この素晴らしい世界に傭兵を! TSR (ボルテス)
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第一章 戦場から来た男
プロローグ このブラック稼業にさよならを!


我が名はボルテス!我が家の全ての家事を担う者にして、家畜と呼ばれし者……!
…どうも、我が家随一の家畜こと、作者のボルテスです。

先日やっと夏休みに入りまして、毎日『あれ?今日って休みなんだよな…』と首を捻りながら、死んだ目で淡々と家事をこなしております。

私の近況報告はこのぐらいにしておき、まずは以前から私の作品を読んで頂いた方々に心よりお詫びを。

一応、活動報告には、『この素晴らしい世界に傭兵を!についてのお知らせとお詫び』というタイトルで投稿していたのですが、ご覧になっていない方もいるかと思いますのでこの場をお借りして、お詫びを申し上げます。

今回、リメイクという形で再投稿させて頂きましたが、大まかな設定は変えずに行こうと思っています。
できるだけ、新しいイベントなども入れようかと検討していますが、もしあまり変わらなかったらすいません。

『それでも良いよ』と、言って下さるエリス教徒のような寛大なお心を持つ読者の皆様は、読んで頂くと作者が喜びます。

 なお感想批判は、お手柔らかにお願い致します。





ーーーその世界はどこか歪だった。

ソ連は崩壊せず、中国は南北に分断され、世界中のあちこちに争いの火種が絶えず、現在の科学水準の遥かに先を行く『ブラック・テクノロジー』と呼ばれる、存在しないはずの技術があった。

そしてここにも、運命を歪められ、本来ならただの引き篭もりのゲームオタクになるはずだった男が一人……。


『9029。仕事よ』

 今日の昼食は、外で何か美味い物でも食おうとジャージに着替えて外出しようとしていた時の事。

 

 俺の仕事用の携帯にかかって来たのは、何とも間の悪い一本の電話だった。 

「…場所は?」

 

『アイリスグローバル社。本社跡地よ。資料は貴方のパソコンに送ったわ。目を通しておきなさい。作戦開始予定時刻は一二四五時(十二時四十五分)。今回は迎えの車は出ないわ。そこから十分ぐらいで着くんだから、歩いて現場に向かって。…場所は分かるわね?』

 

「確かここら辺で、一番大きいビルでしたよね。…120秒で準備します」

 言って、俺は携帯をスピーカーに切り替える。

 

 この部屋には防音対策が施されているため、誰かに会話を聞かれる心配もなく。

 携帯の通話回線も高度な暗号化技術により保護されているので、会話の内容を傍受される事もない。

 

 乱雑に積み上げられたダンボールの山を横切り、部屋の隅にあるロッカーを開く。

 その中から一丁のスナイパーライフルを取り出すと、各部に異常がないか素早く確認。

 

 そして、ライフルをギターケースに偽造したライフル用のケースの中に収めてロックをかけた。 

 そのまま俺は、パソコンを置いてあるデスクに向かう。

 

 その一番上の引き出しから小型のケースと小型のヘッドセット型の無線機を取り出し、それぞれジャージの左右のポケットの中に入れる。

 

『昨晩遅くに、日本に着いたばかりなのに悪いわね…』

 申し訳なさそうな声を聞きながら、俺はパソコンを起動させ、送られてきた資料に目を通しながら。

 

「…気にしないでいいですよ。テロ屋どもが俺の事情を考慮してくれるわけないですし……。あまり時間もないでしょうから、もう切りますよ」

 

『…ええ、頼むわよ』

「イエス・マム!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミンミンと耳障りなセミの鳴き声を聞きながら、マンションを出る。

 そこで俺が目にした物は、道路を挟んだ反対側の歩道で、両親と手を繋ぎニコニコとしながら歩く小さな男の子の姿。

 

 俺はそれを見て複雑な気分になる。

 なぜかというと、俺には小さい頃の記憶がなく、親の顔すら覚えていないからだ。

 

 ……っていかん。気持ちを切り替えないと。

 ミスでもしたら、大目玉を食らってしまう。

 

 視線を親子達から外して、腕時計を見ると、時刻はちょうど十二時を過ぎたところだった。

 今日は土曜日なので、俺の前方から楽しそうに談笑しながら帰る学生達が近づいて来る。

 

「平和だなぁ……」

 俺はそんな学生達の姿を見て思わず呟いていた。

 背中のギターケースを背負い直しながら、談笑し合う学生達とすれ違い、自分の荷物の中身を思いだして憂鬱になる。

 

 …俺はいわゆる傭兵だ。

 日本は平和そのものだが、世界中には火種がいくらでもある。

 地域紛争に内戦、民族紛争にクーデター。

 

 中国は南北に別れて未だに睨み合いを続け、最近はソ連の動きも胡散臭い物を感じる。

 まるで、裏で誰かが操っているような勢いだ。

 

 つい先日も、某国が衛星の打ち上げ実験と称して、核ミサイルの発射実験を行っており、現在各国の首脳達が制裁措置を検討している事だろう。

 

 ……俺は日本に来るきっかけとなった数日前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー数日前、アメリカ合衆国某所ーー

 

 俺はアメリカ政府と契約している極秘の傭兵部隊に所属していた。

 まあ、傭兵部隊といっても、表向きはPMC(民間軍事会社)として要人警護や新兵器のテストをしている事の方が多いのだが。

 しかし、サムおじさん(アメリカ合衆国政府)からの命令があった際には、中々動かせない米軍の代わりに最前線で戦ったり、警察の装備では太刀打ちできない凶悪事件やテロ事件に対処したりと大忙しだった。

 

 サムおじさんは大体無茶ばかり言うので、何度も死にかけたし、怪我もたくさんした。

 その分、給料は割と良かったのだが、これではいくら命があっても足りない。

 そう考えた俺は、そろそろ金も貯まってきたし、長期の休暇の度に一々日本に遊びに行くのも面倒だ。

 

  なので、日本に移住して、ゲームや漫画三昧の日々を過ごしたいなと、辞職願いを書こうとしていたところをいきなり上司に呼び出された。

 

  俺は何かやらかしたかと、心当たりがあり過ぎる自分を振り返る。

  新人の女性隊員の胸ばかり見ていたからだろうか。

 

  それとも、年上のお姉さんに賭け事でイカサマをして勝ち、罰ゲームと称して、負けるたびに恥ずかしそうに服を一枚ずつ脱ぐ姿を眺めていたからか。

 

  あるいは、後輩にレクチャーする内につい熱くなってしまった風を装い、わざと密着したのがバレたのだろうか。

 そんな事に頭を悩ませながら歩いていると、いつの間にか上司の部屋の前まで来ていた。

 

 俺はため息を一つ吐くとドアをノックし、凛とした声で。

「佐藤和真軍曹、参りました!」

「入れ」

 

 怒られると嫌だなと思いつつも部屋に入り、上司の机の前まで行って、背筋を伸ばして直立不動の体勢で敬礼する。

「ああ、いいからそういうの……」

 

 俺は面倒臭さそうに言った上司の言葉に、敬礼を止めて休めの姿勢をとり、口を開いた。

「…それで、何のご用でしょうか」

 

「ペンタゴン(アメリカ国防総省)から要請があった。日本の防衛省が日米合同の対テロ組織を作ったからお前、こちらからの出向要員の記念すべき第一号として日本に行ってくれないか」

 

「嫌です」

 俺が即答すると、上司は聞いてもいないのに事情を説明しだした。

 

 …いや、あんた人の話聞けよ。嫌だって言っただろうが。

 そんなんだから奥さんに逃げられたんだよ。

 一応、俺を拾ってくれた恩人なのだが、人の話を聞かないのが欠点だ。

 

 上司の話によると、日本のある政治家が最近頻発するテロ事件や某国の挑発行為を見て、このままでは国民の安全が脅かされるとか言い出したらしい。

 

 まあその通りなのだが、そのお偉いさんは何の対策も考えていなかったらしく、その場にいた人間に丸投げしたのだとか。

 上司の話を整理するとこうだ。

 

 大まかに言うと、国民の生活を脅かす火種が大きくなる前に、国内で早い段階に外科的手段を用いて、迅速に処理する組織を作りたいと。

 

 それなら、自衛隊の一部を対テロ部隊という名目で試験運用してはどうか。

 と、いう意見が出たが、万が一テロリストが国内に侵入してもソレを処理したのが自衛隊だという事が露見すると、国民の自衛隊へのイメージが悪くなるという意見が出たらしい。

 

 …まあ、その気持ちもわかる。

 日本のニュースでも自衛官が女性の自宅に侵入したり、人を殺したりと色々事件を起こしている。

 

 彼らだって人間だ。魔が差すこともある。

 だが、イメージは大切だ。

 一度悪いイメージがつくと払拭するのも大変だろう。

 

 俺が顔も知らぬ広報担当の人の苦労を想像している間にも、上司の話は続いた。

 なんでも中々いい意見が出なかったらしく、その会議は夜遅くまで続いたそうだ。

 

「それで、どっかのバカが『自衛隊がダメなら、傭兵とか使えばいいんじゃね』とか言い出したらしく…」

 

「…周りの人間は止めなかったんですか? 」

 いくらなんでも、そんな子供みたいな発想を大人が認める訳が……。

 

「…それが、ドジッ子で有名な、とある政治家の秘書がお茶と間違えてウーロンハイを配ったらしく…。既に酔いつぶれていた政治家達が『『『それだ!!』』』と、満場一致で可決された」

 

「舐めんな」

 ふざけんな。

『それだ!!』じゃねーよ。その秘書と政治家達をクビにしろよ。

 

 その内とんでもないミスしそうだから。

 上司は呆れたような顔をする俺を見つめ。

 

「もちろん、その組織の存在は巧妙な情報操作と情報統制により存在を隠蔽され。その仕事内容は、要人警護から政府が危険だと判断した人間の暗殺やテロリストの排除まで盛りだくさんだぞ」

 

 うわあ、嫌だなあ…。これから俺はのんびり暮らす予定なのに。 

「…ちなみに裏切ったり、逃げ出したりすると、もれなく事故死するらしいから気をつけろよ」

 

 …何その職場。ブラック過ぎるだろ…。

「…いい職場ですね」

 上司は俺の皮肉をサラリと受け流すと、真剣な表情で。

 

「話を戻すが、日本に出向要員として出向いてくれないか。実を言うとだな、流石に傭兵だけでは必要な数の人員を揃えられない。なので主に自国の予備役を使うそうだ」

 

 ちなみに予備役とは、予備自衛官の事だ。

 予備自衛官には、自衛隊を退官した人間がなる事が多い。

 つまり、一線を退いたベテラン達だ。

 俺が黙っていると、上司は更に続けた。

 

「そこでお前の出番だ。…日本語を話せる者が少なくてな。日本語が話せるお前なら、後に送る予定の人間と現地の人間同士のコミュニケーションの補助もできるだろう。現場の人間同士のコミュニケーションは円滑な方がいいからな」

 

 …なるほど、そういう理由か。このおっさんにしてはまともだな…。

 だがーーー

 

「俺、この仕事辞めるつもりだったんですが…」

「そうか、辞めるのなら仕方がないな…。残念だが他の人間を行かせるか…」

 

 サラリと言った俺を見て、上司は残念そうに息を吐くが俺の意思は変わらない。 

 この危険な稼業から足を洗って、これからはのんびり過ごすのだ。

 

 今更、危険な事はーーー

「ちなみに、向こうの指揮官は金髪碧眼の巨乳の美…」

「行かせてください」

 

 俺はもちろん即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が日本に来た経緯を思い出していると、現場に到着した。

 何だか死亡フラグみたいだが、アニメや漫画じゃあるまいし、今日は安全な仕事だ。

 そうそう死ぬ事もないだろう。

 

 場所は、とある廃ビルの屋上。

 まあ、廃ビルと言っても数ヶ月前に倒産した大企業の物だったらしく中は綺麗だ。

 

 俺の視線の先には海が広がっており、船着場には大型の貨物船が停まっている。

 潮風を肌で感じながら、ギターケースを開き、愛用のスナイパーライフルを取り出す。

 

 ライフルに異常がないのを確認すると、床に伏せ、ボルトアクション式のレバーを引いて薬室に初弾を送り込む。

 

 そうして、暫くジッと待っていると、スコープ越しに見えた目標がコンテナの間を警戒しながら、人質を連れてゆっくりと歩いて来た。

 

「あれか…」

 とてもテロリストには見えない、爽やか系のイケメンだ。

 イケメンは、中学生ぐらいの人質の女の子の額に拳銃を突きつけている。

 

 目標は一名。国内に不法入国したテロリストだ。

 資料の写真にも目を通したし、あの男で間違いない。

 人質の心のケアの問題もあるし、仲間のテロリストの情報を吐かせるためにも殺すなとの命令だ。

 

 そして、男から十メートル程離れたコンテナの近くには、俺が狙撃した後にテロリストと人質を確保するため、サブマシンガンで武装した制圧部隊が待機している。

 

 狙撃準備を終え、俺は一度制圧部隊の現場指揮官に無線を入れようと耳に付けた無線機に手を伸ばす。

 だが、俺が無線を繋ぐよりも先に、現場指揮官の男の方から無線が入った。

 

『9029。狙撃準備はいいか?』 

「ああ、問題ない。いつでも狙い撃てる」

 ちなみに9029とは、俺のコードネームだ。

 

 前の部隊での、俺の認識番号が『iー9029』だということで安易にもそう決められたのだ。

『それなら良いんだ。突入のタイミングはこちらで合わせる。幸運を』

 

「あんたもな」

『ああ』

 指揮官の男は短く答えると、無線を切った。

 …よし、狙い撃つか。

 

 イケメン死すべしと心の中で呪いながら、温度と湿度、空気抵抗。

 それに地球の自転により発生するコリオリ力なども考慮に入れて計算し、瞬時に照準誤差を修正する。

 

 そして、俺は一度小さく息を吐くと、イケメンのテロリストの男に照準を合わせ、

「その綺麗な顔を吹き飛ばしてやるぜ…!」

 

 世界一の殺し屋みたいなセリフを吐いて、引き金を引いた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本での初仕事を無事成功させ、ライフルをしまおうとした時の事。

 俺はライフルのフレームに僅かな歪みを発見し、急遽ライフルを本格的なメンテナンスに出す事にした。

 

 俺を見て、何故か微妙な表情を浮かべる新しい仲間の男にライフルを手渡した後。

 俺は美味そうな物が食える飲食店を求めて街へと向かった。

 

 そのまま見慣れぬ街を彷徨い、美味そうな物が食えそうな飲食店を探すが、土地勘がないので、どこにどんな店があるのかすら分からない。

 スマホを持って来れば良かった…。

 

 俺はそう後悔するが、プライベート用の携帯は、まだ日本の携帯電話会社と契約していないので、例え持って来ていても通信ができないので使えはしないのだが。

 

「きゃっ!」

 今日にでも、携帯ショップに行こうかと考えていた俺は、曲がり角から出て来た女子高生に気づかずに正面からぶつかってしまった。

 

 歳は同じぐらいだろう。半袖の制服を着た黒髪ロングの快活そうな美少女だ。 

 スレンダーな体型に、片手にちょうど収まりそうな、程よい大きさの胸。

 

 腰はモデルのようにキュッとくびれ、若干日焼けはしているものの、肌にはシミ一つない。

 そして、その腰まで届く長く美しい黒髪はひと目見ただけで、手入れが行き届いている事が伺えた。

 

  …ん? この子どこかで……。

 というか、何だか懐かしい感じがするんだが……。

 不思議と懐かしささえ感じるこの子とは、どこかで会った気がするのだが、思い出せないからきっと俺の気のせいだろう。

 

 俺は地面にペタンと尻もちを着いている女の子に手を差し出しながら。

「悪い。ちょっと考え事してて。…立てるか?」

 

「…ええ、大丈夫です」

 その子は俺の手を取って、立ち上がり、大丈夫だと言ってくれたが、地面にはその子の物であろう花束が散乱している。

 俺は慌てて拾うが、いくつかが折れてダメになっていた。

 

 俺はその子に軽く頭を下げ。

「悪い、弁償するよ。ぶつかったのは俺の不注意が原因なのに、弁償しないってのは流石に気分が悪いからな」

 

「別にちょっと折れたぐらいで、気にしなくてもいいのに。 お兄さんって、今どき珍しいタイプですよ?」

 俺の言葉に少し目を丸くしたあと、クスリと笑う女の子。

 

 それに気をよくした俺はちょっと気取った口調で。

「そうか? でも俺は、美人には誠実だからな。 …それでは、花屋までご案内をしますよ。お嬢様」

 

 俺は執事のような態度をとると、そのまま胸に手を当て、優雅に一礼する。

「じゃあ、エスコートをお願いしますね。執事さん」

 

 そんな俺を見て、その子はクスクスと控えめに笑いながら言ってきた。

「お任せ下さい、お嬢様」

 

 俺は先頭に立ち、その女の子を引き連れ、一流の執事になった気分で花屋へと向かい…。

「…それで、お嬢様。花屋はどちらにあるのでしょうか?」

 

 女の子の方を振り向いて言った俺は、あんまり執事ぽくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は小さな花屋。

 店員さんが花を包む間、暇になったので、俺はちょっと気になっていた事を女の子に聞く事にした。

 

「花を買うって事は、墓参りにでも行くつもりだったのか?」  

 

「……今日は、小さい頃に亡くなった幼馴染みの男の子の命日なんです。幼稚園の時の話なんですが、『大きくなったら結婚しようね』なんて約束もしてて……」

 

 物憂げな表情で言ったその子の横顔に、俺は暫し見惚れる。

 …不謹慎だが、こんな美少女に死んだ今でも何かしら想って貰えるその幼馴染の男の子に、嫉妬すら覚えた。

 

 俺はそんな自分を恥じると、いつもより小さな声で。 

「もしかして、その男の子の事が好きだったのか?」

「…今はもうわかんないです」

 

 静かに言って、儚げに微笑むその子を眺めていると何とも言えない気分になる。

 俺達がお互いに沈黙し合っていると、店員のお姉さんが綺麗にラッピングした花束を持ってきた。

 

 モヤモヤとした気分のまま、店員さんから花束を受け取って代金を支払い、花屋を出る。

 湿っぽい話をして、何だか妙な空気になったので、俺は話題を変える事にした。

 

「…なあ、ちょっと聞きたいんだが、この辺で飯の美味しい店を教えてくれないか?」

 

「えーとですね…。ここを真っ直ぐ行って、交差点を右に曲がって少し歩いた所にオシャレなお店がありますよ。値段もお手頃でオススメなんです」

 

 その子は顎に手を当て、少し考え込むと身振り手振りを交えて教えてくれた。 

「いや、助かったよ。この辺は来たの初めてだから」

 

 その子はジッと俺の顔を見つめ。

「…そう言えば、何となくですけど。お兄さんは私の幼馴染の男の子に雰囲気が似てますね…」

 

 何だろう、新手のナンパだろうか。

「もしかして、それは逆ナンなのか? 今の俺は、悲しい事にオールフリーだから問題ないぞ」

 

「違いますよー。私、彼氏いますし」

 その子は言って、パタパタと手を振り、小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

「そうか、そりゃ残念だ」

 軽い口調で言った俺を見て、女の子が吹き出した。

 俺も思わずそれに釣られて笑い声を上げる。

 

 そうして、二人して笑いながら歩いていると、いつの間にか交差点の前まで差し掛かり、墓参りに向かうというその女の子とはここで別れる事になった。 

 

 女の子が俺にペコリと頭を下げる。

「じゃあ、私はこれで。ありがとうございました、お兄さん!」

 

「ああ、こちらこそ。いい店を教えてくれてありがとう」

 俺は手を振り、交差点へと向かうその子の後ろ姿を見送る。

 

 その子は、そのまま交差点を渡ろうとするが、タイミングが悪く信号が青から赤になったため、その場で立ち止まり、再び信号が変わるのを待っている。

 

 そして、俺がなぜ、まだ女の子の姿を見ているのかというと、どこかであった気がするからだ。 

 もう少しで思い出せそうなのだが……。

 

 交差点の信号待ちをしているその子は、交差点の向こうに知り合いの姿を見つけたのか小さく手を振っている。

 

 俺がその子の視線を追い、交差点の向こう側を見ると、目付きの悪い不良ぽい男が、女の子に少し頬を染めながら手を振り返していた。

 

 あの男があの子の彼氏だろうか。

 照れながらも手を振っている姿を見るに、多分悪いヤツではないのだろう。

 

 やがて信号が青に変わり、女の子が歩き出す。

 その姿を見た俺が思い出すのを諦め、教えられた店に向かおうとしたその時の事だった。

 

  突然、俺達がやって来た方向の車道から、エンジンの轟音を轟かせ、一台の暴走トラックが猛スピードで交差点を渡る女の子を目がけて突っ込んできた。

 あと数秒であの子は、『あの子だった物』になってしまうのだろう。

 

 考えるよりも先に動くように訓練されていたせいか、俺は恐怖で動けなくなっていたその子を後ろから突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」

 

  俺は真っ白な部屋の中で、唐突にそんな事を告げられた。

  …あれ、おかしい。なんで俺死んでんの。

  いや、トラックに轢かれたせいなのはわかるけど。

 

  アレか、意味もなく回想とかしたせいか。

  何が『今日は安全な仕事だ。そうそう死ぬこともないだろう(笑)』だよ。

 

  その結果がこれだよ。あの時の自分を引っ叩いてやりたい。   

 一度深呼吸して、ようやく落ち着いた俺は、目の前の美少女に静かに尋ねた。 

 

「…あの、俺が突き飛ばした女の子は、生きてますか?」

「軽い怪我はしましたが、生きていますよ」

 …良かった。あの子が死ぬよりは、俺が死んだ方がいいに決まっている。

 

「他に質問はありますか? 電気ショックで死んだ佐藤和真さん」

「……は?」

 

 この子は今なんて言った。トラックじゃなくて電気ショックで死んだ!?

 呆然とする俺を見て、美少女が補足する。

 

「女の子を突き飛ばした後。あなたはトラックにぶつかる寸前に、何とかギリギリで回避しましたが、無茶な体勢だったせいか電柱で頭を強打しました」

 

「…その口ぶりだと、まだその時は死んでなかったんですよね」

 だったらなんで、俺は死んだんだ?

 内心首を傾げる俺に、美少女はゆっくりと口を開き。

 

「…ええ、そうです。あなたは近くの病院に搬送され、怪我を治療された後。目を覚ますまで適当な病室に寝かされていたところを、依頼された末期のガン患者と間違われ、人を安楽死させる事で有名な闇医師に電気ショックで直接脳を焼かれ、そのまま帰らぬ人に……」

 

 ……………。

 

「………はあああああ!? 闇医者だああああああ? ふざけんなあああああああーーーっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然キレた俺がようやく落ち着いた頃。

 アクアと名乗った美少女が俺を見て、ビクビクとしながらも説明を始めた。

 

「え、ええっと…。わ、私の名前はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ。若くして死んだあなたには、二つの選択肢があります」

 

 アクアが俺に提示した選択肢とは、何もない天国的な所で死んだ先人達と永遠にひなたぼっこでもして過ごすか。

 それとも記憶と体はそのままで、異世界に転生して新たな人生を歩むかという、ある意味究極の二択だった。

 

 話が上手過ぎて胡散臭いと俺が言うと、アクアは詳細を語った。

 こことは違う異世界が魔王軍に人の数を減らされてピンチだと。

 

 そして、その殺された人達は、もうあんな死に方をしたくないと生まれ変わるのを拒否するのだとか。

 

 このままだと、その世界の人類が滅んでしまうと危惧した神々は、日本で若くして死んだ者を送り込んではどうかという話になったらしい。

 

 でも送られてすぐ死なれても困るから、記憶と体はそのままで、一つだけ好きな物を持っていける権利をあげているとの事。

 

 …つまり、チート級の装備や特殊能力をやるから、記憶と体はそのままで転生して、ちょっと魔王城まで乗り込んで魔王をぶっ殺してこいと。

 

「一つ聞きたいんですが、俺、異世界語とか話せないんですけど大丈夫なんですかね? 流石に言葉が通じないとキツイいんですが…」

 

「あなたの脳に負荷を掛けて、一瞬で習得できます。…運が悪いとパーになりますが」

  …おい、パーが何だって?  でも俺は一回死んでるし、まあいいか…。

 

 俺はアクアから受け取った、中二病患者が作ったようなカタログを眺めながら尋ねる。

「異世界に持って行く『もの』って何でもいいんですか?」

 

「ええ、『物』なら何でもいいですよ」

 …なるほど、『もの』なら何でもいいのか。

 先程から混乱したり、キレたりと忙しく、よく見ていなかったが、このアクアと名乗った女神はとびきりの美少女だ。

 

 なら、俺が選ぶ『もの』はーーー

 俺はアクアを指差し。

「じゃあ、あなたで」 

「では、魔法陣の中央から出ないように......」

 

 そこまで言って、アクアはハタと動きを止める。

「…今、何と言ったのですか?」

 アクアが俺に聞き返したその時だった。

 

「承りましたアクア様。では、今後のアクア様のお仕事はこのわたくしが引き継ぎますので」

 何もない所から突然、羽の生えた天使みたいな女性が現れた。

 

「……えっ」

 呆然と呟くアクアと俺の足元に、青く光る魔法陣が現れる。

 おお、魔法陣のデザイン凝ってるなあ…。

 

「え、え、嘘でしょ? いやいやいや、おかしいから! 無効でしょ!? 無効よね!や、やり直し! やり直しを要求するわっ!」

 涙目で無茶苦茶に慌てふためき、そう要求するアクアに、天使は実に良い笑顔で。

 

「ダメですよ、アクア様。仮にも女神であるあなたの言葉は絶対です。ですので、その要求は飲めません。仮とはいえ神の言葉は重いのです。発言の撤回など認められませんよ」

 

「い、今、仮って言った! 私、本物の女神様なのに二回も仮って言った! 謝ってよ! 女神な私に謝ってよ!!」

 ぎゃあぎゃあと大声で謝罪を要求するアクア。

 だが、天使はそんなアクアには構わず。

 

「行ってらっしゃいませアクア。後の事はこのわたくしにお任せを。無事魔王を倒された暁には、気が向いたら迎えの者を送ります」 

  …あんた、実はこいつの後釜狙ってたんじゃないだろうな。

 

「ねえ待って! 今、私のこと呼び捨てにしなかった!? それに、気が向いたらって何!? 凄く不安になるんですけど!!」

 

 突然現れた腹黒そうな天使は大声で喚くアクアを尻目に、俺に柔らかな笑みを浮かべ。

「佐藤和真さん。あなたが魔王を倒した暁には、どんな願いでも一つだけ叶えて差し上げましょう」

 

 つまりそれは、異世界での生活に飽きたら、日本に帰って美少女とあんなことやそんなことをしながら、のんびりとしたゲーム三昧の日々を送る事もできるってことか!

 

 …あと、ついでに俺を殺した闇医者とやらの頭を、二千メートル先から吹き飛ばしてやろう。

 俺は泣いてすがるアクアを指差し、タメ口で。

 

「おい、アクアとか言ったな。あんたは俺が持っていく『者』に指定されたんだ。これからは色々とご奉仕して、俺を楽しませてくれよ!」

 

「いやあああー! こんなセクハラ変態男と異世界行きだなんて、いやあああああ!」

 

「さあ、勇者よ! 願わくば、数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。…さあ、旅立ちなさい!」

 

「アンタ、今度会ったら覚えてなさいよおおおおおっーーー!」

 厳かに天使が告げる中。

 

 俺は天使に向かって、ヤケクソ気味に叫ぶアクアと共に明るい光に包まれた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話の投稿は、だいぶ先になるかと思います。
今回は突然の削除に対してのお詫びをせねばと、プロローグだけでも早く投稿しました。

といいますのも、次話としてお知らせを投稿するつもりでしたが、本文が千文字以上でないと投稿できないとの事。

なら、もう作品ごと削除してしまおうと、削除に同意するという項目をクリックした直後に、作品の目次に活動報告へ誘導する一文を添えるというアイデアを思い付きました。

マヌケな奴めと罵ってくれて結構ですが、まだプロローグだけしか書き直せていないので、次話投稿まで暫くお待ち下さい。


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一話 この素晴らしいステッキに祝福を!

今回は思ったよりも早く投稿できました。

リメイクと称しながら、暫くリメイク前と変わらない話が続きますが、地の文などやセリフ回しは、リメイク前よりだいぶ良くなったと思っているので、そこに着目して頂ければなあと……。

すいません、言い訳ですよね。
それも、全部私の技量不足が原因です。
読者の皆様、どうか怠惰な作者をお許し下さい。


「……おいおいおい。本当に異世界だ。俺、本当にRPGみたいな世界に来ちゃったよ…」

 思わず呟いた俺の目の前に広がっているのは、レンガの家が立ち並ぶ、中世ヨーロッパのような町並み。

 

 いつもRPGゲームの中で見ていた光景がそこにはあった。

 もしかしたら、異世界は中世ヨーロッパ風であるべきだという、宇宙の真理やマニュアル本でもあるのかもしれない。

 

 俺は街中を行き交う人々の中から美人を求めて、視線を周囲へとくまなく向ける。 

「エルフだ! エルフがいる! 美人だし、エルフだよな! おお、獣耳の娘もいる! さようならブラック稼業! こんにちは異世界! 俺この世界ならのんびり生活できるよ!」

 

「………」

 俺は隣で呆然としているアクアを振り向き。

「おい、どうした。さっきからずっと黙ってるが、どこか具合でも悪いのか? …ま、まさか運悪くパーに……!」

 

「ああああああああああああああああああああーっ!」

 突然奇声を上げたアクアは、泣きながら俺に摑みかかってきた。

 

「うおっ! アレか、さっきの事怒ってんのか? 色々とご奉仕して俺を楽しませてくれって言うのは冗談だよ! 冗談だから!」

 

「それもあるけど! 私帰れないんですけど! 魔王倒しても帰れないかもしれないんですけど! どうすんの!? ねえ、どうしよう!? これから私どうすればいい!?」

 

 泣きながら取り乱し、自身の髪の毛をガシガシと掻きむしるアクア。

 そのここに来るまでの態度とあまりに違う痛々しい姿に、俺は持ってくる『もの』を間違えたかと軽く後悔する。

 

 本当に残念だ、黙っていれば凄い美少女なのに…。

 まるで、詐欺にでも遭った気分だ。

 

「まあ落ち着け。こういう時は、まず情報収集からだ。人が集まる酒場とかに行けば情報が手に入るだろう」

 どこかにギルド的な存在があるはずだ。それが、RPG世界におけるお約束という物だろう。

 

 …と言っても、ここは異世界なのだが……。

「何でそんなに......。そう言えばあなた傭兵だったのよね、それぐらいは当然なのかしら....。 あ、カズマ、私ことはアクアって呼んで。 一応私、この世界で崇められてる神様なの」

 

 言いながら後ろをバタバタとついてくるアクアと共に、俺はギルドを目指して歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルフのお姉さんにギルドの場所を尋ね、暫く歩いて行くと、かなり大きな建物に着いた。

 ここがギルドで間違いないだろう。

 生きるのにもお金がかかる。

 

 なので冒険者になって楽なクエストでも受け、金を稼いで、のんびりと釣りとかしながら暮らしたい。

 ゲームがないのが残念だが、まあそこは異世界なので仕方がないと諦めよう。

 

 ガラの悪いヤツに絡まれたら面倒だなと思いながら、ドアを開け、ギルドの中に入る。

 すると……。

 

「いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞー!」

 ウエイトレスのお姉さんが、俺達を笑顔で愛想よく出迎えてくれた。

 

 笑顔が素敵ですねお姉さん、俺と結婚しませんか?

 アホな事を考えながら、アクアを引き連れ、真っ直ぐカウンターへと向かう途中で俺は、ハタと気づいた。

 

 もしかして金かかるんじゃ…。

 大体何かに登録したり、カードを作る際にはお金がかかるものだ。

 

「アクア。悪いんだけど、受付の人に冒険者登録に金がいるのか聞いて来てくれないか?」

「わかったわ!」

 

 アクアがノリノリで、へなちょこな敬礼をしてきたので、俺も敬礼を返してアクアを見送る。

 その間俺は暇になったので、アクアの尻をガン見しながら、暫く待つ。

 

 そうして、俺が有意義な時間を過ごしていると、やがて受付の人と会話を終えたアクアが、こちらにパタパタと駆けてきた。

 こいつ犬みたいだな…。

 

「どうだった」

「お金いるって」

 マジかよ、俺この世界の金なんて持ってないぞ。

 

「…いくらかかるんだ」

「一人、千エリスだって…」

「…お前、金持ってる?」

 

 俺は期待を込めてアクアを見るが……。

「ないけど……」

 …どうしよう、早速詰んだ。 何だよ、このクソゲー。

 だいぶ不親切だな、どうなってんの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやって登録手数料を調達するか考えるが、俺達はいい案が思いつかなかったので、一端ギルドから出ることにした。

 アクアが俺の方を見て、ポツリと呟く。

「…ねえ、私今晩のご飯はお肉がいいんですけど……」

 

「アホか! 一文無しなのにどうやって食うんだよ!」

 アクアが晩御飯の心配をし、俺が頭を抱えて、途方に暮れていたその時だった。

「ぐすっ、う、うう…」

 

 俺達のすぐ近くから、誰かの泣き声が聞こえてきた。

 アクアと顔を見合わせ、声がする方に視線を向けると、小さい女の子が手におもちゃのステッキを持って、泣きじゃくりながら歩いている。

 

 歳は五、六歳ぐらいだろう。おさげの髪の可愛らしい子だ。 

 俺達はその子の前まで行くと、しゃがんで目線を合わせ、努めてやさしい声で話かけた。

 

「どうしたんだ。よかったらお兄ちゃん達に話してくれないか?」

 その子は俺とアクアの顔を交互に見た後、手で涙を拭い。

 

「ぐすっ…う、うん。 えっとね、昨日の夜、パパがいつもいい子にしているご褒美だってお小遣いをくれたの…」

「…それで?」

 

「今日、パパがくれたお小遣いを持って、街に行ったの。そしたら、露店のおじちゃんに声をかけられて、『お嬢ちゃんは可愛いから特別サービスだ。この普段は十万エリスはする、なんでも願いが叶う魔法のステッキを今ならたったの一万エリスで売ってあげよう』って言われたの…」

 

 ……一気に胡散臭くなったな。

 俺達が黙って話を聞いていると、女の子は更に続けた。

「これで何でもお願い事が叶うと思って、早速家に帰ってパパに使ってみたの…」

 

 小さい子のお願いだ。きっとパパと一緒にもっと遊びたいとか、パパと結婚したいとかそんな微笑ましい願いだろう。

「何てお願いしたの?」

 そう聞いたアクアに女の子は、再び目に涙をウルウルと溜め。

 

 

「ぐすっ…。『パパ、イケメンになあれ!』って」

 

 

「「えっ」」

 思わず固まった俺達に構わず、女の子はなおも続ける。

 

「…パパがイケメンにならなかったから、私のやり方が悪かったのかなって思って何回も試したの…。…それなのに、それなのに…パパが……パパがイケメンになってくれないのおおおおおおっーーー!!」

 

 それ程、親父さんがイケメンにならなくて悲しかったのか、泣き叫ぶ女の子。

 そんな女の子の頭を、アクアが優しく撫でながら。

 

「…よしよし、パパがイケメンにならなくて悲しかったのね…。大丈夫よー。お姉ちゃんがついてるから。ほら、いい子だから泣かないで…」 

 

「…うん。そ、そしたらね、パパが『あ、ありがとう。俺が美人なママと釣り合ってない事を気にしてるのを知ってて、魔法をかけてくれたんだな』って言ったから、元気に『うん!』って答えたら、パパが用事を思い出したって言って、お部屋から出て来てくれないの……」

 

 悲しそうに表情を曇らせながら、そう言った女の子。

 お、親父さんも気の毒に…。

 きっと、この子は悪気などなかったのだろう。

 だが、子供は時に残酷だ。

 

「そ、そうなのか。お父さんは、しばらくそっとしておけば部屋から出てくるよ」

 俺の言葉にようやく女の子が泣き止み、満面の笑みを浮かべ。

 

「そうなの? 良かったー。 じゃあ、またパパにイケメンになる魔法かけてあげなくちゃ!」

 や、やめてやれよ……。

 

「…そうね。ずっと言い続けたら、いつか本当にイケメンになるかもしれないし、これからはパパが寝ている間に言うといいわ!」

 アクアはそんなフォローしたいのか、親父さんにトドメを刺したいのか良くわからない事を女の子に吹き込んでいる。

 

「うん、明日の朝に試してみるね!」

 アクアのアドバイスを聞いて、女の子が元気に頷いた。

 

 親父さんが気の毒だから、本当にやめてやれよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアと意気投合した女の子が、突然俺達の前を横切った野性のネロイドとやらを追い回し、疲れたと言ってギルドの陰で休憩していた時の事。

 

 日陰で涼んでいた女の子が、『お兄ちゃんにも、イケメンになる魔法をかけてあげるね!』と、太陽のように眩しい笑顔を俺に向けて言ってきた。

 

 その申し出を頬を引きつらせながら丁重に断り、俺の顔を指差し、腹を抱えて笑い出したアクアにデコピンをお見舞いして涙目にした後。

 

 俺はようやく女の子に、露店の男に騙されている事を伝え。 

 これから女の子を連れて、警察にでも行こうとした時に、俺はふと良い案を思いついた。

 

 俺を涙目で睨むアクアと共に、女の子に件の露店の男の所まで案内してもらいOHANASIをしたのだ。

 その結果、俺の華麗な交渉スキルにより、騙された分の金を女の子に返金させる事に成功。

 

 その際に露店の男が俺に、二万エリスを差し出してきたので、ありがたく貰っておいた。

 やはり良い事をすると気分がいい。これで手数料の問題は解決した。

 

 アクアの話では一エリス一円換算らしいので、今日の晩飯もなんとかなるだろう。 

「ありがとねーお兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 俺達に何度も手を振りながら、去って行く女の子の姿を見送る。

 

「カズマ。子供っていいわね」

 ニコニコしながら、女の子に手を振り続けるアクアが俺にそんな事を言ってきた。

 

「…子供が欲しいなら、いくらでも協力するぞ」

 その言葉を聞いたアクアは、俺にゴミでも見るような目を向け。

 

「…ねえ、カズマ知ってる? それってセクハラよ。セクハラなのよ? 女神にセクハラとか、あんた天罰が落ちるわよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は再び冒険者ギルド。

 一番美人の受付のお姉さんの説明を聞きながら、俺の視線はある一部分に固定されていた。

 

 …凄い。いや、何が凄いとは言わないが。

 お姉さんの凄い部分でパフパフされたい。凄くされたい。

 アクアの俺を見る目が冷たいような気がするが、きっと気のせいだ。

 

 俺は悪くない、お姉さんが凄いのがいけないのだ。

 …あと俺、男の子だしね、仕方ないね。 

 俺が内心誰にでもなく言い訳をしていると、お姉さんが俺達に一枚ずつカードを差し出して来た。

 

「ではお二人とも、こちらのカードに触れてください。それであなた方のステータスが分かりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んでくださいね」

 俺は仕方なくお姉さんの凄い部分から視線を外し、カードに触れる。

 

「ええと…。 サトウカズマさん、ですね。 筋力、生命力、器用度、敏捷性が全て平均よりも高いですね。 知力もそこそこ高いのと……。あれ? 凄いですね、幸運が非常に高いですね。ステータスがもう少しだけ高ければ、上級職にもなれたのですが……。このステータスなら基本職の《冒険者》か《アーチャー》、もしくは《盗賊》をオススメしますが、どうされますか?」

 

 上級職になれなかったのは残念だが、なれない物は仕方がない。

 元よりなかった物として考えよう。

 ゲームでもリアルでも職業選びは大切だ。

 

 ここは慎重に選ばなければ…。

 そう考えた俺は、慎重を期してお姉さんに質問することにした。

「その職業について、詳しく教えてもらってもいいですか?」

 

「はい。 基本職である冒険者は全ての職業のスキルを習得し、使う事ができます。アーチャーは弓による遠距離攻撃に特化した職業です。そして、盗賊はダンジョン探索には必須なんですが、地味な職種なので成り手があまりいません」

 

 どうしようか…。

 敵の射程外からセコセコ狙い撃つ方が楽だという安易な理由で、スナイパーをやっていた俺が選ぶのなら。

 

 無論、第一候補はアーチャーだ。

 だが、弓の射程などたかが知れている。

 となると、盗賊か…。

 

 でも、地味で成り手がないという話から推測するに、あまりモンスターとの戦闘に役立つ攻撃的なスキルが少ないか、対人向けスキルが多いのかもしれない。

 なら、俺が選ぶのはーーー

 

「冒険者でお願いします」

「え、冒険者ですか? その、よろしいのですか?」

「はい、大丈夫です」

 

「本当にいいの? 冒険者はスキル習得に大量のポイントが必要になるし、職業による補正もないから同じスキル使っても本職には及ばないわよ。 器用貧乏みたいな」

 

 即答する俺を見て、心配そうな表情を浮かべるアクア。

 …器用貧乏か。

 昔、教官にも似たような事を言われたな。

 

 確か、『カズマ、貴様は何をやらせてもパッとしない成績だな、ワザとやってるんじゃないか? ハハハッ!』だったか。

 

 ちなみにその後、その教官の部屋に忍びこんで、部屋にあったお宝ビデオに細工し、ハエの交尾やガチムチのお兄さん方が絡み合う少々ショッキングな映像に差し替えておいた。

 

 怒り狂う教官を思い出し、俺が昔を懐かしんでいると、アクアのカードを見たお姉さんが大声を上げる。

 

「はああああっ!? 何です、この数値!? 知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな事以外は、全てのステータスが大幅に平均値を超えてますよ!? 特に魔力が尋常じゃないんですが、一体あなた何者なんですか……っ!?」

 

 その声を聞いたギルド内が途端にざわめく。

 …おかしい、普通そういうイベントは俺に起こるんじゃね?

