない現状にどうしたものか、と思っているのも事実。

 だから、手を貸すのはやぶさかではないし、ムロにもっと人が増えると言うのなら、それもまた良いことだと思う。

 

 ただ。

 

 問題は。

 

 トウキはジムリーダーだが、ジムリーダーと言っても、所詮はトレーナーだ。

 ジムの運営を含め、多少の事務仕事は出来る(ジムだけに)が、町の発展のさせ方などさすがに門外漢にもほどがある。

 とは言え、継いだばかりの町長のためにも、何とか力になりたいと思うのだが、如何せん何も考えは浮かんでこない。

 

 だから朝から趣味のサーフィンもせずに、海を眺めていた。

 

 

 * * *

 

 

 ムロタウンジム。

 何とも苦い思い出が出てくる場所である。

 結果だけ見れば、6対0の圧勝。

 だがその実、こちらの相性の良さをものともせず、かなり苦戦させられたジムである。

 

 ジムの受付を済ませれば、ジムトレーナーとの戦いになる。

 

 ミツルには、今回は()()()()()()()()使()()()()言ってある。

 受付時に手持ちのポケモンのレベルなどは申告しているので、相手もそれに合わせてくるだろう。

 とは言うものの、まだジムバッジ一つのトレーナーだ。

 トレーナーズスキルは使わないだろう。もしかすると、裏特性も無いかもしれない。

 自身が散々苦戦させられた、あの裏特性が無いなら、難易度的には大分緩いだろう。

 

 ムロタウンジムは『かくとう』タイプを専門とするジムだ。

 基本的に『かくとう』タイプと言うのは物理型アタッカー、かつ接触技が多い。

 

 ミツルがそのことを覚えていて、尚且つしっかりと戦術を組んでいるなら、それほど苦戦することも無いだろうと予想する。

 とは言え、ムロタウンジムのトレーナーたちは、ルネシティジムに匹敵すると言われているだけに、油断はできない相手と言える。

 

「さーて…………お手並み拝見、かな」

 

 呟き、フィールドに立つミツルを見て、笑った。

 

 

 * * *

 

 

 ホウエンで『かくとう』タイプと言えば、ハリテヤマやカイリキーなどだろうか。

 複合タイプで言えばもっと多くあるが、少なくともミツルが『かくとう』と言われて真っ先に思い浮かべるのは先の二匹だ。

「相手は『かくとう』タイプ。弱点は『ひこう』『エスパー』『フェアリー』の三つ」

 一番相性が良いのは間違いなくサナだろう。複合タイプが相手でも『エスパー』と『フェアリー』は確実にどちらか刺さる。さらにサナのタイプはどちらも『かくとう』技を『こうかはいまひとつ』で受けることができるので、『ぼうぎょ』の低さもそれほど問題にならないだろう。

 エルも相性は悪くない。『エスパー』タイプがあるし、『かくとう』を半減できる。

 そしてヴァイト。最終進化であるガブリアスとなれば、真正面から相手取れるだけの強さを秘めているが、フカマルの現状でそれは余りにも無謀だろう。そもそも他二体と比べて圧倒的にレベルが足りていない。

「…………ただ勝つだけなら、サナとエルで良い」

 ならどうして師匠は全て使え、と言ったのか。

 

 ()()()()()()()()

 

 サナ、エル、ヴァイト。

 

 そして『いしのどうくつ』の最奥に隠れていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手の手持ちは三体らしい。

 ヴァイトたちのレベル差も考慮して数の利ではこちらが有利、と言う風になっているようだ。

 

「……………………うん」

 

 想定は四体三のシングル。

 

「……………………うん」

 

 レベルは相手が100を四体。

 

「……………………うん」

 

 こちらのレベル100がサナとエル、ヴァイトが少し上がって21、そしてルドがレベル13。

 

 思考を巡らす。必要な要素を抜き出し。

 

「…………よしっ」

 

 “■■■■■■■■■”

 

 戦略を完成させる。

 

「それじゃあ」

 

 ボールを手に取り。

 

「行くよっ!」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 ミツルには二年の間、知識をとにかく詰め込んだ。

 実際、対戦において最も重要なのは知識だ。

 タイプ相性とか状態異常とかそんなものはは勿論だが特に、相手のポケモンがどういうポケモンなのか。

 種族値は? タイプは? 覚える技は? 特性はどうなっている?

 実機もそうだったが、これらの知識にプラスして、型と言うのも必要になってくる。

 

 型、とはつまりコンセプトだ。

 

 そのポケモンがパーティの中でどんな役割を持っているか、と言うコンセプト。

 

 それはトレーナーによって求められる役割は多種多様であり、全てを読み切る、と言うのは到底無理な話だが、けれどある程度のテンプレートと言うものは確かに存在する。

 

 そのポケモンはその役割を果たすために必須となるもの、と言うのは確かにある。

 

 分かりやすく言えば、ポリゴン2がメガネかけてフルアタ構成なんてあり得ないだろ、と言う話。

 だが逆説的に言って、そのあり得ないことがあったなら。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実機時代にもあった型、と言うのはそのポケモンの能力を最大限に生かすために必要な物を詰め込んだ方式、とでも言うべきものだ。

 『ぼうぎょ』が高いなら物理受け、『こうげき』が高いなら物理アタッカー。

 『すばやさ』が高く『こうげき』や『とくこう』が低いならハチマキやメガネを持たせて速攻アタッカーにしたり、タスキを持たせて補助技を覚えさせたり。

 逆に『こうげき』や『とくこう』が高く『すばやさ』が低いならスカーフを持たせてやったり。

 

 そのポケモンの種族値を見れば、大よそどういう型になるのか、と言うのが見えてくる。

 そこに特性や覚える技を鑑みれば、ポケモンごとに役割と言うのはある程度固定化されてくる。

 

 ポケモンの育成とは究極的に言えば()()だ。

 

 全対応の無敵のエースなんて存在しない。

 どんなポケモンだろうと、必ず苦手とする、否。

 

 ()()()()()()()()()()()と言うのが存在する。

 

 パーティ構成とは、汎用性を持たせながら、けれど器用貧乏に終わらせず、さらに極力弱点を消していくこと。

 そのためには、自身のパーティのメタを探し、そのメタの対策を立てること。

 

 ――――ここまでやって前準備だ。

 

 では本番は?

 

 そこから先はもう必要なものなど一つしか無い。

 

 経験だ。

 

 相手の型を見極め、それに対して有効な手を打ちながら、相手がその手に対して対策していることを予想し、さらにそれに対策を立てる。

 

 読みあいで負けて勝てるなど、圧倒的な相性の差でしかあり得ない。

 

 故に、目の前のバトルの結果もまた、必然と、そう呼べるのかもしれない。

 

 

 * * *

 

 

「サナ」

「オコリザル!」

 

 こちらが出したのはサーナイト。

 対して相手はオコリザル。

 ホウエンでは余り見ないポケモンだが『かくとう』タイプ、そして『すばやさ』がサナよりも上だ。

 

 だから。

 

「サナ“サイコキネシス”」

「オコリザル“あばれる”」

 

 互いの同時に指示が飛び。

 

 “サイコキネシス”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ…………くそっ」

 相手のトレーナーが舌打ち一つ、だがこれで恐らく気づかれたか。

 と、なれば。

「来い、ズルズキン」

「戻ってサナ、来て、エル」

 相手の交代に合わせてサナを戻し、エルを出す。

 

 “いかく”

 

 唸るようなズルズキンの威嚇に、エルが一瞬怯む。

 特性が発動したのだとすぐに気づく。エルは物理アタッカーなので『こうげき』が下がるのはやや厄介だが。

「戻れエル」

 エルをボールに戻す、これで下げられた能力はリセットされ。

「来て、ヴァイト」

 代わりにヴァイトを出す。

 

 “もろはのずつき”

 

 出てきた瞬間のヴァイトに、強烈な一撃が突き刺さる。

 

 “さめはだ”

 

 だが直接攻撃をしたズルズキンがヴァイトの特性で傷をつけられ。

 

 『ゴツゴツメット』

 

 さらに持ち物の効果で、ダメージを広げる。

 そして。

 

「来て…………ルド!」

 

 次に出したのは。

 

 目玉のついた剣のようなポケモン…………ヒトツキ。

 

 タイプは『ゴースト』『はがね』

 

 “もろはのずつき”は『いわ』タイプで半減。さらにメイン技の『かくとう』も無効。

 

 故に。

 

「ズルズキン!」

「戻れルド、来て、エル」

 

 “かみくだく”

 

 『あく』タイプの攻撃が出てきたばかりのエルに突き刺さり。

 

 “せいぎのこころ”

 

 エルの特性が発動し、その攻撃力を高める。

 ズルズキンは『ぼうぎょ』と『とくぼう』が高いポケモンだが、エルの『こうげき』の高さに合わせて、能力上昇のかかった今ならば。

 

「エル“インファイト”」

 

 “インファイト”

 

 鈍足のズルズキンが動くよりも早く、エルがその懐に潜りこみ、猛攻を繰り出す。

 強烈な一撃でズルズキンを一瞬で落とし。

 

「お前が最後だ…………サワムラー!」

 

 出てきたのは長い手足のポケモン、サワムラー。

 カントーのほうでメジャーな『かくとう』ポケモンだ。

 ホウエンでは余り見ないが、さすが『かくとう』タイプのジムと言うことか。

 対面は悪くない。

 『かくとう』技がメインのサワムラーに『かくとう』半減のエル。

 

 押し切る!

 

「エル“サイコカッター”」

「サワムラー“メガトンキック”」

 

 “サイコカッター”

 

 “メガトンキック”

 

 互いの一撃がぶつかり合う。さすがの威力か、打ち合いで大幅に威力を削られた。ほとんどダメージは入ってないと見える。

 さらに一撃、また一撃と互いの技がぶつかり合う。威力自体は大きく削られているが、それでも少しずつ、相手へダメージは蓄積している。

 ならば問題無い。徐々にダメージは入ってきている…………すでに相手の残りの体力は半分以下、と言ったところか。このまま押し切れる。

 

 そう、思った直後。

 

「サワムラー“とびひざげり”!」

 

 相手の指示の直後、サワムラーがエルに接近し。

 

 “かくとうぎ”

 

「掴め!!!」

 

 “グラブロック”

 

「叩きこめ!!!」

 

 “とびひざげり”

 

 その長い手でエルの頭を掴み。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!」

 エルが悲鳴を上げ、数歩後退する。

 幸い『ひんし』にまではなっていないようだが、かなりのダメージを受けたのは事実だ。

「もう一発!」

 相手のさらなる追撃の指示にサワムラーが動きだし。

 

「交代、エル」

 

 驚きながらも、自然と手が動く。

 

「来て、ルド」

 

 エルを戻し、代わりに出したのはルド。

 

 つまり。

 

「なっ…………止まれ、サワムラー!」

 

 咄嗟の指示、だがすでに勢いをつけて飛びあがったサワムラーは止まれない。

 

 “とびひざげり”

 

 掴もうとした手は『ゴースト』タイプのヒトツキの体をすり抜け、その勢いのままサワムラーがフィールドに激突する。

 

「…………………………」

 

 激突し、反動ダメージで気絶したサワムラーを呆然と見つめ。

 

「…………はあ、負けた」

 

 相手が一つ、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 




ひっさつ! とびひざまわしげり!

ただし当たるとは言ってない。全体的に指示が迂遠だったり迂闊だったりするのは、単純にトレーナーの未熟のため。まだまだ最適な指示、と言うのが良く分っていない初心者トレーナー感。

裏特性:かくとうぎ
グラブロック⇒自身の『かくとう』技の威力を1.5倍にし、相手の急所に必ず当たる。

格闘技は進化した。
殴る、蹴る、さらに掴み技にも対応。
トウキさんの研鑽は止まらない。



トレーナーズスキル(A):■■■■■■■■■
ミツルの“戦略”を元にしたトレーナーズスキル。今はまだ経験の浅さと未熟のためはっきりとした形にはなっていない。





あと一話前のスキル一つ付け忘れあったので訂正。

専用トレーナーズスキル(P):ノンレムすいみん
『ねむり』のターンカウントが3以上の時、野生のポケモンなら必ず捕まえることができる。ターンカウントが5以上の時、相手のターンをスキップする(はかいこうせん等の反動と同処理、行動交換不可)。


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ひっさつ! はっけいアッパー!

日常話 イナズマとリップルの場合


 とても珍しい組み合わせだ、と少女、イナズマは思った。
「いや、単なる余り物組ってことかな?」
「そーかもねー」
 間伸びした声で、頷くリップルに苦笑しながら、並んで商業の街を歩く。
 キンセツシティはホウエンでも一、二を争うほどに発展した街だ。
 街一つをそのまま商業ビルに改造しているのだから、その巨大さは規格外といっても良い。
 こと一つの施設としての規模としては世界でも一、二を争うのではないかと思えるほどだ。
「エアはシアと一緒になって料理作ってるし」
「シャルもちーちゃんもカイナに行っちゃったし」
 要するに暇なのだ。

 いや、自身たちの主からの言葉もあるので、決して遊んでいるわけではないが、けれど矛盾しているようだが暇なのだ。

「やっぱこうしてみると凄いよね、人の街って」
「そーだねー」
「この街は色々なところに電気が通ってるから、何となく安心感があるんだよね」
「そーだねー」

 『でんき』タイプのポケモンの性だろうか、身近に電気の感じられる環境というのはどこか安心する。逆にいつかの洞窟の中や森の中、水の中など電気が感じられない自然環境の中というのはどうにも落ち着かない。
 だが自身と同じ種は普通に草むらにいるし、電気の無い場所でも普通に暮らしている。それはつまりそれだけ自身が人間の生活範囲に慣れて…………適応してしまっているということなのかもしれない。
 今更野生には帰れないな、と思うと同時に、主の元を離れて野生に戻るだなんて想像すらできない。電気がどうとかいうどころの話では無い。

「うん、マスターのためにも、がんばろっと」
「そーだねー」
「……………………リップル?」
「そーだねー」

 先ほどから同じ返答ばかり繰り返す仲間に、ふと視線を向け。

「……………………何してるの?」

 こちらに背を向けて歩く少女の姿に違和感を覚え、思わず尋ねて。
 ふと、鼻孔が甘い香りを嗅ぎ取る。
「って、何か食べてるでしょ!」
「食べてない、食べてないよ」
 振り返る少女の手には何も持ってはいない。

 ただ、口の端に白いクリームがついていたが。

 視線を後方にやれば、通り過ぎて来た道の脇に『自家製モーモーミルク使用の特製ソフトクリーム』と書かれた屋台があって。

「……………………リップル」
「なーに?」
「私も買ってきていい?」
「じゃあ私ももう一つ」
「やっぱり食べてた!!」

 しまった、と口に手を当てるリップルに頬が引きつり。

「仕方ないなあ、私が奢ってあげるよ」
「え、いいの、かな?」

 いーよいーよ、と言いながらリップルが自身の手を引いてきて。

「自分で歩けるよ」

 苦笑して、その手を離す。

「いこっか、リップル」

 笑みを浮かべ、逆にリップルの手を引いて歩く。

 それがいつもイナズマがチークと居る時と逆の光景なのだと、本人すら気づいていないままに。

 引っ込み思案な少女のそんな成長に、リップルが優しい笑みを浮かべていることに。

 イナズマは終ぞ気づくことは無かった。




 

「ようこそムロタウンジムに!」

 

 ジムトレーナー二人に勝利すると、そのままジムリーダーに挑戦するかどうかを尋ねられたので、挑戦すると頷く。

 ジムに備え付けられた回復装置にポケモンを預けて三時間。

 それほどダメージを受けてなかったエルとサナの二体は先に回復が終わり、奥へと通される。

 ヴァイトとルドの回復はまだ終わっていなかったが、元々ジムリーダー戦で二体を使うつもりも無かったので構わなかった。

 そうして通された先は、スポーツジムか何かのような場所だった。

 

 その最奥で自身を待ち構えていた男が、こちらを向いて先のように告げた。

 

「久しぶりのジムへの挑戦者だったからね、ボクもうずうずしているよ」

 ぽん、ぽん、と手元でボールを弾ませながら、男、トウキが笑顔でこちらへと視線を向ける。

「それに、あのチャンピオンの唯一の弟子だっていうんだから、手加減はいらないよね?」

「ちょ、ま、待ってください」

 それじゃあ、始めようか、と告げるトウキに、思わず口を挟む。

 そんな自身の様子に、トウキが首を傾げ。

「いや、そんな不思議そうな顔しないでくださいよ…………()()()()()()()()()()()()()?!」

 

 バトルフィールドというのは、基本的に大きな長方形型をしている。

 手前側にトレーナーの立つトレーナーゾーン。そしてそれ以外の部分がポケモンが戦うバトルゾーンとなる。

 フィールドは基本的に固められた土で作られる。

 地面を掘るポケモンなどもいる上に、地震を起こす技などもあるのでスタジアムなどでは特に、地底深くまで固められポケモンが掘り進める以外ではフィールドが壊れたりしないようにされている。

 まあ場所によっては例外もある。

 ルネシティジムなど、足場が不安定な水の上だったりし、ジムごとに違いは確かに存在する。

 

 ただ基本的にフィールド自体の変更はあっても、フィールド上に障害物は存在しない。

 例えば、土で固められたフィールドでも岩が転がってたりはしない。

 水の張られたプールのようなステージでも、水が濁っていることも無ければ天井が低くて水に潜らなければ移動できない、などということも無い。

 ポケモンジムにおいて、一方的にジム側に有利な条件というのは基本的に公平性を欠くという理由でリーグ側から忌避されることが多い。

 ジム側としてもそんな条件で勝ち続けても、挑戦者が減って行く一方であり、何の得も無い。

 

 だからこそ、理解できない。

 

 目の前に広がるフィールドに散らばる()()()()()()が。

 

「なんでフィールドがアスレチック化してるんですか!?」

 思わず叫んだ自身に、トウキがあれ? と疑問符を浮かべ。

「チャンピオンに聞いていないのかい? 今回試験的にジム戦にフィールド効果を導入してみようっていう話になってたんだけど」

「ナニソレ、聞いてない…………」

 原因が自身の師だと知り、思わず肩を落とす。

 

「普段とは違うフィールドでのバトルも良い経験さ」

「まあ…………そう考えることにします」

 

 朗らかに笑うトウキに、渋々といった感じで頷く。

 というか、師匠がそう言ったのならば、この条件でやれ、ということなのだろう。

 意識を切り替える。

 同時に先ほどまでの感情を引きずらないようにきっぱりと断ち切って。

 

「行きます」

「応ともさ!」

 

 互いにボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

「なにあのフィールド」

 観覧席で珍しくジム戦についてきた…………単に田舎過ぎて他にやることが無かったとも言う…………ハルカが目を丸くして呟く。

「アスレチックフィールドだよ。障害物をフィールド上に設置することで、互いの視界や動きが制限されるんだよ」

「見えないと指示出せないよね?」

「そこが今までのバトルとの違いだね。それに、アスレチックが邪魔になるから、動きも制限されるし、当てれる攻撃も当てれなくなったりね」

 

 吊り橋、とかターザンロープとか、足場は細い木板だし、下は水の張られたプール。ネットが階段のようになっているところもあって、試しに作っては見たけど、挑戦者が来ないせいで、ムロタウンの子供の遊び場にしかなってなかったらしい。

 通路にはところどころに高い壁があり、互いの視界は完全に遮られてしまっている。

 そのため、野外迷路のような細い足場を伝って相手に接近し、攻撃する。時には逃げて相手を撒くという今までのバトルとは全く違う戦い方を展開できる。

 

「フィールドカバーリング…………?」

 ぽつり、と呟いたシキの言葉に、ハルカがえ? と首を傾げる。

「シキはやっぱ知ってたか。元はカロスのほうが主流らしいしね」

 カントーやホウエンのバトル方式において、トレーナーというのは基本的にトレーナーゾーンに立って指示を出すだけだ。

 まあリーグなどに行くとどこも同じなのだが、カロスでは一般的にフィールドを半分に区切り、それらを上下としてそれぞれのトレーナーはフィールドの外周を移動しながら指示を出すことができるらしい。

 分かりやすく言うなら、ドッジボールの外野のポジションのような範囲で動きながら、内野、つまりポケモンに指示を出す。

 カロス地方でトレーナーの指示とはつまりポケモンの動きの補足(カバー)

 総称してカバーリング。フィールドを使って行うカバーリングだから、フィールドカバーリング。

 元々フィールドが平坦でなおかつ何も無い状況というのはカントーのほうからの伝統らしい。

 あちらは基本的に一対一で向き合って互いの技を出し合い、ぶつけ合い、比べあう決闘方式が主流だ。

 対してカロスでは通常のシングルバトルに加えて、ダブルバトル、トリプルバトル、ローテーションバトル、さらにはスカイバトルなど様々なバトル方式が広く普及しており、そこにフィールド効果、つまり地形の違いやフィールドカバーリングなどによる指示方式の違いなど、まるで別のバトルであると言えるほどに異なった環境らしい。

 

 とは言ってもポケモンリーグだけはどこの地方も共通している。

 というかポケモン協会が共通させているため、カロスリーグはカロス地方のバトル方式とマッチングしていないことが割と向こう側では問題視されている。

 とは言え、地方チャンピオン同士での戦いの時、地方ごとにルールが異なると問題が多くなるため、こればかりは簡単には変えられないのも事実だ。

 カロスにおいて、カントー、ジョウト、ホウエンなどのバトル形式は、バトルシャトーやカロスリーグ内でしか行われないため、カロスのトレーナーが他所の地方、特にカントーやホウエンに来ると、そのギャップに相当に戸惑うらしい。

 

「そうね、私も野良バトルしてみて、認識の違いに相当困惑したもの」

 実のところ、二年前のリーグ戦において、シキは予選から出ていたのだが、その最大の原因というのがこのバトル形式の違いに慣れるため、であったらしい。

「文化のギャップよね、今でこそこっちのやり方にも慣れたけれど、動かずに指示を出すって最初に知った時、見えない場合にどうやって指示を出せばいいのか全く分からなかったもの」

 

 例えば、相手のポケモンと互いに重なって互いが一瞬両トレーナーの視界から消える、ということも稀にだがある。カロスの場合、トレーナー自身が移動することでその死角を消すのだが、ホウエンの場合、そもそも相手との接近を最小限にし、互いの距離を取りながら攻撃の瞬間だけ近づく、などの工夫によって補われている。

 これらのような地方独特のやり方、というものは他所の地方から来たトレーナーを大きく困惑させる。

 まあ自身の場合、ゲーム時代のイメージとホウエン地方でのバトル方式が同じだったので、それほど現実と理想の乖離は無かったのだが。

 だからもし、自身がうっかりカロスにでも転生していれば、イメージと現実の差に相当困惑していたに違いない。

 

「やっぱ慣れたスタイルが一番だよね」

 

 今更このスタイル変えろとか言われても割と困るかもしれないなあ、なんて。

 適応力無いよな、俺。とか思いつつ。

 

 視線の先、バトルフィールドでは初っ端から激闘が繰り広げられていた。

 

 

 * * *

 

 

「エル! “ストーンエッジ”」

「ニシキ! “はっけい”アッパー!」

 

 “ストーンエッジ”

 

 “かくとうぎ”

 “アッパー”

 “はっけい”

 

 エルレイドの放った岩石の刃を、けれどハリテヤマは軽々と砕いて払う。

 レベルは互いに上限いっぱい。

 威力が拮抗する、ということは能力も同じくらいなのだろう。

 となれば相手の弱点を突ける技で勝負をかけたいところではあるが、ゆらゆらと揺れる吊り橋の終端に立つハリテヤマに接近しようとするのはさすがに危険だということは分かる。

 故に遠距離から攻撃できる技をチョイスしたが、そんなものどうしたと言わんばかりに軽々と払われてしまった。

 

 さて、どうする? ミツルは考える。

 

 説明はされたものの、このフィールドを移動しながら指示を出すというやり方は正直ミツルには向いてないのは分かる。

 そもそもミツルはそれほど体が強く無い。この数年で大分回復し、昔のようにすぐに体を壊すようなことは無くなったが、それでも同年代の子供が外で遊び回っている時期に自宅で本を読んでいたような子供だ、体力などあるはずも無い。

 こうしてフィールドを横から見て回るだけでも手一杯であり、先ほどから思考に揺らぎを感じている。

 

 正直、『かくとう』タイプジムのジムリーダーと体力勝負している時点で、相手の土俵に登ってようなものである。

 

 その時点で最早不利とかいうレベルではないのだろう。

 

「…………だったら」

 

 足を止め、一瞬の思考。

 

 時間を引き延ばしたかのような超高速の思考は、ミツルの持って生まれた技能(スキル)だ。

 思考を回し、回し、回し、加速させ、加速させ、加速させ。

 ほんの一秒にも満たない時間で思考をまとめ終える。

 ミツル自身は気づいていない彼だけの能力(トレーナーズスキル)

 

「橋を切って、エル!」

 

 トレーナーの指示にエルレイドが“サイコカッター”で吊り橋を切り、どばん、と水音を立てて橋が落ちる。

 

「戻ってきて、エル!」

 

 たん、たん、と短いステップを取りながらエルレイドがボールの認識距離まで戻り。

「戻れエル、行って、サナ!」

 エルレイドとサーナイトを交代する。

 橋を落とされたハリテヤマはそれを追えない。

 

 足場が悪くなるのを覚悟で水の中を渡るか、それとも迂回するのか。

 

 トウキの僅かな逡巡、だが時は止まらない。

 

 エルレイドと違い、サーナイトは特殊技…………つまり遠距離からの攻撃を最も得意としている。

「ニシキ、壁に隠れて! サーナイトの視界から外れるんだ!」

 ミツルの狙いにトウキが気づき、咄嗟に指示を出すが。

 

「ハイパーボイス!」

 

 “ハイパーボイス”

 

 放たれた爆音が迷路の壁を反響し、ハリテヤマを襲う。

「~~~~~!!!」

 耳鳴りがし、ぐわんぐわんとハリテヤマの視界が揺れる。

 自身で何かを叫んだような気がするが、一体どんな声が出たのか自分自身で認識できない。

「そのまま倒れるまで“ハイパーボイス”だ!」

 

 “ハイパーボイス”

 

 『エスパー』『フェアリー』タイプのサーナイト故に『ノーマル』タイプの技は、決して得意、とは言えないがけれどその『とくこう』の高さと相手の『とくぼう』の低さを考えれば、何度も耐えられるものではない。

 正直一度耐えたのだってハリテヤマの体力(タフネス)の賜物だ。トウキと日々鍛えてきた底なしのタフネスで耐えていただけ。

 だが二度目の爆音に意思よりも先に体が悲鳴を上げた。

 

「………………っ」

 

 言葉すら無くし、ハリテヤマが倒れる。

「戻れニシキ…………ありがとう」

 トウキがハリテヤマをボールに戻す。

 同時に考えるのは、アスレチックフィールドを上手く使われたな、ということ。

 ハリテヤマは鈍重だ、速度ではエルレイドには敵わない。

 だから橋の手前で待ち構えた。

 だが相手は逆にそれを利用し、橋を落として()()()()()()

 交代で出てきたのはサーナイト。

 距離を開けた状態で、しかも容易に進むことすらできないあの場所で、こちらの弱点を突けるサーナイトだ。

 なるほど、と一つ納得する。

 アスレチックフィールドはこちらが有利かと思っていたが、こういう使い方もあるのか。

 

 アスレチックフィールドのコンセプトは()()()だ。

 

 高い壁で死角を作り、水の上に板通路を張っただけの細い足場。

 そこにネットやロープで()()()()()()()()()()()()をジム内に再現しようと作られた施設だ。

 当然作ったジムに地の利はある。トウキはそれを生かして戦おうと思っていた。

 足場の悪さや死角は上手く利用すれば一方的に有利な状況を作れる。

 だが相手はこちらの意識の盲点を突いてきた。

 それは今まで練習相手が同じジムのトレーナーしかいなかった。つまり同じ『かくとう』タイプばかりを相手してきた故の思考の偏りとでも言うべきものか。

 

 実際に挑戦者相手に使用するのは今回が初めてだけに、これは大きな収穫と言えるだろう。

 

 ここだけでは無い、将来的には各ジムにフィールド効果は実装されていく可能性もある。

 

 これはホウエン地方ジムの歴史における、初めての試みである。

 

 その最初のテストとしてこのジムが選ばれたことは喜ばしいことであり。

 

「…………あ、そうだ」

 

 ジム戦中にも関わらずだが。

 

 ふと、村長へのアイデアが思いつく。

 

「…………まあそれも後か」

 

 バトル方式は二対二。

 二体目からはトレーナーズスキルの使用も解禁するつもりである。

 

 先手は取られてしまったが。

 

「勝負はここからだよ」

 

 口の端を釣り上げながら、そうして二つ目のボールを投げた。

 

 




Q.4月1日からネット開通じゃなかったの?
A.違う、俺は騙されたんだ、全てはN○Tが悪い! オレは悪くねぇ!

Q.それで? なんで昨日更新しなかった?
A.二週間分のスレとアニメとぷそのチェックしてたら時間足りなくて(



というわけで今回よりどっかのスレでもやってそうな『フィールド効果』というものに少しだけ触れていく。
今回のアスレチックフィールドはデータ上効果は無い、言わばフレーバーフィールドだけど、今後少しずつだが各ジムでフィールド効果増やしていきたいと思い中。
そしてここでカロスの文化ということにしておくことで、次回作で同じような設定を使いまわs…………げふんげふん。


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おうぎ! おうごんのみぎストレート!

あとがきにちょっとお知らせあります。


 

 

 

「来てくれ、テッコ!」

 

 投げられたボール。出てきたのは…………。

「グオオオオオオオオオオ!!!」

「ローブシン!?」

 両脇に太い柱を持ったポケモン、ローブシンだった。

 いや、考えればムロタウンのすぐ傍の『いしのどうくつ』に野生のドッコラーやドテッコツ、ローブシンがいるのだ。ムロタウンジムで出てくるポケモンとして、むしろ自然だ。

 

 距離は依然として開いている。

 

 橋が落とされているため、結局の立ち位置は変わっていない。

 と、なればこちらは。

 

「テッコ、“ストーンエッジ”!」

 

 地面へと叩きつけられた拳、そこから生え出でてくる岩石の刃がサナへと迫る。

 

「サナっ、“ハイパーボイス”!」

 

 サナの放った大音量の攻撃が、岩の刃を砕く。

 同時に、サーナイトをさらに下がらせて距離を開く。

 どうやら先ほどのように一方的に攻撃、というのは難しいようだ。

 ローブシンの『こうげき』は飛びぬけて高い上に、サーナイトの『ぼうぎょ』はかなり低い。

 “ストーンエッジ”一発が致命傷になりかねない以上、迂闊な攻撃は出来ない。

 とは言え、二対一、という数の有利はあるのだ、多少の冒険は許容されるだろうが。

 

「テッコ! 水を跳ね上げろ!」

 

 トウキの指示に、ローブシンが拳を振り上げ、橋の落ちたプールへと振り下ろす。

 ばしゃぁぁぁぁん、と大量の水が弾け飛び、ほんの一秒か二秒だがローブシンの姿を隠す。

 そうして視界を隠す水が消えたその時には、ローブシンもまたその姿を消しており。

 

「どこにっ」

 

 再び走って指示を出すか、一瞬だけ迷う。

 だが結局それでは向こうのペースなのだと考えて、動かない。

 慣れたスタイルが一番やりやすい、自身にとってはトレーナーゾーンから動かず指示を出すこのやり方が最も慣れたスタイルであり、こうして足を止めフィールドを見つめるこの瞬間が最も集中力が増す時間でもある。

 

 思考を加速させる。

 加速させた思考でさらに思考する。

 加速させ、思考し、加速させ、思考し。

 まるで時間が無限にも感じるほどに伸びていく。

 

 ローブシンはどこに消えた?

 

 視界内に映るのは、右側に壁、正面に落ちた橋とプール、左側にはロープとネット。

 橋の向こう側に見えるのは左右に壁、そして正面にトレーナーの姿。

 壁のどちらか、に隠れたとして。

 右手、壁から伸びているのはターザンロープ。ポケモンの膂力ならば、片手でもぶら下がってこちらにやってくることは可能。

 左手、壁から伸びているのは大規模なネット地帯。足場が悪くなるこの場所を素早さの低いローブシンが通って来る、というのは考えにくい、か?

 

「右だ」

 

 言葉にし、山を張る。

 

 サーナイトに右手を警戒させて。

 

 ばしゃん、と()()がして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「正っ面!?」

 

 隠れたのならば、右か左か、どちらにしろ壁の後ろに隠れたのだという予想をあっさりと上回られる。

 どうやってこんな浅いプールの中に隠れていたのか、否。

 『こんな浅いプールに隠れるはずが無い』という思い込みこそが、自身の視界の中からローブシンの姿を消していたのだと気づく。

 気づきはしたが、どうやっても一手指示が遅れる。

 

 トウキの指示はすでに始まっていた。

 

「撃ち抜けテッコ!」

 

 “ハートブレイクショット”

 

 “アームハンマー”

 

 放たれた拳がサーナイトの胴を打ち抜く。

「っ!」

 胴を打たれたことで、一瞬だが呼吸が止まり、悲鳴すら上げられずにサーナイトが仰け反り。

「サナっ! “サイコキネシス”!」

 けれどまた立っている。『かくとう』タイプの技は半減で受けることができる、ならばまだ攻撃はできる。幸いというべきか敵は目の前だ。打てば当たる、撃てば当たる、そういう距離だ。

 だからこそ、理解できなかった。

 

 ――――サーナイトはうごけない。

 

「終わらせろ」

 トウキの短い言葉と同時に。

 

 “マッハパンチ”

 

 放たれた先ほどよりも威力が随分と低い一撃に。

 

 い ち げ き ひ っ さ つ

 

「ァ…………ァァ…………」

 僅かに口を動かし、けれど言葉にならないままにサーナイトが崩れ落ちる。

「……………………サナ?」

 思わず吐いて出た言葉に、けれどサーナイトは反応しない。

 

 最速で思考を回転させる。

 

 どうして? 何故?

 

 出てくるのはそんな言葉。

 何故サーナイトは倒れた? ダメージを受けたから、だが“アームハンマー”は耐えた。だからその後の二撃目で倒れたんだろ? だが見た限りではまだサナには余裕があったのに“マッハパンチ”一発で倒れるか?

 そもそも一撃目を耐えた後、どうしてサナは反応しなかった? 自身は確かに指示を出した、にも関わらず無防備に二撃目をもらっていた。

 何かした? 何かされた? 何をされた? 殴られただけだ、ただ普通に。普通に? どこを? 胴だ。胴のどこだ、どこだ。

 

「……………………っ」

 

 とん、と軽く拳を握って自身の胸を叩く。

 一瞬、ほんの一瞬だが胸が圧迫され、呼吸が止まる。

 

「…………これか」

 

 狙われた、ローブシンの“アームハンマー”で。

 サーナイトは人間に近い造形のポケモンだからこそ、狙いやすかったのかもしれない。

 偶然、ということは無いのだろう。

 突き詰めた一撃、狙い定めた一撃、つまりこれは。

 

「トレーナーズスキル」

 

 ムロタウンジムで使われるポケモンの裏特性は全て共通している、となればそういう事なのだろう。

 

 狙われたのは。

 

「――――心臓か」

 

 

 * * *

 

 

 腹部だろうが背中だろうが。

 強い衝撃というのは一瞬だが、生物の呼吸を止める。

 衝撃の瞬間の刹那、吐き出される空気と共に、呼吸が止まり、そこに一瞬の思考の空白が生まれる。

 それをもっと衝撃の箇所を絞って、そう心臓に狙いを定めて、ピンポイントで打ち抜けば。

 

 心臓は規則正しいポンプだ。故に強い衝撃が与えられれば脈は大きく乱れる。

 

 人間だろうがポケモンだろうが、生物である以上は変わらない。

 生まれる思考の隙間。その瞬間だけは、どんな生物であろうと無防備になる。

 そこに見舞う一撃は防ぐことのできない必殺の一撃と化す。

 

 生き物を倒すのに力は必要ない。

 

 一番重要な脳という機関に、必要なだけの負荷をかければ、どんな生物だろうと立っていることはできない。

 

 重要なのは相手の意識の空白を縫うこと。

 

 一瞬でも相手に気づかれれば、耐えられる。

 

 だが相手の呼吸を読み取り、意識の空白を縫った一撃を繰り出す、というのはどんな達人であろうと容易なことではない。

 

 だから、無理矢理にでも意識に空白を産み出す。

 

 その瞬間に放たれる拳の一撃はどんな相手をも倒す一撃必殺技と化す。

 

 つまりそれが。

 

 心臓打ち(ハートブレイクショット)

 

 昔読んだ漫画を参考にトウキが編み出した、二撃必殺のトレーナーズスキルである。

 

 

 * * *

 

 

「エル!」

 

 状況は一気に逆転した、と言って良い。

 先ほどまでの有利は二つあった。

 一つは数の有利、二対一という有利はけれどサーナイトが一撃で倒されたことで覆された。

 そして二つ目、距離の有利。

 プールはすでに渡り切られた。最早エルレイドとローブシンの間を阻む物は何もない。

 

 ここからは、正真正銘の全力のぶつけ合い。

 

 だから。

 

「エル、心臓ガード。絶対にもらうな!」

「テッコ、相手の動きは鈍っている、叩きのめせ!」

 

 厄介なのはこれだ。急所を開けば狙われるし、庇えばそれ以外が無防備になる。

 最早この距離、互いの手を伸ばせば攻撃が届く距離で、常に急所を庇うというのはどうあってもこちらの不利だ。

 

「撃ち落とせ! エル!」

 

 “げいげきたいせい”

 

「叩き伏せろ! テッコ!」

 

 “アームハンマー”

 

 先ほどと同じ攻撃。

 先ほどと同じ技。

 先ほどと同じ。

 

 “ハートブレイクショット”

 

「それは――――」

 

 エルが左肘で拳を叩き落し。

 

「――――もう見ました」

 

 “サイコカッター”

 

 右拳にサイコパワーを纏い、突き出す。

 

 『きゅうしょにあたった』

 

 弱点タイプ、同タイプ技、トレーナーズスキル三つの条件が揃い、ローブシンへ絶大なダメージを与える。

 これで終わりだ、とそう思った。

 耐えられるはずが無い、とそう思った。

 

「ぐ…………オォ…………」

 

 ローブシンの体が崩れ落ちる。だがまだ膝は折らない、致命傷に近いダメージのはずだ、とっくに『ひんし』でもおかしく無い体で、けれどローブシンは倒れない。

 

「グウウオオオオオオオ!!!」

 

 負けてたまるか、その顔はそう告げているようだった。

 

「やっぱり、苦手だなあ」

 

 苦手だ、そういう気合いだとか、根性だとかで耐えられるはずの無い攻撃を耐えてくる、精神が肉体を超越する相手というのは。

 だが自身が目指す先は全てそうなのだ、ここから先に出てくる相手というのは全てそう言った突き抜けてしまっているトレーナーたちばかりが集まる地だ。

 

 だから。

 

「エル」

 

 短く呼ぶ声に、エルレイドが一つ頷き。

 

「メガシンカ」

 

 光がフィールドを覆った。

 

 

 * * *

 

 

 荒く息を吐き出し、吸ってはまた吐く。

 幾度か繰り返しながら、先ほどまで走り回って乱れた息を整える。

 

 ボールの中に戻った、自身が最も頼りにする二体にお疲れ、と声をかけながら。

 

 先ほどまでの戦いを回顧する。

 ほぼ瀕死のローブシンとメガシンカしたエルレイドの()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………思い、か」

 

 別に特別な何かがあったわけではない。ただ負けん気と意地で今にも倒れそうな体を支えながら、限界を超えて戦っていた、つまりそれだけのことに過ぎないのだが。

 

 ミツルは思考を巡らせるタイプのトレーナーだ。

 

 つまり、自身と相手の戦力を計算するタイプのトレーナーということになる。

 だから、不確定要素というのは極力省きたいと思っている。運を計算し尽くせば可能性は無限通りなのだと理解しているからこそ、計算できないものを苦手としている。

 瀕死寸前のポケモンが意地だけでその後幾度の攻撃に耐える。

 そんな計算を狂わせるようなおかしな話、どうやっても計算に組み込めない。

 だからミツルはそれを最も苦手としている、のだが。

 

 旅に出てからそんなのばかりのような気がする。

 

 やはり師匠であるハルトと行う模擬バトルと、実際に旅でトレーナーと行う野良バトルは違うのだ。

 

 それを何という言葉で表せばいいのか分からないが。

 

 バトル中、()()()()()()()()()()()()()()ことが多い。

 

 倒れる、と予想したはずの攻撃を耐えられ、反撃をもらう、そんなパターンが何度となくあった。

 

 ハルトはその答えを教えてはくれなかった。

 まるで自分自身で考え抜き、見つけ出せと言わんばかりにそれについて一切のことを語らなかった。

 代わりにそのパーティのエースである竜の少女は間接的にだが、自身にそれを教えてくれた。

 けれどミシロに居た頃の自身は、それを理解はしても納得ができなかった。

 限界を来たポケモンが精神論で肉体を超越するなど、あり得ないとそう思っていた。

 

 けれども旅に出て、幾度となくバトルをして。

 

 それでようやく納得せざるを得なくなった。

 

 ――――計算が狂う。

 

 予測することが最も重要な自身にとって、そのズレは致命的な物となりかねない。

 今回のジムだってそう、勝てたからこそ良かったが、エルが粘ってくれなければ負けていたかもしれない。

 

 そう、計算が狂うのは何も敵だけの話では無い。

 味方のポケモンにだってそれは適用されているのだ。

 

 耐えられるはずの無い攻撃を耐え、まだ届かないはずの攻撃を届け、倒せないはずの相手を倒す。

 

 だからこそ、思考する。

 結局、どれだけ悩もうとミツルに出来ることは決まっているのだから。

 思考して、思考して、思考して。

 計算を狂わせるソレらすらも、いつか計算できるようになったのならば。

 

「…………届くのかな、ボクも」

 

 手を伸ばし、指先で摘まんだバッジを翳してみる。

 

 これで、二つ目。

 

 残り六つ。

 

 そしてその先には――――――――。

 

「…………届くのかな、あの場所へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 ………………………………………………………………。

 

 

 ――――少しだけ、過去を思い出す。

 

 

「温い」

 

 メガエルレイドの全力の拳。

 けれど、メガシンカすらしていないはずの目の前の少女はそれを軽々と弾く。

 

 いつもは頼もしいはずの師のポケモンは。

 

 ただ、今は強大な敵として目の前に立ちはだかっていた。

 

 

 ――――まだミツルが、ミシロでハルトに師事していた頃の話。

 

 

 メガシンカは、トレーナーとポケモンの絆を力に変え、ポケモンに圧倒的なパワーを与える。

 より強く、強く、強く。放たれた拳は、何物をも打ち砕く必殺の一撃。

 そのはずなのに。

 

「無駄っ」

 

 ぱしん、と軽い音と共にまたも拳は払われる。

 

 

 ――――足りないのだと、少女(エア)は言った。

 

 

 代わりに放たれた少女の拳は、重く、鋭く、メガエルレイドに突き刺さる。

「~~~~~~~!!!」

 呼吸が止まり、声も出ないほどに悶絶し、膝を折ろうとして。

 

「エースが、膝を、折るな!」

 

 蹴り上げられる。

 放たれたキックで無理矢理に上体を起こさせられ。

 

「トレーナーの前で、エースが簡単に膝を折ってるんじゃないわよ」

 

 再び放たれた拳、エルレイドの頬に突き刺さり、その全身を揺らがす。

 けれども、今度は倒れない。

 歯を食い縛って、何としても倒れないという意思を感じさせる。

 

「それでいい」

 

 少女が目を細め、呟く。

 

「アンタが折れたら、バトルは負け。そう思ってなさい…………そのつもりでいなさい」

 

 言葉と共に少女の蹴りがエルレイドの腹部にめり込み、軋みを上げてエルレイドが吹き飛ぶ。

 震える体を起こそうとして、けれどエルレイドは立ち上がれない。

 

「ほら、これで負け一回」

 

 少女が呟き、オォォォ、と咆哮する。

 

 空から流星が降り注ぎ、エルレイドを襲う。

 

 ダメージの残る重い体にさらに追撃が加えられ、エルレイドが倒れ伏す。

 

「二回」

 

 けれど終わらない。少女の攻勢は終わらない。

 殴り、蹴り、振り回し、投げ捨て、時には流星を呼び。

 幾度も、幾度も、エルレイドは叩き伏せ、大地へと縫い止める。

 

「これで…………何度目の敗北かしらね」

 

 少女の退屈そうな呟き。

 

 

 ――――もう止めてくれ。そう叫びたかった。

 

 

 メガシンカは絆の力だ。つまり、メガシンカポケモンとトレーナーの間には確かな絆が存在している。

 故に、エルレイドが目の前でただ一方的に嬲られるその光景を、ミツルは拒絶したかった。

 けれど、出来ない。拒絶することができない。

 

 エルレイドがまだ立ち上がろうとしている限り、そんな真似できるはずも無かった。

 

「エル…………エル!」

 泣きだしそうな声で、エルレイドの名を呼ぶ。

「……………………」

 声も出ないといった様子のエルレイドだったが、それでも起き上がろうとし。

 

「限界、かしらね」

 

 少女の呟きと共に崩れ落ちる。

 

 

 ――――落ちようと、した。

 

 

 崩れ落ちようとした体を、拳を大地に叩きつけ、押しとどめる。

「……………………へえ」

 初めて少女の声色が変わった。

「…………………………っ」

 声を出せば、その瞬間、力も抜け出てしまいそうで、唇を噛みしめて、エルレイドがゆっくりと立ち上がる。

 すでにボロボロの体は、いかにも頼り無く、弱々しい。

 

 それでも、握った拳は硬く。

 

「来なさいっ」

 

 言葉と同時に疾走し、拳を振りかぶる。

 

「アンタは、その拳に何を込めるの?」

 

 差し出すように少女が付きだした手に、思い切り拳を叩きつけ。

 

「……………………ま、こんなものかしらね」

 

 軽々と受け止められる、同時にエルレイドの意識が途切れた。

 

 

 ――――今なら、分かる気がする。

 

 

 旅先で出会った数多くのトレーナーたち。

 かつてテレビの中で見て来た無数のバトル。

 そしてエアがエルに言った言葉。

 

 “アンタは、その拳に何を込めるの?”

 

 ポケモンバトルの世界は一見して華やかで優美に満ちている。

 外から見ているだけならば、それは憧れの場所。

 けれど一度内側に入れば理解せざるを得ない。

 

 そこには欲望が渦巻いている。

 そこには欲求が疼いている。

 そこには執念が満ちている。

 

 もっと強くなりたい、ただ勝ちたい、偉くなりたい、金が欲しい、人より上でありたい。

 理由は様々であり、けれどその全てに貴賤は無い。

 

 “勝ちたい”

 

 その思いは全てのトレーナーが持っているものであり。

 だからこそ、相手を蹴落としてでも勝ちたいと思うだけの理由、というものが必要になる。

 エアの言う込める物、とはつまるそういうことであるのだと、旅を始めてようやく気づいた。

 今まで触れていたのはポケモンバトルという一見華やかな競技のほんの表層に過ぎないのだと。

 ただ勝つことは難しいことではない、けれど勝ち続けること、というのは誰にでも出来ることではない。

 

 だから、必要なのだ。

 

 戦う理由…………戦い抜く理由が。

 

 自身のちっぽけな拳を見つめる。

 

 そこには、一体どんな理由があるのか。

 

 どうして自身はホウエンリーグを目指したのだろうか。

 

 その理由をもう一度だけ考え直す日が、いつか来るのだろう。

 

 

 




テッコ(ローブシン) 特性:てつのこぶし 持ち物:こうかくレンズ
わざ:アームハンマー、きあいパンチ、マッハパンチ、ばかぢから

裏特性:かくとうぎ
手や足を使ったわざに対し、以下の中から好きな効果を一つ付け加える

アッパー⇒そらをとぶ、やとびはねるを無視して攻撃を当てる上に『ひこう』タイプと特性“ふゆう”を相手に威力が増す。
フック⇒相手の『まもる』『みきり』『みがわり』『リフレクター』を無視して攻撃できる。
ストレート⇒威力を大きく上昇させ、さらに『こらえる』や特性“がんじょう”『タスキ』などを無視する。
ハイキック⇒『ひこう』タイプに『かくとう』わざが半減されない。
ロウキック⇒当てた相手の『すばやさ』を半分にする。
グラブロック⇒自身の『かくとう』技の威力を1.5倍にし、相手の急所に必ず当たる。


専用トレーナーズスキル(A):ハートブレイクショット
威力80以上の『かくとう』タイプの攻撃技使用時のみ発動。技の命中を半分にする。攻撃が命中した時、相手を『しんていし』にする。


状態変化:しんていし
行動できなくなる。『かくとう』タイプの攻撃技を受けた時『ひんし』になる。次のターンに必ず解除される。







えー、重要なお知らせが一つあります。

今回ジム戦書いてて思ったんですが。
ひじょーーーーーーーーーーーに、テンポが悪くなることが判明した。
正直書いてて楽しく無いし、自分で読んでて微妙な文章だと思ってしまったので。
今回を最後にジム戦ちょいちょいカットします。
全カットはしないけど、冗長気味に書いてダレるくらいなら、抜粋してしまおうと思います。
ミツルくんのジム戦は、三章で飛ばした部分の補完くらいでやってたんですが、これを続けるのは無駄だと思ったので、ジム戦はある程度抜粋して、もう少しテンポ良く話を進めたいと思う。


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絶凍領域遠足①

前回の宣言を皮切りにもう自重止めたわ。


「二個目のバッジおめでとう!」

「あ、ありがとうございます、ハルトさん」

 

 ムロタウンジムを出て、ミツルに声をかける。

 バッジを獲得したことに高揚しているのか、いつもよりやや弾んだ声で、表情には笑みが浮かんでいた。

「これでムロタウンでの用事もだいたい終わったし、次に行こうか…………と言いたいんだけど」

「…………はい? まだ何かありましたっけ?」

 基本ムロタウンでマグマ団、アクア団関連のイベントは無いので、別にこれ以上何かある、というわけではないのだが。

 

「折角良い立地にいるし」

 

 故に。

 

「明日、みんなで遠足に行かない?」

 

 そう提案した。

 

 

 * * *

 

 

 遠足、の定義的に言うと、遠くに行くこと、らしい。

 前世のイメージ的には小学校の行事。この世界でもトレーナーズスクールであるらしい。最も前世の遊びのような遠足と違って実地授業的な意味合いが強いらしいが。

 

 まあ何が言いたいかというと。

 

「…………洞窟、ですか? これ」

「小さいけど、崩れそうって感じは無いかな?」

「まあこの辺は特に何も無いはずだし、早く奥に進もうか」

「それで、ハルト…………ここって何?」

 

 ここは――――。

 

「『こじまのよこあな』だよ」

 

 遠くに行ってまた戻るなら、例えどんなとこに行こうと遠足の定義に当てはまるということだ。

 

 

 『こじまのよこあな』

 実機だとそうでも無いが、この世界だと本当に小島というか孤島の横合いから入れる洞窟といった感じの場所だ。

 暗い洞窟を懐中電灯で照らしながら奥へ、奥へと進んでいく。

 実機と大分違う、穴から入ると狭く細い浅瀬の道を歩くこととなり、さらにそこから奥へ奥へと穴が続いている。

 当然照明になるものは存在しないので、懐中電灯が無ければ『フラッシュ』でも使わなければ足場の悪さもあってか、中々に苦戦するかもしれない場所。

 

 実のところ、チャンピオンとなってからの二年の間にすでに『おふれのせきしつ』の封は解いている。

 封印を解いた先にいるレジ系三種は、まず間違いなくグラードン、カイオーガに対する強力な抑止になりうると期待しているからだ。

 最初、実機なら封印を解くと入り口が現れるだけなので、別に解かなくても入り口掘ればいいじゃん、みたいに思っていたのだが、そもそも『こじまのよこあな』や『こだいづか』『さばくいせき』が()()()()()()()。いや、自身が見つけられていないだけかと思っていたが、後から本当にこの時点では存在しないらしかった。

 仕方ないので、ひとまず封印を解くことにしたのだが、ホエルオーとジーランスの両方を持っていなかったのでダイゴ経由でミクリに連絡を取った。

 まあ『みず』タイプ専門ジムだし、少なくとも以前にホエルオー持ってるのはみたよな、と連絡を取ってみればジーランスも持っているとのことで、早速二匹を借りて『おふれのせきしつ』へ行こうとする。

 尚、この時ダイゴも興味深そうについてきたのは余談だ。

 

 そうしていざ海域へと出て…………とんでもない大問題に気づいた。

 

 『おふれのせきしつ』の場所が分からない。

 自身が知っているのは()()()()()()だ。現実の地図に当てはめてその通りに行くはずが無い。

 実機だったら手順通りにやれば何度だって行けたが、現実的に言って潮の流れが常に規則正しく同じなんてことあり得ない。

 しかもこちらの世界は、当然ゲームのように歩いて街から街に数分で着けるような距離ではない。だいたいゲームの百倍前後は全体的に引き延ばされている。

 故に、ある程度の行き方は分かっても、具体的に潮流に乗ってどこへ向かうか、どこでダイビングするのか、なんてこと分かるはずも無かった。

 だったら空から探せば、とも思ったが良く考えてみて欲しい。

 

 実機時代において『おふれのせきしつ』とは()()だ。

 洞窟のような場所の中に直接ダイビングで出るわけで、上から見たって分かるはずが無い。

 

 だからこうなると、キナギタウンから西、カイナより東の海を片っ端から見て回り、潜り、探し続けるしかない。

 

 ――――なんて、なんで自分でやらねばならないのだ。

 

 チャンピオンという肩書は実に便利なものだ。

 それがあるだけで、ポケモンリーグ、ひいてはポケモン協会を動かすことができる。

 古代に作られしポケモン、その存在をほのめかし、探そうと音頭を取るだけの簡単な仕事である。

 面倒な作業は、ポケモン協会が人員を都合し、文字通り総当たりで探してくれる。

 

 ――――キミはなんていうか、大人より狡い子供だね。

 

 なんて、ダイゴに言われはしたが、二人であの広大な海域を総当たりで探すなど冗談ではない。

 二十名。ポケモン協会が都合してくれた総索者の数である。

 ダイバーから、トレーナーまで、全員が海での探索のスキルを持つ、いわばプロであり、自身は素人だ。

 だから素人は素人らしく発見の報告があるまでミシロで待ち。

 

 それでもそれらしき物の発見の報告がされるまで一月近く経過していた。

 

 二十人で、一つの海域を総当たりで探し回って一月、である。

 

 自身たちだけでやっていればどれだけの時間が経っていたか分かったものではない。

 

 とは言え、あくまで見つけたのはそれ()()()ものであって、本当に目的の『おふれのせきしつ』かどうかは不明、とのことで、早速その場に急行し、それが見事『おふれのせきしつ』であることを突き止めて。

 

 ――――ジーランスとホエルオーが必要なのは分かってたけど、どうすればいいんだっけ?

 

 という疑問に行き当たる。

 

 いや、それだって仕方ないのだ。

 

 何せ最後にゲームをやったのだって十年以上前のことだ。

 しかも、だいたい『おふれのせきしつ』なんて一回やったら二度と行くようなとこではない。

 『ジーランス』と『ホエルオー』が鍵となるのは覚えていたが、それでどうすればいい、というのがいまいち思い出せなかった。

 

 なんとそこで意外にも役立ったのがダイゴである。

 

 驚くことに、この男。

 

 僅かながらだが()()()()()()のだ。

 

 珍しい石を探してホウエンをあちらこちらと旅している時に見つけた遺跡で、点字の書かれた石板らしきものを見たことがあるらしい。

 それが文字なのではないか、と研究している学者がいるらしく、その学者に見つけた石板を渡す代わりにいくらか教えてもらったらしい。

 とは言っても、それも完全ではない、壁画に書かれた点字を穴あきの文章に変え。

 

 ――――けれどそこまでできれば、後は自身が思い出せる。

 

 実際に一度は…………というか三世代の時と合わせれば二回はやっているのだ、記憶を掘り起こすようなキーワードがあれば思い出せる。

 

 そうしてなんとか『おふれのせきしつ』でレジ三種の封印を解くことに成功する。

 

 因みに実機ならば封印を解くと地震が起きるとともに遠くで扉が開いた音がした、みたいな文章が出るが。

 

 現実なら冗談抜きで遺跡が崩壊するかと思うほどの大地震。

 

 そして。

 

 突如()()()()()()()()()()()()()()()()という驚愕の地殻変動が起きた。

 

 ちょうどその時、120番道路に居たトレーナーたちからの報告で、それは確認された。

 封印の解除、そしてそれに伴う大地震。

 幸い遺跡は崩壊しなかったが、120番道路の高原では地面を割って小山がぐんぐんと延びてくるという仰天するような光景が起きていたらしい。

 土を岩を固めたような山には、ぽっかりと中央部分には穴が開いており、中は洞窟となっておりその最奥には点字の書かれた壁画が存在していたらしい。

 まあ点字が読めないトレーナーたちからすれば、何だこの施設は、といったところだろうか。

 

 120番道路、といえば『こだいづか』だろうか。

 

 確認のため、ダイゴと二人『こだいづか』へと向かう。

 そしてそこに書かれた点字を読み解き、部屋の中央で『そらをとぶ』を使用する、という謎の設定を思い出すと、早速それを実行しようとして。

 

「…………対象もいないのにどうすればいいんだ?」

 

 そうもなる。

 

「とりあえず浮かんでみれば良いんじゃないかな?」

 

 というわけで、エアを使って『そらをとぶ』を使う。

 宙に浮くだけで技を使用した扱いになるのか、謎の判定をどうにかクリアできたらしい奥へと続く道が開く。

 そうしてダイゴと二人、さらにその奥へと進んでいき。

 

 

 ――――ソレがいた。

 

 

 * * *

 

 

「何か…………寒くありませんか?」

 暗く狭い洞窟の細道を歩いている途中、ぽつりとミツルが言葉を漏らす。

 確かに、言う通り洞窟の奥からは僅かな冷気のようなものが感じられる。

「とは言っても、洞窟の中とか割と寒いとこ多いよ?」

 チャンピオンロードとかチャンピオンロードとか、地下はとても寒い。これ経験談。

 正直、ここにいる存在のせいかと一瞬考えたが、けれど壁画の向こう側にまだ封じられているはずだし、やはり気のせいなんじゃないだろうかと思うが。

「まあ外は暖かいし、涼しくて私にはちょうど良いくらいかも」

 なんてハルカが楽しそうに笑う。

 余裕余裕、といった様子で楽々この足場が悪い道を歩いている。

 反対にその後ろを歩くシキは非常に歩きにくそうだ。

 

「シキは向こうで旅とかしなかったの? カロスにも有名な洞窟けっこうあるでしょ?」

 

 自身が覚えているものなら『かがやきのどうくつ』『うつしみのどうくつ』『ついのどうくつ』などだろうか。

 そんなことをシキに言うと。

 

「良くそんな他の地方の洞窟の名前まで知ってるわね」

 

 なんて呆れたような表情。

 まあゲームで、とは言え実際に自分で歩いたし。

 なんて言ってもふざけている、程度にしか思われないだろう。

「カロスって実は一回行ってみたい地方ではあるんだよね」

 これは本当。元がジョウト、今がホウエンと住んでいる自身だが、他所の地方、の中でもカロスは特に行ってみたいと思っている。

 まあ将来的には、という区切りはつくが。

 カロスのモチーフは、フランスだと言われている。

 つまり文化からして他の地方とはかなり隔絶している。

 だから、別に特別な用事があるわけでも無いのだが、旅行などで一度はカロスの文化に触れてみたいと思っていたりする。

 

「それほど珍しい文化じゃないと思うけど」

「そりゃ、シキはカロスに住んでたからそう思うだけだよ」

 ね? とハルカやミツルに確認を取ってみれば。

「確かに、カロスって珍しいポケモンいっぱいいそうだよね」

「文化がかなり違うっていうのは聞いたことあります、それにバトル方法も違っているとか」

「…………え、そっちなの?」

 聞いておいてなんだが、なんでこの二人は自分の興味のある方向に常に全力なんだろう。

 えー、と思わず呆れる自身に、シキが苦笑して。

 

「バカね、ホント」

 

 そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 細い道を歩くこと十五分ほどだろうか。

 長いと見るか短いと見るかは微妙だが、足場の悪さを考えればまあ直線距離としてはそれほど長くは無いのだろうと思う。

 そうして道を進んだ先には、突如として広い空間があった。

 とは言っても、ゲームでもあった洞窟の風景だ。まあ、リアルさはまるで別だが。

「えーっと…………あ、あった、これだ」

 空間の奥の壁に、点字の書かれた壁画があった。

 

「なに、これ?」

「…………穴?」

「模様?」

 

 さすがに三人とも点字は知らないようで、それが何かということに首を傾げる。

 

 さて、実のところ、すでにここの扉を開く条件は思い出している。

 

「三人とも、ここでストップ…………一歩も動かないようにね?」

「え…………あ、はい」

「うん、分かった…………けど?」

「何なの?」

 

 一体何事かと首を傾げつつ、壁画の前で立ち尽くす自身たち。

 そうして、一分が過ぎ、段々と他の三人が痺れを切らしてきた。

 

 ――――瞬間。

 

 がこん、と音が鳴った。

 

「あっ」

「え?」

「は?」

 

 突如、壁画が()()()()()()し、壁に人一人分通れるくらいの穴が開く。

 

 そうして。

 

「…………寒っ」

 

 奥から吹きこむ冷凍庫の中のような冷たい空気に、思わず背筋を震わせる。

 

「行こうか、みんな…………この奥だから」

 

 何かがいる。

 

 そんな予感めいたものを他三人も感じ取ったのか、驚きつつもこくり、と頷き。

 

 そうして…………最奥の部屋へと足を踏み入れる。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 先ほどまでの洞窟が嘘のように、壁も、床も、天井も、全てが凍り付き、分厚い氷塊に覆われている。

 

「なに、ここ」

 ミツルが体を震わせながら呟く。

 その震えの原因が単なる寒さだけではないことを理解しつつ。

 

「寒いねえ」

 いつもは楽観的なハルカの表情も、心なしか硬い。

 その原因がこの先にいると、ハルカ自身、気づいてしまっていた。

 

「なに、これっ」

 シキは気づいてた。この奥にいる、異質な気配に。

 それはひとえに異能者特有の感覚とでも言おうか。

 

 ――――この先に怪物が待っている。

 

 それが理解できた。

 

 やがて。

 

 ぴたり、と足を止める。

 

 そうしてそこに。

 

 

 

 氷の巨人(レジアイス)が無言で佇んでいた。

 

 

 




今回のコンセプト:鉄壁氷山


因みにだが。


レジスチルはこの後スタッフ(ダイゴ)が捕獲しました。


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絶凍領域遠足②

 視線の先に佇む、氷の巨体にミツル、ハルカ、そしてシキが息を呑む。

「これ、が」

「図鑑、図鑑…………」

「……………………」

 驚きの様子のまま呆然とレジアイスを見つめるハルカとミツルに、下がっているように声をかける。

「それと、ミツルくんはサーナイトとエルレイド…………あとハルカちゃん、念のために()()()()を出しておいて」

「え、あ…………うん、分かったけど」

 二人が頷き、後方へと下がって行き、ポケモンを出すのを確認して。

 

「シキ…………悪いけど、一緒に戦ってくれ」

「…………ああ、なるほど、そういう事ね」

 数秒の思考。そして自身の狙い、に気づいたのか、シキが納得したように頷く。

「一度しか見せてないのに、良く覚えてたわね」

「そりゃあね…………けっこう印象深いし」

「分かってるとは思うけど、三十秒も持たないわよ?」

 

 ああ、それだけあれば十分だ、と思いつつ。

 

「…………行くぞ、ルージュ」

 

 ボールを手に取り、構え、投げる。

 そしてそれを合図にしたかのように。

 

 がちん、と。

 

 レジアイスの足元から音が発せられ。

 

「ルイっ!」

 

 咄嗟の叫びに、けれど極めて冷静に、シキがボールを投げる。

 

 同時に。

 

「オォォォォォォォォォ」

 

 どこから、と無く声を挙げながらレジアイスが動き出す。

 そうして、その両腕を大きく開き。

 

 “ぜっとうりょういき”

 

 ()()()()()()()()()()()()()

「ぐっ…………やっぱこいつ!」

 フィールドを一瞬で支配してきた。

 かつてダイゴと共に戦ったレジスチルと同じように。

 レジスチルの場合、灼熱の溶岩を辺りに沸き立たせていた。

 正直、それだけでトレーナー側が死ぬんじゃないかというレベルだが、自身はエアに、ダイゴはメタグロスに掴まって空中に退避。リップルで雨を降らせて溶岩を固めながら戦うという、非常にリスキーな勝負だった。

 同じレジ系だけあって、どうやら全員動き出すと同時に周囲を自身の得意な状況にしてしまうらしい。

 

「気づいてる? ハルト」

「ああ…………分かってる」

 

 そしてこいつもレジスチルと同じ。

 ただのフィールド支配じゃない…………性能が一段階狂ってやがる。

 

 吹雪いているのはこちらレジアイスの外周のみ、中心にいるレジアイスの周りには一切の吹雪は止んでいる。

 

 否。

 

 あれは止んでいるのではない。

 

()()()()()()…………レジアイスの体に水みたいなのがついてる」

 

 レジアイスの体はマイナス200度の冷気を発し、マグマでも溶けないとかいう話が図鑑説明であったはずだ。

 

 つまり。

 

()()()()()()()()()()()()…………近づいただけで体が凍るぞ、あんなの」

 

 ルージュを出しはしたが、迂闊に接近戦は出来ない、か。

 ルージュに視線を送り、指示を出す。

 同時にシキもハンドサインでジバコイルへ指示を出し。

 

 “ミラクルバリアー”

 

 こちらの目前に張られた透明な壁。その後ろへとルージュが後退し。

 

 “わるだくみ”

 

 『とくこう』を積み上げる。

 正直、レジアイスとかいう『とくぼう』の怪物相手に、特殊技というのは勘弁して欲しいところだが、あんな触れただけで凍り付きそうな相手に“ダイレクトアタック”なんてかましたら、結果が目に見えている。

 いや、それでもなあ…………と思わず思ってしまう。

 レジアイスの『とくぼう』種族値は200だ。

 

 もう一度言う。

 

 種族値200だ。

 

 頭悪すぎだろ、と思わなくも無い。

 うちのリップルに匹敵、どころか数値的に見ると完全に上回っている。

 ただリップル…………ヌメルゴンとの差別化をするならば、一つにタイプ相性があるだろう。

 『こおり』タイプ、というのは半減タイプが同じ『こおり』だけなのに、弱点タイプは『ほのお』『はがね』『いわ』『かくとう』と四種類もある。

 逆に『ドラゴン』タイプは『ほのお』『みず』『くさ』『でんき』が半減で『こおり』『ドラゴン』『フェアリー』が弱点となる。

 受けとしての性能を見るならば『こおり』タイプというのは実はそれほど良いとは言えない。

 『ほのお』ならば『だいもんじ』や『ほのおのパンチ』。

 『はがね』ならば『ラスターカノン』や『バレットパンチ』。

 『いわ』ならば『いわなだれ』に『ストーンエッジ』。

 『かくとう』タイプならば『ばかぢから』や『インファイト』に『きあいだま』など。

 使い勝手の良いサブスキルが多く、多くの相手から弱点を突かれやすい。

 

 特にエース級のアタッカーならば『ストーンエッジ』や『ばかぢから』などは持っているポケモンが多い。

 

 『とくぼう』の高さに比べれば『ぼうぎょ』は種族値100とそこそこ、でしか無いのでアタッカーに『ストーンエッジ』で急所でも抉られればタイプ一致技でなくとも落ちる可能性もある。

 

 実際、アースには“ストーンエッジ”が仕込んであるので、狙えなくは無いが。

 

 『こおり』4倍のアースをこの空間に出すには、少しばかり()()が足りない。

 

「ん…………? ハルト、()()()()の?」

 

 バリア越しに“わるだくみ”を積んだルージュがこちらへと振り向き、首を傾げる。

 

「前にそれで痛い目見たからね、様子見」

 

 レジスチルを捕獲した時のことを思い出す。

 迂闊に絆を繋げて能力上げた瞬間、こちらの能力上昇に反応して『ぼうぎょ』『とくぼう』がこちらの上昇量に応じて上がるという最悪の能力を持っていたせいで、ただでさえ硬いレジスチルが最早無敵要塞と化していた。

 『こうげき』を2ランク積んだエアがメガシンカして“ガリョウテンセイ”を叩きこんでほぼノーダメージという時点でもう白目を剥きたくなるレベルである。

 幸いダイゴのトレーナーズスキルに能力ランク等を無視するスキルがあったので、なんとか倒しはしたが。

 

 …………あれ、ダイゴに持っていかれたんだよな。

 

 いや、自身の本来の目的はグラードンとカイオーガを止めることだ。

 故に、自分以外の戦力の増強というのは決して悪いことではないのだ。

 自身と仲間たちが分裂して各地に行けるわけではないし、何より、いざ、というとき。

 そう、伝説たちが目覚めてしまった時、頼りになる仲間がいることは重要だ。

 だったら『はがね』のエキスパートたるダイゴにレジスチルを育成してもらえば、相当な戦力になると期待はしているのだが。

 

 …………グラードンとカイオーガの件片づけたら、改めて挑戦しにくるって言ってたんだよなあ、ダイゴ。

 

 伝説種の件が片付くまで、一番理解の深い自身が指示を出しやすいチャンピオンであることは望ましい。

 後から聞いたのだが、そのことをダイゴも理解しているのか、去年のリーグ戦では出場してこなかったらしいのだが。今年で一応片が付く予定だと言うと、じゃあ今年は挑戦しようかな、なんて気軽に言ってくれたものである。

 因みに去年はシキは出てきた。まあシキはシキで事情があるようだし、何より最悪負けてチャンピオン交代となっても、シキは伝説種の捕獲に協力してくれる仲間だ。

 故に、こちらから指示が出せる状況、というのには変わりない。

 

 まあ勝ったけどな、ギリッギリだったが。

 

 まあそれはさておき。

 

 捕まえてみて初めて分かったのだが。

 

 レジ系は、どうにも自身とは相性が悪いらしい。

 

 ここまで長くポケモントレーナーやってきたからだいたい分かったことだが。

 自身はヒトガタ、というより()()()()()()()()()()()()()()()の育成が得意らしい。

 ヒトガタというのは特に感性が原種より人間に近く、何より言葉で意思疎通ができる。

 そういう意味で、ヒトガタの育成が得意、という風に思っていたのだが。

 ミツルのサーナイトやエルレイドの育成を受け持った時に才能の問題でヒトガタほどではないが、通常よりも大分育成がしやすいことに気づいた。

 それはミツルとサーナイト、エルレイドたちの間で思いが通じ合っていたからであり、要するに相手は関係無く絆を結んだポケモンならば、普通よりも育成しやすいということらしい。

 

 その前提で考えてみると。

 

 レジアイス、レジロック、レジスチルというのは()()()だ。

 

 食べることもしないし、寝ることもしない(状態異常は除く)、声は出るらしいが呼吸している様子も無いし、そもそも口が無い。

 

 モチーフからしていわゆる『ゴーレム』らしいし、まともな生物ではないのは確かだ。

 

 ゲームではなつき度は確かに存在していたが、軽くレジスチルを見た限りだと、上下関係は出来ても絆は無理そうだと判断した。

 恐らく命令を受けるのにトレーナーを判断する程度の思考はあるのだろうが、()()のようなものを抱く可能性はほぼ無いのだろう。

 そもそもがレジギガスが氷や岩や溶岩から生み出した存在だし、こう表現するのが正しいかは疑問だが、何というか()()()なのだ。

 

 同じようなポケモンでも、メタグロスなどはまだ感情のようなものが見えるので、やろうと思えば育成は可能だが、レジ系は完全に専門外。恐らくゲームデータの通りくらいにしか育成できないだろう。裏特性やトレーナーズスキルは見込めない。

 

 そうなると、正直な話、捕まえても完全に持て余してしまう。

 

 無理にパーティに加えようとしても、恐らく交代した瞬間に()が途切れてしまう。

 そこまでして入れたいとも思わないし、そもそも扱い切れるとも思えないので、レジスチルはダイゴに譲ってしまったのだ。

 

 だからレジアイスも、捕まえても使うことは無いだろう。

 

 誰に渡してしまおうと考えて、まず最初に思いついたのがプリムだったが。

 

「まあ、全部捕まえてからの話か」

 

 まずは捕まえてしまおう。

 

 実のところ、準伝説というのはそれほど強く無い。

 いや、強いのは強いのだが、伝説と比べるとどうしても霞む。

 といっても自身が戦ったのはギガスくらいだが。

 特徴として挙げるならば、ステータス数値自体は600族より多少強いくらいだ。

 これはラティ兄妹などの種族値合計600と、レジ系などの600未満を比較した時でも同じように600族よりは高い。

 といっても恐らく、種族値が高いのではなく、レベルが高いのだと思っている。

 

 準伝説級のレベル上限は大よそ120~130、高いものでも150ほどだろうか。

 

 それほど多くの準伝に出会ったわけでも無いので、確かとは言えないが。

 ラティアス、ラティオスなどの複数存在するポケモンというのはだいたい120前後で収まっていることが多い。

 逆に、以前に出会ったスイクンや、レジスチルたちなど世界中探しても一体しかいないような特殊なポケモンはレベル上限がもう少し高い。

 

 レジスチルの例を見るに、レジアイスのレベルも140といったところか。

 

 ステータス的に見れば、恐らくゲンシカイキすればアースのほうが高くなるだろうが。

 

 問題は。

 

 準伝説種以上が持つ()()()()()の存在だろう。

 いや、アビリティというのも結局、自身がそう呼称しているだけなのだが。

 どんなものなのか、簡単に言えば。

 

 裏特性は技術だ。

 

 トレーナーズスキルは指示だ。

 

 そしてアビリティは()()だ。

 

 ポケモンが本来持つ能力であり、もっと分かりやすく言えば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「シキ…………『ほのお』タイプの技撃てる?」

「了解…………ルイ」

 こちらを見て動かないレジアイスに、シキが指さし。

 

 “めざめるパワー”

 

 『ほのお』タイプの“めざめるパワー”が放たれる…………そして。

 

 “ぜっとうりょういき”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱり、か」

 つまりこういう事だ。

 図鑑説明にもあった、レジアイスが体から発するマイナス200度という冷気。

 別に技では無いし、特性でも無いし、技術でも無い。

 ただそういう体の構造、というだけの話だし、そういう生態であるというだけの話。

 

 故に、能力(アビリティ)

 

 ポケモンが本来持つ、実機時代データには反映されていなかった力。

 だいたい伝説種や準伝説種は()()を持っている。

 伝説となるだけのことをしたからこそ()()()()()()()なのだ。

 だが実機時代その伝説に由来する力というのは、データ的にはほぼフレーバーと化していた。

 グラードンを捕獲しても陸は作れないし、カイオーガを捕獲しても海は増やせない。

 レジギガスを捕まえても大陸は動かせないし、ダークライを捕まえても悪夢は見ない。

 だが現実では、この世界において、それらは実際に効力を持つ。

 

 そう言ったポケモンが本来持つ能力を総称して、アビリティと自身は呼んでいる。

 

 そしてアビリティは、準伝説以上のポケモンが持つ。

 これこそが準伝説以上のポケモンが特別である理由であり、600族以下のポケモンたちと隔絶する理由でもある。

 

 ただ先ほども言った通り、準伝説級までならばまだいいのだ。

 アビリティは厄介だが、ステータス的にはランクを積めば余裕で追い抜くことができる。

 後は数に任せて叩けば、それほど問題にはならない。

 

 だが、伝説のポケモンたちは違う。

 

 伝説に語られるようなアビリティを持ち、尚且つ()()()()()()()()()()()()()()ステータス数値を持つ。

 そもそも種族値自体が伝説級は全て600を遥かに上回るのに、さらにレベルも倍以上違えば一山いくらのレベル100ポケモンではいくら数を揃えても毛ほどにも通用しない。

 シキはかつてレジギガスを捕獲するのに、主力六体を含めて全五十のレベル100以上のポケモンを揃えたらしいが、それでも捕獲できたのはほとんど奇跡のようなものだ。

 その気になれば()()()()()()()()できるかもしれないような無双の剛力を持つ怪物相手にそれでもシキが勝てたのは、その異能の力のお蔭だろうと言える。

 レジギガスは基本的に桁外れの『こうげき』力以外にそれほど伝説らしい強みは無く、何よりも多数よりも少数との戦いを得意としていることも一因だろう。

 

 だが自身が捕まえようとしているグラードンとカイオーガは違う。

 

 陸を自在に生み出し、海を思うがままに操る。

 

 明らかに多数を相手取るほうが得意なポケモンたちだ。

 故にシキのように()()()()という戦術は使えない。

 

 ならばどうするのか。

 

 つまり目の前のレジアイス(こいつら)のような伝説を相手どっても食い下がれるポケモンを集め戦う。

 ただの精鋭では足りない、精鋭の中からさらに選りすぐったほんの一握りだけが、伝説を相手に戦うことを許される。

 

 ――――故に。

 

 “ぜっとうりょういき”

 

 “こごえるかぜ”

 

 放たれる凍てつく風に、ジバコイルが“めざめるパワー”で威力を削る。

 だが削り切れなかった風がルージュとジバコイルを襲い、両者が身を震わせながらその『すばやさ』を下げる。

「問題ない、かな」

 

 ――――こいつは試金石だ。

 

 もう一つのボールを手に取り。

「ルージュ」

「了解」

 

 “つながるきずな”

 

 絆を紡ぐ。

 

 “かさなるおもい”

 

 思いを重ね。

 

 “つうずるこころ”

 

 心を繋ぎ。

 

 “むすぶえにし”

 

 縁を結ぶ。

 

 “ドールズ”

 

 以上を持って。

 

 “にんぎょうげき”

 

伝説種(お前ら)のためのとびっきりだ」

 

 ――――自身の今までがこれから先の理不尽(デンセツども)に通じるかどうか。

 

「ローテーションスタート」

 

 手の中のボールを投げた。

 

 




トレーナーズスキル(A):にんぎょうげき
詳細不明。ただ『ポケモンバトル』だと使えないらしい。ほとんど野生のポケモン専用。


ついでにもうあんま意味ないので、レジスチルとレジアイスの()()()のステータスを表示。




レジスチル 特性:クリアボディ、ライトメタル 持ち物:無し
わざ:アイアンヘッド、ばかぢから、アームハンマー、はかいこうせん、だいばくはつ

裏特性:せいれんてっこう(精錬鉄鋼)
相手の能力ランクが上昇した時、上昇した能力ランクの合計値分自身の『ぼうぎょ』『とくぼう』ランクを上げる。『かくとう』『じめん』タイプの技の威力を半減する。

アビリティ:たまはがね(玉鋼)
『ほのお』タイプの技を受けるとダメージや効果はなくなり、『ぼうぎょ』『とくぼう』の能力ランクが1上がる。

アビリティ:ゴーレム
状態異常を受けなくなる。

アビリティ:しょうねつりょういき(焦熱領域)
場にいるかぎり、味方の場の状態を『しょうねつりょういき』にする。

場の状態:しょうねつりょういき
味方を対象に含む『みず』技が使えなくなる。毎ターン開始時『はがね』タイプの味方の『こうげき』『ぼうぎょ』の能力ランクを1上げ、相手に最大HPの1/8の『ほのお』タイプのダメージを与える。






レジアイス 特性:クリアボディ、アイスボディ 持ち物:無し
わざ:こごえるかぜ、チャージビーム、れいとうビーム、はかいこうせん、だいばくはつ

裏特性:てっぺきひょうざん(鉄壁氷山)
自身が受ける物理技のダメージを半分にする。『いわ』『はがね』『かくとう』タイプの技の威力を半減する。

アビリティ:げんとうせっか(厳冬雪華)
自身の攻撃技が全て『こおり』タイプになる。

アビリティ:ゴーレム
状態異常を受けなくなる。

アビリティ:ぜっとうりょういき(絶凍領域)
場にいるかぎり、味方の場の状態を『ぜっとうりょういき』にする。

場の状態:ぜっとうりょういき
味方を対象に含む『ほのお』技が使えなくなる。『こおり』タイプの技の威力を1.5倍にし、『全体』を攻撃する『こおり』タイプの技の威力をさらに2倍にする。直接攻撃する技を受けた時、技を無効にし、相手を『こおり』状態にする。天候『あられ』の時に発動する特性や技の効果が使えるようになる。


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絶凍領域遠足③

 

「シキ、頼む」

 短くシキに合図を送り、直後。

「りょうっかい!」

 

 “さかさまマジカル”

 

 シキの異能が周囲を覆い()()()()()()が始まる。

 

「ローテーション、ルージュ、交代、アース」

 

 指先でくるり、と空間に円を描くと同時に。

「あいよっ」

 場に出たアースを交代するように、ルージュがその後方に下がり。

 

 “とうしゅうかそく”

 

「アース…………飛ばしていくぞっ!」

「あい…………よっ!!!」

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 場に出たアースがゲンシカイキし、その姿を巨大な竜へと変貌させる。

「グルオオオオオォォオオォオォォォォォォ!!!」

 竜が咆哮を上げる、そうして。

 

 “さじんのおう”

 

 アースを中心として、大規模な砂嵐が巻き起こり、吹雪とぶつかり合って入り混じる。

 だが吹雪が消える様子は無い。やはり、というべきかあれは天候扱いにはならないらしい。

 だがそれでも良い。

 

「場面は整った…………ブチかませ、アース!」

「グルアアアアアアアアアア!」

 

 “ じ し ん ”

 

 どん、と。

 竜が地を一蹴し、直後に、ゴゴゴゴゴゴゴと洞窟が揺れる。

 

「ォォオォォォォォォォ!」

 

 『こうげき』六段階のゲンシガブリアスの一撃だ。

 まともに受ければとてもではないが耐えられるものではない、そのはずが。

 

 “てっぺきひょうざん”

 

 激しい地震の中だがレジアイスは反撃しようと動いている…………致命傷にはまだ遠い。

 準伝説は伝説種ほどではないが、HPがかなり高い。

 実機で言うならば大よそ1000を超え、レジスチルと同じならば、レジアイスのHPは大よそ3000弱といったところだろうか。

 かなりのダメージは与えているだろう、恐らく実機ならば即死するレベルの威力だが、現実の準伝説種はそれほど脆く無い。

 それでも二割…………いや、三割は通っただろうか?

 どうにも表情、というか感情というものが見えないから効いているのかどうか分かりづらい。

 

 だが、反撃にとレジアイスの目の前に光が収束し。

 

 “げんとうせっか”

 

 “はかいこうせん”

 

 放たれた光が線となり、帯となり、柱となってアースへと降り注ぐ。

「ローテーション! ルージュ“きあいだま”」

「せいっ!」

 指先を縦に振る。それに応えるように、ルージュが手の中にエネルギーを収束させ、()()()積み上げた『とくこう』で持ってそれを放つ。

 

 “きあいだま”

 

 放たれた光と玉が中空で激突し、“きあいだま”が光を押し返して、レジアイスに激突する。

 

「ローテーション、アース! もう一発“じしん”」

 

 さらに空間をなぞるように指先をスライドさせ。

 

 “じしん”

 

 二発目の“じしん”がレジアイスを襲う。

 レジアイスがさらなるダメージに、僅かに体を揺らした。確かにダメージが通った手ごたえに、拳を握り。

 

「追撃! ルージュ! “ナイトバースト”」

 

 現状シキの異能によってさかさバトルが発生しているため、弱点タイプは逆に半減されてしまう。

 となれば、等倍技のほうがダメージが大きいだろうと予想し、指示を出す。

 

 “ナイトバースト”

 

 アースによって最大まで上昇された能力ランクがルージュの力を大きく増し、凶悪な一撃をレジアイスに叩きつける。

 さすがの『とくぼう』で、ほとんど効いた様子を見せなかったが、それでもほんの一瞬仰け反らせ、反撃の出鼻を潰せた。

 そうして―――――。

 

「アース!」

「グルオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 そろそろゲンシカイキが解除される頃合いだろう、と予想。

 HPは体感半分以上は削れている…………と思う。

 ならば、これで決めて見せる!

 

「抉れ! アース!」

 

 “キズナパワー『きゅうしょ』”

 

 “しゅくち”

 

 “ファントムキラー”

 

 その巨体が一瞬にして掻き消え、その剛腕を振り上げた姿でレジアイスの正面に現れる。

 轟、と振り下ろした一撃がレジアイスを吹き飛ばす。

 

 “ぜっとうりょういき”

 

 けれどそこまで近づいてしまえばレジアイスの冷気からは逃れられない。

 一瞬にしてアースが『こおり』ついていくが、けれど最早放たれた一撃はレジアイスに命中している。

 

 『きゅうしょにあたった』

 

 “キズナパワー”の効果で、アースの一撃がレジアイスの急所を抉り。

 

 “よろいくだき”

 

「オオオオォォォォォオオオオォォォ」

 ()()()()()()()()()一撃に、さしものレジアイスも悲鳴染みた音を発しながら、崩れ落ちそうになり。

「オオ…………オオオオォォォォォ!!!」

 

 ギリギリのところで持ちこたえる。

 あと僅か、ほんの一刺しほど。威力が足りなかった…………否、レジアイスの耐久が上回った、ということだろうか。

 

 そしてアースの攻撃はこれで終わり…………。

 

「な、わけないだろ」

 

 呟くと同時に。

 

 “きっておとす”

 

 ぶん、とアースが凍り付いたその腕をレジアイスへと叩きつける。

 瀕死の獲物を逃さない狩人の嗅覚が止めの一撃を見舞い。

 

「オオ…………ォォ…………ォ…………」

 

 レジアイスがその機能を止めていく。

 

 同時にアースのゲンシカイキが、解除されていき。

 

「良くやった…………」

 

 構えたボールを投げる。

 

「十分だ」

 

 ころん、ころん、とレジアイスを捕らえたボールが揺れ。

 

「仕上がりは上々…………てか」

 

 かちん、と音が鳴った。

 

 

 * * *

 

 

 氷の床の上に転がるボールを掴み、ほっと一息吐く。

 終わった、ということが分かったのか、シキやハルカ、ミツルもそれぞれボールにポケモンを戻していく。

「ふう…………お疲れ、シキ」

「いきなり遠足に行くと言ったかと思えば…………こういうことだったのね」

 そうして呆れたように嘆息するシキに、手の中のボールを差し出す。

「…………何?」

 差し出されたボールの意味が理解できないのかシキが不思議そうに首を傾げ。

「シキにあげる」

「……………………はい?」

 眼鏡越しに分かるくらい、目を真ん丸にし、きょとんとした表情。

 そんな年上のはずの少女の成熟しきらない幼さに苦笑しながら、シキの手を取ってボールを握らせる。

「同じレジ系でもこっちはまだ育成しやすいと思うから、それでコツ掴んでギガスのほうも育成してみたら?」

「……………………いいの?」

 僅かに躊躇いながらこちらへと視線を向けるシキに、いいよ、と頷く。

 たっぷり十秒近く悩んだように百面相するシキだったが、やがて顔を上げて。

「ん…………ありがとう、ハルト」

 手の中のボールを一瞥し、微笑してそう告げた。

 

 実のところ、シキのレジギガスには大層期待しているので、自身では使えないレジアイスで味方の戦力が大きく上昇するならば、安いものである。

 実際のところ、凡百のポケモンを百体育成したところで、どう足掻いてもグラードンやカイオーガ戦で使えるとは思わない。

 現状のままならば、復活の阻止もできる、とは思うのだが、最悪の場合、というのは常に考えておくべきだろう。

 

 厄介なのは天候だ。

 

 一応対策らしきものは立ててあるが、正直被害の予防線にしかならない気がするため、結局は近づいてグラードン、カイオーガと戦うための策がいる。

 一番手っ取り早い方法がレックウザを捕まえてくる、という辺りでもうなんか…………と言った感じだ。

 実機でもあったマグマ団とアクア団の特性スーツを使うという手も考えたが、この世界でも開発しているのか、そもそもそれで耐えられるのか、色々と問題は多い。

 

 グラードンの“おわりのだいち”とカイオーガの“はじまりのうみ”の前では、だいたいのポケモンが戦うことすらできない。

 

「んー…………ちょうどいいから、少しだけ話をしようか」

 

 街中だとマグマ団やアクア団の耳がある可能性を考慮して極力その話はしなかったが。

 

「シキ、それにミツルくんとハルカちゃんも聞いておいて…………これから先の話」

 

 少し寒いが、壁画のあったほうへと抜ければまだ大分マシだ。

 四人で適当な岩に腰を下ろす。

 

「まずこれ、ミツルくんとハルカちゃんに言うの初めてだと思うんだけどさ」

 

 一呼吸分ほど、溜めて。

 

「このままだと一年内にホウエンが滅ぶんだ」

 

 告げた言葉に、ミツルとハルカの目が点になった。

 

 

 * * *

 

 

 黒か、白か。

 

 ――――――――悩む。

 

 黒…………いや、むしろここは白を選ぶことこそが、正道であると言えるのではないだろうか?

 

 ――――――――悩む。

 

 だが待って欲しい、白という基本の上に存在するのが黒だ。黒こそは全ての色を集めた究極と言えるのではないか。

 

 ―――――――悩む。

 

 選択は二つに一つだ、この状況において選択に妥協は許されない。だからこそ、思考を働かせる、

 

 悩んで、悩んで、悩んで。

 

「こっちにするわ」

 白濁色のバニラを諦め、ブラックチョコ配合の黒っぽいチョコ味のアイスクリームを片手にし。

 毎度あり、と小銭片手に手を振るアイスクリーム屋台の親父にまた来るわ、と告げながら少女、エアは街中を歩く。

 

 実のところ、チャンピオンというのは職業ではなく、地位だ。

 とは言っても、ポケモン協会からの要請を受けて仕事をすることもある。

 だから、それに伴い給料も発生するわけだが、基本的に地方で最も強いトレーナーを使うわけであって、その給料というのも一般人のそれと比較しても明らかに莫大な金額となる。

 因みに四天王は職業だ。チャンピオンリーグのためにポケモン協会が雇ったトレーナーであり、ポケモンリーグとの間にれっきとした雇用関係が存在する。

 まあそれはさておき、要するにチャンピオンというのは割と大金が転がり込む地位なのだ。

 そしてヒトガタポケモンとは、文字通り人の形をしており、人間社会に非常に溶け込みやすい。

 

 まあこの際、その辺りのどうでもいい講釈は捨て置くとして。

 ハルトはチャンピオンになる以前から、自分の手持ちたちにお小遣いを渡していた。

 最初は一人辺り千円かその程度だった小遣いは、チャンピオンになり手に入る金額が増えることで急増。

「っても…………三千円じゃ食べ歩きもできないわね」

 三倍である。それはもう太っ腹…………と見せかけて、稼いでいる金額を考えれば相当に溜めこんでいるなアイツ、と内心思う。

 ハルトの両親もその辺りは本人に完全に任せてしまっているので、通帳の残高が凄まじいことになっていそうだ。

 恐らく世界で一番金を持っている十二歳児なのではないかと思うが、トレーナーという職業の平均年齢の低さを考えると、もしかすると上には上がいるかもしれない、とも思う。

 まあ別にそれは良いのだ。正直、食べる物は食べさせてくれるし、言えば追加でくれる。

 必要ならば、必要なだけ出してくる辺り大金で金銭感覚が狂っているような気もする。

 そもそも自身も含めてそれほど金銭を浪費するタイプでも無い。

 

「実際のとこ…………そこらの飲食店行くより、シアに作ってもらったほうが美味しいのよね」

 

 あれで何気に七年、ずっと家事経験を積んできたのだ。しかも常に腕を磨き続けているせいで、舌が完全に慣らされてしまっているような気がする。

 まあさすがにアイスクリーム(こういうの)などは手軽に作れる、というわけにはいかないため出店などで買ったりするが、それ以外で金を使う場面、というのがエアには上手く想像ができなかった。

「ま…………遊びに来てるわけでも無いし」

 半ば誰に聞かせるわけでも無く呟いた言葉は、けれど街の雑踏に消えていく。

 このアイスクリームは…………そう、カモフラージュ、カモフラージュだから、と内心で誰に対するものか分からない言い訳をしながら。

 街に東へ、東へと歩いていく。

 そうして街の中心から外れるほどに人ごみが減って来るが、構わず歩き。

 街路の適当なところにあったベンチを見つけると、ひょい、と座る。

 

 半ば呆けるようにさ迷わせる視線。

 

 街中のベンチに座りながらアイスクリームを食べているその姿は、どこからどう見ても子供にしか見えないのだろう。

 その子供がぼうっとしながら街行く人々を見ていたとしても、誰も気にも留めない。

 

 だからこそ、見つけやすい。

 

「……………………ああ、いたわね」

 

 にぃ、と口元が歪みつりあがる。

 最悪半日かそれ以上待つことも考えていた。もし余り時間がかかるようならば場所を変えないといけないかもしれない、などという不安も杞憂だったらしい。

 思ったよりも早かったわね、と独り呟き。

 

「っと…………さて」

 ベンチからひょい、と飛び降り、クリームを食べ終わり残ったスコーンをひょい、と口に放り込む。

 ばりばりと口の中で音を鳴らしながら。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 ミナモシティ東端。

 

 街外れの海岸線へと向かう全員が右腕に同じ青のスカーフのような布を巻きつけた数人の男たちを追った。

 

 

 




そろそろ話を加速させようと思う。



アースのデータ忘れてた。


名前:アース(ガブリアス) 性格:いじっぱり 特性:さめはだ 持ち物:オリジンクォーツ
わざ:「じしん」「ファントムキラー」「どくづき」「ストーンエッジ」


特性:さじんのおう(ゲンシガブリアス時)
戦闘に出ている限り天候が『すなあらし』になる。天候『すなあらし』の時、自分の『すばやさ』ランク、回避率ランクを2段階上げ、タイプ一致わざの威力を2倍にし、『じめん』『いわ』『はがね』タイプ以外『すばやさ』ランク、回避率ランクを1段階下げる。


特技:ファントムキラー 『ドラゴン』タイプ
分類:きりさく+ドラゴンダイブ
効果:威力120 命中95 優先度+1 自分の『すばやさ』が相手より高いほどきゅうしょに当たりやすくなる。攻撃が外れると自分の最大HPの1/8のダメージを受ける。

裏特性:とうしゅうかそく
味方から能力ランクを引き継いで場に出た時、引き継いだ能力ランクを最大まで上昇させる。

専用トレーナーズスキル(P):よろいくだき
自身の『こうげき』の能力ランクが最大の時、相手の“まもる”“みきり”などを解除して攻撃する。特性“くだけるよろい”のポケモンに攻撃が命中した時相手の『ぼうぎょ』を12ランク減少してダメージ計算する。また攻撃が急所に当たった時、相手の裏特性、トレーナーズスキル等を無効化してダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(P):きっておとす
自身の攻撃で相手のHPが1%以下になった時、相手を『ひんし』にする。

固有スキル:しゅくち
相手に直接攻撃する技の優先度を+3する。


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ヒトとポケモンがいきかうみなと

 

 人間誰しも始まりというものがある。

 自分という存在はここから始まったのだ、と思えるような、そんな出来事。

 

 マシロという少女には親と呼べる存在がいなかった。

 被保護対象と呼べる幼年期のマシロにとって、それはある種致命的な問題だった。

 そんなマシロを保護してくれたのが、青い屋根の孤児院。

 正式な名前をマシロは未だに知らない、ただ屋根に青い塗装がされた孤児院だったから、地元ではそう呼ばれていた。

 

 一体いつからそこにいたのか、マシロの始りの記憶はすでに孤児院にいた自身を認識することから始まっていて、だから自身がどうしてそこにいたのか、両親はどうしたのかという自己への疑問に、けれど一切答える術が無かった。

 というか、さしてそんなものに興味も無かった。

 当然ながら孤児院にいるのは、同じく親を失った子供たちばかりであり、だからこそ親なんて存在居ないのが当たりまえ、という認識すらあったのだ。

 孤児院には院長が居て、自身たちが『センセイ』と呼ぶ彼だけが唯一絶対の存在だった。

 

 だから、こそ。

 

 分からなかった、戸惑った。

 

 自身を引き取りたいという人間たちが居るという事実に。

 新しい『オトウサン』が出来る、と言われてもその意味すらマシロには理解できない。

 ただ分かるのはマシロはこの場所に居られないということだけであり。

 

 この場所を離れる、そのことに抵抗があったかと言われると…………さてどうだろう。

 果たしてマシロはそこまでして孤児院に愛着を持っていたのだろうか。

 自意識に目覚めた時からそこにいたからこそ、どこにも行かなかったのではないか、と思えばそういう気もする。

 

 そしてもう一つだけ分かっていることは。

 

 それはもうどうしようも無いことであり、『センセイ』と『オトウサン』の間ですでに話がついており、マシロの意思は関係が無かった、ということである。

 

 

 * * *

 

 

 ムロタウンからカイナシティまで定期連絡船に乗って約半日。

 早朝に乗ったはずの船がカイナシティへ到着したのは海面が夕暮れに染まるくらいの時間だった。

「うへえ…………長かったね、今日はもうポケモンセンターに行って休もうか」

 そう提案した自身の言葉に、三人も素直に頷き、早速ポケモンセンターへと向かう。

 カイナシティは何度か立ち寄ったことのある街なので、それなりに地理は把握している。

 ただミナモシティやカナズミシティもそうだったが、実機時代よりも街としての規模が格段に違うので、距離はけっこうあり、歩いていけば軽く一時間近くはかかる。

 

「バスでも使う?」

 

 ホウエン地方は街と街の間に街道が整備されていないため道中で車を見ることは余り無いが、街中ならばけっこう見かける。誰しもがポケモンで移動できるわけでも無いし、そもそも街中で移動に使えるポケモンというのも少ないので、カナズミ、カイナ、キンセツ、ミナモなどの都会では車というのはそれなりに普及していたりする。

 まあ個人で持っている人間はかなり少ないが、公共バスのようなものは割と存在しており、西側の市場や南の海岸線、北のゲート(街の外へ出る)行きや、東の船着き場までなど、それぞれの要所要所を巡回してくれているため、それほど移動は不便でも無い。

 

 因みに少額だがバスは金がかかる。

 ガソリンなんて便利なものは無いので、エンジンは電気である。そのためそれほど移動速度も出ない。そもそも車が普及しているとは言っても、徒歩や自転車で移動する人も多いため、事故防止のため街中では速度は制限されているし、街の外は道が悪いためやはり速度は出ない。

 だが歩くよりは便利だし、乗る人も多いため、当初は無料運営だったのだが、子供が親の目を盗んで勝手に乗ってしまい、子供だけで遠くに行ってしまうことが多発したため、料金が設定された。

 まあそれでも微々たるものではあるが、子供からすればたった百円、二百円でもけっこうな金額である。特にこの世界における子供とは十歳未満を指すから余計にだ。

 

 そう言えば、とふと思い出し、財布を開けば中には数枚のお札が詰まっている。

「あ……………………あー」

 やっぱりそうだった。困ったことにお札はあるのに小銭が無い。前世の世界のように両替機というのはバスについていないのだ。

「貸そうか?」

 というハルカの提案だったが、首を振る。

「適当にその辺でお金崩してくるから、ちょっと待ってて」

 言いつつ、道から外れ、適当な自販機を探す。

「意外と無いなあ」

 実機だとデパートの屋上くらいにしか無かった自販機だが、現実だと割とその辺でしょっちゅう見かける。

 といっても売っているのは『おいしいみず』や『サイコソーダ』に『ミックスオレ』だが。

 時折新商品のようなものも出るのだが、売れ行きが悪いとすぐに無くなってしまうため、ある意味これ以外の品というのはレアだったりする。

 

「あー…………これなら素直にハルちゃんに金借りたほうが良かったかな」

 

 お札しかないのも不便だし、と思って崩しに来たのだが時間がかかりそうだし、もういっそ素直に借りてしまおうか、と思いつつ建物の小脇の道を歩いていると。

 

 ふっと、風が通り過ぎた。

 

「ん?」

 地面に映る影に、思わず上を見上げて。

 

「………………………………」

「……………………ひあぁん?」

 

 そこにポケモンがいた。

 

 

 * * *

 

 

「あ、ハルくん、遅かったね?」

「え…………あ、うん、ごめんごめん、自販機探したんだけど、思ったより遠くって」

 言いつつ、手の中のジュース缶をみんなに渡す。

「ミツルくんにはミックスオレ、ハルちゃんとシキにはサイコソーダ買ってきたよ」

「あ、ありがとうございます」

「やったー! ありがとう、ハルくん」

「……………………うーん、まあいいわ。ありがとう」

 缶を渡す時、一瞬だけシキが思案したような表情だったが、けれど素直に受け取る。

「ちょうどバスも来る時間みたいだし、乗ろっか」

 バス停で待っていると遠くに見えたバスの姿に、荷物を持ち直した。

 

 

 カイナはホウエンでも上から数えたほうが速いような大都市だが、それでも一日に走るバスの本数は前世の街ほどに多くは無い。

 理由としては徒歩で移動する人が多いことが挙げられるかもしれない。

 基本的にこの世界の住人というのは街から出ることが余り無い。つまり生活範囲が狭く、精々自転車一台あればだいたいの移動が賄えてしまえる。

 さらにポケモンの存在がある。多少遠くてもポケモンに連れて行ってもらったりすれば済むし、トレーナーなら空を飛ばせるという方法もある。

 なので自動車、というのは購入費もそうだし、維持費も高くなるので、ホウエンでは大都市の中でしか使われていないのだ。

 これがカロスのほうまで行くと、実機でもあったタクシーなども含め、自家用車なども多くあったりするらしいのだが(シキ談)。

 

「やっぱカロスのほうは機械技術が高いのかな」

 バスの中でシキと話しながらそんなことを思う。

 ホウエンは自然と共に暮らしているという側面が強いため、ミナモ、キンセツ、カイナ、カナズミを除くととどうにも機械技術のレベルが低い。そして大都市の中でもキンセツシティだけは飛びぬけてレベルは高いが、かといってそれを他所の街の還元するかと言われるとそうでも無いのが実情だ。

 恐らくテッセンに話を通せば、還元してくれる、かもしれないが。

 

 それをホウエンの住人が受け入れるかどうか、というのもまた別だ。

 

「ホウエンってのは多少不便なくらいでいい、と思ってる人多いからね」

 自身の前世の感性からすればあり得ないことだが、例えば前世ならば徒歩三十分から一時間の距離、と言われれば自転車ないし、電車。あるならバイクや車を使うことを考えるレベルだったが、ホウエンの人間の感覚で言うと、徒歩一時間くらいまでなら歩けばいい、くらいに考えている人が多い。

 基本的に気性がのんびり、というか緩いのだ、ホウエンの住人というのは。

 

「カロスは…………そうね、街によってかなり気質が違うわね」

「そりゃあね…………」

 そんなシキの言葉に苦笑する。

 何せカロスとホウエンでは地方としての規模が段違いだ。

 ぶっちゃけた話、ホウエン地方が一つの地方規模とするなら、カロス地方とはコーストカロス、マウンテンカロス、セントラルカロスと三つの地方をひとまとめにしたような超大規模な地方なのだ。

「ミアレシティは一度行ってみたいよね…………あ、でもヒャッコクシティの日時計も見に行きたいし」

 あの日時計は、メガストーンと同じエネルギーを持っているという話なので、何か面白い発見があるかもしれない、と個人的には思っている。

「ヒャッコクシティの日時計は凄いわよ、私も一度見たけど圧倒されたもの」

「へー…………やっぱいいね、他所の地方って」

「そうかしらね」

 車内から窓の外を見ながらぽつり、と呟いたシキに、思わず問いかける。

 

「…………シキは、カロスが嫌い?」

 

 前から思っていたが、どうにもシキはカロス地方に良い思いを持っていないんじゃないだろうか。

 そんな以前から疑問が口を突いて出た言葉だったが。

 

「……………………」

 

 シキが思わず、といった様子でこちらへ振り返り。

 揺れる瞳、震える唇が僅かな言葉を紡ぐ。

 

 けれど漏れ出た空気は決して音にはならず。

 

「……………………そう」

 

 隣に座る自身だけは、なんて言ったのか、理解ができた。

 

 

 * * *

 

 

 海を漂うポケモンたちと、その背に乗る男たちを上空から見下ろしながら数時間以上経つが、未だに男たちが明確な目的を持って動く様子は無い。

 ただ、ふらふらとあっちへこっちへと纏まって移動するその姿は、少しだけエアを不安にさせる。

 

「アイツら…………もしかして帰らないのかしら」

 

 追って来るグループを間違えたか? そんな疑問がさすがに浮かび始める。

 そうなると完全に無駄足…………いっそ全滅させて全員捕まえるか?

 ポケモン協会に掛け合えば三、四人くらいなら…………否、アレたちがまた何もしていない以上それは不味いか。

 

「それにしても、何してるのかしら」

 

 当初は自身たちのアジトへ戻るのだと目算して追ってきたが、その様子も無い。

 まさか自分たちのアジトへの道を忘れたなんて間抜けなことあるはずが無いだろうし。

 そしてふらふらようろつくにしてもこんな海上ですることだろうか、という疑問は残る。

 と、すると。

 

「…………何か探してるのかしら?」

 

 生憎『なみのり』や『ダイビング』できるような『みず』タイプのポケモンはハルトの手持ちには居ないので、どうしたものかと考える。

 

「ハルトに探させようかしら」

 

 ……………………何故かまたヒトガタが増えるような予感がするが。

 自身たち六体はともかく、それ以降もあれだけの確率でヒトガタに出会う自身のトレーナーは確実に何かおかしいのは分かる。

 

「まあ使えるなら何でもいいわ」

 

 自身たちの群れに加わるならば別に構わない。

 むしろこれから戦う相手を考えれば強いほうがいいかもしれない。

 否、強く無ければならないのだろう。

 

「…………伝説ね」

 

 そんなもの蘇らせて何が良いのだろうか、と思わなくも無い。

 眼下でちょこちょこと移動する男たちを見下ろしながら嘆息する。

 

「……………………いやーな空ね」

 

 見上げた空にかかる雲を見て、もう一度嘆息する。

 

「さっさと終わらせたいわね」

 

 こうやって上から海を見ているだけの役目などいい加減うんざりする。さっさと終わらせてシアの作ったご飯が食べたい。

 それに…………この間の一件以来、ハルトの顔を見ていない。

 今ちょうどカイナシティにいるらしいし、()()()()()()()()そろそろ会えるだろう。

 

「もうすぐ、ね。…………もうすぐ会えるかしらね」

 

 前髪を弄りながら思わずといった様子で吐いて出た呟いた一言に、けれど自分で言っておきながら思わず赤面する。

「……………………別に、会いたいわけじゃないのよ?」

 誰に向かってとも無く呟いた言葉は、けれど誰から聞いても言い訳でしか無く。

 だが幸いここは空の上だ、誰にも見つかって――――――――。

 

 びゅん

 

 一瞬感じた風、何かが脇を通り過ぎる。

 

「ん…………?」

 

 視線をそちらへとやると。

 

「ひあぁん」

 

 自身の目の前で、つぶらな瞳でこちらを見てくるポケモンに。

 

「……………………見たな」

 

 ぐっ、と拳を握り、その紅い目を細める。

 

「ひ、ひあぁ?」

「……………………聴いたな?」

 

 戸惑う様子を見せるポケモンに、じりじりとにじり寄って。

 

「ひあぁぁぁぁぁぁ」

「待ちなさい!」

 

 逃げ出すポケモンの背を追った。

 

 

 




可愛いシキちゃんが書きたいんだが、何故か無意識にエアを愛でている自分がいる。

ところで、裏特性とかトレーナーズスキルについての解説って需要ある?
多少の具体例を入れて(主にポケアニから)どんなものか分かりやすく説明しようかと思っているんだが(超今更


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髭(二十代)との再戦

 忘れられているような気もするが、自身がカイナシティに来たのには理由がある。

 カイナシティ造船所にデボンからの荷物を届けに行くためだ。

「でも確か『うみのかがくはくぶつかん』にマグマ団とアクア団…………この場合、アクア団かな? が来たはず」

 だとするなら、バトルすることになるかもしれない。

「ただ…………来るのかなあ?」

 すでにアオギリたちは、自身が荷物を持っていることを知っている。

 前回負けておいて、そう簡単にまた襲撃してくるだろうか?

「あり得るのは…………渡した後、かな?」

 荷物を渡し、自身たちが次の街へ行くために居なくなった後に襲撃、奪取、というのはあり得るかもしれない。

 実際のところ、数頼りに真正面から来られてもそう怖くは無い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 全年齢ゲームの実機ならばさすがに無かったけれども、当たり前のことだがポケモンの技を人間に撃つと最悪死ぬ。というか普通死ぬ。アニメはギャグだから済んでいるのだ、もしくは全員スーパーマサラ人だから済んでいる。

 なのでうっかり攻撃が逸れてトレーナーに当たっても、普通に殺人になる。

 さすがに自身とてそれは抵抗があるのでする気は無いが、余り数頼りに来られると()()()()()()()うっかり何人か殺ってしまう可能性もあるので、止めて欲しいところである。

 

「一応手は打っておいたけど」

 

 さあて、どうなることやら。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、手の中でお手玉しながら苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 クスノキ造船所。

 その名の通り、クスノキという人物が作り上げた造船所であり、実機ならば殿堂入り後に『バトルビーチ』へ行くための船に乗れる場所でもある。

 因みに現在は、『かいえん1号』と呼ばれる潜水艦を作っているはずである。

 そしてそのためのパーツが、今届けようとしている荷物だ。

 

「おっきいー」

「そりゃ、船作るところだからね、建物自体も大きく作らないと、船が入らないよ」

 目を丸くするハルカに思わず噴き出しながら、四人で造船所へと入る。

 中に入れば、すぐ目の前で建造されている途中の船が見え、その光景に四人して思わず目を丸くしてしまう。

 と、入り口でそんな風に船が作られる光景を見ていると、奥から禿頭の男がやってくる。

「ん…………? キミたち、誰だい? ここは子供が来るようなところでは無いと思うのだけれど?」

 男がこちらを見て、首を傾げる。いきなり追い出されるようなことは無いらしい。

「デボンからクスノキ館長にお届け物です」

 そう言いながら、荷物からデボンで預かった風呂敷を渡す。

「おお、これは…………デボンに頼んでおいたパーツかい。ありがとう、ただ私のほうで勝手に受け取るわけにもいかなくてね、済まないんだが館長に直接渡してもらえるかい?」

「クスノキ館長はどちらに?」

「博物館に居るんだ…………えーっと、造船所を出て、北側に見える大きな建物だよ」

 なるほど、そこは原作通りか。と内心で思いつつ。

「分かりました…………じゃあ、行ってみますね」

「済まないね。ボクの名前はツガだ、もし館長が居なかった時はもう一度こちらに来てもらえるかい? ボクの名前を出せば奥まで通してもらえるようしておくから」

 男、ツガの言葉に頷き、造船所を出る。

 

「さて、じゃあ『うみのかがくはくぶつかん』に行こうか」

「博物館ですか」

 告げる言葉に、ミツルがぱぁ、っと目を輝かせる。

 博物館という言葉に心惹かれているらしい、心なしかいつもより足取りが軽い。

「ハルちゃんは博物館ってどうなの?」

 ふとした興味で尋ねてみるが、ハルカはきょとんとした表情した後、少しだけ唸った。

「え? 嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないけど、ほら、あたしは実際に体動かすほうが好きだし」

 ね? と聞き返してくるハルカに思わず、あー、と納得してしまった。

「シキは?」

「え…………私は、ほとんど行ったこと無かったから、分からないわね。前に行った時はほとんど何も見なかったし」

 少し困ったような表情のシキに、ハルカと二人で首を傾げる。

「博物館に行ったのに?」

「何も見ずに帰るって」

「「何しに行ったの?」」

 思わずハルカと言葉が被るくらいには当然の疑問に、シキが笑って誤魔化す。

 そんな他愛の無い話をしながら歩いていると、やがて『うみのかがくはくぶつかん』に到着する。

 

 実機時代だとそれほど広くも無い二階建ての建物だったが。

「おおっきいいいい!!」

「すごっ…………いや、凄いわねこれ」

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 ミツルのテンションがいつになく振り切れている。

「ミツルくん、なんでそんなにテンション高いの?」

 ミツルってこんなキャラだったっけ? と思っての、当然の疑問。

 そしてそんな疑問に対する答えは。

「だって、海底で発見された物の展示とか、ロマンがあるじゃないですか」

 割と男の子な理由だった。なんか納得。

 

 館内に入ってみれば、海を彷彿とさせる青と白を基調としたシックで落ち着いた雰囲気で、漣の音のようなBGMが流れていた。

 受付で実機と同じ五十円を払い、中へ入ると様々な展示物が置かれている。

 

 同時に。

 

「あーいるね」

「ホント、どこにでもいるわね」

「あの、あれって…………」

「ありゃりゃ」

 青、白、黒、どこを見てもそんな感じ。

 青と白の縞々Tシャツに、黒のズボンと頭巾。

 どこにでもいるアクア団の恰好である。

「…………こんな堂々といるんだ」

 さすがに驚きである。実機ならともかく、現状チャンピオンである自身という明確な敵がいるにも関わらずこんなに堂々と来るとは…………いや、実機でもチャンピオンのダイゴに追いかけられてたけど普通に団員全員制服着てたしこんなもんなのか?

 館内に入ると同時に突き刺さる視線と動揺。

「なんだ…………こっちが来るの分かってたんじゃないんだ」

「いや、分かっててもやっぱり実際に着たら驚くんじゃない?」

 まあ序盤でいきなりラスボス出てくるようなものなのかな…………うん、そう考えると酷い。

 

「ま、取りあえず襲ってくる様子は無いし、二階に行こうか…………館長そっちにいるはずだし」

「あれ? なんで知ってるの?」

「え…………?」

 実機知識をふと持ちだしたら、不意にハルカに突っ込まれて少しだけ焦る。

「いや、ほら、一階見渡してもそれらしい人いないし?」

 基本展示用のケースは透明だし、実機時代よりは広いが、それでも見通しは良いためぱっと見渡せばだいたい誰がどこにいるくらいかは分かる。

 少し強引な言い訳だった気もするが、ハルカはなるほどと納得しように頷いた。

 それじゃあ二階、と足を動かそうとしたところで、展示ケースに張り付いて動かないミツルに嘆息し。

「ほら、行くよ」

「あ、ちょ、ちょっとだけ待ってください。お願いです、お願いですからぁ」

「はいはい、後でね」

 ミツルの襟元を引きながら二階へと昇る。

 実機だと階段だったが、こちらだと普通にエスカレーターがついているため昇り降りは楽だ。

 

「ってあれ? シキちゃんは?」

 二階を歩いている途中、ふと気づいたように声を挙げたハルカの言葉に視線を巡らせるといつの間にかシキが居なくなっていた。

「…………あれ? ミツルくんも居ない?」

 さっきまでぐずっていたのだが、後でちゃんと展覧する時間も取るからと言って渋々ついてこさせていたのだが。

「…………まあ先に用事終わらせちゃうか」

「そうだね」

 ハルカと二人並んで歩く。なんだか久々な気がする。

「こうして二人だけで歩いているの久しぶりだね」

「……………………」

「どうかした?」

「いや、全く同じこと考えてたから、びっくりしただけ」

 そんな自身の言葉にハルカが笑みを零す。

「ミツルくんが引っ越してきてからはずっと三人だったし、それより前はハルくんリーグで忙しかったしね」

「だね…………まあ、それはそれとしても、ハルちゃんだってフィールドワークばっかりで、偶にミシロ戻ってもほとんど会わなかったじゃん」

「ソウダッタカナア」

 なんて棒読み、なんてジト目で見やると、そっちこそ、なんて視線を向こうも送ってきて。

 

「っぷ、あはは」

「あははははは」

 なんでハルカと二人だと毎回こんな感じなのかな、と思いつつ。

「やっぱり、ハルちゃんと一緒なのって落ち着くよ」

「んーそうだね、あたしもハルくんと一緒だとなんかリラックスする」

 相性良いのかもね、なんて話ながら。

 

 展示ケースの前で一人の初老の男性が佇んでいるのを見つける。

 

 実機知識が正しければ、あの恰好…………多分目当ての人物だろうと予想する。

 

「こんにちわ、クスノキ館長ですか?」

 

 声をかけると、スーツ姿の初老の男性が僅かに驚いたような表情で振り返り。

「む、はい? 私がクスノキだが」

 再び鞄の中からがさごそとに持つを漁り、先ほどの風呂敷包みを取り出す。

「こちら、デボンからの預かり物です」

 その言葉と共にクスノキ館長へと風呂敷を渡し、クスノキ館長がその中を覗き込んで。

「おお、これは私がツワブキさんに頼んでおいたパーツじゃないか…………キミが持ってきて…………くれ」

 荷物から視線を上げ、こちらを見たクスノキ館長が段々と語尾を弱めていき。

「……………………チャンピオン?」

 ぽつり、と呟いた言葉に。

「え? あ、はい、そうですけど」

 あっさりと答えると。

 

「…………………………………………………………………………………………」

 

 目を見開き、固まった。

 

 

 * * *

 

 

「な、なんでチャンピオンがこんなところに?!」

「この博物館はいつからチャンピオン禁制になったんですか?」

「あ、いえ、そういう意味では」

 しどろもどろ、といった様子のクスノキ館長。

 まあいきなり地方チャンピオンが目の前に着たらこうもなるのか、と内心思ったり。

 

 自身にとって、チャンピオンとは、ツワブキ・ダイゴを打ち破った証のようなものだった。

 

 自身の知る限り最強の男を打ち果たした称号。

 自身がこのホウエンという地において、最強である証。

 そして、後に起きるだろう伝説を巡る戦いにおいて、恐らく最も役立つだろう地位。

 

 自身にとってチャンピオンとはそれだけのことだ。

 それで偉ぶるようなこと、というのは無い。というかそういう性格でも無いのは自覚している。

 自身にとってチャンピオンという地位は信頼を得るための手段であり、ホウエンリーグを動かすための道具。その程度の認識で良いのだ。

 

 自身の最愛の彼女たちがこの世界においても十二分に強いことはすでに証明された。

 自身の自慢の少女たちがこの地方で最も強いポケモンであることはすでに実証された。

 ならばもう良い。グラードンとカイオーガを巡るこの一件さえ終わってしまえば、チャンピオンの地位はもう必要ない。

 実際のところ、もし今年の挑戦者が自身に勝てないのならば、今年いっぱいでその地位を返還しようと考えている。

 その後は…………まあその後で考えるとしよう。

 

 気づけば随分年月が経っているような気もするが。

 

 まだ十二なのだ、何をするにしても遅すぎるということはないだろうし。

 

 仲間がいて、家族がいて。

 

 ならばきっと何だってできるだろうから。

 

「まあ、取りあえずは落ち着いて」

 どうどう、とやや興奮気味の館長の肩を抑える。

「とにもかくにも、確かに荷物は渡しました」

「あ、ああ…………ありがとう、助かったよ」

「それで、少し話があるんですけど」

 アクア団が潜水艇を狙っている、その話をクスノキ館長にしようとして。

 

「その前にオレたちの話を聞いてもらおうか」

 

 背後から聞き覚えのある声がした。

 

 

 * * *

 

 

 振り返ればそこにいたのは、予想通りの男。

 

「…………まーた出会ったね」

「っち…………こっちは会いたく無かったがな」

 アクア団の首領アオギリ、そして。

「アァン? ナンダァ? また出会っチマったナァ」

「…………ウシオまでいやがるのか」

 イズミまで居ないだけマシと考えるべきか。

 いや、それでもぞろぞろと十人以上引き連れてやがる。

 

「この間の教訓は生かすぜ…………テメェら!」

 

 アオギリの掛け声と共に、次々とボールが投げられる。

 

 ペリッパー、マタドガス、ゲンガー、ギャラドスを二、三体ずつと見事に前回の“じしん”に対策を打ってきた面子である。

 

「…………あー、タイミング良かった、といえば良かったのか?」

 

 繋がる感覚。

 

 それだけで、分かる。

 

「さて、前回の二の舞は踏まねえ…………今度こそ、テメェをぶっ倒してやるぜ」

 

 アオギリがいきりたつように叫び。

 

「…………じゃ、まずお前からぶっ倒す」

 

 ぱりん、と窓ガラスが割れ()()()()()()()()()()()がアオギリの出したギャラドスへと激突し。

「グギャァ?!」

 ほとんど一方的にギャラドスを吹き飛ばし、一瞬で気絶させる。

 

「なっ…………なんだ?!」

 

 突然の事態にアオギリもさすがに動揺したように叫び。

 

「遅れたかしら?」

「いやあ、いいタイミングだよ、()()

 

 ばさぁ、と自身の前に降り立つ少女、エアに向かって笑みを投げる。

 

「で? あの子は?」

「少し遅れてたからもうすぐじゃない?」

 

 エアがそう呟いた瞬間。

 割れた窓から飛び込んでくるもう一つの影。

 今度はこちらに向かって飛び込んでくるその影へと、両手を差し出し。

 

「にーちゃ!」

 

 自身の腕の中に飛び込んできた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抱き留める。

「おっと…………お帰り、()()()

 そう告げると、自身の腕の中で幼女…………()()()()()()()()()()、サクラがえへへ、と口元をつりあげ。

 

「ただーま! にーちゃ!」

 

 楽しそうに楽しそうに笑った。

 

 

 




水代さんここでまさかの幼女追加。

というわけでラティアスのヒトガタ、サクラちゃんです。
因みに後々ラティオスのヒトガタも出てくるよ。


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蒼の世界

 

「………………………………」

「……………………ひあぁん?」

 

 見上げた先にいたのは、赤と白の特徴的な模様を持ったぷかぷかと宙を漂っているポケモン。

「…………ラティアス?」

 見覚えのあるそのポケモンの名を、呟き。

 

「…………にーちゃ?」

 

 ()()()()()()()()

 

「…………………………………………は?」

 一瞬、本気で思考が止まる。

 そしてその一瞬で。

 

「にーちゃ!」

 

 ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うぇええ?!」

 

 ポケモンがヒトガタに変化した、その事実に驚愕の声をあげてしまう、と同時にほぼ無意識に飛び込んでくる幼女に手を差し出し、抱き留める。

 十歳の時だったら押しつぶされてたなこれ、なんて思いながら、自身の腕の中で頬を擦りつけてくる小さな少女を見やる。

 

 赤くて、白い幼女。

 

 配色から見て、先ほどのラティアスと考えて…………良いのだろうか?

 というか何なのだろうこの状況。

「いや、誰?」

 思わずそんな素っ頓狂な質問が口を吐いて出てしまうくらいには混乱していた。

「うゆ?」

 何言ってるの? みたいに首を傾げてくるが、こちらとしても意味が分からない。

「えーっと…………ん、ん?」

 なんで抱き着かれてるんだ? とか、そもそも初対面なのになんでこんな懐かれてるの、とか。

 色々疑問はあるが。

 

「…………何か飲む?」

 

 視線の先、先ほどまで気づかなかった建物の影にちょうど自販機があるのを見つけ、尋ねた。

 

 

 * * *

 

 

「…………な、なんだ」

 窓の外から突入してくる二体に、さしものアオギリも度肝を抜かれたのか、動揺が見て取れる。

「さーて…………エア」

 ぱちん、と指を鳴らす。それだけで意図は伝わる。

 

 “いかく”

 

「ルオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

 エアが咆哮する。育成によって、ついに自身もヒトガタに限るが、特性の複合を可能にした。

 その結果が――――。

 

「「「「「「「「ッ?!」」」」」」」」

 

「な、おい、てめえら!?」

 硬直し、動かなくなるポケモンたちに、アクア団の面子が慌てる。

 元々特性“いかく”の効果に、レベルの低い野生のポケモンが出にくくなる、といった効果が実機にもあったが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 弱者はエアの前に立つことすら許されない。戦えない、その咆哮一つで心が折れる。

 

 実機風に言うならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは最早生物としての絶対の本能から来る行動だ。

 恐らく『メンタルハーブ』でもあれば、辛うじて動けるかもしれないが、それでも動けて一手。

 そもそもそんなもの持っているポケモンがここにいるわけも無く。

 

「数で押そうとか、甘ったるいんだよ…………舐めるなよ」

 

 自身に抱き着くサクラの背をぽんぽん、と二度叩く。

 叩き伏せるべき敵を前にして『ドラゴン』の本能が疼いたのか、サクラが動けず縮こまるポケモンたちを見て。

「…………うゆ!」

 

 “ミストボール”

 

 その小さな指先に形成された霞がかった球体が放たれ、傍にいたペリッパーを撃ち落とし。

 

 “ちょうだん”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “はじけるエナジー”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ばたり、ばたり、と次々と倒れ伏すポケモンたちに、アクア団たちが呆然とし。

 

「ウシオオオオォォォォ!」

「おう、アニィ!」

 

 アオギリとウシオが前に出てくる。

 

「来るか」

 

 同時、サクラをボールに戻し。

 

「ハルちゃん…………下がってて」

「いいの?」

「館長守って…………そっちのほうがありがたい」

「ん…………分かった、頑張って」

 ハルカがクスノキ館長を連れて後方へと下がって行くのを見て。

 

「エア」

「何?」

「片方止めれる?」

「…………誰に言ってるの?」

 

 とん、とエアの肩を叩いて。

 

「頼んだ」

「任せなさい」

 

 それぞれの相手へと向かった。

 

 

 * * *

 

 

 ここまでやっておいて何を言ってるのだ、と言われるかもしれないが。

 

 アクア団とは()()()()だ。

 

 人類文明の発展に伴い失われていく母なる海、ポケモンたちの住処。

 それらを憂いた者たちが群れ集い、そうしていつの間にか巨大な組織になっていた。

 まあそれでも巨大な組織が一枚岩になれるはずも無く、不良ぶった団員というのも多くいるのも事実ではあるが。

 

 だが結局のところ、メンバーの大半はリーダーであるアオギリを慕って集まっている者たちである。

 

 真剣に環境のことを考えているメンバーなど今となっては一握りでしか無いが。

 リーダーのアオギリがそう言ったから、それだけの理由で本気になってくれるバカたちがアクア団にはたくさんいる。

 

 自身で認めてはいないが、アオギリという男は根本的に情に厚い。

 

 故に、その団員たちはアオギリにとって仲間であり、同志であり、家族のようなものだった。

 

 だからこそ…………怒る。

 

 団員たちのポケモンを傷つけられたことに。

 例えそれが自身たちの自業自得であったとしても。

 

「オレの家族(ナカマ)を二度も傷つけたテメェをゼッテェに許さねえ」

「はん…………目の前の崖に自分から落ちたやつのことなんて知るかよ」

 

 もうチャンピオンだから数で押そうとか、戦いは極力回避しようとか、そんなちまちましたことは止めた。

 

 最初からこうすれば良かったのだ。

 

「それが一番オレたちらしいってことだぜ」

 

 ボールを振りかぶり。

 

「行くぜオラァ!」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 互いが投げたボールから放たれたのは。

 

「ガブリアス!」

「ギャラドス!」

 

 こちらが出したのは()()()()()、そして向こうがギャラドス。

「…………二体目?」

 先ほどもギャラドスを出してエアに倒されていたような気がしたが。

 

 “いかく”

 

 いや、感じる圧力が違う。

 先ほどのギャラドスよりもかなり強そうだ。

「こっちが本命のPTってことか」

 ギャラドス相手ならば…………と、思考を巡らせ。

 

「飛ばして行くぜ…………さあ、さあ、さあ!」

 

 目の前でアオギリが拳を突き上げる。

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして。

 

「――――アオニソマレ」

 

 全身を浮遊感が襲った。

 

 

 “ あ お の せ か い ”

 

 

 ごぼり、と。

 

 口の中から泡が漏れて出た。

 

 深く、深く、沈んでいく。

 

 そうして。

 

「っ?!」

 はっとなる。

 ほんの一瞬、だったが、確かに感じた感覚。

「なんだ今の」

 漏れ出た声に、アオギリが嗤う。

()()()()()()()()、ってか?」

 

 気づく。

 

 周囲の景色が一変していることに。

 

「…………異能、トレーナー!?」

 

 その意味に気づき、叫ぶ。

 

「ようやくその澄ました顔色変えてやったぜ、クソガキ」

「…………だとしても、変わらない。やることは変わらない!!!」

 

 “つながるきずな”

 

 場に出ている()()()()()と絆を結び。

 

「ギャラドス! “こおりのキバ”だ!」

「グギャアアアアアオ!」

 

 “こおりのキバ”

 

 冷気を纏った一撃が()()()()()を襲い。

 

「あら、残念」

「なっにぃ?!」

 ()()()()()の姿が掻き消える。

 

 “イリュージョン”

 

 後に残ったのは、飛びかかったギャラドスの牙を掴んだ()()()()

 そうして、ルージュの両手に黒い球体が生み出され。

 

 “ダイレクトアタック”

 

 “ナイトバースト”

 

 弾けた。

 

「グ…………ギャ…………オオオオォォォ!!!」

「は?」

 

 だが倒れない。苦し気に叫びながらも、けれどギャラドスは倒れない。

 『とくこう』2ランクを積んだゾロアークの一撃で、倒れない?

 確かにギャラドスの『とくぼう』はそれなりに高いが、それでも、だ。

 

「このフィールドの効果か」

 

 フィールド効果、というのは実のところ実機にも存在する。

 例えばフィールドで雨が降っている状態でバトルをすれば場が『あめ』になる、とか。

 グラードンとカイオーガが復活した時など、その際たるものだろう。

 残念ながら『グラスフィールド』や『エレキフィールド』など、場の状態に関するフィールド効果というのは実機には存在しなかったが、現実ならば時々だが、そういう効果もある。

 そして異能トレーナーの場合、その効果を意図的に発現することができる。

 

 それは実機時代には存在しなかったフィールド効果も含まれており、プリムの“だいひょうが”やシキの“さかさまマジカル”などもそれに当たる。

 

 そう考えれば、このフィールドの効果も何となく見えてくる。

 

「『みず』タイプ特化の補助フィールドってことか」

 

 アクア団のリーダーの異能としてはまさしく、と言ったところだろうか。

 今思っていることをそのまま言うならば。

 

 ここは博物館だ。

 

 だが同時に深海でもある。

 

 一体何を言っているのだ、と言われると困るが、そうとしか言いようが無い。

 

 まるで海の底に落とされたような感覚が、全身を支配する。

 ボール一つ投げるのにも、余計な抵抗を感じる。

 水に濡れているような感覚、実際には濡れてなどいないのに。

 水圧とでも呼べる圧力を感じる、だが実際には何の圧もかかってはいない。

 呼吸は出来るし、見えているものが実在しないのだと、どこか感覚が理解している。

 だが同時に存在していると感覚が訴えている。

 感覚の差異に気分が悪くなりそうだが、ボールを投げるのにも、指示を出すのにも支障が無い。

 

 ならば問題は無い。

 

 バトルを続けよう。

 

「ルージュ…………交代だ」

 

 ボールにルージュを戻す。

 

「…………化け物かよ」

 

 次のボールを握る自身に、アオギリが思わず、といった様子で呟く。

「この深海に突然放り込まれて、それで一切戸惑い無しでバトルを続けるやつなんざ、さすがに初めてだぜ」

「……………………?」

 一体何を言っているのだろうか、と思わず首を傾げる。

 

「手は動く」

 

 ボールを振りかぶり。

 

「口は動く」

 

 投げる。

 

「なら…………ポケモンバトルはできるだろ?」

 

 出てきた紅白の幼女に、指示を出す。

 

「サクラ…………“ミストボール”」

 

 まだ出会って日が浅いため、無音での指示は出来ない。

 一応絆は繋がってはいるが、残念ながら回すことは恐らくできないだろう。

 サクラとの絆は、自身とサクラの双方向にしか向いていない。

 サクラがルージュやアースたちと絆を結んでくれれば回すことも出来るのだろうが。

 まあ今はそれも無い物ねだり。

 

 そもそも。

 

「あい!」

 

 “ミストボール”

 

 放たれた霞の球系がギャラドスに命中し。

 

 “ちょうだん”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「グギャア?!」

 もう一度命中した球形がさらに弾かれ、跳ね、ギャラドスを撃つ。

「グ…………ギャウ…………」

 さすがに三度の攻撃には耐えられなかったらしい、ギャラドスが力無く崩れる。

「クソが…………戻れギャラドス。次だ! グラエナァ!」

「ぐるううううう!」

 舌打ち一つと共に、ギャラドスをボールへ戻し。

 アオギリが次のボールを投げる。

 

 “いかく”

 

「ひうっ」

 出てきたグラエナの威嚇に、サクラが一瞬怯む。

 恐らく“ミストボール”を見て出してきたのだろう。

 ラティアスの専用技だが、ラティアス自体は非常に珍しいが全く捕まえた人間がいない、というほどでも無い。知っている人間はタイプまで含めて知っている。

 

「サクラ“エナジーボール”」

「グラエナ! “いばる”!」

 

 互いの指示が飛ぶ。

 

 “エナジーボール”

 

 “いばる”

 

 ほぼ同時の行動。

 『すばやさ』を考えればやはりラティアスが圧倒的なのだが、経験の差がここに来て露呈する。

 サクラ…………ラティアスは幻のポケモン、そして種族値も合計600と才能だけで言えば、エアよりも高いものを持っている上に、ヒトガタ、つまり6Ⅴだ。

 捕まえたのが昨日にも関わらず、一晩で裏特性とトレーナーズスキル一つを物にしてしまったことを考えてもその才能は飛びぬけている。

 だがそれでもたった一日なのだ。

 アオギリのグラエナのように、幾度となくバトルを繰り返してきたポケモンと比べれば、やはり技の出が一つ遅い。『すばやさ』の差が生かしきれていないのだ。

 

 だから当然のように“いばる”が決まる。

 

 と同時に。

 

 “サイコベール”

 

「やっ!」

 

 一瞬、サクラの体が光が屈折したかのうように歪み、サクラが(こうべ)を振ると同時に。

 

「グルアァァ?!」

 グラエナの様子に異常を起きる。だがその異常が表に出る前に、放たれた“エナジーボール”がグラエナの体を跳ねさせる。

 二度跳ねた“エナジーボール”がグラエナを沈黙させる。

 

「…………んだ、今のは」

 

 アオギリが目を細めてサクラに視線を送る。

「ひ、ひうぅ…………にーちゃ」

 視線に怯んだサクラが咄嗟に、自身の後ろに隠れ、ズボンを掴んでくる。

「…………サクラ、前に出ないと戦えないよ」

「あのおじちゃ、こわい」

「…………もうちょっとだけ頑張ってみようか」

「…………あう…………がんばる?」

「そうそう、頑張ってみて」

 落ち着くように頭を撫でてみると、効果覿面だったらしい。

「うゆ、がんばる」

 アオギリの視線にも負けず、自身の前に出る。

 

 何だか今まで無かったタイプだよなあ、と少しだけ気が抜けてしまうが、それは向こうも同じだったらしく。

 どんな顔したら良いのか分からないせいで、凄まじく微妙な表情になってしまっているアオギリがいた。

 

「…………たく、調子狂うぜ。次だ、アオ!」

 

 そうしてアオギリが投げたボールから出てきたのは。

 

「…………たくよう、ちと情けねえんじゃねえか、リーダーよ」

 

 青いジャージに白の短パンを着た、青い短髪の目つきの悪い少年。

 

 ジャージには黄色の十字傷のような模様や、赤と黒の目玉模様など、とあるポケモンを彷彿とさせるモチーフが描かれており。

 

 つまるところ。

 

「ヒトガタ…………か」

 

 サメハダーのヒトガタ、ということだ。

 

 

 




水代の小説において、幼女とは最強の存在である。

データ作りはしたけど、色々省略してる。
四章は基本データ戦闘あんまり抜くって言ってあるしね。
作ってたら無駄に時間かかるから、どうせヤラレ役のデータなどいらんだろ。


アクア団のアオギリ

今回のメンバー

・ギャラドス
・グラエナ
・サメハダー

トレーナーズスキル(P):あおのせかい
場の状態を『しんかい』へと変更する。

場の状態:しんかい
『みず』タイプのポケモンの『ぼうぎょ』『とくぼう』『すばやさ』が1.5倍になる。『みず』タイプのポケモン以外の『みず』タイプの技の威力を1.5倍、『みず』タイプのポケモンの『みず』タイプの技の威力を2倍にする。『ほのお』タイプの技の威力を半減し、『でんき』タイプの技が無効になる。毎ターン開始時、『みず』タイプのポケモンのHPを1/4回復する。




そして我らが信仰せし幼女神様。



名前:サクラ(ラティアス) 性格:おくびょう 特性:ふゆう 持ち物:ものしりメガネ
わざ:ミストボール、シャドーボール、エナジーボール、じこさいせい

裏特性:ちょうだん
たま・爆弾系の攻撃技を1-3回攻撃にする。対象を敵全体からランダムで一体に変更する。

専用トレーナーズスキル(A):はじけるエナジー
対象一体の攻撃が相手に命中した時、相手の場に他のポケモンがいるならば、相手に与えたダメージの半分を他のポケモンにも与える。

アビリティ:サイコベール
自分の残りHPが最大値の時、自身が受ける状態異常を相手に移す。




Q.つまり?

A.眼鏡幼女だよ!!!


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利害の一致で割と敵対関係ってあっさり崩れる

 

 

「強くなりなさい」

 

 新しい『オトウサン』はそう言った。

 

「強くなれないなら、死ぬしかない」

 

 新しい『オトウサン』はそう言った。

 

 だからマシロは、分かりました、と頷いた。

 そこに一切の疑問も無く、マシロは頷いた。

 だってそんなものだから。他人にとってそれは異常に見えて、マシロにとっては()()()()()()()()()()のだから、正常が無いならば異常だって存在しない。

 

 マシロが『オトウサン』と初めて出会ったその日。

 

 まず最初に『オトウサン』がしたことは、マシロから名前を奪うことだった。

 

 その日から、マシロはマシロで無くなった。

 

 

 * * *

 

 

 アオ、と呼ばれた少年が拳を握る。

 

 そうして。

 

「オラ、行くぞ」

 

 “アクアジェット”

 

「サクラ、“エナジーボール”」

 指示を出す、が、遅い。

 アオギリは何も言っていない、にも関わらずポケモンが技を出している。

 つまりそれは信頼と経験値の積み重ねに他ならない。

 何も言わなくても何をすればいいのか、分かる、要は絆だ。

 勢いよく噴き出す激流に押され、サメハダーがサクラへ激突する。

 とは言え“アクアジェット”自体は優先技だ、威力は低い。

 

 だが。

 

「そのまま殺れ」

 

 “かみくだく”

 

 大きく口を開き。

 

 がちん、と閉じる。

 

 同時に巨大な半透明な牙がサクラを襲う。

「ゆ…………い…………たい…………」

 『エスパー』タイプのサクラに、『あく』技はかなりの痛手だったらしい、目じりに涙を浮かべ、蹲る。

「…………戻れサクラ」

 ここで我慢して技が出せないのは、精神性の幼さに加えて経験の少なさか。『ひんし』と行かずとも戦闘不能とは見て良いだろう。

 これ以上はただのトラウマにしかならない、そう判断し、咄嗟にサクラを戻して。

 

「仕方ない…………来い、アース」

 

 ボールを投げる、出てくるのは今度こそ正真正銘のガブリアス、アースだ。

 

「……………………っち」

 

 場に出てき、そうして戦闘態勢を取る、だがどこか不機嫌に舌打ちする。

 だがそんなことは関係ないと、サメハダーが再び動き出し。

 

「うちのチビ泣かしやがったな」

 

 “しゅくち”

 

 “ファントムキラー”

 

 サメハダーが動きだすよりも早く、アースが地を蹴り上げ。

 

「ぶっ死ね!」

 

 振り上げた拳でサメハダーの顔面を抉った。

 

「ぐ…………があっ…………」

 

 絆は繋がれていないため、裏特性は発動はしていない。つまり普段の運用より随分と能力は下がっているが。

 ()()()()()()()()。その程度どうした、と言わんばかりの速度で、威力で、気迫で、サメハダーを殴る。

 殴り、蹴り上げ、叩きつけ、突き上げ、撃ち落とす。

 まるで身に溜めこんだ怒りを発散するがごとく。

 

「…………アース」

 

 少しだけ意外だった。アースは元が野生のポケモンだ。だからこそ、良くも悪くも、弱いやつが悪い、強いやつが正しい、というような考えをしていた。実際、自身に従っているのだって、自身が勝者だからだ、そう思っている。

 

 だからこそ、意外なのだ。

 

 サクラを傷つけられて怒る、ということが。

 だが考えてみればそうでも無いのかもしれないと気づく。

 

 彼女は王だ。

 

 群れ為すチャンピオンロードのガブリアスたちの王。

 

 だからこそ、自身より下の者は彼女にとって庇護対象になるのかもしれない。

 エアにしろ、シアにしろ、シャルにしろ、チークにしろ、イナズマにしろ、リップルにしろ、ルージュにしろ。

 彼女たちはアースと対等だった。守るべき対象でも無ければ、守られる対象でも無い、仲間だった、同等だった。

 そう考えれば初めてなのかもしれない、アースにとって。

 

 自身より下の存在が群れに加わるというのは。

 

 確かにサクラを見ていると庇護欲をくすぐられる感覚はあるが、まさかたった一日で、それもあのアースが堕ちるというのは割と驚きではある。

 

 異能によって形成されたフィールドの効果によって、なまじ耐久が上がっているせいで、元は紙装甲のサメハダーでもガブリアスであるアースの攻撃を耐えることは出来ている、だが出来ているせいで余計に苦しんでいるような感じもある。

 

 確かにアオギリと共に戦ってきた歴戦のサメハダーなのかもしれないが。

 

 頂点で在り続けるため、あのチャンピオンロードの地獄の中で闘争に明け暮れていたアースが相手では分が悪いとしか言いようが無い。

 

「ぐ…………が…………」

「はあ…………はあ…………」

 

 ようやく怒りが収まったのか、荒く息を吐き出しながら立ち止まるアース。

 対して相手のサメハダーは、完全に『ひんし』状態。グロッキーである。

 

「くそ…………があ…………」

 

 サメハダーをボールに戻しながらアオギリが歯ぎしりする。

 次のボールを取ろうと腰に手を回し。

 

 その手が止まる。

 

「これ以上は無駄、か」

 

 正直、あのヒトガタのサメハダー以上の存在がいる、とも思えない。

 となれば、残りのポケモンでアースを相手にできるか、と言われれば。

 

「…………二度目だぞ、クソがあ!」

 

 怒りに声を荒げても現実は変わらない。

 と、同時に周囲の景色が変化していく。

 異能が解除されたのだ、と気づいた瞬間、博物館の景観が戻って来る。

 

「ハルト!」

 

 直後聞こえた声に振り返り。

 

「アンタ、大丈夫なの!?」

 

 すぐ傍にやってきたエアに、思わず安堵する。

 この小さな相棒を抱きしめたい気分でいっぱいになったが、ぐっと我慢して。

「うん、問題無いよ…………そっちは?」

 問い返す自身に、エアが視線だけで答えを返す。

 視線の先を見れば、渋面(じゅうめん)でこちらを見つめるウシオの姿。

 そうして冷静になって周囲を見渡せば、すでにハルカとクスノキ館長の姿も無い、どうやら無事逃げたらしい。

 

「どうやらこれで…………」

 

 呟きと同時に、たたたたた、と多人数が階段を昇って来る音。

 

「ハルト!」

「ハルトさん!」

 

 やってきたのは、シキとミツルだ。

 後ろには()()()()()()()()()()を引き連れている。

 

「…………な、こりゃあ」

 

 いるはずの無いトレーナーたちの姿に、アオギリの目が見開かれ。

 

「チェックメイト、だね」

 

 にぃ、と口元が弧を描き、自身は嗤う。

 

 

 * * *

 

 

 そもそもの話。

 

 チャンピオンというリーグを動かせる公権力を持っていて。

 

 今日、この場所にアクア団が来ると分かっているならば。

 

 最初からリーグを動かせば、ここで一気にアクア団を壊滅することができるのである。

 

 だったらそれをやらない理由は無い。

 実機通りの展開(イベント)がいくつか潰れるかもしれないが、そもそもの話、ここまで実機と乖離していて今更原作イベントなんて物気にしていられない。

 チャンスがあればいつでも狙うべきだと思っていた。

 

 そして一番最初のチャンスがここだ、この博物館襲撃イベント。

 

 どうしてここなのか、と言われれば。

 

 ()()()()()()()が実機で最初に出てくるイベントだからだ。

 

 恐らく理由を考えれば来るのはアクア団だろうとは予想していた。だがその前に、一度ぶつかったせいで本当に来てくれるか多少の心配はしていたのだが。

 アオギリが目の前に出てきた時、思わず安堵してしまった。実機では出てこないウシオまでやってきた時は歓喜すらした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幹部のイズミが残ってはいるが、アオギリを押さえた時点で半ば勝ちも同然だ。

 だから、ハルカ、ミツル、シキには予めアクア団が来るかもしれないことを伝え、リーグに要請してリーグトレーナーたちをカイナシティの街中に潜ませていた。

 エアには恐らくアクア団のアジトがあるだろうミナモシティでアクア団が動いていないか見てもらっていたのだが、カイナに来た当日にポケモン協会からアクア団らしき集団がカイナに来ているとの話を聞いて、どうにかしてこっちに来れないかと思っていたのだが、そこでまさかのサクラである。

 『エスパー』タイプのポケモンというのはある程度超能力のようなことができる。自身の想像を読み取って(リーディング)してもらって、エアを探して呼び戻してもらうこともできるだろうと予想して、行かせたのだが、本当にギリギリで連れてきてくれた。ウシオという予想外の戦力もあっただけにこれは本当に助かった。

 後は簡単だ、博物館に入った時点でアクア団が確認できたので、こっそりとミツルを外に出してリーグトレーナーたちにアクア団が動き次第、博物館を包囲、突入し、団員たちを確固撃破、捕縛してもらうよう連絡を取り、リーグトレーナーたちが来るまでの間一階をシキに守ってもらうことで、対処していた。

 

 そうしてリーグトレーナーたちが二階に来た、ということは下の団員たちは全て捕縛済みであるということであり。

 

 それはとどのつまり。

 

「チェックメイト、だね」

 

 告げる言葉に、アオギリは動かない。

 否、動けない。

 

 ここは二階。そして階段はリーグトレーナーたちが押さえている。

 そして知らないだろうが、博物館周囲も包囲されており、完全に袋の鼠だ。

 

「…………クソが…………糞がああああああ!!!」

 

 激昂するが、どうにもならない状況なのは理解しているらしい。

 やってくるリーグトレーナーたちがアオギリを捕縛するが、抵抗らしい抵抗も無い。

 ウシオもまたそんなアオギリの姿を見て、抵抗してはならないことを理解したらしい、大人しく縛に着く。

 両脇を固められ、歯を食い縛るアオギリの傍に歩いていき。

 

「ねえ」

 

 声をかける。

 

「…………んだよ」

 

 ぎっ、と射殺すような視線でアオギリが自身を睨み。

 

「…………一つ、取引しない?」

 

 笑みを浮かべながら、そう問いかけた。

 

「…………っち、この状況で、今更何のだよ」

 

 舌打ち一つ、心底面倒そうに、吐き捨てるようアオギリが呟き。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 告げた言葉に、顎が外れたのかと言わんばかりに口を大きく開き、驚愕に目を見開いた。

 

 

 * * *

 

 

 しんしんと、雨が降っていた。

 

「ぐ…………あ…………」

 

 ごぽり、と。

 

 喉を詰まらせ、吐き出せば鮮血が新緑を染め、雨がそれを押し流していく。

 

「けほ…………がほ…………」

 

 何度となく咳き込む。そのたびにべちゃ、べちゃと鮮血がまき散らされ。

 ずるり、と立っていられなくなって太い木の幹を背に座り込む。

「…………はあ…………はあ…………はあ」

 収まらない荒い息。否、最早収まることも無いかもしれない。

 雨に打たれ、頬を雨粒が流れていく、だがそれすら気にならない。

 否、()()()()()()()()()()()

 

 どくん、どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。

 

 青かったはずの着衣は血に染まり、すでに立ち上がるほどの体力も無い。

 なんとか流れ出す血だけでも止めようとするが、最早それを為すだけの体力すら残されていない。

 雨を吸い込んだ服のなんと重いことだろう、腕を上げようにも重くて持ちあがらない。

 

「………………ア……ス」

 

 ぽつり、と何かを呟こうと口が動く、だがそれすら言葉にならず。

 

 直後、その全身から力が抜ける。

 

 ころり、と力無く開かれた手のひらから透明な珠が転がり落ちる。

 

 ころころ、と珠が転がって。

 

 ピタリ、と止まった。

 

 

 * * *

 

 

「はー、疲れたあ」

 ポケモンセンターに戻り、ロビーの椅子に座ると思わず大きなため息が出る。

 アオギリとの()()()()も無事完了したし、良かった良かったと思っていると。

「ハルト」

 椅子に座り全身の力を抜いていた自身に、シキが声をかけてくる。

「どうしたの? シキ」

「さっき言ったこと、本気?」

 眼鏡の奥に見える瞳の真剣さに、思わず目を丸くする。

「…………さっき言ったことって、アオギリとの話?」

 尋ねると、こくり、と頷くのでそうだよ、とこちらも肯定する。

「伝説のポケモン、グラードンとカイオーガ。ハルトはその復活を阻止するために活動してたんじゃ無かったの?」

 まるで裏切られた、とでも言いたげなシキに、思わず首を傾げる。

 

「俺…………最初に言わなかったっけ?」

 

 

“ホウエンの伝説を捕まえたい、協力してくれないか”

 

 

 二年前、初めてシキと出会い、本気でバトルし、その後。

 自身は確かにそう言ったはずだ。

 問われ、ようやくその言葉を思い出したのか、シキが僅かに目を細め。

 

「あれは…………伝説のポケモンたちが悪用されるのを防ぐためだったんじゃ」

「そうだよ、()()()()

 

 半分、というその言葉に、シキが警戒するようにこちらを見つめる。

 

「ハルト……………………()()()()()()()()?」

 

 いざというときは実力行使も辞さないと言わんばかりのシキに口調の強さに、苦笑し。

 

 ピピピピピ、と。

 

 口を開こうとして、電子音が鳴り響く。

 音源へと視線を移し、それがポケナビから鳴り響く着信音だと気づき、シキを一瞥する。

「出ていいわよ」

 許可をもらい、一つ頷くと通話ボタンを押し。

 

『ハルトくんかい!?』

 

 通話状態になると同時に響いた声に、目を丸くする。

 

「オダマキ、博士?」

「お父さん?」

 

 机越しにだが、その声を聞いたハルカがこちらへと視線を向ける。

 

「あの、どうしました?」

 

 普段かけてこないだけに、突然の連絡に割と驚きながらも、尋ねて。

 

『大変なんだ! キミのお母さんが、お母さんが』

「母さんがどうしました!?」

 

 慌てたその声音に、何かがあったのだと、しかもそれは自身の母親に関連したことだと悟り、思わず口調が強まり。

 

『キミのお母さんが、倒れたんだ!』

 

 電話越しに聞こえた言葉に、思考が凍り付いた。

 

 

 




祝! アクア団壊滅!



……………………はええよ?!
実機的に言うと、まだバッジ2個しか持ってないのに、もうエンディング半分いっちゃったくらいの速さだよ?!

と思うじゃん?

現状四章二十話以上書いてて。

――――まだ4分の1くらいなんだ(白目

この小説書き始めてのって7月くらいだった気がするので、一年内に終わらせたいなあ(終わらないフラグ


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ハローブラザー

 

 ――――ざあざあと、雨が降っていた。

 

 ミシロタウンには病院というものが無い。

 むしろ診療所すら存在しない。基本的に住宅街とオダマキ研究所があるだけの小さな町であり、買い物などをするならば皆コトキタウンまで歩いて出る。

 だから、母さんが運ばれたのもまたコトキタウンにある小さな診療所だった。

 

 診療所だからといってバカには出来ない。

 というか、前世でもそうだったがなんでもかんでも大きな病院に行けばいいというものでも無い。

 大きな病院、例えばカナズミ大学付属病院やカイナ治験病棟など、この世界にも大きく有名な病院というものはあるが、ああいった規模の大きな病院というのはそれ相応に治療困難な患者を受け入れるためにある。

 つまり風邪を引いた、程度で大きな病院に行っても、散々待たされた挙句、風邪薬飲め、の一言で終わることだってあるのだ。

 風邪など日常的によくある症状ならば、規模の小さな…………診療所などのほうが返って対応が丁寧だったりする。

 何せ診療所というのはつまり、体調が悪い患者、を対象に絞った場所だ。普段から対応に慣れているし、その分対処も手慣れていて確実だ。

 

 つまり規模の問題だ。

 

 深く狭くの大きな病院か、それとも浅く広くの診療所などか。

 

 基本的に、病気になった時は余程特殊な症状でもない限りは一度診療所で見てもらう。

 診療所で対処できるならそこで終わるし、もし対処できない時は診療所が病院を紹介してくれる。

 

 ――――幸いにも、今回は診療所で止まってくれたらしい。

 

 ほっと、一安心したような、けれど倒れたという事実には変わりないので安心できないような。

 

 何とも複雑な気持ちを抱えながら、コトキタウンまでエアに飛んでもらい、急行する。

 母さんが居るらしい診療所へと急ぎ足で向かい、さして広くも無い町、すぐに目的の施設を見つける。

 駆け込むような勢いで受付へと行き、母さんについて尋ね。

 

「…………入…………院?」

「と言っても、検査入院だから、そんな大した話じゃないのよ?」

 

 愕然とする自身に、不味いことを言ったと思ったのか、必死にフォローをする看護婦さんに何とか頷く。

 不安になる内心を押し殺しながら教えてもらった病室へと足早に進み。

 

「…………母…………さん?」

 

 病室の扉を開いた先にあったのは――――。

 

「はい、アナタ…………あーん」

「いや、お見舞いの品なのに、俺が食べて…………あーん」

 

 お見舞いに持ってきたのだろうゼリーをお袋様に食べさせてもらっている親父様の姿だった。

 

「……………………」

「……………………」

 

 自身も、そしてついてきたエアも、その余りにと言えば余りにな光景に思わず膝を突きそうになる。

 そうしていると、病室に扉を開いたことに気づいた両親がこちらへと視線を向け。

「あら、ハルちゃん」

「ハルトか」

 と、そんな呑気な様子で自身を呼んだ。

 

 

 * * *

 

 

「大丈夫なの? 倒れたって聞いたけど」

「やあねえ、倒れたって言ってもちょっと眩暈がしただけなのよ」

 心配しながら問いかける自身に、いつもの朗らかな笑みで母さんが答える。

 そんな母さんの様子に、少しだけ安堵し。

「って、眩暈って…………原因は? 疲労? 検査入院って聞いたけど、一度は診断してもらったんだよね?」

「まあ、落ち着けハルト、母さんだって倒れて大変なんだ、そう一気に聞くもんじゃない」

「あ、うん」

 父さんに諭され、そう言えばそうだった、と思い直す。

 どうにも冷静じゃないのは分かっているが。

 

「家族のことだし…………心配になるよ」

 

 前世から通して、自身にとっての初めての家族だから、余計に、だ。

 そんな自身の言葉に、両親が微笑ましそうに笑みを浮かべているのを見て、少しだけ恥ずかしくなる。

「あら、意外とアンタもそういう感性あるのね」

 そしてそれを横からニヤニヤしながら見ているエアに、思わずイラッときて。

「エア」

 病室のベッド、母さんが寝ている傍にあるパイプ椅子を一つ拝借し、エアの名前を呼んで。

「…………おいで?」

 にこり、と笑みを浮かべて膝を叩く。

「…………は?」

 にやけ面が一瞬で消え去るくらい素で驚いた様子のエアに。

()()()

 やや口調を強め、告げる。

「え…………いや…………」

「おーいーで?」

 笑顔を浮かべ、問答無用と言わんばかりの態度にエアがアワアワと動揺して。

「ハルト、その辺にしておいてやれ」

「そうよハルちゃん、いくら可愛いからって余りエアちゃんを苛めちゃダメよ?」

「はーい」

 そんな両親の言葉に素直に頷きながら、エアに視線をやり。

「ふふ」

 にこり、と笑みを浮かべる。

 

 …………このロリドラゴンめ、人を揶揄おうなど百年早いのだ。

 

 まあ久々にあのコンパクトサイズを抱っこしたかったから、というのも無くは無いが。

 真赤にした顔を帽子で隠しながらこちらを睨みつけてくるエアの顔が可愛かったので良しとする。

 …………なんだかんだ、自身だってあの相棒に惚れてるんだなあ、なんて納得してしまう。

 

 まあそれはさておき。

 

「それで、結局…………何が原因だったの?」

 実際のところ、冷静になって見やれば顔色はそれほど悪くない。

 疲れているような様子も無いし、だったら眩暈って一体何が原因なんだ、と疑問に思いながら尋ね。

「えーっと…………ねえ」

「いや、そのだな」

 どこか気まずそうな、それでいて気恥ずかしそうな様子の両親の姿に首を傾げ。

 けれどいつまでも黙っていられないと母さんが口を開いて。

 

 

「…………できちゃったのよ」

 

 

 告げられた言葉の意味が理解できず、一瞬首を捻り。

「…………あっ、え、え!?」

 自身より早く、エアがその意味に気づいたのか、目を見開き驚愕の視線で母さんを見て、直後に頭が茹で上がったのかと思うくらいに真赤に頬を染め上げる。

 そのエアの様子を見て、ようやく察しが付く。

 

「…………あの、お母様、できたって、まさか」

 

 ぎぎぎぎ、と錆び付いたブリキ人形のようにかくかくと首を回し、視線を母さんに向ければ。

 ぽっ、と少し頬を染めて。

 

「そう…………赤ちゃん、できちゃったの」

 

 そう言った、直後。

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!」

 

 病室に、自身の絶叫が響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

 ――――ざあざあと、雨が降っていた。

 

 ぱしゃ、ぱしゃ、と。

 一歩足を踏み出すごとに足元で水が跳ねる。

「ひゃあ…………これはハルくん先に飛んで行って正解だったね」

「そうですね、距離的にももうコトキタウンについているでしょうし。ほとんど入れ違いで降ってきましたね」

 カイナシティを北上し『110番道路』から『103番道路』を経由して、コトキタウンへと進む道中。

 『103番道路』の大きな湖の畔は雨で道がぬかるんでいた。

「っと、道がぬかるんでて危ないね」

「畔のほうは浅いから、転んでも濡れるくらいですけど…………まあそれはそれで嫌ですし、気をつけましょう」

 とん、とん、と雨が傘を叩く音。それほど勢いは強くは無い。小雨、と言っても良いレベルだろうが、次から次へと傘から滴り落ちる雫が、まだまだ雨は止まないと言っているようだった。

「それにしても、大丈夫でしょうか」

「ハルくんのお母さん? お父さんすっかり慌ててたから、あの後お母さんから聞いたけど、眩暈がしただけだって言ってたよ? 一応コトキタウンの病院で見てもらってるんだって言ってた」

「眩暈ですか? 以前会った時はハルトさんのお母さん、随分元気そうでしたけど」

 だよね、とハルカが頷きながら、ふと視線を周囲へと向け。

 

 ()()()()()()()、と同時。

 

 ピピピ、と電子音。

 

「あ、ハルトさんから通話だ」

 ミツルが自身のナビを通話状態にし、話し始める。

「もしもし、ハルトさんですか?」

 話始めたミツルを放置して、ハルカが動き出す。

 

 湖の両脇には鬱蒼とした森が茂っている。

 南側はミシロの森とも繋がっている巨大な森林地帯だ。

 その中央部分をごっそり抉ったかのように湖が佇んでいるが。

 その森のほう、一本の木の根元に転がる赤くて青い何か。

 

 それが血まみれのポケモンなのだと気づいた時、背筋が凍った。

 

「大丈夫っ!?」

 走り出す、走って走って、ぬかるむ足元に転びそうになりながら、それでもそこまでたどり着き。

 疲弊し、衰弱し、全身が血まみれの、今にも死んでしまいそうなポケモンの姿を見たハルカの判断は速かった。

「『きずぐすり』…………それと『げんきのかけら』も」

 『きずぐすり』は本来瀕死のポケモンに体力は回復してくれないが、けれど出血が酷すぎる。雨で流れてこの状況となると、すでにかなり損耗しているだろうと予測できる。

 一秒でも早く、自然回復を待つ余裕すらないこの状況ならば、『げんきのかけら』と併用して『きずぐすり』で良いはずだ。すぐ様『きずぐすり』を使って外傷を治療し、包帯をきつく巻いて無理矢理に止血する。ひとまず流血はこれで問題無いとしても。

 

 問題があるとすれば…………『げんきのかけら』か。

 

「…………使うべきか。使わざるべきか」

 

 『げんきのかけら』とはつまるところ、活力剤だ。

 元気の無いポケモンの体に栄養を与えて元気を取り戻させる、と言った効果の道具であり、決して死にかけた重体のポケモンに使うようなものではない。むしろ刺激の強さに劇毒に成りかねない。

 それでもハルカが『げんきのかけら』を取り出したのは、ひとえにそれが効果があるかもしれないと思ったからだ。

 

 普通のポケモンならば効果が無いかもしれない。

 

 だが目の前のポケモンにならば、意味があるのかもしれないと思う。

 

 ハルカは知っている、目の前のポケモンを。

 実際には見た事は無いが、けれどそういう存在がいるのだと親友に教えてもらったことがある。

 

 むげんポケモン、ラティオス。

 

 自身の目の前で死にかけたポケモンの名前。

 

 幻のポケモンには並のポケモンを遥かに上回るポテンシャルが備わっている。

 通常のポケモンが重体の時に『げんきのかけら』など与えても劇薬にしかならないが、或いは幻のポケモンの持つ力ならば、回復の切欠になるかもしれない。

 

 ハルカとて幼い頃よりフィールドワークを重ねてきた身だ、野生の生存競争に負け、屍を晒すことになったポケモンたちというのは何度も見てきている。

 そして幼少よりハルカはそれに手を出すことは無かった。

 何せそれは自然の掟だ、弱肉強食、どこの世界だろうと変わらない絶対の真理。

 それに手を出すということは、助けるということは、ハルカが責任を持たねばならない、助けた責任を。

 幼少のハルカにはそれができなかった。けれど今のハルカにはそれができる。

 

 今のハルカは、ポケモントレーナーなのだから。

 

「決めた…………」

 

 右手に持った薬瓶の蓋を開き『げんきのかけら』を倒れ伏すポケモン、ラティオスの口元へと持っていく。

「ゆっくり…………なんとか、飲み込んで」

 少しずつ、口の中へと注ぎ込んだ薬品だったが、けれどすでに意識も無いらしく飲み込むことすらしない。

「……………………仕方ない、か」

 少しだけ躊躇はあったが、けれど背に腹は代えられない。

 薬瓶に口付け、中身を口に含む。

 

 そのまま、ポケモンの口元へと顔を近づけ。

 

 口移しに薬品をポケモンへと流し込み、無理矢理に飲ませていく。

 

 とくん、とくん、とハルカの手が触れた首で脈が打つ音を感じる。

 まだ生きている、それだけでハルカには十分だった。

 

「ミツルくん!!!」

 

 少しだけ距離の離れてしまった少年の名を呼ぶ。

 

「ハルカさん!? どこですか!!」

 

 どうやらハルカが居なくなったことには気づいたらしいが、どこにいるかまでは見つけ切れていないらしい。

 

「こっち!!! すぐ来て!」

 

 ハルカの声を聞きつけた少年が慌てた様子で走って来る。

 何度も転びそうになりながら、ハルカと、そしてその傍のポケモンを見つけて目を見開く。

「ハルカさん、このポケモンって」

「ミツルくん、サーナイト出して」

「えっ…………あ、分かりました!」

 ハルカの意図をすぐ様理解したミツルがサーナイトと、それからエルレイドをボールから解放する。

「サナ、このポケモンをサイコキネシスで運んで…………そっとだ、酷い傷だから、慎重にお願いだよ」

 ミツルの指示に従い、サーナイトがサイコキネシスでラティオスの体を浮かび上がらせる。

 超能力(サイコパワー)によって持ちあげているため、ラティオスの体に負担は無い。そしてミツルに言われた通り、重体の身にこれ以上の負担がかからぬように慎重に移動させ始める。

「エル、コトキタウンまでサナを連れて行ってあげて、弱ったラティオスが野生のポケモンに襲われないように気をつけて」

 エルレイドもまた、ミツルの言われた通りに動きだす。

 

「ハルカさん、ハルトさんに連絡しましょう」

「ハルくんに?」

「ハルトさんが捕まえたばかりのラティアスがいたはずです、ラティアスなら“いやしのはどう”が使えます」

 けれどそれも気休めに過ぎない。最早その程度でどうにかなる傷ではないことはミツルも分かってはいるが。

「ポケモンセンターに運ぶまでの繋ぎくらいにはなるはずです」

「そっか…………分かった、ハルくんに連絡しよ」

 ミツルの提案に頷き、ハルトのナビへと連絡を取る。

 

 

 ――――雨はまだ降りやまない。

 

 




ルート①みなみのことうデッド
みなみのことうにラティアスと向かったハルトくんがラティオスの死体を見つけるルート。

ルート②みなみのことうコメディ
みなみのことうに行ったら案外ひょこっとラティオスが出てくるルート。

ルート③さようならにーちゃ
ざんねん、きみのぼうけんはここでおわってしまった

ルート④あめのもりのレスキュー
今回のルート、ただし生きるかどうかは不明。

ルート⑤あくのラティオス
なんということだラティオスは悪の組織に捕まってしまったぞ



以上、三日くらい考えてたラティオスの末路。
正直、殺すかな、って思ってた。ハルトくんが唯一のにーちゃになるためには、本物のにーちゃは邪魔なんだ(ヤミ思考
でもこの小説って基本ほのぼのファンタジーだからそういうダーク要素は合わないかなと思って止めた。

カロス編なら間違いなく殺してた。


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雨上がりの星空

 

 

「雨、止まないな」

 

 ぽつり、呟いた声は、けれどざあざあ、と降りしきる雨の音にかき消された。

 曇天の空は分かりづらいが、徐々に夕闇に覆われてきており、暗く黒く色づいていく。

 

「ハル」

 かけられた声に振り向けば、診療所からエアが出てきたところだった。

「何やってんのよ、こんなところで」

「少し、頭冷やしてた…………なんか、色々ありすぎてさ、頭の中ごっちゃ混ぜだから」

 自身の言葉に、そうね、とエアが一つ頷く。

 

 色々あった、一言で片づけてはならない気もするが、本当にそうとしか言いようが無い。

 朝からアクア団と戦い、昼には診療所に駆け込み、そして重体のポケモン助けに雨の中を突っ走り。

 ポケモンセンターに運び込まれたラティオスの容体はまだ安定しない。

 回復、するかもしれないし、しないかもしれない。

 まだ分からない。そしてそれをサクラに伝えるべきなのかどうかも。

 

 あの時、自身はどうするべきだったのだろう。

 

 ミツルから連絡を受け、即座に急行し。

 

 一瞬、その場でサクラを出すかどうか迷った。

 

 ラティオスの容体は余りにも酷かった。

 

 全身血まみれで、衰弱しきり、今にも死にそうなその状態をサクラに見せても良いのか、

 ほんの一瞬の迷い。

 

「にーちゃ?」

 

 サクラは、その迷いを明確に読み取っていた。

 ボールの中で、自身が迷っているのを、そしてその対象が自身であることを正確に読み取り。

 だから、出てきてしまった。

 出てきて…………見てしまった。

 

 自身の兄が今にも死にそうなその姿を。

 

 

 * * *

 

 

 呆然として動かなくなったサクラはあれから一度もボールから出てこない。

 自身も無理矢理に出そうとは思わなかった。

 少なくとも、ラティオスが助かるのか、死ぬのか、どちらにせよ明確に決着がつかねば何を言えばいいのかも分からない。

 

「…………いや、助かる。そう思おう」

「そうね…………そう、思いたいわ」

 隣で小さく頷くエアの堅い声が、けれど現実がそれほど甘くは無いことを如実に示していて。

「もし…………助かっても、助からなくても、結果的にサクラが元の住処に帰りたい、そう言ったら…………ハル、どうするの?」

「…………開放するよ」

 

 そんな自身の返答に、僅かに驚いたようにエアが目を見開く。

 

「サクラがそう望むなら、寂しいけど、俺は逃がしてやる」

 

 恐らくサクラたちの故郷は『みなみのことう』なのだろうが。

 それがどこにあるのか、実際のところ知っている人間は居ない。それを知るのはサクラたちそこに住んでいたポケモンたちだけ、だから逃がせばもう会うことは無いだろうけれど。

 

「エアが前に言った通りだ…………俺は、臆病なんだよ」

 

 他人の領域に踏み込む行為、というのは実のところ苦手だ。

 他人から感情を向けられることにも慣れていないし、だからチャンピオンなんて地位、重すぎて要らないくらいだ。

 それでも踏み込まねばならない場面だってあるし、ホウエンを守るためにはチャンピオンという地位を有効に使わなければならない、だから割り切るしかないのだ。

 相手の都合を考慮しない、相手の感情を思慮しない、そんな無神経さを押し出さねばとっくに投げ出してしまっているくらい、今の立場というのはしんどいのだ。

 けれどそんな無神経になれるのも関係の無い相手に限ったことだ。

 

「捕まえてたった一日だけど…………サクラのこと、大切に思ってる」

 

 本当に、まだ一日だなんて思えないくらい、サクラは自身に良く懐いていた。

 例えそれが兄と間違えているからだとしても。

 にーちゃ、と自身を呼ぶのは、それが原因である。

 最初に出会った時から、彼女は自身を()()()()()()()()()()と勘違いしている。

 そんなに似ているのか、とも思ったがけれど確かめようが無い。

 どうもラティオスもサクラと同じく、ヒトガタとポケモンと自由に姿が切り替えれるらしい、今はポケモンの姿でポケモンセンターで治療を受けている。

 性格は臆病だが、懐いた相手にはどこまでも懐くサクラだ、たった一日であのアースにすら庇護欲を抱かせている。

 そんなサクラが可愛くないわけ無かったし、大事に思っていないはず無かった。

 

 それでも。

 

「大切だからこそ、大切にしているからこそ、重いんだよ」

 

 手一杯なのだ。今の自身には、もうこれ以上余計なものを抱える余裕なんてもの存在しない。

 これ以上の厄介は要らない。

 

「正直、手放してしまいたい、そんな思いがずっとある」

 

 元より、自身はそれほど大層な人間ではないのだ。

 仲間の思いを全て背負うような、そんな大仰なこと自身にはできない。

 ちっぽけで、矮小な器しか無い、ただの凡人なのだから。

 

「ハル」

 

 エアが、ぽつり、と自身の名を呼ぶ。

 情けないことを言った。それに酷いことも言った。

 ああ、さすがに幻滅されたかな、それとも殴られるかな、なんて思いながら乾いた笑みを浮かべ。

 

「ハル」

 

 もう一度、名前を呼ばれた。

 

「…………え、あ?」

 

 気づけば、エアに包まれていた。

 胸に抱きかかえられているのだと、理解すると同時に、体が硬直する。

 

「何一人で全部抱えようとしてるのよ、バカね」

 

 叱咤の言葉、けれど言葉とは裏腹にその口調は優しかった。

 

「アンタのことを思う仲間はたくさんいるし」

 

 優しくて、優しくて。

 

「アンタの相棒は、ここにいるでしょ」

 

 優しすぎて、蕩けてしまいそうだった。

 

「もっと気楽に構えなさい。アンタが苦しいなら、アンタが辛いなら、私が一緒に背負ってあげるわ。アンタがやれと言うなら、アンタが望むなら、私が全部やってあげる、アンタのしたいこと全部、私が叶えてあげる。一人で抱え込んで苦しむくらいなら、言いなさいよ、私はアンタの味方よ、何があっても絶対に」

 

 ああ、本当。

 

「ハルが臆病なのも、狭量なのも、小狡いのも、全部知ってるわよ」

 

 なんて言えばいいのだろうか。

 

「それでもハルはそれで良いのよ、そんなハルだから良いのよ」

 

 本当。

 

「私はずっとずっとハルの隣に居てあげるから」

 

 嬉しくて、嬉しくて。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 涙が止まらない。

 

「だからハル…………辛かったら言えばいいのよ、苦しかったら叫べば良いし、悲しいなら泣けば良い。私は全部認めてあげる」

 

 どうして、こんな。

 

「私はハルを認めてあげる、私はハルを受け入れてあげる、私はハルを肯定してあげる」

 

 こんなにも、溢れてくる。

 

「バカ、だよ…………お前…………ホント、バカだよ。俺みたいなやつに、どうして」

 

 気持ちが、止まらない、止めどない。

 

「ハルだって十分バカよ…………バカ同士ちょうどいいじゃない」

 

 縋りつく、泣きつく、情けなくても、見苦しくても、それでも。

 

「好きだよ…………大好きだよ…………」

 

 伝えたかった、どうしても、この胸に渦巻く感情を。

 

「奇遇ね」

 

 にっ、とエアが笑う。どこか悪戯っぽいそんな笑みで。

 

「私も、ハルのことが大好きよ」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 はあ、とため息一つ。

 散々情けないことを言って、結局こうなのか、と内心で苦笑。

 

 夜。

 

 いつの間にか雨は上がっていた。

 空を見上げれば星がいくつも瞬いている。

 ホウエンの空はいつ見ても綺麗だと思う。

 前世ではほとんど見ることができない、満点の星空。

 

 心が凪いでいた。

 

 何とも正直な話で。

 好きな女の子に好きと言ってもらうだけで、自身の感じていたマイナス感情は全て吹き飛んでいた。

 

 そうなればやはり考えなければならないことがある。

 

 自身が傷つけてしまった彼女のことを。

 

「サクラ」

 

 呟きと共に、ボールを投げる。

 モンスターボールの機構として、スイッチを押したならどうやっても中からポケモンが飛び出してくる。

 

「……………………」

 

 沈黙を貫くサクラの視線には、複雑な感情が伺えた。

 それは騙された、とか裏切られた、とかそんな単純な物でなくもっともっと複雑で、極端に言えば。

 

 どんな顔をすればいいのか分からない、といったところか。

 

「…………サクラ」

 声をかけると、サクラがぴくり、と肩を揺らし、視線をこちらへと向ける。

 瞳が揺らいでいる、感情が激しく揺さぶられているのが分かる。

 

()()()()()

 

 だから、戸惑う彼女に向けて、そう言った。

 

「えっ」

 

 自身の台詞に、サクラが一瞬目を丸くし。

 

「ようやく俺のこと見てくれた」

 

 一歩、サクラへと足を向ける。

 戸惑いながら、けれどサクラは動かない。

 

「俺の名前はハルト」

 

 だから、言葉を紡ぎながら、一歩、また一歩とサクラの元へと歩いていく。

 

「このホウエン地方でチャンピオンをやってます…………って言っても分からないよね」

 

 苦笑する自身に、けれどサクラは呆然としまま動かない。

 そんなサクラに一つずつ、自身のことを教えていく、好きな食べ物、嫌いな物、得意なこと、苦手なこと、自身という存在を構成する一つ一つをサクラに語って聞かせる。

 何の話だ、と目を丸くしたサクラに、それからこう呟く。

 

「キミの名前は?」

 

 尋ねたその言葉に、彼女はしばし沈黙を貫き。

 

「……………………さ、くら」

 

 そう返す。

 サクラ、サクラ…………それは自身が付けた彼女の名前ではある。

 

「それでいいの?」

「…………わかんない」

「そっか」

 

 先ほどよりもさらに複雑そうな表情に苦笑する。

 

「ねえ、サクラ」

 

 だから、自身から言葉を続ける。

 

「一緒に行かないかい?」

 

 手を差し出す。

 

「俺と行くなら、今日のようなことはきっとこれからもあるだろう。もしかすると、辛いこといっぱいあるかもしれない、それでも――――」

 

 最後まで言葉を続けるよりも早く、差し出した手に、僅かに暖かい物が触れる感覚。

 

「…………いーよ」

 

 彼女、サクラが手を伸ばし、差し出した自身の手を掴む。

 

「それでも、いーよ…………にーちゃ…………ハルにーちゃがいるなら、それでもいいよ」

 

 何とも、自身なんかには勿体ない。そんなことを思った。

 けれども…………ならばこそ。

 

「約束だ。苦しい時は俺が受け止める。悲しい時は俺が慰める。辛い時は俺が助ける。だから」

 

 自身もまた大切な相棒にそうしてもらったように、彼女にもそうしてあげたい。

 やっぱり、人もポケモンも変わらない、繋がり、絆とは、つまりそうしてできていくものなのだから。

 

「だめ」

 

 続けようとした言葉は、けれども唐突なサクラの声に、断ち切られる。

 

「いっしょがいい…………かなしいのも、うれしいのも、ぜんぶぜんぶ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、その言葉を告げる彼女の目に、その言葉を告げた彼女の心に。

 

「……………………あ、はは」

 

 乾いた笑いが漏れ出た。

 

「あー…………なんてこった」

 

 本当に、何ということだろうか。

 

「サクラのほうがよっぽど、俺なんかより立派だよ、ホント」

 

 絆、その言葉の意味を、自身なんかよりよっぽど彼女は理解している。

 

「ああ…………一緒だ。苦しいこと、辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいことも。全部一緒に分かち合おう、()()()

「…………うん、()()()()()()

 

 サクラが笑う。

 

 その名前に違わぬ、桜の花びらを幻視してしまいそうな。

 

 優しくて、綺麗な笑みだった。

 

 

 * * *

 

 

 ――――ここはどこだ?

 

 意識を取り戻すと同時に、自身が置かれた状況に疑念を覚える。

 意識を集中し、周囲の気配を探れば、どこかの建築物の中だと理解する。

 そして周囲に多くのニンゲンの気配も存在しており。

 

 ばっ、と目を見開き、文字通り飛びあがる。

 

 そうして視線を巡らせれば、目の前に一人、少女がいた。

 

「…………あ、起きた」

 

 突然の出来事にぽかん、としながらも少女がそう呟き。

「起きた!!? え、だ、大丈夫なの?!」

 直後、驚愕といった様子で目を見開き、自身を見る少女。

 伝わって来る感情は…………心配?

 

 ――――このニンゲンは、敵じゃない?

 

 ふと自身の体が軽いことに気づく。

 最早助かるはずも無いほどにまで傷だらけだった体が、まだ完全にとは言えないが治癒していることに気づき。

 

 ――――私を治療してくれたのはお前か?

 

「…………え? 今の、キミ?」

 

 テレパシーで直接少女の脳に伝わった言葉に、少女を目を丸くしてこちらを見やる。

 やがて自身の仕業なのだと理解すると、こくり、と頷いて。

「そうだよ、森で大怪我してたキミをここまで連れて来たのは私だよ。でも良かった…………目が覚めて、本当に、良かった」

 伝わって来る感情は、喜び。

 少しだけ驚く。見ず知らずの目の前の少女は、自身が目覚めたことに、本気で喜んでいる。

 少女の目端に涙が浮かぶ。それを拭いながら、けれど少女は良かった、と呟きながら笑っていた。

 

 瞬間。

 

 僅かに思い出す。自身の意識が朦朧としている時に聞こえた声。

 うっすらと開いた瞳が映した少女の姿を。

 ほとんど無意識的状況だった。事実一瞬少女を見た直後には気を失い今に至っている。

 けれどもほんの僅かでも覚えている。

 自身を心配する少女の声と表情を。

 

 ――――アナタに感謝を。

 

 感謝を、ただ感謝を。

 どれだけ感謝してもし足りない。彼女に見つけてもらえなければ、自身は確実に死んでいただろうから。

 

「良いよ…………私にとってもそれは、嬉しいことだから」

 

 ぽつり、と呟いた彼女の言葉の意味はけれど自身には理解できない。

 何でも無いよ、と笑う彼女にならば良いか、と一つ納得し。

 

「あ、そうだ」

 

 大切なことを思い出した、と彼女が顔を上げて、口を開く。

 

「私はハルカ…………キミは?」

 

 ――――私は。

 

 少しだけ考えて。

 

 ――――ラティオス、そう呼ばれている。

 

 そう答えた。

 

 

 




ハーレム物小説ってよくあるけど。
本気でハーレムって言うほど、多数の女性に好かれている状況って、その実かなり厳しいものがあると思う、特に精神的に。
日本以外だと一夫多妻制っていう国も確かにあるけど、そういうところは女性に順列をつけている。つまり、大事な物に順番を決めてしまうことで、その辺りの問題を解消しているのだと思う。
翻ってそこに順列をつけないハーレムというのは本人にとっては随分と重たい物だと思ってしまうのだが、実際のところどうなんだろう。
正直、自分ならどうだろう、みたいなこと考えながら書いているけど、みんながそうとは限らないだろうし、今回の内容に対して批判もあるだろうなあ、と思いながら書いてる。

ハルトくんの好きは、随分と歪だと思っている。
ほぼ完璧にアドリブで書いているせいだろうか。
実際のところ、ハルトくんは好意の意味をそれほど深く考えていない。
ライクとラブ、どちらの好きも、どっちでもいいと思っている。
正確には、そこに明確な境界線を作る必要は無い、と思っている。
好きは好きでしょ、だったら好きでいいじゃん、というのがハルトくんの考え方。
前世で本気で恋をしたことも無ければ、親の愛情というのを受け取った記憶も無いが故に、親友からの好きと、今世で両親からもらった好きと、エアたちから向けられた好き、全部に区別をつけていない。区別をつけるための情緒を育てていないまま育ってしまったために、好意に対する受け取り方が歪になってしまっている。
でも、好きなら好きでいいだろ、という考え方は、人とポケモンの差異を考えない考え方にも繋がっているため、一概に悪いとは言えない。良いとも言えないが。
だから、言葉にするなら歪。でもその考え方が、ハルトくんを好いているポケモンたちからすると嬉しい。むしろポケモンたちのほうが情緒が育ってしまっているからこそ、余計なことを考えてしまう、考えてしまって距離を取ってしまいそうになるけれど、ハルトくんが肯定してくれるから、距離を縮めることができる。
そう考えるとハルトくんのパーティって根本からして歪だよね、と思ったりもする。

つまりは。

これはハーレムじゃないんだ。ハーレム小説じゃないのだ。ただ仲間と仲が良いだけなんだ、ちょっと愛情にも見えるくらいに異常に仲が良いだけで、ハーレムじゃないのだ。
水代はハーレムって基本書かないので、ならばこれはハーレムではない。


以上、住人から「ハーレムタグつけないの?」って言われた水代の言い訳コーナー。


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メモリアル・シネマ・ラティオス

遅くなった…………ぷそやってた。
Huとかいうストレスばっかり溜まるクラスのレベリングが辛い。
やっぱBrが一番良い。テッセン最高。


 

 ラティオスが目覚めた、その報を聞き、サクラを連れてポケモンセンターへと向かう。

「にーちゃ!」

 病室に入り、ふわふわと浮かぶラティオスを目にしたサクラが声を挙げると共にラティオスへと飛びつく。

「しゅわーん」

 自身に抱き着く妹の姿を見たラティオスが幾分か空気が緩めながら一つ鳴く。

 どうやら妹とは違い、兄のほうはヒトガタではないらしい。

 

 と、思っていたのだが。

 

 ――――む、この姿では話し辛いか。

 

 脳内に直接響いてきたかのような声に、一瞬気を取られていた間に。

 ラティオスの体が光に包まれ、ぐにゃり、と歪み。

 光が収束すると、そこには白の着物に青の袴を履いた、白い髪の少年が現れる。

 そうして自身に引っ付いたサクラを抱き上げると、抱えたままこちらへと視線を向け。

「アナタがこの子を捕まえたトレーナーか?」

「……………………」

「む、違ったか?」

「え。あ…………ああ、そうだよ。俺が()()()のトレーナーだ」

 目の前でポケモンがヒトガタへと変化する。サクラで一度見たとは言え、こうして間近で見るとやはり目を疑う光景である。

 というかサクラだけかと思っていたし、そもそもサクラだってヒトガタになってから一度もポケモンの姿へと戻っていない。だからもしかしたらあれは見間違いじゃなかったのだろうか、とすら思っていたのに。

 ラティオス、やはり目の前のこの少年も、ポケモンとヒトガタとの姿の切り替えができる、ということなのだろうか。

 

「サクラ…………なるほど、花の名か。良い名をもらったな、ラティアス」

「ん?」

 

 呟くラティオスの言葉に、サクラが良く分らないと首を傾げる。

 そんなサクラの様子にラティオス苦笑する。

 というか今、さらっと桜が花の名だと呟いたが、ホウエンに桜なんて存在しない。否、この世界のどこにも存在しないはずだ。ましてラティオスがそれを知っているはずも無い。

 さらっと人の頭の中読み取ったな、このドラゴン。

 

「ん…………ああ、済まない。人と会話する、ということ慣れていなくてな。つい読んでしまう」

 済まない、と言いつつそれほど申し訳無さそうにはしていない。

 まあ多少バツは悪いが、そもそもサクラを仲間にしている時点で読まれること自体は仕方ないと思っているので、スルーしておく。

「というか、少し意外だ」

「む? 何がだ」

「サクラを捕まえたこと、もっと怒るかと思ってた」

 そんな自身の言葉に、ラティオスが僅かに目を丸くして、それから心外だ、とでも言いたげな表情で口を開く。

「トレーナーが野生のポケモンを捕まえたところで、そのポケモンの家族が仲間を返せと迫ることがあるか?」

「……………………なるほど」

 道理ではある、それを野生のポケモンであるラティオスから言われるのが正直何とも言えない気まずさを産み出しているが。

「それに、ラティアス…………いや、()()()が共に居ると望んだのだから、私にそれをとやかく言うつもりはないよ」

 最も、と呟きながら口元を歪め。

「嫌がるこの子を無理矢理に捕まえたり、捕まえたこの子に酷いことをするならば容赦はしないがな」

「…………しねえよ」

 自身は一体どれだけ非道な存在だと思われているのだろうか、とぴくぴくと顔を引きつらせながら返した言葉に、ラティオスがだろうな、と呟く。

「サクラがこれだけ懐いた人間なのだから…………私も信じるさ」

 こいつ、意外と良い性格しているかもしれない、そんな風に思った。

 

 まあ、それはさておくとしても。

 

「調子は、良さそうだな」

 運んでいる時には今にも死にそうな怪我だったが、こうして見ると包帯こそあちこちに巻かれたままではあるが、顔色は悪くない。

「ああ…………ハルカが私に飲ませた『げんきのかけら』のお蔭だ」

「…………ハルカちゃんそんなことしてたの?」

 重体のポケモンにそんなもの劇薬になりかねないというのに。いや、準伝の潜在能力を考えた結果なのだろうけれど、それにしても危険な賭けだ。とはいえ、それが功を為した、ということは逆に言えばそれがなければ危なかったかもしれない、ということにもなるが。

 

 とにもかくにも、無事で良かった、という言葉だけで終われば、良かったのだが。

 

「一つ、聞きたいんだが」

 

 そうはしかない事情がある。

 

「一体、誰にそこまでやられたんだ?」

 

 つまり、この件の犯人。

 

「それは…………」

 

 その質問に、ラティオスが一瞬言いよどみ。

 口を開こうとして、再び閉じ、(こうべ)を振る。

 

「口で伝えるより、()()()()()()()()な」

「は?」

 

 言葉の意味を理解するより早く。

 

「少し眩しいぞ」

 

 呟きと同時、目を焼きつくさんばかり、病室内に光が溢れていき。

 

「な、なっ」

 

 思わず目を硬く閉じ、腕で覆って。

 

「ふむ…………もう大丈夫だ」

 

 聞こえたその言葉に、ゆっくり腕をどかし、目を開いて。

 

 

 ――――そこは島だった。

 

 

「…………は?」

 先ほどまでいた病室とはまるで異なる。足元に広がるのは緑生い茂る草むらであり、周囲に見えるのは小さな滝がいくつも流れた川に囲まれた緑の高台。

 下って行けば森が広がっており、さらに向こうには崖と海が見える。

 

 島だった。

 

 空を見上げれば陽気にキャモメたちが飛んでおり、燦々と太陽が照り付けていた。

 時折吹き荒ぶ潮風が肌に心地いい。

 

 誰がどう見たって島だった。

 

「……………………なにこれ、どうなってんの」

「これは」

 呟く自身の疑問に、いつの間にか隣にやってきていたラティオスが答える。

「私の記憶、それをアナタの頭に映像として送り込んでいる」

 その言葉にふと思い出す。ラティオスという種族は確か見たものや考えたイメージを映像として他人に見せる能力を持っていたことを。

 『エスパー』タイプのポケモンは大なり小なりこういった不可思議な力を持つが、ラティオス、ラティアス種族は特に記憶や心といったものに強く起因する能力を持っているようだった。

 

 ラティオスの記憶の中にある島、ということは。

 

「これが『みなみのことう』か」

「知っている?」

「知識としては、ね」

 意外だ、とラティオスが驚きの様相を見せる。

 『みなみのことう』は実機時代にも存在したマップだ。

 とは言え、三世代ならば通常プレイでは行けず、ORASになってようやくストーリー中で一度だけ訪れることができる場所なのだが。

 

 もし、ここが『みなみのことう』なのだとするならば。

 

 …………もしかすると、そういう事なのか?

 

 とある仮説が自身の中に浮かぶ、と言ってもそれが事実かどうかの確認はこれからではあるが。

 

 視界に映る穏やかな世界。

 自然に囲まれた島の中でのびのびと暮らすラティオスたち兄妹の生活風景。

 

 ――――そして、突如として破壊される森。

 

 炎に包まれ、燃え盛り、灰に帰す森の風景。

 そして燃える森の中を歩く一人の女。

 

 ――――あハァ♪ ミツケタぁ

 

 狂乱するほどの怒り、けれどそれを無理矢理に抑え、妹を逃した。

 逃した、というよりは隠したと言うべきか。

 ラティオスやラティアス種は光の屈折を操ることで自身の姿を誤認させることができる。

 その力でラティオスは妹を風景の中に隠し、自ら住処を飛び出し、女へと襲い掛かった。

 

 ラティオスは幻のポケモン。その潜在能力は並のポケモンを遥かに凌駕しており、トレーナーに育てられたポケモンであろうと、降すことは容易い事ではない。

 

 けれども。

 

 ――――お願いね、バクーダ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 バクーダと、女に呼ばれたソレは、確かに見た目だけならばバクーダと言うポケモンと同じだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 目算だが全長15、否、20mはあろう巨体がずどん、ずどん、と地響きを立てながら女の前に立ちはだかる。

 

 デカイ。

 

 女の姿を完全に隠してしまうそれは、まさしく一つの山だ。

 

 ラティオスの全力の放つ“サイコキネシス”を受けながら、まるで揺るぎもしないその不動の有様。

 お返しとばかりに背中のコブから放たれる“ふんか”がラティオスを撃ち付ける。

 タイプ相性で言えば半減相性のはずの『ほのお』技だが、凄まじい威力でラティオスの体力を大きく削る。

 余りにもバカげた威力だが、ラティオスもまた負けじと“ラスターパージ”を放ち。

 

 ――――バクーダ。

 

 女の声に、バクーダが一つ鳴く。

 ゴゴゴゴゴ、とバクーダの背中のコブから地鳴りがごとき音が響きだす。

 何か不味い、それを悟ったラティオスがさらに攻勢を強めるが、その巨体故のタフネスぶりに、ついにその時を許す。

 

 “かつかざん”

 

 “カルデラふんか”

 

 轟音。

 

 最早筆舌に尽くしがたいほどの光景。

 

 たった一撃だ。

 

 たった一撃で。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 半分無事なのは、ラティオスが守ったからだ。

 全力のサイコキネシスで守り。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 代償として表層部分は地獄と化していた。

 いくつもあったはずの小さな滝、として滝から零れ落ちた水が流れていた川は全て蒸発し、溶岩(マグマ)が流れていた。

 木々も全て灰と化し、地面には黒い焦げ跡だけが残っている。

 

 妹は…………住処は地下部分にあったためギリギリで守られた、だが。

 

 その代償は余りにも大きかった。

 

 ラティオス自身、ほとんどの力を今の一撃で失っていた。さらに体中に傷を作り、血が流れる。

 特に羽へのダメージが甚大だ。半ば焼け焦げている。

 そもそもラティオス種の羽は飛ぶことに向いていない。それでも浮遊しているのはサイコパワーのお蔭である。そのサイコパワーが底を尽きかけていた。

 最早飛ぶことに全力を尽くさねばならないレベルであり、けれど羽へのダメージのせいで浮かび上がってもバランスが取れない。

 それでも、逃げなければならない。

 最早ラティオスではあの化け物に対処することは不可能だ。

 あの女が地下の妹に気づく前に、少しでも早く女の注意を引きつけなければならない。

 妹を守る、その一心でゆらゆらと空中をふらつきながらもラティオスは進んでいく。

 

 ――――ダメ、逃がさなあい♪

 

 にぃ、と女が笑い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 すでにこの島が囲まれていたのだと、気づいたのが遅すぎた。

 次々と降り注ぐ攻撃の雨をそれでも掻い潜り、包囲網を突破しようとする。

 飛びかかり噛み付かれ、体中に傷を負い。

 

 死を覚悟する。

 最後の力を、生きる力すらをも振り絞り。

 

 捨て身で反撃をする。

 

 いくつもの船を沈め、いくつものポケモンを海へと叩き落とし。

 

 けれどそうしている内に女が再びやってくる。

 

 不味い、と思った。

 このままでは、またやられる。

 いや、死ぬだけならば良い。だが島の近くでラティオスが死ねば、妹がそれに気づいて出てくるかもしれない。

 そうなれば妹は…………それだけはダメだった。

 

「妹は…………サクラは、()()たちの希望だった」

 

 映像として再現されていく記憶の中、隣に立つラティオスがぽつり、と呟いた。

「ラティオス、ラティアスという種族の中で、脈々と受け継がれてきた才の全てを備えた…………言ってみれば、種の完成系。それが()()の妹」

 

 6V、と自身が呼んでいるそれ。 

 

「ラティオス、ラティアス種は数がとにかく少ない。並のポケモンを凌駕する力を持つが、けれどだからこそ個体数が増えない。だから()()たちはどうしたって力が必要になる。個で数を圧倒できる力が」

 

 だが現実にはそれは難しい。

 

 記憶の中の女のように、たった一匹のポケモンでラティオスを圧倒する、というのは相当に困難だ。実際のところ、自身だってエア以外じゃ無理だと思う。

 だが、六匹、フルに使うことができるならばラティオスを倒す、ないし、捕まえるというのは決して不可能な芸当ではない。

 実際ラティオス、ラティアスたちを捕まえているトレーナーというのは非常に少ないが居なくは無い。

 

「妹はいずれ種族の頂点に立つだけの力を持った、種の希望だ。何物にも負けない最強の力を持ち、種を率いてくれると将来を嘱望(しょくぼう)されている」

 

 準伝の6Vともなれば、確かに圧倒的な力を持つだろう。

 実際、たった一日でいとも容易く()()()ができたことを考えれば、本格的に育てれば最終的に恐ろしいことになるだろうことは予想できる。

「その妹を、捕まえちゃったわけだけど…………本当に良いの?」

 返せと言われても返さないけれど、余りにもあっけなく良いと言われるとそれはそれで不安になる。

「問題無い…………ヒトが生きる尺度など高々百年足らず。私たちの種族はそれを悠に倍する時を生きる。ならばアナタの死後、妹が群れに戻ってきて私たちの王となってくれるならば何も問題は無い」

「…………スケールが違うわあ」

 要するに、お前が死んだら返してもらうからいいよ、ってことだ。

 百年を高々と言える時間感覚の違い。『ドラゴン』ポケモンというのは割と長命なのは知っていたが、こうして実感すると驚くばかりである。

 

 映像に終わりがやってくる。

 

 逃げて、逃げて、逃げて。

 最早反撃の力すらも無く、無様なほどに逃げ落ち、隠れ潜み、やり過ごし。

 それでも数の暴力には敵わない、見つかり、追い立てられ、それでも逃げて。

 

 幾度となく再生し、傷つけられた体はすでに限界に達していた。

 全身から血が溢れ、血を紅く染めていく。

 

 雨が降っていた。

 

 しんしんと、雨が森に降り注ぎ、地面をぬかるませる。

 浮遊する力すら残らないラティオスには、最早そんなことは関係無かった。

 木々の根元に腰を下ろし、幹に寄りかかる。

 

 せき込み、血を吐き出し、力尽きる。

 

 そこで記憶が途切れ。

 

 ――――っ!

 

 無意識の中で誰かの声が聞こえる。

 

 直後、ぶつり、と映像が途切れた。

 

 




記憶(メモリアル)映画(シネマ)@ラティオスな話。


まあもうこの女が誰とかみんなわかってるんろうけど。
つかまじこのヒト口調が分からん。分からんというか想像しづらい。
強キャラというか狂キャラになってるが、この記憶見てる最中もサクラちゃんはお兄ちゃんにぶらーんしてると思えば今日も世界は平和です。


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本小説独自要素解説(オリ設定資料)

前に裏特性とかトレーナーズスキルの解説作る、みたいなこと言ってたやつ。


 

注意:アニポケ見てない人には分からないこと多いかもしれない。因みに作者はまともに見たのカロス編だけ。

 

 

 

【裏特性】

 

基本的には【ポケモンの側に仕込まれた技術】。

別にお手軽不思議現象、というわけじゃなく、ある程度原理や理論のあるもの。ある程度、と言うのはそもそもポケモン自体が物理法則を半ば無視してるから。

なので【タイプ】や【特性】、あとは覚える【技】などによってある程度できるできないの判定は(作者の中では)ある。なんでもできるお手軽技術じゃない。

本編で出してるのはそのポケモンのデータ見て、こういうことできそう、というのをイメージしながら作ってる。だからイメージに合わない、とかいや無理だろそれ、とか思うようなのは基本出さない。

 

 

【紹介】

 

らせんきどう

『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・わざ・どうぐで半減されず、さらに威力が1.2倍になる

⇒螺旋軌道。つまり【捩じれ】と【回転】で【貫通力】を高める感じの技術。多分最初の頃は目を回してたんじゃないだろうか。当たり前だが飛べないポケモンは使えない。あと飛べても飛ぶことが苦手そうなのは無理(ドードーとか『むし』タイプとか)。

 

かげぬい

自身か相手が戦闘に出てきたターン、自身が相手より先に行動した時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない。ただし特性“かげふみ”を持っているか『ゴースト』タイプには無効。

⇒影縫い。対戦相手のデータ作る時作者の前に立ちはだかる最凶最悪の壁。RPGとかで同じ名前の技ってだいたい行動不能系だから、特性“かげふみ”から流用して【影を踏んだ相手の動き】を【縫い止める】と考えればイメージしやすいんじゃないだろうか。理屈? 知らないし、そもそも“かげふみ”自体理屈が意味不明。

 

でんじかそく

『でんき』タイプのわざを使用したり、受けるたびに『じりょくカウンター』を一つ貯める。『じりょくカウンター』が1つ貯まるごとに『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する(最大6個)。

⇒電磁加速。【電気技】を【磁力】に、【磁力】を【威力】と【速度】に変換する技術。まあこれはそこそこイメージしやすいと思う。ただ『でんき』タイプなら誰でも使えるわけじゃないのは注意。デンリュウの場合特性に“プラス”があるからそこから流用してる。

 

うるおい

弱点タイプで攻撃されそうな時、そのターンのみ自身のタイプを『みず』へと変える。タイプが変わった時、自身のHPを1/4回復する。

⇒潤い。一応理論的にはヌメルゴンというポケモンの設定と“みずびたし”の効果の組み合わせ。HPが回復するのは水をかけると元気になるアニポケ謎理論。

 

ダイレクトアタック

自身が特殊技を使用した時、自身の『とくこう』に『こうげき』の半分を足してダメージ計算する。ただし、攻撃技が全て直接攻撃になる。命中が100未満の攻撃技の命中が100になる。

⇒直接攻撃。これを技術と呼んでいいのかは知らないが、当たらないなら当たる距離で殴れを素でやっちゃった感じの技術。イメージ的には“きあいだま”とかを手の中に作って直接殴ってる。

この裏特性持たせてるポケモンのイメージ的に近距離戦闘のほうが好きそうだな、とか思って作った裏特性。性格(キャラ)と能力に折り合いをつけたある意味イロモノ枠。

 

ちょうだん

たま・爆弾系の攻撃技を1-3回攻撃にする。対象を敵全体からランダムで一体に変更する。

⇒跳弾。当たり前だが跳弾とした時点で特性“ぼうだん”で防げる技しか効果適用されない。こういうあからさまに対応策があると、作者はちょっと強めに効果を設定する。まあなんでもかんでも適応より種類を絞ったほうが効果が高くなるのはなんでも同じ、ということで。

 

 

と、まあこの辺はまだ技術と(なんとか)呼べる(気がする)レベルのもの。

それで、ここからが技術というよりは体質や気質的なもの。

 

 

なかまおもい

『ひんし』になった味方の数だけ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』の能力ランクが上昇する

⇒仲間思い。どんな理屈で、と言われても知らない。例えば技の“かたきうち”とかなんでいきなり威力上がるの? とか言われても知らない。この辺はポケモン世界特有の精神論だと思っている。

【情の深さ】とか【絆の強さ】とかその辺を利用して自身を【強化】する技術。

 

ぬすみぐい

直接相手を攻撃する技を出した時、相手の持ち物がきのみだった場合、それを自身が消費する。きのみ以外の場合、その持ち物をその戦闘中使えなくする。

⇒盗み食い。技“どろぼう”と同じような物。これはどちらかというと好奇心旺盛な本人の【気質】的な裏特性。因みにメガ石等は盗めない。

 

とうしゅうかそく

味方から能力ランクを引き継いで場に出た時、引き継いだ能力ランクを最大まで上昇させる。

⇒踏襲加速。群れの長だった時の【気質】。仲間から【託された力】を【極限まで引き出す】頂点気質な裏特性。ぶっちゃけチート過ぎて三章じゃ使えなかった。ただし文面じゃ分かりづらいが能力ランクがマイナスに入っている場合、引き継いでも上昇しない。と言っても絶対に交代を一手挟む必要があるのでぶっ飛んでチート、というほどでもない。そもそも普通は、普通なら、能力引き継いで交代しても精々『こうげき』とか『すばやさ』くらいなので交代際『こおり』技でもぶっこめばそれで倒せるはずなんだが…………トレーナーが全部悪い。

 

 

以上、主人公PTから例えてみた裏特性説明。

アニポケで分かりやすく例えるなら。

“きずなへんげ”のゲッコウガ。“かげぶんしん”すると何故か分身の“みずしゅりけん”が本体に結集して超巨大化してるの。ああいうのが裏特性。『くさ』『ドラゴン』のメガジュカイが一撃で瀕死になるレベルの威力だし、あれは凄い。いや、そもそもヌメルゴン残して“れいとうビーム”ぶっさせばいいじゃん、とか思ってても言ってはならない(

あの世界“もらいび”持ちにブラストバーンが通用する世界だからな。『あく』タイプに何故か“サイケこうせん”が通用する世界だからな。世界法則ガバすぎんよ。

あと“りゅうせいぐん”を足場にジャンプして上から攻撃とか謎判定の多い世界観。

 

 

 

 

【トレーナーズスキル】

 

読んで字のごとく。【トレーナーの技能】だが、ぶっちゃけた話それ以外の全般も入ってる。

要するに【裏特性以外のほぼ全ての技能】がこれにあたる。

アクティブ型とパッシブ型に別れており、トレーナーが今だ、と指示した時だけ発動するのがアクティブ型。特定の条件時に指示しなくとも動けるように、或いは指示一つで動けるように事前に育成しておくのがパッシブ型。

アクティブ型はそう何度も連発して発動できないが効果は高く、パッシブ型は条件を満たせば何度でも発動する代わりにアクティブ型ほど効果は高く無い。

基本的にトレーナーズスキルは複数仕込むことができるが、パッシブ型は複数仕込むと相応にデメリットもある。パッシブ型を仕込むことは、つまりそれに特化させると言うことなので、伸びた分何がしかが弱体化する(本編ではほぼフレーバー化してるけど)。

因みにここまで説明しておいてなんだが、異能スキルに関してはほぼ全部が例外。系統化できないし、分類もできない。

 

 

【紹介】

 

トレーナーズスキル(A):スイッチバック

ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。

⇒アクティブスキルの中でもかなり凡庸なの。ハルトくんしか使ってないように見えるけど、実のところエリートトレーナークラスなら割と持ってるスキル。要するに、技撃つ前から交代するボール握ってタイミング見計らって交換するだけ。だから事前に決めてタイミングを見計らう必要がある。つまり突発的に交換、は無理。因みに相手の攻撃これで避けてもいいけど、迂闊にやってトレーナーにダイレクトアタック来ても自己責任。最悪死ぬから普通はやらない。故意に当てたならともかく、ポケモン戻して透かした攻撃が当たったならそりゃやったやつが悪い。

特に異能も必要の無い、純粋な【トレーナーの技術】から来るスキル。一番分かりやすいトレーナーズスキルかもしれない。

 

トレーナーズスキル(A):つながるきずな

行動直前時発動、戦闘に出ているポケモンの全能力を2段階向上させる、スキル発動以降、交代をしても戦闘に出ていたポケモンの能力ランクや状態変化を全て引き継ぐ。

⇒バトンタッチ効果+能力上昇。実機でやったらふざけんな、とキレること請け合い。この世界だと普通にあり。原理は簡単。トレーナーに頑張れと言われてポケモンが頑張ってるだけ。つまり根本的には精神論。まあハルトくん異能の才無いから仕方ないね。因みにお手軽原理に見えるがポケモン世界において精神論は割と重要。アニポケ見てれば精神論がどれだけチートかということが良く分る。

一見すると誰でも出来るようなスキルに見える。というか実際同じようなことはできる、やろうと思えば。ただここまで効果が高まるのはハルトくんだけ。絆の深さ、思いの強さ、信頼の重さがダイレクトに効果に出る。つまり全2ランク上昇とかぶっ飛び性能なのは、それだけ絆が強いから。

 

トレーナーズスキル(A):ぬけがけ

ターン開始時『物理』『特殊』『変化』の一つを選択する。相手がそのターン使用するわざが選択した分類と同じだった時、自身のわざの優先度を+1にし、急所ランクを上げる。

⇒カゲツさんのスキル。まあ分かるだろうけど、相手の行動を先読みしてそれに備えているだけ。相手が自分の予想通りに動いて、自分はそれに対する最適解を取っている、というあたりが急所ランク上昇の要因。不良のくせに頭良さげなスキルである。

 

トレーナーズスキル(P):いかさまロンリ

味方の下降効果が上昇効果になる。

⇒技術とかとは根本的に違う、【異能】によるトレーナーのスキル。結局トレーナーズスキル、ではある。括りでは同じだがこれは完全に【原理が無い】。原理が無いから解く方法も無い。表記はしてないけど、三章までのシャルの“かげぬい”では異能スキルは無効化できない。理由は後述の“かげぬい”の欄に表記。

 

トレーナーズスキル(P):だいひょうが

場の状態を「だいひょうが」に変更する。

⇒異能というのは原理は無いが、傾向は存在する。プリムさんなら『こおり』タイプが有利になるような異能スキルに偏っている。だから逆に『こおり』タイプ以外は使いづらい。これも特に原理は無いが、場の状態を範囲とするポケモンの技で一応は上書きできる。ただし次のターンにはまたプリムの異能で上書きされる。

 

トレーナーズスキル(P):はがねのせいしん

『はがね』タイプを持つポケモンの『ぼうぎょ』と『とくぼう』を高いほうの能力と同値にし、『ほのお』『かくとう』『じめん』わざを半減する。

⇒え、これ育成じゃないの? と思ったかもしれないが、実は違う。ダイゴさんの鋼鉄メンタルが異能通じてポケモンに伝播してるだけ。要するに、【異能をポケモンに付与している】。ダイゴさんは才能リソースの供給が最大の特徴。自分の才能を分け与えることで技枠増やしたり、特性増やしたり割と好き勝手な改造をしている。ある意味ハルトくんの絆系のスキルと同じ、絆じゃなく【異能でポケモンと繋がる】ことで【才能を分配】している。

 

 

まあトレーナー側のスキルの例としてがこの辺りまで。

次からがポケモン側への育成を通してのスキル。

 

 

トレーナーズスキル(P):つなぐてとて

技や特性、トレーナーズスキルなどの確率を手持ちの数×10%高める。

⇒またか、と思うかもしれないが頑張れ頑張れの精神論。つかハルトくんそれしかできないから。

要するに後ろで俺たちが応援してるぜ、って言ったら追加効果の発動確率が上がる謎理論。

これもポケモン世界の(以下略

 

トレーナーズスキル(P):こうてつのいし

『はがね』タイプを持つポケモンが『ねむり』『こんらん』にならなくなる。また『まひ』『やけど』などのダメージや能力減少を無効化する。

⇒さっきと何が違うんだよと言われるかもしれないが、こちらは【育成による効果】なのだ。

勿論育成の中に異能も絡むのだが、根本的には【やせ我慢】。状態異常になっても平気へっちゃら、と言えるようになるまで訓練することで耐性をつけている。ほら、ちゃんと育成だろ(

 

トレーナーズスキル(P):みんなのうらみ

手持ちの『ゴースト』タイプのポケモンが『ひんし』になった時、味方の場に出ているポケモンの全能力ランクを1段階上げる。この効果は味方のポケモンが場に出るたびに発動する。

⇒『ひんし』になった『ゴースト』ポケモンが次に出てくる『ゴースト』ポケモンに怨念のバトンタッチなスキル。『ゴースト』タイプのポケモンって実は異能トレーナーとかなり相性が良かったりするのだが、ガチガチの育成派のフヨウがこんなスキルつけてるのはさすが『おくりびやま』出身といったところか。まあフヨウはフヨウで『ゴースト』タイプへのかなり高い感応能力がある、要するに霊感が高い。ある意味異能みたいなものだが、ポケモンバトルに生かせないなら異能トレーナーにはならない。

 

トレーナーズスキル(P):せんいこうよう

味方が敵を倒すたびに味方の全能力が1段階上昇する、この効果は味方の場の状態として扱われる。

⇒軽い育成と後は統率の極みみたいなスキル。文字通りの戦意高揚。つまり精神論。さすがハルトのパッパである。そしてこれがちゃんと機能するのもポケモン世界の(略

 

 

【専用トレーナーズスキル】

 

文字通りの【専用】。とは言っても【一体には限定されない】。本編だとそのポケモンにしか使えない、みたいに思われるかもしれないが【使用することに絶対的な条件を必要】とする場合これになる。

基本的にこれは【一体のポケモンに一つ】が基本となる(6Vは除く)。特化指示のさらに特化育成のさらに条件付き特化みたいなものなので通常のトレーナーズスキルとは違い【効果は絶大】なものになるが、その分才能リソースを多く使う(フレーバー)。

 

専用トレーナーズスキル(A):ゲンシカイキ

ターン開始時発動、レベル120以上で種族値合計600以上の『オリジンクォーツ』を持つポケモンを『ゲンシカイキ』させる。

⇒一番分かりやすい【条件を満たすポケモンが複数存在する】専用スキル。ただしその条件が非常に厳しいことは見ての通り。レベル120以上という制限があるので【最低条件が600族の6V】。因みにだが【三犬や三鳥など種族値600未満は準伝説でも不可能】。伝説でも【原始の時代の力を呼び起こす】だけなのでそもそもグラードンやカイオーガのように力が衰えていないなら呼び起こす力も無いので不可能、と設定している(因みにレックウザは蓄えた力を失くしただけ、という判定なら可能。なので伝説はグラカイ以外は不可。準伝説も大半は不可だが【ラティ兄妹みたいに昔からいて尚且つ複数いる】ような種は可能。なのでサクラちゃんはオメガシンカできる(仕込めば)。三鳥も6V個体なら多分できる(複数いるらしい)。

 

専用トレーナーズスキル(P):かげおに

“かげぬい”が成功したターン、相手を対象とした相手のトレーナーズスキルや裏特性を無効化する。

⇒何故俺はこんな破壊天使を作ってしまったんだろうと思う最悪の専用。“かげぬい”を条件としているだけ分かりやすく【専用】。基本的にこのスキルが相手の裏特性やトレーナーズスキルを無効化するのは【“かげぬい”で動けないのに技術である裏特性やトレーナーズスキルが発動するわけねえだろ】という理由。なので以前プリムさんで出したトドゼルガの裏特性のような体質というか体格そのものとか、あとは異能などは基本的には無効にならない(本編だとフレーバー化)。

ただ四章、というか三章のチャンピオン戦辺りから異能も無効化するようになっている。

魂を燃やす、というシャンデラの図鑑説明辺りからのイメージ流用。まあ異能くらい燃やせるんじゃね? みたいな適当な理由。

 

 

 

まああれだよ、かわせピカチュウ! の一言で必中技を避けるアニポケ謎理論から思いついたやつだよ。基本的に裏特性もトレーナーズスキルもアニポケ見ての発想。そこから飛躍した感あるけど。最初の設定だとトレーナーズスキルって当てろ、とか躱せ、とか指示だったんだけど、そこからどうしてこうなったんだろう…………自分でも良く分らない。

 

 

あとは独自要素と言えば【特技】か。

技を合成しました、以上…………いや、それ以外に言うことないですし。まあバランスの調整はしてある。なんでもかんでもチートにすればいいわけじゃない。チートに見えるようなのもあるかもしれないが、一応やり方次第では勝てるようにはなってる敵も味方も。

設定作っててネーミングが一番困る。元となった技を考慮しつつ、どういう技なのか分かるような名前、というのがかなり難易度高い。

 

 

というわけで最後に。

 

 

この小説にはオリジナル要素やオリジナル設定が多数存在しております。

それらが嫌な方は素直に見るのを止めましょう。

…………まあ今更だよな。

 

 

 




久々に更新したのに本編じゃないって?
仕方ないにゃあ、今日中にもう一話本編上げる(上げるとは言ってない)。
一つ原因として言うなら…………GWは接客業だと連休じゃないんだ、地獄の連勤なんだよ(

あとグラブル始めたら楽しすぎたのが悪い(朝九時くらいにチュートリアルし始めて気づいたら夜十時で休日一日潰したバカの言い訳


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桜花乱れ青葉茂る

 

 ――――ああ、やっぱりか、という思いが胸をついて出て、ため息となった。

 

 記憶の中の女に、自身は見覚えがあった。

 と言っても一度も会ったことは無い、それでも知っている。

 

 ――――マグマ団のカガリ。

 

 六世代でゲームと共にキャラクター性までリメイクされたオメガルビー屈指の電波女。

 マグマ団の中でもリーダーであるマツブサ、実質上のナンバー2であるホムラに続く地位にある女であり。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはつまり、自身の想定よりイベントの順番が前後している、ということであり。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 …………………………………………。

 

 ラティオスの記憶を見終わる、と同時に戻って来る病室の景色。

「…………というか、なにあれ」

 見上げるほど巨大なバクーダの背中のコブが噴火したと思ったら、島が半分消え去っていた件。

 それほど大きな島では無かったが、それでもなんだそれ、と言いたくなる。

 というかまずサイズがおかしすぎる。十メートルは軽く超えている、十五メートル…………ないし二十メートル級と言ったところか。

 

 ポケモンバトルにおいて、サイズとは単純な有利には繋がらない。

 

 デカイ、というのはそれだけで強くはある。元のサイズに比べれば、『HP』『こうげき』『ぼうぎょ』あたりの物理的な部分は強くなる。装甲が厚ければそれだけ『とくぼう』も高くなるだろう。そしてあれだけ巨大なコブだ、『とくこう』も上がっているのは察せれる。

 だがそれらで補っても足りないほどに『すばやさ』は下がる。死角も多いので『かいひ』も下がる。狙いが遅いので『めいちゅう』も下がる。

 実際、あのバクーダが一撃攻撃を放つまでにラティオスは三度は攻撃していた。

 だがそれを底なしの耐久力で耐えて、カウンターで放たれる一撃一撃が重すぎる。

 あれはまさしく絨毯爆撃と呼べる代物だろう。範囲一帯全部吹き飛ばせばそれはもう必中技と同義だ。

 

 そして最後の一撃。

 

 島半分を消し飛ばすほどの超威力。エアの“シューティングスター”よりも威力の高い技など初めて見た。

 しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ分かったこともある。

 

 あれを受けてラティオスが生きている、ということは、タイプ相性が軽減可能、そして技での軽減も可能。

 恐らく『みず』タイプで受けができるポケモンがいれば、あの技のダメージは大きく減らせるだろう。

 それでも“だいばくはつ”、うまくやって“じばく”を喰らった程度のダメージは残るかもしれないが。

 

 それからもう一つ。

 

「ボール、一つしか持ってなかったな」

 

 記憶の映像を見たかぎりだが、腰にボールが無かった。咄嗟に出せないようなところに普通はボールを仕舞うようなこと無いはずだし、となれば持っていたボールはバクーダ一つだけ、ということになる。

 持ってきていなかった、ということは無いだろう。何せラティオス、ラティアスを捕獲しようと用意周到に仲間を周囲を囲っての上での攻撃だ。

 

 と、なれば。

 

「あの一体だけ、か?」

 

 レベル100のポケモンを一体育て上げるのと、レベル50のポケモン六体育てるのでは、基本的に後者の方が容易だ。ポケモンバトルは確かに個々の強さも重要だが、究極的に言えば数が重要になる。

 どれだけ切り札を残していようと1対6の状況では息切れが先に来てしまう。6縦、なんて普通そう簡単には出来ないのだ。

 とは言え、それは実力差がそれほど大きく無い場合に限られる。

 極端に言えば、レベル1のポケモン百匹集めても、レベル100のポケモン1匹には勝てない。

 だから理論的には圧倒的な実力差があるならば、タイプ相性の不利や数の差などある程度無視して戦える。それを突き詰めていけば六縦、というのも決して無理ではない。

 無いが、けれどそんなことできるならとっくにやっている。

 

 ポケモンにはレベル上限というものが存在するのだ。

 

 その辺りを説明するとなるとレベルってじゃあなんだよ、という話になってしまうのだが。

 レベルというものを専門的に説明するとなるとかなりややこしい話になるので、大雑把かつ簡潔に言うならば、レベルはその種族が理論的に発揮できる最大能力を100とした時のパーセンテージだ。

 つまりレベル100というのはその種が発揮できる最大の力を発揮できる、ということ。

 少なくともこれに関しては実機時代と全く異なっている。

 

 実機をしたことのある人間に分かりやすくいうならば、キャタピーがトランセルに進化するために必要なレベルは最低90以上だ。

 何を言っているのかと思うかもしれないが、それがこの世界の人間の常識だ。

 キャタピーという種のポケモンが発揮できる能力の最大の内九割以上を発揮できるようになればトランセルへの進化が始まる、という風に思えば良い。

 そしてトランセルに進化するとレベル1に戻る。そこからまた今後はレベル100にするとバタフリーに進化する。

 実機ならレベル7でトランセル、レベル10でバタフリーに進化していたが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話になる。

 キャタピーのレベル1とバタフリーのレベル1は同じレベル1なのか、と考えれば現実的には違うに決まっている。実機ならレベル1はレベル1だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが現実ではその絶対基準が存在しない。だから理論的最大能力値を100としてそこからパーセンテージ付けするしか評価方法が存在しないのだ。

 

 実機のように明確な絶対的な数値基準、というものが存在しない現実ではそうやって基準を作っている。

 

 パーセンテージで表すから余計に分かりにくいが、実際のところ実機でキャタピーをレベル7にする程度の労力でキャタピーはレベル90以上になりトランセルに進化するし、そこからさらに実機でレベルを3つ上げる苦労で現実ではトランセルはレベル100になりバタフリーに進化する。

 

 ナビの図鑑機能で、野生のポケモンのレベルが表示されるが、あれはポケモンのサイズや外観などの成長度合いから大凡の数値を読み取っている。個体差というのは読み取ってくれないので、同じポケモンなのにレベルが低く表示されていても強いポケモンはいるし、レベルが高くても弱いポケモンもいる。あくまで目安程度にしかならない。

 

 となると、色々とおかしな話が出てくる。例えばヒトガタだとか、準伝だとか。

 まあその辺りは話すとさらに専門に突っ込んだ話になるし、面倒なので要するにレベルは理論値限界をパーセンテージで表したものだと分かっていれば良い。

 

 そう、ポケモンのレベルには限界があるのだ。

 基本的に100が上限。何せ100%で理論的にはその種の持つポテンシャルを全て引き出しているはずなのだから。

 

 故にどれだけ強かろうと、通常のポケモンがレベル差で圧殺、というのは不可能だ。

 それこそ伝説のポケモンでも連れてこない限りは。

 だがあれはバクーダだ。規格外に巨大だし、色々と火力がおかしいことになっているが、所詮はバクーダだ。

 だから普通に考えればバクーダという種の枠組みの中にいるはずなのだが。

 

「ラティオスを圧倒してる時点でバクーダといって良いのか分からんなあ」

 

 特異個体、というのは時々いる。少なくとも6V、ヒトガタよりは見かける確率は高い。

 異常に大きい、異常に小さい、種族値がやたら尖っている、本来持っていないはずのタイプを持っている、などなど色々とパターンはあるが、自然の中で生まれ、育つ中で特異性を持つに至った個体というのは意外と多い。

 特異個体というのは、単純な突然変異によるものだけでなく、環境に適応したが故の異常というのもある。

 単純に異常、というと悪いもののように聞こえるが、ある種それは進化にも通じるものであり、決して悪い物ではない。

 例えばチャンピオンロードの地下に適応し視力が退化したガブリアスの群れ、あれこそまさに特異個体の群れとも言える。

 通常のガブリアスも基本的に視力というのは悪い。砂嵐が吹き荒ぶ環境下で育つため、視界の悪さは常にあり、視界を頼ることができないからだ。

 それを極端に特化されたのがチャンピオンロード地下のガブリアスたちだと言える。

 

 そしてサイズの異常、というのは一番ポピュラーであり、多い。

 

 理由としては、簡単で()()()()()()が一番多いからだ。

 

 食べる物の変化や、生息地の変化、単純な個体差に年齢の差、などなどそうなる原因は複数あり、しかもそれらが重複することもある。

 ただポケモンバトルで使用するなら最大5メートルが限度だと言われている。

 完全に受けポケとして活用するなら10メートル、それでもそれ以上のサイズというのは中々居ない。

 理由としては簡単で、割りに合わない、からだ。

 

 十数メートルの巨体を住まわせる場所を用意し、巨体を養う食事を用意すること自体がまず難易度が高い。

 ポケモンだってずっとボールの中に入っていればストレスも溜まる、最長でも一週間に一度は解放してやらねばストレスで体調を崩すかもしれない、最悪死ぬかもしれない。

 そこまでして保持しても、受けポケとしての技を仕込むための育成だってそれだけのサイズならば一苦労だ。

 そうしてようやく受けポケとして育て上げても相性が悪ければワンパンでやられることだってある。

 

 割りに合わない、というのはつまりそういう事だ。

 それこそ他所の地方では超巨大サイズの特異個体専門トレーナーみたいなのもいるらしいが、そういうトレーナーたちはそれ専用の施設のようなものを作り上げ、効率化を図っているからこそできるのだ。

 並のトレーナーが手を出してはただでは済まない。

 

 だから、普通ならあんな巨大なポケモン育てない。

 

 普通なら、だが。

 

「盲点だったかもしれない」

 

 そう、()()()()()()()()()使()()()()かもしれないが。

 そもそも()()()()()()()()使()()()()のなら関係無い。

 

 マグマ団は別にポケモントレーナーを目指している団体ではない。

 あくまで手段としてポケモンを使っているだけなのだ。

 だから、正々堂々ポケモンバトルをする必要などどこにもない。

 

 そう考えればあの動く火山のようなバクーダは凶悪だ。

 

 あれだけの巨体だろうとモンスターボールは問題無く収容してしまう。

 それはつまり、ボール一個であの巨体をどこにでも運べ、そしてどこにでも出せるということ。

 その上であの圧倒的な火力。

 

 そんなもの、一種の兵器だとすら言える。

 

 そんな兵器紛いのポケモンをテロリスト紛いどもが持っている、という状況に思わずため息を吐きたくなる。

 

「…………取りあえずポケモン協会に連絡。それからこっちでも早めに動かないと不味いかもね」

「アナタは、私を襲ったニンゲンたちについて詳しいようだな」

 

 思わず出た独り言に、ラティオスが反応を返す。

 そう言えば心が読めるのだったか、と思いつつ。

 

「ああ、まあそうだな…………あいつらはマグマ団。当面の敵だな」

 

 アクア団をこちらで抑えたことで、当面の敵はマグマ団となる。

 だが思ったよりも厄介そうなのが困りものだ。

 

「…………ふむ」

 

 と、そんな自身を他所に、ラティオスが下顎に手を当てて、僅かに考え込み。

 

「もし、アナタが良いならば…………私を連れていって欲しい」

 

 そう告げる。

 

「……………………どういうつもり?」

 

 眉根を潜める。

 生憎こちらは心など読めないのだ、その提案の意図を質問する。

 だがそんな自身へとラティオスが視線を向け。

 

「アナタが今どんなことをやろうとしているのか、大よそだが理解した。そしてそれが失敗した時、私たちにどれほどの影響があるのかも」

「……………………そこまで読めるのか」

 

 まだ一言も語ってないし、ここに来てから考えても無かったはずなのだが、伝説のポケモンたちのことまで読み取られたらしい。

 少しだけ不快な感覚を覚えるが、すぐに飲み込む。そういうポケモンなのだから仕方がない、と思うことにする。

 

「済まない、つい癖のようなものでな」

「分かったから、続けろ」

 そうして自身が続きを促せば、ラティオスが一つ頷き。

 

「理由は三つ…………グラードンとカイオーガ、伝説へと挑もうとするアナタの傍にいる妹が心配だから。アナタが失敗すれば私たちの住処がホウエンから消え去るから。そして」

 

 すっと、ラティオスが目を細める。

 先ほどまでとは違う、冷ややかな視線で、こう告げた。

 

「――――私たちの島を破壊したやつらを追いかけるため」

「…………復讐ってこと?」

「いや、報復さ」

 

 大して違わないだろ、と言いたいが言いたいことも分かる。

 住処を破壊されて怒らない野生のポケモンがいるだろうか。

 そしてこれから起こることを知ったならばそれに対して不安になるのも分かる。

 分かるからこそ、悩む。

 

 正直、これ以上は手一杯だ。

 エアたち殿堂入りメンバー六体に、旅を始めてからのメンバー三体で計九体。

 そして、後一匹確保しておきたいポケモンがいる。

 それを考えれば、これ以上居られてもこちらが扱いきれない。

 

 その思考を読み取ったのか、ラティオスがなるほど、と一つ頷き。

 

「ならば、ハルカの手持ちになる、というのは?」

「…………ハルカちゃんの?」

 

 その提案に僅かに悩む。

 確かに、育成するだけならこちらでして、後はハルカちゃんに使ってもらう、というのはアリだ。

 何よりここから先ハルカちゃんもついてくるなら戦力は多いに越したことはない。

 それが幻のポケモンラティオスともなれば、十二分な戦力となるのは間違いないだろう。

 

 そう考えて。

 

「――――アオバ」

 

 ぽつり、と呟く言葉に、ラティオスが一瞬首を傾げ。

 

「キミの名前だよ」

「…………では?」

「ハルカちゃんの了承はちゃんと取ってね」

「問題無い…………すでに取っているからな」

 

 にっ、と不敵な笑みを浮かべるラティオス…………アオバに、用意周到だ、と呆れ。

 

「まあ、何はともあれ、これからよろしくね」

「ああ、よろしく頼む」

 

 差し出した手を、アオバがぎゅっと握る。

 

 

 …………ところで、サクラはいつまで引っ付いているのだろうか?

 

 

 ふとそんなことを気にした。

 

 




「周りの火力が足りてない」という動画が衝撃的過ぎて二時間くらい放心してた。


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あれ? 何気に初めて?

 

「………………これは何というか」

 

 予想外、としか言いようが無い。

「…………むう、やはりダメか?」

「ダメ…………ってことはないけど」

 困ったような表情をするラティオス…………アオバに、思わず唸ってしまう。

 いや、元来ラティオスは、というか原作的にはラティアスだろうか、まあラティ種の区別は雌雄であって種族的には同じらしいのでラティオスもだが、擬人化する種族なのだ。

 擬人化とは言ってもこの世界で言うところのヒトガタとはまた違うのがややこしいところであり、ラティオス、ラティアスのラティ種の羽毛はガラスのような物質になっており、光の屈折を操作することで姿を変えたり消したりすることができる、という公式設定が存在する。

 ラティ種というのは公式の数少ない擬人化ポケモンなのだ。

 

 つまりそういう素養、というか下地というか、擬人化する才能のようなものがある、ということ。

 

 そして。

 

「まさか…………ヒトガタじゃないとはなあ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ルージュとノワールの姉弟が両方ともヒトガタだっただけに、予想外が過ぎた。

 いや、正確に言えば()()()ですらない。

 

 ――――アオバの才能は借り物だ。

 

 否、ラティオスという種であるからして、潜在能力(ポテンシャル)は通常のポケモンとは比べものにならない力があることは事実ではある、だが。

 個体値(サイノウ)だけは(サクラ)からの借り物に過ぎない。

 同じラティ種であり、そして兄妹であり、そして同調(シンパシー)を得手とするラティ種だからこそできる裏技。つまり、()()()()()()()ポケモンであって、本来の姿はポケモンとしての姿のほうなのだ。

 アオバがヒトガタになれるのは、サクラの力を借りているからだ。サクラの才能を借りて姿を変えている。

 6Vでも無いのに擬人化できるのはラティ種の下地と6V(サクラ)の才能という二つの要素で成り立っている。

 ミツルくんのラルトス二匹を除けば…………自身やハルカの手持ちとしては初めてかもしれない、6Vでないポケモンとは。いや、それはそれでおかしい、というかエアたち六体まではともかく、自分とハルカのヒトガタとの遭遇率って異常ではないだろうか。

 

 まあそれは置いておくとしても。

 

「サクラとのシナジーが高すぎる…………これ単体で育成とかできるのか…………?」

 

 恐るべし妹愛、というべきか。同調度合が度を越しているというべきか。

 簡単に言えば、()()()()()()()()()()()

 性能的に言うなら、恐らくサクラが同じパーティにいないだけで性能半分くらい下がりそう。逆に同じパーティにサクラがいるなら1.5倍くらいは強くできそうな、そんな()()()()()がどうやってもつきそうな感じだ。

 

 アビリティ、というものに関して、知識はあったし、相対して何度も体感もしたことがある。だが自分で触れたのはサクラの育成を通してが初めてだ。

 何というか、あれは特性や裏特性よりも体質的な特徴を煮詰めた物とでもというべき代物だった。

 こちらの世界に来て分かったことではあるが、ポケモンの特性というのは案外技術的なものだ。

 トレーナーが教えた技術ではなく、野生で生きている内に身に着いた技術、とでも言うべきか。

 例えばラティオス、ラティアスの特性は“ふゆう”だ。

 特性“ふゆう”を持つポケモンは宙に浮かび上がって『じめん』技や設置技の効果を受けなくなる。

 これは『ひこう』タイプと同じ特徴を持ちながら、『ひこう』タイプを持たない便利な特性だ。

 つまり浮かんでいるから『じめん』技…………例えば“じしん”とかは受けない、という話なのだが。

 

 例えばメガリザードンX。黒いほうのリザードンだが、メガシンカしたことでタイプから『ひこう』が失われてしまう。

 だがゲーム画面だとどう見たって浮かび上がっているにも関わらず『じめん』技が弱点で受ける。

 

 それに、“ふゆう”を持っていても特性“かたやぶり”が相手だと『じめん』技を受けてしまう。特性“かたやぶり”は相手を攻撃する時に相手の特性を無視する特性だ。

 イナズマの特性はメガデンリュウの特性が“かたやぶり”なことを参考に()()した特性であり、この時点で特性は先天的なものであとからどしようも無いと言った類のものではないことが分かる。

 

 特性も技術、と言ったが正確には素養を使った性質、とでも言えばいいだろうか。

 

 例えばエア、ボーマンダならば特性は“いかく”と“じしんかじょう”だが、ボーマンダにはその両方の素養があるのだろう。そしてどちらかの素養を()()させていくことで性質とする。

 つまり、下地は生まれついてのものではあるが、それを特性として発現させる必要がある。

 

 それとは違い、アビリティは生まれついて持っているものが多い。

 それこそラティ種なら光の屈折を操作する力や、超能力を操る力など、実機だとフレーバーだった要素を実戦で使えるレベルまで煮詰めたものがアビリティとなる。

 だから、ある程度、ではあるが種族ごとにアビリティというのは似通る。伝説種のような固有存在はともかく、ラティ種のような複数存在する種はこの傾向が強い。

 とは言っても、個体差、というのは確かに存在するため、アオバとサクラのアビリティが同一かと言われるとそれはまた別の話なのだが。

 

「…………いや、待てよ?」

 

 確かにアオバ単体で育てようとすると色々と無理が出てきてしまう。

 だから、逆に考えればいいのか?

 

「サクラとタッグで、ダブルバトル専用として考えれば…………?」

 

 同じタイプ、同じ特性、大して差の無い種族値、はっきり言って実機知識から言えばバカみたいな組み合わせではあるが、現実のダブルバトルで一番重要なのは、タッグを組む仲間とのコンビネーションだ。

 全体技を撃っても別に棒立ちして受けなければならない理由も無いのだ、仲間を巻き込む“じしん”を撃ったところで先に分かっていれば退避しておくこともできる。

 そもそも実機じゃないのだ、一々コマンド入力で技を選択できるわけでも無い上に互い違い矢継ぎ早に指示を出す実戦ではトレーナーがどれだけポケモンのことを理解しているか、そしてポケモン同士がどれだけ互いのことを理解しているか、というのは重要になる。

 

 ――――なるほど、思ったより悪くない案かもしれない。

 

 育成の方向性、とでも言うべきものが決まってくる。

 

「と、なると」

 

 その方向で育成する以上、必要不可欠なことが一つある。

 

「ハルカちゃんにも話通さないと、ね」

 

 ダブルバトルで使うということは、トレーナーであるハルカにも話を通す必要がある。

 しかし、実機だと割とそういうシーンあったが、この現実で自身がハルカとダブルバトルすることなんてあるのだろうか?

 

「…………アオバの出番無いかも」

 

 ふと呟いた一言は、けれど割と現実味があって、困惑してしまった。

 

 

 * * *

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と。

 

 地響きを立てながら、山が揺れる。

 

「…………おお」

 

 感嘆したような声を挙げながら、男が一歩、前に歩み出た。

 ぐつぐつと穴の底で煮えたぎる溶岩、そしてそこからもうもうと昇る黒煙を眼鏡のレンズ越しに見つめながら、男が笑みを浮かべる。

「この僅かな欠片でもこれだけのことができるか」

「ウヒョヒョ、それではリーダー、例の計画も」

「うむ…………アレが手に入り次第、始めようではないか」

 眼鏡をかけた男の後ろに立っている、小太りの男が告げた言葉に、リーダーと呼ばれた眼鏡の男が一つ頷く。

「ですがアレこそが我々の計画で最も重要で欠かすことのできないものでありながら、最も入手することが困難な物です。リーダー、どうするつもりで?」

「くく…………アレを手に入れる算段などとうについている。余計な手出しをされぬために、それ以外の全てを整えてから手に入れようと思っていただけのことだ」

 男の言葉に、周囲にいた他の団員たちもどよめきを見せる。

「で、ではリーダー…………いよいよ我々の悲願が」

 団員の一人の言葉に、男がうむ、と頷く。

 

 とは言ったところで。

 

 団員の全てがリーダーである男の理想に納得しているわけではない、と男自身分かっている。

 だがこの場にいるのは男の思想に同調し、理想に同意した選ばれた者たちだ。

 いよいよ理想、思想、悲願の成就の時が来た。その言葉に、皆が皆喜びの様相を見せ。

 

「…………リーダー」

 

 ふと、後方で連絡を受けた小太りの男が男を呼ぶ。

 何だ、と視線を向けると男が近づき耳打ちした言葉を聞き。

 

「何…………? アクア団が?」

「ウヒョヒョ、どうやら間違いの無い情報のようですよ」

 

 告げられた言葉に、思わず目を細める。

 

 ――――アクア団。

 

 それは自身たち…………()()()()にとって不倶戴天の敵の名だ。

 人類の発展のため、世界に陸地を増やそうと活動するマグマ団とは真逆に、ポケモンたちの営みを守るため、世界に海を増やそうと活動するのがアクア団。

 そしてそのための手法がマグマ団と同じ()()()()()()()()()()使()()という部分まで一致していることも最高に皮肉だ。

 

 マグマ団の天敵アクア団。

 

 そのアクア団がポケモン協会のトレーナーたちによって壊滅し。

 

 アクア団首領アオギリもまた、縛についたという。

 

 気に食わない相手ではあったが、アオギリの強さを男が何よりも知っている。

 何度となく衝突し、けれど決着は着かずに終わった。

 あの男の強さは並ではない。

 もしかすると、ジムリーダーすら匹敵、或いは凌駕するだろうあの男を倒し、捕縛した人間がいる。

 

 否、それだって分かっている。

 

 確かにアオギリは強い、強いが。

 

 マグマ団、アクア団の()()()()()()()はホウエンで最も強いトレーナーだ。

 

「…………チャンピオン、ここまで早く動いてくるか」

 

 現ホウエンチャンピオンハルト。

 

 約二年前、若干十歳という年齢でホウエンの頂点にたった少年。

 

 そして当時まだ表に出ていなかったはずのマグマ団、アクア団という二つの組織の目論見を察知し、次々と手を打ってきた厄介な相手。

 正真正銘ホウエン最強のトレーナーだ。所詮子供、と侮ることはできない。

 

「南に向かった者たちから連絡は?」

 視線を向け、小太りの男へ尋ねると、男がゆっくりと、けれど確かに首を横に振る。

 失敗か、と口の中で呟き、けれど言葉を声にしないまま飲み込む。

 南へは彼女が赴いているはずだ、野生のポケモンごときにまず負けるというのは考えにくい。

 と、なれば…………。

 

「逃げられたか、カガリ」

 

 彼女のポケモンは強大で、強力だが鈍重だ。逃げに徹されればそうなる可能性はある。

 だからこそ、数で囲み、逃さないように複数の団員たちを遣わしたのだが。

「…………ふん、まあ良い。ホムラ、キサマは計画の準備をしておけ」

「リーダーは、いかがするつもりで?」

 問われた言葉に少しだけ鬱陶し気に男が眼鏡をくいっ、と直し。

 

「決まっているだろう」

 

 にぃ、と口の端を釣り上げて。

 

「最後の仕上げだ」

 

 そう告げ、小太りの男へと背を向け歩き出した。

 

 

 * * *

 

 

 どうすべきか、なんてこと、決まっている。

 

「俺たちアクア団はチャンピオンに手を貸すことに決めた」

 

 男、アオギリの告げた言葉に、団員たちの大半がどよめいた。

 そして言葉にアオギリの真正面に立っていた男、ウシオが口を開く。

 

「ホンキかアニィ? あいつらは本当に信用できンノカ?」

 

 ウシオの言葉に団員たちの何人かが頷く。

 だが、アオギリからすればその質問は馬鹿が、としか言いようが無いものだ。

 

「できるできねえの問題じゃねえんだよ、もう」

 

 すでに自身たちは一度()()()()()のだ。

 今こうして開放されているのも、つまりもうすでに反抗しても一瞬で終わるほどに詰まされているからだ、と言える。

「アジトの場所もバレた、未だに拘束されてる仲間もいる、さらに言うなら一番肝心なもんは軒並みチャンピオンが抑えてやがる。マグマ団のやつらがすでに動き始めてるって話もありやがる中で、この上チャンピオンをもう一度敵に回すのがどれだけリスキーな選択肢か、分からねえやつはいねえだろ」

「なら、アオギリ、諦めるというの?」

 一歩、女が前に出て、口を開いた。

 

「イズミ」

 

 アオギリが呼ぶのは女の名だった。

 褐色の肌の女、アクア団の幹部イズミはどうなのだ、とさらに尋ねてくる。

 

 ――――もし。

 

「諦めたわけじゃねえ」

 

 ――――全て見た上で、それでもカイオーガが欲しいと言うなら。

 

 ただ、少し気になっている。

 

 ――――別にそちらに渡しても俺は構わないよ。

 

「…………どういう意味だ、そりゃ」

 

 ――――まあ、本当にあんなものが欲しいって言うなら、ね。

 

 あの時、チャンピオンが自身に囁いた言葉が気になってしまってどうしても耳から離れない。

 ただのくだらない戯言。この間までのアオギリならばそう言って、チャンピオンを利用して何としてもカイオーガを手に入れようとしていたかもしれない、が。

 一度完全に敗北し、()()()()()()ことで頭が冷えてしまった。

 

 だから、余計な思考を回してしまう。

 

 全ては問題無かったはずだ。

 

 自身たちの計算には何の狂いも無いはずだ。

 

 アレさえあれば、カイオーガは自身の意のままであり、アクア団の理想の実現のための重要な存在となってくれるはずで。

 

 あんなもの、あんなもの。

 

「…………知ってやがる、ってのか」

 

 どこで、どうやって、何を。

 

 呟いた言葉に、けれど返って来る言葉は無かった。

 

 

 




…………zzz


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おにびとか漂ってそうな山

 

 そこは家だった。館だった、屋敷だった。

 

 『オトウサン』が各地から集めたマシロの名を失った少女のような孤児たちを集めた場所。

 

 そこは監獄だった。そこは牢獄だった。

 

 三人の少年少女がそこにいた。すでに全員がその名を失い、名も無い誰かでしかなかった。

 

 そこは訓練場だった。そこは研究所だった。

 

 血でなく、強さで繋がる家系。

 ただひたすらに強くあることを求め続け、弱者を切り捨て強者だけが残る生の極致地点。

 与えられた一匹のポケモン。それをひたすら強く、強く、強く、育て続けること。

 そして戦い、闘い、トレーナーとして強く、強く、強く育つこと。

 

 それが少年、少女に与えられた使命だった。

 

 始まりは十人だった。

 

 『オトウサン』が用意したポケモンと戦い、勝てば褒められた。負ければ激しく叱咤され、負け続ければ見捨てられた。そも孤児など他に行く当ても無かったから孤児なのだ。見捨てられれば…………どうなるかなど、火を見るより明らかだった。

 

 一年で半数になった。

 

 居なくなった彼らのポケモンは残った彼らが引き継いだ。

 座学も学んだ。知識を詰め込み続け、頭が痛くなるほどに学んだ。それをバトルに活かせなければ生き残れなかったから。

 二年目になれば『オトウサン』が用意したポケモンの質がより上がった。

 中でも全身を黒に染め上げられたポケモンたちは凶悪で、凶暴で、他のポケモンと違い、トレーナーまで襲われた。

 

 二年目で更に二人居なくなった。

 

 三年目まで残ると『オトウサン』は少年、少女たちに優しくなった。

 よくやった、と言って彼、彼女たちを褒めた。

 上機嫌な『オトウサン』の語る言葉をマシロだった少女は無感情に聞いていた。

 それはきっと、残った二人も同じだったのだろう。

 

 人間らしさ、なんてその場所では必要無かった。

 

 ただ残忍と冷酷と生への渇望だけが必要とされた。

 

 たった一つ信じられるのは己がパートナだけだった。

 

 二年、共に生きて抜いてきた最愛のパートナーだけだった。

 

 

 ――――クロ。

 

 

 呟く少女の声に、ジヘッドが鳴いた。

 

 

 * * *

 

 

 およそ二十年以上前の話になる。

 

 当時のホウエンは今ほど開かれた地域では無かった。

 

 決して閉塞していたわけではないが、けれど他所の地方の人間など極少数であり、それも交易関係の仕事で時折港町にやってくる、という程度のものだった。

 

 現代との最大の違い、そして理由として。

 

 ミナモシティが発展していなかったこと。

 

 即ち、これにつきる。

 今でこそ、ホウエン最大規模の観光都市として発展したミナモシティではあるが、当時はまだホウエン唯一の交易、そして漁港の街。その交易だって今ほど盛んでは無く、規模の小さなものだった。

 ホウエンは自然の多い土地柄のせいか、技術的にまだまだ未熟だった。そのため、輸出に使えるものと言えばその大自然の中から取れる物ばかりであり、キンセツシティもまだ今ほどの発展を見せていなかったため、それを製品加工する技術も低く、高度な技術が必要な品は専ら輸入頼りの、技術的にも、文化的にも後進した地方であった。

 

 ホウエンが文明的に進歩した転換期は主に二つ。

 

 一つはカナズミシティに勃発し、飛躍的成長を見せたデボンコーポレーションの台頭。

 

 そしてもう一つが、()()()()()()()()()

 

 その原因となったのが。

 

 

 ()()()()

 

 

 『おくりびやま』から大量の『ゴースト』ポケモンたちがミナモシティへと降り、町が冗談抜きで半壊した近年における野生のポケモン被害の中でも最大規模の事件である。

 

 ホウエンにおいて、ポケモンバトルを競技とし、スポーツとする風潮を粉々に打ち砕き、トレーナーを戦力、ポケモンバトルは戦い、とする風潮をより一層強めたのもこの事件が切欠である。

 遠くイッシュやカロス地方において、ポケモンバトルはスポーツであり、競技であり、闘いである。それは技術発展に伴い自然を崩し、人の世界を切り開き、人の領域の安全を確保したが故の物であり、それ故イッシュやカロスのポケモンリーグと、カントージョウトやホウエンリーグのルールというのは異なってくる。

 ホウエンリーグが()()()()()()()()と言われる所以はこの辺りにある。

 あの過酷なまでのチャンピオンロードもそうだが、ホウエンリーグがチャンピオンに求めるのは()()()()()()だ。安全なフィールドの上でルールで縛ってその上でだけ勝てるような制限された強さは必要ない。ただ自然の脅威が人の世界を脅かした時、真っ先にその先頭に立って戦うことのできる王者(チャンピオン)がホウエンには必要だった。

 

 騒霊事件とて、元を正せば()()()()()()()()()()()()が原因だ。

 けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために規模が拡大、結果がミナモシティ半壊。

 最終的に当時の四天王、チャンピオンが招集され、ミナモシティでの()()()が行われ、この一件で『おくりびやま』の『ゴースト』ポケモンの半数が()()()とされる。

 それ以降『おくりびやま』には管理者が配置された。実機でいうところの『あいいろのたま』と『べにいろのたま』を管理していた老夫婦がそれに当たる。実機ではそれらしい背景は一切無かったが、現実だと割とそういう実機には無かったバックストーリーというのが溢れている。

 否、ポケモンという野生の脅威が存在し、そして現実なのだ。それによる被害があるのは当然なのかもしれない。

 

 そうしてミナモシティが半壊すると、それを復興しようと各地から資材と人が集まる。

 資材を運ぶための船を入れるための港も増設され、集まった人を対象とした商売が始まる。

 それが今のミナモシティの原型、始まりとでも言うべきか。

 騒霊事件では人的被害より物的被害のほうが圧倒的に大きかった。元々が悪戯だったからか、人への被害は実のところそれほどでも無い。とは言っても死傷者は決してゼロでは無いのだが。

 それよりも壊された町を再建するよりも、いっそ下地から作り直していこう、これを機にミナモシティをもっと大きく、規模を拡張し、開かれた街にしていこうとそういった運動が起こり、時を経るごとに人が集まり、物が集まり、船が集まり。

 今ではホウエンの玄関と呼ばれるまでの大規模な交易都市となった。

 

「と、まあこんなの現代じゃほとんど知られてないんだけどね」

 

 ホウエン地方最大の霊山『おくりびやま』。

 『ゴースト』使いの修行場にして、数多くの死者の眠る地。

 人もポケモンも死した時は半数はそれぞれの町で墓を作られるが、残りの半数はこの『おくりびやま』に葬られる。

 『おくりびやま』は送り火山の名が示す通り、死した人やポケモンの魂を送り出す場所として過去よりホウエンの霊山として崇められている場所だ。

 正直『ゴースト』だらけで全然送りだせてない気もするが。

 

「…………見てるだけで気分が悪くなりそうだわ」

 

 自身の隣でぽつり、とシキが呟く。

 視線をやれば、こころなしか、顔色が悪いようにも見える。

「どうしたの、シキ」

「…………ちょっと雰囲気にあてられただけよ」

「…………ふーん?」

 そう言うのならそうなのだろう、と納得しておくことにする。

 シキと二人歩きながら『おくりびやま』へと入る。

 実機もそうだったが『おくりびやま』の麓のほうは墓場となっている。中腹辺りまでは整備された道で歩いていけるが、それより上に行くとなると山道を歩く必要がある。

 とは言っても実機でもそうだったように、管理人夫妻がいるため、頂上まで一応道はある。麓のほうと比べると土を固めただけの乱雑なものだが、それでも道なき山よりかは大分歩きやすい。

 

「それで、ここに何しに来たの?」

 

 墓場を抜け、山の中腹を歩く。

 見下ろす景色は山を囲う湖とその向こう岸に広がる自然。

 ホウエンというのは自然が多いため、高いところから見渡す限りの大自然が広がって見える。

 とは言っても、こんな雰囲気の暗い場所から見たところで、さほど気分も良くはならないが。

 そうして景色を見ていると、後ろでシキが一つため息。

 

「大丈夫?」

「…………ええ、大丈夫よ」

 

 そう、とだけ呟きながら横眼でシキを見やる。

 どうにもここに来てから顔色が悪い。

 

「……………………頂上に用事があるんだよ」

「頂上?」

「そうそう、この『おくりびやま』の頂上には、昔から二つの珠を保管した場所があるんだよ」

「珠?」

 いまいちイメージが掴めないのか、首を傾げるシキに。

 

「『べにいろのたま』と『あいいろのたま』、だよ」

 

 答えた言葉に、シキが目を丸くする。

「え…………でもそれって確か、キンセツシティのカジノにあるはずでしょ?」

「あれ精巧に作った偽物だよ」

「……………………は?」

 ぽかん、と口を半開きに固まるシキに笑みを浮かべる。

「いや、折角本物手元にあって、協会から人手も借りれて、時間もあるんだからわざわざ本物出さなくても偽物作って飾っとけばいいじゃん、ってことだよ」

 因みに二つの珠はゲームだとそうは見えないが、自身が両手で抱えなければいけない程度のサイズはあり、しかも本物のルビーとサファイアの原石を使って作ってあるので、現代ならかなりの値段になるが、以前にも言った通りこの世界宝石の値段というのが大分低い。決して安かったわけではないが、それで釣りだした両団への被害を考えれば費用対効果はかなりのものだったと思う。

 

「正直、俺の手元に置いておきたい気もするけど、下手に動かすと気取られそうだったんだよね。だから偽物作ってそっちに目を向けさせたんだよ」

 

 そもそも二つの珠をどうにかして両団に渡さないことが、伝説のポケモン復活阻止の一番手っ取り早い方法であり、自身がチャンピオンを目指した理由の半分でもある。

 だから当初の予定としては二つの珠をこちらで管理しようと思っていたのだが。

 

「こっちの想定以上にアクア団の動きが速かったんだよね」

 

 借りること自体は管理者から了承を得ている。

 『おくりびやま』の管理者と二つの珠の管理者は本来別の話なのだが、そこは四天王のフヨウに話をつけてもらった。実機でもあった設定だが、管理者の老夫婦はフヨウの祖父母だ。それを知っていたので、ポケモン協会を通してポケモンリーグを動かし、フヨウに話を持ち掛け、フヨウに祖父母を説得してもらうと言う手間を取ったが、最終的にはやはりチャンピオンという肩書のお蔭で信用を得られた。

 まあグラードンとカイオーガ、二匹の伝説と珠の関係性を知っていたことも多少の説得力を持たせる要因となったのもあったが。

 そうして『べにいろのたま』と『あいいろのたま』を借りようと思ったのだが。

 

「ミナモシティの近くで迂闊に移送させれば、それだけで感づかれそうなくらいアクア団が広がってたから急遽予定を変えたんだよ」

 

 『おくりびやま』というのはミナモシティに非常に近い。

 正直、ミナモシティのどこからでも見えるくらいに近く。

 ミナモシティに根を張るアクア団に気づかれないように二つの珠を移送するのはかなり骨が折れた。

 マグマ団とアクア団が何時の時点で二つの珠の存在を知ったのか、分からないが、当時からすでに『おくりびやま』周辺に手を伸ばしていたことから考えると、珠の存在自体は知っていた、だがそれがどこにあるのかは分からない、と言ったところだろうか。

 すでにホウエン中でマグマ団とアクア団は活動していた。そんな両団の目を潜り抜け、密かに珠を運ぶのは難易度が高いことも分かっていた。

 

「だったら、いっそ移さなければ良い」

 

 本物があるのだ、偽物を作ることも決して不可能ではない。

 第一マグマ団もアクア団も()()()()を見た事が無いのだ。

 特徴らしい特徴さえ押さえておけばまずバレないだろうとは思っていた。

 

 問題があるとすれば、()()()だろうが。

 

 …………いや、彼女に関しては今は良いだろう。

 

 偶然か必然か、これまでまだ出会っては居ないが、けれどいつかは出会う、それは最早決定された未来だ。

 

 特に()()()()()()()()()()()彼女を欠かすことは不可能だろう。

 

「…………まあ、今は目前に迫った伝説の対処で手一杯だな」

「何か言った?」

 

 いや、なんでもない。と首を振って答える。

 長々と歩いてきたが、山頂はもう少しだ。

 

 ――――マグマ団が動き出している。

 

 その情報はすでに掴んでいる。

 過日、『えんとつやま』にマグマ団がやってきていた、という情報にすでにダイゴ含めた幾人ものリーグトレーナーが動き出している。

 あちらはあちらで任せておいていいだろう。

 

 そうこう考え居る間に、頂上にある二つの珠を安置した祠が見えてきて。

 

「シキ、ほら、あれだよ」

 

 言葉と共に同行していた少女へと振り返り。

 

 

 …………蒼褪めた顔で蹲る少女を見た。

 

 

 




プロナントシンフォニーってゲームがくそ面白すぎて毎日徹夜しながら遊んでたらいつの間にかこんなに空いてしまった(

そろそろシキちゃんについても話進めたいと思う。


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寝起きですぐには動けない

まったく、カロス編は地獄だぜ。どんだけ人とポケモンが死ぬのか、今から心臓がばくばくしてきた。


 

 『オトウサン』が集めた子供たちは性別も年齢も出身地もバラバラだったが、一つだけ、ある共通点があった。

 それは、異能を持つ、ということ。

 

 異能とは不可思議な物だ。

 

 ポケモンでも無い人の身でありながら、ポケモンでもできないよう不可思議な現象を起こす奇跡の業。

 マシロだった名も無き少女の異能は『逆転』。

 

 全て“さかさま”に“ひっくりかえす”こと。

 

 この異能と信頼するパートナーと力を合わせ、少女は二年の間生き延びた。

 

 三年目に行われたのは、異能の強化。

 そう名目付けられた拷問だった。

 優しかった、そう思えたのは最初だけ。ここまでの結果に満足がいったから喜んだだけ。

 …………まだ何も終わってはいない。それだけの話だから。

 

 十にもならない小さな体で、与えられたのは意識が飛びそうな苦痛。全身を焦がす電流。こんなことに何の意味があるのか、けれど『オトウサン』がやれと言うならばやるしかない。

 一寸の光も差さない闇に包まれた部屋の中で一週間、飲むことも食べることもせず、放置されたこともあった。

 音一つ聞こえない静寂。自身の鼓動だけを感じながら、見えず、聞こえずの闇の中で気が狂いそうになる精神を繋ぎとめていた。

 

 他人が聞けば目を剥くような虐待の数々だと言われるだろう。

 

 だが当人たちはそれを虐待だとは認識していなかった。

 それを辛いとも思わなかったし、嫌だ、とも思わなかった。

 

 まだ子供であり、常識、なんてものを知らなかったこともあったが、何よりも。

 『オトウサン』がポケモンを使って無意識にそれを普通だと思うように催眠していた。

 子供というのは純な生物だ。あっさりと無意識にそれを当然のことと刷り込み、何の疑問も持たずにそれを熟す。

 例えその過程で気が狂おうと、死のうと、『オトウサン』からすれば弱者が一匹、居なくなっただけ程度のこと。

 居なくなったらまた補充すれば良い。異能者というのは突然のごとく生まれる。そしてその異常性から親に気味悪がられ捨てられることが多い。

 どんな世界、どんな場所であろうと、人間という種の根本は変わらない。

 人間は異物が嫌いだ。異物を見つければとことん排斥しようとする。

 

 腐っているのだ。

 

 根本からして。

 

 性根が根腐れしている。

 

 だからこんなにも多いのだ。

 

 異能持ちの孤児、というものが。

 

 『オトウサン』と呼ばれる男は、他人が捨てたそれを()()()しているだけに過ぎない。

 

 ああ、本当に。

 

 ナンテクサッテイルノダロウカ、オレモ、オマエタチモ。

 

 だから『オトウサン』は今日も止まらない。

 

 強く、強く、強く。

 

 求めるのはただそれだけ。

 

 そしてその果てにあるものだけなのだから。

 

 

 * * *

 

 

 異能と霊能は似ている。

 

 正確には、異能の中の霊能、であり、同一では無い。

 ただ分類されている通り、根本的には似通ったものであり、だからこそ、異能を持つ人間は皆、通常の人間には無い感覚が備わっている。

 しいて言うならば第六感、とでも言うべきか。

 物理的には何ら存在しないはずの物を、けれど異能者は敏感に感じ取る。

 それが強大であるほどに明確に、強く感じ取る。

 

「つまりね…………テレビのチャンネルやラジオの周波数みたいなものよ」

 

 横になったからか、心なし先ほどよりかは体調が戻っているように見えるが、けれど未だに青い顔をしたままシキがそう呟いた。

 

「異能者はその存在が理から()()()()()()()()()()と言っても良いわ。だからこそ、見えないものが見えるし、感じられない物を感じる。チャンネルが合ってしまっている」

 

 『おくりびやま』はホウエン最大の霊山と呼ばれる。

 

「だから墓場とか曰く付きな場所に行けば、おかしな感覚を覚えるし、時には見えたりもする。同じ外れたモノ同士周波数が合ってしまっているから」

 

 前世でもあった概念だが、龍脈だが霊脈だか、そんな概念がこちらの世界にもあり、『おくりびやま』や『テンガンざん』、『シロガネやま』などそういった不可思議な力のたまり場になる場所、所謂パワースポット、というやつだろうか。

 そしてそういう場所に漂う空気は確実に異能者に影響を与える。

 

 否、異能者で無くとも影響は免れない。

 

 その際たる例がフヨウだろう。

 

 フヨウは異能者でも何でもない一般人だったはずだが、この『おくりびやま』で修行する内に『ゴースト』タイプに対する極めて高い感応能力を身に着けている。

 有り体に言えば、霊と周波数を合わせることができる能力を身に着けている。

 本人曰く、見ることも聴くこともできる、のはそのためなのだろう。

 異能者ならざる自身には良く分らない感覚。

 だが少なくとも、シキの体調不良の原因がこの場所にある、というのは理解できた。

 

「少しここで待ってて、すぐに用事を済ませるから、そしたらミナモシティまで()()()

 

 弱々しくシキが頷くのを見て、立ち上がり、目前まで迫った頂上へと足を急げた。

 

 

 * * *

 

 

 ――――夢を見ていた。

 

 ――――――――遠い、遠い、昔の夢。

 

 四年目。

 

 三人で共同で野生の領域へと足を向けた。

 海、山、草原、森、洞窟。

 『オトウサン』から命じられ、一年かけてどこにでも向かわされた。

 行った先々で、新しいポケモンを捕まえたり、野生の主と戦った。

 十にもならない子供たちが、そう考えれば無茶無謀にもほどがあった。

 最初はどうにもならないことの連続だった。どれだけトレーナーとして強くなろうと、子供一人には限界がある。それでも死者が出なかったのは彼らの実力の証であると言えよう。

 だから最初に覚えたことは、協力することだった。

 そうしなければ生き残れない、そんな打算的な協力関係を十にもならない子供たちが築き上げていることそれ自体が最早異常としか言い様が無かったが、けれどそれを指摘する人間は一人としていない。

 それでも、例え最初が打算から始まったとしても。

 一年も共に激闘を潜り抜ければそれなりに情も沸く。

 

 一年が終わる頃には、残された三人はすっかり仲を深めていた。

 

 それでも、マシロだった少女だけは、心の底にどこか冷めた目で彼らを見る自身がいることを自覚していた。

 

 五年目。

 

 『オトウサン』の命令によって、()()が行われた。

 

 三人で百度にも及ぶポケモンバトルをし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どこに?

 

 それはマシロだった少女には分からない。

 

 一つだけ分かることは。

 

 彼らは自らの生存を賭けて、少女を蹴落とした。

 

 それだけのことだった。

 

 そして、六年目。

 

 六年目の始りと共に、かつてマシロだった少女は十歳になった。

 

 それはつまり、公式トレーナーとしての必要年齢を満たしたと言う事実。

 

 そして。

 

 ――――――――最後の選別が行われた。

 

 

 * * *

 

 

 薄っすらと目を開く。

 視界の中に映るのは、見覚えの無い天井。

 もぞり、と手を動かせば柔かな布の感触。

 ぼんやりとした意識の中で、けれども自身がベッドの上で布団を被って寝ていたことを理解する。

 

 頭がくらくらする。

 

 異能者であることは、自身にとって当然のことだ。生まれた時からそうなのだ、物心ついた時にはすでに手を動かすかのごとく自然に異能を操っていた。

 だから、異能者でない自身というのは想像することも出来ないし、想像しようと思ったことも無いが。

 

 異能者であって不便だと思うことは時折ある。

 

 異能者でない人間から見れば、意思一つで理を塗り替える強大な力に見えても、使っている本人からすれば人間の体に腕が生えていてそれを動かせることと同じくらいに使える力であり、羨まれる感覚も良く理解できない。むしろ、異能があるからこそ感じ取ってしまう物を考えれば、無い方が得なのではないか、と思うこともある。

 

 『おくりびやま』は死者の埋葬された山だ。

 普通の人間ならば、その暗い雰囲気に少し寒気がする、程度の物なのかもしれないが、異能者からすればその少しの寒気、が何倍、何十倍にも敏感に感じ取れてしまう。実害は無い、無いのかもしれないが気分が良い物ではない、というか実際にこうして不調を起こしてしまうほど強烈なのは本当に久しぶりに感じる。

 

「…………弱ったわね」

 

 本当に久しぶりの感覚だ。死の気配が何よりも近い感覚、昔ならば何の気無しに涼し気な顔で流せていたはずのそれを、今となっては青い顔して卒倒してしまうとは。

 否、それを弱った、と言ってしまうのもおかしいような気がするが。

 人間らしくなった、というべきか、人間性を取り戻したというべきか。

 いや、あの場所より以前だってそれほど人間らしい人間だったかと言われれば首を捻るが。

 

 もぞり、と寝かされたベッドの上で体を動かし、上半身を起こす。

 電球色の優しい色合いに照らされた薄暗い室内を見渡せば、ここがどこかのホテルか何かの一室だと理解する。

 最後の記憶は…………頂上へと向かうハルトの背を見送ったところまでか。

 

 どうやらその直後に気絶してしまったらしい。

 多分その後ハルトに運んでもらったのだろう。少なくとも『おくりびやま』のどこかということは無さそうだ、あの薄ら寒い気配を全く感じないためそれは分かる。

 

 まあ何はともあれ、起き上がろう、と体を動かそうとして。

 

 ふっ、と力が抜ける。

 

「あ、あれ…………?」

 

 とすん、と軽い音と共に分厚いクッションのような枕の上に頭が落ち、柔らかい感触に受け止められる。

 目を丸くしながら、未だに眠気からかいまいち感覚の通らない体をもう一度起こす。

 そのままゆっくりと、ベッドサイドから足を延ばし、起き上がろうとして。

 

「…………ダメねこれ」

 

 足に全く力が入らない。

 というか上手く動かない。まるで自分の足でないみたいに。

 嘆息一つ、まだ体調が戻り切っていないようだと諦めてベッドに倒れ込み。

 

 とんとん、と扉をノックする音。

 

「…………はい」

 

 短く返事をする。

 

「シキ…………? 起きたんだ、入って良い?」

「…………どうぞ」

 

 短く返せば直後にドアが開き、片手にお盆を抱えたハルトがやってくる。

「ああ、良かった…………用事終わらせて戻ってきたらシキ、気を失ってるから本気で焦ったよ」

 柔らかく、ハルトが笑む。心底安堵してくれている、というのが伝わって来る。

 その笑みを見ていれば、自身まで安心できてくるのだから、不思議だ。

「…………体調はどう?」

 ベッドの傍の机にお盆を置きながら、ハルトが尋ねる。お盆の上にコップが二つ置いてあるのは、どうやら飲み物を持ってきたらしい。

「問題無いわ…………山から離れれば後は勝手に治るから」

「…………そっか」

 嘆息一つ漏らしながら、ハルトが持ってきたコップを一つこちらへと渡してくる。

 上半身だけ起こしながら、そのまま受け取り、一息に中身を飲み干す。

 少し冷えたお茶が喉を通る爽快感に、少しだけ気分が良くなる。

 一つ息を吐きだし、中身の無くなったコップを返す。

「ありがとう、お蔭でちょっと気分も良くなったわ」

「そっか…………うん」

 呟きながら笑みを浮かべるハルトの表情に違和感を覚える。

 先ほどと同じはずの笑みは、けれどどうしてだろう、今にも泣きそうにも見えた。

「…………どうか、した?」

 思わず口にした言葉に、ハルトが一瞬、表情を崩し。

「…………うん、そうだね」

 一歩、近寄って、ベッドの端に腰かける。

 そのままこちらの様子を伺うように、手を伸ばし。

 

「…………え、え?」

 

 呆けている間に、手が伸び、自身の頬に触れる。

 とくん、と一瞬鼓動が跳ねた。

 

「…………ごめん」

 

 感じていた気恥ずかしさも、高鳴っていた鼓動も、その一言で途端に沈静した。

「…………俺は…………知っての通り、異能なんて欠片も才能無いからさ。知らなかったんだ、異能者がこんなに強く周りの影響を受けるなんて」

 知っていたら同行を頼んだりしなかったのに、そう告げるハルトの表情に浮かび上がっていたのは後悔だった。

「本当に…………大丈夫?」

 頬に触れる手が温かい。その手の上から手を重ね、きゅっと包み込むように、ハルトの手を握った。

「…………大丈夫よ。私も、ここまで強く影響受けるとは思わなかったけど。それでも、ついていったのは私の選択だから、だから、謝らなくいいわよ」

 

 そもそもの話、最初から一人で行く気だったハルトについていったのは自身なのだ。ミツルもハルカもコトキタウンでハルトの母親の見舞いに行っており、自身も本来ならそこに加わるはずだったのをこちらへ着いてきたのは自分の意思だ。

 だから正真正銘、これは自業自得であり、そもそも麓の時点でやばいのは分かっていたのだからそこで引き返せば良かっただけなのだ。

 それをどうしてついていったかと言われれば。

 

「…………むしろ、謝るのはこっちかもしれないわね」

 

 その言葉に、ハルトが、えっ、と呟きを漏らし、驚いたような表情をする。

 

「…………私は、()()()()()()()()()

 

 口から出た言葉に、ハルトが硬直する。

 初めてハルトに話を持ちかけられた時から、ハルトが全てを話してはいないことは分かっていた。

 それでも、初めて出会った時、手を引いてくれた彼を信じようと思った。

 

 けれど、カイナシティでのアクア団との一件でその信頼は揺らいだ。

 

 何のために伝説を捕まえるのか、その理由を考えれば積極的に伝説を蘇らせよようとする、しかも、敵にそれを渡そうとするハルトの行動はどう考えてもおかしい。

 信じて良いのか、少なくともこの二年の間で、その人柄は分かっている。決して悪人ではない、むしろ善性の人であることは分かっている。

 だからこそ、言動の矛盾にシキは迷った。

 

「…………でもね、もう止めるわ」

 

 そう、もう止めよう。仲間を疑うような真似、これ以上したくはない。

 何より、心配そうに自身を見ていたハルトの表情を、嘘だと思いたくない。

「だからね、もう疑うのも、悩むのも止める」

 もしそれで裏切られたのならば、それすら仕方ないと思う。

 そう、仕方ない、本当に仕方ない。

 

 だから、真っすぐに()の目を見つめ。

 

()()()()を最後まで信じる。そう決めたわ」

 

 そう告げた。

 

 

 

 




二月の終わりから予約してたキャッスルマイスターようやくDL販売開始だあああああああああああってやってたら全く執筆終わらないの(
しかもグラブルは次のイベント始めるし。全くけしからん、誘惑が多くて困るわ(意思薄弱

ご報告が一つ。

ティアマグ、ソロで勝てました(初心者感

今更ながら活動報告にフレコ晒しとくので、もしよかったらフレンド申請くださいな。


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偶には昔の話でも

後半グロっぽい表現あるので注意。


 

 好き、好き、好き。

 自身の家族である彼女たちにも何度か言われたし、ハルカからも言われたこともある。

 けれど、自身は未だに、彼女たちの好きと、ハルカから言われた好きに区別が付けられない。

 恋と好意は名前こそ似ていても全く違う感情で。

 けれど言葉にすれば『好き』という全く同じ単語で括られる。

 特別、というなら彼女たちも、ハルカも、ミツルも、そしてシキだって特別だ。

 そもそもミシロには同年代の子供が少ない。だからこそ、昔からハルカとばかり遊んでいたのだ。まあ自身もハルカもやりたいことばかりやって遊ぶ、といった感じでは無かったが。

 交友関係は狭く、だからこそ深くなる。ましてそれが気が合う友達ならば猶更だ。

 

 だから、自身にはその違いが分からない。

 

 特別で、好きで、なのに違うと言われても何が違うのだと思ってしまう。

 

 それでも、エアが、シアが、シャルが、チークが、イナズマが、リップルが。

 

 好きだと、恋しているのだと、そう言ってくれたから。

 

 一つだけ、自分の気持ちを区別するやり方を知っている。

 

 

 * * *

 

 

「……………………好き、ってさ。そういう意味で?」

 

 戸惑いながら、確認するように呟いた言葉にシキが頷く。

「そうよ」

 あっさりとしたその返答に、困惑し、当惑する。

「…………いつから?」

 だから、そんな意味の無い質問が口をついて出て。

「初めて会った時から」

「…………………………」

 返って来た答えに、絶句する。

 そんな自身の戸惑いに、シキが苦笑し。

「今すぐ答えて、なんて、そんなこと言わないから」

 

 だから、()()()、答えを頂戴。

 

 そんなシキの言葉に、ほっと、安堵した自分がいて。

 

「っ! シキ!」

 

 咄嗟に、シキのその手を握った。

 

「は、ハル……ト……?」

 

 驚いたように、その目が見開かれる。

 黙っていればそのままやり過ごせたかもしれない。

 言葉を濁せば、シキはきっとそれで納得してくれたかもしれない。

 

 けれど、それじゃいけないと、そう思った。

 

 何と言えばいいのか分からない、本当にこれで正しいのか分からないけれど、それは()()だと思うから。

 

 だから、手を取る。

 

 それが、自身にとっての一番明確な判別方法だから。

 

 とくん

 

「本当に、これで正しいのか分からないし」

 

 とくん

 

「本当に、こんなのでいいのか分からないけど」

 

 とくん

 

「それでも今、意識してシキの手を握ってみたら、心臓が凄くバクバクしてる」

 

 とくん

 

「だから、さ」

 

 ――――俺も、シキが好き…………だと思う。

 

 分からない、分からない、分からない。

 それが本当にどんな意味なのか、自分には分からない。

 それでも、自身は目の前の少女が()()で。

 その手に触れ、自身に意識を向ければ確かにいつもより心臓の鼓動が速くて。

 思考が空回りして、どんな言葉を紡げばいいのか分からなくて。

 

 普通の人はその様相を()()()()()というのだと言う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、自信が持てない。

 

 手放したくない、大切にしたい、守りたい、抱きしめたい。

 

 そんな気持ちがあろうと、自身にはその気持ちを“好き”以外に形容できない。

 だから真っすぐに想いを示せる彼女たちが羨ましくなるし、だからこそはっきりと言えない自身が情けなくもなる。

 

 だからこそ。

 

「…………はあ、なにそれ」

 

 目の前で、嘆息するシキに、唇を噛む。

 

「素直に振られるより困る答えね」

「…………ごめん」

 

 謝らないでよ、と再びため息一つ。

 

「…………というか、断言じゃないにしても、振られなかったのが予想外だわ」

 

 繋いだ手に視線をやりながら、少し頬を染めたシキがそう呟いた。

 

「正直、私、ハルトに何か好かれるようなことした覚えもないし、好きって言ったのだってこれが初めてだし。情けないとこ見せてばっかりだし、嫌われてる、とは言わないけど、好かれてるとは思わなかったわ」

「まあ確かに、寝坊多いし、生活態度だらしないし、凄い方向音痴だし、けっこう不器用だし、意外と隙が多くて細かいミス多いけど」

「…………そこまで言う?!」

「それでも…………一緒にいて楽しいと思うし、時々柔らかい表情してるの見ると可愛いと思うし、悩んでるのを見れば何とかしてあげたいと思うし、何よりさ、二年も一緒にいて、シキがいることが、もう俺にとっては日常なんだ。居なくなって欲しく無い、ずっと傍に居て欲しい、そう思うのって変かな?」

 

 そうして自身の本音を吐露すれば、いつの間にかシキがこちらから顔を背けていた。よく見ればふるふると全身が震えて居る。

 

「…………どうしたの?」

「…………なんで、ハルト。そんな恥ずかしいこと、真顔で言えるのよ」

「恥ずかしい…………か? 俺の本心なんだけどなあ」

 

 呟きと同時にぼすん、と顔面に軽い衝撃。

 叩きつけられたそれを手に持てば、柔らかい感触、シキの使っていた枕だとすぐに理解する。

 枕を退けて、シキのほうを見れば。

 

「そういうの…………ホント、反則だわ」

 

 顔を真赤にして、僅かに涙目になりながらこちらを睨むシキの姿があった。

 

 

 * * *

 

 

 ひとまず落ち着こう、とどちらとも無しに距離を取る。

 と言っても繋いだ手をシキが放さないため、自身も何となく繋いだままでいるせいで、距離を取るといっても本当に少し、だが。

 

「…………ねえ、ハルト」

 

 妙な沈黙が場を支配する中、先に口を開いたのはシキだった。

 

「…………本当なら、聞くつもり無かったんだけど。やっぱり、どうしても気になるから、聞くけど」

 

 迂遠な言い回し、まるで迷っているかのような。

 

「…………今回の一件、結局ハルトはどうしたいの?」

 

 はっきりとした質問ではない、具体性も無いし、濁そうと思えば濁せるし、誤魔化そうとすればきっとシキは諦めてくれるに違い無い。

 けれど、最早ここまで来たのならば、良いのではないだろうか、そんな思いがある。

 

 信じる、と。

 

 そう言ってくれたシキのことを自分だって信じて良いのだろうと、そう思う。

 今回の全てを、これまで誰一人、それこそ、エアにすら語ったことは無い。

 知る必要が無い、とまでは言わないが、知る人間が増えるということはそれだけリスクが増す、ということである。

 決して信頼していないわけじゃない、信用していないわけじゃない。

 だが、知ったからといって何か変わるわけでも無いし、むしろ知ったからこその反応(リアクション)が周囲へそれを伝えてしまうことがあるかもしれない。

 何よりも、()()()()()()()()()()()()()()という質問をされたら、答えるに窮することは分かっていたから。

 

 だから、信じて、信じてくれ、信じて欲しい、それだけを言い続けて、けれど言葉だけじゃない足りないから、チャンピオンという地位で信用と説得力をつけた。

 

 それで大概の人間は信じた、だって別に嘘を言っているわけじゃないのだ。実際に言った通りのことが起きるのならば、信じざるを得ないだろう。

 それでも、自身をチャンピオンで無い、ただのハルトとして見る相手からすれば、それは著しく信用に欠けるのだろう。

 

 ミツルは、師だからと信じた。

 ハルカは、友達だからと信じた。

 シキは、疑った。

 

 別にシキとの間に信頼が無いとかそういうわけじゃなく。

 対等だからからこそ、シキは疑った。

 本質的に言えば、シキ以外の人間はこの伝説を巡る一件に関して無関係、と言っても過言ではない。

 いや、ホウエン全てを巻き込む以上完全に関係無い、とは言えないが、それでもソレを目的として旅をしているわけではない。

 この一件に直接的に関わっているのは、自身とシキだけだ。

 ダイゴだって結局のところ、本人の正義感と元チャンピオンとしての使命感で動いているに過ぎない。

 シキをこの一件に巻き込んだのは自身だ。

 伝説を打倒した彼女を、同じく伝説を相手どらんとする自身が、協力を求めた。

 

 だから、今にして思えばこれは自身の過失だろう。

 

「…………そう、だね。ごめん、本当にそうだ」

 

 確かにリスクはあったかもしれない。

 

 それでも。

 

「シキにだけは、言っておくべきだった」

 

 何事も無ければシキにはカロスに戻るという選択肢も、他の地方に行く、という選択肢もあったはずだ。

 それなのに、もうすぐ伝説が蘇らんとするこのホウエンの地にシキを引き留めたのは、間違いなく自身なのだ。

 そこまでして引き留めた相手に、隠し事をするのは、不誠実と言われても仕方が無かったかもしれない。

 

「…………少し、ややこしい話になるけど、聞いてくれる?」

 

 自身の言葉に、シキがゆっくり、けれど確かに頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 告げられた言葉に、思わず眼頭を指で抑える。

 ホウエンの危機、伝説のポケモン、隕石、レックウザ、メガシンカ。

 次々と出てくる単語の意味を一つずつ噛み砕き、理解していく。

 そうして理解していくにつれ、ハルトの行動の意味も分かって行く。

 

 だが同時に沸き上がる疑問がある。

 

「…………ハルトは、どこでそれを知ったの?」

 

 最早情報という言葉すら当てはまらない。

 だってそれは未来の話だ。まるでそれは未来を知っているかのような話だ。

 これまで話さなかったのはこの質問をされたくなかったからでは、という思いすら沸くくらいに不自然に知り過ぎた理由、その答えは。

 

「実は俺、別の世界から来たんだ、って言ったら信じる?」

 

 告げられた言葉に、思考が止まる。

 それは意味が分からない、とか理解が追いつかないとかそういうことでは無く。

 

「…………()()()()?」

 

 思わず呟いた言葉に、ハルトが硬直した。

 

 

 * * *

 

 

「…………()()()()?」

 

 シキが思わず、と言った様子で呟いた一言に、逆にこちらの思考が止まる。

 

 ()

 

 ハルト、も? と言ったか?

