東方蜘蛛記 (ヒトゲノム)
しおりを挟む

没話
没一話


これは没になった一話になります。
※すいません、投稿をミスったので、投稿し直しました。


気付いたら見知らぬ場所にいた。

よくある小説のようなトラックにひかれただとか、眠って気がついたらだとか、そういったものが一切なく、見知らぬ場所に立っていた。

 

「…………は? 」

 

急に変わった視界に思わずすっとんきょうな声が出る。

 

「来たか」

 

今度はどこからともなく、よく響く低い声が聞こえてくる。

思わず辺りを見渡すが、声を出したと思われるものはどこにもいない見。見渡しても、何もない白い床がどこまでも広がっている。

 

「ど、どなたですか? 」

 

いきなりのことに混乱しつつも何とか声を出す。

 

「私は……神とでも言っておこうか」

 

返事と同時に、突然老人が現れる。

 

「うわあ!? 」

 

思わず声が出て、しりもちをついてしまう。

現れた老人は、白い服を着て、口の周りとあごに豊かに髭を蓄え、目付きは鋭く荘厳な雰囲気がある。

 

「あなたは……? 」

「神だと言ったはずだが? 」

「そんな馬鹿なことが……」

「お前が信じるか信じないかなどどうでもよい。今はもっと重要な事がある」

そう言うと老人は一枚の紙を手渡してきた。呆然として受けとると、そこれは履歴書のように項目と欄が書かれていた。

 

「これは? 」

「お前の新しい書類だ」

「書類? ちょっと待ってくれよ、いったい全体何が起きているんだ!? 」

 

叫ぶように目の前に立つ老人に問いかけると、老人はその鋭い目をこちらに向け、事情を話し始めた。

 

「つまり、あなたのミスで私はなかったことにされたと? 」

 

老人の説明を要約すると、先ほど渡された紙は生きている者の戸籍のようなもので、目の前の老人が俺の紙を間違えて処分してしまったため、自分は元いた世界から消え最初から存在しなかったことになったらしい。思わず怒りで目の前の老人に殴りかかろうとすると、体が硬直し動けなくなった。

 

「お前の怒りは分からなくもない。そこで、次のお前の書類をお前自身でに書かせてやることにした」

そう言うと体の硬直はとけた。

……なんてこった。

 

 

 

 

 

目を覚ますとそこは広い草原だった。周りには少し大きめな湖と、少し離れた所に森がある。

俺はそこでたたずみ、まだ寝ぼけているような頭で先程までの事を整理していた。

 

 

 

 

攻撃を容易く封じられた俺は、大人しく書類の欄を埋めていた。といっても欄は一つしかない。

「種族」。たったこれだけ。

特に考えもせず、前世でそうであった人間と書こうとしたが、すぐに思いとどまった。

なんせ人間はそこまで強い種ではなない。食物連鎖の頂点であるように思えるが、それは文明が発達しているからであり、人間そのものは貧弱だろう。そうなると強い種族とはなにかと考える。やはり、どんな世界に生まれるかによるだろうという考えにいたり、神にどんな世界に生まれるのかと聞くと、

 

「基本的にはお前がいた世界と変わらないが、一つ違うところは妖怪が存在しているということだ。他にはお前の世界には無かった能力等の力がある」

妖怪がいるならば、人間よりも妖怪にした方が良いだろう。何せ妖怪と言えば、人に恐れられるものだ。しかし、「妖怪」といっても一体どんなものにすれば良いのか。暫く悩み、結局蜘蛛の妖怪にした。なんとなく強そうだ。という、安直な理由である。

 

そして、ようやくたった一つの欄を埋めた俺に、神と名乗る老人は言った。

 

「やっとか。随分と悩んでいたようだな。さっさと人間にするものだと思っていたが……蜘蛛とはな。まあ良い、転生を始めよう」

 

その言葉が終わると共に俺の意識は闇へと落ちていった。

 

「では、元人間よ。次に目が覚める時がお前の次の命の始まりだ」

(ちょっと待ってくれ。まだ聞きたいことが……)

 

まだ聞きたい事があったが、気づいたときには口は動かず、そのまま意識を無くしてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
第一話 蜘蛛


漸く新しい第一話を投稿できました。
一話を新しくした理由は、感想で指摘され、一話の出来がかなり酷いと感じたので、もう少しまともな物にしよう、と思ったからです。
少しでも良くなったと感じて貰えたら光栄です。


「う……」

 

目に当たる光を感じて、目が覚めた。

俺は眩しさに手で光を遮ろうとする。

そこで初めて異変に気づいた。

腕が動かない。いや、腕だけではない。足や頭、更には指や間接1つまともに動かない。

唯一動く目で精一杯視界を動かす。

それなりに広い部屋だ。ただ見える範囲には扉どころか、穴1つ見当たらない。

どうやら俺はその部屋の中央にある椅子に座っているようだ。体は手錠のような物で固定されている。

その時、突然椅子が回転した。

それだけでもかなり慌てたが、椅子が半回転した時、更に驚くべき物を見た。

壁一面がガラスになっていて、隣の部屋が見える。

その部屋にそれはいた。

丸っこい体に、八本の脚、おそらく、蜘蛛だろう。しかし、こいつは明らかに巨大だ。確実に人以上の大きさがある。

その蜘蛛は、足と胴体を鎖で縛られ、吊るされていた。死んでいるのだろうか。動く気配は無い。

動かなくとも、その異質な存在は、抑えていた恐怖を溢れさせた。

 

「おい! これは何のつもりだ! さっさと放せ! 」

 

喚き散らしても、返事はない。

代わりに、部屋の電気が消えた。

暗闇で視界が埋め尽くされ、更に恐怖が増してくる。

恐怖に負け、叫ぼうとした時、天井から音がした。

目をこらして見ると、なんとか、天井が開き、何かが降りてきたのが分かった。

ほとんど見えないが、あれが良い物とは到底思えない。

なりふり構わず、必死に拘束を解こうと暴れる。しかし、拘束は全く外れる気配がない。

その間にも、何かは確実に近づいてくる。ゆっくりと近づいてくるのが余計に恐怖を感じさせる。

何かとの距離がかなり狭まってきた。改めてみると、それが何らかの機械であることは分かったが、それが俺に何をするのかは分からない。

もう余裕がない。無我夢中で叫ぶ。

 

「誰か! 誰か居ないのか! 助け──」

 

最後まで言う前に、機械が俺に突き刺さる。

激痛に叫ぶ間もなく、俺は気を失ってしまった。

 

 

 

「──っ! 」

 

目が覚めると共に、違和感を感じる。辺りを見渡しても、闇に包まれ、一寸先もまともに見えない。

 

(ここは……?)

 

目覚めた直後で、完全に覚醒していない頭を働かせ、記憶を探る。

 

(確か、朝起きて、飯くって、それから……どうしたっけか。)

 

目覚めたばかりということを含めても、妙に呆けすぎている。

記憶もかなり曖昧だ。何を思い出そうとしても、ぼんやりとして霧にかかったような感じがする。

とりあえず、基本的な事から考えていく。

 

(えーと、俺は……そう、妖怪だ……妖怪? 俺は人間だろう? いや、人間なわけが――)

 

そこで違和感の正体に気づいた。

体が、頭の後ろにある。それだけではない。手と足の間にもう一対、手足がある。

 

(なんだよこれ…… 。いや、いつも通りか。……いつも通り!? そんなわけが……あるか? ああ、くそっ! どうなってる!)

 

明らかに思考がおかしい。

2つの思考が混じっているような感じだ。

まともに考えることも出来ないなら、記憶に頼る他ない。俺が、人間か、妖怪かをはっきりさせなくてはならない。

 

(……そうだ! 変な椅子にくくりつけられて、それで……それで……俺を見た? そうだ。俺だ! 俺を見た! )

 

そこで漸く思い出した。

そうだ、椅子にくくりつけられて見たあの蜘蛛。あのおぞましい怪物こそが俺だ。間違いない。

確か、その後で妙な機械が突き刺さったはず。それで、何かをされたのだろう。

しかし、俺が妖怪だと言うならば、この人間の記憶は何なのだろうか。

それに、人間の記憶があるだけならともかく、妖怪としての思い出がない。

今度は、妖怪の記憶を探る。

先程はほとんど思い出せなかったが、今度は少しずつ思い出してきた。

 

(俺の名前は……アシダカ。能力は……確か……そうだ。能力の封印。それが俺の能力。使えるか? )

 

試そうとするが、俺の能力は発動が分かりにくい。

諦めて、人間の記憶がある事を考える。

 

(あの機械は何をする物だ? あれのせいで、人間の記憶が移ったのか、それとも人間だった俺が妖怪に乗り移ったか)

 

考えれば、考えるほど分からなくなる。

暫く、俺は悩み続ける他無かった。

 

 

 

あの蜘蛛が動き出した。

実験の成功を見て、ようやく黙り続けていた私は口を開いた。

 

「よく、成功したな。……麻酔係は誰だ? 」

「私です。申し訳ありません。なにぶん、人間に関してのデータはほとんど無く、麻酔もこれが初めてなもので」

 

研究員の一人が私に答える。

 

「では、次は頼むぞ。奴の状態はどうなってる?」

 

別の研究員が答えてくる。

 

「送られてきたデータから見ますと……魂は無事肉体に定着、一応安定しています。しかし、肉体と魂の記憶が混ざっているようです。そのせいで思考が不安定になってます。どうしましょうか。破棄しますか?」

 

部下の問いにためらい無く答える。

 

「被験者を捕らえるのはこれ以上は許可が降りん。このまま、予定通り適当な世界にあれを放して様子を見る。すぐに次を用意しろ」

 

私の言葉に慌ただしく研究員達が各々の仕事に取り掛かる。

こんな辺境の星までわざわざ来て捕らえた貴重な被験者だ。一匹たりとも、無駄には出来ない。

 

 

 

(……何だ?)

 

下から音が聞こえる。この狭い部屋に響き渡る、大きな音だ。

見ると、床が少しずつ開いている。

下に何があるのかは見当もつかないが、どうも嫌な予感がする。

当たってほしくない予感ほど、当たるものだ。

下には何も無かった。この部屋は上空に浮かぶ何かの一部屋だったようだ。

はるか下に地面が見える。目が眩む程の高さだ。

ここまで来れば、次に何が起こるか予想できる。出来れば外れて欲しいが。

そんな願いが聞き入れられるわけも無く、俺を拘束していた鎖は無情にも外れた。

当然、俺の体は重力を無視できず、高速で地面へと向かう。

 

「グオオオオオ!!」

 

咆哮にも聞こえる悲鳴をあげ、俺は真っ逆さまに落下していく。

地面が近づいてくる。このままでは間違いなく死ぬ。いかに強靭なこの妖怪の肉体でも、あの高さから地面に叩きつけられれば、生きていられないだろう。

もう、すぐそこに地面が迫っている。俺は恐怖で目を閉じ、そして――

 

 

そっと目を開ける。目と鼻の先には地面がある。

どうやら、俺は何かにぶら下がっているようだ。

後ろを向いてみると、俺を吊り下げる物は見当たらなかった。いや、よく目を凝らすと、透明な糸のようなものが体に巻き付いている。いつの間に結ばれていたのだろうか? とにかく、そのおかげで俺は無惨な死体になることは無かった。

糸がほどけ、脚が地面を踏みしめる。

そうして漸く出てきた余裕によって、俺は結論を出せた。

俺は元人間の妖怪だ。

疲労を感じて俺は目を閉じた。




没になる第一話は、とりあえず残しておきます。
次話は、また暫くかかってしまうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 力と仲間

感想ありがとうございました!
今回は頑張って長くしました。
これからもばんばん悪いところは言っちゃってください!


