短編置き場 (オシドリ)
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ハイスクールD×D・プリニ―

ハイスクールD×Dの世界にプリニ―を突っ込んでみた。


 

 拝啓、オイラを転生させた神へ

 

 元気ッスか?オイラは元気ッス。

 

 まだ若かったあの時は散々世話になったッス。

 前世で色々やんちゃをした所為ッスか、今では落ち着いているッス。

 

 お蔭で就職も中々良いところに出来たッス。

 

 ん?どんな仕事だってスか?言い忘れたッスね。

 

 オイラは今―――、

 

 魔界で奴隷をやっているッス。

 

 

 魔界、グレモリー邸。

 

『プリニー、お茶を持ってきなさい。いつものを5人分ね』

「わかったッス。直ぐ持って行くッス」

 

 主人からの念話を受け、プリニーは書いていた日記を閉じる。

 

 プリニーは、ペンギンのぬいぐるみのような形をした悪魔だ。くりくり、としたつぶらな瞳に、悪魔の証である背中に小さなコウモリの羽がある。腹には様々な道具を詰めたポーチを持ち、首に赤いマフラーを巻いていた。

 

 プリニーはあてがわれた部屋(普通、プリニーには部屋なんぞ与えられないが、主人の兄であもある魔王様が用意してくれた)から出て、てくてくと歩いて厨房へ向かう。厨房につめていた料理人たちに一言挨拶し、主人に言われた通り、いつもの物を用意する。

 

 まず紅茶だ。これは魔界の一部地域で生産される高級品である。芳醇な香りと深みのある赤い水色が特徴で、一口飲めば強い甘みとコクのある味が広がる。味が濃いが後に残らないため、ストレートでもよし、ミルクを入れてもよしという素晴らしい紅茶だ。

 

 菓子には特製のオレンジタルト。今回のは自信作だ。魔王や上級悪魔たちが利用するホテル・オークラマカイのレシピを(盗み出して)忠実に再現したものだ。甘みと酸味のバランスが素晴らしい。

 

 手際よくワゴンにティーポッドと菓子、5人分の食器類を載せ、プリニーは転移室へ向かう。そして魔法陣の上に立つ。

 プリニーは行き先を[私立駒王学園]に設定し、なけなしの魔力を使って起動させる。

 

 魔法陣から光が溢れ出し、目の前が光で塗りつぶされる。光が収まると、先程とは違う景色となっていた。うん、駒王学園、そのオカルト部の部室だ。転移は成功したようだ。

 

「リアスお嬢様、お茶をお持ちしたっス」プリニーが声をかけるが、返答は無い。

「およ?いないッスね」

 

 プリニーが疑問の声をあげると、別の声が答えた。やや幼さの残る声だった。

 

「リアス先輩ならシャワーを浴びに。姫島先輩はその付添い。木場先輩は出かけている」

 

 声がしたほうに振り向けば、ソファーの上に主人の眷属である搭城小猫がちょこんといた。いつものように眠たそうな表情をしている。

 うむ、ないすろり。

 

 言われてみれば、教室の奥にあるシャワー室から水音が聞こえる。

 シャワーカーテンには主人の影が映し出されていた。

 うむ、ないすばでぃ。

 ぜひ生の肢体を拝みたいが、今は仕事中である。我慢、我慢である。

 

「……いやらしい顔。それと、どこ行くの?」

「あ、オイラとしたことが、ついッス」

 

 身体は正直だった。

 

「プリニー、今日のお菓子は?」

「ちょっと待ってくださいッス」

 

 プリニーは手際良くタルトを切り分け、皿に盛り付ける。アンティークのフォークを添えて、小猫に差し出した。

 

「どうぞッス。トゥデイのお菓子はプリニー特製のオレンジ・タルトッス」

「ん」

 

 小猫はフォークで小さく切取り、ぱくりと一口。

 

「……88点」

「むう、今日こそは90いくかと思ったんスが……」

「もう少し、オレンジの酸味が欲しい。あとお酒の匂いが苦手」

「……それは子ど――」

 

 ぶすり。

 プリニーの額にフォークが突き刺さる。

 

「――痛いッス」

「プリニーが悪い。それと、新しいフォーク」

「へいへいッス」

 

 このやり取りも慣れたもので、予備のフォークを取り出し、小猫に渡す。 

 ちなみにフォークは突き刺さったまま。シュールだ。

 

「部長、つれてきましたよ」

 

 ……チッ、男がきやがった。男の天敵、イケメンで女性にモテる男、木場祐斗だ。マジイケメン死すべし。その後ろにはこれまた別の男がいた。

 知らない顔だった。顔は悪くない。だが男と言う時点でアウト。そもそも、なぜ人間を―――。 

 

「……ん?人間、ではないッスね。知らない悪魔ッス」

 

 微かにだが、悪魔の匂いがする。ただ、男からはそれ以上に強烈なまでの神器が感じられた。はて?どこかでーー。

 

「――で、こちらがプリニー。昔から部長の家に仕える悪魔だよ」

「ペ、ペンギン?」

 

 上からかかった声に、プリニーは俯いていた顔を上げる。すぐさま反論する。

 

「違うッス。プリニーッス。ペンギンじゃないッス」

「す、すまん」

 

 焦った表情で、頭を下げて謝る一誠。

 その行動にプリニーは半眼になり、怪訝な顔を浮かべた。

 兵藤一誠とやらは、どうも悪魔になったばかりなのだろうか?対応からして、プリニーを知らないようだった。

 つまり、新しい下っ端。下僕だ。そうプリニーは判断した。

 

「で、誰なんスか、コイツ。下僕?」尊大な態度でプリニーは訊ねた。

「兵藤一誠くんだよ。詳しくは部長が説明するよ」

 

 それより、頭にフォーク刺さっているよ。ああ、忘れてたッス。

 

 そんなやりとりしていると、カーテンが開けられ、プリニーの現主人、リアス・グレモリーが現れた。濡れた紅髪と上気した肌がひどく艶かしい。

 後ろには、黒髪ポニーテールの姫島朱乃が控えていた。美人だ。この国でいうなら大和撫子というだろう。だがドSだ。いたぶる事に快感を見出す様な変態お姉さまだ。プリニーはマゾッ気は無く、またよく朱乃に苛められるため苦手としていた。

 

「さて、全員揃ったわね?」

 

 リアスはゆっくりと面々を見渡し、「うん」と軽く頷く。

 

「兵藤一誠くん、いやイッセー」

 

 なにィ!ニックネームで呼ぶだと!?そこまで親密なのかッ!親密なのかァ!?

 下僕の癖に生意気なッ!

 

「私たちオカルト部は、貴方を歓迎するわ。――悪魔としてね」

 

 これは、まさか……。

 

 オカルト部、男、増員だと!

 

 プリニーは絶望した。

 

 

「―――お茶が入ったッス」

 

 ブスリ、といった表情でソファーに座るオカルト部の面々+αにカットしたオレンジタルトを配り、紅茶を淹れるプリニー。

 5人分というのは 一誠とやらのためらしい。ついにデレたリアスが「残りの一つはプリニーのよ?」と甘い声で言ってくれるのだと思っていた。だが現実は厳しい。

 内心、一誠がうらやましい……。

 

「あら、この紅茶は……」紅茶の香りを楽しんでいたリアスが声を上げる。

「魔界の北東部、アッサームマーカイで採れる紅茶ッス。今年の新茶ッス。お好みでミルクと砂糖をどうぞッス」

「あ、うまい」一誠が言う。

「当然ッス」ふん、とプリニーはぞんざいに答える。

「で、どうしたんスか?この悪魔」

「あら、プリニー分かるの?」リアスが驚いたように言う。

「オイラはこれでも永く生きているッス。匂いで悪魔か人間か、分かるッス。ただ悪魔にしては匂いも薄いッスし、チグハグすぎるッス。生まれたばっかりッスか?」

「そうね……、イッセー、一から説明するわ」

 

 リアスはカップを置くと、一誠を見据え、語り始めた。

 

 要約すると、一誠は神器を宿しており、それに目をつけた堕天使に騙されて殺されてしまったらしい。  で、たまたま持っていたチラシ(悪魔特製の召喚陣のついたヤツ)で主人を呼び出し、命を助けるために悪魔になった、らしい。

 

 なんというか、運が良かったのだろう。神器を知らない人間が悪魔に助けられたのだから悪運と言うべきか?

 

 リアスは急かし、一誠の神器を顕現させようとしていた。

 

「ドラゴン波!」

 

 一誠が声を張り上げ、開いた両手を上下に合わせて前に突き出す。

 瞬間――、

 

「な、なんじゃこりゃああァァ!?」

 

 光が溢れ出し、一誠の左腕に段々と形を成していく。

 現れたのは、見事な装飾がされた、赤い篭手。

 

 ―――はて、どこかで見たことあるような、無いような……?

 

 プリニーは一誠の篭手にどこか疑問を覚えたが、直ぐに考えるのをやめた。

 正直、男のことなんぞどうでもいい。感じからして神器では一般的な『龍の手』だろう。多分な。

 

「―――それで、我が家の雑用係、プリニーよ」

 

 リアスから紹介される声を聞き、プリニーは背筋を伸ばす。

 

「プリニーッス。よろしくしてやるッス、下っ端」ふんす、と胸を張って言う。

「あっ、ああ……」

「イッセー、気にしないでいいわ。そいつタダの雑用だから」リアスが言う。

「酷いッス!虐待ッス!一日20時間労働で年2回のボーナスはイワシ一匹、有給は10年に一回という条件でもめげず、たった一人(匹?)で全ての雑用をこなすオイラに対してなんて仕打ちを!?」

 

 騒ぐプリニーにリアスは満面の笑みを浮かべて、

 

「―――別に辞めてもいいのよ?替えはいるから」

 

「超ごめんなさいッス。オイラが悪かったッス。クビにしないでくださいッス。マジお願いッス」

 

 速攻でリアスの足元にスライディング土下座をかまし、プリニーは主人(リアス)に許しを請う。

 プリニーにとって、グレモリー家は破格の好待遇なのだ。他の家だと一日23時間、ボーナスも有給もないのだ。

 

「部長、反省しているみたいですし……」一誠が言う。

 

 リアスは部員を見渡す。みな苦笑していた。最後にプリニーの姿を見て、小さくため息をついた。

 

「――分かっているわよ。クビにはしにないわよ」

「ほ、本当ッスか!?」勢いよく顔を上げるプリニー。その顔には喜色が浮かんでいた。

「ええ、本当よ」

「有難うッス!今日はオイラ特製のサラダを作るッス!」

「ええっと。確かオリオ・パインのサラダだったかしら?」

「そうッス」プリニーは言う。

「そう……、楽しみにしているわ」

 

 下がって、とリアスは言い、プリニーは一誠の後ろまで下がった。

 そのやり取りを利いていた一誠は、愕然としていた。

 

(こいつ……、まさか全て狙って――!?)

 

 オリオ・パインのサラダ。

 

 一誠には、プリニーがやったことが全てわかってしまったのだ!

 リアスが言ったサラダに隠された意味。

 

 オリ()パイ(・・)ン=おっぱい

 

 それにこのプリニー、顔を上げる瞬間、一瞬だけリアスのスカートの奥を見ていたのだ!

 

 一誠は少しだけ、顔をプリニーに向ける。

 

(くっくっく……)

 

 プリニーは良い笑顔だった。

 プリニーに一誠に近付き、小声で話しかける。

 

(ククク、今のに気づくとは……。中々に見所のあるむっつりスケベよ……)

(ああ、アンタのような奴が居るとはな……)

 

((グヘェヘェへへ……))

 

(見たところ、貴様はオッパイニストのようだな。ふふふ、まさか、人間界にもオッパイニストがいるとはな……)

(ああ、おっぱいは漢のロマンだ)

 

 迷いの無い一言。この言葉にプリニーは大きく頷く。

 

(素晴らしい。今日は良い日だ)

(ああ、良い日だ……)

 

 デュフフ……。

 エロ顔を浮かべるペンギンと、これまた朝のことを思い出してエロ顔になる一誠。

 

(いやー、最近のリアス様と朱乃は発育が良いし、メイドたちもグッド。白猫はあの初々しい身体がたまらない)

(くっ、な、何てうらやましい……。俺も見たいぞ、メイドさん……)一誠は続けて言う。(だが白猫はまだおっぱいが小さいからなあ……)

(……貴様、チチしか見ていないのか?)

 

 プリニーがドスの利いた声で言う。対する一誠は、だっておっぱいまだ小さいじゃん、と言い切った。

 プリニーは激怒した。 

 

「分かっていない、分かっていないっス、イッセー!」

「貴様、俺が分かっていないというのか!このオッパイニストたるこの俺が!?」

「それが青いと言うのだ、イッセー!」

 

 プリニーは断言する。

 

「いいスか?チチが大きいのは素晴らしい。それは認めよう。だが貴様はチチしか見ていない。大きければいいと言うのか?貴様は、巨乳しか愛でられないのにオッパイニストだと胸を張って言えるのかッ!?」

「なッ……!」

「オッパイニストというのはなあ……。無乳、貧乳、普乳、美乳、巨乳、魔乳……、全てのチチを愛でて、初めて真のオッパイニストになれるのだ!」

 

 ばばーん。

 

「貴様は巨乳にしか目を向けていない……。そんなんでは真のオッパイニストとは呼べん」

「お、俺が、間違っていたのか……」

 

 この言葉にイッセーはただ涙を流す。

 そうだ。全てのおっぱいを愛でてこそオッパイニスト。

  

「イッセー」慈愛の笑みを浮かべたプリニーが言う。

「誰にだって最初は失敗するのだ。私も、この境地へ至るのに様々な困難があった。だがイッセー、貴様は素晴らしい才能がある。ひとつはおっぱいを追求する姿勢と、おっぱいを愛する心だ。きっと真のオッパイニスト、いや、私もまだ辿り着けていない至高のオッパイニストになるかもしれん……」

 

 イッセーは涙を拭い、宣言する。 

 

「俺は、俺は、至高のオッパイニストを目指すッ!」

「そうだッ!その心意気だ!」

「ああッ!プリニー!いや、師匠と呼ばせてくれッ!!」

「いいともッ!イッセー、貴様は今日から弟子だッ!そして、至高のオッパイニストを目指す友が出来た記念として、コレを歌うおうではないかッ!!」

 

 

~おっぱいの歌~ 作詞・作曲・編曲 プリニー

 

『それは神秘のかたまり 漢の希望が詰まっているのさ』

 

『それは二つのふくらみ 漢の夢が詰まっているのさ』

 

『一度触ったらやめられない 一度見たら忘れられない』

 

『それは何か?』

 

『 おっぱい だー!』

 

『スベスベしっとりとして 手に吸い付くおっぱい』

 

『つん、と気高く上を向く 生意気そうなおっぱい』

 

『ブルンブルン、と揺れる むっちり柔らかおっぱい』

 

『どれも大好きだっー!イエーっ!』

 

『おっぱい!おっぱい!おっぱい!』

 

『我等はおっぱいが大好きさ!』

 

『おっぱい!おっぱい!おっぱい!』

 

『無乳、貧乳、普乳、美乳、巨乳、魔乳、イエーッ!』

 

 

「……朱乃」

「はい、お嬢様」

 

 リアスの命を受けた朱乃がスッと一歩前に、そして手を振るう。

 

「げばらぁッ!?」

 

 ドS女王・朱乃による最大出力の雷が落ちた。プリニーだけに。

 

「わ、我が人生、未だ至高の世界を見ず……、無念……っス」

「し、ししょーッ!」

 

 丸焦げになったプリニー。一誠がすぐさま助けようとするが、

 

「イッセー」

 

 ビクッ、と動きを止める。

 リアスの声はとても穏やかで、色気のあるものだった。

 なのに、身体が震える。怖い。

 身体が、動かない。動けない。

 

「それ以上、くだらないことをしていると」

「し、していると?」

 

 脂汗を流しながらも、イッセーは訊ねた。やめろ、聞くな。聞くんじゃない!そう脳内で訴える声があった。

 

 ――もぐわよ?

 

 にっこりと。

 良い笑顔で言うリアスに、思わず股間がひゅんとなった。

 

「返事は?」

「はいッ、わかりました!」

 

 一誠の最敬礼にリアスは満足げだった。

 

「良い返事ね。じゃあ、話を進めるわ」

 

 リアスが語ったことは一誠にとっては衝撃的な、そして夢のような話だった。

 

 ハーレム。

 それは男の浪漫。

 

 人間では難しい。が、悪魔だとこれが出来る(偉くなれば、だが)。

 

 ハーレム、おっぱいハーレム!と騒ぐ一誠。

 ここまで欲望に忠実なのも珍しいわね、とリアスは楽しそうに笑っていた。

 

「じゃあ、仕事の、契約について説明するわね」

 

 ざっくり言えば、悪魔は『願い』を叶える代わりに、人間は『対価』を支払う。

 これを重ねていき、大きな仕事をこなし、魔界の王に認められれば爵位も貰える、というもの。

 

 早速、リアスが試しに仕事を任せようとするが、

 

「リアス様。さすがに初心者、しかも悪魔になりたての人物にいきなり1人で仕事を任せるのは拙いッス」

 

 どうにか復活したプリニーが苦言した。まだ身体からブスブスと煙が立ち上がっているが、動けるようになったようだ。

 

「あら、生き返ったの?死んでていいのに」

「そんなこと言わないで欲しいッス。まあそれは置いといて」

 

 真面目な話ッス、とプリニーは言う。

 

「確認ッスが、イッセーは昨日、悪魔になったんスよね?」

「そうよ?」

「イッセーは堕天使に襲われたッスよね?」

「あ、ああ」

「それがおかしいんッス」プリニーが言う。

「ここいらは魔界でも最高位の悪魔、グレモリー家の領地となっているッス。だから本来は天使や堕天使はおろか、そこいらの悪魔ですら近づかないッスが……」

 

 ハッ、とした表情でリアスたちが気付く。

 そうなのだ。ここはグレモリー家の領地。これは常識的なことで、知らないはずがない。

 

 ここで天使・堕天使が騒げば、再び全面戦争になりかねないのだ。

 可能性としては、ここがグレモリー家の領地だと気付いていない唯の馬鹿とも考えられるが、誰かが何かしようとしているのか、と考えたほうが筋は通る。

 

「なんにせよ、理由は不明ッスが最近は何かと物騒ッス。誰かがついたほうが良いッス」

 

 沈黙。

 リアスは目を閉じて、指で机を叩きながらプリニーに言われたことを熟考する。

 暫くして、リアスは静かに目を開ける。そして言う。

 

「なら、貴方が付きなさい。プリニー」

「オイラッスか?」驚いた声色でプリニーが言う。

「あの、大丈夫なんですか?」

 

 一誠が疑問の声を上げる。

 どうみても強そうには見えない。はっきり言って。DQのスラ○ム程度にしか見えない。

 

「大丈夫よ。プリニーの癖にそれなりに強いし、何かあればそいつを楯にすればいいわ。何かあれば私が直ぐに駆けつけるし」

 

 酷え。そして仕事が増えた。

 

「藪蛇だったス、言わなきゃ良かったス……」

 

 と言うわけで、暫くの間、プリニーは一誠の仕事に付き添うことになった。

 

 

 深夜。

 閑静な道を爆走するママチャリ。

 

「うおおおおおォォッッ!!」

 

 泣きながら漕いでいるのはこのたび新しくリアスの下僕となった一誠。籠にはチラシと共にプリニーが乗っていた。

 

「ういー、頑張るッス」

 

 やる気ない声でプリニーが言うと、一誠は再び「何でだーッ!」と騒ぎながら漕ぐスピードを上げた。

 

「仕方ないッス。魔力が無いのがいけないッス」

「うおおおォォン!そうだよなあァ!魔力が無いからなァ!!」

 

 そう、この一誠。

 悪魔になったというのに、全く魔力が無いのだ。それも魔力消費量最低である転移陣が反応しないほど。

 そのため、悪魔が契約に回るためにママチャリを漕ぐという恐らくは史上初の珍事が起こっていた。

 いと哀れ。プリニーは笑い転がりまわった。

 そしてリアスから減給処分を言い渡された。酷い。

 

「あ、そうそう。言い忘れてたッスが、オイラ達プリニーは衝撃を与えると爆発するッス」

「ニトログリセリンかよッ!?」

「だから衝撃なく、スピーディにチャリ漕ぐッス」

「うおおおおおォォッッ!早く出世して女の子に囲まれたいィィ!!」

 

 そら当分先ッス。

 プリニーの言葉は一誠の絶叫に混じって暗闇に消えていった。

 

 

 携帯悪魔機で調べながらママチャリを漕ぎ続けて暫く。

 ようやく目的の家に辿り着き、初契約をとるとしたのだが……。

 

 依頼主――森沢さんといった――は小猫に来てもらいたかったようだ。

 確かに、貧乳好きで、しかも有名なアニメのキャラに似ている。だから制服を着てもらいたかったのだろう。

 

 一誠が小猫の代わりに制服を着ると言うと、森沢さんが泣きながらキレた。

 そら怒るだろ、とプリニーは思いつつも、落ち着いたところを見計らって一誠に助け船を出した。

 

「駄目ッスよ、イッセー。依頼主を怒らせちゃ契約できないッス」

「嫌だってなあ、どうすれば……」

「仕方ないッスねー。ちょっと待つッス」

 

 ゴソゴソとポーチの中を漁る。

 

 ぱんぱかぱーん。

 

「プリニー特製 [ちょっとHなアルバム ~ 貧乳悪魔っ子編 part1 ~ ] ッスー」

 

 プリニーが巻き舌気味に言ってポーチから取り出したのは、少し分厚いB5サイズの、表紙にはコウモリの羽をデザインしたイラストが描かれていた本だった。

 

「なにこれ?」

「まあ見てみるッス」

 

 半信半疑のまま、森沢さんはページを捲る。一誠も気になるのか、後ろから眺めていた。

 

「「おおおッ!?」」

 

 メイド服や水着姿、中にはかなり際どい服装をした悪魔達のパンチラや胸チラなどの写真をプリニー自らが厳選し、収めた本である。

 

 ちなみに品質の高さから一部の上級悪魔や魔王も買っている。お値段は2万円(円換算)。

 

「オイラ達プリニーは魔界、冥界、天界にいるッス。ガードが固いッスから、集めるのは命がけッス。でも品質は保証するッス。また悪魔は傾向として貧乳が少ないッス。けっこーレア物ッス」

「なにィ!?じゃ、じゃあ悪魔は巨乳が多いのか!?」

「そうっスね。ちなみに堕天使も巨乳の割合が多いッス。天使は美乳ッス」

「これの巨乳編は!?」

「あるッスが、今仕事中ッス。後にするッス」

「……おー」 

 

 無言でアルバムを捲っていた森沢さんが顔を上げる。真顔だった。

 

「……これ、part1ってことは他にもあるの?」

「あるッス」プリニーが言う。

「えーと、「ちょっとエッチなシリーズ」は今のところ天使・堕天使・悪魔ともにpart3まで出てるッス」

 

「全部くれッ!!」

「税込み18万円ッス」

 

 値段を聞いて森沢さんはたじろいだ。流石に一月の手取りの大半を持っていかれるには躊躇した。

 

「まあ、毎月1冊づつ買えば良いッス。それなら負担も少ないッスよ?他のシリーズも買ってくれるなら少しまけるッス」

「買ったッ!」即決で決める。

「毎度ッスー。……って、つーか、これじゃあオイラが契約することになっちまうじゃないスか。イッセー、どうにかするッス」

 

 どのみち、これでは契約は無理だ。だったら、心象良くする為に何かアフターケアでもした方が良い。

 

「あ、アフターケア?」

「そうッス」

「ま、何でもいいッス。なにか共通の話題で討論するなり、エロ属性について話すのもいいッス」

 

 プリニーは言わなかったが、願いを叶える方法はある。

 

 確かに唯の人間、それも一般人には「一生遊べるだけの金持ちになる」や「美女や美少女によるハーレム」という願いは釣り合わない。

 

 これは依頼者から範囲や効果も指定されておらず、漠然としているからだ。

 

 このような場合、悪魔は悪魔の基準で物事を図るため、人間には対価を支払えない無茶苦茶な設定(金持ちなら世界で流通している全ての金が集まる、ハーレムなら世界中の美女や美少女が常に集まってくるなど)を平気で行う。

 

 当然、対価は払えないので金や美少女を見た瞬間、死ぬというような条件付で願いを叶えるのだ。

 

 これは昔からそういう仕組みになっている。かつては人間が死んだとき、悪魔は人間の魂を回収していた。当時、人間の魂というのは、人間で言うところの貨幣のようなものであり、悪魔には貴重な財産だったからだ。一般人の魂は価値は低いが、徳の高い聖職者は大変貴重だった。分かりやすく言うなら、一般人の魂を1円とするなら、聖職者の魂は1万円ぐらいの差はあった。

 そのため、かつては最高の魂である歴代教皇の魂をめぐって天使と悪魔で血みどろの争いがあったのだが……。

 

 ともかく、こうすることで、簡単に効率良く集めること出来る。という訳である。

 

 ただ、現在は純粋な悪魔が減っていき、下僕になった人間が増えた。結果、新しい考え方も入っていったため、仕組みだけ残っているのだ。

 

 さて、ではどうすればいいのか?

 この仕組みには問題点も有る。内容を絞ればいいのだ。

 

 例えば「寿命一年分で出来る願い」を叶えて貰う、宝くじで1万円が当たるといった「少し幸運になる」や「1人の美少女と出会い、顔見知りになる」などといった願いは、比較的小さな対価で叶えられるのだ。

 

(まあ、こんな事を言う気はないッスけどね)

 

 プリニーは最下級ではあるが、悪魔だ。悪魔たるもの、聞かれても無いことを言うことはない。

 

 決して美少女と仲良くなったリア充を増やしたくないと思ったからではない。ないったらない。

 

 リア充死すべし。

 

 結局、プリニーの言葉が契機になったのかわからないが、一誠と森沢さんは朝までドラグソ・ボールを語り合っていた。

 

 一誠は契約は取れなかったが、プリニーの助けと一誠の語り合いによってアンケートではたいへん高評価であったという。

 

  

 後日。

 

 今度は絶対に契約を結ぼうと意気込む一誠とプリニーがやってきたのは、学園からやや離れたマンション。

 呼び鈴を鳴らし、玄関を入っていくのだが……、

 

「いらっしゃいにょ」

 

 野太い声と共に現れたのは筋肉。フリフリのゴスロリ衣装を纏い、ネコミミをつけた筋肉。

 

「オイラちょっと用事を思い出したッス。帰るッス。あとは頑張ってくださいッス」

「まてまてまてッ!逃げる気か!?」

「放せッスー!オイラまだ死にたくないッスー!」

「どうしたんですかにょ?」

 

 何で揉めている分からない漢が小首を傾げながら言う。どうみても世紀末覇者な拳王様にしか見えません。

 

(こ、こうなったらイッセー、一蓮托生ッス。とりあえずどうにか話を進めるッス)

(あ、ああ……)

 

 小声で言い合いながら、二人は深呼吸し、無理やり心を落ち着かせる。

 

「で、わ、我々、悪魔を呼んだ理由とは……?」

 

 一誠が恐る恐る訊ねると、ミルたんは眼光鋭く目を見開き、野太い声で告げた。

 

「ミルたんを魔法少女にして欲しいにょ」

「異世界に行って下さい」

「既に試したにょ」

「試したんかいッ!?」

 

 いや、これ契約無理ッス。

  プリニーは即座に判断した。どう考えても無理。魔王様でも裸足で逃げ出す。

 神様仏様魔王様、誰でもいいから助けて。

 

「悪魔さんッッ!ミルたんにファンタジーな力を下さいにょッッ!!」

 

 音響兵器のような慟哭に、一誠は後ずさりし、プリニーは吹き飛ばされた。

 

「相談に乗るからッ!落ち着いてミルたん!」

 

 一誠の決死の声が聞こえたのか、ミルたんは泣くのをやめ、満面の笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、皆で考えるにょ。取り合えず、一緒にこのアニメを見るにょ」

 

 この日はどうにか平和に、ミルたんと一緒に『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』というアニメを見ることになった。

 意外に面白かった。

 

 

 翌日。

 

 リアスは満面の笑みを浮かべて、上機嫌のまま一誠を褒めちぎっていた。

 朝まで一緒にアニメ見ていただけなのに何で、と思ったが、どうやらミルたん、魔法が使えるようになったらしい。

 

 アンケートには契約成立と、『悪魔さんのお陰です』との最大級の賛辞が書かれていたらしい。

 

 何のことかさっぱり分からなかった。 

 

(おい、魔法を教えたのか。何で早く言わなかったんだよ?)

(違うッスよ、イッセー。オイラは魔法を教えていないッス)

(じゃあ何でミルたんのアンケートに魔法が使えるようになったって書いてあるんだ?)

(帰り際に『大切なのはイメージ、常に魔法を使っている最強の自分を思い浮かべること』って適当にそれっぽく言っただけッス)

 

((…………))

 

(何も言わない方が良いッスね)

(だな)

 

 一誠とプリニーは忘れることにした。

 

 こんな感じで、『正史』とはちょっと違う、イッセー&プリニーの物語が始まる……。

 

 かもしれない。



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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依

自己中心的な性格で、内乱を企てて射殺された、良い所無しな守原英康に憑依した。


 守原英康は異端である。

 

 彼の傍にいるのは老いた剣牙虎(サーベルタイガー)の真改と従兵長のみである。将校なら大抵いる個人副官を持たず、西ノ守一丁目にある守原家の上屋敷に住んでいない。

 上屋敷から離れた場所に小さな屋敷――と言っても、世間からすれば十分に立派で大きい――を建て、そこに自身より遥かに若い妻と息子、僅かな侍従だけが住んでいた。

 

 何故かと言えば、彼は周りから恐れられていたからだ。

 まずは見た目。凶相の男である。まるで悪鬼だ、と呼ばれるほどだった。

 騎兵将校として身体は鍛えられているのだが眼光鋭く、眉間には鏨で刻み込んだかのような皺が歳を重ねる毎に増えている。常に何かを睨みつけているようで、口数が少なく、滅多なことで表情を動かすこともない事から気の弱いものなら怯えてしまう雰囲気があった。

 

 そして、有能過ぎた。

 英康は生まれてすぐに歩こうと動き出し、言葉を理解していた。

 少年期には多くの知識を吸収しようと様々な教師に師事し、特に語学には特別な才能を有していたようで母国語である<皇国>だけでなく、この<大協約(グラン・コード)>世界最大の大陸ツァルラントの大部分を統治する超大国<帝国>や大陸西南の半島部にあるアスローン諸王国、また大陸西南端と繋がる冥州大陸の南冥民族国家群の言語を使いこなし、その他にもいくつかの言語を解した。

 

 青年期にはちょっとした発明品で特許を取っては売り、その金で守原の旧式艦と潰れかけの回船問屋を買い取り、商売を始めた。丁度、<皇国>が再統一された時期でもあり、時流に乗れたのだろう。そこから各地との交易で大きくなり、皇都でも有数の大店へと発展させた。

 

 この頃には当初は天才だ、神童だと褒め称えていた一族も、凶相になっていき、常に何かに駆られるように動き続けている英康の姿に圧され、恐れる様になる。

 英康はこれに気付いていたが止まる事無く、陸軍将校として忙しく動き回る傍ら、稼いだ資金で新しい商会を設立し、斬新な発想で次々に新しいものを生み出していった。それは衆民向けの品物が多く、貴族的な思想の強い一族と大多数の将家からの反発も大きかったが英康は実力で黙らせた為、恐れは嫌悪と妬みに変わった。

 

 すると英康を排除しようと考える者が出た。

 だが、英康は当主であり兄の長康と非常に仲が良く(これは英康が芸事好きの長康の為にと劇場を建てた事も大きい)、また五将家の駒城と西原とも個人的に仲が良かった。何か事が起きればこの三者が動きかねない。

 

 しかもこの時、東洲で反乱が起きた。反乱は鎮圧したがこの時に掛かった戦費で将家は大きく疲弊し、また天領での自由化政策による発展で将家領は発展が遅れがちになり、財政難に苦しむようになる。将家は対応に追われ、ちょっかいを出している暇が無かった。

 

 守原家はマシな状況だったが、今の贅沢な暮らしを維持する為には、英康から何かにつけて行われる援助が必要不可欠になっており、表向き敵対する者は居なくなった。

 

 壮年期に入ると大富豪で好事家の須ケ原三郎太と共に熱水機関の実用化に関わり、これを兵器開発に応用した。武器商と提携し、今まで蓄えた資産を費やしていく英康に「また始まった」と誰もが呆れ果てたが、その甲斐あり、後に<皇国>軍にも正式採用される事になる兵器群の研究が始まった。

 

 そして今から十年ほど前に長康が病気で倒れると、長男の定康がまだ若かった事から弟の英康が当主になる、という様な機運が一族内で高まっていた。

 だが、英康は家を継ぐことに全く興味が無かった。むしろ嫌っていたのだ。

 一族を集め、眉間に何時もよりも深い皺を作り、苦虫を噛み潰したような顔で「私はあくまで当主代行である」と宣言するほどだった。当主になれば家に縛られ、今までの様に好き勝手にできなくなるのが嫌だったらしい。そして定康に少しづつ当主の仕事を教えていき、五年後には全ての権限を渡して自分は屋敷を建て、そこに真改と妻と子、僅かな侍従と共に移り住んでしまった。

 以来、<皇国>では変人として有名になる。

 

 その後、英康は陸軍大将、そして北領鎮台司令長官となった。五将家の直系であり、有能。また北領には守原は権益を持っていたから当然の事だった。

 ただ、本人は物凄く嫌がった。北領に行くなど嫌だ、と喚き叫ぶなど、今まで見た事が無い程の取り乱しっぷりだった。

 これには誰もが驚き、療養中だった長康が慌てて説得に向かったのだ。それでも嫌がっていたが、最終的には渋々と同意し、今までの様に出来なくなるので信頼できる番頭達に任せ(将来的には自身の息子に正式に商会を継がせる予定)、自分は北領に着任した。

 そこで今まで培った人脈や資金を使い、北領の発展と今後の準備に勤しんでいた。

 

 そして、皇記五六八年一月一四日。

 <帝国>軍、北領・奥津湾に襲来。宣戦布告は無かった。

 

 英康は即座に北領鎮台約三万を集め、天狼原野に布陣。

 そして、<帝国>軍襲来から二週間後。

 東方辺境領姫であり、東方辺境領軍・東方辺境鎮定軍総司令官ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナが率いる<帝国>軍約二万二千が現れた。

 

 

 皇記五六八年一月二八日 北領 天狼原野 <皇国>軍 野戦陣地

 

 北領鎮台司令部は、野戦陣地を一望できる丘の上に張られた大天幕に設けられていた。その中で、英康は導術士からの定期報告を受けた。

 偵察に出した翼竜によれば、現在、<帝国>軍は陣地より北東約二十里の街道上を進軍中。軽装で機動力を好む<帝国>兵の場合、あと二刻ほどで会敵する事になる。

 もうすぐ決戦の戦端が開かれる事に司令部参謀たちは緊張のあまり身体を震わせた。不安を覚えた彼らは一斉に司令長官である守原英康を見やった。

 何時もの変わらない、まるで悪鬼の様な顔である。傍には老剣牙虎の真改が寝そべっていた。

 

「ようやく来たか」重苦しい声で英康は呟いた。

「導術兵、各部隊へ通達。『<帝国>軍接近。皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』以上だ」

 

 何時もと変わらない姿。そして、この言葉に勇気づけられた参謀たちは英康に見事な敬礼をする。英康も返礼し、「暫く外で考え事をする」とだけ伝えると大外套を着用し、真改と共に天幕から外に出た。

 肌を鞭打つような寒気が襲い掛かって来て、急速に熱が奪われていく。同時に、憂鬱な気分になった。

 

(結局、原作通りになるのか……、あー嫌だ、戦争したくねぇ)

 

 心の中で呟く。

 主人の苛立ちを察したのか、真改が小さく鳴く。英康は苦笑いすると、大丈夫だ、とその額を揉んでやった。

 

 皇都にいる定康によれば、先だって<帝国>から送られてきた文章には「貴国の商船隊による海洋貿易の不当な独占」と書かれていたそうだ。 

 馬鹿々々しい、と英康はため息をついた。

 そもそも、<皇国>の廻船問屋が世界各地に格安で荷を運び続けたのは<帝国>が経済を活性化させると歓迎した事でもある。

 英康自身も、自分の商会や提携先の大店を使って考案した娯楽や化粧品、熱水機関によって大量生産した生糸や鋼材などを<帝国>に売りつけて富を幾らかむしり取っていたが、これは些細な事である。

 悪いのは<帝国>の経済が混乱したのは前時代的な社会構造による歪みと正貨流出の対応を間違えた所為であり、それが物価の高騰を招き、経済の混乱を起こしたからなのだ。彼らの頭じゃ経済のけの字も分からないのだから、こんな結果になったんだろう。

 

「だが、全てはこの日の為にやってきたのだ……」

 

 そう、全てはこの日の為に。

 英康は、生まれてから<帝国>軍の襲来から備える為に今まで活動して来た。

 この世界を知っていた。そして自分の未来に絶望し、あんな情けない感じで死にたくない、という思いから幼少より活動してきたのだ。朝から夜まで勉強し、そして妙に詳しく頭の中にある知識を元に商会を設立し、現行のものより十年は先をいく高性能な兵器を開発してきた。

 死亡フラグ満載の北領には来たくなかったが、代わりに実験部隊である剣虎兵や導術士を多数抱え、多額の金をつぎ込んで軍備を整え、この日に備えていたのだ。

 

 英康は眼下の野戦陣地を見やった。

 

 それは奇妙で広大な陣地だった。北領街道を挟むようにジクザクに掘った壕と土嚢の壁が築かれ、その前面を三重の鉄条網が張り巡らされている。鉄条網は腰までの高さしかないが、必ずどこかでひっかかるように設置されている。

 一年以上前より時間をかけて天狼原野に構築された陣地は見た目は貧弱だが、実際には要塞並みの防御力を持っていた。

 

 この<大協約(グラン・コード)>世界において、野戦築城はさほど重視されていない。部隊間の伝達方法が伝令・喇叭・太鼓などしかなく、戦況の混乱時に壕や掩体に籠った部隊の伝達が難しいためだ。

 その為、銃火に晒されながらも素早い伝達を行う為に密集隊形を取るのが常識である。

 

 だが、<皇国>には念話と千里眼を扱える導術兵がいる。彼らがいれば部隊間でのやり取りもでき、千里眼によって弾着観測も可能。つまり、壕に籠ったまま攻撃する事が可能なのだ。

 

 そして、英康は更にこの利点を伸ばすべく新兵器を用意させていた。

 北領の全ての兵の装備には最新の旋条銃である、在阪六四式施条銃と新型実包を装備させていた。これは前世において革新的な発明であったミニエー銃とミニエー弾と呼ばれていた。

 陣地には最新兵器である施条(ライフル)を刻んだ前装式野戦砲を備え付けた。この野戦砲はある世界では四斤山砲と呼ばれるものと構造が似ており、従来の砲より遥かに軽量ながら射程は以前までの倍以上を誇っていた。

 

 この時点では<帝国>はまだ翼竜部隊を持ってきていないと英康は知っていた為、確実な情報を得る為に翼竜に導術士を乗せて偵察に出し、随時報告させている。これで<帝国>軍の動きや規模まで全て分かっていた。

 

 欲を言えば陣地防衛に絶大な効果を発揮する機関銃も欲しかったのだが、未だ故障や欠陥が多く実用化できていなかった。

 

 また<皇国>軍のあまり士気を上げるためにこの寒気でも暖を取れるようにと商会で販売している携行ストーブや黒茶を配給し、時には酒も振る舞った。

 

 そして更に、英康は「魔王」こと新城直衛を重用していた。

 確かに凶相で、出自は東洲の内乱で生まれた孤児。しかも非常に臆病で屈折した性格の持ち主と人に好かれるような人物ではない。

 だが原作主人公であり非常に有能なのだ。これを遊ばせる気など英康には無かった。

 

 英康に呼び出された彼は露骨に嫌がっていたが、英康が自身の権限で陸軍少佐へ昇進させ、そして「好きにやってよい」という令状まで渡されて独立大隊を編成することになったのである。

 

 尤も、新城は「好きにやってよい」という言葉通りに自分好みの部隊を編成するために装備は当然ながら全て最新のもので固め、剣牙虎(サーベルタイガー)やこれに怯えない軍馬なども根こそぎ持っていくなどした。

 

 まあ英康もやれと言ったのが自分なのでその通りにさせ、また「実戦に近い訓練が必要だろう」と尤もらしい理由をつけてこき使い、北領各地に出没する山賊の討伐をさせるなどもした。決して人員の入れ替えや掛かった費用に頭を抱えた所為ではない。

 

(とんでもなく金は掛かったが、防備は万全。兵器も人も出来る限りのものを揃えた。何より魔王様もいる。これで勝てなかったら大恥だな……)

 

 真改が鳴いた。振り返ってみれば、司令部の面々がやって来た。もうすぐ会敵予測時間だという。

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、英康は従兵長に頼んで熱い黒茶を貰う。香りを楽しみ、身体を内側から温めていると導術士から報告が入った。

 <帝国>軍が視認できる位置まで来た。

 中々に動きが早い。英康は空になった金茶碗を従兵長に返すと、腰から望遠鏡を取り出す。報告通り、軍勢は視認できる位置にまで<帝国>軍はやって来ていた。

 

 一旦、軍勢は止まったが、暫くして進軍を開始した。

 原作と同じく、平射砲を半里まで進めて砲撃し、その後は隊形を変えずに一気に押し潰す気なのだろう。

 

 傍から見れば<皇国>軍はちゃちな穴倉に籠り、杭に鉄線を張っただけの貧弱な守りしかないのだから仕方ないかもしれない。

 だが、知らないという事は時として罪となる。

 

「敵勢を指定砲撃内まで引き込め。二里をきったところで砲撃を開始する」

 

 こちらの砲の大小合わせて百門を超える。そして有効射程が短いものでも二里を超える。鉄の塊である円弾ではなく、玉薬の詰まった榴弾が装填された。

 英康は悪鬼の様な笑みを浮かべて呟いた。 

 

「さてはて、砲兵は戦場の神だ。戦いは数だ。弾幕はパワーだ。それを帝国の無頼者たちに教えてやろうじゃないか」

 

 後に天狼会戦と呼ばれる戦いが、ここに火蓋を切って落とされたのである。

 

 




2019/10/8 文章の一部修正を行いました。


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ダンまち×ドヴァーキン

リハビリがてらネタ投稿。短い。
楽しんで頂ければ幸いです。


 

 迫りくる剛腕をバックステップで回避。

 ガラ空きになった胴体に左手で持った剣を叩き込む。浅いか。伝わる硬い感触に舌打ちし、そのまま後ろへと走り抜ける。

 牛頭の巨人が怒りの咆哮をあげて振り向くと同時に、ドヴァーキンはシャウトを使用した。

 

クリー(殺す)ルン(搾取)アウス(苦痛)!」

 

 牛頭の巨人は雷鳴の様な大音響に耳を塞ぎ、そして『死の標的』による体力(ヘルス)の減少もあって巨体がぐらついた。

 その隙を逃さず、ドヴァーキンは続けてシャウトを発動させた。

 

スー(空気)グラー(戦闘)デュン(洗練)!」

 

 『激しき力』により両手に持つ剣とダガーが風に包まれるの確認し、一気に詰め寄る。

 勢いを右足で踏ん張って殺し、剣で斬りつける。今度は手応えあり。『死の標的』の効果――相手の防御力が下がっているのを見て右足を軸に回転するように左右の斬撃を放つ。ギリギリまで筋肉を引き絞って放たれた斬撃は牛頭の巨人の両腕を半ばまで斬り落とし、そしてその勢いを殺さずその場で独楽の様に回りながら高速で連撃を放っていく。

 暴風のような連撃に巨人は切り刻まれていき、遂に足の筋を斬られて瀕死となった巨人は頭を垂れ、その牛頭の首を斬り落された。

 

 血をまき散らして倒れ伏した牛頭の巨人を見やり、そして左右を見まわして敵がいないことを確認してからドヴァーキンは息を吐き出した。

 

 全く、一体、何が起きているのか。剣に付いた血を払いながら考える。

 

 ドヴァーキンが意識を取り戻したとき、知らない場所に立っていた。

 

 さっきまで自宅に居たというのに、いま居るのは妙に明るく、綺麗に壁が削れた洞窟。壁をまじまじと見てみるとどうにもスカイリムとは質が違う。ただの岩、では無いようだ。天井で光るものも、また見たことが無い。

 

 はて、ここはどこだろうか? スカイリム中のあらゆる場所は探索しつくしたと自負しているが、こんな場所は知らない。

 

 さて何があったか、とドヴァーキンは思い返す。

 確か、そう。レイクビュー邸で地下に居た。武具の手入れをし、ついでにと貯まりに貯まったモノの整理しようとしたのだ。

 鍛冶の訓練にと大量に造ったままほったからしにしていた鉄のダガーや皮の兜は大袋に突っ込み、保管箱に乱雑に突っ込んでいた鉱石やらインゴットの山は棚に積んでいった。

 

 そうだ。箱の底から手に入れてから使わず仕舞い込んでいたデイドラの秘宝があったから、取り合えず別の場所に移そうとしたのだ。まず危険物――どれもヤバいのだが――から片付けようと『ワバジャック』を手に取ったらいきなり震えて出し、目の前で光が炸裂したような……。

 

 ――つまり全てチーズ大好きなハイテンション爺(シュオゴラス)の所為だ。

 

 思わず顔を覆う。

 『ワバジャック』は狂気を司るデイドラの王子の秘宝。その杖を使えば、何が起きるか誰にも分からないという代物だ。

 恐らくは、それで何処かに転移したのだろう。

 

 となれば、ここは何処か? ムンダスのニルン(自分がいた世界)なら良いが、デイドラが住まうオブリビオンや、もしかしたらエイドラの住まうエセリウスなどの異世界の可能性もある。

 

 ふむ、面倒なことになった。 

 よっこいせ、と地べたに座り、壁に寄り掛かる。気分転換にと腰のポーチからハチミツ酒を取り出して呷る。うん、やはりホニングブリュ―のものが美味い。まあ依頼の結果、ブラックブライアに乗っ取られて無くなってしまったが。

 

 さて、とドヴァーキンは他に何を入れていたかポーチの中身を漁った。自宅で寛いでいた所為もあって手持ちは最低限のモノのみ。それとハチミツ酒と幾らかのセプティム貨(お金)

 装備は超錬金と符呪で限界まで強化した鋲付きの鎧、他は鉄装備で固めている。あとは愛用のスカイフォージの鋼鉄の剣とダガー。シャウトも使用可能。

 

 なんだ、ヘルゲンの処刑台に送られた頃より遥かに恵まれているじゃないか。ドヴァーキンは思わず笑った。

 

 あの時だって断頭台で首を落とされる寸前でドラゴンに襲撃され、命からがら助かったのだ。他にも行く先々で巻き込まれ、異世界に行っても無事に生還している。

 

 今回もどうにかなるさ。駄目だったら死ぬだけだ。名誉ある戦いに敗れて、あの英雄たちが居るソブンガルデに行くことになる。

 

 物思いに耽っていると、ドタドタと奥から足音が響いた。

 ドヴァ―キンは残ったハチミツ酒を飲み干し、立ち上がって剣に手をかけた。

 

「あー! もうやられてるー!?」

 

 なんだ、レッドガードか? やって来たのは片手で両手剣を担いだ少女だ。黒髪で見たことが無い布地の少ない服装をしている。

 

「ねぇねぇ、このミノタウロスを倒したのはあなた!?」

「ん、ああ。倒した。いきなりやってきて襲ってきたからな」

 

 グイッと眼前に迫ってきた少女にドヴァーキンは面食らいながら答えると、少女は「あちゃー、遅かったかー」と笑う。

 

「オジさん、ごめんねー。ミノタウロスったら私達を見たらいきなり全部逃げ出してさー」

「いや、問題無い」

「で、さ。オジさん、何処のファミリアの冒険者? 見たことが無いし、もしかして最近都市の外から来た冒険者かな?」

 

 オジさん、と呼ばれた事にドヴァーキンは少しショックを受けつつも、少女に此処はどこなのか尋ねようとしたが。

 

「あ、ごめんね! 次の奴を探さないといけないから!」

 

 聞く前に少女はバイバーイ、と笑顔で手を振り、凄まじい勢いで走り去っていった。

 

「……何だったんだ、一体」

 

 まるで嵐の様に過ぎ去っていた少女に、ドヴァーキンは思わず呆けてしまった。

 

 

 

 あの後、暫く洞窟内をうろついていたドヴァーキンは他の武装した集団に遭遇。先ほどの少女が言っていた「牛頭の巨人(ミノタウロス)」に遭遇して仲間とはぐれ、荷物も紛失したと告げると、彼らは驚き、そして快く地上まで案内してくれると言ってくれたのだ。

 

 スカイリムでは滅多に見られない善人だ。旅をすれば出会うのは山賊や吸血鬼やら狂信者ばかりで、問答無用で襲ってくるような連中だった。ドヴァーキンは思わず感激して頭を下げると、彼らはこのぐらいいいってよと照れ臭そうに笑っていた。やはり良い人だ。

 

 道すがら、彼らは色々なことを喋ってくれた。

 今日の魔石とドロップアイテムの数は少なかった、帰ったら主神に言って【ステイタス】を更新してもらおう、今度は10階層まで行ってみよう、「豊穣の女主人」という酒場の飯が美味い、等々。

 

 何も知らないドヴァーキンには貴重な情報ばかりだった。

 纏めるに、いま居る場所は「ダンジョン」と呼ばれる地下迷宮で、ここに潜るのが「冒険者」。「冒険者」は神が作った「ファミリア」に所属しており、「ダンジョン」で「モンスター」と戦い、魔石とドロップアイテムを手に入れて「ギルド」で売って生計を立てている、という事か。

 

 色々と突っ込みたいところがあったが、これ以上聞いて不信に思われたくない。

 今のドヴァーキンは彼らの言う「冒険者」では無く、また「ファミリア」にも所属していない。「ギルド」が「ファミリア」を統括する存在だとすれば、無許可で「ダンジョン」に入ったと分った瞬間、何処からか衛兵が飛んできて罰金か牢獄に入れられるかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 そして地上へと繋がる階段を登り、彼らと別れることになった。

 ドヴァーキンはここまでのお礼にと回復のポーションを人数分渡した。彼らは最初断っていたが、最終的には受け取ってくれた。自作だが、体力(ヘルス)を完全回復させるものだ。きっといつか彼らの役立ってくれるだろう。

 

 一人になったドヴァーキンはおのぼりさんの様に辺りを歩いては驚き、久々に心が沸き立った。

 どこか分からぬ世界、様々な声が入り交じりる喧騒。ごった返す見たことが無い人種、目が覚めるほどあまりにも美しい人々、天にまで届くほど巨大な塔、色彩豊かで清潔感溢れる建造物、市場に溢れる知らないモノの山。

 

 どれもスカイリムでは見たことも聞いたことも無く、恐らくはオブリビオンにも無いものだ。そう思うと気分が高揚した。

 

 折角だ。また一人で、見知らぬこの地を回るのも悪くない。少しばかり見て回っても良いだろう。あの何もできない浮浪者だった頃とは違い、ドヴァーキンになってからは様々な肩書も増えた。堅苦しい事を忘れて、昔のように気ままに冒険したいという思う気持ちが膨れ上がっていた。

 

 差し当たってはあの「ダンジョン」だ。まずはあれを踏破しよう。

 案内してくれた冒険者曰く、ダンジョンは何日もかかるほど深くまで続いており、途中には宝石のなる樹やあらゆる怪我や疲れを癒すというマーメイドの生き血、そして先のミノタウロスとは比べ物にならないほど強いモンスターがわんさか居るという。

 

 いったいどのようなものなのか、どのような強敵がいるのだろうかと思いを馳せていると、周りへの注意が緩んでいたのだろう。腹のあたりにドンと衝撃があった。誰かとぶつかったようだ。

 

「あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「いや、こちらこそすまない。怪我はないか?」

 

 浮かれ過ぎたか、とドヴァーキンは通りの端へと歩きながら心を引き締めた。

 ぶつかった相手は白い髪に紅い瞳の少年だった。申し訳なさそうに頭を下げる少年はまだ髭も生えておらず、身体つきも屈強とは程遠い。しかし防具を着ており、腰にはナイフを差している。

 ふむ。

 

「少年は、冒険者か?」

「えと、はい、そうですが……」

「となれば、ファミリアに所属しているか?」

「はい、ヘスティア・ファミリアというところですが……」

 

 ドヴァーキンの問いに対して、少年はよく分からない、という表情を浮かべていた。

 

「今日、私はこの街に来たばかりでな。丁度ファミリアを探していたのだ。出来れば入りたいのだが……」

「本当ですかッ!」

「お、おう……」

 

 がばり、と目を輝かせて近づいてくる少年を思わず押しやる。若干引いてしまった。

 

「実は僕のいるファミリアは僕一人だけなんですが……。でも、神様も良い人ですし、きっと気に入ってくれると思うんです! それに――」

 

 一生懸命に自分のファミリアを伝えようとする少年に、ドヴァーキンは笑みを零した。

 そしてこの世界の人間は善人ばかりなのだなと思った。真面目に現状を伝えて、それでも良さを伝えようとする姿にドヴァーキンは好感が持てた。

 

 少なくとも、いきなり話しかけてきてスリの仕事をさせた盗賊ギルドや、寝ている所をいきなり浚って、目の前の人間を殺せば仲間にしてやると言ってきた闇の一党(暗殺者ギルド)よりも断然良い。

 

「ああ、やっぱり、零細ファミリアになんて興味無いですよね……」

 

 ドヴァーキンを見て、少年は落ち込んでいた。どうやら笑われたと思ったらしい。

 

「ああ、いやそう言う訳ではないんだ」ドヴァーキンは言った。

「少年の想いはよく伝わるし、神を大事に思っているのもよく分かった」

 

 それに、零細ならばしがらみも少なく、何より今まで見たく何かに巻き込まれる事は無さそうだ。

 決定だな。ドヴァーキンは口を開いた。

 

「良ければ、私をファミリアへ参加させてくれないか?」

「本当ですかッ!!」

「ああ、本当だとも」

「――やっったぁぁァァッ!! 神様、やりましたよぉ!!」

 

 人目も憚らず歓喜の声を上げて飛び跳ねる少年に、そこまで喜ぶものなのかとドヴァーキンは苦笑した。

 

「ああ、そうだ。名前を教えてくれないか?」

 

 少年は満面の笑みで答えた。

 

「はい、僕はベル・クラネルと言います!」

「ドヴァーキンだ、よろしく頼む」

 




続かない。

・追記
本当はTS転生が流行りの様なので「MODマシマシのスカイリムにTS転生した巨大武器をぶん回すロリ吸血鬼系ドヴァーキン」にしようと思いましたが、属性が多すぎて書ききれないのでステレオタイプに。

楽しんでいただければ幸いです。


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ダンまち×ひみつの道具

ネタ。
勢いで書いた。粗多し。
楽しんでいただければ幸いです。


 異世界に行くとしたら、まずその先で現代人でも快適に過ごせる暮らしが欲しい。

 だって、現代の便利さに慣れた人が、いきなり中世ファンタジーな世界で生活できると思わないから。

 後は趣味を楽しみながら適当に働いて暮らしたい。

 

 神は言った。

 ――転生するなら、どんな特典が欲しいですか?