 

「どういう、こと?」

 ()()()()()()()()()()。この二年の間に大よそ自身はそう結論付けていた。

 この世界に転生者が他にいる可能性は、決して無くは無いと思っていた。

 実際自身のような例があるのだ、自身だけが例外、なんて不自然な話だし、自身が知らないだけできっとそんな人間は他にもいるのだろう、とは予想していた。

 それでも、シキがそうだとは思わなかった。

 

 正直自身の場合、死んだ覚えも無いので転生と言っていいのか謎ではあるのだが。

 

 転生者は記憶を前世から受け継いでいる以上、どうやっても幼少の頃は歳不相応の歪があるはずだ。

 記憶を受け継いでいないならば、それを自覚するはずも無いから、それは最早転生者と呼ぶのかも謎だが。

 シキにはそういう不自然さは感じない。出会った時で十三、今は十五。確かに歳の割りに落ち着きがある、というか冷めている部分が見受けられるが、それは違和感と呼べるほどの物でも無い。

 だからこそ、その予想が外れたのかと驚きに目を見開き。

 

「あ、ち、違うわよ? 私のことじゃないから」

 

 その言葉に、え、と呟く。

 

「その…………こっちの話になるけど、ね」

 

 少し、躊躇いがちに、シキが口を開く。

 

 語られたのは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 マシロと言う少女の物語だった。

 

 

 * * *

 

 

 最後の選別は至ってシンプルだった。

 残った二人で戦い、勝てば残る、負ければ放逐される。

 そして結果もまたシンプルだ。

 

 マシロだった少女が負けて、少年が勝った。

 

 そうしてマシロだった少女は放逐され。

 

 ()()()()()()

 

 そしてそれこそが少女のたった一つにして、最大の負い目だった。

 

 孤児が放逐されれば野たれ死ぬ。そんなの当たりまえのことだ。

 ましてこの館は、人里離れた山の奥にあるのだ。生きて山を出ることすらできない。

 

 ()()()()()

 

 少女の年齢は十。公式トレーナーとして活動するに十分な年齢であり、そして少女は屋敷を出る時に自身の最も信頼するポケモンを盗みだした。

 敗者に与える物など何も無い、それが『オトウサン』が決めた掟だった。勝者である少年は、少女の持っていた全てが与えられたが、その中に一つ、少女の相棒たるポケモンのボールが無いことには気づいていた。

 けれど、少年は何も言わなかった。何も言わない程度に少年は聡明で…………そして優しかった。

 そう、少年は気づいていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 少年の異能は簡単に言えば『奪う』こと。けれど『奪った』力を『逆転』されればそれはマイナスにしかならない。

 故に少年の異能は少女とは相性が悪い。それも致命的なほどに。

 けれど、少女は異能の方向性を変えていた。

 狭く深かった異能は、浅く広くなり、凡庸性は上がってはいたが、代わりに()()なっていた。

 ここまで生き残った両者だ、その致命的な隙を少年は容赦無く抉った。

 

 結果的に少年が勝ち残った。

 

 けれどそれは少女が手を抜いていたからだと少年は理解していた。

 そしてその理由も。

 

 一つは少年の年齢が未だに十に届かないから。

 

 つまり放逐されたとして、少女はまだ人里にたどり着けばトレーナーとして生き残る道がある。けれど少年が放逐されれば社会に居場所の無い孤児に生き残る道など無い。

 少年と少女が生きるカロスという地は、他と比べても発展した地方だ。だからこそ、社会歯車一つ欠けては回らない緻密な物となっており、余分な歯車は必要とされない。或いはホウエンならば、いくらでも生きる道はあったかもしれないが。

 けれどそれを言っても仕方がない、実際ここはカロスなのだから。

 その異能を恐れられ、生まれた直後に親に捨てられ、存在すら消された、戸籍すら持たない孤児に生きる道などありはしないのだ。

 

 そうだから、それだけを見れば少年は、少女に感謝すべきなのだろう。

 少なくとも生きる道を繋いでくれたのだから。

 

 残された道が、血と災厄に塗れてさえいなければ。

 

 少女が負けたその理由、二つ目は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 『オトウサン』の元から一秒でも早く逃げ出し、自由が欲しかったから。

 だから負けた、理由(イイワケ)をつけて、負けて、逃げ出した。

 信頼する相棒のボール一つだけ持って、山を降り、そして『ヒト』の群れに隠れ混じった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、逃げ出した。

 

 少年は理解していた。逃げられたことも、置いて行かれたことも。

 少女が負けたのは決して少年のことだけを考えたわけは無いことも。

 

 それから二年後。

 

 『シキ』と『シキ』は再び出会う。

 

 

 ――――惨殺された『オトウサン』を前にして。

 

 

 




意識しなければ女の子の手を握ってても特にドキドキしないハルトくん。
こいつ、不能なんじゃないだろうか、と作者が一番疑っている(
ちょっと精神構造が特殊過ぎてどんな反応させればいいのか、自分で作ってて困った。
そして何故俺はシキちゃんを普通のライバルキャラとして出さずに人間ヒロインにしてしまったんだ、と後悔する。


多少解説すると、シキちゃんの立場はかなり特殊。
人間ヒロイン、と言ったが、これ本当に妙絶かもしれないと思う。

トレーナーのポケモンは社会に従っているように見えて、その実、社会に従っているトレーナーに従っているだけ。だから、本質的には社会がどうなろうと、ポケモン自身は知ったこっちゃないといった感じでいる。
エアたちもホウエンが壊滅するのはさすがに困るけど、ハルトがどうにかするならまあそれに従うか、とトレーナーに追随している。
でも、シキちゃんはあくまで人間で、自分なりにこの一件について考えていて、しかも立場的には本来この件には無関係、ハルトくんに協力を頼まれただけ、という立場。
だから、エアたちはハルトくんが何も言わなくても無条件に信頼する。トレーナーだから。そして何よりも、ハルトの手持ちなので、何があろうとこの先、ずっと一緒にいることが確定している。
逆にシキは本来ハルトとはリーグで戦った、というだけの縁を、この伝説絡みの一件でさらに強く結んだだけなので、この一連の事件が片付いたらホウエンにいる理由が無くなる。

とこの辺を踏まえて今回の話を読んでみると前半部分が少し印象が変わるかもしれない。


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実は二年前からこつこつ作ってました

次回辺りからカイオーガ編入ります。


 

 血溜まりの中で倒れ伏す男だった物を見て、けれど何の感情も浮かび上がってこない。

 当然だろう、そんな感情、この男が消させたのだから。

 ただ驚きはあった、男に、ではなく。

 

「…………ん…………あっ」

 

 今しがたこちらに気づいた少年に、だが。

 

「…………びっくりした」

 

 まるで自身の心情を読み取ったかのように、少年がその言葉を口にした。

 

「…………()()()

「…………まだそんな呼び方、してるのね」

 

 自身を姉と呼んだ少年に、僅かに眉根を潜める。

 けれど、結局何を言うことも無く嘆息一つ、それから血溜まりに沈む男に視線を映し。

 

「…………やったのね」

「え…………? …………あ、うん、だって邪魔でしょ?」

 

 特に何の感慨も無さそうな視線で男の死体を見つめながら、少年がそう告げる。

 

「……………………そう、ね」

 

 以前までの自身ならきっとそのことに何の疑問も持っていなかっただろう。

 けれども、一度『ヒトの世界』に交じってみれば、それがどれほど不味いことは理解できる。

 正確に言えば。

 

 ヒトを躊躇いなく殺すその精神性。

 

 あれから二年もの間、こんな場所に居たのだ。

 人間性など失くしていても不思議ではないかもしれないが。

 

「これから、どうするの?」

 

 そんな疑問を口にする。

 あれから二年。少年もこれで十歳。トレーナーとして資格を得ることができる歳。

 

「…………そう、だね」

 

 少年が僅かな思案の色を見せ。

 

「…………やらないといけないことがあるから、そのため、()に行こうかな」

「やらないといけないこと?」

 

 少年の言葉に、思わず疑問を零す。

 果たして、これまでの少年にそんなものがあっただろうか?

 この場所にいる子供たちに、そんな明確な意思や目的があっただろうか?

 

「…………何かあった?」

 

 自身がこの場所から逃げ出して二年。

 もう二年もの歳月が経つ。

 人が変わるのは十分な時間だろうが。

 

 ――――この牢獄で人が変われるはずが無い。

 

 ここは時間の止まった場所だ。

 存在する変化は、人が減る時だけ。

 それ以外に変化などありはしない。

 

 その、はずだが。

 

「………………………………」

 

 少年は答えなかった。

 何も答えずに、足元に転がったボールを拾い。

 

「もう行くよ」

「待って! ()()!」

 

 咄嗟にかけた静止の言葉に。

 ぴたり、と少年が足を止め、振り返る。

 

「何かな? ()()

 

 シキ、と互いに呼び合いながら。

 

「…………っ」

 

 凍り付いたかのように、声が出てこない。

 その表情は笑みだった。どこか楽しそうにも見える満面の笑み。

 

 けれど、目だけが冷たく自身を見つめていて。

 

 その視線だけで、体が震えた。足が竦み、思考が止まった。

 

「…………ふふ、じゃあね、姉さん」

 

 

 ――――またいつか、()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「それ以来、アイツは行方を眩ましたわ」

 

 それはマシロだった少女がシキとなるまでの物語。

 そしてシキがホウエンに来た理由。

 

「私は、それを追っている…………いや、もう追っていたって言ったほうが正しいかしら」

 

 その原因は、間違いなく。

 

「俺、か」

 

 自身がシキを引き留めたこと。

 断言はしなかったが、つまりそういう事なのだろう。

「…………カロスに戻るって言ったのはそのため?」

 以前に言っていた、カロスに帰る、という言葉。状況から察するにそういう事なのだろう。

「ええ…………アイツは一度カロスを出ている。だから私もアイツを追って色々な地方に飛んだわね」

 ホウエンに来たのもその一環。というわけだ。

「でもだったら、なんでリーグに?」

 そう、それが疑問。

 

「ホウエンで、一度だけ、アイツに追いついたのよ」

 

 そう告げるシキの表情は、苦々しい物だった。

 

「その時にポケモンバトルをしたわ、それで」

 

 それで、それで、それで。

 

()()()()()()()()()()に全滅したのよ」

「…………………………は?」

 

 シキの口から出た言葉の意味が一瞬理解できなかった。

 シキの強さは戦った自身が一番良く分っている。

「ホウエンに来た時ってことはさ…………」

 そう、そのタイミングならばすでに。

「ええ…………()()()()()()使()()()()()()()()

「…………サザンドラ一体に?」

「そうね」

 あっさりと頷くシキに、眩暈すらしそうになる。

「…………仮にも伝説のポケモンが」

「そう、ね…………ハルト」

 何と言えばいいのか分からず、絶句する自身に、シキが呼びかける。

「例えば、()()()()()()()()()()がぶつかりあったらどうなるか、知ってる?」

「…………え、何?」

 突然切り替わった話に、目をぱちくりとさせながら、問われた言葉に思案する。

「後から出したほうに上書きされる、かな?」

 異能と言われて想像するのはシキの“さかさまマジカル”やプリムの“だいひょうが”などだが。

 

「全然違うわ」

 

 あっさりと、シキが自身の答えを否定する。

「答えはね…………()()()()()()()()()()()()のよ」

「…………強い、って異能に強い弱いなんてあるの?」

 あるのよ、と頷くシキに、首を傾げる。

 残念ながら、異能なんて才能の欠片も無い自身には、良く分らない概念だ。

「私たちも感覚的に使っていて上手く言い表せないのだけれど、実際に干渉範囲が被った異能はより強いほうが優先される。実のところこれはトレーナー同士だけでなくポケモンにも発揮される話なのよ」

「…………どういうこと?」

 先ほどから話がさっぱり見えない。

 シキが何を言おうとしているのか、全く分からない。

 

「簡単に言えば…………アイツの異能は私よりも上を行く。そのせいで私の異能がアイツには通用しない」

 

 異能トレーナーが異能スキルを封じられる。それは異能を起点としてパーティ作りをする異能トレーナーにとって致命的と言えるレベルかもしれない。

 

 そして同時に。

 

「それでもね、人間の異能なんて本来伝説相手には無意味なのよ。私の異能がレジギガス…………ギガに適応されるのはプラスになるからであって、野生の時にはまるで通用しなかったわ」

 

 そう、それが本来の力関係。伝説のポケモンの持つ圧倒的力に、人間ごときが対抗できるはずが無い。

 

 はずが無いのに。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………矛盾してない?」

 

 人間の異能なんて通用するはずないのにレジギガスに異能が通用した。

 その矛盾を解決したのは、シキの一言だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………そう考えれば全部辻褄が合うのよね」

「…………伝説のポケモンってそんな簡単に捕まえれたら苦労しないんだけど」

 どの地方の伝説かは知らないが、レジギガス以上の伝説なんてどれもこれも馬鹿げた物しかいないはずだが。正直、一番被害が少なそうなのが、恐らくこのホウエンのレックウザだろうという時点でもうお察しレベルの存在である。

「どうやったのかは知らないけど、私と違って伝説のポケモンの力を引きだせてるみたいね…………お蔭でレジギガス含めて六縦とかちょっとあり得ないことになったけど」

 こっちはあのレジギガス倒すのに、能力積んでメガシンカして、全力特攻でギリギリで押し切った形だったのに、他五体含め全部一体で倒しきったシキの弟のサザンドラとは一体…………?

 

「正直、昔戦った時はそこまでの差、無かったのに、とんでもなく強くなってて」

 いつの間にそれほど強くなったのだろうか、そんな疑問をシキが覚えるのは当然で。

 

 ――――目的がありますから。だから強くならざるを得ないんですよ。

 

 そう笑って答えたらしい。

 

「アイツの目的って何なんだろうって聞いたのよ、そしたら」

 

 ――――あはっ、そうですねえ、ならそうですね、このホウエンのリーグで優勝してきてください。そしたら教えてあげますから。

 

「仕方ないからその年のリーグに出て、それで」

 

 自身に出会った、というわけだ。

 

「リーグの決勝でハルトに負けて、アイツは居なくなった。ううん、もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない」

 それで、そうして、それから。

「正直、もう止めようかと思ったのよ…………確かに一度はアイツと姉弟と呼び合った仲だけど、それでもね。結局本質的に私たちは他人だった。アイツは私と決別してあの場所から出て行った、ならもう私も良いんじゃないか、そう思った」

 

 そんなことを考えていたシキに声をかけたのが自身。

 

「ハルトの目的を聞いた時、最初に思ったのはアイツのことだった」

 

 伝説を持っている、何らかの目的があり、そしてそのために強くなっている。

 そしてホウエンにやってきていて、そのホウエンで何らかの集団が伝説を蘇らせ利用しようとしている。

 そこに関係性を見出したのを考えすぎ、とは言えない。

 確かに自身だって実機知識を抜いて同じ情報を与えられれば同じ判断をするだろう。

 

「でも二年こっちで過ごして、違うんだって分かった…………」

 

 呟きながら、シキがゆっくりと体を動かし…………ベッドの脇にかけられたシキの荷物へと手を伸ばす。

 いつも肩にかけている鞄を掴み、口を開くと、中から一枚の封筒を手に取った。

 

「これ…………カロスにいる友達から送られてきた()()()()()()()()()()()()()

 

 すでに口が切られた封筒の中から一枚の紙を出し、広げる。

 書かれていたのはシキの言う通り、カロスリーグの予選表。

 その一点をシキが指さす。

 

 そこには、一人の出場者名が書かれていた。

 

 『シキ』

 

 目の前にいる少女と同じ名前が。

 

 

 * * *

 

 

 ミナモシティはホウエンでも一、二を争うほどに大きな都市であることは以前に言った通りではあるが、観光街として有名な中央、交易街として有名な南、ホウエン最大のショッピングモールであるミナモデパートのある北、そして『おくりびやま』へと続く西と比べると、東側というのは特に何かあるわけでも無い、だだっぴろい海が広がっているだけの海辺の街だ。

 どちらかというと住宅街のような街並みとなっており、強いて言うならば『灯台』が建っていることが他とは違う点だろうか。

 

「私があそこを逃げ出す前の話…………そうね、まだ私たちに()()()が居た頃の話なんだけど」

 

 三人目の()()がまだ生きていた頃の話。

 

「その頃って三人でカロス中を巡らされてたのよね…………それも自然のど真ん中、山に海に川に森に、どこでも行かされたわね。今思えばあの時に逃げる、という選択肢を持てなかった時点でもう暗示か洗脳か、かけられてたんでしょうね」

 

 海岸沿いの道をハルトと二人歩きながら、少し昔のことを思い出す。

 

「その頃にね、まだ孤児院に居た頃の話、少しだけしたのよ…………その時に聞いたのよ、ハルトと同じ、別の世界から来たっていう話」

 

 ――――ホントだよ…………生まれる前の話。信じるかどうかは勝手だけどね。

 

「ニホンっていう地方のトーキョーっていう街に住んでたって言ってたわね」

「…………日本の東京…………俺と同じとこだ」

 

 呆然としながらハルトが呟く。

 

「生まれ直す…………なんてこと、本当にあるのかしらね」

「…………さあね」

 

 実のところ、未だにそれほど信じてはいなかったのだが、ハルトの存在がその言葉に僅かな真実味を持たせていた。

「実のところ、俺、死んだ記憶も無いんだ…………俺がこちらの世界に生まれ直前、最後の記憶は…………」

 呟き、ハルトがぴたり、と止まる。

「……………………ハルト?」

 足を止め、無表情に視線をさ迷わせる少年の姿に、小首を傾げる。

「…………何だっけ? まあいいか」

 大丈夫なのか? そんな疑問が過った直後、ハルトの表情に笑みが戻る。

 

 …………………………?

 

「…………ところで、ついてきたのはいいけれど、これどこに向かってるの?」

 先ほどから見える光景は水平線に夕日が沈んでいく海ばかり、それを綺麗と言える程度の感性は持ち合わせているつもりだが、いい加減そればかりでは飽きも来る。

 正直目的地も無く歩いているようにしか思えないのだが。

 

「目的地はね、あそこだよ」

 

 ハルトが呟きながら指さす先、それは。

 

「…………灯台?」

 

 ミナモの夜の海を照らす『灯台』だった。

 

 

 * * *

 

 

 ミナモシティの南東。

 海に突き出すようにして固められた人工の土台の上に建てられたミナモの『灯台』。

 思ったより遠かったな、と思いつつ、すっかり日が暮れ、夜の闇に包まれた空を見上げながら、その闇を切り裂き海を照らす灯台へと視線を移す。

 

「…………うん、ここだね」

「灯台に何か用だったの?」

「いや? 灯台自体に特に用は無いよ」

 

 あっさり否定した自身に、じゃあ何故? といった疑問を隠せないシキが眉根を潜め。

 

「まあまあ、そろそろ、()()()

 

 そう、呟いた瞬間。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

「っ! な、何!?」

 海から聞こえる地響きのような音に、シキがびくり、と体を震わせながら海へと視線をやり。

 

 

 ()()()()()

 

 

 否、海面を割って、何かがせり上がってきた。

「おー来た来た」

 割と呑気な台詞だが、内心割と驚いている。

 いや、()()がやってきたこと自体に驚いているわけではない。事前に分かっていたことだし、予定調和と言っても良いだろう。

 

 ただ…………。

 

「…………ちょっと大きすぎませんかね」

 

 目の前に佇む全長百メートルは軽く超えて良そうな超巨大な()()()を見ながら思わずそう呟いた。

 

 




異能にレベルをつけるなら。

レベル1 ハルトくん 無能(異能無しの意)、つまりパンピー。
レベル10 フヨウさん スキルにならない程度の異能。感応能力などの別の技能と合わせることで効力を高める程度の物。
レベル40 アオギリさん 自分に有利なフィールドを作り出したり。
レベル50 プリムさん 場の状態を書き換え、天候も書き換え、さらにそれに連動したスキルを使える。
レベル70 シキちゃん 相手のポケモンに干渉する異能、実はシキにゃんのスキルの中で一番やばいのって“ビトレイアル”だったりする。
レベル99 シキくん 奪うことと押し付けることを極限化した異能。ただしそれだけならレベル80くらい、もう一つ凶悪なのがあるけど秘密。

というわけでようやく片鱗だけでも見せれた化け物サザンドラ。
ぶっちゃけた話、セレナちゃんが倒すべきカロス編のラスボスだよ(ネタバレ


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滅びの魔海①

 

 カイナで建造されていた調査用潜水艇『かいえん1号』。

 その開発にポケモン協会を通して口出しして、改造に改造を重ねた結果『かいえん1号』は当初の予定だった五十メートル級をゆうに数倍する()()()()()()()()()潜水艦となった。

 

「いや、改造し過ぎだろ…………なんで室内プールにレストランまであるんだよ、なんだこれ、どこの豪華客船だよ」

「アクア団の開発部とカイナ造船所のやつらが徹夜で作ってたこんなことになっちまってな」

「そ、そう…………」

 

 どこか遠い目をしたアオギリに様子に、思わず引いてしまう。

 アオギリさん意外に苦労人なのかもしれない、などと思いながら船内通路を進んでいく。

 話によると、カジノも取り付けられる予定だったらしいが、アクア団総員が猛反対し、取りやめになったらしい。

「…………カジノだけは許せねえ…………カジノだけは、絶対にだ」

 

 …………キンセツカジノの件で軽くトラウマ刻み込んでしまったらしい。あれ本気で一時期カジノの売り上げが昨年と比べて倍増してて、支配人の顔が緩んで戻らなくなってたからな。

 ま、まあカジノにトラウマがあるならそれはそれで良いことではないだろうか、貯蓄的意味で。

「それで、予定は?」

「今、ホウエンリーグが各地のジムリーダー並びに各シティのトップに呼びかけて、東側の避難を進めているところだ。以前から準備を進めていたから今日明日中には終わるって話だぜ」

「なるほど」

「俺たちはこのままこの『かいえん1号』で『128番水道』を目指す、そこで一夜を明かし、早朝『かいていどうくつ』を目指す手筈(てはず)だ」

「問題は、無さそうだね」

 

 ――――今のところは。

 

 そんな言葉を飲み込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 たいりくポケモングラードン。

 かいていポケモンカイオーガ。

 

 ホウエンに眠る二体の伝説の最大の特徴はやはり、天候支配、だろう。

 自然災害の化身のような二体の伝説は、ただそこに存在するだけで全ての生物を滅ぼす大災厄となる。

 故に絶対にやらなければならないことは、周辺住民の安全確保だ。

 ただこれはそれほど問題ではないと思っていた。

 実機でも二体の伝説の猛威にルネシティの住民が家から出て来なくなったシチュエーションがあったが、逆に言えば家に閉じこもっていれば免れる程度の物でしかない、ということ。

 

 ただ問題は、それは()()()()()()()の伝説の話。

 

 ゲンシカイキによって力を取り戻した二体の伝説の猛威がどれほど膨れ上がるか、それこそが最大の問題だった。

 これもまた実機では『天気研究所』である程度の予測データが観測できることは分かっている。だからポケモン協会経由で予測と測定の依頼をし、そのデータに基づき、どの程度までやっておけば安全なのか、それを徹底した。

 ここは現実だ。実機のように行き当たりばったりで、それでも誰も死なずにハッピーエンド、なんて都合の良いことがあるわけがない。

 周到に策を練り、予想外一つ起こさず、全てを予想内に落とし込む。決して取り返しの付かないものを失くしてはならない。

 何故なら自身にとってこれは、今後の平和な生活のための行動であり、喪失感を抱えたまま余生を生きるなど御免だ。

 

 幸い、と言うべきか。

 自身がリーグチャンピオンになり、二年の時間が与えられた。

 それまでに打った手は幾重にも渡る。

 そして実機との最大の違いは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 正直、後のことを考えれば、グラードンとカイオーガの目覚めは必然だった。

 だがこの二体の復活は大きな被害をもたらすだろうことは容易に予想できる。

 だから被害が出る前に住民を避難させることで、人的被害を極力減らすようにした。

 物的被害に関してはどうしようもない。ぶっちゃけた話、自分が蘇らせなくとも、いずれ蘇っただろうし、その時になって壊滅的被害を被るよりはマシだろう。

 

 後の問題は。

 

「…………勝てるか、どうか」

 

 それだけだ。

 

 

 * * *

 

 

 一つ。

「はー…………ホント、久々ねえこの面子も」

 

 二つ。

「お久しぶりです、マスター…………ちょっと寂しかったですよ」

 

 三つ。

「あわわ、何か久々にご主人様の前だと思うと緊張してきた」

 

 四つ。

「にしし、何をいまさらって話だヨ」

 

 五つ。

「また知らない子が増えてる…………あ、久々です、マスター」

 

 六つ。

「ぬふ~、おひさだよ~」

 

 七つ。

「騒がしい連中だね…………まあ嫌いじゃないけど」

 

 八つ。

「あはは、相変わらずだね、アンタたち」

 

 九つ。

「うゆ? にーちゃ、みんなだーれ?」

 

 机の上に置かれたボールの数は九。

 そして自身の部屋に出てきたポケモンの数も九。

 つまり。

 

「狭いんだよお前ら!!!」

「だったらもっと広い部屋にしなさいよ」

 思わず叫んだ一言に、エアが反論する。

「シャル、“ちいさくなる”」

「え、あ、はい」

 どんどん収縮していくシャルだったが、途中ではっとなって。

「って何やらせるんですか」

「技出す前に気づきなさいよ」

「だって、ご主人様に言われたら咄嗟に動いちゃうし」

「にしし、調教の結果だネ」

「え~マスターってば卑猥~」

「うるせえバカども!!」

「にーちゃ!」

「あーほら、サクラはこっち来な、今ボスは取り込み中だから」

「あっはっはは、懐かしいわね、この感じ」

「…………くそ、お前らいい加減にしろよ!」

 

 一夜明けて、一晩を超すために潜水艦内に与えられた自身の部屋で、最後の確認と全員を出したのだが、何とも混沌とした状況になってしまっていた。

 このままではさすがに収集が付かないので、一旦全員ボールの中に戻す。

 途端、一気に部屋が静まり返り、広くなる。

 だが同時に、先ほどまでの騒がしさに安堵を覚えている自身がいることに気づく。

 

「…………まあ、確かに。久々だったよな」

 

 ミシロを出てからまだ一月も経って無いはずなのだが、随分と長く会ってないような気もする。

 こつん、と指先でボールを突く。

 同時にボールの中からポケモンが開放され、赤い光と共に飛び出してくる。

「っと…………急に出し入れしないで、驚くじゃない」

「だってお前らうるさいんだよ」

「アンタ入れて十人もいれば静まり返ってるほうが不気味でしょうに」

 この狭い部屋に十人居て、静まり返っている…………確かに不気味過ぎる。

「何の宗教か儀式かって話だな」

「でしょ…………生活音だとでも思って諦めなさい」

「生活音ちょっと激しすぎじゃないですかねえ」

 ジト目で見つめるも、鼻を鳴らしてスルーされたので、嘆息一つ。

 そんな自身を見て、エアがふっと笑う。

 

「何さ」

「いえ…………思ったより緊張してないみたいだと思って」

 

 何言ってんだこの幼女(ロリ)、と内心思ったが口にしない。したら殴られるだろうから。

 

「もうすぐ伝説のポケモンと戦うかもしれないって言うのに、思ったより飄々としてたから拍子抜けしただけよ」

「あー…………そんなことか」

「そんなこと、ねえ」

 

 まあ昔あれだけ伝説のポケモンどうしようどうしようと悩んでいたのを知っているエアからすれば、そんなこと、と言っている自身の姿は笑えるのかもしれないが。

 

「なるようになる…………そう思っただけだよ」

 

 いや、なるようにする、だろうか?

 

 こつん、と机の上のボールを指で弾きながら。

「エアが居て、シアが居て、シャルが居て、チークが居て、イナズマが居て、リップルが居て、アースが居て、ルージュが居て、サクラが居て」

 

 机の上を転がるボールが全部で九。

 

「一人じゃ到底敵わない。二人でもまだ足りない。三人でも無理だとしても四人集まれば、五人いれば、まして九人、お前たちと繋がっている、それだけで何だって大丈夫、そう思えるから――――」

 

 だから、そう続けようとした自身の口元に、エアの指が付きつけられる。

 

「九人じゃないわ…………アンタだって、一緒に戦ってくれる。だから、十人よ」

 

 いつもの鋭い表情とはうって変わった、優しい笑みに、自然と自身もまた笑みが零れてくる。

 

「ああ…………そうだな、十人。俺たちは十人と一つのパーティだ」

 

 大丈夫、大丈夫。

 

「大丈夫…………簡単な仕事だ。俺たち十人なら、伝説だってぶっ飛ばせるし、ホウエンだって救える」

 

“なんでハルトがしないとダメなの?”

 

 昔、エアに問われた言葉を思い出す。

 

“マグマ団とか、アクア団とか、グラードンとかカイオーガとか、ホウエンの危機だとか…………何でそんなものにハルトが関わる必要があるの?”

 

 あの時、自身は何と答えたのだったろう。

 

 ピンポン、と船内アナウンスが流れる。

 

 ――――間も無く、指定水域に到着いたします。

 

 全てのボールをホルスターに納め、沈むベッドの上から起き上がる。

 

「…………さあ、明日を守りに行こう」

 

 呟き扉を開け放つ、エアが何も言わずにその後ろを歩いた。

 

 

 * * *

 

 

 海底の奥深く。

 岩間に埋もれたその奥に、その場所は存在する。

 潜水艦の先端から飛び出した掘削機が轟音と共に岩を削りとり、見る間に穴を広げていく。

 そうして広げた穴だが、さすがに二百メートルを超す『かいえん1号』では入ることはできないので、さらに探索グループを結成し、少人数で小型探査艇に乗り込み、進んでいく。

 とは言っても、入ってすぐに行き止まり、今度は行きと逆に上へと昇って行く。

 そうして百メートル近く浮上し、やがて水面へと出る。

 

 探査艇を浅瀬へと付けると、内扉を開いて外へと出る。

 

 感じたのは背筋を凍らす寒気。

 さすがは陽も届かぬ深海の洞窟。空気が冷え切って全身が震える。

 見れば一緒に来たアクア団の団員たちも一様に肌を震わせていた。

 周囲を見渡してみるが、見覚えは無い。まあさすがにこんな洞窟で実機と現実を重ねて見るのは難しい。アニメ絵と現実の様相では大きく違ってみるのは当然だろう。

 

 けれども。

 

「……………………間違いない、ね」

 

 バッグから取り出した、手の中で輝く『あいいろのたま』の反応を見て、ここが目的地だと確信する。

 

「ついにここまで来た…………海底洞窟だ」

 

 全国的に見て、ホウエンの海は比較的浅い、と言われているが、一番深いところで、千二百メートル程度と言われている。

 深海五百メートル。まだ下へと続く深い深い海の底の途中に海底洞窟は存在する。

 途中とは言ったものの、生身では決して到達することのできないそれは、まさしく異世界の光景と言える。

 この領域に住む生物などほぼ居ない、水面付近と比べれば水圧が段違いだからだ。

 否、水圧のみではない、陽の光も届かぬこの暗い深海では水温も非常に低く、陽の光が届かぬから植物の光合成も起こらず海中の酸素濃度も非常に低い。

 この世界のどこよりも過酷な環境であり、これ以上を探すならば逆に空を上へ、上へと昇って行くことになるのだろう。

 こんな深海に棲む生物など、限られており、精々がハンテールやサクラビス、あとはジーランスやランターンなどだろうか。と言っても、どれも非常に珍しいポケモンで、一度や二度、潜ったくらいで見つかるようなポケモンでも無いが。

 

 実機だと海底洞窟の中にはズバットやゴルバット、ゴローンなどがいたが、普通に考えてあいつらどこからやってきたのだろうか。

 まさか海を潜ってここまで入って来たわけでもあるまいし。大昔からここに住み着いていたのだろうか?

 餌とかどうしているのだろう、本気で疑問だが、現実だとどうやらそれらはいないらしい。

 それはそうだろう、こんな寒さの中で平然と生活できるのは『こおり』タイプのポケモンくらいだろう。

 

 そんなことを思ったからだろうか。

 

 ひゅうん、と風を切る音。

 

「っ何かいる!」

 

 即座に全員に叫ぶと同時に、ボールを取り出し。

 

 かさ、という物音に振り返った瞬間。

 

「エアっ!」

「邪魔ァ!」

 

 ボールから飛び出したエアが腕で振り払うと、ソレがはじけ飛ぶ。

 レベル差のせいだろうか、一撃でそれが洞窟の壁面に激突し、動かなくなる。

 雪の結晶をモチーフにしたかのようなそのポケモンは。

 

「フリージオか」

 

 本来いるはずの無いポケモン。ただ現実的に考えれば、確かにこれだけ寒ければ居てもおかしくはないかもしれない、とも思う。

「おい、何がでやがった?」

 後続の探査艇でやってきたアオギリが、騒然とする場の空気を察してか、こちらへとやってくる。

「フリージオ…………どうやら『こおり』タイプのポケモンがいるみたいだ、気をつけたほうがいいかもしれない」

 自身の言葉にアオギリが重々しく頷く。

 緊張しているように見えるのは、野生のポケモンが出るから、ではなく。

 

 …………この先に居るはずの存在が原因だろう。

 

 そう、ここが海底洞窟ならば、必ず居るはずなのだ。

 この道の先に、アオギリが長年探し求めたポケモンが。

 そして、自身が長年その対処を考え続けたポケモンが。

 

 居るはずなのだ、そこに、確かに。

 

 

 ――――カイオーガが眠っているはずなのだ。

 

 

 




久々に初期メンバー6人書けたのがちょい嬉しかった。


実機との変更点⇒海底洞窟内のポケモン

なんで海の底、ジーランスがいるってことは深海だろ?
深海って定義的に海底200メートル以上らしいので、そんなところにある洞窟になんで生物がいるんだよって話。
まずどこから入って来たのか、そして餌はどうしているのか、何よりも酸素供給も無いのに、長年生きてたら酸素枯渇して非生物系以外全滅するだろ、むしろ主人公たちが洞窟きたら酸欠で全滅とかあり得たかもしれない。

とか色々考えた結果、ズバットとかゴルバット、あとゴローンなどは無し。

代わりに、深海ってことは寒いよな?
だったら『こおり』ポケモンいてもいいんじゃね?
でも設定的に出せそうなのいるっけ? 取りあえず非生物系じゃないとまた餌問題だしな、ということでフリージオさんゲスト出演。


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滅びの魔海②

 

 

 実機でそんなこと無かったので、気づかなかったが、この洞窟想像以上に寒い。

 マイナス、とまでは行かないがそれでも気温一桁代なのではないだろうか、と思うほど。

 正直まだ子供の体にこの寒さは堪えるものがある。

 なんて思ってたら。

 

「っち、いざという時にテメェが動けねえんじゃ意味ねえだろうが」

 

 とアオギリさんがどこから出したのか、黒いジャケットを貸してくれた。

 というか…………これ旧作、というかルビーサファイアで着てたやつじゃね?

 イメチェンしたと思ってたけど、元の服持ってたのか、と軽く感動した。

 オッサン臭そうとか失礼なこと一瞬思ったが、ミントの香りがした。イメージ違い過ぎて腹筋が死ぬかと思ったが、苦々しげな表情で、イズミが…………とか言ってたので、幼馴染が勝手にやったものと思われる。

 ところでウシオさんあの半裸で平然とついてきてるが、寒く無いのだろうか。

 なんて思いながらも、洞窟内を進んでいく。

 

 ところどころ浸水して海水に浸っている場所もあったが、実機でもあったことだ。予想はしていたので大半は『なみのり』できるポケモンを備えてきているし、残りの半分も『そらをとぶ』が使えるポケモンで移動した。実機と違ってその辺りに制限は無い。水辺だからといって飛んでいけない理由も無いのだ。

 幸い、と言うべきか『海底洞窟』内はそれなりに広さがある。天井も低いところでも四、五メートルはあるし少し飛ぶくらいなら全く問題無かった。

 

 途中途中道を塞ぐ岩も、エアを出して一発殴れば大体壊れる。『いわくだき』とか『かいりき』なんていらない、レベルを上げた圧倒的暴力があれば大体解決する話である。

 

「……………………?」

 

 ふと、エアが後方を振り返る。

「ん? どうした、エア?」

「……………………いえ、今何か、感じた気がしたんだけど」

 気のせいかしら、と首を傾げるエアに後ろを振り返る。

 ぞろぞろと歩いてくるアクア団とポケモン協会から借りて来た少数のリーグトレーナーたち。

 それ以外に特に何かあるわけでも無く、ただ歩いてきた洞窟の風景を広がるばかり。

「…………何かあるようには見えないけど」

 ただ人間の自身には気づかなくとも、ポケモンであるエアならば気づける、という物もある。

「何となく、同種の気配がしたような…………」

「ボーマンダが…………?」

 だがこんな海底洞窟にそんなポケモンいるはずも無いのだが。

 数秒後ろを見ていたエアだったが、やがて首を振って、気のせいだった、とだけ告げる。

 何とも言い難いもやもやとした感覚を覚えたが、最終的にエアがそう言うならばと納得してまた歩き出す。

 

 その姿を後ろでじっと見ていた存在にも気づかず。

 

 

 * * *

 

 海底洞窟自体はそこまで巨大なものではない。

 暗い洞窟の中だけに時間の感覚が曖昧ではあるが、それでも半日も経っていないだろうと分かる。

 実機と違い、アクア団が丸々手伝ってくれているので、探索はかなり楽だ。人数の利というのはとにかく大きい。

 実機のように一本道でもあるまいし、どうなるかと思っていたが、人海戦術によってどんどん奥へと進んでいく。

 そうしていくつもの分岐道を得て、最後の長い一本道を超え。

 

 そうして。

 

 ぴちゃん、ぴちゃんと天井からしみ出した水が湖面に落ち、水音が跳ねる。

 

「お…………あ…………」

 

 目前に広がった光景に、アオギリが言葉を失う。

 『海底洞窟』の最奥、そこにそれはあった。

 

「…………震えが止まらないね」

 

 目の前に()()怪物を見ただけで、全身が震える。

 色が抜け落ちたかのように、灰色で、まるで全身が石となったかのようなそれ。

 けれどその形だけは見間違えようがない。

 

「……………………カイオーガっ」

 

 ホウエンの伝説、天災の片割れがそこにいた。

 

 

「おい…………」

 呆然と目の前で動かない伝説を見ていると、アオギリが肘で突いてくる。脇を突きたいのかもしれないが、身長の関係で頬に合っているので止めて欲しい。

 まあそれはそれとして、すぐ様その行動の意図を理解し、バッグの中から『あいいろのたま』を取り出す。

「お…………おお…………」

 目の前のカイオーガに反応するように強く輝く珠を見て、アオギリが感嘆の声を漏らす。

 カイオーガのほうに変化は無い、取りあえず『あいいろのたま』をバッグにしまう。

「お、おい、なんでしまっちまうんだよ」

「いや…………思ったんだけど、この状態でボール投げたらどうなるのかな、って」

 取りあえずモンスターボールを一つ手に取り、投げる。

 

 ひゅん、かちん

 

 ボールがカイオーガに当たり…………けれどそのまま転がる。

 モンスターボールはポケモンの『危険を感じると小さくなる』習性を利用して捕まえる物なので、どうやらこの仮死状態のような現状では捕まえられないらしい。

 ならば、次、とリーグトレーナーたちを前に出し。

 

 リーグトレーナーたちの出したポケモンたちが動かないカイオーガに一斉に攻撃をしかける。

「何やってんだテメェら」

「まあ待って、起きたら滅茶苦茶暴れるんだから、今の内に弱らせれないかな、って思っただけだよ」

 無駄だったみたいだけど、という言葉は飲み込んだ。

 炎が、電撃が、氷、水が、草が、風がいくつもの攻撃がカイオーガを襲ったが、その表皮に傷一つついていない。

 どうやら伝説特有の理不尽な力で守られているらしい。

 『あいいろのたま』を使用しなければ、一切の干渉ができない、ということか。

 

「…………なら、仕方ないか」

 

 腰に九つのボールを確認する。

 アオギリに目配せすると、すぐに意図を察したのか、団員たちを下がらせる。

 リーグトレーナーたちもまた自身たちの攻撃が一切通用しないという現実に恐れながらじりじりと後退し。

 

「アオギリ」

「ん? …………なっ」

 隣に立つアオギリに『あいいろのたま』を渡す。

「お前、これは…………」

「自分が起こそうとした存在がどんなものか、いよいよだ、見て、知って、それでもまだ、欲しいと思えるか…………試してみなよ」

「上等だっ、コラ…………」

 自身の呟きに、アオギリが数秒黙し。

「これで、変わる…………世界は、この間違った世界は、変わるぜ…………ポケモンが…………アイツが生きていける世界を、創り出す、これはそのための、一石だ!!!」

 

 『あいいろのたま』を思い切り振りかぶり…………投げた。

 

 

 * * *

 

 

 ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ

 

 地響き。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 蠢きだす。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 それが。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 目覚める。

 

 「グゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォ」

 

 

 * * *

 

 『あいいろのたま』が目の前の巨大なポケモンへとぶつかると同時に、色が抜け落ちたかのように灰色だったポケモンに徐々に青と白が戻って行く。

 体のラインが薄く光り輝き、そうして。

 

 その目を開く。

 

 同時に。

 

 ぶん、と一薙ぎ。

 起き様にその大きなヒレで周囲を薙いだ。

 それだけで。

 

 ズドオオォォォォォォ

 

「シアアアアアアアアアアアア!!!」

 大波が生まれ、洞窟内を飲み込まんと荒れ狂う。

 投げたボールから出てきたシアが、両手を突き出し。

 

 “アシストフリーズ”

 

 全霊を込めた技で波を凍らせ氷の壁を生み出す。

 余波が広がり、カイオーガの浸かっていた湖水まで凍らせるが。

 

「グゴオオォォォォオ!」

 

 カイオーガが一吠えすれば、またどこからともなく海水が溢れ出す。

 溢れ出した海水の圧に耐えきれず、氷の壁に罅が入る。

「不味い!」

 即座に『べにいろのたま』を取り出す、これを使えばカイオーガの力を幾分か軽減できるはずで。

 

「あ、おい、お前!!!」

 

 その時、ふと後ろで聞こえた声。

 同時に、たったった、と誰かが走り寄って来る音。

 振り返ると同時に、どん、とぶつかって来る体。

「……………………おま…………え…………」

 その瞬間、確かに見た。アクア団の服装をした一人の少女の姿を。

 思い出す、エアの言葉を。

 

 同種の気配、ボーマンダ、アクア団、紛れ込む。

 

「ヒガナアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 気づいた時には、もう遅い。

「キミがどうして私の名前を知ってるんだろうね…………まあ、それも後かな?」

 倒れ込んだ拍子に『べにいろのたま』が奪われ、そのまま少女は走り去っていく。

 後を追う、という選択肢は最早無い。

 

 このタイミングを見計らっていたのだと即座に理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最早どうしようも無い、カイオーガを放置してあれを追うという選択は最早できない。

 直後、水の圧に氷の壁が砕け散り。

 

 ――――海底洞窟が水に沈んだ。

 

 

 * * *

 

 

「リーダー…………はい、ミッション成功です。『べにいろのたま』の奪取に成功しました、はい」

 洞窟を抜け、一人探査艇に乗り込み即座に脱出する。

 海中を進みながら()()()()()に連絡を取り、目的の物を取り出す。

「やはりカジノにあった物は偽物のようです…………ええ」

 にぃ、と口元に笑みを浮かべる。

「それと残念なお知らせです。はい、アクア団とチャンピオンがカイオーガを目覚めさせました」

 本当はちっとも残念なんかじゃない、むしろ好都合としか言い様が無い。

 それでもそんな感情を堪えながら、沈んだような声で上司へと報告を続ける。

「はい…………はい…………『えんとつやま』に運べばいいのですね、分かりました、はい、では」

 通話を切り、同時に。

「く…………あ、あはははは…………あはははははははははは」

 笑い声を挙げる。

 

「いいよ、最高だ、最高のシチュエーションだ」

 

 おかしくておかしくて仕方ない、という少女の姿だったが、それを見ている者は居ない。

 

「あの厄介なチャンピオンが次々と先回りしてくれた時はどうしようかと思ったよ、本当に」

 

 明らかに知っている。伝説のポケモンのことについて、或いは自身よりも知識があるかもしれない。

 だが邪魔されては困るのだ、このままでは世界が危ないというのに。

 まさか二つの珠の偽物まで作っているとは思わなかった。二つの珠がどこにあるのか、さしもの少女も知らなかったため、それが偽物だと分かっていても、何も言えなかった。どうして分かると聞かれても困るからだ。

 さらにあれほど早くアクア団が壊滅するとは思わなかった。リーダーであるアオギリがカイナシティで捕縛された時、少女はマグマ団のほうに居たため難を逃れたが、下手をすればあそこで詰みかけていた可能性だってあった。

 全てあのチャンピオンの仕業だ。本当に厄介が過ぎる。

 

「でもようやく隙を見せてくれたね」

 

 さすがのチャンピオンも、カイオーガを目の前にして、他に気を向ける余裕は無かったらしい。

 迂闊に取り出した『べにいろのたま』もこうして奪取できた。

 『あいいろのたま』はすでにカイオーガの元に渡ってしまっているが、被害が拡大すればむしろ目的の達成は容易くなるだろうし、結果オーライと言ったところか。

 

「あとはグラードンさえ蘇らせれば…………」

 

 二体の伝説がぶつかり合い、結果的にホウエンは地図の上から消えるかもしれない。

 だがそれでも為さねばならない。

 為さねばホウエンどころではない、世界が滅びる可能性だってあるのだから。

 

「それにしても、どうなってるかな、チャンピオンたち」

 

 少女が逃げ去った直後、どんどん海水がなだれ込んできたのは確認した。

 少女は即座にポケモンで空を飛んで戻ったので、飲み込まれずに済んだがあの場にいた人間は全員飲み込まれただろう。

 ひょっとしたら死んでしまったかもしれない。いや、その可能性のほうが高いか。

 

「まあ仕方ないよね」

 

 そう、仕方の無い犠牲だ。

 どうせホウエンにいる以上、滅びは避けられないのだ、今死ぬか、後死ぬか、そのどちらかの問題でしかない。

 だが少女の目的がしくじってもどうせ死ぬ。規模が大きいか小さいかの違いこそあれ、どうやっても犠牲は免れない。

 だから、割り切る。

 そんな重たいもの抱えていられない。

 振り切って、割り切って、走り切るしか少女には道が無い。

 

 そんなもの、走り始めた時にもう失くしたのだから。

 

 

 * * *

 

 

 ぴちゃん、ぴちゃん

 

 跳ねる水音が耳朶(じだ)を打つ。

 

「う…………くっ…………」

 

 ゆっくりと、目を開く。

 意識が跳んでいたことを自覚すると同時に、どうしてそうなったのか、考えて。

「…………カイ…………オーガ」

 カイオーガの産み出した大量の水流に飲み込まれたのだと思い出す。

 咄嗟にシアに凍りの壁を産み出させたが、けれど上から横からと水が流れ込み、あっという間に洞窟内を水で満たしてしまった。

 そのまま流され、流され、途中で体を打ちつけて気を失い…………それから。

「…………ここ、どこだ」

 ゆっくりと体を起こすと体の節々が痛む、が我慢する。

 痛いだの、辛いだの言っていられない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの怪物を解き放ったまま野放しにしてしまった。

 恐らく地上では他のトレーナーたちが応戦しているだろうが、足止めが精々と言ったところ。

「早く…………行かないと」

 周囲を見渡す、恐らく洞窟内のどこか、だと思う、正直真っ暗で見えない。

 すぐにポケモンに明かりを照らしてもらおう、そう思って。

「…………居ない」

 モンスターボールが全て無くなっていた。

 さあ、と顔から血の気が引く。

 探さなければ!!! 慌てて他に何か無いかと探る。

 あの水流に何もかも流されてしまった。手持ちで何かないかと考え続け、ポケットにマルチナビがあることを思い出す。

「…………あ」

 起動させると、ふわりと灯りが付く。

 だが画面にヒビが入っている、どうやらあちこちぶつけた時に割れたらしい。

 それでも防水仕様のお蔭だろうか、こんな状態になっても付くとは思わなかっただけに、僥倖だった。

 それほど強い光ではないので、まず足元を照らす。すぐ傍に持ってきたリュックがあった。

 リュックの中身は浸水して大半がダメになっていたが、それでも防水仕様の機器がいくつか残っていた。

 その中に懐中電灯が残っていたことに感謝しつつ、早速つけ、周囲を照らし。

 

 絶句した。

 

「…………………………なに、これ」

 

 ようやく絞り出した言葉、そしてその視線の先に。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




アトラル・カっての今日初めてやったけど、なにあれ、楽しすぎだろwww


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滅びの魔海③

 かちん、と。

 時計の針が午前十時の時を告げる。

 

 ――――――――瞬間。

 

「…………空が」

 

 直前まで初夏の晴れ模様だった空が、突如として暗雲に飲まれていく。

「…………ハルト、失敗したのね」

 事前に予想はされていた事態の一つだ、だがそれでも、突然過ぎる異変にシキの周囲のトレーナーたちが騒めく。

「…………来るわよ」

 短いシキの呟き、さして大きな声でも無かったそれが、けれどどうしてか周囲のトレーナーたちの耳にすっと入って行き。

 

 ――――――――直後。

 

 ざぱああああああああああ

 

 海に大きな水飛沫が跳ね上がる。

 そうして、そうして、そうして。

 現れる、青く、白く、赤のラインの走った、海の化身が、現れる。

 

「…………カイ、オーガッ!」

 

 海上へと現れ、そのまま海の上を浮遊し始め。

 

「グゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォ」

 

 空へ向かって咆哮する。

 咆哮に感化されかのように、暗雲渦巻いていた空からぽつり、ぽつり、と雨が降り出し。

 

 ()()()()()()()

 

 ざあざあ、を通り越して最早、ごうごう、としか表しようの無い勢いで降り注ぐ雨に、さしものシキの表情も引き攣った。

 降り注ぐ雨に負けじと、風が吹き荒び、海が荒れに荒れ始める。

 その勢いは凄まじく、そしてとてつもない速度でその範囲を拡大していくのが見えた。

「空が…………染まっていく…………!」

 まるで黒い雲が白い雲を喰らっているかのように塗り替わって行く空の色。

 

 最早立っていることすら困難になっている状況。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「ポケモンを出して!」

 激変する状況の変化に流されず、咄嗟に指示を出せたのは経験の差だろうか。

 実際シキ自身、一度は伝説と邂逅し、そして戦い、捕まえることに成功した歴史上でも片手で数えるほどしか居ない数奇な巡り合わせを持ったトレーナーだ。

 伝説のその不条理な理不尽さを知っているからこそ、()()()()()のことはあるだろうと予測できていた。

 予測できていても実際に体験してみればなるほど、これは違うと分かる。

 レジギガスは究極的に言えば戦闘能力に特化した伝説だった。だがホウエンの伝説は環境破壊に特化した伝説だとハルトから言われていた。

 この規模の天候災害がカイオーガが存在し続ける限り()()()続くのならば、確かにこれは世界を滅ぼすに足りる。

 

 だからこそ、ここで食い止めなければならない。

 

 シキの指示に自身の役割を思い出したトレーナーたちが次々とボールを投げる。

 

 投げられたボールから出てきたのは、複数のゴルダック、チルタリス、べロベルト。

 

 ハルトが二年前チャンピオンになってからポケモンリーグに要請し育成してきたポケモンたち。

 

 共通するのは――――。

 

 “ノーてんき”

 

 場にポケモンたちが出てきた直後、空を覆っていた分厚い暗雲が一瞬晴れ、隙間から日の光が差す。

 雨が止み、風が止み、波が落ち着く。

 天候殺し。そのためだけに育成されたポケモンとそれを所持するトレーナーたち。

 このために…………この瞬間のためだけに用意された手札だ。

 

 だから。

 

 「グゥ…………グゴオオオオォォォォ!」

 

 カイオーガがこちらへと視線を向ける。

「船、出して! 迎撃ラインまで下がるわよ!」

 敵視された。そのことを即座に理解し、船の操舵室に命令を飛ばす。

 そして自身は。

 

「頼んだわよ、クロ!」

 

 自身がエースのサザンドラ、クロを甲板に出し。

 

「グゴォォォォォ!!!」

 

 “こんげんのはどう”

 

「クロ!」

「グルゥォォォオオオオオ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 カイオーガから放たれた水撃とクロの放った流星が空中で激突し、派手に爆発する。

「先に積んで置いて良かったわね」

 いざ、という時すぐに出せるように先に『スペシャルアップ』で積んで置いたのが功を奏したらしい、だが余りにもバカげている。

 

 散々道具で能力値を上げたサザンドラの“りゅうせいぐん”と素の能力で放った技が同等の威力などと。

 

「これだから伝説はっ!」

 レジギガスはまだ特性のお蔭で最初の間は余裕もあったが、何なのだこの怪物。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これでまた雨が降りだしたら」

 その言葉が契機になったのだろうか。

 

 ぽつり、ぽつり、と空から雫がしたたり落ちる。

 

「…………嘘でしょ」

 そんな自身を嘲笑うかのように。

「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 カイオーガが天に向かって大きく吼えると、先ほどと同じように雨が振り、風が吹き荒び。

「天候ライン下げて!」

 直後に理解する、先ほどより力が増していることを。即座に()()()()()()()天候殺しのトレーナーたちに一斉連絡をする。

「カイオーガに近いほど()()()()()()()()()! ラインを維持できなくなったら後退、近くの住人の避難はほぼ終わってるから、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 告げた言葉に一部反発するトレーナーもいたが、けれど無理だ、こんなもの無理だ。

 

 以前ハルトに異能にもレベルがあると言った。

 異能を持たないハルトに対して、レベルという言い方が一番分かりやすいだろうからそう言ったが、異能者から言わせればそれは()()()とも言い変えて良い。

 自身の異能をどれだけ強引に()()()()()ことができるか、強制できるかの強さ、異能の強度。

 

 目の前の伝説の天候の強制力は、最初はまだ特性で書き換えるこのできるレベルの物だった。

 

 だが、今は特性で()()()()()()()天候をさらに()()()()書き換えている。

 

 中心点がカイオーガだけに、カイオーガに近いほどのその()()()が強い。

 しかも段々とその強制力が増している。

 恐らくこれに対抗できるのはハルトの話に上がった二体だけ。

 

 グラードンか、レックウザだけなのだろう。

 

 だがグラードンは目覚めさせれば別に災害を呼び起こすだけであり、レックウザはけれど今もこの空のどこかでどうやって呼び出せばいいのかも分からない。

 

「どうするのよ、これ」

 

 少なくとも、自身ではどうにもならない。こと異能の強制力で人間が伝説に勝てるはずが無い。

 と言うか気のせいだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………まさか、とは思うけど」

 

 ――――まだ上があるのか?!

 

 その可能性に気づいた瞬間。

 

「グゥ…………グコオオオオオオ!!!」

 

 カイオーガが動き出す。

 ゆらり、ゆらりと宙を漂いながら。

 

 “おおつなみ”

 

 咆哮一つと共に、荒れ狂った海が突如規則性を持ち、大波を産み出す。

「クロッ!!!」

「グルオオオオオオオオ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 放たれた流星が大波を撃ち抜いていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()

「全員、何かに掴まって!」

 打ち消しきれない波が船を飲み込まんとし。

 

 ザパアアアァァァァァ

 

「クロオォォォォ!!!」

 

 “かえんほうしゃ”

 

 直前に放たれた特大の火炎が波を蒸発させていく。

 それでも尚打ち消しきれない波が船を打ち付ける。

 ぐらぐらと大きく船が揺れる。だがそれだけだ。

 二度の技で大きく威力が削がれた波は、船を揺らすだけに留まる。

 

「グゥ…………グウウウ」

 

 カイオーガがそれを感情の無い目で見つめ。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 “ほろびのまかい”

 

 先ほどの大津波を超える、最早それを波と表現して良いのか分からない、()()()()()()を超える高さの波がカイオーガの背後より迫る。

 

「…………………………嘘」

 

 呟き一つ。けれど動かない、動けない。

 技を出す? それに何の意味があるのだ?

 あの超巨大な波の壁、最早海を九十度回転させたかのような怒涛にどれほどの効果があると言うのだ。

 周りのトレーナーたちもただ茫然とそれを見ている。

 

 小さい、余りにも、小さすぎる。

 

 これが、伝説の力…………これが、これがっ、これが!!!

 

 あの巨大な力と比べて、自身たちの力の何と小さなことか。

 

「…………ハルト、本当にこんなものに勝てるの?」

 

 降り注ぐ波、直前に沸いた疑問を呟いて。

 

 直後、全てが波に飲まれ、海上から全てが消え去った。

 

 

 * * *

 

 

 透明な、まるで水晶のような何かの中で眠る着物姿の少女へ手を伸ばす。

 ほとんど無意識だった。

 かつん、と硬く、そして冷たい感覚が指先を走る。

 

「…………氷、か?」

 

 海底洞窟で、氷漬けになって眠る少女の姿を見ながら、分かり切ったことを呟く。

 分かり切った、否、分かってなど居なかった。

 目の前の光景に圧倒され、思考が回らない、何だこれ、何だこれ、何だこれ。

 実機にこんなイベントは存在しなかった。間違いなく、現実と実機の差異から生まれた状況。

 

「…………落ち着け」

 

 一つ呟き、同時に少女から目を背ける。見ていては、どうやっても混乱してしまう。

 目を閉じ、ゆっくりと自らに問いかける。

 

 今やるべきこと…………仲間と合流すること。特にエアたちのボールを全て回収しなければ。

 

「…………それだけ分かっていれば良い」

 一応この場所は覚えておこう。だがその前に、ポケモンの出現するこの洞窟内で、ポケモンを持っていないと言うこの状況はかなり不味い。

「そう言えば…………シアは?」

 カイオーガの放った波に飲み込まれる時、シアだけはボールから出していたはずだ。

 となれば、シアだけは自由に行き来できるはずだが。

「無事…………ならいいんだけど」

 意識を集中させる。大丈夫だ、繋がっているなら分かるはずだ。

 

 ――――絆を手繰り寄せる。

 

 それが自身が唯一他人に誇れる物だから。

 それだけは、誰にも負けないし、負けたくない。

 

 ふわり、と心の奥底に暖かい物が流れ込んでくる感覚。

 

 一歩、足を前に進める。

 すでに不安は無い。この先に、自身の仲間がいる。その確信だけがある。

 だから、足を進めれば良い。それだけ考えていれば良い、のだが。

 

「ここで来る? マジかよ」

 

 目の前でふわふわと宙に漂うポケモン…………フリージオを見て、思わず呟く。

 シアが、少しずつだが近づいてきているのは分かるが…………耐えきれるか?

 それでも、死ぬわけには行かない、だから生き残る、覚悟を決めて。

 

 ふわり、と自身の横をフリージオがすり抜けて行った。

 

「…………は?」

 

 振り返る、その先に。

 氷漬けの少女を見つめるフリージオの姿。

 表情が全く読めないので、どういう状況なのか理解できないが、向こうは動かないのならば、これはチャンスだろうか。

 そう思った瞬間、フリージオがこちらを振り返る。

「っ!」

 来るか、と身構えるが、動かない。

 

 やはりおかしい、野生のポケモンにしては何と言うか…………敵意のようなものが感じられない。

 だが洞窟に入ってきて最初に出会ったフリージオは明らかにこちらを攻撃しようとしていたし。

「……………………」

 どういうことだ、と思うが、口を開けばその瞬間襲われそうでどうにも緊張してしまう。

 しばしの見つめ合い、けれど相手は動かない。

 

 と、その時。

 

 ふわり、と。

 

 もう一匹、フリージオが現れる。

 自身と見つめ合っていたフリージオがそれを見た瞬間。

 

 ッッッ!!!

 

 声にもならない声で、気迫を上げてフリージオがフリージオに襲いかかる。

 氷を放ち、洞窟の壁を凍らせていく。

 なんだこの状況、突然始まったフリージオ同士の戦いにまたしても混乱してしまう。

 一歩、後ずさる。フリージオたちは互いに攻撃しあっていて気づく様子は無い。

 もう一歩、後退した瞬間。

 

 どん、と背後から何か衝撃が来た。

 

 後ろにも居たか?!

 

 そんな思考が過り。

 

「マスター!」

 耳元に聞こえた声に、体の強張りが解けていく。

 濡れた体だからか、冷たいはずの少女の体温が温かく感じる。

「…………シア」

「…………はいっ」

 自身を抱き寄せた少女の名前を呼ぶと、少女…………シアが僅かに涙ぐんだ声で、頷いた。

「良かった、本当に…………良かった」

「大丈夫だよ、だから落ち着いて」

 少女の後ろ髪を梳いてやれば、少しだけ落ち着いたのか、自身を抱きしめた力が緩む。

 

 その時。

 

 ッッッ!?

 

 後方で激しくぶつかりあっていたフリージオが悲鳴染みた声をあげる。

「っ…………シア!」

「はい!」

 直後、状況を思い出した自身の一括で、即座にシアが、自身の前へと躍り出る。

 視線を向ければ、フリージオの片方が力尽き、地面へと落ちたところ。

 そのまま見ていれば、フリージオの全身が融解し、煙のように白い気体となって消えていく。

 残ったフリージオがふわりふわりと宙を漂いながらこちらへと向き直り。

「……………………」

 無言で見つめ合い、やはり襲われることは無かった。

「ま、マスター…………?」

 シアも警戒はしているものの、何もしてこないことに戸惑っている。

 

 そのままふわふわと漂っていたフリージオだが、やがてくるり、と反転しまた件の少女の元へと向かう。

 そのフリージオへと視線を向けていたシアもまた、必然的に氷の内に閉じ込められた少女へと視線を向け。

「っ…………こ、これ」

「…………まあ、気になるよな」

 思わず、と言った様子でこちらを見るシアに、嘆息する。

 色々考えたが、やはり放っておくのもなあ、と言ったところ。

 やはりポケモンでも見た目は少女なのが、気になる。いや、いやらしい意味じゃなくて。

 

「…………どうにかできるか?」

 

 問うてみるが、シアが首を振った。

「できるとしたら…………エアか、リップルくらいでしょうか?」

 ゲンシカイキで『ほのお』タイプの適正を持つエアか、“だいもんじ”などを放てるリップルか。

 まあさすがに『こおり』タイプのシアにこれをどうにか、と言うのは難しい問題か。

「…………そもそも、生きてるのかこれ?」

 呟いた瞬間、フリージオがくるりとこちらへと向き直り。

「え、な、何だ」

「マスター!」

 心なしか先ほどよりも厳しい視線でフリージオが怒りを露わにしているような感覚。

「怒ってる? もしかして、まだ生きてるってことか?」

 自身の台詞を聞いて怒った、とするならそういうことだが。

 自身の問いかけに頷いたように、フリージオの視線から幾分か険が取れる。

 

 どうやらまだ生きているようだ、この状態で。

 

「と言うか…………生きてられるのか、この状況で」

 

 まあ前世でもコールドスリープ技術は存在していたし、同じようなもの…………だとは余り思えないが、実際生きている、と言うのならばそういう事もあるのかもしれない。

 となれば、どうにかこの氷をどうにかすればいいのだろうが。

「…………砕く、は危ないな」

「そうですね、一つ間違えれば中のポケモンも傷つくかと」

「…………ん? あ、やっぱポケモンなの?」

「え、はい…………何と言うか、人とは違うな、と言うのは分かりますから、多分ポケモンだと」

 こんなところで人間眠ってるわけないよな、とは思ったが、シアから見ればポケモンだとすぐに分かるらしい。

「…………またヒトガタかあ」

 普通のトレーナーなら一生に一度野生で出会えるかどうか、と言ったレベルの希少存在だったはずなのだが。だから思わずそんな言葉も出てしまう。

 何と言うか、ヒトガタに出合う度に厄介事にも巻き込まれているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 とにもかくにも、現状では手詰まりだ。

 

「他のボールを探しに行こう」

 

 正直少女の優先度は低い。

 何せ今海の上ではカイオーガが暴れているだろうことは容易に予想できるからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()、果たしてどうなっていることか。

 

 

 




これが、これこそが!!!

これこそが伝説だあああああああ!!!


(ゲンシ)カイオーガ Lv200(250) 特性:あめふらし(はじまりのうみ)

わざ:おおつなみ、こんげんのはどう、しおふき、アクアリング、????、めいそう、かみなり

特技:おおつなみ 『みず』タイプ
分類:なみのり+だくりゅう+たきのぼり
効果:威力150 命中-- 必ず相手に命中する。相手を『みず』タイプにする。

裏特性:でんせつのいふ
このポケモンは『ひんし』にならない限り、捕獲できない。自身の『HP』の種族値を大幅に上昇させる。自身が受けるダメージを全て半減する。

アビリティ:????

アビリティ:????

アビリティ:????

アビリティ:????

禁止アビリティ:ほろびのまかい
????



一応言っておくが。


まだゲンシカイキしてないからな?


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滅びの魔海④

 モンスターボールのスイッチには、二つのロック機能がついている。

 内鍵、外鍵、なんて呼ばれるそれは、要約すればポケモンが自力で抜け出せるかどうかの違いである。

 基本的に自身はいつでもポケモンたちが出て来れるようにしているので、すでに大半の仲間たちがボールを出て洞窟内を移動しているのが分かる。

 

 ただ、一つだけの例外を除いて。

 

「サクラのボールだけ鍵ついたままだわ」

 最近捕まえたばかりの仲間であるサクラはまだ幼く、臆病な割りに好奇心旺盛であり、それでいて幼さから理性が緩く、自制心が弱い。なので、迂闊にボールのロックを外していると、勝手にどこかに行ってしまう、といったことが以前にあったので、それ以降、ボールに戻している時は、完全にロックをかけてしまうようにしていたのだが、今回ばかりはそれが裏目に出てしまった。

 

「ボール越しだから…………居場所が良く分らないんだよなあ」

 

 繋がりは、感じる。自身と、サクラの絆の繋がりがあるので、無事なのは分かる。

 ただボール一つ隔てているせいで、他の八人のように居場所がいまいちはっきりしない。

「他のみんなは放っておいてもこちらに来るでしょうし、こっちはこっちでサクラちゃんを探しませんか?」

 シアの提案にふむ、と一つ頷き。

「そうしようか」

 二人で洞窟内を歩き始めた。

 

 

 * * *

 

 

 波が、波が、波が、波が、波が。

 見上げれば、空を覆い尽くさんばかりの巨大な高波が降り注ぐ。

 呆然と、唖然と、ただそれを見上げ。

 

 がくん、と。

 

 突如足元が揺れる。

 

 それが何が原因か、それを考えるより先に。

 ずるずると、船が海中へと沈んでいく。

 それを思考の止まった脳が理解をすると同時に。

 

 ――――そう言えば、これもハルトが予想していたな。

 

 それを思い出す。

 だから、腰に下げたホルスターから即座にボールを一つ取り。

 

「ミズイロ」

 

 投げる。

 

「グワァオオオ!」

 出てきたのは、水色の鱗を持つ竜、キングドラ。

 シキのかつての仲間が持っていたタッツーが進化したポケモン。

 キングドラ…………ミズイロが船の上に出てくるのとほぼ同時に、船が海中へと沈み。

「『ダイビング』」

 シキがミズイロを掴んでそう呟き。

 

 直後、船が完全に海中へと沈み切る。乗っていたシキと共に。

 

 ――――これが…………ダイビング。

 

 ホウエンに来て初めて使った技である。というか、ホウエンくらいにしか存在しない技でもある。

 ホウエンの海は波が穏やかで温かく、ダイビングで海中を泳ぐダイバーも多い。

 他の地方が水温が低かったり、海が汚れていたり、凶暴なポケモンが多かったりと余りダイビングに適さない場所が多く、ホウエンくらいである、こんな遊びが流行っているのは。

 本当は潜水装備をつけてから潜るのが正しいのだが、緊急事態故仕方ないと考える。

 ただ濡れるのを想定したため合羽くらいは着ていたが、潜るのは本当に最後の手段と考えていたため全身が海水に浸かってしまって気持ち悪い。

 潜る直前に首から下げていたゴーグルだけは付けたので目を閉ることは免れたが、日が差さない空模様だけに海の中は暗く不気味だった。

 

 ごぽり、と口から泡が漏れ出る。

 

 指示を、出そうとして海中であるが故に声が出ないことに気づく。

 恐らくハルトなら何も言わずに伝わるのだろうが、あんな芸当そう簡単にできるはずも無い。

 ハルトは自分で言うほど凡才でも無い、決して天才とは言わないが。妙に自己評価低いのに、何であんな自身満々なのだろうと思わなくも無いが。

 潜水艦を指さしながら、ミズイロに指示を出す。それなりに長い付き合いだ、こちらの言いたいことを理解したミズイロが船へと泳いでいく。

 ぐんぐんと海中を進んでいきながら、視界の中、海中に沈んだ潜水艦。

 

 ――――その下に潜む巨大なサメハダーを見る。

 

 ……………………ああ、なるほど。

 一瞬それが野生のポケモンかと思ったが、よく考えればカイオーガが猛威を振るうこの状況で野生のポケモンが一々人間のことなど気にかけているはずも無い。

 そもそもあの全長五メートルはありそうな巨大なサメハダーにシキも見覚えがある。

 

 ――――来ていたのね。

 

 そんな内心を他所に、ぐんぐんと船に近づき、そのまま船の末端にある気閘(きこう)へと向かった。

 

 

 

 * * *

 

 

「…………うわあ」

 

 目の前の光景に、思わず出てきた言葉はそれだった。

 ふわりふわりと、モンスターボールで一人でに浮き上がって移動していた。

「…………シュールね」

 僅かに呆れたような表情で、ルージュが呟くが、気持ちは皆同じだ。

 空中に浮かぶボールに手を伸ばすと、するり、と手をすり抜ける。

「…………もしかして、こっちを認識してないのかな」

 幾度か捕まえようと手を伸ばしてもボールは手の中から逃げるばかりだ。

 ふむ、と一つ考え。

 

「おいで、サクラ」

 

 呟いた瞬間、空中でボールがぴたりと止まる。

 やがてボールがフルフルと震え、吸い寄せられるように自身の手の中に納まる。

「…………エスパータイプって凄いね」

 念動力でボールの中からでも移動できるのか、テレパシーとか色々やってたけど、エスパータイプの底知れなさを知った気分だ。

 まあ、それはそれとして。

「出ておいで、サクラ」

 かちっ、とボール中央のスイッチを押せば、光と共に幼女が現れ。

「にーちゃ!」

 飛びついてくる。まあ分かっていたから危なげなくキャッチ。そのまま抱き寄せる。

「これで全員揃ったか?」

 腰には八つのボール、そして今、手の中にあるサクラのボールで九つ。

「それで、これからどうするの?」

 自身の腕の中のサクラにちらちらと視線を送りながらルージュが尋ねてくる。

 そういえば妹も欲しかった、って前に言ってたからなあ。と、ふとそんなことを思い出したので、サクラの両脇を掴み、そのまま。

「ほれ」

「うゆ?」

「ぬわっ」

 ひょい、とルージュに渡す。小首を傾げるサクラとは対象的に、僅かに慌てたようにルージュが手を差し出して。

「…………ふふ」

 優しい笑みを浮かべ、サクラの頭を撫でる。サクラもそんなルージュに安心したのか、にへら、と笑みを浮かべる。

 暗い洞窟内でそこだけ異様に華やかで明るい雰囲気が漂っているが、そんな二人を見て苦笑しながら、さて、どうしたものかと考える。

 サクラを見つけるまでにかかった時間は大よそ一時間も無いだろう。

 この広い洞窟内でボール一つ探すのにかけた時間と考えればかなり短い。

 まあ繋がりのお蔭でだいたいどの方向にいるか、とか分かるし、そもそも探していたボールが自力で宙に浮いているので、視界に入った瞬間即座に見つけることができたのだが。

 問題は、いくら当初よりも短くなったとはいえ、一時間である。

 一時間もの間、外でカイオーガが暴れ回っていると考えると、胃が痛くなってくる。

 探索中にすでに他に洞窟にやってきていたリーグトレーナーたちやアクア団のメンバーは全員海上へと戻るように言ってある。

 最早ここにカイオーガは居ない以上、貴重な戦力を引き留めておく必要も無い。

 アオギリもまたついに念願のカイオーガが目覚めたと喜び、早く外が見たいと渇望していたので、行って良いと言うと即座に飛び出して行った。

 まあ最後の瞬間、自身の団員の中に裏切者がいたことだけは詫びられた。けれど勘違いしている、あれはアクア団の味方でも無ければマグマ団の味方ですら無い。それを知っているのは自身くらいなのだから、気にするなと言って。

 

 ――――もし捕獲できそうならしてくれてもいいよ。

 

 と一つのボールを渡した。

 紫と白のペイントにボール上部に『M』の文字の入ったそれは、二年の間にリーグに要請し、作っておいてもらったものだ。

 

 『マスターボール』

 

 どんなポケモンでも必ず捕まえることのできる実機で最高性能のボール。

 ただしそれは『実機ならば』という但し書きが付く。

 凡そ600族までならばこの世界でも確実に捕獲できるだろうが、準伝説種あたりからはちょっと怪しい。少なくとも無傷で捕獲というのは恐らく無理だろうと予想している。

 伝説種に至っては『ひんし』に追い込まなければボールが弾かれるという話をシキから聞いている。

 しかも一度『ひんし』に追い込んでも、驚異的な回復力で短時間で再び戦闘可能状態まで戻るらしい、とも。

 『ひんし』にすれば何度かボールを投げるチャンスはあるらしいが、捕獲率はかなり低く、しかも連続して失敗していれば再び立ち上がって苛烈な攻撃をしかけてくる。

 

 グラードンとカイオーガ相手にそんな面倒なことやっていられない。というかそんな余力が残るはずが無い。

 

 シキだって、一度起き上がられた時は本気で死を覚悟したらしいが、やはり一度『ひんし』になると大分弱るらしい、それでも準伝説種よりも圧倒的に強いというのだからふざけた話だ。

 まあ最初に一発で決められるならそれに越したことはない。ならば、その一発で確実に捕まえられるボールを用意しようとして、やはり思いついたのはマスターボールしか無かった。

 とは言え、実機ならばマグマ団、アクア団のアジトにあるのだが、

 

 …………カジノで資金削りすぎて、ボール開発できなかったらしい。

 

 ま、まあ、代わりにデボンコーポレーションで総力を挙げて開発してくれたので、実機とは違い、四つのボールが手元にある。その内の一つをアオギリに渡した形だ。

 因みに開発費とか製造費とか、見ただけで目が回りそうな額だった。実機のマツブサとアオギリは、よくまああんなもの基地に無造作に置いておけるものだ、と呆れるほどに。

 ポケモン協会が支払ってくれて助かった、さすがにあれ全部こちらで払うとなると、ヒガナに加担してホウエン滅ぼしたくなるかもしれない。滅べば借金もチャラだ…………冗談だが。

 

 ただ、アオギリがカイオーガを捕まえられるとは思っていない。

 基本的に天候対策は打っているが、アオギリのポケモンは基本的にカイオーガと相性が悪い。カイオーガもまたアオギリのポケモンと相性が悪いのだが、カイオーガの場合伝説種としての力、否、格の差がある。単純な性能のごり押しで、タイプ相性の差など簡単に覆してくるだろう。

 というか、実際のところ、アレはどうやったら捕まえられるのだろう。

 シキがレジギガスを捕獲できたのは、シキのあの理不尽な異能、それから高い育成手腕のお蔭である。

 極論を言えばシキは異能を展開して、“ばかぢから”“りゅうせいぐん”“リーフストーム”“オーバーヒート”の四種類の技を各ポケモンに覚えさせてそれだけ使っていれば、高威力技を使うほどに能力ランクを上昇させながら叩きこめる。レベル100のポケモンを各十匹以上揃え、後はひたすら技を連打するだけ。指示が出せずともそれ以外に技が出せないなら、最初からそれだけをさせるように育成すればいい。メトロノームやこだわり系アイテムなど、同じ技しか出せないことがメリットになる道具を持たせればあっという間に凄まじい火力を叩きだせる。

 レジギガスは単体攻撃が多いポケモンだからこそ、そういう事ができる、だがカイオーガはそうではない。

 基本的に海を揺らして波を作るだけでほとんどのポケモンを飲み込んでしまえる超殲滅特化だ。こういうタイプはシキは相性が悪い。

 伝説を相手にする時、その伝説に対して相性が良いかどうか、これが本当に重要なのだと理解する。

 

 ではカイオーガに相性の良い相手とは一体どんなトレーナーだろう。

 

 その答えは。

 

 

 * * *

 

 

「はー…………あれがカイオーガかい」

「アハハ、まさか伝説のポケモンを見る日が来るなんてね」

「凄まじい力ですこと、まあ関係ありません」

「ふんぬ…………準備は良いな? では、行くぞ!」

 

 海中へと沈んでいった潜水艦を見送りながら、付近にあった小島に四人の男女がそれぞれボールを手に取った。

「この天候は上書きできません…………ですので、ええ、私は道を作りましょう」

 ふっと、白いドレスローブの女、四天王プリムが息を吹きかける。それ自体には何の意味も無い、ただ異能のイメージをより明確に、そして目標をはっきりさせるための行為。

 直後、ぴき、ぴきぴき、と海が凍り付いていく。

 

 “だいひょうが”

 

 ホウエンの海が凍る、そんな世界の理に反したような異常事態を、けれどその場の誰しもが当然だという顔で受け入れていた。

 

 遠くに見えるカイオーガへと続く氷の道が完成すると同時に。

 

「メガオニゴーリ!」

 プリムの投げたボールから出てきたオニゴーリが即座にメガシンカし。

 

 “えいきゅうとうど”

 

 道を広げていく。海が氷に侵食されていくかのように、分厚い氷の床が海の上に出来上がって行く。

「行って!」

 プリムの声に、カゲツが、フヨウが、そしてゲンジがボールを投げ。

 

「グラエナァ!」

「ペペちゃん!」

「来ませい! オノノクス!」

 

 グラエナが、メガジュペッタが、オノノクスが、氷上に出現し。

 

「伝説のポケモンカイオーガ…………敵に不足無し、各々、死力を尽くせい!」

「「「応っ!!!」」」

 

 ゲンジの号令と共に、全員が飛び出す。

 

 かくして、ホウエン最強クラスの四人のトレーナーがここに集結した。

 

 

 




前回言ってた保険⇒四天王だよ全員集合。

ミズイロ⇒『オトウサン』のところで他の子たちから引き継いだタッツーが進化した。シキにゃんは、他の子たちから引き継いだポケモンはなるべく荒事に使いたくないと思ってるが、非常時故仕方ない。

氷の中の少女⇒今回で名前くらい出すつもりだったけど、尺の都合上出なかった(

だいひょうが⇒カイオーガの支配は基本的に空。実のところ海も操ってるから『波』は作れるけど『作った波』は操ってないので、凍る。つまり天候は書き換えできないけど、実のところ、海のほうは意外と干渉できる。まあ海を凍らすとかかなり異能レベル高く無いと無理だから、できるの現状だとプリムさんくらいだけど。

気閘⇒別名エアロック。レックウザの特性でなく、潜水艦とかの水中での出入り口のことと覚えればおk。詳細知りたいならググるか、ジョジョ3部を読むべし。


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滅びの魔海⑤

\ソイヤ!/\ソイヤ!/\ソイヤ!/\ソイヤ!/\ソイヤ!/\ソイヤ!/

フンドシやろうのなみのり

カイオーガはたおれた

けいけんち500をてにいれた

フンドシやろうは100レベルになった

デテン

テンテンテンテンテンテンテンテンテ♪

おめでとう、フンドシやろうはさんばがらすしんかした。

おや、カイオーガがなかまになりたそうにこちらをみている。

なかまにしますか?

>>はい

カイオーガはソイオーガになった。これでキミもソイヤのなかま。





という夢を見た。というか、半分くらいはこの間聞いた妖怪の戯言だった。


 

 さすがにやばい。

 

 顔から血の気が引いた。

 

「…………沈んでる」

 カイオーガのいたあの場所から海底洞窟の入り口たるこの場所まで、かなりの距離があるはず、にも関わらず。

 沈んでいた…………自身の乗って来た探査艇が。

 ひっくり返り、あちこちぶつけたらしく凹みが見える、何よりも強化ガラス製の窓部分が付きだした岩に貫かれ艇の内側まで完全に浸水していた。

「…………やばい」

 やばい、やばい、やばい。

 今回の作戦は元々尚早ではあったのだ。主に自身の準備が足りていないのは分かっていた。

 本当ならサクラにもっと色々仕込みたいことがあったのに、十全に育成できているとは言えないままに来てしまった。

 本当はあと一匹、『みず』タイプのポケモンが欲しかった、カイオーガと戦う時に備えて『なみのり』や『ダイビング』ができるポケモンが居ると居ないで全く違うだろうと予想していた。

 それでもマグマ団が動き始めた報を聞いて、珠が無いのにどうするのか、と思いながら、けれど珠が無くとも強引に起こすことも現実ならば可能なのではないか、その可能性を考えればどうしても後手に回るのは避けたかった。

 

 伝説を目覚めさせるのに先にアクア団の手助けから始めたのは決して、先に遭遇したからという理由ではない。

 相手取るならばカイオーガから、最初からそう決めていた。

 

 そもそもグラードンは致命的過ぎる。

 致命的という言葉に対して過ぎる、と付けてしまうくらいにやばい。

 そこにいるだけで生物が干からび死に絶えるレベルの灼熱の地獄を産み出す化け物なのだ、どうやって戦えというのだ。

 対してカイオーガは豪雨だ。こと海の上では最悪の敵ではあるが、人間が即死するレベルではない、それ以上に実機知識からして、()()()()()()()()()()()と分かっている。

 

 そしてカイオーガを捕獲できれば、グラードンとも戦える。

 グラードンとカイオーガは基本的に同列だ。同等だ。グラードンの天候干渉は、カイオーガがいれば打ち消すことができる。或いは、カイオーガをゲンシカイキさせれば打ち勝つことすら可能になるかもしれない。

 まあそれは高望みとしても、グラードンの“おわりのだいち”を弱体化できるのはカイオーガかレックウザくらいしかいないだろう。レックウザがどこにいるのか分からない以上、カイオーガを使うしかない。

 

 だが、だ。

 

「甘く見過ぎてた」

 

 かなり慎重を期したつもりではいたが、その上を軽々と行ってくれる。

 当然だ、伝説と呼ばれる強大な存在なのだ。

 自分ごときがそう容易く手玉に取れるような存在ではない、ということ。

 

 だがそれでも、これは不味い。

 

「クソ…………やっぱり秘伝要員くらい連れてくるべきだったか…………」

 

 生身の自身が『ダイビング』も無しにこの海底から抜け出すのは容易ではない。というか、ダイビングスーツも持ってないし、呼吸器も無い。

 そもそもカイオーガがいきなり暴れ出した辺りから予想外なのだ、こちらのことなど気にもかけずにさっさと外へ出ようとするのだと思っていた。

 それがこちらに目をつけた、こちらを気にかけた、そうほんの少し気にかけた程度のことなのだろう、向こうからすれば。

 

 それだけのことでこれだけの被害が出るのだからふざけると言いたい。

 

 だがそんなことを言っていても始まらない、すでに賽は投げられた、カイオーガは目覚めてしまったのだ。

 海底洞窟の中は地上とは違い電波が届かない、故にここから地上の様子を知ることはできない。

 とは言っても、地上も恐らく大雨大風大波大嵐でとても電波など安定しないだろうが。

 実機だとニュース番組だって見れただろうが、こっちの世界の技術力はまだそこまでぶっ飛んではいない。とは言っても普通の雨ならばそう問題にもならないのだろうが、さすがにカイオーガの天候干渉にまで無事かどうかは自身にも分からない。

 

「…………急がないと」

 

 だがどうやって?

 こんな深海の洞窟に、生身で、船も失くし、どうやって出る?

 

 考え、考え、考え。

 

「……………………賭け、だな」

 

 どう足掻いてもこの状況、一つしか思いつかない。

 しかも凄まじく博打要素が高い、というか最早当てずっぽうとすら言える。

 鞄をひっくり返せば、転がり出てくるモンスターボール。

「…………やる、しかないか」

 ホルスターには九つのボール。

 

 最早時間が無い。

 

 カイオーガの影響がどこまで広がっているか分からない以上、猶予は無いに等しい。

 地上がどこまで持つかも分からない、もし…………もしも上の守りが突破され、カイオーガが『めざめのほこら』に入れば。

 

「…………グラードン出てくる前にホウエンが滅ぶな」

 

 より激しさを増した雨と、上がり続ける海の水位。ホウエンは全て海に飲まれ、やがて影響は世界へと広がっていくだろう。

 まあその前にもしやすると、レックウザが倒してくれるかもしれないが。

「それは願望が過ぎる、か」

 とにかく急ぐ、暗い洞窟内だけに走りづらいが、それでも灯りがある分先ほどよりはマシだろう。

 時折水で滑りそうになりながらも、記憶に残る道をたどって行き。

 

「…………居た」

 

 最初に見た、氷の中で眠る少女を見た。

 

 

 * * *

 

 

 水色のチューブトップに黒の袴のようなスカート、腰に巻く黄色のリボン。

 チューブトップの上から水色の羽織を気崩しており、白い両肩がむき出しになっている。

 髪の色は青というよりはやや濃い水色だろうか、目は閉じられており、ぴくりとも動く様子は無い。

 髪をおさげにし、両サイドを黄色のリボンで結んでいるのが特徴、と言えるだろうか。

 

「…………ヒトガタ、なんだよな」

 

 シアがそう言っていたので、恐らくそうなのだろう。

 正直、ヒトガタと人間を見比べて違いなんてそうありはしない。

 少しカラーリングが特殊、という程度のものだ。原種の色が濃く出ているため、やや複雑な色合いをしていること以外、人間とヒトガタに違いなど見当たらない。

 

 周囲を見やる。フリージオは居なくなっていた。

 ずっとここにいる、と言う物でも無いのだろうか。

 まあ、それはそれで都合が良い。

 

「…………まずは、リップル」

「はーい、久々に出番だね~」

 すっと、リップルが大きく息を吸い込んで。

 

 “だいもんじ”

 

 放たれた炎が氷にぶつかり、僅かに表面を溶かした。

「……………………は?」

「…………わあ」

 それは確かに、リップルは『ほのお』タイプではない、だから『ほのお』技が得意とは言えないかもしれない。だが“だいもんじ”は『ほのお』技の中でも最大級の威力を持つ技の一つであり、リップル、というかヌメルゴンの『とくこう』は決して低いものではない。

 生半可な『こおり』タイプポケモンなら一撃でノックアウトできるレベルの火力が出ているのだ、自然にできた氷などあっという間に溶かせる、そう思っていたのに。

「…………ただの氷じゃないのか? これ」

 触れてみる、冷たい。そして僅かに表面が溶けている。

 溶けるのは、一応溶ける。ただし極めて溶けにくい。

 拭ってみてもただの水で、ただの氷、そのはずなのに。

「…………どうやったのかは分からないけど」

 リップルが興味深そうに氷の壁へと目を近づけ、ふと呟く。

「凄い圧縮されてる? 密度が高い、って言えばいいのかな」

「…………普通の氷じゃない、ってことは分かった」

 とにもかくにも、リップルの炎では厳しいのは分かった。

 

 ならば。

 

「交代、エア」

「任せなさいっと」

 

 手の中の琥珀色の石(オリジンクォーツ)をかざし。

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 エアの全身が突如、炎に包まれていく。

「ルウウウウウアアアアアアアアアアア!!!」

 エアが咆哮すると同時、炎がその両手に収束し。

 

 “ブレイズクロス”

 

 放たれた二撃が、氷の壁を大きく削り取る。

「かなり削れたけど、まだ、ね」

 しゅうしゅうと一瞬で蒸発した氷が蒸気となって周囲に漂い出す。

「なら、もう一発、行くわよ!」

 これで終わらせん、とエアがその両手の中に巨大な炎の玉を産み出し。

 

 “メテオフレア”

 

 振りかぶり、氷の壁に叩きつける。

 

 ぴき、ぴき、ぴきぴき

 

 ぐんぐんと炎が氷を削って行き、やがって薄くなった部分からひび割れを起こし始める。

 

 そうして。

 

 ぱりん

 

 短く、乾いた音と共に。

 

「っと」

 

 とすん、と氷の壁から解き放たれた少女を抱き留める。

 ずっと氷の中にいたからか、冷え切ってしまった少女の体に触れ、本当に生きているのかやや心配になるが。

「おい、生きてるか」

 揺する、少女の体を揺すり、その頬に手を当ててみる。

「冷たっ」

 思わず手を引っ込めてしまうほどに冷え切った体に、どうするかと一瞬悩み。

「エア」

「いや、この姿けっこうきついのよ?」

 ぐぬぬぬ、と渋面しながらもそれでもエアが両手に炎を産み出し、少女の体を温めようとする。

 何か燃やせるものがあればいいのだが、量子化された荷物の中に残念ながら燃やせるようなものは無い。

 第一、ポケモンの技ならともかく、普通にこんな洞窟の中で物を燃やせば煙が酷いし、酸素がやばい。一酸化中毒でチャンピオン海底洞窟内にて死亡、なんて洒落にもならない。

 こんな事態はさすがに予想していないため、荷物を漁れど役立ちそうなものはそう無い。せめて何かの足しになればとタオルケットで少女を覆ってやると。

「…………っ…………ん…………」

 僅かにだが少女の瞼が揺れ動いた。

「おい、起きろ、おい」

 体を揺らし、少女の意識の覚醒を呼び覚ます。

「ぐ……………………あ………………」

 先ほどよりも強い反応、少しずつだが着実に意識が戻ってきているそれを確信し。

 

「……………………こ、こ…………は…………」

 

 少女の瞼がゆっくりとだが開いていく。

 傍に置いた懐中電灯の明かりだけが空間を照らす唯一の光源だが、どうやらその光が眩しいらしく、再び目を閉じられていく。

 一秒、二秒、と沈黙が洞窟内を包み込み。

 

「…………なんじゃ主は」

 

 目を閉じたまま、少女がそう呟いた。

 

 

 * * *

 

 ゴウゴウ

 

 ごぼっ…………ごぼごぼ…………

 

 ゴウゴウゴウ

 

「けほっけほっけほっ…………」

 

 轟々と激しい音を立てながら、部屋中に溜まっていた水が抜けていき、部屋の上部に僅かにだが空気の層が出来る。

 同時に限界まで来ていた息を吐きだし、必死に水の中から顔を出すと、せき込みながらも新しい空気を吸おうと口を開く。

 そのまま水が部屋から完全に抜けきるまで待ち、水が抜けきり、部屋のロックが解除される。

 荒い息を吐きながら、ミズイロをボールへと戻し、ずぶ濡れの体を引きずりながら部屋を抜け出す。

 そうして歩く潜水艦内は上から下までの大騒ぎだった。

 まあ当然だろう、誰もがあんな怪物予想だにしていなかったのだ。唯一それを予期していたのはハルトくらいなのだろう。

 正直、自身ですらここまで凄まじいとは思わなかった。

 

 相性、その一点だけでここまでどうしようも無くなるとは思わなかった。

 

 相性、そう相性だ。相性が悪い、決して実力が追いつかないわけではない。そのことは分かった。

「これは…………最後の策になるかしら」

 ハルトがカイオーガと戦う前に立てた三つの方針。

 

 一つ、海底洞窟内で復活する前に攻撃、または捕獲できるようならばする。

 一番安全であり、一番不確実な方法。正直これはハルトも期待していなかったようだ。

 実際これは無理だったのだろう、シキは洞窟について行っていないが、実際こうしてカイオーガは出てきてしまっているのだから。

 

 二つ、地上に現れたカイオーガを天候を封じ、海上で仕留める。

 被害が最小限で済む方法だ。ただし、海の上で自由を取り戻したフルスペックの伝説を相手取るという点を除けば。

 そして実際あれは手に負えないことが分かってしまった。

 

「四天王は…………すでに投入されたのでしょうね」

 

 ホウエンが誇るトップトレーナーたちはすでにカイオーガの()()のために動き出しているのだろう。

 

 すでに事態は動き出している、ハルト自身余り乗り気では無かっただろう最後の案に向けて。

 

「…………『めざめのほこら』にカイオーガを誘導する」

 

 ハイリスクハイリターン、ハルト自身そう称した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()

 ゲンシカイキ、メガシンカとは違うポケモンの形態変化(フォルムチェンジ)

 あの圧倒的だった伝説がさらに力を増す、余計に手が付けられなくなるだろうことは容易に予想できる。

 そう考えれば確かに危険度は高い、でもそんなもの今更だ、今更過ぎるのだ。

 

 そもそもの話。

 

「伝説を相手取る…………そう決めた時点でそんなリスクは最初からなのよ」

 

 誰に言うでもなく。

 

 かつて伝説を相手に勝利を奪い去った少女がそう呟いた。

 

 

 

 




書いてないから言ってもしょうがない感あるけど。

ラスボスが変更されました。

というかもう変わったから言うけど、カイオーガとグラードンがラスボス戦で、その後のレックウザがイベント戦で少し戦ったら認めてくれて隕石壊してデオキシス倒して捕獲してそれでめでたしめでたしのほぼ原作ルートだったんですけど。


うん、なんかそれでいいのかな、二次創作で折角ほぼオリジナルルート書いてるのにそんな終わり方でいいのかなって思ってたんだけど、ふと、ね。思いついてしまったんだ。

というわけで、ラスボスの難易度が5倍くらい上がりました。

ぶっちゃけ、グラカイがただのラスボス前の中ボスに成り下がったレベルがこれはやばい、と思った。
というわけで、活動報告にも書いたが、更新遅れます。ユグドラもかきたいからね。



ところでユグドラで思い出したけど、ゆぐゆぐプレイアブル化するらしい。
ゆぐゆぐ可愛い! 絶対ガチャる!

もうゆぐゆぐライフオンラインに名前変えようかなあ。
ゆぐゆぐと一緒のスローライフ。いいねっ!


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滅びの魔海⑥

 かつて『海底洞窟』と呼ばれている洞窟は海上にあった。

 そこは様々な『みず』ポケモンたちが暮らす一種の楽園だった。

 

 あの日、あの時、カイオーガが現れるまでは。

 

 荒れ狂う海、降りやまぬ雨、吹き荒ぶ風。

 その圧倒的暴威を前に、多くのポケモンたちが逃げ出し、けれどホウエン全土を包む天候異常に、誰もが死を覚悟した。

 

 故に、少女は動いた。

 

 少女はその洞窟に住み着いていた。少女は強かった。誰よりも、何よりも強かった。

 ゲンシの時代、現代よりも野生的で凶暴で、そして強大なポケモンたちが多かった時代において、けれど少女は頂点だった。

 故に、少女がそうしたかったわけではないが、少女を頼って多くのポケモンたちが集まった。

 

 だから少女は動いた。

 

 分かっていた、いくら強い、と言えどもそれは他のポケモンたちに比べれば、という程度だ。

 分かっていた、あの圧倒的暴威を前にすれば屈せざるを得ないだろうことを。

 分かっていた、この戦いに勝ち目など無いことも。

 

 それでも、少女は戦った。

 

 吹き荒ぶ嵐の海を泳ぎ、海面下よりカイオーガを急襲し、その力を削いでいく。

 行ける、そう思ったのは決して慢心ではなかったはずだ。

 野生の中で生き続けてきた少女は敵を前に油断をすれば即座に死を招くことを知っていた。

 だから、それは油断ではなかったはずだ。

 

 “いてのしんかい”

 

 放たれたのは水だ。他の技と変わらない水の噴流。

 半減できるほどではないが、けれど決して相性が悪くは無いはずの攻撃で。

 

 それが致命打となった。

 

 ごっそりと、少女の体力をえぐり取られたのを感じた。

 言葉すら出ないままに、直後に感じたのは。

 

 体が凍り付いていく感覚。

 

 冷たい深海の凍水。 

 

 動かない体、重ねるようにカイオーガがもう一度同じ技を繰り出して。

 

 少女の意識はそこで終わっていた。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます。

 

 僅かに開いた瞳から流れ込んでくる光に、思わず目を閉じる。

 一瞬だけ見えた誰かの姿に。

 

「…………なんじゃ主は」

 

 そう問うてみる。

 

「…………起きたみたいだね」

 

 聞こえた声に、僅かに全身に力を込めて。

 動かそう…………として、動かない。

 体が錆び付いたように軋み、重い。

 

「…………なんじゃ、これは」

 

 ゆっくりと、目を開く。

 先ほどよりも灯りに慣れた目が目の前にいる少年の姿を見出し。

「…………放すよ?」

 自身を床に横たえ、手を放す少年。どうやら敵…………と言うわけではないらしい。

 いや、今更そんなことを認識してどうするのだ…………どうやら眠っている間に随分と勘が鈍ってしまっているらしい。

「…………体が動かん、なんじゃこれは」

 口は、動く。だが体が動かない。全身が虚脱しているかのように、ぴくりとも力が入らない。

「…………氷の中で弱ってた? それとも…………ふむ」

 視界の中、薄暗くてよく表情は見えないが、ぼそぼそと呟く少年がこちらを見ているのは分かった。

 たん、と床を踏む足音。少年が一歩、一歩とこちらへと歩いてくる。

 体は動かない、ただそれを呆然と見つめながら。

 

「これ、口に入れてみて」

 

 少年が差し出した星型の何かを見つめる、しばし躊躇していたが、このままではどうにもならないことを理解し、言われるままに口を開き。

 ぽとり、と少年が手を放したソレが口の中に落ちてくる。

 少しだけ甘い、何だろうこれは、そう思いながら。

 

 じわじわ、と溶けては喉の奥に消えていく。

 

 じわじわ、と流れ込むほどに体の内側が活性していくような感覚。

 

「…………なんじゃ、これは」

「『げんきのかけら』だよ。ポケモンの体を活性化させて『ひんし』から戻すための道具、知らない?」

「…………知らぬなあ」

 

 そうこう話している間にもどんどん活力が戻って来るような感覚がある。

 ぐっ、と体に力を込めれば、ゆっくりとだが体が起き上がる。

 手を動かそうとすれば動き、指もぐーぱーと曲げることができる。

 足は…………まだ完全には起き上がるほどではないが、それでも動く。

 

「お、おお…………? なんじゃ、凄い効果じゃの」

「う、うーん…………? ま、まあこっちも使っておこうか」

「ん? おお、なんじゃこれ」

 

 『かいふくのくすり』とかいう薬を吹きかけられる。

 直接飲んでも良いが、肌にかけてもじんわり吸収されるらしい。全身の痛みが引いていく。

 

 ――――痛み?

 

 こんなもの、自身が知る限り存在しない。効果が劇的過ぎる。

 どうやら自身が意識を失っている間にけっこうな時間が流れたのだろう。

 あの頃の人間にこんなものがあった様子など…………。

 

 ――――あの頃?

 

「……………………ふむ?」

 

 そもそもの話。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、哲学的な話では無く。

 自身の最後の記憶、というのがいまいち曖昧で、不透明だ。

 

「ところで、さ」

 

 思い出せない記憶にうんうんと唸っていると、少年がこちらを見つめながらふと呟く。

 期待と、不安が入り混じったようなその視線に目を細め。

 

「…………お前、種族は?」

「…………あん?」

 

 問われた言葉に、眉をひそめた。

 

「ラグラージじゃよ…………見て分からんか?」

 

 ぐっ!!!

 

 顔を輝かせてガッツポーズする少年に、思わず首を捻った。

 

 

 * * *

 

 

 だからそれは、少女の知らない間の出来事だ。

 

 そもそもゲンシの時代のポケモンというのは非常に頑丈だ。しぶとい、と言っても良い。

 瀕死になるダメージを受けようと、驚異的な回復力で瀕死から復活する。

 戦って倒すことは容易でも、殺すことは容易く無い。伝説のポケモンと言えども同じことだ。

 故に、カイオーガは少女を封じた。

 伝説のポケモンが、先ほどまで自身に立ち向かってきたポケモンを、明確に脅威だと断じ、対応が必要だと判断した。それだけで少女の強さが分かるというものだ。

 凍り付いた少女を近くの洞窟…………楽園だったその場所に押し込め、氷漬けにした。二度と出て来れぬように念入りに封じ、そうして。

 

 別の場所で荒れ狂っていたグラードンが現れた。

 

 それは最早本人たちしか知らない勘違い。

 ホウエンの陸と海が争った、と言われている。

 ホウエン地方の覇権を賭けて、グラードンとカイオーガは太古に争ったと、そう言い伝えられている。

 

 だが勘違いだ、そんなものは勘違いだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 両者の認識はその程度だった。

 初めて出会った同じ位階(ステージ)の存在。

 だから、互いが全力を出した。天災に例えられるポケモン同士の戦い。まさしく神話の戦いと言えよう。

 その結果、海が割れ、大地が鳴動した。

 地殻変動が起き、海辺の洞窟は沈み、周辺の大陸ごと海の底へと降りていく。

 海だった場所が盛り上がり、大地となる。

 

 天変地異。

 

 まさしく言葉にするならそれだろう。

 最早人間にどうこうできる領域ではない。

 ゲンシ時代最強の生物同士の殺し合いは、ホウエンを壊滅へと追い込み。

 

 そうして、滅びゆく世界の願いに惹かれ龍が現れた。

 

 

 * * *

 

 

 思わずガッツポーズ。

 こんな海の底の洞窟にいるのだから、多分『みず』ポケモンじゃないだろうかと予想はつけていたが、大当たりだ。

 ラグラージ、しかもヒトガタ。

 文句無い、少なくともこっちは。

 

「俺と一緒に来てくれないか?」

 

 だから、何の前置きも無く、即決でそう告げた。

「…………あん?」

 意味が分からない、とラグラージの少女が首を傾げる。

「今地上でカイオーガが暴れているんだ、それを止めなきゃならない」

「…………………………………………」

「そのためにも、この海底洞窟から出るために、お前の力を貸してほしいんだ」

「……………………………………待て

 

 少女が口を開いた瞬間、背筋が凍った。

 

「…………カイオーガじゃと?

 

 ごごごごご、と少女の背から気迫が漏れ出す。

 怒り、の感情だろうか。そんなことを思うと同時に、少女の視線が自身を射抜く。

 

「そうじゃ…………カイオーガじゃ…………思い出した、思い出したぞ? カイオーガアアアアア!!!」

 

 少女が咆哮で、洞窟内がビリビリと震える。

 びっくりして、目を丸くする自身に少女が口を開く。

 

「主…………カイオーガと戦うつもりか?」

「……………………ああ」

「勝てるつもりか? 人間ごときが、あの怪物に」

「…………勝つよ、そうでなければ俺たちに明日は無い」

 

 それに、と呟きながら全てのボールを解き放つ。

 

 ぽんぽん、ぽんぽんぽんぽんぽん、ぽん

 

 中から飛び出してきた自身の仲間たちに、ラグラージの少女が僅かに目を見開く。

 

「俺にはこいつがいる、だから絶対に負けない」

 

 引かない、退けない、最早後ろに道は無い。

 カイオーガを解き放ったその時から、伝説を降す。それ以外に生き残る方法など無いのだ。

 だから、だから、だから。

 

「手を貸してくれ、お前が必要だ」

 

 告げる言葉に、少女がにぃと口元が弧を描き。

 

「…………いいじゃろう、あの怪物ともう一度戦えるならば、こちらとしても願ったりよ」

 

 そう答えた。

 

 

 * * *

 

 

 荒れ狂う波が凍り付く。

「止まれ、止まれ、止まれ」

 氷上で舞うように、滑るように、くるくると回りながら、プリムが両手を広げる。

 その度に、海が凍り付き、波が凍り、雨が凍る。

 プリムの役割は他の四天王たちを守ること、そして足場を作ることだ。

 故に、他の四天王たちより、一歩、引いた目線で戦いを見ることができる。

 

「気のせい…………じゃないわよね」

 

 だからこそ、それに気づくことができた。

 少し、ほんの少しずつだが。

 

「さっきより強くなってないかしら」

 

 視線の先の怪物が、先ほどよりも強大になっていっていることに。

 手の中に一つボールを握る。

 視界の中、カイオーガの頭上でゲンジの二体目のポケモン、チルタリスが荒れ狂う空でけれど懸命に羽ばたきながら戦っている。凍る海の上でフヨウのメガジュペッタが、カゲツの三体目のポケモン、ダーテングが戦っている。

 すでに四天王全体で三体のポケモンが瀕死にされている。無論、即座に回収し『げんきのかけら』を与えてはいるが、回復しきるまでに全員にポケモンが残っているだろうか疑問は残る。

 さらに四天王三人がかりで押しているというのに、カイオーガはまるで引く様子を見せない。

 雨を降らせ、波を高め、海を叩きつけ、徐々にだがルネシティの方角に向かって進んでいっている。

 四天王が結集し、それでもその侵攻を止めることすらできない、なんという怪物だろうか。

 だが聞いている、先に聞いている。

 この怪物がルネに…………『めざめのほこら』に到達すれば、さらなる力を得てしまう、否、()()()()()()()()ということを。

 

 自身も戦闘に加わるか…………手の中のボールを何度となく見つめ、けれど何度となく手を降ろした。

 

 異能を途切れさせればその瞬間、全滅する。それが分かっているからこそ、プリムは余計な手が出せない。

 すでに三体瀕死と言ったが、カイオーガの攻撃の大半はプリムが異能で防いでいる。

 そう…………命中したのは()()()()()。それだけで四天王が鍛えに鍛えてきたポケモンたちが瀕死に追い込まれている。

 では防ぐことを止めれば…………結果は明白過ぎる。

 

 何か、何か無いのか。

 

 手が出せず、徐々に押され、ジリ貧の展開である。

 

「…………チャンピオン」

 

 呟いたその言葉は果たしてどちらを指しているのか。

 その言葉が指すだろう二人はけれど今はどちらも居ない。

 

 転機は訪れない、まだ。

 

 ホウエンの頂点トレーナーたちと伝説の怪物の戦いはまだ続く。

 

 

 * * *

 

 

 ――――『赤をロスト』『Ⅿに注意』

 

 こつ、こつ、と『えんとつやま』の頂上、転がる石を避けながら、むき出しの石質の足場を歩く。

 届いたメッセージを開けばそんな内容。

 

「…………失敗したのかい」

 

 嘆息。呆れている、わけではない。正直自身だってこんな状況で全てが上手く行くなどと己惚れることはできない。

 自身が完璧でないことをツワブキ・ダイゴはすでに知っている。

 自身に敗北を教えてくれた少年には感謝している。

 

 敗北を知り。

 

 強さを知った。

 

 齢二十半ばにして、自身が成長していることを理解する。

 そしてまだ限界ではないことにも気づく。

 ずっと蓋をしていたのだ、退屈だったから、これ以上強くなる()()()が無いから。

 だから、負けて、上を知り、上を目指すことを思い出した。

 

「…………彼には感謝してるんだ。いっそ尊敬していると言っても良い」

 

 ポケモンバトルにおいて、負けは無かった。

 未だに彼以外に負ける気なんて無いけれど。

 

「勝ちたいとそう思えたのは久々だったよ」

 

 負けたと悔しがったのは初めてかもしれない。

 

「まだまだこの世界も捨てたものじゃない。ああ、そうだね、こんな歳にもなってボクは子供のようにはしゃいでいるんだ」

 

 手の中には一つのボール。

 

「もっともっと楽しく、激しく、彼と戦いたい。もしかすると彼以外にもこの世界には強いトレーナーはいっぱいいるのかもしれない」

 

 戦いたい、闘いたい。

 

「キミはどうだい?」

 

 問うた。

 

 目の前の少女に。

 

「彼から聞いているよ…………ヒガナくん、だったかな?」

 

 そうして、ホウエンの東側で伝説が暴れ回っているのと時を同じくして。

 

「元チャンピオン…………ダイゴッ」

 

 ホウエンの西で天敵同士が出会った。

 

 

 




おかしい、五話でカイオーガ編終わるはずだったのに、なんでまだゲンシカイキすらしてないんだこいつ(

そうしてようやく正体を現した氷の中の少女はラグラージ。
感想欄酷く迷走してたね。

・なんでラグラージ?
⇒作者が好きだから。

・なんでこんなとこにいるの?
⇒ラグラージの図鑑説明に海の傍の岩に巣を創るみたいな説明、だったら洞窟の中でもありじゃね? そしてそもそもの疑問、なんで海底洞窟の中にポケモンいるの? もしかしたら昔は地上にあったんじゃね? それでグラードンのせいで沈んだんじゃね? とその辺りの妄想をドッキングしてこうなった。


因みにただのラグラージじゃないよ。
グラカイと同じく『ゲンシの時代』から生きてるラグラージさんですよ。
つまり…………分かるな?


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滅びの魔海⑦

 

 十二年前。

 とあるポケモンが空から降りて来た。

 まだ当時少年だったアオギリはそれに纏わる一連の騒動の中心にいた。

 

 ――――助けてくれ…………頼む、俺たちを、助けてくれ。

 

 あの日願った言葉は決して間違いでは無かったと思う。

 あの日の言葉があったから、自身はこの場所にいるのだと、アオギリは思っている。

 あの日、彼を守ろうとしたことは、絶対に正しかった、そう思っている。

 

 それは恩返しのつもりだったのだ。

 

 彼が再び空から降りて来た時、今より良い世界でありますように。

 彼がもう一度この地を訪れた時、笑ってくれるように。

 

 その一心で、アオギリは十二年前から今日に至るまで戦い続けてきた。

 

 海を増やす、というのはその目的のついでだ。

 地上は人間が増えすぎた。人間はポケモンの生活を脅かす害悪だ。

 勘違いされがちだが、アオギリは決して人間が滅びれば良いと思っているわけではない。

 ポケモンと人が手を取りあえることを、アオギリは知っている。

 だが逆に、ポケモンから搾取する人間がいることも、アオギリは知っている。

 だから、海を増やし、陸を削ることで、人間の生活範囲を狭める。

 ポケモンから奪うことでしか生きられないような人間は、アクア団が粛清する。

 そうすればきっと、ポケモンたちが安心して過ごすことのできる楽園が出来上がるはずだ。

 細部に問題は数多いが、けれど最終的なアオギリの目的はそんなものだった。

 

 ()()()

 

 カイオーガという海の化身を知ったのは、偶然にも似た必然だった。

 最もアオギリ自身はそれを必然だったとは知らないのだが。

 圧倒的な超古代ポケモンの力、それを手に入れれば世界を変えられる。

 

 変えられる…………はずだった。

 

 

 * * *

 

 

 雨が降っていた。

 風が吹いていた。

 波が荒れ、海が暴れていた。

 

 それだけならば予想通り。

 だがその規模がまるで違った。

 

「…………なんだ、こりゃあ」

 

 海底洞窟から脱し、海上に出て来たアオギリが見たのは、全てを飲み込まんと荒れ狂う海と、世界を沈めんと降り注ぐ豪雨だった。

「…………ダメだろ、そりゃあ」

 誰に告げたわけでも無く、そう独りごちる。

「これじゃあ、ダメだ…………こんなものは、俺の望んだ世界じゃねえ」

 

 雨よ降れと思った。

 

 海よ増せと願った。

 

 けれど。

 

「これはちげえ…………これは、()()()()()()()()

 

 生物が生きることを一切考慮しない雨と波。

 陸を飲み込み、海を荒れ果てさせ、やがて全ての生物が死滅する。

 

 言うなれば、滅亡の雨、滅びの海。

 

 ――――全て見た上で、それでもカイオーガが欲しいと言うなら。

 

 あの時、チャンピオンの呟いた台詞が思い起こされる。

 

「知ってやがったのか…………」

 

 そうとしか思えない。いや、チャンピオンの行動を振り返ってみれば、最初から分かっていたとしか思えないような手ばかり。

 だがならば、どうしてこんな怪物を蘇らせようとしたのか、そこに疑問を覚えるが。

 

「…………っち、後回しだ」

 

 今はそんなことを考えている場合ではない、即座にそう判断し。

 潜水艦内に残ったアクア団と合流する、まずはそこからだ。

 

「…………クソが」

 

 浮上地点から遠く、海上で暴れるカイオーガと、それと戦う四天王たちを一瞥し、一つ舌打ちした。

 

 

 * * *

 

 

 水中をぐんぐんと進んでいく。

 秘伝技としての『ダイビング』は本来、潜水用のスーツ一式を使ってゆっくりと浮き沈みをするものだ。

 そうでなければ水圧で人間の体に重度の障害を引き起こす。

 だがそんな時間は無い以上、恐ろしいほどの勢いで深海五百メートルを浮上していく。

 勿論、何も考えずにそんなことをすれば他はともかく生身の自身はあっという間に死んでしまうのだが。

「えへ~」

 自身の背中に抱き着きながら笑みを浮かべる白髪の幼女(サクラ)の張った念動(サイコキネシス)の膜によって自身の周囲に僅かな空間を作ることでその対処をしている。

 もし浮かび上がるだけでいいのならば、この風船のような空間に乗って浮かび上がるだけでいいのだが、海底洞窟から出るには入る時とは逆に百メートルほど潜る必要があるため、そこまで細かい操作はサクラにはまだ不可能だった。

 

 とんとん、と繋いでいた手を指で数度叩かれる。

 

 見やれば水面が近いのが分かった。驚異的な速度である。

 どうする? と一瞬視線が問うてくるのでそのまま、と海面を指さすとこくり、と頷いて。

 

 ごおおおおおおおおおおおおおおおお

 

 激しい音を立てながら、海面が爆発したかのように爆ぜる。

 荒波を切り裂いてそのまま空中へと飛び出し。

 

「エア」

「はいよっ…………と」

 

 背中のサクラと、手を繋いでここまで引いてもらった()()()をボールに戻しながらボールから飛び出したエアが自身の手を掴む。

 

「飛べる?」

「誰に言ってんのよ」

 

 カイオーガが復活したためか、激しい豪雨、そして吹き飛ばされそうな強風だが余裕綽々にエアが不敵な笑みを浮かべる。

 

「なら、任せた」

「どこまで?」

「ルネ」

「任せなさい」

 

 短い言葉のやり取り、けれどそれでもこの相棒には全て伝わってくれる。

 だから安心できる、だから信頼している。

 打ち付ける雨を物ともせずに、エアが自身を背に担ぎながら飛行する。

 ぐんぐんと高度を上げていき。

 

「……………………あ」

 

 ふと、思いつく。

 

「何?」

 

 自身の漏れた声に反応するようにエアがこちらへと視線を向け。

 

「エア」

「何?」

「予定変更…………もっと高く飛んで」

「…………分かったわ」

 

 自身の急な願いにも何も問うこと無くエアがさらに高度を上げていく。

 

「これで…………後は」

 

 雨が止んでいない、ということは四天王全員が対峙して尚、手が付けられない、ということに他ならない。

 連絡はすでに飛ばしているが、時間が無いことには変わりない。

 まだ世界が滅んでいないことから、ゲンシカイキはされていない、とは思うが猶予も分からない。

 

 ならば、先にルネ方面へと向かえば間違いが無いだろうと予想。

 

 だがその前に。

 

「一発、ドギツイのお見舞いしてやるか」

 

 ボールを片手に掴み、目を細める。

「エア、雲の上まで抜けられる?」

「あんた、大丈夫なの?」

 問いに問いで返され、一瞬思考する。確かに水の中と同じように余り空の…………空気の薄いところに行くのも良く無かったような…………。

「サクラ、お願い」

 一旦エアに止まってもらい、サクラをボールから出す。

「はい、にーちゃ!」

 先ほどと同じ要領で自身の周囲を念動の膜で覆っていく。

「エア」

「了解」

 サクラを背負うことになるため、多少重くなるが、一切問題無いとエアがぐんぐんと高度を上げていく。

 そうして雲を抜ければ晴れやかな青空がそこに広がっている。

 そうして上から雲を見れば、とある一点に向かって渦を巻くように集中していることが分かる。

 そして渦が逆巻くような流れで徐々にその大きさを広げていることも。

「…………天候殺し(ノーてんき)も長くは持ちそうに無いなあ、これ」

 雲の広がりが止まっていない。つまり、伝説の干渉力を抑えきれていないということ。

 さすがに格が違う、というわけか。

 

「まあいいや」

 

 あの徐々に移動している渦の中心がカイオーガの真上と考えて問題無いだろ。

 

「エア、あそこ」

「…………ああ、何する気か分かって来たわ」

 

 ここまで来ればエアにも察しが付いたらしい、納得したように頷いて、虚空を蹴った。

 

「さて…………サクラ」

「あい?」

「イナズマを出すから、サイコパワーで浮かせてやってくれる?」

「うゆ…………わかった、にーちゃ」

 

 こくりと頷くサクラの頭を撫でて。

 

「出てきて、イナズマ」

 

 イナズマを虚空に向かって出現させる。

 

「わっと、っと…………ひええ、た、高いですね」

 

 足場の無い宙にふわふわと浮かぶその不安定さに何と無しに落ち着けないのか、下を見て顔を青くしながらイナズマが呟く。

 けれど、やることは分かっているの、指を下に向けこちらへと確認をする。

 こくり、と頷けば、向こうも一つ頷いて。

 

 “むげんでんりょく”

 

 ばち、ばちばち、とその指先に電流が集う。

 触れれば人間一人簡単に焼き殺せそうなほどに集中した電力が、その指先で一つの塊となって。

 

「BANG!」

 

 “レールガン”

 

 渦の中心に向かって電撃が柱となり降り注いだ。

 

 

 * * *

 

 

 空から光が降り注いだ。

 

 一瞬、その光景を脳が理解できず、思考が停止する。

 それが(いかずち)であると気づいた時。

 

「グギャアオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 あの怪物が、初めてまともに痛みを訴えた。

 その事実がプリムにその光景が誰によって生み出されたものなのか理解させた。

 

「そう…………来たのね、()()()()()()

 

 呟きを聞き、他の四天王たちが笑みを浮かべる。

 

「最後の一仕事…………気張れい!」

「「「応!!」」」

 

 ゲンジの張り上げる声に負けじと叫び返し。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

「さあ…………もう一発! 行くぞ、エア!」

 

 * * *

 

 

 直後。

 

 “つながるきずな”

 

 雨雲の内側から何かが飛び出す。

 

 “むすぶきずな”

 

 いつか見た覚えのある人の形をしたそれが。

 

 “らせんきどう”

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 攻撃を止め、海へと潜ろうとせんカイオーガの背に突き刺さった。

 

「グウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 絶叫、絶叫、絶叫。

 真上からの奇襲、弱点タイプの『でんき』技で怯んでいた直後に受けた強烈な一撃は、カイオーガの力を大きく削いだ。

 

 “■■■■”

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 ふわり、とカイオーガの表皮に水色の紋様のようなものが一瞬、浮かび上がる。

 

“おおつなみ”

 

 直後放たれた津波は、先ほどまでのものとは比では無かった。

「なっ!」

 威力も規模も、先ほどまでの倍近い、全長百メートルに達せんほどの大津波。

「カゲツ!」

 咄嗟にゲンジが叫び。

「応! プリム! 上だけ抑えてろ!」

 カゲツが指示を出し。

「フヨウ! 手伝って!」

 自身が助けを求め。

「ユーちゃん!」

 フヨウが己がエースを繰り出す。

 

 “だいひょうが”

 

 “ポルターガイスト”

 

 異能の氷が、ゲンガーの放つ騒霊が、真上から降り注ぐ海水をギリギリのところで逸らしていく。

 そして同時に。

「サメハダアアアアアアアアアアアア!」

 カゲツの絶叫と共に海の中からサメハダーが現れ。

「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “かみくだく”

 

 その大顎で()()()()()()

 

 直後。

 

 ザバアアアアアアアアアアアアアアァァァァン

 

 防ぎきれなかった波が頭上から降り注ぐ。

 氷と騒霊の守りで、その大半を防ぎながら、それでも大きさが大きさだ、どうしても防ぎきれずに落ちてくる水がある。

 雨と共に四天王全員の服をびしょ濡れにしながら…………それで終わる。

 

「…………逃げた、わね」

 

 視界の中、海上にカイオーガの姿は無い。

 雨が振り止まないので、倒れた、ということではないのだろうが。

 

 逃げられた。

 

 先ほどの奇襲で大ダメージを負って逃げた、と考えるのが自然だろう。

 そうしてしばらくすると、上空から人影が見えてくる。

 それが自分たちのチャンピオンの姿だということを確認すると同時に。

 

「…………なんとか、と言ったところかしら」

 

 あの超古代の怪物を相手に生き残ったことに安堵した。

 

 

 * * *

 

 

「…………良かった」

 

 空から降り注ぐ雷に、その直後に降ってきてカイオーガに大きなダメージを与えた彼女の姿に、彼が無事に戻って来たことを確信して、ほっと一つ息を吐いた。

 それと同時に、逃げ出したカイオーガのことを考える。

 

 海中に潜られた時点で、大抵のトレーナーはまともな攻撃手段が無くなる。

 というか、アレと水中でやりあうなど自殺行為に等しい。

 となれば、カイオーガが海上に浮上するまで待つ必要があるのだが。

 

 問題は、どこに逃げたか、ということ。

 

 とは言っても、これはすでにハルトが答えを出してしまっている。

 前世の記憶、と言ったか。あり得ざることだが、あり得てしまっている以上信じざるを得ない。

 聞く限りでは大よそ自身たちの常識とそれほど違った世界ではないのだろうが。

「…………まあそれは後にしましょう」

 今は目の前のことを、そう呟き。

 

 無線を取り、操舵室へと繋げる。

 

「シキより連絡。カイオーガの逃亡を確認。ルネへと迎え」

 

 告げる言葉に無線の向こう側から了承の返事が返って来ると、無線機を切る。

 同時、船が動き出す。カイオーガが去った影響か、少しずつだが雨も小雨になり、波も穏やかになりつつある。これなら潜る必要も無いだろう。

 甲板に一人立ちながら、同じくルネへと飛び去って行くハルトの姿を見送る。

 

 泣いても笑っても、二年以上前から続いたこの一連の騒動ももうすぐ終わる。

 

 それが終われば…………自身がここにいる理由も無くなる。

 

 その時。

 

「…………どうしましょうかね」

 

 問題が一つ解決すれば次の問題が待つ。

 

 見通しの付かない未来に、シキは思わず嘆息した。

 

 

 




次回からカイオーガとの最終戦入りたいところ(じゃないとマジで終わらない)。


ところで。
あーるじゅーはち書いた。
俺にエロ書く才能は無いとはっきり分かった。
公開設定に変えとくので見たければ見ると言い。
一応内容はR18指定入ってるので、見ろとは言わない。というか未成年は見ちゃダメよ。


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滅びの魔海⑧

 ルネシティ。

 

 かつて隕石が降りできたとされる山をくり抜いて海に浮かべたような不可思議な土地の中央部に建てられた街だ。

 ルネシティの中央、左右の街の中心部に『めざめのほこら』の入り口は存在する。

 『めざめのほこら』は『おくりびやま』で浄化されたポケモンの魂が目覚めるところとされ、全ての始まりの場所とも言われている洞窟である。

 一体何の始まりなのかは分かっていないが、ルネシティの成り立ちを考えたならば、ゲンシの時代の終わり、そしてそこから始まる新しい世界の始り、という意味なのだろうと勝手に思っている。

 

 このルネシティという街。実機では三世代と六世代で成り立ちが違う。

 ルビーサファイアエメラルドの三世代では海底火山の噴火によってできたカルデラ湖にできた街であり、オメガルビーアルファサファイアの六世代では隕石の衝突によってできたクレーターにできた街である。

 この設定の違いが、グラードンとカイオーガ、そしてレックウザの伝説のポケモンとの関わりに大きく関係してくわけだが、今はそれは置いておくとして。

 

 『りゅうせいのたき』には遥かゲンシの時代より今に至るまでレックウザを崇め祭る『りゅうせいのたみ』と呼ばれる人間たちがいる。

 残念ながら『りゅうせいのたき』奥深くに隠れ住んでいるため、まず出会うことは無いと言って良いのだが、それとは別にここルネシティには『りゅうせいのたみ』から分派した『ルネのたみ』と呼ばれる人間たちがいる。と言っても、こちらは隠れてはいない、隠れてはいないが、その伝承を知る人間が極少数のため、結果的に『りゅうせいのたみ』と同じく知る人ぞ知る存在となっている。

 

 ルネシティジムリーダー、ミクリはその『ルネのたみ』の一人だ。

 

 『ルネのたみ』であるミクリは『めざめのほこら』に入ることができない。

 そういう掟が存在している、してしまっている。

 だから、ミクリにはそれを見送ることしかできない。

 否、入れたからといって、どうなるものだろうか。

 『みず』タイプのジムリーダーであるミクリだからこそ、『みず』タイプのポケモンとの戦い方は最も熟知していると言って良い。

 だがどうだろう…………と空を見上げる。

 

 雨が降っている。

 

 ルネ全域を飲み込まんとせんほどの集中豪雨。

 放置すればいずれホウエン全てを飲み込む滅びの雨。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………無力だな、私は」

「そんなことは無いさ」

 

 誰に向けたでも無く、空に呟いた言葉に、誰かが返した。

 振り返る、そこに立っていたのは。

 

「チャンピオン…………いよいよ、かい」

 

 全身を潜水用のスーツで覆ったチャンピオンの姿だった。

 

「ああ…………入り口の守りを頼んだ。最悪の場合()()()()()()()()()()()()()()()()()

「その時は、ああ…………私が対処しよう、()()()()()()()()()()()()

 

 伊達に水のエキスパートを自称しているわけではない。

 自身のポケモンたちの力を借りれば降って来る雨も、噴き出してきた水も、どうにでもなるという自信はある。

 

「助かる…………後ろを気にしないで済むっていうのはやっぱり大きいよ」

「…………そう言ってもらえると救われるよ」

 

 世界が滅ぼす怪物を相手に、後ろで見ているだけしかできないというのはやはり辛い。

 だが『ルネのたみ』の一員として、掟を破ることはできない。

 だから…………。

 

「頼んだよ…………チャンピオン」

「任せといて…………そっちこそ、街を頼んだよ」

 

 『めざめのほこら』へと歩いていくチャンピオンの背を見つめながら。

 

 その姿が消えていくまで、ただ一言も発することはできなかった。

 

 

 * * *

 

 

 厳密に言うと、『めざめのほこら』とはルネシティの入り口から入って洞窟内を進んだ最奥の辺りを示す。

 そこには大きな地底湖が存在し、地底湖の底はルネの外の海底と繋がっている。

 実機だとカイオーガどこから入ったんだろう、と思っていたが、そういう絡繰りがあったらしい。

 …………まあグラードンがどうやって入ったのかは謎だが。まさか潜ったわけじゃあるまいし。

 実機だとまずは地底湖の手前まで進み、カイオーガの背に乗って進む、なんて危なっかしいことをしていたが、そんな間抜けなことしてたら確実に殺されるのが目に見えているため、最初から脇道からのショートカットを使う。

 この辺りは実機知識があればこそ、だ。

 

 そうしてしばらく、螺旋階段のような坂道を下へ、下へと降りていき。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 激しい水音が聞こえてくる。

 それは恐らく、最奥に流れる滝の音なのだろうと理解する。

 つまり、この先に。

 

「…………ふう」

 

 息を吐く。

 

「…………すう」

 

 息を吸う。

 

「……………………っ」

 けれどボールを持つ手の震えは収まらない。

 先ほどまで、あれだけ平然とできていたはずなのに。

 間近に迫った怪物の威に体が、本能が、恐怖に、死の恐怖に震える。

 先ほど奇襲でカイオーガを痛めつけた。

 あれでカイオーガを本気にさせてしまっただろう。

 しかもあの時はまだ()()()()()()()()()()()()()だった。

 今度は…………本気の本気。

 あの圧倒的怪物が、さらに威を増し、殺意を剥きだしに襲いかかってくる。

 

 ――――怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い。

 

 足が前に進まない。

 手が震え、膝が揺れ、歯がカチカチと鳴る。

 

 ――――本気であんなバケモノと戦う気か?

 

 ――――今ならまだ、逃げれるぞ?

 

 今更になってそんな自分の内なる声が聞こえてくるが、けれど()()()()()()

 カイオーガを目覚めさせてしまった時点でもう後ろなんて無いのだ。

 前に進むしか、カイオーガを打ち破って進む以外に道なんて無いのだ。

 

「…………はあ…………はあ…………はあ…………」

 

 呼吸が乱れる。過呼吸になりそうなほどに、幾度と無く呼吸を繰り返し、自身の思考に押し潰されそうになった、直前。

 

「…………ハルト」

 

 聞こえた声、そして背中に感じる温もり。

 後ろから回された手が自身の胴をゆっくりと抱き留める。

 一体誰が、なんて分かっている。

 

「…………エア」

 

 自身が彼女を間違えるはずが無い。

 

「…………怖いの?」

 

 そして彼女が自身のことが分からないはずが無い。

 

「…………うん」

 

 だから、素直に頷いた。

 

「怖い…………怖いよ…………さっきまで、大丈夫だと思ってた。ゲームの中でなら勝てる相手だった、簡単に倒せる相手だった。この世界は現実だけど、けれどゲームの流れに酷く似ていて、だから勝てる、そう素直に思えた。けど…………けどやっぱり怖いよ。この先に、居る。このまま放っておけば世界が滅びる、だから戦わなければならない。それがカイオーガを蘇らせた俺の責任だから…………でもね、足が震えるんだ。手が震えるんだ。体の震えが止まらないんだ。怖くて、怖くて、怖くて…………一歩も進めない」

 

 一体、どうして自分はこんな怪物を蘇らせたのだろう。

 一体、どうして自分はこんな場所に居るのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………何で、何で俺がこんなことしなきゃならないんだろう。何で俺がこんな怖い思いしてるんだろう」

 

 呟きだせば止まらない。

 

「…………誰か変わって欲しい。勝てるわけないだろ、あんな化け物、しかもゲンシカイキすればもっと強くなるのに…………どうやって勝つんだよ、どうやったら勝てるんだよ」

 

 エアは何も言わない、ただずっと黙ってそれを聞いていた。

 

「嫌だ…………もう嫌だ。帰りたい、帰って…………帰って」

 

 その先には、何も無い。

 自身が望んだ優しく、明るく、眩しい日常は無い。

 ただカイオーガのもたらす破滅の未来だけが残っている。

 

「……………………っ」

 

 涙が出そうだ。

 詰んでいる、もうこの状況は詰んでいる。

 分かっているのだ、自身が蘇らせなくともヒガナが蘇らせた、もしヒガナをどうにかしたっていつかきっと必ず蘇っていた。

 だから、今やるしかないのだ。

 知っている自分がやるしかないのだ。

 それしか、自分が望む日常を掴み取る方法は無いのだ。

 そう思っている、そう理解している、そう信じている。

 

 だから。

 

「行かなくちゃ…………戦わなくちゃ…………独りでも、やらなくちゃダメなんだ」

 

 いつの間にか自分に言い聞かせるように呟いたその言葉に。

 

「独りじゃない、でしょ」

 

 ぎゅっと、エアが自身を強く抱きしめた。

 

「アンタは…………独りじゃない、でしょ」

 

 呟きと共に、エアが自身の腰に…………そこにあるボールに触れ。

 

 消えた。

 

「……………………エア?」

「…………マスター」

 

 エアと入れ違うように、出て来た誰かが自身の背にそっと手を当てる。

 ひんやりと冷たい肌の温度。

 

「シア?」

「…………何があろうと、誰が相手だろうと、私は、マスターと一緒です。マスターが望むままに、マスターが願うままに、マスターのために、戦います」

 

 とん、とシアの額が自身の背にぶつかり…………消える。

 入れ代りに誰かが出てくる。

 

「大丈夫だよ…………ご主人様」

「…………シャル」

 

 感じる暖かさ。シャルが背中からもたれかかっているのを理解する。

 

「ご主人様が臆病な時は、ボクが頑張るよ。ご主人様が弱気なら、ボクが強くあるよ。ご主人様は、ボクが守るから」

 

 その言葉に返そうとして…………消える。

 

「キシシ」

 

 最早言葉は無い。そっと、握られた手の柔らかさを感じながら。

 

「なーに、難しく考える必要はないさネ。トレーナーはいつも通りやればいいさネ。大して変わりはしないサ。無理難題、無茶苦茶なんて今に始まったことじゃないサ。だから、いつも通り、トレーナーはトレーナーらしくあればいいのさネ」

 

 ぎゅっと手を握られ、握り返そうとして、消える。

 

「ふふ」

 

 耳元で聞こえた笑み。首に回った腕。

 

「マスターのちょっと珍しいとこ見れて嬉しいですよ。でも大丈夫です、私がいます、みんながいます。だから大丈夫、私が大丈夫って言ったなら、大丈夫です」

 

 聞こえる優しい声に、何か返そうとして、消える。

 

「ぬふ~ん」

 

 頭の上に顎が乗る。首に腕が回り、その大きな体に抱き留められる。

 

「珍しくヘタレてるね~。でもさー、死にかけたことなんて今までけっこうあったし、危ない目にあったことなんて数え切れないよね。ホント今更過ぎるよマスター?」

 

 その言葉に反論しようとして…………消える。

 

「ふん」

 

 誰かが鼻を鳴らし、背中からもたれかかって来る。

 

「王様ってのは常に一人で、何もかも背負って立つ覚悟があるやつだけがなるもんさ。けどね、ボス。アンタはそんな柄じゃないさ。今のアンタはアンタらしくないよ、じゃあ本当のアンタは何さ?」

 

 その言葉の答えを考え、消える。

 

「はあー」

 

 ため息、それと同時にぽんぽん、と頭を撫でられる。

 

「怖いなら怖いって言えばいいわ。辛いなら辛いって言えば良い。アンタはここまで頑張ってきた。それは私たちが一番良く分ってる。でもね、だからこそ、あと少しじゃない。あと少し頑張れば終わりが見えてくるんでしょ? あと一歩、踏み出す勇気は持てない?」

 

 首を振り、分からない、そう告げようとして、消える。

 

「うゆ…………」

 

 胴に伸びる小さな手が自身を背から抱きしめる。

 

「にーちゃ…………だいじょーぶ。サクラがたすけてあげるから」

 

 後ろで咲いた花のような笑みを想像し、振り返ろうとして、消える。

 

「…………なんじゃ」

 

 顔の横から伸びてきた腕に抱き留められ、肩を組んだような状態にされる。

 

「透かしたガキじゃと思っておったら、存外人間臭かったのう…………良い良い。恐怖を知らん生物なんぞ野生じゃ死ぬだけじゃ。主はそのままで居れば良い。そんな主を守ってやるのがワシの役目じゃ」

 

 呵々、と笑い声が聞こえ、消える。

 

「…………………………ふ…………はは」

 

 そうして。

 

「あは…………あはははははははは!」

 

 一歩。

 

「あははははははははははははは、あはは、あはははははははははは!!!」

 

 踏み出す。

 

 洞窟内で、笑い声が反響する。

 

 それでも、止まらない、止まらない、止まらない。

 

「…………そうだよ」

 

 何勝手に一人で押しつぶされそうになってるんだ。

 

 恐怖で感じられていなかった彼女たちとの絆を感じる。

 

「…………あったかい」

 

 この世界で手に入れた何物にも勝る自身の、自身だけの宝物。

 

 そうだ、そうだよ。

 

「守りたかったんだ、これを」

 

 ずっと、ずっと、これを味わい続けたかったんだ。

 

「だから戦ってるんだよ」

 

 だから戦い続けてきたんだ。

 

「…………邪魔なんだよ、お前」

 

 目の前にいるソレに向かって呟く。

 

「邪魔なんだよ、お前も、グラードンも、レックウザすらも」

 

 伝説だなんだと、やかましい、うるさい、黙ってすっこんでろ。

 

「いつまでもかび臭い伝承が幅利かせてるんじゃねえよ」

 

 今をいつの時代だと思っているんだ。

 

「そろそろ退場しろ…………今の世界に、お前らの出る幕はねえ」

 

 そんな自身の言葉に。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ソレが輝き始める。

 

 同時に。

 

「さあ…………人形劇(ドールズ)を始めよう」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 




さあ、いよいよ、ちゅうボスせん、だ(しろめ)



ゲンシカイオーガ Lv250 特性:はじまりのうみ

H35000 A1500 B900 C1800 D1600 S900


ちな、ゲンシカイオーガのアバウトスペック。


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滅びの魔海⑨

 

 ゲンシカイキ

 

 

 目の前で姿を変えていくカイオーガを見ながら。

 

「先手もらいだ」

 

 ぴん、と右手を上げ、指を一本立てる。

 

 “つながるきずな”

 

 “とうしゅうかそく”

 

 瞬間、アースが飛び出す。

「ぶっ飛べええええええええええええ!!!」

 

 “ファントムキラー”

 

 振り上げた拳が、そこに握られた短刀が、変化を続けるカイオーガへと突き刺さり。

 ぼん、と一瞬爆音がしたかと思うと、次の瞬間、カイオーガが吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。

 

「グオ…………ォォォォ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「うるせえ」

 

 完全に変化を遂げたカイオーガ…………否、()()()()()()()()が咆哮を轟かせ。

 ぴん、と二つ目の指を上げる。

 

「ちーちゃん!」

「オッケーさネ!」

 

 “10まんボルト”

 

 イナズマがその全身から雷を()()()()()()()

 

 “れんけい”

 

 “ボルトエンチャンター”

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「二つ重ねりゃ、アチキだってやれるサ」

 

 “かみなり”

 

 ゲンシカイオーガへと束ねられ巨大となった電撃の奔流が迸る。

 弱点タイプのその一撃にゲンシカイオーガが小さく呻き。

 

「タッチ、サ。イナズマ」

「はい、ちーちゃん」

 

 イナズマが、チークが、手を伸ばし、繋ぎ合う。

 

 “れんけい”

 

 “そうごはつでん”

 

 その両方からバチバチと電撃が溢れ出し、循環するかのように互いが互いに電撃を発しあう。

 そうして。

 

 “むげんでんりょく”

 

「いつもの、行っときますね?」

 

 “レールガン”

 

 放たれた極光が、洞窟内を白に染め上げる。

 一瞬、ゲンシカイオーガも仲間たちも、何も見えなくなるほどの莫大な雷撃がカイオーガを飲み込んだ。

 

「そろそろ反撃来るかな」

 

 逆の左手を上げ、一つ指を立てる。

 

「あーい!」

「了解です」

 

 そうしてサクラが、シアが、自身たちの前に飛び出して。

 

 “おおつなみ”

 

 ゲンシカイオーガが反撃の一撃を解き放った。

 

 

 * * *

 

 

 人形劇(ドールズ)、と自身は名付けた。

 

 同じ名前のトレーナーズスキルを作ったこともあるが、ある意味それの流用のようなものだからだ。

 この世界は現実だ。それは何度も言った通りである。

 だからゲームのシステムに縛られない行動ができるのは裏特性やトレーナーズスキルなどを見れば分かるだろう。

 そうして、だからこそ、試してみたいことがあった。

 

 ポケモンを複数出してのバトル。

 

 ダブルバトルやトリプルバトルと違うのかと言われると違う。

 ゲームにおいて多対一の一とは常にプレイヤー側だ。それはそうだろう、多のほうにプレイヤーを置いたバトルをすれば速攻型アタッカーを並べて上から叩けば数の暴力で大概の相手は押せる。

 だがこの世界ならば、現実ならばそれも可能となる。

 

 勿論簡単なことではない。

 

 当然ながら数秒の間に複数のポケモンに指示を出すというのは至難の業だ。

 トリプルバトルは非常に高度な戦いとされているが、実際本当に難易度が高い。

 何せ十秒にも満たない間に三体のポケモンの行動を決め、相手のリアクションを見て、それに対する自分のポケモンの状態を把握し、相手のポケモンの状態を見て、次の指示を決め、また三体に指示を出す。

 思考時間などほぼ零だ。一瞬で指示を決め、互いに矢継早に指示を出し合っている戦い。

 

 ましてそれを六体で行おうとするならば…………少なくとも自身の脳では追いつかないことがすぐに分かった。

 

 けれどそれは指示を一つ一つ出すからそうなる。

 例えば『攻撃しろ』『防御しろ』『交代しろ』この三つに絞れば、選択肢は三択だ。それくらいならばどうにでもなる。

 ただこの場合、何の技で攻撃するのか、防御とはどの行動を指すのか、誰と交代するのか、など事前に決めておこなければ、ポケモン自身でそれを判断するならばてんでバラバラな行動になってしまい、一対一を六度繰り返しているような状況にしかならない。それでは六体で戦っている意味が無い。

 

 故に、事前に対象を決めた。

 

 例えば以前戦ったレジアイス。

 

 あの時、指の動きだけで指示を出したが、実際のところ最初の二手までは()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初に積み技で相手が反応するか様子を見る。

 そこからパターンが分岐する。

 反応して相手も能力を上げてきたら絆を繋げずルージュで戦う。アースは相手の攻撃を撃ち落とすほうに回る。

 反応せず相手の能力が上がらないならば絆を繋げてアースに引き継ぐ。攻撃はアースに任せてルージュは相手の攻撃を防ぐほうに回る。

 

 技に技をぶつければ相殺される。

 

 アニポケなどでは良くある話だが、実機には絶対に無かった話だ。

 防ぐだけでいいなら比較的難易度は低くなる。

 くるり、と指で円を描く運動を合図に攻撃と防御を入れ替えるのは、実機でいうところのローテーションバトルから得た発想だ。

 あれで一度試してみて、実際に()()()()()は戦える、ということは分かった。

 

 ただ実際、伝説を相手にするにはまだまだ難があるとも。

 

 その直後に出合ったのが…………サクラだった。

 

 同調と共感(シンパシー)こそを最も得意とするラティ種のヒトガタ。

 そこに目をつけた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これを最終目標とした。

 元々絆の深さで阿吽の呼吸で指示を出せていたのもあり、それ自体はそれほど難しくは無かった。

 まあ自身が他者と思考を共有しているという状態に慣れるのに時間はかかりはしたが、それでも決して不可能な事では無かった。

 

 いや、それどころか、さらに一つ、想像の上を行った。

 

 “れんけい”アビリティこそが、この戦法の極致の一つだと思っている。

 

 技と技を組み合わせる特技の発想は元からホウエンにあったものではあるが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのはこれまで存在しなかった。

 先も言ったが、基本的に技と技をぶつけ合えば()()されてしまう。

 相性が良いとか悪いとかそれ以前の話、そのポケモンの力はそのポケモンだけの物、それが原則なのだ。

 

 ただ、一つだけ例外的な物がある。

 

 “テレパシー”

 

 実機にも存在する特性で効果は『味方の技のダメージを受けない』だ。

 方向性としてこれは同じなのではないだろうか、と考えた。

 そしてラティ種はその方面に秀でていた。

 

 そうして完成したのが。

 

 ()()()()()()()()()()()()“れんけい”アビリティ。

 

 それから。

 

「しーあ」

「分かってます!」

 

 “がったいわざ”

 

 “ぜったいぼうぎょ”

 

 サクラと、シアの二人が同時に出した“まもる”の技が重なり、広がり、巨大な津波から仲間たちを守り抜く。

 

「次っ!」

「行くわよ、リップル!」

「任せなさい、エア」

 

 “がったいわざ”

 

 “だいりゅうせいぐん”

 

 エアとリップルが同時に放った流星がゲンシカイオーガを次々と打ち付ける。

「グゴオオオオオオアアアアアアアアアア!!!」

 けれどさすがのタフネス、さすがにレベルの高さ、ほとんど効いた様子も見せず。

 さらに動こうとして。

 

 “かげぬい”

 

「こ、これでいいの、かな?」

「ばっちりじゃ…………このまま行くぞ?」

 

 “がったいわざ”

 

 “ねんどうのこぶし”

 

 シャルが“かげぬい”と“サイコキネシス”の両方を使ってゲンシカイオーガを一瞬止めた、直後に水中を進んだラグラージ…………アクアがその拳を振り上げ。

 

「久々じゃのう、カイオーガァ!」

 

 喜々として殴りつけた。

 一体その細腕のどこからそんな力が出て来たか、殴りつけられたカイオーガが念動力も影も全て薙ぎ払いながら再び洞窟の端まで吹き飛ばされた。

 

呵々(かか)、愉快よのう」

 

 口元に弧を浮かべながら、アクアが岸に戻って来た。

 

 “がったいわざ”。

 

 この人形劇の肝となる要素。

 見た通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 利点は二つ。

 

 一匹のポケモンが放つ技は結局一つなので、ポケモンのリソースに関わらず使うことが出来ること。

 そして組み合わせ次第でいくらでもバリエーションが増やせること。

 

 と言っても当たりまえだが、現実的な組み合わせしか効果を発揮しないのでバリエーションもある程度制限はあるが、それでも普通に特技を作るよりも実際に使える組み合わせは多くなる。

 

 特技は一匹のポケモンの才能(リソース)を喰い潰しながら作る必要がある。

 当然ながらリソースが有限である以上、使った分は減ってしまう。

 才能(リソース)の共有化、なんて反則的なことができるダイゴが一番上手く使えるのも当然と言えば当然なのかもしれない。

 だが二体以上のポケモンに一つずつ技を使わせて特技とするならば、それは才能の多寡を必要としない。やってることだけ見ればただ技を放っているだけなのだから。

 

 同調と共感(シンパシー)で全員を同調させ、共感させている。

 今この瞬間だけ、自身の仲間たち全員の力が()()となっているのだ。

 

 故にこんな反則的なことも可能となる。

 

「頼むぞ…………」

 

 縋るような、祈るような気持ちで呟く。

 これが正真正銘、自身の対伝説用の切り札だ。

 いや、むしろアクアやサクラという予定に無かった仲間のお蔭でより強力になった。

 もしこれを上回られたら…………。

 

 そんな自身の不安を見透かしたかのように。

 

「グゴオオオオオオオオオオ!」

 

 “ほろびのまかい”

 

 ゲンシカイオーガの周囲の水が渦巻き始める。

 

「…………何だ」

 

 一瞬の思考、けれど答えは直後にやってくる。

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

「っ?! なあああああ!!」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 今自身たちが居る場所は『めざめのほこら』の最奥。

 実機でカイオーガと戦った場所ではあるが。

 先ほどまであった足場が浸水し始めている。

 

「…………こういう時のための、これだったが…………まじかよ」

 

 ここまで潜水用のスーツを着て来たのは、こういう事態を想定していたからではあるが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一瞬前まで足に触れるくらいだったが水が、すでに足首を超え、膝の辺りまで来ていた。

 

 それと同時に。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ…………っ」

 

 迫っていた。

 背後から、巨大な水の壁が。

 そうして何かを口にするより早く。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 ぐるぐると視界が回る。

 水中で前も後ろも分からない状態のまま波に流され、潮に巻かれ、ぐるぐると流される。

 潜水スーツを着ていなかったら、ここでアウトだっただろうと考えると、やはり用意しておいて良かったと言わざるを得ない。

 

 そうして、暗い洞窟の中、暗い暗い水中の奥に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その巨大な口を開き、こちらへ迫ろうとして。

 

 グンッ

 

 何かが自身の手を掴み、そのまま凄まじい勢いで水中を進んでいき。

 

 ざぱぁぁぁん

 

 水面を抜けると同時に激しい水飛沫が跳ねる。

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 直後にそれを追ってきたかのようにゲンシカイオーガが水上へと姿を現し。

 

 “がったいわざ”

 

 “はさみうち”

 

 右からエアが、左からはアースが同時にゲンシカイオーガを挟み、攻撃する。

 完全にこちらへ視線をロックオンしていただけに、まともにその一撃を喰らい…………僅かに体が揺れる。

 と同時に自身の腕を引いていた少女、アクアの連れられて先ほどまで立っていた足場に戻る。

「大丈夫か、(ぬし)よ」

「ああ、助かった…………さすがに食われたら一たまりも無い」

 先ほど水中で見た口を開いて迫りくるゲンシカイオーガというゾッとする光景を思い出し僅かに震える。

 そうして視線をゲンシカイオーガに映せば、こちらを警戒したように水中を泳いでいた。

「…………やっぱゲンシカイキしてもそうだ、強くはなってるけど『ぼうぎょ』は低いままか」

 どうやら先ほどのエアとアースの一撃がそれなりのダメージを与えたらしい。

 その割に先ほどのアースの攻撃の時はそれほど効いている様子は無かったのは。

「何かダメージを軽減するアビリティがあるな」

 認識していない攻撃ならかなり効くようだ。奇襲気味の一撃を狙うのが効率が良さそうだった。

 

「全員…………いるな」

 

 どうやら全員流されていたらしいが、大半は自力でここまで戻り、戻れなかった者もアクアやサクラが連れ戻したらしい。

 そういえばラティアスって劇場版だと水の中普通に潜ってたな、なんて余計なことを思い出した。

 

「さーて…………どうするかな、と思ったけど」

 

 そろそろ、二枚目の切り札を切ったほうがいいだろうか。

 

「…………出し惜しみして勝てるような相手じゃない、か」

 

 どれだけ戦いが長引くか分からないからこそ、できれば取っておきたかったのだが。

 

「…………エア、アース、アクア」

 

 それが可能な三人へと声をかけ。

 

「シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル、ルージュ、サクラ」

 

 そしてそれ以外の七人にも同様に。

 

「…………あと三十秒で決めるぞ」

 

 そう告げた。

 

 

 




人形劇(ドールズ)
なんかこう、すっごいの。いろいろできる。


今更だがラグラージのニックネームは『アクア』です。
これで陸海空が揃った。

とても分かりやすい連携と合体技の区別方法。

連携⇒味方に対して技を発動、受けた味方を“てだすけ”状態+αにする。
合体技⇒両方とも敵に対して発動。使用する技は特技に分類される。


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滅びの魔海⑩

 

 実機において、グラードンも、カイオーガも、目覚めると共に、必ず『めざめのほこら』を一直線に目指す。

 それは『めざめのほこら』には両者の失った力を取り戻すために必要な自然エネルギーが大量にあるからだ、という設定がある。

 

 自然エネルギー。

 

 それが何なのか具体的な話はゲーム内において、詳細な説明は無かった。

 “メガシンカ”に変わる新たなフォルムチェンジ“ゲンシカイキ”の説明付けのためにとって付けたように用意されたような感じもするが、だからって現実にそれがある以上、それが何なのか調べば説明が付くのだろう。まああの琥珀色の石(オリジンクォーツ)のあった場所を考えれば何となく予想もできそうな気もするが。

 

 ただ今は重要なのはそこでは無い。

 

 重要な点は三つ。

 

 一つは『めざめのほこら』には自然エネルギーが大量に存在するということ。

 

 一つは自然エネルギーがあればゲンシカイキを行うことができる、ということ。

 

 そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり。

 

「エア、アース、アクア!」

 

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 

 自身の叫びに呼応するかのように、エアの、アースの、アクアの全身が光に包まれ。

 変化する。変化する。変化する。

 エアが、アースが竜の姿に変わり、アクアは十四、五歳くらいだった外見が二十前後くらいまで成長する。

「ルオオオオオオオォォォォォ!」

「グルオオオオオオオオオ!!!」

 二体の竜が咆哮する。竜の唸りが洞窟を震わせ、ゲンシカイオーガが僅かに警戒を強める。

「呵々…………呵々。()()()()()()()()()()()。調子が出て来たわ」

 

 “とうそうほんのう”

 

 ゲンシラグラージ…………アクアが、笑いながら、両の拳を打ち付ける。

 気のせいか、カイオーガがじっとアクアを見ているようなそんな気がする。

 

 僅かな静寂、そして停滞。

 

 けれどそれも一瞬で崩れる。

 

「グオオオオオオ!!」

 

 ゲンシカイオーガが動き出す。

 一瞬、水中に潜ったかと思うと。

 

 “みちしお”

 

 “おおつなみ”

 

 再び津波が洞窟内を覆う。

「守れ!」

 ぴん、と左の指を立てれば。

「あい!」

「了解です!」

 即座にサクラとシアが前面に出て。

 

 “がったいわざ”

 

 “ぜったいぼうぎょ”

 

 津波を盾が防ぐ。防ぎきり。

 

 “みちしお”

 

 “あらなみ”

 

 “いてのしんかい”

 

 続き様に水流が放たれた。

「っ! リップル!」

「お任せっだよ!」

 “まもる”は連続で使用できない、その弱点をきっちりついてきた連撃だが、咄嗟にリップルが前に出て、水流からの盾となる。

 タイプ的に見て恐らく『みず』技。“ハイドロポンプ”かと思ったがどうやらそれともまた違う技。

 少なくとも自身は見たことが無い技。けれど『みず』タイプならばリップルで受けきれる、そう考えて。

 

「いかんっ! 避けよ!」

 

 アクアが焦ったようにそう叫ぶのと、リップルが水流を受けるのが同時だった。

 

「なっ…………に…………これ…………」

 

 信じられない、と言った様子でリップルが驚きに目を見開きながら。

 

 ()()()()()

 

「…………マジかよ」

「深海の凍て水じゃ…………()()()()()()()

 呆然と呟く自身にアクアが告げた言葉に理解する。

「『こおり』タイプ複合…………それに『みず』タイプに弱点か」

 “フリーズドライ”とはまた違った原理なのだろうが、恐らく『みず』タイプに対して『こうかはばつぐん』を取れるのだろうと予想。

 

 だがそれよりも何よりも。

 

「リップルが一撃かよ…………」

 弱点タイプだったとは言え『とくぼう』6ランクのヌメルゴンが一撃で落ちたという事実に冷や汗が出る。

 しかも二度の攻撃を終えて、未だにカイオーガが水中から出て来ない。どうやらそこなら比較的安全なことを理解してしまったらしい。学習能力が高いやつである。

 

 なら。

 

「引きずり出す…………イナズマ! チーク!」

 

 ぴん、と右手の指を立て。

 

「オッケー!」

「行くさネ!」

 

 “れんけい”

 

 “そうごはつでん”

 

 “じゅうでん”

 

 ばち、ばちばち、とチークとイナズマが繋いだ手から電流が弾け迸る。

 “そうごはつでん”は互いの『でんき』タイプの技の威力を高めると共に、チークがイナズマを『てだすけ』状態にしてくれる。さらに“じゅうでん”で『でんき』技の威力を2倍にして。

 

 “かじょうはつでん”

 

 メガ進化してから何だかんだ使う機会の無かったトレーナーズスキルだが、別に使えなくなったわけではない。

 ただデメリットが大きいので、指示することの無かったスキルだが、今は必要だと判断する。

 

 “そうごはつでん”で大よそ1.5倍。『てだすけ』で1.5倍。“じゅうでん”で2倍の“かじょうはつでん”で2倍の計9倍。

 そこに『とくこう』ランク6で『とくこう』4倍。

 

 並のポケモンなら完全にオーバーキルだが()()相手じゃこれでもまだ足りないと考える。

 

 だから、だから、だから。

 

「持ってけ…………俺たちの全部を!!」

 

 “きずなパワー『とくこう』”

 

 繋がる絆が想いを通す。

 想いは力と成り。

 

「穿て! イナズマァ!!」

 

「貫いて!!!」

 

 “レールガン”

 

 解き放たれた極光は、明らかにこれまでの物と威力の桁が違っていた。

 極光の柱が水面に突き刺さり、()()()()()()()()()()突き進み、その奥に潜んだカイオーガを穿つ。

 

「グオオオオオオオオオオオオアアアアアアア!!!!!?」

 

 カイオーガの絶叫が洞窟に響き。

 

「打ち上げろ…………アクア」

 

 ――――了解じゃよ。

 

 『じめん』タイプのラグラージ故に『でんき』技が効かないアクアがすでに水中に潜り、電撃に怯んだカイオーガを()()()()()()()()

 

 “ばかぢから”

 

 ずどん、とまるで大砲でも撃ったかのような轟音。明らかに拳で殴った音ではないそれが、アクアの拳の威力を証明していた。

 水底から打ち上げられ、無理矢理水上にまで引き上げられたゲンシカイオーガに。

 

「トドメ!」

 

 “ファントムキラー”

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 “がったいわざ”

 

 “はさみうち”

 

 引き絞られた矢のように飛び出したエアとアースが打ち上げられたゲンシカイオーガを両サイドから挟撃し。

 

 カイオーガが水面に着地し…………ぷかり、と浮かび上がった。

 

 

 * * *

 

 

 使える物は全部使った。

 あるだけ出し切ったと言っていい。 

 少なくとも、イナズマとチークはしばらく戦闘できないくらい疲労しているし、リップルは完全に『ひんし』状態。サクラとシアだってあの攻撃を何度も守り切れないだろう。

 シャルはカイオーガと相性が悪いし、未だに元気なのはエアとアース、それからアクアくらいだろう。

 

 こちら側の手札(リソース)を吐き出し続けたからこそ、これだけ一方的に攻撃できたが、一度守勢に回ればそのまま能力値の差で圧殺されるのは目に見えている。

 できればこれで終わって欲しい、攻勢のまま押し切れなければ、勝ち目が無い。

 

 だから、そんな願いを込めて。

 

 モンスターボールを投げて。

 

 ()()()()

 

「っ…………まだダメなのか」

 

 『ひんし』にまで達していない。つまり、まだ…………。

 

「グ…………オオ………………オォ…………」

 

 水面に浮かんだカイオーガが一瞬唸り…………やがて沈黙する。

 そうして。

 

「グゴ…………ォォ…………」

 

 ()()()()()

 

 

 ね む る

 

 

 眠った。

 こちらの手札を吐き出し続け、ようやくここまで削り取ったHPが。

 どんどん回復していく。一秒ごとに、傷が消えていく。刻一刻と勝利が遠のいていく。

 

 まさか、とは思っていた。

 

 思ってはいたが…………本当にやるとは思っていなかった。

 

 もう三十秒もしない内に、カイオーガのHPが全回復するだろう。

 そしてカイオーガが眠りから覚めるより早くそれを削り切るだけの手はすでに自身に残されていない。

 目を覚ませば後は水中に潜られてひたすら一方的な展開が続くのだろう。つまり、現状はほぼ詰んでいる。

 

 だから。

 

 だから。

 

 だから。

 

「ルージュ、今だ!」

 

 ()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「…………出番よ」

 唐突に音の止んだ洞窟内で隣に立つ少女が告げる。

 少女の言葉に一つ頷き、少女に背負われ、すぐさま伝説の待つその領域へと足を踏み入れる。元々そのために彼らが戦うすぐ隣、『めざめのほこら』の最奥手前で待機していたのだから。

 一歩、その空間に足を踏み入れた瞬間、激しい戦いの音はすでに消え去っていた。

 

 半ば沈みかけた足場に立ったハルトと、そして。

 

「…………カイオーガ」

 

 水面に浮かび、動かないカイオーガ。

 倒したのか、とも一瞬思ったがだったら自身が呼ばれるはずも無い。

 つまり、まだだ。

 

「…………()()

 

 ハルトがこちらを見て、自身の名を呼び。

 

「…………頼んだ」

 

 そう告げる。

 

「分かってる…………任せて」

 

 呟き、両手でボールを持って。

 

「来なさい、アイス、ギガ」

 

 中から二つの影が飛び出した。

 

 

 * * *

 

 

 伝説のポケモンと対等に渡り合えるのは同じ伝説のポケモンだけだ。

 

 伝説のポケモンを倒すために、伝説のポケモンと使うという矛盾を除けば一番確実性がある方法でもある。

 

 だがその矛盾こそが最も大きな障害であることを知っていた。

 だから自身はこれまで他の伝説に対して手を取ることをしなかった。

 他の伝説を捕獲する労力と、グラードン、カイオーガ戦で伝説を使える対価が見合っていない。というか他の伝説を捕まえれるならグラードン、カイオーガだって捕まえれるだろう、という話だ。逆にグラードンやカイオーガに太刀打ちできないならば、他の伝説にも太刀打ちはまあ無理だろう。

 

 実際のところ、自身が野生のレジギガスと戦えばまず負けるだろう。

 実機ならば『げんきのかけら』等でゾンビアタックもできたかもしれないが、この現実でその戦法は無理だ。となると数を用意し、それを一定以上に引き上げ、さらに伝説に通用するだけの火力を確保させて運用するというのは自身にはほぼ無理な芸当だ。

 一番勝率の高いだろうレジギガス相手でそれなのだから、他の伝説なんてもってのほかである。

 

 そんな自身の前に、伝説を捕まえたトレーナーが現れた時は、そして協力を取り付けた時は、余りにも都合が良すぎて戸惑ったほどだ。

 

 だがシキのレジギガスは()()()だ。

 本来のレジギガスの強さの半分も出せていない。もしかすると四分の一も発揮できちゃいないのかもしれない。

 それはレジギガスが伝説だから、というのもあるし、レジ系が無機物であり通常の育成方法が通用しないというのもあるかもしれない。

 だからこそ、決勝で戦った二年前のレジギガスでは伝説には通用しなかった。否、したとしてもそれは自身でも出せるレベルの威力でしかない。

 

 伝説の本気、それを叩きこめなければ意味が無い。

 

 だからレジアイスをシキに渡した。

 シキは異能一本のトレーナーに見えるが、その実、レジギガス戦においてレベル上限のポケモンを大量に用意し、異能を意識した技の調整を行うなど、育成(ブリーダー)の才能もあり、サザンドラが無条件で従っているなど統率(カリスマ)もある、実に才能豊かなトレーナーだ。

 唯一指示が単調なきらいも見られるが、それを補って余りあるほどの強さを持つ。

 だから、期待した。期間は短いが、レジアイスの育成を通して、ギガスの本領を引き出せないか、と。

 期待して渡して、そうして期待を超えてくれた。

 

「…………アイス、道を作って」

 

 シキの指示にレジアイスが両手を上げて。

 

 “ぜっとうりょういき”

 

 一瞬でカイオーガの周辺の水面が凍り付き、カイオーガが凍りの中に埋まる。

 さらに氷が伸び、陸地まで到達する。

 かなり分厚いようで、氷の向こう、水の奥は白く光って見通せない。

 

「ギガ」

 

 声をかけると同時に、レジギガスが動き出す。

 

 “いかさまロンリ”

 

 “スロースタート”

 

 下降能力の逆転により、ランクとは無関係にレジギガスの『こうげき』と『すばやさ』が2倍になる

 さらにそこに。

 

 “つながるきずな”

 

 ()()()()()()()()()、レジギガスにこちらの能力ランクを()()()する。

 

 これで全能力6ランク。

 

「打て」

 

 伝説種の全能力4倍。『こうげき』と『すばやさ』に至っては8倍である。

 

 さらに。

 

 “むそうのかいりき”

 

 シキの育成により()()()()()レジギガス本来の怪力を持って。

 

 “たいりくへんどう”

 

 『こうげき』が6ランク以上の時にのみ使用できる必殺の一撃を持ってして。

 

 “アルティメットブロウ”

 

 大陸破砕の一撃が放たれた。

 

 

 * * *

 

 

 足元が崩れ落ちる。

 伝説の一撃に『めざめのほこら』が耐えきれなかったのだ。

 洞窟の天井が崩落を始める。

 

 だが逃げられない、逃げるわけには行かない。

 

「アクア!」

「応!」

 

 咄嗟の叫び、アクアが自身を抱き寄せて。

 

「息を止めとれ!」

 

 言葉と共に、目の前の割れた氷が浮かび上がる湖へと飛び込む。

 先ほど一瞬見た時、レジギガスの一撃を受けてゲンシカイオーガが湖底に落ちていくのを見た。

 つまり、ここが最大のチャンスだ、最早これ以上の機会は無いと言っていいかもしれない。

 

 ぐんぐん、とアクアが水中を進んでいく。

 暗い水中だが、ゲンシカイオーガの体の模様が薄く光っているためすぐに分かった。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 ぎょろり、とこちらを見た。

 

 ――――まだHPが残っていやがる。

 

 そんな自身の心境を読み取ったかのようにカイオーガが獰猛に牙を剥き。

 けれどがくん、と態勢を崩す。

 やはりレジギガスの一撃でほぼ死に体となっているのは間違いないらしい。

 

 ならば。

 

 ――――アクア!!!

 

 ――――応っ!!!

 

 水中で声にならなかったはずの言葉を、けれどアクアが受け取り。

 

 “ちからもち”

 

 “アームハンマー”

 

 その牙で噛み砕こうとするカイオーガの横をするりと抜けて、その横っ腹に拳の一撃を見舞った。

 ごぼ、と水中で鈍い音が響き、カイオーガがそれでも耐えようとして。

 

 崩落した天井がカイオーガに落ち、その背を打つ。

 

「ゴ…………ォ…………」

 

 限界ギリギリでのトドメの一撃に、さしものカイオーガが崩れ。

 

 ――――いけえええええええええええ!!!

 

 アクアから飛び出す。同時に泳いでカイオーガへと接近し。

 

 右手に持ったマスターボールをその巨体へと叩きつけた。

 

 かぱり、とボールが一瞬開き。

 

 赤い光がカイオーガを包み込む。

 

 しゅうん、と光がボールの中へと収まり。

 

 かたり、とボールを揺れる。

 

 かたり、とボールが揺れる。

 

 かたり、とボールが揺れて。

 

 

 ――――ピタリ、と収まった。

 

 

 

 




カイオーガ編、終 了 !!!



今回は全体的に絶望が足りなかった気がする。
うん、まあでも中ボスだしいいよね。
本当の絶望はラスボスにあるし。


というわけカイオーガのデータを晒そう。



ゲンシカイオーガ Lv250 特性:はじまりのうみ

H35000 A1500 B900 C1800 D1600 S900

わざ:おおつなみ、こんげんのはどう、しおふき、アクアリング、いてのしんかい、ねむる、かみなり

特技:おおつなみ 『みず』タイプ
分類:なみのり+だくりゅう+たきのぼり
効果:威力150 命中-- 必ず相手に命中する。相手を『みず』タイプにする。

特技:いてのしんかい 『みず』タイプ
分類:ハイドロポンプ+れいとうビーム+ぜったいれいど
効果:威力100 命中100 『こおり』タイプと相性の良いほうでダメージ計算する。100%の確率で相手を『こおり』にする。『みず』タイプにも効果抜群になる。

裏特性:でんせつのいふ
このポケモンは『ひんし』にならない限り、捕獲できない。自身の『HP』の種族値を大幅に上昇させる。自身が受けるダメージを全て半減する。

アビリティ:たいかいのおう
天候が『つよいあめ』の時、場の状態を『おおうなばら』に変更する。自身への状態異常を無効にする。

場の状態:おおうばなら
『みず』タイプのポケモンの能力値が1.2倍になる。『みず』タイプの技の威力を2倍にし、『みず』タイプの全体技の威力を2倍にする。『でんき』タイプの技が無効になる。毎ターン開始時、『みず』タイプのポケモンのHPを1/8回復する。場のポケモンを『えんがい』状態にする。

状態異常:えんがい
『くさ』タイプのポケモンが毎ターン最大HPの1/4ダメージを受ける。また『くさ』タイプの技が使えなくなる。

アビリティ:みちしお
攻撃技を使用する時、自身の『とくこう』と『すばやさ』を2倍にする。『みず』技が相手の不利なタイプを無視する。

アビリティ:ひきしお
攻撃技を使用しない時、の『ぼうぎょ』と『とくぼう』を2倍にする。受ける技のダメージを半減する。

アビリティ:あらなみ
特殊攻撃技を使用した時、相手の『ぼうぎょ』と『とくぼう』の低いほうの数値でダメージ計算する。

禁止アビリティ:ほろびのまかい
『ひこう』『みず』タイプ以外の全てのポケモンを戦闘開始から5ターン後に『ひんし』にする。毎ターン開始時、相手の最大HPの1/4の『みず』タイプのダメージを与える。




少しだけ解説すると。
()()()()()()()()()()()()という理由で特性“はじまりのうみ”が無しになってます。正確には『外では』適用されてるのでルネシティ大惨事になってるけど、洞窟内は平和。
そして“はじまりのうみ”が無効化されてるのでアビリティ“たいかいのおう”も無効化されてます。これが有効だと『でんき』技も『くさ』技も効かなくなるのでほぼ詰み。
因みにハルトくんが言ってた『めざめのほこら』内のほうが戦いやすい、というのは『洞窟内なら雨降っても関係無いだろ』と言う点。
つまりハルトくんが『めざめのほこら』で戦うこと選んだので重要なアビリティが発揮できなかった、これはハルトくんの作戦勝ちじゃないだろうか。
因みに海上でゲンシカイオーガと戦うと、“おおつなみ”が全体化して“まもる”じゃ防げなくなる。この辺りはデータ化してないけど、海上だとまず勝てない怪物。今回は狭い洞窟内だったから、ってこと。

因みにグラードンは普通に開放されて戦うよ、狭い洞窟内で戦うと熱上がり過ぎて焼け死ぬからね。むしろ屋外のほうがまだマシという。





ところで全く話関係ないんだけど。

ツタージャが可愛すぎる。ツタージャ可愛すぎて、擬人化絵探して小説書きたくなった。
というわけでカロス編とか止めてツタージャ編開始しようぜ(
とかそんなことを今考えてる。もしかすると『オリジナル地方』とかやるかもしれない。
その内活動報告で読者にアンケ取ったりしながら『オリジナル地方』を作ろう、とかやるかもしれないのでその時はご協力くださいな。

因みにだが、オリジナル地方やるなら主人公ハルトくんの子供になるかも。


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死の大陸①

 

 

 笑みを浮かべながら、ボールを握る敵を忌々しい気持ちを隠さず見つめる。

 今の自身はマグマ団の一員、故に余り目立つ行動をしていては潜りこんでいたのはバレてしまう、のだが。

 

「…………全部バレてるってどういうことなんだろうね」

 

 これまでひたすら裏に徹し続けていたはずなのに、どうして目の前の男は自身のことを知っているかのように話すのだろうか。

 ()()()()()()()()()()。その言葉の意味と、先の洞窟での一件から察するに。

 

「…………現ホウエンチャンピオン、か」

 

 ホウエンチャンピオンハルト。これまでことごとくこちらの計画を邪魔してくれたあの厄介な少年は、まさかまさか、自身のことまで知っていたなんて、一体どういうことなのか。

 なんて、考えている場合でも無い。

 

 相手が悪い。

 

 有り体に言えばそういう話だ。

 ヒガナ自身かなりの実力のトレーナーだという自負はある。それでも、それでも、それでも。

 

「相性が悪すぎる」

 

 自身が専ら使用するのは『ドラゴン』タイプのポケモンたち。『はがね』タイプの相手をするには少しばかりタイプ相性が悪い。否、技幅が広いのも『ドラゴン』タイプの優秀な点故に、弱点を付くことは可能だが。

 果たしてその程度で勝てる相手だろうか…………仮にも元ホウエンチャンピオンだ。

 

 だが、やるしかない。

 

 あと少し、あと少しなのだ。

 

 手の中の紅の珠を山頂の男に届ける、それだけで後は転がり落ちるように状況が進む。

 自身の望みの展開へと、即ち、グラードンの復活、という顛末へと。

 

「邪魔しないでよ…………こんな、こんなところで立ち止まってられないんだ」

 

 道中のあらゆる犠牲を必要と割り切ってここまでやってきたのだ、今更止まれない。諦めるなんて以ての外。

 これは自身の役割、自身が継いだ役割で、自身が果たさなければならない務めだ。

 

 立ちはだかるならば、邪魔するならば、例えそれが元チャンピオンであろうと、現チャンピオンであろうと関係ない。

 

「叩きのめして進むだけだよ! ヌメルゴン!!」

「そうはいかないさ、ここで止めさせてもらうよ…………シー」

 

 互いのボールから光が放たれ、ポケモンが出現する。

 こちらが出したのはヌメルゴン、そして相手が出したのは…………ナットレイ。

 

「流星よ、私たちに力を貸して」

 

 “りゅうせいのみこ”

 

 突き上げた手から力が放たれる。

 力が自身の体を通り、ヌメルゴンへと、そしてボールの中の五体へと流れ込んでいく。

 流星の民は極めて『ドラゴン』タイプとの親和性が高い。生まれた時から『ドラゴン』タイプに囲まれて生きるためか、それとも()()()を崇めているお蔭なのかは知らないが、全員が全員『ドラゴン』タイプに対する高い親和性、相性の良さとでもいうものがある。

 そして同時に流星の民は代々『ドラゴン』タイプの力を引き出すことに長けた一族だ。それは異能だったり、育成だったり、統率だったり、指示だったり色々だが、ヒガナの場合は異能だった。

 

 自身の力を竜に分け、竜の力を増す異能。

 それだけの力、その程度の異能。

 

 けれどそれは決して流星の民の中にあって特別なものではない。ヒガナには特別な才能というものが決定的に欠如していた。

 凡庸ながらも多少の才ならある、異能トレーナーとしてそれなり程度の能力はある。だがそれは流星の民という特異な存在の中では埋没する程度の物でしかなかった。

 

 だからヒガナが持っているものは大半が借り物だ。

 

 ()()から受け継いだ物、決して自身が努力して手に入れたものでは無く、自身が()()()()()物でも無く、選ばれ、受け取り、得た力。

 

 だから、ヒガナ自身に特別な才能は無い。

 

 けれど、けれど、けれど。

 

 受け継いだ力は、そうじゃない、そうではない、そんなものではない。

 

「燃やし尽くせ、ヌメルゴン!」

 ヒガナの指示に従い、ヌメルゴンが大きく息を吸い込む。

 

 “だいもんじ”

 

 放たれた大の字の強大な炎がナットレイを包み込む。

 『くさ』『はがね』タイプのナットレイにこの攻撃は致命的な一撃を持つだろうと予想し。

「…………シー」

 静かに呟くダイゴの声に、炎の中からナットレイが平然とした様子で飛び出す。

 

 “やどりぎのタネ”

 

 ナットレイから飛んできた植物の種がヌメルゴンの周囲に落ち、直後に地面を突き破り伸びてきた植物の蔓がヌメルゴンを絡めとる。

「嘘っ、ヌメルゴン! 解いて!」

 自身の声に、ヌメルゴンが何とか絡みついた蔓を解こうともがくが、けれど解けない。

 

「シー…………行って」

 

 動けないヌメルゴンの隙を突き、ナットレイがダイゴの指示で回転する。

 

 “ジャイロボール”

 

 ごろん、ごろん、と徐々に加速をつけながらナットレイがローリングしながらヌメルゴンへと迫り、動けないヌメルゴンへとナットレイが激突する。

 

 “てつのトゲ”

 

 “どくどくのトゲ”

 

 ナットレイの全身に生える鋭いトゲがヌメルゴンを突き刺し、ヌメルゴンが痛みに悲鳴を上げる。

 同時にいつの間にかその全身から紫色の液体が滴っており、ヌメルゴンの傷口にも付着していた。

 直後、苦し気に呻きながら足をついたヌメルゴンの姿に、何をされたのか悟る。

「『どく』状態…………なら!」

 

 “りゅうせいのみこ”

 

 受け継いだ力によって強化された異能がヌメルゴンへと流れ込み、即座に毒を消し去って行く。

 毒の消えたヌメルゴンが絡みついた蔓を引きずりながらも立ち上がり。

 

「シー、叩け」

 

 “はたきおとす”

 

 起き上がった上からナットレイがその蔦を叩きつけ、ヌメルゴンの頭を強打する。

 それがトドメの一撃となったのか、ヌメルゴンの全身から力が抜け、崩れ落ちる。

 同時に絡みついた蔓が解けていく、つまり。

 

「戻って、ヌメルゴン」

 

 『ひんし』になったヌメルゴンをボールへと戻し、次に出すポケモンを悩む。

 

 けれど…………出すしかない、そう決意し。

 

「行って! オンバーン」

 

 蝙蝠のような見た目の竜、オンバーンをボールから解放する。

 

 彼女から受け継いだ力は、ただ自身の異能を強化する程度の物では無い。

 その真価はそこにはない。

 

「出すつもり、無かったんだけど…………やっぱり、出さないと、勝てないよね」

 

 ぐっと、右手を握りしめる。

 体の奥底から、力を掻き集め、それから。

 

 ()()()()()()()()

 

 瞬間、自身の前に佇むオンバーンとの繋がりを感じ。

 

「行くよ、オンバーン」

 

 ()()が行われる。

 

 それは本来空の神が放つ、空の奥義。

 

 継承し、伝承することで、不完全ながらも()()()()()()()()()にのみ使うことを許された。

 

 最強の一撃。

 

 “ひぎのでんしょう”

 

 “りゅうじんのかご”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 矢のごとく、解き放たれたオンバーンが全身に風の鎧を纏い、超高速でナットレイへと激突する。

 

 相手の守りも、能力の変化も、そしてタイプ相性の不利すら無視する最強の一撃がナットレイを吹き飛ばし。

 

 “てつのトゲ”

 

 “どくどくのトゲ”

 

 その全身のトゲがオンバーンを傷つけ、毒に侵す。

 

 “りゅうせいのみこ”

 

 同時に与えた力が毒を癒し、オンバーンが活力を取り戻す。

 

「これで…………一体」

 

 動かないナットレイを見つめながら、唇を噛む。

 足りない…………数がどうやったって合わない。

 奥義は本来龍神様だけが使える究極の技だ。だが伝承者はそれを伝える役割を持つ性質上、龍神様以外にもその技を教えることができる。

 とは言え、龍神様が使うことを前提としたスペックの技なのだ、通常のポケモンが使うには余りにも反動が大きい。

 故に、使えるのは龍神様と同じタイプのポケモン、そして一度のバトルで一度だけ、使ったならばその後はしっかりと休養させなければあっという間に壊れてしまう。

 これまでの修行によって戦闘の続行は可能だろうが、もうオンバーンはこのバトル中再び奥義を撃つことはできない。

 

 自身の手持ちは六体。だがその内、奥義を撃てるポケモンは三体。

 

 ダイゴの手持ちは最低六体。だがもしどこかに隠し持っているならばそれ以上もあるかもしれない。

 

 たった一体、倒しただけだが分かることがある。

 

 ――――奥義が無ければ絶対に勝てない。

 

 トレーナーとしての格の差が歴然としていた。

 単純に強い。純粋な力の差、それはトレーナーとして育成力の差である。

 読み切れない、そして読まれる。それは思考力と経験の差である。

 トレーナーの動揺はダイレクトにポケモンたちにも伝播する。故に焦ることだけはしない。慎重に、慎重に。

 それでもまだ希望があるとすれば、これが試合でも何でもないことだろうか。

 端的に言えば、勝つ必要すら無い。

 

「時間さえ…………稼げれば」

 

 『デコボコさんどう』と『エントツやま』の境目。ここで戦っていればすぐにマグマ団が気づき、やってくるだろう。

 そして今の自身は少なくとも、外見だけはマグマ団の恰好をしている。

 この一件で潜りこんでいたのがバレるかもしれないが、少なくとも『べにいろのたま』を渡すことくらいはできるはずだ。

 

 だから、だから。

 

「もうちょっとだけ、付き合ってもらうよ」

「いいや、すぐに終わるさ」

 

 不敵なダイゴの笑みに、一瞬顔を顰め。

 

「どうやら時間はボクたちの敵のようだ」

 

 ――――だから、お披露目といこうじゃないか。

 

 呟きと共に投げられたボール。

 

「新しい、ボクたちの力を…………このホウエンで最初に、まずは彼女に見せるとしよう」

 

 ――――ねえ、ココ?

 

 その襟元に付けられたラペルピンに、そこに取り付けられたキーストーンへと触れ。

 

 

 メ ガ シ ン カ 

 

 

 光を放った。

 

 

 * * *

 

 

 疲れた。

 

 ポケモンセンターのベッドに寝転がりながら、思わず息を吐く。

 恐怖と緊張で想像以上に強張っていたらしい体が、緊張が解けると同時に一気に襲ってきた疲労感に重さを感じた。

 

「…………死ぬかと思った」

 

 思うことと言えば、ただひたすらにそれだった。

 実際、洞窟内に押し込むのが一番勝算が高いとは思っていたが、同時に簡単には逃げることができない状況でもある。何か一つ間違っていれば、洞窟の中で水死体になっていた未来だってあり得た。

 

「…………でも、意味はあった」

 

 机の上に転がったボールを見つめる。

 紫と白で色分けされたそのボールを見つめ、もう一度息を吐きだす。

 事前の作戦からして荒はあった、自分だけの力じゃとてもじゃないが敵わなかったし、最後の最後だってシキに助けられてようやく、と言ったところ。

 

 それでも。

 

「一つ、伝説のポケモンを抑えた」

 

 後はグラードン。

 

 グラードンを捕獲できれば、その先はヒガナと協調することも可能だと思っている。

 極論、手法が違うだけで、自身とヒガナの目的を一致しているのだから。

 

「…………ヒガナ、か」

 

 この世界で会ったのは正真正銘、先の洞窟が初めてだ。向こうが初めてかどうかは分からない。ヒガナは基本的にマグマ団、或いはアクア団に潜伏して活動しているので、こちらかは分からなくても、あちらはすでにこちらを知っている可能性は十分にあるだろう。

 

 『べにいろのたま』を奪取された以上、正直こんなところで休んでいる暇は無いのだが、カイオーガとの一戦で気力も体力も根こそぎ持っていかれたのだから、仕方ない。正直腰砕けで歩けないし、仲間たちも全員疲労でセンターに預かってもらっている。

 

 ダメージ、と言うならばリップル以外はそれほど大きなダメージを受けたわけではない。

 力の行使を制限した上で、シアとサクラがきっちり守ってくれた、守り切れない攻撃はリップルが受けてくれた、だから他の全員はほぼ無傷と言っても良い。

 

 けれど。

 

 伝説のポケモンの放つ畏怖というのか、圧倒的な空気に通常のバトルよりも遥かに疲労が蓄積していたようだ、自身だって実際に対面したのだからよく分かる。

 これで終わりではない、まだグラードンがいるし、最悪レックウザとだって戦うことになるかもしれないのだ、だとするならば疲労は早急に抜いて、次に備えなければならない。

 

 幸い、というべきか。

 

 『エントツやま』にはダイゴがいる。

 ダイゴならば、万一グラードンが復活したとしても駆けつけるまでの時間を持たせてくれるだろう。

 それにヒガナだって、あのカイオーガの撒き散らす天候の中をそう簡単に移動できたとは思わない。

 

 トータルで見るならば多少なりと時間に猶予はあると考える。

 

 万一復活しても、すでにカイオーガを捕獲している以上、対処の手をそちらに一極化できる分、カイオーガの時よりは楽…………だと思いたい。

 

「カイオーガ次第…………かな」

 

 呟いた言葉に、かたり、と机の上でボールが動いた気がした。

 

 

 




でんしょうしゃのヒガナ


トレーナーズスキル(P):りゅうせいのみこ
味方の『ドラゴン』タイプのポケモンの全能力を1.5倍にし、状態異常を無効化する。また味方が受ける『ドラゴン』タイプの攻撃技のダメージを半減する。

トレーナーズスキル(A):ひぎのでんしょう
味方の『ドラゴン』『ひこう』タイプのポケモンが場にいる時、“ガリョウテンセイ”を使うことができる。このスキルは一度のバトル中、同じポケモンで二度使うことはできない。

トレーナーズスキル(P):りゅうじんのかご
味方の“ガリョウテンセイ”の威力を2倍にする。味方の“ガリョウテンセイ”が相手のタイプ相性の不利や相手の能力ランクの上昇を無視してダメージ計算する。味方の“ガリョウテンセイ”に相手の“まもる”“みきり”などを解除して攻撃する効果を追加する。




ダイゴさん、チャンピオン時より強化されてます(
あとシーちゃんをテッシードだとどこかで言ったが、あれは嘘だ。ナットレイの間違いだった。






なんでこんなに遅くなったかって?

ぷそが楽しかったから(だがレッグは出ない

あとグラブルも楽しかったから(今日レジェフェス来るぞ、水ゾ欲しいゾ

それから前に言ってたオリジナル地方のプロローグ1万字くらい書いてた。
ただしこれはドールズのネタバレがやばいくらい含まれてるので、ドールズ完結するまで公開しないことにしました。


全く話関係ないけど、部屋のクーラー壊れてて付かないからマジで地獄。熱さで頭茹って2時間かけて1500字しか書けねえのマジ辛い。


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死の大陸②

月曜日! まだ月曜日だから?!(火曜感


「ハルト?」

 

 部屋をノックしてみるが、反応が無いので、ノブを回せば鍵のかかっていない部屋の扉が開く。

「…………不用心ね」

 呟きながら、けれどやはり反応は無く、仕方ないので部屋の中へと足を踏み入れる。

「ハルト、居ないの…………って」

 再度声を挙げながら、部屋の中を見回し。

 ベッドの上で、静かに目を閉じた少年を見つける。

「…………寝てるわね」

 すうすう、と寝息を立てる少年の枕元に立つ。

 まるで先日とは逆だ、なんて一瞬思った。

 そのまま数秒、少年の寝顔を見つめ。

 

 ぎしり、と腰を降ろせばベッドが僅かに軋んだ。

 

「まあ、疲れてるわよね」

 

 二度も負けたイメージからか、どうにも同年代のような気がしていた少年だが、よくよく考えればまだ十二歳。自身よりも三つも年下で、まだ子供と言って良い年齢だ。

 こうして眠っている姿を見ると、余計にそう思う。

 こんな小さな体で、カイオーガと戦ったのか、そう考えれば。

 

「…………お疲れさま、ハルト」

 

 呟きながら、その髪を手櫛で梳く。その頭を撫でるように、二度、三度と優しく、少年を起こさないように気をつけながら。

 本当は…………本当なら、伝説のポケモンを持つ自身こそが、あの場に立つべきだったんじゃないか、と思わなくも無い。

 彼と、彼の仲間たちは強い、それは知っている。戦った自身こそが一番身に染みて分かっている。

 それでも、もっとやりようはあったんじゃないか、そう思わずにはいられない。

 

「やっぱり…………嫌になるわね、弱いって」

 

 ――――肝心な時に何もできない。

 

 嘆息する。結局そういう事なのだ。彼が一人で立ち向かったのも、きっとそういう事なのだ。

 レジギガスという伝説を、かつて自身は捕獲した。故に、他の伝説を相手にしても、それなりに戦うことはできる、そんな自負は船の上で戦ったカイオーガとの一戦で粉々に砕け散った。

 自身にはまだ力が足りない。だから、ハルトは矢面に立った。

 

 一緒に、同じ場所に立ってくれる相手が居なかった。

 

「…………そんなこと、無いさ」

 そんな自身の内心の呟きを否定するかのように、声が聞こえた。

 

 

 * * *

 

 ふわり、と。

 頭を撫でる優しい感覚に、意識が徐々に覚醒していく。

 

「…………お疲れさま、ハルト」

 

 半覚醒の呆けた思考に流れ込むように、声が聞こえた。

 

「やっぱり…………嫌になるわね、弱いって」

 

 肝心な時に何もできない。言葉にならなかったその言葉に、けれど寝起きの呆けた思考は気づくこと無く。

 ただ、それでも。

 

「…………そんなこと、無いさ」

 

 ()()が弱いなんて、そんな言葉、頷けるはずも無かった。

 意識が覚醒する、思考が回りだす。

 どうしてシキがここにいるのか、けれどそんなことを考えるより先に。

 

「シキは、強いよ」

 

 そんな言葉が口を吐いて出た。

 シキが僅かに目を見開き、それからそっと覗きこむように視線を合わせる。

 

「だったら…………どうして一人で戦おうとするの?」

 

 艶めいた深い黒の瞳に吸い込まれそうになる。

 

「どういうこと?」

「『めざめのほこら』での話」

 

 返ってきた言葉に、ああ、と納得する。

 

「別に…………シキが弱いから、とか足手まといだからあそこに居させなかった、とかじゃない」

 

 むしろ逆だよ、と言うとシキが首を傾げた。

 

「シキは強いよ、俺の知ってる中でも一、二を争うトレーナーだ。何よりも伝説のポケモンを捕まえたという事実がそれを証明している」

 

 だからこそ、後ろに居て欲しかった。

 

「海を封じた、雨を封じた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、安心が欲しかった。

 

「勝つつもりでいた、勝てないかもしれなと思った。だから背中を守って欲しかった」

 

 万一、自身が手も足も出ず敗北した場合、カイオーガはゲンシの力を手に入れて世界へと浮き上がる。

 その時、同じ伝説を持つトレーナーならば…………シキならば、まだ可能性があると思った。

 

 だったら最初から一緒に戦えば良い、と思うかもしれない。

 だがもしカイオーガがゲンシカイキしたことで、必殺の一撃を得ていれば。

 レジギガスのように条件付きで使える必殺技があるならば。

 その時はまとめて共倒れだ。そのリスクを負ってまで共に戦うくらいならば、まず自分が最初に戦って様子を見たほうが良いと判断した。

 そしてもしレジギガスを使える隙があるならば…………とも考えた上で、あの配置だった。

 

「だからシキが弱いからとか、そんな理由で戦ってたわけじゃない。むしろ、何かあった時のために、シキを残しておきたかった、けど同時に自分だけじゃ勝てなかった時に、シキに助けてもらえるような位置に居て欲しかった」

 

 そんな自身の言葉に、シキが数秒黙し。

 

「…………そっか…………うん、良かった」

 

 ため息を共に吐き出すかのように、それだけ呟いた。

 

「うん…………ありがとう、ハルト」

 

 まるで長年溜めこんだ苦悩を吐き出しきったかのように、その笑みは晴れ晴れとしていた。

 

 

 * * *

 

 

 さすがに緊張する。

 手の中に収まったボールを見つめながら、思わず喉を鳴らした。

 

「じゃあ…………開けるよ?」

 

 周囲に配置した自身の手持ちたち、及び後ろで待機しているシキたちに視線を張り巡らせ。

 こくり、と全員の準備が整ったのを確認し。

 

「出てこい…………()()()()()

 

 カイオーガの入ったボールの開閉スイッチを押した。

 

 

 そもそもの話。

 ホウエンの伝説の二体、グラードンとカイオーガはどちらも天候を塗り替え、陸を、海を増し、世界を侵食していく凶悪な能力を持っている。

 基本的にその能力に優劣は無い。タイプ相性の差すら互いの天候によって無効化していくため、この二体が争えば周囲に被害ばかり出て決着は着かない、それは『ゲンシの時代』の戦いによって証明されている。

 だがそれは伝説のポケモン同士で争えば、の話。

 

 通常のポケモン、そして何よりもただの人間であるトレーナーを対象として見た場合、両者には決定的な差が生じる。

 

 カイオーガが呼び起こすのは雨だ。世界を飲み込むほどの大雨。

 確かにまともに戦うことすら難しい環境だが、けれどもう一方に比べればまだ()()()()という点で相性が良いと言える。

 

 そう、グラードンの生み出す焦熱の世界に比べれば。

 

 『みず』技を無効化するほどの熱気を産み出す“おわりのだいち”。

 実機だとそこに『ひざしがつよい』と同じ効果が追加されただけだが、フレーバーすら実態となるこの世界に於いて水が一瞬で蒸発するような熱量を人間が浴びればどうなるか、なんて明白過ぎる。

 

 故に、対グラードン戦において、方針は二つ。

 

 一つは“おわりのだいち”の範囲外から戦う方法。

 少なくともカイオーガの天候操作に対して“ノーてんき”は一定の効果を得た。

 つまり、数を集めればグラードンにも有効となるだろうことは予想できる。

 だが問題は時間が経つほどに力を増すグラードンに対して、徐々に距離を開けながら戦わなければならないという点。

 ポケモンの技というのは実のところ、それほど飛距離に関しては得意としていない。

 接触技はともかく、非接触技というのは集約したエネルギーを放つことを基本としているため、放ってから時間が経つほどにエネルギーが拡散、減衰していき威力が削がれていく。

 果たしてカイオーガと同等の体力を持つだろうグラードン相手に、威力の下がった技をどれだけ叩きこめば倒れるのか、しかも時間が経つほどに天候の範囲は広がる、それを押しとどめようと包囲は後退し、距離も開く。

 さらに言えばグラードンがやられっぱなしでいるはずも無い、直接攻撃でもしようと近づかれて天候範囲に巻き込まれただけで死ぬだろうし、“じしん”や専用技の“だんがいのつるぎ”などゲンシグラードンの種族値とカイオーガと同等のレベルから来る『こうげき』数値で放たれた日にはホウエンの一角が地割れを起こすのではないだろうか。

 

 つまるところ、無理だ。

 

 こんな方法無理にもほどがある。

 

 辛うじて、『ほのお』タイプのポケモンならばチャンスもあるかもしれないが、そもそも『ほのお』タイプのポケモンがグラードンに対して相性が悪い。

 

 だから、もう一つの方法。

 

 実現できれば、最も有効で、最も有用で、最も有力な方法。

 

 即ち。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ一つ問題があるとすれば。

 

「…………………………………………」

 

 目の前でぷかぷかと、まるで海の中にいるかのように宙を漂うこの青色が自身に従うかどうか、それだけだった。

 

 

 * * *

 

 

 海を漂っていた。

 

 ゆらゆらと、波に揺られる心地の良さを感じながら、目を閉じ、眠りについていた。

 

 ただ心地よかった。

 

 ずっとずっとこのまま眠っていたい、そう思うほどに。

 

 不意に、冷たい何かが自身へと触れた。

 

 僅かに、意識が覚醒する。

 

 自身の体を冷やす、意識を呼び戻すそれが何なのか、けれど呆けた頭が理解が追いつかない。

 

 追いつかないままに、まるで夢遊病のように漂う。

 

 それから。

 

 それから。

 

 それから。

 

 

 * * *

 

 

 カイオーガは動かない。

 

 ただじっと、自身を見つめたまま、動かない。

 

 自身も、エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも、リップルも、アースも、ルージュも、サクラも、アクアも、シキも誰も動かない、動けない。

 迂闊に動けば、その瞬間再びカイオーガが暴れ出すのではないかと、誰しもが緊張で動けずにいる中で。

 

「……………………」

 

 カイオーガが口を開く、誰しもがそれに一瞬身構えて。

 

「………………グゴォ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 直後。

 

 その全身が光に包まれた。

 

「っ?!」

 

 目の前で、光に包まれるカイオーガに、よもやまたゲンシカイキか、と咄嗟にボールを突き出して。

 

 ()()姿()()()()()()()()

 

「なっ…………に…………?!」

 

 ゲンシカイキじゃない! むしろサイズ的には小さく…………というかこれは、サクラと同じ。

 

「ヒトガタ?!」

「…………ふぁあ~」

 

 蒼に近い水色のショートカットの髪にカイオーガと同じ青に赤模様の入ったリボン、同じ模様の法被のような服、青一色のミニスカートに、腰には長細い縄を巻いてさながらベルトのようにスカートを固定している。足に履いた茶色のサンダルに、両の足首にも青いリボンを巻いていた。

 細めた目からは金の瞳が覗き、口元に当てながら大きな欠伸をしていた。

 

 それは青い少女だった。

 

 目の前で気づかない内にすり替わったわけではないのらば。

 

「…………かい…………おーが?」

 

 目の前の少女こそが、自身の求めた伝説のポケモン、カイオーガである、ということだった。

 

「……………………ん?」

 

 少女の金の瞳が、こちらを見つめる。

 心臓を掴まれたかのような感覚、ああ間違いない、これはあのカイオーガだ、と妙な納得をする。

 そうして。

 

「あはー、キミ、あれだね、アタシに勝った人だよねー」

 

 少女が歯を見せながら笑う。先ほどまで感じていた威圧感も何も全て霧散したような気がする。

 

「……………………………………お前はその、カイオーガ、でいいんだよな?」

 余りにも気楽な少女の口調に、何を言えば良いのか大分長く迷った末、そんな言葉が口から出た。

 

「うん? うーん? うーん…………? 多分そうだよ?」

 

 なんで疑問形なんだよ、と言う疑問に、少女が補足するように続ける。

 

「昔そんな風に呼ばれてた気がするけど、アタシ自身に名前は無いからね。キミがそう呼びたいならそう呼べばいいよ」

 

 にへら、と笑う少女の言葉に、ならばカイオーガでいいか、と勝手に決める。

 そもそもカイオーガというポケモンが目の前の少女以外に居ない以上、それは種族名というよりは個体名だろう。まあ必要になりそうならまた付ければいい、必要な状況、というのが良く分らないが。

 

「なんというか…………思ったのと違うな」

「えー? 何がー?」

 

 間延びした喋り方をする少女が首を傾げながら唇に指で触れる。

 そう、思っていたのと違う、これが一番しっくり来る言い方だろう。

 

「さっきまで大暴れしてたからな…………正直、開放したら即座にまた暴れ出すんじゃないかって冷や冷やしてた」

「あははーごめんねー…………ちょっと寝惚けててさ」

 

 おい、今こいつなんて言った。

 

「やー…………どんだけ寝てたのか覚えてもないくらい昔から寝てたんだけどさー、それをいきなり起こされたって何が何だかだよねー。こっちだってびっくりだよ」

「……………………はあ」

 

 もうそれしか言えない。いや、むしろそれ以外に何を言えと。

 

「なんか眠る前と随分と周囲が変わってるしー? だから昔と同じような感じのする場所見つけてそっちに行ったらキミが居て負けたんだけどねー」

 

 それで目が覚めちゃった、とは少女の言。

 

「つまり…………あれか? あんだけ無茶苦茶やってて、まだ寝てたのか」

 

 というか最後のほう“ねむる”してたんだが、寝ぼけながら眠るって一体何なのだ。

 

「あれで全力じゃない…………いや、もう勝てる気しねえんだけど」

「あははー、まあアタシとしては、寝起きの運動くらいには体も動かせたし、良いんだけどねー」

 

 俺たちの決死の覚悟を、寝起きの運動をほざいたか…………何と言うか。

 

「…………理不尽だ」

 

 何と言う理不尽な生物なのだろう。いや、もう…………何も言えない。

 

「いやいや、でもねー? 多分、ちゃんと起きてても負けたと思うよー? キミたち、すっごく強かったし」

「…………そうか」

 

 ああ、何となくさっきのシキの気持ち分かった気がする。

 こうして戦ってた相手からきちんと力を認められると…………何というか、凄く嬉しい。

 

「ああ…………もう、それはそれとしてだけど…………」

 

 どうにも、さっきから予想外過ぎてペースを持っていかれているが、それでも思ったより友好的なのは良い意味で予想外だった。

 

 だから。

 

「グラードンとの戦いに、お前の力を貸してくれ、カイオーガ」

 

 切り出した本題に。

 

「……………………」

 

 先ほどとは打って変わって困惑した表情で首を傾げる少女に、戸惑う。

 

「ダメ、か?」

 

 やはり自身では伝説を従えることは無理か、そう諦めかけた時。

 

「…………グラードンって、何?」

 

 少女がそう呟いた。

 

 




月曜日に台風来て、ちょっと今日無理ポ、とか言われたので、仕方ねえな、明日来いよって言ったら夕方6時頃来る業者にドロップキック。


ところで、元気っ娘系カイオーガってのは新機軸じゃね?


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死の大陸③

最近に日課はゆぐゆぐの虐殺です(


 

 

 なんてこった…………というのが正直な今の心情だった。

 

 ルネの民が太古の昔より守り続けていた『めざめのほこら』。

 流星の民と別れてより今日まで、かつての彼らが、そして今ではミクリが。

 

「…………派手にやったね」

 

 守り続けていたその洞窟は、今。

 

「はぁ」

 

 崩落していた。

 

「まあ、仕方ない、と言うしかない」

 

 本来ならば仕方ないで済ませて良いものではない、だがこれに関してはもう仕方ないとしか言いようが無い。

 むしろルネが原型を残していることを喜ぶべきだろう、何せ下手をすれば世界を滅ぼしかねない怪物と戦って、被害は洞窟一つなのだ。

 その洞窟がルネの民が何よりも守り続けていた物でなければミクリだって素直に喜べたかもしれないのだが。

 

「取りあえず、修繕は急いだほうがいいだろうね」

 

 カイオーガが目覚め、そして今となっては捕獲された以上。この洞窟にどれほどの意味が残っているのかは謎だが、それでも長年守り続けてきた大事な場所なのだ、このまま放置、というわけにもいかないだろう。

 とは言え、内部に関してはどうにもならない。ルネの民は『めざめのほこら』に立ちいることは許されていない。この状況でその掟にどれほどの意味があるかは疑問ではあるが。掟がある以上、大穴の空いた洞窟天井をどうにかするくらいしかやることも無い。

 というか、天井を塞いでも洞窟全体が崩落していて、もうどうにもならない気がする。

 

「潮時、ということかもしれないね」

 

 悠久に語り継がれてきた伝承、伝説。けれどその片割れはすでに今代のチャンピオンによって捕獲された。

「まさか、伝説のポケモンを本当に捕獲してしまうとはね」

 伝説のポケモンカイオーガ。ホウエンの伝承に語られる『みず』ポケモン。ミクリだって興味が無いわけがない。何よりも『みず』タイプのジムリーダーとして、その力の程が知りたいと思うのは当然だろう。

 けれど、手を出すかと言われれば話は別だ。戦いを挑もうという気すら起きない。

 

 チャンピオンがやってくる前に、少しだけ、こちらへとやってくるカイオーガを遠くから見た。

 

 そこにあったのは、ただ純然たる()()()だった。

 

 どうしてあんなものに手を出そうと思えるものか、『みず』タイプ使いのミクリだからこそ、余計にその力の程が理解できる。

 間違いなく、ミクリが勝負を挑めば勝負にならない。勝敗以前に、戦いにすらならないだろう。

 

 あんなものに、本気で戦いを挑むのか、とチャンピオンの正気を疑いもした。

 

 だが、それでも。

 

「…………それでも、彼は勝った」

 

 初めて出会った時、珍しく友人が気にかけていた挑戦者がいる、くらいの印象だった。

 実際戦ってその実力が決して偽りではない、ただポケモンの能力に頼っただけの相手ではないことは理解した。

 その年のリーグで優勝し、ついには友人を降してチャンピオンになった。

 とても楽しそうに、けれどどこか悔しそうな、初めて見るそんな友人の姿に、ああ、彼は友人にポケモンバトルの楽しさを教えてくれたのだ、とそう気づいた。

 それから二年。リーグを通して、伝説のポケモンを捕獲すると聞いた時はどうなるかと思ったものだが。

 

「認めるしかないだろうね」

 

 チャンピオンから一つ、頼まれたことがある。

 

「最早、時代は変わった」

 

 それがきっと、自身の最後の役割となるのだろう。

 

「因縁も、風習も、掟も、全てが失われていく」

 

 それでいいのだろう。世界は時代と共に大きく変容してしまっているのだから。

 

「だから、これが本当に最後」

 

 ミクリの視線の先に、けれど映るのはルネを覆う山。

 

 だがミクリの視線は山を越えたさらにその先を見つめていた。

 

 正確には、そこに座す物を。

 

 その名を。

 

 『そらのはしら』と言う。

 

 

 * * *

 

 

 実機時代、どんなポケモンでも自分で捕まえれば指示に従っていた。例えレベル100のポケモンで、バッジ0個だろうと。

 ところがこれが他人のポケモン、となると、バッジが無いと言うことを聞かず、好き勝手しだす。

 選択した技とは違う技を出すなんてのはまだいいほうで、そもそもサボって行動しない、なんてのもある。

 例えそれで一方的に攻撃されていたとしても。反撃すらしない、なんてこと実機でもあった。

 

 じゃあ現実ならどうなんだ、と言われると。

 

 他人のポケモンどころか、自分のポケモンですら言うことを聞かない、なんてことが割と良くある。

 

 だいたい要因は三つだ。

 

 一つは種族値の高さ。最終的な進化系が高い種族値を持つほど気位が高くなる。

 一つはレベルの高さ。他を圧倒するほどに自身の強さに胡坐をかく。

 一つは個体値の高さ。己の才能に溺れるほどに強者であることに傲慢になる。

 

 アニメ版のサトシのリザードンが分かりやすい例じゃないだろうか。

 進化した途端にトレーナーに反抗を始め出す、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 これがつまり()()という分野になる。

 

 特に分かりやすいのが『ドラゴン』タイプだろう。

 全体的に高種族値の『ドラゴン』タイプを安易に使おうとするトレーナーは多い。

 

 強いポケモンを使えば勝てる。

 

 まあ確かに一つの答えではあるだろうが、使()()()()()()だ。

 統率、カリスマ、別に言い方は何でもいいが、結局のところ()()()()()()()()()()()()が無ければどんなに強大なポケモンを使おうと指示すら聞いてもらえない、ということが往々にしてある。

 中でも『ドラゴン』タイプというのは特に気位が高い、有り体に言えば面倒くさい性格のやつが多い。

 中でも600族かつ、6Vでレベル120の『ドラゴン』など普通四天王レベル以上でなければ扱えない、プライドと自尊心の塊のような存在だ。

 

 そしてさらにその上を行くのが()()()()だ。

 

 臆病ではあるが比較的人懐っこいラティ種を除けば、大半の準伝説種というのは一種極まった統率力を要求する。

 そしてさらにその上を行くのが伝説種。

 

 伝説種は単純な統率は要求しない。

 

 伝説種を従えるのに必要なものは()()だ。

 

 まるで世界が定めた物語の主人公であるかのように。

 

 出会い、導かれ、戦い、討ち下し、そして従える。

 

 そういう運命が無ければ伝説を統率することは不可能だ。

 

 

 ……………………本当に?

 

 

 * * *

 

 

「…………グラードンって、何?」

 呟く少女の声は平坦であり、きょとんとしたその様子から本気でそうい言っているのか分かった。

「何って…………いや、待て、そういうことか」

 さっき少女自身言っていたではないか。

 

 ――――昔そんな風に呼ばれてた気がするけど、アタシ自身に名前は無いからね。

 

 つまりグラードンと言う名も周囲の人間が付けたものであり。

「えーと、昔、カイオーガが争ってたっていう、赤い…………えーっと」

 あの造形フォルムをなんと説明したものか、と思案した瞬間、ああ、と少女が声を挙げる。

「あの爬虫類だね! いいよ、あんな暑苦しいのはやっつけちゃおう!」

「…………………………………………」

 満面の笑みで告げる少女だったが、どこか威圧感のようなものを感じてしまうのは気のせいだろうか。

 ああ、やっぱ仲悪いのね、と内心で呟きながら。

「って…………雨、雨降って、抑えて!」

 突如としてぽつぽつと降り始める雨、先ほどまで晴れていたのに、不自然過ぎるほどの雲の集まり具合に目の前の少女が原因だと即座に判断する。

「あ、ごめんごめん」

 少女の笑みから威圧感が消えると同時に、空の雲が再び唐突に散って行き、太陽が顔を覗かせる。

「一つ…………聞きたいんだけどさ」

 そんな少女に、嫌な予感を覚える。多分今、自身の表情は苦虫を潰したような顔をしているのだろうと自覚しながら。

 

「…………カイオーガは、俺の指示、聞く気ある?」

 

 そんな自身の問いに、カイオーガが一瞬きょとん、として。

 

「え、やだ」

 

 はっきりとそう言う。

 

 まあ分かっていたが…………やはり、というべきか。

 

 自身では目の前の少女を従わせることはできないらしい。

 さてどうすべきか。制御できない伝説など、正直な話ボールに閉じ込めておくくらいしか無いのだが。

 先程までの友好的な態度を思い出して、どうにもその選択は取りづらいな、と内心呟いていると。

 

「あー…………でもね」

 

 少女が笑う。笑って告げる。

 

「もしもう一度、今度は()()()()で私に勝ったなら」

 

 良いよ、と少女が言った。

 

「今度は私も全力でやるよ、本気でやるし、限界までやる、それでも負けたなら、良いよ。キミを認める、キミが上だって」

 

 楽しそうに、けれどどこか挑戦的に、少女が笑った。

 

 やってみろ、とその笑みは告げていた。

 

 やれるものならな、とその笑みは告げていた。

 

 だから、だから、だから。

 

「…………ああ、分かった…………今度は、正々堂々、正面から叩きつぶしてやる」

 

 自身の呟きに少女がからからと笑う。少女をボールに納め、手の中のボールに視線を落とし、ため息を一つ。

 

「グラードン戦では使える…………今はこれで良いとしておこうか」

 

 それから、グラードンも捕獲したら、両方ともハメれる戦術を考えておこう。

 幸いにして、カイオーガの実力の底は見えている。深海のように深い深い底ではあるが、それでも未知であるよりは分かりやすい。

 それから最近捕まえたばかりのサクラやアクアの育成、その他全員との連携、トレーナーズスキルの発展。

 時間が足りず、出来なかったことは多い。だが手持ちが増えたことで出来るようになったこともまた多い。

 

 まだ強くなれる。もっと強くなれる。

 

「いいさ…………今度こそ、撃ち落としてやる」

 

 伝説だろうが何だろうが、首根っこ引っ掴んで、大人しくさせる。

 

 終わりは近い。

 

 けれど物語ならばそれで終わりだったとしても、現実はそうじゃない。

 

 むしろこれから始まるのだ。

 

「もう良いだろ?」

 

 八年だ。

 五歳の時、エアを拾ってから十二になる今日までで八年の時をこの時のために費やしたのだ。

 決して悪い日々では無かった。楽しいことだってたくさんあった。

 

 それでも、やらなければならない、そんな使命感のようなものが、義務感のようなものが、常に脳裏になった。

 現実は物語のように都合よくは行かない。放置すればホウエン、やがては世界が滅びていたかもしれない。

 伝えたところで誰が信じるのだ、そんな未来の話。

 だったら、知っている自分がやるしかない、そんな思いが確かにあったのだ。

 

 終わりは近い。

 

 突如鳴ったポケナビ、そこに届いたメッセージを見て。

 

 ――――『DよりFを通達』

 

「…………行こう」

 

 呟いた。

 

 用心のため出していた手持ちのポケモンたちをボールに戻しながら、思案する。

 

 ――――(ダイゴ)より(作戦失敗)を通達

 

 成功なら(クリア)

 失敗なら(フェイラー)

 

 つまり。

 

「グラードンが復活した」

 

 間に合わなかった、そういう事だ。

 なんてこった、と思いつつ。

 まあまだカイオーガがいるだけマシか、と一人納得する。

 

 一つ問題があるとすれば…………。

 

「…………気のせい、か?」

 

 自身のエースを入れたボールを見つめながら、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 熱い。

 

 熱い、暑い、アツイ、あつい。

 

 全身が燃えるように熱い。

 一体自分はどうしてしまったのだろうか、と考えようとするが熱に浮かされ思考がまとまらない。

 

 バレなかっただろうか?

 

 平静を装っていたが、アレで中々に鋭いところもある少年を思い出しながら、少女、エアは内心で呟いた。

 おかしい、絶対におかしい。それは分かるのだが、何が原因なのか分からない。

 カイオーガと戦っている時はまだ何ともなかったはずだ。だからその後、ポケモンセンターで治療を受けている時だろうか、少しずつ発熱が始まった。

 最初は気にもしなかった、ゲンシカイキすれば『ほのお』タイプを得る程度に適正があるエアだ、多少体温が高くなったからと言ってどうなる物でも無い。戦いの後の高揚だと、その内静まるだろうと思っていたのだが。

 時間を追うごとに熱が上がって行く。人間ならばとっくに死んでいるような熱量だが、多少気怠い程度で済んでいるのはさすがポケモンだからか。

 

 これからグラードン戦だ、泣き言は言っていられない。

 

 だから戦わなければならない。

 熱に浮かされ思考が出来まいと、全身を襲う気怠さがあろうと、それでも戦わなければならない。

 

 だから。

 

「だから…………治まりなさい、よ」

 

 くらくらとする頭を片手で支えながら、誰にも聞こえないボールの中でエアが呟く。

 

「治まれ…………治まれ」

 

 一瞬、滲むようにブレた視界を、歯を食いしばって耐え、荒い呼吸を繰り返す。

 

 少年が見れば、まるで風邪でも引いているのかと思うような有様だが、ポケモンに人間の風邪など効くはずも無い。

 ポケモンの病気というのはあるが、それでもこんな短時間に突然のように発症するものでも無い。必ず事前の兆候のようなものがあり、そんなものがあれば少年が見逃すはずも無い。

 

 そうして何度も、何度も、吸って、吐いてを繰り返し。

 

 少しずつ、少しずつ、体調が治まっていく。

 

「……………………いけ、るわね」

 

 未だに熱は高いし、気怠さは残る、それでも戦える。

 

 そう判断して。

 

 

 * * *

 

 

「エア」

 

 ボールからエアを出す。

 中から飛び出した少女の姿におかしな点は見えない。

「…………やっぱ気のせい?」

 ただ絆の繋がりが僅かに鈍い気がするのが気になるがそれ以外に違和感らしい違和感も無いが。

「ハルト」

 エアに呼ばれハッとなる。そうだ、『えんとつやま』でグラードンが復活したのだ、急がなければならない。

「エア、『えんとつやま』まで」

「了解っ、と!」

 エアの背に負われると同時に、エアがふわり、と浮き上がる。

 そのまま徐々に勢いをつけながら空を飛んで行き。

 

「大丈夫、だよな?」

 

 先に『えんとつやま』に居るはずのダイゴのことを思い出し、そう呟いた。

 

 

 

 



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死の大陸④

さすがに最近投稿間隔空き過ぎだろ、と反省。


 ――――広がれ、どこまでも。

 

 メガシンカ、と呟くと同時に。

 

 ――――世界を漂え、鋼の王。

 

 メガシンカの光がボスゴドラを包み込む。

 

 ――――汝の玉座ここに在り。

 

 轟、とボスゴドラが吼え。

 

 ――――汝、王よ、在れと命ずれば。

 

 自身もまた、祝福するようにその両手を広げ。

 

 ――――この時、この瞬間を持ちて。

 

 

「この場を、鐵の城と為す」

 

 

 “くろがねのしろ”

 

 

 言葉と共に。

 

 ゆらり、と。

 

 轟、と。

 

 いつからか、ダイゴの後方に、それはあった。

 

 一言で言うならば、船だ。

 

 漆黒に彩られた鋼鉄張りの巨大な船。

 

 現ホウエンチャンピオンの少年がそれを見ればきっとこう言うだろう。

 

 “戦艦だ”と。

 

 この世界に置いて、船とは運搬船や客船を指すものであり。

 ()()()などというものは本来存在しない。

 ましてここは海ではない()()()だ。

 けれど鉄張りの船は浮いていた。まるで海を漂うかのように空中に浮きあがり、その存在を示していた。

 

「二年だ」

 

 自身の後ろに佇む巨大な戦艦に視線を向けながらダイゴが呟いた。

 

「二年前、僕は生まれて初めて負けた。二十年近いトレーナー人生で初めての負けだ」

 

 チャンピオンリーグ最終戦、目を閉じれば今でも思い出せる。

 自身の全力をぶつけ、互いの本気を見せ合い、死力を尽くし、鎬を削りあった。

 頭が痛くなるほど読みを繰り返し思考したのなんて、あれが本当に初めてだった。

 文字通り、あの時の自身の全てを尽くした戦いだった。

 

 そして、初めての敗北の味は…………苦かった。

 

 悔しくて、悔しくて、初めて味わったその苦さは、けれど同時に嬉しさでもあった。

 

 ようやく、ようやくだ。

 

 ようやく自身と対等以上に戦える人間が現れた。

 

 ようやく自身も努力することができる。

 

 それまでの戦いは、有り体に言って戦いと呼べるものでは無かった。

 戦えば勝つ。ダイゴにとってそれは当たりまえ過ぎた。

 既存の戦術ではダイゴには絶対に勝てない。だからこそ、特技という戦術の幅を大きく広げるための育成方法を編み出し、ホウエン中に広めた。

 けれど特技の使い方も、結局ダイゴが一番上手くできた。()()()()()()()()()()()に育成していたはずの仲間たちは、けれどホウエンで誰よりも強いポケモンだった。

 

 何の努力も必要とせず、ダイゴは勝ち続けてきた。

 何の努力も必要とせず、ダイゴは勝ち続けることができた。

 

 いつからか、ダイゴにとって勝利とはただの作業になった。

 努力もせず得た結果に、何の満足もできなくなった。

 飢えた、飢えた、飢えた。

 ずっと満たされず、飢えていた。

 

 だから、敗北を知って、努力することを思い出した。

 

 強くなることを思い出した。

 

 それから二年経った。

 

「どのくらい強くなったのか…………それを試したい。こんなにワクワクするのは本当に久々なんだ」

 

 だから、だからどうか。

 

「簡単に終わらないでくれよ?」

 

 “ヘビーボンバー”

 

 メガボスゴドラが()()し、オンバーンへと降り注ぐ。

「避けて!」

「いや、当てろ」

 回避のため翼をはためかせるオンバーンを、けれどダイゴが指示し、導き、無理矢理に当てる。

 超重量の鉄塊がオンバーンを押しつぶし、一撃で気絶させる。

「っく」

 ぎり、とヒガナが歯を軋ませながら、次のボールを手に取り。

「ガチゴラス!」

 投げられたボールから解き放たれた『ぼうくんポケモン』が咆哮を上げ。

 

 “りゅうせいのみこ”

 

 伝承者より供給された力が『ドラゴン』の力を増幅させる。

 そうして放たれるは。

 

 “じしん”

 

 轟と大地を揺らしながら、ボスゴドラへと“じしん”が直撃し。

 

 “フィルター”

 

 “はがねのせいしん”

 

 メガシンカによって獲得した特性と、そしてトレーナーの異能により大幅に威力を減じられた一撃は、ボスゴドラの体を僅かに揺らすに留まり。

 

「お返しだ、ココ」

 

 “メタルバースト”

 

 “じしん”

 

 どん、と大地に向かって体ごとぶつかるような一撃、巨大な体躯が大地へと激突し、大地を大きく揺らめかせる。

 足元からの衝撃に、ガチゴラスが吹き飛ばされ、たった一撃で気絶する。

 

「っ…………なんてふざけた強さ」

 

 ヒガナが次のボールを手に取り、逡巡するように手の中のボールを見つめる。

 ヒガナの手持ちは恐らく六体、いざという時の可能性も考えても七体を超える、ということは無いだろうと予想できる。

 育成が苦手ならば六体を割る可能性もある。

 

 ヌメルゴン、オンバーン、ガチゴラス、これですでに三匹、最低半数は倒したと予想して。

 

 ならば、次の手は。

 

「行って、チルタリス!」

 

 ヒガナが投げたボールから出てきたのは、チルタリス。

 タイプは…………『ドラゴン』『ひこう』、ならば。

 

「ココ! “てっぺき”」

「チルタリス!」

 

 チルタリスがその全身にエネルギーを滾らせる。

 

 来る、その予感に。

 

 “てっぺき”

 

 一瞬早く、ボスゴドラの“てっぺき”が決まり、その全身を硬化させ。

 

 “ひぎのでんしょう”

 

 “りゅうじんのかご”

 

「無駄だよ! 奥義は、全てを貫く!」

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”

 

 放たれた一撃が、ボスゴドラを穿った。

 圧倒的な一撃、先ほどナットレイすら一撃で下したほどの強烈な一撃を。

 

  “ふどうのせいしん(だが耐える)

 

「…………………………っな、なん、で!」

 

 さしものヒガナも動揺を隠せずにいた。

 必殺の一撃を、けれどボスゴドラは大きなダメージを受けながらも立っていた。

 残りHP(体力)は3割といったところか、とボスゴドラの様子から余力を測りながら。

 

「反撃だ、ココ」

 

 その言葉にボスゴドラが動き出し。

 

 “ヘビーボンバー”

 

 反撃の一撃があっさりとチルタリスを『ひんし』に追い込む。

 圧倒的な火力の差に、ヒガナが臍を噛む。

 握り拳を固く締め、ダイゴへと睨みつけるような視線を送り。

 

「お願い…………ボーマンダ!」

 

 次のボールが投げられる。

 

 出てきたのは。

 

「ルゥォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「…………ほう」

 ダイゴの目が僅かに揺れる。

 かたり、とダイゴの手の中でボールが揺れる。

 

「おや…………キミが出るのかい?」

 

 ふっと笑い、ダイゴがボスゴドラをボールに戻す。

 

「もど……した……?」

 

 ダイゴの取った行動が理解できず、一瞬固まるヒガナにダイゴが苦笑しながらボールを投げる。

 

「行っておいで、僕のエース(My Fair Lady)

 

 そうして出てきたのは、一人の少女。

 青銅色のボディスーツを着た、手の巨大な鉄槌を構えた少女。

 その姿は良く知られている。元ホウエンチャンピオンの最強のエースとして幾度と無くテレビなどでも映っていた。勿論ヒガナだって知っている。

 

 だが。

 

 頭部に一対の腕を模したようなアンテナが伸びていた。

 耳に当てたヘッドフォンの模様のクロスが灰色から黄色に変わっていた。

 全体的に少し背が伸びていた。

 

 勿論、その全てにヒガナが気づいたわけではない、常に傍で見ていたダイゴならばともかく、テレビで何度か見たことがある程度のヒガナがそんな些細な違いに気づくはずも無い。

 ただ、何か違和感のようなものは持っていた。それと同時に脳裏に最大級の警鐘が鳴らされていた。

 

 とんでもない怪物が目の前にいる。

 

 本能がそれを悟っていた。

 

「ボーマンダ!」

 

 足に装着されたメガアンクレットに一瞬触れる。

 瞬間、そこに装着されたキーストーンが光だし。

 

 メ ガ シ ン カ

 

 ボーマンダの姿が光に包まれ、変じていく。

 その両の前足は折りたたまれ、翼がより鋭利に、空気を斬り裂き、より速く飛ぶための物へと変わる。

 

 そして。

 

「さらに、受け取って!」

 

 “りゅうせいのみこ”

 

 トレーナーから与えられた力によって『ドラゴン』が力を増幅させ。

 

「ルウウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 メガボーマンダ、ヒガナの切り札が咆哮を上げた。

 

「囀るな」

 

 意気揚々と咆哮するボーマンダの叫びを遮るかのような冷たい呟き。

 同時に、少女…………コメットが踏み込み、鉄槌を振り上げる。

 

 “れいとうパンチ”

 

 触れれば凍る冷気を纏った鉄槌がボーマンダへと振り下ろされ。

 

「躱して!」

「ルオオオオオオ!」

 

 ヒガナの声に、ボーマンダがその両足で地を蹴り、翼をはためかせ浮き上がる。

 

「ボーマンダ! “ほのおのキバ”!」

 

 ヒガナの指示に、その口に炎を宿しながらボーマンダが急降下し。

 

「…………温い」

 

 “ブラスターパンチ”

 

 ぐん、と加速し放たれた鉄槌がボーマンダの顔面を的確に捉え、吹き飛ばす。

 

 “くうかんしん”

 

 空間を叩いた余波が波となり、ボーマンダを追い打つ。

 何とか立ち上がったが、一手で相当に体力を削られたことを理解する。

 

「ッ…………なんて、威力」

 

 さらに言うならば、弱点タイプのはずの技と衝突したはずなのに、まるで気にもしていないあの耐久力。

 メガボーマンダは一種の圧倒的暴威だ。

 強力なドラゴンポケモンたちの中でもより強く、より凶悪な力を持つ。

 その力は並のポケモンなど意にも介さないほどの力を持つ。

 だからこそ、そのメガボーマンダを何でも無いようにあしらうコメットの強さは極まっていた。

 

「弱い」

 

 不快そうに、コメットが再び鉄槌を振り上げ。

 

「お前、もう堕ちろ」

 

 “れいとうパンチ”

 

 再び冷気が鉄槌へと収束し、鉄槌が弧を描く。

 

「まだ、負けられないよ!」

 

 残弾は一発。

 

 その一発でこのエースを打ち取ることができれば…………。

 

 だから。

 

「ボーマンダ! 避けろおおおおおおおおお!!!」

「ちっ」

 

 ヒガナの絶叫に応えるかのように、メガボーマンダが振り下ろされる鉄槌を辛くも避ける。

 だがそれは攻撃を完全に放棄したからこそできること、すぐさま反撃に移ることは出来ず、両者の距離が開く。

 

「もう後が無いよ…………死力を尽くせ! これが最後の奥義だ!」

「ルウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 竜の咆哮が山に轟き。

 

「撃ってきそうだね…………どうする? コメット」

「問題無い…………アレと同じ種族とは思えないほど」

 

 ――――弱い。

 

「ボーマンダアアアア!!!」

 

 “ひぎのでんしょう”

 

 “りゅうじんのかご”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 放たれる。最強の竜種から、全てを貫き滅ぼす空の奥義が放たれる。

 

「だから…………」

 

 超高速で突進してくるメガボーマンダに、コメットが顔を顰め。

 

 “りゅうせいつい”

 

 直後、その鉄槌が輝き出す。

 ゴウ、と、まるで燃えているかのように、光が煌めき。

 

「弱いと、言っている」

 

 鉄槌を振り上げ。

 

 そうして。

 

 ――――突進する竜と激突するかのように振り降ろした。

 

 

 “ は か い の い ん て つ”

 

 

 空の奥義と、破壊の鉄槌が激突し。

 

 

 山の一部が大爆発を起こした。

 

 

 * * *

 

 

 轟音と爆発で視界が土煙に塞がれる。

 

 それが最初で最後のチャンスだった。

 

 土煙の中に転がり、気絶するボーマンダを回収しながら走りだす。

 目指すは山の頂上。時間はすでに稼いだ、実のところ先ほどから視界の端にちらちらとマグマ団がいるのが見てえていた。

 つまり、試合には負けたが勝負には勝った。

 

 懐から『べにいろのたま』を取り出す。

 

 後はこれをリーダーの男に渡せば全てが終わる。

 

 だから、これが最初で最後のチャンスだ。

 

「お願い…………シガナ!」

 

 密かに岩場に隠れさせていたシガナに声をかけると同時にゴニョニョ…………シガナが飛び出してくる。

 

 大きく息を吸うその姿を見ると同時に両の耳を塞ぎ。

 

 “ばくおんぱ”

 

 響き渡る爆音が、背後から迫ってきていたダイゴの足を一瞬止める。

 その隙を突いてさらに距離を開けると同時に、背後でマグマ団たちが道を封鎖するのが分かった。

 

 けれど最早そんなことを気にする余裕はヒガナには無い。

 

 走る、走る、走る。

 

 最早一刻の猶予も無い。ヒガナには最早走る以外の手が残されていない。

 

 故に。

 

「リーダー!」

 

 『えんとつやま』頂上。火口の真上に設置されたマグマ団のキャンプに入ると同時、視界の中に男を捉え、思わず声が出た。

 

「これを!」

 

 男に駆けよると同時に両手に持った『べにいろのたま』を男へと差し出す。

 

「お…………おお…………! これは!」

 それが何なのか、即座に理解した男が『べにいろのたま』を手に取り。

 

「ふ、ふははははははははは!!! ついに、ついに全てが揃った!」

 

 狂喜するように笑う。

 

 そうして。

 

「さあ、超古代ポケモン、グラードンよ!!!」

 

 その手に持った球を振りかぶり。

 

「目覚めよ!!! 今こそ、世界を変える時だ!」

 

 投げた。

 

 




『べにいろのたま』『あいいろのたま』:なんで俺らいっつも投げられんの?








トレーナー:“チャンピオン”のダイゴ


シー(ナットレイ) 特性:てつのトゲ 持ち物:ゴツゴツメット
わざ:ジャイロボール、やどりぎのたね、ステルスロック、はたきおとす、どくどく

裏特性:するどいトゲ
自身が接触技を使用した時、特性“てつのトゲ”が発動する。

専用トレーナーズスキル(P):どくどくのトゲ
特性“てつのトゲ”が発動した時、相手を『もうどく』状態にする。



ココ(ボスゴドラ) 特性:がんじょう、いしあたま、ヘヴィメタル、フィルター 持ち物:メガストーン
わざ:ヘビーボンバー、ストーンエッジ、てっぺき、じしん

裏特性:はがねのよろい
物理技を『こうげき』でなく『ぼうぎょ』でダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(A):メタルバースト
発動ターン相手から攻撃を受けている場合、わざのダメージを1.5倍にする。

専用トレーナーズスキル(P):ふどうのせいしん
強制交代技を受けない、また攻撃を行わなかったターンに受けるダメージを半減する。

アビリティ:きょだいサイズ
自身の『HP』『こうげき』『ぼうぎょ』『とくぼう』の種族値を上昇させ、『すばやさ』を大きく下降させる。



コメット(メガメタグロス) Lv120 特性:クリアボディ、てつのこぶし 持ち物:じゃくてんほけん

わざ:ブラスターパンチ、バレットパンチ、アームハンマー、れいとうパンチ

特技:ブラスターパンチ 『はがね』タイプ
分類:コメットパンチ+サイコキネシス+じしん
効果:威力150 命中95 わざの命中回避関係無く、“くうかんしん”の追加攻撃を行う。特性『てつのこぶし』の時、威力が1.2倍になる。

特技:くうかんしん 『エスパー』タイプ
分類:サイコキネシス+じしん
効果:威力100 命中100 このわざは『とくこう』でなく『こうげき』の能力でダメージ計算をする。特性“ふゆう”や『ひこう』タイプに対してダメージが2倍になる。

裏特性:サイコアシスト
物理技を使用した時、自身の『こうげき』に『とくこう』を足してダメージ計算する。特殊技を使用した時、自身の『とくこう』に『こうげき』を足してダメージ計算する。

専用トレーナーズスキル(A):りゅうせいつい
3ターンの間、攻撃技のタイプに『ドラゴン』タイプを追加し、相性の良い方でダメージ計算する。技の威力を1.5倍にする。効果ターンが終了した時、10ターンの間再びこのスキルを使用できない。

専用トレーナーズスキル(P):はかいのいんてつ
“りゅうせいつい”の効果中、自身が“はかいのいんてつ”を繰り出す。技を繰り出した時、“りゅうせいつい”を解除する。

技:はかいのいんてつ タイプ『はがね』 分類:接触物理技(Z)
威力250 命中100 『こうかはいまひとつ』のタイプへのダメージが2倍になる。




トレーナーズスキル(P):くろがねのぎょくざ
バトル開始時、場の状態を『くろがねのしろ』に変更する。この効果は全ての場の状態に作用し、『敵の場』『味方の場』『全体の場』『天候』の全てを上書きし、変更されない。

場の状態:くろがねのしろ
『はがね』タイプを持つポケモンが受けるダメージを『ぼうぎょ』と『とくぼう』の数値の合計で計算する。場の『はがね』タイプのポケモンが毎ターンHPを最大HPの1/8回復し、状態異常を回復する。

トレーナーズスキル(P):はがねのせいしん
『はがね』タイプを持つポケモンの『ぼうぎょ』と『とくぼう』を高いほうの能力と同値にし、『ほのお』『かくとう』『じめん』わざを半減する。

トレーナーズスキル(P):はがねのおうのとうそつ
自身の手持ちの『はがね』タイプのポケモンの全能力を1.5倍にする。乱数ダメージを最低値に固定し、『はがね』タイプを持つのポケモンの能力が下がらなくなる。

トレーナーズスキル(A):ふこうへいなしんぱん
発動ターンのみ、相手のポケモンの特性、裏特性やトレーナーズスキルによる技の強化、能力ランクの変化、タイプ相性を無視してダメージ計算する。

トレーナーズスキル(A):さばきのてっつい
場の状態が『くろがねのしろ』の時、場の状態を解除し、味方のポケモンが“さばきのてっつい”を繰り出す。この効果で場の状態を解除した時、バトル中“くろがねのぎょくざ”を使用できなくなる。

技:さばきのてっつい タイプ:『はがね』 分類:非接触物理技(Z)
威力500 命中- 攻撃が必ず相手に当たる。



ダイゴ「そーらにーうーかぶーくー■がねーのしーろー(戦艦)」
ハルト「ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオ」


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トレーナーステータス考察

注意事項

①本編ではありません
②ただの設定公開です
③台詞オンリーです
④メタばっかりです
⑤茶番

以上が嫌な人は読むのを止めましょう。
注意事項無視して読んで感想で文句言われて俺は知らん。


「…………いや、これ何のコーナー?」

「タイトル見て察しなさい」

「つまり、これまでの話に出てきたことのちょっとしたおさらいだよ」

「なんでこの三人」

「それは私と」

「僕と、キミが現在のホウエンで一番強いトレーナートップ3だからさ」

「一番強いトップ3とかいうパワーワード…………そういうことね…………じゃ、俺は帰るんで、おつかっした」

「まあ、待ちなよ」

「そうよ、逃がすわけないでしょ」

「離せ! 話せばわかる!」

「離したら話す前に逃げるの見え見えなのよ、まあ落ち着きなさい。これは決してアナタにも無関係な話じゃないわ」

「俺にも関係あんの? どこに?」

「それは勿論未来編で」

「くっそメタじゃねえか!!! え、ここそういうのアリなの!?」

「前書きにメタあるよって注釈入れておけば問題無いさ」

「その発言がすでにメタいんだよ!」

 

 

 * * *

 

 

「というわけで前振りはここまでにして、解説始めようか」

「結局巻き込まれた…………仕方ねえな。つってもこれ年々改訂されててやる意味あるか?」

「大丈夫よ、今から二十年以上は少なくとも今のままだから」

「またメタ情報?!」

「まあまずは基本のトレーナーステータスからだね」

「って言っても知らん人間は知らんだろうから解説すると『ポケモンバトルにおけるトレーナーに求められる能力』のことだ」

「大雑把には三つ『指示』能力。『育成』能力。『統率』能力ね。どんなトレーナーでも必ず求められる基本要素よ」

「そこにさらに『技能』と『戦術』の二つの要素を加えた五項目を10点で評価し、50点満点でトレーナーのランクを考査してるよ」

「本編じゃ全く関係ないけどな」

「メメタァ」

「四十点以上がAランク、三十点以上をBランク、三十点未満をCランクとし、ポケモン協会やリーグが四天王やリーグトレーナーを雇ったりする時の参考にしたり、格街のランク別大会があったり、後は雇われた時の給料の考査にも関係してくるよ」

「チャンピオンには関係ないけどな」

「チャンピオンは強い弱いじゃなく、勝つことが条件だからね。僕も、キミもつまりそういう事さ」

「私には関係無いけどね」

「来年の挑戦お待ちしてます」

「ギガスさん育成します」

「止めてください、死んでしまいます(白目)」

「まあトレーナーステータスの概要は分かったと思うし、次はそれぞれの要素を解説しようか」

「次スレへ移動」

「ここ掲示板じゃないわよ?」

 

 

 * * *

 

「つっても字面見ればだいたい分かるけどな」

「まあそうだけど、協会の評価項目の詳細って知ってるかい?」

「どういうこと?」

「例えば『指示』なら『相性』『技』『読み』の三項目それぞれ3点+初期1点で最大10点って配分が決まってるんだよ」

「え、なにそれ初耳だわ」

「私もね」

「『相性』つまり自分と相手のポケモンの相性を考えた指示を出せるか。『技』自分のポケモンの能力値、相手のポケモンの能力値、それぞれのタイプを考え適切な技を選択できるか。『読み』先の二つと互いの現状を考え、相手の思考を読み解き裏を取った指示ができるか。それぞれを『0:全然ダメ』『1:未熟』『2:十分』『3:素晴らしい』でチェックしていくらしいよ」

「どこで知ったのそんなの?」

「デボンの仕事でリーグに行った時に少しね?」

「因みに俺の評価は?」

「それは後でやるから、今はそれぞれの要素の説明」

「仕方ないなあ…………んじゃ、頼んだ」

「そこで私? まあいいけど、『指示』は上でも言った通り、主に『読み』の深さの意味で使われがちだけれど、『指示』の適切さというのが一番の意味ね。自分のポケモンの得意不得意すら考えずに強そうな技を適当に撃つだけを『指示』とは呼ばないわ。だから指示はまず第一が適切かどうか。読みは第二ね。勘違いされがちだけども『適切』な指示を出す、例えそれを相手に読まれても『こちらの行動に合わせて相手が対応のために動いた』時点でこっちのアドバンテージなのよ。交代受けするならその瞬間に最大火力を叩きこんで受け潰しすればいいし、こちらの先を潰そうとリソースを費やしてくるなら逆にこちらは出し惜しんで次で潰せば良い。基本的に切れるリソースが同じならリードを取ったほうが有利になるのは当然、だから敢えて読ませることで相手を受け身にさせれればこっちのものね。あとは一つずつミス無く詰めて行けば絶対に勝てるわ。逆にそこでアドバンテージが取れないならそれは『正確』であっても『適切』な指示じゃないってことね」

「要するに読めってことだよね」

「ていうか言ってる本人のことだよなこれ。初手“りゅうせいぐん”でいきなりサザンドラが『とくこう』六積みとかふざけんなって感じだし。それだけで大きくリード取ってるよね」

「受けきればいいのさ」

「それができるのはお前だけだ鋼馬鹿」

「初見殺しのタイプ相性で無効化したやつが言う台詞じゃないわね」

「……………………勝手に、勘違いしただけだし(目逸らし)」

「まあまあ、次の要素行こうじゃないか、今度は僕が説明しようか」

「ヨロ」

「そう、ならよろしく」

「『育成』はポケモンバトルにとても重要な要素だからね、しっかり説明させてもらうよ。文字通り育成はポケモンの育成に関する能力だ。単純な『レベリング』のみならず、『進化』にも大きく関係するよ」

「ん? レベル上げれば進化じゃないの?」

「それは通常の進化ね。特殊な進化に関しては育成の分野に大きく関わるわ…………というかアナタ自身やってるじゃない」

「…………なんかやったっけ」

「メガシンカとゲンシカイキ合わせるとかいう作中一番ご都合設定使っていてよく言うわね」

「あれは酷い、訴訟も辞さない…………うちのエースはゲンシカイキすらできないのに」

「お前のエースがオメガシンカすると超越種になるからダメです(白目)」

「強さのバランス崩れるわよね…………本編ストーリー変わるじゃない」

「メメタァ」

「まあオメガシンカとかよく分からないことやってるのはキミくらいだけど、例えばデルタ種への進化とか、あとは通常の進化だって、育成能力が高ければ促進して通常のレベルより速く進化させることだってできるよ、それに特殊な進化方法が必須のポケモンだって育成能力次第では単純にレベルを上げるだけでも進化させることができる」

「なにそれくっそ便利じゃね?」

「さらに環境必須の裏特性、専用トレーナーズスキルなども育成の分野だよ」

「通常のトレーナーズスキルは?」

「あれは技能のほうだね、正直名前がややこしいからオリジナル地方編では作者が区分けと整理しようかなって考えてるよ」

「メメタァ!」

「あとは地方ごとの『固有』とかね」

「固有って何? 俺知らんぞそんなの」

「ホウエンは『特技』ね。技と技を組み合わせるってやつ」

「ああ、あれね」

「最近合体技とかいう僕のパクリをしたやつもいるらしいけどね」

「馬鹿め! 効果が全く違うわ! 俺のは伝説種相手に通じるんだ、格が違う!」

「で? 本音は?」

「作者のただのロマン」

「あ、そっちだったか」

「いや、単純にね。合体技とかいいよな、って思って、そもそも別に複数匹同時に出せるんだから同時に技出して、技の相乗効果とかあっても良くね? って思ったらしい」

「まあ間違ってはないね、でもまああのヒトガタラティアスいないと絶対に無理だろうけど」

「そうね、彼女の感応能力が無ければ反発して一発で爆発オチね」

「というかヒトガタラティアスなんてどこで捕まえたんだい?」

「街中でばったり遭遇して、ジュースあげたら付いてきた」

「…………冗談?」

「マジらしいわよ」

「…………何そのご都合的過ぎる偶然」

「まあ話を戻そう。この固有も地方ごとに独特でね」

「確か前にスクールで授業受け持った時に色々言ってたよね」

「カロスの『迫撃』、カントー、ジョウトの『強化必殺』、シンオウの『貫通』、イッシュの『溜め撃』とかね」

「説明しようか。『迫撃』は敵の攻撃が命中した時、追加で反動付の技を繰り出す技だ」

 

専用トレーナーズスキル(P):『おいうつほのおのつばさ』

自身の『ほのお』『ひこう』技が命中した時、同じ技をもう一度繰り出す。次のターン行動不能になる。

 

「一例としてはこんなのね」

「糞鳥だああああああああああああああああああ(発狂)」

「ファイアロー人気だよね」

「分かりやすい速攻火力だから仕方ないわね。因みに偶に別の技を使うことがあるけどその場合『こだわり~』系の道具があると使えないから『いのちのたま』安定ね」

「そういやどっかにカロス出身トレーナーさんいたけど、こんなの使ってなかったような」

「特技のほうが便利だもの…………両壁同時張りとか」

「あの害悪みたいな技か…………」

「ふふ、考案者としては嬉しい限りだね。有効活用して欲しい、そのほうが僕も楽しいしね」

「うへえ…………年々勝つのが辛くなってくるな。まあ楽しいんだけどな」

「まあそれはさておいて、次の『強化必殺』について説明しようか」

 

技:ちょうはかいこうせん 『ノーマル』タイプ 分類:非接触特殊技 発展:はかいこうせん

威力250 命中100 次のターン行動不能になる。

 

「なんでさっきから行動不能になってばっかなの」

「名前安直過ぎないかしら?」

「そっすね“ミラクリバリアー”」

「分かりやすいでしょ?」

「なんで堂々としてんだ」

「まあそれは置いといて、見れば分かるけど、『必殺』の域まで高めた純粋な技の強化だね。基本的に威力120以上の技に適用。威力を1.5~2倍くらいにまで高めるよ」

「Z技じゃねえかあ!!!」

「残念ながらまもみき貫通は無いんだ。普通に“まもる”や“みきり”で防げる。ただ回数制限無いけどね」

「チートくせええええええええええええ」

「“レールガン”と“アシストフリーズ”外してから言いなさいよ」

「“シューティングスター”は許されちゃならない」

「いやでも、最近なんか戦艦落し(威力500)に目覚めた人いなかったっけ」

「じゃあ次行こうか」

「あ、逃げた!」

 

専用トレーナーズスキル(A):『穿ち砕く地の刃』

自身の『じめん』技が相手の“まもる”や“みきり”などを解除して攻撃する。

 

「シンオウでこれって…………」

「うん、ガブリアスが使ってくるらしいよ」

「うわ、せっこ」

「キミ同じようなの持ってなかったっけ」

「アナタのほうがもっとひどいの持ってたわよね」

「ていうか何で漢字なんだよ」

「シンオウはシステムアップデート入ってるからね」

「漢字バージョンに対応してるのよ、システムが」

「メタすぎる()」

「まあそれはさておいて、次の紹介にいこうか」

 

トレーナーズスキル(A):『チャージ』

1ターンの間攻撃をしなくなるが、次のターンに使用する技の威力が2倍になる。

 

「因みにチャージ短縮技能も一緒に持たせて疑似パワフルハーブ状態にした上で、ジュエル持たせて交代際を叩くのがイッシュの流行らしいよ」

「サイクル破壊の悪魔みたいな能力だな。ジュエルまで考えたら3倍? あれ? この世界ってジュエル1.5倍だっけ、1.3倍だっけ」

「5のほうだね。六世代からノーマルジュエル以外消えたから、この世界は全部普通にあるし、そこは五世代基準らしいよ」

「メメタァ、ね」

「因みにジュエルは自動リサイクル機能までつけるのがセットらしいよ」

「イッシュ魔境過ぎじゃね? 一撃必殺みたいな威力の技ぽんぽん応酬してるのかよ」

「ただみんな同じような育成してるらしいから、アデクさん対策一つで簡単に積ませれるって悩んでた」

「まあぶっちゃけ、貫通しないなら“まもる”でいいよな、ジュエルも消費するし」

「そっちの対策してるトレーナー少ないらしいね。耐久ポケモンで耐えて、こっちも相応の火力でって脳筋戦法が基本らしい」

「イッシュェ…………」

 

 * * *

 

「ところでアローラは何かあるの? 固有の育成」

「あるよ」

「え、まじで?」

「あー…………何だったかなあ、私も一度だけ見たことあるけど、相当に不可思議な」

「アローラは『ポジション』という役割を突き詰めた育成があるんだ」

「なにそれ?」

「まあそれは…………まああれだよ、いつやるか分からないアローラ編『いっくんとあーちゃん』にて、ということで」

「まさかの宣伝?!」

「宣伝はいいけど…………やるの?」

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

「「「……………………………………」」」

 

ポジション:アローラに伝わる特殊な育成。言ってしまえば、パーティの中でどんな役割を持っているか、ということ。『主』『先手』『攻撃』『防御』『補助』と分類が分かれており、同じ分類のポジションは重複できない。

 

キング(王者):主。場に出た時、全能力をぐーんと上昇させる(C+2)。『ひっさつわざ』を持つ。

※ひっさつわざ:バトル中一度だけ、自身の攻撃技をZわざにする。

ヒーロー(英雄):主。場に出た時、『こうげき』か『とくこう』と『すばやさ』のランクを『ひんし』の味方の数だけ上昇させる。

アタッカー(主力):攻撃。場に出た時、全能力を1ランク上昇させる(C+1)。

コンダクター(遊撃):攻撃。場に出た時『こうげき』『とくこう』『すばやさ』の中から二つを2ランク上昇させる。

ブロッカー(防護):防御。味方と交代で場に出た時、そのターンに受けるダメージを半減する。

ディフェンダー(守護):防御。相手から攻撃を受けた時、味方と交代する。

サポーター(補助):補助。味方と交代する時、交代する味方の一番高い能力のランクを一つ上昇させる。『主』と交代する時、次に出す技の優先度を+1し、『てだすけ』状態にする。

コマンダー(司令):補助。自身が場に出ていない時、場にいる味方の能力を1.1倍にする。また『めいちゅう』と『かいひ』を1ランク上昇させ、技の追加効果の発動確率を1.5倍にする。

スターター(先駆):先手。パーティで一番最初に場に出た時、能力ランクを一つぐーんと上昇させる。

スカウター(斥候):先手。戦闘に出た時、相手の特性と持っている道具の名前が分かる。

 

「何これ?」

「ほら、サンムーンで『ぬし』ポケモンって出てきたよね。あれから作者が派生させて思いついたらしいよ」

「ああ、『ぬし』ポケモンって場に出たらいきなり全能力2ランク上がるしな、チートくせえ」

「つ“つながるきずな”」

「つ“つながるきずな”」

「お前らもっとチート技使ってるじゃん」

「ところでこれおもっきりネタバレだけどいいの?」

「オリジナル地方編で全部混ぜこぜに使う予定だから先出ししとこうかな、って作者が言ってわよ」

「メメタァ!」

 

 

 * * *

 

 

「さて、もう何の話してたのか分からなくなってたけど、何だっけ?」

「えーっと…………トレーナーステータスの話だったかしら」

「ああ、そうだ、次は『統率』だね。じゃあ、よろしく」

「俺かよ…………まあ『統率』ってのは要するに『ポケモンをなつかせる』能力だ。実機を例にすれば多分分かると思うが『他人のポケモンを扱う』場合に似ている。実機だとバッジの数と他人から交換されたポケモンのレベルがつり合っていない場合、指示を無視して勝手な行動をするがまさにそれだな。現実的にはアレは別に他人のポケモンじゃなくても普通に在り得る。さらに言うならば実機でポケリフレとかポケパルレとかあの辺で『ハートマーク』を増やすと色々効果があるわけだが、『統率』が高いトレーナーのポケモンはあの辺の効果が受けられる」

「キミのとこのポケモンは極まってるよね」

「極まってるわね…………ホント」

「愛だよ、愛。まああれだ…………つまるところ『トレーナーのためにどれだけ懸命にさせれるか』という能力だ。統率が低いと本気で不味い。指示出してもそっぽ向かれたり、ダメージ受けるとやる気失くしたり、耐えられるレベルの攻撃であっさり落ちたり(乱1など)、一番やばいのはトレーナーに反抗してくることだな。特に気性の荒いポケモンだと『トレーナーを殺す』ことが無くは無い。そうなるともうダメだ。『人を殺すことを覚えたポケモンは生かしておけない』。残酷かもしれないけど、放っておけば必ず街にまで被害が出る。そうなる前に殺すしかない」

「ま、仕方ないわよね」

「そりゃあね…………その前に誰かトレーナーが捕獲して手綱を取ったら別だけど」

「その場合でも、そのトレーナーは被害者の関係から恨みを買うけどな。本当、現実って糞だわ」

「でもこういう事故って後を絶たないわよね」

「自分のことも分かっていない初心者が安易に強力なポケモンを求めて殺されるってのは時々ある話だからね。時には熟練のトレーナーだって痛い目を見るんだ。だから僕はこの辺の教育は絶対に必要だと思うけどね」

「まあそれはさておき、『統率』の高いトレーナーってのはだいたい同じようなスキル思いつく傾向にあるよな」

「まあそうだね、僕とかキミとか、あとは彼とか」

「純粋な能力上昇系のスキルが好きよね、そっちは」

 

トレーナーズスキル(A):つながるきずな

行動直前時発動、戦闘に出ているポケモンの全能力を2段階向上させる、スキル発動以降、交代をしても戦闘に出ていたポケモンの能力ランクや状態変化を全て引き継ぐ。

 

トレーナーズスキル(P):はがねのおうのとうそつ

自身の手持ちの『はがね』タイプのポケモンの全能力を1.5倍にする。乱数ダメージを最低値に固定し、『はがね』タイプを持つのポケモンの能力が下がらなくなる。

 

「2ランク上昇って…………2倍だよね」

「チートね、チートだわ」

「ランク補正だから…………4倍超えないからセーフ(震え声)。ていうか下のスキルだとランク6だと6倍になるんだが、そっちのほうが卑怯じゃね?」

「これでも作者はバランス取ってるんだけどね。キミのお手軽火力はちょっと卑怯じゃないかと作者も考えたけど、だったら周りも同じくらいぶっ飛べば許される、とかなんとか」

「下方修正でなく、それ以外の上方修正で難易度調整とかインフレの始りかな?」

「それはもう今更過ぎるわね」

「ていうか四天王よりキミのほうが高『統率』トレーナーっぽい戦い方だよね」

「そうね。基本的に力押し大好きだものね『統率』の高いトレーナーって」

「始まった瞬間2ランク積んで、それを引き継ぎながらさらに6ランクまで高めて、そっから高威力技をタイプとか色々貫通させながらぽんぽん撃ってくるって。よく考えると酷すぎない?」

「ば、バランスはとれてるだろ(震え声)」

「まあそれでも伝説相手だと足りないけど」

「あれは人間の相手する存在じゃないと思うんだ(マジレス)」

「因みに準伝説種を『統率』できれば最高評価だよ。というか半分規格外だね」

「え、伝説は?」

「あれは人間に『統率』できる相手じゃないから(目逸らし)」

「『はがね』タイプならワンチャンありそうだけどな、お前の場合」

「準伝説種までなら可能だけどね。だから僕の評価10だし」

「俺の評価は?」

「多分10じゃないかな、ヒトガタラティアス『統率』してるし」

「あれは…………『統率』なのかしら?」

「ぶっちゃけた話、ただのロリコンだよね」

「貴様アアアアアアア! 誰もが思ってても言わなかったことを、貴様ぁぁぁぁぁ!!!」

「基本的に『統率』することでポケモンの『底力』を引き出すのが本領ね。食い縛り系効果とかもこの辺に由来するわ」

「気合いだけで耐えたり、気合いで避けたり、気合いで当てたり、気合いで急所引いたり」

「本当に気合いが仕事するのがこの世界の法則だからね」

「補助技も半分くらいは気合いとか気分とかそんなのだからなあ…………プラシーボ効果が本気でやばいのがこの世界」

「というのがまあ『統率』に関する説明かな?」

「因みに補足しとくと『種族値合計の高さ』と『個体値の高さ』と『レベルの高さ』で必要とする『統率』のレベルが上がって行く」

「レベルまで関係するのが『統率』が必須要素とされる所以よね。レベル100まで育てるために最低でもリーグ評価で『統率』5点は必要だもの。それ以下はレベル100まで育ててしまうと言うこと聞かなくなるからトップ環境はほぼ無理って感じよね」

「正確にはレベル100を従えれることが5点の基準なんだけどね。それにしても『育成』高くても『統率』低いと悲惨だよね。能力とかスキルだけ見れば文句無く強いのに、レベルが低いから小手先の技にしかなってないとかね」

「『指示』『育成』『統率』のどれか一つ高くできるっていうならまあ真っ先に『統率』選ぶくらいには重要よね」

「んで、ここまでが必須の三要素。次が『技能』か」

「まあここは『異能』トレーナーの第一人者であるキミかな?」

「また私なのね、まあ『異能』なら妥当ね」

 

 

 * * *

 

 

「『技能』って言っても、別に『異能』限定じゃないのよ」

「まあそれなら『異能』って書くしな。トレーナーズスキルとかトレーナー側の能力全般を総称してる感じだよな」

「そうね、まあだいたいは『技術』で片付くのだけれど。極論を言えばリーグ本戦にも出ていたアイテム使いのトレーナー、あのトレーナースキルだって『技能』の範疇ね」

「ああ。アイテムマスターさん…………えーっと名前なんだっけ?」

「さあ? そんな人いたかな?」

「って言っても『異能』を除くと、トレーナーがバトル中に発揮できるトレーナー自身のスキルって実のところそう多くないのよね」

「そうだね、大半のトレーナーはだから自分の『技能』を専用トレーナーズスキルとしてポケモンに覚えさせて使っているからね。トレーナー自身がバトル中に何かするっていうのは中々難しい」

「ああ、あれだな“スイッチバック”とか手頃だけど中々に有用だよな」

「そうだね、汎用スキルって言われるくらい覚えようと思えばだいたいのトレーナーは覚えれる『技能』の一つだね。あれは」

「て言っても使いどころが難しいのよね。極端に言えば『交代する前から交代の準備を整えて交代の時間差を極力無くす』っていうだけのことだから、ある程度先を予測して交代しないと有効活用できないから、読みも同時に必要とされるわ。だから覚えやすさと比べて実際に使っているトレーナーは少ないのよね」

「本編だとキミ以外で使ってるトレーナーっていたっけ?」

「表記してないだけで、四天王戦とか最初から交代決めてた時は発動してるよ」

「表記しないと分からないわね」

「実機にも欲しいよね“スイッチバック”」

 

 スイッチバック:相手に技を出した後、味方と交代する。交代先は技を出す前に選ぶ。

 

「こんな感じで」

「サイクル戦が楽しくなりそうだけど、システム的に出来るかな?」

「“とんぼがえり”とか“ボルトチェンジ”とか交代技あるなら行けると思うけどね」

「というかそこまでメタっていいのかしら」

「あと作者が言ってたけど、実機にはもっと“おいうち”系の技欲しいよね、サイクル戦が主体だからこそ、交代前の相手を攻撃できる系の技増えたら戦略が広がるのにね、って言ってた」

「ああ、もしかしてだから本編だと交代前の相手を攻撃できる技出してたのか」

「まああんまり使う機会無いけどね。実際のところ現状のホウエン、というかこの世界ってサイクル戦って言ってもそこまで頻繁に交代しないんだよね」

「作者は実機で5ターン連続交代ばっかしてたけど、実際にそんなことこの世界だと無いね」

「まあそれも仕方ないっていう面はあるのよ。実機ほど手軽にポケモンを育成できないから」

「そうだね、よっぽど『育成』能力が高ければ別だけど、普通ポケモンを一体レベル上限まで持っていこうとすれば半年弱かかる。縮めようと連戦すればポケモン側にも負担がかかってくるし、兼ね合いを見て短縮しても四カ月はかかるかな? そこから技の調整やスキル系の付与を考えればやっぱり半年くらいかな?」

「一匹にかかりきりっていうのも実際にはしないだろうし、やっぱり現実にはもっと時間がかかると見て良いわね」

「あれ? でも前に五十匹くらいのレベル100ポケモン用意したって言ってなかったっけ?」

「あれは全員同時にレベリングさせたからね。二組に分けてよーいドンで模擬戦させて経験値を稼いだのよ。相手を交代させながら戦えば経験値の偏りも無いし、それでも一年かかったわ」

「キミは『育成』能力高いよね、『異能』高いのに。そんなキミで一年だと並のトレーナーなら十年単位かかりそうだね」

「そういうアナタは万能よね。正直『異能』以外全部負けてるわね」

「まあトレーナーの能力で勝負が決まるなら僕はまだチャンピオンさ」

「暗に俺のトレーナーとしての能力が低いって言われた気がする」

「自称凡人よね」

「ホント、自称凡人だよね」

「うるせえ」

「まあそれはさておき、つまり育成の問題でトレーナー一人当たりが所有する育成済みのポケモンの数というのはそう多く無いんだよ。『育成』特化のトレーナーでも20は居ないんじゃないかな?」

「そうね、『育成』能力が高ければある程度の段階まではいくらでも量産できるけど、そこからは一匹ずつ『調整』する作業もいるから、やっぱりそのくらいになるでしょうね。育成施設が無いトレーナーはさらにその半分も持てないわ」

「だから最近のトップトレーナーたちは自分で育成施設を所有してることが多いね。特に『育成』特化のトレーナーたちにとってはあると無いとで違い過ぎて死活問題ですらある」

「俺持ってないぞ」

「キミは本当に…………なんていうか、だね」

「ホントね。自宅の庭で技の練習始めた時は目を疑ったわね」

「ところで今一つ疑問に思ったんだが。技教えって『技能』なのか? 『育成』なのか?」

「ああ。それは良い質問だね。端的に言うと『技能』でもあり『育成』でもある。というかパターンが二つあってね。『自分のポケモンにのみ使える』のが『技能』の技教え。逆に『他人のポケモンにでも教えることができる』のが『育成』の技教えだ」

 

トレーナーズスキル(A):ひぎのでんしょう

味方の『ドラゴン』『ひこう』タイプのポケモンが場にいる時、“ガリョウテンセイ”を使うことができる。このスキルは一度のバトル中、同じポケモンで二度使うことはできない。

 

「一番分かりやすい『技能』型の技教えだね」

「『異能』で一時的に覚えさせている感じね。バトルが終わったら使えなくなるわ」

「でもこれレックウザにも教えれるよな」

「そっちのほうは『育成』型の技教えになるわ」

「へー」

 

 

 * * *

 

 

「じゃ、最後に『戦術』だね」

「『戦術』はバトルの骨子だ。バトルの神髄と言っても良い。『指示』『育成』『統率』を基礎、『技能』をその補助とするならば、『戦術』はそれら全ての発展と言っていい」

「だなー、と言っても割とみんな『技能』を基本にしてるやつ多いけどな」

「パーティコンセプトは最初にまず何を中心に置くか、っていうのから始まるから。そうするとだいたい二択になるわね」

「パーティのエースか、それともトレーナー自身か」

「まあ実のところこれそんなに解説することも無いよね」

「だなあ、ぶっちゃけそんなもんトレーナーごとに千差万別だとしか言いようが」

「なら後述のトレーナーステータスの時に解説するのが良いんじゃないかしら」

「あ、それはいいね。是非そうしようか」

「せやな(適当)」

 

 

 * * *

 

 

トレーナーネーム:ハルト

 

指示:6 相手の裏を読むことができるが。読みあいが競り合うと負けることが多い。

育成:6 並の育成はできるが、そこから先はポケモンの才能に頼る割合が大きい。

統率:10 道端で出合った準伝説のヒトガタに懐かれたり、伝説引きつれたりとかもう測定不能、取り合えず最高点。

技能:6 一部の汎用技術を取得し、実戦でも使用している。

戦術:8 全ランク+2とバトン効果という強力な戦術とヒトガタポケモンフルメンバーと言う圧倒的な能力値の暴力。シンプルで強力だがクリアスモッグ等解除方法があること、マイナスランクも引き継いでしまうことなど弱点も多い。ただし強制交代技でバトン効果が切れない点はプラス。

合計:36

ランク:B

 

総評:“ひっくりかえす”したい。

 

 

「最後ヤメロオオオオオオオオオオ(実はその手の技に対して地雷仕込んでるやつ)」

「えげつなさすぎる」

「正面から突破しろっていうのね…………あの伝説にも匹敵しそうな能力値の暴力に()」

「でもこうして見ると統率以外ってぶっちゃけそこまででも無いな」

「エリートトレーナークラスって感じだよね」

「手持ちに恵まれるのもトレーナーの才能の一つだと思うわよ」

「…………ふふ、まあ否定はしないよ」

 

 

トレーナーネーム:シキ

 

指示:5 正確な指示だが、正確過ぎて単調とも言える。かつ状況がひっ迫すると手札を一気に切ってしまうきらいがある。

育成:8 かなりの育成能力。特にレベリングの速さはかなりのもの。

統率:8 強大な竜を従え、絆を結ぶ統率力。

技能:10 強力かつ複数の異能を持つ。『さかさま』属性の異能使い。

戦術:9 異能をベースとした強固な戦術。ただしより強力な異能を相手にすると大幅に戦力を減ずる。

合計:40

ランク:A

 

総評:強固な異能を中心とした『さかさま』の二つ名を持つトレーナー。ホウエンでも最高峰の異能を持つが、より強力な異能に干渉されると戦術が中心から瓦解してしまうためほぼ無力と化してしまう。とは言え、彼女よりも強力な異能者というのは全国的に見てもほぼ存在しないため、実際に対峙する可能性はほぼ無いと言っていい。特徴として、条件さえ整えば短時間で突如能力が数倍と化すことが挙げられる。特に先発にしてエースのサザンドラが強力で僅か一手でほぼ全てのポケモンを一撃圏内に捉えることができるプレッシャーはかなりの物。そして強力な能力を持ちながらその特性故に倦厭されてきたアーケオスなど、デメリットをメリットに反転できるその能力は既存の戦略を力尽くで覆してしまう。

 

 

「総評の長さ違い過ぎだろ?!」

「しかしキミで合計40とはね、リーグも中々厳しい評価だ」

「まあ指示の弱さが弱点だっていう自覚はあるわね。どうにかしたいところだけど」

「ところで伝説持ってるはずなのに、何故統率8?」

「私は捕獲してはいても、主として認められていないからよ。だからあれっぽっちの力しか出せないの」

「あれっぽっち…………」

「ただレジギガスは無機物系の伝説だから、捕まえれば取りあえず反抗だけはされないわ。一応こっちの言うことも聞くし。けど生物系の伝説と違ってリミッターみたいなのがかかっている状態ね。主に認証させれればそれも解除できるんだけど、条件がね」

「条件?」

「アイス、ロック、スチルを捕獲すること」

「捕獲したよ?」

「私が、よ」

「……………………もう無理じゃね?」

「無理なのよね、まあもうこれ以上レジギガスの力が必要になるとは思えないけど(フラグ)」

 

 

トレーナーネーム:ダイゴ

 

指示:7(9) 裏の読みあいもできるが、実直な指示が多い。できるのにやらないため、この評価に落ち着いた。()の数値は推定される実際の数値。

育成:10 才能の『共有』と『分配』という特異な育成によって『はがね』タイプのポケモンの能力を限界を超えて引き出す育成能力を有する。

統率:10 準伝説種を複数所持し、完全に統率する『はがね』タイプに対する無類のカリスマ性を持つ。

技能:10 『はがね』の異能を有する。統率と合わせて『はがね』タイプをひたすらに強化するスキルを持つ。また『全ての場の状態』を強制的に変更する極めて強固なフィールド干渉型能力を持つ。

戦術:9 全体で連携した戦術は無いが、個々の役割がはっきりとしており、それでいながら他の役割も担える極めて強大な個体能力により、種類の違う居座り型が六体並んだような状況を作ることができる。

合計:46

トレーナーランク:S

 

総評:ホウエンで最も才能に溢れたトレーナーにして、元ホウエンチャンピオン。指示、育成、統率、技能、戦術のどれをとっても極めて高い次元で揃えられた万能タイプ。ただ指示だけは評価が低いのは、基本的に『読みを必要としない』トレーナーであるためである。実際の指示評価は推定9以上に達していると見られているその指示は実直というか、読みなど無くただ自身のやりたいことを押し付けるかのような単調な物だが、あらゆる妨害を無効化し、真正面からの攻撃しか受け付けず、その攻撃も最硬の能力を持ってして受けきり自身のやりたいことを押し通す、唯我独尊なバトルを繰り広げる。未だかつてこの強大、かつ強固にして強硬のパーティを打ち破ったのは現ホウエンチャンピオンただ一人である。

 

 

「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」

「最後の文見ろ、最後の文」

「なにこの…………ホント、なにこの…………」

「ていうかトレーナーランクSってなんだ」

「評価46以上の特殊評価だね、まあAの中でもとっておきって感じだね」

「なにそれ怖い」

「一番怖いのは…………この男、まだ手抜きだってところだ」

「……………………(白目)」

「だって本気でやったらつまらなくなるじゃないか。ああ、でもキミとのバトルはもう手を抜かない。というか前回だって本気だったよ」

「最後のほうはな、少なくとも、エース出すまではかなり遊びがあったろ」

「ふふふ…………でもお蔭で、思い出せたよ。ポケモンバトルって楽しかったんだって」

「あら、今頃そんなこと気づいたの?」

「まあ、誰だって、トレーナーならみんな思ってるさ…………バトルするのが楽しいってな」

 

 

 * * *

 

 

「んで、結局これ何のためにやったんだ?」

「カロス編終了後の未来編、オリジナル地方編でのトレーナー募集する時に、読者さんたちに参考にしてもらうために、だそうですよ?」

「あーなるほど、ってこれ参考になるか…………ていうかお前誰?」

「えー、やだなあ、私に向かって誰なんて、酷いじゃないですか」

「いや、他二人どこ行ったとか言う前に本気でお前誰だよ」

「まあネタ晴らししますと、オリジナル地方編の主人公ですよ」

「…………………………え」

「まあ長々と語っておいてなんですが、未来編をやるのはカロス編終了後なので、確実に来年ですね。それまでに読者がこの作品を切っていなければ、またお会いましょう」

「未来編…………主人公…………まさか」

 

「では、またですね、父さん?」

 

 

 




《トレーナーパターン》

『トレーナータイプ』
指示評価が特に高い型。読みで相手を上回りポケモンの力を120%活用するタイプ。

『ブリーダータイプ』
育成評価が特に高い型。事前の育成でもってしてポケモンの力を120%まで底上げするタイプ。

『リーダータイプ』
統率評価が特に高い型。忠誠と信頼を持ってポケモンの力を120%引き出すタイプ。

『アナザータイプ』
異能評価が特に高い型。トレーナー自身の力を持ってポケモンの力に20%を付け足すタイプ。




執筆する気力起きないから、じゃあ今までなあなあにしてたトレーナーについての設定煮詰めてはっきりさせようと思ったんだ。

まあ一時間もあれば終わるだろ、とか思ってたら。

丸々二日かかったわ(

この時間を使って普通に本編進めれば良かったと今では思ってる(

ちな、もしどうしても見てみたいトレーナー評価があるなら活動報告にでも投げておいて。



いきなりトレーナーデータ作れ、とか言われても多分分からんだろうから。

①まず最初に好きなポケモンを選ぶ
⇒基本募集するのは恐らく前章のスクール生だけなので、【最大で三体】。

②ウィキの育成理論などを参考にある程度型を決める。
⇒物理アタッカー、特殊アタッカー、両刀アタッカー、物理受け、特殊受け、両受け、積み要因、起点作りなどなど

③持ち物や特性まで考慮しながら決めた型で実機のデータを作る
⇒ニックネーム、種族名、性格、特性、持ち物、技
⇒レベル表記は最後にこちらでバランス取って統一するので書かなくてもいいです。

④あったらいいな、程度でいいので裏特性や専用トレーナーズスキルを決める。
⇒アビリティは【準伝説以上限定なので基本的に出しません】
⇒スクール生、つまりまだ半人前トレーナーなので最悪無くてもいいです。あっても効果が微妙とか、その程度でいい。少なくともプロトレーナー並とか言われたら絶対に修正入ります。

⑤最後にバランス調整。明らかにやばい、強くし過ぎたとか、これ微妙過ぎたかな、という部分を手直し。

⑥完成です。募集が始まったら送りましょう。トレーナーの来歴とか設定一緒に送ってくれたら作者が楽できる(さぼり)


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未来編プロローグ

全く関係無いけど、グラブル、アーカーシャと黒騎士倒しました。
まじ辛かったけど、なんとかノーコン初見クリアだぜ。
風パはあと二か月くらいで全マグナ銃3凸完成だし、上級者の仲間入りできるんじゃないだろうか、とか甘い予想をしている。


 

「…………明日、か」

 

 西日の差す道場。

 かつて()()が座っていた場所に腰を下ろし、ふと呟いた。

 すでに引っ越しの準備は整っていた。例え今日突然向こう側に向かうことになったとして、問題ないと言えるくらい。

 荷物の大半はすでに業者に預けてあるため、本当に持っていくのは鞄一つで良い。

 

「…………明日、か」

 

 再度呟いた言葉に込めた想いは何だったのだろう。

 懐かしさ? 嬉しさ? それとも、もどかしさ?

 それも全部、明日になれば分かることか、と一つ嘆息し。

 

「あ…………こんなとこに居た」

 

 とん、と木板の床を叩く音が響いた。

 視線を向ければ、そこに居たのは、真っ白な綺麗な長髪に紅と白のツートンカラーのフリルの付いたドレスを着た十五、六歳くらいの少女がいた。

 

()()()()()()()()

「セーくん、こんなところで黄昏てて、明日の準備終わってるの?」

「うん、終わってるよ」

 

 だから大丈夫、と返すと、そっか、と少女が破顔して。

「よしよし、偉い偉い」

「…………お姉ちゃん、それ止めてよ」

 そんな風に口では否定しながらもそれを払いのけれないのは、幼少の頃からずっと可愛がられてきた名残だろうか。

「そっか…………セーくんももう十歳なんだね」

「そうだよ…………だから、来週から()()()()に通うんだよ」

 寂しくなるね、と本当に寂しそうな表情で呟く姉の姿に、胸が締め付けられるような思いになる。

 多忙な両親に変わり、幼少のころからずっと面倒を見てくれていた姉だ。そんな表情されると、心苦しい想いがある。

「まあ、向こうから電話するから…………さ、それで許してくれないかな」

「…………むう、そうだよね、仕方ないよね」

 嘆息一つ吐きだし、姉が唇を尖らせた。

「何と言うか…………トレーナーになるのに学校に通わないといけないなんて、昔はそんなこと無かったのにね」

「昔って…………それってまだ父さんが現役だった頃でしょ? 二十年近く前の話なんだけど」

 

 準トレーナー規制令。

 

 確か発布されたのは十年前だったはずだ。

 全国のポケモン協会が協議を重ね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()法令。

 逆に言えば十二歳未満の子供は正規トレーナーとして認められない、ということだ。

 正規トレーナーとは、ポケモン協会によって認められた()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを保証するトレーナー資格を与えられたトレーナーを指す。

 正規トレーナーにならないと『ポケモンセンターの回復用途以外での利用』や『公認ジムへの挑戦』などが出来なくなる。実質的にトレーナー業に深刻な問題を発生させる。これらの法令の制定と同時に『地方リーグ』への挑戦に公認バッジを必要とするようになったため、余計に、だ。

 

 法令制定以前の場合だと、ポケモン協会で管理されている戸籍が十歳になると『小学校卒業みんなが大人法』によって自動的に成人認定される。冗談みたいな名前だがこれが正式な名前である。通称は『小卒大人法』などとも呼ばれるが、とにかく十歳になるまでは子供全員小学校に()()で通う。

 全国どこでも小学校があるわけでは無く、そのためある地方は通えば良いし、無い地方は通わなくても良い、などと区別すると不公平になるため、親が責任を持って子供に必要最低限の教育を施すならば小学校は基本的に通う必要は無い。両親共に忙しい家庭の子供などが午前午後と子供を預かってもらえるため通わせる家庭もあるが、基本的にこれは()()だ。

 とは言え、六歳から十歳までの五年間、どの地方の子供も一番近くの小学校に在籍の『登録』はされる。そのため通おうが通うまいが、十歳になると同時に卒業認定がされ、同時にそれがポケモン協会に通達、晴れて成人認定となる。

 ここから正規のポケモントレーナーとなるためには、半日ほどの講習と簡単なペーパーテストを受ければ良かった。一日もあれば正規トレーナーとなるのは容易だった。公認ジムの認可があればこれら講習やテストすら跳ばせるのだから、本当に最低限誰でも取れる認可、だったのだが。

 

 準トレーナー規制令が発布されてからはこの認可のための講習やテストも難易度を増した。

 実際、これが解けるならそのままエリートトレーナーにだってなれる、と言われるほどの難関と化したのだ。

 十二歳の子供がそんな難関な試験を通るはずも無く、ポケモン協会としてはもう一つ、同時に出した法令で子供たちの行く先をコントロールしたのだと思う。

 

 年少トレーナー健全育成令。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という当時大きな反響を生んだ法令だ。

 モンスターボールには一つ一つに『おや』となるトレーナーの情報がインプットされている。

 それによって捕獲したポケモンの『おや』と決定し、ポケモンの『所有権』を決定するのだが。

 十二歳未満の子供は『おや』として認めるには()()()()が欠如している、という理由でこれを禁止された。

 最初は反対の大きかった法令だが、実のところ簡単な抜け道が存在する。

 『おや』を他人に任せてポケモンだけこちらで預かればいいのだ。

 『おや』の変更と言うのはある程度手続きを踏めば可能だ。故に、両親などにポケモンをゲットしてもらい、十二歳になると同時にポケモン所有資格を取り、『おや』の変更手続きをすればそれで正式に自身のポケモンとしてゲットできる。

 こう言った他者に代わりにポケモンをゲットしておいてもらう『キープ』が増えてたのは確実にこの法令の影響だろう。

 そしてこの法令にはもう一つ、内容がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 過去よりポケモンスクールというのは存在していた。トレーナーになるための事前準備というべきか、知識だけでも今の内に身に着けておくための場所、と言った様相の場所だったのだが。

 

 ポケモン協会の設立した公認スクール、というのは全国各地に建てられた。

 

 最大の目玉は二年課程のこのスクールの卒業生は()()()()()()()()()()()()()()()()という点だろう。

 そして公認スクールでは本来十二歳以上にならねば保有できないはずのポケモンを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という例外ルールがある。

 

 父さん曰く。

 

『十歳で地方リーグ制覇&チャンピオン就任とかやっちゃった馬鹿が全国で二人くらいいたんだけどさ、さすがに年齢低すぎなんじゃね? って話合われたんだってさ。んで、そのチャンピオンに影響受けた子供たちが無鉄砲に旅に出て怪我して帰って来る事態が多発しちゃったからさすがにこれ不味いだろってなって、こんな法令が敷かれたらしいよ』

 

 因みにそのやっちゃったチャンピオンの片割れが自身の父だと知った時、思わずドロップキックした自分は悪く無いと思う。

 まあそんなこんなで、さすがに全国を旅するのに年齢が低すぎることを問題視されたことにより全体的なトレーナーの年齢層といったものが引き上げられ、スクールに通うことで旅に必要な知識を取得する必要性が生まれた。

 

 実際のところ、普通に試験を受けて通る自信は無くは無い。難関と言ったって、旅をしているトレーナーからすれば前提問題のようなものばかりだ、だがそれを旅を経験したことの無い、或いはこれから旅をするトレーナーからすればやはり分からない問い、というだけの話なのだ。

 スクールでは座学だけでなく、実際に野外での合宿などを行って、実践的な経験を積ませる授業などもあり、そう言った意味で卒業までに充実した()()を積むことができる。資格試験をパスできる絡繰りはこう言った部分にある。というか、資格試験はパスできても、卒業試験というものがあるわけで、実際にはそれが資格試験の代わりとなっているので、本当は全然パスできていない。

 

 じゃあ普通に十二歳で資格試験受けるのと違いなど無いじゃないか、と言われると全然そうではないのだ。

 

 スクールに通った場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことができる。

 これが何よりも大きく、それが何よりも自身には魅力的だった。

 六体がシングルバトルの最大数、その半分を揃えれば大まかなパーティのカタチを作ることができる。

 トレーナーを()()()()()パーティの構想が完成している、というのはそれだけで他のトレーナーから一歩も二歩も抜きんでたアドバンテージとなる。

 何よりも最初の一匹に関しては、スクール側で用意してもらえる。在学期間中にしっかりと戦いの経験を積めば、卒業までに進化させることだって可能だ。

 十二歳になって零から始めるよりも、トレーナーもポケモンも多くの経験が積める。これが皆がスクールに通おうとするメリットだ。

 

 在学期間は二年しかない。その期間にどれだけの物を得られるかは人それぞれ。

 二年というと、長いと思う人も短いと思う人もいるだろう。

 実際のところ、長くて短いという、両方の意見が正しい。

 トレーナーとして大成するならば二年と言う期間は短すぎるし。

 けれど十二歳からトレーナーになる他のトレーナーたちから一歩先んずる意味でならば二年と言う期間はとても長い。

 

 自身の父はチャンピオンとして大成するまでに五年の歳月を費やした。

 

 最年少チャンピオンと言われる父でさえそうだったのだ。

 まあ父の場合、最初の年齢が五歳とかいう狂いっぷりのせいで、どうにも分かりづらいが。

 その中の二年を他に先んじることができる、そのメリットは上を目指すトレーナーにとってはとてつもなく大きい。

 

 法によって十歳の少年少女が公認スクールに通うことは認められている。

 

 だが皆が皆、スクールに通うわけではない。

 

 まず第一に学費というのが馬鹿にならない。

 トレーナー育成の専門的施設、というだけあって、座学や実戦のみを教える非公認スクール(非公認と言っても別に違法ではない、要するに私塾のようなもの、今まではこれしか無かった)の十倍近い学費がかかる。

 

 第二にスクールへの入学試験というものがあり、これがまた難易度が高い。

 通う権利は保証されても、スクール側が受け入れるのはまた別問題というのか。公認スクールはポケモン協会が()()しているだけで()()しているわけではない、というのが問題で。

 有り体に言って、座学のテストがあって、それで一定以上の点数を取らなければお断りされるのだ。

 一応補欠という制度もあるのだが、これは今は関係ないので置いておく。

 

 割と第一条件で躓く子供も多い。

 通常のスクールの十倍とは言ったが、決して法外と言うほどの金額ではない。

 一般家庭だと少し厳しい、無理すれば行けなくも無い、と言う程度だが、大成するかどうかも分からないトレーナー業というある種ギャンブル要素の強い職種に、そこまで金をかけてくれる理解のある親がいるかどうかというのが問題だ。

 両親がプロトレーナーだった、とかポケモンバトルのファンだ、とか、そういう理由が無いと簡単には手を出せない程度の金額ではある。二年のディスアドバンテージを許容すればロハになるのだ、たった二年の教育のためにそこまでの金を出すのは、本気で子供を将来的にプロトレーナーにしようと考えている親くらいだろう、もしくはよっぽど金がある親か。

 

 そして金銭面での条件を満たしたとしても、今度は試験で躓く。

 

 とは言っても、公認スクールは言ってみれば()()()()()()()()()()()なのだ。

 協会公認の正規トレーナーにならなくても、野良バトルはできるし、大半の大会には参加できる。ポケモン保有資格さえ取っていれば所有することはできるし、そちらの資格は大して難易度も高く無い。以前と同じ、講習と簡単なテストだけであり、過去は六、七歳の子供でも取れるくらいの簡単な問題だ。

 故に、単純にトレーナーに、というかポケモンが欲しいだけなら十二歳になってから、講習とペーパーテストを受けて資格を取れば良い。もしくは親に『キープ』してもらったポケモンでも良いし、方法はいくらでもある。

 トレーナーになってポケモンバトルを楽しみたいだけならば、勉強しながら資格を取れば良い。何も知らない子供が取れるような資格ではないが、実際のところ、ちゃんと勉強をすれば合格点くらいは取れる。

 

 つまりエリートトレーナー…………今で言うプロトレーナーとしてやっていこうとしない限り、公認スクールというのは必要が無いのだ。ここまで散々言っておいてなんだが。

 

 それをわざわざ高額な学費を払ってまで、勉強して難関な試験を突破してまで、公認スクールに通うのは。

 

 プロトレーナーとして生きていくという覚悟に基づいていた。

 

 当然、自身も。

 

 

 * * *

 

 

 道場を出て行った姉の後ろ姿を見送りながら苦笑する。

「ホント…………お姉ちゃん心配性なんだから」

 ヒト、ですらないというのに、けれどヒトよりも人らしい。

 何より嘘が無いのが良い。幼い自身が彼女に一番懐いたのは、彼女が一番純粋で、純心だったからなのだろう。

 

 昔から私は人には見えない物が見えていた。人には聞こえない物が聞こえていた。

 

 波長がどうのこうのとよく分からない説明を親から受けたが、要するに自分の見えている物は、聞こえている物は、決して他人にも見えるわけでも、聞こえるわけでもないらしい。

 そんなこと子供心に分かるはずも無く、見えた物をそのまま口にして、良く嘘吐き呼ばわりされた。聞いたことをそのまま口にして、怖がられた。

 

 私は嘘なんて一つも吐いていないのに、私は嘘吐きだった。

 

 ――――セーくん、一緒に遊ぼうよ。

 

 忙しい両親は良く家を留守にしていた。それでも晩には帰ってきて一緒にご飯を食べていたのは、彼らなりの家族団欒だったのだろうと今にして思う。

 けれどやはり、一番長く接してくれたのは、可愛がってくれたのは、白と赤の()()()()()()()()()()だった。

 

 擬人種。

 

 かつてヒトガタと呼ばれていた、人の形をしたポケモンの総称だ。

 ヒトモドキ、モドキなどとも呼ばれることもあるが、やや蔑称だという理由で使われることはほぼ無い。

 一般的には擬人種、やや年嵩のある人からは未だにヒトガタと呼ばれている。

 数十年前から少しずつ現れ始めていたと言われる擬人種は、この十数年の間に数を大きく増やした。

 世界に流出したエネルギーがどうとか父が言ってたが、正直専門職でも無いのにそれを理解するのは無理だとすぐに諦めた。

 彼ら、または彼女らは原種(擬人種ではない本来の姿のポケモン)と比べると非常に人間に近い性質を持つ。同時にポケモン本来の性質も持ち合わせており、両者の中間存在と言えるかもしれない。

 

 まあそれはさておき。

 

 自身もいよいよトレーナーとしての第一歩を踏み出すことになる。

 

「まずは…………スクール」

 

 二年の間に実力を高める。仲間を見つけ、育てあげる。

 

 卒業までにどれだけの力をつけれるか、それは自分次第。

 

 そして二年の過程を終え、卒業をすれば。

 

「ジム巡り…………それから」

 

 リーグ挑戦が待っている。

 

 いくらなんでも気が早すぎる、とは思うが、けれど心が逸っていけない。

 

「楽しみ…………だな」

 

 ああ、今夜寝られるだろうか。

 

 ふとそんなことを考えた。

 

 




スクールについて一切言及しないままトレーナー案を募集していたことに今更になって気づいた。
未来編のプロローグの『半分』くらい抜粋したけど、これでおおよその世界観は分かるだろうか。

要するに。

①協会公認のスクールはプロトレーナー育成施設である。
②この時代には公認トレーナーになるハードルが非常に上がっている。
③さらに12歳になるまでポケモンを『所持』することが禁止されている。
④スクールに通えば最大3体までは所持できる。
⑤スクールに通う子供たちはプロトレーナーを目指す未来のポケモンマスター候補たちだ!
⑥サクラちゃんは二十年経って成長したよ。
⑦結局セーくんの母親誰?