目が覚めて、俺は早速自分の姿を確認するために鏡のようになっている湖面をのぞきこんだ。

体は思ったより巨大で1メートルを軽く越えている。黒光りする複数の目、強靭そうな顎、重量のある体、そしてそれを支える八本の足。自分で決めておいてなんだが、ひどく恐ろしい姿だ。人によっては一目見ただけで卒倒するかもしれない。

(まあ、どうせ妖怪というだけで恐れられるだろうし、いいか)

この体ならば、そうそう殺されることは無いだろう。後は何とかして、力の使い方を身に付けるだけだ。

ようやく余裕が出てきた俺は、まだまだぎこちない歩き方で森へと入っていった。

 

 

 

森にはいって数時間、俺は空腹に苦しんでいた。

 

(不味い、このままじゃ餓死しちまう)

 

その時、甲高い悲鳴が近くから聴こえてきた。人間、恐らくは若い女の声だ。よく耳をすますと、獣のうなり声も聞こえてくる。

 

(近いな、行ってみよう)

 

悲鳴のもとにたどり着くと、妖怪に今にも食われそうな少女がいた。

妖怪の姿は熊のような姿をしているが頭部には大きな角が生えていた。

 

(人間か……食えるだろうか)

 

俺が人間を見て真っ先に思ったのは、食えるかどうかという事だった。空腹とはいえ、元人間の考えることとは思えない。

とにかく、もはや空腹は到底我慢できるものではなくなっている。だが、あの人間を食べるにはこの不慣れな体であの熊の妖怪を倒す必要がある。

 

(やれるか? いや、やらなきゃ死ぬだけだ! )

 

空腹であった俺は、あの怪物と戦うという危険な行為を決断する事を戸惑わなかった。直後、俺は声を上げて熊の妖怪へと飛びかる!

 

「キシャアァァァァ! 」

 

自分のものとは思えない、恐ろしい声が口からでる。獲物を追い詰め、気を抜いていたせいで、熊は声に気づき身構えるのが遅れた。その不意をついた俺は飛びかかった勢いで熊を押し倒した。熊は必死で抵抗するが、俺の八本の足がそれを容易に押さえ込む。そのまま俺が顎で熊の頭を思い切り噛むと、熊の頭は簡単にくだけ、熊はしばらく痙攣した後絶命した。

 

「シャアァァァ! 」

 

思わず勝利の喜びが口から漏れ出す。どうやらこの体になって、すっかり精神が変わってしまったようだ。

それから俺は当初の目的であった少女の方を向く。少女は恐怖のせいか、叫ぶことも叶わず、逃げる事もできなかった。

俺はそのまま少女に近付きその頭にかぶりついた。

 

人間を食らったというのに、俺は罪悪感を全く感じていなかった。むしろ満足感を感じている。

 

(すっかり妖怪に染まったかな)

 

一応空腹感は消えたが、恐らくまたすぐに腹が減るだろう。

 

(子供が一人で遠出するとは思えない。近くに人間の集まっている村か何かがあるはずだ)

 

そう考えた俺は、早速行動を始めた。

 

 

森を抜けてようやく目的のものを見つけた俺は、唖然としてたたずむしかなかった。

少し前に食らった少女の服装はどうみても、縄文時代かそこらの格好だった。だが俺が見つけたのは村ではなく、高層ビルが立ち並ぶ大都市だった。

 

(馬鹿な、たった少しの時間でここまで発達したとでもいうのか。……そんな馬鹿な。いや、あれは? )

 

よく見ると、少し離れた所には、まさしく縄文時代のような集落がある。どうやら、文明が発達しているのはあそこだけのようだ。

 

(なぜあそこだけ? 考えられるとすれば……能力か? )

 

そう考えると恐ろしくなる。仮にあれが能力によるものだとすると、能力とは俺が考えていた以上に強力な力であることになる。ならば、この体でも能力を持つ者には簡単に殺されてしまうのではないか。

 

(やばい! 俺に能力はないのか!? )

 

焦って能力を出そうとするが、当然出す方法など知るはずもないし、そもそも自分に能力があるのかも怪しいところだ。

 

(どうする? 誰か、力の使い方なんかを教えてくれるやつを探すか? いや、そんなやつがいるわけが……)

「お前、なにを唸ってるんだ? 」

 

はっとして振り向くと、そこには俺を見下ろす巨大なカマキリがいた。

 

「まさかお前、あそこを襲う気じゃないだろうな」

「いや……」

「止めとけ止めとけ、あそこはやばい奴等がうようよいるぜ。襲うなら向こうの村にしときな」

「やばい奴等? 」

「そうそう、例えば……」

 

そのカマキリは少し考えるように頭部を真横に傾けた。

 

「八意永林……だったかな?なんでも、あの場所があんなになったのはあいつがとんでもない天才だからだとか人間が言ってたのを聞いたぜ」

 

八意永林……一人の天才であそこまでの発展を成し遂げられるとは思えないが……。一応覚えておくか。

 

「何であそこだけあんなに発展してるんだ? 近くにも村があるのに」

「俺もそんな詳しくは知らんが、あそこにいる奴等はほとんど外に出てこないって話だぜ」

 

なるほど、あそこにいる奴等が閉塞的で助かった。もしあの都市の技術が各地に広がっていたら、俺達妖怪はとうに駆逐されていてしまっていただろう。

 

「ところでお前、生まれたばかりか? にしては妖力が多い気がするが」

「ああ、何でわかった? 」

「妖力が垂れ流しになってるからな、生まれてしばらくたてばそうはならない」

「そうか……。なあ、俺に力の使い方を教えてくれないか? 」

「別にかまわないが……」

 

そういうとカマキリは俺をまじまじと見つめてきた。

「そうだな……条件がある」

「条件? 」

「そう。それさえ飲んでくれれば、妖力の使い方を教えてやる」

「その条件ってのは? 」

 

その条件は、思ったより軽いものだった。

 

「俺の仲間になってくれよ」

「仲間だって? なんでそんな」

「軽い条件だと思ってるだろ? でもな、最近はあそこにいる奴等が俺達を絶滅させようとしてるからな。そんな状況で仲間がいるってのは、結構重要なんだよ」

……成る程、確かに一匹でいるよりも仲間がいた方が安全だろう。それならば、この条件は、俺にとっても利益になるはずだ。

 

「わかった、条件を飲もう」

「へへ、だと思ったぜ。そんじゃ、まずは場所を変えるか」

 

そうして、カマキリは俺を森の奥へと案内し、俺はそれについていき森の奥深くへと進んでいった。




感想、アドバイス等よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 総攻撃

アドバイスをしていただいた方、評価してくださった方、ありがとうございます!これからも精進していきたいと思います!


「これ以上、奴等にやられてばかりなのは我慢ならん! 皆の者! 私についてこい! 奴等に地獄を見せてやろうではないか! 」

怒りのこもった演説に賛同する歓声が暗い真夜中の森に響く。その歓声に演説をしている鬼は、満足げな表情を浮かべている。

 

「なあ、俺達はどうするよ? 俺は正直やばい気がするんだが」

「おいおい、ここまで来ておいてそりゃないぜ。ここは参加すべきだって! 」

「そうか? 」

 

現在、俺はカマキリと一緒に妖怪の会議のようなものに来ていた。

力の使い方を習い始めて一週間たち、妖力等の使い方がやっと様になってきた頃、カマキリが俺に言った。

 

「なあなあ。なんか、鬼が妖怪を集めてなんか始めようとしてるらしいぜ」

「鬼が? なんで? 」

「詳しくは知らねえんだけどよ。もう大妖怪が何人も来てるらしいぜ!」

「それは……随分とでかそうな話だな」

「だろ! 俺達も行ってみようぜ! 」

「……まあ、いいか」

「よっしゃ。場所は森の真ん中らへんにある広場だ。さっそく行こうぜ! 」

 

 

俺達を集めた鬼は、頭のてっぺんから角が一本生えている事以外は完全に人間の姿だった。鬼というから、全身が赤かったり、青かったりするやつを想像していたが、別にそんなに恐ろしげには見えない。そいつ以外にも、集まった妖怪達は人間の姿をしているものが以外と多い。なんでも、人の姿をした妖怪は、普通の妖怪より強いらしい。俺にはとても信じられないが、確かに妖力の多い妖怪は人の姿をしたものばかりだ。むしろ怪物のような奴等はほとんどが小妖怪だ。かといって、俺は人間の姿になる気はなかった。普段から人間を襲い、殺している俺はどうしても人間の姿をとるよりも、この化け物の体の方が強いとしか思えなかったのだ。

周囲の妖怪が自分の考えに乗っている事を確かめた鬼は、堂々とした声を響かせた。

 

「皆、やる気があるようで何よりだ! では、総攻撃は一週間後に行う!皆、 準備しておいてくれ! 」

 

そうして、妖怪達は解散していった。

住処へと帰ってきた直後、カマキリが俺に言った。

 

「さあ! 総攻撃に備えて特訓だ! 今まで以上に厳しくいくぞ! 」

 

……行くべきではなかったかもしれないな。

 

 

「どうした! もうばてたのか!? 」

「勘弁してくれ……。いくらなんでも厳しくしすぎじゃないか……? 」

「なにいってんだ! もう一週間もないんだぞ! 」

 

あれから帰ってきた後、俺はカマキリから厳しく特訓を受けていた。

……やはり、行くべきではなかったと考えてしまう。

猛特訓の甲斐があり、何とか一人前に妖力を扱えるようになった。厳しいという範疇を越えていた気がしたが。

このカマキリは、何故か妙に熱くなる事がある。

しかし、妖力を扱えるようになっても、俺は人間だったために、どうしても総攻撃に不安を感じずにはいられなかった。だが、俺ひとりが不安がったところで妖怪達がやめる事などあり得ない。そうなると俺にできるのは、何とか仲間達が頑張ってくれるのを祈るだけだ。

そんな情けない考えのまま総攻撃の日を迎えるのだった。

 

「皆の者! よく集まってきてくれた! では、作戦を説明する! 」

 

鬼と、恐らくはその仲間達が考えたのであろうその作戦は、実に簡単な物だった。自分達の力にものをいわせる単純な一斉突撃である。そんな神風特攻隊のような作戦で、あの都市の近代兵器で完全武装しているであろう軍隊に立ち向かうのかと思うと目眩がした。これでは、仲間達が戦いに勝つのを期待するのはきつそうだ。自分で何とかして生き残るために、何らかの足掻きをしなければならなそうだ。

 

「ふーん、簡単で良いじゃねえか」

 

隣のカマキリは、どうも相手を侮っているようだ。……まあ、こんなに集結した妖怪達が負けるなど想像しがたいものではあるが。とりあえず、カマキリに注意をしておく。

 

「あまり油断するなよ。やばい奴等がいるって言ったのはお前だからな? 」

「はいはい。分かってますって。油断しなけりゃいいんだろ? 」

 

この楽観的な思考の妖怪は本当にちゃんと分かってるのだろうか? いざとなってからでは遅いとゆうのに。

 

