【短編】もしも潮田渚が殺人鬼に目醒めたら。【次回投稿未定】 (うたたね。)
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#01 覚醒:殺人鬼

ほい、あらすじで書いてある通り、ノリで書いた作品です。続くかどうかは分かりません。

最初らへんは、ほぼ原作通りです。鷹岡先生との勝負から始まります。最初に少し殺せんせーとかの話をしています。

では、どうぞ!



 人生は不確定だ。

 たった一つの選択でその後の人生、及びその人間の性質は大きく変化してしまう。

 

 そう考えれば、僕の人生の転換期は、間違いなくあの時あの瞬間なのだろう。

 

 

 これはそういう物語。

 

 

×××

 

 

 

 僕、潮田渚の学校生活は──いや、僕達の学校生活は、他の人達よりも、かなり変わっている。

 理由もかなり変わっている。こんな事を話しても信じられるかどうかは分からないけども、話しておこうと思う。

 2ヶ月前、進学校「椚ヶ丘中学校」の成績・素行不良者が集められた3年E組の元に、ある日突然、防衛省の人と謎のタコみたいな生物がやってきた。その生物は、マッハ20で移動し、月の7割を蒸発させ、授業を教えるのが上手なタコだった。

 そして何やかんやあり、そのタコ──殺せんせーは、僕達の担任をし、僕達は殺せんせーを来年の三月までに暗殺しなければいけなくなった。暗殺しなくちゃ地球を破壊するらしいし。

 最初は戸惑ったけれども、賞金百億円と聞いて、みんなの目の色は変わって、暗殺に意欲的になった。

 

 ほらね? 僕達の学校生活はかなり濃いだろう? こんな学校生活送ってる人なんて、世界中探してもいないと断言できるよ。

 

 この超生物との出会いが、僕は自分の人生の転換期だと思っている。

 成績も前よりも比べ物にならないくらい上がったし、クラスメイトの事をより良く知ることができた。だから殺せんせーには、そこら辺は感謝してます。

 

「渚君、何やら嬉しそうですね? 何か良い事でもありましたか?」

「え、僕そんなに顔に出てました?」

「ええ。此れでもかと言うぐらい、笑顔でしたよ」

 

 はは、何だか照れくさいや。

 

 

「殺せんせー。僕は必ず、貴方を三月までに暗殺してみせますよ」

「ヌルフフフ、其れは楽しみです。殺せると良いですねぇ、卒業までに」

 

 

 この2日後、僕の人生は劇的に変わる事になる。

 それはもう、殺せんせーとの出会いなんて目じゃない程に。

 

 

 

×××

 

 

 

「渚君、やる気はあるか?」

 

 烏間唯臣先生にナイフを渡された。真っ直ぐ僕の目を見て、真剣な表情で。

 

 教師が生徒にナイフを渡すという、PTAが見たら発狂ものの状況を作り出したのは、僕らの様子をニヤニヤと笑っている男──鷹岡明先生の所為だ。

 烏間先生は僕達に暗殺の訓練をしてくれる防衛省の人だ。この人のおかげで僕達の暗殺技術は格段と上がったが、それでも殺せんせーを追い詰めるという所までは至っていない。それを見兼ねた防衛省の上層部の大人が呼んだのが、鷹岡先生だ。

 

 鷹岡先生は、最初こそ父ちゃん父ちゃん言って僕達に優しく接していたけれど、そんな優しい一面も、今日を境に剥がれ落ちた。

 彼が用意したE組専用の時間割には、朝9時から夜の9時までの時間割が記された表で、その殆どが暗殺訓練であった。

 

 勉強する時間もないし、遊ぶ時間もない。そんな過酷な時間割に意を申し立てた前原君は、蹴りを入れられて黙らせられた。

 もう鷹岡先生は『優しい』父ちゃんではなく、逆らう者には容赦しない『暴力的』な父ちゃんだった。

 

 結局、そんな彼の横暴に我慢できなかった烏間先生が、鷹岡先生を止めに来たのだが、そんな事は鷹岡先生は気にしていなかった。寧ろ、それを望んでいたかのような、そんな様子だった。

 

 

 そして鷹岡先生は、烏間先生に勝負を仕掛けた。

 

 

 ただし、それは暴力での解決ではなかった。内容は、烏間先生が選んだイチオシの生徒を選び、鷹岡先生と闘わせるという単純なもの。鷹岡先生にナイフを一度でも当てれたら、鷹岡先生は此処から出て行くとのこと。

 だが、問題は其のナイフだ。僕達がいつも訓練で使っているナイフは、殺せんせーにしか効かないナイフで、人間には無害の物だ。しかし、今回の勝負で使うのは、本物のナイフ。

 

 刺せば血が出るし。

 心臓に刺せば殺せる本物の。

 

 

 そしてあのシーンだ。

 

 

「渚君、やる気はあるか?」

 

 

 烏間先生が、僕にナイフを渡すという、今この瞬間。

 

 正直なところ、僕には無理だと思う。何故なら、僕はこのE組の中でも、特別運動能力があるわけでもない。むしろ、劣っている方だ。

 そんな僕が選ばれた事をクラスメイトは困惑していたし、もちろん当の僕が一番困惑し、驚きを感じていた。

 

 僕はナイフをジッと見る。やはりどう見ても本物のナイフだ。玩具でもない、人殺しの道具にも使われる、本物の、ナイフだった。

 

 烏間先生は、僕の目を見て言う。

 

「このナイフは無理に受け取らなくても良い。俺は、プロとして君達に払う最低限の報酬は、当たり前の学校生活を保障する事だと思っている。だから、もし、受け取らないのなら、その時は俺が鷹岡に頼んで、報酬を維持してもらうよう努力する。出来ることなら、君達を危険に晒したくはないんだ」

 

 僕は烏間先生の目を見つめ返す。

 僕はこの人の目が好きだ。真っ直ぐ目を見て話して、僕をきちんと見てくれる。

 何で僕を選んだのかも分からない。けど、この先生が僕を信頼してくれたのだ。其れならば、僕にも十分可能性があるという事なのだろう。

 

 

 だから僕は、そのナイフを受け取った。

 

 

「やります」

 

 

 僕の人生の分岐点まで、残り10分を切っていた。

 

 

 

×××

 

 

 

「さぁ、来い!!」

 

 鷹岡先生が嗤う。僕を莫迦にするように。僕を見下すように。僕の事を、雑魚と思って相手をしているのだろう。

 

 烏間先生からヒントは貰った。この勝負に勝つためのヒントを。

 この勝負は最初の一手こそが最大のチャンス。鷹岡先生は暫くの間は僕に好きに攻撃させるだろうから。

 

「ほれ、どうした?」

 

 鷹岡先生が舌をべロリと出して挑発してくる。

 無視しろ、気にするな。相手のペースに呑まれるな。僕は僕のペースで行こう。

 自分のタイミングで、自分のペースで。

 

 僕は目を瞑る。烏間先生のアドバイスが脳裏を過ぎった。

 

『君は強さを示す必要もない。ただ一回、当てればいい』

 

 

──カチリ

 

 

 そんな音が聞こえた気がした。

 

 

──ああ、そうか。

 

 

 僕は口を動かす。

 

 

──なぁんだ。簡単な事じゃないか。

 

 

 口角をゆっくりと吊り上げ。

 

 

──答えは其処にあった。

 

 

 僕は笑った。

 

 

 

──殺せば 勝ちなんだ──

 

 

 

 たったそれだけの 簡単な事。

 

 

 

 僕は今から この人を殺します。

 

 

 

 僕は笑顔を浮かべ、普通に歩いて近付いた。通学路を歩くように。帰宅路を歩くように。友達と駄べりながら歩くように。

 

 気が付いた時には、鷹岡先生の腕にぶつかった。

 

 なら、此処からする事は簡単だ。

 

 

 僕はナイフを振るった。躊躇無く、鷹岡先生の首元に。

 

 鷹岡先生は気が付いたみたいだ。自分が殺されかけてる事に。だから彼は上体を逸らしてナイフを避ける。

 

 避けるにしては大きな避け方だ、隙が多過ぎる。僕は急いで背後に回り、鷹岡先生の首元にナイフを当てた。

 

 

 ナイフの刃の方を(、、、、、、、、)

 

 

 僕はそれに気がつかず、体重を掛けて鷹岡先生を転けさせてしまう。

 

 

 ビュッ! と聞き慣れない音が聞こえた。そしてそのすぐ後にプシャアア! と噴水のように水が噴き出す音が聞こえた。

 

 

 

×××

 

 

 

 結局のところ、それは偶然だった。少なくとも、僕はわざとにやったわけではない。

 人を殺す──とまではいかなかった。鷹岡先生の首から血が噴き出したその瞬間、殺せんせーが縫合してくれたおかげで何とか死は免れた。

 しかし理由はどうあれ、鷹岡先生が命を取り留めたとしても、僕が人を殺しかけたのは事実だ。それは取り消せない事実であり、僕の頭の中に一生離れないのだろう。

 

 あの後、クラスメイトは僕に普通に接してくれた。僕に怯えることもなく、それどころか僕の心の心配をしてくれた。それはとても嬉しかったし、僕も感謝している。

 正直僕は、みんなに軽蔑されるのだと思った。わざとではないとはいえ、人を殺しかけたのだ。普通、虐められてもおかしくはないのだ。その点、僕はクラスメイトに恵まれていたのだろう。

 

「……」

 

 右手を見る。鷹岡先生の首を切り裂いたナイフを握っていた右手。僕の体で最も血を浴びた部位だ。

 

 僕は忘れられなかった。あの瞬間を。初めて人を殺しかけたあの瞬間を──

 

 

 

──()()()()()()()()()()

 

 

 

 ああ、ホントに、どうしたんだろうね? これじゃあまるで、異常者みたいじゃないか。小説や漫画の世界の快楽殺人鬼みたいじゃないか。

 

 あの感覚が忘れられない。肉をナイフで切り裂く感覚。噴き出る血の匂い。命の灯火が消えていくあの瞬間が!!

 

 

──つまり僕は、命を奪うという行為に快感を覚えてしまいました。

 

 

 だから。

 だから僕は──

 

 

「ヒッヒィィィィィ!!!」

 

 

 僕の目の前で男が悲鳴をあげながら、後退りしていく。僕はそれをコツンコツン──と靴を鳴らしながら追いかける。

 

「お、お前! 修学旅行の時の奴だな!? 何が目的だ……復讐か!? それでも()()はやりすぎだろ!!!?」

「やり過ぎ……ではないと思うけどね。襲ってきた人達を()()()()()だろう?」

「こ、殺しただけって……」

 

 男──高校生のリュウキ君は、恐怖に顔を歪ませながら、僕の言葉に顔を更に引き攣らせる。もう顔が面白い事になってるよ。

 

 リュウキ君の周りには、いっぱい人が転がっていた。全員血だらけで、首を引き裂かれた人もいれば、原形を保っていないぐらい、グチャグチャにされた人もいる。みんな違ってみんな良いって奴だね。個性的過ぎる外見だけどね。

 まあ、僕が殺ったんだけど。

 

「次は君の番だね。──いやぁ、ホントに丁度良かったよ。街を歩いてたら君達がいたからさ。丁度実験体には良いかなぁと思って」

「な、何だお前……完全にイカレテやがる。俺達だって同じ人間だぞ!? 殺したら、犯罪だぞ!?」

「あはは、小学生みたいな台詞だね。それに犯罪だなんて当たり前の事言わないでよ。人を殺すことは許されない罪だってことぐらい、分からないほど馬鹿じゃない」

「お、おい、それ以上俺に近──」

 

 リュウキ君の喉にナイフを突き刺す。引き抜くと、ものすごい勢いで赤い噴水が飛び出した。

 これで全員終わったかな? 流石に目撃者を生かしておくことはできないからね。きちんと殺しておかないと。

 

「ひっ!」

「あ、まだ生き残りがいたんだ。なら殺さないと」

 

 逃げる男を僕は追いかける。

 

──殺すために。

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
渚君が鷹岡先生の倒し方をちょっと変わっただけですね。まあ自己満足です。
分かりにくかったかもしれませんがね。


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#02 経験:命のやり取り

ほい、続きました。
それと、サブタイの書き方を変えました。


 人の死について、僕はどう思ってるのだろうか? 自分で言うのもアレだが、かなり軽く思っているのは間違いないだろう。でなければ、人を殺したりなんかしない。

 命には重みがあるなんて言うが、そんな重みは殺人鬼(ぼく)の前では重みでも何でもない。空気と同じように重さを感じない重さだ、僕にとってはね。

 