ということを抑えておけばいい。


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死の大陸⑤

 

 ゴゴゴゴ、地響きを立て。

 

 『えんとつやま』の地下深く。

 

 炎の沸き立つマグマ溜まり。

 

 そこに、ソレはいた。

 

 『えんとつやま』の火口から落ちた一つの石が。

 

 けれど摂氏1000度を超すはずのマグマの湖の中で、けれど石は溶けることも、加熱されることも無く、炎の湖を落ちていく。

 

 そうして、そうして。

 

 こつん、と。

 

 石が、ソレにぶつかる。

 

 ぶつかる、なんて言うほど勢いがあったわけではないが。

 

 それでも、確かに。

 

 マグマ溜まりの底で眠るグラードン(ソレ)へと、落ちて来た赤い石(べにいろのたま)が触れて。

 

 そして。

 

 そして。

 

 ――――――――そうして。

 

 

 * * *

 

 

 轟音。爆轟。

 

 突如として『えんとつやま』の頂上から吹き荒れたマグマに、その場にいた全員が即座にモンスターボールを手に取る。

 

「来て、バクーダ」

 

 その中の一人、紫色の髪の女が投げたボールから出てきた二十メートルをゆうに超す、超巨大サイズのバクーダが場に出ると同時に、その背から“ふんか”を放ち、噴き出したマグマを一瞬押し留め…………そのまま押し返す。押し返したマグマはけれど再び吹き上がることは無く、しばしの静止を保った。

「リーダー」

「分かっている」

 女が眼鏡をかけた男に声をかけると、男が頷く。

「目的は果たされた…………が、このままここにいるのも危険だ、一度下がって様子見するぞ」

 男の言葉に、全員が頷き、そのうちの何人かがボールからそれぞれ『ひこう』タイプのポケモンを出すと、仲間を連れて空へと飛びあがる。

 

 そうして。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

 『えんとつやま』に怪物の咆哮が響き渡った。

 

 同時に。

 

 

 ズドオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 激しい音と共に、『えんとつやま』の頂上から再びマグマが噴き出し始める。

 否、頂上だけではない、麓から頂上への至る箇所、文字通り山全体に亀裂が走り、亀裂からマグマが噴き出し始める。

 マグマで緋に染まりつつある山の頂上からは激しいほどに猛煙と溶岩が噴き出し続けており、僅か数分で『えんとつやま』周辺は死の領域と化していた。

 

「なんという力、これがまだ我々が求め続けた超古代ポケモンの力のほんの一端でしかないというのだから、凄まじいとしか言いようが無いな」

 

 嬉しそうに、楽しそうに、笑みを浮かべながら、男、マツブサが呟くのと同時。

 

 

 

“ お わ り の だ い ち ”

 

 

 

 煌、と。

 空が輝き始める。

 肌を焼く日差しの強さに、マツブサが思わず目を閉じかけ。

 

 

 

――――日差しがとても強くなった

 

 

 直後。

 

 ()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「これは、不味いね」

「…………どうする?」

 

 サイコパワーで浮かび上がったコメットに連れられて、自身の召喚した戦艦の上に立つ。

 これは城であり、船であり、フィールドである。自身の異能の産物ではあるが、言ってみればプリムが氷の床と吹雪の悪天候を産み出すのと同様に、自身もこの鋼鉄の舩を産み出している。

 故にこれには実態があり、けれど同時に自身の意思一つで消滅する虚構だ。

 まあそんなことは置いておいて。

 

 浮かび上がる船の上から山を見やれば、その全体がひび割れ、マグマが噴き出し、今にも崩れ落ちそうな『えんとつやま』の姿があった。

 

「失敗したね…………素直に人手を増やしておくべきだったかな」

 

 だが優先順位を考えれば、先に戦うべきカイオーガに出来る限りの人手を回すべきだったのは明白だ。

 つまり、単純な話、相手がこちらよりも必死だった、というだけの話なのだろう。

 

「失敗したものは仕方が無い。切り替えて行こうか」

 

 思考を切り替え、これからのことを考える。

 すでに失敗の報告は送ってある、直に彼も来るだろうとは思う。

 

「どうやら向こうはカイオーガの捕獲に成功したらしいよ」

「…………へえ」

 

 コメットが僅かに驚いたように目を見開く。普段の彼女の無表情振りを知るならばこちらのほうが驚くような光景だ。

 だがそれほどに驚くべきことなのだ、伝説のポケモンの捕獲、と言うのは。

 

「けれどこれで証明されたね」

「そう」

 

 そう彼が証明してくれた。

 

「「伝説は決して手の届かない怪物では無い」」

 

 鍛え上げられたトレーナーとポケモンの絆があれば打倒は不可能ではないと。

 

「なら、行かなければならないね」

「…………負けてられない」

 

 元より、彼にだけ頼るつもりなど無い。

 何せかかっているのはホウエンの命運であり、そこに住む全ての人々の命だ。

 元チャンピオンとして、ホウエン最大の企業の御曹司として、そして何より。

 

「僕の好きなホウエンを滅茶苦茶にさせたりしないよ」

「…………負けられない、負けてられない、アレには」

 

 珍しく冗長なコメットの言葉に、少女もまた気力を滾らせているのを理解し。

 

「なら、行こうか」

「行く」

「見せてあげよう、伝説の存在に」

「無論」

「刻み付けてあげよう、語り継がれし怪物に」

「勿論」

「さあ、コメット…………」

 

 ――――行こう、伝説に終止符を打ちに。

 

 了解、と少女が短く呟き。

 

 

 直後、『えんとつやま』が弾けた。

 

 

 * * *

 

 

 がらがらと音を立てながら山がその根本から崩れていく。

 最初は地表から、亀裂が走り、マグマが噴き出す、その勢いが突如として強まり。

 亀裂が大きくなっていき、各所で亀裂が繋がり、最後には山全体が蜘蛛の巣を張ったかのように亀裂だらけになり。

 

 そうして。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

 山全体に響き渡るような咆哮と共に、『えんとつやま』が内側から弾けた。

 土砂がマグマに飲まれ、溶けあいながら周辺へと飛んで行く。

 その余波は『えんとつやま』直近のみならず、北はハジツゲ、南はフエンタウンにまで届かんとする勢いだった。

 当然ながら、山の上空に居たマグマ団のトレーナーたちは弾け飛んだマグマの直撃を受けんとして。

 

 空中に現れた二十メートルを超す巨大バクーダが放った爆発的威力の一撃でそれら全てを吹き飛ばし、直後にバクーダは回収されていた。

 その下、麓近くにいたダイゴは、飛んで来るマグマをコメットのサイコキネシスで撃ち落とし、落としきれず直撃してしまうものはボールから解放したヒードランとレジスチルが防いで船を守った。

 

 そうして。

 

 崩れ落ちた山、もうもうと立ち上る土煙の入り混じった黒煙。

 

 どすん、どすん

 

 そうして。

 

 砂と煙を振り払うように。

 

 どすん、どすん

 

 大地を揺らす足音を鳴らしながら。

 

 どすん、どすん

 

 紅の怪物が正体を現した。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

“だいちのいかり”

 

 煙を裂きながら現れたその姿を誰もが認めた直後、怪物(グラードン)が咆哮する。

 怪物の声が響き渡ると同時に、上空から突き刺さる日差しがより一層強くなり。

 ずどん、ずどん、と怪物の足元の大地に亀裂が入り始め、直後、そこからマグマが噴き出し大地に炎の海を産み出す。

「グルオオォォォ」

 喉を鳴らすかのように、グラードンが唸り。

 その全身の模様がより一層強く光を放つ。

 

「グルウウウウウウァァァァァァァァ!」

 

 さらに一つ吼えれば、日差しがまた一段と強くなり、大地を埋め尽くす炎の海がより一層広がって行く。

 『えんとつやま』及び、その周辺たる『デコボコさんどう』は完全に炎に飲み込まれ、その勢いは刻一刻と広がっている。

 このペースではそう遠くない未来、ハジツゲタウンとフエンタウンが炎に飲み込まれることは想像に難く無かった。

 

「不味いね…………天候殺しの部隊をすぐに向かわせるべきだ」

「それより…………退避、優先すべき」

 

 直前まで眼下の伝説へと攻撃を仕掛ける気だったコメットだったが、すぐに撤退へと方針を切り替える。

 理由は簡単だ。

 

()()()()

「…………確かに、ね」

 

 上空から照らす強烈な日差しに下から湧き上がる炎の熱。

 上と下、両方から挟まれたこの空間の気温はすでに二百度を上回るだろうと大よその当たりをつける。

 今ダイゴが無事なのは、コメットがサイコキネシスでバリア状に守っているからだ。

 グラードンの姿を確認すると同時の咄嗟の出来事だったが、それが間一髪でダイゴの身を守っていた。

 だが念動の壁を解けば、その瞬間、ダイゴが干上がることは容易に想像できる。

 

「なるほど…………カイオーガが居なければ戦えない、彼がそう言った理由が良く分る」

 

 呟くダイゴの額に僅かに汗が滲む。

 念動の壁で守られているとは言え、見ているだけで体温が上がってきそうな光景だった。

 

「けど…………このまま引っ込む、というのも恰好が付かない」

「…………はあ、馬鹿」

 嘆息し、短くコメットが罵倒する言葉に苦笑しながら。

 

「頼んだよ、ヒードラン(ヴォルカノ)レジスチル(テッコウ)

 

 二つのボールを手から零した。

 

 

 * * *

 

 

 しまった、と思った。

 

 少女、ヒガナはマグマ団であって、マグマ団では無い。

 

 あんな不自然な行動を見せれば、懐疑的に思われてもおかしくは無い。

 故に、それは当然の行動だったのかもしれない。

 

 そう、必然だったのだ。

 

 空へと退却するマグマ団、その中に自身が含まれないことなど、最初から分かっていたはずのことなのだ。

 そしてグラードンを復活させた以上、天変地異が起こることなど分かり切っていたはずなのだ。

 

 ただ一つ、見誤ったのは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダイゴとの戦闘で空を飛べるポケモン全てが『ひんし』状態だ。

 戦闘するわけではないとは言えさすがに『ひんし』のポケモンの背に乗って空を飛ぶなどできるはずがない。

 故に、当然のごとく、ヒガナは山に取り残され、巻き込まれた。

 

 全速力で山を駆け下りるその途中で足元に亀裂が入り、ギリギリのところでそれを飛び越えて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ほんの1mほどの亀裂。確かに危うかったが、身体能力は高いほうだと自負するヒガナからすればどうとでもなる長さ。

 だが胴と足がほとんど密着したようなポケモン、ゴニョニョからすればそれは余りにも絶望的な開き。

 

 ヒガナは咄嗟に飛び越えた。

 

 シガナは咄嗟に…………立ち止まった。

 

 ほんの僅かな時間の出来事。ヒガナが亀裂を飛び越え、隣にいたはずのポケモンがいないことに振り返った、そうほんの、五秒にも満たない時間で。

 

 山が弾けた。

 

 幸いにして、中腹まで降りていたヒガナは吹き飛ばされ全身を打ち付けながらも麓まで転がって行った。

 常人なら良くて骨折、悪ければそのまま死んでいるような状況だったが、生まれた時から特殊な環境で育ってヒガナは、全身を痛めつけられながらも、それでも数分の気絶で済ませた。

 

 そうして目を覚まして。

 

 ()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 山が弾けた。

 

 まだかなり遠く、キンセツ東の海上地点からでもその光景ははっきりと見えた。

 

 崩れ落ちていく山の姿に、思わず絶句し。

 

「エア!」

「……………………あ、ああ、うん…………分かってる、わよ」

 

 咄嗟に相棒の名を呼ぶが、反応がやたらに遅い。

「…………やっぱり、お前」

「大丈夫…………大丈夫、よ…………」

 歯を食いしばりながらも、さらに加速させていくエアの姿に、ようやく異常を異常として認識する。

「ダメだ、一旦降りろ」

「大丈夫、だから」

 明らかに様子がおかしい、それでも大丈夫としか言わないのは。

 

「…………聞こえてるか? エア! 降りろ!」

 

 返答は無い。咄嗟にその額に手を当てるが、発せられた熱に思わず手を引いた。

 やはりそうだ、熱で意識が朦朧としていてこちらの声が聞こえていない。

 人間ならば死ぬんじゃないかというくらいの尋常な熱じゃない。

 

 どうするか、一瞬考えて、最悪の想定をし、一つのボールを手に取る。

 

 そうして、ぐんぐんとエアが速度を上げながら進んでいき、反比例するようにその体調が悪くなっていく。

 やがて、その加速が段々落ちていく。

「はあ…………はあ…………はあ…………」

 先ほどから荒い息ばかりが聞こえる。

 

 目的地は、もう近い。

 ボーマンダが全力で加速してきたのだ、すでにキンセツシティ上空へと差し掛かっている。

 『えんとつやま』はもうすぐそこだ。

 

 そう考えた時。

 

「っ…………これ、は」

 

 エアばかり見ていて気づかなかったが、ふと視線を上げれば『えんとつやま』周辺が燃えていた。

 それも尋常じゃない、文字通り炎の海と化していた。

 同時に上空からはっきりと分かるほどに日差しが強くなっているのが分かった。

 だがそれはまだ『えんとつやま』の周辺に絞られている。

「ダイゴ…………大丈夫か?」

 そう簡単に死ぬはずも無いとは分かっているが、それでもこの状況ならば心配にも…………。

 

 がくん、と思考を遮るかのように突如として揺れた。

 

 何事か、とはっと顔を上げて。

 

 どんどんと高度が下がって行っていることに気づく。

 

「おい、エア?!」

 

 呼びかけども反応は無い。

 どころか、意識も無い、それに即座に気づき。

 

「ああ、くそ。サクラァ!」

 

 投げたボールからサクラが飛び出し、念動で自身とエアを浮かばせる。

 

「戻れエア」

 

 ぐったりとして動かなくなったエアをボールへと戻しながら、サクラの手を取る。

 

「行ってくれ」

「えーあ…………だいじょーぶ?」

 

 分からない、どうしてこうなったのかは分からないが、それでもサクラを安心させるために頷けば、すぐに笑みを浮かべる。

 

「いくよー!」

 

 言葉と共にサクラが加速を始める。

 まるで海を泳いでいるかのように、ばたばたと足を動かしながら空を進んでいく。

 先ほどのエアには劣るが、念動のお蔭で一切の風の抵抗を感じないままに速度は上がって行く。

 

 このままサクラに任せれば目的地には着く、そう考えれば気になるのは自身のエースのことで。

 

「…………どうなってんだ、エア」

 

 少女の入ったボールを見つめながら、呟く。

 

 エアからの答えは無かった。

 

 

 




パーティー案募集始めました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=158935&uid=7917


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死の大陸⑥

募集見てて思うんだが。
お前らチャンピオンでも量産したいのか、って感じ。
天才のバーゲンセール過ぎて、天才が安っぽく見える。
まあ発想自体は面白いんだが、数値弄るどころじゃねえよ、って感じなのもけっこうある。
因みに要全修正とかいうやつもいるから、多少自重しような(

あと、未来編にあたって、表示形式の変更とか色々考えてる。
ステータス画面のごちゃっとした感じをなんとかしたい、とか本文中のカッコの使い方とか、もうちょい読者に見やすいように変えたい感。


 

 ゲンシグラードン。

 

 タイプは『ほのお』『じめん』。

 

 ただし特性“おわりのだいち”の効果で『みず』技が全て無効化されるので、実質的な弱点は『じめん』のみ。

 

「どこから出てきた情報なんだろうね」

 

 とは思うものの、実際のところ()()()()()()()()()()()()

 今すでにグラードンは復活していて、このまま手をこまねいていてはホウエンは滅びる。

 それこそが最も重要なことであり、そして今この場においてそれを留めることができるのは自身だけだ、という事実こそが何よりも大切だった。

 

 ただ現実として、相性の悪さというのはどうしても露呈してしまう。

 

 自身の保有する『はがね』タイプに対して、『じめん』と『ほのお』の両タイプは弱点と成り得る。

 この『くろがねのしろ』の上ならば多少の耐性も付くが、それでもこのフィールドは異能の産物だ。故に伝説のポケモンを相手に強制力で勝てるはずも無く、抵抗はできてもそれは弱点タイプの技の威力を多少減じさせれる程度だろう。

 

 何より、絶対のエースが自身を守るために動けないのが痛い。

 

 だがコメットを動かそうにも、この()()()()()において念動の結界を解けば、一瞬で臓腑が焼き尽くされるだろうことも自明の理。

 しかも伝説種が場を支配しているこの状況で、このフィールドを上書きするには同じ伝説種の力が必要となる。

 そのための力はすでにこちらへ向かっているはずだ…………となれば、自身にできるのは。

 

「時間を稼ぐ、それしかないね」

 

 それと一つでも多く、情報を得ること。

 残念ながら相性の悪さで、自身が前に立って戦うには不利だ。

 故にここで時間と情報を得て、後は彼に託すのがベスト。

 

「…………多少悔しい気もするけどね」

 

 それでも、ホウエンが滅びるかどうかの瀬戸際に個人の感情を優先させることは無い。

 ツワブキ・ダイゴは大人だ。デボンコーポレーションの御曹司として、多くの人間の命を背負っている。

 多くの人間から寄せられる期待も、そこに圧し掛かる重圧も、なんてことないと、背負うと決めた『鋼の意思』でそう決めたのだ。

 

 生と死の極限地点。

 

 そこにあって、ダイゴの精神はまるで揺らぎはしない。

 為すべきことを、遂げるべき目的を、ただ冷静にそれだけを考え、思考し続ける。

 何よりも硬い意思、それこそが、才能よりも何よりも、コメットが最もダイゴを認めている部分なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 シンオウ地方に伝わる伝説のポケモンヒードラン。

 ホウエン地方に眠る伝承のポケモンレジスチル。

 

 共に伝説に語られるだけの力を持ち、単体で並のトレーナーを歯牙にもかけないほど圧倒的な暴力を振るう。

 

 けれど、足りない。

 

 真の伝説を相手にするには、足りない。

 

 この世界において、誰も知らない事実ではあるが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全てのポケモン種族にはレベルの制限がある。その上限を100とし、それ以上に上がることは無い。

 例えばヒトガタなどは、数値上レベル120とされることがあるが、それはレベル100と定めたポケモンの個体値で算出された能力と比較した時、()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけであって、実際にはレベルは100なのだ。

 それは誰でも無い、神たる存在が定めたこの世界の法則であり、不変であるはずの絶対の方式だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 世界の理を破壊し、世界の枠から逸脱する。

 ゲンシの時代にさえ、両手で数えるほどにしか存在しなかったそれらの怪物を、ゲンシの時代の人間たちは総称して()()()と呼んだ。

 自然を超越し、理を超越し、世界を超越し、やがて全てを滅ぼす魔物。

 

 レベル100オーバー。

 

 それは理を超えた禁忌の証。

 

 理から逸脱した存在故に、何の技術も無く、ただ持っただけの能力で世界を滅ぼすに足る。

 理から逸脱した故に、神の理を失い、だからこそ自らの理を手に入れた存在。

 

 グラードンがそこにいる、それだけで大地を枯らし、炎で燃やし尽くす死の大陸と化し。

 カイオーガがそこにいる、それだけで大雨が降り尽くし、雨水が全てを飲み尽くす滅びの魔海と化す。

 

 それこそが彼らの理。

 

 物を投げればやがて地に落ちるように。

 川は流れやがて海へと至るように。

 木が生え成長し森を作り出すように。

 

 グラードンにとって己のいる場所が焦熱の領域であることは当然の理なのだ。

 

 意図する必要すら無いほどに、無意識の領域で全てが為されるように、そうなって当たりまえなのだ。

 

 そうやって何の意図も無く、意識も無く、世界を滅ぼす。

 

 そんな存在を前にするならば、レジスチルも、ヒードランも不足が過ぎた。

 

 そもそも『めざめのほこら』でカイオーガが全力を出せなかったのも狭い洞窟内だったとかそんな理由ではない。

 そもそも狭いなら壊せばいいのだ、超越種ならばその程度容易い。

 けれどそれをしなかったのは…………否、出来なかったのは、『めざめのほこら』という場所自体に一種の封印があるからだ。

 そもそもゲンシの時代には世界には『自然エネルギー』というものが溢れていた。

 だが現代にそんなものは本当に一部の場所にしか存在しない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『めざめのほこら』はホウエンで最も自然エネルギーが濃く残る場所。それはつまり、エネルギーを逃さず、そして閉じ込める、そういう性質を持って作られた場所なのだ。

 故に内部では思うように自然エネルギーが振るえなくなる。結果的にだが、戦力半減と言ったところだろうか。

 

 だが『えんとつやま』にはそんな性質は存在しない。どころか、すでに山自体は崩れ去っている。

 

 そしてゲンシカイオーガとの戦いで『めざめのほこら』が崩れた。

 

 つまり、()()()()()()

 

 内部に長年に渡って溜まっていた『自然エネルギー』は今一体どうなっているのか。

 

 それがつまり、今現在、グラードンがゲンシグラードンと化している理由。

 

 つまり、正真正銘の伝説の猛威が今世界に振るわれようとしていた。

 

 

 * * *

 

 

「…………なんだ、これは」

 

 男、マツブサが震えるように呟く。

 『ひこう』ポケモンたちに乗って、上から見下ろす光景に、全身が震えた。

 

「何なのだこれは!」

 

 そんなリーダーの叫びに、けれど誰も答えられない。

 陸を増やし、人類の生存圏を広げる、それがマグマ団の目的だった。

 そのために大陸を創造したとされるグラードンを蘇らせ、海を干上がらせ陸を増やそうと目論んだ。

 

 その結果は…………眼下に広がる地獄めいた光景だった。

 

「バカな…………超古代ポケモングラードン、その力を持ってすれば、この世界の海を枯らし、陸を広げることが可能だったはずだ」

 

 そうそれは可能だろう、眼下の圧倒的な暴威を見ればそれは分かる。

 だがそれ以上に問題なのは。

 

「これでは()()()()()()ぞ」

 

 陸が広がっても、その陸上に人の生存圏が残されていない。

 全て滅びてしまう、一切合切、躊躇も無く、容赦も無く。

 これは…………これはマグマ団の望んだ世界ではない。

 

「…………間違いだったというのか」

 

 ことここに至って、認めないわけにはいかなかった。

 

「間違いだったと言うのか、我らの行いは」

 

 自分たちの理想が、自分たちの願いが、自分たちの望みが。

 その結果が今、地上で起こっている光景なのだとすれば。

 

「…………リーダー」

 

 と、その時。打ちひしがれるマツブサの袖を引く誰かの声。

 

「…………カガリ」

 

 視線を向ければ、自身を見つめる女の顔。

 ここまでずっと自身に尽くし続けてきてくれた、自身に付いてきてくれた同じ理想を描いた同志に、何と声をかければいいのか分からず言葉を窮し。

 

「…………リーダーマツブサ、ボクたちはアナタに従う」

 

 女が告げた。

 

「アナタの理想が間違いじゃないと、今でもボクは思っているから。だから」

 

 命令を、と女が頭を垂れた。

 

「アナタが信じる道が、ボクたちマグマ団の道。アナタが指し示す先が、ボクたちマグマ団の道標。だからリーダーマツブサ。命令をください。アナタの思うが通りに、アナタの感じるがままに、ボクたちはアナタの歩く道を共に行くから」

 

 女に追随するように、他の団員たちが頭を垂れた。

 その中には、野心を抱き、自身の座を狙っていると思っていたサブリーダーの姿もあり。

 

「例えどんな時であろうと、どんな場所であろうと、いつまでも、どこまでも、アナタと共に」

 

 女の言葉に、絶句する。

 金槌で頭を殴りつけられたような衝撃。

 ずっと、ずっと、取り憑かれたように前だけを見続けてきたマツブサだったから。

 理想が挫かれ、前を見れなくなってようやく気づいた。

 

 自分の後ろにはこれだけの仲間たちがいるのだと、そう気づかされた。

 

 今まで自身の後ろで、これだけの仲間たちが自身を支え続けてきてくれたのだと、そう気づかされた。

 

 眼頭が熱くなる。

 胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。

 

「…………止めるぞ」

 

 けれど、あふれ出しそうな灼熱を、マツブサは飲み込む。

 それは心を燃やす種火だ。

 マグマ団のリーダーマツブサは冷徹な男だと言われている。

 だがその本質はマグマのような激情家であり、熱血漢である。

 

「誤ちは正さなければならない、そしてその上で、もう一度我らマグマ団の理想を追い求める」

 

 故に。

 

「全団員に告げる。超古代ポケモングラードンを討伐せよ…………ただし、誰も死ぬでないぞ。キサマらにはまだ、この先も私と共に歩んでもらわねば困るからな」

 

 告げる命に。

 

「「「「「了解、リーダーマツブサ!!!」」」」」

 

 誰もが一糸乱れぬ統率された動きで、敬礼し。

 

 そうして事態は動き出す。

 

 

 * * *

 

 

 大陸の覇者の咆哮がかつて山だった場所に響き渡る。

 ビリビリと空気を震わせる声を聞きながら。

 

「…………着いた!!!」

 

 かつて『えんとつやま』と呼ばれていた、今やもう見る影も無いその場所に、降り立つ。

 状況を把握するために、視線を動かし。

「……………………戦艦が宙に浮いてるぞ」

 あからさまにおかしな存在を見つけるが、けれどグラードンと敵対しているらしいことは分かるので放置する。

 さらに視線を上げれば、上空からグラードンへと次々と攻撃が飛んできているのが分かる。

 はっきりとは視認できないが、赤い服の集団が見えるので、恐らくあれはマグマ団だと予想する。

 

「…………マグマ団がグラードンへ攻撃している、ということは」

 

 恐らく今なら味方と数えて問題ないと思う。実機でもグラードンを復活させたことを後悔している様子だったし、現実的に考えても、グラードンのもたらす世界とマグマ団の追及する理想は反している。

 すでに天候を抑えるためのトレーナーたちは『えんとつやま』周辺に散開している。

 最優先はフエンタウンとハジツゲタウン。『えんとつやま』に最も近いこの二つの街を優先的に守らなければならないため、グラードンの進路を考えなければならない。

 

「…………砂漠方面が一番被害が少ない、か?」

 

 人もほとんど住んでいない上に、避難勧告は出ているはずだ。

 さらに照り付ける容赦のない日差しも砂漠の環境を考えればそれほど問題にならないはず。

 

 だが、そのためにもまずは。

 

「頼んだぞ、カイオーガ」

 

 ボールを投げる。

 

 中から出てきたのは少女の姿をした正真正銘の怪物であり。

 

「んー…………何だかエネルギーが濃いね。ちょっと全力出してみようか。不快なクソトカゲもいるし」

 

 にぃ、と笑みを浮かべながら。

 

「さあて、それじゃあまずは」

 

 少女、カイオーガがその両手を真上に掲げ。

 

 “はじまりのうみ”

 

 雲一つ見当たらなかった空に途端に雨雲が集まり始め、炎の海と化した山へと豪雨が降り始める。

 雨が炎を掻き消し、どんどんと気温が下がり始める。

 

 “たいかいのおう”

 

「塗りつぶせ」

 

 スコールがごとき土砂降りがさらに激しく、強くなる。

 目を開けても何も見えないほどの凄まじい雨、段々と足元に水が溜まって行き。

 

 グルアァアアアアアアアアアアア!!!

 

 怒りを込めたかのような咆哮と共に、大地が揺れ出す。

 

「クソトカゲが暴れ出したね…………ならそろそろ一発行こっか」

 

 “あらなみ”

 

 “みちしお”

 

 “おおつなみ”

 

 両手を振り下ろす、と同時に少女の背から現れた巨大な津波が轟々と音を立てながら進んでいき、山だった場所へと降り注ぐ。

 

 グルウウウウ…………アアアアアアア!!!

 

 “ふんか”

 

 燃え滾る灼熱を纏った溶岩が山のほうから…………そこにいるであろうグラードンから噴き出し、津波の一部を抉り取り、蒸発させる。

 だが津波の圧倒的質量にその全てを消すことは出来ず、グラードンが津波に飲み込まれる。

 

「ふふん、やりい!」

 

 得意げな顔で少女(カイオーガ)が笑みを浮かべる。

 先手は取った、内心でそのことに安堵する。

 どうやら異能にもレベルがあるらしいが、グラードンとカイオーガは同等の存在だ。

 意識を集中させれば無意識的に干渉するよりも強制力は強くなるらしく、不意を打てばグラードンの天候干渉能力を一瞬とは言え上回れるらしい。

 

「よし…………このまま一気に」

 

 行くぞ、とボールを手に取り。

 

「あっ…………危ないよ」

 

 ぽつり、とカイオーガが呟くと共に、とん、と肩を押され、数歩たたらを踏み後退する。

 何を、と口にしようとして。

 

 “かがやくひざし”

 

 “ソーラービーム”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ズドオオオオオンと激しい爆音を立てながら、光が大地を抉った。

 

「っ…………きっついなあ、今のは」

 

 カイオーガが顔を顰める。たった一撃でかなりのダメージを受けたのが分かる。

 とは言え、HPの総量を考えれば恐らく一割も削れていないのだろうが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その事実こそが驚愕に値する。

 

 そう、今現在カイオーガはゲンシカイキしている。

 アオギリの投げた『あいいろのたま』をそのまま持っているらしく、さらに『めざめのほこら』で溜まっていた『自然エネルギー』が世界に流出しているとかで、あの圧倒的な力を自由に振るうことを今のカイオーガは許されている。

 

 だがそれは、グラードンも同じ。

 

 『べにいろのたま』が奪われ、グラードンが目覚めている、ということは恐らく今現在珠はグラードンが持っているのだろうと予想する。

 そして自然エネルギーの流出によりそれを取り込んでいるのならば。

 

 相手もまた同じ、ゲンシグラードンへと至っているということ。

 

 その思考を裏付けるように、徐々に天候が変化する。

 

 空を二色でわけたかのように、青空と曇天の境目が出来、空がツートンカラーへと彩られる。

 干渉範囲が激突している、つまりカイオーガではここまでということか。

 

「キミ」

 

 空模様を見ていた自身に、カイオーガが声をかけてくる。

 振り返れば、僅かに額に汗を浮かばせながら、カイオーガが笑みを浮かべる。

 

「今ならあのクソトカゲも、空に全神経を尖らせてる。地上を伝ってアイツのところへ向かえば、絶対に一撃、無条件でかませられる」

 

 どうやら互いに全力で天候を奪い合っているらしいのは理解できた。

 そしてそのためにカイオーガが動けないのと同様、グラードンもまた今はまだ動けないのだと。

 

「アイツを揺らがせられるほどの一撃をそこで打てれば、そのまま一気に天候も押し切れる。だから、それはキミに任せたよ。アタシは動けないから、キミに」

「…………グラードンを、揺らがせるほどの一撃」

 

 目の前の少女と同じだけの耐久性を、しかも『ぼうぎょ』寄りのステータスで持っているはずのグラードンを一撃で揺らがせられるだけの一撃?

 逡巡する自身に、少女が笑みを浮かべる。

 

「だいじょーぶだよ…………だってキミは、アタシに勝ったんだから」

 

 そこに見えたのは僅かな信頼。

 小さな絆の繋がり。

 完全には認められたわけじゃない、それは少女が言った通り。

 今度は独力で倒して見せろ、とそう言ったのも少女の本心。

 けれど、決して一切認めていないわけじゃなかった。

 自身を倒した存在を、自身に勝利した存在を、少女は僅かに認めていた。

 繋がった絆がそんな少女の本心を教えてくれる。

 

「……………………ああ、任せろ」

 

 だから、頷く。

 

 何よりも、誰よりも。

 

 自身が絆を否定してはならない。

 

 結ばれた縁を、繋がれた絆を、何よりも尊んでいるからこそ。

 

 その期待に応えたい。

 

 その思いを裏切りたくない。

 

 だから、だから、だから。

 

「…………エア(エース)は居ない」

 

 彼女は今、キンセツシティのポケモンセンターに預けている。

 だから、一番頼りにしていた少女は今この場には居ない。

 けれど、少女が後を託した存在はいる。

 

「だから、お前を信じる。エアがバトンを託したお前を、信じる」

 

 エアを置いて行く、そのことを決めた時、誰よりも反対したのはエア本人だった。

 朦朧とする意識で、けれどついていくと、はっきりそう告げたエアに、どうすればいいのか分からなくて。

 

「…………任せな、ボス」

 

 だからこそ、自分が居る、とエアに向かってはっきり告げた彼女に、エアもまた渋々納得し、その手を取った。

 

 ――――仕方ないから、アンタに任せるわ。

 

「行くぞ、アース」

「ああ…………アタイに任せときな」

 

 左手に付けた指輪に触れ、絆へと意識を向ける。

 

 とくん、と心臓の鼓動が跳ね。

 

 アースとの繋がりを感じた。

 

 瞬間。

 

 

 メ ガ シ ン カ

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前といい、エアといい」

 

 アースの全身が光に包まれ、その姿を変じていく。

 

「どうしてうちのいじっぱり共は、土壇場になるといきなりやってくれるのかね」

 

 背が伸び、十三か四だった外見は十八ほどにまで育った。

 髪も伸び、短髪だったそれが腰まで届くほどに。

 全体的に凛々しく育った少女が、長刀へと変化したそれを抜き。

 

「簡単な話さ、ボス」

 

 ()()()()()()()()

 

 全身が光に包まれ、そこからさらに形を変えていく。

 

エア(エース)だってきっと、同じことを言うだろうさ」

 

 漏れ出た自然エネルギーを、大気に漂う力を、かき集め、自らの内へと取り込み。

 そうして変化していく、さらに強く、さらに雄々しく。

 

 メガシンカ、そしてゲンシカイキ、これまでエアにしかできなかったその合わせ技を称して。

 

 

 “ オ メ ガ シ ン カ ”

 

 

「負けられない、それだけの話さ」

 

 オメガガブリアス。

 

 大地の王が場に降臨した。

 

 




今回の話の要約。

①ダイゴさん頑張る
②伝説まじやべえ
③マグマ団参戦
④オメガアースちゃん!
⑤これが…………これが中ボスだああああああああああ!!!


ゲンシグラードン Lv250 特性:おわりのだいち

H35000 A1800 B1600 C1500 D900 S900

わざ:だいじしん、だんがいのつるぎ、ふんか、ちかくへんどう、だいもんじ、ソーラービーム、ストーンエッジ


特技:だいじしん 『じめん』
分類:じしん+じならし+マグニチュード
効果:威力150 命中-- 必ず相手に命中する。複数を対象としても威力が下がらない。2~3ターンの間、場の状態を『よしん』にする。

場の状態:よしん
『ひこう』タイプと特性“ふゆう”のポケモン以外は、『すばやさ』ランクが2ランク下降し、毎ターン最大HPの1/16の『じめん』タイプのダメージを受ける。


特性:ちかくへんどう 『じめん』
分類:じわれ+だいちのちから+うちおとす
効果:威力100 命中100 30%の確率で相手を『ひんし』状態にする。特性“ふゆう”や、『ひこう』タイプのポケモンにも『じめん』タイプの技が当たるようになる。また、技『そらをとぶ』『とびはねる』『でんじふゆう』『テレキネシス』『フリーフォール』の効果が解除される。


裏特性:でんせつのいふ
このポケモンは『ひんし』にならない限り、捕獲できない。自身の『HP』の種族値を大幅に上昇させる。自身が受けるダメージを全て半減する。

アビリティ:だいちのいかり
天候が『おわりのだいち』の時、場を『ひのうみ』に変更する。また、場が『ひのうみ』の時、自身の能力を1.2倍にする。

アビリティ:じょうきばくは
『おわりのだいち』の効果で『みず』技を無効化した時、相手の最大HPの1/8のダメージを与える。『ほのお』『みず』タイプの相性の良いほうでダメージ計算する。

アビリティ:だいちのけしん
フィールドを対象とした自身以外の効果を全て無効化する。強制交代技などを受けなくなり、毎ターンHPが最大HPの1/8回復する。自身への状態異常を無効にする。

アビリティ:かがやくひざし
毎ターン終了時に相手全体を対象として“ソーラービーム”で攻撃する。

禁止アビリティ:しのたいりく
『ほのお』『じめん』タイプ以外の全てのポケモンを戦闘開始から5ターン後に『ひんし』にする。毎ターン開始時、相手の最大HPの1/4の『ほのお』ダメージを与える。


グラードン戦自体はあと二話くらいで終わるんじゃないかなあって感じ。
⑨と⑩はラスボス戦のためのあれこれになるかと。


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死の大陸⑦

レジェフェスで『マギサ』『クラリス』『メーテラ』出た。
これは火パ強化しろってことかな?


「ぐう…………きっつい、ねえ」

 

 全身に渦巻く強大なエネルギーの翻弄に、体が震える。

 内から弾けそうになる力を無理矢理に抑え込み。

 

「それじゃまあ…………行くかい」

 

 どん、と地を蹴る。

 蹴った大地が数メートル抉れ、深い穴を残しながら。

 

「アース!」

 

 後ろから聞こえる自身の主の声に、沸き立つ。

 

 “つながるきずな”

 

 絆が繋がる。

 直後に感じる、仲間たちの気配。

 

 ――――なんだい、どいつもこいつも。

 

 シアも、シャルも、チークも、イナズマも、リップルも、ルージュも、サクラも。

 エアを知る仲間たちの誰もがその不在に、不安を感じているのが分かった。

 パーティメンバーとして、そこに優劣があるわけではない。

 誰が欠けてもいいはずが無い。

 それでも、それでも。

 誰もが認めていた絶対のエースの不在は、誰もに不安を抱かせていた。

 それは、他でも無い…………主自身にも。

 

 ――――だったら、決まってる。

 

 自身のやることは決まっている。

 任されたのだ、託されたのだ。

 同じ最強種の竜、そして同じ極みの才(ヒトガタ)を持つ物。

 同じ最上位の竜でもリップルは毛色が違う、竜と言うには余りにも気性が穏やかだ。

 自身たちよりも高位の種であろうサクラにしても幼過ぎる、将来的にはともかく、今はまだ主軸となるには重みが足りない。

 

 何よりも、放っておけない。

 

 アースと名付けられたガブリアスは、王である。

 

 チャンピオンロードに誕生した、群れ為すガブリアスたちの王。

 そして、今、グラードンによって脅かされている砂漠にいるフカマル、ガバイト、ガブリアスたち。

 道中に聞こえた同胞のたちの声が、アースを動かす。

 

「ふざけんなよ!!」

 

 だからこそ、アースは()()

 

「ヌルいんだよ、アンタらは!!」

 

 アースは怒る、()()()()()()

 

「ただ目の前の敵に恐れて()()()()()だぁ?! ふざけんじゃない!!!」

 

 元は短刀だった、メガシンカし長刀となり、今となっては三メートルを超す刃渡りの長物を片手で振り上げる。

 一歩、足を踏む込むごとに、大地が沈む。

 その余りにも強力な脚力に、大地のほうが圧潰する。

 生憎アースはエアのような飛ぶための力は無い。

 だが、ガブリアスには大地を駆け抜ける、マッハポケモンと呼ばれるだけの強力な脚力がある。

 風を切る、その耳に聞こえる音は無い。音を置き去りにするほどの速度。

 速く、速く、速く。

 体感的には随分と長く感じるが、実際には数秒に満たない。

 ほんの数秒で、元は山だったその場所に佇んでいた、遠くの視界にうっすらと見えていた影へと肉薄し。

 

“マッハロード”

 

「顔を上げろ! 前を向け! 同胞たち!」

 

 吼える、吼える、吼える。

 

「頭を下げるな! アンタたちは誇り高き竜だろう!」

 

 どん、とさらに一段、大地を強く蹴り、飛びあがる。

 

「恐れるな! 奮いたて! アンタたちは強い!!」

 

 音速を超える速度、まさに一瞬の出来事に、グラードンが反応するより速く。

 

 “ブリッツレイド”

 

「それでもまだ、怖いと言うならば、強さを信じられないならば、アタイを見ろ!」

 

 振りかぶった刃を両手に持ち。

 

「見せてやるよ! アタイ(アンタたちの王)が、アタイたち(ガブリアス)の強さを!!」

 

 振り下ろす。

 

 

 “ じ ん め つ じ ん ”

 

 

 袈裟に薙がれた刃がグラードンに突き刺さり。

 

 

「揺らぐ刃で滅す、汝塵と帰せ」

 

 

 突き立てられた刃が()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「行けるっ」

 

 アースが走り去って数秒後。

 ずどん、と遠くから地鳴りのような音がすると同時に、カイオーガがはっとなり、叫ぶ。

 同時に、一進一退だった陽光と雨雲の均衡が崩れる。

 雨雲が空を覆っていく姿に、僅かに安堵する。と同時に、アースが戻ってこないことに気づく。

 

「サクラ!」

「あい!」

 

 言葉は無い、だが繋がりを通して思いを伝える。

 即座にサクラがポケモンとしての姿へと変化し、自身がその背に乗ると同時に飛びだす。

 目指すはアースの向かった先、グラードンのいる場所。

 天候はカイオーガが握った。

 大地を覆っていた『ひのうみ』もすでに消えた。

 気温の上昇は感じられない、つまり今ならグラードンに近づける。

 

 本来なら『えんとつやま』があった場所は今は土塊の山と化している。

 高さはすでにほぼ無い。これなら一直線に向かえる。

 視界内にうっすらと見えるグラードンに動きは無い。

 だが同時に、直前に激突したはずのアースも動く様子が無い。

 

 無事なのか、大丈夫なのか、そんなことを内心で思いながら。

 絆は繋がっている、だから生きているのは分かるが、向こうの反応が無い。

 嫌な予感が広がる。

 そもそもの話、オメガシンカとは莫大なエネルギーを消耗する。

 エア自身、一度でもオメガシンカすればゲンシカイキどころか、メガシンカすら強制解除されてしまうレベルでポケモンに極度の疲労と消耗をもたらす。

 アースも同じ状態だとするならば、急がなければ不味い。

 確かに強烈な一撃を与え天候を奪ったかもしれないが、それでもグラードンは倒れていないし、それでもグラードンは()()だ。

 オメガシンカで極限まで疲労しきった今のアースに手痛いダメージを受けていようと、グラードンの振るう力に耐えられるはずが無い。

 

 念動で周囲に壁を張りながら移動するサクラだから、風の抵抗などを受けないが、景色の流れを見る限り相当な速度が出ているのだろうことは容易に理解できる。

 やがてグラードンの傍まで近づき、両者の様子が良く分るようになると。

 

「…………まじかよ」

 

 膝を突いていた…………()()()()()が。

 そしてその肩に刃を突き立てて、アースが止まっていた。

 両者は動かない。グラードンはダメージで硬直している、アースは…………気絶していた。

 

「戻れ!」

 

 即座にアースをボールに戻す、アースの爪が形を変えていたのだろう大太刀も消え、直後。

 

「グ…………ルゥ…………」

 

 グラードンが唸る。

 体を貫いていた刃が消え、その傷口が急速に回復しだす。

 

 “だいちのけしん”

 

 決して浅くはない傷だからか、即座に全回復とは行かないようだが、それでも動ける程度には回復しているらしい。

 ぎょろり、とグラードンの目がこちらを見た。

 

「シャル!」

「は、はい!」

 

 咄嗟にボールを放つ。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()を引き継ぎながら、シャルが場に登場し。

 

 “かげぬい”

 

 影がグラードンを捕らえる。

 それでも準伝説ですら無いポケモンの拘束など、伝説のポケモンにほぼ通用するはずも無い。

 一瞬で拘束が振りほどかれ、グラードンが再び動き出し。

 

「アクア」

「応とも」

 

 次いでボールから解放したアクアが、その全身に光を集め。

 

 “ゲンシカイキ”

 

 始原の姿を取り戻す。

 そのためのエネルギーならば幸いにして大量にある。

 

「吹っ飛ばせ!」

 

 “みずのこぶし”

 

 “アームハンマー”

 

 叫ぶ自身に応えるかのように、『みず』を纏ったアクアの拳がグラードンへと突き刺さる。

「グルウウウウウアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 推測に過ぎないが恐らくアクアは直接攻撃に『みず』タイプを付与することができるのだろう。

 本来ならば“おわりのだいち”に阻まれて無効化されるのだろうが…………空を見ればあるのは雨雲ばかり。

 カイオーガが天候を握っている現状、グラードンの戦力は半減していると言っていい。

 何せ、“おわりのだいち”が無ければ『みず』タイプは四倍弱点だ。

 

 さらに言うならば。

 

 ――――ゲンシカイキ時のアクアの特性は多分“ちからもち”だ。

 

 直にポケモン図鑑による解析が終わるだろうから、また後日になれば詳細なデータも分かるだろうとは思うのだが、通常時と比べて跳ね上がる威力を見れば単純な能力上昇だけでは説明がつかない。

 メガシンカと違って『こうげき』の種族値自体は変化してないように見えるので、変わったのは特性。

 そして技の威力が倍近く上がる特性など“ちからもち”くらいしか思いつかない。

 『こうげき』種族値が変化していないということはラグラージの『こうげき』種族値110と同じということ、それは実機でも最強クラスの火力を有していたメガクチートよりも僅かにだが高い種族値であり、しかも『こうげき』が伸びない分の上昇が他に回されているという全体的に見れば並の600族のメガシンカよりも凶悪な性能になっている。

 そしてこれはアクア本人に聞いたことだが。

 

「…………降って来たか」

 

 ぽつり、ぽつり、と雨が振りだし、その勢いがどんどんと増す。

 こうなると()()()()()()()()()()()

 

 “すいちゅうせん”

 

 濡れてぬかるむ地面を滑るようにして移動しながらどすん、どすん、と重い拳を何度となく叩きつける。

 要は“すいすい”互換の能力を技術的に保有しているのだ、アクアは。

 元々水中ならばその腕力で素早い泳ぎができるのがラグラージという種だ。実機だとそもそも水中戦という概念が無かったので、分かりづらいかもしれないが、『みず』ポケモンは水中と地上で『すばやさ』がかなり変わって来る。

 そしてその水中での利を雨などを条件に持ってこれるのがアクアだ、ラグラージという種の祖なるゲンシラグラージのヒトガタだ。

 先ほどゲンシカイキで『こうげき』以外が伸びる、と言ったが『すばやさ』もまたそこに含まれる。

 見た感じではあるがシャルより少し遅い程度の『すばやさ』と言ったところ。

 種族値にして70から75程度だろうか。通常のラグラージよりはかなり速い。

 そしてそれを“すいすい”互換で倍にし、滑るような動きで敵の死角から虚を突くように“ちからもち”の腕力が振るわれる。

 

 アタッカー性能を考えると正直怪物としか言いようが無い。

 

 唯一の欠点は自力で雨を降らせることができないことだろうか。

 どうにもそういう風な、環境に適応する能力はあっても、自力で環境を変える能力には乏しいらしい。これは原種ラグラージとの違う点だろう。

 

「ルウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 やはり“おわりのだいち”が使えないと勝手が違うのか、アクアに翻弄されているグラードンだったが、やがてブチギレたかのように咆哮をし。

 

 “かがやくひざし”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「戻れえええええええ!」

 一度カイオーガに撃たれたそれを見ていただけに、予測はしていたが、やはり()()()()()()()()というのは使えるらしい。

 アクアのタイプは原種と同じ『みず』『じめん』だ。あんなもの当たれば一撃でやられることは間違いない。

 

 手札を並べてみる。

 

 シア、相性が悪い。というか悪すぎる。

 シャル、もう出しているが、現状足止め以上のことができそうにない。

 チーク、この状況で何をさせろと。

 イナズマ、タイプ相性が最悪。“わたはじき”を使っても全部燃やし尽くされそうな気配すらある。

 リップル、物理寄りのグラードンの一撃を耐えれる気がしない。雨はカイオーガがやってくれる。

 ルージュ、使いどころが難しい、真っ向勝負には耐久力が足りない。

 サクラ、自身の足場確保に必須。うっかり“じしん”とかされたらトレーナーが死ぬ。

 アクア、メインアタッカー。この状況で唯一の希望。

 

「分かってはいたけど、相性悪いなあ」

 特にシア、イナズマ、リップルが完全にメタられているのが辛い。シアの場合『こおり』状態にしても『ほのお』技であっさり溶かされて反撃でやられるだろうし、イナズマなら肝心の技がタイプ相性で無効化されている、リップルは特殊受けだから物理編重のグラードンとは相性が悪い。

 カイオーガが使えればいいのだろうが、今下手に動かすと天候の主導権争いがまた始まる可能性がある。

 あれだけグラードンを敵視していたのだし、攻撃できるならとっくにしているだろう。先ほどから動きが全く無いのは、それだけ天候の維持にリソースを裂いているから、と見るべきだ。

 

「ルージュ」

「あいよ!」

 

 ボールからルージュを出す。

 すでに全員能力は六段階。火力と速度はすでにグラードンの足元に届いているのは分かるが、どう考えても耐久が足りない。

 否、通常のポケモンバトルならば十分過ぎるほどの耐久性があるのだ。

 実機でもそうだが、基本的にトレーナー同士のバトルなら相手の技を一度、二度、耐えれる耐久があるならば十分だ、三度以上耐えれるならそれは立派な耐久型と言っても良い。

 だが伝説はそうじゃない、耐久型に倍する能力を持ちながら、体力(HP)は百倍近いという常軌を逸したタフネスぶりを持つ。

 そんな敵を相手に、戦うならば必須のものは二つある。

 突破力と継戦能力だ。

 

 相手の頑強な守りを撃ち抜いてダメージを通し、相手の回復量を上回る突破力。

 そして敵に激しい攻撃を耐え、長時間に及ぶ戦闘に耐えることのできる継続戦闘能力。

 

 紙耐久の速攻アタッカーというのは普通のポケモンバトルならともかく、伝説戦においてはかなり不利だ。

 だから、速度を上げる。実機ならターンごとに行動は一度で固定だが、この世界は速度が高ければ高いほど攻撃回数も増えるし、速ければ速いほど回避能力も高くなる。

 ゾロアークは高い『すばやさ』を持つ。それを能力ランクで上昇させれば、グラードンよりも確実に速くなる。

 『こうげき』も『とくこう』も高い上に、ルージュが特殊技を()()()()()

 『とくこう』に『こうげき』数値をいくらか足したような威力になるらしく、普通に特殊技を使うよりは火力が出る。

 単純な能力も技のタイプ的にもアクアよりはダメージを叩きだすことはできないが、決してグラードンにとっても無視できないダメージは出せる。

 ならば、アクアへと向かいがちのヘイトを奪うようにしてグラードンの攻撃を分散させる。

 アクアへと集中していた攻撃が分散すればアクアがさらに動きやすくなる。

 

「グルウウウウウアアアアアアアアア!!!」

「来る、サクラ!」

「うん!」

 

 “ だ い じ し ん ”

 

 グラードンが咆哮する、同時に放たれるのは“じしん”。否、それよりさらに強烈かもしれない。

 だが何よりも、その規模が凄まじい。

 はっきり言って、普通の“じしん”とは規模が段違いだ、何せ『えんとつやま』周辺全域を巻き込むレベルの威力だ。無論、その中央、つまり震源地にいる自身たちへの技の威力は計り知れない。

 だからこそ、サクラに合図を送り()()()()()()()()()()()

 自身が、シャルが、アクアが、ルージュが、テレキネシスをかけられたように数メートル宙に浮きあがる。

 眼下が激しく揺れる大地に、あれを喰らったら本気で一たまりも無い、と冷や汗を掻き、直後に気づく。

 ぐらぐらと揺れる地面だが、攻撃を放ち終わっても震動が止まらない。

 余震が残っている状態、とでも考えればいいのか。

 

 同時に、グラードンがこちらへと視線を向けている。

 次の攻撃が来そうだ、だが地面に降り立つのはちょっと躊躇する。

 一瞬の躊躇を抉りこむように、グラードンが再び咆哮し。

 

 “ ち か く へ ん ど う ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「嘘、だろ?!」

 “ふゆう”持ちや『ひこう』タイプは地面から浮いているから攻撃が当たらない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()とか思考がぶっ飛び過ぎてて理解が追いつかない。

 浮き上がる地面が下から自身たちを突き上げる。

「ぐっ」

 サクラの背に乗っていたため、直接的に打撃を受けたわけじゃないが、サクラごと吹き飛ばされ、その衝撃で投げ出され地面に転がる。

「っつう…………」

 痛みを堪えながら起き上がり、周囲を見やれば他の仲間たちも起き上がってきていた。

 だがかなり手痛いダメージを受けているらしい。能力ランクを積んでいなければ完全にやられていたな、と内心で思いつつ。

 

「グルアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サクラはまだ動けない。起き上がってはいるが、再び浮かび上がらせるに一瞬だが集中が必要だ。

 そしてその一瞬でこちらはグラードンの攻撃に巻き込まれる。

 

「や、ば」

 

 それでもサクラを頼る以外に方法が無い。一か八かの賭け。本能が感じ取った命の危機。

 

 速く、速く、速く。

 

 その言葉だけが胸中に渦巻いて。

 

「やれえええええええええええええ!!!」

 

 ()()()()()()()()()と共に、攻撃が放たれた…………グラードンへ。

 

 それは大した威力では無い、少なくとも伝説のポケモンの守りを貫き通すほどの威力では無い。

 だが数十にも及ぶ攻撃の数々は確実に伝説のポケモンの気を引いた。

 

「サクラ!」

「あい!」

 

 その僅かな時間で再び浮かびあがる。

 同時にアクアとルージュが走り出す。

 

「シャル、アシスト!」

「はい!」

 

 グラードンが気づいた時にはもう二体は目の前にまで迫っていて。

 

「さっさと沈め!」

「いい加減倒れなさい!!」

 

 “がったいわざ”

 

 アクアの“ばかぢから”が、ルージュの“きあいだま”が、シャルの“サイコキネシス”によって一瞬動きを封じられたグラードンへと突き刺さり。

 

 “ダブルインパクト”

 

「ガアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!」

 

 グラードンが絶叫した。

 

 




今更だがアクアのデータ乗せ忘れてた。


名前:アクア(ゲンシラグラージ) 性格:ゆうかん 特性:ちからもち 持ち物:とつげきチョッキ
わざ:アームハンマー、ばかぢから、じしん、ゆきなだれ

ゲンシラグラージ種族値
HP120 こうげき110 ぼうぎょ140 とくこう65 とくぼう110 すばやさ75 合計620

裏特性:とうそうほんのう
場に出た時、自身を『いかり』状態にする。

専用トレーナーズスキル(P):あばれまわる
ゲンシカイキ時、毎ターン『こうげき』と『すばやさ』を1ランク上昇させる。ゲンシカイキ時、自身の能力ランクが下がらない。ゲンシカイキが解除された時、自身の『こうげき』と『すばやさ』ランクをゲンシカイキ前の状態に戻す。

専用トレーナーズスキル(P):まもりをかためる
ゲンシカイキが解除されてから5ターンの間、与えるダメージを1/2にし、受けるダメージを3/4にする。また毎ターンHPを最大HPの1/8回復する。この効果は場に出ていない時でも発動する。

アビリティ:ゲンシカイキ
場に出て5ターンの間、ゲンシカイキする。5ターン目の終了時に元に戻る。

アビリティ:ちからをためこむ
ゲンシカイキが解除された時、10ターン後に再びゲンシカイキできる。

アビリティ:みずのこぶし
相手を直接攻撃する技に『みず』タイプを追加し、相性の良いほうでダメージ計算する。

固有スキル:すいちゅうせん
天候が『あめ』の時、『すばやさ』が2倍になり、『みず』タイプの技の優先度を+1する。




あとこっちがアースちゃん。

名前:アース(オメガガブリアス) 性格:いじっぱり 特性:マッハロード 持ち物:ガブリアスナイト
タイプ:『ドラゴン』『じめん』
わざ:「じんめつじん」

種族値 H108 A330 B10 C12 D10 S330


特性:マッハロード
相手より『すばやさ』が高い時、自身の『すばやさ』の能力ランクに応じて、技の威力と優先度を上げる。(ランク×20=威力、ランク=優先度上昇)

特技:じんめつじん 『じめん』タイプ
分類:ファントムキラー+じしん+ストーンエッジ
効果:威力120 命中100 相手の『ぼうぎょ』を半分にしてダメージ計算する。

裏特性:ブリッツレイド
自身の技の優先度に応じて技の威力を上昇させ、攻撃時の相手の防御ランクを下げる。
(優先度×20=威力、優先度=ランク下降)

専用トレーナーズスキル(P):すべるきずなのおう
『オメガシンカ』したターンのみ、“つながるきずな”のランク効果が味方のポケモンの数分だけ上昇する。


種族値だが、オメガシンカ時の種族値は基本的に1ターン限定ってこともあって、本人の意思にそってある程度変化しやすい。例えばエアならひたすら強くなりたい、と願うから全体的に伸びてるし、アースの場合、一撃で全て滅ぼすってイメージしてるから攻撃と速度だけが極端に伸びて防御が完全に捨てられてる。だからアースのは本当に特攻型。一撃放つと即座に瀕死になる。

余談だが、作者がダメシミュで適当に計算したところ、アースちゃんのグラードンへの一撃のダメージは約12000くらい。つまりもう二発当てればグラードン倒れてた(

補足説明:「じんめつじん」は「刃滅塵」と書く。
相手に刃を突き刺して内側から“じしん”ぶっぱする。内臓シェイク!!
これが『ぼうぎょ』半減の理由。


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死の大陸⑧

 グラードンが絶叫する。

 その光景を見ながらも次の手を考える。

「サクラ!」

「あい!」

 自身の声に、サクラが高度を上げる。同時に、どうやら先ほどの攻撃はさらに上からマグマ団の連中が放ったらしいと気づく。

 助かった、とは思いつつ、礼の一つする間すらなく状況が目まぐるしく変化する。

 眼下では再びグラードンへと攻撃を放とうとアクアと、ルージュが接近し。

 

 “かがやくひざし”

 

 雲を吹き飛ばしながら光の柱(ソーラービーム)が降り注ぐ。

「アクア! ルージュ!」

 叫ぶ声に、降り注ぐ光へと気づく二人が一瞬でその場を離れ。

 光が大地を抉り、抉れた大地から溶岩が噴き出す。

 けれど噴き出すと同時に、降り注ぐ雨に冷やされて岩の塊となる。

 地上が火の海となることは最早無い。

 カイオーガが天候を完全に掌握した以上、グラードン相手に戦うことの最大の障害が消え去った。

 

 故に、これでようやくグラードンと()()()()()()

 ここまで追い込んで、ようやくスタートラインといったところ。

 現状を考えるに、パーティ単位での相性の不利、アースが初撃で与えたダメージ、天候をこちらで雨にしていること、アクアが最大限の力を発揮できている。

 これらを総合してようやくやや有利、と言った程度だろう。

 上からマグマ団の援護があるが、正直言えば、グラードン相手にそれほど効いている様子も見えない、精々回復量を少し削ってくれる程度だろう、それだけでも有難くはあるが()()()()()()()()()()()()()()()時点で、気にするほどでもないと認定されてしまっているのだろうと察する。

 

 思考を回す、少しずつ、少しずつ、集中力を高め。

 

 可能性を模索する。勝利を模倣し、方策を見出す。

 

 勝ち手があるなら大別すれば二つだろう。

 

 一つ、先行して自身がここに来たが、天候を握った以上、他のリーグトレーナーたちをここに参戦させることができる、なら後は数で押せば良い。

 

 とは言ってもカイオーガもそうだが、グラードンもまた広域殲滅を得意とするタイプだ。

 恐らく先ほどの()()()()()()()()とかいうふざけた技も、グラードンの逸話を考えるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば実質『ひこう』ポケモンであろうと、“ふゆう”持ちだろうと安全でなくなる、ということ。

 さらに言うなら上空から降り注ぐ“ソーラービーム”がある限り、上へ逃げても撃ち落される。

 マグマ団が無事なのは、さっきも言ったが敵と認識されていないからだ。だが先ほどの攻撃で多少なりとも意識を割いた、となれば次どうなるかは分からない。

 そして何より、先ほどの技で撃ち落されたところを狙って“じしん”でも放たれれば大半のポケモンは一撃で倒れるだろう。

 そんな相手に数で押す、というのはいささか確実性に欠ける。

 

 だがもう一つの案、少数精鋭で乗り切る、というのも確実性が無い。

 こちらを採用するならば、確実に()()()()()()必要がある。

 この『つよいあめ』という天候、そしてグラードン相手に4倍弱点を取れるタイプ相性、何よりその圧倒的な攻撃力。

 グラードンの回復量を超えてダメージを叩きつけれるのは今はいないエア、そして現状『ひんし』のアース、あとはアクアだけだろう。

 メインアタッカーにアクアを添える、そしてルージュで攪乱しながら、狙えるタイミングがあればサクラも攻撃、シャルが“サイコキネシス”でサポートする。

 だが問題は…………持つのか、ということ。

 

 実機時代において、ポケモンの技にはPPという概念があった。

 ひたらく言うと、回数制限だ。

 こちらの世界にもPPはある、普通にバトルするくらいなら全く気にならない程度だが、それでも技を使えば消耗する、エネルギーだったり、スタミナだったり、色々だが、実機ほど少なくはなくともそれでも回数制限は存在するのだ。

 グラードンという伝説のポケモンの桁違いのHPを削りきるまでアクアのスタミナが持つか、アクアだけではない、他の誰が欠けても交代できる存在がいない。

 誰一人欠けることなく、グラードンを極力短期で倒す、それがどれだけ難易度の高いことか、なんて分かりきった話。

 

 あと懸念…………というか、純粋に疑問に思っていたことは一つ。

 

 空を見上げる、マグマ団の連中がいる。

 地上を見渡す、前方にはグラードンが、そして後方にはカイオーガがいる。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 『えんとつやま』周囲にはダイゴが居たはずであり、そもそも自身がここに来たのだってダイゴが連絡を寄越したからだ。

 だというのに、どこにもその姿が見当たらないのは、どうしてだろうか。

 まさかやられた、ということはないだろう、自身の知る限り、アレより不条理な生物など伝説のポケモンくらいしか知らないというレベルのチート存在だ。よくまあ一度とは言え勝てたよな、と思う程度には。

 というかアレが死ぬなんて状況想像ができない、多分、というか確実に生きているだろう。生きていると信頼している、というよりは、死んでいるというのが信用できない、という感じではあるが。

 

「通信も…………無理だなこれ」

 

 ポケナビで連絡が取れないかとも思ったが、グラードンが地殻変動させまくっている影響か、電波がおかしなことになっている。以前、というか前世で火山というか溶岩には磁力が含まれているとかなんとか聞いたような気がするがそれだろうか。まあ詳しいことは分からないが、グラードンが暴れまくっている現状連絡もつかない、と。

 

「シキは…………どうだろうなあ」

 

 シキにも連絡が通っているはずだが、シキはこちらと違って高速で移動できるポケモンが居ない。

 少なくとも、ボーマンダやラティアスより人を乗せて速く飛べるポケモンというのはそう居ない。

 ここに来て多少の時間も経っているが、間に合うかどうかは微妙というところだろうか。

 

「…………結局、自分で何とかするしかないか」

 

 考えれば、ナビが使えないということはリーグトレーナーたちをこちらに呼ぶこともできない。

 向こうが勝手に動く、というのは無いので、選択肢は一つ。

 なら次はどうやって倒すか、それを考える。

 ただし考える時間は極めて短い。

 だが元々グラードンを倒すために幾度となく案は考えていたのだ、その中から現実的なものを引っ張り出してくる。さらにそこに現状を加味し。

 

「よし、行くか」

 

 即断した。

 

 

 * * *

 

 

 剛腕が振り回される。

 空気を裂く一撃を躱しながら、お返しにたたきつけた一撃が怪物の腹を打つ。

 怪物が激怒しながら再び地を揺らすがその体を蹴り上れば、地震など当たりはしない。

 さらに怪物が地を蹴れば、大地が隆起し岩の刃(ストーンエッジ)となって伸びる。

 けれどルージュの拳でそのことごとくが砕かれ、シャルの念動で弾かれる。

 怪物の顔を蹴り飛ばしながら一度距離を離し、叩きつけるような勢いの雨でぬかるむ地面を滑るように移動しながら、怪物の背に回り大地を叩きつけ怪物の足元を揺らす。

 足元が揺れたことで一瞬がくん、と怪物が体を揺らし態勢を崩し。

 

「もらったよ」

 

 “きあいだま”

 

 その一瞬の間に飛び上がっていたルージュが怪物の顔へと拳を叩きつける。

「グルアァァァァ!」

 

 “ふんか”

 

 怒りに怪物がその全身を発熱させるが、赤く輝くその体躯を見て直前で後退したため攻撃が空振りに終わる。

 再度を間を詰め、再び拳を叩きつける。

 じわじわとだが、怪物の体力を削っている手ごたえはある、だがまるで底無しのタフネスぶりだ。まだ倒れる気配はない。

 

 再度後退し、呼吸を整える。

 すでに都合五十近い攻防が繰り返されている。

 全く息切れする気配のない相手に比べると、戦闘開始時ほどの勢いが欠けていることを自覚する。

 相手が倒れるのが先か、それともこちらの息切れが先か、そういう勝負になりつつある。

 

 正直に言えば相当に不利だ。

 

 というか奇跡でも起きなければ無理だ。

 

 自身…………アクアならば一撃、相性次第で二撃までは耐えれよう。

 だがそれ以外、特にルージュでは一撃たりとも耐えられないだろう。

 そしてルージュが落ちれば、或いはシャルのサイコキネシスによるサポートがなければ、翻弄しきれずどこかで必ずもらってしまう。

 そうなれば後はダメージを負った重たい体に引かれて二撃、三撃ともらうだけだ。

 だから、このままでは無理だ、じゃあどうするのか、その答えはアクアには無いが。

 

「アクア、ルージュ、シャル!」

 

 後方でサクラから降りてきた自身のトレーナーの声に、その意図に即座に気づき、後退する。

 グラードンはそれを追撃しない、こちらへの怒りもあるのだろうが、最初にアースに受けたダメージがまだ治りきっていないのを理解しているからだ。野生のポケモンなら真っ先に自身を万全の状態に戻そうとする、何故なら追撃して敵を倒したとしても、弱みを見せれば別の敵に狙われることを理解しているからだ。

 そうして自身たちが削った分と合わせて、そこに僅かな猶予が生まれる。

 

 トレーナーからの指示は簡単だった。

 

 時間を稼げ、それだけだ。

 

 一瞬、どうするつもりか、と思ったが、けれど止めた。

 少なくとも自身より頭が回り、自身よりも状況を把握し、自身よりも()()()()()()()()

 ならば信じよう、と素直にそう思った。

 

「全く…………負けたら恨むぞ?」

「まあ大丈夫だろうさ、アイツなら」

「ボクは…………まあ、ご主人様の言う通りにするだけだよ」

 

 遠くへと飛んでいくサクラの姿を見送りながら、再び視線をグラードンへと戻し。

 

「グルゥ…………グアアアアア!!」

「もう傷を治しおったか」

「それでも体力までは戻るもんじゃないさ」

「そっちも元が底無しみたいだけど…………ね」

 

 全身の傷を治癒した(HPが満タンになった)グラードンが咆哮を上げて動き出す。

 

「さあ、お前ら…………作戦開始だ」

 

 トレーナーの号令を合図に、全員が動き出す。

 

 とは言えど、やること自体は先ほどと変わりない。

 注意をひたすらにこちらへと向け、三人で相手を翻弄する。

 

 ただ一つ、先ほどまでと違ったのは。

 

 相手は最早万全で、自分たちは疲弊していた、ということか。

 振りかぶった拳を避けようとして、一瞬足が重かった。

 降りぬいた拳が一瞬遅れた。

 そんな小さな疲労から来る積み重ねが、徐々に差を広げていく。

 段々と攻撃するにも、避けるにも余裕が無くなっていく。

 当然だろう、同じポケモンと言えど相手は伝説。

 存在としての格が違い過ぎる。

 その一撃一撃に重い圧がのしかかり。

 少しずつ、体力と精神を削っていく。

 

 それでもまだ、保っていられるのは。

 

「後ろに回れアクア! シャル、手を止めて! ルージュは上から!」

 

 トレーナーが指示を出してくれるから。

 先ほどより考えなくて済むから、一瞬の遅れを取り返せる。

 だがそれだっていつまでも続くものではない。

 すでに戦闘を始めて相当な時間が経つ。これほど長時間戦うことは、アクアにとっても初めての経験である。

 体の重さを気力でねじ伏せながら拳を振るう。

 けれど自身が弱っていることを自覚せざるを得ない。

 先ほどまで感じていた拳の手ごたえのようなものが弱くなっている。

 スタミナ切れが近いことはとっくに分かっていた。

 これが野生のポケモン同士ならばすでに逃げ出している、けれどそれはできない。

 

 ここから逃げて、これを野放しにして、一体どこに行ける?

 

 野放しにしたとして、グラードン以外生き残る術の無い死の大陸が生まれるだけ。

 結局、ここで命を賭して戦い、勝つ以外にアクアたちに生き残る術などないのだ。

 故に振るう、その拳を。

 

 振るい、突き立て、殴り、抉り殺す。

 

「ギイイイオオオオオオオオオ!!!」

 

 咆哮し、振りかぶり、突き立て。

 

「…………がっ…………ぐ…………」

 

 ()()()()

 

 降りぬいた拳が。

 

 グラードンの頬に突き立てられ。

 

 止まっていた。

 

 振りきれなかった、それほどまでに、力が抜けていた。

 

 だから、それを見逃すはずもない。

 

 野生の頂点たる存在が、目の前の怪物がその隙を逃すはずも無く。

「グルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 咆哮と共に振り払われ、アクアが地面を転がり。

 

 “ だ ん が い の つ る ぎ ”

 

 グラードンが拳を大地へと叩きつけると同時に、地面から突き出た大地の剣がアクアへと迫る。

「う、ぐ…………」

 なんとか避けようとするが、けれど体が動かず。

「アクア!」

 ルージュが直後にグラードンへと攻撃するが、けれど最早それは放たれた後だ。

 

 不味い、当たる。

 

 当たった後はもう、敗北に向けて一直線だ。

 それは不味い、と思うがけれど体が上手く動かない。

 都合十数分、この怪物相手に戦い続けていたのが異常なのだ。

 並みのポケモンならばただそこにいるだけで圧に負けて膝を折るほどのプレッシャーを跳ね除け、振れれば消し飛びそうな暴威の嵐をかき分けて、ここまで持ったほうが異常なのだ。

 

 だから、それは当たる。

 

 どうやっても避けようもなく、アクアを襲う。

 

 ただの一撃で耐久力をごっそり持っていかれる。

 ただでさえスタミナ不足でバテかけていたのだ、まともに防げるはずも無い。

 絶大な物理防御能力を持っていたはずのアクアを、ただの一撃で瀕死に追い込むほどの一撃。

 こちらは何度攻撃を重ねようとただの自然回復量だけで防ぐというのに。

 

 何たる理不尽か、何たる不条理か。

 

 だがそれこそが伝説であると悟る。

 

「く…………ぐう…………不味い、ぞ」

 

 だが今はそれを嘆いている暇も無い。

 間違いなく、この場で一番のアタッカーは自身だった。

 タイプ相性が、天候が、状況が全てがグラードン相手に突き刺さっていた。

 その自身が居なくなった時、最早グラードンへと傷を負わせることができる味方がいなくなる。

 

 そうなれば…………。

 

「うご、けい!」

 拳を固め、立ち上がろうとする。

 けれど体が震え、上手く動かない。

 そしてそんな隙だらけの獲物を、怪物は見逃さない。

 追撃とばかりに再び拳を振り上げる。

 

 振り下ろされれば…………いよいよ詰みだ。

 

 どうする、どうする、そんな焦りがアクアの内で渦巻き。

 けれどどうすることもできない、そんな現実に歯噛みし。

 

 

 “さばきのてっつい”

 

 

 唐突に、ふっと、空が暗くなった。

 

 自身が、グラードンが、ルージュが、シャルが、トレーナーが。

 その異常に気付き、思わず見上げると同時に。

 

「潰れろ、トカゲモドキ」

 

 機械質な少女の声が聞こえたと同時に。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




たーまやー


酷く当然と言えば当然な処理だが、現実的に言って生物が永続的に動くことは不可能です。
ポケモンだろうが人間だろうがそれは同じで、スタミナというものがちゃんとあり、ポケモンは人間よりも遥かに多くのスタミナを蓄え、人間よりも少ないスタミナで動けるけど、それでも戦い続けていれば当然ながらスタミナ切れで動けなくなります。
グラカイの場合、グラードンなら大地の上、カイオーガなら水の上にいる限り永続的なスタミナ供給を可能とするので、無限に動き続けられます。もう生物とかいう枠組みから外れてしまっているこれこそが伝説種、この小説内で言うなら超越種という存在になる。

分かりやすい今回の話。
①当たったら死ぬなら当たらなければ問題ない!
②疲れた
③そーらにーうーかぶーくーろがねのーふーねー



え、⑧くらいでグラードン戦終わりだって言ったって?
知らんな(すっとぼけ


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死の大陸⑨

すっごい今更だが、一章読み直すと確かに傍点振り過ぎなことに気づいたので、いくらか修正。
ただし面倒になったらやめる(


「大丈夫かなあ、ハルくん」

 窓の外に見える光景は今日も変わりはない。

 ミシロタウンは、今日も平和で今この時、ホウエンが危機に陥っているなんて、この光景を見ているととても現実だとは思えなかった。

 少女、ハルカは自室の窓から遠くを眺めていた。

 あの向こう側で幼馴染の少年が戦っている。勿論それが見えるわけではない。

 『おくりびやま』へと向かう二人を見送った後は、ミツルと二人でミシロに戻ってきていた。

 これから何が起こるのか、大雑把には聞いてはいたし、さすがにそれを聞いて旅を続けるというのも無理だろうと思ったからだ。

 それに、ここにはハルカの、ミツルの、そしてハルトの家族がいる。

 ハルトの母親は、現在すでにもうコトキタウンの病院を退院してミシロの家に戻っている。

 身重の体である彼女を気遣って、夫であるセンリもなるべくミシロにいるようにしているが、それでもやはりジムリーダーとしての責務もあり、家を空けがちになってしまう。

 だからだろう、ハルトもセンリもいない家で独りになる彼女を心配して、ハルカやミツルに後を頼んだのは。

 

「っと、そうだ、そろそろハルトくんのお家に行かないと」

 

 ハルトの母は、自身も昔からお世話になっている人だ。ハルトに頼まれずとも気をかけるのは当然だし、それで少しでもハルトの助けになるなら余計に、だ。

 ホウエン全土を巻き込むかもしれない戦いに赴く少年に、ハルカでは残念ながら力不足だ。

 それが分かるからこそ、少年は自身を連れて行かなかったし、自身もまた少年に連れて行って欲しいとは言わなかった。

 それでも大事な幼馴染のために力になってあげたい気持ちはあるし、何かできることはないかと思う。

 だから、少しでも力になれるのならばいくらでも骨を折ろう。

 

 それは、自身の初めての友達の頼みなのだから。

 

 口元に笑みを浮かべ、よし、と言葉に出す。

 ぐっと両拳を握って活力を漲らせると、机の上のポーチを取り、腰に装着する。

 そのまま部屋を出ようとドアノブを回して。

 

「あ、窓」

 

 閉め忘れた、と振り返り窓へと近づいて。

 

 ゴォォォ、と風鳴りが聞こえると同時に窓辺へとソレが飛来した。

 

 

 * * *

 

 

 空から戦艦が落ちてくる、という光景に一瞬思考が止まる。

 

 アクアが、ルージュが、シャルが、咄嗟に退避していく中で、戦艦がグラードンへと激突し、その周囲を爆散させる。

「なななななな、なんだ?!」

 来る途中に一度見たのは覚えている、というかその後はずっとグラードンを注視していたので気にしていなかったというべきか。そうして気づいた時にはもう姿形も無く消え去っていたので、疑問には思いつつ目の前に集中していたのだが。

 

「やあ、苦戦していたみたいだね」

 

 まるで幻か何かだったとでも言うかのように、大地へと突き刺さった戦艦がその姿を消していく。

 まるで紐がほどけるかのように、先端部から光の帯となっては虚空へと消えていく。

 そうして、その巨大な船体が半ばまで消えた時、ふと声が聞こえた。

 振り返ったその先に、ふわり、と念動(サイコキネシス)によってゆっくりと宙を降りてくる男の姿があった。

 

「ダイゴさん」

「咄嗟に手出ししたけど、大丈夫かい?」

 

 久々に見た彼の相棒のメタグロスと共に地に降り立ってすぐの問いに頷き返しながら、視線を消えていく戦艦へと向ける。

 

「あれ、ダイゴさんが?」

「まあね」

 

 あっさりと頷くダイゴに、相変わらずのチート人間だとため息を吐きたくなる。

 

「と言っても、時間稼ぎにしかならないよ」

 そんな風にダイゴと言葉を交わしている間に、アクア、ルージュ、シャルが戻ってくる。

「大丈夫じゃったか主よ?」

「いきなり何よアレ」

「あわわわわ、ご、ご主人様」

 分かってはいたことだが、全員疲労の色が激しい。あんな怪物を相手に長時間戦闘させられているのだから、仕方ないのかもしれないが。

 だからと言って他の面子ではあっさり返り討ちにされてしまう。

 

 脅威と見られ無くなれば、眼前の相手だろうと無視されてしまう。

 

 そうなれば最悪だ、サクラが居ない今の自身では“じしん”や先ほどの地面が競りあがるような攻撃をされればあっさり巻き込まれる。

 全体攻撃というのは近づくほどに隙が大きくなる、それをグラードンも嫌って先ほどから手足を振り回し暴れまわっているが、避けることを重視したアクアやルージュにはまだ被弾は無い。

 というか、被弾=敗北に近いので、今生きてること自体が無傷の証明なのだが。

 

「消耗がきついな」

 

 苦々しい表情で呟いていると、やがて視界内の戦艦が完全に消えて。

 

「グルウウウウアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ぴんぴんした様子のグラードンが吠え猛る。

 

「うーん、分かってはいたけど、本当にああも効いた様子がないのがさすがに堪えるね」

 

 困ったような表情で、ダイゴが苦笑いする。

 僅かにだが手が震えているところを見ると、ああは言っていたが多少なりとも先ほどの一撃に自信があったらしい。

 いや、確かに凄まじい一撃だったと思う。あれだけの質量の物体が空から降り注いでくるなど、大抵のポケモン…………それこそ、シキのレジギガスだって直撃すれば『ひんし』を(まぬが)れないだろうと思わされるほどの一撃だった。

 だがそれを耐えた、耐えるどころかほとんど効いた様子すらない。

 

 それだけ隔絶した差があるのだ、同じ伝説のはずのレジギガスとさえ。

 

 ましてグラードン…………正確にはゲンシグラードンは『ぼうぎょ』ステータスが異様に高い。

 実機での種族値は『ぼうぎょ』160。種族値だけ見れば上から数えたほうが早いほどの脅威の防御性能を持つ。

 反面『とくぼう』が90と低めなのが唯一の狙い目なのだが、そもそも天候の関係で『みず』技が通らない場合、狙える弱点は『じめん』タイプのみだが、『じめん』タイプの特殊技というのは非常に少なく、まともに威力があるのは“だいちのちから”くらいである。それすら威力90とそれなりに高い、程度でしかない。そもそも『じめん』タイプには“じしん”という凄まじく使い勝手の良い技があるため大半のポケモンはこちらで済ませてしまうため覚えるポケモンはともかく、覚えているポケモンは少数と言える。

 さらに言えば、そもそも今この場にそれを覚えているポケモンはいないし、いたとしてもあの化け物染みたタフネスにどれほど通用するのか、という問題もある。

 

 やはり明確にダメージを与えるならば『みず』タイプの技、それも特殊技でなければならない。

 

 さらに言えば、できうる限りステータスの高い…………そうできることなら、ゲンシグラードンと同じレベルの存在。

 

 決め手があるとすればどう考えてもカイオーガしかありえない。

 

 ゲンシカイオーガの時との違いは純粋な『種族値』の違いだ。

 『ぼうぎょ』種族値の低いゲンシカイオーガは、比較的物理アタッカーが多く、特殊アタッカーでも弱点タイプを狙えた自身のパーティには相性が良かった。

 だがメインアタッカーが碌に通じず、タイプ相性も最悪に近いゲンシグラードン相手では、やはりどうやっても不利を否めない。

 

 だったら、倒せる手を使えば良い。

 

 幸いにして、そのための手を先に揃えることができたのだから。

 

 

 * * *

 

 グラードンが動き出す前に手短くダイゴに作戦を伝える。

 自身の伝えた無茶な話を、けれどダイゴは一度分かったと頷いてすぐに行動を始める。

 

「自分で言っててなんだけど、良いの?」

「生憎僕じゃ相性が悪すぎる、君に任せるよ」

 

 問いかける自身に、振り向きふっと笑って再びグラードンを見る。

 

「さて、場は彼が整えてくれた、なら僕たちも行こう」

 

 右手に一つボールを取り出し。

 

ボスゴドラ(ココ)メタグロス(コメット)

 

 その名を呼びながら、ポケモンをボールから解放する。

 ダイゴの左にメタグロスが、右にボスゴドラが立ち。

 

「行け」

 

 その襟につけたメガラペルピンに指先が触れると共にボスゴドラの体が光に包まれる。

「えっ」

 それをメガシンカの光だと知っているが故に驚く。

 

 ダイゴのメガシンカポケモンはメタグロスのはずだった。

 以前戦った時に感じたが、メタグロスは『メガシンカ時』を基本として育成されている。

 故に『メガシンカした時』だけ使えるスキルというのも多かったはずだ。

 逆にボスゴドラはメガシンカ抜きの前提で育成されている、だからメガシンカさせるなら逆のはずだというのに。

 

 その時ふと気づく、メタグロスの色が変わっていることに。

 一部一部はほんの些細な違いだが、だがあのカラーリング…………。

「…………もしかして」

 可能性に気づく。よくよく考えれば、自身にだってできたのだ、目の前の男にできないはずも無い。

「つくづく思うけど…………」

 味方になると本当に頼もしい、心底思う。

 

 吼えるグラードンへとダイゴが歩み行く。

 それに追随するように二体のポケモンが続き。

「ココ、コメット」

 ダイゴの呟きと同時に、二体のポケモンが飛び出す。

 

 “てっぺき”

 

 メガボスゴドラがその身をより固くする。

 

 “アームハンマー”

 

 そしてその影から飛び出した()()メタグロスが手にした鉄槌を振り下ろす。

 強烈な一撃にグラードンが僅かに怯む。

 とは言えダメージはほぼ無い。当然のように固い。少なくとも、アクアのようなぶっ飛んだ攻撃能力で四倍弱点でも付かない限り。

 

 “ふんか”

 

 お返しとばかりに放たれる超火力の炎を、けれどメガボスゴドラが盾となって受ける。

 あの火力を受けるのは不味い、と一瞬思ったが、けれどやや痛そうにしながらもメガボスゴドラが反撃と攻撃を再開する。

 

 “ふどうのせいしん”

 

「んな?!」

 

 耐えた?

 一瞬自身が見たものが信じられず、呆然とする。

 ゲンシグラードンの一撃はほぼ必殺の一撃と言っても過言ではない。

 少なくとも、自身のパーティにそれを受けれるポケモンは皆無だろう。

 6ランク積んでも無理な一撃を、けれど受けてそれでも平然と立っている。

 

「無茶苦茶だ」

 

 だが実際頼もしい限りである。

 そしてメガボスゴドラが盾を引き受けてくれるならば…………。

 

「アクア、ルージュ、シャル」

 

 ゆっくりと呼吸をし、息を整えた三人の名を呼ぶ。

「応」

「分かってるわ」

「…………はい!」

 何を言いたいのか、理解した三人がこちらの言葉を前に返事をし、飛び出す。

 先ほどとは違い、メガボスゴドラとメガメタグロスという二つの新たな脅威が目の前に存在するためアクアとルージュに完全に集中しきれないグラードンを、二人が攪乱していく。

 メガボスゴドラには驚かされたが、どう足掻いたところで、自身のポケモンたちがグラードンの一撃を受けて無事に済むはずがないのだ。だったら、全て回避するしかない。そのために全神経を集中させているがけれどここまでの疲労を考えればそう長く持つとも思えない。

 

「…………まだか、サクラ」

 

 ミシロへと飛ばした少女のことを思いながら後方の空を見上げ。

 

「……………………来た、来た!」

 

 曇天の空に浮かぶ紅と蒼を見つけ、思わず声を荒げた。

 

 

 * * *

 

 

 先ほども言ったが、現状こちらのポケモンではグラードンを倒すことがほぼ不可能だ。

 アースの一撃が相当に効いていたので、もう一度攻撃できればチャンスもあるかもしれないが、『オメガシンカ』はかなりポケモン自身に負担をかける。正直『げんきのかけら』で復活させても、戦えるかどうは微妙なところだろう。

 

 だからグラードンを倒せるのはほぼカイオーガのみだと考えてよい。

 

 シキがここに来れるのならば、まだレジギガスという手もあったのだが、残念ながらシキは最後の保険として残してある。

 万一自身たちがやられるようならば…………その時は唯一伝説を従える彼女だけがグラードンに対抗できる…………可能性がある。

 

 カイオーガと比べて、グラードンは生命への殺傷能力が極めて高い。

 

 全員で出てきて一網打尽にされるリスクは極力減らすべきだった。

 

 故に、取りうる手段はもう一つしかない。

 

 カイオーガを使ってグラードンを倒す。

 

 これだけのシンプルな話だが、これが極めて難しい。

 

 まず第一に、グラードンとカイオーガは同格だ。

 同格だが、この場においては明確にカイオーガが不利である。

 理由は簡単で、()()()()()()()()()()だ。

 

 たいりくポケモングラードンは大地の上でこそ真価を発揮し。

 

 かいていポケモンカイオーガは大海の中でこそ真価を発揮する。

 

 つまり、陸の上で戦う限り、カイオーガではグラードンには勝てない。

 

 じゃあどうするか。

 

 考えた末、決めた作戦がそれだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そのための手段をこうして時間を稼ぎ、用意したのだ。

 

「よし、間に合った! 行けるな? サクラ、アオバ」

「だいじょーぶ!」

「ここに来る間に凡そのことは把握している、すぐにでも動ける」

 

 人化したアオバとサクラが共に降り立ってくる。

 同時に、グラードンへと視線を向ければ、五対一にも関わらず五を押す怪物の姿。

 それでも均衡を保っているのは、先ほどと違い、ダイゴが指示を出しているからだろう。

 

 いつの間にかボールから出したエアームドの背に乗りながらメガボスゴドラへ、メガメタグロスへ、そしてアクア、ルージュ、シャルに指示を出し、グラードンの圧倒的な火力を上手く逸らしながら戦っている。

 それでも相手に与えたダメージはすぐに回復され、こちらは一方的にダメージを貯める以上展開はジリ貧だ。

 

「にーちゃ!」

「ハルト」

 

 二人の声に一つ頷き。

 

「やろう…………あのトカゲを、海で溺れさせてやる」

 

 作戦決行を合図した。

 

 

 




え、なんでこんな遅くなったのかって?
なんか、所属してる身内だけ(4人)の騎空団で古戦場やってたら、一人初日に1500万稼ぎきったやつがいたお陰で本選出てた。
あとリブレスとかいう糞ゲーが始まったお陰でレイドイベントずっと周回してたり、オトフロやってたり、PSO2やってたり、仕事が忙しかったりでなかなか時間が()





ちょっとだけ本作品での余計な設定的なものをば。

“じしん”系の技は全体攻撃、でも本当に360度攻撃してたらトレーナーまで巻き込まれるはず。
というわけで、基本的に全体攻撃というのは前面に向かってある程度の射程を持った攻撃、という扱いにしてます。
じゃないとなみのりで相手のトレーナーまで飲み込むとかなったらやばいし。

だからある程度の距離を開けてれば“じしん”は届かないし、そもそも角度的に死角になってる部分がある、みたいな解釈。

あと地面を揺らすという攻撃の性質上、(演出的な)溜めが必要になります。
グラードンの場合、拳で大地を叩いて揺らしているので、その間が隙になる。
あとそもそも浮いてたり、グラードンの体によじ登れば当たらない。
というのをグラードンも学習して、全体攻撃控えめになってる。
そもそもまともに全体攻撃食らうと一発で全滅なので、全避けが基本になるんだが、そうすると戦闘描写にいまいち盛り上がりが足りないというジレンマ。


因みにデータ的にグラードンは1ターン(この小説では約6秒)でHP4000以上は回復してる。
これを上回る攻撃叩きこみ続けない限りは、グラードン倒せません。
アクアが6積で全力ぶっぱしても1ターン2000~3000なので、普通に無理。ルージュはもっとダメージ下がるし。
あと『とくぼう』低くてもレベル250だから。雑に計算するとレベル100の実機換算なら種族値200オーバーのHP35000。
『ぼうぎょ』に至ってはその2倍近いので、正直レジギガスの全力でもワンパンは無理。

というわけでカイオーガ以外はほぼ無理ゲーだったりする。

(この糞みたいな怪物を一撃で3割以上削ったバケモノが主人公のPTにいるらしい)


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死の大陸⑩

 

 作戦はシンプルに、グラードンを海へと運ぶこと。

 

 だがその過程は非常に問題だ。

 まずどうやってそこまで運ぶ?

 『デコボコさんどう』並びに『えんとつやま』はホウエンの西側を上下で分けるとちょうど上半分の中央部に位置する。

 実機だと縮図なので分かりにくいが、実のところ山から海まで、丸一日以上歩かなければならないほどの距離があるのだ。

 

 南にはフエンタウン、キンセツシティ、東なら砂漠が、北にはハジツゲタウン、西には『りゅうせいのたき』。

 

 どういうルートで連れて行っても被害が大きくなりすぎる。

 悠長にグラードンの歩幅に合わせていられないし、その道中でグラードンが暴れることを考えれば論外だろう。地震など起こされれば町一つ崩壊する。

 『えんとつやま』が健在なら転がり落とすという手も考えたが、すでにグラードンによって崩れ落ちている。

 

 だからどうにかしてこちら側から運べないか、考えた。

 

 最初に思いついたのは“サイコキネシス”で移動させる、ということ。

 だがこれは相当に難易度が高いことはすぐに予想できた。

 実機だと一切関係無いが、念動の力で物体を動かす時に、当然のことだが重量の重い軽いで移動速度や距離が変わってくる。

 バトルなどで一瞬相手を浮かして叩きつける、くらいならともかく、徒歩一日分の距離を移動させようと思うならば相当な距離になる。

 

 そしてグラードンの重量というのは900kg以上。ポケモンの中でも上から数えたほうが早いほどに重い。

 

 念動で浮かばせて運んだとして、その道中にグラードンも当然抵抗するわけであり。

 その抵抗がどう考えても激しくなるだろうこと、そしてそれを運ぶ側のポケモンがまず耐えられないだろうことを考えると現実的とは言えない。

 

 もう一つ考えたのは、ここからカイオーガの生み出した水流で海まで押し流せないか、ということ。

 だがサクラを遣わせて確認したが、天候を維持するのに手いっぱいらしく、それをやろうとすると一度天候の主導権を離さなければならないらしい。だが天候の主導権を離せば“おわりのだいち”が再度発動し、そもそも『みず』技が使えなくなる時点で意味がなくなる。

 

 つまりカイオーガはグラードンを海まで連れていくまで動かせない。

 

 最後に思いついたのが。

 

「行けるな? サクラ」

「あい!」

 

 よし、行け。そんな自身の声と共にサクラが宙を蹴るように飛び出し、グラードンへと接近する。

 

「シャル!」

「は、はい!」

 

 シャルへと声をかけると同時にシャルが“サイコキネシス”でグラードンを一瞬浮かせ。

 

「たっち!」

 

 サクラがその体に触れる、と同時にグラードンとサクラの姿が瞬時に消える。

 

 “テレポート”

 

 ()()()()によってグラードンと共にサクラが()()()()()()()()

 

 そうしてそこで待ち構えていたアオバがサクラに代わり。

 

「交代だ」

 

 急加速によって自由落下するグラードンへと触れ。

 

 “テレポート”

 

 同じことの繰り返し。

 

 空間を跳躍するテレポートは、エスパータイプのポケモンの基本技能だ。

 技として覚えるかどうかは別としても、基本的能力として超能力(エスパー)の使えるポケモンならばだいたいが使える。

 ただ技として覚えるポケモンはより適正が高い、というだけだ。

 基本的に『エスパー』タイプのポケモンなら精度はともかくとして『以心伝心(テレパシー)』『空間跳躍(テレポート)』『念動力(サイコキネシス)』などが使える。

 ただ本来ラティアス、ラティオスはその中でも『同調(シンパシー)』を得意とする種族であり、単体だとテレポートの精度がそれほど良くはない。

 

 自身はサイキッカーではないので、あくまでサクラの言からのイメージだが、単独でテレポートをすると極々数メートルの短距離しか飛べない。それはどのくらい飛べばどのくらいの距離になるのか、真っ暗闇の中へ飛び出すような、そんな距離感の喪失を伴い、転移先のイメージが上手くつかめないかららしい。

 だがアオバがいれば、サクラと同じ『同調』を得意とするラティ種。しかもサクラの実兄であるアオバがいる場所は『同調』によって『目印(マーカー)』にすることができる、らしい。

 

 自分でも盲点だったが、よく考えれば“フリーフォール”の技のように、()()()()()()()()ポケモンというのは実機ではまず居ない。

 空中にいる相手に攻撃できる、技はあっても、空中で出せる技、というのは無い。

 さらにサクラやアオバがグラードンへと触れているのはテレポートの一瞬のみであり、空中を自在に飛べる二人と違い、グラードンは重力に引かれ落ちるだけで体の向きを変えることすらできないのだから、空中というのはこちらの想定以上に安全圏だ。

 

 唯一気を付けなければいけないのは。

 

 “かがやくひざし”

 

「サクラ、上だ!」

 

 降り注ぐ光の柱。サクラが虚空を蹴り、跳ねるように光から逃れると、光が地上を抉る。

 時折降り注ぐこの“ソーラービーム”だけが厄介だが、最早それ以外にグラードンに攻撃手段はない。

 つまり、これで。

 

「王手、だ」

 

 後はこのまま慎重に海まで転移を繰り返すだけだ。

「アクア、ルージュ、シャル、戻って!」

 強敵との対峙からの解放に、疲労しきって思わず座り込んだ三人の名を呼ぶと、よろよろとだが起き上がりこちらへと来る。

「よし、よし、よし! よくやった、よくやってくれた、後はアレを運ぶだけだ、戻って休んでろ」

 思わず声を荒げてしまうが、こちらとしてもいつ巻き込まれるかの中々スリリングな状況だっただけに、興奮してしまうのも無理は無いだろう。

 答える気力も無いとボールへと消えていく三人に、お疲れ、と呟いて。

 

「もうあんなところに行ったか」

 

 遠くの空に消えては現れる巨体を見送りながら、しとしとと雨が降る中、カイオーガの元へと向かう。

 

「最後の仕上げだ」

 

 緊張の糸が緩んでしまいそうになるのをなんとか留めながら歩く。

 ふらふらと揺れる体で歩いていると、上空から大量の鳥ポケモンたちが降りてくる。

 そうしてポケモンたちに乗っていたトレーナーたちがぞろぞろと降りてきて。

 

「…………マグマ団か」

 

 赤のカラーリングで統一されたその集団の名を呼ぶ。

 

「…………チャンピオン、我々は」

 

 先頭に立つ眼鏡の男、マツブサが何かを言おうとして。

 

「それは後で良い…………それよりもまずグラードンを止める、異論はないな?」

 

 自身の問いに、マツブサが数秒沈黙し、頷く。

 

「なら手を貸してくれ、ようやく王手をかけたんだ」

 

 このまま詰ませる、告げるその言葉に、マグマ団全員が深く頷いた。

 

 

 * * *

 

 

「あははは」

 笑う。笑いながら降り注ぐ光をするりと抜け、落ちる紅へを再び上空へと跳ばす。

 

「あっはは」

 笑う。笑いながら薙がれるその鋭い爪を避け、さらに上空へと紅の怪物を跳ばす。

 

「あはははははは」

 笑った。笑って、降ってきた怪物へと念動をかけ。

 

「そーれ!」

 

 とん、と下を向く背に触れた瞬間、弾かれるように怪物が吹き飛ばされていく。

 サイコキネシスの応用だ。長時間対象を拘束することは難しくとも、一定方向に一瞬だけ圧力をかけることはそう難しいことではない。

 重力に引かれ落ちてくる怪物に対して、まるでお手玉でもするかのように念動力でぽんぽんと弾きながら遊んでいた。

 時折光の柱が降り注ぐが、それすら光を屈折させる体毛で自らの位置をずらすことで、避ける素振りすら無く怪物のほうが勝手に技を外してくれる。

「あははー…………にーちゃにーちゃ! これたのしー!」

 屈託なく笑いながら少女は…………サクラは怪物を弾き飛ばしながらお手玉して遊ぶ。

 それを見ながらラティオス、アオバは震えを隠せなかった。

 

 ――――なんという、なんという才だろうか。

 

 この世界において、経験値を得るというのは、レベルを上げるというのは、意外と簡単なようで難しい。

 格下を相手に戦い続けたところで得られる物など僅かしかない、それこそが最大の理由だろう。

 同格、無いし格上の相手と戦うことでこそ、ポケモンはその強さに適応する。

 言うなれば戦うごと、戦う事に最適化(フィッティング)されていく。

 ではサクラにとっての、否。

 

 

 6Vラティアスにとっての格上とは一体何だろう?

 

 

 純粋な才能においてサクラより優れた存在など世界に数えるほどにしか存在しない。故に大半のポケモンは、彼女にとっては格下になる。それは彼女のトレーナーのエースであろうと、だ。

 何よりも彼女に足りないのは経験だが、その経験を得られる相手すら世界中探したって数えるほどにしか存在しない。

 

 だがそんな彼女のトレーナーは彼女に何よりも格上との戦いを与えた。

 

 伝説のポケモンカイオーガ。

 

 間違いなく世界最強クラスのポケモンにして、サクラにとって格上のポケモンとの戦い。

 

 その次が同じ伝説のポケモングラードンとの戦いだというのだから。

 

 サクラにとってそれは間違い無く、かつてないほどの大量の経験を得て、その才を急速に開花させている。それはサクラのトレーナーからしても予想外なほどの異常な成長。

 何せ、最早アオバは何もしていない。

 

 いくら空中でほとんど手出しができないとは言え、伝説のポケモンを相手にサクラが一人相手取り、文字通り手玉に取っているこの光景を見れば、誰だってそれが異常だと分かる。

 

 震え、歓喜する。

 自分たちの希望はどこまで強くなるのだろう、そんな思いが過る。

 サクラは間違いなく、ラティオス、ラティアスの種族が待望した王となる。

 その強さ、希少性から悪意ある人間から狙われやすい種族である、その頂点たる王が絶対的強者であることはどこまでも種族に安寧をもたらしてくれるだろう。

 

 やはり彼に妹を預けたのは正解だったか。

 

 ここまで急激に強くなっているのは、偏に伝説のポケモンという最上級の質の経験を得ているからだろうとアオバは予測する。

 普通にコツコツと積み重ねただけではここまで突き抜けることは無かった。

 比喩的表現だが、妹は一つ“殻”を破ったのだと思う。

 極々稀にそういうポケモンがいることをアオバは知っている。

 通常の種からすればあり得ないほどの強さを持つポケモン。

 それらは全体的に見ればトレーナーが育てたポケモンに多い。

 ただの才能だけではたどり着けない、トレーナーとの絆の極致とでも言うのか。

 

 だからこそ、妹を彼に預けた。

 

 それでなくとも、トレーナーというのはポケモンを強くすることに長けている。

 野生のポケモンが強くなるには、年月を重ね生存競争を勝ち抜き続けるしかない。正確に言えば、強くならねば生存競争に勝てない。

 だがトレーナーのポケモンは、生き抜くことでなく、勝ち抜くために強くなる。生きるという渇望が満たされ、余計な気を回さずに済む分、シンプルに強さに対して貪欲であれる。

 最終的にどちらが強くなるかは…………今目の前の光景が恐らく全てを証明しているのだろう。

 

 素晴らしい。それしか言えない。

 

「…………っと、いけない」

 

 最早アオバの手は必要ないだろう、と考える。

 ならば、次の工程に移らねばなるまい。

 妹のお陰で、一つ二つ工程を省略できた。

 本来ならばグラードンを海に落とした後、そこで足止めする必要があったのだが、この分ならそれも必要無いだろう。

 

「先に行く」

 

 短く妹に言葉を残す。

 怪物を相手に命懸けの遊戯を楽しむ妹が気楽に返事をすると同時に、擬人化を解除し、本来の姿となって空を駆けた。

 

 

 * * *

 

 

「で? どこに行くのー?」

「海だ、グラードンを今そっちまで連れて行っているから、後は頼むぞ」

 

 いつも空を飛ぶ時はエアやサクラに乗っていたので、通常のポケモンに乗るのは昔、一家で旅行に行くのにチルタリスに乗った時くらいだろうか。

 その時はまだ安全運転のゆったりとした空の旅だったが、今は兎にも角にも迅速な行動こそが肝心だったため、乗っている人間への配慮は最低限にとにかく速度を出している。

 そのせいか、風の抵抗がきつく、しがみついているので精一杯だった。

 

 とは言え、そんな状況にも関わらず呑気そうに問いかけてくるカイオーガはさすがと言ったところか。

 体の丈夫さからして人間である自分たちとは違うのだから、当然なのかもしれないが。

 

 マグマ団は基本的にドンメルやバクーダ、あとはポチエナやグラエナ、ズバットにゴルバットなどを使っているイメージしかなかったのだが、完全に実機のイメージであって、実際には色々なポケモンを所持したトレーナーがいるらしい。

 そもそも『ほのお』や『あく』縛りすら無く、別に『みず』ポケモンを持っていることも自由だそうで、今乗っているのもペリッパーであり、降り注ぐ雨の中をを気持ちよさそう飛び続ける他のペリッパーの姿もある。どうやらタイプに『みず』が入っているだけあって、この雨の中でも特に問題ないらしい。オオスバメやウォーグルなど他のポケモンたちは雨が邪魔でやや飛びづらそうだった。

 実際のところ、自由ではあると言ってもリーダーであるマツブサを真似てバクーダやグラエナ、ゴルバット(クロバットにまで進化させられないのはトレーナーの技量不足だろうが)などを使う団員が多いというだけの話らしい。

 まあ目的のために手段を選ぶような連中でも無いし、そんな規制があるというのも変な話だが。

 

「…………大丈夫、かな」

 

 思わず漏れ出る言葉に、カイオーガが苦笑する。

 そんなカイオーガに僅かに苛立ちながらも、言っても仕方ないと数度呼吸を繰り返し、心を静める。

 本来ならばオオスバメに乗って飛べばもっと早く移動できたはずなのだが、それができないのはカイオーガのためだ。

 まずカイオーガを乗せることができるポケモンというのは非常に少ない、これが誤算だった。

 何せ伝説のポケモンである。ただそこにいるだけで並のポケモンが委縮するほどの威圧が放たれている。人間には余り分かるものではないらしいが、同じポケモンには非常に敏感に感じ取れる。

 だったらボールに戻せば、と思うかもしれないが、そもそもボールに戻したら天候が再び“おわりのだいち”によって上書きされる。

 故に、カイオーガをボールに戻さずに運べるポケモン、となると、同じ『みず』タイプで相性の良いらしいペリッパーくらいしかいなかったのだ。

 それですら萎縮してしまって、ただでさえゆったりとした速度のペリッパーがさらに遅くなってしまっている。

 

 マグマ団によって移動手段を得たことは予想外の幸運だったが、それでもやはりサクラたちと比べると圧倒的に遅い。

 その時間差が致命的なものになる前に、早くたどり着きたいと思い、気ばかりが焦ってしまう。

 天候の問題があるので、砂漠でなくその北にある『113道路』の方面を抜けて海へと出る進路を取っている。

 『えんとつやま』も無く、視界は通っているが、雨が邪魔でいまいち目的地までの距離が掴めない。

 だからこそ、まだか、まだか、と余計に焦っているのもあるかもしれないが。

 

「ん…………?」

 

 と、その時、ふとカイオーガが顔を上げる。

 

「どうした?」

 

 じっと、雨が降る景色の先を見続け、やがて、ぽつり、と呟く。

 

「来るよ?」

 

 何が、その言葉を問うより早く。

 

 風を、雨を切り裂き、それがやってきた。

 

 

 * * *

 

 

 海が見えてきた。

 

 だがそれは同時に、カイオーガから距離を離し過ぎているとということでもある。

 ハルトがカイオーガを連れてこちらへとやってきてはいるが、それはサクラにとって知らぬ事実であり、例え知っていたとしても、()()()()()()()()ほど距離が開いてしまっているのも事実だ。

 

「うー?」

 

 空が晴れてきた。

 それはカイオーガと距離が開きすぎて、影響力が薄れていることの証であり、同時に。

 

「グルルウウウアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()でもある。

 空が晴れる、雨雲が消え去り、快晴の空が顔を覗かせる。

 日差しが照り付け、太陽が輝きを増す。

 

――――日差しがとても強くなった

 

「あう…………あちゅい」

 

 舌ったらずな発音で、少女が僅かに目を細め。

 

 “かがやくひざし”

 

 光の柱が降り注ぐ。

 

 ()()()()()()

 

「にゅあ!?」

 

 さしものサクラも、これには驚き、咄嗟に回避する。

 だがそれは怪物への対処が疎かになるということだ。

 グラードンが地上へと降り注ぐ、同時にサクラが飛び出す。

 

 アレを地上へと落としてはならない。

 

 強者の感がそれを告げていた。

 あの怪物を地上へ落とせば容易く立場は逆転する、と。

 

 念動を使った飛行で猛スピードを出す。元よりラティ種というのは機動力に優れた種族だ。

 一瞬だけポケモンとしての姿に戻り、腕を折りたためばさらに速度は増す。

 そうしてグラードンが地上へ降る数秒の間に見事にその下へと割込み。

 

 “ふんか”

 

 それを予測したかのように放たれた灼熱の炎がラティアスの体を覆い。

 

 “ミラータイプ”

 

 痛みを堪えながらサクラが炎を突っ切り、グラードンへと突撃するように全身でぶつかり、触れた瞬間。

 

“テレポート”

 

「たっち」

 

 呟きと共に、グラードンが消える。

 その姿が上空に現れると同時に、もう一度触れようとして。

「…………うゆ…………いたいよ、にーちゃ」

 全身を焼かれる痛みに怯む。

 けれど、一瞬ぎゅっと目を瞑り。

 

「やるもん…………ちゃんと、にーちゃのいうとーりに、やるもん」

 

 再び浮き上がる。

 グラードンが落下しながら再びソーラービームを数本放ってくるがそれを回避し。

 

「とんでっちゃえ!」

 

 全力のサイコキネシスで横殴りに吹き飛ばす。

 海を間近にしていたお陰か、そのままの勢いでグラードンが着水し。

 

 ()()()()()()

 

「あっ」

 思わず声が漏れた。浅かった、漬かっていたのは足元だけだ、もっと深みに落とさなければならないのに。

 着いてしまった。足場が、足が、()()()()()()()()()()()

 

「グルウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ようやく大地に足をつけたグラードンが、怒りにままに咆哮する。

 

 そうして。

 

 “ちかくへんどう”

 

 大地が柱状に競りあがり、土で出来た柱が伸びてくる。直後にそれに気づいたサクラが咄嗟に回避しようとして。

 ぴたり、と一瞬止まり、直後に再び伸びる、サクラのほうへと。

 急激な方向転換に一瞬翻弄されたサクラはそれを躱しきれず、直撃する。

「ぐ…………えぅ…………」

 さらに別の場所から伸びた柱がまるで弧を描くように、サクラの頭上から降り注ぎ。

 

 どん、と上から伸びてきた柱に圧され、サクラが大地に叩きつけられる。

 

「…………い…………ぁ…………」

 

 二度の攻撃に、痛み、サクラがその身を硬直させる。痛みに上手く体が動かない。そもそも以前なら一撃食らっただけで痛みに蹲っていたのだ、全身を焼かれる痛みに一度耐えてここまでやったこと自体、大きな成長と言える。本来なら、それだけで良かったのだ。今サクラが独りでなければ、相手が伝説と称されるポケモンでなければ。

 

「グルウウウアアアア!」

 怪物はここまで散々遊ばれた相手のその大きな隙を逃さない。

 

 “ストーンエッジ”

 

 どん、とグラードンが怒りと共に大地を叩きつけると同時に、岩の刃が次々と生え出で、サクラへと向かって伸びてくる。

 

「あう………………にーちゃ」

 

 痛みで動かない体を引きずり、震える声で、サクラがそう呟き。

 

「シャル!」

「はい!」

 

 “サイコキネシス”

 

 ふと、声が聞こえた。

 直後に、サクラの体が浮き上がる。

「シア!!! リップル!!!」

「はい!」

「任せて!」

 

 “がったいわざ”

 

 “ぜったいぼうぎょ”

 

 顔を上げれば、サクラにとって見覚えのある二人が目の前で岩の刃を止めていた。

「しーあ、りっぷ?」

「はい…………遅くなりました、サクラ」

「もうだいじょーぶだから、ごめんね、遅くなって」

 微笑みを浮かべる二人の表情に、すっと体の力が抜ける。

 と、同時に走ってくる人影。

 それが自身の大好きな人だと気づき、口を開く。

 

「にーちゃ」

「サクラ!」

 

 浮き上がるサクラへと手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。

「良くやった、頑張った、ありがとう、遅くなってごめんな」

 ぽかぽかと温かくて、それが何より心地よくて。

 急激に意識が遠のく。ここまでにダメージを受けた過ぎたのと、安心したため緊張の糸が切れていた。

 

「にーちゃ…………さくら、ちゃんと、できた?」

 

 最後に問うたその言葉に。

 

「ああ…………お疲れ様、サクラ」

 

 呟き、頭を撫でられるその手が優しくて。

 

 ――――よかった、ちゃんとできたよ。

 

 そんな風に思いながら、眠りについた。

 

 

 * * *

 

 

 怪物、グラードンは猛り狂っていた。

 当然だ、自分より圧倒的格下の雑魚にここまで翻弄され続けていたのだ。

 怒り、猛り、そうして叩きつけた一撃をまだどこからやってきた雑魚に防がれ。

 

「グルウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 怒り、怒り、怒り。

 

 だから、視野が狭くなる。

 

 視界に映る人間やポケモンたちを殺すことだけに意識が向き。

 

 今自分がどこにいるのか、それを忘れていた。

 

「アタシに背を向けるとか、良い度胸だよね、クソトカゲ」

 

 聞こえた声、それが誰のものか気づくより早く。

 

 “ほろびのまかい”

 

 突如足元が消えた。

 文字通り、確かにあった砂浜は突如して水流に抉られ消えた。

 砂浜に一瞬にして数メートルの穴が出来上がり。

 

 海水が満ちた。

 

「つーかーまーえーた」

 

 海水が今にも地上へと溢れ出さんほどに増していた。

 砂浜を飲み込まんと、次から次へと波が押し寄せた。

 

「天候はもう握られてるけどさ…………」

 

 呟きながら少女が空を見上げる。

 ぎらぎらと太陽が眩しいが、まだそれでも地上が燃え出すほどではない。

 

 そもそも。

 

 

海の中(アタシの領域)に足を踏み入れた時点で、アンタの詰みさ」

 

 

 “こんげんのはどう”

 

 生み出された捻じれた水流がグラードンに突き刺さる。

「グルウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 四倍弱点の攻撃が突き刺さり、さしものグラードンも悲鳴を上げる。

「もう遅いんだよ、そら、沈みなよ、深く、深く、もっと深くまでね」

 引き潮にグラードンの巨躯が流されていく。

 全長5m、体重約1トンの巨体も浮力のついた海の中では何の意味も無い。

 ごぼごぼ、と口から上がる悲鳴すら水の中へと消えていき。

 

「それじゃ、これで終わり」

 

 “いてのしんかい”

 

 放たれた絶対零度の凍て水がグラードンの全身を凍り付かせ、瀕死の体を拘束する。

 最早炎を放つ力すら奪い取られたグラードンがその場でぐったりと力無く項垂れ、ただぷかぷかと水面に凍り付いたまま浮いていた。

 

 と、同時に。

 

 ひゅん、と何かが飛んでくる。

 

 紫色と白の球形。

 

 それがグラードンへとぶつかり、ぱかり、と上下に開く。

 

 赤い光が中から飛び出し、グラードンを包むとその姿を吸い取るようにボールの中へと取り込み。

 

 かたり、一度揺れ。

 

 かたり、二度揺れ。

 

 かたり、三度揺れ。

 

 ぴたり、と止まった。

 

 

 




予定よりだいぶ長くなった。ていうか最初の予定と大分収まり方が違うのは、ほぼその場のノリだけで決めてるからなんだろうな、と反省。
もっとこう伝説の力の凄さを見せつけたいんだが、見せつけるとほぼ即死するから封殺するしかないのは本当にジレンマ。


というわけで、あと10話か11話か、どんだけ長くても15話以内にこの小説も完結ですね。

次の話はちょっと時間が跳ぶので、その前に全員分の育成済データを出しときます。
今回サクラが使ってたいくつかナニコレみたいなのもそこで載せる予定。


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現在の手持ちデータ

データ形式変更しました。
多分未来編まで含めてこれでやると思う。


【裏特性】→ポケモンが独力で使える技術。
【技能】→トレーナーの指示やその他何かががないと使えない技術。
【能力】→ポケモンが本来持つ能力、以前で言うところのアビリティ枠。

簡単に言うと、他人とポケモン交換とかしても使えるのが【裏特性】で、教えたトレーナー本人がいないと使えないのが【技能】と覚えておけばおk。


【名前】ハルト

【二つ名】ドールズマスター

【地位】ホウエンリーグチャンピオン

【バッジ】8個

【所持金】いっぱい

 

【指示】6

相手の裏を読むことができるが、読みあいが競り合うと負けることが多い。

 

【育成】6

絆を結べるポケモンに関しては高い育成能力を発揮できる。

 

【統率】10

一度バトルで勝った相手とは大なり小なり絆を結ぶことができ、信頼を深めていくことができる。

 

【技能】6 

一部の凡庸技術を取得し、実践できる。ただし異能的な才能は皆無。

 

【戦術】8 

高い能力を持ったポケモンで相手を圧倒するシンプルながら強力なスタイル。交代戦術も織り交ぜるなど、単純な力押しとは言えない部分もある。

 

 

【技能】

 

【つながるきずな】

味方のポケモンが場に出た時、全能力ランクを2段階上昇する。味方と交代して戦闘に出たポケモンが交代した味方の能力ランクを引き継ぐ。

 

【ドールズ】

ヒトガタポケモンの全ての能力値を1.2倍にし、攻撃が急所に当たりやすくなる(急所ランク+1)。ヒトガタポケモンが固有スキルを持てる。

 

【つなぐてとて】

味方のポケモンの技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

味方のポケモンの攻撃技を自分への『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

【スイッチバック】

ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。

 

【にんぎょうげき】

場に出たポケモンが、手持ちのポケモンの技を全て使うことができる。(システム的処理)。

 

【れんけい】

『にんぎょうげき』発動時、味方のポケモンが『てだすけ』状態になる。(システム的処理)

 

【がったいわざ】

『にんぎょうげき』発動時、技を二つ選択し、特技として繰り出せる(システム的処理)。

 

【キズナパワー】

味方のポケモン一体ごとに一種類だけ、任意のタイミングで『キズナパワー』を使用できる。ただし同じ物は使用できない。

 

【キズナパワー】

【こうげき】ターン中のみ自身の物理攻撃のダメージが2倍になる。

【ぼうぎょ】ターン中のみ自身への物理攻撃のダメージを半減する。

【とくこう】ターン中のみ自身の特殊攻撃のダメージを2倍にする。

【とくぼう】ターン中のみ自身への特殊攻撃のダメージを半減する。

【すばやさ】ターン中のみ自身の『すばやさ』を2倍にし、優先度を+4する。

【きゅうしょ】ターン中のみ自身の攻撃が必ず急所に当たる。

【めいちゅう】ターン中一度だけ自身の技が必中になる。

【かいひ】ターン中一度だけ相手の技を必ず回避する(必中技には無効)。

【かいふく】発動時、自身のHPを1/2回復する。

【かんつう】ターン中、攻撃技を相手の能力ランクや場の状態に関係なくダメージ計算する。

【うちけし】発動時、自身に影響のある不利な効果を全て解除する。

 

===========================================

 

【名前】エア

【種族】メガボーマンダ

【性格】いじっぱり

【特性】スカイスキン

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】オリジンクォーツ

 

【技】

【りゅうせいぐん】

【かりゅうのまい】※1

【ガリョウテンセイ】※2

【じしん】

 

 

【裏特性】

 

【らせんきどう】

『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・技・道具で半減されず、威力が1.2倍になる

 

【そらのおう】

『ひこう』わざを使用した時、50%の確率で威力が2倍になる。

 

【ブレイズバースト】

相手の裏特性や能力の変化に関係なく攻撃できる。

 

【りゅうのいあつ】

自分が場に出た時、相手の全能力を下降させる。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

【エース】

1%の確率で『エア』の攻撃の威力を2倍にし、必ず相手より先に行動する。このスキルの確率は変動しない。

 

【オメガシンカ】

メガシンカしている時、持ち物が『オリジンクォーツ』なら、1ターンの間、オメガシンカする。

 

 

特技:かりゅうのまい 『ほのお』タイプ

分類:ほのおのきば+りゅうのまい

効果:『こうげき』ランクと『すばやさ』ランクを1段階上昇させる、3ターンの間ほのおをまとった状態となり『こおり』タイプの攻撃を半減、『みず』タイプの攻撃が弱点となり、『こおり』状態にならない。さらに自身の『ノーマル』わざを『ほのお』タイプに変更する(スキン系の特性を持つ時、両方のタイプを持ち、相性の良い方でダメージ計算する)。

 

特技:ガリョウテンセイ 『ノーマル』タイプ

分類:すてみタックル+そらをとぶ

効果:威力160(140) 命中100 空中へ飛び上がり、ターンの終わりに攻撃する。空中にいる間はほとんどの技を受けない。相手に与えたダメージの1/4(3)を自分も受ける。

 

           

【名前】エア

【種族】オメガボーマンダ

【性格】いじっぱり

【特性】りゅうせいのおう

【レベル】180(図鑑表記)

【持ち物】オリジンクォーツ

【種族値】HP110/こうげき180/ぼうぎょ140/とくこう125/とくぼう120/すばやさ125/合計800

 

【技】

【シューティングスター】

 

 

【裏特性】

 

【メテオストライク】

自分の攻撃技が相手のタイプ・技・道具で半減、無効化されず、さらに威力が1.5倍になる。

 

【きずなぼし】

自分の攻撃で相手が『ひんし』にならなかった時、『りゅうせいぐん』を繰り出す。

 

 

特性:りゅうせいのおう

この特性のポケモンが場にいる限り、天候を“りゅうせいう”に変化させる。天候が“りゅうせいう”の時、『ドラゴン』タイプのわざの威力を1.2倍にし、『すばやさ』を二段階上昇させる。

 

天候:りゅうせいう

場にいる『ドラゴン』ポケモンの全能力を1.2倍にする。『ドラゴン』タイプの技の威力を1.5倍にする。『りゅうせいぐん』が必ず命中する。『ドラゴン』タイプのポケモンの能力が下がらなくなる。

 

特技:シューティングスター 『ドラゴン』タイプ

分類:デッドリーチェイサー+りゅうせいぐん+かりゅうのまい

効果:威力250 命中100 優先度+2

空中へ飛びあがり、ターンの終わりに攻撃する。空中にいる間はほとんどの技を受けない。自身の『とくこう』を『こうげき』に足し、相手の『ぼうぎょ』か『とくぼう』の低い方でダメージ計算する。このわざのタイプは『ひこう』『ドラゴン』『ほのお』の中から一番良い相性で判定する。相手の特性を無視して攻撃できる。

 

===========================================

 

【名前】シア

【種族】グレイシア

【性格】おだやか

【特性】ゆきがくれ

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】ひかりのねんど

 

【技】

【オーロラベール】

【まもる】

【いのりのことだま】

【アシストフリーズ】

 

 

【裏特性】

 

【なかまおもい】

『ひんし』になった味方の数だけ全能力ランクが上昇する。

 

【さいごのいって】

『ひんし』ダメージを負った時、自身が技を繰り出すまで『ひんし』にならない。

 

【こおりのかべ】

タイプ相性が『こうかはばつぐん』の技の受けるダメージが3/4になる。天候が『あられ』の時、1/2になる。

 

【ゆきのじょおう】

場に出ている間、天候を『あられ』に変更する。天候が『あられ』の間、相手の全能力を1ランク減少させる。また自身の攻撃で相手が『こおり』状態になる時、他の状態異常と重複して相手を『こおり』状態にする。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

特技:いのりのことだま 『ノーマル』タイプ

分類:ねがいごと+バトンタッチ

効果:優先度+4

技を使用したターンの終了時、味方と交代し、次のターンに交代した味方のHPと状態異常を全回復し、この技を使用したポケモンの能力ランクを引き継ぐ。

 

特技:アシストフリーズ 『こおり』タイプ

分類:れいとうビーム+アシストパワー+あられ

効果:威力60 命中100

自分のいずれかの能力ランクが1つ上がる度に威力が20上がる。30%の確率で相手を『こおり』状態にする。

 

===========================================

 

【名前】シャル

【種族】シャンデラ

【性格】おくびょう

【特性】すりぬけ

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】ひかりのこな

 

【技】

【シャドーフレア】

【エナジーボール】

【ちいさくなる】

【サイコキネシス】

 

 

【裏特性】

 

【かげぬい】

自分か相手が戦闘に出てきたターン、自身が相手より先に行動した時、そのターンのみ相手は行動も入れ替えもできない。

 

【かげはみ】

相手が『かげぬい』状態の時、相手の技、特性、裏特性などに関係なく攻撃できる。

 

【かげおに】

『かげぬい』状態の相手の全能力を1段階下げ、自身の全能力ランクを1段階上昇させる。また相手が『ゴースト』タイプだった時、相手の最大HPの1/2のダメージを与え、与えたダメージ分自身のHPを回復する。

が『ゴースト』タイプだった時、相手の最大HPの1/2のダメージを与え、与えたダメージ分自身のHPを回復する。

 

【かげのまのて】

『かげぬい』状態が解除された時、相手に最大HPの1/8の『ゴースト』タイプのダメージを与える。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

特技:シャドーフレア タイプ『ほのお』

分類:れんごく+シャドーボール

効果:威力100 命中100

100%の確率で相手を『やけど』にする。このわざのタイプは『ほのお』『ゴースト』のどちらか相性の良いほうになる。『かげぬい』状態の相手を攻撃した時、威力が2倍になる

 

===========================================

 

【名前】チーク

【種族】デデンネ

【性格】わんぱく

【特性】ほおぶくろ

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】オボンのみ

 

【技】

【ほっぺすりすり】

【なれあい】

【ボルトチェンジ】

【かみなり】

 

 

【裏特性】

 

【ぬすみぐい】

直接相手を攻撃する技を出した時、相手の持ち物がきのみだった場合、それを自身が消費する。きのみ以外の場合、その持ち物をその戦闘中使えなくする。また自分がきのみを使用した時、50%の確率で使用した道具を手に入れる。

 

【れんたいかん】

相手の特性が自分と同じ時、相手のポケモンの自分より高い能力値を自分と同じにする。相手はデデンネが覚えることのできる技以外を使えなくなる。

 

【こうきしん】

自分の使う変化技の優先度を+1する。変化技を使うとき、相手の『まもる』や『みきり』を解除して技を繰り出す。

 

【どくでんぱ】

相手が『マヒ』状態の時、相手を『こんらん』状態にする。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

【そうでんせん】

『でんき』タイプの技を使用する時、技の優先度を+1し、自分の『とくこう』を『イナズマ』と同じにする。この効果は戦闘中一度だけ使用できる。味方に『イナズマ』がいない時、この効果は使用できない。

 

 

特技:なれあい 『ノーマル』タイプ

分類:あまえる+なかまづくり

効果:優先度+1 相手の『こうげき』ランクを2段階下げ、相手の特性を自身と同じにする

 

===========================================

 

【名前】イナズマ

【種族】メガデンリュウ

【性格】ひかえめ

【特性】てんいむほう

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】たべのこし

 

【技】

【10まんボルト】

【じゅうでん】

【わたはじき】

【レールガン】

 

 

【裏特性】

 

【でんじかそく】

『でんき』タイプの技を使用したり、受けるたびに『じりょくカウンター』を1ためる。『じりょくカウンター』が1ごとに自分の『とくこう』と『すばやさ』のランクが1段階上昇する(最大6個)。

 

【むげんでんりょく】

自身がメガシンカをした時、『じりょくカウンター』を最大まで増やす。自分が場にいる間、毎ターン『じりょくカウンター』を2つ増やす。

 

【エゴイズム】

自分がメガシンカした時、自身の特性を“てんいむほう”にする。

 

【メガエヴォリューション】

メガデンリュウへと進化する。メガシンカを条件としたスキルを使用できるようになる。自身が受ける物理攻撃のダメージが半減する。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

【そうでんせん】

『でんき』タイプの技を使用する時、自分を『じゅうでん』状態にし、『でんき』タイプの技の威力を1.5倍にする。この効果は戦闘中一度だけ使用できる。味方に『チーク』がいない時、この効果は使用できない。

 

 

特性:てんいむほう

『でんき』タイプの技を使用する時、相手のタイプ相性の不利、特性、技、裏特性などに関係なく攻撃できる。

 

特技:わたはじき 『くさ』タイプ

分類:わたほうし+コットンガード

効果:自身の『ぼうぎょ』ランクを3(2)段階上昇させ、さらに8(5)ターンの間相手全体の『すばやさ』ランクを3(2)段階下げる

 

特技:レールガン 『でんき』タイプ

分類:かみなり+じばそうさ

効果:威力180(150) 命中100(85) 優先度+1 

『じりょくカウンター』が2つ以上無い時、このわざは失敗する。『じりょくカウンター』が3個以上の時、多い分だけこのわざの威力を30上昇させる(最大4つ分)。このわざを使用した時、場の『じりょくカウンター』を全て取り除き、100%の確率で『とくこう』を二段階下げる。自身の場に「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などがある時、威力50の追加攻撃を行い、「まきびし」「どくびし」「ステルスロック」などを取り除く。

 

===========================================

 

【名前】リップル

【種族】ヌメルゴン

【性格】おだやか

【特性】ぬめぬめ

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】たべのこし

 

【技】

【まもる】

【どくどくゆうかい】

【りゅうせいぐん】

【ねむる】

 

 

【裏特性】

 

【うるおい】

弱点タイプの攻撃技を受ける時、そのターンのみ自分のタイプを『みず』へと変える。タイプが変わった時、自身のHPを1/4回復する。

 

【スコール】

自分が戦闘に出ている間、天候を『ねったいこうう』にする。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

 

【いやしのあまおと】

天候が『あめ』の時、毎ターン開始時自身の最大HPの1/8回復する。また自分の能力が下がらなくなる。

 

【スリップガード】

相手から受ける物理技の威力を半減し、自身の『すばやさ』を1段階上昇させる。直接攻撃する技を受けた時、相手の『こうげき』『すばやさ』を1段階下げる。この効果で下げられた能力は、交代しても戻らない。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

特技:どくどくゆうかい 『どく』タイプ

分類:どくどく+とける

効果:優先度+2 『ぼうぎょ』を二段階上げ、『もうどくまとい』状態になる。自身か相手が直接攻撃を使うと相手を『もうどく』にする。このわざを使用以降、場にいる限り、『どく』『もうどく』状態にならなくなる。

 

天候:ねったいこうう

この天候は『あめ』として扱う。場のポケモンはターン終了時『こおり』状態が回復する。また『ほのお』タイプのわざが半減されない。

 

===========================================

 

【名前】アース 

【種族】ガブリアス

【性格】いじっぱり 

【特性】さめはだ

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】いのちのたま

 

【名前】アース 

【種族】(ゲンシ)ガブリアス

【性格】いじっぱり

【特性】さじんのおう

【レベル】140(図鑑表記)

【持ち物】いのちのたま

【種族値】HP120/こうげき150/ぼうぎょ125/とくこう80/とくぼう105/すばやさ120/合計700

 

【技】

【じしん】

【どくづき】

【ストーンエッジ】

【ファントムキラー】

 

 

【裏特性】

 

【とうしゅうかそく】

味方から能力ランクを引き継いで場に出た時、引き継いだ能力ランクを最大まで上昇させる。

 

【よろいくだき】

自身の『こうげき』ランクが最大の時、相手の『まもる』『みきり』などを解除して攻撃し、攻撃が急所に当たった時、相手の裏特性に関係無くダメージを与える。

 

【きっておとす】

自分の攻撃で相手のHPが1%以下になった時、相手を『ひんし』にする。

 

【しゅくち】

相手に直接攻撃する技の優先度を+2する。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

【キズナシンカ】

このスキルを持ったポケモンは、メガストーンを持っていない時でもメガシンカできる。

 

【アルファシンカ】

持ち物が『オリジンクォーツ』の時、3ターンの間ゲンシカイキする。

 

【オメガシンカ】

メガシンカしている時、持ち物が『オリジンクォーツ』なら、1ターンの間、オメガシンカする。

 

 

特技:ファントムキラー 『ドラゴン』タイプ

分類:きりさく+ドラゴンダイブ

効果:威力120 命中95 優先度+1 自分の『すばやさ』が相手より高いほどきゅうしょに当たりやすくなる。攻撃が外れると自分の最大HPの1/8のダメージを受ける。

 

            

【名前】アース  

【種族】オメガガブリアス 

【性格】いじっぱり

【特性】マッハロード

【レベル】120(図鑑表記) 

【持ち物】いのちのたま

【種族値】HP108/こうげき330/ぼうぎょ10/とくこう12/とくぼう10/すばやさ330/合計800

 

【技】

【じんめつじん】

 

 

【裏特性】

 

【ブリッツレイド】

相手を攻撃する時、自分の技の優先度に応じて技の威力を上昇させ、相手の防御ランクを下げる。(優先度×20=威力、優先度=ランク下降)

 

【ラストアタック】

自分の攻撃技の威力を2倍にするが、攻撃後『ひんし』になる。

 

【すべるきずなのおう】

『オメガシンカ』した時、自分の能力ランクの合計値に応じて自分の全能力を上昇させる(能力ランクの合計×0.1倍)。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

特性:マッハロード

相手より『すばやさ』が高い時、自身の『すばやさ』の能力ランクに応じて、技の威力と優先度を上げる。(ランク×20=威力、ランク=優先度上昇)

 

特技:じんめつじん 『じめん』タイプ

分類:ファントムキラー+じしん+ストーンエッジ

効果:威力120 命中100 相手の『ぼうぎょ』を半分にしてダメージ計算する。

 

===========================================

 

【名前】ルージュ

【種族】ゾロアーク

【性格】やんちゃ

【特性】イリュージョン

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】きあいのタスキ

 

【技】

【きあいだま】

【ナイトバースト】

【とおりすがり】

【わるだくみ】

 

【裏特性】

 

【ダイレクトアタック】

特殊技を繰り出す時、自分の『とくこう』に『こうげき』の半分を足してダメージ計算する。攻撃技が全て直接攻撃となり、命中が100未満の攻撃技の命中が100になる。

 

【おいすがる】

相手が交代する時、交代前の相手を攻撃し、技の威力を2倍にする。

 

【ペテンし】

特性『イリュージョン』が発動している時、自分が使用する技のタイプ相性の不利を無視する。

 

【きょぞう】

『おいうち』など交代前の相手を攻撃する技の効果を受けない。相手の技を30%の確率で回避する。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

特技:とおりすがり 『あく』タイプ

分類:とんぼがえり+ふいうち

効果:威力80 命中100 必ず先制する(優先度+1)、攻撃後、手持ちのポケモンと入れ替わる。ただし、出た最初のターンしか成功しない。

 

===========================================

 

【名前】サクラ

【種族】ラティアス

【性格】おくびょう

【特性】ミラータイプ マルチスケイル

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】こころのしずく

 

【技】

【シャドーボール】

【エナジーボール】

【サイコキネシス】

【じこさいせい】

【いやしのはどう】

【まもる】

 

 

【裏特性】

 

【ちょうだん】

たま・爆弾系の攻撃技を1-3回攻撃にする。対象を敵全体からランダムで一体に変更する。

 

【はじけるエナジー】

対象一体の攻撃技が相手に命中した時、技の威力を0.5倍にしてもう一度攻撃する。

 

【スフィア】

攻撃技を『たま・爆弾系』として扱う。『たま・爆弾系』の技の威力を1.5倍にする。

 

【ねんどうのよろい】

自身の『ぼうぎょ』を『とくぼう』と同じ数値にする。特性に『マルチスケイル』を追加する。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

【能力】

 

【サイコベール】

自分の残りHPが最大値の時、自分の状態異常を相手に移す。

 

【ナーサリィライム】

『フェアリー』タイプの技を受けるとダメージや効果はなくなり、最大HPの1/4回復する。

 

【プリズムダウン】

相手の自分に対する技の命中率が0.8倍になる。特性をミラータイプに変更する。

 

 

特性:ミラータイプ

相手から攻撃を受ける時、相手の技と同じタイプになる。

 

===========================================

 

【名前】アクア

【種族】ラグラージ

【性格】ゆうかん

【特性】げきりゅう

【レベル】120(図鑑表記)

【持ち物】とつげきチョッキ

 

【名前】アクア     

【種族】ゲンシラグラージ 

【性格】ゆうかん

【特性】ちからもち 

【レベル】140(図鑑表記)

【持ち物】とつげきチョッキ 

【種族値】HP120/こうげき110/ぼうぎょ140/とくこう65/とくぼう110/すばやさ75/合計620

 

【技】

【アームハンマー】

【ばかぢから】

【じしん】

【れいとうパンチ】

 

 

【裏特性】

 

【とうそうほんのう】

場に出た時、自身を『いかり』状態にする。

 

【あばれまわる】

ゲンシカイキ時、毎ターン『こうげき』と『すばやさ』を1ランク上昇させ、能力ランクが下がらくなる。ゲンシカイキが解除された時、能力ランクを元に戻す。

 

【まもりをかためる】

ゲンシカイキが解除された時、5ターンの間与えるダメージを1/2にし、受けるダメージを3/4にする。毎ターンHPを最大HPの1/8回復する。

 

【すいちゅうせん】

天候が『あめ』の時、『すばやさ』が2倍になり、『みず』タイプの技の優先度を+1する。

 

 

【技能】

 

【つなぐてとて】

技や特性、裏特性などの確率を手持ちの数×10%上昇する。

 

【むすぶきずな】

自分の攻撃技を『なつき』に応じて威力を強化し、急所に当てやすくなる。

 

 

【能力】

 

【ゲンシカイキ】

場に出て5ターンの間、ゲンシカイキする。5ターン目の終了時に元に戻る。

 

【ちからをためこむ】

ゲンシカイキが解除された時、5ターン後に再びゲンシカイキできる。場に出ていない時、ターンカウントされない。

 

【みずのこぶし】

相手を直接攻撃する技に『みず』タイプを追加し、相性の良いほうでダメージ計算する。

 




正直、自分で設定してて忘れてたのもけっこうあった。
そもそも出す機会がなかったのもあるし。
現状のパーティにあってない部分などちょいちょい修正しつつ、とりあえずラスボス直前のデータ。


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悪夢の空は黒く

プロット練った結果。ラスボス回の前にこれ一話だけ挟むことに決めた。
これと、ラスボス後の一話でだいたい話が通るようにするけど、多分これ一話だけなら意味不明だと思う。


 風が渦巻いていた。

 空は黒く染め上げられ。

 アオギリはただ茫然と、その光景を見ていた。

 サイユウシティの西端。ホウエン最後の()()()で。

 ただ、ただ…………その光景を見ていた。

 

 暗雲に包まれた天空に座す漆黒がゆっくりとこの地を目指すのを。

 

 そうして。

 

「――――――――!!!」

 

 漆黒が吼えた。

 

 咆哮は音となり、音は衝撃となり。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 こつ、こつ、と足音が廊下に響き、やがて部屋の前で止まる。

 ノブが捻られ、扉が開く。

「…………よう」

「…………ああ」

 そして部屋の中へと入ってきた男の姿を見て、男…………アオギリと、入ってきた男、マツブサが簡素な挨拶を交わす。

 ほんの二ヵ月前までなら考えられなかったことだが、けれど今この状況で、お互い言い争っている場合ではない、そのことだけは共通認識としてあった。

 

 

 ――――ホウエンが滅びてから一か月の月日が経った。

 

 

 何の冗談だ、と言われれば実際アオギリとてそれが冗談だったならどれだけ良かっただろうと吐き捨てたい。

 ホウエン地方は滅びた、文字通り、地方大陸どころか、島一つ残さず全て消し飛ばされ、海は荒れ狂い、海底には巨大なクレーターがいくつも点在している。

 ホウエン地方は地図の上から消え去った。

 ホウエン地方があった場所に残るのは、ただ生命の消えた何も無い大地と死の気配が漂うだけの冷たい海だ。

 こうしてホウエンから生きて逃れたのは、アオギリやマツブサを含むほんの一握りの人間だけで、ホウエン地方に住んでいたはずの残りの数百万人は全て()()()()()

 

 最早何もない。

 

 ホウエンには、何もない。

 

 マグマ団も、アクア団も、ポケモンリーグも、何もかも、消え去った。

 

 たった一週間で、ホウエンは滅ぼし尽くされた。

 

「…………どうだ、外は」

「…………同じだ、昨日も、今日も…………そして、明日も」

 

 舌打ちする、そんな気力も出てこない。

 マツブサも、最早憎まれ口を叩く余裕すら無くし、机に両肘をついて項垂れていた。

 

「…………彼は?」

「いつものところだ…………もうすぐ来るだろうよ」

 

 視線を壁にかかった時計へと移せば、もうすぐ午前十時になろうとしていた。

 作戦会議の時間だ、最も、そんなもの名前だけで、何一つ具体的な物など無いのだが。

 

 それでも、それすら止めてしまえば…………もう折れるしかない。

 いや、もうアオギリたちだけならばとっくに折れてしまっているかもしれない。

 抗うことを止めない彼がいるからこそ、アオギリたちもまだ辛うじて自らの足で立っていられる。

 

「…………イズミ…………ウシオ」

 

 失ったモノを数えても何も戻っては来ない。

 それでも、どうしてこんなことになってしまったのか、そう思わざるを得ない。

 拳を握りしめる、爪が食い込むほど。

 痛みが走る、けれどそれが自身の無力さへの罰のようにも思えた。

 

 大切だったものも、守りたかったものも、何も無くなってしまった。

 

 だったらどうして、自分は生きているのだろう。

 こんな自分が生きていて、何の意味があるのだろう。

 

 空虚だった。

 

 アクア団を率いていた頃の自分を思い出す。

 理想に燃え、野望を抱き、仲間を連れ、ホウエンで暗躍していた自分を。

 

 それと比べれば、今の自分は空っぽだった。

 

 胸の中を埋めているのは喪失感という名の虚無だけだ。

 何のために生きているのか、それすら分からない空っぽの生きた死骸。

 それが今のアオギリという男を指示していた。

 果たして、今の自分の体たらくを見たら彼女たちは、かつての団員たちはどう思うだろうか。

 嘆くだろうか、怒るだろうか、心配するだろうか。

 

 嘆かれても良かった、怒って欲しかった。

 

 もう心配することも、されることも無くなってしまうより、そのほうがずっと良かった。

 

「…………………………………………くそ」

 

 つまらないことを考えた、と言葉と共に思考を吐き捨てた。

 そんな自身へとマツブサが一瞬視線を向けたが、けれど何も言わずまた机を見つめる。

 無言の空間。そんな状況が一分、二分と続き。

 

 やがて十時になる、とそんな時。

 

 タッタッタッタ、と廊下を駆ける音。

 直後に扉が開かれ、少年が部屋へと入ってくる。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 告げる少年に、ああ、と生返事を返すが、少年は気にした様子も無く空いた席に座る。

 少年、マツブサ、そしてアオギリ。

 ()()()()()()()()()()()()()が揃ったところで、会議は始まる。

 

 最も。

 

「…………どうしろってんだよ」

「…………それは分かっている、分かってはいるが、どうにかするしかなかろう」

「どうにかって、なんだ、もっと具体的に言いやがれ!」

「それを今検討しているのだろう!」

 

 結局、何も進まない。

 ただ悪戯に時間を浪費していくだけ。

 

「くそ、くそ、クソ、クソ、糞!」

 

 何度となく吐き捨てた言葉に、けれどマツブサは何も言わない。

 アオギリも、マツブサも、ただ認めたくないだけなのだ。

 現状がどうしようも無く詰んでいることを。

 

「せめて…………()()()()()()さえなければ」

「デボンコーポレーションがまさかあのようなものを作っていたとはな…………結果だけ見れば、事態をより悪化させたとしか言えん」

「あの化け物の現在地は?」

「先々週にカントー、先週ジョウトを滅ぼし、今はカロスのほうへ向かっているらしい」

 

 これでホウエンを含め、三つの地方が滅ぼされた。

 あの怪物が通った場所は滅ぼし尽くされ、破壊し尽くされ、跡形も無く消し去られ、何も無い大地と海だけが残される。

 アレは異常だ。天災のように飛来し、狂ったように暴れまわり、そしてその地を()()()()()、全て無くなるまで入念に破壊し尽くし次の地へと去っていく。

 

 命を、人工物を…………()()()()()()()

 

「ここもそろそろ危ねえな」

「また退避しなければならない…………か」

 

 顔を歪め呟くマツブサの心境が手に取るように分かる。

 何故ならアオギリだって同じ気持ちだからだ。

 

 即ち。

 

「一体いつまで…………」

「どこまで逃げ続ければ良いんだ、俺たちは」

 

 追い迫る死から、滅びから、逃げて、逃げて、逃げて。

 けれど、結局逃げても無駄なのだと、みな気づいている。

 何度も言うがアレは狂っている。

 どこに逃げようが結局関係無いのだ。

 この星が滅ぶまで、アレは狂い続ける。

 否、例え滅んだとしてもきっとアレは暴れまわるのだろう。

 

 滅びを振りまき続けるのだろう、いつかその滅びが自らへと降りかかるまで。

 

 重苦しい沈黙が室内を包む。

 無力感と、絶望感に苛まれる中。

 

 とん、と。

 

 音が鳴った。

 

「…………どうした」

 

 視線を上げれば、少年が椅子から立ち上がって、アオギリとマツブサの二人を交互に見比べた。

 

「提案があるんだ」

 

 少年の言葉に、マツブサもまた視線を上げ。

 

「このままいつまでも逃げ切れるものじゃない…………だったら、最後のチャンスに賭けてみない?」

 

 少年の言葉に、アオギリとマツブサが目を細めた。

 

「最後のチャンスだと…………?」

「そんなものが存在するのか?」

 

 両者の疑いの眼差しに、少年がこくり、と頷き。

 

「ダイゴさんからもらった観測データ…………あれが最後の希望だ」

 

 そうして机の上に紙を広げ、話を進めていく。

 話を進めるごとに、マツブサが、アオギリが前のめりになっていく。

 

 それは間違いなく、今の状況において、()()と成り得る話だった。

 

 たった一つの問題を除けば。

 

「話は分かったが…………ただ一つだけ聞きてえことがある」

「そうだな…………私も、恐らく同じことを聞きたい」

 

 二人の言葉に少年が頷き。

 

「どうやって? だよね?」

 

 少年の言葉に二人が頷く。

 

「俺がやる…………()()もきっとそれを望むから」

「…………なんたる無力か。…………く、済まない、本当に、済まない」

「やれることはやってやる…………だから」

 

 マツブサが拳を握りしめ、机を叩く。

 どん、と派手な音がするが、最早気に留める者もいない。

 アオギリはただ真っすぐ少年の目を見た。

 

「任せたぜ」

 

 震える声で、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 一匹のボーマンダが空を駆けた。

 

 少年のもう一匹と並び立つエースポケモン。

 かつてマツブサとアオギリを苦しめた最強のポケモン。

 

 ルウウウウウウオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 己を奮い立たせるように、ボーマンダが咆哮し、怪物へと迫る。

 怪物がそれに気づき、咆哮する。

 音は衝撃となり、ボーマンダを襲うが、螺旋の軌道を描いた飛行は、音の壁を突き破り、怪物へとさらに接近する。

 

 そうして、さらなる怪物の猛攻を掻い潜り、いよいよボーマンダが怪物との至近距離まで近づき。

 

「行っちまえ!」

 

 それを拠点としている島の端で見ていたアオギリが叫ぶと同時に、ボーマンダの一撃が怪物を揺らす。

 だがそれは怪物へさしたるダメージを与えたわけではない。

 当然だ、この程度でどうにかなるならば、最初から戦っている。

 

 だから、アオギリとて分かっている。

 分かっているからマツブサはあんな反応だったのだ。

 

 今から行うのは命懸けで、なおかつ捨て身の時間稼ぎだ。

 

 その先に死が確定した、自爆特攻にも等しい所業だ。

 

 だが時間すら稼げず撃墜されれば、無駄死になると分かっていて。

 けれど実際には無駄死にになる可能性のほうが極めて高いと分かっていて。

 

 それでも彼は行った。

 

 相棒のボーマンダの背に乗って。

 

 激しいドッグファイトが展開される。

 

 一瞬でも気を抜けば、ほんの僅かに掠りでもすればそれだけで撃墜されるような神経を削る戦い。

 

 そもそもここまで怪物を連れてくること自体相当な無茶をしたのだ、この上さらに神経を削り続けるような真似をすればどうなるか…………答えは明白だ。

 

 怪物の尾がボーマンダを捉える。

 

 咄嗟に旋回し、避けようとしたがボーマンダの翼に怪物の尾が掠り空中での制動が乱れる。

 

 その隙を逃さず放った怪物の一撃が、ボーマンダへと直撃し。

 

 落ちる。

 

 落ちた。

 

 堕ちた。

 

 その背に乗せた少年ごと、ボーマンダが海へと落ちた。

 

「あ…………ああ………………」

 

 直後に上空から降り注ぐソレをアオギリは見た。

 

「なんで…………なんでだ…………」

 

 怪物が咆哮し、放つ一撃でソレが消し飛ばされる。

 

 そう、消し飛ばされた…………最後の希望が。

 

「あと、ちょっとだろ…………ちょっとだったんだ」

 

 ボーマンダは浮かび上がらない。

 少年もまた浮かんで来ない。

 

「あとほんの数十秒で良かったんだ…………なのに、なのに!!」

 

 嘆いても何も変わらない。

 どこまでも世界は残酷で、冷酷だ。

 

「何でだよ!!!」

 

 怪物がこちらを見る。

 最早震えも起きない。

 ただ体を動かすような気力も無かった。

 

 少年が死んだ。

 

 その事実が、アオギリの最後の支えを崩した。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 叫んだ、叫んだ、叫んだ。

 

 意味なんて無かった。

 

 ただ絶叫した。

 

 理不尽だと、言ってやりたかった。

 

 ふざけるなと、言ってやりたかった。

 

 もう嫌だと、言ってやりたかった。

 

 ただ全部の意味を込めて、込めた意味を投げ捨てて、ただ叫んだ。

 

 怪物が迫る。

 

 最早逃れる術など無い。

 

 海へと消えていった少年を思った。

 少年は紛れも無く、アオギリとマツブサの二人にとって光だった。

 けれどその光も失われた。

 

「だったら…………帰るのもいいか」

 

 あの暗い海の底へ。

 

「俺は、アクア団のアオギリ様だ」

 

 海と共に生きる男だ。

 

「だから…………もう、いいよな」

 

 疲れたんだ。

 

「…………すまねえマツブサ、先に行くぜ」

 

 どうせお前もすぐだ。

 

「…………全部、押し付けて悪かったな」

 

 どうか安らかに眠ってくれ、俺もすぐ行くから。

 

「…………じゃあな」

 

 

 ――――()()()

 

 

 * * *

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「きゃっ!?」

「ぬお?!」

 

 被っていたタオルケットを跳ね飛ばし、弾けるように飛び起き、絶叫した。

 同時に、周囲にいたイズミとウシオが驚いたようにこちらを見る。

 

「…………はあ…………はあ…………な、なんだ…………今のは…………ゆ、夢、か?」

 

 周囲を見渡せば、見慣れたアクア団のアジト、そして見慣れたいつもメンバーたち。

 聞いた覚えも無い名前の少年もいなければ、あの心底ムカつくマグマ団の眼鏡もいない。

 

 夢を見ていたのだと、気づいたのは直後。

 

「どうしたのアオギリ、凄い汗よ」

「ダイジョウブか、アニィ?」

「あ、ああ…………大丈夫だ。心配すんじゃねえよ」

 

 イズミが手渡してくれたタオルを受け取ると、汗で全身が濡れていることに気づく。

「…………すまん、シャワー浴びてくるわ」

「本当に大丈夫なの? 普通じゃなかったわよ」

「大丈夫だ、ちと嫌な夢を見ただけだ」

 

 そう、夢だ。

 

 あんなものはただの夢だ。

 

 夢の…………はずだ。

 

 けれどどうしてだろうか。

 

 あんな嫌な夢、一度見れば忘れるはずがないのに。

 

「…………いつかも見たような気がしやがる」

 

 寝る直前までそんな覚え一切なかったはずなのに。

 今は、先ほどの夢にどこか既視感(デジャヴ)を覚えていた。

 

「…………俺は…………あの夢を、知っている?」

 

 呟いた言葉は、けれど誰にも届くこと無く、消えていった。

 

 




「あれ…………? なにこれ、なんでいきなりボス戦? 話飛ばした?」
とかいう心配はないから。
ちゃんとグラードン戦終了の次の話です。
正確にはグラードン回とラスボス回の間の話。


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空を超えて
大黒天①


 

 すう、はあ、すう、はあ、と規則正しくもやや荒い呼吸音が響く。

 無音に等しい病室で、ただ聞こえるのはベッドの上で眠る少女の呼吸の音だけだった。

 

 ()()()

 

「…………やっぱりそうだ」

 

 呟きが漏れた。眠る少女の傍らに立った人影から漏れた声はけれど眠る少女にも、他の誰にも届かず消えていく。

 

「病気とかそういう類のものじゃないねこれ…………」

 

 そっと、手を伸ばす。

 眠る少女の顔に、頬に、指先が触れた瞬間、ぱちん、と小さく何かが弾ける。

 

「…………ああ、やっぱりそうだ…………至りかけてるんだ、だから抑えようとして反発してる」

 

 手を引っ込める、指先を見つめれば、そこについた僅かな火傷跡のようなものがあった。

 ふっと、手を軽く振ればそれも消えてなくなる、だが問題はそこではない。

 

「同格…………かな? でもどうして? 普通になるものじゃない」

 

 他と比べて素養が高いのは分かるが、それでも限界を超えられるほどのものでもない。

 否、素養だけで言えばもっと突き詰めたような存在がすぐ傍にいる。

 年月をかければ或いは自分たちの領域にまで踏み込んでくるだろうと今の時点で思わされるほどの存在が。

 それを比べれば、目の前の少女の才などたかが知れている。

 極めて高い、だが高いだけだ。突き抜けてはいない。

 

 だったらどうして、目の前の少女は突き抜けようとしているのだろうか。

 

「…………誰か、余計なちょっかいでもかけてるのかな?」

 

 呟きはけれど、やはり誰にも届くことは無かった。

 

 

 * * *

 

 

「まず、最初に言っておく」

 

 俯き、僅かに溜めを作りながら男、マツブサは顔を上げ、はっきりと告げる。

 

「当面のマグマ団の活動を全面的に停止する」

 

 動揺はあちらこちらで広がり、伝播する。

 絶対的なリーダーのそれまでとは一転した言葉に、先の戦いを知る、つまりマツブサが真に信頼した同志たちは動揺も少なく、周囲を収めに動く。

 

 やがてどよめきが収まった頃合いを見計らって、マツブサが再度口を開く。

 

「勘違いをしないで欲しいのは、私は今でも己が理想が間違っているとは思っていない」

 

 陸を広げ、人類の生存域を増す。そうして人類の発展を目指す。

 その思想を間違いだとはマツブサ自身、未だに思ってはいない。

 

「ただ…………やり方については、考え直す必要があると分かった」

 

 先の戦いで、伝説のポケモンを使い理想を果たす、というやり方は致命的なまでに間違っていたことが分かった。

 同時に、疑問を抱いた。

 

 もっと良いやり方があるのではないか、と。

 

 どんな手段を使おうと、目的が達成できたのなら構わないと思っていた。

 そのためならば、その道中でどれだけの犠牲が出ようと仕方ないと割り切れると思っていた。

 

 ただあの戦いを経て、思う。

 

 自分は理想を果たすことに意固地になっていたのではないか。

 多くの犠牲を払って得た結果に、そこに理想の世界は、自分たちの望んだ幸福はあるのだろうか。

 

 あの怪物を見て、もたらす惨状を見て。

 

 本当にこれでいいのか、そう思ってしまったのだ。

 

 組織のトップが目的に迷ったまま組織が動くはずも無い。

 故にマグマ団という一つの組織を一時凍結する。

 

 そして。

 

「私は私の答えを探し、再び貴様たちの元へ戻ってくる。その時こそ、再びマグマ団が動き出す時と知れ」

 

 自らがこうと決めたぶれない芯。いつからか見失っていたそれを思い出せるように。

 

 まずは今の世界でも見て回ることにしよう。

 

「ホムラ、貴様には当面の組織の運営を任せる」

「ウヒョヒョ、了解しました、リーダーマツブサ」

 

 その間のことは、何よりも自らが信頼する腹心に任せる。

 面白いもので、何もかもが終わり、自棄気味に互いに腹を割って話をすれば、自身を裏切るつもりなのだと思っていた男は、その実誰よりも自分を案じていたことが分かった。

 

「カガリ、貴様は私と共に来い」

「アハ♪ 了解、リーダー」

 

 自らの右手を信ずる部下は、自身と共に。

 あの戦いの最中にあって、彼女が自身へと告げた言葉をマツブサは今でも忘れていない。

 恐らく一生忘れることは無かっただろう。

 彼女の言葉でマツブサは思い出したのだ、自分の理想は、自分独りで抱えていたわけではないのだと。

 

「最後に一つ、貴様らに言っておく」

 

 全員の視線をマツブサへと集まる。

 

 今から言う言葉きっと、彼らからしたらとてもマツブサ()()()()()言葉なのだろう。

 厳格で冷酷なリーダー、それが彼らにとってのマツブサという存在だろうから。

 だが今のマツブサはそうじゃない、そうじゃないことを思い出した。

 

 だから、この言葉を告げよう。

 

 お前たちは仲間なのだと。

 

 いずれまた立ち上がる時のために。

 

 今日の日を忘れるないで欲しい、と。

 

 

「また会おう――――同志諸君」

 

 

 告げて、背を向ける。

 

 その背を、カガリ一人だけが追った。

 

 

 * * *

 

 

「つーわけで…………だ。しばらくは活動は止めになる」

 

 アオギリの口から出た言葉に、団員たちがざわめく。

 とは言っても、まあ分かってはいたことだ。

 アクア団はすでにチャンピオンハルトの策によって一度壊滅にまで追い込まれている。

 そこからチャンピオンに協力し、カイオーガの復活にも手を貸した。

 

 だからこそ、団員たちも伝説の脅威を見て、肌で感じて、その恐怖を知っている。

 

 アレを操ることなど不可能だと思い知らされている。

 驚きこそしたが、まあ当然だろうと同時思っていた。

 

「何よりカイオーガが暴れまくったせいで、海の生態系が滅茶苦茶だ。海だけじゃねえ、陸の上でも異常を感じ取ったポケモンたちが住処を移したりして、どこもかしこもてんやわんやだ」

 

 アクア団の理念はマグマ団とは正反対で、ポケモンの保全にある。

 海を増やすのはその一環であり、最終的目的ではない。

 故に、今回の一連の騒動で荒れた生態系を戻すのも活動の一環と言える。

 実際、アクア団には生態研究などプロフェッショナルもおり、生息域からはぐれたポケモンの保護をしたり、保護したポケモンを元に生息域に連れ戻したり、荒れ果てた生態系に手を施したりと様々なことをしてきた。

 

 特に不味いのは海だろう。

 グラードンは幸いにして…………というべきなのかは分からないが、ほとんど同じ場所で戦い続けたため被害範囲自体は比較的狭い。

 いや、『えんとつやま』一つ潰れてしまっているので決して軽い被害ではないのだが、それでも世界を滅ぼしかねないポケモンが暴れまわったと考えれば随分と安い被害と言える。

 とはいえ、そこに住んでいたポケモンも存在するわけで、後でそのあたりでも活動することになりそうだが。

 話は戻すが、グラードンと違ってカイオーガは海底洞窟からルネシティまでかなりの範囲移動しながら暴れまわっていた。

 陸上ではそれほど被害は見られないが、海…………特に海中では大渦と波のせいで海流が滅茶苦茶に荒れていたことは想像に難くない。

 かなり広範囲に渡って海のポケモンたちの生息域がシャッフルされてしまっている。

 

 海で住むポケモンたちにとって生息域というのは重要だ。

 生息域というと分かりにくいかもしれないが、言い換えれば生存圏とも言える。

 例えば水温一つ取っても海底と海上で随分と変わる。すると海底にいたポケモンが海流に攫われて海上に浮かぶだけでも環境の激変についていけず衰弱することもある。

 他にも獰猛なポケモンの縄張りに流されればどうなるかなど分かりきったことだし、その縄張りにいたはずの獰猛なポケモンが別の場所に流され、その周辺を荒らせばどうなるか、ということだ。

 

 海のポケモンは環境によって住み分けができており、そこには美しい食物連鎖のピラミッドが築かれているのだ。

 

 カイオーガの存在は他の全てのポケモンにとって劇毒に等しい。

 ギャラドスやサメハダーなどの凶悪なポケモンにとって、その存在の気配で逃げ出すような圧倒的な存在だ。

 それが移動しながらさらに暴れまわっていれば…………今回の騒動でどれだけ生態系が崩れたか、それを考えるだけで頭痛がする。

 

「イズミ、先にルネに行って状況を見てきてくれ」

「分かったわ、アオギリ」

「ウシオは『えんとつやま』だ。今回かなりやばいことになってるらしいからな、人数連れてけ」

「わかッタゼ、アニィ」

 

 信頼する仲間に仕事を割り振りながら、最近よく見る夢のことを考える。

 

 空、ホウエンの滅び、黒い怪物、見知らぬ少年。

 

 何一つとして心当たりなど無いわけだが、どうしてだがもっと昔にも見たような既視感のようなものがあった。

 

「…………厄介なことにならなきゃいいが」

 

 呟きと共に、思考を棄てる。やることならばいくらでもある、今は余計なことを考えている場合ではない、と頭を振り。

 

「さて、俺も行くか」

 

 軽く後頭部をかきながら、誰にともなく呟き歩き出す。

 

 

 捨てたはずの思考、夢の記憶がもう一度だけ脳裏を過った。

 

 

 * * *

 

 

 グラードン、カイオーガ、二体の伝説を捕獲してから二週間の時が経った。

 

 後日の話になるが、やはりグラードンもこちらの指示を聞く気はないらしく、後でもう一度倒す必要があるようだが、取り合えずボールに入れて大人しくさせておくことはできるようなので、ひとまずは安心と言ったところだろう。

 

 とは言え、事後処理は多忙だ。

 

 たった一日とは言え、ホウエン中の住民をあっちこっちに避難させたり、外出を差し止めたりしたのだ。

 二年も前から事前に通告や準備をしていなければ、もっと大混乱だっただろうことは自明の理だ。

 原作主人公はあんな突発的な戦いだったのに、よくその辺り何の問題もなさそうに切り抜けたな、と思う。

 

 と言っても、一段落付いたのは事実だ。

 

 ホウエンを襲う危機の第一段階を退けたのだ。しばらくの休息は必要だろう、誰にとっても、だ。

 そういうわけで、ここ一週間ほどはリーグ側に仕事を丸投げして、ミシロの実家で過ごしていた。

 現状、空を見上げても隕石のいの字も見当たらないため、すぐにどうこう、という話でもない。

 もし発見された場合は、すぐに連絡が来るようになっているし、今のところ世界は平和だ。

 

 まあ、一つだけ、気がかりを残してはいるのだが…………。

 

 リーグ側で動いているらしいので、時間の問題だろうと考える。

 

 そうして時間は夜。

 

 十時も過ぎればさすがに子供の身では布団に潜ると自然と眠気が出てくる。

 

 前世の時から、寝付きは良いほうで、割とどんなところでも寝れるほうだと思っている。

 それこそ、あのチャンピオンロードの中で二日も眠ったのだから、特技とでも言えるレベルではないだろうか、なんてバカなことを考える。

 

「はあ……………………」

 

 とは言え、そんなバカな考えでも、嫌な思考を紛らわせる程度には役に立つ。

 布団を被って目を瞑れば、眠気が沸いてくる。

 だが同時に思考を止めれば、自然と湧いてくるものがある。

 

「……………………えあ」

 

 ()()()()()()()

 

 未だに目を覚まさない少女のことを思う。

 キンセツシティのポケモンセンターで見てもらっているが、ポケモンドクターの目から見ても原因不明。

 一体どうして目を覚まさないのか、どうして発熱しているのか、さっぱり分からないとのことだった。

 いったいいつになれば目が覚めるのか、もしかしてこのまま…………なんて不安が胸中を過る。

 

 明日もう一度キンセツシティの病院へ見舞いに行こう。

 

 胸中でそう呟きながら、思考がだんだんと鈍くなっていく。

 眠気が意識を浸食し、思考を鈍化させる。

 そうして段々と何も感がられなくなったところで。

 

 ………………意識が途切れた。

 

「…………………………ん」

 と、思ったはずなのだが、ふと不可思議な感覚を覚える。

 なんというか、上下の感覚がないというか、前後不覚というか。

 と言うより、ベッドの感触も、布団の感触も無い。

 

 まるで空中に浮きながら眠っているような感覚に目を開く。

 

「………………………………………………は?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 黒のインクをぶちまけたかのような闇の中に、星屑がちりばめられたような光景。

 意識が一瞬で覚醒し、思わず上半身を起こそうとして。

 

「…………な、なんだ、これ」

 

 動かなかった。

 意識はこんなにもはっきりしているのに、体がぴくりとも動かない。

 金縛り、というやつだろうか、なんて考えていると。

 

 ぴかー、と。

 

 目の前が輝きだす。

 

 周囲が宇宙空間のような光景だけに、自ら光輝くそれは、まるで太陽か何かのようにも見えた。

 

 そうして光が段々と形を作っていく。

 

 手と、足、体と首と頭と。

 

 つまり、人の形へと変わっていく。

 

 状況についていけない思考は完全に止まり、ただそれを見ていることしかできない。

 

 そうして光が徐々に収まり、そこに一人の少女が現れる。

 

 年の頃はまだ十にもならないような幼い少女。

 金髪のツインテールに、翠の瞳。頭に三か所ほど緑色のリボンを巻いている。

 まるで巫女服のような服を着ており、その襟元と腰に巻いたリボンは黄色かった。

 

 ぺたり、と幼女が素足でまるでそこに床でもあるかのように空間に立つ。

 

 そうして、幼女が動かない自身へと視線を向けて。

 

「なにやってるデシか、おろかもの」

 

 そう言い放った。

 

 

 

 




一時間で5000字かけたのは久々かもしれない。


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大黒天②

 目を見開いたまま固まる自身に、幼女がはあ、とため息を吐く。

「聞こえてるデシか? 返事の一つくらいするデシ、おろかもの」

 そんな幼女の言葉に、口を開こうとして、けれどやはり体はぴくりとも動かない。

 

「うにゅ…………? もしかしてまだちゃんと堕ちてないデシ?」

 

 こてん、と小首を傾げながら自分の人差し指を唇に当てて幼女が呟く。

 

「一回、目を閉じて、それからリラックスするデシ」

 

 状況が呑み込めないままではあるが、他にできることも無く、幼女に言葉に従って目を瞑る。

 

「そのまま体の力を抜いて、思考を止めるデシ」

 

 ふっと、全身の力を抜き、何も考えないようにする。

 幼女が口を閉ざすと、静寂が漂う。

 暗闇に閉ざされた視界の中で、とくん、とくん、と心臓の鼓動が聞こえてくる。

 そうして十秒、二十秒と静寂が続き、やがて意識が無に堕ちていく、瞬間。

 

 ぺちん

 

「っ!?」

 手を叩く音に意識が急速に覚醒する。

 驚きのあまり、咄嗟に上半身を起こし。

「…………あれ? 動いた」

 全身が自由に動くことに気づく。

「やっと寝たデシ。全く、夢の中に半覚醒のまま入ってくるとか器用なこと止めるデシよ」

「夢…………?」

 言われて再度周囲を見渡す。宇宙だ、いや、実物見たことなんてないけど、多分宇宙空間だ。

 だからこそ、おかしな話だ。

 重力を感じるし、空気もあるし、何より足場がある。

 何もないはずの空間に、床のような固い感触があるのだ。

 現実じゃない、と言われたほうが確かに納得できる。

 

「夢、なのか? ていうか、ちょっと待って」

 

 そう、これは夢なのは良い。納得できる。

 だが待って欲しい、その前に一つ聞きたいことがある。

 

「お前誰だよ」

「かー!」

 

 自身の問いに幼女が額に手をやりながら仰け反る。

 着物の袖が大分だぼついているため、顔の半分が隠れているが、やはり見覚えがない。

 

「なんて薄情なやつデシか」

「薄情とか言われても、会ったことも無いんだが」

 

 どう考えても、ただの幼女なわけがない。

 こちらの世界にやってきてから、やたらと人外的な幼女と出会いまくっている気がするが、きっと気のせいだろうと思いたいところだ。

 そして大変嫌なことだが、今までの数々の経験則から当てはめれば目の前の幼女が人間ではないのだろうなあ、という察しがついてしまっている。

 

 そしてその外見的特徴から見ても、何のポケモンなのか…………何となく、分かってしまう。

 

「まあそれはさておいておくのデシよ。それよりボクの話を聞くデシ、おろかもの!」

「何なんださっきから愚か者って」

 ここまでストレートに罵倒されているのに、幼女だというだけでなんか気が抜けてしまうのだから、外見って大事だよな、などと下らないことを考える。

 そんな自身をきっと、睨みつけながら幼女が、びし、とこちらへ指を…………だぼだぼの裾に隠れて分からないが、多分指を突きつけているのだと思う。

 

「まずはグラードンとカイオーガの捕獲、よくやったと褒めておくデシよ」

 

 そうして。

 

「なーんて言うと思ったら大間違いデシ! そんなものはまだまだ前座。()()()()()()()()()()()()()()()()()()デシよ!」

 

 そんな風にいやにあっさりと、爆弾発言を落とした。

 

 

 * * *

 

 

 風が吹いていた。

 

 びゅうびゅうと吹き付ける風はもうすぐ夏の盛りだというのに、痛いほどの冷たさを持って少女、ヒガナの頬を叩きつける。

 いつも傍にいたはずのゴニョニョの姿はどこにも無く、不敵に笑っていたはずの表情は氷のように冷たく、冷めきってていた。

 

 『そらのはしら』

 

 それが今ヒガナがいる場所だ。

 恐らくルネの民が協力しているのだろう、入口には数名のトレーナーが見張りを立てていたが、元々ボロボロになって廃墟同然の塔なのだ、どこからでも入る場所はある。

 そうやって見つからずに『そらのはしら』の内部へと侵入し、そうしてようやくやってきたのはその頂上。

 

 天高くまで伸びた塔の頂上は、雲に届かんとせんばかり。

 流れ込んでくる風は冷たく、痛いほどであり、ヒガナは僅かに目を細める。

 

「…………やっぱり、ダメか」

 

 頂上の広場、その中央で跪き、何かを呟くが、けれど一向に変化は訪れない。

 やがて、立ち上がり、腰に付けたボールを一つ手に取る。

 

「探すしかない…………か」

 

 ボールから出てきたボーマンダの背に乗ると同時に、ボーマンダが羽ばたき、徐々に浮き上がる。

 

「……………………どこにあるのかな、()()()()()()()()()は」

 

 ヒガナを背に乗せた影が空へと消えていく。

 

 その姿に、最後まで下のトレーナーたちは気づくことは無かった。

 

 

 * * *

 

 

「…………………………んー」

 

 目を覚まして直後、ベッドの上、上半身を起こしながら寝ぼけた頭で思考する。

 何か、大事な夢を見ていた気がするのだが。

 はて、どんな夢だったか、どうにも思い出せない。

 少しずつ覚醒してくる頭でうんうんと唸ってみても、やはり答えは出ず。

 

「マスター? 朝ですよ?」

 

 最終的に部屋に起こしに来たシアの声で、思考を中断され。

 

「まあ、いいか」

 

 そのまま断念する。

 

 ――――■が■■に■■れ、世■■■が■■る、そ■■終わ■の■■■デシよ。

 

 ふと、記憶の片隅に残った、そんな穴だらけの言葉を思い出しながら。

 

 

 実家というのは良いものだと思う。

 前世の場合、実家というのは誰も居ない寂しい場所だった。

 両親も居ない、親戚も居ない、だからこそ施設に入ったのだが、当然それまで住んでいた家が消えていなくなるわけではない、だからそれも実家と呼べるのかもしれないが…………けれどそこには何もない、空っぽな箱のような場所。

 だからこの世界に生まれて、両親に愛され育ち、二人のいる場所が自分の居場所になった。

 ミシロに…………ホウエンにやってきてからは、エアが、シアが、シャルが、チークが、イナズマが、リップルが増えて、年月を重ねるごとに少しずつ少しずつ、この特段広いわけでも無い家に家族が増えていく、大切な物が詰め込まれていく。

 

 ここは自分の宝箱だ。

 

 大切な大切な自分たち家族の居場所。

 

 だから、そこに欠けがあることが酷く不安になる。

 

 キンセツシティの病院の一室。

 ポケモン専用に割り振られた部屋の中で眠る少女を見ながら、手の中にある物を見つめる。

 

「…………本当これで、良いのか?」

 

 エアの見舞いのため、ミシロを出ようとした矢先に、カイオーガに呼び止められた。

 曰く、あるものをエアに持たせてみれば良い、と。

 告げられたその名に、思わず首を傾げてしまったが、けれどまあそれで少しでも症状が改善されるというのなら、試してみる価値はあると早速キンセツシティまでやってきて。

 

「…………エア」

 

 その手に、丸々として表面が凸凹とした手のひらサイズの石ころを握らせる。

 けれど特に変化はない、ダメだったかな、なんて諦観の念が浮かんで着て。

「……………………っう」

 直後、僅かにだがエアが呻く。

 これまで荒い呼吸を繰り返すだけだったエアが久々に見せた僅かな反応に、視線を釘付けにされる。

「エア? エア!」

「…………ぁ………………ァ………ォ」

 薄っすらと、だが目を開かれ、唇が動く。

 そこから漏れた声はほとんど言葉となっていなかったが、それでも確かに話そうとしていた。

「良い、落ち着いて、無理に話そうとしてなくていいから」

 濡らしたタオルで汗に滴る顔を拭う。そんな自身の手を、伸びてきたエアの手が掴む。

「エア…………?」

「…………は、る」

 とろん、とまだ熱に浮かされたままの熱っぽい瞳でエアが自身を見つめる。

 それでも、意識は戻っている、そのことに安堵する。

 

 同時に、カイオーガが持っていくように言ったコレが効果を発揮した、ということであり。

 

「……………………どういうこった、そりゃ」

 

 エアの手の中の()()()()()()()を見て、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

超越種(オーバード)って知ってるかい?」

 

 意識を取り戻したエアをポケモンドクターに見せ、経過観察を含めてもう二、三日の様子見、それで復調に向かうようならば退院、とのことらしく、今日はそれでミシロに戻ってきていた。

 そうして真っ先に向かうのは家の庭で勝手に巨大プールを作ってリップルと二人で悠々と過ごすカイオーガの元だった。

 どうやら今日はリップルは居ないらしく、カイオーガ一人だけだったので、都合が良いと問い詰め、返ってきた第一声がそれだった。

 

「おーばー…………ど? なんだそれ」

 

 少なくとも、実機でそんな言葉を聞いた覚えも無い。

 多少なりとポケモン世界における設定も知っているが、それらにも該当する知識はない。

 頭を振る自身に、カイオーガがまあそうか、と一つ頷き。

 

「キミたちがゲンシの時代と呼ぶ昔に、人間たちがアタシたちのような存在に付けた名前だよ」

「…………つまり、伝説に語られるようなポケモンの総称、ってことか?」

 

 そんな自身に問いに、けれどカイオーガは違うよ、と返す。

 

「もっと単純な話だよ、つまりね」

 

 曰く、超越種とは。

 

 文字通り、超越した存在。

 

 種族の限界を、限度を、臨界を()()()()()()()存在。

 

「元はアタシたちだって何かの種のポケモン()()()のかもしれないし、もしかしたら最初からこういう種だったのかもしれない。ただ一つ分かっているのは、超越種は()()()()()()()んだよ」

 

 世界、つまり理、アルセウスが定めた絶対の理を超えてしまう。

 文字通り、世界に敷かれた理を()()()()()ような存在。

 

「ゲンシの時代でも数えるほどにしか存在しなかった。それでも数えるほどには存在していた」

 

 現代にそんな存在は皆無と言っていい。少なくとも、自身はそんな存在を知らない…………目の前の少女ともう一人を除いては。

 

「指先一つで全てを飲み込む止まない雨を呼び起こす、声一つで全てを枯れ果てさせる強い日差しを呼び起こす。そういう領域にキミのエースは踏み込みかけている」

「…………………………」

「けれど、当たり前だけど、そんな領域、普通に生命が到達できるものじゃないし、到達したとしてそれを受け入れられるはずも無い。だからそこへ至ろうとする力をそれを抑えようとする力が反発してあって、体が過剰反応を起こしてる状態なんだよ」

「だから、かわらずのいし、か」

「そうだね、超越種へと至るのは、ある意味進化と捉えても良い。勿論進化そのもの、というわけではないけれど、根本的には進化だって種の限界を破り、新たな種へと至るための過程だよ。だから全くの同一ではないにしろ、共通ではある」

「つまり、かわらずのいしを持たせてる間はエアは大丈夫ってことで良いのか?」

「そうだね」

 

 頷くカイオーガの言葉に安堵する。さすがにアクセサリーにするには大きすぎるが、まあポケットか何かを作って持たせておけばいいだろう。それだけで一応効果はあるはずだし、日常生活を送る分にはそれで不便はない。

 

「あと戦わせたらダメだよ?」

「何?」

「ポケモンの進化とは経験を得ることで細胞がより強くなろうと変異する現象だ。つまり強い相手と戦うほど必要だから進化しようとする。実際のところ、あの子が進化しかけてるのだって、アタシと戦ったからだと思うよ」

「…………それ、他のやつは大丈夫なのか?」

「多分大丈夫かな」

 

 曖昧な返答ではあったが、根拠が無いわけでも無いらしい。

 

「そもそも普通はこんなこと起こらないんだよ。けどあの子にだけ起こってるのは、多分『メガシンカ』と『ゲンシカイキ』を重ねるなんて荒業何度も経験してるからじゃないかな」

「オメガシンカのことか」

「名前は知らないけど、多分それを何度も繰り返すことで体が勝手に上限を伸ばしちゃったんじゃないかな」

 

 つまり、メガ進化した時のように、オメガシンカした状態を常態であるように体が認識し始めた、ということなのだろうか。

 

「種族値800が常態…………禁止伝説とかいうレベルじゃないな」

 

 上限を引き上げ、そして伝説という勝てない相手を知ることで体が限界いっぱいまで強くなろうと反応している、だが同時にそこまで至ってしまうと生命としての枠をはみ出そうとする、だからそれを抑えようとして、体の中で二つの反応がせめぎあう。

 つまりそれが今のエアに起こっている現象なのだろう。

 

「一応聞くけど…………仮にエアが進化したら、どうなる?」

「んー…………一概にこう、と言えるものは少ないけど」

 

 しばし思考するように人差し指を唇に当てながら、カイオーガが視線を空に向ける。

 やがてこちらを見て、僅かに小首を傾けながら。

 

「まあ良くて記憶が全部跳ぶくらい? 悪ければ人格まで変わるかな」

「…………………………………………………………」

 

 今自分がどんな顔をしているのか分からない。けれどそんな自身の表情を見て、カイオーガがさらに続ける。

 

「超越種に至るってことは、もうある意味生命を超越するってことだから。単純な進化とは違うって言ったけど、別の言い方をするならボーマンダとしてのあの子が()()()、超越種として()()()()ことに近い。つまりボーマンダとしてのあの子は一度終わる、それから全部リセットされて生まれるようなものなんだよ」

 

 ――――――――。

 

「多分そのまま野生に戻ると思うよ。理性とか吹っ飛ぶし、100年くらいは本能のままに暴れまわるんじゃないかな? そこからちょっとずつ理性を宿していって、もう100年くらいかければアタシたちみたいに意思疎通もできるようになると思うよ」

 

 ――――――――。

 

「まあその前に誰かに倒されるかもね、そうじゃないなら、まあ少なくともホウエンは滅ぶんじゃない?」

 

 ――――――――。

 

 




やべえ、あとウルトラサンムーンの発売まで1か月切った!!?
完結しねえぞ、このままじゃ!


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大黒天③

 目が覚めると数週間が経過していた、というのは中々に不可思議な気分だった。

 と言っても、どうにも記憶が途切れ途切れでいつから意識を失っていたのか、自分でも覚えていないのだが。

 目が覚めればポケモンセンターにある病棟の一室、そのベッドの上で、薄っすらとぼやける視界の中でハルトの姿が見えていた。

 そうして意識を取り戻せば随分な時間が経っているのだというのだから、時間を飛ばしたような感覚すら覚える。

 

「体調はどう? エア」

「もう大丈夫よ、安心しなさい」

 

 そうして退院許可をもらうと、ハルトを連れて戻ってきたミシロの街並みを空から見ると、郷愁の念を覚える。

 別にここが生まれた場所、というわけではないが、けれど何だかんだで七年、この街で過ごしてきたのだ。心情的には故郷と言っても過言ではないだろう。

 

「そうは言ってもねえ…………二週間以上も意識不明で寝込んでたのに、心配しないほうが無理だよ」

「それは…………まあ分かってるけど、でも本当にどこも悪くないから」

 

 ハルトの実家の上空にたどり着くと、庭に見慣れないものが出来上がっていた。

 

「ねえ、ハル」

「何?」

「あれ何?」

「……………………プール」

「プールってもうちょっとした湖みたいになってるんだけど」

 

 直径は五メートルほどだろうか、まあ無理をすれば大きなプールと言えなくもない。ミシロは基本的にドが付く田舎町だし、土地は余っているためどの家も庭が広い。まあそれでも裏庭半分以上占領してはいるが、問題はそこではなく。

 

「…………どんだけ深いのよあれ」

 

 底が見えない。水は綺麗に透き通っている。光が屈折して水面が光っているため見えづらいのもあるが、それにしても一見しておかしいと思うレベルで深い。

 

「えーっと…………カイオーガが元の姿に戻って潜れるくらい」

「あいつ通常サイズで全長四メートル以上あったわよね」

「そのまま地下水脈まで繋げて、海まで続いてるらしいよ」

「…………それもうプールってレベルじゃないと思うんだけど」

 

 最早穴だ。水をいっぱいまで張った巨大な穴が庭に空いている。

 

「あれ、ハルの両親何も言わなかったの?」

「母さんはまあ…………いつもどおり」

 

 あらあら、で済ませられたのだろう。正直ポケモンの感性で見ても、それで良いのか、と言いたくなるようなことでも普通に流すのだ、ハルトの母親は。長年一緒に暮らしているから良く知っている。

 

「父さんは遠い目してたけど、伝説のポケモンだから仕方ないって最後には諦めた表情してた」

「苦労するわね、ハルのお父さん」

 

 ハルトの父親は親馬鹿でポケモン馬鹿だがそれ以外の部分では比較的常識的だ。いや、ポケモンの自分が人の常識など語るのもおかしな話だが、それでもハルトの母親やハルトに比べるとどうしてもマトモだ。だからハルトがしょっちゅう引き起こす出来事に、ため息を吐いている姿を見る。まあそれでも子供が好きで好きでたまらない親馬鹿なので、最終的には仕方ないと流すのだが。

 

 と、その時。

 

 どぷん、と自称プールの底から泡が浮き上がってくる。

 

「ん?」

「え?」

 

 高度を落とし、庭に降りた矢先、聞こえた音に視線がプールへと向き。

 

 ざぱぁぁぁぁぁ

 

 激しい水飛沫と共にプールから()()が飛び出した。

 それが元の姿のカイオーガだと気づいた瞬間、思わず警戒しそうになり。

 直後、カイオーガの全身が光に包まれると同時に、その姿が小さく変じる。

 

「はふ~…………朝から泳ぐのは気持ち良いね~…………ってあれ? キミたち戻ってきたの?」

 

 ヒトガタへと姿を変じたカイオーガがこちらに気づき、声をかけてくる。

 固めた拳をそっと緩めると同時に、頷いて返す。

「そうよ。って、満喫してるわね、アンタ」

 思わず呟いた一言に、カイオーガが苦笑する。

「そうかな、でも()()()()()じゃないと思うけどね」

「アイツ?」

 誰のことを指しているのか分からず思わず首を傾げるが、隣でハルトが、ああ、と何とも言えない表情をしていた。

 

「まあ…………家に入れば分かると思うよ?」

「はあ?」

 

 なんとも要領を得ないハルトの言葉に内心疑問を浮かべつつ、玄関へと向かい。

 玄関の扉の前でぴたりと止まる。

 扉に手をかけたまま一瞬思考し。

 

 がちゃり、と扉を開く。

 

「ただいま」

 

 何となく湧き出た言葉に、後ろでハルトが笑みを浮かべ。

 

「おかえり、エア」

 

 それだけの言葉が、どうしてか、無性に嬉しかった。

 

 

 * * *

 

 

 茶色のショートカットに赤い帽子。赤いソックスに赤の靴。白いシャツの上から半ズボンタイプの茶色のオーバーオール、さらに上から赤いベストを羽織った少女がいた。

 

「うわあ」

 目の前に広がる光景に思わず呟いしまった。

 それに嘆息するようにハルトが息を吐き。

 

「グラードン、起きろ」

 

 そう言った。

 

 クッションを抱き枕にしてソファに沈み込む緋色の少女に向かって、そう言った。

 

「…………は? グラードン?」

 

 ちょっと何を言っているのか理解できなかった。

 否、理解したくなかったというべきか。

 

 グラードン。ホウエンに語れる伝説の片割れ。カイオーガと同じ想像を絶するほどの強大な力を持った怪物。

 苦難の末に捕獲したということは聞いている。それが今、ミシロの家にいることも聞いていた。

 だからエアも僅かに緊張があった。カイオーガと戦ったからこそ、同じ力を持つというグラードンがどれだけの怪物なのか理解できたから。

 そんな相手が自分たちの居場所にいると知って、心中穏やかとはいられなかった…………のだが。

 

「あ~…………ダメになる~」

 

 クッションに顔を(うず)めながら全身から緩んだ雰囲気の漂う目の前の少女がその怪物なのだとは信じられなかったし、正直信じたくなかった。さっきまでの自分の緊張を返して欲しい。そしてその緩んだ口元から涎を垂らすなと言いたい。

 

「はあ…………これは今日もダメかなあ」

 

 再びため息を吐くハルトに聞けば、やってきた初日は捕獲したばかりということもあり、カイオーガと違って警戒心剥きだしだったらしい。とは言っても一度は敗れた身、暴れるようなことも無く、ハルトとしても適度に距離を置いて少しずつ絆を結んでいけば良いだろう、と思っていたらしいのだが。

 

「この前父さんが買ってきた『人もポケモンもダメになるクッション』を気に入っちゃって…………それ以来、()()なんだよね」

 

 目の前で野生のやの字も見えないほどに油断し、緩み切った伝説のポケモンを見ているとなんとも言えない表情になる。

 とは言えハルトとしては、大人しくしているならそれはそれでいいか、とも思っているようだが。

 

「それはそれとして、エア…………二階にみんないるから、行っておいでよ」

 

 こっちはこれを何とかしないと、とグラードンをクッションからひっぺがえそうとしているハルト。

 

「ほら、いい加減飯を食え、母さんとシアが片づけられないって困ってるだろ」

「い~や~だ~! オレはクッションと結婚したんだ、絶対に離れ離れになんてならないからな!」

「そのクッションは家族共用だよ! ていうか俺にも寄越せ」

「絶対に、絶対に渡さないからな! これはオレのだ!」

「もう一個、父さんのクッションあるだろ、そっち使えよ」

「オッサン臭いからやだよ、お前息子なんだろ、使ってやれよ」

「やだよ、加齢臭するし」

 

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。

 

「私は何も見なかった、そういうことにしておきましょう」

 

 これが伝説のポケモンだなんてきっと嘘なんだろう。自分はハルトに担がれているに違い無い。

 そういうことにしておこう。なんというか、そのほうが精神衛生に良いから。

 

「シアたちには帰ったこと言っておかないとね」

 

 後ろで起きている騒ぎを見て見ぬふりをしながら、そうして二階への階段を上っていった。

 

 

 * * *

 

 

「アイツに言ってねえの?」

 

 クッションの取り合いが一段落し、ソファに沈み込むように座っていると、クッションを枕にしたグラードンがふとそんなこと言う。

 アイツ、が誰、だとか、言う、って何のことだ、とか。

 そんな誤魔化し意味も無い、だからこそ、何も返せない。

 

「あの魚介類がどんな説明したかは知らないけどさ…………オレが断言してやるよ。アイツはいずれ必ず進化する。一度スイッチが入ってしまえばもう抜け出すことなんてできやしねえのさ」

「カイオーガは…………『かわらずのいし』を持たせている間は大丈夫だって言ってたよ」

 

 苦々し気な表情で呟いたその言葉はまるで縋るようだと自分で思った。

 はん、と。グラードンが自身の言葉を鼻で笑う。

 

「あんな石ころ一個でいつまでも抑えられやしないさ。何せ世界を超える理の種をその身の内に育ててるんだ、いつか抑え(いしころ)なんて跳ね除けて芽を出すに決まってる」

「戦わなければ、これ以上成長はしない、そう言っていた」

「バカがっ、()()()()()()()()? 人間だって何もしなくたって日々成長する生物だ。ポケモンだって生きてればそれだけで成長するさ。しかも竜種(ドラゴン)だぞ? 素で人間の何倍も生きる生物だ。他に比べりゃ成長は遅いさ、けれど停滞はしねえ。何せ、闘争の中でこそ生きる存在だからなぁ? 竜種ってのは。そもそも戦うことを止めるなんてできるわけねえだろ」

 

 スイッチが入った。グラードンのその言葉の表現が何よりも明確に今の状況を表していた。

 

 スイッチは入ったのだ…………破滅へのスイッチが。

 

 一度動き出してしまえば決して止めることのできない破滅への道行きをエアはすでに走り出してしまっている。

 

「きひっ」

 

 グラードンが嗤う。

 嘲るように、侮るように。

 

 ――――笑う。

 

「もう後には引けねえ、足を止めたって戻ることだけはできねえ。お前の後ろにすでに道はねえ。進むしかねえ、だが進んだ先は奈落だぜ?」

 

 ――――哂う。

 

「きひっ、きひっ、どーすんだ、人間? どうするつもりなんだぁ? お前は何を選ぶ? お前は何を捨てる? 好きに選べよ、好きに捨てろよ。全部全部見ててやるよ。こんなつまんねえ状況になっちまったんだ。こんなつまんねえ時代に目覚めちまったんだ。楽しませろよ、ニンゲン」

 

 ――――嗤う。

 

 

 * * *

 

 

 ルネシティ、その最奥に『めざめのほこら』と呼ばれる場所がある。

 ルネの民たちが長い年月をかけて守り続けてきた聖域。

 

 とは言え、今となっては半ば崩落し、天井も突き抜けてしまったただの元洞窟と言ったところか。

 

 だがそれでもルネの民にとってそこが重要な場所であることには変わりなく。

 すでに古い掟など半ば無かったような状況ではあるが、それでも勝手に人が入ったりしないように、入口には数名のルネシティジム門下のトレーナーが立って、見張っていた。

 

 朝から雨が降りそうな曇天である。

 レインコートの用意はしてはいるが、降ってほしくないなあ、と憂鬱そうに空を見上げるトレーナーがちらほらと見受けられた。

 

 それが功を奏した、とでも言うべきか。

 

「……………………ん?」

 

 空に動く点のような物が見えた。

 何だあれ? そんな言葉を口にすることも無いまま、空を注視していると。

 

 ――――それが徐々に大きくなっていくことに気づく。

 

 近づいてきている。

 それに気づいたのは直後で。

 

「な、何だ?!」

 

 声を挙げる。挙げた声に周囲が気づき。

 

 彼らが一様に空を見上げると同時に。

 

 

 赤と青の流星が降り注ぐ。

 

 

「ルウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 咆哮が轟く。

 それが空から急降下するポケモンが発したものだと気づくと同時に、トレーナーたちがボールからポケモンを出そうとし。

 

 それより早く、()()()()()が大地へと激突し、大地を爆散させる。

 

「う、うわあああ?!」

「な、なんだ」

「緊急事態! 緊急事態だ!」

「誰かあ!」

 

 ジムトレーナーたちは咄嗟に後退し、間一髪危機を逃れていたようだが、巻き上げられた土煙のせいで数秒視界が遮られる。

 『みず』ポケモンに水でも撒いてもらえば煙もすぐに晴れる。そう考えたジムトレーナーがボールを手に取る。

 ルネシティジムはちょうど『みず』タイプのジム故に、ジムトレーナーたちも『みず』タイプばかり所持していることもその考えを助長した。

 尤も、その判断は正しい。普通に考えても、そうでなくても、視界を確保しようとしたジムトレーナーたちの考えは正しかった。

 

 だからそれは、相手のほうがより手が早かった、それだけのことなのだ。

 

 土煙を裂いて、オンバーンが、チルタリスが、ガチゴラスが、ヌメルゴンが飛び出してくる。

 

 その強力なポケモンたちに驚く暇も無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 殺す、わけではなく、音波で混乱させたり、湖に叩き落したり、尻尾で弾き飛ばしたり、体当たりで気絶させたり、行動不能にしようと暴れまわる。

 ポケモンバトルならともかく、トレーナーへの直接攻撃など、普通のジムトレーナーが想定しているはずも無く(そんなもの想定した訓練をするのはトウカジムくらい)、パニックになって逃げ惑いながら、ポケモンを出すことも無く行動不能にされるトレーナーが続出した。

 

 とは言っても、本命はそこではない。

 

 トレーナーを攻撃したのは、目を引き付けるためであり、同時に本命が『めざめのほこら』へと入れるようにするためでもある。

 

 タッタッタッタ

 

 逃げ惑うトレーナーの間隙を縫って、少女、ヒガナが走る。

 手の中には唯一ボールに戻したボーマンダが入っていた。

 ヒガナが洞窟の入口にたどり着く。同時に崩落し、半ば埋まった入口を見て。

 

「ボーマンダ」

 

 ボールからボーマンダを呼び出す。

 

 そうして。

 

「吹き飛ばして」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 ボーマンダの放った渾身の一撃が塞がりかけた洞窟の入口に大穴を開ける。

 人一人通るのに十分な穴が開いたことを確認すると、ヒガナがボーマンダを再びボールへと戻し、洞窟の中へと入っていく。

 

 けれどそれを咎める者はいない。

 

 何せその遥か後方でパニックと化し、洞窟の入口を見ていた者など誰一人としていなかったからだ。

 

 その日、ルネシティで起きた一つのテロリズムによって、ルネシティジムのジムトレーナーに多くの被害が出た。

 死傷者こそいないが、けれど負傷者多数であり、ルネシティジムのジムリーダーミクリは事件発覚直後に『めざめのほこら』へと向かい。

 

 それから十時間以上。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 




「さあ、始まるでザマスよ」
「いくでガンス」
「フンガー」



というわけで『オレっ娘』グラードンちゃん登場。
尚初登場で威厳クラッシュしていた模様。

尚、『人もポケモンもダメにするクッション』は過去にはシャルちゃんが安眠に使っていましたが、安眠しすぎて放っておくと、昼寝したままそのまま翌日朝まで寝ていたという事態が発生したため、ハルトくんに没収されたという裏設定があります。


グラブルはCCさくらコラボなんとか交換しきったし、これでひと段落、とか思ったら四象始まるし、オトフロはイベント中にさらに別イベント重ねるとかいう離れ業してくるし、リブレスは相変わらずの糞イベレイドだし。
忙しすぎて執筆する時間がねえや(


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大黒天④

 

 

 崩れかけた洞窟の内部を足早に進んでいく。

 かつてカイオーガが暴れたその場所まで辿りつくと同時に、足を止める。

 一部崩落した天井からは空が見え、透き通った地底湖は空から射す光を透過し、水底を映し出していた。

 

 たん、たん、と足を踏み出せば、洞窟内に音が反響し、空へと抜けていく。

 

「…………何故」

 

 ぽつり、と男…………ミクリが地底湖の畔に立つ少女へ向け、口を開く。

 

「何故こんなことをした」

 

 ミクリの言葉に少女は黙し、背を向けたまま答えない。その少女の態度がミクリを苛つかせる。

 ミクリにとっても直接の対面はこれが初めてだ。だがその容姿に関しては、事前にリーグ側から知らされていたし、その存在に関しては()()()()から聞いていた。

 

「流星の民が、ルネでこれほどのことをするなど…………正気ではない」

 

 『流星の民』そして『ルネの民』は元を辿れば同じ民族だ。

 遥か太古、『ゲンシの時代』に分かたれ、それぞれの役目を持ち、掟に準じて各々が役目を綿々と受け継いできた。

 故にどちらが上、どちらが下、ということではなく、同じ存在を崇め、奉る、所謂同志であり、同類であり、同族であった。

 

 だからこそ、今回の凶行は狂気であるとしか言いようがない。

 

「ルネの民を寄りにもよって流星の民の伝承者が害するなど、我ら(ルネ)を敵に回すつもりか」

 

 そんなミクリの言葉に、くすり、と少女…………ヒガナから笑いが漏れた。

 

「ふ、ふふ…………ふふふ…………アハハハハハハハハ!!」

 

 ヒガナが嗤い、振り返る。瞬間、ミクリの背筋が凍る。

 

「…………キミ、は…………」

 

 魂までも吸い込まれそうなほどに虚無的な瞳。

 口は笑っているはずなのに、表情はまるで感情が抜け落ちたかのような無表情。

 ぞっとするほど狂気的なその様相に、ミクリの額に、冷や汗が流れる。

 

「ふふ…………ふふふふ…………流星の民? ルネの民? 伝承者? ふふふ、くだらない、くっだらない!! アハハハハハ、そうさ、もうそんなものどうだっていい!」

 

 そうして返ってきた言葉に、絶句する。

 

()()()()()()()()()()()()。最初から意味なんて無かったんだよ、私のこれまでに、私のやってきたことの全部、全部、全部ぜんぶぜんぶ!!!」

 

 段々と感情的になるヒガナの声に、絶句したままのミクリは何も答えられない。

 

「何だったのさ! 私のこれまでは! どうして! どうして!! あの子はもういない、いなくなっちゃった。私の、私のせいで! 私が失敗したから!」

 

 支離滅裂な言葉の数々が、だからこそ、ヒガナの激情を分かりやすいほどに表していた。

 

「彼女はもういない! 私に全部託していなくなった! あの子ももういない! 私にはもう何もない! ならもうなんだっていい! どうだっていい! 滅びろ、滅びればいい、こんな世界!」

 

 瞳孔は開ききり、(まなじり)は吊り上がる。口を大きく開かれ、口元はきゅっと引き締められている。そうして己が激情を、思うがままに吐き出す。

 

「隕石がこの世界を滅ぼさないのなら、私が滅ぼす。全部壊して、全部潰して、全部消し去って、そうして何もかも無くなってしまえば良い!」

 

 狂っている。目の前の少女に対して、ただそれだけを思った。

 

「ふふ…………あははははは…………あは…………は…………アハァ? 知ってるんだよ、私」

 

 段々と声が小さくなっていく。そうして最後には絞り出すような声で、けれどそこに()()がまとわりついたようなぞっとするような声で。

 

「――――――――ここに原初のキーストーンがあること、知ってるんだよ?」

 

 そう呟き、ニタァ、と笑った。

 

 

 * * *

 

 

 どうしてそれを、とは言わない。

 

 先も言ったが、流星の民とルネの民は元は一つの集団だったのだから。

 とは言え、知っている、とヒガナは言ったが、今となってはそれを知っているのはルネの民、それも伝承の継承者であるミクリのみである。

 流星の民とルネの民は同じ伝承を語り継いできた一族だ。

 だが龍神を崇め祀り、その力を借りることができる『巫女(デンショウシャ)』を排出する流星の民に対して、『めざめのほこら』や『そらのはしら』など、太古の聖域を守り、保持し続けてきたのがルネの民である。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが全ての始まり。

 メガシンカの歴史、系譜、原初。

 メガシンカはホウエンから始まり、世界に広がっていった。

 

 そんな誰も知らない歴史的事実を伝承者の一族は知っている。

 

 ホウエンに降り注いだ隕石は二つ。

 

 最初の隕石はホウエンの西、現在でいうカナズミシティの北に落ち『りゅうせいのたき』を作った。

 

 二つ目の隕石はホウエンの東、サイユウシティとミナモシティの中間に落ち『ルネシティ』ができた。

 

 一つ目の隕石は砕けて粉々となった。『りゅうせいのたき』を探せば今でも遥か太古に堕ちた隕石の破片が見つかる。

 

 二つ目の隕石もまた砕け…………けれど大きな破片が残った。

 虹に輝く巨大な隕石はルネに残ったのだ。

 

 隕石は常にホウエンに災厄をもたらしてきた。

 

 一度目の隕石はグラードンとカイオーガを呼び起こし、しかしレックウザがそれを封じた。

 故にレックウザは『りゅうせいのたみ』に龍神と崇め奉られた。

 

 二度目の隕石は封じたはずのグラードンとカイオーガを再度目覚めさせた。

 ゲンシの時代、強大な力を得て蘇った二体の暴威にホウエンの人々が祈り。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 祈りを束ね、祈りは力となり、龍に力を与えた。

 

 レックウザが再びホウエンへと現れる、その姿を変じて。

 

 それが恐らくこの世界における、最古のメガシンカだと言われている。

 

 メガレックウザの圧倒的力によって、ゲンシグラードン、ゲンシカイオーガは再び地の底に、海の底に封ぜられ、虹の隕石はルネの民によってどこかに隠された。

 元は同じ一族だった流星の民もまたそれを知っている。だがどこに隠したか、までは知らないだろう、それはルネの民の歴史を受け継ぐたった一人だけが知る事実であるから。

 

 とは言え、ルネの民の役割を考えればそんなもの二つに一つでしかない。

 

 『そらのはしら』か『めざめのほこら』か。

 

 ルネの民自身が立ち入ることを禁じた聖域。

 とは言え、『そらのはしら』は見ての通り風化し、朽ちた建物だ。外観からしてボロボロで、あちらこちら崩落して隙間だらけだ。下から上まで一度昇ればそこに何もないことが分かるだろう。

 そして何より、『そらのはしら』はルネの民が管理はしているものの、常に張り付いているわけではない。

 より重要なものを隠すのならば、ルネの内側にあり、ルネの民の目が常に届く場所のほうが合理的だろう。

 

 そう考えれば『めざめのほこら』はまさしくうってつけの場所だと考えられる。

 

 かつてカイオーガと戦うためにチャンピオンも立ち入った場所。

 その深奥には地底湖が存在する…………わけではない。

 

 本来そこには何も存在しない。

 

 カイオーガが海底から岩壁を破って入ってきたことで、塩水湖がそこに生まれた。

 

 否、何もない、というには語弊があるだろう。

 

 そこには入口がある。

 

 さらに奥深くへと、そう…………最深奥へと続く入口が。

 

 少なくとも、ミクリはそう聞いた。代々の継承者はそう語り継いできた。

 実際のところは分からない、当たり前だ。何せルネの民は自らこの場所に入ることを掟で禁じたのだから。

 ことこの状況に至り、ようやく掟の意味も薄れ、ミクリ自身立ち入る決心がついたのだ。

 故に、ミクリにとってもここは聞いてはいたが、訪れるのは初めての場所だった。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。

 

 今重要なのは目の前の少女、流星の民、そして伝承者である少女のことだった。

 

 

 * * *

 

 

「それを知って…………どうするつもりだ」

「あは…………決まってるさ、決まってるよ」

 

 にぃ、と少女の口元が弧を描く。

 

「かつてルネに落ちた隕石より生じた原初のキーストーンは龍神様に繋がっている」

 

 事実だ。かつて一度、それでレックウザをメガシンカさせた事実がある。

 

「だったら、私の祈りも、龍神様へと届くでしょ?」

 

 狂気的に笑む目の前の少女の祈りなど、絶対にろくでもないものに決まっている、それが分かるからこそ、絶対に渡してはならない、そんな当然のことを思う。

 

「行かせると思うかな?」

「押し通るさ」

 

 互いにボールを構える。バトルの腕ならば相応に自信はある。だが相手は伝承者だ、油断はできない。

 

 そうして。

 

「「――――!!」」

 

 互いがボールを投げ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ?!」

 自身の放ったボールからはポケモンが飛び出し、彼女の放ったボールからは何も出なかった。

 それだけの話、だがその異常に思考が一瞬停止し。

 

()()()()()

 

 呟いた少女の声に答えるように、ざばぁ、と()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うし…………ろっ?!」

 

 驚愕し、振り返る。けれど、もう遅い。

 ポケモンバトルの性質上、必ずトレーナーはポケモンの後ろに回る。そのトレーナーの背後、地底湖から現れたポケモンに、トレーナーの目の前のポケモンが対処するには、どうやっても距離と時間が足りない。

 

 故に。

 

「ルオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」

 

 目の前に迫った竜の存在に。

 

「…………っ」

 

 ミクリは目を見開くことしかできなかった。

 

 

 * * *

 

 

「ルネが襲撃された?」

 

 久々に戻ってきたエアも含めた家族全員で…………グラードンはソファでクッションに埋もれて幸せそうに眠っているし、カイオーガは裏庭からそのまま直通で海に散歩に出かけているので二人を除いて…………朝食を食べ、今日はどうするか、と考えていた時、その情報がホウエンリーグから伝えられた。

 

 ルネシティが何者かによって襲撃され、ジムトレーナーたち数名が負傷。襲撃者は『めざめのほこら』へと侵入し、それを追ってジムリーダーミクリが『めざめのほこら』へと入ったまま、すでに数時間、戻ってこない、と。

 

「時間が悪かったな」

 

 ただでさえ、すでにグラードンとカイオーガという災害にホウエン全土が緊張状態にあったのだ、それを捕獲し、日常が戻ってきた。気の一つも抜きたくなるだろう。

 そしてその気の緩んだ直後を襲撃された。

 

 というか自身だって予想外だ。こんなこと、実機ではなかった。実機が全てだとは言わないが、()()()()()()()()()()のか原因にまるで心当たりがない。

 

「暴れていたのはヌメルゴン、オンバーン、ガチゴラス、チルタリスか」

 

 すでに全員『ひんし』となってはいるが、ボールに収納できない、ということはトレーナーの手持ちであるということであり。実機でその面子を使っていたのは…………。

 

「ヒガナ、か?」

 

 ボーマンダを付け加えれば確かその面子だったはずだ。とは言ってももう随分と昔の話なので間違っている可能性もあるが。

 ダイゴが一度戦っているらしいので、後で裏付けするとしても。

 

「どうしてヒガナがルネを襲う?」

 

 エピソードデルタを考えるに、各地のキーストーン所持者を襲うことは考えられる。だが場所がルネ、しかも『めざめのほこら』というのが良く分からない。

 

「何かあるのか? あそこに」

 

 実機において『めざめのほこら』はグラードンやカイオーガと戦う場所、という印象しかない。

 それ以外に特に何かがあるわけではない、と思っているのだが。

 

「いや…………とにかく、行ってみるしかないか」

 

 呟きながら、手持ち全員の入ったボールを腰のホルスターにセットしていく。

 とは言え、グラードンとカイオーガを除いてもボールは十。

 別に持っていけないわけではないが、ホルスターにセットできるのは六つ。

 四つは鞄に入れておくしかないのだが。

 

「取り合えず、いつものやつらで行ってみるか」

 

 リーグ側からチャンピオン就任時のメンバーはトレーナー戦では禁止されているが、とは言え今回は事態が事態だし、問題無いだろう。

 それに、サクラやアクアもいくらか育成したとは言え、一番使い慣れたメンバーとなれば、初期の六人が上がる。

 

「ダイゴからの返信は…………無いか」

 

 先ほどナビ宛てにメッセージを送付しておいたのだが、まだ返事はない。

 まあダイゴもカナズミのデボン本社でそれなりに忙しい日々を送っているようではいるが、リーグ側からも今回の一連の件の協力者として情報は行っているだろうし、すぐに気付いて返信もくれるだろう。

 

 じゃあ…………行くか、そう考えたところで。

 

「ん…………ん…………」

 

 がばり、とグラードンがソファの上で勢いよく上半身を起こす。

 

「あ、目が覚めた?」

「…………………………」

「朝食なら机の上に置いてあるし、俺ちょっと出かけてくるから」

「……………………待て、ニンゲン」

 

 ぼんやりとした様子だったグラードンが突如、目を細め、何かをじっと見つめるかのように、カーテンのかかった窓の外を見上げる。

 ソファから体を降し、立ち上がると、そのまま素足でトタトタと窓まで近づき。

 

 しゃっとカーテンを開ける。

 

 外は眩しい夏日が差し込んできており、見ていたこちらまで一瞬目が眩みそうになり…………。

 

「…………来るぞ」

 

 その呟きに、何が? と尋ねようとして。

 

 ふっと。

 

 突如、家の中が暗くなった。

 

 ()

 

 暗くなったのは家ではなく。

 

「…………………………………………は?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 




やべえ(
大黒天シリーズ⑩で終わる気がしねえ。
書きたいこと書いていくと⑮、へたすれば⑳超えそう(


まあそれはそれとして、原初のキーストーンこと、虹の巨石は原作でも確か存在がほのめかされていたはず。

因みにアニポケだと「最強メガシンカ」シリーズで実際に出てた。

ただ言いたい。

なんで遺跡で放置されてんだよ!!!
あんな重要なもんどう考えたって誰か管理してる人間がいるだろ、普通に考えて。

因みにルネに落ちた隕石=キーストーンというのはオリジナル設定。
とは言っても、ホウエンに落ちた隕石の中から出てきたものであって、それでいてゲンシの時代くらいに落ちてきたもので、それでいてホウエンに落ちた巨大隕石って公式設定では現状二つしかなくて(エピソードデルタ含めると3種)、んで一つは「りゅうせいのたき」に、ひとつは「ルネ」において、んで、伝承者であるヒガナがわざわざキーストーン集めてたってことは「りゅうせいのたき」には多分なくて、「そらのはしら」にもなくて、だったらもう「ルネ」にあるんじゃねえの? ってのが個人的見解。

少なくとも、探せば誰でも入れるような遺跡にぽつんと放置されてて、それをカロスから来た人間がふらっと発見して、それがきっかけでレックウザが着て~とかそんな不自然展開あり得るかよと言いたい。


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大黒天⑤

独自解釈と、オリ設定多様。苦手な人は注意。


 

 

「こりゃア、ハデにヤったなア」

 

 土塊の山と化した『えんとつやま』()()()ものを目の前にして、ウシオは思わず後頭部をがしがしと掻きながらため息と共にそう吐き出した。

 アクア団は環境団体の一種だ。特に自然環境、ポケモンの生活圏の保護を重視している。

 基本的に海ばかり重視していると思われがちだが、別に陸にだってポケモンは多く住んでいるのだ、活動範囲としては間違ってはいないし、実際ボランティアレベルの植林活動から、決壊した河川の修復など専門的な物まで手広く活動している。

 マグマ団もアクア団も、その活動実績から無法者集団だと思われがちだが、実のところ専門的な知識を持った人間というのも多く存在しており、拠点でそれぞれ研究に励んだり、活動に当たって必要な知識を捻出したりしている。

 そうして専門家の意見によって立てられた計画を下っ端たち実働部隊が遂行していく、というのがアクア団の本来のスタイルだ。

 そもそもリーダーであるアオギリ自身、結構良いところの出らしく、専門家に交じって意見を交わしていることも多い。外見で誤解されることが多いが、アオギリはどちらかというとインテリ派である。

 …………言葉にすると凄まじい違和感を覚えるが、そうなのだ。

 

「中々大変ナ仕事にナリそうダゼェ」

 

 参った参った、と言いながらも、しかしながらウシオ自身特段この仕事を辛いと思ったこともない。

 いや、これはそもそも仕事ですらない。何せこの活動で何ら給与が発生するわけでもないのだが、実質タダ働きと言える。

 それでもウシオも、それに他の団員たちも特に不満も文句も無くせっせと働いている。

 

「アニィの理想のためダァ、仕方ネェよナア」

 

 全てはアオギリのために。自分たちを拾いあげ、救い上げてくれた男のために。

 その男に命じられたのだから、何の文句があろうか。

 

「それに…………最近のアニィは、昔に戻ったみてぇダ」

 

 いつからだっただろう、アオギリの表情に心からの笑みが消えたのは。

 伝説のポケモンの復活を目論見、邁進するその姿は今にして思えば暴走していたのだろう。

 だがそれが潰えて…………逆に心に余裕が戻った、とでも言うべきか。

 妙な焦りは消え、楽しそうな笑みが増えた。

 

 アクア団はアオギリのための組織である。

 故に、アオギリが後ろを振り向くことすらなく走り続けるなら、自分たちだってその背を追い続ける。

 だが立ち止まり、やれやれと嘆息しながら、それでも楽しそうな笑みを浮かべるなら、そのほうが自分たちにとって喜ばしいのだ。

 

 だからこそ、今が楽しい。

 

 アオギリが楽しそうだからこそ、ウシオたちも楽しい。

 アクア団とはつまり、そういう組織なのだから。

 

「しっかシ、どこカラ手をつけタもんだこりゃア」

 

 取り合えずできることからということで、土に埋もれた物を掘り起こして荷車で運ばせているが、ここまで派手に崩れてしまっている以上、人の手でどこまで戻せるだろうか、と言った懸念がある。

 

「ウシオさーん」

 

 と、その時、土塊の山の中から団員の声がした。

 

「オーウ、どうしタァ?」

 

 土の山の中から手だけが伸びてきて、手を振ってくる。

 何かあったか、と思いながら手招きされるがままに土塊の山を登っていき。

 

「…………オイオイ、コイツハ」

 

 そこに()()()()()()ものを見て、ウシオが目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

「っ…………なんだって! それは本当かい?!」

 

 ツワブキ・ダイゴがその報告を受けたのは、自身の働く会社へと出社し、早朝の会議のために簡単な書類を準備していた時だった。

 

 チャンピオンの座を受け渡してから早二年。

 元よりチャンピオンという座にそれほど執着の無かったダイゴだが、ポケモンバトルにおいて初めて()()()()ができたことにより、かつてと比較にならないほどのモチベーションに溢れていた。

 とは言え、新チャンピオンから協力を要請された伝説との戦いに備えるならば、迂闊にチャンピオンが交代するのもマズイと考え、伝説との戦いが終息するまで日々鍛錬に暮れていた。

 その意気や、趣味の石集めを中断するほどのものであり、何よりも周囲の人間を驚かせた。

 

 そのダイゴが何故父の会社で働いているのかと言われれば、つまるところ引き継ぎだ。

 

 元々、御曹司として後を継ぐ立場にあったのだが、ホウエンチャンピオンという地位が彼を好きにさせていたのだ。

 それが無くなった以上、次のことを考えてほしい、というのがダイゴの父の考え。

 そもそもいくら若く見えてももう二十も半ばである、十歳で成人と見なされるこの世界で二十半ばというのは相応の歳だ。

 焦るほどの物ではない、だが決して楽観したまま座視できない、そんな中途半端な年齢。

 

 だからダイゴも渋々ながら受け入れた。結局将来自身が継ぐことになる会社である。

 とは言え、彼自身やらねばならないことは多くある。元チャンピオン、だがその実力はそれでもホウエンで一、二を争うものだ。しかもその力は日々成長している。

 しかる後、来るべき伝説との戦いに備えて、この強大な戦力を外すことはできない。

 実際、ホウエンリーグから協力の要請が来ているのだ、父親たるツワブキ・ムクゲとてポケモン協会、引いてはその配下のホウエンリーグを無視することはできない。

 

 そこからのダイゴは多忙を極めた。

 会社の仕事とて楽なものではない。引継ぎ、と言ったが、会社のトップの引継ぎ業務だ。その内容は多岐に渡り、仕事量は膨大なものとなる。

 それに加えて、日々の鍛錬でトレーナーとして腕を磨き。

 ホウエンリーグの要請で用心棒のような真似をしたり、活発に動き始めたマグマ団、アクア団を探して各地を巡ったり。

 

 並みの人間ならどれか一つと言ったことを、全て難なく熟せるのは、間違いなくダイゴという男が天賦の才を持つからだろう。

 

 そしてだからこそ、その情報を受けたダイゴの驚きようが、ダイゴが受けた衝撃の大きさを物語っていた。

 

 ナビから聞こえた声、紡がれた言葉、その内容にダイゴの思考が一瞬止まった。

 

 そうしてすぐにフル回転を始める思考が、次の行動を導きだす。

 

「すぐに行くよ、詳細が分かり次第()にも伝える必要があるからね」

 

 ナビの通話を切り、すぐさま父に連絡を取る。

 仕事を休むことに対して、けれど父はダイゴを信頼しているからかすぐに了承をくれた。

 許可をもらえば即座に行動を始める。

 

「ヤイバ!」

 

 エアームドをボールから出し、その背に飛び乗る。

 そうしてエアームドが大空へと羽ばたき始め、加速を始める。

 

 そうしてダイゴは一路トクサネシティへと向かう。

 

 会社を出た直後に届いた、ナビのメッセージに気づくこと無く。

 

 

 * * *

 

 

「はあ…………はあ…………」

 

 荒い息を吐きながら、少女、ヒガナは歩く。

 

「まさか…………あんな水の底に、あるなんて、思わなかった」

 

 ミクリを奇襲によって気絶させ、ようやく邪魔者も居なくなったと目的の物を探したが、まさか湖の底にさらに下へと続く入口があるとは思わなかった。

 水に潜れるボーマンダ以外では決して見つけることができなかっただろう。

 

「『みず』の、血統持ちで、助かったね」

 

 『血統』を意図的に作ることはそれ即ち、外界において生命を弄ぶ禁忌に等しい行為だ。

 簡単に言えば、卵から生まれてくるポケモンを意図的に改良する行為。

 ポケモンにはある程度分類(グループ)のようなものがあり、同じ分類(グループ)のポケモンなら、違うポケモン同士でも卵を作れる。そして生まれる子供は雌の種族を基本としながら雄の種族の特徴もある程度引き継いで生まれるハイブリッドとなる。

 つまりそれが『血統』であり、それを利用して強いポケモンを()()ことはこの世界において非常に忌避されている。

 そもそもの話、そんなことをしなくても育成である程度までは後天的に能力を付与することも可能であるため、する人間などまず居ない、居たとしてもそんなものすぐに廃れる…………否、()()()()()()()と言うべきか。

 

 『りゅうせいのたき』においてもそれは等しく禁忌だ。もしそれをすれば一族を追われることになるほどの禁忌。

 

 そしてヒガナのボーマンダはそんな『血統』持ちの一匹。

 

 勿論、意図的に造ったとなればいかな伝承者のヒガナとて外道の誹りを免れない。

 

 ()()()()()()()、だが。

 

 実際のところ、違うポケモン同士で卵を作るというのは自然界でも時折確認されている。

 そうしなければ通常では覚えない技というものがあり、それを覚えた個体が自然界に存在することが何よりの証左だろう。

 ヒガナのボーマンダも元はそう言った類の一匹であり、ボーマンダの母親とギャラドスの父親を持ち、それが故に生まれた時から『みず』タイプに対する高い適正を持っていた。

 “ハイドロポンプ”などの技も覚えるし、恐らく育成能力の高いトレーナーが育てればタイプを『みず』に変えることだってできるだろう。

 

 ヒガナの育成能力ではそこまで望むこともできないが、それでも一種の特異個体と言うべきなのか、通常のボーマンダではあり得ない『なみのり』と『ダイビング』を覚えることができる。

 そうして水中を探索してもらった結果、水底にあった入口を見つける。

 とは言っても穴の上に石を置いて隠しただけの簡素なものだったが、洞窟の崩落によって大量に岩が水底にあるため見つけるまでにそれなりに時間を要してしまった。

 だが見つけてしまえばこちらのものだ。

 ボーマンダの一撃で底に穴を空けさらに進んでいく。

 

 洞窟の中とは思えないほどの入り組んだ地形、さらに完全に浸水してしまっているため明りも点けることができず、一本道でなければ確実に迷っていたかもしれないと思わされるような道中。

 道の先は突き当りになっており、真上へと道が伸びていた。

 そうしてボーマンダの背に乗って浮上いていくが、水圧の差というのが存外大きく、少女の身であるヒガナにとってかなりに負担になっていた。ボーマンダがこちらを伺うように見てくるが、けれど構わないと首を振ったヒガナの姿を暗い水の中で見えていたのかいないのか。

 けれどボーマンダは止まらずそのまま水面へと昇っていく。

 

 水面を抜けた瞬間、全身を包む浮遊感と圧が消えていく。

 

 荒い息を吐きながら暗い洞窟内で明りを灯す。

 すぐ傍に陸地があることに気づき、ボーマンダに指示を出す。

 一体どれだけの時間、水中を潜っていたのか、ヒガナ自身検討もつかない。

 ただ、陸に足をつけた瞬間、思わずよろめき、崩れ落ちる。

 ルォォ、とボーマンダが心配そうに頬をこすりつけてくる。

 それに大丈夫と返しながらその頭を撫で、立ち上がる。

 

 明りで見渡す限り、まだ奥があるらしい。

 疲れ切った足を踏み出し、歩く。

 

「はあ…………はあ…………」

 

 荒い息を吐きながら、少女、ヒガナは歩く。

 

「まさか…………あんな水の底に、あるなんて、思わなかった」

 

 さらに言えば隠しされた通路の奥の内側まで浸水しきっているというのも予想外だった。

 

「『みず』の、血統持ちで、助かったね」

 

 ボーマンダがいなければ詰んでいた。ミクリを気絶させたあの場所で立ち往生となっていただろう。

 心配そうなボーマンダに再度大丈夫と声をかける。

 

「大丈夫…………見つけるまで、倒れない、から」

 

 長時間水の中に潜っていたせいで、全身が震える。

 土気色をした顔と紫色に染まった唇が体温の低下を周囲に伝えていた。

 

 それを見ているのは一匹の竜だけだが。

 

 暗い通路が続く。

 一体今ルネのどこ辺りなのか、少なくとも『めざめのほこら』の周辺というにはちょっと歩き過ぎている。

 海の上なのか、それとも下なのか、それすら分からないほどに昇り降り(アップダウン)を繰り返し、東も西も分からないほどにぐにゃぐにゃとねじ曲がった道を進んできたため、今自分がどこにいるのかすら分からない。

 

 それでも、一つ分かることがある。

 

「この、先だ」

 

 呟く視線の先、手元の明りでは照らしきれない深い深い闇の奥。

 そこに確かに有ると感じる。

 

 目指していた物。

 

 求めていた物。

 

「あと、ちょっと」

 

 ふらつく体で、一歩、また一歩と歩く。

 

 もう今から来た道を戻るだけの体力も無い、進んで、進んで、進んで。

 

 求めた物を見つけて、そうして。

 

「……………………ふふ、あはは」

 

 その先には、何も無い。ヒガナという少女の生の終わり。

 

「ごめんね、ボーマンダ…………お前まで付き合わせて」

 

 振り返り呟いた一言に、ボーマンダが低く唸り、再度頭を擦り付けてくる。

 まるで気にするな、とでも言っているように思え…………否、きっと言っているのだろう。

 

「なんで…………こうなっちゃったんだろうね」

 

 それは、ここに来るまでに幾度となく呟いた言葉だった。

 

 ヒガナという少女は『りゅうせいのたき』で生まれた。

 『流星の民』という一族の中で育ち、けれど特別な才を持たなかった少女は一族の基準ではというただし書きこそ付くが、極普通に育った。

 閉塞した環境で生きる『流星の民』は皆が一族であり、血の繋がりを問えば恐らく全員が全員辿っていけば遠い血縁関係と言える。故に直接的な血の濃さに関係なく、一族全員が一つの家族であり、共同体として暮らしていた。

 とは言え、やはり近い歳同士で遊びたがるものであり、ヒガナもまた歳の近かったシガナという少女に懐いた。シガナもまた年下のヒガナを良く可愛がり、傍から見れば本当の姉妹のようでもあった。

 ただ一つ、そこに付け加えることがあるとすれば、シガナという少女が『流星の民』の正当なる『伝承者』であったことか。

 

 流星の民には千年前から伝わる予言がある。

 

 ホウエンに降り注ぐ災厄の存在。つまり巨大な隕石がホウエン、どころかこの星すらも滅ぼすだろうという予言。

 

 それを防ぐために『流星の民』は独自に千年もの間、様々な術を編み出してきた。

 

 そして『伝承者』とはそれらの術を遺失することなく文字通り『伝承』する存在である。

 

 そして予言の千年はもうすぐ来る。

 

 『伝承者』であるシガナはそのために命を賭けて使命を果たし、そうしてホウエンに降り注ぐ巨大隕石は『流星の民』が独自で動き、解決するはずだった。

 

 本来ならば。

 

 それができなかったからこそ、話はこうも拗れた。

 

 シガナが死んだ。

 

 元からそう体の丈夫な少女ではなかったのだ。病弱、と呼べるほどではなかったが、けれど年下のヒガナに発育で追いつかれるほど小さな少女だった。

 特に『伝承者』の務めは大きく体力を消耗することもあるため、体の弱い少女に任せるようなことは無く、別の誰かがなるべきだった…………それが可能ならば。

 

 『伝承者』とは誰でもなれるようなものではないのだ。

 

 致命的なまでに『才能』を必要とする。

 

 特に『異能』に関する大きな才能、これが無ければ絶対に不可能と言えるほどだ。

 

 そして不幸にも現在の『流星の民』に強い『異能』を持つ人間というのがシガナ以外に存在しなかった。

 故に、まるで必然だと言わんばかりに、シガナが死んだ。

 

 シガナが死んで、それから、それから。

 

 ――――ヒガナがそれを受け継いだ。

 

 特別な才なんて無かったはずの少女がそれを受け継いだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 己が異能を、術を、技を、その全てをたった一人の少女に受け渡したから。

 だがヒガナには『伝承者』となるには致命的なまでに才能が足りない。

 だからこそ、その大半を零れ落とした、受け継いだ物も劣化してしまった。

 

 それでも他の人間に比べれば『異能』の才を持つだけまだマシだった。

 予言の千年目はもう間近に迫っていた。

 『流星の民』に最早選択の余地は無かった。

 そうして苦肉の策でヒガナが『伝承者』となり、使命を受け継いだ。

 その傍に、初めてのトモダチ…………『シガナ』と名付けたゴニョニョを連れて。

 

 

 

「自分に致命的なほどに才が足りないことは分かっていた」

 

 呟きながら、自嘲気味に笑う。

 真の伝承者ならば、自らで動き、何もかも解決できていたのだろう。

 だが自分は偽物だ。自分が受け継いだのは『伝承』の切れ端のようなもに過ぎない。

 だがその『切れ端』すらも自身に大きな力をもたらした。

 

 もたらし…………それでも足りない。

 

「龍神様を呼び出す力も無い、願いを届けることもできない。まして操ることなんてもっとだ」

 

 だから、マグマ団とアクア団、二つの組織を利用し、『グラードン』と『カイオーガ』を甦らそうとした。

 二匹の伝説が地上で暴れれば、かつての伝承と同じく『レックウザ(龍神様)』はきっと姿を現すだろう。

 そうして目の前に姿を現してくれれば自身の願い、祈りも届けることができる。

 そう信じたから。

 だから、欺き、騙し、最後には裏切り。

 

 そうして二体の伝説は止められた。

 

 ふざけるな、と言いたかった。

 最早予言の日まで日が無いというのに。

 邪魔をするな、と言いたかった。

 

 例えその道中で何百、何千、何万の人が死のうが。

 何もしなければ星が滅ぶだけだ。

 

 だから、それは仕方のない犠牲なのだ。

 

 だから、邪魔をしないでくれ。

 

 だから、だから、だから。

 

 そんなヒガナの願いは届かない。

 

 龍神は現れず。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「…………なんで、なのかな」

 

 震える体で、震える唇で、震える声で、ぽつりと呟いた。

 

「どうして、隕石は落ちなかったのかな」

 

 千年前、『流星の民』が予言した日は過ぎ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「隕石なんて…………無かったんだ」

 

 最初は何かの間違いだと思った。

 次に、場所が違っていたのかと、他所の地方で隕石の情報が無いかを調べた。

 さらには、予言の日付を間違えたのかと何度も何度も確認し。

 

 最後に、予言が間違っていたのだと、理解した。

 

「ふざ…………けるな!!!」

 

 洞窟内に声が反響する。

 吐き出した空気に、思わず(むせ)て、何度もせき込む。

 それでも、体の震えは止まらない。

 

 それは寒さではない。

 

「なんで、なんで!!!」

 

 怒りから、だ。

 

「私たちは何のために…………シガナは! 何のために…………何のために死んだ?」

 

 間違っている。

 

 何もかも、間違っている。

 

 間違えていたのは、流星の民であり。

 

「こんな世界…………間違ってる」

 

 だから、壊すのだ。

 

「あは…………あはは…………アハハハハハハ!」

 

 歩いて、歩いて、歩いて、ようやくたどり着く。

 

「みつけた…………みつけた、見つけた、ミツケタ」

 

 明りに照らされ、虹色に光る巨石の元へ。

 

「アハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 咽る、咳き込めば、血が混じっていた。

 だが最早そんなもの関係ないと、嗤った、嗤った、嗤った。

 そうしてぴたり、と虹の巨石に触れ。

 

「壊して…………全部、全部、壊して! 何もかも、滅ぼし、潰し、焼き払い、そして」

 

 全部、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――――。

 

「――――何もかも、壊してしまえ!!!」

 

 絶叫に応えるかのように、巨石が虹色に輝き。

 

 

 そして――――――――。

 

 

 

 




5000字前後で書いてたら10話で終わらないことに気づいたので、話多少短縮しながら文字数増量することにした。と思ったら、余計な話書いて結局1秒だって前回から進んでない罠。とは言え、ヒガナはほぼ描写無かったからエピソードデルタやってない人には全然分からないだろうし、やった人でも正直半分くらいしか分かってないだろうから、こうなった経緯みたいなのも描写したくて…………やっぱ1話1万字くらいがベストな気がしてきたぜ。
というわけで前回の補足&黒幕の裏設定みたいなの。

因みに『血統』云々の設定は割と前(三章中盤くらい)からあったけど、出す意味あるかなあ、とか出しどころ無いなあとかの理由で今まで出てこなかった。

ネタバレ①:ここまで拗れてしまった原因となる全ての戦犯が2人いて。割合的には8:2くらい。実はもう本編に登場してる。

ネタバレ②:実はとあることをするだけで実機と同じようなルートを辿る(つまり何事もなくハッピーエンド)。まあ本編はすでに終わってしまっているので、このルートだが。


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大黒天⑥

「なんだ…………これ」

 

 まるで突然夜になったかのように錯覚してしまうほどの闇が世界を覆った。

 突如真っ暗になった家の中の様子に驚き、そしてグラードンの開けたカーテンの向こう側を見る。

 

()()()()()()()()()()

 

 見たままを言っただけなのだが、余りにも非現実的過ぎて一瞬呆けてしまう。

 つい先ほどまで真夏日が差し込み、眩しいほどに煌いていたはずの空が。

 どす黒く染まり、雲一つないはずの空には太陽も無く、月も無く、星すらも無い。

 

 

“ だ い こ く て ん ”

 

 ――――せかいが やみよに つつまれた

 

 

 例えるならば闇夜。新月の夜。星一つ無い真の闇が世界を覆い包んでいた。

 

「なんだよ…………これは!」

 

 声を荒げる。

 理解ができない。何よりもそれが最悪だった。

 例えばこれが大雨だったらカイオーガの仕業だと思えるし、猛暑になるならグラードンの仕業かと思える。

 それならもし突然そうなったとしてもここまで慌てることはない。

 

 自身の知識に、こんなことができるポケモンの存在が無い。

 

 それこそが、何よりも自身を焦らせた。

「何がどうなってやがる」

 呟きながら、足早に玄関を抜け、外に出る。と同時に周囲の家に明りが灯る。確かにこう暗いとろくに周りも見えない。そして家から出てくる人の姿がちらほらと見え始める。

「…………明り、つけるか」

 こちらも一旦家の明りをつけようと戻ろうとした直後、ぱっと家の中で電灯が点き、視界が明るくなる。

 どうやらグラードンがつけてくれたらしい、二階のほうにも母親が電気をつけたのか明りが漏れている。

 そうやって視界に明るさが戻ってくると、少しだけ冷静になってくる。

 

「まずどういう状況だこれ」

 

 空が闇に包まれている。

 端的に言えばそれだ…………それだけだ。

 それ以外の異常というのが見当たらない。

 ただ暗い。現状だとその一言で済まされてしまう。

 状況自体は異常の一言に尽きるのに、その結果が余りにも不釣り合いだった。

 

「グラードンが何か知っている?」

 

 空が闇に覆われる直前、確かにグラードンはそれを予期したような言葉を発した。

 だとするなら、何か知っているのか、それとも何かを感じ取ったのか。少なくとも、こちらより情報を持っているのは間違いないだろう。

 故に、家に戻ろうと踵を返し。

 

 ピカッ、と。

 

 一瞬、空が光った。

 

「?!」

 

 暗闇の覆われた頭上からの突然の光に視線がそちらを向き。

 

 

「キュオォォォォォォウォォ!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 見たままを言おう。

 

 

 黒いレックウザが空に浮かんでいた。

 

 

「色、違い?」

 確か色違いのレックウザがあんな配色だったはずだ。

 ていうか自身だって過去には持っていた。何せ公式がばら撒きまくっていたのだ、それも第六世代で持っていない人間のほうが珍しいと言われるレベルで。

 だから、分かる。一度ゲームで見ているからこそ、理解できる。

 

 それが()()()()()()()()()()()()ということに。

 

 実機の色違いはやや灰がかって見える黒だ。しかも体のラインは黄色が混じる。

 だが空に座すそれは真に黒だ。漆黒というより最早闇黒と呼べるレベルで深い黒。そんな黒で全身を一色に塗りたくられている。

 

 漆黒の空を雷鳴が照らす。

 

 その僅かな光が、空を泳ぐレックウザの姿をうっすらと照らし。

 

「――――っ!!」

 

 その全身が闇に包まれたのを見た。

 

 闇がまるで球体のようにレックウザを包み込み、その姿を隠す。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 なんて、思った。思いついてしまった。

 それを切欠としたかのように。

 

 闇が割れた。

 

 闇が割れ、()()()()()()()()()()が生まれる。

 

 

「キュオォォォォォォゥウォォォォォォォォォ!!」

 

 

 鼓膜を振るわせる咆哮がびりびりと、まるでホウエン中に轟かせるかのように響き渡り。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 …………そうして。

 

 

 ――――直後、ホウエンの海が大きく弾けた。

 

 

 * * *

 

 

 海を割り、青の怪物がその姿を見せる。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!」

 

 カイオーガ。ホウエンの伝説の語られるポケモンの一体。

 先の件で太古の眠りから目覚め、ホウエンを未曾有の大雨に包み込んだ海の魔物が咆哮を上げる。

 

 “いてのしんかい”

 

 放たれるのは絶対零度の水底の凍て水。

 深海の超低温の水球が宙を舞う黒龍へと放たれる。

 レックウザの本来のタイプは『ひこう』『ドラゴン』。

 どちらも『こおり』タイプを弱点としており、その一撃は通常時のレックウザなら一撃で撃ち落される可能性すらあるほどの強烈な一撃。

 だがレックウザはメガシンカによってその特性を“デルタストリーム”へと変化させる。

 特性”デルタストリーム”は天候を『らんきりゅう』に変化させ、『らんきりゅう』は『ひこう』タイプの弱点が無くなる、という効果を持つ。

 故に本来のタイプ相性の半減ダメージ、だがそれにしても2倍弱点。しかもそれを放つのはカイオーガ。同じ伝説のポケモンである。

 レックウザの能力はグラードンとカイオーガの攻撃面での良いところを併せ持つが、逆に防御面では悪いところを併せ持つ。

 つまりその一撃は本来ならば大ダメージとなり、レックウザをその大空から撃ち落すに足る一撃。

 

 ()()()()()

 

「キュォォォ…………ウゥォォォォォ!!」

 

 まるで海水を被ったことを怒った、程度の様子でレックウザがカイオーガへと吼える。

 そこにはまるでダメージと言ったものが感じられず。

 

 直後、その体が凍り付く。

 

 ぴきぴき、と元より氷点下を割っていた凍て水が上空の冷たい空気に当てられて急速に黒龍の体に霜焼けができ、さらに凍らせていく。

 

 けれども。

 

「キュゥォォォォ」

 

 レックウザが不快そうに凍り付く体に視線を向け、吼える。

 瞬間、風が逆巻く。逆巻いた風は柱のように、上から下へと伸びていき。

 やがて海上から天空へと伸びる巨大な竜巻と化す。

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 同時に、レックウザの表面に張り付いていた氷がパリパリと剥がれ落ちていき、レックウザが自由を取り戻し、反撃とばかりに吼える。

 

 “かみなり”

 

 雷鳴が轟き、海の上の怪物へと降り注ぐ。

「グォォォ…………オオオオオォォォ!」

 稲妻に焼かれたカイオーガが悲鳴染みた叫びを上げ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 裏庭に大穴を開けて地下水脈を抜ければ、海へと繋がっている。

 元より森一つ挟んで向こう側は海を望むのがミシロタウンの立地だ。

 森を抜けようとすればその深さに苦労するかもしれないが、その地下を真っすぐ抜けていけば地上を進むより格段に速く進むことができる。

 ましてカイオーガ自身が作った地下水道を泳いだならなおさらだ。

 だからカイオーガは捕獲され、ミシロにやってきて以来、毎朝海を泳ぐのが日課になっていた。

 

 自らを捕まえた少年から天候を変えることを禁止されているため、カイオーガにとって地上は少しばかり生き辛い環境だ。

 とは言っても伝説と呼ばれるほどの力を持つポケモンである。海の生物のように水がないと生きていけないというわけでも無い。ただ水に漬かっているほうが落ち着く、というだけの話。元は水棲だけにそこはどうしようも無い(さが)だ。

 だから勝手に庭に溜め池(プール)を作った。作ったら一緒に入る仲間ができたがまたそれは別の話。

 そうして一日の大半はプールの中に沈みながら過ごしている。

 元より他の伝説と違い、カイオーガには…………グラードンもだが、目覚めても特にやるべきこと、というのは無い。

 だから自分の生きやすい環境を作ろうとしてグラードンとはしょっちゅう激突していた。

 

 その度に邪魔が入っていたが。しかもその邪魔が自分たちよりも強いから結局、グラードンと喧嘩両成敗と言わんばかりに毎度封じられていたのを思い出す。

 

「あーなんか腹立ってきたなあ」

 

 人に擬態した姿で海を泳ぎながらこそりと呟く。

 苛立たしい、そんな時は泳ぐに限る。どこぞのバカトカゲのように苛立ち紛れにすぐ地震を起こすような真似はしない…………まあ偶に津波を起こしたりするけども。

 とは言え、こうして広い海で存分に泳ぐことができる、というのはカイオーガにとって至上の時間である。

 雨雲を生まないように力を抑えるのは少し手間だが、そこはそれ。

 同じ伝説の力を借りたとは言え、自らを打倒した少年に対する敬意は払う。

 それは付き従い戦うほどではない。何故なら少年の指示で戦う、ということは、少年が自身よりも上であることを認めるに等しいから。

 寝ぼけていたとは言え、だからこそ加減抜きだった自身を正面からの戦いで打倒したのだ。少年とその仲間たちを同格と見なすことはできる。

 だが、だからこそ、格上とはみなせない。

 

 そんな複雑な思いは結局のところ、その戦いをカイオーガ自身がほとんど覚えていないということが原因だ。

 

 だから今度は自分の意思で、正面から戦い、そうして敗れたならきっとその時は…………。

 

「まあ…………いつかの話だよね」

 

 少なくとも、今の面子なら負けるとは思わない。

 だから今はまだ、従わない。敬意は払えど、従うことはしない。

 それは裏を返せばいつかは…………と自分で考えているに他ならないのだが。

 すでに半ば主を認めてしまっていることに、けれどカイオーガは気づかない。

 

 ――――洞窟の水底で沈み動かぬ自身の体に、少年がボールを叩きつける瞬間が目に焼き付いていた。

 

 一瞬、それを思い出し、ぶるり、と体が震えた。

 

「超えるのかな?」

 

 ふと口をついて出たのはそんな疑問。

 

 あの人は、彼は…………。

 

「アタシを、超えてくれるのかな?」

 

 そんな疑問を口にした瞬間。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 海が、ではない。空が、だと気づいたのは直後。

 元より深海というのは日の光の刺さない暗闇の世界だ。

 カイオーガというポケモンはそんな深海でも平然と生きる存在であり、暗闇にはむしろ目が慣れていた。

 

 故に、空からの光が消えたことにすぐに気付き。

 

 そうして。

 

 空に座す黒龍を見た。

 

 見て、見て、見て。

 

 何かを考えるより早く、元の…………ポケモンとしての姿へと変じ。

 

 そして。

 

 飛び出した。

 

 

 * * *

 

 

 本能がそれを敵だと叫んでいた。

 過去がどうとか、今がどうとか、そういう問題ではなく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本能がそう警告を発していた。

 故に、一瞬の迷いも無く、アレに一番通用するだろう選択を取り。

 

 “いてのしんかい”

 

 放たれた凍て水に、けれどソレは揺るぎもしなかった。

 そうしてその巨体な張り付いた氷を一瞬にいして剥がし。

 

 “かみなり”

 

 雷轟がカイオーガの体を撃つ。

「グォォォ…………オオオオオォォォ!」

 その桁外れの威力に絶叫し、悲鳴を上げ。

 

 不味い、このままでは絶対に勝てない。

 

 思考が回る。

 

 だが力を解き放つことは彼との約束を破ることになる。

 一瞬それを考えた。

 けれどつべこべ言っていられるほどの事態でも無かった。

 

 ()()()()()()

 

 放っておけば必ず世界の災厄になる。

 近しい次元にいるからこそ、それを余計に感じ取れる。

 正直気に食わないが、グラードンも同じものを感じ取っているのだろう。

 だから、きっとその危険性は彼にも伝わっているだろう。

 

 じゃあ、後は何とかしてくれるだろう。

 

 そんな信頼にも似た気持ちが沸いてきたことに驚く。

 普通に考えれば、というか()()()()()()()()()()()()それは不可能だろう。

 アレは異常だ。かつて戦った時とは比べ物にならないほどに異常染みている。

 どう考えたって勝てるはずがない、この地上のいかなる生物もアレには勝てない、そんな予想があるのに。

 

 ――――キミならきっとどうにかしてくれるんだろうね。

 

 そんな思いが捨てきれない。

 故に、彼との約束を破る。

 その全身が光に包まれる。

 海という大自然を通して、莫大なエネルギーを集めていく。

 

 そうして。

 

 ゲ ン シ カ イ キ

 

 光が割れた。

 

 

 * * *

 

 

「ん…………アイツ、やる気かよ」

 

 窓の外を眺めていたグラードンがぽつり、と呟く。

 何が、と疑問符を浮かべる自身を捕まえた少年にけれど一瞥することも無く嘆息し。

 

「行くっきゃねえな…………じゃなきゃ、滅ぶだけだ」

 

 待てと引き留める少年の声に、グラードンが振り返り。

 

「おい、ニンゲン。こっちの知ってることは全部教えてやった、あとはテメェが何とかしろ。アイツを倒したように、オレを止めたように。その時間は、オレとアイツでなんとかしてやる」

 

 頼むぜ? そう告げたグラードンに少年が目を見開き固まる。

 固まってしまった少年を一瞥することも無く、グラードンは家を出る。

 

「あーあ…………オレもおかしくなっちまったかなあ」

 

 両腕を組みながら再び嘆息する。

 その頭上では海王と黒龍の激しい戦闘が繰り広げられている。

 本当は凄く凄く気が乗らない。

 何が悲しくてあの魚介類と共闘なんぞしなくてはならないのだろうか、と内心思う。

 

 それでも。

 

()()()()()()()、ヘチマ野郎」

 

 前に見た時より随分と黒くなってしまっているが、見間違えるはずも無い。

 かつてのカイオーガとの戦いの際に現れ、自身たちを封じた龍の姿を、見間違えるはずも無かった。

 

「随分と狂ってやがるな…………ニンゲンどもの祈りはそんなに苦しかったか?」

 

 以前には感じなかったはずの殺意がそこにはあった。

 同時に感じられるのは破滅願望とでも呼ぶべきもの。

 

「だからテメェは気に食わねえんだ…………他人になんぞ感化されて、それで自分の意思まで塗りつぶされてちゃ意味ねえだろ」

 

 別はアレは人類の味方だとか、そういうわけではない。アレは単純な話、調停者だ。

 世界の和を乱すことは許さない、極論を言えば、自分の住みにくい環境にされるのは嫌だ。

 その程度のエゴでかつてグラードンとカイオーガを叩きのめし、地の底に、海の底に封じた。

 腹立たしくはあれど、けれどそれを間違っているとはグラードンは言わない。

 何せグラードンもカイオーガも同じことをしていたからだ。けれど弱かったから負けた。力が強いものがのし上がる。極めてシンプルな野生の掟だ。

 

 だから一度目はそれで良かった。

 

 問題は二度目、だ。

 

 何をとち狂ったのだろうあの龍は、人の願いを聞いて動いた。

 結果、力を増し、より強くなった。けれど反面、人の意思に動かされる存在へと成り下がった。

 

 ああ、正直に言おう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 二度目の戦いは不意を打たれたからこそやられてしまったが、あの時と同じ程度の存在ならば今のグラードンでも勝ち目があった。

 それはグラードンと同格とされるカイオーガも同じのはずであり。

 

 なのに。

 

 今見ている光景では、カイオーガが防戦一方だった。

 

 次々と落ちてくる流星、落雷、衝撃をカイオーガが全力で撃ち落し、時に打ち漏らしを食らって悲鳴を上げていた。

 

 圧倒的なほどの力の差、とでも言うべきか。

 

 ただのメガレックウザではない、それは事実。

 

 じゃあだったら何なのだ、と言われれば。

 

「なんつったっけなあアレ」

 

 昔々に聞いたような覚えがあるのだが、いまいち思い出せない。

 

 殺意に染められた黒い意思。

 

 全てを殺す意思こそ、生命の不倶戴天の天敵となる。

 

 故に、その名をつけるならば。

 

 

「――――『ダーク』タイプ」

 

 

 全てのタイプ相性に打ち克つ最凶の存在。

 

 それを持つ存在を。

 

 

 ――――ダークポケモンと呼ぶのだ。

 

 

 




ネタバレじゃないけど、ぶっちゃけ【まともな勝負にならない】ので先のデータ公開しとく。見たくない人は見なくてもいいよ。

























白目を向け、読者。これが作者の今作最後の殺意だ!













ダークメガレックウザ Lv300 特性:だいこくてん タイプ:ダーク

H50000 A2000 B1200 C2000 D1200 S1300

技:しんそく、りゅうせいぐん、りゅうのまい、げんしのちから、かみなり、げきりん、ハイパーボイス、あんやのつぶて

特性:だいこくてん
『せかいが やみよに つつまれた』
全体の場の状態を『やみよ』に、天候を『らんきりゅう』にする。また場にいるかぎり他のポケモンが天気を他の状態へ変えることができなくなる。

場の状態:やみよ
場の『ダーク』タイプのポケモンの全能力を1.2倍にする。『ダーク』タイプ以外のポケモンの技の『命中』と『回避』が0.8倍になる。天候が『ひざしがつよい』や『ひざしがとてもつよい』の時、効果が無くなる。

特技:あんやのつぶて 『ダーク』タイプ
分類:ガリョウテンセイ+だましうち+ふいうち
効果:威力140 命中- 優先度-2 必ず相手に命中し、急所に当たる。 場の状態が『やみよ』でない時この技は失敗する。 攻撃後、自身の『ぼうぎょ』『とくぼう』が1ランク下がる。相手の“まもる”“みきり”等の技を解除して攻撃する。

裏特性:あれくるう
自身の攻撃技の威力を1.5倍にする。変化技が出せなくなる。

アビリティ:かざきりのしんいき
天候が『らんきりゅう』の時、全体の場の状態を『そらのはしら』にする。

場の状態:そらのはしら
自身の特性を除く、場の状態の変化、場に出ているポケモンへの状態異常、状態変化、能力の変化を全て無効にする。この効果は変更されない。

アビリティ:ミカドきかん
持ち物に『いんせき』を追加する。別の持ち物と重複することができる。持ち物が『いんせき』の時、メガシンカすることができる。メガシンカ時、毎ターンHPが1/6ずつ回復する。

アビリティ:そらにざすもの
相手の『じめん』技と直接攻撃する技を受けない。『ひこう』タイプのポケモンはこの効果を受けない。

アビリティ:エアロスケイル
天候が『らんきりゅう』の時、受けるダメージを半減し、自身の能力が下がらない。割合ダメージを無効化する。

禁止アビリティ:はめつのいのり
攻撃技を自分と同じタイプの技としてダメージ計算する。攻撃技を使用した時、最大HPの1/10のダメージを受ける。攻撃技が相手に命中した時、繰り出した技の威力と同じだけのダメージを受ける。



ボクの考えた最強のポケモンの中でもマジで最強。
ぶっちゃけ、これを超えるの作者の想定ではアルセウスだけだ。


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大黒天⑦

原作設定の独自解釈が多数入っています。苦手な人は注意してください…………っていまさら過ぎる気もするけど。


 

 ――――頼むぜ?

 

 一方的にそう言い放ち、家を出て行ったグラードンの姿に一瞬思考がフリーズし。

 

「あ、おい、待て!」

 

 その背を追おうと玄関の扉に手をかけた瞬間。

 

 prrrrr

 

 電子音。

 それが自身のマルチナビから発せられているのだと気づく。

「何だよこんな時に!」

 思わず毒吐きながらナビに視線を落とし。

「…………………………………………」

 送られてきた情報に目を通した瞬間、絶句した。

 玄関越しに外を…………空を見上げる。

 

 闇黒の夜空の中を光が瞬く。

 レックウザ、そしてカイオーガの戦いは刻一刻と熾烈さを増していっている。

 そして先ほどの様子からして、恐らくそこにグラードンも加わるのだと考えれば。

 

「…………それでも勝てないのか?」

 

 確かに過去の世界において、グラードンとカイオーガはレックウザに二度敗北している。

 だがそれは、三つ巴の戦いにおいて、レックウザが最後まで残った、というだけの話であり。

 だったらグラードンとカイオーガ、二体が協力…………は無理だとしてもレックウザ一体を敵として戦ったなら。

 過去においてあり得ざることではあるが、だが今現実にそれが起ころうとしている。

 

 だがグラードンはそれでも時間稼ぎにしかならないだろう、と自身へ言った。

 

 二対一ですらレックウザのほうが強いのか、確かにレックウザ相手では天候を変えることのできない不利がある以上、全ての力を出し切るということができないのは分かるが…………。

 

「くそ、やっぱ情報が足りない」

 

 グラードンが過去の経験から分かることを教えてはくれたが、それを差し引いても分からないことが多すぎる。そうして相手のことがまるで分からないのに、相手のほうが桁違いに強く、そして対処を要するという状況は厄介極まりない。

 さらに状況を混迷に導くのがたった今ナビに届いた情報。

 

「よりにもよって…………って感じだな」

 

 いつ来るのか、ずっと観測を続けていた。

 

 いつか来ると分かっていたから、そのために人を動かし続けていた。

 

 だから、来る時が来た、それだけの話。

 

 それでも。

 

「この状況は不味い」

 

 ――――ホウエンに向けて、隕石飛来。

 

 それがたった今、トクサネ宇宙センターにいるらしいダイゴから届いたメッセージだった。

 時期や規模など一切書かれてはいない辺りがダイゴらしくも無いと思った。

 あの御曹司が泡食って慌てふためいている様子も想像はできないが、それでも冷静さを失くす程度には動揺しているらしいことはその端的な文章が伝えてくれた。

 

 問題は、ここからだ。

 

 上空で荒れ狂うレックウザはグラードンの言によれば『メガシンカ』の影響でああなったらしい。

 滅びの願い、破滅の祈りによって『メガシンカ』してしまったが故のあの荒れ狂い様。

 だが実機にそんな設定は無かったはずだ。というかそこまで無茶なことできるはずがない。

 

 実機をやった上での推察だが、レックウザをメガシンカさせるには通常のポケモンをメガシンカさせるのとは比較にならないほどの桁違いのパワーを要すると考えている。

 だからこそ、実機においてヒガナは大量のキーストーンを集めていた。

 

 キーストーンとメガストーンは対の存在だ。

 

 互いが『共鳴』するからこそ、その力が発揮される。

 

 そしてレックウザのメガストーンとはその体内、『ミカド機関』と呼ばれる臓器にため込まれた隕石そのものである。

 その設定があるからこそ、レックウザはメガストーンを持たなくともメガシンカができる実機でも屈指の強さを誇るポケモンだったのだ。

 だからこそ、ヒガナがレックウザを使って隕石に対処するならば、必ず『キーストーン』を求めるはずなのだ。

 そのためにホウエン各地でそれを奪われた人がいないか、ポケモン協会に頼んでそれとなく調査してもらっていた。

 

 結果は零。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実だけが今この時までに出ている。

 

 ――――ならどうしてレックウザがメガシンカしている?

 

 メガシンカに必要なエネルギーとはポケモンとの絆だと言われている。

 レックウザがメガシンカするのに必要なエネルギーとは一体どれほどのものだろうか。

 実機ならば主人公一人で何気無く賄っていたが、歴史を遡り、さらにヒガナがやろうとしていたことを考えるならば、ホウエン中の人間が祈り求めるほどの絆が必要になるのではないか?

 何せ本当に個人で賄えるのならば、ヒガナは最初からキーストーンを集めて祈れば良かったのだ。わざわざグラードンやカイオーガなど蘇らせてホウエンを滅ぼすよりよっぽど安全で確実ではないか。伝説のポケモンを甦らせるのと、キーストーンを大量に集めること、どっちが簡単かなんて考えるまでも無い。

 

 実機においてのヒガナのセリフを見るに、隕石が落ちれば世界が滅びる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とヒガナは考えている。

 

 つまりは、ヒガナ単独でレックウザをメガシンカさせることは不可能なはずなのだ。

 

 じゃあなんで実機で主人公は普通にメガシンカさせているのだろうか、とか、不可能なはずなのに何でヒガナさんキーストーン集めてたの、とか。

 エピソードデルタ自体が後付けで作ったような設定だけに色々と説明のつかない行動はあるのだが。

 少なくとも、キーストーンを大量に集めてレックウザをメガシンカさせる、というのはヒガナにとって苦渋の選択だったのは間違いない。それまで人を誘導してきたヒガナが自ら積極的に動きまわったのがその証拠だろう。

 そして結果的にヒガナ単独ではメガシンカさせることができなかったのも事実。けどそれはレックウザ側に原因があった、ということはヒガナ側の準備は良かったということ。

 

 エピソードデルタでヒガナがやったことを考えると、やはりキーストーンを集めていただけのはずなのだが…………なんで最初からそっちの方法でやらないのだ、もしグラードンやカイオーガの復活によって世界が救われてもホウエンが滅び損ではないか。

 

 とは言え、これらの考察に関してある程度の推測というか、答えというのはあるのだ、ほとんどこじつけにも等しいものなのだろうが。

 

 つまり『伝承者』が問題なのだ。

 

 ヒガナの行動は全て『りゅうせいのたみ』の『伝承者』の果たすべき使命に起因する。

 そしてこれはエピソードデルタ内ではっきりと言われていたわけではないが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 名前だけ出てきた『シガナ』という女。彼女こそが正当な伝承者であり、けれどシガナは(理由はどうあれ)いなくなってしまったために急遽ヒガナがその跡目を継いだのだと思われる。

 これは公式設定でヒガナ自身には特別な才能はない、と言われているのもまたその説を助長している。

 

 そして本来、『そらのはしら』にレックウザを呼び出すことも、キーストーンを使ってメガシンカさせることも正当な『伝承者』ならば可能なのではないだろうか。

 だが先の推察通りならばヒガナは正当な『伝承者』ではない。

 だから『そらのはしら』でレックウザを召喚できるか、そしてメガシンカさせることができるのか、それが分からなかった。確実性が無かった。

 だから過去の歴史を真似、グラードンやカイオーガの復活でホウエンを危機に陥れ、人々の祈りでレックウザを呼び出し、メガシンカさせようとした。

 

 こう考えると辻褄が合う…………ような気がする。

 やはり細かい設定を考えるとボロの出る推論だが、結局のところ重要なのは実機における設定でなく()()()()()()()()()()だ。

 実機の設定が実際は公式がどう考えているのかとかそんなことはどうでもいいのだ。結局のところ、実機の設定に近い世界だからこそ、実機を参考にしただけであって、一番重要なのはこの世界の話なのだから。

 

 実機において主人公がレックウザをメガシンカさせることのできた理由もまた、主人公が『伝承者』となったから…………或いは、それをできる素質がある人間こそが『伝承者』と呼べるのかもしれない。

 

 実機主人公ができるからと言って、この世界で主人公ポジの自分にできるとは思えないのが困った話だ。どう考えても自分が実機主人公ほど特別な存在とも思えない。

 

 とは言え、だったらそれはそれで良い。

 

 結局、何とかしなければならないのは同じなのだから。

 

 そしてだからこそ分からない。

 

「キーストーンはどうやって補った?」

 

 それを言えばメガストーンもだ。

 ホウエンで最近キーストーンが奪われたという事件も無いし、そもそもキーストーンなんてそうそう出回るものではないため買うという選択肢も難しい。そんなもの大量に集めている個人がいればどうやったって目立つだろう。

 故に、ヒガナが自分の分のキーストーンしか持っていないのは確実だ。

 実機のセリフから考えれば、通常のキーストーン一つではまず間違いなくレックウザの力に耐えられない。つまりメガシンカするだけのエネルギーが引き出せないのだろう。

 メガストーンも同様だ…………いや、メガストーンは隕石で補えるのだから最悪どうにでもなると言えばどうにでもなる。元々レックウザも飛来する隕石を食べる習性のようなものがあるらしいし。『ミカド機関』とはそうして得た隕石からエネルギーを取り出すための機関であり、そんなものができるくらい隕石をため込んでいるようだし、案外ぽろっと落ちてきた隕石でも食べたのかもしれない。

 

 というかここまで半ばヒガナがメガシンカさせたとして考えているが、本当にヒガナなのか?

 

 なんでヒガナがレックウザを暴れさせようとするのだ?

 

 ヒガナの目的は巨大隕石から世界を守ることではないのか?

 

 分からないことだらけで何から手を付ければいいのか分からない。

 かと言って思考を放棄して上空のアレに勝てるとはとてもじゃないが思えない。

 

 何か…………思考の迷路を抜け出すための何かが欲しい。

 

 そんな風に思考が袋小路に陥っている時。

 

 prrrrr

 

 二度目の電子音が鳴った。

 

 

 * * *

 

 

「グルウウウウアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ポケモンとしての姿を取り戻したグラードンが光に包まれ、球体上の光が割れる。

 中から現れた元の姿より一回り巨大となった大地の王が咆哮を上げる。

 レックウザが現れたゲンシグラードンの姿を一瞬見つめ。

 

「キュリィオォォウォォ!!!」

 

 けれど現在進行形で対立しているゲンシカイオーガのほうへと向き直り、雷鳴を、流星を咆哮を、ありとあらゆる技を雨霰と降り注がせる。

 天候を封じられ、本来の力の引き出せないゲンシカイオーガではそれらを全て捌き切ることはできず、けれど致命的なダメージを追わないよう雷鳴を、流星を、咆哮を迎撃していく。

 それでもじわり、じわりとダメージはかさんでいく。同時に回復もしていく、だがどう足掻いても攻守の立ち位置を入れ替えることはできない、純粋な力の差がそこにあった。

 

 だがそこにグラードンが加われば話はまた別だ。

 

 “ちかくへんどう”

 

 グラードンが拳を叩きつける、と同時に大地が鳴動する。

 まるで脈打つような地響き。直後、グラードンの周囲十メートルほどの大地が()()()

 盛り上がる、というよりそこだけまるで巨大な柱になったかのように上空に向かって伸びていく。

 上空にいる敵に攻撃が当たらないならば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるでそんなことを言わんばかりの余りにもふざけた光景だが、こと伝説のポケモン同士の戦いとして考えるならば酷く()()であった。

 レックウザとの高低差をほぼ零に近づけたグラードンにレックウザが吼える。

 

 “ハイパーボイス”

 

 激しい音がグラードンを襲い。

 

 “だんがいのつるぎ”

 

 放たれた大地の刃が音を切り裂き、レックウザを襲う。

 

 “かみなり”

 

 直後にカイオーガから放たれた雷鳴が黒龍を襲う。

 純粋な能力差で言えばレックウザのほうが圧倒的に優位ではある、だが二対一という数の優位はそれを補えるだけのものがある。

 

 ――――そう、だから。

 

「キュゥゥリォォォォォォォ!!!」

 

 ふっと、レックウザが漆黒の夜空へと消えていく。

 

 黒ペンキをぶちまけたような空の色に黒一色の龍の体が完全に溶けてしまい、その姿を目視することすらできない。

 

 直後。

 

 “あんやのつぶて”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()にグラードンは完全に不意を打たれた。

 一直線に貫くそれはまさしく闇色の槍だ。

 咄嗟のグラードンの防御も何もかも貫いて的確にその急所を抉った一撃に、グラードンが絶叫する。

 

 ――――能力の優位はレックウザに、数の優位はグラードンとカイオーガに。

 

 “こんげんのはどう”

 

 グラードンへと追撃をかけようとするレックウザを阻止するかのようにカイオーガから放たれた強烈な水の弾丸がレックウザを穿つ。

 カイオーガの持つ技の中でも最強に近い威力を持つ一撃。

 

 けれどそれを受けても尚、レックウザは怯まない。

 

 互いに互いの優位を持つ。質ならレックウザ、量ならグラードンとカイオーガ。

 

 そしてだからこそ、もう一つの相性が両者を分かつ。

 

 それこそが。

 

 レックウザの持つ『タイプ』の優位に他ならない。

 

 生命を侵す最凶のタイプ相性はそれを持つ生命自身をも蝕む。

 そしてだからこそ、他の生命にとってそれは致命的なのだ。

 

 ――――けれどそんなことは最初から分かっている。

 

 グラードンも、カイオーガも。

 相手のほうが強いのも、相手の攻撃が自分たちにとって致命のものであることも分かっている。

 それでも、戦う、戦うしかないのだ。

 自分たちが敗北する未来に向けて、走るしかないのだ。

 その未来の到来を一分一秒伸ばせれば。

 その先の未来で、彼が何かを思いついてくれたなら。

 

 ――――それこそが勝ちってか? 狂ってるな俺も。

 

 ――――それを言えばアタシもかな?

 

 一瞬の目配せ。ニンゲンに化けている時ならばともかく、本来の姿。

 けれど不思議とその目から感情が、意図が、透けて見えた。

 

 ――――まあ、アレだよな。

 

 ――――そうだね、アレだね。

 

 どうしても信じたくなってしまう。

 結局、本能的なところでグラードンもカイオーガも『ポケモン』なのだ。

 

 ――――負けちまったからな。

 

 ――――負けちゃったからね。

 

 一言で言えば。

 

 惚れた弱み、というやつだ。

 




恋愛的な意味じゃないぞ?
グラカイがヒロイン参戦とかないから。



…………あと二日でウルトラムーン発売なんですけど(白目
グラブルの古戦場、リブレスのレイドイベント、そして多数の面白いスレの発掘。
来るオフ会、忙しい仕事、書くほどに増えていく残り話数。

17日までに終わらせると言ったな…………無理だった(

うん、もう諦めた。
今年度中くらいに変えとくわ。
そして最終章話削ろうかと思ってたけど、諦めて全部書く。多分⑮まで続きそうな気もするけど、もう仕方ないとする。


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基本トレーナーステータス詳細

イベント走り切ったぜ…………今話は本編じゃないです。本編は明日くらいに更新予定。

トレーナーステータスの『指示』『育成』『統率』の詳細と、実機で例えるならの『具体例』。


 

 

『指示』…………どれだけ的確な指示を出せるか。また相手の裏を読むことができるか。

 

これ多分具体的に分かってない人が多いと思う。的確な指示とかそんなの簡単だろ、って思うかもしれないが、現実的処理をすると実は非常に難易度が高い。

実機だとターンごとに『技の選択』における時間というのが長く取られているが、本小説において『1ターン=6秒』で処理されている。

技の発動というのは『優先度0』の技の順番が『すばやさ』に依存するように、『物理技』『特殊技』『変化技』、また『接触技』『非接触技』のいずれも優先度以外に速度に違いが無いと規定されている。

 

分かりやすく例を挙げるなら『ほのおのパンチ』『かみなりパンチ』『れいとうパンチ』など【相手に近づかないと攻撃できない】技も、『じしん』『いわなだれ』など【相手との距離が離れていても攻撃できる】技も、『ふぶき』『かみなり』など【相手に向かって飛んでいく】技も、実機通りに処理すると『すばやさ』が同じのポケモンが使う限りにおいて『同じ速度』で相手に当たるということになる。

つまりエビワラーが『ほのおのパンチ』を繰り出してる時にフリーザーが『れいとうビーム』使っても互いの『すばやさ』以外には何も関係ない、という現実的にはおかしな処理が発生する。

 

《エビワラー》→→→  ←←←《フリーザ―》

 

普通に考えて技が即時発動するなら、攻撃技に向かって突っ込んでくるという形になる以上、『れいとうビーム』のほうが必ず先に当たるはず、けれど例えば『スカーフ』などでエビワラーのほうが『すばやさ』が高くなると何故かエビワラーのほうが『れいとうビーム』飛ばしてるフリーザーに『れいとうビーム』が当たる前に接近して『ほのおのパンチ』を繰り出し、その後『れいとうビーム』が当たるという謎の判定が行われることになる。

これを現実的に考えると全ての技には『効果が発動するまでの溜め』が存在すると考えられる。『接触技』は相手に接近している間にその『溜め』が終了するため近づくと同時に攻撃できる。けれど『非接触技』はその場で放てるため、技を放つまで僅かな時間溜めるための動作を取る必要がある。

 

そして優先度は現状+5~-7までの13段階あり、1ターンの時間を6秒とする。

 

この場合、『優先度0』の技は2.5秒の溜め時間が発生する、と仮定できる。

 

優先度が±1されるごとに0.5秒の時間のズレが発生するとするなら。優先度+5は0秒。文字通りタイムラグ無しで繰り出せる。逆に優先度-7は6秒。つまりターンの最後に繰り出す技、となる。

 

――――と、【ここまでが前置き】。

 

これを念頭に考えてみて欲しいのだが。

 

1ターン6秒、そしてその中で【何秒で思考を纏めて指示ができる】?

 

実機で例えるなら、対戦時に【指示は先に出した物勝ち】。さらに【6秒以内に指示が出せない場合強制的に次のターンに進む】と考えてみれば良い。

 

【どれだけ冷静に】そして【どれだけ的確に】指示が出せる?

 

と考えてみれば、この『指示』というステータスの意味も分かるかと思う。

さらに現実には【相手と自分のポケモンの立ち位置(当然近ければ接触技も早く攻撃できる)】や【互いのポケモンのHPや状態の表示が無い】こと。

さらには【裏特性やトレーナーズスキルが存在する】中でどれだけ【正しい指示】が出せるか。

 

はっきり言って、この状況で裏を読むということがどれだけ難易度が難しいのか、というのが少しは分かるだろうか。

 

ぶっちゃけハルトくん、指示6とか言ってるけど全然普通じゃない。この世界に適応しきってる感本当に強い。

トレーナーステータスの6は平均的数値だけど、ポケモン協会が【評価してくれる】トレーナーたちの平均数値だから、実質的にエリートトレーナーたちの平均。つまりそれって言ってみれば同じだけの実力があると言ってるようなものである。

 

じゃあこの指示が高いってのはどういうことなのか、というのを【具体的】に示そう。

 

簡単に言うと【技の優先度が上がる】。

だって0.5秒相手より先に指示すればそれだけで【優先度+1】。1.5秒相手より先に指示できれば『きあいパンチ』が相手の優先度0の技と同じタイミングで入ることになる。

さらに相手との指示の差が高ければ高いほど『相手の裏を読んだ』手が打てるようになる。

特に『スイッチバック(交代時のターン消費をゼロにする技術)』は『相手の行動を読んで先に出すポケモンを選択する』必要があるからある程度以上『指示』が高くないと使えない。

 

逆に指示が低いと【優先度が下がる】。どれだけ『すばやさ』が高いポケモンだろうと、指示が来ないと攻撃できない(例外はあるけど)。となれば、トレーナーが指示を出してやれないと相手の技を棒立ちに受け続けるカカシになってしまう。

同時に『状況にそぐわない指示をしてしまう』。要するに『指示ミス』を連発してしまう。

 

と、まあこんな風に具体例を見れば、指示が高い低いがどれだけ重要か、というのは分かってもらえたと思う。

それから補助的な効果として、技の【命中率の上昇】が挙げられる。

単純に指示が高ければいい、というものでもないが、具体的にどの方向に向かって、とかどのタイミングで、とか詳細な指示を伝達できるなら技の命中率はただ指示を出すだけよりも当然上昇する。

ただ、なんでもいいから言えば良いというわけでも無く、ちゃんと『当てるための指示』ができるかどうか、というのは実戦経験の多寡が大きく関わるため、指示が高ければ絶対、というものでもない。ただ指示の高さは、ある種伝達能力の高さ、ということでもあるため、指示が低いトレーナーには少なくともできない。また指示がちゃんとできても、ポケモンの技の熟練度が低ければ当然意味がない。

また同じ要領で【回避率も上昇】する。要するにアニメの「かわせ!」みたいなもの。タイミングと避け方をきちんと指示できれば、ある程度命中率の高い技でも回避、ないし直撃を避けることができる。

 

 

 * * *

 

 

『育成』…………どれだけポケモンを育て上げることができるか。

 

育成ってなんだよ、というのは分かりやすく言うならば、【ポケモンをトレーナーの理想とする状態へと近づける】能力。

その究極が【専用個体(本編未出)】。

 

凄く当たり前かつ当然のことなのだけれども、ポケモンは生き物だ。そして生物である以上、生態というものがある。

例えば旅を始めたばかりのトレーナーが『トサキント』や『ケイコウオ』などの水棲系のポケモンを入手したとして【どうやって育てる】のか、というのが問題になる。

酷く当たり前だが、水棲ポケモンなら水の中と陸上で動きがまるで変ってくる。実機では全く関係ないと言わんばかりだが、現実的に考えて、『みず』タイプのポケモン、特に手や足が無い魚系のポケモンなどは陸上での戦闘は大きなハンディを抱えることになるのは分かると思う。これは一番極端な例だが、ポケモンは生物であり、ポケモンごとに固有の生態がある。そして育成とはまず【ポケモンを育てる環境】が必要となってくる。

とは言っても、実機でのように、野生のポケモンやトレーナーと戦いながらレベルを上げて、というのは可能だ。可能だが、それでできる育成とは【最低レベルの物】でしかない。

【裏特性】や【トレーナーズスキル(廃止予定)】などを始めとして、【努力値の調整や配分】、【技の変更】【タイプの変更】【技の熟練度上げ】などなど、育成はむしろ実戦外でこそ、発揮される技能である。

分かりやすい例を挙げるならサンムーン実装の『ポケリゾート』のような施設。

 

では【育成環境】とはどうやって作るのか。

 

一番手っ取り早いのが【金】である。

身も蓋も無いが、一番確実で、一番効力が高い。

実際、現実的問題として【基礎ポイント(努力値)】を知識としては認識していても、その実効力を認識できていないトレーナーが一番確実に【基礎ポイント】を割り振るためにはドーピングアイテム(マックスアップ、タウリン、ブロムヘキシン、リゾチウム、キトサン、インドメタシン)を使うしかないわけだが、実機だと9800円の品も、現実世界ではだいたいその10倍程度の値段がする。理由としてはそもそも『基礎ポイントというのが良く分かっていないのにそれを上昇させるアイテム』というそんな不可思議なもの作れる会社が非常に限定されていることなどがあり、需要が広まるにつれて、年々その値段が上がっていっている(作中で1個10~15万程度)。そのため、これらの道具を使うのはほぼリーグを本気で狙うようなトップクラスのトレーナーたちに限定されている。

ポケモン1体につき一種類10個、合計51個は使えるのでフルで使うと1匹最低510万~765万。まあ普通にトレーナーやっててここまで稼ぐには大都会でやってる大会優勝するレベルのトップトレーナーたちじゃないと個人でこれは払えない。

 

さらに言うならば、ポケモンを育てる場所の問題もある。本編だとハルトくんパーティーは基本的に人間形態が多く場所を取らないから良いが、例えばカビゴン、バンギラス、ボスゴドラとか重量級のポケモンの特訓をその辺でやったら、他にも技だって炎出したり氷出したり雷出したり、これをその辺の道端で撃ってたらどうなるか、という問題。アニメみたいに地面が抉れたのに次のカットで再生してるなんて不可思議現象は現実にはないため、育成する場所、というのが必要になる。場所、というか本格的な訓練をするなら土地と言えるレベルの広さが必要になってくる。この辺は実機でも『育て屋さん』を見れば分かる通り、敷地を広く取ってポケモンを育成している。その敷地の中には山場や水場などを用意して、色々なポケモンを預かれるようになってる。

他にも実機なら廃人必須の『しあわせタマゴ(五百万以上場合によって一千万を超える)』、『きょうせいギプス(百万以上)』『パワー系アイテム(各種二、三百万)』『とくせいカプセル(一千万)』『ポケルス(最低一億を超える)』や、『こだわり系アイテム(各種五百万)』『とつげきチョッキ(三百万)』『きあいのハチマキ(1個百万)』などなど、対戦で使用する道具なども含めると【育成】には莫大な費用がかかる。

因みに未来編において『スクール』ではこれら金のかかるアイテムを『備品』として在学期間中は貸し出される。そりゃ廃人もやってくる。

 

次に効果的なのが【コネ】だ。

本編なら『シャル』の裏特性の習得に博士に頼んでゴチム連れてきてもらっていたが、つまり育成のために必要なものを手に入れてもらうための人脈。大半は金で解決できるが、金はあってもコネがなければ入手できない。なんてものも時々はあるので、地味に有効な手段である。特に『ポケモン』を手に入れるのは『コネ』が非常に有力。ポケモン博士などなら珍しいポケモンやポケモンにまつわる曰く付きの品(メガリングとか)なども入手しやすい。

 

と、まあ世知辛いことを書いているが、現実なんてそんなものである。というかむしろ、ハルト君の例が例外的過ぎる(全ての不足をトレーナーの発想とトレーナーとツーカーできるポケモンの才能で補っていくスタイル)だけで、大半のトレーナーはそういう苦労をしている。因みにシキ(♀)ちゃんだってカロスに行けば自分用の育成施設がある。

で、問題は『金が無ければ育成できない』=『育成できなければ勝てない』=『勝たなければ金が手に入らない』というこの不毛な等式が現実には存在すること。

例えばダイゴのような生まれながらにして環境(土地、金、コネ)が揃っているトレーナーはほとんど望むがままに育成をできる。だがこれもまた例外過ぎるだけで、実際のトレーナーというのはまず旅に出てバッジを集めながらトレーナー同士のバトルで腕を磨きながら最低限の育成(レベリング等)を施していく。そこから大会などである程度の功績を出すことができれば、企業などからスカウトが来る。企業トレーナーとして企業に属する代わりに企業の施設を貸与する、という形になったり、或いはよほど優秀な結果を出せば企業が『スポンサー』として金を融通してくれるようになる。三章でどっかのアイテム会社のトレーナーいたけど、ああいう形でホウエンのトップクラスの戦いにはテレビなども入るし、そこで企業の名を背負って立つだけでも並のCMを凌駕する宣伝効果がある(ホウエンで視聴率8割)。

ポケモンが人類の隣人である世界で、人間社会を語る上で欠かすことのできない存在である以上、経済にまでポケモンの存在は大きく関わってくる。そしてポケモン同士を戦わせるポケモンバトルがその中に含まれないはずも無く、ポケモンバトル、そしてポケモンに関する商売というのはこの世界にとって必須の物となっている。故に『金』というのが『育成』からどうあっても切り離せない物となるのも必然と言える。

 

と、ここまでが『大前提』の話。

 

いくら環境が整っていても、肝心の育成能力が低ければ意味をなさない。逆に育成能力が高くとも、環境が無ければそれを十全に発揮することはできないのだが。

より詳しく言えば『育成』能力は【今ある環境でどれだけ育てられるか】の能力。育成環境は【より高度の育成能力を発揮させるための前提】。

先も言ったように場所や道具が無ければ育成能力が高くとも限界があるし、場所や道具だけあっても育成能力が無ければ宝の持ち腐れ。

 

実機的な例での【育成環境】は先も言った通り【ポケリゾート】のような施設だが、実機的【育成能力】の例としては【教え技】【技忘れ】【技思い出し】【早熟進化】【固有化】など。

前者三つはまあ実機にもあるので省くが、【早熟進化】は要するに【実機で設定されたレベルよりも前での進化】。

つまり昔からちょこちょこ敵とかであったやつ(ワタルのカイリューとかゲーチスのサザンドラとかお前らそのレベルだとまだ進化しねえだろってレベルで進化してる)。

ポケモンの進化は『トレーナーの育成能力』と『ポケモンの才能』の両方に関係する。逆に言えばどちらも低いとレベル100になるまで進化しねえ、とかそういうこともある。

次に【固有化】だが、多少の誤解を恐れず言うなら【特異個体を意図的に作り上げる】こと。『デルタ種』とは別の『タイプ変更』や実機にはない『固有進化』など、『他にはいない固有と化したポケモン』を育成で作り上げる。

本編の『メガ進化』ポケモンも半分くらいここに入ってる。とは言え通常の『メガシンカ』もあるのであくまで半分。

単純なタイプだけでなく、例えば『種族値』すらある程度変更させることができるし、本来覚えない技なども覚えさせることができる(それだけ育成能力があれば)。ただし当然だがやればやるほどデメリットも出てくる。

言ってみれば『本来の種』から『別の種』へと変わっていっているということなので、本来の種で覚える技を覚えなかったり、上昇した種族値の代わりに何か下がったりと一方的なメリットは受けられない。

 

因みに本編には出てきてないけど『色違いポケモン』というのは天然の『固有化』ポケモン。

実機だと『色違い』と通常種に違いは無いが、本編の世界観だと『色が変わる』程度には『異常』があると考えられるので、何らか通常の種とは異なった『特異性』がある。

 

あと実機には無いけど本作の重要要素の『裏特性』などもこの育成能力の高さが非常に大きく関係する。こっちは実機例出せないので本編見て何となく分かって欲しい。

また未来編の話になるが『地方固有育成』なども育成の範疇に入るため、育成能力の高さでもろに違いが出る…………ように調整したい。

 

あと単純な話だが『レベリング』が早い。

正確には『経験値』を『育成』に反映する能力が高い。

現実的に考えると実機のように相手を倒した瞬間突然能力が伸びる、というのも変な話であり、実際のところ、を考えるとバトルで得た経験を訓練で昇華している、というのが一番納得の行く話。

そして育成能力が高いトレーナーはこの経験値を一番効率良くポケモンに吸収させることができる。だから低いトレーナーより、より効率的に強くなれる。逆に言うと育成能力が低いトレーナーは経験値を昇華しきれない、つまりレベルが上がりづらい。

実機的に例えるなら『取得経験値』が育成能力次第で高くなったり低くなったりする。まあ道具(しあわせタマゴとか)で補えるけど、その類の道具も非常に高い。

 

だから育成能力はともかく、リーグの育成評価には『マネーパワー』も大きく含まれる。

というか単純にブリーダー雇って代わり育てさせても、それがその人の『育成評価』になる。

だから『育成評価』=『育成能力』ではない、ということは言っておく。

 

 

 * * *

 

 

『統率』…………文字通り『統べ率いる』能力。要するにどれだけポケモンに懐かれるかの能力。

 

ポケモンは生物であり、その全てが『意思』を持っており、『思考』している。

故に『納得』というものが必要になる。それは『意思』を持つ生物全てに言えることかもしれない。

 

トレーナーが自身を率いるに足る人間であると、自分と同等、或いは上の存在であると、ポケモン自身に『納得』させること、『認め』させること、それができない人間はトレーナーにはなれない。

何故ならポケモンは凶悪な生物だからだ。その気になれば人間などあっさりと殺せる恐ろしい怪物だからだ。

ヘルガーやグラエナ、サメハダーやギャラドスのような狂暴なポケモンは勿論のこと、デデンネなどの小さな小さなポケモンですらその気になれば『人を殺す』ことができる恐ろしい怪物と成り果てる。

だがこの世界の人間はそんな脅威に対して、敵意や害意でなく、友好と愛情を持って接した。

故にポケモンは人の隣人足り得る。人に懐き、人に情を抱き、人の友となり、人を愛する存在として、遥か昔より人の隣で生きてきた。

生物としての『野生的本能』とポケモン特有の『人類愛』は現代に至るまでどんなポケモンにも存在する。

だからこそ、人もまた『ポケモンの隣人』としてのあるべき姿を自分たちに求めた。それこそがポケモンと共に生き、時にポケモンを従え、時にポケモンと戦う、『トレーナー』という存在である。

ポケモンは物ではない。れっきとした生物であり、一個の生命であり、尊重されるべき意思がある。

そしてだからこそ、ポケモンが人類社会に交じって生きるためには人類と同じ物が要求される。つまり『規律』と『自律』である。

そしてそれをポケモンに順守させ、管理を義務付けられているのが『トレーナー』。だからこそ、トレーナーはポケモンを『従えさせる』能力が必要となる。

 

ここまでが大前提。

 

では実際『統率』がポケモンバトルにおいてどんな場面で関係してくるかと言えば、『ポケモンにトレーナーの指示を聞かせること』、だ。

なんだそれ当たり前だろ、と思うかもしれないが、現実にはこれはトレーナーとしての最も重要な分岐点だったりする。

『統率』能力というのは生まれ持った物や手持ちのポケモンとの相性のようなものが非常に大きい。勉強したから、練習したから、などと言ってポケモンが指示に従うわけではなく、先にも言った通りポケモンに『従うこと』を『納得』させなければならない。

一番ポピュラーなのは比較的素直な初心者用のポケモンを使って慣れていくこと、次いで普段から生活を共にして仲を深めていくこと、だろうか。

『統率』と言う言葉を『威厳』や『カリスマ性』、または『求心力』と言い換えても良い。これらは一朝一夕で身につくものでもなく、それに相応しい行いや風格があってこそ纏うことができる。

そしてトレーナーにとって最も分かりやすい『求心力』とはつまり『勝利を得ること』だ。このトレーナーに従えば『勝てる』と手持ちに思わせることができたなら、『自分の判断で戦うよりトレーナーの判断のほうが正しい』と思わせることができたならポケモンたちは自然とトレーナーの言葉に従うようになる。逆に負けてばかりのトレーナーは『トレーナーより自分の判断で戦ったほうがいい』と思われ、指示を出しても無視されてしまう。最悪『このトレーナーは信用ならない』と思われてしまえば、逃げ出してしまうことすらある。ボールに入れておけば逃げることは無くなるが、けれどボールから出しても言うことも聞かず、当然ながら育成することもできなくなる。そこまで行ってしまえばトレーナーとしては無能と言わざるを得ない。

逆に『納得』させることができたなら育成も捗る。さらにそれで強くなれると分かったならポケモンたちもより意欲的に取り組もうとし、育成も効率が上昇する。

このように統率とは非常に重要で、けれどとても分かりづらい能力だ。

 

 

では実機的効果で言うとどうなるかと言うと。

単純に言って『統率』能力が高いほど『なつき度』が高くなりやすい。さらに『なかよし度』が高い時に得られる効果【経験値補正、急所補正、回避補正、状態異常回復効果、根性効果など】が得られる(『統率』能力が高いほど発動率も上がる)。

あとは【乱数ダメージを抑える】効果がある。乱1、つまりやられるかやられないかの瀬戸際のダメージを頑張って堪える、というイメージ。そのためには【トレーナーのために命懸けになる】ほどの強い絆が必要になる。これは完全に『統率』能力の分野。

後は単純に【種族値の高いポケモンを従えられる】こと。実機だとそんなの関係ない、と言わんばかりに伝説のポケモンとか普通に従えてるけど、実際には準伝説どころか600族すら矜持の塊みたいな唯我独尊な性格のやつ多いため、並のトレーナーじゃ従ってくれない。特に『ドラゴン』タイプというのはその傾向が強く、600族のドラゴンは我が強いやつがとても多い。まあヌメルゴンみたいな例外もあるけど。

因みにこの世界における必要な『統率』能力とは【種族値の合計、レベルの高さ、個体値の高さ】の三つで決まる。あと多少性格なども考慮される(いじっぱなんかは懐き難い)。

…………まあ一つ分かりやすい例を出すと、本編に出てくるエアちゃん、『ボーマンダの6Vでいじっぱ』とかいう最悪レベルに懐きにくい性格だが、アレがハルトくん以外に懐くか、みたいな風に考えてみると多少分かるかもしれない。

他に言うならコメット、『メタグロスの6Vでいじっぱ』という同じく懐きにくいポケモンだが、ダイゴさん以外に懐いているのを想像できるか、ということ。

この二人の場合、『統率』の高さが足りているのもあるけど、それ以上に【相性の良さ】があげられる。

ハルトくんの場合、初期の6体は全て【相性が最高】。ダイゴさんは【はがね、いわタイプのポケモンは全て相性が最高】。だからはがね、いわタイプ以外の600族、もしくは準伝説はダイゴさんでも懐きづらい。

相性の良さはとても重要で、相性が良いポケモンはそれだけで要求する『統率』能力が低くなる。要するに多少『統率』が足りなくても『トレーナーとしてはまだまだだけど、仲の良い友達だし、こいつのために頑張ってやるか』みたいな心理をポケモンが抱いてくれる。逆に相性の悪いポケモンは必要とする『統率』も高くなるし、相性が最悪だと『統率不可能』という例も稀にある。

因みにハルトくんの場合、レジ系は相性最悪。『統率』することはできるが、一切本来の能力を引き出せない、つまり実機と同じレベルの強さしか発揮させれなくなる。

 

話は少し変わるが『統率(リーダー)』タイプのトレーナーのトレーナースキルは同じような効果になりやすい。

例えば『全能力を上昇させる』など。それは即ち、ポケモンのやる気を引き出すことで普段以上の力を発揮させることができるから。この時、相性の良いポケモンほど上昇量が大きくなる。

 

ところで『統率』能力だが、実のところ【バッジを取得する】ことで上昇させることもできる。

というのも、バッジを取得するということはつまりジムリーダーに認められる腕を持っている、ということ。それが多ければ多いほどより良い腕のトレーナーである、という証であるため、バッジを8つ集めれば大概のポケモンは言うことを聞くようになる(ただし人間社会に馴染んだポケモンじゃないとバッジの意味を知らないから野生のポケモンには無意味)。

 




なんか前からちょいちょい「この小説の設定使わせて」みたいな感想があるから言っておく。

世界観、設定などは自由にどうぞ。
本編に出てくるオリキャラを出すなら許可取って。


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大黒天⑧

「まだ夢の中にいるわね、もう一度寝てくるわ」

 

 ベッドの脇の窓、カーテンを開けて見えた漆黒の空で荒れ狂う龍の姿に、思わずカーテンを閉め、再び布団に潜りこもうとして…………阻止される。

「グルゥゥ…………」

「分かってるわ、ちょっとした冗談よ」

 ベッド脇に置いた机の上、寝る前に置いておいた眼鏡を取る。

 実のところ目が悪いわけでも無いので無くても良いのだが、どうにも目つきが悪いらしく、眼鏡が無いと初対面の人間に怖がられてしまうことが多いので昔からの必需品だ。

 眼鏡をかけるとベッドから足を降し、床を踏みしめ、起き上がる。

 それから目の前でぷかぷかと浮き上がる2メートル近い巨大な竜を見て。

「おはよう、クロ」

「……………………」

 それどころじゃないだろう、と言いたげな長年の相棒の視線に嘆息する。

 

「今年は厄日だわ」

 

 グラードン、カイオーガと普通の人間ならば生きている内に見ることすらないだろう伝説の脅威にさらされ、さらに今日。

 

「レックウザ、だったかしら」

 

 彼から聞いた話を思い出し、その外見的特徴を見つける。

 ただ聞いていた龍の姿と随分と色合いが違うようだが、それ以外が一致しすぎているし、そもそもあんなポケモン他に見たことも聞いたこともない以上、アレがレックウザで間違いないのだろう。

 

 伝説のポケモン、レックウザ。ホウエンの上空を常時飛び続ける空の龍神。

 

 そう、伝説のポケモンだ。

 今年…………というか、()()()()()の伝説のポケモンである。

 かつてここまで短期間でこれだけ集中して伝説のポケモンが出現したことなどあっただろうか。

 ホウエンという地はまるで呪われているのではないか、と思ってしまうほどに。

 

「物語…………ね」

 

 余りにもあり得ざることではあるが、事前に彼から存在を聞いて知っていた分だけ、驚きは少ない。

 とは言え、未だ上空で戦い続ける伝説のポケモン同士の戦いは現在進行形で轟音と地響きをホウエンにもたらしており、人々の不安を煽っていた。

 

 この状況下でよく自分はつい先ほどまで寝ていたな、と自身の寝起きの悪さにいっそ感動すら覚え。

 

「って、そんなことはどうでもいいわね」

 

 即座にくだらない思考を中断する。

 問題はこれからどうするか、ということ。

 いや、どうするか、なんて決まっているのだが。

 

「まずはハルトと合流ね」

 

 事前に聞いていたのとはまるで別物の()()だ。

 恐らくハルトにとっても予想外の出来事なのだろうと考える。

 実際、ハルトから連絡が着ていないのが、彼の焦りを如実に示していた。

 

 カイオーガから始まり、グラードンに至るまで、伝説という名の圧倒的暴威にハルトは立ち向かい、特に犠牲らしい犠牲も無く、見事に解決してきた。

 実際、ハルト以外の誰が戦っても街に被害が出たか、人が死んだか、何がしかの傷跡は残っただろうそれを一切出すことなく見事に事態を収め切った

 だがそれらは全て何年も前から対策を練っていたからだ。入念に準備を重ね、彼曰くチャンピオンになったのもそのためだ、と言うほどに、できることは文字通りなんでもやった、その結果がそれだ。

 

 翻って今回の事態に、ハルトは一体どれだけの備えをしているだろう。

 

 備える、ということは必然的に予測している、ということである。

 この事態に対する予測など恐らくハルトはしていない、つまりほとんど備えていないのではないだろうか、と思う。

 

 幸い、というべきなのか。

 

 レックウザが暴れているのはここミシロからほど遠い海の上でだ。

 遠い遠い海の上の出来事がはっきりと見えるくらいに激しいため、楽観できるわけではないが、少なくともグラードンとカイオーガが戦っているのがここから見えている間はあそこに釘付けにされているだろうとは思う。

 まあ何にしてもハルトの家に向かうべきだろう、こんな時のために二年前からわざわざミシロに越してきたのだから。

 

「行くわよ、クロ」

 

 呟き振り返れば、相棒が唸るような鳴き声を上げた。

 

 

 * * *

 

 

「やっぱりこうなったデシか」

 

 少女が呟き、嘆息する。

 

「カミサマは寝たまま起きないシ、馬鹿眷属たちも協調性の一つも見当たらねえシ。なんでボクが一人でこんな苦労させれてんだって話デシよ!」

 

 ぶんぶんと、揺れるだぼだぼの両の裾を振り回しながら少女が叫ぶが、けれど返答は何一つとして戻ってこない。

 

「けっ…………こうなったらあの悪戯小僧(クソガキ)でも使うデシか? いや、でもアイツは使った後の修繕のほうが面倒になるデシ。っていうかそれこそ馬鹿眷属の出番デシ!!! なんで別地方のバカイヌが出てきてるデシか! 地方が違うからってサボってんじゃねえデシよ!」

 

 怒る少女に、けれど誰も答えることは無い。

 

「ぐぬぬぬ…………ボクの力じゃこれが限界デシ! だから早くなんとかするデシよ、そもそも忠告してやったのに何で忘れてるんデシか、あのおろかものは!」

 

 

 ――――空が暗雲に包まれ、世界に闇が落ちる、それが終わりの始まりデシよ。

 

 

 ちゃんと伝えてやったのに、夢の中とは言え、はっきりと言ったのに。

 現実に干渉しないギリギリのラインだった。少女にとってあれが精いっぱいだったのだ。

 だと言うのに。

 

「ま、まあ…………こっちの想定より早くアレが目覚めたのは計算外と言えばそうデシが」

 

 それでも忠告してから丸一日あったのに、何の備えもしなかったのはさすがに腹立たしい。

 とは言え、夢の中での出来事などどれだけ本気になれるだろうか。

 しかも半分以上覚えていないのに。

 

「でもそんなのボクの知ったことじゃねえデシ!」

 

 そもそも少女自身、どうしてこんな面倒なことになってるのか、最早分からない。

 

()()()()から間違えてた…………ってのは、考えたくないデシ」

 

 人に使われるために生きている。

 元々少女はそういう存在だ。

 千年に一度目覚め、役割を果たし、そうして再び眠るだけの存在。

 そんな自分の存在に疑問を覚えたことなど無かった。人間が生きる上で食べることや眠ることに疑問を覚えることの無いように、少女にとって生きることとはつまり己の役割を果たすことだけだったから。

 

 人間はいつだって少女を利用しようとしてきた。

 

 何せ利便性という意味では破格の存在である。そして同時に凄まじいまでの希少性も併せ持つ。

 故に少女を欲した人間はいくらでもいた。

 少女自身、それを面倒に思いながらも役割を果たせば少なくとも千年、そんな物からも煩わされることは無くなる。

 故に淡々と役割を果たし、眠り、千年後に目覚め、また役割を果たして眠る。

 ずっとそんなサイクルを続けていた。

 

 十二年前までは。

 

 そう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らだけが自分を利用しようとしなかった。

 彼らだけが自分を自分として見てくれた。

 彼らだけが自分を助けようとしてくれた。

 

 機械仕掛けのような自分を友達と言ってくれた。

 

 初めて人のために何かしてあげたいと願った。

 

 願われるだけの存在だった自身が、初めて抱いた願いだったのだ。

 

 それを(あやま)ちだったと言うならば、自分は一体何のためにここまでやってきたのだろう。

 

「…………いや、それは後にするデシ」

 

 ぶんぶんと頭を振って思考を切り替える。

 

「今はまだあの馬鹿どもが抑えてるから良いデシ。()()()()真っ先に襲撃されて落ちてる役立たずどもデシが、あのおろかものも珍しく役に立ったデシね」

 

 まあそもそもあのおろかものがきちんと事態を収束させていればそもそもこんなことにはならなかったのだが、最早こうなってしまった以上はそこを言っても仕方ないだろう。

 

「つーかこんな事態なのにカミサマまだ目覚めないデシか!?」

 

 十二年前は必死になって起こしてそれでようやく僅かな微睡の時を得られた。その時の協力で因果のズレをこの地に落としこむことができたのだが、それから十二年、間近に迫る世界の危機にそれでも目覚めないというのはどうなのだろう。

 

「自分の世界の危機にくらい目覚めやがれってんデシよ」

 

 吐き捨てるように呟くが、けれど誰も答えは返さない。そんなことは分かっていてもつい言ってしまう。

 

「最悪でも『むげんきかん』さえ完成しなければ…………」

 

 やはり、行くしかないだろうか、と考える。

 本当は自分たちのような存在が現実に干渉するのはルール違反なのだが。

 

「この状況ならギリでグレーゾーンってとこデシかね」

 

 本当の本当に世界が滅びる瀬戸際、そしてその状況でカミサマは目覚めない上に眷属たちも役に立たないとなると、これはもう動く大義名分になるのではないだろうか。

 とは言え、自分の能力を使ったり、積極的に動くのはやはりアウトだろうから。

 

「あのおろかものを使うしかないデシか」

 

 呟き、考え、やはり嘆息した。

 

 

 * * *

 

 

 ほとんど直感だが、分かることが一つある。

 

()()()()()()()

 

 空の上で激しいバトルを繰り広げる黒龍を見ながら呟く。

 家の外に出て、それからまだ未だに一歩も動けていないのは考えがまとまらないからだ。

 だがそれでも回し続けた思考で一つ出した結論がそれだった。

 

 そもそもグラードンやカイオーガも同じ、真っ当に戦えば絶対に勝てない、類の相手だ。

 

 だがカイオーガなら雨を封じれば、グラードンなら海に落とせば、真価を発揮できなくなる条件を追加してやることで不可能を可能としてきた。

 翻ってあのレックウザを見る。

 

 ゲンシグラードンとゲンシカイオーガ二体がかりでも押し切れないほどの圧倒的な能力。

 そしてあの二体より上の天候干渉能力。

 

 つまり、相手の足場を崩すとっかかりが無い。

 

 相手は常に全力を振るい続け、逆にこちらは相手の土俵で戦うことを余儀なくされている、元の能力がグラードンやカイオーガよりも上の相手に、だ。

 その時点で()()ことは不可能だと理解する。

 とは言え、だからって諦めることなんてできやしない。当然だがアレを放置すればホウエンが滅ぶ。いや、ホウエンどころか世界が滅ぶか?