 

 答えは決まっていた。

 

「ドラえもんの四次元ポケット、ひみつ道具入りでお願いします」

 

 それでひたすら美味い飯を食べ、小説や漫画を読んだり、アニメや映画を見ながら過ごしたいんです。

 

 

 迷宮都市オラリオ。

 世界で唯一、ダンジョンを有する巨大都市である。

 その都市の中央、迷宮の真上に建つ摩天楼『バベル』を中心に放射状にオラリオ内を走る八つの大通りがある。その内の、北西と西のメインストリートに囲まれた区画にある石造りの廃墟に隠された小さな空間。

 

 人が一人が通れる程度の狭い路地を通り、いくつもの角を曲がり先には、塀に囲まれた青い屋根の館があった。見るからに古臭くて酷く寂れた雰囲気だ。周りの廃墟と同じく壁は風化してひび割れ、石材が剥がれ落ちている。玄関前から僅かに見える庭は雑草だらけで碌に手入れされていない。

 唯一、門の脇にある金属製の看板だけは真新しく、そこに共通語(コイネー)で文字が刻まれていた。

 

<よろずや ひみつの青狸亭>

 

 その建物を前にして、リヴェリアは困惑していた。

 

「ここ、なのか……?」

 

 顔をしかめ、そして手にある地図と辿った道を再確認して――、ここで間違いないと結論が出る。

 思わず、想像していたものと違うことに身体から力が抜ける。

 

 

 ここ最近、フィンは休日になると足早に何処かへ居なくなる。その際の帰りは遅く、そして何かしらの物を持って帰ってくる。

 

 持って帰ってくるのはどれも見事なものばかりだった。

 工夫を凝らした道具類は今までよりも使いやすく、迷宮探索に必要なポーション類は効能も高い。ふんだんに果物と砂糖を使った菓子は女性陣に特に人気で、一見、何の変哲もない葡萄酒や蒸留酒ですらロキやガレスも惚れこむほどの代物だった。

 

 またある日には漫画と言う絵物語を持ち帰ってきたのだが、これが他とは比べ物にならないほど凄まじかった。

 

 小説と違って絵を主体にした物語は読みやすく、躍動感にあふれていた。

 内容もありきたりな英雄譚だけでなく、ただの冒険者の日々の暮らしを描いた日常ものから神と人の恋愛、数々の難事件を追っていく推理もの、重苦しい雰囲気と悲劇を描いたダークファンタジーから読む人の笑いを誘うコミカルなものまで何でもあった。

 

 あまりの面白さに誰もが熱中し、徹夜で読み耽る者が多すぎて次の日の活動に支障をきたす者が続出したぐらいだ。

 この惨状にベートは悪態をついていたが、一部の者は知っている。

 夜中、寝静まった時にこっそり誰もいないことを確認してから、漫画を自室に持ち帰って読んでいることを。

 

 

 しかし、これを何処で手に入れたのか、という疑問が出てくる。

 

 フィンに聞いてもはぐらかすばかりで答えようとはしなかった。

 一度、主神ロキとフィン、リヴェリア、ガレスの【ロキ・ファミリア】結成時の古参のみが集まってフィンに問いただしたが、

 

「約束がある。喋ることは出来ない」

 

 と、頑なに拒否。

 その強い態度にリヴェリアやガレスだけでなく、ロキですら驚きを隠せなかった。

 

「どうしても駄目か? どこで売っているかぐらいは教えてくれへん?」

「申し訳ないけど、店主との約束でね」

 

 それに、とフィンは真剣な表情で言った。

 

「親指が『言ったら拙い』って強く疼いてね。これ以上は言う事は出来ない」

「……え、マジ?」

 

 フィンが小さく頷くと、ロキは「嘘やないんかい……」と頭を抱え込んだ。

 フィンのカンは未来予知に近い精度でよく当たる。それが分かっているからこそ、ロキ達はこれ以上聞くことも出来なかった。

 

「ま、それじゃしゃーなあらへんな」ロキは明るく言った。

「ウチとしてはこれ以上言わん。フィン、別に行くのは構わへんけどな。お土産はちゃーんと買ってくるんやで!」

「分かってるよ。なるべく早く店主に信頼されるように頑張るさ」

 

 その後、仕事があるフィンが退出したところで、リヴェリアは口を開いた。

 

「……ロキ、随分とあっさり引き下がったな」

「まー、フィンがああ言うっちゅう事はよっぽど答えたくないんやろ。無理強いしても意味あらへん。いつか喋ってくれるやろ。それに――」

 

 ロキはいったん区切り、いつもと違う慈愛のこもった笑みを浮かべた。

 

「あんな姿のフィンを見るのは久しぶりや。少しぐらいはええやろ」

 

 子供の我儘に答えるのも親の役目や、とロキは嬉しそうに言った。

 

 

 その後、ロキは精力的に動き回り、訝しむ団員には「フィンは大事な用事があるから、邪魔しちゃいかんで?」と告げてフィンがなるべく自由に動けるようにしていった。

 

 それはフィンが持って帰ってくる数々の酒に釣れられてなのかも知れないが、そのお陰もあってかようやく店主から「信頼できる者なら連れてきても構わない」と言われたそうだ。

 

 ただし一度に多くは対応できないという事で、まず最初にロキとガレスが行った。

 二人は喜びながら朝早くから出かけ、そして次の日に大量のお土産と二日酔いでグデグデになりながら帰ってきた。聞けば一日中、アニメ(?)とやらを見ながら食事と美味い酒を飲み比べしてきたらしい。

 

「フィンが黙っていた理由がよーく分かったわ。アレはアカン。バレたらオラリオどころか世界中が大騒ぎになるわ」

「そんなにか?」

「マジやマジ。アレ、最っ高の娯楽が揃っとるもん。他の暇神共が放っておかんわ。あー、次はいつ行けるんやろうなぁ……」

 

 ガレスですら何度も頷き、二人ともまた行きたいという言葉にリヴェリアは大いに期待していた。

 

 そして今日、一日休みが取れたリヴェリアはようやくその店へとやってきたのだが。

 

「とにかく、中へ入って見るか……」

 

 ここに居ても仕方がない、とフィンから貰った鍵で門を開け、雑草が生い茂る狭い敷地内を歩く。

 そして館の玄関のドアを開け、錆びたベルがやかましく音を立てるのを聞きながら中に入ると、リヴェリアは驚いた。

 

 外観からは想像できないほど館内は綺麗であり、静かで落ち着いた雰囲気になっていた。

 広々としたホールは漆喰塗の壁と年季の入った飴色の柱に付けられた魔石灯が淡く輝いていて、床には足が沈むほど柔らかい絨毯が敷かれている。天井は高く吹き抜けになっていて、中央には暖炉とその上に装飾が施された大きな飾り鐘が吊り下がっていた。

 

「おや、いらっしゃい」

 

 玄関正面にあるカウンターに座っていたのは、丸い顔に愛嬌のある笑みを浮かべた男だった。身体も顔と同じく丸く太っていて、まるで髭の無いドワーフのようだった。

 

「お客さんは初めての方ですね。何か御用ですか?」

「うむ、【ロキ・ファミリア】のリヴェリアと言う。フィンに聞いて来たのだが」

「ああ、フィンさんの紹介ですか。ええ、話は聞いておりますよ」

 

 では、簡単に説明させていただきます、と店主は言った。

 

「ここでは冒険に役立つ雑貨の販売から食事の提供も行っています。また書庫にある本の閲覧やアニメや映画の鑑賞なども行っています」

「そうだな、フィンやロキ達はどのように過ごしたのだ?」

「そうですね、フィンさんはよく書庫で本を借りてお茶を飲まれながらゆっくりされますね。この間いらした神ロキとガレスさんはお酒を飲まれた後、そちらのシアタールームでアニメを見られました」

「その、アニメというのはなんだろうか?」

 

 リヴェリアがそう訊ねると、店主は説明が難しいのですが、と困った表情を受けべた。

 

「えー、アニメというのは何枚もの絵を高速で動かして動画にしたものなんですが……。そうですね、見てもらった方が早いかと」

 

 店主は立ち上がり、棚から小さな箱を手に取って隣の部屋へと案内した。

 そこは窓が無く、並んだソファーと奥に白い布の様な幕が天井から下がっているだけの部屋だった。リヴェリアは勧められるままにソファーへ座った。

 

「今から室内は暗くなります。正面の幕に注目してください」

「む、分かった」

 

 照明が落とされ、音楽と共に、白い幕に絵が映し出される。

 映し出された絵には、「天空の城ラピュタ」と書かれていた。

 

 

 この日、リヴェリアは生まれて初めて男の家に外泊した。

 

 

 

「昨日は、お楽しみだったようだね」

「言うな、フィン……」

 

 翌朝。迎えに来たというフィンはニヤニヤと面白そうに笑っていた。

 対するリヴェリアも口では反論していたが、顔は赤く、先程までの余韻を楽しむように蕩けていた。

 

「で、どうだった?」

「凄かった……。あんな経験は初めてだ……」

 

 勿論、映画の話である。

 

 目まぐるしく動く絵と魅力的な登場人物たち、それを盛り上げる音楽……。

 なによりも、伝説の空に浮かぶ島を探す、というストーリーは、世界中を見て回りたいと願って里を飛び出したリヴェリアにどストライクだったのだ。思いっきりハマった。ハマってしまった。

 

 途中で店主が出したサンドイッチや菓子とジュースを片手にスクリーンを見つめ、終わったらまた最初から見返して。

 他のアニメ映画もあると聞いては普段の冷静な姿をかなぐり捨て見たいとせがみ、まるで町の少女の様に一喜一憂し、声を上げてはしゃいだのだ。

 

「フィン、お前もここに来るたびに映画を見ていたのか?」

「映画? いや、僕は書庫においてある小説や漫画を読ませてもらってたんだけど」

 

 これだよ、とフィンが取り出したのは一冊の本。美しい装丁には「指輪物語」と書かれていた。

 

「小説か。面白いのか?」

「もちろん。僕が保証するよ」

 

 フィンは柔らかい笑みを浮かべ、印字された表題をなぞった。

 

小人族(パルゥム)が主人公の話でね。仲間と一緒に大いなる力を持った指輪を――」

「分かった分かった。フィン、まだ読んでいないのにネタバレだけは止めてくれ」

「む、そうだね。この本は丁度読み終わったところだから、後で店主に言って借りると良いよ」

「そうさせてもらおう」

 

 会話が途切れたところで、ひよこと卵の絵が描かれたエプロンを身に着けた店主がガラガラとワゴンを押してきた。

 

「朝食です。たっぷりあるので沢山食べてください」

 

 目の前に並んだのは具沢山のスープに籠一杯に入った焼き立てのパン、新鮮なサラダと果物。

 そういえば昨日は碌に食べていない、と自覚すると、美味そうな香りが食欲を存分に刺激した。

 リヴェリアはそのまま出された料理を無言で平らげた。

 

 食べ終わったところで、店主は慣れた動きで並べたカップに黒い液体を注ぎ入れた。

 

「これは?」

「コーヒーですよ。お好みでミルクか砂糖を入れると、飲みやすくなります」

 

 一口飲んでみると、眠気が覚める様な独特の苦みと酸味、そしてほのかな甘み。試しにミルクを入れてみると、先ほどより苦みが抑えられて飲みやすくなった。成程、これは面白い。

 

「……美味いな」

「ありがとうございます」

 

 コーヒーを飲みながらリヴェリアは思う。

 ロキは最高の娯楽があると言っていたが、まさにその通りだった。本拠で読んだ漫画や小説も素晴らしかったが、あのアニメは凄くよかった。

 今度は違うやつも見たいと考えたところで、リヴェリアは自分がかなり入れ込んでいるのに気が付いた。

 

「リヴェリア。ここはゆっくりできるからね。誰も詮索しないのがマナーさ」

「また今度、休みの日にいらしてください」

「そうか……!」

 

 店主の言葉にリヴェリアは思わず花が咲くような満面の笑みを浮かべ、そして直ぐに失敗に気が付いた。

 

「いやぁ、リヴェリアもそんな顔が出来るんだね、知らなかったよ」

 

 店主は苦笑し、フィンにはニヤニヤを笑われてアタフタと赤面してしまうのだった。

 

 その後、リヴェリアとフィンは帰宅時間までゆっくりとしながら本を見て回り、土産を持って帰っていった。 

 

 なお、その姿を門の前で待ち構えていたティオネに見られ、「団長と副団長はデキていた」と噂が立ってしまうが、それはさておき。

 

 後日、オラリオにひっそりと小さな店が開店した。

 

 外観は廃墟。客足は疎ら。入っていく客もローブに身を包んで誰かも分からないという怪しい店。

 

 しかし、店から出てくる客の誰もが幸せそうな顔を浮かべ、その店で買ったものを大事そう抱えて帰る姿が見られたという。

 




2019/9/1 文章の修正を行いました。



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ネタ・僕のヒーローアカデミア1

昼間に投稿したダンまち×ポケット2は削除しました。

で、別になんか書いちゃった。
楽しんでいただければ幸いです。


 

 敵名(ヴィランネーム):ジライヤ

 

 個性:忍術(仮称)

 

 罪状

 ・公務執行妨害罪 

 ・器物損壊罪

 ・傷害罪 

       ほか多数

 

 特徴

 

 ・個性によって姿形を変えており、本来の年齢、性別共に不明。

 ・忍と書かれた額当てに襟の長い緑色のベストを着た姿が度々目撃されている。

 ・個性の忍術は強力無比。確認されているだけで数人から数百人にまで分身し、更に人や動物、はては無機物にまで変化できることが確認されている。

 ・個性を発動させる際には両手を一定の規則に則って動かしており、これによって忍術を発動させている模様。

 ・逃亡する際には高層ビルの壁を駆け上がり、ビル間を飛び跳ねて移動。またヒーロー:セメントスの造り上げたコンクリートの拘束を素手で粉砕するなど、高い身体能力を持つ。

 

 過去には「セメントス」「イレイザー・ヘッド」「ミッドナイト」「シンリンカムイ」など多くのプロヒーローと交戦し、また警察でも「ジライヤ捕縛作戦」を決行したが逃げられている。

 また不確定だが、多くのヴィランが接触しているとの噂もあり、要注意人物の一人である。

 

 

 

 

「ジライヤ?」

「はい。今回、オールマイト様に捕まえてほしい敵の名前です」

 

 オールマイトはエージェントの言葉に首を傾げる。

 聞いたことが無い名前だった。

 わざわざ政府からの依頼という事でどんな凶悪犯かと思えば知らない名前であり、また罪状も渡された資料通りならそこまで酷くないと思ったからだ。

 

「こちらの映像をご覧ください」

 

『来い、ショッカー!』

 

 モニターに映し出されたのは、骨が描かれた黒のタイツに目出し帽の男どもが奇声を上げ、バッタのような緑色のコスチュームを身に纏った男が戦っている姿であった。

 

「……これは?」

「はい。先日、ジライヤが行ったヒーローショーです」

「ヒーローショー?」

 

 言われてみれば、映像に写っている場所は街中であり、画面の端には大人や子供が囲んで見ており、売り子なのかジュースサーバーや立ち売り用の箱を背負った全身黒タイツの不審者からアイスキャンディーやジュースを買ったり、ワクワクした表情でショーを見ていた。

 

「はい。確認したところ、これは今もシリーズが続いている「仮面ライダー」その第一作です。個性発現前の古典作品ですが、このシリーズは未だマニアの間で根強い人気のある作品です」

「いや、私も仮面ライダーは知っているよ。特に『仮面ライダークウガ』が大好きでね。最後の戦いは非常に良かった!」

 

 暫くオールマイトはクウガの良さを熱弁していたが、エージェントの白い目に気付くと慌てて居住まいを正した。

 

「――ゴホン、続けてくれないか?」

「はい。ジライヤは他にもゲリラ的にショーを行っており、題材も「仮面ライダー」の他に「戦隊ヒーローシリーズ」「月光仮面」といった昭和期の特撮ものから「Fate/」「魔法少女リリカルなのは」「プリキュアシリーズ」などの平成期のアニメ作品なども行っており、また――」

「あのー」

 

 オールマイトは小さく手を挙げた。

 

「何でしょうか?」

「ヒーローショー以外に何かやってるの?」

「いえ、ヒーローショー以外の活動は今のところ確認できておりません」

「それ、本当にヴィランなの?」

「無許可での個性の使用、またショーは条例で禁じられておりますし、逃亡する際に施設の破壊や警察やヒーロー達を撃退しているので犯罪者となります。

 ただ、言いづらい事ですが一般市民からは人気があるヴィランと言って良いかと。ショー自体は大人や子供でも楽しめ、特に一部のマニアからは熱狂的な支持を得ています。また他のヴィランが襲ってきた際には市民を守るように立ち回っています」

 

 だが、ジライヤの活躍によってヴィランが表に出て活動する事件が増加しており、模倣犯も出ている。特に始めはヒーローショーを行い、観客が集まったところで襲い掛かるという悪質な事件も出ているのだ。

 

「また、あるヒーローがショーの途中で乱入したことがありましたが……」

 

 なんでも、ショッカー戦闘員達にボコボコにされてしまったというのだ。

 そのプロヒーローは若手の注目株だったそうだが、見た目は下っ端といえど元は数多のプロヒーローを返り討ちにしてきたジライヤの分身である。

 注目株なだけあって何人かは倒したものの、ショッカー戦闘員たちのコンビネーションを前に敗北。

 

 ショーの最中だったために多くの群衆がおり、しかも撮影している人も多かった。

 ショッカー戦闘員にボロクソにやられた動画や写真がネット上に拡散。ネットやテレビで「ショッカー戦闘員に負けるプロヒーロー」として叩かれ、嫌われてしまったのだ。

 

 結果、そのプロヒーローは自信を喪失。引退してしまった。

 

「うわぁ、きっついなぁ……」

「似たような事は他にもあり、また何度か警察とプロヒーロー達による有志連合を組んで『ジライヤ捕縛作戦』を決行しましたが、全て逃げられました」 

 

 今までの捜査で判っているのはジライヤは身体能力が高いこと。古典作品が好きなこと。無許可で個性を使い、ショーを行って資金を得ていること。

 

 そして必ず、ヒーローショーの終わった後にはジライヤ本体が挨拶するということだ。

 

 そこまでわかっていても、捕まえることは出来なかった。

 そして度重なる失敗と模倣犯による治安悪化。ヴィランを讃える市民の増加。ジライヤの個性の危険度の高さ。

 これらの要因から、これ以上の野放しは危険だと政府は判断したのだ。

 

「オールマイト、どうか「ジライヤ捕縛」にご協力ください。お願いいたします」

 

 エージェントが頭を下げると、オールマイトは胸を張り、快活な笑みを浮かべた。

 

「勿論だとも! 僕はヒーローだからね。ジライヤ、捕まえて見せよう!」

 

 「ジライヤ捕縛作戦」にオールマイトが参戦する事となった。

 

 

 人生は楽しく、好きな事をして気ままに生きたい。

 

 二度目があると聞かされた時、即座にチートが欲しいと願った。

 異世界転生にはチートがつきものだ。特に、漫画やアニメのような世界へと行って気ままに過ごすならばチートはあった方が良い。

 その世界は自分の常識が全く通用しない異世界であり、様々な困難が待ち受けている。そして画面越しに見ていた原作のキャラクター達と関わりたいなら、特に自分に努力だけでなく、才能に運も無ければならない。

 

 例え原作に関わらずひっそりと暮らす場合でも、チートがあれば困難も乗り越えられるし、日々の生活に困る事も少なくなるだろう。

 それは中世ファンタジーでも、現代でも変わらない事なのだ。

 

 そして願いは聞き届けられ、手に入れたのはNARUTOの忍術。

 

 思いっきり最低系や地雷系とか言われそうだが、こちらも人生が掛かっている。

 ともかく好きな事をして、楽にのんびりと生きていきたいのである。

 

 そしてこの世界に転生したのだが、両親に捨てられた。なんでも検査の結果、「個性無し」の出来損ないと判断したかららしい。

 転生特典のNARUTOの忍術は個性では無く、技術のようだ。 

 

 いきなり始まった家無し、金無し、戸籍無しの浮浪者生活。しかも「個性」とかいう超人だらけの社会になった所為なのか、前世よりも発達しているのに治安がかなり悪い。

 一日に一回は必ず「ヴィラン」とかいう奴によって騒動が起きるのだ。大体は「プロヒーロー」という凄いのが鎮圧し、収拾していくのだが、巻き込まれる人も多い。

 

 ならばと、助けを求め、孤児院に行くという手もあったが、この世界には無い忍術を記したデカい巻物の存在がそれを躊躇させた。

 

 超常社会+忍術+孤児=実験動物

 

 なんて、テンプレの様な図式が頭に思い浮かぶのだ。

 何せ原作では子供であっても修行すれば習得は出来る技術。変化の術や分身の術であってもこの世界では非常に有用。周りが「個性」とかいう超人だらけの社会の中で、唯一の自分の身を守るための技術を見せる事などできない。

 実際、街中にいた孤児の中には大人に話しかけられて連れていかれ、そのまま帰ってこなかった奴もいるのだ。

  

 ひっそりと生活してても危ない。大人を頼るのも危ない。

 

 じゃあ、修行するしかない!

 

 この身にはチートがある。体内のチャクラが多いためか、小学校入学前の子供にしては身体能力も高い。練習すれば簡単な忍術も使えるようになった。

 

 修行はもちろん、毎日身体を苛め抜くのは辛く、苦しく、しんどいものだ。だから途中で幻術を使って自分自身に修行を全力で行うように暗示を掛けた。

 すると今までの苦行が素晴らしいものと思え、修行すればするだけ技が使えるようになり、練度もどんどん上がっていくのが楽しくなっていった。

 

 そして修行に没頭すること早十数年。結構な大人となったところではたと気が付く。

 

「楽して気ままに生活するはずなのに、なんでこんな事をしているんだろうか?」

 

 今になって暗示が切れたのだ。

 当時は二、三年で暗示が切れるように設定したつもりが、どうも間違えた術式でやっちまったらしい。

 

 まあ、過ぎた年月は仕方ない。

 ただし、今から全力で遊ぶ。 

 

 己はオタクである。

 怪獣シリーズや戦隊ヒーロー、仮面ライダーやウルトラマンといった特撮が好きだ。もちろん、普通のアニメも好きだ。

 だが、この世界では個性発現前の古典作品であり、しかも現実にヒーローが出るようになってからはその規模は縮小。ひっそりと継続している作品もあるが、今では風前の灯となってしまった。

 

 ならば、己が復活させよう。それが二度目の生でやるべき使命だ。

 

「特撮の良さを伝えるべく、まずはヒーローショーを行う。そして稼いだ資金でプロダクションを設立し、この時代に特撮をもう一度生み出すのだ……!」

 

 この日、世界の片隅で一人の男が決意を露わにし。

 ヴィラン『ジライヤ』が生まれることとなった。

 

 

 十二時。

 ある街の交差点にて、突如としてヴィランが現れた。

 

「イーッ!」

「イーッ!」

 

 それは骨が描かれた黒のタイツに目出し帽の男ども。ショッカー戦闘員と呼ばれる存在で、ジライヤの影分身だった。

 ショッカー戦闘員たちは「ジライヤのヒーローショー」と書かれた看板を持って奇声を上げ、辺りにいた一般市民を追い立てる。市民たちもキャーキャー騒いでいるがどこか緊張感が無く、写真を撮ったり、ショーが始まると笑いながら移動している。

 

『出たぞ、ジライヤだ!』

『まだ出るなよ、あれは分身だ。最後の挨拶まで堪えるんだ!』

 

 即座に市民に紛れていた私服警察官が通報。周辺道路は封鎖され、ビルの屋上には狙撃班が配備され、待機中だったヘリも急行する。

 

「やれやれ、やっとおでましか」

「今度こそ逃がさん……!」 

「あいつの仇を取ってやる」

 

 プロヒーロー達の戦意も高い。散々苦汁を舐めさせられ、今日ここで仲間の無念を晴らすんだと意気込む者も多かった。

 

 そして、ショーが始まった。

 

 煙と共に交差点の中心に巨大なセットが造り出された。

 今回の怪人(影分身)とブラックサタン戦闘員達(影分身)が暴れまわり、炎や雷など忍術によるエフェクトを出しながらセットを破壊つくしていく。

 今回のヒロインである美少女(影分身)が自身の無力さを嘆き、悲しむ。

 

 悪が叫ぶ、これでおしまいだと。

 ヒロインが叫ぶ、みんなの声でヒーローを呼んでと。

 

『助けて、仮面ライダーストロンガー!』

「まてぇい!」

 

 勇壮なBGMと共に突如現れたのは、真っ赤なスーツに白いスカーフをたなびかせる仮面ライダー。

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!

 悪を倒せと、俺を呼ぶ!

 聞け! 悪人ども!!

 俺は正義の戦士! 仮面ライダーストロンガー!!」

 

『ジライヤだ!』

『待て、まだ本人かどうかは分からんぞ!』

 

 主役登場に、市民から歓声が沸き起こった。

 

「ふん、飛んで火にいるなんとやらよ、者共、かかれぇい!」

「「「ミューッ!!」」」

 

 そして始まる派手な殺陣。彼らが技を繰り出すたびに電流が走り、拳を振るうだけで風が巻き起こり、蹴るたびに地が割れる。

 そして役者は全員ジライヤ。体術はお手の物で、舞台にいる誰もが迫真の演技を魅せる。あまりに豪快で面白いため、警察やプロヒーロー達も本体が出るまで待つ間は結構な人数が見入っていた。

 

「止めだ、怪人!」

 

 電流を纏い、天高く飛び上がる。

 あれは、仮面ライダーストロンガーの必殺技!

 

「ストロンガー電キィィックッ!!」

「ヌアアァァ!!」

 

 そして、一際大きな爆炎と共に悪は滅びた。

 大歓声の中、ショーは終わり、仮面ライダーストロンガーは華麗に去っていった。

 そして周りのセットと舞台役者達(影分身)も居なくなり、残ったのは一人の男。

 額当てに顔を覆うマスク。緑色のジャケットの忍び装束。ジライヤ本人だった。

 

『本人だ、間違いない』

「ブラボー! 大変面白かったよ。Mr.ジライヤ。私も見ていて胸が熱くなった!」

 

 観客をかき分け、パチパチと拍手をして現れたのはオールマイトだった。

 まさかの大物出現に、市民からもどよめきの声が上がる。

 

「これはこれは。まさかオールマイトが見てくれるとは思わなかったが……」

 

 オールマイトを補佐するように、大量のプロヒーロー達がジライヤを囲んだ。

 

『狙撃班、射撃準備』

「おや、これは……」

「HAHAHA、今日キミを捕まえる為に集めたヒーロー達さ!」

「ふむ……、これだけの数を動員しておきながらヒーローショーが終わるまで待ってくれるとは思わなんだ」

 

 しかしまあ、とジライヤは辺りを見渡した。

 

「私一人を捕まえるには多すぎないかな? プロヒーローに警官をこれだけ動員とか、信じられないのだが」

「それだけ君を危険視しているのさ。大人しく捕まってくれないかい?」

「私はそこまで大それた事をしていないのだがね」

 

 さて、とジライヤは足のホルスターから苦無を取り出す。

 

「しかし、狙撃班まで動員とは、どうやら本気らしいね」

『撃てェ!』

「ふッ!」

 

 呼気一つ、縦横に腕を振るう。たったそれだけで、ジライヤは苦無で飛来する銃弾を全て叩き落すという神業を見せた。

 

「私にはまだやる事がある。申し訳ないが、今回も逃げさせてもらうよ」

 

 ジライヤは指を十字に印を組んだ。

 

 ――忍法・多重影分身の術

 

 交差点に集結しているプロヒーローたちの前に、大量のジライヤが現れた。

 

『見せてやろう。このジライヤの新必殺技を!!』

 

 即座に臨戦態勢を整えるプロヒーロー達!

 オールマイトも拳を握りしめる!

 

『刮目せよ!』

 

 

 

 

 ドロン。

 

 

 

 

 ハ ー レ ム の 術 !

 

 

 

『ぶふぁおあァァ!!??』

 

 一瞬にして多くの男性ヒーロー達が血に染まり、一撃にて地に倒れ伏した。辺りは一面血の海となり、地獄絵図となった。まあ、男性はどこか幸せそうな表情だったが……。

 

 しかも芸が細かいことに全員変化した姿が違うのだ。銀髪ロリから金髪巨乳、白髪褐色お姉さまから黒髪の大和撫子まで全ての属性と声が揃っており、見ただけで沈まなかった者には抱き着き、耳元に甘く囁いて倒していった。

 ただ、やった本人が言うのもなんだが。全裸ロリに抱き着かれて『お兄ちゃん、いじめないで…?』と言われて堕ちた奴はヤバいと思う。 

 

「ふ、甘いわぁジライヤ!」

「私達だっているのよ!」

「あ、変化」

 

 逆ハーレムの術!

 

『きゃあああああッ!!』

 

 一瞬にして女性ヒ(ry 

 

「ちょっとー、ちょろすぎないー?」

 

 呆れた口調で言いながら全裸の、金髪碧眼の絶世の美少女へと変化したジライヤ(本体)は、他の分身体と共にたゆんたゆんと身体を揺らしながらスッカスカになった包囲網を突破していく。

 

 フラッシュが眩しい。サービスとばかりに微笑みと手を振ってやると野太い歓声と黄色い悲鳴が上がった。

 なお、大事なところは見えそうで見えない様に煙が纏わりついているので18禁ではない(強弁)。

 

「くおおォォ! なんとハレンチなぁ!?」 

 

 オールマイトは顔を赤く染めながら拳を振るい、その衝撃波だけで影分身を吹き飛ばしながら必死に追いかけていた。

 

「きゃー♪」

「エッチ―♪」

「ぬォォぉぉ!? これはやりづらいぞぉ!?」

「――隙が多いな、オールマイト」

「ッ!」

 

 直感からオールマイトは咄嗟に拳を握り、気配のある後方へと拳を振り上げた。

 が、オールマイトと息が触れ合う距離に現れた妖艶に笑う美少女の顔と、その下のたわわに揺れる綺麗な二つの果実。至近距離で直視してしまい、思わず身体が硬直してしまった。

 

「木の葉旋風!!」

「ぐっはッ!」

「ああ、オールマイトが!」  

 

 敢え無くオールマイトは吹き飛ばされる。

 と言っても大したダメージは無く、まだまだ戦える。

 

「そーら、抱き着けー」

 

 だが即座にジライヤの号令によって、全身を全裸美女達(影分身)にがっちりと抱き着かれ、肉の海に溺れていった。

 

「きゃー、オールマイトー♪」

「すてきー♪」

「ぬぁああああ!?」

 

 オールマイトとて健全な男。見た目的にも、また地味にパワーがあって関節をがっちりと固められてしまえば振りほどけず、手が出せなくなってしまった。

 

「ふっふっふ。名残惜しいが、そろそろ時間だ。ではなオールマイトにヒーローの諸君! サラダバー!」

 

 ジライヤは最後にカメラに向かって勝利のポーズを決めると、小さな煙と数枚の木の葉を残して消え去っていった。

 

 

 この日、ジライヤの罪状に公然猥褻罪が追加され、ネットでは多大な人気を博する事になった。

 

 




偶にはこんな感じの話も良いなと思いました。

2019/09/29 題名の変更を行いました。


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ネタ・ウォーシップガンナー2鋼鉄の咆哮×ループ

三万字ほど。長い。原作知っていないときついかも。
楽しんでいただければ幸いです。


 北極海 戦艦大和 戦闘指揮所(CIC)

 

「第二艦橋大破ッ! 炎上しています!」

「主砲、電源に異常! 攻撃できません!」

「艦首左舷が消滅(・・)!。浸水止まりません!」

「ふむ……」

 

 傾斜が始まった艦内の、各部署からの悲鳴と伝令の水兵が駆け回る中。

 艦長の君塚は、すっかり無愛想なまま動かなくなった顔で一瞥する。

 

「駄目だな。総員、退艦せよ」

 

 小さく、告げた。

 

「――総員退去ッ、総員退去ッ! 総員最上甲板だっ! 退艦せよ−−ッ!!」

 

 まあ、今から退艦したところで間に合うかどうかは分からんが、と思いつつ生き残った者全員を外へ叩き出し、懐から取り出した煙草を咥えた。火をつけても何も味を感じないが、吸っている間はなんとなく気分が落ち着く気がするのだ。

 

 日本海軍が生み出した61サンチ三連装砲を搭載した超巨大戦艦【大和】は、満身創痍であった。

 甲板は光子榴弾砲による膨大な熱量に晒されて溶けだしており、上部構造物は軒並み敵のレールガンによる攻撃によって吹き飛ばされ、前衛的なオブジェと成り下がっている。

 

 傾斜は止まらない。通信からひっきりなしに避難を呼びかける声が聞こえる。もう既に動けなくなった大和は敵から怪力光線の連射を受けている。超重力電磁防壁がまだ生きているが、もう限界に近い。あと少しで爆沈するだろう。

 これまでの経験から、揺れる艦の状況が手に取るように分かった。

 だが、君塚はひとつ確信したことがあった。

 

 究極超兵器『フィンブルヴィンテル』。こいつを倒せば、こいつさえ消せばこの繰り返される地獄から解放される、と。

 

「次だ。次こそ。次こそ、これを終わりにしてやる……」

 

 薄暗いCICで、君塚は煙草をくゆらせながらモニターに映るフィンブルヴィンテルを眺めた。

 破滅的な威力をもつ黒い雷球が大和を囲むのが見えた。

 

 轟音。

 

 暗転。

 

 嗚呼、またやり直しだ(・・・・・・・・・)

 

 

 日本帝国海軍中将、君塚章成がそれに気づいたのは、もう随分と昔の話である。

 

 シベリア東部にある小国、ウィルキア王国の国防軍大将兼国防議会議長であるフリードリヒ・ヴァイセンベルガーに内応し、日本でクーデターを起こした。

 そして日本の宰相となり、ヴァイセンベルガーに付き従って世界征服へ加担した。

 

 世界征服。

 彼は世界統一と言っていたが、さして違いはない。

 とにかく、圧倒的な力による支配こそが真の平和と平等をもたらすと考えていたのだ。

 

 君塚は当初、これを一笑した。子供が考えるような馬鹿な夢、荒唐無稽な話だからだ。

 クリミア戦争の際、ロシアの後方かく乱の為に支援を受けて独立できたシベリア東部の小国が、どうやって武力で世界を統一できるのか。

 アメリカやイギリス、ドイツなどの列強はおろか、ロシアにも勝てない弱小国がどうやって戦う?

 

 しかし、ヴァイセンベルガーは傲慢な態度を崩さなかった。

 彼には、圧倒的な力を持つ兵器があった。

 

 超兵器。古代文明の遺産。遥か昔に宇宙の彼方より飛来したそれの一部を模した機関を搭載した兵器は、従来のものと比べ物にならない性能を発揮した。

 

 ――28サンチ三連装砲4基を搭載し、80ktという信じられない速さで動く超高速巡洋戦艦『ヴィルベルヴィント』。

 

 ――戦艦と同等の火力に航空機運用機能、更には大量の攻撃艇を吐き出す超巨大双胴強襲揚陸艦『デュアルクレイター』。

 

 ――速射砲と豊富なミサイル、そして新世代の推進器を持つ双胴式の超巨大爆撃機『アルケオプテリクス』。

 

 

 北極圏の秘密ドッグで建造されたこれらの性能を見せつけられれば、仮想敵であるアメリカを降伏させるどころか、世界征服も可能であろう。

 しかも、これだけではない。既に幾つもの国がヴァイゼンベルガーに賛同し、南米や欧州方面にも多くの超兵器があるという。

 

 だから、誘いに乗った。

 自身の栄達のため。保身のため。秘密を知った者をこの独裁者が見逃すはずがない。

 それに、栄えある日本国の宰相になれる。日本男児最高の栄誉が、目の前にあるのだ。

 これに栄達を求める君塚に抗える筈も無く、ヴァイゼンベルガーが差し出した手を握った。

 

 1939年3月25日 10:00

 

 ウィルキア王国の近衛艦隊と国防軍艦隊で行われた総合大演習当日。

 国防軍大将ヴァイゼンベルガーのクーデターが発生。

 同時に、君塚もクーデターを起こした。そして成功。

 

 ヴァイゼンベルガーはウィルキア帝国の建国と自身の国家元首就任を発表し、世界統一に乗り出した。

 

 権力を握った君塚は言われるがままに各地へ軍を派遣し、すぐに富士の山麓から発掘させ、出てきた宇宙船を解析し始めた。

 この結果、日本の総力を挙げて80サンチ砲を多数搭載した超巨大双胴戦艦『播磨(ハリマ)』や超巨大ドリル戦艦『荒覇吐(アラハバキ)』を、またドイツ系の技術者を使って超巨大戦艦『ヴォルケンクラッツァー』を建造した。

 

 その性能は絶大で、特に『播磨』は完成してすぐに欧州へ派遣すると多大な戦果を挙げた。

 世界統一も順調。残る列強は海軍国家のイギリスや頑迷に抵抗するドイツ共和国、本土決戦を行っているアメリカのみ。

 

 君塚は遠くない未来で、日本は統一された世界の二番手として、日本と言う国の躍進を成し遂げた偉大な指導者として讃えられる。

 

 そう思っていた。その筈だった。

 イギリスへ脱出し、ウィルキア近衛艦隊改めウィルキア解放軍が、異常なまでの強さを発揮するまでは。

 

 アメリカやイギリス、ドイツ共和国などの反ウィルキ帝国を掲げる連合国を組み、頑迷に抵抗していた。数々の超兵器は、世界各国に甚大な被害をもたらした。

 アメリカの太平洋艦隊を壊滅に追い込み、欧州も帝国とそれに与する国家の攻勢によって一時は欧州全土を占領寸前まで行った。が、投入した超兵器の全てがウィルキア解放軍の若き天才、シュルツ少佐の手によって悉く撃破されていくと状況は一変する。

 

 超兵器が無くなれば、後は高い生産力を持つアメリカと世界一の海軍国家であるイギリス、精強な陸軍を持ち、押されながらも国を維持し続けたドイツ共和国は息を吹き返した。

 

 更に少数ながらも超兵器と重要拠点の悉くを撃破し続けたウィルキア解放軍によって、戦線を徐々に押し返されていった。

 

 帝国は度重なる弾圧と無理な総力戦で全てがガタガタになっており、各地で敗退を重ね制海権を奪取されると脱落する国家も増えていく。

 

 君塚も、持てる戦力の全てを解放軍へぶつけた。

 しかし、『播磨』は地中海で、『荒覇吐』は太平洋で爆沈。残る『ヴォルケンクラッツァー』はまだ完成しておらず、本土防衛用に残していた君塚艦隊も降伏するか、水底へ沈んでいった。

 抑える戦力が無くなったことで日本各地で暴動が発生。反乱が起きた。

 

 クーデターから1年。

 最後は誰も居なくなった横須賀鎮守府の司令部で、君塚は呪いの言葉を吐き捨てながら死んだ。

 

 暗転。

 

 

「……夢、だったのか?」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚はほっと溜息をついた。

 縁起が悪い、随分と嫌な夢を見たと思うも、流石にク―デターを前にして緊張しているのだと自分で納得した。そしてそのまま夢と思い込み、先々で妙な近視感を覚えつつも仕事をこなしていき――。

 

 そして横須賀鎮守府の司令部で砲撃を受けて死んだ。

 

 暗転。

 

 

「何なのだ、これは……?」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は呆然とした。

 流石に今回は夢だとは思えなかった。リアルな戦争の推移、生々しい死の感触、知らない筈なのに見た記憶がある兵器の数々。

 

 つまり、このままだとウィルキア帝国は、日本は負ける。

 

 ならばどうすればいい?

 あれの様にならないよう、立ち回るしかない。

 元々、君塚は馬鹿ではない。でなければ、横須賀鎮守府の司令官にはなれないし、中将という階級まで登り上がることはできなかった。

 

 結果は多少の延命になった。たった一人で世界各地の戦争全てに介入する事も、動かす事も出来ない。

 あの時と同じように追い込まれていき、君塚はウィルキア解放軍と艦隊決戦を行って乗艦と運命を共にした。

 

 暗転。

 

  

「ウィルキア帝国は駄目だな。使えんわ」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚はぼやいた。

 何が世界統一だ。折角の助言をしても結局一年足らずで負けてるじゃないか。これだから陸モノは駄目なんだ。海上戦力の凄さを全く分かっていない。泥船と分かっているなら、最初から味方しなければよかった。

 

 ――そうか、そうだ。今回は最初からウィルキア近衛艦隊、つまり解放軍に協力することにしよう。

 クーデターを中止し、近衛艦隊を受け入れて一緒に戦えばいい。

 

 いや、クーデターを中止と言っても駄目だな。かつての十月事件や五・一五事件の様な暴走もあり得る。

 となれば、今のうちに艦隊へ避難しておこう。

 

 君塚は自身の柔軟な考えを褒め称え、そして救国の提督なんて呼ばれる姿を思い浮かべた。

 クーデターでの悪名より民衆にも受け入れられて、遥かに良いな。

 すぐに明日のクーデターの中止を言い渡し、その足で君塚は旗艦へ避難。困惑する面々に「明日何かが起きるかもしれん」とだけ答え、部屋で眠りに就いた。

 

 その夜。

 君塚は部下に射殺された。

 

 暗転。

 

 

「クソッ! 駄目じゃねーか!!」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は怒鳴り散らした。

 撃たれたのは覚えている。だが、なぜだ? なぜこちらの動きが分かったのだ?

 

 ――そうか、スパイ。いや、シンパか。アカ共と同じように張り巡らしているのか。

 猜疑心の塊め、そんなところは仕事ができるのか。

 

 あと、あの馬鹿共め、世界統一や真の平等な社会とかいうまやかしに騙されおって。

 奴は超兵器という切り札を大量に持っていても、弱小勢力に一年でひっくり返されて敗北に追い込まれるような指導者だぞ。戦線を広げすぎるわ、戦力を分散させるわ、更には超兵器を一度に叩きつければいいものを一つずつ小出しにして返り討ちに遭って無駄に消耗させる。

 私は天才なのだと言いながら愚策ばかり実行するのだぞ。どう考えても永遠に無理だ。

 

 ――しかし、困った。

 そうなると、どこまでヴァイゼンベルガーの手が回っているか分からない。急に態度を変えれば先と同じように殺されてしまうだろう。

 

 ――つまり、クーデターは起こさなければならない。

 

 君塚は、震える声で呟いた。認めたくなかった。

 

「あれを担ぎながら、超兵器キラー共を倒して世界を統一しろと言うのか……?」

 

 なにその無理ゲー。

 

 翌日。君塚は絶望した表情のままクーデターを起こし、救援を求めるウィルキア王国の近衛艦隊をなりふり構わず攻撃した。

 半数は仕留めたが、対超兵器のフラグシップことシュルツ少佐には逃げられる。

 

 その後もヴァイゼンベルガーに直談判し、君塚自らが艦隊を率いて欧州へ出向き、超兵器を纏めてぶつけたり、艦隊を根こそぎ動員したが全て撃沈。

 

 クーデターから三か月後。

 君塚は地中海で乗艦と一緒に沈んだ。

 

 暗転。

 

 

「なんなんだあの男は……」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は恐怖した。

 跳ね起きて思い出すのは、ウィルキア解放軍のあの男だ。

 

 【若き天才】、【対超兵器キラー】、【死神】、【不敗の魔術師】、等々。

 

 数々の異名をもつウィルキア王国近衛艦隊所属、ライナルト・シュルツ少佐。

 連合国のラジオでは彼を英雄だと讃えていたが、冗談じゃない。あれは英雄ではなくもっと恐ろしい何かだ。

 

 前回の近衛艦隊への奇襲だってうまくいっていたのだ。突然の出来事に近衛艦隊は混乱し、なすすべもなく戦艦や巡洋艦が撃沈していった。

 だが、たった一隻で君塚艦隊へ立ち向かう重巡洋艦がいた。

 シュルツ少佐が艦長を務める艦だった。

 

 戦艦から駆逐艦まで徹底的に撃ち込んだ。水雷戦隊による酸素魚雷の飽和攻撃だって使った。航空攻撃だってした。

 たった一隻の条約型の重巡洋艦にはオーバーキルも良いところだ。

 

 だが、通じない。通じなかったのだ。

 縦横無人に走り回り、見えない筈の酸素魚雷は迎撃され、対空射撃で航空機は堕とされ、未来でも見えるか、いくら撃ち込んでも至近弾のみで直撃しない。

 逆にこちらの戦艦や巡洋艦に接舷するぐらい近づき、水平射撃と至近距離での雷撃を行って撃沈していく。

 

 なお、その時の日本海軍の被害。

 

 沈没

 戦艦8隻、空母6隻、巡洋艦12隻、ほか多数。

 

 損傷

 いっぱい。

 

 シュルツ少佐の重巡洋艦? いいところ中破じゃね?