「では、皆の者! 総攻撃はそろそろだぞ! 周りの者と組もうと言うものは今のうちに組んでおけ! 」

 

(へえ、何も考えていないと思ったけど、連携をとらせようという事くらいは考えていたのか)

 

おそらく、鬼の仲間であろう妖怪が集まっている妖怪の端の方へとかけていく。同じことを伝えに行ったのだろう。

 

「どうする? 俺達も組むやつを探すか? 」

「そうだな……彼奴なんてどうだ? 」

 

そう言って俺が指差したのはかなり目立つ黄色と黒の色をした巨大な蜂の妖怪だ。

 

「ふむ。まあいいかもな」

 

カマキリも了承し俺達は蜂のもとへと向かい、俺が声をかけた。

 

「なあ、あんた。俺達と組まないか? 」

「お! 俺をご指名とはお目が高い! 伊達にたくさんあるわけじゃないってか! まあこの俺様のあふれでる雰囲気っていうか? そんな強者の感じは隠せるものじゃないっつーことだな! いいぜ! 期待以上の働きをしてやるよ! ここで活躍して、俺様の名を世界中に知らしめてやるぜ! 」

「お、おう。期待してるよ」

 

なかなかに騒がしい蜂だ。しかも自信家、これは我ながら、癖のあるやつを選んだものだ。

 

「ねえ。僕とも組んでくれない? 」

 

その時、横から今度は蜂とは随分と違う、控えめな声で話しかけられた。

 

「うん? 」

「おう! いいぜ! 仲間は多い方がいいしな! 」

 

まだまともに相手を確認すらしていないだろうに、蜂は勝手に返事をしてしまった。

声をかけてきたのは今度は巨大なダンゴムシだった。全身が黒っぽく、甲殻はいかにも頑丈そうだ。

 

「まあ、俺も別に構わないぜ」

 

カマキリも特に異論は無いようで、あっさりと了承する。まあ、俺も別に構わないのだが。

 

「ああ。俺もいいよ。これからよろしくな」

「よろしく」

 

こいつはどうも口数が少ないようだ。蜂とは正反対である。

 

「よし! 皆組んだな! いよいよ運命の時だ! 覚悟を決めてくれ! 」

 

鬼の励ましに、妖怪達が雄叫びで返す。

『ウオオオー!』

 

妖怪達の雄叫びは大地を震わせているように響き渡る。

 

「突撃ー!! 」

 

更に大きな鬼の号令で、妖怪達が都市に向かって我先にと押し寄せる。

戦いの火蓋はきられたようだ。




感想等、お待ちしております。不定期の更新になってしまいますが、ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 敗北

前回の投稿から結構な時間がたってしまいました。
これからも、投稿の間が空いてしまうでしょうが、頑張って続けていきます。


妖怪達の軍勢は、津波のように都市へと押し寄せていく。

俺達はその最後列にいた。妖怪は一丸となって突っ込んでいるので、最前列とは結構距離がある。

 

「おい。このままじゃ乗り遅れるぜ」

「別にいいんだよ。俺達はそんなに速さがあるわけでもないしな」

 

空を飛ぶ蜂はともかく、陸を走る俺達、特にダンゴムシはお世辞にも速いとは言えない。連携をとるためにも、足並みを揃えるべきだろう。

だがヤル気満々のカマキリと蜂はそれが不満のようだ。

 

「だけどよ~。これじゃ俺様の獲物がなくなっちまうよ」

「そう言うな、どうせ最前列にいてもたどり着く前に迎撃されるのが目に見えてる」

 

と、いまいち緊張感に欠ける話をしていた俺達は、すぐに相手をなめきっていたことを思いしることになる。

それに最初に気づいたのは蜂だった。

 

「ん? 」

「どうした? 」

「今、何かがあっちで光っ……」

その言葉が言い終わるよりも早く、俺達の横を光が通り過ぎる。

 

「うわ! 何だよあれ!? 」

 

その光は妖怪達の群れを飲み込み凄まじい轟音を鳴り響かせる。

 

「おい、マジかよ? 」

「嘘だろ? 」

 

光の奔流に飲み込まれた妖怪達は跡形もなく消え去っていた。

 

「おのれ人間め! 皆! あれは近くに行けば撃ってこれぬ! 恐れず突っ込めー! 」

 

鬼の鼓舞に妖怪達は恐れを押さえ込み、突撃を再開する。

 

「また来るぞー!! 」

 

誰のものかもわからぬ叫びに、妖怪達が恐怖に硬直する。だが、あの恐ろしい光の奔流は、妖怪達には届かなかった。

 

「ヌウウウン! 」

 

鬼のうなり声と同時に俺達の前に結界が作られる。結界は、光の奔流を見事に受けきり耐えてみせた。

 

「おお! 」

「さすが大将! 」

 

これにより、妖怪達は勢いを取り戻し、今まで以上の勢いで突撃する。

また都市の方が光る、だが、もはやその驚異は恐れる物ではない。

そう誰もが思っていた。

妖怪達が驚愕の声をあげる。

 

「何! 」

「嘘だろ! 」

「うわああ! 」

 

光の奔流がまた壁にぶつかる。すると、壁に当たった光は、壁を這うように拡散し、壁を越して後ろの方にいた妖怪達へと殺到した。当然、俺達の方にも光のひとつが襲ってくる。

 

「やばい! 」

「避けろー! 」

「無茶言うな! 」

 

慌てる俺達をよそに、ダンゴムシは冷静に対処する。

妖力を放出し、鬼と同じように結界を作る。その結界は俺達を包むように半球の形をしていた。

 

「おお! お前やるじゃねえの! 」

「能力があるから。これくらい余裕」

 

相変わらずの静かな声で、うるさい蜂の賞賛に答える。

 

「能力持ちだったのか。頼もしいな! 」

「誉めても結界しか出せないよ」

「十分さ! 」

 

おかげで、軽口を叩けるくらいには余裕が出てきた。だが、全体としては、厳しい状況だ。とにかく、一刻も早く都市へとなだれ込むしかない。都市内部に侵入すれば、あの砲撃はもうこない。

 

 

そこから、妖怪達が都市内部に侵入するのにはそう時間はかからなかった。しかし、その頃には妖怪の数は半数にまで減少していた。大損害だが、ここまで来ては、もう撤退は出来ない。戦って勝つか、負けて死ぬかだ。

都市を守っていたのは、近未来的な防具で身を固め、銃などで武装した兵士達だった。ここから、ようやく妖怪達は反撃が出来る。どちらにとっても、ここが正念場だ。

 

「うおおお! 」

 

俺達のなかで、真っ先に突っ込んでいったのは蜂だった。兵士に向かって凄まじい速さで突進する。兵士は銃で迎え撃とうとするが、蜂の速さは、兵士に攻撃を許さなかった。

一瞬で距離をつめた蜂の顎が兵士の体を容易く砕く。その光景に、恐らく実戦を経験していないのであろう別の兵士達が恐怖で硬直する。その隙に俺達も接近する。

 

「おらあ! 」

 

カマキリは自身の能力により、自分の鎌を強化する。

能力によって、凶悪な切れ味を持った鎌は、兵士を上下に両断する。

更に俺も負けじと足を使い突きを放つ。突きが直撃した兵士は、後方に吹き飛び、壁に激突して動かなくなった。

その時になり、動き始めた兵士が銃を乱射するが、俺達には届かない。ダンゴムシの結界により、銃弾はすべて弾かれた。その兵士に向かって蜂が妖力で作った針を飛ばす。針が刺さった兵士は、しばらく苦痛で悲鳴をあげていたがやがて動きをとめた。

カマキリの「切り裂く程度の能力」

ダンゴムシの「護る程度の能力」

蜂の「毒を生成する程度の能力」

そして、今は使う必要がないが、俺も特訓のなかで能力を見つけている。

全員が能力持ちだったのは、実に幸運だった。能力のおかげで、敵を圧倒している。

周りでも、妖怪達は身体能力の高さをいかして兵士の数を減らしている。乱戦となっているこの状況で、銃は性能を発揮できず。妖怪達の反撃はどんどん勢いを増していく。

 

「これなら勝てそうだな! 」

「ああ! 最初は不安だったが、案外なんとかなるもんだ! 」

「ははは! 俺様の活躍のおかげだな! 」

 

もはや、妖怪達の勝利は時間の問題。この戦場にいる誰もが思っていているだろう。

その時、都市の中心部から何かが空へと昇っていった。

 

「なんだよ、あれ? 」

「あれは……ロケット? 」

 

空へと昇っているのはロケットだった。

宇宙にでも脱出するつもりなのだろうか。もうこちらからは手が出せない高さまで行ってしまったロケットから、声が響いてきた。

 

「やってくれるな。穢らわしい妖怪どもが。だが、もう貴様らともお別れだ。兵士諸君もよく時間をかせいでくれた。これは礼だ。受け取ってくれ。さあ! 妖怪どもよ、おとなしく、消え去るがいい!! 」

 

声が消えると、ロケットから何かが投下されたのが見えた。俺はその物体と、先程の声の内容について考え、恐ろしい考えに行き着いた。

今までのことから、奴等が技術の流出を快く思っていないのは間違いない。そうなると、放棄した都市をそのままにしておくはずがない。

それに、奴等は妖怪達を強く嫌っている。と、なると俺達を絶滅させたいと考えるのは明らかだ。

置き去りにした兵士達はもう、どうなっても構わないだろう。つまり、兵士達が巻き添えをくらっても奴等は何とも思わない。

つまり奴等がやろうとする事は妖怪共々、都市を消し去ることだ。そして、そんなことをするのに最適な兵器を俺は知っている。

『核兵器』

気づいたときには、叫んでいた。

 

「結界をはれ! 急げ! 」

 

その叫びから、非常事態であることを察した仲間達が結界をはる。

もう逃げることは叶わない。ならば、今出来ることは全力で結界をはり、後は天に祈るだけだ。

ロケットから投下された物体が地面に衝突した瞬間、視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 起きろ! 生きてるだろ! 」

「う……」

 

目を覚ますと、眼前にカマキリの顔があった。

 

「どうなったんだ……? 他の奴等は? 」

「あの二匹ならそこにいる。だけど、他の奴等は……」

 

体を起こし、周りを見渡すと、確かにすぐ近くに蜂とダンゴムシはいた。だが、それ以外には何もなかった。妖怪の軍も、人間の兵士達も、先程まで戦場と化していた大都市も何もかもが消滅していた。

 

「これは……」

「俺達以外は皆死んじまった。あいつら! 仲間まで殺すなんてなに考えてんだ! 」

「怒っててもどうしようもない。それよりあいつらを起こそう」

 

程なくして目覚めた蜂とダンゴムシは、俺と同じように、驚愕を隠せなかった。

 

「こりゃあ……ひでえな」

「そうだね、人間ってのは仲間意識ってものがないのかな? 」

 

周りは荒れ地となって生き物の姿が1つも見られない。完全な静寂が満ちている。

 

「これからどうするよ? 」

「そうだな……」

 

人間どもには逃げられ、こちらは壊滅状態。考えれば考えるほど、認めたくない事実が頭に浮かんでくる。

 