 『命は大事にしましょう』なんてのは、大衆が決めた安い理屈に過ぎない。

 大体、命を奪う行為は人間誰でもやっている。食事や道具作りなど、そんな事で様々な命を奪い取っているのだ。その癖、人間の命を奪うなだなんて都合の良い話だ。人間だって、生き物には変わらないだろうに。

 

 結論から言わせれば、人間はエゴイストだ。それもかなり酷く、タチが悪く、醜いエゴイスト。

 

「それにしても、かなり腕は上がったね。一月前とは比べ物にならないくらいだよ」

 

 僕の目の前にはゴロゴロと肉塊が転がっている。その全てが元人間だ。

 人間なんて、死んだらタンパク質の塊でしかなくなる。死んだらそれで終わり。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 今回殺したのは、又もや町の不良達。カルマ君に昔教えてもらった不良スポットを基に殺りにいった。不良は結構腕を上げるのに役に立ったりする。莫迦にすると殴りかかってくるので、多対一の状況を作り上げる事ができるのだ。あとはその人数をまとめて殺すだけ。幸い、動体視力なら殺せんせーのおかげでかなりある。避けるぐらいは簡単だ。

 

「でもなぁ……そろそろ不良達も飽きてきた」

 

 血の付いたナイフを弄びながら、そんな事を呟く。

 この呟き通り、僕は最近不良を殺す事に飽きてきた。それは同じ食べ物をずっと食べ続けたら飽きるのと同じで、ずっと同じ対象(不良)を殺したら飽きてしまう。

 

──もっと強い相手を殺したい。

 

 最近はそんな事を思うようになった。殺した人数に比例して、殺人衝動も強くなってきた。

 強い人間を殺したいのは山々だが、そんな人間はそうそういない。もうこの街で連続殺人を起こして警察と殺し合うのも良いけれど、僕はまだ未成年。死刑になる事もなく、少年院等に入れられるか、または精神病院に入れられるかだ。それだと、人を殺せないから嫌だ。殺せないのなら死んだほうがマシだ。

 

 だから僕は、殺し屋を狙う事にしました。()()以外にも、殺せんせーを狙う人間はいる。それが世界の殺し屋達だ。その人達は、この街に殺せんせーを殺す為に集結している。此れは狙わないわけにはいかないだろう。

 

 僕は夜空に浮かぶ月を見て笑う。手を伸ばし、その月に重ね、握る。

 

 

 いつかの僕は殺せんせーを殺す事に執着していた。でも、今は違う。

 

 

 僕のターゲットは超生物じゃあない。そんな()()()()()相手じゃない。

 

 

「人を殺す。僕はその為だけに生きていこう」

 

 

 

×××

 

 

 

「ねぇ、渚。『切り裂きジャック』って知ってる?」

「ああ、最近巷で噂の?」

「そうそう」

 

 『切り裂きジャック』とは、最近現れた殺人鬼の話だ。拠点は椚ヶ丘と言われており、その根拠は一連の殺人事件が椚ヶ丘で行われているからだ。

 『切り裂きジャック』には元ネタがあり、19世紀末に実際にイギリスであった連続殺人事件の犯人の異名だ。その事件は、結局未解決のまま蓋を閉じている。

 何故そんな名前が付けられたのかは知らないが、たぶん、連続殺人鬼=『切り裂きジャック』という謎の方程式が名付け親の中であったのだろう。実際ジャックはかなり有名だしね。

 

 それで僕はその『切り裂きジャック』の犯人を知っている。ていうか、僕だ。僕がその犯人だ。

  僕としては、そんな名前を付けられた事を嬉しく思っている。あの世界的殺人鬼と同等に見られているのだ、こんなに嬉しい事はないだろう。そう呼ばれているのを知った日の夜は寝られなかった程だ。

 

「これ──絶対に殺せんせーを殺しに来た殺し屋だよね? この時期にこの町で殺人なんて絶対におかしいよ!」

「言われてみればそうかもね」

 

 何が言われてみればそうかもね、だ。茅野には悪いけど、その殺人鬼はあなたの目の前にいます。そんな事を言ったら君は卒倒しそうだよね。言わないけどさ。

 僕としても、クラスメイトはできるだけ(、、、、、)殺したくはない。必要とあらば殺すが、殺さないのが最善だ。

 

「でも、実感が湧かないよね、茅野」

「え?」

「対岸の火事っていうかさ、近くに起きていても、自分は関係ないって思ってしまうんだよ、人間は。確かに現実では起こってるけど、僕は実感が湧かないよ」

「うーん、まあそうだけどさぁ」

 

 実際、人間なんてそんなもんだ。危険・怖い・ダメだ。そんな事は分かっていても、何処かでそれを疑っている。自分が巻き込まれないと──自分が騒動の中心にいないと、人間は実感しないのだ。

 僕が何故そんなことを言えるのかというと、身を以て経験したからだ。ジャック(ぼく)が出没するという嘘の情報を流し、それに釣られた人がやってきた。危険だと分かっているのにも関わらず、だ。もちろん、その人は殺したよ。

 

 しかしまったく、僕は殺人鬼に目醒めてから、決定的に何かが変わってしまった。思考・価値観などなど、前の僕とはかなり違ってしまった。もう面影が無いほどに。今まではこんな事を考えた事なかった。

 

 もう僕は戻れないのだろう。戻る気もないが。

 

「まあ一応は気をつけた方が良いと思うよ。何かあれば、殺せんせーを呼べば良い。叫んだら、多分……絶対に来てくれるから」

「うん……」

 

 大丈夫だよ、茅野。僕が君を殺す事はないだろう。君が僕の邪魔をしないのなら、僕は君を殺さない。君はあの時、僕に勇気をくれたから。自信を持たせてくれたから。

 

「もうすぐ、沖縄のリゾートで暗殺だね」

「そう言えばそうだったね」

「殺せたら良いね」

「うん」

 

 

 殺せたら、ね。

 

 

 

×××

 

 

 

 ザシュ! そんな音が響く。赤い液体が飛び散り、僕の頬に付着する。普通の人ならば不快になるような感覚だが、僕にはそれが気持ち良かった。

 

 切りつけられた男は僕を睨む。僕は自分の口元が緩むのが分かった。

 僕はこの状況にかなり驚き、そして何より嬉しかった。今まで殺してきた人間は、全員一撃で死んでいった。僕のナイフを避ける事もできず、呆気なく、命の灯火を消していった。

 しかしどうだろうか? この男は僕の攻撃を避け、戦闘に持ち込んでいる。もしかしたらこの男に殺されるかもしれないという恐怖と、それを遥かに超える殺人衝動が僕を襲う。

 

 ああ、そうだ。これだこれだよ。命の奪い合い。僕はこれを欲していたんだ。

 

「お前は何だ? 見たところ子供みたいだが」

「僕はただの鬼ですよ。種族は殺人鬼。珍しいでしょう? 殺し屋さん」

「! ……気がついてたのか。お前、只者じゃないな」

 

 男は警戒心を高めたようだ。僕を鋭い目線で睨みつけ、いつでも動ける体勢をしている。

 手には銃を持っており、正直僕は不利だろう。僕の武器はナイフ。つまり、この人に攻撃するには、近づかなくてはいけない。さっきは不意打ちで切りつけれたが、今度はそうはいかないだろう。

 

 ふふ、感じた事のないワクワクだ。お母さんの人形だった頃には味わえなかったセンシビリティ。

 

「お前は危険だ……だから此処で殺さなくちゃならない。確実に暗殺の邪魔になる」

「貴方は最高だ……だから此処で殺さなくちゃならない。確実に殺人鬼(ぼく)の糧になる」

 

 決着は一瞬だ。

 何方かが死に、何方かが生き残る。

 

 

 まさに弱肉強食。

 

 

 動いたのは同時だった。男が引き金を引き、僕は走った。

 

 

 パァン!

 

 

 乾いた音が響く。僕の耳が機能しなくなる。鼓膜は破れていないだろう。少し麻痺しただけだ。

 僕は首を横に振り、銃弾を避ける。体が勝手に動いた。ただそれだけのこと。

 男がもう一度引き金を引こうとするが、もう遅い。僕のナイフは彼の首のすぐ側だ。刃が当たる感触が腕に伝わる。男が驚いたような顔をし、その表情は死に怯えたものに変わる。

 

 この瞬間だよ、この瞬間!! あはは!! 今まで生を謳歌していた人間が死に対して恐怖を自覚するこの瞬間!! この時こそ、僕は何より快感を覚える。

 貴方は殺し屋だが、自分の死に対して考えた事はないだろう? その表情を見ればわかるさ。今まで殺してきた人間と同じ顔してるからさ!!

 

「がっ……くそっ」

「僕が勝って生き残る。貴方は負けて殺されろ」

 

 首に当ててあるナイフを思い切り引く。鮮血が飛び散る。男の目から光が消えていく。

 

 

「楽しかったよ、殺し屋さん。緊張感があって良かった」

 

 

 僕はそう言って笑った。

 

 

 この日、初めて僕は、命のやり取りを経験した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




渚君はどんどん強くなってますねぇ。はい。殺し屋にも勝てるようになりました。



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#03 課外:沖縄殺人旅行

沖縄編は完全オリジナルで行きます。
E組の生徒は全く出てきません。
それと、よっぽどの事がない限り、1話完結型でいきたいと思います。


 僕は口元に付いてる血を舌で舐め取り、コツコツと靴を鳴らしながら歩いていく。

 辺りに広がるのは夥しい程の『死』。もう見慣れた光景だ。見慣れたどころかこの光景に喜びを感じる程だ。それ程までに僕は殺人鬼になっていた。堕ちていた。

 

 明日からはいよいよ沖縄のリゾートだ。そこでは満足に殺人を犯す──する事はできないだろうから、こうして殺してるわけだ。ちょっとした気晴らしってヤツ。

 

 できれば明日は行きたくない。僕は人間を殺すのが好きであって、別の生き物を殺すのが好きなわけじゃあない。超生物なんて殺しても僕は何とも思わないし、達成感も、何より快感も感じない。賞金100億なんて僕にはお菓子のおまけにも満たないのだ。

 だが、やはり行かなくてはならないのだろう。僕は表面上だけでも殺せんせーの生徒(アサシン)だ。このイベントには参加しなくちゃならない。

 

「はぁ……ホント、面倒臭いったらありゃしない」

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 暗殺も失敗し、一人部屋の中で僕は横になっていた。今も言ったが、暗殺は失敗した。殺せんせーを追い詰める事はできたのだが、奥の手を使われて失敗したのだ。

 僕は別に失敗しようがどうでも良いので、全く気にしない。僕は殺人以外に興味を抱く事は殆どないないのだ。お金如きに興味など注がれない。

 

「僕は人を殺すだけだ。殺人こそが、僕の人生そのものなのだから」

 

 そう呟いた瞬間、プルルと、僕の携帯が鳴った。画面を見ると、非通知。少しだけ、嫌な予感がした。

 そして同時に──ワクワクした。僕の直感が、殺人鬼としての本能が、電話に出ろと騒ぎ立てる。この電話の先に僕が今望んでいるものがあると言っていた。

 

 思わず笑みが零れる。僕は電話に出た。

 

《やぁ、渚君。久しぶりだなァ》

「鷹岡先生……?」

 

 声の主は鷹岡先生だった。その声は前と変わっていなかったが、何処かが確実に変わっていた。壊れて、狂って、凶悪さを孕んだ声。僕はそれに恐怖を感じるどころか、嬉しく思っていた。大体、次に彼が言うであろう言葉を察したからだ。

 

《今から、誰にも言わずに君がいるホテルの裏にある林に来なさい。そこで待っている》

「もし、バラしたら?」

《ホテルに仕掛けてある爆弾を爆発させる》

「……分かりました、行きましょう」

《良い返事だ》

 

 その言葉を最後に電話は切れた。

 

「ははっ!」

 

 またもや笑みが零れる。殺人鬼の殺気が溢れ出しそうになる。嬉しかった、本当に嬉しかった。また彼と闘える僕──いや、殺し合える。僕を殺人鬼にした原因である彼をまた殺せる。

 僕は無意識のうちにナイフを握っていた。この1ヶ月の間、沢山の命を刈り取り、その血肉を切り裂いた愛用の武器。それをぐっと握り、ポケットの中に入れる。

 

 

「鷹岡先生、僕は貴方を殺します」

 

 

 

×××

 

 

 

 人間はやはり愚かな生き物だ。復讐と称し、同じ過ちを繰り返そうとする。だが、それが悪い事とは思わない。やられたらやり返したくなるのは、自己中心的な思考回路をした人間にとっては普通の事だ。だから僕は、鷹岡先生が僕に復讐しようとしてる事にはなんとも思わない。やる事は──殺る事は同じなのだ。