 べ、別に気にしてないけどな!?

 お姉さんに、全ステータスが平均よりも高いって言われたし!?

 

 極端に高いステータスが幸運しかないからって、全然気にしてなんかないんだからな!

 …もう、何なのホント……。

 実はあいつが主人公だったの…?

 

「なになに、私が凄いって事? まあ私くらいになればそりゃあ当然よね?」

 流石は一応女神だ。

 まあ、今の調子に乗って照れているアクアの姿は、俺がこの世界に来る前に見た神々しいオーラの欠片もないのだが。

 

 あの時のアクアを一言で表現するなら…。

 …そう、まるで女神のようだった。

 

「す、凄いなんてものじゃないですよ!? 高い知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが、それ以外ならなんだってなれますよ? 最初からほとんどの上級職に…!」

 

 お姉さん、お姉さん。それってバカって事なんじゃあないですかね…。

 俺にバカ認定されているとも知らず、お姉さんの質問にアクアは少し悩む素振りを見せ。

 

「そうね、女神って職業が無いのが残念だけど…。私の場合アークプリーストかしら」

 

「アークプリーストですね! あらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛もこなせる万能職ですよ! では、アークプリースト…っと。 冒険者ギルドへようこそアクア様、サトウカズマさん。 スタッフ一同、今後の活躍を期待してます!」

 

 お姉さんはそう言って俺達に、にこやかな笑みを浮かべた。

 お姉さん、俺を様付けで呼んでくれてもいいんですよ。

 

 …そう言えばお姉さんの名前を聞いてなかったな。

 名前を聞くのは今度にして、あのお姉さんの事はおっぱいさんと呼ぼう。

 

 まあ、色々あったが、こうして俺の異世界での冒険者生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リメイク後のタイトルどうしよう……。

フルメタぽく、『この素晴らしい世界に傭兵を! TSR』にしようかと検討しておりますが、そもそもTSR(ザ・セカンドレイド)の意味が分かりません。

グーグル先生に尋ねても、イマイチよく分かりませんでした。
どなたか、分かる方がいましたら無知な作者に教えて下さい。
お願いします。


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二話 このしおらしい女神に安眠を!

アクア様ヒロイン化計画始動……!


 俺とアクアがこの世界に来て、二週間が経過。

 露店の店主から巻き上げた金は、俺が少し目を放した隙にアクアのアレな女神パワーにより酒に変えられ、胃袋の中へと消えた。

 

 これでは装備を揃えるどころか、このままでは餓死してしまう。

 当初の俺達は、そんな切迫した理由でギルド内の酒場で働いていた。

 

 しかし、酒場の店主の『裏の畑からサンマを二匹獲ってきてくれ』という不明瞭な指示にパワハラを受けていると確信した俺は、これに毅然とした態度で対応。

 

 しかし、俺の健闘虚しく、酒を水に変換する一発芸を披露していたアクアと共に解雇された。

 解せぬ。これって俺が悪かったのか?

 …いや、悪くないよな。

 

 サンマとは、秋になると脂が乗ってきて大変おいしい、海で穫れる魚のはずだ。

 断じて、そこら辺の畑で穫れる魚ではない。

 そもそも、魚が畑で獲れるとか、その時点でおかしな話だ。

 

 …そう、俺は悪くない。社会が悪いのだ。

 ギルドの酒場を首になった俺達は、次のバイト先の八百屋にて、アクアと売り子をしていた。

 

 だが、客寄せのために、商品を文字通り種も仕掛けもない手品でアクアが消してしまったため、店主にアクアのついでに俺もクビを宣告されてしまう。

 

 俺は何も悪くないだろう、この青いのが勝手にした事だと『パワハラ、ダメ絶対』のスローガンの下。

 俺の首を締めようとするアクアを押さえながら抗議したのだが、憎っくき店主は聞く耳を持たなかった。

 

 そういう訳で、二連続でバイトを首になった俺達は、最終的に街の外壁の拡張工事の仕事をしたり、平原に突然できた謎のクレーターの埋め立て作業をしていた。

 

 勿論、俺はその間、ただ労働だけをしていた訳ではない。

 そう、この世界の情報を集めていたのだ。

 俺も傭兵稼業で食ってきたのだ、情報の大切さは理解している。

 

 まず、この駆け出し冒険者の街アクセル周辺の雑魚モンスターは軒並み駆除されている事。

 冒険者は馬小屋で生活が基本だと言う事やこの街は魔王の城から一番遠いらしい事。

 

 他には、黒目で黒髪の変わった名前を持つ凄腕冒険者がこの国の首都に多くいるという情報があった。

 恐らく、日本から来たチート持ちの転生者だろう。

 

 あと、この街には頭のおかしい子がいるという噂もあった。

 どう頭がおかしいのかはよく分からなかったが、関わり合いになりたくないものだ。

 

 そして当然の事だが、この街周辺のモンスター情報も集めた。

 見覚えのあるメジャーモンスターから、聞いた事もないふざけた名前のモンスターの名前と特徴。

 

 そして弱点などは一通り頭に叩き込んだので、もし予期せず強いモンスターに遭遇しても、落ち着いて適切に対処が出来る自信がある。

 

 そうして、一通りの情報収集が完了したので、明日は討伐クエストを受ける予定だ。

 

 なので、俺達は今日の昼過ぎに武具ショップまで出向き、ショートソードと大型のナイフを購入した。

 財布の中身と相談して、できるだけ丈夫そうな物を選んだので強度は問題ないだろう。

 

 その間、アクアは何をしていたかというと、俺が真剣に武器を吟味している横で、店の中の製品をペタペタと触りまくっていた。 

 

 俺はそんなアクアに声をかけ、装備を揃えなくていいのかと聞いたのだが、

『素手でモンスターをバタバタと倒す美人プリーストって格好良くない? 明日は楽しみにしなさいカズマ! 女神の力を見せてあげるわ!』

 

 と、言っていたので何も買っていない。

 何だか不安なのだが、大丈夫だろうか。

 

 ……まあ大丈夫だよな、アイツ女神だもんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーそう思っていた時期が俺にもありました。

 

 現在、俺は巨大なカエル型のモンスター。

 ジャイアントトードに頭から、食われたアクアを見て唖然としていた。

 

 俺は連携して叩くぞって言ったのに、勝手に突っ込んで行って『直撃コース、もらったわ!』とか言って、ジャイアントトードに神の力とやらを込めたゴッドブローを叩き込んだ結果がこのザマだ。

 

 俺、ちゃんと言ったじゃん、打撃系の攻撃は効かないって。

 …というか、カエルに食われる神様ってどうなの。

 アイツ一応、女神様なんだよな…。

 

 俺がそれを呆れ顔で見ていると、先ほどまでビクビクと震えていたアクアの足が動かなくなったので、そろそろ助けに行く事にした。

 

 俺はアクアを咥えて、無防備な背中を晒すジャイアントトードの背後に回り込み、まずはショートソードで両足を斬りつける。

 

 すると両足を斬られ、バランスを大きく崩したジャイアントトードがアクアを咥えたまま、地面に倒れた。 

 俺はそのまま、狙いやすい位置に来た頭をショートソードで砕き、トドメを刺す。

 

 そんな回りくどい事をせず、直接頭を狙えば一発だろうが、間違えて食われたアクアごとぶった斬る恐れがあるので、それは止めておいたのだ。

 

「おい、アクア大丈夫か? カエルの舌でエロい事されなかったか?」

 軽口を叩きながら、ジャイアントドードの口からアクアを引っ張り出す。

 

「ぐすっ……、ひっぐ……、ありがど……、ありがどね、かじゅま……! うわああああああああんっ……!」

「あー。 よしよし、もう大丈夫だぞ」

 

 泣きじゃくるアクアを慰めながら、ジャイアントトードについて考察する。

 率直な意見を言えば、想像していた物より遥かに弱かった。

 

 そう、それはいい。弱いのは問題ない。むしろ大歓迎だ。 

 正面から戦うにしても、あの程度のスピードなら余裕で逃げ切れる。

 だが、できれば安全で楽に倒したい。

 

 カエルはアクアを捕食している間は無防備だった。

 ……つまり、アクアを囮にすれば楽に倒せる。

 少し可哀想な気もするが、呑み込まれる前に助ければ問題ないだろう。

 

 そう考えた俺は、アクアに『お前ちょっとカエルに食われてきてくれ』と言う訳にもいかないので、適当に煽る事にした。

 俺はアクアの目を真っ直ぐ見つめ、真剣な表情で。

 

「…アクア、いつまで泣いてるつもりだ。 カエルに食われて泣いている姿を見たら、お前の信者がどう思うかは賢いお前なら分かるだろう? そう! 今こそあのカエルにお前の本気を見せる時だ!」

 

「ぐすっ……。そうね……、そうよね! 女神の本気を見せてやるわ!」

 力強く叫ぶとアクアはゆらりと立ち上がった。

 

 ……カエルの粘液でネチャネチャと音をたてながら。

 どうしよう、この女神、凄く扱いやすいんだけど…。

 いつか、悪い男に騙されそうなんだけど。

 

 俺がそんな事を考えている間に、アクアは離れた場所にいるカエル目掛けて、猛スピードで突撃を開始。

 そのまま一気にカエルとの距離を詰めたアクアは、拳に白い光を纏わせてカエルの腹に殴りかかる。

 

「神に牙を剝いた事、そして私の前に立ち塞がった事! 地獄で懺悔しながら眠るがいい! ゴッドレクイエム! ゴッドレクイエムとは女神の愛と憎しみを乗せた鎮魂歌、相手は死ぬ!」

 

 アクアさん、アクアさん、それって負けフラグなんじゃ……。

 カエルの柔らかい腹にアクアの拳が、ぶよんとめり込んだ。

 

 打撃系統の攻撃が効かないので当然だが、殴られたカエルは何事もなかったかのように堂々としている。 

 …そして、カエルがゆっくりと、その視線をアクアへ向けた。

 

 カエルと見つめ合ったままアクアが呟く。

「…カ、カエルってよく見ると可愛いと思うの」

 そして……。

 

「ひゅぐっ!」

 愚かなカエルは、まんまと俺の術中に嵌り、アクアを咥えたまま動きを止めた。

 

 …うん、知ってた。(呆れ)

 だってそのカエル、打撃系の攻撃効かないからな。

 というか、カエル相手に媚を売る神様ってどうなんだ……。

 

 人としてそれでいいのか? いや、アイツは人ではないのだが。

 …まあいい、計画通りだ。

「アクアー。今助けるぞー(棒)」

 

 俺はショートソードを引き抜くと、愛する仲間を助けるべく、憎っくきカエルに斬りかかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエルの口内からアクアを無事救出した俺は、この調子で三匹目も討伐する事にした。

 わあわあと泣きじゃくるアクアに、『次だ、次頑張ればいい。 お前は女神なんだからもっと自信を持て 』と言って鼓舞したのだ。

 

 その結果、再びカエルの餌となった学習能力のないアクアの協力もあり、三匹目の討伐に成功した。

 したのだが……。

「……暗いの怖い、暗いの怖い暗いの怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」

 

 現在のアクアは、目からハイライトが消え、全身を粘液でテカらせ、膝を抱えて蹲っている。

 まさかここまで追い詰められるとは…。

 俺は楽で安全に倒せる最善の方法を取っただけだ。

 

 ……別に泣きじゃくるアクアが少し可愛く見えたから、三匹目もこの方法で倒そうとしたなんて事は決してない。

 ないったらないのだ。

 

「おい、アクア大丈夫か。今日の討伐は終わりにして、もう帰ろうぜ」

「…怖い怖い暗いの怖い……」

 

 会話が成り立たない様子だったので、アクアの手を引いて歩き出す。 

 そして、俺は後ろを振り返り、遠くで元気に跳ねるカエルを睨み。

 

「この借りは返すぞ……」

 え? お前が犯人だろって? い、いやだなあー。

 お、俺がそんな酷い事する訳ないじゃないですかー。

 

 ……でも、アクアには帰ったら優しくしてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、俺のカエルの唐揚げやるよ」

 街に帰還した俺達は、大衆浴場で体の汚れを落とし、現在冒険者ギルドで食事をしていた。

 

「カエル……粘液……真っ暗……うっ、頭が……」

 俺の言葉を聞いたアクアが、忌まわしき記憶が呼び起こされそうになったのか頭を抱えた。

 

 俺はそんなアクアの目の前で、手を振りながら呼び掛ける。 

「おーい、アクアー」

 

「……はっ! 今、何か思い出しそうだったんけど何だったのかしら?」

「思い出せないって事は、どうでもいい事だろ」

 

「まあ、それもそうね……。 あ、このカエルの唐揚げ意外とおいしいわね…」 

 目を逸しながら言った俺に、アクアも同意した。

 

 俺は視線をアクアに戻すと、唐揚げを口一杯に頬張る姿を見ながら。 

「俺はパーティーメンバーを募集しようと思う」

 

 この先、二人だけで冒険をするのには無理がある。数とは力なのだ。

「…それはいいんだけど、今日は何の討伐クエストを受けたのかしら? なんか、記憶が曖昧で……」

 

 アクアはそう言ったあと、首を捻って考え出す。

「ほーら、俺の唐揚げをもう一つやろう!」

 その様子を見た俺は、記憶が戻るのを阻止するため、自分の皿からカエルの唐揚げを一つ取ってアクアの皿に入れる。

  

「わーい! ありがとねカズマー。今日はいつもより優しい気がするんだけど何かあったの?」

 俺を見て不思議そうな顔をするアクア。

 

 お前に酷い事したから、その罪滅ぼしですなんて言えない。

「い、いや、今日のお前も可愛いからな……」

 適当にごまかした俺の言葉に、アクアはちょっと照れた表情で。

 

「な、何よいきなり…。ま、まあ私は女神様だから当然だけどね!」

 …やめろ、やめてくれ。

 そんな目で俺を見ないでくれ…。

 

 罪悪感で胸が苦しいから、ちょっと恥ずかしそうな顔で、俺をチラチラ見るのは勘弁してくれ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、俺達がギルドから出た直後の事。

 アクアが突然、俺の服のすそを摑んできた。

「ん? どうしたアクア? 服が伸びるから、あんまり引っ張らないでくれよ」

 

 後ろを振り返って言った俺に、アクアはモジモジとしながら上目遣いで。

「えっとね……。その…。このまま帰ったらダメ……?」

 

「え? 何だって?」

 アクアの恥ずかしがる姿をもっと見たくなった俺は、もう一度聞き返していた。

 

 そんな態度を取る俺に対して、アクアは不安そうに俺を上目遣いで見上げ、ボソボソとか細い声で。 

「その……暗いのが怖いから、掴んでちゃダメかなって……」

 

「お好きなだけ掴んで下さい」

 そのアクアのお願いに俺は、罪悪感から敬語で答えていた。 

「…? 何で敬語なの?」

「…いいんだ。気にしないでくれ」

 

 俺は不思議そうな顔をするアクアに、服のすそを掴まれながら馬小屋への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄り道もせず、馬小屋へ真っ直ぐ帰った俺達は、特にする事もないのでもう寝る事にした。

「おやすみアクア」

 

「うん…おやすみ…」

 そう言ったアクアがモゾモゾとこちらに寄ってくる。

「…なんだ夜這いか?」

 

 冗談めかした俺の言葉に、アクアは少し言いずらそうにしながら。

「そうじゃないけど……。暗いのが怖いから、一緒に寝てほしいなって…」

 

「喜んで」

 ……何なのコイツ。

 アクアってこんなに可愛いかったっけ。

 

 今日は特に可愛く見えるんだが。

 俺がアクアの弱っている姿に不謹慎にも悶えていると、更にアクアが俺に身を寄せてきた。

 

 すると当然、アクアの立派な双球が俺に当たる訳で、それはもう……ありがとうございます、ありがとうございます。 

「アクア、お前いい匂いするな…」

 

 俺はそんな言葉が自然と口から洩れていた。

「……変態」

「じゃあ、一人で寝るか?」

 

「……嫌よ。カズマが怖くて一人で寝られないだろうから、私が一緒に寝てあげてるの」

 ツンデレのような事を言うアクアの言葉には、いつものキレがない。

 

「……ねえ、カズマさん。何か当たってるんですけど……」

 アクアの言葉通り、自己主張の激しい俺の息子の先端には、アクアの太ももらしき部分に当たっている感触がある。

 

「俺の息子は正直者なんだよ……」 

 バツが悪そうに答えた俺は悪くないと思う。

 この状況で興奮しないヤツは絶対に男じゃない。

 

 そんな俺にアクアは、少し怯えたような声色でおずおずと。

「…私に酷い事しない?」

「酷い事しないよ」

 

「…胸も触ったりしない?」

「触ったりしないよ」

「…えっちなイタズラとかしない?」

 

「イタズラもしないよ」

 確かに興奮はするが、弱っている女の子相手に手を出すほど、俺も落ちぶれちゃいない。

 

 ……それに、触ったら捕まるし。

 そう、何と言っても触ったら捕まるのだ。

 

 触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる、触ったら捕まる……。

 

 頭の中でその言葉を呪文のように繰り返し、荒ぶる息子を落ち着かせようとしたが、一向に効果がなかった。 

「こんなに大きくしてる人に言われても、説得力ないんですけど……」

 

 アクアが俺を非難するような口調で言ってくる。

「…まあ、それはそうだが……。そこは俺を信じてくれよ 」

「カズマだから、余計に信じられないんですけど…」

 

「…ほら、もう寝ようぜ。本当に何もしないって」

 アクアは少しの間黙り込むと、小さな声で。

 

「今日だけは信じてあげる……」

「…おう、ありがとなアクア」

 そのままお互いに黙り込み無言になる。

 

 そうして、暫くするとアクアは、すうすうと安らかな寝息をたて始めた。 

「今日は眠れそうにないな……」

 

 俺はアクアの寝息を間近で聞きながら、馬小屋の天井を見つめ、そう小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

寝不足のカズマはギルドにて、一人の紅魔族の少女と出会った。
その少女に一目惚れをしたカズマは、勢いでプロポーズをし、少女から無事OKを貰う。

これからのハートフルな日々を想像し、ニヤけるカズマ。
しかし、その背後には、目からハイライトが消えたアクアが、カズマを能面のような顔でじっと見ていたのだった。

ーーー次回『アクア覚醒』。
ヤンデレ女神に愛され過ぎて眠れない、カズマの物語が今、始まる!







…あ、勿論嘘です。ではまた!


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三話 この忌まわしきカエルに爆裂を!

頭のおかしい子、初登場!
…勿論、前話の後書きみたいな展開にはなりません。


 時刻は早朝。

 眠れぬ夜を過ごした俺は、当然の事ながら寝不足だった。

 辺りが明るくなってから意識が途切れた記憶があるので、二、三時間程しか眠ってないだろう。

 

 そのせいなのか、今の俺には不思議な高揚感があった。

 一言で表現するなら、徹夜明けの異常なテンションに似ている。

 

 肌寒いなと思い、寝たまま首だけを動かして視線を下に向けると、毛布がめくれていた。

 …なるほど、どうりで寒かった訳だ。

 

 毛布を掛け直そうと、立ち上がり、毛布へと手を伸ばしかけたその時。

 俺は偶然にもたった今起きたと思われるアクアと目が合った。

 

「「………」」

 お互いに見つめ合い、暫しの間無言になる。

 女性の顔をジッと見るのはマナー違反だと考えた俺は、視線を下に移動させ、アクアに挨拶をした。

 

「…おはようアクア。 爽やかな朝だな」

 ……服が盛大にめくれ上がり、胸の下半分辺りまではだけた、アクアの二つの南半球を拝みながら。

 

 どうやら、アクアは寝る時にブラは着けない派のようだ。

 ありがたや、ありがたや……。

 きっとこれは、日頃の行いが良い俺への神様からのプレゼントに違いない。

 

 そして、その神様の一人であるアクアは、俺の紳士的な言葉に感動したのか目にじわりと涙を浮かべている。 

「…カズマ。…アンタ、朝から何してるの……」

 

「何って…、見れば分かるだろう?」

 何を言ってるのだろうコイツは。見れば分かるじゃないか。

 寝ぼけているのだろうか?

 

 アクアがフルフルと震えながら。

「……お」 

「…ん? 『お』がどうした」

 

 聞き返した俺に一瞥もせず、アクアはサッと起き上がると、はだけた服を整えて馬小屋の入り口へとスタスタと歩いて行き、

 

「お、おまわりさーん、コイツですーーっ!!」

 俺を指差して、大声で叫んだ。

 

「悪かった! 俺が悪かったから、警察だけは勘弁してくれアクア様ーーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって冒険者ギルド。

 俺は大声で喚くアクアの口を手で塞ぎ、黙らせる事には成功した。

 

 しかし、タンミングが悪く他の男性冒険者がアクアの悲鳴を聞いてやってきたのだ。  

 その時の俺の状態は、第三者目線で見れば、嫌がる同居人の美少女の口を無理やり手で塞いでいる変態に見えた事だろう。

 

 俺を見て、表情を険しくさせる男性冒険者に事情を説明するのに数分かかり。

 それから他のご近所さん達に、数十分ほどかけて事情を説明して誤解を解き、俺はどうにか豚箱行きは免れた。

 

 そして、朝飯を奢るという交換条件でようやく機嫌を直したアクアは、先程の出来事などなかったかの様にご機嫌だ。

 

 機嫌が良さそうなので、パーティーメンバー募集の貼り紙を書くのをアクアに任せて、その間に俺は少し仮眠を取る事にした。

 

 ……誰かの声が聞こえる。

「……ズマ、……カズ……。カズマ起きなさいよ! パーティーメンバーの募集の貼り紙を見て人が来たわよ!」

 

「…うん? ああ、起きるよ……」

 一体どれくらいの時間、眠っていたのだろう。

 目を擦りながら顔を上げた俺の目の前には、アクアの嬉しそうな顔があった。

 

「……いないじゃねえか」

 首を左右に動かして確認するが、それらしき人はいない。

「後ろよ、後ろ」

 

 アクアの言葉どおりに、後ろを向いた俺の視界に入ってきたのは、まるで人形のように整った顔をしたロリっ子の姿。

 年齢は12、13才ぐらいだろう。

 

 その子は黒マントに黒いローブ、黒いブーツにトンガリ帽子を被り、その赤い瞳はどこか気怠げに俺を見つめていた。

 手には杖を持っており、一目で魔法使いだと分かる大変親切な子だ。

 

 片目を眼帯で隠した小柄な少女は、突然マントをバサッと翻すと、

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」

 

「なるほど」

 何が『なるほど』なのか俺にも分からないが、眠たいので適当に答えておこう。

 

「……その赤い瞳。あなた紅魔族?」

 アクアの問いにその子はこくりと頷くと、アクアに自分の冒険カードを手渡した。

 

「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕き…!」

「凄いな」

 

 俺が自己紹介を適当に聞き流していると、女の子からキューと切ない音が聞こえてきた。

「…あの、図々しいお願いなのですが、もう三日もなにも食べてないのです。できれば何か食べさせては頂けませんか……」

 

 女の子は、悲しげな瞳でじっと見てきた。

「なるほど」

 適当に返事を返す俺に、アクアが補足の説明をする。

 

「カズマに簡単に説明すると、紅魔族は、生まれつき高い知力と魔力を持ち、魔法使いのエキスパートになる素質を秘めているわ。紅魔族は、特徴的な紅い瞳と…。そして、それぞれが変な名前を持っているの」

 

 アクアの説明を受けた俺は、女の子の顔をじっと見つめ……。 

 

「悪いのは君じゃない」 

 

「おい、私の名前について言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

 俺に顔を近づけて威嚇してくるロリッ子に、アクアが冒険者カードを返す。

 

「彼女は上級職のアークウィザードで間違いないわ。もし、本当に爆裂魔法が使えるのなら、それは凄い事よ? 爆裂魔法は、爆発系統の最上級クラスの魔法だもの。 ねえ、カズマ。彼女を仲間にしてもいい?」

 

 俺はうんうんと、適当に頷きながら。

「なるほど」 

 そんな俺を見てアクアが言った。

 

「それじゃあ、彼女を仲間にしていいのね」

「悪いのは君じゃない」

「おい、彼女ではなく、私の事はちゃんと名前で呼んで欲しい」

 

 抗議してくる女の子に、俺は店のメニューをのんびりとした動作で差し出そうとして、この子の名前を聞き流していた事に気がついた。

 

 あれ、この子の名前ってなんだっけ?  

 め……ぐ……。いや、める……。

 ……えっと何だっけ……。

 ああ、そうだ思い出した!

 

 俺は女の子にメニューを差し出すと、良い笑顔で。

「まあ、何か頼めよ。俺はカズマ。こいつはアクアだ。よろしく、めらにん」

 

「だ、誰ですかそれは! 私の名前はめぐみんですっ!!」

 

 めらにん改め、めぐみんが紅い瞳を輝かせ、大声で俺に食ってかかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が爆裂魔法は最強魔法。その分、魔法を使うのに時間がかかります。準備が整うまで、あのカエルの足止めをお願いします」

 

 俺はブラックコーヒーを飲んで眠気を覚まし、満腹になっためぐみんとアクアと共にジャイアントトードの討伐に来ていた。

 

 受けたクエストは、ジャイアントトードを三日以内に五匹討伐なので、昨日倒した三匹を合わせて、あと二匹倒せばいい。

 

 そのターゲットのカエルは、平原の遠く離れた場所に一匹。

 更に六時方向から一匹の計二匹がこちらに向かって来ている。

 

「遠い方を魔法の標的にしてくれ。近い方は俺達が仕留めるぞ。…おい、アクア、あのカエルは打撃系の攻撃が効かないからな。食われんじゃないぞ」

 

「何を言ってるのかしら、カズマは。 カエルごときに女神である私が食べられる訳ないじゃないの」

 何を言ってんだコイツは、みたいなアクアの言葉がムカつくがここはぐっと我慢だ。

 

 ……そう言えばこいつは昨日のクエストの事は、サッパリ忘れてるんだった。

 つーか、そんなに女神って自分で言っていいのか。 

 前に、お前の信者とやらが殺到して困るとか言ってなかったか。

 

「……女神?」

「……を、自称してる残念な子だよ。たまにああやって宇宙からメッセージを受け取る事があるけど、持病みたいな物だから気にしないで欲しい」

 

「可哀想に…」

 俺の言葉に、アクアを同情の目で見るめぐみん。

 めぐみんに可哀想な子認定をされ、涙目になったメッセンジャーアクアが俺が止める暇もなく、近い方のカエルへと駆け出した。

 

「な、何よ! 見てなさいよカズマ! 相手がカエルなのは不満だけど、私の真の力を…ひゅぐ……!?」

 …叫びながら何かを言いかけたアクアが、またしてもカエルに食われた。

 

 カエルの餌となったアクアがやがて動かなくなり、そのままカエルの足止めに成功する。

 カズマさん知ってるよ。

 セリフを言い終わるまで待つモンスターなんていないってこと。

 

 カズマさん知ってるよ。

 あのカエルに打撃系の攻撃は効かないってこと。

 カズマさん知ってるよ。

 アクアの知力が平均以下だってこと。

 

 俺が思わず現実逃避をしていると、めぐみんの周囲の空気がビリビリと震えだした。

 この感覚は、迫撃砲や戦車の主砲。

 もしくは爆撃を受ける直前に感じる物に似ている。

 

 ……つまり、これからめぐみんが使う魔法がそれだけヤバイ物だという事だ。

「見ていてください。これこそが最も威力がある攻撃手段にして、究極の攻撃魔法です」

 

 めぐみんの杖の先に、小さく眩しい光が灯った。

 そして、めぐみんが赤い瞳を輝かせ、その目をカッと見開く。

「『エクスプロージョン』ッ!」

 杖の先から一筋の閃光が放たれた。

 

 それを見て嫌な予感がした俺は、素早く地面に伏せると、親指以外の四本の指で目を覆うと親指で耳を塞ぎ、口を半開きにして対爆防御の体勢をとる。

 

 その次の瞬間、耳を塞いでいるにも関わらず、凄まじい轟音が俺を襲った。

 俺は爆風が収まるのを確認すると、ムクリと身を起こす。

 

 爆風が晴れ、先ほどまでカエルがいた場所には、爆撃でも受けたかのような二十メートル以上のクレーターができていた。

「…何だコレ。ただの兵器じゃねえか……」

 

 俺がめぐみんの魔法の威力に呆気に取られていると、魔法の音と衝撃で目覚めたのか一匹のカエルが地面からのそりと這い出た。

 

 その動作は非常に遅く、めぐみんにもう一度爆裂魔法を撃ってもらえば、問題なく倒せるだろう。

「めぐみん! 距離を取ってからもう一度魔法で……」

 

 そこまで言い掛けた俺の視界に飛び込んできたのは、なぜか地面に倒れているめぐみんの姿。

 その光景に俺は言葉を失う。

 

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ。

『めぐみんが魔法を使ってカエルを倒したと思ったら、いつの間にか地面に倒れていた』

 

 な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も一体何が起こったのかわかんねーんだ……。

 睡眠不足だとか、寝不足だとかそんな事は断じて関係ねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がするぜ……。

 

 俺がポルナレフ状態に陥っているとめぐみんが、倒れたままの体勢で。

 

「ふ…。我が奥義である爆裂魔法は、その絶大な威力と比例し、消費魔力もまた絶大。要約すると、限界を超える魔力を使ったので身動き一つ取れません。近くからカエルが湧き出すとか予想外です。想定外です。こんなの予定にありません。…すいません。食われそうなので、そろそろ助けて……ひゃっ……!?」

 

  ……俺は、献身的なアクアとめぐみんの協力により、動きを封じられたカエル二匹にとどめを刺して、三日以内にジャイアントトード五匹討伐のクエストを完了させた。

 

 やったね、カズマさん大勝利!!(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一人は嫌、一人は嫌、一人は嫌、一人は嫌、一人は………一人は嫌、一人は嫌、一人は……」

 俺の後ろを粘液まみれのアクアが、何やらブツブツと呟きながら付いて来る。

 

「カエルの体内って、臭いけどいい感じに温いんですね…」

「……知りたくもない知識をどうもありがとう」

 アクアと同様に粘液まみれのめぐみんは、俺の背中におぶさっていた。

 

 めぐみんの話だと魔法を使う者は、自分の魔力の限界を超えて魔法を使うと、魔力の代わりに生命力を削る事になり、最悪命に関わる事もあるらしい。

 

「凄い威力だったが、今後は爆裂魔法は使用禁止だな。ここぞという時にだけ使ってくれ。勿論、他の魔法も使えるんだろう?」

「……使えません」

 

 めぐみんの言葉に耳を疑い、もう一度聞き返す。

「……すまん、俺の聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってくれるか?」

 

 めぐみんが、俺に摑まる手に力を込め、その慎ましやかな胸が俺の背中に押し付けられた。

 …ほう……。なるほど、なるほど……。これはこれで……。

 

「……私は、爆裂魔法しか使えません。他には、一切の魔法が使えません」

「……本当に?」

「……本当です」

 

「は、はははっ。 お、お茶目さんだなー、めぐみんは。 ……ジョークだろ? 紅魔族流のジョークなんだろ?」

 乾いた声で聞いた俺に、めぐみんは至極真面目な顔で。

 

「……ジョークではなく、本当に使えません」

 えーーー。……マジか。マジなのかーー。

 嘘だ……嘘だと言ってよ、めぐみん。

 

「他の魔法が一切使えないってどういう事だ? アクアの話じゃ爆裂魔法は最上級の魔法なんだろ? そんな凄い魔法が使えるのなら他の魔法も習得できるんじゃないのか?」

 

「…私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆発系統の魔法が好きなんじゃないのです。爆裂魔法だけを愛しているのです」

 

 その言葉の意味は俺には、よく分からないがめぐみんの独白はなおも続く。

 

「もちろん他の魔法を覚えればもっと楽に冒険ができるでしょう。 ……でもダメなのです。 私は爆裂魔法しか愛せない。たとえ一日一発が限度でも。たとえ魔法を使った後は倒れるとしても。それでも私は、爆裂魔法を使うためだけに! 爆裂魔法を極めるためだけに、アークウィザードの道を選んだのですから!」

 

 ……いい話だなーーー。

 つーか、一日一発しか撃てないとか、ロマン砲じゃねえか。

 個人的には嫌いじゃないが、俺も命が掛かってるしなあ…。

 ……あと、どうでもいいけど『一日一発』って単語、何かエロいな……。

 

 俺はめぐみんの言葉を聞いて、困ったように呟く。

「どうするかなあ……」

 本当にどうしよう……。

 

 アクアはここ二回のカエルとの戦いを見るに、戦闘面では役に立ちそうにないしなあ……。

 クーリングオフっていつまで有効だっけ…。

 

 俺の記憶だと、確か八日間ぐらいだったな。じゃあ返品はもう無理か。

 はっきり言うと、アクアのお守りだけでも大変なのにこれ以上問題児は……。

 

 いやでも、見た目はお人形さんみたいで、凄い可愛いロリッ子なんだけどね…。

 命まで掛けられるかと言うと、それはちょっとなあ……。

 何だかもったいない気もするが、仕方がない。

 

「そうか…。まあ大変だと思うが頑張れよ。ギルドについたら報酬は山分けにして解散って事にしよう。俺も陰ながらめぐみんを応援してるからな」

 その言葉に、俺を摑むめぐみんの手に力が込められた。

 

「ふ……。我が望みは、爆裂魔法を放つ事のみ。 むしろ報酬などおまけに過ぎず、食費とその他雑費を出して貰えるなら、無報酬でもいいと考えている。 そう、アークウィザードである我が強大にして、絶大なる力が今なら食費とちょっと! これはもう、長期契約を交わすしかないのではないだろうか!」

 

「いやいや、よく考えて見ろよ。 めぐみんの力は、俺達のような駆け出しのパーティーには宝の持ち腐れだ。……そう、めぐみんのような大魔法使いが俺達みたいな弱小パーティーの魔法使いで終わっていい器だろうか? いや、ないっ!!」

 

 俺はギルドに着いたらいつでも捨てられるように、必死にしがみついてくるめぐみんの手をやんわりと引き剝そうと試みる。 

 だが、俺が手を引き剝がす前にめぐみんが早口で捲し立てた。

 

「いえいえいえ、大丈夫です。私もあなた達と同じ駆け出し。レベルも6ですから。 な、なんなら荷物持ちでも何でもします! お願いですから、私を捨てないでください!」

 

「今、何でもするって言ったか?」

 俺は真顔でめぐみんの方を向いて言っていた。

「え、ええっと。な、何でもというのは言葉のあやでですね……」

 めぐみんは、途端にしまったという顔でオロオロする。

 

「どうしよう、何をしてもらおう……。 俺の事をお兄ちゃんと呼んでもらおうか……。 いやいや、せっかくだからパンツを……。いやいやいや、ここは手で……」

 

「今、とんでもない事を口走りましたね! 私に手で何をしろと!? させません、させませんよ!」

 俺の野性味溢れる魅力にクラッときたのか、顔を真っ赤にしためぐみんが俺に照れ隠しをしてくる。

 

 はははっ、可愛いヤツめ。

「嫌だなあ、めぐみんに俺が何かする訳ないじゃないか。…………今はな」

 後半、声が小さくになった俺に、めぐみんが警戒するような視線を向け。

 

「……今、聞き捨てならない事が聞こえたのですが」

「……気のせいだろ。まあ、改めましてだが俺はカズマだ。これからよろしくな、めぐみん」

 

「これからよろしくお願いしますね、カズマ。……でも本当に変な事しようとしたら爆裂魔法を撃ち込みますからね……」

 

「物騒なヤツだな、めぐみんは…。だからしないって。俺は近所でも『アイツは紳士だ』って言われてて、評判だったんだぞ」

 

 俺を胡散臭い物でも見るようなめぐみんの視線から逃れるように、視線を周囲へと向けると、近くにいるはずのアクアの姿が見えない事に気が付いた。

 

 視線を後ろに向けると、俺達のかなり後ろにアクアの姿が。

 俺は慌てて、めぐみんを背負ったままアクアに駆け寄る。

 

 流石に、今のアイツを一人にするのは俺の良心が痛む。

 元はといえば、ほとんど俺が原因のような物だからだ。

 

「……一人は嫌、一人は嫌、一人は嫌、一人は嫌、一人は……一人は嫌、一人は……」

 アクアは下を向いて、ブツブツと呟いている。

 

 俺は腫れ物に触るようにおずおずと。

「す、すまん、別にお前を置いて行こうとしたわけじゃないんだ……」

 

 その声にアクアがゆっくりと顔を上げた。

 目が死んでいるアクアは、俺の顔を見た途端にぶわっと涙目になり……。

 

「一人は……一人は嫌あああああああああああああっっっーーー!!」

 

 アクアが泣きながらタックルをかましてきた!