俺達は負けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 目覚め

妖怪と人間の総力戦から、およそ2億年が過ぎた頃。日本のとある山で、土砂崩れが起きた。何てことのない、ただの土砂崩れ。しかし、1つだけ他と違うところがあった。その自然現象は、山の内部にある空洞と外を繋げた。結果、その空洞にあった、長きにわたる封印を解いた。2億年の時を越えて、4匹の妖怪を解き放ったのである。

 

「いやー。よく寝たな! 」

「寝てたっていう感覚はないけどな」

「封印が上手くいってたってことだろ。いいじゃねえか」

「……まだ眠い」

 

最初に外に出てきたのは、カマキリの妖怪であるマギリ。次に出てきたのは、俺。蜘蛛の妖怪、アシダカ。その後に続いてきたのは蜂の妖怪ミツバ。最後に眠たそうに出てきたのが、ダンゴムシの妖怪のカダン。

全員が無事に目覚められたことを喜びつつ、俺は眠りにはいる直前の出来事を思い出した。

 

 

 

核爆発を耐え抜き、見事生き残ることのできた俺達だが、それを喜んでいる余裕はなかった。

地面には草一本生えず、生き物の気配が全くない。遠くに人間の集落が見えるが、あそこも時期に放射線で滅びるだろう。

もはや、ここは俺達が生きていける場所ではない。放射線が長く残り、この一帯はしばらく汚染が続く。

マギリが呟く。

 

「俺達、これからどうやって生きていけばいいんだ? 」

「こんな所で生きていけるはずないな」

「じゃあ、俺様、ここで死ぬしかないっての!? 嫌だー! 死にたくなーい! 」

「騒ぐなよ! なんか手があるかもしれねーだろ! 」

「そんなのがあるわけが……」

「あるよ」

 

その言葉に俺達は一斉にダンゴムシの方を向く。

 

「まじか!?早く教えろよ!えーと」

「カダン」

「へ? 」

「カダン、僕の名前ね。慌ただしくて聞きそびれてたけど、君達は何ていうの? 」

 

カダンの言葉で俺達は気づいた。そういえば、まだ自己紹介もろくにしていない。カダンの問いに蜂が真っ先に答えた。

 

「俺様はミツバだ。かっこいいだろ? かっこいいよな!? 」

 

この状況でそんなことを言えるこいつは、かなりの大物なのかもしれない。それとも、ただの馬鹿か。そんなことを考えつつ、俺も答える。

 

「俺は、アシダカだ」

「俺はマギリ。それで手ってのは何だ? 」

「僕の能力、知ってるよね? 」

「ああ、護る程度の能力だろ? それがどうかしたのか? 」

「うん、その能力のおかげでね、結界とかそういうのは得意なんだ」

「それで!? それで!? どうするんだ!? 」

「落ち着いてよ……。それで結界を作ってその中で眠ろうって考えなんだけど」

眠る。つまり、カダンは俺達が生きていける環境になるまで眠って待とう。というつもりなのだろう。冬眠のようなものだろうが、いかんせん、眠る歳月は途方もない時間になるだろう。

 

「出来るのか? そんなこと? 」

「うん。僕の妖力だけじゃ無理だけど、皆から分けてもらえば」

分けるといっても、所詮俺達は妖怪としては中堅がいいところだ。少々不安が残る。だが、他に考えは浮かんでこないし、浮かぶまで考えている余裕はない。この方法にかけるしかない。

 

「よし、やろう。やらなきゃ死ぬだけだ」

「そうだな、このまま死ぬのを待つよりかはいい」

「ああ! 早速始めようぜ! まずどうすりゃいい!? 」

「結界だけじゃ心もとないし、洞窟がなんかの中で寝た方がいいね」

「洞窟……か」

「ならあそこなんてどうだ」

 

そう言ったマギリの視線の先には、それなりの大きさのある岩山があった。たしか、あそこの岩山には洞窟があったはずだ。

 

「あそこか、たしかに洞窟がいくつかあったはずだ」

「よし、行こう」

 

岩山にたどり着き、適当な大きさの洞窟を探す。いくつもある洞窟のなかからちょうど良い大きさの洞窟を見つけた頃には日が沈んでいた。

 

「ちょうど夜か、眠るには良いな」

「眠りというか、封印だけどね」

「え!? ちょ、そんなこと聞いてな……」

「似たような物だよ。さあ、始めよう」

 

カダンを中心に、寄り添うように集まり、各々がカダンへ妖力を流し込む。上手くやれるか不安だったが案外簡単に出来て助かった。

 

「じゃ、お休み」

 

カダンから半球形の結界が広がり俺達を覆う。そうすると、急に意識が遠退いていく。周りの仲間も意識を失っているのを見て、俺も眠りについた。

 

 

「いやー。本当に上手くいくとは。カダンに感謝だな」

「ああ、よくやってくれたな」

「……余裕だよ。余裕」

「だったら、いい加減ちゃんと目を覚ませ」

 

話しつつ、いつまでたっても丸くなったままのカダンを足で叩く。

 

「うう、まだ眠い……」

「よくそんな状態で、余裕と言えたな。力の使いすぎで、ちゃんと起きてもいられないのに」

「うぐぐ」

 

その時、先程から俺達の上空をうるさく飛び回っていたミツバが、さらにうるさく騒ぎだした。

 

「人間の集落があるぜ! いやっほううう! ごちそうだー! 」

「寝起きでよく食欲がわくな」

「いいだろ、別に! それに、なまった体を動かすのにはちょうどいいぜ! 」

「そうだな、俺も一暴れしたい」

「じゃあ、いくか。おい! さっさと起きろ! 出発するぞ! 」

「ううう」

 

いまだに動きたがらないカダンを無理やり起こし、上空を飛ぶミツバについていく。

この時代に目覚めたばかりで、状況は分からないことだらけだ。しかし、不思議と不安は感じなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 狩り

警告タグにもありますが、今回は残酷な描写があります。ご注意ください。


「数は50人くらいか。戦える奴が10人いるかいないかってとこだな」

「ああ、楽勝だな。さっさとやっちまおう。腹も限界だ」

「いや、まずは作戦会議だ。ただ突っ込むだけじゃ、効率よく殺せない。四匹分の食料を狩るのは結構きついぞ。皆、中途半端に食いたくはないだろ?」

 

俺の提案に多少しぶりながらも納得したマギリとミツバは俺について森の奥へと引き返す。

集落から少し離れた森の中、俺達は襲撃のための、偵察を行っていた。

 

「で、作戦なんているのかよ。あんなの、俺達なら一捻りだぜ」

「いるさ。腹一杯人間を食いたいならな」

 

森をしばらく進み、開けた広場のようなところまで来ると、そこにはカダンが退屈そうに待っていた。

 

「よう、待たせたな。偵察終わったぜ」

「遅い」

 

ミツバの報告に、不満げにカダンが答える。待ちくたびれたのか、カダンは機嫌が悪そうだ。

取り敢えず、機嫌を直してもらおうと俺は口を開く。

 

「そう怒るなよ。これから、人間が食べられるんだしさ」

「僕はやらないよ」

「……え? 」

 

予想外の返答に思わずすっとんきょうな声を出す。 ミツバとマギリもこれは予想外だったらしく、二匹とも一瞬唖然としたが、すぐにはっとしてミツバがカダンに尋ねる。

 

「やらないって、お前人肉嫌いなのか? 」

「僕、草食だし」

 

カダンの返事に、それでいいのかと思うが、やる気がないなら、しょうがないだろう。無理に手伝わせて、これ以上機嫌を悪くさせる必要もない。カダンの不参加ということで、考えておいた作戦を少し変えて、提案する。

 

「分かった、俺達だけでやろう。カダンはその間どうする? 」

「適当に近くで見てるよ」

「よし、じゃあ、作戦を説明するぞ」

 

ミツバとマギリがうなずくのを確認して、作戦の説明を始める。

 

「作戦っていっても大して難しいことじゃない。人間が逃げないように集落を包囲する。それだけだ」

「何だ、思ってたより簡単だな」

「ああ、まずは俺が、妖力弾で見張りを殺る。そしたら、ミツバは空を飛んで集落の向こう側へ、マギリは集落の左側、俺は右側へ一気に突撃する。後は、逃げられないよう注意してくれ」

 

説明を聞いて、真っ先にミツバがやる気をしめす。

 

「よっしゃ、俺様がバッチリ活躍してやるぜ」

「俺だってしっかり働いてやるさ」

 

マギリも十分のやる気があるようだ。これなら、作戦は上手くいくだろう。

 

「よし、作戦は真夜中に始める。それまでに、配置とかを確認しといてくれ」

 

 

 

夜の暗闇は、妖怪に有利に働く。しかも、今夜は新月。奇襲するにはもってこいだ。

マギリとミツバの準備が完了したことを確認し、俺は口内に妖力を集め始めた。口内に形成された妖力弾が十分な大きさになるのを感じて、集落の外を見張る人間に狙いを定める。

この暗闇では見張りがこちらに気付けるはずがない。おかげで、余裕をもって狙撃の準備ができた。

八本の足で体を固定し、口内の妖力弾を勢いよく発射する。人間を殺すには少々強すぎる威力を持ったそれは、吸い込まれるように見張りに直撃した。

妖力弾が直撃した見張りは断末魔をあげることも出来ず。辺りに肉片と血液を撒き散らして爆死した。

当然、妖力弾の着弾による音はかなり大きい。深夜に響いた爆音に、集落の人間は一人残らずたたき起こされる。

開始の合図を見たマギリとミツバは、作戦通りに集落を包囲するため森から飛び出し、集落へ向かう。俺も妖力弾の発射が終わってすぐに集落へと駆け出していた。

集落の人間が突然の襲撃に混乱している間に、俺達三匹の包囲が完了する。人間は逃げ道を閉ざされ、さらに混乱が大きくなる。

獲物は追い詰めた。後は一人残らず狩り尽くすだけだ。

 

 

 

騒ぎによって親と引き離され、泣きじゃくる子供を容赦なく足でなぎはらい、腰が抜けて動けない老人を踏み潰す。どちらもあっけなく絶命し、俺の腹に収まった。そろそろ、動いている人間も少なくなってきた。腹はそれなりにふくれたが、見逃してやるつもりは微塵もない。全員俺達の糧にする。

俺達の狩りが始まってから、たった数十分で集落は地獄絵図と化した。道には血があふれ、地面が見えず、そこらじゅうに腕や足、内臓などが散乱している。集落の人間は例外なく恐怖で錯乱し、俺たちから逃げ回っている。

最初の方は、まだそれなりに冷静で、皆を落ち着かせようとする者もいたが、すぐに俺達に殺された。勇敢にも集落の屈強な男たちが俺達に向かってきたが、俺達に敵うほどの強さはなく、次々と殺され食われていった。皆をまとめていた者も、俺達を一応は足止めしていた男達も殺され、残った人間はただ逃げ惑うしかなかった。その人間達も、そろそろ全滅しかけていた。

無謀にもこちらに立ち向かってきた男を、そのまま食らう。

さて、あとどれ位かかるだろうか?