 

 そんな事を考えていると、林についた。夜風に吹かれて木々が揺れている。そんな林の中で僕は人影を捉えた。月明かりがスポットライトのようにそれを照らしていた。

 

「鷹岡先生、こんばんは」

「ああ、渚君、こんばんは」

 

 鷹岡先生はぐしゃりと笑う。その顔は引っ掻き傷だらけで、それが鷹岡先生が狂っている証となっている。僕に殺されかけたトラウマか何かで自傷行為に及んでいたのだろう。

 

「僕に復讐でもしに来たんですか?」

「ああ、そうだ。父ちゃんに生意気な口を聞いてよォ、それのお仕置きだよ」

「ははっ、そういう建前は良いですから。とりあえず、言いたい事はもう一戦僕と闘いたいんでしょう?」

 

 要するにそういう事だ。この人は僕にリベンジする事で僕より強い事を証明したいのだろう。僕に、周りに、そして何より自分自身に。そうする事で彼は、再び強者として君臨する事ができる。この人にはもう、そうするしか道が残されていないのだ。

 この人は哀れな人だ。哀れで、悲しい人間だ。そして誰よりも人間らしい人間だ。自己中心的な、典型的な欲望に満ちた人間だ。

 

 鷹岡先生はまた、ぐしゃりと笑う。

 

「ああ、そうだ……あの時から! テメェに切り裂かれた首が痒くて痒くて仕方がねェ!! テメェのナイフが頭にチラついて、顔も首も痒くて痒くて……」

 

 安心して下さい、鷹岡先生。もう敗北の悔しさに悩む事はなくなりますから。もう直ぐ貴方は亡くなるんです。僕に殺されるんです。だから安心して下さい。

 

「潮田渚ァ……俺と殺し合え。何方が死ぬまで続けるぞ!!」

「……でも、殺しちゃったら犯罪になりますけど?」

「もう俺は犯罪とかそんなしょうもないもんはどうでも良い!! テメェに復讐できるなら……テメェを殺せるなら俺は満足だ!!!!」

「あはは、元気が良いのは何よりです」

 

 正直、この人の思い入れなどどうでも良い。大体この人が僕を恨むのは筋違いってものだ。僕はあの時、ただ貴方の勝負に乗って、そして勝っただけだ。大方、不意討ちが汚いなんて言うつもりなんだろうが、其方は大の大人だ。汚いなら鷹岡先生の方が汚いだろう。

 そんな事を言っても、この人は聞く耳を持たない。自分が格下に負けたという事実が、認められないのだ。

 

 だが、復讐しに来てくれた事は好都合だ。しかも誰もいない場所での一騎討ち。殺し合い。殺人鬼の僕にとって、向こうから殺し合いをしようと持ち込んでくれるなら、それ程良い事はない。

 この人が此処に一人で来た理由は、僕を殺した後に証拠隠滅がし易いからだ。今は殺せんせーも動けないし、烏間先生も色々と忙しい。鷹岡先生は天は自分の味方をしていると思っているのだろう。しかし見方を変えれば、天は僕の味方をしていると言っても良い。此方にだって殺す為に来たのだ。条件は同じだ。

 

 つまり、勝った方に天は味方をしているという事だ。

 

 面白い状況だ、と僕は思った。

 

「ルールは……いらないですよね」

「分かってるじゃないか。何方かが死ぬまで闘うんだよ。正真正銘の殺し合いさ。……ククッ、お前みたいなガキには難しいかな? 余裕ぶってる割には小心じゃないか」

「僕は貴方を殺すつもりはありません。貴方を倒してみんなを救います」

「はははっ! 渚くぅん、そんな甘っちょろい考えで俺を倒せるとでも?」

 

 取り敢えず、人を殺す事のできない『僕』を演じてみたけれど、意外に好評のようだ。まあ此れにも理由がないわけじゃない。この人が僕が殺人鬼だという事を知っているかを確認するためだ。この様子だと、知らないみたいだ。良かった良かった。

 しかし、この程度の演技に気がつかないとなると、かなり興奮しているらしい。

 

「じゃあ始めようか? ほれ、ナイフだ、受け取ってくれよ?」

「……」

「ひひっ、ビビって動けないか。まあ良い。ささっとやろうか」

 

 鷹岡先生は拳を構える。どうやら素手で僕を殺すみたいだね。その拳でじっくりじっくり、嬲って嬲って、殴り殺すつもりなのだろう。

 

 其処から導き出せる答えは近接戦闘だ。鷹岡先生は僕を殺すには近接戦に持ち込むしかないのだ。武器がナイフしかない僕にとって、それは好都合です。

 

 鷹岡先生が拳をパキパキと鳴らして宣言するように、自分の強さを誇張するように、叫んだ。

 

 

「さぁ、夏休みの課外授業だ……潮田渚ぁぁぁぁああぁぁああ!!!!」

 

 

 鷹岡先生が僕に殴りかかり、僕は軽く笑ってナイフを構えた。

 

 

 

×××

 

 

 

 鷹岡先生の大きな拳が僕の眼前に迫る。僕はそれを後ろにステップする事で避け、体重を前に掛けて懐に潜り込む。鷹岡先生はギョッとした表情をする。

 

 僕と貴方じゃ経験の差があり過ぎる。貴方は僕に比べて、命を奪った回数が余りにも違いすぎる。貴方は今まで人の命を奪った事はないだろうが、僕は此処1ヶ月で30人は殺した。殺して殺して殺して殺しまくった。その中の何人かはプロの殺し屋だ。銃を使う人もいたし、刀を使う人もいた。命のやり取りならば、僕の方が圧倒的に上だ。

 

 僕は体に仕込んであるナイフを取り出す。その数10本。

 

 

「なっ……!?」

「さようなら、鷹岡先生」

 

 

 10本のうち8本を宙に放り投げ、鷹岡先生の視線が其方に向く。その隙に僕は両手に持っている二本のナイフを鷹岡先生の両拳に突き刺す。

 

 

 3本目と4本目

 

 

 鷹岡先生の濁った双眼にグサリと。

 

 

 5本目

 

 

 ヘソ辺りに突き刺し、横に思い切り引いた。血が噴き出し、内臓を抉ったような感触があった。

 

 

 6本目

 

 

 鷹岡先生の体を滅多刺しにした。もちろん、致命傷になるところは全部避けてあるよ。

 

 

 7本目と8本目

 

 

 太腿の中間辺りに突き刺し、それを思い切り下に引いた。鷹岡先生の体が崩れ落ちる。

 

 

 9本目

 

 

 倒れた鷹岡先生の背中に刺した。此れだけだ。

 

 

 

「ァ……ぅ」

 

 鷹岡先生は身体中を真っ赤に染めながら、辛うじて息をしていた。このまま放っておいても勝手に死ぬが、残念ながらナイフは後1本残ってる。

 最後まで殺り切りましょう。こんなのは小学生でも習った事だ。

 

 

「10本目」

 

 

 鷹岡先生の首元にナイフを当てて、ゆっくりと引いた。血が噴き出るが、前みたいな勢いはなかった。沢山血が出ているから、あんまり出なかったのだろう。

 

 この人からはいろんな事を教わった。殺意や僕の才能とか。今回はナイフ術の応用かな? まあそんなところだろうね。

 

 

「今までで一番残酷な殺し方だったなぁ……」

 

 

 楽しかったです。

 

 

 こうして、僕の沖縄殺人旅行は終わりを迎えた。

 

 




暗殺失敗について渚があんまり語らなかったのは、興味がないからです。はい。

それと、多数のお気に入りありがとうございます。それと感想も評価も。

──追記──

現在スランプに陥っており、次回更新は遅れると思われます。
本当にすいません!


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#04 邂逅:殺人鬼と死神

タイトル通り、『死神』編です。予想以上に長くなったので、分割しました!
あと、短編累計ランキング12位! みなさんありがとうございます!これからもよろしくお願いします!

えと、この話を投稿すると共に、前話を削除しました。文字数が少なすぎたことと、閑話みたいな感じだったので。


『死神』と呼ばれる殺し屋は、誰もを安心させるような笑顔を浮かべていた。

 目の前の人物は明らかに危険人物だ。けれど、警戒することはできない。逆に強い安心感を抱いてしまう。それ程までに完璧で、綺麗な笑顔だった。

 

 そんな危険人物を見て、僕は笑みを隠すのに必死だった。僕が求めていた圧倒的な強者がそこにいる。殺し甲斐のある強者がそこにいる。それだけで僕の殺人衝動が膨れ上がるのは十分だった。

 

 うーん、まさかこのタイミングで来るとは思わなかったよ。まぁ、ビッチ先生がいなくなった時点で少しは予想していたけどね。本当に彼とは思わなかった。

 僕としては今すぐにでも『死神』に殺しかかりたいけども、其処は自重しよう。流石に今このタイミングでみんなにバレるのは頂けない。

 

「手短に言います。彼女の命を守りたければ、先生方には決して言わず、君達全員で僕が指定する場所に来なさい」

 

『死神』がそう言うと、律の画面に手足が縛られたビッチ先生の姿が表示された。

 みんなは驚きを隠せないのか、目と口を見開いていた。ビッチ先生がとある事情でE組を去ってからもう3日経っている。つまり、ビッチ先生が『死神』に捕まったのは、最大で3日。最低で1日だ。そんな短い期間で『死神』は、プロの殺し屋を捕らえたのである。

 

 世界最高の殺し屋ともなると、それぐらいはできるということか。否、こんなことぐらいは簡単にできないといけないってことか。ならば、ビッチ先生が捕らえられたのは、E組を去ったその日だ。世界最高の殺し屋は、情報力も超一流だろうからね。

 

「来なかったらどうなるか分かるだろう? 監禁脅迫のお約束ってヤツさ。彼女を小分けにした後、次は君達のうちの誰かを狙うから」

 

 クスリと『死神』は笑う。やはりその笑いは安心できる笑いだった。

 

 しかし、良い脅し方だね。確かにお約束ではあるけれど、仮に僕達がビッチ先生を見捨てたとしても、次に狙われるのは僕達だ。そうなると、僕達はビッチ先生を助けに行かなくてはならない。

 人間の良心を使った脅迫ってのは、本当に良く効くものだ。応じなかったら罪悪感は一生憑いて回るしね。それに、このクラスの生徒達は、ビッチ先生を見捨てるということはできない。それぐらい彼女と深い関わり(変な意味じゃないよ?)を持ってしまっている。……僕は見捨てれるけどね。ビッチ先生に興味ないし。

 

 そんなことを思考している間に、寺坂君達が『死神』を囲って何やら言っている。けれど、『死神』はその笑みを絶対に崩さない。

 

「俺等は別に助ける義理ねーんだぜ。あんな、クソビッチ。第一、ここで俺等にボコられるとは考えなかったか誘拐犯?」

「不正解です、寺坂君。それらは全部間違っている」

 

『死神』が眼を細める。

 

「君達は自分達で思っている以上に彼女が好きだ。話し合っても見捨てるという結論は出ない。そして、人間が死神を刈り取る事などできはしない」

 

 バッ、と教卓に置いてあった花束を宙に放り捨て、言った。

 

 

──畏れるなかれ。死神が人を刈り取るのみだ。

 

 

 もう其処には『死神』の姿はなく、綺麗に宙を舞う花びらと、一輪の花と共に置き手紙が残されていた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「がぶっ……!!」

「流石『死神』だよ、ホント」

 

 黒服の男達を殺しながら、僕はどんどん歩を進めて行く。どうやら、『死神』は部下を沢山用意したみたいだね。それも捨て駒の。

 

『死神』が去り際に置いていった置き手紙には、ビッチ先生が監禁されている場所が記されてあった。結局、『死神』の言うとおり、僕達はビッチ先生を助けに来たわけだけど、その建物に入った瞬間に捕まってしまった。部屋全体がエレベーターになってたらしく、流石『死神』と思わず感服してしまった程だ。

 その後、竹林君の爆弾と奥田さんの煙幕によって、何とか牢獄を脱したのだけど、其処からチームに分かれることになった。

 

 チームは全部で3チーム。

 Aチームは、戦闘班。『死神』などと交戦するチーム。

 Bチームは、救出班。ビッチ先生を救出するチーム。

 Cチームは、情報班。脱出経路とかを探すチーム。

 

 僕はAチームだったのだが、今は単独行動だ。その理由を率直に言うと、逃げて来たのだ。Aチームは他のチームとバラけたあとすぐに『死神』と遭遇してしまった。最初はみんな数の暴力で『死神』を倒そうとしたけれど、呆気なくやられてしまってね。僕は持っていた爆弾を使って壁を破壊して逃げて来たわけだ。