 

「グラードンとカイオーガで()()なんだ…………他の地方の伝説が出てきても」

 

 一番可能性があってシンオウだろうか?

 とは言っても、パルキア、ディアルガ、ギラティナが一致団結して戦う、というのも余り想像できないのだが。

「…………待てよ?」

 

 パルキア? ディアルガ? ギラティナ?

 

 他所の地方の伝説?

 

 そう言えば、何か無かったか?

 

 ホウエン地方に…………いや、そうじゃなくて、オメガルビー?

 

 実機時代の知識…………いや、それだけじゃなかったはずだ。

 

 そう、確か旅の途中で…………。

 

 それ、使えば、もしかしたら。

 

「ダメデシよ」

 

 思考を遮るように聞こえた声に、思考に没頭していた意識が現実に呼び戻される。

 振り返り、そこに夢で見たはずの金髪の少女がいるのを見て。

 

「あの悪戯小僧は使うと後が大変デシ。というかあのガキはそもそも中立デシから、アテにしちゃダメでしよ。下手したら余計に事態が拗れるデシ」

「お前…………夢に出てきた」

「ちゃんと事前に言ってやったのに、何スルーしてるデシか、このおろかもの!」

 

 ぺしぺしと叩いてくる少女だったが、見た目相応なのかそれとも加減しているのかさして痛くも無い。

 ただどうすればいいか一瞬悩んでしまう。

 けれどそんな自身に、少女がすぐにこちらへとキッと鋭い視線を向けてくる。

 

「これからどうしようか、なんてこと考えてたデシね、そうデシね?」

「あ、ああ…………正直、あれが何なのかほとんどわかってないせいで、何をすればいいのかも分からん」

「だろーと思ったデシよ。()()()()()()()()()()デシからね、おろかものは」

「…………本当に、お前何で俺のこと知ってるんだ」

 

 少しずつ、だが目の前の少女に触発されて夢の中の記憶も戻ってきた。

 だからこそ、分かる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺はこの少女に会ったのは昨日見た夢でが初めてだったのに、だ。

 数秒、少女と見つめ合い、沈黙が場を支配し。

 

「…………仕方ないデシ。少しどころかかなりギリギリ、いやむしろもうアウトな気もするデシけど」

 

 やがて少女が嘆息し、口を開いた。

 

 そうして。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――それがルールの外にいるお前の役割デシよ。

 

 告げる少女の言葉の意味を理解できず、思わず首を傾げ。

 

「お前をこの世界に落とし込んだのはボクだって言ってるデシよ、おろかもの」

 

 次いで出た少女の言葉に絶句した。

 

 

 




随分と長い間夢を見ていたようだ。
はは、笑ってくれよ。ポケモンの新作が発売してそれをやっている内に十二月を超えている、なんて夢を見てたんだ…………は、はは…………ゆ、ゆめ、だよな? 夢だと言ってくれ、そう俺はまだ十一月を生きてるんだ、はは…………ぽけもんのしんさくもまだでてないんだよな? そうだといってくれよ、なあ!


ところでさ、だぼだぼ袖ぶんぶん振り回しながらぷんぷんしてる幼女って…………こう、萌えない?


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大黒天⑨

 十二年前、地上より遥か彼方の宇宙を漂っていた少女、ジラーチは永い永い千年の眠りより目を覚ました。

 眠りから目覚めたジラーチは自身の役割を果たすために流星と共に地上へと降り注ぐ。

 

 そこで、ジラーチは一人の少年と出会った。

 

 この話に始まり、と呼べるものがあるとするならば、まさにそれだろう。

 少年、まだ幼かった頃のアオギリとの邂逅。

 そして目覚めたジラーチを捕えようとした大人たちからの一週間にも及ぶ逃走劇。

 そこには物語があった、ドラマがあって、ストーリーがあった。

 そしてその末に、ジラーチは少年、アオギリとの間に友情を芽生えさせた。

 ジラーチにとって初めてもっと一緒に居たい、そう思える相手ができた。

 けれどジラーチは目覚めてから七日の間だけ行動ができる。七日の時を経たならば再び眠りに就いてしまう。

 どうしようも無い、それがジラーチというポケモンの性質だった。

 

 ――――このままお別れなんて嫌だった。

 

 けれどジラーチにできることなんてほとんど無かった。

 どんな願いをも叶えるポケモンは、けれどだからこそ、願う人間がいない、たった独りでは何もできなかった。

 だからこそ、せめて、少年の願いを叶えてあげようと思った。

 

 一つ目の願いはすでに叶えられていた。

 

 当たり前だが、大人たちの悪意から、当時まだ子供だったアオギリが抗えるはずも無い。

 だから、その最中に助けを願い、ジラーチはそれを叶えた。

 けれどそれは少年の願いと呼ぶには余りにも少年自身の益が無い。むしろそれはジラーチのための願いであり、願われなければ友達一人助けられないジラーチ自身に嫌気が刺した。

 だからこそ、今度こそ、少年自身のための願いを叶えたかった。

 

 そうして二つ目の願いは叶えられた。

 

 どんな願いでも叶えると言ったジラーチに、少年が告げた願いは、誰だって一度は思うような些細なことだった。

 

 ――――将来の自分の姿が知りたい。

 

 未来の自分がどんな大人になっているのか、子供の歳からすればむしろ大半の人間は一度は夢想することだろう。

 そしてそれを知るチャンスが目の前にあった、少年がそれを願ったことを悪と呼ぶことは決してできないはずだ。

 

 そう、だからこそ、それが最初の転換。

 

 未来を知れば未来は変えられるだろうか?

 是であり、否である。

 知った時点で未来は変わる、誰かに解き明かされた時点で一つの未来が確定され、破棄され、再び未確定な未来へと回帰する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを少年は気づかない。

 

 そして少年が見るのが()()()()()()()()()()()()()()()()()であることを、少年は知らない。

 

 本来の可能性は未来を知ることで捻じ曲がる。

 元よりこの世界はいくつもの滅びの要素を孕んでいたのだ、ほんの少し、未来が捻じ曲がるだけでいとも容易く世界は滅びの運命へと突入する。

 とは言え、それだけならばジラーチは十二年にも及ぶ苦悩を抱えることにはならなかった。

 この物語が始まることは無かったのだ。

 

 何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということが最大の問題だった。

 

 

 * * *

 

 

「どういうことだ?」

 

 衝撃の爆弾発言から一転して始まったとんでも話に思わず眉根を潜める。

 今も現在進行形で上空では伝説同士の戦いが行われているというのに、今こんな悠長なことをしていていいのか、と言う疑問を抱く。

 だが目の前の少女、ジラーチの有無を言わさない視線に黙り込んでいた。

 

「この世界は滅ぶ、そういう運命にあるデシ。()()()()()()()()()()()()デシ」

「…………今じゃない?」

 

 やはり良く意味の分からない言葉に思わず問い返した言葉にジラーチが頷く。

 

「今この時代は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことデシよ。前日談で世界が滅んでたら本編が始まらないデシ」

「いや、待て、待て?! 前日談とか、物語とか、どいう意味だよ」

「だから、そのままデシよ…………」

 

 戸惑う自身に、ジラーチはいっそ冷淡なほどにあっさりと答えた。

 

「世界の運命とは物語のように決定されているのデシよ。そして物語ならば当然、主人公と呼べる存在がいるデシ」

 

 脳裏に浮かんだのはポケットモンスターのストーリー。

 オメガルビー、アルファサファイア、つまり物語とはそういう物を指すのか。

 そんな自身の思考を読み取ったかのようにジラーチが一つ頷き。

 

「お前にも分かるように言ってやるなら…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって運命線が作られているデシ」

 

 未来の、カロス地方。

 実機で言うところのポケットモンスターXY。

 実機の時系列で言うならばORASの数年後の物語と言われている。

 そしてそう言われると、段々とだがジラーチの言いたいこと、というのも分かってくる。

 

「もし物語が世界の運命なんだとしたら…………()()()()()()()()()()?」

 

 そう、おかしいのだ。確実な矛盾がある。

 そして自身が理解したことを理解したジラーチが口元に弧を描く。

 そんなジラーチの反応に、自身の理解が正しいのだと、理解する、理解してしまう。

 

「気が狂いそうだな」

「普通の人間は知らなくていいことデシから当然デシ、それにもう分かるデシよね? 何がおかしいのか、この話の致命的な矛盾点が」

 

 問われ、頷く。

 この世界がXYを中心とした世界だと言うならば――――。

 

「―――-今ここでホウエンが滅ぶことはあり得ない」

 

 時系列的にはOR(オメガルビー)AS(アルファサファイア)とXYではXYのほうが後になる。

 だが前世における()()()()()()()となると実際のところはORASのほうが後だ。

 

 つまり、XYの物語とはORASの後に世界が存続しているからこそ紡がれる物語だ。

 

 実際ORASでも超古代ポケモングラードン、カイオーガの復活、ゲンシカイキ、超巨大隕石にまつわるエピソードデルタの物語などホウエンが滅ぶ可能性、要素はいくつも存在した。

 だが実際にはホウエンは救われXYに至る数年後の未来まで世界は存続している。

 

 それはORASのストーリーにて主人公たちがそれら全てを解決したからなのだが。

 

 XY発売時点ではそんなストーリーは()()()()()のだ。

 

 つまり、XY時空においては過去にホウエンで何かあった『かもしれない』が、そんなものすでに解決され世界は『無事だった』、という『結果だけが残っている』状態から始まるのだ。

 

 XYの物語において、ホウエンの事件とは全て過去の出来事なのだ。

 

 この現実がけれど物語のように動くというのならば、()()()()()()()()()()()()はずなのだ。

 

 だとするならば、どうして世界は今まさに滅びかけているのか。

 

「『滅びの未来が未来によって確定されている』、デシよ」

「それ…………どういう意味なんだ、さっきも言ってたよな」

 

 自身の問いに少女、ジラーチが嘆息し。

 

「今から数年後、カロスで起こる事件によって()()()()()デシ」

「……………………は?」

 

 あっさりと告げたジラーチの言葉に一瞬脳が理解を拒否したが、すぐにはっとなる。

 

「最終兵器のことか? つまり、この世界だとあれを止められなかったってことか?!」

 

 ポケットモンスターXYのストーリーは簡単に言えば『世界を滅ぼし、一新しようとする悪の組織とそれを止める主人公たち』と言える。

 その中で出てくるのが『伝説のポケモンをエネルギー源』として起動する最終兵器と呼ばれる物で、それを使えば世界全てを滅ぼすこともできる、らしい。

 カロス地方、そして世界を滅ぼすと言われればそれしか思い当たる物はなく。

 

「そう…………デシね、()()()()()デシ」

 

 言い淀んだような、曖昧な言い方のジラーチに思わず首を傾げ。

 

「それは…………いや、これは未来の話デシ。どうして滅んだかは今はどうでも良いんデシよ。問題は()()()()()()ならば世界は滅びない、ということデシ」

「本来の? ってことは…………つまり」

 

 今が異常、ということに他ならない。

 

「その通りデシよ」

 

 一体何が異常なのか、何故異常なのか、その答えを持っているだろうジラーチを見つめ。

 

 

「特異点存在」

 

 

 ぽつり、とその一言を呟いた。

「そういう存在が()()()()()()()デシ。そしてその特異点存在のせいで()()()()()()デシ」

 

 乱れて、その結果、未来は滅んだ。

 

「滅びないはずの未来が滅んだ、それを十二年前、アオギリが()()()()()()デシ。その瞬間、未来改編の影響が過去に及んだ、結果的に()()()()()()()()()()運命線が発生したデシ」

「待て、待て、待て!?」

 

 思わず待ったをかける。言ってることが最早完全に理解を超えている。

 けれどそんな自身の言葉を無視するかのようにジラーチは言葉を続ける。

 

「前日談で世界が滅び、そうなれば結果的に未来に発生するはずの()()が発生しなくなるデシ。未来の影響で過去が歪み、過去の歪みが未来を消し去る。そのせいでもうこの世界の運命性は手がつけられないほどに滅茶苦茶になってやがるデシよ」

 

 滔々と、頭を抱えたくなるこちらを一切無視してジラーチは話すことを止めない。

 

「だからお前をこの世界に()()()デシ」

 

 ――――――――。

 

 ――――――――――――。

 

 ――――――――――――――――。

 

「――――は?」

 

 聞こえた声に、思考が完全にフリーズした。

 

 

 * * *

 

 

 ツワブキ・ダイゴが人生において心底動揺したのは片手で数えるほどにしか存在しない。

 特に成人(十歳)して、トレーナーとして活動を始めてからは一度も無かったのではないだろうか。

 あの現チャンピオンとのバトルの時ですら、動揺や高揚はあっても、完全に飲まれるほどではなかったはずだ。

 そんなダイゴが今、ほぼ人生でも初めてかもしれないほどに深く動揺していた。

 

 空に浮かぶ暗雲、そしてそこに座す黒龍。それと戦う伝説たち。

 

 それだけでも並の人間なら仰天するだろうことだが、ダイゴの鋼の精神は完全に揺らぐことは無い。

 だがそれに加えて、ホウエンへと襲来する超巨大隕石の存在は揺らぎかけていた彼の精神に止めを刺した。

 

「――――――――」

 

 言葉を紡ぐ余裕すらないほどに、まさに絶句しモニターを見つめていた。

 トクサネ宇宙センターでは宇宙に関する様々な情報が収集されている。

 今モニターに表示されているのは、ホウエンへと降り注ぐ隕石の情報だ。

 そしてその情報を信じるのならば。

 

「――――明日、ホウエンに隕石が落ちる」

 

 自分たちの住む星の目と鼻の先にまで迫った隕石が猛烈な速度で自分たちの世界を破壊しようとしているという情報だった。

 勿論、この情報自体は事前にハルトから聞いていたため予測されていた結果ではあったが。

 

 ――――それにしても早すぎる。

 

 時期、の問題ではない。観測されてから、の時間だ。

 確かにいつ来るかも分からない隕石を常に見張っているというのは現実的な話ではない。

 だが『星一つを滅ぼせるほどの巨大な隕石』で『今年の夏ごろ来る』という二つの情報があったのだ、毎日毎日宇宙センターでは観測が行われ僅かな前兆でも見逃すまいと目を皿にして観測を続けてきたはずなのだ。

 にも関わらず、発見されたのは直前も直前、僅か一日前である。

 

 規模は衝突の衝撃だけでホウエン地方が消し飛び、そのまま星の中心まで突き抜けこの世界が滅ぼすに足るだけの巨大さが確認されていた。

 

 つまり今日は、世界滅亡の前日、ということになる。

 

 そしてそのための切り札だと彼が言った存在は今、逆に世界を滅ぼさん勢いで暴れ回っている。

 

「――――『∞エナジー』の準備を」

 

 僅かな時間と数度の呼吸で動揺を押し殺し、努めて冷静に、ダイゴはそう告げた。

 先ほども言ったようにこの時のために備えはしてきた。

 別に彼の言ったことを信じなかったわけではないが、世界の滅亡という明確な危機に対してセカンドプランの一つも無いなんてあり得ない選択肢だった、というだけの話。

 

 (むげんだい)エナジー。

 

 父、ツワブキ・ムクゲが開発した()()()()()()()()()()()()

 それによって一度は成功したロケットの打ち上げをもう一度行うのだ。

 とは言え、こちらが想定していたより遥かに巨大なサイズの隕石に対して想定通りの効果があるかは難しい問題だ。

 だが何もしないよりはずっとマシだろう。

 

「…………そう言えば、彼に連絡するのを忘れていたね」

 

 ようやく冷静さを取り戻し、回り始めた思考で、ハルトへの連絡を忘れていたとナビを取り出し。

 

「……………………?」

 

 そこに届いていたメッセージに気づき、それを開いて。

 

 

 ――――逃げろ

 

 

 ただ一言だけ書かれていたメッセージに思わず首を傾げて。

 

 

 ふと視線を上げた瞬間、空から降ってくる()()を見た。

 

 

 




実はハルトくん転生なんてしてなかったんだ!


今まで一度もハルトくん『死んだ』なんて書いてないだろ?
死んだ記憶も無い、とか転生したのだとしたら、とか曖昧に濁してたの。










今回の話で中々複雑な設定になってきただろ?
昨日仕事中に十五分で考えたんだ(超アドリブ
まあ話の骨子みたいなには前からあったけど、設定に肉付けしたの書きながらだからほぼアドリブで間違っちゃないな(


え? タグに転生ってあるじゃねえか、あれなんだよってか?
あれ『特異点存在』さんのことだよ。







すっげえどうでもいいけど、小説の感想とかは気にしてても評価ってあんま気にしたこと無かったんだが、読んでてぜんっぜんおもしろくもねえ、って思う作品に抜かれると軽くイラっとする。
でもだからって相手に0爆弾するのは余りにもどうかと思うので、こっちの作品のクオリティを上げて、より良い作品を書くことに始終することにする。
結局俺の作品の評価ってのは俺の腕の問題だしなあ。
まあ趣味で書いてるだけだから究極的にはどうでもいいことだけど。
ちょっと愚痴っぽくなったけど、最近仕事も忙しくてストレスだし、色々もやもやしてるから許して。


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大黒天⑩

 

 

 勝てるかもしれない。

 

 グラードン、そしてカイオーガの胸に共にその思いが宿った。

 

 純粋な能力の差で負けている。

 天候も支配され、全力が出せない。

 終始押され気味で、常に守勢に回り、一度も攻撃に転じれたことは無い。

 

 それでも、両者の差が少しずつ縮まり、逆転しようとしていた。

 

 それは偏に互いの性質の差だろう。

 

 グラードンは大地に足をつけている限り、無限がごとき力を得る。

 カイオーガは大海に身を浸している限り、永遠に戦い続けれる。

 ゲンシの力を得て、両者の性質はさらに強まっており、けれどその上をかつてのレックウザは行った。

 

 グラードン、カイオーガを超える力、グラードン、カイオーガの支配を打ち消す力、そしてグラードン、カイオーガを超える回復力、それら全てを兼ね備えた上で、天空という不可侵の領域を陣取っていたからこそ、レックウザはグラードン、カイオーガに対して絶対の有利を持っていた。

 

 けれど、ダークレックウザはそうではない。

 

 能力だけならかつてのレックウザをも上回り、タイプも全ての生命に対する特効(メタ)を持ち、天候支配だってメガレックウザをも凌ぐ凶悪な物で、通常通りの回復力を持つ。

 

 けれど、それらの力を何のデメリットも無く手に入れたわけではない。

 

 第一に、理性と呼べるものが消し飛んだ。

 それ故に、その性質は暴虐の一言に尽きる。

 ただ荒れ狂う、ひたすらに、ただひたすらに、目の前に一切合切が消え去るまで荒れ狂い、暴れまわり、破壊し尽くす。

 だからこそ、その攻撃一辺倒な姿勢はグラードンとカイオーガを生かしていた。

 攻撃しかしてこないならば逆に分かりやすい。ただひたすら、全霊を持って防御をしていればギリギリのところで持ちこたえることができる。

 とは言え、どちらか片方だけなら、全力で守りに入っても押し切られていただろう。その圧倒的な攻撃力の前に、同じ伝説のポケモンとは言え、とても太刀打ちできるものではない。

 グラードンへ向けられた攻撃はカイオーガが、カイオーガへ向けられた攻撃はグラードンが、間に割って入り、その威力を大きく減衰させることで、互いが互いへの攻撃を何とか凌いでいた。

 

 両者からすれば業腹である。何でよりにもよってこんなやつ守らなければならないのだ、という思いはある。

 だがそれでも、今この次元の戦いについてこられるのは、足を引っ張ることなく、共に在れるのがお互いしかいないことも長年いがみ合い、争いあっていたからこそ、分かっていた。

 長年争い続けてきた、だからこそお互いのことは何でも分かっていた。

 それぞれのタイミング、どんな行動をするのか、どうして欲しいのか、何をして欲しくないのか。

 皮肉にも誰よりも嫌いあい、いがみ合い、争い合ってきたからこそ、誰よりも何よりも分かりあっていた。

 だからこそ、その奇跡は成り立つ。

 世界を滅ぼす怪物の攻撃を、互いが互いをフォローしあうことで、相殺することを可能とする。

 

 だがそれもレックウザが攻撃に緩急をつけないからこその芸当である。

 一度でも積み技…………つまりあの圧倒的なステータスをこれ以上上昇されようものならば、防ぐことすら敵わないだろうことは、戦っている二人が何よりも分かっていた。

 けれど実際にはレックウザはそう言った類の技を一切使わない。使えない。

 思考を黒に塗りつぶされた龍神はただ荒れ狂うことしかできない。

 

 そして眼下のカイオーガは距離があるので遠距離技を、目の前にまで迫ったグラードンには近距離攻撃を選択する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を、そして()()()()()()()()()()()()()()()()ばかり放つ。

 それをさらに互いが威力を減衰させながら持前のタフネスで受け、同時に回復させていく。

 少し技の選択肢を変えれば、それだけでも或いは崩れ去るかもしれない均衡。

 だが思考の止まった黒龍はそんな分かりきったこともできない。

 それこそがこの状況を作り出した最初の原因。

 

 

 第二に、飛行能力の低下だ。

 レックウザの何よりの強さとは、空を支配する龍神の強さ、つまり空中を自由自在に動くことができることにある。

 酷く当たり前だが、重力という鎖から解き放たれたかのように、前後左右、そこに上下まで加えて自由自在に動き回る細長い体の龍を狙って攻撃するというのは酷く難易度が高い。

 さらにそこに超高速の圧倒的な飛翔速度と風を、雲を、気流を自在に操る力を加えれば、実質的に空を飛ぶ龍神に攻撃を当てるということはほぼ不可能に近い。

 だが今現在空に浮かぶ黒龍はその場で多少動くことはあっても、根本的に()()()()ことが無い、無いというよりは出来ないのだろう。

 

 当然だろう、『ダーク』タイプという極めて凶悪な力を得た代償に目の前の龍は『ひこう』タイプを失ったのだ。

 言ってみれば『ひこう』タイプのポケモンと特性“ふゆう”のポケモンの違いとでも言うべきか。

 浮かぶことはできる、空に座し、天空から見下ろすこともできる。

 だが空を自在に泳ぎ、超高速で飛翔する力は失われている。

 恐らくだが今現在広がる暗雲…………()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 実際、そうすれば最早カイオーガの攻撃だって届かなくなるだろうに、レックウザはそうしない。

 或いは、理性が飛んでいるせいでそうする判断力も無いのかもしれないが、しないのでもできないのでも大して違いは無い、結局、今この黒龍は空の下にいるということなのだから。

 

 

 そして三つ目にして、今立場が逆転しようとしている最大の要因。

 それが巨大過ぎる力の反動だ。

 グラードン、そしてカイオーガの知る限り、レックウザと両者は同じ伝説の枠に入る存在であり()()()()()というのは決して無かった。

 レックウザにメガシンカがあったように、グラードン、カイオーガにもゲンシカイキという力があり、三者の力関係は相性の差でレックウザ有利だったが、それ以外においてそれほど差も無かったはずなのだ。

 だが実際には目の前の黒龍はグラードン、カイオーガを圧倒するだけの力を持っている。

 禍々しい人の祈りがレックウザをそうさせたのだ…………というのは今はどうでも良い。

 

 問題は、そんな巨大な力、グラードンやカイオーガでも受け止めきれない、ということだ。

 力に差が無いレックウザでも同じことが言え、そして受け止めきれない巨大な力は徐々にだがレックウザ自身を蝕んでいた。

 攻撃するたびに、レックウザ自身も僅かずつ自壊している(ダメージを受けている)のをグラードンも、カイオーガも見逃さなかった。

 だったら攻撃せず回復に専念していれば良かったのかもしれないが、今のレックウザにそんな判断力は無い。

 

 つまり削りきれない自爆攻撃を続けている内に、自身のほうが先に限界が来てしまった状態。簡単に言えばそういうことだ。

 

 勝てるかもしれない。

 

 グラードン、そしてカイオーガの胸に共にその思いが宿った。

 

 このまま続ければ、二人が倒れるより先にレックウザが倒れる。

 このまま防戦を続けていれば確実に相手のほうが耐えきれなくなる。

 

 だから、このままいけば。

 

 このまま、ならば。

 

 勝てる、そう思って。

 

「キリュウゥゥァァァアアァァァァァ!!!!!」

 

 黒龍が吼えた。

 

 

 * * *

 

 

 シキと、過去の話をして。

 

 その時ふと疑問に思ったことがある。

 

 ――――前の世界における最後の瞬間、というものが自分の記憶の中には一切無かった。

 

 否、それどころか小さいころに何をした、大きくなってどうなった、そういう()()()()()()()()はあっても、思い出や経験談のような()()()()()()()()というものが自身には無いことに気づいた。

 

 過去に家族を失った…………そういう記憶がある。

 

 過去に友達がいた…………そういう記憶がある。

 

 過去にゲームでパーティを作った…………そういう記憶がある。

 

 けれどそこに経験が伴わない。記憶という名の記録がそこにあり、経験という名の記憶がそこに足りなかった。

 だからこそ、ハルトという自身が碓氷晴人という誰かとは別人であるということを受け入れられた。

 そのことに、シキと話をするついこの間まで一切疑問を抱かなかった。

 だがそれでも良かった、だって極論を言えば前世は前世、自分が生きているのは今だ。

 だから思い出せないことに不都合は無かった…………けれど、一度疑問を抱いてしまった。

 

 そしてだからこそ余計に、一度沸いた疑問が途切れることは無かった。

 

 一体どうして自分がこの世界にいるのか、改めて考えればおかしな話である。

 理由も、経緯も、原因も、何一つとして分からない。

 

 だからこそ、目の前の少女の言葉に唖然とした。

 

 

 ――――だからお前をこの世界に創ったデシ

 

 

「創った…………って、どういうことだ」

 止まった思考が回り始めると同時に、目の前の少女を半眼になって見つめながら呟く。

 少女の言葉の意味を理解しながら、驚くほどに動揺の無かった自分に驚きもするし、ある種納得もある。

 そもそも転生とか転移とか、それ以前にゲームの世界が現実になるとか、前の世界の常識ではあり得ないようなことだらけで、もう今更そのくらいじゃ驚けないというのもあるのかもしれない。

 

「そうデシね…………簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()()()ってことデシ」

 

 そして、問いかけに返ってきた答えに、余計に頭は混乱した。

 

 

 * * *

 

 

 特異点存在とは、そもそも何なのか。

 という話をしなければ、この話の要点は掴めない。

 

 世界の運命とは最初から定められている。

 まるで物語のように、運命線は規則正しく流れる川のように定められた道に沿って進んでいく。

 とは言っても、そこに住む人たち一人一人の意思や行動が全て決定されているのか、と言われればそれは異なる。

 言ってみれば『必ず最終的にはそうなる』という結末やいくつかの転換期(ターニングポイント)などの『定点』があるだけで、例えばAという運命で世界の転換期となる偉業をなした人間がいたとして、平行する世界の運命線Bではその偉業をなすのは別の人間、というのは良くあることで、世界は別に個々人を区別したりしない、そこにあるのは『偉業を為す役割』だけであり、そこに誰が収まるか、というのは実のところ定まっていないのだ。

 

 だが逆に言えば、転換期は必ず起こる。それは世界が決定付けているから、だからこそ、その結果に違いは無い。

 

 ……………………はずだった。

 

 ソレは世界の運命線を搔き乱し、本来予定調和のはずの定点すらも喪失させた。

 本来あるべき定点を迎えるべきことができなかった、それはつまりその時点で()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

 運命線からの分岐、ではなく、逸脱。それは未来があるべき結末へと収まることが無いことを意味していた。

 定点を崩し、運命線を逸脱させる点、故に()()()

 そして特異点となる()()()()()()()存在を特異点存在と呼ぶ。

 

 元々運命とはそう細かく定められているものではない。

 大まかな流れをけれど必ず固定された点を通ることで一本の線となっている。

 だからこそ、一つでも点が崩れれば全体が崩れる。

 あるべき未来は訪れず、()()()()()()()()()を持つようになる。

 

 そしてアオギリがそれを見たことで未来は()()された。

 

 未来の崩壊によって、未来の物語は完全に破綻した。

 そしてそれをアオギリが見ようとしたことで、破綻した物語が()()()()()()()

 捻じれ曲がり、運命は二つの物語を持った。

 

 一つは本来の運命線上の定点、カロスを中心とした物語。

 

 そしてもう一つが新たに発生した定点、ホウエンを中心とした物語。

 

 だがこの二つの物語のどちらにしても()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、ホウエンの物語をどうにかしなければカロスの物語は発生しない、そしてホウエンの物語をどうにかしようと、未来においてカロスの物語も解決しなければ()()()()()()()()

 

 だがアオギリが見た未来では、世界はホウエンの物語で終息する。

 主人公の座についた少年の死によって、世界は滅びの帰結へと収束し、物語は終息する。

 それが()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 故に変えねばならない。

 

 アオギリも、そしてジラーチもそれを思った。

 だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人やポケモン一個の願いで早々運命は変わらない。

 

 だから、願った。

 

 だから、叶えた。

 

 

 * * *

 

 

「だからお前を創ったデシ、確定された未来をもう一度搔き乱すために()()()にお前という

()()()()()を創った、デシ」

「特異点、存在? 俺が?」

 

 一切自覚のないその言葉に、思わず首を傾げる。

 と同時に、自分の中で膨れ上がっていく疑問が口を吐いて出る。

 

「なあ、ジラーチ、一つ聞いていいか?」

「何デシか?」

 ジラーチがきょとん、と小首を傾げ。

 

「どうして俺だったんだ?」

 

 告げた言葉に、さらに不思議そうな顔をする。

「どうして? ってのはどういう意味デシ?」

 小首を傾げたまま、ジラーチの告げた言葉に、一度自分の中で疑問を吟味し。

 

「えっと、つまり…………どうして『碓氷晴人』を選んだんだ?」

 

 自分だと思っていた、けれど自分じゃないその名前を告げるとジラーチがようやく納得いったかのように頷いた。

 

「つまり、ボクがどうして他のやつらじゃなく、お前を創る時のモデルに『碓氷晴人』を選んだか、ってことデシね」

 

 創る創ると言われると、まるで自分が人間じゃないかのような響きがするのだが…………大丈夫だよな?

 

「理由としては簡単な話デシ」

 

 つまり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()デシよ」

 

 そんなことを言った。

 

 

 

 




ジラーチとハルトくんの話すごく長く見えるけど、実際は3分ほどしか話してないから。
まあそれでもその三分戦ってるどこぞの伝説さんたちを考えると、お前らいいから早く行動しろよって感じだが。

因みにハルトくんが素直に話聞いてるのは、知りたいってのもあるけど、それ以上に『今何が起こっているのか分からない』から。
実機知識を超えてくるとハルトくんただの凡人だから、いきなりなんでも対処とはいかなくなる。


あと頑張って運命線の話理解しようとしなくても、ぶっちゃけホウエン終わったらカロス編でちょろっとだけ出すくらいであとはもう影も形も無くなる予定の設定だから別に理解する必要も無かったり。


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大黒天⑪

 元々世界の壁を越えての転生、という現象は時折ではあるが、無くはないことではあるらしい、とジラーチはカミサマから聞いたことがある。

 ただ魂だけが世界を超えても、記憶というのは肉体の中に刻まれているため、死した魂が異世界で転生してもそれは別人が一人、異世界に生まれるだけの話なのだ。

 

 だが時折、そう本当に稀に魂にまで()()()()()()()()人間というのがいる。

 

 心を壊すほどの強い感情の波が魂の心底にまで焼き付き、ただそれだけを記憶し続ける、そんな人間が極々稀にいるのだ。

 

 そういう人間は例え転生しても、同じ魂を持つ限り、生前の記憶を持って生まれる。

 

 だが当たり前だがそんな人間、真っ当に育つはずも無い。

 魂に刻まれた記憶(イタミ)は人格を狂わせる。

 心が振りきれるほどの激しい情動が心を支配し、精神を支配し、思考を狂わせる。

 

 カロスに生まれた特異点もそういう存在だった。

 

 生きることに苦痛を感じるほどの振りきれた感情を抱えながら、血反吐を吐くような思いをしながら、日々を生きる。

 世界を呪ったわけではない、世界を恨んだわけではない。

 

 ただ自らが思いを、重さを、何よりも優先しただけの話。

 

 その結果、世界が壊れようと、世界が滅びようと、どうでも良いと。

 

 けれどそれは、世界を管理する側からすれば許容できる話ではない。

 規定路線だったはずの運命を崩されることも、安定を約束されていたはずの世界を破壊されることも、どちらも望むことではない。

 ただ、管理者というのは必要以上に世界に対して干渉することができない。

 

 何よりも、カミサマがそう決めてしまったのだから、仕方がない。

 

 だから、代わりに干渉できる存在を作った。

 とは言え、適当に作ったとしても『運命に干渉』することなどできるはずも無い。

 だから必要としたのは()()()()()()()()()()()()だった。

 

 最初に決定された運命線を覆すことのできる存在。

 

 つまり、同じ特異点存在を求めた。

 

 だがそれとて一筋縄でいくことではない、何せ異世界のことである。

 

 まず第一に、どうして特異点存在は特異点と成り得たのか。

 それは特異点の転生前の世界においてこの世界が『創作』として登場するからだと判明した。

 『ポケットモンスター』と呼ばれる『ゲーム』が存在し、そのゲームのストーリーがこの世界における運命線と極めて酷似している。

 だからこそ、特異点存在は運命線を逆手に取って、定点崩壊を起こすことができた。

 

 だから、同じように『ゲーム』をプレイした人間を用意する必要があった。

 

 そして第二に、異世界から人を直接連れてくることはルール違反になる、ということ。

 当たり前だがそんな簡単に世界間移動されてはたまったものではない。

 偶発的に世界の壁を超えることはまだしも、意図的に連れてくるようなことは横行すれば、互いの世界は異世界人だらけである。そんなことあり得るはずがないし、そんなこと成り得るはずも無い。

 

 そして最後、第三に『特異点存在の縁者』から人選をする必要があった。

 何の宛ても無く、条件に合う人間を探すのは砂漠の中に落ちた一粒の砂を探すがごとき作業だ。

 自分たちの管轄する世界ならともかく、異世界で何の宛ても無く探すことはできない。そもそも干渉することすらできない。カミサマならともかく、ジラーチにそこまでの力は無い。

 だが特異点存在という向こう側の世界と繋がりを持つ存在を辿っていけばその周囲の存在くらいにならば手を届かせることはできる。

 

 とは言ってもここで二つ目の話が出てくる。

 

 だからジラーチにできるのは『特異点存在の縁者で』あり、『ゲームをプレイしたことのある人間』の『記憶だけをコピー』した別人を仕立て上げることだけだった。

 必要なのは知識である、そしてそれを活用できる知恵である。

 0歳から子供の成長を待っている時間は残念ながら無い。だから最初からある程度育った人格を与える必要がある。

 

 そして変わってしまった運命線は二つ目の物語を紡いだ。

 

 だからこそ、作り上げた『特異点』を二つ目の物語の中心、つまり『主人公』に置いた。

 

 十二年前、まだ母親の胎の中にいた赤子の()()()()()()した。

 

 そうして生まれたのが碓氷晴人の記憶だけを持った少年、ハルトである。

 

 

 * * *

 

 

「…………………………」

 

 明かされた衝撃の事実、と言ったところか。

 自身の来歴、生まれた意味、色々な情報が一度に詰め込まれ過ぎて思考が絡まる。

 

「そして」

 

 そんな自身を見て、複雑そうな表情のジラーチが口を開き。

 

()()()()()()()()()デシ」

 

 その言葉にハッとなる。

 そう、今までの話は全て()()に過ぎない。

 あの黒いレックウザは何なのか、余りにも話が衝撃的過ぎて思考が抜け落ちていたそのことを思い出す。

 

「とは言え、()()()()()()()()()()。それがルールなのデシよ」

「ここまでペラペラ喋っておいて?!」

 

 随分と他の人間に聞かせられないようなことが多々あったと思うのだが、ここまで来てそれは無いだろうと思わず声が大きくなる。

 

「過去はすでに変わらない、だからある程度までは話せるデシ。けど未来は語れない。ボクは…………()()()()()()()()()()()()()()

「…………どういう意味だ?」

「世界を管理する側の存在は、その在り方が縛られているデシ。ボクの役割は()()()()()()()()()()。今はその一環として動いてるデシ。けど未来を語るのはそこに含まれないデシ。そしてボクは自分の役割以上のことはしてはならない、デシよ」

 

 良く分からない話、ではあるが。どうやら何がしか制限、というかルールというか、そういうものがあるのは分かった。

 

「とは言え、ボクは()()()()()()()デシ」

 

 そう言いながらジラーチがだぼだぼの袖からにょきり、と指を出し。

 

「三つ。ボクが過去にしたことを話すデシ」

 

 三本の指を立てる。

 

「一つ、お前を創ったこと」

 

 一つ指を折る。

 

「二つ、()()()()()()()()()()()()

 

 二つ指を折る。

 

「三つ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 三つ指を折り。

 

「ちょっと待て!? 最後のどういう意味だ!」

 

 思わず口を挟むが、けれどジラーチは首を振る。答えられない、と言ったその様子に思わず舌打ちしそうになる。

 

 ――――未来を話すことはできない、と言って過去を語った理由は分かりきっている。

 

 何か目的があってそれをした、だから行動から理由と目的を推測しろということだろう。

 恐らくそれがジラーチ曰くの“ルール”のギリギリのラインということか。

 

 一つ目の、自分を創った…………この言い方は何とも言えない気分になるが、それはともかくとして、要するに『実機知識を持った主人公』を作りたかったのだと推察する。

 とにかくこの際、運命線だとか未来だとか、そういうわけの分からないことは取り合えず置いて考えてみる。

 

 二つ目、隕石の襲来を遅らせたこと…………そこに何の意味がある? いや、逆に考えよう、()()()()()()()()()()で隕石が降ってきたらどうなっていた?

 ヒガナに協力を得られない以上、『そらのはしら』でレックウザを呼び出すことが困難になっていただろう。だが一応その可能性も考えて、その時はグラードンとカイオーガを暴れさせる、というヒガナと同じ手段を『場所を選んで』行うつもりではあった。つまりヒガナの協力が得られずとも、一応だが手段はあった。

 じゃあ何故? 分からない、分からないのでこれは後回しだ。

 

 三つ目、自分のエースに…………エアに力を与えた。

 カイオーガが言っていた。普通は種を()()()ことは無い、何か余計なちょっかいが入ったのかもしれないと。つまり、ジラーチという余計のせいで、エアが今現在進行形で戦えなくなっている。

 それって逆効果じゃないのか? それとも、ジラーチは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただそれにしたって不思議なこともある。

 超越種とはカイオーガ曰く、理を超えた存在である。

 その理を敷いたのは恐らくジラーチの言っていたカミサマこと、アルセウスだろう。

 つまり、超越種になる、というのはアルセウスの管理から離れるということ。

 

 それを管理者自身が望む、というのはおかしな話じゃないだろうか?

 

「…………あ、いや、待てよ?」

 

 その運命線、とやらだって管理者サイドが定めた物、だとするならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と呼べるのではないか。

 

 それはまさしく、ジラーチの言うところの『特異点存在』なのではないか?

 

 ジラーチは言っていた。

 

 ――――この世界は滅びの運命に定められている、と。

 

 だから自分を作ったと言っていた。特異点存在、つまり運命を歪められる唯一の存在として。

 

「だとするなら」

 

 この世界の滅びの運命とは即ち、今頭上で争っている黒龍に他ならないのだろう。

 そして二つ目の行い、隕石についてもそのための手段だとすれば。

 

「……………………え、ちょっと待て」

 

 まるで思考という名のパズルのピースを組み合わせたかのように。

 ふと閃きという名の一枚絵が浮かび上がってくる。

 だがそれは余りにも荒唐無稽な話。

 だがそうだとすれば、余りにもピタリと話が符号する。

 

「おい、まさかとは思うが――――」

 

 顔を上げ、ジラーチへと問いただそうとして…………その姿がすでに消えていることに気づく。

 まさに言いたいことだけ言って帰っていった。

 どうしろと言うのだ…………まさか本気の本気でこんなことやれと言うのでは無いだろうか。

 

 歯ぎしりしそうになりながら、どうするか悩み。

 

 

「キリュウゥゥァァァアアァァァァァ!!!!!」

 

 

 頭上から咆哮が響いた。

 視線を上げる。暗い暗い空の下で、黒龍が叫んでいた。

 そして、その体をぬらりとくねらせ。

 

 ――――逃げ出した。

 

 文字通り、グラードンとカイオーガに背を向け、黒龍が逃げ出した。

 

「な、に?!」

 

 まさか勝ったのか? という思いと、あれだけ暴れていたのに逃げるのか、という驚きが同時に沸いて出て。

 けれどすぐに気付く、ただ逃げ出したわけじゃない。

「何か目的がある?」

 逃げ出した、というよりは何かを求めて飛び出した、といった印象を受ける。

 だが随分とスローペースだ。レックウザの飛行速度について知識の中に明確なものはないが、けれどイメージ的に自由自在、かつ高速で空を飛べる印象だったのだが。というか空の支配者として描かれているのだからそのくらいできるだろうと思っていたのだが。

 もしかして、あれだけの力、得るために何かデメリットでもあるのかもしれない、と考える。

 

 考えて、直後に気づく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『そらのはしら』より北東方面。ルネシティを超えた先にあるのは…………。

 

「トクサネシティ?!」

 

 すぐ傍にルネシティがあるが、少しだけ向きが違う。

 頭の中に広げたホウエンマップから推測するに、トクサネシティの方向。

 そして今あそこには。

 

「ダイゴがいる!」

 

 即座にナビでメッセージを送る。

 

 ――――逃げろ、と。

 

 とは言え、逃げるのに間に合うかどうかは分からない。

 だが先に気づいたならば凌ぐくらいはできるはずだ。

 こと防御に関してはホウエンでも間違いなくトップの存在だ。あの防御は伝説のポケモンであろうと突破は容易ではない。

 

 どうか無事でいてくれよ。

 

 内心で呟きつつ、ボールからエアを出す。

「エア、トクサネシティまで飛んでくれ」

「さっさと乗りなさい」

 一瞬こちらを見て、顔を赤くしたエアだったがすぐに気を取り戻して背を向ける。

 その背に掴まると同時にエアが地を蹴って浮かび上がる。

 

 直後、大空に舞った。

 

 

 * * *

 

 

 異能を使用するには多少の溜めがいる。正確には集中と言うべきか。

 特に()()()を使用するならば、余計にだ。

 

 ――――間に合うか?

 

 そう思考しながらも、けれど明晰な頭脳が一瞬だけ間に合わない、と答えを返していた。

 まさか黒龍がこちらを目指してくるなどと予想もしなかっただけに、完全に虚を突かれた。

 むしろメッセージが送られてこなかったら気づくことすらなかったかもしれない。

 

 とは言え、このままでは同じことだ。

 

 ほんの一瞬で良い、足止めをしなければ。

 

 思考しつつ、その両手でボールを掴み。

 

 

 “りゅうせいぐん”

 

 

 飛来した隕石が、宇宙センター目指して突っ込んできていたレックウザの横顔を打った。

 攻撃の直撃に一瞬怯んだレックウザだったが、すぐ様咆哮し、自身を攻撃してきた存在を睨む。

 

「…………どうして」

 

 ダイゴが窮地を救ってくれた存在を見て、思わず呟く。

 

 ――――――――そこに黒の少女がいた。

 

 傍らにサザンドラを連れて、黒龍と対峙していた。

 

 知っている、ダイゴは彼女を知っている。

 

 今頃ミシロにいるはずの彼女が、どうしてここにいるのか、それが分からなくて。

 

「どうしてここにいるんだ…………シキ」

 

 建物の外、宇宙センターの手前の高台で黒龍と対峙する少女に向けて、届くはずの無い声を呟いた。

 

 

 




シキ「ちょっと迷った」


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大黒天⑫

そのうち活動報告でUSUMの対戦相手募集するかも。


 ミシロのシキの家からハルトの家まで徒歩一分の距離にある。

 本当は迷わないように隣の家のほうが良かったのだが、そちらはすでにオダマキ一家が住んでいるので、近場の空き地に一軒家を建てた。

 最早言うまでもないことだが、シキという少女は極めつけの方向音痴である。

 その程度は最早、道なりに直進すればいいだけの場所で迷うほどの方向音痴だ。

 今までどうやって生きていたのだ、と他人から言われたくなるほどの彼女だが、彼女の相棒はそうではない。

 サザンドラ、ニックネームはクロ、そう呼ばれる彼がいたからこそ、彼女は生きてこれたと言っても過言ではないほどだ。

 

 だからそう、それは彼女なりの焦りだったのかもしれない。

 

 相棒に呆れた視線を送られるような能天気さを表面上浮かべていても、本当は焦っていたのかもしれない。

 長年の相方をボールに納め、家を出た。

 

 その結果がどうして海が見える街にいるのだろう、シキ自身良く分からない。

 

 だがまあそのお陰でレックウザが宇宙センターに激突するのを阻止できたのだから、結果オーライと言ったところか…………相棒が半眼でこちらを見ているような気がするが、恐らく気のせいだろう。

 いや、違うのだと、一体誰に対しての言い訳なのか自分でも分からない言い訳を心の中で呟く。

 

 さすがにシキとて視界の中に映っている場所に対して迷ったりはしない(多分)。

 

 だがこの曇天よりも暗い…………文字通りの夜闇のような天候の中、悪い視界を歩いたせいで迷ってしまったのだ。つまり何もかもこの天候が…………ひいてはレックウザのせいだ。

 

「なんて…………言ってられるのも今の内ね」

 

 視線の先にはこちらへと理性の無い瞳を向ける、黒い龍の姿。

 ぽん、ぽんと片っ端からボールからポケモンを出しているが、一体どれほど抵抗できるか。

 

 ――――異能者は見えている世界が常人とは違う。

 

 というのは以前ハルトにも説明したような気がするが。

 だからこそ、分かってしまう、目の前の化け物のイカレ度合いが。

 

 黒く渦巻いた狂気と殺意。

 

 ああ、なんだか懐かしい。そして同時に憎らしく、腹立たしい。

 

 ()()()()()()()()()

 

 と、無意識で呟いたところで、誰も聞く人間はいなかった。

 思い出した過去の記憶、そしてそこに纏わりついた感情。

 ただ、少しだけ意識が切り替わっていた。

 

()()()()

 

 邪魔だと言わんばかりにかけていた眼鏡を外し、ショートパンツのポケットに片づける。

 視界の中で黒龍が吼える、それを煩いと一蹴し。

 

()()()

 

 “じょうげはんてん”

 

 上と下を()()()にする。

 異能とは限定とは世界法則の書き換えだ。

 物理法則だって一時的にならば()()する。

 

 とは言え伝説のポケモン相手にそんなものが通用するかと言われれば無理だろう。

 

 ポケモンには無理でも、空間には作用する。

 

 つまり、どうなるか、と言えば。

 

 ()()()()()()()()()()()という不可思議な現象が起きる。

 

「クロ…………“りゅうせいぐん”」

「グルゥァァ!」

 

 “みつくび”

 

 “りゅうせいぐん”

 

 足元から流星が降ってくる、という不可思議な現象にさしもの黒龍も一瞬戸惑う。

 だがそれが決定的なダメージになることは無い。何せ元の能力が違い過ぎる。秘めたポテンシャルがかけ離れ過ぎている。

 さらに言えばタイプ相性が絶対的過ぎる。

 

 だからこんなもの目くらましに過ぎない。

 

 レックウザの視線をこちらに引き寄せるための一手。

 

 そして、ここからが本番。

 

「本当は…………()()()のために作ってたとっておきだけど」

 

 真っすぐに、レックウザへと指先を向け、視線を向け、意識を向け。

 

「同じ領域ならばアナタにも届くわよね?」

 

 “リバースモノクローム”

 

 その名を呟いた瞬間、()()()()()()()()()()

 

「虚は実に、実は虚に」

 

 黒龍が咆哮する。自らの体に起きた異変に気付き、その元凶を見やる。

 同時にシキがボールを投げる。

 放たれたボールから出た巨体が()()()()()()()()

 

 “スロースタート”

 “いかさまロンリ”

 

 ぎしぎし、とその巨躯を軋ませながら、太古の王が拳を振り上げ。

 

「吹き飛ばして!」

 

 “アルティメットブロウ”

 

 極限の一撃が黒龍の胴を打ち抜く。

 

「キリュウウウウアアアァァ」

 

 黒龍が初めて()()()()()()

 その長躯を折り曲げ、()()()()()()()()

 それはこの黒龍が初めてまともに受けた痛手であった。

 

 だがそれでもさすがは伝説。その程度で終わるようならば伝説足り得ない。

 漆黒の雲にその姿が呑み込まれようとしたところで、急制動し体をくねらせながら地上へと()()()()()

 

 だがそれとてシキには分っている。そして同時に一つ理解したこともある。

 

 ()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 自身の出したポケモン、レジギガスの一撃が黒龍に通用したこともそうだし、その後上に向かって落ちていったことを見てもあの数秒の間のみとは言え黒龍が自らの異能のフィールドに取り込まれていたのは確かだった。

 だがそれも数秒の間のみ、すぐに強制力で上回れてフィールドは書き換えられた。

 だがそれでも十分だ、十分過ぎる。

 

 どれほど強力な異能を持とうと、人間は伝説種と呼ばれるポケモンには敵わない。

 

 シキの個人的な感覚ではあるが、強制力が強いとか弱いとか以前に、同じ領域に立てていない。

 例えるならば、自分たち通常の異能者が世界のルールを一部改竄したり、ルールの抜け道を付いているのだとすれば、伝説種たちというのはルールそのものを変更したり、好き勝手なルールを追加したり、と言った感じだろうか。

 

 伝説種は理に縛られない。

 

 故に異能者が作った理からもするすると抜けて行ってしまう。

 

 それを捕まえるためには、同じ伝説種の力で同じ領域に押し込めるしかない。

 

 そんなシキの考えはどうやら当たっていたらしい。

 その結果が目の前の黒龍である。

 とは言え、それなりに痛手だったとは言え、黒龍からしたら100の内の10削れた、と言ったところだろうか。

 基礎体力が並の生物と比較になってないため、並のポケモンなら一発で十匹纏めて倒れるようなダメージだろうが、平然と復帰してくる。

 同じ伝説種とは言え、恐らくレジギガスは伝説種の中でも最も()()

 弱い、というか、底が浅いというべきか。

 少なくとも、レジギガスより下の伝説種というのは恐らくいないのではないだろうか。

 

 そもそもレジギガスというのはとても特殊な伝説種だ。

 

 見た目の通り、生物というべき姿をしていない。

 

 にもかかわらずタイプは『ノーマル』。

 

 伝承によれば、過去に十七タイプのレジギガスが存在しており、けれどそれは神と呼ばれる存在によって打倒され、『ノーマル』タイプを残して全て封じられたと言われている。

 神、と呼ばれる存在が何なのか、シキは知らないが、けれど何故神がレジギガスたちを封印したのか、封じられたレジギガスたちはどうなったのか。

 疑問は色々あったが、何よりも気になったことが一つ。

 

 レジギガスが最低でも十七体存在した、という事実である。

 

 一体で伝説と呼ばれるほどのポケモンが過去に十七体存在した、という事実。

 それら全てが同じ姿をしていたのか、残念ながら今を生きるシキには最早分からぬ事実ではあるが。

 けれど同じ『王』の名で呼ばれたポケモンが十七体。

 どう見たって非生物型のレジギガスが複数存在していた。

 果たしてそれがどういうことを意味するのか分かってはいない。レジギガスがいたシンオウ地方でもそれ以上の情報は無く、残念ながら真実を知るにはその『神』とやらを探すしかないわけだが。

 

 レジギガスは作られた伝説だ。

 

 シキはそう思っている。

 

 何のために、一体誰が、そんなことは分からない。きっとそうなのだと思っている。

 そうでなければ余りにも機械的過ぎる。

 シキが捕まえた当初、レジギガスの育成は絶望的だった。

 シキは自分で言うのもなんだが、育成という分野に関して高い才能があると思っている。

 異能者というのは往々にして、感性や感覚の差異から育成能力が低いことが多いのだが、幼いころから望む望まぬに関わらずポケモンと共に生き、共に暮らし、共に育ってきたシキにとってポケモンの感性というのはある程度理解できるものであり、それを生かし、育成を施すことは難しくなかった。

 唯一指示だけは平凡の域を出るものではなかったが、それでもプロとしてやっていけるだけの能力はあり、多少の不足は高い異能の才と育成で乗り切れた。

 

 幸いにも異能トレーナーで育成能力が高い、というのは中々に無いことであり、だからこそシキというポケモントレーナーはカロスというトレーナーたちの魔境において頭角を現し、いくつかの大会で優勝することで大金を稼いでいた。

 本来ならば企業などのバックアップを受けて年月を重ね至る場所へ幼少ながらに到達していた彼女は自らの才能を存分に振るうために自分専用の育成用施設を持ったのはトレーナーとして当然の選択肢であり、だからこそ分かった、分かってしまった。

 

 現状の自分ではレジギガスの育成は手の施しようがないと。

 

 勿論最低限のことはできる。

 レベルを上げることもその一つ。何故か捕獲しただけで元は200はあったレベルが見る影も無いほどにまで下がってしまっていたのは泣きそうになった。

 何せ伝説のポケモン、そう簡単にトレーナー同士の対戦で出せる物ではない。

 何よりも、レベルが激減してそれでいて尚、並のポケモンを圧倒し、鎧袖一触、寄せるつけることすらなく叩きのめす圧倒的な暴力装置がそこにあった。

 レベルとは、経験値とは、つまり文字通りの位階(レベル)であり、経験である。

 ただ雑魚を叩きのめすだけの作業で一体何の経験が積めるというのか、と言うほどにレジギガスのレベルは上がらなかった。

 それをレベル120まで取り戻したのは、シキの育成分野における才能の高さを物語っていたのだろう。恐らくハルトが同じことをしてもレベル100に到達すらしない。

 

 そして最早現状ではこれ以上は望めないというまでレベルを上げた先で。

 

 手の施しようのない現実を直視した。

 

 何をどうすればいいのか、分からない。

 こんなポケモン育てたことも無ければ育て方も知らない。

 裏特性を仕込むことができた…………と思うかもしれないが。

 あれは仕込んだのではない。

 

 力を解放できない不具合が裏特性として、つまりデメリットとして表に出たのだ。

 

 だがそのデメリットを強烈なメリットに変える力がシキにはあった。

 シキの異能とレジギガスの特性は凄まじく相性が良い。

 だからそれまでそのデメリットをシキは強く意識したことは無かった。

 というより都合が良いものとして扱っていた。

 何せ無条件に攻撃の威力と速度が跳ね上がるのだ、ポケモンバトルにおいてこれほど凶悪な特性も無いだろう。

 

 けれど敗北した。

 

 確かに情報の不利はあった。

 だがそれでも、シキにとってハルトとの最初の戦い、あれは全力だった。

 本来四天王戦まで出す予定も無かったレジギガスを全国中継で出した影響は凄まじい。

 あのポケモンは一体なんだ、とホウエン中が首を傾げた。

 その中に少数、シンオウの伝説を知る人間がおり、それがシンオウの伝説のポケモンだという情報が広まった。そのせいで面倒ごとをしょい込むことになってりもしたが…………まあ今はそれは良い。

 

 問題は、ただのポケモンに…………伝説種どころこか、準伝説種でも無いただのポケモンにレジギガスが敗北したという事実。

 

 別に難癖付けようというわけではない、彼らの絆が何よりも固く、そして自分たちよりも純粋に強かった。それだけの話である。

 だがそれ以前に一度、シキはレジギガスを使い敗北している。

 義弟のシキ。彼のサザンドラに一度はレジギガスは屈した。

 だがそれは異能という伝説種の強さとは別の領域で負けたからだと思っていた。

 恐らく義弟も同じ伝説のポケモンを所持している。そしてその力を異能に合算している。

 だからこそ、最早義弟の異能はルールの改変、改竄などという域に留まらない。

 

 断言するが、アレとバトルして勝てるトレーナーなどこの世界のどこにもいない。

 

 例えハルトであろうと無理だ、と言える。

 

 だからこそ、シキは例外を求めていたのだ。

 ルールの外で動く存在、自らルールを持つ存在。つまり伝説を。

 だがその伝説すらも敗れた、しかも伝説すら持たないはずのトレーナーに。

 

 無意識のうちに妥協していたことにその時初めて気づいた。

 

 今のままでも十分過ぎるほどレジギガスは強い。

 それこそ並のポケモンでは到底太刀打ちできないほどに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上には上がいる。しかも本来の力を発揮できない伝説など、油断していれば並のポケモンにすら足元を掬われるのだと、気づいた。

 

 強くなければ、絶対の強さがなければ伝説は伝説足り得ない。

 

 けれどレジギガスの育成は手詰まりに陥っている。

 そんな時、ハルトが自身にレジアイスをくれた。

 

 三王と、一部で称されるホウエンの伝承存在をまるで何の気も無しに渡してくるのだから、さすがに唖然としてしまったが。

 

 それが鍵なのだと、レジアイスを育てていて気付いた。

 

 レジギガスという存在を起動するための鍵。

 

 つまり今まで、エンジンすらかかっていなかったような状態だったのだ。

 かつてレジギガスが作ったとされるレジスチル、レジロック、レジアイスの三体。

 それら全てを捕獲し、集めること。

 

 それを持ってレジギガスという存在の本領が解放される。

 

 ほんの一瞬とは言え、あの黒龍へと異能が干渉できるほどに、その存在を強めた。

 

 その力は最早、以前とは別物…………否、忘れていただけで野生の時は確かにそのくらい強かったのだ。

 実際のところ、最初から最大まで能力を高めたポケモンで包囲して高火力の技を放ち続ける。

 やられれば即座に次のポケモンを出し、瀕死になったポケモンはその間に回復する。

 ただ一つの技を放つことだけに特化させたポケモンを五十程度用意し、技を一つに絞ることでトレーナーの指示すら必要無くし、自身は後ろで見ていただけで伝説のポケモンをひれ伏させた。

 けれどあれは、レジギガスの最も不得意な状況を作ってこちらの最も優位な状況を作ったからこそ、と言える。

 

 レジギガスが一対一を得意とするポケモンだからこそ、レジギガスの殲滅速度にこちらの回復速度が追いついた。それだけでの話。

 

「五」

 

 故にシキはレジギガスの本領、というものを知らない。

 

「四」

 

 強大な一個の存在を相手にすることを最も得意とする、それはつまり。

 

「三」

 

 対伝説存在と呼べるものに他ならないのだと。

 

「二」

 

 故に。

 

「一」

 

 パチン、と指を鳴らす。

 

「ジャスト…………三十秒。()()()()()、ギガ」

 

 今、このホウエンの地で。

 

「ジ…………ジジ、ジジジジジジジジジ」

 

 太古の巨神が目を覚ます。

 

「――――――――――――――――」

 

 

めざめるきょしん(アウェイクン)

 

 

 直後、空中で放たれた拳が空を裂いた。

 

 

 




トレーナーズスキル(A):じょうげはんてん
『ひこう』タイプや『宙に浮いた』ポケモンが『じめん』技や『まきびし』など浮かんでいる時に効果を無効化する効果を受けるようになる、それ以外のポケモンが『じめん』技や『まきびし』などを無効化する。

分かりやすく言うなら、重力を反転させる。
つまり空に向かって『落ちる』ようになり、地に向かって『昇る』ようになる。


トレーナーズスキル(A):リバースモノクローム
5ターンの間、『こうかはばつぐん』と『こうかはいまひとつ』の効果が逆になる。

タイプ相性が逆転するわけではないので、例えば特性『ハードロック』の場合、ダメージが3/8に、特性『いろめがね』ならばダメージが4倍か8倍になる。
つまり『こうかはばつぐん』=ダメージ2倍と『こうかはいまひとつ』=ダメージ1/2を入れ替える。
『こうかはばつぐん』=ダメージ1/2
『こうかはいまひとつ』=ダメージ2倍
こうする。一種のダークタイプ殺しだが、ちょっと迂遠ではあるが、シキちゃんらしい捻じ曲がった逆転スキル。


というわけでシキちゃんついにレジギガスの覚醒完了。いやあ、やっぱ才能がある人は違いますねえ。アイスもらってまだ一か月も経ってないのにな。
因みに、非常に面倒なのでレジギガスのデータもう作ってない。基本的に以前の『野生時』のデータと変わってない。
ただ一つ『専用トレーナーズスキル(将来廃止予定)』がついたのと『禁忌アビリティ』が復活してる。


あ、因みにだけどギガスに関しては作者の勝手な考察です。本作の独自設定ということにしといて。
実機だと『レジアイス、スチル、ロックを作った』ということ『17種類いてノーマルタイプ以外はアルセウスに封印されて、プレートになった(らしい)』ということ、『大陸を動かすほどの怪力を持っている』ということ、これくらいしか書いてないからなあ。




ちょっと関係無いけど、最後のギガスのアビリティみたいに「名前+ルビ」という書き方どうだろう。未来編の裏特性の名前こんな感じなんだよね。

今決まってるの例を挙げるけど

イッツフィクション(ウソだよばーか)』とか

ブレイクオーバー(うるせえ死ね)』とか

裏特性の名前こんなの面白そうかなって思ってる。
特に作中で表示するにあたって、これはかなり面白いんじゃないかなって思ってたり。
そのうち未来編試し読みみたいなの書いてみる時に、実際使ってみたいなと思ってる。


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大黒天⑬

 空気を切り裂くびゅうびゅう、という音が耳鳴りのように響く。

 暗い薄闇の空の下では残念がら眼下の景色を見る、ということはできないが、それでも明りに照らされたホウエンの街々がある程度の地理を教えてくれていた。

 

 エアの背に乗って飛びながら、大まかな方向を見て進む。

 

 幸い普段からホウエンを飛び回っているエアだからこそ、大まかな方向だけでも飛べている。

 だから後はエアに任せていれば目的地まで着く、という状況。

 

「ねえ、エア」

「…………ん? 何?」

 

 そして、そんな状況だからこそ、ずっと気になっていたことがぽろり、と口から洩れた。

 

「エア、最初から知ってたの?」

 

 告げる言葉に、エアは返答を返さない。

 今更、言うまでも無いことではあるが。

 

 ポケモンはボールの中でも外の状況をある程度把握できている。

 

 つまり、先ほどまでのジラーチとの会話も全て聞いている。

 そしてそのことについて、一切触れてこない時点で何かおかしいとは思っていた。

 さらに言うならば、ジラーチがした干渉は三つ。

 

 一つ、ハルトという存在を創ったこと。

 

 二つ、隕石の襲来を遅らせたこと。

 

 三つ、エアに力を与え、超越種へと至る切欠を作ったこと。

 

 この三つを考慮に入れ、よくよく考えてみれば。

 ふと湧き出る疑問がある、それは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ということ。

 当初自分は彼女たちを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思っていた。

 だが実際は自分は碓氷晴人ではない別の誰かだったし、そもそも異世界から存在を連れてくるというのは非常に難しい、という話。

 

 だとするならば、エアは、シアは、シャルは、チークは、イナズマは、リップルは。

 一体どこから来た?

 どうして自分に従っている?

 分からない、分からない、分からない。

 だから、気になった、気になって、疑問になって、疑問が口を吐いて出た。

 けれどそれに、エアは答えない。

 答えないということがすでに半ば答えであるようなものではあるのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 呟いた言葉に、エアが僅かに息を飲んだ。

 

「実際のとこさ、どうでも良いんだ、その辺のこと全部」

 

 ジラーチに色々言われたし、仲間だと思ってたエアたちも何か色々あるようだが。

 よく考えて見て欲しい。

 

 現実を生きるのにそんなこと重要か?

 

 例えば前世だと思っていた別世界の碓氷晴人の記憶で考えて見る。

 

 果たして生きる過程において、自身の過去や自分の生まれた経緯なんてどれほど気にしただろうか?

 そしてそれが今の自分にどれほどの影響を与える?

 今を生きている人間はだいたいは今のことしか考えちゃいない。

 もしそれ以上に考えるべきことがあるとするならば、それは未来の話であって、過去を振り返るのはもっと人生に達観してからでも遅くは無いだろう。

 

「今、ここにいるのは俺だし、今生きているのは俺で、俺の目の前にいるのはお前だ」

 

 だからそう、聞きたいのは現在(イマ)の話。そして未来(コレカラ)の話。

 

「一つだけ聞かせて欲しい」

 

 ――――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?

 

 問うたその言葉に、エアが何か言おうと数度口を開き…………やがて閉ざす。

 

 言葉は無かった。

 

 こくり

 

 代わりに短く頷いた。

 

「…………そっか、ならいいや。それ以外は全部、どうでも」

「…………ハル、私、は」

 

 何かを言おうとするエアの頭にぽん、と手を置く。

 

「良いよ…………何があろうと、俺はエアたちを信じるから。だからもう、何も言わなくて良いよ」

 

 告げる言葉に、エアが沈黙する。

 

 

 ――――信じる、という言葉はとても危険なものであると、個人的には思っている。

 

 

 信じるからこそ、裏切られる。

 利己的に見ればそういう解釈もできるし。

 

 信じるという言葉は、重さとなって他者に圧し掛かる。

 客観的に見てもそういうことだってある。

 

 口で信じると言うのは簡単だ。

 たった四文字分の音を発するだけで相手を信じたことになる。

 

 だがその四文字の音の羅列が引き起こす意味を、普通の人は強くは認識しない。

 そうして人は無自覚に他者に期待をかける、かけた相手がどうなるなんてことを普通は考えない。

 期待に応えられなかった時は裏切られたと憤る。

 期待に応えられた時はさらなる期待をかける。

 

 だから、信じるとは、期待することとは、とても曖昧でけれど重い言葉だ。

 

 そして自分は、それら全ての意味を考えた上で、信じるという言葉を多用する。

 

 期待を裏切らせないし、期待に圧し潰させない。

 

 ――――お前ら全員俺のものだ。

 

 かつてそう言った。確かにそう言った。

 そして今でもそうなんだと思っている。

 

 だから信じている。

 自分のことを好きだと言ってくれた彼女たちのことを。

 信じ、期待する。代わりに期待した分だけ返す。

 信頼とは必ず双方向に向けられるものでなければならない。

 お互いを信じる。そうすれば互いの期待は結局自分自身へと向くのだ。

 かけられた期待は、お互いが()()()()()()()()のだ。

 

「だから、できることをしよう」

 

 お互いに、今は最善を尽くし、最良を果たし。

 

「未来を掴みに行こうか」

 

 この先に広がる、黒を打倒すために。

 

「エア」

「……………………なに?」

 

 戸惑いがちに問い返すエアには見えていないだろう、笑みを浮かべ。

 

「覚悟決めろよ?」

 

 その背に向けてそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 レジギガスの全身の点という点が輝きを放つ。

 点から放たれた光がその全身を包んでいき、まるで進化するかのようにその姿が変わっていく。

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と全身から軋むような音を立てながら()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ジジ、ジジジジジジジ」

 

 生物の物とは思えない、まるで電子音のような鳴き声を発しながら、光が解き放たれ先ほどよりも一層巨大さを増したレジギガスが拳を握る。

 その巨体たるや十メートルを優に超える、重量に至っては一体どれほどの物か。『上下』を反転したこの状況でなければこの姿へと変化するだけで地上を荒らしてしまうだろうほどの巨体。

 これがただの形態変化という事実に、一体これまでの自分はどれほどまでにレジギガスの力を引き出せていなかったのだろうかと思ってしまう。

 だが今はそれは良い、それを考えるのは後にし。

 

「ギガ! 掴みなさい!」

 

 指示一つ、レジギガスがその巨大な腕を伸ばし、空中で踊る黒龍を追わんとする。

 直後、異能を解除する、それによってレジギガスが地上へと落下を開始し、同時に黒龍が天空へと昇り始める。

 そして上下関係からすれば僅か一瞬の間だけ、両者の距離は零へと縮まる。

 

 “にぎりつぶす”

 

 刹那の交差をけれどレジギガスは逃さない。

 避けようとする黒龍へとけれど一瞬だけ自身の異能で作った『上下』を反転した足場を蹴って黒龍へと迫り、その胴を掴み、握り、圧壊させんと万力のように締め上げる。

 

「キリュゥゥァァァァァァァァ!!」

 

 さしもの黒龍も堪った物ではない、と激しく暴れて抵抗を示す。

 覚醒したとは言え、伝説種としての格付けは相手のほうが上だ、しかも狂化させ、強化されているせいで得意のパワーですら渡り合われている現状、黒龍が本気で暴れたならばレジギガスでは止めきれない。

 

 だが、それでも良い。

 

「一つ、欠けたわね」

 

 握りつぶした胴が再生していく。だが先ほどまで薄っすらとだが纏っていた風の鎧が消えていた。

 目の前の黒龍の力が剥落したことを異能力者としての感性で察知する。

 同時に、レジギガスの本領がそれであることも理解する。

 

 つまり、()()()()だ。

 

 恐らくあの風の鎧はしばらくの間は…………下手すれば一生戻らないかもしれない。

 何でも良いから、と言うわけでなく、相応のダメージを与えた時に相手の能力を破壊する力、と言ったところか。

 

「凄いわね」

 

 並のポケモンに使えば()()()()()を無視してポケモンを殺害することすら可能かもしれない。これは恐らくそういう類の力だ。

 当たり前だが、こんな相手でも無ければ使いたいと思えるような技ではないことは確かだ。

 

 だが、今となっては都合が良いのも事実である。

 

「ギガ!」

「ジジジジジジジジジジジジジジジジジ」

 

 振り上げた両手が、拳を創り。

 

 “うちおとす”

 

 黒龍へと振り上げた両拳を叩きつければ、黒龍が勢いのままに地上へと吹き飛ばされ、トクサネシティの端、海岸へと落ちる。

 

「これで厄介な飛行能力は奪えたかしら」

 

 上下反転を解除したことで急速に落下しながら。

 

「クロ」

 

 一つ名を呼べば、相棒たるサザンドラが身を寄せてくるので、それに掴まって落下を免れる。

 だがレジギガスはそのまま落ちていく。真下へ、つまり黒龍がのたうちまわる地上へと。

 

「貫け、ギガ!」

 

 レジギガスがその巨腕を大きく引き。

 

 “アルティメットブロウ”

 “ハイパーボイス”

 

「ジジ、ジジ、ジジジジジジ」

「キュリァァァァァ!」

 

 迎撃せんと大地に体を着けたままの龍が音の壁を生み出し、それをやすやすと砕いてレジギガスの拳が黒龍へと突き刺さった。

 巨神の一撃は、黒龍の顔を殴り飛ばし、その胴を地から引き抜いて軽々と吹き飛ばす。

 

 戦力的に見ればレジギガスはレックウザには及ばない。

 それは仕方の無いことだ、同じ伝説のポケモンでも、空の龍神に地を這う巨兵は手も足も出ない。

 だが戦局的に見ればレジギガスはレックウザを圧倒している。

 当然のことだ。それがトレーナーが付く、ということだ。

 

 結局のところ、伝説種の強さとは、位階が違うことが最も強く起因している。

 

 ルールを守って戦う側とルールを無視して戦う側。

 当然ながらまともな戦いになるはずも無い。

 しかも地力まで上だと言うのならば猶更だ。

 

 だからこそ、同じようにこちらもルールを無視できるのなら()()()()()()()()()()()()()のだ。

 もっとも、戦えるからと言って勝てる、とは言えないのが辛いのだが。

 だが同じ位階に立たねば勝ち目すら無いよりはマシだ。

 

 ハルトがグラードンとカイオーガは捕まえることができたのは、相手に()()()()()()()()からだ。

 あの二体が何も考えずに全力で暴れだせば、正直戦う以前に近づくことすらできなくなる。

 だから目覚めたばかりの本調子ではない状態で、天候を操り、地の利を取り、決して全力を出させないことに始終し、全力を出させないままに倒した。

 

 ハルトは相手を引きずり落とし、対等に持ち込んだ。

 

 だが黒龍を相手にそんなことは期待できない。

 

 だから、こちらが昇るしかないのだ。

 

 そうしてやっと、()()()()()()()()()()

 

 だが相手はすでに空から堕とした。

 地上で戦うならば、レジギガスにも分がある。

 

 故に。

 

「行って、ギガ、クロ!」

「ジジジジジジジジジジジ」

「グギュァァァッォォォォ!」

 

 レジギガスが、サザンドラが、黒龍へと攻撃を放つ。

 黒龍とて負けじと反撃をしかける。

 黒龍とレジギガスの間の差を、サザンドラが入ることで埋め、ようやく均衡が生まれる。

 

「とんでも無い化け物ね」

 

 文字通り、これを解き放てば世界を滅ぼす怪物と成り果てるだろうことは容易に理解できる。

 空を奪い、鎧をはぎ取り、地上というこちらの舞台に落とし込めて、さらに二対一でようやく拮抗するのか。

 だがこの拮抗は、正直こちらに不利だ。

 

 均衡を押し込めるよりも先に、レジギガスが時間切れとなる可能性が高い。

 覚醒の力は有限だ。元よりレジギガスの回復能力はそう高くない。

 無限に回復し続ける向こうからすれば、耐えていればいつかこの均衡はこちら側に崩れる。

 だがこちらとしても怪物をこの場所に縫い留めておくためにも黒龍の意識を惹き続ける必要がある。

 故に、黒龍が激しく暴れまわり、それに応対するためにこちらの攻め手も激化する。

 海岸の地形が変わるほどの激しい攻撃の応酬。だがそれも当然だろう、何せ伝説に語れるポケモン同士の争いなのだ。

 

 だがその中で気づいたことが一つ。

 

 黒龍が動かない。

 まるで蛇のようにとぐろを巻いてけれどどこから動こうともしない。

 故に攻撃は接近したレジギガスへの反撃を除けば、直接攻撃は皆無と言っても良い。

 さて、これをどう考えるべきか。

 

 レジギガスの攻撃で動けなくなるほど弱ったと考えるには抵抗が激しすぎる。

 

 空を飛ぶほどの力は無くとも、浮遊する程度の力はあると思うのだが。

 

「何か企んでいる?」

 

 正直、それを思考するほどの正気があるようにも思えないが…………けれど、あの怪物がこのまま終わるとは思えない。

 

 故に、何かを狙っている、一体何を?

 

 思考はすれど、答えは出なかった。

 

 

 * * *

 

 

 ソレの思考は黒で塗りつぶされていた。

 

 ただ壊すこと、殺すことだけを全てとする。

 ある意味それは勢い任せの突進であり、勢いは強いが愚直過ぎて押し切れない時は自滅していくしかないという特攻としか言いようのない思考だ。

 

 だがそんな黒い思考も迫りくる生命の危機の中にあって、生存本能に少しずつ塗り替えられていく。

 

 黒が消えるたびに、少しずつ少しずつ正気を取り戻していく。

 けれどだからと言って黒が消えたわけではない。

 

 つまり、正気で狂った怪物が誕生してしまっただけの話。

 

 夢の中にいるような、微睡む意識の中で。

 傷ついていく体が本能へと生命の危機を訴える。

 だからこそ、ここに来た。ほぼ無意識であったとは言え、傷を癒すための力がここにあったから。

 だがそれを邪魔する敵が目の前にいる。

 自らよりも劣っているはずの存在に、けれど命の危機を感じるまでに追い込まれている事実に、ソレは感慨も憤慨も無く、ただ焦りだけを感じていた。

 

 故に、その瞬間だけは、ソレは…………レックウザは黒い意思を振り払い、咆哮を上げた。

 

「キリュウウウウアアアアアォォォォォ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 宇宙の果てまで届けんという意思の元、龍の絶叫が空へと響き渡る。

 

 直後、空に広がる暗雲の中から隕石が降り注ぐ。

 

 文字通り、雨霰と。

 

 数百。

 

 否。

 

 ()()にも及ぶ隕石の雨がトクサネシティへと降り注いでた。

 

 

 




<グワアアアアアアアアアアアアア

トクサネダイーン!>



おひさの人はおひさ。
最近幼馴染ちゃん書いてた水代です。

今? ゼノディアという名の沼に嵌って抜け出せない(


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大黒天⑭

あけましておめでとうございます。
予定ならば本来、すでにドールズが完結して、クライムが始まっている予定…………だったんですけどねえ(
何故まだ終わってないんだろうこの小説。


 人がポケモンと共に歩んできた歴史の中で、人とポケモンは様々な関係性を作り出してきた。

 ポケモントレーナーという形は人とポケモンとの協力関係の上に成り立っているその一つの極致であり、互いが力を合わせだすことによって1+1を10にも20にも引き出すことができる。

 

 その上で。

 

 トレーナーとポケモンがどうやっても抗うことのできない圧倒的な脅威というものはどうやっても存在する。

 

 例えば自然災害。

 

 大雨、日照り、嵐などの天候から、噴火や地震、洪水、津波まで。

 トレーナーが引き出したポケモンの力を持ってしても被害を抑えることはできても、無くすことは不可能だ。

 そして、だからこそ、伝説のポケモンというのは恐れられる。

 

 災害の化身、超越存在、理の支配者。

 

 嵐を呼び海を荒らし、大地震で大地を崩し、そして。

 

 空を埋め尽くすほどの流星を呼び込む。

 

 

 * * *

 

 

 空から降り注ぐ星々に、宇宙センター内を走りながら必死に思考を巡らせる。

 

 一つ二つならどうにでもなる、だが空を埋め尽くす雨のごとき流星、まさしく流星雨としか言いようのないそれを前に、一つ二つどうにかしたところで残りの千を超えるだろう星の雨がトクサネを滅ぼす。

 

 トレーナーとして、最高位の位置に立っているという自負がダイゴにはある。

 だがそのダイゴをして、この圧倒的な現実に抗う術が一切思い浮かばない。

 所詮は人の中の最高位。伝説のポケモンを相手にその事実がどれほど意味を成すか、と言ったところか。

 

 だからと言ってこのまま座して待つだなんてこと、あり得ない。

 

 ダイゴだけなら、或いは生き残ることは可能だろう。

 自分の手持ちたちをフルに活用すれば、降り注ぐ流星を耐えきることも可能だろう。

 代わりに、それ以外は全て塵と化すかもしれないが。

 だがそれは許容できない。少なくとも、自分の目の前でそれを許容するような精神はダイゴは持ち合わせていない。

 

 じゃあ、どうするのだ。

 

 その答えをけれどダイゴは持ち合わせていない。

 足りない、全く持って足りない、足掻くだけの力が足りない。

 

「コメット!」

「…………了解」

 

 それでも、何もせずにはいられない。

 宇宙センターから飛び出すと同時に、空へ向かって自身の持てる全てのボールを投げ、流星の迎撃を命ずる。

 それでどれだけの数対処できるか、など考えてもたかがしれているが。

 

「ここにいるのは僕一人ではないからね」

 

 浜のほうから、光が煌いた。

 それが誰の物か、なんて考える間も無く、それに続くように再び光が煌く。

 一つ、二つ、三つ、段々と増えるそれを街中から飛んでいく。

 

 最初にレックウザが現れた時点で当然ながら大半の住人たちを避難させている。

 そのためトクサネシティジムや宇宙センターで避難した人々を匿っている現状で、街中に残っている人間などトレーナーたち以外にあり得ない。

 たまたま滞在していたフリーのトレーナーかもしれないし、トクサネシティジムのジムトレーナーかもしれない。

 ただ一つ、分かっているのは、誰もかれもこの状況に絶望することなく、懸命に戦っているということ。

 

 例えどれだけ絶望的状況であろうと。

 

 人は屈しない。

 

 例え伝説のポケモンであろうと。

 

 何かできないか、と抗い続ける。

 

 ――――それでも、どうにもならないからこそ、天災なのだが。

 

 

 * * *

 

 

 ――――そして、そんな天災に唯一対抗できるのが、同じ天災だけだというのも事実。

 

 逃げたレックウザを追ってトクサネまで来てみれば、降り注ぐ流星の雨。

 そんな分かりやすい目印にグラードンが吼える。

 

「ぐおらあああああああああ!!! このヘチマァ! 逃げてんじゃねえぞ!」

 

 “ちかくへんどう”

 

 どん、と拳を大地へ叩きつけた瞬間、トクサネの街中の地面が杭のように飛び出し、伸びていき、空から降り注ぐ流星を撃ち貫いていく。

 トレーナーたちが僅かに削った星の雨を、一息に半数近く撃ち落しながらグラードンが吼える。

 

 それでも、まだ半数は残っている。

 

「うっさいなー、あのトカゲ…………まあ癪だけど同感。諦めてそのまま大人しく倒されなよ」

 

 “いてのしんかい”

 

 海上に立つ、という不可思議な様相を呈しているカイオーガがぱちん、と指を鳴らせば波が荒れ狂い、圧縮され、凝縮され、弾丸となって空へと射出される。

 次々と撃ちだされる凍水の弾丸が降り注ぐ流星を次々と撃ちぬいていき。

 空を覆うほどにあった流星の大半が消滅する。

 

 だが、それでも幾ばくかの撃ち漏らしがトクサネシティへと落ちる。

 

 そもそも、グラードンもカイオーガも、邪魔だから空の流星を撃ち落しはしたが、トクサネシティを守る気などさらさら無い。未だにトレーナーに従っているわけではないのだ、目的はレックウザを倒すことであって、人を、街を守ることではない。

 それでも街や人を巻き込んだ攻撃をしなかったり、見捨てなかっただけまだマシと言えよう。

 

 いくつかの流星が落ちていく。

 

 大気を抜ける際に半ば燃え尽きかけた流星はけれど、その小さな欠片一つで地表に大きな衝撃をもたらす。

 

 直後。

 

 爆音にも似た轟きがトクサネシティを襲った。

 

 

 * * *

 

 

「なんだ…………そりゃあ!?」

「なっ…………」

 

 暗雲の空は非常に進みづらい。

 ミシロからトクサネシティまでの距離はかなりある、トクサネシティなどホウエンの東端と言っても過言ではないのだから、仕方ないのかもしれないが。

 夜かと見間違うほどの視界の悪さのせいで、どうにも速度を上げ切れないまま進んではいるが、けれどそれにしたってもう随分と長い時間飛び続けている、つまり。

 

 ようやくトクサネシティが見えてきた。

 

 トクサネシティにはトクサネ宇宙センターという巨大な施設があるので、特に良く分かる。

 この暗さのせいでどこもかしこも朝の時間帯だというのに明りをつけているが、宇宙センターの規模でそれをすれば、碓氷晴人の記憶の中にある、ライトアップされた東京タワーを彷彿とさせた。

 

 そうして、その光のタワーを見ていたからこそ、それに気づいた。

 

 暗雲を突き破り落ちてくる無数の何かに。

 

 遠くから見ている分には暗くて良く分からないが、けれど直後に街の各地から放たれた技…………恐らくポケモンの技だろうそれらが飛来する何かを撃ち落していき、それでも撃ち落された数の数十倍に匹敵する飛来物が続々と降り注ぎ。

 

 トクサネの街から生え出でた杭のような何かに撃ち落され、直後に海から打ち上げられた何かによって残った飛来物も大半が消し飛ぶ。

 

 さらに一瞬の間の後、落としきれなかったソレがトクサネシティへと堕ち。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「不味い!」

 

 音を立てて宇宙センターの上階の一部が弾け飛び、弾けた建物が地上へと落ちていく。

 さらに宇宙センターのビルを貫通したソレがその奥のロケット発射台にまで衝突し、だぁぁぁん、と派手な音を立てる。

 

「エア!」

「分かってる」

 

 最早こうなれば一刻の猶予も無い。最早目的地を視認しているのだ、もう速度を抑える必要もないと、エアがさらに加速する。

 

 その時、()()()()()()()()()()

 

 一瞬、その黒に視線を取られ。

 

 それが何か理解すると、呼吸が止まる。

 

「ここで動くか! レックウザ」

 

 黒がぬるり、何故か地表すれすれを滑るような動きでレックウザがトクサネの街の中央を抜けていくのが見える。闇の中で蛇行しながら進むその姿は龍というよりは巨大なハブネークか何かのようだった。

 

 一体どこへ向かっている?

 

 先ほどまでの荒れようが嘘のように、暴れることもせずに這っているというその光景は酷く不可思議であり、不安を煽った。

 地を這うレックウザと空を飛ぶこちら、彼我の差はぐんぐんと縮まっている。

 あと少し、あと少し、レックウザとの距離を縮めるほどに時間が長く感じられる。

 

 最早視界にはレックウザしか映っていなかった。

 

 その動きを追い、視線はさらにトクサネの北へと向かい。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「何っ?!」

 

 何故そこへ、という疑問と共に、そこにいるだろう多くの人たちのことを想像し、不味いという思いが同時に沸き上がった。

 

「急げ、エア!」

「もう限界一杯よ!」

 

 叫んでみても、エアにだって限度がある。

 否、エア一人ならこの程度は限度でも無いかもしれないが、自分を乗せた状態で出せる最高速度がここまで、ということなのだろう。すでに轟々と風を切る音が耳鳴りとなってうるさいくらいの速度が出ている。

 これ以上の速度は出せない…………だが最早レックウザは宇宙センターの目の前にまでたどり着いており。

 

 ――――そのまま宇宙センターの脇を抜けていった。

 

「…………な、に?」

 

 自身の予想とは反したその光景を、一瞬理解できずに戸惑う。

 だがそうこうしている内にレックウザはさらに奥、ロケットの発射台へと近づき。

 

 ――――装置に固定されたロケットへと齧り付いた。

 

 

 * * *

 

 

「最…………悪だ!」

 

 突如街のほうから現れたレックウザに驚き、宇宙センターには近寄らせまいと入口前に陣取ってみればレックウザはその横をすり抜けていった。

 一体何が目的か、そう思考を巡らせ、その後を追い、ロケットへと齧り付いたその姿を見て気づく。

 

()めるんだ、コメット!」

 

 叫ぶと同時に自身の相棒が動き出すが、けれど先ほどまで空の上で流星の対処に回っていた分だけ、出足が遅れている。

 

 最早あの龍の暴挙は止めようがなかった。

 

 がきん、と。

 龍がロケットを固定していた金具や装置を引きちぎり、ロケットが傾き、大地へと叩きつけられる。

 どだぁぁん、と転げ落ち、一部破損し、パーツが飛び散ったロケットをさらに龍が尻尾を叩きつけ、破壊し続ける。

 

 ころん、と。

 

 やがて中から薄く蒼白く光るガラス球のような物体が飛び出す。

 

「キリュウウウウゥゥァアアアアァァァァ!」

 

 それを見つけた瞬間、レックウザが歓喜の声を挙げる。

 そうして、地面に転がるそれを口へと咥え。

 

「止めろおおおお!!!」

 

 その光景を見て、叫ぶダイゴの静止の声などお構い無しに。

 

 

 ――――飲み込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 たどり着いたその時にはすでに遅かった。

 バラバラになったロケットの残骸に囲まれながら、レックウザがそこに居た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん…………だ、これ」

 

 メガシンカともまた違う、ゲンシカイキでも無い、じゃあ一体何だと言われれば答えに困窮するより他に無い。

 ただ一つ分かっていることは。

 

「不味い、ぞ。これ」

 

 何かやばい、それだけは分かっていた。

 呟く自身の言葉にけれど隣のエアは反応も返さない。

 ただじっとレックウザを見つめ、気を張り詰めさせている。

 何かやばい、それが何かは分からないがこの蒼白い光が無関係とも思えない。

 

「下がれ!」

 

 直後、背後から聞こえた声に、振り返ろうとして。

 それより早くエアが自身の襟を掴み、大きく後退する。

 

 そして。

 

「キリュウウウウアアアアアアアアアアアア!!」

 

 レックウザがその全身の光を強めながら、咆哮を上げる。

 同時に、その全身につけられた傷が内側より溢れた光によって塞がれていく。

 グラードンが、カイオーガが付けた傷が、全て塞がれていく。

 その光景を唖然としながら見ていると、やがて全ての傷を塞ぎ快癒したレックウザが再び吼え。

 

 どん、と爆発でも起きたかのような暴風をまき散らしながら上空へと飛んでいく。

 

 その姿が空の暗雲の中へと消えていくと同時に。

 

 

 ――――()()()()()

 

 

 文字通り、ホウエンの空を覆っていた暗雲が消え去り、暑い夏日がホウエンを照らした。

 空を見ても、地上を見ても、海を見ても、まるで何の異常も無い。

 

 ただ、破壊された建物や道路を除けば。

 

 まるで嵐のように襲来し、そうしてレックウザは去っていた。

 

「…………一先ず、危機は去った、と考えるべきか?」

 

 これでホウエンは救われた、なんて思考を停止したことは言わない。第一未だに巨大隕石の件だって片付いていないのだ。

 しかもロケットが破壊されてしまった以上、早急にレックウザをどうにかする必要がある。

 

「前途多難…………内憂外患…………全く」

 

 宇宙よりの隕石、空には狂った龍神、そして恐らく敵に回ったキーパーソンのヒガナ。

 本当にままならないことばかり、というか実機のストーリーなんて狂い過ぎててどこに運命なんてものがあるのか分かったものじゃない。

 

 嘆息し、空を見上げる。

 

 憎たらしいほど晴れ晴れとした空が自分たちを見下ろしていた。

 

「世界救うのも、簡単じゃないよ」

 

 それでもやらなければならないことならば、やるしかないことならば。

 

 

 ――――やるだけの話だが。

 

 

 




マジで⑳まで続きそうだなあ。年末完結が目標とは一体なんだったのか(




ところで、グラブルクラスⅣ取ったけど、くっそ便利だな。
十天も宝晶石と古代布以外は素材揃ったし、セレマグ対策にソーンさんをお迎えしたい所存。それ終わったら、次の半額でまた素材貯めてニオちゃんとエッセルさんも欲しいなあ。
まあ、今は次の古戦場に向けてミカエル武器のSSR化をしないと(


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空を超えて①

 

 

 

 真っ暗な空間の中を、けれどぽつりぽつりと煌く星の明りが照らしていた。

 少年、ハルトが宇宙空間と称した、この世界のどこかにあって、けれどどこにもないその場所で、ジラーチが嘆息する。

 

「やっちまったデシよ」

 

 眼下、その視線の先には、けれど何も映らぬ黒が広がっているばかり。

 だがジラーチの目には何かが見えていると言わんばかりにその視線は上へ、下へと忙しなく動いていた。

 

 ――――『むげんきかん』が完成してしまった。

 

 それは世界の滅びへと至るシナリオの条件の一つと言っても過言ではない。

 他の条件も大半は達成されてしまっている。

 つまり、このままではやはりホウエンの、ひいては世界の滅亡は止められない、ということに他ならない。

 

「やっぱり…………作られた特異点じゃ変わらないデシか?」

 

 呟くその言葉に、けれど誰も答えを返す者は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――答えが返ってきた。

 

 その事実を、ジラーチが理解するまで一瞬の間があった。

 それほどまでに、少女はずっとずっと長い時間、孤独に慣れ過ぎていた。

 そしてその事実に気づくと同時に、ばっ、と振り返り。

 

()()()()?!」

 

 視線の先、黒い宇宙の中に立つ、真っ白なヒトガタを見た。

 男とも、女とも言えない中性的な顔立ち、ところどころに金の刺繍の施された真っ白なスーツを着た人の形をしたソレは、ゆったりとジラーチの目の前にまで歩いてくる。

 

「起きてたデシか」

「ついさっきね。それにしても、随分とおかしなことになってるね」

 

 欠伸を噛み殺しながらやってくるカミサマに、少女が目を丸くした。

 そうしてカミサマが少女の隣にやってくる。その視線は先ほどまでの少女と同様に、ここではないどこかを見ているようであり…………。

 

「特異点! 特異点が出たデシよ!」

「うんうん、分かってるよ」

「じゃあさっさと修正してこいデシよ」

 

 ぶんぶんと、だぼだぼの袖を振り回しながら隣で叫ぶ少女に、ソレは薄く笑みを浮かべる。

 

「そうだねえ…………どうしよっかなあ」

「……………………はぁ?」

 

 呟いた言葉に、ジラーチが怪訝そうな表情をする。

 

「特異点が現れたって言ってるデシよ? カミサマの世界、壊れちゃうデシよ?」

「そうなんだけどねぇ。でももうこの世界は(ワタシ)の手を離れても良いんじゃないか、とも思うわけだよ」

「離れても何も、カミサマ創るだけ創ったら後は寝てたデシよ。手を入れてたのはボクや馬鹿眷属たちデシ、最初からカミサマの手から離れてるデシ」

「あはは…………手厳しいね、キミ」

 

 困ったように、頬を掻くソレに、少女がますます疑いの念を強める。

 あり得ないのだ、普通に考えて。

 この世界を創ったのは目の前のカミサマ。そして何だかんだと言ったが、それでもこれまで運命線を紡ぎ、眷属を使って世界を維持してきたのもカミサマ。

 そうやって遥かな悠久の時、世界を回してきたというのに、今更になってそれを止める、だなんてあり得ない話。

 

「何考えてやがるデシか」

「んー? そうだねー…………まあ大したこと考えてるわけじゃないさ」

 

 微笑を浮かべるカミサマのその胸の内は少女には分からない。

 否、この世界の誰にも分からないことだろう。

 何せ目の前の男とも女とも分からない、否、それどころかヒトですらない、ヒトガタは。

 

 

 ――――世界の創造神(アルセウス)に他ならないのだから。

 

 

 * * *

 

 

 頭を抱えたくなる思いをなんとか表に出さず。

 代わりとばかりにため息を吐き出して気持ちを落ち着かせようとする。

 トクサネシティからレックウザが去り、現地にいたダイゴと…………あと何故かいるシキと合流し、情報を共有したのは良いものの。

 

「…………どうしろと」

 

 情報を整理すると問題は大きくわけて三つだ。

 一つ、空に消えていった黒い龍神。

 二つ、明日にはホウエンに落ちるという巨大隕石。

 三つ、巨大隕石を防ぐための手段の喪失。

 特に三つ目が大問題だ。

 実機ではレックウザでなんとかしていたが、現実に隕石が落ちてくるまでにレックウザを捕獲できるかどうかが分からなかったため、ダイゴの提案でロケット開発のほうも進めていた。

 デボンコーポレーションは過去に一度、ロケットを宇宙へと飛び出させることに成功した経歴があり、そのためのノウハウもあったため、こちらは比較的順調に進んでいた。

 いつ来るか分からない隕石のために、いつでも発射の準備はできるようにしていたのだが。

 

 ――――それをレックウザが破壊した。

 

 あの黒い龍神が何を思ってそれを為したのか。

 ダイゴと話をして、ようやくその理由に気づく。

 

 ∞エナジー

 

 実機でも名前は出ていたが、()()()()()()()()()()()()であり、かつてカロスにおける最終兵器のエネルギーとしても使用されていたその技術をダイゴの父、ツワブキ・ムクゲがよりクリーンな形で創り直した、デボン・コーポレーションの飛躍の決め手となった存在である。

 それは手のひらで抱えることのできるほどの大きさの球体一つでロケットを宇宙まで飛ばすことのできるような極めて強力なエネルギーであり。

 

 レックウザはその力を意識的か、はたまた無意識的にか、求めた。

 

 狂乱のままに暴れていたレックウザは、その暴走によって自らを傷つけていた。

 だが取り込んだ∞エナジーの力によって、自傷を上回るほどの回復力を得た、と考えればあの光景にも納得がいく。

 尤も、それはほぼ最悪の想定だが。

 

「方針を決めよう」

 

 トクサネ宇宙センターの一室で、椅子に腰かけたダイゴがそう告げた。

 幸いにも、隕石で崩落した一角は誰もいなかったようで、それ以外の場所でもあの荒れ狂う暴嵐のような伝説が襲来したにしては、死傷者0という奇跡のような被害の少なさだった。

 それはダイゴたちを含めた、一部のトレーナーたちが事前に住民を手早く避難させたお陰でもあり、その避難の時間を作ったシキのお陰でもあるのだろう。

 何でトクサネにいるのかは謎だが、まあシキのことなので迷ったとか言われても驚きは無い。

 

「そうだね…………正直、レックウザのことは考えても仕方ない。アレに逃げ回られたら絶対に追いつけないし、いつ来るかなんて完全に向こう次第だ。だから考えるべきはもっと上」

「巨大隕石、ね。本当に来るの?」

 

 実際には自身から話を聞いただけのシキからすれば、ホウエンどころか星を穿つほどの巨大な隕石が落ちてきていると言われても実感が無いのだろう。

 そんなシキの言葉に、ダイゴが頷く。

 

「ああ、こちらでも確認したよ。正直どうしてここまでで気づかなかったのか、不思議なほどにはっきりと、巨大な隕石がホウエンへと急速接近している」

「問題は二つ。隕石への対処として考えていた方法が二つともダメになったこと。そして残された時間の少なさ、だね」

 

 呟いた言葉に、ダイゴが頷く。

 恐らくこの中で一番危機感を持っているのはダイゴだろう。自分も、馬鹿にするわけではないがシキも、それほどこの手のことに知識が無い。ダイゴとて専門家ほどのものはないにしろ、それでも実際に宇宙センターでそれを観測した結果を見ているだけに焦りは人一倍といったところか。

 

「一応聞いておくけど、ダイゴ、シキ。何か考えある?」

 

 問うたその言葉に、けれど返事はない。

 だがそれを言っても仕方ない。返事を求めるのも酷だと分かっている。

 そのための手段を前から用意していたのだ、この時のために用意していたのだ。

 だがその手段(ロケット)別の手段(レックウザ)によって破壊された。

 そしてそのレックウザも空へと消えていった現状。

 

「ほぼ、手詰まり、か」

「…………()()?」

 

 椅子の背にもたれ、ぎぃ、と椅子を鳴らしながら呟いた独り言にダイゴが首を傾げた。

 そう、実際のところ、まだ手はある。

 だから、ほぼ。

 けれどその手が余りにも非現実過ぎて、手詰まりとしか言いようのないのもまた事実。

 

「その手、っていうのは?」

 

 そんな自分の説明に、今度はシキが声を挙げる。

 今となっては藁にもすがりたいような心境なのだろうことは明白である。

 実際自分だってそうだ。もうこれしかない、と思っているが、そんなの無理だ、とも思っている。

 

「最初の案の通りだよ…………『そらのはしら』へ行き、ヒガナにレックウザを呼び出してもらう」

 

 そしてレックウザを捕まえ、隕石を破壊する。

 まさに実機と同じ展開。前提が違い過ぎることを除けば。

 それがどれだけ無理な話か分かっているのだろう、ダイゴも、シキも、自身の言葉に口を閉ざす。

 

 部屋の中が沈黙で満たされる。

 

 しばしの静寂の間。

 

 後。

 

「それでいこう」

 

 ダイゴが呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「実際のところ」

 

 ふわふわ、と空中で正座をするという奇妙な光景がそこにあった。

 だがそんなもの気にするほどのことでも無いと、少女も、ソレも、一切気に留めることも無く話は進む。

 

「どうなんデシか?」

「何がかな?」

 

 少女、ジラーチの疑問に、けれどソレは疑問で返す。

 分かっているくせに、と少しジト目になりながらも、一つ嘆息し、再度口を開く。

 

「ボクからすれば、世界を救う鍵はもう分かりきってるデシ、運命線は決まっていても、それを超えるから特異点であり、超越種デシ」

「そうだね」

「でもあのおろかものがそんな簡単にその選択をするとも思えないデシ。もしそれを選択する時は」

 

 二つに一つ。

 

「けど、そんな選択肢あり得るデシか?」

 

 何もかも救えるのなら、それに越したことは無いだろう。ああ、ジラーチだってそんな問答無用のハッピーエンドが来るように願っていた。そのために危ない橋まで渡って色々してきたのだ。

 だがそれでも運命線は変わらなかった。一度は特異点存在によってあっさり変わった癖に、それを観測したことで二度も変わった癖に、もう一度だけ、幸福を追求しようとした途端に頑固に変わろうとしない。

 

 だからもう、この運命線を何の犠牲も、代償も無しにやり過ごすのは不可能だ。

 少なくとも、ジラーチはそう思っている。思ってしまっている。

 だがジラーチ以上の力を持つ、ソレならば。

 或いは、ジラーチには見えなかった誰もが笑っていられる未来だって見えるのではないか、紡ぎだせるのではないか。

 そんな淡い期待にもにた願いを抱きつつ問うたその言葉に。

 

()()()

 

 余りにもあっさり、ソレは答えた。

 即断し、即答し、即決した。

 

「少なくとも、そんな都合の良いルールは(わたし)は作っていないよ」

 

 ソレの言葉に、場が沈黙する。

 少女は目を閉じ、ため息を零す。

 そうして。

 

「そう、デシか」

 

 薄く、目を開く。

 

「…………デシか」

 

 その瞳に、悲しみの色を映した少女はそうして再び目を閉じ。

 

「そうだよ」

 

 ソレは笑っていた。

 

 

 * * *

 

 

 ぴちょん、ぴちょん、と。

 洞窟内に水音が跳ねた。

 

「ん…………」

 

 洞窟の地面に倒れていた少女、ヒガナが洞窟の低い天井から落ちてきた雫に顔を打たれ、僅かに身じろぐ。

 とは言え、精も根も尽き果て倒れていたヒガナがその程度で起き上がれるはずも無い。

 ただ意識だけは急速に戻っていき。

 

「……………………あ、れ」

 

 死んでいない、そのことに何よりも真っ先に疑問を覚えた。

 自分は確かに、ホウエンの破滅を、世界の滅びを手に触れた虹色の巨石に願った。

 祈りが龍神様へと届いたのなら、とうにホウエンは滅びているだろうに。

 

 どうして?

 

 まさか、祈りは届かなかったのか?

 

「嘘…………だ…………」

 震える手足を気力を振り絞って起き立たせる。

 崩れ落ちそうになる体を、自分が目覚めたことに気づいたボーマンダが支えてくれる。

「あり、がとう」

 震える手で、その頭を撫でながら、一歩、また一歩と元来た道を引き返そうと歩き始める。

 

「たし、かめ…………ないと」

 

 今、外がどうなっているのか、この暗い洞窟の中では分からないから。

 

 一歩、また一歩。ゆっくり、ゆっくり、けれど確かな足取りで歩を進めていく。

 

 そうして、再び水が溜まりきったトンネルの前までやってきて。

 

「き、っついなあ」

 

 心配そうに鳴くボーマンダの背を大丈夫と摩り、その背に乗る。

 

「頼んだよ、ボーマンダ」

「ルォォ…………」

 

 二度、三度とこちらを振り返りながら、ボーマンダがやがて諦めたかのように一つ鳴き。

 

 ざぱぁぁぁぁぁ、と。

 

 飛び込もうとした瞬間、目の前で水が跳ねた。

 

 

 

 




大黒天長すぎなので、分けました。ついでに章も大黒天から5章に変えました。
前回、話が良く分からないと言われたのでもっと緻密に文章書いてやろうと思ったら、作中時間30時間分ほどの内容書くのにあと最低6,7話くらい、下手したら10話以上はいりそう(白目


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空を超えて②

 

「やあ、思ったより元気そうだね」

「全くだ…………もうすっかり元気なんだけれどね」

 

 ルネシティジムにある医務室のベッドの上で、珍しく洒落っ気の無い服装をしている友人を見てダイゴが苦笑した。

 『めざめのほこら』の内部で気絶していた状態でここに運ばれてきたため、シンプルな患者服に着換えさせられた友人、ミクリがその言葉に少しだけ不満そうに返事をしながら、ちらり、と医務室に置かれた机に向かって何かを書いているドクターに視線を送る。

 

「ダメです、もうしばらく安静にしていてください」

 

 眼鏡をかけた女医はつっけんどんに、取り付く島も無くばっさりと即答する。

 そんな女医の態度にミクリが嘆息して、肩を竦める。

 

「これだよ…………全く、これでも私はこのジムのジムリーダーなんだがね」

「ジムリーダーだからこそ、何かあったら困るということが分かりませんか?」

 

 ぼやくようなミクリの独り言に、じろり、と女医の蛇睨みのような視線が突き刺さり、ミクリが麻痺したかのように固まる。

 反論を許さない、冷徹な視線に、ミクリが観念したかのように、はい、と頷いた。

 

「やれやれ、おっかないだろ…………怒らせると怖いんだよ」

 

 視線を女医へと向けながら、耳打ちしてくる友人に再度苦笑し。

 

「――――キミに聞きたいことがあるんだ」

 

 唐突に…………前置きも無く、要件を切り出す。

 

「今日の要件かい…………何でも聞いてくれ、私がキミに隠すことなど何も無いさ」

 

 ミクリが笑みを浮かべながらそう告げると、そうかい、と一言呟き。

 

「ヒガナという少女をキミは知っているかい?」

 

 告げた言葉に、ミクリの目が見開かれた。

 

 

 * * *

 

 

 さて、どうしたものだろうか。

 

 少女、シキがテーブルに両手を乗せ、額に手を当てながら考える。

 悩ましく、かつ難しい問題だ。

 それというのも隣の席に座る少年、ハルトから問われた一言が原因である。

 

 ――――異能ってどうやって使ってるの?

 

 答えることは可能か不可能かで問われれば可能だ。

 何せ自分でやっていることなのだから、どうやっているか、など分からないはずも無い。

 ついでに言えば隠すようなことでも無い。異能トレーナーなど世界中探せば山ほどいるし、何より好きな人に頼られたのだから応えてあげたい気持ちはある。

 だから、答えること自体は簡単だ。そう…………簡単なのだ。

 

「そうねえ」

 

 じゃあ何故こんなにも思い悩むのか、と言われれば。

 

 ――――()()()()()()()()に一体どう伝えればいいのか、が分からないという一点につきる。

 

 異能というのは異能者個人の感覚による部分が非常に大きい。

 故に、それを持たない相手に異能というものをどうやって表現すればいいのかが分からない。

 目頭を二度、三度と揉みながら悩む自分に、少年もこちらの困惑に気づいたのか。

 

「どうやって、って言っても難しいかな」

 

 困ったような表情で問う少年に、少しだけ思案して。

 

「感覚の問題なのよ」

 

 そう答えた。

 

「感覚?」

「例えば、人間は飛べない、鳥のように翼は無いから。だから人間に翼を羽ばたかせる感覚は分からない、それが分かるのは翼を持つ生物だけ。人間は水の中で息ができない、魚のように鰓が無いから。だから水の中で息をする感覚が分かるのは水の中に住まうモノだけ、それと同じなのよ。異能を持つ人間の感覚は持たない人間には絶対に分からない。それが分かるならそれは異能を扱う感性が、下地があるということ」

 

 故に少年、ハルトに異能の才は無いと断言できる。

 『おくりびやま』での一件を見れば、ハルトにその感性が無いことは分かる。

 常人ですら十年もあの場所に住んでいれば異能に近い感性を得てしまうほどの場所で、ほんの僅かでも異能の才があるならば何がしかを感じ取れるはずだ。

 それを一切感じ取れない時点でハルトにはその感性は無い、感性が無ければ異能者の感覚も絶対に分からない。

 

「えーと、そういうの抜きにして、じゃあ、異能を使うコツ、とかは?」

 

 じゃあ、と言って話を変えて、また難しい話を聞いてくる。

 コツと一言で言われても、全員が全員自分の感覚頼りに使っている以上、そのコツなど人それぞれとしか言いようがない。

 ただ、自分の場合で言うなら。

 

「感情をはっきりとさせること、それから強く思うこと…………あとはできることを疑わないこと、かしら」

 

 ああ、そうだ。今ふと気づいたが異能の使い方は、一つ共通のものがあった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どんな異能でもそこだけは共通だ。

 世界を書き換えるほどの強烈な思いと、それを世界へと叩きつけるような強い意思。

 その二つが揃って初めて異能は異能足り得る。

 

「思いと意思…………」

 

 そんな自分の説明に、何か考えるようにハルトが俯く。

 

「それから…………あとはそうね、コツとかそういうのじゃないけれど、やっぱり異能って法則性があるわね。例えば私なら『逆さ』、とか。能力の強弱もあるから一概には言えないけれど、例えば私なら『逆さ』という言葉から連想できることなら、大概のことはできると思うわ。でも逆に言えばそれ以外のことに異能は使えない、他の異能者みたいに『はがね』タイプを強化したり、氷を生み出したりなんてこと一切できないわ。能力の性質というか、方向性、みたいなものがやっぱりあるものだし、あとそれから」

 

 目を閉じながら、思いつくままの単語を告げる自身はそれに気づかない。

 気づかないままに一通り、語れる限りの言葉を語り。

 

「…………ハルト?」

 

 聞いているのか、いないのか。

 目を瞑って静かに佇む目の前の少年に、思わず言葉を止め。

 

「――――ん? ああ、ちゃんと聞いてる。というかもう大丈夫だ」

 

 少年が片目を開き、数度頷く。

 

「まだ感覚的だけど…………シキのお陰で、何となく見えてきた」

 

 呟きながらその腕が伸びてきて。

 

「ありがとう、シキ」

 

 頬に手を当てられ、微笑みながらのその一言に。

 

「……………………破壊力っ」

 

 思わず顔を赤くして、目の前にあった机を叩いた自分を誰が責められようか。

 

 

 * * *

 

 

 トクサネシティで三人で話し合った後、ダイゴにヒガナの捜索を任せ、自分とシキはミシロに戻ってきていた。

 というのも、明日に備えてやっておきたいことがいくつかあったからなのだが、何だかんだとやることをやっていたら、お昼前に戻ってきたミシロの町は、けれど今はもう夕焼けに染まっていた。

 

「夕飯食べていく?」

 

 例え、明日世界が滅びるとしても。今日の朝に日が昇ったら夕方になれば沈んでいくし、一日中動き回っていれば疲れもするし、お腹も空く。

 結局、人間らしい営みは何も変わらない。

 日の沈みかけた窓の外の景色を見ながら、先ほどまで色々と話していたシキに声をかければ、目を丸くする。

 

「そんな悠長なことしていていいの?」

 

 そう告げるシキの言葉はまあ正しいのだろう。

 実際、このままでは例えでも何でもなく、本当に世界が滅びるのだから。

 

「と、言われてもね」

 

 どうやっても、ヒガナが見つからない限り現状より進みようがない。

 ヒガナの居場所はすでに割れている。ルネシティへ向かったダイゴがミクリからの証言を得て、ルネシティ襲撃の犯人がヒガナであり『めざめのほこら』の奥に向かったことも分かっている。

 レックウザを捕まえるためには、まず戦う以前にレックウザと邂逅する必要がある。

 そして、こちらからレックウザと会おうとするならば、どうやってもヒガナの協力は必須だ。

 

「それまでにやらないといけないこともあるけど…………まあ、それは明日でいいや」

「そのヒガナって子を見つけたとして、協力してもらえるとはとても思えないんだけど」

 

 不安そうに尋ねるシキに、一つ頷く。

 ここまでの経緯から考えるに、ヒガナは間違いなくあのレックウザのダークタイプ化に関わっている。

 言わば敵側。決してこちらへと協力することは無いだろうことは明白であり。

 

()()()()()()()

 

 にもかかわらず、あっさりとそう返す、返せる。

 だが余りにもあっさりと返した自分の言葉に、シキが首を傾げる。

 

「そもそもの話なんだけど」

 

 ――――何故ヒガナはレックウザに対してあんなことをしたのだろう?

 

 ヒガナ、否、『りゅうせいのたみ』からすればレックウザは龍神様と呼ばれる信仰と崇拝の対象のはずだ。同時に、隕石の襲来から星を守るための切り札だったはずなのだ。

 全てはそこからだ。

 その原因があるからこそ、今という結果がある。

 

「そしてその答えが…………これだよ」

 

 手の中にあるマルチナビの画面をシキへと見せる。

 

「これが?」

 ソレを知らないシキからすれば、不思議な光景かもしれないが。

「そう、これさえあればヒガナはこちらへと戻ってくるはずだよ」

 午前中に届いていた一通の着信、そして添えられたメッセージ。

 

 ――――アクア団のアオギリから送られてきたそれこそが、全てを物語っていた。

 

 

 * * *

 

 

 なんだか良く分からないことになってきているな、というのがルージュの感想だった。

 

 ルージュはハルトの手持ちの中でもエアたち六人の次にハルトと出会った古参のメンバーだ。

 と言っても、手持ちになったのはつい最近の話であり、それを言うならアースのほうが先なのだろうが。

 そしてこの近辺に住むゾロア、ゾロアーク種の頂点と見込まれ、その群れの長をしていたからか、どうにも周りをよく見てしまう癖があった。

 

 だからこそ、白の少女…………ジラーチ、とハルトが呼んでいた少女との邂逅からエアたちが随分と落ち着きを無くしているのが分かった。

 

 正直なところ、ジラーチとハルトの会話を聞いていても、その意味の半分も分かってはいない。恐らくアースやアクアも同じ、サクラに至ってはほぼ理解していないだろうことも分かる。

 ヒトガタポケモンというのは通常のポケモンより知能や理性が発達しやすいらしいが、そんな彼女たちをして、ジラーチとハルトの会話は理解を超えていた。

 いやまあ、実際のところそんなもの理解しなてくも良いんだろう、ということは良く分かった。

 

 恐らくハルトはそれほど気にしていない。良くも悪くも現実的というか、刹那的というか、今が良ければ昔とかどうでもいい、と思っている…………多分。

 

 ただエアたちは…………よく分からない。

 

 少なくとも、ルージュたちよりは色々知っていそうだ。ジラーチとの邂逅から随分と動揺しているのが分かった。

 

 家にいる時はいつも屋根の上か外を飛んでいるだろうエアはリビングのソファーで呆けているし、料理を作るシアの手際はいつもより悪い、シャルは部屋から出てこないし、チークとイナズマは出かけると言って帰ってこないし、リップルもいつも通りにプールにぷかぷかと浮かんではいるがいつもの能天気そうな表情はなりを潜めていた。

 

 自分たちと彼女たちの間の小さな温度差を、けれどルージュは確かに感じ取っていた。

 

「大丈夫かしらね、アイツら」

 

 何と言えば的確か分からないが、強いて言うならば、地に足のついていない感じ。

 どうにも上の空、というほどではないのだが、六人とも余計なことに気を取られているような。

 だからついつい心配して言葉が漏れてしまう。

 

 まあ自分が心配したところで、と言った話ではある。

 

 その辺はどうせハルトが自分でどうにかするだろうし。

 

「まあ、私にできることをしましょうか」

 

 今の自分はハルトの手持ちの一体でしかないのだから、パーティのことはハルトに任せて自分は弟の顔でも見に行くか、と考え。

 

「ま、なんとかなるでしょ」

 

 漏れ出た言葉は、一種、自分の主への信頼だった。

 

 

 * * *

 

 

「はあ………………」

 

 自室のベッドに倒れ込むと、途端に今日一日の疲れが噴き出てくる。

 とは言え、まだ余力は十分にあるのだが。子供の体ってエネルギーで溢れてるなあ、なんて思ったが、よくよく考えれば前世の自分は自分の前世ではない…………いや、何言ってるんだろうとは自分でも思うのだが、碓氷晴人がハルトではない以上、自分にとって()()()()()()()()なのだから、この考えはおかしいのかもしれない。

 

 まあ実際のところ、エアにも言ったように、自分(ハルト)と碓氷晴人の関連性などどうでも良いのだ、極論だが自分はハルトであり、今の両親の子であり、エアたちのトレーナーであり、このホウエン地方のチャンピオンである。

 これだけあれば自分という存在は十分だ。前世と思っていた知識だって、あるなら活用するが、無いなら無いでその時の自分なりに精一杯やれることをやるだけだ。

 

 だから、唯一不安があったとすれば、それはむしろエアたちのほうだった。

 

 ――――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?

 

 どういった経緯で、とか何故一緒に、とかそういったことはどうでもいいと思う。

 ただどうして一緒にいるのかが分からない以上、もしかしたらいつかは居なくなる、そんな可能性も考えて…………恐怖した。

 エアたちが居なくなるという仮想に恐怖し、尋ねた問いに、けれどエアは頷いてくれたから。

 

 だからもう、いいや。

 

 ただそう思った。

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ………………………………………………。

 

「………………寝れないな」

 

 なんとなく、眠れない夜、というのはあると思う。

 理由は色々だ。寝ている途中に目が覚めて眠れなくなってしまった、とか。

 寝ようにも目が冴えてしまっていてそもそも眠れないだとか。

 

 何となく、何かを予感して眠れなかったり、とか。

 

 一日中ホウエンを駆け巡ったせいで、疲れはあるはずなのに、まだ子供の体は確かに眠気を発しているのに。

 それでも、眠れない。

 さて、どうしたものか、とふと視線を彷徨わせ。

 

「…………どうしたの? 入れば?」

 

 僅かに開いた自室の入り口の隙間から覗く瞳にそう告げれば、僅かに彼女の視線が揺れる。

 しばしの沈黙。

 やがて、きぃ、と扉が開き。

 

「こんな夜にどうしたの? エア」

「…………………………」

 

 問うた言葉に、けれど答えは無く。

 

 夜闇の中で、紅い瞳だけが自分を見つめていた。

 

 

 




ダイゴさん→ルネシティでヒガナ捜索
シキちゃん→ミシロへ(ハルトいなかったらまた迷って翌日欠席予定だった
ハルトくん→ミシロへ(色々やることを思いついた模様

エア→一番よく知ってる
シア~リップル→何となく知ってる
ルージュ~アクア→良く分からん
サクラ→毎日が幸せ


まあ、一応エアたちの正体、というか出自? も作ってはいるけど、作中において本気で全く関係ないから公開するつもりはない。というか気にする必要も無い。


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空を超えて③

もう170話だよぉ(いつ終わるの


「太陽が黄色い」

「気のせいよ」

「空は青いですね」

「また真っ暗はボク嫌だなあ」

「シシ、それはフラグっていうんだヨ」

「フラグっていうか、自分からそっちに進んでるし」

「確定事項っていうんだよねえ、そういうの」

「ったく、緊張感の無いやつらだよ、全く」

「あら、緊張してガチガチよりは良いじゃない」

「うゆ? にーちゃ、かっちかち?」

「この間まで凍って(かっちかちだっ)たのはワシじゃなあ」

 

 ミシロタウンより遥か南。

 ホウエンのほぼ南端と言って過言でないその場所。

 

「今日はここか、運が良かったね」

「現れ消えるマボロシの島か、奇怪な場所じゃな」

 

 呟いた独り言に、アクアが一瞬こちらを見やりながら返してくる。

 島の南端、海の向こうは見渡す限りの地平線。

 島を囲うように砂浜、そして中央には密林。濃い自然が残るその場所だが、十一人も密集していればさすがに狭さも感じる。

 

「いやー…………バカンスっていうより無人島サバイバルだよな、これ」

 

 人の手が一切入っていないその島は、自然が色濃い。故に、人が快適に過ごすには不便さも感じるだろうことは明白だった。

 

 とは言え。

 

「バカンスでもサバイバルでも無いから関係でしょ」

 

 呆れたようなエアの視線に、視線を返せば途端に顔を赤く染めて視線を背ける。

 そんなエアに苦笑しながら、腰に付けた二つのボールを取り。

 

「そんじゃま…………始めようか」

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 『Ⅿ』と書かれた二つのボールが宙に放り投げられ。

 中から光が溢れ出す。

 光が一つは海へと、一つは森へと放たれ。

 二人の少女がそこに姿を現す。

 

 そうして二人の少女が現れたことを確認し。

 

 ばきん、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 二人が目を見開き、こちらを見て。

 

 見て、その意図を理解し。

 

 ――――嗤う。

 

 獰猛なほどの笑みを浮かべる二人に、苦笑し。

 

「約束、覚えてるよな?」

 

 ――――今度は私も全力でやるよ、本気でやるし、限界までやる、それでも負けたなら、良いよ。キミを認める、キミが上だって。

 

 海の上に立つ、蒼の少女が笑い、楽しそうに頷く。

 それを見た紅の少女が目を細め、つまらなさそうな表情をし、こちらへと背を向ける。

 

「……また後で来いよ」

 

 ――――お前ごときがこのオレを従えるなんざ百万年はえーよ。ま、それでもやりてえなら止めねえ。圧壊し、壊落し、倒壊させ、破壊し尽くし、屈服させてみな。

 

 ぽつり、とこちらへ向けてそれだけ呟き、そのまま森の奥へと去っていくその背を、けれど追わない。

 否、最早追うことなどできない。

 

 目の前でその全身を光へと包まれていく蒼の少女を無視することなど、最早できなかった。

 

「さて、と」

 

 エアを、シアを、シャルを、チーク、イナズマを、リップルを、アースを、ルージュを、サクラを、アクアを。

 全員をボールへと戻し、最大2パーティ分、十二個までボールをセットできるように改良したベルトの端からボールを差し込み。

 

「最初に言っておくが」

 

 ボールの中にいる彼女たちに伝わるように、遠く光る蒼の少女、カイオーガの姿を見つめながら、その場で口を開く。

 

「こっから先、一度でも負ければ明日は無いと思え」

 

 カイオーガ、それを倒せばグラードン。

 両者を降し、そのまま最後の戦いへ。

 すでに手筈は整っていると、連絡があった。

 後は、こちら次第。

 手札を揃えて、最後の場にたどり着くだけ。

 

「最終目標は()()()()()()()()そして隕石の破壊。これはそのための前哨戦だ」

 

 だからこそ。

 

 ――――こんなところで負けていられない?

 

 否だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 すでに自分たちが崖っぷちに立っていることを自覚しなければならない。

 けれど同時にまだ終わっていないことも理解しなければならない。

 

「全ての準備は整えた」

 

 ダイゴが、シキが、それ以外のホウエンの多くのトレーナーたちが動き、仕上げ、場を整えてくれた。

 故に、後は自分たちがそれに応えるだけ。

 

 ――――なんてのはどうでも良いのだ。

 

「そうだろう? だって俺たちが戦ってきたのはそんなもののためじゃないはずだ」

 

 きっとダイゴだって、シキだってそうだ。本当の意味で()()()()()なんかに戦っているやつらはいない。

 みんなそうだ、守りたいもののために戦っている。

 理由なんてそれだけでいいのだ。

 実感もできない世界のためなんかじゃない。

 

「俺は……お前たちと生きる明日のために、今日戦うんだ」

 

 だから。

 

「滅びの運命なんて……踏み倒せ」

 

 だから。

 

「伝説だろうがなんだろうが……知らねえよ」

 

 だから。

 

「ただ勝つ……それだけだ」

 

 ボールを握った右の手を振りぬいた。

 

 

 * * *

 

 

 形式はシンプルにシングルバトル。

 

 カイオーガとの決戦では、サクラの共感能力を使った複数での戦いだったが。

 結局あれは自分には合っていないという結論に至った。

 勿論、数の利というのは大きいのだろうが。

 

「今も大して違いはねえよな! チーク!」

「当たり前さネ、トレーナー!」

 

 ボールから解き放たれたチークの歓喜に共感するように残り八つのボールが震える。

 

 “つながるきずな”

 

「俺たちは繋がっている」

「アチキたちはいつだって一緒サ」

 

 ばちり、とチークの指先に電気が迸り。

 

「なら、それをアタシに証明してみなよ」

 

 徐々にその形を変えていく少女がそう呟くと同時に。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 超古代ポケモン、ゲンシカイオーガがその完全なる姿を取り戻す。

 

 “はじまりのうみ”

 

 直後、急速に変わり良く天候。突如として降り始める豪雨。

 ゲンシカイオーガの特性“はじまりのうみ”が猛威を振るい始める。

 

「グウウウガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 カイオーガがさらに吼える。

 同時に大海原が荒れ狂い、激しい海流生み出され、それがやがて大渦となる。

 

「チーク」

「あいサ」

 

 荒れ狂う渦の中心に座す大海の王に向かい、チークが何の気負いも無く一歩、踏み出し。

 

 “にんぎょうげき”

 

 途端、ふわり、とその足が()()()()()()小さな波紋を生み出す。

 生み出された波紋はすぐに渦に飲まれて消えていくが、けれど確かに今、チークは海の上に立っていた。

 

「行け」

「シシ、了解さネ」

 

 それが確認できた、直後。

 チークが渦を物ともせず、海の上を走り。

 

「イナズマー!」

 

 その名を叫ぶと同時に、腰につけたボールの一つから、ぱちっ、と一瞬弾けるような音が聞こえ。

 

 “そうでん”

 

 ボールとチークの間に半透明の線のようなものが繋がると同時に、チークの全身から紫電が迸る。

 

「ま、どうせ感電したりマヒしたりなんて無意味だろうシ」

 

 呟きと共に、チークの足元で電気が弾け、まるで磁力が反発するかのように、チークの体が勢いよく弾かれる……カイオーガへと向かって。

 

「一発、挨拶さネ」

 

 “ボルトチェンジ”

 

 ジグザグと、海面で反発を繰り返し、不規則な軌道で一気にカイオーガへと接近し、その体を蹴り飛ばす。

 『でんき』を纏ったその一撃は。

 

 “たいかいのおう”

 

「うげ」

 

 その表皮を覆う海水を伝い、全て海へと霧散していく。

 

「『でんき』技の無効化効果かよ」

 

 技が失敗し、戻ってくるだけの勢いが足りないチークが場に取り残され。

 

 “こんげんのはどう”

 

 カイオーガがお返しとばかりに水流の弾丸でチークを狙う。

 

 まあ、()()()()()()

 

 “スイッチバック”

 

 タイミングを見計らってチークをボールへと戻す。

 あの至近距離で大技は撃ってこないだろうという予想は当たり、チークだけを狙った攻撃はチークがボールの中へと消えていったために海上を叩くだけに終わる。

 

「アース」

「おうさ、ボス」

 

 “とうしゅうかそく”

 

 受け取り、受け入れる王の器が、受け継いだ力を強める。

 群れの長たるアースの力があればこそ完成した(わざ)であり、(わざ)である。

 絆で高めた力を、これで最大まで高めて。

 

「頼んだ」

「任せときな」

 

 端的なやり取りで、それでも意思は伝わる。

 結んだ絆は力となり、意思となり、思いとなって、互いを繋げてくれる。

 

 “じしん”

 

 海面を殴りつけるようにアースが拳を振り下ろす。

 

 どぉん、と轟音が一瞬響き、途端に海面が揺らぎ、波が荒れ、渦が崩れる。

 余りにも強烈な衝撃に一瞬だが、さしものカイオーガも態勢を崩す。

 不安定な海の上ではふんばりも効かない、カイオーガが波に流され、無防備を晒し。

 

「次っ! シア」

「いつでも、マスター」

 

 次のポケモンへと交代、シアを出し、即座に行動させる。

 最早指示する言葉すら必要も無いほどに、意思の共有は進んでいる。

 同じ時間を過ごし、同じ戦いを経て、トレーナーの思考にポケモンの思考が調律(アジャスト)されていくのは良くあることだが、それを突き詰めていけば、指示を放棄しても最適な行動をポケモンが取れるようになる。

 

 そして絆を深めれば深めるほどに、互いの感情すらも一目で理解し合えるようになり。

 

 やがてその心の奥まで繋がる。

 

 “アシストフリーズ”

 

 指先から放たれた光が、カイオーガ……の真下の海面へと落ち。

 ぴきぴき、と音を立てながらカイオーガの周囲の海面を完全に凍らせる。

 

「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 だがその程度でどうにかなるような相手ではない。

 それは分かっている。

 だからこそ、次の手を打つ。

 

「イナズマァァァァァ!!!」

 

 “そうでん”

 

 入れ替えられたボールから出てきたイナズマはすでにその全身に弾け爆ぜんばかりの電気をため込み。

 その指先を真っすぐカイオーガへと向ける。

 

「ググウウウウウオオオオオオオオオ!」

 

 カイオーガが動かんとするが、全身に張り付く氷に僅かにだが動作が遅れる。

 その僅かの間に、すでにイナズマの指先に光が収束しきっており。

 

「落ちて」

 

 ぽつり、と呟いた一言をかき消すかのような爆音と共に、電光が放たれた。

 

 “レールガン”

 

 電光がカイオーガへと突き刺さり。

 

「『でんき』わざ効かないんだっけ?」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「でもさ、海水使って電気流すにも、その海水凍ってるよ?」

 

 カイオーガが悲鳴を上げ、もがき苦しむ。

 

「それとさ、一つだけ謝っとくね」

 

 それを契機にしたかのように、曇天の空を裂いて、一人の少女が現れる。

 

「シングルバトルって言ったけど」

 

 “らせんきどう”

 

 “むすぶきずな”

 

 “エース”

 

「ごめん、あれ嘘だから」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 

  * * *

 

 

 ごぼり、と。

 

 口から吐いた空気が泡となって海上へと昇っていく。

 水底を沈んでいく体は全身が重く、痛かった。

 

 ――――あはっ

 

 散々に攻撃を叩きつけられ、傷んだ体とは裏腹に。

 カイオーガの心中は随分と穏やかなものだった。

 

 ――――すごい

 

 言葉で表現しきれない歓喜が胸中を駆け巡っていた。

 

 ――――負けた?

 

 そんなことを思いつつ、けれどまだ底があることを誰よりもカイオーガ自身が知っている。

 だから、今から海上に上がってさらに戦うことは十分に可能だ。

 

 可能ではある、が。

 

 ――――どーしようかな。

 

 悩んでいた。以前ならば絶対にあり得ない行動である。

 

 

 

 そもそも、ポケモンが人類の隣人足り得る最大の理由は、ポケモンが人間に近い知性と人間と同レベルの感情を有するが故である。

 人と同じように、笑い、怒り、悲しみ、泣き、楽しみ、喜ぶ。

 そんな当たり前の情動を持ち、人と同じように考える。それが故に、ポケモンは人と同じ道を歩くことができる。

 伝説のポケモンともなれば、その知恵は人を遥かに凌駕し、蓄え続けてきた経験と知識は、その一片ですら人類には及びもつかない叡智だ。

 

 言うまでも無い事実だが、カイオーガは伝説と呼ばれるポケモンである。

 並みのポケモンを遥かに凌駕した力と知恵を持ち、悠久の時を生きることのできる、半ば生物すらも逸脱しかけた存在だ。

 

 だがそれでも。

 

 伝説のポケモンなのだ。

 

 伝説の、()()()()なのだ。

 

 人と同じように心があり、考え、悩み、喜び、楽しみ、泣いて、笑って、怒って、悲しむ。

 

 けれどそれを知っている者などそれまでいなかった。

 何せ、周囲から見れば、伝説に語れるほどの圧倒的な力を持った怪物である。

 一度暴れだせば誰にも止めることのできない、絶対強者。

 故に、それが自分たちと同じだなんて、考えすらもしなかった。

 

 カイオーガ自身、固有の存在であるが故に、自分と同じような存在がいるとは思いもしなかった。

 

 だから、だろうか。

 

 カイオーガがグラードンに固執するのは。

 嫌っている、ように見えてその実、繋がりを求めている。

 決定的に相容れることの無い存在であることを互いに分かってはいるが、けれど互いが唯一無二の存在であるが故に、最も互いを分かりあっている。

 

 けれど、分かりあっているからこそ、相容れないことも十二分に理解している。

 

 そう、だから、カイオーガにとって初めてだったのだ。

 

 ハルトという少年が、初めてだったのだ。

 

 恐れもせず、ただ対等に接してくれたのは。

 

 自分という存在を理解しようとしてくれたのは。

 

 接し、理解し、そして自らの輪に加えてくれたのは。

 

 先ほども言ったが、伝説のポケモンと言えど、結局ポケモンなのだ。

 しかも、心の底では僅かながらに自身を打ち破った少年を認めているのだ。

 

 その存在に触れ、その輪の中に加わり。

 

 カイオーガは初めて『友人』『仲間』『家族』という概念を理解した。

 

 きっと少年と少年に付き従う少女たちの関係性を表すならば、そのどれもが正しいのだろう。

 同時に、自らもまたその輪に加わろうとしている、というのも事実だった。

 

 そうして、初めて()()()の経験を経て、カイオーガの中に『寂しい』という感情が生まれたのも、必然だったのかもしれない。

 否、カイオーガだけでなく、きっとグラードンだって同じだ。

 

 自分とそれ以外、自身たちの世界はそれで完結していた。

 

 グラードンと出会うことで、自身と天敵、それ以外に世界が分裂した。

 

 だが、今はもう……そんな風に括ることはできなくなっていた。

 

 とは言え、少年に言った通り、まだ自身たちは完全に彼らの仲間、というわけではない。

 単純な矜持の問題だが、それでもそこを曲げることはできなかった。

 そして、彼らに負けるまで、彼らの輪から一歩引いた位置に立っていることを寂しく思ってしまうことも、また言い逃れできない事実であり。

 

 

 結局のところ。

 

 

 ――――寂しい、って思わされた時点で、アタシの負けだね。

 

 

 (ハルト)の輝きに魅せられ、惚れこんでしまった時点で、カイオーガの負けなのだ。

 

 




伝説のポケモンとはつまり。

伝説の『ポケモン』である。

ならば、彼、彼女たちだって、人類の隣人に違い無いのだ。










更新ペース上げるとか言って、一週間近く更新さぼってグラブルしてた屑がいるらしい(どこだろうな

ところで妖怪と大口論した結果三点リーダーの数大きく減らしてみたけど、こっちのほうが良いかな?
俺は、会話とかを実際に口に出して間を取ってるから三点リーダーの数で拍子作ってたけど、小説なんだから読みやすいほうがいいだろと言われてみればまあ確かにその通りでもあるよな、と思って思い切って減らしてみたけど、思ったほど違和感無いし、今後これで行こうかなとか思ってる。

あとは――――これとかもだが。

――これか。

―――これか。

――――これか。

どれがいいのかな、と検討中。
妖怪は三個にしてるとか言ってたけど、個人的には四個なんだよなあ。


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空を超えて④

 ホウエンの空が黒に染まった。

 

「なんダ、こりゃァ!?」

 

 突如として暗くなった視界に、思わず空を見上げたウシオが声を荒げる。

 否、ウシオだけではない、同じ場所にいた他のアクア団のメンバーたちとて突然の異常事態に平静を保っていることはできなかった。

 

 黒く、暗く、まるで夜闇のように広がる空を覆う分厚い雲。

 

 明らかな異常に、ウシオは即座に通信機を通じて、アオギリへと連絡を取る。

 その間にも『えんとつやま』の復興のために散っていた団員たちも続々現場指揮であるウシオの元へと集まってくる

 

「あン? おー。了解したゼ、アニィ」

 

 通信を切る、すでにウシオを囲むように並ぶ団員たち。

 誰もがその注意を半分以上空へと向けている中で。

 

「お前らァ!」

 

 大声で注意を集める。

 そうして全員の注意が自らへと向いたことを確認し。

 

「アジトに撤収するゼ」

 

 その端的な言葉に、全員が応、と答えを返し即座に撤収の準備へと動き出す。

 そんな団員たちの姿に、ウシオが苦笑する。

 

「頼もシイゼ、こいつぁーヨォ」

 

 外見を裏切らず、ウシオという男はそれほど深く物事を考えたり、気を回したりするタイプではない。

 それはウシオ自身が何より自覚している。

 だがポケモンバトルの腕は、団員たちの中でもトップクラスであり、昔よりずっとアオギリに付き従ってきたその忠誠心を買われて幹部とされている。

 何より、その豪快かつシンプルな生き様はアクア団のメンバー、特に男たちからは親しまれており、アオギリのようなカリスマ性とは違った求心力があった。

 アオギリもまた、ウシオのことを信頼しており、そのため彼に付き従う団員たちはアクア団の中でも精鋭、つまり自ら考え動くことのできる者たちであり、細かい指示が苦手なウシオのためにアオギリが集めた選りすぐりの面々だった。

 

 アオギリからの大まかな指示、つまり目的だけを彼らに伝えておけば、後は彼らが自ら考え行動してくれる。

 できもしないのにウシオが一々考えて細かく指示をするより、よっぽど確実で、信用できる。

 それは幹部、ひいてはこのチームのリーダーとしてどうなのだろう、とは考えない。

 

 それだけのことができる貴重な人材をアオギリはウシオのために割いてくれている、それだけは結果であり、事実であり、信頼の証だから。

 

 だから、後のことは彼らに任せて、ウシオは自分のことだけをすれば良い……のだが。

 

「さーテ……こいつをドウするかナァ」

 

 先ほど作業中に発見されたソレを……『ひんし』状態で気絶する()()()()()を見やりながらウシオが唸った。

 

 

 * * *

 

 

 叩きつけられた拳が、大地を鳴動させる。

 

 “ちかくへんどう”

 

 大地が脈動し、森林を文字通りの意味で()()()()破壊し尽くしながら、地面が隆起する。

「おっ()ね、オラアア!」

 叫び、紅の少女、グラードンがもう一方の拳を振り上げ。

 

 “だいじしん”

 

「させるかあ! エアァァァァ!」

「ルウウウウウアアアアアアアア!!

 

 “じしん”

 

 どん、とエアが大きく地面を踏みしめる。震脚、とでも言うべきその一撃がグラードンの拳と同時に放たれ、互いの技の威力を相殺し合う。

 

 ―――相変わらずふざけた能力値である。

 

 能力ランクはすでに最大まで積んである。

 そんな状態のエアの一撃と一切積んでもいない素の能力で放つ一撃が同じ威力などふざけているとしか言いようがない。

 

 “かがやくひざし”

 

「戻れ!」

 

 空から降り注ぐ陽光の柱(ソーラービーム)がエアを目掛けて落ちてくる直前、エアをボールに戻し。

 

「シャル!」

「は……はい」

 

 “かげぬい”

 

 日差しが強いほどに、影もまた濃く生じるものだ。

 シャルから飛び出た影がグラードンの足元へと突き刺さり。

 

「しゃらくせえええええええええええええ!!!」

 

 “だいちのけしん”

 

 グラードンが絶叫と共に、伸びる影を()()()()

「ふえ……」

 短く、シャルが驚きと共に目を開きながら呟き。

 

 ―――影が砕け散る。

 

「シャル!」

「え……あ、はい!」

 

 だがそれで良い。どうせ伝説のポケモン相手にそんなもの通じるとも思っていない。

 だが一手、対処に使わせた。

 “かげぬい”の裏特性自体は、シャルの登場と同時に勝手に発動する以上、これで一手、シャルが先手を取れる。

 それで充分だ、と指示を告げると共に。

 

 “ちいさくなる”

 

 シャルの姿が縮む。

 

「っち、落ちろ!」

 

 “だいじしん”

 

 放たれる大地を叩いた拳の一撃は、通常の“じしん”のような一定方向にのみ作用するような()()()な技ではない。周囲一帯を大きく揺らす強烈な一撃の前に、どれだけ『かいひ』を上げようと意味など無い、と言わんばかりだった。

 

 まあ。

 

「その程度、最初から予測してるに決まってるだろ」

 

 持ち物が『ふうせん』でなければ、の話。

 一度捕まえたのだ、技幅くらい確認しているに決まっている。

 あの強烈な“だいじしん”はほぼ必中技と言っていい。回避するには空を飛ぶ以外に無いが、グラードンは大地の創造を行ったポケモンの逸話の通り、大地を自らの意思で自在に変動させることができる。

 故に飛んでいる相手に相手の高さまで地面を持ち上げる、などという意味の分からない力技ができるのが最大の特徴だが。

 

 持ち上げられた地面はいつまでも隆起しているわけではない。

 というより、いつまでも持ち上げているわけではない、というべきか。

 大地を操作すること自体は呼吸をするかのように簡単なことだが、操作した大地を『維持』することにはある程度の集中が必要になる。

 当然ながら戦闘中にその集中は確実に邪魔になる。とは言え伝説のポケモンと呼ばれているのだ、並大抵の相手ならばそれでも勝てるのだろうが。

 

 一度負けているからこそ、グラードンは自分たちの力をよく理解している。

 

 油断ならない相手だと、油断すれば負ける可能性のある相手だと分かっている。

 分かっているからこそ、油断しない、油断を晒すような真似をしない。

 そしてだからこそ、余計なことに意識を割きはしない。いつまでも持ち上げた地面を持ち上げたままにするような真似をするなら、一度操作を解除して、もう一度一瞬だけ隆起した大地で相手を攻撃し、撃ち落してから地震を起こしたほうが効率的だ。

 

 そのための“かげぬい”。

 

 相手の意識を逸らすこと。そしてシャルに『ふうせん』を持たせていることを悟らせないこと。

 そして稼いだ一手で回避能力を上昇させるための一手。

 この展開に持ちこむためにバトル開始時からずっとシャルを温存していたのだ。

 すでにシア、チーク、リップル、アース、ルージュは落ちたが、この展開に落とし込んだ時点で最早どうにでもなる。

 

 否、それでもグラードンがこちらを殺す気で来るならばいくらでもやりようはあるだろう。

 そういう意味ではカイオーガも、グラードンも前回よりも手抜き、と言えるだろう。

 意思を持って本気で戦ってはいるが、それでもどこか手加減がある。

 いや、気を使っているというべきだろうか。

 

 だからと言ってこちらが手を抜く道理も無い。

 

 と、言うより手を抜くことを相手が望んでいないというべきか。

 

 これは決闘でも無ければ死闘でも無い。

 

 ―――新しい仲間を迎えるためのただの歓迎会に過ぎないのだから。

 

「シャル!」

「はい!」

 

 “ちいさくなる”

 

 これでさらに当てづらくなっただろう。

 それに焦るグラードンが大きく息を吸い込み。

 

 “だいもんじ”

 

 放たれた炎が壁のように大の字に広がる。

 “だいもんじ”ならばエアでもシャルでもリップルでも撃てるが、本当に同じ技なのか、と言いたくなるほどに威力が違い過ぎる。

 恐らくこの天候も手伝っているのだろう、異常な威力のそれを。

 

「かわせ」

「っはい」

 

 すり抜けるように、シャルが回避し。

 

「行く……よっ!」

 

 “シャドーフレア”

 

 放たれた黒い炎がグラードンを覆い尽くす。

 “おわりのだいち”の効果によって『おおひでり』へと変えられた天候も相まってその威力を大幅に増加させながら着弾、爆ぜる。

 

「ぐるううううううううううううああああああああああああああああああ!!」

 

 グラードンが絶叫し、咆哮を上げると同時に炎が消え去り。

 

 “だいちのいかり”

 

 どん、と地面が揺れた。

 直後にゴゴゴゴゴと地面に亀裂が走りだし。

 

 瞬間。

 

 ドォォォォォォォォン

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォ!」

 

 グラードンの叫びに呼応するかのように大地からあふれ出したマグマが弾け、地上を『ひのうみ』へと変えていく。

「まずっ」

 戦う以前に、トレーナーである自分の命が危ない。

 咄嗟にそう考え。

 

()()()()!」

 

 シャルをボールへと戻し、入れ替わりにボールを投げ。

 

「はいはい…………少しは落ち着きなよ、トカゲ」

 

 現れた()()()()が苦笑しながら、ぱん、と両手を叩きつけ。

 

 “はじまりのうみ”

 

 直後に空が雨雲に覆われる。

 昨日のような夜闇のような漆黒とは違う、曇天という言葉が似つかわしい色合いの空からぽつり、ぽつりと雫が降り注ぎだし。

 

 ザァァァァァァァァ

 

 一瞬の後、バケツをひっくり返したかのような雨が降り始める。

 当然のごとく、『ひのうみ』も消え去り、噴き出していたマグマも冷え固まっていく。

 そして全てを起こした元凶である少女のグラードンが睨みつけながら、吐き捨てるように呟く。

 

「っち、お前かよ」

「ふふ…………そうだよ、今はアタシもこっち」

 

 笑みを浮かべる蒼の少女に、紅の少女が忌々し気に顔を歪めた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――お前と一緒にしてくれるな。

 

 もしカイオーガの心境を聞けば、グラードンはきっとそう答えていただろう。

 はっきり言って、グラードンにはカイオーガのような人恋しさや寂寥感と言ったものはない。

 一切無い、と言っても良い。

 

 ―――ただ退屈だった。

 

 いつ自分が生まれたのかなんて、もう遠い昔のこと過ぎて忘れてしまったが。

 いつの頃からか、常にそう思うようになっていた。

 グラードンは強者であった。

 それもこの地上に敵うどころか、相手になるものすら稀であるほどの圧倒的な強者だった。

 力を振るえば何者も立ちふさがることはできず、我を通せばそれを止めることのできるものは居ない。

 

 望めばなんでも叶うし、戦えば絶対に勝つ、覚えている限りでグラードンは常にそう言う存在だった。

 

 生存競争の頂点に常に君臨し続けている、どころか、最早同じ枠にすら入っていない。

 そうなると最早生きるということに飽いてくる。

 けれど超越種というのはある意味、生命の範疇からも逸脱してしまっているため、寿命という概念も無ければ死という概念すらもあやふやである。

 

 故にその強大な力を振るう相手も見つけることができないままに、退屈な世界で生きていた。

 

 ―――そんな時に、自分と同じ存在を見つけた。

 

 カイオーガ、と後で呼ばれていることを知ったが、グラードンからしたらそんなことはどうでもいいことだ。

 ただ重要なのは、それが自分と同じくらいに強いということ。

 カイオーガと戦い、殺し合い、命の危険を感じることで、グラードンは初めて自らが生きているということを実感した。

 直後に現れたレックウザとの闘いによって長い間眠りにつくこととなったが、それはそれで良かった。

 少なくとも、意識も無く眠っている間は退屈を感じずに済んだから。

 何より目が覚めてもカイオーガやレックウザと言った自分と同じ存在がいることを知ったから。

 

 グラードンをして初めての経験だったのだ。

 

 自らの全力を振り絞れる相手、というのは。

 基本的に自然界の生物というのは死力を尽くすのは自らの命の危機に瀕した時だけだ。

 それ以外の場面では常に余裕を残す。何故なら一度の危機を脱してもそれで終わりではないから。

 余裕も無い状態では弱った獲物を狙う他の生物に襲われる、だからこそ狙われないように余力を残して生きるのが自然界の生命だ。

 

 だから、グラードンのその行動原理や精神は完全に自然界の生物から逸脱していると言える。

 

 グラードンは全力を出せる場が欲しかった。

 振るうこともできずに持て余していた力を絞り尽くすことのできる相手が欲しかった。

 カイオーガやレックウザと戦いたがっていたのはそのためだ。

 

 それ以外の相手では全力を出す前に終わってしまう。

 

 だから、衝撃的だったのだ。

 

 カイオーガでも、レックウザでも無い。

 ただの人間とポケモンに碌に意識も無かったとは言え、自らが敗れたという事実は。

 

「オオオオオオオォォォォ!」

 

 “ストーンエッジ”

 

 拳で叩きつけた大地から岩の刃が隆起し、蒼の少女、カイオーガへと迫り行く。

 

「戻れ、アルファ」

 

 そしてそれをまるで読んでいたと言わんばかりに少年が先を取ってカイオーガをボールに戻し。

 

「アクア」

「応」

 

 投げられたボールから出てきたラグラージが拳を握り。

 

 “アームハンマー”

 

 振りぬかれた拳が岩の刃を破壊し、粉々に打ち砕く。

 

 ―――ハッ

 

 笑う。

 

「戻れアクア」

 

 そんなグラードンを無視してラグラージをボールに戻し。

 

「仕留めろ、エア」

「ハッ…………任せなさい」

 

 出てきたのは、人間(ショウネン)が最も信頼している竜。

 

「ハハッ、良いね。力比べと行こうか」

 

 先ほどはすぐに逃げられてしまったが、それでも自らの全壊の一撃を相殺したのを忘れてはいない。

 

「いいや?」

 

 グラードンが笑い、呟いた一言に、けれど少年が首を振って否定する。

 

「―――もう終わりだよ」

 

 何?

 

 と、グラードンが呟くより早く。

 

 ―――■■■■■■■

 

 竜の少女の様子が変わったことに気づく。

 視線を向けたその時にはすでに少女がグラードンへと接近……否、()()しており。

 

 

「―――」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 少女に体を掴まれているのだと気づいたのは直後。

 ゴウゴウと風を切る音が耳鳴りするほどに猛烈なスピードで急上昇していく。

 急速に変化する気圧に、グラードンの体が悲鳴を上げる。

 地上ではほぼ無敵の力を発揮する怪物も、けれどグラードンは()()()になど適応しているはずも無い。

 

 もがこうにも、浮遊感という恐らく一生感じることも無かったはずの感覚に体が上手く動かず、その間にも高度はどんどんと上がっていく。

 

 そうして。

 

 ぴたり、と()()()()()()()ところで竜の少女が止まり。

 

 慣性に従うかのように重力に囚われたグラードンの体が地上へと引っ張られる……よりも早く竜の少女が急降下を開始する。

 

「お…………おおおおお、オオオオォォォ!」

 

 重力の落下よりも早く下に向かって体を引っ張られるため、無重力空間にいるような不可思議な感覚に、思わずグラードンの口から絶叫が漏れだし。

 

 “■ュー■■ン■■ター”

 

 グラードンにしてみれば無限にも感じられた恐らく時間にしてほんの十秒ちょっとだっただろう滞空の直後。

 

 轟音と共にグラードンが大地へと叩きつけられた。

 

 

「が……あ……」

 

 

 単純な威力もそうだが、何よりも大地から引き離された状態で攻撃を受けたことがグラードンに何よりも大きな打撃を与えていた。

 

 とん、とん、と足音が聞こえた。

 

 ダメージの大きさにもう数秒は体が動かないだろうグラードンの元に、足音が主がやってくる。

 

「……てめ、え」

 

 見上げたそこに少年(トレーナー)がいた。

 悪態を吐こうと開いた口から、けれど漏れたのは笑い声。

 

「は、はは……は……」

 

 そんなグラードンの様子を見ながら、少年が首を傾げ口を開く。

 

「満足した?」

 

 問われたその一言に、一瞬笑みが止まる。

 そう言えばと、ふと思考し自分が退屈を感じていなかったことを思い出す。

 それと同時に、今自分が笑っていたことも。

 

 ―――これだよ、これ。

 

 ただの人間とポケモンが自分を倒したという事実はグラードンに大きな衝撃を与えた。

 だってそれは、自分が思っていたよりもこの世界は広いのではないか、とそう思えたから。

 戦いが終わり、少年と共に過ごすうちに再び感じ始めた退屈に気のせいだったのかとも思ったが。

 

 ―――やっぱり、じゃねえかよ。

 

 それが気のせいで無かったことがようやく分かった。

 

「なんだ……お前ら、思ったより丈夫じゃねえか」

「当たり前だろ?」

 

 どん、と地面に寝転がったグラードンが呟いた一言に、少年が当然とばかりに答える。

 

「きひっ」

 

 グラードンが笑う。

 

()()()()()()()()()()、こんなの中間地点に過ぎない。これからもっとやばいの相手にするんだ、こんなところで負けてられるかよ」

 

 そんなグラードンたちを下に見た発言に。

「ひひっ……きひっ……」

 グラードンが笑う、笑う、笑う。

「なんだそりゃ、オレたちを差し置いてそんなこと言うなんざ」

 

 一瞬、少年を見やり、目を閉じる。

 

「ああ、なんだ……存外おもしれえじゃねえか、この世界も」

 

 そう呟いた。

 

 

 




カイオーガ→ぼっち拗らせて寂しがりや。
グラードン→ぼっち拗らせて無気力症候群。
レックウザ→ぼっち拗らせて■■■■■。

要するに『絶対の強者』だったからこそ、独りだった。
カイオーガは独りだったから繋がりを求めた。
グラードンは独りだったから退屈を覚えた。
レックウザは独りだったから誇りを拗らせた。

ハルトくんたちに負けて、『伝説でも無いただの人間とポケモンが自分たちに勝つ』ことで自分たちは『最強』であっても『絶対』ではなくなった。
つまりそれは『最強のポケモン』、でも所詮は『ポケモン』という括りにまで落とされたということで。
ようやくグラードンやカイオーガの中に『他者』という存在が出来上がった。
ということ。
そうしてカイオーガは『独り』ではなくなった。独りでなくなり、自分を孤独から連れ出してくれたハルトくんを好いた。
そうしてグラードンは『強者』ではなくなった。同時に自分をその他大勢に落としてくれたハルトくんを認めた。

まあ一緒にするな、なんて言ってもある意味グラードンもカイオーガと同じ。
結局、自分独りで遊んでてもつまらないから並び立つ誰か、言うなれば競争できる対等な誰かが欲しかった、というだけ。

そのためにこんな回りくどいやり方してるんだから…………これもある意味ツンデレなのでは?


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空を超えて⑤

遅くなりました(


「ふむ」

 首を捻る。

 何も映し出さない空間を見つめながら。

 横でジラーチが怪訝そうに視線を彷徨わせていた。

 そんな少女の姿に苦笑しながら。

 

「なるほど……面白いね、これは」

 

 口から漏れた一言にジラーチの視線がこちらへと向けられる。

「面白い、って何がデシか?」

「ん……? ああ、彼らの存在、だよ」

「カミサマの言う面白いの意味が分からないデシ」

「いや、ただね」

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()この状況は中々面白いと思ってね。

 

「…………は?」

 数秒、言葉の意味が理解できずにジラーチが沈黙し、その意味を理解すると同時に硬直する。

 そんなジラーチの様子を歯牙にかけることも無く、視線を再度彷徨わせる。

 

「ちょ、ちょっと待つデシ!」

 

 直後、看過できないとジラーチが声を荒げる。

 

「何? どうかした?」

「何? じゃないデシ! 特異点が複数いるってどういうことデシか?!」

「どういうって、そのままの意味だよ……えっと、今のところ……四人かな?」

 

 告げた数字に、ジラーチが唖然と言わんばかりに目を見開いて絶句する。

 

「まあ半分はホウエンにはいないみたいだけど」

「一人は全部の元凶デシ。カロスに生じた特異点。ソイツのせいでこの世界は全部()()じまったデシ」

 

 そう、それはジラーチにも分かっているのだとばかりに頷く。

 だから問題は残りのほう。

 

「今の言い方だと、ホウエンに二人、それ以外にも一人いる、みたいな言い方デシ……ホウエンの一人はあのおろかもの(ハルト)だとして、じゃあ残りは一体誰デシ」

「一人はまだ生まれていないよ」

「未来に生じるってことデシか」

「いや……どうだろうね」

「何デシかそれ!」

 

 曖昧に濁した言葉に、ジラーチが苛立たし気に袖を振り回す。

 やがて落ち着いたのか、動きは止まったものの、未だに視線は厳しいままに次を話せとばかりに促してくる。

 

「残り一人はホウエンにいるよ……確か、シキ、って呼ばれてたかな?」

「シキ……って、あの迷子娘デシか」

 

 怪訝そうな表情のジラーチに苦笑する。

 まあ確かに、彼女、シキが特別何かしたのかと言われると、実のところそうでも無いのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それだけでも十分に運命線が書き換わっている、ということさ」

 

 シキは本来二年前に死んでいる、つまりそういうことだ。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます……すると、自分が柔らかい布団に包まれていることに気づく。

「……ん」

 どうして自分がここにいるのか、直前までの記憶がぼんやりとしていて上手く思い出せない。

 やや朦朧とした意識のまま周囲を見渡し。

 

「やあ」

 

 自らの天敵(ダイゴ)と視線があった。

 瞬間、意識が覚醒する。すぐさま起き上がろうとして。

 

「……っ」

 

 ぐっと力を込めても体は動かなかった。

 何かされた、というよりは単純に肉体的にも精神的にも疲労しているせいなのだとすぐに理解する。

 せめて、と言わんばかりに視線できっ、と男を睨みつけ。

 

「そう怖い顔しないでくれないかな」

 

 ダイゴが苦笑し、肩を竦める。

 自分にどうこうするつもりはない、と言わんばかりにさらに両手を上げてひらひらと振る。

 そんな言動が一々癇に障るが、けれどどうしようも無いのも事実であり、僅かに歯を軋ませながら黙り込む。

 そうして自身の気勢が削がれた直後を見計らったかのように、ダイゴが口を開いた。

 

「ヒガナ、キミに話があるんだ」

「断る」

 

 要件を聞く前に即断する。

 色々理由はあるが、何よりも自分はこの男が嫌いだった。

 慣れ合うことなどあり得ない。敵と呼んですら差し支えないほどに。

 

「それは困ったね」

 

 まるで困った風も無い、微笑を浮かべながらそんなことを言うダイゴに、ヒガナの苛立ちが増す。

 

「ならまず、話だけでも聞いてもらえるように、これを渡しておこう」

 

 ダイゴがそう告げながら、部屋の隅に置かれた机の上にぽつんと一つ置かれたモンスターボールを手に取り、こちらに投げ渡す。

「なっ」

 理性が一瞬だけ警戒したが、けれど反射的に手が伸び、ボールを受け取る。

 

 ―――受け取り、それが何のボールか、即座に気づいた。

 

「っこれ!!」

 思わず声を荒げる。ばっ、とダイゴのほうを見やり、視線に殺意すら込め。

「どうして、なんでこれっ」

 失くしてしまったはずのそれを、どうして、驚愕と怒気に、言葉が詰まる。

 直後、かたり、と。ボールが揺れ、ハッ、となる。

 

 震える手で、指先で、ボールの先端のスイッチを押し。

 

 赤い光と共に、中に入っていたポケモンが……ゴニョニョが飛び出してくる。

「ゴニョ?」

 ゴニョニョが……ヒガナを見つめ。

「ニョニョ♪」

 擦り寄ってくる。

 指先を伸ばし、触れる。その温かさが確かに()()が生きていることを教えてくれ。

 

「……シガナ?」

 

 『えんとつやま』でグラードンの起こした地殻変動に飲まれ、消えていったはずの最愛のパートナーがそこにいた。

 

「アクア団に感謝しておくと良いよ。『えんとつやま』の修繕中にその子を見つけて保護してくれたのは彼らだから」

 

 告げるダイゴの声に顔を上げれば、笑みを浮かべる男の顔。

 先ほどまでなら苛立っていたその表情も気にならないほどに、手の中の暖かさに思考が跳んでいた。

 抱きしめたその温かさに、何もかもが溶けていく。

「ニョニョ」

 もう放さないと、強く抱きしめる力に、ゴニョニョ……シガナが少しだけ苦しそうに声を挙げる。

「……シガナぁ」

 声が上ずる。目端から零れた熱が頬を伝う。

 震える唇は最早言葉を紡げなかったから。

 だから、抱きしめた、強く、強く。

 

 ―――声を上げて泣いたのはいつ以来だっただろうか。

 

 喜びと驚きがない交ぜになり、感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられ。

 最早泣く以外に何もできない心に塗りつぶされた思考の片隅で、ふとそんなことを考える。

 彼女の後を継いだその時から、固く心を閉ざしていた。

 一族の使命だとか、世界の危機だとか、そういうことじゃなく。

 

 彼女から託されたことだから、ちゃんとやろうって。

 

 それだけを思って、願って、シガナと二人で生きてきた。

 だからこそ、それが果たせないと知って、何もかもどうでも良くなった。

 

「どうでも……よくなんか、ないよね」

 

 まだ声は震えている。

 

「もう、放さない、そのためにも」

 

 震える手で涙を拭う。

 

「ちゃんと、やったことの責任は、取らないと、ダメだよね」

 

 首を傾げるシガナの頭を苦笑しながら何度となく撫で。

 再び溢れそうになってきた涙を何度も、何度も拭い、そうして視線を彷徨わせる。

 

「……いない」

 

 部屋の中に男の姿を探したが、いつの間にか消えたダイゴに、唇を噛む。

 気を使って出ていったのだろうか、そんなこと考え。

 

「やっぱ気に食わない」

 

 それまでの鬱屈を全て吐き出すように、深く息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

「あの迷子が特異点……デシか」

 

 複雑そうな表情でジラーチが呟く。

 それはそうだろう、特異点に対抗するための特異点を作るために少女がどれだけ苦労を重ねてきたのか、その集大成がハルトという少年である。

 だというのに、そんな簡単に新しい特異点で増えたと言われても困るし、何よりそれがどう影響するか分からず不安にもなる。

 特異点とは運命を歪ませる。もしかしたらハルト一人では変えきれない運命すらも二人でなら変えられるかもしれない。だがその逆もあるかもしれない。良くも悪くも、否、基本的に特異点とは管理者の視点で見れば害悪でしかない。

 今回のことだって毒を以て(もって)毒を制しているに過ぎない。

 ハルトの気性が平穏思考だったのは望外の幸運である。そうでなければ全てを終えた後、ひっそり管理者側で抹消する必要すらあったかもしれないのだから。

 

「まあそう言わない。それだって、もう一人の特異点の子がいたからこそ、とも言えるんだし……確か彼を作ったのはキミだったよね」

「う……ま、まあそうデシが」

 

 いかに歪んだ運命線を変えるためとは言え、管理者側が特異点を生み出したという事実には気まずさのようなものをジラーチとしても感じている。まして相手は世界を創ったカミサマ相手なのだ。

 だがそれを気にした様子も無くカミサマは微笑を浮かべている。

 

「まあ本来を考えても仕方ないよ。そもそももう終わったことだ」

 

 カミサマならばきっと終わった過去にすらも干渉することが可能だろう。時間の管理者ディアルガを創ったのは他ならないカミサマ自身なのだから。

 だがカミサマはそれをしない。過去にも、現在にも、未来にも干渉することをしない。

 どうして? 何故? そんな疑問はあるが、けれどカミサマは自分たちが手を出すことを止めることも無い。

 結局カミサマは何がしたいのだろう、そんな疑問は尽きることも無いが、けれどそれよりも、だ。

 

「あのおろかものは何やってるデシか?」

「んー?」

 

 不思議そうに首を傾げるソレに、ジラーチがぶんぶんと袖を振り回しながら問う。

 そう、それよりも、だ。

 問題は今、直面に迫った滅びに関してだ。

 

「何か色々やったりやらせたりしてるみたいデシが、結局何やりたいのか今一分からないデシ」

「あー……そうだね。まあ確かに遠回りも多いみたいだけど、彼は管理側の知識が無いわけだし、手探りにやるしかないんじゃないかな」

「その言い方だと、カミサマは分かってるデシか」

「説明して欲しい?」

「アホなことやってたら後でまた殴りにいかないといけないデシ」

 

 こくりこくり、と頷くジラーチに笑みを浮かべながらソレが、そうだね、と前置きし。

 

「大まかにやってることは二つ。一つはあの黒い龍と戦うための準備。もう一つは種を超えかけている彼の仲間を助けること」

「まあ滅びをどうしにかしたって、あのおろかものの性格上、仲間の犠牲を良しとするとは思えないデシね」

 

 特に彼のエースである竜の少女に力を与えたのはジラーチ自身だ。

 とは言っても疑問ではあるのだ。

 

「ボクが与えた力ぽっちで()()()には絶対に足りないはずなんデシけどね……なんでアレは超えかけてるデシか」

「何でだろうね? まあそれは良いじゃないかい」

「……むぅ」

 

 何か隠しているような気がする。

 管理者の眷属たる自分たちですら気づくことの無い、もっと……何か、大事なことを、隠されているような。

 けれど張り付けたように変わることの無い笑みの表情に、これ以上の詰問は無意味だと悟る。

 

「他の超越種を仲間にしていっているのはまあ戦うための力を集めているんだろうね。他にも色々協力を呼び掛けてしているみたいだし」

「あのイケメン爆ぜろボンボン野郎と迷子にも声をかけてるみたいデシけど……あんなのいくら集まったところで、アレに勝てるんデシかね」

「さあ? でも(いにしえ)の巨神がまだ残っているとは驚いたね」

 

 告げるカミサマの声に、僅かにだが感情がのっていることに傍にいたジラーチだけは気づいた。

 

「あれ確か、大昔にカミサマが全部消し飛ばしてなかったデシか?」

「そのつもり……だったんだけどね、一つだけ残ってたみたいだ」

 

 まあそれはいいさ、とカミサマが話を仕切り直す。

 

「元々アレは人が超越種や管理者を倒すために作った兵器だからね、彼や彼女がどれだけ使いこなしているかは分からないけれど、大きな力になるとは思うよ?」

「まあ迷子娘も育てる能力は高そうデシ。あのおろかものもいるならそれなりには仕上がっているとは思うデシけど……あのボンボンは完全に力不足じゃねえデシか?」

 

 人の尺度で見れば決して弱いわけではない、というよりむしろ最上位クラスに強いと言っても良い。

 だが超越種の尺度で見ればそんなもの塵芥程度のものでしかない。

 多少強力な異能もあるようだが……。

 

()()()()()()()()()()()()でしかねえデシ」

「世界法則を一時的に書き換えるのが異能。ならばそもそも自ら理を生み出す超越種は確かにその最上位とも言える、か」

「そもそも、カミサマがヒトガタなんて理を生み出したから、あんなのができちまったデシよ」

 

 ヒトガタとはそもそも何なのか、その話まで遡ってしまうので細かいことは言わないが。

 世界法則の改変が限定的とは言え世界中で行われているという事実を、このカミサマは一体どう考えているのだろうか。

 笑みを崩さないその表情から一切の感情は読み取れない。

 嘆息し、隣に立つカミサマへと続きを促す。

 

「確かに領域丸ごと書き換えるタイプの異能は超越種には通じないからね、とは言え自分とその周囲を巻き込む方の異能なら超越種相手でも十分に役に立つと思うよ?」

「でもあの化け物、その手のやつは全部消しちまってたはずデシ」

「そこはそれ……まあやりようはあるさ」

 

 やっぱりカミサマ何か知ってるよなあ、と疑いの目は向けつつも言葉にはしない。

 結局、ジラーチにとって本当に聞きたいことはたった一つなのだ。

 

「運命は、変わるデシか?」

「……さあ? それは、彼ら次第、かな?」

 

 最後まで曖昧な言葉に、もう一度ため息を吐いた。

 

 

 

 




ネルギガンテ最短5分30秒。
ハンマーで2分で倒してる人どうやってんだマジで。


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空を超えて⑥

 

 

 

 やや朦朧としていた意識がはっきりとするごとに、徐々にだが後頭部が痛みだすことに気づく。

「……なにこれ」

 触ってみれば大きなたんこぶがあり、湿布のようなものが貼られていた。というかよく先ほどまで気づかなかったと思えるほどはっきりとした違和感がそこにあった。

 はて、これは一体、そんなことを考えるヒガナであったが、よくよく考えてみれば最後の記憶とここにいる経緯が繋がっていないことに気づき。

 

「えっと、最後は、確か」

 

 そう、洞窟から戻ろうとして、水辺へと近寄り。

 それから、それから……確か。

 

 ざぱぁぁぁぁぁ、と水音が聞こえた。

 

 それから、何かが現れた。

 青とピンクの……蛇のような、そう。

「ミロカロス……?」

 どうしてあんなところにと考え、即座に答えが出てくる。

 

 ―――お返し、さ。

 

 同時に、意識を失う直前に聞いた男の声が思い出され。

「……や、やられた」

 ミクリにまんまと意趣返しされたのだと気づいた時には、一瞬憤慨もしたが、けれど最早怒る気力すらも無い。

 

 ―――疲れた。

 

 それだけがヒガナの胸中にあった。

 ここまで張り詰めていたものが、シガナとの再会で一気に緩んでしまった。

 腕の中で眠る彼女の姿に、笑みが零れる。

 その鼻先をくすぐってやればこそばゆいとばかりに身じろぎするその姿にまた笑みが溢れる。

 

「って言っても……そろそろ行かないとね」

 

 最早このホウエンに残された時間は少ない。半分は自分のせいだと分かってはいる、いるからこそ、その責任は果たさなければならないと分かっている。

 何より、腕の中で眠る彼女のために、一度は滅べと願った世界に、もう一度続けと願う必要がある。

 

 それは()()のいないこの世界において、正真正銘、最早自分にしかできないことだ。

 

 一度は逃げた役割、けれど。

 

「今度こそ、ちゃんとしないとね」

 寝台から座り、置かれた着換えを手に取る。

 シャツにズボン、ソックスにマント、いつの間にか着換えさせられていた病衣のような服を脱ぎ棄て、一式洗濯され畳まれたそれらを一つ一つに袖を通していく。

「うーん、いつの間に」

 一体自分がどれだけここで寝ていたのかは分からないが、アイロンがけまでされた自分の服を見る限り、半日は寝ていたのだろう。

 寝台の傍に置かれた自分が履いていたサンダルのような靴を寄せて履くと、寝台から体を起こす。

 ふわり、と軽く動く自分の体にここ数日間感じていた疲労感が随分と抜けていることに気づき、苦笑いする。

 

「もう終わっても良い……そう思ってたはずなんだけどね」

 

 どうせ世界が滅ぶならば、自分だってどうなっても構わない、そんな自暴自棄な気持ちで走り回っていただけに、今の自分の現状に最早笑うしかない。

 頬に伝う髪を指先で弄りながら、ぴん、と指でその毛先を跳ねる。

 時間を見ればすでに昼に近い。

 

「タイムリミットは……まああと二時間弱、ってところかな」

 

 大丈夫なのだろうか、とも思うが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 すでに事態はヒガナの手を完全に離れており、ここまで混迷した状況に陥るというのはヒガナをして予想外としか言いようがない。

 というよりまさか、一度目の龍神様の襲来を退けたという事実がまず驚きなのだ。

 

 あのチャンピオンに関しては最早、完全にヒガナの想像の外にいる。

 

 この事態をヒガナをしてどうにかできるとも思えない。だからもう、あのチャンピオンに賭けるしかないのだ。

 寝台の上で眠る彼女の姿を見やる。

 

「ふふっ」

 

 安らかに眠る彼女の姿に笑みを浮かべる。

 

 ―――守らなきゃ。

 

 同時に決意も固める。

 

「さて、時間だ」

 

 呟き、一歩足を踏み出す。

 

 腰には六つのボール。

 

 そうして机の上に残り一つのボールを放り投げ。

 

「行こう」

 

 部屋を出た。

 

 

 * * *

 

 

 『そらのはしら』

 

 それは『ルネの民』の守る聖地であり、『流星の民』にとっても特別な意味を持つ場所。

 それは空の神を祭る祭壇であり、空の神のための神殿であり、空の神の座す安息所である。

 空の頂上にまで届かんとばかりに作られたその塔は実際に雲をを突き抜けるほどの高さを誇り、頂上まからは雲を見下ろす景色となっている。

 

 ∞エナジーを手に入れたレックウザがホウエンの空に消えて翌日。

 

 即ち、ホウエンへ巨大隕石が降り注ぐタイムリミットの日。

 時間にして後一時間弱と言ったところか。

 

「シキ」

 

 傍らに立つ黒髪の少女の名を呼ぶ。

 珍しく眼鏡をつけておらず、晒した素顔は今は目が細められたどこか威圧感を感じる表情に彩られていた。

 

「滞りなく、いつでも行けるわ」

 

 腰のつけた六つのボールの先頭をトントン、と叩く。

 ぐるぅ、と竜の唸り声がした。

 

「ダイゴ」

 

 名を呼べば視線の先、真正面で腕を組みながら泰然と微笑む青年が顔を上げる。

 

「こちらも当然、終わっているさ」

 

 こちらからは見えないが、ダイゴが腰の後ろにセットされたボールの一つに無意識的に触れていた。

 鋼鉄の少女の入ったボールがかたり、と揺れた。

 

「それから……ヒガナ」

 

 少しだけ不機嫌そうにこちらを見つめる少女の名を呼ぶ。

 ダイゴの隣で腰に手を当てながら、ばさぁ、とマントを閃かせながらヒガナが口を開く。

 

「分かってる……責任は取るさ」

 

 その言葉に一つ頷くと、最後に自らの確認。

 

 ボール、良し。

 道具、良し。

 心の準備、良し。

 

「なら」

 

 全ての準備は整った。

 

「行こうか」

 

 後は本番に全てぶつけるだけだ。

 

 

 * * *

 

 

 虹色に輝く巨大なキーストーンはポケモンのアニメにおいて登場した産物だったはずだ。

 まさか現実にあるとは思わず、ここまで予想がズレこんでしまったものだ。

 いや、あると予想できなかったことが想像の甘さと言う事だろうか。

 

 この巨大キーストーンは、過去にホウエンに落ちた隕石の一つであり、二度目のグラードンとカイオーガの復活、及びゲンシの力を得たゲンシグラードンとゲンシカイオーガに対抗するためにホウエンの人々が願い、レックウザをメガシンカさせたという歴史に残るキーストーンそれそのものだと言われている。

 まあ要はこのキーストーンは通常のものよりも遥かに高い力を発揮し、高い精度でレックウザへと祈りと願いを届けることができる、ということである。

 

 ヒガナはこのキーストーンを求めルネシティを強襲し、『めざめのほこら』の最深部に安置されていた巨大キーストーンを使ってレックウザへと破滅の祈りを届けた。

 

 故に、今度はそれを『呼び出し』に使う。

 

 実機ならばヒガナが願えば呼び出すこともできていたが。

 

 ―――今のレックウザにそれが可能だろうか?

 

 という疑問は当然ながらある。

 とは言えオゾン層を超高速で飛び回るとかいうふざけた存在を確実に目の前に引きずりだす方法を他に思いつくこともできず、そんな時にミクリから提案されたのがこの巨大キーストーンの存在だった。

 現状の破滅思考に憑りつかれたレックウザだろうと、このキーストーンがあれば声を届けることができるだろう、ということだった。

 とは言え、最早あそこまで振りきれ、変異してしまったレックウザをこのキーストーン一つで元に戻せるか、と言われれば無理だとヒガナにきっぱり言われてしまったが。

 

 だが呼び出せるのならば、それで良い。

 

 一度『ひんし』にしてしまえばそれで情念は全て消え去る。

 つまりリセットがかかり、元のレックウザに戻るだろうという話も聞いた。

 

 やることはシンプルだ。

 

 呼び出し、倒すこと。

 

「分かった?」

「シンプル過ぎるわね」

「分かりやすくていいじゃないか」

「本当に大丈夫なのかな、これ」

 

 結局のところ、ここまで勝てなかったのは常に相手に一方的に攻撃を受けていたからだ。

 いつどこに現れ、どこから来るか分からない相手だったからこそ、想定以上の脅威だったのだ。

 戦力を集結させ、相手をそこまで連れてこれるならば、決して勝てない相手ではない。

 

 否、無かった。

 

「∞エナジーを取り込んだ今、あの怪物に回復能力が付いていると仮定する」

「……最悪過ぎるわね」

「与えるダメージより回復量のほうが多いのは簡単に予想できる」

「それ不味くないかな?」

 

 無論不味い。とんでも無く。

 

「とは言え、本当に無限に回復するわけでも無いし。いつかは尽きるだろうとは思っている」

「伝説のポケモンのいつかは途方もなく長そうだけどね」

「先にこっちが力尽きるのが先だろうね」

「……ダメじゃない、それじゃ」

 

 ヒガナの呆れたような視線が自身を貫く。

 勿論、そこで終わりじゃない。

 

「だから、あるタイミングに攻撃を集中させることで回復する間も無く『ひんし』にしてしまおうってわけだよ」

「あるタイミング?」

 

 シキの問いかけに、全員がその答えを知りたそうにこちらを見やる。

 その視線に一つ頷いて。

 

「隕石、だよ」

 

 昨日からずっと考えていた作戦を口にした。

 

 

 * * *

 

 

「さって……と」

 

 全員が作戦開始に向け、配置についている。

 そのため、今ここにいるのは自分と自分の仲間たちだけ。

 

 だから、その前に。

 

「エア」

「何?」

 

 少しだけ、話を置きたかった。

 

 ―――これが、最後かもしれないから。

 

 なんて。

 

 だから、とん、とボールの一つを叩く。

 それが来る前にこっそりと決めていた合図。

 瞬間、サクラのボールから放たれた念動(サイコキネシス)が十二個のボールを覆う。

 これで見えないし、聞こえない、そういう状況のはずだ。

 さすがに自分とて全員の前でこのセリフを言えるほど図太い感性はしていない。

 ちらり、と転がったボールに視線をやり、全てに念動がかけられていることを確認し、エアへと向き直る。

 

「自分の状況、分かってるよな?」

 

 まずは、確認。

 エアには何も説明していない。

 以前にグラードンに言われたことを思い出す。

 

 ―――お前の後ろにすでに道はねえ。進むしかねえ、だが進んだ先は奈落だぜ?

 

 最早エアの進化は止められない。何より、今朝からの伝説二体との連戦がさらにそれを加速させた。

 ()()()()()()()()()()のだ、これでエアという存在が消えるのならば、自身が殺したも同然だろう。

 エアもまた、自らの体の変化は気づいているだろう。

 最早隠しきれるようなものでもない。

 

 それでも聞かないのは、きっと。

 

「お前、分かってたよな。本当は……いつから? 最初から? それは分からないが」

 

 エアの紅い瞳が大きく見開かれる。

 

「こうなるの、分かってたのか? 分かってた上で、戦ってたのか?」

 

 エアは答えない。

 答える気が無いのか……それとも、()()()()()()のか。

 それは知らないが。

 

「……はぁ」

 

 嘆息する。

 

「分かった、もう良い。ただ一つだけ、これだけは絶対に答えて」

 

 こくり、とエアが頷く。

 

「昨日聞いた言葉は、嘘なのか?」

 

 ―――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?

 

 そう問うた自分の言葉に、エアは確かに頷いた。

 それは嘘だったのだろうか。

 そんな自分の問いに。

 

「嘘、じゃないわよ」

 

 エアの言葉が震えた。

 

「私、だって……ずっと、ずっとハルと、いたい」

 

 きゅ、と袖を掴まれる。

 

「ちゃんと、帰ってくるから、だから」

 

 ―――信じて。

 

 言葉にはならなかった言葉を、けれど確かに聞いた。

 答えなんて決まっている。

 昔から、今に至るまで。

 

 彼女が自分を裏切ったことなんて一度だって無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 ―――帰ってこい。

 

 ―――それでももし、エア(おまえ)が帰ってこれなかった、その時は。

 

 ―――その時は。

 

 ―――俺も、一緒に死んでやるから。

 

 

 * * *

 

 

 そんな言葉を、彼にもう二度と言わせてはならない。

 何を知っているか、なんて。

 エア自身分からない。

 

 いつからだったのだろうか、身に覚えのない記憶が自分の内側から溢れてくるのは。

 いつからだったのだろうか、自分の身に違和感を覚え始めたのは。

 いつからだったのだろうか、自分の体が作り変えられていくような奇妙な感覚を覚えたのは。

 

 その記憶が、その違和感が、その変化が何なのか。

 エアにだって分からないのだ。

 

 ただ、それは決してあってはならないものだということだけは分かった。

 ただ、それは決して無視できるようなものじゃないということだけは分かった。

 ただ、それは決して歓迎できるようなものではないということだけは分かった。

 

 だから、だから、だから。

 

 ―――信じて。

 

 それだけしか言えない。

 それしか言わない。

 それすら言わない。

 

「ああ、信じるさ……信じてるよ、決まってるさ」

 

 ただ伝わってはいた。

 

「まあ、でも、それでも帰ってこれなかった、その時は」

 

 以心伝心。

 伝わりあう心と心が、互いの思いと伝えあう。

 だからこそ、伝わってきたのは彼の心。

 

「その時は、俺が引っ張ってやる。何度だって思い出させてやる、俺を刻んでやる」

 

 そうして。

 

「こうやってちゃんと言葉にするの、初めて……かな? 俺さ、お前のこと」

 

 彼の思いが、言葉が。

 

 ―――大好きだよ、エア。

「愛してるよ、エア」

 

 重なった。

 

 

 “■■■■■■”

 

 

 




おいおい、四章を最終章だとかぬかしてから一体どれだけの時間が経った?
一年だぞ、一年。
だが一年だ、一年かけて俺はようやくたどり着いたんだ。

次回からクライマックスバトルだぞおおおおおおおお!




HR50が遠いよふ。
つか、ホウエン編すら人数多すぎて描写のし忘れないかめっちゃ確認しながらやってるのに、カロス編大丈夫かなあ。
マジでちゃんとプロット練っとかないと、絶対に書き忘れ多発しそう。
今考えてるストーリーまじで原作要素全体の1割くらいだからなあ。
かなりダーティな感じになってる。


全く話関係ないけど、最近「メカクシティアクターズ」のアニメ全部見ました。
昔ニコ動でやってたのは一話切りしてたんだけど、兄がDVD持ってたから見せてもらった。けっこうおもしろかった。
ただ設定事前に調べておかないと意味わからないストーリーなのに、何故化物語と同じスタッフで作ってしまったんだ、演出まで意味不明になって、総評が「謎」なアニメになってるじゃねえか。
まあアヤノちゃんが凄まじく可愛かったので満足。あとモモちゃん。


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空を超えて⑦

レジェフェス爆死したので、最後に一回だけとため込んだ石3000で10連回したらSSR4枚抜きとかいうね、その運をもっと早くください、って感じ。
ティアマト出なかったけど、かりおっさん出たからまあいいかって感じ。


 目の前に置かれた巨大な虹色の石(キーストーン)を前にして、ヒガナが思わず唸る。

 隕石がホウエンへと降り注ぐのは間も無くと言ったところ。

 具体的に何分などと観測するのは宇宙センターでやってくれているが、凡そあと十分、十五分以内といったところらしい。

 着々と近づくタイムリミットに焦りを感じるのは事実だが、だからと言って自分にできること以上のことはできないのが現実というもので、どれだけ思うところがあろうと、龍神様に関しては完全に彼らに任せるしかないのが実情だった。

 

「そろそろ、かな」

 

 タイミングはこちらに任せられている。

 作戦自体は聞いているが、余りにも荒唐無稽であり、現実味を感じられないとしか言いようがなく。

 けれど、現状でそれ以外にあるのか、という疑問を問いかけられればそれ以外にないとしか言いようも無いのも事実だった。

 目の前に置かれた巨石に向かって手を伸ばす。

 指先がとん、と触れ。

 

「……行こう」

 

 呟きと共に、巨石が光を放つ。

 ヒガナにできることは、ヒガナができること。

 字面にすれば当たり前すぎることだが、結局それが分かっていなかったからここまで拗れたことになってしまったのだと思う。

 否、分かってはいたのだ。

 ヒガナは自分が凡人であることを自覚している。

 だが同時に、彼女から託された使命があることも強く自覚している。

 凡人の自分が手段を選んでいられない、そう思ったからこそ綺麗汚いを問わずあらゆる手を使ってきたのだ。

 けれど、本当はもっと他人を頼れば良かったのだ。

 この使命はヒガナの物だ。ヒガナが必ず成就させなければならないもの。

 けれど、それをヒガナ一人でやる必要は無かったのだ。

 何なら流星の民に助けを求めても良かったのだ。

 流星の民は閉鎖的な存在だが、決して完全に閉じているわけではない。

 ルネの民を始めとして一部の人間とは今も尚、流星の滝の奥で繋がりを保っているのだ。

 ルネの民の現在の代表的存在であるミクリは前チャンピオンとも友誼があり、実際のところ、ヒガナさえその気ならばもっとやりようというのはいくらでもあったはずなのだ。

 

 何でもやると、そう思った。

 

 たった一つ……他人に助けを求めるということを除けば。

 

「結局、私じゃ足りなかった……そういうことなんだろうね」

 

 黒の降り注ぐ空を見上げながら、ヒガナがそう呟く。

 

 直後。

 

「キリュァァァァァァァ!」

 

 咆哮が空に響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

 異能とは個人の性質が非常に強く表れる。

 

 例えばダイゴならば『硬化』。

 余り知られた事実ではないがダイゴの異能は本来『はがね』タイプのポケモンだけに発揮されるものではない。ダイゴが『はがね』タイプを好いているため敢えて尖らせているが、本来は『いわ』タイプや『じめん』タイプなども範囲に含もうと思えばできる。

 

 勘違いされやすいのだが、異能の性質とは本人の気質とはほぼ関係が無い。

 別に異能の性質が『硬化』だからと言って、頭でっかちになったり、堅い性格になったり、などということは無いし、物理的に体が硬いなどということも特にない。

 強いて言うならば属性、とでも言うのか。

 

 シキの属性は『逆転』。

 文字通り、『ひっくり返し』『逆さ』にすること。

 

 異能の干渉範囲とは、個々の異能の強度に依存する。

 そしてシキの異能は世界最高峰と呼んで差し支えないレベルにある。

 その干渉範囲は一時的にではあるが、概念すら逆転させることも可能だ。

 

 話は少し変わるが、レックウザと戦う上で一番問題となることが一つある。

 

 それは高さ、だ。

 常に上を取られている、というのはそれだけで非常に不利だ。ポケモンバトルでもそれは変わらない。

 当たり前だがこの世の全てがレックウザのように慣性や重力などと言った物理法則を無視して動いているわけではない。

 飛ばした攻撃は上へと進むほどに勢いを失うし、降り注ぐ一撃は加速し続ける。

 そもそも直接攻撃の類が完全に届かないというだけでも大きな不利である。

 

 さらに話は変わるが、ホウエン地方東端にサイユウシティと呼ばれる場所がある。

 ポケモンリーグが存在する島にあり、その二つを結ぶチャンピオンロードと呼ばれる場所には、多くの野生のポケモンが住み着いており、中では年がら年中ホウエンでも最強格のポケモンたちが縄張り争いを繰り広げている。

 その中には四天王やチャンピオンが直々に育成した個体もおり、チャンピオンロードを抜けんとするトレーナーたちと相対し、チャンピオンロードの難易度を大きく上げる要因となっている。

 

 さて、では以上のもろもろを含め。

 

「始めましょうか」

 

 黒く染まりゆく空を見上げながら呟くシキの中で一つ、撃鉄が落ちた。

 

 “じょうげはんてん”

 

 

 * * *

 

 

 人生なんて何があるか分かった物じゃない。

 

「きっとボクの見ていた世界はボクの思っていたよりずっと狭い世界だったんだろうね」

 

 勝手に退屈して、勝手に諦めて、世界を斜に見ていた。

 でも世界は思ったよりもずっと広くて、大きくて、綺麗だった。

 染まりゆく黒の空を見上げながら、ダイゴが笑う。

 

「ここ最近、知らないことばかり起こるせいで、人生が楽しくて仕方ないよ」

 

 その人生も、このままではあと十分十五分かそこらで終わってしまうわけではあるが。

 そうはさせないためにも、自分たちはここにいるのだと分かっている。

 だからそうやることは簡単なのだ。

 

「さあ、ホウエンに伝説を刻もう」

 

 きっとそれは、一生忘れられないほど楽しい記憶になるだろうから。

 場違いなくらい気楽に、気軽に、右手に持ったボールのスイッチを押し。

 

「行っておいで、ギガ」

 

 ボールから放たれた赤い光が巨大なシルエットを生み出し。

 

 グルゴガアアアアアアアアアアアアアア!

 

 全長三十メートルを超す、超巨大な鉄蛇ポケモンがその姿を現す。

 かつてダイゴが育成し、チャンピオンロードに放流した個体の一体。

 ギガイアスを背に乗せたハガネール。

 その力は。

 

 “ちょうじゅうりょく”

 

 上から下へと圧をかける、という一点のみで他を圧倒する。

 

「さあ、始めよう」

 

 

 * * *

 

 

 ふわり、と足元から浮き上がっていく感覚。

 自分で提案しておいてなんだが、本当にできるのかこんなこと、と言ったところ。

 レックウザと戦う上で、こちらだけ地上で戦うというのがどれだけ不利か、というのは最早分かりきった話だ。

 それの対策として、シキがレックウザと戦った方法が異能で浮かびあがる……いや、正確には()()()()()()()()()とかいう意味の分からない状態になることだったらしいが、まあ要は浮かび上がるということだろう……ことだったらしいというのを聞いてふと思いついた手である。

 ポケモンの技で“じゅうりょく”というのがある。

 互いの命中率が上がり、飛んでいるポケモンにも『じめん』タイプの技が通じるようになる、と言ったものだが、実機ならただの補助技だろうと、現実なら実際に重圧がかかってくる。

 そこで思い出したのがかつてチャンピオンロード内で出会ったハガネール。

 こちらのポケモンの足を鈍らせるほどの強烈な重圧を放つあのポケモン。

 

 そしてシキの『反転』という異能。

 この二つを組み合わせれば、レックウザとの闘いにおける高さという不利を克服できるのではないか、と考えたわけだが。

 

 上から下へを下から上へ。

 

 そんな小学生の考えた雑理論みたいなことを、本気に捉えて実現させてしまった二人は、さすがというべきなのか。

 少なくとも、ダイゴとシキ、この二人でなければ絶対に実現はできなかったのだろうことは分かる。

 正直自分からすれば、超越種も異能者もどちらも自分の常識を超えているという点では大して違いなど無い。

 なんだこれ、物理法則に喧嘩売り過ぎだろ、と言いたいがそんなものは今更過ぎる話。

 

 そうしてどんどん浮かび上がっていく体。

 全身で浮力という普通に生きていれば滅多に感じることの無い感覚を感じながら。

 ふと思う。

 

 どこまで飛ぶんだこれ。

 

 そんな思考を読んだかのように、暗雲のギリギリ下で浮力が止まる。

 とは言っても、落ちる気配も無い。

 それに、サクラに念動力で浮かび上がらせてもらった時のような宇宙空間にいるかのようにな上下感覚の曖昧さも無い。

 一歩、恐る恐る足を踏み出せば足の裏が確かに()()()()()感触があった。

 

「すっごいな」

 

 だがこれなら、戦える。

 少なくとも、地の利……いや、空の利というべきか……を一方的に取られたということも無い。

 視線を下へと向ける。

 

 ―――レックウザが猛スピードで突っ込んだせいで半壊した『そらのはしら』が見えた。

 

 まあ予想はされたことなので事前に下に置いてきたヒガナにはボーマンダたちの入ったボールを渡してきたので、恐らく脱出しているだろうが。

 レックウザはまだ出てこない。その間にこちらも準備をしておく。

 

 “つながるきずな”

 

 最早慣れ切った技。今となっては自然と使っているそれとて当時の自分にはまさしく魔法のようなものだった。

 

 “とうしゅうかそく”

 

 絆という目に見えない曖昧なもののバトンパス。

 結局、自分にはそれしかなかった。

 ジラーチ曰く多少の主人公補正とかいうものがあったようだが、実際の話、ハルトという少年は凡庸なトレーナーの域を出ない。

 ダイゴのような圧倒的才も、シキのような極まった異能も無い。

 ハルトにあるのは、他が知らないような多少の知識、そして誰よりも大切な仲間たちだけだった。

 

 だがそれでも、ダイゴもシキも、制することができる。

 

 この世界は優しい世界だ。

 碓氷晴人の世界において、何の実行力も持たない絆や思い、そんなものが力を持つ。

 思いを滾らせれば力となる。繋がる絆は強さになる。

 さて、この世界を創った神とは一体どんな性格をしているのだろう。

 

 なんて考え、苦笑する。

 

 ―――それは少し呑気が過ぎる、か。

 

 苦笑し、直後。

 

 眼下で黒が蠢いた。

 

「っ、来た」

 

 どん、と半壊しかけていた『そらのはしら』がレックウザが飛び出した勢いで完全に崩壊していく。

 勢いを駆って空へと駆け上がってくる黒い龍へと一体目のポケモンを出す。

 

「走れ、チーク!」

 

 放ったボールから飛び出したチークがレックウザへと走りだす。

 能力ランクを最大まで積んだお陰か、その動きはレックウザと比較してもまだついていけている。

 これなら、そう思い。

 

 キリュウウアアアアアアアアアアアア!

 

 レックウザが叫んだ……途端に。

 轟、と風が呻いた。

「な、何だ」

 暗雲が渦巻き、風が逆巻く。

 そうして。

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 びゅうびゅう、というか最早、ごうごう、と嵐でも起きているかのような音を発しながら超巨大な竜巻が足元に形成されていく。

 レックウザが上昇を止める。否、それが限界に近いのだろう。暗雲のすぐ下、自分たちと同じ高さで。

 足場を創るかのように、風が渦巻く。竜巻がまるで巨大な柱のようだった。

 足場が悪い。直後、走りにくそうにするチークを見て気づいた。

 上下左右全方向から風が叩きつけられているような感覚、まるで嵐の中で立っているような感覚に陥るがこの中で走っているチークも凄い。

 とは言え、その速度が随分と遅くなってしまっている、折角積んだ能力ランクがほぼ意味を成していない。

 

 ならば、と二つ、ボールを手に取り、投げる。

 

「アルファ、オメガ!」

 

 ボールから放たれる光は質量を無視して風を突き破り。

 竜巻の外へ向けて放たれた二体が反発する重力の足場に立ち。

 

「邪魔だね、この風」

「うざってえ!」

 

 “おおつなみ”

 

 “ストーンエッジ”

 

 アルファ(カイオーガ)が呼び出し、放たれた洪水が竜巻へと飲み込まれていく。

 飲み込まれた海水は竜巻の中で流れる。その重さに確かに竜巻の威力を弱め。

 どん、と叩きつけたオメガ(グラードン)の拳から放たれた巨大な岩の刃が竜巻を切り裂いていく。

 乱され、切り裂かれた竜巻が勢いを失くし。

 足場が安定する、と同時にチークがレックウザへと接近する。

 邪魔、と言わんばかりにレックウザが咆哮(ハイパーボイス)を放つが、ばちん、と電流が弾けると同時に、弾かれるようにチークの体が真横にずれ、咆哮を避ける。

 そうして、レックウザへとついに密着し。

 

 “なれあい”

 

 技を放つ、だがその瞬間レックウザが完全にチークを捉え。

 

 “ハイパーボイス”

 

 龍の咆哮がチークを吹き飛ばし、一撃で『ひんし』に至らせる。

「ひひ……おしごと、かんりょう……さネ」

 それでもやることはやった、と笑うチークをボールに戻しながら。

 直後、空の暗雲が消えた。

「特性だったか」

 少なくとも、『らんきりゅう』だけでも消そうと思って選択した“なれあい”だったが、暗雲まで消えたのは僥倖だった。

 だが伝説のポケモン相手にそんなもの長続きしない。

 数秒もあればまた下がった能力も戻るだろうし、特性も取り戻すだろう、実際すでに暗雲は再び集まり始めている。

 

 けれど、まあ。

 

「その数秒で十分ってね」

 

 別に、ここにいるのは自分一人ではないのだ。

 暗雲の消えた空から一体の巨人が降り注ぐ。

 

「ギガ!」

 

 叫ぶ少女の声。

 それに呼応するかのように、太古の巨神が拳を振り上げ。

 

 “リバースモノクローム”

 “スロースタート”

 “いかさまロンリ”

 

 速度と攻撃力を上げた巨人がレックウザへとその拳を突き刺す。

 直前までチークに気を取られていたレックウザにその奇襲は避けられない一撃となって襲い掛かる。

 

 “アルティメットブロウ”

 

 伝説殺しの一撃がレックウザを抉り、その()()()()()する。

 一度は集まりかけていた暗雲が再び消え去っていく。

 

「シャル!」

 その絶好の好機を黙ってみている自分ではない。

 場にシャルを出し、さらに指示を出す。

 

 “かげぬい”

 

 足元から伸びる影がレックウザを捉える。

 能力ランクを積み上げ、ようやくその『すばやさ(速度)』へと届いた影はレジギガスを注視していたレックウザを捉え、縛り上げる。

 とは言え、伝説相手にそんなものが何の役に立つのか、と言わんばかり。あっさりとレックウザは影を振り払い。

 

 ()()()()()()()

 

 目の前の天敵から一瞬とは言え、視線を逸らした、意識を逸らした。

 その隙をシキは抉る。

 レジギガスの二発目の拳がレックウザへと刺さる。

 悲鳴を上げるレックウザ、と同時にその全身が蒼白い光に包まれていく。

 

 “むげんきかん”

 

「やっぱりあったか、回復能力……シキ!!!」

「分かってるわ」

 トクサネシティでの一見で、もしかするとそういうものがあるかもしれない、という予感はあった。

 その予想はあったからこそ、備えもまたある。

 

「ララ!」

 

 シキの投げたボールから出てきたのは……ハピナス。

 他者を回復することに特化した育成を施したハピナスがシキの異能の影響を受け、場の状態を書き換える、その名も。

 

 “リバースヒール”

 

 回復をダメージに。自身とて一度は戦い、味わったためその厄介さはよく知っている。

 とは言え、本来ならば伝説のポケモン……超越種を相手にそんなものは通用しない。

 だが今だけは別だ。レジギガスという同じ伝説格を通した異能はいくらか効果を減じながらも確かにレックウザへと届き。

 

 レックウザが絶叫する。

 

 当然だろう、絶対の回復機能が逆にダメージへと変換されたのだ。

 今ならいけるか、という僅かな思考。

 けれどダメだと即座に断ずる。

 

 実際のところ、レジギガス、ゲンシグラードン、ゲンシカイオーガと三体の伝説種を使い、さらに自分、シキ、ダイゴとトレーナーとしてトップの人間がそれを補い、ヒガナの協力によってレックウザをこちらで指定した場所におびき寄せた時点で()()()()ならば難しくはあるが決して不可能ではない、と思っている。

 

 ただしそれはレックウザがまともに戦ってくれるなら、という条件が付くし、例えそれでレックウザを倒したとしてもそれだけでは()()だ。

 

 まず第一にレックウザが逃げればそれで全ての条件が崩壊する。

 一応ハガネールが“りょういきふうさ”という特技によって逃亡を阻止しようとしているが、レックウザ相手にどこまで通じるかも分かった物ではない。

 

 そして第二に()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 何故ならレックウザを倒しても、直後に隕石が降ってくる。

 これを正攻法でどうにかできるのはレックウザだけだが、そのレックウザが傷つき『ひんし』状態ではそれも不可能となる。

 

 つまり今俺たちに突き付けられた条件は、この暴走状態のレックウザを止めながらもそのレックウザを弱らせずに隕石を破壊する、という無理難題だった。

 しかも隕石自体はホウエンに降ってくることは分かっても、ホウエンのどこに降り注ぐかは大雑把にしか分からない。

 ある程度予測できても、今度はそこにレックウザをどうやって連れていくかの問題もある。

 ヒガナが呼び出せたのはここが『そらのはしら』だから、だ。

 レックウザを祭る『流星の民』と『ルネの民』の神殿、そして祭壇。

 この場所にあの巨大なキーストーンを運び込んだからこそ、祈りが届くのだ、とヒガナは言う。

 

 じゃあ、どうすればいいのか。

 

 結局、そんなもの一つしかない。

 

 それは、つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それしかないのだ。

 

 




この手に限る(この手しか知りません)。


ちょっとご報告、転勤でご引っ越しになりました。
更新に響くかは分からないけど、まあ一応ね。
全く関係ないけど、夜寝るときに「寝てる間に職場に隕石落ちて明日仕事休みにならねえかなあ」って週七回くらい思ってるの俺だけかな。


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空を超えて⑧

今更ながらの未視聴だったガルパンアニメ見てたら遅くなっちゃった(
西住ちゃん声いいな、あの声で「パンツァーフォー」って台詞すごい癒しを感じる。


 

 りゅうせいぐん、という技がある。

 『ドラゴン』タイプ最強の特殊技であり、同時に『ドラゴン』タイプのポケモンしか覚えることのできない、取得のためにタイプの制限のある珍しい技でもある。

 実はこの技、使い方が二種類あって、一つは『ドラゴン』ポケモンのエネルギーを圧縮し、空へと放つことでエネルギー塊を降らせる物。

 そしてもう一つが『流星群』の名の通り、文字通り空から隕石を降り注がせる物、だ。

 

 巨大隕石って『りゅうせいぐん』の弾にしたら威力凄そうだよな、とか思いついたのは随分と前の話だ。

 まだ昔、チャンピオン、どころか旅を始めるより前の五年間の話。

 まだグラードンやカイオーガ、そしてそこから始まるレックウザと隕石の話などまだまだ先だった頃。

 伝説という脅威をまだ実感する以前の話、その頃からずっと考えていた未来に起きる事件に関する考察の一つだ、まあこれは考察というより妄想的思考遊びと言ったほうが正しいのかもしれないが。

 けれど実際に落としたらホウエンが滅ぶし、欠片でも落ちれば都市に甚大な被害が出そうだよな、と考え、馬鹿な思考と一蹴したのだが。

 

 あの時はまさか、こういう展開になるとは、思いもよらなかったし、この遊びのような思考が役に立つ日が来るとは思わなかった。

 いや、こんな展開想像できたほうがおかしいのだろう。

 

 改めて整理するが、現状は極めて詰んでいる。

 

 まず第一に黒く染まったレックウザ。

 暴れ狂い、理性も思考も失ったかのようなかの龍神はいずれホウエンを脅かす災厄となることは明白だろう。

 そして第二に巨大隕石。

 レックウザよりも先の脅威、いや、最早目前に迫った滅びの象徴だ。

 そして問題は、巨大隕石をどうにかできる手段が最早レックウザしかない、ということ。

 肝心のレックウザは現在進行形で目の前で暴れ回っており、手が付けられない状態だ。

 何より、あの永久機関のように全身を発光させる回復能力がどうにもならなすぎる。

 だからシキを使って回復機能を阻害している。

 とは言えそれも長くは持たない。

 

 純粋にレックウザとレジギガスでは同じ伝説種という格でも、力関係が明確に違う。

 

 レジギガスはどうやら伝説相手の特効兵器として伝説種の理を殺すことができるらしいが、それだって永遠ではない。

 そして何よりも。

 

 自分たちはレックウザを()()()()()()()()という縛りが何よりも厳しい。

 

 勿論だが、やりようはあったはずだ。

 もっと早く行動を起こしていれば、と考えなかったわけでも無い。

 とは言え、レックウザを倒す目算はあってもそれが確実とは言えないし、何よりレックウザを捕獲したとしてグラードンやカイオーガの例を見るに、こちらの言うことを聞くかも謎だし、何より捕獲するまでにどれだけの時間がかかるかもわかった物ではない。

 唐突なタイムリミットのせいで、どうにも後手後手に回ってしまっていた。そのせいで、選べる手段が少なすぎる上にどれも博打染みている。

 

 それでも、やらなければ世界の終わり、だ。

 

「時間はあと何分だ?」

 

 タイムリミットは近い。そしてそのタイムリミットこそが最大のチャンスでもあり。

「ヒガナ、下は任せるぞ……」

 伝承者をわざわざ連れ出したのはレックウザを呼び出すためだけではない、もう一つの役目も果たしてもらうため。

 最早この状況で下のことを確認、というのもできない以上、後は任せるしかない。

 荒れ狂うレックウザをグラードンが、カイオーガが、レジギガスが抑え込もうと戦う。

 とはいえさすが、と言うべきか、伝説種三体を相手に一歩も引かずにレックウザが戦う。

 タイプ相性の差が強すぎるのは否めない。

 『ダーク』タイプとはそれだけで理不尽な存在だ。全てのタイプに強制的に抜群を取れ、全てのタイプを半減する。

 強いて言うなら、無効化できない分、攻撃すればいつかは倒せる、ということでもあるが、そこに驚異的な再生能力が付与されてしまっているために手が付けられない。

 唯一の欠点は、レックウザというポケモンの元の能力が攻撃(アタッカー)寄りということだろうか。

 だがとりもなおさずそれはグラードンとカイオーガ、両者を相手に火力で一切引けを取らないということ。

 

 最早時間は無い。

 

 グラードンとカイオーガはあれでまだ余裕がある。レックウザには劣るが、それでも伝説種としての格は高い。

 だから、持たないのはレジギガス。

 レックウザの最大の能力である特性を封じているレジギガスが落ちる、ということは、再び空に暗雲が立ち込め、暴風が荒れ狂い、竜巻が生まれ、足場が崩れ、風の鎧を纏い始めるだろう。

 そうなれば、レックウザに『防御』という概念が付与される。

 最早、グラードンとカイオーガすらも抑え込める相手ではない。

 

 時間が無い。

 

 上を……空を見上げる。

 普段見ている景色よりぐっと近づいた空は、けれど先を見通すことのできないほどに深く、蒼い。

 下を……地を見下げる。

 普段足元にあるはずの大地は随分と遠く離れてしまい、視線の先に動かない景色だけが残る。

 

「まだ……か?」

 

 無意識に腰に付けたボールへと手が伸びる。

 けれど指先でボールに触れても、何の反応も示さず。

 

「……まだか」

 

 呟きの直後、どぉん、と爆音が響き、風が吹き荒ぶ。

 反射的に視線を向けたその先で。

 

 ザ……ザザ……ザ……ゴォ……

 

 ()()()()()()()()()()の姿を認め。

「シキッ!」

 叫ぶ、同時にシキが動き出そうとして。

 

 “だいこくてん”

 

 空が黒く染まっていく。

 風が吹きすさび。

 

 キリュウオオオオオオオオオオオォォォォ!

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 レックウザのための場が整えられていく。

「アルファ! オメガ! あと少しだけでいい、持ちこたえろ!」

 レックウザを挟むように相対する二体に叫ぶ……が、風鳴がうるさ過ぎて聞こえているかは怪しい。

 視線を下へと、足元に広がる地上へと向ける……だが渦巻く風が、竜巻となって徐々に視界を塞いでいく。

 どうする、と頭の中で何度となく繰り返される思考に、けれど答えが出ない。

 いや、明確なほどに答えは出ているのだ、ただ()()()が来るまで耐えるという答えにもなっていない答えしかない。

 

 グルォオオオオオ!

 

 遠くでポケモンの咆哮が響く。

 シキのサザンドラ辺りだろうか。最早竜巻のせいで目を開けていることすら難しくなっているが、向こうも向こうで応戦はしているらしい。

「っ……くっそ、風きつすぎだろ!」

 体ごと持っていかれそうになるほどの強烈な暴風に、思わずしゃがみ込む。

 けれど前から後ろからと吹きすさぶ風に、しゃがんでいることすら難しくなり。

「リップル」

 ボールからリップルを出すと、リップルが覆いかぶさるようになって背中に抱き着いてくる。

 別にふざけているわけでも遊んでいるわけでも無い。

 覆いかぶさるリップルの重みで大分重心が安定する。ヒトガタポケモンは原種とは違い、見た目相応程度の体重しかないようだが、それでもパーティで一番サイズの大きいリップルの上背ならそれなりの重さになる。

 そうしてようやく体勢を安定させながら痛いほどに吹きすさぶ風から目を守るために手で覆いながらも、ゆっくりと瞼を開き。

 

 台風と呼んで差し支えないほどの強風の中で戦うアルファとオメガの姿を見やり。

 

 まだか、と無意識に呟いた瞬間。

 

 

 ―――かたり、とベルトの一番手前に差したボールが揺れた。

 

 

「っ来た!」

 思わず叫びながら立ち上がろう……として、リップルの重みで尻もちをつく。

 一瞬、自分の行動に驚いたらしいリップルだったが、すぐにはっとなって空を見上げ。

「マスター」

「分かってる」

 呟きと共に、アルファとオメガへと、最後の命令を走らせる。

 

 ―――離れろ!

 

 と。

 

 

 * * *

 

 

 『流星の民』にとって。

 

 龍神様という存在は絶対であり、同時に崇め、畏れ、奉る対象だった。

 故に、それは容易には認めることができない話だった。

 それを受け入れたのは、偏に伝承者の少女がそれを追認したからである。

 

 伝承者ヒガナ。

 

 先代伝承者からその全てを受け継いだ……受け継がざるを得なかった少女。

 『流星の民』の小さな群れにあって、集落の全員は家族に等しい。

 故にヒガナという少女もまた、彼らにとっては家族同然の存在だった。

 だからこそ、当然ながら伝承者となった少女を、彼らは助けたいと思っていた。

 伝承の時は近い、最早目前と言ってよいところまで迫ってきている。

 それをどうにかするために少女は旅だった、集落に何を告げることも無く。

 

 助けたかった。

 

 皆が皆、同じことを思った。

 

 助けてと言って欲しかった。

 

 皆が皆、同じことを思った。

 

 その少女が、初めて助けを請うた。

 

 だから、それが本当に必要だと言うのならば。

 例え相手が龍神様であろうと、受け入れたのだ。

 そもそもこれは別に龍神様を害することではない、むしろ逆。

 理性を失った龍神様を正気に戻すことにも繋がるのだから。

 

 そこまで言われれば最早彼らに断るという選択肢など無い。

 そうして彼ら一族がレックウザの到来と共に、住処である『りゅうせいのたき』を出て、『そらのはしら』へと集った。

 

 そもそも『流星の民』は『りゅうせいのたき』で生きる一族であり、血に潜む力か、はたまた生まれた地が所以か、生まれながらにして誰もが『ドラゴン』ポケモンに対しての高い親和性を持っている。

 簡単に言えば、『ドラゴン』ポケモンと心を通わせやすいのだ。

 この辺り、カントーの元チャンピオンなども同じような一族の出身だと聞いたことがあると、ヒガナなら言っただろう。

 

 つまり、一族の全員が全員、『ドラゴン』ポケモンを所有しており、その練度はホウエンでも有数のものである。

 

 現ホウエンチャンピオンの言によれば、今現在ホウエンへと降り注がんとする巨大隕石を()()()()()には、単純にパワーが足りない。

 当然だ、本当にポケモン単独でそんなことができるのならばとっくに世界など滅んでいる。

 なら簡単だ、一体で足りないなら、二体、二体で足りないなら三体。

 力を合算していけば良い。本来どれだけポケモンが力を併せようとそんなもの不可能に決まっているのかもしれないが。

 

 今現在自分たちへと向かって降り注ぎ、至近まで近づいている隕石の軌道を変えるくらいのことならば、一族の力を束ねればきっとできる。

 

 

 だからそれは奇跡ではない。

 

 

 奇跡なんて、命懸けで戦う彼らに失礼な話だし。

 偶然なんて、安っぽ過ぎてそんな表現じゃ言い表せない。

 

 そもそもどうして巨大隕石は昨日突如観測されたのか。

 本来もっと遠くまで観測できるはずの宇宙センターが襲来前日になってようやく観測する?

 なんだそのあり得ない話は、しかも事前に来る、と話を聞いていたにも関わらず、懸命とは言えないまでも毎日観測を続けておきながら、それでも前日にようやく発見?

 

 そんな馬鹿な話があるはずない。

 

 じゃあ何故そんな馬鹿げた話が起こりうるのか。

 

 

 ―――本来この世界に隕石は落ちない。

 

 

 その事実は管理者の一人である少女すらも知らない事実だ。

 なるほど、ゲームのストーリーをここまでなぞってきたかもしれない。それを考えればどうして最後だけ、と思うかもしれない。

 だがそもそもの話、ここは現実だ。

 そしてこの世界にはこの世界を管理する()()()()がいるのだ。

 わざわざ世界を滅ぼす要因となる芽などカミサマが見逃すはずも無い、当然そんなものは早々に切り取られる。

 

 じゃあ、どうしてこの世界に隕石は落ちるのか。

 

 簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 だから本来あり得ざる巨大な隕石が、突如として現れた。

 一体誰だ、何のために?

 

 簡単だ。

 

 いるではないか、狂気に染められ、何もかも滅ぼそうとする存在が。

 そして星を破壊し尽くすほどの力を持った存在が……ちょうど、空に。

 

 りゅうせいぐん、という技がある。

 『ドラゴン』タイプ最強の特殊技であり、同時に『ドラゴン』タイプのポケモンしか覚えることのできない、取得のためにタイプの制限のある珍しい技でもある。

 『流星群』の名の通り、文字通り空から隕石を降り注がせる物、だ。

 

 つまるところ。

 

 破滅の祈りに彩られ、狂気を宿した空に座す黒き龍の咆哮は、世界に破滅をもたらした。

 

 全てはそこに起因するのだ。

 

 だからこそ、それは奇跡じゃない。

 

 トクサネシティ上空にて、シキのレジギガスがレックウザへと叩き込んだ拳でレックウザが失くしたものが二つ。

 

 一つは纏う風の鎧。だがこれはすでに修復されている。

 

 そしてもう一つ。

 

 地べたに叩きつけられ、()()()()()()()を制御するだけの余力を失くした。

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()ことも可能となる。

 

 『流星の民』たちが出した数多くの竜たちが咆哮を上げ。

 

 

 ―――ついに、ホウエンの空を切り裂き、ソレが降り注いだ。

 

 

 

 

 




多分あと二話でレックウザ戦終了。
因みにデオキシス戦はありません……いや、だってもうここまで戦力揃えると今更準伝説とか勝負にならないしね(


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空を超えて⑨

 

 

 

 空を覆い尽くすのではないかと思うほどの巨大な隕石が降り注ぎ、空に近いこの場所からは最早視界の中はソレしか見えない。

 それが降り注ぐ、理解すると同時に叫ぶ。

 

「シキイイイイイイイイイイイイ!!!」

 

 絶叫にも、怒号にも似た自身の声が響き渡り。

 重力の反転が徐々に緩和される。と同時にその場にいた全員が空からゆっくりと落ちていく。

 落ちながら出したポケモンたちを次々と回収すれば後は低速で落下するトレーナーだけとなり。

 そうして残されるのは自らで浮遊できるレックウザだけであり。

 

「キリュウウウウウアアアアアアアアアアアアア!」

 

 驚愕したのか、それとも別の何かなのか……分からないが、隕石へ向かって咆哮するレックウザへの真上へと隕石は降り注ぐ。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 位置、時期、状況。全てが整えられた恐らくこちらの用意できる限りの最大最強の一撃がレックウザへと襲いかかる。

「これで……終われええええええええええ!」

 空から落下しながらも、けれど決して目を離さないとそれを見て、見て、見て。

 

 ―――龍と隕石が激突した。

 

 隕石に圧されたレックウザが遥か下、海面へと落ちていく。

「リュウウウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアア!」

 自らを押しつぶさんとする隕石に対して悲鳴にも似た咆哮を上げながらその全身が黒に包まれていく。まるで闇そのものを纏ったかのような漆黒。同時にその全身から放たれる圧が跳ね上がり。

 

 “あんやのつぶて”

 

 着水。

 海が弾け飛ぶほどの衝撃が一瞬にして走り。

 

「アルファ! オメガ!」

 二つのボールを真下……海へ向かって投げ。

 

「はいはいっと」

「おうよ!」

 

 空中で飛び出した二体がそのまま海中へと落ちていく。

 直後、カイオーガがさらに海水を集め衝撃を分散させ、さらに一部だけ海水を除去しグラードンの足場を作る。そうして海底にも関わらず海水の無い場所に降り立ったグラードンが大地を寄せ集め衝撃で地割れする地底を星が崩れることの無いように必死に応急処置を施していく。

 字面だけ見れば些細にも見えるそれは星を保護、修復する作業だ。それはまさしく伝説に語られるだけの所業であり、大地と大海の創造者である二体にしかできない業であった。

 隕石と共にレックウザが海中へと落ちていき。

 どごっ、と隕石に(ひび)が入る。

 それを見てまさか、という気持ちとやはりという気持ちが同時に湧き出し。

 

 ズドォォォォォ

 

 レックウザが隕石を木っ端微塵に破壊する。

 散った隕石が海中へと落ちていく。

 そうして。

 

「キリュウウウウウアアアアアア!!」

 

 レックウザが海中を飛び出し、空へと浮かび上がっていく。

 星一つ砕かんとする隕石をその身に受けて、それでもまだ動き回るその姿は狂っているとしか言いようがない。

 だがまだ救いがあるとすれば、レックウザとてあの超巨大隕石に一瞬とは言え押され無事だったわけではない、ということか。

 

 明らかに疲弊している、全身のいたる箇所に傷が残り、何故か回復する気配が無い。

 取り込んだ∞エネルギーが働いていない?

 尽きたのか、それとも隕石の衝撃でどこかおかしくなったのかは分からないが。

 

「っち……できればこれで終わって欲しかったんだなあ」

 

 まだ戦えるそう告げるかのごとく、咆哮するレックウザに舌打ちし。

 計画は第二段階へと至る。

 

 “じょうげはんてん”

 

 シキの異能が発動する。と同時に再び体が浮遊感に包まれ上がっていく。

 第一段階……隕石の衝突で倒せればそれに越したことは無かったのだが。

 万一それで倒せなかった場合、第二段階、総力戦へと入ることとなるのは事前に伝えてある。

 事前の予想では回復能力で回復されるだろうため、回復しきられる前に倒すために全戦力をここで吐き出す、その予定だったのだが。

 

 回復機能が喪失している。

 

 それが一時的に、なのか、それとも永続的になのかは分からないが。

 とにもかくにもチャンスなのは事実だった。

 だが事前の想定と違い、こちらもレジギガスという対伝説への切り札を一枚失っているという不利も忘れてはならない。

 だがそれでもグラードンとカイオーガの二体がいる以上、有利には違い無く。

 

「キリュウウアアアアアアアアア!」

「は?!」

「なっ!?」

「ん?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待て、あの雲超えられるのか?!」

「見たら分かるでしょ! 追わないと!」

「けど、どうやって、だい?」

 

 雲を抜け、さらに上へ、上へ。

 そんな相手を叩ける相手など。

 

「エア、サクラ!」

 

 二体をボールから出し。

 

「頼む!」

 

 叫んだ。

 

 

 * * *

 

 

 虚空を蹴る。

 一瞬にして加速が付き、それを二度、三度と繰り返すことで高速で空を駆けあがっていく。

 そんなエアへと自前の念動力だけで追いついてくるサクラはさすがの才能としか言いようがない。

 幻のポケモン……ハルト曰く伝説種が最早ポケモンというより生物として逸脱してしまっている以上、生物の定義内で考えるのならば準伝説種はポケモンの中でも最高位の潜在能力を持つ、ある種ポケモンという存在の頂点に近い存在だ。

 サクラはそんな準伝説種にカテゴリーされるポケモン、ラティアスと呼ばれる存在であり、さらにその6Ⅴ。つまり頂点存在。

 同じ6Ⅴ(最強)でもボーマンダとはやはり種としての格が一段違う。

 

 ()()()()()()()とエアは呟く。

 

 例え種として劣っていようと、強さとはそれだけで決まるものではない。

 才能があれば強いのか? 凡才は天才には勝てないのか。

 ポケモンとは、トレーナーとは、ポケモンバトルとは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手はそんなサクラをも上回る伝説種。正真正銘の埒外の怪物だ。

 だから、どうした。

 ボーマンダが、ラティアスが、レックウザに勝てないと誰が決めた。

 

「頼まれたのよ」

 

 トレーナーに、主に、最愛の人に、頼む、とそう言われたのだ。

 

 だから、だから、だから。

 

「お前は、堕ちろ!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 本来は龍神のみが覚えることのできる空の奥義を、龍神が忘れてしまったその技を、よりもよって龍神に叩き込むという最高に皮肉の効いた一撃がレックウザに突き刺さる。

「キリュウアアアア!」

 悲鳴を上げながらもけれどレックウザはさらに高度をあげていく。

 お得意の暗雲も、竜巻の柱も、風の鎧も無くし、それでも純粋な能力値とタイプ相性だけでエアの一撃のダメージをほぼ殺しながらレックウザが逃げる。

「化け物がっ」

 吐き捨てるようにエアが呟く。確かに全身全霊をかけた一撃、というわけではないが、かなり本気で放った一撃を特に防ぐ様子も無かったにも関わらずダメージがほぼ相殺された。

 あんなものにダメージを軽々と通していたアルファとオメガの二体はやはり同じ次元の怪物なのだろうことを改めて実感させられる。

 

 まあ、だからと言って諦めるなんてはずないのだが。

 

「サクラ」

「うん!」

 

 “サイコキネシス”

 

 念動力が球形となり、弾丸のように放たれる。

 本来の使い方とは異なるそれは、ハルトがサクラに教えた技だ。

 念動の弾丸がレックウザを穿つ。けれどエアよりも威力の低い技だっただけに、それほど効いた様子もない。

 

「あ、あう……」

 

 まるで効いた様子も見せないレックウザに、サクラが一瞬困惑し。

 

「構わないから撃ちなさい……回復しない今がチャンスなんだから」

 

 エアの言葉に一瞬視線を向け、頷くとすぐ様弾丸が()()()展開しだす。

 まるでマシンガンか何かのように絶え間なく放たれる念動の弾丸にさしものレックウザも注意を向けずにはいられず。

 

 “ハイパーボイス”

 

 放たれた絶叫が衝撃となって二体を襲う。

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 音の壁を突き破るように突進したエアの一撃が、いくらか威力を緩和する。

 サクラは元は耐久型として育てられていたためにそれほどダメージは受けなかったが。

 

「ぐ……う……」

 

 エアががくり、と体を揺らす。

 レックウザの一撃を正面から突き破りにかかった代償は相応に高かった。

 だが。

 

 “いやしのはどう”

 

 サクラがいる。“じこさいせい”と“いやしのはどう”によって自身も他人も回復できるサクラがいる限りまだ戦えるとエアは判断し。

 

 “りゅうせいぐん”

 

「キリュウウウウウウウオオオオオ!」

 

 レックウザの咆哮と共に空から大量の流星が降り注ぐ。

 

 “ガリョウテンセイ”

 

「ルウウウアアアアアアアアアアア!

 

 エアがそれを迎撃せんと飛び出し、一つ、二つと隕石を破壊し。

 破壊しきれなかった隕石が両者へと降り注ぐ。

 『ドラゴン』タイプ最強の技がレックウザの能力で放たれる。

 しかも『ドラゴン』タイプの技は『ドラゴン』タイプの弱点でもある。

 

 結果的に。

 

「ぐ……が……あああああああああ!」

「い……た、く、ない、から!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 エアの場合はただの気合と根性で耐えた。元よりエースとして強烈な自負が体を支えているのだ、さらにハルトから頼まれている以上、気力だけでもエアは十二分に戦い続けることができる。それこそが彼女の求めるエースとしての姿だから。

 そしてサクラの場合。

 

 “マルチスケイル”

 

 全身を念動力で覆い、鎧と為す技をハルトに仕込まれている。

 それは技の威力を半減させる特性として発現させ、その特性と元の耐久性能のお陰で辛うじて生き残った。

 

 “じこさいせい”

 

 “いやしのはどう”

 

 そうして辛うじてでも体力が残ったならば、即座にサクラが回復させていく。

 元よりパーティの耐久兼回復役として育てられてきたのだ、その柔和な性格もあり、回復(ヒーリング)は何よりも得意だった。

 追い詰めても倒しきれず、あっという間に回復する両者にレックウザが一瞬唸り声を上げ。

 

 再び上昇を始める。

 

 高く、高く上り詰めていく。

 

 エアも、サクラもそれを追い、その背を攻撃しながらなんとか堕とそうとするが、瀕死寸前の体でもさすがは伝説というべきか、驚異的なタフネスぶりで空を登り続け。

 

「エ、ア……ごめん……なさ、い……」

 

 サクラが限界高度に達した。

 元より念動力だけで飛んでいるのだ、戦闘をしながらいつまでもいつまでも飛べるわけも無いし、何よりもラティ種というのはこんな雲より上を飛ぶことを想定した体の作りをしていない。

 『そらをとぶ』を覚えるがそれでも限界というものはある。

 どんどん薄くなっていく空気に呼吸の苦しさを覚え、空の上で溺れそうになり、それでも食らいついて……それでも限界は来る。

 意識が遠のく。これ以上高度を上げれば意識を失うと本能が警鐘を発している。

 対流圏から成層圏へ。レックウザは平然と登っていくが、最早これ以上上は生物の生きることのできる環境ではなかった。

 

「お疲れ様……サクラ。大丈夫よ、後は任せなさい」

 

 そう告げ、薄く笑うエアの笑みに、何か嫌な予感を覚えながら、それでもサクラはそれ以上進むこともできず、ただ上昇し続けるエアの姿を見送ることしかできなかった。

 

「がんばって……エア」

 

 呟いた言葉は、けれどエアには届くことなく、虚空へと消えていった。

 

 

 * * *

 

 

 成層圏から中間圏へ。

 成層圏はオゾン濃度の関係で気温は0度前後と言われているが、その一つ上の中間圏に入ると一気にマイナス90度を下回る。

 体が凍り付きそうな空域だったが、いつかのレジアイスの絶凍領域に比べればまだ生ぬるいとすら感じる。

 肌を刺すぴりぴりとした感覚に思わず首を傾げるが、それが電離層と呼ばれる場所だということをエアは知らない。

 知らない、というか、どうでも良い。

 

 ただ先を進むレックウザを追ってひたすらに高度をあげていく。

 

 中間圏から熱圏へ。

 先ほどまでと真逆の2000度を超える熱量だったが、レジスチルの焦熱領域やグラードンの終わりの大地を思い出せばまあ耐えられなくもない。

 耐えられなくもない、という事実がすでにおかしいということに気づきつつはあるが。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 だからさらにレックウザを追って上昇し続ける。

 

 熱圏から外気圏へ。

 

 最早空が近いというか、宇宙(ソラ)が目前に迫っていた。

 それでもレックウザは止まらない、エアもまた、止まらない。

 最早それはボーマンダどころか、普通のポケモンでは絶対にたどり着けない領域ではあったが、最早そんなもの今更過ぎる話。エアにはどうでもいいと考えることを止める。

 

 外気圏を抜け。

 

 そうして。

 

 ―――ようやく鬼ごっこは終わり?

 

 ()()()()()()()()

 

 空気が無いために呟いた言葉はけれど音にならない。

 だが黒が剥がれ、本来の緑色を取り戻しつつある龍神にその意図は伝わったのか。

 

 ―――ッ!!!

 

 龍神が音も無く吼える。

 それをエアが鼻で笑い。

 

 ルウ……オオオオオオオォォォォォ―――ッ!

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 最早それを見るのは目の前の龍神だけ故にそれを語るものは誰も居なかったが。

 もしハルトがその光景を見ていればこう呟いただろう。

 

 ―――進化の光、だと。

 

 種を、理を、世界を超越する種。

 

 故に超越種。

 

 だからこそ、それはこう呼ぶ。

 

 

 オーバー進化

 

 




基本的に元となった種がわかっている場合の超越種は種族名の前に「オーバー」とつける。
つまりエアちゃんの場合「オーバーボーマンダ」となる。
カイオーガとかグラードンみたいな元の種族がわからない、あるいは最初から超越種として生まれた存在の場合、固有名になる。
つまりこれから先ボーマンダが絶滅するようなことが起きた場合、エアちゃんも固有種として別の名前になる可能性も……?


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空を超えて⑩

「何故か知らないけれど……みんな変な勘違いをしているよね」

「……勘違いデシか?」

 ソレの言葉の意味が分からず、ジラーチは首を傾げる。

「超越種に至るということは理からの脱却、そして生物への逸脱を意味する……確かにそうだよ?」

 虚空へと向けた視線の先、ここではないどこかで光に包まれた少女の姿を幻視しながらソレはさらに続ける。

「その過程はほぼ転生。言ってはなんだけど、I(ワタシ)の定めた進化の理を大きく超えてしまっているからね、理の逸脱とはつまり生体からの逸脱だ。だから超越種へと進化してしまえば元の存在とは最早別物と言ってしまっても過言じゃない……まあ確かにそうだね」

 一体このカミサマは何が言いたいのだろう、何を言おうとしているのだろう、分からずジラーチは戸惑う。

「転生、確かに言い得て妙だ。最早元の個は死んだも同然、進化し、完全に別存在となってしまい、自己を見失う……記憶も、思いも、絆も、全て失くす、確かにそう言うこともあるかもしれない」

 例えば、彼女のように、とどこにともなく視線を彷徨わせながら呟き。

 

()()()? それが勘違いなんだよ」

 

 少しだけ楽しそうにカミサマにしては珍しい……本当に珍しい感情が露わな笑みを浮かべて。

 

「だってI(ワタシ)の理を超えるから超越種。だったら、そんな過程の仮定すらも意味が無さすぎるよね?」

 

 告げるカミサマの言葉に、少しずつ言いたいことを理解する。

 

「超越種は()()()()()()なんだ。だからこそ超越種なんだ。I(ワタシ)の決めた枠組みから逸脱し無法を強いる。だからこそ超越種」

 

 それが意味することはつまり。

 

「―――さて、なら()は何なんだろうね?」

 

 

 * * *

 

 

 ―――ル……ア……アアアァァァァァ!

 

 全身の細胞が焼け付きそうな熱を帯び、その一つ一つが作り変えられていくような感覚にエアが絶叫を上げる。

 自分が自分じゃなくなる、そういう実感に震える。

 そして何よりも、心が作り替わっていく、ハルトとの絆が一つ一つ断ち切られていくことに恐怖し、その恐怖心すら徐々に消えていくことを何よりも恐れた。

 それでも止めない、最早止まらない、止まる気も無い。

 

 ただ信じた。一心に、自らのトレーナーを。

 

 ただ燃やした、心、思いを、全てはトレーナーのために。

 

 拳を握り、振り上げ、虚空を蹴る。

 

 “シューティングスター”

 

 かつてメガシンカとゲンシカイキを重ねることによってのみなし得た奥義をまるで何気なく放つ。

 流星と同じ速度で放たれた突進はレックウザを容易く吹き飛ばす。

 

 ―――キリュウウウウウウアアア!

 

 音の無い叫びが響き。

 

 “げきりん”

 

 レックウザが()()になる。

 最早宇宙まで追い詰められた時点でレックウザに逃げ場は無い。

 いかなレックウザとは言え宇宙空間で永劫生きられるほどの化け物染みた能力は無い。

 つまり最早ここは背水の陣だった。

 

 窮鼠猫を噛む、と言うが。

 

 鼠に追い詰められた猫の反撃はさらに苛烈だった。

 レックウザのその全霊を込めた一撃がエアを打つ。

 全力を込めた拳でその一撃を逸らしながら、さらに次の手を撃とうとして。

 二撃、三撃目が放たれる。

 

 ―――ッ!

 

 息を吐けど息が吸えない、それが何よりも苦しい。

 何よりも今現在も体の内側は作り変えられ続けている、最早エアという存在が消えてなくなるのも時間の問題だった。

 とは言え作り変えられるほどにレックウザに追いついているのが理解できる、理解できるからこそ余計に焦る。

 

 エアがエアでいられるのは後どれだけの時間だろうか?

 

 その間にレックウザを仕留めなければ、エアがエアで無くなった時、目の前の怪物に対して自らがどう反応するか未知数だった。

 

 ―――ルウウウウオオオオオオオオオオオオオ!

 

 “りゅうせいう”

 

 音の無い咆哮と共に、宇宙の彼方から大量の流星がレックウザを狙い打たんと引き寄せられる。

 ここは宇宙だ、地上と違って引き寄せる手間も少なく、何よりも距離が圧倒的に違う。

 当然ながら遠くにある流星ほど引き寄せる手間というものがかかる、ならば宇宙に出た時点でその距離はぐっと縮まるのは当然のことであり。

 

 通常の数倍量の流星がレックウザを撃つ。

 最早流星の雨のと呼ぶにふさわしいほどの大量の流星が()()()()()()()()降り注ぎ続ける。

 

 ―――キリュウウウウウオオ!

 

 “りゅうせいぐん”

 

 流星の雨を相殺せんと、レックウザもまた流星を呼び出し。

 ()()()()()()()()()レックウザの身を流星が叩く。

 当然の話、と言えば当然の話。

 レックウザは宇宙に駆け上がるまでの道中で一度“りゅうせいぐん”を放っている。

 エアは知らないが、レックウザの力は今現在かなり下がっており、それでも伝説種特有のちゃちな変化技など跳ね返してしまうのだが自分で下げた能力はきちんと下がる。

 “りゅうせいぐん”は絶大な威力の代償に自らの能力をがくんと下げる。その代償はレックウザとて逃げられないのだ。

 二度目の“りゅうせいぐん”を放ちさらに能力を下げるレックウザに対してエアのそれは()()()()()()()()技だ。

 ジラーチによって与えられたエネルギーはエアに宇宙……特に()()()()()()()を跳ね上げる。

 故に能力も下がらずしかもターンを跨いで継続する流星を呼び出すことすら可能とさせる。

 

 さらに明暗を分けるのはエアの()()

 

 ボーマンダ……否、超越種となって今()()()()()()()()()とでも呼ぶべき存在となったエアの特性は非常に単純だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ボーマンダ種の空に対する適性とジラーチから与えられたエネルギーと適性が複合した結果と言える。

 

 ハルトがいたならきっとこう名付けただろう。

 

 

オーバーエアー(空を超えて)

 

 

 * * *

 

 

 ぷつん、と糸が切れた。

 

 絆が、縁が切れていくのを確かに感じた。

 

 一つずつ、一つずつ。

 エアと紡いできたものが切れて、解けて、消えていく。

 

「……やっぱ、最後の最後にちゃんと言えて良かったな」

 

 好きだって、愛しているって、きっと昔の自分じゃ言えなかった。

 変わってしまった今の自分だから、変わり果てた今のハルトだからこそ、最後にちゃんとそう言えた。

 ちゃんと、言えたのだ。

 

()()()()()()()()

 

 最後の一本が……切れない。

 

 最後の一線は……超えない。

 

 グラードン、カイオーガから超越種について聞かされた。

 ジラーチに自分について聞かされた。

 シキからは異能について聞いて。

 

 いつか来るだろうこの瞬間のためだけにずっとずっとずっと考え続けて。

 

 そうして用意したのだ、この最後の一本を。

 

 例え死んでも、例え生まれ変わっても。

 切っても切れぬ『あかいいと』を。

 

 ―――紡いだ絆は思いを重ね。

 

 ―――重ねた思いは心を繋ぎ。

 

 ―――繋いだ心は縁を結び。

 

 ―――結んだ縁は二人を別たない。

 

 例え何度死んで生まれ変わっても、()()()()()()()()()()と。

 

 “あいのきずな”

 

 それだけは絶対に離れない。

 初めて恋愛というものを経験して。

 

 恋と愛は違う感情なのだとハルトは知った。

 

 恋は鮮烈で激しい、けれど長くは続かない感情だ。

 無理に長続きさせようと形を取り繕っても冷たく色褪せてしまう。

 

 だから恋は愛に昇華するのだ。

 

 愛は恋とは真逆だ。派手さも無い、穏やかで、けれどいつまでも続く感情だ。

 深く、深く、それに底は無い。

 深く、深く、深く、どこまでも深く静かに手を伸ばし続ければ。

 

 きっと、魂だって繋がるのだから。

 

「どこまでも一緒だ」

 

 自らもまた変質していく。

 ()()()()()して、変化していく。

 それを受け入れ、けれど一番大事なものを手放さないようにしながら。

 空を見て呟く。

 

「頑張れ、エア」

 

 星に願いを、空に祈りを。

 

 その向こうで戦う彼女にまで届けと、思いを込めた。

 

 

 * * *

 

 

 “つながるきずな”

 

 それを知覚した瞬間、全身から歓喜が沸いた。

 背筋が震え、手が震え、口が震えた。

 

 ―――届いた。

 

 確かに、それは届いた。

 

 ―――受け取った。

 

 ハルトからの思いを、絆を、願いを、祈りを、全て、一つ余さずエアは確かに受け取り。

 

 だから。

 

 ―――後は、勝つ。

 

 最早怖さは無い。大好きな人に背を押してもらったから。

 だから後は最愛の人に背を預け、ただ突っ走る。

 どうせ、エアにはそれしかできないのだから。

 

 だから、だから、だから。

 

 ―――邪魔だァ!

 

 “シューティングスター”

 

 流星となって駆け抜ける。

 全身を燃やしながらの一撃は、レックウザに確実なダメージを与え。

 けれどレックウザは倒れない。

 

 “ハイパーボイス”

 

 空気も無いはずの宇宙空間で……否、空気が無いからこそ、一切の拡散も無く衝撃がエアを襲う。

 

 ―――グ……ガァ……

 

 胃の底に溜まった血を吐き出しながらエアが拳を握り。

 

 “しんくういき”

 

 ()()()()()()()()()()()()

 最早レックウザをして無茶苦茶としか言いようのない荒業にさしもの龍神も一瞬固まり。

 

 “あんやのつぶて”

 

 けれど直後、動かない獲物に向かって牙を向ける。

 グラードンやカイオーガですら一撃で膝をつくだろうほどの強大な一撃に吹き飛ばされながら。

 

 “あいのきずな”

 

 ただの思いだけでエアは立ち上がる。

 最早その程度どうしたと言わんばかり、全身のダメージは決して無視できないはずにも関わらず、だからどうしたと集めた大気を叩きつけた。

 

 “ぼうふうけん”

 

 風が、風に交じった焦熱が、冷度が、電撃が、水流が、一度にレックウザを襲う。

 宇宙空間で風が吹き荒ぶという余りにも荒唐無稽な所業にさしものレックウザも態勢を崩し。

 

 虚空を蹴る。

 

 走り出す。

 

 “つながるきずな”

 

 放つのは最もシンプルにして、けれど最も使い慣れた一撃。

 

 “らせんきどう”

 

 ただ突進するだけ、と言われればそれまでだが、そこに回転を加え。

 

 “むすぶきずな”

 

 レックウザへと迫り、拳を振り上げる。

 

 “エース”

 

 全身全霊、エアという存在の全てを込めて。

 

 

 “シューティングスター”

 

 

 拳を放った。

 

 

 * * *

 

 

 限界を超えたレックウザの全身の黒が完全に消え去り、元の体色を取り戻すと同時にメガシンカが解除される。

 同時にさしものエアも限界が来たのか一瞬目の前が真っ暗になり、がくん、と体が落ちる。

 浮遊する力すら抜けレックウザも、エアも、完全になすがままだったが宇宙空間だけに落ちることも浮かぶことも無くただその場に漂い……。

 

 ―――あーどうやって帰ろうかしらね。

 

 最早帰る力すら失くしたエアが呟き。

 

 突如としてその体が吸い込まれる。

 

 がくんがくん、と引き寄せられる力に驚き目を見開けば先ほどエアが引き寄せた大気が再び地球圏へと戻ろうと気流を起こしていた。

 

「あは……あははは……何これ」

 

 珍しく、エアが無邪気に笑う。

 宇宙空間から外気圏へと落ちる。そこから熱圏、成層圏と落ちていき。

 まるで自分が流れ星にでもなったかのような気分だった。

 最早行きと違ってまともな生物の体をしていないエアにとって急激な気圧の差も摩擦によって生じる絶大な熱量も最早それほど大したものでもないだけに気分は遊園地で乗るジェットコースターと言ったところか。

 視線を移せばレックウザもまた気流に飲まれてそのままどこかへ消えていった。

 まあもう暴れることも無いだろうし、万一暴れても先ほどまでほどでも無いだろうし大丈夫だろうと予想する。メガシンカすらしないならアルファとオメガで十分倒せる。

 

 そうして色々考え、考えて。

 

「ハルに……会いたいなあ」

 

 ふと呟いた一言に苦笑した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「終わったね」

「終わったデシね」

 

 予想外と言えば予想外、予想通りと言えば予想通りの展開。

 

「遅かれ早かれ……デシか」

「いやいや、良くやったほうだと思うよ?」

 

 結果的に隕石による滅亡は免れレックウザも元に戻った。

 確かに結果だけ見れば万々歳、ハッピーエンド。

 ただ一つ。

 

アレ(エア)はもうダメデシよ」

「…………」

 

 何も答えないカミサマにけれどジラーチは続ける。

 

「発想は良かったデシ。アレと深く繋がることでアレが超越種になる瞬間、あのおろかものもまた同じ存在になろうとした。絆、繋がり、というのを良く分かっているデシ」

 

 だから最後の一線は守られた、辛うじて。

 

「元より特異点存在なんて超越種と大して違いの無い存在デシ。ただ自分の理を持っているのか、他の理を破壊するか……理から逸脱した存在という意味では同じデシ」

 

 だからアレは勝てた。おろかものが手助けしたから自我を失う事無く最後まで戦えた。

 もし自我を失っていれば……さて、勝てただろうか。

 もし勝てたとしても、次はアレが第三の破滅になっていたかもしれない可能性もあった。

 だから、良くやった、素直にそう言いたい。

 

 ただ一つ。

 

「アレはもう戻れないデシ……今はあのおろかものが辛うじて守っている最後の一線も、いずれは……」

 

 アレ……エアが完全に自己崩壊するまで時間の問題だ。すでに超越種としての進化は成ってしまっている。

 あのおろかもの……ハルトがしたことはそれを先延ばしにしただけに過ぎない。

 きっとそれで解決できると思っていたのかもしれないが。

 世界を超えるとはそう容易いことではない。

 

「片手落ち……デシよ」

 

 完全無欠のハッピーエンドでは無かった。

 精々ベターエンドと言ったところ。

 それがジラーチにとって素直に喜べない一点だった。

 

 そう、だから。

 

「キミは優しいねえ……っぷ、あは、あっはっはっはっは」

 

 突然笑い出したカミサマに目を丸くする。

 

「あははははははは……いやあ、本当、最高に愉快というか、もう喜劇だよこんなの」

 

 カミサマが笑ったのをジラーチは初めて見た気がする。

 苦笑や微笑はあれど、ここまで明確に笑ったのを一度も見たことが無い。

 

「大丈夫さ……そうだね、彼風に言うなら、伏線は張ってあった、ってやつかな?」

「……はえ?」

 

 一体カミサマが何を言っているのか分からず、きょとんとしてしまうジラーチに、カミサマは告げる。

 

「まあ見てなって最後まで……この最高に楽しい喜劇をね」

 

 

 ―――まあでも一つだけヒントを上げようか。

 

 

 ―――ヒトガタってなーんだ?

 




さあこの小説の最初にして最大の謎を答え合わせしようか。
次回最終話(デート回除くと)です。
因みに伏線だけならいっぱいばらまいてあるよ。




最後にオーバーボーマンダのスペックカタログのっけとく(ただしもう使わないけどな


【名前】エア
【種族】オーバーボーマンダ
【タイプ】ドラゴン/ひこう
【性格】いじっぱり
【特性】オーバーエアー:空に飛び上がり技を受けなくなり、場にいる間、毎ターン効果が追加される。この効果は無効化されない。
【持ち物】あかいいと
【技】シューティングスター/しんくういき/ぼうふうけん/りゅうせいう

技:シューティングスター
タイプ:ドラゴン
効果:威力150/命中100/物理接触技/全体/優先度+2。この技は『ほのお』『ひこう』『ドラゴン』の中からタイプ相性が一番良いタイプでダメージ計算する。

技:しんくういき
タイプ:ひこう
効果:威力-/命中-/変化技/この技を使用したターンの間、全ての『ひこう』タイプのポケモンは『ひこう』タイプで無くなり、『ひこう』タイプでないポケモンは『ぼうふうけん』が使用されるまで『行動不能』になる。この技を使用した次のターン『ぼうふうけん』を繰り出す。

技:ぼうふうけん
タイプ:ひこう
効果:威力250/命中100/非接触特殊技/全体/『ひこう』タイプでないポケモンに必ず当たる。『ほのお』『みず』『こおり』『ひこう』『でんき』の中からタイプ相性が一番良いタイプでダメージ計算する。

技:りゅうせいう
タイプ:ドラゴン
効果:威力150/命中95/非接触特殊技/全体/3~5ターンの間、連続で攻撃する。


特性:オーバーエアー
空に飛び上がり技を受けなくなり、場にいる間、毎ターン効果が追加される。この効果は無効化されない。
1ターン目『たいりゅうけんへとびあがった』:自分のタイプに『みず』を追加する。相手に直接攻撃をする技以外の攻撃のダメージを1/4にする。
2ターン目『せいそうけんへととびあがった』:自分のタイプに『ほのお』を追加する。攻撃技を繰り出した時、相手を『やけど』にする。
3ターン目『ちゅうかんけんへととびあがった』:自分のタイプに『こおり』を追加する。『ひこう』タイプ以外から一部の技(※)以外を受けなくなる(※『りゅうせいぐん』など)。
4ターン目『ねつけんへととびあがった』:自分のタイプに『でんき』を追加する。『ほのお』タイプの技の威力を1.5倍にする。
5ターン目『がいきけんへととびあがった』:自分と同じタイプの技を受けなくなる。自分と同じタイプの技の威力を1.5倍にする。
6ターン目『うちゅうへととびあがった』:一部の技(※)以外を受けなくなる(※『りゅうせいぐん』など)。自分の全能力ランクを最大値に固定する。


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カーテンコールにはまだ早い

これで俺たちの物語はお終い……終幕だ。
でもカーテンコールにはまだ早いさ。
確かに俺たちの物語は終わった、でも現実はそこで終わらない。
これからも俺たちは生きていく、勝ち取った平和を存分に謳歌しながら、楽しく生きていく。
物語を終えたなら、その次に待つのは蛇足染みた日常譚だ。

けどまあ、蛇足なんて言ってくれるなよ?

だってそれは、俺が……俺たちが命をかけて手に入れた最大の成果なんだから。


 *ヒトガタに関する考察と結論。

 

 

 ヒトガタと呼ばれる存在は凡そ十年以上前に初めて発見されたとされている。

 そのためヒトガタとは十数年前に突如発生した、と考えれているがこの説には反論させてもらいたい。

 

 ヒトガタは遥か太古より存在していた。

 

 勿論根拠はある。

 超古代ポケモンと呼ばれる二体、グラードンとカイオーガ。

 この二体と直接対話したところ、かつての時代の生き証人たる彼女たちに太古の時代よりヒトガタの存在はあったという証言を得た。

 と、なれば。ヒトガタの希少性はご存知の通りであり、近年発見されるようになったのは単純にそれだけ人類がポケモンとの共存を深めたから、というだけに過ぎないのだと考える。

 これを裏付ける資料として―――

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 では何故ヒトガタという存在が生まれたのか。

 その解答の一つとして、こう考える。

 

 ヒトガタとは人と交わるためにポケモンがした進化の一つなのだと。

 

 まず大前提として、ポケモンという存在には人と違い生殖器と言うものが存在しない。

 彼らの繁殖方法には不明点が多く、自然界においても、人工的にも卵と呼ばれる物から生まれることから卵生ではないかという意見も多いが、ただ卵生ならばそれを作る器官が必ず体内のどこかに存在するはずである。

 ポケモンの♂には精巣は無く、ポケモンの♀には卵巣が無い。彼らは雌雄というものを持ちながらも実質的には何の違いも持っていないということになる。

 そもそもポケモンの雌雄とは外見では余り見分けることができない。

 勿論プルリルやケンホロウのように雄と雌で別の姿を取るポケモンもいるわけだが、大抵のポケモンは雌雄はあれど外見的にも肉体的にも一切の違いが存在しない。

 ではどこで雌雄をつけているのかと言われれば精神性だと言われる。

 

 このことに関してはポケモン生態学研究の第一人者であるオダマキ博士からも確認を取ることができたため今回の場合においてはこれを前提としてした上での考察であることは明記しておく。

 また他研究者の中にはこのことにおいて―――とした考えが―――

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 ―――とこのようにして、ポケモンの性別とは精神性によって決定されることが多く、それは生まれる前の卵を見れば明白である。

 だがヒトガタポケモンにおける性別というのは肉体が先に来ており、後から精神性がついて回る。

 つまり通常とは逆であると言える。

 さらに通常の種には存在し得ないはずの器官が存在する。

 ♂のヒトガタの場合、精巣や陰茎などの雄性生殖器。

 ♀のヒトガタの場合、卵巣や子宮、膣などの雌性生殖器。

 通常の種とヒトガタとの決定的な違いはそこにあり、むしろ圧倒的な強さや思考能力の高さ、言語能力などはおまけとすら言える。

 ヒトガタは通常のポケモンと同じく生まれた直後からほぼ成体として誕生し、生まれた時から全ての機能が十全である。

 これは生物として異様な話ではあるが、ポケモンの祖である存在を考えればけれど決して不可思議とは言えず、勿論それが神話存在であり、存在を疑われていることは分かっている。とはいえこれは主題とは関連も無いので今は置いておくとして―――

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 さてここまで長々と語ってきたが、いよいよ主題である。

 ヒトガタとは一体何なのか。

 研究者たちの長年の疑問であり、未だ解明されない謎に対して、一つの答えを提起しようと思う。

 

 ヒトガタとは人と交わるために適応し、進化したポケモンの総称であり、ヒトガタとなったポケモンは()()()()()()()()()()()

 

 そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 以上がヒトガタに関する考察と結論、その全てである。

 この拙い論文を最後まで手に取り、読み進めたことに感謝を。

 

 

 シダケタウンジムジムリーダー兼シダケポケモン研究所所長 ウスイ・ハルト

 

 

 

 * * *

 

 

 春が近づき、街中でも花が芽吹き始めていた。

 ミシロタウンも一部が森に隣接しているだけあり、街の端のほうへと行けば花が咲き乱れており、散歩するにも良い場所だった。

 

「すっかり春ね」

 

 幾分か、身長の高くなったエアが、風にたなびく髪を片手で抑えながら呟く。

 そんな姿を、綺麗だ、なんて考えている自身に苦笑する。

 

「どうかした?」

 けれどそんな自身の笑みに気づいたエアが振り返り、その紅い瞳で自身を見つめる。

「エアのこと……綺麗だなって思っただけ」

「っば、ばば、バカ、何言ってんのよ」

 そんな自身の本心を告げた瞬間、真っ赤になる少女が愛おしい。

 はあ、と嘆息しながらジト目で見る少女に、笑みを投げ返せば、再度ため息を吐かれる。

 そうして二人肩を並べて歩いているとふと気づく。

「いつの間にか……またエアに背、抜かれちゃったね」

 少しだけだが、エアのほうが肩の位置が高いことに気づく。

 そんな自身の言葉に、数秒きょとん、としていたエアだったが。

 

「そう……ね」

 やがてふっと笑って、呟く。

「またこうして一緒に歩けるなんて……いや、それどころか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ」

 ポケモンから、人へ。転じ、変じ、生じた少女はどこか困ったような笑みを浮かべていた。

 

「いきなり人間になって……不便とか無い?」

 当たり前だが、同じ人の形をしていても、ヒトガタと人間では生命としてまるで違う存在だ。

 例えヒトガタが人間と交わるために進化した姿だとしても、元はやはりポケモンなのだ、いきなりそれが人間になったからとそう簡単に順応できるはずもない。

 

「まあ当たり前だけど、飛べなくなっちゃったのが一番痛いわね……飛ぶの、好きだったんだけど」

 まあ仕方ない、と呟くエアに、僅かに目を伏せる。

「力も弱くなったし、多分寿命も半分か、それ以下か……短くなったわね」

 元が竜種である。ドラゴンは総じて成長は遅いが、平均寿命は長くなる傾向にある。

 人間となった今、その概念も適用されない。エアの言う通り、竜であったころより半分以下となっているだろうことは想像に難くない。

 

「後悔、してる?」

 

 少しだけ、怖かった。頷かれることが。

「はあ?」

 だから、何を言っているんだ、と言わんばかりに首を傾げるその態度に、目を丸くした。

 

()()()()()()()()()()。そうじゃなきゃ、今頃大惨事だわ」

「そうだけど、さ……もっと何か違う道もあったんじゃないか、って思わなくも無いんだ」

「バカね……そんなもの、今の否定よ。アンタ、この子のことも否定するの?」

 

 お腹をさするエアに、言葉に詰まる。

 

「それを言われるとなあ……」

「それにね」

 

 声が弱くなった自身に被せるように、エアが口を開く。

 

「悪いことばっかりでも無いわよ」

「……本当に?」

 

 思わず懐疑的になってしまった自身に、エアが苦笑して告げる。

 

「この子のこともそうだし。それに……」

「それに?」

 

 一瞬、口を閉ざすエアに、思わず聞き返し。

 

「それに、自分でも初めて気づいたけど」

 

 くすり、と一瞬笑い。

 

「ハルと一緒に歳を取れるようになったのが、凄く嬉しい」

 

 そう言いながら、エアが花の咲いたかのような満面の笑みを浮かべる。

 

「…………」

 呆気に取られ、言葉を失う自身に、エアがとん、と肩を寄せてくる。

 

「十年先も、二十年先も、五十年先だって……()()()と一緒に変わっていける。それが何よりも、嬉しい」

 

 ―――胸の奥から、何かが込み上げてきた。

 

「竜の時と比べれば、確かにたくさん失くしたけど……代わりに、()()()と同じペースで生きれる時間をもらった、だからそれで良いのよ」

 

 ―――熱くて、熱くて、胸の奥を焼き焦がしてしまいそうなほどに熱い、何かが。

 

「エア」

 

 呟き。

 

「何? ハr―――っ」

 

 こちらを向いたエアの唇を奪う。

 

 ―――ばくばくと心臓が高鳴っていた。

 

「エア」

 呆けたように、目を見開いたエアの名を呼び。

 

「好きだよ……いや、そうじゃないな」

 

 ぎゅっと胸に抱きしめ、その耳元に囁く。

 

「―――愛してる」

 

 愛おしかった。目の前の少女が。

 胸を焦がすほどに、感情が溢れてしまって。

 自分でも抑えが効かないほどに、愛おしさが溢れていた。

 

「……それ、他に何人に言ったのよ」

「……えっと、(シアとシャルとチークとイナズマとリップルとシキで)六人くらい?」

 

 ぽかん、と頭に拳骨を落とされ、思わず蹲る。

 

「バッカじゃない!? ホント、馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿!」

 

 怒鳴るようなエアに、正直に答えたのは不味かったかなあ、なんて他人に聞かれたらそうじゃないと言われそうなことを考え。

 

「ふん……もう帰る」

 

 猛々しく鼻を鳴らし、背を向けて去っていく少女の後ろ姿に、思わずため息を吐く。

 

 直後、とん、と目の前で足音がして。

 

「……エア?」

 

 怒って帰ったはずの少女が目の前にいた。

 むすーと不機嫌そうな表情で自身を睨む少女に、えーと、とか、あー、とか曖昧な言葉が漏れ出てくる。

 

「その……なに?」

 

 思わず問うた言葉に、エアがすっと目を細め。

 

「一つだけ、忘れてたから」

「な、何を、かな?」

 

 そんな自身の問いに答えることなく、エアが自身に手を伸ばし。

 

 

 

 顔を抱き寄せられると同時に、唇に柔らかい感触が触れた。

 

 

 

「……え」

 

 それが何なのか、理解するより早く。

 

 

 

「私も、ハルを愛してる……それだけ」

 

 

 

 それだけ、と言い残して、少女が足早に去っていく。

 

 後に残されたのは、腰が抜けたかのように花畑に座り込む自身だけであり。

 

「……は、はは……あははは……あははははは!」

 

 思わず、笑いが込み上げてくる。

 

 きっと少女は今頃、家路についているのだろう。

 

 その顔を真っ赤にしながら、なのにどこか不機嫌そうに…………そんな光景が簡単に想像できて。

 

「はは、あはははははは」

 

 笑った。笑った。笑った。

 

 笑って、笑って、ひとしきり笑って。

 

 どさり、と花畑に大の字になって寝転がる。

 

「ふ、ふふ……あー、ホント」

 

 空が青かった。

 

 かつて黒に染まっていたはずの空は、今はもう晴天に彩られていた。

 

 平和だな、なんて思った。

 

 ずっとそれを求めていた。

 

 ずっとそれを追い続けていた。

 

 今ようやく、それを手に入れたのだと、実感できた。

 

「……敵わないなあ」

 

 本当に敵わない。

 

 一度好きになってしまったら、深みに嵌るようにどんどん好きが溢れてくる。

 

 ああ、本当に。

 

 恋愛なんて惚れたほうの負け、だなんて言うけれど。

 

 きっとそれは、思いを通じ合わせた時に初めて勝ちと言えるのだ。

 

 好きな人が、自分を好きでいてくれる。

 

 それがこんなにも嬉しいなんて。

 

 心臓が弾けそうなほどに鼓動を打つ。

 

 きっと明日も、明後日も、一週間経っても、一か月経っても。

 

 一年後も、十年後、五十年後まで。

 

 自身は彼女たちを好きでい続けるのだろう。

 

 彼女たちは自身を好いてくれるのだろう。

 

 繋がる絆がそう教えてくれる。

 

 喧嘩するかもしれない、泣くことも、泣かせることだってあるかもしれない。

 

 それでも俺たちは繋がっている。

 

 切っても切れない確かな絆で結ばれている。

 

 だからきっと。

 

 この絆は永遠で。

 

 この思いは永久だ。

 

 そうやって明日も明後日も、一週間後も、一か月後も、一年後、十年後も、五十年後も生きていく。

 

 くるくるくるくると、人生は回り続ける、まるで人形劇で踊る人形たちのように。

 

 「さて、と」

 

 起き上がり、服についた土を払う。

 

 振り返ればいつものミシロの街並みが見える。

 

 いつもと変わらない、自身が愛した風景。

 

 歩きながらそんな風景を漫然と眺めていた。

 

 街の入口を見て、初めてエアと出会った時を思い出す。

 

 家の玄関先で立ち話をする主婦を見て、シアもあんな風に輪に入って話していたことを思い出す。

 

 街外れの森を見て、シャルと夜の散歩に出たことを思い出す。

 

 遠くに見える広場を見て、チークやイナズマと特訓をしたことを思い出す。

 

 そうして見えてきた自宅、庭先でリップルがプールに入っていたことを思い出す。

 

 ふと見たお隣、ハルカの家からさらに少し離れた一軒家で、シキと一緒に食卓を囲んだことを思い出す。

 

 なんだか懐かしい、なんて思いながら、玄関の扉を開いた。

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 




Q.つまり? どういうこと?

A.やったねハルくん、家族が増えるよ!



今からネタバレ書いてくるからちょっと待ってて。


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裏とか表とか話

徹夜テンション過ぎて口調が変になってるかもしれないが許せ(


 はい、というわけで。

 

 ポケットモンスタードールズ完結です!

 

 どんどんぱふぱふ~。

 

 え、最終話意味わからんだと?

 え? それ以前に、レックウザの辺りから意味不明だと?

 

 昔の投稿を読め、伏線はちりばめまくってただろ?

 まあ、昔の投稿全部で170話超えてるんだが。

 

 というわけでまあ、今作の解説をばしていこうと思います。

 

 

 

 まず最初に。

 

 この世界は()()()()()()()()

 

 うん、多分は?とかえ? とかなってると思うけどそうなんだ。

 ああ、言っとくけどジラーチが見た未来がどうとかそんなの関係無くて。

 ハルトくんは一週目で失敗して二週目をスタートしてます。

 

 簡単に言うと、状況自体はほぼ同じだけど、ジラーチの代わりにカミサマが手助けしてます。

 手助けして……やりすぎてハルトくんが成長できなかったので、最後の最後、エアが超越種になったまま暴れまくってレックウザに負けて一周目終了。

 あ、これ失敗したな、とカミサマ状況リセット。

 そして二週目。

 因みにリセットかけても、好感度とかそういうの全部引き継いでるので、だからハルト君PTの初期六体は最初から好感度最大だった。一周目でもなつき度は最大だったけど、愛情までは行ってなかったから……うん、ハーレム化最大の元凶はカミサマだったんだ(

 エアが時折変なこと言うのは一周目の記憶半端に引き継いでるから。

 ジラーチがあれ? こんなに力強く込めたっけ?みたいなの言ってたのは一周目の分も含んでるから。つまり倍プッシュだ。

 

 因みにエアちゃんがオメガシンカした時に空でなく星の力の面が強くでるのはそのせい。

 もしエアの力単体でオメガシンカしてたら蒼穹の王とかきっとそんな感じになってた。

 

 

時系列を整理して物語を進めると

 

 

まず最初に十二年前。

実機アルファサファイアにて、アクア団アジトにてアオギリの部屋で原作十二年前にアオギリが幼少の頃にジラーチと出会っていたことを示唆する写真があります。

というわけでその辺を考えるとどう考えても平穏無事に終わるはずがないので、ジラーチを巡った事件が起こります。

少年アオギリと幼馴染イズミはこれに巻き込まれジラーチを助ける。

因みにネタバレだがこの時ジラーチにニックネームつけてて、NN「マツリ」。多分そのうちアオギリとジラーチの再会書こうと思ってるのでその時に出る、かな?

まあ色々頑張ってアオギリ少年はジラーチを無事助け、友達となります。

そこでジラーチ(NNマツリ)は友達のために願いを叶えてあげようとして。

 

「自分の将来を見たい」というアオギリ少年の願いを叶えて。

 

()()()()()()()()()()を観測してしまいます。

 しかも観測してしまった結果、未来が歪んで、滅びルート一直線入っちゃったからもう大変。

 ホウエンの滅びを回避するためには再び未来を歪めて運命をもう一度書き直す必要がある。

 でもそんなことできるのってこの世界にいねえよ……いねえなら作ればいいじゃん。

 ということでジラーチちゃんは『未来を滅ぼす特異点』を媒介にして地球に干渉し、特異点存在と縁があった人間をコピーします。

 つまりそれがこの物語の主人公ハルトくん。

 

 なんでそんな面倒なことをしたのか、というと。

 

 『勝手に連れてこれないから』。

 異世界転移なんてそんなぽんぽん起こしてたら世界の垣根が大変なことになるだろ、ということ。

 だからジラーチのできる範囲で全力を尽くすなら地球という『ポケモンが創作として存在する世界』の人間の中で『未来を滅ぼす存在』のできる限り近くの存在である『ポケモンのゲームをやったことのある人間である碓氷晴人』を『記憶だけ』コピーした存在を創った、というめっちゃ面倒なことをした。

 

 そうして誕生したのがハルトくんである。

 

 じゃあエアちゃんたち何なんだよ、と言われると。

 

 本来の主人公ユウキくんのパーティだよ。

 

 正確にはまだ来ない未来において本来ユウキくんが作るはずだったパーティメンバーの可能性。

 ハルトくんがこの世界に誕生し、本来ユウキくんが座るはずだった主人公の座に座ったことで相性の良かったエアたち六体がハルトくんに繋がって、さらにハルトくんに与えられた碓氷晴人の記憶に繋がり、そこからエア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップルという存在にアジャストされた。

 つまり全員ハルトくん専用に調整された個体、そりゃハルトくんが一番懐かれるしハルトくんが一番上手に使える。そして主人公補正に非常に引っかかりやすい、それこそ()()()()()()

 何がどうなってそんなことしたんだよと言われると困った時のカミサマ。

 さっきも言ったけど、一周目はカミサマが直接手出ししてた。

 

 カミサマことアルセウスは基本的に世界には直接的には手出ししない。

 手出しする=世界が大きく揺らぐくらいのイメージだと思えば良い。干渉能力が強すぎて軽い手出しで世界が半壊する。実質的に世界創造か世界破壊くらいしかできない。

 だからハルトくんに手を貸して間接的に世界救ってくれないかなって感じに手を出してる。

 

 まあそんなこんなで無事パーティメンバーも揃った。

 じゃあ次はどうするってことでホウエンリーグ目指そうかとなって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、正確には決勝戦で戦っただけの相手。

 その前に迷子助けたりしてないから一目惚れもされてない、だから一周目でも協力持ちかけたけど断られてる。

 うん……本編でも書いたけど、その後シキちゃんはシキくんを追ってカロスに行って……まあ死んだよ。

 カロス編は割とダーティだからな。予定してるだけで軽く登場人物五人以上は死ぬし。

 シキくんも振りきれてるから躊躇なく殺すしね、まあこれはまた別で良いとして。

 

 とにかく一周目でもチャンピオンになって、ダイゴさんと協力しながらグラードンとカイオーガはどうにかして。

 まあこの辺はだいたい同じ展開。

 実際のとこ、シキちゃんの有無はグラカイ戦において被害の度合い程度の違いしかない。

 いてもいなくても最終的には勝ってた。ただし居ないとカイオーガにルネ半壊させられるけど。

 シキちゃんというよりレジギガスだな、この辺は。

 

 まあ同じ流れに沿ってヒガナがグレて、レックウザをダーク化して。

 

 一周目はシキちゃんいないからトクサネ宇宙センターにレックウザが突っ込んでダイゴさん死亡。

 さらにレックウザがほぼ無傷のままに『むげんきかん』完成。

 

 ああ、これ説明したっけ?

 

 「むげんきかん」はレックウザが隕石破壊用ロケットの中の『∞エネルギー』を獲得することでほぼ無尽蔵の回復能力を得ること。

 

 ダークメガレックウザのコンセプトは『死ぬほど強いけど戦うほどに自壊するからひたすら耐久してれば勝てるボス』なのでそれが回復したらもう勝てねえよそんなの、となる。

 当たり前だが普通に戦ったら勝てないように作ってある、ラスボスだしな。

 この辺りもうちょっと弱体化させてたらもっと真正面から白熱した戦いができたかもな、と反省してる。

 ぶっちゃけ強すぎて真正面からやったら即死するから、ハメ殺すしかねえじゃんこんなの、って考えたらほぼ一方的にしか攻撃できなかった。

 実機の場合、上から叩きまくられて絶対に勝てないタイプだけど、現実だと攻撃技に攻撃技当てて相殺とかできるし、グラカイ併せりゃ相殺くらいはできるだろ的バランスでやってる。

 

 さあレックウザは無敵化してしまった、ダイゴさんは死んだ、シキちゃんもいない。

 

 ハルトくん決死の覚悟でダークレックウザと戦うけどまあ勝てるわけないだろ、というところでエアちゃんオーバー進化。

 暴れまくってレックウザ追い詰めるけど、絆繋がってないエアちゃんとか回復機能残ったレックウザの敵じゃねえよってことであっさり返り討ち。

 ついでに絆切れてるのでエアちゃんここで完全に精神死亡。オーバーボーマンダという名の新しい災厄誕生。

 ハルト君色々絶望して…………。

 

 はい、リセットボタン押して―。

 

 

 とここまでが一周目。

 

 

 いやー……二周目のハルトくんは上手くやりましたねえ。

 キーポイントはシキちゃん。

 彼女が生き残ったことが本来あり得ないことなので、生き残ったことで特異点化。

 さらにシキちゃんがダイゴさんの死の運命を変えたのでダイゴさんも特異点化。

 素晴らしき特異点のバーゲンセール。特異点が三人もいれば運命だって変わりますわ、勝ったな、風呂入ってくる、ということで二周目では勝てました。

 

 一周目の失敗要因はカミサマが手を貸し過ぎて『主人公補正が強すぎた』こと。

 やっぱり男の子は荒波に揉まれて強くなるのです。艱難辛苦を乗り越えてハルトくんは輝くのよ……ということで絶望展開倍率ドンやりまくってたら毎回誰がしか読者が悲鳴をあげてた敵データができてたのだ(白目)。

 特にダイゴさんは自分でもマジやべえなこれって思って弱体化かけたんだが、グラカイ見てたらやっぱあの程度全然問題なかったなと思わなくも無い。

 

 

 じゃ、二周目の成功要因と何やってたのかというのを解説しましょうか。

 

 

 当初のハルトくんの予定では「グラカイを捕獲」したら次はエピソードデルタに沿ってヒガナと接触、『そらのはしら』でレックウザを呼び出してもらい隕石を破壊する、と言うもの。

 まあ自分は主人公じゃないし、乗れないかもしれないが、隕石壊してもらうだけならキーストーン集めればなんとかなるだろう、とか思ってたらグラードン捕獲した直後からヒガナいなくなってて、挙句の果てにいきなり肝心のレックウザが狂暴化して現れたわけだ。

 

 え、なにどういうこと、となるのは当然で。

 

 しかも自分の頼れるエースはやばいことになってて、戦力的にもがたがたで、やっべえなあこれ、とか思ってたらジラーチ現れていきなり素っ頓狂なこと言い出すし。

 とそんな風に混乱の極致だったハルトくんは当然ながら逃げ出したレックウザに対処が遅れ、哀れ宇宙センターは塵に変わった、と思ったらシキちゃんが迷子ワープで先回りしてたとかいう。

 

 というわけで成功要因の一つとしてシキちゃんがある。

 シキちゃんとぼけてるけど、間違いなく世界最強のトレーナーの一人だから。特に工夫も捻りも無い対伝説戦相手だと火力と言う意味ではトップかもしれない。

 特にシキちゃんはレジギガスという対伝説用兵器を持っている、というのが非常に大きい。

 と言っても、ハルトくんがレジアイスあげなきゃ覚醒状態まで持っていけなかったので、万一レジアイスあげなかったら負けてたけど。あれは案外道楽じゃなかったんだ。

 

 裏話だが当初の予定ではグラカイがラスボスの予定だった。

 まあこの辺は途中でラスボス変更しますとか書いたから知ってる人もいるかもしれないが、グラカイ戦の時に二匹の色違いが真っ黒なことを知って「かっけえ」ってなって、さらにレックウザの色違いもメガシンカすると真っ黒なことを知ってさらに「かっけえ」ってなって。

 そして黒=ダークタイプという安直な発想から生まれたのがダークメガレックウザである(

 色々考察してくれた方もいらっしゃったようだが、済まない、そんな安直な理由なんだ。

 基本的に水代はポケモンに関してはフィーリングで作ってるので由来とか考えてもあんまり意味がない。メガテンのほうなら多少そういうのも練り込むんだけどな。

 んでこのダークレックウザさん当初バランス調整に酷く悩んだ、だってグラカイより強いとかもうハルトくんどうやっても勝てねえじゃん、と。

 グラカイ入れてそれでぎりぎりにすると今度はグラカイしか活躍できねえ、ハルトくんのPTメンバーにもそれなりにスポットを当てたいなあと思いつつ一般ポケモンに伝説相手は難しいよなというのも事実。

 妥協案として考えられたのが『自滅型ボス』。滅茶苦茶強いけど耐えれてば勝てる半ばイベント戦闘染みが感じだが、これはこれでポケモンのボスとしては新機軸なんじゃないか、と思って作ってみた。

 うん……当初は自滅してくれる、予定だったんだけどなあ。なんで回復機能付いたんだろう(ガバプロットのせい

 因みに未来編ボスの一体フガクさんはこれの逆でHP30万あって全体攻撃とかばんばん使ってくるけど30~50ターン以内に倒さないと自爆して地方吹っ飛ぶような感じの存在だったり、まあこっちは完全にネタバレだがどうせ書くのはいつになるか分からんし(目逸らし

 

 まあそんなネタバレ話は置いて置いて。

 

 ここでシキちゃんがレックウザを一度追い詰める。

 レックウザは思考がバーサクしてるけど、生命の危機にまで行くとバーサク思考に本能が勝ち始めるので生命として真っ当な行動をしだす、つまり逃亡&回復。

 モンハンで言うなら巣に帰って寝だすところ。実は伝説のポケモンって無茶苦茶ぶりがイメージしづらいのでモンハンから一部攻撃パターンを輸入してたりする。

 まあそれは置いて置き、ここで一度追い詰めてるのが一周目の違い。

 死にかけてるから∞エネルギー取り込んでもすぐに消化できなかったレックウザさん一旦逃げ出す、これほっとくと一日で回復してまた暴れだすのでハルトくん翌日に呼び寄せたのは正解だったりする。

 一周目だとぴんぴんしてる状態で∞エネルギー獲得してしまったせいで、回復機能じゃなくて強化機能になったりしてた。再生力も強化されて結果的により最悪になってた。

 分かりやすく言うと弱体ギミックのあるラスボスをギミック使わずに戦うくらいの無茶な話で、グラカイですらワンパンで倒されるレベルの相手にそりゃ勝てるはずないわ、というわけで回復機能だけで良かったね、と。まあそのままほっとくと強化機能も付くんだがそれより前に戦ったので最終戦では回復機能しかなかった……まあそれでもHP50000の化け物が毎ターン全回復してくるとかふざけんな死ね、という話だが。

 

 因みにちゃんと理解できてるのか不明だが、ヒガナのゴニョニョことシガナちゃんは『えんとつやま』でグラードンの攻撃に巻き込まれて地割れに落ちてる。ただその後グラードンはハルトくんたちが引き付けてたしサクラちゃんが海に運んだりで結局そこで終わってるから実は軽く生き埋め状態。

 まあそれでもきっと運が良かったんだろうそのまま生き残ってて……環境復旧のためにやってきたアクア団に発見されて「あれ? これいつかの裏切り者のポケモンじゃね?」となって「どうする? 埋める? 埋めとく?」「えー一応リーダー聞いとこうぜ」って感じでアオギリさんに連絡がいき、アオギリさんからハルトくんに連絡が行き「あーだからレックウザ呼び出したのかな?」とある程度以上に事情知ってるハルトくんが推察し「じゃあそれ連れて交渉してみようか」となって本編みたいになった。

 書いてると長すぎるから省いた部分があるからこういうとこ本当は面倒がらずにちゃんと書くべきなんだろうけどなあ……四章と五章はこういうの多いからもうちょい丁寧に描写すべきだったと反省してる。

とは言っても余り書き過ぎるのもなあ……とは思うわけで。

 

 基本的に作者と読者の原作知識は同じなわけだから丁寧に描写すると先の展開とか普通に読めちゃうんですよねえ。とは言え省き過ぎてもいきなりなんだ、となるわけで……重要じゃない部分はある程度省いて、大事なとこはちゃんと書いて、隠すところは隠して、この辺のバランスは難しいなあ、と思う今日この頃。

 

 まあそれはさておき。

 

 ヒガナの協力及びヒガナを通して流星の民の協力を得たハルトくんだがさてこれでどうすっかなあ、と考える。

 

 目下の問題は隕石とレックウザ。いや最初からこの二つだった気がするけど。

 

 ハルトくんの固定概念と言うか原作の知識があるからこそ、余計に『レックウザで隕石を破壊』という情景に拘ってる部分はある。

 まあ他に方法が無い、というのもあったけど。というか……ぶっちゃけるとこのルートを確定させるためだけにレックウザにトクサネシティ襲撃させてヒガナの代わりにロケットぶっ壊させたんだがな(

 さらにジラーチによる露骨な誘導もあって、ハルトくんは隕石をレックウザにぶつけてしまえばいいじゃない、という結論に至る。

 因みにジラーチが隕石の襲来遅らせなければまだグラカイ戦直後にダークレックウザイベント発生してたのでエアちゃん不在のまま戦って即終了のお知らせだった。

 

 まあそんなこんなで本編みたいな作戦を立てたハルトくんだったわけだが。

 本当はダイゴさんがチャンピオンロードにギガネール迎えに行くイベントとか、流星の民とヒガナのイベントとか書きたいとこはあったけど、もう長すぎてやってたら気力尽きてエタる気がしたのでカットした(さらば

 

 それでまあ、見事に隕石ぶつけたわけだが。

 

 なんでいきなり回復機能止まったの?