 

 

 

 

 




次回予告

 カズマが恐ろしいめぐみんの策の前に敗れ、自分の無力を嘆いていた時、一人の女騎士が声をかけてきた。
『問おう。あなたが私のマスターか?』

 次回、『パチモン』。

 ーーーその日、カズマは運命と出会った。






 今回も嘘です。ごめんなさい。


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四話 この寝不足男に勘違いを!

 ダクネス&クリス様初登場回。

『おい、作者。リメイク前と展開殆ど変わってねーじゃねえか! 地の文とかセコセコ書き直しただけでリメイクとか舐めてんのか? あ゛…?』
 と、考えている方が多いかと思いますが、ご安心を。

 前書きに書くと、後書きに何も書く事が無くなりそうなので、詳細は後書きにて。


「ジャイアントトードを三日以内に五匹討伐。クエストの完了を確認致しました。ご苦労様でした」

 冒険者ギルドで受付のおっぱいさんにクエスト完了の報告し、報酬を受け取る。

 

 泣きながらタックルをしてきたアクアは、俺の腹部に大ダメージを与え、俺の意識を一瞬飛ばす事に成功した。

 今はめぐみんと一緒に、大衆浴場で身体の汚れを落としている事だろう。

 

「……本当にモンスターを倒すだけで強くなるとか、ゲームみたいだなあ……」

 俺は思わず呟いていた。

 まあ、あまり強くなった実感もないのだが....。

 

「それではジャイアントトード二匹の買い取りとクエストの達成報酬を合わせまして、十一万エリスとなります。ご確認くださいね」

 

 おっぱいさん、あざーっす!

 …って、たったの十一万かよ……。

 

 カエル一匹の買い取り金額が五千エリスだから、俺が昨日余分に倒した分も入れると三万エリス。

 そして、クエストの達成報酬が十万エリス。合わせて十三万エリスか。

 

 聞いた話だとクエストは、四人から六人で行うものらしい。

 普通の冒険者の相場だと、一日から二日をかけて戦うのだそうだ。

 

 つまり、五人パーティーだと仮定して、約二万六千エリス。

 俺達は三人パーティーだから、一人辺り約四万三千エリスか。

 

 この数字だけ見ればいい稼ぎだ。

 だが、俺は豪砲ロリと知力が足りない系女神の面倒を見ながら戦わなければならない。

 

 サムおじさんにも、こんな無茶を言われた事はなかった。

 まるで子供のお守りだが、まあそれはいい。

 最後に決めたのは俺なのだから。

 

 …子供のお守りで思い出したが、昨今の託児事情は大変だと聞いた事がある。

 何でも子供は、好奇心旺盛でジッとしていてくれないらしい。

 

 幼稚園児などはちょっと目を放した隙に、道路に飛び出して車に轢かれそうになった例もあると聞いた。

 でも、アクアとめぐみんは幼稚園児じゃないし大丈夫だよな…。

 

 アクアはちょっと目を放したら、有り金全部を酒に変えただけだし。

 めぐみんは爆裂魔法を撃ったら、身動き一つ取れなくなるだけだし……。

 

 …あれ、ちょっと待てよ……。

 もしかして、俺、とんでもないブラック企業に就職したようなもんなんじゃあ……。

 

 現実逃避気味に、他のクエストにも目を通すとそこには……。 

『ーーおじさ……僕と契約して魔法少女になって欲しいーー ※要、十三歳以下の少女に限る』

 

『ーー俺っちの鎧の強化に使う鉱石を採掘して欲しいーー ※採掘途中に、鉱石が稀に爆発するため気を付けること』

 

『ーー嫁がどうぶつの森から帰ってこないので連れ戻して欲しいーー ※大変危険な森ですので……』

 色んな意味で、ロクなクエストがないな……。

 

 ……特に三つ目。

 この世界にも存在するというのか、廃人を続出させたというあの恐ろしい森が……!

 

 こんなクエストばかりなのに、あの二人を連れてクリアしろとか……。

 俺は近くのテーブルに座ると、なぜ子供のお守りのような事をするハメになったのかを真剣に考えていた。

 

 アクアに関しては、アイツのポンコツぶりを見抜けなかった俺が悪い。

 めぐみんに関しては、俺がアクアに適当に返事をしたせいか。

 

 それとも、めぐみんの甘い言葉にホイホイ釣られた俺が悪いのか。 

 ……そうして暫く考え、めぐみんの件については、俺の睡眠不足が招いた結果だと気づいた。

 

 その事に気づいた俺は、両手の拳をテーブルにドンドンと叩き付ける。

「くそっ! くそっ!!」

 

 俺に視線が集まるのを感じるが、今はそんな事はどうでもいい。

 …確か、アクアは紅魔族は生まれつき知力が高いと言っていたな……。

 

 恐らくめぐみんは、俺が睡眠不足で思考能力が低下している事を知っていたのだろう。

 つまり、めぐみんは俺が絶対に断わらない条件を提示して、パーティーメンバーになったと……。

 

 …な、何て事だ……!

 全てはめぐみんの計画通りだったのか……。

 俺はめぐみんの手の平の上で、コロコロ転がされていたという事に……。

 

 可愛い顔してるのに、なんてヤツだ…。 

 めぐみん、恐ろしい子……!

 俺の体調が万全だったのなら、こんなミスなんてしなかったのに.....。

「うおおおおーっ! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性! 睡眠の……」

 

 自分の失態に気づいた俺は、テーブルに頭をガンガンと何度も何度も打ち付けていた。

 俺を見る視線が多くなった気がしたが、もうどうでもいい。

 

 ……俺が睡眠を……睡眠さえ取っていれば……。 

こんな事には……こんな事には、ならなかったのに……。

 

 俺が睡眠の重要性を再認識していると、突然背後から声をかけられた。

「……楽しそうな事をしているところにすまないが、ちょっといいだろうか……?」

 

 その声の主は前半もなにか喋っていたような気がするが、テーブルに頭を打ち付けていたので、俺は上手く聞き取れなかった。 

「すいません、今ちょっとそんな……」

 

 恐ろしいめぐみんの策の前に敗れ、ぐったりとした俺は背後を振り返り、その声の主を見て言葉を失う。

 ……とびきり美人の女騎士だ。

 

 クールな印象を受けるその女騎士は、頑丈そうな金属鎧に身を包んだ金髪碧眼の美女だった。

 頑丈そうな金属鎧のせいで体型は分からないが、その女騎士はとても色気がある。

 

 俺は紳士的な態度になると努めて爽やかな声で。

「……どうされました、俺に何かご用でしょうか?」

 

 恐らくこの女騎士の目には、俺がかなりのイケメンに映った事だろう。

 …今は、俺がイケメンではないという事実は関係ない。

 そう、俺がイケメンだ!(錯乱)

 

「このパーティーメンバー募集の貼り紙は、あなたのパーティーの物だろう? もう人の募集はしていないのだろうか」

 言いながら、女騎士が見せてきたのは一枚の紙。

 

 そういえば、紅魔族随一の策士であるめぐみんをパーティーに入れてから、募集の貼り紙を剝がすのを忘れていたな……。

 

「大丈夫ですよ、まだパーティーメンバーは募集していますから。俺はお姉さんのような美しい女性なら大歓迎ですよ!」

 俺は力強く言い切ると、女騎士の手を両手でそっと摑む。

 

「う、美しい!? わわわわ、私がか!?」

「もちろんですよ。お姉さんの他に美人がどこにいるって言うんです?」

 

 キリッとした顔で言った俺の言葉に、女騎士は湯気が出そうなくらい顔を真っ赤に染め。

「…お」

 

「お?」

「お、おそと、はしってくりゅーーーっ!!」

 

 可愛らしい声で叫び、俺の手を振り払い、ギルドからダッシュで出て行った。

 俺は女騎士が出て行ったギルドの出口を見ながら呟く。

 

「ふっ……。……これがギャップ萌えか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、めぐみん。スキルの習得ってどうやればいいんだ?」

 俺はヌボーとした目でめぐみんに聞いていた。

 

 昨日の夜、馬小屋に帰って寝ようとしたら、案の定アクアが『一人は嫌』とか言い出したので一緒に添い寝をした結果、今日も俺は寝不足なのだ。

 

 現在、俺達はギルド内の酒場で昼食を取っていた。

 今は客の入りがピークなのか、ウェイトレスのお姉さん方が慌ただしく動き回っている。

 

 ギルド内の酒場は満員で、席を確保するのにも苦労した。

 そして俺の目の前では、めぐみんが一心不乱に定食を喰らっている。

 めぐみんは食事の手を止め、顔を上げると。

 

「初期職業の冒険者であるカズマは、誰かにスキルを教えてもらうのです。まずは目で見て、スキルの使用方法を教えてもらうと、カードに習得可能スキルという項目が現れるので、ポイントを使ってそれを選択すれば習得完了なのです」

 

「…つまりめぐみんに教えてもらえば、俺でも爆裂魔法が使えるようになるって事なのか?」

「その通りです!」

 俺の言葉に身を乗り出し、以外な食いつきを見せるめぐみん。

 

「…めぐみん……。積極的なのはいいけど、時と場所を考えような。今は昼だぞ」

 いつもよりテンションが低く、諭すように言った俺の言葉に、めぐみんは俺に蔑むような目を向け。

 

「何を言っているのですか、カズマは……」

 ありがとうございます、ありがとうございます。

 我々の業界ではご褒美です。…いや、違った。

 

 俺は、そんな特殊な性癖は持ち合わせてはいなかった。

 めぐみんはコホンと咳払いをすると。

「冒険者であるカズマは、アークウィザード以外で唯一爆裂魔法が使える職業です。 まあ、習得にはポイントをバカみたいに食いますが、それでもいいと言うのなら、幾らでも教えてあげましょう。 それに、爆裂魔法以外に覚える価値のあるスキルなんてありますか? いいえ、そんなスキルなど存在しません!そんなスキルは、存在するはずがないのです!さあ、それが理解できたのなら、私と一緒に爆裂道を歩もうじゃないですか!」

 

 俺に顔を近づけて、途中から興奮気味にそう捲くし立てためぐみん。

「まあ落ち着けよ、豪砲ロリ。顔が近いぞ」

 

 言いながら、俺の視線はめぐみんの服の間から覗く、胸の谷間なのか隙間なのか、よく分からない部分に向けられている。

 

 …何だろう、俺にそんな趣味はなかったはずだが、めぐみんに会ってから俺の中のガイアが目覚めようとしている気がする。

「ご、豪砲ロリ……!?」

 

「おーい、めぐみん。どうしたんだ?」

「豪砲ロリ……、この我が豪砲ロリ………」

 

 俺の一言にショックを受けらしいめぐみんは、大人アピールのつもりなのか、定食の付け合せのにんじんをモソモソと食べだした。

 

 どうやら乙女心は複雑らしい。

 これ以上ないぐらい、一言でめぐみんを適切に表現したのだが…。

 

 他に聞く人もいないので、俺は隣で定食のおかわりを注文しようとしていたアクアに尋ねた。

「なあ、アクア。お前なら、便利なスキルをたくさん持ってるんじゃないか? 俺に教えてくれよ」

 

「…なあに、カズマ。 この私のスキルを覚えたいの? しょうがないわねー。私のとっておきの宴会芸スキルを……」

 

「よし、把握。お前はもういい」

「最後まで聞いてよーーー!」

 

 宴会芸スキルという単語で全てを理解した俺は、しょぼんとしたアクアを尻目に頭を抱えた。

 …やべえ、やべえよ……、アクアは……。

 

 何だよ、何なんだよ、宴会芸スキルって……。

 宴会芸スキルって多分アレだろ?

 パーリィーの時に使うスキルなんだろ?

 

「…ねえ、ねえってば……。もう……ちゃんと聞いてる? キミがダクネスが入りたがってるパーティーの人かな? 有用なスキルが欲しいんなら盗賊スキルなんてどうかな? 習得にかかるスキルポイントも少ないしお得だよ」

 

 それは、背後からの突然の声。その声に俺は背後を振り返る。

 俺に声をかけてきたのは、頬に小さな刀傷のあるサバサバとした明るい雰囲気の銀髪の美少女だった。

 

 その隣には昨日、俺のパーティーに入りたいと言ってきた美しい女騎士もいる。

 女騎士は俺と目が合うとサッと顔を背け、下を向いて恥ずかしそうに俯いた。

 

 男に免疫がないお姉さん、とてもいいと思います!

「盗賊スキル? どんなのがあるんだ?」

 俺の質問に銀髪の美少女は上機嫌で。

 

「盗賊スキルは使えるよー。 罠の解除に敵感知、潜伏に窃盗。 持ってるだけでお得なスキルが盛りだくさんだよ。 どうだい? 今なら、クリムゾンビア一杯でいいよ?」

 

 その言葉に少し考えた俺は、この子にはリスクなんてないという結論に至った。

 なので…。

 

「じゃあ、せっかくだから、お願いしようかな。 …すいませーん、こっちの二人に冷えたクリムゾンビアを二つ!」

「はーい。クリムゾンビアお二つですね。承りましたー!」

 

「い、いや私の分はいい。私があなたにスキルを教える訳ではないからな…」

 若干、顔を赤くして言った女騎士に、俺は手をヒラヒラと振り。

 

「いいんです。いいんです。そこの銀髪の子のついでですから」

 俺はそう言いつつ周囲を見渡して、二人が座る席がない事に気づいた。

 

 一人分は俺が退けば、どうにかなるがもう一人分は…。

 女性に気遣いができる男と評判だった俺は、二人に笑いかけながら。

「…座ります? 俺が椅子になりましょうか?」

 ここだけの話、適当に頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口にしただけなので、正直自分がどんな発言をしたのかはちっとも把握していない。

 そう、1ミリたりともだ。

 紳士的な態度をとる俺に対し、銀髪の子は何故かひきつった笑みを浮かべながら。

「い、いやそれはいいかな…」

 

 ……なるほど。

 この子は、きっと顔面神経痛なのだろう。

 俺より若いのに、苦労してそうだ...。

 

「…こ、この男できる……!」

 興奮気味に、俺を見て呟いた女騎士の言葉が印象的だった。

 きっと、俺の紳士的な態度に感動したに違いない。

 

 何だか、俺のテンションがおかしいような気がするが、全ては睡眠不足のせいなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしはクリス。見ての通り盗賊だよ。で、こっちの無愛想な子がダクネス。この子の職業はクルセイダーだから、キミに有用そうなスキルはないと思うよ」

 

「俺の名前はカズマだ。クリス、よろしく頼むよ」

 俺はクリスに盗賊スキルを教えてもらっていた。

 …まあ、色々あってタルの中に入ったクリスをダクネスが転がしたりしたのは置いておく。

 

「それじゃあたしの一押しのスキル、窃盗をやってみようか。このスキルは、相手の持ち物を何でもランダムで奪い取るスキルで、成功率はステータスの幸運に依存するよ。 相手の武器を奪ったり、大事なお宝だけかっさらって逃げたりと、使い勝手がいいスキルだよ」

 

 俺のパッとしないステータスの中で、幸運だけは抜きん出て高い。

 つまり、俺の長所を最大限に有効活用できるという訳だ。

 

「じゃあ、キミに使ってみるからね。『スティール』ッ!」

 クリスが手を突き出し叫ぶと同時に、その手に摑んでいた物は…。

 

「おお、凄いな。俺のサイフか…」

 俺のたいして金が入っていない軽いサイフだった。

 

「ええ!? ここはもうちょっと驚くとこじゃないの? だって財布なんだよ!?」

 俺のサイフを手に驚くクリス。

 

 その姿を見た俺はこう考えた。

 きっとクリスの持病である顔面神経痛は、この世界では難病なのだ。

 

 それほど、治療に大金がかかる病気なのだろう。 

 だから、俺の軽いサイフでもクリスはこんなにも騒ぐのだ。

 

 ……今度、暇な時にいい病院でも探して紹介してやろう。 

「ま、まあいいか…。それじゃ、サイフを……」

 

 クリスは、俺にサイフを返そうとして、イタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「…ねえ、キミ。あたし勝負しない? 早速窃盗スキルを覚えて、私から何でも一つ奪ってみなよ。それがどんな物だろうと文句は言わない。この軽いサイフの…………」

 

 長くなりそうだったので途中から聞き流したが、きっとクリスは顔面神経痛を治療するための金が欲しいのだ。 

 

 しかし、俺のサイフを奪う訳にもいかないので、こうして回りくどいやり方にしたのだろう。

 恐らく、あんなにも自信たっぷりなのは何か対策があるのだ。

 

 俺は自分の冒険者カードを取り出すと、敵感知、潜伏、窃盗スキルをそれぞれ1ポイントずつ消費してスキルを習得する。

 

 10ポイントあったスキルポイントが3消費され、俺が最初から持っていた7ポイントだけが残った。

「…その勝負に乗ろう。たとえ、分の悪い賭けだとしてもだ!」

 

「え!? あたし、何にも言ってないのに! 意外とキミって鋭いんだね…」

 感心したように言ったクリスが取り出したのは大量の石。

 

 予想通り対策をしていたか…。 

 治療のための金に困っているのなら仕方がない…。

 例え、俺がクリスから何を奪ったとしても返してやろう。

 

 なんなら、俺の軽いサイフぐらいならクリスにやってもいい。

 だが、クリスには俺が真剣にやっているように見せよう。

 

 …それが優しさという物だ。 

「よし、行くぞクリス! やあああああってやるぜ!『スティール』ッ!」

 

 俺が気合を入れて叫ぶと同時に突き出した右手には、何かの感触がある。

 右手をゆっくり開くと、そこには純白のぱんつが…。 

 

 ……俺は戦利品を確認すると、なくさないようにズボンのポケットに入れる。 

 そして、そのまま無言で馬小屋へ帰ろうと……。

 

「ま、待ちなよキミ。 無言でどこに行くの!? あたしのぱんつ返してよ!!」

 ……したところをクリスに呼び止められた。

 

 俺は、たまたまクリスのぱんつを盗んでしまっただけだ。

 …そう、仕方がない。 偶然なら仕方がないな…。

 寝不足の俺が馬小屋で睡眠を取るのは、おかしな事ではない。

 馬小屋で寝ているときに、たまたまクリスのぱんつの存在を思い出してしまう事もあるかもしれないが、それもまた仕方がない事だ。

 …大事な事なので二回言うが、仕方がない。

 そう、仕方がないのだ。

「…馬小屋だけど」

 

 俺の言葉を聞いたクリスは、途端にひきつったような顔になった。

 …やはり、俺の予想通り顔面神経痛と見て、間違いないだろう。

 

「…えっ? キ、キミは馬小屋で何をするつもりなの!?」

 俺はクリスの顔を見ながら、ポッと頬を赤く染め。

「言わせんなよ。……恥ずかしい」

 

「…………い、いやあああああああああ! やめてええええええええええええええええっっ!!」

 

 クリスが涙目で飛び掛かってきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回の話は、若干リメイク前より展開に変更があります。
具体的にはダクネスの出番が増えます。

より自然な展開になっていると思いますが、ご期待に添えなかったら、すいません。
ではまた!



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五話 この盗賊の少女と逃走劇を!

カズマはアクセルの街を走る。
クリスのぱんつを奪ったまま全力で走る。
馬小屋で睡眠をとるためーーー

ーーースッキリとした気分で、明日を迎えるために。


「さあ〜クリス! 俺を捕まえてごらん!! うふふふ、あはははっ!」

 現在俺はギルドの裏にて、仲良くクリスと追いかけっこに興じていた。

 

「あ、あたしがキミを試すような事をしたのは謝るから、ぱんつ返してよおおおおおおおおおおおっーーー!」

 

 物欲に駆られたクリスが、俺の軽いサイフだけでは満足できなかったのか、赤い顔で必死に俺の後を追ってくる。

 

 …クリスは、もう自分のぱんつを買う金もないのだろう。

「安心しろクリス! 新しいぱんつなら俺が買ってやるからー!」

 

 …そう、俺は常に用心をする男。

 馬小屋に非常用の金を隠しているのだ。

 念のためアクアに見つかる可能性も考慮して、巧妙に偽造を施しておいたので、まず見つかる事はない。

 

「そ、そう言う問題じゃないよおっーーー!? キミのサイフなら返すよ、返すから!」

 

「…いや、このクリスのぱんつはもう俺の物だ。俺のぱんつは俺の物。クリスのぱんつも俺の物だ。 喜べクリス! これから、このクリスのぱんつは我が家の家宝として奉られる事になる! …家宝、つまりはトレジャーだな!」

 

 言いながらも俺は、めまぐるしく頭を回転させ、馬小屋までの最短ルートを計算する。

 確か、ここを右に曲がると裏路地に出るはずだったな…。

 …そう、俺はこの世界で労働者をしている間に、暇を見つけては街を歩き、この街の地形の殆どは把握済みなのだ。

 

「何その横暴な理屈!? それにあたしのぱんつは、家宝にもトレジャーにもならないよ!? だ、だって、キミが盗んだ物は、ぱ、ぱんつなんだよ!!」

 

 予定通り、裏路地へと続く道を右に曲がろうとすると、突然俺の目の前にバッと手を広げたダクネスが現れた。

「そこまでだ! クリスのぱんつは返してもらうぞ…!」

 

 …どうやらダクネスに先回りされていたようだ。

 いつまでたっても、俺を追ってこなかったのはそういう訳か…。

 

 やっと俺に追いついたクリスが、俺の前に立ち塞がるダクネスを見て、感動したように声を震わせ。

「だ、ダクネス…! 流石あたしの親友だよ!!」

「囲まれたか…」

 …そう、俺は挟み撃ちされていた。 

 

「女性の下着を奪った挙句に逃走するとは……! な、なんと言う鬼畜の所業だ! 許せん! そんなにぱんつが欲しければ、この私から奪うがいい! さあ!!」

 

 ずいっと一歩前に出て、怒りで顔を真っ赤にし、俺に言ってくるダクネス。

 その姿を見て俺は考えていた。

 

 なるほど…。

 きっとダクネスは騎士としても、人間としても正義感が強く、クリスのぱんつを盗んだ俺を許せないのだろう。

 

 クリスのぱんつを盗むぐらいなら、代わりに自分のぱんつを奪えと。

 …つまり、私のぱんつで我慢してくれと。

 な、何という美しい友情だろうか……!

 

 …素晴らしい! 素晴らしいデス!  

 ぱんつという目に見える形での二人の友情!

 その友情の何と……、何と美しきことか……!

 

 …ああ、脳が……! 脳が震える……!

 俺が二人の友情の美しさに打ち震えていると、クリスが大声を上げた。

「ダクネス! 同時に取り押さえるよ!」

 

「分かった!」

 言うと同時に、俺に飛びかかって来るクリスとダクネス。

 俺に逃げ場はなく、絶対絶命だ。

 

 …いや、一つだけあった。

 俺はダクネスの方へと駆け出す。

 そのまま俺は、猫のような俊敏さで地を蹴り、ダクネスの肩を足場にして、大きく跳躍。

 

「とうっ!」

「ええっ!?」

「…わ、私を踏み台にした!?」

 

 ダクネスが後ろを振り返り、宙に舞った俺を見て、屈辱にまみれた赤い顔で驚きの声を上げた。

 

 ダクネスを突破し、予定通りに裏路地に入る。

 そうして暫くすると、俺とクリスの距離はグングンと離れて行く。

 

 ダクネスはクリスの少し後ろから、俺を追ってきていた。

 息も絶え絶えになったクリスが必死に俺を引き止める。

 

「…ま、待って……。本当に待って……!」

 が、俺はそれに構わず走り続けた。

 

 ……勝つる、これは勝つる!

 俺も傭兵として生きてきたのだ、体力には自信がある。

 優秀な兵士とは、誰よりも勇敢なヤツではなく、最後まで走れるヤツの事を言うのだ。

「……フフフッ。……ククククッ、フハハハハハハッーーー!!」

 

 俺は悪役のような高笑いの三段活用をしながら、全速力で裏路地を走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所はとある飲食店の物陰。

 未だにしつこく追って来るクリスとダクネスを、時には物陰に隠れて潜伏スキルでやり過ごしたり、時には人混みの中に隠れたりしながら、俺は街中を逃げ回っていた。

 だが、それも終わりにしよう。

 …そう、俺はもう少しで馬小屋にたどり着くという段階にまで来ていた。

 

 目の前の大道通りを抜けて、しばらく歩けば馬小屋に着く。 

 俺はポケットに入れたトレジャーを取り出し、右手で握って無事を確認する。

 

 …良かった、無事だったか……。もう少し、もう少しで馬小屋に…。

  いや、落ち着け、俺…。

 佐藤和真。お前は何年傭兵として戦ってきたんだ?

 ここで焦ってミスをするようなヤツは、大馬鹿者のアマチュア野郎だ。

 

  …だが、俺は違う。

 佐藤和真、お前はプロの中プロだろう?

 そう考えていたところで、俺はハッと我に帰った。

 

「い、今まで俺は何をしていたんだ…」

 俺はダラダラと滝のような汗を流しながら、自分の行動を振り返る。

 

  …確か、クリスのぱんつをスティールで奪った俺は、サイフなら返すからと言って追ってきたクリスから、俺の持ちうる技能を総動員して逃げ回り……。

 

 そして、クリスのぱんつを馬小屋に持ち帰り、俺は何をしようとしていたんだ!?

 客観的に見た今の俺の姿は…。

 

  ……クリスのぱんつを握り締め、汗をダラダラと流している変態だろう。

 どこからどう見ても変質者ですね、分かります。 

 俺はクリスを探し、ぱんつを返して謝ろうと思い、潜伏スキルを解いて立ち上がる。

 

 そのまま一歩を踏み出すが、俺は背後に人の気配を感じ、後ろを振り向いた。

「すいません。 急ぎの用があるので、道とか聞きたいのなら、悪いんですけど他の人に……」

 

 俺の背後にいたのは真面目そうな男。

「………」

 その男が無言で懐から取り出したのは、一冊の手帳だった。

 

 男は、俺に鷹のような鋭い目を向け。

「私は警察の者なんだが……、君が手に持っているものは何かな?」

 

 し、私服の警官だと!?

  …さ、流石に、警官の巡回ルートまでは把握してなかった……。

 

 俺は男の言葉に、自分の右手へと視線を向ける。

 そこにあったのは、右手でしっかりと握り締めたままだったクリスのぱんつ。

 

  俺は視線をゆっくりと男に戻し、汗をダラダラと流しながら震え声で。

 

「…ト、トレジャーです」

 

 その言葉に男の俺を見る視線が険しくなった。

「…署までご同行願おうか。……いいね?」

「あっ、はい」

 

 もちろん俺は即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうクリス…。 …いや、クリス様。 こんなゴミクズのような俺を許してくれるなんて……」

 俺はダクネスの隣を歩くクリス様に、感謝の言葉を述べていた。

 

 なぜ、俺が警察のお世話にならなかったかと言うと、それはクリス様のお力が大きい。   

 警官に署まで連行されている俺を、偶然にも俺を探していたクリス様とダクネスが見つけてくれたのだ。

 

 その場で警官に詳しい事情を説明し、今回の事はお互い悪かったからと、クリス様が警官を説得してくれたので俺は捕まらずに済み、現在へと至る。

 

 もちろん、ぱんつはクリス様に返し、地に伏して謝った。

 その際に、クリス様が俺のサイフを返そうとしたが、せめて半分だけでもと強引に金を渡したので、いくらか治療費の足しになっただろう。 

 

「さ、様付けはやめてよ。クリスでいいよ。…それより、これ飲む?」

 そう言ってクリス様が俺に差し出したのは、とある栄養ドリンク。

 

 クリス様は心底心配そうな顔で俺を見つめ。

「キミ、疲れてるんじゃないの? 目にくまもできてるし…」

 

 その慈悲深い言葉に俺はクリス様の手をガシッと摑み、

「め……女神様……!」

 クリス様の目を真っ直ぐ見つめ、感動で声を震わせながら呟いた。

 

「や、止めてよ。わ、わたし、女神じゃないから!」

 何故か一人称まで変わり、慌てふためくクリス様を尻目に俺は考えていた。 

 

 クリス様は栄養ドリンクを持ち歩くほど、日頃から苦労しているのだろう。  

 自分のぱんつを買うお金にも困るほどなのに、慈悲深くも俺なんかの体調を心配してくれるなんて……!

 

 感極まった俺は、力強く手を振り上げながら、その場で大声で叫ぶ。

 

「クリス・イズ・ゴッド! クリス・イズ・ゴッド! クリス・イズ・ゴッド! クリス・イズ・ゴッドッ!!」

 

「や、止めてよ! それ何かの嫌がらせみたいだから!」

「ふむ…。羞恥攻めとは、中々やるな…」

 

 ダクネスが感心したように何かを小声で呟いたが、感涙にむせび泣く俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がギルドに戻ると、アクアとめぐみんが談笑していた。

 二人は俺に気づくと、口々に。

 

「あっ! やっと帰って来たわね。カズマ、遅かったじゃない」

「確かに遅かったですね、どこで油を売っていたんですか?」

 

 い、言えない…。

 クリス様のぱんつを盗んで逃走し、馬小屋でごそごそしようとしてたなんて、言えない……。

 俺が言葉に詰まっていると、隣のダクネスが口を開いた。

 

「うむ。カズマはクリスのぱんつを剝いだ後、そのまま逃走したのだ。その際に私を踏み台にしたり、挙句の果てには涙目のクリスを羞恥攻めにしたりもしたな」

 

 ダクネスの言葉にアクアとめぐみんは、俺を見てドン引きしている。

 俺はそんな二人に慌てて、弁解を始めた。

 

「ま、待ってくれ! あ、あれは不幸な事故だったんだよ! 不可抗力なんだ!!」

「うるさいですよ。ぱんつ泥棒」

 

「流石にその言い訳は苦しいわよ。ぱんつ泥棒」

 大声で言った二人の言葉に反応したらしい女性冒険者達が、一斉に俺の方を向いた。

 

 こ、怖いです。

 周囲の女性冒険者達の冷たい視線を受け、ビクビクしていた俺に、ダクネスが首を傾げ。

 

「…そのまま走って逃げたのにか?」

「ごめんなさい、超反省してますクリス様」

 俺は速やかに床に頭を擦り付け、クリス様にDOGEZAをして謝った。

 

 その間に掛かった時間は、僅か数秒。目にも止まらぬ早業であった。

「だ、だからクリス様は止めてってば! それに、もう気にしてないから頭を上げてよ、他の人がこっちを見てるから!」

 

 クリス様が、俺に暖かい言葉を掛けて下さったその時だった。

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。 冒険者各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 突然、街中に大音量のアナウンスが響いた。

 恐らく、魔法で音を拡大しているのだろう。

「おい、アクア。 緊急クエストってなんだ? 魔王軍の連中が街を襲いに来たのか?」

 

「バカねー。カズマは、駆け出し冒険者しかいない街なん……、いひゃい、いひゃいはら、ほっぺひゃぱらないれ!」

 

「おら、もう一回言ってみろ。 誰がバカだって? お前にだけは言われたくないぞ。 柴犬みたいな顔しやがって!」

 そんな俺達を見て、何故かダクネスが頬を赤らめ。

 

「魔王軍ではなく、多分キャベツの収穫だろう。そろそろ収穫の時期だからな」

 なるほど、キャベツか……。

 

「……って、え? き、キャベツ!? 一体、キャベツと冒険者に何の関係性があるんだよ! そんなのは農家の仕事だろ! それとも、ここらの農家の連中は揃いも揃って引き篭もりにでもなったのか?」

 

「え!? キミ知らないの? キャベツって……」

 クリス様が驚いたように、俺に何かを言いかけるが、それを遮る様におっぱいさんがギルド内にいる冒険者達に向かって大声で説明を始めた。

 

「今年もキャベツの収穫の時期がやって参りました! 今年のキャベツは出来が良く、一玉の収穫につき一万エリスです! すでに街の住民の皆様は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに納めてください! くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしない様にお願い致します!」

 

 …いや、キャベツに逆襲って何だよ。

 俺、十六年間生きてきたけど、初めて聞いたぞそんな表現…。

 

 俺はおっぱいさんの言葉を聞いて、嬉しそうにしていためぐみんに尋ねた。

「…なあ、めぐみん。 俺、キャベツに逆襲されないようにって聞こえたんだけど、俺の聞き間違いだよな?」

 

「…何を言ってるのですか、カズマは。 相手はキャベツと言えど、結構な重量があるのです。 油断して、怪我なんてしないで下さいね?」

 

 何言ってるんだコイツは、という様なめぐみんの言葉に俺は夢でも見ているのかと困惑する。

「来たぞーーー! 収穫だあああああっーーー!」

 

 誰かが、冒険者ギルドの外で叫ぶ声が聞こえてきた。

 めぐみんの話から察するに、この世界のキャベツは地面を転がって移動でもするのだろう。

 

 サンマが畑で取れるような世界なのだ。

 今更、キャベツが地面を転がって移動したぐらいでは動揺したりはーーー

 

「と、飛んでるだと……!?」

 ギルドの外に出た俺が目にした光景は、俺の予想の斜め上を行き、街中を飛び回るキャベツ達の姿だった。

 

 その訳の分からない光景に呆気にとられている俺に、アクアが芝居掛かった口調で。

「この世界のキャベツは飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに……」

 

「....要約すると、渡り鳥ならぬ、渡りキャベツみたいなもんか」

「カ、カズマさん。い、今、上手い事言ったつもりなの!? プークスクス!」

 投げやりに言った俺の言葉にアクアが吹き出す。

 

 腹を抱えて笑い出した自称女神を放置する事に決め、俺はクリス様から頂いた栄養ドリンクを取り出すと一気に飲み干した。

 

 キャベツ一玉につき一万エリスだったな…。

 つまり、日本円だと一万円か。

 普段の俺だったら馬小屋に帰って寝るところだろうが、今の俺には戦う理由があるのだ。

 

 俺は隣にいたクリス様を真剣な表情で見つめ。

「クリス様、見ていて下さい。俺はあのキャベツ達を誰よりも収穫して見せます。 この星の誰よりも! …そしてクリス様の持病を治すための金を!!」

 

 俺はそれだけ言うと駆け出した。

「え? き、キミ、ちょっと待って…! あたしの持病って何の事!?」

 背後から聞こえるクリス様の疑問の声を置き去りにして、俺は空を飛ぶキャベツを目掛けて襲いかかった!

 

「おらおらおら、逃げるんじゃねえぞ諭吉ィーーー! 俺が一玉残らず収穫してやらあっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このキャベツの野菜炒め、美味過ぎだろ…。キャベツだろ、キャベツのくせに何でこんなに美味いんだ……」

 俺は、ゆき……キャベツ狩りを終え、ギルド内の酒場で一口食べたキャベツ炒めの美味さに驚いていた。

 

「さっきは凄かったわね、ダクネスは! 高速で迫り来るキャベツ達を前に、一歩も引かない姿は、流石のキャベツ達も震え上がっていた事でしょうね」

 

「いや、私は硬いのだけが取り柄の女だ。 私は不器用で、剣を振ってもロクに当たらず、誰かの壁になるぐらいしか出来ない。その点、めぐみんは凄まじかったぞ。 キャベツを追って来ていたモンスターの群れを、爆裂魔法の一撃で消し飛ばしていたではないか」

 

「ふふ、我が爆裂魔法の一撃を受け、消え去るモンスター達の断末魔が今でも聞こえてくるようですよ」

 恍惚とした表情でそんな事を言うめぐみん。

 

  …めぐみん、それヤバいヤツの発言だぞ。

 前に情報収集した時の頭のおかしい子ってお前のことじゃないだろうな……。

 

 俺がめぐみんを疑うような目で見ていると、クリス様が俺の方を向き、感心したような口振りで。

「そう言えば、キミも凄かったね。 無茶苦茶な動きでキャベツを背後から強襲してる姿には、不思議と芸術性を感じたよ」

 

「ありがとうございます。クリス様、勿体ないお言葉! クリス様こそスティールで愚鈍なキャベツ共を一網打尽にする姿には、優雅ささえも感じましたよ」

 

「だ、だから、クリス様は止めてってば…」

 クリス様が困った顔で言ってくるが、その顔もまたお美しい。

 

 …余談になるが、クリス様は顔面神経痛ではなかった。 

 本人に何度も確認を取ったので間違いない。 

 どうやら俺の勘違いだったようだ。

 

「…確かに、カズマは洗練された無駄のない動きをしていましたね。 周りの冒険者達に、変態機動をする男がいると噂されていましたよ」

 

「……狂った様に一心不乱にキャベツを乱獲するその姿は、まるで狂戦士のようだったな」

 今回のキャベツ狩りで、野菜相手に転ばされて泣いていたアクアが言った。

 

「カズマ…。私の名において、あなたに【キャベツ狩りの変態狂戦士】の称号を授けてあげるわ」

「いらんわ! そんな称号! 変態と狂戦士を足すな! もし、そんな称号で俺を呼んだら引っ叩たいてやるからな!」

 俺は頭痛を感じ、頭を抱えた。

 ……ああもう、どうしてこうなった!

 

「では、改めて。 名はダクネス。 職業はクルセイダーだ。私の事は戦力としては期待しないでくれ。なにせ、不器用過ぎて攻撃がほとんど当たらん。なので、壁代わりにこき使ってくれ。これからよろしく頼む」

 

 そう、ダクネスが仲間になったのだ。

 今の発言で俺は確信した。信じたくはない、信じたくはなかったが……。

 

 ……もう認めざるを得ない、ダクネスはドMだ。間違いない。  

 やはりキャベツ狩りの時、袋叩きにされて、喜んでいる様に見えたのは俺の見間違いではなかったらしい。

 

 しかもこのダクネス。攻撃が全く当たらない。

 キャベツ相手でも掠りもしなかった。

 攻撃が全く当たらないのは百歩譲っていい。

  …いや、あまりよくはないのだが、壁としての性能だけは期待できそうだ。

 何故かというと、ダクネスはスキル構成を全て防御系で固め、攻撃スキルなどは一切取っていなかった。

  だから、その分強固な壁として活躍を……。

  す、するといいですよね…。

  ……しかし、最初に見たダクネスの印象は美人の女騎士だったのに、今の印象は汚いセ◯バーだ。 

 アクアは俺のそんな気持ちも察さず、満足そうなドヤ顔で。

「ウチのパーティーもなかなか、豪華な顔触れになってきたじゃない? 四人中三人が上級職なんてパーティーそうそうお目にかかれないわよ。カズマは最高についてるわよ? 感謝なさいな」

 

「…ああ、ありがとう。そいつはラッキーだな」

 俺の言葉を皮肉とも気づかずに、アクアはドヤ顔のままだ。

 

 俺は深いため息を一つ吐くと、向かいの席のクリス様へと視線を向け。

「……クリス様、俺のパーティーに入ってくれませんか?」

 

「キミには盗賊のスキルを教えたし、盗賊スキル持ちが二人もいるとお互いの有用性が損なわるからね。だから、遠慮しとくよ」

 

「そうですか……」

 クリス様がそうおっしゃるのなら、残念だが仕方がない。諦めるとしよう。

 俺達が話を終えた頃を見計らい、ダクネスが口を開く。

「それではカズマ。これから、間違いなく私が足引っ張る事になるだろうが、その時は強めに罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

「ああ、動く肉壁として散々使い倒してやるから覚悟しとけよ」

 

「い、今の肉壁いう言葉……! やはり、私の目に狂いはなかった! ぜひ、今の言葉を蔑むような感じでもう一度頼む!」

 

 俺の言葉に興奮したらしいダクネスの言葉を聞かなかった事にして、改めてパーティーメンバーの顔を見る。

  一日一発しか魔法を撃てない豪砲ロリに、カエルに食われ、キャベツに泣かされる自称女神。

 

 そして、たった今、仲間になった俺の方を見ながら、『これは放置プレイ、放置プレイなのか!? 』とか呟いている汚いセイ◯ー。

 

「俺のパーティーがこんなに残念なわけがない…」

 ボソッと呟いた俺の声が聞こえたのか、クリス様が懐から栄養ドリンクを取り出し。

 

「…これ、もう一本いる?」

「…頂きます。クリス様」

 俺が栄養ドリンクをありがたく受け取ると、クリス様は苦笑を浮かべた。

 

「キミもこれから大変だねえ。…まあ、あたしの親友をよろしく頼むよ」

「任せて下さい。俺の女神様のお言葉ならどんな事でも守りますよ」

 

「ま、まったくキミは、調子がいいことばっかり言うんだから…」

 俺の言葉に照れたらしい俺の女神様が、顔を赤くして挙動不審になると水をちびちびと啜りだした。

 その姿を見て、からかいたくなった俺は真面目な顔で。

「クリス様、照れた顔も可愛いですね。どうです? 俺と付き合ってみませんか?」

 

 それを聞いて、水を飲んでいたクリス様がゴホゴホと咳き込む。

「キ、 キミ。 と、突然、何て事言うのさ! それにあたし達、今日始めて会ったわけだし、いきなりそんな……!」

 

 俺は何やら、ブツブツと小さい声で呟いている純情そうなクリス様を眺めながらこう考えていた。

 

『俺の女神様はこんなにも可愛い』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回ミツルギさん登場。
途中から何だかんだあって、学園ラブコメになりますよ!(嘘は言ってない)


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六話 この共同墓地にグルグルを!