 あの場で『死神』と殺し合いをしても良かったけど、流石にリスクが大き過ぎる。『死神』に気絶させられたみんなが起きないとは限らないから。『死神』に限ってそんな甘い気絶のさせ方をしていないだろうけど、念の為だ。1%でも可能性があるならば、それは僕にとっては大きなリスクとなってしまう。

 

 

「くっそ、何だこのガキ!?」

「冥土の土産に教えてあげるよ。『切り裂きジャック』って言ったら分かるだろう? ──ほい」

「ぐっ、がぁぁぁああぁぁああ!!」

「五月蝿いな。たかが掌を貫いただけでしょ?」

 

 叫び声が煩かったので、そのまま男の掌からナイフを引き抜き、首を切り裂いた。

 辺りを見渡してみると、もう黒服の男達はいない。其処にあるのは結構な量の屍だけだった。『死神』の部下だと言っても、捨て駒だ。この程度の実力なのだろう。マインドコントロールなんかで作り上げた戦士が強いとは言い難いしね。

 

 そういえば、片岡さんや寺坂君から連絡が来ないな。僕が逃げた際、一応この2人には連絡をしておいた。定期的に連絡を取ろうという約束だったんだけど、もう数十分連絡が来ていない。

 そうなると、多分、『死神』と交戦中か潰されたのだろう。仮に交戦中だとしても、『死神』と戦って勝てるとは到底思えない。たった数ヶ月暗殺の訓練をしてきた人間が、ちょっと武装した程度で世界最高の殺し屋の上を行ける道理はない。

 

 つまり、生き残りは僕1人だ。それは確かに絶望的な状況だ。だが、この状況は僕にとって好都合。誰も味方がいない、そんな状況だからこそ、僕は全力を発揮できる。

 見られる相手がいないのなら、殺人鬼(ぼく)にとっては最高の状況だ。幸い、監視カメラは大体破壊しているだろうからね。

 

 そんな時だった。

 

「へぇ、これ全部君がやったのか? やるじゃないか──いや、この場合は殺るじゃないか、か」

 

 其処には男が立っていた。だが、その体は輪郭しか見えない。体が黒い靄のようなものに覆われている。

 性別が分かったのは、彼と一度──いや、3度会ったことがあるから。そしてこれは4度目だ。

 

「『死神』……」

「この状況を見て把握したよ。君が『切り裂きジャック』だろ?」

「……」

 

 まぁ、この状況を見たらバレるか。この人達もマインドコントロールされてるとはいえ、一般人と比べてみてもかなり強い。それに数もいる。それを1人で全員倒すのではなく、殺したのだ。そうなると、必然的に答えは出て来る。

 

「まさか、『切り裂きジャック』が中学生の子供とはね。流石に予想外だった」

「そういう風には見えませんけど」

「内心は驚いてるさ。でも、それを顔に出さないのがプロの殺し屋だ。感情をコントロール出来なければ、この業界ではやっていけないし、やる資格がない」

 

 当たり前だけど、初めて見るタイプだ。人間、殺人鬼なんかと出会ったら少しは動揺を見せるのにね。この人はそういうのが全く見られない。完全に自分をコントロール出来ている。

 自分を完全にコントロールするのは、簡単ではなく、寧ろ不可能に近いものだ。それをこの『死神』は出来ている。それは正しく、『異常』だ。

 

「とりあえず、君も倒しておくよ。──ああ、安心して良いよ。君が殺人鬼だってことはみんなには教えないからさ」

「何だか僕があなたに倒される前提で話してませんか? 此処であなたが僕に殺される可能性だってあるんですよ」

「それないよ、絶対にね。たかが平和ボケしている島国の殺人鬼だろ? 僕の相手じゃない」

 

 表情は見えないが、その時『死神』は確かに笑った。その笑みは格下を馬鹿にしているような、そんな笑みだった思う。

 

 確かに僕は殺人鬼で、平和ボケしている島国の、小さな街の殺人鬼でしかない。実力も、経験も、強さも、あらゆる面であなたには負けている。それは否定出来ない事実であり、僕自身もそれを認めている。

 僕はあなたより弱い。世界最高の殺し屋であるあなたから見れば、そこら辺の有象無象と変わらないのかもしれない。

 

 

 だが。

 だけど。

 

 

 

「最高の殺し屋如きが殺人鬼に勝てるとでも?」

 

 

 

 瞬間、少しだけ『死神』の感情が揺らいだ。

 

 

「依頼という理由がないと人を殺せない君達が、ただ快楽を求める為に人を殺す殺人鬼(ぼくたち)に勝てるはずがないだろう」

 

 何か理由がないと人間を殺せない人間に、快楽を得る為だけに人を殺す殺人鬼が劣る? それは戯言だ。そんなこと、誰にも分からない。

 

「一つ教えてあげます、『死神』さん」

「……何かな?」

 

 右手に持っているナイフを強く握る。

 

 

「この世に、“絶対”なんて有り得ない」

 




次話は来週の頭辺りになりそうです。
早ければ、今日か明日に!
では、また次の話でお会いしましょう!


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#05 挫折:殺人鬼は理解する。

今回の戦闘描写は物足りないかもしれませんが、仕様ですので、目を瞑ってくれると助かりますっ。多分、次話も戦闘描写は少ない、またはないかもしれませんが。

それと、評価してくれてる人たち、みんな一言書いてくれて嬉しい〜と思ってたら、文字制限してたみたい。
なので、文字制限無しにしました。


 ある程度の実力を持った人間は、必殺技というものを持っている。殺し屋屋であるロヴロさんも必殺技というものを持っているし、人間ではないが、殺せんせーだって所持している。まぁ、ロヴロさんの猫騙しは必殺技としてはちょっとズレているけどね。

 何故、必殺技というものを持っているのか。それは単純明快な話で、自分が危機に陥った時、その技一つで状況を覆すことができるからだと思う。大体、必殺技なんて安易に使う技ではない。相手が格上、または自分が不利の状況の時、それらを覆す為にその技を習得するのだ。

 

 だから、この状況は必殺技を使う時だ。『死神』という自分より格上の相手を殺す為の必殺技。それは僕にはある。

 これから使うのは、ロヴロさんから教えてもらった猫騙しではない。「必ず殺す為の技」という点では同じだけど、この技の方が確実だ。

 

 僕はこの数ヶ月の間、沢山の人を殺したが、その中にも殺し屋はいた。殺せんせーを殺しに来た殺し屋達だ。その人達と相対して分かったが、殺人鬼(ぼく)の殺気と殺し屋(きみたち)とでは、種類というのかな?取り敢えず、全然違う。

 

 殺し屋は、鋭く、冷たい殺気だった。

 殺人鬼(ぼく)は、歪んでいて、気持ち悪い殺気だった。

 

「っ……」

 

 僕は自分の中の殺気を全て絞り出す。殺人衝動も全て表に出す。『死神』の表情は相変わらず見えないけれど、少し怯んだのは分かった。

 彼は確かに化け物染みているが、それでも人間であることには変わりはない。殺人鬼の殺気はあなたが知っている殺気とは少し違うだろう? 

 

「……殺人鬼の殺気を感じたことはあるが、君は例外だな。()()違う」

「そうですか」

 

 短く答えた。

 

 そして、殺気と殺人衝動を、消した。

 

 

「……え」

 

 

 僕は『死神』に近づいて、ナイフを思い切り、その首元めがけて振るった。

 

 

──ザクッ

 

 

 

× × ×

 

 

 

 僕がやったことは簡単だ。表に出していた殺気と殺人衝動を、全て裏に──僕の中に押し込んだだけ。でも、それだけで十分だ。運が良いことに、僕の殺気は普通の殺人鬼とは違うらしかった。だから、より『死神』の注意を惹きつけられた。

 この時、『死神』は僕の殺気をその肌で感じていた。殺人的で、歪んでいて、気持ち悪い僕の殺気を。それを一気に消したことにより、『死神』は警戒する対象を突然見失ったのだ。それで一瞬だけ、彼の注意を引きつけることができた。

 

 それで十分だった。僕のナイフが『死神』の首を刈り取るのには。

 

 

 だけど──

 

 

「〜〜〜〜〜ッッッ!!」

 

 

 僕のナイフは、『死神』の肩に刺さっていた。それもかなり深く。少なくとも、数カ月程度は後遺症を残せるぐらいのダメージは入っている筈だ。

 流石の彼も動揺したらしく、顔の部分だけ黒い靄が消え去り、端正な顔立ちが露わになっている。

 

 正直、驚いた。でも、ここで手は緩めない。

 

「ふ……っ!」

「……!」

 

 肩を押さえる『死神』に僕はナイフを振り抜く。『死神』はそれをスウェーで避け、僕と距離を取る。

 どうやら、かなり警戒されているみたいだね。そりゃそうか。世界最高の殺し屋なら、真正面からナイフを突き刺されるなんてあり得ないことだもんね。しかも、ただの殺人鬼にね。

 

「くそッ……この僕が──『死神』が殺人鬼如きに〜〜〜ッッ!!」

「天才は打たれ弱いってのは、どうやらホントらしいですね。精神的に幼い、と言っても良いですけど」

 

 天才が打たれ弱いのは、当然のことである。今まで特に努力をしなくても勝ち続けた人間にとって、負けるということは未知なる世界だからねぇ。

 挫折を経験したことがない人間は、挫折を経験したことがある人間より弱い。強いからこそ、弱い。

 

 まぁ、それでも僕はあなたより弱いんですけどね? 気配を消して、不意打ちをかまして、あなたの心を揺すぶらないと、僕はあなたと対等に闘うことはできなかった。

 もしも、あなたが挫折を知っている天才だったら、僕は既に負けていた。

 

「『死神』が──『死神』の技術を手にした僕がっ! 殺人鬼如きに敗れるなんて……あってはならないっ!」

「……妙に他人事ですね。『死神』の技術って、あなたの技術でしょう?」

「……ッッ!!」

 

『死神』の技術って言い方はちょっとおかしいな。だってそれはあなたの技術なんだから。

 もしかして、この人は『死神』じゃないのか? だけど、技術は本物だし……。

 

 まぁ、今はそんなことを考えてる時間はないか。そろそろ、殺せんせー達が駆けつけてくるはずだ。

 殺せんせーはブラジル。

 烏間先生は会議。

 烏間先生はそろそろ戻っているはず。そして異変に気がつくだろう。放課後は何人かは訓練や遊びで残ってるからね。1人もいなかったら流石に怪しむだろうから。

 

「……流石の僕も、油断していたよ。舐めていたよ。たかが異質な殺人鬼、そう思ってた。認めよう、潮田渚──いや、『切り裂きジャック』。お前は僕の敵だ。世界最高の殺し屋『死神』が認める、“敵”だ」

「それは嬉しいことですね。最強の殺し屋にそう言って貰えるとは歓迎だ。だけど、僕はそんなものはどうでも良い。僕が欲しいものはただ一つ。人を殺した時の快感だ」

 

『死神』にはダメージを負わせることは出来た。けど、精神的な揺さぶりはちょっと失敗したみたいだ。

 相手の片腕は使用不能。少なからず精神的なダメージはあり。これでも勝率は20%くらいだろう。それぐらいの差が、僕とこの人の間にはある。

 

『死神』は、静かに笑う。

 

「──ここからは僕のターンだ。『死神』の独壇場だ、殺人鬼。君に改めて教授してあげるよ。『死神』の名に相応しき、技術(スキル)の数々を!」

「片腕使えないのに?」

「うん、そうだよ。片腕が使えないからって、君を倒せないわけじゃないんだよ。どんな状況でも、どんな状態でも、対象を暗殺する。それが『死神』だ」

 

『死神』から濃厚な殺気が溢れ出る。僕は思わずナイフを構えてしまう。

 これが『死神』の殺気か……。当たり前だけど、今までの殺し屋達とはワケが違う。次元が違う、とも言える。その余りの濃厚さに心臓がバクバクと加速する。

 

──殺せ、殺せ、殺せ

 

 先程を遥かに超える殺人衝動が身の内側から湧き出てくる。この心臓の高鳴りは、恐怖ではなく、興奮だ。

 

 僕はポケットから二本のナイフを取り出し、両手に携える。

 

「────殺す」

「畏れるなかれ、死神の名を」

 

 それぞれの言葉を合図に、僕と『死神』の距離は限界まで近づいた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「君の弱点は、トドメに首を狙うことだ。君のその技術(スキル)は確かに驚異的だ。下手をすれば僕と同等の鋭さを持っている。けど、来ることが分かっていれば、それはただの隙でしかない」