 という感想があったので、解説しとくと。

 

 ダークレックウザ自体は超がつくほど固いので隕石落ちても生き残ったよ? 無事じゃないけど。

 でもダークレックウザが一撃で半死するほどの衝撃が襲ったわけで、中で∞エネルギーの入った小さなカプセルが割れちゃって中身が漏れ出す。

 簡単に言うとエネルギーが逆流した。血管の血液がいきなり逆流しだすような感じで、エネルギーが衝突して全身にダメージ。回復中だった体中の傷が逆に開くような結果になって、数値で言うと隕石で3万ダメージくらい、逆流で1万ダメージくらい食らって一瞬でHP8割削られた上に回復機能も無くなったのがこの時のレックウザさん。しかもそれだけダメージ食らった上にあっちこっちの器官修復してた回復機能も無くなってアビリティも上手く使えなくなった。ただしその反動でダークタイプ化に伴う思考の狂化も半ば解けかけてた。

 ダークタイプ化もギリギリで解けては無かったけど、本来のメガレックウザとしての飛行能力を取り戻しつつあった。

 ダークレックウザだと本来雲より上の領域には行けないのでこの辺ですでにダークタイプ化解けかけたんだよ、というメタファーだったんだが、多分みんな分からないんだろうなあと思ったり。

 一応グラカイさんに「こいつ飛行能力落ちてるな」みたいな話はさせて伏線代わりにはしてたけど、気づいてくれた人はいただろうか。

 

 そうこの状態ですでに半死半生どころか、八割死にかけて。アビリティも機能しねえ、実質的な戦力は一割程度まで落ち込んで。

 

 その状態でオーバーボーマンダさんと互角なんだ(

 

 ホント怪物だよな、と今更ながら思う。

 

 そもそも宇宙空間まで行けばエアちゃん以外ついていけるやついないしな。

 宇宙空間から地上目掛けて流星群ひたすら連打してるだけでだいたい滅ぼせるのが本来のレックウザさん。

 

 この時のエアちゃんと()()()()()について多少解説入れようか。

 

 グラードン戦が終わった時点でエアちゃんすでにオーバー進化に秒読み状態。

 普通のオーバー進化すると記憶も思いも全部別存在へとすり替わることは一周目で確定してるので、どうにかしないとエアちゃんロスト確定。

 最初は『かわらずのいし』持たせてなんとか均衡保たせてたけどレックウザさん登場で全てご破算。

 ハルトくんレックウザさんを倒すためにエアちゃんを進化させることを決意し。

 じゃあどうすればエアちゃんを喪わずに済むか、というのを考え始める。

 

 まず最初に言っておくが、ハルトくんに異能の才能は無い。

 これ大前提、絶対の話。

 

 だからご都合主義にハルトくんが異能に目覚めてエアちゃんを助けるなんてのはあり得ない。

 

 ただ根本的な勘違いだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思いは力になる、絆は強さになる。

 

 精神論が真面目に実効力を持つのがこの世界なので。

 

 異能なんてなくても、システムに則って十分異能染みたことはできるのだ。

 

 と言うわけでハルトくんが極めて都合良く異能に目覚めるためにシステムを使う、ということを覚える。

 この辺はシステムの管理者であるジラーチと接触したことから生まれた発想。

 まあハルトくんはジラーチが管理者側であることを知らないわけだが、とは言えアルセウスの適応させた法則がある、という確信みたいなのを運命線だとか特異点だとか超越種だとかから得た末の考察ではある。

 

 思いで、絆でエアと繋がる。

 それも思いと共に消えるようなものじゃなくて、もっと深く、魂で繋がることができれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんてそこまで深く考えたわけでも無いけど。超越種になった時に干渉できる絆を一本残せるんじゃないか、と考えた。

 シキに異能について聞いてたのはこの辺の確証を固めるためだったり、いざその時どうやって異能を使うのか、干渉するのかの感覚を聞くためだったり、まあ色々。

 

 と、そんなわけでエアが超越種として進化してもギリギリの一線を残した。

 因みに一番大きかったのは……エロだな(身も蓋も無い

 昨夜はお楽しみでしたね、したから、やっぱりそういう行為は感情だけでなく肉体的にも繋がる(物理的に)から、ほら、ね?

 

 まあそんなこんなでエアちゃんは理性(意味深)を保ったままレックウザを倒して、帰還して。

 

 本人たちはこのまま終わるのかあ、と思ってたけど……。

 

 

 じゃあ最後の最後に。

 

 

 ヒトガタについて説明しようか。

 

 ヒトガタとは簡単に言えばヒトガタは進化、適応の一つの形である。

 

 ひとと けっこんした ポケモンがいた

 ポケモンと けっこんした ひとがいた

 むかしは ひとも ポケモンも

 おなじだったから ふつうのことだった

 

 というシンオウ地方の昔話があるわけだが。

 ゲンシの時代よりもさらに以前の話。

 人と結婚し、()()ために人に適応したポケモン、それがヒトガタの始まり。

 正確には人と契りたいと願ったポケモンのためにカミサマが人へと生まれ変わるための理を作り出した。

 大好きな人と同じ姿でありたい、好きな人と子を為したい、と願ったポケモンたちが人の姿を取るようになり、人と契った結果ポケモンの能力を持った人間、つまり異能者が生まれる。

 

 因みにだが人とヒトガタが性交すると人間かポケモン、どっちも生まれる。

 ただし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正確には人間そのものになるんじゃなくて、人に限りなく同じ存在に適応し、進化する。

 この設定今後出すかどうかは分からないけど性交によって人と限りなく同じ存在になったポケモンを『亜人』と定義する。ヒトガタを『擬人種』と定義するのはこのせい。

 亜人は肉体的にはほぼ人間と変わりない。ただ普通の人間よりちょっと身体能力高かったり、元のポケモンの能力残してたりするけど、簡単に言うと異能者と同じような存在になる。

 

 この時進化と言ったけど、これはどちらかと言うと地球的定義の進化で、だいたい一年くらいかけてゆっくり変わっていく。だから普通のポケモンでいう進化みたいにいきなり光に包まれて人間になったりはしない。

 

 つまりエアちゃんは決戦前夜にアレしたから超越種になってもそっからさらに人に近づいていったから結果的にセーフ判定出てる。

 さらにヒトガタってそういうことのために適応した生態だからそういうことすると割と()()()やすい。

 迂遠過ぎて分からんか、つまり普通の人間同士でやるより遥かに子供ができやすい。

 いやあ……ハルトくん何も知らなかったから……うん、デート編書くの楽しみデスネ。

 

 じゃあ野生のヒトガタってなんだって言われると、そうやって生まれたヒトガタから生まれたポケモンの子孫。

 まあ時代経ってますからなあ。人間とポケモンだと寿命が違うから、亜人は人間と寿命そんなに変わらなくなるけど、その子供に生まれたポケモンは普通のポケモンだから寿命に関しては種に寄る。

 そしてまあ長年の間に野生に戻った亜人の子なんていくらでもいるわけで、そういうのがさらに血を分けて増えて、結果的に現代における世界中のポケモンの大半には亜人の血が流れているし、人間だって同じようなもの。

 そして偶発的にだが生まれる時に過去の祖先の存在へとカイキしてしまうことがある。

 つまりゲンシカイキの一種。

 当然その変化を受け入れることのできるだけの器が必要なので結果的に6Ⅴ、つまり種族最高の才が無ければその変化を受け入れられず、現代のおけるヒトガタ=6Ⅴの等式が出来上がった。

 異能者も同じようなもので、隔世遺伝で時折亜人の血が出てしまい、それが本人の気質と合わさって異能として発現する。

 

 因みにだがゲンシカイキ=自然エネルギーが必要なのは公式情報で分かっているとは思うが。

 

 本編にて……『めざめのほこら』壊したせいで世界に自然エネルギーが再び流出したよな?

 

 そのせいで未来編においてはヒトガタ、擬人種のハードルが大きく下がっている。

 具体的に言うと『個体値合計150以上(全個体値25以上)』くらい。

 そのお陰でというかせいというか、ヒトガタの数が激増して、さらにそのヒトガタと結ばれる人間が増えて、社会的にヒトガタと言う存在が浸透してる。

 ドールズの時代だとヒトガタ=貴重な戦力だからそういう目で見る人あんまりいないしな。

 とは言え、ポケモンと人間の関係なんて昔からそう変わらないし、現代でもポケモン(原種)と結婚しようとする人間数は少ないけどいるのはいるので、人間の形してるヒトガタと結婚というのは実はそれなりに受け入れらる土壌はある。マイナーではあるけどね。

 というわけでハルトくんポケモンと結婚しても大丈夫、しかもこの世界はポケモンと人間との結婚は別扱いなので重婚にはならないゾ。やったねハルちゃん、もっと家族が増えるよ。

 

 三章くらいでエアちゃんが『だからこんな形になったのに』みたいなこと言ってたのはつまりハルトくんのこと好きで好きでたまんないからヒトガタになって結ばれたい、って思ってるんだよ、という盛大な自爆なのだ(余りにも遅すぎる伏線回収

 

 因みにエアちゃん以外の五人は一周目の記憶無いし、なんで自分がヒトガタなのか覚えてないけど、何となく察してはいるよ……愛しちゃってますからね。

 

 

 

 と、いうわけでこれでだいたいは語ったかな?

 

 いやー、それにしても長くなった。思いつきで設定継ぎ足すからいくらでも設定が沸いてくる。

 99.9%アドリブだからな、ぶっちゃけ書き始める時の設定なんて『シャンデラとボーマンダ出す』だけだからな。あとは途中途中で設定足して作って二話くらいまで書いたあたりでようやくパーティーメンバー決定されて、しかもプロローグ書いてる途中にそういや主人公名前決めてなかったなとか思ってその場で適当に決めたレベルで何も考えてなかったから設定がぐっちゃぐっちゃだわ。

 

 まあもしまだ分からないことがあったら聞いてください。設定してたら答えますし、設定してなかったらその場で考える(行き当たりばったり

 

 

 

 

 あと最後に、この小説に挿絵を描いてくれた人がいらっしゃるので、それを張って終了にしよう。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 イナズマ、シャル、アースの三体を描いてくれました。

 うん、ホントはね、エアちゃんも描いてくれたんだけど……参考にしたイラストに近すぎて俺が怒られそうだから公開はできないのだ(

 まあ作者が参考にしたイラストというのはあるけど、エアちゃんたちがどんな外見なのか、それは読者の想像に任せる。実際のところ作者はこう、と明確にイメージして書いてるわけでもないしネ。

 私の想像するドールズキャラ、みたいなの描いてくれる人は大募集よ?

 

 それではみなさん、次回作はいつになるのか。そして未来編はきっと十年後だ!

 

 というわけでしーゆー。

 




ゼノコロ剣おちた


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外伝集
チャンピオンマッチVSレッド①


一話で終わらせる予定だったけど終わらなかったよ(


 チャンピオン、そう呼ばれる存在がいる。

 春の地方リーグ予選を勝ち抜き、夏の本選を勝ち抜き、秋のチャンピオンリーグを勝ち抜いた、文字通り、その地方のトレーナーの頂点。

 頂点、と言えど、それはあくまでその地方においての話であり、別の地方へ行けば別の頂点が存在する。

 とは言え、それでもその地方のトレーナー全ての頂点であることには変わりなく、トレーナーたちが目指す先であり、須らく憧れを抱く存在でもある。

 

 チャンピオン、その地方における最強の称号。

 最強のポケモントレーナーの証。

 故にその名は決して安いものではない。

 

 ポケモンは人類の隣人である。

 だが同時に、人類の最も近い脅威であることも事実だ。

 そして人類がポケモンに対抗するためには、同じポケモンを使って戦うポケモントレーナーを頼るしかない。

 そのポケモントレーナーの最高位、それが示す事実は。

 地方の最高戦力、ということである。

 地方に降りかかる災いに、その地方で最後に頼り、縋る相手、それがチャンピオンという存在であり。

 

 弱いチャンピオンはチャンピオンに非ず。

 チャンピオンとは常に最強、そういう絶対の強さを必要とする。

 

 だからこそ、なのだろう。

 齢十歳にして、その場所に立った二人の少年。

 そこに何の不安も抱かなかった、と言われればそれは嘘になる。

 

 片や最硬の鋼の王を破った人形遣い。

 

 片や最強の竜の王を破った深紅。

 

 果たしてその強さは本物なのか。

 そこに疑問を抱いた人間たちがいた。

 

 それはホウエンが伝説の災禍に見舞われるよりも少しだけ以前の話。

 

 世界最年少チャンピオンの二人が公式で行った最初で最後の戦いの物語である。

 

 

 * * *

 

 

「さーって、と」

 

 手の中でボールを弄びながら、視線の先に立つ少年を見る。

 エクストラチャンピオンマッチ、そう銘打たれたポケモンバトルはカントー地方、ポケモンバトルが総本山、即ちセキエイ高原のポケモンリーグにて行われていた。

 

 基本的に地方チャンピオンは地方の外へと出ることが少ない。

 

 いや、個人的に、というのならともかく、仕事で、となると本当に稀としか言いようがないレベルだ。

 特に今回のような他地方のチャンピオンと戦う、というのはダイゴ曰く、本当に例外中の例外な話らしい。

 まあ当然だろう、チャンピオンとは地方における最強だ。

 

 だが他地方にも同じ最強が存在しており。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という矛盾を許容しているのだ。

 

 地方チャンピオン同士が全力で戦う、というのは言ってみれば地方同士に優劣をつけるに等しい行為だ。

 故にそこまでしてこの試合が組まれた意図も察せられる。

 

 要するに、十歳児がチャンピオンの地位に立っていることが気に食わないのか、或いは不安なのだろう。

 チャンピオンとは地方の最高戦力だ、それがトレーナーになってまた一年も経たない子供だという事実に不安を感じるのも無理は無いのかもしれない。

 特にホウエン地方もカントー地方も過去にポケモン災害で痛い目を見てきた。

 カントーチャンピオンにいたっては、ジョウト地方のチャンピオンも兼任する、つまり二つの地方の最高戦力である以上、どの地方のチャンピオンよりも強いことが期待される。

 だからこうして、公式に試合を組み、全国に公開して、その強さの程を計ろうという魂胆、なのだろうが。

 

「まあ、どうでもいいんだ、そんなこと」

 

 そんなもの、トレーナーでない人間の戯言なのだから。

 

 チャンピオンと言う存在の理不尽さは、結局のところトレーナーが一番良く分かっている。

 あのダイゴに勝った自分の実力というのは、トレーナーだからこそ、最も良く理解できる。

 だからこそ、リーグトレーナーから自身の実力を疑う声は無かった。

 疑っているのはトレーナーでも無い人間ばかりだ。

 

 だからこそ、どうでも良い。

 

 そんなものはどうせこの一戦で証明できる。

 

 そんなことよりも問題は、目の前の相手だろう。

 

 ―――カントー・ジョウト地方チャンピオンレッド。

 

 メタ知識で考えるながらポケットモンスターシリーズにおける初代主人公。

 ネット界隈で原点にして頂点と称される最強のポケモントレーナー。

 まだ十歳、自分のように転生していないのならば本当にただの子供が才覚でもってここまでやってきた、つまり自分のような子供の振りをしているだけの偽物と違って本物の天才というやつだろう。

 まあ才能だけで勝てるなら、自分がダイゴに勝てるはずも無いので、そこに萎縮する必要も無いだろうが。

 

 問題は、だ。

 

 相手のトレーナーズスキルだろう。

 面子自体はほぼ割れている、少なくともエースのピカチュウは確定。

 他の面子も初代御三家のフシギバナ、リザードン、カメックス、それからカビゴンも恐らく出てくるだろう。

 事前に調べたが、他にもプテラやニョロボンなどもいるようだが、この場で出すにはレベルが今一足りない。

 多少の相性の差はレベルで覆されるためこの場では出てこないと見て言い。

 となると最後の面子はラプラスかエーフィか。

 いや、シロガネやまの環境を考慮しないならばエーフィの可能性のほうが高いか?

 ラプラスではカメックスと相性の有利不利が被りやすい。

 どのポケモンも高いバランスでまとまった性能をしているが、弱点も多い。

 あとはメガシンカがあるか無いかによって違いもあるだろうが、見たところキーストーンらしきものは持っていないので恐らく無いだろうと予想はできる。

 

 とは言え、こちらの面子はすでに決まっている。

 

 決まっている、というか固定されている。

 

 だからまあ、まずは。

 

「行ってこい、チーク」

「ピカチュウ」

 

 互いのボールを投げる。

 試合開始の合図なんて必要も無かった。

 ただ目と目が合えば、その瞬間にバトルは始まる。

 当然の理だ、ここにいるのはチャンピオンとチャンピオン。

 それは即ち、極まったポケモントレーナー同士ということなのだから。

 投げられたボールから互いのポケモンが出てくる。

 

「シシ……さあ始まり始まり、さネ」

「ピッカァ!」

 

 こちらはデデンネのチーク、相手は予想通りピカチュウ。

 だから、すでに手は決めてある。

「チーク!」

「あいサ!」

 

 “つながるきずな”

 

 “こうきしん”

 

 “なれあい”

 

 相手のピカチュウが動くより先にチークがピカチュウに駆け寄り、擦り寄る。

「ピカチュウ!」

「ピッカー!」

 

 “10まんボルト”

 

 お返しとばかりにピカチュウの放つ電撃がチークを捉え。

「シシ、お仕事完了さネ」

 

 “ボルトチェンジ”

 

 電撃を撃たれながらピカチュウを蹴り上げ、その勢いのままにボールへと戻っていく。

「『でんき』タイプ?」

 “ボルトチェンジ”を放ったチークを見て、赤帽子の少年、レッドがぽつりと呟いた。

 やはりヒトガタというのは一見しても簡単に元のポケモンが分からないため奇襲性があるな、と内心で思いつつ。

「イナズマ!」

 チークの戻ったボールと入れ替えるようにして、もう片方の手でイナズマの入ったボールを投げる。

 

「代わるよ、ちーちゃん!」

 

 そうして全身に電流と迸らせながら場にイナズマが現れる。

 これで特性と『こうげき』の下がったピカチュウが場に取り残され。

「っ!?」

 僅かに驚いたように、レッドが目を見開いた。

「イナズマ! 次!」

「はい!」

 

 “わたはじき”

 

 そうしてイナズマの全身から白い胞子が弾きだされる。

 一瞬驚きはしたもののさすがはチャンピオンか、レッドとピカチュウも直後に動き出す。

 

 “でんこうせっか”

 

 その場から掻き消えるかのような高速移動でピカチュウがイナズマへと体当たりし。

「っっと」

 威力自体はさほど高いない技だ、イナズマも一瞬表情を歪ませるがすぐに技を放とうとし。

 

“しっぷうじんらい”

 

 ばちん、と全身に電撃を迸らせたピカチュウがまるで雷のような速度でレッドの元へと戻っていく。

「戻った!?」

 いや、交代自体は予想通りだが戻り方は予想外だ。

 『攻撃後に味方と交代する』だろうか、この場合。つまり“とんぼがえり”や先ほどの“ボルトチェンジ”のような交代効果を技の付与できるということ、しかも先制技まであるとなるとあのピカチュウを確実に仕留めるにはシャルで縛るか、ピカチュウ以外の全員を倒すくらいしかなくなる。

 とは言え、それはそれで交代相手へ負担をかけれることを考えれば決して悪くはない……はずなのだが。

 

 何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 

 いや、或いは相手がレッド、ということで無駄に警戒してしまっているのかもしれないが。

 実際のところ、ピカチュウというのは決して強いポケモンではない。

 何せライチュウという明確な進化先があるのだ。進化前のポケモンである以上、まだ成長途中と言える。つまり未熟であり、未完成なポケモンだ。

 

 だがレッドの代表的なポケモンと言われればどうしても真っ先にピカチュウが出てくる。

 

 単純な創作のイメージ、ではなく。

 現実にチャンピオンレッドはこのピカチュウをエースとしてカントーポケモンリーグを制覇している。

 残念ながら他地方のリーグ戦故、映像記録などはそれほど無かったが、明らかにピカチュウが倒せるような相手ではないようなポケモンも何匹と倒しているのは知っている。

 

 つまり、あれはただのピカチュウでは無い。

 チャンピオンがエースに据えるだけの強さを持ったピカチュウ、ということになる。

 だからこそ、妙なことをされる前に倒してしまえるならばそれでも良いし。

 チークで起点にし、イナズマで積んで、それを引き継ぎながら戦う。最初にそう決めたのは決して間違いではない、と思いたいのだが。

 

 基本的にレッドの手持ちのポケモンはピカチュウとフシギバナ以外、イナズマで攻めることができる。

 カメックス、リザードンは『でんき』技に弱いし、ラプラスなら同じこと、エーフィでも基本的に耐久は低いためイナズマの火力で押し切れる。

 カビゴンは少し厄介だが、能力を積み上げて殴り合えば勝つ自信はある。

 

 だからこそ、最初にピカチュウを起点にし。

 

「行って、フシギバナ」

「スイッチバック! シャル!」

 

 フシギバナを引き寄せる。

 ヒトガタとは言え、全身から電気が走っているイナズマを見ればまず『でんき』タイプであることは思いつくだろう。

 そしてそれを受けるならカビゴンかフシギバナの二択だが。

「半減相性ってのは魅力的だよな」

 カビゴンは『ノーマル』タイプ、さらに言うならばその『HP』と『とくぼう』の高さを考えれば、特殊技を使う相手全般に強く出れる。

 ただ反面『ぼうぎょ』は低いので物理技には弱い。

 レッドとてイナズマが『でんき』タイプであることは察しているだろう。

 ただ物理寄りなのか、特殊寄りなのか、どちらであるかは分からないはずだ。

 だとするならば、ここで頼れるのは『くさ』タイプで確実に『でんき』技を半減できるフシギバナであり、何よりフシギバナなら“じしん”で『でんき』タイプ相手に弱点が狙える。

 

 そして。

 

 一番厄介な相手が確実に出てくるタイミングが分かっているならばそれを狙わない道理はない。

 

「止まって!」

「ギャ……ォォ……ァ」

 

 “かげぬい”

 

 場に出たシャルが同時に出てきたフシギバナへと影を伸ばす。

 影がフシギバナの影を絡めとり、縛り上げ、その本体すらも拘束する。

 

 そうして。

 

「燃やせ」

 

 “シャドーフレア”

 

 メガフシギバナならばともかく、ただのフシギバナにそれが受けられるはずも無く、一瞬にして燃え尽き倒れ伏す。

「っ……」

 瞠目し、沈黙するレッドだったが、すぐにフシギバナを戻し。

「カメックス」

 放たれるボールからカメックスが現れる。

 

「ゴォォォ!」

 

 場にカメックスが現れて。

 

「「戻れ」」

 

 ()()()()()()()()()

 

「なっ!? リップル!」

「ピカチュウ!」

 

 予想を超えた行動に、一瞬戸惑うが、けれど慣れた動作が無意識にリップルのボールを手に取り、投げていた。

 ボールからリップルが、相手はピカチュウを場に出し。

 

 “みんなのエース”

 

「ピッカー!!!」

 

 吼えるように態勢を伏せながら威嚇するピカチュウに、一瞬嫌なものを感じ。

 

「リップル!」

「りょーかい」

 

 “まもる”

 

 一手攻撃を守る……否、守ろうとして。

 

「ピカチュウ!」

「ピィィィィカァァァチュウウウウウウ!」

 

 “ほんき”

 

 “やるき”

 

 “ゆうき”

 

 ()()()()()()ピカチュウが一瞬にしてリップルへと迫り。

 鉄がごとき堅い尾を叩きつけた。

 

 “アイアンテール”

 

 ずどぉぉん、と。

 まるで巨大な鉄槌でも叩きつけたような音が響き。

 

「う、そ……ごめん、マスター」

 

 リップルが倒れる。

 リップルが……ヌメルゴンが、ピカチュウの攻撃一発で倒れる。

 それは中々に受け入れがたい光景だった。

 ランク効果まで乗っていたはずのリップルが一撃でやられるというのは、ちょっと信じがたい話であり。

 いや、そもそも“まもる”が完成するよりも早く技が出たという事実に何よりも驚く。

 “まもる”は優先度+4、実機においてほぼ最速で形成される技だ。

 それを“アイアンテール”が速度で上回るというのはどう考えてもおかしな話である。

 だが現実としてそれは起こっている。起こっている以上受け入れるしかなく。

 

 “しっぷうじんらい”

 

 そうして呆然としている間に、ピカチュウが再び雷を纏いながらレッドの元へと戻っていく。

「っ! イナズマ!」

 受けポケモンのリップルが落ちた以上、簡単には交代がしづらい。

 最悪チークで受けるというのも手だが、それは最後の手だ。

 だったら受けて殴る、というスタイルのイナズマが最適解だと信じる。

 何より一番相性の悪いフシギバナがすでに落ちている以上、簡単に止められはしない。

 

「カビゴン!」

 

 そうして相手が出してきたのは巨体のカビゴン。通常のサイズより一回りか二回りも大きい。

 これは厄介だな、と思いつつも。

 

「イナズマァ!」

「はい!」

 

 “むげんでんりょく”

 

 バチバチ、とイナズマの全身に電気が迸る。

 そうしてカビゴンへと手を翳し、放たれるは。

「ついでに持っていけ!」

 

 “きずなパワー『とくこう』”

 

 “レールガン”

 

 極光がカビゴンの巨体を包み込む。

 最大威力の一撃がカビゴンを襲い。

 

 “がまん”

 

 “きあい”

 

「ゴォン!」

 

 “ほんき”

 

 “ゆうき”

 

 “じしん”

 

 どん、とカビゴンがその剛腕を地面へと叩きつけ。

 地響きは鳴り、大地が鳴動する。

 『でんき』タイプには弱点となる一撃がイナズマへと叩きつけられ。

「ぐ……う……」

 がくり、とイナズマが膝を着く。

 

 と、言うか先ほどから薄々は気づいていたが。

 

 ―――こいつら全員能力ランクを完全に無視している。

 

 能力を上げたはずのイナズマがいくらなんでもダメージを受けすぎだし、“わたはじき”の効果も全く効いていないようにしか見えない。

 恐らくレッドのトレーナースキルだろうと予想はできる。

 『てんねん』など同じような特性もあるし、トレーナーズスキルでそれを再現していてもおかしくはない。

 『つながるきずな』が意味を為さない……いや、絆を無意味とは言わないが、現状その効果を発揮できているとは言えない状況になっている。

 

 これは多少計算外な話になってきた。

 元よりそう読み合いが得意な性質でも無い、事前にある程度考えは練ってきたが、この展開は予想していなかった。

 とは言え、元よりそう多くができるわけでもない。

 自分にできることなど限られている。

 

「イナズマ!」

 

 “つながるきずな”

 

 それが無意味でも。

 

「はいっ!」

 

 何の効果が無くても。

 

 “10まんボルト”

 

 それでも。

 

「いっけええええ!」

 

 信じる、それしかできないのだから、それだけは決して止めない。

 

「ご……ォ……」

「戻れ、カビゴン!」

 

 それだけの話だ。

 

 

 * * *

 

 

 状況を整理しよう。

 こちらの手持ちは残り五体。

 リップルがやられ、イナズマがすでに大ダメージを負っている、長くは戦えないだろう。

 相手は残り四体。

 フシギバナとカビゴンが倒れているが残りは全員無傷だ。

 

 状況的には五分に見えるが、残ったポケモンの性質を考えるとこちらがやや不利か。

 

 相手の残り四体に対してイナズマが一貫して通るのだがその肝心のイナズマがすでにやられかけている。

 さらに相手にはあの厄介なピカチュウが残っているという事実も見逃せない。

 

 イナズマは典型的な鈍足アタッカーだ。

 実機でもそうだが鈍足アタッカーというのは攻撃を受け、耐えてから倒し返す、という性質上、一体、ないし二体倒せれば上出来な部類だ。

 そういう意味ではすでにイナズマは役目を果たしているのだが。

 ことごとく相性の悪い相手と対面し、削られてしまっているのはトレーナーである自分の未熟としか言いようが無い。

 

 恐らく、下手をすれば次でイナズマは倒れる。

 

 それを回避する手も無くは無いが……リソースをどこまでつぎ込むか、というのは問題になってくる。

 きずなパワーによる回復や、攻撃の回避などまだ手札はある、が。

 下手に手を尽くしてイナズマを生かそうとして、それをあっさり倒されれば無駄な手を切ることになる。

 回復はそれを上回るダメージで、回避は必中効果で無駄になる。

 そうすると残りの四体が相手の四体に対してやや相性の悪い形になる。

 趣味パ故の偏り、というべきか。

 イナズマの通りが一貫して良いためできれば残したいが、ほぼ確実に後出しになるイナズマを生かすにはリソースを無駄なく切り続ける必要があり、手札を尽くすまでにイナズマがどれだけ相手を落とせるか、という勝負にもなってくる。

 

 こちらが有利なのは未だにイナズマが生きているという点。

 そして相手がこちらの手札を全て知らないだろう点だ。

 

 ―――一瞬の思考の間。

 

 考えても考えても、相手がどう動くかなんて思いつかない。

 元よりそう深く考えることのできる性質でも無いのだ。

 だったら、先ほどと同じ。

 

 自分のやりたいようにやるだけだ。

 

「行けるな、イナズマ!」

「あ……はい!」

 

 こちらの意図を理解したイナズマが、こくり、と頷く。

 そうしている間にレッドがボールを投げ。

 

「エーフィ!」

「キャォ……ピァァ」

 

 薄紫色の猫のようなポケモン……エーフィが現れる。

 視線をすっと細め、エーフィがイナズマを見つめ。

 

 “サイコキネシス”

 

 “10まんボルト”

 

 念動力がイナズマを捉えるが、一瞬早くイナズマの電撃を放たれる。

 

「耐えろ、イナズマ!」

 

 “きずなパワー『とくぼう』”

 

 念動がイナズマを大地に叩きつける。

 苦悶の表情を浮かべるイナズマだったが、直後にイナズマの放った電撃をエーフィを襲う。

 

「ピァ……ァ……」

 

 “きあい”

 

 だがそれでもエーフィは倒れない。

 苦しそうな悲鳴を漏らしながらも、それでもゆらりゆらりとイナズマを見つめ。

 

「スイッチバック」

 

 イナズマを即座に戻し。

 

「シャル!」

「っ、はい。行きます!」

 

 シャルが現れる、と同時にその影が伸び。

 

「戻れ、エーフィ」

 

 レッドがエーフィをボールに戻し、入れ替わりに投げられたボールから。

 

「ピッカ!」

 ピカチュウが現れる。と同時にピカチュウへと影が伸び。

 

「ピカチュウ!」

「ピイイイイッカアアアア!」

 

 “しっぷうじんらい”

 

 “やるき”

 

 “ゆうき”

 

 影すら置き去りにした一瞬の動きで、ピカチュウがシャルへと迫り。

 

 

 “ボルテッカー”

 

 

 電撃を全身に纏った激突が軽々とシャルを吹き飛ばす。

 二度、三度と地面をバウンドしながらシャルが転がり。

「あ……う……」

 一瞬にして瀕死に追い込まれた。

「っ……嘘、だろ」

 

 交代後の最速攻撃、それだけでも信じがたいのに。

 

 “しっぷうじんらい”

 

 再びピカチュウが雷電を纏いながらレッドの元へと戻っていく。

 技を繰り出し即座に戻る、味方と交代した時攻撃する。この動きが完全にセットになっている。

 しかもピカチュウの種族値から考えればあり得ないほどの強烈な威力の攻撃が加わって凄まじいまでの脅威としてそこに存在している。

 

 どうする? どうする? どうする?

 

 思考が回れど答えが出ない。

 シャルはあれでも火力という一点では最強に近い。

 この状況でアタッカーを失うということはかなり不味い。

 何より、次に何を出せばいいのか悩む。

 

 どれだけ考えても、あのピカチュウの存在が前提を片っ端から崩してくる。

 

 どうする、どうする、どうする、それだけを考え続け。

 

 かたり、とボールが揺れた。

 

「…………」

 

 視線を向け、それが誰のボールかを確認し。

 

「……分かった」

 

 手に取る。

 

 そうして。

 

「頼んだ、エア!」

 

 投げた。

 

 

 




デート……の前に。前からずっとレッド戦書きたかったから書く。


因みにだが、レッドさん()()()()()()()()()()()()()()()()()
育成は得意ではない模様。というか、それでもチャンピオンってどうなってんだ、と言われるとこれが答えだ。


ポケモントレーナー レッド

手持ち:ピカチュウ、カビゴン、エーフィ、フシギバナ、カメックス、リザードン(全員レベル100)


トレーナーズスキル(A):ほんき
味方のテンション値を最大値にする。

トレーナーズスキル(P):ゆうき
テンション値に応じて味方の技の威力を増減する。

トレーナーズスキル(P):がまん
テンション値に応じて味方が受けるダメージを軽減する。

トレーナーズスキル(P):きあい
テンション値に応じて味方が『ひんし』になるダメージを受けた時、確率でHPを1残す。

トレーナーズスキル(P):やるき
テンション値に応じて味方が確率で相手より先に行動する。

トレーナーズスキル(P):がんばり
相手の『能力値』『技の威力』以外の数字を無視する。

トレーナーズスキル(P):ドてんねん
相手の異能スキルの効果を受けない。味方と相手の能力ランクの変化の影響を受けない。





【名前】ピカチュウ
【種族】“レッドの”ピカチュウ
【性格】むじゃき
【特性】しっぷうじんらい:自分が技を繰り出した時、味方と交代する。味方と交代して場に出た時、『ひこう』か『でんき』タイプの技を繰り出す。
【レベル】100(図鑑表記)
【持ち物】でんきだま

 
【技】
【10まんボルト】
【アイアンテール】
【でんこうせっか】
【ボルテッカー】
 

【裏特性】
 
【ジャイアントキリング】
相手が自分より合計種族値が高いほどトレーナーズスキルの効果が上昇する。

【チャージタイム】
1ターン以上戦闘に出ていなかった時、次に場に出た時『じゅうでん』状態になる。

【みんなのエース】
前のターンに味方が倒れている時、トレーナーズスキルの発動確率と効果が上昇する。


【備考】

【専用個体】
トレーナーが『レッド』の時、『レッド』のトレーナーズスキルの発動率が極めて高くなる。自分の特性を『しっぷうじんらい』に変更する。





Q.つまり?

A.アニメ仕様


コンセプトは『数字殺し』。
能力を〇倍にする、とか技の威力を〇倍にするとか、×に軽減する、とか〇%の確率で、とかそういう数字系を全部殺して、ノリと勢いとテンションだけで能力が上がったり下がったり、技の威力が上がったり下がったり、食いしばったり、先行取ったり、好き放題してる。
因みに数字が明確に書いてないけど、一応執筆参考用にはある程度範囲決めてる、決めてるけどピカニキだけはジャイアントキリングの効果で上限が消えるので、ぶっちゃけほぼ常時一撃必殺状態(

あ、因みにハルトくんですが、3章終了時のデータを使ってます。
これ10歳の時の話なんで。ほぼチャンピオン戦の時のデータです。

さらに因みに因みに。

ドてんねんの効果だが。

レッドさん、運命力に関しては主人公級の中でも最上位なので、ぶっちゃけ。

伝説種の異能すら無視するよ!!!

伝説<超えられない壁<レッドさん

まあマサラ人なら当然のことだね。


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チャンピオンマッチVSレッド②

 

 

「ルウオオオオオオオオオオオオ!」

 

 ボールから飛び出したエアが吼える。

 咆哮が空気を震わせ、場を一瞬にして支配する。

 だが同時にレッドにもそれは伝わる。

 あのダイゴのメガメタグロスをも降した強者の気配に、レッドの視線はすっと引き締まり。

 

「リザードン」

 

 投げたボールから、炎を纏った竜が現れる。

「ギャオォォォ!」

 リザードンが咆哮を上げ、眼前のエアを睨みつける。

 恐らくだが……エアが『ドラゴン』タイプだというのはもう理解されているだろう。

 『ドラゴン』タイプというのはその場にいるだけで感じるような強烈な威圧感のようなものを発している。簡単に言うとデフォルトで傲慢な気質が見え隠れする。

 それはリップルですら見えづらいだけで確かにあるものであり、だからこそエアのような典型的な竜は見ただけでそうだと理解される。

 ヒトガタと言っても別に元のポケモンの性質を失うわけではないのだ。

 

 だからこそ、一手目は分かる。

 

「戻れエア」

「っ?!」

 

 ボールの中にエアを戻す、初めてレッドの表情に驚愕の二文字が見えた。

 リザードンが指示を受けて動き出す、最早その動きは止められない。

 

「チーク」

「シシ……アチキの出番きたさネ」

 

 投げたボールからチークが飛び出し。

 

 “ドラゴンクロー”

 

「……っ」

 リザードンの放った爪の一撃を受け止める。

 『フェアリー』タイプを持つチークにそれは通じない。

 それを向こうも理解しただろうが。

 

「シシ……それじゃ、お仕事さネ」

 

 “ほっぺすりすり”

 

「リザードン!」

 

 “だいもんじ”

 

 ほんのタッチの差でチークのほうが先に技を決める。

 電撃をリザードンの全身を駆け巡り、その動きを鈍らせる。

 僅かに呻くリザードンだったが、お返しとばかりにその口腔から炎が噴き出す。

 

「あちちちち」

 

 だが倒れない。大ダメージはあったようだが、それでも倒れはしない。

 悲鳴を上げながら即座に持っていた『オボンのみ』を口に含み、飲み込む。

 

「はーふ……っと、これもついでにポイしとくヨ」

 

 “ぬすいみぐい”

 

 告げつつ、いつの間にか持っていた透明な珠を投げ捨てる。

 『いのちのたま』……だろうか、恐らくリザードンに持たせておいたのだろう。

 正直、先に攻撃を当てて無かったら『いのちのたま』分でチークが落ちていた可能性もあったので一先ずセーフ、と言ったところか。

 

 だからこそ、次は。

 

「ピカチュウ!」

「チーク!」

 

 レッドがリザードンを戻す……そうして次に出てくるのは、やはりピカチュウ。

 

「ピーカー!」

「シシ……同じマスコット同士、負けないヨ?」

 

 “しっぷうじんらい”

 

 “ゆうき”

 

 “10まんボルト”

 

 ピカチュウの放った電撃がチークへ襲いかかる。バトルの最初に放ってきたものよりも幾分か威力の強まったそれだったが、けれどタイプ相性で半減されている上、受けポケモンとしてHP(タフさ)の上がったチークならば十分受けきれる範囲だ。

 

 それと同時に一つ大きな確信を感じ取り。

 

「それジャ、おさらばサ」

 

 “ボルトチェンジ”

 

 ピカチュウを蹴り飛ばしながらチークがボールへと戻り、ピカチュウもまた全身から紫電を迸らせならレッドの元へと戻っていく。

 そうして互いが次に出すのは。

 

「エア!」

「リザードン!」

 

 先ほどの対面に戻る、ただし一つ違うのはリザードンが麻痺している点。

 さらに持ち物も失って火力を落としてしまっている点。

 対してエアはまだ傷一つ無い。意気軒高であり、いつでも準備は万全だと拳を握っている。

 そして、だからこそ。

 

「エア!」

「戻れ……ピカチュウ!」

 

 自分の指示にエアが飛びあがる。

 同時にレッドがリザードンを戻し、ピカチュウを出す。

 

「行け! ピカチュウ!」

「ピィィカァァァッァ!」

 

 “ほんき”

 

 “やるき”

 

 “ゆうき”

 

 “ボルテッカー”

 

 全身に電撃を纏ったピカチュウが地面を蹴り、虚空へとその身を猛スピードの弾丸と化して乗り出す。

 

「いい加減……」

 

 エアが空中を蹴り上げその身を後退させる。

 それを追うようにピカチュウがエアへと迫り。

 

「読めてるのよ!」

 

 ピカチュウの一撃をエアが受け止める。

 電撃がエアの身を焼くが、僅かに顔をしかめるだけで済ませ。

 

「落ちろっ!」

 

 “じしん”

 

 ピカチュウを掴んだまま急降下し、大地へと叩きつける。

 速度と勢いが威力となり、威力が大地を鳴動させる。

 

「ピカチュウ!」

 

 レッドの叫びに、ピカチュウが声を挙げようとして。

 

「煩い、黙れ」

 

 “じしん”

 

 床に縫い留められたピカチュウへと拳が振り下ろされる。

「ぴい……カアアアアア!」

 

 “ゆうき”

 

 “10まんボルト”

 

 放たれた電撃がエアを焼く。表情を歪めているその姿にかなりの苦痛であることは間違いなかったが、けれど今ここでピカチュウを逃せばそれも無意味となり果てる。

 故に、耐えて、技を繰り出す。

 

 『でんき』タイプの弱点である『じめん』技の中でも最強の威力を誇る技を、しかもボーマンダ種の『こうげき』から二度も受ける。

 当然ながらピカチュウという弱小種族が耐えられるはずがない……はずがない、のだが。

 

 “がまん”

 

「ぴい……かあ……!」

「なっ……しま……」

 技を繰り出した直後の一瞬の硬直を突いて、ピカチュウがエアの拘束を抜け出す。

 

 “しっぷうじんらい”

 

 そうしてボールの中へと戻っていったピカチュウに姿を、エアが悔しそうに見つめ。

「エア!」

「……? っ!」

 指示を出す、こくりと頷き。

 

 “かりゅうのまい”

 

 その全身に炎を纏う。

 轟々と燃え盛る炎をレッドが見つめ。

 

「っ……カメックス!」

 

 その額に一筋、汗が流れる。

 ようやく追い詰められた顔をしてきた。

 

「ガァァァァァ!」

 

 カメックスが両肩の砲から水を噴き出しながら場に現れる。

 その両の砲がエアを向き。

 

「エア!」

 

 その全身が光に包まれる。

 

 

 ゲンシカイキ

 

 

 その姿が元の……竜の姿へと戻り、さらに巨大化していく。

 翼は鋭利になり、爪も牙もさらに伸びる。

 線型がすっと細まり、やや長細いような印象を覚える。

 飛ぶためでなく、風を切り裂くように真横に翼を広げながら、その四肢でゲンシボーマンダが大地を踏みしめる。

 

「ルウウゥゥゥゥォォォオオオオオ!!!」

 

 エアの咆哮に、カメックスが、そしてレッドが一瞬怯み。

 

 どん、と。

 

 エアが飛び出す。

 

「カメックス!」

「エアァァァ!」

 

 “ハイドロポンプ”

 

 その両の砲から放たれるは巨大な水流の砲弾。

 凄まじい勢いでそれが飛来してき。

 

 ()()()()()()()()()

 

「っ!」

「ガァァ!?」

 

 想定を超えたエアの速度、それは先ほどまでの比ではない。

 ゲンシボーマンダの速度は、メガボーマンダをも凌駕する。

 そうしてカメックスの目前へとたどり着いたエアがその両手を振り上げ。

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 振り下ろされた両の手がカメックスを軽々と吹き飛ばす。

 

 “きあい”

 

「ガァァアァ!」

 吹き飛ばされたカメックスが、それでも何とか耐える。

 耐えたところで、無意味なのだが。

 

 “ドラゴンズハント”

 

 吹き飛ばされたカメックスがそのままレッドの元へと押し戻されようとして。

 

 “りったいきどう”

 

 押し戻した本人であるエアが床を、壁を天井を蹴りながら一足飛びにカメックスへと追いつき。

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 二度目の爪牙がカメックスを襲う。

「ガ……ァ……」

 レッドの後方へと吹き飛ばされたカメックスだったが……今度こそ、動かなくなる。

「っ……エーフィ!」

 さしものレッドもエアのやばさは十二分に理解したらしく、焦りの表情で次のボールを出し。

 

「戻れ……っ!?」

 

 “しっそうもうつい”

 

 交代と同時にピカチュウを出そうと企んだのかもしれないが。

 

「もう無意味だよ、それは」

 

 ボールの光がエーフィに届くよりも早く、交代の気配を嗅ぎ付けたエアがエーフィの目前まで迫り。

 

 “デッドリーチェイサー”

 

 振り下ろされた爪牙がエーフィをあっさりと仕留める。

 『ひんし』となり、気絶したエーフィをレッドが無言で見つめ。

 

「……ピカチュウ!」

 

 悔し気に歯を食いしばりながら、場にピカチュウを出す。

 そうして。

 

「……エア」

 

 ぽつり、と呟いた声はけれど確かにエアへと届き。

 

「ルォォ……」

 

 エアが短く唸る。まるで頷くかのように。

 

 “きずなへんげ”

 

 エアの全身が光に包まれる。

 先ほども見たばかりの二度目の光景にレッドが警戒を露わにし。

 

 石が無くともメガシンカするための“きずなへんげ”

 そして石を使って変化する“ゲンシカイキ”

 

 この二つを併せたのだ。

 

 

 オメガシンカ

 

 

「ルゥゥ―――」

 

 短く、人の姿を取り戻したエアが唸り。

 

 

 「―――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 世界を震わせんほどの絶叫が場に響き渡り。

「ピカチュウ……」

「ピイ……カア……」

 レッドとピカチュウの警戒が最大限まで高まっていく。

 じりじり、と互いを見つめ合うエアとピカチュウだったが。

 

「エア!」

「ピカチュウ!」

 

 まるで最初から決めていたかのように同時に互いが動き出す。

 

 “ほんき”

 

 “やるき”

 

 “ゆうき”

 

 “ボルテッカー”

 

 最速で放たれた強烈な電撃を纏った一撃がエアを貫く。

 今日最強の一撃にさしものエアも、ぐらり、とふらつき。

 

 ()()()()()()()()

 

「ルウウウウウウウアアアアアアアアアアア!」

 

 飛び上がり、浮かび上がり、見下ろし、そうして。

 

 

 “シューティングスター”

 

 

 放たれた流星がごとき一撃がピカチュウを確実に撃ち抜く。

「ピィ……カァァ!」

 

 “きあい”

 

 吹き飛ばされ、一瞬で後方の壁にまで叩きつけられ。

 それでも尚、ピカチュウが動こうとして。

 

「結ばれし糸へ、集え」

 

 ふらつく体を起こしながら、指をピカチュウへと向け。

 

「“きずなぼし”」

 

 “きずなぼし”

 

 呟きと共に、降り注いだ一条の流星がピカチュウを撃ちぬいた。

 

「ピィ……カァ……」

 

 気合だけで持たせていたところに降ったトドメの一撃に、さしものピカチュウも倒れ。

 

「……お疲れ、ピカチュウ」

 

 呟きと共にレッドがピカチュウをボールへと戻す。

 そうして、残ったのは。

 

「最後まで頑張ろう……リザードン!」

 

 今日最も強く放たれたレッドの言葉に。

 

「ギュアァァァァ!」

 

 応えるかのようにリザードンが咆哮し。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「はっ?!」

「えっ?!」

「っ!?」

 

 自分たち……どころか、レッドすらも目を見開き驚きに見入ったその光景。

 まさか、と思う間にも光に包まれたリザードンがどんどん姿を変えていき。

 

「グルゥ……ギュアアアアアアオオオオオオオオオ!!!」

 

 ()()()()()()()が光を破り、現れ、咆哮を上げた。

 

「進化……した? メガストーンもキーストーンも無く?」

「……ちょっと、この何言ってるか分からない、わね」

 

 このこちら四体の相手一体、しかも『マヒ』状態。

 この状況でメガシンカ? 否、戻る気配も無いあれは『メガ進化』と自分が名付けた常時メガ個体化のそれだろう。

 

「嘘だろおまっ……」

「言ってる、場合じゃ、無いでしょ」

 

 オメガシンカが解除され、時間経過によるゲンシカイキも解除され、メガボーマンダとなったエアの呟きに、そうだ、と考え直し。

 

「黒ってことは両刀型……となれば、エア!」

「りょう、かい!」

 

 “じしん”

 

 拳を地面へと叩きつける。と同時に足元で発生した巨大な振動がリザードンへと迫る。

「リザードン」

「グギャアアアアアアア!」

 どん、とリザードンが足元を蹴り上げ空中を滑空するように近づき。

 

 “かたいツメ”

 

 “ドラゴンクロー”

 

 放たれた一撃がエアを切り裂き、吹き飛ばす。

 

「く……そ……まだ、まだ!」

 

 それでも耐える。最早瀕死直前のダメージであっても、それでも耐える。

 エースとしての誇りが膝を着くことを許さない。

 

 だから。

 

「戻ってエア……一旦休め」

 

 トレーナーが決断する。最早この試合中にエアを出すことは無理だと。

 これ以上無理をさせるわけにはいかない。ただでさえオメガシンカは負担が大きいのだから。

 だがエアを抜けばあれをどうにかできる相手、というのが難しくなる。

 黒いほうのリザードン……メガリザードンⅩは『ひこう』タイプが抜けて『ドラゴン』タイプへと変わるためデンリュウの一貫性すらなくなってしまった。

 と、なれば……。

 

「イナズマ、頼む」

「分かりました……確かにちょっとあれはやばい、ですね」

 

 文字通りの気炎を吐くリザードンを見て、イナズマが表情を歪める。

 そうして。

 

「リザードン!」

「イナズマ!」

 

 “わたはじき”

 

 “だいもんじ”

 

 進化したてで変化した自らの性能に振り回されている分だけリザードンの出が遅い。

 イナズマの全身から発せられた綿が弾かれ。

 リザードンの炎がその全てを燃やし尽くす。

 

「うぐ……後……お願い、します、ね」

 

 倒れ伏すイナズマをボールへと戻し。

 

「お前で最後だ、シア」

「はい、お任せください、マスター」

 

 シアが場に降り立つ。

 

 “ゆきのじょおう”

 

 シアが登場すると同時に空から『あられ』が降り注ぎ始める。

「…………」

 一瞬空を見上げ、けれどレッドが再びシアへと視線を向けて。

 

「行け」

「撃て」

 

 指示は一瞬。

 同時に動き出し。

 

 “ほんき”

 

 “ゆうき”

 

 “やるき”

 

 “かたいツメ”

 

 “フレアドライブ”

 

 リザードンの持てる最大火力が最速でシアに叩き込まれる。

 炎に飲まれ、叩きつけられたシアが大地を二転、三転し。

 

 “こおりのかべ”

 

 それでも耐える。

 直前に張られた氷の障壁がダメージを大きく軽減し。

 

 “アシストフリーズ”

 

 放たれれる束ねられた冷気の光がリザードンを一瞬にして凍り付かせ。

 

 “きあい”

 

 それでも耐える。

 耐えて、その全身の熱で一瞬で『こおり』状態を脱し。

 

 “フレアドライブ”

 

 二度目の灼熱がシアを襲う。

 さしものシアもそれには耐えれず。

 

 “さいごのいって”

 

 それでも止まらない。

 例えこれで倒れようと。

 自らが主の命だけは必ず遂げる。

 その矜持を持ってして、最後の一撃を放つ。

 

 “アシストフリーズ”

 

 能力ランクが高いほど威力の上昇するその技は、イナズマが二度張った“わたはじき”と“つながるきずな”を持って威力の跳ね上がった一撃であり。

 

「ふふ……チークみたいに言うなら」

 

 ―――お仕事、完了です。

 

「グ……ギャア……オォ……」

 

 リザードンが倒れ伏す。

 同時にシアもまた動かなくなり。

 

 2-0

 

 それが決着となった。

 

 

 




運命に愛され過ぎなレッドさん。
残り一体リザードン出た時に「あ、これ進化とかしそうなタイミングだよな……あ、そうだ、リザードン進化させよう」って思いついて書いてみたら。
「あれ? 主人公誰だっけ?」となった秘密。

因みにエアちゃんは実質的には瀕死です。3-0じゃない。
チークとイナズマだけ残ってる。どっちもHP残り10%の赤ラインなので本当にギリギリだけどな。




因みに感想で叫ばれてたけど、レッドさんは伝説に勝てません。
異能無効にしただけで勝てるほど甘くない、というか『レベル差』が酷いからね。
伝説種の強さは『理不尽なほどの異能』と『上限突破した圧倒的なレベル』の二つだから、片方無効化しても意味が無い。
つまりハルトくんみたいにレッドさんも伝説種片手に伝説を相手どればハルトくんの十倍くらいは楽に勝てるってことだがな。

まあレッドさんの伝説に関する運命力はカントーにしか発揮されないので、他所の伝説と巡り合う機会はほぼ無いわけだが。





ところで、これでレッドさん戦終わったんだけど。
もう一戦だけ書きます。
これも前から書きたかったやつ、この間聞いたら普通に許可もらったので、やる。

他作者様の作品とクロスするよ! やったねハルちゃん、お友達が増えるよ!


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チャンピオンマッチVS■■■■

ありがとう妖怪、さんきゅー妖怪、フォーエバー妖怪

というわけでコラボ? クロス? まあそんなの。
毎回聞いてくるやつがいるので言っとくが、ちゃんと許可もらって書いてます。


 

 

 

「やあ、お久しぶり」

 

 ソレ以外誰もいないはずのその空間で、ソレはどことも言えぬ虚空に向かってそう呟いた。

 宇宙がごとく暗く静かなその場所でソレは独り笑っていた。

 

「うんうん、ようやくこちらも一段落と言ったところだよ……うん? そっちは……」

 

 数秒、珍しいことにソレが硬直する。

 まるで信じがたいものを見たとでも言うように、笑みが引き攣り。

 

「あは、はは……何だか随分と妙なことになってるね。いやいや、でもそっちの仕事はもう終わったみたいだし、中々羨ましい状況だよ……え? いやいや、こっちはそんなことできないけどね」

 

 誰にともなく、ソレは語り掛ける。

 

「うんうん、それにまだまだ見ていたい、そういう気持ちもあるんだ……不思議だよね? え、そっちも? うん、じゃあそうなのかもしれない……そういうものなのかもしれない。うん、I(ワタシ)はね」

 

 語り掛ける、語り掛ける。

 

「え……? いやいや、そんなことのために開いたわけじゃないんだよ? ちゃんと要件ならあるさ、いや……提案と言ったほうが正しいかな?」

 

 語り掛ける。

 

「そう……そちらの彼と、こちらの彼を引き合わせてみようかと。何故? 何故なんて、理由が必要かな? 必要? そうかもしれないね、I(ワタシ)のような存在には確かにそうかもしれないけれど」

 

 語り掛ける。

 

「―――まあ、強いて言うなら」

 

 語り掛ける。

 

「面白そうだよね?」

 

 

 * * *

 

 

 あ、これ夢だわ。

 

 目を覚ました瞬間、()()()()()()()()()ことを自覚した。

 明晰夢、とでも言うのだったか?

 ふわふわとした、どこか現実感の無い感覚。

 僅かに重い思考を、頭を振って切り替え。

 

「……ん?」

 

 ぼやけた視界が明瞭になっていくと同時に見えてきたのは、闇だった。

 真っ暗な世界、曇天の夜よりも、新月よりも尚暗いその世界は。

 

 一言で言うならば、無だった。

 

 本当に何も無い。

 奥行、いや、距離という概念があるのかすら怪しいその場所にいつの間にか立っていて。

 まあ夢ならこんなものだろうか、と首を傾げる。

 何だろうこの夢と、腰に手を当て、がしがしと頭を掻き。

 

「……あれ?」

 

 当てた腰に感じる感触に視線を落とし。

 腰に巻かれたベルトに取り付けられた六つのボールを見やる。

 光源など一切ないはずのその場所で、よく考えれば自分の姿だけははっきりと見えることに、今になってようやく気付き。

 

「……まあ夢だし」

 

 それで納得する。

 そうして取り付けられたボールに触れ。

 

 とくん

 

 感じる感覚に再び首を傾げた。

 

 

 * * *

 

 

「あ?」

 

 声を出す、という行為を明確に意識した……いや、させられたというべきか。

 夢だ、不思議とその確信があった。

 何も無い真っ暗なこの世界、いつかのやぶれた世界を少しだけ思い出すが、また違う。

 傍らに手を伸ばし、そこに居ない相方を少しだけ寂しく思い。

 

「……ん?」

 

 そこでようやくいつもの服装であることに気づいた。

 否、いつもの、というには語弊があった。あの人にもらったボルサリーノ帽も無ければスーツも着ていない。視線を落とせばそれでも確かにそれは見慣れた……着慣れたゴーグルやジャケットで、()着ていたそれであることを思い出すと同時に僅かに懐かしさが浮かび上がり。

 

「……ふん」

 

 鼻を鳴らし、即座に意識を切り替える。

 目下の問題として、どうやったらこの夢から覚めるか、だ。

 先ほどから確認はしているが、五感による刺激で目覚める様子はない。

 これを夢と認識している、つまり明晰夢というやつか、とも思うがそれにしてはこんなにもはっきりと思考し行動できるものだろうか。

 まるでこれでは起きているかのようではないか、と考え。

 

「またダークライでも来たか?」

 

 やはり殺しておくべきだったか……確殺以外は糞だな、と次に出会った時に確実に殺すことを誓いながら思考を加速させていく。

 夢、と言われるとダークライの仕業であると思いたくなるが、それにしては以前の夢と全く様相が違うことが気になる。

 第一、これが悪夢か、と言われるとやはり首を傾げざるを得ない。

 

 真っ黒で何も無い……本当に何も無いこの場所で、一体どうしてこんな夢を見ているのか、そしてどうすれば目覚めることができるのか。

 

「ヒントはこれか」

 

 何故今自分が過去の服装になっているのか。

 そして腰のベルトに取り付けられたボールが六つ。

 

 手を伸ばし、それに触れ。

 

「……ああ、なるほど」

 

 納得した。

 

 

 * * *

 

 

 こつん、と。

 

 闇の空間に物音が響いた。

 

「―――」

「―――」

 

 いつからそこにいたのか。

 気づけば、視線の先、闇の奥に一人の男がいた。

 見覚えの無い男。けれどこの空間において初めての他人。

 

 これは夢だ。

 

 それは分かっている。

 そして、だからこそ、何が起ころうと夢だから、の一言で納得できる。

 だからこそ、湧き上がるこの思いにも、同じ理由で納得ができる。

 

 これは夢だ。

 

 腰にセットされたボールに手を伸ばす。

 男もまた同じことをしていた。

 つまり、同じ人種だ。否、そんなことは目と目が合ったその瞬間から分かっていた。

 

 トレーナー同士目と目が合えば―――。

 

 それは結局、自分たちのような人種の根底に染み付いた性質であり、例えこの不思議空間だろうと、夢の中であろうと変わりは無い。

 そして同時に、今自分たちがここにいる理由が、そして何をすべきなのか、それが何となくで理解でき。

 

 なんだ、やることは変わらないじゃないか。

 

 何の躊躇いも無く、互いが手に取ったボールを投げた。

 

「チィィィク!」

「黒尾!」

「いつでもどこでもお元気アタイさネ!」

「また良く分からないことになっていますが……まあやることは変わりませんね」

 

 互いの場にポケモンが現れ。

 

「おや……?」

 相手の場に現れた黒い狐尾の少女が一瞬首を傾げる。

 

 同時に―――。

 

 “よるのとばり”

 

 闇が払われ、夜へと移り変わる。

 

「空が……」

「これは……そういうことか」

 

 フィールドが……天候が変化した、その効果は分からずともそれだけは理解する。

 同時にチークから伝わってくる感覚に、一瞬戸惑いを覚え。

 

「あ……そういうことか」

 

 それを理解する、と同時に相手の呟きの意味を悟る。

 端的に言えば()()()()の状態にまで育成度合いが戻っている。

 感覚としてはチャンピオン戦の時と同じだろうか?

 あれから二年以上経っているわけだが、チークから伝わる感覚は二年の逆行を示していて。

 

「まあ夢だからな」

 

 結局その一言で片づけ。

 

 “つながるきずな”

 

「やることは変わりない……いつも通りにいこうか」

「あいあいサ!」

 

 視線を相手へと移し、指示を出す。

 

「走れ!」

「了解さネ!」

「きつねび!」

「はい」

 

 互いの指示と同時にポケモンが動き出し。

 

“きつねび”

 

 先手を取って黒い少女……あの尻尾を見る限りキュウコンだろうか? 何故黒いのかは分からないが、恐らくそうだろう……がその両手に炎を灯し。

 そこに突っ込むようにしてチークがキュウコンへと接触し。

 

 “ほっぺすりすり”

 

「びりっとするヨ?」

「っ……やることは終わりましたので、これにて失礼します」

 

 『マヒ』状態を抱えたキュウコンが相手の元へと戻っていく。

 

「チーク」

「はいサ」

 

 そうして男が次のボールを手に取り……投げる。

 

「潰せ、蛮ちゃん!」

ゴギャァァァァォォォ(ぶっ潰す)!」

 

 出てきたのはバンギラスであり。

 

 “すなおこし”

 

 登場と同時に砂塵が巻き起こる。

 けれど砂塵の嵐は夜を晴らすこと無く。

 

 “二律背反”

 

「最初のは天候じゃ無かったのか?」

 ソレが何なのか分からない自分にとっては、結局目の前で見たものをそのまま受け入れるしかない。

 この『すなあらし』の状況化でバンギラスをまともに相手にするのは面倒だ。

 

 だったら。

「戻れチーク……行け、シア!」

 チークをボールに戻し、シアを場に出す。

「何かまた妙なことになっていますね……まあ今は良いですか」

 一瞬周囲の景色に目を細めたシアだったが、目の前で気炎を吐くバンギラスの姿に意識を切り替え。

 

「あつっ」

 

 キュウコンが去り際に残したともし火がシアに触れ、その身を僅かに焼く。

「……やけど、か」

 設置効果で『やけど』とは中々やばい技だ。

 とは言えこちらとて黙ってはいない。

 

 “ゆきのじょおう”

 

 天候を『あられ』に書き換える。

 見上げれば、やはり『すなあらし』が消え『あられ』が降り注ぎ始める。

 これでバンギラスにも隙が生まれた。

 だが同時に夜闇は消えない……やはりこれは天候ではないのか、と考え始め。

 

「ゴギャァァァ!」

「っ?! シア!」

「はい!」

 

 思考を遮るようにトレーナーの指示も無く、バンギラスが走る。

 声以外で指示していたのか、それとも予めそうするように仕込んでいるのかは不明だが、先手を取られたことは事実であり。

 

 どん、どん、とその巨体に見合わぬ軽やかさでバンギラスがシアとの距離を潰し。

 

 “ばかぢから”

 

 バンギラス渾身の拳がシアを突き刺さり、その姿を軽々と吹き飛ばす。

 

 “こおりのかべ”

 

 弱点技を軽減する薄氷がその威力を削ぎ、さらに絆によって上げられた能力がその大技を受けきる。

 そうしてお返しとばかりにシアがその指をバンギラスへと突きつけ。

 

 “アシストフリーズ”

 

 凍ての輝きがバンギラスを包み……一瞬でその全身を凍り付かせる。

 『すなあらし』の補正も抜けた上でそれでもその一撃で倒れないタフさに目を見開きながらも、それでもこれで一体無力化完了。

 

 そう、思った瞬間。

 

 ぴきっ

 

 ()()()()()

 

「行くぜ、蛮ちゃん」

 

 ―――ッッッ!

 

 男の……トレーナーの呟きに応えるかのように、氷漬けにされたバンギラスの全身に力が籠められ、()()()()()()()()()()()

 

 メ ガ シ ン カ

 

 ぴきり、と……再び氷が軋み。

 

 ぴきり、ぴき、ぴきぴき、ぴき……軋む。

 

 ぱきん、ぴき、ぴき……軋み。

 

 そうして。

 

「ゴギャァァァァァァォォォ!」

 

 光が割れ、全身を覆う氷を怒張した筋肉で無理矢理に砕きながらメガバンギラスが咆哮を上げる。

 

 “すなおこし”

 

 同時に、再び『あられ』を塗り替えて『すなあらし』が吹き荒び始め。

 

 “ストーンエッジ”

 

 岩の刃がシアを抉り。

 

 ―――きゅうしょにあたった

 

「ぐっ」

 急所を抉った一撃がランク補正を無視してそのHP(体力)を削り、シアに膝を着かせる。

 それでも尚、倒れまいとシアが表情を歪めながらも震える膝で立ち上がり。

 

「戻れ」

 

 その身がボールに吸い込まれる。気力で立ちはしたが、あれ以上は無理だろう。

 夢だからその辺なんとかならないかな、とも思うが、まあ夢だろうと無理はさせたくない、実質これで『ひんし』と考えて良いだろう。

 

 そうして思うのは。

 

「やっばいなあ……あのバンギラス」

 特異な能力があるわけではないが……純粋に強く固く、そして鍛え上げられている。

 やや小柄なのかとも思ったが、通常のバンギラスよりもよっぽど硬質化した筋肉のせいで『こうげき』も『ぼうぎょ』も上がっているし、あの鈍重な種族とは思えないほど『すばやさ』も高い。

 そして『すなあらし』で『とくぼう』にも補正がかかっており、さらにはメガシンカしてさらにその凶悪さを増している。

 あれ単体でエースを張っても通用するレベルの怪物に、一瞬どうしようかと悩み。

 

 がたり、と腰のボールの一つが震える。

 

 まるで暴れさせろ、と彼女が吼えているかのようであり。

 行かせるか? と考え視線をあげれば未だにフィールドに漂う灯火。

 物理アタッカーがあれに触れるのは正直遠慮したいところである。

 とは言え設置技なら、どうにかできる……それはダイゴとの戦いで散々苦労させられたから。

 

「先にお前だ、リップル!」

「はいはい、っと……お任せだよ」

 

 “スコール”

 

 雨が降り始める。

 ざあざあと降りしきる雨が『すなあらし』をかき消し、徐々にフィールドの水位をあげていく。

 

「戻れ、蛮ちゃん」

「リップル!」

「はーい!」

 

 男がバンギラスをボールに戻し。

 

「受けろ、ナイト!」

なーお(任せろ)

 

 “りゅうせいぐん”

 

 場にブラッキーが現れると同時に降りしきる流星がブラッキーの体を撃つ。

 絆によって強化された一撃がブラッキーの体力を大きく減らし。

 

なーう(もう一発はきついぞ)

 

 呟きを残してボールへと戻っていく。

「もう一度だ、蛮ちゃん!」

 戻したボールを入れ違いに、見事なボール捌きで男がボールを投げ。

 

「ゴガァァァァォ!」

 

 メガバンギラスが現れる。

 

 “すなおこし”

 

 雨がかき消させ、三度砂塵が吹き荒れる。

 とは言え、洪水がごとき雨がフィールドを漂っていたともし火をかき消している。

「ご苦労様、リップル……」

 役目を果たしたリップルを手元に戻し。

 

 行かせろ、行かせろ、と先ほどから揺れるボールを手に取り。

 

「じゃあ、行ってみようか……アース」

 

 その意を汲むように、ボールを投げる。

 投げられたボールから光が放たれ、くの一のような装束の少女、アースがフィールドに降り立つ。

 

「く……くく、何だよ、何だよ……アタイ抜きで面白そうなことしてんじゃねえよ!」

 

 楽しそうに、アースが笑い。

 

 “じしん”

 

 どん、と足元を蹴ると同時に衝撃が広がっていく。

 ごうん、ごうん、と足元……果たして砂も土も無いはずの闇が鳴動し、バンギラスの体力を削り。

 

「ゴ……ギャァァァ!」

 

 先ほどのシアの一撃と合わせて致命的なダメージを受けたバンギラスが咆哮を上げ。

 ()()()()()()()()。最早限界は超えている、だがそれでも尚負けないと、勝つと、気炎を上げ。

 

 “ばかぢから”

 

 その拳を振り上げ。

 

「うるせえ、寝てろ」

 

 “きっておとす”

 

 瀕死の傷に鈍った体の隙を突いて振り下ろした一撃がバンギラスを撃沈した。

 

 

 




というわけで『てんぞー』さんからキャラお借りしての『ドリームマッチ(文字通りの意味で)』です。
まあ擬人化アリで、データ作ってて、完結してるポケモン作品なんて他にほぼ無いし、読者の中にも察しの良いやつが多かったな(

一話じゃ終わらなかったので、次回で終わりかな?



一応、本作には無い、向こう様オリジナルの技の解説。

きつねび:『どくびし』のやけどバージョン。場に出たら『やけど』する糞技。
よるのとばり:天候を『よる』にする。『よる』になると回避率が上がったり、『ゴースト』『あく』タイプの技の威力が上がったりする。
二律背反:天候や状態異常など本来システム的に一つしか受けない効果を重複させる、とは言え一応2個までの制限はあるらしいが(妖怪談


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チャンピオンマッチVS■■■■②

 

 

 ―――蛮ちゃんが落とされたか。

 

 ボールに戻しながら思考を加速させる。

 ここまでの戦いで凡その相手の戦法というものが分かってきた。

 オーソドックスな交代パ。ただし自分と同じように交代にバトン効果を入れていると考えられる。

 

 基本的にオニキスの育てたポケモンというのは他の同じ種族に比べ一回りも二回りも強い。

 それこそ、天賦とだって当たり負けしないほどに鍛えに鍛えてある。育成評価規格外の力は伊達でも何でもない。

 どうやら過去の状態にまで調()()されているらしいがそれでも並の相手ならば鎧袖一触に蹴散らせるだけのポテンシャルがあることは事実だ。

 

 ここまでの戦いを見た限りでは地力だけで言えばこちらが勝っているように見える。

 だが実際には互角、否、それ以上の奮戦を相手は見せている。

 その種が恐らく何らかの方法で能力を上げている、その一番手っ取り早い方法が能力ランクを積むことだろう。

 勿論オニキスとて同じ交代パとして積みながら戦ってはいるが。

 

 初速が違い過ぎるな、と考える。

 

 この頃のオニキスのパーティは天候パ。

 『よる』を起点としてそれぞれが得意とする天候に変えながらそれをトリガーとして能力を積み上げ、交代していく。

 つまり交代するほどに強くなるパーティなのだが、つまりそれは初期段階ではほぼ素の状態であるということだ。

 大して相手のパーティを見る限り、ほぼ初手から能力ランクが()()()()()()で始まっている。

 

 さらに言うなら交代パとしての強度が違う。

 

 オニキスのポケモンたちは交代際に能力をバトンするように仕込まれているが、さすがに『ひんし』になればそれもリセットされる。

 逆に相手のポケモンは先ほどの推定『こおり』タイプのポケモンを落としたにも関わらず交代して出てきたポケモンにはしっかりと能力上昇の効果が引き継がれれていた。

 

「ここで蛮ちゃんを落とされたのは痛いな」

 

 蛮ちゃんなら気合で耐えると思っていた、いや、それを当てにしたのは間違いだったか?

 だが実際に耐えていた、耐えていたのだが。

 

「タスキ殺しか」

 

 戦闘続行系の能力も全部無理だ、恐らく死にかけたら問答無用で『押し込まれる』。

 偶然とは言え蛮ちゃんをメタっていた。いや、タスキや『がんじょう』系特性を含めればよくある対策に引っかかってしまったと言うべきか。

 読み負けた、というよりは読み違えたという感じか。

 

 恐らく相手はそれほど読む力は無い。

 悪手も無いが、こちらの思考の裏を読んだ手はこれまで無かった。

 素直な指示だ、本来なら読みやすくもあるのだが。

 

「問題は、だ」

 

 そう、問題があるとすれば。

 

「あれは何のポケモンだ?」

 

 出てくるやつがどいつこもこいつも見覚えの無いポケモン(亜人種)であるという事実だった。

 

 

 * * *

 

 

 推定『じめん』タイプ。

 

 しかも蛮ちゃんを一撃で限界まで追い込めたことを考えれば相当に高い攻撃能力。

 そしてあの高慢(プライドの高)そうな様子からして『ドラゴン』か?

 

 『じめん』タイプで、『ドラゴン』タイプ。

 

「……ゴンさんでも連れてくれば良かったな」

 

 あの生物兵器(ドラゴンスレイヤー)ならば嬉々として殺しに行ってくれただろうが、どうやら今の手持ちの中にはいないため思考から外すとして。

 本来ならば様子見に一手、受けポケでも出したいところだが。

 

「あれはやばい」

 

 ガブリアス、しかも推定天賦。

 天賦ガブリアスならばワタルも持っていたが、目の前の相手から感じられる圧を考えれば最早それとしか考えられない。

 さらに言うならば、手の中でカタカタと揺れる()()もまたそれを証明している。

 

「断ち割れ……クイーン!」

 

 投げたボールからクイーン……オノノクスが現れる。

 クイーンはオニキスが育成したポケモンの中でも特に特異な存在であり、その能力は。

 

 ―――天賦殺し。

 

「ふふ……死んでちょうだい(ドラゴンクロー)

「ごめんだね、お前が死ね(ファントムキラー)!」

 

 優先度による割込み、強襲。

 天賦(ガブリアス)による冗談染みた理不尽な一撃をけれど、天賦殺し(クイーン)は天賦を殺すためだけに力を磨き上げたその直感で躱し。

 

「ぶち当てろ、アース!」

 

 “きずなパワー『めいちゅう』”

 

 相手の声に()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟の反応で手に持った斧でガブリアスの少女の持つ短刀を切り払おうとしたクイーンだったが()()()()()()()()()

 

「ぐっ……」

「ぶっ殺す!」

 

 “しゅくち”

 

 “ファントムキラー”

 

 さらに加速したガブリアスが短刀を振り上げ。

 

「戻れクイーン!」

 

 咄嗟の判断でクイーンを戻し。

 

「ナイト!」

なーお(まじかよ)

 

 ナイトがフィールドに下り立ち、直後に振り下ろされたガブリアスの一撃でナイトが軽々と吹き飛ばされ。

 

「耐えろ、ナイト!」

「……な-お(無茶言うぜ)

 

 ぼやきながらも歯を食いしばって耐えたナイトが瀕死の体へ追撃しようとするガブリアスへと向き直り。

 

 “ほえる”

 

 吠えた。

 ガブリアスが一瞬目を細め、けれどボールに戻っていく。

 これで良い、あのままではガブリアスがどこまでも調子づくだけだ。

 もう一度出てくるにしろ何にしろ、一度相手の勢いを断ち切り、リセットしなければそのまま押しこまれる。

 同時に蛮ちゃんが展開した『すなあらし』がナイトの最後の気力を奪い、ナイトが崩れ落ちそうになるが何とか持ち直す。

 直後に止んだ『すなあらし』に相変わらず運が無いな、と自嘲しながらナイトをボールに戻す。

 最早ナイトに次は無いだろう。気力で耐えるのにも限界はある。次攻撃を受ければ確実に倒れるだとうと予想する。

 使()()()()()は慎重に考える必要がありそうだった。

 

「流れを取り戻すぞ……災花!」

 

 全体的な能力はこちらのほうが高い、だが勢いは相手のほうにあることを自覚する。

 となれば勢いを断ち切ったここで一気に押し戻す必要がある。

 そのために、ここまで温存していた札を一枚切る必要があるだろう。

 

「行くぞ、メガシンカ!」

 

 胸のペンダント……キーストーンが災花に持たせたメガストーンに反応し、光を放つ。

 そうしてその姿が変じ、メガアブソルとなった災花が現れ。

 

「わっとと……あちきかい?」

 

 強制交代によって最初に出てきた推定『でんき』タイプのポケモンが現れる。

「っ」

 一瞬だが相手トレーナーの表情に苦味が走ったのを見て。

 

「戻れチーク」

 

 ボールへと戻そうとしたその瞬間に災花が敵を捉える。

 

 “おいうち”

 

 逃げようとした敵へと突き刺さった一撃に相手が声にもならないほどに顔を歪め。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 思わず舌打ちしたくなる。今のでも倒れないのか、と言いたい。

 いや、いくら能力を積んでいると言っても、災花の一撃を食らって倒れないのはさすがに考えられない耐久だ。

 となれば、何か絡繰りがあるはずであり。

 

「……タイプ相性か?」

 

 推定『でんき』タイプ、さらに『あく』タイプの“おいうち”を半減できるとなれば。

 

「フェアリータイプ。つまり」

 

 『でんき』『フェアリー』。

 数百種類現存するポケモンの中でそんなタイプのポケモン二匹しかいない。

 だが片方はこの間倒したばかりであり、しかも準伝説だ、こんなところにいるとも思えないし、何よりそれらしいオーラを感じない、となれば。

 

「デデンネか」

 

 これだけバトルをしてようやく相手の手の内二匹が分かった。

 なんともやり辛いバトルだと思う。

 相手が何のポケモンか分からない、というのはデータ的にはこちら側だけ目隠しされて戦っているようなものであり。

 相手の型から予想して行動を読んでいるオニキスからすればデータが見えない相手というのは面倒この上ない。

 とは言え負けるわけにはいかない。

 否、負けは無い。

 チャンピオンとはそういう生き物なのだから。

 

 

 * * *

 

 

「いってええええええええええええええええええええええええええええええ」

 

 絶叫するチークを戻しながら、想像を絶する一撃に冷や汗を流す。

「能力ランク積んでなければ、物理受け寄りでかつフェアリーのチークでなければ、急所にでも入っていれば」

 色々なIFが頭の中を駆け巡り、そのどれか一つでも実現していればチークが戻ってこれなかっただろうと思うと異常なまでの火力にぞっとする。

 とは言え、メガシンカした事実と使ってきた技、そして相手の容姿から推察するに相手は恐らくメガアブソル……物理攻撃の鬼のような種族値をしていたはずだ。

 それを受けてよく戻って来れたとチークを褒めたい。

 

 とは言え、あれをどうするか悩む。

 

 アースなら……いけそうではある。あれは一種完成された暴力だ。

 残念ながら道具が違うので奥の手は出せないが『いのちのたま』で底上げされた火力と元の能力値、そして『とうしゅうかそく』によって最大にまで引き出された強さは最早容易に手をつけられる相手ではない。

 

 ―――のだが。

 

「ブラッキーは沈んだ……もう“ほえる”は無いとしても、他に何か手があるか?」

 実際のところ自分の“きずな”によるバトンは強制交代でも途切れないので“ほえる”自体の強みは半減しているのだが、それでも強制交代というのは厄介だ。

 チークが出てきてくれたのは半ば幸運と言えるが、問題は次だ。

 

 アースで良い……と思うのだが、アースはすでに一度見せた。

 先ほどの斧を持った女……恐らく『ドラゴン』タイプ。さらに一瞬とは言え、アースの攻撃を大幅に相殺したその攻撃力、そして色と特徴から考えて推定『オノノクス』と言ったところか。

 

 一瞬の思考の間。

 

「アース!」

 

 それでも、アースを信じる。

 そう決め、ボールを投げ。

 

「戻れ災花」

 

 相手がメガアブソルを下げ。

 

「今度こそ潰せ……クイーン!」

 

 再び……推定オノノクスを繰り出す。

 両者が再び激突し。

 

 “しゅくち”

 

 “ファントムキラー”

 

 先手をアースの短刀がオノノクスを切り裂く。

 

「ぐっ」

 

 先ほどと同じ光景、ただ違うのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最後に……これだけは、もらっていきます、わよ」

 

 “ドラゴンクロー”

 

 振るわれた斧がアースの背を袈裟に切り裂き。

 

 とくん、と鼓動が聞こえた気がした。

 

「がっ……ぐ……糞ったれが!」

 

 突如感じる力の減衰。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 絆を通してそれが理解できた。

 今の一撃で、アースの力が一部削り取られた。

 とは言え、まだ戦闘ができないというほどではなく。

 気合だけで耐えていたオノノクスも崩れ落ち、相手がボールへと戻し。

 

「さあ、仕上げだ……討ち取るぞ災花!」

 

 そうして再び相手が繰り出したのは先ほどのメガアブソル。

 

「アース!」

「災花!」

 

 互いの指示が飛び交い。

 

 “しゅくち”

 

 “ファントムキラー”

 

 放たれた弾丸がごとく、アースがメガアブソルへと飛び出し。

 

呪われなさい

 

 メガアブソルが付きだした指がアースを差し。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ」

 

 予想もしなかった脱力に足がもつれ、アースが転がり勢いのままに反動ダメージを受ける。

 そうして。

 

「落ちなさい」

 

 “じゃれつく”

 

 放たれた一撃がアースを沈めた。

 

 

 * * *

 

 

 運を極限(ゼロ)まで下げることによる強制行動失敗。

 災花の切り札だったが、それに加えてクイーンの一撃がガブリアスの能力の一部を断ち切ったことで弱体化し、ようやくあの怪物を打倒すことができた。

 ワタルのガブリアスと比べても遜色がないほどの怪物ぷりだったが、これで相手のアタッカーを一枚潰せた。

 とは言えまだ相手は四体……内一体、デデンネは先ほどの“おいうち”であと一撃で倒れる寸前だろうが、まだ三体無傷の相手がいるのだ、油断ならない。

 大してこちらは残り三体。しかも一体は『マヒ』状態の黒尾だ……あのガブリアスを倒すために札を切らされ過ぎたことは否めないが、それだけの相手だったことは確かだった。

 

 そうして相手がガブリアスを回収し、次のポケモンを出す。

 

「やれ、シャル」

 

 出てきたのは紫色が特徴の少女。

 どこか見覚えが無くも無いフォルムだったが、それ以上に。

 

 “かげぬい”

 

 ()()()()()

 文字通り、少女の影が伸び、影が災花の影を捕らえ。

 

「……っ?!」

 

 災花の動きが止まる。

 

「災花?!」

 

 突然のことにどうしたと問おうとして。

 

 “シャドーフレア”

 

 相手から放たれた黒い炎が災花を包み、一瞬でその体力を削りきる。

 焼け焦げ、倒れ伏す災花に理解が及ばない。

 というかさすがにレギュレーションを無視し過ぎだろ、と思うが公式戦でも無いこの場においてそんな言葉がどれほどの意味を持つかと言った話であり。

 

「黒尾!」

「……なんですか、あれ?」

 

 理解の及ばぬ光景に、黒尾が呆然としながら場に現れ。

 

 “かげぬい”

 

 再び現れた影が黒尾を掴み、その動きを止め。

 

 “シャドーフレア”

 

 炎がその全身を焼き、黒尾が倒れる。

 

 “みちづれ”

 

 倒れた肢体から影が伸び、相手の少女を掴むとその体力を一瞬で奪い取る。

 なんとか発動したか、と得体の知れない相手が倒れたことに安堵しながらも、オートみちづれという運に頼らざるを得なかったことに内心舌打ちし。

 

「―――サザラ!」

 

 最早言葉も無かった。

 ただ信頼するエースの名と共に、ボールを投げ。

 

「■■■■―――ッ!!!」

 

 竜の咆哮が決戦のフィールドに響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

 響く竜の咆哮に緊張感が走る。

 ボールを握る腕が震え、全身の力が抜けそうだった。

 

 一言で言うならば。

 

 ()()だろう。

 

 剣と盾を持ったヒトガタは、オーラのようなものをまき散らしながら、さあ来い、とばかりに不敵に笑みを浮かべフィールドに立っていた。

「やっばいなあ……」

 呟きながらボールを片手に持ち。

 

「チーク……最後の仕事だ」

「……ふ、へへ……ポケモン使いの荒いトレーナー、さネ」

 

 気力だけで立ったチークがふらふらと体を揺らし。

 

「ま、出されたからには、お仕事、さネ」

 

 “こうきしん”

 

 “なれあい”

 

 “れんたいかん”

 

 一瞬で接近したチークがニヒヒ、と笑い。

 怪物の身に触れる。

 

「あっ」

「……調子に乗ってるから」

 

 不敵な笑みが崩れ、相手トレーナーが嘆息する。同時に、竜の表情に焦りのようなものが見え。

 

「お仕事完了、さネ」

 

 “わるあがき”

 

 もがくような竜の動作に巻き込まれてチークが倒れる。

 そうしてチークを回収し。

 

「リップル」

「はいはーい」

 

 “スコール”

 

 無傷のリップルが場に降り立つ、と同時に場に雨が降り出し、夜と混じる。

 取り合えず何のポケモンかは分からないが、竜なのは間違い無い。なんというかオーラのようなものがバチバチ弾けているし、同じ『ドラゴン』タイプを散々見てきたからこそ、何となく分かる。

 問題はあの剣と盾……ギルガルドのように見えるのだが、それを装着しているという事実。

 モンスターボールから同時に出てきた、ということはあれで一体のポケモンと認識されているのだろうか、正直そんなポケモン聞いたことも無いのだが。

 

「戻れサザラ」

 

 とは言え、ニックネームから考えると。

 

「ナイト」

なーう(最後の一仕事だな)

 

 ブラッキーが場に現れ。

 

「リップル」

「はいはい」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 降り注ぐ流星がブラッキーの身を撃ち。

 

なーお(最後に届けるぞ)

 

 “たくすねがい”

 

 ブラッキーが天に向かって吼える、と同時にその身が崩れ落ち。

 

「サザラ!」

 

 ブラッキーを戻したトレーナーから投げられたボールから飛び出し、再び怪物がフィールドに降り立つ。直後に降り注ぐ光が怪物の身に力を宿し。

 

「リップル!」

 

 “どくどくゆうかい”

 

「サザラ!」

 

 “りゅうごろしのつるぎ”

 

 放たれた一刀がリップルを袈裟に切り裂き。

 

 “スリップガード”

 

 その身に纏う粘液が竜の全身に絡みつき、その動きを邪魔する。

 

「■■■■―――!」

 

 竜が荒れ狂うように咆哮し、こちらを睨みつけ。

 

「戻れリップル」

 

 直後に崩れ落ちたリップルをボールに戻す。

「……ふう」

 嘆息一つ。視線を上げればフィールドに立つのは剣と盾を構えた怪物。

 そしてこちらの残りは……。

 

「エース対決、か」

 

 まあ構わない。

 俺の絶対のエースになら全部任せれる。

 

 だから、だから、だから。

 

「勝て! エア!」

 

 最後の一つとなったボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

「ルォォォォオオ!!!」

 

「■■■■―――!!!」

 

 フィールドに二体の竜が舞い降りる。

 片やサザンガルドという新種と化した新生の竜であり。

 最強のチャンピオン、トキワの森のオニキスが絶対のエース、サザンガルドのサザラ。

 片や伝説のポケモンレックウザをも降し、同じ伝説の領域へと至った竜。

 ドールズマスターの最強のエース、メガボーマンダのエア。

 

 尤も、それは互いが知らぬ事実ではあるが。

 

 ただ一つ、相対すれば分かる事実がある。

 

 目の前のソレが強敵であるという事実。

 

 そして、互いが倒すべき敵であるという認識。

 

 それだけはれば最早他には不要だった。

 

 “きょっこうのつるぎ”

 

 放たれるは七色の剣閃。虹を描く極光の剣がエアを切り裂かんとし。

 

 “らせんきどう”

 

 “スカイスキン”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 空中を蹴りだし、爆発的な推進力と共に螺旋を描く一撃がサザラを貫かんとする。

 

 共に同じ『ドラゴン』であり、パーティの中核たるエース。

 その矜持が誇りが、絶対に譲らないと互いを鼓舞し。

 

「オォォォォォォォ!」

「ルァァァァァァァ!」

 

 激突し、弾け合い、再度ぶつかり合う。

 強さを比べ合うように、確かめ合うように。

 傷つけ合いながらも、互いを高め合っていく。

 

「ぶち殺せ、サザラァァァァ!」

「貫け、エアァァァァ!」

 

 互いがトレーナーの声を、言葉を、思いを受け、両のエースの動きがさらに早く、勢いは激しく、戦いは白熱し。

 

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

「ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 この一撃で沈め、と互いがその身の丈の全てをぶつけ合わんとした。

 

 

 

 ―――その瞬間。

 

 

「だあああああああありいいいいいいいいいいいいいん!」

 

 ぱりん、と闇が割れた。

 

「カアアアアアアアアアアアアアミサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ついでに空から星が落ちてきた。

 

「「は?!」」

 

 トレーナーも、ポケモンも、互いが勝負も忘れその光景に一瞬ぽかんとし。

 

「だーりん、だーりん、だーりん、やっと見つけたわ、全く創造主様にも困ったものよね、こんな異世界くんだりまで世界を繋げちゃってお陰で探すのに苦労したわよ!」

「カミサマァァァ! ようやく一つ滅びを回避してこれからって時にこのおろかもの巻き込んでなにやってるでしか、さっさと帰るデシよ! まだやることいっぱいあるデシ!」

 

 現れたのは首輪と鎖という中々危ない外見をした少女と、白い和服を着た少女の二人。

 

 突然現れ騒ぎ立てる二人に呆然としているうちに。

 

 ―――あちゃ、邪魔が入っちゃった……今回はここまでかな?

 

 声が聞こえた。

 

 聞こえて、聞こえて、聞こえて。

 

 ()()()()()()()

 

 ―――残念だけど、夜明けだね。そっちのI(ワタシ)もお疲れ様。

 

 声が誰かに語り掛け。

 

 ―――中々楽しかったよ。次はちゃんと現実で、ね?

 

 そんなひたすらに一方的かつはた迷惑な宣言を告げて。

 

 

 その場にいた人やポケモンの意識は薄れていった。

 

 

 * * *

 

 

「……なんか変な夢を見た気がする」

 

 朝起きるとひどくぐったりとしていた。

 気分的には6:6バトルを一戦、それもかなりギリギリの戦いをした後のようなぐったりとした疲労感。

 何だろう、夢の中でバトルでもしていたのだろうか、なんて考え。

 

「……まさかね」

 

 アホらしいことを言ったと自嘲し、背伸びする。

 時間を見ればいつもと同じ起床時間で。

 

「次は勝つ……ん? 次って何のことだっけ」

 

 起き上がりながら無意識に呟いた言葉に思わず首を傾げた。

 

 

 

 

 




毎回毎回トレーナー戦するたびに思うが。

シャルちゃんやばすぎて本気で困るわ。

自分で作っておいてこいつだけは本当にやばすぎると俺が認める最凶の天使。
というわけでチャンピオンマッチVSオニキスニキでした。
全能力+6のガブリアスとか本気で悩んだ、真面目にどっかから野良ゴンさんがやってきてガブリアス倒して自爆してくれないとか、とか展開考えたくらいには悩んだ(


まあそれはさておき、同じポケモンをたたき台にしてもてんぞーワールドではポケモンバトルは『競技』であり、スポーツのようなもの。
つまりレギュレーション、ルールがあり、バランスというものがあるわけだが。
うちの世界にそのようなものはありません、うちの小説のメンバーレギュレーション制定すると大半ひっかかる反則性能なので、実際のところ同じルールでやったらハルトくん絶対に負けます。

トレーナーとしてのハルトくんって統率能力以外は全部オニキスニキの下位互換だからね。

じゃあなんで今回いい勝負してたん? ってなるのは、ハルトくんPTがレギュレーションとか無いなんでもありな糞性能ポケだったから、ってのと本小説におけるヒトガタポケモンの奇襲性が最大の要因。
オニキスニキの読みって基本的には実機的だから、相手のポケモンが何かというのは最低限知ってないと読み辛いと思う。
そしててんぞー世界の亜人種は萌えもん、つまり羽とか尻尾とか特徴残してるんだけど、うちの擬人は完全に人間形態。つまりトレーナー本人以外は戦わないとタイプすら分からないことが多い。まあある程度外見的なカラーリングとかの特徴はあるんだけどね。
つまり初戦限定の『これ何のポケモンだろう』という情報面での奇襲でオニキスニキ相手に優位を取ってたからこそのこの展開。
ぶっちゃけ二回目やったら絶対に負ける。
トレーナーとしての性能じゃぼろ負けしてるしね。唯一勝ってるの統率くらいか。
つってアローラ編だともう別性能なんだが。

そして微妙に次回があるみたいなことアルセウスが言ってるが。


そんなもの無いから(


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並べて世は事も無しのような気がする

 

 

 ソファに体を沈み込ませる。

 足元でオメガがクッション抱えてイビキかいて幸せそうに眠っているのを視界の端に映しながら、テレビのリモコンを操作しスイッチを入れる。

 画面が点灯し、今朝のニュース番組が流れ出すテレビにさらにリモコンを弄ってチャンネルを変えていく。

 そうして一通りチャンネルを回し終えると、結局最初のニュース番組に戻ってきて。

 

「オーキド博士のポケモン講座やってるね」

 

 直後に始まった番組企画に思わず口を開く。

 ゲーム時代にもあったラジオ番組の一つだったが、いつの間にか全国区に放送される人気番組になっていた。

 オーキド・ユキナリと言えば実機知識で言えば初代ポケモン博士として有名だが、それ以上に現実においてポケモン研究の最先端を行く第一人者としてその筋のみならず多くの人間に知られている。

 だいたいどの地方にもポケモン博士、というのは居たが、研究者の間以外で他所の地方のポケモン博士でその名を知られている人物などオーキド博士を置いて他にはいないと言っても過言では無い。

 いや、一応ニシノモリ博士という知っている人は知っているという程度の知名度を誇る人物もいるのだが、こちらはどちらかと言えば歴史上の人物というイメージがあるため余り研究者としては有名ではない。

 そんな有名人であるところのオーキド博士がコガネラジオ局の人気DJであるクルミちゃんと一緒に番組をしている、ということで結構ファンの数も多く、カントー、ジョウトにおいては視聴率はかなり良いらしい。

 そんな経緯もあって、他所の地方の人気番組ではあるが、ホウエンやシンオウなどカントー・ジョウト地方から近場にある地方では朝の一時ではあるが再放送枠を取って放送されていたりする。

 まあさすがにイッシュやカロスなどは遠すぎて放送されていないらしいが。

 

「ポケモン博士かあ……」

 

 テレビの前でカメラに向かってポケモンの解説をしているオーキド博士を見ながら思わず呟く。

 ホウエンの伝説が暴れ回り、ホウエンどころか世界の危機だったあの一連の事件が解決を見てから二カ月が経つ。

 ずっと……ずっとずっと、それこそ物心ついた時からずっと考え続けていたホウエンの滅びは回避された。

 今までの自分はそのためだけに動き、戦い、生きてきた。

 だがこうして実機で言うところの原作が終わり、後日談が始まってみると。

 

「……何やるかねえ」

 

 一体自分が何をしたいのか、そんなことが分からなくなっていた。

 ホウエンの滅びの運命は回避された、つまり自分のやることは終わったと言って良い。

 端的に言えば燃え尽き症候群というやつだろうか。

 

 何せ放っておけば世界が滅びるのが分かっていたのだ。それはもう必死になるし、余計なことしている暇も無い。

 必要なことは何かを考えたし、そのために何をすればいいのか必死になって頭を捻った。

 自分が才能の無い人間であることを自覚していただけに余計に、だ。

 

 そして、その成果は実った、ホウエンは、世界は救われた。

 

 レックウザはあの後見ていないが、恐らく傷を治して今もホウエンの空を飛んでいるのだろうし、グラードンもカイオーガも今は捕獲されて家にいる。

 デオキシスの誕生を危惧したこともあったが、その兆候も無く。

 レックウザを倒した数日後にやってきたジラーチから完全にホウエンに関する災厄が終わったことを聞かされ、肩の力が抜けた。

 

 そうして……そうして、それから……。

 

 それから、どうしよう?

 

 気づいたのは数日後。

 さすがに疲れた、と数日休養し、十分に英気も養い、パーティのメンバーたちも完全復活。

 じゃあ、どうしようと考え何も思い浮かばなかった。

 何かやりたいこと、というのも特に思いつかないし、やらなければならないこと、と言うのももうそれほど無い。

 そんなこんなですでに二カ月以上ミシロの実家でだらだらと惰性的な毎日を過ごしていた。

 

 

 * * *

 

 

「ポケモン博士か……」

 

 今朝見たテレビの内容を思い出しながら、再び言葉が口を突いて出る。

 博士、と言われると身近な人ではオダマキ博士が浮かび上がるが、本来博士号というのはそう簡単に取得できるものではない。

 オダマキ博士だってカントータマムシ大学のほうできちんと勉強し、苦心の末に今の地位にいるのだ。

 存外凄い人なのだ……いや、こういう言い方も失礼な気もするが。

 

「多分ハルカちゃん、そっちのほうに行くんだろうなあ」

 

 お隣の幼馴染、ハルカちゃんは父親の影響を多大に受けているためそういう方向に行くのだろう。

 子供からすれば親の影響というのは計り知れないものがある、そういうことだってあるだろう。

 ただ俺の場合は父さんを真似ずともとっくにトレーナーになっている、というかその頂点たるチャンピオンである。

 ここからどこを目指すのか……まさか他所の地方のチャンピオンに喧嘩売るわけにもいかないし。

 

「というか、もうチャンピオンである必要性も無いんだよなあ」

 

 元々ポケモン協会に対する干渉力を得たくて手に入れた地位だ。

 それだって結局のところ、来るべきホウエンの伝説襲来に際して協力が必要だったからで。

 それが終わった今、最早チャンピオンという地位に固執する意味もそう無い。

 いや、そもそもチャンピオンは今年で引退するつもりだったのだ、最初から。

 

「勝ち続ける、なんて……どうにも性に合わないしね」

 

 自分の元となった碓氷晴人という男だって元々は趣味パで遊んでいたのだ、そんな部分は今の自分にも引き継がれており、結局勝ったり負けたりしながら家族と共に楽しくやれれば満足な人間なのだ。

 リーグトレーナーのようにただ勝利だけを追い求め、常に緊張感を纏って年がら年中ポケモンバトルのことしか考えていないような生活は自分にはできない。

 

 だから今年限りでチャンピオンは引退だ。

 まあさすがにあと三月後に控えるチャンピオンマッチには出なければならないが、それが終われば勝っても負けてもそれでお終い。

 というか本来ならもうそろそろ始まる時期だったのだが、さすがにホウエンが滅びかけてまだ二カ月である。リーグ側、ポケモン協会側も事後のごたごたを収拾するのに手いっぱいで、さすがに今年のホウエンリーグは延期せざるを得なかったのである。

 異例の事態ではあったが、ホウエンの空が黒に染まりトクサネシティを襲った龍神の姿を多くの人間が見ているため、むしろ納得の処置だとしてトレーナーたちの間でも受け入れられた。

 

 つまり今頃ホウエンリーグの予選が終わる頃、そして一か月ほどで本選が始まり、さらに二カ月後にはチャンピオンリーグ挑戦者が決定されるのだろう。

 

「今年はシキか……それとも出ると言ってたダイゴか……どっちが来ても胃が痛いなあ」

 

 今まで戦った相手で楽な相手など一人もいなかったのは確かだが、それでも特に手ごわいと思っている二人のトレーナーが鎬を削り、自分を倒そうと力をつけてきていると思うとため息しか出ない。

 

「ただでさえエアが不調だっていうのに」

 

 最近ぼんやりとすることが多くなった自分の愛しの少女の名を呟きながら嘆息する。

 レックウザとの戦いで超越種として完全に進化してしまった自身のエースは、けれどその後も特に大きな変化も無く今日まで無事に過ごしている。

 ただ最近になってどこか様子が変、というかぼんやりしているような気がするのは気のせいだろうか。

 

「楽観視してたけど……やっぱり見てもらうべきかなあ」

 

 エアとの糸……絆の繋がりは未だに保たれている。

 一時はほとんど切れかけていた絆だったが、それでも今はもう繋ぎ直されている。

 胸に手を当てて目を閉じれば、とくん、という心臓の鼓動と共に繋がる暖かい絆を感じる。

 そこに異常は感じない。

 

 ただ様子がおかしいのもまた事実であり、一度ポケモンドクターに見てもらうべきかと悩む。

 

 普通に考えれば見てもらうくらい見てもらえばいいのだろうが、エア自身が特に問題ないと言っているのが何とも悩みどころだった。

 

 

 * * *

 

 

「お茶を入れました、マスターもいかがですか?」

「ん、シア……ありがとう」

 

 ぼんやりとテレビを見ていると、コップを乗せたお盆をシアが運んでくるので、一つ受け取る。

 氷の入った冷え冷えのアイスティーに口を付ければ、夏日で茹った頭が一気に冷えていく。

 隣に座ったシアに礼を告げながらさらにコップの中身を飲み干していき。

 

「はー……ごちそうさま」

「はい、お代わりは必要ですか?」

「いや、大丈夫だよ」

 

 そうですか、と呟きながら自身の隣でソファに背を持たれたシアを見やりながら机の上に置かれたお盆へとコップを返す。

 ちらりと時計を見れば時刻は午前九時半。

 父さんも母さんも今日は出かけているし、どうにもやることが無いままだらけてしまう。

 

「このままじゃダメだなあ」

「何がですか?」

「んー?」

 

 ソファに身を預けながらぽつりと呟いた一言にシアが首を傾げる。

 

「何かやらないと……動かないとって思うんだけど。何もやる気が起きないんだよね」

 

 だらん、と手足の力を抜いてソファに沈む。

 足元にちょうど寝こけていたオメガを踏んだらしく、ぐえ、と可愛さの欠片も無い声が聞こえたが特に起きた様子も無いので放っておく。

 

「まあ確かにマスター最近ずっと家でのんびりしてますね」

 

 手に持ったコップに口をつけ、ほっと息を吐きシアが目を細める。

 

「でも、どうしてもやる気が起きないなら、それでも良いじゃないですか」

 

 コップの中に残ったアイスティーを一息に飲み干し、コップをお盆に戻しながらシアがそう告げる。

 

「そうやって全肯定されるといつまでもだらだらしてそうで怖いなあ」

 

 家族の中でこういう時にダメなものはダメとすっぱりと言ってくれるのは主にエアなのだが、そのエアがぼんやりとしてしまっているせいで自分でもどうにも歯止めが利かない自覚があった。

 

「そうですか? でも、マスターはこれまでたくさん頑張ってきたんですから……少しくらい休んだって良いと思いますよ?」

「……そうは言ってももう二カ月経つわけだしね。そろそろ何か始めないとなって焦りを感じてる」

 

 実際のとこ、チャンピオンとして二年間活動してきた収入で贅沢せず慎ましやかに生きていれば一生暮らせる程度の金はあるわけで、このまま働かずに家でだらだら生きてても生活は可能だ。元々この世界は碓氷晴人の世界のように何かにつけて金が必要になるような世界ではない、自然に囲まれ道端を歩けば食べられる木の実などいくらでも落ちているし、通り過ぎたりのトレーナーとバトルして小遣い稼ぎをしたり、普通にアルバイトをしても良いし、ただ普通に生活しようとすればいくらでもやりようというものがある。

 つまりただ生活するだけならこのままだらだらしていても良い。

 今いる面子ならその辺の適当な大会に出て優勝かっさらってしまえば賞金で贅沢だってできる。

 ただ今感じている焦燥感はそれとは別のものだ。

 

「なんていうか……こういう言い方で良いのか分からないけどさ」

 

 それでも敢えて言葉にするならば。

 

()()()()って感じるんだよね」

「勿体ない? ですか」

 

 口から出た言葉の意味を計り知れず、シアが首を傾げる。

 自分自身それで正しいのか、良く分からないが、それでも今感じている焦燥を言葉にするならきっとそんな言葉になるのだろう。

 

「ああ……口に出したらなんか整理ついたかも」

 

 つまるところ。

 

「俺さ、この世界大好きなんだ」

 

 ポケットモンスターというゲームに酷似世界。

 とは言えここは歴とした現実であり、決してゲームの世界ではないのだが。

 

「一歩外に出ればそこにはきっとたくさん楽しい物や素敵な物が溢れてるはずで」

 

 それでも、ゲームをした時に碓氷晴人に焼き付いたドキドキやわくわくした興奮の感情は自身ハルトにも受け継がれていて。

 

「だから、家の中でじっと無為に過ごした時間が勿体なく思ってるんだ。だって無駄にしたその時間の分だけきっと俺は外で楽しいことや素敵なこと、たくさん見つけられたはずだから」

 

 そうだ、折角一区切りついたのにお祝いもしていない。

 現実として俺たちはホウエンを救ったのだ、祝いの一つや二つしたって罰は当たらないだろう。

 それにたくさんの人たちに助けてもらった。ダイゴにも、シキにも、ホウエンリーグのリーグトレーナーたちやポケモン協会の人々、ミシロで言えばオダマキ博士にハルカちゃん、ミツル君に、父さんにだって協力してもらったことがある。

 みんな集めて打ち上げでもするのも良いかもしれない、きっと楽しいだろう。

 

「マスター、何だか楽しそうですね」

 

 告げるシアの言葉に、いつの間にか自分の表情が笑顔になっていることを自覚し。

 

「うん、何ていうかさ……考えだしたら楽しくなってきた」

 

 ふっと、心に火が灯る。何をするにも動かなかった心が軋みを上げながら動き出す。

 

「ああ、そうだシア」

「はい?」

 

 何気ない日常の風景、先ほどまで無機質で無感動な物だったはずのそれが、急激に彩りを見せ始め。

 心が渇望する。動け、動きだせ、と。

 

 だから、だから、だから。

 

「今日、デートしよっか?」

「ぇ……ふえ?!」

 

 手始めに目の前の少女に、悪戯っぽく笑みながらそう提案した。

 

 

 




なんかこれからまだ二十話くらい続きそうな雰囲気が頭の中で漂っているが……この小説って完結したんだよ、な?
自分でもなんか分からなくなってきた。

というわけで次回、シアちゃん回。


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そんなこともあったなとふと思い出す

アーカルム シュバ剣オルタナ 2本泥 字余り


 

 実機において、ミシロタウンの南というのは所謂ゲームエリア外だった。

 地図で見ると広大な森に囲まれ、南下すれば海が見えてくるのだがそこまでマップが設定されていないのかいけない場所だったが現実にそんな縛りも無い。

 とは言え街を囲むように建てられたポケモン避けの柵を超えると野生のポケモンがいつ出てきてもおかしくない上に本当に森しかないのでそれこそオダマキ博士たちのような一部の大人が研究目的で向かう以外に森へ入る人間というのはほぼほぼ皆無と言っていい。

 さらに言うなら野生のポケモンが出ると言ってもポケモン避けに『むしよけスプレー』などの道具もあれば、それほどレベルの高いポケモンもいないのでレベル上限のシアが一人いれば早々手出ししてくることも無い。

 そもそもポケモンだってそう人を襲ってばかりいるわけじゃない。

 

 昔ホウエンに来たばかりの頃にポチエナに襲われかけていたが、あれだって博士がうっかり縄張りに手を出してしまい怒っていたからであって、歩いているだけでいきなりポケモンが襲ってくるようなことは実のところ早々無い。

 

 つまりデートと称して二人で散歩するにはちょうど良い場所だった。

 

「ふふ……良い天気ですね」

 

 朝の陽ざしが森の木々が茂らせた葉に隠され、途切れ途切れに降り注ぐ。

 そんな木洩れ日を心地よさそうに受けながら、どこかご機嫌に、シアが空を見上げながら呟く。

 家に居る時だって別に機嫌が悪いわけではなかったが、今ははっきりとご機嫌だと分かるくらいに笑みを浮かべ、その足取りも軽かった。

 

「何だかご機嫌だね」

 

 別に口に出すようなことでも無かったが、会話の取っ掛かり程度のつもりでそう口に出せば。

 

「ふふ……()()()()()が誘ってくれましたから」

「……ん、うん。まあ、そっか」

 

 何の臆面も無くそう告げるシアに面食らったし、赤面もしてしまう。

 デートと言ったからか、無意識的に手を繋いで歩いているが、繋いだ手が汗ばんで鼓動が早くなる。

 エアと繋がり、自分の中の感情にはっきりと名前をつけた。

 そのせいか、前よりもソレを意識してしまう自分がいて。

 

「ハルトさん? どうかしましたか?」

「あ、いや、何でもないから」

 

 首を傾げ、自分を見つめてくるシアの姿に少し慌ててしまう。

 そうですか、と納得したのかしていないのか、分からないけれど取り合えず視線をこちらから逸らしたシアに、自分もまたそっとため息を吐く。

 

 全く、厄介な感情だ。

 

 とは思っても、同時にソレがとても尊い物であるとも理解(わか)る。

 だからこそ、ちゃんと受け止めて、答えを出さないといけない。

 

 ―――ならもし、答えが見つかったその時は……私にちゃんと答え、くださいね?

 

 あの時問われた言葉の答えは……もうこの胸の内にあるはずなのだから。

 

 

 * * *

 

 

 ざわざわと雑踏の中を歩いていた。

 はぐれないように、シアと二人手をつなぐ。

 人、人、人、人、人。

 見渡す限りの人の波。

 ホウエンにあってこれだけ人が密集しているのもここ、キンセツシティくらいだろう。

 

「大丈夫ですか? マスター」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 デートというなら男のほうが先導するもの……なのかもしれないが、さすがに()()()()()()()()()()のこの身ではまだそういうのは辛いものがある。

 

 ―――デート……そう、デート、なのだろう。

 

 少なくとも、自分はそのつもりで誘ったし、シアもそう思ってくれている……と思う。

 

 ―――偶には二人で出かけようか。

 

 と言ったのは自分だ。

 リーグ中にエアに思いを告げられ、それを受け入れ。

 そしてリップルに皆同じだと言われ、だからこそずっと考えて。

 それでも分からなかったから、はっきりさせようと思った。

 

 果たして彼女たちに抱くこの気持ちは一体何なのか。

 果たしてそれはエアに抱く気持ちを同じなのだろうか。

 果たしてそれはエアが抱いた気持ちと同じなのだろうか。

 果たしてそれは……彼女たちが自分に向けてくれた気持ちを同じなのだろうか。

 

 確かめたくて。

 知りたくて。

 だから、誘ってみた。

 それがシアだったのは、単なる偶然だったけれど。

 

「そう言えば偶にイナズマとチークが来てるらしいね」

「ああ……二人で街の散策しているらしいですよ」

「ホウエンでも一番電気に溢れてる街だしね、テッセンが『でんき』ポケモンに住み心地の良い街にしてるって聞いたことあるよ」

 

 こうして手を繋いで二人並んで歩くのは……うん、悪く無い感覚だった。

 最初ははぐれないように、くらいのつもりだったけれど。

 いつの間にかぎゅっと握られた手は、ひんやりとしていて、けれどどこか暖かかった。

 

「前に美味しいアイス屋さんあるって言ってたし、行ってみる?」

「良いですね……冷たい物は大好物です、私」

「まあ『こおり』ポケモンだしねー」

 

 他愛の無い会話をしながら、特に目的らしき目的も無く、ぶらぶらと歩くだけの意味の無い時間も。

 けれどシアと二人で過ごしているというだけで何だか楽しくて。

 シアだけじゃない……きっとそれはエアとでも、シャルとでも、チークとでも、イナズマとでも、リップルとでも同じなんだろうと素直にそう思える。

 

 ―――こういうの、好きっていうのかな?

 

 分からない、今はまだ分からないその感情を持て余す。

 分かる日は来るのだろうか?

 なんて、そんなことを考えて。

 

「どれにしますか? マスター」

「じゃあ普通のバニラで、シアは?」

「えっと……私は」

 

 この街からすると何とも似つかわしくないような気もするが、イナズマから勧められたのは露天のアイス屋だった。

 メニュー表みたいなのが屋台に張られているので見やれば十種類くらいのアイスと値段が書かれており、特にこれと言って奇抜なところも無い、普通と言えば普通の店だった。

 

「けどすっごい人だねこれ」

「そうですね……さすがキンセツシティと言ったところでしょうか」

 

 キンセツの大通りは道幅が非常に広く取られている。

 前世の記憶の中にあるような車が通るための道ではなく、純粋に人がそれだけ多いためだ。

 所謂歩行者天国のようなものだろうか?

 とは言え、別に自転車を運転していても咎められることは無いが。

 この世界における車……四輪系の自動車は基本的に街と街を繋ぐ道路を走るためのものであり、街中を走る車というのは実のところそれほど多くは無い。

 まあミアレシティのような例もあるので、無いわけではないのだが、ホウエンは比較的自然と密着して生活する習慣があるためか、カイナやミナモくらいでしか見かけない。

 

 まあ話を戻すが、基本的にキンセツシティで自動車を運転しようとしても法律違反と言うわけではないのだが、とにかく人の波が凄まじく実質的に徐行運転くらいしかできない状態だ。

 そんなわけでキンセツシティにおいて車というのは自転車くらいしか見かけないのが実情で。

 にも関わらずじゃあなんでそれほど道幅が広いのかと言われれば。

 

 純粋に歩く人の数が桁違いに多いからだ。

 

 伊達にホウエンの商業の中心を謳っているわけではないのだ。

 街一つ丸々商店街(ショッピングセンター)と化した巨大都市にはホウエン全土のみならず、他所の地方からも多くの人がやってくる。

 特に港のあるカイナと接しているのも大きく、小規模ながらキンセツ自体にも船着き場もある。

 横幅十メートルはくだらないだろう巨大な道にも関わらず、人、人、人、人で埋め尽くされており、雑踏はいつまで経っても途切れる事が無い。

 

 街路の端でアイス片手に流れる人ごみを見やっているだけで一日が終わってしまいそうなほど多種多様な人々が歩いている。

 

「ここにいるだけで疲れそう……ちょっと屋上いかない?」

「そうですね、そうしましょうか」

 

 屋上スペースはベンチなどもあってゆったりと過ごせるようになっているのを知識として知っているので道の端を歩きながらエレベーターを目指す。

 そう遠いわけではない。実機だと二か所くらいしかなかったエレベーターだが、実際には街一つ分の規模の面積があるのだ、二つ程度で足りるはずが無く、あちらこちらにと置いてある。

 ついでに言えば、都市一つ規模の面積の商店街が二階建てなんて馬鹿な話あるはずも無く、現実には十階建ての巨大建築物であるため屋上からの見晴らしは非常に良い。

 と言っても商店なのは三階までで、それより上は基本的に住宅街である。

 確か下層階(四、五、六、七、八)と上層階(九、十)があり、上層階は富裕層向けらしい。

 何となく、前世で言うところのマンションやアパートを連想するが、実機でも確かそんな感じだったし、イメージ的にはきっとそれで正解なのだろう。

 

「ミシロに住んでると何となくこういう都会っぽいところ慣れないね」

「そうですね……ミシロは自然がいっぱいですから、緑が見えないのはちょっと違和感がありますね」

 

 近場で見つけたエレベーターに乗りながら屋上までへと進んでいく。

 どうやら四から十階に行くには住人専用のカードキーのようなものが必要らしい。

 実機時代には無かったが、よく考えればこれだけ人の出入りの激しい都市なのだ。そういうセキュリティーがあっても当然なのかもしれない。

 とは言え屋上に行く分には問題無い。スイッチ一つでエレベーターは屋上へ向かってぐんぐんと進んでいく。

 

「まあ住めば都って言うし……キンセツに住んでる人からすればミシロのほうが慣れないんだろうけどね」

「私は……ミシロのほうが好きですけど」

「うん、俺もだよ」

 

 前世のように人を厭う性格でも無いが、さすがにこれだけ人が多いと辟易もしてしまう。

 偶に旅行しに来るくらいならともかく、毎日ここに住んでいるとなると気疲れしそうだった。

 

 

 * * *

 

 

 エレベーターが屋上に着き、扉が開く。

 外に出れば途端に広がる解放感と少し冷えた空気。

 

「さすがにこれだけ高いと空気も冷たいですね」

「まあ昼とは言え、まだ春になったばっかりだしね」

 

 前世のように温暖化現象、なんてものも無いのでホウエンの春は比較的肌寒い。

 まあそれでも地理的には南に位置するので他所と比べれば暖かいほうらしいのだが。

 石のタイルで綺麗に舗装された路を挟むように植えられた芝生、そして路の脇の植え込みで育てられた草花。

 まるで公園か何かのようでもあったが、広大な屋上の四隅に聳える電波塔だけがキンセツらしさを残していた。

 

「うーん……でもやっぱ人工物っぽさがあるね」

「まあこれだけ丁寧に整えられると逆にそう見えますね」

 

 一分の狂いも無いほどに整えられた景観は、けれどだからこそ逆にどこか人工物のような印象を与える。

 都会の真ん中に置かれた公園のような、作られたような違和感があるのだ。

 まあだからと言ってこの美しい景色にケチが付くわけでも無い。

 別に天然だろうと人工だろうと、綺麗なものは綺麗だ。

 シアと二人、適当なベンチに座って買ってきたばかりのアイスを食べる。

 オーソドックスなバニラアイスだ。けれど味が濃く、確かにこれは美味しいな、と感じる。

 視線をやればシアも買ってきたばかりのそれを食べている。

 

「随分と盛ったね」

「……おススメ……らしい、です。全乗せアイス、だとか」

「コーンじゃなくてカップなんだね」

「コーンだと入りきらないんだそうですよ?」

 

 一つ一つが小さいとは言え、十種類全てカップの中に乗せているせいで、凄まじく雑多な印象を受ける。

 確かにこれをコーンの上に乗せたら一瞬で崩れる。

 カップに小山に盛られたソレをプラスティックスプーンでちまちまと食べているシアだったが、一瞬で自分の手元のアイスを見て。

 

「私もコーン付きのほうにすれば良かったかしら」

 

 ぼそりと聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いた。

 隣にいたからこそ聞こえたが、恐らく本人は聞かせるつもりも無かったか、それか無意識だったのだろう。

 

「シア」

 

 だから、シアの名を呼び。

 こちらを向いたシアに向けて。

 

「はい、あーん」

 

 手を伸ばす。

 

 ぴく、とシアが差し出されたアイスを見つめ固まり。

 やがてアイスと自分とを何度となく見比べる。

 

「あ、あの、マスター?」

「早くしないと溶けちゃうよ?」

 

 まあ遠慮されるだろうことは分かっていたので急かすように告げると、少し慌てた様子で顔を近づけ。

「はむ……」

 ぱくり、と小口に食べる。それでも遠慮して少しだけ、というところがシアだよな、なんて苦笑しながら手元にアイスに再び齧り付き。

 

「あ……っ」

 

 それを見たシアが何かに気づいたように声を漏らす。

 

「ん? どうかした?」

 

 そんなシアの様子に首を傾げるが。

 

「え、あ、いや、その、えっと……何でもない、です」

 

 そんな自分に、シアは何でもないと繰り返す。

 いきなりどうした、と思ったが何でもないならと再びアイスを齧り。

 ちらりと横目で見やればその白い肌を僅かに朱に染めたシアが手に持ったスプーンを見つめ。

 

「あ、あのマスター」

 

 告げる声に振り向けば。

 

「そ、その……お返しにどうぞ」

 

 アイスを掬ったスプーンを差し出した。

 

「あ、あーん……です」

 

 顔を真っ赤にしながら。

 

 

 

 

 * 超完全なる余談話 *

 

 

 ベンチの傍に街灯があった。

 まあキンセツシティは夜でも光に満ち溢れているまさしく眠らない街、なんてフレーズがぴったりの場所だし、珍しくも無い。

 ただそこに一枚、張り紙がしてあることを除けば。

 

 良く見れば他の街灯やフェンス、果ては電波塔にまで同じように張り紙がしてあり。

 

 そこにはこう書かれている。

 

『注意! 近頃屋上で通りすがる人に猥褻な発言を繰り返す不審者が出没しています。被害に合われた方、不審者を目撃された方は下記の番号まで ×××-××××-××××』

 

 こんなところで不審者?

 

 しかもご丁寧に人相書きまで書かれている、ということは同一犯なのか。

 キンセツシティの屋上は基本的に誰でも来れるが、人の往来も多く、デパートで買い物をした人々が休んだり、買ってきた物を食べたりとだいたいいつでも人がいる。

 基本的に犯罪者というのはそういう人の往来の多い場所は避けたがるものだと思うのだが。

 そもそも猥褻な発言って何だろう。

 人相書きを見れば文字通り『絵に書いたような』その辺の普通のおじさん……に見える。

 

 考えて。

 

 考えて。

 

 ふと記憶の中に過る台詞。

 

 

 

 ―――はいっ 手を 出してね!

 

 

 ―――あー! 手に 持っちゃった! それじゃ それは いまから キミの ものだね!

 

 

 ―――それは おじさんの

 

 

 

「見なかったことにしよう」

 

 視線を逸らし、手の中のアイスを一口齧った。

 

 

 

 




正直すまんかった……最後のやりたかったんや(


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まだ見つからない正解

 

 

 

 互いにアイスクリームを「あーん」で食べさせ合うというのは非常に恋人っぽいのでは?

 という疑問がふと沸いたが、思ったよりも心境に変化というのは無かった。未だに自分にとってシアは家族という立ち位置だからなのだろうか? 果たしてこのデートでそれが変わるのか、と疑問を抱いたりもしたが、それはさておく。

 まあシチュエーションが手伝って、シアのほうは割と効果があったらしいが。だからこそ、そんなシアを見ているだけでごちそうさま、というか満足してしまっている気がする。

 先ほどから顔を赤くしたシアに、微笑ましい物を感じながらも手にしたアイスを食べきり。

 

「それでマスター……来年どうするんですか? ミツル君のこともありますし」

「だよなあ……今年中になんとか仕上げて来年は一緒に旅かな?」

「本当に弟子にしちゃったんですね」

「ホウエンリーグからやるならちゃんとやれって怒られたからね」

 

 一先ず休憩と先ほどから二人ベンチに座って他愛の無い会話を繰り返す。

 

「リーグのほうから掛け合って協会にも動いてもらえてるし、来年から勝負かな……」

「私は……私たちはマスターの望むがままに、それだけですよ」

「うん、ありがとう……まあホウエンリーグから公式試合以外で殿堂入りパーティ使うなって言われてるから、旅に出たとしてもしばらくは留守番しててもらうことになると思うけど」

「ふふ……ならそれまでいつ呼ばれてもいいように待っていますね」

 

 ぐでーとベンチに背を持たれ全身を弛緩させる。

 上を見上げれば春の日和の少しだけ肌寒い空気と温かい日光が刺していた。

 

「良い天気だね……」

「そうですね、ホウエンは全国的に見ても比較的暖かい地域ですから、春の季節は過ごしやすいですね。私は冬のほうが好きですけど」

「それはまあシアはね……うちの引きこもり勢もそろそろ動き出す頃だよ」

 

 エアとか、シャルとか、それにアースもだが、冬になると途端に家の中でだらけ出す……いや、シャルは割と年中のような気もするが。

 

「そう言えばアローラってとこがあるらしいんだけど、ホウエンよりさらに温かいらしいよ?」

 

 以前も言ったが、自分は実機で言う七世代を体験版でしかやったことが無いので、前世で言うところのハワイをモチーフにした南国の地域という程度の情報しか知らないのだが、別に封鎖された地域というわけでも無く、特に一部観光都市として有名な部分もあってホウエンでもある程度までなら情報を入手している。

 

「いつか行ってみたいとは思うんだけどね」

「ホウエンよりも暑い地域ですか……夏に行ったら私溶けますね」

「溶けるの?」

「……冗談です」

 

 いつか行けると良いね、なんて呟きながら。

 けれどそれが叶うか否かは来年、そこに全てが集約されている。

 

 ―――来年以降も世界が存続するか否か。

 

「なんて……言ったって仕方ないか」

 やるしかないなら、やるだけの話であり。

 できる限りの手は打ってきている、後は来年の話。

「まあ、今は良いか……それよりもうすぐお昼だけどどうする?」

「こちらはマスターに合わせますけど」

「そっかー……うん」

 今朝いきなり誘ったのだからこちらも正直プランは無いわけだが、まあ幸いにしてキンセツシティならだいたい何でも買えるし。

 

「それじゃ、また商店街のほうに戻ろうか」

「はい、マスター」

 

 すく、とベンチから立ち上がり。

 

「それとシア」

 

 一歩、足を進めて振り返る。

 

「はい?」

 

 後ろをついてこようと立ち上がったシアが首を傾げ。

 

「今更だけど今日はマスター禁止ね?」

「え……?」

 

 素っ頓狂なことを聞いたと言わんばかりの呆けたシアの顔にニコリを笑みを向け。

 

「デートしてるんだから、名前で呼んでよ、()()

「な、名前で、ですか……ま、ま……」

 

 マスター、といつもの調子で呼ぼうとして、一瞬言葉に詰まり。

 

「は……()()()()()

 

 気恥ずかしそうに頬を赤らめながら呟かれた自分の名前に、一瞬とくん、と心臓が鼓動を早める。

「う、うーん……と、取り合えず行こうか」

 ちょっと恥ずかしい、なんて今更言えるはずも無く、気恥ずかしさを誤魔化すように歩き始める。

 その後ろからシアが付いてくるのを確認しつつ。

 

「…………」

「…………」

 

 居心地が悪いような、そうでも無いような。

 ふわふわとした不思議な気分になりながら再びエレベーターを目指して歩いた。

 

 

 * * *

 

 

 買い物はダメだと気づいたのは、昼食を済ませて三十分くらい街中をぶらぶらと歩いてからだった。

 

「ねえシアさん」

「はい? 何でしょうか、ま……は、ハルトさん」

 

 未だ呼びなれない名前にあたふたとしているシアを見ているのはとても可愛らしく、グッドなのだがそれはさておいて。

 

「なんで俺たち台所用品なんて熱心に見てるの」

「……す、すいません、買い物と言われるとつい」

 

 ぶらぶらとショッピング、というのは割と定番なんじゃないかと思ったりもしたのだが、うちのシアさんが予想以上に家庭的な件。

 オーソドックスに服でも見に行こうと思ったら真っ先に買うのは靴下ってどういうこと。しかも自分のじゃなくて家族の分の。

 

「いや、最近穴が空いたのが増えてきたので……つい」

 

 気分変えて、じゃあシアの好きなところで、と言ったらホームセンターに連れていかれた挙句、熱心に台所用品を品定めしているという。

 いやこれデートか? 普通に家の買い物しに来ただけじゃね? という疑問はあるが。

 

「あ、これ良いですね……こっちも、今度あれを作るのに……」

 

 楽しそうに、というか生き生きとしながら並べられた品々を見ているシアを見ていると、まあいいか、と思ってしまう。

 普通のデート、とは言えないかもしれないが、結局そんなもの楽しめれば何でも良いのだろうから、別にこれはこれでありなのではないかと思わなくもない。

「ねえシア、それで何作るの?」

「はい、以前お母様から見せていただいた料理の本の中にあった一つでですね……」

 少なくとも自分は、鼻歌混じりにあれこれと悩んでいるシアを見ているだけで楽しいのだから。

 

「じゃあ今度これで作って欲しいのあるんだけどさ」

「はい。分かりました、今度作ってみますね」

 

 ―――いや、これもう夫婦の会話じゃね? というツッコミは無しだ。

 

 それを告げたらきっとまた顔を真っ赤にして慌てふためくだろう、そんなシアもきっと可愛いだろうけどね。

 

 

 * * *

 

 

 あっという間に夕方になった。

「すみません、ま……ハルトさん」

「良いよ、俺もけっこう楽しかったし」

 結局回ったのは服屋、ホームセンター、生活雑貨にトレーナーショップとデートって何だろうと言いたくなるような場所ばかりだったが、同じ家で生活している以上あれやこれやと話題は尽きないもので、中々楽しめた一日だったと言って良い。

 キンセツシティからミシロタウンまではそこそこ距離があるが、コトキタウンまではバスもあるので今から帰れば問題は無いだろう。

 

「はー……回った回った」

 あっちこっちと店を梯子した気がする。自分の場合、買い物というのは事前に決めた物を買うだけのことが多いので、当ても無く何件も店を回るというのは余り無い。

 だからシアに付き合って何件も店を回るのは多少疲れもするが、それでもシアが嬉しそうにしてくれているのだからまあいいかという気分にもなる。

 

「そろそろ遅くなるし……帰ろうか」

「あ……はい」

 

 夕焼け空を見上げながら、バス亭へと向かって歩く。

 そんな自分の後ろをシアが付いてきて……。

 

 とん、と直後に背を引かれ思わずつんのめりそうになる。

 

「……シア?」

 

 振り返ればシアが自分の上着の裾を掴んでいて。

 

「え……あ、い、いや……何でも、無い……です。ごめんなさい」

 

 すぐさまハッとなってその手を放し、慌てたように何でもないを繰り返す。

 無意識的だったらしいその行動に、夕焼けの中でも尚はっきりと分かるほど頬を染めて。

 

「……本当に?」

 

 問う。

 僅かにずらされた視線を、一歩距離を詰め、無理矢理に視線を合わし。

 

「ちゃんと言え」

 

 告げる言葉にきゅっとシアの口元がきつく結ばれ。

 

()()

 

 名を呼べば、それが緩む。

 観念したように、シアの手が再び自分の裾を掴み。

 

「……もうちょっとだけ、居たい、です」

 

 どこか寂しそうな声で、シアが呟く。

 そしてそれを突っぱねることなど、俺にはできるはずも無く。

 

「少し歩いて帰ろうか」

「……はい」

 

 荷物類は全部ボックス転送で送っているし、基本的に手ぶらで帰れるのはこの世界の良いところだろう。

 まあ余り大量には送れないが、衣類や小物くらいなら問題無い。

 キンセツからカイナまで、それなりに時間はかかるがそれを込みにしてもまあ夜には帰れるだろう。

 母さんにはすでに遅くなるかもしれない旨は朝から伝えてあるし、一時間や二時間さらに遅くなっても大して変わらない。

 

「手、つなごっか」

「……はい」

 

 大きく息を吐きながら、シアを手を繋ぐ。

 俯いたその顔が見せる表情はどこか暗い。

 

「どうしたの?」

 

 何が、なんて問わないけれど。

 けれどそれは確かにシアには伝わっていて。

 

「……我が儘、言ってしまいました」

 

 そんなシアの答えに、そっかと返した。

 

「ちゃんと……待ってるつもりだったん、ですよ?」

「……うん」

「マスターが……ハルトさんが、ちゃんと答え、見つけてくれるまで、待ってる、つもり、だったんです」

「うん」

「でも……こんなの、ダメですよ。こんなの……こんなの……」

 

 -――抑えられないじゃないですか。

 

 ぎゅっと、体を強く抱きしめられる。同時に背にかかる重みと、少しひんやりとした体温を感じる。

 

「満たさないでくださいよ……好きが、抑えられなくなります」

「……ごめんな」

 

 我慢させているのは自分だ。

 曖昧にして、濁して、はっきりさせず、ずるずると引き延ばしているのは、自分だ。

 

「謝らないで、ください……マスターがちゃんと考えてくれてるのも、それどころじゃないのも、ちゃんと分かってます、から」

「……うん」

「優しくしないで、振り払って……そうじゃないと」

「……ごめん」

 

 回された手に、そっと手を重ねる。

 抱きしめてくる力が一層強くなる。

 

「……だめ、だって……言ってる、のに……マスターのばか」

「……シア」

 

 すぐ後ろにある少女の頭に手を伸ばす。

 身長の差で少し背伸びしながら、その頭に手を乗せ、無言で撫でる。

 震えるその体を安心させるように、何度も何度も撫でて。

 

「……ハルト、さん」

 

 名前を呼ばれる。同時に体がぐんと引っ張られ、真正面から抱きしめられる。

 

 と、同時に、

 

「ん」

「ん!?」

 

 唇と唇が触れ合う。

 見開いた視界には、白い頬を真っ赤に染めたシアが大きく映っていて。

 

「好き、です……ハルトさん」

 

 ぽたり、と。一滴、その目元から雫が零れ落ちて自身の頬を塗らした。

 

「好き……大好き……です」

 

 以前にも、言われたな……ふと思い出した。

 リーグの最中に、公園で、同じことを言われた。

 あの時自分は同じ言葉を繰り返して、曖昧なままに濁した。

 

「俺も……好きだよ」

 

 でもその好きは、本当にシアの気持ちと同じなのだろうか。

 その答えは未だ出なくて。

 

「だから、ごめん……まだ応えられない」

 

 だから、そう告げるしかない。

 どれだけ思いを寄せられても、焼かれるような思いに駆られていようと。

 自分は未だその答えを持ち合わせていないから。

 

「……はい……知ってます。分かってます」

 

 涙が潤んだ瞳で、シアが自分を見つめる。

 

「知ってても……分かってても……それでも、言わずにはいられませんでした」

 

 アナタのせいですよ、と暗に告げるその瞳に、分かってると無言で返し。

 

「シア」

「はい」

 

 名前を呼ぶ。

 

「いつになるか分からない……けど、ちゃんと答え出すから、だから」

 

 だから。

 

「もう少しだけ、待って」

 

 情けない言葉だった。ともすれば見捨てられてもおかしくないと思えるほどに。

 それでも。

 

「はい……待ってます」

 

 あっさりと、少女は返した。分かっていたと、先ほど言った通りに。

 まるで何の気無しに、そう返した。

 

「今はまだダメだって……知ってますから」

 

 でも、いつかその答えが見つかったなら。

 

 そう、見つかったなら。

 

「ならもし、答えが見つかったその時は……私にちゃんと答え、くださいね?」

 

 告げて、少女は泣きながら笑った。

 




前回の蛇足話こっちに持ってこなかっただけ有情だと思わんかね???

書いててハルトくん、糞屑じゃね? って思わず思ったけど、基本的に好感度マックス(二周目補正)のお陰で刺されずに済んでるという。

今だから言えるけど、ハルトくんって晴人の記憶持ってても結局作られたのは十数年前だから正真正銘現在ただの十一歳なんだよな。この時点だとまだ本人も知らない事実だが。
当然のことだが子供に大人の記憶乗せたって歪にしかならない。なんの支障も無く子供として、或いは大人として振る舞うなんてことはできないのだ。
だからハルトくんは歳取るごとにただの人間になっていくけど、子供の時ほど歪さが目立つ。あと五、六年もすれば情緒も育って普通の人間になれるかな、って感じ。ああ、でも思春期だからそれはそれで情緒安定しないかもな。


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言えなかったこと、言いたかったこと

 

 ミシロ南の森を抜ければ小高い丘に出る。

 実機だと端まで森が続いているがどうやらその辺は違うらしい。

 

「良い天気だねえ、シア」

「そうですね、ハルトさん」

 丘の端は崖になっており、丘からは果てしなく広がる海が見渡せた。

 ざぱんざぱん、と波のさざめく音が聞こえる。

 丘の頂上に立ち、広大な海を見下ろしながら潮風に吹かれる。

 

「気持ち良いね」

「そうですね……ミシロは森に囲まれてますから、余り風が吹きませんしね」

 海に近い割にミシロタウンは四方を森で囲まれているせいか凪いでいることが多い。

 だからこうして風に煽られて片目を瞑りながら髪を抑えるシアの姿を見るのは少し新鮮だった。

 丘の斜面に二人で腰を下ろす。

 土が見えないほどに雑草で覆われた丘は、座ってみればふんわりとしていて、日差しの穏やかさや吹き付ける風もあって、ここで昼寝したら気持ち良いだろうなと思わされた。

 

 少しの間、無言の時間が流れる。

 

 ただ波と風の音だけが二人の間を流れていく。

 

 居心地は……悪くない、否、むしろ良い。

 

 穏やかで、優しくて、温かい時間。

 

 何よりも求めていたそれが、自身の心を満たしていくのが感じられて。

 

「シア」

「あ、はい」

 

 瞑っていた目を開き、隣に座るシアに声をかける。

 空の陽気のせいか、少しうとうとしていたらしいシアだったが、自身の声にはっとなって、こちらを向いて。

 

「頼んでたの、ある?」

 

 つい、と視線をシアの隣に置かれたバスケットに向ける。

 二人で出かけようと決めて、ここに来ようと決めた段階で頼んでおいたものがそこにあるはずだった。

 自身の視線に気づいたのか、シアが苦笑しながら頷き、バスケットを取って。

 

「はい、お弁当、ちゃんと言われた通り、作ってきましたよ?」

「うん、ありがとう」

 

 受け取り、蓋を開く。

 綺麗な三角お握りと卵焼き、それにウインナーに唐揚げ、ブロッコリーにプチトマトとなんとも定番で彩りも良いメニューが入っていた。

 

「唐揚げなんてどうしたの?」

「今晩出す予定で昨日のうちに漬けておいたのを持ってきました」

 

 内緒ですよ? なんて微笑するシアに、笑みが零れる。

 普通の鶏肉の唐揚げだが、昔はこれにも酷く驚いた覚えがある。

 いや、考えて見れば当然の話なのだが。

 

 この世界の食事事情は、実のところ碓氷晴人の記憶の中とそれほど変わりが無い。

 

 この世界にはポケモンがいる、ポケモンを食することもある。

 だが考えて見て欲しい。

 ポケモンには定義がある。

 ポケモンがポケモンであるための条件があるのだ。

 

 そうである以上、()()()()()()()()()()というのも居るのだ。

 人間だってその一つだし、それ以外にもこの世界には地球にいたような普通の動植物も多くいる。

 まあポケモン図鑑の説明を見ればそもそもそういう概念があるのも分かるのだが、実機やアニメにも一切描写が出てこないのでいまいち判明していなかった事実ではある。

 ただ昔の……自分を転生していたと思っていた頃の自分は、このポケモンの世界でポケモンではない普通の動物がいるという事実にかなり驚いた記憶がある。

 とは言え、ポケモンという超常生物のせいで、自然界ではどうやっても食物連鎖の下に位置するらしいが。

 そのため普通の旅をしていてもポケモン以外の生物というのは余り見かけない。

 

「うん、美味しい」

 

 唐揚げは少し冷やしてしっとりさせたほうが好きだ……揚げたても美味しいが。

 肉自体にしっかり下味がついているし、衣がしっかりと味を吸い込んでいる、一緒にお握りを食べれば最高の組み合わせである。

 隣で一緒にお弁当を食べるシアも、出来に満足したのか顔を綻ばせていた。

 そうしてシアの作ったお弁当を食べ終えれば、すっかり満足する。

 

「はー……食べた食べた」

「ふふ、お粗末様です」

「いやいや、ご馳走様。美味しかったよ」

「そうですか……うん、嬉しいですね」

 

 最近ではもうすっかり母さんよりも料理が上手になったように感じる。

 エアもエアで手習いにやっているが、まだまだ大雑把だ……まあ好みが似ているからか、美味しいのだが。

 うちの中で炊事、洗濯、掃除、裁縫、それぞれ一分野ならやっているやつもいる、エアだとか、イナズマだとか、リップルだとか。

 それでもその全てを母さんとやっているのは、シアだけだ。

 そう考えると本当にありがたい。

 何せサクラやアース、アクアにアルファ、オメガと本当に家の人口が急増した。

 特に俺は基本的に平時はボールからポケモンを出しているので朝や夜が大忙しなのは知っている。

 母さんだけならとてもじゃないが手が回らないだろう家を一緒になって回してくれているのがシアだ。

 

「いつもありがとう」

 

 そんな感謝の言葉を、けれど平時だと言ったことも無かったと気づく。

 今頃になってようやく出てきたそんな言葉に、けれどシアは嬉しそうに笑みを浮かべ。

 

「いえ……構いませんよ、好きでやってることですから」

 

 本当にできた仲間だ、家族だ。

 

 どうやって返せばいいのか、分からないくらいに。

 

 

 * * *

 

 

「シアはさ……将来のことって何か考えてる?」

 

 中身の無くなった空っぽのバスケットを脇に置き、ごろんと草の絨毯の上に寝転がれば、高くは無いが厚く茂った草がふわふわとしていて、中々に心地が良かった。

 

「将来……ですか?」

「うん、まあ十年後二十年後、なんて言わないけど例えばこれからどうする、とか来年どうしてるだろう、とかそんな予想図ある?」

 

 問いかけた言葉にシアが少し考え。

 

「私は……ハルトさんが決めた道をついていくだけですね。例えそれがどんなものでも」

 

 ずっと一緒ですよ?

 

 暗にそう訴えかけてくる満面の笑顔に、そっかと呟き。

 

「ハルトさんは、何かやりたいこと、見つかりましたか?」

 

 そんなシアの問いに、ああ、と頷く。

 

「見つかったよ、やりたいこと、と言うか……なりたいもの、かな?」

「将来、ですか?」

「うん……俺さ……研究者になるよ」

 

 告げた言葉にシアが一瞬きょとん、として。

 その言葉の意味を理解すると同時に目をぱちくりとさせる。

 

「研究者……ですか? えっと……こう言っては何ですが、随分とその意外、ですね?」

「そう?」

 

 まあずっとトレーナー一筋でやってきたのだから、そう思うのかもしれないが。

 実のところこれは別に昨日今日で急に思いついたことでは無かったりする。

 研究者になるとまでは明確に考えてはいなかったが、それに類する物が必要だとは以前から思ってはいたのだ。

 

「ヒトガタって何なんだろうね?」

「えっ?」

「ヒトガタはポケモンだ……けどさ、なんで人と同じ姿をしてるんだろう?」

 

 それは自身がこの世界で初めてヒトガタの存在を知ってからずっと抱いていた疑問。

 最初は擬人化ポケモンがいるのだと、その程度の認識だった。

 けれどよく考えればこの世界は別に二次創作ではないのだ、現実なのだ。

 

 何故ポケモンが人の形をしているのか。

 

 そんな当然の疑問に、けれど誰も答えることができていないのが今の世界の現状であり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって別にそんなことが知らなかったからと言って困ることは特段無い。

 今目の前にいる彼女はポケモンであり、ヒトガタであり、だからそれがどうしたというのか。

 今更彼女たちの何かが発覚したところで彼女たちへの見方が変わるわけでも無い。

 

「今俺の目の前にいるシアがシアであること、それ以上に欲しい事実なんて無いから。だからヒトガタとは何なのか、知らなくても困りはしない」

 

 ただ、思い出すのはグラードン戦直後。

 倒れ、発熱したエアを前に匙を投げたポケモンドクターの姿。

 

「ヒトガタは病気になるのかな? なるとしたらそれは人の病なのかな? それともポケモンの病? もし発症したらポケモンドクターに見せれば良いのかな、それとも人間の医者に? 怪我をすればポケモンセンターで本当に大丈夫なの? いつまで生きる? 元の種との違いがどれほどある?」

「……それは」

「そうさ、考えて見れば分からないことだらけなんだよ。何よりもヒトガタである本人たちすら分からない。今まで研究が進んでないからね」

 

 ヒトガタ自体発見されてから十年以上経つというのに、ヒトガタは普通の種より強い、という事実以外に分かっていることなどほとんど無い。

 その原因は酷く単純なのだ。

 

「ヒトガタなんて研究できるほどたくさんいないから」

 

 普通のトレーナーですら数十人、或いは数百人に一匹、いるかいないかというレベルの希少性を持ち、その全てが優秀な個体である。

 トレーナーなら誰でも欲しいものであり、エリートトレーナーたちなら己の力をフル活用して入手するだろう存在だ。

 そんな優秀な個体を研究用に飼い殺しにするなど、世のトレーナーたちからすれば()()なこと極まり無い。

 故にヒトガタを研究する研究者というのは極めて少なく、そしていたとしても実際にヒトガタを所持している研究者など皆無に等しい。

 

 ヒトガタ十匹。

 

 正直世界的に見てもこれを超える記録はありはしない。

 パーティに二匹いるだけで珍しいというレベルではないのに、パーティ全員ヒトガタは歴史上類を見ない。

 つまり研究のためのサンプルなら自分が世界で一番多く所持している。

 そして何よりも超古代ポケモンたる二匹がいる。

 ゲンシの時代よりさらに以前から生きていた二匹から過去の世界を知っている。

 ヒトガタが本当に十数年前より突如発生したのならば、超古代ポケモンたる二匹が人の形を取っている道理が無い。

 何故グラードンとカイオーガは人とポケモンの姿を可変できるのか。

 その辺りのこともさぞ研究し甲斐があるだろう。

 

「まあ結局……欲しいのは安心なんだ」

「安心、ですか?」

 

 思考の果てに行きついた答え、ぽつりと零したその答えに、シアが首を傾げる。

 そう、少々分かりづらいかもしれないが。

 

「これからもシアたちとずっと一緒にいられるという安心、俺はそれが欲しい」

 

 エア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップルの六人。

 今となってはそこにアース、サクラ、アクア、アルファ、オメガの五人。

 みんな大事な家族であり、大切な仲間であり。

 

「だからこそ、これから先もずっと一緒だという確信が欲しい。お前たちがどこにもいかないと、何者にも変わらないという確信が欲しい」

 

 もうエアの時のような思いはこりごりなのだ。

 一本、辛うじて残せはしたが……これまでに紡いできた絆が次々と切れていく、仲間との絆の力で戦う自身にとって、あのレックウザとの最後の戦いの瞬間は正直トラウマに近い。

 

 分からないからこそ、知りたい。

 知ればまたどうにかしようと考えることができるから。

 

「私は―――」

 

 シアが、自身を見つめる。

 

「アナタが望むのなら、いつまでも、どこまでも……ずっと一緒です」

 

 見つめて、視線を固定する。

 見つめ合ったまま、互いの視線を逸らさない。

 

「うん……ありがとう」

 

 手を伸ばす。

 

 ―――伸ばした手に、シアの手が重ねられる。

 

「ずっと欲しかった、こんな時間が」

 

 穏やかで、優しくて、温かい、こんな時間が。

 そのために自身はここまで来たのだ。仲間を集め、仲間と共に戦い、リーグを制し、ホウエンを旅し、伝説を降し、世界の滅びを回避した。

 その全ては結局、こんな時間が欲しかったからに過ぎないのだ。

 

 だから。

 

「ありがとうシア……俺に、こんな時間をくれて」

 

 ありがとう。

 

 ただそれだけできっとキミは満足してしまうんだろうけれど。

 

「だから、ちゃんと言っておきたいんだ」

 

 ずっと言えなかったことがある。

 

 俺はずっとキミに不義理を働いていた。

 一年前からずっと、キミを待たせていた。

 

 ずっと言いたかったことがある。

 

 でもようやく見つけたんだ。

 もう去年までの俺じゃないんだ。

 

「答えなら……ちゃんと見つけてきた」

 

 もう言うべき言葉は決まっている。

 大好きで、愛しい彼女のその顔を見つめ。

 

 

 ―――俺は、キミが好きだ。

 

 

 告げた言葉に、シアが大きく目を見開く。

 

 そうして。

 

「――――」

 

 そう呟き、泣きそうな顔で笑みを浮かべる。

 

 手を引く。

 重ねられた柔らかくて、小さな手を。

 シアもまたそれに抗うこと無く。

 二人の距離がゆっくりと近づいて。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 

 ―――影が重なった。

 

 

 




この後、夜めっちゃ×××した。

さあ、次回はついにシャルちゃん編だあああああああああああああああ!!!!!!
いいいいいいいいいいいいいやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!



因みに研究者になろうかなってのは過去話にもあった。
https://syosetu.org/novel/92269/81.html
この辺伏線だったんだよ。


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残影と霊魂①

 

 自身、ハルトは現ホウエンチャンピオンである。

 とは言え今年いっぱいのことだが。

 先月九月末にようやくホウエンリーグ本選が始まり、恐らくチャンピオンリーグ開催は十二月と言ったところか。

 今年はエキシビジョンマッチどうするのかなと思ったらチャンピオンリーグ直後にやるらしい。

 スケジュールがズレたと父さんも苦笑いしていたが、エキシビジョンマッチのジム対抗戦期間中、当然ながらホウエン中のジムからジムリーダーが集まるので一日二日で終わるようなものでも無い。

 だいたい一週間くらいは続く期間中、ホウエン中のジムが閉まる関係上、挑戦者の受付はだいたい一か月前に締め切られることになる。

 さらにエキシビジョンマッチが終わったらじゃあすぐ再開、というわけでも無く、留守にしていた間の事務処理や対抗戦で得た物を身に着けたりとだいたい一週間から二週間くらいの間を置いてようやくジムの業務が再開される。

 因みに対抗戦終了後はだいたい全ジムリーダーたちが一同集まって飲み会してるのもジムの再開が遅くなる要因でもあるのだが。

 仕事しろよと言いたいかもしれないが、年に一度しかこうして各地のジムリーダーが一応に集うことが無いので交流という意味では十分に意味もあったりする。

 

 まあ思い切り話がずれたので戻すが、数か月前の伝説のポケモンがホウエンで暴れまくった一連の騒動の際にチャンピオンとしての権力をフル活用して、ホウエン中の人間を使い走りにしながらどうにかこうにか紙一重で騒動を収めた。

 ホウエンは救われた、ついでに星も。

 まあそれはそれで良いのだが、当たり前だがホウエンリーグどころかポケモン協会すら動かした一大事だったわけで。

 

「報告書ってのを提出する義務があるわけだよ、シャル君」

「……ふぇ?」

 

 良く分からないと言った様子で可愛らしく小首を傾けるシャルに苦笑し、その頭をわしわしと撫でればくすぐったそうにしながらもどこか嬉しそうにシャルが微笑む。

 愛らしいとしか言いようのないその笑みは、都会の喧騒の中鬱陶しいくらいに流れていく人込みをかき分け進む中での唯一の清涼剤だった。

 カナズミシティ。ミシロから行くとトウカの森を抜ける分キンセツよりやや遠く感じる。

 カナズミシティはホウエンでも五指に入る大都市だろうが、その中でも一際巨大なビルへとたどり着く。

 

 デボンコーポレーション。

 

 カナズミ……否、ホウエン最大の企業であり、元は小規模な会社だった物を前チャンピオンであるツワブキ・ダイゴの父親が一代で急成長させた会社だ。

 何の会社、と言われると範囲が広すぎて言い表せないほど多岐に渡ってホウエンの経済に根を張っており、一企業でありながらポケモン協会とて決して無視できない存在である。

 さらに言うならダイゴを通して今回の一件にも協力してくれており、特に事件後はここ数カ月の間に一連の事件がホウエンに与えた影響というのを調査してくれていたのだ。

 一応自分のせいではない、とは言え自分が指揮を取り行ったことの結果ということで、一度は確認しておきたいと思ってダイゴを通じて連絡は取ってある。

 

「時間は……大丈夫だな」

 

 碓氷晴人の世界でもそうだったが、人という存在が社会を形成すると決まり事はどうしてもできる。

 社会が発達し、人に倫理感や共同体意識というものが芽生えだすとさらに決まり事は細かくなる。

 まあ何が言いたいかと言えば、アポイントメントと時間は大事、ということ。

 人間社会がある程度以上に発達した現代ではどこに言ってもこういうのはあるものだ。

 実機ではいつジムに行っても即座に挑戦可能だったが、ジムリーダーだって二十四時間三百六十五日いつでもジムにいるわけじゃない。ポケモンリーグは年一回しか開催されないし、ジムバッジ八個集めたって時期が来なければ四天王に挑戦はできない。

 規則が秩序を作り、秩序は平和を保つ。世の中得てしてそういうものだ。

 

 階段を登りながらそんなことを考え、ふとこれは少し達観し過ぎだったかなと思う。

 まだ十二歳なのだ、よく考えれば。前世と思っていたのはただの記憶である以上、この世界のハルトという名の自分は正真正銘十二歳の子供なのだ……まあこの世界十歳が成人だが。

 碓氷晴人の記憶のせいか、少しばかり思考が子供らしくないかもしれない……とは言え、今更ただの子供のように振る舞ってもそれはそれで頭の病気を疑われるだけだろうが。

 

「社用エレベーター使えば良かった」

 

 ダイゴのオフィスは三階だ。

 大企業の本社だけあり、カナズミでも一際大きなビルだ。

 当然ながら実機の時のように、三階建て、なんて一軒家をワンサイズ大きくした程度なんてことあるはずなく、そのフロアは実に十数階にも及ぶ。

 とは言っても五階以降は本社の人間しか立ち入ることのできない場所らしく、社長室などは四階にある。

 そしてそれだけの階層があり、横幅も広く、ワンフロアあたりの敷地面積は広大。つまりはそれだけの人数が働いているということであり、社用エレベーターも各フロア三つずつくらいはあるらしいがどこもかしこも順番待ちで時間がかかる。

 幸い目的地は三階であることだし、階段で行けばいいか、と安直な考えで決めたのだが。

 

「思ったよりフロアごとに間が長かったなあ……」

「どうかしましたか? ご主人様」

 

 多分社員からすれば誤差みたいな範囲なのだろうが、階段一段一段が微妙に高い。

 子供の足からするとその僅かな差がけっこうきつかったりする。

 普段歩いたり走ったりする時に使う筋肉と階段の昇り降りをする時に使う筋肉は違うというが、確かに旅をしてけっこう歩き慣れているはずなのに、ほんの少し階段を登っただけで少しだけ足が痛んだ。

 対してシャルはすいすいと昇って行き、階段の先で振り返ってこちらを見てまた小首を傾けている。

 さすがはポケモンということか、といつの間にか背を追いこしてしまった小柄な少女の頭にぽんと手を置いてなんでもないと告げてまた歩き出す。

 昔は自分のほうがやや小さかったのに……いつの間にか少女を見下ろすようになっている、そんな光景を改めて意識してみると何だか不思議な気がした。

 

 階段からダイゴのオフィスまで少し距離がある。

 単純に一つのフロアごとが大きいので端から端まで普通に歩けば五分はかかる。

 途中通路を歩く他の職員たちをすれ違う。

 こちらを見てどうしてこんなところに子供が、といった様子に彼らの視線にシャルがびくり、と震えて自身の後ろへと隠れる。

 

 そんなところは昔と変わっていないな、なんてどこか嬉しいような懐かしいような、不思議な気分だった。

 

 

 * * *

 

 

「良かったですね……ご主人様」

「うん。ホントに良かったよ、正直ほっとした」

 

 デボンからの帰り道。

 ダイゴから報告によれば伝説のポケモンが暴れたことによる被害は軽微。

 トクサネシティなど街中をレックウザが這ったのだからどうなったかと思ったが、いくつか建物が倒壊はしたが幸い負傷者も少なく、それも軽い物ばかりで重傷を負った人間はいないとのことだった。

 先に宇宙センターのほうでシキが迎え撃ってくれたのが大きかったらしく、もしシキがいなければダイゴも含めて多くの人間が死んでいただろう大惨事一歩手前であった。

 

 経済のことはさすがに専門外だが、大衆の一般論としては伝説のポケモンという大半の人間が存在すら知らなかったようなポケモンが暴れ回ったことなどほとんどただの災害程度の認識らしい。

 それにしたってレックウザもトクサネ以外の街に降りることも無かったし、一部、全壊してしまったどこかの民の祭壇もあったが、そういう悲しい事故を除けば被害らしい被害は無かった、という一言に尽き、実質的にはほぼ被害無し、ということでもう終わったこと、という感じらしかった。

 まあ直接的に関わっていなければそんなもんだよな、とも思う。

 同時に伝説のポケモンが発見されたというのはそれなりに騒がれているらしく、ホウエンの空を今も多分飛び続けているだろうレックウザを求めてホウエン中を飛び回る人間も幾分かいるらしい。

 

 まあ正直、オゾン層を超高速で飛び続けるポケモンをどうやって捕まえるのか。

 『そらのはしら』を建て直すまでは出会うことすら無理ゲーな気しかしないのだが。

 取り合えず最後の伝説については放置で良いだろう。もう暴れまわったりしないだろうし。

 別に自分は伝説コレクターでも無い、手に余るポケモンはこれ以上必要無いのだ。

 

 今回の事件の影響を一言で言うなら喉元過ぎれば熱さも忘れる、ということだろう。

 いざ空が黒く染まった時はそれなりに混乱もあったようだが、今となってはそんなこともあった、程度の認識だ。

 些か平和ボケしているようにも思えるが、少なくともホウエンでこれ以上事件が起きる予定は無いし、もし誰かが起こせばアルファ(カイオーガ)にオメガ(グラードン)にエア(オーバーボーマンダ)の我が家の最強戦力が突撃していくので問題ない……正直この三匹だけで一つの地方軽く滅ぼせるくらいの力はある、まあする気は無いが。

 

 どうやら上に上げる報告も穏当なものになりそうだ、とほっとした直後。

 

「ん?」

 

 風に乗ってやってきた鼻腔をくすぐる甘辛い香り。

 

「何か良い匂いするね」

「ん……美味しそう」

 

 無意識に指を咥えるシャル。少し動作が幼い気もするが外見的にはばっちりあってて可愛い。

 さてはてこの匂いはどこからやってくるのだろうと視線を彷徨わせれば。

 

「シャル、あっちみたいだ」

「あ、ホントだ」

 

 公園があった……向かいにはポケモンセンター。

 以前シキが遭難していた場所だ。都心のさらにど真ん中でどうやったら遭難できるのか本気で疑問なのだが、それはさておき。

 噴水のある景観の綺麗な公園だったが、どうやらその公園の端で屋台が出ているらしい。

 匂いの元はそこから発せられていることに気づき、シャルと二人ふらふらと吸い寄せられるように屋台へと近づき。

 

「オクタン焼き……」

「えぇ……」

 

 屋台の書かれたメニューとタコ焼きそっくりなそれを見て思わず顔が引き攣る。

 オクタンとはポケモンだ。一言で言うならタコであり、テッポウオの進化系でもある。

 いやコンセプトは分かるのだが、これって食べても良いのか? という疑問は尽きない。

 

「へいらっしゃい!」

 

 だがそんな自分たちを見つけた屋台の店主……タオルを鉢巻代わりに巻いた元気な兄ちゃんだった……が声をかけてくる。

 

「オクタン焼き一つどうだい? 生きの良い蛸を仕入れたばっかりだよ?」

「あ、蛸なんだ……さすがにオクタン本当に入ってるわけじゃないんだ」

「ははは、良く言われるけど、昔は本当にオクタン使ってたらしいぜ?」

「「えっ」」

 

 店主の言葉に自分と、隣にいたシャルも思わず声をあげ。

 

「まあさすがにポケモン食うってのに抵抗あるやつも多いから今じゃ普通に蛸使ってるけどな、はははは」

 

 全然笑えねえ、と言うか昔の人ってやっぱオクタン食べてたのか。

 いや確かにタコみたいなやつだけど。

 

「ああ、食べるつったってオクタンの足だぜ? あれは切ってもまた生えてくるからな」

「何そのヤドンのしっぽみたいなの」

「おう、ヤドンのしっぽは珍味なんて言われてるが、アローラのほうじゃ家庭料理に欠かせない食材なんだぜ」

「なにそれこわい」

 

 アローラ地方。実は一度行ってみたかった場所なのだが、やはり止めるべきだろうか。

 ポケモンを日常的に食べている地方。ホウエンだと余り考えられない話だ。

 

「まあそれはそれとしてオクタン焼き二つ」

「え、買うんですか? ご主人様」

「だって美味しそうじゃん、つうかただのタコ焼きだし」

「ま、そうなんだよなー、あはははは」

 

 快活に笑いながら手慣れた手つきでくるくるとタコや……オクタン焼きをひっくり返し、じゅわりと音を立てて焼けたそれをパックに移しささっとソースを塗る。

 ふわりと匂いを漂わせる香ばしいソースに思わず喉が鳴る。

 上から青のりをばらばらとかけ。

 

「ほいお待ち」

 

 爪楊枝を差して完成である。

 ほかほかと湯気を立てるオクタン焼きを受け取り、一つをシャルに渡す。

 

「わーい……いただきまーす」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべ、早速と言わんばかりに香り立つオクタン焼きを一つ口に頬張り。

 

「あつつ……あふ……はふはふ……うーん、おいひい」

 

 口の中で弾ける熱に何度となく熱い熱いと言いながらも美味しそうに食べるシャルに癒される。

 店主に代金を渡して公園のベンチに二人で座る。

 以前来た時には気づかなかったが、どうやら近所に住んでいるカナズミの住人たちもいくらかいるようで、遊ぶ子供たちやその保護者のお母さん方、それに休憩中らしきスーツを着たサラリーマン風の男性や、どこかのショップの制服を着た店員らしき女性たち。

 どこの世界も同じような光景というのはあるものだと苦笑しながら自身もまたオクタン焼きを頬張る。

 

「おいひいですね……ごひゅじんひゃま」

「喋るなら飲み込んでからなー」

「はーい……むぐむぐ」

 

 こくん、とシャルの喉が鳴って満面の笑みでこちらへと視線を向ける。

 

「みんなも来れば良かったのに……」

「みんな出かけてたからなあ」

 

 エアは行方不明……まあ良く風の赴くままに出かけるのでいつものことだ。

 シアはリップルとイナズマとチークを連れて街に出ている。何やら買い物があるとか何とか。

 アースは気まぐれによくいなくなるが、まあいつも夕飯までには帰ってくるし。

 サクラはアオバが連れて行った、まあちょくちょくあることだ。

 アクアは裏庭でアルファと水浴び……あの二人も仲良くなってくれたようで何よりだった。

 そしてオメガはリビングで寝たまま起きない……まあこれもいつものことだ。

 

「シャルがいてくれて良かったわ……」

「あはは……寝てたらシアに置いてかれちゃって」

 

 シャルが寝坊助なのはいつものことだ。シアも昼まで寝ているって分かっているから朝食だけ置いてさっさと行ってしまったし。

 まあお陰で昼から出るのにシャルがちょうど目を覚ましていたので連れてきたのだが。

 さすがにポケモンの一匹も持たずに街から出るのは危険というものだ。

 自然界のポケモンは人間の隣人であるが、決して友好的だとは限らないのだから。

 

「それはそれとして、シャル……口元ソースついてる」

「えっ?」

 

 手でごしごしとこするが、それじゃ単に滲むだけだ。

 

「ハンカチとか無いのか……仕方ねえな」

 

 幸いポケットティッシュがシアに持たされたのがあるので一枚取り出し、口元を拭ってやる。

 本当に用意の良いことだ、シアはますます所帯じみている気がする。

 

 ところでシャルさん、何故口元拭うのに目を瞑ってるんですか?

 

 何かこれからキスする人みたいになってしまっているのだが、止めろ、少しドキドキしてしまうじゃないか。

 

 なんてこと、考えていた時。

 

「そう言えばあの噂聞いた?」

「えーなになに?」

 

 どこからか声が聞こえてきた。

 どうやら公園の別の場所で女の人同士が話し合っているらしい。

 

「トウカの森あるじゃない?」

「うんうん」

「そこにね……出るらしいの」

「出るって……幽霊?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 

 ――――幽霊屋敷。

 

 

 聞こえた言葉に、思わず眉をひそめた。

 

 

 




因みにオクタン焼きはアニメで本当にあるらしい。
ただ本当にオクタン入ってるのかどうかは不明。なのでこの小説ではオリ設定を通す(すごくしょぼいオリ設定


そして久々にシャルちゃん愛でれて満足しています。
もっと可愛く、そして恋愛も絡めてデレさせたいなあ(恍惚


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ブルー・ブルー①

注意:本編ほぼ関係の無い番外編です。

……本編はそのうちな。


 

 

 

「はあ……」

 

 嘆息一つ。

 片手に持ったナビで時間を確認すればすでにどっぷりと日は沈む頃合いだった。

 視線の先、空には太陽と入れ替わるかのように月が薄っすらと見え始め、もうすぐ夜になる、その事実を自身に教えてくれた、

 

 帰らないと。

 

 そうは思えど、足は重く、深くベンチに腰掛けた体はまるで張り付いたように動かない。

 

「……はぁ」

 

 再び嘆息。

 不安で息苦しい。そして落胆で体は重苦しい。

 ほんのひと月前までこんな気持ちにはならなかったのに。

 どうしてこんなことに、と考えれば至極簡単な話で。

 

 不景気だから、だ。

 

 ホウエンで起きた災害から数年、ホウエンから発せられた全国的な経済の混乱に止めを差すかのように起きたカロスを揺るがす大事件。

 全国有数の大規模地方であるカロスを未曾有の混乱に叩き起こした一件はカロス全体の経済に大きな打撃を与え、その影響はホウエンの一件と合わさって全国に多大な波紋を起こしさらに年月が経った今でも尚、遠くこのカントーの地に影響を与えていた。

 

 とは言えすでに経済は立て直しに向かっている……らしい。

 

 それは良いことだ、それ自体は良いことだった。

 ただ立て直しの一環として起きた大規模な解雇ラッシュ、そして就職難。

 ポケモンの力によって発展してきた世界からすればほんの数年、長くとも十年はかからずこの混乱を収めることはできるだろう……との話だが、それはそれとして今現在進行形で混乱の坩堝にあるのは事実で。

 

 その影響でまさか自分がリストラに会うなどと誰が想像できただろうか。

 

 少なくとも自分は唐突に首を切られるほど業績が悪いわけでも無い、懸命に働いてきたし、同僚や上司との関係も円滑だったはずだ。

 にも関わらず、余りにも唐突なリストラ宣言。

 

 挙句、その理由が。

 

『ほら……トレーナー資格持った子たちも増えてきたし? やっぱそうなると、ジムバッジ取得者を優先するしかないのよね?』

 

 とのことだった。

 とは言え自分だって過去にこのカントーのジムの内8つを獲得しているのだが。

 最近になって『正規トレーナー資格』 の取得に関する試験制度の見直しを制定した『準トレーナー規制令』という法令がカントーにおいて試験的に先行導入された。

 カントー地方はポケモンバトルの聖地セキエイ高原のある地方であり、ポケモンリーグ発祥の地ということもあって、未だに全国ポケモンリーグに対して強い影響がある。

 特にこういったトレーナーに対して影響のある制度の試行はまずだいたい最初にカントーの地で試されてから全国に普及することが多い。

 

 そしてこの法令のせいで、資格試験を受け直さない限り正規トレーナーとして認められず、正規トレーナーの資格を得なければそもそもジムバッジの所持ができない

 つまり公的には現状の自分のジムバッジはゼロということになる。

 しかも正規トレーナーの資格を得たとしてもバッジ自体は取り直しが必要になる、という面倒な仕様であり別にもうトレーナーとしてやっていくつもりも無かったため放置しておいたのだがそのせいでまさかこんなことになろうとは思いもしなかった。

 過去にどれだけ栄華を誇っていようと今となっては、という話。

 

 雀の涙ほどの退職金と共に。

 

『まあキミはまだ若いから、次の職場でもきっとうまくやっていけるさ』

 

 などという無責任極まり無い言葉を投げかけられ、そのまま職場を放り出された。

 最早嘆息するしかない。

 

 とは言えそれからすでに一か月。

 一度は親元に戻りはしたが、いつまでも親に甘えても居られない。

 幸いトレーナー時代、及び就職してからの貯蓄もあったので当分食うに困ることは無いが、それでもいつまでも無職というのは問題だった。

 故に職を探す、十を超え成人となったならば当然の選択肢だ。

 

 自分はすでに十八なのだ、いつまでも子供のようにはいられない。

 

 そう、だから次の職を探した、までは良かったのだが。

 

 ―――次なる場所でのご活躍をお祈り申し上げます。

 

 面接を受けた三社からの返ってきた言葉で、結果は言わずもがな。

 過去のトレーナーとしての経験を生かした職に就こうとする場合、昔なら実技試験変わりにポケモンバトルをしたり、筆記試験でトレーナーとしての知識を見たりなど色々あったのだが。

 

 今の選考基準はシンプルだ。

 

 ―――失礼ですが、バッジはおいくつお持ちですか?

 

 この一言で合格の可否が99%決定される。

 資格を持たず全てのバッジが無効となった自分は先も言ったようにゼロ。

 その結果は全て不採用だった。

 

 

 * * *

 

 

「Hey What's up homie? どしたの? 元気無いよ?」

 

 とん、とベンチの背もたれを乗り越えて項垂れる自分の背へと乗りかかってくる感覚。

 直後に耳元で囁かれた声に、()()()()()()である少女へと振り返る。

 

「ああ、お帰り……ヒカリちゃん」

「all right! ただいま、アオイ!」

 

 装飾(フリル)の大量についた純白のサマードレスを着た金色の髪の少女がそこにいた。

 頭に被った麦藁帽とツインテールを結ぶ赤いリボン、腰を結ぶ黒いリボンがアクセントになっていて可愛らしい。

 

「森のほうはもう良いの?」

「うん、たくさん遊んできたよ!」

 

 溌溂として、太陽のような眩しい笑顔を浮かべる少女、ヒカリに思わず笑みが零れる。

 

「同族って言っても、やっぱりDadのほうが例外なんだって分かっちゃった」

「あー……まあ、それはね?」

 

 ヒカリの生みの親の存在を思い出し、その理不尽と不条理ぶりを思い出して苦笑する。

 ヒカリは外見は彼とは似ても似つかない……というか、擬人種なのだから当然なのかもしれないが、それでもその戦いぶりは彼を思い出させる。

 

「さて……それじゃあ、ヒカリちゃんも帰って来たし。お家に帰りましょうか」

「roger that! もうお腹ぺこぺこだよ!」

 

 お腹を抑えながらも元気いっぱいに叫ぶヒカリにはいはい、と笑みを浮かべながら歩きだす。

 隣にこの少女がいてくれる……それだけで先ほどまでより少しだけ足取りは軽かった。

 

 

 * * *

 

 

 擬人種という存在が定義されたのはほんの一、二年ほど前になる。

 元々極最近までは『ヒトガタ』と呼ばれていた()()()()()()()()()()の総称である。

 最初に発見されたのは数十年前と言われており、これまで何故ポケモンが人と同じ形を取るのか、その原因について一切解明されてこなかった。

 その理由の一旦として『ヒトガタ』の希少性と強さ。

 

 凡そエリートトレーナーたち百に一人……トレーナーという大雑把な括りで見れば数千人に一人持っているかどうかというレベルの希少性。

 余りにも個体数が少なすぎる上にその全てが()()()()()()

 下手をすればエリートトレーナーたちすら負けかねないほどの強さを兼ね備えたポケモンたちはトレーナーからすれば垂涎の的であり、わざわざ貴重な個体を研究しようというもの好きなどこれまでにはいなかった。

 

 ……そう()()()()()

 

 ホウエン地方において、それを研究した人間がいた。

 手持ちに一体いれば良い方、二体所持したトレーナーすら世界中探して一人二人いるかどうかというレベルなのに、たった一人で十体以上のヒトガタを所持した元ホウエンチャンピオンにして、現ポケモン博士。そんな変わり者の来歴を持った人間がヒトガタという存在を研究し、その性質、能力、特性、そして原因すらも解明し、全世界に向けて発表した。

 

 そしてホウエンで起きた大災害以降世界中で増加の一途をたどるヒトガタポケモンたちを総称し『擬人種』と定義したのも彼の博士である。

 

 そして自身の所持するポケモンの一体……ヒカリという名の少女もまた擬人種だった。

 

 

 * * *

 

 

「ただいまー」

「たっだいまー!」

 

 マサラタウンの実家に帰る。

 玄関を開け気だるげな声で挨拶する自分の隣で元気な声を発するヒカリはまるで対称的、光と影だ。

 

「おかえりなさい……ヒカリちゃんは元気ねー。アオイももうちょっと元気出しなさいよ、まだ若いんだから」

 

 ―――まだ若いんだから。

 

 よく言われる言葉ではあるが、三年務めた会社を脈絡もなくリストラされた上に次の就職先の宛てもつかない社会人からすればそんなもの何の慰めにもならない。

 家で出迎えてくれた母親に曖昧な笑みを返しながら居間に入ってそのままソファに座り込む。

 

「はー……疲れたあ」

「お前……くたびれた中年親父みたいになってるぞ」

 

 後ろから聞こえた声に、ソファの背もたれを深く押しのけ反りながら後ろへと視線をやる。

 家族三人で食卓を囲むには十分に広い居間だったが、何故か今日はそこにさらに二人、追加されていた。

 黒い髪に赤い帽子の無口そうな青年と、黄色のツンツンと尖った髪の生意気そうな青年。

 

「……あん? なんでいるのよ、レッド、グリーン」

 

 居間に置かれた長机に並べられた料理を摘まみながら呆れたような視線でこちらを見やる幼馴染二人に思わず問いかけ。

 

「お前……久々にお前もレッドも帰ってきてるから集まろうぜって先日言っただろ」

「あー……そうだっけ」

 

 そう言えばそんなこと聞いたような気もする。

 今朝からの就活のせいですっかり忘れていたが。

 

「ていうか、レッドが帰ってきてるのは珍しいわね」

 

 先ほどから無口ながらこちらの会話にちらちら視線を送りながらも机の上の皿にあちらこちらと箸を伸ばしている青年を見やる。

 

「……時期」

「ああ、そう言えばもうリーグも終わりね。すっかり忘れてたわ」

 

 すでに八年、十歳の時にカントーのチャンピオンへと就任してから一度たりとも王座が陥落することが無かったので、どうせ今年もレッドが勝つのだろうと最初からチャンピオンリーグの情報など確認すらしていなかった。

 

「ま、どうせアンタが勝ったんでしょ?」

「……うん」

 

 こくり、と頷きながら、直後に手に取ったお椀へ口をつける。

 人の家で何飯食ってんだ、と言いたくなる気もするが、この無口な幼馴染はリーグがある時期以外は『シロガネやま』に籠ってしまってろくなものを食べていない。だから偶にこうして帰郷してきた時は手料理の味というのが身に染みるらしい、レッドの母親も息子が帰って来た時はいつも倍以上手間がかかると嘆きたくなるやら嬉しいやらで苦笑していた。

 

「あ、そういやアンタ……ピカチュウは?」

 

 いつでも幼馴染の腕か肩、もしくは頭に乗っている幼馴染の相棒の姿を見えないことに今更になって気づく。

 と言っても何となく予想はできているが。

 

「お風呂……あの子と一緒に」

「そ……道理でさっきから静かなわけね」

 

 ポケモンだって偶には風呂に入る。

 というヒカリの場合毎日入っている。というか自分がそう教えた。

 あれでも外見は可愛らしい少女なのだ、そういうところは大事にしたい。

 

「ま、滅多に会えない分、良いのかもね……()()()()()()ていうのも」

 

 ピカチュウの擬人種、ニックネームはヒカリ。

 

 つまり、そういうことである。

 

 

 * * *

 

 

「そういやお前、これからどうするんだ?」

「あー? 何がよ」

「今、職が無いんだろ?」

 

 酒でも飲むかのように『サイコソーダ』片手に、並べられた皿の料理を摘まみながらグリーンが問うてくる……どっちがオッサンだ。

 

「何で知ってんのよ」

「おばさんが言ってたぞ……俺に就職先の心当たり無いかとか聞いてきてた」

「母さんってば……」

 

 いくら友人とは言え、他所の家のやつに何を人のプライベートほいほいと話しているのだろうと嘆息する。

 ソファから起き上がり、長机に並べられた椅子の一つに腰掛ける。

 いくつか椅子が残っているが、まあそのうち風呂から上がって来た子たちが座るだろう。

 

「色々考えてはあるんだけどね……昔の蓄えもそこそこあるから急ぎってほどでも無いんだけど、ほら、例の法令あるじゃない?」

「準トレーナー規制令か? あれもまあ、納得できる部分もあるっちゃあるんだが……」

「そこは問題じゃないのよ……というか関係ないと思って資格取らなかったらまさかの事態よ」

「ていうかお前の勤めてたとこ、お前のこと知らねえのかよ……」

「みたいねー」

 

 はぁ、と呆れたようにグリーンが嘆息する。

 

「仮りにもカントーリーグベストフォー経験者を放り出すって……モグリ何じゃねえの」

「言ったって八年も前の話だしね、それに優勝ならともかくベストフォーじゃそんなもんでしょ」

 

 それでも当時のカントートップトレーナー五指の一人に数えることはできるのだから、正直実力を疑われるなどあり得ないとは思っているが。

 思い出したらまた苛々してきた、取り合えずグリーンの持っていたコップを奪い、入っていた『サイコソーダ』を一息に飲み干す。

 

「あ、ちょ、おま」

「ぷはー……たく、やってらんないわ。今どこに行ってもバッジ、バッジ、バッジ。トレーナーの実力が見たいながらバトルしなさいっての」

 

 愚痴るように呟けば、グリーンがおいおいと呟きながらも頷く。

 

「と、そんなお前にちと提案があるんだがよ」

「……提案?」

 

 唐突な話に、素っ頓狂な声を出し。

 

「なあ()()()。もう一度、カントーを巡ってバッジ全部集めて見ねえか?」

「……はぁ?」

 

 グリーン曰くの、()()とやらの内容に、もう一度疑問符を浮かべた。

 

 

 

 




本名/幼馴染間のあだ名

アカネ/レッド
スイ/グリーン
アオイ/ブルー


因みにレッドさんはあだ名のほうが広まって、今じゃそっちのほうが本名とされている人。本人基本無口であんまり喋らないから誤解されて広まってる。

という設定。

ある意味『ドールズ時空』と『未来編』の中間時代とも言える。

何故こんな番外編を書いたのか……ツイッターでチャット友達に『ポケモンの擬人化』でお題投げつけたらすごい可愛いピカチュウ描きあげてくれたからだ。
貸してください、って土下座したらいいよーって貸してくれたので画像張っとく。



【挿絵表示】



可愛い(可愛い


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残影と霊魂②

 

 

「あ、あの……ごごご、ご主人様、本当に行くの? 行くんですかぁ?」

 

 携帯のバイブ機能のように全身を震えさせながら袖を引くシャルに頷いて返す。

 

「気になるだろ?」

「でで、でもだからって夜に行かなくても良いじゃないですか」

 

 ぶんぶんと首を振り、顔を蒼褪めながら告げるシャルの頭をぽんぽんと撫でてやる。

 

「でも夜に出ることが多いって話だぞ、その幽霊屋敷」

 

 ポケモンは生物であり、当然ながら活動時間というものがある。

 実機でもそうだが、夜にしか出ないポケモン、というのもあり例えば『トウカのもり』ならばキノココなどの暗さを好むポケモンは夜のほうが活発に活動する。

 一度ゲットしてしまえばボールの保護機能で昼夜問わずある程度活動できるようになるのだが、野生ではそういう種族ごとの習性のようなものが強く出る。

 そして夜にしか出ないポケモン、夜のほうが出会いやすいポケモンがいるならばそれをゲットしようとするのがトレーナーであり。

 

 そんなトレーナーたちの間で、『トウカのもり』の中に不意に現れる幽霊屋敷の目撃が増えているらしい。

 

 幽霊屋敷。

 

 さてどこかで聞いたような話だ。

 

「シャルは……七年前のこと、あんまり覚えてないんだよな」

「え……あ、はい。覚えてるのは……ご主人様の家で目を覚ましてからで、それ以前のことは何も」

 

 若干申し訳なさそうなシャルにだろうなと思いながら気にするなと言う。

 実際のところ初期メンバーの六人全員そうなので逆に一人だけ覚えているほうが不自然だろう。

 というかこの辺のことはすでに七年前に確認してあるので念押しした程度に過ぎない。

 

 懐古する。

 

 七年前のこと。

 

 そうして思い出すのは暗い館、そして嗤うシャルの姿。

 

「あの時のシャルはまさに小悪魔的だった……」

「あわわわわわ、お、覚えてない時のことは忘れてください、お、お願いですからぁ」

 

 ぶんぶんと手を振り回しながらすっかり慌てた様子のシャルが涙目で縋りついてくる。

 そんなシャルの姿に笑みを浮かべながら、視線を周囲へと走らせる。

 

 時刻はすでに午後九時を回っている。

 暗い森の中は、鬱蒼と茂った木々が影となり月の光さえ見えない。

 風が吹くたびにがさごそと草木が揺れ動き、その度にシャルがびくびくと震えて抱き着いてくる。

 そんなに怖ければボールの中に入っていればいいのに、と言うが。

 

「ひ、独りは……もっとやだ、だから」

 

 ボールの中すら怖いのか、という僅かな呆れと、何年経っても相変わらず手のかかる、けれどそんなところが可愛いのだと苦笑する。

 可愛い……そう、可愛いというのがシャルに対して一番当てはまる感情だろう。

 

 単純な外見とかそういう話でなく、例えばエアなら頼りにしているし、相棒と言った感じがある。

 シアならしっかりとしていて、姉のように思える時がある。

 チークはあれで見た目よりずっと精神年齢が高く、反面子供のようなところもある。

 イナズマはそんなチークに振り回されているようで何だかんだチークを支えているし。

 リップルは一歩物事を引いてみる癖があるのか、いつも冷静であれが慌てふためいている場面など見たことも無い。

 

 シャルの場合、どこか危なっかしくて、怖がりで、手のかかる妹のような可愛さがある。

 

 普段からシアに世話を焼かれたり、何だかんだリップルが手を引いたり、チークが気を利かして振り回したり、エアが構ったり、イナズマが一緒に連れだしたり。

 

 恐らく初期六人の中で一番精神年齢が低いのがシャルだった。

 

 ヒトガタポケモンは恐らく、最初からある程度精神が熟成して生まれてくる。

 通常のポケモンも人間と比べれば随分と早熟だが、最初の最初、卵から生まれたばかりの時はまだ赤子のままだ。

 だがヒトガタポケモンは生まれた時から子供程度の知性と精神性を持っているのだ。

 サクラがあれほど幼いのはラティ種という種族そのものが長命である反面、成熟が遅い特徴を持つからであり、けれど生まれた時からすでにサクラは今と同じ程度の知性を持っていたと聞いている。

 

 半面、ヒトガタポケモンはある程度まで育つとそこで精神性の成長が止まる。

 

 簡単に言うと、自己を確立した時点で変わらなくなるのだ。

 その理由までは分からない。

 だが調べた限り、ヒトガタポケモンは年月を重ねてもその外見にほとんど差は無く、精神性も変化が少ない。

 実際隣にいるシャルとて出会って七年の時が過ぎた。その間に自分だって随分と成長した、五歳と十二歳を比べれば当然と言えば当然だが。

 

 こうして目の前にいるシャルと七年前の記憶の中のシャルを比べても何一つとして変化が無いように思える。

 とは言え、全く変化が無いというわけでも無い。

 

 少なくとも―――。

 

「シャル?」

「え……あ、はい。何ですか?」

「いや、さっきからじっとこっち見て、どうした?」

「え……あ、いや……その」

 

 頬を赤らめながらちらり、ちらりと何度か上目遣いにこちらを見つめ。

 

「怖い……から、手……繋いで欲しいな、って……思って」

 

 おずおずと手を差し出してきたシャルに笑みを浮かべ、自分もまた手を出す。

 そっと触れ合い、繋がれた手。温かくて、くすぐったくて、何だか落ち着かない。

 

 ―――少なくとも、七年前ならこんな反応は見せなかっただろう。

 

 俺から手を取り、あわあわと慌てることはあっても、自分から繋ぐなんてこと、七年前のシャルならきっとしなかった……否、できなかった。

 顔を真っ赤にしながら、何度となくこちらをちらちらを見やりながら、一瞬握られた互いの手を見つめ、また顔を赤くする。

 先ほどまでの怯えが嘘のように黙りこくってしまって何も話さなくなったシャルを見て、何もかもが同じなわけでも無いのだと思った。

 

「なるほど……臆病ってのは違うかもな」

 

 今のシャルに怯えは無い。

 単純に周囲を気にして怖がるだけの余裕が無いだけかもしれないが。

 まあ強いて言うなら。

 

「シャルちゃん意外とムッツリだったんだな」

「は、はわぁぁぁぁ?!」

 

 びくん、と体が跳ねてばっと顔を上げる。

 わなわなと何かを言おうとして震える唇はけれど何の言葉も紡げず。

 ぼすん、と体当たりするように自分の肩へと顔を埋め。

 

「ご……ご主人様の、いじわる」

 

 呟いてそのまま何も言わなくなった。

 

 

 * * *

 

 

 暗い森の中を彷徨いながら歩いていく。

 生憎、目的地というものが分からないため遭遇できるかどうかは運次第ということだ。

 

 とは言え。

 

「……シャル」

「……はい」

 

 噂になるほど何人もの人間が遭遇しているのだ。

 奥へ奥へと進んでいけばきっとそこへたどり着けるとは思っていたが。

 

 ―――屋敷がそこにあった。

 

 深い森の奥、切り開かれた土地に、鉄柵で囲まれた屋敷が。

 こんな暗い暗い夜の闇の中で、けれど屋敷には明りに一つも灯っていない。

 にも関わらず屋敷はボンヤリと薄くその輪郭を視せていた。

 

()()()()()()()

 

 七年前にも全く同じようなものを見たような記憶がある。

 あの時と違うのは、あそこにいたはずの少女は今は隣にいるということと、今回は誰も攫われてはいないということか。

 

「そもそもの話……何でこの森にマボロシの場所がある?」

 

 ここは現実だ、当然ながら実機とは違う。

 それは分かっているが、けれどマボロシの場所とは基本的に島だ。

 島、森、山、洞窟と違いこそあれど、全て孤島にある。

 レックウザとの最後の戦いの直前、アルファとオメガと戦うために一度だけ訪れたことがあるが、マボロシの場所は日ごとに現れたり消えたりする。

 

 そう考えると、この屋敷はマボロシの場所とは全く関係など無いのかもしれない。

 

 連日連夜出現するこの屋敷。

 朝になると消えてなくなる、そんな屋敷。

 むしろそれは、幽霊屋敷のほうが正しいのかもしれない。

 

 そうするとまた一つ疑問。

 

 何故こんなところに幽霊屋敷?

 街中に現れるのなら……まあ分からなくも無い。

 シンオウ地方にある『もりのようかん』のように森の中に屋敷が無いわけでも無いが、『トウカのもり』にそんなものが建てられていたという話、現実でもゲームでも聞いたことが無い。

 

 脈絡が無いのである。

 

 もっと言えば、関連性。

 

 何故森の中に屋敷が出てくるのか。

 

「シャル……行けるか?」

「……は、はい」

 

 少し緊張した面持ちのシャルだったが、確かに頷く。

 よし、と一つ息を吐き出し。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 ぎぃ、と錆び付いた鉄門を開いた。

 

 

 * * *

 

 

 ばたん、と。

 触れてもいない門が音を立てて閉まった。

 びくり、とシャルが背筋を震わせるが、七年前も同じことがあったので全く驚きは無い。

 

 気にせずそのまま屋敷の前まで歩き。

 

 重厚な扉に手を触れ……押す。

 

 ぎぃ、とその外見に反してあっさりと扉は開く。

 まるで招き入れようとするかのように。

 僅かに震えるシャルの手を握り、一歩、屋敷へと足を踏み入れ。

 

 ばたん、と。

 再び扉が閉まったが今度はシャルも予測していたのか怯えは無かった……まあ音に驚きはしていたが。

 屋敷の中は真っ暗で視界の中は黒一色である。

 以前は入った直後に蝋燭に火が灯っていたが、今回はそういうのは無いらしい。

 

 ―――ケケケケケ。

 

 代わりに聞こえたのは嗤い声。

 

 ―――キキキキキ。

 

 どこから聞こえるのか、屋敷の中を反響しながら響いてくる声が前から後ろから聞こえる。

 

 ―――クケケケケケ。

 

 一瞬、背後に視線を感じ。

 

 振り返れば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目を見開き……そうして。

 

「シャル」

「はい」

 

 “シャドーフレア”

 

 一瞬の躊躇も無く、シャルに指示を下し、シャルがその手から黒い炎を放つ。

 明りを灯さない漆黒の炎が扉に張り付いた目玉を燃やし。

 

「ギエェェェェェェェェェ!!!」

 

 絶叫を上げながら目玉が変じ、『ゴースト』ポケモンへと変化し、そのまま消え去った。

 

「倒したか?」

「え、あ、いや……追い払っただけ、です。ちょっとだけ、脅して」

 

 シャルのその言葉におっかないなと思いつつも良くやったと褒める。

 シャルの種族、シャンデラは炎で燃やして魂を吸い取る、そういう種族だ。

 ポケモンバトルでは使われない、というか使ったら犯罪待ったなしだが、『ゴースト』ポケモンに対する()()()()はずば抜けている。

 まあシャル自身そういう気質でも無いので実際に殺すことは無いだろうが。

 というかシャルも自身のそういう性質を理解し、だからこそ以前あれほど不安がっていたのだろう。

 それを理解している以上は、軽々しく殺せなんてこと言えるはずも無い。

 

「アレ……本気だったと思うか?」

「えっと……多分、本気、かな?」

 

 野生の『ゴースト』タイプのポケモンというのは往々にして二種類に分かれることが多い。

 悪戯が好きな騒霊と悪意を持って人を呪い殺す怨霊だ。

 前者はまだしも、後者は非常に危険だ。俺が捕まえる直前のシャルは半ば後者に分類されていたが、あのヒトガタスリーパー……マギーが居なければとんでも無い数のポケモン、或いは人間を殺傷していただろうと予想できるほどに。

 恨みや悪意を持って人を襲う『ゴースト』は最早害獣と何ら変わりない。

 祈祷師などが捕獲することもあるが、祓われる場合も多い。

 前者の場合、基本的に驚かせはするが人に友好的な存在が多いので、適当に付き合ったり、ポケモンバトルで追い払ったりで済むことが多いのだが。

 

 残念ながら、この館に住み着いた『ゴースト』は後者のようだった。

 

 

 * * *

 

 

 ぼっ、と手の中に炎を生み出す。

 黒ではない、普通にオレンジ色の炎。

 技としてはともかく、種族的にそのくらいはお手の物と、シャルが手の平の上に炎を生み出せば、一気に周囲が照らされる。

 

 何と言うか、館の外観と比べて内装が随分と見すぼらしい……否、古いというべきか。

 

 崩れた階段、埃の積もったテーブル、半分に割れた花瓶、などなど。

 七年前とは違い、内装だけ見れば完全に廃墟である。

 

 シャル曰く、この館に住み着いた主となるポケモンの性質がありありと出ているのではないか、とのことらしい。

 

 普通の場所ならともかく、幽霊屋敷だ。そういうこともあるのかもしれないと納得しつつ、周囲を探索してみる。

 残念ながら階段が崩れているため二階へ登れない……まあシャルなら行けるかもしれないが、まずは行けるところから行ってみることにする。

 

 そうやって一階部分を調べていく。

 

 分かったことはそう広い屋敷ではない、と言うこと。

 そして館に住み着いた主は執拗にこちらを狙っているということ。

 実際道中で二、三度襲われた。同じ『ゴースト』同士、シャルがいるので危ない場面も切り抜けられたが、壁をすり抜けて出てくるという時点で厄介極まり無い。

 

 そして最後の一つ。

 

「何だか……この屋敷、変な感じがする」

 

 シャルが呟き、しきりに足元を見やる。

 

「下に何かあるのか?」

 

 そう尋ねてみれば、分からないと首を振る。

 

「分からないけど……でも何か、変な感じが」

 

 呟きながら食堂らしき広間を歩いていると。

 

 ぼーん、ぼーん、と古びて振り子の無くなってしまっている壊れた時計が突如として鳴り出す。

 思わず身構え……けれど何も起こらない。

 

「……シャル?」

 

 問うてみて。

 

「…………」

 

 けれど返事は無い。

 

 振り返ったそこに。

 

 ()()()()姿()()()()()()

 

 




というわけで前半のびくびくに見せかけたデートからの後半のちょっとホラー風味。
夏だしね、ちょっとくらい肝冷やしてくれ。
作者はこれを書きながら部屋に侵入してくる虫どもの影に怯えているぞ(耳元でブーンブーン


古戦場で遅くなってしまった……累計貢献6000万とか初めて稼いだ。と言っても上のやつらは1億とか2億とか普通に稼いでるし、まだまだって感じだが。
そして来月また古戦場とかマジかよ……しかも水とか火と並ぶ最弱パなんだが。

こんなところに居られるか! 俺は別ゲーに逃げるぞ!





あ、ブルーブルーは多分その内また書く……気が向いたら。
そして何話か書いたら多分別作品として独立させる気がする。


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残影と霊魂③

 

 ケラケラと、ソレは嗤った。

 嗤って、欺いて、忍び寄って。

 そうしてその手で掴まえては内側にため込んでいく。

 

 ケラケラと、ソレは嗤った。

 嗤うしかなかった。

 ソレは何もしていない、にも関わらず勝手にやってきてはソレに掴まえられていく。

 

 ケラケラと、ソレは嗤った。

 嗤って、嗤って、嗤って。

 そうしてまたやってきた。

 

 

 * * *

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少女、シャルはそんな疑問を浮かべながら周囲を見渡した。

 暗い部屋だった。

 

 明り一つ無い、漆黒の闇。

 

 けれどそれが部屋であると理解できる程度にはシャルは……シャンデラというポケモンは暗い場所が見えていた。

 広い部屋だった。先ほどまでいた屋敷の玄関ホールよりもさらに一回りも二回りも広い部屋。

 木製だったはずの床はいつの間にか土に変わっており、けれど見上げた先に木目の天井が見えることからここが外ではないことは理解できた。

 

「ご主人……様……」

 

 どうして自分がここにいるのか、そんな疑問よりも先に、先ほどまでいたはずの主の姿が無いことに焦りを覚える。

 どこに、どこに、どこに、そんな疑問が内側を駆け巡り、けれど声には出ない。

 

 声は出ない。

 

 気づいてしまったから、この場所に()()何かに。

 気づいてしまったから、この場所に()()何かに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――ケラケラケラ

 

 嗤い声が聞こえた。

 

 ―――ケラケラケラ

 

 闇の中、ソレは嗤っていた。

 

 ―――ケラケラケラ

 

 地の底から響くような嗤い声を聴きながら。

 

「あ……あぁ……」

 

 シャルの意識が堕ちた。

 

 

 * * *

 

 

「……いるな」

 

 絆が繋がっている限りはだいたいでもシャルがどこにいるかは分かる。

 以前にも同じようなことがあったが、あの時と違うのはシャルが自発的に消えたわけではないということ。

 何がしかの異常があって、シャルはそれに巻き込まれた、と考えるべきだろう。

 

 そして最大の問題は。

 

「……まずったな。シャルがいるから大丈夫だって過信してた」

 

 俺が今現在、シャル以外のポケモンを一匹たりとも所持していないという事実だ。

 一応保険はかけておいたが……さて、それまでどうにかなるだろうか。

 周囲を見渡してみる……ただの食堂だ、見た限りは、だが。

 ポケモンの気配は無いが、『ゴースト』タイプのポケモンというのは割と気配も無く忍び寄ってくるので油断はできない。

 

「どうすべきかな」

 

 シャルの気配は……下、それもかなり下のほうから感じる。

 この屋敷どうやら地下まであるらしい、以前はエアが崩落させたので気づかなかったが、それとも以前には無かったのだろうか? 幽霊屋敷のその辺の理屈なんて俺が知るはずも無かった。

 保険はかけてきた、待てばどうにでもなる……だが。

 

「シャルの気配……希薄になってる」

 

 嫌な予感がする。

 希薄、というか透明というか。言葉では説明しづらい感覚だが、とにかくこのまま放っておけばシャルが消えてなくなってしまいそうな感覚。

 トレーナー単独で一体何ができるのだ、という話ではあるのだが……このまま座して待っていては不味いという予感も同時にあって。

 

「行くしかない……か」

 

 俯き、嘆息一つ。

 そうして顔を上げて。

 

「ばぁ」

 

 一瞬の間も置かずに不意に目の前に現れた()()()()()()()()()()へとボールを投げた。

 

「わわわっと」

 

 かちん、と()()()()()()()()()()が反応し、スイッチを押したはずのボールがうんともすんとも言わずにそのまま少女にぶつかって床に転がる。

 咄嗟に距離を取って、再びボールを構えた腕を振り上げて。

 

 ぴたり、とその手を止める。

 

「……登録個体?」

 

 ボールが反応しなかったその理由を考えて、ようやくその答えに行きつく。

 つまり誰かトレーナーの手持ち、別のモンスターボールに個体登録されているということに他ならない。

 視線を上げて、良く少女の姿を見やり。

 

「シャンデラ?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()少女の姿に、ぽつり、と呟いた。

 全体的に、だがシャルと外見が似ていた。細部に違いはあるが、大まかなシャンデラらしい特徴というものはそっくりだった。

 シャルより幾分か外見が幼いことを除けば……シャルを知る自分にとって、少女はまさしくシャンデラだと一目で見抜けた。

 

 そうして、少女もまた俺を見て。

 

「……とーさま?」

 

 呟いた言葉に、思考が止まった。

 

 

 * * *

 

 

 今この少女は何と言った?

 

 凄まじくおかしな呼称をしなかったか?

 俺の気のせいか?

 気のせいだよな?

 だって今かなりあり得ないようなこと喋ったし。

 

「とーさま……だぁ!」

 

 一瞬戸惑ったようにも見えた少女だったが、すぐさま破顔し飛びついてくる。

 小さな……と言ってもシャルより少し小柄というくらいであり、言っちゃなんだがまだ成長途中の俺にとってはとてつもない衝撃であり。

 

「ちょ、ま、ま……て……」

 

 仰け反り、体半分倒しながらも何とか少女を受け止める。

 体勢を戻しながら少女を離そうとするが。

 

「えへへ~、とーさま~♪」

 

 俺の体をがっちりと抱いたまま離さない少女に辟易する。

 しかも力が強い、エアほどで無いにしても、とても見た目から想像できるような腕力じゃない。

 

「やっぱポケモン……か?」

「はい~♪ そーですよ~♪」

「というかお前本気で誰だ?!」

「え~? ひどい~、アカリちゃんはアカリですよーだ!」

 

 アカリ、というのが少女の名、らしい。

 というか強い、締め付ける力強すぎる、苦しい。

 

「いいから、一回放せ……殺す気か!」

「あ、ごめんなさい……えへへ」

 

 舌を出しながら謝る少女に、先ほどまでの息苦しさから解放され、体が酸素を求めて呼吸が荒くなる。

 そうして再び少女を見やり。

 

「シャルに似てるな……やっぱ」

「とーさまとかーさまの娘ですから」

「……まさか、とは思うんだが、さっきから言ってるとーさま、って俺のことか?」

「そうですよ?」

「人違いだ……俺に娘なんていない」

「人違いじゃないですー! アカリちゃんがとーさま間違えるなんてことあり得ません!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くしながら胸を張る少女……アカリに、思わず嘆息する。

 

「とーさま、ってやつの名前は?」

()()()()()()()()

 

 そうして、何気なく問うた言葉に、返って来た言葉に硬直した。

 ウスイハルト、と今確かにそう言った。

 聞き間違いかと、一瞬思ったが、けれど確かに告げた言葉と少女の態度が何よりもそれが間違いではないと語っていた。

 

「本当に……俺の娘?」

「だからそう言ってー……って、とーさま何かちょっと違う?」

 

 再びがばり、と少女が抱き着き、その指先がわさわさと俺の全身を伝っていく。

 くすぐったさの余り、思い切り突き飛ばせば、先ほどほどの拘束力は無かったのか少女が離れて。

 

「とーさま……何か小さい?」

「見りゃわか……んだ……ん?」

 

 その開かれた瞳を見つめ、焦点のあってない意思の見えない眼に言葉尻が小さくなっていく。

 

「見えない、のか?」

「……うん」

 

 先ほどまでの元気そうな様相とは一転した、沈痛そうな面持ちに咄嗟に手を伸ばし。

 その手を握れば手のひらに温かさを伝わる。

 直後にアカリの表情が少し柔らかくなる。

 

「……ありがと、とーさま」

「ん……ああ、その悪い」

「んーん……嬉しいよ、とーさま」

 

 にか、と笑みを見せて、そのまま飛びついてくるアカリに、思わずシャルにやるようにその頭を撫でて。

 

「いつものとーさまと同じ感じだ……やっぱりとーさまはとーさまだ」

 

 そんなことを言いながら俺の胸の中で頬を擦りつける少女を見やり。

 

「……なんだこれ」

 

 ここがどこで、今どんな状況なのか、それすら忘れてため息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

「ホウエン~~~?!」

 

 全く心当たりの無い自称俺の娘から凡その話を聞き、そうしてこちらの事情を語った際の娘の第一声がそれだった。

 

「え、ここイズモじゃないの?」

「イズモってどこだよ、聞いたこともねえんだけど」

「そっかあ……まだあっち鎖国中なのかー」

「江戸時代じゃねえんだから」

「エドジダイ?」

「いや、何でもない」

 

 ()()()()()()()()()()

 それが俺がアカリから聞いた話を総合して出した結論である。

 イズモとかいう場所を俺は寡聞にして聞いたことは無いが、それ以前にアカリの知る俺の現状を凡そ纏めると、()()()()()()()がそのまま羅列されていた。

 研究職、それからジムリーダー、それから……まあそれは良いとして、これが決定的だったのだが、アカリの父の年齢、それを聞く限り十数年は未来の話のようである。

 

 未来の話……正直聞きたい、が。

 

「聞いたら不味いんじゃないかなあ……これ」

 

 以前の……ジラーチの話を思い出す。

 未来を知ることは、未来を不確定に確定してしまう。

 観測によって変化が起き、起きた変化で固定化されてしまうというアレである。

 そのせいでホウエンで大災害が起きたことを考えるとこれ以上余計な話は聞きたくないという気持ちになるのも当然であり。

 

「というかどうやって未来から来たんだよ」

 

 この世界において、時間移動の手段というのは無くは無い。

 ほぼ唯一の手段は『時渡り』の力を持つセレビィの力だが、アニメ版ポケモンだと何故かロトムの力で時間移動してたり、そのせいで未来が変わったりしてるので、案外時間移動というのはどうにかなるものなのかもしれないが。

 そうしてアカリが少し悩んだ様子を見せて、やがて顔を上げ、笑みを浮かべて告げる。

 

「わかんなーい」

 

 思わずがくり、と肩を落とす。

 

「なんだそれ……」

「うーん……()()を追ってたらいつの間にかここにいただけだし?」

 

 困ったように首を傾げ、そうして、何か思いついたようにぽん、と手のひらを拳で叩き。

 

「そうだ、メイリなら何か分かるかも!」

 

 そう言った。

 

「メイリ?」

「うん、アカリちゃんのいもーとだよ!」

 

 

 * * *

 

 

 ―――ケラケラ

 

 崩れ落ち、倒れ伏したシャルに向かってソレが手の伸ばす。

 

 ―――ケラケラケラ

 

 その大きな手がシャルに触れようとした……瞬間。

 

 “シャドーフレア”

 

 シャルを守るかのように、ソレとシャルの間に突如として黒い炎が燃え上がる。

 燃え盛る炎に怯えるかのように、ソレが数歩後ずさり。

 

「……させません」

 

 “シャドースナッチ”

 

 どこからともなく、次から次へと伸びた影がソレを絡めとり、包み、雁字搦めにする。

 

 ―――ッ!!

 

「アナタのような存在でもそんな顔をするのですね」

 

 動揺を見せるソレに対して、まるで闇の中から溶けて現れたかのように、いつの間にか一人の少女がそこに立っていた。

 その手には先ほどソレを焼こうとした漆黒に染まる炎が燃え盛っており。

 

「母様に手は出させません。アナタはそのままここで消えなさい」

 

 “じごくのごうか”

 

 黒く、暗く、澱んだ闇の炎が爆発的にその勢いを増し、広間のような部屋全体へと一瞬で波及し、空間を焼き尽くしていく。

 

 穢れの炎が場の全てを焼き尽くす

 

 場の『だいれいびょう』が燃え尽きた

 

 ―――ォォォォォォォォォォ

 

 場を覆い尽くしていた不可視の力が焼き尽くされ、ソレが悲鳴を上げる。

 燃え盛る炎に身を焼かれ、のたうち回るソレへと少女がさらに手を向けて。

 

 ―――ォォォォォォォォ!

 

 ぐわん、とソレがその両手で()()を掴む。

 

「また逃げますか? でももう逃がしません」

 

 “クローズドサークル”

 

 穢れの領域が場を包み込んだ

 

 場が封鎖され『かくりくうかん』からは誰も逃げられない

 

 何かを掴んでいたその手が途端にから滑りし、虚空を掴もうとして失敗する。

 

 ―――ァァァァァ

 

 全身を震わせるソレに対して、けれど少女は冷めた瞳でソレを見つめ。

 

「怖いですか? ええ、そうでなければなりません……アナタは、母様に、そして父様に手を出そうとしたのですから」

 

 その瞳に怒りを煌々と燃やしながら、まるで少女の怒りに共鳴するかのようにその手の黒い炎が燃え盛り、溢れ出し、地に落ちては広がって行く。

 空間に満ちた黒い炎がソレの体を焼き尽くし、焦がし尽くし、そうしてソレが燃え尽きる。

 

 最後には悲鳴一つ上げることを許されず、ソレが消滅する。

 

 残った塵屑を払うかのような動作をしながら少女がすぐさま傍に倒れたシャルの元へと行き。

 

「母様……良かった」

 

 眠っただけのシャルの姿を見て、安堵の息を零す。

 その表情は心底安堵したのが分かるほどに緩く微笑み、先ほどまでの冷たさの一片すら見つけることはできなかった。

 そうして改めてシャルを見やり、意識無く、だらんと投げ出されたシャルの手を見つめ。

 

「…………」

 

 そっと、その手を伸ばし、シャルの手を包み込むように取る。

 数秒、そのままシャルを見つめ動かなかったが。

 

「――――」

 

 ぽそり、と何かを呟いて、その手をそっと置き。

 

「あ~メイリちゃん見つけた~」

 

 聞こえた声に振り返った。

 

 

 

 




今回のちょっとだけ未来編を意識して『システム風メッセージ』を導入してみたんだけど、どうかな?
未来編はこういうのをちょっと増やしてみたい。

アニポケのカロス編でさ、ロトムがエレベーター使ってタイムスリップする話があるんだが、あれどういうことなんだ(
ロトムにそんな力があるなんて初めて聞いたんだが、他のロトムでもできるのかな?

そして未来からやってきたハルト君の娘の「アカリ」ちゃんと「メイリ」ちゃん。
因みに漢字で書くと『灯里』と『明里』。
え? 未来編で出てくるのかって?



どの未来から来たのか、なんて言って無いよね???


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残影と霊魂④

 

 

 轟と、西の空で黒雲が鳴った。

 渦巻く漆黒に染まった雲を中心として荒れ狂うかのような竜巻が海水をまき散らす。

 そこにいたはずのポケモンも、それ以外も、何もかも一切合切根ごとこそぐかのように。

 

 今日も空は一面の黒だった。

 昨日も空は一面の黒で。

 明日もきっと空は一面の黒だ。

 

 ずっとずっと昔、空は一面の青だったらしい。

 雲は本来白い物であり、空を流れる物であり覆うものでは無かったらしい。

 けれどそれはずっとずっと昔の話。

 

 それこそ、この星が荒廃する以前の話であり、黒天様が世界に現れる前の話だったそうだ。

 

 世界は黒い雲に閉ざされていた。

 この雲の向こう側には太陽というものがあるらしい。

 温かくて、優しい光をもたらしてくれる物。

 

 私たちが何よりも求めたはずの存在が……。

 

 今日もどこかで、世界が壊れる音がする。

 毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。

 音が途切れる日など無い、途切れる瞬間など無い。

 

 黒天様を倒さない限り、世界は壊れ続ける。

 

 ずっとずっと、昔からずっと世界はそうだった。

 

 白神様がずっとずっと必死になって世界を直しても。

 

 星神様がずっとずっと必死になって祈りを捧げても。

 

 時神様がずっとずっと必死になって世界を巻き戻そうとしても。

 

 黒天様が世界を壊し、祈りを踏みにじり、時を砕いた。

 

 時神様が世界から姿を消し、時の概念が消えたのはずっとずっと昔のこと。

 けれどそれはついさっきのことでたった今のこと、ずっと先の未来のこと。

 世界の滅びは止まらない、けれど有限が砕かれ無限となった世界は永劫滅ぶことは無い。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、世界は変わらず、黒に閉ざされた白はもう何物にも染まることは無い閉塞した円環となった。

 

 ―――イズモ

 

 たった一つ、そこだけを除いて。

 神様の箱庭、天庭神域、高天原の地。

 呼び方は色々あって、けれどそのどれもが最早意味を為さない。

 

 人が、ポケモンが唯一『生きる』ことのできる、最後の領域。

 

 今となってはそれ以外の意味も何も無い。

 白神様が支える最後の大地。

 陽炎帝も、砂塵月下も、嵐壊皇も消え去った寄る辺無き世界。

 

 黒天様の始まりの場所。

 

 けれどそれが今や生命の唯一の揺り籠であるというのだから、皮肉であるとしか言いようが無かった。

 

 だからこそ、黒天様はいつでもこの地を狙っている。

 滅ぼしてやると気炎を吐いている。

 白神様は徐々にその力を失っている。イズモに住む人やポケモンを守るために、力を摩耗していた。

 最早白神様の力を持ってして、時間を稼ぐだけが精いっぱいであった。

 時間の概念が砕け散った世界で、唯一時間の概念を残すイズモの地。

 そしてだからこそ、時の流れと共にその力が失われるのはある種の矛盾であり、皮肉であり、自業自得とも言えた。

 

 『人』が『ポケモン』が『生命』が『死ぬ』ことのできる場所。

 

 けれどそれがイズモであり、白神様はそんな場所を守るために必死なっているのだ、そんな白神様を笑うことなど誰にもできなかった。

 

 ―――ケラケラケラ

 

 黒天様以外には。

 

 

 * * *

 

 

 【黒天】は世界から『光』を奪った。

 

 【魔神】は世界から『距離』を奪った。

 

 【冥王】は世界から『死』を奪った。

 

 【大罪】は世界から『心』を奪った。

 

 【悪夢】は世界から『安らぎ』を奪った

 

 【破戒】は世界から『理』を奪った。

 

 【闇黒】は世界から『空』を奪った。

 

 イズモの外は最早この世ならざる『深淵領域』だ。

 

 光の無い常闇の世界はどれだけ歩こうとどこにもたどり着かない。

 そこでは何かを思うことも感じることも無く、どれほど傷つこうと死ぬことすら許されない。

 眠れど悪夢の世界へ堕とされ安らぐ暇も無く、あらゆる理が狂い、乱れる。

 黒に覆われた空は最早、どうあっても届かない場所となった。

 

 最早この世界に、イズモ以外人がポケモンが、命が生きることのできる場所は無い。

 

 けれどイズモとていつかは白神様の力を失い消えてなくなる。

 つまりそれが世界に残されたタイムリミットであり。

 

 それを守るのが残された人類、ポケモンに課せられた命題であった。

 

 

 * * *

 

 

「とう……さ、ま……」

 

 ぶるり、と身を震わせながらアカリに良く似た少女……アカリの言葉を信じるならば、もう一人の俺の娘、メイリが俺を見てそう呟いた。

 直後、その足元に倒れるシャルの姿を認め。

 

「シャル……」

 

 歩き、屈み、シャルの体を抱き起す。

 

「おい、起きろ……シャル」

 

 どうやら眠っているだけらしい、生きているのは分かっていたが、こうして姿を見るとほっと安堵の息を漏らす。

 ゆさゆさと体を揺らすが起きる様子も無く、相当に深い眠りに落ちているのが分かる。

 単純に眠っているのと『ねむり』状態に陥っているのでは実は多少意味合いが違う。

 例え攻撃を受けても『ねむり』状態は時間経過以外では解除されない、つまり睡眠というより昏睡、もしくは気絶に近い。

 今のシャルの状態もまたそれだった。

 

 つまり。

 

「起きろ、シャル」

 

 “きずなパワー『うちけし』”

 

 絆を手繰り、魂に直接訴えかけるような一声に、シャルがぴくりと反応し。

「ん……ぁ……」

 薄っすらと、その瞼が開く。

 とろん、としたまだ頭の働いていない様子の瞳が俺を見つめ。

「ごしゅじん……さま……」

 呟くと同時に、その体に力が入り、地面に手を付く。

 足がしっかりと土を踏みしめ、自身が手を離すとそのままゆっくり体を起こす。

「大丈夫か?」

「え……あ……はい」

 まだ頭がふらふらするのか、瞼が半分落ち、言葉もどこか頼りない。

 

「少し戻ってろ」

 

 シャルのボールを出し、そのままシャルを戻す。

 シャルが戻って来たことに息を吐き、顔を上げる。

 

「それで……ここはどこだ?」

 

 見渡す限りの闇、だが先ほどまで戦闘があったらしい、焼けた臭いがする。

 

「アカリ」

「んー? あ、はいな!」

 

 名を呼ぶ。一瞬首を傾けたアカリだったがすぐにその意味を察して手の中で炎を燃やし、周囲を照らす。

 

「なんだ、ここ」

 

 広い空間だった。床は土で固められており、天井は木目が見えた。

 奥行については暗くて見えないが、まだ先はありそうだった。

 何故あの屋敷の地下を進んでこうなるのか……道中も暗かったが、アカリがまるで道を知っているかのように連れてこられたので正直良く見ていない。強いて言うならこの場所に来る直前に見た何か模様のようなものが描かれていた金属製の扉くらいだろうか。

 

「何か……違うな、これ」

 

 消えては現れるだけの幽霊屋敷だった、七年前は。

 今回のは何か違う、そんな気がする。

 規模……否、質、と称するべきか? それも何か違う。

 どうしようも無い違和感があったが、けれどそれを言語化することができないもどかしさに僅かに顔をしかめる。

 

「さて、と」

 

 十分に地下を観察したところで、先ほどから黙っているメイリへと視線を向ける。

 俺に視線を向けられたことでぴくり、と僅かな反応を零すメイリを無視して。

 

「色々と、聞きたいんだが……聞いても大丈夫か?」

「それは……」

「ああああ、あの、とーさま、それはね……」

 

 逡巡するメイリの様子に、アカリが少し慌てた様子で仲介に入ろうとして。

 

「……嫌なら良い。聞くと面倒になることもあるだろうしな」

 

 あっさりと前言を翻す俺に、ほっと安堵した様子のアカリと何か言いたげな様子のメイリが対称的だった。

 実際のところ、未来の話を聞くというのがどれほどのリスクなのか計りかねているのも事実。

 

 数か月前にホウエンを襲った未曾有の大災害とて、大本を辿れば十二年も前にたった一人の少年がポケモンへと願った『未来を知りたい』という純粋な願いから始まったのだから。

 

 ジラーチに願ったからこそ、そうなったのか。

 それとも未来を知ったからこそ、そうなったのか。

 『視た』からこそなのか『聴いて』もそうなるのか。

 分からないことが多い、というかこんなの普通分かるはずも無い。

 そういうのはジラーチたちの領分の話である。

 

「質問を変えるか……俺はもう帰るが、お前たちはこれからどうするんだ?」

 

 シャルがほぼ行動不能だ。これでは調査すら儘ならない。

 完全に戦力の計算を間違えた自分のミスである、次来る時はエアたち全員……どころか、何ならアルファやオメガまで連れてきて完膚無きまでに叩き潰してやると密かに決意をする。

 それはそれとして、アカリもメイリも()()()()()()()()()()()ことは何となく察している。

 アカリだけならともかく、メイリの様子まで含めて見れば恐らく二人は偶発的でなく、狙ってこの時代にやってきているのだということも。

 

「私たちも……もう帰ります、やるべきことは終わりましたから」

 

 少しだけ寂しそうな表情で、メイリがそう告げる。

 今度は先ほどとは逆にアカリが何か言いたそうにしていたが、けれど結局言葉を紡ぐことなく。

 

「……上まで一緒に行くか?」

「いえ……私たちは、ここで」

 

 この屋敷、なのか、この場所なのかは知らないが、どうやら目的はここらしい。

 これ以上は何も言いたくなさそうな二人の様子に嘆息し。

 

「分かった、なら俺は帰ることにする……」

 

 シャルの入ったボールを片手に入口へと戻ろうとし。

 

「あ、あの……とーさま!」

 

 アカリが咄嗟に叫ぶ。

 メイリがそれにぎょっとした表情をして。

 

「どうした?」

 

 振り返る。しまった、とそんな感じの焦った表情のアカリに近づき。

 

「落ち着け……どうしたんだ?」

 

 その頭にぽん、と手を載せる。

 シャルよりも少し小さな背だけにアカリからすれば見上げる形になり。

 

「あっ……そ……その」

 

 口元が動く。

 けれど声にはならず、言葉にはならない。

 くい、と袖を引っ張られる。

 耳元をアカリの顔に近づけ。

 

「――――――――」

 

 告げられた言葉に一瞬ぽかん、として。

 

「分かった」

 

 頷き、すぐ傍のメイリの元へと行き。

 

「これでいいか?」

 

 両手を広げ、メイリを胸元へと抱き寄せる。

 

「えっ……あ……」

 

 突然の事態に、目を白黒させるメイリだったが、すぐ様口を閉じる。

 まるで突いて出そうになった何かを我慢するかのようにきゅっと目を閉じ。

 

「……何だかなあ」

 

 その仕草が、昔のシャルに似ていて、本当に親子なんだなあと何となく納得してしまった。

 

 

 * * *

 

 

 じゃあな、と言って出ていく父の姿に手を振って返す。

 金属製の扉がばたん、と音を立てて閉まると同時に。

 

「っ」

「メイリちゃん!」

 

 その場に崩れ落ちたメイリに、アカリが駆け寄る。

 その肩に手を置けば、体を震わせ、何かが我慢しているメイリの様子に気づく。

 

「……メイリ、ちゃん」

「……っ、あり、がと」

 

 僅かに嗚咽を零しながら、それでもメイリが呟く。

 

「あり、がと……アカリ、ちゃん」

「うん……」

「ごめん、ね……わたし、ばっかり」

「ううん……良いんだよ、アカリちゃんは、おねーちゃんだもの」

「うん……ありがと、お姉ちゃん」

 

 胸の中で泣くメイリをアカリが優しく抱き寄せる。

 

「とーさま……あんな人だったんだね」

「……うん」

 

 もう二度と会うことはできないと思っていた。

 否、実際に会ったのは、二人にとってこれが初めて。

 

「優しかったね」

「……うん」

 

 ずっとずっと、写真の中と、それから母からの話の中だけで聞いていた父の姿は、けれど現実でも何も変わらず、優しくて、温かかった。

 

 会ってみたいな、と思っていたのは子供の頃の話で。

 もう会えないのだと、成長して気づいてしまった。

 

 だからこれは、まさしく奇跡だったと言って良い。

 

 父……ハルトが深淵領域へと消えて、二十年。

 母……シャルが他界してさらに十年。

 

 そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実に百三十年越しの親子の邂逅だった。

 どうして自分たちがこうなったのか、それは二人にも分からない。

 【破戒】によって節理も、法理も破壊され尽くされた未来において、それは決して無かった話ではないが。

 

「とーさまに会えるとは、思わなかったよ」

「私もです……今まで抗い続けていて良かった」

「メイリちゃん……【冥王】は」

「倒しました……今度こそ、確実に、一切の余地なく、焼き尽くしました」

 

 ソレは未来において、【冥王】と呼ばれていた。

 二人はソレの名を知らなかったが、きっと今の世界風に言い直すならばこう呼べるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 てづかみポケモンヨノワール……その()()()であり、同時に『離反存在(ダークモンスター)』でもある。

 『霊界』と呼ばれる死の世界を掌握し、未来において、世界から『死』を奪い去った張本人。

 そのせいで未来においては『死』という概念が消え去った。

 一見してそれは良いようにも見えるが、その実、世界で最も悍ましく、醜悪な話である。

 

 死ねないのだ……どれだけ傷つこうと、どれだけ老いようとも、決して死ねない。

 

 体機能が停止し、最早生命体として終焉を迎えようと、けれど死なない。

 醜く腐り落ちていく体の中にはけれど、人の、ポケモンの意識が残っているのだ。

 最早老い、朽ちていく体を、機能が停止し指一本動かせない体が、少しずつ、少しずつ腐り、溶け、骨しか残らず、喉が無くなり声もでない、脳が無くなり思考もできない、それでも死なない、死なず、ただ骨が風化し、朽ち、消滅するその時までただ意味も無く動き続ける。

 

 かつて黒天を中心として七体の『離反存在』が世界から一つずつ『何か』を奪っていった。

 

 凡そ百二十年以上に渡って世界を苦しめ続けてきた『離反存在』のその一体を、ようやく打ち果たした。

 

 それはきっと、未来において希望となるだろう。

 

「間に合う……かな?」

「分かりませんし……どの道、彼が死ぬことになれば世界は終わりですが」

「……守らないと、ね」

 

 本当はずっとこの世界に居たい気持ちはある。

 なんとなく知覚できる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空を覆う黒雲はこの世界においてすでに過去となっているのだろう。

 あの最悪の破壊魔を討ったのが一体誰なのかは分からないが、この世界は今の自分たちにとっては夢のような世界だ。

 勿論比喩的な意味である。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全ての生命は眠りについたその瞬間から目覚めるその時まで『悪夢世界』に堕ちる。

 未来において、眠り安らぎは最早無い。眠れば悪夢の世界で殺され続ける……勿論『死』は奪われているので、死なない存在が殺され続けるという拷問染みた行いが永劫繰り返される。

 

「【悪夢】もいつかは……」

「倒さねばならないでしょうね」

 

 『悪夢世界(ファントムオブナイトメア)』は未来において人から希望を奪っている最大の原因でもある。

 

 奪われたのは『安らぎ』。

 

 未来において睡眠とは体を休息させるために精神を疲弊させ、起床とは精神を休息させるために肉体を疲弊させることに他ならない。

 完全なる安らぎは未来において存在しない。精神か肉体、常にどちらかは疲弊する未来において『希望』を抱き続けることはとても難しい。

 

 それでも。

 

「倒せたんだ……まだ一つとは言え」

「都合三年かかりました……それでも、確かに私たちは【冥王】を倒しました」

 

 まだ希望はあるのだと、自らに言い聞かせ。

 

「……帰りましょう、アカリ」

「……うん、そうだね」

 

 未来には自分たちを待っている人もいる。

 自分たちのような()()とは違い、生者である少年はこちら側に来ることはできなかった。

 

「『霊界』への扉は……大丈夫」

 

 先ほどまで【冥王】と呼ばれていた存在がいた場所に手を伸ばし。

 

「開け」

 

 轟、とその手の中から黒い炎が溢れ出す。

 ぱちぱちと炎を燃えながら()()を燃やしていき。

 

「行きましょう、アカリ」

「うん……トレーナーが待ってる」

 

 一歩足を踏み出したその直後。

 

 ――二人の姿が掻き消えた。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………………。

 

 

 ――後には何も無い。

 

 

 




始原の世界0→アオギリがそもそも未来を見なかった場合の世界
最初の世界A⇒アルセウスがハルト君を導いた世界
二周目の世界B⇒ジラーチがハルト君を導いた世界
異世界地球⇒碓氷晴人が存在していた世界。


さあ、アカリとメイリは一体どの世界からやってきた?





独自設定というか、そもそも原作には出てすら来ない世界だが、『霊界』というものを今回出した。
イメージ的には『死者が行きつく世界』だと思っているので『時間』という概念が無い世界、つまり『過去』と『現在』と『未来』の全てと繋がっていると解釈して『ゴースト』ポケモンだけはうまくやればこれを通って『過去』や『未来』及び『平行世界』へと移動できるとした。
勿論こんなの原作にはないけど、そもそも原作で霊界について一切触れられていないからな。
ヨノワールの図鑑説明に死んだ人間の魂が行く場所、みたいな風に取れる説明があるだけだし。だったらもう俺が好き勝手に解釈しても良いだろ……いいよね?


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霊墓と呪術

 

「あ゛あ゛?」

 

 思わず出た声に、隣でシャルがびくりと震える。

 

「悪いがシャル……もう一度言ってもらえるか?」

 

 問うた自身の言葉に、何度となく視線がこちらと地面の間を往復し。

 

「えっと……もう、何も居ない、かな」

 

 告げられた言葉と、()()()()()()()()()()()()()()()先日まで館があった場所を見て、顔が引き攣る。

 色々と危険な目にも合わされて、シャルも気を失うし、自分だってあの二人がいなければ死んでいたかもしれない。

 最早ただの噂の幽霊屋敷、なんて言葉じゃ片づけられない危険性があの場所には存在していて。

 

 知ったからには叩き潰す。

 

 そのためにわざわざアルファとオメガまで含めた連れてこれるだけの戦力を連れてきたのだが。

 

「まさか……もぬけの空、とはなあ」

 

 一切合切、何も無くなっているその場所に、思わず嘆息する。

 というか地下室まであったはずなのに、地面にはそんな痕跡一切残っていない。

 じゃああれどういう原理なんだよと思うのだが、幽霊屋敷の原理なんぞ分かるはずも無く。

 

「どうすっかなあ……」

 

 その場で腰を降し、地面に接しないように中腰になって周囲を見渡す。

 普通の森の中だ……やや奥まっているせいか、自然の気配が濃いことを除けば、本当に何の異常も見当たらない。

 もうこれ以上出ない、というのならばそれはそれで良いと言える。

 

 だが七年越しに再び出てきたことを考えれば、もうこれ以上出ない、と確実には言えないのも事実だ。

 

 そもそも前回は館の原因がシャルとそこにいた『ゴースト』ポケモンたちだと思っていたので崩壊した館を碌に調べることもせず、放置していたらいつの間にか綺麗さっぱり消えていたのだが。

 さすがに二度目、ともなれば何かあると思わざるを得ない。

 

 だが見たところ何ら異常は無く、シャルも感じないらしい。

 だとすれば……後は何ができるだろう。

 

 ほぼ直感ではあるが、何かあるのは間違いないと思っている。

 

 そうでなければ説明のつかないことが多すぎる。

 そもそも俺の娘と名乗ったあの二人は何故あの幽霊屋敷にいたのだろう?

 そこも含めて何か分からないだろうか……。

 

「やっぱり……あの地下室だよな」

 

 屋敷の地下を進んだ先にあった巨大な広間。

 明らかに何かありそうだった上に、そもそも幽霊屋敷の外見とは余りにもそぐわないミスマッチな場所。

 幽霊屋敷の内部は様式が統一されていたのに、あそこだけ何故ああも違ったのか。

 そう考えれば、感じていた幽霊屋敷の異質さもどこか謎めいていて。

 

「地下……そう、地面の下、か」

 

 少しだけ考え、手元に二つのボールを持って。

 

「アース、オメガ」

 

 ボールからポケモンを出す。同時に出てきたのは二人の少女。

 アースはともかく、オメガはどうやら元の姿よりもヒトガタの姿のほうが気に入ったらしい……多分クッションをモフれるからだと思われるが。

 二人に地下に何か無いか探って欲しいと伝えれば、了解と言ってそのまま。

 

「ひゃっほおおおおおお!」

「揺れろオラアアアアア!」

 

 “じしん”

 

 “だいじしん”

 

「お前ら加減って言葉知らねえのかよおおおお!」

 

 ソナーってあるじゃん? っと簡単な概念を教えたらできそうってことでやらせてみたのだが、何故こいつらは全力でやっているのだ……いや、オメガが全力でやると大陸が壊れそうなので多分加減はしているのだろうが、それでも酷い。

 森の一部が揺れに揺れて、周囲の木々が根こそぎ倒れている。

 

「あん?」

「はぁ?」

 

 ていうかこれ、地下室あったとしても崩落してんじゃねえのか、と危惧をした直後、アースとオメガが怪訝そうな声を上げながら揺れを止める。

 そのまましゃがみ込んで地面を拳で二度、三度と軽く叩く二人に、何をしているのか疑問を抱き。

 

「ボス、何かあるぜ」

「こっちも確認だ……この下、何かの空洞があるな。しかもあんだけ揺らしてびくともしねえ」

「……多分ビンゴだ、良くやった」

 

 周囲の惨状にさえ目を瞑れば結果オーライだろう……周囲の惨状さえ見なければ。

 まあこれに関してはあとで森林レンジャーに頼んでおこう。

 ポケモンの生息域となる森の環境を整えるのが彼らの仕事だし、こういったことのプロと言える。

 幸いというべきか被害状況はそれほど大きくは無いだろうし、何とかなる……と良いなあ。

 

「オメガ、地下までの道作れるか?」

「問題ねえよ」

 

 拳を振り上げ、振り下ろす。

 それだけの動作で大地が脈動し、あっという間に地下への道ができる。

 螺旋上に続く坂道の底は朝日の光を浴びて尚、仄暗く見通すことなどできないが。

 

「よし一旦戻れ、オメガ、アース」

 

 そうして二人をボールに戻し。

 

「行くぞ、シャル」

 

 残った一人に声をかけ。

 

「はい」

 

 しっかりと、芯のある返事に満足気に頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 暗い坂道を下って行くと、少しずつ冷気が昇ってくるのを感じる。

 まあ地下なんだから当然と言えば当然なのかもしれないが、それにしては……と言った感じもある。

 

「シャル……」

「あ、はい」

 

 指先に灯した炎を少し大きくしてもらう。

 僅かだが冷気が和らいだ気がする。

 螺旋上の坂は長い。多分一直線にするとかなり傾斜がきつくなるからだと思うのだが、この長さからすると一体どこまで深いのだろうかと想像してしまう。

 昨日アカリと共に地下に降りた時は暗くて良く見えなかったため体感だが、一階か二階分程度降りたくらいにしか感じなかったが、今はすでにもう五階分くらいは降りているようにも感じる。

 そうしてさらに二、三階層分ほど下へと進んでいき。

 

「……ここは」

 

 見覚えのある金属製の扉で道が終わっていた。

 昨日も見た、あの地下室への扉。やはりこの先はあの地下室だということで良いのだろう。

 手を伸ばす。昨日は何気なく開けたその扉へと触れようとした……瞬間。

 

「待って!」

 

 シャルが咄嗟に俺の体へと抱き着き、押し倒す。

 驚きに声を上げるより先に、触れかけた扉から黒い何かが浮き出て。

 

 ぶん、と黒が腕となって虚空を掴んだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……な、んだ」

「分からないけど……何か嫌な感じ」

 

 昨日は……あの二人と別れてからはすでに屋敷内にポケモンの気配は失せていた。

 『ゴースト』ポケモンだけにどこかに潜んでいるのかとも思ったが、俺が屋敷を出ても何のリアクションも無く、むしろ入ってきた時勝手に閉まっていた門は開いていた。

 直後に超特急でやってきたサクラとサクラが持ってきた仲間たちの入ったボールのお陰で無事帰ることができたのだが。

 

「まだ、いたのか」

「……かな」

 

 黒い腕が、何かを探すように二度、三度とぶんぶんと腕を振るが、けれど何も掴めず、やがて黒が扉へと溶けて消えていく。

 地面に尻もちをついたままそれを見る俺たちはただそれを見ながら硬直していた。

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 

「……まだ、終って無かった。そういうことか?」

 

 呟きながら自身の上に乗るシャルを起き上がらせ、自分もまた立ち上がる。

 

「助かったシャル」

「……うん」

 

 シャルもまた扉を見つめ、警戒していた。その肩が僅かに震えているのはどんな理由からか。

 

「シャル」

「はい」

 

 一言名前を呼ぶ、それだけでシャルへと意図が伝わり。

 

 “シャドーフレア”

 

 黒い炎が扉へとぶつかる。同時に扉に描かれた模様が怪しく光り。

 

 ――ギアァァァァァァァ

 

 悲鳴のような声を聞こえると共に、扉の模様が変化する。

 まるで模様が扉から剥がれ落ちるかのように抜けていき。

 

「サマヨール?!」

 

 黒が形を成し、サマヨールと化す。

 

「シャル!」

「はい!」

 

 咄嗟、叫ぶ一言にシャルが即座に反応し。

 二発目の黒炎がサマヨールを燃やしつくす。

 

「――ォォ」

 

 悲鳴すら上げれず、サマヨールが気絶する。

 『ひんし』状態なのは分かる……まあ放って置いて良いだろう、野生のポケモンだし。

 そうして視線を上げれば、すっかり模様の無くなったただの金属製の扉だけがあり。

 

「シャル、今度は大丈夫か?」

「えっと……うん、大丈夫、かな?」

 

 いまいち自信が無さそうなシャルにおいおいと苦笑しながらそれでも扉に手をかけ。

 ギィィ、と重い金属が軋みを上げながら扉が開く。

 そうしてその先にあったのは、昨日も見た広間。

 いや、建物の中では無いのに広間という言い方もおかしいか……表現し辛いが、強いて言うなら空間、だろうか。

 

「シャル、明りを」

「はい」

 

 ぽつぽつ、と手の中に炎を燃やしながらそれを周囲へと浮かべていく。

 いわゆる、鬼火のようなものだが、技としての『おにび』とはまた違うらしい。

 まあポケモンに関してこういうのは良くある話なので一々気にせず便利に使わせてもらう。

 

 そうして炎に照らされたその場所は。

 

「空間、としか言いようが無いな」

 

 何も無かった。

 まだ半分程度しか見えてないので奥のほうに行けば何か違うのかもしれないが。

 それでも見える範囲で何も無いとしか言い様が無い。

 だがこのまま何も無いとも考えづらいのも事実。

 何より、入口の扉、あそこにサマヨールが潜んでいたことが何かあるのだと思わせた。

 サマヨールなんてそもそもこんな場所にいるはずのポケモンではない。

 『おくりびやま』ならまだしも、どうして『トウカのもり』にいるのか。

 やはり何かあるのだ、と思わざるを得ない。

 

「もっと奥に行くぞ」

「はい」

 

 手の中にはアースのボールを持っておく。

 こんな閉所でオメガやアルファなど使えるはずも無いので、直接攻撃できて速度もあるアースが最適だろう。

 備えはしておく……が、正直『ゴースト』ポケモンというのは物理法則を簡単に無視してくる手合いばかりなので不測の事態に陥る可能性は常に考えておく。

 奥に、奥にと進むごとに、背筋が凍るような感覚が陥る。

 一歩、足を進めるたびに震えがする。

 一呼吸ごとに歯がかちかちと鳴って。

 

 

 ――最奥にそれはあった。

 

 

 * * *

 

 

 仄暗い坂道を登り切れば、日の光が目を焼く。

 その眩しさに手を翳し、それでも暖かい日の光に安堵の息を零す。

 

「何だったんだろうな……」

 

 その呟きは一体何に対してなのか、自分でも良く分からない。

 一つは今回の一件に対して、もう一つはそれを引き起こしたものに対して。

 その二つは確実だろうけれど。

 

 ぐにゃり、と目の前で崩れていった地下を思い出しながらオメガをボールから出し、地下へと続く穴を埋めさせる。

 片足でとんとん、と二度大地を叩く、それだけで再び大地が脈動し自然と埋まって行くその光景を見つめながら、何とも言えない気分になる。

 

 地下の最奥、そこにあったのは『わらにんぎょう』だった。

 

 当たり前だが、地球ではないのだ……ホウエンにそんな呪術あるわけない。

 そもそもそんな概念すらこの世界には無いはずなのだが。

 結局、原因はそれだったらしい。

 

 呪われた『わらにんぎょう』が呪いを振りまき『霊』を集める。

 集まった霊たちは戦い合い、最も凶悪な霊が屋敷を収める。かつてのシャルのように。

 地球での知識でいうところの『蟲毒』にも似ている。

 というか昨日屋敷内で突然シャルが消えたのも『呼ばれた』からのようだった。

 ここポケモン世界じゃないのか? という疑問は当然だ。

 いつからこの世界そんなオカルティックな概念が生まれたのだと思うが、よく考えれば実機にだって黒い任〇堂というか怖い〇天堂要素はあったので、そういう類の一種なのかもしれない。

 

 『わらにんぎょう』はシャルの炎で焼き払った。

 供養? お祓い? お炊き上げ? どういう扱いになるのかは知らないが、まあ残しておくのも怖い。

 それで呪いが移ったりとかしないよな、と思わずビビったりもしたが、シャル曰くそんな力も無いほどに今は空っぽだと言っていた。

 もしかすると、昨日の二人が何かしたのかもしれない。

 

「うーん……不気味だ」

 

 正直ポケモンに関することならどうにかできる自信もあるのだが、さすがにこういうオカルティックな分野は専門外過ぎる。

 いや、ある意味俺の存在自体がオカルトの塊なのかもしれないが……。

 出自については色々考えることも無いわけでは無いが、まあ考えたところでどうなるわけでもないので思考を破棄する。

 先ほどから余りにも意味の無い思考ばかり浮かんでくるので、空でも見ることにする。

 青いなあ、と考えながら空を見ていれば先ほど仲間のボールを持って一足先に戻って行ったサクラのことを思い出す。

 今は……隣にシャルだけがいる状態だ。まあもう帰るだけなのでそれでも問題無い。

 

「呪いとか……感じないんだよな?」

「あ、はい……それは特に」

 

 大丈夫、だとは思うのだが、なまじ地球の知識があるだけに、どこか不気味さは捨てきれない。

 

「ちょっと『おくりびやま』でも行こうかなあ」

 

 それでもってフヨウにお祓いでも頼んでみようと思う。

 

 それから考えるのは……。

 

「ちゃんと帰れたのかな……あの二人」

「二人?」

 

 気絶していて見ていないらしいシャルが首を傾げるが、何でもないよ、と言って話を切る。

 

 きっとあの二人のいる未来は俺の居るこの世界の未来とは違うのだろう。

 

 この世界でも同じようにあの二人が生まれるのか、それは俺にも分からないけれど。

 

「…………」

「どうしました、ご主人様?」

 

 隣を歩くこの小さな少女を愛おしいと思っているのも、また事実であり。

 

 だから。

 

「抱きしめても良い?」

「うぇ?!」

 

 少し焦ったようになりながら、頬を染める少女のその小さな肩を引き寄せ、抱き留める。

 

 昨日、自分の娘にそうしたように。

 

「あ、あの……ご主人様?」

「…………」

 

 戸惑うシャルに答えないまま、ぎゅっとその体を抱きしめ。

 

「……ふふ」

 

 解放してやる、と突然のことにシャルが目を丸くしながら少しよろめく。

 

「え、えっと……あの?」

「好きだよ」

 

 その耳元まで口を近づけ、呟く。

 

「…………」

 

 囁かれた言葉に、一瞬忘我の陥るシャルに畳みかけるように。

 

「愛してる……シャル」

 

 言葉にしなければならない。

 そう思った。

 

「……はい」

 

 きっとシャルは……。

 

「ボクも……」

 

 言葉にしなければ、一生逃げてしまうだろうから。

 

「ボクも……大好きです」

 

 もう一度抱き寄せる。

 今度は特にシャルからの反応も無く。

 

「愛、してるって……言っていいのかな?」

「さあ? 俺だって、まだちゃんと分かってるわけじゃないけど」

「けど?」

「こういうことは……したいと思うかな」

 

 触れ合う柔らかな感触と、甘い味。

 

 重なった唇が、少し熱かった。

 

 

 

 




前回貼り忘れ

フィールド効果:だいれいびょう
毎ターン開始時、場の『ゴースト』タイプのポケモンは50%の確率で『ねむり』状態になる。『ゴースト』タイプのポケモンの『こうげき』『とくこう』が2倍になる。互いの場に『ゴースト』タイプのポケモンがいない時、毎ターン場のポケモンと『ゴースト』タイプのポケモンを交代する。


扉のとこのサマヨールがなんで前日攻撃してこなかったか……このフィールド効果で強制的に寝てたから。
けどメイリちゃんがフィールド効果ごと霊的な物全部焼き払ったから翌日は起きてた。

色々伏線は張ったけど、一切回収はしないスタイル。
まあそもそも後日談だし。

実際、ゲーム中のポケモンでも伏線のようなものはいっぱいあっても回収されること無いものも多い、特に幽霊系のイベント。
個人的にエレベーターから出てきて「お前じゃない」が怖い。


まあ当初の予定とは大分違ってるけど、シャルちゃんとちゅっちゅできたのでぼくは満足です。
つうかこいつ、なんちゅうタイミングで告白してんだ……。


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つながるきずな(物理)

 

 

 よし、デートするか。

 

 と思い立ったのが数日前のこと。

 シャルと思いを交わし合い、絆を、繋がりを確かめ合った日の後日のことだ。

 それをシャルに伝えて、シャルがあわあわしているのを愛でながら一日過ごし。

 

 どこ行こうか?

 

 なんて考えながらホウエンの地図を見る。

 十月も半ばとなったが、ホウエンは割と温暖な気候が続いている。

 とは言え十一月を過ぎればどんどん寒くなってくるだろうことは確実だろうし、十二月も過ぎれば外出する人も減ってくる。

 

 別にデートと称して家でごろごろするのもありなのだが、シャルは基本出不精というか余り積極的に外出しようとはしない性質(たち)なので、こういう機会に外に出るようにしてやったほうが良いかもしれない。

 とは言え暑がりの寒がりという生き辛い体質をしている上に外出ではしゃぐような性格でも無い。

 こうして考えるとシャルの好みって難しいな、と思う。

 

 例えばエアなら飛んでるだけでも気分が高揚するらしいし、シアなら家事関係が半ば趣味だ。

 イナズマなら裁縫や……まあアレな本とか、チークはチークで基本何にでも興味を抱いて楽しめる。

 リップルも広く浅い好奇心があるので話題程度なら尽きることは無い。

 

 シャルの趣味って何だろう?

 

 七年生活していて思い返してみると、寝ている姿とか誰かに連れられて歩いている姿などは良く見るが、シャルが自発的に行動する姿というのをほとんど見た記憶が無い。

 暑がりだったり、寒がりだったり、日常的に見せている姿もある種のポーズであり、多分本人的にはそこまで気になるような物では無いのだろうと予想しているし、そもそも『ほのお』タイプを持っているのに熱さに弱いわけが無いのだからほぼ間違いないだろうと確信もしている。

 以前に言っていた『ゴースト』ポケモンである、というコンプレックスのようなものが根底にあるのは間違いないだろう。

 

 正直俺からすれば性別があって、♂♀で預ければタマゴができるのだから『ゴースト』ポケモンだって普通に生命だろ、と言いたいのだがシャル的には納得できないのかもしれない。

 

 それこそシャル自身に子供ができるようなことでもあればその認識も覆せるかもしれないのだが。

 いや、止めておこう、この話は藪蛇な気がする。

 

 

 * * *

 

 

「こここここ、こんなの無理無理無理!」

「可愛いと思いますけど?」

「そうだよ、折角なんだしこれで行こう?」

 

 鏡に映る自らの姿を見て、シャルが悲鳴を上げる。

 その肩を抑えて横から覗くシアとイナズマの二人が楽しそうに告げる言葉に、シャルはけれどブンブンと首を振る。

 

「は、恥ずかしすぎるよこれ……か、肩とか、全部出てるし」

「いやー……苦節七年、ようやくここまでこれたかぁ」

「本当にずっとやってましたしね。でも良いと思いますよ?」

 

 デートしよう、なんて自らの主に言われ。

 先日告白の言葉を交わしたばかりなのに、そんないきなりと頭が沸騰したように茹で上がり。

 ちょうどそれを見ていたシアが、じゃあお洒落しないとダメですね、と連れられ。

 ようやく最近になって衣服の研究に一つの成果を出したらしいイナズマがそれに参戦し。

 

 そして現状に至る。

 

「折角のデートなんですから、いつもと違うお洒落くらいしても良いんじゃないですか?」

「ででででも、シアだって前にデートしたって言った時はそんなお洒落してなかったよね?!」

「だって行き先が森でピクニックですし……でもほら、今回はマスターが街に出かけようって言ってるわけですから」

「外行きの服を着るのは当然なのだー! あははは」

「イナズマなんかおかしくなってない?」

「いつもチークが逃げ出すから自分で着せ替えするしかなくて空しくなってたところにようやく自分の努力の成果を発揮できるチャンスが来て少し浮ついてるんだと思いますよ?」

「少し?」

 

 ハンガーに掛けられた衣服を両手に一つずつ持ちながらくるくると踊るイナズマの姿を見ながら呟く。

 

「次どれにしてみる? いっぱい作ったからね~?」

 

 そう告げながらシャルの部屋に備え付けられたクローゼットを開く。

 ヒトガタの衣服は基本的に鱗や体毛と同じ物であり、本来服など必要も無い。

 そのためシャルの部屋だけでなく、イナズマの部屋以外クローゼットの中には何も入っていない……はずなのだが。

 

「な、なんで? いつの間に?!」

 

 クローゼットの中にハンガーでかけられた大量の衣服にシャルの頬が引き攣る。

 これかなー? これかなー? と一つ出しては戻すを繰り返すイナズマが振り返り。

 

「作ったからね! 私が!」

 

 どやぁ、という効果音が見えそうなくらいの自信満々の表情に思わず、えぇ、と零す。

 

「もうどうせなら超絶エロ可愛いの行って見る?」

「あ、それは私も見てみたいですね……こっちのも可愛いですし、シャル、着てみましょうか?」

「え、いや……ぼ、ボクは、いつものが」

「ダメですよ?」

「ダメだよ?」

 

 自分の言葉に即座に返され、軽く涙目のシャルを置き去りにシアとイナズマがかけられた衣類を物色して。

 

「じゃあ」

「次は」

「こっちで」

「行こうね?」

 

 両手に持った衣服を見せながらにじり寄ってくる二人に、体を震わせながら。

 

「やだ~~~~~~~~!」

 

 絶叫すれど、助けてくれる人はいなかった。

 

 

 * * *

 

 

 正直言おう。

 

 ()()()()

 

 いつものサイドポニーをツインにしている……まあそれは良い。いつものリボンと同じ物らしいが、いつも少し違って見えてこれはこれで可愛らしいと思うし、その上に被っている白い帽子もいつもとは違っていて新鮮味があって良い。

 

 だが問題は服である。

 

 チューブトップ、と言うのだろうか。ほぼブラジャーの形をした服である。思いっきりヘソが出てるし、肩も脇もほぼ丸出しだ。

 しかもスカートが短い。いやいつもの服もレース生地無ければあんなものなのかもしれないが、太ももの半ば以上見えているのはさすがにやばいと思う。

 そしてその露出を隠すように薄手のパーカーを着ているのだが、前面が閉じられていないせいで逆に露出が強調されている。

 

 ぶっちゃけ言おう。

 

 めっちゃエロい。

 

 なのにそれを着ているシャル自身が凄まじいくらい恥ずかしそうに顔を真っ赤にして震えているのが逆にエロさを感じさせない。

 あからさまに着慣れていないなあ、という感じがいっそ清楚さすら感じさせる。

 パーカーの端を持って必死に隠そうとしている辺りがもう凄く可愛い。

 

「どしたの、それ」

「うぇ……い、イナズマとシアが、でで、デートならお洒落しないと、って……無理矢理」

 

 グッジョブ、と思わず親指を立てたくなる衝動を堪えながら、そっか、と呟き。

 

「でも可愛いよ、シャル」

「うぇ?! あ、あわわ、そ、そそそ、その、あり、ありがとう、ございます」

 

 もう熱で倒れるんじゃなかってくらいに顔を真っ赤にしながら、照れたように落ち着かなく視線を彷徨わせる姿に苦笑する。

 とは言えこっちだってそう余裕のあるわけでも無い。

 初めて見たシャルの姿に、心臓の鼓動がうるさいくらいだ。

 まだ家の前だというのに、すでにお腹いっぱいと言った感じだがこれからが本番である。

 

「取り合えず行くか」

「あ……は、はい」

 

 スカート丈の短さを気にしているらしいシャルが何度となくパーカーの裾を引っ張って隠そうとするのだが、隠していると逆に履いていないようにも見えて扇情的だった、ぶっちゃけエロい。

 シャルのイメージじゃないよな、と思ったのだが、逆にこういうのも新鮮でありだな、とも思う。

 そんなイナズマのファッションセンスに内心で親指立てながらミシロから出ていく。

 

「それで……でで、デートって聞いたけど……どこに行くんですか?」

「今日はカイナに行って見ようかと思う」

「カイナ?」

 

 俺の言葉に不思議そうに首を傾げるシャル、まあ分かるが。

 カイナシティはホウエンでも有数の都市だがどちらかというと()()()()のイメージが強い。

 研究所や造船所、博物館に資料館、医療院に治験病棟など研究者や技術者の集まりが多く、ホウエン地方の技術の発信所でもある。

 機械技術に関してはキンセツシティのほうが進んでいるが、それ以外に関してはだいたいカイナシティで研究が行われている。

 ゲーム時代にも研究者というのは各地にいた。例えば『りゅうせいのたき』を研究しているソライシ博士などもそうだが、別の街で研究をしている者でも、大本の所属や研究所はカイナにある、という場合が多い。

 とは言えそれは街の東側に大半が集中しており、南側にはホウエンでも有数のリゾートビーチが広がっている。

 

「海で遊ぶんですか?」

「いや、いくらホウエンが温かいからって十月に海はねえよ」

 

 折りたたみ式の自転車に二人で乗りながら街道を進んでいく。

 基本的に整備された路にポケモンは飛び出してこないので多少速度を出しても問題無い。

 見る間にびゅんびゅんと流れていく景色を見ながら後ろの荷台に腰掛けるシャルの疑問を否定する。

 当然だが十月に海水浴は無い。というかいくらホウエンでも普通に寒い。

 

「第一海に行くならそれなりに準備しないとダメだろ?」

 

 リゾートビーチなのでまあ多少は店で買えるかもしれないが、水着とか着換えとか準備は必要だ。

 今日はそんな準備していないので無理だ。

 

「今日なんかお祭りがあるらしいんだよね。朝から夜まで街の西側のマーケットで屋台とかいっぱい出てるらしいよ」

「お祭りですか……十月に?」

「今年は色々あったから、夏のお祭りが延期になって今までズレてたらしいよ」

 

 当たり前だが祭りの準備なんて一月二月前から始める物だが、夏祭りはだいたいどこも毎年七月から八月にかけて行われる。

 だがその七月によりにもよってレックウザ襲来で割とホウエン中パニックだったのでここまで伸びてしまったのだ。

 中止しないのはまあ大人の事情というやつだろう。

 こういう祭りでも無ければカイナは外から人が来ることが少ない。

 街自体は大きくても、やや閉鎖的なのだ。

 

「夜になったら海辺で花火もやるらしいよ」

「へえ……それは見てみたい、かも」

 

 自分の言葉に少しわくわくするシャルを見て、自分もまた笑みを浮かべる。

 

 気分の高揚するままに速度を上げてペダルを踏んでいく。

 

 コトキタウンを抜けて一路東へ。

 

 ミシロから自転車で一時間半ほどかけて、ようやくカイナシティが見えてきた。

 

 

 * * *

 

 

「うわあ!」

 

 地球でいうとことの縁日の屋台。

 あれを街一つ分の規模に拡張すればそれは盛大な物となるだろう。

 目の前に広がるお祭りの光景に、シャルが目を輝かせるのも無理は無い。

 実際、俺だって圧倒されていた。

 

「すっごいな、これ」

 

 人、人、人、人。

 どこを見渡しても人だらけだった。

 元より街の生活を支えるマーケットだけに人の往来は多かったが、従来の数倍は高い人口密度。

 見ているだけで人の熱気が伝わってくるようで、誰も彼もが祭りを楽しんでいるのか笑みを浮かべていた。

 普段はそれほど人通りも多くないはずの東の研究所地区にまで人の往来があり、往来の人々へと屋台の呼び込みが掛け合う。

 まさしく、街が一体となって盛り上げている祭りの光景に、見ているだけで楽しさが伝わってきそうだった。

 

「それでシャル、どこから行く?」

「えっと……ご主人様は、どこに行きますか?」

 

 質問に対して質問に返すシャルに、視線をずらして時間を見やる。

 手元のナヴィは現在時刻がちょうど十二時、昼時だと告げていた。

 

「じゃあお昼ご飯に適当に買い食いしながら見て回ろうぜ」

「はい!」

 

 俺の提案にシャルが頷き。

 

「えっと……え、えい!」

 

 俺の左腕を体ごと預けるかのように両腕で抱きしめてくる。

 

「どうした?」

「そ、その……こ、こういうの、その、えっと……こ、こいびと、っぽいかな、って」

 

 もじもじ、と頬を赤らめ、視線を地面に落としながら告げるシャルがどうしようも無いくらいに可愛いらしい。

 

 まあそれはそれとして。

 

「シャル……少し、変わったな」

 

 単純にそんな大胆なことする性格じゃなかっただろ、というのもそうだがそれ以上に。

 

「なんか、素直になった?」

 

 いつものような遠慮、のようなものが無いように思えた。

 少しだけ、意外だな、と思うと同時に、そのほうが良いな、とも思う。

 

「ぼ……ボクは、ご主人様のこと、好きです」

「俺もだよ」

 

 唐突な告白だったが、けれどすでに一度は確かめ合った言葉だ、何の迷いも無く返す俺に、シャルがこくりと頷き。

 

「この絆がある限り、ボクはもう迷いません。ご主人様のこと……信じてますから」

 

 それがどういう意味なのか、本当に分かっている、とは言えないけれど。

 

「そっか……」

 

 こういう時なんて言えば良いのか、少しだけ考えて。

 

「ありがとう」

 

 結局、そんな言葉しか出てこなかったけれど。

 

「……えへへ」

 

 シャルがとても嬉しそうに笑ってくれているから。

 

 まあ良いか、と思えてしまった。

 

 

 




つながるきずな(物理的腕組み)。


ていうかもう良い引きだったし、ここで終わらせてもいいんじゃないかなあ、デート。


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日本の伝統(ホウエン)

 

 唐突だが俺はけっこうたくさん食べるほうだと思っている。

 というかシキもそうだが、そもそもポケモントレーナーという人種は基本的に大食いだ。

 ほんの数秒の間に二手、三手先を読み、一瞬の隙も逃さず指示を出し、相手の隙を突いて交代させ、とほんの二十分にも満たないバトルの間に大きく消耗をするトレーナー業は体力勝負だと言われる所以である。

 さらに言うならバッジを集めるため旅に出るにしてもだいたいが歩きか自転車、ポケモンの育成だって共にトレーニングをすることもあり、実戦的な技術の習得のためバトルに近い環境で実践を繰り返したり、ポケモンと一緒になって走り回ったりもする。

 

 というわけで本日二度目だが、トレーナーというのは総じて大食いだ。

 

 だが反面、食事に金を駆けられないのがトレーナーというものの性でもある。

 何せ固定収入というものが無い。世界中にトレーナーは溢れているのでバトルで勝利できれば金銭収入もあるし、そもそもトレーナーカードがあればポケモンセンターの利用も無料なので最悪一文無しでも食いっぱぐれることは無い。

 だがフレンドリーショップで道具を揃えたり、旅に出るなら旅の支度などもあるだろうし、そもそも衣服やらの買い替えも発生したり、後は手持ちのポケモンのためにも浪費をしたりと出費が非常に多い。

 だからトレーナー一本に絞って生活できる人間などほとんどいない。大半は本業があり、トレーナーは副業、というか趣味の範囲で済ませる。

 

 ジムリーダーや四天王ならまあ固定給があるのでそういう贅沢もありだろう。

 特にジムリーダーなど公認非公認に関わらず門下生から月給を受け取る立場であり、公認ジムの場合ならさらにリーグから『公認バッジ認定』の分の給料が入る。

 まあ公認ジムのジムリーダーの場合、代わりにジムトレーナーへの給料の支払いが発生するのだが、それだって半分くらいはホウエンリーグから出ている。

 因みにジム門下生とジムトレーナーは別者である。門下生はあくまで『学ぶ』立場のトレーナーたちであり、ジムに月給を払ってトレーナーとしてのイロハを学びに来ている。

 それに対してジムトレーナーはジム側が『教える』ための人間として雇っている。当たり前だがジムリーダーというのは多忙であり、門下生一人一人を丁寧に指導している時間というのはそう取れないのだ。

 さらに公認ジムならば挑戦者というのも多数おり、その相手もしなければならない。というわけで門下生に教える教師役兼ジム挑戦者を振るい落とす試験官役としてジムトレーナーを雇用する。

 まあだいたいの場合、門下生の中から見込みのある人間を育ててそのままジムトレーナーに、というのが大半だ、何せジムというのはだいたいタイプ統一されているので、在野の人間を引っ張ってくると色々面倒が多い。

 さらに因みに、別にこれは非公認ジムでも雇えないわけでは無いが、非公認ジムはそもそもジムトレーナーを必要としないことが多い、何せ挑戦者もいなければホウエンリーグと折衝があるわけでも無い、必然的に書類仕事も激減し、ジムリーダー一人で教えて回ることができる。ついでに言うならリーグから経費も出ないので雇用のための費用が高いというのも挙げられる。

 

 まあそれはともかくだ、大半のトレーナーは金を費やすならばトレーナー業のために費やす。

 何せトレーナーが金を稼ぐにはバトルで勝つしかないからだ。

 それがリーグだろうが、街ごとの大会だろうが勝たねば金は手に入らない。そして育てるためにも金はいるし、バトルのための道具を揃えるにも金はいる、育てなければ、道具を揃えなければ、バトルで勝利することは難しい。

 この矛盾したサイクルこそがトレーナーを専業するための最大のハードルであり、けれどそれでもトレーナーを専業にしようとするトレーナーたちがホウエンだけでも一万近くいるのだ。

 その中でバトルで生活できる『エリートトレーナー』は本当に百かそこらであり、その頂点こそが自身であると言える。因みにダイゴは例外であり、やつは生まれた時から全てにおいて勝ち組を約束された言わばエリートボンボンである。どちらかというとおぼっちゃまたちの頂点と言ったほうが正しい気がする。

 

 なので基本的にトレーナーたちが一番よく食べるありふれた食事というのはポケモンセンターで無料で食べることのできるそれらであるのだが、これが絶妙に美味しくない。

 不味い、というのとは違うのだ。別に食べられなくはない……のだが、美味しくない。

 地球でいうところの給食、のようなものだろうか。それを一段階質を落としたような、それとも入院食とでも言えばいいのか。

 量だけはある、が質に関しては無言になってしまう。

 一節によれば美味しい食事を求めてバトルに勝とうと『飢える』ことを覚えさせることを目的としているとか、そのハングリーさこそがトレーナーとして必要なものだとか、だからわざと手を抜いてるだとか。

 そんな噂がトレーナー間で都市伝説のように囁かれているのだが本当のところはどうか知らない。

 というか単純に無料で提供できるとなると安くて不味いになってしまうだけなのでは? というのが正直なところだが。

 

 初期のパーティ六人を揃えるために五歳の頃に、ホウエンリーグに挑む前のバッジを揃えるために十歳の頃に、伝説戦を見据えて各地を見て回るために今年になって。

 

 何だかんだ三度ホウエンを旅して、その時々にポケモンセンターの食事をしているのでその味の余りの微妙さは知っているつもりだった。

 だが何だかんだ実家で暮らしている期間は長かったし、シアは母さん仕込みで料理が美味い。

 途中からはエアだって習ってたし、最近は普通に美味しい物を作ってくれる。

 だから、そう……実際には俺はそこまで食事に困窮したことは無かった。

 

 だからお祭りの一角でボランティアで行われた炊き出しを涙を流しながら食べるトレーナーたちの姿に正直ドン引きした。

 

「えぇ……」

「……えっと」

 

 シャルも隣で何と言えばいいのか分からないと言った様相で困惑している。

 勝てないトレーナーの行きつく先、というか、ここまで行くならさっさとトレーナー止めて他の職探せよというか。

 因みに普通『勝ったり負けたり』程度なら少し贅沢するくらいの余裕は残る。まあそれをトレーナー業につぎ込むかどうかは別として。

 実際、純粋なトレーナーでない人間と戦えばお小遣い程度のお金がもらえる。大半の人間はトレーナーの真似事でバトルの相手をしてあげるだけで満足するので、純粋なトレーナーからすればお遊びのように見えるバトルでもトレーナーを専業としていない人間からすればバトルをすること自体が滅多にないので勝っても負けても楽しい。そして相手をしてくれたトレーナーには相応の謝礼を払う。一応これは全国のポケモン協会で規定された義務である。安易な八百長試合をしないための一環と言える。

 そもそもこの世界の人間はポケモントレーナーに対して基本的に親切だ。

 ポケモンアニメでも見れば分かるように見返り無く施しをしてくれたりしてくれる。

 

 そんな世界でそれでも金に困窮するのは、つまり『勝てない』から。

 

 バトルに負けた場合、相手に賞金を渡さなければならない。

 つまりゼロどころか負けるほどにマイナスが付いて行く。

 結果的に金が無いからポケセンで寝泊まりする。金が無いから育成できない。

 勝てないから成長も遅く、育成もできず成長も遅いからまた勝てない。

 この負の連鎖に捕らわれた結果、こうして祭りで振る舞われる料理に涙するトレーナーたちの出来上がりである。

 普通そこまで負けが込むなら諦めて別の道を探す物なのだが、偶にいるのだ、拗らせ過ぎてトレーナーに固執する人間が。

 

「……シャル」

「……え、あ、はい」

「悪い、少し良いか」

「え……?」

 

 少しだけ考え、嘆息する。

 別に干渉する義理も無い。結局トレーナーの世界とは弱肉強食だ。

 ただ何となく放って置けない、というのもまた事実だった。

 勝者の傍らには常に敗者がいる。敗者になりたくないのならば強くなるしかない。

 

 強くなければ生きられない。

 

 けれど。

 

 優しくなければ生きている資格が無い。

 

 さて、誰の言葉だっただろう?

 

 

 * * *

 

 

 お祭りは朝から夜にまで続く。

 というか夜を過ぎてもまだ続き、だいたい三日くらいは色々な屋台が入れ替わり立ち代わりに夜通し営業しているらしい。

 因みに夜の屋台までは比較的普通の物が多いが、深夜になると酒や煙草類、それにちょっと健全な青少年には見せられないようなものまで、お前それ都市公認の祭りで売っていいのかと言えるようなものまであるらしい……まあ成人は十歳と言っても実質的にそういうのは十五か六くらいになるまでは遠慮するのが暗黙の了解なので自分にはまだ関係無い話ではあるが。

 

 エア? 何のことやら……。

 

 夕方から人の賑わいが増えだしたと思ったら、どうやら夜から花火をやるらしい。

 日本のお祭りみたいだな、なんてことを考えながらシャルと人込みを抜けて海岸沿いのベンチに座る。

 

「海側でやるらしいから、ここからでも見れるかな?」

「花火……ちょっと楽しみです」

 

 嬉しそうなシャルの笑みにほっとする。

 

「それと、その……悪かったな……」

「……はひはでふは?」

「あ、うん、まずそのフランクフルト食べ終わってから話そうか」

「はひ」

 

 単なるでかいウインナー焼いてケチャップかけただけだろって気もするのだが、お祭りで見るとどうしてこう美味しそうに見えるのだろうか。

 あーうん、でもシャル、シャルさん? 何でそんな舐めるような食べ方なの?

 

「あ……ん……ちゅ、じゅる……あ、零れる……じゅる」

「…………」

 

 何と言うか、何て言うか……うん、今の恰好と合わさって。

 

「なんかエロい」

「む……ん……ちゅ、ふぁい?」

「ううん、何でもないから食べてていいよ」

「ふぁい」

 

 そうして何となくもやもやしながらたっぷり時間をかけてシャルが食べ終わるのを待つ。

 

「何その食べ方」

「え? イナズマがこうやって食べると美味しいって……フランクフルトとか、チョコバナナとか」

「あの腐女子……何教えてんだ」

「でも普通に食べたほうが美味しいような気がするけど、ボク何か間違ってました?」

「……さ、さあ? まあシャルの食べたいようにすれば良いんじゃないのか?」

「うーん……そうですね」

 

 取り合えず帰ったらあの腐女子問い詰める、と心の中で決めながら。

 

「それと、シャル。朝はごめんな……誘っておいて」

 

 デートに誘ったのは自分だ。シャルと一緒に遊びたいと思った、だから誘った。

 なのに他にかまけたのは自分が悪い、だから謝る、それが筋だろう。

 一瞬何のこと、と言った様子で首を傾げていたシャルだったがすぐに気付いたらしく、くすり、と笑う。

 

「ううん、ボクは……うん、ご主人様らしいと思ったよ。だから良いんです」

 

 ――ご主人様は、ボクの大好きなご主人様だったから。

 

「だから……うん、そういうご主人様でボクは嬉しかったですよ……えへへ……って、ご主人様? どうしました?」

 思わず手を顔を隠した俺に、シャルが首を傾げるが正直こちらはそれどころでは無い。

 素で全肯定されるのがここまで恥ずかしいと思わなかった。

 エアなら怒りながらも仕方ないわね、と言っただろうし、シアやリップルなら仕方ないなあと微笑みながら許してくれただろうし、チークやイナズマならまあ別に良いんじゃない? くらいで流しただろう。

 シャルの場合、一から十まで全て肯定した上でそれが良いのだ、と惚気たような台詞を返してくるのが本気で恥ずかしい。

 

「あの……ご主人様?」

 

 止めて、覗き込んでくるの止めて、マジで止めて、という俺の内心に一切気づくこと無くシャルが顔を近づけ、照れている俺に気づいたのか、シャルが悪戯っぽく笑う。

 

「えへへ……ご主人様照れてます? 可愛いです」

 

 

 ――おまかわ、というかちょっと俺の恋人(カノジョ)可愛すぎない?

 

 

 と思った。

 

 

 * * *

 

 

 今日はコスプレの日なのかもしれない。

 

 朝からシャルの珍しい……というかレア過ぎる服装も見れた。

 街についてからは恥ずかしがって完全にパーカーの前を閉めてしまったのだがそれはそれで短すぎるスカートと合わさってエロ可愛い感じがあって良かったのだが。

 

「露店で浴衣売ってるのはさすがに衝撃だわ」

 

 花火大会というわけで浴衣、というのは一体どこからやってきた着想なのだろう。

 こうして行きかう人々を見るとちらほらと浴衣を着ている人たちがいる。

 しかしこんな屋台の端っこで普通にハンガーラックにかけられた浴衣がずらりと並んでいる光景は一種異様ですらあった。

 しかもすぐ隣には簡易更衣室まであり、買った浴衣はすぐそこで着替えることもできる。

 異様過ぎてスルーしようかと思ったのだが、良く考えればデートに来たのに食べ物しか買ってないことに気づく。

 

 と、言うわけで。

 

「お、お待たせ、しました……その、どうですか? ご主人様」

 

 シャルに浴衣を着せてみた。

 

 もう一度言う。

 

 シャルに浴衣を着せてみた。

 

「……グッジョブ!」

 露店のおっちゃん、ナイスです。

 試着室から出てきたシャルを見て思う親指を立てると露店のおっちゃんも親指を立て返してきた。

 黒を基調とした中に紫の花柄をあしらったそれはシャルの髪色と合わさってとても似合っていた。

「髪解いたのか」

「え、あ……はい、どうせなら変えてみたらって、言われて」

 おっちゃん、マジナイスだ。

 先ほどまでのような露出は無いのだが、元々大人しいシャルの雰囲気と浴衣が合わさって、どこか大人っぽく見えるのが不思議だ。

「良いね良いね、綺麗だよ、シャル」

「……えへへ、そうですか? 良かったぁ」

 ほっとしたように安堵の息を吐いたシャルの姿に苦笑したその直後。

 

 ばぁん、と音が弾けた。

 

「あ……」

「わぁ……」

 

 空から降り注ぐ音と光に海のほうへと振り返れば、ひゅ~ばぁん、と音を立てながら次々と夜空に大輪の花が咲いた。

 暗い夜空を染めた色彩に、祭りに来ていた客たちも沸き立つ。

 

「……綺麗ですね、ご主人様」

「そうだな」

 

 何となく懐かしい気分になるのは、碓氷晴人の記憶のせいだろうか?

 空に手を伸ばしてみる。

 指と指に間から零れる光に、何となくそれを握るように閉じ、けれど手の中には何も無い。

 

「なあ……シャル」

「……はい」

 

 ぱんぱん、と小気味良い音を立てながら弾ける花火を見つめながら呟いた名前にシャルがこちらを向き。

 

「今日、楽しかった?」

 

 少しだけ不安になりながら、尋ねる言葉に、シャルがくすり、と笑う。

 

「はい……とっても」

 

 そんなシャルの答えに、安堵の息を吐いて。

 

 きゅっ、と空いていた手が包まれる。

 

 それがシャルの手だと理解すると同時に、とすん、とシャルが体ごと肩にもたれかかり。

 

「……大丈夫。ボク、今すごく幸せです」

 

 呟いたその笑みに、思わず見惚れた。

 

 




シャルちゃんの恰好どっかで見たような……って言ってたら「ブラックロックシューターじゃね?」って言われたので調べたけど、なるほど、イメージにめっちゃ近かった。
でもこうして視覚的に表現されるとシャルちゃんめっちゃエロ衣装じゃね? って思った。

でもそれよりも何よりも浴衣シャルちゃんが可愛すぎて愛が溢れそう。

仕方ないよね……浴衣オーキスちゃん実装されなかったし。代わりにシャルちゃんに着てもらったんだ。

全く関係無いけど、シエテ解放しました。もうすぐ四象だし最終するか。
正直現状だとちょっと使いづらいわ。


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深淵踏破の【アビスシーカー】

注意:番外編だよ! 本編9割9分関係無いから見なくても良いよ! 見ても特にこの先役に立つわけじゃないよ!


21XX年7月7日 【イズモ】→【アビス】

 

 

「今日も空は真っ黒だねえ……っと」

 

 瓦礫の山を踏みしめながら見上げた空は今日も真暗く、ドス黒い。

 轟と、今日もどこかで音がした。世界が壊れる音だ……毎日、毎日、それこそ生まれた時からずっと聞き続けてきた音だ。今日も世界が壊れ、軋み、悲鳴を上げる。

 

 黒を押し返す半透明な壁を前にして、足を止める。

 

「さてさて……今日も行きましょっと」

 

 【深淵領域(アビス)】と呼ばれるそこに一歩も踏み出す。

 直後にぐにゃり、と世界が歪む。当然だろう……この結界の内と外では文字通り()()()()()のだ。故に踏み出した一歩は、世界と世界を飛び越える一歩である。

 一瞬で黒に染まる視界。【アビス】には【光】が存在しない。そんなことは子供でも知っている。

 

 昔々、【黒天】様が奪っていったから。

 

 【アビス】には【距離】が無い。

 【アビス】には【死】が無い。

 【アビス】には【心】が無い。

 【アビス】には【安らぎ】が無い。

 【アビス】には【理】が無い。

 【アビス】には【空】が無い。

 

 全て奪われたから。ずっとずっと昔に奪われて、今も尚取り戻せていないから。

 故に【深淵探査者(アビスシーカー)】は常に危険と隣り合わせだ。

 初めて【アビス】に向かい、そこから戻って来れた人間は3%と言われている。

 例えば一歩踏み出し、すぐに戻ろうとして……けれどそこに戻り道が存在しないのが【アビス】だ。

 【距離】が存在しない【アビス】において、大事なのはイメージだ。

 【想像】を【創造】し、【空想】を【実態】とする。本来ならあり得ないようなことだが【理】が破壊された【アビス】において、イメージによって場所を【手繰る】ことこそが何よりも重要となる。

 それができない97%は死ぬ……否、【死】を奪われ、死ぬことすらできず、屍となって尚永劫の苦痛を味わい続ける地獄へと落ちる。

 けれど、それでも人類は【アビス】を歩くことを止められない。

 

 求められたのは七つの扉。

 

 【星天の扉】

 【時空の扉】

 【冥界の扉】

 【罪業の扉】

 【夢界の扉】

 【破戒の扉】

 【天空の扉】

 

 百年前にとあるポケモントレーナーが残したとされる【離反存在(ダークモンスター)】の居場所だとされる場所。

 史上唯一この【深淵領域】を踏破したとされる伝説のトレーナー。

 けれど彼の名は現代にはすでに残っていない。

 

 ()()()()()()()すら人類には無かった。

 

 ただ最後には【アビス】の中に消えて戻ってこなかったとされる。

 

 それから百年。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 ??年?月?日 【????】

 

 

 薄っすらと、少女が目を開く。

 視界に映るのは漆黒。光の一筋も刺さない漆黒の闇。

 ただそれを見つめ、見つめ、見つめて……動かない。

 呆然。今の少女の一言で表すならばそれだろう。

 いっそ寝ぼけている、と言ってしまえば平和的に聞こえるかもしれない。

 一寸の光も刺さない、狭い岩質の何かに閉じ込められたこの状況を平和と呼ぶならば、だが。

 

「…………」

 

 僅かに口を開いた少女だったが、けれどその口からは何の言葉も無いままに時間だけが過ぎていく。

 そうして無為に時間だけが過ぎていき。

 

 やがてその目を閉じる。

 

 何も考えられないと言わんばかりに、目を閉じ。

 

 やがてその意識が途絶えた。

 

 

 * * *

 

 

21XX年7月7日 【アビス】→【????】

 

 

 あても無く、黒の中を彷徨う。

 とは言っても先ほどから何とかイメージを【手繰ろう】とはしているのだが、どうにも上手くいかない。

 昨日まで上手く行ったからと言って、今日も上手く行くとは限らないのが【アビス】という世界だ。

 故に偶の不調、と言えばそれまでなのかもしれない。その偶が一度で致命的なことを除けば。

 

 じとり、と緊張からか汗ばむ。

 

 一度足を止める。変わらない黒一色に染め上げられた景色の中、一体どれだけ歩いたかも分からないが、そうして足を止めてみれば思った以上に自分が疲弊していたらしく、体が重かった。

 時の概念が消滅した世界だけに空腹や渇き、眠気といった生命らしい欲求は沸いてこないのが唯一の救いと言ったところか。

 

 直後、地響き。

 

 ごごごごご、と鳴動する足元。

 遠くから聞こえる轟音。軋む世界、崩れる領域。

 けれど最早子守歌にすらなるほど昔から聞いてきたそれらに今更驚くことも無い。

 止めていた歩みを再び始める。

 一歩、一歩とたどり着く先を明確に想像しながら。

 

 そうして踏み出した足が、がさり、と何かを踏みしめた。

 

「……えっ」

 

 顔を上げた途端、視界に広がる光景に一瞬絶句した。

 

「……()()()()()

 

 白い雲が空に浮かんでいた。

 オレンジ色に光る眩しい何かが空に浮かんでいた。

 オレンジ色の光に彩られた茜色の空がそこにはあって。

 

「…………」

 

 ただ呆然としていた。

 生まれてから今に至るまで、空というのは黒い物で、光なんてものは【イズモ】の中で生み出された人工灯しか見たことの無かった自分にとって、()()()()というのは正真正銘初めての光景だったのだ。

 

「…………」

 

 ざり、と無意識に後ずさった足が砂利を蹴った。

 音に引かれるにように視線を落とし。

 

「……なに、これ」

 

 白い石材で建てられたそれは、言うなれば塔だった。

 地上十数メートルはあるだろうか。

 壁があちこちと崩れ、全体的に老朽化と風化の進んでしまった朽ちた塔だったが、これほどの物を作る技術すら喪失してしまって現代において、重大な発見であることは事実だった。

 即座に鞄からカメラを取り出し塔とその周辺の光景の写真を数枚取る。

 

 【深淵の渦道(アビスロード)】【異次元回廊(ウルトラホール)】【霊王冥宮(ヨミヒラサカ)】【奈落監獄(タルタロス)】【悪夢世界(ファントムオブナイトメア)】【死極の黒森(シュバルツシルト)】【常闇の天海(ダイコクテン)

 

 【深淵領域】から繋がる先は現在までに七つ、【未踏領域(イズモ)】を含めれば八つが確認されており、その先に【扉】があるのだと言われているが、そのいずれにも該当しない九番目の場所。

 持ちかえれば百年ぶりの大発見になることは間違い無いだろう。

 

 生きて帰れれば、だが。

 

 思わず後ろでに手を伸ばす。

 腰に付けたボールを手に取り、けれどその中に入ったポケモンを出すことはできない。

 トレーナーとしての適性に恵まれなかった自分ではこのボールを使うことはできない。

 【アビス】の内側でポケモンを繰り出すならば、絶対的な条件が一つ必要になる。

 

 異能者であること。

 

 正確に言えば、【アビス】の法則を塗りつぶせるだけの力があること。

 でなければ手持ちのポケモンを繰り出してもあっという間に【深淵無法】に飲まれて【離反存在(ダークモンスター)】へと姿を変えてしまう。

 このボールの中身を投げれば一瞬の隙は作れるだろう、代償は子供の時からずっと一緒だった友への背徳だが。

 

 それでも、一人ではない。

 

 一緒についてきてくれる仲間がここにいる。

 

 ARCボールによって保護されている間は友もまた【アビス】を超えることができる。

 

「……うん、大丈夫。大丈夫、大丈夫っと」

 

 何度となく、自分に言い聞かせるように呟き。

 顔を上げる。目前には崩れそうな塔。

 一歩踏み入れるれば、ざり、と風化した岩壁が砂利となって撒かれた床を踏みしめる。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 何も起こらない。

 

「……変な気配は、無いっと」

 

 【アビス】特有の背筋を凍り付かせるような悍ましさが感じられない。

 果たしてここは本当に【深淵領域】の一部なのだろうか?

 そんな疑問すら浮かんできて。

 

「上へ登る階段……落ちてる」

 

 そう広い塔でも無いため入ってそのまま見上げれば頂上が見える。

 螺旋階段のようなものが頂上に向かって伸びているが、けれどその途中で階段が崩れ落ちていた。

 間は数メートルほどあり、さすがに跳んでいけるような距離でも無いし、そもそも階段自体が老朽化し過ぎて恐らく足を載せたらそのまま崩れるのでは無いだろうか。

 というかそもそも見える範囲、上に何も無い。

 もしかすれば屋上にあたる部分に何かあるかもしれないが、ここから見える範囲で何か特別なものは見えない。

 とは言え、現代には再現不可能な過去の建築技術を持って作られた塔である、もしかすれば自分には分からない仕掛けか何かがあるのかもしれないが、自分に分からない時点で最早お手上げである。

 

「……外れ、かな? っと」

 

 いや、こんな場所があること自体は大発見なのだが、この場所に何の意味があるのかと言われれば何も言えない。

 そもそももう一度来ようと思って来れる場所でも無い。

 来た時見た光景の衝撃で、最早【アビス】の内側で何をイメージしていたのかすら覚えていないのだから。

 

「取り合えず後何枚か写真撮ったら帰還かなあっと」

 

 命あっての物種。少なくとも、【アビス】の先にこんな場所があることを【イズモ】に持ち帰らなければならない。

 距離が存在せず光源も無いため永劫彷徨って生きた屍になる危険性が高い【アビス】だが、【離反存在】というのはその先のそれぞれの領域に巣食っていて【アビス】自体にそれらは存在していない。

 

 たった一つ【掃除屋(スイーパー)】という例外を除けば。

 

 帰り道のイメージは問題無い。

 帰るべき場所が明確に分かっているならばいかに【アビス】だろうと……否、【アビス】だからこそ真っすぐ帰ることができる。

 だから問題はあの【スイーパー】に出くわさないか否か、という運である。

 

「っと……」

 

 そんな風に考えながら歩いていると塔の地面から飛び出した何かに蹴躓く。

 少しだけ痛かった足を見やりながら、視線を移して。

 

「……ん?」

 

 地面から飛び出した突起を見つめ、視線を細める。

 手で軽く突起の表面を叩いてやれば、それが一部が折れた取ってなのだと気づける。

 

「何かあるのは……上じゃなくて、下か? っと」

 

 バッグパックからハンカチを取り出し折れて一部が尖った取っ手を掴む。

 錆びと土で腐食してはいるが、どうにか持ちあげれそうだった。

 そうして周囲の土ごと持ちあげてみれば、直径一メートル弱ほどの球形の蓋が持ち上がり、後にはぽっかりと空いた穴。

 梯子があるが錆びと腐食で使えたものでは無い。

 

 どうするか、を少しだけ考え。

 

「行くっきゃないよね……っと」

 

 地面に杭を深く突き立て持ってきたロープを結ぶ。

 長さ三十メートル。これで足りなかった場合は諦めるしか無いだろうがさすがにそこまで深くは作らないだろうという楽観的ではあるが予想もある。

 穴にロープを垂らし、壁を蹴りながらゆっくり降りていく。

 腐食しているとは言え、足場代わりの梯子があるのでそう難しい作業でも無い。

 一部梯子を踏み抜いて危なかったが、それでも何とか底まで降りる。

 

「ざっと十メートル半ってところかなっと」

 

 穴の底にはさらに横穴があり通路になっているようだった。

 通路の先は見渡せないが、どうやらまだ奥があるらしい。

 少しだけ迷ったが、【アビス】特有の感覚は無い。

 だからと言って安全とも限らないが、もう一度来れるかどうか分からないという点で行かざるを得なかった。

 もう一度ボールを手に取る。

 

 かたり、と一度だけボールが揺れた。

 

 それがまるで友が自分を励ましてくれているかのようで。

 

「よし……っと」

 

 歩き出す。

 かつかつ、と石畳を叩きながら通路を進んでいき。

 

 そうして。

 

「…………」

 

 すっと、目を細めた。

 

 

 * * *

 

 

21XX年7月7日 【サイハテ】

 

 

 ()()()()

 

 見たそのままを言えば、それは墓場だった。

 台座の上に置かれた石棺とその周りに置かれた石の花。

 正確には花を模して彫った石、と言ったところか。

 朽ちず、枯れぬ永劫の花束。

 石棺の中は見えない。ぴたりと閉じられた蓋は重々しく、開けようとするなら一苦労だろう。

 とは言え、動かせないほど重いというわけでも無い。

 

 少し気は引けるが、けれどここに来て手ぶらで帰るわけにもいかない。

 

 その場の状況を写真に撮影して、石棺の蓋に手を伸ばす。

 

「……ん?」

 

 触れた手に感じる触感に覚えた違和感に、思わず声を出す。

 この塔を思い出す。

 古びて、朽ちていて、風化していて……何十年、どころか何百年も経っているかのように思えた。

 だが時間の概念が破壊されてすでに五十年以上の時が経つ。

 その時から世界は時間的概念変化が止まっているためこの塔はそれ以前からこれほど朽ちていたということになる。

 

 だがこの石棺はどうだ。

 

 まるで作ったばかりのように劣化も無く、手触りも良く磨き抜かれている。

 これだけ時代が合っていない……後から付け足したかのように歪だった。

 そうなると益々その中身が何か、という問題になる。

 

 最後にもう一度だけ周囲を確認する。

 

 部屋には台座と石棺以外に特に何も無い。

 【アビス】のような嫌な感じもしないし、本能が危険を訴えてくることも無い。

 石棺に向き直り、大きく深呼吸する。

 そうして蓋に手をかけ。

 

 ずらした。

 

 

 ずず、ずず、ずずず

 

 

 石を引きずる音と共に、石棺の蓋が徐々に開き。

 

 

 そうして。

 

 

 そうして。

 

 

 そうして。

 

 

 そこにいたのは。

 

 

 

 

 ―――青い髪の少女だった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

21XX年7月7日 【サイハテ】

 

 

 背筋が震える。

 

 恐怖ではない。

 

 ただ、棺の中に眠る少女は、息を飲むほどに、背筋が震えるほどに美しかった。

 

 まるで完成された芸術品か何かのように。

 生命の鼓動が完全に止まったかのように、時間の流れに取り残されたかのように。

 静止した世界に眠る少女はただそうあるだけで世界から切り離されていた。

 

「…………」

 

 絶句して、思考も回らない。

 

 ただ惰性のように動いていた手が、石棺の蓋を最後まで開ききり。

 

 ごとん

 

 蓋が地面に落ちると同時に大きな音を立てる。

 静寂が破れさり、思わずびくり、と体を震わせ。

 

「……ん」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「…………?!」

 

 ()()()()()()()()()()。その事実に目を見開き、同時にそれの生命の鼓動が止まってなんかいなかったことを認識する。

 

 薄っすらと、少女が目を開く。

 

「…………」

 

 すう、はあ、とゆっくりと吸って吐き出された呼吸の音だけが部屋に響き。

 

「……こ、こ」

 

 ぼんやりとした目で少女が言葉を紡ぎ。

 

「……キミは……誰……?」

 

 呆然としながら呟いた自身の言葉に。

 

「わた……し……わた、し……は」

 

 ゆっくりと、まるで自分で自分の言葉を咀嚼し、飲み込んでいるかのように。

 

「……エア」

 

 自らの名を紡いだ。

 

 

 

 




お久しぶりです。
はい、とてもお久しぶりです。
ドールズフロントラインやってたらいつの間にかこんなに間空いてました(


今回の話は2,3話前あたりの「アカリちゃん」とか「メイリちゃん」の世界の話。

実はドールズ三章書き始めた辺りで「千年くらい先の未来でエアちゃんが目を覚まして荒廃してしまった世界を偶然エアちゃん見つけたトレーナーと彷徨う話」みたいなのを構想してて、余りにも突拍子が無いんで没案にしてたんだけど、何か流れで書いてた「アカリ」とか「メイリ」の世界の話と絡めると「あれ……これ行けるんじゃね?」となってちょっと書いてみた。まあもう続かないだろうけど。


というわけでちょっとだけ解説していくよ。


この世界は「一周目の世界」の話です。
つまり「ハルトくんがレックウザに負けた」世界の話。
百三十年前(ドールズ本編)にダークレックウザにハルト君が負けて、その時にエアちゃんはオーバー進化してる。んでも、絆が足りなくて暴走、そのせいでレックウザに敗北。その時に海の底まで叩き落されて二度と上がってこれないように封じられた。
因みに創造神リセットは本当に一からやり直してるのではなくて、世界を過去から分岐して切り離している。つまりこの世界は半ば創造神に見捨てられた世界と言える。
んで、レックウザが大暴れして世界中大惨事。さらにカロスで同じく大惨事(カロス編の内容なのでネタバレにつき秘密)が起きてだいたい人口の9割は死滅してる。
最終的には【イズモ】以外の全地方が『とある存在』によって生命が死滅した大地へと変えられた。
因みに【黒天】とか【魔神】とか【冥王】とかその他4匹の計7匹はその『とある存在』によって『離反存在』と呼ばれる物に変えられている。

『離反存在』は簡単に言うと『アルセウス』のメタ存在。
『ダーク』タイプという既存のタイプを全て殺すタイプを持ち、『アルセウス』の生み出した世界の理を『奪い』『殺し』『破壊し尽くす』存在。

まあそんなわけで最初の『闇黒』ことダークレックウザの誕生から僅か十年で世界存亡の危機にまで追い詰められた人類は最後の砦たる『イズモ』地方に立てこもって徹底抗戦するよ。
『イズモ』地方は世界で屈指の超越種が生まれやすい土壌だから十年の間に五、六体くらい新しい超越種が生まれてるけど、そもそもダークレックウザからしてアルセウス以外勝てねえよこんなのってレベルの理不尽なので全員駆逐されました。
もう絶体絶命、って時に降臨したのがアルセウス(分身)。え? 見捨てたんじゃないのかって?
本体は見捨てて次行ったよ。ただ世界運営のために分身は残ってるけど。
分身なので本体よりかは弱いけど、それでも世界を運営するための存在なので普通のめっちゃ強い。
ぶっちゃけ攻めに転じれば『離反存在』全滅させれなくも無かったけど、それやると攻めてる間に人類が絶滅します。というわけで『イズモ』地方に境界線を引いて結界とし、『イズモ』と『それ以外』を分けてしまった。
で、アルセウスが来てくれて人類が保つと分かったので『ハルト』くんが『イズモ』の外に出ます。
え? 生きてたのかって? 生きてたよ。エアいなくなったの十年引きずってたけど。
絆が深いって言いかえれば愛が重いってことだよね(
まあ本編の場合、全員愛が重いからどっちもどっちで良い感じになってるけど、片方喪失すればまあこんなもんよ。
で、ハルトくん十年の間にしっかりシャルちゃんとかその他孕ませて一人だけ『イズモ』の外側に出ました。この時にはすでに『深淵領域』はあった。
とは言えこの世界のハルトくんはアルセウス仕立てで主人公補正強いのでちゃんとラスボス手前まで行ってます。つまり『深淵領域』を踏破した唯一の人物。
まあでもハルトくん言って見ればDQの「オルテガ」みたいなものなので、ラスボス手前までマッピングしてそこで息絶える。
後を継いだのはハルトくんの子供たちなわけだが、まあハルトくんみたいな主人公補正無いわけで、普通に二十年後には大半死んでる。因みにアカリちゃんとメイリちゃんも死んだのはこの時。
そこから百年、人類は停滞……どころかガリガリ世界壊されてるんだよなあ。しかもイズモの維持のためにアルセウスちょっとずつ消耗してるし。
百年経つ頃にはアルセウスさん(分身)も限界が見え始めた……本体さえ、本体さえいれば……。
とは言ってもあと百年は持つけどな、時間のスケールが違う。
概念をいくつか分担して管理させてたんだけど、管理者が片っ端から殺されてるせいでイズモの内側におけるそれら概念をアルセウスさんがやらないといけないので余計に消耗してたり。



という前提で今回の本編に繋がる。



因みに『深淵領域』ってのは海です。正確には海だった物。
じゃあ陸地は? ってなるけど、それぞれの『離反存在』が『カントー』『ジョウト』『ホウエン』『シンオウ』『イッシュ』『カロス』『アローラ』をそれぞれの理で染め上げてしまって、言うなれば『ダンジョン』になってる。
で、このダンジョンの最奥にあるのが『扉』。そしてその奥にいるのが『離反存在(ボス)』。
じゃあ今回の場所なに?ってなるけど。
「深淵領域は海」。ところで「エアちゃんどこに堕ちた?」
そう、海に堕ちたけど海は深淵領域になった。
普通のポケモンなら一緒に飲み込まれて『離反存在』の仲間一直線だが、エアちゃん「超越種」だから、つまり自分で『自分の理』を持っている。
というわけで新しく陸地ができました。
そしてそこに偶々巻き込まれて助かった人たちがいて……。

ぶっちゃけると『そらのはしら』です。
もう老朽化とレックウザの暴走のせいでちょっとしか残ってないけど。
そしてそこにいた『りゅうせいのたみ』たちが新しく塔を修繕して、地下室を作り、眠ったままのエアちゃんを棺に入れて収めた。

ところで本編で書いたような気がするけど『超越種になって一旦新生する』だから絆をうしなって野性味全開で暴走する。
でも『だいたい百年くらいで理性を取り戻す』って書いたよね?