 あまりの非現実的な光景に、誰もが呆然とし、攻撃が止んだ隙を見て転舵して去っていく重巡洋艦を見送っても仕方なかった。

 

 どうすればアレに勝てる? 

 どうすればコレが終わる?

 どうすれば――。

 

 その後、君塚は考えるのをやめた。

 

 暗転。

 

 

「いや、なに馬鹿な事をしていたのだ、俺は……」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。 

 

 君塚は自身に呆れた。

 柱の男、カーズ様、とか訳の分からない言葉が頭に浮かぶ。

 何度も死んでいる所為で頭がおかしくなったかもしれない。

 

 とにかく、どうにかしなければコレは終わらないのだ。

 あの死神をどうにかしなければ、いけないのだ!

 

 クソ、やってやる、やってやるさ!

 私だって日本男児だ! 海軍中将だ! 船乗りなんだ!

 己が日本を守らなければ、誰がやる!?

 

「何度でもやってやる、絶対に奴に勝ってやる……!」

 

 君塚は決意を新たにし、挫けそうになる心を奮い立たせた。

 

 

「艦隊全滅!」

「超兵器、撃沈!」

「艦隊全滅!」

「超兵器、撃沈!」

「艦隊全滅!」

「超兵器、撃沈!」

「艦隊全滅!」

「超兵器、撃沈!」

 

「撃沈!」「撃沈!」「撃沈!「撃沈!」「撃沈!」

 

 

「もう疲れたよパトラッシュ……」

 

 目を覚ますと、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は限界だった。

 もう20年近い悲惨な状況を体験し続けたせいで目は澱み、表情筋はピクリとも動かなくなり、心が摩耗していた。

 

 目を覚ましたベットの上で、茫洋と天井を見つめながら考える。

 パトラッシュは確かフランダースの犬という作品に出てくる本だったか。原作のモデルとなったベルギー北部のフランドル地方では知名度が低く、評価が低いそうだ。日本人観光客からの問い合わせが多いから銅像を建てたそうな。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「本当に、どうすればいいのだ……」

 

 現実逃避を終えた君塚は思案する。

 

 勿論、考えるのは【死神】シュルツ少佐対策である。

 というか、アレは本当に人間なのか? ウィルキアの秘密研究所から脱走した改造人間とか、人型超兵器とかそういうのじゃないのか?

 

 なんで戦艦部隊と機動部隊と潜水艦と水雷戦隊による立体飽和攻撃を行っても撃沈しないのだ? 

 

 確かに【死神】は戦争初期と後期ではヤバさ加減が違う。

 

 いや、どっちもヤバいのだが、後期になると艦と兵装など全てがグレードアップし、更にエグくなる。

 電磁障壁やら防御重力場と呼ばれるバリアを持つようになり、補助兵装と兵の練度によって成せる技なのか、主砲を数秒に一回という有り得ない速さで斉射しながら異常な命中率を発揮するようになる。

 いつから主砲は馬鹿でかい九二式重機関銃(キツツキ)になったのだ。

 

 更にはミサイルや酸素魚雷を高角砲や機銃で迎撃し、砲弾の雨の中を縫うように右へ左へ動きながら避け、逆に砲弾と魚雷を叩き込んでくるのだ。

 おかしいだろ本当に。反抗的だった味方ですら、アレの変態機動を見てドン引きしていたぐらいだ。

 

 自信はあった。立体飽和攻撃をアメリカの太平洋艦隊にやったらあっさり壊滅でき、信じられずに他のウィルキア解放軍や連合国の大艦隊相手にしてみたら全滅に追い込めた。

 周りからは最強の連合艦隊なんて呼ばれるようになっていた。

 

 なのに、たった一隻だけが倒せない。

 

 超兵器? ああ、奴らは海の藻屑となった。

 『播磨(ハリマ)』や『荒覇吐(アラハバキ)』と『ヴォルケンクラッツァー』の三隻を同時投入しても駄目だったわ。

 

 ……どこが神の如き力を持つ超兵器なんだろう。既存の艦の方が成果が高いのだが。

 君塚は訝しんだ。

 

「いや、待てよ。大破には追い込めたんだよな……」

 

 波状攻撃によって流石に疲れが出てきたのだろう。防御を貫通し、後部艦橋や砲塔に命中させることが出来たのだ。あまりの嬉しくなって拍手喝采をしたのを覚えている。

 

 確か、当てたのは新型だという翅の無い航空機だった。ジェットエンジンとかいうもの積み、遥かに高速で動けるとか言っていた。

 砲術畑出身である君塚には分野違いで、あまり興味のない話だったからそれぐらいしか覚えていないが。

 

「搭載する兵器を変えた結果……?」

 

 そうか、今までは既存の艦でやりくりしていたからか。

 例えば、戦艦は主砲はそのままで機関や設備の換装、また防御重力場などの搭載だけだった。

 

 というのも、この世界の戦艦は少々おかしく、改金剛型は四十隻はあり、他の扶桑型、伊勢型、長門型、改大和型を含めると優に百隻を超える艦が存在している。

 

 これだけいると流石に別の新造艦を造るより、改装した方が早い。

 だって次の作戦までには機関や主砲、装甲、艦橋など全部替えられるし。

 

 余りにも多いので、整理を兼ねて失敗作と言われた十隻近い扶桑型戦艦は全てウィルキア王国へ売却していたぐらいだ。

 巡洋艦以下となればこの数十倍は存在しており、君塚でも大まかな数しか把握していない。

 

 もっとも、これだけの数が居ても【死神】の手に掛かれば一年以内に根こそぎ撃沈させられてしまうのだが。流石に目の前で大和型戦艦12隻がシュルツ少佐と愉快な仲間達の戦果となって沈んでいくのには泣いてしまった。

 

「今回は捨てよう」

 

 そして自分が理解しやすい、砲術関連を重点的に伸ばしていこうと考えた。

 

 その後。

 

「新型砲を開発しました。これは速射砲と言って見かけは単装砲ですが砲塔内部にドラムマガジンと呼ばれる自動給弾装置が設置されておりこれによって毎分30発以上の速射が可能となっていますしかも最大射程は23,000mとなっており――」

「すまない、一旦止めてくれ」

 

 君塚は小さく手を挙げた。

 

「はい、なんでしょうか?」

「申し訳ないが、短く、分かりやすく説明してくれ」

「軽巡洋艦の主砲が射程そのままで機関銃並みの速さで撃ち込めるようになりました」

「採用。直ぐに量産に取り掛かってくれ」

「有難うございます!」

 

 その後、新型砲を載せた艦隊で【死神】相手に戦ってみた。

 

 沈められなかったが、今までよりも当てられるようになった。

 

「確かに、弾幕はパワーだな」

 

 確かな手ごたえを感じ、君塚は笑みを浮かべて乗艦と共に沈んだ。

 

 暗転。

 

 

 ~技術蓄積中~

 

「これは超音速酸素魚雷と言います! これはスーパーキャビテーションという現象を利用したもので――」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「CIWS、近接防御火器システムと言いまして。レーダーと連動して至近距離のミサイルや航空機を自動で迎撃する――」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「チャフグレネードです。一時的ですがミサイルの妨害だけでなく、誘導レーザーのロックすら解除します」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「波動ガンです。超兵器に搭載している波動砲を小型化したもので、威力と射程は落ちましたが、全艦種に搭載可能です」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「荷電粒子砲です」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「怪力線照射装置です」

「採用、直ぐに量産してくれ」

 

「妖しい大砲です」

「ただの帆船時代の大砲じゃないか。試験はしてくれ」

 

「火炎放射砲です」

「何に使うのだ? 試験はしてくれ」

 

 

「提督、こちらの攻撃が通用しません!」

「やはり怪しい大砲は駄目だったか」 

 

 暗転。

 

 

 繰り返しの中で技術を試し、伸ばしていく。そして開発者がAGSと呼んでいた砲塔システムで技術が足踏み状態になったところで、次の水雷関連を伸ばしていく。

 途中から兵装の開発を進めていく最中に船体や設備、機関、補助兵装、航空機の開発も進めていくようになった。

 例えば怪力光線、つまりレーザー兵器の出力を上げるには新型機関が必要であり、これを載せられるだけの大型船体と設備が必要だったからだ。

 

 造って、試して、殺して、死んで、これを繰り返していく。

 技術と設計図を覚え、次に持ち込んで発展させ、また次へ持っていく。

 

 何度も何度も何度も繰り返して繰り返していき――。

 

 遂に、完成した。 

 

 

 大西洋 ケルト海 日本海軍 君塚艦隊

 

 地中海から大西洋を北上し、イギリスへ向かう中。

 旗艦の分厚い装甲に守られたCICの中、君塚は提督席に腰掛けながらモニターに映る艦隊を見やった。

 

 青と緑の地に白鳥と大地が描かれた艦旗。

 ウィルキア解放軍、あの【死神】が乗る巡洋艦もいる。

 

 恐らく、これが最後の艦隊決戦になるだろう。

 アメリカやイギリスなどの連合国は帝国の猛攻によって押し込まれ、列強の誇っていた艦隊はもう過去の存在になっていた。

 

 今回が始まった時、君塚は即座に蓄積した技術を各所に渡し、新しい艦へと生まれ変わらせていた。

 

 君塚の指揮下にある艦隊、通称【君塚艦隊】は精強な艦隊である。

 どの艦も核融合炉と超重力電磁防壁を持ち、最新の設備と機能を持つようになった。君塚はこの艦隊を率いて、世界中の海を渡り、戦場を縦横無尽に駆け回っていた。

 

 アメリカの太平洋艦隊を、イギリスやイタリア、ドイツなどの連合国の艦隊を相手にしても殆ど損害無しで壊滅させていった。

 

 当然、連合国は超兵器の存在を疑うだろう。

 そうすれば来るのは【超兵器キラー】のいるウィルキア解放軍だ。

 

 彼らには欧州に投入済みだった超兵器を全てぶつけ、その間に連合国に属する国を占領していった。

 

 結果、超兵器は全て沈んでしまったが、時間は稼げたし、データは取れた。

 今までの周回の記憶と照らし合わせると、完全には設備が整っていない。補給もままならず、損傷から修復を終えていない艦も見える。

 

 勝つ見込みは、ある。

 

「諸君、正念場だ。気を引き締めていこう」

 

 その声を待っていたかのように、CICに詰めていた者達が一斉に敬礼する。

 当初は評判の悪い君塚を胡乱な表情で見ていた彼らも、クーデターを機に変わった君塚を見て態度を変えた。何度も死線を潜り抜けたような歴戦の将の風格と、未来を全て言い当てる知略にすっかり心酔していた。

 今も【軍神】と讃えられながらも驕らず、常に全力で戦おうとしている。

 

 ――【死神】がなにするものぞ、我らには【軍神】がいる。

 君塚艦隊の士気は高く、意気は天を衝く勢いであった。

 

「Z旗を掲げよ」

 

 それが、戦いの合図となった。

 

 

 戦いは熾烈を極めた。

 

 事前に深深度に潜航していた潜水艦が攻撃深度まで浮上し、必殺兵器である潜航新音速酸素魚雷を発射する。命中すれば戦艦でも一撃で沈められる魚雷だ。命中しなくてもただではすまない。

 また同時に、航空攻撃が始まる。空母の新しい槍となるF-15EX「蒼天」やSu-47J「ベルクート」などのジェット航空機からなる攻撃隊で制空権を確保。

 

 この時点で、既にウィルキア解放軍の艦隊は壊滅状態になった。

 だが、この程度では【死神】は沈まない。

 

 故に攻撃を緩めない。

 大艦巨砲主義の極みと言っていい51サンチ砲を搭載した戦艦を中核とした砲戦部隊が咆哮する。また荷電粒子砲を搭載した巡洋艦によるアウトレンジからの砲撃。距離を詰めてくる敵には新型砲と怪力線による弾幕が出迎える。

 

 徹底的に近づけさせない。それが、君塚が出した答えだった。

 

 しかし、流石は【死神】と言うべきか。 

 細かく動き回りながら致命傷を避け、主砲と魚雷でこちらの艦隊を削ろうとしていく。

 敵味方関係なく、砲火と艦が沈んでいく悲鳴を聞きながら、止まらずに艦隊運動で海の上を踊り続けていく。

 

 そして、ようやく終わるその時が来た。

 

「敵旗艦、イタヴァル撃沈!」

「――いま、突撃せよ!」

 

 旗艦が撃沈したことに動揺したのか、【死神】の艦が動きを止める。

 その一瞬を、君塚は見逃さなかった。

 

 即座に攻撃を集中。航空隊が一斉にミサイルを発射し、砲撃は一層激しくなる。激しい水柱と目を焼く光線が【死神】を覆いつくす。

 その隙に、AGSと超音速酸素魚雷を搭載した水雷戦隊が切り込み、至近距離からの逃げ場がのない雷撃を行った。

 

 そして、攻撃を止めて窺ったとき、【死神】の重巡洋艦は満身創痍になっていた。砲塔は吹き飛び、煙突はひしゃげていて炎上し、黒煙を上げている。

 弾薬庫に誘爆したのか、激しい爆発と噴煙を上げ、そのまま横倒しになるようにゆっくりと沈んでいった。

 

 勝った。

 勝ったんだ。

 勝利した、勝利した、勝利したのだ!

 あの死神に、超兵器キラーに勝利したのだ!!

 

「敵艦隊に降伏勧告をせよ」

「ハッ。――提督、敵艦隊が機関停止。降伏を受諾すると回答」

「よろしい。各艦、攻撃を止めよ」

 

 艦内が勝利に沸く中、君塚は周りに気付かれぬよう一人涙した。

 

 

 そして、クーデターから一年後。

 最後の国家が降伏。ウィルキア帝国による世界統一がなった。

 

 ウィルキア帝国 首都 

 

 この日、君塚はヴァイゼンベルガーに呼び出されていた。

 帝国の勝利式典へ出席するためだった。

 

「君塚、素晴らしい手腕だった」

「有難うございます、閣下」

 

 君塚が恭しく頭を下げた。

 彼には珍しく、本当に久々に小さな笑みを浮かべていた。

 

「ほう、君も笑う事が出来たとは。初めて見たぞ」

「ええ、ようやく人心地が付きました故」

 

 よほど面白かったのか、ヴァイゼンベルガーは上機嫌に高く笑い声をあげた。

 

「実はな。君にプレゼントを用意したのだ」

 

 ヴァイゼンベルガーが合図すると同時に、武装した兵が雪崩れ込んできた。

 君塚に銃口が向けられる。

 

「これは……」

「君は私の想像以上によくやってくれた。海軍を纏め、各地へ転戦して邪魔な敵を一掃し、帝国の勝利に貢献してくれた。だが、やり過ぎたのだよ」

「……お役御免、という事ですか」

「その通り。何か言い残すことあるかね?」

「閣下、煙草を吸ってもよろしいか?」

 

 答えを聞かず、君塚は懐から煙草を取り出し、火をつけた。

 ヴァイゼンベルガーは傲慢な笑みのままだ。自分の優位性を全く疑っておらず、事実その通りだった。

 

「もう満足したかね?」

 

 煙草が半分も吸い終わらないのにヴァイセンベルガーが言った。

 君塚は嘲笑を浮かべて吐き捨てた。

 

「閣下、男で早いのは嫌われますよ」

「殺せッ!」

 

 次の瞬間、君塚は全身を撃たれて死んだ。

 

 暗転。

 

 

「あれでは駄目、という事か……」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は無感動に呟いた。 

 身体中を撃たれた感触と痛みを感じるが、もう痛みには慣れてしまった。艦橋の崩落に巻き込まれたり、艦が沈没して溺れるなどに比べればマシだと思いながら、溜息を零す。

 

 死ぬことにものに慣れてしまったなぁ、と内心ごちた。

 別にあれで解放されるならとわざわざ出席して撃たれたというのに、これでは死に損ではないか。

 まあ、ヴァイゼンベルガーに協力は駄目だと分かった。協力しても用済みになれば暗殺され、この周回も終わらないまま。

 

 となれば、ウィルキア解放軍に参加するしかない、か?

 

「……帝国に内通しているのは確かあ奴らだったな」

 

 何度も周回を繰り返している内に、自身の艦隊で誰が帝国と繋がる内通者なのかは知っている。コイツ等を全員拘束して、艦隊ごと逃げ出せばよい。

 

 君塚はすぐに行動を起こした。内通者を集めて全て捕らえたのち、指揮下の艦隊を動かしてウィルキア王国の近衛艦隊と共に離脱。

 その後、共に各地を転戦しながら戦い続けていく。

 

 もう80年は戦い続けた君塚には、艦隊をどこにどう動かせば効率が良いか分かるようになっていた。また超兵器の弱点も、帝国の重要基地が何処にあるか全て分かる。

 超兵器は【死神】に任せ、自身は地中海を中心に艦隊を率いて暴れまわった。

 

 お陰で【死神】と同じく帝国から賞金がかけられ、【マルタの悪夢】なんて呼ばれるようになっていた。

 口には出さなかったが、アレと一緒にして欲しくないと君塚は思った。

 

 そのまま戦い続け、太平洋に戻り、同期達が操る超兵器を、部下達が乗る艦隊を沈めた。

 心が痛んだ。

 

 それでも、シュヴァンベルグ港に突入したウィルキア解放軍が、ヴァイゼンベルガーの乗る超兵器『リヴァイアサン』を轟沈したと聞き、君塚はこれで全てが終わったのだと思った。

 

 だが――、

 

 再び日本へ戻ってきた君塚は絶望した。

 ヴァイセンベルガーを倒し、連合国の勝利で終わった。

 

 幾多の苦難を乗り越え、戦争に勝ったのだ。

 だが、君塚が離脱した後も日本はウィルキア帝国へ協力していた。連合国から攻撃されるのは当たり前のことだった。

 無理な総力戦で街から人がいなくなり、モノとカネは戦争に使われて無くなり、国家は疲弊しきっていた。超兵器の攻撃で四国は二つの島に分断され、連合国からの激しい攻撃によって街は灰燼に帰し、残ったのは瓦礫と放棄された兵器の山だけだった。

 

 同期を、部下を殺し、日本を見捨てた結果。

 あの、美しい山々は、緑は、活気に溢れた港は、人の営みのあった街は、全て無くなってしまった。

 

 気が付けば、同期と部下たちが眠る墓の前で拳銃を口に咥え、引き金を引いていた。

 

 暗転。

 

 

「勝つだけでは駄目だ。日本を、守らなければならない」

 

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 

 君塚は決意を口にした。 

 日本を守り、自身の望みを叶えるにはどうすればいいか。

 分からない。

 君塚は軍人だ。政治や経済のことなど分野外だ。今までの周回では政治は従う議員と官僚任せで、自身はあくまで海軍の予算を分捕る事しかしていない。

 

「ああ、何度も試せばよいのか」

 

 なぁんだ、簡単なことじゃないか。

 己は何度も周回できる。今までと同じことだ。繰り返せばいい。何度も試してみればいい。

 そうすれば、自ずと最適な道が見えてくる。

 

 君塚は、歪んだ笑みを浮かべて再び行動を開始した。

 

 

 考えて試してみて、使える奴を見つけ出して仕事を振り分け、被害を最小限に抑え込む。

 それを繰り返す。

 

 沿岸部が超兵器の攻撃を受けた。次からは優先的に潰しておこう。

 帝国の艦隊によって甚大な被害を受けた。次からは事前に艦隊を配備しておこう。

 派遣した艦隊を戻す時間が無い。そうだ、ウィルキア解放軍が使っていたドック艦を建造させよう。

 

 選んだ人材に内通者がいた。次からは最初から捕まえておこう。

 途中で過労死をした。次からは適度に休みを入れることにしよう。

 戦争で民間では閉塞感がある? 気晴らしに祭り、あとは軍事技術の一部を民間転用させよう。

 

 日本の、積もりに積もった問題を強引でも解消していき、国が少しでも良くなるように最適化していく。

 

 全ては、未来のために。

 

 

 もう百回は周回を繰り返している。だが、必要なものと最適な行動は覚えることが出来た。

 そしてようやく、最後の敵を見つけ出せた。

 『フィンブルヴィンテル』。後はこいつを倒すだけだ。

 

 

 

「さて、やるとするか……」

 

 百八回目。

 目が覚めると、クーデター当日の朝だった。

 君塚は立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。

 

 1939年3月25日 10:00

 

 ウィルキア王国でクーデターが発生。

 

 同時間、君塚はもう慣れた動きでクーデターを起こし、各所を閉鎖。敵味方問わず邪魔すると分っている者共を捕まえ、治安を維持。

 

 あまりの手際の良さと一夜にして急変した君塚の雰囲気に周りは驚くが、逆らい難い歴戦の将が放つような威圧感と風格から指示された通りに動いた。

 その後、上は大臣から下は平までの官僚や議員、軍人らが一同に集められた。彼らはみな、君塚が周回の中で使えると判断した人物だった。

 

 君塚は彼らを前にして静かに演説を行った。どのような言葉で、どのように演説するのが有効なのか、既に身に染みて覚えている。

 がなり声を上げるわけでもなく、まるで語りかけるような張りのある声だ。議会に響き渡る何度も口にした口説き文句は今回も彼らの矜持を大いに刺激し、そして奮い立たせた。

 議会では君塚の言葉と、出席者たち自身の熱狂で支配されており、顔を真っ赤に高揚させた。

 

「――全ては、未来のために」

 

 君塚の最後の言葉に、誰もが歓声と万雷の拍手で応えた。

 

 政府の掌握が終えた君塚は、その足で御上の下へ向かい、今の情勢にヴァイセンベルガーの事など全ての事情を話した。そのうえで願い出て、国家の全権を掌握することに成功。必要ならば権力でゴリ押しできるようになった。

 

 こうして名実共に独裁者となった君塚は矢継ぎ早に各所へ指示を出した。

 ここからは時間との勝負だ。積み重ねてきた経験を元に国内の生産体制を改善、向上させ、急ピッチで国家総動員体制を整えていく。

 

 クーデターから逃れてきたウィルキア近衛艦隊を拘束(保護)。急ぎで補給を行い、逃げられたという形で脱出させる際には帝国への言い訳を兼ねて基地を幾つか爆破しておく。

 

 嫌味を言ってくるヴァイゼンベルガーをのらりくらりとかわしながら時間を稼ぎ、既存艦を順次ドックに入れて改装を行うと同時に宇宙船の発掘を開始。

 解析して戦力を向上させる。

 機械の様に、何度も口にした言葉で同期達や提督を味方にし、艦隊を纏めさせる。

 覚え込んだ兵器群の設計図を最適な人物と最適な場所へ配って造らせる。

 

 これまでも経過を確認。

 

 権力掌握、ヨシ。 

 艦隊編成、ヨシ。

 生産体制、ヨシ。

 

 国家総動員法、発令。

 戦時体制に突入。これで総力戦が可能。

 

 全ての準備が整った。

 

 1939年4月1日 12:00

 

「我が国は、ウィルキア帝国に対して宣戦布告する」

 

 日本国、ウィルキア帝国に対して宣戦布告。

 帝国には直前までアメリカ侵攻用と説明していた艦隊を北方へ向かわせ、間宮海峡に建築中だった超巨大水上要塞『ヘル・アーチェ』を徹底的に破壊。周辺地域の基地へ砲撃を行い、機雷を撒いて封鎖。

 艦隊はそのまま北海道の守りに就かせ、沿岸部に陸上砲台を含む基地の構築を開始した。

 

 一連の動きにヴァイゼンベルガーは報告を受けて呆然とし、そして嵌められたと分かるや激怒した。

 即座に報復を決定。

 対アメリカ用にと北極圏の秘密基地で建造した艦隊を半分にわけ、また超兵器『アルケオブテリクス』を日本へ派遣した。

 残り半分は超兵器『ヴィルベルヴィント』と『デュアルクレイター』と共に、予定通りにハワイ攻略へ向かった。

 

 例え艦隊が半分になったとはいえ、超兵器がいるのだ。アメリカ太平洋艦隊や日本海軍など軽く捻り潰せる、ヴァイゼンベルガーはそのように考えていた。

 確かにその考えは間違っていない。この状況でどう動いてくるか知っている君塚が、いなければの話だが。

 

 急行してきた『アルケオプテリクス』は一度も攻撃することなく、たった一発の電磁攪乱ミサイルによって制御を失い、墜落した。

 あっさりと堕ちた超兵器にウィルキア帝国艦隊は目の前の光景を信じられず、突撃してくる日本艦隊を前に大いに慌てふためき、混乱が巻き起こっていた。

 

 久々の活躍の場、それも艦隊決戦で大いに士気を高めていた日本艦隊はその練度を遺憾なく発揮し、一隻も撃沈される事なく敵艦隊を撃破。

 まるで日本海海戦のように、日本海軍のパーフェクトゲームで終わったのだった。

 

 ウィルキア帝国の悲劇はこれで終わらなかった。

 日本が使えなくなったため、超兵器『ヴィルベルヴィント』と『デュアルクレイター』と別艦隊は急きょアラスカのアンカレッジを占領。そのままハワイ攻略を開始した。

 

 ハワイ攻略は成功。しかし、アメリカ西海岸沖に突撃した『ヴィルベルヴィント』はアメリカ太平洋艦隊を壊滅させたが機関部を損傷。その後はウィルキア近衛艦隊のシュルツ少佐によって撃沈された。

 

「これはどういう事だ!」

 

 この報告を受けたヴァイゼンベルガーは衝撃を受け、沈んだ超兵器の設計チームを処刑するなど激しく怒り狂った。

 

 本国と北極圏のウィルキア帝国海軍はその損害から動けなくなった。

 そもそも、ウィルキアの海軍はさほど多くはない。歴史的にも地理的要因で対ロシアであり、伝統的に陸軍偏重だ。海軍の整備が始まったのもここ20年間の話で、その整備に協力したのは日本とドイツなのだ。その癖やら使う艦まで全て分かっている。

 

 その数を補うのが超兵器であり、日本の海軍力だった。

 超兵器は帝国が世界統一を進めるために多大な労力をかけて造り上げた兵器だ。それが開戦初期で二つも失われるなど威信を失墜させ、今後の戦略に影響を及ぼすものだった。

 

「君塚め、裏切りおって……」

 

 ヴァイゼンベルガーは悪態をついた。

 君塚によって日本の協力者達は軒並み捕まり、また指導力が想像以上だと知るや、侮れない敵として認識するようになった。

 まさか君塚が100回以上この戦争をやり戻している事など分かるはずもなく、ヴァイセンベルガーはその能力を隠して帝国に近づいたと思い込んでいた。

 

「フン、まあ良い。勝つのは儂だ。精々足掻くがいい」

 

 ヴァイゼンベルガーは日本への攻撃を切り替え、『デュアルクレイター』を北極圏へ戻した。欧州での占領作戦の要となる『デュアルクレイター』を失う訳にはいかなかったからだ。

 

 以後、帝国は北極海航路とシベリア鉄道を使って陸軍を中国及び欧州へ投入。ユーラシア大陸占領に注力していく。

 この動きに連動し、ソ連、南米、中東、アフリカなどでウィルキア帝国に与する国が軍事行動を開始。

 

 これに対抗するべく、イギリスへ渡ったウィルキア王国近衛艦隊改め、ウィルキア解放軍とアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、そして日本など反ウィルキア帝国からなる連合国を結成。

 

 欧州大戦以来となる、世界規模の総力戦が始まった。

 

  

 春に欧州で戦争が勃発して以降、日本は慌ただしく動いていた。

 

 間宮海峡を封鎖したことで帝国海軍による攻撃は減ったが、代わりに大陸から弾道ミサイルや爆撃機などの襲来が日に日に増していた。

 

 とはいえ、この時期はまだ攻撃対象は軍事施設のみで、兵器の性能も高くないから防ぎやすい。

 早期にレーダー網と要撃機、また高角砲やミサイル、対空パルスレーザーなど対空兵装を充実した艦による迎撃態勢が整えたことで、むしろ被害は減りつつある。

 

 そして国内はと言うと、先の海戦の完勝で熱狂していた。同時に、本土攻撃への対応の速さから君塚の評判はうなぎ登りだった。

 民衆から見ればいきなりクーデターを起こして国を牛耳った独裁者であり、知っている者でも野心家で強硬派だった君塚をよく思う人物は皆無だったが、まあ、勝てば官軍という訳だ。

 

 君塚もこの熱狂はいま勝ったばかりだからと分かっているので、熱が冷めないうちに準備を進め、必要な法案を纏めていた。

 その中には君塚が設計した新造艦の建造計画と資源の輸送計画、そして日本軍の欧州派遣が含まれていた。

 

「欧州が危ない。日本が積極的に動く必要がある」 

 

 君塚は、会議で欧州派遣艦隊の必要性を説いた。

 

 現在、日本海軍は各海域に散らばり、通商路の維持を行っている。北方と日本海側、つまり中国大陸の敵航空基地や潜水艦による攻撃も多かったが、今は改装済みの艦船を投入したことで次々に刈り取られており、小康状態になっている。

 

 それも、現在のウィルキア帝国軍がユーラシア大陸とアメリカ大陸占領に掛かりっきりだからだ。

 

 まずアメリカは今、本土決戦の真っ最中だった。

 アメリカ国内で起きたテロと帝国派による反乱、そしてアメリカ大陸は――今までのアメリカの外交の所為なのだが――反米を掲げる国家が殆どだ。メキシコ以南は全て帝国側になり、パナマ運河を封鎖されている。

 隣国のカナダは英国連邦の一員で親米あるが、既にアラスカからやってくる帝国軍と衝突していてそれどころではない。

 また西海岸を守る太平洋艦隊は壊滅しており、大西洋側も南米諸国が送り出した潜水艦による通商破壊と帝国軍の艦隊の襲来で安全ではない。あと半年は碌に動けないだろう。

 

 そしてユーラシア大陸は、地獄の釜を開けた様な惨状だった。

 まず、近隣の中国では軍閥が帝国側についたことで行動が活発化。

 各国の租界へ攻撃を始めた。どの国も援軍を出せる状況になく、今は駐留部隊と急行した日本陸軍が盾になりながら各国の租界から民間人の避難を進めている最中だ。

 

 欧州はもっと悲惨だった。

 ソ連が帝国についたことで欧州各国が赤軍の津波に晒されており、北欧は飲み込まれ、残っているのはドイツ共和国とフランス、イギリス、イタリアのみ。

 陸戦ではドイツ共和国とフランスが奮戦しているものの、中東は占領され、北海の一部に地中海や黒海、紅海の制海権は帝国側に落ちている。

 イタリアは粘っているが、もう既に国土の半分以上を占領されている。イタリアには古代に飛来した宇宙船が眠っている事から帝国の攻撃も激しく、もう長くはもたないだろう。

 イギリスも世界一の海軍力で各国の輸送と通商路の維持を行い、兵を送り込んでいるが、劣勢だ。主な兵の供給元であるインドとの航路が分断され、更にイギリス派と帝国派に別れて内戦が起きたためだった。

 

 これら帝国に占領された地域では略奪と暴行が絶えず、工場や農場で強制労働させられ、自らの手で自国民を殺す大量の兵器を生み出していった。

 

 この状況を打破するために、現在の小康状態と豊富な船舶を使い、連合国への通商路の維持と資源輸送を代替わりしようとしていた。

 フィリピンやマレーシア、インドネシアなどの東南アジアでは帝国派が蜂起し、南洋のオーストラリアも帝国軍の通商破壊で被害は出ているが、低調のままだ。

 

 本来なら日本が攻撃を担当するはずだったからだ。

 そのため未だに連合国の戦力と物資が手つかずで大量に残っており、これを欧州に持っていくだけで一息つけるようになる。

 

 まあ身も蓋も無いが、ウィルキア解放軍の活躍と欧州の踏ん張りで押し返すのは確定している。

 欧州派遣艦隊と通商路の維持を買って出るのは列強の資源を格安で買えて力を蓄えられ、ついでに恩を売れるから、という考えだった。

 

「理屈は分かりますが、ではどうやって運ぶのですか?」

「インド洋から紅海へ突入し、地中海から抜けるしかあるまい」

「宰相、それは……」 

 

 君塚は、敵陣を突破しながら味方へ物資を届けろと言っているのだ。余りにも無茶苦茶過ぎて出席者達がざわめくのも仕方なかった。

 しかし、これが一番早いのだ。

 

 太平洋を横断して持っていこうにも、中継地のハワイとパナマ運河は使えず、アメリカは敵味方が入り乱れてごちゃ混ぜ状態で手出しもできない。

 となれば、オーストラリアから東へ直進し、「吠える40度」や「絶叫する60度」と呼ばれる世界有数の暴風域を航行する必要がある。またアフリカ大陸を回るのも論外。あまりにも危険で、どれも時間が掛かり過ぎるのだ。

 

 対して、欧州派遣艦隊が道中の安定化を図りながら航海を続け、台湾からマレーシアのマラッカ海峡を通り、インド洋ー紅海ースエズ運河を通って地中海へ入るルートならば到着するのは夏ごろ。その頃にはウィルキア解放軍が地中海の制海権を取り戻しに来ている。

 

 また道中で東アジアに展開するイギリスやオランダ、フランスの艦隊の協力が見込め、何より敵基地や帝国艦隊の編成など全て覚えている。また初期に入渠した艦船の近代化改装と訓練が終わっており、この艦隊を投入すれば成功すると実証済みである。

 

「やらなければならんのだ。出来ねば、欧州は帝国に占領されてしまう」

 

 君塚の言葉に対し、反対は無かった。

 

 その後、議会で欧州派遣艦隊の法案が賛成多数で可決。

 同日、日本は欧州へ軍の派遣と物資の支援を表明。

 欧州の存亡の鍵を握る一大作戦が始まった。

 

 派遣艦隊の司令官は君塚の推薦により、天城大佐に決まった。

 かつての周回では、日本海軍の一員としてウィルキア解放軍と戦った人物だ。

 地中海で欧州派遣艦隊の指揮を取ったり、また太平洋で超兵器『荒覇吐(アラハバキ)』の運用を任せられる、何よりあの【死神】を苦しめ、追い詰めた事もあるなど非常に能力も高く、部下からの人望も厚い。

 また軍人として(心情はともかく)上の命令には服従するなど、君塚から見ても使いやすい人物だった。

 

 なので、君塚の中ではこき使う事が確定していた。

 欧州派遣艦隊の艦船は全て最新の兵装と機関に改装済みである。航空機も量産が始まった新鋭機で戦争終結まで十分に活躍してくれる。

 特に機関は核融合炉、補助兵装に電磁障壁と防御重力場――超重力電磁防壁はまだ開発途中だ――の搭載が行われたことで異常なまでの打たれ強さを持つようになった。

 

 また、司令部機能と行く先々で修理や改装に困らぬようドック艦「明石」も追従する事になった。

 これはウィルキア解放軍が持つ超兵器ドック艦「スキズブラズニル」を元にしており、複数の艦を接続し、整備ドック、研究施設、造船設計局、給糧施設、作戦司令部等を要した巨大な移動海上基地となっている。

 周回中に試しに造ってみたところ、現場の将兵から大変評判が良く、艦隊を戻さなくても現地で修理と改修が出来ることから今回も建造したのだ。

 

 これに歓喜したのがイギリスだった。

 現時点でも戦艦や空母が十隻単位この世界では普通のことでボコボコと沈んでいき、超兵器による攻撃で物資不足に悩んでいたからだ。ウィルキア解放軍のシュルツ少佐らが奮戦しているお陰でどうにか持っているが、それもいつまで続くか分からなかったからだ。

 

 欧州派遣艦隊がマレーシアに到着するとその歓待ぶりは凄まじく、必要な物資の融通だけでなく東洋艦隊を同行させて道先案内を買って出るほどだった。

  

 これに対し、帝国も東南アジアやインド洋、紅海で航空隊や少なくない艦隊を送り出して待ち構えたが、君塚の用意した敵の詳細と天城大佐の老練な指揮と尋常ではない攻撃力と防御力の高さを前にして壊滅。

 そして東洋艦隊と合同で犠牲を出しながらも超巨大航空戦艦『ムスペルヘイム』を撃破し、スエズ運河を奪還。

 夏真っ盛りの地中海マルタ島で、欧州派遣艦隊とウィルキア解放軍は再会する事になった。

 

「天城!」

「筑波か、久しいな。まさかここで再会できるとは思わなんだ」

 

 欧州派遣艦隊の司令部兼ドック艦「明石」の上で、筑波と天城は笑みを浮かべて再会を喜んだ。

 

「お久しぶりです、天城大佐」

「シュルツ少佐、貴官とは妙な縁があるようだな」

 

 互いに敬礼。

 

「予定より少々遅れたが、日本から補給を運んできた。これで各国も一息つけるだろう」

「有難うございます」

「……礼なら君塚、いや失礼。宰相に言うべきだろうな」

「君塚……、確か、我々を拘束した方だとお聞きしましたが」

「ああ。だが、あれは帝国を騙すための演技だったらしいがな」

「演技だと?」

「そうだ。宰相は諸君らを拘束する裏で、近衛艦隊に出来る限りの補給や修理を行ったそうだ」

 

 拘束と言いながらも、扱いは良かっただろう、と天城は言った。

 そう言われてみれば、入れられた部屋は海軍士官用の個室であり、食事や乗組員との会話も特に制限されていなかった。

 また艦に戻ってみれば弾薬に燃料は補充されており、損傷した左舷中央部も修理されていたのだ。

 

「しかし、なぜそんな事を?」

「……宰相は元々、ヴァイセンベルガーに繋がっていたそうだ」

 

 天城の言葉に、誰もが驚愕した。

 

「本当ですか、それは」

「ここに来る前に本人から聞いたから、間違いはないな」

「今の日本の状況を考えると、ヴァイセンベルガーについて調べるためにわざと近づいた、という事でしょうか?」

「恐らくはな。他の帝国派だった者はクーデターの際に全て捕らえ、更に超兵器や帝国の侵攻作戦についてもかなり知っていた。私もここへ派遣される際、航路上の敵基地や艦隊について詳細を聞かされたからな」

「しかし、あの男がなぁ……」

 

 筑波は顎髭に手をやりながら唸った。自身の記憶といま聞いた内容の人物が同じだと思えなかったのだ。

 

「まあ、筑波がそう思うのも仕方ない。だが、分かっているのは宰相も日本海軍の軍人だった、という事だろう」

 

 ところでだ、と天城は持っていた包みから酒瓶を取り出した。

 

「筑波、貴様の好きな銘柄の酒がある。時間があれば少し飲もう。少佐もどうかね?」

「ご相伴にお預かりします」

「む、天城よ。つまみはあるか?」

「抜かりはない」

 

 短い休息を挟み、彼らはまた戦いに赴く事になった。

 

 

 ウィルキア帝国は通商破壊と無理な攻勢によって息切れを起こしていた。

 正規艦隊と頼みの超兵器は悉く撃沈されて人的資源が枯渇し、更に占領下の地域でパルチザンやレジスタンスによるゲリラ活動が活発化。

 

 逆に欧州各国は日本が運んできた東アジアからの補給と戦力で一息つけるようになり、また道中の帝国軍を撃破してきたお陰で流れが変わった。

 帝国の支配が揺らいだと見て、列強は動いた。負けがこんで動揺する中国軍閥や中東各国に接近し、分断を図った。特にイギリスは本領発揮というべきか、二枚舌外交努力によって帝国から離脱する国や地域を増やしていき、他の国や軍閥へ攻撃を仕掛けさせるなど混乱を起こしていた。

 流石ブリカス汚い。

 

「敵はもう限界だ、押し返せ!」

 

 資源地さえ戻れば、あとは工業力で勝る列強が有利だ。後背地を気にしなくて良くなった列強は正面に集中。ソ連を押し返し始めた。

 特に今まで防衛を強いられていたドイツ共和国の活躍は凄まじく、その鬱憤を晴らすかのように暴れまわった。その中でも対ソ連戦で集結した各戦線のエース達は、数々の伝説を生み出していく事になる。

 

 海上も超兵器はもうウィルキア解放軍に任せ、敵基地への攻撃と敵艦隊の撃滅に専念。大西洋と地中海の航路が復活したことで、アメリカとの交流も再開できるようになった。

 

 そしてアメリカも、蓄積した戦闘経験と情報を元に新兵器を開発。工場のフル稼働で兵器を吐き出し始めた。

 

「今までの百倍返しで殴り返してやる」

 

 アメリカはやられたら黙っているような国ではない。徹底的に叩き潰すのが彼らの気性だ。

 大地を大量の戦車と自動車で埋め尽くし、月間週刊どころか日刊戦艦と空母で次々と就役する艦船を送り出して帝国軍を徐々に押し潰していった。

 また沈没した『ヴィルベルヴィント』をサルベージして改修を施した『ワールウィンド』が就役するなど、戦力は戦前以上に増強していた。

 

 しかし戦闘で破壊されたガドゥン水門などパナマ運河の復旧が終わらず、また太平洋には未だウィルキア帝国軍の艦隊が多く残っているためハワイ奪還作戦はまだ少し先の話である。

 

 日本でも帝国によるなりふり構わない爆撃も増えて海上輸送路への攻撃も激しくなっているが、被害は想定内に収まっている。

 欧州派遣艦隊の一件で日本海軍は分散して戦力が減ったと思ったのか、帝国派が入手したらしいアメリカ戦艦とソ連の戦艦群からなる帝国艦隊と、超巨大攻撃機『フォーゲル・シュメーラ』、超巨大戦艦『ヴォルケンクラッツァー』が襲来。

 

 『フォーゲル・シュメーラ』は電子攪乱ミサイルで制御を失って速攻で墜落したものの、『ヴォルケンクラッツァー』相手では流石に被害が出た。艦首の波動砲で島を割り、副砲の100サンチ砲で砲台や基地を吹き飛ばすなどの破壊力を見せた。

 だが、それだけだ。

 

「当たらなければどうと言う事はない!」

 

 事前に待機していた華の二水戦が斬りこみ、60kt以上の高速で動き回りながら果敢に攻撃を続けた。波動砲発射時には砲門へ速射砲とAGSによる集中砲火を浴びせて自爆を引き起こし、また側面と後ろに回った艦が超音速酸素魚雷を叩き込むなど徹底して照準を合わせさせなかった。

 最終的に艦橋を破壊されて防御重力場が弱ったところに片舷への集中雷撃を受け、『ヴォルケンクラッツァー』は爆沈する事になった。

 

 帝国艦隊も旧式とはいえアメリカ艦らしいタフネスぶりを見せたが、61サンチ三連装砲を誇る超巨大戦艦『大和』と『武蔵』に叩きのめされ、日本側の勝利で終わっている。

 

 そして、ようやく。

 アメリカ太平洋艦隊及び超兵器『ワールウィンド』、ハワイ奪還。

 同時期、ウィルキア解放軍、太平洋に帰還。

 超兵器との、最後の戦いが近づいていた。

  

 

 横須賀では曇天の空模様が多くなり、冬の寒さが身に染みるようになった頃。

 一人波頭に立つ君塚は、白い息を吐きながら港を眺めていた。

 拡張に拡張を繰り返した湾港は巨大で、遥か先まで岸壁が続いていた。

 岸壁には国籍関係なく連合国の何百隻もの艦船と人が立ち並び、出港する艦を見送る者達、寄港して久々に家族や友人に会う者達で溢れている。湾港クレーンがやまかしく音を立て、乾ドックでは入渠した軍艦を急ピッチで修理を進めていた。

 

「来たか」

 

 複数の足音が聞こえたところで、君塚は振り返った。

 ウィルキア王国の白い軍服に少佐の階級章をつけた若い軍人と彼を補佐し続けた者達だった。

 

「今回は会うのは初めてだったか。君塚章成だ」

「――ハッ! 小官は、ウィルキア解放軍少佐、ライナルト・シュルツであります!」

 

 互いに敬礼。

 

「天城大佐」

「ハッ」

「よく、困難な任務をこなしてくれた。礼を言う」

「小官は、軍人として当たり前の事をしたまでです」

 

 敬礼後、楽にしたまえと君塚は言った。

 

「さて。戻って来たばかりの諸君らにわざわざ来てもらったのには理由がある」

 

 それは彼らにとっても、君塚にとっても重要な話であった。

 

「まず、そうだな。超兵器というのはなんだと思う?」

「……古代に飛来した宇宙船を元にしている、と聞きました」

 

 いきなりの話にやや困惑したようだが、代表してシュルツ少佐が答えた。

 

「ああ、少佐たちはイタリアのを見ていたのだな。あれは、あくまで似ている残骸に過ぎんよ。確かに技術を進展させる存在ではあるがね」

「残骸?」

「そう。超兵器とは、一つの存在から一部を摸倣に過ぎない」

「摸倣、ですか。つまりマスターシップは何処かに存在すると?」

「そうだ、本物は北極にいる」

 

 すると軍服の上に白衣を着た女性が声をあげた。眼鏡をかけており、階級は大尉。

 確か、ウィルキアに出向していたドイツ共和国の技術将校だったと覚えている。

 

「待ってください。確か、かつてドイツとウィルキアの探索チームが北極で何かを見つけたという噂がありましたが、まさか……」

「そうだ。調査隊が見つけたのは超兵器だった。ヴァイゼンベルガー曰く、北極にあった大陸を消し去り、大いなる冬をもたらした存在だと言っていたがね」

 

 息を呑む面々に、君塚はその正体を告げた。

 

「その名もフィンブルヴィンテル。全ての超兵器のマスターシップだ。これを破壊しない限り、この戦争は終わらない」

「フィンブルヴィンテル……」

「だから用意をした。あれを破壊するためだけの艦を、全てを終わらせるために、な」

 

 丁度良いタイミングで、君塚達がいる岸壁へ一隻の艦が接舷した。

 

「諸君らにはこれに乗ってもらいたい」

「これは……」

「我が国で戦艦に代わる新世代艦として生み出されたものだ。試作艦だが、性能は保証する」

 

 それは、フリゲートと呼ばれる艦だった。

 中型巡洋艦並みの船体に大型艦橋、機関に核融合炉。補助兵装に超重力電磁防壁、イージスシステム等を搭載。

 武装は280mmAGSに新型超音速酸素魚雷、12.7サンチ高角砲、多目的ミサイルVSL、35ミリCLWS、チャフグレネード、囮装置。

 全局面に対応できる万能さを持ちながら対36サンチ全体防御を持ち、それでいて80kt以上の爆速で走る、スペック上はもはや超兵器である。

 

 もっとも、高性能だけにコストが馬鹿にならず、また全身弾薬庫と呼ばれるほど大量の火器を搭載していて艦の速力と合わせて非常に扱いが難しく、完璧に使いこなせる人物はいないと思われた。

 

 それも当然だろう。何せ、これは君塚がたった一人の為に設計、建造した艦なのだから。

 

「シュルツ少佐。貴官なら十分使いこなせる筈だ」

 

 前回までのシュルツ少佐の艦は最初期からずっと使ってきた巡洋艦だった。歴戦の艦だが老朽化も目立っていた。だからなのか、フィンブルヴィンテル相手に手こずっていた。ならば、異能生命体である彼を超兵器に乗せれば良いと考えるのは当然の事だった。

 

 当初の予定では、君塚は最強の戦艦である『大和』か『武蔵』に乗せようと考えていた。この戦艦は『播磨』や『荒覇吐』に割り当てられる超兵器建造のリソースを使って建造されたが、流石に戦略兵器である戦艦、それも最新鋭艦に他国人を艦長にする訳にはいかなかった。

 

「しかし、他国の人間が新鋭艦に乗るわけには……」

「構わん。こいつは既に除籍処分にされている。それに、例え戦時下でも鉄くずを友好国に売るのはよくある事だからな」

 

 君塚はふっと小さく笑みをこぼした。

 

「艦長、これは有難く貰うべきでしょう」

 

 快活な笑みを浮かべて言う筑波に対して、シュルツ少佐は渋った表情を浮かべていた。

 

「しかし、筑波教官……」

「艦長、私からもこの話を受けるべきだと思います」

「そうですよ先輩。それだけその究極超兵器が危険だという事なのでしょう」

「少佐。日本はこれでウィルキアに対して要求する事はない。」

 

 シュルツは数瞬したのち、意を決した表情で敬礼した。

 

「……わかりました。使わせていただきます」

「ありがとう、少佐」君塚は答えた。

「さて、乗り換えなどの準備もあるだろうが、今日は休んで、英気を養うといい」

 

 部下達に案内されていく彼らを見送ったのち、君塚は残っていた天城に声をかけた。

 

「天城大佐」

「ハッ。直ぐに部下たちを集めます」 

「……まだ何も言っていないが?」

「先程お話された究極超兵器。その撃破に行くという話では?」

 

 違いましたかな、と天城は小さく笑みを浮かべた。

 

「その通りだ。天城大佐、現時刻を持って欧州派遣艦隊司令官の任を解く。これより、戦艦『武蔵』の艦長となり、究極超兵器撃破の任を命じる」

「ハッ、了解しました!」

 

 互いに敬礼。

 それを見て、君塚はちょっとした稚気が思い浮かんだ。

 

「ああ、天城大佐」

 

 去り際、何気ない表情で君塚は言った。

 

「私も大和に乗って北極に行くからな」

「…………は?」

 

 堅物で有名な天城が見せた顔に、君塚は大笑いすることになった。

 

 