「…………」

 

 確かに、そうだ。今まで殺して来た人間を思い出してみると、そのいずれも首を掻っ切って殺している。不良も、あの殺し屋も、鷹岡先生も。殺しは出来なかったけど、『死神』に対してもそうだ。

 

「殺気が首に向いているんだよ、君の場合。普通の殺し屋なら殺気を向けられている部位までは気がつくことは出来ないが、僕なら──『死神』なら可能だ」

「……」

 

 もし、この弱点に気がついていたら、この状況は少しは違っていたのかもしれないね。

 薄れていく意識の中、そう思った。

 

 結論から言うと、僕は『死神』に負けた。圧倒的なまでに、完膚なきまでに敗北した。僕のナイフ術も何もかもねじ伏せられた。

 やっぱり、数ヶ月人を殺し続けた人間じゃあ、伝説の殺し屋に勝てはしないか。E組が未だに殺せんせーを殺せないのと一緒だ。

 

「取り敢えず、君には気絶してもらうよ。君のような想定外(イレギュラー)は、僕の計画を狂わせる原因になる」

「そうですか……まぁ、精々頑張って下さい」

 

 恐らく、『死神』は烏間先生と闘うことになるだろう。そして負ける。片腕しか使えない状況で、烏間先生を倒すことはほぼ不可能に近い。

 あの人は、あなたが思っている以上に強いのだから。

 

『死神』が注射器を取り出し、僕の腕に刺した。急速に意識が霞んでいく。

 

 

 いつか……必、ず、殺して────

 

 

 

× × ×

 

 

 

 僕が目を覚ました時には、全ての決着がついていた。僕の予想通り『死神』は烏間先生に倒され、クラスメイトもビッチ先生も無事に助かった。

 それは確かに理想な形で、みんなが望んだハッピーエンドではあるのだけれど、僕にとってはハッピーエンドとは言い難い。かと言って、バッドエンドではないんだけど。

 

 正直なところ、ちょっとショックだった。初めて人間を殺し損ねた。挫折を知らない人間は打たれ弱いなんて僕は言っていたが、その通りだ。殺人で失敗したことはなかったから、殺せなかったという事実は、少なからず殺人鬼のプライドを傷つけた。

 悔しい、のかもしれない。どうやら、まだ人間らしい感情は残っていたようだ。だいぶ歪んでしまってはいるが。

 

「……まだ、未完成だ」

 

 ポツリと言葉を落とした。

 

 今まで、勘違いしていた。自惚れていた。完全に殺人鬼になれたのだと思ってた。殺人鬼として完成していたと勘違いしていた。

 

 だけど、違う。

 

 まだまだ僕は、──殺人鬼(潮田渚)は未完成品だ。

 

「また、『死神』と闘い、そして殺す」

 

 でも、それで完成するわけじゃない。『死神』を殺した()()で完成するわけじゃない。

 

 全ての人間に恐怖されるような殺人鬼になることで、僕は殺人鬼として完成する。

 

 

 快楽を得る為に人を殺すんじゃない。

 

 

 

 殺人鬼である為に人を殺すんだ。

 

 

 

 




さて、この物語もあと4.5話で終わりを迎えます。

次話は出来るだけ早く更新するのでお待ち下さいっ!
もしかしたら、今日更新できるかも。


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#06 演技:復讐の炎

一度、別の話を投稿していたのですが、何だか納得がいかなかったので消しました。
本当にすいません。
あと、感想50件突破! いつもいつもありがとうございます!

それでは、第6話です。


『ホラ! 私と一緒! 私、茅野カエデっていうの。よろしくね!!』

 

 ニコリと笑った彼女の笑顔は──

 

『……うん、よろしく』

 

 

 ──あまりにも、完璧にできすぎていた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「……完全に遅刻だよなぁ」

 

 通学路を歩きながら、僕は呟く。

 現在の時刻は9時30分。授業が始まるのが9時からだから、遅刻は免れないってことだ。

 

 もう季節は冬。 流石にこの寒さの中、E組の隔離校舎まで通学するのはかなり厳しいものだ。しかも隔離されてるだけならまだしも、山道だからなぁ。余計に寒く感じてしまう。

 

 そういえば、殺せんせーが地球を破壊するまで残すところ3ヶ月程度。みんなもそろそろ焦ってきてるところだろうなぁ。僕は別に人を殺せればそれで良いわけだし。まあ、『死神』を殺すまでは、生きてはいたいかな。

 うん。

 

 さてと。

 さっきから、近くに妙な気配を感じる。正確には、右側の木の裏からだ。誰が隠れているのかは知らないけれど、少なくとも、殺せんせーに用があるわけじゃ無いみたいだ。

 ナイフが入っている隠しポケットに手を添える。出てきたら、一瞬で殺そう。

 

 僕が隠れている何者かを殺そうと考えているその時だった。

 

「ははは、そうピリピリしないでくれよ。君と私の仲じゃないか」

「……!」

 

 僕はその男の()()目掛けてナイフを投げるが、パシッと心臓手前でナイフを掴まれてしまった。

 男の姿は、正直に言うと、とても変な格好だった。全身白ずくめで、白の頭巾に白装束。おかしく無いところを探せという方が難しい格好だ。

 僕はこの男を知っている。

 

「……シロ」

「やぁ、渚君。こんにちは」

 

 シロ。

 この男は、クラスメイトのイトナ君の()保護者だ。イトナ君に殺せんせーと同じ触手を埋め込み、暗殺させに来た謎の人物。イトナ君を捨ててから姿を見せてなかったら、変なことを企んでいるのかと思ってたが、予想通り、変なことを企んでいるみたいだ。

 

 何故、シロがこのタイミングで、しかも僕に会いに来たのかは分からないけども、もし僕の邪魔をするのなら、殺すまでだ。

 

「で、何の用? 理由もなく僕に会いに来たわけじゃあないだろう? あなただって、そんな暇ではないだろうし」

「まあね。君の言う通り、私も暇じゃないんだ。うん、そうだよ。君に用があるんだ」

 

 用、ね。何をしようとしているのかは分からないが、僕の邪魔になるようなら殺そう。その用事も、その考えも、その計画も、──そしてその命も、殺し尽くす。

 

「ククク、まあ、そう殺気を出さないでくれよ、潮田渚──ああ、いや、この場合はこう言った方が正解か。なぁ──『切り裂きジャック』」

「……」

 

 其処からの僕の行動は速かった。もう一本のナイフを取り出し、シロに振るう。シロはそれをギリギリで避け、僕と距離を置いた。

 

 ……何処で知ったのかな? ただまあ、不穏因子は殺しておかないといけないよね。

 

「っ……危ない危ない。今のは本当に危なかった。“()()”の力を使わないと、避けれなかったほどだ。私には、『死神』のような動体視力はないからね」

「“アレ”……? まあ良いや。へぇ、『死神』のこと、知ってるんですね」

「知っているとも。君が初めて殺し損ねた相手だろう?」

「そんな見え透いた挑発には乗らないよ。あんまり僕を舐めないでもらいたい」

「はっはっはっ、舐めてなんかいないよ。むしろその逆さ。君のことは最大限に警戒しているよ。警戒しているからこそ、こうして君に会いに来たんじゃないか」

 

 そう言って、シロは不気味に笑う。頭巾で隠れているから、口元は見えないけれど、その目を見れば分かる。

 

「君はさ。殺せんせーを……あの、化物(モンスター)を殺してみたくはないかい?」

「うん、ないね」

 

 そんなシロの提案とも取れる質問に、僕は即答で否定した。僕が殺すのは“人間”であって、“超生物”じゃあない。僕は『殺人』鬼だ。人以外の生物を殺すことに興味なんてない。

 シロは、僕のことを知ってはいるけど、僕の本質は知らないみたいだ。そんなんで、よく僕を利用しようと考えたね。

 

 まあ、そもそも。

 あなたの計画がどんなものだろうと、加担するつもりはなかったけどね。

 

「……まあ良い。君は賢い人間だと思ってたのだがね。とても残念だよ」

「僕は『殺人鬼』だからね」

「……そうかい」

 

 そう言って、シロは僕に背を向ける。そして、「ああ、そうそう」と立ち止まる。

 なんだか、嫌な予感がした。

 

 

「そろそろ、()()が本性を現すだろうさ」

 

 

 その瞬間、E組の校舎がある方角から、何かが崩れるような音がした。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 校舎に行くと、体育倉庫の周りにクラスメイトが集まっていた。全員の視線は上を向いていて、その視線を追うと、体育倉庫の屋根に茅野カエデが立っていた。

 

 深緑色の()()を首から生やして。

 

 一瞬、思考が停止しかけるが、すぐに稼働させる。落ち着け、落ち着くんだ。焦れば焦るほど、真相から遠くなってしまう。こういう時には、落ち着くことが正解だ。

 茅野の首から生えているのは触手で間違いない。イトナ君や殺せんせーの触手と色は違うけれど、見間違うはずもない。

 

 でも、それだと疑問が残ってしまう。

 彼女がいつから触手を埋め込んでいたのかは知らないが、イトナ君やシロの話を聞いた限りだと、“メンテナンス”が必要らしい。触手の力は強大だ。でも、きちんとメンテナンスをしないと、死にたくなるような苦痛が身体を蝕むらしい。

 これは僕の予想でしかないが、触手のメンテナンスは、数時間、または1日程度じゃあ終わらないはずだ。もし、早く終わるのなら、シロとイトナ君の殺せんせーの襲撃間隔の辻褄が合わない。2人は襲撃と次の襲撃の間が少なくても2ヶ月程度は空いている。それは作戦を考える時間もあっただろうけど、それでも時間がかかりすぎている。なら、触手のメンテナンスに時間がかかるってのが、妥当だろう。

 

 だからこそ、彼女が現状、正気を保って触手扱っているのは、あまりにも()()()()()()()()なのだ。

 触手のメンテナンスには時間がかかる。少なくても、1ヶ月ぐらいは。

 僕の知っている限り、彼女が、茅野カエデが、長期間学校を休んだことなんて、一度もない。

 

 嫌な汗が頬を伝う。

 

 彼女がいつから触手を埋め込んでいたかは分からないが、もし()()()()──茅野が転校してきたあの時から、触手を埋め込んでいたのならば、茅野は、正真正銘の──

 

 

 ──怪物だ。

 

 

 死を選びたくなる程の苦痛を平然と、汗一つ見せずに耐え続けた精神力に、その殺意を誰にも悟らせなかった演技力。

 茅野カエデという少女は、その二点において、あの『死神』をも超えていた。

 

 だけど、面白い展開だ。

 そう思った。

 

「! ……渚、やっと来たの?」

「茅野……?」

 

 困惑したような演技をしてみる。

 茅野には及ばないかもしれないけれど、僕だって一応演技力はある。こっちは殺人鬼。人を騙す力は必要だ。僕の演技に気がついたのは、今のところ、()()()()()()()だからねぇ。

 

「ゴメンね、渚。茅野カエデは本名じゃないの」

 

 つまりは偽名。

 彼女は次の言葉を紡ぐ。

 

「雪村あぐりの妹。そう言ったら分かるでしょ? ──“人殺し”」

「……」

 

 雪村あぐりの妹、ねぇ。雪村あぐりと言えば、E組の前の担任の先生だ。

 茅野カエデは、彼女の妹だった。そしてさっきのあの言葉。殺せんせーに向けて言い放った“人殺し”という単語。それから予測できることは、たった一つ。

 

 彼女は、自分の姉を殺した殺せんせーに復讐するつもりだ。

 

 しかし、復讐か。こんなこと、今の茅野にいった言ったら確実に殺されるだろうけど、復讐ほどつまらなくて、自己中心的で、幼稚で、馬鹿みたいな行為はないんだよなぁ。

 復讐なんて、ただの自己満足に過ぎないのだから。達したところで得られるのはそれぐらいだ。失うものの方が多い。

得られるのはそれぐらいだ。失うものの方が多い。

 

「……これだけ邪魔(ギャラリー)がいたら、今日はこれ以上続けれないか。──明日、また殺るよ殺せんせー。場所は直前に連絡する」

 

 触手をうねらせながら、茅野は笑う。

 

「今日の勝負で確信したよ。──必ず殺れる。今の私なら」

 

 そう言って、茅野は何処かへと飛び去っていった。余りの出来事についていけていないのか、みんな騒然としていた。

 

 そんな中、僕はみんなに聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「──ああ、殺し甲斐がありそうだね」

 

 