というわけで、今回出てきたエアちゃんは百年眠ってて理性は戻ってるけど、頭ぼんやりしててしかも新生した影響で『名前以外全部忘れてる』。
でも何か大切なものがあった気がするし、忘れちゃいけないなにかがあった気がする。

というわけで今回の話の後、トレーナーちゃん(女の子だよ)についていって物語スタート!


という話。


因みにアカリちゃんやメイリちゃんが登場するのはその後の話。
トレーナーちゃんは異能弱いからトレーナー本来ならできないんだけど、エアとか超越種なら自分の理で守れるから『離反存在』にならない、なら超越種集めれば自分もトレーナーできるじゃん、というわけで。

こいつの手持ち全員超越種化するんだぜ……。

伝説パ……なんという厨パ。

でも『破戒』がうっかり『理』壊してるから、理からの逸脱もしやすいんだこの世界。
で、アカリちゃんとかメイリちゃんも超越種になってるよ。
ドールズ本編だとあれまだ本気出してないから。でもちょいちょい割と問答無用で何も燃やしてたの、あれ超越種としての能力の断片だね。元ネタとしてはシャルちゃんの能力に近い。

んで、超越種集めてまずは『霊王迷宮』攻略したトレーナーちゃんだったけど、肝心の『冥王』に咄嗟に『冥界』越しに別世界に逃げられてそれを追えるのが『ゴースト』タイプの『アカリ』と『メイリ』だったんで、追って行ったら……ドールズ本編と繋がったのだ。




というのを今考えてみた。
うん、絶対面倒臭いねこれ。やっぱ無しだわ。

もし設定欲しい、とか流用したい、とか人いたら好きにしてくれ、どうせ俺は書かない。


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タマムシにじいろゆめのいろ

 

 

「なんか……エア、様子がおかしくない?」

「……だネ」

 

 チークと二人、そっとリビングから台所の様子を覗き見れば、包丁片手にどこか呆けたように佇むエアの姿が見える。

 昨日も、一昨日も……随分前からぼんやりとすることはあったが、ここ最近特に酷い気がする。

 

「シアには言ったさネ?」

「うん……言ったんだけどね」

 

 どうやらシアも気づいてはいたらしいが、本人に尋ねてもやはり何でもない、大丈夫、としか返ってこないらしい。

 一応様子を見た限りではそう深刻な感じではない……と思う。

 絆を通してある程度感情か感覚を共感できると言っても曖昧な物であり、例え今エアが何か問題を抱えているとしても実際どんな内容なのかなんて分かるはずも無い。それは共感ではなく、読心だ。

 サクラなら或いはできるかもしれないが……。

 

「エア本人が何でもないって言ってるのがなあ」

 

 エアの不調に気付いてすでに二、三か月は経つ。

 本人が大丈夫と言い続けているし、ぼんやりしているだけでどこか悪いというわけでも無さそうだし、状況が悪化しているようにも見えないので静観しているが……いい加減どうにかすべきだろうか?

 

「大丈夫かなあ……」

「心配性さネ」

「だって明日からしばらく居ないわけだし」

「シシ……そうだったネ」

 

 常に家に居られるならば経過観察で良かったのかもしれないが、明日から一週間くらい家に居ない……というか。

 

 ―――ホウエンに居ない。

 

 そう、明日から一週間、カントーに行くのだ。

 

 

 * * *

 

 

 五歳になるまで自分はジョウトに居たが、カントーの方には行ったことが無かったので実際にカントーへと足を踏み入れたことはほとんど無い。

 とは言え、ほとんど、と言った通り別にこれが初めて、というわけでも無かったり。

 二年ほど前にカントーでエキストラチャンピオンシップというのがあり、その時に時のカントーチャンピオン“レッド”と対戦したことがあるのでこれが二度目ということになる。

 まああの時は飛行機に乗って直接セキエイ高原に入ったのでカントーの街並みを見ることはほとんど無かったのだが。

 

 今回は別に急ぎの用でも無いので船旅で行くことにしたのだが、片道二日の往復四日。

 さらに着いてから移動に半日かかるらしいので実質的な滞在期間は二日になる。

 カントーの港は主にクチバ、セキチク、グレンの三か所にあるが特に他の地方とまで船が行き来しているカントー最大の港町がクチバシティである。

 と言っても実のところカントー地方というのはそれほど規模が大きいわけではない。

 ジョウト、カントーを含めるとカロスに次ぐ規模の大きな地方なのだが、実質的にはそれを二分割し、ジョウト地方とカントー地方で分けるとホウエンよりも小さな地方となる。

 そのためカントー以外の人間が思っているほどカントー地方というのは栄えていない。

 ぶっちゃけて言えば田舎と言っても過言ではない。

 

 地方ごとに主要都市と地方集落の差異というのはどこも大きいが、カントーの場合主要都市であるヤマブキシティやタマムシシティでもそこまで大規模な発展が無い。

 何せすぐお隣のはずのジョウト地方との交流すら実質的にはセキエイ高原とクチバシティ以外無いのだ。

 因みに実機金銀などにおいて実装されるヤマブキのリニアモーターカーは現在開発中であり営業開始は来年以降の見通しらしい。

 クチバシティはそもそもカントーにおける玄関口であり他地方からの船が多くやってくるカントー最大の港町であり、セキエイ高原は『カントーポケモンリーグ』の本部であり、同時に『ジョウトポケモンリーグ』の本部でもある。

 

 少し話はズレるが、初代ポケモンでワタルが四天王なのに後の金銀バージョンでワタルがチャンピオンなのはそもそもカントーとジョウトでリーグが別扱いだからだ。

 因みに“レッド”はこの両方のリーグのチャンピオンである……否、あった。

 どうやら二年前のバトルで何か刺激を受けたらしい、両リーグチャンピオンを辞退して『シロガネやま』に籠った。

 正確には辞退しようとしたが、さすがにいきなり二つの地方のチャンピオンが突然いなくなられても困るとジョウトリーグのチャンピオンの地位は返還され、現在はカントーリーグチャンピオンとされているらしい。

 空いたジョウトリーグチャンピオンの座は暫定的に前チャンピオンのワタルが引き継いでいるが、未だにワタルを倒す猛者は現れないらしい。

 

 時系列的に言えば多分来年あたりに実機金銀のストーリーが始まるだろうからジョウトリーグに一波乱あるかもしれないと思っているが、まあよその地方のリーグ模様なんて割とどうでも良い。

 そもそもこの世界はゲームに似ているが現実だ。あくまで現実なのだ、ゲーム通りに行くとは限らない。

 

「並べて世は事も無し、だね」

 

 多分来年あたりまたジョウトでロケット団が暗躍するかもしれないが、まあジョウトにおけるロケット団の活躍など微々たるものであり、原作主人公たちがどうにかしてくれるだろう。

 薄情かもしれないが、俺にとって一番は俺の家族であり、その次は身の回りの平穏だ。

 故にホウエンを脅かす危機に対しては全力で以て対処に当たったが、他所の地方の災禍などはっきり言ってどうでも良い。

 実際にカントーにおけるロケット団という悪の組織の暗躍はシルフカンパニー、及びヤマブキシティ自体の占拠というとんでもない暴挙へと繋がったが、原作主人公こと“レッド”によって解決されている。

 正直あのピカチュウがいれば正直ロケット団程度なんでもないだろと言わざるを得ない。

 エアがオメガシンカまでしてようやく追い詰めたほどの怪物だ、そして未だに進化を止めないトレーナーも含めて“レッド”がいるなら正直この世界の平和なんて確約されたようなものじゃないのか、と思わざるを得ない。

 

 ―――まあそんなこと無いのは俺が一番良く分かっているんだけどね。

 

 なんて戯言を考えながらクチバの街に降り立つ。

 なるほど同じ港町だけあってミナモシティに通じる物がある。

 ただミナモシティは同時に観光都市の側面も持つため景観にこだわりがあったり、あちらこちらに商売をする人や観光する人で溢れかえっているのに比べてクチバは何というか本当に実務的というか、港の付近は倉庫が非常に多く、街まで足を延ばしてもそれほど賑わっている様子は見えない。

 中継地点、という印象が強かった。まあ観光などするならば飛行機を使ってヤマブキに直接降り立つだろうし、わざわざ観光目的に船を使う人間など少ないだろうからあくまで主要都市へ行くまでの補給地点程度の役割なのだろうが。

 

 取り合えず最初の目的地はヤマブキシティ、そしてヤマブキを経由してタマムシシティである。

 

「んじゃ、行こっか、チーク」

「あいサー!」

 

 御供のチークが隣で元気よく声を挙げた。

 

 

 * * *

 

 

 オーキド・ユキナリ博士は携帯獣学の研究者たちの中でも最も偉大な人物の一人に数えられる。

 研究テーマは『人とポケモンの共存』であり、それに関するいくつもの論文を発表しているが、彼の場合、元が凄腕のポケモントレーナーであり当時の知識と経験が現在にまで大きく影響していると言える。

 

 というかそもそも、オーキド博士が居なければポケモンという存在についての研究は現在ほどに進んでいなかっただろうと言われている。

 何せ『携帯獣学』という一つの学問の分類を確立したのは何を隠そう若き頃のオーキド・ユキナリその人である。

 何十年も前の話ではあるが、まだ今ほどポケモンという存在に対する研究がメジャーでは無かった当時において自らトレーナーとして研究者として旅をし、地方を渡り歩き『携帯獣研究序説』という本を書いて世間に公表したことでポケモン学会から注目を浴びた。

 

 というか実際問題、彼が公表するまで『ポケモンをタイプごとに分類』という今となっては当たり前のようなことすらできていなかったのがポケモン学会である。

 ポケモンが人類の隣人と呼ばれて長い長い時が経つが、けれど人類がポケモンについて知ろうと歩み寄り始めたのは実に最近の出来事なのだとこの世界に来て知った。

 

 現在においてポケモン研究の第一人者と言えばまず真っ先に名前の挙がる人物であり、それ以外にも名が挙がるだろう著名なポケモン研究者の大半と交流を持つ、後世において偉人として語り継がれるだろう人物でもあった。

 

 オーキド博士が為した功績によってポケモン研究は加速する。

 次々と新しい学者は生まれ、新しい発見がされ、過去の定説は日々覆されている。

 

 たった一つのジャンルを除いて。

 

 かのオーキド博士ですら容易に手を出すことなどできない、過去何人もの研究者の頭を抱えさせたポケモン最大の謎。

 

 『ヒトガタ』という存在だけは、現在に至るまでポケモン学会においても不可侵領域であった。

 

 

 * * *

 

 

「活気あるね」

「シシシ、楽しそうなものがいっぱいサ」

 

 タマムシシティはカントーでもヤマブキと並んで活気溢れる街である。

 というかヤマブキよりも商業向けの街であり、人の賑わいという一点ならば確実にヤマブキよりも賑わっているだろう。

 

 その中核を為すのがタマムシデパートである。

 

 タマムシ最大規模の百貨店、タマムシデパートはカントー全域におけるフレンドリィショップの本店であり、それに相応しい規模と品揃えをしている。

 ミナモデパートも相当大きかったが、こちらも負けていないと思える。

 ミナモデパートが大規模ショッピングモールだとするならば、タマムシデパートは一つの巨大なタワーと言えた。

 広大な敷地に建てられた巨大な建物一つ。それぞれのフロアごとに一つの店舗が入っているのが最大の特徴だろう。

 ワンフロアにいくつもの店舗をすし詰めにされたミナモと違い、ワンフロアごとに一つの企業が貸し切って販売しているためどこに何があるのかというのが非常に分かりやすい。

 実機では確か四階だったか五階までしか無かったデパートだが、ワンフロア丸ごと一つの店舗で貸切るという形態上、上に上に階層が積みあがって行き、最上階は二十階を超えるらしい。

 

 とは言え今回の目的地はそちらではない。

 

「チーク?」

「……ん? はいはい、呼んださネ?」

 

 どうやら聳え立つ巨大なタワー状の建物に好奇心が疼いていたらしいチークがタマムシデパートを見つめていたが、こちらの呼び声に気づいてすぐ様やってくる。

 

「取り合えず今日はこのままホテル行こう、明日目的地に行くから……多分半日で用事終わるはずだし、そしたらタマムシデパート行って見ようか」

 

 告げる言葉にチークがにんまりと笑みを浮かべる。

 

「オッケーだヨ! それじゃあまずはホテルに行こうさネ」

 

 自分の袖を引きつつ歩き出すチークにゲンキンなやつだな、と内心で思いながらもチークらしいと苦笑する。

 

「ていうか先に進んでどっちがホテルか分かってるの?」

「……あ」

 

 そう言えばそうだ、と言わんばかりに振り向いて目をぱちくりとさせるチークにくつくつと笑いが零れた。

 

 そうして地図を見ながら歩いてしばらく。

 

「今更だけど、何しにカントーに来たんだイ?」

「本当に今更だな、お前理由も知らずに着いてきてたのかよ」

 

 幸いにも途中でホテルの看板が見えた。あと少し歩けば到着と言ったところか。

 

「トレーナーがいきなりカントーに行くっていうから、アチキは楽しそうだし一緒に来ただけだヨ」

「ホント、ノリと勢いで生きてるな、お前」

 

 クチバからここまでだいたい半日、すでに夕暮れが空を染め上げている時間帯だ。

 赤信号に足を止め、横断歩道の前でふと空を見上げてみれば遠くの空でヤミカラスの群れが飛んでいる、ジョウトならばともかく、カントーではやや珍しいポケモンだった。

 そしてどこからともなくやってきたオニドリルが凄い勢いで西の空へと消えていくとそれに追随するかのようにオニスズメが後を追った。親子だろうか、なんて考えながら目の前の信号が変わるのを待つ。

 

「ヒトガタの研究をやる、ってのは前に言ったよな?」

()()()()()()した時に言ったらしいネ」

 

 今何か妙な強調が入った気がするが、気のせいだろうか……?

 

「研究者になるためには道は二つに一つだ」

 

 一つは研究者の助手になること。

 

 これに関しては雇い主となる研究者さえ同意してもらえれば特に資格も無く雇ってもらえる。

 ただし研究内容は研究者に準じ、自由に研究などできなくなる。

 

 そしてもう一つが。

 

「大学で『博士号』を取ることだ」

 

 告げた言葉にチークが首を傾げた。

 

 




なんでこんな遅くなったかって?

短編完結させたらすっごい満足感あって一週間くらいさぼってたんだが、その間にアズールレーン始めたせいでもう他のこと手につかなくなってたんだ(

十二日かけてようやくチュートリアル(3-4周回)終了しました。
というわけでようやくひと段落ついたので執筆再開です。

ところでユニコーンちゃんすげえ可愛い。台詞が一々あざといんだが、でも可愛い。
思わず結婚してしまったわ……。

あとグラブルモニカさん実装されたね、速攻取ってスタメン入りしました。
シエテ入れてるからヘイト吸い取ってくれるのは非常にありがたいわ。


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冷静に考えたら負けだと思ってる

byハルト


 実機でも各地方ごとにポケモン博士、というのがいる。 

 全員が主人公に通称御三家と呼ばれる『ほのお』『みず』『くさ』タイプのポケモンを与えてくれる。まあ一部御三家でないこともあるがこれは例外として。

 博士というのは地球に良く似た物で学会に研究の論文を発表し、その成果を認められることで『博士号』を与えられた人間が名乗ることのできる称号である。

 

 これの取得に関しては別に新発見をした、とかそういう明確な成果が必要なわけではない。

 というかそれができるならすでに博士である。

 簡単に言えば今自分がどんなことを研究しようとしているのか、どういうアプローチを取ろうとしているのか、それによってどんなことが分かると予想されるか、というのが分かれば良い。

 とある博士曰く、学徒というのは知的好奇心と探求心の奴隷なので例え有用性が認められなくとも、そこに未知があるのならば割とすんなり認可されるらしい。

 

 因みに博士号自体は割と取ることは容易く、それなり以上の人数が取得しているのだが、実際に博士を名乗っている人間は少ない。

 

 何せ知識は知識であって金にならない。

 

 なのに研究というのは金食い虫だ。

 

 研究所など作る必要性を考えれば初期費用からして相当な物になるし、維持費用、生活費、研究費、と上げていくとひたすらに金、金、金の世界である。

 

 オーキド博士ほどの研究者ならばいくらでもスポンサーが付くだろう。

 何せその名は世界中に知れ渡っており、オーキド博士のスポンサーになっている、ということ自体がすでに箔にもなる。

 オダマキ博士だって若いころにホウエン中を駆けずり回って細いながらもスポンサーを獲得し、ミシロを中心としたポケモンの生息域の調査、分布、生態系の記録などいくつもの功績を上げてようやくあの研究所を建てることのできるだけの活動資金を得たのだ。

 すでに研究所を建てた博士の助手にでもなるほうがよっぽど効率的で楽であり、わざわざ若い頃から苦労して研究所を建てて博士になろうなどという人間そうそう居ないのだ。

 

 因みに最近知ったが、現在のオダマキ研究所のスポンサーはデボンコーポレーションらしい。

 まああそこはホウエンの経済活動の大半に手を出しているし、金なら有り余っているだろうから納得ではある。

 そもそも博士の研究というのはフィールドワークが多く、必要以上に金がかからないので支援する側からしても大した負担にはならないのだろう。

 自然の多く残るホウエンにおいて、自然と調和しながら発展していくためにはオダマキ博士の研究は多いに役立つし、費用対効果を考えればむしろデボンコーポレーションのほうが得をしているかもしれない。

 

 自分の場合、金というのが割と有り余っている。

 

 何せチャンピオンである。

 だいたい一年その座に座っているだけで一生暮らしていける程度の金が入ってくる。

 このポケモンバトル全盛期において地方最強のネームバリューはそれだけのものがある。

 それが二年である。ぶっちゃけ稼いだ額で言うと父さんよりよっぽど上だったりする……これを知った父さんが軽く凹んでいた。

 トレーナー業はある一定以上のレベルから金銭がインフレしだす。

 そもそも道具類ですら数百万がぽんぽんと飛び交う世界だ。それだけの出費を出しながら生活していけるだけの収益が必要になる。つまり勝つことが必要になり、それができない人間は落ちていくし、できる人間はさらに上へ昇りつめ、さらに金が入ってくる。

 だいたいホウエンリーグの本選に出れるかどうかくらいのラインだろうか、あの辺りからトレーナー一人辺りの出費額が年間一千万を超えるようになってくる。収益に関しては勝敗が絡むため一概には言えないが、勝てるトレーナーで五千万以上。四天王クラスになると年間億単位だ。

 そしてチャンピオン……まあ詳しくは言わないが四天王よりも更に上なのは事実である。

 まあチャンピオンは正確には職業ではないのである意味出来高次第というのはあるのだが、それは余談としておく。

 

 ついでに言えばホウエンの伝説関連の件でホウエンのポケモン協会にはとんでもないくらい貸しがある。何せ自分が動かなければ確実にホウエンが滅んでいたレベルの案件だ。

 まあ自分から自発的に動いたので多少の譲歩は必要だろうが、けれど俺が動かなければどうなってた、と考えればこの功績を否定する要素などあるはずも無い。

 故に真面目に研究のためのスポンサーを探そうと思えばポケモン協会自体をスポンサーにだってできる。

 恐らくホウエンにおいてデボンコーポレーション以上のスポンサーを探そうと思えばポケモン協会くらいだろう。

 

 それに実機知識を切り崩して放出すればいくらでも成果は出せる。

 実機知識がある程度以上この世界においても適用されているのは五歳の時に散々試したのだ。レベルの高いトレーナーなら誰しもが何となく分かっているものではあるが、それを明確に言葉にして見える数字としてまとめることのできる人間は、現状世界でただ1人、自分だけだろう。

 

 ただしそれをやるにしても放出する知識は絞る必要がある。

 出し惜しみしているわけではない。もう目的は達した以上これ以上出し惜しむ必要も無い。

 むしろポケモンバトル関係がおおいに盛り上がるだろうことは確実であり、金のためでなくともいつかは放出しようと思っていた知識だ、惜しむ必要も無い。

 ただし全てを伝えるわけにはいかない。自分の知る知識には禁忌も多く含まれていることを自覚しなければならない。

 

 ゲームだからこそ許されていたこと、現実では決して許されるわけも無いこと。

 

 そのラインを明確に分けねばならない。

 その最たる物が『厳選』だろう。

 レートに潜るようなプレイヤーならばだいたい誰もがやっただろうことであるが。

 じゃあ何故プレイヤーたちが『厳選』するのかと言われれば『個体値』という概念を知るからである。

 

 努力値……つまり基礎ポイントや種族値などはまだ良いだろう。

 

 だが『個体値』というものを明確にしてはならない、これは自分なりの線引きである。

 他にもポケモンの進化条件などはまだしも、生息地などについては言うつもりも無い。

 それは『オダマキ博士の領分』であり、さらに言うならば安易に珍しいポケモンの生息地を口にするのはポケモンハンターなどそれを乱獲する人間を招く結果にもなりかねない。

 

 現実なのだ、そのことを覚えておかなければ実機ならば『その程度』で済むようなことでも現実ならば惨事を引き起こすことにもなりかねない。

 

 そのことだけは、決して忘れてはならないのだろう……。

 

 

 * * *

 

 

「awesome! スゴイスゴイ! スゴイよアオイ!」

 

 ホテルというのは宿泊施設なのにその売店は八時で閉まってしまうのはどうなのだろう、と思いながらも何か飲み物が欲しくなってチークと二人でホテルを出る。

 ホテルの入口の自動ドアを潜ると聞こえてきた声にふとそちらを向けば装飾の大量についた純白のサマードレスを着た金色の髪の少女がそこにいた。

 季節的に言えば冬目前のはずなのだが、季節外れの服装に加えて麦わら帽子というのは肌寒い夜の街に余りにもミスマッチだった。

 だがそんな寒さも全く気にした様子も無く少女は興奮した様子で何かはしゃいでおり、連れ合いらしいもう一人の少女が嘆息しながらその手を引いて夜の街に消えていく。

 

「はいはい……分かったから急ぐわよ。はあもう……今日は残業無いと思ったのにいきなり呼び出しで嫌になるわね。あ、それと今日もいつものとこ(コンビニ)で夕飯で良いわよね」

「I don't care! 全然オッケーだよ!」

 

 随分と騒がしい二人組だな、と思いながら消えていくその背から正面へと視線を戻し、チークと並んで歩く。

「なんだか騒がしい二人だったね」

「二人? あの金髪の子ポケモンだヨ?」

「え……てことはヒトガタ? にしてもよく分かったね」

「ビリビリって来てたのサ」

 そう言えば『でんき』タイプのポケモン同士って体から電気を発しているのだったか。

 音でなく電波で言葉を届けたり、互いの位置を確認したり、相手の居場所を探ったりと何かと便利なことができるタイプでもある。

「てことは『でんき』タイプか……」

 と言っても特徴らしい特徴はサマードレスや麦わら帽子を除けば金髪くらいだったが、『でんき』タイプのポケモンは体色からして黄色系統が多いので余りアテにはならない。

 まあカントーで代表的な『でんき』タイプと言えばピカチュウかエレブーだろうか?

 コイルなどとは毛色も違うようだし、まさかサンダーなんて準伝説種がこんなところにいるとも思えないし。

 なんとなくピカチュウかな、と思った……可愛かったし。

 

「…………」

 

 そんなことを思っているとチークがジト目でこちらを見つめていて。

 

「……何?」

「……今何か変なこと考えなかった?」

「いや? 何も?」

 

 突然変わった口調に驚きながらも口では否定する。

 鋭い、そんなことを少しだけ思ったが表情には出さないように留める。

 そしてそんな自分の言葉にけれど納得いかない様子ながらもそれ以上何かを口にすることなく。

 

「……えい」

 

 と、いきなり腕に抱き着いてくる。

 幸いにしてチークはうちの家族の中でも特に小柄なので驚きながらも受け止めるが、衝撃に少しふらつく。

「……と、と。なんだいきなり」

「べっつにー……トレーナーが……()()()が余計なこと考えないようにしてるんだよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げるチークの言葉に少しだけ驚きながら。

「ん……? ハルト?」

「にひっ……気づいたあ? 良いでしょ?」

 いつもと違う甘ったるい声を吐きながら、そっと背伸びし。

 

 ―――エアとかシアとかシャルとかには呼ばせてるんだし。

 

 不意に耳元でぼそりと告げられた言葉に思わず言葉が詰まる。

「今三股だっけ……すごいね、ハルト」

「……止めろ、冷静に考えると最低に見えてくるから、マジで止めろ」

 因みに結婚云々を言うならば人間とポケモンは別々に数えられ、人間は一人だけだがポケモンに関しては何体でも問題無かったりする……法律的には。

 まあそもそも原種のポケモンと結婚しようという人間が早々居ないので余り知られていない法律ではあるが、ポケモンとの結婚自体は大昔からある話でありそれがやや形骸化しているが、その名残であると言える。

 そしてまず無いだろうことだが例えば六体で1セットが基本のパーティで複数のポケモンとそういう関係になった場合、一体のみと結婚とすると他のポケモンとの信頼関係に大きな亀裂を入れるだろうことは確実であるためポケモンの場合のみ複数体との婚姻も可としている……らしい。

 そして複数体どころか、パーティ全員とそういう関係になりかけている男が今ここにいるわけで。

 実際のところ法律的には合法だろうと、傍から見れば相当にアレなのは自覚しているわけで。

 

「前にわたし、言ったよね?」

 

 ―――そうだネ、まだいいや。物事には順序ってもんがあるさネ。

 

 二年も前のこと、リーグ戦の途中での出来事を思い出す。

 あの頃の自分はまだ仲間たちから向けられる感情を持て余していた。

 それに、他にもたくさん考えること、やらなければならないことがあって。

 

「もう大丈夫だよね?」

 

 けれどそれもようやく終わって、感情にも整理がついて、理解できるようになった、受け入れるだけの余裕ができた。

 エアを受け入れ、シアを受け入れ、シャルを受け入れ。

 

「にひひ……ね、わたしね」

 

 そうして。

 

「あなたが好きだよ、ハルト」

 

 囁く声に、返す言葉も無く顔を覆った。

 

 

 * * *

 

 

「突然呼び出してしまって悪かったのう」

「問題無いわ……それより、久しぶりね、オーキド博士」

「What's up doctor! お久しぶり、博士!」

「おお、ヒカリも元気じゃったか?」

 

 目の前で自身の相方の頭に手をのせて人の好い笑みを浮かべる老人に苦笑しながら財布から適当にお札を出して相方に渡す。

 

「ヒカリ、これで適当に夕飯買ってきてくれる?」

「Uh huh? 私が選んで良いの?」

「良いわよ、好きなの買ってきなさい」

「get it! それじゃ行ってくるね!」

 

 元気良く飛び出していく後ろ姿を見送り、その背が夜の街に消えたのを完全に見てから再び老人……オーキド博士へと向き直った。

 こうして面と向かって会うのは本当に久しぶりな気がする。

 

「確かレッドがチャンピオンになって一回全員でマサラタウンに戻った時以来、だったかしらね」

「そうじゃな、レッドはそのまま『シロガネやま』に行ってしもうたし、グリーンは今はワシの研究所で助手を、そしてお前さんはヤマブキのほうで就職したしのう」

 

 見事にバラバラになってしまったものだ、元は同じマサラ出身の三羽烏だったのに。

 だがそれもう当然と言えるだろう、全員で同じ日にトレーナーとなり、ポケモンを得て、そうして同じようにバッジを集め、同じリーグに参加し、そして上と下に明確に別たれた。

 レッドはカントーの頂点に立った。グリーンはそんなレッドへの再戦を誓いながらも博士の研究所で助手をしながらもう一度最初からポケモンのことを学び直している。

 そしてレッドやグリーンほどトレーナーという職に拘りを持っていなかった自分は手持ちの大半を博士の研究所に預けてヤマブキで就職した。

 去年突然ヤマブキの自宅にレッドが訪ねてきた時は驚いたものだったが、一緒に連れてきたヒカリの存在にはもっと驚かされたものだった。

 

「それで、そんな昔話するために呼び出したわけじゃないわよね?」

 

 オーキド博士には恩がある。旅立ちの日にパートナーとなるポケモンをくれたのは目の前の博士であり、ポケモン図鑑やその他色々役立つ道具をくれた、トレーナーとしてのブルーを大きく手助けしてくれた恩。

 それが無ければ結果は変わっていたとは思わないが、けれど道中の旅はもっと厳しい物になっていただろうことは明白だった。

 だからこそ、突然の呼び出しにも応じはした。

 

 それでもブルーとてもうれっきとした社会人なのだ。

 

 明日もまた仕事があるし、そのためにそろそろ家に帰らなければならない。

 ヤマブキとタマムシの距離はそう遠いわけではないが、時間的にはいつもより幾分か遅い帰宅になることは明白だった。

 

「ああ、すまん……そうじゃな、実はちと頼み事があってな。一つ頼まれてくれんか」

「……頼み事?」

 

 昔ならともかく、今のブルーにできることというのはそう多くない。

 オーキド博士がどれだけ凄い人物なのか、昔はともかく今となっては理解せずにはおられず、そんなオーキド博士が今更自分に頼み事とは一体何なのだろうか、そう考えて話の続きを促し。

 

「……実はのう」

 

 そうして告げられた言葉に、目を丸くした。

 

 

 

 




ブルーブルー①と併せて使った英語の意味ここに載っけとく。
スラングみたいなのも含まれてるので、厳密には、とか言われても知らん、これは英語じゃない、ポケモン世界に英語なんて無い、つまり『ヒカリ語』だ、とでも言っておく。



ヒカリ語辞典

roger that! 了解

awesome! 素晴らしい、カッコイイ、最高、超いい、すげえ、ヤバい

all right! 問題ない、大丈夫

What's up? 最近どうしてる?

Hey What's up homie? やあ、元気?

get it! よしきた

I don't care. 構わないよ

uh huh うーん、へー





これで四人目……大丈夫? ハルトくん、まだあと3人いるよ???
目指せ七股……いや、やっぱ最低系主人公じゃね? こいつ。


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黄色いマスコット枠決定戦……黄色?

一週間前に9割書き終わってて投稿したと思い込んでた(
実際はまだ少しだけ書き足りて無くて慌てて書いたんだが……。
俺は何をやっているのか俺自身も良く分からない。


 

 

 彼の周囲には多くの人やポケモンがいる。

 誰も彼もが魅力的な存在であり、比較してみれば自分が余りにも劣っていることを意識せずにはいられなかった。

 

 それでも、好きだった。

 

 好きなのだ。

 

 その感情だけはどうしようも無い。押し殺そうとしても押し殺しきれない。

 抑えようにも抑えようがない。

 それは自分だけでなく、昔から一緒だった彼女たちもまた同じであることを知っていたからこそ、余計に焦る。

 それでも未だに恋や愛に惑う自分の主に、それを押し付けることを良しとしなかったのは、ひとえにそれをすれば後悔すると理解していたからだろう。

 

 だから待った。ずっと待っていたのだ。

 

 最初は五年待った。

 そうして彼はようやく一人目を受け入れた。

 ややなし崩しのような感じもあったが、それでも彼はようやく一歩進んだのだ。

 それでもまだ惑っていた、軸の定まらない独楽のようにフラフラと心が揺れ動く彼にその思いを告げるのは余りにも酷であり、だからみんな待っていた。

 

 そうして更に二年待った。

 

 計七年である。

 それだけの時を費やして彼はようやく人並みの感性を持った。

 そう、人並みだ。

 普通の人のような好悪の感情をようやく彼は持ったのだ。

 だが同時にそれは不安でもある。

 

 自身が周囲の少女たちと比べても劣っていることを自覚している。

 

 背も低く、体系だって子供っぽい。

 いつも人を振り回してばかりだし、さらに言えばそのことで彼に迷惑をかけることも時々ある。

 それでも好かれているのは分かる、結ばれた絆が、繋がれた思いがそれを教えてくれる。

 大切に思われている、でもそれは……。

 

 それは……どんな意味でなのだろう?

 

 チークという名の自身が主である彼に向ける感情は紛れもなく恋だった。

 

 なら主である彼が向けてくれるこの好きの感情は、一体どんな意味なのだろう。

 

 結ばれた絆は、繋がれた思いはそれを教えてはくれなかった。

 好きという言葉に秘められたその意味を、ずっと考え続けていた。

 七年の時を得て、自分はその感情を彼に告げることができるようになった。

 けれどいざそれが可能となれば、今度は怖くなった。

 

 本当に告げて良いのだろうか?

 

 客観的に見て、自分という存在に女性的な魅力が欠けていることを自覚してしまっているから。

 そしてヒトガタという存在の性質上、自分がこれ以上成長することが無いことを理解してしまっているから。

 自分という存在が彼にとってただの家族に過ぎないのだとすれば、この好きが親愛の意味の好きでしかないのならば。

 

 自分の抱えるこの感情は禍根にしかならなかった。

 

 いつも茶化してばかりで、本当のことなんて何も言えなくて。

 ずっと溜めて、溜めて、溜め込んで。

 気づかれないようにしている。だから気づかれない。

 当たり前のことであり、当然の話である。

 

 それでも気づいて欲しいと願って、でもやはり気づいて欲しくないとも思っている。

 

 自分の抱える矛盾をけれど笑みを張り付けた表情で誤魔化して。

 突きさすような胸の痛みをおちゃらけた言動で覆い隠して。

 

 気づかないで/気付いてお願い。

 

 何も知らないままでいて/全部知って欲しい。

 

 本当を隠して、嘘を吐いて。

 誤魔化して、隠して。

 茶化して、無かったことにする。

 そんな自分に思わず自嘲し、後悔する。

 それでも本当を言う勇気が持てなくて、また隠す。

 

 きっとあの家で一番臆病なのは()なんだろう。

 

 シャルなんかより、()のほうがよっぽど臆病者だった。

 

 それでも今日も気づかれないことを、隠しきれたことを安堵してしまう自分がいて。

 そんな自分を心底嘲っている自分がいる。

 

 ああ、苦しい、苦しい。

 

 助けてと一言告げることができればどれだけ楽だろう。

 それでも口から出る言葉は嘘ばかりで。

 知ってか知らずか、彼はそんな()の言葉に騙されては()の言葉を揺らすようなことばかりで。

 

 だから、思わず出てしまったのだ。

 

 ()()()と。

 

 彼をその名で呼んだ。

 いつも()()()()()()()()()()()ように。

 つい出てしまった一言に驚く彼に咄嗟に誤魔化しはしたが、内心は動揺でいっぱいで。

 

 だから隠しきれなかったのだろう。

 

 後から考えれば本当に勢い任せだったと思う。

 

 それでも。

 

 

「あなたが好きだよ、ハルト」

 

 

 ()はもう取り返しのつかない一言を言ってしまったのだ。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚まし、そこが自分の家で無いことに少しだけ戸惑った。

 ホテルに泊まったことを思い出して、窓の外の光景を見てまた戸惑う。

 明らかにホウエンではないその街の光景に一瞬呆然として、そう言えばカントーに来ているのだと思い出す。

 ふと部屋の中を見やれば、二つ置かれたベッドはすでに両方がもぬけの殻だった。

 

 一つは自分の寝ていた物。

 

 もう一つは。

 

「……チーク、もう起きてたのか」

 

 部屋の中に少女の姿は無い。

 昨日の夜の出来事を思い出して少しだけ顔が熱くなる。

 僅かに目を細め、数秒黙するが、やがて嘆息して洗面所で顔を洗う。

 ばしゃり、と冷たい水が頬の熱を奪っていき、少しだけ冷静になる。

 

「……あーもう。分かってただろうに」

 

 鏡を見て、寝ぐせが立っている髪をガシガシと掻きながら嘆息する。

 そう、分かっていたはずなのだ。

 エアも、シアも、シャルも、同じことを言ってきた。

 チークも、イナズマも、リップルも同じなのだと知っていたし、分かっていた。

 でも知っていながらちゃんと答えられなかった。

 

「……分かってた、はずなんだけどなあ」

 

 絆が、思いが、それを伝えてくれる。

 そもそもリップルに示唆はされていたし、分かっていた……つもりだったのだが。

 

 印象、というものがある。

 

 チークに時折随分と大人びた印象を受けることはあった……が。

 それでもやはり常日頃の子供っぽくパワフルで、周りを振り回す元気いっぱいな姿が強く印象付いていて。

 そんな少女に振り回されながらも、けれど同時に微笑ましく思っていた。

 

 そして、だからこそ……昨日の夜に見せた少女の見せた『女』に、酷く動揺してしまった。

 

 イメージと違った、と言えばそれまでだが。

 子供のようだと、そう思っていた少女に不覚にも()()()としてしまった自分に何よりも驚いてしまった。

 

 妹のように、というなら確かにシャルもそうだがチークはそれ以上に幼く見えるだけに余計に、だ。

 そんな少女に伝えられた言葉に、垣間見えた仕草から感じた物に、動揺してちゃんと答えられなかった。

 自分からすればそうでも、けれど少女から見た時、果たしてそれはどんな風に見えるのか。

 

 ―――ごめんネ、忘れて欲しいヨ。

 

 そう謝った少女の顔が脳裏に焼き付いた。

 しまった、と自身の失敗に気づいた時にはすでに遅く、伸ばした手をすり抜けるように少女の来た道を戻っていく。

 そうして自身が戻ったその時にはすでに部屋で眠っていた。

 起こそうかとも思ったが、けれどそれも忍びなく。朝起きて話せば、とも思ったがこの様である。

 

「何やってんだ俺……」

 

 本当に何をやっているのだと言いたくもなる。

 格好悪すぎる。正直殴られても仕方ないくらいに馬鹿なことをした。

 

「だってあんな……なあ?」

 

 誰に向かって言ったのかも分からない言葉が口から洩れて。

 

 ―――あなたが好きだよ、ハルト。

 

 そう告げる少女の表情を思い出して。

 

「あんなの反則だろ……」

 

 もう一度ため息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 フィールドの上を小さな二人の少女が走り回る。

 

 互いのその全身から僅かな電流を発し、弾けた電気がぱちん、ぱちんと小さく音を立てる。

 ぐるぐると円周に沿って走る二人は、けれど決して遊んでいるわけでもない。

 

 互いの狙っているのだ、一瞬を。

 

 二人とも小柄な身で素早く動いて相手を攪乱するタイプだからこそ、状況が拮抗する。

 先に手を出せば手痛い反撃をもらう、それでも手を出すならそれ以上のリターンが得られるチャンスを待つ必要がある。

 その一瞬は未だ来ず、傍から見れば二体のヒトガタがフィールドを追いかけっこしているようでもあった。

 

「チッチッチッチ……ってネ」

「Holy cow! 冗談でしょ?!」

 

 その追いかけっこがいつの間にか一方的になっていることに気づく。

 フィールドを走るチークがいつの間にか少女の背を取っていた。

 互いの走る速度からすれば振り向くために一瞬でも足を緩めればそのまま接触されるだろう距離。

 少女……ピカチュウのヒトガタたる少女もまたそれに気づき、驚きの表情を浮かべる。

 フィールドは平地故に地形を利用して躱すというのも難しい。

 先手はもらった、その確信が心の内で芽生え。

 

「ヒカリ!」

「all right!」

 

 トレーナーである茶髪の少女の声に応えるかのように、ヒカリと呼ばれた少女が体を傾けて。

 

「は?!」

「え?!」

「I can do it!」

 

 そのまま前に向かって体を倒し、ハンドスプリングでぐるりと一回転、回転中に体を捻って前後を逆にして着地する。

 

「軽業師かよ!?」

「このまま行くネ!」

 

 進む、と振り返る、と一度にやってのけた少女とチークの距離が僅かに開く。

 もしチークが一瞬でも驚いて足を鈍らせていたらその僅かな時間差で相手の態勢が整ったかもしれないが。

 

「こっちだってもう慣れっこさネ!」

 

 躊躇なく、飛び込むようにチークが少女へとぶつかっていく。

 迸る電撃がそれが一つの技であることを示し。

 

「あ、いた、いたたた、痛い!」

「それ、ついでにもういっちょさネ」

 

 先ほどよりもさらに威力の高まった電撃を纏いながら抱き着いた少女の腹を蹴ってくるりと一回転。

 先ほど少女のことを軽業師と言ったがこっちも大して変わらないかもしれない。

 

「やっぱり経験の差が大きいな」

 

 同じヒトガタ同士、さらに互いの種族的に考えると似たような能力をしている。

 それでもチークのほうが一歩先んずるのは単純に巧いからとしか言いようが無い。

 

「にしても……凄いな」

 

 さすがタマムシ大学というべきか、フィールドの一歩外側に設置された機器の数々を見ればもう、そう呟くしかない。

 ポケモンバトルをするわけでもないのに、データ取りのためだけに最近になってこれだけ広いフィールドが設置されたというのはそれだけ携帯獣学が重視されてきているということの証左でもある。

 このフィールド以外にもポケモンのためだけに作った施設というのはいくつもあり、見た限りでは世界で最も設備が整った環境と言えるかもしれない。

 

 午前中の内に『博士号』の取得は終わった。

 まあ『ヒトガタの研究』というのは特に行き詰った類の研究テーマであり、最大の難関である『ヒトガタの所持』という点で自分よりも上の人間がいるはずも無く、割と簡単に認められた。

 まあ実際にはこれからある程度の研究成果を見せなければ『博士』としては認められない、現状の自分では精々自称『博士』であるのだが、とにかく『研究者』としての第一歩はこれで踏み出せたと言っても良いだろう。

 

 そうして『研究者』の仲間入りを果たしたので、タマムシ大学の施設を一部借りることができるようになったのだが。

 

 ―――ちとデータ取りに協力してもらえんかな?

 

 というオーキド博士の頼みで、チークのデータを取ることになったのだ。

 

 なんでオーキド博士が、というと『ヒトガタ』を所持している研究者志望というのが珍しくやってきたらしい。

 当たり前だがノーアポでいきなり大学に行って『博士号』がもらえるわけではない。

 事前にある程度の研究レポートはまとめて申請と共に大学側に提出している。

 オーキド博士は特にこの分野における権威であり、どこからか『ヒトガタの研究』を志望し、さらに実際に『ヒトガタ』を所持している人間がいると聞いて興味を持ったらしい。

 

 ポケモン研究の第一人者として『ヒトガタ』という存在には当然ながらオーキド博士も多大な関心を持ってはいるが自身の研究がある中で、さらに難関と言われる『ヒトガタ』の研究にまで手を出すのは難しい。

 だが待てど暮らせど『ヒトガタ』という研究分野が進展することは無く、長い間謎に包まれていたことばかりの中でようやく現れた期待の新人(自分)である。

 ポケモン研究の最前線にいる身として、『ヒトガタ』という存在の謎が明らかになることを願っているし、そのためならば協力も惜しまないと言っていた。

 

 そうして実際に博士の知り合いの『ヒトガタ』を所持したトレーナーを連れてきたので、自分の連れてきた『ヒトガタ』と競合させデータを取りたい、というのが博士の申し出だった。

 

 一見すると得も無い申し出にも見えるが、オーキド博士の名を借りて行われる実験というだけで一種『箔』のようなものが付く。未だ実績も無く信用も無い自分からすればその利は大きい。

 後々を考えるとこの申し出を受けるのは大きなメリットもあるし、それ以上にデメリットが特に無い。

 強いて言うなら予定していたより少しホウエンに帰るのは遅れる、という程度の話だが、それにしたって精々一日かそこら程度の話だし、現状特に急いでいるわけでもない自分にとってデメリットにもならない。

 

 ついでに言えば、オーキド博士の連れてきたヒトガタ使いのトレーナーというのにも興味はあった。

 新人研究者ではあるが、その前に現ホウエンチャンピオンである。

 ポケモントレーナーとしてそこに興味を抱かないはずがなかった。

 

 そうしてデータ取り名目で始められた実験。

 

 相手はまさかの知った人間だった。

 

 否、正確にはこちらが一方的に知っている人間というべきか。

 世界的に有名なオーキド博士とは違い、ブルーと名乗ったその少女はホウエンでは全くの無名だろう。

 二年前のカントーリーグでかなり良い順位まで行ったらしいが、その優勝者のインパクトが強すぎて完全に霞んでしまっている部分はある。

 そもそも他所のリーグの……それも優勝したわけでもないトレーナーの名などその地方ですら一年か二年もすれば忘れ去られる程度の存在。

 とは言え自分の知る少女の知識はそう言った類のものではなく。

 

 少女を見て、その名を聞いた時、ある種の驚きを隠せなかったのは事実だ。

 

 ブルー。

 

 と言って自分はそれほどその名を深く知っているわけでも無いのだが。

 ポケモンの漫画に出てくるキャラの一人、という程度の知識は碓氷晴人は残念ながら実機派だったので漫画キャラについてそれほど深い知識は無い。

 とは言えオーキド博士に次ぐ原作キャラ、ということになるのだろう。

 しかも名前的に完全に主役キャラレベル。

 

 さらにその手持ちたるピカチュウのヒトガタ。

 

 どうやら昨日の二人組がそうだったらしい。

 チークから聞かされてはいたのである程度予想はしていたがいざ目の前にするとやはり驚きはある。

 だが問題はそこではない。

 

 先ほどから何度と無く覚える違和感……否、既視感と呼ぶべきか。

 

 フィールド上でチークと駆け引きをする少女の姿を見て思わず首を傾げる。

 あくまでヒトガタポケモンのデータ取りのため基本的にトレーナーの指示は無しだ。先ほどのブルーの叫びを指示とするのかどうかは知らないが、まあただの実験だしその辺は別に良いだろう。

 基本的にピカチュウというのは種族値的には『弱い』ポケモンに分類されるのだが、見ている限りでは動きが完全にエース向きというか、動けるアタッカーという感じなのだがそういう風に育てているのだろうか?

 正直パーティのエースにピカチュウを置いたポケモントレーナーなど一人しか知らない……の、だが。

 

「……ん?」

 

 ふと過った可能性、マジマジで見つめるフィールド上で走る少女。

 

 “しっぷうじんらい”

 

 ばちり、と紫電が弾け、その姿が一瞬加速し。

 

「うわわわわわわっとぉ!?」

 

 逆撃せんと急加速した少女だったが、持ち前の勘の良さでチークが間一髪避ける。

 というか、今の。

 

「……レッドの、ピカチュウ?」

 

 実験後明かされる衝撃の事実、その一時間前の話である。

 

 

 




ハルトくん最近面倒くさくなってない?
って書いてて思うけど、こいつまだ十二歳なんだよなあ。
かつてはホストの名で馳せたハルトくんだったが、あれは他意が無かったからこそ言えたものであって、邪念にまみれた今のハルトくんはただの恋愛弱者なんだ……。
いや、だって十二歳でもうイロコイの甘いも辛いも体験し尽くした恋愛マイスターとか逆に嫌だわそんな主人公。

あとずーーーーーっと昔にも書いてたと思うが、基本的にはヒロイン全員面倒くさい女だぞ。




全く関係ないけどイドラ始めました。
ステラちゃんかわゆすぎてのめり込みそう。


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言わなくても伝わるなんて幻想

 

 

 眠い目を擦りながら重い体を起こす。

 何だか最近調子が悪い、そんなことをふと思うが、けれど具体的にどこが、と言われると困るのだが。

 ただここ数日、不調がはっきりと自覚できるくらいまで強くなっている気がする。

 体が怠く、寝ても寝ても眠気が収まらない。

 熱っぽい……ような気もするのだが、他に風邪の症状などは出ていない。

 

「……ふぁあ」

 

 思わず漏れ出た欠伸を噛み殺しながらベッドから降り立つと部屋のカーテンを開き、外の景色を見やる。

 起床時間だけ見ればいつもと同じくらい、朝靄のまだ残るミシロの街並みは七年の間にすっかり見慣れた物であり、特にこれと言った感慨が浮かんだわけでも無いが。

 

「…………」

 

 今は家に居ない少年のことを思い、それに付いて行った少女を思い、二人がまだ帰らないことに少しだけ寂しさを思って。

 

「ふう」

 

 ため息一つ、まだ重い頭を軽く振って、窓を開く。

 途端に流れ込んでくる冷たい空気。ホウエン自体は南のほうで割と温暖な気候にあるとは言えもう季節はすっかり冬だ。

 シンオウなどよりは随分とマシとは言え、寒い物は寒い。

 特に寒いのが苦手な自分としては余り歓迎できる季節でも無いのだが。

 

「んー」

 

 それでもまだこのくらいなら平気だと窓から手を伸ばす。

 見上げた空は薄っすらと暗く、けれど遠くから僅かに顔を覗かせた陽光が差し込んで薄っすらと明るい。

 雲も無く、空の青さと朝焼けの赤で彩られた美しい空を見つめ。

 

「うん」

 

 何時ものように窓縁を掴み、空へと舞いあがらんとして。

 

「……えっ」

 

 ふっ、と途端に全身の力が抜けていく。

 

 ふらり、とそのまま体が傾いて。

 

 とん、と崩れ落ちた体を床に敷かれたカーペットが優しく受け止める。

 

「あ……え……」

 

 言葉を紡ごうとして、唇だけが動き、けれどそこから言葉が出てくることはなく。

 

「……は、る」

 

 誰かの名前を呼ぼうとして、そのまま倒れた。

 

 

 * * *

 

 

「はー……走った、走った。くったくただヨ」

 

 ホテルのベッドの上でぐだーと手足を投げ出して蕩けているチークを見やりながらお疲れと声をかける。

 

「オーキド博士も喜んでたよ、ヒトガタのデータなんて貴重だからな」

 

 毎年のように新しく発見はされてはいるのだが、それでも絶対数が少なすぎる。

 6Ⅴ限定という条件が厳しすぎるのもあるのだろう、単純な確率で考えるならば存在自体が奇跡の塊である。

 それこそ意識的に『繁殖』でもさせない限り絶対数が増えることは早々無いだろうと言える。

 そしてヒトガタは例外なく強い。

 

 この世界のポケモンバトルは実機よりも随分と()()()()

 ただ種族的に強いポケモンを揃えれば勝てる、というものでも無く、実機では『使えない』とされているようなポケモンだろうと育成と戦術次第でいくらでも()()()ことができる。

 そして才能というのは育成の幅を圧倒的に広げてくれる。詰め込める容量(リソース)は才能に大きく左右される以上、どんなポケモンだろうとヒトガタ(6Ⅴ)であるというだけで重要な戦力となり得る可能性を秘めている。

 そんな世界だからこそ、トレーナー業に携わらない研究者がヒトガタを入手する機会というのは皆無に等しい。

 だからこそ、ヒトガタのデータを手に入る、というだけでオーキド博士以外にも多くの研究者が集まっていた。

 

 あのピカチュウのヒトガタとのバトルの後も実験は続き、取れそうなデータはだいたい取ったと言える。

 因みにプライバシーになりそうな部分は削除してもらっておいた。長年人間と共に暮らすヒトガタの感性というのは人間に近い物であるというのを説明すれば割とあっさり通った。

 正直研究者というのはもっとマッド……というかヒトデナシというか、探求心に忠実なイメージがあったのだが。

 

 ―――いや、ポケモンの研究してるのに協力してくれるポケモンの事情や都合を無視するのはちょっと……。

 

 という極めて分かりやすい返答をいただいた。

 後は単純にヒトガタは外見的に人間らしい分、倫理観のようなものもあったのかもしれないが。

 まあそれはさておき、そうして実験実験実験の連続で、気づけば日も暮れていたのでホテルに戻って来た。

 

「チーク……飯だぞー?」

「あーい」

 

 枕に顔を埋めたまま返事をするチークに呆れながらもホテルに備え付けのテーブルに帰り道に買ってきた弁当を適当に並べる。

 基本的に買い食いならともかく、外食というのは余りしないのでタマムシに来た時は街の街路で売っているジャンクフードなど普段食べない物珍しさも手伝って割と楽しく食べていたはずなのだが、二日目、三日目となるとどうにもこの万人受けする味わいが味気なく感じられてしまう。

 

「うーん……帰りたくなってきたな」

 

 シアの作るご飯が恋しくなってきたと思える辺り、我が家の台所事情におけるシアの貢献ぶりが伺える。母さん直伝だけあって、毎日食べても食べ飽きないお袋の味である。

 もそもそと買ってきた夕飯を食べ終え、お茶で流し込むとほっと一息。

 まあそれでも腹に溜まる物が溜まればそれなりに落ち着きもする。

 

「チーク」

「……あーい」

 

 未だにベッドから起き上がってこない少女に声をかければ、先ほどより眠そうな返事。

 少しだけ考えて、仕方ないか、と嘆息する。

 

「お前の分、冷蔵庫入れとくから起きたら食べとけよ?」

「…………あい」

 

 聞いているのかいないのか、半ば夢の中のチークを他所にシャワーを浴びて寝巻に着替えてしまう。

 少しだけテレビを見て時間を潰し、まだ随分と早い時間ではあるが寝てしまうことにする。

 

「……エアたち、どうしてるかなあ」

 

 呟き、目を閉じると日中の疲れもあったのか、すとん、と意識が薄れていった。

 

 

 * * *

 

 

 ごそごそと、体を揺らしながらベッドから這い出す。

 シンと静まり返った部屋の中で、かち、かち、と時計の秒針が時を刻む音だけが響いていた。

 

「……寝てる」

 

 ふと視線を隣のベッドに向ければ少年はすでにぐっすりと眠っており、起きる様子を見せない。

 次いでかちかちとうるさい時計を見やれば夜を過ぎて最早深夜と呼んで差し支えないくらいの時間だった。

 

「お腹……空いた」

 

 呟きながらのそのそと歩き、壁際に二つある電源スイッチの片方を入れれば部屋の手前側に明りが点く。

 奥で眠る少年のほうにも僅かに明りが射しているがまあこれくらいは勘弁して欲しいと思いながら部屋を見渡し。

 

「そう言えば……冷蔵庫って言ってたっけ」

 

 冷蔵庫を開ければ帰り道に買ってきた弁当と後はホテルに備え付けの飲み物が何本か。

 飲むと後で料金を支払わなければならないやつなので、少年は手を付けていないらしい。

 まあそもそも飲み物くらいホテルの自販機でもあるし、帰りに買ってきた分もあるので別にそんな物にわざわざ手を付けたりしないのだが。

 テーブルの上に広げた弁当をもそもそと食べる。

 

「……冷たい」

 

 冷蔵庫で冷えているせいで余計に味気なく感じる。

 さらに言うならテーブルに独りという状況に鬱々としてくる。

 眠くても起きて少年と共に食べれば……と考えて。

 

 それもどうかなあ、と考え直した。

 

 そもそも昨日の一件のせいでどうにも調子が出ない。

 朝から忙しくてそれを意識する暇も無かったが、けれどこうして落ち着いてみるとやはり胸の奥がじくじくと痛みを発する。

 視線を向け、ベッドの上で眠る少年を見つめ、胸の痛みが強くなる。

 

「……やっぱり、好きだよ」

 

 口にして、また胸が痛くなる。

 泣き出しそうになる胸中を必死に堪えて、弁当の残りを掻きこむように詰め込む。

 そうして手元に置いた缶を引っ手繰るように掴み、ごくごくと勢い良く中身を飲み干して。

 

 感じた苦味に硬直した。

 

「……あれ?」

 

 確か買ってきた時は甘い系の飲料(ジュース)だと思ったのだが。

 疑問を浮かべ、缶を注視して。

 

 アルコール飲料。

 

 書かれた言葉に思わず「あっ」という言葉が漏れた。

 

 

 * * *

 

 

 チークという少女の根底にあるのは劣等感から来る『不安』だった。

 

 自分よりも強く、そして魅力的な少女たちが回りいること。

 比して自分は弱く、そして少年に好かれるような魅力など無い。

 

 そういう劣等感が常にチークの中にはあった。

 普段の陽気はそんな劣等感の裏返しでもあり、ともすれば鬱々としてしまいそうなそんな思考から目を背けるための物でもある。

 そして自分が余りにも無い物ばかりだからどうしても『不安』を抱いてしまうのだ。

 

 自分はここに居て良いのだろうか、と。

 

 それでも昔と比べれば随分とマシになったのだ。

 少なくとも、弱さに対する劣等感は随分と薄れた。

 何せ最愛の主が自らを選び、そして頂点へと連れて行ってくれたのだ。

 

 ―――なんでも良い、自分にはこれがある、そうはっきり言えるものが欲しかった。

 

 一番であることはつまりその証明でもあった。

 ホウエン最強のトレーナーの最高の一番手。

 主が与えてくれたその肩書はチークの劣等感を薄れさせてくれたし、ちっぽけな充足感を与えてくれた。

 

 少しだけ……ほんの少しだけ、自分に自信が持てたのだ。

 

 ポケモンとして考えるならば(おおよ)そ最高の境遇であると言えるだろう。

 だが……だからこそ、一つ満たされてしまったからこそ。

 

 覆らないもう一つの劣等感が浮き彫りになった。

 

 努力すれば強くなれた前者とは違う。

 ヒトガタは成長しない……正確に言えば、最初の姿から大きく変わらないし、変われない。

 十年経とうと、二十年経とうと、チークは今の姿から大きく変わることはできない。

 大して少年は一年、どころか日を追うごとに変わって行く。

 最初に出会った時、ほとんど変わらなかったはずの背丈はいつの間にか大きな差ができてしまっていて。

 幼い子供と比べて大きすぎた仲間たちもけれど十年もしないうちに少年と肩を並べて歩くようになってしまうのだろう。

 その時を想像し、その隣にいる自分を想像し、その余りにも酷い光景に絶望したくなる。

 

 それほど差が無かったはずのエアは、少しだけ伸びて今や十二、三歳程度の背丈はある。

 果たしてそれはそれで特殊趣味と言えるのかもしれないが、少なくとも少年はそれを受け入れた。

 じゃあチークは?

 それよりもさらに……パーティの中でも最も小柄なチークは、果たして少年に受け入れてもらえるのだろうか?

 

 そこで受け入れてもらえるなんて、考えられるならば……そんな劣等感は抱いたりしなかった。

 きっと大丈夫なんて、楽天的な思考ができれば、きっとここまで懊悩することも無かった。

 

 悩んで、悩んで、けれど気持ちは止めどなく溢れ出す。

 我慢して、我慢して、それでも日増しに思いは膨れ上がる。

 気づいて欲しい、けれど気づいて欲しくない。

 知って欲しい、けれど知られるのが怖い。

 

 矛盾した心を隠しながら、笑みを浮かべて日々を過ごしてきたチークにとって、昨日の出来事は一つの転換点だった。

 

 その結果も含めて、だが。

 

 

 * * *

 

 

 体にかかる重さで意識が半覚醒する。

 まるで金縛りにあったかのように、体は動かず、意識だけがはっきりとしていく。

 ぴくり、と動く目元。視線をふらふらと彷徨わせながら感じる重さの正体へと向けて……。

 

「……ちーく?」

 

 覆いかぶさる小さな体躯の少女に名を呼ぶ。

 けれど呟きに少女は答えることも無く、真っ暗な部屋の中、薄っすらと夜目に映る少女はきゅっと自身の被っていた布団を掴んだ。

 

「……いひっ」

 

 歪な嗤い声をあげながら、少女がその手を伸ばし、自身の頬に触れる。

 

「チーク?」

 

 再度、先ほどより少ししっかりと名前を呼べば。

 

「はるとぉ~えへへ」

 

 ()のある声が目の前にまで近づいてくる。

 同時に気づく、目の前の少女の吐息から香ってくるこの匂いは……。

 

「酒臭っ……チーク、酔ってんの?!」

 

 感じるアルコール臭に思わず体を起こそうとして。

 

「だ~めぇ~」

 

 もたれかかる少女の重さで押し戻される。

 そのまま少女が頬の当てた両の手をさらに奥へと伸ばし、首へと回される。

 さらにぐっと近づいた距離。そうして。

 

「っ」

「うふふっ」

 

 一瞬押し付けられるように触れ合った唇、その一瞬を逃さず口内へと割って入った少女の舌に、思わず逃げ出そうとして、けれど回された少女の両の手ががっちりと掴み離さない。

 

「お、おま……」

「は~る~と~♪」

 

 窓にかけられたカーテンの隙間から僅かに差し込む月明りが少女の顔を照らす。

 赤く染まり、視線もふらふらと泳いでいて、それでいて楽しそうに、けれどどこか哀しそうな、少女の表情を。

 

 にぃ、とその口元が弧を描き。

 

「今夜は寝かせないヨ?」

 

 呟きと共に覆いかぶさった。

 

 




酔った勢いでつい犯っちゃった……みたいな展開意外と好きです。

あとホテルで独りコンビニ弁当食べてる時の寂寥感は割と半端ない。

因みにこの後のアレやコレ(隠語)はこっちには書かないけど、あっち(意味深)で久々に更新される予定(ゲス顔


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食後に飲む一杯の珈琲は格別

 

 ちゅんちゅんと外を飛ぶオニスズメの鳴き声で意識が覚醒する。

 薄っすらと目を開くと同時に胸のあたりに感じる重さにゆらゆらと視線を彷徨わせ。

 

 そこに眠る全裸の少女の姿を見て、硬直する。

 

「……あ、あー……ああ……うん、ああ」

 

 何故、という言葉が出かかって思い出したのは昨夜の出来事。

 掛け布団から抜き出した右手で思わずと言った感じに顔を押さえ。

 

「……やっちまった」

 

 むしろやられた、というべきなのか。

 最初は少女のほうから……けれど最後のほうにはどちらともなく。

 それよりも問題は。

 

「……ここラブホじゃねえんだけどな」

 

 ()()をしてしまったベッドシーツをどうするか、それが問題だった。

 

 

 * * *

 

 

 探偵業に休日は無い。

 いつ何時事件があるとも分からない身の上で、いつ依頼があるとも分からぬ状況で、呑気に休日を謳歌することはヴィオには許されていない。

 故に本日は営業日である。昨日もそうだったし、ここ一週間ずっと……寧ろこの探偵事務所を開業してから一度だって休んだことは無い。つまり皆勤である。皆勤……尊い言葉だと思う。

 この言葉を裏切るような真似をヴィオは一度だってしたことは無い、それは自慢でもある。

 

 そう、だから。

 

「先生……事務所の掃除の邪魔だからちょっと出かけてきてください」

 

 朝からこんなことを言われたとしても、挫けない……挫けないのだ。

 

「掃除……それは朝食の後に飲む一杯の珈琲よりも大事なことなのかい?」

 

 人間という生物はとかく面倒なもので、食べた後すぐに運動することは推奨されない。

 何より食後の一服というのは一種の至福である。

 食べ終えた満足感、そしてゆったりと過ごす充足感の両方を手に入れることができる。

 そこに熱い珈琲など持ち寄れば……それは最早言葉で言い表すことのできない幸福だろう。

 

「はいはい。分かりましたからとにかくどいてください……ついでに買い物行ってきてください」

「まあ待ちたまえよ……今は営業時間だよ? 事務所の主がいなくてどうするんだい?」

 

 もし依頼者が来たら一体どうするつもりなのか。どんなヴィオの問いに、けれど目の前の少女は嘆息して返す。

 

「依頼人なんて……一週間、どころか一か月以上も来てませんけどね」

 

 ジト目で見つめる少女の視線に僅かにたじろぎながらも、ヴィオは乾いた笑みを返す。

 

「さて……そんなこともあったかな? まあでも今日辺り来るかもしれないし」

「良いから、早く、出て行って、ください!」

 

 告げながら腕を引かれ、そのまま事務所の外に放り出される。

 直後、背後でばたん、と扉が閉まり……。

 

「おーい……セレナ? セレナさーん?」

 

 呼べど待てど少女、セレナの反応は無く。

 

「……やれやれ、年頃だねえ」

 

 苦笑し、起き上がる。

 コートの内ポケットからシガレットを一本、それからライターを取り出し火を点ける。

 口に加えたシガレットから流れ込む煙を堪能しながら。

 

「おーさむさむ……」

 

 呟き、肩を震わせながら歩き始めた。

 

 

 * * *

 

 

 朝靄が残る街中をチークと二人並んで歩く。

 

「……寒い」

「さささ、寒いネ」

 

 二人して体を縮こまらせ、手を擦り合わせる。

 少し暖かい気がしたが、それ以上に寒い。僅かにビルの間を抜けてくる風がびゅんと吹くたびに体が凍えそうになる。

 ホテルを出る直前に風呂に入ったせいで余計に寒さが身に染みる。

 

「ちくしょう……どうせ昼までの辛抱なんだ、どっか適当な店入ろうぜ」

「さささ、賛成だだだだ、だヨ」

 

 寒さのあまり言語がバグったチークを連れて目に着いた喫茶店に入る。

 からんころん、とベルが鳴ってやってきた店員に案内されて窓際の席に着く。

 暖房の効いた店内に腰を据えたところでようやく落ち着く。

 

「……はあ、寒かった」

 

 未だにぶるぶると震えるチークだったが、それでも外よりも随分とマシだったのかこくこくと頷きながら椅子にぴょこんと座る。

 店内を見ればまだ朝早い時間のためかガラガラで人は少ない……というか俺たち以外に、カウンター席で珈琲片手に新聞を読んでいる人が一人いるだけだった。

 暖かさに少し落ち着いたのでメニュー表を広げて見ていると、注文を受けに店員がやってきたので二人分珈琲と軽食を注文する。

 

「他にも何か食うか……」

「もうアチキお腹ぺこぺこだヨ」

 

 まあしっかりと()()したからなあ、と内心でくだらないことを考えていると、一瞬チークの目がすっと細まる、まるでこちらの考えていることを見透かしたかのような不敵な笑みに、思わずたじろいでしまった。

 少しして店員が珈琲を持ってきたのでミルクをたっぷり入れてかき混ぜる。

 ブラックでも飲めなくはないが、正直後で胃が痛くなるのでミルクは必須だった。

 カップの中で混ざる黒と白が白っぽい茶色に変わったところでかき混ぜる手を止めてカップに口を付ける。

 まだ熱いカップが冷えた手を温めてくれて、じんわりと熱を帯びていく手に熱さを感じながら喉の奥へと流し込まれた珈琲が胃の中に落ちて体の芯から暖まっていくような感覚がした。

 

「……ふぅぅ」

 

 吐き出した大きなため息はけれど安心から漏れ出た物であり、対面の席に座るチークもミルクとシュガーをどばどば入れて飲んでは蕩けるような表情を浮かべていた。

 しばらくそうして温まっていると、やがて店員が軽食を持ってくるのですっかり空になった珈琲のお代わりを注文する。

 

「……おお」

「おおおぉ」

 

 店員が置いて行った皿の上に載っていたのはハムや卵、トマトにチーズと言ったオーソドックスなホットサンドだった。

 寒い日に食べるならサンドイッチより良いかもしれない。適当に頼んでしまったが良いチョイスだったと思う。

 

「あちっ」

 

 早速と言わんばかりにかぶりついたチークが中から出てきた熱々のとろとろチーズの熱に思わず悲鳴を上げるが、けれど熱かろうと美味しい物は美味しいと言わんばかりに熱い熱いと零しながらもぱくつく。

 あっという間に皿の上が空っぽになる、と同時に店員が珈琲のお代わりを持ってくる。

 計ったようなタイミングというより計っていたのだろう。

 食後の一杯に飲む珈琲は格別だった。ほっとする、というか安心感のようなものがある。

 先程よりも少し熱いのもゆっくりと飲むための采配だと考えれば心憎い。

 

「ああ……お腹いっぱいだわ」

「アチキも」

 

 成長期とは言え、まだこれからの自分やどう見ても子供なチークではさすがにこれ以上は入らない。

 一息吐いて、ちらりと周囲を見やれば、置いてあるクラシカルな柱時計がぼーん、と一つ鳴った。

 

 午前九時。

 

 本日でカントーを出てホウエンへと帰るわけだが、ホウエン行きの船が出向するのは昼過ぎなのでまだ四時間以上の間がある。

 クチバ行きの飛行便に乗れば物の三、四十分でタマムシからクチバまでたどり着けることを考えれば十二時前後くらいが限度だろう。

 

「時間あるけど、どこか回ってく?」

「あー……できればどこかで休みたいかナ?」

 

 いつもアクティブなチークが、珍しくそんなことを言うので目を丸くしてしまう。

 

「どこか悪いのか?」

「あ……えっと……その」

 

 少し気恥ずかしそうに、頬を赤らめて。

 

「ちょっと歩き辛くて……その、昨日のアレで……ね」

 

 思わず小声になってしまったそんな言葉をけれど確かに耳にして。

 

「……あ……ああ……あーっと」

 

 一瞬間を置き、理解する、と同時にこちらまで気恥ずかしくなってくる。

 ちらり、と視線をずらせばこちらを見ている人間は居ない。正直見られたら恥ずかしさの余り逃げ出す自信があるので良かったと言うべきか。

 

「…………」

「…………」

 

 気まずすぎて何を話せばいいのか分からなくなり、結局無言。

 手慰みに空になった珈琲カップを持ちあげては戻し、あげては戻し。

 一体何をやっているんだろうと思わなくも無かった。

 

「「あ、あの」」

 

 意を決し、声をかけようとした瞬間、同じようにこちらへと口を開いたチークと台詞が被り、再び黙りこんでしまう。

 

「…………」

「…………」

 

 店員がカップを拭く、きゅっきゅっ、という音だけが店内に響き。

 

 誰か何とかしてくれ、と思わずため息を吐き、視線を外へと向けた、瞬間。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 ―――何だこの空気。

 

 事務所を追い出され、仕方なく街中をぶらついていたは良いが、余りの寒さに耐えかねて行きつけの喫茶店でブレイクタイムを楽しんでいるとやってきた二人組。

 カップルだろうか。十二、三くらいの少年とそれより少し年下くらいの小柄な少女。

 こんな時間にこの店にこんな客、珍しいこともあるものだ、と常連感を心中で醸しながら珈琲片手に広げた新聞に目を通していると、窓際のテーブル席に座る二人組の様子がどこかおかしいことに気づく。

 

 二人とも何故か俯いて視線を合わそうとせず、その癖互いをちらちらと見てはまた視線を逸らす、と繰り返している。

 

 痴話喧嘩かとも思ったがそれほど険悪さは感じない。

 だがその割に気まずさのような物も見える。

 

 さて、この二人は一体どうしたのだろう。

 

 探偵(ヤジウマ)の性か、この二人の関係を考えるのが楽しくなってきた、その時。

 

 ―――店の外の道路が爆ぜた。

 

「伏せろ!!」

 

 ヴィオが叫ぶのと同時、飛散したアスファルトの破片が道路に面していた店のガラスを突き破って飛んでくる。

 ぱりぃん、と派手な音がしたのと同時に近くにあった客席のテーブルを盾にして隠れる。

 見やれば店員も咄嗟にカウンター下に隠れたらしい、姿が消えていた。

 そうして窓際に座っていた二人組は……。

 

「チーク!」

 

 少年が叫ぶと同時に少女がテーブルを()()()()遮蔽物として隠れていた。

 あの少女もしかして……そんな推測が頭の中で渦巻くが、今はどうでも良いと切り捨てる。

 外の様子を伺うが、爆音は一度のみ、それが続く様子も無い。

 ゆっくりとテーブルから顔を覗かせ外を見やれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「あいつらっ」

 

 知っている、ヴィオはそいつらを知っている。

 何せ一度は徹底的に戦ったことだってあるのだ。

 カントーの負の象徴、世界最大のポケモンマフィア。

 団員全員が黒装束に胸に『R』のマークを付けたその集団の名は。

 

「ロケット団?!」

 

 ヴィオが呟くよりも早く、その名を呼んだのは……窓際の少年だった。

 

 

 * * *

 

 

 ロケット団。

 

 実機でも世代ごとにいわゆる『悪の組織』とされるやつらが出てくるわけだが、ロケット団はその初代にして、最大規模の集団である。

 一言で言えばポケモンマフィア。ポケモンを暴力装置として使役し、自らの欲を満たす。

 

 それだけ言えば他の悪の組織連中も似たようなものなのだが、ロケット団はその最終的な目的を『世界征服』としている。

 そのため、本拠である『カントー』や地続きの『ジョウト』のみならず、『ホウエン』『シンオウ』『イッシュ』『カロス』にもその手が及んでいる。

 現状国際警察で最も注視されている存在であり、けれど同時に()()()()()()()()()でもある。

 

 理由は簡単だ。

 

 二年前、出会ってしまったからだ。

 

 原初なる頂点。

 

 最強の赤に。

 

 出会って、壊滅させられた。

 

 完膚無きまでに叩きのめされ、そして力不足を悟ったロケット団のボスは組織を解散させた。

 

 だが問題となるのは、それを納得できない団員がいることだ。

 ボスであったサカキのカリスマ性の高さからか、サカキ本人が解散を宣言しても尚、ロケット団の復活を望み、その頂点にサカキに立ってもらおうと暗躍する『元団員』が後を絶たない。

 しかもなまじサカキ自身が姿を消してしまっているため統率を失った『元団員(テロリスト)』たちが野放図にカントー及びジョウトに解き放たれてしまい、各地でテロ紛いの悪事を働いている。

 その神出鬼没さと数の多さに警察機構も手を焼いており、後手に回ることが多い。

 

 ……というのがカントーに来る前に聞いた情報だったのだが、まさかこんなところで出会うとは思わなかった。

 慌ただしい外の状況を見やり。

 

「……どうするかな」

 

 少しだけ考える。

 正直言えば手持ちが全員いれば真っすぐ行ってぶっ飛ばす、で良いのだが……ここにいるのはチーク一人である。

 アタッカーですら無いチーク一人であの集団に突っ込むのは少々躊躇いがある……のだが。

 

 もう一度視線を外へと向ける。

 

 どうやら道路が爆発したのはロケット団の出したポケモンの仕業らしい。

 ぷかぷかと団員の傍で浮かぶマタドガスを見やる。

 その下でのそのそと動くベトベトンを見やる。

 ぱたぱたと羽を動かし飛び回るゴルバットを見て。

 

 最後に傍にいる少女を見やる。

 

「……チーク」

 

「何かナ?」

 

()()()()?」

 

 問うた言葉にチークがくすり、と笑って。

 

「勿論さ、()()()

 

 耳元で囁かれた甘えるような声に、背筋がぞくりとした。

 

 

 




何? 次はR18じゃなかったのかだと?

……そんなこと言ったっけ(今内容考えてます


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特別編クリスマスドールズ①

ドールズ初の集団コミュ!!!
一話じゃ終わらなかったよ……。


 

 デリバードというポケモンがいる。

 

 ホウエンには生息していないのだが、ジョウトなどで主に見かけることの多いポケモンで、一言で言うならば『サンタのコスプレしたペンギン』だ。

 覚える技も『プレゼント』オンリーという制作のおふざけみたいなポケモンなのだが、この世界では普通に生きるポケモンの一匹でしかない。

 

 で、それがどうした……と言われると。

 

 ―――別にどうもしないのだが。

 

 じゃあなんでそんな話したんだよ、と言われると簡単で。

 

「メリクリ!」

「横着せずにちゃんと言いなさいよ……メリークリスマス、ハル」

 

 本日十二月二十五日。つまりクリスマスである。

 

 ポケモンの世界は割とこういう地球にあった文化やイベントというのが多い。

 正月にバレンタイン、七五三に雛祭り、盆にハロウィン、クリスマス、和洋折衷というか日本発祥らしい節操の無さだがこの世界だとそれが『当たり前』なわけであって、誰もそれに疑問を抱かない。

 地球ではそういったイベントというのは宗教や神話、地方の伝統などと密接に関係していたりするのだが、この世界の場合『そういうものだから』の一言で終わらされてしまうし、それでみんな納得する。

 さすがと言う何というか、今や自分の感性もそちら寄りとは言え、碓氷晴人の記憶を持っている身からすれば余りにも頭が軽いというかノリが軽いというか……楽しければ何でも良いというポケモン世界特有のノリを感じる。

 

 まあそんなことはどうでも良いのだが。

 

 行事があるならイベントをしたくなるのが日本人というか……まあ自分はジョウト人であって日本人の記憶を持っているだけなのだが。

 まあそんなわけで。

 

「じゃ、クリスマスパーティーかいさーい!」

 

 そんなわけで。

 

 まあそういうことだ。

 

 

 * * *

 

 

 正直ミシロの実家はそれほど広いわけじゃない。

 当たり前だが、元々は家族三人で住むための家なのだ、まあポケモンのこともあるので実質的には五、六人は寝泊まりできるくらいのスペースはあるが。

 

 それが五歳の時にヒトガタを六体拾ってきたことで仕方なく父さんに頼んで改築し二階に部屋を増設。

 六歳になってさらに一体増やしてまた増築。

 十歳になってまた一体。

 そして十二歳の今現在に至ってはさらに四体増えて、現在この家の住人の数は完全にオーバーしてしまっている。

 まあボールに入れればコンパクトになるわけだが、さすがにずっとボールの中じゃ窮屈だし、いっそもう新しく家建てれば? という元チャンピオンのボンボンの言に従って数か月前からミシロに新居を建てていたのだが、つい先週それが完成した。

 

 僅か四か月で家が一つぽんと建つのは現実的に考えると恐ろしいほど早いのだが、重機を使わずともポケモンが重い物でも平然と持てるし動かせる、さらに細かい作業もできるし、連れて行くのもボール一つ持って行くだけ、さらに多少は金がかかるものの人間ほどの人件費は発生しない、という労働力としては非常に適した存在のお陰で実際の工期というのは一月あるかないかと言ったレベルである。

 

 そうして出来上がった新居だが、実際には実家からすぐ近くなので荷物を運ぶのにもそれほど苦は無い。

 新しい住居と聞いてみんなわくわくしながらそちらに移るが、徒歩一分もかからない引っ越しに微妙な顔をしているやつらも何体かいた。

 

 人数が人数だけにかなり大きな家だった。正直父さんが遠い目をするくらい。

 分かってはいたことだが、大黒柱だった自分より息子のほうが遥かに収入が良いという現実をまざまざと見せつけられて頼もしいやら泣きたいやら、といった感じらしい。

 まあそっとしておくことが大事だと思って何も言わなかった。

 

 実家の三倍くらいでかい新居は、パーティの各自の意見を取り入れた作りとなっている。

 意見、というか大半我が儘な気がするが。

 とは言え、その程度の我が儘ならまあ構わない、金ならあるのだ……というより根が一般人の自身たち一家からすると金があっても貯め込んでしまう。

 だがそれは良くないとエリートボンボンが言った。

 金は使われなければ不健全だと。良く稼いでいる人間はそれだけ良く使わなければならない。トレーナー業は金食い虫だからこそ、大会などでもトレーナーへの払いが良いという面もあるらしい。

 そういう意味で、自分は大分不健全らしい。ということで少し派手に使った。

 

 そうして豪邸と呼べるほど立派なわけでも無いが民家と呼ぶにはやや大きすぎる家が出来上がった。

 

 尚アルファの意向により土地だけは大きく取った……後は勝手にプールでも何でも作ってくれるだろう。

 因みにオメガに頼んだら山でも何でもを作ってもらえる……便利なやつらである。

 

 

 

 十二月に入ると温暖なホウエンにも雪が降る。

 チークが庭を駆けまわり、エアが炬燵で丸くなる季節である。

 炬燵……そう、炬燵だ。

 あの悪魔の発明品をついに我が家に導入することに成功したのだ。

 因みに特注サイズでだいたい十人以上は入れる。というか中にエアが籠っている。

 やっぱ『ドラゴン』だからか、とは言えアースはそこまででも無いらしい。勿論得意というわけではないが、元々があのチャンピオンロードの地下で生きていた個体であるし、ある程度寒さには耐性があるらしい。

 あとシャルも籠っている……あいつ本当に『ほのお』タイプのポケモンなのだろうか?

 それとオメガも籠っている……こいつの場合、ただ単に炬燵の快適さに負けただけのような気がする。相変わらず『ダメになるクッション』離さないし。基本的に飯食う時と風呂に入る時以外以外一日中……下手すれば飯すら食わずに寝ている。こいつ本当に伝説のポケモンなのだろうか?

 

 とまあ順調にダメポケモン製造機と化している炬燵だが、我が家の肝っ玉お母さんことシアの手によって時々布団が剥ぎ取られ洗濯されている。そういう時に寒がりどもが行くのがリップルの要望とアルファの協力によって作られた『室内温水プール』である。

 因みにかなり大きい。何せアルファがポケモンの姿になって泳げるくらいだ。

 これを作るために土地を大きくしたと言っても過言では無い。

 因みに相変わらずアルファの手でプールからそのまま地下水路に繋がって海に出れる……アルファだけだが。

 まあそうなるだろうな、とは予想していたのでせめて入口くらいはちゃんと作らせた。プールの端にでかい鉄柵がありそれを開くとそのまま地下水路へと繋がっている……らしい。まあ俺は実際に潜ったことが無いので分からないが、アルファがそう言うのならそうなのだろう。

 

 台所や水回りに関しては特にシアが要望を出して実家よりも大分大きく取っている。

 因みに風呂に関してだけはオメガとアルファが本気出した……具体的にはアルファが無理矢理地下から水道引っ張ってきて、オメガがわざわざ『えんとつやま』のほうからマグマを地下に引っ張ってきて地熱で温泉沸かせやがった……伝説のポケモン本気出しすぎだろと思ったが、温泉は素直に嬉しかったので褒めた。

 どうやら風呂という文化は長年生きてきた伝説の二人をメロメロにしてしまったらしい。

 飯時にすら起きないオメガですら夜になると毎日欠かさず風呂に入る。お前『じめん』タイプだろというツッコミはもう今更過ぎて起きないが、自宅に温泉が湧いているというのは両親からも素直に羨ましがられたし、時折入りオダマキ一家なども連れて入りに来たりする。

 温泉に入ってそのまま気持ち良すぎて泊って行くこともあるので、いつの間にか自宅が温泉旅館になっているような気もする。

 

 と、まあたった一週間ほどの期間だったが、住んでみて中々に快適な我が家だが。

 

 ―――そう言えば新築祝いとかしないの? こんなに立派なのに。

 

 というハルカちゃんのお母さんの言にうちのお母さまが乗っかって、ついでに時期的にクリスマスだし、ハルカちゃんたち一家やミツル君も呼んで一緒にクリスマスパーティーでもしようか、ということになった。

 

 

 * * *

 

 

 という経緯があって今に至るわけだが。

 

「うーん、人数が凄い」

「何人いると思ってるのよ……」

 

 炬燵に潜ったままのエアが間伸びした声を出す。

 凄く気持ちよさそうな顔しているなあ、と思いながら炬燵の中で足を擽りたい衝動を抑える。

 この前それやったら腹パンされて三十分くらい悶絶していたので、さすがにあれをもう一度は遠慮したい。

 

 シアの作ってくれた鶏の揚げ物を摘まみながらさてどうしようか、と考える。

 

 そうしてふと周囲を見渡してみれば、ルージュの要望であった食堂(正確にはご飯時くらい全員で食べれるようにしたい)でいくつかのグループが出来ていた。

 

「ふむ……何話してるんだろう?」

 

 うちのパーティは基本的にみんな仲が良いが、それでもそれぞれ個別に過ごしていることが多い。

 チークとイナズマが例外、と言えるようでいて、実は出かける時以外チークもイナズマにべったりというわけでも無い。

 そういうわけで、ああやって数人でグループを作っているのを見ると何を話しているのか気にもなる。

 

「行って見れば~?」

 

 炬燵の中で蕩けながらエアが告げ、なるほどと頷く。

 

「そうだね……ちょっと行ってみよう」

 

 空になったグラスを片手にまずは台所に向かった。

 

 

 

 * コミュニケーション【シア/ルージュ/ノワール/アクア】 *

 

 

「あ、ハルトさん」

 

 台所に入るとすぐにシアが気づいた。

 すっかり台所の主となったエプロン姿の少女に見惚れていると、自身の視線にシアが首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でも無いよ……ていうか、どうしたのここのグループ」

 

 何やら調理をしているシアに、それを横で見ているルージュ。

 ルージュの胸元にはノワールがいる……傍から見れば仲の良い姉弟と言った感じだが、ノワールの首元をルージュががっつり締め上げている辺りが本当にこの姉弟はいつも通りだな、と言ったところ。

 それにさらに珍しいのはアクアである。正直料理とかするようなキャラには見えなかったので台所にいるということ自体に何かもうすでに違和感を感じる。

 

「何やら失礼なことを考えておらんか、主」

「いや、別に? ただアクアって料理とか興味あるの?」

 

 そんなことを尋ねる俺に、アクアがジト目で見つめる。

 

「失礼なやつめ……ワシを何だと思っとる」

「いや、だって……こう、もっとワイルドなキャラに見える」

 

 正直調理なんてせずに素材そのままバリバリ食べてそうなイメージがある。

 そんなことを言えばアクアが嘆息し。

 

「そりゃ、昔はな……野生じゃったし、それに人の文明もそれほど発達しとらんかった。だけどまあ今は違かろう? 人はもうワシじゃ想像もできんほど群れを大きくした。理解も追いつかん物を多く作った。言うなれば文明が大きく発達したんじゃ。そうなれば見たことも聞いたことも無いばかりで、興味だって出てくる」

 

 言われてみれば、アクアは『ゲンシの時代』からずっと現代に至るまで眠っていたのだ。

 言うなれば浦島太郎のような感覚なのだろうか?

 寝て起きてみれば世界が一変しているというのはどんな気分なのだろうか。

 

「まあ何より……どうせ食うなら美味いもんが食いたい。そう思うのは自然なことじゃろ?」

 

 少しばかり考えさせられた自分に、けれど空気を一変させるようににかっと笑ってそう告げるアクアに、思わず苦笑して。

 

「そうだな……美味しい物のほうが良いよな」

 

 告げながら視線を向けて。

 

「というわけで、シア。何作ってるの?」

 

 先ほどから忙しそうにフライパンで何かを炒めているシアに声をかける。

 近づいて中を見やり。

 

「これ……きんぴら?」

 

 ゴボウとニンジンを炒めている。そこに小さく切った唐辛子を入れ、さらに味醂や醤油で味を調え最後にゴマを振る。

 出来上がった熱々のそれを小鉢にのせて。

 

「できましたよ」

「おお! 待っとったぞ」

 

 早速と言わんばかりにどこに隠し持っていたのか、おちょことトックリを取り出し、こぽこぽと透明な液体が注ぐ。

 箸で小鉢に盛られた艶々と煌めくきんぴらを摘まみ、ぱくりと一口。

 そうして逆の手に持ったおちょこをぐいっと一息に飲み干し。

 

「く~~~~~! たまらんなあ!」

 

 酷く幸せそうな笑みを浮かべて、唸った。

 

「……美味しそうだな、それ」

 

 因みにパーティ会場である食堂では普通に他の料理も並んでいる。

 鶏のから揚げだとか、山盛りのポテトフライだとか、パスタやサラダ、変わりどころではフリットなんてのもある。

 基本的にご飯派の我が家だからご飯も当然ながら、バゲットのようなパンも置いてあるし、サンドイッチだって作ってある。

 汁物も洋風のコンソメスープのようなものからコーンポタージュ、クリスマスっぽくないが味噌汁まで。

 

 全部シアの作ったものである。

 

 数日かけて仕込んでおいたらしいが、本当にそれ全部一人で作ったらしい。

 本人曰く、普段から家族全員分(十五人)の食事作ってるのだから、そこに十人前後増えたところで別に問題無い、ということらしいが。

 

「なんか、どんどん家事スキルが上がってくね……シア」

「ふふ……長くやってますから。それに……」

「それに……?」

「あ……いや、何でもないですよ」

 

 言葉を濁したシアに問い返せば、何故か頬を赤らめて首を振る。

 はて、と一瞬疑問に思った隙に、シアが出来上がったきんぴらを皿に盛って食堂のほうに持って行こうとし。

 

 ―――アナタに、食べて欲しいですから。自然と上達しましたよ。

 

 すれ違い様にぼそりと、耳元で囁かれた声に硬直した。

 そんな自身の様子に気づいたアクアがどうしたと声をかけて。

 

「え、あ……いや、えっと。何でもない、うん、何でもない、よ?」

 

 今絶対に自分の顔赤いんだろうなあと自覚しながらぶんぶんと手を振り。

 空になったコップを見て用事を思い出し、そそくさと冷蔵庫に向かう。

 開ければ綺麗に整頓された冷蔵庫の中身、シアが毎日小まめにやっているらしい。

 何か日に日に頭が上がらなくなっているような……そんな気がした。

 

「……で、ルージュは何やってんの?」

 

 実の弟の首を絞め挙げているルージュに声をかければ、こちらへと視線を向けて。

 

「お仕置き?」

「なんで疑問形?」

 

 ところでノワールが今にも死にそうな顔で……いや、仮面つけてるから本当にそうなのかは分からないが、全身を痙攣させながらギブギブと腕を叩いているが、良いのだろうか?

 

「発情するなら、せめて、場所を、選べって、ことよ!」

「あ~! あぁぁ~~~!!!」

 

 喉を押しつぶされて声も出せない様子でもがくノワールに、ルージュがさらにギリギリと締め上げて。

 まあいつものことか、と納得する。

 ノワールはトレーナーであるハルカには非常に忠実なのだが、それ以外に対して割と問題、というか軽視している部分がある。

 ゾロアの頃は大人しく、気弱な少年だったのだが、ゾロアークに進化した途端そうなってしまった。

 まあ割とこの辺のことは良くあることであり、幼少の頃から共に過ごしていたはずのポケモンでも余りにも『統率』能力が低いと途端に言うことを聞いてもらえなくなる、といった話も多い。

 進化するというだけでそれ以前よりも確実に気位は高くなるし、それを御すのもまたトレーナーとしての能力である。

 

 残念ながらハルカちゃんにそういう能力は足りていないらしい。

 正確には『自分の指示』を聞かせることはできるが、御せているわけでも無い、というべきか。

 

 なので本来ならば周りとの軋轢を生む可能性が高いのだが。

 ノワールが問題を起こしかけるたびにルージュがやってきて蹴り飛ばし『折檻』していくので、決定的な問題にはなっていない。

 ノワールも昔からずっと一緒だったルージュには弱いらしく、抵抗らしい抵抗もできないままに『お仕置き』されている。

 そう言った経緯もあって、自分の手持ちから離れた後も、ルージュはちょくちょくミシロにやってくるし、やってきた時はうちで一緒にご飯だって食べて帰ることもある。

 

「懲りないね、ノワールも」

「全くだわ……ちっとは、こいつも、凝りなさい!」

「ぐえええええええ」

「まあ……お疲れ様」

 

 労いの言葉をかけながら、苦笑してそのまま立ち去ることにする。

 

 台所を出れば食堂で楽しそうな声があっちこっちから聞こえて。

 

 

「さて、次はどこに行こうかな?」

 

 

 クリスマスの夜はまだまだ終わらない。

 

 

 




・新居に対する各自の意見

エア→高い部屋が良い。それと寒いのは絶対ノー。
シア→台所と水回りを広くしてくれると嬉しい。あと暑いのはできればノー。
シャル→夜真っ暗なのは怖いからノー。できれば明るい家で……。
チーク→楽しそうな家。からくり屋敷とか良いんじゃないですかね???
イナズマ→作業部屋みたいなの欲しい、ミシンなど音が大きいものもあるので防音がしっかりしていて欲しい。
リップル→温水プールとか欲しい……欲しくない???

ルージュ→ご飯の時くらいはみんな一緒に食べたい。
アース→体が鈍るから暴れる場所が欲しい。
サクラ→にーちゃといっしょがいい!
アクア→ベッドより床に寝たい。あと部屋は暗いほうが良い。

オメガ→このクッションがあればオレは他に何もいらない……。
アルファ→何でも良いよ? こっちも好きに作るから、土地だけ貸して?




この濃い十二人の中にさらに主人公+両親+シキ+オダマキ一家(3人)+ミツル君
さらにハルカの手持ち(マギー、ノワール、クレナイ)とミツルの手持ち(サナ、エル、ヴァイト)で全員合わせて26人(匹)!!!

え? ぼんぼん? 他のやつらも?



書ききれるかあああああ!!!


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特別編クリスマスドールズ②

すまん、アオバ! お前の存在忘れてたわ!


 

 * コミュニケーション【チーク/ハルカ/クレナイ】 *

 

 

 シシ、と楽しそうな笑い声が聞こえたのでそちらに向かって見れば、チークとハルカちゃんという珍しい組み合わせが机を囲んでいた。

 そして相変わらず、というべきかハルカちゃんの背に隠れるようにクレナイが張り付いている。

 

「なんだか楽しそうだね」

「ん? おー、ハルトじゃないカ」

「ハル君、めりくりー」

「やあハルちゃん、めりくりー」

 

 ちらりと視線をハルカちゃんの後ろのクレナイに移すが、ふいっと視線を逸らす。

 代わりにぎゅっとハルカちゃんに抱き着く力を増したようで、困ったようにハルカちゃんが苦笑した。

 

「相変わらずべったりだね」

「うん……何でだろうね? 他の子はそうでも無かったんだけど」

 

 確か二年ほど前だったと思う。

 オダマキ博士はホウエン地方を代表するポケモン博士であり、実機でも主人公に御三家をくれる人物でもあったのだが、娘であるハルカちゃんが正式にトレーナー資格を取ったお祝いとしてポケモンの卵を送ったのだ。

 それがアチャモの卵。まあ初心者用のポケモンとしてホウエン地方のポケモン協会のほう主導で個体数を増やすことを推進しているのでその中の一つをもらってきた、ということなのだろうが。

 

 問題は、だ。

 

 基本的にポケモンというのは全員卵生、というか卵から生まれるのだが、基本的に全員最初に見た存在を親と思い込む『刷り込み』のようなものがある。

 特に鳥ポケモンの場合これが強く、生まれたアチャモはハルカちゃんを親としてどこに行くにも一緒と言うほど懐いていた。というか懐き過ぎた。

 生まれたてのポケモンは厳しい野生環境の中で生き残るために一週間もすれば自立して独自に動くようになるのだが、ハルカちゃんが甘やかしすぎたのかアチャモがそういう性格だったのか、いつまでも親離れできず、ついには進化した未だにハルカちゃんにべったりなのだ。

 

 それが一つ目の問題。

 

 そしてもう一つが。

 

 生まれたアチャモ……ニックネームクレナイが()()()()だったこと。

 

 それを知ったオダマキ博士が白目剥いていたことはどうでもいいとしても、見た目長身痩躯の美少年が十歳の幼女に四六時中べったりという絵面が凄い。

 さらに言うなら凄まじいまでにマザコンをこじらせてしまっており、ハルカちゃんに近づく者全て敵と見なし始めるし、そのせいで一時期ノワールととんでもないことになったり、その被害がこっちまで来てアースがキレてクレナイ叩きのめしてルージュがキレてノワール叩きのめしてエアがキレて全員叩きのめした辺りでようやく事態が収束した。

 

 それから二年経って少しは落ち着いたかと思えば全くそんなこと無く、今もハルカちゃんに近づく俺をじとーと睨んでいる。

 前はこの辺で手が出ていたのだが、ハルカちゃんがさすがに怒ってからはハルカちゃんの身近な人やポケモンには手出ししなくなった。

 

「一応育ててやったの俺なんだけどなあ……未だにハルカちゃん以外には?」

「んー。最近はマギーとかとは少しは話してるみたいだよ? ノワールは……うん、ほら、ちょっと相性が? あとアオバは単純にまだ入って間も無いから警戒してるみたい」

 

 ハルカちゃんが手を伸ばしクレナイの頭に乗せれば、険しい表情が途端に解けて満面の笑みを浮かべる。

 ある意味チョロいなこいつ、と内心で思ったのがバレたのか、また視線がこちらを向いて……。

 

「それで、何の話してたの?」

 

 ハルカちゃんとチークという珍しい組み合わせである。

 一体この二人が何を話していたのか、というのはかなり興味がある。

 

「んー? 最近のフィールドワークの話かな」

「だネ」

「フィールドワーク?」

 

 ハルカちゃんの趣味である。正確には将来へ向けての勉強の一環と言ったところなのだろうが、まあ最近は父親であるオダマキ博士に習って多少本格的になってきたらしい。

 

「ほら、半年くらい前の一件で生息域が大分変ったでしょ?」

「あーうん……そうだね」

 

 伝説大集合なあれの件である。

 グラードンが『えんとつやま』吹っ飛ばしたり、カイオーガが『めざめのほこら』吹っ飛ばしたり(正確にはレジギガスだが)、レックウザが『そらのはしら』吹っ飛ばしたり。

 まああいつらどいつもこいつも力が強すぎてちょっと動いた程度で異常気象に大災害のオンパレードなのでたまった物ではないのは人間だけでなく、野生のポケモンも同じだ。

 それまで荒れ狂う伝説の天災から逃れるためにそれまで住んでいた住処を捨てて新天地へと旅立ったポケモンは決して少なくなく、半年ほど前からホウエン全土においてポケモンの生息域の大きな変化が起こったのだ。

 

「私もそうだけど、チークもしょっちゅうミシロから飛び出してるし、色々話聞いてたの」

「……お前、そんな遠出してるの?」

「シシ、時々、だヨ?」

「まあ気を付けろよ?」

「…………」

 

 一瞬チークが目を丸くして、ニカッと笑う。

 そのままばっと飛びついてくるので思わず抱き留め。

 

「うん……分かってる、大丈夫だよ」

 

 自分にだけ聞こえるような小声でぼそりと呟くとすぐ様ばっと離れて再びハルカと話始める。

 こちらを一瞬ちらりと見やり、ニヤニヤと笑みを浮かべるハルカから多分赤くなってるんだろう顔を逸らし。

 

「……次、行くか」

 

 逃げ出すようにその場を離れた。

 

 

 * * *

 

 

 * コミュニケーション【シャル/イナズマ/リップル/サクラ/アオバ】 *

 

 

「にーちゃ!」

 

 どん、と横合いから衝撃が走った。

 勢いはあったが幸いにして衝撃は軽く、持っていたコップを落とすことは無かったが。

 

「サクラ……コップ持ってるときにだきつかな……い……で?」

 

 幼女がいた。否、間違えた。

 

 ―――サンタがいた。

 

 赤と白のふわふわとしたローブを纏い、三角帽子を被ったサクラが満面の笑みでぐりぐりと自身のお腹に頬を擦る。

「えへ……にーちゃ! さんた!」

「あ、うん……そうだね、サンタさんだ、うん。可愛い可愛い」

 少しびっくりしたが、視線を上げればイナズマとリップルがテーブルの端で笑みを浮かべてこちらを見ている。どうやらあの二人が主犯らしい。

 まあ似合っている、元々の配色が赤と白だけにそれほど違和感も無い。

 自身よりも幾分か低い位置にあるその頭に手を乗せぐりぐりと撫でてやれば、また笑みを零す。

 

「お前らの仕業か?」

 

 抱き着いて離れないサクラを担いで歩く。

 羽毛のように、とは言わないがかなり軽く持ち上がったのは恐らく念動で自分を持ちあげているのだろうと予想する。

 まあ軽い分には問題無いとイナズマとリップルの元へと行き。

 

「……なにやってんの、シャル」

「は……はわ、はわわわわわ、みみみ、見ないで?!」

 

 この寒い十二月に茶色のショートパンツと茶色のショートブラ。そして頭には角っぽいものの生えたカチューシャ。

 

「トナカイだよ~」

「私が作りました!」

「見ないで~~~!!!」

 

 セクシー……というかもう控えめに言ってもエロい。お腹とかもう丸出しだし、良く寒くないなと思うが一応こいつ『ほのお』タイプなんだよなあと納得させる。その割に寒がりな気がするが。

 顔を真っ赤にしているが、元が白いだけに余計にはっきり分かる。というかもう赤いのがむしろエロティックな感じがする。ドスレートに言ってエロい。

 

「……シャルちゃんてば、えっち」

「うわああああああああああああああああああ」

 

 顔を覆いながら入口目掛けて逃げ出してしまったシャルに苦笑しながら視線を戻す。

 人差し指を口に当ててニコニコと笑うリップルと頬に手を当てて笑みを浮かべるイナズマ。というかイナズマはもう何かもう艶々と艶めいて見えるんだが。

 

「お前らは普通の衣装か……いや、普通か?」

 

 イナズマがミニスカサンタ服。

 そしてリップルがトナカイ着ぐるみである。

 

 トナカイの着ぐるみである。

 

 いやまあ高身長のリップルだけに、似合っていると言えば似合っている。

 トナカイもデフェルメされた可愛いやつだし、ちょうどフードを被るとすごくそれっぽい。

 

「なんでシャルだけああなの?」

「だって、シャルですし」

「シャルだからね~」

 

 理由、シャルだから。

 分かるような分からないような理由だった。

 まあ弄られキャラということだろうか、それなら分かる。

 

「それはそれでどうかと思うがな」

 

 後ろから聞こえた声に振り返り。

 

「……トナカイが増えた」

 

 着ぐるみトナカイを着せられた誰かが。

 まあ声でアオバだと分かるのだが。

 

「にーちゃ!」

「サクラ、またあれか?」

 

 アオバの声に気づいたサクラが自分から離れ、アオバの元へと歩いて行く。

 何をするのかと見ている自身の目の前で、トナカイが膝を降り四つん這いになる。

 

「……は?」

 

 そのまましゃがんで背を低くすると、サクラがトナカイ……アオバの上に跨る。

 

「にーちゃ! しゅっぱつ!」

「ヒヒーン」

 

 それトナカイじゃなくて馬だから?!

 

 というツッコミを入れる余裕すらなく、呆然ととことこと歩いて行く四つん這いのトナカイを見送り。

 

「……えー」

 

 思わず顔が引きつった。

 

 

 

 * コミュニケーション【センリ/ミツル/オダマキ博士/ハルカママ】 *

 

 

「あ、父さん」

「ん、ハルトか」

 

 食堂の入口辺りで父さんと出会った。ついていくと暖炉のほうに行くらしい。

 因みに広い食堂ではあるが、別に全域にテーブルを並べてあるわけでも無い。

 調理用スペースのキッチン、食事用スペースのテーブル、団欒スペースの炬燵、あとは暖炉が置いてある。

 暖炉前にやってくるとミツル君やオダマキ博士、それにハルカちゃんのお母さんがいた。

 

「あ、ハルトさん」

「やあやあ、ミツル君。楽しんでる?」

「はい! 料理とっても美味しいですし、最高ですね」

 

 ふと視線を向ければミツル君の手持ちたちも一緒にいるらしい。暖炉の前でポケモンフードを齧っている。

 まあヒトガタでも無ければポケモンは余り人間用の食事を取らないので仕方ないのだが、普段全員同じ物を食べているので三体だけ別のものを食べているのは少し寂しいような気もした。

 

「やあやあハルト君。お招きありがとう」

「ああ、博士。なんだかこうして話すの久しぶりな気がしますね」

「そうだね、まああの一件以来こっちも忙しくなったからね」

 

 特に避けていたわけでも無いのだが、伝説の一件以来妙に合わない日々が続いていた。

 まあハルカちゃんも言っていたが、ポケモンの生息域の分布が変わってしまったので自然生態研究の第一人者であるオダマキ博士としてもやり直さなくてはならないことがたくさん増えてしまったのは間違い無いだろう。

 

「それにしても、キミが研究者になるなんてね……」

「ヒトガタの研究はまだまだ分かっていないことが多いですから……大切な家族のために、少しでも知っておきたいって思ったんです」

「そうか……まあ、センリ君も鼻が高いだろ、何せ息子がホウエンのチャンピオンになった上に、今度は研究者だ。それもヒトガタの研究はまだまだ分かっていないことだらけなのに、ヒトガタポケモンをたくさん持つハルト君は間違いなくその第一人者になれるんだから」

「立派になったな……立派になり過ぎて、父さん立つ瀬が無いぞ」

「それもまた嬉しいんだろ?」

「うるさいぞ……」

 

 笑みを浮かべながら隣でビールを飲む父さんの肩を突く博士に、鬱陶しそうに返す父さん。

 この二人も『親友』だよな、と見ていて思う。確か大学時代からの縁らしいので、もう二十年かそこらくらいになるのだろうか。

 自分もまた二十年、三十年先もハルカちゃんやミツル君たちをこんな良い関係であれたら良いなと思う。

 思い、視線をミツル君に向ければ首を傾げるミツル君に苦笑した。

 

「でも……父さんがいなかったら、ここまでこれなかったと思うよ」

「……ハルト」

「父さんだけじゃない、博士にもたくさんお世話になって、だから、今の俺があるのは、みんなのお陰ですよ」

「……ハルト君」

「感謝してますよ……本当にね」

「……本当にキミの子かい? 凄く良い子だよ?」

「間違いなく俺の子だ、俺にそっくりだろ」

「奥さんが良かったんだね……キミに似てたら堅物みたいな子になってただろうし」

「お前こそ、娘さんが奥さん似で良かったな……お前に似ていたら相撲取りにでもなっていただろうよ」

「「…………」」

 

 なんで感謝の言葉を述べただけなのに唐突に喧嘩が始まるんだろうと呆然としている横で。

 

「ハルト君」

 

 名前が呼ばれ、振り返ればハルカちゃんのお母さん。

 

「あ、お久しぶりです」

「本当に立派になっちゃって……ハルカには会った?」

「はい、さっきちゃんと……そもそも来た時にも挨拶しましたし」

「そっか。それにしても随分とたくさん可愛い子集めたわね……私は昔からね、てっきりハルト君がハルカのこともらってくれると思ってたのよ?」

「あはは、その言い方止めてもらえませんかね……いや、俺は……まあ、他に好きな人がいますし。それに」

「……それに?」

「ハルちゃん、あんまりそういうの興味なさそうですよね」

 

 告げた言葉に、ハルカちゃんのお母さんが嘆息する。

 

「冬ね……春は遠いわ」

 

 色んな意味で。

 

 




畜生! 二話で終わらなかったんだけど!!!

ところで誰か、サンタサクラちゃんとエロトナカイシャルちゃん描いて?

作者はとても見たいです(欲望


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特別編クリスマスドールズ③

 

 

 * コミュニケーション【マギー/シャル】 *

 

 

「……あれ?」

 

 そう言えば先ほど駆け出して行ったばかりのシャルが戻ってきていないことに気づいた。

 視線を彷徨わせる。調理場のほうでは相変わらずシアたちが何か作っているし、視線をずらせばテーブルの上でチークが踊りながらハルカちゃんがそれを囃し立てている……何をやってるんだあいつら。

 イナズマはいつの間にか持っていた紙とペンで何か書いているし、リップルがそれを見ながら何やら意見を言っている。

 サクラとアオバは……見なかったことにするとして、父さんたちもまた暖炉の前でまだまだぐだぐだしている。

 その隣ではシキと母さんが何か話しているし、コタツのほうを見れば相変わらずエアやオメガ、いつの間にかアースやアルファも混ざっていて……。

 

「マギーは?」

 

 あの特徴的な黒づくめに気付かないはずも無いし、ということは今この食堂に居ないらしい。

 どこにいるのかと考えながら食堂の入口へと向かい。

 

『……そうか』

 

 入口の扉の外側から聞こえる声に、足を止めた。

 何を話しているのだろうかと少しだけ興味を持つが、けれど聞こえる声色からして真剣な話らしい。

 誰と会話しているのかと考え、今ここに居ないやつなどシャルだけだ。

 

「止めとくか」

 

 シャルとマギーの関係性は少しばかり複雑だ。

 今となってはシャルは俺の仲間だし、マギーもまたハルカちゃんの仲間だ。だから全て過去の話と言えばそれまでだし、野生時代のポケモンの行為というのは少なくとも捕獲された時点で意味が無くなるので他人がどうこう言える話でも無い。

 ただ当事者同士の間だけには何か思うことがあるのかもしれないし。

 

「……嫌がってる感じではないな」

 

 険悪な様子でも無さそうだったし、ならば自分が勝手に介入できる話でも無いと判断する。

 

「それにしても、さっきからあそこで何話してんだあの二人」

 

 それ以上に気になるのは、視線の先。

 仲良く喧嘩する父さんとオダマキ博士のいる暖炉の傍で二人から距離を取りつつ話すシキと母さんである。

 

「また変なこと言って無いと良いんだけど」

 

 悪い人ではないのだが、少しばかり気が早すぎる母さんが余計なことを言っていないのか、少しばかり心配しながらそちらに向かうことにした。

 

 

 * * *

 

 

「……そうか」

 

 そう言って嘆息するマギー。

 その一方でシャルもまた片手で顔を覆いながら息を吐く。

 

「あの藁人形が何だったのか……は、ボクには良くわからないけど……でも、あれが無くなって、それで……ようやく、終わり、なんだと思う」

 

 歯切れ悪く告げる言葉だが、けれどシャル自身確信の持てない話だった。

 けれど、それでも、マギーは頷き。

 

「なら……それで良し、としようか」

「……良いの?」

 

 顔を上げ、思わずと言った様子で問うシャルの言葉に、マギーが頷く。

 

「私より、キミのほうがそう言ったことに造詣(ぞうけい)が深いのは間違いないだろう」

 

 それは単純に性質の問題ではあるが、確かにシルクハットの男、マギーよりかはシャルのほうがより良く感じ取るだろうし、より深く知ることができることは間違い無かった。

 

「もうこれ以上あんなことが起きることが無い……それだけ分かれば私は良い」

「……うん、分かった」

 

 目の前でトレーナーを失う。

 そんな経験をした男は深く息を吐いた。

 そんな想像をした少女は背筋を震わせながら頷いた。

 

「……ふう、いやはや、なんとも」

 

 何も思うところが無いわけでも無い。

 だからと言って、今更何かを言い出すのは……本当に今更過ぎる。

 終わってしまった過去を今更のように掘り返して誰も幸せにならないのは互いが良く分かっていて。

 

 ―――だからいつもいつもシャルとマギーの会話は何も生み出さない。

 

 結論に達することすらなく、半ばで切り上げる。

 突き詰めない、終わらせない、はぐらかす。

 

 決して忘れたわけではないけれど。

 

 シャルが過去に何をしたのか、マギーが何をされたのか。

 

 それを互いに忘れたわけではないけれど。

 

 最早それについて言及するには七年の時間は余りにも長すぎて。

 

 だから、告げない、言わない、突き詰めない。

 

「それじゃあ、私は戻るよ」

「……うん」

 

 それ以上告げれば、言ってしまえば、突き詰めてしまえば。

 

「…………」

 

 いつの間にか風化してしまった思いを自覚してしまうから。

 自覚させれば心の底から許されてしまうから。

 だからお互いに何も言わない、言い過ぎない。

 

 そんな惰性のような傷の舐め合いをいつまでも続けていた。

 

 割り切ることのできるようになるその日まで。

 

 振り切ることのできるようになるその日まで。

 

 

 

 

 

 * コミュニケーション【シキ/お母さま】 *

 

 

「だからね、その時お父さんに言ったのよ」

「はあ」

「そしたらね、お父さんてばね……」

「はあ」

「でもやっぱりその時はそれで……」

「はあ」

 

 困ったような表情でシキがお母様の言葉に淡々と頷いていた。

 声をかけると巻き込まれる、とは思っているのだが放って置いても後で絶対に絡んでこられるんだろうなという経験的予測があるので、嘆息しながら自ら向かう。

 

「母さん、シキが困ってるよ」

「……ハルト!」

「あら、ハルくん」

 

 視線を向け、自身を認めた途端にぱぁ、と顔を輝かせるシキ。多分母さんから逃げられるのが嬉しいんだろうなあ、と予想しながら苦笑した。

 ちょっと飲み物取ってきますと言って逃げ出したシキを横目に見ながら母さんのほうへと向き直り。

 

「あんまり急かさないでよ」

「何よ、ハルくんがいつまでもシキちゃんに手を出さないからでしょ」

「いや、まずまだ告白すらしてないのに」

 

 カイオーガと戦う前に告白はされたが、自分はそれに対してちゃんとした答えを返すことはできていない。

 

「良い子だからって、いつまでも変わらないなんて、思っちゃダメよ?」

「それは……分かってる、うん」

 

 ミシロに引っ越してきて、同じ日々を一緒に過ごして。

 シキに対する気持ちはもう明確なくらいに自覚していて。

 だから、いつまでも引き延ばしていてはならないと理解している。

 

 ただ。

 

「なんかこう……きっかけみたいなのが無くて」

 

 基本的に自分もシキもミシロから出ることも無いし、狭いミシロの中でそういうムードのようなものを望むのはまず無理だ。

 例えシキの家で二人きりになってもどこからともなく近所の子供の声や奥さんの噂話が聞こえてくるようなド田舎なのだ。

 そんな中で告白するとか、シキだって嫌だろうし、俺だって嫌だ。

 

「全く……そういうところだけ弱気なのお父さんにそっくり」

 

 ―――ぐふっ

 

 ―――センリ君?! いきなり吐血してどうしたんだい、気をしっかり持つんだ、センリ君!

 

「……申し訳次第も無い」

 

 どこかで父さんが血を吐いたような気がするが、きっと気のせいだろうと思う。

 しゅん、と項垂れる俺に、母さんが嘆息し。

 

「良い? ハルト。男の子はね、待ってるだけじゃダメなの。女の子の手を引いて攫って行ってあげるくらい行動的にならないと」

「……そ、それは、ちょっとハードルが」

 

 多分自分の手持ちにならできる……が、シキは人間である。

 エアたちとて別にポケモンだから、と言うつもりは無いが、それでも根本的にエアたちは『身内』なのだ。恋人云々以前に最初から家族だから、だから遠慮することなく踏み込むことができる、が。

 シキは元々が他人だ。それが偶然の出会いから縁が繋がって今までやってきた。

 だからこそ、尻ごみしてしまう……シキのほうへと踏み出すことを躊躇ってしまう。

 

「ダメ! お父さんに似て、弱気の上に奥手なんだから、今すぐここで誘うくらいの気概を見せなさい!」

 

 ―――ごはぁぁ!

 

 ―――せ、センリくぅぅぅぅん!!!

 

「……い、今?!」

「そうよ」

「い、いや……その、さすがに今この場では」

「……何が?」

「いや、だから……って、うわ!?」

 

 聞こえた声に振り返り、そこにシキがいることに慌てて数歩下がる。

 そんな自身の態度に不可思議そうなシキだったが、視線を母さんに一瞬向けて。

 

「シキちゃん、ハルくんがね、シキちゃんに言いたいことがあるんだって~」

 

 その一瞬を逃さず視線を合わせて告げる言葉にシキが首を傾げて再びこちらを見つめ。

 

「え……あ、その、その、えっと」

 

 視線を逸らし……た先にジト目のお母様がいて。

 再びシキへと視線を向けて、一瞬躊躇い。

 こくり、と唾を飲みこむ。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

 

「その……ね、シキ」

 

 ちゃんと言わなければならないことなのだと分かっている。

 今の今までズレこんだのは結局、自分が情けなかっただけの話で。

 だから、吐き出した息と共に弱気も吐き出すように、しっかりと吐いて。

 

 再び吸う。

 

 一瞬だけ、息を止めて。

 

「今度、一緒にでかけない?」

 

 少しだけ震える言葉で、そう告げた。

 

 

 

 * コミュニケーション【エア/アース/オメガ/アルファ】 *

 

 

「エア、ちょっと寄って」

「あ~? おかえり、はる~」

 

 コタツに潜ってすっかり蕩けたエアの横に座って入る。

 見やれば他にもアースに、オメガが同じように蕩けて机に突っ伏し、アルファに至ってはうつ伏せになってすやすやと眠っていた。

 

「は~あったか」

「あったかいわね~」

 

 炬燵の天板の上に置かれたカゴに詰められた果物を一つ取る。

 ポケモンフーズなどにも使われる『きのみ』だが、人間が食べることのできるものも実はそれなりの数ある。

 と言っても、一部極めて辛いものや苦い物、非常に硬い物などどうやったって人間の食べれる範囲の物じゃないようなものもあるが。

 

「甘い」

「んー、ハル、私にも一つ」

 

 別に食べたいわけじゃなかったのだが、目の前で食べられると何故か自分も食べたくなる……あると思います。

 とは言った物の、カゴの中を見やればこの種類は今取ったのが最後だったらしい。

 他のも無いことは無いが……。

 

「はい、あーん」

「ん……あ~ん♪」

 

 まあいいか、と結論付けて少しだけ食べた『きのみ』をエアのほうに差し出せば何の躊躇も無くエアが食べる。

 普段なら絶対にやらないのだろうが、どうやら今現在思考まで蕩けてしまっているらしい。

 恐るべき炬燵の魔力ということだろうか。

 

「うへへへ」

 

 アースも突っ伏したまま眠っているのか、普段は見せないようなニヤケた表情で涎を垂らしている。

 あの全体的に丈の足りない服装で寒くないのだろうか?

 上半身はコタツから出ているので普通に寒いと思うのだが……。

 

「んー、仕方ないかあ」

 

 出たくはない、出たくはないが、仕方ない、仕方ないと二度呟いてコタツを抜け出し、片隅に置かれた衣装棚からブランケットを取り出す。

 まあコタツで寝る奴なんて毎日のようにいるので、こういうこともあろうかと、とシアが用意してくれたのだ。

 相変わらず用意周到というか、何と言うか……まあ助かっている。

 

「アースは……良く寝てるな」

 

 アースの肩にブランケットをかけてやる。

 深く寝入ってしまっているのか、それで起きる様子は無い。

 元の住処が住処だけに、寒いのにもある程度耐性はあるらしいが、それでも十二月の寒さは厳しいらしい。冬になってからはすっかり大人しくなってひがな一日呆としていることが多くなった。

 だからこうして寝顔でも笑んでいるのを見ると少しだけ安心してしまう。

 

「……こいつは、いいか」

 

 コタツに入ってまで『ダメになるクッション』を離さないオメガは……まあ大丈夫だろう、伝説のポケモンだし。ゲンシカイキすれば『ほのお』タイプになるくらいだし。

 

 それから。

 

「こいつも完全に寝入ってるな」

 

 くーくーと小さな寝息を立てるアルファを見やり、嘆息する。

 温泉と言い、コタツと言い、伝説のポケモンの尊厳というものがこいつらには無いのだろうか。

 完全にコタツ布団の中に潜ってしまっているのでこいつにはブランケットも必要無いだろう。

 そうしてエアの隣へと戻ってきて。

 

「ほら、エア……風邪引かないようにこれ」

「んー……あ~、ありがと……」

 

 ブランケットを渡してやると、ゆったりとした声で返事が返って来る。

 もう眠そうだな、なんて言っているうちにうつらうつらとエアが机に突っ伏し。

 

「……くぅ」

 

 寝息を立て始める。

 

「本当はダメなんだけどなあ」

 

 コタツで寝ると風邪を引く、というが。

 まあポケモンだし案外大丈夫なのかもしれない。

 

 というか……。

 

「俺も眠たくなってきた……」

 

 パーティ料理をたくさん食べて。

 

 みんなでいっぱいお喋りもして。

 

 ちょっと息抜きにコタツで一休みしてればそれは眠たくもなる。

 

「……ふぁあ」

 

 欠伸を一つ。

 

 隣に眠る愛しい少女に手を伸ばし、そっとその頭を撫でる。

 

「ん……ん~……」

 

 触れるその手をどう思っているのか、分からないけれど、少しだけ笑んだその意味を都合の良いように解釈することにして。

 

「……エア、おやすみ」

 

 ブランケットを羽織って、瞼を閉じる。

 

 コタツの熱がじんわりと体を温めていき。

 

 そうしてゆったりと、微睡みの中へと意識は落ちていった。

 

 

 




アルバハHL自発クリア!!!!!!!!!!!!!
してたら軽く徹夜で書くハメに……。

因みにグラブル、フェス期間中に200回ガチャ回して金月6のメドゥ石。

それだけ。

それだけだよ!!!!!!!!

なんでSSRどころかSRやRキャラの解放すら一回も無いんだよ!!!!!

確率は狂っている、だがもう良いのだ。
アルバハHLが楽しすぎてもう全ては許されたんだ……。


あ、因みにこれでクリスマスドールズ終わりです。


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言葉にするということはけっこう重要

お正月気分が抜けたのが先週だったんだが、抜けた矢先に「じゃあ書き始めるか」ってタイミングで古戦場だよ!

あ、個ラン98000位でした。勲章うまうま。
何気に初めて貢献度1億行ったわ。


 

 

 当たり前と言えば当たり前の話だが。

 人間とポケモンでは身体能力が大きく異なる。

 外見的には非常に小柄なチークでも子供の自身より筋力は高く、瞬発力は大人よりも高い。

 さらにその全身から発せられる電撃は、下手をすれば人を殺傷できるほどの威力があり、危険としか言いようが無い。

 とは言え『でんき』タイプのポケモンが自身の体から発せられる電力を調整できないはずが無い。

 

 故に。

 

「ほい、一人目さネ」

 

 小柄なチークがさらに身を低くし疾走する。

 そうして周囲を威嚇するように立ちふさがるポケモンたちを置き去りに、道路に立っていたロケット団員に傍に寄るとその背に一瞬触れ、ぱちん、と弾けるような音が鳴ると同時に黒ずくめの男が崩れ落ちる。

 

「二人目」

 

 そのことに驚き固まる他の団員たちを他所にさらに速度を上げて再びその手の中に電気を生み出し。

 触れた瞬間また一人崩れ落ちる。

 と同時に驚きに固まっていた団員たちが動き出し。

 

 指示を出す、途端ポケモンたちがチークのほうへと向く、と同時にチークが逃げ出す。

 見たところレベル上限に達した個体はいないかもしれないが、六体も七体もポケモンに囲まれれば数の利で負ける。何せ相手の使っている『どく』タイプのポケモンたちとチークは基本的に相性が悪いのだ。

 逃げ出したチークを追うが、純粋なレベル差と種族値の差で追いつかれることは無い、無いがそれでも一瞬で二人も仲間を気絶させたチークを逃すまいと団員たちはポケモンを追わせる。

 

「さて……いつまで持つやら」

 

 最初の問題はクリアした。

 咄嗟の判断だった、間違っているかどうかを確認する間も無いので即断した。

 今見えている六人ほどのロケット団の団員たち。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 何をやるつもりかは知らないが、絶対に面倒なことをやらかすつもりに違いは無い。

 故に行動する前にこちらに注意を引き付ける。

 チークを放置して事を起こせば障害になる、そう思わせなければならない。

 稼いだ時間が長いほどに事態の解決にトレーナーたちが駆けつけてくる。

 

 故に、次なる問題はどれだけの間引き付けていられるか、だが。

 

「あと一体いればなあ……」

 

 チーク以外の誰でも良い、誰かいれば引き付けている間にトレーナー側を制圧することも可能だった。

 いや、アタッカー勢ならば逆に正面から相手を全滅させることも可能だったかもしれないが。

 と言っても今いない仲間のことを考えても仕方ない。

 今ある手でどうするかが問題なのだ。

 

「一体いれば、良いのかい?」

 

 振り返った先にいたのはロングコートを着た女だった。先ほどまで店内のカウンター席で新聞を読んでいた人物だ。

 歳の頃二十代前半と言ったところか、編んだ紫色の髪を垂らしながら不敵に笑みを浮かべていた。

 

「……行けるの?」

 

 事態が切迫しているため余計な前置き無く尋ねればくつくつと笑ってボールを構えた。

 

「問題無いさ……私はあいつらの()()だからね」

 

 女が投げる、そうして出てきたのは。

 

 

 * * *

 

 

 空に暗雲が渦巻く。黒く、暗く、空が染まり。ざあ、と途端に雨が降り出す。

 

「クワックォ!」

 

 ロケット団の団員たちの前に現れたゴルダックが空に向かって吼えた途端に降りだした雨に、それが『あまごい』であることに気づき。

 先ほどのヒトガタらしき少女を追って、自分たちのポケモンが離れた場所に行ってしまったことを今更ながらに思い出す。

 つまりポケモンを前に自分たちは無防備であることを認識し……。

 

 咄嗟にボールを投げる。

 さらに追加で出てきた数体のポケモン。

 いざ、と言う時のために取っておいたポケモンたちだが、今使わねば終わる、その直感に従って最後の『切り札』を切った。

 

 “あまもり”

 

 一瞬焦らされたが数の利は明確だ、相手が一体ならば問題無いと考えて。

 

 “シンクロノイズ”

 

 直後に響いた不協和音に顔を顰める……と同時にダメージを受けてバタバタと『ひんし』になって倒れていく『切り札』のポケモンたちを見て驚愕する。

 何をされたのか、そんなことを考えたが答えが出るはずもなく。

 

 一つ分かっているのは、今自分たちの手元には戦えるポケモンがいない、ということ。

 

 そして。

 

「クワァ!」

 

 目の前で戦意を昂らせた危険な存在がいる、ということだ。

 

 詰んでいる、そのことに気づいたのは直後のことで。

 

 やがて戻って来たポケモンたちも同じように一瞬で『ひんし』に追いやられ、団員たちが完全に降参するまで数分もかからなかった。

 

 

 * * *

 

 

 実のところ、いくら犯罪者相手とは言えポケモンが人間を攻撃する、というのはかなりグレーゾーンな行為である。

 先ほども言ったように人間とポケモンでは保有する危険性というものが段違いである。

 である以上、軽々しくポケモンの牙を人間へと向けるのは()()()()()

 対応としては間違いではないが、けれど決して正しくはない。

 

 だからグレーゾーン。

 

 とは言えチークが加減して相手を動けないように痺れさせるだけに留めていたこともあり、ジュンサーからの注意喚起だけに留まった。

 状況だけ考えれば俺たちの行動は十分な正当防衛であり、さらに言うなら実質的な被害はゼロな以上はそれ以上どうこうは言えない、というのが実際のところなのだろうが。

 

 とは言え今回の件は俺としても反省するところもあった。

 

 今回はヴィオ(後で聞いた女性の名前)さんがいてくれたから良かったものの、誰もいなかったならばどうなっていただろう。

 少なくとも、今度からは最低一人はアタッカーを連れてくるようにすると心がける。

 まさか街中でこんな騒動が起きるとは思わなかった……よく考えれば実機ストーリーでも割と街中で事件とか起きている気がするし、案外気が抜けないのかもしれない。

 

「お疲れ、チーク」

 

 帰りの船の上。

 朝早くから起きた事件だったので、なんとか昼の船までに間に合って良かった。

 ごたごたのせいで家に連絡ができなかったが、まあ最初から今日帰ると伝えてあるので問題は無いだろう。

 

「ホント、疲れたさネ」

 

 揺れる船の甲板で風を浴びながら珍しく疲れた様子のチークに船内でもらってきたジュースを渡す。

 早速開封し、こくこくと中身を飲むチークを横目に見ながら珍しいなと零す。

 

「そんなに疲れたか?」

 

 自分で言っておいてなんだが、チークのスペックを考えればあの程度で疲れるか? という疑問もあった。だから目の前で消耗している様子の少女を見て、本当に珍しいと思ったのだ。

 そうしてそんな自身の内心を知ってか知らずか、少女が苦笑いして告げる。

 

「だから言ったさネ……歩きづらいって」

 

 台詞の後半、か細くなっていく声にチークが照れているのが分かってしまい、こちらまで赤面してしまう。

 そんな自分を見て、キシシ、とチークが笑った。

 

「戻ろっか……ちょっと風が冷たいヨ」

「ん……そうだな」

 

 上気した頬をひんやりとした風が撫でる。

 十二月の海上はとにかく冷たい。先ほどまでは気にしていなかったが、言われると確かに体が冷えていることに気づく。

 船内の自室に戻ると断熱された室内は仄かに暖かく、ほっと息を吐いた。

 ベッドの上にぴょこんと座ったチークに苦笑しながら部屋の片隅に置かれたポッドでインスタントコーヒーを淹れる。

 湯気立つ珈琲を一口含み、喉を通る熱の塊に肺腑が焼けるような感覚すらあったが、けれど風ですっかり冷やされた体には内側からじんわりと滲む熱が心地よかった。

 

「チークもいる?」

 

 尋ねながらもう一つ淹れて、チークに渡す。

 ありがとうを言いながらそれを受け取り、ふうふうと何度となく息を吹きかけて。

 

「……あち」

 

 まだ熱いらしい、それをちびちびと飲む。

 そんな姿を可愛らしいなと思いながらもう一つのベッドに腰掛ける。

 

「……ん? アチキの顔に何かついてるかナ?」

「え、何が?」

「笑ってるよ、顔」

 

 言われ、思わず頬に手を伸ばす。

 触れてそこで初めて自分が笑っていたことに気づいた。

 

「……いや、その」

 

 少しだけ躊躇する。きっと以前までの自分なら何の躊躇いも無く言えていたのだろうが。

 今はそれを気恥ずかしく感じる、冷えた頬がまた僅かに上気して。

 

「可愛いなあって……見惚れてた」

 

 告げる言葉にチークが一瞬、何を言っているのか理解できないとぽかんとして。

 

「……な、なな、にゃにを言ってるんだヨ」

 

 顔を真っ赤にして台詞噛み噛みでそんな言葉を返した。

 よく見れば全身ぷるぷる震えているし、ちらちらと何度もこちらを見ているのに視線が合いそうになるとすうと逸らされる。

 そんな愛しい少女の姿を見て、また可愛いと思っている自分は、随分と変わったのだと今更実感した。

 

「はあ」

 

 珈琲を飲み、嘆息する。

 この短かった旅行もようやく終わりを告げるのだと思うと。

 

「……大変な旅行だった」

 

 博士号だけもらってさっさと帰るつもりだったのに、実験記録取ったり、チークとアレなことしたり、テロリストに襲われたり。

 本当に大変な旅行だった。

 

「次回からはもう一人誰か連れてこよう」

 

 それは本当に反省だ。

 世の中何が起こるか分からないという証左でもある。

 ホウエンはすでに比較的平和ではあるが、それでも犯罪というものが起こるし、いつそれに巻き込まれるやもしれない。

 そういう意味で自衛手段は必須だろう、今回のことでそれが良く分かった。

 そう思って告げた言葉だったが、気づけばチークが苦笑していた。

 

「どうかした?」

「いや、そのネ」

 

 先ほどの自分と同じように、少しだけ言いずらそうにしながら、それでも困ったように笑みを浮かべて。

 

()は……ハルトと二人で来られて良かったって、そう思ったから」

 

 どきん、と胸が弾んだ。

 鼓動が早くなる。

 

「そ、そっか」

 

 なんてそれだけしか返せないくらいに動揺してしまっていた。

 正直その不意打ちは卑怯だ。何の心の準備もできていなかったからもろに受けてしまった。

 けれどふと見やった少女の顔は自分と同じくらい真っ赤で。

 

「ぷっ……恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「……それをハルトが言うのかなあ」

 

 思わず吹き出し、笑ってしまった。

 笑ってそんなこと言ってしまったけれど。

 ああ、なんてことはない。

 

「ん、確かにそうだね……そうだよね」

 

 ああ、そうだ、本当になんてことのない話。

 

「言わないと伝わらないことだよね」

 

 絆はある、今もこの瞬間も、確かにチークとの強い繋がりがこの胸の中にはある。

 昔はそれが全てだと思っていた。それさえあれば良いのだと思っていた。

 けれどそうじゃないんじゃないか、と今は思っている。

 この絆はたくさんのことを教えてくれる。大切なこともたくさん知っている。

 

 でも、全てを教えてくれるわけじゃない。

 

 伝えられないことだってあるし、隠したいことだってあるんだ。

 だから、だから、だから。

 

「ねえ、ハルト」

「……どうした?」

 

 言葉にしなくても全て伝わるなんて、幻想なんだ。

 

「本当に……私で良かったのかな」

 

 ただ思い合ってれば好きあっていれば、ずっと一緒にいられるなんて、夢物語なんだ。

 

「……そんなこと今更に聞くの?」

 

 今更でも、何でも、不安な物は不安で。

 特に自信の無い彼女だから、伝え合った言葉にすら時間を置けば不安が滲みだしてしまう。

 

「それでも……もう一度、ううん、何度でも聞きたいから」

 

 言って?

 そう告げる彼女の表情にくすりと微笑む。

 そんな少女に対して少しだけ逡巡しながら、それでも。

 

「好きだよ……チーク」

 

 告げた言葉に少女が反芻するように、目を閉じ、何度もこくりと頷き。

 

「本当に?」

「ああ、本当だよ」

 

 きっと無意識なのだろう、こちらへと伸ばした少女の手を掴み。

 

「本当の本当に、私なんかでいいのかな?」

「昨日だって言っただろ……なんか、なんて言うな。俺は、()()()()()

 

 告げる言葉、触れた手の温度が熱いくらいに感じていて。

 きっとこの先、何度も言うだろう台詞、目の前の少女が自分に自信が持てるまで、何度だって告げるだろう台詞だが。

 

 それでも……きっと。

 

 何度告げようと、この胸の高鳴りは続くのだろう。慣れることなんて考えられないほどに、心臓が痛いくらいに早鐘を打った。

 それでも、この鼓動のほんの僅かでも、目の前の少女に伝わって欲しいと、何度も何度も、手を握り言葉を繰り返すのだろう。この先もずっと、ずっと。

 

「お前が自分の自信を持てるまで、何度でも言ってやる」

 

 何度でも、何度でも。

 

「俺は、お前が良い、ってな」

 

 告げる言葉にチークが短く頷き。

 

「……うん、ありがとう、ハルト」

 

 薄っすらと、けれど、ほころぶような笑みを浮かべた。

 そのまま立ち上がり、目の前の自分へと抱き着くように倒れ掛かって。

 

「大好きだよ」

 

 耳元で呟かれた一言に、笑みを零した。

 

 




いい加減面倒になったきたので、後日談適当なとこで切り上げます。
具体的にはあとイナズマとリップル、シキだけは確実に書いて、そこから後は思いついたら気まぐれに投稿みたいな形にする。
すまんな、正直仕事が忙しくて中々執筆時間も取れない、このまま最後まで書いてたらカロス編がまた来年になりそうだし、イズモ編とかまじで十年後になりそうだ。

というわけであとメインヒロインの三人だけ書いたらカロス編に移行します。

大雑把には話も決めてあって全50話くらいになる予定。
ただ最初旅させようかと思ってたけど予定変更してシティアドベンチャーになりそう。


因みに今回出てきたヴィオさんとか前回のセレナちゃんとか全員出てくるよ。


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どう考えても事案過ぎる件

 

 

「…………」

 

 告げられた言葉の意味を理解しようとして、たっぷりと沈黙する。

 

「…………」

 

 沈黙する。

 目頭を指で押さえて軽く揉む。

 

「…………」

 

 腕を組み、頭を悩ませ。

 沈黙し、思考を回して。

 

「…………」

 

 回して、回して、回して。

 

「…………」

 

 たっぷり一分近くそうして、最終的に出てきた言葉は。

 

「……は?」

 

 その一文字だった。

 

 

 * * *

 

 

 カントーからホウエンへと戻って来ると、真っ先にその気温の差異に驚く。

 向かった時はそう気にならなかったが、いざ戻ってきてみるとホウエンはカントーと比べて随分と温暖な気候なのだと分かる。

 カントーは寒いと聞いていたのでそれなりに防寒対策をしていたのだが、そのままホウエンに戻ってきてみると十二月の寒空にも関わらずじんわりと服の下が汗ばんでいた。

 クチバからミナモへとたどり着くと、そのままミナモからカイナへと高速船に乗って半日でたどり着く。

 すでに日も落ち、どっぷりと暗く染まった空を見上げながら嘆息する。

 

「ダメだな……こりゃ」

 

 午後八時。今から帰るには少しばかりミシロは遠い。 

 誰かに迎えに来てもらうのも考えたが、まあそこまでして急いで帰る必要も無い……いや、物寂しさもあって帰りたいのも事実だが、無理をする必要は無いのでカイナシティで泊まってから帰ることにする。

 幸いにもポケモンセンターに空き部屋があったので問題なく宿は確保できた。

 

「チーク、ちょっと家に電話してくる」

「あいあいサ」

 

 長旅疲れもあってか部屋に入るとさっさとベッドでダウンしてしまったチークに声をかけて部屋を出る。

 ポケモンセンターに設置された公衆電話を借りて実家に連絡を取る。

 本来の予定ならば今日には帰るはずだったのだが、一日伸びてしまったのならば言っておく必要もあるだろうと思ってのことだったのだが。

 

『ま、まま、マスター?!』

「イナズマか? 実はさ」

『たたたた、大変です! 大変なんです!』

「……どうした? 何があった?」

 

 平時ではあり得ないような慌てた姿に、何かまた厄介亊が起こったのかと顔を強張らせ。

 

『エアが……』

 

 そうして、直後に告げられた一言に。

 

「…………」

 

 沈黙。

 告げられた言葉の意味を理解しようとして、たっぷりと沈黙する。

 

「…………」

 

 沈黙する。

 目頭を指で押さえて軽く揉む。

 

「…………」

 

 腕を組み、頭を悩ませ。

 沈黙し、思考を回して。

 

「…………」

 

 回して、回して、回して。

 

「…………」

 

 たっぷり一分近くそうして、最終的に出てきた言葉は。

 

「……は?」

 

 その一文字だった。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンドクターとは一般に、ポケモンのお医者さんと言われる。

 言われるというか実際そうなのだが、一言にポケモンの医者、と言っても実のところその種類のようなものがあったりする。

 普通に考えれば分かることだが、人間だって外傷を専門とする外科や臓器類を専門とする内科、整形外科、循環器科など『人間』という一つの生物の体に対していくつもの専門を分別しているほどに医者という職種に求められる知識の量というのは尋常ではない。

 だがポケモンドクターというものにそういった区別はつけられない。

 

 というかポケモンにとって大半の外傷というのはポケモンセンターで治療したり『きずぐすり』などの道具を使えばあとはポケモン自身の自然治癒能力で回復してしまう。

 病気に関してもそうだ、ポケモンというのはとにかく丈夫な生物であり、大半の病気は自分だけで治せるし、治せなくてもちょっとした薬(この場合人間用の薬ではなく、薬剤用に配合されたきのみなどが多い)を処置すれば一日、二日で完治してしまう。

 

 まあそれでも年齢を重ねるごとに衰えるし、そうなれば病気にだってかかりやすくもなる。

 それに余程深刻な病気になればそれが原因で死に至ることもある。

 故にポケモンドクターというのは必要とされるのだが、ほとんど大半の問題はポケモンセンターで解決できる以上、ポケモンドクターに必要とされる知識の量というのは人間相手の医者と比べて随分と少なくなる。

 

 問題は、ポケモンという存在が一言で括ってしまうには余りにも定義が広いことにある。

 

 例えばコイキングなど魚そのままのポケモンとスピアーなどの虫そのままのポケモン。

 

 果たしてこれが同じ要領で治療してしまって良いのだろうか?

 という話。

 そもそも水棲のポケモンと虫、動物など陸棲のポケモンでは生活環境も食べる物も違い過ぎるのに、同じ病気になる、などということがあり得るだろうか。

 故にポケモンドクターはポケモンの『種類』で専門を作る。

 

 例えば『みず』タイプの水棲系ポケモンを専門にするポケモンドクター。

 例えば『ほのお』タイプを専門にするポケモンドクター。

 例えば『いわ』や『はがね』タイプなど無機質なポケモンを専門にするポケモンドクターなど。

 

 現実的に考えればそういう風に別れていて当然なのだ。

 世界中で六百、七百……未だに知られていないポケモンなどを考えれば八百を超えるかもしれない全てのポケモン全てを見ることのできる医者など普通に考えればあり得ないのだが。

 

 そしてこの世界特有の問題もある。

 

 『ヒトガタ』だ。

 

 見た目からしてそうだが、本来の姿とヒトガタの姿では体の構造が丸っと違う。

 あるべき臓器などは同じなのだが、ヒトガタの臓器の配置や血管の繋がりなどは人間のそれに非常によく似ている。

 故に専門とする分野のポケモンであろうと『ヒトガタ』であるというだけで勝手が変わってしまうことも多いのだ。

 じゃあ人間の医者に見せれば良いのかと言われると、やはり『ヒトガタ』であろうとポケモンはポケモンであり、人間には無い臓器や部位などがあり、人間の医者からしても勝手が違う、としか言いようが無いのが現状らしい。

 つまり『ヒトガタ』を診察するためにはポケモンドクターとしての知識と人間の医者としての知識、両方を高いレベルで兼ね備えていなければならない、という難題があるのだ。

 

 なのに『ヒトガタ』というやつは世界的に見ても数が少ない希少な存在であり、例えそれができるとしても『ヒトガタ』を診察する機会なんてもの余程のことが無い限り存在しない。

 つまり骨折り損でしかない場合が多いのだ。単純に医者をやりたいなら人間かポケモン、どちらかに絞ったほうがマシであり、『ヒトガタ』のためだけにそこまでやる人間などこれまで存在しなかった。

 

 何せ勝手が違う、というだけで別にポケモンドクターでも診れなくは無いのだ。

 

 先ほども言ったがポケモンの治癒能力は非常に高い。

 なので大まかな診察でも後はポケモン自身に治してもらうようにすればどうにかなる。

 

 実際自分が手持ちたちを診てもらうのも、父さんの伝手で紹介してもらったポケモンドクターだ。

 うちの手持ちたち全員が専門分野、と言うわけではないが簡単な検査くらいならしてもらえる。

 だいたいどんな世界でも共通だが、最初は診療所だ。そこで手に負えなければ専門的な病院の紹介をしてもらう。

 まあ勿論、ポケモンリーグチャンピオンとしてポケモン協会に紹介してもらう、という手もあるが、何だかんだと七年も世話になっている人なのでついつい気兼ねなく頼ってしまうのだが、当然専門分野じゃない上に片田舎の町の診療所に過度な期待はできない。これまでも何度か手に負えないと紹介状を書いてもらったこともあったのだが。

 

 今回の場合、ちょっと話が違う。

 

 いや、大分話が変わってくる。

 

「どういうことかこちらにも分からないけれど」

 

 そう前置きして、ドクターはエアに言った。

 

「キミはもう、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなことを、あっさりと言ったらしい。

 

 

 * * *

 

 

 二日前。

 ちょうど自分たちが朝からテロに巻き込まれていた頃。

 エアが自室で倒れていたのをシアが見つけた。

 以前にもあったことだけに、すぐにポケモンドクターに連絡をつけて診察してもらうことになったのだが……。

 

 診察をしたドクターは頭を抱えたそうだ。

 

 ポケモンがポケモンたる最たる理由は体躯の『伸縮機能』にある。

 ポケットモンスター、つまりポケットの中に入ってしまうくらいに『縮んで』しまう存在。

 これはポケモンとしての生体機能の一つであり、本来は命の危機に瀕した時に体を縮小し隠れるためにある機能だと言われている。

 そしてこれを応用したのがモンスターボールである。

 どんなポケモンだろうと『ポケモン』である限りこの生態機能は存在しており、逆に言えば通常の動物とポケモンを分ける明確な線引きと言える。

 

 ドクター自身何度も何度も間違いだと思った、らしい。

 それでもやはり何度試行しても結果は同じ。

 

 結論だけ言えば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまりエアはもうモンスターボールに入れることはできない。

 そうすると最早『ポケモン』としての定義から外れる。

 ドクター自身別に『ドラゴン』ポケモンが専門というわけではないので絶対とは言えないことだが、体内もまた極めて人間のそれに酷似しているらしい。

 『ヒトガタ』なのだから、と思ったがどうやらそれともまた違う。ヒトガタは体内の構造が人間に似ているだけでそのポケモン生来の臓器や器官などはちゃんとあるらしい。例えば『ほのお』ポケモンが体内で炎を生み出す器官や、『みず』ポケモンが水中でも呼吸できる器官などだ。

 そういう『ポケモン』らしい臓器や器官すら見当たらない、言って見れば人間の体そのものにしか見えない、というのがドクターからの診察結果だった。

 

 いや、それもまた重要なのだがもっと重要なのはその後。

 

 体内の構造を見る一環でレントゲンを撮ったのだが……()()()()()()()()()()()

 腹部の辺りに横たわる小さなな何か。レントゲンで撮ったせいで良く分からない何かとしか言えなかったが()()()()()に気づいたドクターがさらに検査して出した結論が。

 

 

 ―――妊娠している、ということだった。

 

 

 ポケモンには生殖器が無い。

 彼らが卵を作る過程というのは未だに学者の間でも推論程度のものしか存在しないのだが、それだけは事実だ。

 つまり彼らは直接交尾というものをしない。愛情表現にスキンシップすることはあっても、性交渉をする器官が無い以上直接的な方法で繁殖しているわけではないのは確かだ。

 

 だからポケモンドクターからしてその発想は最初頭から抜け落ちていた。

 

 だがその直前、すでに『ポケモン』の定義から外れている、という結果を踏まえれば決してあり得ない話ではないと考えた。

 伝えられたほうからしても驚天動地の話である。

 

 ポケモンが妊娠する、というのはそれほどまでに『あり得ない話』であった。

 

 

 * * *

 

 

「あり得ないだろ」

『現実です、マスター。現実ですよ!』

 

 一瞬遠のく意識をイナズマの強い言葉が引き留める。

 数秒沈黙し、大きく息を吸って、吐く。

 吸って、吐く。

 吸って、吐く。

 三度繰り返し、僅かに平静を取り戻して。

 

「間違いないんだよな?」

『はい、いつものお医者さんが言うには間違いないそうです』

 

 断言されたイナズマの言葉に思考がぐるぐると回る。

 

 まず第一にポケモンがポケモンでなくなる、という事実。

 驚きはあったが、同時に納得のようなものもあった。

 何故ヒトガタはあれほど人間に近い姿を取るのか。

 エアたちを見て人間じゃないという事実にどれだけの意味があるのか分からないほどに人間そのものな彼女たちが今更人間になったから、と言ってどれほど違いがあるのか、という話。

 だから驚きはあっても、受け入れることは難しくない。そう、これは、まだ。

 

 問題は。

 

「……妊娠、て」

 

 妊娠、つまりお腹の中に子供ができた、ということ。

 そうなった原因は……。

 

「……あるけどさあ。あるけどさあ」

 

 レックウザと戦う前日のアレなんだろうけど、なんだろうけど。

 むしろそれしか考えられない。

 もし万一エアが他に好きな人ができて、とかも考え……られないな。

 

 俺とエアの間に、あの日結んだ絆が未だに繋がれているのがその証だろう。

 

 暖かくて、優しくて、愛しいこの絆がある限り、俺はエアを信じていられる。

 だから間違いなく、原因はあの日なんだろう。

 

「…………」

 

 思わず無言になる。

 少しだけ思考し。

 

「取り合えず明日帰る。エアはもう今日家にいるんだよな?」

『あ、はい……もう寝てます。さすがに自分でもびっくりしたみたいで』

 

 だろうな、と頷く。

 同じ当事者の片割れではあるが、エアの場合、自分の体の問題もある。衝撃はより大きいだろう。

 

「なるべく朝早い内に帰るようにするから、俺が帰るまでエアのこと頼んだ」

『分かりました……待ってますね』

 

 頼んだ、と告げて電話を切る。

 それから部屋に戻って。

 

「おかえりーハルト」

 

 告げるチークの声に生返事を返しながらベッドに倒れ込む。

 

「……ハルト?」

 

 不思議そうなチークの声を他所に。

 

「うわああああああああああああああああああ!!!」

 

 羞恥心とやってしまったという内心にバタバタと悶えていた。

 

 

 

 




先月1話しか投稿しなかった屑がいるってマ?


おひさ。
どうにも仕事のストレスで何も思い浮かばずゲームばっかしてる俺です。
グラブル闇古戦場走りまくったし、これで執筆できるなって思ったら四象やるし、光古戦場もうすぐだし、あとあと最近PSO2復帰しました。5鯖に移動して遊んでるので同じ鯖の人いない?
うっかり常設でリミュエール拾ったからアトライクス武器作ってぶんぶんしてる。楽しいぞ。楽しいぞ。

今回はまあ前から言ってたエアちゃんの妊娠話。
全然言及してなかった気がするから言うけど、メガシンカと違ってメガ進化しても外見変わらないのでエアちゃんはロリマンダのままです。
腹ボテロリ……事案では???


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【番外編】愛ではなく、恋でもなく【IF】

注意!

番外編です。
というかIF編です。

【もし】【擬人化設定無かったら】というIF。


 

 

 

 いつだって彼女は俺の隣にいた。

 

 五歳の時、親の都合でホウエンへと引っ越してきた時に出会ったのは彼女との最初の出会い。

 それから色々あって、十日ほどホウエンを旅してかつての仲間を集めたりしたが、それはまた別の話として。

 それからずっと幼馴染として、親友として、共に遊び、時に学び、寄り添いながら生きてきた。

 

 俺の隣を見やればいつだって彼女はそこにいて。

 それが余りにも当たり前のことで。

 だからこそ、なのだろうか?

 余りにも共にいることが当たり前になり過ぎて、逆に彼女のことを意識していなかった。

 

 ―――二人は恋人なの?

 

 と、何度か友人や家族に尋ねられたことがあったが、その度に俺は親友だ、と答えてきた。

 実際そうだったし、今でもそうだ。彼女に対して自分はかけがえのない親友だと思っているが、けれど同時にそれ以上の感情を抱いていなかった。

 

 そうして十年経って、友人たちが次々と結婚しだす。

 母親は触発されて早く結婚して孫の顔を見せてね? と言い出すし。

 父親はお父さんを残して行かないでくれ、と泣きながら懇願してくるし。

 この世界は十歳が成人だから、結婚といったことに対する意識も前世よりも随分と早い。

 

 ただ俺も、彼女も。

 

 夢があった。

 

 子供らしく、キラキラとした夢があった。

 

 目的があった、それをしなければこの先とんでもないことになる、だから、しなければならない。

 それだけの話だが、それがとんでもなく大変で。

 十二歳の時にその目的は達せられたのだが、物語のようにそれでめでたしめでたし、とはいかないのが現実というもので。

 

 一つ終えればまたその次が。

 

 次の目的、次の夢、次の希望。

 

 そんなものが芽生えてくる。

 

 がむしゃらだった昔とは違い、多少の余裕もあったが。

 けれどそういう性質だったのだろう、俺も彼女も。

 自身が描いた夢のために一心に走った。

 

 そうすると時が経つのは早いもので。

 

 気づけば俺も彼女も、二十を超えていた。

 

 先も言ったがこの世界において恋愛や結婚というのは前世よりも随分と早い。

 周りの友人知人もみな、十五、六。遅くとも十八までには結婚して家庭を作っていた。

 振り返ってみて、自身に果たしてそんな付き合いのある異性がいただろうかと考えて。

 

 誰も居なかった……。

 

 それを寂しいと思う反面、自身の夢のために突っ走ってきたここ数年を後悔していないことも事実だった。

 けれどふと振り返ってみて……昔願った自身の夢はけれどすでに半ばまで達せられた今を振り返ってみて。

 少しだけ、ほんの少しだけ、夢から醒めたような気分で自身を振り返ってみれば。

 

 隣に彼女がいた。

 

 初めて会って、十五年以上経って。

 それでもまだ、彼女は隣にいた。

 別々の夢を追いながら、けれど俺たちは一度として離れることなく寄り添い続けた。

 

 愛でもなく、恋でもなく。

 

 一度どしてそれ以上の好意を抱くことも無く、けれどそれでも親友未満になることも無くずっとずっと俺たちは一緒だった。

 今でも好きだ、ただしそれは友達として、異性としてでは決して無い。

 可愛いと思う、でもやっぱり友達以上には見れない。

 けれど自身の周りは次々と結婚してしまい、出会いも無く。

 唯一自身の周りにいる異性と言えば彼女しか残らないのもまた事実で。

 

 ある日。

 流星の降る七月のある夜。

 自宅の屋根で彼女とそんな星空を見ていた。

 十年ほど前にも同じようなことがあったね、と二人で話ながら。

 

 ふと、思いついてしまったのだ。

 

「ねえ……ハルカちゃん」

 

 自分でもそれまで一切気にもしていなかったはずの選択肢。

 絶対あり得ないと思っていた選択肢が。

 

「俺と結婚する?」

 

 ふと、漏れた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――あの子とどうなの?

 

 そんなことを何度か母親に聞かれたことがある。

 

 ―――そっか、ハルカももうそんな年頃かあ。

 

 そんなことを父親も呟いていた。

 いつも一緒な彼のことを両親はお互いにそういう関係であると思っていたらしい。

 では実際のところ彼のことをどう思っているか、と言われると。

 親友、としか言いようが無かった。

 

 出会ってから十五年以上経つが、けれどその感情は変わらなかった。

 

 周りのみんなが恋愛して、結婚して、家庭を作っている横で、私と彼は夢に向かって一心不乱に走っていた。

 

 ―――俺たち似た者同士かもね。

 

 そんな風に笑う彼が好きだった。

 でもその好きは決して異性としてのそれではないこともまた分かっていた。

 恋人どうしでやるようなことを彼とやる、と想像しても。

 想像できてしまう、だがそれでもそこに意味が見いだせない。

 ドキドキもしないし、気恥ずかしくなるようなことも無い。

 

 もしかすると怖いのかもしれない、と考えたことがある。

 

 彼は私にとって唯一と言っても良い『理解者』だったから。

 一番理解してくれて、一番共感してくれて、振り返ればいつだって笑って背中を押してくれる。

 かけがえの無い親友であり、何よりの心の支えと言っても良かった。

 幼い頃に描いた夢は、子供のちっぽけな空想で思い描いた夢は、実現するためには早々簡単に行くはずも無いことばかりで。

 苦しいこともあった、辛いこともあった。

 何度も、何度も、心折れそうになって。

 

 でも彼は言ってくれた。

 

 ―――大丈夫だよ、ハルカちゃんなら絶対、大丈夫!

 

 いつだって背を押してくれた。

 私が描いた夢を、素敵なものだと言ってくれて、一度だって否定することも無く()()()()()()()()()()()

 夢と現実のギャップに苦しんでいた私にとって、間違いなくそんな彼の存在は心の支えだった。

 

 ―――辛いなら戻ってきても良い。

 

 そんな風に両親は言ってくれた。私を心配して、辛いなら、これ以上苦しむのが嫌なら、逃げることだって大切だと、そう言ってくれた。

 嬉しいと思う、心底心配してくれているのが分かるから、だから嬉しい。

 

 でもそうじゃないのだ。

 

 私は逃げたいわけじゃないのだ。

 確かに苦しい、確かに辛い。

 それでも私はこの道を選んだ、この夢を思い描いた。

 だから貫き通したい。

 

 そんな時に欲しいのは慰めではない、激励だった。

 

 そしてそんな私にたった一人、頑張れ、と。

 

 そう言ってくれたのは彼だけだったから。

 

 だから、親友以上に彼をしてしまうことが怖い。

 だって彼は私を親友だと思ってくれているから。

 変わってしまうことが怖い、変えてしまうことが怖い。

 変わってしまって……唯一の支えを失くすことが、何よりも怖い。

 

 そういうことなのかもしれない、と。

 そんなことを考えた。

 

「俺と結婚する?」

 

 そんな全くの不意打ちに。

 

「ん、いいよ?」

 

 何も考えること無く答え、直後に疑問が出た。

 

「……え?」

「……え?」

 

 何よりも、私に向かって問いかけた本人が一番不思議そうで。

 

「……ぷっ、ハル君が言ったんじゃん」

 

 思わず噴きだした私に、彼はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――こうしてハルカちゃんと結婚することになった。

 

 軽く答えられたが、さすがに大事なことなのでもう一度ちゃんと尋ねてみたが答えは変わらず。

 

「ハル君こそ、私で良いの?」

 

 逆に問われて困惑する。

 だってプロポーズしておいてなんだが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 異性だと知ってはいる、知ってはいるがそういうことを彼女としたいと思わない。

 勿論嫌いなわけじゃない、というか大好きだ、親友だ。

 それでも、やはり親友なのだ。

 

 でもやっぱり。

 

「俺の隣に誰かいてくれるなら……ハルカちゃん以外なんて考えられないから」

 

 そんな俺の答えに、彼女が一瞬目を丸くし。

 やがて笑う。

 

「私も、同じこと思ってた」

 

 似た者どうしだね、なんてどこかで聞いたような言葉を告げながら笑う。

 そう言われてしまうと何だか気恥ずかしさのようなものがあって、頬を掻く。

 

「父さんたち、驚いてたね」

「あはは……そうだねえ」

 

 結婚する、とお互いの両親に報告した時はそれはもう凄かった。

 母親たちは目を点にして固まるし、父親たちは驚きの余りひっくり返った。

 そうして四人に親たちが最終的に言ったのが。

 

 ―――ようやくか……まあおめでとう。

 

 という喜んでいるのか呆れているのかよく分からない表情での祝いの言葉だった。

 

 お互いに話し合い、結婚式というのはしなかったため、お互いの名前を書いた用紙を一枚、役所に届けるだけ。

 

 たったそれだけのことで、俺たちは『家族』に、或いは『夫婦』になった。

 

 

 なったのは良いが。

 

 

「これ、何か今までと違うの?」

「……さあ?」

 

 フィールドワークや研究などでほとんど家に帰らない彼女は普段から仕事場により近い俺の家に泊ることも多く、俺の家は半ば彼女とのルームシェアと化している部分があった。

 結婚を期として彼女の家から荷物を運び、同居することとなったのだが。

 

 普段と何一つやっていることが変わらないことに思わず疑問がついて出た。

 

「夫婦って……何するものなの?」

「えっと……一緒に暮らす、こととか?」

 

 炊事、基本的には家にいるのことの多い俺。彼女が休日の時は彼女がやってくれる。

 掃除、基本的に互いに必要以上に物がないので、お互いの私物はお互いの部屋だけで完結しており、後は簡単な掃除で済むので手間が無い。

 洗濯、基本的に二、三日ごとに一緒くたにして回している。別に親友の下着に興奮するわけでも無いし、これまでもずっと一緒に洗って干しているので今更どうこうということも無い。

 就寝、二部屋ある内の片方ずつをお互い使っているので基本的に寝る時はそちら。

 

「何も変わらないね」

「そうだね」

 

 嘆息する。

 結婚と言ってもこんなものか、と。

 別に何かを期待していたわけでも無いのだが、それでも何か変わるのかもしれないと予感していた。

 だから何も変わらないことに少しだけ肩透かしを食らった気分であり。

 

「っと、そろそろ仕事だった」

 

 慌てて支度をし、玄関へとたどり着く。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 何気なく呟いたその一言に。

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 満面の笑みでそう答えた彼女がそこにいて。

 

「「…………」」

 

 思わず互いに黙り込む。

 

 おかしい、と思う。

 

 何気ない挨拶だ。

 だってこれまでだって何度も何度もあったはずのことで。

 

 気づけば、少しだけ頬の赤い彼女を見て。

 彼女もまた、きっと赤くなっているだろう俺を見て。

 

「「……っぷ」」

 

 互いに笑った。

 

 なるほど。

 

 何か、変わったのかもしれない。

 

 そんなことを考え。

 

 手を振って、玄関を飛び出した。

 

 

 




それは愛でもなく、恋でもなく。
それでも二人だけの何かが確かにそこにあって。
やがてそれは、愛や恋と呼ばれる何かになるのかもしれない。



というわけで仕事中のふとしたい思いつきです。
本編はもうちょい待って、正直今絶賛スランプと言える。

この話はドールズから【擬人化】抜いたら、というIFストーリー。

基本的に擬人化ポケモン可愛いで始めた小説なので、本編におけるヒロインというのは擬人化ポケモン以外にあり得ないわけだが……シキちゃん? あの子唐突にどこかから生えてきた子だから。
ハルカちゃんは最初からヒロインにするつもりがありませんでした。
とは言え親友ポジではあった。

でも擬人化設定抜いたら逆にヒロイン不在になるので、つまりそれって原作ORASみたいなもんだよね。
ていうわけで、ハルカちゃんがヒロインになる。
ただドールズ時空において、ハルト君とハルカちゃんがお互い全く意識してないというか完全に親友ポジで見てるので、多分こういう展開になるんじゃないかなあっと。

因みにこれバレンタインのネタである(3日遅れ)。
ただドールズでバレンタインやるとシアちゃん一人勝ちしてしまうので、代わりにちょっと甘い話にしといた。


まあ夜にベッドの上でチョコ咥えて迫って来るシャルちゃんとかも妄想したけど、それは妄想の中だけに留めておく。


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何を今さら過ぎることを

 

 

 

「何を今さら過ぎることを言ってんのよ……」

 

 呆れたような視線で見つめながらエアが嘆息する。

 いや、でも……と続けようとする自分に、けれど待ったをかけて。

 

「私に、シアに、シャルに、チークもかしらね」

 

 告げられた名前に心当たりがあり過ぎて思わず呻きをあげる。

 そんな自身にエアが鼻を鳴らして続ける。

 

「私たち六人に……それにまあ、シキもかしらね。そこまでは大目に見てあげる」

 

 それ以上は許さないけどね、と告げてギロリと向けられた赤い瞳に、身を竦ませる。

 とは言えこれに関して本当に俺自身何も言えないのだから、仕方ない話だ。

 そもそも()()()()()()()からしてもぶっちゃけアウトなのだ。アウトだと分かってて、それでも尚、と言ったのは結局俺自身で。

 

「今更誰か一人、なんてアンタができるわけないでしょ」

 

 絆とは、縁とは、別に異能でも何でもない。

 ただ純粋に『好きな人のことなら理解したい』という欲求を突き詰めたもので。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を実現したものに過ぎないのだ。

 それができる、という時点で最早それ以外の道なんて無いし。

 すでにそれを選択してしまった以上、最早それ以外の道を選ぶなんてあり得ない。

 

 ―――自身は、ハルトという名前をつけられた碓氷晴人の記憶を持った誰かは『愛』に飢えている。

 

 愛したい、愛されたい。そういう欲求が心の奥底にあって、結局自身に焼き付いた根源となって今もこうして胸の中を焦がしている。

 かつて愛を知らなかったが故に誰も愛することのできなかった男の(キオク)が生まれた時から焼きつけられて、だから自分はこうなったのだと今では思っている。

 そして今生における自身は両親に愛され、仲間に愛され、友人に愛され、家族を愛し、仲間を愛し、友人を愛している。

 

 だからこそ思うのだ。

 

 もっと、もっと、と。

 

 けれど同時に元日本人の倫理観が自身の中に根付いているのも事実だ。

 だからこそ思ってしまうのだ。

 

 ―――複数の女の子たちと関係性を持ってしまっている自分は果たして『絆』を謳うにふさわしいのだろうか、と。

 

 

 * * *

 

 

 なんてことを、以前から思っていた。

 具体的にはシアと想いを交わしたその日から。

 つまり、エア以外に想いを告げたその日から。

 

 一晩経ち、朝靄がまだ残る早朝にチークと共にカイナシティを出発した。

 

 ポケモンセンターのボックスから引き出した自転車をかっ飛ばしてミシロの実家にたどり着いたのはその日の午前中。

 とは言えとっくに日が昇っていたので、母さんたちは少し出かけていたらしい。

 帰宅した俺たちを待っていたのはイナズマだけだった。

 

 父さんは仕事があるのでジムに、母さんとシアはエアのことについて詳しく聞くためにもう一度コトキタウンの病院に向かったらしく、リップルもそれに突き添ったらしい。

 シャルは遅くまでエアの面倒を見ていてくれたらしく現在熟睡中。

 

 他の面々に関しては好き勝手に出かけている……まあいつものことだ。

 

 というわけで帰って早々イナズマに長旅の疲れでまだ眠そうなチークを預けてエアの元へと急ぐ。

 二階にあるエアの私室の扉を開き。

 

「……あら、おかえり、ハル」

 

 あっさりと、なんてことないような様子で、けれどベッドの中から告げてくるエアの姿を見て、思わず安堵の息を吐いた。

 

 

「……大丈夫なの?」

「何てこと無いわよ」

 色々言いたいことはあったが、まず真っ先に聞きたかった言葉を投げかければエアがすまし顔でそう答える。

 じっと見つめるが、けれど本当に特に問題がありそうな気配は無く。

 

「……はあ」

 

 再度ため息を吐く。本当に昨日電話で事情を聞いてからここに帰って来るまで緊張しっ放しだったので、全身から崩れ落ちそうなくらいほっとした。

 

「大げさねえ」

「いや、だって……さあ」

 

 言いかけて、それ以上言葉が出てこない。

 

「本当の本当に、大丈夫何だよな?」

「本当の本当に、大丈夫よ」

 

 呆れたような声で返すエアに、そっか、と呟き。

 

「えっと、その、やっぱり……あの時のアレが原因、なのかな?」

 

 次いで思ったのは、それだった。

 他に思うこともあるだろ、と言われるかもしれないが。

 

「ヒトガタが……ポケモンが妊娠するって……聞いたことも無いんだけど」

「私だってびっくりしてるわよ」

 

 全然そんな風に見えない、と言えばエアが苦笑する。

 

「だって、それ以上に嬉しいもの」

 

 ―――ハルと、私の子供、だよ?

 

 告げる言葉に、薄っすらと笑んだその表情に、ドキン、と心臓が跳ねた。

 愛おしそうに、お腹に手を当てて、摩るその姿は自身の知る少女と似ているようでどこか違っていて。

 

「だからね、ハル」

 

 笑みを浮かべたまま、笑みで表情を固めたまま、エアが告げる。

 

 

「いい加減、覚悟決めなさい」

 

 

 表情こそ笑っている、が。

 内心はそれと真逆である、とエアとの絆が教えてくれる。

 

「覚悟って……何の、ですか」

 

 エアの小さな体躯から発せられる威圧感に思わず語尾が丁寧になってしまう。

 

「分からない? 本当に分からない?」

 

 ゴゴゴゴ、という文字が背景に見えそうなくらい膨れ上がった威圧に気圧されて言葉も発せられない。

 

「じゃあはっきり言ってあげる」

 

 そうして。

 

「ちゃんとみんなに告白してきなさい、ってことよ」

 

 呆れたような表情で、けれど怒っているような声で、エアがそう告げる。

 正直言われたほうが戸惑う。

 好きな女の子から他の子に告白してこい、などと言われているのだ。

 これで戸惑わないほうがおかしい。

 

 と、言うか。

 

「い、良いの?」

 

 倫理的に言えば『屑』は俺のほうだ。

 目の前の少女に対して好きだと、愛していると言って、そういうことをしておきながら、他の子にも同じように言っている。

 けれどそれは最近まで自覚できていなかったものだ。

 何せこれまでそんなことを考える暇すら無かった。ただ生きることに、未来へと繋げるためだけに必死で、全力で、無我夢中だったから、そんなことを考える時間も無く、そんなことを考える情緒も無かった。

 

 俺に異性としての愛を教えてくれたのは紛れもなく、目の前の少女だ。

 

 けれど俺はそれに気づくことも無く、他の子たちとも愛を育んだ。何も考えず、ただ少女たちの想いを受け止めた。

 それが目の前の少女への不義理になるのではないか、そこに思い至ったのはまさに()()()()()()()()()だった。

 

 本当の本当に、今更過ぎる話だが。

 

 これって浮気というのでは?

 

 そんな当然の疑問が浮かんだのが昨日だった。

 

 そしてそんなことをエアに問えば。

 

 

「何を今さら過ぎることを言ってんのよ……」

 

 

 * * *

 

 

「ハルは……後悔してるの?」

「間違っているとは思っていない、よ」

 

 彼女たちと絆を結んだこと、愛を育んだこと。

 それを間違いだとは思わない、思いたくも無い。

 ただそれは同時に目の前の彼女に対する裏切りで。

 

「違う、そんなことは聞いてないわよ」

 

 ばっさりと、自身の一言を切って捨てて。

 

「ハルは、後悔してるの?」

 

 もう一度同じ問を返す。

 まるで目を逸らすなと言っているかのように。

 赤い瞳が自身をじっと見つめる。

 

「してない……してないよ」

 

 シアはずっと俺を待っていてくれた。

 好きだと言ってくれたあの日から、ずっとずっと、俺が俺の好きを見つけることができるその日まで、待っていてくれた。

 そんな彼女のやっと見つけたその好きを伝えたことを後悔するはずが無い。

 

 シャルはずっと俺を思ってくれていた。

 ずっとずっと昔から、自分という存在の歪さに悩みながら、それでも好きの気持ちを捨てきれなくて、涙を流した小さな少女を、最後にはただ俺だけを信じると言ってくれた少女を、愛おしいと思ったその気持ちを、後悔なんて言葉で表現したくは無かった。

 

 チークはずっと俺のために頑張っていてくれた。

 自分自身の弱さに悩みながら、自分の普遍さに悩みながら、それでも少しでも俺なんかに相応しい自分であれるようにとたくさん悩んで、たくさん考えて、たくさん頑張ってくれた。そんな頑張り屋な少女に伝えた好きは決して嘘ではないし、それを後悔とは決して呼ばない。

 

「この気持ちを、この想いを、抱いたことに後悔は無いよ」

 

 はっきりと、きっぱりと、例えそれで目の前の少女が怒ろうと。

 それでも言い切った。断言した。そうでなければ嘘であると、そう思ったから。

 

「だったら」

 

 小さく、エアが零した。

 

「だったら、ふさわしいかどうか、なんて考える必要も無いでしょ」

 

 呆れたように、けれど慈しむように。

 

「ふさわしいかどうか、じゃないわよ……ふさわしくなればいいだけ、でしょ?」

 

 淡々、あっけからんと。

 

「ただ背負う物の大きさに弱気になっているだけじゃない、本当は最初から決めてる癖に、何を今さら悩んだ振りしてるのよ」

 

 いとも簡単に、俺の内心を見透かして。

 

「大丈夫よ……ハルなら」

 

 いつだって、一番欲しかった言葉をくれるのだ、この少女は。

 

「ガンバレ、私の大好きな男の子」

 

 そう言って微笑む少女に、言葉も出なくて。

 

「…………」

 

 胸の内側からあふれ出す愛おしさに任せて、少女を抱きしめた。

 

 

 * * *

 

 

 夢を見ていた。

 

 宇宙の夢。

 

 広がる漆黒の闇。

 

 散りばめられた星の海。

 

 ―――ああ、何だっけ。

 

 音も無く、ただ静寂だけが満たされていた。

 

 ―――どこかで、こんな場所を。

 

 ぼんやりとした思考で考えども答えは出ない。

 ふわふわとした浮遊感。

 まるで体が浮いているようだった。

 

 否、宇宙に重力なんて無いのだから、本当に浮いているのかもしれない。

 

 そんなことを考えて。

 

「……は?」

 

 意識が覚醒する。

 途端に体に降りかかる重さに、すとんと()()()()()()()()()()感触がした。

 数秒、忘我から立ち直れず呆然としていたが、やがてそろりそろりと手で足元をなぞれば確かに何かに触れている感触。

 地面がある、そのことに今更ながらに気づいた。

 

 視覚的にはそこには何も無い。ただ真下には無限の闇が、宇宙が広がっているだけだ。

 

 だが触覚で辿れば確かにそこには床があって。

 

「……あれ、ここって」

 

 ふと思い出す。

 確かに以前、自分はここに来たことがあると。

 いつだっただろうか。

 こんな特徴的な場所、来たら絶対に忘れないと思うのだが。

 

 というかそもそもここはどこだ。

 

 確か俺は、自宅のベッドで寝ていたはず……ん?

 

「ベッドで、寝ていた?」

 

 そう、以前にもそんなことが……。

 

 

 ―――このおろかもの!

 

 

 声が聞こえた……ような気がした。

 はっとなって周囲を見渡すが、けれど誰も居ない。

 そこには広大な宇宙が広がるばかりで、音の一つ聞こえはしない。

 

「何だここ……」

 

 絶対に知っている……気がする、のだが。

 どうしてだろう、どうしても思い出せない。

 こんな特徴的な場所、忘れるはずが無いのに。

 

 見渡す限りの宇宙。

 物音一つせず、動く物も無い。

 足場はあれど透明で、どこまでが安全でどこからが危険なのか、それすら分からず動くに動けない。

 さらに言えば、何故自分がここに来たのかは分からない、そんなもの皆目見当もつかない。

 

「……どうしろってんだよこれ」

 

 誰にともなく呟き、途方に暮れた。

 

 直後。

 

 ふわり、と。

 

 光が浮かび上がった。

 

 まるで足跡のようなそれはふわり、ふわりと一定の感覚で見えない床に上で光を放ち、道のように続いていく。

 

 まるでそれは。

 

「……来い、ってことか?」

 

 呼ばれているようだった。

 

 でも、誰に?

 

 足を止め、少しだけ考える。

 

 けれどやがて。

 

「……行くしかないか」

 

 呟き、歩き出す。

 少なくとも、ここにずっといても何か変わるわけでも無いし。

 だったら何か変わると信じて歩き出す。

 

 もうそれしか方法が無い、というべきかもしれないが。

 

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 正直どっちもやだな、と内心で呟きながら、光の痕跡を辿って行く。

 前後左右上下、三百六十度どこを見ても宇宙なこの場所で時間や距離というものが非常に分かりづらい。

 ただ感覚的にはしばらく歩いた気がする。もしかすると実は全然歩いていないのかもしれない。

 

 動かす足に疲れは無い、もしかするとこれ、夢なのでは?

 

 そんな疑問すら沸いてきた頃に。

 

 

 光が途切れた。

 

 

「……終着点、か?」

 

 さらに歩き、光の足跡が途切れた場所にたどり着く。

 

 そうして。

 

 

「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」

 

 

 そこに。

 

 

I(ワタシ)がキミに出会うのは()()()()においては初めてのことかな?」

 

 

 真っ白な()()()がいた。

 

 

I(ワタシ)は始まり。I(ワタシ)は終わり。でもそうだね、キミたちがつけた名前を名乗るならば」

 

 

 そうして、告げた。

 

 

()()()()()と呼んでくれ」

 

 

 告げて、ソレが笑った。

 

 

 




この小説における解説キャラ、アルセウス=サン。
ジッサイベンリ。なんたってこの世界を創った人(?)だからな。



ところでイナズマ回のはずなのに、イナズマ出てこないな……。


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かみさまのいうとおり

 

 

 ―――アルセウス。

 

 

 一言で言うならば『カミサマ』だ。

 混沌と共に誕生し、宇宙を世界を創造した()()()()ポケモン。

 そもそも見た人間などいないからそれが本当かどうかなんて誰も分かりはしない。それこそ本人から問いただしでもしない限りは。

 

 ただ一つだけ言えるならば。

 

 ()()()()()()()()()()だ。

 

 実際に実機にそういうイベントがある。伝承とされるそれを裏付けるように、ディアルガ、パルキア、ギラティナの三匹の伝説はアルセウスによって『生み出された』存在だ。

 時間を、空間を、異界を司る存在を生み出すほどの力を持った存在。

 

 『世界を生み出す』だけの力があると言われても何ら違和感も無く、不思議もない。

 

 だから、アルセウスというポケモンを一言で言うならば『カミサマ』。

 

 或いは、創造神。

 

 

 * * *

 

 

「アル……セウス?」

 

 人の形をした。

 

 否。

 

 人の形をしているだけの真っ白な何かは確かにそう言った。

 アルセウス、と。

 確かにこの世界はヒトガタという人間の姿を取ったポケモンが存在するが。

 まさか神がごときポケモンまでもそうだとは思わなかっただけに驚き、僅かに呆ける。

 

 そもそも何でそんな存在が自分の目の前にいるのか、そんな疑問を抱き。

 

「それはI(ワタシ)が呼んだからだよ」

 

 自身の心の内を見透かしたように……いや、きっと見透かしたのだろう。

 これはそういう存在だ。何となく理解できる。いや、した気になっている、というべきか。

 

「呼んだって……」

 

 何のために?

 

「そうだね、まず最初に感謝を言っておこうか」

 

 感謝? 一体何の?

 

「あの真っ黒な竜を止めてくれたこと」

 

 あれが放置されてると世界が壊れるからね、と薄い笑みを浮かべながら告げるソレに眉をひそめる。

 

「そもそも……お前が本当にアルセウスなら、自力で止められたんじゃないのか?」

 

 何せ世界を創造したポケモンである。

 最悪でもディアルガやパルキア、ギラティナを動かしてあのダークレックウザを止めることはできたのではないだろうか。

 いや、そもそも本当にそれほど全能ならばダークレックウザなんてものの誕生を阻止することだってできたではないだろうか。

 

「いやいや、それは買い被りさ」

 

 そんな自身の疑問にけれどソレは首を振る。

 

I(ワタシ)は確かに多くのことができる。けどね、何もしちゃダメなのさ」

 

 そう言ってソレが片手を持ち上げ、ぴん、と指を一本立てる。

 

「この指一本分、干渉すれば運命は大きく歪み、世界に大きな影響を立てる。確かにやろうと思えば何だってできる、けれどそれは今ある世界にどれほどの影響を与えるか」

 

 だから理想的だったのさ、とソレは言う。

 

「キミたちの世界のことは、キミたちの中で完結する。それが一番自然なことであり、当然のことだ」

 

 例えその結果世界が滅びるとしても?

 

「その時は残念だけど、もう一度()()()()しかないね」

 

 あっけからんと、そう言った。

 確かにソレにとってそれだけの話なのだろう。

 つまりそれは『神の視点』だ。

 上から見ている存在からすれば、それだけの話だ。

 

「怒っているようだけどね、別にI(ワタシ)だってむざむざ創った世界を破壊させたいわけじゃない。これは()()()なのさ」

 

 告げる言葉に、疑問を抱く。

 経験とは、そんなことを考えて。

 

「例えどれだけ干渉範囲を最小限に収めようとしても、I(ワタシ)が干渉することは逆効果だと、分かってしまっていたからね、今回は()()に全て任せたんだ」

「……彼女?」

 

 一体誰のことを指しているのか分からず、思わず問い返した言葉にソレが首を傾げる。

 

「キミはすでに一度彼女に出会っているはずだよ?」

「……出会っている?」

 

 一体いつ? そう考えて。

 

 ―――なにやってるデシか、おろかもの。

 

 ふと脳裏にそんな言葉が過った。

 それが一体いつの記憶だったのか、思い出せないが。

 確かに覚えはあるのに記憶が無い。

 

 そうまるで。

 

「夢を見た、みたいな……」

 

 そんな曖昧な記憶。

 

「ああ、なるほどね」

 何かを理解したかのようにソレが数度頷く。

「そこまで補正が強くないのかな……だから思い出せないわけだ。相変わらず彼女は仕事が丁寧だ」

 ぶつぶつと、まるで意味の分からないことを呟きながら。

「けど結局それが良かったわけだ、()()()それが原因で『I(ワタシ)』に介入されたのだし」

 

 視線を落としたまま呟くソレに。

 

「頼むから理解できるように話してくれ」

 

 げんなりしながら告げれば、はっとなってソレがこちらへ再び視線を戻す。

 

「ああ、済まないね。今はそれは良いんだ、本題には関係無いから」

「……それで、その本題ってのは?」

 

 何の理由も無く、目の前の『カミサマ』が自分をここに呼ぶわけがない。

 だがどんな理由があれば『カミサマ』が自分を呼び出すのか。

 相当な物なのだろうと予想して、思わず身構え。

 

「キミの補正を消すか否か、それをキミ自身に問おうかと思ってね」

 

 そうして告げられた言葉の意味が分からず、戸惑う。

 

「補正……って何だ」

「そうだね……言うならば、枠組みだ。運命の枠組み。つまりキミがどんなことを思って、どんなことを考えて、どんな風に行動しようと、結局は同じ未来に行きつく……そういう枠組みがキミには当てはめられている」

「……は?」

「えっと……キミにも分かるように言えば……えーっと」

 

 少し考えるように言葉を止め。

 やがて言葉を見つけたといった様子でこちらを向いて。

 

 ―――主人公補正ってやつだよ。

 

 そう言った。

 

 

 * * *

 

 

 自分は特別才能が無い。

 

 そんなことは七年も前に分かっていた。

 とにかく才能が無い。別に無能というわけではないが、平凡という枠を超えない。

 平凡であることが悪いわけではない。平凡でも努力で強くはなれる……ある程度までは。

 エアたち六匹という特別が無ければ、この世界では知り得ない『実機知識』が無ければ、どちらが無くても俺はチャンピオンになることはできなかっただろう。

 

 そしてその両方があったとしても、だ。

 

 特別なポケモンと特別な知識。

 

 その両方を持ってしても()()()()()ではそうすんなり勝てるとは思っていなかった。

 

 十歳の時、頂点を目指した。

 それは伝説の襲来までにまだ余裕があると知っていたからであり、同時に一年目で勝てるとは思っていなかったからだ。

 勿論負けるつもりで戦うつもりも無かったが、この世界を知れば知るほどそう簡単に勝てるはずが無いと理解できた。

 だから十歳で本選まで出ることができれば良いと思った。

 本格的な挑戦は十一歳で、もしダメでも伝説とのいざこざを終えてまた挑戦。

 そんな風になるだろうと予想していた。

 

 確かにチャンピオンという地位はあれば楽だが、伝説とのいざこざにおいて必須ではないのだ。

 ダイゴは遺跡などにも潜っており古代の神話に関する知識もあり、伝説のポケモンの脅威についてもある程度は理解している。

 だからチャンピオンであるダイゴにその脅威を説いてその復活を根拠と共に伝えればダイゴ主体にはあるが同じように動けたはずだ。

 

 だから何が何でもチャンピオンにならなければならないという事情があったわけでも無い。

 

 それでも、本当に……自分でも驚くほどすんなりと自身は頂点へ立った。

 その全てが作為だったと、そんなわけは無いと思う。

 実際、あの場で戦ったのは自分たちだ。その全てが『カミサマ』の決めた既定路線だったなんて、冗談じゃない。

 

 ただそれでも。

 

 当時は必死に走り続けていたからこそ気づかなかったが。

 

 どことなく()()()()いった。

 

 全体的にそんな印象が否めないのも事実だ。

 

 そもそもの手持ち探しからしておかしいと思っていた。

 この世界に生れ落ちて五年。

 ジョウトからホウエンへと来て、初めてエアと出会った。

 

 その日から十日足らずで自分は手持ちたちを集めきった。

 

 たった十日である。

 出会うまでに五年もあって、その間一度たりとも出会うことが無かったのに。

 ホウエンにやってきて、ホウエン各地に散らばった仲間たちがたった十日で六匹全員戻ってきた。

 

 まるで俺が出向くのを待っていたかのように次々と起こる事件に、偶然の出会い。

 

 実際、俺が明確にここにいるだろうと検討をつけて出向いたのはリップルだけで。

 それ以外の五匹全員が()()出会うことができた、なんてことを本気で思えるはずが無かった。

 

 自身の生まれ……原作主人公の立ち位置というのを考えると。

 

 この世界においても実機におけるストーリーのような何らかの流れがあるのではないか、とそう予想したのも当然の話で。

 自分がその流れに乗せられている可能性、というのは何度も考えたことがある。

 

 とは言え、だ。

 

 そんな目に見えず、あるかどうかも不確かな物、結局気にするだけ無駄なのだ。

 『きっと運命が味方してくれる』なんて都合の良い考えで運任せな生き方ができるほど楽観的にはなれない。否、そんな生き方最早楽観的という言葉すら生ぬるい、ただの底抜けの阿呆だ。

 

 けれど今明確に、それがあると。

 

 『カミサマ』直々に言われた。

 

 その考えを肯定された。

 

 それはまるで今までの自分のやってきたこと全てが目の前の『カミサマ』の手のひらの上だったのかという錯覚させ覚えて。

 

()()()()()

 

 その思考を読み取った『カミサマ』がそれを否定した。

 短くけれど確かに、自身の思考を否定した。

 

「キミに与えられた補正にそこまでの力はない、精々()()()()()()()()程度のものさ」

 

 出会いやすくなる。味方にも、敵にも。

 エアたちと出会ったように、シキと出会ったように、ダイゴと出会ったように、アルファと出会ったように、オメガと出会ったように、そしてレックウザと出会ったように。

 つまりその程度。本当にその程度のものなのだと、ソレは言った。

 

「結果を導くような強い補正は運命線に強い負担をかける。とは言えそうしなければ運命自体が崩壊するのだからそれも止む無しと思っていたんだけどね……結果だけ言えばそれは逆効果だった」

 

 まあキミに言っても仕方ないのないことだけど、と苦笑するように告げて。

 

「確かにキミに与えられた補正はそう強いものではない。けれど、確かにそれがある限りキミはこれからもずっと出会いやすくなる」

 

 人の人生とは出会いと別れの繰り返しとは言え。

 敵も味方も積極的に引き寄せるような人生、というのは中々疲れそうなものだ。

 

「とは言えだ。それを消すということは正真正銘キミはただの一個の人間に戻るということでもある」

 

 今後何か問題があっても都合よくそれを解決する誰かは現れない。

 例え再び世界を滅ぼすような敵が現れるとしても、自身がそれと必然的に出会うことも無くなる。

 補正を消すとはつまり面倒ごとが無くなる代わりに利点も多く失われるということで。

 

「別に問題無いな」

 

 ぽつりと呟く。

 少し考えてみたが何も問題ない。

 ホウエンを巡る騒動はすでに終わったのだ……ならば今さらそんなものあったところで、と言った気持ちもあるし。

 

 そもそもの話。

 

「そんなものアテにしたことなんて無いし、無くなっても何も問題ない」

 

 そんな自身の言葉に、ソレが数秒黙し。

 

「……そう」

 

 薄く笑みを浮かべて一つ頷く。

 そうして、手を伸ばし。

 

「じゃあ、少し失礼して」

 

 自身の頭に触れる。

 髪をかき上げられ額が晒される。

 一体何が起こるのか、何をしようとしているのかそれすら分からずただ見ている自身の前で。

 

 こつん、と。

 

 もう一本の腕が伸びてきて、指先が額を突いた。

 

「……はい、お終い」

 

 直後に告げられた言葉に。

 

「……え?」

 

 思わず小さく言葉を零し、目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

 人というのは弱い生き物だと思う。

 

 世界を創り、管理者を創り、生命を創り。

 そうして世界は幾星霜と巡ってきた。

 その過程において人は生まれ、ポケモンと心を通わせ、共に生きることを選んだ。

 やがて人はその数を大きく増し、時に善を為し、時に悪を為し、少しずつ、少しずつ、地上を自らが色で染め上げた。

 

 人というのは弱い生き物だ。

 

 ポケモンのような頑丈な体も無く、ポケモンのような強い力も無く、ポケモンのような逞しい生命も無い。

 吹けば飛ぶような脆い体と、ポケモン一匹倒せない弱い力、怪我一つであっさりと失くすような弱弱しい命。

 まるで正反対な二つの存在は、けれど手を取り合って共に生きていた。

 時に片方が上に立ち、時にもう片方が上に。そうしてまた並んで歩く。

 

 そんな世界とそんな世界に住む命をただ上から見続けていた。

 

 その末に出した結論が、人間は弱い、というものだった。

 ポケモンの力無くして生きることもできない弱い弱い命。

 

 それでもそんな弱い命がポケモンの力を強く引き出すのだから、不思議なものだ。

 ポケモントレーナーとはそんなか弱い命が強い存在から自分たちを守るために編み出した生きるための知恵であり、技であり、術だった。

 

 トレーナーと共に闘うポケモンは自らが『設計』した以上の力を発揮する。

 

 本来100しかない力を何故か120発揮する。

 

 では存在しないはずの20はどこから来たのだろう?

 

 人はそれを信頼と呼び、絆と呼んだ。

 

 ポケモンはそれを覚悟と呼び、愛と呼んだ。

 

 残念ながら自らには分からない感覚だったが、けれど不思議と嫌なものでは無かった。

 

 好奇心からそれを知りたいと思った。

 知りたいと願った。

 自らが生み出したはずの命から生まれた自身の知らないその知を得たいと思った。

 

 

 だから一匹の化身を産み落とした。

 

 

 それが最初の間違いだった。

 

 

 

 

 




因みにすさまじく当たり前の話だけど、アルセウスが実際に世界を創造したというのは『逸話』であって『事実』とは限りません。
神話はあるけど、そもそも宇宙が誕生した瞬間を誰が見てるんだよって話。

もし神話が伝聞からの情報だとするならそれは『アルセウス』本人からしかあり得ないけど、そんなやついねえよ……いないよな???

ただシントいせきでディアルガ、パルキア、ギラティナを生み出すイベントがあるので『伝説種を生み出せるほどの存在』というのは間違いではないみたい。




つうかイナズマちゃん出ないなあ……まあ次回は、次回は出るから。


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世界秘密発見(性別編)

 

 

 目の前でぽかんと呆けた表情をする少年を見てソレは笑う。

 

 永劫のような時の中を生きてきたソレにとって、目の前の少年は不思議な存在だった。

 どう考えてもおかしい、理屈に合わないのだ。

 世界を生み出すほどの力を持ってしてもそれは『あり得ない』ことなのだ。

 

 少年が今生きているということが、本当にあり得ないことなのだ。

 

 本来その場所にいるはずの『主人公』でさえ、あの黒い龍に勝つことはできなかったというのに。

 強く力を与えた『一周目』ですら、彼はあの黒い龍に勝てなかったのに。

 

 何故、どうして、少年は勝ったのか。

 

 未だに生きているのか。

 

 少年の大事にしている竜は無事なのか。

 

 誰が見たってこの結末は問答無用のハッピーエンドだった。

 

 世界は守られ、犠牲はほぼ無い。僅かな被害とて取り返しのつく範囲。

 

 上手くやった、としか言いようが無い。

 だが同時に、()()()()()()()()のことで解決できるようなことではなかったはずなのに。

 

 本来の『彼』より弱く、一周目の『少年』より弱いはずの目の前の少年がけれど最良の運命を導いた。

 ソレにすら予想のできないはずのことだった。

 本当に予想ができなかったのだ、この結果は、アルセウスにすら。

 

 神と呼ばれ、全能と自負し。

 

 けれどそれを否定するかのような存在が目の前の少年だった。

 少年をここまで導いたのは『彼女(ジラーチ)』の尽力だろう。

 だが根本的に少年を『設計』したのはアルセウス自身だった。

 故にその限界も、可能性も、全て理解している……はずだった。

 『彼女(ジラーチ)』が多少手を加えているとしても、それでも限度はある。

 

 事実、『二周目』でなければ少年の竜は理を超えることはできなかっただろう。

 補正が低いとはつまりそういうことだ。導かれる場所に導かれない。自力が試される。

 人という種の限界を考えれば、その自力ですらどうにもならない場合だってある。

 今回とてそうだ。

 

 不思議な存在だ、と思った。

 

 あり得ないはずのことを、アルセウス自身は不可能だと思ったことを、けれど成し遂げた少年を、その仲間を。

 

 とても不思議だと思った。

 

 

 ―――彼ならば。

 

 

 もしかすると、もしかするのかもしれない。

 

 かつてソレが犯した最初にして最大の過ちを。

 

 彼ならば、どうにかしてしまえるのだろうか。

 

 

 そんなことを思った。

 

 

 * * *

 

 

「キミにとって愛とは何だい?」

 

 ポケモン世界において、アルセウスは全能の存在だ。

 この世の全てを創り出した文字通りの『カミサマ』であり、だからこそ全知でもある。

 

 全く実感は無かったがアルセウス曰くの『処置』も終わり、これで終わりかと思ったら特に何も変化が無い。曰く、この『夢』のような世界から帰るにはもう少し時間があるらしい。

 

 ―――少しお喋りでもしようか。

 

 なんて提案してきたのは向こうからで。

 だからこそ、長年疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

 『ヒトガタ』は何故生まれたのか。

 

 間違いなく、目の前の存在はそれを知っていると思った。

 まあ答えてくれるかは疑問だったが。

 

 ―――返ってきた言葉はそれだった。

 

「……愛?」

「愛とはつまり感情の産物だ。けれどね()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなんだよ」

「……は?」

 

 質問の趣旨とはズレているような言葉ではあったが、それはそれで聞き逃せない一言でもあった。

 ポケモンとは人類の隣人である、とされている。

 だがその最たる理由は()()()()()()()()()()()ことにある。

 

 つまりポケモンだって恋をするし、愛を抱く。

 

 卵で生まれるから分かりづらいが、親子の情だってあるし、オスとメスが揃えば愛を育むこともある。

 『直接的な行為』をするための器官は無いが、(つがい)を作ってタマゴという形で子を為す。

 恋や愛とはつまり究極的には繁殖のための感情だ。倫理や情動を育むごとにそれだけのための感情ではなくなってきているが、根本的な部分はそうだ。

 

 だから解せないのだ。

 

「愛が無ければポケモン……いや()()足り得ないだろ」

 

 一体何のために雌雄が別れているのだ。ポケモン以外にも野生動物ですら強い弱いは置いておいても愛情は確かにある。雌雄の別れた生命である以上それは『必然』だ。

 

「そう……だから、元々はポケモンに『性別』なんて概念は無かったんだよ」

「…………」

 

 心を読んだ一言に眉をひそめる。

 矛盾である。現にポケモンには性別は存在していて、雌雄が揃わなければ卵が作れない。

 

「ポケモンのタマゴとは簡単に言えば『分離した細胞』なのさ。必要なのは『性別』でなく単純な『数』。一匹のポケモンから切り離すことのできる『量』じゃ新たなポケモン一匹生み出すには不足するからね、二匹くらいでちょうど良いのさ」

 

 例えばメタモン。

 性別の無いポケモンの卵を作ることのできる不思議なポケモンだが、これはメタモンの細胞がどんなポケモンにでも『へんしん』できる、つまり同化できるからだ。

 だからメタモンは大半のポケモンと性別に関係なく『タマゴ』を作ることができる。

 逆説的に言えば同量の細胞があればメタモンでなくとも『タマゴ』が作れるということであり……。

 

「そもそもポケモンに生殖のための機能は存在しない。そんな生命に『性別』なんて存在するほうがナンセンスじゃないかな?」

 

 言われればそうなのだが……釈然としない話ではある。

 何せこの世界において『そういうもの』として扱われてきた話である。疑問を抱くことはあっても、それはそれでそんなもの、として流されてきて話でもある。

 

「だったら……なんで今のポケモンには性別があるんだ?」

 

 そんな自身の問いに、ソレが一瞬苦笑したような表情になり。

 

「人と出会ったから、だよ」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 ヒトガタ、と呼ばれているらしい。

 

 人の形をした彼ら、彼女らのことである。

 

 それは進化である。

 同時に適応であり。

 それは『願い』だった。

 

 

 遥か太古。

 

 『ゲンシの時代』と呼ばれた大昔よりもさらに昔。

 

 人とポケモンは出会うべくして出会い、そして絆を育んだ。

 

 元来ポケモンに性別は無い。

 それは彼らが性別を必要としない繁殖をするためであり、それ故に『愛』という感情は無い。

 だが仲間意識はあった。強敵を前に一致団結することもあった。

 だがそれだけだ。それだけ、だったのだ。

 

 人と出会ったことでポケモンは変わった。

 

 『友』という言葉を覚えたのだ。

 

 それは人類が最初にポケモンに対して『愛』を持って接したが故の結果だろう。

 もし最初に『敵意』で接していれば人類とポケモンは互いの生存を賭けて争う天敵となっていたかもしれない。

 

 だがそうはならなかった。

 

 始まりの時、人類は自らが『愛』を持ってポケモンと接した。

 ポケモンもまた、いつからか人類を『仲間』として認識し始めた。

 両者は互いに協力して生きてきた。

 やがて彼らの間には『友情』が芽生えた。

 元より『愛』こそなけれど『感情』自体は存在するのだ。

 未知だったはずの感情、だが人類に『感化』されたポケモンはその感情に『適応』した。

 

 ポケモンに性別は無い。

 

 だが人類には性別がある。

 

 人類の生殖方法を考えれば当然の話であり、番を作ることは人類にとって最大の『好意』であり、つまり『愛』だ。

 

 ポケモンに『愛』は無い。

 

 だが人間には『愛』があった。

 

 そうすると共に過ごすうちに、友情を育んだようにまた『愛』を育む人間とポケモンが生まれる。

 

 まるで欠けていた物がピタリとはまったかのように、まるでそれが最初から存在したかのように、ポケモンは人類の『愛』に適応した。

 

 だがポケモンには『生殖』のための器官が存在しない。

 故に人間と『行為』を行うことはできない。

 

 だから、『願った』のだ。

 

 ―――どうか彼らと『同じ』になれるように。

 

 大好きな彼ら、彼女らと同じ歩幅で生きていたい。

 

 それが『根源』。

 

 だがさすがにそれは不可能だ。

 人間とポケモンでは生物としての『規格』が違い過ぎる。

 

 だからアルセウスがそういう『理』を創った。

 

 ポケモンがポケモンのまま人と極めて類似した姿を取れるように。

 

 不可能を可能とする『法則』を創り出した。

 

 そうしてポケモンは人と同じ姿を手に入れた。

 

 それが始まり。

 

 彼らが『ヒトガタ』と呼ぶ、人と同じ姿をしたポケモンたちの始まり。

 

 でもそれは『ゲンシの時代』と呼ばれた過去よりもさらに昔々の話である。

 勿論全知たるアルセウスからすれば時間という概念すらも無意味となるため直前のことのように思い出せる程度のことだが、人間やポケモンたちからすれば永劫と称して良いほど遥かな太古の話であり、最早現代までその事実を継承した存在は居ない。

 

 故に誰もその事実を知らないままに、時折ふっと『ゲンシカイキ』と同じ要領で遠い遠い祖先の姿へと『先祖返り』し人の形を取ったポケモンが生まれてくるのだ。

 

 生まれたポケモンたちすらも自身がその形をしている意味を知らず、ただその変化を受け入れることのできる器が極めて強力な個体だけだったために強者の証として世界に波及した。

 

 ―――始まりは『愛』だった。

 

 それは進化である。

 

 同時に適応であり。

 

 それは『願い』だった。

 

 

 * * *

 

 

 アルセウスは『愛』というものを決して軽んじていない。

 

 人がポケモンと共に在るために最も重要な物であり、ポケモンの力を最も強く引き出す物。

 だが同時にそれが酷く不安定であることを知っている。

 

 感情とは理屈ではない。

 

 主観的で、個人差があって、それでいて()()()()()()()()類の厄介さがある。

 

 だからこの世界を救うための『主人公』を作る(デザインする)時に一つ決めたことがある。

 

 モチーフにするのは『愛を知らない』人間にすること。

 

 思いやりがあっても良い、優しくても良い、人間味があっても良いし、友達思いでも構わない。

 

 ただ愛を知らない、愛を抱かない、愛に揺れない。

 

 そんな風に『設計』した。

 

 特異点の周囲にいたのは当たり前だが『碓氷晴人』一人ではない。人間は大なり小なり人とかかわって生きていく以上、もっと『有用』な人間……というのは確かにいた。

 だがその中でどうして『碓氷晴人』を基準に『ハルト』という存在を創ったのか、その理由が『愛を知らない人間』だったからだ。

 彼女(ジラーチ)は自分で選んだと思っているかもしれないが、実のところそれは『最初から決定された』運命(シナリオ)に過ぎない。

 

 全ては世界の滅びを回避するためである。

 

 全知たるアルセウスであるならば、世界を救う方法の一つや二つ簡単に出てくるが直接的に手出ししない、となるとその方法は限られてくる。

 

 故に最初は代理人たる『主人公』を通してこの世界の『異変』を解決しようとした。

 

 だがそれは失敗した。

 

 アルセウスはそれを『手を出し過ぎた』から、だと思った。

 

 手助けし過ぎて『主人公』が望む基準まで成長できなかった。

 いくら『補正』をつけようと根本が足りていないのではどうにもならない。

 だから『一周目』は失敗した。

 

 そう、思った。

 

 だから二周目は彼女(ジラーチ)に任せることにした。

 そうして任せた結果、『主人公』は一周目とまるで異なる存在となっていた。

 

 愛を知り、愛を抱き、愛に揺れる。

 

 アルセウスが不安定と称したそのままの姿で、戦い、傷つき、けれど乗り越え。

 

 そうして当初不可能だと一蹴したはずの可能性へと見事たどり着いた。

 

「どうしても、計算しきれないんだよねえ」

 

 アルセウスとは『個』にして『全』。

 

 ただ単体にして世界の全てであるが故に、アルセウスはアルセウスだけで完結してしまっている。

 

 だからこそ『愛』というものをアルセウスは知らない。存在を知っていても、知識としてあっても、それを実感したことが無い。

 

 完全なるはずの『カミサマ』の唯一の欠点と言えるそれは、完璧なる『カミサマ』の計算をいつだって乱す不確定要素でしかない。

 だが不確定だからこそ、不可能と断じた可能性すらも掴み取った。

 

「まさか、二周目まで引き継いでくるとはねえ」

 

 一周目の『ハルト』は仲間たちと確かな絆を紡いだ。

 それは戦友との絆であり、家族との絆でもあった。

 だがそれだけでは足りなかった。足りなかったから彼の最も信頼した彼女は失われた。

 

 そして、失って初めて彼は『愛』を自覚した。

 

 喪失感で浮き上がった愛情を、失ってから初めて自覚したのだ。

 そんな彼に感化されたように彼女たちもまた自覚する。

 最初は友情だった、次は親愛だった。そして恋愛へと至る。

 

 この世界においては()()()()()()()()()()ではある。

 

 だが一周目においては確かにあったはずの事実であり。

 

 完全にリセットしたはずの二周目の世界でけれど何故か彼も、彼女たちもその影響を継いでいた。

 

 その結果がこれなのだとすれば、全く皮肉ではある。

 そうしなければこの結果へと至れなかったとするならば。

 彼が、彼女たちが、『愛』を自覚しなければここに至れなかったというならば。

 

 一周目という犠牲が無ければ、この結果には決してたどり着けなかったのだろう。

 

 アルセウスの理解の及ばない『愛』がこの結果を導いたのならば。

 

 アルセウスにはこの『異変』を解決するだけの力が無い、ということに他ならなかった。

 

「……それは、不味いねえ」

 

 悠久の時間の中のたった一回、とは言え。

 

 アルセウスは『カミサマ』だ。

 

 『カミサマ』にもどうにもできないことがある、というのは少しばかり不味いのではないだろうか。

 

 何より。

 

「……知りたい、と思わされた」

 

 『愛』を知りたい。

 

 そう思ってしまったから。

 

「……ふふ」

 

 少しだけ笑みを浮かべ。

 

 

 

 ―――そうして。

 

 

 




え?! 次回イナズマちゃんが出るとかいった屑がいる?! 一体誰だい、そいつは!

とまあ冗談は置いておいて、案外終わらなかった神様編。
一応これで終わるので次回は目が覚めてからの話。

神様? 未来編あたりで出てくるよ? ……多分ね。
ワンチャンヒロイン化ある? 無いよ(


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恐怖と覚悟の選択

 

 

「……あっ」

 

 小さく呟くと共にはっとなる。

 かたかたと鳴るミシンの音に、いつの間にかぼんやりとしていたことを自覚する。

 手元を見やればいつの間にか縫い目のついた布がある。

 

 どうやら無意識的に作っていたらしい。

 ほっと一息。すでに五年、六年と繰り返してきた作業だけに最早慣れたものとは言えミシンを使っていたのだから相応に危険なことだったと自省する。

 

 ほとんど出来上がった新しい衣装を見やり、再びミシンへと手を伸ばして。

 

 スイッチを切る。

 

「……ふう」

 

 嘆息一つ。

 どうも今日はこれ以上やる気になれない。

 いや、どうもなんて言ったが理由は分かっているのだ。

 

「……はぁ」

 

 それが分かってしまっているからこそまた溜息。

 それから自己嫌悪が少々。

 

「私、嫌な子だなあ……」

 

 原因なんて一つ。理由なんて明白で。けれどそれを追求することも無ければ、解消しようとも思わない。

 自分からは動かない。自分からじゃ動けない。だからこんな状況になっているというのに、それでも未だに変わろうとすることもできない。

 

 弱い、弱い、弱い。

 なんて弱いんだろう。

 

 三度目の溜息。

 ふと時計を見やれば日付はとっくに変わっている。

 ああ、また徹夜かなんて思いながら眠気で重くなった体を引きずりながら部屋を出る。

 階下に降りてすっかりカラカラになってしまった喉を潤そうと台所の冷蔵庫を開く。

 何か無いかと見やればモーモーミルクがあったので飲んでしまう。

 

「……ふう」

 

 南のほうに位置するホウエンとは言え十二月ともなれば寒い。

 そんな中で冷蔵庫から出したばかりのモーモーミルクを飲んだせいでぶるりと全身が震えた。

 種族の関係で寒いのは苦手だったが、逆に頭は冷えた気がする。

 そして冷静になってしまったから、余計に考えてしまった。

 

「はあ……ホント、嫌な子だ、私」

 

 喜べない。

 

 私だけ、喜べない。

 

 みんな驚きはしながらも、同時に喜びを持って迎えたのに。

 

 私だけ、私だけ。

 

 エアの妊娠を。

 

 喜べなかった。

 

 

 * * *

 

 

 病院へと行くエアたちを、帰って来るマスターを迎えるため、と言って見送った。

 朝の内に帰ると言ったマスターを迎えるために一人残る、別におかしなことではない。

 

 でも本当はそれだけじゃない。もっと黒くて、醜い感情があったのをイナズマ自身自覚していた。

 それがあったから自分はついていなかった、それがあったから家に残った。そう思っている。

 

 簡単に言えば見たく無かったのだ。聞きたくなかったのだ。

 

 エアと主との間にできた子供。

 

 ああ、なんて羨ましいんだろう。

 なんて妬ましいんだろう。

 

 ずきずきと胸が痛み。

 じくじくと心が疼く。

 

 でも多分、それだけならば苦しくても、痛くても、我慢できたはずだ。

 その……はずだったのに。

 

 帰って来た主とチークを見て、すぐに気付いた、すぐに察した。

 

 ああ、とうとうこの二人も……。

 

 それを理解して、また苦しくなった。また痛くなった。

 それは行動した者としなかった者の差だろう。

 当然だ、自分は主に対して何も言っていない。何の行動も起こしていない。

 

 だからそれは当然なのだ。

 

 動けなかった者に、ただ待っているだけで得られる結果なんて碌なものじゃない。

 そんなこと分かっているのに……それでも。

 

 怖いのだ。

 失敗したら、どうしよう。

 拒絶されたら、どうしよう、そう思って。

 

 もし……万一にも、()()()まで失うようなことになれば。

 

 だったら自分は、そんなことになるくらいなら、自分は。

 そんな風に思って、それでも、進んで行く仲間たちを見て嫉妬して。

 何て馬鹿なんだろう、何て愚かで、惨めで、醜いんだろうと自嘲して。

 

 それでも変われない。

 

 どう足掻いてもイナズマという自分の根底に根付いたソレは消えることが無い。

 一度は自らの最愛の主に認められたとしても。

 いや、認められたからこそ。

 

 その主に見捨てられるようなことが耐えられない。

 

 そんな可能性がほんの僅かでもあるならば、それが怖くて、怖くて、怖くて。

 

 どうして自分はこんなに憶病なのだろうと内心吐き捨て。

 

 それでも今日も何も変えれない。変えられない。変わらない。

 

 そう思って、いたのに。

 

 ―――思っていたのに。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます。

 

 一瞬まだ宇宙空間にいるような錯覚を起こすが、直後の自分が自室のベッドで寝ていることに気づいた。

 上半身を起こすとまだ暗いことに気づいて時計を見やればまだ夜も半ばな時間だった。

 

「……夢?」

 

 先ほどまで現実味を持ってアルセウスを名乗るソレを話していたような気がするのだが、果たしてあれは夢だったのか。

 いや、そもそも前にもこんなこと無かったか?

 そう考え、思い出そうとしてもぼんやりとした思考でそれを思い出すことも無く、思考が空回る。

 

「……ま、いいか」

 

 やがて、夢だろうと現実だろうとどちらでも良いか、と結論付ける。

 中々面白い話だったが今の自分の直接関わるような話でも無かったし、もし現実かどうか知りたいならその内聞いた話の内一つ二つ検証でもしてみればいいだけだ。

 

「半端な時間に起きちゃったなあ……」

 

 二度寝しようにも思ったより眠くならない。

 しばらく布団の上でゴロゴロとして見たが、どうにも眠れず諦めて起き上がる。

 

「ちょっと喉乾いたし、何か飲むか」

 

 呟きつつ階段を降りて。

 

「……あ?」

「え?」

 

 リビングに電気が点いていた。

 誰か起きてる? と疑問に思いつつ入ればそこにイナズマがいた。

 

「……ま、すたー?」

「こんな夜中にまだ起きてたのか?」

「え……あ、ま、マスターこそ」

 

 イナズマの手元のモーモーミルクの入ったビンを見やり。

 

「ちょうどいいや、ちょっとくれ」

「え?」

 

 イナズマの手からビンを引っこ抜くと残った中身をそのまま飲み干す。

 

「あっ」

 

 一瞬イナズマが何かを言いかけて、止まる。

 ごきゅごきゅ、と中身を飲み干し、空になったビンを机の上に置いて。

 

「え……なに?」

「あ、いや……その……」

 

 はっきりしないイナズマの態度に首を傾げる。

 

「……つ……ス」

 

 ぼそり、と何かを呟きながら唇に手を当てたイナズマだったが、やがてはっとなって。

 

「そそそ、その、このビン、捨ててきますね」

 

 顔を赤くしながら今しがた中身が無くなったばかりの牛乳瓶を引っ手繰るように取って、そのまま歩いて行くのを見送る。そうして少し待っているとイナズマが戻って来る。

 

「ま、マスター……まだ居たんですか」

「居ちゃダメか?」

「あ、いや……そんなこと、無いですけど」

 

 まだ少し頬が赤いようだったが、それでも平静を取り戻してはいるようだった。

 どうも様子がおかしい気もするが……。

 

「こんな夜中にどうしたんだ?」

「徹夜で服作ってたら喉乾いちゃって……マスターこそ、もう寝たんじゃなかったんですか?」

「変な夢見て起きた……んでまあちょっと眠れなくてな」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながらそんなことを告げて。

 

「あー、目が冴えてんだ。ココアでも淹れるから、良かったら少し話さない?」

 

 問うたその言葉にイナズマが目を丸くして。

 

「……はい」

 

 笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 自身の主が手ずから入れたココアを一口飲んでほっと息を吐く。

 舌を満たす優しい甘さと体の内側からぽかぽかと満たされる熱に心まで溶けてしまいそうだった。

 白濁したミルクココアの上にぷかぷかと浮かぶマシュマロを一つ摘まんで口の中に放り込む。

 ココアの熱で半分溶けかかったとろとろのマシュマロが口の中で踊る。

 すぐにまた一口、ココアを飲めばカカオの香りとマシュマロの独特の甘さが絶妙な組み合わせとなって口の中を楽しませてくれる。

 

「……ほっ」

 

 漏れ出た吐息はけれど外気の寒さに反するように白く暖かい。

 隣で同じようにココアを飲んでほっと一息つく主の姿に心がぽかぽかとしてくる。

 

 幸福だった。

 

 好きな人の隣で、一緒にあったかいココアを飲んでいる。

 

 ただそれだけで心が満たされていた。

 

「なあ、イナズマ」

 

 だから、そう、だから。

 

「何か悩み事か?」

 

 不意に問われたそんな言葉に、言葉に詰まった。

 

「……なんで、とか聞くなよ?」

 

 喉元まで出かかった言葉をココアと一緒に飲みこむ。

 じんわりとした熱が胃に落ちて、体の隅々まで広がって行くような感覚に平静を取り戻していく。

 

「分かっちゃい、ますか」

 

 嘘だ。

 

 自分たちは()()()()()()()()

 それは決して物理的な繋がりではない。概念的な物でもない。

 極めて精神的な繋がりであり、だからこそお互いにお互いのことが分かってしまう。

 

「目が、声が、態度が、物語ってるからなあ」

 

 お見通しだ、と苦笑する主に嘆息する。

 できれば今だけは、都合よく気づかないで欲しかった。

 気づかれなければ……そうすれば、まだ我慢できたのに。

 

「……で、どうしたんだ?」

 

 そんな優しい声で語り掛けないで欲しい。

 嬉しい、主が気にかけてくれている。それが嬉しい、本当に嬉しい。

 でも今は……今だけは、ダメなのだ。

 先ほどまでの幸福感で、箍が緩んでしまっている。

 

「…………」

 

 言っちゃダメだ、と普段から抑え込んだ言葉が口から溢れそうで。

 それを必死に抑えようとして。

 

「イナズマ」

 

 止めてと叫びたかった。

 

「大丈夫だから」

 

 そう言って抱き留められる。

 

「大丈夫」

 

 背中に当てられた手が温かくて。

 

「あ……」

 

 口が、勝手に動き出す。

 

「わた、わたし……」

 

 止めろ、止めろ、止めろと何度心が叫んでも。

 まるで自分の意思など関係ないと口が勝手に動き始める。

 自身の抱えていた物を吐き出すように。

 つらつらとべらべらと、言葉が溢れ出して止まらない。

 不安も、嫉妬も、恐怖も、恋慕も。

 吐き出して、吐き出して、吐き出して。

 

「…………」

 

 全て吐き出したところで、ようやく身勝手な口が止まる。

 けれどその時にはもうすでに遅すぎて。

 全身がぶるりと震えた。

 言ってしまった。全て、言うつもりなんて無かったはずの言葉も、思いも全て、吐き出してしまった。

 直後に恐怖に襲われる。元より、それを恐れていたからこそずっと黙っていたはずなのだ。

 

 もし、こんな身勝手な感情で主に嫌われてしまったのなら。

 

 そんな恐怖が全身を駆け巡る。

 俯いた顔はきっと真っ青になっているだろう。視線を上げることができない。

 視線を上げた先に、失望に満ちた主の顔を見ることが恐ろしくて、上げられない。

 覆水盆に返らず。けれどもう言ってしまった。今更言わなければ良かったなんて意味を為さない。

 

 どうしよう、どうすれば。

 

 そんな思考だけがぐるぐるとイナズマの脳裏を駆け巡って。

 

「イナズマ」

 

 名を、呼ばれた。

 

 

 * * *

 

 

「イナズマ」

 

 名を呼ぶだけでびくり、と肩が震える。

 未だに自身より幾分か上背の高いはずの少女がどうしてかとても小さく、幼く見えて。

 変わっているようで、根底は変わっていないのだな、と実感させられる。

 

 けれど少女をそうさせたのは自分だ。

 

 この怖がりの少女がここまで拗らせてしまったのは、結局自身が少女の信頼を勝ち得るだけの行動を示さなかった、それが原因なのだから。

 家族だから、絆があるから。それを言い訳に今まで行動に移してこなかった結果が目の前の少女の態度であり。

 

 ああ、本当に……なんて馬鹿なんだろう、俺は。

 

 エアはきっと分かっていた。そんな俺の馬鹿さ加減を分かっていた。

 だからあんなことを言ったんだ。あれは俺にケジメを付けさせるための言葉じゃない。

 

 イナズマやリップルを思っての言葉だったのだと、今更になって理解する。

 

 きっと二人は、他の四人とは違う。

 

 イナズマもリップルも、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 シャルのそれが精神性の幼さのせいだとするならば、この二人の場合精神性が高すぎるせいというべきか。

 辛さや痛みを()()してしまう。しまえる。

 取り残されることを()()してしまうのだ。

 

 同時にそんな自身の内心を見せることを躊躇ってしまう。

 特にイナズマは本質的には引っ込み思案だ。

 自分から動くということができない。常に『誰か』が引っ張ってくれるのを待っている。

 

 だからこそ、俺から動きべきだったのだ。

 

 手を引いて一緒に行こうと言ってやるべきだったのだ。

 

「……ごめんな」

 

 抱き留め、腕の中で震えるイナズマにそう呟く。

 

 震えていた。

 

 感情を絆が教えてくれる。

 

 イナズマが感じているその感情を。

 

「ごめん……イナズマ」

 

 怖がっている。怖がらせてしまっている。

 俺が不甲斐ないせいで、俺が我慢させたせいで。

 ここまで傷ついてきたことに、気づけなかった。

 

「ちゃんと言えば良かった」

 

 余計なことばかり考えていないで、たった一歩、踏み出せば良かったのだ。

 少なくとも、俺は知っていたはずだ、イナズマがそういう性格なのだと。

 その本質的な部分を七年も前からとうに知っていたはずなのだ。

 知っていたはずなのに、深く考えなかった結果がこれだというのなら。

 

 ―――いい加減、覚悟決めなさい

 

 エアに言われた言葉を思い出す。

 そう、覚悟……必要なのは覚悟だ。

 背負う覚悟。貫く覚悟。

 そんなもの、当の昔にあったはずなのだ。

 

「イナズマ!」

 

 少しだけ、意識的にトーンを大きく。

 腕の中でびくりとイナズマが震えた。

 

「今まで言えなかった、でも今言う。今言わないとダメだって思うから、言う。聞いてくれ」

 

 ぐっと、胸の内に抱えるように、イナズマを抱き留める力を強める。

 少しだけ苦しそうに、腕の中でイナズマがごそごそと動こうとして。

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 告げた言葉に、腕の中でイナズマがぴたりと硬直した。

 

 

 

 

 




やっと5人目……。


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素直の証

 

 

 

 

 ―――苦しかったんです。

 

 自分だけが取り残されるようで。

 

 ―――妬ましかったんです。

 

 自分には得ることができないと諦めていたものが。

 

 ―――怖かったんです。

 

 醜い自身の本心を知られることが、嫌われることが。

 

 ―――それでも、好きなんです。

 

 どうしようも無いくらいに、自身が主のことを、好いていた。

 

 

 

 * * *

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 告げられた言葉に体が硬直する。

 その意味を理解すると同時に頬が紅潮する。

 

「え……あ……う、嘘」

「嘘じゃねえよ……こんな嘘、吐くわけないし、第一()()()()()?」

 

 うわ言のように呟いた自身の言葉に、主が返す。

 確かに()()()。それが嘘ではないこと結ばれた絆は確かに伝えてくれる。

 そしてそれが自身の求めている好きと同じであることも。

 

「だ、だって……わた、し」

 

 それでもまだ、信じられなくて、心のどこかでその言葉を信じ切れなくて、だって、だってと呟く自身にぎゅっと、手が回され、抱きしめられ、胸元に押し当てられる。

 

 とくん、とくん、と早打つ鼓動の音。それが幾分通常よりも早く。

 

「緊張、してます?」

「するに決まってんだろ」

 ゆっくりと、見上げた主の……自身の大好きな人の表情は。

 

 

 ―――自身が主を見る時と、同じ表情だった。

 

 

「……あ」

 同じ、なんだ。とそれを見て、ようやく実感する。

 同じ、なんだ。と何度も心の中で呟く。

 同じ、なんだ。私の気持ちと。

 同じ、なんだ。私の想いと。

 同じ、同じ、同じ。

 

 好きという言葉はつまりそういう意味なのだと。

 

 自分の好きと同じなのだと、ようやく気付けた。

 

「好き、です」

 

 つまりそれは。

 

「私も……好きです。アナタが、好き、なんです」

 

 ()()()ということで良いのだろうか。

 

 そう思うと、途端に目頭が熱くなり。

 つう、と頬を一筋、涙が零れた。

 

「わた、し……わたし、わたしも! すき、すき! 好きなんです!」

 

 ボロボロと、後から後から止めどなく零れる涙が熱くて。

 火傷しそうなくらいに熱いそれはけれど拭っても拭っても収まることが無い。

 唇が震える。言葉が上手く話せないことがもどかしくて。

 つっかえながら、どもりながら、それでも絞り出すように、伝えたくて、伝えたくて、伝えたくて。

 

 この気持ちを、思いを、アナタに伝えたくて。

 

 怖がってたはずの気持ちも、恐れてたはずの想いも。

 

「好き! 大好き!」

 

 気づけば、全部曝け出してしまっていた。

 

 

 * * *

 

 

「どうすっかなあ」

 

 一つ嘆息。

 椅子に腰かけたまま、自身の胸の中で泣き疲れ眠る愛しい少女の姿に少しだけ戸惑った。

 下手に動かせば起こしてしまいそうで、どうにも動けない。

 だが今はまだ、自身よりも上背の高い少女だ。今の自分の小さな体躯でいつまでも抱えていられるはずもなく。先ほどから腕がぷるぷると震えている。

 

「……行けるかな」

 

 せめて居間のほうへ。置いてあるソファまで運べれば……約数メートルの距離。

 数秒躊躇い。二度目の嘆息で吐き出した息と共に覚悟を決める。

 いわゆるお姫様抱っこ。イナズマが起きてたらまたあわあわしそうだが、寝ているので今の内である。

 背はあるが、細見のため思っていたよりは軽い……軽いが今の自分のサイズではかなり厳しい……が、それでも男の意地というものがある。歯を食いしばってどうにかこうにかソファまで運ぶことに成功する。

 最早腕はがっくがく。明日あたり筋肉痛になるだろうことは間違いない。

 

 それでも起こさずに寝かせたイナズマの安らかな寝顔を見ていれば、まあそのくらい安い物だと思う。

 

「よっせっと」

 

 息を吐きながら自身もまたソファに座り、膝の上にイナズマの頭を乗せて枕代わりにしてやる。

 旅などで散々歩いたせいか少し筋肉質で硬いがまあその辺は許して欲しい。

 そう思ったがどこか嬉しそうなイナズマの表情に、苦笑しながらその髪を梳く。

 さらさらと、滑かな髪に指を通せば流れるような感触があった。いつまでも触れていたい、そんな思いすらあって。

 

「ああ……うん」

 

 納得した、と一つ頷く。

 

「やっぱ俺、お前が好きだわ」

 

 愛おしい。その感情が素直に胸の内より溢れてくる。

 エアに色々言ったし、パーティの仲間たちと次々と結ばれていることに思うことはあるけれど。

 それでもやっぱり、俺はこいつらが好きだ。

 まだ伝えていない、彼女も。すでに伝えた彼女たちも。今目の前で眠る彼女のことも。

 

 悲しい表情は(きら)いだ。

 泣き顔も(いや)だ。

 楽しそうに笑っていて欲しい。

 幸せそうに微笑んでいて欲しい。

 

 結局そうだ、エアが言う通りだった。

 俺が背負う覚悟があるかどうか、それだけの話であり、それだけの事だった。

 気持ちなんて、最初から分かってたはずだし、最初から決まっていたのだ。

 俺が受け入れなかっただけの話だし、俺が気づかないフリをしていただけの話。

 

 それでももう逃げるわけにはいかないし、向き合うしかない。

 

 俺はこいつらが好きだ。

 

 その事実から顔を背けることはできないのだ。

 

 

 * * *

 

 

 良く寝てるなあ、と内心思いつつ。

 

 ソファで眠る()()を起こさないようにそーと忍び寄る。

 少年の膝で眠る少女と愛おしそうに少女の手を握ったまま眠る少年を見てほっと息を吐く。

 

「良かった……」

 

 この様子を見れば二人が上手く行ったことは理解できる。

 だから良かった。心底安心した。

 

「そんなつもり無かったけど、()が抜け駆けしちゃったみたいになってたし」

 

 あれとて結局長年貯め込み続けてきた思いが、蓋をしてきた想いが、抑えきれずに出てしまった結果ではあるが理由はどうあれ長年一緒に連れまわした少女に先んじて思いを交わし合ったことは事実だっただけに、どうしたものかと思っていたが。

 

「んー……エアあたりが上手く言ってくれたかな?」

 

 少々奥手のきらいがある少年がいきなりそんな活動的になるとも思えないので多分()()()()()が発破をかけてくれたのだろうと予想する。

 あの性格からは想像もできないくらいに『視野が広い』彼女のことだ。今の少年の抱える問題の歪さだって理解できているだろうし、それに対して少年が自分からでは動けない……そういう性質であることだって分かっていただろう。

 だから……多分自分と少年が家に帰って来てすぐ辺りだろうか。恐らくその辺で彼女が何か言ったのだろう。

 

 結果は目の前の光景である。

 

「ニシシシ……はぁ、良かった」

 

 二度目のため息。

 茶化してしまいたいが、茶化しきれない内心が誰も聞いていないと分かっているからこそ漏れ出ていた。

 

 少年が好きだ。

 少年のことを愛している。

 

 だが同時に。

 

 彼女たちのことも好きだ。

 家族だと思っている。

 仲間だと思っている。

 戦友でもあるし。

 最愛の親友たちであるとも思っている。

 

 だから少年が自分たち全員と関係を持つことを許容できるし。

 

 未だ思いを通わせていなかった親友の想いがようやく実ったのならば嬉しくも思う。

 

「良かったね……イナズマ」

 

 その手を引いて、いつも走り出すのは自分(チーク)で。

 それを仕方ないなあ、と言った表情をしながら、けれどいつでも後ろから付いてきてくれるのが親友(イナズマ)で。

 イナズマがずっと抱えていた感情を察していたからこそ、素直に祝福できる。

 

「ま、アチキもいつまでもは譲らないけどね」

 

 その内隙あらばまた誘惑しようと思う。

 彼女たちを親友だと思っている、家族だと思っている。

 だがそれでも少年を好きなのは、愛しているのは自分だって同じなのだ。

 偶には譲ることもある、でも隙あらば構って欲しいし、できれば愛して欲しい。

 

「それでも今日のところは、だネ」

 

 主の部屋から持ってきた掛布団と毛布を二人にかける。

 十二月のホウエンは寒い。さすがにそれすら無しでは風邪だって引くだろう。

 後はエアコンのスイッチでも入れておけば良いだろうと思いながら。

 

「……おやすみ、二人とも」

 

 呟きながら電灯のスイッチを落とした。

 

 

 * * *

 

 

 ぶるり、と背筋を震わせる。

 突き刺すような寒気に半覚醒の頭のまま瞼を開き。

 午前五時三十分を示す時計を見やる。気づけば窓の外が薄っすらと白んでいた。

 

「……朝か」

 

 十二月の朝は寒い。いくらホウエンが南のほうにあると言ってもこの季節はさすがに手足が震えてくる。

 昨夜(ゆうべ)の記憶を反芻しながら手元に視線を落とし、そこで安らかな表情で眠る少女の寝顔を認め。

 

「起きろ、イナズマ」

 

 軽く揺さぶる。

 

「……ん……ぅ……ん」

 

 僅かに反応を返すイナズマの肩をさらに揺すれば僅かにだが目が開き。

 

「ます……た……?」

 

 俺の姿を認め、そう呟いて。

 

「……なんで、マスターが」

 

 不思議そうに呟き。

 

「ああ……夢かあ」

 

 一人で勝手に納得し。

 

「……えへへ、ますたー」

 

 両手を伸ばし、俺の首に回すと顔を持ちあげて。

 

「ん」

「んっ?!」

 

 そのまま唇を触れ合わせた。

 二秒、三秒と時間が流れ、互いの唇を触れ合わせたまま十秒近くが経過したころ。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、間近に迫ったイナズマの目が開かれていき。

 

「…………」

 

 その表情が驚きと困惑に見ていく。

 

「ま、マスター?!」

 

 ずさあ、と後ずさるように離れソファの端まで後退する。

 

「……お、おはよ、イナズマ」

 

 突然の事態に動揺してしまい口調を乱す自身に、けれどそれどころでは無いとイナズマが目を白黒とさせる。

 

「な、なんでマスターが……って、あっ」

 

 そこまで呟き、ようやく昨晩のことに思い至ったらしい。

 途端に白い肌が、頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。

 

「あ、あの、あのまま、マスター?! き、昨日の、その、えと」

 

 しどろもどろになるイナズマに落ち着けと告げる。

 

「で、でもその、あのさっきは、その」

 

 手を伸ばし、待ったをかける。

 空回っている思考に待ったをかけ、深呼吸するように言う。

 吸って、吐いて、と言われるがままに繰り返すイナズマ。

 二度、三度と繰り返すうちに少しは冷静になったらしい、先ほどよりはマシな表情でこちらを見やった。

 

「そ、その……すみません、ね、寝ぼけちゃって」

「……良いよ」

 

 少なくとも、昨日……いや、時間的には今日だろうか?

 とにかくすでに思いは交わし合ったのだ。

 

「もう俺たちはそういう関係なんだ……だから、お前が望むならいくらでもして良いよ」

「……い、いくらでも」

 

 ごくり、と生唾を飲みこむイナズマに、おいおいと嘆息する。

 

「何か変な想像してない?」

 

 こいつら昔からそういう『変な本』の影響を受けている節があるのでジト目で見つめてやれば、面白いように慌てだす。

 

「べべべっ、別に、そそ、そんな変なこと?!」

 

 顔を真っ赤にしたり真っ青にしたり、忙しいやつである。

 まあこいつの趣味に関してはすでに羞恥(周知)の事実ではあるため今更の話である。

 基本的には隠したいよう(その割に隙だらけだが)だし、これ以上は追及しないでおく。

 

「はあ……なんつうか、本当にお前ってやつは」

 

 いつからこんな子になってしまったんだろう、と思ったが七年前……俺がまだ五歳だったころからこいつはこんな感じだったな、と一人でに納得する。

 

「けどまあ……そんなお前に惚れた俺も俺か」

 

 漏れ出た一言に、イナズマの顔が真っ赤に染まる。

 

「……あ、あの、マスター」

「マスターじゃなくても良いぞ。名前で呼んで良い」

 

 そう告げると、イナズマがびっくりしたように目を丸くして。

 それから数秒考えこみ、ちらちらとこちらを見やり、さらに黙りこんで。

 

「……ハルト、さん」

「何だ?」

 

 告げる俺の名に鷹揚に頷く。

 すでに何人もに呼ばれた名だ。すでに慣れたと言えば慣れた。

 とは言えイナズマからすれば相当に違和感があったらしい。

 

「ハルトさん……ハルト、さん……ハルトさん……ハルトさん」

 

 何度も、何度も俺の名を呼ぶ。

 確かめるように、自らに刻み込むように。

 そうして十か、二十か、それぐらいの数、名を呼び続けて。

 

「あの、ハルトさん」

「ああ」

 

 ばっと、顔を上げる。

 その目は強い意思があった。

 昨日までのイナズマとは対称的な、強い意思が籠った瞳だった。

 

「昨日の言葉……本当、何ですよね」

「当たり前だろ……何度も言うけど、嘘であんなこと言わないよ」

 

 そっか、と呟き、俯いて胸の前で手を組む。まるで祈るような姿だと思った。

 

「信じます……信じています。すみません、それでもやっぱり少しだけ信じれきれないです」

 

 震えていた。

 組んだ両の手が、僅かに震えていた。

 

「信じたいんです……でもごめんなさい。やっぱり私はどうしても信じ切れないから」

 

 だから、だから、だから。

 

 躊躇うように三度呟いて。

 

「もう一度だけ、証拠……ください」

 

 目を閉じ、少し上を向く。

 

「大好きだって……言って」

 

 少女が何を欲しているのかそれを理解し。

 

「何度でも言ってやるさ」

 

 呟きながら少女の頬に手を当て。

 

「好きだ、イナズマ」

 

 顔を寄せ。

 

「愛してる」

 

 その唇に触れた。

 

 




イナズマにデート回作ろうか悩んだけど無しにする。
もう3回も同じことやってるし、このパターン飽きたろ。作者は飽きた。
なので告白を二度繰り返すというパターンで攻めてみる。


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チャンピオンリーグ前日

 

 四か月ほど前、家を買った。

 

 正確には建築の依頼をしに行ったというべきだが。

 というのも俺の手持ちだ。

 元々家族三人で過ごしていた家にプラスでヒトガタが十二匹。完全に許容オーバーである。

 アルファなど平時は庭に勝手に作った池の中で寝ている。朝飯時になる頃には日課の遊泳も終えて家の中に戻って来るが、家の中にアルファの部屋は無い。オメガも基本的にコタツと結婚しているし、アクアなど物置で寝ている。いや、本人的には窓の無い暗い部屋なのでそれなりに気に入っているようだが、それでも狭いのは事実だろう。

 因みにサクラは精神性の幼さから誰か傍についていたほうが良いだろうということでだいたい毎日交代で一緒に寝ている。

 食事を取るのだって数人ずつ交代にしなければリビングの机とダイニングのソファ全部使っても席が足りない。

 

 さすがにこれはやばいだろう、ということで家を建てることにした。

 

 ミシロはまあご存じの通りの田舎町であり敷地なんて有り余っていると言っても過言では無い。

 なので敷地だけは安く広く手に入るし、建築技術に関してこの世界にはポケモンという頼れる隣人がいるのでかなり高い水準にある。

 そしてチャンピオンという地方でたった一人だけに許された地位のお陰で資金はたっぷりあったので手持ちたちの要望をいれつつ設計された家はかなり大きなものとなった。

 

 とは言えポケモンの力を借りれば一カ月か二カ月程度。

 敷地の確保やら設計やらで二カ月くらいはかかったので、ちょうど年末になる頃には完成する予定だと聞いていた。

 とは言えシアとピクニックデートしたりシャルとカナズミ行ったりカイナでお祭りデートしたりチークとカントー行ったりとこの数か月そこそこ忙しかったので頼んでいたこと自体は覚えていたのだが、工期を意識することは無かった。

 

 とは言え俺が忙しくしている間にもこつこつと工事は進められていたらしく。

 

 そうして年末前には完成予定だと言われていたことを思い出したのは業者から連絡を受けた時だった。

 

 

 * * *

 

 

 実家から徒歩一分。

 ミシロの田舎ぶりから言えばご近所どころか隣の隣、程度の距離だ。

 引っ越しも楽なもので、適当に段ボール詰めした荷物をオメガ筆頭に力持ちなポケモンに運んでもらうだけ。

 ベッドなどの重い荷物もポケモンの力ならば楽々と運べるし、さほど苦労も無さそうだった。

 

「あとこの段ボールでこっちは終わりかな?」

 

 とは言え十三人である。正確には人間は俺だけだが。

 通常のポケモンならともかく、ヒトガタというのは人間に極めて近い。

 そのため一人一人に個室を作ったし、これまで実家に置いていたそれぞれの私物がある。

 家具などは実家から持って行く物は少なく、これを機にと大人数で使えるような大きなものを購入したが、それを除いてもけっこうな量になった。

 

「こうしてみると個性が出てるなあ」

 

 エアの私物は漫画が多い。基本的にエアはぶらぶら出かけることが多いが、冬には家に引き籠るので暇つぶし用に本を貯め込んでいる。前にも言ったがバトル漫画みたいなのが好きらしく手広く集めているようだった。

 シアの私物は少ない。正確には家事用品が多く私物と呼んで良いのか微妙なラインの物が多い。まあ普段から家の家事の大半を母さんとやっているのだし、必然的にそうなるのかもしれない。あれで本人も半ば趣味のように取り組んでいるのでそれはそれで良いのだろう。

 シャルの私物は寝具とあとは部屋の片隅に置かれたヌイグルミくらいだった。後はシアやイナズマが与えた衣服や化粧品などが少々。ただあの巨大なカビゴンドール一体いつの間に買ったのだろう。

 チークの私物は雑多としている。好奇心の為すがままに集めたみたいな規則性の無い品々だが意外にも保管は丁寧に行われていた。その辺りは案外マメらしい。

 イナズマの私物は正直一番多い。クローゼットに大量に詰め込まれた衣服の数々。家族全員分の服を七年かけて作りため続けてきた結果らしい。正直これを荷物に纏めるのが一番手間だった。

 

 そして。

 

「……なーんにも無いな」

 

 リップルの私物は無かった。

 よく考えてみればリップルが強く何かを欲したのを見たことが無いのを思い出す。

 その結果がこのがらんどうな私室なのだとすると、俺の想像以上にこいつ闇が深いんじゃないだろうかと思わなくもない。

 ただ一つだけ、窓辺に置かれた写真立てを見やる。

 

 七年前に取った俺たち七人の写真。それに最近撮った家族全員での写真。

 

 その二つだけがリップルの部屋で唯一の『色』だった。

 

「…………」

 

 リップルに対する俺の印象を一言で表すなら『曖昧』だ。

 一見すると精神的に大人なだけに見えるが、一歩引いて俯瞰して、そして自分というものを表に出さない。

 いつもニコニコと笑みを浮かべて、表情の裏側が見えない。

 以前も言ったがリップルは俺たちの仲間の中で一番精神年齢が高い。

 外見的にも一番成熟しており、言わばリップルは俺たちよりも『大人』なのだ。

 

 だからこそ自分を隠す術を持っている。

 感情よりも理性で喋るし、内心を上手く隠して喋る。

 一歩引いて見ているからこそ、仲間たちの変化にも気づくし、さり気無くフォローを入れてくれる。

 気づかれにくいがパーティの潤滑剤のような存在だ。

 だからこそ、リップル本人の『我』というものを俺はほとんど見たことが無いし、聞いたことが無い。

 

 強いて言うならば。

 

 ―――いつまでも、みんなで一緒に……そう願うのは傲慢かな? マスター?

 

 リップルは家族を求めている。

 もっと言うならば()()()()()()()()というべきか。

 とは言え、あの頃より随分と増えた家族を見れば、この家で孤独になれるほうが少ないだろうけれど。

 

 もしかすると、だからこそ今まで何の問題も無かったのかもしれない。

 

 エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも。

 それぞれ心の内にそれぞれの思いを抱えていた。

 悩んで、苦しんで、それでも受け入れて。

 当たり前だ。彼女たちは『データの中の存在』なんかじゃない。

 現実に生きて、目の前にいる一個の存在なのだから。

 

 だから、あるのかもしれない、リップルにも。

 心の内側に抱えたナニカが。

 今日に至るまで俺はそれを見たことが無い。

 唯一それらしきものに触れたのは、きっと六歳の時に家族で行った旅行の時。

 

 ―――明日何が起こるかさえ分からないのに、どうして何年も後の未来を当たり前なんて言えるの?

 

 あの瞬間零れ落ちた言葉は、確かにリップルの本心だった。

 いつも笑顔で本心を隠し、一歩引いて外から俺たちを見ていたリップルが零した確かな本音だった。

 

 ―――不安だよ、明日リップルや他のみんなはマスターといられるのかな? 明後日は? 一週間後は? 一か月後は? 一年後は?

 

 憂うような瞳で自身を見つめた少女に。

 縋るような表情を自分へ向けてきた少女に。

 果たして俺は、あの時なんて言って返したのだろうか。

 

 そんなことを少しだけ考えてしまった。

 

 

 * * *

 

 

 新築の我が家は思ってた以上に広かった。

 

「……というか旅館じゃね、これ」

 

 洋風の旅館、みたいなちょっと矛盾したワードだが、新しい我が家を一言で表現するならそれが一番ぴったりだと思った。

 因みにこの世界、大半の場所で玄関で靴を脱ぐ習慣が無い。

 玄関はあっても玄関口は無い。玄関開けるとそのままリビングとか割とザラだ。

 割と日本文化の強いカントー、ジョウト、ホウエン地方ですら家の中で靴を履いたまま過ごす。

 

 これが意外とストレスだったりする。

 

 自身はあくまでジョウト生まれのこの世界の人間ではあるが、記憶の中で平成の日本で過ごしてきた記憶が二十年分根付いているのだ。価値観などがそちらに寄るのも当然のことであり、靴を脱がずに過ごすというのは割とカルチャーショックが強かった。

 

 極々一部の超和風テイストな旅館とかならば靴を脱いで、というのもあるのだがそれだって文化というより拘りと言ったほうが正しい。

 つまり靴を履いて屋内を歩く欧風文化がこの世界の基本なのだ。

 

 たかが靴を履いてるだけだろ、と思うかもしれないが実際にやってみれば良い。

 

 靴を履いて過ごすというのは、現代日本人の価値観で言えば極めて窮屈で強烈な違和感がある。

 それを毎日毎日というのは非常に精神的苦痛が伴う。

 そのため実家では両親に頼んで靴を脱いで過ごすようにしてもらった。

 というかこれ自体はジョウトに住んでいた頃にはもうやっていたので、ホウエンでの実家の間取りは玄関口を作ってそこで靴を脱ぐことを前提としている。

 この習慣はハルカちゃんたちからすると少し不思議に映るらしいのだが、そんなことは知ったことではないと押し切った。

 

 当然ながら新築した我が家も靴を脱いで上がるスタイルだ。

 

 近々クリスマスがあるのでみんなを招いてクリスマスパーティでもしようかと画策中である。

 両親やオダマキ一家は勿論のことミツル君たちも呼んで楽しくやりたい。

 

「……ミツル君かあ」

 

 実のところ、伝説戦のためにミツル君と別れてからの動向は全く把握していなかったのだが、どうやらほぼ一人で旅を続けていたらしい。

 そして最近知ったことだが全てのバッジを集めてホウエンリーグに挑戦し、しかも本選出場決めた挙句にシキを倒してホウエンリーグ優勝。

 

 つまり、次のチャンピオンリーグにおける挑戦者である。

 

 正直びっくりした。

 トウカジムで苦戦していた様子はよく見ていたし、才能があるのは分かっていたが、それでもまだもう一年か二年は経験を積まなければならないだろうと思っていただけに、あのシキを破ってリーグ優勝を決めたという事実に本気で驚かされた。

 

 因みに今年のホウエンリーグはダイゴも出ているが、シキとガチンコで殴り合った結果、ギリギリでシキが勝ったらしい。

 まあ何だかんだ言ってもあのレジギガスがいるのだ。レジアイスを手に入れたことによりさらに育成が進んだらしく、あのレックウザ相手に一撃で大ダメージを与えるほどに強さがある。

 ダイゴのスタイルは基本的に受けて殴るだ。最硬という言葉が良く似合う男だが、だからこそレジギガスというどんな守りも真っ向から打ち砕く圧倒的パワーは正直相性が悪いと言わざるを得ない。

 

 恐らくダイゴが読みを重視して戦えばシキも負ける可能性は十分あったのだろうが、ダイゴは基本的に自分のパーティの完成度に対する絶対的な自信を持っている。

 基本万能な男だが、主軸となるのは『統率』能力だ。だからこそ、指示で勝つよりもパワープレイを好む。

 そして単純なパワープレイという意味ではシキは恐らく世界でも五指に入るだろう。

 そもそもが一手目で『とくこう』を最大まで積んでくるサザンドラがいるのだ。あれで大半のやつが詰むし、それを退けても強烈な異能と異能を生かした凶悪なポケモンたち。

 パワープレイとパワープレイのぶつかりあいではあったが、伝説のポケモンというアドバンテージで一歩、シキがダイゴの先を言った形になった。

 

 ミツル君は育成能力はそれなり、統率能力もそれなりだが、とにかく読みが深い。

 

 読み勝って勝つ。

 

 典型的なトレーナータイプだ。

 

 単純なポケモンの質ならばシキが勝るだろうが、シキは指示が単純になりがちな弱点があるのでそこを突かれて負けた形になった。

 

 一応ホウエンリーグ本選まではテレビ中継なども入るので、後で確認もしたが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言える。

 

 読み勝つことによって生まれる相手の隙を見逃すことなく致命の刃を刺し込む。

 つまりそういうタイプのトレーナーだ。

 

 正直なところ『読み勝つ』ことを苦手とするシキや自分のようなトレーナーからすると極めて不利な相手と言える。

 しかもミツル君は自分のパーティについてかなり詳しい。自身に師事していたのだから当然と言えるかもしれない。

 読みを得意とするトレーナーに情報面で負けている、というのは中々に怖い話。

 

「でもなあ」

 

 そう、それでも、だ。

 

 勝つだけなら容易いだろう。

 

 簡単な話だ。

 

 ()()()()()()()()の二匹を手持ちに入れておけば良い。

 

 レジギガスすら児戯に見えるほどの圧倒的な伝説の暴力はトレーナーの読みがどうこうという話じゃない。

 同じレベルの暴力で持ってしか抗うことを許さない絶対的な力だ。

 

「まあやらねえけど」

 

 やってしまったらミツル君本気で心が折れるんじゃないだろうか。

 そもそも自分はあの二匹をポケモンバトルに連れ出すつもりは毛頭無い。

 それこそまた『伝説のポケモン』レベルの存在が暴れ出さない限りは。

 

 と、なるとパーティメンバーについて考える必要がある。

 

「エース不在なのがなあ」

 

 エアはもうポケモンバトルができない。

 ポケモンで無くなってしまっている以上当たり前の話だが、そうなるとパーティの絶対のエースが使えなくなったということである。

 エアはこれまで常にパーティの中心で、主軸だった。

 だからこそエアを抜いたパーティとなると、これまでと全く異なる物になるだろうし。

 

「いっそ、自由に作ってみるか」

 

 これまでのパーティは俺の趣味だった。だからこそいつもの六人がメインだった。

 けれど何だかんだで手持ちの数は増えたし、だったら新しくパーティを作ってみるのも良いかもしれない。

 幸いこの世界には『裏特性』などの実機には無い技術がある。

 ならばどんなポケモンを選んでもある程度は戦えるし、後はトレーナーの力で補える。

 

「……ふむ」

 

 少し考え。

 

「楽しくなってきたかも」

 

 ふっと、笑みを浮かべた。

 

 

 

 




おひさです。
古戦場から逃げ出しながらようやく風邪も治ったので久々に更新。
因みに次回から二話くらいかけてミツル君戦やるよ。
データ作ったけど、久々に読者に白目剥いてもらえる仕上がりになってるので楽しみにしてね♡
というか殺意が高すぎて作者が白目剥いた。


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チャンピオンリーグVSミツル①

ちょっと今回から新しい試みで「注釈タグ」を使っていきます。
いけそうなら未来編もこのやり方で行く予定。


 

「驚きました?」

「まあね」

 

 少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて訪ねてくる目の前の少年に、くすりと笑う。

 

「才能あるのは分かってた。でもまさか一年で来るとは思わなかったよ」

「……必死でしたから」

 

 顔を伏せ、そっと呟く少年の声に黙する。

 やがて少年が顔を上げて……目を細め、まなじりを吊り上げて自身を視線で射抜いた。

 

「これが、ラストチャンスですからね」

「……へぇ」

 

 当然の話、別にリーグで負けたらもう挑戦できなくなる、というルールは無い。

 なのでまた例え負けても少年は来年またリーグに挑戦することはできる。最も、また予選と本選を勝ち抜く必要はあるだろうが、一度到達した場所だ。さらに一年精進を重ねればそれもまた不可能ではないだろう。

 それでも、たった一つだけ。今年と来年で変わる物がある。

 

「……挑ませていただきます。師匠……いえ、()()()()()()()()

 

 チャンプ、チャンピオン。

 つまり、ホウエンで最も強いトレーナー。

 つまり、自分のこと。

 

「ふふっ」

 

 すでに各所には言ってあるが、自身がホウエンチャンピオンとして戦うのはこれが最後だ。

 このバトルの勝敗に関わらず、自身はホウエンチャンピオンの座を退き、研究職のほうへと移る。

 元より伝説のポケモンが巻き起こす災害を止めるための手段の一つだったのだ、すでにホウエンの伝説の脅威は収まった。ならばこれ以上この地位に固執する意味も無い。

 だから、これが最後。

 

 最後のチャンス。

 

 そう、つまるところ。

 

 目の前の少年は戦いに来たのだ。

 

 師である自身と、全身全霊を賭けて。

 

「面白い」

 

 腰に下げたホルダーからボールを一つ手に取る。

 

「でもまあ、容易く超えられるとは思わないことだね」

 

 少年もまた、同じようにボールを一つ手に取り。

 

「……元より、簡単に勝てるとは思ってませんよ」

 

 互いに振りかぶる。

 

「なら、来なよ! ミツル!」

「勝たせてもらいます、ハルトさん!」

 

 ―――あ、あの…………ハルトさん、ですよね?

 

 あの日、出会った少年が。

 

 ―――応援してます、その、チャンピオンリーグ、頑張ってください!

 

 挑む側だった俺を応援していたはずの少年が。

 

 ―――ボクはミツルって言います。

 

 受けて立つ側となった俺に、挑む側として現れた。

 

 

 ちょうせんしゃのミツルがしょうぶをしかけてきた!

 

 

 * * *

 

 

「さて、行こうかチーク」

「頼みます、ヴァイト!」

 

 交差する一瞬の視線。

 互いが投げたボールから光が放たれ。

 

「さてさて今日も今日とてお仕事さネ」

「グルアアアアアアアア!」

 

 こちらの場にはチーク。

 そして相手の場には……ガブリアス。

 

「相性わっる」

 

 『でんき』タイプのチークと『じめん』タイプのガブリアスの相性は正直悪い。

 正直選出に関しては完全に読まれてメタられた感じがあるのは確かで。

 

「ま、行くっきゃねえな」

 

 残念ながら迂闊に交代して、ガブリアスの強烈な一撃をもらうのは避けたい。

 なので……。

 

「いつも通り、ゴリ押していこうか」

「アイアイ、了解さネ」

 

 “つながるきずな” *1

 

 いつも通りに絆を繋げ、途端にチークが走り出す。

 

「ヴァイト……プランA」

 

 呟きと共にガブリアスが咆哮を上げて走り出す。

 

 “なれあい”

 

 だが最初に能力を積んだ分だけチークのほうが早い。

 ガブリアスが攻撃行動を取るより早く飛び込むように相手に触れて。

 

「お仕事完了さネ」

 

 本当はここからさらにマヒさせたり、交代技を繰り出したいのだが残念ながら『じめん』タイプにはそれができない。

 だから直後に攻撃行動に移るガブリアスの一撃に耐えての交代しか無い。

 ガブリアスが振りかぶった両腕を大地へと叩きつける。

 

 “じしん”

 

 放たれた一撃が大地を脈動させ、チークを大きく揺らす。

 

「うぎゅ……い、いたひ」

 

 弱点タイプの強烈な一撃に見舞われ体力を大きく失ったチークが膝を突き。

 

 “ほおぶくろ”

 

 直後こっそり隠し持っていた『オボンのみ』を食べて体力を回復させる。

 とは言え、実機でいうところの50フラットバトルならともかく、レベル制限のない現実のバトルにおいて『ほおぶくろ』による回復効果はそれほど大きく無いのだが。

 

「チーク!」

「大丈夫……まだ、行けるさネ」

 

 それでもHPの半分以上は回復できたらしく多少気力を取り戻したチークをボールに戻しながら。

 

 “スイッチバック” *2

 

「ぶん殴れ! アクアァァ!」

 

 即座に次のボールを投げる。

 

「応ともさ」

 

 “とうそうほんのう” *3

 

 同時に現れる少女の姿に、ミツルが僅かに目を見開く。

 ミツルとは二年近く師弟を続けていた仲である。

 だからこそ、手持ちの大半の情報はミツルも知っている。

 そして『読み勝つ』タイプのミツルにとって『知っている』というのは大きな利だ。

 

 逆に言えば『知らない』というのは大きな不利となる。

 

 特にヒトガタは外見ではそう簡単に種類を特定できないほどに奇襲性が高い。

 アクアはミツルと別れてから手に入れたポケモンだ。故に未だにミツルにも情報が抜かれておらず。

 

「ぶっ飛ばせ!」

 

 指示を飛ばすと同時にアクアが拳を振り上げる。

 

「まあ、予想の範囲内です」

 

 直後にガブリアスが赤い光に包まれてミツルの元へと戻って行く。

 

 “スイッチバック”

 

 ガブリアスと入れ替わるように出てきたのは。

 

「キュォオオオ!」

 

 赤い甲殻で全身を包まれ、両の手に大きな鋏を持ったポケモン。

「ハッサムかよ!」

 読まれた、と内心で舌打ちしたがすでに指示は出している。

 

 “れいとうパンチ”

 

 放たれた拳は、けれどハッサムの硬い甲殻でやすやすと受け止められる。

 そしてお返しとばかりにハッサムがその鋏を握りしめ。

 

「クキョウ、プランC」

 

 “バレットパンチ”

 

 “きせんをせいする” *4

 

 放たれた鋼鉄の拳がアクアへと突き刺さり。

 

「ふん」

 

 突き刺さった拳をけれど痛みを感じさせない様子でアクアが掴み取り。

 

「お返しじゃああ!!」

 

 “アームハンマー”

 

 放たれた拳が容赦なくハッサムへと突き刺さる。

「グ……キュオオ……」

 がくん、と崩れ落ちかけたハッサムだったが。

 

 “ぺネトレートバレット” *5

 

 拳を固める。反撃が来ると理解するもけれど技を放った直後のアクアにそれを回避する術は無く。

 がちん、と歯を食いしばり来る攻撃に耐えようとする。

 

 直後。

 

 “バレットパンチ”

 

 “パレットパンチ”

 

 刹那の二連打。的確にアクアの『きゅうしょ』を打ちぬいた二撃にがくん、とアクアの膝を落ちる。

 

「アクア!」

「わか……っとるわ!」

 

 それでもまだ耐えるアクアがさらに拳を固め、すでに『ひんし』寸前のハッサムへと振り下ろそうとして。

 

 “バレットパンチ”

 

 “■■■■■■■■■■”

 

 “きせんをせいする”

 

 それよりも早く放たれた一撃がアクアを貫く。

 四発目の『バレットパンチ』。メガシンカした様子は無いが、それでも三発ですでに痛手を負ったアクアには十分なトドメである……とミツルは予想したのかもしれないが。

 

「効かん!!」

 

 気炎を吐きながらアクアが拳を振り下ろした。

 

 “ばかぢから”

 

 『ちからもち』なその剛腕がハッサムを捉え、一撃でフィールドの外にまで吹き飛ばす。

 

「……っ!?」

 

 その光景を見て、予想外だと言わんばかりにミツルが動揺を表す。

 まあ倒せると思ったのだろう、実際のところ中々にダメージを受けているのも事実だ。

 何のポケモンと予想したのかは知らないが、アクア以外ならほぼ倒れていたダメージだ。

 二発ほど『きゅうしょ』に入ったのでシアでも恐らく耐えられなかっただろう。

 

 『ゲンシカイキ』していなければやられていた、かもしれない。

 

 だがあのカイオーガと太古に争った『ゲンシラグラージ』の耐久力は並大抵のものではないのだ。

 だがこれで先に一体、リードを取った。

 アクアの残り体力は三割あるかないかと言ったところか。

 だが相手次第ではまだまだ戦える。

 

「…………」

 

 ミツルが逡巡したように手を止める。

 だがすぐに次のボールを手に取り。

 

「グレン!」

 

 ボールを投げる。

 出てきたのは。

 

「コウガァ!」

 

 全体的に青に斑模様の白……ゲッコウガだった。

 

「……嫌なのが出てきた」

 

 特性『へんげんじざい』によって自身の『タイプ』を変更できる数少ないポケモン、ゲッコウガ。

 何より型が多く読み切れない厄介な相手だ。

 ミツルのような『読み』が得意なトレーナーに持たれるとこちらとしては対処に困ることこの上ない。

 

「どうするかな」

 

 一瞬の迷い。

 問題点は二つだろう。

 ミツルがアクアを『ラグラージ』であると気づいているか否か。

 そしてあのゲッコウガが『くさむすび』を覚えているか否か。

 だが覚えていない、と考えるのが余りにも楽観的が過ぎる。

 とは言えここまで使ったのは『れいとうパンチ』と『アームハンマー』に『ばかぢから』。

 肝心の『みず』技も『じめん』技も使っていない以上、ラグラージであると一瞬で見抜けるとは思えない。

 むしろ使った技だけ見れば『かくとう』タイプだと予想してくるだろう。

 

 とは言え、だ。

 もし読まれていた場合、確実にアクアが沈む。

 今回アタッカーは三体しか入れていない以上、アクアがやられれば一気にきつくなるのは目に見えている。

 であれば交代が安全ではあるのだが。

 

 『みがわり』とかされるとそれはそれで面倒ではある。

 

 逡巡の迷い、そして。

 

「戻れ、アクア」

 

 安全を取った。

 

「行け、リップル!」

 

 そうして代わりにリップルを場に出して。

 

「グレン、プランD」

 

 “みがわり”

 

 “へんげんじざい”

 

 “へんぽうじきょう” *6

 

 ―――ゲッコウガの『すばやさ』が上昇した。

 

 ゲッコウガの全身から抜け出すようにヌイグルミが出てくる。

 ゲッコウガ自身の体力を使って作ったそれは盾になるかのようにゲッコウガの目の前に鎮座した。

 

「っ!」

 

 やっぱこうなったかと顔を歪めて。

 

 “スコール” *7

 

 直後に『ねったいこうう』*8が降り出す。

 基本的に『あめ』状態と同じなので互いの『みず』技の威力が上がるのだが、リップルに関して言えばそれほど問題にはならないだろう。

 

 とは言えリップルの攻撃性能であれを倒せるか否か。

 

 そうして一つ息を吐きだす。

 少し場が膠着してきたと感じる。

 さて、どうするかと考えて。

 

 “とんぼがえり”

 

 “プ■■ニ■■■■ダー”

 

 直後にゲッコウガが走り出す。

 だがミツル君は何の指示も出していない。

 そのことで一瞬反応が遅れた。

 

「リップル!」

 

 だがそれ以上の遅れは許されない。即座に声を発し。

 ゲッコウガがリップルを蹴り上げる。

 その勢いのままにボールへと帰って行き。

 

「サナ!」

 

 代わりに出てきたのは……サーナイト。

 ミツルの主力の一人であり、自身が育てたポケモンの一体。

 

 “トレース”

 

 “きょうしん” *9

 

 『トレース』によってリップルの特性が写し取られ、直後にサーナイトが全身を震わせるとオーラのようなものを発する。

 一段と高まる圧力に、やばいと思うと同時に。

 

「いっけ!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 ―――サーナイトには『こうかがない』ようだ。

 

 直後に降り注ぐ流星。

 けれど『フェアリー』タイプのサーナイトにはそれは通じない。

 読まれた、と内心で毒づき……同時に気づく。

 

 サーナイトの前方に未だに鎮座するヌイグルミに。

 

「『みがわり』?! 引き継いだのか!」

 

 ゲッコウガの『みがわり』が未だに残っている事実に驚愕する。

 耐久力の多寡の問題ではない。これで実質的に一度だけ攻撃が無力化されるも同然である。

 否、自身の弟子なのだから『つながるきずな』を参照に何か作っていてもおかしくはないのだ。

 むしろそれを予想しなかった俺自身が悪い。

 

 だが今はそれもどうでもいい、後回しだ。

 

 思考を回す。

 

 あれを強引に突破する方法は……ある。

 だがそれをミツルが予想していないとは思えない。

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 思考し、思考し、思考し。

 

「……やるか」

 

 一つ覚悟を決めて、ボールを握り。

 

「戻れリップル」

 

 赤い光がリップルを包み、ボールの中へと戻していく。

 

「来い」

 

 そうして、代わりに出すのは。

 

「シャル!」

 

 俺の切り札、その一枚だ。

 

 

 

*1
味方のポケモンが場に出た時、全能力ランクを2段階上昇する。味方と交代して戦闘に出たポケモンが交代した味方の能力ランクを引き継ぐ。

*2
ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。

*3
場に出た時、自分を『いかり』状態にする。

*4
技を繰り出す時、優先度に応じて技の威力が上昇する(優先度×5)。

*5
『バレットパンチ』の優先度を-2するが、技を2回攻撃にし、相手の『まもる』や『みきり』等を解除し、必ず急所に当たる。相手のタイプ相性の不利に関係無く攻撃できる。この効果は戦闘中一度だけ使える。

*6
自分の『タイプ』が変化した時、ランダムに能力ランクが上昇する。自分の『タイプ』が変化した時、HPが最大HPの1/8回復する。

*7
自分が戦闘に出ている間、天候を『ねったいこうう』にする。天候が『あめ』の時、ターン終了時に自身の状態異常を回復し、味方の場の設置物を除去する。

*8
この天候は『あめ』として扱う。場のポケモンはターン終了時『こおり』状態が回復する。また『ほのお』タイプのわざが半減されない。

*9
相手と同じ特性になった時、自分の全能力を上昇する。




ミツル君のデータは全部終わったら出します。
思ったより進まなかったな……あと2話くらいかかりそう。


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チャンピオンリーグVSミツル②

お、お久しぶりです(震え声

し、しかたないんや……オリジナルファンタジー物が書いてて楽しすぎるのが悪いんや。


「戻れサナ!」

 

 バトル前から何度も何度も考え、幾通りも試案した展開。

 だからこそ、その動きはスムーズだった。

 ここで交代すると()()()()()()()()()から。

 入れ替わりに出てくる紫色の少女にその判断が正しかったことを理解する。

 

「行って! カトリ!」

「キィィィェェェ!」

 

 交代出ししたのはファイアロー。

 師匠が……チャンピオンが出したのは()()()()()

 だからこれで良い。

 このバトルにおけるファイアロー、カトリの役割はこの少女を倒すことなのだから。

 出現と同時に少女の足元から伸びる影。それを振り払うようにカトリが素早く飛び立つ。

 

「いっけえええええええええええ!!!」

 

 絶叫するような自身の声に反応するかのように、上空から急降下する。

 

 “はやてのつばさ”

 

 “ブレイブバード”

 

 “ソニックバード”*1

 

 速度をそのまま威力へと繋げる技巧。

 ファイアローという非常に素早いポケモンの放つそれは。

 

 “かざぎりばね”*2

 

 ()()()()()()()()()()()()穿()()

 

 ―――きゅうしょにあたった!

 

 荒れ狂う嵐がごとき暴威に少女が目を見開く。

 それでも反応しようとその手に漆黒の炎を生み出すが、それを撃ち出すより早く疾風の翼が少女を打ち据え、吹き飛ばす。

 

 ドォォォォォォ―――。

 

 壁際まで吹き飛ばされた少女が、それでも立とうと震える体を起こそうとするが。

 

「戻れシャル」

 

 直後にトレーナーの判断でボールに戻される。

 今ので……恐らく『ひんし』になったと判断する。

 同時に僅かな安堵。師であるチャンピオンの手持ちポケモンたちについて、きっと自分は他の誰よりも知っているだろう自信がある。

 

 だからこそ、あのシャンデラ……シャルという名の少女を下手に残せば、それだけで問答無用で敗北する可能性があることを理解していた。

 

 あの可愛らしい外見とは裏腹に、びくびくとした臆病な態度を裏切るかのように。

 たった一体でパーティ六体を壊滅に追い込むことができる最凶のポケモン。

 それがあのシャルという少女だった。

 

 とは言えどうにか最低限の被害で倒すことはできた。

 試合前からあの少女をどうやって倒すかというのが何よりの課題だったのだ。

 故に考えた。考えた末思いついたのがこの展開だ。

 

 グレンという型の広いポケモンを出せば安全策を取って交代するだろうことは予想できた。

 交代先はいくつか候補はあったが、エースであるボーマンダや強力なアタッカーであるガブリアスの存在を考えれば『れいとうビーム』を警戒してのグレイシアかヌメルゴンだろう。

 そこに『みがわり』状態の押し付け、一手先んずる。

 当然邪魔な『みがわり』を剥がそうとして攻撃をしてくる。

 

 自分は知っている、師匠のポケモンのことならば他の誰よりも知っている。

 

 グレイシアならば『こおり』技しか無いし、ヌメルゴンは『だいもんじ』か『りゅうせいぐん』の二択だ。

 それ以外の技では『みがわり』を突破できない以上、必ずこれらの選択肢になる。

 とは言えゲッコウガという『みず』タイプのポケモン相手に『こおり』タイプを出してくるだろうか?

 

 元々師匠、チャンピオンのハルトは『読み』が深いタイプのトレーナーではない。

 とは言えエリートトレーナーとしては及第点レベルではあるのだが、それでも『読み合い』でならば競り勝てるタイプではない。

 だからこそその指示は実直であり、ある種単純でもある。

 トレーナータイプのような迂遠な真似はしない。必ず正面から突破しようとする。

 

 故に来るならきっとヌメルゴンだと思っていた。

 そして『こおり』タイプと化したゲッコウガ相手に『だいもんじ』、これが安定手……ではあるのだが。

 初手でヴァイトを見せることでここで選択を突きつける。

 『だいもんじ』と入れ替えでヴァイト。この選択を突きつけられれば一気にピンチとなる。

 ヴァイトの高火力は初手で見せつけている、誰と入れ替えても厄介でしかない。

 ガブリアスであるヴァイトの主力技は『じしん』か『げきりん』になるが、これが突き刺さる相手が師匠のパーティには多すぎる。

 故にヴァイトの可能性を考慮してどちらでも良い『りゅうせいぐん』。

 

 勿論ここまで読んだかどうかは分からない。ただ無意識にでもヴァイトがちらついたならばここは『りゅうせいぐん』だろうと読んだ。

 最悪『だいもんじ』でも『みがわり』が壊れるだけの話だ。

 そしてサナ……メガサーナイトならば強引にでもヌメルゴンを突破できる。ヌメルゴンにまともな物理技が無いのは知っている。確かに圧倒的な『とくぼう』能力だが、サナだって飛び抜けた『とくこう』がある。

 

 そして訪れたのは最良の結果。

 

 サナが無償で場に出ることができ、しかも『みがわり』も残った。

 

 そうすると師匠の取れる選択肢は一気に狭まる。

 能力値を上昇させていたとしてもサナの圧倒的火力を受けきるにはアタッカーには辛いものがある。

 特に師匠のメインアタッカーには『ドラゴン』タイプが非常に多い。

 サナの特性を乗せた『ハイパーボイス』はさぞ痛いだろう。

 

 故にここにおいて師匠の選択肢は一つしか無くなる。

 

 『みがわり』が無ければ、或いは七割と言ったところだろうが、『みがわり』があるならば十割の確率でシャンデラを出すと確信していた。

 何せあのシャンデラの特性は『すりぬけ』だ。

 『みがわり』を盾に強引に一撃を加えようとするこちらに対して『みがわり』を無視して一撃で落としに来る。

 

 こちらの積み上げた全てを崩す一手となる。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 結局のところ、あのシャンデラの対処法は三つしかないのだ。

 

 一つは受けきること。前チャンピオンのように最硬の防御を持って受けきり、倒すこと。

 一つは無効化すること。例えば特性『もらいび』などのように技そのものを無効化する。もしくは裏特性などでも良い。

 

 そして最後に攻撃される前に倒すこと。

 

 シャンデラのあの伸びる影はシャンデラより『すばやさ』が高ければ捕まらない。

 そうなれば後は通常の殴り合いだ。最悪耐えられてもそもそも影に掴まっていなければそれだけでシャンデラの炎のダメージは半減される。

 

 とは言え、急所に入ったのは正直運が良かったとしか言いようがない。

 

 さすがに一撃で倒せるかどうかまでは際どいレベルだった。

 カトリ……ファイアローに積める火力は全て積んだつもりだが、それでも理不尽なほどに師匠のポケモンたちは強い。

 

 何度も言うが、師匠は『読み』が深いタイプのトレーナーでは無い。

 だが絆によってその力を限界以上に引き出された強力なポケモンたちが力技でその『読み』の未熟さを覆す。

 そうしてトレーナーの意思を貫き通してきた。

 

 残念ながら自分はそういうタイプのトレーナーではない。

 

 典型的なトレーナータイプ。つまり育成もそこそこ、率いることのできるポケモンもそこそこ、異能だって無いし、技能は幾つか覚えることのできたのは汎用的な物だけ。

 

 読んで勝つ。

 

 自身、ミツルにとって活路はそこにしかない。

 自身、ミツルにとっての武器はそれしかないのだ。

 

 最初から最後まで。

 

 『読』んで勝つか。

 

 『読』めずに負けるか。

 

 その二択しかないのだ。

 

 

 * * *

 

 

 裏特性という奇襲性の高い物があるせいでこの世界におけるポケモンバトルというのは攻撃に偏重しているきらいがある。

 要するにやられる前にやれ。余計なことされる前に倒せ。というのがこの世界におけるバトルの常識なのだ。

 

 なのでフルアタ構成*3も珍しくも無いし、パーティ全員がアタッカーみたいなことも良くある話ではある。

 

 だからこそ、その中で他者より劣るポケモンで勝つ『トレーナータイプ』というのは厄介なのだ。

 

「シャルが……やられたか」

 

 完全に読まれていたと思う。シャルを出してからやられるまでの一連の流れに作為を感じた。余りにも綺麗にやられ過ぎた。まるでシャルをメタっているかのような……いや、きっとそうなのだろう。

 自分でもシャルの完成度、というか詰み性能というのはかなり高いと自負している。

 相手からすれば猶更警戒が必要に決まっている。

 しかも相手は……ミツルはこちらのポケモンのデータを詳細に知っているのだ。

 

 そうなるとこちらの取れる手はさらに狭まって来る。

 

「しまったな」

 

 アクアを出したことを今さらながらに後悔する。

 ミツルが知っているのは旅をしていた頃のデータだ。つまりアクアやサクラなど、旅の後に手に入れたポケモンに関してはデータを知らないのだろう、俺も教えた記憶は無い。

 

 トレーナータイプにとって一番厄介なのは予測できない未知だ。

 

 普通のラグラージならともかくゲンシラグラージなどという前代未聞の存在を予測なんてできるはずも無い。

 何気なく出してしまっていたが、アクアの存在はミツルに対するメタとなっていた。

 そのアクアの体力も心もとない。正直ガブリアスと正面から激突すれば押しまけるだろう程度には。

 

 こちらの手持ちは『チーク』『シャル』『リップル』『アクア』『サクラ』そして『アース』の六体である。

 

 すでに『シャル』は『ひんし』となっているので除くとしても、『チーク』はあと体力半分とちょっとと言ったところ。アクアはもう三割あるかないか、あとの三体はまだ満タン。

 『リップル』は防御性能はともかく攻撃性能はそれほどでも無い。

 

 となるとアタッカーができるのは体力の心もとない『アクア』と『サクラ』そして『アース』の三体。

 

 かなり追い詰められていると自覚する。

 

 特にシャルが一体も落とせずにやられるというのは中々に予想外だった。

 

「……っふふ」

 

 楽しい、素直にそう思う。

 先ほどから笑みが溢れて仕方がない。

 最早勝っても負けても世界がどうなるというわけでは無い。

 ハルトという自身の物語はすでに伝説の脅威が去ると共に終わっている。

 だからこれはあくまで後日談。

 

 ここでの勝敗はホウエンの大勢に何ら影響しない。

 例え負けても世間が少し賑わって、それで終わりだろう。

 あのダイゴですらそうだったのだ。自身だってきっとそうだ。

 

 だからそう、本当にこのバトルには何らしがらみが無い。

 

 師匠と弟子という関係性すら()()()()()()と言える。

 

 ただここには俺というトレーナーと、ミツルというトレーナーだけがいて、戦っている。

 

 ただそれだけのこと。

 

 ()()()()()()()()

 

 素直にバトルを楽しめる。

 

「ああ、なんて贅沢な時間だ」

 

 別に今までのバトルが楽しめなかったとかそういうことじゃないが。

 けれどやはり今までのは少し違うのだ。今まで積み重ねてきたバトルは『伝説の襲来』に備えるためのものであり、そのために『必要なこと』だった。

 

 だから最早それすら終って、ただ一人のトレーナーとして、チャンピオンとして、自身を打ち倒さんとするトレーナーを死力をぶつけ合う。

 

 なんて楽しく、甘美な時間だろう。

 

「最高だ」

 

 この時間がずっと続けば良い。

 そう思う。

 けれどいつか終わりが来ることも分かっている。

 

 それに。

 

「勝敗は大勢に関与しない。 でも、だからって」

 

 呟き、ボールを構え。

 

「負ける気はさらさら無いけどな……なあ、アース?」

 

 ボールから砂竜の王が解き放たれた。

 

 

 * * *

 

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “とうしゅうかそく”*4

 

 “しゅくち”*5

 

“ファントムキラー”

 

 カトリへ告げる言葉よりも早く。

 【怪物】が咆哮を上げ、一瞬にしてカトリを()()()()()()

 

「……で、た」

 

 予想通り、と言えば予想通りではある。

 

 師匠はあのシャンデラを切り札の一枚と考えている。

 故にそれをあんな風に一方的に破れば。

 

 さらなる全力で押してくる。

 

 そういう直情的な思考が師匠にはある。

 自身のポケモンたちを信頼しているからこそ、そこで一旦引くという選択肢が無い。

 自身のポケモンたちならやれる、やり遂げることができる、信頼するが故にそう考える。

 

 だからそれは予想通りと言えば予想通りだ。

 

 

 ()()()()()()という点を考えなければ。

 

 

「……っ」

 

 唇を噛み締め、必死に思考を回す。

 

 ここが勝負どころだ。

 

 勝敗の分岐路。

 

 勝負の決め所。

 

 ここで勝てればそのまま押し込める。

 

 あの最強のチャンピオンに勝利できる。

 

 けれど。

 

 けれど。

 

 けれど。

 

「どうすれば……」

 

 以前と何ら変わりないはずなのに、どうしてだろう。

 以前を遥かに超える何かがそこにはあった。

 

「グルオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 咆哮一つで世界が震えるような錯覚すら覚えるその【怪物】ぶりに。

 

「……っ!!!」

 

 恐怖すら覚える。

 噛み締めた唇からは血が流れるが、けれど唇を噛むことを止められない。

 

 ()()()()()()

 

 当然だ、あんな怪物の対策をしていないわけがない。

 

 だが、だが、だが。

 

「本当に……大丈夫、なのかな」

 

 不安になる。恐怖に心が苛まれる。

 

 確かに考えた、考えてきた、考えていた。

 

 だが、実際にこうして目の前にすると本当にそれで大丈夫なのかという不安が残る。

 

「それでも……()()()()、だ」

 

 それでも、信じるしかない。

 ただ信じて託すしかない。

 共にこのバトルフィールドに立っていても実際に戦ってくれるのは、自分のパートナーたちなのだ。

 

「『読んで勝つ』か『読めずに負ける』か」

 

 いつだって自分たちトレーナータイプはそれしかないのだから。

 

「やろう……」

 

 ボールを手に取る。

 

「キミたちの王を討ち取れ」

 

 振りかぶり。

 

「ヴァイトオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 投げた。

 

 

 

*1
相手を直接攻撃する技を繰り出す時、自分の『すばやさ』でダメージ計算する。

*2
優先度+1以上の攻撃技を繰り出す時、優先度を0に戻し、下げた優先度分だけ自分の『すばやさ』ランクを上昇させる。この効果は場に出る毎に一度だけ使用できる。

*3
攻撃技ばかり覚えさせていること。

*4
味方から能力ランクを引き継いで場に出た時、引き継いだ能力ランクを最大まで上昇させる。

*5
相手に直接攻撃する技の優先度を+2する。




トレーナータイプの思考回路がこんな感じ。
ハルト君とじゃ『読み』の深さが違います。

実際にはこれバトル中2,3秒での思考だからハルト君も大概だけどね。


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チャンピオンリーグVSミツル③

 

 四世代で初めて登場してから、六世代に至るまでガブリアスというのは環境のど真ん中を突っ走ってきたポケモンである。

 

 圧倒的な物理火力、物理受け相手に十分なダメージが期待できる程度には高い特殊火力、大半のポケモンを抜き去る素早さ、そして四倍弱点すら不一致なら耐えることもある耐久能力。

 そして大半のポケモンに通る『じめん』タイプのタイプ一致で放たれる『じしん』と極めて威力の高い『げきりん』の相性補完の良さ。それすら耐えるような相手には隠し技に『だいもんじ』。『みがわり』などの補助技もある上に一度でも『つるぎのまい』を積んでしまえば最早この圧倒的火力を誰が止められるというのか。

 

 特性『すながくれ』は天候変化が永続していた五世代までは極めて凶悪な運ゲーを強いてきたし、天候変化がターン経過で終了するようになった六世代になると今度は特性『さめはだ』によってタスキ潰しや『ねこだまし』、接触系の連続技に対する極めて凶悪なカウンターを備えた。

 大半のポケモンはどこがしか『これいらないよな』と思われるような要素を持っている中で完成され尽くしたと言われるようなバランスで組み上げられている。

 

 その余りの強さにガブリアスの最上の対策はスカーフ*1を持たせたガブリアスである、なんて意見すらあるほどにガブリアスというポケモンはいつでも環境の中心にあって『対策される』側の強力なポケモンだった。

 

 この世界においてもガブリアスというのは凶悪なポケモンである。

 否、現実に存在する分、データ時代よりもさらに凶悪なポケモンであると言える。

 

 データ上ではどんなポケモンも等しく持ち得るスペックを十全に発揮できる。

 

 だが現実にはポケモンはデータの塊でも無いし、数字と数式で表される存在でも無い。

 

 ポケモンは生物であり、れっきとした命を持った存在である。

 

 ならば戦意というものがある。

 戦う意思、或いは意志。

 単純にモチベーションと言い換えても良い。

 これはバトル中にポケモンに対して大きな影響を与える。

 実機でいうところの乱数ダメージなど、耐えれるか耐えれないかの境界、その一線を分けるのがモチベーションである。

 というより、精神論が実効力を持つこの世界である。

 モチベーションの有無は単純な実力にまで影響してくる。

 

 だからトレーナーはポケモンのバトルに対する意欲を引き出す必要がある。

 

 そしてガブリアスというのはここが非常に優れていると言っても良い。

 

 気性が非常に荒々しく、戦うこと、争うことに飢えていると言っても過言ではないほどの強烈な闘争心を持つガブリアスはバトルに対して非常に意欲的だ。

 だが同時にそれはトレーナーがしっかり手綱を取らなければ暴走する危険性をも孕む。

 だからこそガブリアスというのは簡単には扱えないポケモンではある。

 だがその強さは折り紙付きであり、飛躍を目指すトレーナーたちに絶えず求められるのだ。

 

 

 * * *

 

 

「アース! ぶった切れ!」

「ヴァイト! プランB!」

 

 “ファントムキラー”

 

 “げきりん”

 

 初手から互いの最大威力の一撃をぶつけ合う。

 『ドラゴン』タイプに対して『ドラゴン』タイプの技は弱点となる。

 それ故に互いの耐久性能を差し引いても致命的な一撃と言えるだろう。

 

「何考えてる?」

 

 だがそれは互いの攻撃能力が同じの場合だ。

 ランクを最大まで積んだこちらのガブリアスと積みの無いミツルのガブリアスでは圧倒的な差がある。

 実際放たれたアースの一撃はミツルのヴァイトの一撃を呆気なく蹴散らしている。

 弾かれるように後退したヴァイトにトドメの一撃を与えようとアースが迫る。

 

 “ファントムキラー”

 

 “げきりん”

 

 ギリギリのところで追いついたヴァイトが再び一撃を繰り出し、相殺……しきれず大きくダメージを受ける。

 

 “ファントムキラー”

 

 “げきりん”

 

 二度、三度と繰り返すがまだ倒れない。

 アースが手加減しているというよりはヴァイトが上手く凌いでいるという印象。

 だがジリ貧でしかない。あと二度も三度も持つわけがない。

 そんなことミツルだって分かっているはずなのに、何も言わない。

 

 何故?