 

もう、視界に動く人間の姿は見えない。そこらに散らばっている人間の死体を食いながら、俺は生き残りが隠れていないか確認していた。ミツバとマギリは、狩りに満足したのか殺した獲物を食べる事に没頭している。

見落としがないように注意深く辺りを見回しつつ、住居を破壊して、隠れられる場所を無くしていく。最後の数件というところで、残った数少ない住居の1つから赤ん坊の泣き声が聞こえた。すぐさま泣き声の元へと向かい、そこで赤ん坊を抱えた女を見つけ出した。近づいてくる俺に向かって、母であろう女は必死で言う。

 

「お願い! この子だけは! 私はどうなってもいいから! 」

 

しかし、俺は必死の願いを聞き入れるほど、人間の精神を残していなかった。足による突きで、二人まとめて殺し、食べる。

ちょうど食べ終えた時に、マギリが近づいてきて言った。

 

「それで最後か? そこらに散らばってたのはもう全部食っちまったぜ」

「ああ、もう生き残りはいないはずだ。カダンのとこへ戻ろう」

 

満腹になり、そのまま寝ようとしていたミツバを叩き起こしてカダンの所へ向かう。

その時、いきなり巨大な柱が俺達の前に突き刺さった。

 

「やってくれたじゃないか、妖怪ども」

「私達の領土で暴れるなんて、いい度胸じゃん」

 

背後からの声に驚き、振り返る。

そこには、背に柱と注連縄を背負った女と、目玉のついた変な帽子をかぶった少女が並んで立っていた。

 

「覚悟しな! 全員生きて帰さないよ! 」

 

注連縄と柱を背負った女が言い終わるのと同時に、二人は俺達に襲いかかってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 二柱の神

巨大な柱が空をおおいつくし、大地に向かって一斉に降り注ぐ。

更に数少ない柱の隙間からは、鉄製の輪が手裏剣のように襲いかかってきており、逃げ場を狭めている。

 

(厄介だな)

 

柱に比べれば威力の低い鉄の輪を妖力弾で弾いて、なんとか回避を続けながら、俺はこの状況を打破しようと頭を悩ませていた。

 

(段々攻撃が激しくなってる。直撃するのも時間の問題だな。ミツバとマギリは……)

 

時たま訪れる攻撃が止む瞬間を見計らってミツバとマギリの方を見る。

ミツバは自慢の機動力をいかして攻撃を大きく避けることで雨あられのように降り注ぐ攻撃をしのいでいる。

マギリはすでに回避を諦め、能力を使って柱や鉄の輪を切り裂いている。

(俺達だけじゃ逃げるのは無理か。だったら、カダンを呼ぶしかない)

 

そう判断し、思いついた簡単な作戦を伝えるため、俺は攻撃による轟音に負けないように叫ぶ。

 

「ミツバ! マギリ! 作戦を思いついた! 先ずはとにかくやつらの攻撃を止めなきゃいけない! ミツバ! カダンを連れてきてくれ! 俺とマギリで時間をかせぐ! 」

「おうよ! 任せときな! 」

 

指示を聞くとすぐにミツバは攻撃の続いている範囲を抜けて、カダンの元へと飛んでいく。

しかし、それを許すほど相手も寛大ではない。

 

「仲間がまだいるのか! 行かせないよ! 」

 

柱で攻撃していた方がミツバへと攻撃を集中させる。だが、そんなことは当然予想している。

 

「神奈子! 二匹の方を忘れてるよ! 」

 

攻撃の大部分を占めていた柱が、空中にいるミツバへと集中したことで、地上にいる俺達への攻撃がおろそかになる。

慌ててもう片方の少女が攻撃を激しくするが、柱に比べれば圧倒的に威力が小さく、範囲も狭い。

余裕が出来たおかげで、十分に妖力を溜める事が出来た。発射された妖力弾は鉄の輪を吹き飛ばしつつ神奈子と呼ばれた女性に向かう。更にマギリも鎌を大きくふるい鎌に纏わせていた妖力を飛ばす。

 

「神奈子! 危ない! 」

「ちっ! 」

 

相方の警告によって俺達の攻撃を回避するが、その隙にミツバは攻撃の届く範囲を離脱していた。

ミツバを離脱させることは成功した。後はミツバがカダンを連れてくるまで、俺とマギリであの二人を相手に耐えしのぐ。

マギリの近くに行き、これから始まるであろう猛攻撃に備える。

 

「ここが正念場だ。覚悟を決めてくれ。」

「大丈夫だ。余裕で時間稼ぎぐらいやってのけるさ。」

 

マギリとのやり取りの間に、あちらは攻撃の準備を整えたらしい。

 

「たかが虫のくせに中々やるじゃないか。」

「こっからは私達も、本気でいかせてもらおうかな。」

 

あちらの言葉から、まだまだ相手は余裕があることが分かる。

勝つことは厳しいが、負けないことならそこまででもない。ミツバがカダンを連れてくるのにはそう時間はかからないだろう。

 

「さあ! いくよ! 」

 

神奈子の声と共に、攻撃が再開される。その攻撃は柱を一本投げつけてきただけ。しかし、それは先程までとは威力が桁違いだ。

凄まじい速度でこちらに一直線に向かってきたそれに全力の妖力弾をぶつけてなんとか軌道をそらす。

柱が標的を逃し、地面と激突した瞬間、今まで以上の轟音が鳴り響く。

 

「ほらほら、敵は神奈子だけじゃないよ! 」

 

柱の威力に驚いている暇もなく、もう片方が鉄の輪を持って直接攻撃を仕掛けてくる。

 

「こっちだって、一匹だけじゃないんだぜ! 」

 

攻撃の反動で俺は動きがとれない。

それをかばうようにマギリが妖力を纏わせた鎌で応戦する。

鉄同士をぶつけさせたような音が響き両者の攻撃が激突する。一瞬の拮抗の後、明らかに質量で勝るマギリが鎌を振り切って少女を吹き飛ばす。

 

「諏訪子! 」

 

神奈子がおそらく少女のものであろう名前を叫ぶ。

諏訪子と呼ばれた少女は吹き飛ばされ、そのままいけば受け身もとれず地面に叩きつけられるだろう。しかし、諏訪子は地面に叩きつけられることはなく、地面が無いかのようにすり抜け地中に潜った。

 

「何!? 」

 

予想外のことに思わず注意が散漫になる。

 

「アシダカ! 攻撃が来てるぞ! 」

 

マギリの声に反応し神奈子の方を見る。既に神奈子は柱を投げつけてきている。しかも、こちらに向けて飛んでくる柱はもはや回避も迎撃も出来ない程接近していた。

直撃だけは避けようと、必死で体を動かす。

直撃はしなかった。だが、恐ろしい速度と質量を持ったそれは、俺の脚の一本に当たり、叩き潰した。

 

「~~っ! 」

 

痛みのあまり声にならない悲鳴をあげる。叩き潰された脚は、無惨な状態になっており、暫くは使い物にはならないだろう。

痛みのせいで思考が出来ない。このままでは次の攻撃を避けれない。

 

「アシダカ! くそ! 」

 

マギリが助けようとこちらに向かうが、復帰した諏訪子がそれを許さない。

 

「あんたの相手は私だよ! 」

 

地中から飛び出した諏訪子がマギリに、鉄の輪を投げつける。

 

「ちっ! 」

 

鎌を使い、鉄の輪を弾き飛ばすがその間に神奈子は俺に向かって追撃の柱を飛ばしてくる。

脚を一本失ったせいで上手く動けず、痛みのせいで妖力弾を作ることもままならない。

 

(ちくしょう! 直撃する! )

 

襲ってくるであろう衝撃に思わず目をつぶる。

しかし、その攻撃が俺に届くことはなかった。

衝撃が来ないことをおかしく思いそっと目をあけてみると、柱が俺の目の前で浮かんでいた。いや、浮かんでいる訳ではないようだ、何かにぶつかり、静止している。

 

「ちょいと危なかったな。でもまあ、俺様の速さでなきゃ間に合わなかったぜ」

 

聞こえてきた声に思わず振り向く。

そこには戻ってきたミツバと、待ちわびていたカダンがいた。

 

「ちっ。以外と速かったな。諏訪子! 」

「はいはーい、今いくよー。」

 

神奈子は増援を許してしまった事に苛立ち、再び一度攻撃の準備に入るために諏訪子を呼ぶ戻す。すでに体勢を立て直していた諏訪子はすぐに神奈子の元へと戻っていく。

 

「4対2だ。こっちの方が断然有利だな」

「ふん、数の差なんて些細なものさ。一匹は手負いだしね」

 

余裕を持ったマギリの言葉に、あちらも余裕を持って神奈子が答える。

 

「さて、カダンは連れてきたけど、この後はどうすんだ? 」

「後は簡単だ。カダンの能力で攻撃を防ぎつつ、少しずつ森へと後退する。森まで後退したら、一気に逃げる。以上」

「逃げるのは少々気にくわないけどしょうがねえな。余裕でやってやるよ」

「ああ、少なくともさっきまでのよりかはましだ。脚は平気か?」

「ああ、なんとか走れる。頼むぞカダン」

「まったく、中々帰ってこないと思ったら……。早く逃げるよ」

 

三匹とも、作戦を理解したのを確認して戦闘体勢に入る。

 

「何匹来ようがまとめて倒してやるよ! 」

 

先程と同じように、神奈子が柱を投げつけてくる。だけど、今はカダンがいる。投げつけられた柱は、カダンの能力によって異常なまでに強固になっている結界に阻まれ俺達に届くことなく、その恐ろしい威力を失う。

 

「さっきから、あいつ柱に何か纏わせてやがるな」

「妖力なわけないし、霊力か? 」

「なんだ、神力も知らないとはね」

 

マギリと俺の疑問に、神奈子が小馬鹿にしたように答える。

 

「神力だあ? お前、神だったのか? 」

「妙に私を恐れないと思ったら、ただ無知なだけだったとわね。教えてやるよ妖怪、私は八坂神奈子。この地を支配する神さ! 」

「そして、私が洩矢諏訪子! 神奈子と同じ神だよ! 」

「ふん! 神だろうと何だろうと、俺様はやってやるぜ! 」

「神と知ってなおも楯突くか。愚か者め! 」

 

ミツバは相手が何であろうと、やる気を削がれることはないようだ。心強いのか、単に考えていないだけかは分からないが。

「今度こそ仕留める! 」

 

声と共に神奈子は柱を投げつける。当然先程と同じように、カダンの結界に阻まれ、柱はこちらに届かない。

それを見たミツバが得意気に言う。

 

「何度やっても無駄だぜ! カダンの結界を破れるもんか!」

「それはどうかな! 」

 

神奈子が、今度は柱を連続で投げてくる。しかも、それぞれの威力は先程のとまるで変わってないようだ。

 

「何本来ようが……」

「あ、ごめん。この数は無理」

「もうちょっと頑張れよおおお!! 」

 

ミツバの応援もむなしく、結界は連続で襲ってくる衝撃に耐えきれず砕け散った。

ミツバの絶叫が響く。

 

「うおおお!!! 」

「後ろに飛べ! 」

 

とっさの判断で全員が後ろに大きく回避する。しかし、完全に避けきることはできず、柱が地面に激突した衝撃でまとめて吹き飛ばされる。

だが、これで問題ない。後ろに吹き飛ばされる事で、このまま森のなかに逃げ込む。土壇場の閃きが予想以上に上手くいった事に喜ぶが、相手はむしろそれを狙っていたようだ。

 

「もらったー! 」

 

俺の吹き飛ばされる先に、突然諏訪子が地中から飛び出してくる。しかも、その手には今までより一回り大きな鉄の輪が握られている。

このまま吹き飛べば、俺はあの鉄の輪によって切り裂かれるだろう。

いくら妖怪でも体を真っ二つにされれば死んでしまう。

(まずい、何か手は……そうだ! )