 僕の中で殺人衝動がギュルギュルと渦巻いた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

『先生の過去の全てを話します』

 

 

 そう言った殺せんせーだけど、その過去を話すのは、茅野を交えてからとのこと。

 正直なところ、あまり興味がない。先生の過去を知ったところで、いずれ何方(どちら)かは死んでしまうのだ。

 生徒に殺せんせーが殺されるか。

 殺せんせーが地球ごと破壊してしまうか。

 まあ、みんなはそれでも知りたいんだろうけど。

 

 そして今、僕らは椚ヶ丘公園奥にあるすすき野原にいる。時刻は7時。夏頃はまだまだ明るい時間帯だが、冬にもなるとすっかり暗くなっている。

 冬の肌寒い風がすすきを揺らし、茅野の触手が踊る。

 

「さ、始めましょ! そしてさっさと終わらせよう」

 

 そう言って彼女は笑う。完璧で、非の打ち所がない笑みだった。演技って分かってて見てみれば、不気味だな……、そんな場違いなことを考えながら、僕は思い切って聞いてみた。

 

「茅野。今までのこと、全部演技だったの?」

「演技だよ。これでも私、役者でさ。これまでたくさん散々な目に遭ってきて、つい触手を出してしまいそうな時もあったけれど、でも耐えてきた。演技してきた。殺る前に正体バレたら……お姉ちゃんの仇が討てないからね」

 

 ああ。水に流されたりとか、『死神』に蹴られた時とかのことを言っているのか。

 確かにそれなら凄いよね。触手の破壊衝動をずっと抑え込んできたというのだから。

 

 しかし、演技ねぇ。全部が全部、演技ってわけじゃあないと思うのだけど。

 

「……この前、雪村先生を殺せんせーが殺したって言ってたけど、本当に先生は殺したのかな? そういう酷いこと、俺らの前で一度もやった事ないじゃん」

「──」

「ね。殺せんせーの話だけでも聞いてあげてよカエデちゃん」

「あの先生は、本当に良い先生だったよ。……けどさ、本当にこれでいいの? 今、茅野ちゃんがやってる事、殺し屋として最適解だとは俺には思えない」

「────」

「……」

 

 みんなが茅野を説得しようと、様々な言葉を投げかける。これこそ、1年間積み上げてきた生徒達の殺せんせーへの信頼だろう。

 

 ……けれど、それじゃあダメなんだよなぁ。

 

 カルマ君は、茅野がやっている事が殺し屋として最適解と思えないなんて言ってるけど、それは間違いだ。そもそも、今の茅野は殺し屋でもなんでもない。ただの復讐者なのだから。

 復讐者の気持ちを考えないで、その復讐の対象の相手を庇っても、意味がない。茅野から見れば、それは今までの自分の努力を否定されているようにしか聞こえない。

 だから、これから起こるのは、きっと──

 

 

「……うるさいね。部外者は黙ってて」

 

 

 ──きっと、逆上だ。

 

 強烈な殺意を何処か虚ろなその瞳に宿らせながら、復讐者(茅野カエデ)は触手に炎を灯した。

 

「体が熱い。もしかしたら死ぬ予兆なのかもしれない。……ううん、きっとそう。でも、私はそれでも止めない。私は死んでも──」

 

 

 ──この復讐を遂げてみせる。

 

 

 




シロを絡ませておいた(`・ω・´)
あいつも一応重要人物だし。

さ、次話は渚君を絡ませようかね。


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#07 真実:全てに繋がる物語

今回、渚君の異常性はあんまり目立ちません。
それとちょっと長めです。5800文字ですから。

あと、今回は渚目線以外も書いてみました!


 殺せんせーは、超生物だ。生物としての枠を遥かに超えたスペックを持つ、正真正銘の怪物(モンスター)

 マッハ20で動き回り、高い知能を併せ持つ先生。一見弱点や隙がないように見えるけれど、探してみれば意外とあるものだ。

 

 大きなものとして、対先生物質、脱皮直後、水、環境の変化、再生後、などなど。

 まあ、弱点と言っても、先生に攻撃を加えることそのものが高難易度のわけだし、弱点を突くにはかなりの手練れ、または念入りな計画が必要だ。

 

 だから、この状況にまで持ち込めた茅野は、念入りな計画を立てて、かなりの手練れなのだろう。

 

 茅野と先生の周りを囲っているのは炎のリング。先生の苦手な環境変化だ。この激闘において、そのアドバンテージはかなり効いてくる。

 茅野の触手の速さはマッハ20には届かないかもしれないけれど、それなりの速さを保っている。更に先生は盟約上、生徒に手を出すことが出来ないのだ。

 この戦闘では、先生と茅野の実力は拮抗しているだろう。

 

「きゃはッ、千切っちゃった。ビチビチ動いてるっ」

「か、やのさんっ!!」

 

 現在の様子を見る限り、茅野が先生を追い詰めている。下手な動きをして茅野に刺激を加えれば、触手に影響が出るからだろうか? 

 恐らくだが、茅野の生命力はほとんど触手に吸われているはず。この復讐の結末がどんな結果であれ、茅野は死んでしまうだろう。

 

「あのままじゃ、死ぬよね? イトナ君」

「ああ。茅野の触手を扱う技術は俺よりも遥かに高い。けれど、それは自分の命を省みていないからだ。このままだと……あいつは死ぬ」

「……」

 

 復讐を遂げる前に死ぬ。

 復讐を遂げた後に死ぬ。

 

 何方(どちら)もなんともまあ、無価値で無意味な結末だ。遂げることが出来なければ本当に無価値で、遂げることが出来ても死んでしまえば、それは本当に無意味だ。

 茅野は復讐を遂げた後に死んでも満足なんだろうけど、それは本当に自己満足だ。

 

 この復讐において、()()()()()()()、結末はこの二つの何方(どちら)かだ。この二つ以外選べないし、選ぶことができない。

 

 殺せんせーでも、これは覆せない。先生じゃあ、今の茅野を救うことは出来ないのだから。復讐の相手に何を言われようとも、それはただの戯言でしかなくて、耳障りなだけ。

 

 うん、そうだね。

 そろそろかもしれない。

 

 茅野の触手が、大きく唸りを上げた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 その瞬間、赤羽カルマは目を見開いた。

 今、自分の視界に映っている光景を、信じることが出来なかった。

 

 茅野の触手が殺せんせーに向かって振り下ろされる。それはまるで、裁きの鉄槌のようで、これを受ければ先生は死んでしまう、そう思った。

 

 そしてその瞬間、新緑色の触手と殺せんせーの間に、一つの影が入り込んだ。炎のせいでハッキリとした姿は見えなかったけれど、それでもそれが誰なのか分かった。

 

 だってその少年は。

 その水色の少年は。

 

 クラスメイトの中でも、特に仲の良い自分の友人だったからだ。

 

 

 潮田渚。

 

 

 彼がズボンのポケットに手を当てたかと思うと──

 

 

 ──次の瞬間、茅野の触手が宙を舞っていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ただただ、あいつが憎かった。

 

 あの日、お姉ちゃんが死んだ日から、私はずっとあいつに復讐することだけを考えて生きてきた。お姉ちゃんを殺したあいつを、優しいお姉ちゃんの未来を潰したあいつを、私は復讐したくて殺したくて堪らなかった。

 

 私の姉、雪村あぐりはとても良い人だった。良い人であり、自慢の姉であり、贔屓目無しにしても尊敬できる人だった。私はそんな姉のことが本当に大好きだった。

 だから、私はお姉ちゃんの為なら何だって出来る。触手の副作用である痛みにも耐えることが出来たし、みんなを騙すことだって出来た。

 そしてその復讐を遂げた時には、私はもう死ぬんだろうなぁってことぐらいは分かってた。

 お姉ちゃんはそんなことは望んでないだろうけれど、それでも私は果たしたかった。もしかしたら、お姉ちゃんの元に逝きたかったのかもしれない。

 

 この復讐は確かにお姉ちゃんの無念を晴らす為だ。けれど、それ以上に私の為でもあるんだろう。あの時、姉に対して何も出来なかった悔しさと無力感。それらを覆す為に。私はお姉ちゃんの為に何か出来たんだって言い聞かせる為だ。

 結局、私はお姉ちゃんの為お姉ちゃんの為と言いながらも、思いながらも、この復讐は自分の為。本当に、私は最低だ。

 

 でも、もう戻れない。引き返せない。

 

 1学期、2学期と私の復讐の標的(ターゲット)と過ごして、何も思わなかったわけじゃない。最初は純粋な敵意と殺意と嫌悪だったけど、いつしか私は私自身に疑問を抱いていた。

 もしかしたら、先生はお姉ちゃんを殺してなんかないんじゃないかって。例え殺していたとしても、何か理由があったんじゃないかって。

 そんなことを考え出した頃にはもう遅くて、触手の殺意は私じゃ抑えられないほどに膨れ上がってた。

 

 今はもう、私じゃ触手は制御出来ない。凶悪な殺意に溺れて、私の意識が霞んでいく。

 

 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで────

 

 

 ──私を、助けて

 

 

 そう、思って、殺せんせーに触手を振り下ろした。多分、これで終わっちゃう。この攻撃が直撃すれば、先生は確実に絶命してしまう。それは嬉しいことである筈なのに、ちっとも嬉しくない。寧ろ、それとは逆の悲しさが溢れてくる。

 

 この一年、私は何をしてきたのだろう。

 みんなは勉強も友情も暗殺も、青春を過ごして来たというのに、私は復讐に全てを使ってしまった。

 この復讐は、無価値で無意味で、本当に──むなしいだけ。

 

 触手が先生に迫る。先生は悔しそうに表情を歪ませて、そして私の方を見て微笑んだ。

 

 

 ──さようなら、先生

 

 ──ごめんなさい、殺せんせー

 

 触手が先生の心臓に──

 

 

 ──到着する前に、()()()()()

 

 

 其処には信じられない光景があった。

 両手に見慣れた緑色のナイフを握り、此方(こちら)を鋭くて、此方(こちら)の心を覗いているような水色の双眸。

 

「渚……?」

「──うん。そうだよ、茅野。こんなむなしい復讐心は、そんな悲しい殺意は、僕が『殺してあげる』」

 

 そう言ってニコリと笑い、そんな渚に向けて私は触手を放った。もう私の身体のようで、私の身体じゃないみたい。自分の意思とは関係なく、まるで触手に私が操作されているような、そんな不思議で嫌な感覚。

 

 渚がナイフを握る手を少し緩めたかと思うと、次の瞬間には触手が飛び散っていた。

 速い、速い。あまりにも──疾すぎる。今の私の視力は、触手の力によってかなり底上げされている。それこそ、先生のスピードに少しはついていけるぐらいには。

 

 しかし、渚の()()は違った。当たり前だけど、渚のナイフを振るう速度は、殺せんせーのスピードよりは遅かった。今の私だったら、簡単に捉えられるほどの速さだ。捉えられるけど、私には全く視えなかった。

 人間の速さの限界を極めた速さ──あるいはそういう技術。筋肉をどう動かせば、最大限の速さを出すことが出来るのか。それを渚は、知っている。

 

 この1年間、私は爪を隠してきた。能ある鷹は爪を隠すとは違うかもしれないけれど、まあ、似たような感じだ。情報を集め、最適なタイミングをずっと見計らっていた。でも、ずっと爪を隠していたのは、私じゃなくて渚だったみたい。

 こんなプロを超えるようなナイフ捌きを隠していた理由は分からない。

 

 けれども、これだけは分かる。

 最強の暗殺者(アサシン)は『死神』でも私でもなくて──

 

 

「──はい、終わり」

 

 

 いつの間にか背後にいた渚。

 視線を動かして、ギリギリだけど背後を見る。すると、渚がスッと真顔になり、私の首元──触手を生やしている部分を斬り裂いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ふむ。触手移植者はどんな感じなのだろうと乱入して見たものの、あんまり得られるようなモノは無かったかな。まあ、今回は暴走していたから、それはそれで仕方がないのだけど。

 ただ、確認は出来たので良かった。茅野の触手は凄まじい速度とパワーを持っていたけれど、僕でも十分避けることが出来た。少なくとも、夏休みの頃の僕じゃあ避けれなかった。どうやら、僕も成長していってるようだ。

 

 ただ、今回のことでみんなの僕に対する疑惑が少なからず出て来た筈だ。今までは目立たないように隠していたからねぇ。いきなりこんな強さを見せたら流石に怪しまれる。

 特に烏間先生。この人は戦闘のプロフェッショナル。何かしら思うことがある筈だ。

 