 

 そんな疑問を抱き。

 

 “げきりん”

 

 “ファントムキラー”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「何?!」

 

 アースのあの技は溜めがやや少ない。 さらに『しゅくち』の効果で距離まで潰せるので『フェイント』とほぼ同じ速度……実機でいうならば優先度+3程度の速度で放たれている。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返す『げきりん』が何故それと並ぶ速度で放たれるのか。

 その理由を考えて。

 

「アース!」

 

 その直後に気づく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 “プランニングオーダー”*2

 

 気づけば簡単な話だ。

 やってることは簡単なことなのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()それだけだ。

 或いは最初からこの指示の時はこういう動きをする、みたいなことを決めているのかもしれない。

 このバトル中にミツルの言っていた『プラン』という言葉、恐らくあれだ。

 ポケモンバトルにおいて、トレーナーがポケモンに指示を出すには僅かなタイムラグがある。

 当然だ、広大なフィールドの上でどったんばったんとバトルし合っているのだ、一旦トレーナーの傍に戻らなければうるさ過ぎて指示する声が聞こえないことだってある。

 だから普通のバトルでは互いに一発ずつ技を放つと一度仕切り直しのために後退する。

 リアルタイムバトルなのに奇しくも実機のようなターン制のような状態になっているのはそのためだ。

 

 言ってみればそれは隙と言えば隙なのだ。

 

 だが実際にそれを突くトレーナーというのを俺は見たことが無い。

 理由なんて簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 毎ターン毎ターン最新の情報をトレーナーに入って来る。

 トレーナーは後退し態勢を立て直したポケモンにその情報を基にして指示を出す。

 それが基本なのだ、先行して複数指示を出すというのは別にできないわけでは無いが、それが『正しい指示』になるかと言われると微妙な話。

 例えば交代のため敵がいないのに攻撃技を指示されてもポケモンだって戸惑うだけだし、敵がガンガン攻撃してくるのに何度も積み技*3を使うように指示されればそれはただの無駄な行動となる。

 

 故にそれをするならば相手の手を読み切ってそれに対応する指示をし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()までも読み切りさらにそれに対応する指示を……と繰り返す必要がある。

 

 もしでれきばタイムラグも無く攻撃できる。ほんの少しの間ではあるが、確かにその利点は大きい。

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 先手先手を奪われ始めたことにアースが()()る。

 

「待て! アース!」

 

 引き留めるより早く、アースが飛び出し。

 

「ヴァイトオオオオオオオ!」

 

 ミツルが絶叫した。

 

 

 * * *

 

 

 場が整った。

 

 その手応えを確信し、拳を握り込む。

 

 結局のところこれはヴァイトとアースの()()()()だった。

 

 いくら先手を取れたと言っても結局能力自体はヴァイトのほうが圧倒的に劣っているのだ、だからそのままあと二回か三回相打ちを繰り返せばヴァイトに耐えれる道理は無かった。

 何度も何度も何度も、耐え続けるためにヴァイトにはあの狂ったような威力の一撃を捌き、ダメージを最小に抑えるための訓練を化してきたのはこの瞬間のためだ。

 

 ブチギレたアースがその全ての力を持って切りかかる。

 

 今まで攻撃する瞬間と攻撃される瞬間、両方に裂いていた意識を完全に攻撃に回した。

 

殺す!」

 

 “ファントムキラー”

 

 放たれた一撃をヴァイトの体を深々と切り裂く。

 絶叫を上げながらヴァイトがたたらを踏んで。

 

 “ふるいたつとうし”*4

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そうして、返す刀でその爪を振り上げ。

 

 “けっしのかくご”*5

 

「打ち倒せ、ヴァイト!!!」

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 “げきりん”

 

 

 振り下ろされた一撃がアースを()()

 

 

 ―――きゅうしょにあたった!

 

 

 急所を抉る一撃がアースの積み上げた『能力補正』の全てを無視してその耐久力を奪い。

 

「ぐ……」

 

 膝を突く、それでもまだ倒れまいと顔を上げて。

 

「ルアアアアアアアアアアア!!!」

 

 “パーフェクトプラン”*6

 

 “げきりん”

 

 再び放たれた一撃をその小さな体躯を吹き飛ばし、完全に沈黙させた。

 

 

 * * *

 

 

「マジかよ」

 

 アースがやられた、というのはかなりの驚きだった。

 正直こいつが伝説のポケモン以外にやられるというのは考えられないと思っていたから。

 それくらいの強大であり、強力であり、強烈なポケモンだと自負していた。

 挑戦者のことを舐めていたわけではないが、それでも、どこか昔のミツルのことを引きずっていたのかもしれない。

 

 自らが手ずから仕込んだトレーナー。自身の弟子。

 

 だが今自身の目の前に立つ、最強の挑戦者。

 

 追い詰められていると実感する。

 

 数だけ見れば同じ四対四。

 だがメインアタッカーのアクアは大きなダメージを受けているし、チークとリップルはそもそもアタッカーではない。

 そう考えれば状況はかなり不利と言える。

 

 だがまだ負けたわけでは無い。

 

「ま……楽に勝てたことなんて無かったしな」

 

 それもまた楽しい。

 そう思えばこんな状況だって何てこと無い、そう思えるから。

 

「行こうか、サクラ」

 

 呟き、ボールを投げる。

 

 そうして。

 

「ゆ!」

 

 飛び出したサクラが満面の笑みでそれに答えた。

 

 

 * * *

 

 

 能力を積んで交代で繋げていくバトンパーティというのは割と良くあるスタイルではある。

 

 だがミツルが考えるに、その中でもチャンピオン……師匠のパーティは取り合わけ完成度が高い。

 

 その最たる理由が()()()()()()()だ。

 

 交代する時に能力を引き継ぐ、くらいならそれなりにいる。

 無条件に引き継げるのは強みではあるが、あっても無くても同じような緩い条件をつけての交代ならば実質的に差異など無いに等しい。

 

 場に出た時に能力を上げそれを引き継ぐスタイル。

 確かに強い、強いがそれだけならきっと師匠はチャンピオンにはなれなかった。

 師匠のパーティの最も優れたところは、『ひんし』状態からでも能力を引き継げることにある。

 倒しても積み上げた能力がリセットされないのだ、バトルが長引けば長引くほどにその差が顕著に出ていく。

 

 だからこそミツルはハルトが考えているほど有利を取ったとは実感していなかった。

 

 互角とは言わないが、それでもまだ6:4程度。

 

 一つ何か読み間違えればあっさりと覆される程度のリードだ。

 

 油断などできるはずも無い。

 

 そうして、次のポケモンが繰り出され。

 

「……そう来ましたか」

 

 満面の笑みを浮かべて浮遊する少女を見つめ、苦虫を潰したような表情でミツルが呟く。

 すでに指示は一周してしまっている。

 そうすると再び指示を『セット』し直す必要があるため先ほどのように先手を取ることは不可能となり。

 

「サクラ」

「あい!」

 

 “シャドーボール”

 

 少女が手元で形成した黒い球体が放たれ、ヴァイトが吹き飛ばされる。

 元々限界の状況で気力を振り絞っていただけにそれでヴァイトは『ひんし』となる。

 こちらの手持ちは残り『グレン(ゲッコウガ)』『サナ(サーナイト)』そしてもう一匹。

 正直言えばどれもあの少女と相性が悪い。

 

 だが攻略しなければ勝利は無い。

 

「勝ちたい……」

 

 呟き、拳を硬く握りしめる。

 

 そのために考えろ、考えろ、考えろ。

 

 自身が師匠に勝っている点など、それしか無いのだから。

 

 

*1
こだわりスカーフ。持たせるだけで『すばやさ』が1.5倍になる。

*2
1ターンに2-5回まで技を選択する。選択した技を全て繰り出すまで他の行動ができなくなるが、毎ターン技の優先度を+1する。

*3
能力ランクを上昇させたりなど味方に有利となる変化技。

*4
『ひんし』になるダメージを受けた時、HP1で1度だけ耐える。

*5
攻撃技のダメージを1.3倍にするが、相手に与えたダメージの1/4を自分も受ける。自分のHPが少ないほど全能力が上昇する。相手の直接の攻撃以外で『ひんし』にならない。

*6
『プランニングオーダー』で5回目の技を繰り出した時、追加でもう一度行動する。




ガブリアスは七世代で一気に落ちたね。一番面白いのは、ガブリアス自身は一切下降修正受けてないんだよなあ。周りの環境が変わったからガブリアスが相対的に落ちただけで。

ミツル君のデータはバトル決着後に。


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チャンピオンリーグVSミツル④

 決して舐めていたわけじゃない。

 事前に知っていたし、実際に対峙した場合のことだって考えていた。

 見縊(みくび)っていたわけじゃない。

 とてつもない強敵であると分かっていた、はずだ。

 

 だが。

 

 それでも。

 

「……こん、な」

 

 目の前の少女への評価が過小評価であったとしか言いようがない。

 認めよう、最も警戒していたのは絶対のエース(ボーマンダ)

 次に警戒していたのはガブリアスとシャンデラだった。

 それ以外のポケモンも強敵であると知ってはいたが、それでも対処できる範囲だと思っていた。

 

 舐めていたわけじゃない。

 

 だって少女は『幻のポケモン』だ。

 

 その稀少性と強さからその存在を知るトレーナーからすれば血眼になってでも探し欲しいと願うだろう強さを持ったポケモン。

 

 そう、幻のポケモン……師匠風に言うならば『準伝説種』。

 

 旅の道中で見た、あのレジアイスと同等の存在なのだ。

 

 それでもその強さへと結びつかなかったのは、少女が余りにも幼く、そしてその天真爛漫な姿を知っているからだろう。

 知識として理解できていても、目の前の少女が実際に強いという事実に結び付いていなかったのだ。

 

 だからそれは当然の結果と言えるのかもしれない。

 

「……サナ、グレン」

 

 あっさりと()()された二匹を思い、唇を噛み締める。

 何度も言うが舐めていたわけじゃない。

 だが予想以上だった。想定以上だった。

 まさかここまで化け物地味て強いとは思わなかった。

 

 言うなればそれは、ミツルの明確な弱点と言える。

 

 典型的なトレーナータイプのミツルにとって『知識』とは何よりも重要だと分かっているからこそ、多くの知識を得て、さらに経験を積み、それを元に『読み』を組み立てている。

 なまじ頭の回転が速く、思考だけで大抵のことが『理解』できてしまうがために、自身の常識の内だけで物事を考える癖のようなものがあった。

 

 言ってみればリアリストなのだ。

 現実的に見て、現実的に考えて、現実的に言って。

 だがそんな現実を、神が世界に敷いたルールをぶち壊す存在がこの世界には居る。

 サクラは恐らくこの世界で最もソレらに近い存在だ。

 伝説種に準ずる準伝説種、その中でも頂点の才を持つ少女。

 並みのポケモンと同列に扱うことすらおこがましいほどの圧倒的な力を持つ少女。

 

 故にミツルにとってそれは理解の範疇の外にある。

 

 ―――読めない。

 

 それはミツルにとって、致命傷に等しい事実だった。

 

 

 * * *

 

 

 4-1。

 

 ほぼ勝負が決まったと言っても過言ではない。

 実際、シングルバトルにおいてサクラを沈めるの相当に難しい。

 準伝説種の6Vは伊達ではない。冗談抜きに、サクラはかつてのエアやアースをも超える逸材なのだ。まあと言っても戦い方一つとっても方向性がまるで違うので比較できるような物では無いが。

 

 とは言え、ゲッコウガ、サーナイトと二匹ともほとんど何もさせずに倒したことにより状況は一気にこちら側に傾いた。

 

 『読み』で勝つトレーナータイプは後半になるほど不利になりやすい。

 何故ならポケモンの数が少なくなってくる後半戦では、優位を取れるポケモンがすでに瀕死になっていなかったりするため、多少の相性不利は力ずくで突破する必要性が増えるからだ。

 そうすると素の能力での殴り合いが発生する。そうなれば一番強いのは育成で強力なポケモンを育て上げるブリーダータイプか、もしくは最初から強いポケモンを引き入れるリーダータイプになる。

 故にトレーナータイプが勝つには後半戦になるまでに数の優位を取る必要が出てくる。

 

 つまり数で不利を取っている以上、ミツルがここから巻き返すのはほぼ不可能と言っても良い。

 

 はずなのだが。

 

「……まだ諦めちゃないって顔だな」

 

 強い意思でこちらを見つめるミツルの目に諦観も挫折も無い。

 まだ一波乱あるかもな、そんなことを考えながら。

 

 ミツルが最後のボールを投げる。

 

 そうして現れたのは。

 

「ま……そうだよな」

 

 ―――エルレイドだった。

 

 

 * * *

 

 

 “せいぎのヒーロー”*1

 

 

「行こう、エル!」

「ギシャァ……シュキィ!」

 

 ぶん、ぶん、と拳を握り、振るい。

 自らの最も信頼するエースが任せろと構えを取る。

 

 そうして。

 

 メ ガ シ ン カ

 

 その全身が光に包まれ、殻を破るようにして、メガエルレイドが誕生する。

 準備は整った……ここから反撃だ。

 気合と共に拳を握る、それに同調するようにエルが雄たけびを上げ。

 

「サクラ!」

「エル!」

 

 ―――互いが当時に動き出す。

 

 “シャドーボール”

 

 少女(サクラ)の周囲に黒い球体が形成され、それを解き放つ。

 飛来する黒い弾丸はフィールドを()()しながらエルへと迫り。

 

「ギシャァ!」

 

 “ねんどうのこぶし”

 

 ()()()()の攻撃をあっさりと回避し、エルが攻撃直後の無防備な少女へと迫り、その拳を振り上げ。

 

 “げいげきたいせい”*2

 

 拳を振り抜く。

 

 “ミラータイプ”*3

 

 少女の衣装が僅かに光る。

 推定『タイプ』変更。有利タイプに変更か、それともグレンの『へんげんじざい』のようにこちらの攻撃タイプと同じかは分からないが。

 

 関係無い、例え不利相性だろうと。

 

「貫け! エル!!!」

 

 半減の上から振り抜く!!!

 

 ―――きゅうしょにあたった!

 

 的確に急所を捉えたエルの一撃で、サクラが吹き飛ぶ。

 メガエルレイドの圧倒的攻撃力、そして敵の攻撃直後の無防備を狙い済ませた一撃で抉ったのだ。

 

「これで……さすがに」

 

 呟き。

 

「ぐ……う、うゆ……」

 

 苦痛に顔を歪めながら。

 それでも立ち上がるサクラに一瞬思考が止まる。

 よろよろと、それでも確かに自力で起き上がり。

 

 ふわり、と再び『ふゆう』し始める。

 

 まだ戦える、その事実に頬が引きつる。

 

「……っ」

 

 完全にアテが外れた。

 それでも思考を止めるな、と活を入れる。

 トレーナータイプが思考を止めるのは戦うことを放棄するに等しい。

 まだ、まだだ。先手で一発入れたのは事実なのだ。

 ほんの一歩、ほんの一歩とは言え有利に傾いたのは事実なのだ。

 

 故に。

 

 読み切れ、読み切れ、読み切れ。

 

「次……は……」

 

 相手の次を予測しろ。

 考えろ、次にどうするか。

 

 考えて。

 

 考えて。

 

 考えて。

 

「……くっ」

 

 苦悶のうめきを漏らした。

 

 

 * * *

 

 

 “じこさいせい”

 “ねんどうのこぶし”

 

 回復と攻撃、だが急所に刺さらなければ、先ほどのように無防備を狙われなければ。

 サクラが受けるダメージなどたかが知れている。

 故にゆっくりと待てば良い。

 

 “じこさいせい”

 “ねんどうのこぶし”

 

 二度目の回復。とは言えその間にも攻撃を受けているので念を入れてもう一度。

 

 “じこさいせい”

 “ねんどうのこぶし”

 

「サクラ」

「だいじょーぶ!」

 

 三度の回復にほぼ限界までHPを回復させたサクラがこちらに元気良く叫ぶ。

 ミツルが顔を蒼褪めさせているのが見えるが、まあ当然だろう。

 あのメガエルレイドではサクラを突破できない。

 

 その事実に気づいてしまったのだから。

 

 恐らく先ほどの強烈な一撃はかつてトウカジム戦で見た覚えのあるトレーナーズスキルの類だろう。

 つまり『読め』なければ躱されることは無い。

 

 こちらの攻撃方法は三択。

 

 だがもし読み切られてもまた『じこさいせい』でこちらはやり直せる。

 一撃でサクラを落とせなかった時点で延々とイタチごっこが続くのだ。

 いや、その前にエルレイドのスタミナ切れが先だろうか。

 見た目幼女そのものでもサクラは『ドラゴン』であり、さらに準伝説だ。そのスタミナは無尽蔵に等しいし、その身に秘めたエネルギーは膨大だ。

 エルレイドも確かにメガシンカで大きな力をつけているが、それでも元が普通のポケモンである以上限度というものがある。

 実機でいうところのいわゆる『PP切れ』というやつだ。

 

 つまり、もう詰んだ。

 

 そう言って差し支えなかった。

 

 

 * * *

 

 

 ―――まだだ!

 

 内心の懊悩を押し殺しながら、ゆっくりと視線を動かす。

 盗み見たチャンピオンの様子からして、まだ気づかれていないと判断する。

 

 都合四度。

 攻撃を叩き込んだ。

 だから。

 

「エル!」

 

 自身の声にエルが拳を固める。

 そうして向こうもまた攻撃の態勢を取る。

 グレンとサナとの戦いで見た攻撃パターンは二つ、『シャドーボール』と『エナジーボール』。

 あの『たま』系の技が跳ねてくる裏特性。あれを生かすための選択なのだろう、となるとここで使ってくる技も絞られてくる。

 一番強力なのは弱点を付ける『シャドーボール』だろう。

 だが先ほどそれで強烈なカウンターを食らったのだ、もう一度撃って来るだろうか?

 エルに仕込んだ技術は一度トウカジムの時に見られている。となればその時のことを思い出して結び付けてくるだろう。当然その詳細……までは無理でも大よその概要は理解されているはず。

 

 それを考えれば()()()()()()()()使()()()()()()と考えて良い。

 

 とにかくこちらの不意を突こうとするだろう。

 ボール技で、かつラティアスが覚え、そしてまだ見せていない物。

 

 ―――と、考えたいがだが待って欲しい。

 

 そんな単純な思考で理解できるような相手ならばここまで苦戦していない。

 相手はこちらの想像を絶する化け物のような才覚の持ち主だ。

 ()()()()()()()()くらいのことはできてもおかしくない。

 つまり逆だ。『たま』系の技じゃない物を『たま』系の技として使ってくる。

 

 もっとも、これが考えすぎ出ないのならば、だが。

 

 エルのタイプ相性やサクラのタイプを考えればほぼ二択だろう。

 

 『サイキコネシス』か『ミストボール』

 

 このどちらか。

 

 どちらだ?

 

 どちらが来る?

 

 考え、考え、考えて。

 

 

「エル!」

 

 

 一つを決め、エルに指示をする。

 そうして、エルが迎撃態勢を固め。

 

 

()()()()()()()

 

 

 ―――チャンピオンがサクラをボールへと戻した。

 

 

「―――あっ」

 

 

 無意識に口から零れた言葉が、やけに耳朶を打った。

 

 

「来い……アクア」

 

 

 現れたのはその正体に全く見当も付かなかった『ヒトガタ』の一体で。

 

 

「これで、お終いだ」

 

 

 “ちからもち”

 

 

 “アームハンマー”

 

 

 放たれた一撃がエルを吹き飛ばす。

 

 

 “せいぎのヒーロー”*4

 

 

 それでも一度だけ、エルがやせ我慢で耐えて。

 

 

 “じしん”

 

 

 追撃で放たれた一撃に完全に沈黙した。

 

 

 

 * * *

 

 

 荒い息を整えながら、手元のボールをホルスターに収める。

 服の裾に軽く払いながら、振り向き、同じようにボールを戻し呆然とこちらを見るミツルへと視線を向け。

 

「……どうして、分ったんですか?」

 

 互いの沈黙が続く中、ふとミツルが口を開く。

 

「普通に考えてあそこでサクラを戻す理由なんて無かった……いや、アナタがそう考える理由が無かった、はずです」

 

 確かに。あのままサクラだけで押し通れると俺は思っていた。

 実際、そうするかは別として。

 

「そう、そこで何で押し通さなかったのか……それが分からなくて」

 

 そんなことを呟くミツルに苦笑する。

 

「簡単なことだよ」

 

 むっとした様子でこちらを見つめるミツルに、けれど悪びれることも無く告げる。

 そう、本当に簡単なことなのだ。

 

 例え絶望的だろうと、自身の知るミツルならば、自身の弟子ならば、諦めることなど無い。

 

 そう思っていたから、そう分かっていたから、だから俺はサクラで『行ける』と判断した、けれど実際には『行かない』ことを選んだ。

 ある意味それはミツルを『信頼』した行動である。

 もしミツルが諦観して普通に戦っていればまた何か違っていたかもしれない。

 だが俺はミツルならきっと『諦めない』と信じたし、実際ミツルは諦めることも無く逆転の可能性を模索し、そのための手を打った。

 

 そういった諸々の理由は総合するとたった一言で収まるのだ。

 

 

「―――俺がキミの師匠だからだ」

 

 

 笑みを浮かべそう告げる自身に少し驚いた風のミツルだったが、やがて嘆息し、苦笑する。

 

「そう、ですか……行けると思ったんだけど。まだまだ、師匠は遠いなあ」

「チャンピオンとしての俺は今年で終わりだが……まあポケモントレーナー辞めるわけでも無いし、またバトルしよう、ミツルくん」

 

 告げる自身にミツルは少し葛藤したように沈黙し。

 

「勝ちたかったなあ」

 

 少しだけ、後悔するようにそう呟いた。

 

 

 

*1
自分以外の味方が『ひんし』状態の時、自分の全能力ランクを上昇させる。

*2
ターン開始時に攻撃技を一つ指定する。相手がそのターン指定した技を繰り出した時、相手の技を失敗させ、自分が次に出す攻撃技の威力を二倍にし、技が必ず急所に当たる。自身の技の優先度を-7に変更する。相手の技が攻撃技以外だった時や相手の攻撃が失敗した時は自分の攻撃技も失敗する。

*3
相手から攻撃を受ける時、相手の技と同じタイプになる。

*4
自分以外の味方が『ひんし』の時、『ひんし』になるダメージを受けても1度だけHP1で耐える。




師匠より優れた弟子なんていねえ!!!


というわけで敗因は経験不足です。
ぶっちゃけ、ハルト君と違ってミツル君は伝説戦経験してないからね。
対伝説用に育てられたチートポケモン軍団を伝説なんて想像すらできない常識人が打ち破ることはできませんでした。


というわけで最後にミツル君パーティの全データ載っけとく。




名前:ミツル

トレーナー評価
指示:10 相手の全ての手を見通すような極めて深い読みの能力を持つ。
育成:7  並み以上の育成ができるが、専門とした人間には敵わない。
統率:7  信頼関係を結べば強力なポケモンをも従えることができる。
技能:5  エリートトレーナーとして十分な技能を有している。
戦術:8  『読み』に全てを賭けた強力な戦術だが『読み』を外せば一気に瓦解する危うさもある。
総評:37 師が師なら弟子も弟子(リーグ関係者コメント)。

【技能】

『プランニングオーダー』
1ターンに2-5回まで技を選択する。選択した技を全て繰り出すまで他の行動ができなくなるが、毎ターン技の優先度を+1する。

『パーフェクトプラン』
『プランニングオーダー』で5回目の技を繰り出した時、追加でもう一度行動する。

『でばなをくじく』
相手より先に行動した時、10%の確率で相手の技を失敗させる。

『スイッチバック』
ポケモンを交代時発動、交代にターン消費をせず、交代したポケモンに再度指示を出せる。連続で使用すると失敗する。



【手持ち】


【名前】グレン
【種族】ゲッコウガ/原種
【レベル】100
【タイプ】みず/あく
【性格】ひかえめ
【特性】へんげんじざい
【持ち物】きれいなぬけがら
【技】とんぼがえり/れいとうビーム/くさむすび/みがわり

【裏特性】『へんぽうじきょう』
自分の『タイプ』が変化した時、ランダムに能力ランクが上昇する。
自分の『タイプ』が変化した時、30%の確率でHPが最大HPの1/4回復する。
味方と交代する時、能力ランクの変化や状態変化を引き継いで交代する。

【技能】『うんしゅうむさん』
上昇した能力ランクを0にする。減少した能力ランクに応じてHPが回復する(能力ランク合計×最大HPの1/16)。

============================================

【名前】カトリ
【種族】ファイアロー/原種
【レベル】100
【タイプ】ほのお/ひこう
【性格】ようき
【特性】はやてのつばさ
【持ち物】こだわりスカーフ
【技】ブレイブバード/フレアドライブ/はねやすめ/おいかぜ

【裏特性】『ソニックバード』
相手を直接攻撃する技を繰り出す時、自分の『すばやさ』でダメージ計算する。
『ひこう』タイプの攻撃技を繰り出す時、30%の確率で味方の場を2ターン『おいかぜ』状態にする。
味方の場が『おいかぜ』状態の時、交代前の相手を攻撃できる。

【技能】『かざぎりばね』
優先度+1以上の攻撃技を繰り出す時、優先度を0に戻し、下げた優先度分だけ自分の『すばやさ』ランクを上昇させる。この効果は場に出る毎に一度だけ使用できる。

============================================

【名前】クキョウ(紅鋏)
【種族】ハッサム/原種
【レベル】100
【タイプ】むし/はがね
【性格】いじっぱり
【特性】テクニシャン
【持ち物】こだわりハチマキ
【技】バレットパンチ/つるぎのまい/はねやすめ/おいうち

【裏特性】『きせんをせいする』
技を繰り出す時、優先度に応じて相手が『ひるみ』状態になる(優先度×10%)。
技を繰り出す時、優先度に応じて技の威力が上昇する(優先度×5)。
相手が『ひるみ』状態になった時、味方と交代できる。

【技能】『ぺネトレートバレット』
『バレットパンチ』の優先度を-2するが、技を2回攻撃にし、相手の『まもる』や『みきり』等を解除し、必ず急所に当たる。相手のタイプ相性の不利に関係無く攻撃できる。この効果は戦闘中一度だけ使える。

============================================

【名前】ヴァイト
【種族】ガブリアス/原種
【レベル】100
【タイプ】ドラゴン/じめん
【性格】いじっぱり
【特性】さめはだ
【持ち物】いのちのたま
【技】じしん/げきりん/どくづき/だいもんじ

【裏特性】『けっしのかくご』
攻撃技のダメージを1.3倍にするが、相手に与えたダメージの1/4を自分も受ける。
自分のHPが少ないほど全能力が上昇する(最大HP100%-現在HP%分)。
相手の直接の攻撃以外で『ひんし』にならない。

【技能】『ふるいたつとうし』
『ひんし』になるダメージを受けた時、HP1で1度だけ耐える。

============================================

【名前】サナ
【種族】サーナイト/原種
【レベル】100
【タイプ】エスパー/フェアリー
【性格】ひかえめ
【特性】シンクロ
【持ち物】サーナイトナイト
【技】ハイパーボイス/シンクロノイズ/ねがいごと/こごえるかぜ

【裏特性】『きょうしん』
相手と同じ特性になった時、自分の全能力を上昇する。
技『シンクロノイズ』が全てのタイプに対して発動する。
自分か味方の『エルレイド』がメガシンカしている時、自分か味方の『エルレイド』が重複してメガシンカできる。この効果は『ひんし』の時でも発動する。

【技能】『そらにねがいを』
技『ねがいごと』を繰り出したターンに倒された時、自分の能力ランクの変化を次に出すポケモンに引き継ぐ。

============================================

【名前】エル
【種族】エルレイド/原種
【レベル】100
【タイプ】エスパー/かくとう
【性格】いじっぱり
【特性】せいぎのこころ
【持ち物】エルレイドナイト
【技】はたきおとす/きあいパンチ/ねんどうのこぶし/れいとうパンチ

【裏特性】『せいぎのヒーロー』
自分以外の味方が『ひんし』状態の時、自分の全能力ランクを上昇させる。
自分以外の味方が『ひんし』の時、『ひんし』になるダメージを受けても1度だけHP1で耐える。
自分以外の味方が『ひんし』の時、直接のダメージ以外を受けない。

【技能】『げいげきたいせい』
ターン開始時に攻撃技を一つ指定する。相手がそのターン指定した技を繰り出した時、相手の技を失敗させ、自分が次に出す攻撃技の威力を二倍にし、技が必ず急所に当たる。自身の技の優先度を-7に変更する。相手の技が攻撃技以外だった時や相手の攻撃が失敗した時は自分の攻撃技も失敗する。

特技:ねんどうのこぶし 『エスパー』タイプ
分類:サイコキネシス+インファイト
効果:威力110 命中95 単体接触物理攻撃技。『こうげき』に『とくこう』の半分を合計してダメージ計算する。 






総評:読みを外さなければエルレイド一匹で6タテできる殺意。

あ、因みにシキちゃんが負けたのはレジギガスが『ノーマル』タイプだったからです。
『げいげきたいせい』、からの『きあいパンチ』、ダメージ2倍+急所でさらに裏特性でA+1状態で突き刺さってギガスが倒れた。


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お祭り騒ぎも悪くない

二カ月近く更新さぼったゴミ作者がいるってマ???


 

 

 

「は~」

 

 自宅に温泉があるとか、本気で贅沢だと思う今日この頃。

 正直、『えんとつやま』から地熱引いて、地下水脈無理矢理通して温泉作るとか何やってんだこいつら本気で馬鹿なのか、とすっかり温泉文化に毒された伝説二匹に最初は呆れはしたが、こうしていざその恩恵を預かると良くやったと言いたくもなる。

 

「朝から温泉。贅沢だなあ」

 

 いや別に入ろうと思えば毎日だって入れるのだが、別に自分はそこまでお風呂に拘りがあるわけでも無いので、普段は普通に夜に入るだけなのだが。

 

 今日は()()()()だから、少し気分を変えて朝から風呂で贅沢をする。

 そう思ってのことだったが、思っていた以上に気持ち良い。

 ホウエンとは言え冬は冷え込む。朝から冷たい空気に震えていた体が芯まで暖まってぽかぽかする。

 こんなに気持ち良いなら普段から朝風呂しても良いかもしれない、そんなことを思いながら。

 

 風呂場に取り付けられた換気用の小窓から顔を覗かせれば朝日に照らされたミシロの街並みが見えた。

 

 朝から街にはあちらこちらにちらほらと人の姿。さして大きな街ではないが、それでも何だかんだ人生の半分以上をこの街で過ごしてきただけに愛着のようなものがあった。

 

 珍しく。

 

 本当に珍しく。

 

 ひじょーに珍しいことに。

 

 ミシロの街が活気づいていた。

 

 簡単に言えばお祭り騒ぎだ。

 

 ミツルとのチャンピオンリーグから少し時間は経ち。

 

 今日は1月1日。

 

 ―――元旦である。

 

 

 * * *

 

 

 この世界にも暦というものがある。

 それは実機時代にもあったはずの物であり、暦があるならば当然『記念日』または『祝日』というものがある。だいたいこの辺の文化は日本と同じだ。

 そして1年を365日に区分した地球と同じ暦を使うならば、1月1日というものが必ず存在する。

 

 ただし前世と違って宗教という概念が薄いので神社や寺、教会などと言ったものは余り見ない。

 他所の地方ならばともかく、少なくともホウエンにおいてそう言った類の物がない。

 つまり初詣という文化が無いのだ。

 その代わりと言ってはなんだが、お祭りをする。

 

 それが年始祭である。

 

 

「エア?! エアさん! 待とう、そろそろ待とうか」

ひひゃひょ(いやよ)もっひょもってひなはい(もっと持ってきなさい)

「あいあいサー」

「あ、ちょ、ちーちゃん?! ダメだよ」

「はむはむ……あまーい」

「あ、シャル、口元汚れてますよ、もう……ほら、拭きますからじっとして」

「あむあむ、うーん。うまうまだねぇ~」

「アタイとしちゃ、普通にシアの飯のほうが美味いんだがねえ」

「ま、偶になら悪くないでしょ。あの馬鹿弟もあっちで楽しそうにしてるし」

「にーちゃ! わた、もこもこ!」

「騒がしいのう……ま、賑やかさを肴に一献というのも乙じゃ」

「あはは、人間ってやっぱこう騒がしいの好きだよねえ」

「面倒くせえ……オレはもう帰っていいか、眠いんだが」

 

 単純にミシロの総人口が少ないというのもあるが、それを差し引いても自分たち一団は目立っていた。

 何せ数にして十二人である。それが一同に集っているだけで、騒々しくなっている。

 エアはお祭りでテンション上げて暴食してるし、チークは悪ノリしてあっちこっちの屋台で買い漁っているし、イナズマはそれに引きずられているし、シャルはリンゴ飴に夢中で口元汚してるし、シアはそれを拭おうとせっせと世話をしているし、リップルは『木の実のアイス』を片手にそんなみんなをニコニコ見ているし、アースも何だかんだ言いながら屋台のラーメン啜ってるし、ルージュはそんなアースの隣で向こうに見えるハルカちゃんの一団を見ているし、サクラはワタアメがお気に召したらしく自分に見せにくるし、アクアは朝っぱらから酒飲んで……お前どこから持ってきたそれ、アルファはお祭り騒ぎが気に入ったらしく笑みを浮かべて雑踏を眺めているし、オメガは面倒臭そうな表情ですでに帰りたそうに……なんでお前またクッション持ってんの。

 

 何とも混沌とした一団だが、こいつら全員俺の家族であるという事実である。

 

 

 年始祭は先も言ったように日本の三が日と違って宗教色という物が無い。

 神社などに参る、という考えが無いのだ。

 代わりと言っては何だが、挨拶回りをする。

 要するに近所や同じ街の人たちに『今年も一年よろしく』と言って回るのだ。

 年始祭自体はミシロだけではない、ホウエンの各地で行われているだろうし、ホウエン以外の地方でも名前こそ違えど同じようなことはどこもしている。

 まだ俺がホウエンに来る以前、ジョウトにいた頃にはあちらのほうで参加していたが、まあやってることはどこも変わらない。

 まあ要するに年明け早々に、理由にかこつけて大人たちが酒を飲む口実を作っているだけの話だということだ。

 

 それはそれとして。

 

「よし、挨拶回りも終わったし、こっからは自由にして良いぞ……オメガも、眠いなら帰っても良いぞ」

 

 年に一度のお祭りだ。

 うちの家族は連帯感こそあれど割と趣向などはバラバラなのでやることだけやったら解散宣言を出す。

 そうして自身の言葉にみんなそれぞれ自分の好きに動き始めた。

 

 

 * * *

 

 

「しかし人多いわね」

「エアさん? さっきまで両手に持ってた屋台飯は? え? もう食べたの? え?」

 

 朝から何も食べてないので朝食代わりにエアについて屋台巡りしているのだが、先ほどまで両手で抱えるほど屋台で色々買っていたのに、気づけばもうほとんど無い。

 俺が横でフランクフルト一本食べている間に一体どれだけ食べたのだろう……というか妊娠が発覚する少し前くらいからエアの食欲が増大しているような気がする。

 しかも日を追うごとにどんどん食べる量が増えているような気がするのだが、気のせいだろうか?

 

「エアさんよく食べるね……」

 

 いや、それ以前からかなり食べるほうではあったが、それでも最近の食欲はちょっと異常じゃないだろうか?

 

ほうへ(そうね)……ぐむぐむ……はいひん(最近)ほうにもおなはふいひゃって(どうにもお腹空いちゃって)

「何言ってるかはまあ分かるけど、行儀悪いから食べてから喋って」

 

 嘆息しつつエアの持っていたお菓子の包まれた包装紙を一つもらい開いてひょいと口の中に放り込む。

 

「ん、きのみのグミか……悪くないね」

 

 時々日本と同じ食べ物が売っていたりするが、実際のところ大半はこの世界の料理が屋台で売られている。

 勿論屋台だけでなく、くじ屋や射的屋、変わったところでは占い屋にホラーハウス(お化け屋敷)なんてのもある。

 

「あ、エア見て見て、あそこのくじ屋の一等賞『キンセツアミューズメントパーク』のオープンチケットだって」

 

 イッシュ地方のライモンシティにある遊園地を参考に作ったと言われるキンセツシティの遊園地である。まあ正確に言うと作ったというか、今作っているというか。

 工事計画自体は数年前からあったらしいが、実際に工事に着工し始めたのは今年になってからである。

 とは言えポケモンの力を借りれば半年内には完成の見込みらしいので、試運転なども含めて正式な開業は来年になる予定らしい。

 ホウエンには現状他に遊園地なんて無いので、割と人気スポットになると今から着目されていて、そのオープンチケットともなれば欲しがる人間なんて山ほどいるだろう、というレアな物なのだが。

 

「あっそ……あむあむ、この串焼き美味しいわね」

 

 花より団子とでもいうのか、色気より食い気というのか。

 残念ながらエアは全く興味が無いようだった。

 やれやれ、と嘆息しながらくじ屋の賑わいを見ていると。

 

「あ、あれチークとイナズマだ」

 

 くじ屋に並ぶ行列の中に先ほど別れたばかりの顔を見つける。

 エアはまだ食べ足りないと屋台巡りに向かうらしいので、そのままエアと別れてチークたちのほうへと行くと、ちょうどくじを引こうとしているところだった。

 

「オジサン、これで引けるだけよろしくネ」

 

 そう言ってチークが差し出したのは……万札である。

 

「お前、祭りの屋台で大人買いとか止めろよ……」

 

 当たらないなら当たるまで引けば良いというのはクジの楽しさ全否定である。

 後ろで思わず呟いた声に反応してチークをきょとんとしながら振り返り、こちらに気づく。

 

「シシ……やあ、トレーナー。アチキたちに用かイ?」

「いや、見かけたから様子を見に来ただけだよ。つか大人げないことやってんな」

「シシシ、だってアチキまだ子供だからネ」

 

 いや、まあぱっと見で十歳……下手したらそれ以下のチークなので口が裂けても大人なんて言葉は出てこないが、それにしてもである。

 フリフリと軽快に尻尾を揺らしながらがさごそとクジを選ぶ。

 日本でも良くある開くと番号が書いてある紙のやつだ。

 だいたいこういうのって当たらないんだよなあ、とお祭りの闇をサラッと内心で零しながらも、楽しそうにクジを開くチークにそんなこと言えるはずも無く、その後ろ姿を眺める。

 

 そうして三十枚かそこら開けたところで。

 

「出ないヨ?」

「そうだな」

「アチキのお小遣い三か月分だヨ?」

「お前がそこまで溜めてたのがまずびっくりだわ」

 

 まあこの子ネズミ(鼠じゃないけど)は好奇心旺盛で何にでも興味を示すのでお店などに行くとしょっちゅう余計な物を買っていたりするのだが、そもそもミシロにいて金を使う機会というのは余り無いし、買うと言ってもさすがに高い物を買う前に一度考える程度の冷静さはあるらしい。それに店先で見るだけでも満足できることも多く、何でもかんでも無節操に買っているというわけでは無いらしい。

 ここ最近はチャンピオンリーグに向けてトレーニングなどもしていたので、余り使う機会が無く溜まっていたのだろう。そうして三か月の間溜め込まれたお小遣いはたった今、ゴミの山へと消えたというのが切ない。

 

「これ当たりはいってるのかナ?」

「さあ? それは言ってはならないお祭りの闇だよ」

 

 はい次、とチークが去って空いたスペースに次の客が並び。

 

「あ、出た」

「おぉ」

 

 二人分の小さな声が聞こえた。

 無意識に視線をそちらを向き。

 

 ちりーんちりーんちりーん

 

「大当たりー! 二等賞出ましたー!」

 

 チークの後に続いたイナズマがちゃっかり一発で神引きしていた。

 

「当たり、入ってるみたいだね」

 

 告げる言葉にまさにorzと言った感じのチーク。

 

 チークとイナズマ、どこで差がついたのか……と言われれば。

 

 やはり物欲センサーの差では?

 

 

 * * *

 

 

「んで、何が欲しかったの?」

 

 燃え尽きたように真っ白になったチークの頭に手を置いて慰める。

 まあくじ引きなんて所詮運なのでこんなこともあるだろうと言えばそれまでなのだが、だからと言って仕方ないと言って切って捨てるのも薄情というものだろう。

 

「……さんとー」

「三等?」

 一体何の? と思いながらくじ屋台へと視線を移す。

 

 一等『キンセツアミューズメントパーク』オープンチケット。

 二等『デボンコーポレーション』商品引換券。

 三等『バトルリゾート』招待券。

 四等『キンセツアイテムファクトリー』商品引き換え券。

 五等『サイクルショップカゼノ』じてんしゃ引換券。

 

「バトルリゾート? 行きたかったの?」

「リゾートビーチで遊びたいだけの人生だったヨ……」

 

 哀愁漂うチークの背中に思わず苦笑する。

 

「じゃあ今度みんなで行こうか」

「……え?」

 

 あっさりと告げた言葉にチークが驚き振り返る。

 

「一応『元』チャンピオンだしね。招待状なら届いてるから行こうと思えば行けるよ」

 

 バトルリゾートは実機にもあった施設だが、この世界においては二年ほど前から建造が始まったホウエン唯一の『人工島』だ。

 と言っても伝説の一件があったので今までそういう『寄り道』をするつもりは無かったのだが、昨年ようやく一連の事件にも決着を見た。

 これからどうするか、まあ色々やることもあるが、これまでできなかったことをやるのも良いだろう。

 

「行けるのかイ?」

「その気になれば行けるね」

「アチキのお小遣いの意味は?」

「クジを開ける時のわくわくとドキドキを買ったと思ったら?」

 

 告げてからしまった、と気づく……つい口が滑った。

 がくり、と膝から崩れ落ちたチークを抱きとめる。

 ぴくりとも動かなくなったチークに思わず笑ってしまうがいつまでもこのままでも困るので保護者を呼ぶ。

 

「イナズマー」

「あ、はーい」

 

 今しがた当てたばかりのくじの景品を受け取ったイナズマがこちらにやってくる。

 

「マスター、ちーちゃんどうしたんですか?」

「まあ……色々あったんだよ」

 

 うん、まあ、悲しい事件だったね。

 

 一人頷きつつ、イナズマにチークを預けてその場を離れた。

 




シキちゃんとバトルするって言ったな。

あれは嘘だ……というのは嘘だが、データ作って話考えてたら後のほうが良いだろってことになったので後にする。


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お祭り騒ぎもほどほどに

 

 

 お祭りの醍醐味とは何だろう。

 お祭り騒ぎ、なんて言葉があるくらいだ、結局それは普段とは違う空気の中で熱気に呑まれて一緒に騒ぐことなのではないだろうか。

 

 静かで落ち着いた……と言えば聞こえはいいが、結局ひなびた田舎町のミシロだが、年に一度のこのお祭りだけは誰もが普段の静けさを忘れて騒ぐ。

 

 毎年毎年よくまあこれだけ騒げるものだと思いつつも、そういった『人の熱気』は個人的には嫌いでは無いため、毎年のように家族と一緒に、或いは一人でも歩いている。

 特に自身がチャンピオンになった二年前から他の街からわざわざミシロにやってくる人も増え、余計に賑わっているようにも感じる。

 

 元々オダマキ博士の研究所があるということでホウエン『御三家*1』を求めるトレーナーが時折訪れる以外では人の往来がほぼ無い町である。トレーナーでは無い一般人からすれば『ミシロ? どこそれ?』である。

 とは言え元々ホウエンの中にあっても下から数えたほうが早いような知名度の街だったのが、現在チャンピオンの地元というネームバリューのお陰で今ではそれなりに知られた町となっている。

 今年で言えばミツル君がホウエンリーグを優勝、チャンピオンリーグにおいても地元の雄同士の激突に知名度はさらに上昇した。

 まあだからと言ってこんな何も無い町に住みつくような人間も少ないが。

 

 閑話休題(まあそれはおいておいて)

 

 今のミシロは年始祭に限定して言えばそれなりに賑わっている。

 地方チャンピオンとはその地方の雄であり、注目は当然集まる。その地元を見てみようとする人間は多いし、年始祭はちょうど足を運ぶための理由にもなる。

 そして人が集まるならそれを対象とした商売というのも増えるし、そうなればさらに町は活気づく。

 元より人の少ない閑散とした町だったのだ、商売のためのスペースならいくらでもあるし、場所代が安いのに人が集まるならと屋台を率いてやってくる人も多い。

 ミシロの住人だって、普段は余り使い道の無い金の落としどころが出来て財布の紐も緩む。

 

 ホウエンでは基本的にトレーナーでも無ければ遠出というものを余りしない。

 

 地元の町だけで大抵行動範囲が完結していたり、出稼ぎに行くにしても隣の町だったりで何だかんだ行動範囲が狭いのだ。

 以前にも言ったが町と町を繋ぐ道が整備されておらず、車などの移動手段が余り普及していない。なので基本的に徒歩や自転車、ポケモンなどがもっぱらの移動手段となりそれが行動範囲の狭さに影響しているのだと思われる。

 

 そういうわけで年始祭の開かれる一月一日からの三日間は、ホウエンで下から数えたほうが早いくらいのドのつく田舎町であるミシロにとってはカナズミやキンセツ、カイナやミナモから入って来る珍しい品々を買う絶好の機会となっていたりする。

 

「お、これって……」

 

 地面に敷物を敷いて天幕を立てただけの簡素な露天だったが、そこに並べられた品に思わず目を丸くする。

 石だった。透き通った琥珀色の不思議な石。中に文字のような模様のような黒い何かが見える。

 その隣にはビー玉のような透明な石、中には白と赤の模様。

 ホウエンでは時折こういう『いしや』が露店を開いている。実機でもそうだったが、特に『りゅうせいのたき』付近で多い。

 

 大半は何の価値も無い石だったりするのだが、時折本物の『いんせき』やメガストーンなどが混じっていたりするから油断ならない。

 とは言えそれっぽいだけの偽物も多いし、売ってる店主たちすら何に使うのか分からないような物もある。

 多分綺麗なだけの石でもダイゴのような人種が買って行くため成り立っている商売なのだろう。そもそも人手は必要になれど元手はゼロである。それが1個1500円以上……時には10万円以上で売れるというのならばぼろ儲けだろう。

 

 さすがに祭りにそんな大金持っている人間がいないと思っているのが1個2000円と低価格ではあるが、視た限りほとんどただの石である以上いくつか売れるだけでもそれなりに利益になるのだろう。

 まあ自身はダイゴと違ってただの石は必要としていないので、多分『アタリ』だろう物を買っていく。

 

「本物なら儲けだね……後で試してみないと」

 

 手の中で二つの石を弄びながら道々に並ぶ屋台を見ながら歩いていると、雑踏に紛れて聞きなれた声が耳に届く。

 

「あの、すみません……本当に結構ですので」

 

 はて、どこからと視線を彷徨わせて。

 

「いえ……ですから、必要無いと先ほどから」

 

 視界の端、人混みに紛れて見慣れた姿を見つけて近づいていく。

 

「いえ、もう失礼させていただきたいのですけれど」

 

 シアだった……誰かと話している、のだと思う。

 というのもぱっと見た限りだと相手が見えない。

 まるで誰もいない空間に話かけているかのようであり。

 

「シア?」

「え、あ……マスター!」

 

 声をかけるとシアがこちらに気づく。

 助かったと、傍から見て分かるくらいに大きく安堵の息を吐き。

 

「キュ~?」

 

 直後に聞こえた声に視線を向ければ水色と青の特徴的なポケモン……グレイシアがそこにいた。

 グレイシアがシアへと視線を向け、何度か鳴き声を発する。

 その鳴き声に応えるようにシアが頷き。

 

「はい、私のマスターです。なのでアナタと一緒には行けません」

「……グレイシア?」

 

 もしかして先ほどから話かけていたのはこのグレイシアなのだろうか?

 そんな疑問に答えるかのようにシアがグレイシアへと視線を向けてそんなこと言った。

 

「シア、この子どうしたの?」

「いえ……こちらの方もトレーナーからお祭り中好きにしてて良いと言われたらしいのですが、そこの屋台でばったり出会ってから一緒にお祭りを回らないかとしつこく誘われまして」

「へー……」

 

 因みにだが、イーブイというポケモンの雌雄の割合は7:1である。

 ただでさえ珍しい6Ⅴのそれも♀のグレイシアというシアは、この世界において極めて珍しい存在だと言える。

 

「この子、もしかして雄?」

「え、はい、そうですけど」

 

 まさかのナンパだった。

 

「ダメだよー、シアは俺のだからね」

「キュキュ~?」

 

 しゃがんでグレイシア(♂)と視線を合わせ窘めるに告げるが、不思議そうに首を傾げるグレイシア。

 

 ―――うん。

 

「可愛いなあ」

 

 グレイシアは雄と雌で姿が変わるわけでは無いのでやっぱり愛くるしい外見だと思う。

 『つぶらなひとみ』で自身を見つめるその視線に思わず頬を緩む。

 

「ねえねえ、触っても良い?」

「キュ?」

 

 そーっと手を伸ばすが特にこちらを警戒する様子はない。

 『おだやか』な子なのかな? と思いつつ、その頭にそっと触れる。

 ひんやりとした体温が手を通して伝わってくる。

 逆こちらの手のひらの熱がくすぐったいのか目を細め身をよじる姿がとても愛くるしかった。

 

「ん~やっぱ可愛い」

 

 頬に手を当てるとごしごしと頬をこすりつけてくる動作に『メロメロ』になりそうだった。

 そう言えばエアからもらったきのみのグミが残っていたなと思い、ポケットから取り出してグレイシアの前に持って来る。

 

「食べる?」

「キュ~♪」

 

 嬉しそうな鳴き声を上げて手の中のグミを食べるグレイシアに今自分の頬が人に見せられないくらい緩んでいるだろうなあと自覚して。

 

「……むぅ」

 

 ふと後ろで聞こえた声に振り返ろうとして。

 がばり、と後ろからシアが手を伸ばし、自身を抱える。

 

「ダメです……この人は、私の、ですから……渡しません」

 

 そんな言葉と共にそのまま体を抱きかかえられて連れていかれる。

 外見は少女とは言え立派にポケモンであるシアの力に多少大きくなってきたとはいえまだまだ子供の自身が敵うはずも無く抱きかかえられたまま近くの空いたスペースに連れていかれて―――。

 

「むぅ」

 

 祭りの喧騒から少しばかり離れた無人の広場の草原の上、座り込んだシアの膝の上に乗せられたまま抱きしめられる。

 まだ子供の身だからかシアの懐の中すっぽりと納まったこの状況にさすがに気恥ずかしさを覚えなくもないが、ぷくーと頬を膨らませていかにも私不機嫌です、と全身で主張するシアにそんなことも言えるはずも無く、苦笑いするしか無かった。

 

「あの……シアさん?」

 

 頬を膨らませたまま、ぎゅっと自身の体を包み込んで離さない柔らかい感触に少し戸惑う。

 名前を呼んでみるが反応は無く、強く抱きしめられその抱擁から抜け出せる術も無く。

 

「もしかして、怒ってる?」

「…………」

 

 仕方なくされるがままにしつつ、少し考えてそう尋ねてみればシアがこちらへと視線を落とし。

 けれど何も答えない。ただその表情から見えるのは怒りというより不満だった。

 その顔を見て理解する。何よりも絆がその内心をありありと教えてくれる。

 

「嫉妬してるの?」

「っ!」

 

 ぴくり、とその表情が揺れる。

 その反応がまさに自身の言葉が正解だと告げていた。

 先ほどグレイシアに構っていたのを見て嫉妬しているらしい。そう思うと笑みを零れてくる。

 

「ふふ……キミたちホント可愛いよね」

「……知りません」

 

 ぷい、と顔を逸らして拗ねた様子のシアにあらら、と苦笑し。

 

「どうしたら許してくれる?」

 

 尋ねる言葉にけれど返事は無く、代わり自身を抱きしめるその腕に力が籠る。

 

 ―――しばらく、こうさせてください。

 

 無言ではあったが、言外にそんな内心が伝わってきて。

 

「ふふ……好きなだけどうぞ」

 

 呟き、そのまま身を預けた。

 

 

 * * *

 

 

「ふう……そろそろ良い時間だなあ」

 

 一時間近くシアに抱きしめられていたせいか、少しばかり冷たい。

 シアもあれで『グレイシア』という種族なので、人の形をしていても体温がやや低いのだ。

 ただでさえ一月の寒空の下なのに、シアのひんやりとした体の包まれていたせいで何か温かい物が欲しかった。

 

 適当に麺類の屋台でも無いかなと視線を彷徨わせていると。

 

 あったのは『甘酒』と書かれた看板。

 前世における知識だが、ホウエン地方のモチーフは日本の九州だと言われている。そのため気候的にも九州……というか日本に近いものがあり、結果的にそこで育つ植物なども似たものになる。

 そして以前にも言ったかもしれないが、ホウエン地方における主食というのはもっぱら米だ。つまりホウエンというのは『稲作』が盛んな地方だったりする。

 米があるということは米を原料とする加工品も盛んであり、清酒などはホウエン地方の特産品と一つだったりする(因みに芋焼酎みたいなものも特産である)。

 そのためか毎年年始祭には必ずのようにどの街でも『甘酒』の店というのがある。

 神社などが無いので酒造業者がやっていることが多いのだが、これをやっているのがホウエンを除くとカントーやジョウトくらいしかないらしい。

 元となった人間の記憶のせいか、感性が比較的日本人に近い自身としてはホウエン地方というのはとにかく水が合っていた。

 

「あれにするかな」

 

 それなりの人数並んではいるが鍋に入った甘酒をコップに入れるだけなので待つのもすぐだろう。

 ホウエンに住んでいるなら、年の始まりにこれを飲まないと始まらないだろう。

 そんなことを思いながら行列の最後尾へと向かい。

 

「あ……ご主人様」

「お? シャルじゃん」

 

 ちょうど行列に並ぼうとしていたシャルとばったり出会い、折角なのでそのまま二人で並ぶ。

 

「シャルも飲みに来たんだ」

「えへへ……ちょっと寒くなっちゃって」

 

 言葉通り、寒そうに手を合わせてこすり合わせている。

 毎度思うがこいつ『ほのお』タイプのポケモンじゃなかったっけ、と首を傾げる。

 シアが『こおり』タイプで体温が低いように、『ほのお』タイプのポケモンというのは体温が高いはずなのだが……。

 

「うわ、本当に冷たいなお前」

「ふぇっ!?」

 

 その指先を握ってみれば確かにすっかりと冷えてしまっていた……と思っていたのだが。

 

「ご、ごごご、ご主人様、てて、て、手」

 

 未だにこういう接触が恥ずかしいのが顔を真っ赤にしてあわあわしているシャル。

 感情が昂ったせいか一気にその指先がじんわりと温かくなってくる。

 

「お、いいなこれ……良い湯たんぽだわ。ほら、シャル、おいでおいで」

「あわわ、あわ、あわわわわわわわわ」

 

 少女の指先を離すとそのまま少女の肩を抱いて、先ほどのシアのように後ろから抱きしめる。

 多分今シャルの顔を見れば『オーバーヒート』しそうなくらい真っ赤になっているのだろうが、それに合わせるように全身が発熱していてぽかぽかしている。

 

「あったかい……」

「はわわわわわわわわわ?!」

 

 パニくるようなシャルには悪いが、行列に並んでいる間こうさせてもらおうとシャルの体をぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

*1
キモリ、アチャモ、ミズゴロウの初心者用ポケモンの三匹のこと。




グレイシアをポケリフレとかで可愛がると最高に可愛い……俺もなでなでしたいです。
そして頬を膨らませたシアちゃんが尊い。
そしてあわわするシャルちゃんがかわゆい。


ところで自分で書いててこれリップルの話の始まりのはずだったんだが、なんでこうなったんだろうね……。
シアとシャルの可愛さに惑わされてしまった感ある。


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お祭りは夜からが本番

 

 

 年始祭は日本でいうところの『三が日』に相当するが別に三日間ずっとお祭りをしなければならないというルールは無い。

 カナズミやミナモなどでは三日どころか一週間近く続く祭りもシダケやコトキ、ハジツゲなど人の賑わいも少ない小さな町では二日、ないし一日で終わってしまうことも珍しくない。

 というかミシロタウンだって元は一日だけだった。それが近年の人の賑わいに合わせて三日に伸びたというのが正しい。

 

 なのであと二日、今日のような騒々しさが町に訪れるわけだが、それでも夜になると他所の町の人間は帰って行く。

 ミシロに宿泊施設なんて無いので当然と言えば当然。

 何せポケモンセンターすら無いのだ、この町は。

 

 そうして他所から来た人間たちが帰路に着き、屋台も畳まれ明日に向けて物置代わりに貸し出された倉庫へと投げ込まれると昼間あれだけ人と物でごった返していた町が一転して物寂しい……元のミシロの町の姿を取り戻す。

 

 ―――とはならない。

 

 毎年毎年、一日目の夜だけはミシロの町にも明りが消えない。

 夜は子供が眠る時間だ。

 そうして大人の時間が始まる。

 

 ―――という名目で、大人……というか男たちが好きなだけ飲める日である。

 

 今日だけは家庭で妻の目を気にしながらちびちびと飲む夫たちもハメを外して好きなだけ飲むし、妻たちもまた年に一度今日くらいはとお目こぼししながらママ友と組んでちびりちびりと酒を嗜みながら旦那の愚痴をこぼし合う。

 そういうことにはなっているが、まあ以前のチャンピオン就任時の大宴会のようにその時々で名目みつけて飲みまくっているんだからもう好きにしてくれ、と言ったところ。

 

 用は気兼ねなく酒が飲める口実が欲しいのだ、大人たちは。

 

「俺は飲まないけど……」

 

 なんて呟きながらきょろきょろと周囲を見渡しながら酒が入ってテンションが振り切ってしまった大人たちの乱痴気騒ぎを抜けて歩く。

 本来なら俺としてもこんな酒臭いところごめんこうむるのだが、それでもやってくるのには理由がある。

 

 二年前のリーグ戦の時。

 

 チークの悪戯でうちのパーティが酒飲んで乱痴気騒ぎしたことがあったが。

 あれでリップルが酒に目覚めてしまったのだ。

 一応外見的にも、精神年齢的にも一番高いリップルだけに飲んでいても別に法に反するようなことは無い、というかポケモンが人間の酒の飲むことに関する法なんて無いので、飲むこと自体は別に悪いことじゃないのだが。

 さすがに家でまたあんな乱痴気騒ぎされても困るので飲み過ぎるなと言った結果、普段はちょびちょびと嗜む程度に自制しているらしい。

 とは言え好きなことを我慢させ続けるのも悪いので、年一回。この日だけは好きにして良いぞ、と言った結果。

 

 去年は朝まで飲み続けて一緒に呑んでいたらしいうちの父親(センリ)お隣の父親(オダマキ博士)を完全に酔い潰していた。

 

 父さんも、オダマキ博士も割とバイタリティあるはずの人たちなのだが、翌日は完全にダウンして一日中動けない様子だったので、一体どれだけの飲んだのか、考えるに恐ろしい話である。

 そしてそれだけ飲んでも翌日にはケロっとしているリップルはウワバミ通り越して、ザル……いや、ワクかもしれない。

 因みにリップルに付き合って丸一日ダウンするほど飲んだダメな大人二人は妻から雷を落とされ、二日酔いで痛む頭を抑えていた。

 さすがに今年もあの悲劇を繰り返すわけにも行かないので、適当なところでリップルを引き取らねばならないとやってきたのだ。

 さらに言うなら今年はアクアもいる。

 アクアは太古に生きたラグラージのヒトガタだ。そのせいか実年齢も精神年齢もとても高い。それが理由かどうかは不明だがあいつも酒好きの一人だ。

 というかリップルから分けてもらってハマったらしい。しかも相当な酒豪らしいのでリップルと合わせて今年は大惨事が起きる予感がすでにあった。

 

「さすがに止めないとな」

 

 少しだけ気を急かしながら歩いていき、町の中央のほうでやっているキャンプファイヤーのような丸太を組んで作っただけの焚火を囲って飲んでいる集団の元へとやってくると、その中に見知った顔を見つける。

 

「父さん」

 

 焚火の傍にどっしりと腰を下ろし、ちびりちびりと杯を傾ける父さんを見ながらやはり渋いなあと思う。

 オダマキ博士が缶ビール片手に陽気に笑って良そうなイメージなら、こちらはお猪口を傾けながら独り静かに飲んでいるようなイメージだろうか。

 実際に持っているのは酒瓶とコップだが、酒を飲むという行為が実に様になる男である。

 声をかけると酔っているのか少し顔を赤くした父さんがこちらを見やり破顔する。

 

「ハルトか……どうしたこんな時間に、お前も飲むか?」

「いや、飲まないよ……うちのやつら探しに来たんだけど、見なかった?」

「ん……リップルなら確か向こうのほうに行くのを見かけたぞ」

 

 そう言って指さすのは祭りで使われていた休憩所代わりに張られた白い天幕だった。

 祭り行われていない今はあそこには誰もいないはずだ。

 

「アクアは?」

「いや、そっちは知らんな」

 

 問うた言葉に首を振る父さんに礼を告げて別れる。

 

「あんなところで何やってんだあいつ」

 

 思いつつ、天幕へと歩いて行く。

 近づくと確かに天幕の中に明りが見えた……本当にいるらしい。

 そっと近づき、入口から中を覗くと。

 

「んく……んく……んく……ぷはぁ」

 

 酒瓶をひっくり返して丸々一本飲み干す自身の家族(リップル)の姿を見つける。

 

「うわあ……」

 

 一本、二本と目に見えた範囲だけでもすでに数本、酒瓶が転がっている。しかもまだ未開封の瓶も見える。

 一体こいつどれだけ飲む気なのだろうと戦慄しつつも、当の本人を見れば喜色満面と言った様子でまた一本、酒瓶の中身を空にして床に転がした。

 

 まあ分かってはいたが、全く酔ったような様子は無い。

 去年の時点でそうじゃないかと思っていたがやはりこいつワクである。

 こいつの場合、酒を飲んだ後寝るのは酔ったからではなく満足したからだ。

 問題はその『満足』する量が大の大人二人酔い潰してもまだ足りないということだが。

 

「あ、マスター。どうしたの、こんな時間に」

 

 天幕に入ってきた俺に気づいたリップルがにへら、と笑う。

 その手にしっかりと酒瓶を抱いている姿に何とも言えない気分になりつつ。

 

「去年みたいなことになっても困るからな。取り合えず見張っておくのと、後はまあ適当なところで連れて帰ろうかと」

 

 えぇ……と不満そうなリップルの声を黙殺しながら転がる酒瓶をどかし、近くに置いてある椅子に座る。

 

「良く飲むなあ……」

「美味しいからね~」

 

 ぐびぐびと美味しそうに酒瓶を傾けるその姿は、飲む屋に通う酔っ払いのそれである。

 嘆息しつつもまあ楽しそうなら良いか、と思う。普段からこんな暴飲してるようならさすがに止めるが、年に一度くらい……今日くらいなら。

 

「ま、それはそれとして」

 

 座椅子の上で頬杖を突きながらリップルを見やり。

 

「リップル」

「んー? なーに?」

 

 少しだけ、言葉を溜めて。

 

「お前、最近俺のこと避けてない?」

 

 瞬間、リップルの目がほんの一瞬だけ、きゅっと細まった。

 

 

 * * *

 

 

 今更誤魔化しても偽っても無意味だし、そもそも俺自身それを偽ったことは無いが。

 

 ―――俺は俺の家族たちが何よりも大切であり、俗に言うなら愛している。

 

 エア、シア、シャル、チーク、イナズマの五人にはすでに伝えたし、伝えられた。

 気持ちを通じ合い、言葉を交わし合い、思いを交わらせた。

 同様の感情をリップルにも抱いていると、今ならそうはっきりと言える。

 

 覚悟を決めろ、とエアは言った。

 

 言われたからじゃあ決めよう、なんてそんな物では無いけれど。

 少なくとももう二年以上も待たしている彼女たちのために、ちゃんと答えようと向き合おうと、そう決めたのは事実で。

 

 そうは言っても当然ながらイナズマに思いを伝えたその次の日にリップルに、なんてことはしない、当たり前だが。

 さすがにその程度の『良識』やデリカシーは持ち合わせているつもりだ。

 いやまあすでに五股しておいて今更良識やデリカシーなんて言葉どの口で、と言われそうではあるが。

 それでも俺は彼女たちを傷つけるようなことをするつもりは無いので、気遣うのもまた当然だ。

 

 とは言え、すでに長い間待たせた彼女たちを何時までも待たせるわけにもいかないとリップルと話合うための機会を作ろうとしていたのだが、どうにも捕まらない。

 毎回毎回途中で脱線してふらりとどこかに行ってしまう。

 いつものこと、と言えばそうなのだが、ただどうにも不自然というか無理矢理いつもらしさを演出して逃げられているような、そんな気がしていた。

 

 ただその理由が分からない。

 

 そして理由を問い詰めようにもするりするりと逃げてしまうので問い詰めることもできない。

 

 だが、だ。

 

「ちょうど良いから、話合おうか」

 

 天幕の唯一の入口に椅子を置いて、リップルと向きあうように座る。

 先ほどまで一瞬だけ、自身を睨むように目を細めていたリップルだったが、けれどすぐにまた笑顔に戻り。

 

「…………」

 

 黙していた。

 

「…………」

 

 ニコニコと『いつも通り』笑みを浮かべながら、酒瓶を傾ける。

 語るつもりはない、という意思表示なのか。

 それならそれで構わないと、椅子に腰かけ、入口を塞いだままじっとリップルを見つめる。

 ごきゅ、ごきゅとまた一本酒瓶が空っぽになる。

 中身の無くなった酒瓶をゆらゆらと揺らしながら床に置き。

 

「……はぁ」

 

 珍しく、リップルが困ったように嘆息した。

 いつもの緩い笑みではない、心底困ったような戸惑ったような……苦笑。

 

「参ったなあ」

 

 俯き、もう一度嘆息。

 

「分かったよ……降参。リップルの負け」

 

 両手を上げ、そんなことを言いながら。

 

「それで、お話ってなあに?」

 

 くすりと笑う。

 そんなリップルの態度に、少しだけ違和感を覚えながら。

 

「さっきも聞いたけど、最近俺のこと避けてない?」

「気のせいじゃないかな?」

「嘘だな」

 

 とぼけた様子で空々しいことを言うリップルに断言する。

 

「何年一緒にいると思ってんだ……()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 瞬間、ふっとリップルの目が細められる。

 すっとその表情から笑みが消え失せ。

 

「……へぇ」

 

 嘲るように口元が弧を描いた。

 

 

 * * *

 

 

「……だったらどうしてかな?」

 

 弧を描くように吊り上げられた口元。

 

「どうしてそんなこと言うのかな?」

 

 笑っているはずなのにどうしてだろう、その瞳から感じるのは……怒り。

 

「リップルのこと分かってるなら……何でそんなこと言うの。どうしてそんなこと言おうとするの」

 

 怒っている。

 ああ、間違いなく、怒っている。

 一体何に?

 

「…………」

 

 考えて、感じて、辿って、繋げて。

 

「好きだからだよ、お前が」

 

 そうして理解して、けれどそれでもはっきりと言葉にした。

 

「そもそもお前が言い出したんだろ?」

 

 

 ―――私たちみんな、マスターのことをそう言う意味で好きだからさ。

 

 

 俺の記憶が確かなら、最初にそれをはっきりと言ったのはこいつだ。

 自分自身(リップル)も含めて、確かにそう言ったのは、こいつ自身だ。

 

「……好きだよ? リップルだって、マスターが好きだよ」

 

 そう、今でも絆は教えてくれている。

 こいつは今確かに俺と同じ想いを持ってくれている。

 だから確かに今この瞬間俺たちは両想いであり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそこいつは自身の想いも、俺の想いも拒絶した。

 恋はあやふやだから。その好きはとても不安定で、未熟で、ちょっとしたことで揺らいでしまうから。

 

 だから。

 

「リップルの一方通行で良い。それはリップルの中にだけあれば良い。通じ合わせるのは嫌だよ。そんなものをリップルとマスターの間に作るのは嫌だ」

 

 理由は分かる、理解できる。だが納得できるかと言われればまたそれは別の話。

 何よりこうも明確に拒絶されるとショックは隠せない。

 だが今は打ちひしがれている場合ではない。

 

 何せ。

 

 今リップルの意見を覆せなければ、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう確信がある。

 今日この問答を終わらせた瞬間からリップルの中で結論が出てしまう。リップルがリップル自身の想いを飲みこんでしまう。

 そういう予感がある。

 

 故にここだ、今この瞬間に、説き伏せなければならない。

 

 リップルを『心変わり』させなければ、この想いは届かない。

 

 だが、どうやって?

 

 エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも。

 彼女たちとは想いが双方向であり、お互いを受け入れるだけで良かった。

 問題はいくつもあったかもしれないが、それでも互いに求めあっていた。

 だがリップルはそうじゃない。リップルだけは違う。

 リップルは求めてなんかいない。求める感情すら自分の中で完結させてしまっている。

 故に俺の想いはリップルには届かない。受け入れられない。拒絶されている。

 

 どうやって?

 

 その答えを導き出すには余りにも足りない。

 

 経験が足りなさ過ぎる。

 

 残念ながら俺は、女の口説き方なんて知らないのだ。

 

 どうする?

 

 考えても分からない。

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 分からないから。

 

「リップル」

 

 立ち上がり、目の前の少女へと歩みを進め。

 

「あのね」

 

 両の手を伸ばし、その体を抱きしめる。

 

「信じて」

 

 呟いた一言に、ぴくり、とリップルが震えた。

 

 

 




酒のみリスト

ハルト:一口でダウン(激弱)
エア:すぐに酔って絡みだす(弱)
シア:付き合いで嗜む程度にちびちびと(強)
シャル:一口で目が回って陽気になる(弱)
チーク:酔ってるのか素か分からない(謎)
イナズマ:酔うとぶつぶつ愚痴り出す(普通)
リップル:ホントは水飲んでんじゃないの?(激強)
アース:酒を飲む時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……(強)
ルージュ:まあ付き合い程度に、酔わない程度にね(強)
サクラ:実兄が絶対に呑ませないがみんな美味しそうに飲んでるのでこっそり機会を伺っている。
アクア:酒? いやいや、これは命の水じゃよ???(激強)
アルファ:酔うと非常に陽気になってゲンシカイキして『はじまりのうみ』しだすので禁酒された(弱)
オメガ:酔うと気が強くなってマグマが噴き出し始めるので禁酒された(弱)


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何事も努力が大事ということ

「無理だよ」

 

 一瞬の間も無いほどの即答だった。

 そうして嫌々、と首を振りながらリップルは俺を拒絶する。

 それでもさほど力も籠めず抱き留めた腕をほどかないのは……。

 

 ―――その体が震えているのは、それでも。

 

「無理じゃない」

「無理だよ」

 

 否定に対してさらに否定を重ねる。

 まるでそれは自分に対して言い聞かせるような言葉。

 それはそうだろう、恋だ愛だがどうこう言う前の話。

 

 俺とリップルは絆で結ばれている。

 

 互いが互いを何よりも信頼し、何よりも尊敬し、何よりも信愛している。

 故に俺はリップルを無条件に信じているし、リップルだって同じだ。

 だからこそ俺は同じことだ信じてくれ、と言い。

 

 ()()()()()()()()()()()とリップルはそう言っている。

 

 けれど本当はリップルだって分かっているはずなのだ。

 分かっていて、けれどなまじ分かってしまうからこそ、見て見ぬ振りをする。

 視線を逸らし、態度をはぐらかし、そして気持ちに蓋をする。

 

「なあ、リップル……」

 

 きゅっと唇を結び、口を閉ざしたリップルを見つめ、一度目を閉じる。

 それはきっとリップルが気づいていて、目を逸らしていたこの話の『急所』だ。

 それを突きつけることは果たして正しいのか否か。

 そんなことは分からないけれど。

 

「分かってるだろ」

 

 それでも、もう全て動き出してしまっているのだ。

 手遅れだというならばそんなもの()()()()()()すでに手遅れだ。

 何よりその引き金を引いたのは目の前の少女であり。

 

「俺はエアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも受け入れた」

「っ……」

 

 歯を噛み締めるかのように口元が僅かに動く。

 今にも泣き出しそうな、そんな表情に胸がきゅっと痛み。

 けれどそんな痛みを押し殺して。

 

「もう無理なんだよ」

 

 告げる。

 

「今まで通りなんて……もう無理だ」

 

 告げる。

 

「分かってんだろ」

 

 突き告げる。

 

「もう俺たちの関係はとっくに変わっているんだって」

 

 突きつけた。

 

 

 * * *

 

 

 分からない。

 分からない、分からない、分からない。

 リップルにはどうしても理解できない。

 

 どうしてそんなにも無垢に信じることができるのだろう。

 愛を誓い合った夫婦ですら喧嘩一つで絆を失い、別れることだってあるというのに。

 どうして恋なんて不安定な絆がずっと続くと信じれるのだろう。

 

 一人は嫌だ。自分はずっとみんなと一緒にいたい。

 

 だったら……良いじゃないか。

 

 家族で良いじゃないか。家族という絆は切れない。愛だとか恋だとか、そんな複雑な感情よりもずっとずっと固くて、確かな絆だ。

 

 だから……良いのだ。

 

 (リップル)は……これで良い。

 

 そう、思っていたのに。

 そう、()()()()()()()()()

 

 ―――分かってんだろ、もう俺たちの関係はとっくに変わっているんだって。

 

 分かっている、分かっているに決まっている。

 でもだからと言ってそれを認めてしまうことなんてできるはずがない。

 そんな『怖いこと』はできない。そんな恐ろしいことできるはずがない。

 だってリップルにはそんなあやふやな関係を信じることができない。

 

 それでも変わってしまったことが事実なのだとすれば。

 そして変わってしまった関係性を信じられないのなら、認められないのならば。

 

 リップルと主との絆はその時こそ断ち切れる。

 

 待っているのは孤独だ。

 

 嫌だ!!!

 そんなのは、絶対に嫌だ。

 だから目を覆い隠した。

 口を閉ざし、耳を塞ぎ、のらりくらりと躱し続けてきた。

 

 それでもそんなこと何時までも続くはずがない、それもまた理解できてしまっていた。

 

 でもだからって、リップルに何ができるのだ。

 

 失くしたくない。

 

 でも認められない。

 

 それでも嫌だ、嫌だと言い張ることしかリップルにはできないのに。

 なんて容赦の無い人だろうかと自身の主を見つめる。

 

 好きだ。

 

 リップルは彼が好きだ。

 どうしようも無いくらい好きだ。

 何時からとか、どうしてとか、そんなこと分からないくらい当然のように、まるで最初から決められていたかのように。

 気づけばリップルはハルトに恋していた。

 

 自分の他の仲間たちもまた同じであることリップルは知っていて。

 

 けれど他の仲間たちと違うのはリップルは求めなかった。

 自らの内で感情を完結させようとした。

 こんなあやふやで不安定な気持ちが今すでにある絆を壊してしまうことが怖かったから。

 だからリップルは求めなかった。

 そして当時の主もまた自分の中の感情を上手く表現できず、持て余していた。

 だからリップルに求めなかった。

 それで良いと思った。そのまま一年、二年と時が経つに連れて自分たちは家族として安定した関係を築いていけたから。

 

 リップルにとって何よりも大切な家族たち。

 

 だからそれを壊すもの……壊してしまうかもしれないものをリップルは嫌った。

 

 ―――そのはずなのに。

 

 

 * * *

 

 

「何で……今更そんなこと言うの」

 

 声が震えていた。

 

「家族で……良いよ。私たちは……家族が、良いんだよ」

 

 かちかちと歯を鳴らして。

 

「家族ならずっと一緒なんだよ……なのに、何で、何で今更変えようとするの」

 

 涙を堪えるように、それでもしっかりと俺を見つめて問うたリップルをぎゅっと抱きしめ、その背をゆっくり、優しく撫でる。

 

「違うんだよ……リップル」

 

 泣く子をあやすような手つきで、ゆっくり、ゆっくりその背を撫でる。

 

「そうじゃないんだ」

 

 震えるその体を包みこむように、小さく聞こえる嗚咽を鎮めるように、頑ななその心を溶かすかのように。

 必死になって頭を回し、一つ一つ、リップルに届けるための言葉を紡ぎ出す。

 

「家族だからずっと続くなんて幻想なんだ」

「っ!」

 

 それは否定。絆の否定。リップルの在り方の否定。

 それはきっとリップルを傷つけるだろう、そう分かっていて。

 そして絆を通して伝わってくるリップルの衝撃が分かるからこそ、ずきりとまた胸が痛みを叫んだ。

 

「恋人だからとか、家族だからとか、関係性自体に意味は無いんだよ」

 

 けれどリップルの言っていることもつまり『そういうこと』なのだ。

 家族だからずっと一緒にいられるなんて、そんなことは()()()()()

 俺たちの関係は家族だったけれど、俺たちは家族だからずっといたわけじゃない。

 

「絶対に変わらない物なんて無いんだ。それはこの『絆』だって同じだ」

 

 『絆』はリップルにとっても、そして俺にとっても拠り所だ。

 けれど俺はそれを絶対だなんて思っていないし、それが永遠なんてことそれこそ『絶対』にあり得ないと思っている。

 そんな俺の考えが伝わったのか、リップルが僅かに口を開き、何か言葉を紡ごうとして……けれど閉ざす。

 

「俺たちがずっと一緒にいられたのは何でだ。『絆』があったからか? 仲間だったからか? 家族だったからか? そうじゃないだろ……()()()()()()()()()()だろ」

 

 七年だ。

 俺が生まれてから五年。そこからさらに七年。

 人生の半分以上をこいつらと一緒に生きてきた。

 けれどそれは『仕方なく』ではない。ただ一緒にいたから『一緒』だった、なんてそんなつまらない理由じゃない。

 

 それは。

 

「俺たちが努力してきたからだろ。ずっと一緒にいられる努力、この絆がずっと続くように、俺たちが努力したから七年も一緒に生きてこれたんだろ」

 

 努力すること。

 

 人に好かれることはそう難しいことじゃない。

 ちょっとした好意で人は人を好きになれる。

 けれども、好きでいてもらい続けることは難しい。

 だってそこにいるのは自分じゃない他人なのだから。

 当然自分とは合わない部分の一つや二つは出てくる。

 

「だからこそ俺たちは努力するんだ」

 

 それは言うなれば。

 

 ―――好きな人に好きでいてもらい続ける努力、とでも言えば良いだろうか。

 

「それを怠れば待ってるのは破局だよ。でもそれは家族だって同じだ。俺たちは仲間だ。俺たちは戦友だ。俺たちは家族だ。でも俺たちは他人だ。種族すら違う別の生き物だ。それでも俺たちは仲間で、戦友で、確かに家族だ。けどそれは俺たちが自分たちをそう定義したからだ。そしてそれを続けようと努力したからだ。何の努力も無くそうあったわけじゃない。何の努力も無くそうあり続けたわけじゃない。それはお前だって分かるだろ。他ならない、お前だからこそ、分かるだろ?」

 

 肯定も無く、否定も無い。

 けれど俯き、唇を噛み締めるその様子からして、答えは決まりきっていた。

 

「同じなんだよ。紡いだ絆を繋げて。繋いだ絆を確かにすること。それはお互いが思い合うことが何よりも大事だ。一方通行な絆は絆じゃない。俺たちは思い合っているからこそ絆が芽生えたんだ」

 

 絆を紡ぐ。

 

 思いを重ね。

 

 心を繋ぎ。

 

 縁を結ぶ。

 

 何度となく繰り返してきた言葉だ。

 

「なあ、リップル。分かるか、リップル? 家族だろうと恋人だろうと夫婦だろうと変わらねえよ。続ける覚悟と、そうあり続ける努力。そして一歩進む勇気。俺たちに必要なのはそれだよ。エアは変わった、シアも変わった、シャルは受け止めた。チークも、イナズマも同じだ」

 

 五人はその変化を受け入れた。

 今のまま立ち止まることを、足踏みすることを良しとしなかった。

 

「お前だけそこで立ち止まるのか? 俺たちは歩き続けているのに、お前だけが」

 

 抱きしめた腕の中でリップルがその背筋を震わせた。

 それは孤独だ。

 リップルが何よりも恐れているはずのもの。

 

「なあ、お前はどうしたい?」

 

 問うた言葉にけれどリップルは答えない。

 震える唇は未だに言葉を紡げない。

 

「俺はお前と共に在りたい。お前と一緒に生きて、お前と一緒に死にたい。お前が好きだ、そう言ったのは嘘でも偽りでも無いよ」

 

 心からの告白。

 たった一人、そう言えない時点でどうにも恰好が付かないが。

 けれどそれは正真正銘の俺の本心だった。

 目の前の愛おしい少女と共にこれから先も歩んでいきたい。

 嘘偽りの無い、ただ一つの願い。

 

「わたし、は……」

 

 

 * * *

 

 

 ―――いつまでも、みんなで一緒に……そう願うのは傲慢かな?

 

 ふと、六年も前のことを思いだした。

 喪失した胸の痛みが疼き、胸の奥でぽっかりと大切な何かが欠けていたことに気づいてしまったあの頃の話。

 リップルは主と出会って、欠けていた物がすっぽりと埋まった気がした。

 満たされた時間の幸福を味わうと共に、満たされてしまったが故に、それを再び失うことに恐怖していた頃。

 そうして振り返ってみると今と何も変わっていないな、と自分でも思う。

 

 ああ……そっか。

 

 あの時、確かに主は言っていた。

 

 ―――この手だけは絶対に放さない。

 

 六年も前から、答えは出ていたのだ。

 主はずっと『努力』していてくれたのだ。

 どうして今までそんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。

 そんな主だからこそ、大好きだったのに。

 そんな主だからこそ、リップルは恋したのだから。

 

「あー」

 

 そっか、と短く呟く。

 ぐるぐると心中に渦巻いていた色々な感情が、すとんと胸に落ちた。

 答えなんて最初からそこにあったのだ。

 ただリップルが気づかなかっただけで……見ないふりをしていただけで。

 

「負けたなあ」

 

 こんなの大負けだ、ぼろ負けだ、完敗だ。

 胸の内で白旗を振るしか術が無いじゃないか。

 負けだ、どう考えても。

 

 どうしようも無いほどに、惚れてしまった自分の負けだ。

 

 そっと手を伸ばす。

 自身よりも幾分小さい、けれど少しずつ成長している小さな主の体をぎゅっと抱きしめて。

 

「大好き」

 

 小さな呟き、けれどそれは確かに主へと届き。

 

「ああ、俺もだよ」

 

 ぎゅっと、体を抱く手に力が籠る。

 

 ―――あったかいな。

 

 単純な熱さでは無く、胸の内側がぽかぽかとして。

 

 ―――なんだか無性にくすぐったかった。

 

 

 * * *

 

 

「あのね、()()()

 

 耳元で囁くように。

 なんだ? と返すハルトに、リップルが少しだけ躊躇った様子で言葉を溜め。

 やがて意を決するように口を開く。

 

「一つだけ、お願いしても良いかな」

「ああ、言ってみろ」

 

 問に対して、一瞬の間も無くハルトが答えた。

 その即断にリップルが僅かに苦笑し。

 

「『努力』して欲しいんだ」

 

 お互いがお互いを『好き』で居続けるための、そんな『努力』。

「ずっと一緒だっていう『誓い』が欲しい」

 ただ言葉を交わすだけじゃない。記憶に焼き付くような、そんな強烈な何かが欲しくて。

 内心の動揺を押し殺し、覚悟を決めてリップルが目を閉じる。

 『絆』を通し、リップルの求める物に気づいたハルトが少しだけびっくりしたように目を丸くして。

 

「……ああ、分かったよ」

 

 くすり、と笑ってその頭を引き寄せる。

 顎の下にそっと手をやり、クイと上を向かせて。

 

「約束する。ずっと……ずっと一緒だ」

 

 呟きと共に、その唇に誓った(キスした)

 

 

 




というわけでリップル編はこれで終了。

6Vメタモンレイドに参加できたのでしばらく厳選のお時間となります。

注意事項:ハルトくんはホストではありません。ただの十二歳児です(


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深淵の水底①

本当に適当にデートの一つでもやってシキちゃん編も終わる予定だったけど、内容を劇場版風味に変更してお送りいたします。

Q.つまり?

A.伝説大決戦りたーんず


 

 ―――嗤っていた。

 

「キヒ……キキャ……」

 

 一片の光すら刺さない闇の中で、ソレはただ嗤っていた。

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ」

 

 ソレの目の前にふわりと浮かぶ『壺』を前にソレはただ嗤っていた。

 不可思議な『壺』である。一見すると花瓶か何かのようにも見えるやや細長い形状。

 だが肝心の胴の部分は中央に穴の開いた輪のようになっており、果たしてこれが一体何を目的として使われるのか、外見からでは一切の推測が出来ようもないほど摩訶不思議な形状をしたそれは、けれど確かに『壺』である。

 

 

 一頻り嗤い続けたソレがやがて目の前の『壺』へとその腕の一本を伸ばし、がつりと掴む。

 

 

 ぐっと、振りかぶると同時。

 

 

 ぶん、と空間に突如()()()()()が描かれ『穴』を穿つ。

 

シ~♪

 

 振りかぶった腕を思い切り振り下ろせば、手の中の『壺』がぽかりと空いた『穴』へと吸い込まれた。

 

ケヒャケヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ♪

 

 深い深い【深淵】の底で、嘲笑が響いた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――微睡みの中にいた。

 

 うつらうつらと、意識は浮いたり沈んだりを繰り返す。

 その中でちらちらと意識の端が『何か』を認識していて。

 

「……ん?」

 

 覚醒する。

 目を開き、ぼんやりとしながらちらちらと見え隠れする『何か』へと焦点を合わせる。

 それは物理的な意味での『見る』という行為ではない。

 何故ならこの宇宙の中心のような場所には基本的には『何も無い』からだ。

 『はじまりのま』と名付けられたこの場所はただその主が存在するためだけの場所であり、世界のいかなる場所とも繋がっていない。

 故にどれだけ歩みを進めようが、どこにも辿り着かないし、どれだけ浮かびあがろうがいつまでも進むことはできない。

 

 遥か遠くに見える青い星を見つめたところでそこにたどり着くことはできないし、そもそもそれはただの認識的な景色……イメージであって、本物ですらない。

 

 結局のところこの場所から何かを知覚しようにもできるはずがない。

 普通なら、だが。

 

「……あれ?」

 

 不思議そうに声を挙げ、首を傾げる。

 僅かに目を細め、何かを掴むようにして手を伸ばし。

 ぴしり、とその指先が裂けた。

 

「……あっ」

 

 まるで何かに弾かれるかのように、伸ばした手を引き戻し。

 ふと気づいたその事実に思わず声を挙げた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――夢を見ていた。

 

 何気無い日常の中の夢だ。

 こじんまりとした家には家族が四人。

 自分がいて、『父親』がいて、『母親』がいて、『弟』がいて。

 そんなあり触れた普通の『家庭』がそこにはあって。

 

 けれどどうしてだろう。

 

 朝の団欒、机を囲う自分の目の前で新聞を片手に笑みを浮かべる『父親』にも。

 早起きして作ったのだろう美味しそうな朝食の乗った皿を片手に楽しそうに微笑む『母親』にも。

 

 そこにはあるべきはずの『顔』が無かった。

 

 黒だ。

 

 塗りつぶされたような漆黒がそこにはあって。

 だから自分は『父親』の顔も『母親』の顔も知らない。

 ただそれが『父親』であり『母親』であることを知っていても、それがどんな顔をしているのかは知らない。

 

 どうしてだろう?

 

 そんなの簡単だ。

 

「だって()()()は両親の顔を覚えるよりも先に捨てられたから」

 

 朝食の席に着いた『弟』がフォーク片手に楽しそうに独りごちた。

 

「ホント……悪夢だわ」

 

 顔も見たくもないと思うその顔だけははっきりとしていて、見て見たい顔は見えない。

 言葉を交わしたい、そう思っているはずの両親は何も言わない、ただ黒に塗りつぶされた顔の下の口元だけが張り付けたように笑みを浮かべている。

 なのに口もききたくない『弟』の声だけははっきりと耳に届いて。

 

「最悪の夢ね」

「そうかい?」

 

 心外だ、と言わんばかりに目を丸くして『弟』は肩を竦める。そのおどけたような態度がまた癇に障った。

 そんな自分の心を見透かしたように、だって、と『弟』は口元を歪め。

 

「ここは()()()の願望だよ?」

「…………」

「答えるまでも無いことだよね。だってこの光景こそ姉さんが欲しがってた物じゃないか」

「…………」

「姉さんが僕を嫌うのは僕が姉さんの『弟』なんかじゃないって分かってるからでしょ?」

「…………」

「僕は【影】だ。姉さんの心の影。その半身であり、常に傍に寄りそうモノであり、その足元に潜むモノ」

「…………」

「『家族』が欲しかったんだよね? 『日常』が欲しかったんだよね? 『平穏』が欲しかったんだよね?」

「…………」

「だって姉さんは『家族』を知らないし、『日常』を持たないし、『平穏』なんて置き去りにしてしまったのだから」

「そんなことは」

「無い? 本当に?」

「…………」

「ねえ……()()()?」

 

 その言葉に即答できなかったのは、その言葉を否定できなかったのは。

 どうして、なんて問うつもりも無い。理由なんて分かりきっている。

 でもそれを口にするつもりも無いし、それを『彼』のせいにするつもりも無い。

 

「ねえ」

「何かな?」

 

 だから、代わりに聞いてみたいことがあった。

 

「『普通』って何?」

「さあ?」

 

 代わりに、問いたいことがあった。

 

「こういう時、『普通』ならどうするの?」

「さあ?」

 

 そんなことに意味はないと知ってはいたが。

 

「残念だけど、僕はその答えを知らない。だって僕は姉さんの心の影なんだから。姉さんの隠した本心を突きつけることはできても、姉さんの知らないことを教えてあげることなんてできるはずがないでしょ?」

 

 つまりそういうことだった。

 嘆息一つ。

 今日もまた夢見は悪い。

 けれどそんなことしょっちゅうのことで。

 

 だから今日もまた、悪夢の中で何の意味も無いだろうつまらない会話を上滑りさせながら、朝が来るのを待った。

 

 

 * * *

 

 

 ざあざあと漣立てる波音。

 空を見上げればキャモメの群れが鳴き声を上げながら飛び回り。

 燦々と照りつける太陽は春の到来が近いことを教えてくれていた。

 

「……いや、寒いって」

「二月に半袖なんか着てたら寒いに決まってるじゃない」

 

 南のほうにあるホウエン地方は比較的冬の時期が短い。

 十一月辺りから寒さが厳しくなり始めても一月も半ばにピークを過ぎ去り徐々に暖かさを取り戻していく。

 二月にもなればちょっとしたちょっとした小春日和である……まあ本来の意味じゃないけれども。そんな感じの天気ということだ。

 

 とは言え、さすがに()()()は寒い。

 気温自体は陸地に比べると安定しているのだが吹き抜ける風のせいで体感の温度はまだ真冬であるかのように錯覚させられた。

 

「陸地ならこれでも行けるんだけどなあ」

「ミシロはホウエンの中でも暖かいからそうかもしれないけど……それだってまだ二月よ?」

 

 カイナの港から出てミナモへと向かう客船の甲板に立ち、体をぶるりと震わせる。

 良い天気だし室内に籠っていないで少しばかり海でも眺めようと思ったのだが、さすがに寒すぎる。

 びゅうと吹き抜けた風に背筋を震わせ。

 

「っくしゅ」

「風邪引かないうちに戻りましょう」

「うう……そうだね、なんかごめん」

 

 厚着をしていても寒いのか、隣で指先を擦り合わせているシキに謝りながら船内へと戻る。

 空調の効いた船内は快適な温度を保たれており、ほっと一息。

 とは言え今の今まで寒空の下にいたのだ、冷えた体がぶるりと震える。

 

「食堂行かない?」

「そうね……珈琲でも飲みたい気分だわ」

 

 それなりの大きさの客船だけあって、船内食堂はかなり広い。

 二、三十人は優に座れそうな食堂の端のほうの席に座って湯気立つ珈琲を片手にほっと一息吐く。

 カップの中でゆらゆらと揺れる液体に、たっぷりのミルクを注ぐ自身を見てシキがくすりと笑う。

 

「苦いのは苦手?」

「いや、飲めなくはないけどね、そういうシキはブラックなんだ」

 

 ちょっと意外だ、とは言わないけれど。

 何となく甘党なイメージがあったのだが、けれど良く思い返してみるとそうでも無いと気づく。

 というか―――。

 

「シキって食べ物の好き嫌いってあるの?」

「え?」

 

 二年ほど顔を突き合わせているが、余りそういう食の好みというものを聞いた覚えが無い。

 出された物は何でも食べるし、お店などに行っても毎回特にこれと決まった物を頼んでいるわけでもない。

 エアたちは割と味の好みが煩い性質なので余計にそういうところが気になった。

 だからこその疑問だったのだが、問われたシキはうーん、と難しい表情をする。

 

「好き、嫌い……食べられるなら何でも、かしらね」

「特にこれが好き、とかこれが嫌いとか無いの?」

「うーん、無いわねえ……それに」

 

 ―――そういうえり好みできる環境でも無かったし。

 

 不意に独り言のように飛び出した言葉に思わず絶句する。

 しまった……この話題思ったより地雷だった。と気づいた時にはもう遅い。

 口にしたシキもはっとなって、気まずそうにこちらを見やり。

 

「そ、そういうハルトは食べ物の好き嫌いとかあるの?」

「俺? 俺は……美味しい物なら何でも?」

「…………」

 

 人のこと言えねえじゃん、と言いたげなシキの視線に思わず視線を逸らした。

 

 

 * * *

 

 

 ―――そもそもの話、何で唐突にシキと二人で船上で揺られているのかと言えば、一週間ほど時間を遡る。

 

 半年ほど前に、シキに『好き』だと告げられてからずっとその答えに悩んでいた。

 最初は……ただの協力者だった。

 伝説という脅威を前に同じ伝説という力を借りたいがために協力を要請したのが、切欠。

 二年共に過ごして、戦友、或いは仲間、言葉は何でも良い、ただシキはもう自分の中で『日常』の一部になった。一緒にいるのが当たり前、とは言わないが……繋がりを保ち続けたい、そう思えた。

 

 そうしてそんな彼女から『好き』だと言われて、良く分からなくなった。

 

 自分と彼女の思いは擦れ違っている。

 自分の『好き』と彼女の『好き』は違う。

 

 ―――そう思っていたわけだが。

 

 繋いだ手に、触れた暖かさに、心の中がざわめいたのもまた確かで。

 果たして自分は彼女のことをどう思っているのだろうか。

 伝説という脅威を乗り越え、取り戻した日常の中ふとそんなことを考えていた。

 半年前、ミナモでの一件以来、シキはけれど『そういう』話を持ち出してくることは無かった。

 あの時は色々あって有耶無耶になっていたが、俺はまだ彼女に対して明確な返事をしていない。

 それでも何も言わないのは、待ってくれているのだろう、と思っている。

 少なくとも、エアたち六人のことを片付けてからではないと俺としても何も言えないのは分かっていたので、それに甘えていた部分はある。

 

 けれどエアと、シアと、シャルと、チークと、イナズマと、リップルと。

 

 彼女たちと思いを通じ合わせた今となってはその答えを遠ざけるような真似はもうできない。

 なのに、けれど、だというのに。

 

 未だに自分の中で、明確な『答え』が出せていなかった。

 

 一緒にいたい、離れたくない、傍にいて欲しい。

 でもそれが『異性』としてのそれか、と言われると……分からない。

 他の六人とは違う、シキは『家族』ではないし、ポケモンでなく『人間』である。

 故にエアたちと同じ距離感で近づくことはできずに戸惑う。

 

 エアたちは根本的には『家族』だった。

 故に思いがすれ違っていても『家族』という絆で結びついていられた。

 シキはそうじゃない。あくまで『他人』だ。ホウエンを巡る伝説の騒動にケリがついた以上はシキがどこかに行くというなら自身にそれを止めることはできない。

 今も尚シキがホウエンにいるのはシキ自身がそう望んでくれたからだ。

 

 故に、惑う。

 

 曖昧な心がさらに惑う。

 

 どうしても考えてしまうのだ。

 

 『答え』を間違えてしまえば、シキが居なくなってしまうのではないかと。

 

 どうしても『正解』を探してしまう。

 

 だがそれは余りにも打算的が過ぎないだろうか、とも思う。

 けれどそんな思考を切り離すことができない。

 故にどんな答えを出しても自信が持てない。

 

 本当に自分はそう思っているのか。

 

 シキが居なくなるかもしれない、そのことを恐れて打算を働かせていないか。

 

 そんな答えでシキは納得してくれるのか。

 

 自分でも気づかない打算に気づいて受け入れられないのではないか。

 

 そう思うと答えが出てこない。

 折角見つけたと思った答えすらどこかに消えてしまう。

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 

 惑い、惑い、惑った自分に。

 

「いい加減にしなさい」

 

 ぽかりと頭を叩いたエアが嘆息しながらこう言った。

 

「アンタ、ちょっとシキ連れてデートの一つでもしてきなさい」

 

 

 ―――結果、今に至る。

 

 




十天統べました。


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深淵の水底②

 

 

「将来って考えてる?」

 

 船内食堂で二人で机を囲んでのティータイムの最中、ふと思い出したかのようにシキがそんな話題を出した。

 

「将来?」

「進退、って言ってもいいわね。ハルト、前回リーグでチャンピオン辞めたじゃない」

「そうだね」

 

 すでに自分はチャンピオンではない。

 前回リーグ……ミツル君とのバトルを最後にチャンピオンの座を返上している。

 まあこれ自体は前々から決めていたことなので今更な話だ。

 母さんはともかく、父さんは少し微妙な顔をしていたが、何か言うことも無く俺の意思を尊重してくれた。

 

「トレーナー業、辞めるの?」

「んー、そこは少し考え中なんだけどね」

 

 個人的にはトレーナー業も引退しても構わないと思っている。

 この場合の引退というのはつまりトレーナーカードの返上だ。

 ホウエンのみならず、全国のポケモン協会管理のトレーナーは必ず協会直轄の施設(ポケモンセンターなど)でトレーナーカードを受け取る必要がある。

 これはポケモンの保有資格とはまた別の物であり、簡単に言えばポケモン協会から認められた『正規トレーナー』であるという証明になる。

 

 正規トレーナーじゃないと何か困るのかと言われると第一にトレーナー御用達しの施設の機能がいくつか使えなくなる。

 例えばポケモンセンターで言うならば正規トレーナー以外は宿泊施設の使用ができない。さらに通信交換施設の使用もできないし、ボックス預かり機能も使えない。基本的にポケモンの回復、以外のサービスが受けられなくなる。

 さらに言うなら各地のジムに挑戦することもできなくなる。

 正確には協会公認ジムへ挑戦できなくなる。ジムリーダーがバトルしてくれるかどうかはまた別としても少なくとも勝ってもバッジはもらえない。

 当然ながらポケモンリーグへの挑戦もできない。ホウエンは基本的にリーグ挑戦者にバッジ数の制限をかけていないが、それでも『最低限』の資格として正規トレーナーである必要はある。

 単純にポケモンバトルをする、というだけなら正規トレーナーでなくとも野良試合などをすることはできるが、協会関連の『公式試合』となるととにもかくにもこの『正規トレーナー』の資格が必要になる。

 

 とは言えだ、この正規トレーナー資格であるトレーナーカード、割と簡単に手に入る。

 十歳以上であること、それから簡単な講習とペーパーテスト。

 基本的にそれだけだ。

 事前にポケモン使って何か犯罪起こしたとか、そんなことが無い限りそれでトレーナー資格は手に入る。

 というか十歳で資格取りに行くような子供が犯罪なんて起こしてるはずも無いので実質的にはそれだけの話だ。

 

 そんなこんなで割と簡単に資格自体は取れてしまうので取ってる人自体は結構いる。

 その中の何割が本気でジムチャレンジ目指しているのか、プロトレーナーとなる覚悟があるのか、恐らくそんな物はほんの一握りだろう。

 大半の人間が『地元のジム』の一つでも攻略して終わるのが大半だ。バッジ0が相手ならジムリーダー側としてもかなり配慮しなければならないので初心者でもある程度ポケモンを育てバトルの基礎を学べば案外勝てたりする。そしてそれで満足して終わってしまうのだが。

 

 とまあそんなわけで、各地の町に行くと『正規トレーナー』というのは結構な数がいる。

 そしてその辺から察することもできると思うが()()()には正規トレーナーであることにデメリットは無い。

 正確にはあるにはあるのだが、実質的には無い、というべきか。

 

 正規トレーナーは必ずポケモン協会に登録され、管理されることになる。

 

 なのでポケモン協会から緊急時に要請を受けたならそれに従う義務のようなものが発生する。

 昨年の伝説との戦いでリーグ越しに協会に要請してエリートトレーナーたちに協力してもらったように、だ。

 さらに言うなら滅多にないことだが、二年前の自身のように使用するパーティに口出しされることもある。

 要するに強くなればなるほど恩恵も大きいのだが、しがらみもまた増えるのだ。

 

 そしてすでに元、と付くとは言えホウエンチャンピオンというのはそれなり以上に大きなしがらみを呼ぶ。

 だからこそ、いっそのことそのしがらみを断ち切るのもありではある。

 何せこれからの自分はポケモンの研究者としての道を歩くのだ、バトルする機会も減るだろうし別に正規トレーナーでなくなったとしても困ることはそれほど無い。

 ついでに言えば少しずるい話だが正規トレーナーでなくなったとしても『元チャンピオン』という肩書は消えないのだ。社会的信用及び、トレーナーとしての信用はそれだけで十分高い。

 

 正直な話、グラードン、およびカイオーガ、そしてその先に続いてのレックウザ。

 

 この三体の伝説の脅威を鎮めた時点で俺の役割とでも呼ぶものは終わっていると思っている。

 別に主人公を気取っていたわけでは無いが、それでも俺がやらなければどうなっていたことか、と言ったところか。

 事実は小説より奇なり、なんて言うが少なくとも現実に相対した伝説の脅威は、五歳の頃に想像していたものを遥かに超えていたのも事実だ。

 

 天災とでも呼ぶべき陸の怪物(グラードン)海の魔物(カイオーガ)、そして人災によって暴れ狂った空の龍神(レックウザ)の全てを倒し、鎮めた今となってはホウエンは平穏そのものであり、これ以上自身が()()()()()必要性も無い。

 

 故にトレーナーを引退するというのも普通に考えている。

 

「と言っても、今すぐどうこうって話でも無いけどね」

 

 この半年、何もかもが終わった『後日談』のようなゆったりとした半年。

 仲間と触れ合い、絆を確かめ合い、愛を紡いできた半年。

 

「よく考えればまだ十二歳なんだよね」

「はい?」

「ずっと昔からホウエンの伝説をどうにかしないとって思ってたから、いざそれが終わってみると時間が凄く長く感じるんだよ」

 

 伝説という名の災害、来るべきその時のために一分一秒すら惜しんで備えてきたつもりだ。

 だからこそ、いざ過ぎ去って行った災禍に、じゃあ次どうしようか、というのが分からなかった。

 持て余した時間、ふと過去を振り返ってみれば、まだたったの十二年だ。

 特にエアたちと()()してからの七年は濃密だったためにまるで何十年と過ごしたような錯覚すら覚えるが自身が生まれてまだたったの十二年なのだ。

 これから先、まだ五十年、六十年と人生は続いていくわけで、その中のほんの何分の一かが過ぎ去っただけに過ぎないのだ。

 

「この世界における『成人』の定義は十歳からだけど、社会的に『大人』とみなされるのは十五を超えてからだ」

 

 社会的就労規則に則るならば十歳からでも働くことは可能だ。

 実際トレーナー業というのはある種就職と言えなくも無い。大半の人間は副業程度でしかないが、プロトレーナーとなれば普通に働く以上の金銭的収入が得られる。

 けれどそれは現代日本での感覚で語るならば十五歳くらいの義務教育を終えたばかりの子供が就職するような話だ。日本の場合、学歴社会というかそういう社会的ステータスのようなものが就職に必要だったりしたので大半の子供たちは高校へ進学し、希望する進路条件へと合う大学を選んだり、或いは高卒のままどこかに就職したりしている。

 つまり十歳から『成人』と言っても昨日まで九歳だった『子供』が翌日誕生日に突然『大人』になれるわけでは無い。

 だがある意味『子供』だからこそトレーナーとして旅に出たりもするのだ。

 

 少し余談になるが、先の『正規トレーナー』の話はこの辺にも大きく関係する。

 

 有体に言って、トレーナーとして大成する人間の大半は十歳の時に旅に出た子供が成長した結果であることが多い。

 というか十歳の時に『正規トレーナー』にならなかった子供は、そのまま生涯トレーナーとしての生き方を選ばないケースが圧倒的に多い。

 理由としては簡単で『現実』を見てしまうからだ。

 毎年たくさんの子供たちが十歳になると共に正規トレーナーとして旅立つが、その中でプロになれる……­ エリートトレーナーとして大成できるのはほんの一握りに過ぎない。

 その大半が旅の途中で挫折し、諦め、故郷に帰って行く。

 つまりトレーナー一本で生きていくというのは非常に過酷なのだ。

 それこそまだ十歳、十一歳、十二歳くらいの『夢』を追える年頃でなければ挑めないほどに。

 歳を追うごとにトレーナーとしての現実が見えてしまう。そうすると挑戦することに臆病になってしまうのだ。

 だからそれまでにトレーナーとして旅に出なかった人間の大半はそのまま一生トレーナーになることが無い。

 

 とは言え十歳、十一歳、十二歳のまだ『子供』にとって旅とは過酷なものだ。

 気軽に旅に出たは良いが、バトル以外の部分で挫折して帰って来る、ということも昔は多々あった。

 特に寝床や食事の確保、これが問題になっていたのだ。

 当然ならトレーナーの収入とはバトルの賞金だ。特に大会などが稼ぎどころなのだが、日常生活を過ごす分には野良試合でもして賞金を手に入れても生活できる。

 逆に勝てなければ……金があるうちは良いが無くなれば野宿をし、サバイバル生活をしなければならなくなる。

 

 そんなバトルとは関係の無いところで労力を費やすことの無いようにポケモン協会がポケモンセンターでの無料の宿泊施設を提供し、無料の食堂を提供し、さらにはフレンドリーショップなどと提携して新人トレーナー(バッジ0個以下の正規トレーナー)に『きずぐすり』や『モンスターボール』などを割安での販売、提供ができるような環境を整えた。

 

 そこまでしてトレーナーを増やそうとするのは結局この世界に『ポケモン』という存在がいるからに他ならない。

 人類は常にポケモンと関わりながら生きている。これはどうやったって切り離せない繋がりだ。

 そしてポケモンとは人類の隣人と呼ばれているが、その全てが人類に対して友好的と言うわけでは無い。

 時には危険なポケモンも存在しており、人類に対して害となる存在も少なくない。

 そしてそんな存在に人類が対抗するためには同じポケモンを使うトレーナーという存在が最も効率的で、最も確実な解決手段なのだ。

 

 話を戻すが、この世界における成人とは『十歳』である。

 だが現実には『十五歳』前後で一人の大人として認められる傾向にある。

 つまり今の自分はまだ子供なのだ。

 子供であると言って許される立場であるということだ。

 

「一応研究職のほうに進むつもりではあるんだ……ヒトガタという存在をもっと知りたい、そう思ってる」

「あら、良いじゃない。ポケモン博士……素敵な夢だと思うわよ」

 

 逆に言えばそれ以外何も考えていない、ということでもある。

 贅沢な話ではあるが、自分には選択肢が多い。

 元チャンピオンという肩書一つで多くの選択肢があり、さらに手持ちのことを考慮すればさらに選択肢は増える。

 ただ選択肢が多すぎて決め切れなかったのもまた事実だ。

 その中で研究者という道を選んだのは結局家族のためだ。

 

「うーん」

「どうしたの?」

「いや、何というか……受動的かなあ、って」

「どういうこと?」

 

 自分で選んだ道ではあるが、けれどそれは選んだだけであって()()()わけじゃない。

 中々言葉にし辛い感情ではあるが……そう言うなれば。

 

「夢が無いんだよね、俺」

「夢?」

「将来こうなりたい、って普通の子供なら言うじゃん? でも俺はその将来を打算と必要で選んでしまっている。それが何かなあ、って思っちゃうんだよね」

 

 別にそれが悪いわけでは無いのだ。

 少なくとも『必要』としているのは事実なのだから、求めるのは間違っていないはずだ。

 ただ必要なだけであって、やりたいこと、ではない。

 それだけと言えばそれだけの話。

 

「あぁ……分からないでも無いわね」

「というか、シキは将来……というか進路どうするか考えてるの?」

 

 シキは俺より三つ年上なのですでに十五である。

 先ほども言ったように十五前後で社会的には『大人』として見られる。

 ただシキはすでにエリートトレーナーとしての地位を築いているので、このままトレーナー業を続けても問題は無いと言えば無い。

 

「そう……ね。私の場合、トレーナー業は続けても、活動自体は縮小するかもしれないわね」

「何かやりたいことでもあるの?」

「…………」

 

 問うた言葉に黙したシキに首を傾げ。

 

「少し、気になってることがあるのよ」

「気になってること? それって―――」

 

 問おうとし、口を開いた……直後。

 

 

 

 ぐわん

 

 

 

 と。

 

 

 

 一度、大きく船が揺れた。

 

「お、おおお?!」

「ななな、何!?」

 

 まるで大津波に船が揺られたかのような傾き方に、机の上に置いていたカップがするりと滑り落ち、木目の床に叩きつけられてがしゃん、と割れた。

 だがそんなことを気にしていられない。二度、三度と余韻のように揺れる船。すっ転ばないよう机を両手で持って机にしかみつくように態勢を固定しながら少しずつ揺れが収まるのを待つ。

 

「……シキ、大丈夫?」

「え、ええ……こっちはだいじょう……う……」

 

 やがて収まった揺れに、ゆっくり体を起こしながらシキへと問いかければ、正面で同じように机にしがみついていたらしいシキが体を起こして。

 

 その視線を向けた先で硬直した。

 

「どうしかした? 何か……あ……った……」

 

 その視線の先へと、自身もまた視線を向け。

 

 

 

 

 ―――視界の中、窓の外に広がる『黒』が映った。

 

 

 




ひぇぇ……地獄の七連勤終わったので更新だよ!

ちょっと世界観説明が多くなったけど、次回作や次々回作なんかに(多分)関係してくる話だから頭の片隅にでも残しておけばいいんじゃないかな???


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深淵の水底③

 

 

 

 轟、と風が渦巻いた。

 

「キヒヒヒヒッ」

 

 嘲笑するかのような声に苛立ちを感じながらも、全身に力を溜め。

 

 “しんそく”

 

 放たれた矢のような一撃は声の主の『虚』を確実に突いてまさに神速で迫り。

 

 “ワープフープ”

 

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 するり、と空間に取り出した輪に倒れ掛かるかのように潜った瞬間、その体が消える。

 直後背後から聞こえた嘲笑に即座に振り返って大きく口を開き。

 

 ―――キリュウオオオオオオオオオオオォォォォ!

 

 咆哮を上げる、音は振動となって嘲笑の主へと迫り―――。

 

 “ハイパーボイス”

 

 “ワープフープ”

 

「ケヒャケヒャケキャケキャケキャ」

 けれどまた輪を潜り、嘲笑の主が姿を消す。

 そんなことを先ほどから何度も繰り返しいる。

 

 当たらない、とにもかくにも当たらない。

 

 “いじげんラッシュ”

 

 突如目の前に現れた輪からにゅぅ、と拳が飛び出し自らの体を何度となく強く打ち付ける。

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 だが全身を覆う風の鎧がその威力を大きく削ぐ。

 反撃とばかりに尾を振って攻撃をするが、けれどまたするりと輪を使って逃げられる。

 先ほどからこれの繰り返しであった。

 こちらの攻撃はとにもかくにもあの『輪』で避けられ、逆にこちらへの攻撃は回避する間も無い。

 今はまだ本気ではないのかちくちくと刺す程度のダメージしか受けていないが、本気でこちらを攻撃し始めれば勝てるかどうか。

 

 何より、この地上数千メートルという自らが最も得意とするフィールドで押されているという事実に舌打ちしたくなる。

 いざとなれば脱出……というのも考えたが、けれどそれはできない。

 目の前のコレを放置することは決してできない。

 

 過去自分自身でそう在ると決めたから。

 

 例え裏切られたとて、今更その在り方を変えることは最早自分にはできない。

 であるが故に、自身は目の前のコレを放置できない。

 放置すれば間違いなくこれは『災厄』となって地上を襲うだろう。

 それを止めることができるのは、今この場にいる自身だけだという自負があった。

 

 もっと、もっと速く。

 

 避けることすらできないほどに速く、速く。

 

 “りゅうのまい”

 

 積み上げる、力を、ため込み、力を蓄え、積み上げ、積み上げ、積み上げ。

 

「キヒ……キキャキャキャキャキャ」

 

 嘲笑が響き渡り、直後。

 

 ぴきり

 

 ()()()()()()

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ」

 

 ぴき、ぴきぴき、ぴき

 

 目の前で、ゆっくりゆっくり、空間に『罅』が入っていく。

 

 ―――不味い。

 

 それに気づいた時にはもう遅い。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 ぱきん、と目の前で()()()()()()

 

 

 “じ■■ほ■か■”

 

 

 全身をバラバラに引き裂かれるような強烈な痛みが襲いかかり、絶叫を上げる。

 

 “■らの■■う■ん”

 

 咄嗟、自身の持てる全ての力を解放しようとして。

 

 ぱりぃぃぃぃぃん

 

 それより早く、まるでガラスが割れるような音と共に空間が砕け散る。

 いくら自らの力で『空を飛ぶ』ことができるとは言え空間が砕け『距離』と『方向』という概念を失ってしまった今のこの場においてそれがどれだけの意味を持つことも無く。

 

 ―――キリュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 黒より尚暗い『深淵』へと引きずり込まれていった。

 

 

 * * *

 

 

 黒く、黑く、暗く、昏く、そしてそれよりも尚(くら)い。

 塗りつぶした黒一色よりも暗い闇がそこに広がっていた。

 

「……なんだこれ」

 

 ぽつり、と無意識に呟くその言葉に、けれど隣にいるシキは何も返してはくれない。

 いや、シキもまた同じ心境なのだろう。

 ただただ呆然として、言葉を失った。

 

 つい先ほどまで窓の外にあったのは青い空と白い雲、そして眩しい日差しをそれを照り返す海。

 聞こえたのはざあざあとした波の音。びゅうびゅうと海の上を吹き抜ける風。そして波間に揺れ動く船。

 その全てが今は存在しなかった。

 

 地に足をつけたかのようにぴたりと止まった船内。

 一切の音を失った船の外。そしてそこに広がる黒より暗い闇。

 

 例え新月の夜の海上だとしても、ここまで黒に染まることはあり得ない。

 一切の光が閉ざされた……なんて程度じゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言うしかない。

 

 そんな場所。

 

「……なんだよ、これ」

「分からない……分からないけど」

 

 繰り返し呟いたその言葉に、反応を返すかのようにシキが口を開き。

 

「何か変……」

「いや、何かって言われても、何もかも異常だろこんなの」

「そうじゃない……そうじゃなくて、何か……何か」

 

 俺の問いを否定するかのように首を振って、独りごちるシキのように首を傾げる。

 少しずつ、頭が回ってきた。そうだ、ここでこんなことをしている場合では無い。

 

「シキ、船長のところに行こう」

「え……あ、ええ、分ったわ」

 

 まだ戸惑っているシキの手を引いて走り出す。

 扉を潜る直前に食堂の中をちらりと見やれば、窓の外を見ながら呆然とする船員や乗客たちの姿が見える。

 

「シキ、急いで」

「ちょ、ちょっと待って……なんでそんなに急いでるのよ」

()()()()()()()()()()()()()。呆然としてる人たちが我に返るより先に船長に艦内連絡で呼びかけてもらわないと、このままじゃ船の外に飛び出す客だっているかもしれない!」

 

 その言葉にシキがはっとしたように目を見開く。

 伝説の災禍の際中、ホウエンの一部の町の住人たちに避難を呼びかけたことがあったが、事前に連絡し、伝説の襲来前に避難を呼びかけたにも関わらず、伝説のポケモンたちが引き起こす災禍の『予兆』だけを見て混乱する人々も多かった。

 トレーナーですら正常でいられる人間は一握りである以上、一般人があの圧倒的な脅威を前にパニックを起こすのも無理はないのだが……問題は。

 

 直接被害にあったわけでもないのにそうなのだ。

 

 今まさに、この突然の状況。

 

 今はまだ混乱する思考のせいで、上手く考えがまとまらず呆然としているかもしれない。

 

 だがやがて思考が収束すれば一つの結論に至るだろう。

 

「乗客たちがパニックを起こして船から飛び出しでもしたら」

「大惨事ね」

 

 この船の外に何があるのか、未だに分かってはいない。

 だが現状が極めて異常であることは分かっている。

 無暗に動くことはすべきではないし。

 

 何より恐ろしいのはパニックが『伝播』してしまうことだ。

 

「集団心理ってやつだね……一人逃げ出せばみんな逃げ出す」

「下手すれば乗客どころか船員までも、ね」

 

 元とは言えホウエンのチャンピオンとして、この異常事態を見過ごすというのはできない。

 何より目の前の人間を見殺しにするのは()()()()()

 故に走る。乗客たちがパニックを起こす前に。

 

「船長の部屋は確か一番上の階だ」

「ブリッジにいる可能性は?」

「っ!? 二手に! 俺は船長の部屋に」

「分かったわ」

 

 問われてはっとなる。

 一瞬考え、即座に結論を出す。

 今は迷っている時間すら惜しい。故に最初に浮かび上がった判断で行動する。

 そうして二手に分かれて走る。階段を登って行き、一番上の階の廊下を抜けて奥の部屋へ。

 

 どんどん、と二度、強くノックをし、返事を待つより先に扉を開こうとするが、部屋に鍵がかかっていてるのかがちゃがちゃと音はする物の、ドアノブを回しても扉が開く様子は無い。

 一度手を止めても扉の向こうで物音がする様子は無い。

 

 ハズレか、と舌打ちしそうになり。

 

 ぴんぽーん、電子音が響いた。

 

 

 * * *

 

 

 ブリッジにたどり着いてみればまさに『てんやわんや』の大混乱と言ったところか。

 船長すらも目の前で起きた自体に思考を止めてしまっているような有様であり、即座に一喝して正気に戻す。

 我に返った船長たちに事情を説明し、艦内連絡を行ってもらったは良いが。

 

「漏れは出るでしょうね」

 

 全員が全員、この連絡に素直に従うとはシキには思えなかった。

 ハルトはそれを良しとはしないだろうが、シキとしては勝手に行動して勝手に危険な目に会うのならばそれは自業自得だろう、と思っているのでハルトには言いはしなかったが。

 

「……ま、黙っておきましょ」

 

 先も言ったがきっとハルトはそれを良しとしないだろうから。

 だがそうは言ってもこの客船には多くの人間がいるのだ。優先すべきはどっちかなどと分かりきっている。

 極論ではあるが、シキにとって重要なのは自分とハルトが無事この異常事態から抜け出すことである。

 その他については最初から見捨てるという選択肢はないが、そのせいで自分やハルトが危険に陥るのならば切り捨てることはできる。

 

 とは言え、自分とハルトだけで元の場所に戻ったところで海の上だ。

 どうにかならなくも無いが、出来れば他の人手も欲しい。

 理想としては船と船員たちが無事で元の場所に戻れること。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 残念ながら、シキはハルトほど人が良くはない。

 見ず知らずの人間に命は賭けられない。

 

「とは言え、まずは事態の把握ね」

 

 正直シキをして『何が起こっているのか』まるで分らない。

 ここはどこなのか、どうやってこんな場所にたどり着いたのか、何故ここにいるのか。

 分からないことが多すぎる。余りにも唐突過ぎた。

 

 これからどうする、それが最大の問題だ。

 

 そして何よりも、先ほどからずっと感じている奇妙な感覚。

 違和感、としか言いようが無い何か。

 それが分からず、頭の片隅でずっとぐるぐると思考が渦巻いていた。

 

 ―――何か、何かおかしい。

 

 一から十まで全てが異常なこの状況において、確かにそれは余りにもおかしな話ではあったが。

 けれどシキの感覚がずっと訴えかけていた。

 

 その意味を知るのはすぐ後のことだった。

 

 

 * * *

 

 

 昔の船ならばともかく、現在造船されているような客船の入口というのは基本電子ロックだ。

 自力で解除する方法も無くは無いが、船員ならともかく一般客がぱっと見てできるようなことではないので船長に船の出入り口をロックしてもらえば船外に出ていく方法が途端に制限される。

 

 乗客の安全に配慮したなら、次はいよいよ事態の解決のために動きださねばならない。

 

 そのためにもまずは船の外へと出なければならないのだが。

 

「……シキ?」

 

 開いた船の入口。

 その前に立ち尽くしてこちらを手で制するシキに首を傾げる。

 

「ダメ」

 

 ぽつりと呟いた一言に、え? と思わず声を漏れだし。

 

「ダメ……ハルト、ここから先は、ダメ」

 

 呟きながらそっと手を伸ばし。

 まるで船の入口を境界線としているかのように。

 

 ―――船の外へと突き出した腕先が黒に染まっていく。

 

「シキ!?」

「っ!!」

 

 咄嗟の反応で腕を引っ込めた途端、その腕から黒が抜けていく。

 ぐーぱーと手のひらを開いては握ってを繰り返すシキだったが、きゅっと口を噤み、視線を船の外へと向ける。

 残念ながら俺にはそれが何が原因なのかは分からない。分かっているのはあの闇に触れることが不味いという事実だけであり。

 

 けれどシキにはそれがどういうことなのか、何を意味するのか理解できたらしい。

 

「理が違うわね」

 

 告げる言葉には確信めいたものがあった。

 振り返り、こちらを見やり……首を振る。

 

「残念だけどハルト……アナタじゃこの先には進めない」

 

 そうして告げる。

 

「異能者でなければ……理に絡めとられる」

 

 それは。

 

「いずれこの船も……闇に呑まれて一体化してしまうわ」

 

 それは。

 

「……中にいる人間たちごと、ね」

 

 迫る死へのカウントダウンを告げる言葉だった。

 

 

 * * *

 

 

()()()()

 

 指先から流れ滴る血に目もくれず。

 視線は目の前の空間へと向けられていた。

 そこには何も無い。何も無いはずではあるが、けれどその視線は何かを見ていた。

 それは通常言われるような五感と呼ばれるような機能では無いのだろう。

 言うなれば超越者の持つ超越的な感覚。

 人に理解できるようなものでは無いし、言語化することすらできないだろうその感覚を持って。

 

 今世界に起こる異常を明確に察知していた。

 

「不味い……不味いね」

 

 二度、三度と同じ言葉を繰り返す。

 繰り返すごとに曖昧な笑みは能面のような無表情へと塗り替えられていく。

 

「まさかこちら側にまで来るなんてね……予想外だった」

 

 隔てられた壁を越えて、やつらはやってきた。

 その事実に嘆息したくなる。

 とは言え、迂闊に手を出してしまえばそれはそれで大惨事である。

 故にどうにかして間接的に解決してしまいたいのだが。

 

「……うーん」

 

 全能の力を持ってしてもできないことがあるというのは酷い矛盾だ。

 全能だからこそ、出来ない、そんな矛盾もけれどこの場においては正しく理でしかない。

 

「ここの流れを変えれば……そうしたら『彼』なら『出会う』はずだ」

 

 ぶつぶつと独り言ちながら再び指先を伸ばす。

 ぱちぱちとまるで見えない壁があるかのように空間に阻まれながらも、その表面をなぞるようにして手を動かし。

 

「……できるのはこれだけ、かな? 後は頼んだよ」

 

 呟いて、ふっと笑みを零した。

 

 

 

 

 




特性:ワープフープ
『必ず命中する』技以外を受けなくなる。相手の『必ず命中する』技の効果をうけず、技の命中を50にする。『かげふみ』等の効果を受けず、必ず味方と交代できる。『おいうち』等の交代する前の相手を攻撃する効果を受けない。

エネミー専用ぶっ壊れ特性。
未来編で使おうと思ってたオリジナル特性がまだ70種(まだ増える予定)くらいあるんだが、こっちは完全にボス専用。基本的に味方が使う予定は一切ない。
因みにあと十種かそこらある(まだ増やす予定


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深淵の水底④

 

 

 

 それは言うなれば()()だ。

 

 全ての色を塗りつぶしてしまう『黒の理』を彩った絵の具。

 それがこの闇の正体だった。

 恐らく自らの『理』を持たない存在ならば問答無用でこの『黒の理』に塗りつぶされる。

 

 故にここで活動できるのは『異能者』かもしくは……。

 

「どういう場所なのよ、ここ」

 

 呟きながら慎重に歩みを進める。

 傍らにボールから出したクロを控えさせ、常に警戒を怠らない。

 

 黒だ。

 

 黒一色。

 

 僅かの光すらも見えない。

 

 この中にあって『視界』というものはまず意味を為さない。

 故に必要なのはそれ以外の感覚。

 とは言えシキの他に聞こえるのはクロが僅かに漏らす唸り声、そして足音だけ。

 踏みしめた床から返ってきたのは柔らかい……砂のような感触。

 踏みしめるたびにサク、サク、と音を鳴らすがけれど黒一色に染まったそれに手を伸ばして触れてみる気にはなれない。

 最も重要なのは第六感、とでもいうべきものか。

 

 元々異能者というのは通常の人間とは違う感覚を持っている。

 通常人類が知覚することのできない物を知覚し、触れられないはずの物に触れることができる。

 ならそれが通常人類より優れている証か、と言われるとシキ個人からすればそうでもない、としか言えない。

 

 シキの出身であるカロスというのは地方間の文明格差が大きい。

 他地方へと繋がる空港のあるミアレシティなどホウエンのどの街々よりも大きく、発達してしているが、反対に人の出入りの少ない田舎町のほうだとホウエンのどの町よりも小さく、そして閉鎖的だ。

 ハルトが以前にムロタウンをさして孤島だの限界集落だの揶揄っていたが、本土から隔絶した離島であるにも関わらず連絡船で行き来のあるムロと違い、カロス地方の田舎町、村は『陸続き』であるにも関わらず孤立している。

 余所者を受け入れない田舎特有の閉塞した空気が非常に強く、そのせいか『異能者』という存在に対してアレルギー反応か何かのように毛嫌いする傾向にある。

 

 見えなくても良い物が見える、聞こえなくても良い物が聞こえる、知らなくていいことも知ってしまうし、生きることになんら必要のない情報まで知覚してしまう『異能』というものは普通の人間が考えるほど便利なだけの代物ではない。

 

 故にシキにとっては『あったらあったで便利だが無くても困らない』という程度の価値しか持っていない。

 例えその才がこの世界においてトップクラスの物だろうと、否、そこまで突き抜けてしまっているからこそ余計に、か。

 

 基本的に異能というのは『干渉』能力が最も重要になる。

 異能者同士で最も重要な要素(ファクター)と言って差し支えないほどに。

 異能の性質自体は千差万別であり、『本質』さえ理解していれば発現させる効果はある程度異能者本人が操ることができるため能力の使い勝手などは後からいくらでも改良できる。

 だが同種の異能効果をぶつけあった時にどちらが優先されるか、その一点を決める『干渉』能力こそが異能の『強度』を決定づけると言っても過言ではない。

 例えどれだけ強力な効果を持つ異能だろうと『干渉』能力が低ければ異能者相手には一切通じない、なんてこともある。

 

 だが『干渉』能力は強ければ強いだけその分『物理法則』から逸脱する傾向にある。

 

 物理とはつまりこの世界本来のルール。アルセウスが定めた世界の法、理だ。

 だが異能者とはその中で生きている存在でありながら、自らの『理』を持つ。

 その強度が高ければ高いほど、本来のルールから逸脱してしまうのは当然の話である。

 物理とはつまり世界に設定された『あるべき姿』だ。

 そこから逸脱するとは『人間』という種のあるべき姿から逸脱していくことである。

 

 人間には見えないはずの物が見え、聞こえないはずの物が聞こえ、感じられないはずの物が感じられる。

 

 そこにはメリットデメリットが混在する。良いことばかりではない。

 さらに言うならば『人間にはできないことができる』ということは『人間ならできることができない』ということでもある。

 枠から逸脱した分だけ枠の中から中身が失われる、当然の話だ。

 

 往々にして『得た物』と『代償にした物』は等しい。

 

 例えば遠くを見通せる『千里眼』や未来を見る『未来視』、例え『ゆうれい』だろうとその姿、本質を捉える『絶対視』の能力を持った異能者ならば『目が見えない』ことが多い。

 『視る』という行為を異能の感覚によって行う代わりに、目で見るという機能が喪失してしまうのだ。

 とは言え異能者の異能というのは基本的に生来の能力なので、生まれた時から目が見えない人間が目が見えないことを不自由に思うか、と言われればまた別の話だが。

 

 故にシキ個人の感覚で言うならばあれば便利、なくても良い程度であっても、一部の人間からすれば喉から手が出るほど欲しい物らしい。

 

「こんなものが、ねえ」

 

 カロスに居た時も稀にそういう人間がいる。

 異能者は人類よりも優れた力を持つ進化した人類である、故に異能者は通常人類より上位の存在だ。

 などとうそぶく異能者たちも存在した。

 風の噂では、同じ思想の異能者たちを集めて何やらやっているらしいが……。

 

 まあ、シキには関係の無い話ではある。

 

「ホント、良し悪しよね」

 

 闇をかき分けるように進んでいく。

 否、果たして本当に『進んでいる』のだろうか。

 前も後ろも分からない、端も手前も奥も分からない。

 今自分は本当に『進んでいる』のだろうか。

 どこに向かって『進んでいる』のだろうか。

 

 分からない、分からない、分からない。

 

「感覚が狂うわね、ホント」

 

 視界を覆う黒一色に、うんざり、と言わんばかりに嘆息する。

 隣を飛ぶクロが同意するように唸りを上げて。

 

 そうして。

 

 

 

 ―――ドォォォォォォォォォォォォン!

 

 

 

 闇の中で轟音が響き渡った。

 

「ちょっ、ま、待って今の!」

 

 聞き間違いでないならば、そしてシキの思い違いでないならば。

 

()()()()()()()()()()()()()?!」

「ぐるぁぁ!」

 

 急げ、そう言わんばかりにクロが吼えた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――もどかしい。

 

 明らかな異常事態にけれど船から一歩でも出れば『異能者』でも無いハルトにとってはただ()()()()のことが致命的だった。

 せめて外の様子が伺えればまだ何か考えることだって出来たのだろうが、闇に包まれた景色は一寸の光すら通さず、僅かの音すらも無い完全なる静寂からは耳を澄ませたところで何の情報も得られない。

 

「失敗した」

 

 呟き、思わず顔を覆う。

 ハルトだって以前のカントーへの旅で学習していたのだ。

 ポケモンの一匹すら持たないままにシキと船旅というのは危機意識が無いと思いそれでも二匹ほどポケモンを連れてきていたのだ。

 

 ただ一匹……サクラは自由に空を遊泳しながら周囲の観察を。

 

 もう一匹……アクアはゆったりとした船を追うように海を泳ぎながら護衛をしていた。

 

 船に何かあれば両者ともにすぐに駆け付けれるはずだったのだ。

 だが実際にはここにあの二人は居ない。

 それどころか。

 

 ()()()()()()()()()

 

 サクラとアクアの二人だけではない、エアとの、シアとの、シャルとの、チークとの、イナズマとの、リップルとの、アースとの、ルージュとの、アルファとの、オメガとの絆、その全てが完全に『断絶』してしまっている。

 

 普通なら絶対にあり得ないことだが、すでにあり得ないような状況に巻き込まれてしまっているが故にそれを『あり得ない』ということはできない。

 

 異常だ。

 

 明らかな異常事態だ。

 

 だがどうしようも無い、どうにもできない。

 シキのような異能も無く、戦友たるポケモンたちも居ない。

 元チャンピオンなんて肩書が空寒くなるような役立たずぶりである。

 元より自分などエアたちが居なければ凡人でしかないのは分かっていた事実ではある。

 

 ―――弁えろ。

 

 取り残された時、シキに無意識にそう言われた気がしたのはきっとただの被害妄想なのだろう。

 シキにそんな悪意があったとは思わないし、そういう性格でも無いのは知っている。

 それでも、そんな声が聞こえた気がしたのは、結局この無力感に苛まれてしまっているからで。

 

 歯噛みする。

 

 歯ぎしりする。

 

 それでもどうにもならない無力感に拳を握りしめて。

 

 何か、手札が欲しい。

 

 たった一枚でも良い、大それたことができる必要も無い。

 たった一度、()()()()()ことのできる手札があれば。

 

「……なんて、言っても仕方ないか」

 

 闇の広がる船の入口の先を見つめながら嘆息する。

 まだ乗客たちの混乱が収まったわけでは無いし、船の中の様子だけでなく、船自体も何か異常がないか、など船員たちは忙しく動き回っている。

 故に何かやろうと思えばやることなんていくらでもあるんだろうけれど。

 

「ダメだなあ……やっぱ」

 

 こうしてここで根を張ったように動かないのは結局、シキが戻って来るのを真っ先に確認できるようにするためだった。

 ほんの数十センチ。たったそれだけ手を伸ばすのが今のハルトに与えられた猶予。

 それ以上を過ぎれば『黒』が指先から浸食しようとしてくる。

 

「はてさて……あとどれくらい持つのやら」

 

 最初は一メートル以上あった距離が今や数十センチである。

 乗客たちはまだ気づいていないのだろうが、ゆっくりと、けれど確実に、この闇は船を浸食している。

 体感で一時間ほどだろうか。恐らくもう一時間もあれば今自分がいるところも闇に沈むのだろう。

 この船全体が闇に飲み込まれるのは……自分たちの生存領域が消え去るまあといくばくかの猶予があるのだろう。

 

 そんなことを考えながら何も見えない闇の向こうを見つめ。

 

 

 

 

 ―――ドォォォォォォォォォォォォン!

 

 

 

 

 轟音が響き渡った。

 同時に衝撃に船を大きく揺れ、ぱりん、と何枚か窓が割れる。

 思わず尻もちを突きながら、揺れが収まるのを待って立ち上がるが。

 

「火が点きそう」

 

 未だ混乱の収まっていなかった乗客たちが今の衝撃に再び慌て始める気配があった。

 とは言えハルトが何か言っても仕方ないだろう。

 元よりチャンピオンハルトはダイゴと比べてもメディアへの露出が少ない。

 出身であるミシロが少し有名になったくらいで、今でも街中を歩いていてもチャンピオンとして認識されることは稀である。

 さすがにジムなどに行けばチャンピオンであると認識されたりもするが、プロを目指しているわけでもない野良トレーナーや一般人からすればメディアに露出しないチャンピオンなど顔どころか名前すら認識しているか怪しいものだった。

 

 つまり今のハルトにはこの混乱を収めるだけの力が無い。

 ハルトがいくら大丈夫と言ってもそこに説得力が付かないのだ。

 これがダイゴならば持ち前のカリスマ性であっという間に混乱を収拾してしまえるのだろうが、残念ながらハルトはポケモンには懐かれても人間相手のカリスマ性というものは持ち合わせていなかった。

 

「何が起こった?」

 

 今ハルトに出来ることを考えれば、即座に原因を追究することだと結論づけた。

 即座に歩き出す。先ほどの衝撃を考えれば船に直撃、ないしかなり近くで起こったのだろう、船首のほうへと赴く。

 道中で忙しなく廊下を走る船員の一人を捕まえて簡単に話を聞けば、やはり船に何かが直撃したらしい。

 恐らく倉庫の辺り、との情報を得たのでそこら中に張られた案内図に従って倉庫へと向かう。

 

「ここだな」

 

 倉庫の扉を開けば確かに天井に大穴が開いていた。

 そのせいで照明の類が全て破損、無いし落下、或いは通電しておらず室内は真っ暗で何も見えない。

 

「いる、な」

 

 ただ扉を開けた瞬間吹き荒れるような『力』を感じた。

 通路の明りで照らされた範囲では何も見えないが、けれど確かにそこに『何か』いるのは事実だった。

 咄嗟に腰に手をやり……ボールが無いことを思い出して舌打ちする。

 そうして……まあ偶然なのだろうが、まるでその舌打ちが切欠になったかのように、部屋の奥の闇の中でずず、ずずず、と何かを引きずるような音がして。

 

 

 ぬう、とソレが照明の範囲へと出てきた。

 

 

「…………」

 

 ぎょろり、と蛇のように動く目がハルトを捉える。

 目と鼻の先に現れた自分など丸のみにできそうなほどに巨大な頭を認め、絶句する。

 

 ―――ォォォォォ

 

 それが唸るようにして、ハルトを見つめ。

 

「れ……くう、ざ?」

 

 呆然としたハルトが、巨大なソレの名を呟くと同時に。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「っ?!」

 目を見開き、咄嗟に身構える。

 だがそんなハルトを嘲笑うかのようにレックウザは動きを見せること無く、その全身を包む光が徐々に小さくなっていく。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

「お前は……見たことがあるな」

 

 金色の瞳でハルトを見つめながら、だぼついた着物の袖を口元に当て、少し小首を傾げながらそう呟く、緑色の髪をした()()()()()()()()

 

 

 




 シキの異能は『反転』だ。
 さかさ、サカサマ、ひっくり返す、言い方は何だって良い。
 生まれつきそういう異能を持っていた。
 当然ながら『得た物』があれば『失った物』もある。

 シキの感覚、感性、行動は時にシキの意思、理解に『反する』。
 無意識が有意識に反抗するため、自分でも気づかない内に自分でも思ってもみないようなことをしていることがある。

 シキが方向音痴である最大の理由でもある。
 何せ『真っすぐ』進んでいると自分では思っていても、現実には『真逆』に進んでいたりするのだ。
 右にと思っていた道を気づかぬうちに左に進む。そこにシキの意思は介在していない。
 故に『気づいたら』知らない場所にいる、ということが度々起こる。









なんて裏設定があったらまだ情状酌量の余地もあったんだろうけど、シキちゃんの奇跡的かつ異能的な方向音痴はただの『素』です。



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深淵の水底⑤

因みに当初の予定(プロット)ではとっくにボス戦始まってました。


 

 こつん、と空洞に足音が響いた。

 こつん、こつん、と足音が続き。

 ぴたり、と止まる。

 

 シン、と辺りが静まり返り。

 

「……はぁ」

 

 吐き出した息は白く、()殿()の天井へと昇って消えた。

 神殿、のはずだ。例えほとんどむき出しの岩と土で壁が覆われていようと。

 例え天井からぱらぱらと砂と土が零れてきていようと、確かにここは神殿と呼ばれる場所のはずだ。

 

 床一面氷ついた洞窟のような場所だった。

 

 普通に歩けばスケート靴でも無いのに摩擦も無く滑ってしまいそうな場所だったが、足元の摩擦を『反転』させて歩けば土どころかゴム質の床を歩いているような物だ。

 けれど氷は氷であってゴムではないのでその足音はこつん、こつんと硬く、軽い。

 

「…………」

 

 部屋の中央に座す像の前までやってくる。

 部屋の隅々まで見渡してみるがけれどさらに下へと降りれそうなところは無い、つまりここが最奥であり、そしてここが『目的地』だった。

 

 ―――いわのからだ

 

 ―――こおりのからだ

 

 ―――はがねのからだ

 

 ―――3つのポケモンがあつまりしとき

 

 ―――おうはすがたをみせる

 

「そう」

 

 ()()()()()()()ではある。

 だが残念ながら自分はこのポケモンを覚醒させるために必要な『鍵』を持っていない。

 だからと言ってこのまま帰るなんてことはあり得ない。

 わざわざこんなシンオウの果ての地まで自分は観光に来たわけでは無いのだ。

 

「少し痛いかもしれないけれど」

 

 呟き、ボールに手をかける。

 

「無理にでも叩き起こさせてもらうわよ」

 

 覚醒に『条件』があるならば話は簡単だ。

 『鍵』が無ければ『覚醒しない』、というのならば。

 『鍵』が無いなら『覚醒する』、と条件を『逆さ』にしてやれば良い。

 

 理と法則を『書き換える』のが異能者である。

 その干渉能力は伝説に劣るとは言え、休眠状態でありその力を閉ざした今の状態ならば自身の力とて届くはずだ。

 

 故に。

 

「始めるわよ」

 

 背に負ったバッグから転がり出した五十にも及ぶボールから次々とポケモンたちが放たれる。

 異能の力に干渉され、強制的に覚醒させられた像がごご、ごごごご、ごごごごごご、と地響きを立てながらゆっくりと起動していき。

 

「叩き潰しなさい」

 

 真っすぐ、像へと向かって振り下ろされた腕に、完全覚醒など待つ必要もないと次々にポケモンたちの攻撃が叩き込まれた。

 

 

 * * *

 

 

 ()()()()()()()

 

 それが少女の形をした龍(レックウザ)の正直な感想だった。

 よもやこんな形での『再会』だとは思いもしなかったが、レックウザが目の前の少年を探していたのは事実である。

 

「おま、えは……」

 

 驚きに目を見開きながらも自らを見つめる少年を視線で射抜く。

 その金の瞳が少年をじっと見つめれば少年が僅かにたじろぐ。

 数秒見つめ……その瞳の奥すら見据え。

 

「ふむ」

 

 小首を傾げる。

 数秒考え、未だに戸惑うようにこちらを見る少年へと再び視線を向け。

 

「お前、名は?」

 

 そんなレックウザに未だに対応を図りかねているのか悩むように少年が口を噤む。

 沈黙が続く。その間に互いに視線を交わしあう。

 十秒か、二十秒か、続いた沈黙はやがて少年によって破られる。

 

「ハルト」

 

 それが少年の名であると理解すると、レックウザがなるほどと頷いた。

 そうして再度、少年(ハルト)を見やる。

 

 ただの少年だった。

 

 本当に、どこにでもいそうな……十把一絡げのただの人間。

 

 悠久の時、人間というものをずっとずっと見てきたレックウザだから、分かる。

 人間というのは基本的に弱い生き物だ。

 ポケモンという脅威を前にして、同じポケモンの力を借りなければ対抗できない程に、力の無いか弱い存在だ。

 たった二体のポケモンが暴れ回るだけで為す術も無く、レックウザに祈り、縋るほどに弱い存在だ。

 

 それでも時たま、力を持った人間が生まれてくることをレックウザは知っている。

 

 超越種と似た『理を書き換える力』を持った人間だったり。

 特別ポケモンの力を引き出すのが上手い人間だったり。

 その身一つでポケモンと対等に戦うことができる人間だったり。

 

 一言に力と言ったとてその内容は様々ではあるが。

 矛盾したような言い方ではあるがその誰もがその身に大きな『力』を持っているのは確かな話である。

 そんな人間たちをレックウザは長い間ずっと見てきている。

 

 だからこそ、一つ断言できることがある。

 

「信じられんな」

 

 ―――この目の前の少年はそんな特別な『力』の一つたりとも持ち合わせていない。

 

 少なくとも、レックウザの目から見て、少年……ハルトの内に『力』の一欠片(ひとかけら)すらも認めることはできない。

 そうなるとハルトは正真正銘ただの『凡人』でしかない。どこにでもいるただの人間の一人でしかないということになる。

 

 だがそんなことはあり得ない。

 

 ただの人間がいくらポケモンたちがいたからとて、あの猛る陸の覇者と荒ぶる海の王を鎮め、さらに先の二体の力を借りたとは言え狂化したレックウザ自身をも打倒したなどということはあり得ないとしか言いようが無い。

 

 だが現実にそれは起こったことなのだ。

 

 どれほどあり得ないと言おうと、レックウザ自身が()()()()()

 ただ理解ができない。どれだけ考えても勝てる可能性なんて無かった。

 絶対にあり得ないとしか言いようの無いはずの戦いだった。

 

 だが現実にそれは起こったのだ。

 

 だからこそ、レックウザは目の前の少年を特別視せずにはいられない。

 少なくとも少年は、ハルトは。

 

 死力を振り絞ったレックウザに勝利したのだから。

 

 

 * * *

 

 

 目の前でレックウザ……らしき少女が云々と唸っているがこっちとしては気が気ではない。

 多分今は正気なのだろうが、一度は狂った挙句『ダーク』タイプ化して暴れまくった状態を見ているのだ、正直腰が引けても仕方ないと思う。

 とは言え先ほどから多少の会話を試みてはいるが今のところ理性的であり、狂うような様子は無い。

 まあそもそもあの時は原因が原因だったのだから、今になって突然暴れ出したり、というのはないのだろうが。

 

 とは言え相手はゲンシグラードン(オメガ)ゲンシカイオーガ(アルファ)の二体がかりでも返り討ちにしてしまう正真正銘の怪物である。

 怒らせるような真似はしたくないというか敵対するようなことにはなりたくない、というのは本音だった。

 

 ただ正直、期待もある。

 

 ―――レックウザは人界の守護者だ。

 

「レックウザ」

「何だ」

「頼みがある」

「……ふむ?」

 

 視線がこちらへと向く。

 本人にそのつもりがあるのか無いのか分からないが、目力が非常に強いためその金の瞳を見ているだけで吸い込まれそうになる。

 一度視線を切って、軽く息を吐く。ゆっくり吸って心を落ち着かせ。

 

「力を貸してくれ」

 

 告げる言葉にレックウザは目を細めた。

 

「この異常事態をどうにかしたい。正直こっちは何がどうなっているなんて分かってもいないし、どうにかしようにもこの船から一歩も出れん。挙句仲間も全員手元に居ない」

 

 手詰まり感が酷い。というかシキが居なかったら完全に詰んでいた。

 

 

 ―――異能者でなければ、理に絡めとられる。

 

 

 船の外の闇を指してシキは確かにそう言った。

 逆に言うならば異能者は無事でいられるということ。

 どうして? 答えは簡単だ、異能者はこの闇の『ルール』に捕らわれない自分だけの『ルール』を持つから。

 つまり目の前の少女の姿をした龍ならば異能者と同じ……いや、それ以上の『ルール』を持って動けるということだ。

 もしアクアやサクラがここに居たとしてもこの闇がある限り使うことができなかっただろうがレックウザならば違う。

 何せ『超越種』なのだ。理を超越し、世界を超越し、自らの超越した法則を持って生きることのできる規格外存在。

 

「つまり、お前の力が必要なんだ。今一時で良い、協力してくれないか?」

 

 故にこの状況に置いてレックウザの協力は不可欠に近い。

 

 こくり、と喉を鳴らす。

 

 細められた目の奥に覗く金の瞳は爛々と輝きを放ちながらじっと自身を射抜く。

 背筋が凍るような思いをしながら、それでもレックウザの答えを待つ。

 五秒、十秒と沈黙が続き、それがやがて一分にも到達しようかという頃。

 

「一つ尋ねたい」

 

 沈黙を割って、レックウザが口を開く。

 その視線は相変わらず鋭く、目力は強かったが、その声音は敵対的というよりは猜疑的と言った印象を受けた。

 少しだけこちらを探るような様子を見せたレックウザだったが、不意にふっと視線を逸らし。

 

赤蜥蜴(グラードン)青魚類(カイオーガ)の二匹は今お前のところに?」

「え……ああ、そうだけど」

「では」

 

 逸らされた視線が再び自身を射抜く。

 気のせいでなければ先ほどよりも圧が強い。

 まるで嘘や誤魔化しは許さないと言わんばかりの態度で。

 というか今グラードンとカイオーガを凄い呼び方した気がするのだが……まあ多分気のせいだろう。

 

「あの二匹を、お前はどうするつもりだ?」

「……どう、とは」

「決まっている。あの二匹の力は個人が持つには強大過ぎる。かつての力を取り戻せば個で私と互するやつらを二匹も集めて、お前は一体何をするつもりだ」

「……特に何もするつもりは無いよ」

 

 それは事実である。

 そもそもグラードンとカイオーガをゲットしたのは対レックウザのためであり、ホウエンの危機が回避された今となっては別に逃がしても良いのだが。

 

「逃がしたら逃がしたで絶対に面倒になるだろ?」

 

 単身で地方一つ容易に滅ぼすやつらである上に独り善がり(ワンマン)という言葉をそのまま形にしたような性格の連中である。

 どう考えても野生の中で大人しくしているとは思えないし、賭けても良いが絶対に何かやらかす。

 そしてちょっとした気紛れレベルのことでも、あの二匹の場合大惨事に直結しかねない。

 

「だから俺が保護してるだけだよ」

 

 幸いアルファは今の生活に順応しているし、家の庭の大穴が地下水道経由で海に繋がっていることを除けば基本的に問題行動を起こしていない。

 オメガは気性的に何か問題を起こしそうではあるが、基本的にクッションを与えておけば大人しくなるので今日もうちのリビングでクッションの山に沈んでいるはずである。

 それでいいのか伝説たちと言いたくなるような光景かもしれないが、こいつらの場合やる気になられても災害が起きるだけなので無気力くらいのほうが平和で良い。

 

 そんな俺の言葉に納得したのかしていないのか、ただレックウザがこちらを見る視線から圧が抜けたのは事実だった。

 

「ああ……良いだろう、一先ずは」

 

 目を閉じ、嘆息する。

 随分と人間臭い反応だと思いながらもそれを見ていると。

 

「何やってる。早くボールを出せ」

 

 目の前の少女の姿をした龍にせっつかれるので空のボールを一つ、手に取って掲げるとレックウザが指先にそれに少し触れる。

 途端に赤い光が飛び出し、少女の姿がボールの中へと消えていく。

 

 かた

 

 一度、揺れる。

 

 かた

 

 二度、揺れる。

 

 から

 

 三度、揺れて。

 

 かちん

 

 捕獲が完了した音がした。

 

 

 * * *

 

 

「何となく分かってきたわね」

 

 目の前に迫った巨大な船を見てシキが独り言ちる。

 ハルトに奇跡と称されるレベルの方向音痴であるシキが視界の一切効かないこの闇をかき分けて正確に船へと戻って来れた。

 これはある意味奇跡と呼んで差し支えない、と思っていたのだが。

 

「とことんまともじゃないわね、この場所」

 

 音も無く、視界も効かない。

 それのみならず感覚を狂わす効果でもあるのだろうか、恐らく闇のことが無くても普通の人間なら知らず知らずの内に迷わされているだろう。ここはきっと()()()()()()なのだ。

 だが方向音痴の感覚を狂わせる……そうマイナスにマイナスを掛けたところでそれはプラスに。

 

 というのは冗談だ。

 

 実際には通常とは『歩き方』が違うだけである。

 最も重要なのは恐らく『イメージ』である。

 目的地へのイメージを思い描くことこそがこの空間の『歩き方』なのだ。

 実際問題この空間に『距離』という概念があるかどうかすら怪しい。

 覆われた闇のせいで周囲の光景が見えないだけに、もし何のビジョンも無く無作為に歩き続ければ永遠と闇の中を彷徨うことになる可能性だってあった。

 

「目と鼻の先なのに、随分と遠く感じるわね」

 

 歩数にして十歩ほど。

 視界には闇しか映らないが、確かにそこに『船』があるというのが感じられる。

 故にその感覚をそのまま『手繰る』。それはあくまで頭の中で、というだけではあったが。

 

「……やっぱり」

 

 一歩、足を踏み出せば手を伸ばしただけで触れられそうなほどに船へと近づいていた。

 やはりそうなのだ。イメージなのだ。この空間に置いて想像こそが歩みを進めるための鍵なのだ。

 それを理解したところで船の中へと入る。

 歩き方は理解した、がそれは後で良い。

 先ほどの轟音の正体、確かなければならない。

 

 もし万一、ハルトに何かあれば。

 

 そう思いながら歩いているとちょうど目の前に忙しそうに船を駆ける船員がいたので声をかける。

 船員が言うにはやはり先ほどの轟音は船に何かが落ちてきた音らしい。

 そしてその原因をハルトが探しに行ったと。

 

「無茶するわね」

 

 見たところポケモンを一体も持っていない様子だったのに、もし危ないポケモンがいたりしたらどうするつもりなのだろう。

 

 そんなことを思いながらハルトの向かったらしい船内の倉庫へと足早に移動し。

 

「ハルト」

 

 倉庫の入口で立っていた少年に声をかければ少年が振り返り。

 

「あれ、シキ……ちょうど良いところに来たね」

 

 手の中でボールを一つ弄びながら、ハルトが笑みを浮かべた。

 

 

 




Q.せんせーなんでレックウザくんちゃんさんはあっさり仲間になったの?

A.レックウザくんちゃんさんはグラカイたちと違って本質が『人間の守護者』だからです。その意味は次回(多分きっと恐らくメイビー)説明されます(作者が忘れていなければ


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深淵の水底⑥

 

 

“かざぎりのしんいき”

 

 

 ぶん、と軽く手を振った。

 それだけ、それだけのこと。

 なのに、変化が劇的だった。

 風が渦巻き、黒をかき消していく。

 まるで霧か何かかのように、『闇』を吹き飛ばし漆黒の空間が一点して風が渦巻く円陣となる。

 

「さっすが伝説」

「よくまあこの短時間で……呆れるわね」

 

 その余りの無茶苦茶に呟いた台詞ではあったが、何故シキは『彼女』ではなくこちらを見てそんなことを言うのか。

 

「だがこれでようやく進めるな」

「そうね、特に視界が確保されたのは大きいわ」

 

 シキ曰く、この空間に置いては『イメージ』こそが何よりも重要となる、らしい。

 あくまでシキの説明を聞いた上での俺の解釈でしかないが、ウェブの検索エンジンのようなものを想像してみて欲しい。

 『目的地(サイト)』にたどり着くためには必ず『イメージ(検索ワード)』が必要となる。

 イメージが曖昧なままでは目的地を絞り切れず、どこにたどり着くか分かった物では無い……らしい。

 だがこの黒一色の空間において、一体どんなイメージを持てばこの自体を解決できる……元凶となる『目的地』へとたどり着けるのか。

 だがレックウザが闇を払った、つまりこの風が渦巻いた空間だけは外側に充満した『闇』の法則が適用されない。

 歩けば前に進むし、目で見て進むことができる。

 とは言え根本的な部分は変えられない。

 現状のままではこの風渦巻く空間はこの場所に固定されたまま動かせない。

 それは結局、この空間自体が『闇』そのものであり、闇の中を進むことがこの『世界』におけるルールだからだ。

 超越種とは理を塗り替えることができる存在ではあるが、理を『塗りつぶす』ことはできない。

 自分の周辺の法則を変化させ、自身の都合の良い空間を作り出すことはできても、それは一時的な物であり、世界自体を作り替えているわけでない以上、自身の干渉できる範囲外に関してはその世界の理がしっかりと適用されてしまっているのだ。

 

 分かりやすく言うならこのままこの風の渦巻く空間ごと移動したとしても永遠に闇の中を彷徨うだけである。

 この空間におけるルールは『闇』そのものであり、ただ無意味に闇の中を移動するだけならともかく、この『闇の先』へとたどり着くためには『闇』の満ちた空間におけるルールに則るしかない。

 

 つまり今この状況に陥った『元凶』をイメージし、その居場所へと闇を『繋げる』しかないのだ。

 

「大丈夫、イメージはもうできてる」

 

 とは言えその『元凶』についてはすでにレックウザに聞いている。

 未だに自身はその姿をこの世界において直接見たわけでは無いが。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そんな自身の脳裏に浮かび上がるイメージに呼応するように、闇がざわめく。

 自身の隣に立つシキが警戒するようにその手にボールを握る。

 レックウザが自身たちを守るように手前に立つ。

 

 そうして。

 

 徐々に、闇が晴れていく。

 

 そうして。

 

 少しずつ、少しずつ。

 

 そうして。

 

 その後ろ姿が見えてくる。

 

 赤と灰色の二色で構成されていたはずのその体はすっかり黒に染まっている。

 光すら刺さないはずのその場所で、けれどその姿は何故か空間にくっきりと浮かび上がっていて、明瞭だった。

 

「フーパ……で、間違いないな」

「ああ、間違いない」

 

 確認するように呟いた言葉に、レックウザが是と答えを返す。

 その声に反応するように視線の先で『黒』がぴくり、と震え。

 

「キヒ……キキャ……」

 

 ゆっくりと、振り返る。

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ」

 

 振り返り、その口元に弧を描く。

 

「ケヒャヒャヒャヒャ」

 

 嘲笑に呼応するように、その周囲にふわり、とリングが浮かび上がり。

 

「来るぞ!」

 

 レックウザの短い、けれどひっ迫した声を皮きりに。

 

「ケヒャケヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

 

 ―――ホウエン最後の『伝説』が現れた。

 

 

 * * *

 

 

 ふわり、と闇の中を金色のリングが二つ、三つと浮かび上がりまるで意思を持っているかのように自在に空間内を泳ぐように移動する。

 そうしてフーパの背後に現れたリングに、フーパの体が消えていくと同時に。

 

「ケキャキャキャ」

「レックウザ!」

 

 ()()()()()()()()()()()に背筋がぞっとするような感覚を覚えながらも即座に叫ぶ。

 

 “かみなり”

 

 レックウザの全身から強烈な放電。飛来する電撃が自身たちの真後ろから現れようとしていたフーパへと迫り。

 

「キヒヒ」

 

 “ワープフープ”

 

 現れたかけたフーパが、再びリングへと戻って行き、その姿を消す。

 再び正面から現れたフーパが嘲笑しながらその手を振り上げ。

 

「オ、デ、マ、シ~♪」

 

 その眼前に巨大なリングが現れる。

 明らかにフーパが通るだけならば大きすぎるリングの内側から闇が噴き出し始める。

 

 ず、ずず、と闇の中から『黒い何か』が現れる。

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ!」

 

 フーパの嗤い声を背にしながら、リングの内側から『ソレ』は少しずつ、少しずつ、その姿を現していき。

 

「ピキィ」

 

 背に羽の生えた妖精のようなソレが現れ、まるで産声をあげるかのように鳴く。

 本来白と緑のカラーリングだったはずのその小さな体躯は黒一色に染まってしまっているが、けれど見間違いようもないほどに特徴的なその外見。

 

「セレビィ……?」

 

 俺のその言葉に反応するかのように、黒染めの妖精(セレビィ)の口元が弧を描き。

 

「ピ……キキキキキキキ!」

 

 嗤うその様相。

 そして墨でも塗りたくったかのように黒く塗りつぶされたその目。

 直感的に理解する、()()()()()()()()()()()()()()だと。

 それに名を付けるならば。

 

「ダークセレビィ、ってか」

 

 呟きと共に、セレビィがふわりと浮かび上がる。

 虫がさざめくような嘲笑を空間に響かせながらぶんぶんと闇の中へと溶けるように飛び回る。

 右へ、左へ、その体躯と背景が同じ黒一色のせいで少しでも気を抜けば視界から消えてしまいそうな状況。

 

「キヒヒ」

 

 そこに追撃をかけるように。

 

「オデマシ~♪」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「レックウザ!」

 

 これ以上好き勝手に増やさせたら詰む。

 そう思った時には、ほとんど本能的に叫んでいた。

 

“ハイパーボイス”

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 怒号のような咆哮が空間を震わせる。

 音が衝撃と化し、闇が噴き出すリングをまとめて吹き飛ばし、その輪に亀裂を入れる。

 直後、リングから溢れていた闇が消え去っていく。

 

「一発当てれば召喚阻止は可能、か」

 

 だが代償として敵の姿を完全に見失った。

 黒いセレビィも、黑いフーパも、風の円陣の外の闇の中に溶けて消えてしまい、最早目視では見つけることは不可能だ。

 

 ―――俺一人なら、の話だが。

 

「頼んだ、シキ」

 

 呟いた直後、紅蓮の炎が闇を切り裂き噴き出してくる。

 その炎に吹き飛ばされて、闇の中から黒いセレビィが風の領域へと引きずり出される。

 その姿を完全に捉えると同時に、さらに追撃だと言わんばかりに流星が降り注ぎ、セレビィへと直撃する。

 

「―――ッ!」

 

 『かえんほうしゃ』からの『りゅうせいぐん』だろうか、ならばきっとそこにいるのだろう、シキとシキの相棒たるあの竜が。

 容赦の無い連撃に小さく悲鳴を上げながらセレビィが怯み、動きを止める。

 

 そんな分かりやすい隙、見逃すはずも無い。

 

「ぶっ飛ばせ」

「オオオオオオオオオオオオオオォォォ!」

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”

 

 エアに仕込んだ『モドキ』とは違う、本家本元、正真正銘の龍神の奥義が放たれる。

 『すてみタックル』を改良しただけのようなそれとは違う、全身へと暴風を纏わせ放つ一撃はセレビィへと直撃し、その体を軽々と吹き飛ばす。

 そのまま闇へと突っ込んでいくかと思われたが、レックウザが咆哮を上げると僅かな間、周囲を渦巻く風の勢いが大きく増し、風と闇の境界でセレビィを押し戻した。

 

「やったか?」

「まだだ、経験則だが『ダーク』タイプがそんな簡単に倒れるとは思えない。もう一発だ」

 

 レックウザの一撃を食らって動かなくなったセレビィだが『ポケモン』である以上『ひんし』状態になれば縮小状態になる。つまりまだアレは動くまだ戦う、まだ『ひんし』ではない。そういうことになる。

 実機ならともかく現実においてセレビィには『時渡り』という非常に厄介な能力がある。それを使われる前に倒さなければならない。

 

「レックウザ!」

「分かった……行こう」

 

 再びその全身に風を纏わせていき……走り出す。

 単純な格の問題として、セレビィはレックウザに大きく劣る。

 以前にも言ったが、伝説と準伝説の間には絶対に埋められない大きな差がある。

 

 『レベル』である。

 

 とは言ってもこちらの世界にシステム的な表記は無いので体感でしかないが、伝説のポケモンはただ純粋な能力値の高さで他を圧倒できる。

 確かにタイプ相性を考えれば全てのタイプを半減できる『ダーク』タイプは脅威の一言ではあるが。

 

 半減されるなら二倍のダメージを叩き込めば良い。それが許されるのが伝説種……超越種という世界の理から逸脱した怪物なのだから。

 

 嵐を具現したかのような一撃が再びセレビィへと襲いかかる。

 まだ『ひんし』では無いとは言え、シキにエースから二度も攻撃を食らい、レックウザの一撃が直撃したのだ。準伝説のセレビィとは言え、その体力は限界が近いのは明白だ。

 重そうに体を動かしながら、セレビィが一瞬こちらを見つめ……たような気がした。

 

 暴風がセレビィの体を跳ね飛ばし、その小さな体躯が軽々と宙を舞う。

 

「キィ……ピキィ」

 

 弱弱しい声を発しながらセレビィが最後の力を振り絞らんと、その全身に力を込め。

 

 直後。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 セレビィが力尽きるように倒れると、その真下に現れたリングの中へと飲み込まれていく。

 だがそんな『些細』なことを気にしている余裕はこちらには無い。

 

「……森、だな」

 

 ほんの一瞬にして視界が、景色が、『世界』が変わっていた。

 先ほどまでの闇一色の空間だったはずの場所が、黒色の深森へと変貌していた。

 地面から伸びた木々も、その葉も、そして足元の土でさえ黒一色。見上げた空は赤く染まり、虚空に穴でも開いたかのように真っ黒な太陽とも月とも言えない丸い何かが浮かんでいた。

 薄気味悪い、なんて言葉じゃ済まされない。

 幼い子供が見ればトラウマになりそうなほどに不気味な光景に、さすがに背筋がぞっとする。

 

「ハルト」

 

 そんな光景にあっけに取られていると前方から見慣れた少女がやってくる。

 

「シキ」

「どうなってるの、これ」

 

 周囲を何度も何度も見渡しながら、その気味の悪い光景に顔を顰めるシキに今起こったことを説明する。

 

「そう、セレビィが」

 

 少し何か考えるように黙りこくって、視線を森へと二度、三度を向け。

 

「塗りつぶされた、ということかしら」

()()

 

 ぽつり、とほとんど独り言として呟かれたシキの言葉に、傍にいたレックウザが目を細めながら否定する。

 

「塗りつぶしたのではない……繋げたのだ」

「……えっと、すまん、どういうことだ」

 

 異能者であるシキと超越種であるレックウザにだけ分かる感覚で語れても正直凡人でしかないこちらには何のことかさっぱり理解できない。

 だがそんな自身に気にする必要はない、とレックウザがきっぱりと断じる。

 

「理解できないだろうし、理解する必要性も無い。異世界に引きずり込まれた、とでも思っていれば良い」

「つまり、さっきまでの空間とは全く違う場所、ってことか」

「そうだ……厄介なことになったぞ」

 

 とは言え先ほどまでの黒一色で塗り分された闇に染まった空間とは違い、同じ黒一色でもまだ薄暗い、程度で済むこちらのほうが視界的には比較的マシではある。あくまで比較的、ではあるが。

 ただ先ほどまでと全く違う場所に……レックウザ風に言うならば『異世界』に連れてこられている、となると今度は『どうやって帰ればいいのだ』という話になる。

 

「恐らく元凶を倒せば元の場所に帰れるはずだ」

 

 そんな自身の不安と疑問に対してレックウザはそんな答えを返す。

 

「元より世界同士の移動など簡単にできるものではない……私たちがここにいるのはあのリングを操ったポケモン……フーパが空間を操っているからだろうから、フーパさえ倒せば恐らく空間は正常に戻ろうとする、はず」

 

 ところどころ断定できないところが怖くはあるが、けれどさすがにシキも理解が及ばない領域らしい、となればレックウザの言葉を信じるしかない。

 

「それで……フーパはどこに行ったんだ」

 

 先ほどまでの闇の空間から全員がここに移された、とするならばフーパもどこかにいるはず。

 そう思い視線を彷徨わせ。

 

 

 ―――先ほど吹き飛ばし、動きを止めたはずの二つのリングが再び浮き上がっているのを見た。

 

 

「っ!」

 

 レックウザ、その名を呼ぼうとした時にはもうすでに遅い。

 リングから闇が噴き出す。そして内側から徐々に『黒』が姿を現していき。

 

「んなっ!?」

 

 そこに現れた二体を見て、目を見開く。

 

 一体は星を象ったような被り物をした『黒い』ポケモン。

 もう一体は両耳の辺りに花の飾りのついた獣のような『黒い』ポケモン。

 

 両方見覚えがある……色以外は。

 

「ジラーチに……シェイミ?」

 

 そこに現れたのは、紛れもない幻と呼ばれたはずのポケモンだった。

 

 

 

 




プロットさんが行方不明になりました(
本来ならあと三話か四話で終わってたはずなのに、何故かあと十話超えます(白目

ようやく戦闘始まりましたが、ここから劇場版らしくボスラッシュとなります。

具体的に言うと準伝説複数同時とか、禁止伝説複数同時とか。

それら『前哨戦』をこなしてようやくフーパ戦…………。

おいおいボブ、この小説はいつになったら完結できるんだい(


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深淵の水底:死極の黒森①

 ―――知っていたはずである。

 

 少なくとも……俺もシキも。

 一度ならず二度、三度と戦ったのだ。

 故に知っていたはずなのだ、その強さを。

 

 それを踏まえて、それでも尚言わせてもらうならば。

 

「嘘だろ、お前」

 

 ダークタイプと化した準伝説種二体を『げきりん』一撃で沈めた龍神を見て、思わず呟く。

 シキとて俺と同じくらい……いや、異能者であるが故に俺以上に鋭敏に二体の脅威を理解していただろう。だからこそ、呆然としたように目を見開き動けない。

 だがそんな俺たちと対称的に当の本人たるレックウザは不思議そうに首を傾げた。

 

「何をそんなに驚いている……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理不尽なほどの強さを、まるで当然とでもいうかのような表情で告げるレックウザにため息を漏らす。

 シェイミとジラーチから一撃ずつもらったはずなのだが、見る間に回復していくその様子につくづく理不尽な存在だな、と思う。

 とは言え敵にすればこの上無く恐ろしいが味方にすればこれ以上無いほどに頼もしいのも事実だ。

 

 そうしている間に、シェイミとジラーチの真下にリングが現れる。

 先ほどのセレビィと同じようにに二体がリングの中へと吸い込まれていき。

 

「―――」

「―――」

 

 ばっと、二体がその体を起こす。

 油断していたわけではないが、こちらがそれに対してリアクションを起こすより早く、ソレが起こる。

 シェイミの、そしてジラーチの全身から抜け出していくように『黒』が噴き出す。

 そうして噴き出した黒が黒い森の景色の中へと溶けていき……。

 

 漆黒の花が足元を塗りつぶした。

 

 赤い空に黒い星が澱んで沈んだ。

 

 

 

 ―――領域完成:死極の黒森(シュバルツシルト)

 

 

 

 何がどう、とは言えないが。

 ただ一つ、異能者でも無い俺にでも分かることが一つ。

 セレビィが森を作り、シェイミが花を飾りたて、ジラーチが星を散りばめる。

 

 そうして()()()()()()()()()()()()()()()()という事実だけだ。

 

 それに気づいたのとほとんど同時。

 

 森のいたるところに『ソイツ』らが現れた。

 

 

 * * *

 

 

 気づけば……そう、本当に気付けばと言っていいほど唐突に俺たちは囲まれていた。

 

 森の木々の枝に、葉の影に、赤い空に。

 先ほどまで確かに何もいなかったはずなのに、まるで闇から溶け出したかのように。

 赤と黒に染まった無数の鳥影がそこにあった。

 

「「「キュオォォォォォ!」」」

「「「ギャァァギャゥゥ!」」」

 

 ゆうもうポケモンのウォーグル。

 ほねわしポケモンのバルジーナ。

 

 外見……というか姿形だけ見れば確かにその二体に似ていた。

 その全身が赤と黒の二色で塗り分けられていなければ。

 直感的に理解する。

 

 ―――こいつらはこの森に適応した存在なのだと。

 

 それを理解すると同時に、森中に光るその赤い瞳が俺たちを見据え。

 

「レックウザ!」

 

 咄嗟に叫び、シキの手を引き傍に寄せる。

 俺たちのその行動に触発されたかのようにウォーグルとバルジーナの群れが飛び出し、俺たちへと群がらんと殺到して。

 

「任せろ!」

 

 どん、とレックウザが真下、地面に向かって拳を叩きつけたと同時に俺たちを囲むように竜巻が起こる。

 押し寄せる鳥ポケモンの群れが渦巻く風の防壁に阻まれ吹き飛ばされていく。

 だが次から次へと押し寄せるその影は文字通り『無数』で、限度が無いように見える。

 

「飛べるか?!」

「愚問だな」

 

 『空』の龍神を相手に確かに愚問であったと思いながら、目の前でその姿を本来のものへと変じさせていくレックウザへとシキと共に飛び乗る。

 緑色の蛇のような外見へと戻ったレックウザが竜巻の勢いを駆るようにその渦に乗ると、一気に空へと飛びあがる。

 当然ながらそれを追ってウォーグルとバルジーナの群れが追って来る。

 

「ふざけんな、なんだあの数?!」

 

 森が黒で、鳥影もまた黒であるが故の錯覚なのだろうが、一瞬冗談抜きで『森』そのものが動いているのかと思ったほどに数が多い。

 正直これは百や二百でもまだ足りない。

 

 千……或いは二千、いやもっと?

 

 最大の生息地であるイッシュ地方の全てのウォーグルとバルジーナを集めてきた、と言われなければ納得できないほどの数だ。一つの森にこれだけの数の同一種が生息すること自体があり得ない、やはりこいつら『真っ当な生物』じゃないのだろう。

 そもそも本当に『生物』なのかどうかすら怪しいところではある。

 

 レックウザの能力を考えれば確かに戦っても勝てなくはない。恐らく千どころか万いたってレックウザなら蹴散らすことができる……レックウザ単体ならば。

 これはポケモンバトルじゃない、野生の領域での生存競争においてトレーナーという明確な弱点があるこちらにとって数の不利というのは致命的な問題になりかねない。

 

「やってられるか! とにかく飛んでくれ、それから……」

 

 それから、どうすれば良い?

 そもそもこの空間は何だ?

 意味が分からない、こんなところ実機で見たことも無いし、少なくとも俺の知識の中には存在しない。

 俺の知らない七世代から先の話か? 恐らく否だ、俺たちをここに連れてきたのはセレビィだし、そもそもここに来る直前のあの闇の空間に連れてきたのは多分フーパ。

 つまり俺の知識の中のポケモンたちが俺の知識に無い場所に俺たちを強制的に連れてきたのだ。

 

 ここは現実だ、だからゲームの頃には無かった場所もあるかもしれない。

 

 それを受け入れ、受け止めた上でどうするかを考えなければならない。

 

「ハルト!」

 

 思考に没頭する俺を現実に呼び戻したのはシキの焦ったような声。

 ふっと後ろを振り返ればバルジーナの群れがその口元にエネルギーを溜めて。

 

 “あくのはどう”

 

 放たれた黒い波動は確かに一発や二発、当たったところでレックウザはびくともしないかもしれないが、それが数百、或いは千近いとなれば話は変わってくる。

 逃げ場が無い……ならば。

 

「レックウザ!」

 

 先ほど仲間にしたばかり故に俺はレックウザの技幅というのをはっきりとは把握していない。

 だから実機の知識から恐らく覚えているだろう技の一つを選択する。

 

「しんそく!」

 

 その言葉を反応するようにレックウザが急加速し。

 

 “しんそく”

 

 僅かな時間差でレックウザが真上に急加速し、放たれた無数の黒い波動が直前までレックウザがいたであろう空間を埋めていく。

 逃げていてもジリ貧か、その事実に内心で舌打ちする。

 

 そもそもがあの無数の鳥ポケモンの群れは戦う必要性が無い相手なのだ。

 こちらだって無限に動き続けることができるわけじゃない以上はできれば余計な消費は避けたかったが。

 

「シキ、頼んだ」

「任されたわ」

 

 レックウザは逃げることに専念させたい以上、迎撃は隣にいるシキに任せるしかない。

 シキが手元のボールを一つレックウザの背に転がすようにして放り投げる。

 ぽん、と赤い光が放たれジバコイルが現れる。

 

「ルイ」

 

 短いシキの言葉にジバコイルが一つ鳴いて―――。

 

 “ほうでん”

 

 後ろから追いかけてくるウォーグルやバルジーナへと電撃が放たれる。

 『ひこう』タイプの鳥ポケモンたちに『でんき』タイプの技、となれば当然それは『こうかはばつぐん』だろう。

 

 本来ならば。

 

「ほとんど効いてないわね」

「やっぱり……こいつらも『ダーク』タイプ化してやがるのか」

 

 全てのタイプ相性を半減する最強のタイプ『ダーク』。

 ただ『ダーク』タイプである、というだけでただのポケモンが一瞬で強敵に早変わりする。

 しかもそれが数えきれないほどにいるのだ、まともに相手できるものではない。

 

 とは言え。

 

「問題無いわ」

 

 ―――『でんき』技は通ったのだ。

 

 “はんぱつりょく”

 

 俺はそれを知っている。シキがジバコイルに仕込んだ技術の一つ。

 『でんき』技を受けた相手を()()()()()()()技。

 トレーナーとのバトル出ない野生のポケモン故に吹き飛ばされていくだけに留まっている。やがて追いついてくるだろうが、そこは問題ではない。

 

「今だ!」

 

 相手の最前列がごっそり消えた、その事実が重要である。

 シキがジバコイルをボールに戻すと同時、レックウザが加速する。

 その速度は以前戦った時よりさらに早い。

 あの時は『ひこう』タイプで無かった、ということは今はあの時以上に飛ぶことに対する適性を持っているということだ。

 

 とは言え飛ぶことに全力になるため相手が攻撃してきた時に避けられない危険性もあり、ここまで抑え気味にしていたのだが、シキとジバコイルの一撃でレックウザとそれを追う群れとの間に空白が出来た。

 この空白が埋まるのは数秒に満たないだろうが……。

 

 ―――レックウザの飛行速度ならばその数秒で群れを引き離すことも可能となる。

 

「や、ばい……な、これ」

 急加速によって降りかかる圧に耐えながら、風によってまともに開けていられない目を薄っすらと開いて前方を見据える。

 結構高いところから見ているのだが黒い森と赤い空がどこまでも続いているようにしか見えない。

 このまま飛び続ければ後ろの群れはどうにかなるだろうが、問題はその後だった。

 

 この空間……世界はどこまで続いているのだろう。

 

 見えている限りに続く黒い森と赤い空は、この世界に果てなんてものがないようにも見えて不安が鎌首をもたげる。

 

「ハル、ト!」

 

 不安と焦燥が心を圧し潰そうとしてくる中、ぎゅっと手が掴まれる。

 視線を向ければシキが風圧に半分目を閉じながらも、必死に何かを伝えようと指をさしていて。

 

「……あっ?」

 

 その指が刺す方を見やり、思わず間の抜けた声が漏れる。

 異様だった。異様としか言い様が無いほどに。

 この黒一色に染まったはずの森の中で。

 

 何故かその場所だけ白く染まっていた。

 

 なんでこんな物にさっきまで気づかなかったんだと自分を殴りたくなるほどにはっきりと、その場所は目立っていて。

 

 直後。

 

 がくん、と突如としてレックウザが速度を緩めた。

 

「あ、お、おい!?」

 

 止まったら後ろから、そう言おうとして……視線の先、俺たちの後ろから追ってきていた群れが離散する光景を見た。

 否、離散という言い方は少し似つかわしくないかもしれない。

 

 あれは()()だ。

 

 何かから、逃げ出したのだ。

 ここまでずっと追ってきていたほど執念深かったやつらが、ここ……或いはこの先にいる『何か』から逃げようとしている。

 つまりそれだけの『何か』がここ、或いはこの先にいる、ということであり。

 

 ―――その『何か』がどう考えたってあの白の森にあるのは自明の理だった。

 

 

 * * *

 

 

 降り立ったその場所は不可思議な場所だった。

 黒の森は確かに色こそ異常ではあったが確かにあれは『木』だった。

 足元に生えていた花も色こそ黒一色とおかしかったがそれでも確かに『花』だった。

 直接降り立ってみたわけでは無い物の、鬱蒼と茂り広がっていた森全体もきっと同じ様なのだろうことは想像に難くない。

 

 で、あるならばこの場所は一体何なのだろうか。

 

 それは確かに木だった。

 見た目だけを言うならば真っ白な木だ。

 だが近くで見ればそれが違うことに気づく。そして触れてみれば一発で理解できる。

 

 ―――木の形をしただけの『石』がそこにあった。

 

 周りも全て同じだ。

 ここは『石の森』だった。

 

「……石、ねえ」

 

 実機にこういう場所は無い。こういうことができるポケモンも居ない。

 ただ実機外だと実は心当たりが無くも無い。

 いや、俺は……というか碓氷晴人は実際に見たわけじゃないらしいが。

 

 アニメ……正確には映画のほうか、には同じような場所がある。

 

「まさか、だよな」

 

 居るわけがない。

 こんな場所に、居るはずがないのだ。

 勘違いに決まっている、気のせいに決まっている。

 

 そのはずだ、そのはず……なのだ。

 

「…………」

 

 シキが蒼褪めた様子でそれを見つめる。

 

「…………」

 

 レックウザが無感情にそれを見つめる。

 

「……湖?」

 

 そしてその視線の先を俺もまた見やり、あったのは湖だった。

 まるで血の池のような真っ赤な色をした湖。

 石の森の中心にぽつん、と広がるそれは余りにも異質であり。

 

 一歩、無意識に踏み出した足がざり、と土を擦って音を立てる。

 

 ごぽり

 

 まるでそれが切欠になったかのように、湖の中心の泡が一つ沸き立った。

 

 ごぽ、ごぽごぽ、ごぽごぽごぽごぽ

 

 二つ、三つ、と次々と泡が浮かびあがって行き。

 

 ザパァァァァァァァァァァァァァァ

 

 赤と黒の球体が湖を裂いて飛び出す。

 ふわり、と空中で球体が停止して。

 解けるように球体が開いていく。

 

 それは翼だった。

 

 それは尾だった。

 

 開かれたのは一対の翼と長い尾。

 その全身は赤く、そして黒い。

 まるでこの森と空そのものに対応しているかのように。

 

 大きく開かれた翼、そして長く垂れ下がった尾。

 空中でぴたりと浮かびあがるその姿は『Y』という文字にも似ていた。

 

 俺はその名を知っていた。

 

 当たっていて欲しくないと願っていた。

 

 けれど、その願いに反するかのように、俺の予想通りの存在が俺たちの目前に現れていた。

 

 はかいポケモン。

 

「イベルタル」

 

 呟いたその名を肯定するかのように。

 

 

キュオオオオオオオオオオオ!

 

 

 漆黒の殺意に染められた破壊神の咆哮が森に響き渡った。

 

 

 




というわけで次回、ダークイベルタル戦。因みに前話書きあがった時の予定ではそんなやつはいなかった(

なんでこいつ、カロス編より前に出てんの(自分でも聞きたい


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深淵の水底:死極の黒森②

書けば書くほど話数が増えていく……当初5,6話で終わる予定だったのに現状ですでに15話超えたのなんでだ……5,6話で終わるプロットちゃんと考えたのに。
お、教えてくれ……一体いつ、いつになったこの物語は終わるんだ(


 

 ―――『破戒』がとびだしてきた(the destroyer is encount!!)

 

「飛べえええええええ!!!」

 

 “デスウィング”

 

 絶叫。

 同時にその黒翼から放たれるのは『破壊の風』。

 一対の羽ばたきから赤黒い風が吹き荒ぶ。

 一瞬の差でレックウザが飛びあがり、とは言え先ほどとは違う……一度降りたからか今現在人の形をしているせいで掴むところが少ない。

 必死になって片方の手でレックウザの手を握りしめ、もう片方の手ではシキの手を掴む。

 風の抵抗は凄まじい……だが後ろからイベルタルが追ってきている故に速度を緩めるわけにも行かず、ただただ落ちまいと縋りつくようにレックウザの手を握った。

 

「まず……いな、これ」

 

 レックウザもイベルタルも本来空こそが主戦場である。

 だが俺やシキは空を飛ぶことができない。さらに言うならば先ほど仲間にしたばかりのレックウザとでは連携が不十分だ。簡単に言えばこうして傍にいないとまともに指示ができない。

 これが例えばエアだったなら地上からだって以心伝心に指示が出せる。

 

 言葉にしなくとも絆が伝えてくれる。

 

 だがレックウザとそこまでの絆があるか、と言われば残念ながらノーだ。

 けれどレックウザを元の姿に戻してイベルタルと空中戦……というのも中々に難しい話だ。

 先ほどまでは探索がメインだった。つまり戦闘を避けて進んでも問題無かった。そうなるとレックウザの速度で振りきれないほどの敵というのも早々居ないし、距離を開けていれば攻撃が当たることも無かった。

 

 思考を巡らそうとする。

 

 だががくん、がくんと上へ下へとアップダウンを繰り返すような状況でまともな思考などできるはずも無い。

 とは言えそれに文句を言うこともできない、今まさに現在進行形で自分たちの後ろを追うイベルタルから攻撃が次々と飛んできているのだから。

 

 とは言え。

 

「……なんだ?」

 

 そこに僅かな違和感を覚える。

 だが覚えた違和感が一瞬で消し飛ぶような飛行に思考は再びかき乱されてしまう。

 

「ああ、くっそ!」

 

 イラつきを吐き出すように、舌打ちし。

 

「レックウザ、こっちも反撃だ!」

「―――任された」

 

 くるり、と空中で反転。

 人型の状態での飛行が一体どういう原理なのかは謎過ぎるが、取り合えず振り向いても慣性は続くらしい。足を止めているはずのレックウザの体は勢いのままに引かれて空をかき分けていく。

 片方の手は俺とシキを引っ張っている故に空いているもう片方の手を握りしめて。

 

 “かみなり”

 

 放たれた電撃が空を走り真っすぐこちらへと突き進むイベルタルを直撃した。

 

 ―――キュォォォァァァァ!

 

 短い悲鳴を上げて、けれど確かに一瞬イベルタルが怯む。

 恐らくあのイベルタルも『ダーク』タイプなのだろう、とここまで出会った敵とのことを考えて結論づけるが、それを差し引いてもあのダメージ。

 

 同じ超越種という括りの中で、やはりレックウザが一段飛び抜けている、それを確信する。

 

 だからこそ、余計に思うのだ。

 

 ―――()()()()()()()()()()()

 

 と。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンのタイプ、とはとても不思議な物である。

 世界には18種類のタイプがあって、それぞれのタイプごとに色々なポケモンがいる。

 これがゲームだった頃はRPGなどでよくある『属性』というものなのだろう、と納得できたわけだが、これが現実となると途端にそれは不可思議な物となる。

 

 ポケモンのタイプとは基本的に種族ごとに不変だ。

 

 例えばエアの種族たるボーマンダは『ひこう』と『ドラゴン』タイプ。

 シアの種族たるグレイシアなら『こおり』タイプ。

 シャルの種族たるシャンデラならば『ほのお』と『ゴースト』タイプ。

 

 もし他のボーマンダがいたとしてもそのボーマンダは同じ『ひこう』と『ドラゴン』タイプだし、他のグレイシアがいてもそのグレイシアは『こおり』タイプ、シャンデラなら『ほのお』と『ゴースト』タイプとそこに『個体差』というものが無い。

 

 基本的には。

 

 だが不思議なことにこのタイプというのは割と簡単に変化してしまう。

 先ほど不変である、と言ったばかりではあり矛盾しているようだが、一度決まったタイプというのを変更するのは容易なことでは無い。

 それこそ規格外の育成力を持ったブリーダーならば或いは……と言った風に世界中見渡しても後天的タイプの変更が可能な存在など片手で数えることができる程度になるだろう。

 

 だがそんなことしなくとも、生まれる前の状態。

 

 つまり『タマゴ』の時点で『環境の変化』を与えることでポケモンはそれに『適応』して生まれる。

 地方が違う、それだけで同じ種のはずのポケモンのタイプがまるで別物に変化したりするのだ。

 

 それはある意味もう別の種類のポケモンと言える。

 

 ポケモンの『タイプ』とは単純にバトルにおいて弱点の有無や技の威力の上昇のためにあるのではない。

 ポケモンの『タイプ』とはある意味そのポケモンの『本質』であり、『適性』であると言える。

 

 実機をやったプレイヤーなら誰しも一度は考えるのではないだろうか。

 このポケモンがこんなタイプじゃなかったらだったらもっと強かったのに、とか。

 このポケモンはこのタイプを持っていればもっと強かったのに、とか。

 

 けれど現実的にはそれは無理なのだ。

 

 ポケモンのタイプとはポケモンの本質である以上切っても切り離せない。

 水の中で生きるポケモンたちは『みず』タイプを捨てられないし、体内に内燃機関を持ったポケモンには『ほのお』タイプがある。発電器官があるならば『でんき』タイプになるし、石質の体を持ったポケモンは『いわ』タイプとなる。

 

 その中でも『ひこう』タイプの本質とはつまり飛行……『飛ぶ』ことである。

 

 ポケモンの技でも『そらをとぶ』を覚えるポケモンはたくさんいるが、『ひこう』タイプとそれ以外ではやはり飛行技術に大きな差がある。

 例えば先のダークレックウザの飛行能力が本来の物よりも劣っていたように、空を飛ぶポケモンの中でも『ひこう』タイプを持っているか否か、というのは飛ぶことに対する適性のようなものが大きく変わる。

 

 タイプ変化とはつまりそのポケモンの本質の変化に近い。

 この森のポケモンたちはどれもこれも『ダーク』タイプへと変化し、恐ろしい力を秘めてはいるが、けれど肝心の姿形が変わっていない。色合いだけは変わっていても、結局ウォーグルもバルジーナもイベルタルも。

 

 ―――本来飛ぶことが生態のポケモンなのだ。

 

 誰も彼も地上で生きることを前提にしていないのだ。

 確かに『ダーク』タイプは優秀なタイプ相性だ。極めて優秀なタイプ耐性だ。

 全てに『ばつぐん』を取り、全てを『いまひとつ』にする。

 極めて攻撃的なタイプであり、極めて防御的なタイプでもある。

 

 だが『飛ぶ』ことを前提に生きるポケモンたちから『ひこう』タイプが喪失する、というのはそのメリットを差し引いて有り余るほどのデメリットをもたらすのだ。

 

 

 * * *

 

 

 空を舞う二体のポケモンを眺めながら、嘆息する。

 

「情けない」

「仕方ないわよ」

 

 肩を落とす俺に、シキが慰めるようその肩を叩く。

 けれども上空を見上げ、そこで悠々と空を泳ぐレックウザの姿を見て、再びため息を吐く。

 一瞬イベルタルを怯ませた隙にシキを連れて二人で地上に降り、後はレックウザの好きにさせてみると良く分かる。

 

「俺はレックウザの力を全く引き出せていない」

 

 それどころか、俺を守らせるために力を裂かせている分だけ足を引っ張っているとすら言える。

 

 実際、レックウザの力は凄まじいの一言だった。

 

 自在に空を舞い、あらゆる角度から急襲する(ガリョウテンセイ)

 かと思えば『しんそく』で距離を離して『かみなり』や『ハイパーボイス』で攻撃し、イベルタルがそれに対抗せんと大技を放つために隙を晒せば再び『しんそく』で近づいて一撃を見舞う。

 

 『ひこう』タイプを失ったイベルタルはレックウザほど自在に空を飛ぶ力を喪失している。

 代わりに『ダーク』タイプという優秀な耐性を手に入れたのだろうが、残念ながら空中戦(ドッグファイト)を繰り広げているのに両者の飛行能力に差がありすぎてほとんどただのサンドバッグ状態である。

 

 先ほどまで逃げの一手だった相手に。

 

 俺たちというお荷物が消えただけでこれである。

 

 協力を頼んだのは俺だし、ボールに入れたとは言え一時的なものであって正式に仲間になったとは言えない相手なので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「せめて絆が結べればなあ」

 

 エアたちほどで無くても良いのだ、ある程度で良いので絆が結べたならば『メガシンカ』だってできる。

 残念ながらこの世界、ゲーム時代のようにメガストーンとキーストーンがあれば捕まえたばかりのポケモンでもメガシンカできる、なんてお手軽チートはできない。

 トレーナーとポケモンの間に絆が無ければキーストーンの共鳴が足りずにシンカに失敗するし、不確かな絆ならばメガシンカしても暴走してしまう危険性を孕む。

「ああ、くそっ」

 同じ伝説種を相手に圧倒し続けるレックウザを見やり、今日何度目かになるかも分からない悪態を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 実際のところ、両者の差はそれほど大きかったわけでは無い。

 結局のところそれは以前ハルトたちが伝説を倒すためにやったことと同じなのだ。

 一方的に攻撃し続け、相手の力を封殺し、抵抗を許さないままに倒す。

 

 ハルトたちはそれを数で行ってカイオーガとグラードンを倒したが、レックウザはそれを飛行能力の差……つまり機動力でもって行っている。

 

 確かに『ダーク』タイプ化によって『ひこう』タイプが失われたイベルタルと『ひこう』タイプを持ったままのレックウザの機動力の差は歴然だ。

 だが逆に考えれば実際に殴り合えば『ダーク』タイプという極めて凶悪なタイプ相性は途端にレックウザに牙を向くことになる。

 先ほど戦ったセレビィたちならばまだ圧倒的なレベルの差で押しつぶすことができた。

 

 だがイベルタルは同じ伝説……超越種だ。

 

 それでも尚、レックウザのほうが強い。だがその差は決して埋められないほどのものでは無い。

 

 故に、レックウザも同じことを思うのだ。

 

 メガシンカできれば、と。

 

 放たれる『ぼうふう』を躱しながらお返しと『しんそく』の一撃を叩き込む。

 だが黒闇(ダーク)に染められたイベルタルの巨体はその一撃に耐え、反撃とその大きな翼でレックウザの巨体を『はたきおとす』。

 一瞬空中での制動が効かなくなるレックウザ、その隙を逃すまいと『デスウィング』を羽ばたかせるイベルタルだが、突如空から『りゅうせいぐん』が降り注ぎその体幹を揺らす。

 イベルタルの態勢が揺らいだ僅かの間でレックウザが態勢を立て直し、虚空を泳ぐようにして移動していく。

 逃がすまいと追って来るイベルタルを突き放さんと『ハイパーボイス』を放つ。

 だがそれを見越していたとばかりにその翼から羽を弾くように飛ばしてレックウザへ『ふいうち』をする。

 結果は両者相打ち、だがタイプ相性の分だけイベルタルのほうが余裕があるようには見えるし、けれど根本的な体力の差でレックウザもそれほど効いた様子は見せない。

 

 再び始まるドッグファイトにレックウザが目を細める。

 

「弱いな」

 

 それがレックウザの正直な感想だった。

 何度も言うが、レックウザとイベルタルの差というのはそれほど大きいわけではない。

 小さくも無いが、ひっくり返せないほどのものでは無い。

 

 だが、だ。

 

 弱い。

 

 単純な強い弱いというより『意思』が無い、というべきか。

 まるで勝手に動く人形を相手にしているような感覚がある。

 だがおかしいのだ、あの黒い色……『ダーク』タイプとは生に敵する殺意の色なのだ。

 全ての生に対する突き抜けて強烈な殺意こそが『ダーク』タイプというイレギュラーを生み出す。

 

 なのに『意思』が無いというのはおかしいのだ。

 

 あるはずなのだ、そこには『殺意』という名の意思が。

 

 なのにイベルタルからはそれが感じられない。

 思えばセレビィもそうだった、シェイミ-も、ジラーチも、誰も彼も操り人形がごとく『意思』を感じない。

 

 それが何なのか、レックウザには分からない。

 

 だが、少なくとも。

 

 ―――こんな人形に負けるつもりはさらさらない。

 

 

 キリュゥゥアアアアァァァァァァァァ!!!

 

 

 龍の咆哮が響き渡る。

 

 “りゅうのまい”

 

 踊るように空を舞う龍へとイベルタルが羽を広げる。

 

 “デスウィング”

 

 自らが必殺の一撃を見舞わんとした攻撃を、けれどレックウザは避けようとする素振りも無く受け止める。

 大きく耐久(HP)が減じた、それを理解しながらもその視線は真っすぐ、イベルタルへと向けられ。

 

「終わりだ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 虚空を蹴るようにして炎を纏って突き進む。

 

 

 『ガリョウテンセイ』に並ぶ、レックウザが誇る必殺の一撃、その名を。

 

 

 “ V ジ ェ ネ レ ー ト ”

 

 

 『ほのお』タイプ最大最強の一撃がイベルタルから放たれる破壊の風(デスウィング)を切り裂き、燃やし尽くし、その奥のイベルタルへと突き刺さる。

 

「―――ォォォォォ」

 

 絞り出すような悲鳴を上げながら、イベルタルが地上へと堕ちていき。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 




実際のとこ実機基準で言うとVジェネとガリョウテンセイの威力に差はありません(レックウザが使う限り
じゃあ最後ガリョウテンセイでも良いのでは? と思った読者。

だってVジェネかっこいいじゃん、決め技に使いたくなるよ。

というわけであっさりと倒されたイベルタル、だってこれ前哨戦だからね(
因みに言うと、これはイベルタルであってイベルタルじゃないからね。
カロス編でイベルタル出ないわけがないので出ると言っておくけど、カロス編のイベルタルはちゃんとイベルタルなのでイベルタルしてる(ゲシュタルト崩壊

というわけでデータ。

【名前】■■
【種族】イベルタル/超越種
【タイプ】ダーク
【性格】――――
【特性】■■■■■(未発動)
【持ち物】――――
【技】デスウィング/はたきおとす/ふいうち/ぼうふう

【裏特性】『■■■■■』
????

【技能】『■■■■■■■■』
????

【能力】『■■■■■■■■』
????

【禁忌】『■■■■■■■』
自分の攻撃技が、相手の現在HPと最大HPの両方にダメージを与える。最大HPが0になったポケモンは『■■■』する。



え、ほとんど分かってないじゃんって?
だってほとんど使ってないもん、今回のバトルで。正確には使えなかったんだけど。


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深淵の水底:悪夢世界

 渦を巻くように(イベルタル)が落ちていく。

 

 その光景をただ地上から見やることしかできない。

 伝説種がこのくらいでやられるだろうか、そんな俺の警戒を裏切るように闇へと変じたソレは地上へと落ちていき。

 

 ぼとり、と地に落ちると同時にふわり、と()()()()()

 まるで衣類の糸が解けていくように、闇が解け、広がり、そして。

 

 ぶわり、と(にじ)んでいく。

 

 少しずつ、少しずつ、空間に溶けて、滲み、そして世界を包んでいく。

 

 全てが黒に染まり、全てが闇に溶け、そして。

 

 そして。

 

 そして。

 

 

 * * *

 

 

 ふっと目を覚ました時、そこは見知らぬ場所だった。

 

「…………」

 

 思わず無言になってしまう。周囲をきょろきょろと見渡すが、絶句するより他無い。

 そこには先ほどまであった全てが無かった。

 

 そこに赤い空は無かった。

 窓の外から見えるのは青い空と白い雲。

 

 そこに黒い森は無かった。

 見覚えの無いその『部屋』の窓から見えたのは見覚えのある景色。

 

 そこに暗く滲む闇は無かった。

 あったのは照り付ける眩しい朝日。

 

 そこは『部屋』だった。

 見覚えの無い、見知らぬ誰かの部屋。

 ここはどこか、なんて分からないけれど。

 けれども、ここがどこか明瞭なほどに分かりきっている。

 

「ミシロだ」

 

 窓から見えた光景にそう呟く。

 森の囲まれたひなびた田舎町としか言い様の無いその景色は、まさしく自身も良く知るミシロの町そのものだった。

 

「なんだ、これ……何がどうなって」

 

 直前までの記憶を思い出そうとして、けれどどうしてだろう、何も思い出せない。

 レックウザがイベルタルを倒し、イベルタルが闇になって……それから。

 

 それから、どうした?

 

 まるで空間を、世界を塗りつぶすかのように闇が広がって、それからのことが思い出せない。

 あの後どうなったのか、何故いきなりミシロにいるのか、分からないことだらけではあるが。

 

「……レックウザやシキが居ない」

 

 それが何よりも問題だ。

 

 正直な話、()()()()()()()()()()()()という疑問がある。

 少しばかりメタ読みな部分もあるが、こういう時お話で言うならば、というやつだ。

 とは言えあの空間から突然ミシロにやってきた、と考えるには余りにも前後が繋がっていない。

 だったらあの空間がこの一見するとミシロに見える風景に切り替わった、つまり俺たちは一切移動していないと考えたほうが自然ではある。

 

 そう、自然ではあるのだ。

 

 ただそうすると今度は何故シキやレックウザが居ないのか、という疑問に行きあたるのだが。

 そんなことを考えていると。

 

 こんこん、と『部屋』の扉がノックされる。

 

「っ?!」

 

 咄嗟にベッドの上に立ち上がり、警戒をする。

 そんな俺を他所に無造作に扉が開かれ、現れたのは。

 

 ―――自身も良く知る青いコートの少女だった。

 

「……エア?」

 

 自身の声になんら反応を示すこと無く、エアが何気無い動作でこちらへとやってきて。

 

 

 ぞぶっ、とその拳を俺の腹に突き立てた。

 

 

「はっ……あ……?」

 

 腹部に走る痛みよりも何よりも、突然のエアの行動に理解が出来ず目を見開き、全身が崩れ落ちて。

 

そして俺の意識はゆっくりと消えていった。

 

 

 * * *

 

 

「……エア?」

 

 自身の声になんら反応を示すことも無く、エアは……()()()姿()()()()()()はこちらを一瞥すると、ばたん、と扉を閉めて去っていく。

 

「…………」

 

 思考が追いつかず絶句したままその背を見送る。

 扉が閉められ、足音が遠のいていき、完全に聞こえなくなって。

 呆然としたままそっと腹部に手を当てる。

 何も無い。そこには、何も無い。傷一つ無く、着ている服には血痕の一滴たりとも見当たらない。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「どういうことだ、なんだこれ、なんだよここれ」

 

 思考が回る、だが理解ができない。

 ただ一つ分かることもある。

 

「あれはエアじゃない」

 

 エアの姿をしているだけの別の何かだ。

 それが理解できる、否、間違えるはずも無い。

 俺だけは絶対にそれを間違えるはずも無いのだ。

 

 だからこそ分からない。

 

 アレは何だ。どうしてエアの姿をしている。

 

 そして俺は今一体何をされた?

 確かに今、腹を貫かれた記憶がある。だが現実には何も起こっていない。

 何で俺は生きている? 何でエアの姿をしたアレは追撃してこない?

 今の俺の傍にはシキもレックウザも居ない。

 甚だ不本意ではあるが、現状俺は敵に遭遇しても『対抗手段』が皆無だ。

 つまり敵の視点からすれば仕掛けるなら今がチャンス……のはずなのだ。

 実際一度は……仕掛けてきた、のだろうか?

 分からない、分からない、分からない。

 

「誘ってる?」

 

 エアの姿をしたアレの背を追えと?

 否、何のためにだ。

 そもそもそんなことに意味があるとは思えない。

 ただこれで確信した。

 

 ここはあの空間の続きなのだ。

 

 つまり俺は何らかの『ポケモン』の力によってこの場所にいる。

 そしてその『ポケモン』の力によってあのエアの姿をした何かは存在している。

 

「こんなことができるポケモン……いたか?」

 

 コピー、となるとメタモン?

 メタモンの変身技術は熟達すると本物との見分けがつかなくなる。

 喋れないという難点こそあると思われているが、その実変身によって『声帯』を獲得するのだから会話の訓練をするとメタモンは喋れるようになる。

 ただメタモンに空間をこんな風に改変する力はさすがに無い。

 だったらなんだ……否、無理だ。

 

 何が起きたのか分からないのにその原因を特定するなど不可能だ。

 

「……動くべきか?」

 

 動けば良くも悪くも事態も動く……と思う。

 動かなければ……果たしてどうだろう?

 シキかレックウザが助けに来てくれる確率はいかほどだろう?

 

「手持ちが居ない以上迂闊に動けない……か」

 

 だが同時に動かなければ事態が好転する、という保証も無い。

 何せすでに一度は仕掛けてきたのだ。相手はこれっぽっちもこちらに友好的ではないのは分かった。

 つまりどっちもどっち、どちらを選んだとて差異など無いように思える。

 ならば後は好みの問題で良い。

 

「行くか」

 

 呟きと共にベッドから降りる。

 エアがいるならここは俺の家なのだろうかと思いつつも、けれど見覚えの無い部屋の謎に首を傾げる。

 

「ま、降りてみれば分かるか」

 

 そんなことを考えながら、まだ違和感の残る腹部に手を置き部屋の扉を開いた。

 

 

 * * *

 

 

「糞ったれが!!!」

 

 吐き捨てるように毒吐く。

 言葉遣いが悪いとは自覚しているが、それでもそれを抑えることもできないほどに今苛立っていた。

 

「分かったぞ! この世界の性質が、そしてこの世界の主も!」

 

 家の中で()()()()()()()()()()に十数回。そして家から飛び出した先で二十回以上殺されればいい加減理解もできる。

 刺殺、撲殺、絞殺、毒殺、焼殺、感電死、溺死、失血死。

 取り合えず思いつく限りの殺し方は一通り試したと言いたくなるようなラインナップであるが、その全てを自分で体験した身としては糞ったれとしか言いようが無い。

 

 

 ―――ここは夢だ。

 

 

 三回目あたりの死でそれに気づけなければ発狂していたかもしれない。

 この世界における死は『虚構』でしかない。精神を揺さぶる効果こそあれ、それを夢と認識していればその実あっさりと乗り切ることができる。

 だが逆に夢だと理解するのが遅ければその間に起きた幾度物の死は『現実』として自らの身に降りかかる。

 勿論夢である以上現実の体が死ぬなどということも無いのだろうが、夢である以上……否、夢だからこそそれを現実として認識すれば精神に死が刻まれる。

 性質が悪いにもほどがある。

 

 これは夢だ。

 

 自らの記憶の中の『親しい』人たちが自らを殺しに来るという最悪に近い『悪夢』だ。

 

 つまりこの夢の主はたった一人しかあり得ない。

 

「ダークライだろ!!!」

 

 その言葉に反応するかのように。

 

 ()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ますと闇の中だった。

 また悪夢の中かと一瞬思ったが、薄っすらと開いた視界の中で泣きそうな表情で俺を見つめる少女を認めて。

 

「……ここは現実か?」

「……そうよ、ただの悪夢みたいな現実よ」

 

 少女から伸ばされた手が俺の頬に触れる。

 手のひらから感じる熱に、少しだけ気持ちが凪いでいくのを感じた。

 

「シキ……レックウザは」

「いるわよ……今少し、手が離せないけど」

 

 その言葉に疑問を抱き、同時に少し離れた場所で響いた爆音が耳に入る。

 ゆっくりと顔を上げて視線を向ければそこには……。

 

 全身から黒いもやのような何かを発するダークライと本来桃色だったはずの全身を黒に染めた()()()()()がレックウザと戦っていた。

 

「悪夢を見せるやつと、悪夢から助けてくれるやつが結託してるとか、ありかよ」

 

 まさに『夢』も希望も無い話だ。

 とは言え、ダークライもクレセリアも所詮は準伝説種であり、その本質が『夢への干渉』である以上、イベルタルよりも戦闘能力で圧倒的に劣っているのは自明の理であり。

 例え二対一だろうと、空の龍神が劣る道理も無い。

 

 キリュゥゥアアアアァァァァァァァァ!!!

 

 闇の空間に咆哮が響く。

 文字通りの勝利の雄叫びと言ったところか。

 

 力尽き、倒れ伏した二体の体、その輪郭が崩れ闇へと溶けていく。

 

 ―――勝ったのだ。

 

 それを理解し、安堵すると同時に。

 

「ごめん、シキ……もう限界」

 

 『夢』と理解してもそれでも都合三十回以上も『死』を経験したのだ、精神的疲労は極度に達していて。

 

「少しだけ……頼む」

 

 伸ばされたシキの手に『バトンタッチ』とばかりに手のひらを重ね、そのまま意識が闇へと落ちて行った。

 

 

 * * *

 

 

 ソレにとって『基本的』に自身以外のことというのはどうでも良いことだった。

 一年の大半を空のさらに上で生き、時折地上で体を休める程度であるが故に、ソレにとって自分の以外の存在というのはほとんど未知に近い。

 とは言え空の下には自分以外の生物がいることも知っていたし、ソレらが自分よりも圧倒的に劣る物であるというこも理解している。

 空のさらに上……後の世で『オゾン層』と呼ばれる領域で生きることのできる存在というのはソレを除いて他にはいなかった。

 故にソレは自分以外の存在を知りながらも、それらを関係の無い物として考えていた。

 

 地上で、空で時折起こる生物同士の争いや繁殖、そうした変化はソレの住まう領域においては起こり得ないことであり、ソレはただ日々淡々と空のさらに上を泳ぎながら時折飛来する隕石を拾っては糧としていた。

 

 生存領域が根本から異なっている以上、ソレがソレ以外の生物と関わることなど皆無に等しい。

 

 はずだった。

 

 遥か太古の時代に二体の怪物が地上を荒らしまわった。

 それだけならばレックウザとて我関せずと無視していただろう。

 だが寄りにも寄ってその二体の怪物は天候を……空を支配しようとした。

 

 空は即ちソレの領域だ。

 

 それを侵そうとするならば、いくらソレとて座して見ていることなどできるはずも無い。

 

 故にソレ(レックウザ)は戦った。

 グラードンとカイオーガという自身と同格の怪物を相手に戦い、勝利し、二体の怪物を地の底深く埋め、海の底深くに沈めた封じた。

 

 そうして地上の平和を取り戻したソレを神と崇める生命が生まれたがソレにとって地上のことなど知ったことでは無い。

 二体の怪物が封じられた以上、最早ソレの安寧を脅かす存在は居なくなったのだ、ならば用は無いと再び空高くへと消えていったソレは再び長い安寧の時を過ごす。

 

 だが長い時を過ごすうちに思ってしまったのだ。

 

 地上は一体どうなっているのだろう、と。

 

 それは以前までのソレならばあり得ない思考ではあった。

 以前までのソレにとって地上とはただの止まり木。時折降り立って休めるだけの場所だったのだ。

 ただ地上で怪物たちと戦うことで地上を『知って』しまった。

 ほんのひと時とは言え、必要以上に地上に降り、そこに関わってしまったが故にほんの僅か、地上に心を裂かれた。

 

 そうして裂かれた想いは長い年月をかけてソレの中で膨らみ続け、やがてソレに地上への興味を抱かせた。

 

 そうして久々に見る地上の生物たちは相も変わらずであり。

 けれどそんな地上の様子を見て、ソレはその変わらない様子に少しだけ感慨を抱いたのだ。

 あの怪物たちがあれだけ地上を荒らしまわっても尚以前と変わらないままに生きることができる地上の命というのは随分と逞しいものだと。

 

 ほんの僅かな興味は確かな思いとなって地上とソレを結びつける。

 

 そうして。

 

 かつて封じたはずの怪物たちが蘇る。

 

 ゲンシの時代の出来事である。

 

 




因みに『本当の』悪夢世界は夢を自覚したところでガリガリ精神削ってきます。
ついでに言うと夢の世界の正体を看破したところで目覚めることはできません。
だって今回の『疑似』世界と違って『本当の』悪夢世界はすでに一つの世界として確立されてるからね。
なので生命が『眠る』という行為がキーとなって強制的に悪夢世界に招待されます。
そして眠っている間に夢の中で殺されまくってがりっがり精神を削られる。
まあ精神が削られても肉体は眠ってるので肉体は癒される。
前にも番外編に書いたけど『眠りは肉体を癒し、精神を削る行為』で『起床は肉体を削って精神を癒す行為』。それが『一周目の世界』の『世界法則』なのだ。

素晴らしきかなディストピア、人に真の安らぎは無い。


因みにハルト君がマジギレしてるのは殺されたこととかどうでも良くて「家族」を象られて悪意を向けられたこと。
他人に殺されても夢だからで済ますけど、自分の家族の姿を勝手に使われた挙句にその姿で自分を殺そうとしてきたことがマジ許せねえ、と思ってる狂人スタイル。


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深淵の水底:常闇の天海

 

 

 闇が晴れた時、そこにあったのは去年克明なまでに脳裏に焼き付いた光景だった。

 雷鳴轟く空と()()()()()

 荒れ果てた地上には生命どころか『文明』の足跡すら残さず、綺麗さっぱり全てが消し去られていて。

 

「ここ……は」

 

 空を見上げ呟きながら腕の中の少年をぎゅっと抱きしめる。

 それはすでに終わったはずの光景。

 自身が……そして何より、少年が終わらせたはずの光景。

 

 最早見ることは無いと思っていたはずなのに、たった一年の間すらおかずに再び見ることになろうとはシキとて夢にだに思わなかった。

 

 それよりも何よりも。

 

 この空間の『主』のことを思えば、自身の隣にいる少女の姿をした龍神へと視線を向けざるを得なかった。

 

「っ……」

 

 同時に見なければ良かったと後悔もする。

 視線の先に立つ龍神……レックウザは空を見上げていた。

 

 ―――今にもこの空間の『主』を縊り殺さんと殺意の滾った目で。

 

 

 * * *

 

 

 風が渦巻く。

 

 レックウザを中心として渦巻く風が圧縮され、圧縮され、圧縮され。

 今にもはちきれんばかりの空気の球となってレックウザのその手に収束していく。

 その光景を後ろから見ているシキからすれば余りにも理不尽ぶりに目を覆いたくなった。

 

 風が吹く、普通に考えればなんらおかしくの無い自然現象ではある。

 だがこの世界……というか空間で風が吹く、というのはそれだけで異常なのだ。

 この壊れた世界で、そんな『正常な』自然現象は起こり得ない。

 完全なる凪の世界は破壊しかもたらさない、そのはずなのに。

 

 その感覚を異能者以外の人間に伝えることはやや難しいが、かみ砕いて言えばこの世界は『風が凪いでいる』のが常なのだ。

 まず風という概念があるかどうかすら怪しい話であり、だとするなら今目の前で起こっていることは余りにもシキの常識を逸脱した話である。

 

 異能者の使う異能とは世界法則の改変のようにも見えるが、シキの感性で言うならば正しくは法則の『偽装』である。

 理の上っ面を見せかけだけ変えてあたかもそれが真実であるかのように見せかける。

 シキのような強力な異能者ならそう簡単に偽装が剥がれるようなことは無いが、けれど結局それは元となる理の上をなぞらえて形だけ整えた物に過ぎない。

 

 故に元となる理が無いならば異能者の異能は使えない。

 

 簡単に言えば今この空間においてシキの『反転』の異能は使用できない。

 

 何故ならここは『凪ぎの世界』だから。

 

 上昇(バフ)下降(デバフ)も無い、平等(フラット)がルールの世界なのだから。

 例えその平等性こそがもっとも不平等なのだとしても、だ。

 

 だというのに今目の前でレックウザは風を集めている。

 凪の世界で、平等がルールの世界で自らの有利を集めているのだ。

 異能者の異能が理の『偽装』ならば超越種のそれは理の『偽造』である。

 自分勝手にも自分勝手なルールを創り、押し付ける。

 創ってしまうが故に元のルールなんて関係が無い。同じルールならば後は干渉能力のぶつけ合いだ。

 そして恐らくレックウザという超越種は全ての超越種の中でも最大級の力を持っているように思える。

 

 つまり実質的にこの世界においてレックウザに押し付けられたルールを跳ね除けることのできる存在など皆無に等しいということ。

 

 例外、と言えるのかどうかは分からないが、それでも例外があるとするなら全ての祖にして全てを創った『カミサマ』か。

 

 もしくは……。

 

 ぱちん、と。

 

 シキの思考を打ち消すように音が弾けた。

 

 

 

 

 

 轟音、否、最早爆音とすら言って良いほどの凄まじい音を立てて風が弾けた。

 風が逆巻き渦となって天へと昇って行く。

 まるで柱のように一直線に空へと進む風が分厚い黒雲を吹き飛ばし、その上にある漆黒の空を映し出す。

 

「居場所を教えてやったぞ……早く来い」

 

 空に向かって手を突きだしたレックウザがぼそりと呟き。

 

 ―――直後。

 

「キリュオォォォゥウォォォォォォ!!」

 

 空から黒が降り注いだ。

 

 

 * * *

 

 

 一対の流星が空を()()()()()()()

 

 その足元で先ほど消し飛ばしたはずの黒雲が再び戻ってきていることに気づきながらも、レックウザはそれに意も関せずにただ目前の黒い龍だけを見つめていた。

 

 愚かしい、愚かしい、愚かしい!

 

 人の嘆きに、痛みに、世界を焼くほどの呪いに身を焦がし、自らが守ろうと決めた物すら自ら壊さんとする。

 そんな無様を晒し続けた果てが『コレ』なのか。

 そんな無様を自身もまた晒していたのか。

 

 だとするなら、余りにも許しがたく、度し難い。

 

「「キリュウウウウウアアアアアアア!!!」」

 

 咆哮をぶつけ合う二体の龍神。

 その身の色以外は瓜二つな両者。

 

 片や守護者と謳われた空の龍神。

 片や破壊者と謳われた狂える龍神。

 守る者と壊す者。

 

 全く逆の性質を有していながら、けれど両者は同じ存在だった。

 

 ()()()()()()

 

 その差は歴然だった。

 

「リュウウウウウウウアアアアアアアアアアアア!!!」

「ルウウァァァ!?」

 

 空の戦いは常に立体的だ。

 地上での戦いと違い、足元にも空間があるが故に360度あらゆる方向に動ける。

 だがそれでも、空中戦において一つ絶対の理が存在する。

 

 上を取った者が有利となる。

 

 例えポケモン同士の戦いだろうと、それは変わらない事実だった。

 そして黒の龍神はその圧倒的破壊力と引き換えに飛行能力を衰えさせた存在だ。

 で、あるが故にアドバンテージは常にレックウザにこそ存在する。

 

 “ハイパーボイス”

 

 放たれた音の壁が黒の龍神へと叩きつけられる。

 だがそれで怯むような黒龍ではない。闇に染め上げられたかのような漆黒の胴はその身に纏う風の鎧も相まって生半可な攻撃ではビクともしない。

 

 ここまでの数度の攻防でレックウザもそれに気づいた。

 

 で、あるが故に奪った。

 

 ゴウ、と風が唸りを上げてレックウザの元へと集まって来る。

 それは黒龍が身に纏っていたはずの風も同様だ。

 本来ならば黒龍が集めていた風を、レックウザが奪うなど不可能のようにも思えたが。

 

 忘れてはならない。

 

 風を操る適性(ひこうタイプ)を黒龍は失っているのだ。

 

 さらに言うならば本来の黒龍ならばともかく、その()()に過ぎない今の黒龍の力がレックウザに及ぶはずも無く。

 

 集めた風の力を身に纏いながら、ぐんと真上に向かって加速し始める。

 

 上昇。

 

 上昇。

 

 上昇。

 

 高く高く、レックウザが空を登って行く。

 

 ―――そうして。

 

「キリュウウウオオオォォォアアアアアアァァァァ!」

 

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ”

 

 

 超高度から急降下によって放たれた空の奥義が黒龍へと突き刺さり、その身を地上へ叩き落した。

 

 

 * * *

 

 

「化け物過ぎるわ」

 

 どっちも、と言いたいが今はあのレックウザのほうだろう。

 というか気のせいで無ければ、昨年戦った『ダーク』化している時より強くなっているような気がするのだが。

 

 否、あの時は『理性』というものが無かったのだから、理性を持った今の状態のほうがより『効率的』にその力を振るえる、というのは分かる、分かるのだが。

 

「去年と同じ面子集めたところであれに勝てる気がしないわね」

 

 少なくとも昨年戦ったダークレックウザはその殺意に呑まれてこちらへ『向かってきて』くれた。

 空の上に佇んでいても、こちらの攻撃が届かなくも無い状態だった。

 だからこそ戦うことができたのだ。

 だが今のあのレックウザを相手にした場合、恐らく初手で空の上まで逃げられ攻撃の届かないところから向こうが一方的に攻撃してきて終わり、と言ったところだろうか。

 

 例えグラードンやカイオーガがいたとしても、あの二体でも空の上のレックウザに届くだろう攻撃は少ない。

 

 今更だがアレと敵対して良く無事に終わったものだと思う。

 同時にもう二度と相手したくないものだと願う。

 

「まあ今は良いわ」

 

 そう今は味方なのだ。

 頼もしく思っていれば良い。

 ついでに全力で放った一撃のせいで空の上で疲弊しているレックウザの代わりに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「頼むわね、ギガ」

 

 呟き投げたボールから巨体が現れる。

 

「ジジ……ジジ……」

 

 電子音のような鳴き声を奏でながら太古の巨神(レジギガス)がその腕を振り上げる。

 

 “いかさまロンリ”

 

 “スロースタート”

 

「ああ、やっぱり」

 

 発動した自身の『異能』に、確信を得る。

 伝説殺し、その力を秘めたレジギガスを通してならば一時的にではあっても『超越種』のルールを破ることができるらしい。

 そもそも伝説と戦うこと自体が少ない上に、基本的にメインで戦っていたのはハルトだったので詳しく検証できる機会が無かったのだが、こうして実証を得られると後で育成の役に立つのだ。

 

「まだ伸ばす余地があるわね、ギガも」

 

 そもそもハルトにレジアイスをもらうまで使えなかった力が多すぎてろくな育成もできていなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

 “ギガインパクト”

 

 放たれた一撃が地面に体半分埋まったまま動かない黒龍へと突き刺さる。

 

「リュウウウウウアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 悲鳴染みた絶叫が上がるが、けれど動かない。レックウザにもらったダメージが大きすぎてまだ動けないと言ったところか。

 

 “ぜんりょくリバーシブル”

 

 “ギガインパクト”

 

 放たれた二撃目、もう片方の拳での一撃が再び黒龍に突き刺さり。

 

「リュ……ァァァァ……」

 

 断末魔の声をあげながら、その身が闇へと溶けていく。

 溶けた闇が足元の大地が黒へと染め上げていき、徐々に広まっていく。

 

「さて、今度はどこかしらね」

 

 未だに目を覚まさないハルトをしっかりと抱きかかえながら。

 

「ちょっと役得……なんて思ってるのはさすがに不謹慎かしらね」

 

 黒に染まっていく空間を見やりながら苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 ゲンシの時代。

 

 現代よりも遥か昔ではあるが、太古の時代よりは後の時代。

 平穏だったはずのレックウザの領域は再び荒された。

 

 かつて封じたはずの二体の怪物たちは当時世界中に満ちていたエネルギーを吸収することでさらに強力な力を操り地上を荒らしまわっていた。

 今度ばかりはレックウザとて勝てないかもしれない。それほどまでに怪物たちは力を付けていた。

 

 とは言え空の上まで登り切れば、レックウザとて我関せずを貫くことはできなくも無かったかもしれない。

 そもそも空はどこまでも繋がっているのだから今この場所……地上でホウエンと呼ばれているこの地に留まり続ける意味も無いのだ。

 飛んで静かな地に移動すれば……それだけでレックウザはまた平穏を取り戻せる。

 

 以前までのレックウザならばそれもアリだったかもしれない。

 

 だが。

 

 知ってしまった。

 地上にあるちっぽけな命たちのことを。

 

 見てしまった。

 地上に住まう者たちの営みを。

 

 興味を示してしまったのだ。

 今まで見下ろしていただけの地上に。

 

 このままでは海が干上がるか、陸が沈むか、行きつく先は地上の破滅だろう。

 そこに生きる者たちの生存は……控えめに言っても絶望的だ。

 

 ―――助けたい。

 

 そんな気持ちが全く無かったと言えば嘘になる。

 だが自らを危険に晒してまでも助けるべきか、と言われると動けなくなる。

 そうしてレックウザが手をこまねいている間にも怪物たちは地上を荒らしていく。

 

 その中でついに限界を迎えた生命が地上に落ちてきた隕石に願いを掛けた。

 

 ―――助けて。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 かつてのレックウザならば聞こえなかっただろう声。

 けれど今は地上への興味を持ったことで地上とレックウザの間に『繋がり』が生まれている。

 が、故に隕石はその身を震わせる。

 

 その震えに共振するかのようにレックウザが体内に蓄えてきた隕石もまた震え出し。

 

 そうして。

 

 小さな小さな『絆』がそこに生まれる。

 

 一つ一つは小さな『絆』だった、それでもいくつもいくつも、小さな命たちがより集まってレックウザに助けてと願う度に『絆』は強くなり。

 

 ―――助けたい。

 

 強い願いは絆となって力となる。

 

 メガシンカ。

 

 人々との間に生まれた『絆』がレックウザの力となり、そうしてレックウザは二体の怪物を再度封じ込める。

 もう二度と出てくることの無いように火山の深奥に赤の怪物を、深海の深く深くの海底洞窟に青の怪物を封じ込めた。

 

 そうしてレックウザは空へと戻った。

 

 地上の命の願いに乞われてやってきた、だが自らがあの怪物たちと同じく地上を壊してしまう力をもっていることを理解していたから。

 

 だからレックウザは上から眺めるだけになった。

 

 地上の命の営みを、ただ空の上に座して眺める。

 

 そうして時折降りかかる災厄を、地上の命の願いに乞われて払っていく。

 

 その度にレックウザは感謝された。

 

 地上の命たちに感謝され、崇められた。

 

 守りたい。

 

 そんなことを幾度も繰り返していく内に、レックウザもまたそんなことを思うようになったのは。

 

 さて、良いことだったのだろうか?

 

 

 




普通のポケモンバトルなら飛行適性とかあんま関係無いだけどね、フィールド区切られてるし。
でも何でもありの野良バトルかつ空中戦となると上を取ると常時『めいちゅう』ランクが2上がって『かいひ』ランクが2上がるくらいに思ってればいいよ。


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深淵の水底:異次元回廊①

 

 

 闇が晴れた先に見えたのは『光の奔流』だった。

 後ろから前に、一直線に流れていく光に照らされて見えたのは陽炎のように揺らめく青のトンネルだ。

 薄暗く奥すら見通せない景色ではあるが、先ほどまでの闇の中よりは各段にマシと言える。

 

 いや、だがそれよりもっと重大なことがある。

 

「浮いてる……?」

 

 足元に何も無い。にも関わらず体が浮かび上がって落ちることが無い。

 自身の異能で重力を反転すれば似たようなことはできるが、これはどちらかと言うと。

 

「重さが無くなった、みたいな……」

 

 無重力空間、とでも言えば良いのか。

 その割に地上と同じように体は動くし呼吸だってできるのだが。

 否、超越種の生み出した空間に今更そんな普通なことを言っても意味は無い。

 

「レックウザは……いるわね」

 

 先ほどまで空にいたはずのレックウザだったが、空間自体から空が無くなっているためこちらまで移動させられたのだろうか。

 それはどうでも良いとして。

 

 問題はここからどうすればいいかだ。

 

 と言っても見渡すかぎり、前に進むしかないようだが。

 後ろは……なんというかあからさまに戻ることはできない、と言った感じに渦巻いた闇が壁となって塞がれている。

 あそこに突っ込むとどうなるのか、というのを考えるのは前に進んでみてからでも良いように思う。

 

「と、なると……」

 

 前方……見える限りずっと続く青と黒のトンネルにしか道は無いということになる。

 胸に抱いた少年が落ちることの無いようにぎゅっと抱きしめる力を強める。

 行くしかない、そんなシキの思考を知ってか知らずか、レックウザがこちらを振り返り。

 

「行かないのか?」

 

 無機質な瞳でシキを見つめてくる。

 何の感慨も抱いて無さそうな、何とも思ってい無さそうな。

 言うなれば……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな目で、シキを見つめてくる。

 

「……行くわ」

 

 その言葉にそうか、とだけ返しふわりと浮かんだまま宙を泳ぐように進み始めるレックウザを見て嘆息する。

 その後ろ姿を見ている限り、本当にシキのことなど眼中に無いのかもしれない。

 或いは、視界に入っていても、その注意はシキの腕の中で眠る少年一人へと向けられているのかもしれない。

 昨年の戦いにおいて、自分たちの為したことを考えれば、それを相手の目線から見れば、確かにそうなるのかもしれない。

 二度、三度と続いたダークレックウザとの戦いだったが、特に主力として戦っていたのは二体の伝説を操るハルトだった。

 レジギガスという伝説を持つシキやヒードランやレジスチル、レジロックを持つダイゴもいたが、けれどゲンシグラードン、ゲンシカイオーガ、そしてダークレックウザという規格外の怪物たちが猛威を振るう戦場の中においてどれほどの貢献が出来たかと言われると大きな声を挙げることを躊躇してしまう。

 伝説と呼ばれるポケモンたちの中でも明らかに格というものがある。

 

 レックウザというポケモンは間違いなくその中でも最上位に位置する存在であり、グラードン、カイオーガもまたそれに続く存在であることは言うまでも無い。

 そしてレジギガスという伝説がその逆に最下位に位置する存在であることは、シキ自身が良く分かっている。何せだからこそレジギガスを捕まえようとしたのだから。

 ()()()()でも手が届くと思ったからこそ、シンオウ地方の最奥キッサキシティへと足を運んだのだから。

 まして『超越種』ですら無いヒードランやレジスチル、レジロックたちなどダークレックウザという暴竜の足元にも及ばない。

 

 ハルト自身そんな風には思わないだろうが、あの戦場において実際に『戦っていた』トレーナーというのはハルトだけだろう。

 シキもダイゴも、ハルトが戦いやすいフィールドを作り上げることを手伝うことはできても、ハルトたちのパーティとレックウザの戦いを手伝うことなどほとんどできていないのだから。

 

 まして最後の最後、瀕死寸前だったレックウザが空へと昇って行った時、それを最後まで追い詰め、ついに打倒したのはハルトが最も信頼するだろう彼のエースただ一人だったのだ。

 

 野生の理とはつまり純粋な力だ。

 強い者が上、弱い者は下。

 そういう意味で、レックウザが自らを打倒したエアやその主であるハルトを認めるのはある種当然であり、戦力という意味でそれほど力になれなかっただろうシキを認めていないのもある種当然だった。

 

 とは言え、だ。

 

 そう、とは言え、なのだ。

 

 ふわふわと浮かび上がる体を前へと進めようと悪戦苦闘しながらもレックウザの背を追う。

 幸いというべきか、こちらに気を使うようにゆったりとしたペースで進んでくれているのでどうにかこうにか置いて行かれずに済んでいる。

 

 ―――人間臭いな、と思う。

 

 言動の端々に『ポケモンらしさ』が足りないというか。

 いや、ポケモンなのは間違い無いのだが、なのにその精神性というか在り方というか、そういう根本的なところにどことなく人間らしさが見え隠れする。

 少なくとも同じホウエンの伝説たるグラードンやカイオーガはもっとこう野生味があったはずなのだが、レックウザの場合ハルトととの会話を聞いているだけで分かるくらいに『人慣れ』しているように感じる。

 今も何だかんだでちらちらとこちらを見ながら置いて行かないようにペースを抑えてくれているその姿はとてもではないが伝説と称されるポケモンの態度とは思えなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな疑問を抱いた、その時。

 

 ふと気づく。

 

 進むべきトンネルの先にいたソレに。

 

 レックウザも同様にそれを視界に収め。

 

 

「ケキャキャキャ」

 

 

 ソレが嗤った。

 

 

 * * *

 

 

「っ!!」

「摑まれ!」

 

 見つけた、そんなことを思うよりも早く、くるり、とフーパがその場で反転し飛んでいく。

 驚きの感情と共に息を飲む、直後に聞こえたレックウザの言葉に咄嗟に手を伸ばす。

 人の姿から竜の姿へと変じたレックウザのその背にしがみつくと同時に急加速が始まる。

 

「あ、ちょ……もう! 待ちなさい!」

 

 だがこちらの言うことなど聞く気も無いと言わんばかりの荒っぽい泳ぎだった。

 腕の中の少年を落としてしまわないように必死に抱きしめ、その背に縋りつくようにして背びれの一つを強く握った。

 

 ぐねぐねと曲がりくねった青のトンネルの中を上へ下へと移動しながらフーパを追う。

 だがどういう原理かは分からないが、フーパの移動速度はレックウザを上回っていた。

 そのことにレックウザが苛立つようにぐんぐんと加速を重ねるが、両者の距離は一向に縮まる気配が無かった。

 

「キリュウウアアアァァァァ!」

 

 苛立ちを紛らわせるようにレックウザが咆哮する。だがフーパはそれを嘲笑うだけでさらに加速を重ねていく。

 さらに開く両者の距離、さすがにその背を見失いそうになった、その時。

 

 目の前に突如としてオレンジ色の輪っかが現れる。

 

 フーパの使うリングとはまた違う、オレンジ色の光が輪の形となり、その内側をシャボン玉のような薄い膜が張っていた。

 突然現れたそれに驚きながらも、目と鼻の先に飛び出した輪を最早避けることなどできるはずも無く。

 ふわり、と体が膜を突き破るようにして輪を潜った……瞬間。

 ぐん、とレックウザが加速する。

 

「なっ、これ、な……に……?!」

 

 先ほどまでとは明らかに違う速度。

 まるで背中にジェットエンジンでも取り付けたかのような急加速、刹那にも満たない時間で流れていく景色を見ながら遠くのほうに同じようなオレンジ色の輪があることに気づく。

 

 つまりそれがこの空間における理なのだと、シキは気づく。

 

「レックウザ! あの輪を潜って!」

 

 叫ぶシキに、レックウザも同様のことを思ったのか輪のほうへと視線を向ける。

 その身をよじりながら少しずつ方向を修正し、再び輪を潜ることができるような軌道を取ることに成功すると、再びその輪を潜り抜けさらに加速。

 それを二度、三度を繰り返すと見失いかけていたその背が徐々に迫ってきていた。

 加速に加速を重ね、今となっては最早音よりも早く移動しているのではない、と思うほどの速度。

 だが不思議とシキの体に圧は無いし、腕の中のハルトもまたそれを感じている様子は無い。

 考えれば考えるほど無茶苦茶な空間ではある。そしてその無茶苦茶ぶりはそのままこの空間の主の力に直結するのだ。

 

 そうしてフーパを追っている内にトンネルの中に『(あな)』を見つける。

 否、それが本当に孔と呼べるものなのかは分からない、ただそれを見たまま言うならば『孔』としか言い様が無かった。

 

 赤い孔、青い孔、緑色の孔、黄色の孔、白い孔……そして黒い孔。

 

 いくつもの色の『孔』があって、どうやらその『奥』があるらしいことが分かる。

 『孔』自体が周囲の物を引き寄せる力を持っているようで、『孔』の周囲を通るたびにレックウザはともかく、その背のシキはしがみつくのに必死だった。

 だがそうしてトンネルを進んでいくと、少しずつだがフーパとの距離が縮まっていく。

 

 だが縮まっていくフーパとの距離に反するように高まって行く緊張感。

 

 フーパがちらり、とこちらを見やる。

 すでにかなり接近している、そのことに気づいたフーパが。

 

 ()()()

 

「っ、レックウザ! 止まって!」

 

 嫌な予感がした。

 

 だからそう叫んだ。

 だが一つ……勘違いしてはならないことが一つ。

 

 シキはレックウザのトレーナーでは無い。

 

 ハルトならいざ知らず、シキの言葉をレックウザが聞く必要が無い。

 だから『黒い孔』へと入ったフーパを追い、真っすぐ突き進んで。

 

 ふわり、と真下から浮かび上がるようにしてレックウザの進路上に青と緑の電流を球状にしたような物体。

 咄嗟、それを避けようとレックウザが身を捻る。

 だがここまでに加速を重ね過ぎていた。

 その身に宿した推進力は簡単には変わらない。

 

 避けきれない、そのことをシキが理解すると同時に衝突。

 

 衝突の際に球が弾ける。

 エネルギーの塊のようなそれが弾け、強い衝撃を生む。

 とは言えレックウザの巨体からすれば些細な物かもしれない。

 

 だが。

 

 その上に必死になって摑まっている側からすれば、その衝撃は致命的だった。

 どん、と衝撃と共にシキがレックウザの背から跳ねる。

 投げ出されそうになるその身だったが、咄嗟に背びれをもう一度掴んだお陰か辛うじてレックウザと同じ方向へと飛ばされて。

 

 代わりにその腕の中の少年があらぬ方向へと放たれた。

 

「ハルトォォォォォー!!」

 

 絶叫し、少年へと手を伸ばそうとして。

 

 

 慣性のままに投げ出された少年がその先にあった別の『黒い孔』へと吸い込まれていった。

 

 

 それを見届けると同時に、レックウザとシキもまた残されたその勢いのままにフーパと同じ『黒い孔』へと消えていき。

 

 

 そうして後には誰も残らなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 勢いのままに孔から放り出された先は『宇宙』だった。

 

 否、シキが実際に宇宙空間を見たことがあるわけでは無いので、一般的なイメージでの話ではあるが。

 無限に広がる空間、散りばめられたような星々。

 遠くから眩いほどの光を放つのは太陽だろうか、そして反対で陽光を照り返しているのは月だろうか。

 

 空間の性質自体は先ほどと同じ無重力。

 それから、少なくとも呼吸はできている。

 先ほどの空間との決定的な違いはその尺度だろうか。

 上も下も無い、全方向に無限に広がるがごときこの膨大な空間。

 

 後ろを見やれば今しがた自分たちが通ってきたはずの孔が徐々に小さくなっていっていた。

 もし潜っている最中にあの孔に挟まったら……どうなるのだろうか。

 そんな恐ろしい仮定を考えているのは手の中から失った温もりを探しに行こうと思って()()からだった。

 

 だが残念ながらそんな余裕は無いようだ。

 

「……さすがに、冗談きついわ」

 

 自身の視線の先では真っすぐ前を見つめ、睨むようにソレらを威嚇するレックウザ。

 そのレックウザの視線の先にいたのはシキたちを嗤う黒いフーパ。

 

 そしてフーパを囲むように佇む三体のポケモン。

 

 一体は青。

 青い体色をし、その足や顔、背に銀の装飾のようなものを付けたポケモン。

 

 一体は赤。

 赤みがかった紫の体色に、肩に赤い宝玉のようなものがついたポケモン。

 

 一体は灰。

 灰色の体色、体を覆う角は黄色く、そしてその羽は黒。

 

 そして三体ともその目が『黒く』塗りつぶされている。

 

 直接見たわけでは無いが、特徴としてシキはその三体を知っていた。

 なにせかつて一度は各地の全ての伝説を調べたのだ。

 残念ながら資料が足りずに分からなかったものもハルトから聞いて知識に補足をした。

 だからこそ、分かる。

 

 じかんポケモンディアルガ。

 

 くうかんポケモンパルキア。

 

 はんこつポケモンギラティナ。

 

 シンオウ地方に名を残す、或いは歴史に隠された三体の()()

 

 そんな伝説たちが今、『黒』に染まってフーパと共に明確にシキたちへと牙を剥いていた。

 

 

 




明日、また明日ってやってたらいつの間にか十日以上も時間開いてた。

はい、というわけで。


劇場版ドールズ、 前 座 戦 のラストバトルです。


闇に染まった三体の伝説。
トレーナー不在のレックウザ。
嗤うフーパ。

さすがに伝説三体はやばくないか、この圧倒的不利な状況でどうするシキちゃん。

そしてお前ラストバトルまで寝こけてるつもりなのか、それでいいのか主人公、いい加減起きろよハルト君。

といったところでまた次回(予告風


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深淵の水底:異次元回廊②

 

 

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャ」

 

 フーパが嗤った。

 

 嗤い声が広大な空間に不自然なほどに響き渡る。

 直後、火蓋を切ったかのように三体の伝説が動き始める。

 

 “ じ か ん て い し ”

 

 “ときのほうこう”

 

 ディアルガが咆哮すると同時に()()()()()()()()収束されていたエネルギーが放たれた。

 一切の予兆の無いノーモーションから突如の攻撃、さすがのレックウザも面食らう。

 僅かに回避動作が遅れる、普通なら技を『溜め』ている間に回避動作に移るが故にその二、三秒ほどの『ズレ』が致命的な隙を生む。

 

「キリュアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 風を纏って攻撃を軽減しようとするが、それでも気休め程度の話だ。

 同じ伝説というカテゴリーにいる存在なのだその威力は並のポケモンなど比するまでも無いほどに強力であり……。

 

「ドッスン!」

「ヌゥゥォォ!」

 

 “リバースダメージ”

 

 シキが投げたボールから放たれたハリテヤマがその盾となる。

 ハリテヤマ自身が非常にタフネスであり、さらにシキが付与した異能はダメージの反転。

 例え能力ランクを最大まで積んだ『はかいこうせん』であろうと受けきれる……はずだった。

 

 超越種を相手にそんな理が通じるはずも無いのだが。

 

 爆発したエネルギーをハリテヤマを抑え込もうとし……()()()()()()()ほどの強大なエネルギーが臨界を超えてハリテヤマに絶大なダメージを与える。

 どんな攻撃だろうと一回は受けてくれるだろうと育てられていたはずの盾は一瞬にして『ひんし』へと追い込まれる。

 

 もっとも……そのくらいのこと、シキにだって予想できていたが。

 

 動きの違いは知識の有無だったのだろう。

 レックウザは目の前の三体がどういう相手なのか知らない。

 ()()()()()()なのは分かっているが、どういう性質を持っているのかを知らないのだ。

 だがシキは違う、かつて伝説というものを散々調べ尽くしたシキは目の前の三体、特にシンオウにおいて有名なディアルガとパルキアという伝説がどういう存在かを知っている。

 

 初動の差はそこだった。

 

 故にシキがやらねばならないことは。

 

「左、ディアルガ……時間を操るポケモン。右、パルキア……空間を操るポケモンよ。真ん中がギラティナ……ハルト曰く『反物質』を操るポケモンよ」

 

 レックウザに前提となる知識を与えること。

 

 そして。

 

「リュウウォォォ……」

 

 頷くレックウザに敵の二の手、三の手が降り注ぐ。

 

 “あんこくじかん”

 

「来るわよ!」

 

 ()()()()()()()()()シキの叫び声に、レックウザが警戒を強め。

 

 “くうかんしょうあく”

 

「グギャアァァ!」

 

 パルキアの咆哮と同時に全身が硬直する。

 

「っ?!」

 

 金縛りとかそういうのではなく、体の周りの空気を固められたかのように。

 パルキアの能力と併せて考えるならば。

 

 ―――空間ごと固定された。

 

 残念ながらシキ単体ではこれに抗うことはできないだろう。

 レックウザすら身動きが取れなくなるほどの強力な力で固定されているのだ。

 これが伝説のポケモンの力、そう驚愕する。

 

 だからこそ、手はあるのだが。

 

「ジ……ジジ……」

 

 シキの腰のホルスターから機械音のような『声』が聞こえる。

 

 ―――やれ。

 

 その声の主に向かって、シキが心中で命令を発すると同時に。

 ぱりぃん、と硝子の割れるような音と共に全身の自由が戻る。

 

「頼りになるわね、私の切り札(ジョーカー)は」

 

 対伝説存在。

 

 伝説を倒すために作られた伝説。

 

 伝説殺しの力を持つ者。

 

 その名を。

 

「ギガ!」

 

 大古の巨神(レジギガス)

 

 “あくうせつだん”

 

 “ギガインパクト”

 

 直後に放たれたパルキアの必殺の技と、ギガの拳がぶつかりあう。

 きっと単純なエネルギー量ならばパルキアの技のほうが圧倒的に上なのだろうが。

 ギガの力は『伝説』の伝説たる所以を殺す。

 故にその一撃は伝説の一撃と真っ向からぶつかりあい、相殺し得るのだ。

 

 もっとも……()()()()()を相手にすればそう簡単な話でも無いのだろうが。

 

「こっちで勝手にサポートするわ……攻撃は任せたわよ」

「リュウォォ……オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 シキの言葉に、了承、とでも言うかのようにレックウザが咆哮を上げ、加速を始める。

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 一秒にも満たない時間で最高速までギアを上げたレックウザが真っすぐにギラティナへと突っ込んでいき。

 

 “シャドーダイブ”

 

 空間に溶けるように消えていったギラティナに、レックウザの攻撃が空振りに終わる。

 だが直後にレックウザの背後から飛び出したギラティナ、レックウザもそれを分かっていたかのように躱す。

 反撃とばかりに『かみなり』を放ち、けれどそれを意に介した様子も無く反撃とばかりに『シャドーボール』を撃ちだす。

 だが『かみなり』はフェイントだったとでも言うようにすでに溜めていた『しんそく』でギラティナの攻撃を回避し、超高速のタックル。

 

 “あんこくくうかん”

 

 だが後退するギラティナの背後に突如現れた闇がギラティナを呑みこみ、直後にパルキアの隣に現れる。

 どうやらパルキアがいる限り致命打を打つ前に退避させられてしまうらしい。

 

 “あんこくじかん”

 

 さらにディアルガの咆哮によって『時間を加速』されたらしいパルキアとギラティナの二体から雨霰とばかりに攻撃が飛んでくる。

 時折パルキアによって『空間固定』が飛んでくるのも厄介だった。シキがレジギガスに命じて打ち消してはいるものの、やはり僅かな時間とは言え動きが止まってしまう故に、レックウザはすでに数発の被弾を許している。

 

 とは言え根本的なレベル差があるのでまだ致命的なダメージとは言えない。

 それでも少しずつ少しずつ削られて行っているのが分かる。

 レックウザ自身何も言わないが、僅かな焦りのようなものが感じられるのがシキにも分かった。

 

 そしてそれ以上に気になるのはフーパである。

 

 ここまでの戦闘の中でフーパは一切の手を出してこない。

 

 ケタケタとただ嗤うだけで、目の前で起きる一切の事象にまるで興味がないと言わんばかりに。

 

 気にはなる、警戒もしている、だが現実的な脅威というなら伝説三体のほうがよっぽどなのも事実で。

 

「もどかしいわね」

 

 あと一手、何かあれば。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 * * *

 

 

 地上のか細く小さな命たちを守りたい。

 

 そう願ったのは果たして正しかったのだろうか。

 二度に渡る怪物たちとの戦いによってレックウザは知った。

 地上に生きる命たちは自分などとは比べ物にならないほどにか弱く、か細く、儚いのだと。

 吹けば飛ぶ蝋燭の炎のようなか細い命脈。

 実際、レックウザが居なければ地上はすでに二度、全ての生命が息絶えていただろうことは間違いかった。

 

 龍神が『守護者』となったのはそんな理由だった。

 

 高い高い空の上から地上を見つめながら地上の命の『祈り』を感じれば守るために地上へ降り立つ。

 その度に地上の命に『感謝』と『畏敬』を与えられ、その度に『守りたい』という気持ちを強めていく。

 

 なまじ力があったから、理を超えるほどの強大な力を持っていたが故にレックウザの救済の手は広かった。

 多少力があったところで『個』が守れるものなんて両手で広げた範囲に過ぎないというのに。

 レックウザはその手を大きく広げた、広げて、広げて、ホウエンの全てを包み込むほどに広げ過ぎた。

 

 いつからだったのだろう。

 

 『守る』ことがレックウザによって当たり前となってしまったのは。

 

 『守りたい』のではなく、『守らなければならない』と思うようになってしまったのは。

 

 長い間、地上を災禍から守り続けていたからか、いつからかレックウザは『守護者』で有り続けることに拘っていた。

 ずっとずっと、地上を守ろうと戦い続け、その度に感謝と畏敬の念、そして何よりも守り神としての()()を『背負い』続けてきた。

 

 少しずつ、少しずつ、積もっていく重み。

 けれどレックウザという存在はどこまでも強大であり、絶大だった。

 グラードンとカイオーガという怪物二体が封じられている状況でレックウザに敵うものなど存在しなかった。

 否、例えグラードンやカイオーガが復活したとしても、レックウザならば止められる。そういう自負も無いわけでも無かった。

 

 だが逆に言えば、レックウザは最後の砦だった。

 このホウエンの地を守る最後の番人だった。

 

 レックウザが敗北すれば守り切れないことになる、それを示していたからこそ、レックウザは絶対に負けなかった。

 

 負けるわけにはいかなかった。

 

 そうやって少しずつ、自ら重荷を背負っていた。

 一瞬たりとも気を緩めることは無かった。

 グラードンとカイオーガが封印されてからもずっと。

 

 十年と時が経ち。

 

 百年と時が経ち。

 

 千年と時が経っても。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レックウザは『守護者』であり続けた。

 

 そうすることでしか地上の命たちに『必要とされない』と、そう思ったから。

 

 

 * * *

 

 

「は……?」

 

 目の前で起きたことが現実として認識できなかった。

 嘘でしょ、とそんなシキの心中を無視するかのようにソレは暴れ狂っていた。

 

「ケキャ! ケキャキャ! ケキャキャキャキャキャ!」

 

 上も下も右も左も無いこの空間で互いの位置を激しくずらしながら戦っているのだ、必然的にフーパを背にすることも僅かながらあった。

 とは言えフーパが動き出せばすぐに分かるようにこちらもシキが警戒を怠らずレックウザのカバーをしていたのだが。

 

 激しい戦いの最中、一発、パルキアの放った攻撃が流れ弾としてフーパのほうに飛んでいった。

 

 嗤いながら戦いながら見るだけだったフーパが激変したのは流れ弾に被弾した直後のこと。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 転移によって放たれた『サイコキネシス』がパルキアの体を捉え拘束し、『あくのはどう』が乱射される。

 身動きの取れない状態から放たれた攻撃の数々に拘束されもがいていたパルキアの動きが鈍り。

 

 ぴきり、ぴきりとフーパが空間を歪め攻撃を放つたびにパルキアの周囲から軋むような音が聞こえ始め。

 

 そうして。

 

 “じげんほうかい”

 

 ぱりぃぃん、と硝子が割れるような音と共に空間に『孔』が開き、パルキアが飲み込まれていく。

 悲鳴を上げながら虚空へと消えていくパルキア。

 そうして『孔』が徐々に塞がって行き。

 

 ―――後には何も残らなかった。

 

「……は?」

 

 そうとしか言い様が無い。

 呆然であったし、唖然とするのも当然だろう。

 レックウザすら驚きに動きを止めてしまっているのだから。

 だがそれ以上に異常だったのはディアルガとギラティナである。

 目の前でパルキアがフーパにやられたというのに、一切気にも留めずにこちらへと襲いかかってくるのだ。

 機械染みたその様相は余りにも生物らしさが欠けていて、余りにも異様だった。

 

 さらに言うならばフーパもだ。

 パルキアが居なくなった途端にまた元の位置に戻ってこちらを見るだけでディアルガやギラティナに加勢しようともしない。

 一体こいつら何なのだろう、そんな疑問と不安がシキの内心に渦巻く。

 

 とは言えだ、三対二で押され気味だったとは言え拮抗していたパワーバランスもこれで二対二。

 フーパが動かない以上はこちらが一気に優勢になったことは間違いない。

 それをレックウザも悟ったか、一気に決着をつけんと動き出す。

 

 そして。

 

「ギシャアァァァァァ!」

 

 不利を悟ったか、ギラティナが叫びを上げて……。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「っ!? レックウザ!」

 

 何かやるつもりだ、それに気づくと同時に叫び。

 レックウザもまたそれに気づいて咆哮(ハイパーボイス)を放つ。

 

 けれど。

 

 ふっと、その全てを闇へと変えたギラティナがそのままディアルガへと吸い込まれていき。

 

 “あんこくぶっしつ”

 

 ディアルガの全身が『黒』に染め上げられていく。

 同時にその全身から発せられる圧が増していく。

 

「不味い……何か分からないけど、凄く不味い気がする」

 

 呟く言葉に力は無い。

 ただただ視線の先で膨れ上がっていく気配に背筋が凍るような感覚だけがあった。

 そうこうしている内に染め上げられた『黒』がディアルガの目前へと集められていく。

 やばい、やばい、やばい、とシキの脳裏で危険信号が続けざまに発せられる。

 

 あれを撃たれたら間違いなくシキは死ぬ。そんな予兆がある。

 

 それこそギガを盾にしても防ぎきれないだろう、そんな予感。

 

 不味い、不味い、不味い。

 

 焦りばかりが増していき、タイムリミットは刻々と近づく。

 

 そんな中で。

 

「キリュウウウウウオオオオオオオオオオオオ!」

 

 レックウザが前に出た。

 まるでシキを庇うかのように、その巨体でシキをすっぽりと隠すとディアルガを強く睨みつけ。

 

「っ……ギガァァァァァァァァ!!!」

 

 それが通じるか否か、ほとんど咄嗟の賭けではあったが。

 それでもその状況で選択肢なんて他にあるわけが無かった。

 故にこそ()()()()()()()()()レジギガスを解き放つ。

 

 “じかんていし”

 

 “ ダ ー ク ノ ヴ ァ ”

 

 直後に放たれた『黒の必殺』が急速に近づく。

 そうして『黒』が手の届く距離まで近づいた瞬間に、レジギガスが拳を放った。

 

 “ギガインパクト”

 

 パルキアの必殺の一撃と引き分けたほどの強烈な一撃だったが、一瞬『黒』が揺れる程度の効果しかなくそのままレジギガスが『黒』に呑まれる。

 そうして次に立ち塞がったのはレックウザ。

 

 “とうりゅうもん”*1

 

 それは『守護者』としての矜持から至った一つの境地。

 自らよりも小さい『命』を決して絶やさせない、守り抜く。そう決め、立ち塞がった龍神がその全身で余すことなく『黒』を受け止める。

 

 同時に。

 

 “さかさまマジカル”

 

 ()()()()のフィールドが異能によって形成される。

 本来ならばどちらもシキの異能が通じるレベルの相手ではない。

 だが『黒』は先に放ったレジギガスの一撃が揺らがせている。『超越種』の力を一時的に抑え込んだ今の状態ならば不可能ではない……かもしれない。

 

 故にそれは賭けだった。

 

 第一に本当にレジギガスの一撃でシキの異能が通るようになるか。

 

 第二にそもそも使用する異能はそれで良いのか。

 

 第三に。

 

 ……それをレックウザが受け入れてくれるか。

 

 レックウザもまた超越種、しかもディアルガたちよりもさらに上位の存在だ。

 故に『黒』を揺らがせ、このフィールドが通るようになったとしても、レックウザが跳ねのければ途端にフィールドは崩れ落ちるだろう。

 

 けれど。

 

「キリュウウゥゥゥアアアアアアァァァァァァ!」

 

 ()()()()

 フィールドは無事形成され、レックウザは『黒』の一撃を受け止める。

 直後、衝突の勢いのままに『黒』が弾ける。

 否、弾けるなんて生やさしいものではない、それは爆ぜて……爆発していた。

 空間が震えるほどのとてつも無い威力を秘めた大爆発だった。

 例え伝説種であろうと、この一撃を受けて無事に済むはずがない、そう思えるほどの超大規模な爆発だった、が。

 

「グルゥゥゥゥゥ……」

 

 龍神は見事受け止めていた。

 逆にディアルガは放出した力が莫大過ぎて疲労の色が見えた。

 それを好機と取った龍神は急速に飛び出す。

 『しんそく』で加速しながら飛び出したレックウザに対するディアルガの足取りは重い。

 

 “じかんていし”

 

 “ときのほうこう”

 

 だが『時間操作』はディアルガの根本の能力である。

 疲労した現状でもそのくらいは容易い。

 同じ伝説種の一撃、しかも弱点タイプへの一撃だ。

 いくらレックウザだろうと直撃すれば怯みくらいはしただろう。

 

 本来ならば。

 

 “さかさまマジカル”

 

 相性逆転のフィールド内以外だったら、だが。

 ディアルガの犯した致命的なミスはそこだった。

 疲弊していたせいか、それとも単純に力に驕った結果か。

 ディアルガはレックウザを見てはいたが、その後ろの小さな人間を見ていなかった。

 確かに異能者だろうと人間では伝説種にはその力は通じないかもしれない……万全の状態ならば。

 今しがた超越種が疲弊するほどの大量のエネルギーを放ち、しかも直後にやってくる龍神を迎撃するために疲弊した体に鞭うってさらに能力を発動していなければ、通じていなかっただろう。

 或いはパルキアならば『空間干渉』を得意とするパルキアならばフィールドを形成するタイプのこの異能の影響を振り切っていたかもしれない。

 

 だがディアルガの得意とするのは『時間操作』。

 フィールド形成を妨害する力は無く、形成されたフィールドを破壊しようにも()()()()()()()()()気を取られないほどに猛スピードで龍神が迫ってきているその状況。

 

 いくつもの要因が重なった奇跡的な状況で、シキの『反転』の異能が効果を為す。

 

 放たれたディアルガの一撃をものともせずにレックウザがディアルガへと迫り。

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”

 

 『ひこう』技は『はがね』タイプに『こうかはいまひとつ』。

 で、あるが故に。

 

 “さかさまマジカル”

 

 今この状況においてそれは『こうかはばつぐん』へと裏返る。

 

「リュウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 叫びを上げながらの渾身の一撃がディアルガへと突き刺さり、吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたディアルガが悲鳴を上げて、そして。

 

 ()()()()()()

 

 

 

 

 

*1
そのターンの相手の技を全て自分が受ける。相手から受けるダメージを半減し、HPを最大HPの1/3回復する。この効果を使用したターン行動ができなくなる。




止め時を見失って久々に7000字近く書いてしまった。
まあいいや、これで前哨戦は終わりです。

次回からいよいよフーパ戦だよー。

因みに今回の伝説3匹の簡易データ


じかんていし:自分の技の優先度を+7する。場にいる限り、全体のターン数が進まなくなる(ターン経過で解除される効果のターン数が解除されなくなる)。

くうかんしょうあく:自分の技が相手に『必中』する。攻撃技が命中した時、必ず急所に当たる。

はんぶっしつ:相手と同じタイプの技を繰り出す時、タイプ相性が『こうかはばつん』になる。自分と同じタイプの技を受ける時、タイプ相性が『こうかはいまひとつ』になる。

あんこくじかん:『ダーク』タイプのポケモンが繰り出す技の優先度を+2する。

あんこくくうかん:『ダーク』タイプのポケモンの『かいひ』ランクを+2する。

あんこくぶっしつ:味方の『ディアルガ』か『パルキア』の全能力ランクを2段階上昇させ、能力を上昇させたポケモンがダーク技『ダークノヴァ』を繰り出す。この効果は1度しか発動できない。この効果を使用した時『ひんし』になる。

ダークノヴァ 『ダーク』『非接触全体特殊攻撃技』『必殺技』
効果:威力350 命中100 優先度-7 相手の特性に関係なく攻撃できる。攻撃後、100%の確率で自分の全能力ランクが2段階下がる。


威力350×2(ダークタイプ)×1.5(タイプ一致)=1050

そして全体技、相手は死ぬ。
因みに野生バトルなので全体技食らうとトレーナーも普通に巻き込まれるよ。
レックウザいたからセーフだったけど。

あ、因みに当然だけどレックウザのデータはダークタイプ時から変わってます。半分くらいは同じなんだけどね。ダークレックウザは『攻撃型』で通常のレックウザは『防御型』がコンセプトなんだよ、あの種族値で(


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深淵の水底:異次元回廊③

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!」

 

 両頬に手を当てた少女が思わずと言った様子で放った絶叫が空気を震わせた。

 だぼだぼの袖ですぐ様隠し、後ろを振り向くとソレが苦笑した。

 

「驚き過ぎだよ」

「これが驚かずにいられるかデシよ!!」

 

 ぶんぶんと袖を激しく振りながら頬を膨らませて精一杯怒りを表現しても傍から見れば愛らしさしかそこには無いのだが、残念ながらそれを言及する存在は居なかった。

 

「なんで、あんなのがいるデシか?!」

「追ってきたらしいよ」

世界(ユニバース)が違うデシィィィィィィィ!!」

 

 ぐわーと頭を掻きむしる少女の姿にソレがまあ落ち着いてと宥める。

 しかし困ったことになったと少女はまだ苛々した頭で考え込む。

 残念ながら『前回』とやらの存在を知識としては知っていても記憶しているのは視界の端でこちらを見て穏やかに笑んでいる『カミサマ』だけなのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である以上、少女にとって世界とはここ一つでしかない。

 だが相手は世界という『カミサマ』によって閉ざされた箱庭から抜け出しこちら側にまで干渉している存在。

 

 否。

 

 ()()()()()()()()()()()()と言い直すべきか。

 

 今現在少女の『敵』がいるのは正確にはこの世界でも無く、もう一つの世界でも無いこの世のどこでも無い場所であるが故に。

 どこでも無いその場所からこちら側へとトンネルを開けようと空間を薄く薄く削られている以上このまま放置すればその内『アレら』がこの世界に飛び出してくることは明白であり、それは少女にとって折角もたらされた平穏をぶち壊されるに等しいことであり、決して許しがたいことである。

 

「とは言え」

 

 どうやらうちのカミサマは動くつもりは無いらしい、笑みを浮かべるばかりで自発的に動く気配は見せない。

 いや、それとももう動いているのだろうか?

 実際、事の起こりから少女が事態に気づくまでに間があったのは事実なのだ。

 虚空へと視線をやる。

 五感のいかなる物とも異なる第六感ですら無い感覚でもってしてその『下』を見やる。

 

「一応聞いておくデシけど……アレらが『はじまりのま(ここ)』まで来る可能性は……」

「無くは無いよ、でも今じゃないね」

 

 その答えになるほどと相槌を打ちながら思考を回す。

 どうやらあの()()()()()が動いているらしい。

 すでに『カミサマ』によって運命線の中心に位置するための力は取り去られたはずだから、これは純粋にアレの運なのだろう……隣に置いた特異点が惹きつけた悪運かもしれないが。

 あのおろかものも偶には役に立つじゃないかと少しばかり感心する。アレらの目は今あのおろかものたちに向かっている以上アレらがこちら側に出てくるまでの猶予は増したと見るべきだろう。

 

 だがこのままでは時間の問題だ。

 

 例えあのおろかものたちが元凶たるアレを足止めしているとしても、あの闇黒の性質が浸食である以上徐々にだが闇黒空間は広がりいつかこちら側の世界に『深淵』が滲みだしてくる。

 

「と、言うか」

 

 本来ならこんなことあり得ないのだ。

 

「馬鹿眷属たち何やってやがるデシか?!」

 

 時間と空間、ついでに反物質を司るやつらがいるのだ。

 あの三体が力を合わせれば闇黒空間に干渉することもできるはずなのに。

 

「あー……あの子たちね」

 

 そんな少女の当然の疑問に『カミサマ』が珍しく困ったように頬を掻き。

 

「全然意見が合わなくて喧嘩しちゃってみんなバラバラで動いてるみたい」

 

「あーーーーーーほーーーーーーーデーーーーシーーーーかあああああああああ!」

 

 ぶんぶんと袖を振り回しながら少女が絶叫した。

 

「お前ら単体じゃ異界まで管理能力が届かないデシーーー!」

 

 そもそもシンオウの伝説三体は『カミサマ』が()()()()()()()()()()()()作った眷属である。

 であるが故にその管理能力は基本的に『この世界』に限定されるのは当然のことである。

 

 ディアルガの時間操作能力は現在に限定される。セレビィのように『過去を変えパラレルワールドを発生させる』力は無いし。

 パルキアの空間操作能力はこの宇宙に限定される。フーパのように『異世界まで空間を接合してしまう』力は無い。

 両者共にその能力こそ絶大ではあるが、その効果適用範囲というのは結構物理的範囲であり、概念範囲にまでは及ばないのだ。

 

 それをどうにかするのがギラティナなのだ。

 

 その力は反物質。

 つまり物質の『対存在』であるが、正確には『反逆』することこそが本質であると言える。

 物質的な世界はディアルガとパルキアが管理しているとすれば非物質的世界を支配、管理しているのがギラティナと言える。

 故にこそその能力は『概念』にまで及び、物理的な不可能事象へ『反逆』することで事象を可能へと変えてしまう。

 分かりやすく言えば『制限や枠組み』を取り払う力である。

 

 ディアルガと組めば『未来』を操作し『過去』を書き換える力へと変化するし。

 パルキアと組めば『異空間』を繋げ『異世界』や『平行世界』への道を作り上げることも可能となる。

 

 三位一体。

 一体一体の能力も十分強力ではあるが、あの三体の真価は三体揃えば『カミサマ』匹敵する力を発揮できることにあるのだ。

 一体一体が『カミサマ』の力の末端を担い、三体揃えば『カミサマ』の代理にすら成れる。

 

 だがそれも揃えれば、の話である。

 

 遥か昔よりくだらない喧嘩ばかり繰り返して世界を揺らしてばかりのあいつらなど馬鹿呼ばわりで十分である。

 それでも、それでもだ。

 

 いくらなんでも世界の危機に瀕してまでまだ協力できないとはさすがに思わなかった。

 このまま手をこまねいていれば世界がどうなるのか……。

 

 何故こんな簡単なことも分からないのだと少女が興奮気味にぶんぶんぶんぶんと袖を振り回しながら頭をがくがくと上下にシェイクする。

 最早半狂乱と言った有様だったが、やがてピタリ、と動きを止めて。

 

「カミサマ」

「何かな」

「これは明らかな異界からの侵略デシ……つまり管理者(ボクたち)が動くだけの理由があるデシよね?」

「そうだね」

 

 言質は取った。

 最早何のアテにもならない馬鹿眷属たちは放置するしかない。

 自らで動いてどうにかしなければならないのだと少女は奮起し。

 

「いや、待つデシ……おかしいデシよ」

 

 ふとその事実に気づいた。

 

「ここまであからさまに空間が荒らされてるのに……なんであの悪戯小僧(クソガキ)が動かないデシか?」

 

 ホウエンはあの悪戯小僧の縄張りである。正確には縄張りの一部と言うべきなのだろうが。

 あの悪戯小僧の領域は通常の手段では知覚できない場所にあるし、手が出せない場所にあるので昨年ホウエンで伝説が暴れていても我関せずではあったが、今回のこれは明らかにあの悪戯小僧の領域が侵されている。

 クソガキの呼び名通り、短気で我が儘、自己中でとてもじゃないが我慢なんて言葉があるとは思えないようなやつである。

 半ば強制的にカミサマによって管理側に組み込まれたせいか、自ら望んで組み込まれた少女と違ってあのクソガキはカミサマに対して反抗心が強いとは言え、だからと言ってアレらと仲良くできるとは思えない。

 とするならば必ず現れるはずである。距離なんてあの悪戯小僧には関係無いのだから、今現れていない以上可能性は二つしかない。

 

 現状に気づいていないか。

 気づいているが身動きできないか、だ。

 

 と言っても気づいていないというのは無いだろう。

 好奇心の塊のようなクソガキな上にその能力の性質上距離という概念が無に帰すのだ。

 どこにでも現れるし、どこにでも消えていく。

 それができるのはつまり『空間』に対する知覚能力が飛び抜けているからだ。

 ある種の方向性によってはあのパルキアをも超えるほどの知覚能力を持つあのクソガキが自分の領域(テリトリー)が侵されていることに気づかないというのは少し考えられない。

 

 と、すれば。

 

「あぁ……しまったデシね」

 

 思わず顔に手を当てて嘆息してしまう。

 その可能性は真っ先に考えておくべきだったのだ。

 元凶たるアレの力を思えば同質の力を持ち、その扱いを自分より得意とするあのクソガキは邪魔極まり無いのだから。

 とは言えあのクソガキがそう簡単にやられたとも……。

 

「いや、寝こけてるところに奇襲気味に一発でやられてそうデシね」

 

 馬鹿なのだ。思考が心底クソガキなので油断してあっさりやられてそうな気がする。

 とは言えあのクソガキの力があればとても便利なのも事実。

 

「仕方ねえデシね」

 

 まずはあのおろかものを呼び寄せるところから始めよう。

 

「ようやくの一時の平穏、ぶち壊してくれたこと……後悔させてやるデシ」

 

 きゅっと唇をきつく結び、虚空を睨みつけた。

 

 

 * * *

 

 

 夢を見ていた気がする。

 長い長い夢。

 

 それは本当に夢だったのか、それとも現実にあったことなのか。

 

 果たしてそれは分からないが。

 ただ一つ分かったことがある。

 

 レックウザという怪物が何を求めていたのか。

 

 否、怪物だと思っていたあの少女の姿をした龍が、本質的にただのポケモンでしかないことを。

 もしあれが僅かに繋がったこの『絆』が見せてくれた龍の想いだと言うならば。

 

 行かなければならない。

 

 多少なりともあの龍に認められた人間として。

 何よりも、レックウザのトレーナーとして行かなければならない。

 この一時だけだとしても、仲間として。

 

 ―――助けられたからな。

 

 レックウザが居なければ間違いなく、あの船で立ち往生からの時間切れが関の山だろう。

 シキは世界でも有数のトレーナーだと思ってはいるが、超越種を相手にして単独でどうこうできるわけじゃない。

 レックウザが居てくれたから今もまだ生きているのだと思う。

 

 だから助けたい。

 本人が自覚しているかどうかは、分からないが。

 レックウザはもう限界だ。

 心が悲鳴を上げている。

 深く『絆』を繋げようとするだけでじくじくとした痛みが伝わってくる。

 その痛みがレックウザの心を苛む物のほんの一部でしかないのだから、その全てがどれほどのものになるか。

 考えただけでぞっとする。

 

 ずっとずっと、長い間人を守り続けてきた。

 人が世代を重ね続けその存在が伝承となり果てるほどに長く、それでも人を捨てず人を忘れず人を守り続けて。

 

 そうして人に裏切られた。

 

 結局そこなのだ。

 レックウザもまた昨年のあの事件の『被害者』なのだ。

 別にそれを義務と言うつもりは無いが。

 当事者の一人として、後始末くらいはしたほうが良いだろう。

 

 ホウエンの災禍はもう終わったのだから。

 

 伝説だって、少しくらい休んだって構わないだろう。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ますとそこは一面の闇だった。

 明り一つ差すことの無く、視界を塗りつぶす黒にここはどこだと考える。

 確か、あの『悪夢の世界』を超えた辺りまでは覚えているのだが。

 

 ふわふわとした浮遊感を感じる。

 

 まさか死んで幽霊になった、とか言わないよなと思いつつ胸に手を当てればとくんとくんと心臓が動くのを感じる。

 どうやらまだ生きているらしい。

 

「シキとレックウザは……?」

 

 見当たらない、というか姿が見えない、物理的に。

 だがレックウザとの希薄ながらも繋がりを感じる。

 確かにいる……ただどこに、と言われると曖昧だ。

 ()()()にいる、というのは分かるが。

 

「どうしたものかな」

 

 何か明りになるようなものは無かっただろうかと調べ、ウェストポーチにマルチナビが入っていたことを思い出す。

 取り出したナビのスイッチを入れると闇の中にぽつん、と明りが生まれる。

 とは言えナビの明りではそう遠くは照らせない、というかただの闇ではないのか数十センチほどにしか光が届かない。頭の上から掲げると腰から下が見えないほどだ。

 ただそれでも分かることもある。

 

 屈んで足元を照らし、ようやく気付く。

 

「浮いてる?」

 

 足元に地面が無かった。

 何の気無しに立っていたが、それを理解してみると確かに浮遊感のようなものを感じなくも無い。

 今まで気づかなかったのか、と言われると確かにそうなのだが、真っ暗闇でどっちが上か下かも分からないような状態だったせいで本当に今の今まで気づけなかった。

 

「呼吸……できるな」

 

 それにあの船のように闇が浸食してくることも無い。

 ここは一体どこなのだろう。

 改めてそんなことを考えてみるが、残念ながら情報が少なすぎる。

 

 ただ少なくともこの世界のどこかにレックウザがいる。

 僅かながら繋がった絆がそれを教えてくれる。

 そしてレックウザがいるならシキだってきっといる。

 あの二人と合流することを最優先にしたほうが良いだろう。

 

 とは言え、どこをどう進めば良いものか。

 

 残念ながら何のアテも無い以上、手探りにやっていくしかないだろう。

 この頼り無い明り一つで闇の中を歩くのは不安しかない。

 『敵』と出くわした場合、その時点で詰みだ。

 

 それでも。

 

「ここでただ待ってる、なんて選択肢は無い」

 

 あの二人の全部任せて……なんてことはしない。

 俺は、レックウザのトレーナーなんだから。

 ポケモンと共に戦う、それがポケモントレーナーだ。

 

「……行くか」

 

 呟き歩き出そうとして。

 

 こつん、と。

 

 何かを蹴飛ばした。

 

「ん……?」

 

 先ほどまでそこには何も無かったはずだ。

 だがよくよく見れば石の破片のようなものや、枯れた草木のようなものがふわふわと闇の中を漂っている。

 自らの体が浮かび上がっていることと言い、まるで宇宙空間か何かのような無重力状態である。

 普通人間の体は無重力空間に入ると重度の問題が起こるはずなのだが……全然そんなことは無さそうだった。

 

 それはともかくだ。

 

 石でも蹴っ飛ばしたかと思ったが、先ほどの感触はもっと硬い……金属製の何かだった。

 

 ナビをかざしながらゆっくりと屈んで今しがた蹴っ飛ばした何かを探す。

 闇が深く見えづらいため手探りだったが、しばらくそうして探していると、指先に何かがぶつかった。

 

「あった、これか」

 

 腕を伸ばしてソレを掴み、手元に手繰り寄せる。

 

 そうして。

 

「……は?」

 

 それは『壺』だった。

 

 不可思議な『壺』である。一見すると花瓶か何かのようにも見えるやや細長い形状。

 だが肝心の胴の部分は中央に穴の開いた輪のようになっており、果たしてこれが一体何を目的として使われるのか、外見からでは一切の推測が出来ようもないほど摩訶不思議な形状をしたそれは、けれど確かに『壺』である。

 

 最早薄れかかった知識ながら、それに見覚えがある。

 

 確かその名は。

 

「いましめの……つぼ?」

 

 

 




悲報:シンオウ伝説三匹マジで役立たずでジラーチちゃん渾身のネタバレ連打

因みにちゃんと共闘すればマジ強いぞ、シンオウ三匹。
ぶっちゃけ単体でダークレックウザに勝てるやつはアルセウス以外いないけど。
シンオウ組は三体セットならダークレックザに3,4割の確率で勝てる。

分かりやすくいうなら、ディアルガが本気出すと、アインファウストフィナーレ(自分のレベル以下の敵は全て行動不能)しちゃうんだが。
そこにギラティナをセットすることでアルゾシュプラーハツァラトゥストラ(敵は全て行動不能)になる(分かる人にだけ分かる例え)。
ギラティナの本質的な能力は「反逆」です。
なのでシステムに「反逆」することで制限と限界を解除できます。
能力ランクが+6上限突破して+12くらいまで行っちゃう。


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深淵の水底:異次元回廊④

 

 ディアルガ、パルキア、ギラティナ。

 

 三体の伝説は倒されると共に、闇となって消えてしまった。

 ここまでに戦ってきた伝説と同じように。

 激闘ではあった、だがそれすらも今や『前座』に過ぎないのだと理解している。

 

「キヒッ、キヒヒャヒャヒャハ!」

 

 本命(フーパ)が嗤う。

 楽しそうに、楽しそうに。

 哂って、嗤って、笑って。

 

「キャハッ」

 

 “いじげんかいろう”*1

 

 直後、空間が軋みを上げて鳴動する。

 ゴゴゴゴゴ、とゆっくり、ゆっくり鳴動しながら徐々に変化していく。

 そうして。

 

 “トリックルーム(速度を封じる)

 

 “ワンダールーム(守りを封じる)

 

 “マジックルーム(道具を封じる)

 

 “デッドルーム(回復を封じる)*2

 

 フーパの手によって次々と空間が改造されていく。

 『空間』への干渉はフーパの十八番だ。それがフーパにとって都合の良いように作り替えられていることに気づき、シキもレックウザも技の完成を阻止しようとするが、さすがに空間干渉能力で勝てるはずも無く周囲一帯の空間が完全にフーパによって塗り替えられる。

 

「っ……さすがに向こうが一枚上手ね」

 

 面倒な物を敷かれた。

 特に『すばやさ』が高いほど低速になる『トリックルーム』は超高速で移動するレックウザにとっては鬼門と言っても良い。

 並大抵の技ならば超越種であるレックウザに通じるはずも無いのだが、同じ超越種であるフーパの使った技だからか、しっかりとレックウザにも作用しているらしい。

 

 さらに。

 

 ―――オオォォォォ!

 

 “かみなり”

 

 レックウザが全身に纏った電撃を放つ。

 移動速度こそ遅くなれどその場で放つ攻撃ならば『トリックルーム』の影響も多少減じる。

 

 “ワープフープ”

 

 だがフーパは目の前にリングを投げると同時にリングを潜り、あっという間に姿を消す。

 あの厄介な能力もしっかり使ってくる……前回以上に当てることは絶望的過ぎる。

 どうする、この状況?

 考えども答えは出ない。

 そもそもレックウザがこちらの指示に従わないのもそうだし、シキ自身この状況でどうするのが最適なのか分かっていない。

 

 ただ一度……そう、一度だけで良いならばフーパの作ったこの空間の効果を『反転』させることができる。

 つまり『トリックルーム(より素早く)』『ワンダールーム(より硬く)』『マジックルーム(より多く)』『デッドルーム(より快癒する)』ようにできる。

 この空間に落ちてきてからシキ自身『異能』の強度が上がっているような感覚がある。

 故に超越種が相手だろうと全力を振り絞れば、たった一度だけ『反転』に巻き込める、そんな確信があった。

 ただし純粋な干渉能力だけならば人間のシキが超越種に勝てるわけないのだ、『反転』した事象に対して相手が主導権を取り戻そうとすればあっさり取り戻されるだろう。

 

 だから一度だけ。

 

 フーパがこちらを舐め切っているこの状況で、一度だけならこの不利を『反転』させ有利に変えれる。

 

 とは言えだ。

 

 たった一度くらいそうしたからと言ってどうなるというものでも無い、それが現状だ。

 

「ケキャキャキャキャキャ!」

 

 “シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”“シャドーボール”

 

 フーパがリングを投げるとリングが空中にピタリと張り付くように停止し、狂ったようにリングに向けて『シャドーボール』を連射する。

 今なら攻撃が届くか、とレックウザも何度か技を繰り出すが、追加で投げられたリングに技が吸い込まれどこかへと飛ばされてしまう。

 そうして都度十にも及ぶ『シャドーボール』がリングへと飲み込まれ。

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」

 

 “くうかんさっぽう”

 

 レックウザの真下に投げられたリングが『孔』を穿つ。

 直後開かれた『孔』から先ほどまで投げ込まれていた『シャドーボール』と()()()()()()()()()()()()()が飛び出してくる。

 

 ―――キリュウウウアアァアァァァァ!

 

 一発一発ならば耐えられるはずの攻撃が都度十と重なり、そこにさらに自らの技も加わってその全てが自分へと跳ね返ってくるのだ。

 自らの強力な攻撃力を仇となってレックウザに大きなダメージを与える。

 それでも『ひんし』とならないのはさすがに伝説と呼ぶべきだろう。

 だが倒れなかったと言って何ができるのか。

 

 直接攻撃するような技は『トリックルーム』によって速度が大幅に減じられている。

 離れていても使える技はリングに吸い込まれ自らへ返ってくる。

 しかも先ほどから受けたダメージが全く回復しない。

 フーパの作ったこの空間が原因だろうことは明白であり、結局のところフーパをどうにかしなければジリ貧なのにそのフーパに対処できる手段が無かった。

 

 シキとて何かしようとはしている。

 

 だが手が無い。

 

 並のポケモンを出してもあのフーパに対して何ができるのかという話であり、唯一超越種に対して特効を持っていたはずのレジギガスは先ほどの戦闘でとっくに『ひんし』だ。

 一応『げんきのかけら』は与えているが、フーパとの戦闘中に復活できるかどうかは……正直分の悪い賭けだった。

 

 唯一できることと言えばレックウザが致命的なダメージを追う時に代わりに盾を出すこと。

 だがそれとてあの先ほどのような連続攻撃を前にすればどれほどの意味を持つか分かった物では無い。

 そもそも盾になって時間を稼いでも逆手のための一手が無いのだ。

 

「……どうすれば」

 

 自らの無力に歯噛みしながらもそれでも考え続ける。

 何かできることは無いだろうか。

 ずきずきと頭が痛む。

 疲労のせいか、それでも休むこともできないのが辛い。

 

 だからと言って時間はそう無い。

 

 レックウザが倒れるまで、それがタイムリミットだ。

 

 何か……何か。

 

 徐々に迫って来る絶望。

 

「ハルト……」

 

 呟いたそれは自らの希望に縋った言葉だった。

 

 

 * * *

 

 

「おろかものおおおおおお!?」

 

 無の空間で、少女が絶叫した。

 声はどこにも響かずにすぐに収束したが、反対に少女は興奮したように袖をばたばたと振っていた。

 

「おま、おま、お前?! 何で!? いや、良い! むしろ良い! よくやったデシ!」

 

 語りかけるような言葉ではあるが、肝心の相手には届いていないので実質独り言である。

 とは言えそんなことを気にする様子も無く少女がぶんぶんと両手を上下させていた。

 

悪戯小僧(クソガキ)が見つかったのは僥倖デシ。またここにおろかものを呼ぶ手間が省けたデシよ。なら後は……」

 

 一転して少女が黙し始める。

 深く深く考え込むように言葉を止め、動きも止め、ただひたすらに思考に没頭する。

 

「良かった……どうにか出会えたか」

 

 その後ろでほっと溜息をつくようなソレに気づかないまま。

 やがて少女が何度かうんうん、と頷いて。

 

「かなりぶっつけ本番というかチャンスが一回しかねえデシ……後はあのおろかものがどうにかしてくれることを仕方ねえから『願って』やるデシよ」

 

 ふわり、と呟きながら徐々に少女が浮き上がっていく。

 同時にその全身が少しずつ光を放ち始める。

 

「―――深淵(ハキダメ)住人(ゴミ)どもが」

 

 両手を組んで、そっと目を閉じる。

 

 

「―――管理者(ボクたち)を舐めんじゃねえデシ」

 

 

 “とこよのいのり”*3

 

 “はめつのねがい”

 

 “ねがいごと”

 

 

 “まんがんじょうじゅ”

 

 

 * * *

 

 

 どうにもならない。

 そんな諦めにも似た答えが脳裏を過る。

 どう足掻いても手も足も出ない……あのレックウザですら、である。

 風を起こして領域を作ることはできる、それで受けるダメージを軽減することもできる。

 だがそれだけだ、こちらの攻撃は当たらず、相手の攻撃を避けることもできない。

 ひたすらに一方的な攻撃が続いていた。

 

「後どれくらい耐えれる?」

 

 問うたシキだったが、レックウザの答えは無い。

 すでにそれに答えるほどの余裕も無かった。

 ただ荒く息を吐きだしながら視線の先のフーパを油断無く警戒し続ける。

 

 それしかできない。

 

 この空間に引きずり込まれた時点で『詰み』だったのだ。

 空の上でならばレックウザは無類の強さを発揮できる。

 例えワープで逃げられてもマッハで飛行できるのだ、逃げた先を追い詰めて追い詰めて逃げ切れなくなるまで執拗なほどに追い続ければ良い。

 最も最初に戦った時は様子を見ながらの戦闘だったためにここに落とされてしまったが。

 少なくとも空の上ならばレックウザにもまだ勝ち目が見えていた。

 

 だがこの空間はダメだ。

 

 風が滞っている。

 当たり前である、非常に広大ではあってもここは閉塞した空間だ。

 空も無く、地も無い。

 ただ漆黒と闇だけが支配する空間。

 

 ここではフーパが絶対的過ぎる。

 

 余りにもフーパ優位に干渉が進んでしまう。

 だから『詰み』だったのだ。

 この空間に入った時から、すでに詰んでいたのだ。

 

 どう足掻いてもジリ貧。

 

 そして時間切れでレックウザの負け。

 

 そこまでの未来が克明に見えてしまっている。

 

 けれどだからと言って逃げることも諦めることもできない。

 

 ここはフーパの空間だ、入口も出口も見当たらないこの場所から逃げ出すこともできないし。

 

 ()()()()()()()逃げ出すこともできない。

 

 故に、その戦いはレックウザの負けだった。

 

 どれだけ意地を張ったところでレックウザだけでは、シキだけではこの状況は覆らない。

 

 ―――ぴきり、ぴきり

 

 軋む音がした。

 

 レックウザの唯一の勝機はこの空間に落とされる前だけだった。

 それを理解したところでもうすでに遅い。

 

 ―――ぴきり、ぴきり

 

 軋む音がした。

 

「ケキャキャキャ」

 

 嘲笑うかのようにフーパが嗤う。

 そうして。

 

 ―――ぴきり、ぴきり

 

 軋む音が止まらない。

 

 “いじげんホール”

 

 放たれたフーパの渾身の一撃がレックウザの急所を捉える。

 同時、それが限界だったと言わんばかりに。

 

 ―――ぴき、ぴきぴきぴき、ぴきぴき……パリィィィィン

 

 硝子の割れるような音共に、空間に亀裂が走り、砕ける。

 

 “じげんほうかい”

 

 空間が砕け、強烈なエネルギーが撒き散らされる。

 レックウザが悲鳴を上げる。なまじシキを庇っていたために直撃を受けていた。

 だがもし庇わなかったらシキが()()()()()()()だろうことは想像に難くないほどの一撃。

 お陰でシキは無事だった……代わりにレックウザが限界を迎えていた。

 

 ここまでか。

 

 そんな諦観の念がシキの脳裏を過った。

 

 直後。

 

「どわああああああぁぁぁ?!」

 

 ()()()()()から見覚えのある少年が飛び出してきた。

 無重力空間故にくるくるとしばらく回転が止まらず目を回していた少年だったが、やがて平衡感覚を取り戻したのかはっと我に返り。

 

「シキ! レックウザ!」

 

 その姿を見た瞬間、全身の力が抜けそうになるのを自覚した。

 シキとは違うただの人間。異能すら持たないただの人間。

 しかもシキと違ってポケモンを持たない……正確にはレックウザ以外にポケモンを持っていない上、レックウザがすでに『ひんし』寸前な今の状況で一体少年に何ができるというのか。

 

 それでも。

 

 シキは無意識に安堵した。

 

 その姿を見た瞬間。

 

 助かった、とそう思ったのだ。

 

 知らず知らずの内にその顔の強張りは取れ、代わりに自然と笑みが浮かぶ。

 

 そうして呼ぶ。

 

 少年の名を。

 

 シキにとって最愛のその名を。

 

「ハルト」

 

「ああ……良く耐えてくれたな、シキ。本当にありがとう」

 

 ただの一言で全てがどうでも良くなった。

 ただ大好きな少年が目の前にいて、たった一言ありがとうとそう言ってくれただけで、今まで感じていた苦痛も恐怖も、疲労も全部吹き飛んだような気がした。

 

 自分でもチョロ過ぎるなんて思うわけだが。

 

 ―――仕方ないわね。もうどうしようも無いくらい好きだし。

 

 何がそんなに好きなのか、自分でも分からないのに、ただどうしようも無いくらいにベタ惚れだった。

 

 

 * * *

 

 

 ソレは怒っていた。

 

 昼寝中にいきなり襲われたと思ったら、狭っ苦しい壺の中に封じ込められ、そのままどこかの空間に放り投げられたのだ。

 封さえ抜けていれば壺から抜け出して元いた場所に帰るのも簡単なのだが、封が閉じられている以上それもできない。

 

 いきなり何をするんだ、とか。

 

 何てことしやがるこいつ、とか。

 

 色々怒りはあったが、仕方ないので昼寝の続きをすることにした。

 

 そうして眠って何日が経ったのか。

 壺の中は時間の感覚が曖昧で、もしかしたらそんなに時間も経っていないのかもしれないが。

 とにかくある時、突然壺の封が抜けたのだ。

 

 どうして、とか何があった、とかそんなことはどうでも良かった。

 とにかくラッキーと言わんばかりにソレは壺から飛び出して。

 

 一人の少年と出会った。

 

 

*1
場に出た時、自分が覚えている全ての『ルーム』技を繰り出す。『ルーム』技の効果ターンが永続する。『ルーム』技の効果を受けない。

*2
5ターンの間、互いの場のポケモンのHPが回復しなくなり、互いの攻撃で受けるダメージが1.2倍になる。

*3
このターンに効果が発動せず後のターンに発動する技の効果を、技が発動するまでにかかるターン数に応じて上昇させる(ターン数倍)




因みにダークフーパは『ルーム』技の効果を『任意』で『切り替え』ることができます。
つまり相手がわざと鈍足なポケモン出して来たら『トリックルーム』の効果を切ってこちらが上から殴る、とかできるし、相手が『とくぼう』が高くて『ぼうぎょ』が低いなら『ワンダールーム』の効果切って物理で殴ったり、逆に『ワンダールーム』発動して特殊で殴ったりできる。
その上で『自分だけ』は『ルーム』技の効果を『常時無視』もできるし、同時に『効果を受ける』こともできる。空間干渉系能力だけは飛び抜けてる。

というわけでダークフーパのデータです。(ただし一部伏字)


【名前】ダークフーパ
【種族】フーパ(いましめられし)/原種
【タイプ】ダーク
【性格】????
【特性】ワープフープ
【持ち物】■■■■■■■
【技】サイコキネシス/シャドーボール/あくのはどう/いじげんホール/■■■■■■■■/トリックルーム/ワンダールーム/マジックルーム/デッドルーム/■■■■■■■■■■

【裏特性】『じげんしょうあく』
自分の全ての技に『必ず命中する』効果を追加し、相手のタイプ相性の不利に関係なく攻撃できる。
攻撃技を繰り出した時、10%の確率で相手の場を『じげんほうかい』にする。
自分が展開した『全体の場の効果』の数に応じて全能力が上昇する(技の数×0.1倍)

【技能】『くうかんさっぽう』
そのターンに使用した技の命中判定を後のターンに持ち越す。この効果は何度でも使用でき、持ち越した技の命中判定はこの効果を使用しなかったターンに判定される。この効果を使用したターンに『ワープフープ』で受けなかった『直接攻撃』以外の技を判定時に繰り出す。この効果で繰り出す技は全て相手の能力値でダメージ計算する。

【能力】『いじげんかいろう』
場に出た時、自分が覚えている全ての『ルーム』技を繰り出す。
『ルーム』技の効果ターンが永続する。
『ルーム』技の効果を受けない。

【禁忌】『■■■■■■■■』
????