 前回の後書きで、今回の話はミツルギが出ると言ったな。
 ーーーあれは嘘だ。

 …すいません。嘘をつくつもりではなかったのですが、書いてる内に文字数がエライ事になりまして。
 ですので、ミツルギさんの登場は次回にお預けです。

『待たされるのも嫌いじゃないよ』と言う読者の皆様は次話も読んでくれると作者が涙を流して喜びます。


 キャベツ狩りでレベルが上がった。

 おっぱいさんはモンスターを倒すと、その魂の記憶の一部を吸収してレベルが上がるとか言っていたが、そもそもキャベツに魂があるのだろうか。

 

 もし、キャベツにも魂があると仮定すると、菜食主義者でさえも恐ろしい殺戮者に思えてくる。

 やつらは、虫も殺さないような顔をして無慈悲にもムシャムシャと野菜を食い殺すのだ。

 

  …まあ、そんな下らない話は置いておくとして、キャベツ狩りで仲良くなった人達にスキルを教えてもらった。

《片手剣》スキルに初級魔法スキル。そして《近接格闘》スキルに、《強襲》スキル。

 

 片手剣スキルと近接格闘スキルは、文字通り片手剣の扱いと近接格闘が上手くなるスキルだ。

 そして初級魔法スキルは、各種属性の簡単な魔法を使う事ができるスキル。

 

 水を出したり、火をつけたりと日常生活だけでなく、野営をする時にも役立ちそうだったので覚えておいた。

 最後の強襲スキルは不意打ち、もしくは背後からの攻撃の威力と速度を強化するという物だ。

 

 まさにスナイパーの俺にピッタリのスキルだと言える。

 スキルポイントはもう無くなってしまったが、レベルが上がればまた増えるのでよしとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほう、あまり見ない細工が施された装備だが、中々似合っているではないか」

「カズマの装備からは、何か光る物を感じますね。紅魔族的にはポイント高いです」

 

 冒険者ギルドにて、ダクネスとめぐみんが俺の格好を見て感想を述べた。

 アクアから、俺がジャージ姿だとせっかくの世界観が台無しだと苦情を受けたので、それっぽい装備一式を買っておいたのだ。

 

 重たい鎧は動きが鈍くなりそうだったので、丈夫そうな革製の服に金属のプレートを幾つか入れて縫い込み、簡易型のボディーアーマーを試作してみた。

 …そう言えば、俺ジャージ姿で狙撃とかしてたのか。

 ジャージ姿のスナイパーとか聞いたことがないな。

 だから、俺のライフルを預けた男も微妙な表情だったのか…。

 ようやく納得がいった。

「やっと冒険者らしい格好になった事だし、一狩り行こうぜ!」

 装備を整えたらすぐに使ってみたいのは、誰もが思う事だろう。

 きっと俺だけではないはずだ。

 

 俺の言葉にダクネスが頷く。

「ふむ、それなら、ジャイアントトードはどうだ。攻撃も舌による……」

「「カエルはやめよう!」」

 

 言いかけたダクネスに、アクアとめぐみんの声が綺麗に揃った。

 アクアは前回、カエルに食われた事を覚えていたらしく、頭を抱えて苦しんでいる。

 

 めぐみんは、そんなアクアを説得しようとしているダクネスを眺めながら。

「そう言えば、カズマは最近は眠そうですね。何か心配事でもあるのですか?」

 

「…ああ、最近アクアが俺を寝かせてくれないんだ」

「「!?」」

 俺の発言にアクアとダクネスがフリーズした。

 

「な、な……!?」

 俺とアクアの顔を交互に見て、何を想像したのか顔を赤くするめぐみん。

 俺はそんなめぐみんを見てニヤニヤしながらボソッと呟く。

「…めぐみんはエロいなあ」

「だ、誰がエロい子ですか! それにカズマには言われたくないですよ!」

 

「誰もエロい子とまでは言ってないだろ。…それにアクアはカエルに食われたトラウマで、暗いところで一人で寝れなくなっただけだ。 一体、めぐみんは何を想像したんだ? ほら、恥ずかしがらずに口に出して言ってみ? どんな顔して言うのかちゃんと見ててやるから」

 

「そ、それはその…」

 顔赤くし、言いよどむめぐみん。

 俺はそんなめぐみんを見ながら、ニマニマとした笑みを浮かべ。

「めぐみんはエロいなあ! めぐみんはエロいなあ!」

 

 赤い顔でめぐみんが飛びかかってきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったよ。俺の言い方が悪かったから、もう諦めろよ」

 めぐみんは何度も俺に摑み掛かろうとするも、俺が捕まる事はなく、現在、テーブルにもたれ掛かり荒い息を吐いている。

 

 ようやく、息を整えためぐみんは俺を恨みがましく睨み。

「はあ…。まったく、余計な事に体力を使いました」

「ワザと意味深な言い方をしてみたら、めぐみんの反応が良かったからついな…」

 

「…ねえ、めぐみん。その…。さっきの件だけど、別に私は暗闇が怖いわけではないの。カズマが一人じゃ怖くて眠れないから、私が一緒に寝てあげてるだけなのよ」

 

 アクアがめぐみんにツンデレみたいな事を言っている。

 どうやら、アクアはあくまでも俺が怖くて、一人では眠れない事にしたいらしい。

「それで、どのクエストを受けるんだ?」

 ようやく、フリーズから回復したダクネスが聞いてきた。

 

「そうだな。このメンツで受ける初めてのクエストだしな…。できるだけ楽なのがいい」

 俺の言葉にめぐみんとダクネスが掲示板にクエストを探しに行ってくれた。

 二人を見送ったアクアが、俺をバカにしたようにムカつく顔で。 

「ビビリなのカズマは? カズマを除いた三人が上級職なのよ。もっと難易度の高いクエストを受けてもいいと思うわ! だから、一番難易度の高いクエストを受けましょう!」

 

 先程、夜一人で寝れない事を暴露された報復だろう。

 別に誰にも喋るなとは言われていなかったのだが。

「お前の自信はどこから湧いてくるんだ…。あんまり言いたくないが、お前まだ何の役にも立ってないよな」

 

「!?」

 ビクリとしたアクアに構わず続ける。

 

「お前は、俺の相棒みたいなもんだろ? 何でも願いを叶えてくれるネコ型ロボットや、黄色い電気ネズミを見習えよ。 そいつらに比べてお前のした事ってなんだ? 不思議なポケットから、便利な道具を出すわけでもない。 十万ボルトとかでモンスターを倒したりするわけでもない。…お前、一体何ならできるの?」

 

「えっと……、その…。 え、宴会芸です……」

 アクアがシュンとなりながら、か細い声で言ってくる。

 その回答にイラッときた俺は声を荒げ。

 

「宴会芸!! 宴会芸って戦闘に何の役に立つんだよ!? お前、モンスターの前で宴会芸を披露でもするつもりなの!? もうお前、モンスターと宴会でもしてろよ! 誰のせいで俺が寝不足だと思ってるんだ! この駄目神がぁ!」

 

「わあああああああーっ!」

 俺の言葉に、とうとうテーブルに突っ伏して泣きだしたアクア。

 俺はそんなアクアに追い打ちをかける事にした。

 

「お前が役に立たないのなら、せめて俺に回復魔法を教えろよ。緊急用に回復魔法ぐらいは覚えときたいんだよ」

 

「回復魔法だけは嫌! 嫌よおっ! 私の存在意義を奪わないでよ! 私がいるんだから覚える必要ないじゃない! 嫌よ! 絶対に嫌よおおおおっ!」

 

 アクアは再びテーブルに突っ伏し、おいおいと泣き始めた。

 その様子を見て流石に言い過ぎたかと俺は、アクアの肩を軽くポンッと叩く。

「何よ! 回復魔法だけは絶対に教えないわよ!」

 自分の存在意義を奪われまいと、顔を上げたアクアが涙目で俺を睨らむ。

 俺はそんなアクアに、しみじみと前から思っていた事を告げた。

 

「すまん、アクア。俺もちょっと言い過ぎた。でも、お前…。泣いてる時が一番可愛いよな……」

「そ、そんな事言われても、ちっとも嬉しくないんだからあああああっーーー!」

 

 俺の言葉にアクアは、一瞬嬉しそうな顔をしたが、最終的にはまた泣き出してしまった。

 一応褒めたのに、喜んだり、泣いたりと忙しいヤツだ。

 

 俺が泣き出したアクアを暖かい目で見守っていると、めぐみんとダクネスが帰ってきた。

「…何をやってるんですか? また何かセクハラでもしたんですか?」

 

 めぐみんには今度、俺を普段からどんな目で見てるのか聞いてやろう。

「カズマ! セクハラなら、ぜひ私に! いくらでも私を口汚く罵るがいい。 さあ、どこからでもかかって来い!!」

 

 そう言って期待に満ちた顔でハアハアと興奮している変態。

 お前は一体何と戦っているんだと、言ってやりたい。

 それにコイツの中では、セクハラと口汚く罵るのはセットなのだろうか。

 

 …だが、そんな事より今はダクネスの服装だ。

 現在のダクネスの服装は、黒のスカートに黒のタンクトップと革ブーツ。

 

 そして、キャベツ狩りで傷んだらしい鎧は、修理に出しているため着けていない。

 そのため、薄着のダクネスは身体のラインがハッキリと分かる。

 

 一言で言えば、エロい。凄くエロい。

 しかも、隣にめぐみんがいるせいで、やたらとその体付きが良く見え……。

 

「エロいな…」

 俺は気づけば、そう口に出していた。

「今、私の事を『エロい身体しやがってこの淫乱騎士が! この場でひん剝いてやろうか!!』と言ったか?」

「いや、言ってねえから…」

 

 これで、この性格さえなかったらなあ…。

「おい、さっき私をチラ見した理由を聞こうじゃないか」

 めぐみんが俺の服の裾をグイグイ引っ張りながら言ってきた。

 俺はめぐみんの薄い胸部装甲を見ながら厳かに。

「…俺の国には素晴らしい言葉がある。『みんな違ってみんないい』この言葉をお前に贈ろう」

 

「どこを見て言ってるんですか!? …紅魔族は売られたケンカは買う種族です。 よろしい、ならば戦争です!」

「クエストを受けるなら、アクアのレベル上げができるものにしないか?」

 

 再び追いかけっこを始めた俺とめぐみんを見て、ダクネスが大声でそんな事を提案してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜。

 ダクネスの提案で俺達は、共同墓地に出没するアンデットモンスター。

 

 ゾンビメーカと謎の多いモンスターである、グルグルの討伐クエストに来ていた。 

 

 アンデッドモンスターは、回復魔法を受けると体が崩れるので、直接的な攻撃手段がないプリースト達が好んで狩るらしい。

 

 だが、それよりも俺が気になったのは、グルグルとか言うモンスターだ。  

 俺が調べた情報の中に、そんなモンスターの名前はなかったので、めぐみんに尋ねたのだが。

 

『グルグルはグルグルです。 グルグルとしか表現できません。モンスターかどうかも怪しいので、ギルドでもあまり情報がなかったのでしょうね。 …噂では宇宙からやって来ていると言われていますね……』

 

 と、言ってアクアの方をジッと見ていた。

 前に俺が、アクアは宇宙からメッセージを受け取るメッセンジャーなんだと適当に誤魔化したのを覚えていたのだろう。

 …というか、今思えば宇宙の存在を知っているだけではなく、きちんと意味が通じた事が不自然に思えるが、きっとどこかのチート持ちが広めたと考えるのが自然だ。

 

 宇宙うんぬんの話は一端置いておくとして、めぐみんの説明では不十分だったのでダクネスにも尋ねる事にしたのだが……。

『グルグルは、グルグルとした夜行性の赤く光る謎のモンスターだ。攻撃は精神攻撃しかしてこないが、精神を異空間に幽閉されると聞いた事がある。たまに運が悪いとパーになるとか……』

 

 と、言って俺達の方をチラチラと構って欲しそうに伺うアクアに視線を向けていた。

 …つまり、二人の話をまとめると、精神攻撃しかしてこないグルグルとした謎のモンスターという事らしい。

 

「……ねえ、カズマ、引き受けたクエストってゾンビメーカーとグルグルの討伐よね? 私、大物のアンデッドが出そうな予感がするんですけど」

 

 アクアが俺から離れないように、しっかりと服の裾を摑みながらそんな事を言った。

 二人がいる手前、何とか怖いのは我慢しているのだろう。

 もうそろそろ、一人で眠ってくれると助かるのだが…。

 でないと、俺の睡眠不足から来る疲労がマッハだ。

「…おい、アクア。 フラグになりそうな事は言うなよ。 本当に大物が出て来たらどうすんだ。 ゾンビメーカーとグルグルを討伐したら、速攻で帰って馬小屋で寝る。 お前の言う大物とやらが出たら即時撤退だ。いいな?」

 

 俺の言葉にパーティーメンバー全員が頷いた。

 敵感知スキルを持つ俺を先頭に、俺達は墓地へと歩いていく。

 

「止まってくれ。 敵感知に反応があった。一、二、三、四体が群れてるな…。 少し離れたところにも一体いるぞ。 たぶん、これがグルグルか」

 

 俺が言った直後に、墓地の中央で青白い光が走った。

 何だアレ……?

 遠くに見えた、その妖しく光る青い光の正体は、大きな円形の魔法陣。

 

 その魔法陣の隣には、黒いローブの人影が見える。

 俺はそのローブの人影を見た瞬間に冷汗をかいていた。

 アイツの正体は知らないが、大物なのは間違いない。

 

 その証拠に俺の勘がアイツはヤバい。早く逃げろと警告を発している。

「…おい、お前ら、逃げるぞ! 今日のクエストはリタイアだ!」

 

「…確かに尋常じゃない魔力を感じますが、この時間にいるのならアンデッドなのは間違いないですし、アクアがいれば問題ないのでは?」

 脂汗を流す俺を不思議そうな顔で見るめぐみん。

 

「そうだぞ。たとえゾンビメーカーではなかったとしても、アンデッドが浄化魔法に耐えられるとも思えん。私も問題ないと思うが…」

 ダクネスはあの中に突撃したいのか、ソワソワとしている。

 

 こいつらをどう説得しようかと、俺が考えていたその時だった。

「あーーーーーーーっ!!」

 

 突然俺の耳元で叫んだアクアは、俺の手を取り立ち上がると、そのまま俺を引きずりながら歩きだす。

 俺はアクアに引きずられながらも、慌てて立ち上がり、体勢を整え。

 

「ちょっ! おい、待て! 待てって!」

 だが、アクアは俺の言葉には耳を貸さずにローブの人影に駆け寄り、ビシッと人影を指差し、大声で言った。

 

「迂闊なリッチーめ! この私がいる時に、ノコノコとこんな場所に現れるなんて運がなかったわね! 月に代わって成敗してやる!」

 ……もう片方の手で、俺の手をしっかりと握ったままで。

 

 格好をつけているのか、つけていないのか、よくわからないその姿に、ローブの人が微妙な表情をしているのがローブ越しにも伺えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リッチー。

 リッチーとは、魔法を極めた大魔法使いが魔道の奥義により、人の身体を捨て去った存在にして、ヴァイパイアと並ぶアンデッドの最高峰。

 

 そして、別名ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王。

 一言で言うならば、ラスボスみたいな超大物モンスターである。

 

「放しなさいよカズマ! どうせこのアンデッドはこの妖しげな魔法陣でロクでもない事企んでいるに違いないわ!」

 

 俺は全力で、リッチーの人が作った魔法陣を壊そうとするアクアを羽交い締めにして止めていた。

 リッチーの人がアクアを見て、若干怯えたように声を震わせ。

 

「ち、違いますよ。 私は何も企んでません! この魔法陣は、成仏できない迷える魂達を、天に還してあげるための物なんです!」

 リッチーの人の言葉通り、青い人魂のような物が魔法陣に入ると、魔法陣の青い光と共に、天へと昇っていく。

 

 それを見ていたために、拘束がゆるんだ俺の手を振り払い、アクアは自由になった手をリッチーへと向け。

「リッチーのクセに生意気よ! やるなら、そんなちんたらやってないで、この私がこの共同墓地ごと浄化してやるわ! 『ターンア」

 

 俺は不意打ちでリッチー諸共、迷える魂を浄化しようとしたアクアの後頭部を全力で引っ叩いた。 

「ッ!? い、痛い! 痛いじゃないの! 私、これからいい事しようとしてたのに!」

 

「止めんか! ほら見ろよ、リッチーの人が怯えてるだろうが」

 リッチーの人は、立ったまま小刻みに震えている。

 

 これまでの様子から察するに、どうやら俺達に敵意はなさそうだ。

 声からして女なのは間違いない。なら…。

 

 遅れてダクネスとめぐみんがやってきたところで、俺はアクアに怯えるリッチーの人に声をかけた。

「ウチのバカが悪いな。 …あんたはビッチーでいいんだよな?」

 

「ビ、ビッチーじゃありません。 リッチーです! リッチーのウィズです!」

 怯えていたリッチーの人が、俺の言葉を聞いて必死に訂正してくる。

 

「悪い、悪い。ジョークだよ。ほら、もうこの青いのが怖くないだろ?」

 おどけたように言った俺の言葉に、

 

「あ、本当です。そちらの青い方があまり怖くありません!」

 天然なのかウィズは素直に答えた。

 青いの呼ばわりされたアクアは、無言で俺の首を絞めようとしてくる。

 

 そんなアクアを両手で取り押さえていると、ウィズは被っていたフードを上げ、ゆっくりと語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィズは茶髪の美女だった。

 ウィズの話だと、この共同墓地の魂の多くは金がないため葬式もできず、成仏する事もなく毎晩彷徨っているらしい。

 

 それで迷える魂の声を聞けるウィズが定期的にこの墓地を訪れ、成仏させているのだとか。

 本来なら、それはこの街のプリーストの仕事なのだが、金儲け優先な奴がほとんどでこの墓地には寄り付きもしないと。

 

 ウィズに俺達は、ゾンビメーカーの討伐に来た事を伝え、ソンビを呼び起こすのをどうにか出来ないのかと聞いたのだが、ウィズの魔力に反応して勝手に目覚めるとの事だった。

 

「そういうわけなら、しょうがないな。 なら、ゾンビメーカーはダメでもグルグルは討伐して帰るぞ。 報酬の一部だけでも貰えるかもしれないしな」

 俺は先程から宙に浮かび、ジリジリとこちらに向かって来ていたグルグルを警戒する。

 

 グルグルはその名の通り、赤く光るグルグルとした謎の物体だった。

 確かにモンスターと言うよりも、宇宙から来たと言われた方が説得力がある。

 

「おい、めぐみん爆裂魔法は使うなよ、近所迷惑だからな」

 俺は腰のショートソードを抜きながら言うが、めぐみんからの返答が返ってこない。

 

 不思議に思い、俺は後ろを振り返る。

 そこで俺が見た物は、数メートル先の木の陰へと、めぐみんとアクアが二人がかりでダクネスを引きずり、隠れようとしている姿だった。

 

 その隣にはウィズまでいる。

 俺がその光景をポカンと見ている内に、四人は避難を完了させた。

 めぐみんは木の陰から顔をひょこっと出し、大声で。

 

「カズマ! 気をつけて下さいねー! グルグルの攻撃は範囲攻撃ですから!」

「お前らあああああぁっ! そう言う事は先に言えよおおおおおっーー!!」

 

 俺がヤケクソ気味に叫びながら、グルグルに斬りかかるのと、グルグルがグルグルとした範囲攻撃をしてくるのは、ほぼ同時だった。

 

 グルグルのグルグルとした範囲攻撃は、自身を中心にした半径五メートルにも及んだ。

 そしてその範囲攻撃は、ショートソードがグルグルの身体を切り裂くと同時に、俺に触れ……。

 

 グルグルの討伐を確認した後、俺の意識はそこで途切れた。

 




次回予告

『『『お帰りなさい、お兄ちゃん!』』』
 グルグルの精神世界でカズマを出迎えたのは、突然できた総勢12人の妹達だった。

 お兄ちゃんという言葉に、すっかり気をよくするカズマ。
 ……だが、まだカズマは知らない。
 彼女達の主食が若い人間の男の肉だという事をーーー

 ーーー次回、『死すプリ』。

 今宵、猟奇的な妹達による狂乱の宴の幕が上がる…!







 もう言う必要もないような気がしますが、嘘です。
 ごめんなさい。













 


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七話 この精神世界にハンサムを!

やっと、ミツルギさん登場回!
今回の話を読むと、ミツルギさんのイメージがガラッと変わる恐れがあります。

もう、ミツルギさんを◯◯の人としか認識できなくなる危険性を秘めています。
心臓の弱い方、キャラのイメージを大事になさる方は読まない方がいいとも思います。

今回の話を読んで負った不利益については、作者は一切の責任を取りません。
あらかじめご了承下さい。


 グルグルの精神攻撃を受けた俺の意識が戻って、最初に見た物はどこかの学校だった。

 校庭には大きな桜の木が咲いており、生徒達が歩いている。

 

 …なるほど、これがグルグルの精神攻撃か。

 思ったより、たいした事ないな。

 しかし、桜の木があるって事は日本の学校か…。

 

 いつの間にか、俺の服装は見慣れない黒い学生服になっていた。

 多分だが、この学校の物だろう。

 日本の学校に一種の憧れがあった俺は、期待に胸を膨らませながら、学校の校門を通る。

 

 俺が校門を抜けるとそこはーーー

 

 ーーーハンサムだった。

 

 ……俺も自分で何を言ってるのか分からないが、これはハンサムとしか表現できない。

 何故なら、俺の視界に映る生徒達がどいつもこいつもハンサムだからだ。

 

 俺がその訳のわからない光景に立ち尽くしていると、その中でも一段とハンサムなヤツに声をかけられた。 

「君は新入生かな? 僕はサッカー部のキャプテンの御剣響夜だ。 良かったら見学して行かないか?」

 

 言いながら、ハンサムな笑顔を浮かべる男が差し出したのは一枚の紙。

 そこには、『新入部員募集! 来たれ期待のエース候補達。 これで今日から君もハンサムだ!』と、ツッコミどころが満載な謳い文句が書かれていた。

 

 お前ら、みんなハンサムなのに、それ以上ハンサムになってどうすんだよ。 

 ハンサム王にでもなるつもりなの?

 そのビラのよく分からない謳い文句を見て、俺は若干反応が遅れてしまう。

 

「え、えっと…。俺、他のところも見たいので後で行きます……」 

「…そうかい。 楽しみに待っているよ。僕は部室にいるから、見学する時は声をかけてくれ。 アデュー!」

 

 御剣と名乗ったハンサムな男は、俺にビラを渡すと爽やかな笑顔を浮かべて去って行った。

 さ、去り際もハンサムなヤツだな……。

 

 そんなバカな事を考えながらしばらく歩き、適当な靴箱に靴を入れ、校舎内に入る。  

 どうやら、今は放課後らしい。その証拠に生徒達が教室で駄弁っている。

 

 もちろん生徒達は全員ハンサムだ。

 試しに窓の外を見ても、ハンサムどもしかいない。

 ……どうもこの学校は男子校らしい。

 

 どうせなら共学が良かったなと、窓の外を眺めて項垂れていた俺に、突然背後から声がかかった。

「どうしたのカズマ。 窓の外なんか見て?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには制服姿のアクアが。

 どうやら、この世界でも面識がある設定らしい。

 無論、アクアもハンサムだ。

 

 だが、アクアの口調は普段通りなものの、アクアにはあるはずの物がなかった。

「ア、アクア。 お、お前…。 胸は、胸はどうしたんだ!?」

 ……そう、この世界のアクアには胸がなかった。

 

「…胸? そんなの男なんだから、あるわけないじゃない」

 

 俺を見て、小首を傾げながら、不思議そうな顔をするアクア。

「なん…だと……!?」

 驚愕する俺にアクアは、心底楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

「そんな事より、帰るわよカズマ! 私達の秘密の放課後はこれからなのよ!」

 

 俺はアクアの言葉を聞いた瞬間に走って逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なんだこの世界は……。 どこに行っても、ハンサムなヤツばかりで頭がどうにかなりそうだ…」

 現在俺は、廊下の隅で壁に寄りかかっていた。

 

 …この世界はおかしい、絶対におかしい。

 右を向いてもハンサム。左を向いてもハンサム。

 教師や事務員でさえもハンサムだった。アクアの発言もおかしかったし…。

 何だか、あのロクでもない世界が恋しくなってきた。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

 その声に俺は後ろを振り向く。

 

「い、いえ。 少し疲れただけで…」 

 俺に心配そうに声をかけて来たのは、制服姿のダクネスだった。

 …もちろん、ダクネスもハンサムだ。

 無論、胸などと言う軟弱な物はついていない。

「…誰かと思えば、カズマではないか。 これから、生徒会でお茶会を開くのだが、一緒にどうだ? 良い茶葉が手に入ったんだ。 おいしいお菓子もあるぞ」

 ダクネスに言われて初めて、俺は腹が減っているのに気づいた。

 

「じゃあ、俺もお邪魔しようかな…」

「そうか、では行くぞ」

 上機嫌で先頭を歩いて行くダクネスに、置いて行かれないように俺も後を追う。

 

 生徒会室に向かう道中、ダクネスは通りがかる生徒達に挨拶をされていた。

「お疲れ様です生徒会長!」

「お疲れっす! 会長!」

 

「お疲れさんです会長さん!」

 真面目そうな生徒から、お調子者の生徒や世紀末スタイルの不良までその種類は多種多様だ。

 

 ……もはや言うまでもない事だが彼らも、もれなくハンサムだ。

 ダクネスはそんなハンサムな彼らに、律儀にも手を振って対応している。

「…お前、生徒会長だったの?」

 

「何を言っているのだ、カズマは? 知らない訳でもないだろうに…。ほら、着いたぞ」

 どうやら話している内に生徒会室の前まで到着したようだ。

 

 ダクネスがガラッと生徒会室の扉を開ける。

 俺は生徒会室になど入った事がないため、僅かに緊張してしまい、その場から動けなくなってしまう。

  

「どうした。 入らないのか?」

「いや、ちょっと緊張してな…」

 言いながら恐る恐る生徒会室に入った俺を出迎えたのは、生徒会役員と言う名のハンサム達。

 

 ダクネスを含める生徒会のハンサム達は、俺に舐め回すような、ねっとりとした視線を向け。

 

「「「「薔薇色の生徒会へようこそ!」」」」

 

 もちろん俺はダッシュで逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクアだけじゃなく、ダクネスまで…。 もう嫌だ。グルグルの精神攻撃、怖すぎだろ……!」

 場所は誰もいない教室。 

 俺はそこで机に突っ伏し、呟いていた。

 

 今更、分かった事なのだが、この世界では俺の身体能力が大幅に落ちている。

 どういう理屈なのかは分からないが、ここはグルグルが作った世界だ。

 それを考えても仕方がないだろう。

 

 …しかし、精神攻撃と聞いていたから、幻覚を見せる系のモンスターだとは予想できたが、ここまでリアルだとは……。

 このパティーンだと次はめぐみんだろう。

 

「カズマ、何をしているのですか?」

 ほーら来た。

 俺はめぐみんの声がする方向に振り向き、そのまま硬直する。

 

「…どうしたんです。ハトが豆鉄砲をくらったような顔をして」

 ……何故なら、めぐみんが白いハトになっていたからだ。

 こ、こいつ……喋るぞ!

 

 めぐみんは、やたらと豪華な机の上に止まっていた。 

 その机の上には大量に、カロリー◯イトの箱が置いており、胸にはひらがなで『めぐみん』と書かれたプレートをかけている。

 

 なので、めぐみんで間違いないだろう。

 もう説明する必要もないと思うが、めぐみんもハンサムだ。

 ハトだけど……。

「お、お前はめぐみんなんだよな?」

 

 なんとか言葉を返した俺に、めぐみんは純白の羽をバサッと広げ、

「我が名はめぐみん! 鳥類随一のカ◯リーメイト好きにして、純血種と呼ばれし者……!」

 

 紅いハト目を輝かせながら、名乗りをあげた。 

 お前、純血種なのかよ。

 俺の目にはただのハトと、どう違うのかさっぱり分からん。

 というか、何でハトが喋るんだよ……。

 ……もう帰りたくなってきた。

「お前、オスなんだよな……」

 めぐみんは分かりきった質問をする俺を見て、首を傾げ。

「何を言ってるんです? 当たり前じゃないですか」

「で、ですよねー」

 俺はめぐみんに引きつった笑顔で返し、ため息を吐いた。

 

 …何だろう、無性に本物のめぐみんに会いたくなってきた。 

 あのコンパクトなボディを見て安心したい。

 俺は別にロリコンではないが、あのなだらかな胸を見て精神の安らぎを……。

 

「…そんな事より、お腹が減りました。 カズマ、カ◯リーメイト下さい」

 めぐみんは、物欲しそうなハト目で俺を見つめてきた。

 

 ハトだけに……。

「…何味がいいんだ?」

「チョコ味がいいです」

 

 俺は要望通りに、チョコ味のカロ◯ーメイトの包装を破り、めぐみんに差し出す。

「…カズマ。 こんなに黒くて太い物、口に入りません。 食べやすいように、砕いて下さい」

 

 めぐみんに言われるがままに、カロリーメ◯トを手で細かく砕き、差し出してやる。

 俺は手の平から、カロリ◯メイトを食べるめぐみんを見ながら。

 

「…美味しいか?」

「美味しいです」

 暫くその光景を眺め、複雑な気分になった後。

 

 俺は何となく気になっていた事を、めぐみんに聞く事にした。

「…そう言えば、お前と俺の関係って何なの?」

 その質問にめぐみんは不思議そうに首を傾げ。

 

「今日のカズマは、変な事ばかり言いますね…。 恋人兼ペットですよ」

 

「!?」

 混乱している俺には気づかず、めぐみんは恥ずかしそうにポッと頬を赤く染め。

 

「…告白してくれた時にカズマは、私に言ってくれたじゃないですか。『鳥類でも愛さえあれば関係ないよねっ!』って」

 

 いや、あるだろ。

 …この世界の俺って、そんな設定だったの?

 さ、流石に、鳥類との種族の壁を越えるのは人類には早過ぎるだろ……。

 

 めぐみんはその時の事を思い出したのか、その紅いハト目を輝かせ。

「こうして、カズマと私は種族の壁を越えて恋人となったのです。 それからというもの、私とカズマはスウィートな日々を送り……」

 とても俺の頭では、理解できない事を喋りだした。

 

 ……俺は、何やら自分の世界にトリップしているめぐみんに気づかれない様、立ち上がりそっと教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はサッカー部の部室へと向かっていた。

 このハンサムな世界に来て、最初に会ったのが御剣だ。

 もしかしたら、御剣との出会いは何かのフラグだったのかもしれない。

 …たとえ、フラグではなかったとしてもだ。

 とにかく行動を起こしていけば、元の世界に戻るための手がかりが見つかるかもしれない。

 何にせよ行動あるのみだ。

「ウボァーーーーッ!!」

 

 御剣から貰ったビラを頼りに、部室の前に到着した俺が聞いたのは、そんな誰かの絶叫だった。 

「何だ。今の悲鳴…?」

 

 ウボァーって何だ。そんな悲鳴聞いたことないぞ。

 悲鳴がしたのは、目の前のサッカー部の部室か…。

 俺は足音がしないように、忍び歩きでサッカー部の部室のドアを少し開け、中の様子を覗いた。

 そこで俺が見た物はーーー

 御剣が刃物のように長く鋭利なアゴで、銀髪のサッカー部員を刺している光景だった。

 

 その刺された部員は、胸から血を流し、床にドサッと崩れ落ちる。

 もちろん、そのサッカー部員もハンサムなのだろうが、ここからはちょうど死角になっていて、その顔は確認できなかった。

 

 …え。い、意味が分からん。

 な、何故、御剣は急にアゴが鋭くなったんだ。

 最初に会った時は普通だったのに…。

 というか、あの銀髪に見覚えがあるような気が……。

 俺がその訳の分からない現象に混乱していると、御剣がブツブツと呟きながら、こちらに向かってきた。

「つぶあんは死ね。つぶあんは死ね。つぶあんは死ね。つぶあんは死ね……」

 

 俺は音もなくドアの前から移動すると、素早くドアの陰に隠れる。

 そして御剣が戻ってこないのを確認すると、部室に入り、アゴで刺された銀髪のサッカー部員の下へ駆け寄る。

 

 その銀髪のサッカー部員のすぐそばには、つぶあんのあんぱんが落ちていた。 

「おい、大丈夫か! 何があったんだ! 今すぐ、救急車をーーー」

 

 俺はうつ伏せになって、倒れている銀髪のサッカー部員を抱き起こすが、その顔を見て言葉を失う。

 

 ーーーその顔は、俺が女神と崇めるクリス様と同じだった。

 

「く、クリス様!?」 

 驚愕する俺にクリス様は、俺の顔を見て嬉しそうな笑みを浮かべ。

 

「…キミは…。か、カズマくんかあ…。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな…?」

「そ、そんな事より早く治療を…!」

 

「…分かるでしょう? もう僕は助からない。キミは最後のお願いを聞いてくれないの?」

 上目遣いで、顔面蒼白の俺を見つめるクリス様。

 

 その平たい胸からは、どくどくと血が流れ、呼吸も次第に弱くなっている。

 …客観的に見ても、クリス様はもう助からないだろう。

「分かり…ました」

 

「…ありがとう。僕のお願いは、キャプテンを止めてくれないかなってことだよ。キャプテンは、世界中のつぶあん信者を抹殺しようとしているんだ。僕のせいで……僕がつぶあんさえ買ってこなかったら、こんな事には……! お願いだよ、キャプテンを止め…て……」

 

「クリス様!? し、しっかりして下さいクリス様!」

 クリス様の目が虚ろになり、命の灯火が消えかかっているのが直に感じられる。

 

「…ああ、もうお迎えが来ちゃったみたい…だね。僕は幸せ者だなあ……。大好きな人の手の中で最後を迎えることができるなんて。…めぐみんに…今度は負けないって……伝えといてよ…」

 

 どこか恍惚とした表情で言ったクリス様。

 俺はそんなクリス様に対して、感情を押し殺した声で。

「…そんなの自分で伝えて下さいよ……」

 

「意地悪…だなあ…。……ああ、最後に丸亀◯麺で、ありとあらゆるトッピングを………」

 クリス様は、それだけ言い残すと動かなくなった。

「……クリス様? クリス様あああああああああああああああああっーーー!!」

 

 ーーー神は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリス様を抱き抱え、ひとしきり声を上げて泣いた後。

 俺は冷たくなったクリス様を部室のベンチに寝かせると、部室を出た。

 

 大泣きした後に気付いたが、この世界のクリス様は、グルグルが作った幻だ。 

 それを頭では分かっていても、クリス様と同じ顔をした人間が死ぬのは気分の良い物ではない。

 

 ……というか、元に世界に帰ってクリス様に会った時に、もし泣いてしまったらどうしよう。 

 俺のクールなイメージが崩れやしないだろうか。

 

 …いや、今はそんな事よりも御剣だ。 

 そもそも、何でアイツのアゴは人を殺せるレベルで鋭いのか。

 

 色々と疑問は尽きないが、アゴで刺し殺されるとか、この世界は絶対におかしい。

 この世界に比べれば、あのロクでもない世界の方が何倍もましだ。

 

 …俺は部室を一度だけ振り返ると、悲鳴のあがる校舎に向かって走りだした。

 クリス様の最後の願いを叶えるためーーー

 

 ーーーアゴ殺人鬼と化した御剣を止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は校舎。

 そこで俺が見たものは、胸から血を流して倒れているハンサム達の姿だった。

 

 校舎の壁には鮮血が飛び散り、その光景はまさに地獄絵図と表現する他ない。

 誰かが遠くで叫んだ。

 

「奴は、つぶあんシンドロームになって理性をなくしている。…誰か、誰かアイツを止めてくれえっ!」

 …もう、何も言うまい……。

 俺はアゴで刺し殺されたハンサムな犠牲達のそばを走り抜ける。

 幾度もハンサム達の屍を踏み越えて、被害者達の血痕をたどって行くと、やがて屋上に辿り着いた。

 

 屋上のドアを開けると、御剣が一人のハンサムをフェンスに追い詰めている姿が。

「ま、待ってくれ。 つぶあんにも、つぶあんにも良いところが…!」

 

「…お前も……お前もつぶあん信者かあああああっーーー!!」

「ウボァーーーーッ!!」

 御剣はそのハンサムの言葉に激昂すると、その鋭いアゴでハンサムを刺し殺した。

 

 そして、自身のアゴを引き抜くと、御剣は後ろを振り返り。

「…君もどうせ、つぶあん信者なんだろ?」

 その目に狂気の光を宿した、血まみれの姿で俺に聞いてきた。

 

「…正直どっちでもいい。そんな事より、幻とはいえ、クリス様の仇を討たせてもらうぞ。その腐れアゴに天誅を下してやる……!」 

 

「ーーーなら今から君は、つぶあん信者だな…。つぶあん信者は死ねーーーっ!!」

 御剣が鋭いアゴを振りかざし、襲いかかってきた!

 

 風を切るような音と共に、御剣の鋭いアゴが俺の胸を目掛けて迫る。

 一撃目の攻撃はなんとか避けるが、体の反応が遅い。

 …ヤバイ、この身体は身体能力が落ちてるの忘れてた……!

 

 俺は右に左に、勢い良く繰り出される鋭いアゴの一撃を何度も躱すが、とうとう壁際に追い詰められてしまった。

「つぶあん信者には死を。つぶあん信者には死を。つぶあん信者には死を………」

 

 ブツブツ言いながらの御剣の攻撃は、俺の背後の壁に突き刺さった。

 ーーーチャンスだ!

 クリス様、俺に力を……!