 流石に今回の乱入は浅はか過ぎたかな。殺人衝動と興味に身を委ねたのが間違いだったか。今度からは気をつけよう。

 うん。

 

「ふぅ、終わりましたよ。渚君が触手の根元にダメージをいれてくれたお陰で、予想よりも早く、そして安全に処理出来ました」

「それは良かったです、先生。あんな復讐劇で命を落とすなんて、ただただむなしいだけですから」

「……君は──」

 

 殺せんせーは何かを言いかけて、「いえ、何でもありません」と首を振った。その言葉の続きが是非とも気になるところだけれど、どうせ教えてくれないだろう。

 今の僕と今の先生は、不思議な関係だ。仲間でも相棒でもないし、だからと言って顔見知りとかそんな浅い関係でもない。教師と生徒という関係は既に終わっているし──うーん、どう言えば良いのだろうか? よく分からないや。

 

 と、思考を放棄し、僕は奥田さんの膝の上で眠っている茅野を見る。

 

 彼女が僕に近づいたのは、僕の才能に誰よりも早く気がつき、自分の殺気を隠す隠れ蓑にする為だったのだろう。そう考えれば、辻褄が合う。別に僕と茅野は相性が良いわけでもなかったのだから。

 僕の才能は人殺しの才能、殺人鬼の才能だ。この子は、気がついていたのだろうか? 僕が殺人鬼になっていることに。もしくは、その可能性があることに。

 もし、気がついていたのなら、僕を殺すべきだった。僕は君の計画にとっては不穏因子になるはずだったから。現に今もこうして、君の計画を潰して殺した。

 何故、なのだろうか。

 

「──まさか、触手移植者に触手を移植していない人間が勝ってしまうとはね。しかしながら使えない娘だ。自分の命と引き換えの復讐劇なら、もう少し頑張れると思っていたのだがね」

 

 ヒュンッ、と風を切るような音がし、先生が頭を下げてそれを避けた。

 声と狙撃音が聞こえた方向を見ると、其処には白ずくめの男、シロと黒ずくめで顔までジッパーをしている人がいた。

 

「大した怪物だよ。いったい一年で何人の暗殺者を退けて来ただろうか」

 

 そう言い、シロは頭巾から何かを外し、それを地面に捨てる。そしてシロの素顔が明らかになる。

 

「最後は俺だ。全てを奪ったおまえに対し、命をもって償わせよう。行こう、()()()

「………!!」

 

 そう言ってシロとジッパーの人は去っていった。

 

 二代目。

 ジッパーに包まれた人のことをシロはそう称した。その瞬間、僕はその人物が誰なのかを理解した。パズルのピースがどんどんとはまっていくような感覚。

 まだ全てははまっていない。けど、少なくとも殺せんせーとあいつの関係は分かった。

 何故、あいつは自分の技術を他人の物のように言っていた? 何故、あいつは自分が殺人鬼如きに傷をつけられた時、あんなにも狼狽していた?

 殺せんせーの正体。それはこの単語とあいつの言動と行動を照らし合わせれば簡単に分かった。

 

 前言撤回だ。

 先生の過去に興味が湧いてきた。殺すつもりはないというのは変わらないが、それでもだ。

 

「私……」

「茅野……」

 

 茅野が目を開く。その瞳はさっきと同じように虚ろげで、けれど殺意と狂気は無かった。

 

「……バカだよね、私。みんなが暗殺を頑張って、楽しんできたのに……私だけ1年間ただの復讐に費やしちゃった」

「大丈夫だよ、茅野。茅野の目的が何だったとかどうでもいいさ。茅野だって、()()()と暗殺を頑張ってきた仲間なんだから」

「渚……」

「だから聞こう、一緒に。雪村先生の死の秘密を。先生の、過去を」

 

 そう言うと、茅野は涙を流した。

 

 らしくもないことをしてしまった。そして茅野には悪いことをしてしまった。

 今の言葉には、僕の気持ちはほとんどこもっていない。ただ淡々と、文字を呟いただけ。それに気がついたのは、恐らく殺せんせーだけだ。でも、あの人は止めない。もう僕がそんなところまで堕ちているのを知っているから。

 

「先生、話して下さい。この茅野の復讐は、先生の過去とも、雪村先生とも、つまりは俺らとも繋がってる。もう一度言います、話して下さい。どんな過去でも、真実なら俺らは受け入れます」

 

 先生は、暗殺が終わるまでは過去を話したくなかったのだろう。もし話せば、その時点で暗殺教室が成立しなくなる可能性があるからだ。

 

 だから、このお話しが、とある殺し屋の物語(、、、、、、)が終わる頃には、みんなが葛藤している筈だ。

 

 先生を殺すか。

 先生を助けるか。

 

 そしてこの二つの相反する意思は、激突する。分裂する、とも言うだろう。

 先生は、それだけは避けたかった。今も昔も、そしてこれからも。

 

「『優れた殺し屋は万に通じる』。この言葉は実に的を射た言葉だと思います。知っているとは思いますが、先生は教師をするのはこのE組が初めてです。にも関わらず、ほぼ全教科を滞りなくみなさんに教える事が出来た。それはなぜだと思いますか?」

 

 たったひとつのヒント。けど、それだけで真相には十分たどり着ける。

 

 

「……まさか」

 

 

 誰かがそんな言葉を落とす。

 

 

「そう」

 

 

 

「二年前まで先生は──『死神』と呼ばれた殺し屋でした」

 

 

 

 だからこそ、先生はあらゆる暗殺に対応することができた。

 だからこそ、先生は僕たちに勉強を教えることが出来た。

 

 だって彼は、最強の殺し屋だから。

 

 

「それから一つ。放っておいても来年3月に先生は死にます。1人で死ぬか、地球ごと死ぬか。暗殺によって変わる未来はそれだけです」

 

 

 これから話される先生の過去は、超生物の記憶ではなくて、とある人間の記憶。そんな物語だ。

 

 

 きっとそれは、悲劇的な物語。

 きっとそれは、とある女性との出逢いの物語。

 きっとそれは、別れの物語。

 

 

 きっとそれは──

 

 

 ──全てに繋がる物語。

 

 




渚君が茅野を殺さなかった理由は、みんなにバレてしまうのもありますが、他にも一応理由はあります。伏線?とは言えないかもしれないけど、どこかに書いてます。すぐにわかるだろうけど。

感想、お待ちしてまーす。


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#08 離別:動き出す殺人鬼

あとがきに今後の更新について書いてます。

今回は最終話に向けての閑話のようなものです。


 そもそもの原因は──根源はなんだったのか。たぶん、それは恐ろしいほどに単純な答えで、簡単な解答だ。

 殺人鬼という存在がどうして生まれたのか。『死神』という存在がどうして生まれたのか。その簡単な答えを、けれど僕達は知ることは出来ないのだろう。

 

 きっと、最初は同じ。

 聞いた話だと、“初代”は初めて人を殺した時は、気がついた時には、という状態だったという。

 

 僕も同じだ。

 知らないうちに人を殺したくなってた。無条件に理由も無く、ただ殺したくなってた。まるで、最初からそうだったように。

 

 それぞれが進む道は違ったけれど、それでも、始まりは一緒だったんだ。

 だから、僕が殺し屋になる未来もあり得るだろうし、彼が殺し屋ではなく、殺人鬼として生きていた可能性もあり得た。ほんの些細な違い。

 

 そして、きっとそれが。

 

 

『殺人鬼』と『死神』の──違いだった。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「あははー」

 

 どうしてか、上手く笑えない。いつものように、誰かを騙すような笑みを貼り付けることが出来ない。けれど、それはあの先生の過去を知ったからじゃ無い。それだけは分かってる。途中式を挙げる必要もなく、確定的だ。

 

 多分、少しだけ動揺してるんだ。雪村あぐりという人間の優しさを、改めて知らされたから。もしかしたら──あの子も、同じかもしれないから。

 茅野と──雪村あかりと雪村あぐりは姉妹というだけで、全く別の人間だということは分かってる。理解している。把握している。

 

 だからこそだ。

 殺せんせーでさえ──初代『死神』でさえ、彼女によって変えられてしまった。雪村先生の優しさに触れて、『死神』は自分の心に向き合った。

 もし、茅野が僕の正体に気がついたら、彼女も同じような選択をするはずだ。あの子は優しいから。復讐なんて道に走ってしまったけれど、それも彼女の姉を思う優しさからだ。

 

 茅野が僕を戻そうとした時、僕はどうするのだろうか?

『死神』と同じように変わるのか、あるいは変わらずに、この生き方を続けていくのか、それとも──

 

 ……いや、多分僕は変わらない。仮に変わることが出来たとしても、僕は変わらない。

 

 平穏な日常──今まで通りの日常を送るには、僕は命を奪い過ぎた。

 今更、そんな人間が社会生活に復帰できるはずもなくて、僕の中で暴れる殺人衝動は収まらない。

 

 僕は骨の髄まで殺人鬼だ。人の形をしている、人間失格の異常な存在。

 

 人を殺す人間は最低で最悪だ。

 そいつはただそれだけで、生きてる意味も資格も──何より価値は無い。

 

 それは僕が一番分かってる。

 

 一番、理解している。

 

 いや、もう分からない。

 

 僕は、殺人鬼だから。

 

 

 そろそろかな。

 そろそろ、動き出す頃合いだ。

 

 最終決戦までなんて待てない。

 それまで僕が、大人しく出来てる確証はない。

 

 日に日に殺人衝動は大きくなっている。いつか、僕が殺人鬼(ぼく)を制御出来なくなる瞬間が来る。

 

 自分のことだから分かる。寿命が近づくと分かる人間がいる聞くが、それと同じこと。僕が抑えられなくなる瞬間は、そう遠くない未来に来るはずだ。

 

 僕は、あの『死神』を殺すまでは捕まるわけにも、そして死ぬわけにはいかないんだ。

 

 

 そうだね。

 

 

 そろそろ、だろう。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 きっかけは簡単なことだった。

 

 だけどそれは、いつしか絶対に起こるであろうことで、必然的なものではあった。

 

 いつか僕が予感していたこと。E組の中で意見が割れて、その二つが対立すること。

 

 先生を生かす(たすける)か。

 先生を殺す(あんさつする)か。

 

 E組の生徒の長所は他人に優しく、仲間思いであることだろう。でも、それは弱点でもある。そもそも、強みと弱みは表裏一体。完璧な存在などいないのだから。

 

(きっとそれは───)(も同じだ)

 

 優しすぎるということは、つまりは他人に感情移入しやすいということ。

 きっとこうなるだろうなぁとは思ってたんだ。先生の過去を知れば、そうなることぐらいはね。

 

 実際、そうだったしね。詳しく話すと長くなるから話さないけど、先生の過去は、優しい彼らからすれば、殺すのを躊躇ってしまうぐらいには。

 

 でも、馬鹿だよなぁ、みんな。

 いくら先生が心を入れ替えたからって、彼は千人以上の命を奪った最低最悪で最高の殺し屋だ。

 

 自分たちを救ってくれたからって、人を殺した罪が帳消しになるはずがない。

 

 

「だからさ、きみ達の考えは浅はかなんだよ。殺すとか、助けるとか、そんな問題じゃないだろうに」

 

 

 木々が揺れる。

 聞き慣れた音だ。E組の裏山の豊かな自然。それらが上手く組み合わさった音だ。

 

 僕の周りにあるのはたくさんの屍──ではなく、気を失った人間。この場合はそうだね、僕の()()()()()()というべきか。

 

「渚ぁぁ!!」

「おっと寺坂くん。すぐに手を出すのは馬鹿のやることだよ」

「おごぉっ……!?」

 

 はぁ、ホント、きみとカルマ君は丈夫だからやり難いんだよ。僕には確かに技術(スキル)はあるけれど、筋力(パワー)は皆無なんだから。多分、E組の女子二人に押さえつけられれば簡単に無力化されるだろうし。

 

 まぁ何にせよ、これであとはカルマ君だけだ。

 

「渚君……君は何を……!!」

「お別れだよ、お別れ。そろそろ僕も、本格的に動き出そうと思ってね」

「チッ……取り敢えず、調子に乗りすぎたね。渚君!!」

「乗ってるのは君たちだろう?」

 

 カルマ君は僕の顎に向かって拳を放つ。そのキレは中学生から繰り出されたとは思えない程に鋭く、並みの大人なら簡単にノックアウト出来るほど。

 

 けれど、僕だって一応、普通じゃないんだ。これでも『死神』に一撃加えられるぐらいには、強いつもりだよ。

 

 僕はその拳を軽く押してその軌道を逸らす。すると、一瞬驚いたものの、カルマ君はすぐに次の攻撃に切り替え、その逸らされた腕を強引に下へと──つまりは僕の左肩へと叩きつけにきた。

 

 残念、カルマ君。確かにそれはいい判断だと思う。自分の隙を一瞬にして攻撃へと変えた。それは君のその冷静さがあるからこそ、繰り出させる攻撃だ。

 僕がさっき、君の拳を押した右手は今、君の顔の目の前にある。

 

 みんなに見せるのはこれが初めてだね。と言っても、みんなは今頃夢の中。この技を見ることはできません。

 

 

 “クラップスタナー”

 

 

 カルマ君が勝利を確信した瞬間──感情の波が大きくなった瞬間を狙って、僕はその右手にノーモーションで、かつ最速で最大の音量を出すようにして、左手を叩きつけた。

 

 

──パァン!