 新鋭艦に乗り換えたシュルツ達は、ウィルキア解放軍のみでの故国解放作戦を開始。帝国艦隊を撃破し、間宮海峡の先にある故国、冬のシュヴァンベルグ港に到着した。

 しかし、その時にヴァイセンベルガーは超兵器『ノーチラス』に乗って脱出。北極へ向かった。

 シュルツ達も追撃し、辿り着いた先には氷河の中に閉じ込めらた巨大な物体があった。今までの超兵器とは全く違う、生物の様に有機的で、世界中どこにも通じることが無い技術で造り出されているようだった。

 

「あれが、フィンブルヴィンテル、なのか……?」

「艦長、敵超巨大潜水艦の上に人影があります!」

「やはり来たか……」

 

 忌々し気な表情を浮かべ、ヴァイセンベルガーは超兵器『ノーチラス』の甲板に立っていた。

 

「ヴァイセンベルガー! その超兵器を起動させたりはしないぞ!」

「フン、どこからそれを知ったのかは知らんが、もう遅いわ!」

 

 手を振り上げ、ヴァイセンベルガーは狂った笑みを浮かべていた。

 

「儂は大義の為に動いている! 全ては、この間違った世界を正し、絶対的な唯一者による統治を実現させるために!」

「究極の力で真の世界統一を成し遂げ、いかなる我欲も闘争も無く、いかなる煩悶も苦痛も存在しない、理想の世界の為に!!」

「さあ、究極超兵器フィンブルヴィンテルよ! 今こそ覚醒し、この世へ咆哮をあげよ!!」

「いかん、超兵器が起動するぞ!?」

 

 『ノーチラス』の超兵器機関からエネルギーが送り込まれた。 

 眠っていたフィンブルヴィンテルの表面に走るスリットから紅い光が走り、身じろぎするように動き出す。纏わりつく氷雪をふるい落とし、ギョロリとした幾つものの目を大きく見開き、ヴァイセンベルガーを見た。

 

「ふ、ふ、ふはは……! さあ、蒙昧な者共よ、この世から消えるが――」

 

 フィンブルヴィンテルから射出された黒い雷球が、狂笑を浮かべるヴァイセンベルガーごと『ノーチラス』を包み込んだ。

 瞬間、離れていた筈のシュルツ達の視界が白く塗りつぶされ、耳を轟音が叩いた。

 

「キャアアッ!?」

「な、なにが起きたんだ……」

 

 視界を取り戻した時、そこには『ノーチラス』の姿は無くなっていた。

 

「まさか、今のは対消滅反応!?」

「きゅ、究極超兵器、前進を始めました!」

「く、急速離脱! 一旦後方のドック艦まで下がるぞ!」

 

 フィンブルヴィンテルは逃げ出す小型艦を追わず、ギョロギョロと目玉を動かし、目につくものを片っ端から消滅させながら前進を始めた。

 

 

 シュルツ達が副官達と共に作戦会議を行う中、通信長のナギが後方から接近する巨大な艦影に気付いた。

 

「本艦の後方から巨大な物体が接近中! これは……、日本海軍の大和と武蔵です!」

 

 君塚の周回の成果であり、日本海軍の切り札として建造した超巨大戦艦『大和』と『武蔵』であった。

 

「艦長、大和と武蔵から入電『コレヨリ貴艦ヲ援護スル』。これって……」

「……君塚宰相には助けられてばっかりだな」

 

 シュルツは軍帽を被りなおし、居住まいを正した。

 

「これより、最後の戦いが始まる! 総員、戦闘配置につけ!」

 

 

 戦艦『大和』 戦闘指揮所

 

 君塚は艦長席に深く腰掛け、モニターを見つめていた。

 

「天城大佐。あの黒い雷球には当たるなよ。消滅させられるぞ」

『ハッ、了解しました』

 

 武蔵の艦長となった天城大佐に伝え、通信を終える。

 CICのモニターには、濃霧の中を北極圏に点在する氷山や小島を消滅させていくフィンブルヴィンテルの姿が映し出されている。

 これに会うののは二度目だが、やはりおぞましい。ギョロギョロと動く紅い目玉。毒々しい紫色をした巨大な双胴の身体。艦というより、一個の生命体のようだ。

 その外観と攻撃の威力を目にした所為か、指揮所に籠る面々も顔を強張らせ、特にまだ若い砲術長は手が震えていた。

 

「砲撃長! 早撃ち男は嫌われるぞ。男ならゆっくりと、狙いを定めて命中させないといかん」

 

 真面目くさった顔で下品な洒落を言う艦長に、指揮所内で忍び笑いが起きた。砲術長も気恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、先程よりリラックスしており、気負った様子もない。うん、悪くない。

 

「究極超兵器、接近中!」

「さて、これが最後の戦いだ」君塚は号令をかけた。

「Z旗を掲げよ! 皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!」

 

 運命の、最後の戦いが始まった。

 

「主砲、仰角上げ!」

「目標、究極超兵器」

 

 シュルツ少佐の艦が斬りこむ中、大和と武蔵は主砲の61サンチ三連装砲の鎌首をもたげた。

 

「主砲、撃てェ!」

 

 君塚の号令と共に砲術長が発射ボタンを押す。低い警告音が鳴り、それをかき消す轟音と衝撃が巨艦全体を揺るがした。

 

「だんちゃーく、……今!」

 

 遠距離ながら短い時間で弾着し、染料で染められた水柱が究極超兵器を包み込むように高く飛び上がる。遠近近。初弾から夾叉だ。

 

「一番3度下げ、二番1度上げ、三番2度上げ……」

 

 海面に着弾した水柱を見て、砲術長が角度を修正する。再び砲撃が始まった。

 

「全砲撃挟狭!」

「連続射撃始めぇ!」

 

 9門の主砲が咆哮し、自動装填装置によって送り出される超重量の砲弾を次々と吐き出し続ける。

 吸い込まれるように、大量の主砲弾がフィンブルヴィンテルに命中――する寸前で爆発していく。鱗状に白く光る障壁、超重力電磁防壁だ。

 

「超兵器、障壁展開!」

「貫通するまで撃ち続けろォッ!」

 

 轟音が耳を叩きつける中、君塚は首に巻き付けた咽頭マイクに手をやり、怒鳴るように指示を出し続ける。

 

「超射程SSM、発射用意!」

「超射程SSM、発射!」

 

 箱形のミサイル発射機から白い尾を引いてミサイルが発射されていく。ミサイルは舷側に向かっていき、やはり弾かれて小さな爆発を起こした。

 フィンブルヴィンテルが甲高い叫び声を上げる。

 

「超兵器、黒い雷球を発射! 本艦に向かってきます!」

「囮装置、射出! 操舵手、急速前進!」

 

 艦尾から自走型ビーコンを送り出し、巨体を大きく揺らしながら一時100kt近い速度で離脱。

 甲高い音を立て、濃霧に丸い穴を空けて先程まで居た場所に光が走った。レールガンだ。前回はこれでやられたんだ。

 グンと身体を押さえつけられるような感覚から戻ると、モニターにゆっくりと動く黒い雷球が集まり、囮装置に接触、一瞬の光だけ残して消えた。

 

 そして、フィンブルヴィンテルがこちらに注目している中、怪力線を超重力電磁防壁で弾きながら接近したシュルツ少佐の艦が雷撃を叩き込む。

 すれ違い様に放たれた10本の魚雷はフィンブルヴィンテルの障壁に当たり、装甲を砕いた。

 

『■■■■■■■■――!?』

「攻撃、障壁突破を確認!」

「畳みかけろ!」

 

 三隻同時に砲撃が始まる。

 直後に降り注いだ大量の砲弾が、一時的に障壁を無くしたフィンブルヴィンテルの上部装甲を弾き飛ばした。

 

「敵艦橋大破!」

 

 吹き飛んだ艦中央部の艦橋からは赤黒い脳の様なものが露出し、フィンブルヴィンテルは黒い雷光を全身に纏う。そして怒り狂ったように、怪力線やレールガンを乱射し始めた。

 

「敵超兵器、暴走を開始しました!」

「慌てるな、ひたすらアウトレンジから叩け!」

 

 三隻の軍艦が咆哮しながらフィンブルヴィンテルを囲むようにグルグルと踊り続ける。

 フィンブルヴィンテルの眼が怪しげに光る。

 不味い、近づき過ぎた――!

 

「チャフ発射!」君塚は続けていった。

「一番斉射! 急速転舵、離脱しろ!」

 

 銀色の粉が舞う中、砲撃の反動を活かして巨体が悲鳴をあげながらその場でぐるりと回り、急いで離れる。怪力線が降り注ぐ中、後方の海面で爆発が起きた。あれは、光子榴弾砲か!

 

「艦尾損傷!」

 

 直撃しなくてもこれかッ!? くそったれっ!?

 

「応急防御! 急げ!」

 

 怪力線を障壁で弾きながら大きく揺れる中、君塚は席にしがみつきながら怒鳴った。

 

「主砲! 怯むな、砲撃を続けろォ!」

「了ォ解ッ!!」

 

 同航戦に移行。紅い眼に睨み付けられながら、互いに高速で動きながらノーガードで全力で撃ち合う。主砲だけでなく、AGSと速射砲、高角砲にCIWSまでフィンブルヴィンテルへ撃ち込む。

 それを見た武蔵も接近し、反対側で全力射撃を開始。ほぼ水平射撃でフィンブルヴィンテルの眼を狙い撃っていく。

 

「小破!」

 

 まだ行ける! 障壁を突破した怪力線で装甲に穴が空く。砲口を向けていたレールガンを潰した!

 

『■■■■■■――!!』

「中破!」

 

 まだまだッ! 貫通した怪力線で速射砲が融解。主砲の砲弾がフィンブルヴィンテルの眼の一部が引き千切った。

 

『■■■■■■――!!』

「大破ァ!」

「火災発生!」

 

 あと少し! 消化活動を急がせる。

 黒い雷球が来る。

 

「チャフ、囮装置を展開! 急速前進!」

 

 炎上する大和を追撃しようと、フィンブルヴィンテルが身体の向きを変えた。

 

「――今! 少佐、撃ち込めぇ!!」

 

 フィンブルヴィンテルの艦尾から突進してきた巡洋艦が、砲身を焼きつかさんばかりに全力で砲撃を開始する。吸い込まれるように露出した脳へ砲弾が直撃。赤黒い液体をまき散らし、フィンブルヴィンテルが悲鳴を上げた。

 

『■■、■■■■■――!?!?』

「主砲! 斉射! 撃てェ!!」

 

 大和、武蔵が水平射撃が、両舷側を貫いた。

 

 フィンブルヴィンテルの動きが止まった。バチバチと放電しながら全身から小規模な爆発が起き、ゆっくりと後ろへ傾げていく。直後、天高く渦巻くように黒い雷光を走らせ、周りの海を巻き込むように黒いドーム状の光で埋めていく。

 

『あれは……、いけません! 超兵器が自壊を起こしています!』

 

 通信が入ると同時に、三隻とも全力でその場を離れた。

 

「急速転舵! この海域から離脱する!」

「衝撃波、来ますー!!」

「ぬ、ぐぅ……」

 

 眩んだ目を細め、衝撃で転がり落ちた床から立ち上がってモニターへ目を戻すと、いつの間にか霧が晴れていた。

 そこには、何も残ってはいなかった。

 

 呆然としていると、何かが身体から抜けていくような感覚があった。

 ああ、これで周回は無くなったんだ。

 それを実感した君塚は、ごちゃ混ぜになった感情と共にポスンと力が抜けて席に着いた。

 

「終わった、のか? これで……。は、ははは……」

 

 歓声が巻き起こる中、君塚は軍帽を深く被り、涙を流した。

 

 

 ――ヴァイセンベルガーが起こした大戦の終結から半年後。

 世界は復興は少しずつ進んでいた。

 

 君塚は官邸で書類作業に追われていた。

 本来ならさっさと独裁者も軍も辞めて田舎でゆっくりしたいと考えていたのだが、周りは必死に彼を宰相の地位のまま縛り付けた。

 

 傍から見れば、君塚は歴代最高とまで言われる指導者なのだ。日本を守ろうとクーデターを起こし、未来を見通す頭脳と強力な指導力で被害を最小限に抑えたのだ。

 何せ、日本では総力戦体制になったとはいえ、国民の生活は殆ど変わるどころか、むしろ向上していたのだ。

 

 君塚が周回で何回も死にながら覚え込んだ知識と行動は、各所に影響を及ぼしていた。

 この時代はまだまだ根性論や年功序列が絶対的だった時代だ。

 それが君塚によって使えないと判断した者を捕らえ、使える人材をどんどん起用した。結果、汚職は激減し、埋もれてた人材や有能な若手がどんどん活躍するようになった。また省内での風通しが良くなり、君塚が行った効率化と即断即決(彼からすれば何度もやって結果も知っているからだが)に感化されて一人一人が責任持ち、より省内の伝達と仕事がより速くなった。

 

 自分が過労死しないように作り上げた仕事体制は激務の合間でも休憩取るようになって仕事のミスも減り、生産体制の効率化のために大量のマザーマシン、工作機械を生産するようになった。

 元は周回中に輸入が途絶えた工作機械の補填の為に開発し、改良していったものだ。現代でこそ日本はマザーマシンの生産国だが、それは高度経済成長期からで当時はアメリカやドイツから輸入していたのだ。

 民間からすれば格安とはいえ、上から押しつけられた作業機械――それも国産!――(注・当時は船舶品信仰が強く、日本製品は安かろう悪かろうで評判が悪かった)に難色を示したが、使ってみれば丈夫で扱いやすい。壊れても部品を取り換えればすぐに修理できると大評判になった。 

 

 作業も効率化して部品の精度も大幅に上がった。それが兵器や日々の道具に直結して良くなる。日本は軽工業主体から重工業主体へシフトしていき、戦時下だというのに経済活動が活発になった。

 効率化の煽りで作業員があぶれるという事は殆どなく、「戦争は壮大な浪費である」という言葉通りで欧州や中国方面への輸出でどれだけ兵器や道具を造っても足りない状況だったのだ。むしろ人手が足らないからどんどん賃金は上がった。

 中国などから脱出してきた者達も戦時中は基地建設で働き、戦後もインフラ整備などの公共事業が受け皿となって働いている。

 

 ただ、これは何年も続かないだろう。

 一部の者達がそう考えていた矢先に君塚は議会で欧州大戦後の戦後恐慌に備える必要がある――といっても、これは各省庁が出した国土改造計画の受け売りだったが――と発言し、新しい政策を発表。

 流石に経済の伸びは今よりも緩やかになるが段階的なインフラ整備等で今後50年は不況にはならないと好意的に見られ、ますます評判が高まった。

  

 その状況下で、帰ってきた軍人の話や新聞ラジオで連日欧州やアメリカの惨状が知れ渡れば、君塚を続行させる声は強まるのは当然だった。

 

 それを知らない君塚は辞任を強行しようとしたが、必死な形相の大臣や議員達が派閥関係なく手を組んで各所に根回しをする。そして各方面や国民からも続行を願う署名が集まり、なんと御上からも暫く留まるよう言われてしまえば拒否できるはずがなかった。

 

 普段は仲悪い癖に、なんでこんな時だけは一致団結するんだよと君塚はぼやいた。

 仕方なく、本当に仕方なく続行を表明。しかし、首相以外に持っていた大臣職は他の者に渡し、海軍も退役。しかし海軍元帥に昇進となったため、やっぱり暫くは海軍に関わることとなった。

 なお、これで無欲な人と見られ更に評判が上がった。

 

「もう周回の知識なんぞ役に立たないっていうのにな……」

 

 かつては自らが望んでいた地位で、これ以上ない栄達を達成できたと言うのに、君塚は各所から送られてきた書類の山を見て辛気臭い顔で溜息をついた。

 

 君塚が引退できたのは、それから10年後のことだった。

 

 

 世界大戦の勝者はどこか、という問いがある。

 

 ウィルキア帝国とヴァイゼンベルガーが巻き起こした戦争は一年足らずだったが、世界各国は文字通り根こそぎ動員した総力戦で疲弊していた。

 数々の兵器を生み出しては使い、廃棄される。短期間にそれを繰り返し、残ったのは瓦礫と廃棄された兵器だらけになった国家が生まれることになった。

 

 アメリカや欧州各国は甚大な被害を受けた。艦隊が壊滅し、その後は本土決戦まで行っていた。爆撃と弾道ミサイルによる攻撃を受け、国家の再建に大きく疲弊する事となった。

 

 ソ連は敗戦国として終戦を迎えた。戦時中の人的資源の枯渇と無茶な生産体制で国家の維持が出来なくなり、いくつものの国家に分裂。また生き残っていた帝政ロシアの皇族を担ぎ上げたロシア王国が建国。大部分はロシアと合流し、現代にまで続くことになった。

 

 中東は帝国による支配と列強(ほぼイギリスの所為)の外交で各所に軋轢を生み、現代にまで繋がる遺恨と火種を残した。

 

 インドやフィリピン、インドネシアなどの東南アジア、アフリカ諸国などの列強の植民地は戦後も列強が軒並み弱体化した事で独立紛争が激化。列強も損切りとして植民地を切り離し、その後、各国は独立を果たすことになった。しかし、その後も分裂と合流を繰り返し、情勢が落ち着くようになるのは21世紀に入ってからだった。

 

 中国大陸も同様。軍閥によって工場やインフラが根こそぎ破壊され、戦後も各地の争いが激化。うま味が無くなったとして列強は租界から撤収。裏で都合のいい軍閥へ支援を行うようになる。

 これにより各地軍閥が好き勝手に建国を宣言し、現代に至るまで列強の代理戦争の場として内乱が度々おき、その際は新兵器の実験場として使われていく事になった。

 

 ウィルキア王国は最も苦しい状況に追い込まれた。人口も大幅に減少し、国土は疲弊しきっていた。戦勝国から多額の賠償金を課せられ、様々な利権や艦船が割譲されていく。

 しかし、僅かに残った工場と鉱山を元に復興を開始。ようやく訪れた平和を噛みしめながら少しずつ持ち直していく。

 シュルツ少佐の乗艦はウィルキア統合軍の旗艦として長らく現役を務め、その後は記念艦としてシュヴァンベルグ港へ係留される事になった。現代でも数々の超兵器を打ち破った伝説の艦として多くの観光客を集めることになる。

 

 

 そして、日本国。

 最初の問いである世界大戦の勝者は日本と答える者が多い。

 戦時中に軍閥の紛争激化から中国や朝鮮などの大陸利権の多くを失ったが、【大宰相】君塚章成の手によって早期に対策を構築。本土への被害を最小限に抑えた。

 戦後も各国を尻目に経済成長を続け、世界有数の経済大国と軍事大国として躍り出ることになった。

 

 それについては妬みを買う事が多いが、戦時下でも危険な欧州派遣を成功させ、戦後も戦災復興支援を行うなど評判を集めた。特に苦しい時に助けられた欧州各国やウィルキア王国からの友好度は高く、逆にアメリカや東南アジアでは微妙だったが、年月が経つにつれて徐々に改善されていく事になる。

 

 日本は各国と連携しながら超兵器の封印する活動を続け、各地で内紛や紛争がおきた際には大国として介入を求められるなど日本も負担が多いが、比較的平穏なまま現代へ突入する事になる。

 

 フィンブルヴィンテルの撃破に使われた超巨大戦艦『大和』『武蔵』はその時々に地域紛争などの解決にその威容を各地に見せたりもしたが21世紀に入って退役。その後、モスポール処理を受けて生涯を終えた。

 

 君塚もようやく解放された後は横須賀で小さな家を建て、そこで日がな海を眺めながら先に退役していた天城や筑波と共に囲碁や酒を楽しむ日々を過ごすようになった。

 ただ、当時の話を聞きに来る記者や来客に対してはよく「あの様な戦争は二度とやりたくない」「百年以上戦っていた」「私は凡人だが、記憶力が良かったから生き残れた」など口にし、戦争を語る事は少なかったという。

 その最後は近隣の者達に見守れながら「やっとゆっくりできる」と満足げな表情で眠りにつく。

 その後、各国の大使や艦艇を集めた盛大な国葬が執り行われた。

 

 ……ただ、その後に発達したテレビやネットなどで君塚は天城やシュルツ少佐などと一緒に度々登場する事になる。

 テレビドラマや小説に登場するだけでなく、何故かイケメン化したり、女体化して美少女にさせられて18禁ゲームに出たり、軍刀を持ってして超兵器をぶった斬ったりと日本でも有数のフリー素材の一人として大活躍するとは、その時は誰も思わなかった。

 




きっとWSG2やってた人なら、ドリル戦艦を手に入れるために君塚艦隊を周回したと思います。確かそれをネタに書いてたらこうなった。

誤字・脱字、また感想などありましたらお願いします。

↓愚痴みたいな何か。

千葉の停電の影響で仕事にならないので、これ書いていました。
だけど、まだ職場の電力復旧しねぇ……。

長くなり過ぎたし、後半がだれているような気がする。
もっと違う書き方があったかなー、と思います。
うまく書けるように精進していきます。


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ダンまち×ひみつの道具2

続いた。


 転生した。

 

 目が覚めた場所はなんかでっかい塔が見えるファンタジーっぽい都市。己は草臥れた服にポーチをつけた小さい子供。パルゥムという種族らしい。

 

 ありきたりだなー、と思いつつ、欲しいと願ったドラえもんの「ひみつの道具」が使えることに狂喜乱舞し、そしてすぐさま近くの廃墟を借りて隠棲する事になった。

 

 え、冒険者? ダンジョンに潜ってモンスターと戦闘?

 

 嫌です。

 

 何が悲しゅうてガチの命のやり取りをしなくてはいけない。あれはアニメやゲームで見て楽しむのだ。

 

 ひみつの道具あるから大丈夫? チート万歳?

 

 嫌です。

 

 確かに、ドラえもんのひみつの道具は凄い。道具を使えば碌な特技が無い己でもすぐに一流になれる。

 【スーパーてぶくろ】を使えば怪力に。

 【名刀電光丸】を使えば超一流の剣士に。

 【魔法事典】を使えば大魔法を自在に操る魔法使いになれる。

 

 その万能感は凄まじい。実際にテンションが上がって、こっそりダンジョンに潜ったことがある。潜ったのは上層部のみだが、道具を使えば余裕で勝てる。

 

 が、無理。精神的に無理なのだ。

 まず、モンスターが怖い。

 いや、道具はちゃんと攻撃を防ぐし、普通に倒せるけどね? 自分とさほど変わらない大きさで、生臭くて醜悪な顔のモンスターがギャアギャア言いながら襲いかかってくるのだ。

 

 あたしゃ、ゾンビ系とかドッキリとか、そういうの嫌いなんだよ。

 後ろから急に音がしたと思って振り向いたら壁からモンスターが「こんにちわ」って出てくるし、倒したら倒したでドバドバ生臭い血を流す死骸が出来るし……。

 

 うえっぷ。思い出しただけで気持ち悪くなってきた……。

 

 魔石を取れば死骸が灰になるが、そもそもさっきまで生きていた生物にナイフか手ででグチャグチャほじくる必要がある。嫌だよやりたくない触れたくない。

 

 よく小説で現代人が異世界行って生活するという話はあるが、よくこういうグロいのに耐えられると思う。慣れればイケると言われそうだが、慣れる前に己の精神がイカれる。

 

 それに、あれだ。冒険者がLv.2になると神々から貰える二つ名。

 あれ、思いっきり黒歴史に直撃してああああアアあァあ―――――。

 

 うん、前世のHDDに残してきた数々はひみつの道具で無かったことにしたが、冒険者になったら神々の玩具となり、【万能者(ペルセウス)】さんとか【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】さんと呼ばれるのだ。

 これでまだマシなのだ。神々が悶絶して顔を真っ赤にして酸欠するような名前でさえ、本人達が恰好良いと喜んでいるのが更に辛い。

 

 うん、無理!

 己の豆腐メンタルを再確認した結果、やっぱり当初の予定通りせせこましく生きることを決めた。

 

 道具を使えば何でも叶えてくれる。

 衣食住はどうにかなる。が、できる限り使わないで生きていきたい。

 ひっそりと、怪しまれず暮らすべく、親切な神様に助けて貰いながら少しずつ仕事して、やりたい事をやって、時々、困っている人を助けて。

 その間に、前世の漫画や小説なんかを描くか取り寄せて、周りに見せた結果――。

 

 いつしか、オラリオの有力者達ばかりが集まう店を経営する羽目になりました。

 

 どうしてこうなった。

 

 まあ、みな気の良い人と神ばかりなんだけどね。

 時々、面倒事や訳分らん事言われるけど。

 

 

 僕が初めてあの店に行ったのは、神様に連れられて【ファミリア】の入団の儀式を行う時だった。

 

 迷宮都市「オラリオ」。

 

 「ダンジョン」と呼ばれる地下迷宮を有する巨大都市であり、古代より怪異達から世界を守る為の最前線である。

 ここには無限にモンスター達を産み出す『穴』があり、古代の人々はモンスターが生み出す魔石を得るため、そしてモンスターによる地上進出を防ぐためにこの『穴』を塞ぐ『蓋』を造り上げた。

 

 そして千年ほど前に天上の神々が地上へ降臨し、彼らの『恩恵』を受けてからは一変。

 どんな人でも『恩恵』を受ければ下等のモンスターを討伐できる力を持つようになった事で、人は富や名声や未知を求めてダンジョンへ潜る『冒険者』となる。

 それが退屈を嫌う『神々』には面白いものらしく、人と神々は『ギブ&テイク』の関係を結びながら文化を育み、発展していった。

 

 そのオラリオに、僕は出会いを求めてやってきた。

 

「ほら、ベル君こっちだよ!」

 

 ツインテールの黒髪に幼い顔立ちの少女が手を引っ張って案内してくれる。僕がこの都市に来て出会った神様だ。冒険者になるには【ファミリア】へ所属する必要がある。だけど何処の【ファミリア】も門前払いされて、途方に暮れていたところを助けてくれたのが神様だった。

 神様も【ファミリア】を結成しようとしていたらしく、僕を誘ってくれたのだ。

 

「神様、どこへ行くんですか?」

「ふっふーん! よく聞いてくれたね!」

 

 たゆん、と小さな身体に似つかない大きなものが揺れるのを見て、思わず眼をそらしてしまう。

 

「うん、どうしたんだい?」

「あ、いえ! 何でもないです!」

「そう? それでねベル君。この先に【ファミリア】入団の儀式に相応しい場所があるんだ」

 

 神様に連れられて来たのは、人が一人が通れる程度の狭い路地を通った奥にあった青い屋根が特徴的な洋館だった。

 うん、なんというか。

 

「廃墟、ですよね……?」

 

 古臭くて酷く寂れた雰囲気だ。壁は風化してひび割れ、石材が剥がれ落ちている。玄関前も僅かに見える庭は雑草だらけで碌に手入れされていない。

 唯一、門の前にある看板だけは新しく、そこに共通語(コイネー)で文字が刻まれていた。

 

<よろずや ひみつの青狸亭>

 

「あ、アハハ……。見た目は凄いけどね。でも、中は凄いんだよっ! ほら、ベル君もおいで!」

 

 神様は手慣れた様子で門を押し開け、中に入っていくのを慌てて追いかける。

 ガランガラン、と扉につけられた錆びたベルが鳴った。

 

「やーやー、邪魔するよー!」

「わぁ……」 

 

 中に入って見ると驚いた。

 失礼な言い方かもしれないけど、外観からは想像できないほど館内は綺麗で、静かで落ち着いた雰囲気になっていた。

 広々としたホールは漆喰塗の壁と年季の入った飴色の柱に付けられた魔石灯が淡く輝いていて、床には足が沈むほど柔らかい絨毯が敷かれている。天井は高く吹き抜けになっていて、十数列もの本棚にソファにテーブル、イスが並んでいた。

 

 玄関のすぐ横のカウンターに座っていたのは、真ん丸い男の人だった。壁には笑みを浮かべる青い不思議な動物の絵が描かれたタペストリーが飾られている。

 髭はないけど、ドワーフなのかな? 男の人はこちらを見るや読んでいた本に栞を挟み、大きな真ん丸の顔に愛嬌のある笑みを浮かべた。

 

「おや、いらっしゃい神ヘスティア。本日の御用は?」

「ふふん、ドラ君見てくれ! 今回ボクの【ファミリア】に入団する子だ!」

「へぇ」

 

 椅子から降り、こちらに歩いてきた。

 

「初めまして。ここの店主のドラ・エモンです」

「僕は、ベル・クラネルと言います」

 

 差し出された手をしっかりと握り返すと、ドラさんは笑みをこぼした。

 

「ドラ君、ちょっと奥の書庫を借りるよ!」

「はいはい。今日はもう閉める予定だったし、構わないよ」

「よし、行くぞベル君!」

 

 神様に手を引かれて入った一室は、奥までずらりと大量の本棚が並んでいた。隙間なく綺麗に本が並んでおり、独特の本の匂いで満ちていた。

 

「さ、ベル君。上着を脱いで、ここのソファーにうつ伏せになってくれないかい?」

「え、服をですか?」

「うん、これから君に僕の『恩恵』を刻む。冒険者になる第一歩さ」

 

 神様に弾んだ声で言われ、急いで上着を脱いでうつ伏せになる。

 

「よいしょ、っと」

 

 ムニュ。

 

「え、ちょ、神様?」

「ほら動かない。今からベル君の背中に『恩恵』を刻むから……」

 

 あの、腰に、背中に、直に、太ももの温かくて柔らかい感触が……。

 

「ここはねベル君」優しい声で神様が言った。

「僕が知っている中で一番種類が豊富で面白い物語が書かれた本が所蔵されている場所でね。ボクが眷属を持つ時は、沢山の(ものがたり)に囲まれたここで『神の恩恵(ファルナ)』を刻もうと決めているんだ」

 

 あ、背中にサラサラとした髪の毛と、生暖かい息がかかってる……。

 ゆ、指! 背中に指が滑っていくのがくすぐったい!

 

「ところでベル君、どうして君は冒険者になろうと思ったんだい?」

「うえッ!? あの、その、実は僕、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に出てくる運命の出会いって奴に憧れていて……!」

「出会い~?」

「僕を育ててくれたお祖父ちゃんが言ってたんです。『出会いは偉大』、『ハーレムは至高!』だって……」

「君、絶対育て親を間違えたよ」神様が呆れた声を上げる。

「よし、これで『恩恵』は刻まれたよ」

 

 神様は最後に僕の背中に指を優しく滑らせ、上から降りた。

 ……背中にまだ神様の感触が残ってる気がする。 

 

「ん、ベル君、どうかしたかい? 顔が赤いけど」

「あ、いえッ!何でもないです!!」

「そ、そうかい?」

 

 慌てて上着を着なおし、神様と一緒に部屋を出て入り口まで戻る。

 

「ん、終わったか?」

 

 店主さんは置時計をチラリと確認して立ち上がった。

 

「ふんむ、どれ、少し早いが夕食でも食べていくか?」

「あ、ボクはハンバーグ定食! 飲み物はサイダーで!」

「君はどうする?」

「えっと、僕も神様と同じものを……」

「あいよ、ちょっと待っててくれ」

「うん、ボク達はそこで待ってるよ」

 

 神様と一緒に近くのイスに座ってちょっと喋っていると、直ぐに店主さんが戻ってきた。手には透き通ったジョッキと大皿を持っていた。

 

「取り合えずサイダーとつまみの芋のフライだ。肉はいまから焼くから少し待っててくれ」

 

 ゴトリと目の前に置かれたジョッキに驚いてしまった。ガラスのジョッキなんて初めて見たし、飲み物も水の様に透き通っていてシュワシュワと音を立てて弾けていたからだ。

 

「ベル君、かんぱーい」

「か、かんぱーい……」

 

 ジョッキをぶつけ、恐る恐る一口飲んでみるとびっくりするぐらい美味しかった。一緒に出てきた芋のフライも強めの塩気があり、外はカリッと、中はホクホクで美味しい。そしてフライを食べてからサイダーを飲むと、パチッと弾ける様な刺激と爽やかな甘みが芋の塩と油を洗い流してくれるのがたまらなかった。

 ついつい手が進んでしまう。

 

「そういえば神様。このお店って酒場なんですか?」

「いや、違うよベル君。元々は貸本屋でね」

 

 この店に並んでいるのは全て店主さんの故郷の本らしく、オラリオでもここにしかない本が数多く揃っている。外観がアレなため客は少ないそうだが、中には閉店時間まで居座る者も出たため店主が軽い食事を出したのが始まりらしい。

 するとあれも欲しいこれも欲しいという声が出始め、今では本に食事に酒、頼めば珍しい品物も揃える何でも屋になってしまったという。

 

「今では知る人ぞ知る名店という扱いだし、ドラ君自身も凄い子だからね」

「いやいや、私は大した人物ではないよ」

 

 エプロンを着た店主さんが苦笑いを浮かべ、ワゴンを押してきた。

 

「私は故郷の小説や漫画を共通語(コイネー)に直しているだけだし、売っている物も伝手があるだけだよ」

「それだけでも十分凄いとボクは思うけどね。それに、ドラ君は恩恵が無いのに、前に店で暴れた冒険者を投げ飛ばしたじゃないか」

「そうなんですか!?」

「凄かったんだよあの時。Lv.2の上位冒険者をこうピュン!って素手で投げ飛ばして抑え込んじゃったんだ。他にだって冒険者と一緒に訓練したり、模擬戦で負かしたって聞いてるし」

「凄い……!」

 

 恩恵が有る人と無い人では全く違う。

 例えばダンジョンに出てくるゴブリンやコボルトは恩恵が無い人だと何人も大人が死を覚悟して戦わなければならない化け物だけど、恩恵が有れば一人でも簡単に倒せると言われている。

 

 上位冒険者となれば別格だ。迷宮英雄譚(ダンジョンオラトリア)に出てくる冒険者の様に偉業を成し遂げ、神様達からかっこいい二つ名が貰える存在だ。

 その様な人を投げ飛ばし、一緒に訓練をしている。神様の言う通り、店主さんは本当に凄い人なんだ。

 

「あれは偶々ですって。それに、訓練も仕方なくやっているだけですしね」

「うーん、そんなこと無いと思うけどなー」

「いやいや、そうですよ。こんな腹ですしね。さて、ご飯にしましょう」

 

 ポン、と腹を叩いて笑みを浮かべ、お代わりのジョッキを置き、僕たちの目の前に大きな鉄板付きの皿を並べていった。

 

「ほいお待ちどぉ。ハンバーグ定食だ」

「うわぁ……」

 

 熱々の鉄板には目玉焼きを乗せた大きなハンバーグが乗っかっており、ジュウジュウと肉汁とソースが焦げる匂いが漂ってくる。脇には鮮やかな色をした焼き野菜。カップに入ったスープに籠一杯の温かい白パン。

 僕には信じられないほどのごちそうだった。

 

「わーいハンバーグ!」 

 

 漂ってくる匂いに思わず生唾を飲み込んでいると、ハッと気が付いた。

 お金、あったっけ?

 慌てて財布を取り出し、中身を確認する。

 ……硬貨一枚も入っていなかった。

 

「えっと、あの、実は僕、あまり手持ちが……」

「ベル君。これはキミの入団祝いだからね! ボクが支払うさ!」

「神様……」

 

神様、僕のためにこんなに祝ってくれるなんて……!

 

「神ヘスティア、あーた偉そうに言ってるけど一度も代金払ったことないでしょ」

「神様……」

「あ、あはは……」

 

 現実は残酷だった。

 えっと、あの、皿洗いでも何でもしますので……。

 

「いいよいいよ。来たばっかりの子に払ってもらおうと思わないし、これは私からのお祝いという事にしとくよ」

 

 このぐらい安いもんだと、店主さんは笑いながら答えた。

 

「そうだな。いつか大成したら纏めて払ってくれればいいよ。ま、それは置いといて。今は冷めないうちに早く食べるといい」

「じゃ、ベル君! ジョッキを持ってくれ!」

「は、はいッ!」

「それでは、【ヘスティア・ファミリア】の結成と、冒険者になったベル君の活躍を祈って――」

「「かんぱーい!」」

 

 ガチンとジョッキをぶつけ、そこからは神様と一緒に一心不乱にハンバーグを食べていった。

 

「神様、これ凄く美味しいですよっ!」

「そうだねベル君!」

「はい、お代わりのサイダーね」

 

 本当に楽しい食事だった。おじいちゃんが亡くなってからはいつも一人で食べていたから、こうやって他の人と食事するのも久々だった。

 

「頑張らないといけないなぁ」

 

 神様や店主さんからこうやって祝ってくれたんだ。

 迷宮英雄譚(ダンジョンオラトリア)に出てくるかっこいい英雄みたいになって、ダンジョンでの出会いの為にもこれから頑張らないといけない。

 

 僕は、冒険者になったんだから。

 

「いやーベル君! ボクも久々にジャガ丸君以外を食べられて嬉しいよ!」

 

 ……取り合えず、早く神様をちゃんと食べさせてあげられるようにはしよう。

 僕は固く心に誓った。

 

 

 

 おまけ。

 

 あれから僕は神様と二人でよく店主さんの店へ行くようになっていた。入団のお祝いをやった時に漫画を貸してもらってからすっかり嵌ってしまい、普段はダンジョンへ潜ってからだけど今日みたいに休みの日には朝から行くようになっていた。

 

「や、ドラ君来たよー」

「いらっしゃい。今日は早いね」

「あはは……。今日は休みでして……」

「そうなのか。まあ好きに見ていくといい」

 

 店内で読むなら先に貸出料を払い、何か飲み物や食べ物を頼むのがマナーだけど、僕の稼ぎでも払えるぐらい安い。それに一度でも払えば幾らでも本を読んでいいのでかなり助かっていた。

 

 僕がいま読んでいるのは『Fate/』シリーズと呼ばれる本だった。この店でも大人気の本でよく貸出中か誰かが持って読んでいるかでいつも無いけど、今日はまだ朝早い所為か『Fate/stay night』が全巻揃っていた。

 思わず神様と顔を見合わせ、現実だと理解すると喜びの声を上げてしまった。店主さんから静かにねと注意されてしまった。

 恥ずかしさのあまり顔が熱くなってしまい、でも折角の本を逃さないように全巻持って隅にあるソファに座って読み始めた。

 

「ベル君は『Fate』が好きなのかい?」

 

 店主さんが今日のお菓子とお茶を並べながら聞いてきた。

 

「えと、はいッ! 大好きです!」

「あはは、店内では静かにね」

 

 またやってしまった。神様からもちょっと五月蠅いと言われてしまった。

 恥ずかしい……。

 

「まあでも、それだけ好きならアニメも見せてあげたいね」

「え、アニメ、ですか?」

 

 店主さんから零れた呟きに思わず聞き返すと、店主さん曰く、ここには漫画小説どちらもあるけど、本来は『げぇむ?』や『あにめ?』と呼ばれるものを店主さんが道具を使って書いたものだそうだ。

 実際のアニメを見ると、声や音楽があるからやっぱり違うのだそうだ。

 

「そんなに違うんですか?」

「私の思い出もあるけど、やっぱり、ね」

「へぇ。僕も見てみたいなぁ」

 

 と、思わず呟いたら店主さんが「暫くは待っててくれ」と言ってその日は終わった。

 

 

 後日。店主さんからアニメ版の『Fate/stay night』がどうにか出来たと連絡があった。

 直ぐに神様と二人で見せてもらった。

 

 凄かった。

 




次は未定。

それと遅くなりましたが、ブクマや評価して頂き、有難うございます。
まさか10評価貰えるだけでなく、日刊ランキングに乗るとは思わなった。

評価と感想もらえるだけでもかなり嬉しい。

また誤字脱字がありましたら連絡をお願いします。


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ネタ・東方Project・楼観剣作刀秘話

昔のPC漁ってたらあったのでちょっと直して投稿。


 楼観剣。

 ある妖怪が鍛えたとされる大太刀である。

 

 その事について聞きたいと、人里に住む稗田阿求とかいう少女がやってきた。

 何でも、「妖怪についての本」を書くために色々と聞きまわっているらしい。

 

 その中で私の祖父の事や、楼観剣について全くわからないらしく、そして楼観剣がいつ、誰に、どういった経緯で鍛えられることになったかを持ち主である私に聞きたいらしい。

 

 私も詳しく知っている訳でもないので、すごく答えづらい。

 ただ、私が幼い頃に一度だけ祖父であり剣の師匠、魂魄妖忌から聞いた話がある。それで良ければ話そうと思う。

 

 

 私の祖父、魂魄妖忌が楼観剣の刀匠に出会ったのは、京を出て武者修行の旅をしているときだったと言う。

 

 時は承和、平安時代初期の頃である。

 当時、魂魄家は京の、<やんごとなき御方>の身辺を警護する武芸者の一族であった。この時の武芸者というのは基本的に、戦による立身出世を願う、腕っぷしが自慢の身分の低い存在である。

 

 魂魄家は半人半霊であるため、特に身分は低かったが、武功を重ねることによって高い地位と<やんごとなき御方>の身辺を警護する名誉を得ることができたという。

 京を守る武芸者は祖父のように厳格な人が殆どだったが、自身の名前すら書けず、素行の悪い者も少なからずいたという。

 そのために貴族たちからは侮られていたが、妖怪という災害から身を守るために無くてはならない存在だった。

 妖忌自身も、武芸者の一員としてその役目を果たしており、何ら疑問を持たずにそのまま一生を過ごすものだと思っていた。が、ある頃から状況は変わってしまった。

 

 陰陽師、そう呼ばれる術者が現れたのだ。

 大陸や古来より存在する呪術を寄せ集め、ひとつの術となした陰陽術はまだ新興の呪術であり、それを扱う術師は当初は胡散臭い存在だったが、その利便性をもって受け入れられることとなった。

 

 陰陽師は〝表〟では火を操り、風を起こし天候を操ってみせた。〝式神〟という、低位ならば木の葉や紙に擬似生命を、極めれば大妖怪すら使役する。

 陰陽五行を利用した卜占により物事の吉凶を占った。そして、術者というのは今も昔も学者である。

 つまり、頭がとても良いのだ。物事を深く考え、貴族たちの相談役にもなった。

 また〝裏〟では、政敵に対する呪い、その防衛に借り出されていた。

 

 ある妖怪と戦う際、武芸者は数十人の兵と大量の武具が使い、多数の死者が出てようやく討伐できたが、陰陽師は同等の妖怪を熟練の術者が一人、式を打つことで楽に討伐してみせた。

 

 呪術をもって妖怪から京を守り、高い知識をもって政事の相談もできる陰陽師。

 人、妖怪と戦うことしかできず、学は無く野蛮人と貴族から見下されている武芸者。

 維持するだけの金がかかり、全てにおいて陰陽師に劣るとされた武芸者たちは貴族から次第に疎まれるようになり、規模を縮小していった。(その後、この武芸者たちが〝武士〟という名になり、新しい時代を作ることになる)。

 

 妖忌が百歳を迎えたぐらいの頃に、長く仕えていた京から離れることとなった。半人半霊はゆっくりと年を取るために見た目はまだ十代前半の、幼さの残る顔立ちだった。

 

 私がまだ小さいころに、

 

「長い間、やんごとなき御方に仕えていたのにも関わらず、何故お暇を貰ったのですか?」

 

 と聞いたことがあった。

 

 祖父は私の質問に対し、目を瞑り、熟考した後にゆっくりと語り始めた。

 

「恐れられていた、のだろう」

「恐れられていた、とは?」

「良いか、妖夢。我々、魂魄家は半人半霊という珍しい種族で、妖怪に近い存在だ。歳を取るが、ゆっくりだ。その当時の私は百年経っても子供にしか見えず、だが剣で京では敵う者なしと言われていた。妖怪という天災が猛威を振るったあの時代は、私は畏怖の対象で、いつ、妖怪の本性を出すのか怖かったのだろう」

 

 そう語る祖父の顔は少し悲しげだった。

 元々、半人半霊というのは珍しい種族で、生まれてくる者も少ない上に魂魄家は度重なる妖怪の襲撃で一族の数を減らしていた。この時になると、都を守る半人半霊は妖忌ただ一人だけであったため、関わりのある人が極僅かだったことも理由のひとつらしい。

 

 さて、身辺の整理をしているとき、妖忌はこれからどうするかと思い悩んでいた。

 今まで京を守る武芸者として生きてきた。だが、それがなくなったら自分から何が残るのか。剣の道とは何か、それが分からなくなってしまった。

 そして、はたと気が付く。幼いころから京、その周辺の事しか知らないことに。

 すると、自分が今まで狭い中で生きていたことを痛感し、世の中を見て回りたい、という欲求が強くなっていった。

 

「そうだ、旅をしよう。世の中を見て回れば、剣の道もはっきりとしてくる」

 

 妖忌の気持ちは、ここに固まった。

 

 

 翌日。 

 旅支度を整えた妖忌は、腰に家宝である大小二本の剣を佩き、長年住み慣れた家を出た。

 そして、変わり映えしない街並みを眺めながらゆっくりと外へとつながる門へ歩く。

 門に辿り着くと、一人の男が待っていた。

 

「お久しぶりです、妖忌殿」

 

 そう言ってきた人物に、妖忌は見覚えがあった。

 妖忌のことを怖がらず、良く慕ってくれた貴族の少年だと思い出す。同時に、人の進みは早いとも思った。記憶の中にあった幼い少年は、今では髪に白髪の混じる、老境に差し掛かった男になっていた。

 

「お主、老けたな」

「ははっ、人間は年取るのが早いですからね。それよりも……」

 

 男は妖忌の旅装姿を見やり、そして苦渋の表情になった。

 

「申し訳ありません」

 

 そういって、男は頭を下げた。

 

「何故、頭を下げる?」

「あの御方を始め、少なくない方々が妖忌殿にお暇を与えることに反対を申し上げましたが……」

「陰陽師、なにより貴族の反対が大きかったのだろう」

「……はい」

「それが決定ならば、仕方あるまい」

 

 あっさりと妖忌は言った。武芸者は元々、下に見られ、使い捨てされる。そういう存在だ。

 妖忌の一族のように厚遇されたのは望外の事で、今までの待遇が良すぎたのだ。一族が居なくなり、自分一人となった以上はお役目も果たせられない。

 ならば仕方ないことなのだと妖忌は思った。

 

「本当ならば、今までの恩賞として妖忌殿には荘園の一つでも与えるべきですが……」

「いらんよ。それに貰ったところで私のような者に管理できんよ」妖忌は言った。「それに、私はこれから旅をすると決めたんだ。思い返してみて自分がこの周辺か知らないことに驚いたよ。なら、長い人生を旅しながら剣の道を追及して行こうと思う」

 

 妖忌の言葉に、男は何か言いたそうな表情になり、そして何かを吐き出すように長いため息をした。

 

「本当に。貴方は、そういう人でしたな……」男は言った。「では、これだけでも持って行ってください。当座の足しにしてください」

 

 男が差し出したのは、保存食と塩、銀が入った袋であった。暫くの間、これだけで過ごすには十分な量だ。

 

「こんなものしか差し出せなくて心苦しいのですが……」

「いや、これは有り難い」

「もっと寄越せと言っても、バチは当たりませんよ?」

「これ以上物を持ったら動きづらい。十分だよ」

 

 そして、男に下男が寄ってきた。どうやらこれで終いらしい。

 

「時間のようだな」妖忌は言った。「元気でな」

「ええ。妖忌殿もお気をつけて」

「達者でな」

「ええ、さようなら」

 

 そして、振り返らず歩みを進める。

 妖忌の旅が始まった。

 

 

 さて、旅を始めた妖忌だが、最初は苦難の連続であった。

 

 旅慣れしていない身体、京と違う風習と文化、妖怪と間違われて襲われる、阿漕な商人に騙されて路銀を奪われるなど、多くの事が起きた。

 だが、それも良い経験として受け止め、少しづつ世の中を知ろうと努力を続けた。

 

 そして、旅を始めて数十年。

 ある時、山間の小さな村に辿り着いた妖忌は村全体が重苦しい雰囲気に包まれているのを感じ取った。

 近くにいた村民に訪ねると(この時、今までの経験で半霊の部分は隠すようにしていた)、何でも、妖怪が原因のようだ。

 昼夜関係なく現れ、襲われた場所には薙ぎ倒された大木に大きな足跡と、爪で引き裂かれたような無残な遺体だけが残っていた。その姿を見たものはおらず、何処にいるかもわからない。村には妖怪専門家はおらず、貧しいため陰陽師は呼ぶことができないそうだ。

 昔から近くの山には見るも恐ろしい巨躯の妖怪が棲んでいるという言い伝えがあり、恐らくその妖怪の仕業だろうと村民は言った。

 

「なら、私が行こう。これでも腕に覚えがある」

 

 それは有り難いですが、と村長は胡乱気な表情で答えた。随分と草臥れた旅装姿とはいえ、見た目は紅顔の少年である。妖忌は二刀を抜き、剣舞を見せて実力を認めさせようとしたのだが、結局、余所者だからどちらでも良かったのだろう。村長はため息交じりに妖怪が居るという山までの道を教えたのだった。 

 

 妖忌は幾らか食糧と水を分けて貰うと山に入り、特にあても無く妖怪を探し回った。

 そして日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃に、それと出会った。

 

 それは露出の多い白い衣服を纏い、小柄ながら長い黒髪に褐色の肌の少女。

 見るだけでゾッとするような人外の美しさを持つ、妖怪だった。

 

「あなたが、この山にすむ妖怪か」と、妖忌は訊ねた。

「いかにも」

 

 そう答える妖怪の声は実に蠱惑的で、慣れていない者ならば陶酔してしまいそうなもの。

 成程、外見と声で人を惑わし、そして血と精を奪うのか。村で聞いたとおりに恐ろしい存在であると妖忌は判断した。

 

「貴様が村を襲い、人を殺しているのはわかっている」

「……おい、ちょいと待て――」

「黙れ! 命乞いなど聞かぬ!」妖忌は二刀を引き抜き、吼えた。

「そして聞け! 我が名は魂魄妖忌、半人半霊の武芸者なり!

 貴様のような悪漢は、今日この地で! 我が二刀によって潰えるのだッ!!」

 

 妖忌が一気に間合いを詰める!