【備考】

特性:ワープフープ:『必ず命中する』技以外を受けなくなり、相手の『必ず命中する』技の命中を50にする。『かげふみ』等の効果を受けず、必ず味方と交代できる。『おいうち』等の交代する前の相手を攻撃する効果を受けない。

技:デッドルーム 『ゴースト』タイプ
効果:5ターンの間、互いの場のポケモンのHPが回復しなくなり、互いの攻撃で受けるダメージが1.2倍になる。

場の状態:じげんほうかい
ターン終了時に、場のポケモンが『ひんし』になる。お互いの場の効果が全て無くなる。




補足解説:とこよのいのり
このターンに効果が発動せず後のターンに発動する技の効果を、技が発動するまでにかかるターン数に応じて上昇させる(ターン数倍)

ターン数×1倍が基準です。

ねがいごと→2ターン目に発動だから効果が2倍でHP全回復
はめつのねがい→3ターン目に発動だから効果が3倍で威力140×3=420(タイプ一致で630)
みらいよち→3ターン目発動なので威力3倍になります。


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深淵の水底:異次元回廊⑤

「キャハ?」

 

 黒いフーパが小首を傾げる。

 

 ―――何でそいつがそこにいるんだ?

 

 言葉にするならそんなところだろうか。

 黒いフーパ……ダークフーパの力は『空間接合』だ。元々がフーパなのだからそこは変わらない。

 だがダークタイプ化……正確に言えば『離反存在(ダークモンスター)』となったことでその能力は『破壊』に傾いている。

 

 故にダークフーパが攻撃するたびに少しずつ空間が軋む。

 

 ただリングを使うだけならともかく、攻撃の意思を伴った能力の使用は『破壊(ダーク)』の属性を帯びる。

 そうして例え自らが形成した空間であっても、その限界を超えた瞬間確かに空間の一部に『穴』が開く。

 とは言え『深淵(アビス)』は最早一つの世界という形を成した空間だ。

 例え一部が崩れてもそう簡単に崩落はしない。すぐさま空間は再接合され、修復される。

 空いた穴の分くらい全体の『体積』が減っているかもしれないがこの広大な空間のさらに一部に空域に僅かな穴が開いた程度誤差に等しい。

 

 だが確かにその瞬間、そこには『穴』があるのだ。

 

 穴が修復されるまでのほんの僅かな時間、そこには確かな綻びがあって。

 

 ()()()ならばその綻びを抜けてやってくることは容易かった。

 

 純粋な空間接合の能力を比べるならば、ダークフーパはフーパに一枚劣る。ダークフーパの能力は『破壊』に傾いている分、凡庸的な空間干渉能力が落ちているのだ。

 とは言え例えばフーパとダークフーパが一対一で戦えばまず間違いなくダークフーパが勝つだろう。

 『ダーク』タイプと化したダークフーパのほうが戦闘に向いているのは当然の話であり、多少能力に差があろうとそれは『ダーク』タイプの利を覆せるほどではない。

 

 だが同時にダークフーパにとって最も相性が悪いのはフーパだった。

 

 空間という概念に干渉できるポケモンは現状アルセウスを除けばフーパとパルキアの二体しか存在しないが、パルキアの空間干渉は空間の『支配』と『操作』に特化している。

 故に例えパルキアと敵対したとして、ダークフーパにとってこの『深淵』の領域が存在する限りなんら恐ろしい存在ではない。

 何故ならばこの『深淵』はパルキアよりももっと恐ろしいモノが支配する空間だから。

 

 この世で最も恐ろしく、この世で最も悍ましい『深淵』の主がそこにはいるから。

 

 だからパルキアは『深淵』という空間を支配できない。

 何故ならば『深淵』の性質は『浸食』であり、『深淵』を支配しようとすればパルキア自身が『浸食』されるからだ。

 そして支配できない空間において、パルキアの能力は十全に発揮できない。

 それこそ、ダークフーパでも勝てるレベルでしか無くなるのだ。

 

 だから一番厄介だったのはフーパだ。

 

 フーパの空間接合は純粋な空間同士の接続だ。

 リングを媒介にする分、空間への干渉は最小限ながらもその強度は非常に高い上に対象とする空間の状態を問わない。

 それこそ『じげんほうかい』でも起きていなければ、そこに『空間』があるのならばフーパはかなり好き勝手に干渉し、接合することができる。

 

 だからダークフーパがこちらの世界にやってきた時、真っ先にやったのはフーパを『始末』することだ。

 フーパが生息する空間は常に表の世界とは壁一つ隔てたような……『亜空間』とでも呼ぶべき場所にある。

 空間に『孔』を開けられないパルキアですら入ることのできない場所であり、同時にギラティナの生息する『やぶれたせかい』に非常に近い性質を持ちながらも、少しだけ違う……言うなれば『その一歩手前』とでも表現すべき空間だ。

 

 『現世』と『異界』の狭間にある『存在しない空間』。

 

 そこはフーパにだけ許された場所であり、だからこそフーパは『亜空間』にいる時、完全に油断しきっていた。

 当然である、この世界でたった一体。自分だけが入ることを許された場所なのだ。

 まさか自分と同質の能力を持っている存在が別の世界から侵略してくるなどと夢にも思わない。

 

 とは言えだ。

 

 先も言った通り、純粋な空間接合能力で言うならばダークフーパよりもフーパのほうが上だ。

 

 戦闘になればまず勝てる、と言ったが……逆に戦闘にならなければ勝てないということでもある。

 

 分かりやすく言うと、逃げの一手を打たれた時、空間接合能力が劣っているダークフーパはそれを追い切れないのだ。

 少しずつ引き離され、最終的に見失う。

 逃げるかどうか未知数ではあるが、けれど万一逃げられれば面倒になる。

 

 だから『ひんし』にするのは諦めた。

 

 要はもう二度と表に出てこれなくすれば良いのだ。

 

 だから使ったのだ。

 

 『いましめのつぼ』を。

 

 かつてフーパを封印するためだけに作られた壺だ。

 ダークフーパがいた世界にも存在した。

 だからこの世界にも存在するのは自明の理であり、あらゆる場所へと空間を接合できるダークフーパがそれを見つけるのも容易い話。

 そして後は壺を使うだけの簡単な作業だ。

 

 あっさりとフーパは封印された。

 

 なんら抵抗する間も無く。

 

 そうしてそれを『深淵』の闇の中へと投げ捨てる。

 

 ダークフーパ自身どこに行ったのかも分からない。

 

 それでお終い。

 

 あの無限のごとく広い『深淵』を探し回り、壺を見つけ出すなど無理な話。

 ()()()()()()()()()()()()()そんなこと不可能だ。

 となればもう二度とフーパは表に出てくることは無い。

 

 それはつまり、ダークフーパの邪魔をできる存在が居なくなったという事でもある。

 

 故にダークフーパは行動を始めた。

 

 

 ―――世界を『深淵』に沈めるために。

 

 

 それこそが『離反存在』の存在理由だから。

 

 

 * * *

 

 

 フーパというポケモンを一言で語るなら……子供だ。

 

 ジラーチ曰くの『悪戯小僧(クソガキ)』。

 

 要するに精神性が酷く子供っぽいのだ。

 子供っぽく自己中心的で、我が儘で、自分勝手、とまあ同じような言葉ばかりが並べ立てられる辺りでその性格にも察しがつく。

 

 ()()は世界の管理者の側に属してこそいるが、その実は寧ろ世界に混沌を巻き起こしている側だった。

 去年に起こったトウカの森の『止まない雨』の一件などまさにフーパの引き起こした『悪戯』の実例だろう。

 

 精神性が幼いが故にフーパにはストッパーが存在しない。

 やりたい、と思ったことは何でもやろうとする。

 そしてなまじ超越種として強大な力を持っているが故に大抵のことができてしまう。

 唯一救いがあるとすればその精神が幼いこと。

 矛盾しているようだが、実際そうなのだから仕方が無い。

 

 あくまでフーパの行動は『悪戯』であって、そこに『悪意』は無いのだ。

 

 楽しそうだからやってみた、というだけであり、考え無しなだけで『害意』は無いのだ。

 

 だからこそ、最後の一線は守られている。

 ちょっとした事件こそ引き起こせども『世界の敵』となるような真似はしていない。

 

 とは言え『管理者』なんて堅苦しい側に望んで入ったわけでも無い。

 だからこそ自分をそちら側に組み込んだ『カミサマ』を厭っているし、自分の行動に一々ケチをつけるジラーチのことも煙たがっている。

 

 だがそれを排除しようとは思わない。

 

 面倒に思うし、嫌がってはいても憎悪しているわけではない。

 あくまで子供のような純粋な精神性を持っているのだ。

 だから『悪意』を生むことも、『害意』を持つことも、『敵意』を抱くことも無い。

 

 だが、だ。

 

 子供だからこそ、相手の『悪意』や『害意』、『敵意』には敏感だ。

 

 子供だからこそ、そこに我慢も遠慮も無い。

 

 向けられた『悪意』、『害意』、『敵意』には同じ物で返す。

 

 故に今フーパは怒っていた。

 

 

 * * *

 

 

「キシキシキシ♪」

 

 “シャドーボール”

 

 放たれた黒い球がダークフーパへと飛来する。

 それを自前のリングで避けようとし。

 

「オデマシ~」

 

 それより前に放たれた一対のリングがダークフーパを挟むように空中でピタリと動きを止める。

 直後、ダークフーパへと飛来していた『シャドーボール』がリングへと吸い込まれ、反対側のリングから飛び出す。

 

「ッキャハ!」

 

 “くうかんさっぽう”

 

 咄嗟にダークフーパが自前のリングでそれを吸い込み、そのままフーパへと返そうとして。

 

 ―――それより早くフーパのリングが再接合される。

 

 ドォォン

 

「キャッ?!」

 

 自前のリングで吸い込んだはずの技が相手のリングから飛び出してくるという状況に虚を突かれたのか、初めてダークフーパにまともな技が命中した。

 驚いたように声を挙げるが、ダメージは自体はそれほどの物でも無い。元より『ダーク』タイプによって全ての技のダメージを半減できるのだ、本来ならば無視できる程度のダメージでしかない。

 

 本来ならば。

 

「ケキャキャキャキャ!」

 

 この世界にやって来てから初めてまともに受けたダークフーパの衝撃は決して軽い物では無い。

 それはグラードンやカイオーガ、そしてレックウザたちホウエンの伝説と違う決定的な差異。

 例え今の十倍以上のダメージをグラードンやカイオーガ、レックウザが受けたとしてもケロっとして反撃しただろう。所詮伝説という枠から見れば技の一撃や二撃、大したダメージではないのだ。

 

 だがフーパにとって今の一発の大きな意味がある。

 

 簡単な話。

 

 他の伝説たちと違ってフーパには戦闘中に体力を回復する手段が無い。

 

 その桁違いの体力(HP)と防御能力に加え自分の得意とするフィールドにおいて無尽蔵に体力を回復していくという再生能力(タフネス)があるグラードンやカイオーガ、レックウザたちと違ってフーパは体力が削れて行けばどんどん弱っていくのだ。

 

 しかも肝心のHP自体が他の伝説たちと比べて低い。

 それは純粋なサイズの差もある。

 体躯が大きければ蓄えたエネルギー(スタミナ)も大きい。

 それは生物として当然の理である。

 

 さらに言うならばその能力の方向性の問題もある。

 

 生命を育む大地の化身、生命の根源たる海の化身、強大な力に満ちた流星を食らう龍神。

 

 それらと比べて空間接合という能力は非常に強い。

 何せ時空間に干渉する能力だ。

 『カミサマ』の眷属でも無い一個のポケモンが持つには規格外の能力と言っても良い。

 だからこそ、拡張性が無い。

 空間に干渉するというだけで余りにも強力な能力だから、それ以外に転用できない。

 

 フーパの能力は『必中』と『回避』、それから『フィールド』の三種に極まっている。

 

 ここに『回復』能力を入れる余地が無かったのだ。

 例え理を超えた超越種であろうと、何でもできるわけではない。

 リソースが有限である以上、あれもこれも覚えることはできない。

 それも得意でも無いことを、だ。

 

 だからフーパの基本的なスタイルは『必中』と『絶対回避』。

 

 必ず当てる、必ず避ける。

 

 この二択を勝つまで相手に押し付け続ける。

 

 これは元となる能力が同じのダークフーパも変わらない。

 

 だから絶対に避けなければならなかったのだ。

 

 必中が通じない相手も、絶対回避を破って来る相手も。

 

 この二つが守られているからこそ、ダークフーパは『無敵』だったのだから。

 

 

 ―――負ける。

 

 

 それを理解した。

 このままでは負ける。

 『無敵』のままならば相手にどれだけ数がいようとそれは無に等しい。

 ゼロに何をかけてもゼロのままのように、『無敵』ならば問題は無かった。

 

 だがその『無敵』は破られた。

 

 全く同種の能力を持つフーパがいる限り、こちらの命中も回避も『絶対』では無くなった。

 そうなれば後に残るのはレベル200の『離反存在(ダークモンスター)』とレベル200の『超越種(フーパ)』。

 

 それから―――。

 

 レベル300オーバーの龍神だ。

 

 純粋な能力で言うならばダークフーパはレックウザに絶対に勝てない。

 先ほどまでの一方的な展開は『フーパ以外』には絶対的な能力の相性の差が生み出した展開だった。

 だがそれが無くなれば後はすがすがしいほどの『力の差』による蹂躙である。

 

 

 故に。

 

 

「ケヒ……」

 

 

 故に。

 

 

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

 

 故に。

 

 

「ケキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 * * *

 

 

 酷い有様だった。

 

 ここに至るまで何度攻撃を受けただろう。

 ここに至るまで何度痛みを堪えただろう。

 ここに至るまで何度苦しみを飲みこんだだろう。

 

 空間が一度木っ端微塵となった影響か、ダークフーパの張ったフィールドが全て消し飛んでいる。

 それが故か先ほどまで回復しなかったレックウザの傷もまた少しずつ回復していた。

 それはレックウザというポケモンの体力(HP)の総量からすれば微々たるものだったかもしれないが、並のポケモン数体分の体力は戻っている。

 

 故にレックウザはゆっくりと体を起こす。

 

 どれほど傷つこうとも。

 どれほど痛かろうとも。

 どれほど疲れようとも。

 

 ―――自らを守護者と定めた龍は立ち止まらない。

 

 戦え、戦えと何度となく自らに呟く。

 

 例えそれが龍の口から洩れる呻き声にしかならずとも。

 

 それでも龍自身にはそれが自らの口から零れる戦意となってその身を突き動かす。

 

 例えそれでどれだけその身がボロボロになろうと。

 例えそれでどれだけその心がボロボロになろうと。

 

 それでも、それでも、と龍は呟いて立ち上がる。

 

 一体いつまで、そんなことすら決めることも無く。

 

 黙っていれば永劫戦い続けるのだろう。

 

 報われることの無い願いを抱いたまま、その身が朽ち果てるまで戦うのだろう。

 

「……馬鹿が」

 

 すっと手を伸ばし、その鼻先に触れる。

 意思の弱い瞳が俺を見つめる。

 

「意識飛んでんじゃねえか」

 

 それは無意識だ。

 

 決して膝を折るな、立ち上がれ、戦え。

 

 無意識に突き動かされて龍は起き上がろうとしている。

 

「お前がそこまで傷つく必要なんて無いだろ」

 

 どれだけ傷つこうと龍の体は頑丈だった。丈夫だった。

 すぐにまた傷が治り、だからこそ戦えてしまう。

 龍は強すぎる……強すぎて、だからこそ折れることができない。

 

「もう良いんだよ。誰かのためになんて戦わなくても」

 

 あの『夢』が本当にこの龍の記憶だったのか、あの『夢』が本当にこの龍の思いだったのか。

 それは分からないけれど。

 

「もう十分だろ」

 

 それでも、今まさに傷つきながら、苦しみながら、痛みに呻きながら、それでも立ち上がろうとする、それでも戦おうとするこいつを前にすればどうでも良かった。

 

「なあ……レックウザ」

 

 誰かが言ってやらねばならないのだ。

 こいつに、真正面から。

 もう良いよって。

 もう戦わなくて良いんだよって。

 言ってやらないと。

 

 そうでないと……こいつは壊れるまで守ろうとする。

 

 だから、決して言ってはならない。

 

 決して許してはならない。

 

 決して、決して。

 

 

「もうお前なんていらないよ」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 それはレックウザにとって呪い以外の何物でもないから。

 

 




前も言ったけど、グラードンもカイオーガも、レックウザも基本的にみんな性格拗らせてるゾ。

厳しい言葉を投げかけて、レックウザの心を傷ものにしておきながら次回優しい言葉をかけてコロっといかせる……あれ、いよいよもってホストの汚名が拭えなくなって………………。

つうかレックウザって普通にこれ終わったら野生に返す予定だったんだが、これもうハルト君絶対に見捨てられないな、性格的に。
おめでとう、ハルト君はホウエンの伝説をコンプリートするゾ(白目
せ、戦力のインフレ……ハルト君その気になればホウエン一日で滅ぼせるな(顔覆い


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深淵の水底:夢幻の蒼穹①

 

 結論だけ言うと、順序を間違えてしまっていたのだ。

 

 レックウザの心の奥底に抱えるその本質は『孤独感』である。

 カイオーガも、グラードンも、レックウザも、伝説と呼ばれた三者三様の『孤独』を抱え、それに対して三者三様の『感情』を抱いた。

 

 三者がどのような経緯を得て超越種に至ったのかは知らないが、超越種というのは基本的に並び立つ存在が居ない『孤高』の存在だ。世界中どこを探しても同族というものが存在しないのだ。

 

 故に。

 

 カイオーガは『寂寥』を覚えた。

 グラードンは『退屈』を感じた。

 そしてレックウザは『矜持』で覆った。

 

 それが最初の間違い。

 

 『孤高』の存在が自らを『孤独』であると感じるのは結局のところ『他者』を認識するからだ。

 空を自由自在に飛び回り、ほとんど地上に降りることが無いレックウザが『他者』を認識したのは皮肉にも同じように『孤高』だったグラードンとカイオーガという『天災』によって空という自らの領域を侵されたことがきっかけだった。

 それまでレックウザにとって『地上』とはほとんど自らには関係の無い場所であって、そこに生きる生命のことなどまさに『眼中に無かった』のだ。

 だが三体の伝説の戦いによって地上が大きく荒れたのと同時に、レックウザは『地上』に自分以外の生命があることをしっかりと認識した。

 

 自らが独りであることを無意識に認識してしまったのだ。

 

 それを寂しいと思うにはレックウザは余りにも強すぎて、そんな『弱さ』を持てなかった。

 逆に地上で自らを崇めるモノや感謝を述べるモノがいることを『当然』と思うような傲慢さがあった。

 否、それを傲慢と呼ぶのもおかしい。

 事実レックウザは『神にも等しい』力を持っている。そしてその力をもってして地上を救済したのだ。

 例え本人のその意識が無かろうとだ。

 

 初めて認識した他者から向けられた最初の念が『畏敬』だった。

 

 つまりそれがレックウザを拗らせてしまった最大の要因なのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 ―――助けて、と。

 

 地上の命が願った。

 それは祈りであった。

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 レックウザは『守護者』であることを自らに強いている。

 自らを信奉する『りゅうせいのたみ』の巫女であるヒガナにあんな裏切りを受けても、それでも尚レックウザは『守護者』であることを貫いた。

 

 結局それは『呪い』なのだ。

 

 長い長い年月をかけてレックウザに積み上げられてきた『感謝』という名の呪詛。『畏敬』という名の悪意。『祈願』という名の殺意。

 レックウザに救いを求める全ての存在がレックウザに『自分たちのために』戦えと強要している。

 そしてレックウザもまたそんな願いのために自らの身を粉にして戦い続けている。

 

 『ありがとう』と言われることでしか()()()()()を実感できないから。

 

 それは致命的な順序の間違い。

 

 先に『感謝』と『畏敬』を得てから『孤独』に気づいてしまったが故に間違い。

 

 カイオーガは『孤独』が故に友を求めた。

 グラードンは『孤独』が故に敵を求めた。

 どちらも先に『孤独』を持ったが故に動いている。

 それは結局自分のためだからだ。

 

 だがレックウザは逆なのだ。

 

 『感謝』された。

 『畏怖』された。

 『信奉』された。

 

 その果てに『孤独』に気づいてしまった。

 だからこそレックウザは恐れている。

 

 『感謝』されなくなることを。

 『畏怖』されなくなることを。

 『信奉』されなくなることを。

 

 満たされ、『充足』してしまったが故に、『他者』から与えらえる『幸福』に気づいてしまったが故にそれを喪失すれば『孤独』になることに気づいてしまった。

 『孤高』が『孤独』になる前に満たされてしまったが故に、『孤独』になることを怖がってしまっているのだ。

 

 だからこそレックウザは『守護者』であり続ける。

 

 そうすることでしか自らの価値を示せないから。

 『守護者』で無くなってしまえば『孤独』に陥ってしまうから。

 だから自分の身を削ることになろうと守り続ける。

 体の傷よりも心の傷を恐れるが故に。

 

 つまり。

 

 まあ。

 

 要するにこいつ。

 

 ただのコミュ障なのだ。

 

 

 * * *

 

 

 誰か言ってやらないとダメなのだ。

 

 ―――もうお前を必要とする時代じゃないんだ、と。

 

 もう俺たちは自分の足で立って、伝説とだって戦えるんだって。

 もう俺たちは伝説にだって勝てるんだって。

 もうお前たちは『孤独』じゃない。

 

 並び立つ者はちゃんといるんだ。

 超越種だからって独りにならなくて良いんだ。

 必要な物はもっと別にあるんだ。

 

 それを、こいつに言わなければならない。

 

「伝説の終焉だ」

 

 ちゃんと面と向かって。

 

グラードン(オメガ)も、カイオーガ(アルファ)も、レックウザも」

 

 最早。

 

「ただのポケモンだよ」

 

 そんな俺の呟きに、レックウザがびくり、と震える。

 

「寂しいなら俺のとこに来いよ」

 

 手を伸ばし、その胴に振れる……僅かに震えていた。

 

「感謝も、畏敬も、祈願も、全部投げ捨てて良いんだ」

 

 その全身が徐々に変化していく。

 光に包まれたと思ったら少しずつ縮小していき。

 

「何、が……」

 

 人と同じ姿となったレックウザが言葉を紡ぐ。

 

「それを……」

 

 困惑している。

 それ以上に怯えていた。

 あの伝説が。ホウエン最強の龍が。

 空の龍神が、ただ子供のように、怯えていた。

 

「何が、残る……それを捨てて、私に」

 

 一体……何が。

 

 呟こうとした言葉が口と突いて出るより早く、その両手を包み込むように触れる。

 

「良いんだ」

 

 ぎゅっと、握りしめる。

 

「良いんだよ」

 

 その手の震えが止まるまで、ぎゅっと。

 

「我が儘でも良いんだ、自分勝手で良いんだ、傲慢で良いんだ。みんなそんなもんなんだ。みんなそうやって生きてるんだ。そうやって自分の思いをぶつけ合って生きてるんだ」

 

 思えばこの龍と絆が繋がりきらなかったのはそのせいなのだろう。

 思いが一方通行なのだ。

 俺が思うだけじゃダメなのだ。

 レックウザもまた思いの丈を吐き出さないと。

 

 絆を紡ぐ。

 思いを重ね。

 心を繋げ。

 縁を結ぶ。

 

 好きも嫌いも、絆とは、縁とはそうやって生まれるのだから。

 

 

 “つながるきずな”

 

 

 * * *

 

 

 ―――化け物だ。

 

 それが正直な感想だった。

 フーパという同じ空間に干渉する能力を持ったポケモンが加勢に来たことにより、ダークフーパへと初のダメージを通すことに成功した。

 そこまでは良かった、良かったのだ

 

 だがそこからだ。

 

 ダークフーパが手元のリングの一つをどこかの空間に繋げると、そこに手を入れ一つの『壺』を取り出した。

 

 哂い、哂い、哂い。

 

 そうしてその『壺』の封を解く。

 

 同時に。

 

 その全身が変化していく。

 黒い闇に覆われ、少しずつ少しずつその体躯が大きくなっていく。

 先ほどまでの十倍以上はありそうなほどに巨大になった闇が突如ヒビ割れたかと思えば、中から現れたのは先ほどまではまるで別のポケモンだった。

 

 宙に浮かぶ六本の手。

 

 それに付随するかのように次々と浮かび上がるリング。

 

 そして嘲笑するかのように裂けた口元。

 

 その瞳には強い殺意の色が滲み、どす黒く染まっていた。

 

 何よりも異能者としての勘が言っている。

 

 ―――先ほどまでとは比べものにならない化け物へと変貌している、と。

 

 事前に情報自体はハルトからもらっているからこそ、分かる。

 

 ときはなたれしフーパ。

 

 先ほどまでの状態がいましめられしフーパ。

 つまりだ。

 先ほどまで『手加減』していたのだ、あれで。

 解放され、完全体となった今のダークフーパが一体どれほどの力を持つのか。

 

 その答えはすぐに出た。

 

 “いじげんラッシュ”

 

 放たれた拳の一撃。

 リングを通り、距離を無視して飛ぶ拳がフーパを捉える。

 どん、と殴り飛ばされたフーパが一撃で吹き飛び、その動きを止める。

 たった一撃で封印されているとは言え、超越種の体力を消し飛ばしたその理不尽なほどの強さに、額に汗が流れ出す。

 

 フーパは無事だろうか?

 

 一瞬だけ確認するが、まだ『ひんし』にはなっていないようだった、とは言えこのままでは時間の問題だろう。

 

「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャ!」

 

 ダークフーパが嘲笑する。

 

 そうして。

 

「オデマシ~」

 

 “ディメンションゲート”

 

 その手に持ったリングの一つを投げつけると、リングが空間にピタリと張り付くように固定される。

 直後直径一メートルも無かったはずのリングが徐々に拡大していき、直径五メートル近くそのサイズを増す。

 

 そうして。

 

「―――ッ!」

 

 リングに開いた『孔』から一体のポケモンが飛び出す。

 黒く染まったその姿は、つい先ほど倒したばかりのはずの見慣れた姿で。

 

「ディ……」

 

 あり得ない、そんな胸中の悲鳴を無視するかのように、そのポケモンが咆哮を上げる。

 

 “ときのほうこう”

 

 発生した衝撃にシキのポケモンが吹き飛ばされ、一撃で『ひんし』になった。

 

「ディアルガ!?」

 

 そうして蹂躙が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 千年以上もの間、レックウザは『守護者』であった。

 

 そうあらねばならない、と意識的に思っていた。

 そうでなければならない、と無意識的に感じていた。

 自らが誰よりも強いと知っていたから、自らが絶対の強者だと信じていたから。

 誰よりも強いからこそ、誰よりも孤独で、だからその強さを示すことでしか自らの存在する価値を確かめられなかった。

 

 本当は分かっていたのだ。

 

 こんなことしたって自分の本当に欲しい物が手に入るはずがないと。

 

 ―――分かっていたのだ。

 

 でもだからって他の何ができるというのだろう。

 レックウザから強さを取って、他に何が残るというのだろう。

 最強の龍から強さを失くせば、後に残るのは同族の一体すらいない独りぼっちだけだ。

 そんなのは嫌だった。

 嫌だと思ってしまった。

 

 空の上から他人事のように地上を眺めていた頃ならばそれで良かったと思っただろうが。

 

 レックウザは知ってしまった。

 そこに自分以外の『誰か』がいることを。

 自分以外の『誰か』たちはお互いを支え合って生きていることを。

 彼らに自分のような『強さ』は無い、いや寧ろ『弱さ』しかないと言っても良い。

 でもだからこそ……『弱さ』しかないからこそ、支え合っていた。

 

 自分とは真逆。

 

 レックウザは強いからこそ独りだった。

 

 彼らは弱いからこそたくさんだった。

 

 自分もまた弱さを持てば……彼らの群れに入ることができるのだろうか。

 

 そんなことを思わなかったわけではない。

 でも駄目だった。

 結局思考は同じところに帰結する。

 

 レックウザから強さを取ってしまえば何が残るのだ。

 

 感謝も、畏敬も、祈願も。

 

 その全てがレックウザと地上を結びつけるもので。

 レックウザが独りでないと思わせてくれるもので。

 そしてレックウザがその『強さ』で掴み取った物だ。

 

 それを捨てて一体何が残るのだろう。

 

 それはレックウザの今までの生き方の否定だ。

 

 『守護者』である、と自らを定義したからこそ、レックウザが独りじゃなくなったのに。

 

「良いんだ」

 

 どうして今更そんなことを言うのだろう。

 

「良いんだよ」

 

 どうしてもっと早く……こうなってしまう前にそう言ってくれなかったのだろう。

 

「我が儘でも良いんだ、自分勝手で良いんだ、傲慢で良いんだ。みんなそんなもんなんだ。みんなそうやって生きてるんだ。そうやって自分の思いをぶつけ合って生きてるんだ」

 

 それは否定だ。レックウザという龍の生き方の否定だ。

 だからそれに対して反発するのは正しい。絶対的に正しい……はずなのに。

 

 握られた手の温かさに体が震えた。

 

 例え紅蓮の炎に焼かれたとして、レックウザの体はびくともしないはずなのに。

 人一人の体温の温かさに、レックウザの全身が震えた。

 

「わた、しは」

 

 胸が苦しい。

 呼吸が止まりそうだ。

 この身は宇宙という名の真空でも生きられるはずなのに。

 開いた口は何も吐き出せず、吸い込むこともできず。

 苦しい、苦しい、苦しい。

 

 極論。

 

 選択肢は二つだ。

 

 生き方を曲げるか、貫くか。

 その心が折れるか、折れないか。

 

 けれど、もう無理だ。

 

 もう限界だ。

 

 誤魔化せない。

 

 誤魔化せなくなってしまった。

 

 

 ―――もうお前なんていらないよ。

 

 

 致命的な言葉だった。

 必要とされない。

 それは何よりも恐れていたことだから。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 

 独りになるのは嫌だ、ただ独り空を漂うだけの日々は辛過ぎる。

 捨てないで、見捨てないで、私を必要としてくれ。

 

「それは弱さじゃないの?」

 

 問われ、硬直する。

 その瞬間、レックウザは気づく。

 気づいてしまう。

 

 強くあらねばならない、そう思うこと自体が弱さなのだと。

 

 矛盾だった。

 どうしようも無い矛盾だった。

 何より、レックウザ自身どうにもならない矛盾だった。

 

 震えが止まらない。

 

 胸の痛みが誤魔化せない。

 

 言葉が出ない。

 

 壊れてしまう。

 レックウザを形作っていたはずの物が、全て、全て、全て。

 このままでは壊れてしまう。

 けれどレックウザにはそれをどうにかする術が無い。

 感情を持つ生物は他者と関わり、交わることで情緒を育む。

 だがレックウザは一方的な関わりしか持つことが無かった。

 

 自らの心を表現するには足りなさ過ぎるのだ、他人と会話した経験が。

 

 だから上手く意思疎通できない。

 怒ることも、否定することも、嘆くことも、悲しむことも、泣くこともできない。

 胸中で様々な感情が渦巻いて、その全てがいつまで経っても出ていかないままにぐるぐると渦巻き続けている。

 

 だから。

 

()()()()()

 

 言葉と共に、全身を覆った『温かさ』に目を見開く。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを助けてくれて」

 

 先ほどまでなら、それは『呪い』の言葉だった。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを見守ってくれて」

 

 けれど、どうしてだろう。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを見捨てないでくれて」

 

 どうしてだろう、今は……今は。

 

「今度は俺たちがお前を助ける。俺たちはもうお前を独りにしないから」

 

 今は―――。

 

「だから、今度は一緒に行こう」

 

 今は―――。

 

 

レックウザ(デルタ)

 

 

 その瞬間、世界のどこでも無い闇黒の中で。

 

 

 一匹の龍が生まれ落ちた。

 

 




つまるところ伝説どもはぼっち拗らせすぎたのだ。
その中でもレックウザは自分がぼっちなことに気づくより先にグラカイを倒して人に信仰されてたので「あれ……もしこの信仰無くなったらどうなるんだろう」という考えに行きついた果てに自分が独りなことに気づいた。
そしてぼっちだったから『信仰される』以外にぼっちじゃなくなる方法を思いつかなくて『承認欲求』みたいなものが湧いてしまった。
もしこれが先にぼっちであることに気づいたなら手さぐりで関わり方を探そうとするかもしれないけどぼっちであることに気づくより先に『信仰される』という関わり方の一つを差し出されたせいでまるでそれが絶対の正解であるかのように思ってしまった。まあぼっちだし、安易なやり方に飛びついたわけですね。その結果生まれたのが『守護者』としてのレックウザ。
そうして長年『守護者』として居続けたらもう他者に『求められる』ことでしか自らの存在意義を確認できなくなってしまってて、だからこそハルト君が『もうそれは良いんだよ』って言った。
そしてぼっちでコミュ障なレックウザのために「一緒に居てやるから、少しずつ人との関わり方も勉強しよう?」みたいな流れにした。

因みに少し前の話でダークレックウザに対してめっちゃ怒ってたじゃん?
あれは『自分自身』に対する怒りだから怒れた。
でも自分以外に対しては『怒り』をぶつけられない。内心で思ってても口に出せない。態度にも出せない。
原因として他人との関わりは『信仰』されたり『感謝』されたり『畏怖』されたり、と人からレックウザへの一方的なものであってレックウザから人へは基本的に無いことからコミュニケーションの経験が極端に少ないことが挙げられる。

要するに?

どう足掻いてもコミュ障だよね(


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深淵の水底:夢幻の蒼穹②

 

 

 ディアルガが出て来てからもリングはダークフーパの元へと収まることは無く、さらに新手を輩出し続けた。

 

 ディアルガに続き、パルキア、そしてギラティナ。

 

 いずれも先ほど倒したばかりのポケモンたちであり、まるで先ほどまでの激闘が嘘だったかのように三体が咆哮を上げる。

 一つ、先ほどまでと違ったのは今度はダークフーパも参戦しており、三体の伝説がダークフーパをアシストするように動いていたことだろうか。

 

 やってきたフーパと共にシキも必死になって応戦するが、当たり前だが数の差があり過ぎる。

 その上で個々の能力まであちらが上手なのだ。

 はっきり言って蹂躙である。

 

 すでに手持ちたちも大半が『ひんし』。

 持ってきた『げんきのかけら』や『かいふくのくすり』で何体か戦線復帰させたが、手持ちの道具類もそろそろ尽きようとしている。

 当たり前だが根本的なレベルが違い過ぎた。

 こちらの必殺の一撃ですら相手にとっては小うるさいけん制程度の効果しか見込めないのだ。

 

 唯一『ひんし』から復活させたギガ……レジギガスの攻撃だけは警戒されるに値していたようだが、だからこそ逆にレジギガスは真っ先に集中砲火で沈められた。

 そしてフーパもまた抵抗はしているが、数の利と能力相性によって先ほどまでと立場が完全に逆転してしまっている。

 

 少しずつ、少しずつ押し込められていくような感覚。

 

 分かっている、本来ならばとっくに全滅していてもおかしくないはずの状況でどうしてまだ生き残れているのか。

 

 要するに、遊ばれているのだ。

 

 殺さないようにじわじわ嬲られている。

 

「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャ」

 

 ダークフーパが嘲笑する。

 必死になって生き延びようとする自分たちの惨めな姿を見て、嘲笑っている。

 どう足掻いてもここから逆転は無理だ、それが分かっているからこそダークフーパは遊んでいる。

 だからと言って絶望に浸ってなどいられない。

 

 ―――希望はある。

 

 シキたちがこうして敵を引き付けているその後方にはレックウザがいる。

 そして何より……ハルトがいる。

 確かにこの状況で何ができるのか、そんな思いはある。

 けれど同時に、ハルトがいるならきっと……そんな思いもある。

 少なくとも、シキではどれだけ頭を捻ってもゲンシカイオーガ、ゲンシグラードン、ダークレックウザを倒す術など思いつきもしなかった。

 

 凡人であると本人は言っている。

 確かにそれ自体は間違っていないとシキも思っている。

 トレーナーとしてハルトに飛び抜けた才は無い。

 相手の手を見通すような読みも、ただのポケモンを最強のエースに仕立て上げるような育成能力も、世界の理を傾けるような異能も無い。

 ただポケモンに好かれやすく、ポケモンを心の底から好いているだけの普通の人間だ。

 

 けれどどうしてだろう。

 

 そんなただの凡人は、普通の人間でしかないはずのハルトは、ゲンシカイオーガを降し、ゲンシグラードンを降し、そしてついにはダークレックウザをもすら鎮めた。

 どれか一体だけでも世界全土を危機に晒すという意味でなら、ハルトはすでに三度世界を救っている。

 

 それは勝手な期待なのだろう。

 

 それは身勝手な想いなのだろう。

 

 それでも。

 

 抱かずにはいられないのだ。

 

 ハルトという少年に対して。

 

 希望を。

 

「それに」

 

 くすり、と笑みを浮かべる。

 それに気づいたのか、ダークフーパが一瞬だけ怪訝そうな表情になる。

 

 そうして。

 

 ふわり、とシキの頬を風を撫でた。

 

「いつだってそんな私の勝手な期待は応えられてきた」

 

 困ったことに勝手に期待を抱かせておいて、一度だって裏切ったことが無いのだ。

 だからついまた期待してしまう。

 

「ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉を口にしながら。

 

「後は、お願いね」

 

 膝から崩れ落ちる、最早限界だった。

 ここに至るまでずっと生かさず殺さず嬲られ続けてきたのだ。

 最早疲労は極限まで来ている。

 

 だがそれでも。

 

「うん……任せて、シキ」

 

 ―――その言葉が聞けたなら、甲斐はあった。

 

 キリュウウウウウウウウウアアアアアアアアアアォォォォォォォォォォ!!!

 

 黒の渦巻く闇の世界に龍神の咆哮が轟く。

 

「さあ……第二ラウンドだ」

 

 自信満々に笑みを浮かべる彼の姿を見やる。

 

 そうして崩れ落ちた体を抱きとめてもらうような感触を覚えながら。

 

 ゆっくりと、シキの意識は暗転していった。

 

 

 * * *

 

 

 “ミカドきかん”*1

 

 『つむがれたきずな が おもいをかさねる』

 

 “ メ ガ シ ン カ”

 

 『つながれたこころ は えにしをむすぶ』

 

 “つながるきずな”

 

 “デルタストリーム”

 

 『うずまき みだれし きりゅうが しんいきの とびらを ひらく』

 

 “かざぎりのしんいき”*2

 

 『さかまき てんを ついた かぜが そらのはしらを かたちづくる』

 

 

 * * *

 

 

 ほんの十秒にも満たない時間で世界が一変した。

 ()()()()()()がやったことながら、ぞっとする話だ。

 ダークフーパが形作ったこの領域、闇の世界の中で一瞬にしてレックウザ(デルタ)は『自分の領域』を生み出した。

 天候支配と領域形成の最高峰(ハイエンド)というものをまざまざと見せつけられた。

 これだけですでに『メガシンカ』したデルタの力というものが規格外の物であると分かる。

 

 同時にまだ技の一つすら振っていないのだ。

 

 先手はこちらが取った。

 ならば後は、叩きのめすだけの話だ。

 

「デルタ!」

 

 ―――ォォォォォォォォォ!!

 

 デルタが咆哮し、動き出そうとした、直後。

 

 “じかんていし”

 

 “ときのほうこう”

 

 それよりも早く黒いディアルガから放たれた黒く染まった光線がレックウザを襲う。

 

 “きずなパワー『とくぼう』”

 

「知るか、突っ込め!」

 

 こちらの指示に一瞬の迷いも無くデルタは自らへと迫りくる光線へと突撃する。

 

 “かざぎりのしんいき”*3

 

 身に纏う風の鎧によってダメージを大幅に軽減しながらその全身にさらに風を集めて行き。

 

 “かざぎりのしんいき”*4

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”

 

 放たれた必殺の一撃がダークディアルガを撃ち抜き、一撃で闇へと返す。

 

「消えた?」

 

 その光景を見て目を丸くする。

 『ひんし』は確実のダメージだが倒れるわけでも無く、『ひんし』になって縮小するわけでも無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()かのように闇へと溶けてしまった。

 なんだそれは、と思わなくも無いがその正体を知るのは後回しで良い。

 

 “ミカドきかん”*5

 

 体内に蓄えた『いんせき』から発生するエネルギーによって自らの体の傷を癒しながらデルタが旋回して戻って来る。

 まずは一匹、敵は残り三体。

 

 そうして、相手の反撃。

 

 ダークパルキアが『あくうせつだん』を放ち。

 ダークギラティナが『シャドーボール』を放ち。

 ダークフーパが『あくのはどう』を放つ。

 

 三者三様の攻撃だったが。

 

 “きずなパワー『とくぼう』”

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 ほとんどダメージも無く、隕石による回復能力の範疇で収まる。

 そうしてこちらも反撃とばかりに口を開き。

 

「ついでに持っていけ」

 

 “きずなパワー『とくこう』”

 

 “りゅうせいぐん”

 

 放たれたエネルギー塊が流星となってダークパルキアを撃ち抜く。

 パルキアが悲鳴を上げて闇に還る。

 やはり『ひんし』にならないらしい。

 そうして残るはダークフーパとダークギラティナだけだったが。

 

「ゲギャギャギャギャ!」

 

 埒が明かない、とでも思ったのかギラティナへとダークフーパが拳を叩きつける。

 ぼん、と一撃でその身が闇へと還っていくのを見やり。

 

「ゲギャギャ……ギャ……ギャ……? ギャ、ギャギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 最早自分独りであると気づいた瞬間、ダークフーパが絶叫する。

 

 “あくうかんまじん”

 

 ダークフーパの絶叫に答えるかのように空間に少しずつ、少しずつ亀裂が走っていく。

 先ほどまでのような『一部』の空間に亀裂が走っているのではない。

 ()()()()()()()ひび割れ、軋みを上げているのだ。

 

「おい……おい?!」

 

 何をしようとしているのか、気づいた瞬間に背筋が凍る。

 

「こいつ、まさか」

 

 ―――()()()()()()俺たちを葬ろうとしている。

 

 空間が壊れ異次元へと放流されればこの場所に戻って来れるのは空間に干渉できるポケモンのみ。

 つまり現状フーパが『ひんし』であることを考えれば、ダークフーパだけだ。

 

「冗談じゃないぞ! 止めろ、デルタ!」

 

 ここには俺とデルタだけじゃない、シキだっているのだ。

 腕の中に抱く少女の体をぎゅっと抱きしめる。

 ことこの場において自分にできることがこれくらいしか無い。

 

 デルタもまた自らの領域を広げることで空間破壊を阻止せんとしているが、どう考えてもダークフーパのほうが早い。

 ダークフーパを『ひんし』にすれば、とも思ったが今のひび割れた空間の状態では、ダークフーパを倒せるだけの攻撃を繰り出せばこちらの攻撃の余波で空間が砕けかねない。

 

 何か、何か手は無いのか。

 

 まさかこんな自爆技を打って来る、予想が甘かった。

 否、予想の大半はあっていたのだが唯一。

 

 ダークフーパが勝利を諦めるほどにデルタが強すぎた。

 

 それだけが俺の予想を超えていた。

 こちらにフーパがいる状況で空間破壊からの追放は結局『一時凌ぎ』でしかない。

 それでもその一時で何かやるつもりなのだとすれば、やはりこいつを今ここで止めなければならない。

 

 ぴきり、と空間が軋んだ。

 

「不味い、不味い、不味い! もう時間が、空間が!」

 

 間に合わないか!?

 

 そう思った、直後に。

 

 

 * * *

 

 ―――言ったデシよ。

 

 誰かの声が聞こえた。

 

 ―――深淵(ハキダメ)住人(ゴミ)どもが。

 

 直後、ダークフーパの真後ろに『孔』が空いて。

 

 ―――管理者(ボクたち)を舐めんじゃねえデシ!

 

 “まんがんじょうじゅ”*6

 

 “とこよのいのり”

 

 “はめつのねがい”

 

 “ねがいごと”

 

 

 * * *

 

 

 真後ろ、完全なる死角から放たれた一撃が完璧な奇襲となってダークフーパを襲う。

 飛び出してきた隕石がダークフーパを吹き飛ばす。

 直後に空間の軋みが止まる。

 いくら『捨て身』だったとは言え、全く予想外の方向からの攻撃にダークフーパの思考が数秒の間とは言え完全に止まっていた。

 そうして自分がどうやって攻撃されたのか気づきダークフーパが再び空間を破壊しようして。

 

「ゲギャ?!」

「シシ……シシシ」

 

 『ひんし』寸前だったフーパが咄嗟に投げたリングがダークフーパを覆う。

 上半身と下半身がリングを通して全く別々の位置にあるという状況にさしものダークフーパも抜け出すのに僅かな時を費やし……。

 

「デルタ!」

 

 ―――合わせて十秒にも満たないその僅かな時間が明暗を分ける。

 

 オオオオオオォォォォォォォ!

 

 一瞬すら迷うこと無くデルタへと指示すると、分っているとばかりにデルタが咆哮を上げる。

 その咆哮に答えるかのように風が吹き荒び、吹き荒んだ風は徐々に徐々にレックウザを中心として収束していく。

 収束した風が巨大な竜巻となり空へと延びる暴風の柱を作り出す。

 『そらのはしら』と混ざり合ったそれが徐々に徐々に『そらのはしら』を膨れ上がらせていき。

 

 

 極限まで風を圧縮されて作られた『そらのはしら』が直後に弾けた。

 

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

 暴風が吹き荒れ、闇の領域を()()()()()いく。

 まるでそれが黒い霧か何かだったとでも言うかのように、風が吹き荒ぶと闇が消え去って行き、暴風の輪が徐々に徐々に広がっていく。

 

 この闇の世界を押し広げるように、徐々に、徐々に、膨張の限界がやってきて。

 

 

 “ む げ ん の そ う き ゅ う ”

 

 

 ―――世界が弾けた。

 

 

 

*1
持ち物に『いんせき』を追加する。持ち物が『いんせき』の時、メガシンカすることができる。

*2
天候が『らんきりゅう』の時、味方の場の状態を『そらのはしら』にする。

*3
天候が『らんきりゅう』の時、受けるダメージを半減し、能力が下がらない。割合ダメージを無効化する。

*4
『ひこう』タイプの技の威力が1.5倍になり、相手に必ず命中する。

*5
メガシンカ時、毎ターンHPが1/6ずつ回復する。

*6
自分が技を繰り出す時、技の発動ターンを2-6ターンの間で任意に延ばすことができる。『ねがいごと』の効果を味方全体に変更し、『ひんし』のポケモンも回復できるようになる。『いのり』や『ねがい』等の技を1ターンに2回発動できる。




あと一話か二話で長かった……余りにも長かった劇場版ドールズも終了です。
因みに今日から四連休なので明日明後日、最悪でも明々後日には終わらせるよ!

そして当初の予定とは全く逆にデルタちゃんは仲間一直線……。

やったねハルちゃん! 家族が増えるよ!



【名前】デルタ
【種族】レックウザ(メガレックウザ)/原種
【タイプ】ドラゴン/ひこう
【性格】????
【特性】エアロック/デルタストリーム
【持ち物】いんせき
【技】しんそく/りゅうせいぐん/りゅうのまい/かみなり/げきりん/ハイパーボイス/Vジェネレート/ガリョウテンセイ

【裏特性】『ミカドきかん』
持ち物に『いんせき』を追加する。
持ち物が『いんせき』の時、メガシンカすることができる。
メガシンカ時、毎ターンHPが1/6ずつ回復する。

【技能】『とうりゅうもん』
そのターンの相手の技を全て自分が受ける。相手から受けるダメージを半減し、HPを最大HPの1/3回復する。この効果を使用したターン行動ができなくなる。

【能力】『かざきりのしんいき』
天候が『らんきりゅう』の時、味方の場の状態を『そらのはしら』にする。
天候が『らんきりゅう』の時、受けるダメージを半減し、能力が下がらない。割合ダメージを無効化する。
『ひこう』タイプの技の威力が1.5倍になり、相手に必ず命中する。

【禁忌】『むげんのそうきゅう』
天候が『らんきりゅう』の時――――――――――――。


【備考】

場の状態:そらのはしら
場の状態が変化しなくなり、場に出ているポケモンは状態異常、状態変化、相手の能力の変化の影響を受けなくなる。この効果は変更されない。





【名前】ダークフーパ
【種族】フーパ/原種
【タイプ】ダーク
【性格】????
【特性】ワープフープ(いましめられし時)/デッドワープ(ときはなたれし時)
【持ち物】いましめのツボ
【技】サイコキネシス/シャドーボール/あくのはどう/いじげんホール/いじげんラッシュ(ときはなたれし時)/トリックルーム/ワンダールーム/マジックルーム/デッドルーム/ディメンションゲート(ときはなたれし時)

【裏特性】『じげんしょうあく』
自分の全ての技に『必ず命中する』効果を追加し、相手のタイプ相性の不利に関係なく攻撃できる。
攻撃技を繰り出した時、10%の確率で相手の場を『じげんほうかい』にする。
自分が展開した『全体の場の効果』の数に応じて全能力が上昇する(技の数×0.1倍)

【技能】(いましめられし時)『くうかんさっぽう』
そのターンに使用した技の命中判定を後のターンに持ち越す。この効果は何度でも使用でき、持ち越した技の命中判定はこの効果を使用しなかったターンに判定される。この効果を使用したターンに『ワープフープ』で受けなかった『直接攻撃』以外の技を判定時に繰り出す。この効果で繰り出す技は全て相手の能力値でダメージ計算する。

【技能】(ときはなたれし時)『あんこくくうかん』
自分が場にいる間、全体の場を『あんこくくうかん』にする。
全体の場の効果:あんこくくうかん
『ダーク』タイプのポケモンが攻撃技を繰り出した時、技のタイプを『ダーク』にし、技の優先度を+1する。

【能力】『いじげんかいろう』
場に出た時、自分が覚えている全ての『ルーム』技を繰り出す。
『ルーム』技の効果ターンが永続する。
『ルーム』技の効果を受けない。

【禁忌】『あくうかんまじん』(ときはなたれし時)
自分が攻撃技を繰り出すたびに『じげんほうかい』の確率を10%ずつ上昇させる。『じげんほうかい』の効果が発動した時、確率は元に戻る。場に居る限り、『ひんし』になったポケモンが『ひんし』状態から回復しなくなる。


【備考】

特性:ワープフープ:『必ず命中する』技以外を受けなくなり、相手の『必ず命中する』技の命中を50にする。『かげふみ』等の効果を受けず、必ず味方と交代できる。『おいうち』等の交代する前の相手を攻撃する効果を受けない。

特性:デッドワープ:自分の技が全て『必ず相手に命中する』効果を持ち、必ず急所に当たる。相手の『まもる』や『みきり』等を解除して技を繰り出せ、場の『リフレクター』や『ひかりのかべ』、『みがわり』などの効果に関係なく攻撃できる。

技:デッドルーム 『ゴースト』タイプ
効果:5ターンの間、互いの場のポケモンのHPが回復しなくなり、互いの攻撃で受けるダメージが1.2倍になる。

技:ディメンションゲート 『エスパー』タイプ
3ターンの間、ターン終了時に味方の場に『ディアルガ』『パルキア』『ギラティナ』『ジラーチ』『セレビィ』『シェイミ』『ダークライ』『クレセリア』『イベルタル』『レックウザ』『????』『????』『????』をランダムで一体呼び出す。

場の状態:じげんほうかい
ターン終了時に、場のポケモンが『ひんし』になる。お互いの場の効果が全て無くなる。




【名前】マツリ
【種族】ジラーチ/擬人種
【タイプ】エスパー/はがね
【性格】????
【特性】????
【持ち物】????
【技】????

【裏特性】『とこよのいのり』
このターンに効果が発動せず後のターンに発動する技の効果を、技が発動するまでにかかるターン数に応じて上昇させる(ターン数倍)。
????
????

【技能】『????』

【能力】『まんがんじょうじゅ』
自分が技を繰り出す時、技の発動ターンを2-6ターンの間で任意に延ばすことができる。
『ねがいごと』の効果を味方全体に変更し、『ひんし』のポケモンも回復できるようになる。
『いのり』や『ねがい』等の技を1ターンに2回発動できる。

【禁忌】『????』


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深淵の水底:夢幻の蒼穹③

 

 それはかつての誰かが望んだ光景だった。

 

 大地の支配者グラードン。

 大海の王者カイオーガ。

 

 二体の伝説が暴れ狂ったかつてのホウエンの地において空は暗雲に覆われ、焼き尽くすような陽光が地を焦がした。

 

 だからこそ、それはかつての誰かが望んだ『夢幻』である。

 

 果てなど無いかのように『無限』に広がる『青空』。

 

 かつて、天空の覇者がその声に応えた。

 

 

 

 “むげんのそうきゅう”*1

 

 

 

 浮遊感と共に視界の中に広がったのは()()()()()()()()()()()()

 

「―――っ」

 

 驚愕の言葉はけれど轟と唸りを上げる風にかき消されて誰の耳にも届かず。

 空から落ちているのだと気づいたのは直後のこと。

 驚きこそしたがすぐにデルタが回収してくれたので落ち着きを取り戻すことができた。

 

 そうして見やれば。

 

「綺麗だな」

 

 燦々と輝く陽光。

 白くうねる雲。

 青々と広がった空。

 長時間真っ暗な闇の世界にいたせいか、その全てがとても美しく見えた。

 同時にここが『ホウエン』であると気づく。

 

 ―――何せ眼下に去年の一件で廃墟と化した『そらのはしら』が見えたから。

 

 戻ってきた、あの世界から。

 その事実に気づくと同時にまだダークフーパが健在であることに気づく。

 また異空間に逃げ込まれる前に倒さねばならないと気を急いて。

 その姿が動かないことに気づく。

 

 すでに『ひんし』になっている、ということは無い。

 

 立ち止まってはその場からは動かないものの、その六つの手を忙しなく動かしているからだ。

 何かやっているのは分かるが、どうにも焦っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 否、気のせいではない。

 

 ダークフーパがこちらに気づき、行動しようとして……けれど止まる。

 その表情には確かな焦りが見えると同時に困惑の色も見て取れる。

 

 ―――キリュゥゥゥゥォォォォォォ!

 

 低い声でデルタが唸りを上げると共に。

 

 “しんそく”

 

 一気にトップスピードでその体を加速させ、ダークフーパへと迫る。

 そんなデルタの攻撃に一瞬対処しようとしたが、またぴたりと動きを止めてその一撃をもろに食らったダークフーパが吹き飛ばされる。

 

 またである。

 

 どうやらあのリングを使えなくなっているらしい。

 同時にそれが誰がやったことなのか、ようやく理解する。

 

 つまり先も思ったその通りなのだ。

 

 天候支配と()()()()の最高峰。

 

 今この『空』という領域を支配しているのはデルタで。

 デルタの領域内において『デルタ以外』は理を覆すことができなくなる。

 

 ―――とんでも無い超越種殺しである。

 

 確かにそれならゲンシグラードンとゲンシカイオーガの二体を相手取っても勝てるはずだ。

 天候の固定化を除いてもとんでも無い切り札を持っていたものである。

 

 今この場においてのみ超越種という肩書は無意味の産物に成り下がる。

 

 ダークフーパもまたそれに気づいたのか、表情を歪めながら態勢を立て直す。

 だがすぐにその先に待つ絶望に気づいたのか、目を大きく開いて二歩、三歩と後ずさった。

 当然だろう、空間接合能力が使えない現在のダークフーパの選択肢は一つしかない。

 

 つまり、デルタと正面から殴り合って勝つしか活路が無いのだ。

 

「ギ……ギャアアアアアアアォォォォォォ!」

 

 “いじげんラッシュ”

 

 遮二無二に放たれた拳がデルタへと迫る。

 二撃、三撃とその体が撃たれるが、けれど風の鎧がその威力を大幅に削り。

 

 “ミカドきかん”

 

 『いんせき』から抽出したエネルギーを全身に循環させ、攻撃された箇所をすぐに癒してしまう。

 無理だ、どう足掻いてもダークフーパにデルタを突破する術がない。

 それに気づいたのかダークフーパはまた後ずさり。

 

「ォアアアアアアアア!」

 

 逃げ出した。

 何もかも投げ捨て、能力の源のはずのリングすら投げ捨てて、半狂乱となって逃げだした。

 

 もっとも、それで逃げ切れるかと言えばまた別の話だが。

 

 “かざぎりのしんいき”

 

 収束した風がデルタの元で荒れ狂う暴風と化す。

 そして暴風をその身に纏いながら。

 

「決めろ! デルタ!」

 

 “きずなパワー『こうげき』”

 

 自らの声援に応えかのようにデルタが咆哮を上げ。

 

 

 “ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”

 

 

 横薙ぎの竜巻がごとき一撃が逃げるダークフーパの背を抉り、吹き飛ばし、完全に沈黙させた。

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオン辞めてて良かったな、と正直思った。

 今回の一件、事後処理がとんでも無いことになっているらしい。

 何せ客船一つ丸々巻き込まれた大事件だったのだ。

 幸いにして船がタイムリミットに至るより早くダークフーパを打倒したお陰か、乗客船員全員無事でこちら側に戻って来れたらしい。

 

 体感で丸一日以上戦っていたような気がしていたが、実際は半日にも満たない間の出来事だったらしい。

 こうして西日が差す頃には当初の目的地だったミナモシティへとたどり着いているのだから、まあ辛うじてだが良かった、というべきなのだろう。

 

 今回の一件は『野生のポケモン被害』として処理される。

 

 まさか異世界から渡ってきた伝説級のポケモンが異世界へと船ごと攫って行った、なんてそんなこと公表できないからだ。

 正確には公表したところで悪戯に世間を混乱させ、にもかかわらず何か手が打てるのかと言われれば、まあ無理だろう。

 

 そういうわけで今回の件は災害のような扱いでポケモン協会へと投げられた。

 

 今頃協会の事務員たちが頭を抱えている頃かな、と思いながらベンチにどかっと背を預けて息を吐く。

 膝の上で安らかに寝息を立てているシキに視線を落とし、再び視線を空へと上げる。

 

「何だったんだろうなあ」

 

 実際のところ、俺だって結局今回の一件が何だったのか、良く分かっていない。

 ただあの黒いフーパ……ダークフーパがこことは違う世界からやってきたポケモンなのだろうということくらいしか分からない。

 フーパの空間への干渉能力とは世界の壁すら超えるのか、そんな疑問に答えを得られるはずも無く。

 

 何より肝心の下手人はもう居ないのだ。

 

 『ひんし』となると同時にその全身が『闇』へと変貌し、そのまま虚空へと溶けるように消えてしまった。

 

「……ふぅ」

 

 嘆息一つ。

 訳の分からないことだらけである。

 とは言え、まあ。

 また一つ、理を超えた怪物の脅威からホウエンを守れた、今はそれで十分なのだろう。

 

「……また何かあるかもしれないけど」

 

 一つどうしても気になっていることがある。

 デルタが自らの領域を作り出したことであの闇の世界は砕け散った。

 

 つまりだ、あの漆黒の空間は『誰か』が作り、支配していた場所、と言うことになるのではないだろうか?

 

 それは『誰』だ?

 

 ダークフーパか?

 

 否だろうと俺は思う。

 フーパの能力はあのリングを使った『空間』の接続、接合であって創成ではない。

 

 となればパルキアだろうか?

 

 それも違うのではないかと思う。

 確かにダークタイプだろう黒いパルキアが存在したらしいことは聞いているが、それでもやっていることは『空間操作』であって『創成』ではない。

 

 フーパではなく。

 

 パルキアでも無い。

 

 だとするならばあの空間は一体『何』が作ったのか。

 

 

 * * *

 

 

 ―――夢を見ていた。

 

 何気無い日常の中の夢だ。

 こじんまりとした家には家族が四人。

 自分がいて、『父親』がいて、『母親』がいて、『弟』がいて。

 そんなあり触れた普通の『家庭』がそこにはあって。

 

「悪夢だわ」

 

 思わず呟いた一言に世界が歪む。

 家全体が輪郭を歪ませ、『父親』と『母親』も塗りたての水彩画に水でも垂らしたかのように『溶けて』いく。

 

 そうして『弟』だけがそこに残り。

 

「…………」

 

 ()()()と違って黙したまま口を開かない。

 そんな『弟』を怪訝な目で見つめる。

 けれど『弟』は困ったように苦笑し、首を傾けるばかりで決して口を開かず。

 

「ああ……そういうこと」

 

 『世界』を見上げる。

 異能者としての第六感がこの『世界』を感じ取る。

 つまりここは『悪夢の世界』なのだ。

 いつも見ている『悪い夢』ではなく。

 何者かが意図的に見せた『悪夢』を形作った『世界』。

 

 だがだとするならどうして目の前の『弟』は何も語らないのか。

 

 どうして困ったような表情で苦笑いばかりしているのか。

 

 その意味を薄々だがシキは理解していた。

 

「つまり……私にとってこれが本当の『悪夢』の形なのね」

 

 かつてシキは『弟』を見捨てた。

 結果的にその先でシキは『弟』に見捨てられた。

 すっかり変わってしまった『弟』に戸惑い、自分を切り捨て消えてしまった『弟』に苦悩し。

 

 その結果。

 

「私はもう一度『弟』を切り捨てた」

 

 『弟』が何かやろうとしている。

 それを知っていて、それでも()()()()()と思ってしまったのだ。

 

 ハルトと出会い、思ってしまったのだ。

 

 シキはもうどうやったって『シキ』とは家族にはなれないんだ、と。

 

 きっとハルトたちのような関係が『普通』の家族なのだろう。

 だからシキと『シキ』の関係は最早家族と呼べるような物では無いのだと。

 

 そう思った瞬間からシキと『シキ』は血の繋がりの無いただの他人になり果てた。

 

 そのことに思うことが無いわけでも無いが。

 

「でもそれは私とアイツの問題だわ」

 

 この『悪夢の世界』をのぞき見しているような悪趣味なやつに、自身の本心を曝け出してやるつもりもない。

 

 だから。

 

「消えなさい」

 

 念じながら、目の前の『弟』が持つフォークを取り。

 

 そのまま『弟』へと突き立てた。

 

 

 ―――夢を見ていた。

 

 ダークライに見せられた『悪夢』の夢。

 夢の中で夢を見るというのもおかしな話だが。

 

 そう、本当におかしな話である。

 

「反撃できる分だけ『悪夢』のほうがマシってどういうことよ」

 

 そんなことを呟きながら、明るくなっていく世界に自らの目覚めを理解する。

 

 ―――ホント、どっちの『夢』なんてどれもこれもろくでも無いわね。

 

 目覚めの間際、そんなことを思った。

 

 

 * * *

 

 

「……ん」

 

 ぴくり、と膝を枕に眠るシキの瞼が揺れる。

 しばらく見ていると少しずつその瞼が開かれ、寝起きでまだとろんとした瞳が俺を見つめた。

 

「おはよう」

「……おは、よう」

「大丈夫? まだ眠いなら寝てても良いよ?」

「ん……起きるわ」

 

 声をかけてやれば少しばかり頭が冴えてきたのか、ゆっくりと半身を起こす。

 そうして体を起こせばそこが街の中であることに気づいたのか、視線を彷徨わせる。

 

「どういう状況?」

「全部解決ハッピーエンド」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……………………………………。

 

「そう」

 

 とても端的かつ短い俺の一言だったが、長い沈黙の末にようやく理解が追いついたのか、たった一言呟いた言葉には万感の思いが宿っていた。

 

「良かった」

「そうだね、無事解決できてホント良かったよ」

「……そうじゃなくて」

「ん?」

 

 胸に手を当てる。ほっと、安堵したように息を吐き。

 

「ハルトが無事で、良かった」

 

 思わず、と言った様子で呟かれた言葉に自分の頬が紅潮していくのを感じた。

 普段から余り表情の変わるほうではないシキだったから、今目の前で薄っすらと笑みを浮かべるその様に不覚にもドキドキしてしまった。

 同時にそう言えば今日はシキと……目の前のこの可愛らしい少女とデートする予定だったんだよな、と思い出す。

 

 そしてそれが何のためであるか、その目的を考えれば。

 

「あー」

「……どうかした?」

「いや、何と言うかさ。全く何一つ予定通りになっちゃいないのに、目的だけはきっちり果たしてるなということに今気づいた」

「何の話よ」

「半分こっちの話」

 

 気づいてしまった。

 過酷な戦いの中で、生死すら賭けた激しい戦いの中で。

 ぎゅっと抱き留めた温かさを思い出して、必死になって守ろうとした小さなその体を思い出して。

 

 失いたくない。

 

 そう思った自分の心を思い出して。

 色々と極限な状況だっただけに、余計な物が全て消し飛ぶくらいに必死だったからこそ。

 心の中に残っていた純粋な気持ちに気づいてしまった。

 

「まあ結局そうなんだろうなってだけなんだけどね」

 

 これだけ大変な思いをして。

 

 何度も死にそうな目にあって。

 

 そうして全て終わったほっと一息吐いて改めて考えてみた時に。

 

 結論が最初から分かっていたことだというのはさすがにがくっと来てしまう。

 

「どんだけ遠回りしてんだよって話。ホント馬鹿だわ俺」

 

 一体何を言っているのか、そんな視線を向けてくるシキへと手を伸ばし。

 

 ―――抱きしめる。

 

「……え?」

 

 戸惑ったような声をあげるシキだが、そんなことはお構いなしにぎゅっと、強く強く抱きしめ。

 

「あのさ、シキ」

「あの、は、ハル、ト?」

 

 顔を赤くしてあわあわしているシキ、そんな普段とのギャップにくすり、と笑みを零しながら。

 

「今ならちゃんと言える。はっきりと、自覚して。ちゃんと言えるんだ」

 

 腕の中の少女の温もりに鼓動が跳ねる。

 カイオーガと戦う少し前……同じミナモのホテルでシキの腕を取った時と同じ感覚。

 

 ―――何だ、じゃああの時からじゃん。

 

 一体どれだけ遠回りしまくっていたのか。

 それでも腕の中の少女は文句も言わず待ってくれていて。

 

 

「キミが好きだ」

 

 

 愛おしいなあ、って思った。

 

 

*1
天候が『らんきりゅう』の時、自分以外の全ての『システム外効果』が発動しなくなる。




多分あと一話だけ書くかな。シキちゃんとのデート編(ようやく


というわけでこれがメガレックウザ専用『禁忌アビリティ』。

【禁忌】『むげんのそうきゅう』
天候が『らんきりゅう』の時、自分以外の全ての『システム外効果』が発動しなくなる。

冗談抜きでアルセウスじゃないと勝てないのはこういうことだ。
アルセウスの場合「アルセウスのやることこそが『システム』になる」ので存在そのものがチート。

劇場版当初5~6話で完結のはずだったのになんで十七も八話もやってんだろね(もしかして:ガバプロット


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でーと・あ・らいふ

 

「……うわ、寝過ごした」

 

 目が覚めた時、窓の外に見えたのは高く高くに上った太陽だった。

 随分とすっきりとしているので多分軽く十二、三時間くらいは寝たなと思いつつふと時計を見やれば午前十一時。十二、三時間どころか十六時間は寝ているらしかった。

 

 元より船旅である。

 一泊くらいはする予定だったのでホテルを取っていて良かったと本気で思った。

 

 考えても見て欲しい、昨日一日で何度死にかけた?

 

 デルタが守ってくれていたとは言え、荒れ狂う風の中をデルタの背に乗って上へ下への常時ジェットコースター状態である。

 それもほぼ常時命の危険に精神を蝕まれながらである。

 

 俺もシキももうくたくたで、シキに告白した物の、そこからすぐにホテル直行だ。

 と言うとなんか別の意味に聞こえるが、チェックインを済ませて簡素にシャワーだけ浴びたらもう睡魔に身を任せてベッドイン一直線である。

 

 飲まず食わずだったせいか夜に起きることも無く十六時間ぶっ続けで眠っていたらしい。

 起きた瞬間から腹の音が激しく主張を繰り返していた。

 

「ルームサービス……いや、折角だしシキ誘って食べに行こうかなあ」

 

 折角の二人旅なのだ、普段二人だけになる機会というのも少ないし旅先でくらいはそれも良いだろう。

 一緒に二部屋取ったらシキの部屋はちょうど隣だったので部屋を出てそのまま隣の部屋の扉をノックする。

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……………………………………。

 

 

「うーん」

 

 ノックはすれども反応は無い。

 まだ寝ている、というのもあり得る話ではある。

 俺が気絶していた間、俺が居なかった間、俺がデルタと話している間、ずっと俺の代わりにあの化け物たちと戦ってくれていたのはシキだ。

 手順一つ間違えれば死に直結するようなあの状況でずっと気を張り詰め続けていたのだ。

 溜まった疲労もまた想像を絶するだろう。

 

「これは出直したほうが良いかな?」

 

 仕方ないから部屋に戻るか、と背を向けた……瞬間。

 カチッ、と部屋の中で鍵が外れる音が聞こえた。

 

「……ん? シキ?」

 

 振り返り、部屋のドアを見やるが開く様子は無い。

 シキの名を呼んでみるがけれど返事も無く。

 気のせいかとも思ったが。

 こつん、こつん、と扉の向こう側で何かが小さく扉を叩くような音がする。

 

「開けるよ?」

 

 一応問いながらもノブに手をかけ、ゆっくりと開き。

 

 ―――目の前に全長2m近い竜がいた。

 

「…………」

「ぐるぅぅ」

「……クロ?」

「ぐるぅぁぁ」

「シキはまだ寝てる?」

「るぅぅ……」

 

 シキの手持ち、サザンドラの『クロ』だった。

 普段から『クロ』のボールだけは自分で自由に出れるようにしているらしいので先ほどのノックを聞いて出てきたらしい。

 扉の内側から鍵を開いたのもクロなのだろう、随分と器用なドラゴンだと感心するが良く考えればシキの家でティーポッドでお茶淹れてるの見たことがあるのでこれくらいならできるか。

 いや、まああの狂暴さで知られるドラゴンであるサザンドラがシキのためにせっせととお茶淹れてる風景も中々にアレなものがあるのだが。

 かなり昔から……それこそモノズの頃からの付き合いらしいのでこの二人、というか一人と一匹の距離感はまさしく家族のソレだった。

 

 まあ入れよ、みたいな感じに三つ首にも見える腕で手招き(頭招き?)されたのでお邪魔する。

 因みにポケモン図鑑などにも『三つの頭で全てを食らう』みたいなことが書いてある通り、あの腕には脳は入ってないが口を開けると喉がそのまま胴体の消化器官と繋がっているのでしっかりと物を食べることはできるらしい。

 

 ただしトレーナーのシキ曰く『それは上品ではないからしっかりと躾けられたサザンドラなら真ん中の首でしか食べない』らしい。

 ただ偶に見るが『げきりん』などで暴れ狂うとあの両腕の頭もしっかり噛みついてくる。

 強いポケモンなので使うトレーナーもそれなりに多いがテレビなどで見るとインパクトの強い光景である。

 傍から見ると完全にサザンドラが悪役っぽいので、トレーナーじゃない一般人から見たサザンドラのイメージというのは怖いポケモンというのに寄っている。

 というか実際『きょうぼうポケモン』なんて学名を付けられるくらいには荒っぽい種族なので何も間違っていない。

 

 どちらかと言うと、ベッドの上で眠るトレーナー(シキ)の掛け布団がズレてるからと『ふゆう』しながら重さを感じさせない動きでそっと起こさないように両腕の頭で布団を戻してやるこんな姿のほうがおかしいのだろう。

 性別的には♂らしいのだが、甲斐甲斐しく主人を世話するその姿はまさしく母親のそれである。

 

 もしこれがヒトガタだったならば着換えを手伝ったり、代わりに荷物をまとめたり、洗濯物を畳んだり、アイロン掛けしたり、朝食や夕食の用意をしたりとかしてたのかな、と思って完全に主夫じゃん、と内心で突っ込む。

 

 因みにシキは割と家事とかできるタイプだ。

 

 というか基本的に才媛なのだこの少女は。

 寝起きがひたすら悪いのと、理が歪みそうなレベルの方向音痴を除けば。

 熟そうと思えば何でそれなりにできる、を素で行くタイプだが必要なこと不必要なことを割り切りやすい性格でもある。とは言えそれは今まで必要だったから、であるのだが。

 

 それはさておき。

 

「良く寝てるなあ」

 

 すやすやと安らかに眠る少女の顔は普段の表情筋が死んでるんじゃないかと思うような無表情とは違う、随分と安らいでいて幾分か幼く見えた。

 このまま寝かせておいてやっても良いのではないだろうか。

 どうせ今回の旅に時間制限などは無い。今回のごたごたの報告に後でポケモン協会へ伺う必要があるかもしれないがそれは今日明日出なくても良い話だ。

 

 そんなわけで、また後で来ようかな、と思ったのだが。

 

「ぐるぅぅぅ……」

 

 一体何をどう思ったのか、クロがゆっくりゆっくりベッドの端まで『ふゆう』しながら移動していく。

 シキ自身小柄なのでベッドの端、足元側は余剰スペースが大きい。

 その真上までサザンドラはふわふわと浮かんでいって。

 

 落ちた。

 

 どん、と凄い音を立てながらベッドが跳ねた。

 一応言っておくとサザンドラという種族は体長自体は足から頭までで180センチ前後と成人男性と同じかそこらのサイズではあるが、その体重は160kg以上と成人男性二人分は軽く超す。

 それが空中から一気にベッドの落ちたのだ。ベッド自体はかなり頑丈かつ柔軟だったらしく、ヒビ一つ入っていないようだったがそのベッドの上で眠っていた少女からしたらその衝撃は凄まじい。まして寝入っている真っ最中の出来事である。

 

「なな、何?! え、何? ホント何? え? え?」

 

 自分の体が10センチ以上浮き上がったような衝撃にさしものシキも寝ていられなかったらしい、飛び起きて何事かと慌てていた。

 そうして今の状況に少しずつ理解が追いついてきたのか、ベッドの端で佇むクロへとゆっくりと視線を彷徨わせて。

 

「クロ……もう少し優しく起こして…」

 

 ため息を吐きながら片手を顔を抑える。

 そうして空いたもう片方の手をベッドの脇に彷徨わせながら何かを探す。

 よく見ればベッド脇に置かれたテーブルの端に眼鏡を置いてあった。

 多分これを探しているのだろうけれど、先ほどの衝撃のせいで思い切りベッドとは反対方向に寄っていたので手探りでは中々見つからないのだろう右へ左へとシキの手が彷徨うが肝心の眼鏡までたどり着けていない。

 

「はい、これ眼鏡」

「あ、ありがとう……はる……と……?」

 

 仕方ないので眼鏡を手に取り、彷徨う手に渡してやればほっと一安心したかのように息を吐きながら眼鏡をかけて、視線がこちらを向き……眼鏡の奥で目を大きく見開かれる。

 

「あの……何でいるのかしら」

「ん? 起こしに来たらクロが鍵開けてくれたからかな?」

「…………」

「……ん?」

 

 ぼん、とその顔が真っ赤に染まりその場にあった掛布団を手に取るとそのまま自分の覆い隠すようにして被る。

 

「あ、あの……す、すぐ起きるから、ちょっと出ててもらって、良いかしら?」

「ああ、うん。分かった……ついでにご飯食べに行きたいからホテルの入口で待ってるね」

「あ、うん……分かったわ」

 

 もぞもぞとベッドの上で動くミノムシを見やりながら苦笑して部屋を出る。

 ばたん、と扉が閉まった音が響いて。

 

「クロォォォォォォ!!!」

 

 部屋の中から叫び声が聞こえた気がした。

 

 

 * * *

 

 

 思いを伝えあった仲間たちと何度かデートした経験からいうならばデートに定番はあっても絶対というものは無い。

 例えば『遊園地』などにカップルなどが良くのはそれは最初から『複数で遊んで楽しむこと』を前提とした施設であり、言うなれば決してハズレではないが絶対の正解でも無い、要するに初デートに失敗したくないなら安牌を選んでおけ、というだけの話なのだ。

 

 恋人同士の絶対の正解など存在しないためそれはそれでありなのだが、『複数で楽しむこと』自体が不慣れな子というのも居るわけで、シキは絶対にそういうタイプだなと思っている。

 変な話だがこういうタイプは恋人同士でデートに来ていても『独りでいること』を楽しめるのだ。

 ただこういうタイプは同時に『独りでの時間』を誰かに共有して欲しいと心の底で思っている。

 故にこの場合だと待ち合わせて同じ場所に行ったらそこで一度解散。それぞれが趣味の時間を思いきり楽しんだら帰り道にそれを語り合ったりすると結構盛り上がる。

 

 因みにエアとかイナズマとかはこっちのタイプだ。と言っても別に複数でいること自体を嫌う性質でも無いので普通に『遊園地』とか言っても普通に楽しめるが。

 要するに自分だけの『好き』を『共有』したがるタイプだ。

 逆にシャルとかチークは『一緒に』という部分を重視する。

 好きな人が隣にいてくれるなら別に何やってても楽しい、というデートする側からすれば一番楽なタイプでもある。

 

 さらに言うならシアとかリップルはその辺りに拘りが無いタイプだ。

 あいつらは行動そのものでなくそこに至る経緯、つまり『自分を思って考えてくれたこと』という部分に喜びを覚えるタイプだ。

 だからどんなどんな形でのデートでもそれが『自分を思ってのこと』ならば何だって受け入れる。

 逆に言えばちゃんと自分のことを考えていて欲しいと思っているタイプなのである意味束縛が強いとも言える。まあそこまで深く考えずとも恋人として当然の気遣いを忘れなければそれで良い。

 

 シキの場合、その辺が少しばかり難しい。

 

 今までの経歴からか余り『娯楽』というもの自体に興味を持っていなかったからだ。

 デートするというのは要するに恋人同士で『楽しむ』ことを目的としているので『楽しむ』ことに必要性云々説かれると途端にややこしい話になってしまうのだ。

 

 要するに『楽しみ方』が分からないのだ、シキは。

 

 だから普通のデートしたって「これが普通のデートなのか、へー、ほー、ふーん」で終わってしまう可能性が高いなと思っている。

 

 だからやるなら俺たちなりの楽しみ方ができる方法でなければならない。

 

 幸いにしてとっかかりというものが俺たちにはあった。

 

 

 * * *

 

 

「で、ここ?」

「そ、ここ」

 

 とんとん、と木槌を叩く音と共に一つの商品が落札されていく。

 カートに乗せられた商品が舞台袖へと一つ消え、また次の商品がカートで運ばれてくる。

 

「どうせ普通のお店見て回っても何も買わないで一日終わるのが目に見えてるしね」

「……まあ否定はしないわ」

 

 シキの家というのはとにかく物が少ない。

 というか趣味の類のものが皆無と言っても良い。

 カロスから引っ越しくるのにまだ荷物が無いだけなのかとも思えばカロスのほうにあるらしい拠点もそんな感じらしい。

 

「シキが明確に興味持てるのってポケモンバトルに関する物ばっかでしょ?」

 

 ミナモシティにはホウエンでも最大規模のデパートメントが存在する。

 その名もミナモデパート。

 幼少の頃にも来たのだが、実を言うとドデカイほうのデパートは表向け、というか一般向け。

 逆に極一部に需要を絞ったようないわゆる『マニアック』な品、というのを取り扱う一元様お断りなお店もあったりする。

 

 その中でもトレーナー用品と来れば。

 

 偶にとんでも無い掘り出し物が混じってたりするのがこの場所。

 

 ミナモシティオークションである。

 

「さっき出てたのキーストーンよね?」

「一応やばいやつは無いから買っても捕まったりはしないよ?」

「そうじゃなくて……何であるのよ。あんなの研究所にコネでも無ければ手に入るようなものでも無いでしょうに」

「普通に手に入らないからこそ、価値があるんじゃないか」

 

 そうして価値が高い物ならば何だって扱おうとするのがこの場所だ。

 それからまた一つ商品が落札され、次の商品が出て来て。

 

「ちょっと?! あれ、ポケモンじゃない!」

「うん、ここはね。ポケモンすら商品になっちゃうんだよ」

「合法とか嘘でしょ?」

 

 まあ普通ならそう考えるのも当然なんだろうけれど。

 

「ちょっと違うんだよね。この場所に限定すればあれは合法なんだよ」

「……どういうこと?」

 

 最早訳が分からないと言った様子のシキに苦笑しながら答えを口にする。

 

「さっきのキーストーンとかもそうだけどね……引退したトレーナーの物だよ」

「……あっ」

 

 その言葉に何か気づいたかのようにシキが短く声を挙げる。

 

「プロトレーナーの寿命って結構短いからね。十年、或いは二十年。いずれにしても限界はやってくる」

 

 ポケモンバトルというものに際して、トレーナーに求められる能力は多い。

 加齢と共に体が衰えていくとそれら求められる能力を満たすことが段々と難しくなっていく。

 趣味でバトルを続けるのならばそれでも良いかもしれないが、プロとしてその道で食って行こうとするならばどこかで必ず限界が来る。

 もう無理だ、自らの限界を理解した時、トレーナーは引退する。

 

 問題だ。

 

 トレーナーが引退する。

 

 ならポケモンは?

 

「大概の場合は長年一緒にやってきたトレーナーに連れ添って生きてくよ? でもバトルが出来ない環境に『飢えて』しまうポケモンだっている」

 

 ポケモンにとって闘争本能とは必須の物なのだ。

 どれほど歳を取っても闘争本能が衰えることは無い。

 種族的に穏やかな気質のポケモンもいるかもしれない、歳を取って多少それを抑える術を知ることができるかもしれない。

 

 だが全員が全員そうではない。

 

「あそこでオークションにかけられてるのは別のトレーナーの手持ちとなって『戦いたい』と思ってるポケモンだ」

 

 モチベーションというのはバトルにおいて重要な要素だ。

 やる気が無ければ育成だって捗らないし、いざバトルをするにも信頼しきれない。

 故にこの場に出てくるのはバトルにおいてモチベーションが非常に高いポケモンばかりだ。

 勿論モチベーションだけあれば良いというものではないが、やる気満々のポケモンたちの中から磨けば光る原石はいないか、とこうして青田買いに来ているトレーナーもそれなりの数いたりする。

 

「船の上で聞きそびれちゃったけどさ。シキはこれからどうするの?」

 

 そうして、あの時突然の事態に聞きそびれていた会話の続きをする。

 

「気になってることがあるって言ってたよね?」

「ああ……そのこと」

 

 尋ねた言葉にシキが苦笑する。

 髪先を指で弄りながら、どこか遠い目をし。

 

「そうね、敢えて言葉にするなら」

 

 呟いて。

 

 

「悪夢を終わらせに、かしら」

 

 

 困ったように笑みを浮かべた。

 

 




半ばシキちゃんの保護者面のサザンママ。
とても器用に両腕の頭を使ってお茶も淹れれるぞ。
尚シキちゃん味には無関心だけどそれでも少しでも美味しいの飲ませてあげたいと日々研究してるからそれなりに美味しい。

尚、♂であることには触れてはならない。


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おくびょうドラゴンは人恋しい

みんなが待ってた幼女回。


 

 

 ミナモ旅行も三日目。

 特に日程を組んでいたわけではないので居ようと思えばまだ一週間でも滞在可能だが、そろそろ残してきた家族のことも心配なので今日か明日には帰ろうと思っていた。

 

「まあ初日からバタバタしてたけど……潮時よね」

「うん。だからまあ次の船の確認をして、今日か明日の便で帰るってことで良いよね?」

「こっちは構わないわよ」

 

 量子化によって道具をパソコン一つで移送できるような世界なので、旅の荷物などは簡単に実家のPCにでも送ることができる。

 よって手荷物は極めて少なくなるし、帰ろうと思えばそのままふらりと帰れるのは非常に便が良いと言えるだろう。

 

 朝食のサンドイッチを食べながらナビを片手に操作する。

 そうして調べてみるがどうやらカイナ行の便が出るのは今日の日没後か明日の朝になるらしい。

 日没後だとカイナに着く頃には夜中である。

 結局カイナで一泊することになるだろうし、明日の朝の便で良いだろう。

 シキに確認しても同じことを言ったのでそのままナビで明日の朝の便を二人分予約しようとナビを操作する。

 

「んゆ?」

「あ、ちょっ、見えない見えない」

 

 その途中で少女の白い髪が俺の視界を遮るので片手に持ったサンドイッチを少女の口に押し込めると、少女の髪をさっと払う。

 そうしてナビの操作を終えて、顔を上げると……シキが何とも言えない表情でこちらを見やり。

 

「どうかした?」

「どうかした……っていうか。寧ろハルトがどうしたのよ」

 

 そのまま視線を()()()()()()()()()()へと向ける。

 

「……んゆ?」

 

 サンドイッチを頬張る少女はシキの視線に気づき、首を傾げた。

 

 

 * * *

 

 

 まあこれに関して俺に責任が無いわけでも無かった。

 俺と俺のポケモンたちは『絆』で繋がっている。

 だがダークフーパによってあの『空間』に連れていかれた結果、一時的にだが俺はこの世界から居なくなった。

 

 結果どうなるか。

 

 見事に『絆』は切れた。

 少なくともこのホウエンのどこに居ても薄っすらとでも感じることのできていたはずの感覚が消失してしまった。

 当然俺のポケモンたちは皆ざわついた。

 俺に何かあったとすぐに気付き、動き出そうとして。

 

 けれど空間を超えた向こう側に居るなんて予想だにするはずも無い。

 

 結局手がかり無しのまま半日過ぎて。

 そこに俺が電話をかけた。

 

『心配させるんじゃないわよ。バカ』

 

 とエアは嘆息し。

 

『ご無事で何よりです、ハルトさん』

 

 とシアは安堵し。

 

『ごごごご、ご主人様?! 生きてる? 生きてる?!』

 

 とシャルは動揺し。

 

『あぁ……うん、良かったよ、無事で』

 

 とチークが苦笑し。

 

『はぁ……ご無事でしたか、安心しました』

 

 とイナズマが胸をなで下ろし。

 

『うん、無事で……良かったよ、ハルト』

 

 とリップルが声を震わせた。

 

 他にもアースは無事だったか、と鼻を鳴らしたし、ルージュは心配したと怒られた。

 伝説二人くらいだっただろう、泰然としていたのは。

 

『アハハ、アタシに勝つくらいなんだからちょっとやそっとでどうにかなるはず無いよ』

『テメェ、このオレに勝っておいてぽっと出の他のやつに負けるなんて許さねえからな』

 

 それを信頼と呼んで良いのか分からないが、まあ今は信頼としておくとする。

 

 で。

 

 今回の旅行に連れてきていた二人。

 アクアのほうは問題無い。

 船が突然消えた後、散々探し回ってくれたようだが。

 

『まあ無事ならばそれで良い……主が戻って来て良かったよ』

 

 ほっと息を漏らし、安心したかのように告げてボールに戻って行った。

 で、問題は。

 

「サクラ? 着替えるからちょっと離れてくれない?」

「や!」

 

 朝からべったり俺にくっついたこの幼女(サクラ)である。

 いや、分らなくも無いのだ。

 サクラは以前にも実の兄を失いかけたことがある。

 ハルカちゃんのお陰で辛うじて命を繋ぐことができ、今ではもう元気にはなっているが目の前で兄を失いかけたサクラにとってはトラウマ級の出来事だったことは想像に難くない。

 

 だからこそ、サクラは『家族』が失われることを極端に恐れている。

 

 それが今回、目の前で俺の乗った船が消失した挙句、ずっと繋がっていたはずの『絆』が喪失されて……。

 まあトラウマが刺激されたのだろう。

 

 挙句昨日はシキとデートするのにさすがにサクラを連れて行くのもなあ、と言うことでボールの中に入れていたせいで夜にボールから出した時からもうべったりである。

 問題はそのべったりが、かなり物理的な点だろう。

 

「軽いのは軽いんだけど」

 

 寝る時はベッドの中に潜り込んで引っ付いてくるせいで2月なのに暑さで夜に目が覚めるし、朝も寝汗をシャワーで流そうとしたら一緒に入ろうとしてくるし、着替える時もくっついてきて剥がすのに苦労する。

 朝食も人の膝の上で食べようとするし、移動中など常時俺の背中に負ぶさって来る。

 

 赤ん坊かな?

 

 と思うが、厄介なことに『念動(サイコキネシス)』で自分を浮かしているせいで重さ自体はそれほどないのだ。肉体的な負荷にはほぼなっていない辺りが妙な知恵を付けている。

 と言っても心配してくれたのは素直に嬉しいし、心配させてしまったのは俺のせいでもある。

 だからまあついつい少しくらいなら良いかなと思ってしまうあたり、何だかんだ俺もサクラに甘いのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 実機時代余り無かったことだが、この世界においてポケモンバトルの大会というのは各地で結構頻繁に行われている。

 この世界で生きるにあたりポケモンは切っても切り離せない存在であるし、そのポケモン同士を戦わせるポケモンバトルは最もポピュラーで最もエキサイティングなスポーツのような扱いなのでまあ当然と言えば当然の話。

 

 とは言えどっかその辺で適当に、とは行かないのはポケモンバトルだ。

 

 ポケモンコンテストにランクというものがあるように、ポケモンバトルの大会にもグレードというものがある。

 初心者同士のバトルならまだしも、多額の賞金を設定しそれを目当てにプロが集まるようなグレードも最上位の大会だと当たり前のようにレベル上限……レベル100のポケモンを繰り出す激しいバトルになる。

 『じしん』を起こしたり、『なみのり』で水浸しになったり、『まきびし』がばら撒かれたり、『だいばくはつ』で地形が抉れたり。

 強い技というのはそれだけ周りへの影響も大きい。そんなポケモンの技に耐えることのできるだけのフィールドを設置し、それを見る観客への安全を配慮し、同時にトレーナーたちの邪魔にならず、どんなポケモンにも平等である。

 そんなフィールドを作ることのできるだけの土地と資金が必要になるし、それを作ったとして観客の入りで採算が取れるような場所。

 

 つまりホウエンだとカナズミ、キンセツ、ミナモくらいだ。

 

 

「てことでミナモポケモンバトルトーナメントのチケット取れそうだけど行かない?」

「今日やってるの?」

「うん、今日がちょうど本選だって」

「ふーん……まあ良いんじゃない?」

 

 本選は今日から三日かけて行われるらしい。

 つまり見ることができるのは初日だけだが、まあ別にがっつり見るつもりも無いので良いだろう。

 こういう大会は有力なトレーナーを探すチャンスでもあるので、見る人は見ているかもしれないが、別に俺はもうトレーナーとして食っていく気は無いのでそこまで興味も無い。

 シキはまだこの地方で上を目指すならこういう大会も注目するはずなのだが、余り興味も無さそうだった。

 はっきりと聞いたわけではないが、シキはもうリーグを目指す気は無いのかもしれない。

 

 或いは……。

 

「まあ良いか、そんなこと」

 

 呟きながら、チケット購買を済ませる。

 最上のグレードの大会のチケットなどあっという間に売り切れる類の物かもしれないが。

 

「ま、こういうのは殿堂入りトレーナーの特権だよね」

 

 これでも元チャンピオンである。

 

 

 * * *

 

 

 ―――迷った byシキ

 

「うっそだろ?!」

 

 ホテルの入口から出て数十秒。

 ナビに届いたメッセージに思わず絶叫した。

 ロビーまで一緒に来ていたのだ。

 二人分のチェックアウト処理をするためにカウンターに行き、先に表に出ていてと言って別れてからほんの二、三分足らずの合間。

 

 その二、三分でシキが入口前から消えていた。

 

「迷子ってレベルじゃねえぞ?!」

 

 ほとんどワープである。

 どうやったらロビーから見えている入口前へ行くのに迷うのだろう。

 シキだけまたダークフーパの異次元に飛ばされてないか、とか思いつつ周囲を見渡してみるがシキらしき少女の姿は無い。

 

「え、どうするのこれ」

 

 Q.旅先で同伴者が迷子になりました、どうすればいいでしょう?

 

 A.諦めなさい。やつはミシロから歩いて『あさせのほらあな』へたどり着く迷子の異能者です。

 

「いやいやいや、それはさすがに」

 

 とは言いつつ、これ見つけるのとか無理じゃね、とか、今本当にこのミナモにいるのか、とか色々考えしまう。

 取り合えずシキへメッセージを入れる。

 

「現在地どこ? あとクロを出すようにも言わないと」

 

 あのやたらおかん力の高いきょうぼうポケモンならこれ以上ややこしい事態になる前にセーブかけてくれるはずだ、と期待をかけてメッセージ。

 そうして了解、という返信と共に送られてきたのはどこか街中の景色。

 

「これ……どっかで」

 

 どことなく見覚えのある景色。

 少なくとも街中だ、実は『あさせのほらあな』だったり『りゅうせいのたき』だったり『おふれのせきしつ』なんて行ってたりしないかと冷や冷やしていたのだが、どうやら街中だ。

 

「あ、これって……」

 

 大会の開催されるバトルスタジアムのすぐ近く、つまりほぼ目的地だ。

 すぐにナビでそこで待っててとメッセージを送ると、背中に負ぶさったままのサクラの頭のぽんぽんと叩いて歩き出した。

 

「行くよ、サクラ」

「おー」

 

 

 * * *

 

 

 ―――視線が突き刺さる。

 

 街中を幼女背負って歩いているのだから仕方ないのかもしれないが。

 と言ってもこっちだってまだ十二歳児だ。

 変質者を見るような視線、では無く精々妹を背負った兄と言ったところか。

 まあサクラが俺のこと『にーちゃ』と呼んでいるのも原因かもしれない。

 

「そろそろ降りない?」

「やー」

 

 言ってみるものの即答で拒否。

 そんなことをしているとサクラが落ちそうになるのでしっかりと足を持って背負い直すと嬉しそうに背中に頬を擦りつけてくる。

 猫みたいだな、と思っていると。

 

「んゆ? ねこさん?」

 

 思い描いたイメージが何となくでも伝わってしまったのか、サクラが首を傾げる。

 何でも無いよ、と言いながらまた落ちそうになっているサクラを背負い直す。

 多分わざとなんだろうなあと思いつつも、苦笑してしまう。

 サイコキネシスを使って浮かび上がれるサクラがわざわざこうして背負い直さなければ落ちそうになってしまうのは結局のところこうやって背負い直してほしいからなのだろう。

 

 分かりやすく言うと、甘えているのだ。

 

 子供が親に甘えるように、まだ幼いサクラにとって俺は『甘える』対象なのだろう。

 そう思えば……まあ可愛いものだ。

 

 まあとは言え。

 

「サクラー」

「どしたの、にーちゃ?」

「暑いわ、ちょっと前に来て」

 

 いくら二月とは言え、燦々と輝く太陽の下で子供だからか体温がやたら高いサクラが朝からずっと引っ付いているいのだ、いい加減暑い。

 とは言え引きはがすのも可哀そうだし、妥協案として前に持ってくる。

 

 つまり抱っこである。

 

「んにゅー」

「何その鳴き声」

 

 おんぶした時もそうだが一々俺の首に両手を回さないと気が済まないのだろうか。

 

「にゅ~♪」

「……まあいっか」

 

 機嫌良さそうだし。

 ついついその頭に手が伸び気づいたら撫でている。

 小動物っぽいんだよな、こいつ……なんてその実態はこのホウエンでも最強クラスのドラゴンなわけだが。

 

「あんまはしゃいで落ちるなよ?」

「あーい!」

 

 返事だけは元気良いよなあ、と思いつつもけれど実際には落ちることも無いだろうと確信している。

 そもそも自力で飛べるし、何よりサクラは見た目ほど幼くも無い。

 いや、精神的に幼いのは確かだが、思考のほうはもう大人と同じレベルに語れる程度に育っているというべきか。

 

「こいつ将来どうなるんだろうな」

 

 出会ったのが旅の終わり頃だったため、こうしてサクラと二人で歩く機会というのも中々無かったから今まで考えることも無かったが。

 

 かつてアオバが言った通り、サクラは天才だ。

 

 6Vのラティアス。

 

 トレーナーなら発狂し、喉から手が出るほどに欲しいと思うだろう逸材だ。

 

 けれどこのまま俺のところに居ればこいつはこの先バトルの場に出ることも無く埋もれてしまう。

 それで良いのだろうか、と思わなくも無い。

 サクラに今最も足りないのは実戦経験であり、戦えば戦うほどにサクラの才能が磨かれていくのが分かるからこそ、勿体ないなと思ってしまわなくも無い。

 

 とは言えそれがサクラの幸せなのだ、と俺が決めつけてはならないとも思っている。

 

 サクラの幸せはサクラ自身が選ぶものであり、だからこそサクラにはもっとたくさんのことを知って欲しい。

 

 

 ―――誰か、こいつを広い世界に連れて行ってくれるトレーナーが居ないだろうか。

 

 

 そんなことを考えて。

 

「まあ今はまだ良いか」

 

 呟く。

 

 まだサクラの情緒はそこまで育っていない。

 精神性の幼さが無くなれば自然と外にも興味を持つようになるだろうし、その時誰か良いトレーナーがいるのならば俺はサクラを譲っても良い。

 

 別にそれで俺とサクラの絆が無くなるわけじゃない。

 

 俺とサクラは確かに仲間だし、同時に同じ家に住む家族なのだから。

 

「……ま、全部お前は次第だな」

 

 呟きながら腕の中のサクラへと視線を向けて。

 

「……寝てる」

 

 静かだと思っていたらはしゃぎ疲れて眠っていた。

 

「ふふっ」

 

 含むように笑って、その髪を梳く。

 

「……んゆ」

 

 くすぐったそうに身をよじるサクラの背をぽんぽんと叩いて。

 

「未来のことは未来の俺とサクラに任せようか」

 

 取り合えず俺は大会の観戦だ、と遠くに見えてきたスタジアムに視線を向けた。

 

 




そしてセイ君が学校行くまで家にいることがすでに確定してるのでこの後二十年弱は幼女は旅立たないのだ。
でもこうなるとセイ君PTに入れるのはありありのありだなあって思う。


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番外編:あるエリートトレーナーの一日

 

 

 田舎全開の故郷が好きじゃなかった。

 

 否、あれは田舎とすら言えない。

 秘境だ。秘境に隠れ住む一族。

 それが俺の故郷、『りゅうせいのたき』であり、俺の一族『りゅうせいのたみ』だった。

 

 閉塞した狭い世界に閉じこもって、いつ来るのかも知らない未来のために延々と近親婚を繰り返し、同じ血を濃く、濃くする。

 外部と交流することも無く、まるでそれが自分たちに与えられた使命であると言わんばかりに大上段から一から十まで、閉ざされた世界で生きることに役割を求める。

 

 生まれてからずっとそれしか知らない他の子供たちはその生き方に何の疑問も持っていないのだろう。

 生まれてからずっとそれしか知らない子供たちが大人になって、やがて何の疑問も持たずに今度は自分たちが求める側になる。

 

 吐き気がする。

 

 そんな一族にも。

 

 そしてそれまでそんな生き方に疑問すら持っていなかった自分自身にも。

 

 そう、俺自身そんな生き方に、それまで疑問すら抱いていなかった。

 だからそのまま大人になれば、適当な一族の女と契って子を為し、一族のために生きていたのだろう。

 そこに何の疑問すら抱くことなく、ただそうあるのだと、そういうものなのだと、理解していた。

 

 理解、した気になっていた。

 

 ある日、『りゅうせいのたき』にトレーナーがやってきた。

 それ自体は良くある話だ。何せ『りゅうせいのたき』はホウエン随一の『ドラゴン』ポケモンの住処だ。

 

 タツベイ、コモルー、ボーマンダ。

 クリムガンにモノズ、ジヘッド、サザンドラ。

 水辺にはギャラドスだっているし、洞窟の外ではチルタリスが飛んでいる。

 

 ホウエンで最も『ドラゴン』の多い場所として『ドラゴン』を求めるトレーナーたちが多く集まって来る。

 だからそれ自体はよくある話であり、本来『りゅうせいのたみ』である俺は外部のトレーナーたちと接触を持つことを禁止されていた。

 

 『りゅうせいのたみ』は閉ざされた一族だ。

 

 本当のところを言えば、あんな場所で完全に閉ざして生きていくことは不可能なので、極々一部の人間は外部と交流があるようだが基本的には一族の人間は外部の人間と接触することを禁じられている。

 だが当時の俺は運悪く洞窟内で野生のポケモンに追われ、怪我をしていた。

 そんな怪我した俺を、たまたま通りかかったトレーナーが助けてくれた。

 

 光の差さない暗い洞窟の中で、孤独に震えながら痛みにうずくまっていた俺の元にやってきた彼は手持ちの道具を使ってテキパキと俺の治療を終えると、迷子だとでも思ったらしい、外まで送ろうか? と聞いてきた。

 

 何度も言うが、『りゅうせいのたみ』は基本的に閉ざされた一族だ。

 だから『りゅうせいのたき』の外、というものを俺はそれまで見たことが無かった。

 本来ならば禁止されていること、だが。

 

 頷いた。頷き、洞窟を出て。

 

 

 ―――眩しいほどの世界がそこに広がっていた。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます。

 ベッドの上で上半身を起こすと、上から被っていた掛け布団が滑り落ちる。

 

「……う、さむっ」

 

 肌着の上から突き刺すような冷気に身を震わせるとベッドから降り立ち、脇に置いた丸机の上に畳んで置いていた着換えを取り、手早く着替える。

 長袖二枚、重ね着すれば多少マシになった温度にほっと一息吐いて、靴を履く。

 

「ふわ……ぁ……」

 

 大きな欠伸をしながら洗面所へと行って顔を洗う。

 ふかふかのタオルで顔を拭いたらようやく意識が冴えてくる。

 

「今日は……そういや、大会だったな」

 

 わざわざキナギタウンからミナモくんだりまで来てホテルで一泊したのはそのためだったと思い出す。

 鏡に映った自分の顔を見て髭の伸びを確認する。

 自称ワイルド系の髭を伸ばし放題にしたトレーナーというのもいるのはいるが、やはり自分はこういうのはきっちり剃っておかないと気になってしまうタイプだった。

 少し伸びているようだったので、お湯を出してもう一度顔を洗う。冷えた水で顔を洗ってから剃ると髭剃りの刃が引っかかってしまうのだ。引っかかるとそこから血が出だす。

 今日の大会はそれなりに規模も大きいので観客の人数もかなりのものになるだろう。

 そんな中で髭を伸ばしっぱなしにするのも、顔面からたらたらと血を流しながらバトルするのも余りにも恰好が付かない。

 

「うし、これでオッケー」

 

 綺麗に剃り終えて滑かになった顎に手を当てて満足気に頷く。

 一日の始まりである。

 それが好調な滑り出しを見せれば今日一日も好調であると信じることができる。

 

 それが自身、ライガにとってのちょっとしたジンクスのようなものだった。

 

 

 * * *

 

 

 ミナモはホウエン最大規模の都市だが、その中でも観光業をメインにした街でもある。

 故にミナモシティでは毎月のように大小様々なポケモンバトルの大会が開かれている。

 その中でも今回のは中々に規模が大きい。勝ち上がった際の賞金も相応だ。

 

「問題は試合形式だよなあ」

 

 海の上に浮かんだ足場を使った変則フィールドバトル。

 海に隣接しているミナモシティだからこそのアイデアなのかもしれないが。

 

「うーん……手持ちの半分が使えないなこれ」

 

 ガチゴラス(ギル)クリムガン(ゼーン)オノノクス(タイト)は使えそうに無い。

 あいつらの場合、フィールド上に出しただけで足場が崩れてそのまま沈む。

 

「使えそうなのはドゥルにピンス、それとベイに……あとはまあラブとギリギリでノアか」

 

 五体は確保できているならまあまだマシだろう。

 トレーナーによっては使えそうなポケモンがいないということだってあるのだろうから。

 まあそれなら最初から大会にエントリーしないのだろうが。

 ぶっちゃけた話ライガだって可能ならば不参加でいきたかった。

 

「くう……金がねえのは辛いなあ」

 

 貯蓄が無いわけではないが、出費の額を考えれば後どれだけもつやら、と言ったところ。

 基本的にトレーナー業というのは金食い虫なのだ。

 ポケモンというのは生き物である以上、社会の中で生きるためには金がかかる。

 そんなポケモンを最低でも6匹、ないしそれ以上揃え養うだけでも単かなりの負担になるし、さらにそれをバトルで使うために育成しようとするとそこにかかる金額は跳ね上がる。

 

 しかも育成とは一度育ててそれで終わりではないのだ。

 

 当たり前だがポケモンだって生物である以上衰えというものがある。

 一度強くなったら永遠に強いままのゲームキャラクターじゃないのだ。

 現実の生物と同じ、怠惰に過ごせば体が弱る以上、その強さを維持するためには適度なトレーニングは必須となる。

 つまりそれでまた継続的に金がかかる。

 

 ライガはエリートトレーナーだ。

 

 つまり職業としてトレーナーを選んだ人間だ。

 

 故に基本的にポケモンバトル以外で金を入手する手段が無いし、それ以外の方法で金を得るのは色々な意味で無理だ。

 理由としては……まあ一つはシンプルにプライドの問題というのもある。

 

 トレーナーというのは別に職業ではない。

 

 例えば今ライガがこのホウエンのチャンピオンになったとしても厳密にはチャンピオンという『地位』はあっても『無職』である。

 リーグに雇われたリーグトレーナーや企業に雇われた企業トレーナーなら『職』として扱われるが、基本的にトレーナーというのはポケモンを『所持』した人間の総称であり職名ではない。

 

 故に単純に『トレーナー』と呼ぶだけの人間ならホウエン中に無数に存在するが、その中でも『エリートトレーナー』と呼ばれるのは本当に限られた人間だけだ。

 

 エリートトレーナーの定義は簡単で『トレーナー』として()()()()()()人間たちだ。

 

 つまり『トレーナー』として金を稼ぎ、生活する人間。

 各地で開かれるポケモンバトルの大会などで賞金を獲得し、その金で生活し、育成し、次の戦いに備える者たち。

 

 だからバトルの賞金以外で稼ぐのはエリートトレーナーにとっては『邪道』なのだ。

 バトル外で手に入れた金などエリートトレーナーとしてのライガのプライドが許さない。

 

 とは言えそれだけならば涙を呑んで矜持を抑えていたかもしれない。

 金が無いのは命が無いのも同然だ。だから金のためなら矜持くらい抑えても良い。大事なのは手持ちたちを困窮させないことだ、矜持のために生活費すら困窮して手持ちたちに食うに不自由させるわけにもいかない。

 

 だがもう一つ、理由があるのだ。

 

 それは時間だ。

 

 先も言ったらエリートトレーナーたちは『トレーナー』として生きることを選び、それを可能とした人間たちだ。

 手持ちのポケモンたちを育成し、積極的に各地の大会に出場し賞金を獲得するために戦う。

 当然ながらそう道中には多くのライバルたちが存在する。

 

 ライガが『バトル以外』のことに時間を費すことは即ちその分ライバルたちに置いて行かれるということでもある。

 その時間の差というのはライバルたちが歩みを止めない限り埋まることの無い深い溝となる。

 残念ながらライガは自分がそんな余裕をかませるほど周りと差をあるとは思っていない。

 ならばバトル以外の『無駄』な時間はそれだけ周りとの差を大きくすることにしかならない。

 

「……無駄かあ」

 

 ふと立ち止まった。

 

 

 * * *

 

 

 幼い頃に良い思い出は少ない。

 

 じめじめとした暗い洞窟の中で暮らす自分たちを、陽の光を嫌うかのように外へ出ることを禁じられた自分たちをまるでカビかキノコのようだななどと揶揄するくらいには昔が好きではない。

 

 だが覚えている。

 

 一つだけ、絶対に忘れないことがある。

 

 『りゅうせいのたき』にやってきたトレーナーに迷子を(よそお)って外まで連れて行ってもらったこと。

 あの時、初めて見た『外』をライガは決して忘れない。

 

 吹き抜ける風の感触。

 

 そわそわと風に吹かれ音を立てる草原。

 

 香る緑の匂い。

 

 空に広がる青い空。

 

 眩いばかりに目を焼く太陽。

 

 ああ、そうだ。

 

 『外の世界』はなんて眩しくて、美しいのだろうと感動したのだ。

 

 

 ―――果たしてそれは『無駄』なんて呼べるものだっただろうか。

 

 

 否、否、否だ。

 

 あの光景があったからこそ、今の自分はここにいるのだ。

 あの瞬間があったからこそ、今も自分はここにいるのだ。

 それを無駄と呼ぶのは今の自分の全てを否定するに等しい。

 

 それにしたって。

 

 ―――あの時の感動を、今の自分はいつ忘れてしまっていたのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 あまりにもフィールドが変則過ぎて思ったより人が集まらなかったらしい大会は一日で幕を閉じた。

 だが設定されていた通りの賞金は払われたので、結果的に楽して金が手に入ったと言っても良い。

 

「いや、楽じゃなかったか」

 

 よく他の大会で戦う常連(ライバル)たちは出ていなかったので強敵と呼べるような相手は少なかったが、水棲ポケモンを主軸としたトレーナーやスカイバトル用に調整されたポケモンを連れてきたトレーナーが多く、陸戦主体の手持ちでは決して楽では無かったのは事実だ。

 

 けれど……そう、なんというかとても調子が良かった。

 

 ポケモンバトルをやっていて楽しいと思えたのは何だか久々のことで。

 

「無駄……無駄か。無駄じゃないよな?」

 

 強くなるためにはストイックでなければならない、なんて思っていたわけではないのだが。

 いつの間にか……勝つために、その一心で大事な物をぽろぽろと落としてしまっていたような気がする。

 そうじゃないだろ、そういうことじゃないだろ。

 心の中で反省するように呟く。

 

 何のために自分は故郷を捨てたのか。

 

 あの時『外の世界』を見て感動したのは確かにライガにとっての原動力であり、決して無駄などではない。

 

「少し休む、か」

 

 ならそれだって無駄なんかじゃない。

 羽を伸ばし、疲れを癒し、心を癒し、そして心機一転でまた戦うためにも。

 まだ『本番』は半年近く先の話なのだ、ここらで一度休養するのだって無駄じゃないはずだ。

 

「金なら入ったしな」

 

 残高が一桁、二桁増えたトレーナーカードを見つめ、笑みを浮かべた。

 そうして前を向き直し、さあホテルに帰るかと足を進めて。

 

 

「―――ライガ?」

 

 

 聞こえた声、誰かに呼ばれたような気がして振り返る。

 すでに夕刻、行き交う人の数は減り、だからこそライガはすぐに声の主を見つけて。

 

 

「―――は?」

 

 

 そこに見覚えの無い……けれど見覚えのある少女の姿を認める。

 いや、少女自身に見覚えは無いのだ。

 ただその恰好、そしてその姿に既視感のようなものはある。

 矛盾したような発言だが、そうとしか言いようが無い。

 

 例えるなら、そう。

 

 昔出会った人物が十年くらい成長したようなそんな……。

 

「え?」

 

 瞬間、気づく。

 

 同時にまさか、とも思う。

 

 そうして、その名を呼ぶ。

 

 

「―――ヒガナ?」

 

 




彼のことを覚えている人がいるのだろうか、いやいまい(反語

ディスコでポケモンブームが再発してたから前に書きかけだった話ついでに書いてみた。


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番外編:あるエリートトレーナーの一日②

 

 

 ヒガナという少女との関係性を一言で表すならば『幼馴染』或いは『親戚』と言うのが一番しっくりくるだろうか。

 否、あの狭すぎるコミュニティの場合、近い世代はみんな『幼馴染』だし、そもそもその狭いコミュニティの間で混血を重ね続けたせいで『親戚』なんて言うなら全員『血縁』だ。

 基本的にあの隠れ里に良い思いを持っていないライガではあるが、けれどそこに住む人々の全てを否定したいわけでも無ければ幼少の頃より親交のあった人々との繋がりを消し去りたいわけでも無い。

 

 ただ驚きはあった。

 

 ヒガナはライガより年下の少女だった。

 故にライガが里を飛び出した時、まだ本当に幼かった頃の姿しか見ていなかったので十年ほどぶりに出会った少女の姿に既視感を覚えながらもそれが記憶の中の少女と一致しなかった。

 

 そして何よりも。

 

「『りゅうせいのたみ』が何でミナモに……」

「え……?」

 

 思わず漏れ出た声に、ヒガナが驚いたような表情をする。

 そしてそのヒガナの反応にこちらとしても違和感があったわけで。

 

「去年のこと……知らないわけじゃない、よね?」

「去年? ああ、何か大変だったらしいな」

 

 残念ながらライガは去年、シンオウ地方へ遠征に行っていたので知らないのだが、ホウエンでも大きな事件があった、というのは知っている。

 だが残念ながら去年の暮に戻ってきた時にはすでに事件は解決されていたし、何か凄いポケモンが暴れ回った以上の情報はライガも知らなかった。

 

「龍神様、だよ」

 

 だからヒガナの言葉の意味が一瞬理解できずにぽかん、と間抜けな顔を晒した。

 そしてその一瞬の後、言葉の意味を理解すると同時にその表情を驚愕に染める。

 

「な、なな、な! う、嘘だろ?!」

 

 里を飛び出したとは言え、ライガも『りゅうせいのたみ』の一員だったのだ。

 龍神様、その言葉が指し示す意味を知らないはずも無い。

 とは言え『りゅうせいのたみ』だったとは言えライガはまだ子供の頃に里を飛び出した身だ、大人たちから知らされていない部分も多いだろう。

 だからどうしてそうなったのか、ライガには分からないが。

 

「ヒガナ……お前がこうして外に出て来てるのもその一件が原因ってことか」

「まあ……うん、そうだね、そんな感じかな」

 

 ライガの言葉に一瞬表情を固まらせ、どこか濁したように続けるヒガナに、けれど追求はしない。

 例えどんな理由があったとしても、ライガはすでに『りゅうせいのたみ』ではないのだから。

 

 嘆息一つ。

 

「それで、龍神様は?」

 

 気になったのはそれだった。

 元とは言え『りゅうせいのたみ』としてその存在の重要性も知っているし、畏敬の念だって無いわけじゃないのだ。

 

 ライガは竜使いだ。

 

 『ドラゴン』タイプの使い手だ。

 

 故に『龍』神様には強い敬意がある、畏怖もある。

 

 だから。

 

「あーうん……まあ、その」

 

 どこか言い難そうなヒガナの様子に首を傾げて。

 

「今、チャンピオンに捕獲されて仲間になってるらしい……よ?」

 

 告げられた言葉に思考が止まった。

 

 

 * * *

 

 

 ―――キリュウウウゥゥゥゥァァァアァァァアアアア!!!

 

 

 世界を震わさんばかりの咆哮がスタジアムに響き渡った。

 とてつもない声だ。

 何せその咆哮だけで半数以上のポケモンたちは戦意を失った。

 なまじ実力を備えたポケモンたちだからこそ、余計に理解してしまっていた。

 純全たる世界最強たるポケモンのその力の程を。

 ポケモンだけではない、トレーナーも、そしてそれを見ていた観客たちすらも声を失っていた。

 

 空の龍神。

 

 ホウエンに太古より語られる伝説の存在。

 

 空想、或いは幻とされた伝承の存在が、現実として目の前に存在するという事実に誰もが一目見んとこのスタジアムに集まり、そしてその圧倒的存在感に言葉を失う。

 

 元よりポケモンバトルの大会の後の余興として開かれたエキシビジョンマッチだったが、誰もが大会に参加したトレーナー全員対一というその戦いを無茶だと笑った。

 どれだけ強いポケモンだろうと、どれだけ強いトレーナーだろうと、たった一体でできることには上限がある。

 大会に参加したのは誰も彼もが腕に覚えのあるトレーナーとそのトレーナーたちが鍛え上げた強いポケモンたちばかり。

 そしてだからこそ、ポケモン一体の力では程度があると誰もが理解している。

 

 例え伝説と謳われるポケモンだろうと、ポケモンである以上限度があると誰もが思っていた。

 

 伝説とは誇張される物であり、本当はそこまで大袈裟な存在ではない、少しばかり特殊な力を持った強いポケモンに過ぎないと、誰もがそう思っていた……その時までは。

 

 

 そのポケモンがバトルフィールドに現れた瞬間、誰もが声を失った。

 

 そのポケモンが咆哮を上げた瞬間、誰もが戦意を失った。

 

 そのポケモンに見つめられた瞬間、誰もが硬直した。

 

 

 語り継がれる伝説の全てが事実であった、と理解すると同時にその伝説を従えるポケモントレーナーの存在に驚愕を覚える。

 

 スペシャルバトル『蘇る伝説』と銘打たれたその戦いは、けれど実際には一切のバトルすら無く。

 

 どこか詰まら無さそうに龍神をボールに戻し、去っていく『元』チャンピオンの姿が見えなくなるまで誰一人、語ることも無く、動くことも無かった。

 

 

 

 尚、この約半年後にポケモンリーグから発布された『ポケモンバトルに関するレギュレーションの制定』に関して、一番割を食うはずのプロトレーナーたちからほとんど反対の声が挙がらなかったのは、一説によればこのエキシビジョンマッチの一件があったからではないか、と言われている。

 

 

 * * *

 

 

 ヒガナに連れられてミナモで開かれた大会の余興の一環として行われたエキスビジョンマッチにやってきたライガだったが、目の前で大空の支配者を見てその胸に浮かぶのはただただ感動の一言だった。

 

「あれ、が」

 

 あれが、レックウザ。

 『りゅうせいのたみ』たちが神として崇めた存在。

 ただただひたすらに圧巻だった。

 今まで自分たちが行ってきたポケモンバトルというものが児戯にも見えるほどに。

 

 世界にはあれほどまでに規格外の存在がいるのだと、思い知り。

 

 同時にそれが人の身で打倒した存在がいる、という事実にも驚愕するしか無かった。

 

 理由は良く知らないが、あの龍神様がこのホウエンで暴れ回ったにも関わらずこのホウエンが滅びていないのは、あの元チャンピオンを含め数名のトレーナーが協力して龍神様を倒したから、らしい。

 

 あれが人に討ち果たすことのできる存在か?

 

 疑念に思う。少なくともライガでは無理だ、どうやっても無理だ、たった一目見ただけでそれを体の芯に刻み込まれてしまうほどに、ただただ圧倒的だった。

 

「すげえ」

 

 渦巻いた言葉はただその一言。

 

 凄い、凄い、凄い!

 

 人とポケモンとは、ポケモントレーナーとは、そこまで強くあれるものなのか。

 故に取った行動はシンプルだった。

 

「あ、ちょ、ライガ?!」

 

 どこか憮然としたヒガナを置き去りにして足を進める。

 直後にヒガナに呼ばれた気がしたが、けれどもう意識は完全にそちらに向いていなくて。

 段々と歩いていることすら遅く感じ、その歩は早く早く、やがて走り出す。

 

 スタジアム内の通路を先ほどまでのバトルの余韻に浸る観客たちの間を抜けて行きながら走り、やがて見えてくる関係者通路の奥にその背を見つけて。

 

「いたっ!」

 

 そのまだ少年と呼ぶのがふさわしいだろう小さな背中を見つけ、走る。

 

「あの!」

 

 遠ざかっていく背中に咄嗟に声をあげれば、前方にいた少年が声に反応し足を止めて振り返る。

 少年が足を止めたことで距離は一気に縮まり、そうして少年の目の前まで来ると。

 

「あの、すみません!」

「ん……な、何か?」

 

 荒い息を吐きながら、それでも少年の元へ詰め寄ると、やや引いた様子で少年がこちらを見やり。

 

「弟子にしてください!」

 

 頭を下げて。

 

「え、やだ」

 

 一瞬で切り落とされた。

 

 

 * * *

 

 

「いや、悪いんだけど俺、これから研究方面に行くんだ……だからトレーナーとしてはもう引退ってことになる」

 

 若いトレーナーが有力なトレーナーに弟子入りというのは意外と多い。

 理由としては簡単でポケモンスクールに行かなくてもポケモントレーナーには簡単になれる、だがそれ以上は自力で腕を磨く必要性が出てくるからだ。

 勿論ポケモンスクールに行ったからと言って必ずしも大成するわけではない。

 だが平均的にポケモンスクールでしっかりと技術と知識を身に着けてから世に出たトレーナーのほうが大成しやすいのも事実である。

 だがポケモンスクールというのは基本的に10歳以前の子供しか受け入れていない。

 しかも入学にはそれなりに金がかかる。

 となると入れる人間というのも限りがあるわけで。

 

 そんな風にして、スクールから洩れたトレーナーの中で実力が足りない、実力を着けるための環境が整っていないトレーナーが有力トレーナーに対して弟子入りすることというのはそれなりにある話だ。

 

 と言ってもこの場合、弟子を取る側に対してもメリットが必要になる。

 

 一番多いのは血縁だから、という理由。

 二番目が親が金を積んで、という理由。

 後は引退間際のトレーナーが自らの後継を探す場合、なんてのも偶にある。

 

 とは言えこうしてトレーナーとは別の道へ進むときっぱりと断られた以上、弟子入りするのも不可能に近い。

 失意の内にとぼとぼと踵を返し。

 

「あ、ライガいた、何やってんの」

 

 そう道中でこちらを探していたらしいヒガナと出会う。

 

「元チャンピオンに弟子にしてくれって言ったら断られたところ」

「……いや、ホント何やってるの」

 

 呆れたように半眼でライガを見るヒガナに、嘆息する。

 いや、分ってはいたのだ。

 元チャンピオンハルトとライガの間には何ら縁が無い。

 そんなやつがいきなり弟子入り頼んだって受け入れられるはずがない、先の断られ方だって随分と優しい言い方だった。本当ならお前なんて知らないの一言で切り捨てられていてもおかしくなかった。

 

 それでも、ライガは確かに今日、元チャンピオンハルトに憧れた。

 

 一つ、世界を破壊されたのだ。

 

 幼少の頃、ライガの世界はあの暗い洞窟の中が全てだった。

 あの時出会ったトレーナーがライガを外の世界に連れ出してくれなければ未でもあの暗い洞窟の中で鬱屈した日々を過ごしていたのかもしれない。

 それを思えば、あの日ライガを連れて洞窟を出たトレーナーはライガのちっぽけな世界を粉々になるくらいまで破壊してくれた。

 

 だから、だろうか。

 

 ライガが今こうしてポケモントレーナーとして生計を立てているのは。

 きっとあの日の憧れに影響が無かったとは言えない。

 

 そして今日、また一つ、ライガの知っていた世界は破壊された。

 

 伝説に語られる空の龍神。

 

 その圧倒的存在を降したトレーナーがいる。

 

 それはライガが想像すらできないほどの領域であり、同時に今までライガが見てきた世界はまだまだ狭かった、そういう話なのだ。

 

 あの少年が見る景色とは一体どんなものなのだろうか。

 

 自分よりまだ年若いはずなのに、数年このホウエンの頂点に立ち続けた最強のトレーナーの見ていた景色。

 

 それを知りたかった。

 

 その一番の近道が間違いなく弟子入りだった。

 だがそれも断られた。

 

 ならば、もう一つの手段しかないだろう。

 

 ―――このホウエンのチャンピオンになる。

 

 それでようやく元チャンピオンハルトと同じ目線に立てるのだ。

 

 

 * * *

 

 

「ヒガナはこれからどうするんだ?」

 

 龍神様は一人のトレーナーによって捕獲され、今はその仲間となっている。

 それを龍神様自身が受け入れている以上『りゅうせいのたみ』がどうこう言える話ではない。

 そして何よりすでに一族の予言は成就している。

 

 つまり『りゅうせいのたみ』はすでに一族の悲願を果たしたのだ。

 使命から解放された以上、『りゅうせいのたみ』であることに拘る理由も最早無くなっていて。

 こうして彼女が表舞台に出てきたのもそれが理由なのかもしれないとライガは思った。

 

「私は……やることがあるから。このままホウエンを巡って旅をするよ」

 

 少しだけ、自嘲染みた笑みを浮かべながらヒガナがそう言ってくるり、と反転する。

 

「それじゃあ、バイバイ、ライガ。久々に会えて嬉しかったよ」

「ああ……俺も。そうだな、何だかんだ里の人間に会えて嬉しかった」

 

 里とヒガナの間に何かあったのかもしれない、そんなことを考えながらもけれど口には出さない。

 所詮はすでに部外者でしかないライガに口を出せる話ではない。

 

 だからせめて。

 

「『りゅうせいのたみ』という(くびき)からあいつが解放されるように……それくらいは祈っても良いよな」

 

 去っていく幼馴染の背を見送りながら、そっと呟いた。

 




今回一番重要なのはレックウザが表舞台に一度出たこと。

未来編において、ホウエンはすでにレギュレーション制定されてるけど、こういうところに下地がある。
前も言ったけど、チャンピオンリーグ勝ち抜いたミツル君ですらグラカイのどっちか片方出せば6タテできてしまうくらいに強さに差がある。

元々ホウエンがそういう強さ重視だったのは野生のポケモン被害が大きかったからで、トレーナーを戦力としてアテにしてきた過去があったから。
でももう伝説の脅威も去ったし、トレーナーの戦力化にそこまで神経質になる必要も無いだろってハルト君が先導してホウエンもポケモンバトルにレギュレーションが制定されていくことになります。


因みにレギュレーションとルールは別ね。

簡単に言うと「ポケモンバトルはポケモンを使って戦う「使用ポケモンは6体まで」「トレーナーを直接攻撃してはいけない」とかそういうバトルの根本となる基本的な規定がルール。

「レベル50制限」「ポケモンの重複禁止」「持ち物の重複禁止」とかこういう大会ごとに付く追加ルールみたいなのがレギュレーション。

要するに「ポケモンバトル」という競技を成立させるための最低限の規定がルールで、ポケモンバトルに対して公平性を規すために追加されたルールがレギュレーションかな。


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バレンタインドールズ①

バレンタインネタに投稿したSSが余りにも雑過ぎたので詫び投稿という新文化。

最初に言っておくことだが、クリスマスドールズと違って特別編ついてない。つまり普通に本編の続きくらいに思ってていいです。


 

 

 

 クリスマスの時にも言ったような気がするが、このポケモンの世界は地球にあった文化やイベントというのが多い。

 ただし文化や風習としては根付いていてもその『由来』というのは割と適当なのだが。

 

 クリスマス……というか12月25日を祝い日とする風習はある。

 何でもクリスマスの夜には世界中のデリバードが良い子にプレゼントをくれる、だとかなんとか。

 デリバードのモチーフになったであろう地球で言うところの『サンタ』のような存在をポケモンに当てはめ、デリバードの伝承と合わせて12月25日を特別な日とする、そういう文化、風習がある。

 

 ただその由来は地球における宗教色のようなものは一切なく、そういう言い伝え、伝承、で済まされている。具体的な由来などはみんな知らないし、知ろうともしないのだ。

 

 メタなことを言うならばポケモンという世界を作ったスタッフは地球の人間なのだから身近な文化を『元ネタ』にした、というだけなのだろうが、果たしてその創作の世界が現実と化している今の現状、それが事実なのかどうかも分からない。

 

 まあそれはどちらでも良いのだが。

 

 本日2月14日。

 

 地球で言うところのバレンタインデーではあるが、この世界でもバレンタインは存在する。

 しかもチョコを贈るほうの風習として。

 案の定由来は誰も知らないし、気にも留めない。まあ自分だってそこに関してそこまで熱心に知りたいというわけでも無いので別に良いのだが。

 

 個人的に言わせてもらえれば別に好きな人に何か贈りたいのに一々口実をつける必要も無いだろうと思う。

 好きな人に好きということに、それを言っていい日悪い日なんてものは無いし、バレンタインだから何か特別なのかと言われればそれは皆が『特別である』と思っているだけであって2月14日はただの2月14日でしかない、別に2月14日になったからいきなり世界が変わるわけでも無いのだから。

 

 だがそれは余りにも情緒の無い話だ。

 

 少なくともそれを特別に思っている人たちがいるのだから、バレンタインを特別な日と思う『共通認識』があるのだからそれは皆にとっては特別な日なのだ。

 

 まあそんなどうでも良い前置きはさておいて。

 

 実を言うと毎年毎年、この時期になると家族みんなからチョコを貰っている。

 

 去年まではまあ『そういう関係』では無かったので普通のチョコだったが、今年は全員と『そういう関係』になってしまったわけで、去年までとは違う部分も当然出てくる。

 

 …………。

 

 改めて考えるとスゴイことやってるな、と思わなくもない。

 エアに、シアに、シャルに、チークに、イナズマに、リップル……それにシキ。

 一応この世界……というかポケモン協会のある地方における法律的なものとして人間とポケモンの婚姻は可能ではあるが、基本的に人とポケモンとの婚姻に関して数に制限は無い。

 というよりこれに関して通常の婚姻とは別の契約になる、と言ったほうが良いだろうか。

 人とポケモンの絆に特別性を見出すための儀礼的な意味合いの強い契約であり、実効力が何かあるか、と言われると実のところそれほど無かったりする。

 条件の一つとして『自分の手持ち』であることが挙げられるが、この条件を満たしている時点で婚姻相手のポケモンと一蓮托生のようなものだし、婚姻をするほどに絆が深いなら早まった真似をするようなことも無いだろう、というのもある。

 何よりも人とポケモンとでは血を残すことができない以上、通常の婚姻とは別物であるとするしかない。

 それ故に人間同士の場合とは別カウントということになるので仮に全員と結婚したとして重婚には当たらない。可能不可能で言えば法律的には可能である。

 というか逆に血を残せないポケモンと結婚するから人間とはしません、となると人口の減少になりかねない。今となっては、だが大昔はポケモンとの結婚は『普通』のことだったし、本気でポケモンに恋してポケモンを生涯愛する人間だっていたのだから。

 

 で、倫理的にはどうなのか、と言われるとこれが案外アリなのだ。

 

 元より原種のポケモンと結婚する人間というのも世界中を探すと少数派ではあるがいるのはいるのだ。

 そもそもポケモンような人類の隣人の存在しなかった地球においてさえ本気で動物と婚姻をする人間がいるのだからペットなどよりさらに隣人の意味合いの強いこの世界におけるポケモンとの婚姻というのは、地球における国際結婚……よりはさすがにマイノリティだが同性愛などよりはメジャーだったりする。

 

 そしてトレーナーなどが特にそうなのだが複数のポケモンを手持ちにしている場合、その扱いには非常に気を使う必要がある。

 先も言ったがポケモンとの結婚というのは無くは無い、くらいに認識される程度には実在するのだ。

 当然その中で起こったトラブルというのもそれなりにあるわけで。

 一番多かったのが婚姻を結んだ相手のポケモンを大切にするあまりに他のポケモンたちの扱いがおざなりになったりすること。

 他にも複数のポケモンに好かれていてるのにその中から一体を選んでしまったせいでパーティが半壊してしまった、なんて事案も過去にはあったらしい。

 先も言ったが人とポケモンとの婚姻というのは血を残すことが目的ではない以上通常の婚姻とは意味合いが異なる。

 だから人間同士と同じような枠に当てはめて考えると逆に惨事を引き起こしかねないと、ポケモンとの婚姻に関してはかなり規制が『緩く』設定されているのだ。

 

 自分の場合に当てはめると通常の意味での婚姻はシキとすることになる。

 その上でエアたち6人とは『ポケモンとの婚姻』という扱いで通すことになるわけだ。

 

 ただそうすると今度はエアが『妊娠』した、というのは色々問題になる……のかもしれない。

 もしかするとならないかもしれない。

 ヒトガタという存在が余りにも例外的過ぎて、その極々例外的な少数派のために既存の法が変わるか、と言われれば微妙なところではある。

 

 まあ将来のことは将来考えれば良い。

 

 万一の時は引っ越せば良いのだ。

 ホウエンなどは一夫一妻は普通かもしれないが、一夫多妻の地域というのはそれなりにある。特にポケモン協会の管理から外れた地方ほどその傾向が強い。

 と言うわけでそこまで将来に関して心配はしていないのだが、それはそれとして。

 

 バレンタインである。

 

 正直今までこの日に対して特別何か思うことは無かった。

 エアたちは……まあ毎年律儀にチョコレートをくれたのでその気持ちは受け取っていたが、それだけと言えばそれだけで、自分からバレンタインという日に何かを期待したことも無かった。

 

 今までは。

 

 すでに彼女たちとの関係性は変わっている。

 

 ただの家族から、最愛の相手に。

 

 故にバレンタインという行事に対しての思い入れというのも多少変わって来るわけで。

 

 ―――期待、してるのかな?

 

 自分で考えておいてなんだが、そんなことを自分で考えるとは思わなかった。

 変な表現になるのだが、自分がそんな風に思うとは思わなかった。

 

 少なくとも過去の自身ならば無かっただろうことで。

 

 変わったのだろう、と思った。

 

 変えられたのだ、と思った。

 

 彼女たちと心を通わせて。

 

 彼女たちと心を繋げて。

 

 恋という感情を知ったから。

 

 

 * * *

 

 

 鍋の中、湯煎でドロドロに溶けたチョコに少量のクリームを混ぜていく。

 ヘラで焦げることのないようにゆっくりと、けれど手を止めずに混ぜ続けていく。

 

「そろそろかしらね」

 

 余り時間はかけていられない。

 何せ自分を抜いてもまだ五人も使うのだから。

 比較的早起きのシアは朝食の用意に忙しいが、用意が終われば同様に使いたがるだろう。

 それにシアが用意を終える頃にはチークやリップルも起き出すだろう。

 イナズマは昨日も遅くまで部屋で作業をしていただろうし、シャルは単純に早寝遅起きなので後回しにできるとしてもエアが一人でゆっくりと調理していられる時間はそう多く残されてはいなかった。

 幸いにして一番時間がかかるであろう部分は昨日の内に済ませているので、後はそれほど時間はかからないはずだ。

 

「ちゃんと混ざってるわね」

 

 焦げついた様子も無く、混ざり具合にムラも無いのを確認すると鍋の火を止めて、湯煎していたチョコのボウルを取り出す。

 直接持とうとして湯煎によって熱されたボウルの熱さに思わず手を引っ込める。

 

「っつ……ってそうよね、もうこういうのダメなのよね」

 

 未だに慣れない体の変化に戸惑いながらも厚手のクロスでボウルの縁を掴み、鍋の中から引っ張り出す。

 『竜』の体だった時ならばこの程度の熱さに触れた程度何ともなかったはずなのだが、熱湯によって熱っせられたボウルは今の『人』に限りなく近い体では火傷してしまう程に熱かった。

 

 不便だなあ、とは思う。

 

 最初は小さな変化だったが日に日に体の変化は大きくなっていく。

 かつては空を自在に飛び回っていたというのに今はもう浮かぶことすらできなくなっている。

 自分の数倍は重かっただろう物でも軽々と持ち上げられた強大なパワーは失われ、今の自分の力など外見相応の少女の力しか残されておらず。

 何より伸縮機能を失い、モンスターボールに入ることもできなくなった今のエアはすでにポケモンという存在の定義から外れてしまっていた。

 

 空を飛ぶことが好きだった。

 

 それはボーマンダという種族の血に刻まれた本能のようなもので。

 だからこそ、もう飛ぶことができないという事実に思うことが無いわけではない。

 だがそれでも、それでも、だ。

 それ以上に、なのだ。

 

「ただの感傷よね」

 

 もう失ってしまったのだから、今更嘆いたところで何になると言うのか。

 何よりも自身はそれに関して、一切後悔していない。

 こんな体になったことも、こんなことになったことも、何一つとして後悔は無いのだ。

 失くした物は多い、だがそれ以上に得た物は多い。

 

「馬鹿な話よね」

 

 ―――好きな人と同じ歩幅で歩きたい。

 

 たったそれだけのことを得るためにエアはその身に宿していた力の全てを失って、それでもたったそれだけのことが何よりも大切なのだ。

 たったそれだけのことがエアたちにとっては何よりも難しくて、けれど何よりも欲していて。

 だからきっとシアも、シャルも、チークも、イナズマも、リップルだって一瞬だって迷わないだろう。

 すでにそうなったのか、まだそうなってないのかはともかく、いつか皆エアと同じような体になってしまうのだろう。

 

「っと、折角溶かしたのにまた固まっちゃうわね」

 

 余り熱すぎるのも困るが、冷えるとそれはそれでまた固まってしまう。

 そうすると再度湯煎して溶かさないといけなくなるので余計な時間がかかってしまう。

 少し慌てながら先日焼いておいたクッキーを用意し、さっとチョコの中を潜らせてバットに並べていく。

 一番手間のかかるクッキーは昨日の内に焼いていたのでさほど手間もかからず作業を終える。

 後はチョコが固まるまで置いておくだけだ。

 

「あむ」

 

 味見とばかりにバットに並んだクッキーを一つ取って口にする。

 クッキーにもチョコにも甘さ控えめな物を作ったせいかチョコの風味の中にほんのり甘味を感じる。

 多分シャルあたりからすると物足りなさを感じるのだろうが、エアは辛い物のほうが好きなのでこんなものだろう。

 何より贈る相手のハルトが甘すぎるのが苦手なのでこれくらいで良いだろう。

 ハルトの味覚というか好みというのはエアにかなり近しいのでだいたいエアの好みで出すとハズレが無くて助かっている。

 

「ま、こんなものよね」

 

 後は冷えて固まったチョコクッキーを用意しておいた袋に入れてリボンでラッピングの一つでもすれば完成と言ったところ。

 作業を終え、手慣れた手つきで片づけを始める。

 すでにシアと何度となく行ったことだ、今更戸惑いも無い。

 ほんの数年前までこうして自分が調理場に立ち、料理するなんてこと考えもしなかったが、全くもって変われば変わるものだと苦笑する。

 

「ふふっ」

 

 幸せだなあ、なんて思っていたら知らず知らず笑みが零れていた。

 とくん、と胎の内が脈打った気がして、腹部に手を当てる。

 

「どうなることやら」

 

 エア自身、自らの体が今どうなっているのか見当もつかない。

 自身の内側に新しい命が宿っていると言われても実感は無いし、果たして生まれてくるのが一体『何』になるのか、そもそも無事に生まれてくることができるのか、わからないことばかりで。

 

 それでもまあどうにかなるだろう、と思っている。

 

 楽観的と言われようとも。

 能天気と言われようとも。

 

 ずっとそうしてきたのだ。

 ずっとそうやって通してきたのだ。

 

 いつも、いつも。

 

 大好きな人と共に、無茶を押し通してきたのだ。

 

 だから。

 

 今度だって何とかなる。

 

 心の底からそう信じているのだ。

 

 




本当はヒロイン7人を一人500字くらいでさらっと書いてアンケートしたかったんだけど、がっつり2000字近く行ってしまったので3話分割して投稿予定。


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バレンタインドールズ②

 

 

 まな板の上に置いたチョコレートを包丁を使ってリズミカルに刻んでいく。

 チョコレート自体がやや硬いので少しばかり勝手は違うが、包丁を使っての作業などすでに慣れたものであっという間に細く細く刻まれたチョコレートを鍋に落とす。

 

 少量のチョコなら普通に塊で湯煎すれば良いのだが、さすがに鍋一杯になるほどとなるとこうやって刻んでやらなければ中々溶けない。

 特に今日はそれほど時間がかけられないので少しばかり急ぎめに作業を進めていく。

 

「買っておいてなんですけど使う機会があるとは思いませんでしたね」

 

 棚を開いて奥から引っ張り出すのは以前に興味を惹かれて買ってみたは良いもののついぞ使うことの無かったフォンデュ鍋。

 とは言えまだチョコを流し込むには早いので、先に具材の用意。

 料理などにも良く使う木の実を初めとして、果物やお菓子などもいっしょくたにして串に刺していく。

 木の実や果物の皮を剥き、お菓子などは大きいものは小さく、小さなものはいくつかまとめて串の刺す、それだけの単純な作業だが恐らくこれを食べるだろう人数が人数だけに量自体はかなりあって、それなり以上の時間がかかる。

 

「誰かに手伝ってもらうべきだったかしら」

 

 下処理を済ませたものに串を刺すだけなので手間自体はそれほどでは無いが、純粋に量が多い。

 こればかりはどうしても時間短縮とはならないのが困ったもので。

 まあ別にこれでお腹を満たす必要は無いただのデザートなのだから量を減らしても良いのだが……。

 

「それもそれで……ですよね」

 

 どうせなら手間をかけて作るなら美味しいと言って満足してもらいたい。

 それは料理をする者なら誰だって抱く思いだろう。

 基本的に手間を省いていくのが家庭料理だとは言え、どうやってもそれなりの手間はかかるのだ。

 どうせ手間をかけるならば満足してもらったほうが嬉しい。

 当然と言えば当然の話。

 

 それが大好きな家族相手ならばなおさらのこと。

 

 甘い物好きなシャルなど目を輝かせて喜んでくれるだろうし、サクラやアルファも同様である。

 ハルトやエアやアース、アクア、オメガなどは甘すぎるのが苦手なのでビターチョコ、ただし渋いのも苦手なのでミルクを加えたまろやかな風味の物を別で用意しておく。

 シアやチーク、イナズマ、リップルは通常のもので良いとしても問題はルージュだ。

 苦味が特に苦手なルージュはチョコレートのほのかな苦味すらも厭うのでホワイトチョコレートを使う。

 そうやって個々人の好みの味付けというものを考えるとだったらもういっそ複数種類チョコのバリエーション作ってしまおう、となって余計に手間取っていた。

 

「後それから」

 

 最近新しく仲間になったばかりのデルタに関しては良く分からない、というのが正直なところ。

 基本的に何でも好き嫌いなく食べるし、味付けに何か言うことも無い。

 何を食べても美味しいとしか言わないのは逆に何を食べても同じでしかない、と言われているようでそれはそれで困るのだ。

 

「デルタ……ね」

 

 正直言えば戸惑いはある。

 空の龍神との戦いは熾烈な物だった。

 伝説が何故伝説と言われるのか思い知った戦いであった。

 シアはグレイシアという種族の中で至上の才を持つが根本的に種族として格が劣るというシンプルな事実の前に才能の多寡など誤差でしかないと思わされた。

 例えシアと同じ才を持つグレイシアが100体いようとアルファやオメガ単独にすら敵うことは無いと言える。

 デルタ……レックウザとはそんなアルファとオメガの両方を纏めて相手にして、なお圧倒できるほどの絶対的な強者である。

 そんなデルタがアルファ、オメガと共に仲間になって同じ家で暮らしているという状況に戸惑いを覚えないほうがどうかしている。

 これに関してはエア以外は皆同じ気持ちだろう。

 

 エアは……恐らくだが死に体だったとは言え一度自力で倒しているからなのだろう。まあそんなこともあるだろう、と普通に受け入れていた。

 

 結局問題はそこなのだろう。

 

 アルファやオメガは同じ伝説の力を借りたとは言えシアたちも参戦して倒した。

 だがデルタに関してはシアたちはほとんど何もできなかったに等しい。

 ハルトはきっとそれを否定するだろうが、少なくともアルファとオメガを抜きにすればほんの一瞬であの伝説の暴威に消し飛ばされただろうことは間違い無い事実で。

 

 だからこそ本能的に恐れている。

 

 デルタと名を変えた伝説を、世界を塗りつぶす空の龍神を。

 

「まあ、それはそれ、だけど」

 

 とは言えデルタが本心から自分たちの主を……ハルトを慕っているのはこの家で一緒に過ごしていれば分かる。

 デルタ自身、別に性格が悪いというわけではない。少しばかり人見知り、というか引っ込み思案な部分はあるが共に暮らす家族として馴染もうとはしてくれているのだから受け入れるのに否は無い。

 

 自分たちはポケモンで、人ではない存在ではあるが。

 

 自分たちはヒトガタで、本能を理性で塗りつぶすくらいの分別は持っているのだから。

 

「楽しんでくれると良いのだけれど」

 

 シアにとって、家族が増えることは素直に嬉しいのだから。

 

 

 * * *

 

 

「ど、どうしよう」

 

 自室のベッドの上にちょこん、と座り込みながらシャルが悩まし気に唸る。

 目の前に置かれているのは綺麗にラッピング包装された箱。

 中はバレンタインらしくチョコレートだ。と言っても渡す相手のハルトがチョコ単体は苦手だと言っていたのでチョコマシュマロを用意した。

 後はこれをハルトへと渡すだけ、なのだが。

 

「むむむ、無理! 絶対無理だよぉ……」

 

 顔を真っ赤にしながらぶんぶんと首を振る。

 考えただけで恥ずかしい、恥ずかしすぎて悶え死んでしまう。

 

 ―――いや、毎年あげてたじゃん。

 

 と言われればその通りなのだ。少なくとも去年までは多少の気恥ずかしさはあれどそれでもバレンタインという口実に素直に受け取ってください、と言うことができた。

 なら何で今年に限って、と言われれば単純な話。

 

 関係性が変わったからだ。

 

 否、変わったという表現は正しくないだろう。

 

 シャルにとって今でもハルトは家族で、戦友で、仲間で、そして主だ。

 ただそこに恋人が追加されただけで。

 

「あわ、あわ、あわわわ……こここ、恋人って……いや、でもでも」

 

 恋人、なんて甘美な響きだろうか。

 想像しただけで―――頭が沸騰しそうになる。

 

「っ~~~~~!!」

 

 ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶々とした感情をどうにか抑え込んでいく。

 そうしてしばらく転がっていると、とんとん、と扉がノックされて。

 

「シャルー? なんか騒がしいけどどうかしたか?」

「っな、なな、何でも無い、ですぅ」

 

 聞こえた声の主はまさに今シャルが心に思い描いていた人その人であり、思わず上擦ったような声が飛び出してしまう。

 そんなシャルの返事に、ハルトは一瞬沈黙したが、やがてそうか、とだけ呟いて去っていった。

 

「は、はふ……」

 

 息を吐く。

 それからごろんとベッドの上、全身を投げ出すように横になる。

 

「ああ……やだなあ」

 

 ずっと蓋をしていた気持ちが、長い間抱いてはならないと自戒していたはずの気持ちが溢れだしてきて止まらない。

 だからこそ余計に思ってしまうのだ。

 

 ―――自分がこんなにも幸福で良いのだろうか、と。

 

 ずっと叶わないと思っていた思いが叶ったのだ。

 ずっと昔から分かっていた。主……ハルトの隣にいる彼女の存在が余りにも自然だったから。

 そこに自分の立ち入る場所なんて無いと思っていたから。

 

 だから。

 

「ホント、やな子だなあ、ボク」

 

 ずっとずっと好きだった。

 それこそ出会った瞬間からずっと。

 けれど出会った時からずっと彼の隣には彼女がいて。

 

 だから、思わなかったわけではないのだ。

 

 もし、もしも。

 シャルがエアより先にハルトと出会っていたなら、何か変わっていたのだろうか、なんて。

 

 そんな()()をして、自分を慰めたりもして。

 けれど現実は変わらなくて、エアはハルトに受け入れられた。

 だからそれでお終い、それで終わり、そう思っていた。

 

 最初から叶うはずが無かったのだ、と諦めようとして。

 

 ―――好きだよ……だったらそれで良いよ。余計なこと考えて、気持ちを捨てるなんてもったいないだろ。

 

 そう言われた。

 あの時のハルトは自分たちが燻らせている感情の全てを見抜いた上で言ったわけではないのだろうが。

 それでも、それでも。

 諦めなくて良い、と他の誰でも無い、ハルト自身が言ったのだ。

 

 それは慰めだったし、希望だったし。

 

 ()()でもあった。

 

 だってそうではないか。

 それから実に二年。二年もの間シャルたちはもう諦めようと思っていたはずの感情を抱えさせられたままずっと待たされていたのだから。

 

 それでも叶ったのだから、良かったのだ、とも言える。

 

 二年……否、この感情を抱いた時から実に七年もの間この胸を焦がしてきた感情なのだ。

 それも偶に出会う相手に、とかでなく家族で、主で、同じ屋根の下に住んでいていつでも会える相手に七年だ。

 育まれ続けてきた恋心はもう抑えきれないほどにまで育っていた。

 

 バレンタイン。

 

 それは好きな人にチョコレートと共に『愛』を伝える日だ。

 

 だからこそ困っていた。

 

 本当なら二年前に諦めていたはずの思いは初めてその思いを抱いた日から七年越しに成就してしまったから。

 今にもこの胸を突いて飛び出さんばかりの巨大な感情の波がシャルを悶々とさせるのだ。

 

「ばれんたいん……」

 

 そう初めての、恋人同士になってから初めてのバレンタイン。

 

「えへ……えへ、えへへへ」

 

 そう思えば顔が勝手ににやけてしまう。

 そんなつもりも無いのに笑みが零れて止まらない。

 ハルトに渡すはずのラッピングされた箱を手に取り。

 

「ハルトさん、だーいすき」

 

 小さく呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 くるり、と姿見の前で一回転。

 ちょこちょこと気に入らない箇所を直しながら服装を整える。

 

「うん、バッチしだネ!」

 

 自分的には可愛くできたんじゃないだろうか、と心中で自画自賛しながらチークはポケットから小箱を取り出す。

 小箱ではあるのだがチークの体躯からすると相対的にそれなりに大きく見えるその箱には瓶詰めされた飴玉が入っている。

 バレンタインと言えばチョコレート、という印象ではあるが贈られる本人がチョコが苦手、となれば別の物で代用すべきだろう、というのがチークの持論。

 まあそこにはシアたちほど料理ができないチークなりの代案という意味合いもあったのだろうが。

 

「最近机の上で勉強ばっかりだからネ、こういうのもありネ」

 

 シシ、と笑みを浮かべながら主であるハルトと共にカントーに行った時のことを思い出す。

 酒の勢いを借りて色々と『ナニ』したことを思い出しかけたので首を振って邪な思い出を一旦掻き消す。

 頬を赤く染めながらも改めて思い出すのは携帯獣学の学者になるためにタマムシシティへと向かった時のこと。

 あの頃からハルトは自宅で勉強をすることが多くなったが、きっとそれもそのためのなのだろうと思う。

 男の将来の夢のためそれを支えるのも良い女だろう、と思いながらもそれにつけこんでどんなアピールができるかな、と並行して考えている辺りが強かだった。

 

 はっきり言えばエアが『妊娠』した頃……つまり去年の夏過ぎから少しずつエアが『成長』していた。

 恐らくポケモンで無くなったことが関係しているのだろうが人間と同じ歩幅で成長し始めたということはハルトの『嫁』の中でチークと並んで体格的に小さかったエアは人並み……或いはシアやリップルのようになってしまうということで。

 

 このままでは置いて行かれる、という思いはチークの中に常に付きまとっていた。

 

 自分の容姿は人の基準ならばそれなりに優れているとは思っている。

 だがどうしても主と比べると幼さが目立つのも理解している。

 そして自分の体がこれ以上成長することが無いのも分っている。

 

 確かにこの小さな体は愛らしいのかもしれない……だがそれはマスコットのような感覚での話。

 チークはそれが嫌だった。否、他の誰かに言われて一切気に留めないがハルトにだけはそう思って欲しくなかった。

 だってチークはハルトが好きなのだ。ハルトに恋をしているのだ。

 そんな相手に『女』として見てもらえないというのは余りにも悲しい。

 だからこそタマムシシティのホテルであんな暴挙に及んだのだが。

 

 結果的にチークはハルトと思いを通じ合わせることができた。

 

 無事、ハルトの恋人という関係性を結ぶことに成功したのだ。

 とは言えそれで満足していてはならないと分かっている。

 変化することを止め停滞した時、女は男に倦怠されるのだ。

 冗談ではない、倦怠期など起こさせて堪るものか、と思っているからこそチークはハルトへのアピールに余念が無いのだ。

 

「良い感じだネ」

 

 親友にして恋敵たるイナズマに作ってもらった衣装を着て姿見の前でもう一度くるりと回転する。

 スカートの裾が翻る。正直半ズボンばかりのチークの好みではないが、可愛らしい服で自分を着飾ることだってチークなりの精一杯の努力であり、アピールでもあった。

 

「う……やっぱ違和感があるネ」

 

 エプロンドレスとでもいうのだろうか、黒い生地にレースやフリルもついているのでどっちかというとゴスロリと言ったほうが良い気がする。

 正直言えばチークは動きやすい服装が好きなのでこういう女性らしい服装というのは好まないのだが。

 

「……ま、好きな人に好きでいてもらうための努力だよね」

 

 部屋の外に聞こえない程度にぼそりと喋りながら、ニシシ、と笑みを浮かべた。

 

 

 



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バレンタインドールズ③

 

 ―――着飾るという行為が好きだった。

 

 それは服とかそういう大仰な物でなくも良いのだ。

 ちょっとした髪飾りの一つ、ピアス一つでも良い。ほんの少しのアクセントがその人の魅力をぐっと引き出してくれる。

 だからイナズマはファッションというものに昔から興味を持っていた。

 とは言えヒトガタポケモンの服というのは基本的に原種でいう毛か鱗、皮などがそれらしく変化しているだけなので服装を変えたり、というのは中々難しい話。

 

 例えばイナズマなどはシンプルなティーシャツとパンツなので上から羽織るなどして比較的着飾ることも容易なのだが、エアやリップルなどコートまで含めて一体化してしまっているので手の入れどころが非常に少ないし、シャルはシャルでフリル満載のその服装のせいでこれ以上手を入れると装飾過多にしかならない。

 シアの場合は上着くらいなら羽織ることもできそうなのだが、髪色まで含めて統一感のある服装なのでどうにも手が出し辛い。

 結果的に一番着飾りやすい自分で色々試してみるのだが、やはり主観と客観というのが大事なもので、どうしてもズレのようなものを感じたりする。

 そういう時はチークに頼んで着替えてもらうのだが、チークの場合は根本的に上背の問題などもあって着せれる選択肢が子供服になってしまうのが悩みどころだった。

 

「これを……折り返して、最後に止めて……できた」

 

 こうしてミシンを使うことにもすっかり慣れてしまった。

 何だかんだで七年もやっているのだ、服の一つや二つ、作れて当然だろう。

 視線を向ければハンガーラックに並べられているのは家族全員分の衣服。

 ここ一月くらいコツコツと作っていたのだ。

 最近になってようやくヒトガタポケモンでも着替えることのできる衣服を作ることができるようになったのでファッションの幅が大きく広がった。

 

「ふふ……楽しいなあ」

 

 ファッションに興味を持ち始め、最初に作ったのは小物類だった。

 まだあの頃はミシンなんて使えるほどの技量も知識も無かったから最初は手編み。

 それにあの頃はまだ失敗することが怖かったから、だから着飾ることは自分だけの趣味に留めていた。

 

 今でもそれが大丈夫になったわけでも無い。

 

 失敗することは怖い。

 

 間違えることは恐ろしい。

 

 だから安易な選択肢を選んでしまいそうになるし、妥協した答えで納得してしまいそうになる。

 

 ―――シシッ行くネ、イナズマ!

 

 そんな時、自分を引っ張ってくれる少女のことを本当に有難く思っているし。

 

 ―――思ったことがあるなら言えば良い。やりたいことがあるならやれば良い。

 

 そんな時、自分の背を押してくれる主のことが心底好きだった。

 失敗しても良い、間違えても良い。

 そう言ってくれたのは自身の最愛の主で。

 失敗したら慰めてくれて、間違えたら一緒に悩んでくれる。

 そうやってずっと一緒にいくれたのは大切な家族たち。

 失敗して、へこんで、落ち込んで、そんな時に励まして次は大丈夫。

 そう言ってくれたのは大事な親友。

 

 今こうして何気なく行えていること一つ一つはイナズマがこれまで努力してきた結果ではあるが。

 今の今までこうして折れること無く続けることができたのはイナズマの大切な人たちのお陰なのだ。

 

 バレンタインとは一般的には『愛』を伝える日ではあるけれど。

 

 イナズマが伝えたいのは『恋愛』でなく『家族愛』だった。

 

 イナズマの『恋愛』感情はあの日、主と思いを通じ合えた日に全て語り尽くしたから。

 七年もの間溜め込んできた絆も、愛も、想いも、鬱屈した感情すらも全て吐きだし。けれど主はそれを受け止めてくれた。

 だからひとまず……そうひとまずは良いのだ。

 少なくともイナズマはあの一件で『スッキリ』したから。

 

 だから今日というバレンタインは家族のために贈りたい。

 

 チョコレートではないけれど。

 

 それが今日のイナズマの『愛』だから。

 

 

 * * *

 

 

 良い日和だ、とぷかぷかとプールに漂いながら思う。

 空を見上げれば燦々と輝く太陽。

 すでに二月。シンオウならばともかくホウエンは少しずつ春の兆しが見えてくる季節の境目。

 適度に温水を足したプールは仄かに温かく、リップルの頬を濡らした。

 

「あ~♪」

「人生楽しそうだなあ、お前」

「たのしいよ~」

 

 プールサイドに置かれたデッキチェアに寝そべりながら呆れたように呟く主に笑みを浮かべて返す。

 何を当然な話をしているのか。だってそうではないか。

 

()()()が一緒だからね、そりゃ楽しいよ」

「…………」

 

 好きな人と一緒の時間を過ごす。大切な家族たちと共に、最愛の人と共に、同じ時間を共有し、同じ時を生き、同じ世界を見て過ごす。

 

 それはなんて幸せなことなのだろうか。

 

 黙ってしまった主の心情を慮り……くすりと笑う。

 

「照れてる? マスタ~?」

「うっさい」

 

 端的でぶっきらぼうなその言い方にまた笑みが零れる。

 本当に、こういうところがうちの主は可愛いのだ。

 仲間の『絆』を何よりも大切に思っていて。

 大切な相手を気遣うこともできて。

 なのにストレートな感情表現を受け止めきれなくて言葉が短くなってしまう。

 

 昔から変わらなくて、そんな主がリップルは昔からずっとずっと好きなのだ。

 

 だからこそ、まだ少しだけ不安もあって。

 

「ねえ、マスター」

「なんだ?」

 

 だからこそ、その僅かな不安すら消し去ってしまう。

 

「昔約束したこと、覚えてる?」

「約束?」

 

 お互い顔を見ることも、視線を向けることすら無く広いプールに声だけが響く。

 リップルの問いに、返ってきたのは懐疑的な声。

 まあ覚えてるわけ無いか、と嘆息。

 六年も前のこと、しかもそれから六年、随分と濃い時間を送ってきたのだ。

 

 だから、そんな子供の時の約束忘れていて―――。

 

「ずっと一緒にいる、そう言ったことか?」

「っ! 覚えて、たんだ」

 

 思わず呟いてしまった一言に主がハッ、と鼻で笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「照れてる?」

「……なにそれ、さっきのお返し?」

 

 ああ、ホント……こういうところズルいと思うのだ。

 

「ねえ、また……ハルト」

「なんだ、リップル」

「また努力、して欲しいな」

 

 約束。

 

「もう一度約束してほしい」

 

 大切な約束。

 

「あの時はね……例え気休めでも、嘘でも良いって思ってた。どうやったって証明できるはずの無いことだから、仕方ないって、ただハルトがリップルたちと一緒にいたいって、そう思ってくれてるだけで十分だった」

 

 でもね、でもね。

 

「もうそれだけじゃ我慢できないから……もう一度、ちゃんとした約束が欲しいんだよ」

 

 何も無い空に手を伸ばす。

 

「ねえ、ハルト」

 

 手を伸ばす。

 

「ずっと一緒にいてくれる?」

 

 手を伸ばす。

 

「この先、何年経っても。何十年経っても。ずっとずっと、おじいさんになっても、おばあさんになっても、それでもずっと一緒にいてくれる?」

 

 手を伸ばして―――。

 

「ああ、()()()()()

 

 ―――その手が掴まれた。

 

「何度だって、言ってやる。何回だって、約束してやる」

 

 視線の先、見下ろす主がそこにいて。

 

「約束だ」

 

 差し伸ばした手がリップルの手を握っていて。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 あの時と同じ言葉をリップルにくれるのだ。

 

「ふふ」

 

 笑みを零れた。

 高鳴る鼓動に弾けるようにして思いが胸から込み上げてくる。

 ああ、もう本当に、本当に本当に!

 

「大好きだよ、ハルト」

 

 告げる言葉に一瞬目を丸くして。

 

「ああ、俺もだ」

 

 笑ってそう返した。

 

 

 * * *

 

 

 家の中の空気が甘ったるかった。

 

 勿論彼女たちが自分と同じ相手を好きになっていることは知っていたし、彼がそれを受け入れているのも知っている。

 だからまあ多少は予想していたのだが、チョコフォンデュパーティーしてて物理的に空気が甘ったるいなんてのはさすがに予想していなかった。

 

 家の主である彼も途中までニコニコと笑みを浮かべていたが段々げんなりとした表情になり、やがて外の空気を吸ってくると言って出て行ってしまった。

 正直シキも甘い物は嫌いでは無い、というか好き嫌いは特にないのだがこれだけチョコレートばかりだとさすがに飽きてくるので便乗するように外に出た。

 

「あれ、シキ……もう良いの?」

「しばらく甘い物は見たくないって感じね」

 

 深呼吸しながら体の中の甘ったるさを吐き出していると先に出ていたハルトがこちらに気づく。

 同じように深呼吸でもしていたのだろう、先ほどよりも表情は良くなっていた。

 

「アハハ……まあ女の子は甘いの好きかもしれないけど、俺もあれはちょっとね」

「あら、私も女の子のつもりだったけれど」

「え? あ、いや、別にそんなつもりじゃないよ?」

「良いわよ、自分が女の子らしさに欠けるのは分かってるから」

 

 元よりハルトに出会うまでそういうことに一切興味が無かったのだ。

 だからこそハルトに出会った瞬間の衝撃を今でも忘れることができない。

 

 と、言うか。

 

 一体自分はこの少年の何がそんなにも好きになったのだろう。

 今でも偶に思う。

 正直一目惚れではあったが、容姿が特別好みというわけでも無かった。

 ただ不注意で危ないところで手を引かれただけ。

 

 ただその瞬間、その瞳に魅入ってしまった。

 

 一目見た瞬間に鼓動が跳ねて、どうしようも無く冷静じゃなくなってしまって。

 その感情に上手く名前がつけられなくて、ただあえてつけるならそれは恋としか言い様が無かった。

 

 不思議な話。

 

 それまでシキは恋なんて全く興味も無かったはずなのに、ハルトを見た瞬間どうしようも無くそれを自覚してしまったのだ。

 それほどまでに魅入ってしまったのに、何がそんなに好きになったのか自分で分からないというのはどうしようも無く矛盾した話だった。

 

「本当は私もチョコレート作ろうと思ってたんだけど……これは止めて正解だったわね」

「あーいやまあくれるならちゃんと受け取るよ? 折角の好意だし」

「良いわ、好意の押し付けは好きじゃないし、でもそうね……代わりに今度うちでお昼でも食べていってちょうだい。腕によりをかけて作るわ」

「ん……分かった。好意に甘えるよ」

 

 よし、約束ゲット。と内心でガッツポーズ。

 何だかんだシキは同じ家に住んでいる彼女たちより絶対的にアピールチャンスが少ないのだ。

 こういうチャンスは逃さないようにしなければならない。

 少なくともシキとハルトはすでにお互いの想いを伝えあい、認め合ったのだから。

 今となってはもう恋した理由なんて些細なことだ。

 

 シキはハルトが好きだ。

 

 一緒にいて居心地が良いし、いつも温かい気持ちにしてくれる。

 ピンチの時は何度となく助けてくれたし、シキが助けたことだってあった。

 共に危機を乗り越え、絆は深まったと思うし、何よりハルトはシキの期待を一度だって裏切らなかった。

 カッコいいなあ、思うし、そのカッコいいところを目の前で何度も見せつけられれば改めて惚れ直しもする。

 

 幸い、というべきかハルトの恋人たちの中で人間はシキだけだ。

 昔はハルカもそういうことなのかと思っていたシキだったが、ミシロで数年暮らしてあの二人が本当に友人以上に感情を一切抱いていないという事実を理解したのでそれほど警戒はしていない。

 だとすれば法律的な話で、ハルトとシキは結婚できる。正確にはシキだけがハルトと本当の意味で結婚できる。

 それは『人間』であるシキにしかできないことだから。

 

 まあそれは別としても。

 

 好きな人が自分を含めて七股している……という状況にシキとしては特に何か思うことも無い。

 

 元よりそういう『真っ当な倫理』みたいなものとは無縁な場所で育った影響か、シキにそういう常識的な価値観を求められても困る。

 少なくともハルトはシキを思ってくれている。シキもハルトを思っている。

 ほら、それで両想いだ。それ以上に何がいるのか。

 まあもし気に食わないやつがハルトの恋人の中にいるならばそれはそれでもやもやとした感情を抱えたかもしれないが幸い六人とも仲良くできだろうから問題は無い。

 

「ふふ」

「ん? どうしたの、シキ」

 

 まさか自分がこんならしくないこと考えるなんて、と思わず笑みを零した自分に、ハルトが首を傾げる。

 何でも無いわ、と首を振って誤魔化しながら。

 

「ただ、そうね」

 

 一言、言葉に表すならば。

 

「幸せだな、って思っただけよ」

 

 その時のことを考えただけで鼓動に高鳴った胸を抑えながら、笑みを浮かべて誤魔化した。

 

 




最後にちょっとアンケートあるので軽い気持ちで答えて見て。


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アフターデイ:シキ

活動報告でアンケートやってるので良かったら回答おねがしまー。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=258368&uid=7917


 

 カロスは広大な地方だ。

 

 セントラルカロス、コーストカロス、マウンテンカロスと三つの地区に分けられ、地区それぞれが一つの地方に匹敵するほどの広大な面積を誇っている。

 必然的にそこに住まう人の数も多く、一地方の総人口で比較すれば世界でもトップクラスと言っても過言ではない。

 

 だが地方ごとの平均的な人口密度を比較してみると、これが意外と低い。

 

 カントーのように地方の大半が開発されきっているような地方とは逆に、カロス地方は都会と田舎の差が激しいのだ。

 ミアレシティこそがカロスの中心である、首都である。その発展ぶりは凄まじく、カロス全土に手を広げる大企業、フラダリ財閥やカロスで最も有名なポケモン博士であるプラターヌ博士のプラターヌ研究所などもこの街にあるように、多くの企業ビルや店舗が立ち並び世界規模で見ても有数の発展を遂げている。

 そしてその影響を受けるかのようにミアレシティと隣り合う街や村はそれなりに人口を誇り、発展もしているのだが、その影響はミアレシティから遠のけば遠のくほど顕著になり、カロスの西端セキタイタウンや東端レンリタウンなど、ミアレと比べればその発展ぶりには天と地ほどの差が生まれている。

 

 問題となるのは。

 

 この差が『文化』にまで及んでしまっていることだ。

 

 昔々からカロスに続く悪習であり、現在に至って尚カロスに残る汚点。

 

 

 ―――それが『異能』問題だった。

 

 

 遥か昔より異能者の存在は常にあった。

 どの地方でも、ポケモンがいて、人がいて……そこに不可思議な力を持つ存在が混じっていた。

 

 そしてどの地方であろうとも異能者は平等に『異端』だった。

 

 こればかりはどの地方も同じ。人と異能者は別の生き物だった。

 

 己の意識一つで重力を反転させる人間がいるだろうか?

 

 己が意思一つで猛吹雪を起こし、大地を凍り付かせる人間がいるだろうか?

 

 あくまでこれは極端な例だ。

 本来異能者とはそこまで凶悪な存在ではない。

 ほんの少し、人にできないことができる、その程度でしかないことが大半だ。

 

 それでも、極稀に生まれてくるのだ。

 

 天災に等しいほどの力を持った存在が。

 

 そんな『天災』との付き合い方は人それぞれだ。

 

 神に等しいと崇められた存在がいた。

 只の人であると交友を深めた存在もいた。

 

 そして。

 

 ―――排斥された存在もいた。

 

 どこの世界でも同じ、人と違う力を持った存在を人は『異端』として排斥しようとする、そういう人間はどんな地方でも一定数いるのだ。

 

 敵意を抱き、悪意を孕み、害意を向ける。

 

 そうして『天災』は人に牙を剥く。

 

 当然の話だ。

 

 殴ったら殴り返される。

 

 当然の話なのだ。

 

 なのに。

 

 人はその時、相手を『化け物』と呼んで悪意を正当化しようとする。

 

 『化け物』相手だから、何をしても良いと。

 『化け物』相手だから、それさえ理由にしてしまえば何をしても正当化させるのだと。

 そうして、そうして、そうして。

 

 かつて、カロスの人たちは一匹の『化け物』の逆鱗に触れた。

 

 まあ所詮は『かつて』の話でしかない。

 昔々、なんて語り口で始められそうな昔話でしか語られそうにない物語。

 

 それでも、その根は深い。

 ほんの百年ほど前までは当たり前のように『異端審問』なんてものが存在していたくらいに。

 さらに百年ほど時を遡れば『魔女狩り』なんてものが実在していたくらいに。

 

 だがそれも過去の話……と言えれば良かったのだ。

 

 ああ、そうなのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本来百年、二百年の時をかけてゆっくりとこれらの悪習を消し去りながらじっくりと文化を育てるはずだったが、数十年前ミアレシティを中心としてカロスは突然に発展してしまった。

 どうしてミアレシティだったのか、と言われれば恐らく二、三十年ほど前に『空港』ができたことに端を発するのだろう。

 ミアレ国際空港、と現在呼ばれるその施設の影響でミアレシティの近代化が急速に進んで行った。

 

 それ自体は良いことだったのだろう。

 

 他の地方を知ることでカロスは大きく文明を進化させ、現在では世界でも有数の大地方として世に名を知らしめている。

 だが同時に、その急速過ぎる発展についていけたのはミアレシティを含む一部の『発展のための下地のあった』街だけだった。

 

 発展に次ぐ発展にミアレを中心としてカロスが好景気に沸き、それと引き換えにするかのように発展に取り残された田舎街から都会へと若者が移っていき、地域間の年齢格差が急激に増大した。

 

 それは結果的に田舎の方における『かつてのカロスを知る高齢者』の割合が増したことを意味した。

 

 集団が生まれれば多数決をしたがるのが人間の性とでも言うべきか。

 

 若年層の多いミアレシティを中心とした『近代カロス文明』が大都市で生まれると同時に、近代化に取り残された田舎では『旧カロス文明』が以前として残り続けた。

 

 それがはっきりと問題になったのは十数年ほど前の話。

 

 ミアレシティは『空港』の存在によって近代化を推し進めた都市だ。

 故に『国際化』には心血を注いだ。結果的に他の地方からの移住者も多く増え、余所者が根付き、そして少しずつミアレの『外』へと流れていく。

 カロスは未だに『騎士』や『城』など他には無い文化を残している地方だ。

 であるが故に、その文化に触れようと『旅行者』が来ることも多々ある。

 

 だからこそ、その悲劇は起きた。

 

 そのあってはならない事件が。

 

 

 ―――他地方の『異能トレーナー』がとある田舎町で殺されるなんてことが。

 

 

 * * *

 

 

 十数年前、カロスにはまだフラダリ財団もフラダリラボもまだ無かった。いや、正確にはあったのかもしれないが今現在知られているような大企業では無かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()なんてものはまだ無かったのだ。

 

 だからこそ、ミアレシティから外へ出た旅行者を誰も捕捉することができなかった。

 ましてその中に異能トレーナーが混じっていたなんて誰も気づかなかった。

 そのトレーナー自身、カロス地方に来て最初に見たのがミアレシティだったせいで知らなかったのだろう。

 ミアレシティの外……旧来のカロス文明を未だに残し続ける田舎において『異能者』がどういう存在なのか、ということを。

 

 好景気に沸いたカロスだったからこそ、それを見落としていた。

 

 かつてカロスに根付いていた悍ましい『悪習』を。

 

 近代化の波は古い文明を駆逐し、新しい文明をもたらした。

 新しい文明は国際化の波を飲みこみ、開かれた世界を生み出した。

 

 『異能者』もまた人より少し変わった力が使えるだけの『人』でしかない。

 

 そんな思想が当たり前のように広がっていたのだ。

 だから彼らは『古い時代』を忘れていた。

 否、正確には理解してしなかったのだ。

 

 発展し続けるミアレと共に生まれ、育ってきた彼らには、発展に取り残された田舎に残された『旧時代の遺物』のような文明に染まった人間が存在するなんて、思いもよらなかったのだ。

 

 結果として、悲劇は起こった。

 

 『異端』の思想を残したカロスのとある田舎町で他地方からの旅行者である『異能トレーナー』が殺された。

 それはカロス全土を揺るがす大きな事件だった。

 

 

 ―――とは言え。

 

 

「あれが無かったら、私なんて生まれてすぐに殺されてたかもしれないわね」

 

 シキが生まれたのはその事件の数年後だった。

 結果としてだがその事件を契機として『旧カロス文明』は少しずつだがカロスから駆逐されていくことになる。

 『異端審問』や『魔女狩り』なんて思想が未だに田舎のほうには残っている、という驚愕の事実をカロスの中央で文明開化を果たした中央の人間たちはようやく認識したのだ。

 その後、『テレビ』の普及によって田舎のほうの地域にも中央の情報や他の地方の話題が流入し、近代化の波は徐々に広がっていった。

 

 恐らくあと二年か三年、生まれるのが早ければシキは実の親に殺されていただろうし、遅ければシキは今でも生家で産みの親と共に過ごしていたかもしれない。

 本当に僅かな差だったのだ。事件のせいで『異能者の人権尊重』の風潮が蔓延するのと旧来から続く『異端の排斥』の思想の均衡が崩れたのは。

 

「まあその結果が今だっていうなら……それも悪くなかったんでしょうね」

 

 それにいくら言葉を重ねても所詮は『IF(もしも)』の話でしかないのだから。

 

 とにもかくにも、事件を契機としてカロス内での地域ごとの『格差』の是正をすべきだ、という意見が挙がった。

 そしてフラダリ財団というカロスの中央から末端まで全てに手を届かせんと言わんばかりの超巨大企業の登場によりその波はさらに広がった。

 そして『ホロライブキャスター』というフラダリラボの技術の粋によって作られた最新鋭の携帯機器によって『カロスは狭まった』。

 

 今ではカロスのどこに行っても『ホロライブキャスター』によって常に繋がりを保つことが容易になり、他者からも位置を捕捉することができ、足取りを追うことも簡単になった。

 カロス中に人の目が行き届くようになったのだ。

 

 こうしてかつてカロスを騒がせた旧来の悪習は消え去った……。

 

 

「となれば良かったのにね」

 

 

 一人呟き、苦笑する。

 いや、本当のところ笑えない事態ではあるのだが、笑うしかないというべきか。

 

 数年前、カロスで『とある団体』が生まれた。

 

 ―――異能者の、異能者による、異能者のための人権保護団体。

 

 その名を『クオンの会』と言う。

 

 

 * * *

 

 

 例えばの話。

 

 もう決して起こり得ない話。

 

 あったかもしれない可能性の……けれど結局は起こりえないだろう話。

 

 何もしなくてもカロスに蔓延る旧来の『異端排斥』の思想は消えていくだろう。

 結局のところ旧来の思想に縛られた人間というのは大概高齢者だ。

 このまま世代交代を重ねて行けば近代思想……否、最早現代思想となった今の時代に適合した人間ばかりが増え、異能者もまた結局人でしかないという当たり前の事実に皆が理解するだろう。

 

 このまま、何もしなければ……いずれ消えていく、最早それはその程度の話でしか無かったのだ。

 

 だが最早その未来はあり得ないのだ。

 

 あり得ない未来となってしまった。

 

 『クオンの会』が生まれてしまったから。

 

 『クオンの会』の理念はシンプルだ。

 

 ―――異能者を守ること。

 

 それだけ聞けば真っ当な人権保護団体のようだが、その内情は悍ましいの一言に尽きる。

 

 異能者を守る、裏返せば『異能者以外はどうでも良い』と言っており、そしてその通りに行動する。

 彼らには社会的規範やルールなど何も関係無いのだ。

 

『お前たちが規範やルールを無視して異能者を排斥するのだから、自分たちも同様にする』

 

 彼らの言い分は徹頭徹尾これに尽きる。

 こんな思想でしかも『異能者』の集団である。

 はっきり言ってその辺のテロリストよりよほど性質が悪い。

 

 と、まあこんな過激派団体が生まれてしまったせいでカロスでは現在再び一部で『異能者排斥運動』が勃発してしまって社会問題になっていたりする。

 

 シキがカロスを離れてからもうすぐ四年……いや、五年だっただろうか。

 

「寧ろもうこっちのほうが故郷って感じするわね」

 

 毎日毎日穏やかな日々。ホウエンは本当に平和な地方だ。

 少なくとも異能者だから、という理由でこのホウエンで何か問題が起こったことが一度も無いのだから、こちらで過ごすようになってから本当に驚いたのだ。

 そしてホウエンという地を知るにつれて何となくその理由を理解した。

 

 ホウエンは遥か昔から『良くも悪くも』人とポケモンの距離が近いのだ。

 

 伝説のポケモン……グラードンやカイオーガという圧倒的な自然の脅威を知っているからこそ遥か昔より異能者だろうとなんだろうと所詮は『アレに比べれば人の範疇』としか思われていないのだろう。残念ながらカロスの伝説はあそこまで派手に暴れていない。

 さらに言うならば近年にもあったように時折自然の脅威として人里に降りてきたポケモンが人を襲うこともあってホウエンでは人であるとか異能者であるとかそんなことに関係のないただ純粋な『力』が求められる土壌があるのだ。

 

 シキの思い人……ハルトはかつてこの平和な田舎町であるミシロタウンから一歩踏み出しただけでポチエナに襲われてエアに助けられなかったらその時に大怪我……ないし死んでいたかもしれない、そんな経験をしたことがあるらしい。

 

 現代においてすらそんな環境なのだ、このホウエンという地は。

 

 カロスでは都市間の道路整備は都市の発展と共に進められており、末端に地域に至るまできちんと整備された道路が通っている……交通量がどれほどかは別としても。

 まあカロスほど交通整備された地方も少なくはあるのだが、ホウエンほど整備されてない地方も少ない。

 

 ホウエンより酷い地方などそれこそ最近話に聞く『アローラ地方』くらいではないだろうか。

 

 まあそんな理由もあってホウエン地方は異能者には住みやすい地域だ。

 

 正直シキとしてももうホウエンで生きていくことに全く異論はないのだが。

 

 だが。

 

「……未練、というよりはやり残し、かしらね」

 

 それでもこうしてカロス地方の情報を集めているのも結局、いつかはカロスへ『行く』ことになるだろうと決めているからだった。

 

 

 もう何度諦めようと思っても結局胸の内に残った『やり残し』を清算してしまうために。

 

 

 ―――かつて『弟』と呼んだ少年を探しに行くのだ。

 

 

 




というわけで後日談……という名の次回作フラグ。

因みにアンケートでシキちゃんとエアが同数だったけど、ぶっちゃけエアの後日談って本編最終回。
つまり→https://syosetu.org/novel/92269/178.html 

をエアちゃん視点で書いただけのものなのでもうシキちゃんだけでいいかなって。









ここから酷い裏話するので見たくない人はブラバよろしく。

















ぶっちゃけ言います。

今回の内容全部アドリブで書いたので、今勝手にこの世界におけるカロスの歴史が生えてきました(歴史を作る男、水代
カロスの設定と俺が作った設定の整合性を取ろうとしたら勝手にこうなってた。
今回の内容、カロス編のほうには一切考慮してなかったのに勝手にカロス編の内容が深まってるから煮詰め直しだなあ(白目


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いじっぱ! 6Ⅴ! 600族! ドラゴンタイプ! エース/ぬし! つまり役満

 

 自分がこのホウエン地方のチャンピオンとなってから、伝説のポケモンとの戦いに赴く旅へと出るまでには二年の歳月があった。

 この間に何をしていたかというと、リーグチャンピオンの権限をフル活用して伝説の復活をポケモン協会に訴えかけたり、そのために準備をしたり、なのだが平行して新しく加入した仲間の育成も施していた。

 

 リーグを勝ち抜くために初期の六体を優先して育成していたため育成が遅れていたルージュと、チャンピオンロードを抜ける過程で捕獲したアースの二体である。

 

 特にアースはガブリアスという実機でも特に強力な種族のヒトガタであり、6V個体という天賦の才が確約された存在である。

 元より野生の中で磨かれた強さというのを持っていたアースだったが、さすがに6V個体というべきか、トレーナーである自身の手を加えることによってさらにその力を増した。

 

 育てれば育てるほど順応し、実力を増していくその様にちょっと育成が楽しくなったのは否定しないが。

 

「勝負しな、エア!」

 

 どうしてこうなったのか……と考えるが、実際には割と予想できていたことではあった。

 

「良いわよ、どっちが上か教えてあげるわ」

 

 元々ドラゴンタイプ自体が総じてプライドの高い傾向にあり、その中でもガブリアスというのはかなり気性の荒い種族であり、アースはかつてチャンピオンロードの地下に群れていたガブリアスたちの頂点に立つ存在だった。

 

 ありていに言えば『ぬし』となるポケモンだったのだ。

 

 600族、ドラゴンタイプ、性格いじっぱり、6V、ぬしポケモン。

 

 これだけ並べれば最早役満である。

 

 そしてエア……つまりボーマンダという種族もまた相当に荒っぽい種族であり、ガブリアスと同じドラゴンタイプ。

 さらに元が自分のパーティのエース……つまり中核としての自負と誇りを持っている存在だ。

 

 600族、ドラゴンタイプ、性格いじっぱり、6V、エースポケモン。

 

 やっぱりこっちも役満である。

 

 チャンピオンロードで自分はアースを降して捕獲した。

 つまり自身の率いる群れ(パーティ)がアースよりも上である、と示した上での捕獲だったのでアースは今までそのプライドを抑えてはいたが、育成を施し、パーティに加える。

 つまり自身のパーティという名の群れの序列に加わる以上、性質的に『上位者』であるアースが群れの頂点を取ろうとするのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 というわけでこの二匹を同じパーティに入れたなら、衝突するのはある種の必然であった。

 

 強いポケモンを従えれば強いパーティができる、と安易に考えるトレーナーは多い。

 だが強いポケモンというのはそれだけ『格』がある。当然そこにはその格に相応しいだけのプライドというものがあり、そのプライドを抑え込んで統率するためにはトレーナー側の資質が求められる。

 これを勘違いすると、パーティがあっさりと崩壊する。

 挙句に逆上した自分のポケモンに害されることにすらなるのだ。

 

 故にドラゴンタイプというのは非常に危険な存在と言われる。

 

 『ドラゴンつかい』と呼ばれるトレーナーがいるが、そのタイプを専門とするトレーナーが存在するほどに扱いが難しく、間違っても素人が手を出してよいポケモンではないのだ。

 比較的気性が穏やかと言われるヌメラ種ですらしっかりと統率していないと悪意なくトレーナーを殺しかねない事態に発展しかねないのだ。

 まして気性が荒い他のドラゴンの場合、猶更だ。

 

 正直自分だって今から生まれたばかりのドラゴンタイプを育てろと言われるとかなり難儀することは間違いない。

 エアと長年共に過ごしているからこそある程度のノウハウはあるが、それを差し引いてもドラゴンというのは強力で、高慢なのだから。

 

 アースをパーティに加えるか否かというのはある種、かなり重大な問題だった。

 

 6Vガブリアス、そんな能力的には既存のポケモンの中で最強格であることが保証されたポケモン、当然使いたいに決まっている。

 何せ目下仮想敵としているのは伝説のポケモンなのだ。

 実機のようなレベル40の下手したらクリア後に出てくる隠しマップの野生のポケモンより弱いような伝説のはずが無いのだ。

 伝説に語られるだけの力を持つ正真正銘の怪物たちを相手に、戦力はどれだけあっても足りない。

 

 だが自身の……ハルトのパーティというのはトレーナーとポケモンの『絆』の力で勝つパーティだ。

 それは単純に自分とポケモンの間だけにある絆だけではない、ポケモン同士の絆もまた必要なのだ。

 

 エアは自らをパーティの中核と自負している。

 けれど同時にエアは他の五匹を対等の存在だと思っている。

 パーティという一つの力を構成するための要素の一つ。

 エースという敵を倒すための役割が自身であり、けれど同時にそれ以外の役割は他の五匹が担っていることをエアは理解し、信頼して任せている。

 

 だからこそエアは()()()()()()()()()()()足り得るのだ。

 

 アースはそれを理解していない。

 否、正しく言えばアースの在り方はエアとはまた異なるものである。

 

 アースのパーティの在り方は自らを頂点に置くトップ態勢。

 自らこそが最強であり、自らこそが絶対であり、だからこそ自らが矢面に立って仲間を守る。

 その在り方は決して悪い物ではない。ただ自分のパーティとかみ合わないだけで。

 

 例えばエース一点積みのバトンパならアースのやり方は決して悪いものではない。

 エースに全て積みあげて、エースが全抜きを目指すスタイル、これはある種アースの理想とするあり方なのかもしれない。

 

 だが自身のパーティはそうではないのだ。

 

 俺が最後に頼るのはエース(エア)かもしれない。

 けれどだからと言って最後までエースを勿体ぶって温存するようなそんなパーティではないのだ。

 

 先手で暴れて仲間に後を託して倒れる。

 

 そういうのも一つの在り方なのだ。

 エアならやってくれる、俺がそう言えば、そう指示すれば、エアは分かった、と言って頷く。

 そこには信頼がある、俺への信頼。そして自分が散々暴れ回って後を楽にしておけば、後のことは仲間たちがやってくれるという仲間への信頼。

 

 それは今のアースには無いものだった。

 

 

 * * *

 

 

 “しゅくち”

 

 マッハポケモンの名の通り、強烈な蹴り脚で一瞬で間を詰める。

 同時に振り上げた短刀を眼前へと迫ったエアへと振り下ろす。

 

 “ファントムキラー”

 

「甘い、のよ!」

 

 ぱしん、と滑らせるように片手で払われ、軌道を変えられた一撃は少女から逸れ。

 

 “らせんきどう”

 

 どん、と振り上げられた足で腹を蹴られて詰めた距離を僅かに開けられる。

 けれどそれだけで十分とばかりにエアが後方へと飛び退り、さらに距離を開いて。

 

 “スカイスキン”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 虚空を蹴り飛ばしながら加速、さらに蹴って加速、加速、加速、加速!!

 捻じれの回転を加え、弾丸のような速度で開いた間を詰めながら体ごとの衝突に跳ね飛ばされる。

 

「ぐっ! がああああああ!」

「喧しいわよ!」

 

 “じしん”

 

 ふわり、と一瞬浮かび上がり、振り下ろされた両の足が大地を踏みしめると同時に衝撃が広がり、アースの足元を揺らす。

 よりにも寄ってアースの最も得意とする技で足場を揺らされる、それがエアの挑発だと理解して。

 

「お、ま、えええええええええ!」

 

 “ファントムキラー”

 

「だから、甘いのよ」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 怒りに任せて真正面から突っ込むアースに対して、真上に向かって突き上げた手から放出した圧縮された『ドラゴン』タイプのエネルギーが流星となって降り注ぐ。

 馬鹿正直に真っすぐに突っ込んできていたアースにこれを避ける術はなく……。

 

「な、め、るなああああああああ!」

 

 手にした短刀で降り注ぐ『りゅうせいぐん』を切り払う。

 咄嗟に技を迎撃に回すそのセンスはさすが、と思いながらも迎撃のために止めたアースをエアが見逃すはずもなく。

 

 “らせんきどう”

 

 “スカイスキン”

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 虚空を蹴って加速するエアの姿にアースが気づいたのは、すでに目前まで迫ってきた時だった。

 

「て、め!」

「もう遅いわよ!」

 

 短刀で防ごうとしたアースだったが、迎撃に必要なだけのパワーを集めるより早くエアの一撃がアースに刺さり、アースが吹き飛ぶ。

 地面に二度、三度と激突し、跳ねながら転がるアース。

 さしものタフネスもこれでお終いか、と思われたが……。

 

「まだ……だ!」

 

 全身をふらつかせながら、膝を揺らしながら、それでもアースが立ち上がる。

 

「まだ……やれるよ、アタイは」

「はぁ……しつこいわね、アンタも大概」

 

 エアが嘆息しながらアースを見やり。

 

「馬鹿、言ってんなよ……ふ、ひゃひゃひゃぁ」

 

 笑みを浮かべながらアースがその手に琥珀色をした石を持つ。

 

「こっからが本番だろ」

 

 ―――呟きと共に、石が光を放った。

 

 

 * * *

 

 

「懐かしい話を持ちだすんじゃねえよ、ボス」

 

 少し気まずそうな表情でアースが頬を掻いた。

 自宅にて実家から運んだ荷物の整理をしていた時、ふと昔のアルバムを見つけたので開いたのだが、ちょうどそのページに入っていた写真が、一年半ほど前、エアとアースが戦った時のものだった。

 

「いくらアタイがゲンシカイキしたからって、向こうだけオメガシンカされたらさすがに無理だわ」

 

 というアースの愚痴にも似た言葉の通り、写真にはエアに叩きのめされて目を回して気絶するアースが写っていた。

 

「結果的にあれがあったからアースはうちのパーティに入れても問題なくなっただし、これも良い記念ってやつだよ」

「まあ……それはねえ。タイマンで負けたってなれば、アタイだって認めざるを得ないさ。エアのやつがこのパーティのエースだって」

 

 実際のところ、ひたすらにタイミングの問題だったと思う。

 恐らくリーグ開始前に戦ったらエアですら勝てなかったかもしれない。

 だがリーグを勝ち抜き、数々の強敵と戦い、あのメガメタグロスすらも勝利したことでエアのデータ的には映らない部分での強さというのが磨かれたと思う。

 そのデータ的には見えない部分こそがエアとアースの勝敗を分ける要因だったと思う。

 

「エアがバトルできなくなった以上、アースが俺のパーティのエースになるわけど」

「分かってるさ……アタイはエアじゃない。エアみたいなやり方はできない。だからアタイはアタイのやり方でやらせてもらうさ」

「本当はもうトレーナー業に励む気も無かったんだけどね」

「その結果がこの間のアレだろ?」

「うっ」

 

 この間のあれ……そうあれである。

 シキとの旅行先でうっかり迷い込んだ異空間のアレ。

 

「なんで旅行に出たはずなのに伝説のポケモン連れて帰るのかね、ボス?」

「何でだろうね???」

 

 成り行き、としか言い様がないのだが、自分でもなんであんなことになったのか良く分からない。

 

「アイツのこと、ボスはどうする気なんだい?」

「アイツ……デルタのこと? どうする気も無いよ。アルファやオメガと同じ、問題を起こさないなら特に何か言う気はないよ」

「すげえ光景だよ、家のリビングに伝説のポケモンが三体並んでるのは」

 

 そう言いながら視線をやった先には、居間でソファに寝ころびながらクッションを抱いて寝るオメガ(グラードン)。コタツに入りながら寝転んでテレビを見ているアルファ(カイオーガ)、そしてオボンのみを食べながらコタツでぐでーと伸びているデルタ(レックウザ)

 

「伝説の……ポケモン?」

「平和で良いじゃん」

「なんつうか、デルタは思ったよりあれだったね」

「ああ、うん……まあ今まで気を張ってたせいか、反動でだらけてるみたいだね」

 

 ふーん、と特に興味も無さそうにアースが視線を彷徨わせて。

 

「ぶっちゃけ、戦力って意味ならこの家過剰じゃね?」

「言うな」

「いや、実際あの三体いればホウエンくらい軽く滅ぼせるよな?」

「滅ぼせるけど、それ言っちゃダメなやつ」

「ま、良いけど」

 

 呟きながらアースが立ち上がる。

 

「どっか行くの?」

「ちょっと体動かしてくる……あいつらがいるかって、アタイが弱くて良いなんて理由は無いしね」

「お前はそういうとこストイックだよなあ」

 

 そんな自分の言葉にアースがふっと笑い。

 

「アタイだって、失くしたくないと思う物があるのさ」

 

 呟きながら真っすぐとこちらを見つめるアースの視線にたじろぐ。

 

「な、何?」

「いや……ただ、もう勝手にいなくならないでくれよ、ボス。アンタは間違いなく、アタイのトレーナーなんだから」

 

 それがこの間の旅行の時の件を言っているのだと理解し、思わず頭を掻いた。

 

「事故だったんだよ。ホントもう許してくれよ。エアとルージュからも怒られたし、シアとイナズマからは本気で心配されたし、シャルは泣くし、チークが真顔で見てくるし、リップルは監視でもするみたいにこっちの一挙手一投足じっと見てるし、サクラは引っ付いて離れないし、アクアからは窘められるし」

「そんだけみんな心配したんだよ」

「アースも?」

 

 思わず問うてしまったその言葉に、アースがむっと顔をしかめ。

 

「当たり前だろ、ボス」

 

 呟いたその言葉は不機嫌そうではあったが。

 

「……そっか」

 

 何だか嬉しくなってしまったのは仕方のないことだろう。

 

 

 

 



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ファミリー イン ファミリア

 

 

 ミシロの近くの森にはかつてゾロアの保護区があった。

 ホウエンのポケモン研究の第一人者であるオダマキ博士の力を借りて作られたこの区画はけれど作られてから二年で廃止されることになる。

 元を正せば親たちから逸れてしまったゾロアの群れを親元へと返すために行われた行為であり、その目的を果たしたのだから仕方ない話だ。

 

 かつてゾロアの時に群れを逸れ、その時ゾロアたちの群れを率いたルージュとしてはそのことを多少寂しくも思いながらもけれどゾロアたちがかつての群れに合流したことにほっと一安心と言ったところ。

 

 問題があるとすれば、元よりヒトガタという才覚に溢れるゾロアだったルージュがハルトというトレーナーの手によって育成され野生のポケモンとしては破格と言えるだけの強さを持ったことで群れのパワーバランスが崩れてしまったことだろうか。

 

 元より逸れたゾロアたちをまとめていたほどに面倒見の良いルージュだったが、今いる群れの『ぬし』を押しのけてまでその座を座りたいだなんて思ってはいなかったのになまじ強くなり過ぎてしまっただけになし崩し的にゾロアークまで含めた群れ全体の『ぬし』となってしまったのはルージュ自身やや不本意なことだった。

 

 とは言え面倒見の良い性格のためそれを否とは言えないのもまた難儀な話である。

 

 元より野生環境とは弱肉強食な世界だ。

 

 強い者が群れの上に立てばそれだけ群れ全体の安全性も守られる。

 故に強い『ぬし』を群れが求めるのは自然な流れと言えた。

 

 それでも、と思ってしまうのはミシロに……人の世界にかつてのトレーナーと自身の弟がいるからなのだろう。

 

 否、かつて、なんては言ったがそもそも未だにルージュのトレーナーはハルトのままだ。

 野生環境に身を置いてはいるが、ハルトの元にある空のボールには未だルージュのデータが登録されている。

 つまりルージュは人の世界の理で語るならば野生ポケモンではないのだ。

 

 だから普段は群れと共に暮らし、群れの『ぬし』として群れを率い。

 時折人里にやってきて自らのトレーナーや他のトレーナーの手持ちとなった弟に会いに行く。

 そんなトレーナーの手持ちと野生の『ぬし』の二足の草鞋を履いているのが今のルージュの状況だった。

 

 別にそこに不満はない。

 それなりに充実した日々ではある。

 

 ただ。

 

「さて、このままで良いのかしらね」

 

 時折そんなことを思う。

 そしてそんな思いを抱くのは大概の場合、会うたびに目まぐるしく忙しない自身のトレーナーの元に赴いた時だ。

 

 自身のトレーナーが何か目的があって動いていることは知っている。

 詳しくは知らないが、ルージュからすればハルトの印象というのは随分と生き急いだ人間だった。

 まだ幼い……ポケモンの自分たちから見てもまだ幼いとしか言い様の無い年齢でまるで憑りつかれたかのように毎日毎日何がしかやっている。

 

 もっとゆっくり生きれば良いのに、と思わなくもない。

 というか実際に言ったことだってある。

 それを言う度に反省したような顔をしながら、けれど何一つとして変えようとはしない。

 一体何をそんなに焦っているのか、ルージュには分からないが、けれど一つだけ言えることがある。

 

 ルージュにとってハルトという少年は恩人である。

 

 かつて群れから逸れて森を彷徨っていた自分たちの群れのために保護区を作ってくれるように働きかけてくれた。

 人間に襲われ無理矢理捕まえられそうになったルージュと弟を助けてくれた。

 野生環境の中でも生き残るために力をルージュにくれた。

 

 ハルトがいなければ果たして今自分はここにいることができたかどうか分からないと言えるくらい、ルージュがハルトに受けた恩は大きい。

 

 だから、もしハルトが自分の力が必要だと言うのならばいつだって貸してやりたい。

 元よりルージュはハルトの仲間なのだから。

 けれど何もかもを放り出すにはルージュの負ったものは大きすぎるのだ。

 

「どうしたものかしらね」

 

 そんな風に悩むルージュの元に一匹のゾロアークがやってきたのはその一月後の話だった。

 

 

 * * *

 

 

「久しぶり」

 

 そう告げて玄関先に立っていたのは群れ戻ったかつての手持ちの一匹、ルージュだった。

 

「ルージュ、久しぶりだね。何だか最近ご無沙汰だったけど、何かあったの?」

「ええ、まあ端的に言っちゃうと……群れを抜けてきたの」

「……は?」

 

 端的というか単刀直入というか、ほとんど前置きもおかずに告げられた言葉に一瞬思考が止まる。

 

「え、え、いや、待って?! え、なんで?」

「何ができるか知らないけど、アンタの力になってやろうと思ったから」

「……いや、でも群れは?」

「うん、まあそれがさ」

 

 曰く、先代の群れの『ぬし』が変わってくれることになったらしい。

 

「なんでまた」

「ま、細かいことは良いのよ。そういうわけでまた今日からよろしく」

「……うん。まあ良く分からないけど、また一緒に頼むよ、ルージュ」

 

 どうして突然、という気持ちは拭えない。

 けれどルージュが再び一緒に暮らすということに否やはない。

 まあ一つ言うならば。

 

「ぎゃあああああああああ?! ね、姉ちゃん、最近来ないと思ったのになんでまたいるんだよ!」

「あ、ハルくん、やっほー」

「やっほー、ハルちゃん。これからフィールドワーク?」

「そうそう、ノワールが進化してくれてすっかり頼もしくなったからいつもよりちょっと奥まで行ってみようかなって」

「ノワールがね……」

「今日からまたお隣さんだねえ、馬鹿弟。嬉しいだろ?」

「ぎゃああ、こんな暴力姉嫌だ、あたたたたた、痛い、痛い、ギブ、ギブだから」

「今何か雑音が聞こえたなあ??? ねえ、ノワール?」

「う、嬉しい、いたっ、嬉しいですううううううう」

「そうかい、そうかい……そんなに喜んでくれて私も嬉しいわ」

この暴力女……

「何か言ったぁ?」

「いたあああ、な、何も、何も言ってませんんんん」

 

 なんというか相変わらずの姉弟である。

 ノワールも進化して随分と強くなったというのに、どうあっても姉には敵わないらしい。

 

「仲良いよね、ルージュちゃんとノワール」

「そうだねえ」

「全然良くない!」

「え~何か言ったぁ~?」

「言ってません~! ボクたちとても仲良し!!!」

 

 思わずハルカちゃんと顔を合わせて笑ってしまった。

 

 

 * * *

 

 

「あれももう二年近く前の話か……早いもんだね」

「いきなりルージュが戻ってきたからびっくりしたよ」

「戻って……か」

 

 ハルトの口から出た言葉に、苦笑してしまう。

 元が野生のゾロア、それがトレーナーの手持ちとなって、また野生に戻った。

 言うなれば野生こそがルージュにとって本来の姿のはずなのに、ハルトは自分たちの元へとやってくることを『戻る』と表現するのだ。

 その意味を考えるとなんだかくすぐったい気持ちを覚える。

 

 ルージュはハルトが好きだ。

 

 けれどそれはポケモンとしてトレーナーに向ける感情の一つであり、エアたちのそれとは全く異なる感情だ。けれどその好き中にはノワールに向けたものと同じような感情を持っており。

 

 ―――まあ、何だかんだでそう言う事なんだろうね。

 

 ゾロアやゾロアークたちの群れはルージュにとって『群れ』という一つの集団だったように。

 ノワールやハルトたちはルージュにとって『家族』という一つの括りなのだ。

 群れの『ぬし』として群れを大切にしていたのと同じように、ノワールやハルトたちを心配し、大切に思っていたのも『家族』として当然の感情なのだと、今になって気づく。

 

 多分こういう感情は普通のポケモンならば抱かないのだろう。

 

 ポケモンは人と同等の情緒がある生物ではあるが、けれど人とは異なる生き方をしている存在でもあるのだ。人類の隣人という言葉は、だからこそ人類とは異なる存在であるという区別でもある。

 けれどヒトガタはポケモンでありながら、極めて人と類似した姿を取った存在だ。

 姿形が似ればそれだけ心持も似てくるのだろう、だからこそそういう感情を持つこともある。

 

 誤解の無いように何度も言っておくが、ルージュのこの感情はエアたちの抱く感情とは異なるものだ。

 ノワール……あの馬鹿な弟相手に抱く感情と同じと言っている時点でそれは自明の理だ。

 

 名づけるなら家族愛、とでも言うべきか。

 

 シンプルに言えば『幸せになって欲しい』そう願う感情だ。

 

 ずっとハルトが何か焦っていることを知っていた。

 今となってはそれがあのホウエンに巣食っていた怪物たちに纏わることなのだと分かるが、去年ハルトたちとホウエンを旅するまでその理由も知らなかったわけで。

 

 だから力になりと思っていた。

 

 ハルトは紛れもない恩人だったから。

 

 困っているなら力になりたい、助けてあげたい。

 そういう感情は紛れもなくルージュの中にあった。

 けれどそれは結局のところ、大本の願いの先にあった物に過ぎないのだ。

 

 ルージュの根本は『自分がハルトにもらった分だけ、ハルトにも返したい』というものだ。

 

 ルージュは今の自分に満足している。

 仲間のゾロアはみんな助けることができた。

 無事群れのゾロアークとは合流できたし、一匹として欠けることなくゾロアたちだけで二年という月日を過ごすことができた。

 弟は自ら仲間になりたいと願うトレーナーを見つけ、今はそのトレーナーの元で幸せに暮らしている。

 弟のトレーナーは自分のトレーナーと同じ、ポケモンを大切にしてくれる人であり、彼女の元でなら弟はもう大丈夫だろうと思える。

 

 そしてルージュ自身もまたハルトに仲間として、家族の一員として多くの幸福を貰った。

 ゾロアだった自分がハルトの元で過ごした二年の歳月は何よりも楽しかった。

 

 ルージュはハルトからたくさんのものを貰った。けれどそんなハルトはいつだって必死だった。

 

 ―――この人を幸せにしたい。

 

 自分がかつてそうしてもらったように。

 もしハルトが孤独だったなら、ルージュは自らハルトに寄り添い、結果的にエアたちと同じような感情を抱いていたかもしれない。

 けれどハルトの傍にはいつだってハルトを大切に思う仲間たちがいた。

 

 この人はちゃんと幸せになれる人なのだ。

 

 直感的にそう思った。

 恐らく今ハルトを悩ませている問題、それさえ解決してしまえばハルトはちゃんと幸せになれる。

 ならばルージュがすべきことはエアたちと同じ感情を抱いてハルトを抱きしめることではない。

 それはエアたちに任せて、ハルトが立ち向かう困難に共に戦ってやることなのだ、と。

 

 まあその結果がホウエンを襲う災厄との戦いのわけだが。

 

 それでもハルトは災厄との戦いを乗り越えた。

 困難を乗り越え、エアたちと心を通わせ、さあこれから幸せになるぞ、と。

 まるで物語のハッピーエンドを迎えたかのようなハルトを見ていると、ルージュは自らの役割が終わったのだと知る。

 

 自らのトレーナーは、自らの恩人は、自らの大切な家族はもう自分たちで幸福を掴み取れる。

 

 だからと言って別にルージュがハルトから離れるというわけではないが。

 

 それはそれとして、約束は果たすべきだろう、とは思っている。

 

 だからこそ、今日、こうしてハルトと共にゾロアークたちの群れの元へとやってきたのだから。

 

 

 * * *

 

 

「やりたいことがあるならば、迷わずやるべきだ」

 

 ゾロアークたちの群れの先代の『ぬし』はかつてルージュに向かってそう告げた。

 二年近く前、まだルージュが群れの『ぬし』だった頃。

 突然ルージュの元にやってきた先代がルージュにそう告げた。

 

「俺たちの不甲斐なさのせいで、お前には苦労をかけた。戻って来てからも群れの早急な安定のために『ぬし』となってもらった。だがもう大丈夫だ。俺たちだけで群れを守っていける。だからお前が為したいことがあるならやれば良い。俺たちのことを気にする必要はない。お前はもうこの群れに出来うる限りのことをやってくれた。これ以上は俺たち自身がやるべきことだ」

 

 だから、と先代は言う。

 

「行きたいのだろう?」

「何でそんなこと……」

「分かるさ。自分の子供のことくらい」

 

 不意に先代……父が笑った。

 

「俺はこの群れを守るために戦うと決めてこの場所にいる。だから生涯ここを離れるつもりはない。だがお前はただ俺の娘だからというだけの理由でここにいるに過ぎないんだ。それでもお前は群れのために十分なことをしてくれた。逸れた子供たちを纏め、人と語り合い、再びこの群れまで戻って来てくれた。群れの安定のために『ぬし』となって矢面立って戦ってくれた。もう十分だ、十分過ぎる」

 

 そんな父の言葉に逡巡し。

 

「本当に、良いんだね?」

「構わん。元よりアイツだってトレーナーの手持ちとなって好きに生きているんだ、お前がこれ以上この群れに縛られることはない」

「別に縛られるつもりは……」

「だが群れを心配してやりたいことができないんだろう。お前にそんな我慢をさせることは俺たちの本意ではない、ということだ」

「…………」

「まあ強いて言うなら、偶には里帰りしなさい。皆、お前を歓迎してくれる」

「……分かったよ。いつになるかは分からないけど、やることやったら一度報告に来るさ。その後のことは……まあその時決めるよ」

「そうか、ならまあ……待ってるよ」

「ああ」

 

 ふっと笑い、一つ頷いて。

 

「約束だよ」

 



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温泉で温まるとアルコールの巡りが早くなる(個人差はあります

 

 この世界において成人とは『十歳』からと法律で規定されている。

 正確には地方ごとに微妙に異なるのだが、一番早くて十歳、遅くとも十二歳くらいには成人認定されるので、二十歳で成人とされていた前世よりも随分と早いことには変わり無い。

 

 ただしこの場合の成人とは『社会的に庇護されること無く独立しても許される年齢』であって前世での成人とは少しばかり意味あいが変わる。

 簡単に言うと、この世界において成人するまでは親など保護者に子供への保護監督義務があるのだが、成人することによってこれが無くなる。

 

 もっと分かりやすく言うと、トレーナーになって旅に出たり、ジムに挑戦したりという『本人の意思に寄る決定』に保護者の同意が必要無くなるのだ。

 勿論これはトレーナーにだけ適用されるようなものではなく、小学校卒業からそのまま進学したり、或いは何らかの企業に就職したり、そういう法令上における個人の独立を認めることである。

 

 ただ実際のところ、成人したからと言ってすぐに家を出て独立できるか、と言われると余りそう言う事は無い。成人したての十歳の子供がいきなり就労できるか、と言われればまあ無理だろうし、当然の話である。

 

 故にこの世界ではポケモントレーナーとなって旅をする子供が多くなる。

 

 それまで何をするにも保護者の同意が必要だった立場から一転して、自らが何もかも決められる立場になるのだ。

 そうなると何でもかんでも自分で決めたくなるのが子供というもので、そんな子供が親の目から離れるとなると地方を旅するのが一番手っ取り早い。

 この辺りのトレーナーになるための敷居の低さ、みたいなのが今ちょっとした問題になってたりするのだが、それはまあおいておいて。

 

 前世と違ってこの世界において『成人』とはそういう社会的に立場、或いは権利を保障する類のものであって、それ以上のものではない。

 何が言いたいかというと、成人であるということはイコールで大人である、ということにはならないのだ。

 

 例えば飲酒、或いは喫煙。

 

 現代日本で二十歳未満におけるそれらの行為を禁止されていたように、この世界においても大人になるまでは制限がされている。成人だから、なんて理由では解禁されないのだ、それは。

 ただしこの大人の基準というのも地方ごとに違ってきてややこしい話ではあるのだが、それ以上にこれらの法律はあくまで『人間』を対象とした法律であり、ポケモンに関してはそれらの法律が存在しない。

 

 故にタマゴから産まれたばかりのポケモンに酒を飲ませたとしてそれが何か法に反するかと言われると別にそんなことはないのだ。

 

 ただ同時にトレーナーには手持ちのポケモンの監督義務が存在するので、酔ってポケモンが暴れて被害が出たらそれはトレーナーが負うべき責任となる。

 

 なのでうっかり伝説のポケモンが酒に酔って海底火山を噴火させたり、陸地に勝手に川を一本増やしたりするとそれで怒られるのは俺なのだ。

 

 ―――なので、この一言も止む無しである。

 

「お前ら、今後一切禁酒」

「うぁー」

「うぼぁー」

「何ともまあ」

 

 呆れたようなデルタを前に、リップルとアクアが片づけ忘れたらしい酒を間違えて飲んでしまった二体の伝説のポケモンはアルコールにやられたような青い表情で言葉にもならないうめき声をあげていた。

 

「それからリップルとアクアは後で話があるからな」

「う”ぇ”っ!?」

「ぬわっ?!」

 

 あ、やべえ、みたいな表情しながら遠くからこちらを伺っていた二人が顔を引きつらせる。

 そもそもこいつらがしっかりと管理していれば良かっただけの話なので、当然である。

 

「デルタ、悪いけどこいつら布団に投げといてくれるか」

「ああ、分った」

 

 やれやれ、と嘆息しながら二体の伝説の襟元を掴んで引きずっていくホウエン三体目の伝説。

 平和な光景だなあ、と思うのだがさっき酔った勢いで二体の伝説がとんでもないことやらかしてくれたので実情的には全く平和では無かった。

 

 

 * * *

 

 

 温泉というのは素晴らしい文化だと思う。

 

 遥か昔、まだ野生環境にいた頃のアクア……ラグラージには『風呂』という文化が無かった。

 まあ野生のポケモンだから、とかそれ以前にラグラージは『みず』タイプのポケモンだ。

 その生息域は基本的に水辺ではあるが、下流寄りになる。

 進化前のミズゴロウやヌマクローは生態の一部として『泥』を必要とする。泥というのは川に流された小石や砂が流れている内にさらに細かく削られて出来上がるものなので、必然的に流れの下のほう、つまり下流域に出来上がる。必然的にラグラージたちの住処というのもそちらに寄るのだ。

 

 逆に温泉というのは火山が必要になるので山の周囲に出来上がるものだ、故にミズゴロウとして生き、ヌマクローへと進化し、ラグラージへと至るまで一度たりとも見かけることも無くその存在すら知らなかった。

 というか『みず』ポケモンは基本的に水温に適した生態をしている、つまり水の冷たさには比較的強いので水をわざわざ温めるという発想が無かった。

 

 そもそもホウエンは比較的南のほうの地方であり、一年を通して温暖な気候が続く。

 さすがに冬にもなれば寒さも感じるが、基本的に水温も高く言うなればプールで遊んでいるような心地よさがあるのだ。

 

 だからアクアがハルトの手持ちになって風呂という文化を知った時、何でわざわざそんなことを、という疑問が出てきたのは当然のこと。

 けれど一度その文化に浸ってみれば最早抜け出すことなどできるはずも無かった。

 

 あの伝説と称される、自身よりもさらに過去より生き続けるポケモンたちを見て思うのは、長く野生に生きるポケモンほど文明に浸ると『ハマる』のではないか、ということだった。

 

 ポケモンとは人と同レベルの感受性と情緒を持った生物だ。

 故に人間が長い時の中で研鑽し続けてきた『娯楽』という名の文化は、その長い時を生き続けてきたポケモンたちにとってまるで麻薬か何かのように一瞬で浸透した。

 

 あの大海の王が、それと同列に語られる大地の化身が、これほどまでに平和を甘受するなど、誰が予想できるのだ。

 

「カイオーガ、か」

 

 かつて戦った強大な敵の名。

 今となっては同じトレーナーに、同じパーティ……群れに属する仲間となったポケモンの名。

 

「大したものよ……」

 

 本当に、真実、心底そう思う。

 かつてアクアは、まだラグラージだった頃の自分は荒れ狂う大海の王に戦いを挑み、完膚なきまでに敗北し、氷漬けにされた。

 間違いなくアクアは当時の……ゲンシの時代と呼ばれていたあの時代のホウエンで最強格のポケモンだったと自負する。

 

 海で荒れ狂うゲンシの時代のギャラドスの群れと戦いその親玉を水底にまで沈めてやったこともあった。

 陸からやってきた狂暴な一匹狼気質のバシャーモを叩きのめし、空より襲いかかる巨大なボーマンダの頭を砂浜に埋めてやったこともあった。

 

 今と違い、ポケモン同士の野生環境での戦いがさらに過酷だった当時においてすら、アクアは最強だった。

 

 けれどそれは結局、同じ規格の生物の中では、という言葉が付く程度のものでしか無かった。

 

 カイオーガと当時の人間たちに名付けられた海の怪物を相手にけれどアクアは敗北した。完敗した、一分言い訳の余地も無く負けた。圧倒的な力の差を思い知らされた。

 

 そうしてアクアはあの海底洞窟の中で長い時を過ごした。

 

「そうして目が覚めれば、またやつと戦うことになるとは、何とも不思議なものよな」

 

 ―――手を貸してくれ、お前が必要だ。

 

 そうして差し伸べられた手を取ったその時から、ゲンシの時代より眠っていたはずのラグラージはアクアという名のハルトの手持ちとなり、カイオーガと戦うことになり、打ち勝つ。

 

「本当に、大したものよ」

 

 あの時の自分にできなかったことをハルトは成し遂げた。

 あのゲンシの時代に、今よりも強大なポケモンが多く存在していたあの時代に、アクアたちが力を結集し、それでも一蹴した存在をかつてより平和な時代で、かつてより少ない数で見事倒したのだ。

 最早帰る場所も無い身ではあるが、けれど真実ハルトを自身のトレーナーとして認めたのは間違いなくあの瞬間だっただろう。

 

 元よりそうプライドの高い性格ではない、と自分では思っているがそれでも元は野生のポケモンで、多くの『みず』ポケモンたちの群れの長だった身なのだ。

 洞窟の中で助けられた時、利害が一致したし、自身にも劣ることのない強大なポケモンたちを率いるハルトに従えられることを一時認めはしたが、それでも容易く頭を垂れるつもりは無かった。

 

「まあそれも今は昔のことよ」

 

 今の自分はハルトという長を頂く群れの一員であり、トレーナーという人の社会におけるポケモンのエキスパートの下についた仲間であり、この大きなねぐらの家族の一人でしかない。

 最早自分たちが全力で生きてた時代は当の過去。その頃の因縁をどうこう言ったところで後の祭り。

 元より野生の中で生きていたのだ、カイオーガとのことも敵意はあっても恨みはない。そのカイオーガとの決着もついた以上、最早それを引きずることも無い。

 

「何より今は温泉で酒が美味い」

 

 危うくハルトに没収されそうになったのを必死に謝って取り返した徳利にたっぷりと注がれた白く濁る『いのちのしずく』をお猪口に注ぎ、一気に飲み干す。

 

「くはあ~、やはり濁り酒は冷酒が一番よなあ」

 

 温泉で体を温め、酒で冷やす。

 何とも矛盾した話、けれどそれが何とも言えない贅沢なのだ。

 

「リップルのやつはしばらくこれまい。しからば、一人で楽しむとさせてもらおうか、カカカ」

 

 自分たちのやらかしに対しての説教が終わった後も余罪があったらしいリップルはハルトに引きずられてさらに追加で『話し合い』をしているようだったので、先に一人で楽しませてもらっていた。

 

 基本的にこの家で酒を嗜むのはリップルとアクアだけなので、その関係でリップルとは仲良くやっているのだが、自分たちのトレーナーであるハルトがまだ子供、それに他の面子に関しても外見的に幼かったり、酒に弱かったりで余り大っぴらに飲むのも悪いと普段からちびりちびりとしてか飲んでいないのだが、今年の正月からハルトから人目のないところでなら多少はハメを外しても良い、との許可が出たのでこうして温泉に浸かりながら飲むのがそれ以来の楽しみとなっている。

 

 毎日ダラダラしながら自宅で温泉に浸かり、こうして一献。

 一人で飲む酒も良いが、リップルと他愛無い話をしながら互いの杯を酌み交わし合うのもまた良い。

 

 平和で、平穏で、退廃的な日常。

 

「なんとも贅沢よな」

 

 ゲンシの時代という今よりもずっと争いごとに絶えない時代に、物騒極まりない野生環境で群れを守ってきたアクアだからこそ、この一時がどれだけ貴重で、贅沢なものかが分かる。

 そしてそれは自分のトレーナーであるハルトが必死になって守ろうとし、アクアを含めたらハルトの仲間たちが命を賭けて勝ち取ったものなのだ。

 

「本当に、大したものよ」

 

 今日三度目となる台詞に苦笑する。

 けれど何度言っても言い足りない。大半の人間は分かっていないのだ、あの伝説に語られる怪物たちを鎮め、空の龍神を調伏させた自身がトレーナーの行いの偉大さを。

 一つ間違えれば今この瞬間に世界が終わっていてもおかしくないほどの事態を、けれど見事に解決してみせた。そう思えば、何度だって言い足りなくなる。

 

 なんてことを考えながらまた一献、とお猪口に手を伸ばして。

 

 がらり、と風呂場の入口が開く。

 視線を上げればやってきたのは幾分憔悴したリップルの姿。

 

「お勤めご苦労じゃったな」

「ホントだよー。ハルトってば、説教が長いんだよー」

 

 珍しくちょっと元気のない顔、だがすぐに笑みを浮かべて手に持った大皿を見せつけた。

 

「おぉ!? もしやそれは」

「ぬふふー。シアに言っておつまみになりそうなものもらってきたから、一緒に飲もうよー」

「良いぞ良いぞ、ほれ、こっちに来い一緒に飲み直しじゃ」

「ぬふふふ~」

 

 ちょいちょいとリップルを手招きしながら湯に浮かべた盆にひっくり返したもう一つのお猪口を手に取り、徳利の中身を注ぐ。

 

「ほれ、お主も飲め飲め」

「ぬふふふふー、それも良いんだけどー」

 

 楽しそうに笑みを浮かべるリップルが大皿とは反対の手に持ったそれを見せてくる。

 いつも飲んでいる清酒や濁酒の入った白い瓶とは違う、中身が良く分からない黒い瓶とガラスコップ。

 

「今日はこっちもどうかなー?」

「なんじゃそれは」

「まあまあ、ちょっと飲んでみてー」

 

 そう言ってコップに黒い瓶の中身を注いでいくと、黄金色の液体が並々と注がれ、さらにシュワシュワと音を立てながら白い泡の層が出来上がる。

 

「なんじゃこれは、珍妙な……だが酒の匂いがするな」

 

 リップルに渡されたコップを口元まで近づけ、匂いを嗅げばいつもの酒とは違った香りを感じる。

 だがアルコールであることは確かなようで、酒なのは間違いなく、少し首を傾げながら口を付ければ。

 

「ん~! うまああああい!」

 

 口の中に感じる豊かな風味とすっきりとした後味、そして喉を通り抜ける清涼感。

 いつも飲む酒とは全く別の味わいながら、けれど非常に美味であることは確かだった。

 

「にひひひ、パパさんが良く飲んでるやつらしいよ、この間ハルトと一緒に実家に戻った時に少し飲ませてもらったんだー。ビールっていう種類らしいね」

「なんとまあ、これは止まらんなあ!」

 

 喉越しが良いせいで、いくらでも飲める気がすると、がばがば飲んでいき、どこからともなくリップルが追加を持ってきて。

 そうしてリップルと二人で初めて飲む酒を痛飲して、後々ハルトに大目玉食らったのは……まあ当然の成り行きだったかもしれない。

 

 

 




アルコールに速攻屈する糞雑魚伝説。
多分カイオーガとかアルコールの海に沈めれば簡単に勝てそうな気がする(

裏設定みたいなものだけど、ホウエンってモチーフが九州なので酒に関しては基本的に日本酒系、或いは焼酎みたいなのが多い(という設定)です。
あとサツマイモとかいっぱいありそうだし、芋焼酎もきっとあるよ。

でもパパさん(センリさん)ってなんとなくビールとか飲んでそうなイメージある。




因みにリップルとかアクアって酒飲みなのに、今までビール知らなかったの? と思われるかもしれないが、そもそもリップルたちが酒飲み始めたのここ二年くらいのことだし、大前提として二匹ともポケモンなので人間社会の酒のことなんて詳しくない。


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伝説のポケモンの伝説……的なお茶の間

 

 

「あっつくなってきたねえ」

 

 そんなことをごちる青の少女は涼し気な衣服の胸元をはためかせながら団扇で風を送る。

 季節は五月。春が訪れ、やがて夏へと至る途中の季節。

 ホウエンは比較的南側の地方なので一年を通して温暖な気候が続く。

 だからシンオウやガラルなどの北のほうの地方と比べて夏の到来が早かった。

 

「そうかぁ? ニンゲンじゃあるまいし、オレは別に気にならねーけどな」

 

 だらんとダラしなく寝転がりながら首を傾げる赤の少女はかなり着込んでいるにも関わらず一向に暑そうな様子は見せなかった。

 

「ずず……はぁ、茶が美味い」

 

 青の少女と机を挟んで対面に正座する緑の少女は手に持った湯呑の茶を啜り、ほっと一息漏らす。

 

 春が過ぎ、夏にも差し掛かろうとする季節。

 トレーナーであるハルトは暑くなってきたと丈の短い服を着だしていたが、実際のところこの場にいるポケモンたちからすればこの程度の温度差など大したものではない。

 

 夏だろうが冬だろうが海を泳ぐカイオーガ……アルファからすれば地上の温度など誤差に等しいし。

 マグマの中だろうと気にせず闊歩できるほどの分厚い表皮を持つグラードン……オメガからすれば肌で感じる温度差など気にも留めない程度のものだ。

 そして超高々度の空を自在に飛び回るレックウザ……デルタからすれば氷点下にも届かない寒さも二千度に達しない程度の熱もさしたる問題にはならない。

 

 つまりアルファが団扇で扇いでいるのだって半ばポーズのようなものだ。

 暑いと口に出してはいても、実際にはそれを苦にしているわけではない。ただ周りの人間たちがそう口にして団扇で扇ぐのを見かけるからそれを真似してみただけ、というそれだけの話。

 

 もしかするとそれはアルファなりの人の世界に溶け込むための手腕なのかもしれない、本当のところはアルファ本人にしか分からないことではあるが……。

 

「すっかり馴染みやがったな、てめえ」

 

 少し呆れたような感情を滲ませながらオメガがデルタを見やる。

 オメガだって言えたことではないと自覚はしているが、この龍神は数千年と空の上で人に交わること無く生きてきた生粋のハグレモノだ。

 それもオメガやアルファと互角以上に戦える正真正銘の化け物、それがニンゲンの住処で呑気に茶を啜っている光景を見ると、違和感が酷い。

 

 否。

 

 違和感がないことが違和感だ、とでも言うべきか。

 

 まあなんてことはない。

 

 結局のところ、アルファも、オメガも、デルタも、誰もかれも似た者同士だった、それだけの話なのだ。

 

 

 * * *

 

 

 デルタが人の世界に触れるようになってから早くも二カ月以上の時が流れていた。

 

 空の上でただ人の営みを見ていただけとは比べ物にならないほどの多くの文化に、元より文明とは離れて生きていたデルタだけにミシロのような田舎町ですら目を回すほどの文明の波に飲まれていた。

 

 デルタたちのような超越種は人の形を取ることができる。

 

 それはこの世界にそういう法則が存在するからに他ならないわけだが、どれだけ人の形を取ろうとその本質は超越種という名の怪物である。

 故にデルタにとって人の文化に混じって生活することは酷く不慣れなことであり、当初窮屈さすら感じていた。

 

 けれど同時に自分が『大勢の中の一人』になれた気がするのも確かだった。

 圧倒的な『個』だったデルタにとってそれは酷く斬新、かつ新鮮な体験だった。

 

「お前たち、趣味というのはあるのか?」

 

 ゆったりとした時間の中、ふとデルタが呟いたその一言。

 畳の敷かれた寛ぎのスペースで綺麗な姿勢で正座する龍神の言葉に、対面に座っていたアルファも、すっかりお気に入りになったクッションを抱いて寝転がるオメガも一様に首を傾げた。

 

「趣味?」

「何だ? 急にどうした」

「なに、主から趣味でも見つけたらどうだ、と言われた故な。とは言え、私のような存在が人の世界で何ができるのかというのもある」

 

 そんな龍神の言葉に、両者があーと納得したような声を挙げる。

 当然だろう、この場にいる三者共にその指先一つで天災を引き起こすことすら可能な、世界の理を超越してしまった存在なのだから。

 

 何ができる、と言われれば大抵のことはできる、というか出来過ぎてしまう。

 やろうと思えばできる、つまりわざわざ努力するほどのことでも無い。

 故に特別やりたい、と思えるようなことが余り無いのだ。

 

「うーん、趣味かあ。海を泳ぐのは気持ちいいけど、あれって趣味なのかなあ」

 

 アルファことカイオーガはそもそもの生息地が海であるが故に、それを趣味と呼ぶのか首を傾げるところだった。

 

「オレは寝ることだな……」

「キミの場合はそのクッションがあれば何でも良いんじゃないの?」

「そんなことも無いことも無いぞ」

「アハハ、やっぱそうじゃん」

 

 オメガは基本的に常に家でゴロゴロとしている。

 人をダメにするクッション、とかいうのがお気に入りらしく、常に片手にクッションを抱いて、手放すことが滅多にない。

 

「あ、そう言えばあったよ、趣味」

「ああ、そう言えばあったな、趣味」

 

 しばらく考え込んでいた両者だったが、ふと顔を上げて。

 

「温泉だね」

「温泉だな」

 

 声を揃えた。

 

 

 ハルトの自宅には温泉が引かれている。

 いや、正確に言えばフエン温泉に感銘を受けた超越種二匹が本気を出し、アルファ(カイオーガ)が『えんとつやま』からの地下水道を新たに作り出し、オメガ(グラードン)が地熱を呼び起こしてそれを温めるとかいう力業過ぎるほどの力業で作られたプライベートな温泉である。

 

 伝説に語れるポケモンたちが何を、と言いたくなるが普段海を泳ぐことやクッション抱えて寝ることしかしない伝説たちが珍しく本気になった瞬間である。

 

 この件に関してトレーナーであるハルトは呆れ顔で何やってんだこの伝説ども、とぼやいていたが一度温泉に入れば、よくやったこの伝説ども! と良い笑顔で褒めていた。

 

「確かにあれは悪くない」

「でしょ~?」

「だろ???」

 

 そもそもの話、デルタことレックウザは野生の時、地上に寄りつくことが滅多になかった。

 時折休息に地上に降り立つことはあっても、それも何十年に一度あるかないかと言うレベルの話であるし、基本的には常時空の上を飛び続けていた。

 

 空の上から人の生活を眺めたりもしていたこともあるが、それでも詳細に何をやっているのか、なんてのが高度何千、何万の上空から分かるはずも無いし、その知識も無かった。

 故に風呂という文化など当然ハルトにゲットされてから初めて知ったことの一つだ。

 

「熱いだけの水に身を包むことに何の意味が、と思ったが……確かに悪くない」

 

 ハルトはそれを『命の洗濯』なんて評していたが、湯に身を浸しくつろいでいると体中の力が抜けていくような心地よさがある。

 

「ふむ……入りたくなってきたな」

「アタシも~」

「入るか」

 

 この日からデルタの趣味に『温泉』の二文字が追加された。

 

 

 * * *

 

 

「こんな時間に何やってんだ?」

 

 夜。

 皆が寝静まり、空は暗く染まり、星が輝く時間。

 さてこれから寝ようか、と思った矢先に窓の外に見えた人影が気になってやってきてみれば庭で空を見上げて佇むデルタがいた。

 

「ん……ああ、主か」

 

 声をかけられて初めてこちらに気づいた様子で振り向くデルタを内心で珍しいと目を丸くする。

 デルタだけではないが、野生のポケモンというのは気配に敏感だ。デルタなら風の動きを敏感に察知し、周囲で動く存在があればその存在が動く時に揺れる空気の動きを正確に感じ取る。

 そんなデルタが声をかけられるまで気づかなかった、というのはそれだけ気が抜けていたのか、それとも逆に集中していたのか。

 

「空を、見ていた」

「空?」

 

 そんなデルタに釣られて空を見上げる。

 広がるのは暗い夜に光輝く銀月と星屑をちりばめたような光景。

 今日は雲一つない快晴だったお陰か、夜空もまた綺麗なものだった。

 

「不思議な気分だ」

 

 遠い空に手を伸ばし、かざした手の平の隙間からは月光が漏れる。

 

「空が遠いな」

 

 それは高度何千、何万と上空を飛び続けたデルタだからこその感想だったのだろう。

 何せデルタ……レックウザという龍はメガシンカすれば宇宙にさえ飛び出すことができるのだから。

 

「私はここに来るまで、地上を見ることはあっても空を見上げるということをしたことが無かった」

 

 更なる上空へと飛び出そうと上を向くことはあってもそれは進路が上を向いているというだけであって、こうしてじっくりと空を見上げ景色を眺めるという経験はデルタには無かった。

 デルタの関心はいつだって下に向いていた。地上の人々へと向けられていた。故に過去のデルタは自分の飛び回っている空のさらに上を気にしたことが無かった。

 

「こんなにも美しいものだったのだな」

 

 見上げた空はただただ美しかった。

 それは泣きたくなるほどに綺麗で、切なくなるほどに壮大だった。

 ほんの数か月前までの自分はそれに気づかずにわが物顔であの空を飛んでいたのだ。

 何百、何千年と生きてきて、今更にそんなことに気づいたのだ。

 

「なら、これから積み重ねて行けばいいだろ」

「……これから、か」

 

 生物という『規格』を逸脱した超越種に寿命という概念は無い……と言われている。

 実際のところ超越種がどれくらい生きるのかなんて本人たちですら分からないのだから、曖昧になるのは仕方がない。

 そんなこと今までのデルタは気にしたことも無かった。

 ずっと独りであり続けたが故に、時間という概念が酷く曖昧だった。

 

「そうか、これから、か」

 

 たったの二カ月ちょっと、三ヵ月にも満たない……千年以上の時を生きるデルタからすれば刹那のような時間。

 なのに、今まで生きてきた千年以上の時よりも永く感じられたのは。

 

「ああ、それはなんというか……」

 

 この刹那のような時が、これまでの千年より遥かに濃密だから。

 

「楽しそうだな」

 

 だから、こうして笑みを浮かべるのも、未来への期待に胸を膨らませるのも、きっと初めてのことなのだ。

 

 

 * * *

 

 

「ところで、主はエアについていてやらなくても良いのか?」

「あーうん、今日はシアがついててくれるらしいから」

 

 出産予定日が大分近づいたため最近では常に誰かエアの傍に一人いることにしているのだが、今日はシアが一緒にいてくれているためそちらに任せている。

 

「あと一月くらいのことらしいけど……なんていうか、大変なんだね、子供ができるって」

「ふっ、精々励め主。それが父親の役割だろうよ」

「父親、かあ」

 

 そう父親だ。先月、春の初めに誕生日を迎えようやく13歳になったのだが、来月には一児の父。

 

「うーん、常識が壊れる」

 

 実際のところ、ホウエン地方の法律に照らし合わせれば別に何も問題はないのだ。

 十歳で成人になる以上、社会的な権利と責任はすでにある、つまり家庭を持つことに何の問題も無い。

 何だったら明日にでも結婚届だって出せる。

 

 ただ自分の中にある常識的な何かが音を立てて崩れているだけで。

 

 まあそれとて何の意味があるのか、という話。

 ポケモンと契り、子を成した時点でもう常識なんてものは投げ捨てているようなものだ。

 そもそも世界で最も大切な俺の家族のことなのだ、常識に縛られてそれをないがしろにするような真似を他ならない俺がするはずが無い。

 

「人とポケモンが共に生きる時代、か。本当に、不思議なものだ」

「何言ってんだ、その時代の中にお前だっているんだぞ?」

「ああ……そうだな、今は、そうだ」

 

 いつもの仏頂面が珍しく柔らかい笑みを浮かべる。

 ゲットした時から薄々気づいていたが、こいつはとんでも無く寂しがり屋なのに、無意識的に自分から輪を抜けようとする。

 恐らくこれまでずっと孤独だった代償というか、癖のようなものなのだろうが、けれどもう孤独の龍神(レックウザ)ではなく、俺たちの家族(デルタ)なのだ。

 

「何というか、まだ慣れないんだ。私はずっとそうだったから、私の世界に他者はいなかったから。他人というものにまだ慣れない」

「時間ならある。例えお前からすればほんの一時かもしれなくとも、それでもその一時にありったけを詰め込めば良い」

 

 それでもまだどこか寂しそうな表情のデルタに、一つ嘆息してその手を取る。

 

「俺が生きてる間はずっとお前は俺たちの家族だし、俺が死んだって俺の家族たちがお前を独りにしたりしないから。だからそんな寂しそうにするなよ」

 

 

 ―――今度は俺たちがお前を助ける。俺たちはもうお前を独りにしないから

 

 

 約束だ、と手を差し出せば、少しだけ躊躇しながらデルタもまたそっと手を出し。

 

「これは?」

「指切りって言うんだよ。約束の証だ」

 

 互いの小指を絡め合い。

 

「これからも一緒だ、デルタ」

 

 

 ―――だから、今度は一緒に行こう、デルタ。

 

 

「ああ……最後まで、一緒だ」

 

 指切した。

 

 

 




後日談

デルタ「温泉……悪くない。私たちの元の姿でも入れたら良いのだが」
オメガ「ありだな? よし、なら庭にでっかい穴掘るどー!」
ハルト「うわああ、やめろ! 庭が、庭があああ」
アルファ「ナイス提案! よーし、いっぱいお水溜めちゃうぞー!」
ハルト「おま、庭に湖できてるんだけど?!」
オメガ「あとはまあ地熱で適当に沸かして、出来上がりだな」

デルタ・オメガ・アルファ「「「元の姿で飛び込めー!」」」ザパーン

ハルト「大洪水じゃんこれ!!」



みたいなことがあったかもしれないし、無かったかもしれない。



アルファとオメガについてもうちょい掘り下げようと思ってたのに、こいつら特に書くことが無いことに書きながら気づいた。本編でだいたい出してるわ。

因みにだが、この話の時点で5月頭なので先々月くらいにハルトブラザーことユウキくんが生まれてる。そして来月くらいにソラちゃんとアオくんが生まれる。


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趣味人は昔から趣味に生きてる

 

 ポケモン協会とポケモンリーグは色々な地方にあるが、実のところそれぞれ地方ごとに独立した組織だ。

 生活にポケモンが密着したこの世界において、ポケモンとの関係性の一切を取り仕切るポケモン協会という組織は地方統括にも関わる行政機関であり、ポケモン関連の法律というのは全てこのポケモン協会から発布されている。

 

 そんなポケモン協会だが、その活動内容は多岐に渡り、中でもポケモンセンターの運営はポケモンを隣人とする人類にとって非常に重要な役割を持っていると言って過言ではない。

 ポケモンを無料で元気にしてくれるこの施設はポケモン協会直下の多くの地方の各地に点在しており、旅をするトレーナーや町の住む住人たちにとって欠かせないものとなっている。

 

 他にもトレーナー専用の宿泊施設や、通信交換施設などなど、ポケモントレーナーにとって必要な要素を多く詰め込んだ施設ではあるが、その全てを無料で提供するための資金というが実は地方を統治する『地方自治体』が徴収している税金から出ている、という事実を知っている人間は意外と少ない。

 

 このポケモンの世界において『国家』という枠組みは存在しないわけではないのだが、少ない。

 基本的に『地方』ごとに『地方自治体』が存在していて、そこが行政機関となっており、ポケモン協会は一応名目上は『地方自治体』とは別の独立した組織となってはいるが、現代社会においてポケモンを介さない場所というのがかなり限られているため、だいたいどこの地方も半ば合一の組織と化してしまっているのが現状である。

 

 さてそんなポケモン協会の下部組織がポケモンリーグである。

 正確にはポケモン協会の中の『ポケモンバトル専門部署』の名称とでも言うべきか。

 このポケモンリーグなのだが、普通の行政機関として考えるとあまり無いのだがポケモンバトルに関連する『商業』を担っている。

 

 分かりやすく言えば年に一度の地方リーグの開催や、各地における公式大会などの『興行』を一手に引き受けるのがこのポケモンリーグであり、大会ごとのスポンサー集めなどをしてリーグ開催のための金策をしている部署があるのだ。

 

 まあ実質行政機関と化しているポケモン協会ではあるが、確かに名目上は『地方自治体』とは別の独立組織であり、別に商業展開しようが法律的には問題はないのだが、この辺りを一度詳しく調べるとぱっと見だと癒着に見えないことも無い。

 で、この『興行』からの商業展開に関して、最近になってリーグ内で拡大をしようという声が増えていた。

 

 元々ポケモントレーナーとは『地方の戦力』だった。

 

 それは野生のポケモンという自然の脅威がすぐ隣に存在するために必然的にそうならざるを得なかったという話なのだが、人は年々領域の開拓を続け、同時に野生ポケモンたちとの『住み分け』をし、さらには日を追うごとにトレーナーたちの平均的な実力も増している。

 

 要するに自然の脅威度が以前よりも随分と下がっているのだ。

 

 ポケモンの育成論が積み重なり、レベル100のポケモンたちが当たり前のように闊歩する現代のリーグにおいて、エリートトレーナー以外でも高レベルのポケモンを所持することはそう難しいことではなくなった。

 

 と、なると今度は別の問題が出てくる。

 

 過去強いポケモンを従えるトレーナーは一種の才能が必要とされた。

 故に街の防衛戦力などにはエリートトレーナーと呼ばれる優秀なポケモントレーナーたちがあてがわれたわけだが、現在の状況ではそう言った状況においてエリートトレーナーを必要とするまでも無く街の戦力で解決してしまえることが増えた。

 

 となると逆にエリートトレーナーたちの役割が減ってしまう。

 

 以前にも言ったかもしれないが、エリートトレーナーとは『トレーナーとして自活できているトレーナー』を指す言葉だ。

 ポケモンバトルに勝利した際の賞金、または各地で開かれた大会などの賞金、或いはその腕を見込まれてスポンサーが付いたり、もしくは先も言ったように街の防衛戦力に雇われたり。

 とにかくポケモンバトルの腕で金を稼ぎ、トレーナー一本で生きていける人間全般を指す言葉であって、エリートトレーナーという言葉自体は別に職業でも何でもないのだ。

 

 つまり強いポケモンを所持する敷居が下がれば下がるほどエリートトレーナーの収入というものは減っていく。

 結果的に、エリートトレーナーとして生きていくことができる人間は年々減少していくのだ。

 エリートトレーナーとは即ち、リーグで鎬を削る者たちであり、それが減少すればリーグ自体のレベルの低下も招きかねない。

 

 何より最悪なのは、エリートトレーナーとして生きていけなくなったために他地方へと流れていったり、犯罪に手を染めたりすることだ。

 

 故に行き場を失ったエリートトレーナーたちのための受け皿を求められた。

 

 それが『ポケモンバトルの興行化』である。

 

 

 * * *

 

 

「だいたいこんな感じで良いかな?」

「そうだね、後は追々試しながら、と言ったところだと思うよ」

 

 ホウエンの最果て、サイユウシティ。

 ホウエン地方ポケモンリーグの本部が存在する街だ。

 

「しかしまあ、トレーナーを引退したのにまたここに来ることになるとは思わなかったなあ」

「ボクも会社のほうが忙しくて半ば引退したようなものだったんだけどね。けれど確かにこれは近年のポケモンリーグにおけるトレーナー事情を鑑みれば必要なことだと思うよ」

 

 ポケモンリーグ本部の一室で大量の書類が置かれた机を挟んでダイゴを向かい合って座っていたのだが、長時間書類を眺めていたせいか目がチカチカした。

 目頭を押さえ、眉間を揉み解すと硬くなった体をほぐすために伸びをする。

 

「さて、と。今日はもうこれで良いかな? 早く帰りたいんだけど」

「何か用事でも……ああ、そう言えば()()()()()()()()()()()()

 

 ダイゴの言う通り、先月半ばエアが出産した。

 初めての経験におろおろしたりもしたが、母子共に無事生まれ、初めての子育てに家族総員でてんやわんやである。

 子育ての先達こと我らが母上様とパッパにも協力を頼んだわけだが……。

 

『ハルト……大人に、いや、男になったんだな……』

 

 とパッパが遠い目をしていた。

 いや、まあ自分でもさすがに13で二児の父はやべーだろと思わなくも無いのだが。

 

 そう、二児である。

 

 エアの妊娠が発覚した時点では一人の子供しか身ごもっていなかったのだが、その子……『ソラ』と名付けた女の子が生まれた時、気づけばその傍らにポケモンのタマゴがあったのだ。

 理解が追いつかずに思わず三度見してしまったりもしたが、やがてタマゴから生まれたその子を見てそれが『自分とエアの子』であると漠然とだが直感した。

 タマゴから生まれたその子に『アオ』と名を付け、ソラの弟として一緒に育てている。

 

 因みにかくいうパッパたちだが、エアの出産より二月ほど早く母上様が男の子を出産している。

 

 つまり俺の弟となる子である。

 

 『ユウキ』と名付けられたその子はほとんど同じ時期に生まれたこともあって、ソラたちと共に育てられており、そのせいで余計にてんやわんやしている気がする。

 まあとにかくそういうわけで、今現在うちの家族は大忙しなのだ。

 

 『元』とは言え、チャンピオンである故に呼ばれはしたものの、帰れるなら早く帰りたいというのは実情である。

 

「まさかポケモンと人の間に子供ができるなんて、驚きだね」

「まあヒトガタっていうのはそもそもそういうことのために適応した種、らしいよ?」

「聞いたこと無いけれど、どこから発表されたかな?」

「いや、まあ……カミサマかな?」

「何だいそれ?」

 

 不思議そうな表情のダイゴに言葉を濁して曖昧に笑って誤魔化す。

 夢の中でお告げを聞いたなんて言ったところで『は?』という顔をされるのが落ちだろう。

 

「ふむ、それが本当ならコメットもそうなのかな?」

「いや、まあ適応した種ではあっても、本人がそれを望むかどうかはまた別というか。そもそもメタグロスって性別無いじゃん……」

 

 コメット、というのは確かダイゴのエースであるメガメタグロスの名だったはずだ。

 ただヒトガタとなってはいるが、そもそもメタグロスという種自体が性別が無く、メタモンから以外ではタマゴが作れない種なので果たしてヒトガタになったからと言って『できる』のかどうかは不明だ。

 そもそもそのための器官がついているかどうかすら怪しいし。

 

「っと、そろそろ時間かな。じゃ、俺は先に帰るんで」

「ああ、お疲れだったね。また会おう」

「まあ、機会があれば。良かったらうちの子の顔でも見に来てくれ、歓迎する」

「ふふ、今度時間を取ってね」

 

 部屋にかけられた時計を見やればもう結構な時間だった。

 すぐに帰り支度を整え、そんな他愛無い会話をかわしながら部屋を出る。

 

「無性のポケモンのヒトガタかあ」

 

 帰りながら思うのは、先ほど沸いた疑問。

 

 果たして性別なしのポケモンたちがヒトガタになった時、ヒトガタの本来の目的を果たせるのかどうか。

 

「ま、考えても分からんし。それに……そんなのは本人次第だろ」

 

 ヒトガタだからって必ずしもそうならなくてはならないわけでは無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 十年ほど前のことになる。

 

 当時のダイゴはまだ十代半ば。

 十歳を超え、社会的には一人の大人とされてはいるが、実際にはまだまだ子供のダイゴに大企業の仕事が回されてくることはない。

 例えダイゴがどれだけ優秀だろうと、そこには大きな責任が付きまとう以上仕方ないことだ。

 

 とは言え全く関わらない、というのも将来的に会社を継ぐのに問題だろうと文字通り子供のお遣い程度のことを父親であるムクゲから頼まれてホウエン地方の各地へと赴いては()()()()()に趣味である各地の珍しい石集めに精を出していた。

 特に『いしのどうくつ』はダイゴのお気に入りの発掘スポットであり、お遣いの帰りにムロタウンに寄っては『いしのどうくつ』を探索していた。

 

 当時のダイゴはポケモンの所有資格こそ持っていても、正規のトレーナーでは無かった。

 『趣味』のために洞窟や岩場などを探索する時にポケモンの力を借りたり、襲い来る野生のポケモンから身を守るためにポケモンの力を借りることはあっても、基本的にポケモンバトルに興味が無かったのだ。

 

 タマゴから孵した文字通り生まれた時からの付き合いであるココドラのココ……今となってはコドラである彼を連れることはあってもそれ以外のポケモンを所持しておらず、この先も特に必要とする予定は無かった。

 

 そう、だからそれはダイゴにとってまさに人生を変える出会いだった。

 

 

 ダンバルとは元来『自然発生』するポケモンの一種だ。

 タマゴグループ『こうぶつ』に多いのが特徴であり、要するに『性別の無い』ポケモンなのだ。

 この手のポケモンは自然界でタマゴが見つかることはまず無い。

 メタモンを利用して人工的にタマゴを作ることはあっても、他のポケモンのように天然のタマゴが存在しないのだ。

 

 故にこの手のポケモンは他のポケモンたちと異なり、自然発生する、と考えられている。

 

 例えばダンバルならば『細胞全てが磁石でできている』と図鑑に説明されている通り、磁鉄鉱が雷等で強力な磁気を帯びた際に時折生まれるポケモンである、と現在考えられている。

 最もその理論で言うならば磁鉄鉱に強力な磁気を帯びさせれば人工的に作れるのではないか、と考えた学者たちもいるがその目論見は失敗しており、何らかのファクターが足りないとされている。

 この手の研究が各地で行われ、約十年ほど後『ポリゴン』という一つの成果を生み出すのだが、今はまた別の話。

 

 ダンバルはその性質上当然のことながら磁鉄鉱の存在する場所にしか生まれない。

 

 とは言え磁鉄鉱なんて本当にどこにでも落ちているのだが、当たり前だが磁鉄鉱ならなんでも良いというわけではない。

 当時の調査によれば、一定以上のサイズが必要とされるとされており、さらにそこに雷等磁気を帯びるだけの要因が加わる必要がある関係上、ダンバルの生まれる場所というのはある程度限られてくる。

 

 『いしのどうくつ』は知る人ぞ知る、ダンバルの発生地である。

 

 希少性などを鑑みて生息地は保護区に指定されており図鑑の分布などには表記されないし、立ち入ることもできないが『いしのどうくつ』奥地ではダンバルの群れが存在している。

 

 故にソレは群れの中で発生した明確なイレギュラーだった。

 

 ヒトガタ、とそう定義される存在。

 将来的に『コメット』と名付けられることになるヒトガタのダンバルはそんな洞窟の中で生まれた。

 多くのダンバルの中で人の形をしたイレギュラーは他のダンバルたちよりも知能が高く、能力が高く、何よりも意思が強かった。

 本来なら二匹が合体し、磁力で思考を結ぶことで合一の存在たるメタングへと進化するはずの過程で、一方的に相手を支配し、自らの思考を保持したままメタングへと至り、さらなる強さを求めメタグロスへと進化した。

 

 そのダンバルが何よりも異端だったのは『強さ』を求めるその思考だった。

 

 ダンバルやコイルなど『性別の無い』『こうぶつ』グループのポケモンというのは無機質的であり、感情が薄い。ポケモンである以上、一定の情緒を理解はするがそれでも普通のポケモンと比べるとどうしても機械的な印象が否めないのだ。

 

 だがヒトガタという『感情を強く揺さぶられる』形態を得たことで、本来ならば無機質だったその思考が動物的なものに近くなり、野生環境の中で『強さ』を求める『本能』を獲得した。

 

 そんなメタグロスが群れを飛び出し、外の世界を目指したのはある種、当然のことだったのかもしれない。

 

 そうして本来の保護区画から飛び出したメタグロスは偶然『趣味』のために『いしのどうくつ』にやってきた男と出会う。

 

 それはまさに運命を変える出会いであり。

 

 やがて二人はこのホウエンの頂点へと至る。

 

 まあそれはまた別の話なのだが。

 

 

 * * *

 

 

「キミもそんなことを思ったりするのかい?」

「馬鹿? アレに影響されるな。一緒にされても不快」

 

 先ほどまで一緒だった少年と少年のエースにして自らのエースのライバルだった少女との関係性を問うてみれば呆れたような視線で一蹴された。

 

「じゃあ質問を変えようか……このままで良いのかい?」

 

 それは明らかに言葉の足りない質問ではあったが、けれど目の前の少女の形をした『ヒトガタ』はそれを当然理解していると言った風に鼻を鳴らした。

 

「構わない」

 

 コメットは強さを求めている。

 

 強さを求めて自らのポケモンとなった。

 

 それは一種の契約のようなものだ。

 

「…………」

「必要ない、とは言わない。けれど、お前以上というのも思いつかない、だから構わない」

 

 ツワブキダイゴにとってこれからの人生はデボンコーポレーションという自らが継ぐ巨大企業を背負うためのものだ。

 ポケモントレーナーにしてかつてのホウエンチャンピオンとしてのダイゴはもうお終いと言っても良い。

 故に、の発言ではあったが、けれどあまりにもあっさりとしたその答えに苦笑するしかない。

 

「そうかい……ならこれからもよろしく頼むよ、相棒」

 

 それは男女のそれというにはあまりにも色が無い。

 同じヒトガタでもダイゴを負かしたあの少年とそのエースと比べれば違い過ぎてはいる。

 

 けれど―――。

 

「……。当然のことを言うな、相棒」

 

 人とポケモンの関係の一つとして、これ以上ない正解であることも間違いは無かった。

 

 




いや、こう……ダイゴさんとコメットってどうにもそっち関係を連想しづらいというか、このくらいの距離感のほうが作者的にはしっくりくるかなあって。


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めっちゃ今更過ぎるキャラ紹介①

そういやガラルドールズのほうではキャラ画像作ったの貼ってるけど、こっちだとやってなかったなあ、ということでちょっと書いてみた。

使用させていただいたメーカーのリンク
https://picrew.me/image_maker/516657



注意点

使用できる素材などが限られているので、上のメーカーで使える素材の中で『作者の思うキャラ』っぽく作っただけです。なので本編で描写した内容で違ったりする。
あと年齢みたいな部分が弄れないので、一部幼女が少女になってたりするけど、そこはご了承ください。多分何年後かにはこうなるんだよ、みたいな姿。


 

「お?」

 

 ある日のこと。

 実家のほうで倉庫の整理をするから手伝ってほしいと両親に頼まれて戻ってきた実家(徒歩2分半)。

 庭にある倉庫を開いて中に積み上がった段ボールを開いていくと何だか色々なものがあるな、と妙な感心する。

 積み上がった段ボールを持ちだし、庭に広げる。そうして必要な物と不要な物を振り分けていると、段ボールを開いた父さんが突然声を挙げる。

 視線を向ければ、がさごそと段ボールを探る父さんだったが、やがて中から一台のカメラを取り出す。

 

「懐かしいな、これは」

「なにそれ、随分古いカメラだね」

 

 見たところ黒塗りの一眼レフカメラというやつだろうか。少なくとも旅行先によく売ってるような使い捨てのやつじゃなくて、そこそこ大きな良いやつだ。

 

「それに何だか妙に底が大きいね」

 

 普通のカメラより下部分が大きいのが少し気になったのだが、そんな俺の問いに答える代わりにと父さんが手早くカメラの調整を行い……。

 

「ほら、ハルト、撮るぞ」

「え、え?」

 

 いきなりそんなことを言われても、状況を飲みこめないままにパシャリ、とカメラが音を立て、そのままカメラの下部から写真が出てくる。

 

「あ、これその場で写真が出てくるやつなんだ」

 

 確かポラロイドカメラ、とか言ったか。

 出てきた写真を見やれば、見事に顔をひきつらせた自分が映っていた。

 

「昔、まだ俺が母さんと結婚してすぐの頃に買ってな。当時は色々と撮ってたんだが、最近はすっかりご無沙汰だったな。どこにやったのかと思っていたがまさか倉庫に仕舞っていたとは」

「写真かあ……良いなあ」

「じゃあお前、使うか?」

「え、良いの?」

 

 渡されたカメラを持ちながら目を丸くする。

 何だか懐かしそうだったので、てっきりまた使いだすのかと思っていたのだが。

 

「ユウキが生まれた後にもっと良いやつ買ったからな」

「さすが」

 

 因みにユウキというのは俺の弟の名である。

 つい三、四カ月ほど前に生まれたばかりの男の子。

 

「子供の成長記録ってのは親にとっての一生の宝だ。ハルト、お前の写真もいっぱいあるぞ」

「そうだっけ……? あんま覚えてないかなあ」

 

 五歳の時にジョウト地方からホウエン地方のミシロタウンに引っ越してきて、そこから色々あったせいでジョウトにいた頃の記憶というのはあやふやだった。

 まだ幼かった、というのもあるだろうが……何よりも。

 

「まだエアたちがいなかった頃だからなあ」

 

 エアたちとはこっちに来て()()した故に、五歳以前はアサギシティでのんびり暮らしていた印象しか無かった。

 

「子供の成長記録は親にとっての一生の宝、かあ」

 

 まあ父さんも多分そのつもりで渡したんだろうな、と両手で抱えたカメラを見やりながらそんなことを呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「というわけでソラ、お父さんだぞー」

「何やってんの、ハルト」

 

 母親の手に抱かれてすやすやと眠る娘を見て、目尻を下げる俺をエアが半眼で見つめる。

 うちには女手が多いのでみんな交代で赤子の世話をしてくれるのだが、それでもやはり最終的には母親が一番落ち着くらしく、エアに抱かれている時のソラはいつも安心しきっていた。

 

「子供の写真でも撮ってやればって、父さんにカメラもらったんだけど、いっそ家族みんなのアルバムでも作ろうかなって考えてる最中」

 

 すやすやと眠る娘に絶好のシャッターチャンスとパチパチと撮影する。

 そのたびに次々と出てくる写真を集めながら、もう一人の子を探す。

 

「アオは?」

「あそこ」

 

 そういってエアの指す方を見れば布団の山にダイブして埋もれたまま眠る子が一人。

 

「またやってんの?」

「まあしようがないわよ、私だって多少理解できるし」

 

 すやすやと眠るもう一人の子がソラの弟のアオ。

 まだ赤ん坊のソラはともかく、アオは生まれた時から五歳か六歳くらいの少年の姿だった。

 真っ青な髪に赤い瞳の中性的な顔立ちの子で、誰が見たってエアにそっくりな子供だ。

 ただ以前も言ったが、エアが直接産んだわけではなく、ソラが生まれた時に傍にあったタマゴから生まれた子であり、つまるところ『ポケモン』である。

 

 念のためにオダマキ博士に頼んで調べてもらったのだが、一応『ヒトガタ』の『ボーマンダ』ということになるらしい。

 そう、ボーマンダ。タツベイとかコモルーすっ飛ばしていきなりボーマンダである。

 これが人のポケモンの間にできた子供だからそうなのか、はたまた『ヒトガタ』であることが影響しているのか、それともエアの『体質』が問題だったのか。

 何故そうなったのかさっぱりではあるが、とにかくアオは生まれた時から『ボーマンダ』という完成された存在として生まれてきた。

 

 で、問題なのだが、昔のエアで分かる通り、本来ボーマンダというのは例え『ヒトガタ』であって空を自在に飛べるポケモンであり、何よりも空を飛ぶことが好きな種族だ。

 

 なのだが、アオは未だに空を飛ぶことができない。

 

 エアが見るに、まだ自分の体を上手く動かせていないのだろうと。

 産まれたばかりの心の幼さが原因で本来のスペックが発揮できないらしく、これから時を得れば自然と心も成長するし、体の使い方も覚えていくだろう、とのこと。

 

 ただし先も言ったがボーマンダという種族は空を飛ぶことを夢に見ている、なんて図鑑説明に書かれるくらいに空を飛ぶことが好きな種族だ。

 なので『飛びたくても飛べない』という現状はストレスが溜まるらしい。

 故にそのストレスを発散させようとするのだが、ボーマンダの進化前のタツベイが同じようなストレスを抱えるらしく、そのストレスを硬い頭で周囲のもの頭突きで当たって発散するらしい。

 さすが元を辿れば同じ種族というか、精神の幼さから進化前の影響が出ているのか、アオもまた同じように物に頭を打ちつけて当たろうとする癖がある。

 

 人の形をしているとは言え、ポケモンなので早々怪我することも無いのだろうけれど、家の物が壊れるし、傍から見ていて怪我しそうでハラハラするのでアオのために布団を積み上げたのだ。

 幸い親である自分とエアのことは分かるらしいので、普段は止めろと言えば止める。ただそれを止めても結局ストレスが溜まるだけなので、頭を打ち付けるなら積み上げた布団にやれ、と言ってあるのだ。

 

 ストレス発散するのにも結構体力を消費するのか、それともまだ幼いから体力が無いのかは分からないが、最近は布団に向かって頭突きをしているとそのうち電池が切れたようにそのまま布団に突っ伏して寝ている。

 

「またデルタに頼まないとね」

「そうね……」

 

 エアはもう本質はともかく体質的には人間と変わりないので空を飛ぶという行為ができなくなっている。正確に言えばポケモンとしての力が発揮できなくなった、というべきか。

 故に今この家の住人で空を飛べるのはサクラとデルタだけになる。

 ただ、サクラのそれに関しては風が感じられないという理由で好みではないらしく、もっぱら子供たちの散歩をデルタに頼んでいた。

 アオも……それからソラもデルタに連れられて空の散歩をした後は機嫌が良くなる。

 

「エアの子だよね、完全に」

「アオは……まあ種族的な部分もあるんだろうけど、ソラに関してはどうなのかしらね」

 

 なんて他愛の無い話をしながら、布団に突っ伏したアオの隣にソラを寝かせる。

 この姉弟は何かシンパシー的な物でもあるのか、引き離すと互いにむずがりだすので寝ている時はだいたい一緒に寝かせている。

 こうして並べているとやはり種族の差でアオのほうが体が大きいのだが、二人とも起きている時は本能的に姉と弟という関係性を理解しているのか、だいたいソラのほうがアオに何か言っている。まだ生後まもない赤子なので言葉にはなっていないが、ソラの言葉にアオが百面相しているので、アオにはソラの言っていることが理解できているのかもしれなかった。

 

「うーん、可愛いな、うちの子」

「親馬鹿」

「だって可愛いじゃん、というわけで一枚記念撮影」

 

 ぱしゃり、と音がして写真が一枚カメラから吐き出される。

 

「アルバム作って、子供たちの写真でいっぱいにしたいねー」

「その前に何人子供作る気よ」

「…………」

「言ってみなさいよ、怒らないから」

「え、エアの写真も撮っておこうかな」

「…………」

「はい、チーズ」

 

 ぱしゃり。

 

「え、エアさん、もう少しこう……にこやかにして欲しいなあって」

「ちゃんと笑ってるじゃない」

「なんかこう……今からお前をぶん殴る、みたいな笑みなんだけど」

「あら、心当たりがあるかしら?」

「あはは~、それじゃ俺はこれで」

「……全くもう」

 

 

 

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 * * *

 

 

 この家の家事全般はシアが一手に引き受けている。

 実家にいた時は母さんと半々でやっていたらしいが、こちらに越してきてからはシアしか家事ができる人間……人間? ポケモンがいなくなってしまったので、もっぱらシアに任せてしまっている。

 とは言え、仲間も増えて俺を入れて十四人……匹? 体? なので、さすがにシア一人だと回らないところもある。なので曜日ごとに担当を決めて一人か二人、シアの手伝いをしている。

 

「今日はどこかなっと」

 

 昼食前だとキッチンにいる場合が多いのだが、すでにキッチンにはまだ湯掻かれていない素麺と付け合わせらしいタマゴやハム、キュウリなどが皿にラップされていたのですでに支度は済ませてあるらしい。

 

「あ、おにぎりみっけ」

 

 綺麗に三角形に握られた白いおにぎりを見つけ、思わず手が伸びそうになるが、思いとどまる。

 

「最近のシアさん怖いからなあ」

 

 ソラやアオが生まれてから、こう教育ママな感じが出てきた気がする。

 そのうち自分の子供が生まれたらどうなるのだろう、と思ったりもする。

 

「自分の子供、なあ」

 

 思わず溜め息。

 エアを見れば分かる通り、多分作ろうとすれば作れてしまう。

 ポケモンであるシアたちからすれば気にならないのかもしれないが、個人的にはまだ早いだろ、とは思う。

 いや、もう二人も子供作っておいて何をと言うかもしれないが。

 でも早かろうが何だろうが作ろうと思えば作れてしまうのだ。

 シアたちがエアを見て羨ましそうにしているのを知っているだけに、何となく気まずくもなる。

 

「まあいつか、ね……いつか」

 

 シアたちのことが好きであるという事実に嘘は無いのだ。

 子供ができればそりゃあ嬉しい。ソラたちの場合、年齢が年齢だけに戸惑いもあったが。

 だからまあいつかは、とは思うのだ。

 

「あれ、ハルトさん?」

 

 そんなことを考えていると、いつの間にかシアがキッチンにやってきていたらしい。

 振り返り、そのまま自然な動作でカメラを構えて。

 

「はい、チーズ」

「え、あ、は、はい!」

 

 戸惑った様子ではあるが、ぎこちなく笑みを浮かべて静止したシアをぱしゃり、とカメラが撮影する。

 出てきた写真を手に取り、その出来に一つ頷く。

 

「良い写真撮れたね」

「え、ありがとうございます。どうしたんですか、それ」

「朝倉庫整理手伝ってたら出て来てね、父さんが折角だからっててくれたんだ」

「そうなんですか」

「これで家族みんなのアルバムとか作りたいなって」

「良いですね」

「というわけでシア、もう一回、両手と胸の前において、はい、ポーズ」

「あ、はい! こんな感じでしょうか」

「良いね良いね、可愛いよ、実にあざとい」

「え」

 

 

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 * * *

 

 

 キッチンを出て、リビングに向かうと机の上で雑誌を広げるシャルがいた。

 

「何見てんの?」

「あ、ハルトさん。えっと、イナズマが貸してくれたファッション雑誌です」

「ふーん、そう言えば今日はお洒落だね」

「あ、あわわ、ありがとうごご、ございます。い、イナズマがくれたんですけど。ど、どうですか」

「良いと思うよ、可愛い可愛い」

「あわわわわわわわ」

 

 相変わらず褒められることに耐性の無い子である。

 あわあわと慌てる表情が可愛かったので一枚ぱしゃり。

 

「あ、あの、あの……えっと、それは一体?」

「ん? 父さんからもらったカメラ」

 

 カメラの下から写真が一枚、うん、良く取れている。

 

「まままま、待って、待って?! い、今のぼ、ボク撮ったの撮られたの?」

「慌てすぎて言葉がまとまってないけど、まあ撮ったね」

「だだだ、ダメ! 今のは、絶対にダメ、だから!」

 

 珍しく語気が強いシャルに目を丸くしながらも、今しがた撮ったばかりの写真を渡す。

 

「え、あ、あの」

「嫌っていうなら無理に残したりしないよ」

「い、いい、嫌というか、というか……そ、その、変な顔、してて、恥ずかしい、です」

「あわあわしてて可愛いと思うんだけどなあ」

「だだだ、ダメ! です、絶対。と、撮るなら、もっとちゃんと……」

 

 別に撮影NGというわけでは無いらしいので、もう一度カメラを構える。

 

「はい、じゃあポーズ撮って」

 

 シャルが立ち上がって、衣服を整える。

 それからカメラに目線を向けて、笑みを作り。

 

「はい、じゃあチーズ」

 

 ぱしゃり。

 

 

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画像だけ一覧


エア

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シア

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シャル

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めっちゃ今更過ぎるキャラ紹介②

 

 

 基本的に俺は手持ちのポケモンたちを家族として扱い、その行動を制限していない。

 まあ最低限のことは守ってもらわなければならないので、野生のポケモンだったルージュ以降の仲間たちには一時ついて回って人の社会での暮らし方なども教えたりしたが、ある程度ついて回って大丈夫だと判断したなら後は本人の自由にさせている。

 

 ただ朝食と夕食だけは全員で食べることを義務づけている。顔合わせ的な意味もあるが、こうしないとシアの家事の負担が大きかったり、後はみんな好き勝手に動いていたら家族としてみんなで過ごす時間が無いからだ。

 俺はこういう時間を大切にする性質なので、仲間たちにもそれに付き合ってもらっている。

 

 ただ昼食だけはみんな朝から用事があったり、午後から忙しくなったりで時間が一致しないことが多く、仕方ないのでシアには手軽に食べれるものを作り置きしてもらって各自で食べるようにしている。

 

「今日は思ったより集まらなかったなあ」

 

 シアがさっさと素麺を茹でる間に食べに来れるやつは全員集めたのだが、先ほどまでいたエアとシャルに加えていつも家でのんべんだらりと過ごしているアルファ、オメガ、デルタの三人しかいなかった。

 

「まあそんなこともあるわよ」

 

 ソラたちを寝かしつけて来たらしいエアが器に山盛りにされた素麺を次々と減らしていくのを見やりながら、付け合わせの紫蘇を少し散らして自分もまた頬張る。

 エアは出産後からまたよく食べるようになった。もうポケモンというよりは人と同じ体なので、昔のように大量に入らないはずなのだがその小さな体のどこに入るのだと言わんばかりの旺盛な食欲は留まることを知らないし、何故か太ることも無い。食べた物は一体どこに消えているのか……謎が多い。

 

「あーだりぃ……」

「飯食うことすら面倒くさがるなよ、オメガ」

 

 未だに箸を使う文化になれないオメガはフォークに素麺を巻き付けて食べている。

 しかも一回一回つけながら食べるのが面倒だと言って素麺の入った器に直接つゆをかける邪道な食べ方である。

 一回器ごと持ち上げて一気飲みしようとしたので頭を叩いて止めたらさすがにそれ以降はしなくなったが、こいつは本当に戦闘以外だと怠惰なやつである。基本的に一日中家でクッション抱いてぐーたらしてる姿しか見かけない。

 時々いなくなったと思った時はだいたい温泉に入り浸っている時だ。温泉の中でもぐでーっと寝ているらしい。よく溺れないものだと思う。

 

「うーん、涼しくてさっぱりしてて良いね、アタシこれ好きかも」

 

 こちらは積極的に箸を使い、こなれた様子でツルツルとした素麺を苦もなく掴み食べている様子だった。

 まあアルファは夏の暑さが好きではないらしいので、こういう涼しい食べ物は好みらしい。

 好きではない、というだけで別に苦にしているわけではない、というのが何とも超越的である。

 

「はふぅ……んぐっ、ん! ん~!」

「はい、水」

「ん~! ぷはぁ、あ、ありがとうございます」

 

 黙々と素麺を啜っていたシャルが喉を詰まらせた様子だったので水の入ったコップを渡す。

 なんとか飲みこめたらしいシャルがほっと安堵の息を吐く。

 

「むう……効くな。だが突き抜ける清涼感が良い」

 

 机の反対側ではデルタがつけ汁にワサビを溶かして素麺を食していた。

 デルタはうちの中でもリップルやアクアに並んで味覚が大人なので、わさびなどの刺激物も割と好みらしい。

 所作というか食べ方が丁寧で、静かであり、他の面々と違って食事中は余り会話はしない性質のようだった。と言っても話しかけられればちゃんと返してくれるのだが。

 

「暑いですしね、こういうひんやりとしたものが美味しい季節です」

「それにしても最近素麺多いね? 確か今週三回目じゃなかったっけ」

「あはは……お母様からお裾分けを頂きまして」

 

 俺の記憶が正しければ二日目と四日前も昼が素麺だったはずだ。

 つまり一日おき、というのはいくらなんでも頻度が高い気がしたのだが、どうやらうちのお母様が大量買いしたやつをくれたらしい。

 

「まあ美味しいから良いんだけどね」

 

 味もシンプルながら、付け合わせで変化をつけれる。しっかりお腹にも溜まるし、暑い夏には良い一品だと思う。なので別に文句があるわけではない。

 

「あ、そうだ……ついでだし、食事風景も一枚撮っておこうかな」

 

 食事の際に避けていたカメラを取りに行き、机を囲んでいる皆をフレームに収め撮れば、ぱしゃり、と音が鳴って写真が一枚吐き出される。

 

「食事中にそんなことして……」

「まあまあシアさん、こういうのも思い出ですよ?」

 

 僅かばかり眦を上げるシアにまあまあ、と誤魔化すように告げてまた食事に戻った。

 

 

 * * *

 

 

「アチキが戻ったヨ!」

「ただいま~」

 

 昼食を終えてリビングでのんびりとしているとチークの騒々しい声とイナズマの控えめな声が聞こえた。

 トテトテと軽い足音が響きながらやがてリビングの扉が開かれてチークが、その後を追うようにしてイナズマが入って来るとこちらを見つけて視線をやる。

 

「今、戻りました」

「おかえり、イナズマ、チークも」

「ニシシ、ただいま、ハルト」

「どこ行ってたの?」

「イナズマと一緒にコトキタウンまで買い物だヨ」

 

 ちらりと背後を見やるチークのその視線を追えば、イナズマが両手に中身の詰まったバッグを持ち運んでいた。

 ここから見る限りでは雑誌類など本が多いように見える。

 

「チーク、本なんて読むの?」

「時々はネ。まあでもアチキは基本的に体を動かしてるほうが好きだから」

「ああ、イナズマの手芸のやつか」

「そそ、後はシアに頼まれた料理の本とか、エアに頼まれた育児本とか、アースが読んでる漫画とか、サクラに上げる絵本とか」

「どうせ出かけるってなるとここぞとばかりにみんな頼んでくるよな」

 

 というかアースのやつ漫画とか読んでるんだ。それは初めて聞いた。

 

「あとまあちょっと帰りに寄り道したり、ネ」

 

 ふふ、と意味深な笑みを浮かべるチークに首を傾げていると、ふと本題を思い出す。

 

「そうだ、チーク、ちょっとそこに立って」

「ん? 何か用さネ」

「写真撮らしてもらうよ、はい、チーズ」

「イェーイ!」

 

 ぱしゃり。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 カメラから吐き出された写真を見れば、先ほどの三人とは違い、戸惑った様子も無くノリノリでポーズを決めるチークの姿が映し出されていた。

 

「あの一瞬できっちりポーズ決めるとは、やるなあ」

「あ、ちょっと待って欲しいナ」

「ん? どしたの?」

「耳つけ忘れてたヨ」

「それ着脱できたの?!」

 

 尚、後からもう一枚撮りました。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 * * *

 

 

 チークの撮影を済ませると、イナズマはもうすでに粗方片づけて早速今日買ったばかりのファッション系の雑誌を机の上に広げているようだった。

 

「今度はこんなの作るの?」

「え、いや、まだ分かりません。今はまだ色々見てる途中なので」

 

 開かれている見開きのページを使って大きく映し出された衣服をじっと見つめるイナズマの真剣な様子に尋ねてみればまた決めかねている様子。

 ふーん、と思いつつしばらくそうしてかぶりつくように見ていたのだが、やがて次のページをめくる。

 今度は季節のコーデ特集だとか、で夏に合わせた薄着衣装のモデルたちが写されていた。

 

「うーん、これは……今度……でも材料が……買いに……」

 

 今ならこっそり写真撮ってもバレないだろうか、と思いながらカメラを構えたところで、リビングの奥、キッチンのほうからシアが両手を交差させて×マークを作るのが見えた。

 すっかり教育ママになったなあ、と思いながらも嘆息してシアの元へと向かう。

 

「これをイナズマに渡してあげてください。それともうすぐ昼食の支度ができるので、チークを呼んできてもらっていいですか?」

「ん、分かったよ」

「あと、いくら家族だって言っても、女の子なんですから、無断で撮っちゃダメですよ?」

「分かった分かった。悪かったって」

 

 これホント、自分の子供ができたらどうなるんだろう。

 迫りくる将来の予感をひしひしと感じながらもシアに渡されたコップを持ってイナズマの元へ戻る。

 未だに視線が本に釘付けなイナズマの元へとコップを置くと、さすがにこちらに気づいたのか視線を上げる。

 

「ほら、それ、シアから」

「ああ……ありがとうございます」

 

 礼を告げてコップに口をつけるイナズマに、思わず首を傾げる。

 

「なんでこの暑い日にホットココア?」

「買い物に行った時にちーちゃんとアイス食べたらお腹が冷えちゃって……」

 

 腹部に手を当てて苦笑するイナズマがまたコップから少しココアを飲み、ほっと息を吐く。

 

「じんわり温まりますね」

「幸せそうだなあ……夏場に熱いココア飲んでこんな幸せそうな顔できるやつなんて早々いないわ」

「あはは……そうですか?」

 

 困ったように笑うイナズマに呆れの声を出しながら、それはさておき、と前置きして。

 

「写真一枚撮らせてくれる?」

「え……? えっと、あ、はい。どうぞ?」

 

 唐突な切り出しに困惑したように俺を見るイナズマだったが、拒否はされなかったので早速カメラを構えて。

 

「はい、チーズ」

 

 ぱしゃり、と音が響いてカメラから写真が飛び出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 * * *

 

 

「あれ、ハルト? どしたの~こんなとこで」

「そろそろ時間だと思ってね、ご苦労様、手続きのほうは大丈夫だった?」

「うん、問題無いよ~」

「そっかそっか」

 

 昼をやや過ぎた頃、玄関を出て待っているとリップルが帰ってきたので出迎える。

 というのも、リップルにはカナズミシティのほうでちょっとした用事を頼んでいたのだ。

 

「助かったよ、これやっとかないとホウエンで研究できないしな」

 

 簡単に言えばポケモン学会……正式名称地方携帯獣学専門教義会に対して、研究の目的と大まかな手法の申請だ。

 カントー地方に『博士号』を取得したが、それだけではポケモン博士となることはできない。

 正確には『自称』ポケモン博士にしかなれない。

 

 各地方で携帯獣学(ポケモン)博士と呼ばれる人たちは皆その地方の携帯獣学教義会に入り、そこで自分たちの研究の成果を認められ『地方携帯獣学博士』という称号を得ることで初めてその地方の『ポケモン博士』と呼ばれる存在になれる。

 

 ありていに言えばタマムシ大学と各地方の携帯獣学専門教義会は別々の組織なのだ。

 

 ただ携帯獣学専門教義会に参加するには高等教育知識を最低限取得していることなどが条件となる。

 タマムシ大学で『博士号』を取得したのは手っ取り早くこれらの条件を満たすためであり、今日までの間にまとめた研究内容を今日リップルに提出しに行ってもらっていた。

 

「ところでそれ何?」

「あー、親父様にもらったカメラ。家族の写真、今撮ってるんだ」

「へー楽しそうだね~」

「リップルも一枚撮るか……そこでポーズ撮ってくれる?」

「ん~こうかなあ?」

「おーいいよー、じゃあそのままそのまま、はい、チーズ」

「にへ~」

 

 リップルが両の指で頬を抑えながら笑みを浮かべて。

 

 ぱしゃり

 

 音と共に撮影が完了する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「何そのポーズ」

「可愛い子アピールしてるの」

「何でだよ……ていうか誰に向かってだよ」

「ハルト」

「ん?」

「だから、ハルトにアピールしてるんだよ~」

「お、おう」

「可愛かった?」

「ま……まあ、良いんじゃないか?」

「にへ~」

「その笑い止めろって」

 

 くすくすと笑うリップルに、揶揄われていることを察して溜め息をつく。

 そんな俺の様子にリップルがまた笑みを浮かべる。

 

「ねえねえ、ハルト」

「今度は何だよ」

「その写真機、使い終わったら私も使っていいかな?」

「え……? あ、ああ、うん、別に構わないぞ?」

 

 さらに揶揄われるのかと身構えた俺に、けれどリップルが告げた言葉は全く違うものだった。

 

「お前、写真になんて興味あったの?」

「んー、さっきまではあんまり無かったんだけどね。でもさ、写真なら『家族として過ごした絆』を目に見える形で残せるかなって」

「ああ、そういうことかあ……そうだな。それはとても大切なことだな」

 

 これから何年経とうと、否、何十年経とうと。

 今日この日に撮った写真はずっとずっと先の未来まで残り続け。

 そしてアルバムに挟んだ写真を見る度に今日という日を思いだせる。

 それはとても素敵なことだと思う。

 

 何よりリップルは俺の仲間たちの中でも『家族』という形に一番拘っている、昔のような焦りはもう無いのだろうが、それでも形を持って残せる『家族の証』を欲するのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「んじゃ、全員分の写真一度取り終わったら、これお前にやるよ」

「良いの?」

「ああ、お前の好きなように使ってくれ。十年先に、二十年先にその日のことをはっきりと思いだせるくらいに、たくさん、たくさん撮ってくれ」

 

 ―――考えてみれば。

 

「それってすごく良いと思わないか?」

 

 そんな問いに、リップルがくすりと微笑みを浮かべ。

 

「うん、すごくすごく良いね!」

 

 嬉しそうに、同意した。

 

 

 




ユキシロ先生、キヴォトスに赴任しました(


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