 

「くたばれ! 腐れアゴが! 命を大事にしない奴は嫌いだ! 死ねっ!!」

 俺は御剣がアゴを壁から引き抜こうとしている隙に、みぞうちに拳を全力で叩き込む。

 

 その攻撃に御剣がよろめいた。

 しかし、その拍子に御剣のアゴが壁から抜け、攻撃をした直後で隙だらけだった俺に、再び鋭いアゴが向かってくる。

 

「あ、ヤバ…」

 俺は咄嗟に回避行動を取るが完全には避けきれず、肩に鋭い痛みを感じ、後頭部に衝撃を感じた後、俺の意識は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ…」

 意識を取り戻した俺が最初に目にした物は、知らない天井だった。

 

 起き上がり周囲を確認する。

 俺が寝かせられていたのは、保健室のベッドのようだった。

 

 薬品の匂いもするし、間違いないだろう。

 御剣のアゴが刺さった肩は、若干の痛みはあるものの、誰かに治療をされていた。

 他に体に異常がないか確認していると、スッと静かにドアが開く。

 ドアを開けて入ってきたのは、俺をアゴで刺した張本人にしてアゴ殺人鬼の御剣だった。

「気がついたかい?」

 意識を取り戻した俺を見て、心配そうな表情で近づいて来る御剣。

 

「!?」

 俺は慌てて、ハンサムなアゴ殺人鬼から距離を取る。

「ま、待ってくれ! 僕はもう君を襲ったりはしない!」

 

「…信用できるか」

 俺はいつでも御剣から逃げられるように、窓まで移動すると窓の鍵を外す。

 

「…なら、そのままでいいから聞いてくれ。あの時の僕に理性は無かった。つぶあんをこの世から撲滅したい、それしか考えられない闇のこしあん魔王になっていた……」

 

 真剣な顔で、何をバカな事を言ってるんだろうコイツは…。

 つーか、こしあん魔王て何だ…。凄くショボそうなんだが。

 

 …何だか頭が痛くなって来た……。

 俺がこめかみの辺りを押さえている間にも、御剣の話は続く。

 

「…だが、君にトドメを刺そうとした瞬間、奇跡が起こったんだ。 君のエロい心の光が僕の心に流れこんできた。 そして、君のエロい心の光と共鳴して僕のアゴが光り輝き、僕の心を浄化してくれたんだ」

 

 …御剣の言っていることが理解できない。

 ダメだコイツ、早くなんとかしないと…。

 

 そうだ、ここに病院を建てよう。(名案)

 御剣は俺の顔をジッと見詰めると、憑物が取れたような爽やかな表情で。

 

「それまでの僕はつぶあん信者はこの地球上から、残さず抹殺するべきだと信じていたけど、君に救われた今なら言えるよ。『人それぞれだよね』って」

 

「舐めんな」

 コイツ、一言で片付けやがったぞ…。

「君に頼みがあるんだ…。僕とSEXYしてくれないか?」

 

 御剣は急に覚悟を決めたような表情で俺に言ってきた。

「SEXY?」

 オウム返しで聞き返した俺に、御剣はハンサムな笑顔を浮かべ。

「…ああ、君はまだ新入生だから知らないのか。この学校の生徒はオシャレな人間が多いから、そう呼ぶんだ。 君にも分かりやすく言うと、セッ◯スの事だよ」

 

 …………。 

 俺は素早い動きで窓から校庭に脱出した。

 ーーーアゴ殺人鬼に掘られる前に。 

「ま、待ってくれ! せめて名前だけでも教えてくれ! 僕は君の事が……!」

 

 このあと滅茶苦茶逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ズマ。…マ。カズ……。しっかりしなさい、カズマ!」

 その声で意識を取り戻し、ゆっくりと目を開くと、俺の顔を覗き込んでいたアクアと目が合った。

 後頭部には暖かくて、柔らかい物の感触がある。

 どうやら、状況から考えるに、アクアが俺を膝枕をしてくれていたようだ。

 俺は首だけ動かして、周囲を見渡す。

 

 まだ場所は、共同墓地のようだった。

 周囲が暗いままなのと、青白い人魂が宙に浮かんでいるところを見ると、たいして時間も経っていないように見える。

 俺は直前までの状況を思い出し、周囲を警戒するが、辺りには俺を追うハンサムの一人もいない。

 何故か最終的には、御剣だけではなく、アゴに殺されたはずのクリス様を含むハンサム達が俺を掘ろうと追ってきたのだ。

 

 もちろん俺はメロスも真っ青なスピードで逃げるが、地形を把握していなかったために次第に追い詰められてしまう。

 

 だが、俺が半ば諦めかけていた時に、突如空より飛来しためぐみんが俺に、この世界へと続く道を示してくれたのだ。

 

 本当にあの世界のめぐみんには感謝しても、し足りない…。

 …そうだ。いい事を考えついた!

 

 この溢れんばかりの感謝の気持ちを、この世界のめぐみんに伝え、真心を込めてお礼をしよう。

 俺の仲間でいてくれてありがとう。俺の尻を守ってくれてありがとう、と。 

 

 多分だが、めぐみんは自分の胸が小さい事を気にしているので、豊胸マッサージでもしてやる事にしよう。

 きっとめぐみんは、泣いて喜んでくれるに違いない。

 

「……ねえカズマ。逝っちゃった目してるけど大丈夫なの?」

 俺がめぐみん豊胸計画について真剣に考えていると、アクアが失礼な事を言ってきた。

 

 …俺のつぶらな瞳を見て、逝っちゃった目とは失礼な。

 一言…文句を……?

 

 アクアに文句を言おうと、視線を少し上げた俺の視界に入ってきたのは、アクアの服を押し上げている二つのたわわな果実。

 

 …そう、おっぱいである。 

「お、お前、その胸は!? まさか本物!? ほ、本物なのか!?」

 

 俺はガバッと起き上がると、アクアの胸を無造作に揉みしだく。 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

 アクアが混乱したような悲鳴をあげるが、俺はそれに構わず揉み続けた。

 不思議とムラムラとした気持ちは湧いてこなかった。

 

 …まあ、それも当然だ。

 俺はアクアの胸が本物かどうか確認しているだけなのだから。 

 

「や、柔らかい!! ほ、本物だ。間違いない……!」

 俺はおっぱいの柔らかさに涙を流し、感動に打ち震えながらも呟いていた。

 

 めぐみんとダクネスはアクアのすぐそばで、そんな俺の行動をポカンとした表情で眺め、ウィズは顔を真っ赤にしてアワアワとしている。

 

 …どうしたんだろう皆は、俺はただアクアの胸が本物かどうか確かめているだけなのに……。

 俺はアクアの胸から手を放すと、あのハンサムな世界から脱出する事ができた喜びのあまり、大声で叫けぶ。

 

「うおおおおおおっーーー! アクセルよ、私は帰って来たああああーーーっ!!」 

 そんな俺を祝ってくれたのか、どこからか声が聞こえてきた。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おでめとう」

 

「おめでとう」

「おまでとう」

 その声にめぐみんとウィズが、ダクネスに身を寄せて震えている。

 

「…ありがとうみんな」

 ハンサムな世界から抜け出せた、この幸福に感謝を。

 全てのハンサム達に、さようなら。この世界の全ての人にSAHIあれ。

 

 俺はこのハンサムではない世界で、仲間達と共に生きていきます。

 そして最後に、この素晴らしい世界にありがとう……。

 

 俺がこの素晴らしい世界に感謝していると、涙目になったアクアがユラリと立ち上がり、俺に向かってきた。

 きっと、アクアも俺が帰ってきた事を泣いて喜んでくれたに違いない。

 

 …よし、それなら。

「おっ? アクア、お前さては寂しかったんだな! よし、俺がギュッとハグしてやろう!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、バッと手を大きく広げる俺に、アクアは無言で拳を引き……。

「ゴッドブローーーーッ!!」

 俺の顔面目掛けて、その拳を勢い良く振り抜いた!

 

「ウボァーーーーーーッ!!」

 

 深夜の共同墓地に、アゴで刺されたような俺の悲鳴がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は伝説のBLゲー『学園ハンサム』より、アゴ殺人鬼のお話でした。
 その作品に出てくるアゴ殺人鬼の名前が、美剣(ミツルギ)なのでこれはもう書くしかないなと思った訳です。
 
 クリス様の件については、本当にごめんなさい。
 別にクリス様が嫌いとか、そう言う事ではないんです。
 話の都合上仕方がなかったんです。

 普通に登場させたら『クリス様なら男でもいいや』とか、ウチのカズマさんだったら言い出しかねないので、仕方がないだろうとここで言い訳をしておきます。
 
 あと、もう気づかれた方もいるとは思いますが、リメイク後のタイトルは『この素晴らしい世界に傭兵を! TSR』に決定しました。

『TSRとはなんだ! 言え!』と、聞かれても答えられないので意地悪なことは言わないで下さい、お願いします。

 考えるのではなくて、目で見て、口に出して感じて下さい。
 つまり、私が言いたいのはーーー

 ーーー『TSR』って何か言葉の響きが格好良いよね!


 

 


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八話 この銀髪の女神に再会を!

※警告! 今回のお話は、多少下品な表現があります。
苦手な方はご注意下さい。

書いてる内に長くなったので分割します。
リメイク前の物を読んでいた方は分かると思いますが、次回はヤツが出ますよ!

これからも、こんな事が多々あると思いますが、どうか当作品をよろしくお願いします。


「…SEXYしようぜ」

 校舎の壁際に俺を追い詰めた御剣が妖しく笑うと、そう耳元で囁いた。

「く、来るな!」

 

 逃げようとするが金縛りになったように、俺の体は動いてくれない。

「SEXYしようぜ」

 動け、動いてくれよ…。

 今動いてくれないと、掘られるんだ。

 動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け……。

 …頼む、頼むから動いてくれよ……!

 それでも、俺の体は動いてくれない。

「……SEXYしようぜ」

 御剣はズボンを下ろした。

 も、もう勘弁してくれええええええっーーー!

 スボンの下から現れたのは、御剣の人を殺せそうな程、長く鋭い分身。

 御剣は俺にそれと向けると、そのまま前に突き出し……。

「…さあ、そのまま飲み込んで、僕のエクスカリバー」

 

「アーーーーーーーーーッ!!」

 誰もいない校舎に、俺の断末魔が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああっーーー!!」

 俺はガバッと馬小屋の寝床から起き上がった。

 そのまま即座に周囲を見渡し、御剣の姿がないのを確認するとホッと息を吐く。

 

「ゆ、夢か…」

 よかった……。本当に良かった……。

「…どうしたのカズマ? 悪い夢でも見たの?」

 

 隣で寝ていたアクアが目を擦りながら言ってきた。

 その態度は普段と変わらない。

 俺はその場にいた全員にあのハンサムな世界での出来事を説明し、アクアの胸をパフパフした件は、全面的に俺が悪かったと謝ったのだ。

 

 …まあ、アレはグルグルの影響だろうと、ウィズが言っていたのだが。

 ウィズの説明を聞いても、アクアが怒ったままだったので俺は、アクアに心にもない賛辞を送り、どうにか機嫌を直してもらい現在に至る。

 

「だ、大丈夫だ。問題ない…」

「それ、大丈夫じゃない人が言うセリフなんですけど」

 そう言って俺を心配そうに見てくるアクア。

 

「ア、アクア様ああああああああっーーー!!」

 俺はそんなアクアの態度に軽く感動を覚え、アクアの腰に抱きついた。

「きゃっ! ち、ちょっとカズマ! いきなりどうしたの?」

 

「み、御剣が、俺を掘ろうと……!」

「大丈夫よ、もうハンサムもアゴの人もいないから……」

 アクアは優しく言うと、俺の頭を優しく撫でる。

 

 …俺の母親もこうして、アクアのように頭を撫でてくれていたのだろうか…。

「アクアって、こうしてると母ちゃんみたいだな。…まあ、俺は母親の記憶がないから分らんけど……」

 

 俺の言葉にアクアは、微妙そうな表情で口を開く。 

「…カズマ。 それは、女の子に言うセリフじゃないと思うの」

「そう言えば、お前って何歳なの?」

 

 何となく気になって、俺はアクアに聞いてみた。

 だが、アクアは固い表情で俺から視線をソっと逸し。

「…禁則事項よ」

 

 …なるほど、ババアか。

 昨晩、色んな意味でお世話になった事だし黙っておこう。

 それにゲームでは、若い見た目でも実際の年齢が相当な歳だったなんて事はよくある設定だしな…。

「そうか…。 そうだよな。女性に歳を尋ねるのはマナー違反だよな。…俺が悪かったよ」

 

「分かればいいのよ。それにカズマは、私をもっと敬うべきだと思うの! 分かったら、もっと私を敬ってよ! お供え物の一つでも供えて、『いつもありがとうございます、女神様』って言って感謝してよ!」

 

 …俺はそんな調子に乗っているアクアには構わず、スッと立ち上がる。

「…そんな事より、そろそろ飯食いに行こうぜ。……バアさん」

「今、行くから待って.....。 .....今、私の事をバアさんって呼ばなかった!?」

 

 最後の方だけ小声でボソッと言った俺を見て、アクアが声を荒げた。

「今日は何食おうかな」

 俺はそんなアクアを尻目に馬小屋の出口へと向かう。

「ち、ちょっとカズマ、待ちなさいよ! 私はバアさんじゃないの! ピチピチのレディなのよ!!」

 俺は必死に訴えかけてくるアクアを振り返り。

 

「…ふっ(笑)」 

「わあああああああああっーーー!」

 

 背中をポカポカと殴るアクアを連れて、俺はギルドの酒場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み。バアさんは用済み……」

 

 器用に椅子の上で膝を抱えたアクアが、何やらブツブツと呟いている。

「カズマ、流石に女性にバアさん呼ばわり、しかも用済みとはあんまりではないか? それに用済みとか.....! そ、そう言う事は私に言ってくれ!!」

 

 修理のついでに、鎧を強化したダクネスが身を乗り出し、興奮した様子で俺に言ってきた。

 本当にこいつの病気を治す薬、売ってねえかな……。

「俺はバアさんとは言ったけど、用済みとまでは言ってないぞ…」

 

「そうなのか? なら私が足を引っ張った時にでも言ってくれ。 期待しているぞカズマ。 ハアハア…。 そ、想像しただけでもう武者震いが……!」

 

 俺はブルりと身を振るわせるポニーテールの変態から目を逸し、未だにブツブツといっているアクアに話しかける。

 

「…なあアクア、そこで拗ねてないで、お前もキャベツの報酬を受け取りに行ったらどうだ。 後で酒の一杯でも奢ってやるから機嫌直せよ」

「…二杯なら許してあげる」

 

「…分かった。 二杯奢ってやるから、早く行ってこい」

 俺がそう言うとアクアは、上機嫌でキャベツの報酬を受け取りに、ギルドのカウンターへと向かった。

 

 アクアの後ろ姿から、ふと視線を向けた先では、めぐみんがキャベツの報酬で強化した杖に頬ずりをしている。

 …おい、お前そこ俺と代われ。私は杖になりたい……。

 

 俺がめぐみんの杖を羨ましそうに眺めていると、キャベツの報酬を取りに行っていたアクアがトボトボと肩を落として戻ってきた。

「どうした?」

 

 アクアはハッとした顔で俺を見ると、期待に満ちた目で。

「その…。 カズマさん、今回の報酬はおいくら万円?」

「百七十万エリスだな」

 

「「「!?」」」

 アクアとダクネス、めぐみんが三人揃って絶句する。

 …百七十万エリスとか、自分でもクリス様のために少々頑張り過ぎた気がするな。

 

 きっとこれが愛の力というヤツだろう。

「カズマ様ー! 私、前から思ってたんだけど、あなたってハンサムよね!」

 

「は、ハンサムは止めろよ! どうせ褒めるんなら、イケメンとかにしろよ! 俺、ハンサムとかいう恐ろしい単語は、もう聞きたくないんだよ! 色々と思い出すから!!」

 

「…それで、イケメンのカズマ様に私からお願いがあるの。…聞いてくれる?」

「……なんだ」

 

 アクアは恥ずかしそうに、モジモジとした後、上目遣いで。

「………お金貸してくれない?」

「え、嫌だよ?」

 

 俺はアクアに即答した。

 もう金の使い道は決めてあるのだ。クリス様に頂いたあの栄養ドリンク。

 

 あれは疲労回復の効果もあるらしく、飲むとだいぶ体調がいい。

 なので、キャベツの報酬で2ダース程買う予定だ。

 

「お願いよおおおおお! 私、酒場に十万近いツケがあるの! 今回の報酬じゃあ足りないのよ! 五万でいいから貸して、カズマさあああああん!」 

 

「そんな事言われてもなあ…。 そろそろ拠点も欲しいんだよな。いつまでも馬小屋暮らしってのも落ち着かないし…」

 

 困ったように言う俺を見て、アクアは泣き落としは通用しないと考えたのか、ニヤニヤとした表情で。

「…そりゃあカズマも男の子だし、夜中ゴソゴソしてるの知ってるから、早くプライベートな空間が欲しいのは分かるけど」

 

「え、お前起きてたの…。 …もしかして、昨日顔に少しかかったのもバレてるのか……」

 俺は、思わずそう呟いてしまった。

 あ、やべ……。

 

「ね、ねえ、カズマさん…。い、今、顔にかかったって言って聞こえたんですけど? じょ、冗談よね? …ね?」

 俺はおずおずと聞いてきたアクアから、ソッと目を逸らし。

 

「…予想以上に飛んだんだよ……」

「…カ、カズマの変態! 鬼畜! レ◯パー!」

 涙目になったアクアが俺からバッと距離を取った。 

 

「お、おい! レイ◯ーは止めろよ! 本当にワザとじゃないんだって!」

 本当にワザとじゃないのだが。

 ただ、飛距離の自己ベストを更新してしまっただけだ。

 

「私、カズマの事信じてたのに! 今晩にでも、私に乱暴するつもりだったんでしょう! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」

 

「しねーよ! まだしねーよ!!」

「まだ!? お、おまわりさーん! 犯さ…むぐ!?」

 俺は、シャレにならない事を叫ぼうとしたアクアの口を素早く手で塞ぎ。

 

「よーし、アクア。 五万ぐらいなら、俺が出してやる! だからちょっと黙ろうか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の金でツケを払ったアクアが、今日のご飯代もないと言うのでクエストを受ける事になった。

 だが…。

「…何だよこれ、依頼が殆ど無いぞ」

 俺はギルドの掲示板を見て、思わず呟いていた。

「カズマ! これはどうだ! 山に出没するブラックファングを…」

 

「却下」

 俺の言葉に、興奮したらしいダクネスが頬を赤らめ。

「即断だと!? ハアハアッ……。さ、流石カズマだ!」

「…なるほど。 流石カズマさん。 略して、さすカズね!」

 俺から金を巻き上げ、上機嫌のアクアがどこぞの劣等生の兄を持つ妹のような事を言ってくる。

「…しかし、見事に高難易度のクエストしか残っていませんね。カズマ、この一撃熊の群れの…」

「却下だ」

 

 このパーティーで高難易度のクエストとか厳しいだろ…。

 下手すりゃ死人が出るぞ。

 俺がどうしようかと悩んでいると、ギルドの受付のおっぱいさんがやってきた。

 ちーす、おっぱいさん。

 その胸元が開いたダボダボの服、いつになったらポロリするんですかね?

 実は俺、ずっと楽しみに待ってるんですが…。

「その……申し訳ありません。 最近、魔王軍の幹部らしき者が、街の近くの城に住み着いた影響か、この近辺の弱いモンスターが隠れて仕事が激減しております。 来月には、幹部討伐のために騎士団が派遣されますので、それまではここに残っている高難易度のお仕事か、その幹部の偵察クエストしか……」

 

 おっぱいさんが、心底申し訳なさそうに俺達に差し出したのは、ドクロマークが幾つも付いた依頼書だった。

 

 ……うん、無理。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの俺達はというと、まともなクエストを受けられないため、金のないアクアは商店街でバイトをし、ダクネスは筋トレをすると言って実家へ帰った。

 

 その間、俺は何をしているのかというと、筋トレやランニングをしたり、めぐみんの一日一爆裂とやらに付き合ったりと、割とのんびりとした毎日を過ごしている。

 

 …まあ、その廃城が魔王の幹部が住み着いた城だと、後で分かったのだが…。

 俺は片手間に廃城にいるという、魔王軍幹部を目撃した人の話を集めてみた。

 

 どうやら相手は、二億エリスの懸賞金が掛けられたデュラハンのベルディアだという事が分かった。

 なんでも聞いた話によると、相当な剣術の使い手らしい。

 

 少し昔の話になるが、この国の首都で一番強いパーティーでも討ち取れなかったと。

 それでも、ベルディアに深手を負わせる事には成功したらしいのだが、そのパーティーの全員が死の宣告の呪いを受けたという話だ。

 

 その呪いは、この国で最も高いレベルのアークプリーストでも、解呪はできなかったらしい。

 …そのパーティーメンバー達がその後、どうなったのか。

 

 それをいくら探しても、噂レベルの情報しか見つからなかった。

 噂の中の一つに、『奇跡的に呪いの解呪に成功して、そのパーティーメンバーの一人がどこかの街で魔法具店を開いたらしい』。

 

 と、いう情報があったがしょせんは噂だろう。

 …魔道具店と言えば、ウィズの店にもまだ行っていなかった。

 

 ウィズには、共同墓地の浄化はアクアにやらせるからと言った際に、『せめて、お礼にリッチーのスキルを教えます』と、名刺を渡されたのでその内会いに行く事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃城にめぐみんが、爆裂魔法を撃ち込むようになってから四日目の朝。

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 今日もめぐみんの爆裂魔法が廃城に放たれた。

 

 廃城が爆炎に包まれ、遅れて爆音が轟く。

「今日のはいい感じだな。…なあ、めぐみん」

「何です?」

 

 俺は世間話でもするような気軽さで、魔力を使い果たし、地面に倒れているめぐみんに告げた。

「今まで黙っていたけど、爆裂魔法を撃った廃城な。 あそこに、魔王軍の幹部が住んでいるらしいぞ」

 

「えっ」

 倒れたまま、驚愕の声を洩らすめぐみん。

「どうした? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。…な、なるほど。理解がよく分かりました」

 

 …どうやら、大丈夫ではなさそうだ。

「そ、それより! 何で知っていたのなら、教えてくれなかったんですか!? カズマが廃城を指差して『やっちゃいなよYOU!』と、言ったから爆裂魔法の的にあの廃城を選んだのに!」

 

 …そういえば、そんな事を言った記憶があるな…。

 例によって徹夜明けのような高いテンションで言ったのだろう。

 

 でなければ、そんな酔っ払いみたいな事を言う訳がない…はずだ。

 そう考えながら、俺はここ数日間から加わった新たな日課をこなすため、めぐみんから少し離れて、しゃがみ込み。

 

「…いいかめぐみん。男は後ろは振り返らない生き物なんだ…。俺の後ろに道はない、俺の前に道ができるんだ。だから、俺は常に前だけを見る」

 

「…言ってる事は格好良いのに、どこ見ながら言ってるんですか……」

「めぐみんのトレジャーです」

 黒とは…。

 ロリッ子のくせに、めぐみんもやりおるな…。

「身動き一つ取れない、いたいけな少女の下着をガン見するとか…。せめて、偶然とかならまだ許せますけど、ワザとはダメですよ。…という訳で早く私をおんぶしてください」

 

「お構いなく」

 耳まで赤くして言っためぐみんに俺は、一切迷う事なく答えていた。

 脳内保存、脳内保存っと。

 

「か、構いますよ! パンツ見ないで下さい! 私だって恥ずかしいんです!」

 めぐみんが赤い顔で俺に言ってきたので、俺は仕方なくめぐみんを背負う。

 

「…めぐみんの嘘つき。 仲間にする時に言ってたのに…。 何でもするって……」

「た、確かにそうは言いましたが…」

 俺は背中で言い淀むめぐみんに、早口で畳みかける。

「それに自己紹介の時、めぐみん言ってたじゃん! 紅魔族一の手◯キの使い手だって! それに比べれば、パンツ見られるぐらい問題ないだろ!」

 

「そ、そんな事で紅魔族随一になった覚えはありませんよ! さ、させませんよ。 させませんからね!!」

 

 俺はお馴染みの寝不足によるフワフワする感覚に身を任せ、背中で顔を赤くするめぐみんと、終始和やかに語り合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の日。

 俺とめぐみんが、一日一爆裂に向かうため、街を歩いていると誰かの視線を感じた。

「…どうかしたんですか、カズマ?」

 

 難しい顔をした俺を見て、めぐみんが聞いてきた。

「尾行されてる」

「えっ」

 

 敵意は全く感じないが、間違いない。スリか何かだろうか?

「…そのまま前を向いてろよ。 この通りを左に行けば、路地裏に出る。そこまでおびき寄せて、潜伏スキルで隠れて背後から取り押えてやろう」

 

「は、はい」

 俺のいつもと違う態度に、めぐみんが戸惑いながらも返事をした。

 俺はそのまま、めぐみんと共に手近な路地裏へと入って行く。

 

「あ、あれー? 確かに、ここに入ったはずなのに…」

 そのまま、しばらく壁に張り付いてめぐみんと潜伏していると、聞き覚えある声が聞こえてきた。

 

 …この女神のような声の主には一人しか心当たりがない。

 俺は音もなく、その声の主の背後に立つと震え声で。

「く、クリス様……!」

 

「ッ!? や、やあ。奇遇だね……。……って、どうしてちょっと泣いてるの?」

 俺の言葉に、ビクッとしたクリス様が振り返りながら言ってきた。

「いえ、生きてるって素晴らしいなと思いまして……」

 

「…あ、ああ。うん。あたしもそう思うよ…」

 手で涙を拭う俺を、戸惑いの表情で見るクリス様。 

 おっと、そろそろ本題に入らなければ。

 

 俺の女神様が心配そうにこちらを見ている。 

「クリス様。さっきから、俺達の後を尾けてたみたいですけど、何か用でもあったんですか?」

 

「き、気付かれてたの? …せっかく、驚かせてやろうと思ったのに…」

「俺に気づかれないようにするには、潜伏スキルでも使わないと。 職業柄、人の気配には敏感ですから…」

 

 すると、俺の言葉を聞いためぐみんが、不思議そうな顔で首を傾げ。

「…? 冒険者って、そんな職業でしたっけ?」

「…そんな事より、クリス様。 俺達に何か用があったんじゃないですか?」

 

 めぐみんの疑問をスルーして尋ねた俺の言葉に。

「そう、キミ達に頼みがあるんだよ!」

 

 クリス様は実に楽しそうな笑顔を見せた。




次回予告

 クリスの案内で、とある洞窟へと向かったカズマとめぐみんが見た物は、『極めて効果的に敵の戦意を喪失させる』恐ろしい装備だった。

 その装備は、カズマがいた世界で使用されていた最強の陸戦兵器。
 アーム・スレイブ、通称ASと構造が酷似していた。

 その恐るべき装備を駆使し、カズマはクリスと共に魔王の幹部がいると言う廃城へ潜入するのだが、途中で敵に見つかってしまい……。

『ーーー五分で片付けるぞ!』
《ーーーラジャー》

 次回、『この素晴らしい世界に◯◯◯◯を!』

 ーーー本来なら存在しないはずの装備が異世界にて、猛威を奮う。 






 あ、今回はマジなヤツです。


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九話 この廃城にモフモフを!

予告通りヤツが出ます。もちろん、皆さんが大好きなベルディアさんも登場しますよ!


「…つまり、私はカズマ達の侵入がバレて、廃城から脱出する際に爆裂魔法を撃てばいいのですね?」

 

 クリス様の頼みとは、幹部討伐のための騎士団が到着するまでに、城の内部構造及び、敵の規模を調べるのに付き合って欲しいというものだった。

 

 何でも、お偉いさんに無茶を言われたギルドの職員に泣き付かれたらしい。

 俺達はクリス様の案内でとある洞窟へと向かっていた。

 

 廃城に忍び込む前に、クリス様が俺達に見せたい物があるらしい。

 一言で説明すると、極めて効果的に敵の戦意を喪失させる装備だとか。

 

 今回の作戦概要は、俺とクリス様が廃城に潜入して敵の規模と内部構造を把握した後、速やかに撤退するというものだ。

 めぐみんの言葉通り、万が一にも見つかった場合。

 フラッシュの魔法を封じ込めたマジックスクロールを使い、城の近くで待機しているめぐみんに合図して爆裂魔法を撃ってもらい、混乱している内に逃げる予定だ。

 

「うん、そう言う事になるね。…おっと、もう着いたね。ここだよ」

 話している内に小さな洞窟に着いた。

 クリス様は懐から、携帯型の小型のランプを取り出すと、次に火打ち石をポケットから取り出す。

 それを見た俺は、すかさず火の初級魔法を唱えた。

「『ティンダー』ッ!」

 ジュボッという音と共に、ランプに火が灯る。

 

「おお、キミ気が利くね! ありがとう」

「いえ、こちらこそ。お役に立てて光栄です」

 軽く微笑みながら言ったクリス様に対し、俺は優雅に一礼する。

 

 そんな紳士的な俺を見て、めぐみんが尊敬するような目を俺に向け。

「カズマは、クリスといると態度が変ですね…」

 おっと、これは珍獣を見る目でしたか。

 

 そんな事より、今はクリス様のお美しい後ろ姿をこの目に焼き付けなければ。

 クリス様は、ポケットに火打ち石を戻すと、ランプを持ち直す。

「じゃあ、はぐれないように着いてきてねー」

 

 俺達は先頭をゆくクリス様の隣に並び、洞窟の中へと入る。

 洞窟の外とは違うひんやりとした空気に触れながら暫く進むと、やがて洞窟の最深部まで辿り着いた。

 

 クリス様がランプの光で辺りを照らしながら、左右の壁に備え付けられた大型のランプを指差し。

「ねぇ、キミ。また火をくれないかな?」

 

「了解です、クリス様。『ティンダー』ッ! 『ティンダー』ッ!」

 大型のランプに火が灯り、洞窟の中を明るく照らす。

 俺達がいたのは、洞窟という割には綺麗な空間だった。

 

 そしてその中央には、布を掛けられた人より一回り大きい何かが鎮座している。

 クリス様は洞窟の中央まで歩いて行くと、その布をバサッと取り、不敵な顔で。

 

「これこそが、着ぐるみ型魔導汎用兵器…。通称、ボン太くんだよ…!!」

 

「…か、可愛い!!」

 めぐみんは紅い目を輝かせ、ボン太くんに駆け寄ると、頬を緩ませただらしない表情でボン太くんをペタペタと触りまくっている。

 

 その犬なのかネズミなのかよくわからない頭に、ずんぐりとした二頭身。

 胸には蝶ネクタイを付け、そのくりくりとした大きな瞳は小動物を彷彿とさせ。

 

 そして、頭にはヘルメットを被り、戦闘用のタクティカルベストを着ている。

 ちなみにボン太くんとは、日本で有名だった、某遊園地のマスコット・キャラクターだ。

 

 でもなんで、ボン太くんがこの世界にあるんだ?

 つーか、着ぐるみが兵器とか…。

「…クリス様、これをどこで?」

 

「最近潜ったとあるダンジョンの最深部で見つけたんだよ。でも動かし方が分からなくて…」

 クリス様の言葉を聞きながら、ボン太くんを調べていると首の少し下にレバーを発見した。

 

 何かこの構造に見覚えが……。

 試しに引っ張ってみると、ボン太くんの背部がスライドしてコックピットらしき物が現れた。

「!?」

 

 それを見ためぐみんが杖をカタッと取り落とし、呆然とする。

 その反応は、好きだったマスコット・キャラクターの着ぐるみから、おじさんが出てきた時の子供の反応に似ている。

《初期設定を開始します。 姓名、階級、認識番号を》

 

 俺が立ったまま、ピクリとも動かなくなっためぐみんを見ていると、突然ボン太くんが機械的な声を発した。

 まさか、AIまで積んでるのか!?

 こ、こんなぬいぐみに無駄な技術力を……! 

 

「そこまではあたしでもできたんだけど、何を言ってるか分からないし、操縦方法も分からないから、動かせないんだよね…」

 

 クリス様がお手上げだと言いたげに肩をすくめる。

 …しかし、このぬいぐるみ何だかASみたいだな。

 首の後ろにコックピット開放レバーがあるし、操縦系統も見た感じソックリだし…。

 

 ちなみにAS。正式名称アーム・スレイブとは、俺がいた世界で絶賛大活躍中の全長八メートル前後の人型兵器のことだ。

 昔、研修を受け、搭乗資格を取得したので動かすぐらいは問題ない。

 

 俺は、そのAIらしき低い男の声の指示に従う事にした。

「佐藤和真軍曹。認識番号、 iー9029」

《ーーー登録完了。 あなたを以後、軍曹殿と呼称します。ご命令を》

 

 ダメ元で言ってみたのだが、あっさりと認証されてしまった。

「えっと…。 クリス様、何だか動きそうです」

「おお、やるねキミ! じゃあ動かしてみてよ!」

 

 そう言って興奮気味に、はしゃぐクリス様。

 …ああ、クリス様。はしゃいだ姿も素敵です!

 流石は俺の女神様…!

 

 動かす前に、ボン太くんの背部から俺が丸見えなので、ハッチを閉める事にした。

「ハッチ閉鎖」

 

《ブラジャー。 ハッチ閉鎖。メインシステム及び、ボイスチェンジャーを起動します 》

 

 …い、いや、そこは格好良くラジャーだろ。

 作った奴の顔を見てみたい.....。

 ハッチが閉鎖され、正面のスクリーンに周囲の景色が投影される。

 

 クリス様はボン太くんをワクワクとした表情で見ており、未だめぐみんは杖を取り落としたまま、厳しい現実を受け入れられなかったのか呆然と突っ立ったままだ。

 

「ーーーふもっふ!」

 

 そんな対象的な二人をボン太くんのモニター越しに見ながら、俺は妙な起動音と共に立ち上がった。   

                 

 …いや、ふもっふってなんぞ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在地は廃城の二階。

 俺とクリス様は、無事廃城の潜入に成功し、順調に廃城の内部構造と敵の規模を把握していた。

 

 めぐみんは廃城から、少し離れたところで合図があるまで待機している。

 見張りのアンデッドもいたが、ボン太くんのセンサーで感知して迂回した。

 

 豊富なセンサー類に加えボン太くんには、パワーアシスト機能があるらしく、着ていても疲れる事はなかった。

 俺は隣で潜伏しているクリス様に話しかける。

 

「ふもっふ。(順調ですねクリス様)」

 ……もふもふ言いながら。

 

 この妙なボイスチェンジャー機能をオフにしたら、ボン太くんが動かなくなるので、仕方なくオンにしたままなのだ。

 

 めぐみんには、『ふもっふ』としか聞こえないそうだが、なぜかクリス様はちゃんと俺の言葉が理解できるらしい。

 

 これも愛ゆえだろう。

 そう考えた俺は、クリス様の白く美しい手を、ボン太くんのモフモフした手で握りながらキメ顔で。

 

「ふもっふ、ふもっふ。(クリス様、俺と結婚しましょう)」

「ええ!? お、お付き合いもしてないのにいきなり結婚を申し込むの!?」

 

「ふもっふ。 ふもっふ!(大丈夫です。俺はクリス様の事を愛してますから!)」

 

「あ、愛してる!?」

 耳まで真っ赤にしてあわあわと、狼狽えるクリス様。

 そんな姿をモニター越しに見ながら、俺はふもっと頷く。

 

「ふもっ。(そうです)」

「じじじじっ、実はこの廃城に来たのはもう一つ理由があるんだよ!?」

 

 俺は無理やり話題を逸らそうとするクリス様を、慈しむような目で眺めながら、続きを促した。

「ふもっふ?(理由?)」

 

「…ふ、ふう……。この城にいる魔王軍幹部が持っているらしい、透視ができるメガネを盗みに……」

 

 大きく息を吐いて、ようやく落ち着いてきたのか、そう途中まで言いかけたクリス様。

 その言葉を途中まで聞いた俺は、真顔になると素早くボン太くんのAIに語りかける。

「…この城のモンスター達を突破して、幹部のいる部屋に向かう事はできるか?」

《肯定。本機のスペックなら可能と判断》

 

 俺はそのボン太くんのAIの言葉に、潜伏スキルを解除して立ち上がると、近くを巡回していたアンデッドモンスターに向かって歩いて行く。

「えっ、ちょっとボン太くん!? 見つかっちゃうよ!」

 

 俺は声を潜めて言ったクリス様の言葉を聞かなかった事にして、ボン太くんの腰から電撃の魔法が封じ込められた、スタンロッドを引き抜いた。

 

 突然現れたボン太くんに、アンデッドモンスターは、一瞬呆けた顔になるが。 

「か、かわ…じゃない…。 し、侵入者だあああああーーーっ!」

 

 侵入者だと気づいたアンデッドモンスターが、大声で叫んで仲間を呼んだ。

《敵モンスター、推定三十体、接近中》

 ボン太くんのAIが警告する。

 

 透視ができるメガネとか、そんな素晴ら…けしからん物は俺が回収せねば……!

「ーーー五分で片付けるぞ!」

 

《ブラジャー》

 

 ………次の瞬間、俺は勢い良く跳躍すると、モンスター共に襲いかかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃城はモンスター達の悲鳴で支配されていた。

「た、助けてくれええええええええーーーっ!」

「ま、魔王さまあああああああっーーーっ」

 

「し、死に神……! も、もふもふな死神だあああああーーーっ!」

「ぼ、僕は死にましぇーん!」

「ふもふもふも!(おらおらおらっ!)」

 

 俺は悲鳴をあげるアンデッド達に高速で接近し、スタンロッドの一撃で次々と屠っていく。

 …圧倒的、圧倒的じゃないかボン太くん!

 

「ふもっふ…! (次はお前だ…!)」

「く、くるな! くるなあああああああああっ!!」

 俺は床を這いながら逃げるアンデッドに素早く接近。

 スタンロッドを振り下ろす。

 

 スタンロッドの直撃を受けて、アンデッドの頭部がグシャと潰れた。

《警告! 八時方向から、複数の弓による狙撃を感知!》

 ボン太くんのAIが警告。

 

「もっふる!(分かってるよ!)」

 俺はその攻撃の射線を見切り、ステップを踏むように回避する。

 動きを止めずに、そのまま跳躍。

 

 弓を射ていたアンデッドモンスター達の前まで移動し、スタンロッドでまとめて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたアンデッド達は周囲に腐肉を撒き散らし、ピクリとも動かなくなった。

 

《戦域内の全高脅威目標の撃破を確認。索敵モードへ切り替えます》

 AIの報告を聞いた俺は高いテンションで呟く。

 

「ふもっふ、ふもっふ……!(出て来なければ、やられなかったのに……!)」

「な、なんてデタラメな性能……!」

 クリス様の驚いている表情が印象的だった。

 

 驚いた顔も素敵ですよクリス様!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくここまで辿り着いたな、冒険者よ! 俺はああああああっーーー!?」

 現在俺達は、廃城の最上階。

 つまり魔王の幹部ベルディアの部屋へと辿り着いていた。

 

 そんな俺達の目の前には、ボン太くんを見て激しく動揺している首無し騎士の姿が。

「…そ、その愛らしい。 い、いや、そのネズミのような生き物はなんなのだ?」

 

「ふもっふ。(ボン太くんだ)」

 やはりボン太くんの言葉は理解できないらしく、ベルディアはその視線をクリス様に向け。

 

「な、何と言っておるのだ?」

「…ボン太くんだって」

 ベルディアの問いに、律儀にも答えたクリス様。

 

「なら、ボン太とやら…」

「くんを付けなよ、デコ助野郎!」

「で、デコ助野郎!?」

 

 クリス様の言葉に、ショックを受けたらしいベルディアが自分の首を落としそうになり、慌てて持ち直す。

「ふもっふ、ふもっふ。(お前の部下は、全滅した。観念してエロメガネを出せ)」

 

「部下なら全滅させたから、透視するメガネを出せって言ってるよ」

 ボン太くんの言葉をクリス様がそう翻訳した。

 

 するとベルディアは視線を忙しなく彷徨わせ、動揺しながら。

「な!? そそそそ、そんな物、俺は知らんぞ!?」

 

 この反応を見るに、間違いなく心当たりがあるのだろう。

 魔王の幹部の手に、そんなすば…けしからん物がある事をよしとしない正義感の強い俺は、ベルディアに飛び掛かった。

「ふもっふ!(問答無用!)」

 スタンロッドを構え、ベルディアへ接近。

 もふもふなボン太くんの腕から無数の打撃を放つ。

 

 だが、流石は魔王軍幹部。その攻撃を全て大剣で防いでみせた。

「なるほどな…。 ただ可愛いわけではないという事か……」

 

 ベルディアが俺を見て、感心したように呟いた。

「…ふ、ふもっふ…。(…な、何言ってるんだコイツ……)」

 

《対象の脅威判定が更新されました。 奴はケモノナーの可能性が高いと推測。 色んな意味で危険です。 即時撤退を推奨》

 

 俺がベルディアに若干引いていると、ボン太くんのAIが警告してきた。

 あ、アイツ、ケモノナーなのか…。

 …なら、さっさとエロメガネを奪って撤退を!