 

「天誅ゥ!」 

「人の――」

 

 左半身。妖忌の繰り出した刺突を避け、襟と袖を掴む。

 

「話を――」

 

 足を蹴り払い、身体を思いっきり引き付けて背負い込む。

 

「最後まで聞かんかッ、このクソガキャア!!」

 

 柔術・山嵐。

 轟音と共に妖忌は頭から地面に突き刺さり、そのまま気絶した。

 

 

「ほーん、下の人里で惨殺体が、ねぇ……」

 

 近くの手頃な岩に腰かけた少女はなんともつまらなそうな表情だった。

 対する妖忌は顔を土まみれのまま、地べたに正座していた。首が痛むのか、時折しかめっ面して頭や首をさすっていた。

 

「ふっつーに考えれば、私ではないと分かるはずだが?」

「うぐゥ……」

 

 少女は巨躯どころか小さく、人を引き裂く爪など持っていない。妖怪だから人よりも力はあるが、流石に地面を陥没させるほどの剛力は無かった。

 

「どうやってそういう事が出来るか、私に教えてほしいんだがなぁ?」

 

 続くネチネチとした言い分を妖忌は黙って聞き続けた。妖怪だから襲われても仕方がないという時代であったから別に聞く必要もないのだが、これは単に自身への不義理を許せなかっただけだ。

 少女は妖忌の反応を見てつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「まあいい」少女は言った。「もう日が暮れる。ついてこい」

「は? いや、自分は野宿を……」

「やめておけ。冬が終わったとはいえ、夜の山は寒い。道具はあるのか、無い? 暗闇の中、凍えた身体で件の妖怪と戦えるのか?」

 

 妖怪に正論を言われた妖忌は押し黙った。

 

「ま、そういう訳だ、ウチに来るといい。直ぐ近くだしな」

「男女は七つを――」

「ガキに興味は無い」

「いや、これでも百さ――」

「ガキだな。あとその三倍の歳を経ってから言え」

「(このババア……)」

「なにかいったか」

「イエ、ナニモ」

「まあいい」

 

 これは少女の口癖らしい。

 

「ついでだからその背負子も運んでくれ。人をババアなんて思えるのだからもう元気だろう。嫌とは言わせん」

 

 妖忌はただ無言で頷くしかなかった。

 

 

 この時の出会いは本当に人生の中で最悪だったと妖忌は振り返っている。

 さて、この女妖怪。名を小鉄と言い、一本だたらと呼ばれる妖怪であった。一本だたらは鍛冶をする妖怪である。

 小鉄はその中でも腕の良い鍛冶師として有名だった。妖忌もその名を知っていたが、まさかここにいるとは思わなかった。

 ただ、妖忌からすれば丈の短い、側面を縫っていない貫頭衣の様な服だけを纏い、肌の露出の多い彼女は当時の常識からするととんでもなく非常識に見えたという。

 

 小鉄は山の中腹にある小さなあばら屋に住み、そこで鉄を集め、注文に応じて金物を造っていた。

 妖忌はそこへ連れていかれ、一宿だけでなく、焚き火と食事を馳走になった。焼き魚に山菜と茸の鍋物は量も多く、濃い目の味付けが美味かった。

 

 食事後、小鉄は妖忌へ剣を見せて欲しいと頼んだ。ずっと気になっていたらしい。

 渋る妖忌を口で丸めこめ(祖父が悪態と共にそう言っていた)、二振りの剣を受け取ると笑顔になったという。

 

「では拝見させていただく」

 

 拵えは装飾が嫌味にならない程度に抑えられ、質実剛健という印象を受ける。

 そして、丁寧な手つきで黒漆の鞘から剣を引き抜いた。

 その剣を見た小鉄の口から思わず感嘆の息が零れた。

 

「なるほど、なるほどなぁ。これは凄い。対妖怪用の剣か」

 

 そりは浅く、直刃、小切っ先で掃き掛け帽子。剣から刀へ変わるころの過度期の剣で、これまた実直な印象を受ける。

 

「材質は安来の鋼、良質だな。造りは切れ味よりもまず妖怪にぶつけても折れないよう、耐久性を重視。鍛造中に霊力を込めて……、ふむ、更に術で刀身を強化しているな」

 

 この当時は主な購入者が貴族であり、実直な剣より華美な装いの剣が喜ばれる時期だった。過剰なまでに装飾され、刀身もギラギラと光る、見た目は良いが切れ味も耐久性も無い。斬るたびに刃が欠けるはまだ良い方で、中には枝にぶつけただけで折れる刀があったのだ。

 が、見た目は良く派手なため、貴族たちのウケ(・・)が良いのだ。そのため、売れる(・・・)刀を打つ鍛冶師が少なくない。

 

 妖忌の二剣はその真逆だった。頑丈で実直。青楼剣は妖力を刀身に纏わせることが可能で、白楼剣はその補助という役割だ。二振り同時に使って初めてその真価を発揮する。造りも切が感じられ、ここ数十年の間に打たれたことが分かる。

 最近では滅多に見られない想いの篭った、それでいて全く新しい名剣だった。

 

「いや、つい興奮してしまった。ここまで良い刀は久々なのでな」

「己には十分な剣です。これを打ったのは都一とされる鍛冶師がまず折れないように、と打ったものです」

「ほぉ、なるほどねぇ」

 

 これは素晴らしいと小鉄は褒めちぎられ、妖忌も悪い気がしなかった。

 途中、妖忌はふと口にした。

 

「己に、剣を見せていただけないか」

 

 それは純粋な願いだった。高名な鍛冶師だから、さぞ見事な剣があるのだという期待感もあった。

 小鉄はその言葉を待ってましたとばかりに、一振りの剣を持ってきた。ここにある中でも一番のものだと言う。飾り気の無い簡素な拵えだったが、断りを入れてから抜いた剣は業物と呼ばれるに相応しい出来だった。軽く振ってみる。やや重たいが、良い感触だった。

 

「素晴らしい剣だ」

 

 小鉄はその礼というのか、明日の妖怪探しに同行すると言い始めた。妖忌は即座に断ったが、小鉄がこの山の妖怪の寝床なら知っていると言い出ると、妖忌も納得し頷いた。頷く仕方なかった。まだ短い付き合いだが、言い出したら止まらないかなり強引な性格だと、妖忌は見抜いていたからだ。

 

 そして、一夜明けた次の日。

 二人は朝靄が残る山の中を歩いていた。

 

「しかし、人里を襲う妖怪か……」小鉄が言った。

「何か気がかりが?」

「ん?ああ、この山には精々、妖精、妖獣といった小妖怪しかいないんでな。当てはまる奴も熊妖怪の奴一人しかない。ただ奴は力はあるが臆病でな。時々、この山に来る人間に悪戯を仕掛ける程度で危険な人里に行ってまで人を襲うとは考えられない」

「だが、実際に大勢の人が犠牲になっている」

「だからだよ。普通、妖怪は空腹時に人を襲う。そして一度襲えば暫くは人里には近づかない。必要以上に近づけば自分が危ない上、短期間で襲い続ければ人間が居なくなるからな」

 

 短い間に何人も襲われ、そして喰われた跡も無いというのはおかしい。

 複数の妖怪の仕業なら考えられるが、妖忌の話では現場にあった足跡はどれも同じもので、ひとつしかなかったと言う。

 単独で、同一の妖怪が人を喰う事もなく潰して満足するのか。

 

「そいつはきっと――」

 

 轟音。絶叫。

 衝撃で山が揺れ、森が騒めいた。多くの鳥が空へ飛び立っていく。

 

「近い」妖忌が言った。

「行くぞ」

 

 二人は漂ってくる妖力を元に駆け出し、その現場へ辿り着いた。

 熊妖怪が寝床にしている洞窟の近くだった。地面には巨大な円形のくぼ地が出来ている。その中心にいたのは、十尺はあろう、巨大な妖怪だった。

 黄色く濁った眼、大きく捻じ曲がった二本角を持つ頭に、赤銅色の体躯。手足は剛毛に覆われ、熊を思わせる鋭い爪を生やしている。

 鬼だ。

 その足元には原型の留めていない、別の妖怪のものと思われる血だまりができていた。

 

「よりによって鬼か……」

 

 妖忌はしかめっ面のまま剣を抜き、構えた。妖忌は京の守りの職に就いていた時、何度も鬼と戦っているがこれは別格だった。体表から湯気の様に立ち上る妖力が見え、肌を刺す殺気は今まで見た妖怪の中で最も強く感じられた。

 

「まて、コイツはまさか」

「オ、おぉア、オオ■■■■■――っ!!」

 

 鬼が咆哮し、一段と妖力が増す。妖力は黒い霧の様に体表に纏わりつき、中からはギョロギョロと動く黄色い眼だけが光っていた。

 

「ふん、狂った(・・・)のか」

「え?」

「妖怪ってのは、妖力の塊なんだ。年月が経つにつれて妖力が増えるが、その分、妖力を制御しなければならない。こいつはそれが出来なかったんだよ」

 

 妖怪とは人間とは違い、妖力の塊なのだ。そして妖力が増えるということは、欲望や衝動が大きくなることでもある。

 そのため、いかに増大した自身の妖力、衝動を制御できるかである。妖怪は長く生きると活動が活発ではなくなる――昔より大人しくなるという意味だ――のは、自身の妖力、衝動を完全に制御できるようになったからである。

 そして稀に、自身の持つ衝動と増大した妖力を制御できず、暴走する妖怪もいる。

 

「じゃあコイツは」

「そうだ。しかもコイツは大妖怪並みだな。このままだと死ぬまで暴れ続けるぞ」

「あまり気分の良い話では無いな」

 

 妖忌は軽口を叩く。その顔は険しく、冷汗が垂れていた。

 ぐるん、と鬼の眼が二人を捕らえた。

 

「くるぞ」

 

 直後、鬼が再び咆哮し、我武者羅に突進を始めた。その巨体からは信じられない速さだった。丸太の様な両腕を振り回し、二人を薙ぎ払おうとする。

 それを大きく飛んで避けた。 

 

「二人がかりなら何とかなるな」小鉄が言った。

「いや、己一人でやる」

 

 妖忌は静かな声で言った。二刀を構え、口角がつり上がっている。

 その顔を見た小鉄は一瞬表情が消え、そして本物の馬鹿を見る様な顔つきになった。

 

「……鬼だぞ。いくら何でもキツいぞ」

「かもしれん」

 

 ぞんざいな言葉で返した。

 

「それに、向こうもこちらを見て放さないのでね」

「……ふん、好きにするといい」

 

 既に二人は妖力を漲らせ、にらみ合っていた。眼中に無いと言われた小鉄は更に後ろへ下がった。

 均衡が崩れたのは、その直後だった。

 

「おおお!」

 

 妖忌は一足で間合いを詰めた。鬼が拳を妖忌の顔面に目掛けて打ち抜く。それを避け、抜けざまに右手に持った青楼剣で胴を薙いだ。ギヂンッ、と生物とは思えない甲高い金属音が響いた。

 

「やはり、硬い……!」

 

 手のしびれを治す暇なく振り向きざまに鬼の裏拳が飛んでくる。しゃがんで避け、足に一撃。入らない。蹴り。頭上を掠めた足で髪が焦げるのを感じながら転がって避ける。

 

 先程と同じような間合いに戻る。再び妖忌は踏み込む。鬼の前蹴りが飛ぶ。左手の白楼剣を合わせてずらし、半身になって避ける。そのまま弓を引くように引き絞った右手を放った。

 狙いは、股間。

 青楼剣の刺突は狙い通りの場所に突き刺さった。が、浅い。切っ先のいくらかしか突き刺さっていない。

 

「■■■■――ッッ!!??」

 

 鬼が絶叫し、両腕を妖忌へ振り落とした。妖忌は即座に剣を引き抜き、そのまま股間の間を潜り抜けていった。

 妖忌は二刀を構えて立ち上がった。 

 鬼は暫く悶えながら腕を振り回していたが、ゆっくりと振り向いた。半開きになった口からはだらだらと涎が零れ、血走った眼で妖忌を睨み付けていた。

 

 さて、どうするべきか。妖忌は思案した。思ったよりもこの鬼の表皮は硬い。必殺の刺突も大して効いていないようだし、今ので青楼剣の切っ先が潰れていた。二度目は出来ないだろう。

 なにより、回避を前提にしているから己の斬撃が軽い。だから剣が弾かれる。

 ならば、

 

本腰いれて(・・・・・)たたっ斬るまで(・・・・・・・)

 

 妖忌は足幅を広く取り、腰を据える。

 そして、怒りのままにがむしゃらに突進してくる鬼を見据える。

 

「おおおっ!!」

 

 鬼の剛腕を避け、一歩踏み込んで胴を薙ぐ。かすり傷程度。目の前には鬼の抜き手。

 寸で躱すが爪が掠り、顔の皮膚がはじける。目に血は入らない。問題無し。

 

「つぅあっ!!」

 

 返す刀で右腕に打ち落とす。表面のみ。まだ斬れない。

 今度は左足が掠る。若干動きづらくなる。問題無し。

 

「……まともじゃない」

 

 目の前の光景が信じられなかった。呟く声も少し震えていた。

 本来、人が妖怪と戦うには、回避中心の攻撃となる。妖怪の一撃は当たれば致命傷であり、中には毒を持ったモノもいるからだ。

 しかし、これだと体重の乗らないため、どうしても斬撃が軽くなってしまう。

 

 故に、妖忌は腰をおとし、重い斬撃を放てるようにした。

 まがりなりにも、大妖怪の、鬼の一撃だ。それを至近距離で、致命傷にならないよう紙一重で躱し、斬ることに全力を注いでいる。

 正気の沙汰ではなかった。

 

 妖忌は鬼の剛腕に白楼剣を合わせ、強引に弾いた。鬼の体勢が大きく崩れた。

 

「おォおおァああっ!!」

 

 剣技・炯眼剣。

 渾身の一撃は遂に、鬼の左腕を斬りおとした。

 

 だが――、

 

「剣が持たない、か」

 

 かつて宮廷に仕え、妖忌に下賜された刀は高名な鍛冶師が打った名刀であった。

 それでも、狂化した鬼の腕を斬った代償か、はたまた妖忌の腕についていけなくなったのか、あるいは両方か。

 ぱきん、と軽い音をたて、青楼剣が半ばから砕けた。

 

「■■■■―――っ!!」

 

 怒り狂った鬼の右腕から繰り出された拳が妖忌の腹に吸い込まれていった。

 妖忌の小さな身体がくの字に折れ、骨の折れる嫌な音と共に吹き飛ばされて地面に転がっていく。

 

(これ以上は無理か)

 

 小鉄は即座に妖忌の前に立ち、鬼と相対する。だが、背中を掴まれどかされてしまう。

 

「ゴッ、ゲホッ……、ベェッ! どけ、己はまだ戦えるぞ」

「その身体で、ましてや折れた剣ではまともに戦えないだろう」

 

 妖忌を見れば吐血が多い。あばら骨とどこか内臓がやられたのだろう。

 そして肝心の青楼剣の刀身はほんの少し残すだけ。残った白楼剣は儀式的な側面が強く、切れ味があまり良くない。まともには戦えないだろう。

 

「折れてなどいない。青楼剣がちょっと短くなっただけだ。まだ戦える」

 

 その言い分に小鉄は顔を覆い、わざとらしいため息をついた。こいつは本当の馬鹿だ。いや、武芸者とはこういう人種だったなと思い出した。

 

「……骨は拾ってやる」

「ご随意に」

 

 妖忌は満身創痍だった。息をするだけでも激痛が走り、急速に失われる体温に顔色は青白く変化している。

 だが、戦意は未だ衰えず煮えたぎっている。眼はギラつき、紅く染まった口は獣の様に歯をむき出しにしていた。

 

「待たせたな、続きをやろう」

 

 変わらぬ調子で二刀を構えた妖忌に反応したのか、正気を失ったままとはいえ鬼は鬼なのだろう。

 真っ向勝負に応えるように唸り声と共に腰を落とし、残った拳を見せつけるように握りしめ、巨躯を捩じらせて腕を引き絞った。

 

 互いに、最後の一撃を放つ。

 

 最初に動いたのは、鬼だった。

 

 その力に任せた剛脚で思いっきり地面を踏み潰す。

 一瞬。ほんの一瞬。

 大地に叩きつけられた鬼の剛脚による衝撃で妖忌の動きが止まった。

 鬼が凄惨な笑みを浮かべて嗤う。大きく引き絞って溜めた右腕が、音を超えて一気に放たれた。

 

「か ハ ぁ」

 

 妖忌も嗤う。全ての景色が遅くなる。死闘の中でしか味わえない快楽と狂気に満ちた表情を浮かべ、溜めに溜めた妖力全てを開放。身体強化。全身から血を噴き出し、身体の限界を超えた動きで鬼の叩きつけた左腕に飛び乗った。

 

「ッラぁァ!!」

「■■、■■■■■■■■■―――っ!!??」

 

 白楼剣が鬼の目に捻じりこまれ、絶叫を上げてのたうち回る。

 一呼吸。妖力圧縮。青楼剣に注ぎ込み、青白い刀身をつくりだす。

 

 剣技・断命剣[冥想斬]

 

「己の、勝ちだ」

 

 妖忌は両手で青楼剣を振り、鬼の首を切り落とした。

 

 

「……ハァ、とんでもない男だな、お前は。本当に一人で鬼を倒すとは」

 

 術師のように弾幕を張るわけでも、陰陽師のように式神を使うのでもなく。

 一対一の真っ向勝負。己の身体と剣で鬼を倒す。神話の時代でも滅多に見れない光景を、今この場で見られると小鉄も思わなかった。

 

「己の方が強かった、それだけです」

 

 丁寧に鬼の首を袋に包んだ妖忌は全身血塗れとはいえ、五体満足だった。ただ手に残った青楼剣の残骸をもの悲しそうに見つめていた。

 

「……本当に良い剣だったな」

「ええ、本当に。下賜されて以来、ずっと共にしていた――」

 

 ぐらりと、妖忌の身体が傾げた。慌てて小鉄は支えてやる。

 

「と、お前は重傷人だったな。家まで戻るとしよう」

 

 小鉄は鬼の亡骸を妖術で燃やし、鬼の首の入った袋を持つ。そしてそのまま妖忌を抱え込んだ。

 いわゆる、お姫様抱っこと呼ばれる格好だった。

 

「……いや、恥ずかしいのだが」

「仕方ないだろ。これが一番楽だ」

 

 小鉄は妖忌がずり落ちないようにと身体を密着させた。勿論、ワザとである。そうなれば大きめの胸も妖忌に当たることになる。妖忌は身動ぎするたびに柔らかい感触があるため、そのまま動けなくなった。妖忌の顔が赤いのは、きっと血の色だけではないだろう。

 

「さて、戻ったらお前さんの治療と、刀を打ってやらんとな」

「――えっ?」

 

 思わず、といった表情で妖忌は顔を上げた。目の前にある少女の顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。

 

「久々に良いもの見せてもらった。新しい刀は私が打とう」

「本当かッ!?」

「嘘は言わん」小鉄は言った。

「んっ、それに、ここまで強く求められれば、嫌とは言えんなぁ」

 

 艶のある声に妖忌は固まった。見れば己の手が小鉄の大きめの胸を強く握っていた。

 小鉄は紅潮させた顔をゆっくりと近づけた。

 

「え、いや、これはっ!」

「ほらほら、動かないお姉さんがギューと抱きしめてやろう」

 

 いたずらめいた笑みを浮かべているのを見て、妖忌は動けない自分に悪態をついた。顔が熱かった。

 

「……お前はやっぱり嫌いだ」

「私は好き」

「うえぇ!?」

 

 まさかの切り替えし。

 小鉄の笑いで赤くなった顔を見た。

 またからかわれた。そう思った時、妖忌は遂に意識を失った。疲労と出血、妖力の消耗で限界が来たのだ。

 

「……本当に良い戦いだった。しかしまあ、我ながら御しやすい性格だったとはねぇ」

 

 小鉄は火照った顔で小さく呟き、眠る童顔の少年の髪をそっと撫でた。

 

 

 鬼との闘いから一週間後。

 小鉄の治療と献身的な世話を受けたお陰でもあるが、半人半霊である妖忌は人よりも回復が早い。既に問題無く動き回れるようになり、妖忌の新しい刀も完成していた。

 妖忌が旅立つときが来たのだ。

 

「つまるところ、妖怪と戦うには力がいる」

 

 朝、二人は向き合っていた。小鉄の手には布に包まれた長物があった。

 

 人ならば霊力。妖怪ならば妖力。神族ならば神力。遠い異国には魔法使いという、また違う力を持つ存在がいると聞いているが、根本的には同じ力である。

 

「妖怪というのは、ざっくり言えば「物質化した妖力の塊」だな。人間と違い、身体能力が総じて高く、普通の武器では妖怪は持つ妖力に弾かれて斬れない、持たない。近付けば一撃で吹き飛ばされる。

最近では陰陽師のように式神、退魔士の弾幕、巫女が禊の力で妖怪を退治するのが常識となっている」

 

 雑魚妖怪はともかく、〝名付き〟となると、まず一撃で終わる。だからこそより遠くから攻撃を加える技術が発達しているのが今の状況である。

 それ自体は小鉄も仕方ないと思っている。だが、好みでは無い。

 

 妖怪の性なのか、男は武具を纏い、鍛えた技で一対一で戦うこそその真価を発揮すると考えていた。

 そして名工が打った武器ならば、そして腕の良い武芸者ならば妖怪は斬れるのだ。

 目の前の武芸者が先日、それを証明した。

 

「だが、今までの武器では難しい。話が長くなったが、コレが私の答えだ」

 

 つまり。

 普通の剣では薄く脆いなら、身幅を厚く頑丈に。

 軽く短いならば、一刀で断てるよう重く長大に。

 鉄剣では妖怪は斬れないならば、もっと硬くしなやかな鋼を。

 使い手を考えず、ただ武器としての性能を追求する。

 

「銘は〝楼観剣〟。そう名付けた」

 

 妖忌に手渡されたのは、長大な太刀だった。

 そりは浅く、身幅は厚い。大切先、直刃で掃掛帽子。柄頭に飾り緒、鞘は黒漆仕立て。

 

「さて、これは大太刀と呼ばれる代物だ。折れた青楼剣を元に新しく鋼を加えて打ち直し、鞘と柄は新しく拵えた。頑丈で切れ味も高いが、その代り、人間には重くてまともには振れない。まあ、お前さん(半人半霊)なら大丈夫だろう」

 

 振ってみろと勧められるままに妖忌は楼観剣を引き抜き、切り落とし、切り払いと軽く振ってみる。太刀の重量に身体が流れた。素振りをしながら修正を繰り返し、自身が納得する動きにもっていく。無心で振っていくうちに、刀まで神経が通っていき、段々と全身の感覚が薄れていく。

 そして、一太刀。薄れた感覚の中で、ふつ、と音が聞こえ、何かを斬った感触が残った。

 納得する一太刀に妖忌は息を吐き出して呼吸を整えた。

 

「見事」小鉄が言った。 

「良い剣だ」

 

 言葉少なく、しかし思った通りの事を口にすると、小鉄は顔をほころばせた。やはり褒められるのは嬉しいらしい。

 実際、楼観剣は今までのどんな剣よりも感覚が通しやすく、まるでずっと使ってきたかのように手に馴染んだ。

 

「しかし、本当に楼観剣の代金はいいか?」

「くどい。言っただろう? 久々に良いものを見せてもらったと。その礼だ」

 

 妖忌は鬼退治で得た銭を払おうとしたが、小鉄が拒否したのだ。妖怪だから銭が無くとも生きていける。

 それよりも、腕の立つ武芸者に自分の打った刀を使ってもらう。鍛冶師冥利につく話だ。それだけで十分な報酬だった。

 

「ま、何かあったら私を訪ねろ。生きていれば何処かで会えるだろう」

「私は二度と会いたくない」

 

 妖忌はむっつりとした顔で言うと、小鉄はケラケラ笑った。ますます渋面になった。一週間の間、散々な目に遭った事を思い出したらしい。

 まあ、思春期の少年は色々と難しいのだろう。かつて人間から聞いた話を思い出した小鉄は何も言わなかった。

 

「――ふん、もう行くぞ」

「そうか」

 

 顔を赤らめた妖忌は楼観剣を背負い、さっさと歩きだした。

 背が小さくなったところで、小鉄の声が聞こえた。

 

「達者でな、妖忌」

「ああ」

 

 妖忌は旅を再開した。

 

 

 これで話は終わる。

 

 その後も祖父はは行く先々で剣を振るい、武者修行を続けていく内に幻想郷にたどり着き、そして楼観剣と白楼剣は孫の私に受け継がれた。

 

 祖父がまたその鍛冶妖怪に会ったどうかは分からない。聞いても答えてくれなかったのだ。

 この話も、私が幼い頃に一度だけ聞いた内容だから所々覚えておらず、また聞き間違っているかもしれない。

 

 ただ、この私が覚えている内容で良ければ、ぜひ役立ててほしいと思う。

 




評価感想、また誤字脱字がありましたら連絡をお願いします。



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ネタ・僕のヒーローアカデミア2

いつも誤字脱字報告、また感想評価有難うございます。
お陰でかなり励みになっています。

では、続き。


[特撮] ジライヤについて語るスレ 其の*** [避難用]

 

1 名前:下っ端戦闘員さん

 

このスレは特撮忍者ことジライヤについてまったりと語るスレです。

次スレは>>800にお願いする。無理ならば誰か代役をお願いすること。また荒らしや煽りはスルーで。

 

■前スレ

ジライヤについて語るスレ 其の***

http://***~

 

■関連スレ

特撮について語ろうスレ

http://***~

アニメについて語るスレ

http://***~

 

 

2 名前:下っ端戦闘員さん

>>1乙

 

3 名前:下っ端戦闘員さん

乙!

 

4 名前:下っ端戦闘員さん

乙。ジライヤ遂にやりやがった

ありがとうございます

 

5 名前:下っ端戦闘員さん

やっちまいましたね……

ありがとうございます

 

6 名前:下っ端戦闘員さん

なんて卑劣な忍術だ…

う、ふぅ……

 

7 名前:下っ端戦闘員さん

卑劣というか卑y

いいぞもっとやれ

 

8 名前:下っ端戦闘員さん

相変わらずショーは面白かったし凄かったんだけど、最後のインパクトで全部持っていかれた

あと>>1乙

 

9 名前:下っ端戦闘員さん

生放送もしてたのにあれは反則技

ありがとうございます

 

10 名前:下っ端戦闘員さん

ネットもテレビもハーレムの術ばっかで草

>>6 臭い

 

11 名前:下っ端戦闘員さん

なんで前スレがこんなに流れるのが早いんだ

あとジライヤ、おかずをありがとう

 

12 名前:下っ端戦闘員さん

というかもう術の名前付いたのか

 

13 名前:下っ端戦闘員さん

エロに釣れられてスレ民が一気に湧いたからしゃーない

 

14 名前:下っ端戦闘員さん

ジライヤのWIKIにハーレムの術って追加されてた

コメ欄に「やり過ぎたごめんなさい」って書いてある

 

15 名前:下っ端戦闘員さん

仕事はっやーい。本人?

 

16 名前:下っ端戦闘員さん

誰もジライヤが銃弾叩き落したり、オールマイトを蹴り飛ばした事について触れない件

 

17 名前:下っ端戦闘員さん

だって忍者だし

 

18 名前:下っ端戦闘員さん

多分本人。自分で編集してるって噂だし

 

19 名前:下っ端戦闘員さん

アイツならやりかねん。というか、ふっつーに強いぞ

前にセメントスの壁を殴ってぶち抜いたり、エンデバーの炎を水遁の術で吹いて消したりしてる

 

20 名前:下っ端戦闘員さん

海外スレがHENTAIとNINJYAの文字で埋まってる…

 

21 名前:下っ端戦闘員さん

>>16 ヴィランが自分の個性を解説するのか…

 

22 名前:下っ端戦闘員さん

ジライヤの場合、個性を知られても素の能力が高すぎるから

あと汚忍だから問題無し

 

23 名前:下っ端戦闘員さん

外人はエロと忍者好きだよね

僕も大好きです

 

24 名前:下っ端戦闘員さん

ジライヤ「壁を垂直に走るコツは落ちるより速く足を前に出すことです」

 

25 名前:下っ端戦闘員さん

ほーん、なるほ…出来るかアホ!

 

26 名前:下っ端戦闘員さん

動画纏めました

つ【ジライヤの忍術動画】

全裸の奴が見たいならこっち

つ【ハーレムの術】

 

27 名前:下っ端戦闘員さん

>>26

ナイスぅ!

 

28 名前:下っ端戦闘員さん

実際には秘密と言うか、壁登るための技術があるとか

壁に垂直に立てるのもその技だと

 

29 名前:下っ端戦闘員さん

ジライヤって卑劣様と呼ばれてるけど、なんで?

 

30 名前:下っ端戦闘員さん

前になんかのインタビューに答えた結果だから

↓その時のコメ

ジライヤ「ヒーローショーもそうですが、周りに被害が出ないように手加減しています」

  アナ「え、手加減ですか?」

ジライヤ「本気なら分身を子供や怪我人に変化させて自爆させます(真顔」

  アナ「…卑劣ですね」

その手口とアナの発言が切欠で卑劣とか汚忍と呼ばれる様になったとさ

 

31 名前:下っ端戦闘員さん

えぇ…(ドン引き

 

32 名前:下っ端戦闘員さん

なんでこいつヴィランなの?って思ったけどその発言だけでヴィランだわ

 

33 名前:下っ端戦闘員さん

汚い、さすが忍者汚い

 

34 名前:下っ端戦闘員さん

実際はそんな事はやらないみたいだけどね

 

35 名前:下っ端戦闘員さん

ただの特撮好きでヒーローショーやるだけの忍者だもんな

 

36 名前:下っ端戦闘員さん

【悲報】ジライヤの生放送やった投稿者達、無修正エロ流したから垢凍結へ

 

37 名前:下っ端戦闘員さん

草ァ!

 

38 名前:下っ端戦闘員さん

やっちまいましたなぁ

 

39 名前:下っ端戦闘員さん

安易に再生数を稼げるから撮ってたんだろ

 

40 名前:下っ端戦闘員さん

まさか、これがジライヤの狙い…(戦慄

 

41 名前:下っ端戦闘員さん

なんて卑劣なんだ…

 

42 名前:下っ端戦闘員さん

卑劣な垢ロックだ…

 

 

「やっちまったぁ……」

 

 ネットを覗いていたジライヤはガシガシと頭を掻きむしり、項垂れてしまった。

 プロヒーローと警察からの追跡を振り切り、住んでいるアパート(1K)へと帰還してからはずっと憂鬱だった。

 今回のショーについてではない。あれ自体は大成功を収め、グッズの売り上げもまずまずだった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついてテレビをつける。やはりというか、殆どの局では今日の惨状についての話題ばかりだ。大量に投入されたオールマイトらプロヒーロー達や警察が撃退されたという話は殆どない。

 あるのは、モザイク処理がされた全裸の美男美女が走り抜けていく映像ばっかりだ。ジライヤがやった『ハーレムの術』である。 

 

 つまり、やりすぎたのだ。

 やり過ぎて肝心のヒーローショーが全く目立っていない。

 今回のはかなりの熱演だったのだ。殺陣専門の役者から動きと立ち回りを教わり、声優学校に通って発声の仕方を学び、わざわざ見た目は派手だけど影分身が消えないほど威力が無い忍術を開発し、一層の臨場感だって持たせたのだ!

 それが最後のエロで全部吹き飛んだ! なんてこったい!

 

 確かにジライヤも攻撃的な忍術も使える。ただ、あれだけの人数を穏便に、街への被害と怪我人も出さずに済ませるにはアレしかなかった。

 だが、他にも方法があったんじゃないかと自責の念に駆られてしまう。

 

 それも他の特撮ファン達に迷惑をかけてしまったからだ。数少なくとも残っていた特撮ファン達との交流は楽しく、今までの活動で少しでも増えたことに喜び、ヒーローショーが切欠で特撮が好きなったという新人がスレに現れたときは私も嬉しかった。

 

 だが、この一件で特撮ファン達のスレもハーレムの術に釣られた者共が湧いている状況であり、スレが荒れてしまっている。それが悲しかった。

 

「ハーレムの術は禁術指定だ。これは危険すぎる」

 

 ジライヤの中では穢土転生に並ぶ超危険忍術として登録されることになった。

 

「まあ悔やんでも仕方ないか」ジライヤは切り替えた。

「よし、次のヒーローショーはハーレムにも負けない、インパクトのあるものにしよう」

 

 なれば、アレしかない。直ぐに準備に取り掛かろう。

 

 さて、まずは演技の練習だ!

 

 

 昼の十二時。ある街の交差点。

 

「イーッ!」

「イーッ!」

 

 突如、プラカードを持ったショッカー戦闘員が現れた!

 

「お、始まるぞッ!」

「ジライヤだ!」

「ジライヤ―! オイラにハーレムを見せてくれー!」

 

 先日の一件で世間に広く認知された事でにわかにファン――勿論、特撮好きのファンも多い――が増えたこともあり、いつもヒーローショーを行う交差点には多くの人がごった返していた。春休みのせいか学生らしい若人も多く、しかも妙にカメラ持ちが多かった。勿論、プロヒーロー達も待機していた。

 今までにない人の多さにショッカー戦闘員達は更に数を増やし、必死になってステージとなる空間を空け、ようやく準備が整った。

 

「「「イィーッ!」」」

 

 直後、暗くなった。 

 いや、何かが上に現れて日差しを遮ったのだ。

 それは地響きの音(ただし衝撃は無い)を立て、街の交差点に立った。

 

『フォッフォッフォッフォ!』

 

 辺りをぎょろぎょろと動く二つの目で見回し、鉄をも切り裂く巨大な鋏をカチカチと鳴らして嗤っていた。更には近くのビルのガラスを覗き込んだり、観客を見下ろしてポーズをしたりとやりたい放題している巨大なセミの様な生物。

 

「ば、バルタン星人……」

 

 人々は絶望した! 大声を上げ、誰もがこの危険を知らせようと手に持ったカメラやスマホを取りだした。また勇気ある子供や大人がショッカー戦闘員達の制止を振り切って巨大なバルタン星人に向かって突撃する!

 だが、無力だ。足に抱き着いたり、自撮りしたりして対抗するがバルタン星人に軽くあしらわれ、そのまま「危ないですよー」とショッカー戦闘員達に捕まってしまう。

 子供や大人達は悲鳴をあげ、泣き叫んだ。(なお、昨今のセクハラ問題に対して念のため男性には男性の分身が、女性には女性の分身が対応している)

 

『フォッフォッフォッフォ!』

 

 バルタン星人が暴れる! 辺り構わず鋏を振り回し、近くのビルを叩き壊し、瓦礫が飛び散る。バチバチと切れた電線がスパークし、ビルから火の手が上がった。

 (なお、安全のため見た目だけであり、現実には壊れていません)

 

 バルタン星人が笑う。ショッカー戦闘員達が笑う。

 泣く女の子が細い声で言った。誰か助けて、と。

 

「もう大丈夫だよ」

 

 優しく、女の子の頭を撫でるのは見たことが無いヒーローだった。ヘルメットにオレンジの制服を着ており、眉が濃くやや彫の深い顔立ちをしている。

 

「バルタン星人! 貴様の好き勝手にはさせないぞ!!」

「あれは……」

 

 男は、右手に持ったカプセルを高く掲げた。

 いつの間にか現れた小さなショッカー戦闘員達が並び、伴奏と共に歌い始めた。

 

「おお、この曲はッ!?」

「へぇ、聞いたことないけど良い曲だな」

「初代ウルトラマンの歌だ!」

 

 掲げたカプセルに光が集まる!

 

『シュアッ!』

 

 光と共に現れるのは、右手を高くつきあげる光の巨人!

 

「ウルトラマンだ!」

「初代ウルトラマンが来た!」

「タイプA? B?」

「ここからだと分からんね」

「がんばってー、ウルトラマーン!」

 

 声を上げる観客たちを背に、ウルトラマンとバルタン星人による戦いが始まった。

 

『デュアッ!』

『フォッフォッフォッフォ!』

 

 両者同時に駆け寄り、バルタン星人がウルトラマンを鋏で殴り飛ばす。その鋏をウルトラマンは胸板で受け止めると、そのまま掴んで空へ大きく投げ飛ばす。飛んだバルタン星人は空中で姿勢を整えると、そのまま真っすぐ飛んで戻ってくる。ウルトラマンはそれを律儀にがっぷりと四つになって受け止めた。

 

『へアッ!』

『フォッフォッフォッフォ!』

 

 ウルトラマンの大振りな左のパンチ。それをバルタン星人は余裕で受け止め、逆に腕を掴んで叩きつけるように投げた。

 

「おおッ!?」

「こりゃスッゲぇな!」

 

 宙を舞う50mもの巨人に、観客達も大興奮だった。

 うずくまるウルトラマンに対し、バルタン星人は鋏を立てて高笑いをしていた。そして立ち上がったウルトラマンに両手の鋏を叩きつけ、そのままウルトラマンへ連続攻撃を行う。

 

『フォッフォッフォッフォ!』

『シャアッ!』

 

「頑張れ、ウルトラマン!!」

「ウルトラマン、負けないで!!」

 

 ウルトラマンのピンチに観客達も声援を送る。そしてウルトラマンがどうにか攻撃をはじき返し、そして殴り返すとバルタン星人がたたらを踏む。

 即座にウルトラマンが八つ裂き光輪を投げたが、なんと弾かれた。

 

「光波バリアだ!」

『フォッフォッフォッフォ!』

 

 正解だと言わんばかりに高笑いするバルタン星人に、ウルトラマンは仁王立ちして放ったウルトラ眼光でバリアを打ち消してみせた。

 バリアが消えたことに狼狽えるバルタン星人。鋏をカチカチ鳴らし、そのまま殴りかかる。

 

 と、その時、悲鳴が上がった。

 

「強盗だッ!」

 

 近くでショーを見守っていたジライヤ(本体)は即座に反応した。声がした方を見まわす。いた。どうやらヒーローショーで集まった人達からスリをしていたらしい。

 しかも逃げまわる男の個性は増強系なのか、肥大化させた両腕を振り回して暴れている。

 

「あの個性でスリねぇ……」

 

 真面目に働けば――、いや自分が言う事じゃないか。

 まあ、警戒中だったプロヒーロー達が即座に対処に移った。じきに捕まるだろう。そう考えた矢先。

 

「オラァ!」

「む……」

 

 ヴィランは火事場の馬鹿力というのかプロヒーロー達の攻撃を弾いて猛烈な勢いで走り出し、伸ばした手で近くにいた少年を捕まえた。

 

「クソ、クソクソクソッ! 動くんじゃねぇよ!」

 

 人質になったのは緑髪の少年だった。身体を握り絞められ、気弱そうな顔を恐怖に歪めて涙を溜めていた。

 

「俺に近づくんじゃねぇ! 近づいたらコイツを握りつぶしてやるッ!」

 

 ヴィランは興奮しきっていた。何かの拍子に手に力が入る可能性があるため、早く助け出したくともプロヒーロー達は動くことが出来なかった。

 思わず溜息をついた。ああ、全く。仕方がない。

 

 ――忍法・影真似の術

 

 周囲の人々にその言葉が聞こえるのと同時に、ヴィランの身体がブルブルと震え出した。

 

「な、か、から、だ、が……」

「ヒーローショーやっている最中に、騒ぎを起こされると困るのだが」

 

 誰もが声の主を見やった。緑色のベストを着た忍び装束。額当てに口元を覆うマスク。見える瞳は鋭く、ショーを妨害したヴィランを睨み付けている。

 

「ジ、ジライヤ……!」

「ジライヤだ!」

「本体が出てきた!」

 

 ジライヤがゆっくりと腕を動かす。相対するヴィランの手もゆっくりと同じように動き、少年を掴んでいた手が離されていく。解放されたとみるや、すぐさま『シンリンカムイ』が腕を伸ばして救助した。咳込んでいたが、少年に怪我は無いようだ。

 

「早くこのヴィランを拘束しろ。この術はあまり長く持たん」

「お、おう!」

 

 『デステゴロ』がヴィランを取り押さえたところで影縛りを解除。周りの観客から歓声が上がり、そしてプロヒーロー達がジライヤを相手に構えた。

 

「ジライヤ、出てきた以上は逃がさん!」

「気をつけろ、奴の忍術は危険だ!」

「プロヒーローをここに集めろ! 近隣に応援を呼ぶんだ!」

「……はあ、面倒だな」

 

 いつもならショーが終わるまで観客がブーイングを起こすものだが、今日に限ってはそれは低調だ。むしろ、これから起きる戦いを楽しみにしているようだ。やはり前回の影響が強いらしい。

 

 ただ、これだけは言いたかった。言わなければならなかった。

 

「安心するといい。今後ハーレムの術は公共では使わん」

 

 ジライヤの発言にプロヒーロー達はあからさまに安堵の表情を浮かべ、観衆達からは悲鳴のようなブーイングの嵐が巻き起こった。

 

「ふざけんなー! オイラにも生で見せろォー!!」

「やかましいッ! あんな危険な術は禁止だ禁止! 後片付けが大変だったんだぞ!?」

 

 ちなみに、ジライヤはヒーローショーで使った場所は毎回ちゃんと綺麗に掃除していた。それが最低限のマナーだと思っていたからだ。あの血だまりを綺麗にしたのもあの場に残っていたジライヤの影分身達だった。水遁を使っても血は中々落ちないので大変だし、壊れた場所を土遁で直すのも結構大変なのだ。

 

 血涙流して悲しむ馬鹿は放っておき、目の前に集中する。

 状況は良くない。現時点でもプロヒーロー達が多い上に時間が経てば更に増えていく。そうなればショーどころじゃなくなる。

 

(仕方ない、予定変更だ。バルタン、攻撃頼む。AからF班は待機。G班は援護を頼む)

 

 心伝身の術で影分身に伝達。直ぐに警備中だったショッカー戦闘員達がジライヤ本体の下へ駆けつけた。既に術の多用でチャクラがもう殆ど残っていない。手早く良い感じにショーとして纏めなければ。

 

「「「イイーッ!!」」」

『フォッフォッフォッフォッ!』

 

 いい感じにウルトラマンを弾いたバルタン星人は、プロヒーロー達に向かって駆けだした。50mもの巨体を揺らし、地響きの音を立てて向かってくる姿に流石のプロヒーロー達も顔を青ざめさせた。

 だが、震える拳を握りしめ、誰もが迫りくる巨悪へ立ち向かおうとしていた。

 

「くッ、だが我はヒーローだ! ヒーローは決して逃げない!」

「応とも! バルタン星人なぞ返り討ちにしてやらぁ!!」

「その意気は良しや! まとめてバルタン星人の攻撃で散るがいい!!」

 

 観客達から悲鳴が上がる。ジライヤの号令と共にショッカー戦闘員達が飛び上がり、駆け込んできたバルタン星人の鋏が、プロヒーロー達に振り落とされた。

 

「TEXAS SMASH!!」

 

『フォッ!?』

「きゃあッ!?」

「うわぁ!?」

 

 たった一撃。咄嗟に避けたが、巻き起こった拳風にバルタン星人はたたらを踏んで後退し、まともに受けたショッカー戦闘員達が幾つもの煙となって消えていく。

 

 煙の中から現れたその男は、ゴールデンエイジと呼ばれる青をベースにしたコスチュームを纏っていた。

 

「もう大丈夫!」

 

 歩く姿は威風堂々。行く先に障害は無く、V字に2本逆立てた前髪と鍛え抜かれた身体を見せつける。

 

「何故って?」

 

 それは平和の象徴、No.1ヒーロー。

 

「 私 が 来 た ! ! 」

「げぇ、オールマイト!?」

 

 じゃーんじゃーんじゃーん!!

 

「オールマイトだ!」

「今度はオールマイトも来たぞ!」

「凄い、生オールマイトだ……!」

「HAHAHA! 先日はどーも。今日はリベンジさせてもらうよ!」

「クソ、こんな時に!」

 

 現れた救世主に観客達が熱狂する中、ジライヤは冷汗が止まらなかった。既に次の仕事へ向かっていると考えていただけに、オールマイトの登場は予測していなかったのだ。プロレスやっている最中にルール無用のデスマッチ王者が登場したぐらいヤバい。

 

「シンリンカムイ君! 君たちはあのバルタン星人を頼むよ!」

「お、オールマイトが我の名前を……! いえ、はい! みな行くぞッ!」

「行かせると――」

「させないッ!!」

 

 オールマイトが拳を突き出す。ジライヤもチャクラ操作で拳を強化し、そのまま殴り合いになる。拳打の応酬で二人を中心に暴風が吹き荒れた。

 しかし、均衡は長く続かなかった。オールマイトの方が一撃一撃が速く重かった。そして捌き切れず胸に一撃を貰う。あまりにも重い衝撃にジライヤは後ろへ飛ばされてしまう。

 

「ぐぅ……!?」

「HAHAHA、やはり君が本体の様だね。ショーが終わるまで待つつもりだったけど、君が出たなら遠慮はしない!」

 

 やばいやばいやばい――!

 ジライヤは焦った。貰った一撃が酷く痛むが、それよりも、それよりも重要な事があった。

 

(このままでは、ヒーローショーが失敗に終わる!)

 

 影分身には致命的な弱点があった。それは、ダメージを受けると術が解けてしまうのだ。

 ウルトラマンではない、No.1ヒーロー『オールマイト』にやられるならまだ仕方ないと納得できるが、唯のプロヒーローの一撃でやられるバルタン星人。

 そんなものを見せてしまったら、一ファンとして最低の行為だ!

 

(バルタン、俺が行くまで一撃も喰らうな! 全部避けろ!)

(無茶言うなアホー!?)

 

『フォッフォッフォッフォッフォッ!!』

 

 泣き言を叫びながらも街を壊さず、必死になってプロヒーロー達の攻撃を避けるバルタン星人。

 追いかけるウルトラマンもバルタン星人への攻撃がてらプロヒーローの妨害を試みているが、ウルトラマンにもプロヒーロー達の攻撃がちょくちょく飛んできてそれどころじゃなかった。

 これは、拙い。流石にあの巨体で一撃も喰らわないのは至難の業だ。

 

(一撃を与えてこの場から逃げる!)

 

 ジライヤは即座に印を組む。

 忍ぽ――

 

「忍術は使わせないよッ!」

「ぬわーーっっ!!」

 

 一撃で空にかち上げられ、そのまま空中で乱打戦となる。しかし、ジライヤはチャクラの消耗とダメージで精彩に欠き、オールマイトのラッシュに対応できなかった。

 

「SMASH!」

「がっはァ!?」

 

 捌き切れなかったオールマイトの拳が、再びジライヤの身体に突き刺さった。血反吐を吐きながら崩れ落ちるジライヤ――、そのまま大量の符が貼り付けられた丸太にと変わる。

 

「むッ、変わり身の術!?」

 

 起爆符、着火。

 

「うおおおおッ!?」

 

 轟音と爆炎に紛れ、ジライヤはすぐさま離脱した。あの程度の爆発ではオールマイトは怪我などしないし、今のチャクラ量では相手に出来ない。現在位置を確認する。オールマイトに殴り飛ばされたのと互いに動き回った所為でバルタン星人からかなりの距離があった。

 ビルや電灯などを足場にしながら飛ぶようにして駆け抜ける。

 

『フォッ!?』

 

 あ、やっべ。

 そんな副音声が聞こえたときには時すでに遅し。

 攻撃を避けた際にバランスを崩したバルタン星人が誤って並んでいた商品ごと店の一部を踏み潰してしまった。

 

「すまない店主! 後で必ず弁償する!!」

 

 ジライヤは空を見上げて呆然とする店主に一言謝り、その横を抜けていく。

 

(もう少し粘ってくれ!)

 

 駆けながら必死に印を組みあげる!

 

 忍法・影分身の術

 忍法・倍化の術

 忍法・へん――

 

「ドラァァアァァッ!!」

「ギィヤアアァアアアァァッッ!!??」

 

 目の前でバルタン星人がドラゴン、リューキュウに吹き飛ばされた!

 バルタン星人が煙に変わる。絶叫するジライヤの顔に絶望が浮かぶ。

 その時、一人の少年が叫んだ。

 

「まだです! バルタン星人の異名は宇宙忍者なんです!!」 

「なんだと!?」

 

(今だ、本体! 急げ!!)

(ナイスだ、俺!)

 

 忍法・変化の術!

 

『フォッフォッフォッフォッ!』

「分裂したァ!?」

 

 あたかも分裂したかのように煙の中から現れた大量のバルタン星人。よし、どうにかショーの演出という感じに誤魔化せた。

 

(すまん、本体。勝手に動いた)

(いや、助かった。他の奴は?)

(売り子のAと警備のB班以外は集まっている)

(よし、。みんな! このままショーを成功させるぞ!)

((したァ!!))