 

思いついた考えを実行するため、俺はすぐに妖力を口内に溜める。

 

「てやあああ! 」

 

諏訪子は鉄の輪を投げるために振りかぶる。

 

(間に合えー!! )

 

諏訪子が鉄の輪を投げつけるより早く、俺は前方に向かって妖力弾を打ち出す。それによって、吹き飛ばされている体はその勢いを増す。

 

「!? しまっ」

 

諏訪子は俺の手に気づいたが、もう遅い。

勢いを増した俺の体は、諏訪子を巻き込んで後方へ吹っ飛ぶ。

俺は、そのままの勢いで森の木に激突する。正直、結構な痛みだが、背にいる諏訪子は俺と木に挟まれる状態になっている。俺よりもはるかに大きく負傷したはずだ。

俺は急いで起き上がって叫ぶ。

 

「逃げろおおお!! 」

 

俺の叫びに反応した三匹も、すぐに起き上がって逃げ始める。

 

「逃がすか! 」

 

神奈子が逃がすまいと柱を投げつけてくるが、柱は不規則に生えている木々に邪魔されて俺達の所まで上手く飛んでいかない。

 

「ちっ」

 

諏訪子は気絶しているため放っておけないだろうし、柱は届かないはず。後ろを振り返るが、神奈子が追いかけてくる様子はない。

俺達は一心不乱に逃げ続けた。

 

 

 

「こ、ここまで来れば平気だろう」

「まったく、ついてなかったな」

 

ミツバの安堵の声に、マギリが返す。

カダンは疲れきって倒れ、ぐったりとしている。

俺も一息ついて、脚の負傷を確認する。

間接はあらぬ方向に曲がっていて、先の方は砕け散っている。そのうち治るだろうが、時間がかかりそうだ。だが、あれほどの相手と戦って脚一本ですんだのは幸運と思うべきだろう。

少しの休憩の後ミツバが言った。

 

「さて、そろそろ出発しようぜ」

「早すぎるだろ。いくらなんでも。なんで、お前はそんな元気なんだ」

「はっはっは! 俺様だからな! 」

「答えになってないし、カダンは暫く動けないと思うぞ」

 

マギリの言う通り、カダンは未だにぐったりとしていて、とてもすぐには動けそうにない。

 

「おいおい、だらしないぜ! あのぐらいで疲れるなんて、たるんでるな! 」

「……君と一緒にしないでよ」

 

依然としてぐったりとしたままだが、喋れるくらいにはなったようだ。

全員の無事を喜びつつ、俺は脚の調子を見てみる。

かなり、酷い状態だが俺は妖怪だ。じきに治るだろう。

 

「おーい! もう出発するぞー! 」

 

マギリの呼び声に置いていかれていることに気づく。

とにかく、今、俺は生きている。それで十分だろう。

俺は急ぎ、マギリ達の元へと走った。




感想等よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 隙間

前書きと後書きを忘れていました……。
相変わらずの不定期更新で申し訳ありません。あまり間を空けないように努力します。
今回、三点リーダーを使ってみましたが、使い方合ってますかね?



2柱の神から逃げ切ってから1ヶ月、漸く俺の脚が全快した頃。

空には巨大な入道雲が浮かび、辺りにはセミの声がけたたましく響く。

そんな真夏の真っ昼間、俺は標的を待って街道近くの林に潜んでいた。

 

(3・2・1・行け! )

 

漸く来たそれに狙いを定め、三つ数えてから妖力弾を勢いよく打ち出す。

高速で飛んでいったそれは、一直線に目標へと向かっていく。

(命中! ミツバ! )

 

目標である人間達の足元へと見事着弾した妖力弾は、地面をえぐり、砂ぼこりを舞い上がらせた。

 

「襲撃だー! 」

 

人間たちは慌てだし、次の攻撃に備える。だが、俺達の行動の方が明らかに早い。

 

「いやっほおおお! 」

 

声をあげて人間達の真上からミツバが襲いかかる。

地面へと一直線に飛びつつ、針の形をした妖力弾を広範囲にばらまく。

突然の空からの攻撃に対応しきれず、次々に人間が死んでいく。

 

「おらああああ! 」

 

わずかに残ったここまでの攻撃を耐えきる実力を持った人間がミツバに気をとられていると、今度は俺が潜んでいる林からマギリが突っ込んでいく。

妖力を纏い、更に能力によって強化された鎌から放たれる凶悪な斬撃によって、残った人間達も呆気なく死んでいった。

 

 

 

「今回も楽勝だったな」

 

暫く狩った人間を食べるのに夢中だったミツバが人間の腕をくわえながら、唐突に言った。

 

「ああ、アシダカの脚も治ったし、ここら辺のやつには負ける気がしねえな」

「またあの神みたいな奴と戦うのは御免だがな」

 

マギリが咀嚼していた頭を飲み込んで答え、俺も死体から内臓を引きずり出すのを中断して答える。

その時だった。

 

「お食事中失礼します。少し、お時間いたたげるかしら? 」

 

突如感じた妖力と聞こえてきた声に振り向く。

そこには、紫色のドレスを着こなした女性が立っていた。

驚きはしたが、その身から発せられる妖力を感じて、気を緩める。

 

「妖怪か、何の用だ? 」

「少し、相談事が」

「俺様達に相談!? と言うことは、あんたは1ヶ月くらい前の俺様の大活躍や、ここ最近の俺様の噂を聞いた俺様の追っかけと」

「少し黙れ、ミツバ」

「ごふっ! 」

 

いったい何を勘違いしたのか、いきなり調子にのって騒ぎだしたミツバを脚で踏みつけて黙らせる。

見れば、女性の笑みも心なしか苦笑いに見えてくる。

気をとりなおしてマギリが尋ねる。

 

「こいつは気にしないでくれ。それで、あんた、何者だ? 」

「あら、自己紹介が遅れましたわね。八雲紫です」

「ふーん、八雲紫ね。俺はマギリ。んで、こいつがアシダカ。そこでぶっ倒れてるのがミツバ。今こっちに向かって来てるのがカダンだ」

 

八雲紫と名乗る女性の自己紹介にマギリが俺達を代表して返す。

ちょうどその時、カダンがやって来て言った。

 

「誰か来たみたいだけど、その人だれ? 」

カダンの問いに俺が答える

 

「八雲紫って妖怪だ」

「ふーん、何の妖怪なの? 」

 

今度は八雲紫自身が答える。

 

「私はスキマ妖怪と言います。お聞きになったことは? 」

「いや、初めて聞いた。どこら辺の妖怪だ? 」

「色んな所を旅してますから、縄張りなんかは有りませんわ」

 

八雲とマギリの受け答えの間にミツバの体が少し動く。

まもなく、ミツバが起き出した。

 

「うぐぐ。アシダカ~。いきなり踏みつけるのはひどいぜー」

「あら、気がつきました? では、そろそろ本題に入ってもよろしくて? 」

「ああ、そういえば相談事が有るんだったな」

 

漸く本題に入ると言う八雲に、俺が答える。

 

「ええ。実は私、式を探していまして」

「式? 」

 

初めて聞く言葉にミツバが首をかしげる。

 

「式というのは、術者に術式を組み込まれた従者のような者です。式になった者は、術者から力が供給されたりと様々な恩恵を受けることが出来ますわ」

「ほう。で、その式に俺達がなれと? 」

「ええ、理解が早くて助かりますわ」

 

俺は八雲に更に尋ねる。

 

「なんで、式を探してるんだ? 」

「私には夢があるんですわ。」

「唐突だな。夢ってのは? 」

「あなた方は人間をどう思っています? 」

 

突然の問いにミツバが真っ先に答える。

 

「食糧だな」

「獲物だ」

 

その次にマギリが答え、俺は少しの悩んだ後答える。

 

「……糧かな? 」

「僕は別に何とも」

「……そうですか」

 

最後のカダンの答えの後、八雲は一瞬暗い表情を浮かべる。

 

「そういえば、まだ食いきってなかったな。お前さんも一緒にどうだ? 」

 

思い出したようにミツバが先程狩った人間の死体に近づき、八雲へその内の一体の腕をちぎって差し出す。

 

「せっかくですが、人肉は食べませんの」

「そうか。旨いのになー」

 

断られたことを気にせず、ミツバは差し出した腕をそのまま口に放り込み食べ始める。

 

「で、何でこんな質問を? 人間がどうかしたのか? 」

「ええ。…………」

 

いきなり黙ってしまった八雲に俺が話す。

 

「どうした?さっき言ってた夢と、人間が関係あるのか? 」

 

俺の言葉に反応し、漸く八雲が口を開く。

 

「妖怪と人間の共存。それが私の夢。そのために、あなた方の力を借りたいのです」

 

俺達は言われたことが暫く理解できず。唖然とするしかなかった。

俺は直ぐに我を取り戻して、確認するように言う。

 

「共存ってのは……その……つまり、妖怪と人間が仲良くするって事か? 」

「まあ、そんなとこですわ」

 

今度はマギリとミツバが言う。

 

「そんなことが、可能なのか? いくらなんでも、それはあり得ないことだろう? 」

「そうだぜ。俺様が人間と仲良くするなんて、想像できねえ」

「だからこそ。そんな困難な夢を叶えるために、強い仲間が必要なのです。2柱の神と十分に戦えるあなた方なら、十分に強力な味方になってくれるはずです」

 

八雲の言葉に不信感を覚え、俺が尋ねる。

 

「何で、その事を知ってる? 」

「っ! 」

 

表情は変えていないが、明らかに焦った様子を見せる八雲に、更に尋ねる。

 

「あの場に居たのは、俺達とあの神2柱だけだ。人間はみんな殺したし、他の妖怪も辺りには居なかった」

「……噂で聞きまして」

「俺達は1ヶ月間あの場所から離れるように移動し続けたんだ。噂が広まって、お前の耳に届いてからどうやって追い付いたんだ?見つけ出すのだって不可能に近いぞ」

「…………」

「それに、お前はいきなり俺達の背後に現れたな。あれはどうやったんだ。妖力どころか、気配すら微塵も無かったぞ」

「お食事に夢中だったのでしょう? 私も、こっそりと近づいていきましたし」

「夢中になってたのはミツバだけだ。俺とマギリはあの距離で妖力に気づけないほどにはなってなかった」

「…………」

 

完全に沈黙した八雲に俺がとどめに言う。

 

「お前、能力かなにかを使って、俺達を以前から見てたんじゃないのか? 」

 

その言葉を聞いて、八雲は不意に笑みを浮かべる。それと同時に八雲の気配が変わったのを感じ、俺達は身構える。

 

「ふふふ、見かけによらず、それなりに賢いようね」

「そりゃ、どうも。それで、どうすんだ。さっきの相談の答えは悪いが否だ」

「人間を襲ってるのを見てましたから、断られるのは想定ずみです。出来れば話し合いだけで済ませたかったんですけど、残念ね」

 

そう言いはなつと共に八雲は妖力を一気に解放する。俺達よりもずっと大きい妖力だ。

マギリが鎌に妖力を纏わせながら言う。

 

「力ずくって訳か」

「ええ。降参しても良いのよ」

 

余裕の表情で答える八雲にミツバが言う。

 