 

「ふもっ! ふもっふ!(クリス様! スティールでエロメガネを!)」

 ベルディアの背後に回り込み、隙が出来るのを狙っていたクリス様が叫ぶ。

 

「了解!『スティール』ッ!」

「ふもっふーーー!(『スティール』ーーーッ!)」

 もふもふなボン太くんの右手には、何の感触もない。

 どうやら失敗したようだ。

 

 俺がクリス様の方を確認すると、その手にはピンク色のメガネが。

「き、貴様…! 俺のトレジャーを返せ!」

 ベルディアが肩を怒らせ、クリス様に大剣を振り下ろした。

 

 クリス様は咄嗟にダガーを抜こうとするが間に合わない。

「くっ!」

 焦った顔のクリス様。

 

 恐らく、あの攻撃に当たればタダでは済まないだろう。

 それを見た俺の脳裏に浮かんだのは、あのハンサムな世界で、最後に丸◯製麺であらゆるトッピングを、とだけ言い残して息を引き取ったクリス様の姿。

 

 前回は幻だったが、今回は……。

「ふ、ふもっふーーーっ!!(ク、クリス様ああああーーーっ!!)」

 

 俺はボン太くんのパワーアシスト機能をフル稼働させ、クリス様の前に立ち塞がると、そのまま盾となった。

「ふもっふーーーっ!?(ぐああああああっーーー!?)」

 

 ベルディアの斬撃は、ボン太くんの超アラミド繊維を貫通し、胸部フレームに当たり、金属が軋む歪な音を立てた。

 悲鳴を上げる俺を見て、ベルディアとクリス様が悲痛に叫ぶ。 

 

「「ぼ、ボン太くーーーん!!」」

 

《損害報告! 胸部装甲にクラスAの損傷。これ以上の戦闘続行は不可能と判断。 機を捨て自爆させる事を推奨します》

 ボン太くんのAIが淡々と被害報告をした。

 

「お、俺は…。 俺は何て事を……!」

 ベルディアは床に両膝を付いて、何やら呆然としている。

 …俺はそんなベルディアに組み付つき、自爆機能を作動させた。

 

「ぼ、ボン太くん…。 お、俺を許してくれるのか……?」

 ボン太くんに抱き着かれたベルディアが、何を血迷ったのかぬいぐるみ相手に許しを乞っている。

 

《軍曹殿。 本機は約百八十秒後に自爆します。速やかに脱出を》

 俺はAIの指示に従い、ボン太くんから脱出し、青い顔でボン太くんを見ていたクリス様に駆け寄った。

 

「き、キミ大丈夫!? け、怪我は!? 我慢とかしてない!?」

「問題ありません。…それよりクリス様。 ボン太くんの自爆機能を作動させました。ここは危険ですから早く逃げましょう」

 

「じ、自爆機能!? そんな…!」

「じ、自爆だと……! というか、誰だ貴様! ま、まさかボン太くんの中に人間が乗っておったのか! クソッ、油断したわ…!」

 

 後ろで、俺の存在に気づいたベルディアの動揺した声が聞こえた。

 そして、ベルディアと同じく動揺してるクリス様から、二メートル程離れた地面には、エロメガネが転がっている。

 …時間がない。本当に本当に残念だが諦めよう。

 俺は顔色を悪くしたクリス様を、無言で肩に担いで走り出した。

 

「きゃっ!? ち、ちょっと待って…!」

「ええい…! は、離せ! 放すのだボン太くんよ…!」

 

《ーーーくたばれ、首無し野郎》

 

「!?」

 

 外部スピーカーをONにしたボン太くんのAIが、淡々とした声を発し、それに驚いたベルディアが言葉を失う。  

「は、放してよ! ぼ、ボン太くん! ボン太くんが!!」

 

 肩に担がれたクリス様が暴れながら、悲痛な叫び声を上げるが俺はそれに構わず走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃城を脱出して、すぐに聞こえてきたズドンという爆発音に足を止める。

「あ、あああああっ……!」

 

 クリス様は俺の肩から降りると、力なく地面にペタンと座り込んだ。

 俺は短い付き合いだった戦友に敬意を評し、廃城に向けて敬礼をすると。

 

「あばよ、ダチ公ーーーっ!」

 

 スクラップになったであろう、もふもふな戦友に向けて熱く、熱く叫んでいた。

 …その後、ボン太くんを失った悲しみから立ち直ったクリス様に聞いた話なのだが。

 

 何でも、あんなバカげたスペックの着ぐるみの量産は不可能だという事らしい。

 現在の技術力では、模造する事さえ難しいのだとか。

 

 なら、何であんな物があるんだろうと首を捻ったが、考えた所で答えが出る訳でもないので、早々に考える事を放棄した。

 

 …本当に、あんなふざけた代物をどこの誰が作ったのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がクリス様と廃城デートに出かけてから、三日後の朝。

「緊急! 緊急! 冒険者の皆さんは武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!」

 

 今日も三時間程しか寝ていない俺が、二度寝しようとした時に聞いたのは、迷惑な緊急の呼び出しだった。

 その呼び出しに渋々と装備を整え、街の正門へと向かう。

 

 俺が街の正門に着くと、なぜかケモノナーにして魔王軍幹部のベルディアがいた。

 だが、今日のベルディアは一味違う。…そう、二人に増えていたのだ。

 

 …流石は魔王軍幹部。ボン太くんの自爆攻撃に耐えただけでなく、分裂までするとは……!

 二人に増えたベルディア達は、自分達の首をズイッと同時に前に差し出し。

「「…俺は、つい先日、この近くに越してきた魔王軍の幹部の者だが……」」

 くぐもった声で言うと、ベルディア達の首が小刻みに震えだした。

 

 …何だろう、あれも何かの芸だろうか…。

 分裂したりと器用な事だし、案外昔は本気で芸人でも目指してしたのかもしれない。

 俺がそう考察していると、二人のベルディア達は。

「「毎日毎日毎日毎日っ!! おお、俺の城に毎日爆裂魔法を撃ち込んでいく頭のおかしい大馬鹿は、誰だあああああああーーー!!」」

 

 二人して、それはもう見事なキレ芸を披露した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回大破したボン太くんですが、その内再登場するかもしれません。
次の活躍に期待ですね。…と言っても、私が書くのですが。
が、頑張らなきゃ…!

ふも、ふもっふ!(では、また!)


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十話 この首無し騎士と交戦を!

何故ベルディアが急に、二人に増えたのか。
その答えは本編で!『それ、よくあるー』と思った方。
なんと今なら当小説を読むと、もれなく誉れあるアクシズ教徒になれる特典が付いてきますよ!

アクシズ教を! アクシズ教をよろしくお願いします!


 ベルディア達のその見事なキレ芸に、俺の周りの冒険者達がざわついた。

 どうやら大ウケのようだ。

 

「…爆裂魔法?」

「爆裂魔法を使える奴なら…」

 冒険者達の視線が自然とめぐみんへと集まった。

 

 だが、めぐみんはそんな冒険者達の視線には気付かず、ぎこちない動作でムーンウォークを始め、ゆっくりと後退している。

 ……なるほど。恐らく、めぐみんの中の紅魔族の血がベルディアのキレ芸を見て、何かを感じ取ったのだろう。

 紅魔族の名乗りも一種の芸のような物だしな。

 

 それで、自然と身体が動き出してしまったと言ったところか。

 多分だが、めぐみんはムーンウォークに集中するあまり、自分を呼ぶ声を聞き逃したのだろう。

 

 俺は、溢れ出すパッションを抑え切れなかっためぐみんに、親切にも呼ばれている事を教えてやる事にした。

「ほら、ベルディア達が呼んでるぞ。めぐみん」

 

「な、何で言うんですか! 黙っていれば分からなかったかもしれないのに!」

 

 自分が呼ばれている事に、気付かなかった事がよほど恥ずかしかったのか、めぐみんが動きを止め、赤い顔で俺に照れ隠しをしてくる。

 

「ベルディア達…? あのデュラハンの名前がベルディアなら、一人しかいないんですけど…」

 

 アクアが俺の横で呟いたが、きっと小粋な女神ジョークのつもりだろう。

 同じ芸人として、『見えざるベルディア』とかいうネタで、ベルディア達に対抗心を燃やしているに違いない。

 

 俺はアクアを暖かい目で見ながら、めぐみんの背中を押した。

「ほら、行くぞー」

「せ、背中を押さないで下さい! 自分で歩けますから!」

 

 背中を押され、めぐみんが渋々と前に出る。

 俺がベルディアに視線を向けると、いつの間にかベルディアは一人になっていた。

 ふむ…。分裂にも何か条件があるのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、俺はめぐみんの後ろを歩く。

 やがて、街の正門の前にいるベルディアと、少し離れた場所で俺とめぐみんが対峙した。 

 

 ウィズの時は、問答無用で浄化魔法を撃とうとしたアクアは、ベルディアのキレ芸に感心したのか、黙ってベルディアが次の芸をするのを待っている。

 

「お前が、俺の城に爆裂魔法をぶち込んで行く頭のおかしい大馬鹿者か! 俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩をーーー」

 そこまで言ったベルディアは、俺の姿を見て言葉を詰まらせた。

 

「……あああああああーーーっ! き、貴様はボン太くんの中にいた男ではないか! この間は、よくも俺の城を荒らしてくれたな! 俺は貴様のせいで給料が減らされたのだ! 魔王様からの手紙にも『ベルディア、ぬいぐるみ風情にしてやられるとは…。 お前には失望した……』とか書いてあったのだぞ!」

 

「ふーん。大変だね、おやっさん」

「だ、誰がおやっさんだ! ま、まあいい……。 そんな事より、俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでいたのは貴様か!」

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者……!」

「我が名はカズマ! 冒険者にして、現在睡眠不足に苦しむ者……!」

 

 俺はヌボーとした目で名乗りを上げていた。

 …紅魔族が名乗りを上げる理由が今、俺にも分かった気がする。

 

 確かにこれは快感だ。その証拠におかしな高揚感がある。

 何だか、睡眠不足の時に感じるフワフワした感覚と似ている様な気がするが、きっと俺の気のせいだろう。

 

「…そ、その男が睡眠不足なのは分かったが…。なるほどな…。そのイカれた名前に、その紅い瞳は紅魔の者か」

「おい、私の名に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 ヒートアップしためぐみんを見てもベルディア達は、そのデル◯プラスみたいな頭部を持ったまま堂々と佇んでいる。

 

「…まあいい。しばらくはあの城滞在する事になるだろうが、これからは爆裂魔法は使うな。 いいな?」

「「だが断る!」」

 

「き、貴様ら! 俺がこれだけ譲歩してやっているのに、まだ爆裂魔法を撃つつもりなのか! …ならば、こちらにも考えがあるぞ?」

 

 声をハモらせ、拒絶の意思を示した俺達を見て、ベルディアが脅すように言ってきた。

 恐らく、マク◯スシリーズのようなノリで、芸で俺達を文化的に飼い慣らし、骨抜きにするつもりなのだろう。

 

 ゼントラーディ人のように、俺達冒険者に『ヤック・デカルチャー!!』とでも言わせるつもりなのだろうが、そうはさせない。

 

 だが、ベルディアの芸に対抗するには、俺やめぐみんでは役不足だ。

「助けてよー。アクえもーん!」

 

 …なので俺はアクアに丸投げする事にした。

「せめて、そこは『助けてよー。女神様ーーーっ!』とかにしなさいよ!!」

 

 アクアがツッコミを入れながら、ベルディアの前に出ようとする。

 しかし、ベルディアはアクアが芸で制圧するよりも早く、めぐみんと俺をまとめて指差し。

 

「ーーー汝らに死の宣告を! お前達は一週間後に死ぬだろう!!」

 ベルディアが叫ぶと同時、俺とめぐみんの身体が一瞬だけ黒く光った。

 

 …えっ。し、死の宣告……? 

 と、とっておきの芸とかじゃなくて!?

『みんな抱きしめて!! 魔界の果てまで! キラッ✩』みたいなヤツじゃないと…。

 

 ……あれ、やばくね?

 確か、呪いの解呪はほぼ不可能だったような……。

 隣を見ればめぐみんの顔が真っ青になっていた。

 俺が混乱していると、ベルディアが勝ち誇ったように宣言する。

 

「その呪いは今はなんとも無い。 紅魔族の娘とついでに冒険者の男よ。 このままでは貴様らは一週間後に死ぬ。死にたくなければ俺の城まで来るがいい。呪いを解いてやろう。 …まあ、ボン太くんを失った貴様達が、俺を倒せたらの話だがな! クククッ…クハハハッ!」

 

 言いながら、めぐみんを食い入るように見つめるベルディア。

 俺は混乱しながらも、そんなベルディアを見て直感した。

 

 ……なるほど、そう言う事か。 

 俺は確信を持って大声で叫ぶ。

 

「つまり、アンタはロリコンだったのか!!」

 

「…ファ!?」

 俺に図星を付かれたらしいベルディアが、変な声を出した。

 

「見てみろ、めぐみん! あのベルディアの欲望にまみれた目を! あれは城まで来ためぐみんを呪いを解くのを交換条件に、俺が想像もつかないアブノーマルなプレイを要求するロリコンの目だっ! …それに、ふざけんな! 俺も混ぜろよ! 羨ましいんだよ!! 焼いて喰うぞコラッ!!」

 

「カズマ、本音が…! 本音が出てます!! せめて、『俺の仲間に手を出すな!!』とかの格好いいセリフにして下さいっ!!」

 

 めぐみんが何か言っているが、気にする事はない。

 …俺の名前はサトウカズマ。 自分に正直に生きると己の魂に誓った漢(おとこ)だ。

「き、貴様は何を言っている!」

 俺は挙動不審になったベルディアを真っ直ぐ見つめ、不敵な顔で。

 

「何を慌てているんだ? 相手はただの人間だぞ。…それとも気づいたか? 手を出していいのは、捕まる覚悟がある奴だけだと!」

「ま、待て! 俺はロリコンなどではーーー! …と、とにかく! 俺の城へ爆裂魔法を撃つのは止めろ! いいな!」

 

 ベルディアは、俺の見透かすような視線に耐え切れなくなったのか、そう念を押すと、街の外へ止めていた首無しの馬へと足早に向かう。

 

 俺はその後ろ姿を見送りながら、未だに青い顔をしているめぐみんに視線を向け、考えた。

  …ベルディアの死の宣告の呪いの解除は、ほぼ不可能だ。

 

 それが意味するものは、めぐみんの死。……つまり女が死ぬ。

『ーーーして』

 

 過去の後悔の記憶が蘇り、俺は拳を強く握った。

  …それだけは駄目だ。

 だからーーー

 

「ーーー逃がすわけねぇだろ」

 俺は底冷えするような声で言うと、地面を蹴り疾走する。

 

 そして、腰からショートソードを抜き、ベルディアに背後から襲い掛かった。

 狙いは左腕の鎧の関節部分。

 

 鎧本体ではなく、鎧の関節部分なら刃が通り易いだろう。

 それに、アンデッド相手に物理攻撃は効きにくい。

 

 本来は魔法で戦うのがベストなのだろうが、生憎俺は殺傷能力が皆無の初級魔法しか使えない。

 なら、体を動かす関節を潰すなり、切り落とすなりして行動不能にしてやればいい。

 

 この戦術は、ボン太くんで既に有効と実証済みだ。

 しかし、完璧な不意打ちだったはずの斬撃は、左腕に届く寸前に、こちらに気づいたベルディアにギリギリで躱された。

 

 俺から素早く距離を取ったベルディアは、大剣を抜いて俺を指差し。

「き、貴様! いきなり背後から斬りかかるとは、なんと卑怯な…! どうせ戦うなら、正々堂々と戦わぬか!」

「は? アンタ、何言ってるんだ? 戦いに卑怯もクソもないだろうが…」

 俺とベルディアはお互い武器を構え、五メートルほどの距離で対峙する。

 

 …しかし、今の攻撃で腕を切り落とす予定だったのだが……。

 今の攻撃で、例え腕を切り落とせなくても、致命傷の一つでも負わせられる自信が俺にはあった。

 

 だが、それが出来なかったのは、ベルディアの反応速度が原因だ。

 人間にはとても真似できそうにない。

 

 確かデュラハンは、生前を凌駕する身体能力を持っているはずだったな。

 …つまり、身体能力では到底敵わないという事か。

 馬小屋に置いてきた『アレ』を持ってくれば良かった…。

 俺はそう後悔するが、無い物ねだりをした所でこの状況が好転する事はない。

 だから、今はーーー!

「…おい、首無し野郎。 今度は避けるなよ。 ……狙いが外れるからっ!!」

 

 俺は叫ぶと、正しく一迅の風になってベルディアに突貫した!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴様、随分戦い慣れしておるな…。一体何故、こんな駆け出しの街におるのだ?」

 右腕の鎧の表面が浅く切られたのを気にしながら、聞いてきたベルディアの言葉に。

 

「…のんびり暮らしたいからだよ」

 左腕と右頬から血を流しながら俺は答えていた。

 …負傷自体は掠った程度なので問題ない。

 

 だが、ベルディアの反応速度が速すぎて、本来なら致命傷になりそうな攻撃でも、かすり傷程度で済まされてしまう。

 初級魔法による目潰しも効果が薄く、剣と体術を組み合わせても鎧で防がれて効果がなく。

 寝技に持ち込むにしても、デュラハン相手に腕力で勝てるとも思えない。

 

 …確かデュラハンの弱点は聖水と流水だったな。

 つまり、水を出す初級魔法が有効か。

 だが、あの反応速度を見るに、恐らく当たらないだろう。

 

 それに、魔法を使った直後を狙われるリスクを考えると危険だ。

 更にベルディアは、俺が一度攻撃するまでに平均二回程攻撃してくる。

 

 なので、このままでは攻撃を回避するたびに俺の服がボロボロになり、やがて俺の悩ましげな裸体が公衆の面前で露わになってしまう。

 

 …もちろん、言うまでもない事だが、誰も得をする事がないのでそれだけは、阻止しようと思う。

 せめて、誰かが壁をしてくれればだいぶ楽になり、勝機も見えてくるのだが、今日はダクネスもいないし…。

 

 …ここは一端引いて装備を整えてから、ベルディアのいる廃城まで殴り込みをかけるか。

 だが、前回廃城に忍び込んだ時は、ボン太くんの性能に助けられた部分が大きい。

 

 しかし、今はこの身一つで装備も貧弱だ。

 確かにベルディアは、一週間後にお前達は死ぬと言った。

 

 前回侵入した際に廃城にいる敵はあらかた倒したが、これから一週間後までに敵の増援が来ない保証はどこにもない。

 

 他の冒険者と連携して倒すという事も勿論考えたが、即席の連携で倒せる程甘い相手だとも思えない。

 剣術も相手が上、反応速度も上、恐らく体力も上と、勝てる要素が万に一つもない。

 正直、ないない尽くしで分が悪いが、今ここで叩いておくのが最善だろう。

 そう覚悟を決めていた俺に、背後からおずおずと声が掛けられた。

 

「カズマ、その…」

「…めぐみん、俺は今忙しい。 悪いんだが後にしてくれ」

 

 後ろをチラッとだけ見て言った俺に、めぐみんは俺の耳元に口を寄せ、とても重要な事を小声でボソボソと言った。

 

 ……それを聞いて自分のした事がバカらしくなった俺は、ベルディアにどうでも良さそうな投げやりな口調で。

 

「……あー。 えーと。 …悪いんだけど、今日はもう帰ってもらえます? その内、城に遊びに行くので」

 

「えっ」

 

 俺の言葉が予想外だったのか、ベルディアが素で返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルディアに丁重にお引き取り願った後、俺とめぐみんはアクアに死の宣告の呪いを解いてもらった。

 何とアクアは、この国で一番レベルが高いアークプリーストでも解けなかった呪いをあっさりと解いてしまったのだ。

 

 腐っても女神だと言う事だろう。

 俺が珍しくマトモに戦った事がバカらしく思えたが、終わり良ければ全て良しと言う言葉もある事だし、まあいいか…。

 

 そして俺の前には、ドヤ顔で褒めて欲しそうに、チラチラと俺とめぐみんを伺うアクアの姿が。

 アクアは胸を張りながら、得意気な顔で。

 

「ふふんっ! ねえ、カズマ! 何か私に言う事がないかしら!」

「…そうだな。 傷を治してくれ」

「任せて頂戴!『ヒール』ッ! 『ヒール』ッ!」

 

 アクアの回復魔法で、左腕と右頬の傷がみるみる内に塞がっていく。

「サンキュー、アクア。 めぐみん帰ろうぜ。 俺、まだ朝飯も食ってねえんだよ」

 

「…カズマは一体何者なのですか?」

 めぐみんが突然、真剣な顔で言ってきた。

「…どうしたんだよ急に?」

 

「先程の戦闘でカズマは、魔王の幹部と互角に戦ったのですよ。 まだ駆け出し冒険者のはずなのに…」

 俺は手をひらひらと振りながら、めぐみんの言葉を否定する。

 

「いや、全然互角じゃないって。 あのまま続けてたら俺、多分死んでたしな…」

 これは謙遜でもなく本心であり、事実だ。

 あのままでは俺は、ベルディアには勝てなかっただろう。

「…はっ!? 違うわ! カズマ、『女神様のお蔭で命拾いしました。 ありがとうごさいます』って言って感謝してよ! 『流石ですね女神様!』って言って私を讃えてよ!」

 

「うん、うん。凄い凄い。 よーし、アクア。 今はめぐみんとお話してるから、ちょっと黙っててくれ。あと、黙るついでに、そんなに暇ならダクネスを探して来てくれよ」

 

「もっとちゃんと褒めてよーーーっ! カズマのバカあああああーーーっ!」

 アクアは泣きながら街の方へと走って行った。

 

 アクアを見送っためぐみんが、神妙な表情でなおも続ける。 

「…もう一度聞きます、カズマは何者なのですか?」

 

『俺、実は元傭兵で害虫駆除がお仕事だったんですよー』と、正直に言うのもどうかと思ったので俺は適当に誤魔化す事にした。

 

「…サトウカズマ。 職業は冒険者をやってる。 好きな物はめぐみん。 好きな食べ物もめぐみんだ。 …ああ、勿論好きな食べ物って言っても、性的な意味での……」

 

 すると真剣な表情で言った俺の声を遮り、めぐみんが赤い顔で。

「何、さらっとセクハラ発言してるんですか! さっきはちょっと格好良かったと思ったのに台無しですよ!」

「マジか! クソッ! せっかく、めぐみんにフラグが立ったかもしれないのに、自分でへし折るとか…! めぐみん、さっきの発言はなかった事にしてくれ!!」

 

 俺は地面に膝を付き、めぐみんに縋るように見上げる。

 失態だ。こんなミスをするのは何年振りだろう。

 

 ……確か、三年振りくらいか。ようやくめぐみんルートに入れそうだったのに本当に惜しい事をした。

 本気で嘆いている俺の様子を見ためぐみんは、深いため息を一つ吐くと、ジト目で呟く。

 

「…本当に、さっきの格好良かったカズマと、今のカズマを取り替えっこしたいです………」




 前書きで書き忘れましたが、アクシズ教のついでに当小説もよろしくお願いします。
 きっと、当小説をお気に入り登録すると、アクア様も大変お喜びになるでしょう。

『そんな訳ねーだろ』と思ったあなたは、邪教徒の手により洗脳を受けている可能性が大です。
 速やかにアクシズ教に入信し、アクア様に一日三回祈りを捧げましょう。

 さすれば、アクア様のアレな超パワーにより洗脳が解けます。
 その他にも入信すれば、割り箸が綺麗に割れたり、街を歩いているとポケットテッシュを貰えたりと、生活に役立つお得な特典が満載ですよ!

 そして、この後書きを最後まで読んだあなた。そう、そこのイケメンのあなたです。
 おめでとうございます! あなたは、今日からアクシズ教徒です!

 友達に自慢しましょう。そして布教し、我らアクシズ教徒の輪を広げるのです!

 そうすれば、『あなたって、アクシズ教徒じゃないの? アクシズ教徒じゃないのが許されるのって、小学生までだよねー』と、言う会話があちこちで囁かれるようになり、アクア様が心底お喜びになります。

 ついでに言うと、Twitterで自分がアクシズ教徒である事を呟けば、フォローワーが増える事間違いなしです。
 学校や職場でも、きっと人気者になれる事でしょう。

 アクア様から、とある薬品会社の鎮痛・消炎シップ薬と同じ名前を頂いた、このボルテスが保証します。

 では最後になりましたが、当小説を読んで頂いたアクシズ教徒の皆様方に、女神アクアの祝福を! 


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十一話 この素晴らしい世界に馬面を!

 感想欄でエリス教徒とおぼしき読者様から、ネタが分かり辛いとのご指摘を頂きました。
 ですので、遅ればせながらも前回のマクロスネタの解説を。

 まず『芸で制圧』とは、マクロスに出てくる巨人族、ゼントラーディ人ネタです。
 マクロスシリーズを知らない、見た事がない方にとっては意味の分からないネタだったかと思います。

 大雑把に説明すると、彼らゼントラーディ人は戦う事しか知らず、文化の概念自体を持っていませんでした。
 何だかんだあって、人類とゼントラーディ人は戦争状態に突入しますが、一人の歌姫の歌の力により戦争は和平交渉をもって終結します。

 つまり、文化を持たない彼らゼントラーディ人は、歌姫の歌に感動し、武器を捨てたと言う訳です。
 最初見た時は私も正直、意味が分かりませんでした。(まあ、そのうち慣れましたが…)

 次に『ヤック・デカルチャー!』と言う単語ですが、この言葉は『信じられない!』『凄い!』『ヤバイ!』との意味だそうです。
『ハラショー!』(素晴らしい!)が一番意味が近く、分かりやすいかと思います。

 これからは事前に予備知識が必要になるネタは、使わないように心掛けます。
 未だに読者の皆様方の目線に立てていなかった事、深く反省し、伏してお詫び申し上げます。

 なお、今後睡眠不足でカズマさんのテンションがおかしな事になる事もないので、どうかご安心下さい。

 では、最後に読者の皆様、前書きでの長文失礼しました。

 


「痛てて…。 クソッ、まだジンジンするぜ…」

 

 冒険者ギルドへ向かう俺達の隣から、一組の冒険者達の話し声が聞こえてきた。

 俺が横目で盗み見ると、その中の戦士風の男は怪我でもしたのか、右腕に包帯を巻いている。

 

「しかし、ホントついてねーよな。なんだって、あんな所にアンデッドナイトがいたんだろうな…。しかも、凄え慌ててたというか、命からがら逃げて来たみたいな感じだったし……。この辺にヤバイモンスターでも出るようになったのか?」

 

 その、アンデッドナイトという単語で俺は直感した。

 きっとあの廃城の生き残りの仕業だろう。

 …すいません。それ多分俺のせいです。正確にはボン太くんのせいです。

 

「…傷は大丈夫なのかダスト。 エリス教の教会に行って回復魔法をかけてもらったらどうだ?」

 クルセイダーらしき男の言葉に、戦士風の男は言いづらそうに頬を掻き。

 

「…あー。い、いやあ、それがよ…。前、酔ってた時に、エリス教の美人プリーストにセクハラしちまったらしくて出禁に……」

「……あんた本当にバカだね。死ねばいいのに」

 

「リーン、お前、俺の怪我が治ったら覚えてろよ。『ダスト様ごめんなさい』って言うまで接檻してやる」

 戦士風の男と魔法使いの女の子が睨み合いを始め、クルセイダーの男が仲裁に入る。

 

「おい、ケンカはよせ。傷に響くからな。 …ダスト、せめて一週間ぐらいは大人しくしておけよ。都合の良い事に、キャベツ狩りの報酬で金はあるから、暫くはギルドで酒でも飲みながらのんびりしよう」

 

「そうだな…。じゃあ一杯やるか!」

 酒と聞いて、テンション高く宣言する戦士風の男。

 その姿を見て、罪悪感から俺は胸を押さえる。

 

「どうしたのですか、カズマ? 胸なんて押さえて…」

 俺の隣を歩いているめぐみんが、俺の顔を見て不思議そうに首を傾げた。

「…いや、何でもない」

 

 罪悪感に苛まれながら、俺はめぐみんと共に冒険者ギルドへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…カズマ、めぐみん。 その…。 言い辛いんだけど……」

 ダクネスを探しに、ギルドの建物の中に入った俺とめぐみんを出迎えたのは、暗い表情をしたアクアだった。

「どうかしたのですか? というか、ダクネスはどこに…」

 めぐみんの問いには答えずに、アクアは目を伏せ、悲しげな表情で。

 

「…ダクネスが昨夜、痴漢に襲われたわ」

 

「「えっ…」」

 アクアの話を聞いためぐみんの顔から、さっと血の気が失せた。

 

 今日はまだダクネスを見ていない事を考えると、最悪は……!

「お、おい、それでダクネスは、ダクネスは無事なのか!? 無事なんだよな!?」

 

 脳裏に浮かぶ最悪の光景を振り払うように、俺はアクアの両肩を摑んだ。

 …だが、アクアはそんな俺から目を逸し。

 

「どう説明していいのか分からないわ……」

「嘘だろ…」

 

「自宅への帰り道だったそうよ。 その途中で、妙な服装の変質者に出会ったらしいわ。 ダクネスは反撃もせずに捕まって、その場に組み伏せられ、たいした抵抗もせずにーーー」

 

「…ん?」

 …今、何か妙な単語を聞いたような気がするけど、俺の聞き間違いだよな……。

 

「ブラシで念入りに髪を梳かれーーー」

「………」

 

「ツインテールにされてしまったの!!」

 

「舐めんな」

 俺は即答すると、辺りを見渡す。

 すると、ギルドの隅のテーブルで小さくなって、冒険者達にからかわれているダクネスを発見した。

 ダクネスの髪型は普段のポニーテールではなく、ツインテールだ。

 金髪でツインテールの女の子は、かなりの高確率でツンデレなのだが、ダクネスはそんな要素を欠片も持っていない事を俺はよく知っている。

 

「も、もう、アクア…。 脅かさないで下さいよ……」

 めぐみんは恨みがましい視線をアクアに送る。

 

「ご、ごめんね。でも、私を雑に扱うカズマを驚かせてやろうと思ったの! だから反省もしてないし、後悔もしてないわ! やられたらやり返す、二割増しよ!!」

 

「…それを言うなら倍返しな。倍返し」

「それよ! 倍返しよ!!」

 俺のツッコミを受けて、ドヤ顔で訂正するアクア。

 …今度ハリセンでも作って、思いっ切りコイツの頭を引っ叩いてやろう。

 視線をダクネスの方へと向けると、ダクネスをからかっていた冒険者達は、もう満足したのか既にいなくなっていた。

 俺達はテーブルに突っ伏しているダクネスの下へと向かい、声をかける。

「…おい、ダクネス。昨日の事を聞いたぞ。大丈夫なのか?」

「あ、ああ…。 針金と接着剤で強制的にツインテールにされただけだ。 問題は一晩たっても戻らない事か…。 これでは、髪が傷んでしまうな……」

 

 俺の声に赤い顔を上げると、片手で自身の髪の毛をいじりながら言ったダクネス。

 その様子を見て、めぐみんが心配そうな表情で。

「…ダクネス。 本当にそれだけなのですか?」

 

「そう、たったそれだけなのだ!!」

 

 ダクネスは叫ぶと同時に、バンとテーブルを叩いて、勢い良く立ち上がった。

「だ、ダクネス、落ち着いて下さい! 」

 

 突然、激昂したダクネスをめぐみんが手で制して、落ち着かせようとしている。

 だが、それも効果はなく……。

 

「これが落ち着いていられるか! 私は痴漢をされたと言うのに、被害と言えばツインテールにされた事だけだ。 普通痴漢に遭えば、押し倒され、抵抗むなしく(※禁則事項です)されたり、乱暴に(※禁則事項です)されたり、する物だろうが!!」

 

 金髪ツインテールの変態が拳を握り、そう力説してくる。

 だ、誰か…。 誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんか!?

 

 ウチのクルセイダーが変なんです! い、いや、正確には変態なんです!! 