 

 分身したバルタン星人が全て天高く飛び、地上のウルトラマンへと構えた両腕の鋏に赤と白の光が集まる。

 

「赤色凍結光線と白色破壊光弾ッ!?」

「そんな、あんなものが地上に撃たれたら……!!」

 

 それを見たウルトラマンは腕をクロスさせる独特のポーズを取り、エネルギーをスパークさせる。

 

 そして、両者から収束された光が放たれた。

 光は拮抗し、空中で大爆発を起こした。

 

 そして、これが両者の決着をつける要因となる。

 ウルトラマンが次の技を繰り出そうと動くなか、バルタン星人は必殺の攻撃が相殺されたことに狼狽え、そして大の苦手とするスペシウムの光に怯えて動きを止めてしまったのだ。

 

 ウルトラマンが続けて放った八つ裂き光輪は自在に動き回り、宙に浮かぶバルタン星人を次々と切り裂き、煙とかえていく。

 

『デュアッ!』

『フォッフォッ……』 

 

 最後に残ったバルタン星人は真っ二つになっても飛行を続け、最後の足掻きに絶叫しながらウルトラマンへ特攻。

 たが半身ごとにスペシウム光線で迎撃され、爆発。

 勝利したのは、ウルトラマンだった。

 

「ウルトラマーン! ありがとー!!」

『シュワッチ!!』

 

 ウルトラマンは少女の叫びに小さく頷き、そして空の彼方へ飛び立っていった。

 

「危なかった……」

 

 ドタバタしたが、これにて今日のヒーローショーは終わりである。

 観客からの拍手歓声を聞きながら、ジライヤはその場に膝をついてしまった。忍術の多用とオールマイトとの戦闘で疲弊しきっており、身体が鉛の様に重たかった。

 ひとまずはセーフ。今度からウルトラマンや戦隊ヒーローは広いところでやろう。そうしよう。練習したとはいえ、気苦労が凄い。

 

「ふーむ、ショーは終わってしまったか!」

 

 そこに、オールマイトが飛んできた。他のプロヒーロー達も一緒だった。

 コスチュームがやや煤けているが、怪我一つ負っていない。分かってはいたが、起爆符の爆発を受けて無傷なのを見ると呆れてしまう。

 

「スマンが、もう相手にする元気なぞ無い。帰らせてもらう」

「逃がすとでも?」

 

 オールマイトの言葉に周りのプロヒーロー達も身構えた。

 

「逃がすさ」ジライヤは言った。「別にあれの迎撃をしなくてもいいと思うならね」

 

 ジライヤが指さした先には、今まさにオレンジ色に輝く巨大な火の玉が落ちてこようとしていた。

 それが落ちてくれば、周りへの被害は想像するだに恐ろしい。

 

「むぅん!」

 

 オールマイトの繰り出した一撃で、火の玉は呆気なく掻き消えた。あまりの手応えの無さにオールマイトは訝しんだが、直ぐに思い至った。

 

「――幻術かッ!?」

『その通り』

 

 注目が上に向いた隙をジライヤは見逃さず、逃げ出していた。

 

『今回のショーはここまで! では諸君、サラダバー!』

 

 大声援と拍手が巻き起こる中でジライヤの声が遠ざかっていき、ヒーロー達はまた逃がした事を悔しむのだった。

 

 

 さて、今回のジライヤによる被害はビルのガラスの破損が数枚、家屋一部損壊など。

 損壊した店には後日、差出人不明で賠償金と書かれた札束が入ったバックが届けられたという。

 また件のバルタン星人が踏んで壊れた店舗は建て直しが終わるまでの間、ウルトラマンとバルタン星人が戦っている写真や人形が飾られ、『バルタン星人が踏み潰した跡』としてちょっとした観光スポットになったという。




評価と感想、また誤字脱字がありましたら連絡をお願いします。

2019/09/28 一部文章を修正しました。


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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依2

いつも誤字脱字報告、有難うございます。
やっと書けた。楽しんでいただければ幸いです。


 皇記五六八年一月二八日 午前第九刻 天狼原野

 

 

 轟音と硝煙が、この戦場を支配していた。

 

「なんとも凄まじいですな、これはっ!」

 

 猪口曹長が怒鳴るように言った。連続的に起きている砲声に負けないように、自然と声が大きくなるためだ。

 新城直衛少佐はそれに答えず、後方からの轟音に首をすくめたくなるのを堪えながら目の前の光景をじっと見ていた。傍には愛猫の千早が控えており、今は鳴りやまない砲声を五月蠅そうにしている。それに気付いた新城は小さく笑みを浮かべながら千早の額を揉んだ。

 

 目の前ではいま正に、新しい戦争が行われている最中だった。

 

 北領鎮台所属、独立捜索剣虎兵第十一大隊は野戦陣地の最前線、その左翼を任されていた。剣虎兵、つまりは軍用に調教した剣牙虎(サーベルタイガー)を装備した実験部隊であり、新城はこの部隊の大隊長である。

 

 司令部の予想通り、<帝国>は横隊隊列へ隊形変換を行わなかった。平射砲を押し出し、中隊横列を縦に並べた大隊縦列のまま前進を続けた。

 前進を続け、敵の先方集団が北領鎮台の設定した殺し間へすっぽりと収まったと同時にかき集めた百門を超す新型砲――野戦砲による一斉砲撃が始まった。

 

 翼竜に乗った導術兵の射弾観測と「一里先にある家屋の窓を狙撃できる」とまで言われる高精度の野戦砲、そして完全主義な砲兵達の芸術的な技が合わさり、狙い通りの場所へ撃ちこまれた。

 着弾と同時に榴弾の着発信管が作動、爆発。たっぷりと詰まった玉薬が鉄片と雪と土砂をまき散らし、押し出していた砲ごと敵を粉砕した。 

 

 たった一度の斉射で敵勢は酷い壊乱に陥った。砲撃の射程と威力が高すぎたからだ。

 更に降り注いだ砲弾と轟音、視界を遮る土砂にますます混沌とした状態へ陥っていく。

 

 

 今までの砲は前装式滑腔砲と呼ばれるもので、主に円弾、つまり球体の鉄の塊を撃ち出すものだ。砲の口から玉薬と砲弾を入れ、爆発によって砲弾は砲腔内をゴロゴロと転がりながら飛び出していく。

 砲の種類によって射程は違うが、撃ち出された砲弾はまともに弧を描かず急角度で落ちていく。そして着弾した後も飛び跳ねながら人馬を殺傷する兵器だ。

 

 これはボウリングをイメージすると分かりやすいかもしれない。ボウリング玉が砲弾で、ピンが人。そのボウリング玉が吹っ飛んできて、バウンドしながら向かってくるのだから結構な威力があった。

 他に一昔の手投げ爆弾を大きくしたような霰弾というのがある。これは敵の真上で爆発させ、飛び散る破片や衝撃で殺傷するというものだ。

 

 これらに対し、野戦砲と榴弾は違う。まず野戦砲は<大協約>世界でも初となる、前装式旋条(ライフル)砲だった。

 その名の通り砲内部に旋条を施したものでどの国でも研究はされているが、実用化には至ってなかった。長大な射程を生かせる射着観測や厳密な照準、弾道学などが未成熟であり、また資金の問題など高い壁があったからだ。<皇国>でも研究はしていたが、実用化に程遠かった。

 

 しかし、<皇国>の好事家の須ケ原三郎太と守原英康陸軍大将が関わった事で一変する。かつて熱水機関の実用化を成功させた大富豪で変人の二人が再びタッグを組んだのだ。

 

 近年に復活させた道術兵を用いて射弾観測させ、弾道学等の技術的な問題はわざわざ北領に軍需工場を建て、金に飽かせて大量に造らせた砲を全て使い潰す勢いで砲撃訓練を行わせた事で解決したのだ。

 

 噂では制定までの試験だけで並みの商家なら三つ四つは潰れているほどの資金を注ぎ込んだらしいが、守原大将は顔色を変える事無くこの新型砲を採用し、北領鎮台全体に配備させた。

 

 この野戦砲は大金をかけただけに性能は段違いである。

 性能を生かす事が可能になった事で射程は最低でも今までの倍以上、砲弾は丸球から椎の実形へと変わった事で高精度の砲撃が可能になった。また椎の実形の砲弾は今までよりも大量の玉薬を詰める事ができ、相手を一方的かつ高威力の砲弾を浴びせる事が可能になったのだ。

 

 

 その野戦砲を扱う北領鎮台の砲兵は土塁の壁の中に隠れながらひたすら装填しては撃つを繰り返していた。流れきれない白煙が陣地を覆っている。もっとも、視界が悪くなっても導術兵による通信と観測で変わらない精度を保つことは可能だった。

 常々、守原大将は「砲兵は戦場の神」やら「砲兵とは敵兵ごと大地を耕すのが仕事」と言っていたが成程、これを見れば全くその通りだと思う。少なくとも、いまこの場ではその通りの仕事をしていた。

 

『敵軍接近。騎兵突撃。一個中隊ト推定』

 

 導術士からの通信に北領軍は素早く対応した。

 

「第三砲群、弾種切り替え! 榴散弾!」

「弾種切り替え! 弾種切り替え!」

「榴散弾だッ、急げ!」

 

 一時的に砲撃が止む。同時に、土煙の中から<帝国>騎兵が群れをなして飛び出してきた。一目で馬格が良いと分かる軍馬ばかりで、後ろからは猟兵がまばらになって駆けている。あの砲弾の雨の中でも立て直した部隊がいるらしい。

 未だ戦意は衰えておらず、砲撃が止まった今が好機とばかりに雪原を駆け出す。

 司令官が砲撃に痺れを切らして騎兵に突撃を命じたのか、それとも独断専行なのかは分からない。

 どちらにせよ、その未来は変わらないのだ。

 

 姿を現した<帝国>兵に対し、今度は備え付けた平射砲と塹壕に籠る銃兵の十字砲火が出迎えた。長距離狙撃が可能なライフル銃はその真価を発揮し、瞬く間に敵兵を狙い撃ちにしていく。それでも怯まない。砲弾の爆風と舞い上がる土砂に塗れながら雪原の上を駆け、先に死んでいった戦友達の肉と血を踏み越えていく。

 

 そして少なくない数が鉄条網前までたどり着いたが、飛び越えることはできなかった。

 鉄条網にぶつかった騎兵はそのまま馬から投げ出されるか、柵を嫌がり嘶く馬を宥めようとして撃たれるかのどちらかだった。猟兵も棘に引っ掛かってもたついていた。

 

「先輩、榴散弾というのは?」近くに来た西田中尉が言った。

「霰弾に似たようなものだ。ただ、前方に指向性を持たせてより殺傷力が高くなっているそうだ」

「うわぁ、そうっぽいですねぇ……」

 

 砲撃が再開される。撃ち出された砲弾が敵軍の上空で時限信管が作動。筒から大量の鉛玉がばら撒かれる。胸甲騎兵に帝国猟兵がまるで箒で掃くように薙ぎ倒されていくのを見て西田は顔をしかめた。

 

 榴散弾は対人特化の砲弾だ。その威力は凶悪の一言に尽きる。銃兵大隊全てに直属している銃兵砲中隊、そこで運用される四斤山砲でも敵の頭上で作動すれば、広範囲を薙ぎ払える代物だった。

 

 ただこれは長く続かない。榴弾の製造にリソースが割かれており、また榴散弾は扱いが難しい。信管に刻時器と同じような絡繰を使用していて高価なため、数が揃えられなかったのだ。少し撃ったらまた榴弾に切り替わる事になっている。

 

 僅かな時間で敵は駆逐され、砲撃がまた止んだ。鉄条網の前では人馬が穴だらけになり、肉と血で雪原を赤黒く染めていた。誰一人、突破する事はできなかった。

 

「『柵と壕で陣地を造り、全力で隠れながら火力で叩き潰す』。上もよく考えてますなぁ」

「本当ですよね。こうも事前の予測通りに進むとは思いませんでした」

「色々と考えるのが上の仕事だからな。お陰で僕らも楽ができる」

 

 軽口を言う二人に新城が少し冗談を含ませて答えると、二人は笑いを噛み殺したような顔になった。目の前では戦争をやっているのにこうして部下達と談笑している。それが酷く奇妙でおかしかった。

 

 今も砲撃に負けず<帝国>猟兵が走り、鉄条網を超えられずに倒れて屍の山を築いていく。まるで射的の的だ。だが、この状況を打破するには前進しか方法が無いのを新城は知っていた。

 

 

 <帝国>は現地徴発、つまり村落や敵の倉庫から糧秣を奪っていく軍隊だ。兵は最低限の荷物だけ持って動くから機動力もある。

 

 そして恐ろしいのは精強な騎兵だ。騎兵の攻撃力はその速度からなる衝突力である。けたたましい叫びと馬蹄からなる人馬一体の突撃に歩兵は圧倒され、平静でいられなくなってしまう。特に今回の戦争では<帝国>で獰猛であると謳われる第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊(オストフッサール)まで連れてきている。

 

 故に決戦主義であり、速攻を好む。決戦を行えばその結果は圧倒的な勝利か、壊滅的な敗北のどちらかとなるため、一度の決戦で情勢が決まるのは間違いない。

 

 <帝国>は年中戦争をやっているような超大国であり、軍事技術の蓄積も豊富で兵も精強。率いる東方辺境鎮定軍総司令官のユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナは中々の人物らしい。そうでなくても皇帝の血縁者だ。優秀な参謀や顧問団ぐらいは付けているだろう。

 

 これに対して<皇国>がまともな戦争をやったのは二十四年前の東洲の内乱の時だ。その後はちゃちな田舎貴族の蜂起や野盗の群れとやり合うだけで、大規模な軍事行動は無かった。今回の戦が初陣だという将兵も多くいる。

 

 これらを考えれば、まともにぶつかれば勝つのは難しい。

 なら、決戦をしなければいい。そして鎮台は野戦築城を行った。

 

 この野戦陣地は塹壕と土嚢、そして鉄条網で出来た要塞だ。<帝国>ご自慢の騎兵も天狼原野一面に張られた鉄条網によって突撃を封じられている。騎兵の速度が無くなってしまえば人馬の突撃による心理的な圧迫感も無い。唯の置物となる。

 

 ならば鉄条網を排除すればいいのだが、これには専用工具を持った歩兵か、爆薬を取り付けて破壊するしかない。鋭剣や馬、砲撃でどうにかなるような代物ではない。

 

 それに、この野戦陣地の改良を手伝わされたのが自分の大隊なのだ。守原大将直々の命令で鉄条網と塹壕線の野戦陣地を訓練の一環として何度も攻め込んでおり、これの厄介さはうんざりするほど分かっていた(新城だけでなく、伊藤中佐の騎兵大隊や他の銃兵部隊も生贄となった)。

 

 城攻めに必要なのは攻城兵器と大量の歩兵、そして円匙(シャベル)。特に円匙がいる。これでジクザクに塹壕を敵陣近くまで掘り進め、そして砲撃と共に突撃する。

 

 しかし、今は冬季。雪と凍った大地を掘るのも一苦労だ。また身軽さを至上とする<帝国>猟兵全員に円匙を装備させているとは到底思えない。

 

 つまり、現状では騎兵は無用の長物である。糧秣を馬鹿食いし、<帝国>軍の貧弱な兵站を圧迫する。

 <帝国>も策源地である奥津湾から次々と物資を揚陸させているが、ここは<皇国>領だ。初歩的な発想があれば<皇国>水軍――東洋海艦隊が北上し、奥津湾を封鎖してくると考えるだろう。

 そうなれば<帝国>の兵站は崩壊し、海と陸で挟まれることになる。

 

 準備不足かつ時間もない<帝国>は、これらを避けるためにひたすら力攻めをして突破するしか無い。

 

 鉄条網と塹壕によってどこを攻められても十字砲火になるように造成され、大量の火砲を有する要塞を、だ。

 

 しかもこの後方にある北府と軍需工場から新品の小銃や砲に糧秣もどんどん届く。弾薬の欠乏と明日の飯を全く気にしなくていい。

 

 時間が経てば経つほど<皇国>が有利になる。<帝国>もそれが分かったのか、最初の突撃以降は騎兵を動かさず猟兵のみの突撃に切り替えている。

 となれば、次に来るのは歩兵支援。

 

「敵陣地から砲煙を確認!」

「退避!」

 

 新城は即座に号令を出した。<帝国>砲兵の布陣が完了したのだ。指揮下の兵達が掩体壕に駆け込んでいくのを見やり、それからゆっくりと入った。指揮官としての見栄と、慌てれば恐怖で足をもつれさせると分かっていたからだ。その後ろを千早が歩く。

 

 千早が掩体壕に入った頃に爆発音が響き、バラバラと破片が塹壕内に飛んできた。霰弾だ。音が小さい事から騎兵砲か小口径の擲射砲で撃ち込んでいるらしい。身軽さを優先したのか重砲は持ってきていないようだ。射程ギリギリから撃っているなら砲弾のブレも大きく、霰弾が塹壕の中へ転がってこない限りは大丈夫だ。

 

「これだったらすぐに止むかな、千早」

 

 今頃は上空から俯瞰している翼竜と導術士が<帝国>の砲撃陣地を探しだし、位置を伝達していることだろう。そうなれば砲兵達の反撃が始まって砲弾の雨を叩きつけられることになる。

 

 新城の入った掩体壕は前線司令部を兼ねているため通常よりも頑丈に造られ、そして広い(といっても、兵達のよりちょっとマシなだけだが)。椅子に座ると懐から細巻を取り出し、小刻みに震える手で火をつけた。うん、南領の最高級品なだけあって美味い。香りと味を楽しみ、煙を吐き出す。同時に、子供の頃から妙に自分に絡んでくるしかめっ面の司令官を思い出した。

 

 

 新城と守原英康の出会いは、新城(この時は「直衛」という名しかなかった)が駒城の屋敷に住むようになって暫く経った時だった。

 駒城は特に貴族然とした守原とは何度も対立している仲だった。

 そんな状況下で駒城の屋敷へやって来たのが、当時三十代半ばで色々と有名だった守原英康だった。

 

 守原で唯一衆民から受けが良いとされる英康はこの日、自身が携わる商会の視察の帰りに近くを通りかかったため挨拶しに来たと言った。どう考えても、噂になっている二人を見に来たというのが丸分かりだった。

 挨拶もそこそこに、二人に会いたいと英康が切り出した時は流石の篤胤も顔を顰めた。

 

 守原家の当主の弟でありながら英康は駒城と仲良くしようと動き、また商売でも何かと融通してくれる(何故なのかは誰も分からなかったが)人物だった。また守原は家風なのか、隠し事せず素直に動く。お陰で謀略がやりやすいが、この場で直球で言われると篤胤も断れなかった。

 

 篤胤は家令に二人を呼びに行かせ、英康に挨拶をさせた。

 

「二人がその子供達ですか?」

「そうですな」

 

 子供が見れば泣き出してしまう恐ろしい形相に、蓮乃は怯えた表情を浮かべ、直衛はじっと見つめなおしていた。

 

「ふむ、成程」英康は言った。「良き子達だ。己の顔を見ても泣きださない。それと、そちらの男子は人を選ぶが、美女にはモテそうだ」

 

 泣きださないというのは分かるが、その後の直衛へのよく分からない批評にこの場にいる誰もが微妙な表情を浮かべる事になった。

 

 これが英康と新城の出会いであり、奇妙な関係の始まりでもあった。

 

 時折駒城の屋敷にやってくる際には必ず土産を持ってくる。それは茶菓子であったり、流行りの品だったりと様々だ。これに当初は蓮乃が気に入ったのかと駒城の面々は考えたが、英康自身が全力で否定した。

(ただ後に英康が何十歳も年下の女子を妻にした事からやっぱり蓮乃を見初めていたのでは、という噂は絶えなかった)。

 

 特に新城には様々な書物を与えるなど、傍から見れば育預相手になぜそこまでするのかが分からないくらいだった。

 新城は子供の持つ冒険心からなぜ自分にここまでするのですかと直接訊ねたことがあった。英康は気に入ったからと答えた。あと、子供の内は貰えるものは貰っておけ。将来に役立つかもしれんと言った。

 

 新城は趣味が悪いなと思いつつ、まあ本は貰えて嬉しいし、なにより悪い気はしなかった。顔が恐ろしいのを除けば唯の気の良い人であったからだ。

 

 その後、守原との関係は新城が特志幼年学校へ行った事で疎遠になったが、新城が陸軍将校になって北領に配属される際に再会する事になった。

 

「久しいな」

 

 北領鎮台、司令長官室。この部屋の主である守原英康は相変わらずの凶相だった。以前会った時よりも、眉間の皺は深くなっている気がした。

 

 英康は椅子に腰かけたまま軽く手を払った。

 侍従官達も慣れた様子で、直ぐに用意していた茶器を置いて一礼して外へ出ていく。残るのは英康と彼の老剣牙虎の真改、そして新城だけだった。

 

「座れ。黒茶でよいか? 細巻は机の上から取れ」

 

 変わらないな、この人は。新城は思った。

 昔から英康は内密な話か、親しい客を持て成す際は自らが茶の用意をする。さて、今回はどっちだろうか。まあ確実に内密の話だ。面倒事だろう。何せ新編する部隊の為に強引に引き抜いたと義兄から聞いているからだ。

 

 憂鬱な気分になりながらたっぷりの詰め物をされた柔らかい椅子に座り、遠慮なく机の上にある細巻を取る。さすがは五将家一と謳われる金持ちだ。南領産の最高級品だった。噛めば良い香りが鼻を駆け抜ける。

 

 ふと、自分の姿を見て思う。椅子に深く腰掛けながら高い細巻を吸い、北領鎮台の司令長官が入れた黒茶を待っている。まるで自分が皇主になったような気分だった。ああ、これは楽しい。

 

 気分が良くなったところで黒茶が出てきた。短くなった細巻を捨てる。英康の商会が輸入している<帝国>の白磁の茶器に炒って荒く挽いた西領豆の黒茶。やはり美味い。

 互いに茶を飲み、一息ついたところで英康が切り出した。

 

「新城少佐。貴様にやってもらう事がある」

「はい、大将閣下。いいえ、自分は大尉であります」

 

 新城の畏まった態度に英康は目を瞑り、眉間の皺をほぐし始めた。

 

「何のために人払いしたと思っているのだ。堅苦しいのは嫌いなのだ」

「……辞令では大尉の筈ですが?」

 

 やはり面倒事だと露骨に嫌そうな表情を浮かべ、新城は言い直した。昔から目の前の人物は砕けた口調を好む。そうしてやるとしかめっ面のままだが、少し和らぐのだ。

 

「私が引き上げた。後で新しい辞令を貰うといい」英康は続けて言った。「北領鎮台での賞罰はある程度好きに出来る。あと、五将家というのは何処にでも伝手があるからな」

 

 あまり知りたくなかった言葉だ。つまり目の前の人物が好きに出来る訳だ。物事が自分が知らないところで動いているのが分かり、新城は不機嫌になった。

 それを感じ取ったのか、英康は続けて説明した。忌々しそうな、言葉にするのも嫌そうな口調だった。

 

「私だってこんな馬鹿げたことなぞしたくはない。だが時間が無いのだ」

「どういう事でしょうか?」

「端的に言えばだ。恐らく数年内、早ければ来年には帝国と戦争になる」

 

 思わず顔を顰めた。やっぱり碌でもない話だった。

 

「新城、帝国の経済状況は知っているか?」

「はい、閣下。いいえ、自分には分かりません」

「そうか」英康が言った。

「少し経済の事にも目を通しておくといい。私の様にいくらか金を儲けていると老後は自由に生活できる」

 

 貴方は幾らかどころかじゃないと思いますが、という言葉が口に出かかったのをグッと堪えた。言ったところで目の前の人物は声に出して笑うと思うが、流石にそれを口に出して試す気は無かった。

 

「<帝国>は巨大な国家だ。ツァルラント大陸の大半を支配する大国であり、千年もの歴史を持つ。皇帝と一部の大貴族が巨大な権力を握り、国を動かしている。ここまでは良いか?」

 

 新城は小さく頷き返した。

 よろしい、と英康は頷き、黒茶で喉を潤してから再び喋り始めた。

 

「しかし、経済を見れば大国なだけあって巨大だが、それに見合った強さが無い。二十人ほどの大商人が権力者と結託して帝国全ての経済を握っており、また農奴制を敷いている。これは各地で反乱を起こされないように意図的に地方の経済を貧弱にしている面が大きい」

 

 これが<帝国>と<皇国>の違いであった。

 歴史、気質、風土の違い。様々な要因があるが、一番の違いは絶対的な権力で国を治めているか、どうかだろう。

 <帝国>は一番強い、つまり最も軍事力がある者が皇帝である。

 <皇国>は敬意というあやふやなもので上に座っているのが皇主である。

 

 <皇国>の皇主は将家によって権力を取り上げられ、その将家も今では力を失いつつあった。五将家による統一後、天領における支配が緩み、それに対処するための法案が逆に将家や豪商といった支配者層を弱体化させた。押さえつける存在が弱くなった結果、衆民が力をつけて表に出てくるようになった。そうなれば彼らにも欲が出てくる。街に衆民向けの商品が出回るようになり、伝統的な支配者層しかいなかった官僚団に衆民が入るようになった。ますます将家が弱まり、衆民が力をつけていく。

 

 つまり<皇国>は、支配層による統制が緩んだから衆民が台頭し、経済発展を遂げたのだ。もっと言えば、<大協約>世界においていち早く中世から脱却し、近代化してしまったのだ。

 

 急速に経済発展していく中で商人達は競争の中で生き抜き、そして合理化と合併を行って強くなった。そして体力がある商会が販路を求めて外へ目を向けるのも当然だった。

 

 より豊かな生活を、より多くの富を求めて<皇国>の商船団が世界中を駆けまわった。特に<皇国>の回船問屋はそれまでの常識からすれば格安の料金で輸送を行い、そして原料を輸入して加工品を売る加工貿易を始めた。これは<帝国>の貧弱な経済では賄いきれない需要を満たしていった。

 

 しかし、近代と中世では考え方が合わず、歪みが出てくる。

 そして起きたのが<帝国>経済の悪化であった。まるで日米貿易摩擦と同じような結果を生みだした。

 

 回船問屋による輸送費の安さと熱水機関の発明、そして合理化で生み出された高品質低価格の<皇国>産の品物が<帝国>産を駆逐し、産業の壊滅に追い込んだ。街には失業者が増え、治安が悪化した。特に貧弱なままで置かれた地方は大打撃を受けた。

 それでも取引を今更止める訳にはいかない。そのため正貨、つまりは金で取引するようになる。

 <皇国>の品を買うため、<帝国>は大量の金を吐き出すことになったのだ。結果、<帝国>は正貨不足による産業の停滞、物価の下落を引き起こした。金が無いから物が買えず、また金の代わりに物納が増えたためだ。

 これだけならまだどうにかなった。だが、止めを刺したのは彼らの経済方策だった。

 

「正貨不足を理由に改鋳を強行したのだ。いくら国が価値を保証しても、鉄屑が金と同価値になる筈がない。貴族や商人たちは改鋳前の正貨を溜め込み、更なる正貨不足と価値の下落によって物価の高騰を招いた。お陰で経済は悪化の一方だ」

 

 更に悪循環は続いた。彼らは産業の停滞による高い失業者率を抑制するために強引な雇用創出を行い、賃金上昇による更なる物価上昇を招いた。これを見て一部の貴族や大商人達が穀物の値を釣り上げた。大量の輸入品によって実質的な資産が目減りしたため、その補填をしようとしたのだ。

 

 これに対する解決策は一応はある。農奴制という構造の歪みが赤字を生み出しているのだから、今の体制を効率化し、堅実に経済成長すればいい。そうすれば自ずと均衡がとれ、物価も落ち着く。

 しかしこれが出来る筈がなかった。支配者層が自らの既得権益の解体、即ち衆民の未来の為に自死を強要するものだからだ。

 

「それで皇国、という訳ですか」新城が呟いた。

「そうだ。金が流出するのは皇国の商船が原因。しかも新興国で国土も小さく兵数も少ない。うまくやれば世界中に張り巡らされた皇国の商業網も手に入る。帝国からすればいい事尽くめだ」

 

 最も、皇国を手に入れたところで良くなる筈がない。だが多少の延命になる。民衆の不満を少しでも解消でき、戦争もまた経済活動であるから新しい雇用も生まれる。

 何より、彼らにとって戦争とは馴染みのある分かりやすいものだった。

 

「今まで強盗殺人で生活してた者が、金が無くなったから真面目に働くと思うか?」

「いえ、全く思いません」

 

 これが全てであった。

 

「だから戦争なのだ。支配者には未来よりも今が大事だからな」

 

 成程、分かりやすいと新城は思った。

 しかし、なぜそれで自分が巻き込まれなきゃいけないのか。自分はしがない陸軍将校で、確かに五将家の駒城と繋がりがある。だが所詮は東洲の孤児で育預だ。駒城からの支援を求めるなら意味をなさないだろう。自分を育てた駒城親子は情の厚い方々だが、家と個人の利益を考えるなら家を優先する人種でもあった。

 

「駒城との支援も貰えれば嬉しいがな。だが、いま必要なのは貴様の才覚なのだ」 

「はぁ」

 

 ますます分からない、といった表情で新城は返した。

 はて、そんなものがあったか。人への嫌われやすさと顔なら目の前の人物にも負けない自信はあるが。

 英康は机の上の横にどけると地図を広げ、その上に駒を置いた。

 

「鎮台は三万。<帝国>軍は二万と仮定。場所は天狼原野。どちらも行軍隊形で移動中。予想会敵時刻は二刻後。これを受けて鎮台は銃兵旅団が横隊へ隊形変更。騎兵は両翼に突撃準備隊形で待機。砲兵は適当な場所に布陣。射程は一里としよう。<帝国>は猟兵が大隊縦列。騎兵は両翼に配備。砲は移動速度を優先して平射砲に小口径の擲射砲のみ。貴様が<帝国>ならどうする?」

 

 英康が見せたのは、原作でおきた天狼会戦と同じ構図であった。

 

 新城は一瞬面食らった表情を浮かべたが、直ぐに地図をじっと見つめた。

 <帝国>軍は数が少ない。なら、まともにぶつからず先手を取ってしまおう。隊形を変更せず突っ込ませて火力を集中させる。隊形変更中の鎮台横列は素晴らしく大きな的だ。逆にばらけている<帝国>軍からすれば火力が分散している。

 いや、難しいか。散開しても戦える兵なぞ、育成に時間と金の負担が大きいものになる。帝国という大国となればそれが顕著だろう。

 しかし、他の方法では勝つのは難しいか。

 

 そこまで考えて、新城はなにを真面目に考えているのだろうかと思った。どうせ聞かれたから答えるだけなのだ。話も個人的な内容。これが気に入らなくても特に何かやる人でもない。言うだけ言ってしまおう。これ以上考えるのが面倒になったともいう。

 

「……僕が<帝国>指揮官なら、そのまま突っ込ませます」

「ほう、続けろ」

 

 新城は地図の上の駒を動かした。

 

「まず先手を取るために平射砲を前面に押し出して攻撃。その後は隊形変更せず、猟兵による大隊ごとに突撃を行います。そうすれば横隊のままの鎮台は碌に救援に動けず、火力も分散しています。逆に<帝国>軍は火力で圧倒できます。その後、頃合いを見計らって騎兵を突撃させ、止めをさします」

 

 これを聞いた英康は笑みを浮かべた。それは眉間の皺と相まって悪鬼の様な顔だった。相変わらず怖い。正面から見てしまった新城は背筋からぞわりと這い上がるような感覚に首をすくめたくなった。

 

「やはり貴様は良いな。その通りだ」

 

 新城が語った内容は、原作において<帝国>指揮官だったユーリアが行ったものと同じであった。

 

「私も<帝国>ならば貴様が言った通りにやる。そもそも長大な横隊隊形なぞトロいうえに巨大な的だ。意味がないわ」

 

 どうやら気に入る答えだったらしい。新城はそう判断した。

 

「……司令部の参謀を集めて先と同じものをやらせたのだ。貴様と同じような発想に至ったのが草浪大佐だけだ。酷い奴になれば鎮台の行軍時の見栄えに勇壮な号令を見れば<帝国>軍はたちまち瓦解するとほざいたわ」

 

 ああ、うん。それは酷い。

 こめかみを押さえる英康に新城は同情した。

 ただ、他の参謀達は仕方が無いだろう。鎮台はここ百年で常識となった戦術通りに動いており、まったく妥当のものだ。それ以上でもそれ以下でもないが。新城のやり方はまともな方法では無い。まともにぶつかれば数が強い方が勝つ。当たり前の事だった。むしろ自分と同じように動かしたという草浪大佐が気になるぐらいだ。

 

「まあ、帝国への対策はいくつか考えてある」英康が言った。「しかし、備えは幾らでもあっていい。自由に動かせられる部隊が一つでも多く欲しいのだ」

「それで自分、という訳ですか?」

「そうだ。先程の発想と、剣虎兵学校での経験があれば問題無いだろう」英康は言った。

「現在、独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長に空きがある。貴様にはこれを率いてもらう」

 

 大隊長、と聞いて新城は再び面食らった表情を浮かべた。

 

「確かに、僕は剣虎兵学校にいました。しかし、大隊の指揮運営の経験はありません」

「大隊運営については少々学んでもらうが、そこまで気にしなくても良い。そも、剣虎兵自体が新設されたばかりで他に詳しい奴なぞいないのだ。これを編成した際に動物を扱うからと騎兵将校を無理やり大隊長にしようとした奴がいるぐらいだ」

「それはなんとも」どうでもよさげな声で新城は言った。

「ただ、その案は私が潰した。その騎兵将校はそこそこ有能でな。騎兵部隊を率いてもらわんといかん。あとは大隊長だけだが、傍から見れば左遷でやる奴がおらん。だから、貴様を引き抜いたのだ」

 

 成程、もうお膳立てはされているのか。剣虎兵学校へ赴任した際に大尉になっただけでも自分には早いと思っていたが、まさか少佐になって大隊長とは。異例の昇進だろう。

 

「貴様の大隊は司令部直轄の独立部隊になる。私以外に上官はいない。定数は八百。これ以外は好きにやれ」

「好きに、とは?」

「言葉通りだ。人員や装備はある程度揃えているが、気に入らない奴がいたら飛ばしても構わん。代わりを送ってやる。足りないものがあれば全て用意する」

 

 新城にしては珍しく、一瞬呆けた顔になった。目の前の人物が何を言っているか理解できなかったのだ。

 

「……何故、ここまで良くするのです?」

 

 険しい表情で新城は言った。大隊を動かせられる喜びはすっかり消えている。それ以上に疑念が強くなっていた。

 餓鬼の頃は気に入ったからと言っていたが、それだけで大隊を任せるような人物ではない筈。でなければ陸軍大将にはなれないし、ましてや<皇国>有数の商会を作り出すことも出来ない。そのような甘い世界では無いと新城は考えている。

 しかし、いくら考えてもその理由が分からなかった。

 

「ふむ、理由か。この実験部隊は私が始めたもの。失敗したくなかったのが一つ。馬鹿に任せたくなかったのが一つ。あとケチ臭いのは嫌いだ。そして何より、私が知る中でこの部隊を使いこなせるのが貴様しか思いつかなかった」

 

 返ってきたのは、最大の賛辞だった。

 英康は原作を知っているからだが、新城からすれば全く違う意味になる。

 馬鹿ではなく、失敗しないこと。つまりは「兵を生き残らせつつ、いかに戦果を上げられる」ことが出来ると言っていた。これは新城のモットーと同じであった。

 

 剣虎兵はその獣染みた戦闘力と機動力から隊列を組めない。また強襲や奇襲には最適だが、その機動力ゆえに部隊がバラけやすく、部隊の分断、各個撃破の危険を孕んでいる。

 また第十一隊の特性上、複数の兵科を有する諸兵科聯合部隊であり、指揮が複雑になりやすい。通信を行う導術兵を活用する必要があるが、これも新しい兵科であり、うまく使わないといけない。

 そして剣虎兵は他と違って補充が難しい兵科だ。人は他から引っ張れるが、猫は調教が間に合うかどうか。名誉と戦果は上げたが、部隊は壊滅しましたでは全く意味がない。

 

 そこまで考えて新城は思い出した。

 目の前の人物は騎兵将校ではあるが、剣牙虎を調教し、猫と共に銃兵が隊列を組まず強襲する戦術を考え、実践した人だった。

 ああ、だから隊列をボロクソに言ったり、剣虎兵を知っている人物を大隊長にしようとしているのか。

 その上で兵を無駄死にさせず、かつ様々な兵科の運用が出来る。これに新城が最適だと判断した。そう言われたのだ。

 

(これは、うん。聞いといてなんだが恥ずかしいな)

 

 罵声や嫌味には慣れていたが、褒められるのは慣れていなかった。思わず頬を掻いて苦笑いしてしまう。ちょっとした思いつきが浮かぶ。

 

「……昔から思っていましたが、趣味が悪いですね」

「今更だな」英康は即答した。そして、顔を歪めた。「それに、お互い様だろう?」

 

 互いにまじまじと見つめ、そして声を出して笑った。失礼しました、と新城は言った。顔には笑みが浮かんでいる。

 

 どうにも、調子が狂う。ここに来てからずっと良い気分のままだった。

 しかし、悪くない。大隊長か。陸軍将校において大隊長ほど「楽しい」職務は無いと言われる。

 新城もその考えに賛同していた。自立性が高く、戦場にいると実感しつつ部隊を動かせられる。自分が指揮する大隊その光景を思い浮かべ、自然と頬が緩んだ。

 それを見た英康も、笑みを浮かべた。心なしか、眉間の皺も薄くなっていた。

 

「さて、では何だったか……。そう、部隊の話だ」

 

 新城は居住まいを正した。

 

「先にも言ったが、好きにやって構わない。だが、時間は余り無い事だけは覚えておけ」

「は、分かりました」新城は言った。「ところで、最新の銃火器や猫だけでなく、怯えない軍馬を持っていっても?」

「構わん」英康が言った「私が全て責任を持つ。遠慮なく好きなだけ持っていけ。足りなければ内地から取り寄せる。文句を言う奴がいたら私が潰しておく。戦争ではこき使うことになる。思う存分、やってくれ」

 

 了解しました、と新城は敬礼で答えた。

 

 それからは早かった。  

 新城が着任した大隊は最初からある程度は好みに合わせていたのか、兵は命令をよく聞き、士官の質も悪くない。また幼年学校で付き合いのあった面々も部下として配属されており、新城は気を良くしていた。

 

 新城の気を更に良くしたのが支給された物の数々だった。兵器は英康が言う通り全て最新式だった。鋭兵ですら充足できていない新品のライフル銃と新型実包を大隊全員分に調教済みの剣牙虎、騎兵砲に代わる最新の四斤山砲、猫に怯えない軍馬とたっぷりの糧秣。更に真新しい冬期用の軍服に携行用のストーブに黒茶や酒と至れり尽くせりだった。

 

 あまりの待遇の良さ(と、この世の地獄のような訓練)に兵達が驚き、何やったんですかと何人も新城に訊ねてくるぐらいだ。

 これに対し、新城は笑って答えた。

 

「僕は言われた通りにやっているだけだ。どうしても聞きたいなら、僕の上司に言ってくれ」

 

 理由を聞きに行ったものはおらず、また新城は自分の部隊を作り上げた。

 

 そして、新城とその部隊は最前線で活躍する事になる。




感想、評価、そして誤字脱字がありましたら連絡をお願いします。

「皇国の守護者」は書くとしても北領戦まで。あと2話ぐらい。どう考えても帝国が勝つ手段が思いつかない。
 
 絶望的な状況で悪戦する魔王様を書きたかったけど書けない。こんなん魔王じゃねぇと思うかもしれませんが、どうかひとつ。



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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依3

いつも感想、誤字報告ありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。


『発、司令部偵察騎。宛、鎮台司令部。伝達、敵砲群発見。ロー五』

「司令部より第一砲群へ伝令を出せ。ロー五へ効力射を開始せよ」

 

 開戦から二刻経った第十一刻。<皇国>北領鎮台の司令部である大天幕内には、奇妙な静けさがあった。

 中央にある折畳式の机には天狼原野の地図が置かれ、その前には司令官である守原英康と司令部付きの参謀達が立ち並んでいた。

 導術士が通信を読み上げる声と、グリッド座標の書かれた地図の上に駒を置く音だけが響いていた。

 

 グリッド座標とは現代の地図なら普通に見られる縦横に線が引かれ区画割りしたもので、鎮台は陣地構築の際に綿密な測量と試射を行って製作したものだった。

 従来の砲は短射程と実体弾を使う事から直接標準が主流(近くの見える敵に撃つ)であり、間接射撃(遠くの見えない敵へ撃つ)の場合は「あのあたりに砲撃」という曖昧な命令によって行われていた。そのため広範囲に攻撃できる霰弾を使用していたが、それでも距離、方角、仰角など全てが砲兵のカンと経験で行われていたため間違いやズレも多く発生していた。

 

 だが、グリッド座標ではたった一言で済むようになる。

 この場合であると地図で「ロー五」を探し、自分の位置からの距離と方角、必要な仰角を確認して砲を調修正、砲撃すれば良い。従来よりも遥かに早く攻撃する事が可能になっていた。

 勿論、これでも完全にズレを直す事は出来ないが、通常編成より遥かに多い野戦砲の数と榴弾か榴散弾による範囲の広さでカバーしている。

 

 要するにだ。敵がいる場所を根こそぎ吹き飛ばしてしまえばいい。火力によるゴリ押し万歳である。

 幸いなことに、<皇国>は歴史な要因(五将家が味方を増やすため地方共同体に大きな自治権を与えたため下手に徴発が出来ない)で兵站を重視している。また兵站部の梃入れもしており、北府からの距離が近いこともあって膨大な弾薬を支えることが出来ていた。

 

「……敵に同情しますな。これは」

 

 ようやく参謀の一人が呟くと張り詰めていた空気も緩み、周りの人間も息を吐いて口々に言い合う。

 

「まったくだ。帝国軍が前進できていない」

「演習で分かっていたつもりだったが……」

「うむ。あの演習結果も酷かったが、それ以上とは……」

 

 <帝国>侵攻前、可能な限り実戦に近い演習ということでこの造り上げた塹壕線に多くの将兵が挑み、そして返り討ちにあっていた。

 当時はまだ造ったばかりで貧弱な部分もあり、更に「あまりにも死傷者が多すぎる」ことから一度審判をやり直し、被害を低めに見積もった内容にして再開。

 

 それでも塹壕線の見た目と不理解から真正面から突撃し、そして見事な全滅を見せる部隊が続出。

 攻略できたのはこれを恐ろしいほど頑強な要塞と見抜き、「雷壕(ジクザクに掘削した塹壕)を掘り進め、短時間からの砲撃後に突撃」という正解に辿り着いた新城の剣虎兵大隊と、それを真似た一部の部隊のみ。

 

 新城の場合、まず嫌がらせ程度(四斤砲では壊せないため)の砲撃支援の下で円匙(シャベル)を持った銃兵を先行させ、幾つものの塹壕を掘り進める。鉄条網は爆破。近づいたのち、分解して運んだ四斤山砲による短時間の集中砲火を開始。その際、煙幕弾も撃ち込んでおく。爆発と煙で守備側を混乱状態に陥らせ、その隙に剣牙虎と共に塹壕内へ突撃。小隊ごとの独自判断で動きつつ肉弾戦を行う。また強固な火点は無視し、とにかく前進して目標である守備側の司令部を攻略、というものだった。

 

 前世の、第一次世界大戦時にフランスで考案された戦闘群戦法と同じような動きだった。だがそれでも攻略できただけで、部隊の半数以上が死傷判定を受ける全滅状態だった。

 

 なお、塹壕線を突破されたという事実は造成した工兵部隊の矜持を大いに傷つけられたらしく、司令長官に願い出て昼夜問わない工事で更に増設し、凶悪になった塹壕線が出来上がることになった。

 「これならどうだ!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた工兵部隊に対し、新城は引き攣った笑みで答えたという。

 

 この出来上がった塹壕線を試験する前に<帝国>軍が襲来したため、また演習ではない実戦でどの程度に使えるか殆どの者は分かっていなかった。

 そして、その凶悪さを誰もが目にすることになる。

 

 会戦が始まって二刻。既に三度の突撃を受けている。だが演習で全滅した鎮台の部隊の様に、<帝国>軍は塹壕線どころか鉄条網を突破できずにいた。

 

 この時代の攻城戦は大別して二つ。まずは新城の様に塹壕を掘り進めること。もう一つは力攻めである。まず味方の砲撃で援護を受けながら突撃発起線(つまり、陣地から五十間の位置)まで近づき、準備が整ったところで号令と共に横隊で突撃する。この時期の銃の有効射程が五十間、施条(ライフル)銃で百間であるからこれが常識となっている。

 

 しかし、防御側である鎮台の在阪六四式施条銃(ミニエー銃)新型実包(ミニエー弾)を使えば有効射程は三百間である。

 つまり<帝国>軍は、突撃発起線に近づく前から射撃を受けることになる。しかも鎮台は「塹壕と土塁で身を守っている」という心理効果で射撃命中率も高い。

 更に言えば開戦時から景気良く撃っている野戦砲は射程が最低でも二里。最も長射程の十六斤野戦砲なら三里はある。そして威力も高い。

 結果として、北領鎮台は緒戦としては申し分ない、いや異常な戦果をあげていた。

 だが、新たな不安材料も出ていた。

 

「導術兵の消耗が早い。このままでは早晩に射弾観測も部隊間の通信も全て途絶えてしまうぞ」

「それだけではない、観測によれば後方の<帝国>軍が既に立て直し、こちらの射程外に逃れている」

 

 この二つである。

 まず導術だが、これは導術兵はまだ新しい兵科の上にここまで大規模に使ったことが無いのが理由だった。導術は同時に使うと混線しやすく、また連続行使によって疲労が溜まりやすい。

 それは今までの経験から分かっていたため、多くの導術兵をかき集めたが二刻の内に二人が術力行使による消耗で失神している。戦場でのストレスと、行使に慣れていない若い兵が多いことも要因の一つだった。

 こちらは上空からの射弾観測と緊急連絡以外はとにかく休ませるしかなかった。導術士は額に銀盤を埋め込んでおり、これが曇り、黒くなればなるほど疲弊していると分かる。この状態で無理させれば最悪死ぬ。戦線が安定している今は無理させるような状況では無かった。

 

 そして、拙いのは<帝国>軍の判断の速さだった。開戦から三度の突撃を行い、無理と分かるや全軍を砲の射程外へと後退させている。お陰で景気良く撃っていた砲群は今は落ち着き、後退支援だろう<帝国>軍の砲陣地潰しと嫌がらせ程度しか出来ていない。

 

 ただ砲撃に恐れをなして潰走しただけかも知れないが、こちらの砲撃の中でも生き残り、壊乱した軍勢を立て直したのは事実だ。これは<皇国>の様な導術による通信体系が無くとも<帝国>の将校たちの自らの頭脳と献身だけで行ったということであり、部隊運用能力が非常に高いと示していた。

 

 「敵ながら天晴れ。お陰で一個旅団程度しか潰せなかった」と一人が悔しながら<帝国>を讃え、周りも同意する。一個旅団と言えば四千、侵攻してきた兵の二割になる。誰も彼もが戦争で感覚が麻痺していた。

 

「失礼します。閣下、報告があります」

 

 天幕へ戻ってきた怜悧な男が言った。今回の戦争に英康が参謀長として参加させた草浪道鉦大佐だった。後ろには兵站参謀の有坂大尉もいる。実直な軍務が評判の男の顔が険しいものになっているのを見て、英康は嫌な予感がした。

 

「どうした?」

 

 努めて平静な声の英康の問いに有坂は一礼し、報告した。

 

「第一、第二砲群の弾薬が足ません。特に十六斤砲はこのままだとあと二刻で完全に射耗するとのことです」

 

 これに司令部は騒然となった。

 

「馬鹿な、砲群には各砲に五基は配備した筈だぞ!」

「まだ二刻だぞ、それで半分は撃ち切ったというのか」 

「直ぐに北府へ伝達せねば。砲弾が無ければ負けるぞ!」

 

 やはり、か。騒がしくなる中、英康は一人嘆息した。予想出来ていたからだ。

 <皇国>陸軍では過去の会戦の結果から銃兵一人に百五十発分、大砲一門に百二十発分を配備していた。この数で一基としている。しかし、これでは足らないと英康が口を出し、一人に五基、一門に十基は揃えろと命じた。原作では一会戦で千発、前世の世界大戦では万単位で消費すると覚えていたからだ。

 これに司令部要員は唖然とし、兵站部が悲鳴を上げたが今の状況を見ると全く正しかったのだ。

 

 しかし、これを完全に叶えることは出来なかった。予算が無い。それだけでなく、他の五将家や執政府からも横槍が入ったのだ。

 これ以上守原に好き勝手されたくないという理由もあったが、彼らは二十四年前の東洲の内乱を思い出したのだ。

 

 東洲は裕福な土地だった。良質の鉱山を幾つも持ち、長年の林業の成果で商業が盛んな地域だった。しかし、食糧自給率の低い地域であったため「物を売って食糧を買う」という構造が長らく続いていた。

 それを一変させてしまったのが、五将家による<皇国>の再統一だった。

 戦争が無くなり、経済発展が進んだことで商業が盛んな東洲に大量の資本が雪崩れ込んだ。実用化された熱水機関が活躍できる場所が多く、また造船業も盛んで運送業も発達していた。また人口も多いことから商会を置くのに相応しい土地柄だった。

 当時の東洲公はこの資本を使い、長年の悲願だった食料自給率の向上を目指した。食糧があれば買い叩かれる事も、飢える事も無くなる。この点、彼は立派な施政者だった。

 

 だが、経済発展で五将家が弱体化していき、食糧が自給できるようになってますます発展していく東洲を見て、彼は一つの幻想を思い浮かべてしまった。

 <皇国>からの独立。これが、東洲の内乱が起きた理由だった。

 東洲は反五将家最大の勢力でもある。何より、彼らにとって苦しい時には生産された物を安く買い叩き、食糧の価格を釣り上げるような事が何度もあった。この恨みを忘れていなかったのだ。

 

 しかし、独立を認めるわけにはいかない。五将家はすぐさま恩賞――豊かな東洲を手に入れようと軍を派遣し、戦争が起きた。その結果は酷いものだった。

 五将家は戦に勝ち、反乱を企てた東洲公は戦死した。だが残った東洲の軍勢が各地に離散し、野盗となったのだ。彼らは各地を荒らしまわり、戦と略奪で東洲にあったもの全てが破壊されてしまった。残ったのは死骸と瓦礫の山だけがある土地のみ。

 

 五将家は恩賞を返上。かかった戦費は持ち出しになったが、恩賞で与えられた土地の郵便や運河、鉱山などの全てを再整備をしなければならなくなる。そんな体力は何処にもなかった。(唯一、元気と言われる守原だけは恩賞を手に入れようとしていたが、長康と英康が懸命に一族を説得して難を逃れている)