 

 

 ロヴロさんから学び、『死神』から盗み昇華させた技術(スキル)

 

 それは最早、気を動転させる程度ではなく、体も思考も全てを麻痺させる。

 

「がぁぁっ……!?」

「殺したらいけない戦闘なら、君の方が強いよ、カルマ君。けれど、殺してもいい殺し合いなら、君じゃ僕には絶対に勝てない。そして何より君は人を殺さない」

 

 そう嘲笑うように言い、地面に倒れ伏せるカルマ君の首の真横に、僕はナイフを力一杯突き刺した。

 

「僕が優しくてよかったね。今、君は一回死んだよ」

 

 さて、取り敢えずは離別も終えたし、あとは準備をしてから巣立つとしよう。

 

 この場所に──このクラスに何か思うところがないかと言えば、そりゃああるのだけれど、言わなくても大丈夫だろう。殺人鬼からの思いなんて貰わない方が良い。

 

 だからさ、殺せんせー。

 

 

 そんなに怒った顔、しないでください。

 

 

「渚君……君はッッ!!」

「カルマ君と同じ反応だね。──だから、同じことを言ってあげる。お別れだよ、お別れ。そろそろ僕も、本格的に動こうと思ってね」

 

 最終決戦までは、僕は生きておかなければならない。捕まるわけにはいかないんだよ、先生。

 

「ですが! 彼らの思いを踏み躙る必要は無かったはずです!!」

「何言ってるんだよ。あるに決まってる。これは親切心から言ってるんだ──僕に心があるかどうかは別として──今回の激突は確実に間違ってる」

 

 そう、彼らは自分たちの使命を履き違えてる。それが誰にも期待されてないにせよ。

 

「先生を救うか殺すか──考える必要もない。答えは一つ。さっさと殺す。自分達の都合で地球を危険に晒すなんて、それは傲慢な考えだよ」

「っ………」

 

 残念だ、殺せんせー。

 

 まさかあなたが──僕の中で()()()()()()()()()()()()()

 

 失望。

 微かながら残っていた信頼が──崩れ落ちる。

 

「じゃあね、初代『死神』。次にあなたと出会うのは、生徒と教師としてではなく──」

 

 

──殺人鬼と超生物として。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 この日を境に潮田渚は姿を消す。

 

 彼が再び姿を現わすのは、人類と超生物の最終決戦の時。

 

 そしてその日、彼は最低最悪の殺人鬼として、世界へその名を──その存在を知らしめることとなる。

 




えっとですね。
まだ暗殺教室の最終巻を買えていないので、恐らく次回更新は来年になるかと思われます。
というか、ぶっちゃけると最終巻どころか一巻も持っていないんです。友達に借りてるというのが真実です。

そんなわけで、クリスマスに暗殺教室全巻を買うので、来年までは更新出来ません。

誠に申し訳ございません。


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#09 開幕:想いと思惑

大っっっっっ変長らくお待たせしました!
大体半年ほどですか、本当に申し訳ないです!
書いては消して、書いては消してを繰り返し、ようやくここまで書き終えました!

スランプ明けで本調子は取り戻せていませんが、とりあえず、最新話どうぞです。

今回は最終章のプロローグのようなものです。
あと、渚くんは出て来ません。


 3月12日。

 殺せんせー暗殺期限まで、残すところ5時間。

 

 地球が滅びるかもしれない日が3月13日。つまりその前日までに殺せんせーを暗殺出来なければ、地球が滅びるのはほぼ確定的と言える。

 

 反物質のサイクルにはズレというものはない。

 来たる時になれば依り代の体を飛び出し、今も空に浮かぶ三日月のように地球も破壊されてしまうだろう。

 

 それを防ぐ為に政府は殺せんせーの提案を受け入れ、標的(ターゲット)を暗殺する為にE組に暗殺依頼を寄越した──というのが、E組の生徒に伝えられた表向きの事実(・・・・・・)だ。

 

 そもそも、世界各国のトップ達は中学生が超生物を暗殺出来るなんて本気で思ってはいなかった。せいぜい暗殺出来ればラッキー程度。来たるべきその時まで時間を稼いでくれればそれで良かったのだ。

 

 1年という短期間で超生物の情報(データ)を調べ上げ、その情報(データ)を元に対超生物用兵器を作り上げる。

 それが彼らの真の目的であり、絶対に失敗してはならない、絶対に標的(ターゲット)に勘付かれてはならない極秘任務。

 結果、彼らの目的は無事に終わり、今こうして──

 

 

 ──超生物を完全に捕縛することに成功していた。

 

 

「……ふふっ」

 

 殺せんせーは、空を見上げて笑う。

 

 視界の先にあるのは夜空ではなく、無機質な光を放つバリアのようなもの。それは、触手を持った生物だけを閉じ込める対先生用バリア。

 地中深くまでバリアは覆っており、超生物は完全に逃げ場を失っていた。

 

 完璧なまでの詰み。

 完全なまでの敗北。

 

 この一年、数々の殺し屋を退けて来たマッハ20の超生物は、人類の叡智に敗北した。

 

 ここに閉じ込められて、もうかなりの時間が経つ。

 この鳥籠から逃げようと試みたけれど、逃走するのは無理だと理解した。

 そして、もう無駄な足掻きはせず、残された時間は生徒たちの為に何かを残すことにした。  

 

「……これで、終わりですねぇ」

 

 卒業アルバムも作り終わり、更に生徒たちに対して感謝の気持ちを込めて、アドバイスブックを作った。標的(ターゲット)として、そして教師(せんせい)として、自分は今できる限りのことはやった。残すは数時間後にレーザーを浴びて消えるだけ。

 

 消えてしまうことは、死ぬことは、怖くない。

 超生物の自分に──今更恐れるものなどあろうはずもなくて。

 

「およそ、5時間くらいですか……」

 

 バリアの先にあるのは、強烈な光。きっと、あのレーザーが再び発射されるのだろう。今度は避けることすら出来ない範囲で。

 

 残された時間は──少ない。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「──『天の矛』と『地の盾』の調子はどうだ?」

「多少の波はありますが、安定レベル3を維持。異常は見られません。予定通り、期限ちょうどに発射出来るでしょう」

「そうか。ならばその状態を維持してくれ」

 

 男の言葉に研究者は「はい」と返事をしてモニターに目を向ける。男は研究者から教えてもらった情報に満足気に頷き、同じくモニターを見つめる。

 そこに映っているのは、椚ヶ丘中学校のE組の学び舎。超生物の根城だ。

 

(『天の矛』と『地の盾』共に異常なし。くくっ、『計画』は順調だな)

 

 男は、『PROJECT:LAST ASSASIN』の大役を任された──いわば全人類の命を握っている立場だ。

 彼が超生物の暗殺を失敗すれば、人類は滅亡する。……いや、超生物が地球と共に消滅する可能性は1%未満なのだが、しかし、だからと言って野放しにするわけにはいかない。

 1%という確率は、地球を賭けるには危険すぎる博打だった。

 ……いや、そもそも確率がゼロだったとしても、彼は暗殺を決行していただろう。

 人間だった頃の彼は伝説の殺し屋。あの伝説の傭兵クレイグ・ホウジョウに匹敵するほどの実力と危険度を誇る。そんな相手を野放しに救うなど、容認できるはずもない。

 その結果、あの中学生たちに好き勝手言われようとも男には関係ないことだった。

 

 今のところ計画は順調だ。

 このまま行けば、確実に超生物は暗殺出来るだろう。

 『天の矛』と『地の盾』を破る手立てなど、あの超生物は持っていないのだから。

 

「明日が待ち遠しいな」

 

 そう言って、男はコーヒーを口に含む。

 癖になる苦さが口の中に広がっていく。

 

 そんな時だった。

 

「し、失礼します!!」

 

 バタン! と激しくドアが開く。

 そこには息を荒くしてこちらを見る黒いスーツに身を包んだ男が立っていた。

 そんな彼を見て、男はただ事ではない何かが起こったのだと察した。

 

「一体どうした? 何かトラブルでも──」

「──捕らえていた中学生たちが逃走しました!」

 

 バカな、と男は驚愕する。

 警備は万全、鍵も厳重に掛けていた。逃げる隙などなかったはずだ。一体どうやって──?

 

「クソッ……! どうやって逃げ出しかは知らんが、侮り過ぎていたか!」

「どうしますか?」

「……いや、放っておいても構わん。山の外周には大量の警備、そこを抜けられても山中にはホウジョウの部隊がいるからな」

 

 そう、たかが一年間暗殺術を学んだ程度の中学生が、伝説の傭兵率いる部隊を突破出来るはずがない。

 

 

「残念だが、君たちが標的(ターゲット)の元に辿り着くことはないだろうな」

 

 

 モニターを見てそう呟く男。

 

 そんな彼の名は────。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「──残念な坊や達だ。遊技場と死地の区別を教えようか」

 

 

 クレイグ・ホウジョウと彼が率いる部隊は、ここに向かっている多数の気配に気がついていた。

 

「隊長、それでは我々はそれぞれの配置(ポジション)に着きます」

「ああ。迅速にな」

 

 ホウジョウからの返事を聞いた瞬間、ホウジョウ以外の全員が一斉に動き出す。それぞれの持ち場に付き、侵入者(インベーダー)を迎え撃つのだ。

 

「……ふむ。やはりだが、『例の少年』は居ないのだな」

 

 気配からE組の人数が1人だけ足りないことを感じ取った。

 

 司令官の男からは、もしも『彼』が来たら、最優先で無力化しろとの命令を受けている。しかし、どうやらこの多数の気配の中に、その『彼』はいないようだった。

 

(出来れば、一目でも見て置きたかったのだがね……『切り裂きジャック』)

 

 一度だけだが、司令官の男に映像を見せてもらった。

 その時、彼は対象の人間を殺すことは出来ていなかったが、それでも彼の殺人鬼としてのポテンシャルはかなり高く、ホウジョウの本能をひしひしと刺激していた。

 

(真名は潮田渚だったか。……ふふ。あれはまさしく逸材だな)

 

 あれほどの存在なら、確かに司令官の男が無力化を強いたのも無理はない。遠くない未来、彼の才能はもっと最低なものへと開花するだろうから。

 どうやら、司令官の男は戦闘能力こそ皆無だったが、観察眼はたいしたものらしい。ただ、己の戦力を過信してしまうのが玉に瑕だが。

 

「……さて。彼らも我々の狩場に侵入して来たようだ」

 

 部下達も、思いの外苦戦しているようだ。

 中々どうして面白い集団だ、E組──暗殺教室の彼らは。

 

 ホウジョウは笑みを浮かべて地面を強く蹴る。その瞬間、彼の体は弾丸の如く飛んで行き、木と木の間を渡って行く。

 

(──見つけた)

 

 距離にして7メートル。そこに保護色である黒を基調とした戦闘着を着込んでいる集団がいた。

 この程度の距離、ホウジョウにとってゼロに等しい。

 

「! 避けろ!!」

 

 赤髪の少年が叫ぶが、一足遅かった。ホウジョウの強烈な一撃に、1人が錐揉みしながら吹き飛ばされる。

 まず──1人。

 

「……失礼した。君達の力をあまりに低く見積もっていた」

 

 ホウジョウは、不敵に笑って眼鏡に手を伸ばす。

 そんな彼を見て、E組の暗殺者(アサシン)達の表情が強張る。

 

 彼らは察した。

 

 ここからが、正念場だと。

 

 

「──これより、本当の私を教授しよう」

 

 

 伝説の死神と同じ『伝説』を冠する傭兵が牙を剥く。

 

 

 殺せんせーの暗殺期限まで──あと2時間。

 

 




どうだったでしょうか?
今話はあまり面白みはないかもしれませんが、次話から色々と動かします。

重ね重ねになりますが、本当に遅れてすいません。
次話はなるべく早く、投稿したいと思います。

それでは!


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