「ふん! 誰がそんなこと! お前こそ、俺達をなめてると痛い目見るぜ! 」

 

強がるミツバの言葉を八雲は涼しげな顔で聞き流す。

完全にこちらを下と見ているが、別に俺は気にしない。油断してくれているのなら、遠慮なくその油断を突かせてもらう。

いつでも攻撃できるよう、妖力を集め始める。

いきなり現れたことや、俺達に気づかれることなく監視してきた事を考えて俺は八雲の能力は隠れる事に優れた能力であると思っていた。それと同時に、既に戦闘に入っているこの状況では、役に立たないだろうとも。

 

「いっくぜー! 」

 

ミツバが真っ先に八雲に突撃していく。妖力を纏って思いきりぶつかる気なのだろう。

八雲はそれを妖力弾を複数自身の周りに形成し、放つことで迎撃する。

かなりの数だが、ミツバは向きを変え、急上昇して回避する。あっという間に遥か上空まで上昇したミツバは今度は八雲めがけて垂直に落下していく。

それを見て先程と同じ様に八雲が迎撃する。だが、最初の突撃よりも速度を増したミツバは妖力弾を弾き飛ばしながら八雲に迫る。

後少しで、両者が激突する。

その時、八雲の真上の空間が裂けた。更にその真下にも同じ様に空間の裂け目が現れる。

 

「は? 」

 

異常に気づくも、止まれないミツバは裂け目に吸い込まれ、下の裂け目から出てきた。

 

「おわあああ!! 」

 

当然、どうすることも出来ずミツバは地面と接吻するはめになる。

かなりの速度で、しかも妖力を纏っていたため、ミツバは地面にその巨体の半分が埋まってしまった。

大地に突き刺さり、地上に出ている脚を暴れさせてもがく姿はひどく滑稽だ。

 

「うわあ……」

 

その醜態にカダンが声を漏らすが、ミツバはそれどころではない。

未だにもがき続けるミツバを、まさか無防備に助けようと行く訳にもいかない。妖怪なので、窒息する心配はしばらく無いだろう。とは言うものの、敵がいるのにあの状態のままでいるのは危険だ。

幸い、八雲は直ぐに追撃を加えるつもりは無いようだ。口元を押さえ、可笑しそうに笑っている。

完全になめられているが、時間稼ぎになっているのは間違いないだろう。マギリ達に近づき、八雲に聞こえないように小さな声で言う。

 

「能力を使う。隙ができたら突っ込んでくれ」

 

無言でうなずき返してくるマギリとカダンを見て、早速準備に取りかかる。

まずは、八雲に能力を使わせる必要がある。想像を遥かに超える危険な能力を持っていたようだが、うまくいけば直ぐに片はつく。

今まで以上の妖力を込めて妖力弾を作る。流石にこれを結界で受け止めようとは思わないはずだ。能力を使わず回避を選ぶ可能性はあるが、それなら別の手を考えるだけだ。

妖力に気づいた八雲が一瞬驚きを見せるが、直ぐにまた余裕を取り戻す。よほど、あの能力に自信があるのだろう。

攻撃してくる気配はない。能力を使って俺達に攻撃を返そうと考えているのなら、作戦通りだ。

狙いを定め、妖力弾を放つ。

高速でそれは飛んでいき、八雲に迫る。

距離はそこまで近くではないため、回避は容易なのだが八雲はそうしようとしない。

能力を使う。そう確信した俺は自身の能力をすぐに発動出来るよう準備しておく。

妖力弾の前の空間が裂け、先程と同じ裂け目が現れる。先程は横から見ただけだったが、前から見るとその内部はひどく不気味だ。中は紫色に染まり、無数の目がこちらを見つめている。

妖力弾はミツバと同じく裂け目に吸い込まれそうになる。が、その直前で裂け目は消滅した。

 

「なっ!? 」

 

予想外の出来事に、八雲の表情が今度こそ驚愕に染まる。

回避はもう間に合わないと判断したのか結界を張り防御するが、急ごしらえの結界ではいささか無理があったようだ。

結界は呆気なく壊れる。しかし、俺が撃った妖力弾は着弾と同時に破裂したため、八雲本人へ直接当たることは無かった。

とはいえ、妖力弾が目と鼻の先で破裂したのだから、当然八雲は吹き飛ばされる

八雲は地面に背から叩きつけられる。あまりの激痛に起き上がれずにいるところを見ると、打たれ強さはそこまででも無いようだ。

八雲の放つ妖力が爆発的に増大する。その力の大きさに、一瞬冷や汗が吹き出る。

だが、もう決着はついた。恐れる必要はない。

 

「動くな」

「っ! 」

 

起き上がろうとする八雲の首に、マギリが鎌をかるく押し当てる。

 

「勝負ありだ。式のことは諦めな」

 

そう言い放つマギリの言葉に、八雲は苦々しい表情を浮かべる。

しかし、すぐさま気を取り直し、悔しがっているのは無意味と考えたのか、表情を戻し、俺に話しかけてくる。

 

「降参よ。……あなた、何をしたの? 」

「簡単に手の内をさらけ出すつもりはないぞ」

 

戦闘は不可能と考えて、おそらく、話術で情報を引き出しにかかっているのだろう。

付き合う必要はない。さっさと終わらせるのが得策だ。

なおも口を開こうとする八雲を見て、マギリに言う。

 

「そんなこと言わずに」

「マギリ、次にこいつが勝手に口を開いたら殺してくれ」

「あいよ」

 

これには流石に黙り混む八雲に続けて言う。

 

「さて、さっきマギリが言ったが、俺達のことは諦めるよな」

「しょうがないわね。ところで私を殺さないのね」

「殺してもどうしようもないからな。それより、取引をしないか」

「取引? さっき諦めろと言っておいて? 」

 

俺の提案に八雲は疑問を示す。

 

「確かにそう言ったな。だが、それはお前の下で働くことが嫌だと言う意味だ。お前が俺達に利益を与えるなら。こちらも何かしらの形で返そう。どうだ? 」

「……ちなみに断ったら? 」

「マギリ」

 

マギリが鎌を押し当てる力を強める。八雲は慌てて言う。

 

「わ、分かったわ」

「よし、マギリ」

 

マギリが俺の言葉に頷き八雲を解放する。

 

「……また会いましょう」

 

八雲は解放されるやいなや、先程の裂け目を作り出しその中に入っていき去っていった。

 

「アシダカ、逃がしてよかったのか? 」

「ああ。随分と強い妖怪だったからな、関係を作っておいた方が良いだろう」

「ところでさ」

「どうした?」

 

急に話しかけてきたカダンの言葉にマギリが返す。

 

「ミツバを助けなくていいの? 」

 

思わずマギリと目を合わせ、ミツバの方を見る。

そこにはもがき疲れ、ぐったりとしているミツバが未だに地面に突き刺さったままでいた。




誤字,脱字等の報告やアドバイス、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 月人

体に当たる風が冷たさを帯びてきた。

もうすっかり秋だ。木々は色鮮やかに染まり、視界に入る風景はとても幻想的だ。

そんな色鮮やかな森の中、俺達は特訓に勤しんでいた。

目の前の大岩に狙いを定める。地面をしっかりと踏みしめ、反動に備える。

妖力を口に集める。いつもとは違い、球形にはしない。

妖力を絶えず送りながら、撃つ!

まあ、上手くいった方か。

それを見てくれていた八雲が言葉をかけてくる。

 

「そうそう、そんな感じよ。随分飲み込みが早いじゃない」

 

俺が撃った光線は正確に大岩の真ん中に風穴を空けている。

これなら、実践でも十分に使えるだろう。

特訓に付き合ってくれた八雲に、俺は礼をする。

 

「付き合わせて悪いな。あいつらはこういうのには疎くてな」

「いいのよ。借りを沢山作っておこうと思ってたし」

「……その借りを俺達にどう返させるつもりだ? 」

「秘密」

「…………」

 

貸しはあまり作らない方が良さそうだ。

その時、マギリが戻ってきた。

 

「よう。そっちも終わったか」

「ああ、ミツバとカダンは?」

「あっちでまだ何かやってたぜ」

 

マギリの指した方を見ると、ミツバが飛んでいるのが見えた。

カダンと特訓しているのだろうか。

八雲が口を開いた。

 

「それにしても、何で急に特訓なんて始めたの? もう十分に強くなったじゃない」

「えーと……平安京とか言ったか。そこに都が移ってから、陰陽師とか言う奴等が増えてきたからな。あいつらは油断できねえからな」

「そう。……平安京と言えば、面白そうな話を聞いたわ」

「なんの話だ? 」

話に割り込みながら、ミツバとカダンが戻ってきた。

ミツバはいつも通りだが、カダンは随分と元気がない。おそらく、特訓で妖力を使いすぎたのだろう。

 

「平安京にいる姫様の話よ」

 

おとなしく耳を傾ける俺達を見て、八雲は更に続ける。

 

「かぐや姫って言うらしいんだけどね。何でも、絶世の美女で、その美貌は帝も夢中になるほどらしいわ」

「ふーん。……どうでもいいや」

(かぐや姫? 何処かで聞いたような? )

 

かぐや姫と言う名前は聞いたことがある気がする。あれは……前世の時だろうか?

しかし、人の美女など興味がないミツバは話が大して面白くも無かったようだ。

それを見て、八雲は言う。

 

「話はこれだけじゃないわ。それで、そのかぐや姫に五人の大物が求婚してね、かぐや姫はその五人に難題を出したそうよ」

「難題? 」

(かぐや姫。難題)

 

なんだっただろうか? あと少しで思い出せそうな気がする。

 

「ええ、確か……男達に、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝を持ってこいと言ったそうよ」

(ああ! あれか! )

 

八雲の話を聞きながらようやく思い出せた。かぐや姫と言えば、日本最古と言われる物語だ。

かぐや姫が竹から出てきて、その美貌に男達は求婚し続けたが結局は全員失敗する。それで、かぐや姫は最後に月へ帰ると言う話だった。

 

(月か。……嫌な予感がする)

 

物語の通りなら、近いうちに月からの迎えが来るはず。何事もなければいいが、万が一月からの迎えになにか起きれば、月に地上への攻撃の理由を作ってしまうことになる。そうなれば地上の妖怪はかなりの危険だ。

そんなことを考えていると、八雲が俺に話しかけてきた。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「え? ああ。聞いてたぞ」

 

八雲は一瞬不思議そうな表情をうかべたが、直ぐにまた話始めた。

 

「それじゃ、私はもう帰るわ。次に会うのは春になったらね」

「ああ。わざわざ悪かったな」

 

俺の言葉を聞いて、八雲はまた空間の裂け目……スキマとか言ったか。それに入り、帰っていった。

その直後にマギリが声をかけてきた。

 

「さっきはどうしたんだ? 考え事か? 」

「まあ、ちょっとな」

 

マギリ達には話した方が良いだろうか。

物語では月にちゃんと帰っていたし、問題は無いだろう。

月の奴等と関わるのは遠慮したい。

だが、やはり不安は残る。

 

(……迎えの時は見ておくか)

 

 

 

八雲の話を聞いてから数日。そろそろ迎えが来る頃合いだろうか。

確か……迎えは満月の夜だったはずだ。

俺は昨夜の月など覚えていないが。

どいつか覚えていないだろうか?