 

 

 北領は寒冷な地だ。食糧自給率が低く、目立った産業もない。人口も少ない。

 だが、守原英康がいるという事で警戒されてしまったのだ。

 

 北領の公共事業は守原が権益として握っていた。そこに英康が北領鎮台司令長官として着任し、北領での戦争に勝つための準備を進めた。また彼は優しく真面目な人間であり、商売人でもあった。

 碌な産業が無く、米を育てようにも冷害に弱い。食っていけない。

 <帝国>西方諸侯領から輸入した馬鈴薯(ジャガイモ)の種芋や家畜の飼料や砂糖の原料にもなる甜菜の苗を栽培法付きで格安で販売した。また夏の農閑期には公共事業として遅れていたインフラ整備を行い、銭を手に入れた労働者達向けの商売も始めた。

 そして「内地でやるよりも近い方が良い」「賃金も安く大口の契約先もある」という理由から自身の商会で軍需工場まで建てた。前世なら官民の癒着とか叫ばれるものだったが、将家なら大なり小なりやっている事だった。

 そして北領の衆民からすれば働き先が出来て銭が手に入る。また軍需工場の周りに作業員相手の歓楽街ができ、また目敏い商会が出店して多種多様な商売を始めるなど北領の経済が活性化し始めたのだ。

 

 しかし、これを傍から見てみる。急激な経済成長に軍事力の強化、それは東洲の再現、つまり独立準備をしているように見えるのだ。

 英康自身は全くそんな気は無かった。商売と将来の戦争に備えるために行ったことだが、今までの動きから「何をしでかすか分からない」という一種の信頼があった。

 

 結局、執政府の危惧と陸軍の跳ね上がる軍事費を抑制したいという思惑が重なり、北領での弾薬の生産は抑えられてしまう。弾薬さえなければ銃火器はただの置物になってしまうからだ。対人、特に騎兵に絶大な効果を発揮する榴散弾の数が少ないのも、これが原因の一つだった。

 

 もっとも、命が掛かってる英康がそれで諦める筈がなく。<帝国>が侵攻してくるという話を流布し、「衆民の不安を取り除くため」とかこつけて演習や射撃訓練、野盗の討伐などを行わせていた。

 その際、消費量を本来よりも少し多めに書き、差分を備蓄するようにしたのだ。やり方はせこいうえに使い古された手法だが、有用であった。

 そういった努力の元、備蓄できたのは想定の半分。これを割り振るしかなかった。

 

「有坂大尉、現状で不足しているのは十六斤砲だけか?」英康が言った。

「はい、閣下。銃兵の実包と四斤弾は殆ど使用していないため、余裕があります」

「うむ、十六斤砲は現在の砲撃が終了次第止めよ。以降は命令あるまで待機」

「よろしいので?」 

 

 有坂の言葉に英康は頷いてみせた。

 どのみち十六斤砲は使い過ぎだ。砲兵も大砲も、少し休憩させなければならない。そろそろ砲身が焼け付きを起こす頃だった。連続して撃つと砲身が赤熱して自重で変形、また玉薬の煤だけでなく、旋条(ライフリング)に噛ませるための砲弾の筍翼(スタッド)と呼ばれる鉛の突起が溶けて砲腔内にこびりつく。最悪の場合、これが原因で暴発を引き起こしてしまう。

 

「<帝国>軍は後退した。前進してきたら近づけさせろ。銃と山砲で返り討ちにしてやれ」

 

 ここで英康はちょっとした思い付きが浮かんだ。横目で草浪を見やり、小さな合図が返された。英康は口を開いた。いつもと変わらぬしかめっ面で、しかし口調はおどけていた。

 

「このままだと、売春宿に繰り出してもモテるのは砲兵だけだ。司令長官として、全将兵にその機会を与えないといかん」

「それは、大問題ですなぁ」

 

 阿吽の呼吸で合わせ、大袈裟にこめかみを抑える司令長官と参謀長に周りの面々は声に出して笑った。要するに砲弾が無くても戦う方法はあると言い切った訳だが、面々には効果はあったようだ。特に気分は変わっている。

 一頻り笑ったところで、英康は有坂に顔を向けた。

 

「内地からの輜重品は?」英康が言った。

「はい、閣下。既に徴発した船団が美奈津へ輜重品を揚陸させています。既に輜重段列も出発したとの連絡がありました」

「よろしい。兵站部は直ぐに臨時の輜重段列を編成せよ。それと兵站計画の修正を行え。北府の備蓄を根こそぎ使って構わん」

「ハッ」

 

 敬礼後、有坂は直ぐに駆け出した。会話が途切れたところで若い参謀が声を上げた。守原に連なる将家出身で北領に送られてきた新品の中尉だった。

 

「閣下、今なら攻勢を仕掛けても良いのでは?」中尉が続けて言う。 

「現状では鎮台はほぼ無傷。対して<帝国>軍はその二割を死傷しております。立て直したといえど完全では無いでしょう。ここで一気呵成に畳みかけるべきではないでしょうか」

 

 ふむ、と英康は呟いた。そのまま作戦参謀の熱田大尉を見やる。衆民出身だが使える(・・・)という事で有坂大尉と一緒に引っ張ってきた人物だった。

 

「無理でしょうな」素っ気ない言葉で熱田大尉は言った。「立て直しがあまりにも早過ぎます。胸甲騎兵がほぼ無傷で残っている以上、このまま陣地を出れば騎兵突撃を受けます」

 

 正論だが、その言葉には小馬鹿にするような響きが混じっていた。

 <皇国>軍において出世は将家――それも五将家に連なる家の者が優先され、次に弱小将家、最後に衆民となっている。彼も出世できず、将家に振り回され続け苦労を重ねた人物だった。

 それを感じ取ったのか、若い中尉がムッとした表情を浮かべた。

 

「まだ会戦から二刻だ。攻勢をかけるのはもう少し後でよい」英康は朗らかに言った。

「もし、攻勢をかけるその時には先輩達と共に君の力も借りるとしよう。それまではどっしりと構えるのも、君の役目である」

「はい!」

 

 若い参謀は嬉しそうに返事をした。期待していると英康は肩を軽く叩いてやる。熱田を見やると、彼は苦笑していた。小声でほどほどになと声をかけてから英康は外へ出ると一言告げた。侍従長がついて来ようとしたが、一人で考えたいと告げてそのまま外に出た。

 

 外へ出てまず感じるのは、寒風と強い煙硝の臭いだった。そして轟音。司令部のある丘からは煙が上がる陣地が見える。その遠くには雪と土砂が舞い、今もなお変わらぬ威力を発揮していた。

 

 どうにも落ち着かなかった。十代より守原家の一員として戦に参加し、三十年余り前に<皇国>が再統一されてからも小さな叛乱の鎮圧にも出向いていた。東洲の内乱にも出兵した。その時は馬に跨り、または猫と一緒に我武者羅に狂乱の中を駆けずり回ったが、今は戦争しているという感じにはなれなかった。

 ただ遠くから響く音を聞きながら天幕内に籠り、情報と紙と数字を前に睨めっこしている。前世のテレビで異国で戦争をやっていると聞いている様な感じだった。しかし、すぐ目の前では戦争が起きている。

 

 後ろから足音。足元に真改がのっそりとした動きですり寄ってきた。どうやら退屈らしい。額を揉んでやると落ち着いた声で鳴く。後ろから雪を踏む音がした。もう一人いる。ふむ。

  

「道鉦か」英康が言った。人が居ないところでは名前で呼ぶ。

「はい、閣下」道鉦は金茶碗に入れた黒茶を持ってきていた。「彼らには黒茶と菓子、細巻を振舞いました。閣下も一息入れましょう」

「うむ」

 

 英康は黒茶を受け取り、一口飲んだ。温めで飲みやすい。口に付けたまま金茶碗を傾ける。半分近く飲み干した時にはカラカラに乾いていた口と喉が潤っていった。

 

「もう一杯、持ってきましょうか?」

「いや、大丈夫だ。いつもすまんな」

 

 いえ、出過ぎた真似でしたと草浪は言った。互いの顔には朗らかな笑みが浮かんでいる。

 草浪にとって目の前の司令官は実直な気質で好ましく思っていた。まあ無茶ぶりも多いが、忠義を捧げるに値する人物だと考えていた。

 草浪は元々は英康の兄であり、守原家前当主の守原長康に仕えており、伝手を使って英康に人材の紹介や情報収集などをする程度の繋がりだった。彼にはいつもと変わらぬ業務だった。

 しかし、ある時に草浪が売春宿で知り合った娘を身受けしようとした際、様々な手続きと更にはその娘を自身の養子にまでしたのが英康だった。また結納の際には守原の格式にあった嫁入り道具まで持たせている。

 

 今まで英康に振り回された面々もこれには驚いた。

 草浪は確かに長康に重用され、可愛がられていたが所詮は弱小将家の長。まさか英康が草浪の為に売春宿の娘を自らの養子にしてまでする必要があったのかと言われるほどだった。

「今まで苦労をかけている道鉦が困っているなら、私もこれぐらいはしよう」といつもと変わらぬしかめっ面で答えたが、草浪は大いに感激した。また長康も自身の弟分が縁戚になったものだからはしゃぎ回り、婚礼の際にはずっと嬉し涙を流すなど主役以上に目立っていた。

 

 まあ、英康からしてみれば「色々と手伝ってもらったし、縁戚になれば殺されないよな…?」という程度の考えであったが(原作では草浪に射殺されている)。

 

 これ以降、草浪はその恩義に報いようと精力的に動き回った。今までの伝手と能力を使って手助けし、英康が北領鎮台司令長官になった際にも一緒についてきた。

 英康が語った近い将来に侵攻してくる<帝国>への準備や、野戦陣地の構築に必要な書類の製作などを纏めたのも草浪だった。聞かされた当時は半信半疑だったが、<帝国>、特に東方辺境領の急速な経済の悪化と軍勢の準備が知らされると英康の数年前の予想がほぼ当たっており、ますます尊敬の念を抱いた。

 

 

「<帝国>は完全に後退したか」

 

 雪原を眺めながら英康が言った。既に砲撃は止まっており、小さな黒粒で出来た群れがゆっくりと遠ざかっている。

 

「はい。しかし侮れません。またこちらの思惑に乗らないようです」

 

 厄介だな、と英康はごちた。そのまま真正面から突撃を繰り返してくれれば楽だったが、そうもいかないようだ。

 <帝国>の総司令官であるユーリアは天才である。原作では一年足らずで北領だけでなく、内地の三分の一を占領してみせた。原作主人公の新城ですら「敵わないし、一度も勝ったことが無い」と言うほどの人物だ。ちょっと記憶力のある凡人がまともに戦って敵う相手ではない。

 

 英康は自分に軍才が無く、臆病だと分かっていた。戦争で死にたくない、だがどうすればいいのかと苦悩し、必死に藻掻き続けた結果が今だった。例え変人だ、狐憑きだと言われても止めなかった理由がここにあった。

 だから徹底的に準備した。剣虎兵、導術兵、翼竜。野戦砲にライフル銃、ミニエー弾。これらを十分に扱えるようにする訓練と人種の選別。塹壕と鉄条網による野戦陣地。

 翼龍と導術兵で射弾観測を行い、塹壕線に籠って射程外から敵を火力で潰す。

 

 仮に塹壕線を占領しても、<帝国>兵は疲弊して弾薬と糧秣が不足する。<帝国>と<皇国>では弾薬の規格が違うため流用することも出来ない。進撃が停止すれば塹壕線の後方にいる予備隊が逆襲を行い、陣地を回復することになる。第一次世界大戦で塹壕戦が長期化したのも、塹壕を占領した後の予備隊の逆襲に耐えられなかったからだ。

 

 だが、今でも不安はつきなかった。

 英康からすれば、この塹壕線は完全でない。絶大な効果を発揮する機関銃は無いし、銃火器は前装式で射撃間隔が空いてしまうため、一線に人員を多く配置しなければならない(横一列に兵を並べて撃たないと火力の密度が低くなってしまう)。このため人数の問題から塹壕線を広く浅くするしかなかった。

 

 また新城と彼の率いる剣虎兵部隊がやって見せたような事を<帝国>がやらないとは限らない。そうなれば真っ先に狙われるのは司令部、つまり自分だ。

 それを防ぐため、左翼の後ろに司令部を配置し、側面に予備隊がいる。その最前線には殴り合いに強い新城ら剣虎兵が配置されている。まあ、<帝国>にも剣虎兵のような存在が万単位でいれば話は別だが――、

 

(……嫌な想像した。新城と剣虎兵が万単位か。恐ろしい)

 

 脳裏に浮かんだ光景――地中から顔を出した笑顔の魔王様と剣牙虎(サーベルタイガー)が群れなして突撃してくるのを想像して背筋が震えた。

 

 それはともかく。

 

 そしてこれ以外にも、英康には不安の種があった。

 

「味方の様子は?」

「はっきり言いまして、浮かれています。あの<帝国>軍が為すすべもなく後退した訳ですから、仕方ないと言えばそうなのですがね。殿下とあの部隊以外は特にそうです」

 

 しかめっ面のまま英康は目を瞑り、眉根を揉んだ。やっぱりか、という思いが強い。

 つまりは実仁親王殿下率いる近衛衆兵第五旅団や新城少佐の第十一大隊など以外は「陣地から飛び出して追撃したい」という訳だ。

 

 実仁親王殿下は情勢が読める人物であるし、第五旅団は衆民の集まりで士気が低い。また塹壕線に配備されたのも殿下の要請に英康が根負けして折れた結果だった。そこでそこそこ活躍しているから、これ以上の戦果を求めようとしない。

 新城は活躍できなかった事を悔しがる人物でもない。むしろ面倒が無くていいと喜ぶだろう。そもそも、今の優位性を捨てる理由がないのだ。

 

 英康が不安な理由のひとつは味方にあった。特に将家の面々だ。先の会話で砲兵以外にも活躍云々というのは実のところ結構な問題なのだ。

 

 <皇国>において将校とは殆どが将家、つまり貴族で矜持(プライド)が高い。御国のため、家のため、栄達のため、華々しい戦果をあげて皇都へ凱旋したい。

 理由は分かる。昨今の天領での繁栄に押され、衆民は栄え、将家はますます困窮しているのだ。生臭い話だがここで活躍したかどうかで昇進や貰える年金の額が変わるし、若い将兵であれば良縁に恵まれる。たとえ戦死したとしても感状と勲章で家名は上がる。

 英康からしてみればいまいち理解できないが、彼ら将家にとっては何よりも名誉が大事なのだ。その名誉と代々の家を守るため、戦功をあげたい。

 それに、<帝国>はボロボロと言って良い状況。一個旅団は失い、戦意も落ちている筈。対して御味方は損害皆無。今こそ全軍で突撃し、戦の潮勢を決定づけるべき。

 

 こんなところだろう。理屈は分かる。相手がまだ規律を保っている軍隊で指揮官がユーリアでなければ、だが。

 ここで全軍突撃したら、<帝国>は残った軍勢で持久戦を始めるだろう。

 <皇国>が攻めるにはまず鉄条網を排除する必要がある。そうなれば騎兵は自由になり、ノコノコと出てきた将兵に対して突撃を仕掛けられる。榴散弾が豊富(榴弾では現行の炸薬の問題で騎兵を殲滅するには威力が足りない)なら手持ちの四斤山砲を全て前進し砲撃させ、騎兵を排除後に突撃も有り得たが、今の装備では逆にこちらが塹壕線を金床にされて叩き潰されかねない。

 

 浮かれて突っ込んで、返り討ちに遭ったなんてもう最悪である。緒戦で稼いだ戦果が吹っ飛んでしまい、立て直せたとしても時間が掛かってしまう。

 <帝国>も損害は大きいだろうが、時間は稼げた。原作では二万の増援が来たのが天狼会戦後で、一週間以内にくると予想される。そのぐらいの時間は稼げる。増援を得たら一転攻勢をかけ、死屍累々の鎮台を兵数で押しつぶす。ユーリアという指揮官ならば、それを成し遂げられると英康は信じていた。

 

 そもそも現在、北領にいる<帝国>軍は半個師団編成である。約二万で半個師団。一個師団で四万であり、<皇国>では三、四個軍(鎮台)と呼ぶべき編成だった。

 

 なお、<帝国>軍の総数は陸軍が四百万、海軍が五百隻である。

 そのうち東方辺境領が経済の悪化と北部や東部への備えのため、<皇国>へ問題無く動かせられるのは陸軍は約二十万、辺境艦隊は約百二十隻である。またこれ以上の規模を誇る<帝国>本領軍と本領艦隊が存在する。

 対して、<皇国>の総兵力は陸軍約二十万、水軍が約四十隻。英康が長年必死になって集めて整備した北領鎮台は約三万である。

 流石はモンゴル帝国以上の版図を持つ超帝国と言うべきか、あまりにも軍事力で差があり過ぎた。

 

 このまま一気呵成に突撃するのは論外だが、かといってこのまま持久するのも嫌だった。

 確かにこのまま籠っていれば<皇国>は有利なまま進む。

 <帝国>軍は進むことも敵わず、また今頃は出撃しただろう東海洋艦隊と徴発した廻船に海賊、つまり港を封鎖し、<帝国>の兵站を担う輸送船を拿捕すれば干上がる。その効果が出るのがおよそ一月。

 そうなれば勝手に干上がる。そう、天狼原野より北に住む衆民達ごと。

 

 英康は戦争が近くなった時に避難を呼びかけていたが、完全では無かった。彼らからしてみればこんな東のちっぽけな島を狙う必要が無いと考えていたからだ。大半はそのまま残り、そして<帝国>に略奪を受けた。

 また飢えるとなれば軍は崩壊し、兵は匪賊へ変わる。そして東洲の再現――野盗化した帝国兵によって北領の経済基盤が破壊される事態になりかねない。

 その討伐で手間を取られている間に、<帝国>が本腰入れて大艦隊に本領軍を派遣してきたらどうしようもない。いくら通商破壊を行ったところでも限界がある。

 

 英康は今でも現代人らしい感性を失っておらず、彼らを見捨てられないのだ。それに商売人としても折角の整備をしたものを破壊されるのは我慢ならない。

 なら、出来るだけ早期に撃滅する必要がある。 

 それに言い訳染みた理屈もあるが、ここで明確に勝利すれば後は<帝国>内で勝手に揉める。まず、間違いなく。

 東方辺境領姫と呼ばれるユーリアは敵も多い。実際、原作においても<帝国>の四人の元帥のうち、マランツォフ、ユーリネン、オステルマイヤーといった門閥貴族と反目し合っている。そこに「弱小国の蛮族に負けた」なんて事があれば嬉々として責任追及という政争を始めるだろう。

 

 仮にユーリアが戦死、またそういうのが無かったとしても、こちらの兵器群は<帝国>にも伝わる。東方辺境領軍がなすすべもなく負けたという事実は無視できない。新兵器の開発を進めてから報復に動くはずだ。

 どちらにせよ、北領だけではない、<皇国>全体で戦争準備が可能になる。そこからは根競べだ。

 <皇国>と<帝国>、どちらが先に経済の悪化と軍事費の増大に耐えられるかである。こっちは反<帝国>の国家、例えばアスローンに要らなくなった中古武器を売り払うなり、廻船問屋に私掠免状を出して海賊をしてもらう。税を二割で後は取り分にしてやれば嬉々として参加するだろう。ああ、<帝国>が東方蛮族と呼んでいる地域へ支援しても良い。近隣への備えと経済が更にズタズタになって兵器を用意するにも苦労する事になる。

 もしかしたらフランス革命やロシア革命の様に、衆民による反乱が起きて<帝国>が崩壊する可能性もあった。

 

 そうする為にも、ここで勝利しなければならない。徹底的に<帝国>軍の戦意をへし折ってやらなければならない。

 でないと、このまま戦っていたらユーリアらが何か凄い手段を思いつき、逆転されるのではという思いが強まっていた。不安で仕方なかった。

 

「道鉦、狼煙の準備は出来ているか?」

「はい、閣下。伝達の準備は出来ております」

「よろしい。始めよ」

「はッ」

 

 敬礼後、草浪は直ぐに伝令を出した。

 伝令は直ぐに伝わり、実行に移された。

 

 鎮台の籠る野戦陣地の後ろから、行動開始を知らせる赤い狼煙が立ち上った。




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あと二話と言ったが、あれは嘘だ。北領戦がもうちょっと続く。
次話は10/19日の12時に更新予定。ちょっと短め。


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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依4

楽しんでいただければ幸いです。


 

 <帝国>東方辺境鎮定軍の司令部は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 ただ淡々と報告を続ける声だけが響く。それ以外に誰も言葉を発しない。受けた衝撃に誰もが呆然としているからだ。

 東方辺境鎮定軍総司令官、ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ<帝国>軍元帥も例外ではなかった。

 優美な肢体を包む東方辺境領軍の鮮やかな緑色の軍服は砲撃で舞い上がった雪と土砂で薄汚れ、優雅にうねる金髪もところどころ跳ねている。宝石の様な輝きを見せる碧眼は伏し目がちで、いつもの凛々しく美しい顔には陰りがあった。

 怪我はしていない。近くにいた参謀たちが身を挺して盾となった事で免れている。その代わり、将来有望な参謀三人が死傷した。

 

 <帝国>の<皇国>への侵攻は、かなり急な話で始まった。

 昨今の経済の停滞(悪化とは言わなかった)を打破するべく、高い経済力を持つ<皇国>を手に入れるべきと民部省が主張し、更に大商人達による後押しもあり実現したものだった。

 というのも、民部省は盛大にやらかしていた。<帝国>の経済混乱を酷くした貨幣改鋳は彼らによって行われたからだ。これら一連の騒動の要因となった(と、彼らは思いこんでいる)<皇国>を大いに恨み、失点を取り返す(または誤魔化す)べく、急な軍事行動を主張したという訳だ。

 

 げに恐ろしきは金の恨みとは言うが、駆り出される将兵としてはたまったもんじゃなかった。他国の情報を集める<帝国>諜報総局(ナイフ・アンド・コーツ)はそもそも<皇国>を重要視しておらず、集めた情報も北領とかいう蛮地が整備されつつあって、蛮族共の司令官が変人だという話ばかり。それに昨今の経済の悪化で辺境艦隊と輸送船を集めるのも一苦労だったからだ。

 しかし、彼らに不安は無かった。たかが島国の蛮族。<帝国>軍は世界最強の軍であり、国力と軍事力は比べものにならないほど隔絶している。多少、質が良い軍備を揃えていようが我らには勝てない。

 <帝国>では戦争は少なくとも二年で終わると見ていた。<皇国>の殆どの人間も比べるのがおかしいと考えていた。

 それに、敵の指揮官が何十年も前からこの戦争に備えていたなど、思う筈が無かったのだ。

 

「――損害は猟兵四個大隊、騎兵二個中隊が死傷。手持ちの砲は軒並み対砲迫射撃を受け、壊滅しました」

 

 鎮定軍作戦参謀であるクラウス・フォン・メレンティン大佐が告げた。<帝国>西方諸侯領の出身を示す黒い軍服を身に纏っていた。先の砲撃で破片で腕を切る軽症を負い、包帯を巻きつけている。

 

 出席者たちから呻き声を聞きながら、ユーリアは周りを見渡した。彼女を支える練達の将校たちは開戦前より数を減らし、誰もかれも顔色が悪い。それを咎める気もない。己自身も、彼らと変わらない顔色をしているからだ。

 

 <帝国>東方辺境鎮定軍は大損害といっていい状況だった。ここまで一方的に叩かれたのは東方辺境領軍の結成後、初めての事だ。

 野戦と考えていたら攻城戦であり、しかも蛮族共の兵器は凄まじい威力を持っていた。常識では考えられないほど長射程であり、蛮族共が籠る要塞は見た目以上に堅い。

 

 それで起きたのが、砲撃での混乱だった。砲弾の雨で命令系統を寸断されても、前線の将兵らは当初の指示を続行しようとした。

 すなわち、委細構わず前進。しかる後、分かれて攻撃。よく訓練されて職務に忠実なのが仇になっていた。そして<帝国>軍は北領鎮台が待ち構える陣地へ無造作に突っ込み、短時間で恐ろしいほどの人馬の死骸を積み上げることになった。

 

「――諸君らに、問う」

 

 ユーリアは集まった将校らを見渡して言った。自分でも驚くほど冷静な声だった。

 

「これ以上の、蛮族共との継戦は可能か?」

 

 言いながら、ユーリアは心の中で吐き捨てた。答えなど、一つしかないのに。

 

「無理でしょう」

 

 全員が彼に注目した。白銀の髪に淡い水色の瞳。二十八歳と若く、男なら見ているだけで嫌になるような美形。騎兵将校らしく引き締まった体格には<帝国>本領出身を示す白い軍服を身に纏っている。

 第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊を率いるカミンスキィ大佐だった。ユーリアの愛人でもあった。

 

「突撃させた騎兵一個中隊が柵を超える事すら出来ませんでした。更にあの砲撃の中を突撃するとなれば騎兵だけでなく、鎮定軍の全滅を覚悟していただかなければなりません」

 

 それは、誰もが理解させられた事だった。

 もうすぐ増援の二万がやって来る。これを合わせても一個師団。あの陣地を攻略し、蛮族共が北領と呼ぶこの地を占領するには数が足りない。

 塹壕線を占領するだけなら一個師団でも圧し潰す事は可能だろう。だが、<帝国>軍も壊滅状態となり、軍事行動どころではなくなる。その後、応援に来た蛮族共に逆襲を受ける事になる。

 上空には偵察らしい翼龍が常に飛んでおり、遠距離から砲弾の雨としか言いようがない飽和攻撃を受けた衝撃は大きかった。誰もが蛮族共を侮りがたい敵と認識するようになっている。となれば、応援に来る軍勢も同等以上の装備と兵数を連れてくると考えられるからだ。

 そうなれば一個師団では全く足りない。それに、これだけの軍勢を養えるほどの兵站を<帝国>は持っていなかった。

 

「撤退する」

 

 今度は誰も呻き声を漏らさなかった。ただ敬愛する東方辺境姫に、勝利を捧げられられなかった事に悔し気な表情を浮かべていた。

 しかし、負けたわけではない。次の勝利の為に後退するだけなのだ。彼らは直ぐに表情を戻し、必要な準備に取り掛かった。

 

 信頼する将たちが会議を進める中、ユーリアはいつもの凛然たる気迫に満ちた表情と泰然とした姿となった。しかし頭の中では別の事を考えていた。

 ――大規模な戦争は今回が初めてになるが、まさかこうなるとは。過去に鎮圧した叛乱とは全てが違う。東方辺境領姫と持ち上げられて浮かれていた、ということかしら。ええい、もう、恥ずかしくなってくる。

 このまま撤退すれば、ただ膨大な戦費と将兵を費やして行って帰ってきた事になる。これは大きな失点だ。他の門閥貴族共からは揶揄され、発言力や派閥勢力も大きく減退するでしょうけど、まだ挽回できる。

 少なくとも、ユーリアはそのように考えていた。それに、彼女が愛する将兵をこれ以上無駄死にさせずにすむ。この点、彼女は果断で兵想いの人物であった。

 

 だが、北領に踏み入った時点で遅かったのだ。

 一発の、甲高い銃声が響いた。

 

「何事だッ!」

 

 将校の一人が即座に立ち上がり、俄かに騒がしくなった外の状況を確認しようと天幕の外へ出た。

 再び銃声。将校は背中から腹へぽっかりと穴を開け、血と肉を撒き散らしながら倒れ伏した。

 

「殿下ッ!」

「盾となりお守りせよッ!!」

 

 いち早くカミンスキィはユーリアへ覆い被さり、メレンティンと他の面々も身を屈めながらユーリアの周りを囲んだ。

 

「狙撃です」

 

 カミンスキィの言葉と同時に連続で銃声が響く。天幕の外は将兵の悲鳴と怒号、馬の嘶きで大混乱に陥っていた。

 

 北領鎮台は、襲来した<帝国>軍を殲滅するまで攻撃を緩める気などさらさら無かったのだ。

 

 

 <帝国>騎士バルクホルン大尉は、溜息をつきたいのを必死にこらえていた。厳つい外見の将校が辛気臭い顔で溜息をついたら兵の士気に関わる。

 

 彼は騎兵将校お似合いの外見とは裏腹に元来はおっとりとした性格で、父と同じように荘園で静かに暮らしていたいと考えていた。

 しかし、<帝国>西方諸候騎士であるバルクホルン家は代々勇武で名をはせた名門であった。ある日、叔父としては親心だろう、その家名に恥じぬようにと彼を軍に入隊させた。バルクホルンは急な環境の変化に戸惑いながらも、厳つい外見に合うように生真面目に、そして叔父の領土出身の下士官たちにも助けられながら槍騎士として訓練を積んだ。

 馬術は習熟し、部下の扱いは巧く、命令には忠実。騎士将校バルクホルンはこうして誕生した。

 そして、彼は叔父が一度は実戦を経験して来いと第三東方辺境胸甲騎兵聯隊へと配属され、今は鎮定軍の一人として参加することになった。

 叔父は全て善意でやっていると分かってはいるが、この時ばかりは少し恨みたくなった。

 

 敵の砲撃から逃れた<帝国>軍は無傷だった胸甲騎兵と猟兵が防衛線を構築し、敵勢が籠る陣地への警戒に当たっていた。

 しかし、周りを見渡しても元気な者は少ない。若い兵だけでなく、古参兵ですら顔色を悪くして震えていた。明るく振舞っている者も無理やり声を上げているのが分かるぐらいだ。

 

 無理もない、とバルクホルンは思った。

 猟兵が突撃を始めた途端、敵が籠る奇妙な陣地がまるで火山が噴火したかのような、想像外の光景にバルクホルンも驚きを隠せなかった。

 降り注ぐ砲弾に大地ごと吹き飛ばされ、勇ましく突撃した騎兵は貧弱な柵を超えられず馬ごと挽き肉にされてしまった。どうにか生き残った将兵は助かる者は治療を受け、天幕の外へと苦しむ声が流れている。助からないと判断された者は、将校の手によって責任が果たされた。あの光景と責任によって、開戦前は勇ましかった若い貴族将校(帝国で将校になれるのは貴族のみ)は、初めて経験する戦争にすっかり怯えてしまっている。

 

「若殿様」駆け寄ってきたロボス軍曹が小声で言った。彼は叔父がつけてくれた従兵だった。「駄目です。砲はあれで軒並みやられたようです」

「そうか」

 

 また溜息が喉のすぐそこまでせり上がってきたが、それをぐっと飲み込む。

 状況は、どう見ても最悪だった。

 士気は低い。砲撃で叩かれただけでなく、先ほど敵の陣地から立ち上がった赤い狼煙が全面攻勢の合図なのではという噂が出ている。いまの立場は遅滞防衛隊、要するに時間稼ぎをするだけの部隊。士気は上がる筈がない。もし、いまここで攻勢をかけられたら、ここにいる将兵は生き残れないだろう。勿論、自分自身もだ。せめて砲があればと思うが、それも無い。

 

 だが、どうにかしなければならない。それが自身に下された命令であり、将校としての役目であった。

 取り合えず士気を少しでも良くしなければ。ふむ。まあ、出来ることと言えば、馬鈴薯の様な厳つい将校とこれに負けない形相の軍曹が見回るぐらいだ。それでも多少は落ち着くかもしれない。

 バルクホルンはそう考えて手綱を引いて馬を動かした瞬間、遠くから銃声が響いた。

 

「ぬぅッ!?」

 

 不味い。その思った瞬間には悲鳴と共に横倒しになる愛馬から身を投げ出された。間一髪、どうにか受け身を取ったバルクホルンは立ち上がろうとした。

 

「若殿様、伏せてくださいッ!」

 

 馬から飛び降りたロボフが必死の形相で立ち上がろうとするバルクホルンにしがみつき、そのまま覆い被さった。

 

「敵の攻撃ですッ!」 

「皆の者、伏せろッ!!」

 

 バルクホルンは即座に大音声で命じた。

 だが、既に遅かった。

 遠い銃声。顔を上げたバルクホルンの目の前で呆然としていた若い将校の頭が吹き飛んだ。辺りに肉と白い脳漿を撒き散らし、首から血を吹き出しながら馬からずり落ちていった。

  

「ひッ、な、何ご――」

「う、うわぁ――」

 

 再び銃声。血と肉を撒き散らし、将校たちが倒れていく。

 伏撃、それも狙撃だ。将校だけを狙い撃ちにしている。バルクホルンは急いで発射音のした場所へ目をやり、驚愕する。今いる場所から樹木線、つまり森の端まで少なくとも三百間以上はある距離だった。

 

(馬鹿な、あの距離から狙撃だと)

 

 しかし、それも一瞬の事だった。混乱で騒ぎになる中、バルクホルンは直ぐに命令を下した。

 

「騎士大尉のバルクホルンだ! この声が聞こえる者は伏せたまま直ちに装填、西の森へ向かって射撃せよ! 撃ち続けよ!」

 

 ほどなくして、反撃が行われた。ただ闇雲に撃っているだけだから当たりはしない。それでも兵は手元の銃と音で恐怖を忘れる。

 森からの銃声は無い。既に逃げ出したか、それとも機会を窺がっているのか。

 バルクホルンは巨躯を縮こませながら周りを見渡した。生き残っている将校は、バルクホルン以外だと一人。それ以外の将校はみな撃たれていた。呻き声を漏らしながらバルクホルンは腰を抜かしている将校――と、彼の従士だろう軍曹にこの場を任せ、腰に差していたハルバードを投げ捨てた。長物は森の中では使えないうえに邪魔になる。代わりに鋭剣を引き抜く。

 

「ロボフ軍曹、動ける者を集めよ! 森の中へ駆け込むぞ!」

「はいッ!」ロボフは即座に動いた。「貴様ら、合図と共に森の中へ駆け込むぞ!」

「んな無茶なッ!?」騎銃を持つ兵が絶叫する。

「いいからゆくぞッ! 合図を出す! 一、二の、三ッ!!」

 

 ロボフと兵は雄叫びと罵りの声をあげながら森の中へ飛び込んでいった。続けて、バルクホルンも兵と一緒に森へ駆け込んだ。

 攻撃はなかった。

 恐らく、敵兵は既に一目散に逃げ出しているだろう。灌木の後ろで身を伏せながら、バルクホルンはそう考えていた。

 

 

「くそッ、外した」

 

 垢や泥で薄汚れた冬季迷彩で身を包んだ分隊長は苛立ちを隠さず、煙が立ち上る狙撃銃を肩にかけた。そのまま急ぎでスキー板を軍靴に固定し始める。周りを見れば、同じ格好の兵が分隊長を含め五人おり、射撃を終えた者から撤退準備を整えていく。

 既に銃声と発砲煙で居場所は知られた。ならば、全力で逃げるだけだ。撃ち損ねたあの男は良い指揮官なのだろう。兵の動きが速い。とっとと逃げないとこの場にいる全員が死ぬ。

 全員の撤退準備が整ったところで、分隊は二本杖とスキー板を使って移動を始めた。手慣れた動きで灌木を避け、雪深い森の奥へと滑っていく。

 

 彼らは北領や龍洲でマタギと呼ばれる猟師で編成された、北領鎮台の山岳猟兵部隊だった。 

 この部隊は元々、在阪六四式旋条銃(ミニエー銃)の性能を十分に発揮できる狙撃兵を選び出すために設立された。

 在阪六四式旋条銃(ミニエー銃)は従来のものと比べて高い性能を持っているが、銃兵が十分に性能を活かしているかと問われると否だ。

 軍民共に五十間以上の距離で撃つなというのが常識であり、それ以上の距離を狙うなど訓練したことが無いからだ。勿論、配備してから積極的に訓練を行わせたが、古参兵ほど身に染みている感覚を変えるのは容易では無かった。

 またこの時期の銃というのは玉薬の成分の問題から弾が大きく、現代の銃弾と比べて大きく放物線を描いて到達する。これが厄介極まりなく、狙った敵兵との距離測定にズレがあれば最終的な誤差が大きくなり、敵兵に当たらなくなってしまう。特に戦場では射撃距離は絶えず変化する。

 そのため実際の射撃距離は水平射撃で高い命中率が出せる距離となるため、およそ百五十間ほど――それでも凄まじい性能だが――になっている。

 

 これらの事から、まず一通りの訓練後に腕の良い者を選抜した。これで残ったのが、軍に身を置く前から射撃を知っていた人種――猟師が多く残った。

 特に彼らは射撃に関しては勤勉で、忍耐強く狙いを定めて一発で仕留めようとする。猟で初弾を外せば獲物は銃声で逃げるうえに弾薬代が余計にかかってしまい、生活が厳しくなるからだ。

 また猟場、つまり山岳や森林での経験も豊富という事を聞きつけた英康は単なる狙撃兵ではなく、山岳戦を専門とする部隊の創設へと切り替えた。

 

 これが山岳猟兵部隊の始まりだった。

 

 また、彼らに渡す銃にも改造が施された。 

 <皇国>では小さくまとめた銃が常識となっており、これもその常識に沿って生産されている。小口径で射撃反動が軽く、命中率が高い。射程と威力が高いため狙撃銃としての性能も極めて高かった。

 生産された中でも特に精度が良い部品を選び出し、<皇国>の軍需商会の大手である蓬羽(ほうわ)が新開発した狙的鏡を取り付けている。

 他にも細々した改造が施されており、有効射程の三百間どころか腕の良い者なら狙的鏡と合わせて四百間以上を狙えると異常な性能を持っていた。中には狙的鏡の反射で位置がバレるのを嫌い、狙的鏡を外して五百間先まで狙撃成功した人外もいたが、それはひとまず置いておく。

 

 最終的に出来上がったのは、三十人ほどの小さな部隊だった。

 しかし精鋭と言って良い練度を誇っている。北領鎮台で設立されてからは積極的に猟師の知識や経験を積極的に軍部隊に取り入れた。これにより早期に戦力化ができ、また彼ら自身も軍隊内での苦楽を共にすることで固い結束力を持つ。

 

 彼らは<帝国>が襲来した際、英康から命令を受けた。

 命令は簡潔。これより天狼原野の山林で待機。伝達後、<帝国>軍の将校を狙撃せよ。

 熟練の猟師でも危ない、寒風吹き荒ぶ天狼原野に籠れという命令に誰もが顔を顰めた。

 

「諸君らは困難な任務にあたる。だが、それをやり遂げられる精鋭だと信じている」

 

 山岳猟兵たちを並べた訓示の際、英康は彼らに褒美を口にした。

 

「しかし、口では何とでも言える。誠意とは言葉ではなく金額だと私は考えている」

「私は五将家の一人であり、権力者だ。例えば、五将家の持つ禁猟区への立ち入り許可や、狙撃銃を払い下げることも出来る」

 

 これに山岳猟兵たちは一斉に目を輝かせた。狙撃銃は従来の燧発式(フリントロック)とは違って衝撃によるブレは小さいし、射程も威力も段違い。そして扱いやすい。猟師であれば誰でも欲しがる一品だが、これを商会に発注しようとすれば屋敷が建てられる金額になるだろう。

 そして五将家の私有地となれば広大で、しかも手が入っていない山林も多い。競合する相手もおらず獲物も豊富にいると考えるのは想像に難くない。

 

「では、やってもらえるか?」

 

 彼らは見事な敬礼を返した。

 冬季迷彩を着こみ、(ソリ)にたっぷりと食糧と酒を積んで分隊ごとに天狼原野の山林の中へ籠った。それが一週間前の事だった。

 原野という名の通り一帯は人の手が入っておらず、森や丘など身を隠せる場所は多くあった。

 しかし、冬の北領の山林は凍える。特に天狼原野は乾いた風が強く吹く地域だ。しかも敵にバレぬよう火は一切使えず、築いたかまくらの中で凍傷にならないよう手足の指を動かし続けるしかなかった。

 それでも、彼らは合図が出るまでジッと耐え続けた。

 

 そして今日。作戦開始を知らせる赤い狼煙と共に、彼らは迅速に動いた。静かに忍びより、狙撃を開始した。

 

 分隊は十分に森の奥まで入ったところで大きく曲がった。既に後方から追ってくる気配はない。地理も無く、装備も無しに雪深く足をとられる森まで追撃することは出来ないからだ。

 このまま違う部隊へ接近するため灌木を避けながら静かに小山を下っていく。暫くして分隊長が右手を上げて合図した。隊員達は止まり、スキー板を外して身を屈めた。

 

 分隊長が指さした先には整然と並ぶ<帝国>軍がいた。およそ二百間先。馬上には金色の兜に立派な胸甲を持つ胸甲騎兵だった。まだ攻撃されていない部隊の様だ。騒がしく周辺を警戒しているが統率がとれている。

 

「射撃準備」

 

 足元から這い上がる寒気に耐えながら射撃準備に取り掛かった。腰の弾薬盒から紙に包まれた実包を取り出し、端を口で噛み切る。傾けた銃口から玉薬と椎実弾を流し込み、銃身の下に収められたさく杖を抜き出してガシガシと押し固める。銃を水平に戻し、さく杖を戻したら引き金の上、銃身の右横にある撃鉄を音がするまで引き起こす。撃鉄が当たる部分には窪みがあり、そこに巻紙状に連なっている雷管を引き出して取り付ける。そして、二本杖を交差させた即席の銃架に銃を乗せて安定させた。

 

 これで射撃準備は整った。狙的鏡を覗きこむ。深呼吸。息を落ち着かせ、ゆっくりと狙いを定める。

 指揮官、つまりは体格と身形の良くて偉そうな奴だ。騎兵なら装飾付きの兜を被っているし、猟兵なら馬に乗っている。それに生地が違うのか鮮やかな色をしており、また体格も良く振る舞いも違う。<帝国>軍の指揮官は分かりやすかった。 

 狙いを定め、分隊長が射撃を行った。遅れて、隊員たちもそれぞれの標的へ射撃を行った。

 戦果を確かめる暇もなく、急ぎでスキー板をつけ直し、森の中へ退却する。これを繰り返す。

 

 

 この山岳猟兵による嫌がらせは三日間続いた。その間、<皇国>軍はゆっくりと前進を始め、<帝国>軍は後退している。

 また山岳猟兵は途中から身をしっかりと守るようになった将校ではなく、適当な兵を撃つようになると、風や獣で物音がするたびに身体をびくつかせ、近くで銃声が聞こえると狂乱して近くの森の中へ乱射するようになっていた。この弾薬の無駄遣いを諫めようにも、生き残った将校だけでは士気が下がった軍勢を纏めるだけでも精一杯になっていた。

 そして<皇国>でも<帝国>でもそうだが、兵は三日以上の食糧を持たない。これ以上あると酒を造って飲んでしまうからだ。その三日も経ち、近隣の村落から徴発しても糧秣が不足し始めている。

 

 <帝国>軍を、最強で理想の軍隊としていた『鉄の規律』『優れた将校団』『勇猛な兵』は崩れかけている。

 その様子を確認した北領鎮台司令部は号令を下した。

 

「全軍突撃。<帝国>軍の集結地点である奥津湾の港まで前進せよ」 

 

 <皇国>軍による北領防衛戦、最初で最後の大攻勢が始まった。

 




評価感想、また誤字脱字がありましたら報告をお願いします。

あんまり長すぎてもしょうがないと思ったので、二話に分割。
纏めた方が良かったか?

次は未定。

追記
現実での尺貫法とは違うので、皇国での表記について簡単にまとめてみました。

刻時器=時計 狙的鏡=狙撃眼鏡(スコープ) 

・時間
1年=13ヶ月=397日 1日=26刻 1刻=10尺=100寸=1000点

・長さ
現実では1間=1.8mですが、原作では1間=1mとされています

1里=1000間 1間=10尺=100寸=1000点
新城の身長が1尺6尺から考えると、
1間=1m 1尺=10㎝ 1寸=1㎝ 

・重量
石、貫、斤 不明。
現実では1石=150㎏。原作だと1石=1トン?


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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依5

2020/05/10 00時40分から01時10分の間に一時投稿し、削除したものと同じ内容です。
読まれていた方にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

楽しんでいただければ幸いです。


 <皇国>水軍、東海洋艦隊の特務戦隊は北領西部を大きく迂回し、<帝国>艦隊が停泊する奥津港へ向かっていた。

 天候は曇天、波風高し。これでもだいぶ回復していた。道中は天候悪化で暴風雨となり、予定が大きくずれてしまったが、どうにか目標を達成できそうだと艦隊指揮官はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「副官、そろそろ予定海域だが、彼らの出撃は可能か?」

「はい。龍巣巡洋艦(ドラゴン・クルーザー)にて龍兵攻撃隊、龍士八人、翼龍八匹。既に準備は出来ております」

「よろしい」指揮官は頷いた。「出撃させよ。目標は先の指示通りに」

「はっ」 

 

 作戦開始を知らせる後方にいる二隻の龍巣巡洋艦から翼竜(ワイバーン)たちが大きく羽を広げ、嘶いた。

 待機中だった水軍龍兵隊の前に並べられたのは八本の六角形の鉄管を束ねたものだった。翼龍が握りやすいように麻製の紐で括ってある。中身は信管と少量の玉薬。そして、液石から粗製した油と増粘剤で作った半固形のドロッとした液体が充填されていた。

 

 毛皮の飛行服を着た龍士達はゴーグルを下ろし、集まった面々に笑顔で親指を立てて相棒の首元の鞍に跨り、手綱を握る。そして翼龍たちに束ねた鉄管を持たせた。

 

 甲高い呼笛と共に赤い信号旗が振られる。

 翼龍が高い声と共に羽をばたつかせて力強く後脚を交互に蹴りながら走り、飛び立っていく。

 空で編隊を組んだ龍兵隊を見て、水兵達は制帽を振りながら歓声をあげ、指揮官はその成功を祈った。

 

 鉄管の中身は、英康の前世では焼夷(ナパーム)弾と呼ばれていた。

 

 

 

 

「敵の軍勢が攻勢を始めました」

 

 総指揮官の天幕内へ入室したメレンティンは敬愛する姫君に告げた。ユーリアは憔悴し、頭を抱える事が多くなっていた。メレンティン自身も疲労の色が濃いが、自身に活を入れ、報告を続けた。

 

「数はおよそ二万。先行隊は大隊規模ですが、蛮族共が剣虎兵と呼ぶ猛獣使いです」

「これを受けて遅滞防衛隊が蛮族共の本隊へ夜襲伏撃を決行。ですが、どうやったのかこちらの伏兵を看破したようで。二個大隊に打撃を与えたようですが、夜襲を行った遅滞防衛隊は壊滅。指揮官のフォン・バルクホルン大尉も行方不明になっています」

 

 そして、一息ついてからメレンティンは最悪の内容を告げた。

 

「また、先日行われた蛮族共の攻撃により、ヴァランティ辺境艦隊が、壊滅したとのことです」

 

 ギリィ、とユーリアはその美貌を歪ませ、歯の音が鳴るほど噛みしめた。

 後退した<帝国>軍を待ち受けたのは、自分達が策源地に使っている奥津湾から立ち上がった黒煙だった。

 水軍の翼竜攻撃隊が目標としたのは、奥津港に停泊する<帝国>軍の艦隊だった。

 

 

 ヴァランティ辺境艦隊と呼ばれる水軍はその名の通り<帝国>の一地方の艦隊に過ぎないが、それでもこちらの数倍という強大なもの。合わせて四十隻そこそこしかいない<皇国>水軍ではとうてい太刀打ちできない相手であった。

 

 戦前、<帝国>水軍相手にどう立ち回るかという議題が上がった際、彼らの結論は艦隊の維持と拡大に努める。つまり艦隊を見せ札にし、<帝国>が根を上げるまで粘るしかないという結論となった。己らの何倍もの規模と装備を持つ艦隊相手に、真正面から艦隊決戦など行えばそれは自殺でしかないと誰もが認識していたのだ。

 

 しかし、これを変える出来事があった。英康が漏らした一言だった。

 

「軍艦から翼竜を飛ばし、攻撃が届かない上空からの火炎壺なり爆弾を落として攻撃すれば良いのではないか?」

 

 英康自身は「翼竜攻撃隊とかあったら色々と便利だよなぁ」という程度だったが、航空攻撃という概念は水軍上層部に大きな衝撃を与えた。

 この世界の船と言うのは木造だ。布と縄と木でできており、漏水と腐食を防ぐため、船体にタールを染み込ませている。タールを燃やすには高温が必要だが、火がついてしまえば帆船は松明と変わらなくなる。そして、帆船はそもそも上空からの攻撃など想定していない。

 

「これは、今までの海戦を全て過去のものに変えるぞ」

 

 ある水軍将官は恐れ慄いた声で呟いたという。しかしそれ以上に、<帝国>水軍に対抗できる手段が見つかったことに歓喜していた。

 想定していた艦隊保全という手段は戦わないということ。場合によっては友軍や故郷を見捨てることでもある。

 

「水軍は、敵が怖いから戦わない」

 

 作戦上必要とはいえ、誰だってこんな風に言われたくないのだ。

 

 そして水軍は英康の想像以上に航空攻撃について研究を重ね、予算が足らなければ上層部の将官が給料を返納して研究費に当てるなどのめり込んでいった。

 あまりの猛進っぷりに英康は驚きつつも商会を通して多額の援助を行い、開戦前に一応の完成をみた。

 

 それは敵艦隊壊滅という多大な戦果となって表れた。

 

 発進した翼龍は四騎ずつ編隊を組み、事前の導術兵による探査結果をもとに前進していた。そして一刻も飛んだところで目標を発見。停泊中の<帝国>の艦隊だった。どれも巨大で立派な軍艦だった。

 

 選り取り見取り、猛訓練の成果を示すときが来たと、誰もが獰猛な笑みを浮かべた。

 先頭を飛ぶ龍兵隊の隊長騎が小さく右へ左へバンクする。各自目標ヘ突撃セヨ。

 八騎の翼龍は別れ、各自狙いを定めた艦へ向かって滑空しながら一気に急降下した。必中距離に入ったところで、焼夷弾を投下。急上昇。

 空中でばらけた焼夷弾は数本が海面へと落ちたが、多くは甲板に突き刺さった。信管が作動。爆発し、中の溶剤をまき散らし、燃やしていく。

 

 慌てた当直兵が叫び、船のポンプから汲み上げた海水や砂で消化しようとするが、全く効果が無い。水では消えない火だからだ。

 

 上空から見ていた竜士たちはその成功に握りこぶしを上げた。そしてその勢いのまま他の軍艦へ狙いを定め、残った焼夷弾を次々と投下していった。

 <帝国>の軍艦はほぼ全てが炎上し、そして搭載していた玉薬に引火して爆沈していった。もはや港に残された<帝国>兵にはどうしようもできず、ただ悠々と空を飛ぶ蛮族共に罵声を浴びせ、自分たちの艦が燃えて沈んでいくのを見ているしかなかった。

 

 停泊中という事で水兵の多くは当番兵を残して上陸していたこと。また積載していた積み荷と艦の弾薬の幾らかは無事だったが、何の慰みにもならなかった。

 むしろ将の不足に目の前でおきた光景によって兵が衝撃を受け、統率が難しくなってしまった。

 弾薬も糧秣もいまあるだけ。援軍は期待できない。

 そして敵の主力が前進? 最初から最後までこの状況を作りあげ、私と私の軍を掌で躍らせた将自ら?