 力説を終えたダクネスは、怒りでプルプルと震えながら。

 

「…それにあんな物は痴漢と言えん。 私が捕まえて、痴漢の何たるかを教えてやる!!」

 怒るポイントがいまいち俺にはよく分からないが、ツッコむと面倒臭そうなので、黙っておこう。

 

 俺はそんな荒ぶるダクネスをジッと見つめ。

「まあ、落ち着けよ。 …しかし、良く似合ってるな。ツインテールも」

 

「そ、そうか。 少し子供ぽいかと思って、恥ずかしかったのだが…」

 俺はモジモジとしながら、恥ずかしそうに言ったダクネスに、

 

「…よし、ならダクネスたんのためにも、その痴漢を捕まえに行くか!」

 その可愛らしい髪型に相応しいようにと、『たん』付けで名前を呼んだ。

 

「な、なあ。 今、私の事を『ダクネスたん』と呼ばなかったか……?」

「言ってない」

 キッパリと断言する俺に、アクアとめぐみんは声を潜め。

「カズマさん。『たん』付けとか引くわー」

「カズマ、気持ち悪いです…」

 二人して、キツめのコメントをした。

 

 何気にめぐみんの言葉が一番堪えるな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街を歩いていた冒険者達にも散々からかわれ、とうとう膝を抱えて地面に座り込んだダクネスをアクアが励ましている。

 

「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない! 私はツインテールのダクネス、とても可愛いと思うの! 子供ぽくたっていいじゃない! ダクネスが可愛い髪型してる事の何が悪いのよ!」

 

 きっと悪気はないアクアのその言葉に、トドメを刺されたダクネスは顔を伏せ、耳まで真っ赤にしてピクリとも動かなくなった。

 時刻は夕方。

 俺達はダクネスを襲った痴漢の情報を集め、次に出没すると予測された場所の近くにある空き地に来ていた。

 周囲には俺達の他に人はおらず、木の陰や無造作に置かれた木箱など、隠れる場所には困らない。

 ギルドの方にもクエストとして、依頼が出されていた。

 

 もう八件も被害があったらしく、その被害者達は全員ポニーテールにされてしまったらしい。

 その八人の被害者達は、間の悪いことに全員外出中で接触する事が出来なかった。

 

 なのでめぼしい情報は、ギルドの掲示板に張り出されていた『ポニー』という単語と奇妙な格好をしている事しかなく、ダクネスに聞いても背後から取り押さえられたので、あまり覚えていないとの事だ。

 

 …まあ、ダクネスの場合は興奮し過ぎで、覚えていなかったのだろうが……。

 しかし、なぜダクネスだけがツインテールにされたのかは未だ不明だ。

 

 俺はダクネスが回復した時を見計らって、今回の作戦の説明をする事にした。

「…よし、作戦を説明する。 囮役はアクア、お前だ。 相手が釣れたら相手を引きつけつつ、ダクネスとめぐみんの所まで誘導してくれ」

 

「分かったわ」

 ダクネスの髪の仇討ちだと、珍しく気合を入れていたアクアが頷く。

「ダクネスとめぐみんは、市街地に繋がってる出口。…つまりここで待ち伏せしてくれ。 特にダクネスは顔を覚えられてるだろうから、見つからないようにな」

 

「…分かった」

「了解しました」

 地図を指差しながら言った俺の言葉に、ダクネスとめぐみんがコクリと頷いた。

「そして、俺は万一に備え、アクアの近くで待機だ」

「…ねえカズマ。分かってると思うけど、危なくなったらお願いね」

 

 俺の顔を見上げながら、アクアが不安気な表情で、そう念を押した。

「わーてるよ。 了解、了解ー」

 

「…本当に頼むわよ。 捕まっても、ポニーテールかツインテールにされるだけとは言っても、髪は女の命なんだから!」

「そう言うもんか…」

 

 男の俺にはいまいち良く分からないが、見ればめぐみんとダクネスがウンウンと頷いている。

 俺は一度深呼吸をすると宣言した。

 

「ではここに、作戦名『女神の生き餌』を開始する! 各員配置に付け! ASAP!(可及的速やかに!)」

 俺の言葉を聞いて、アクアが不安そうにぽつりと呟く。

 

「…私、今から魚に食べられる、生き餌の気分なんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスとめぐみんと別れ、俺達も配置に付こうとしていた時、俺はふとある物の存在を思い出した。

「…おっと、忘れるとこだった。 ほら、アクア。コレ持ってろよ。 相手に怪しまれずに済むから」

 

 俺はアクアに小さい木の板を差し出した。

「……ねえ、カズマ、これは何?」

 それを見たアクアは、ゴミを見るような目で俺を見てくる。

 

 これは何かと問われば、極めて有効なカモフラージュ手段だと答える他ないのだが……。

 そのアクアが持っている小さな木の板には『ポンコツ女神、一回千エリス』と、書いてある。

 

 ピュアな俺には、何が一回なのかさっぱり分からないが、どうやらアクアには意味が分かったのだろう。

 …まあ、それも当然だ。なぜならアクアは……。

 

「それ持って歩いてたら、相手もお前が自分を捕まえようとしてるとは思わないだろ。それにお前、水商売の女神なんだろ? なら、ちょうどいいじゃないか」

 

「ち、違うわよ! 私、水商売の女神じゃないの! 水よ! 水の女神様なのよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生き餌改め、アクアを囮にした作戦が開始してから一時間が経過した。

 だが、未だに痴漢が出る気配は無い。

 

 俺はアクアから十メートルほど離れた茂みに隠れ、獲物が網に掛かるのを今か今かと待っていた。

 アクアは俺の書いた小さな板を持って、まばらに生えている木々の近くをゆっくりと歩いている。

 

 歩きながら、アクアがぽつりと呟く。

「…私、今から身体を売る女子高生の気分なんですけど……」 

 

 薄暗くなって来た事で不安になったのか、アクアが俺がいる方行に向かおうとしたその時、敵感知スキルに反応があった。

 やっと獲物が網に掛かったか…。

 

 その反応はぐんぐんとアクアとの距離を詰め、やがてアクアの前にゆらりと人影が現れた。

 その人物は黒いコートのような服を着ていた。

 

 更には変態らしく開いたコートの隙間からは、素肌が覗いており、手には針金とヘアブラシを持ち、頭には馬のかぶりものをしている。

 

 ……なるほど、『ポニー』ってそう言う事か…。

 あれがダクネスを襲った変質者で間違いないだろう。

 馬のかぶりものをした男なので、『ぽに男』とでも名づけておくか。

 

「ぽに…」

 ぽに男は、手に針金とブラシを携え、アクアにゆっくりと近づいて行く。

 

 それを見たアクアがジリジリと後ずさり、短い悲鳴を上げた。

「へ、変態…!」

「ぽに……!」

「か、カズマさああああん!? 変態がいるんですけど! それも、極めて特殊な変態がいるんですけど! 助けてええええええっっ!!」

 

 大声で叫ぶと、アクアは俺とは反対方向へ逃げだした。

 と同時に、ぽに男がバッと両手を上げ、高速でアクアを追う。

 

 …どうやら変態の身体能力が高いのは、この世界でもお約束のようだ。

 そして、アクアは捕まったところで、髪型を変えられるだけだという事を忘れたように必死に逃げている。

 

「い、いやああああああああああああああーーーっっっ!!」

「ぽに、ぽに……!」

 

 アクアが泣きながら必死に逃げ、その後をぽに男が追う。

 …やっぱり、アイツは泣いてる時が一番可愛いなあ……。

「いいぞー! もっとやれーーーっ!!」

 

 気づけば俺は拳を振り上げ、大声でぽに男に声援を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は作戦通りに、ぽに男を誘導する事に成功し、無事に捕まえる事ができた。

 …できたのだが、囮役をしていたアクアは先ほどから、膝を抱えて地面に蹲り、一言も喋らない。

 

 …今は、アクアの事は後回しにして、ぽに男に話を聞こう。

 だが、俺が話を聞こうとする前に、ダクネスがロープで拘束されたぽに男に詰め寄った。

 

「…貴様、それで痴漢のつもりか! 髪型を変える程度の事しかできないとは……! 痴漢として恥ずかしくはないのか!!」

「はーい、お薬出しときますねー」

 

 そんな荒ぶる変態を黙らせるため、俺はここに来る途中で買っておいた棒状の太めの飴をダクネスの口に突っ込んだ。

「むぐっ!? かひゅま、らにをする!」

 

 まんざらでもない顔で、頬をモゴモゴさせ、俺に言ってくるダクネス。

 俺はそんなダクネスに、キツめの口調で命令をする。

 

「…舐めろよ」

 

「は、はひっ!!」

 ドM的には今の俺の言葉はグッときたのか、ダクネスが恍惚としたヤバ目の顔で返事をした。

 

 ダクネスは地面にペタリと座り込み、俺の方に視線を送り、時折色っぽい吐息を吐きながら、棒状の飴を赤い顔でチロチロと舐めている。

 

 見ていると股間が元気になりそうな光景だが、何だかめぐみんからの視線が冷たくなった気がするな…。

 俺は、ぽに男に向き直るとマスクを取る。

 

 すると、マスクの下から現れたのは馬面の若者だった。

 俺は馬面の青年に問いかける。

「…どうしてこんな事をしたんだ?」

 

「だってポニーは最高じゃないスか…。 うなじの色っぽさに、ロングのしっとりとした女の子らしさ。 つまり、ポニーは最高ス!」

 

「それで、こんな猟奇犯罪に手を染めたのか…。 そうか…。なら、仕方がないな…。 …ついでに聞きたいんだが、何でダクネスだけツインテールにしたんだ?」

 

「この男、しれっと仕方がないとか言いましたよ…」

 めぐみんがジト目で俺を見てくるが、話が進まないのでここはスルーだ。

 

「…ダクネス? ……ああ、昨日ツインテールにしたお姉さんの事っスか? ポニーテールもいいけど、最近ツインテールの魅力にも気づいたんスよ! 一見幼いように見える髪型なんですが、歩くたびに揺れる左右のテールで、男を惑わす魔性の髪型なんスよ!!」

 

 …なるほど、獲物をおびき寄せるチョウチンアンコウみたいなものか。確かに一理あるな……。

 俺はその言葉に深い感銘を受けながら、ぽに男の肩をポンと軽く叩き。

 

「…お前の考えはよく分かった。 確かに、ツインテールもポニーテールもとてもいい物だ。 他にも個人的に同意したくなる意見も多いが、犯罪は犯罪だ。 これからお前を警察の引き渡す。 …まあ、何だ…。厶所でも身体には気つけろよ……」

 

「はい。 お手数をお掛けします…」

「あ、頭が痛くなってきました……」

 何やら分かり合っている俺達を見て、めぐみんが頭を押さえながら呟いた。

 

「…それにしても、お兄さんは初めてあった気がしないっス」

「奇遇だな。俺もだよ…」 

「「………」」

 

 ……俺とぽに男はお互いに見つめ合うと、それぞれ相手を指差し、ニヤニヤしながら。

「ツイン! ツイン!」

「ポニー! ポニー!」

 

「「あははははははははっ!!」

 アクアは膝を抱えたままジッと動かず、ダクネスは赤い顔で荒い息を吐きながら棒状の太めの飴を舐めーーー

 

 そして、めぐみんは突然爆笑しだした俺達を見て、こめかみを押さえている。

 僅か数分で作られたカオスな空間に、俺とぽに男の陽気な笑い声が響き続けた。

 

「「ポニー! ポニー!」」

「「ツイン! ツイン!」」

「「あははははははははっーーー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

「我が名はえ◯りあ! ハーフエルフ随一の死語の使い手にして、もぶりあと呼ばれし者…!」

「おい、めぐみん。い、いきなりどうしたんだ?」
「…汝も我が強大なる精霊術師としての力を欲するか? ならば、我に最高純度のマナタイトを捧げる準備をせよ!」

「た、対価がいるのかよ…。つーか、精霊術師ってなんだ。お前はアークウィーザードだろうが。…おっと忘れる所だった。そんな事より次回予告をしないとな。さて次回のタイトルは『再会のアゴ』だ。………アゴ? えっ……。ちょっ……! ううう、嘘だろぉ!?」

「ふふっ…。汝が、かの男を想う時、かの男もまた汝の事を想っているのだ」

「や、止めろおおおぉーーー!! ハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖いハンサム怖い……」

「てな訳で次回は『再会のアゴ』よ! 次回のお話では、原作よりも強化されたカズマさんが見れるらしいから、楽しみにしてなさいな! ……ところでダクネス。原作ってなんの事かしら…?」

「私に聞くなアクア、私だって分からん。…そろそろ、読者の皆とはお別れの時間の様だな。次の話も読んでくれると嬉しい。では、また次回会おう」

「またねー」




 ※サブタイトル以外は大体合ってます。あと作者はエミリアが嫌いな訳ではありません。
 むしろ大好きです。きっと知的な人が声を当ててるんだろなー。(棒)


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十二話 この恐ろしいアゴに一撃を!

恐ろしいアゴ。刃物のように長く鋭く、人を刺し殺せるアゴ。
それを有する者の名前を口にするのも恐ろしい。
だから、誰もが彼の事をこう呼んだ。

ーーーアゴの人と。


「極楽……クスリ……心臓の鼓動……楽に………」

 

「…だ、大丈夫かアクア。 いい加減、その不穏な単語を呟くのは止めてくれ。 今のお前が言うとしゃれにならないんだよ…」

 

 ぽに男を警察に引き渡した後、俺達はクエスト完了の報告をするため、ギルドへと向かっていた。

 ぽに男を捕まえた報酬は三十万エリス。

 

 何でも、被害女性達から早く捕まえて欲しいとの希望もあり、それなりに高額の報酬が掛けられていたそうな。

 

 そのぽに男に、新たなトラウマを植え付けられたらしいアクアは、俺の服の裾を摑み、死んだ目をして自殺をほのめかす単語を小声で呟いている。

 

 だが、アクアに新たなトラウマができた以外は、特に問題もなくクエストを完了できた。

 さっさと飯を食って馬小屋に帰り、少しでも睡眠時間を確保しようと、俺が考えていた時の事。

「……女神様? 女神様じゃないですかっ! どうしたんですか、こんな所で? もしかして、お忍びで遊びに来られたんですか?」

 

 突然、俺達の後方から声がかかった。

 俺はその声に後ろを振り向き、思わず硬直する。

 …な、何でコイツがこんな所に……!

 

 俺達に声を掛けてきたのは、戦士風の美少女と盗賊風の美少女を引き連れた、見覚えのあるハンサムな男。

 ーーーそう、なぜかロト神みたいな格好をしたアゴ殺人鬼がそこにいた。

「…あ、アゴ殺人鬼……!」

「何!? こ、この男が…!」

「アゴの人ですね…!」

 

 アクアを連れて俺達は、警戒するようにジリジリと後ろへ下がる。

「あ、アゴ殺人鬼…? ま、待ってくれ。 僕は君達に何かするつもりはない。 アクア様と少し話がしたいだけなんだ!」

 俺は服の裾を摑んでいるアクアに、小声で囁く。

「…お前アゴ殺人鬼と知り合いだったんだろ? この状況を何とかしてくれよ。 お前一応は、女神だろ」

「…女神?」

 

 アクアは首を傾げ、死んだ魚のような目で俺を見てくる。

「…違うのかよ?」

 俺に言われるまで、自分が女神だという事を忘れていたらしいアクアがハッとした表情で。

 

「……そうよ、女神よ私は! この状況を見るに、私にアゴの人をどうにかして欲しいわけね! 任せなさいな!」

「ふ、不用意に近づくな! アゴに殺されるぞ!!」

 

 アゴ殺人鬼に近づこうとするアクアに思わず警告する。

 ヤツのアゴは急に鋭くなったので、油断は禁物だ。

 

 …いや、あの世界のアゴ殺人鬼とは別人だという事は、頭では分かっているのだが。 

 アゴ殺人鬼のイメージが強過ぎて、体が勝手に警戒をしてしまう。

 

「問題ないわ。 ちゃんと間合いには気をつけるから大丈夫よ!」

 アゴの人呼ばわりされたアゴ殺人鬼は、困惑したような声色で。

「あ、アゴに殺される? め、女神様! 僕ですよ! あなたに魔剣グラムを頂いた御剣響夜です!」

 ミツルギは魔剣グラムとやらをアクアの前に差し出した。

 …あれが魔剣グラムか。

 となると、グルグルが生み出した世界で見た、ミツルギの鋭いアゴは魔剣グラムだったのだろうか…。

 

「……あー。 いたわね、そんな名前の人も。 まあ、お役所仕事だから、ある程度は忘れても仕方ないわよね!」

 て、適当だな、おい。そんなんでいいのか、女神として。

 女神って、アクアみたいなヤツばっかじゃないだろうな…。

 俺が女神に対する印象を下方修正していると、ミツルギは改まった態度になり。

「…お久しぶりですアクア様。 あなたに選ばれた勇者にふさわしいようにと、日々努力していますよ。 職業はソードマスター。レベルは37にまで上がりました。 …ところで、アクア様の隣の人は……」

 

「私の1032番助手のカズマよ!」

「誰が助手だ、誰が。 お前はどこぞの大学教授か」

 俺は自分とアクアがこの世界に来る事になった経緯や、これまでの出来事を手短にミツルギに説明した。

「…何て事だ。 下心から女神様をこの世界に引き込んで、しかも馬小屋で生活させてる!? その上、今回のクエストでは痴漢をおびき寄せる餌にした!?」

 

 いきり立つミツルギが俺の胸ぐらを摑もうとする。

 だが、俺は摑まれる前に後方に飛び、間合いを取った。

「ちょっと、ケンカはいくない! 私としては結構楽しい毎日を送ってるし、カズマに連れて来られた事は、もう気にしてないから! それに魔王を倒せば帰れるわけだし!」

 

 すると、ミツルギは一度目を伏せた後、憐れむような視線をアクアに向け。

「…アクア様。 お優しいのは結構ですが、今のあなたの待遇は不当ですよ。 僕のパーティーに入りませんか? …そうだ! クルセイダーとアークウィザードの君達も一緒にどうかな? 僕と一緒に来てくれれば、もちろん馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備も買い揃えてあげよう」

 

 ミツルギは名案だとばかりに、俺以外のパーティーメンバー達を見ながら、笑いかけた。

 だが、アクア達はその発言に引き気味に、ミツルギのアゴを見ながら、コソコソと話している。

「…今の発言を聞きましたか。きっと、仲間になったところをアゴでグサリとするに違いありませんよ」

 

「たぶん、連れの女の子達をアゴで刺して洗脳したのよ。きっとマインドなんたらよ……」

 

「…なぜだろう。洗脳とか、私好みのシチュエーションのはずなのに、あいつにされると思うと何だか身体に震えが…。私は普段は攻めるより、受ける方が好きなはずなのだが、何だかあの男のアゴを思いっきり殴りたくなってきた」

 お、お前ら、さっきからアゴの事しか話してねえだろ……。

 しかし、魔剣持ちのチータが何を言ってるのだろう。

 …ん? 魔剣持ちのチータ?

 その単語から俺は名案を思いついた。

 ミツルギを鍛えて、俺の代わりに魔王を倒してもらえばいいんじゃなかろうか!

 

 …ハンサムなのが気に入らないが、まあいい。

 サムおじさんの命令で、反政府勢力の戦闘員を鍛え上げ、独裁政権を打倒した前例もあるし、今回もきっと上手く行くはずだ。

 

 そのためには、ミツルギより俺の方が強いと教えてやらねばならない。

 そうと決まればーーー

「おい、ミツルギ。決闘(デュエル)しようぜ」

 

「…受けて立つよ。 アクア様を君のような男に任せておけないからね」

 ……だが、その前に、どうしても確認しなければならない事がある。

 

 俺はミツルギにおずおずと尋ねた。

「なら、決まりだな。 …その前に聞きたいんだけど、お前つぶあんとこしあんならどっちが好き?」

 

「…? つぶあんの方が好きだけど、それがどうかしたのかい?」

 グルグルの作り出した世界では、ミツルギはつぶあんというキーワードを聞いただけで、アゴで刺し殺そうとした。

 

 …つまり、完全な別人だ。

 よ、よかったああああああっーーー!!

 いつぞやの悪夢が正夢になるんじゃないのかと本気で心配したが、杞憂だったようだ。

 

「…いや、こっちの話だから、気にしないでくれ…。 それじゃあ、ここじゃなんだから移動するぞ」

「ああ、分かったよ」

 

「ねえ、別にここでもいいんじゃない?」

 それまで、俺達の話を黙って聞いていたアクアが疑問の声を上げた。

 

 確かに、俺達がいるこの道にはあまり人もおらず、この場で決闘しても問題はない。

 しかし、だ。

「それはダメだ。どっちが負けても格好悪いところを女の子に見せる事になるだろ。 男の子にはプライドってもんがあるんだよ。 だから、お前らはここで待ってろよ」

 

「そう言う物なのかしら…? まあいいわ。カズマ、アゴには気をつけなさいよ」

「おう」

 

 アクアに短く答えた俺を見て、ダクネスが心配そうな表情で口を開く。 

「…その、カズマ。本当に大丈夫なのか。 相手は上級職のソードマスターだぞ」

 

 それを聞いためぐみんが、さも当然のようにダクネスに言った。  

「大丈夫ですよ。 ダクネスは知らないでしょうが、カズマは魔王軍幹部に匹敵する実力の持ち主です。そう簡単には負けませんよ」

 ……無い胸を張りながら。 

「…今、カズマが何を考えたのか当ててあげましょうか」

「……めぐみんって、大きいお友達に人気が出そうなスレンダーな身体してるよなーって思ってました」

 

 一応褒めたのだが、めぐみんは俺の言葉がお気に召さなかったのか、俺の首を締めようと掴みかかってくる。

 めぐみんの魔の手から逃れようとする俺を見て、ダクネスが不安そうにぽつりと言った。

「とてもそんな風には見えないのだが…。 嫌がる私に、無理やりしゃぶらせるような男だぞ、カズマは」

 

「お、おい、待て。その言い方だと、あらぬ誤解を生むから本当に止めろ。 飴だよ! 棒状の飴の事だからそんな目で見ないでくれっ!」

 

 ミツルギ達の俺を見る目が本当に痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって路地裏。そこで俺とミツルギは対峙していた。

 周囲は薄暗いものの、俺とミツルギの距離が近い事もあり、はっきりとお互いの姿が見える。

「じゃあ、先に相手を膝を地面に着かせた方が勝ちな」

「ああ、異論はないよ。 それでいい」

 ミツルギは魔剣グラムを構えて、俺に斬りかかるタイミングを窺っていた。

 …ミツルギには悪いが、俺の代わりに魔王を倒してもらおう。本人も乗り気みたいだし。

 ……そのために実力的にも、精神的にも俺には勝てないと教える必要がある。

「…どうした? 剣を抜かないのか?」

 俺が剣を抜かないのを不審に思ったのか、ミツルギが聞いてくる。

 …だが、俺はその問いには答えず、無言でスボンごとパンツを下ろした。

「どうですかー? どうですかー?」

 

「……あ、ああああっーーー!?」

 ミツルギは、自分がいかに小さい人間かを思い知ったのか、その場から動けなくなった。

 俺は素早くズボンを上げると、身体の重心を前方に移動させ、ミツルギに肉薄する。

 これは縮地と呼ばれる特殊な歩行術で、相手に気付かれずに一気に間合いを詰める事ができるのだ。

 

 なのでミツルギには、一瞬俺の姿が消えたように見えた事だろう。視線の先のミツルギは呆然としており、隙だらけだ。

 

 …まあ、どちらにせよ反応できようが、できまいが、勝負は俺の策略にはまった時点で決まっていたのだが。

 ミツルギの懐に潜り込んだ俺は、ミツルギのアゴ目掛けて勢い良く拳を振り抜く。

「漢(おとこ)の一撃だゴルァーーーッ!!」

 

 綺麗に決まった俺のアッパーカットに、ミツルギは声も出せずに地面に膝を着き、顔面から倒れ込んだ。

「…よし、勝った」

 

 地面にキスをしているミツルギを見て、顔面モップとは懐かしいなと、昔を思い出しながら、戦利品の魔剣グラムを片手に俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい戻ったぞー」

 俺はひらひらと手を振りながら、アクア達の下へと歩いて行く。

 

「お帰りカズマー。ねえ、アゴの人は?」

「裏路地で地面に熱いキッスをしてるよ。 ほれ、これ証拠な」

 

 俺はアクア達に、ミツルギから証拠として奪った魔剣グラムを見せた。

「そ、そんな…。 キョウヤが負けるなんて……」

 

「あんた! 何か卑怯な手を使ったんじゃないの!?」

 ミツルギの取り巻きの二人が、よほどミツルギが負けたのが信じられないのか、俺に詰め寄る。

 

「いや、近づいて殴っただけだぞ。ミツルギが起きたら、『強くなりたきゃ俺が鍛えてやるから、明日の朝ギルドまで来い』って伝えてくれ。 ほら、これ返すよ」

 

 俺はそう言うと、盗賊風の少女に魔剣グラムを手渡した。

 不服そうにグラムを受け取った盗賊の少女に、俺はボソっと呟く。

「あー。 目が覚めた時に、可愛い子がそばにいてくれたら、ミツルギも惚れるかもしれないなー」

「「!!」」

 

 ワザとらしく呟いた俺の言葉に、過剰に反応した取り巻きの二人は、お互いを視線で牽制しながら、ミツルギのいる裏路地へと入って行った。

 取り巻きの二人を見送った後、めぐみんはダクネスに得意そうな視線を送り。

「ほら、ダクネス、私の言った通りでしょう? カズマは少なくとも、あのスカした顔のエリートなんかには負けませんよ」

 

 めぐみんが当然のように、うれしい事を言ってくれる。

 単純にミツルギが気に入らなかったのか、それともいつの間にかめぐみんにフラグが立ったのか、判断に困るところだ。

「……カズマ、いったいどんな卑怯な手を使ったんだ?」

 俺がいったいどちらなのかを考えていると、ダクネスが小さい子に言い聞かせるような口調で聞いてきた。

 

「…そうだな。精神的なダメージを与えてから、全力のグーでアゴを殴っただけだぞ」

 流石に俺のエクスカリバーを見せて、心を折ったとか言う訳にもいかない。

 

 でも言ってる事は、間違ってないので問題ないはずだ。

 アクアが褒めているのか、貶しているのか、判断に困る事を口にする。

 

「汚い! 流石カズマさん汚い!」

 

 こ、こいつら…!

 俺はめぐみんをビシッと指差しながら、声を荒げた。

「…お前ら、少しはめぐみんを見習えよ! めぐみんはヒロインらしく俺をヨイショしてくれたよ! ほら、お前らも俺を素直に褒めてみろよ! M・M・T!!」

 

「だ、だれがヒロインですか! それに、M・M・Tって何ですかっ!?」

 顔を真っ赤にしためぐみんが、身を乗り出して俺に抗議してくる。俺はそんなめぐみんに、キメ顔をして言った。

「めぐみんマジ天使の略」

 

「……ま、またそうやって、そう言う事を…! 大体カズマはですね、いつも軽い調子でさらっと恥ずかしい事を! 何です!? 口説いてるんですか!?」

 

 そう言って真っ赤な顔で、ガルルと番犬のように唸るめぐみん。

「そうだけど」

 

「ーーーッ!!」

 めぐみんは、トマトのように顔を真っ赤して、その場に立ち尽くした。

 恥じらう女の子って、やっぱいいよな…。何つーか、こう抱きしめたくなる。 …まあ、それをした瞬間に俺は捕まるという確信がある。

 事案発生である。警察、親しみを込めて、さっちゃんに捕まる未来が俺には見える。

 俺はめぐみんに通報されない奇跡と、豚箱にブチ込まれかねない無謀を履き違えるつもりはない。

 

 ーーーだが、それでも。

 

 ガイアは言っている。触らなければセーフだと。

 ガイアは言っている。めぐみんを愛でろと。

 ガイアは言っている。もっとめぐみんを恥じらいさせろと……!

「…ああ、もうっ! めぐみんは可愛いなあっ!!」

 俺は自分の中のガイアに抗えず、全力でめぐみんを愛でる事にした。

 

「めぐみん可愛いよ! めぐみん!!」

 

「く、黒より黒く闇より……」

 羞恥心が限界に達したのか、爆裂魔法の詠唱を始めるめぐみん。

「照れ隠しに爆裂魔法!? 待て、落ち着け! ここは街中だぞ! めぐみんスティ!」

 慌ててめぐみんの口を手で塞ごうとする俺を見て、アクアがぽつりと呟く。

「…私、何だかラブコメの波動を感じるんですけど……」




という訳で、カズマさんの戦闘能力を強化するついでに、下半身も強化しときました!
…久しぶりに見たトリックの映画に影響されたとか、そんな事実はこれぽっちもありません。ええ、勿論ありませんとも。

さて、次回はカズマがミツルギを鍛えるお話になります。
オリジナルのロクでもないモンスターが登場する予定ですので、ご期待下さい。

※ちなみに本編に出てくる『ガイア』とは、ギリシア神話に登場する大地の女神の名前です。
それに大地だけではなく、世界そのものを象徴する言葉として使われるそうです。

せっかくなので最後は、某兄貴系ファッション紙で有名な一言で締めようと思います。

ーーーガイアが俺にもっと輝けと囁いている!!(錯乱)


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十三話 この勇者気取りに鬼軍曹を!

読者の皆様お久しぶりです。色々とリアルが忙しく、これまで次話が投稿できずにいましたが、本日より更新を再開したします!
拙い文章ではありますが、読者の皆様方にこれからも読んで頂けると嬉しいです。

※警告! このお話には下品な表現、教育上不適切な表現を多く含みます。苦手な方はブラウザバックを推奨します。


 

 俺がミツルギに色んな意味で完全勝利した次の日。

 場所はとある山の中。そこでミツルギと取り巻きの二人の少女は、俺を前に整列していた。

 めぐみんは、俺達から少し離れた所で興味深かそうに、こちらを眺め、アクアは金がないので、俺の提案で大きめの桶に水を入れてその中にしゃがみ聖水を作っている。

 以前アクアがギルドの酒場でバイトをしていた時に、酒を水に変えていた事を思い出したのだ。

 楽してお金が欲しいと舐めたことを言うアクアを見て、神聖な存在らしいアクアに水をかければ聖水ができるのではないかとダメ元で試して見たら、都合のいい事に出来てしまった。

 

 最寄りのエリス教の教会に持ち込んで、美人のエリス教のプリーストにアクアの聖水を見せてみると、かなり強力な聖水らしく、これなら中々の良い値で売れるとのこと。

 アイツはもう水商売の女神でいいんじゃないかな……。

 

 …ちなみにダクネスは、ほぼ確実に邪魔をしてきそうなので、近くの木に縛り付けてきた。ハアハア言いながら、形だけの抵抗をしてきたが、それで大人しくなってくれたのでよしとしよう。

 無論めぐみんとアクアには、ゴミを見るような目で見られたが、気にしたら負けなのだ。それに、俺にはミツルギを鍛えるのを邪魔させないためと言う大義名分がある。だからこれは必要な処置だ。

 その後、どうせ縛るんだったら鎧を脱がせば良かったと激しく後悔したとか、そんな事は決してない。ないったらないのだ。

 俺は後ろで腕を組み、睨みを効かせながら、ツカツカとミツルギ達の前を歩く。そして、俺はミツルギの目の前で止まると大声で。

「貴様の名前は何だ!!」

「ぼ、僕の名前はミツルギキョウヤです!」

 俺の気合に気圧されたのか、ミツルギが敬語で答えた。

「名前が気に入らん! 今日から貴様の名前はカシラギだ!」

「ええっ!?」

「馬鹿野郎っ! 返事はイエス・サーだ!」

 

「さ、サー、イエッサーッ!」

「声が小さいぞ、短◯野郎!!」

「い、いや、僕は…!」

 

 俺は何かを言いかけた、自分の立場を全く分かっていないカシラギに向かって、大声を張り上げる。

「俺が赤と言えば、たとえ青の物でもそれは赤だ! いいか? 分ったら返事をしろ!! 分からなくても返事をしろ!! 分かったか、このファッ◯ンハーレム野郎!!」

 

「さ、サー、イエッサーッーーー!!」

 鬼軍曹のような事を言う俺を見て、カシラギがヤケクソ気味に叫んだ。

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、基礎体力を付けさせる事を目標に、カシラギ達に丸太を担がせて走らせる事にした。

「このウスノロどもめっ! ちんたら走るな! ハアハアと盛りのついた豚のような声を出すんじゃない!」

 俺はよろよろと走るカシラギ達に並走し、続けて罵声を浴びせる。

「まったく、なんたるザマだ! 貴様ら、生きてて恥ずかしくないのか! カシラギはともかく…。 フィオとクレメアはそんなに尻を振って、俺を誘ってるのか! 貴様ら、それ以上遅く走って見ろ! この場でお前達のケツをフ◯ックをしてやるぞ!!」

 

 戦士の少女がクレメアで、盗賊の少女がフィオという名前らしい。

「「…の、ノー、サーッ!」」

 クレメアとフィオは、俺をキッと睨み付けると、息も絶え絶えになりながらも走って行く。

 ふむ…。 二人ともいい尻をしてるな…。それに、中々根性のあるヤツらだ。

 …それに比べて、カシラギは。

「も、もう駄目だ…。 さ、サトウカズマ…少し休ませてはくれないか……?」

 

 丸太を地面に放り出し、地面に倒れるカシラギの前に、俺は腕を組み仁王立ちする。

「ふむ。どうしたカシラギ。魔王を倒すと豪語していたわりには、随分早いギブアップだな」

「はあ…はあ……。そ、そんな……事は……」

 

「勇者気取りの勘違い野郎の覚悟なんて、そんなもんだ。 家に帰って、お前が崇めるア◯アとかいう女神の肖像画でも抱いて寝てろ!」

「くっ…!」

 

 悔しそうにカシラギが俺を睨むが、それに構わず続ける。

「…まあ、お前のような腰抜けが崇める女神の事だ。きっとカエルに食われたり、宴会芸しか取り柄のない穀潰しだろうな」

 

 俺の発言が聞こえていたらしいアクアが、俺に摑み掛かろうと立ち上がり、めぐみんに背後から羽交い締めにされているのが遠目に見えた。

「あ…アク◯様の悪口を言うなあっ!!」

 

「ふんっ」

「がっ!?」

 俺は突然殴りかかってきたカシラギに、足払いをかけて転倒させる。

「う、ううっ……!」

 俺は苦しげに呻くカシラギを見下しながら告げた。 

「もう一度言ってやろう。 女神◯クアは穀潰しだ。 違うと言うならお前のガッツを見せてみろ! 丸太を担いであと二十往復だっ!」

 

「う、うおおおおおっーーー!」

 よほど、この世界に送られる前に見たアクアの姿が女神ぽかったのだろう。

 カシラギは叫び声を上げて自分を奮い立たせ、肩に丸太を担ぎ、必死の形相で走って行った。

 訓練を始めてから約五時間が経過。 

「貴様らには、彼氏も彼女も必要ない! 貴様らの恋人はその武器だけだ! その武器を恋人だと思って優しく◯◯してやれ!」

 

 丸太ダッシュが終わった後は、休憩と称して、武器の手入れをさせた。

「ふふ…。 今からピカピカにして上げるわ。 キョウヤ……」

「…ああ。 素敵な光沢ね、キョウヤ……」

 

「アクア様…。 あなたはふつくしい……」

 目を爛々と輝かせたカシラギ達は、手入れをしながら、己の武器に話かけている。恐らく、疲労が限界に達して、おかしなテンションになっているのだろう。 

 あの程度でへばるとは、全くもってヤワな連中だ。俺はただ、白目を剝くまで走らせただけなのに…。

 余談だが、走り終わった後のフィオとクレメアは、頬を火照らせた◯◯顔のような表情を晒し、カシラギは泡を吹いて倒れていたので、水を顔にかけたら無事復活した。

 

「ぶ、武器に話しかけてますね……」

「そ、そうね……」

 

 めぐみんとアクアはそんなカシラギ達を見て、ドン引きしている。

 遠くの木に縛り付けられたダクネスが、赤い顔で興奮気味に声を震わせ、呟いた。  

「…こ、これが放置プレイか。 …悪くない、悪くないぞ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の日。

「笑う事も泣く事も許さん! 貴様らは殺戮のためのマシーンだ!」

「「「サー、イエッサーッ!!」」」」

 

 アクアに魔王ぽい見た目の木像を作ってもらい、それを的に見立て、カシラギ達が各々の武器を丸太に突き立てている。

 …何だか、日に日にカシラギ達の表情から、感情の色が消えて行っているような気がするが、きっと俺の気のせいだろう。

「…ああっ、ジョバンニ、レイチェル、ミッシェル……!」

 カシラギ達に影響されたらしいアクアが、滅多刺しにされていく木像を見て名前を呼んだ。

 木に縛り付けられた変態が、羨ましそうな目で木像を見ながら。

「なあ、カズマ。 あの木像の代わりに私を……」

「やだ」

 

 ……その後の訓練も過酷な物となったが、驚くべき事にカシラギ達は、泣き言一つ言わずに俺の訓練についてきた。

 その勤勉さに感動した俺は、本腰を入れて指導を開始。

 

 ハー◯マン軍曹も顔負けの、下品なNGワード満載のマシンガントークでカシラギ達のメンタルを鍛えながら、訓練のメニューを増量した。 

 だが、それがいけなかったのか、ダクネスが俺の下品の言葉の数々を聞いて、顔を真っ赤にして蹲まってしまう。

 

 すると、そんなダクネスを見たアクアが、めぐみんの教育にもよろしくないと言い出し二人を連れて街へ帰ろうとする。

 もちろん、めぐみんは子ども扱いを嫌がり、頑なにその場を動こうとはしなかったが、アクアの『今晩のご飯は奢ってあげるわ。 ……カズマが!』と言う何とも他力本願な言葉にホイホイ釣られ、街へと帰って行った。

 多分だが、アクアが突然街に帰ろうと言い出したのは、ただ訓練の様子を見るだけなのに飽きたのだろう。

 アクアも最初は物珍しさも手伝い、見ているだけでも多少は面白かったはずだ。

 だが、次第に同じような事を繰り返すだけなので、つまらなくなるのは当然という物。

 予想されていた事ではあったが、その次の日からアクア達が訓練を見にくる事はなくなった。

 その間の俺は、カシラギを組手で投げ飛ばしたり、カシラギを木刀で吹き飛ばしたりと、近接戦闘重視の訓練を続け、新兵よりは使えるように鍛え上げた。

 

 そして、当たり前の事だが、俺はフィオとクレメアの事も忘れてはいない。 

 カシラギと同じメニューを二人にも課したが、それとは別に極めて効率的な訓練メニューを二人には与えた。

 

 体が固いと怪我をするリスクが高まるので、ストレッチに熱心に付き合ったり、寝技を重点的に教えたりしたのだ。

 もちろん、俺は素人ではないので、訓練は地面にブルーシートを敷いた上で念入りに行った。

 

 その際に色々当たったり、色々見えかけたりしたが、これはあくまで訓練なのだから仕方がない。……そう、訓練なのだから仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオとクレメアの二人と、ブルーシートの上でアレコレしてから3日後の朝。今日の空はどんよりと曇っており、いつ雨が降ってきてもおかしくない天候だ。

 今日は最終試験という事で、狼型のモンスター。通称、リア獣の群れの討伐に来ていた。

 

 このふざけた名前のモンスターは、普段は牙と鋭い爪による攻撃しかしてこない。

 だが、女を連れている男。特にカップルを見つけると、自身の牙だけを切り離して爆破し、二人の仲を物理的に引き裂くらしい。

 

 巷では、『カップルの関係を終わらせる終焉の獣。リア獣』と言った大層な名で呼ばれているのだとか。

 酔っ払いが、酔った勢いでつけたようなふざけた名前だが、リア獣の爆破攻撃は人一人を吹き飛ばすだけの威力があるらしい。

 

 過去にリア獣により、爆発させられたカップルの数は多く、運良く生き残った者は全員口を揃えてこう言うのだとか。

『もう一生一人でいいや』と。

 つまり要約すると、リア獣とはリア充を爆発させるモンスターだと言う事らしい。

 

 ダクネスが不安そうに言った。

「な、なあ。 …その、アゴの人達は大丈夫なのか?」

 ………目を異様にぎらぎらとさせたカシラギ達を見ながら。

「……大丈夫だ。問題ない」

 途中で楽しくなってきて、少ーしだけやり過ぎただけだ。そう、これもカシラギ達のためなのだ…。

 

 決してハート◯ン軍曹役に、成りきり過ぎたとかそう言う事ではない。少し気合を入れ過ぎただけだ。

 背筋を反らし、直立不動の体勢のままで微動だにしないカシラギに、めぐみんが多少ビビりながら。

「…あ、あの、本当に大丈夫なんですか?」

「はっ。 自分は大丈夫であります」

 

「じ……自分?」

 めぐみんがぽかんとしていると、アクアが俺に近づいてきた。

「…ねえ、カズマ。 これって一種の洗脳じゃないのかしら。 アゴの人達が、何だか人を殺しそうな目をしてるんですけど……」

 

 ジト目でアクアが俺にそう言ってくる。

 俺はやれやれと肩を竦めると、何も分かっていないアクアに教えてやる事にした。

「アクア、お前は俺に魔王を倒してもらって、早く天界に帰りたいんだよな?」

 

 アクアは声を潜め。

「…そうよ。 でもアゴの人と何の関係が…」

 

「カシラギは魔王を倒したい。 そしてお前は、俺に魔王を倒してもらえれば天界に帰れる。 だから、カシラギに魔王と戦わせて、魔王が弱ったところを俺がトドメを刺す。 カシラギは、俺がトドメを刺す前に魔王を倒せるかもしれないし、そうじゃなければ、俺はおいしいところだけかっさらえる。 …つまりはwinwinの関係だって事だ」

 

 …アクアの手前、魔王を倒すとは言ったが、正直そんなつもりは更々ない。

 俺はのんびり暮らしたいのだ。魔王とか、そんなラスボスを相手に戦いたくない。

 魔王討伐とかそんな勇者みたいな事は、カシラギのようなチート持ちの奴らに任せよう。そうとも知らず、アクアは俺の話を聞いて目を輝かせた。

「カズマ、アンタ天才ね! 自分は直接手を下さず、洗脳したチート持ちに露払いをさせようとするなんて! しかも、基本的には高みの見物を決め込むつもりなのね!」

「ひ、人聞きの悪い事言うなよ! 洗脳じゃないから! ちょっとやり過ぎただけだから!」

 

 アクアに苦しい言い訳をしていると、敵感知スキルに反応があった。

 多分、これがリア獣だろう。数は十程度でこちらに向かって来ている。

 俺は気を取り直し、直立不動の姿勢のままのカシラギ達の前で大声で叫ぶ。

「ーーー総員、戦闘準備!」

 

 その言葉にカシラギ達は、各々の武器を構えた。ちなみにカシラギだけは、魔剣グラムではない両手剣を手にしている。

 これは、カシラギが普通の武器でも戦えるようにとの措置だ。

「今この時をもって、貴様らはウジ虫を卒業する! 貴様らは、魔王軍を根絶やしにするためのマシーンだ!」

 

「「「サー、イエッサーッ!!」」」

 俺は満足そうに頷くと、声を張り上げた。

「クソ野郎ども! 俺達の特技はなんだっ!?」

 

「「「壊せっ!! 壊せっ!! 壊せっ!!」」」

 

「このクエストの目的はなんだっ!?」

 

「「「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」」」

 

「俺達の目的はなんだっ!?」

 

「「「魔王を殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」」」

 

 俺はリア獣の群れを指差し。

「ーーー目標、前方のリア獣! 愚かなリア獣共に、お前達の恐ろしさを教えてやれっ!」

 

「「「ガンホー!! ガンホー!! ガンホー!!」」」

 

 その声が聞こえていたのか、リア獣共が怯えたように、一歩後ろへ下がった。そして、殺戮のためのマシーンと化したカシラギ達は、怯えるリア獣共に襲いかかる。

「死ねえええええええええええっーーーーー!」

 

 カシラギの両手剣の一振りで、まとめて二匹のリア獣が切り捨てられた。

 クレメアは槍でリア獣を串刺しにし、フィオはダガーで腹をかっ捌く。

 腹の中身をぶち撒け、まだ息があったリア獣を見て、フィオが吐き捨てるように言った。

「…ちっ。まだ生きてやがる」

 

「くたばれええええええっ!」

 それを聞いたクレメアが叫び声を上げ、虫の息だったリア獣の頭に槍を突き立て、返り血を浴びながら凶悪そうな笑みを浮かべた。

 

 叫んだクレメアに呼応するように、カシラギとフィオが声を張り上げる。

「「ヒャッハー! 皆殺しだあああああああああっーーー!!」」

「こっ、怖すぎる……」

 

 そんなカシラギ達を見て、めぐみんが声を震わせながら呟いた。

 うん、間違いなくやり過ぎたな俺。ま、まあ、過ぎた事は忘れよう……。

 間違う事だってあるさ、人間だもの。……俺はカシラギ達からそっと目を逸らした。

 

「あ、悪魔…! あれは人の姿をした悪魔よ! きっと次は女神である私を狙ってくるんだわ…。 か、神様! 日頃の行いの良い私をお助け下さいっ!」

 アクアは地面に片膝を付き、ブルブルと震えながら、何やら神に祈っている。

 …いや、お前が神だろ。まあ、気持ちは分かるが……。

 野賊か何かのように叫びながら、リア獣共を蹂躙するカシラギ達。

 それを見たダクネスが珍しく怯えた表情で。

 

「か、カズマ、やはり洗脳ではないのか!? さ、流石にアレは…!」

「…認めたくないものだな。 自分の若さゆえの過ちを……」

 俺が某赤い人みたいな事を言っている間にも、カシラギ達の一方的な殺戮は続く。

 俺の洗の…訓練を受け、生まれ変わったカシラギ達にとって、怯えて統率の取れていないリア獣共を狩る事など、造作もない事だった。

 リア獣共も自爆攻撃を仕掛けるが、カシラギ達に全て躱されたり、牙を斬られ汚い花火になったりと、カシラギ達の勢いを止める事は出来なかった。

 それとは対象的に、カシラギ達は巧みな連携で多少の怪我をしつつも次々とリア獣を撃破していく。やがて、最後のリア獣が倒され……。

 全てのリア獣を屠ったカシラギ達は、勝利の雄叫びを上げて、猛り狂っていた。

「「「うおおおおおおおおおおおっーーー!!!」」」 

 カシラギはガッツポーズをとりながら叫び、クレメアとフィオは血で汚れた武器を手に、ケタケタと笑いながら飛び跳ねている。

 いつもの俺なら、クレメアとフィオの胸が揺れているのを目に焼き付けるのだが、この状況ではちょっと無理だ。

 …もし、この光景にタイトルをつけるのなら、『殺人鬼達の愉悦』とかそんなのだろう。

 俺がカツラギ達に若干引いていると、カシラギ達の雄叫びを聞きつけたのか、どこからか一匹の一撃熊がやって来た。

「グオオオオオオオオッーーー!!」

 

 一撃熊はカシラギ達に向かって、口を大きく開けて威嚇した。

 すると当然、カシラギ達も一撃熊に気づき、三人が一斉に視線を一撃熊へと向けた。

「「「ーーーあ゛?」」」

 

「!?」

 

 ……カシラギ達と目があった一撃熊は、途端に踵を返して一目散に逃げて行った。

 きっと、本能的に危険を感じたのだろう。それはもう無我夢中に、見ている方が可哀想になるくらい必死にだ。

 そんな哀れな一撃熊を三人の鬼が追う。

「追え、逃がすな! 殺せええええええっーーー!」

「死に晒せえええええええ!」

「お前の血は何色だあああああああっ!」

 

 血に飢えたカシラギ達の前に、一撃熊は三分も持たずにその巨体をズタズタにされ、骸へと姿を変えた。

 そして、カシラギ達は一撃熊の死体を蹴りながら罵倒しまくっている。

 

「もう終わりか、このファ◯キンモンスターが…! さあ立て、もう一度俺達が遊んでやる! …どうした立たないのか!? この根性なしの◯◯◯◯◯野郎め! 貴様は◯◯臭い◯◯◯にも劣った生き物だっ!! これだけ言われて、悔しくないのかこの◯◯◯◯野郎! 悔しかったら俺達の◯◯◯をーーー」

 

 ……アクアにより、この日の出来事は『アクセルの悪夢』と命名され、その日の内にギルド中の冒険者達に知れ渡った。

 そして、カシラギ達のパーティーメンバー。特に『リア獣殺しのカシラギ』の名前は、アクセルの冒険者達にとって恐怖の代名詞となったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳でミツルギさん改め、カシラギさんの誕生です! キャラ崩壊が激しいですが、カシラギさんのこれからの活躍に期待しましょう。(ごり押し)
 カシラギさんのことは置いておき、次回のお話は、カズマさんの過去回となる予定です。

 だいぶシリアスなので、『主人公の不幸自慢とかいらねーよ』とか感想に書かれそうな気がしますが投稿する予定です。
 感想批判は、できればオブラートに包んで頂けると助かります。ではまた!