 

「今夜は満月だっけか? 」

「どうしたんだ急に」

「いや、少し気になってな」

 

マギリの返しに苦し紛れに言葉を返す。

マギリは訝しげに俺を見て何か言おうとしたが、カダンの言葉に遮られた。

 

「今夜は満月だよ」

「そうか……。なあ。今夜都の方に行ってみようぜ」

「都? いやいや、あそこら辺に行くのは危険じゃないか? 最近、化け物みたいに強い陰陽師が出たって噂だぜ」

 

マギリはこういう噂を何処から仕入れてくるのだろうか?

その化け物みたいな奴も気になるが、先ずはかぐや姫だ。

きちんと月に帰ってもらわなければ。

 

「そこまで近くには行かないさ」

「アシダカ。お前何か最近変だぜ。かぐや姫と関係あるのか? 」

 

マギリは妙に鋭い時がある。

……ここは適当な理由をつけて上手く付き合わせるのが良いだろう。

 

「実は、ちょっと情報があってな」

「情報? 」

 

食いついてきたミツバに答える。

 

「ああ、何でもかぐや姫は月から来て、満月の夜に月から迎えが来るってな」

 

俺の言葉に3匹とも驚愕の表情を浮かべる。その驚愕が良い方か悪い方かは、考えなくても分かる。

マギリとミツバが口を開く。

 

「なるほどな。そりゃあ、お前がおかしな態度になるわけだ。分かった。見に行ってみよう」

「それで、最近都の兵士達が妙な動きをしてたわけだ」

 

カダンも此方を見て了承の返事をする。

 

「決まりだな。ミツバが言った通り、おそらく、迎えが来るのは今夜だ。俺達は遠くから見ているだけになるけど、一応戦いになる可能性があることは頭に入れといてくれ」

 

 

 

空には満月が浮かんでいるのが見える。カダンの記憶は確かだったようだ。

都は真夜中だというのに一部の場所に明かりが見える。あの辺りにかぐや姫がいるのだろう。

とりあえず、俺達は都に最も近づいている森に潜伏する事にした。

迎えは空から来る。この距離でも問題ないだろう。

暫く待ち、ミツバが暇をもて余してしきりに羽を動かし始め、羽が当たったマギリにミツバが殴られた時、それは来た。

月から地上へ降りてきたそれは、牛車の形をしていた。

先程から隣で痛みに悶えているミツバに言う。

 

「来たな。ミツバ、いつまでそうしてるつもりだ」

「んなこと言ってもよ! マギリ! お前本気で殴るこたあねえだろ! 」

「あいつらが帰ってくよ」

 

無視されたことに怒るミツバをよそに、俺達は月へと上っていく牛車を見送る。

やはり杞憂だったか。そう思い始めた頃、異変が起きた。

牛車の動きが、急に不安定になったのだ。

月の迎えが墜落していく様を見て、俺達は墜落するであろう場所に慌てて向かった。

 

 

 

月の迎えが墜落した森に着くと、そこでは月の兵士と2人の女性が対峙していた。

俺達は近くの巨木の後ろに隠れて様子を伺う事にした。

落ち着きの無いミツバが話始める。

 

「あの二人は何やってんだ? あれじゃ、どう考えても殺されるぜ? 」

 

隠れている自覚が無いミツバに、マギリが直ぐに言う。

 

「静かにしろ。見つかるぞ」

 

ミツバが、静かになったのを確認して、兵士達と女性の会話に耳を傾ける。

 

「八意永林! これは、月に対する反逆だぞ! 分かっているのか! 」

 

声から兵士達は激昂していることが分かる。女性の返答が聞こえる。

 

「ええ。承知の上よ」

「貴様! 構え! 」

 

兵士達の隊長であろう男の声を最後に、会話が途切れ、殺気だった気配が出てきた。

感ずかれないよう、こっそりと見てみる。

銃を構えた何人もの兵士が女性を狙っている。それに対し、女性はなんと弓を構えていた。

その時、女性がこちらを一瞬見た。

その目は間違いなく俺を見ていた。

ばれている。兵士達は分からないが、あいつは間違いなく。

しかし、幸運なことに隊長の男の声によって、それ以上女性がこちらに注意を向けることは無かった。

 

「撃てー! 」

 

銃声が真夜中の森にけたたましく響く。

銃声のおかげで、兵士達には気づかれずに会話が出来る。

とりあえず、三匹に永林と呼ばれた女性にばれていることを話す。

マギリが憎々しげに口を開く。

 

「八意永林か……。確か、お前に会ったときに少し話したな」

 

そういえば、名前と少しの噂だけ言われた。聞いたことがある気がしていたのは、このせいか。

それを聞いたミツバが口を挟む。

 

「あいつらが地上にいた頃から有名だったのか? だったら、かなりの実力者だな」

「間違いないな。あの数の兵士達とやりあえるとは思えないが」

 

その時、銃声が止んだ。先程から少しずつ減っているような気はしていたが……まさか、一人であの数を倒したのだろうか。

 

「出てらっしゃい。居るのは分かってるわ」

 

聞こえてきたのは女の声。

どうやら、兵士達は全滅したようだ。

俺達は観念して、大人しく出ていく。

 

「私達に何か用かしら? 突っ込んでこなかったところを見ると、知性はあるようだけれど」

 

永林の言葉にマギリが返す。

 

「今更、地上に何の用だ? 」

「あら? あなた達、意外と物知りね。私達が地上に居たことなんて、月でも知らない人が居るくらいなのに」

「そんな事はどうでも良い。目的は何だ? 侵略か? 」

 

俺の言葉に心外だと言うように永林が話す。

 

「まさか。ただの逃亡よ」

「逃亡だと? 何故? 」

「話す義理は無いわ。早くこの場を離れなきゃね」

「俺達がただで逃がすとでも? 」

 

マギリの言葉に永林が弓矢で返す。

弓矢はマギリの目の前で、カダンの結界に阻まれ、力無く地面に落ちた。

それを見た永林の表情がきつくなる。

 

「そこらの小妖怪とは違うみたいね。輝夜、離れてて」

 

輝夜と呼ばれた、先程から不安げに永林にしがみついていた少女が離れていく。

戦闘に入ろうとした時、ミツバが俺に話しかけてきた。

 

「なあ、わざわざ戦う必要あったか? 」

「あるさ、あいつのせいで月が攻めてきたらどうする? 」

 

俺が一番危惧しているのはそれだ。

天才と呼ばれた八意永林。技術の流出が大嫌いなあいつらにとっては、最も消したい存在のはずだ。

月と地上の関係は絶っておくべきだ。

 

「勝てるのか? あの数の兵士を一人で殺った奴だぜ」

「やらなきゃ、月に地上への攻撃の理由が出来ちまう。月の総攻撃を受けるよりましだ」

 

言い終わると同時に会得したばかりの光線を撃つ。

それに対して、永林は矢を撃って光線に当てて相殺させた。恐ろしい腕前だ。……まさか、銃弾もこれで防いでいたのだろうか。

とにかく、相手が相当な実力者であることは分かった。それでも、やるしかない。

仲間に攻撃の合図を送る。

ミツバは合図を忘れたようだが、マギリとカダンはきちんと覚えていた。

マギリが妖力で鎌を作り出し、カダンは結界をはる準備に入る。ミツバはそれを見て、羽を動かし飛び上がった。

俺が妖力弾を撃ち、戦闘は始まった。

 

 

戦法はいつも通りだ。ミツバが素早さを活かして撹乱し、カダンは能力で援護、俺が妖力弾で動きを止め、マギリが突っ込んで仕留める。

……『言うは易し、行うは難し』とは、よく言ったものだ。今の俺達がまさにその状況だろう。

ミツバは弓矢で素早さを活かせず、俺が撃つ妖力弾は全て打ち消され、マギリは隙を見つけられずに接近出来ずにいる。

唯一カダンはいつも通りに動けているが、それだけではどうしようもない。

正直、甘く見ていたかもしれない。所詮一人の人間だと。四匹の妖怪に勝ち目は薄いはずだと。

だが、現実はどうだ。

あいつは恐ろしいことに先頭が始まってから全く移動していない。全ての攻撃をその場から動かずに捌きき、遠距離攻撃が得意なのが俺だけでも、ミツバとマギリも攻撃はしているのだ。3方向から襲い掛かる猛攻をものともせず、むしろ押している。

 

「これはまずいな」

 

マギリも自分達が押されているのは分かっているようだ。

先程から弓矢に当たる頻度が増えてきている。

結界が防いでくれているが、カダンの妖力はそこまで大きいものではない。

それに対し、あいつはほぼ無尽蔵に霊力の矢を作れるようだ。霊力が余程大きいのだろう。

長期戦は不利。そう判断して、俺は賭けに出た。

被弾を無視して、妖力を集める。

妖力弾が撃たれなくなったのを見て、永林もマギリ達も俺が何かをする気だと気づいたようだ。

妖力をひたすら集め、俺の最大の攻撃を放つ準備をする。

永林の攻撃が激しくなっているが、関係ない。カダンの結界、マギリとミツバの援護を信じる。

当然、永林は俺を狙ってくるがマギリとミツバがそうはさせまいと、恐れを捨て、接近戦を仕掛ける。

だが、それでも永林はマギリとミツバの必死の攻撃を捌き、俺への射撃を難なくこなしている。

放たれた矢が、俺を包む結界を確実に削っていく。

あまり長くはもたない。それにマギリとミツバも攻撃を受けている。

あと少しなのだ。それまで耐えてくれと祈る他無い。

その時、ミツバを包む結界が遂に壊れた。これでも、よく耐えたと言える方だろう。

結界なしで接近戦を続けるのは自殺行為だ。しかし、ミツバは離れようとはしない。二匹がかりでこれなのだ。一匹でも離れれば、あっという間に均衡は崩され、俺達が負ける。

ミツバは必死に矢を避け、注意を引き付ける。マギリもミツバを可能な限り狙わせないよう、より大胆に攻めこんでいく。

マギリの鎌とミツバの針が、永林に襲い掛かる。しかし、その全てが虚しく捌かれていく。

マギリとミツバが限界に達しようとした頃、俺は漸く妖力を十分に集めた。後は、これを急いで収束させ、撃つだけだ。

脚を大地に突き刺し、体を固定する。その音でマギリとミツバが、永林から離れる。

準備は整った。

狙いを定め、妖力の光線を撃つ。最初に撃ったものとは、比べ物にならない威力を持って、それは一直線に永林へと向かう。

その時だった。

脚に痛みを感じた。次の瞬間、背中に衝撃が走った。

 

(何だ!? )

 

突然の事に思考が混乱する。

脚を見ると矢が突き刺さっている。

それを見て理解できた。

永林に脚を撃たれ、反動に耐えきれなくなり、吹っ飛んだのだ。

俺が撃った光線は明後日の方向に飛んでいき、その威力を発揮する事は無かった。

悔しさを噛みしめ、俺は意識を失った。

 

「ぐう……」

 

うめき声を漏らしながら、起き上がる。

既に永林の姿は無く、代わりに仲間が倒されているのを見た。

 

「……! 大丈夫か!? 」

 

慌てて仲間達に駆け寄る。

どうやら、死んではいないようだ。おそらく、攻撃を受けて気絶したのだろう。

……あいつらには逃げられてしまった。俺達は、たった一人の月人に負けたのだ。




第一話を新しく書き直そうと思っています。おそらく、次話はその後になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。