 

 メレンティンの報告を全て聞き終えると、ユーリアは疲れと一緒に息を吐いた。 

 状況はよくない。何もかもが不足しており、撤退は不可能。軍の士気も落ちている。

 疲れ切った頭の中では幾つもの作戦が浮かび、否定しては消えていく。

 

 ――このまま、やられっぱなし?

 

 ふと、そんな言葉が頭の中をよぎった。

 

 ――いいえ! 私は栄えある<帝国>の帝室の一員であり、<帝国>軍元帥であり、東方辺境鎮定軍の総司令官!

 

 ――このまま降伏?

 ――いいえ! <帝国>東方辺境鎮定軍は、私の軍は精強無比。意地がある!

 

「そう、意地。私にも意地があるわ……」

 

 そう結論づけたとき、ユーリアには、ある種の悟りの様な境地になった。すると、身体の奥底から奇妙な高揚感と共に笑いがこみ上がってきた。同時に一つの考えが浮かんだ。

 

「ふっ、うふふ……」

「姫様?」

 

 心配になったメレンティンは思わず訊ねた。

 ユーリアはひとしきり楽しそうに笑うと、いつもの覇気を纏った姿に戻った。

 

「クラウス、幕僚たちを集めて頂戴」

 

 しかし、その表情は美しいが、目は笑っておらず恐ろしいものだった。

 

「まだ<帝国>の勝利は消えていないわ」

 

 

 

 

 前進を始めた<皇国>軍は北領街道を北上していく。先行偵察に新城少佐が率いる独立捜索剣虎兵第十一大隊が、そして守原英康大将が率いる本隊が続く。初戦で多大な戦果を挙げた砲兵第一、第二旅団はいない。代わりに各大隊ごとに付属する山砲小隊が増強されている。

 

 これは戦功を稼ぎたいという他の兵科からの嘆願もあったが、兵站上の限界と、おりからの天候の悪化が原因であった。

 

 北領の砲兵旅団は英康らの梃入れによる技術の急速な発達で、大砲の軽量高性能化が進んでいる。だが、それでも移動には大量のばん馬が必要になってくる。平時の訓練ならば各地に設けられた軍の糧秣庫を使えるし、北府から近ければそこまで手間では無い。

 

 だが、<帝国>に占領中の北部へと移動させるとなれば糧秣庫は略奪されて使えない。となれば、兵馬の糧秣も全て北府から運ばなければならない。しかも今は冬季、そして天候の悪化で街道に雪が積もり、大重量の重砲と砲弾を牽引するのが困難になってしまった。

 

 しかし砲が無ければ火力が大幅に低下してしまうため、苦肉の策で北府に残置する部隊から山砲小隊を引き抜くことで対処している。山砲小隊の装備する四斤山砲なら、軽量かつ馬に分解駄載できるため、雪道でも移動する事は可能だからだ。

 

 また追撃戦となれば敵の抵抗、夜襲伏撃に奇襲など様々なことが考えられる。それを防ぐため、英康は翼竜を飛ばし、更に新城が率いる独立捜索剣虎兵第十一大隊を先行させている。

 

 剣虎兵第十一大隊は他と違って単一の兵科ではなく、諸兵科聯合という形を取っている。つまり銃兵・砲兵・騎兵(剣虎兵)・工兵と様々な兵科で構成されており、単独でも戦う事が可能だ。それに新城が指揮しているなら単独で対処できるなら殲滅し、無理なら全滅する前に撤退する。独断専行はしない男だから、安心して任せられる。

 

 上空の翼竜からの偵察と剣虎兵による探査能力で伏撃を防ぎつつ、銃兵旅団の火力と騎兵の突進で跳ね返す。それが司令部の、そして英康の考えだった。

 

 この試みは今のところ上手くいっていた。

 <皇国>軍が前進を開始し、後退しながらも<帝国>軍は強かで粘り強かった。将校の数を減った中でも持てる能力を遺憾なく発揮し、焦土作戦に砲兵による擾乱攻撃に夜間伏撃、更には胸甲騎兵による突撃も行っていた。

  

 しかし、それだけだった。

 夜間伏撃。そもそも殆ど意味をなさなかった。翼龍による航空偵察と導術兵による導術探査、先行した新城ら第十一大隊の剣牙虎に匂いを察知され、夜間に待ち伏せ中の<帝国>部隊へ逆に襲い掛かり、壊滅に追い込んでいた。

 

 胸甲騎兵による突撃も、<皇国>軍に出血を強いていたが多少足を鈍らせただけだ。突撃したのは少数で数も少なく、しかも相手は新城ら剣虎兵部隊。咄嗟の剣牙虎の咆哮で馬を怯えさせたところを逆に襲い掛かり、返り討ちにしていた。しかもその際に敵の指揮官らしき貴族を捕らえることに成功している。

 

 だが、街道沿いで見せつけられた光景に、北領鎮台の将兵は酷く衝撃を受け続けることになった。

 

 

 この世界には約二千年前に人と天龍によって取り決められた<大協約>というものがある。この世界においての秩序の根幹であり、その多くが一般常識として日常に溶け込んでいる。

 

 その中には戦争についての取り決めもある。その一つが市邑保護条項だ。人口二千人以上の街は市邑保護条項の対象となり、軍による略奪が禁じられている。だが軍事施設のある街、また人口の少ない街や村は対象外になる。

 

 歴史的要因から兵站重視の<皇国>では迅速な軍の展開のため、点在する街に軍事施設である糧秣庫を置いている。そして奥津湾と網盛湾への中継地点であるこの街には、それなりの大きさの軍糧秣庫があった。

 

「――ここも、ですか」

 

 新城と西田中尉の二人はそれぞれの愛猫の千早と隕鉄を連れて街中を歩いていた。しかし、その表情は対照的である。<帝国>軍による惨状を前にして西田は悲痛な表情を浮かべていたが、新城は顔色を変えず、見慣れた景色を眺めているかのような表情だった。

 

 寒生山地から流れる寒生川は天狼原野を横断しており、途中で二つに分かれて奥津湾と網盛湾へ流れ込んでいる。この川の側に北府から伸びる北領街道が走っており、多くの村や街はこの街道側に作られていた。そして、<帝国>軍による略奪に遭った。

 

 散乱した家財道具に焼け崩れた家屋。毒を撒かれ汚染された井戸。火にまかれ、誰だか分からない黒焦げの死体。抵抗しようとしたのか、旧式の銃や農具を持ったまま血だまりに倒れる男と、着物がはだけ、道端に転がった女性の死体。

 

 近年の発展で二千人に近い人口を擁していた街で生き残った住民は僅か三百人ほど。それも大半は、若い女性だった。つまり、実用的に使える者が殆どだ。

 奥津湾への中継地点として栄えた街は、他の北領街道沿いの村落と同じく、瓦礫と燃えカスと死体が転がる廃墟と化していた。

 

「中尉、戦争というのはこんなものだよ。あまり気を揉む必要は無い」

「……ええ、先輩。すみません、大丈夫です」

 

 西田は力なく笑った。その言葉が新城なりの励ましであると理解できたし、それにいつまでも悲観していられる状況ではないと分かっていた。気持ちを切り替えるためか、長く息を吐いた。

 

「ただ、こうも徹底されるとは。井戸も使えず、兵站の負担が大きくなってます。また士気の方も……」

 

 追撃を始めた<皇国>軍は、戦争というものの一面を大いに見せつけられていた。

 <帝国>軍によって街は破壊しつくされ、住民は死に、井戸には毒を投げられていた。

 この惨状に誰もが呻き、特に衆兵らの気勢は大きく落ち込んでいた。

 

 あまりの酷さに衆兵第五旅団が衆民の慰撫に当たることになった。これは実仁親王殿下の申し出らしい。皇族が被害にあった衆民を慰撫すれば多少なりとも落ち着くだろうという考えと、衆兵の士気の低さが問題だった。衆民からなる第五旅団は現実を見せられ、戦争ではなく復興の手伝いをしたいという声が上がっていた。

 

 天象士によれば、これからもっと天候が悪化して吹雪くそうだ。その前に寝泊りできる天幕を張らないと凍死者が出てしまう。出来れば家屋があれば良いのだが、全て燃えてしまっている以上はどうしようもない。

 

 実に有効な手だ、と新城は思った。

 <帝国>は大規模な夜間伏撃が通用しないと見るや、少数の決死の兵による伏撃や砲撃といった嫌がらせ(ハラスメント)攻撃に切り替えている。

 自国の街と衆民を焼き、度重なる嫌がらせで多くの将兵は苛立ちを隠せないでいた。

 

 その状況下でこれ(・・)だ。領地奪還のため追撃をしている<皇国>軍は住民を見捨てることは出来ない。それに、女性の細腕だけでは厳冬の北領を生き延びることは出来ない。

 

 故に彼らを助けるため早急に北府へ移動させる必要があるが、北領街道はいま兵と馬、そして輜重車で一杯だ。移動させるだけでも簡単ではない。それに人が増えれば補給の消費も早い。その負担は決して少なくは無く、街に到着するたびに足止めを受けている。

 

 その間、<帝国>軍は補給と士気を僅かでも取り戻し、抗戦の姿勢を崩すこと無く後退しながらこちらの様子を伺っていた。

 

 

「良い状況ではないな」

 

 司令部が置かれた大天幕の中、英康は普段の数倍は険しい表情で呟いた。戦争と言うものに慣れていない将兵が多い影響が、ここにきて出てしまった。

 

 英康の様に諸侯時代からの古参や東洲の内乱を知っている者なら、それなりに耐性を持っている。彼らも若い頃に、こういった状況をまざまざと見せつけられていたからだ。だが将兵の多くは若く、戦争というものを見ないで育った世代だ。

 

 戦功が欲しい。敵討ちをしたい。衆民を助けたい。

 それは人として正しい事だ。だが沸き上がる感情を抑えられず、その激情のままに動かれると問題があるのも事実だった。

 

 その結果が、今の北領鎮台の状況だった。

 

「誘い込まれた、という事だろうな……」

「はい、閣下。私もそう考えています」

 

 草浪からの同意に、英康は更に憂鬱になった。

 

 現在、<帝国>軍は寒生川の手前、それも嫌らしいことに街に近く、こちらの砲の射程外の距離ギリギリを保っている。この短い距離では簡易の野戦陣地を構築する事もできず、また民間人が多くいる以上、街を戦場にはできない。

 この一帯はなだらかな平原。塹壕も鉄条網もなく、騎兵が存分に活かせる地形だった。

 

「多くの将兵は前進し、<帝国>軍との決戦でこの戦いを終わらせるべきと言っております」

 

 英康は渋面を浮かべたが、こうなった以上は腹を括るしかなかった。

 考えられる限り徹底的に叩いてはいる。初戦での砲撃、山岳猟兵による斬首作戦、そして水軍の龍兵攻撃隊による<帝国>水軍の壊滅。

 それでも、不安は尽きない。

 英康は少しでも和らげようと大きく溜息をついた。

 

「……全軍に通達」静かな声で英康は言った。

「全軍、総攻撃開始。我らが国を、北領を荒らす<帝国>軍を撃滅せよ」

 

 

 鎮台司令長官から下された待ちに待った攻勢に、多くの将兵は沸き上がった。特に開戦してから無駄飯喰らいの置物と揶揄されていた騎兵第七旅団は大いに奮い立った。

 

「徹底的に踏み潰してやる」

 

 ようやくの檜舞台に、騎兵たちは馬上でそう戦意を燃やした。何しろ司令部が作戦を決めてからずっと冷遇されっぱなしだったのだ。ずっと指定された場所で待機しているか、手が足りないからと一部は愛馬に馬鋤をつけて雪かきや穴掘り、輜重の追加要員やらに回されていたのだ。

 

 しかし、それも終わりだ。ようやく二十年以上前の戦乱以来、軍記物に出てくるような勇壮な騎兵が出来る。

 

「奴らに<皇国>騎兵の強さを見せつけてやる」

 

 北領鎮台は中央に銃兵、両脇に騎兵という基本的な隊形で前進を始めた。数は約二万。

 

「小細工は無用。ただ火力で圧倒し、粉砕せよ」

 

 

 

 

 皇記五六八年二月四日 午前第十刻

 

 

 上空を飛ぶ翼竜が街道に居座る<帝国>軍を観測開始。攻撃が始まった。

 

 北領鎮台、正面を担う銃兵第二旅団は四斤山砲による火力支援を受けながら隊形を変更せずに急進。[寒生白鬼]の通称は伊達ではなく、銃兵でも戦闘的な者をかき集めた尖兵を多く配属させており、その動きは<帝国>猟兵にも負けない素早さだった。

 

 これに<帝国>軍は驚きを露わにした。蛮族共が、中隊横列を並べた大隊縦列で突っ込んできたのだ。それは<帝国>猟兵だけが可能にした、世界最強の戦闘隊形であった。 

 

 もちろん、<帝国>軍も黙って見たままではない。前面だけとはいえ、急造の柵と雪濠に隠れながら砲撃をやり過ごし、かき集めた砲で撃ち返す。<帝国>猟兵たちも射程内に入った敵から撃っていく。

 

 小細工無しの、真正面からの殴り合いだ。互いに発砲音を響かせて撃ち合い、丸い砲弾が跳ねて<皇国>銃兵をなぎ倒し、榴弾が雪濠ごと<帝国>猟兵を吹き飛ばす。

 しかし、装備と火力、そして士気の差はいかんともしがたい。

 遠距離から濃密な火力で圧倒し、反撃にも怯まず前進し、後続の部隊も次々と加わっていく第二旅団に<帝国>軍中央も徐々に押されてしまう。

 

 そこへ、右翼を担う<皇国>騎兵が障害物を迂回し、突撃を仕掛けようとしていた。

 

 迫りくる北領鎮台の騎兵突撃に対し、<帝国>軍は即座に動いた。<帝国>軍は下士官の質も高いらしく、将校が少なくなった今でも歩兵教練に載せたいほどの見事な統率と動きで側面に方陣*1を組んだ。

 

 <帝国>猟兵は銃を構え、荒い息と緊張を押さえて迫る騎兵に狙いを定めた。残り百間、八十間、五十間、……。

 そして、<帝国>猟兵は榴弾の斉射を受けた。

 

「なぁッ!?」 

「突撃ィーッ!」

 

 先陣をきった騎兵大隊長の伊藤中佐が叫ぶ。蛮声を上げ、片手に鋭剣を振りかざしながら舞い上がった土砂を引き千切って<皇国>騎兵が斬り込んだ。

 突然の砲撃に<帝国>軍左翼は対応できなかった。いや、目の前の光景が信じられなかった。

 

「馬鹿な、奴ら誤爆が怖くないのかッ!?」

「貴様ら帝国共の大雑把な砲撃と一緒にするな! こっちの砲撃は寸単位で狙い撃てるんだよッ!!」

 

 振り抜かれた鋭剣と馬蹄に精強な<帝国>猟兵達が瞬く間に蹂躙されていく。

 これを援護しようと<帝国>猟兵旅団を指揮するシュヴェーリンは直近の部隊を増援へ向かわせようとした。だが、まるで何も知らない新兵の様に動きが遅い。

 身軽さと機動力を至上とする普段の<帝国>軍なら、信じられないほどの鈍重さであった。

 

 これは山岳猟兵による狙撃で指揮官が減らされ、またこれ以上指揮官を減らされないために即席の装甲馬車に籠る様になった影響だった。

 

 シュヴェーリン少将は東方辺境領一の猛将である。この状況下でも、それは変わらない。

 だが、いくら頭である彼が命令を下しても、手足が機能不全となれば碌に動かなくなる。

 

 前線に立つ兵から見て指揮官とは、自分の所属する部隊の下士官や尉官がそうだ。佐官、将校は雲の上の存在であり、想像の範囲外にある。

 普段の<帝国>軍ならば立派な軍馬に跨り、華美な装いで堂々とした姿の指揮官が見れるが今は違う。勇敢で有能な指揮官は常に前線に立ち、そして山岳猟兵によって狙撃されてしまった。生き残っているのは運が良い者か、物陰に籠ってばかりの臆病者しかいない。

 

 その部隊の兵はその指揮官に似る。いくら生き残ったベテランの下士官が必死に支えようとしても、指揮官が臆病者でただ安全な場所で怯え、喚き散らしていれば、普段と違う部隊の姿に兵は不安になり、そして大きな不満となる。

 

「俺たちが身体を張って死に物狂いで頑張っているのに、部隊長は隠れて怒鳴り散らすだけだ」

「俺たちはなんの為に戦っているんだ」

「あんな奴の為に戦って死にたくない」 

 

 指揮官が命を張らなければ、兵もその指揮官の為に戦わなくなってしまう。そして糧秣も弾薬も欠くようになってしまえば急速に結束力は失われてしまう。<帝国>軍の屋台骨であった「勇猛な将兵」は、ここで崩れてしまったのだ。

 

 それに対して、多少練度が低くとも豊富な物資と緒戦を圧勝し、勢いに乗っている<皇国>軍は突進する。更に敵右翼へ突撃した新城少佐が率いる剣虎兵大隊が加わってからは、ますます喰い荒らされていく。

 

 まさに、ユーリアの考える通りだった。

 

「蛮族共が正面に喰らいつきました」

「そう」ユーリアが言った。「予定通り(・・・・)、前衛集団は捨てる」

「はっ」

 

 シュヴェーリンには苦労をかけることになるが、最後まで粘ってもらわなければならない。

 囮にすることに対し、彼はただお任せくださいとだけ答えた。その彼と将兵の為にも、勝利をしなければならない。

  

「カミンスキィ大佐」

「はっ」

「敵本陣へ突撃する。道を切り拓け」

「御意。必ずや、勝利の栄光を、殿下に」

 

 カミンスキィが見事な敬礼で答え、足早に部隊へ向かった。愛人である美形の青年将校を見送り、振り返った。

 

「殿下……」

「まだ不満かしら、クラウス」

「はい、姫。賛成できません。危険すぎます」

「そうね、危険だわ」

 

 あっさりとした口調でユーリアは答えた。

 

「でも、私は負ける気は無い。負けたくないの。それに、このまま何もできずに敗北して、東方辺境領軍が嘲笑されるのは我慢ならないわ」

「殿下……」

「でもクラウス、心配は要らないわ。だって、私は勝てない博打をする気は無いもの」

「……わかりました。姫、お付き合いいたします。いま思えば、姫の我儘に付き合うのも、傅役の特権でしたな」

「あら、じい。私は優等生だったじゃない。でも、ありがとう」

 

 ようやくメレンティンのいつもの軽口が聞けるようになった事に、ユーリアは声に出して笑った。

 ひとしきり笑ったところでユーリアは<帝国>東方辺境鎮定軍総司令官へ戻った。侍従が連れてきた愛馬へ颯爽と飛び乗る。

 

 ユーリアの前へ立ち並ぶのは、獰猛と謳われる第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊(オストフッサール)と二個の独立騎兵大隊を加えた、三千騎もの騎兵だった。

 彼らの前に出たユーリアは鋭剣を振り上げ、高らかに告げた。

 

「狙いは蛮族共の指揮官ただ一人! 立ち塞がる者は全て粉砕せよ! 総員抜刀(ルワン・エ・ヴァン)ッ!!」

 

 突撃喇叭が高らかに鳴り響く。

 

万歳(ウーラン)ッ!』

万歳(ウーラン)ッ!』

万歳(ウーラン)ッ!』

 

 熱狂に包まれた中、ユーリアは鋭剣を振り下ろした。

 

帝国万歳(ウーランツァ―ル)!!」

帝国万歳(ウーランツァ―ル)!!』

 

 全ては、我らが東方辺境領姫の勝利の為に。

 

 <帝国>騎兵三千騎が、死兵となって北領鎮台へ襲い掛かった。

 

 

「……凡人は凡人、天に愛された姫には敵わぬ、か」

 

 英康は呟いた。身体に走る寒気が酷く、震えが止まらなかった。

 騎兵突撃に対して即座に反撃をした。だが、止まらなかった。

 榴散弾を浴びても、ライフル銃の弾幕にも負けず、先に倒れた戦友たちをも踏み潰していく。

 

 この魂の籠った騎兵突撃を前に、こちらの右翼部隊は蹂躙されて崩壊。狂乱と馬蹄と万歳で満ちた雪原を騎兵は駆け、立ち塞がる者を蹴散らしながら猛烈な勢いでこちらに向かって突き進んでくる。

 

 糧秣は残っていない。弾薬は無い。士気は低い。

 だからどうした? それ以上の熱狂で塗りつぶし、ただ我武者羅に突進して粉砕しまえばいい。

 

 言葉で言うのは簡単だが、それを本当に成したユーリアに、英康は恐怖してしまったのだ。

 

「閣下ッ! お、お逃げください!」

 

 慌てふためいた将校を見て、英康は僅かだが落ち着いた。自分も傍から見たらこんな感じなのかと思ったからだ。よくよく見ると、あの新品中尉だった。

 英康は震えを誤魔化すように大袈裟に溜息をついた。そして妙に頭が冷静となったお陰か、要らぬ所まで分かってしまう。

 

 鎮台の動きが鈍い。目の前にぶら下がっていた獲物に夢中になって食らいついた結果、奥深くまで誘導されてしまった。

 また目前にまで見えた勝利、そこから強烈な騎兵突撃を受けたことで、心も身体もついてこれていないのだ。硬直した隙は大きく、未だに粘っていた敵中央も反撃に移っていて近視眼的な対処しかできていない。

 

 それに馬はあるが、この混乱の中では逃げ出すには無理だ。伝令用の、ほんの数頭しかいない馬で逃げたところで途中で追いつかれられる。

 

 つまり、だ。

 

「無駄だ。今から逃げても間に合わんよ。ここで迎え撃つしかあるまい」

 

 英康が素っ気なく答えると、新品中尉は更に恐怖で引き攣った顔になった。

 それが面白くて、思わず声を出して笑ってしまった。中尉の表情がますます歪んでいく。

 

 ひとしきり笑ったら、いい気分転換になった。それと同時に、こんなつまらん事で死にたくない、強い思いが身体中を巡った。

 気合を入れなおすべく、英康は大音声で命じた。

 

「総員着剣ッ! 銃は撃つな。味方に当たる!!」

「は、はいィッ!!」

 

 言いながら英康は纏っていた外套を脱ぎ捨て、腰の鋭剣を鞘から引き抜いた。拵えこそ高級将校に相応しい造りだが、中身は寒冷地用にと工廠で生産された量産品だ。片刃で浅く反りのある造りは諸侯時代のものを踏襲したもので、折れず曲がらずよく切れる、お気に入りの品だった。

 

 英康は五月蠅く鳴る心臓の鼓動を抑えるべく、長く息を吐いた。白い吐息が細く立ち上がって消えていく。

 

「真改」

 

 のっそりと傍に寄った老剣牙虎の頭に手を乗せ、優しく揉んだ。

 

「すまんな、またお前に助けて貰う事になりそうだ」

 

 気にするな、と言わんばかりに真改は大きく吼えた。

 

 跳ね飛ばされた味方部隊の切れ目から騎兵が飛び出してきた。特徴的な金の兜に鈍色の胸甲。<帝国>の胸甲騎兵だ。

 

「閣下をお守りしろッ!」

 

 草浪の号令で英康の周りに司令部要員たちが鋭剣や銃を片手に集まった。僅かだが、着剣した銃兵もいた。槍衾にするには少ない上に銃剣では短いが、無いよりマシだ。

 

「白兵戦よォい!」

 

 騎兵の数は減っている。さすがに銃兵に騎兵をぶった切ってくるのは苦しかったらしく、頭数は少ない。三十騎前後か。だがこちらを見つけるや、脇目もふらずにこちらへ突進を始めた。

 

帝国万歳(ウーラン・ツァール)ッ!!」

 

 場違いなほど綺麗な声が響く。先頭に立っていたのは、豊かな金髪と外套をたなびかせた将校だった。

 

「真改ッ!」

 

 グオオオォォォンッッ!!

 

 老剣牙虎の雄叫びに突進してきた胸甲騎兵の跨る馬がそれに怯えた。しかし、勢いがついている馬は急に止まれるはずがない。馬はつんのめるか、また逃げようと進路をずらし、そして味方同士でぶつかり合った。

 

「かかれぇ!」

 

 その隙を逃さず、英康らは胸甲騎兵へ襲い掛かった。数人がかりで斬りかかり、馬上から引き吊り落として丁寧に処理をしていく。

 英康も突進してくる騎兵に、すれ違いざまに鋭剣で足を斬りつけ、怯んだところを真改が老いを感じさせないほど俊敏な動きで飛びつき、敵兵を噛み殺した。

 

「はァッ!!」

「ぬッ!?」

 

 後ろ! 直感に従い、振り向きざまに咄嗟に鋭剣で防御する。受け止めた鋭剣が火花を散らす。眼前には凛然たる気迫に満ちた、美しい女性の顔があった。

 

「殿下ッ!?」

「閣下ッ!?」

 

 信頼する副官からの悲鳴に、二人の視線が交差する。

 

 ――この男が、敵の司令官かッ!?

 ――げぇ、ユーリア!?

 

 二人の力と意志の比べ合いが続く中、割った入ったのは真改だった。躍動し、ユーリアの乗る馬の首筋へ噛みついた。そのまま捩じる様に身体を動かすと、馬は悲鳴を上げて倒れた。ユーリアは即座に飛びのいたが、反動で雪面の上を転がり回った。

 好機、と見た英康が今のうち身柄を確保しようと駆け寄った瞬間、横から一騎の騎兵が飛び出してきた。既に鋭剣を振り上げている。

 

「閣下ァ!?」

(やってしまったな、これは……)

 

 兵、周りにいない。真改もまだ立ち直っていない。剣で防御。さっきので痺れていて上がらない。

 英康は、スローモーションで迫ってくる鋭剣が見えた。

 

「もらっ――」 

 

 鋭剣を振り下ろそうとした騎兵が、横合いから現れた大きな影によって吹き飛ばされた。代わりに現れたのは、灰色がかった白毛に黒毛の縞模様の猛獣。顔を真っ赤な血で染め、咆哮をあげる剣牙虎だ。

 

「千早……?」

「総員、我に続けェー!」

 

 横から殴りつけてきたのは、本陣の異常を察知して転進してきた、新城少佐の第十一大隊だった。

 

 英康は言いようのない安心感を、ユーリアは己の賭けが失敗したことを悟った。

 

 ――勝ったな……。

 ――私の負け、ね……。

 

 文字通り、胸甲騎兵を食い殺していく大隊を見て、二人はそう判断を下した。目線を互いに合わせるとほぼ同時に戦場に響き渡るような大音声で命じた。

 

「東方辺境領の将兵達よ、戦闘を止めよッ!!」

「北領鎮台、全軍戦闘中止せよッ!!」

 

 鳴り響いていた戦場音楽が徐々に小さくなっていき、そして奇妙な静けさが辺りを覆っていた。

 

「姫様」駆け寄ってきたメレンティンが小さく言った。

「クラウス、無事かしら?」

 

 立ち上がったユーリアは僅かに笑みを浮かべて言った。

 

「負けたわ。これ以上の戦闘は無意味。それで兵を死なすのは私の本意ではない」

「姫様……」

「ところでクラウス、青旗は持っている?」

「舐めないでいただきたいですな、姫様。これでも貴方様の侍従を長年務めているのですぞ。どのようなことにでも対処できるよう、色々と準備していますとも」

 

 メレンティンはその泣き顔をクシャクシャに歪ませながらも、いつもの優しい声で言った。 

 

「ありがとう、クラウス」

 

 そして<帝国>軍の集団から青旗が上がると同時に、ユーリアはゆっくりと歩きだした。

 

 

「閣下」

「警戒だけでよい。貴様らは離れておれ」

 

 英康も手に持ったままの鋭剣を収め、歩き出す。

 <皇国>と<帝国>の将兵が周りを囲んだ円の中心にて、二人は相対した。

 

「<帝国>鎮定軍総司令官、<帝国>軍元帥ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ」

「<皇国>北領鎮台司令長官、陸軍大将守原英康」

 

 互いに見事な敬礼を見せた。

 

「モリハラ大将、私と私の将兵は、<大協約>に基づいた降伏を行う用意がある」

「決断に敬意を表します、殿下」英康は答えた。

「<大協約>に基づき、殿下と殿下の兵の降伏を受諾いたします。なお、降伏にあたって<大協約>の保証する俘虜の権利、その尊守を皇主正仁陛下の臣にして藩屏たる<皇国>陸軍将官、<皇国>将家の一員として誓約いたします」

「貴官の勇気と道義に感謝する、モリハラ大将」

 

 形式通りの話が終わると、英康とユーリアは軍を率いる者同士で少しの会話を楽しんだ。

 それが終わると、彼らは己の軍に戻った。

 英康ら北領鎮台が見守る中、ユーリアら<帝国>東方辺境鎮定軍は堂々とした姿のまま降伏した。

 

 ここに、北領戦は終結した。

 

 

*1
◇ 右の様な正方形に(方形)に陣形を組む。斜線が銃兵による横隊で死角が無く、突撃に対して最も有効な防御陣形である。 ◇◇ 右の様に連続して出来上がると防御は更に強固となる。これを崩す方法は射程外からの砲撃のみしかない。




誤字・脱字、また感想などありましたらお願いします。


↓以下、愚痴。

正直、納得というか性急すぎて気に入らないので後で書き足すと思います。
ただまったく思いつかない……、どうすっぺ?

追記
どうも性急について混乱させてしまったようなので、簡単に説明をば。

性急というのは文の膨らましが足らないということです。ぶつ切り状態ですし、特に後半、戦闘が終わった後のメレンティンとユーリアの会話や英康とユーリアのやり取りがもちっとあった方がいい、ということです。

…全面的に私の書き方が悪かったですね。申し訳ありません。


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ネタ・皇国の守護者・英康に憑依6

これにて北領戦、また皇国の守護者は終わり。

短いですが、楽しんでいただければ幸いです。


 北領での<皇国>と<帝国>の戦争で<皇国>が勝利した事は、世界中で驚きをもって迎えられた。

 

「<皇国>軍もやるじゃないか」

「普段、偉そうに威張っているだけの事はあるな」

 

 北領戦の内容が内地にも伝わって来るや、参加した将兵は全員が褒め称えられた。

 その中でも、北領鎮台司令長官である守原英康は別格だった。

 

 まごう事なき五将家の出ながら衆民に優しいと評判の人物であり、襲来した<帝国>軍を壊滅させただけでなく、東方辺境領姫を始めとした多くの<帝国>貴族を捕縛している。

 しかも北領鎮台の損害は軽微。またこの数年前から<帝国>と戦が起きると発言して見事に的中させていた。

 

 そして決戦で行われた指揮官同士の一騎打ちだ。諸将家時代よりも古い、もはや伝説の再現である。

 

「威張りくさっている将家も官僚も嫌いだが、守原様だけは別だ」

 

 守原英康とは、智謀、人徳、そして武勇も兼ね備えた理想の将である。そしてその人物と戦い、女だてらに馬を駆って相結んだ<帝国>東方辺境領姫、ユーリアを讃える声も少なくなかった。

 絶世の美女である彼女もまた現代に蘇った女武者であり、伝説そのものだったのだ。

 

 勿論、<帝国>が犯した蛮行に眉を顰める者も多いが、内地の人間にとって北領は遠く、異国での出来事でしかなかったのだ。

 

 <皇国>各地では戦勝祝いの提灯行列や祭りが行われ、そこに脚色された(といっても、ほぼ事実なのだが)英康とユーリアの戦いが芝居や物語が公開されるとますます人気が高まっていった。

 

 

 海外でも、あの<帝国>が弱小国に負けたと聞き、<帝国>から圧力を受けている者たちは拍手喝采をあげ、そして自身らを奮い立たせる原動力になった。

 

「<皇国>人にもできたんだ! 俺たちだってやってやるさ!」

 

 <帝国>は近隣を征服していって拡大した国だ。アスローンや彼らが東方蛮族と呼ぶ周辺国は全て敵対しており、また征服の過程で亡国となった者らによる反乱が頻発した。

 その殆どが暴動と呼べるようなもので、即座に鎮圧された。だが、中にはどこから調達したのか、豊富な武器弾薬と戦術で抵抗するところもあった。

 

 独立派を名乗る連中は、平時の<帝国>なら物量で圧し潰せるようなものばかりだったが、<皇国>との敗戦で動揺している最中にアスローンや東方蛮族との戦争が再開。

 また沿岸部での海賊の増加に経済の混乱、戦費の持ち出しも相まって、<帝国>の長く頭を悩ませる問題となった。

 

「旧式の武器や機材は先の入れ替えで予備か廃棄にする予定だったからな。それに、鹵獲した武器弾薬は規格に合わん。在庫整理には丁度いい」

 

 と、どこぞの陸軍大将で商会の経営者が裏で動き、子飼いの廻船で海賊しながら武器弾薬を教官付きでばら撒いた結果だった。

 

 また、これを受けて世界中で物流が阻害されるようになった。

 各地へ積み荷を運ぶ<皇国>商船団が<帝国>の海域で出現するようになった海賊(・・)を恐れたためだ。

 ただの海賊ならともかく、海賊旗(ジョリーロジャー)を掲げた艦は特に強かった。妙に武装化されて規律正しい海賊(・・)で、事実、いくつかの<帝国>商船や<皇国>商船が襲われ、積み荷や船を奪われるような事態が起きている。

 <帝国>海軍も動員して対処に当たっているものの、軍艦として攻防に秀でた海軍と、神出鬼没で快足さを優先している海賊とでは土俵が違う。その多くが追跡を振り切って逃げられていた。

 

 結果、危険になった海域では輸送費用が跳ね上がった。また商船団も、積み荷や船が奪われれば大損で面子も丸潰れである。廻船問屋は団結し、新造されたばかりの快速船まで投入するようになった。また自衛のためにと傭兵や自前で武装するようになったのも、賃金の上昇の原因のひとつだった。

 

「……酷い自作自演だな、これは」

「まさか<帝国>の金で艦や装備を整えつつ、そして<帝国>に打撃を与えるとはなぁ」

「商人共も笑いが止まらんだろ。造船所はどこも一杯で、ろ獲した廻船はすぐに買い手がつくってよ」

「そりゃ、これだけ儲かってれば誰だってやるさ」

「これを考えたのは、北領のあの人か?」

「大元はそうらしい。それに乗っかったウチの上層部と商人共が結託した結果だと。まあ、<帝国>以外は誰も損しないからな」

 

 と、どこぞの水軍の将兵たちは、そう嘯いたという。

 

 だが、<帝国>という巨人は揺るぎもしなかった。

 確かに東方辺境領の先遣部隊が敗れた。

 それがどうした? たかが二万と少しの小勢が敗れただけ。東方辺境領だけでも、あと十八万までは問題なく動かせられる。

 

 むしろこの敗北で<帝国>は本気になった。各戦線と内乱に対処するためにと大規模な動員が行われている。

 特に東方辺境領は凄まじく、総兵力が八十七万だったのが動員を重ねて今では倍に増えている。恐らくは百七十万にはなる、というのが現地からの報告だった。

 

 また<大協約>に則って俘虜交換の交渉を重ねている最中にも、<帝国>は<皇国>へマランツォフ元帥と本領軍、そして本領艦隊の投入も決定したという。

 

 その数、なんと二十万。東方辺境領が用意した<皇国>向けの軍勢と合わせると四十万近くなる。また各戦線への対処のため、他の元帥たちも本領軍を率いていた。

 また<帝国>皇帝は邪魔な貴族を合法的に追い出すと同時に、この敗戦を利用して内政問題に取り掛かっていた。

 この様に、<帝国>は僅かな月日の間で問題に対して対処しようと動いていた。<帝国>皇帝の持つ才覚と権限の強さが表われた結果だった。

 

 

 だが、<皇国>の動きはやや鈍かった。事前に取り決めていた政策や作戦はそのまま実行に移されたが、それ以外では劇的な勝利に浮かれてしまったのだ。

 

「<帝国>軍、恐るるに足りず」

 

 そんな言葉は衆民だけでなく、内地の将兵からも出始めていた。

 現地を知らない将兵は鮮やかな勝利にばかり目がいってしまい、また戦時体制に移行したことで各地の工廠から膨大な数の兵器弾薬が吐き出されているのだ。

 これだけあれば<帝国>相手でも戦える、そう考えてしまったのだ。

 

 そんな彼らが考えたのが、夏季大侵攻という妄想であり、北領鎮台の再編成だった。

 

 ただ血気盛んな者はともかく、夏季大侵攻が発案された理由の多くは、北領で<帝国>が行った焦土作戦が影響していた。

 まるで東洲の内乱の様な惨状に、彼らは自身の領地が<帝国>に踏み込まれればそうなってしまうと思い立ったのだ。

 それを避けるためには、<帝国>の地で戦えばよい。単純な理由だった。

 

 また再編成も北領戦で消耗した部隊の休息と増強、得られた戦訓の調査のため、というらしい(・・・)理由であるが、実態は部隊を入れ替えさせることで次の戦が起きたときに他の将家にも戦功を取らせ、また守原の色を薄めるためでもあった。

 

 その中には、英康の子飼いと思われる新城ら剣虎兵第十一大隊の切り離しもあった。

 

「はぁ、とばっちりですか?」

 

 北府、北領鎮台司令部内にある司令長官室。

 急な呼び出しを受けた新城は、司令長官から出された黒茶を飲みながらそう零した。

 

「確かにそれもある。一番は、内地には馬鹿しかいないという事だがな……」

 

 部屋の主である英康は言った。彼としては珍しい、取り付くった表情も出さずに頭を抱えていた。

 

「詳細な戦闘報告もしたのだぞ。最新の兵器で固め、土地と数的有利もあった鎮台が、たった二万を相手にしただけでひぃひぃ言っているのだ。なぜ夏季大侵攻などという妄想が出るのだ……。無理に決まっておろうが。むしろこの勝利で<帝国>を本気にさせた。<帝国>の地で戦え? 百万を超す大軍とぶつかれと言うのか。本格的に防衛体制を整えないと負けるわ……」

 

 本当に呆れかえっているらしい。ぶつぶつと愚痴が止まらなくなっていた。

 最初は真面目に相手をしていた新城も途中から面倒になり、適当な相槌を打ちながら黒茶と菓子を食べて過ごした

 愚痴が終わった頃には、黒茶はすっかり冷めてしまっていた。

 

「……ああ、すまんな。迷惑をかけた」

「いえ、お気になさらず」新城は言った。

「黒茶を淹れ直そう。細巻を吸うといい」

 

 英康が席を立った間、新城は細巻をくゆらせた。

 うん、いつもの味だ。北領に来てからは贅沢に慣れてしまったな。凝った足を伸ばし、天井へ煙を吐き出すと身体の凝りもほぐれていくようだった。

 出された暖かい黒茶を飲んだところで、新城は言った。

 

「しかし、僕と僕の大隊を切り離したところで何になりますか? 一個大隊、それも消耗した新設部隊です」

 

 剣虎兵第十一大隊は英康の宣言通り、戦時中はこき使われていた。もっとも、独立捜索部隊で剣虎兵の特性を考えれば先行するのは当然のことだったし、英康は新城にかなりの裁量権を渡していたため、損害は最小限に抑えられていた。

 

 それでも度重なる戦闘で消耗し、最後の決戦では司令部に救援に行くため、胸甲騎兵を相手取ったのだ。最終的な死傷者数が多くなったのも、騎兵と真正面から殴り合った結果だった。

 

 元々が新設部隊、それも戦争の為にと補強して、今は消耗した大隊だ。剣牙虎の補充だってそう簡単な事では無い。

 そんな部隊を切り離したところで、今の守原をどうこうできるとは思えない。ただの時間と労力の無駄だ。少なくとも、新城はそう考えていた。

 

「……理屈では無いのだ。貴様の大隊は任務を果たし、その上で<帝国>騎士、確かバルクホルン家の者を捕縛し、司令部の危機を救った。十分な戦功だ。それに貴様を重用している、との事だ。まぁ将家の見苦しい妬みだな」

 

 そんな下らない理由で巻き込まれたのか、と新城も思わず半眼になった。

 

「ああ、本当に馬鹿々々しい理由だ」英康は言った。「あー、あと、これを聞いても怒らないで欲しい」

「なんでしょうか?」

 

 そこで、新城は英康が何とも言えない表情を浮かべているのに気づいた。

 

「――どうも貴様は、私の隠し子らしいぞ」

 

 ……。

 …………。

 

「は?」

 

 新城の間の抜けた表情を見て、英康は笑った。

 

「貴様もそう思うか。私もだ」

「なぜ、そんな噂が?」

「貴様を贔屓にしているから、だそうだ。それで、今回の戦争やらなんやらで色々と混ざった結果のようだ」

 

 酷く雑な説明を聞き、新城としては珍しく、本当に困ったような表情を浮かべた。

 

「一応聞きますが、可能性は?」

「ない」英康は断言した。「そも、私が東洲の地に初めて入ったのは内乱の時だ。守原は東洲公に特に嫌われていたからな」

 

 これは五将家という、歴史的なものが関係しているため仕方ない部分も多かった。また英康も内乱が起きる東洲へ投資しても回収できないと考えており、最低限の付き合いに留めていたのもあった。

 

 それを聞いた新城は当然だと頷くと同時に、どこかで残念だと思う気持ちがあったことに内心驚いた。

 ああ、意外と、いや、そうなのか? まぁあれだけやってもらえれば、流石に好意は持つだろう。うん、そうだ。

 新城はその様に片付けた。

 

「しかし、これを使おうとする馬鹿や、真に受ける愚か者もいる。それが問題なのだ」

「はぁ、政治ですか」

 

 ああ、だから僕と僕の部隊にああいう仕事が回って来たのか、と新城は納得した。

 

 新城ら剣虎兵第十一大隊は戦後、再編を済ませると、俘虜の相手をすることになった。表向きは<帝国>兵の監視だが、実際には衆民からの攻撃を防ぐためだった。

 

 <大協約>では、俘虜になった将兵の扱いにも決まりがある。食事や宿泊施設などは自軍の同じものを、俘虜になった後の犯罪以外で将兵を処罰してはいけない、過剰な労働は禁止、俘虜同士を離してはいけないなど細かく定められている。

 

 これがただの戦争なら問題無かった。だが、<帝国>はやり過ぎていた。

 少なくとも、<皇国>の誰もがそう考えていた。

 

 焦土作戦に衆民からの徴発(略奪および暴行)は行っていない<皇国>からすれば、いくら<大協約>でも問題が無いとされているとはいえ、<帝国>の蛮行に怒りを露わにしていた。

 

 だが俘虜となった以上は、<大協約>に則った待遇をしなければいけない。

 

 俘虜となった<帝国>軍の将兵は合わせて五千ほど。これに東方辺境領姫ユーリアや<帝国>貴族の世話をする侍従を含めると更に多くなる。この俘虜を管理するには北府にある施設だけでは足りず、また東方辺境領姫ユーリアを始めとする<帝国>貴族ら高級将校向けの部屋も無かった。

 

 そこで旅館や旅籠などを借り上げようとしたのだが、これに被害を受けた衆民たちが怒りの声を上げた。

 

「なんで<帝国>の野蛮人どもの為に、寝床の世話をしてやらないといかんのだっ!」

 

 <大協約>で決まっているから、と言ってしまえばそれまでなのだが、彼らの感情が納得しないのだ。

 結局、北府の宿屋や倉庫などを全て相場の倍で北領鎮台が借り上げることで一応の解決となった。更にその周りを鉄条網で囲むことで衆民が迷い込まないよう(・・・・・・・・)遮断している。

 

 剣牙虎(サーベルタイガー)がもつ威圧感が適切だからという、もっともらしい理由がつけられたが、新城らへの嫌がらせと衆民から憎悪の籠った目で見られたくないからなのだろう。実際、他の監視員をしていたのは弱小将家の者ばかりだった。

 

 衆民から嫌われる気分のいい仕事では無いが、<帝国>兵には気の良い者も多かった。特にフォン・バルクホルン大尉との会話は互いの趣味が読書なのもあって楽しくもあった。

 また<帝国>兵の宿舎へ酒や菓子を持っていく<皇国>兵もおり、意外とうまくやれていると考えていた。

 

「……ああ、そう言えば。貴様は自費で、部隊の者に酒や菓子を振舞ったそうだな?」

「はい、閣下。それが何か?」

 

 顔色を変えずに、新城は答えた。実際にはバルクホルンら<帝国>将兵の分も含まれていたが、そこは知らぬふりをした。いくらこの場に二人しかいないとはいえ、あまり良い行いとは言えないからだ。

 

「いや、噂で聞いたのでな。ああ、先日、内地の衆民からの援助で菓子や酒も届いてな。貴様も後で人数分持っていくと良い」

 

 成程、堂々としていろってことか。噂、つまり面倒事があると。この人の事だ。<帝国>将兵の分まで用意してあるのだろう。

 うん、これは優遇されているな。 

 

「で、だ。長くなったが、本題に入ろう」

 

 新城は居住まいを正した。

 

「剣虎兵第十一大隊は内地へ帰還。そこで再編をすることになる」英康は言った。「貴様は近衛(ガーズ)に編入になる。正規な辞令はまだだが、今のうちに準備しておくといい」

「近衛、ですか?」

 

 また妙なことになった、と新城は思った。顔からは笑みが消えていた。

 

「どうにも敵が多い。私も、貴様もな」

「それについては、否定はしません」

 

 それだけで、今どういう状況なのか理解できた。

 駒城家の影響力が強い駒洲鎮台でもなく、近衛衆兵の配属。駒城家の重臣からも反対があったと容易に想像できる。自分が育預だからだ。近衛禁士でないのも、禁士に多いのは有力将家の者ばかりだからだ。また、そこには反守原も多い。

 

 近衛衆兵は後備役(リザーブ)と変わらぬ扱いだ。天領出身の衆民の次男三男坊から編成された近衛衆兵の弱兵ぶりは評判であり、北領戦でも目立った戦果を挙げていなかった。また攻勢時には焦土作戦を見て戦意を喪失し、後方に下がったのも拍車をかけていた。

 

「……実仁親王殿下と、篤胤殿と駒城中将に感謝しておけ。私だけでは、貴様は全く知らぬ土地の倉庫番になる予定だった」

 

 親王殿下、と聞いて新城は面食らった表情を浮かべた。新城に関わりのある人では無かった。

 

「昔、殿下の御付武官は篤胤殿が務めていた。駒城中将も確か幼年学校の同期。私とも関わりがある。その関係だ」

 

 実仁は皇族としては珍しい、武張ったことを好む性質だった。そして近衛衆兵の弱兵ぶりを改善するべく奔走し、英康にも助言を求めていたが、将兵の奥深くまで染み付いてしまった習性を中々改善できずにいた。

 そこであったのが、新城の異動騒ぎだった。戦時中に見た彼と彼の部隊の勇戦ぶりもそうだが、駒城と守原との繋がりが深いという点でも利点が多い。だから近衛衆兵での後ろ盾になることを約束したのだ。

 

「殿下とお会いしたことは?」英康は言った。

「いえ、僕は拝謁の栄に浴した事はありません」

「なんだ、そうなのか? ならば今度、場を用意しておこう。今後の、貴様の上司になる人だ。うまくやるといい」

 

 英康はちらりと刻時器に目を落とした。次の仕事の時間が迫っていた。

 

 そして新城が退出する際、英康はふと思い出したかのように言った。

 

「ああ、あと陸軍からも近衛衆兵への転籍者がいる。みな歴戦の兵だ。気に入った奴がいれば部隊へ連れていくといい」

 

 その言葉に、新城は明らかな敬意をこめた敬礼で答えた。

 

 

 新城が退出した後、草浪が内地からの報告書を持ってきた。

 それは内地で試験中だった、新兵器の結果だった。

 

 <次期主力火器の開発計画>

 

・新式主力小銃(仮称・鎖閂式小銃(ボルトアクション・ライフル)

・輪胴弾倉式短銃(仮称・回転式拳銃(リボルバー)

・拠点防衛用制圧火器(仮称・回転式機関銃(ガトリングガン)

・対龍兵用対空砲弾(仮称・三式弾)

 

 

 この数か月後。

 再び英康らは戦場へと赴くことになる。

 

 <皇国>における近代の英雄の一人であり、東方辺境領姫ユーリアと幾度も戦い抜いて皇国の守護者と讃えられた男の、戦いの始まりだった。




誤字・脱字、また感想などありましたらお願いします。

俺たちの戦いはこれからだEND。一旦締めで。

正直、もちっとうまく書きたいですし、ユーリアと英康の会話を書きたかったけど、書けない……。
思いついたら追加します。

次はヒロアカの続きか、ワンピ―スの一発ネタを書く予定(いつになるか分からないですが)


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