次回予告

 ーーー少年は夢を見ていた。それも悪夢。決して逃れることのできない、決して忘れることのできない悪夢だ。
『ーーーして』

 ……これは、とある少年の血と汗とーーー

 ーーーそして、後悔の記憶。


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十四話 この眠れぬ夜に悪夢を!

ーーーウィスパード。またの名を『囁かれた者』。

現在の科学水準を遥かに超えた、ブラックテクノロジーと呼ばれる技術を生まれながらに、既に知っている者達の総称である。
ウィスパードの知識は、世界中の国やテロリスト達にとって喉から手が出るほど欲しい物であった。

女神アクアを連れ、カズマが転生する三年前。
カズマが所属する対テロ傭兵部隊に、テロリストに攫われた、あるウィスパードの少女の救出作戦が伝えられたーーー



 俺は雑木林の中で景色の一部に溶け込んでいた。

「ーーーガルム1よりガルム7へ。 目標が見えるか?」

『ガルム7』。それが、アメリカ政府と契約を結んだ対テロ傭兵部隊ヘルハウンド。

 その精鋭部隊のガルム小隊に配属された俺のコールサインだ。

 部隊の人間は、ほとんどの人間が特殊部隊出身だったり、何かしらの武勇伝を持っているので、俺は少しだけ肩身が狭いのだが。

 

 …ちなみにガルムとは北欧神話に出てくる、胸元を血で染めた冥府の番犬の名前らしい。『戦争の犬』などと呼ばれる事の多い俺達傭兵には、皮肉の効いた良い名前だと思う。まあ、今はそんな事はどうでもいい。

 

 今日の任務である人質の救出作戦に集中しなければ。事の発端は今から24時間前。米海軍のとある幹部の娘が学校の帰り道に、重武装のテログループに連れさられてしまった事から始まる。

 当然護衛もいたのだが、SP四人と車の運転手は、5.56mm弾で蜂の巣にされてしまった。

 

 親が米海軍の幹部でその娘が普通の少女だったのなら、誘拐される事はなかったのかもしれない。だが、彼女は俗に言う『天才』だった。

 それもただの天才ではない。世の天才達の存在が霞んでしまうような、天才の中の天才だったのだ。

 

 例えば彼女はホログラム技術の応用で、あらゆるレーダーやセンサーから逃れる事ができる画期的なステルスシステム、通称、ECS(電磁迷彩システム)を開発した。

 更に、一年前に部隊のヘリや戦闘機などに試験的に搭載された、肉眼からも完全に視認できなくなる不可視型ECS。

 

 つまり完全な光学迷彩を完成させたのも彼女だと言う話だ。

 俺はスナイパーライフルのスコープを覗きながら、ガルム1に応答する。

「こちらガルム7。クソ野郎どもの顔が良く見えるよ」

 場所は町外れの廃工場。そこに少女が囚われているとの情報だった。

「もう時間がない。 交渉も既に決裂し、人質の体力も限界だ。 百八十秒後に突入する。ガルム7はバックアップを。 俺と共にガルム3、4、6、8は突入準備。 ガルム2、5、9はポイントΔ(デルタ)から突入しろ。 なお、テログループのリーダー以外は射殺して構わない。 だが、リーダーは間違って殺さないように注意しろよ。ボーナスが減るからな」

 

「ガルム7、了解」

 無線の向こうで、他のメンバーもそれぞれ答えた。

「和真、ヘマするんじゃないぞ」

 

 からかうように、ガルム1が声をかけて来たので、俺は軽い口調で。

「へいへい、分かってるよ。 アンタこそ間違って俺の射線上に立って、ケツに鉛玉ブチ込まれないようにしろよ?」

「おお、怖い怖い…」

 

 おどけたようにガルム1は答えると無線を切った。それから暫くすると、作戦開始の時間になる。まず作戦通り、ガルム1率いる突入班が、C4爆薬でドアを吹き飛ばし、廃工場内部に侵入を開始。

 テロリスト達は、突然の轟音に動揺していたところを、アサルトライフルの銃弾を受けて、次々と倒れていく。

 そして、再び爆発音。

 

 廃工場の壁の一部が吹き飛び、ガルム2、5、9が、別ルートから突入。同時に、狙撃に必要な十分な射界の確保に成功。

 俺は爆破の動揺から立ち直り、遮蔽物の陰に逃げ込んだテロリストを、長距離から狙撃する。

 発射された7.62mm弾は理想的な弾道を描きながら、真っ直ぐに獲物に向かって直進していく。

 その狙いは違わず、反撃に転じようとしていたテロリストの男の脳髄を廃工場の床にぶちまけた。俺はその男には、もう目もくれずに次弾を装填し、次の獲物に照準を合わせ、引き金を引く。

 

 一発、二発、三発。俺が引き金を引くたびに、男達が倒れる。

 ある者は心臓を撃ち抜かれて、またある者は眉間に風穴を空けられて。

 そして運の悪い者は、一撃で殺してもらえずに苦痛にのたうち回っている。

「少しズレたか…」

 俺は照準誤差を修正し、痛みに苦しむ男の顔を見る。

 そんなに死にたくないのなら、テロリストなんてやらなきゃいいのに…。

 命は大事にするべきだと俺は思う。

 

 冷めた目と心でそんな事を考えながら、他のテロリストにも銃弾をプレゼントしていると、床をのたうち回っていた男が痛みを押し殺し、グレネードを取り出しているのがスコープ越しに見えた。

 

 男の動きは出血の影響か酷く緩慢で、意識を保っているのもやっとに見える。そんな瀕死の男の近くを、ガルム1達突入班が周囲を警戒しながら近付いていく。

 

 自爆をするつもりだろう。男は大型の機械の陰に倒れ、死角になっているので、ガルム1達には男の存在はおろか、男が何をしているのかさえ見えない。

 男がグレネードのピンに手をかけようとした。

 

「…命を大事にしない奴は大嫌いだ。ーーー死ね」

 

 そう小さく呟いて、引き金を引く。殺意を乗せた銃弾は、グレネードの安全ピンが抜かれる前に、瀕死の男の心臓を貫き、その生命活動を永遠に停止させた。

「こちらガルム7。これで貸し一つだな。 今度飯でも奢ってくれ」

 

「助かったよガルム7。 …そうだな。なら、お子様ランチでも奢ってやろう。 なんなら、ミルクもつけるぞ」

「アンタ、ケンカ売ってんのか! あと、俺はもう13だよ! 敢えて高いステーキでも大量に頼んで困らせてやってもいいんだぞ!」

 

「おい、あんまり大きな声を出すなよ…。 俺の耳は生憎、美人の喘ぎ声しか受け付けないんだ。 残念ながらお前の声では興奮」

「はあ…」

 

 ガルム1がアホな事を口走り出したので、俺は途中で無線を切った。

 …まあ何にせよ、これで廃工場は制圧した訳だ。

 こちらの損害もなく、テログループのリーダーも捕らえ、無事任務を終える事ができた。それに人質もガルム2が既に保護し、怪我一つなく万々歳だ。

 人質の少女は、目隠しをしており、その表情を窺い知る事はできない。

 と、そこに子ども好きにして、隊でも珍しい女性隊員のガルム2が、その子の目隠しを外し、笑顔で何やら少女に話しかけているのが見えた。

 目の前で人が殺され、連れ去られたのだ。天才と言えど、怖かったに違いない。そう考えた俺は、スコープの倍率を最大にして、少女の顔を見る。

 少女は、三年後が楽しみな整った顔をしていた。歳は俺と同じぐらいだろう。誰もが羨むような美しい金髪のショートヘアーに、お人形さんのような白い肌。

 

 だが、俺は一つの違和感に気づいた。

「…ない」

 資料で見た時には、あったはずの目の下の泣きぼくろがない。昨日まであったはずのほくろが、突然なくなるなんて事は、まずありえない。

 

 …別人だ。 それはつまり、彼女がテロリストである可能性。

 その可能性に気づいた俺は、その少女から目を離さずに無線機に手を伸ばした。

 ーーーだが、その選択が間違いだった。

 無線を繋ごうとしたその次の瞬間。

 

 スコープの向こうで、パッと赤いものが少女の美しい顔にかかった。

 まるで血のように鮮やかな赤い色。

 ……少女の視線を追うと、そこには頭から血を流しているガルム2の姿が。

 

 ガルム2の表情は、突然の事に驚いたように大きく瞳を見開いている。間違いなく即死だろう。そして、それを成した少女の手には、最もアメリカで人を殺していると言われている22口径の小型の自動拳銃が握られていた。

 

 少女はそのまま倒れ込んでいく、ガルム2の死体を盾にして拳銃を撃とうと引き金に手をかける。

「ーーーーーーッ!!」

 それを見た瞬間に俺は、反射的に引き金を引いていた。

 

 だが、ろくに狙いをつけずに放った銃弾は当然の事ながら、少女には当たらない。少女は銃弾が着弾した直後に地面に何かを投げ、ガルム1が捕縛していたテロリストのリーダーに拳銃を向け素早く発砲。

 

 テロリストのリーダの男は、計三発の銃弾を受け、地面に倒れた。それと同時に、投擲物が地面に当たると、スコープ越しの視界が白く染まる。スモークグレネードだ。

 我に帰ったガルム1達がコンマ数秒遅れて、一斉に銃弾を浴びせるが、的が小さい上に視界が悪いので当たったかどうかも分からない。

 

 俺も回避先を先読みして引き金を引くが、弾が出ない。 弾切れだ。

「クソッたれ!!」

 悪態をつきながら、予備弾倉に交換する。

 弾倉の交換を終え、再びスコープを覗くと、少女が廃工場の裏口から出て行く姿が見えた。

「逃がすか!」

 俺はライフルを抱えて立ち上がり、少女を追いながら、小隊長のガルム1に無線を入れる。

「こちら、ガルム7。 これより、テロリストを追撃する。 あのクソ女にケツから鉛玉ブチ込んでやる……!」

 

「待てガルム7、佐藤和真伍長! 深追いはするな! これは命令だ! 繰り返す、これはーーー」

 …俺は無線を切り、少女を追ってひたすら走る。そうして、雑木林を抜けると、見晴らしの良い場所に出た。

 

 そのすぐ近くには、半壊したコンクリートの建物が建っている。廃墟か何かだろう。  その横に伏せ、腕から血を流しながら未だ逃げる少女の背中に照準を合わせて、引き金に手をかける。と、同時にゾクリとする悪寒を感じた。

 

 俺は自分の勘を信じ、スナイパーライフルから咄嗟に手を放し、遮蔽物へと退避をーーー。

 その次の瞬間、どこからか飛来してきた銃弾が俺を襲った。

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に手を放し、回避しようとしたものの、完全には避け切れず、その銃弾はライフルのスコープを破壊し、俺の右肩の肉を僅かに削ぎ取った。

 回避が少しでも遅れていれば、右目をやられていたかもしれない。

 

 俺はその場で素早く地面を転がると、コンクリートの建物を盾にして身を隠す。

 一拍遅れて、さっきまで俺がいた場所に銃弾が着弾。

 試しに地面に落ちていた小石を放り放り投げてみると、間髪入れずに小石目掛けて銃弾が襲い、ついでとばかりに二発目が、俺のスナイパーライフルを遠くに撥ね飛ばした。

 クソッ、きっちり狙われてやがる…!

 どうやら相手は、相当腕の良いスナイパーらしい。その証拠に攻撃を受ける直前まで、全く気配がなかった。

 だが、今はそんな事よりも、何とかこの状況を切り抜けねえと……!

 

 俺は手持ちの武器を確認する。手持ちの武器で使えるのは、サバイバルナイフが一本。

 そして、自動拳銃一丁とその予備弾倉が二つにスモークグレネードが一つ。唯一スナイパーに対抗できそうなスナイパーライフルは、スコープを破壊され、精密射撃はもう無理だ。

 

「あのクソ女を追うのには、あのスナイパーを倒すしかないか…」

 このまま、あの少女を追おうとしても、遮蔽物から出た瞬間に、背後からズドンだろう。

 それに、例えスナイパーの目を掻い潜り、スナイパーを仕留められたとしてもだ。その間に、少女には逃げられてしまう。

 

 ガルム2の仇を撃つのを諦め、スモークグレネードを使えば、この場からの撤退は容易だ。…だが、俺はそんなつもりは毛頭ない。

 実は今回の作戦で狙撃するのは、本来俺ではなくガルム2のはずだった。狙撃に最適なポイントが一つしかないために、ガルム2が俺に安全な役目を譲ってくれたのだ。

 

 つまり、ガルムが死んだのは俺のせい。俺が…俺が殺したような物だ。だから、撤退の二文字は俺の辞書には存在しない。しかし、俺一人の力ではこの状況を打破するのは不可能だ。

 そう判断し、俺は恥を忍んでガルム1に無線を繋いだ。

 

「…こちら、ガルム7。 ガルム1、聞こえるか?」

 無線を繋ぐとガルム1は、珍しく焦ったような声で。

「こちらガルム1。少しマズイ事になった。 見た事もない妙なASが一機、こちらに接近中だ。 現在、ASチームが交戦中だが、押されている。…もう二機も喰われたそうだ。お前は、速やかに合流ポイントまで後退しろ」

 

「…なっ! 作戦エリアの近くはECSを搭載したヘリと、ASで監視してたんじゃねえのかよ! 何で気付かなかったんだ! そのための最新装備じゃねえのか…! それに、もう二機もやられたってどう言う事だよ!」

 

 俺達の部隊は世界の十年先を行く装備を持ち、凄腕の人員を揃えているのが自慢だった。欠点らしい欠点と言えば、厳しい採用条件を満たす人間しか雇わないため、時折深刻な人手不足に陥る事がある事ぐらいか。

 

 テロ抑止のため、『神出鬼没の世界最強の傭兵部隊が存在する』と、情報部の人間がわざと噂を流したぐらいだ。

 何もかもがそこそこの俺と比べると、皆凄い連中ばかり。あんな殺しても死なないような連中が殺られた。

 

 いや、まだ生死は不明だが、例え生きているとしてもだ。そんな事は、到底俺には信じられない。柄にもなく、大声で捲し立てた俺の声を聞き、ガルム1は静かに答える。

 

「ECSだ。 それも不可視型の。しかも、一切の攻撃手段が通用しなかったそうだ。報告では、40mm弾が装甲に直撃する前に消し飛んだと。まるでSFだがな…」

 

「…ちょっ、ちょっと待てよ。 不可視型ECSは、まだ俺らの部隊でしか実用化できてないんじゃないって話じゃ……! それに、一切の攻撃手段が通じないとか冗談にしても笑えねえ…。そんな馬鹿げた手品みたいな代物なんて、存在する訳が……!」

 

「話は後だ。 その場から離脱してポイントAー4で合流しろ。いいな?」 

 有無を言わせないガルム1の声。ガルム2の仇を撃つ事を諦める。それはガルム2。いや、『ーーー』が俺にしてくれた事に対する裏切りではないか…。

 

『…ああ、貴方が新人君ね! 私はーーーよ。コールサインはガルム2。こんなでもスナイパーをやってるわ。よろしくね!』

『今日から私がカズマの教官よ! ビシバシ鍛えるから覚悟なさい!』

 

『もう、何で私がお風呂に入るたびに覗こうとするの? そんな子に育てたつもりはありません! …ちょっとカズマ、耳を塞いで聞こえないフリしないのっ!!』

『ーーー』との懐かしい記憶が蘇り、俺は強く唇を噛んだ。

 噛んだ唇からは、血が流れ、やがて口内に侵入してくる。

 

 俺にとって、『ーーー』は狙撃の師であり、母のようでもあり、姉のようでもあり……。

 ……そして、同時に俺の初恋の相手だった。

「……了…解」

 

 苦渋の末に、『嫌だ』という言葉と共に呑み込んだ己の血はーーー

 

 ーーー敗北の味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回の大敗を期した救出作戦から二ヶ月後。

 12月24日のクリスマスイブに、人質の少女の二度目の救出作戦が発動された。

 ガルム1が捕縛したテロリストのリーダの男が、あの少女の銃弾を受けて重症だったために、喋れるようになるまで時間がかかったのだ。

 そして、男の吐いた情報を元に作戦を組み、念入りな情報収集をした後に、作戦を決行し、俺達はテログループの壊滅に成功。

 勿論俺は、あの時のスナイパーにきっちりと借りを返し、その間に仲間があの少女の捕縛に成功した。

 

 ーーーだが

 

 どうやら、少女はその言動から、洗脳されていた可能性があるらしく、当分の間は保護観察処分となるらしい。…個人的な感情は複雑だが、上官がその判断をしたのだ。俺がどうこう言っても、その決定は覆せない。

 

 そう自分を偽りながら、俺と仲間達は地下室に囚われている人質の少女の救出へ向かった。地下室には、大きなカプセルのような装置が中央に置かれており、近くには見た事もない機材と兵器の設計図らしき紙が散乱していた。

 

 その周囲には、何に使うのかよく分からない薬品がところ狭しと棚に並んでいる。

 ……そして部屋の隅っこには、人質の少女が変わり果てた姿で冷たい床の上に倒れていた。

 

「遅かったか…」

「なんてことだ……」

「あのテロ屋ども……!」

 

 のどの辺りを赤黒く固まった血で汚し、動かなくなった少女を見て、無念そうに部隊の皆が口々にそう呟いた。少女の手には血塗れのボールペンが握られていた。監禁される内に気でも狂い、自ら命を絶ったのだろう。

 

「間に合わなかったのか…」

 死に顔が安らかだったのが、少女にとってのせめてもの救いだ。

 …違うな、俺にとっての救いか……。

 あの時、俺が引き金を引けていれば、ガルム2は死なずに済んだかもしれない。

 あの時、俺が人質に扮したテロリストを逃がしていなければ、この少女をもっと早くに助けに行けていたかもしれない。

 …だが、後悔をしても二人が生き返る訳ではない。俺はそう言い訳して、頭を振り、少女の周囲を見渡す。

 

 すると、近くのテーブルの上に一冊のノートを発見した。

「これは…」

 俺はノートを手に取り、中身を見る。そこには、ここの施設に囚われてからの記録が記されていた。どうやらこれは少女の日記のようだ。

『早く家に帰りたい。ママのミートパイが恋しい。家族に会いたい』

『12月24日は私の誕生日だ。今年の誕生日プレゼントは何だろう? パパは私の予想を超える物を、毎年用意してくれるので凄く楽しみだ』

『最近あの囁き声が強くなった。少しでも油断すると、意識を乗っ取られそうになる。…もう私はダメかもしれない』

 一部、俺には理解できない事も書いてあったが、そんな事が丁寧な字でつらつらと綴られていた。

 俺はそのままページをめくり続けていたが、あるページを見て、その場から動けなくなってしまう。

「…どうした? 顔色が悪いぞ。どうし」

 

 亡くなったガルム2の代わりに補充兵として来た男が、横から少女の日記を覗き込み、言葉を詰まらせた。…そこには、滅茶苦茶な字でこう書かれていた。

『どうしてどうしてどうしてどうしてどうして何で何で何で何で何で何で何で何で何でどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして何で何で何で何で何で何で何で何で何でどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして何で何で何で何で何で何で何で何で何でどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして………』

 

 狂気なまでにひたすら、この世の全てを憎むように、あるいは怨み節のように。

 ……そして呪いのように。

 そのページには、『何で』と『どうして』という単語だけが書かれており、後のページにも黒いページかと間違えるほどにびっしりと書かれていた。

 そして、最後のページの最後の行には、たった一言だけ。

 ーーー 『ねえ、どうして』。

 

 その『どうして』の後にも、何か書いてあったようだったが、黒く塗りつぶされていて読むのは不可能だった。よほど聡明な子だったのだろう。

 狂ったとはいえ、その消された箇所が人目に触れるのをよしとしなかった。もしくは、一瞬だけでも正気に戻ったのか。

 どちらにせよ、人を思いやれるとても優しい子だったのだろう。だが、同時に俺にとっては残酷でもある。

 ……きっと、黒く塗りつぶされた部分を合わせると、こんな言葉になるに違いない。

 

『 ーーーねえ、どうして私を助けに来てくれなかったの……?』と。

 

 …そして、この作戦が決行された数時間後。

 奇しくも、少女の誕生日である12月24日の雪が降り積もる中。

 

 ーーー少女のECS技術のデータを流用したと思われる、一発のステルス核弾頭がとある米軍基地の上空で炸裂した。




※今回の次回予告は若干のネタバレを含みます。ネタバレ嫌いな人は見ないことを推奨します。

 グリザイアとフルメタ要素をぶっこんだら全く救いがなくなった件について。
 今回は私も『ちょっとシリアスにし過ぎたかなー』と、少々反省しております。ですが、最終的にはコメディ路線に戻るのでご安心を!

 だって、このすばワールドですからね!鬱な空気でも、シリアスブレーカーのアクア様が全部ぶっ壊してくれますから!
 後書き冒頭にも書きましたが、次回予告には若干のネタバレを含みますのでご注意ください。






















次回予告

 自分の判断ミスで死んだ女がいた。
 救出が遅れたせいで狂気に呑まれ、自ら命を絶った少女がいた。
 そして、また…。とある少女の命が失われた時、傭兵は武器を手に立ち上がる。

『俺は素人じゃないーーー』
『………す』

 次回、『この怒れる傭兵に○○○アイテムを!』

 もう、これ以上女を死なせるわけにはいかない。
 ーーーだから。


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十五話 この怒れる傭兵にチートアイテムを!

投稿が遅くなってホントすいません。敢えて言い訳をするなら戦闘シーンって難しいですよね!!


「…クソッ。最悪の目覚めだ。 夢の中でぐらいハッピーエンドでもいいだろうが.....」

 悪夢から醒めた俺は馬小屋の天井を睨みながら、開口一番に呟いていた。

 馬小屋で造花を作る内職をしていたらしいアクアが、こちらを向き。

「あ、やっと起きたのねカズマ。 うなされてたけど悪い夢でも見たの?」

 

「…まあ、そんなところ……ってうま!? 何だよこれ! これはもう本物と見分けがつかねえぞ…!」

 悪夢を見た俺の憂鬱な気分は、アクアの造った精巧な造花を見た瞬間に拭き飛んでいた。アクアの作っていた造花は忘れな草のようだった。

 

 淡い水色い色をしたどこか儚げな花。アクアの髪と同じ綺麗な水色だった。ちなみに花言葉は『私を忘れないで』。かまってちゃんなアクアには、ある意味ぴったりな花だ。

「何言ってるの? 本物の訳ないじゃない。 まだ寝ぼけてるの? それとも本物と偽物の見分けもつかないの? バカなの?」

 

 …その言葉にイラッとした俺は、無言でアクアに近づくと、他の造花を仕舞おうと立ち上がっていたアクアの尻を軽く撫でてやる。

「ひゃんっ! …ね、ねえ、今お尻触らなかった!?」

 

「俺はイライラすると、毎回女の子の尻を撫でる事にしてるんだ」

「み、認めた! カズマが認めたわ! これで警察行きね! やーい、前科持ち!」

「そうか、なら後は自分の力だけで生きてくれ。 文無しの女神アクアよ……」

 俺はクールに告げると、馬小屋の入り口へと……。

「ね、ねえ。 諦めた表情でどこに行くの? 何故、覚悟を決めた目でいるの?」

 …向かおうとしたところを、無一文の女神であるアクアに引き留められた。

 そんなアクアに俺は親指を立て、いい笑顔で。

「警察だよ。 だからお前は自分の金だけで生活してくれ。 強く生きろよ」

 

「わあああああああっー ! ご、ごめんなさいー! 私、カズマさん(のお金)なしじゃ生きられないのー! 一回お尻まさぐられるぐらいなら許すから、見捨てないでえええええっ!!」

 アクアが俺に泣きながら縋り、いやいやと首を振る。

「ちょっと待て。 俺は軽く撫でただけだろ! まさぐってた訳じゃねえ!」

 

 俺がアクアの間違いを訂正していたその時だった。

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ! 特に、冒険者のサトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!』

 

 …多分またベルディアだろう。呪いをかけてもう一週間経つのに、俺達が城に遊びにこないので様子を見に来た、と言ったところか。

 俺は、装備を整えながらアクアに言った。

「おい、アクア。お前も準備しろよ」

 

「い、嫌よ! 警察なんかに行かせないわ! カズマさんの財産は私の物よ!」

「違うわ! 俺の財産は俺の物だ! …いや、そうじゃなくて、緊急の呼び出しの方だよ。 一応、行くだけは行っといた方がいいだろ。 何かヤバイのが来たとかなら、さっさと逃げればいいだけだしな」

 

 俺はアクアに言うと、馬小屋の中にあった小さな木箱の中から、ビビ割れた小型の強化プラスチック製のケースを取り出した。その中には、俺がいた傭兵部隊で支給されていたブースタードラッグと呼ばれる薬品が二本入っている。

 

 これは、俺がこの世界に来る前に急な仕事が入ったため、ジャージのポケットに入れっ放しになっていた物だ。

 何でも、度重なる改良を重ね、少量でも十分な効果を得る事に成功し、ポケットに入るようなサイズにまでの小型化に成功したのだとか。

 

 アクアは、この世界の持ってこれる物は一つだけだと言ったが、服は持って来れたし、どうやら身に付けていればOKらしい。

 ちなみにブースタードラッグとは、体のリミッターを外す薬だ。

 分かりやすく説明すると、体が発する危険信号である『痛み』を麻痺させ、多少の傷では怯まず、止められず、いつも通りの動きをする事が可能となり。

 狙撃する時に使えば、獲物を狩る猛禽類に匹敵する目と集中力を得る事が出来、白兵戦の真っ最中に投与すれば猛獣ような素早さと反射神経。

 

 そして、人の限界を超える筋力を発揮できる。欠点は闘争本能に思考を奪われる事もある事と使った後、遅れてやって来る全身筋肉痛だ。

 即効作用があり、戦闘能力の大幅な向上が見込めるが、劇薬なのであまり使いたくはない。アクアがブースタードラッグの入った容器を見たまま、険しい顔をした俺を見て不思議そうな顔をした。

 

「何それ?」

「気分が良くなるおくすりだよ。どうだ、お前も一本いるか?」

「……カズマ、前から言動がおかしいとは思ってたけどもしかしてアンタってヤク中なの? いくら自分の顔にコンプレックスを持っているからって、なにも薬に逃げる事はないと思うの」

 

「おし、分かった。 アクアお前、今日の晩飯抜きな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。 商店街のバイトって日払いじゃないから給料日の週末まで無一文なんですけど! カズマさんお願いよ、週末まででいいから養って! 可哀想な私を養ってよーーー!! 」

 

 俺は泣いて縋るアクアを引きずりながら、ブースタードラッグの容器をズボンのポケットの中に入れる。……本当にアクアといるとシリアスが持続しない。

「ほら、泣いてないで行くぞアクア。 飯なら奢ってやるから機嫌なおせよ」

「…おつまみに枝豆も頼んでいい?」

 

 潤んだ目で俺を見上げるアクア。例えちっとも女神らしくなくとも、今は本当にアクアの存在がありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とアクアが正門前に駆けつけると、そこには既にめぐみんと目を輝かせているダクネスがいた。その二人と対峙しているベルディアは、自身の近くに配下を控えさせ、その二、三十メートル背後にも配下を配置している。

 緊張感溢れる場面のはずなのだが、ベルディアはグッタリとし、俺の目にはどこか疲れているように見えた。

 

 めぐみんの隣で、顔を赤くしているポニーテールの変態の様子を見るに、どうやら悪い病気が再発したらしい。き、気の毒に…。

 同情を込めた目でベルディアに視線を送ると、あちらも俺の存在に気づいた。

「こ、紅魔の娘だけでなく、貴様もか!! なぜまだ生きておるのだ!?」

 

「残念でしたー。 めぐみんとカズマの呪いは、この私が解いたわ! 私、この後バイトがあるからさっさと帰って! ほら、構ってちゃんは早く帰って! 忙しいから早くして!」

 アクアが心底迷惑そうな顔で、ベルディアにしっしと手を払った。

 ベルディアはフルフェイスの兜に覆われ、その表情は見えないがプルプルと肩を震わせている様子を見るに激怒しているのだろう。

「めぐみん、頼めるか?」

 その様子を見た俺は、めぐみんに小さな声で囁いた。すると、めぐみんが不敵な顔で。

「ほお…。カズマは面白い事を言いますね。…私が誰だか忘れたのですか?」

「ああ、そうだったな」

 

 俺達にはそのやり取りだけで十分だった。

「何だ? 何の話だ?」

 俺達の会話の意味が理解出来なかったのか、ダクネスが首を傾げた。

「……貴様。 俺が本気を出せば、この街の冒険者など……む?」

 ベルディアがなぜか、めぐみんの方を向いた。

 その次の瞬間。

「『エクスプロージョン』ーーーーーーッ!!』」

 豪砲ロリの必殺の爆裂魔法がベルディアとその配下達の真上で炸裂した。

 ベルディアとその配下達がいた場所には、爆風が吹き荒れており、視界が悪い。

「我が名はめぐみん! アクセル随一の爆裂魔法の使い手にして、魔王軍幹部ベルディアを討ち取りし者! …ふああ、この口上は癖になりそうです……」

 魔力を使い果たしためぐみんが地面に倒れながら、名乗りを上げた。

 

「ご苦労さん。 いっぱい出したから疲れたろ。 あと、おんぶはいるか?」

「…その言い方を女の子にするのはどうかと思うのですが。 あ、おんぶはお願いします」

 俺達がそんなやりとりをしている内に、爆風が晴れてきた。

 流石に魔王の幹部とはいえ、真正面から爆裂魔法を食らって生きている訳が……。

 

 俺は、そう思い視線を爆心地へと向ける。しかし、そこにはベルディアが若干ふらつきながらも立ち上がろうとしている姿が。

 そして、その背後にはベルディアから遠く離れていたお陰で、難を逃れた約半数の配下達の姿が確認できた。

「わわわわわわ、私の爆裂魔法を受けて無傷っ……!?」

 割とピンピンしているベルディアを見て、めぐみんが何やらショックを受けている。

「…いや、よく見ろめぐみん。 アイツの鎧の胸部に若干ヒビが入ってるぞ」

 僅かにベルディアの鎧が首から胸部にかけてヒビが入っている。

 

「あ、あ…あ……ああああああああああ………」

 俺がそう訂正するもめぐみんは、よほど自分の爆裂魔法に自信があったのか俺の言葉は届いていないようだ。

 しかし、確かにめぐみんの爆裂魔法は直撃したはずなのだが、ほぼ無傷とはどう言う事だろうか。近くにいたアンデッドどもは、みんな仲良く消し炭になったのに…。

「チッ。 まだ生きてやがる」

「ねえ、カズマさん。 私、そのセリフは悪党が言うべきだと思うの」

 微妙そうな顔をしてアクアが言ってきた。それなら、カシラギ達も悪党という事になるのだが。

「…そうだ。そうだよ! カシラギ、カシラギはどこにいるんだ! こんな時こそアイツの出番じゃないか!」

 

 俺は周囲の冒険者達の中から、カシラギの姿を求め視線をくまなく向けるが、一向に見つからない。その様子を見たダクネスは、俺に何かのポーションを差し出しながら。 

「カズマ。アゴの人なら、急に王都から召集がかかったからと言って、あのデュラハンが来る前に街を出て行ったぞ? 軍曹殿によろしく言っておいてくれと、これを渡してきた。 水に触れると爆発するポーションだそうだ。間違って仕入れたから、もし良かったら使ってくれと」

 

「よろしくねええええええっーーー!!」

 その言葉に俺は絶叫しつつも、あまり使えないであろうポーションをダクネスから乱暴に受け取った。せっかく俺が楽するために鍛えたのに、必要な時にいないとか意味ねえじゃん!! 何なのアイツ、間が悪過ぎだろっ!!

 

「き、貴様ら…! ひ、人の話は最後まで聞く物だ! 魔王様から特別に頂いた、一度だけ攻撃を無効化する魔石があったから無事で済んだのだが、 戦闘前の会話は昔からの伝統と……」

 

「『ターンアンデッド』!」

「ぎやああああああああああああああー!!」

 アクアの不意打ちの浄化魔法を受けたベルディアは、鎧のあちこちから黒い煙を出しながら、地面をゴロゴロと転げ回っている。というか攻撃を無力化する魔石とかあるのか。流石異世界、何でもありだな。

「ど、どうしようカズマ! あのデュラハン、私の浄化魔法がちっとも効かないの!」

 いや、だいぶ効いてるみたいだが。

「ば、爆裂魔法が…! わわわわわ、私の爆裂魔法が効かないなんて…。 こ、これは夢。 きっと悪い夢なんですね……!」

 

「め、めぐみん。 今日はそう…。爆裂魔法を撃つタイミングが悪かったんだ。 明日またがんばればいいではないか! カズマもよく言っているだろう。『明日から本気出す』と!」

 ダクネスがめぐみんを慰めているのを眺めていると、ベルディアがゆらりと立ち上がり右手を掲げる。

 

 その挙動に呼応して、アンデッド達がそれぞれの武器を構えた。

「ふ、ふふっ…。ふははははははっ! もうよい、これ以上は我慢の限界だ…。 ーーーこの連中と街の住人を皆殺しにせよ!! 」

 ベルディアはマントをバサッと翻すと、勢い良くその右手を振り下ろした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルディアが右手を振り下ろすと同時に、無数の矢が俺達冒険者達に襲いかかる。

「『ウインドカーテン』ッ!」

 他のパーティーの魔法使いの女の子が魔法を唱え、アンデッド達が放った矢を風のベールで逸らした。確か、リーンとか呼ばれていた子だ。

 

「おお、あれが本物の魔法使いか」

 俺は感慨深く息を吐きながら、魔力切れで動けなくなっためぐみんを肩に担ぎ、避難していた。まずはめぐみんを安全性な所まで連れて行かねば。戦場で動けない者などいい的だ。

「…おい、どこに偽物がいるのか聞こうじゃないか」

 

 めぐみんが何か言っているが、今は対応する余裕がない。

 後方では、アクアが剣を持ったアンデッド達に追われて涙目で逃げ回っており、それをダクネスが羨ましそうな目で見ている。

 俺の首を絞めようとするめぐみんを大岩の陰へ下ろすと、アンデッドを背後に大量に引き連れたアクアがこちらに向かってきた。

 

 その中には何故か、弓を装備したアンデッド達もいる。

「か、カズマさああああああん!こいつらターンアンデッドを撃っても、撃っても消し去れないのよおおおお!何とかしてえええええっ!!」

 その数、十五体。敵との戦力差を確認した俺は迷う事なく逃走を選択。戦いとはしょせん数なのだ。

 

「お、おい、こっちくんな!セクハラすんぞ!」

「もうセクハラでも何でもしていいから!こいつらを何とかしてよおおおおおっ!!」 

「……ったく。仕方ねぇなーアクアは!!」

 俺は叫ぶと仲間のピンチを救うため、腰のショートソードを引き抜いた。決して、アクアのセクハラでも何でもという言葉に釣られた訳ではない。

 

 …ホ、ホントダヨ?

 ま、まずは数を減らそう、流石に分が悪い。

「『ティンダー』ッ!」

「『ウインド・ブレス』ッ!」

 

 風の初級魔法により、威力が増強された火の初級魔法がアンデッド達に襲いかかった。

 俺は炎と熱風に怯んだアンデッド達の背後に周り込み、関節を狙い剣を振る。

 一体無効化しながら、まとめて二体を切り伏せ、足を止めることなく縦横無尽に戦場となった正門前を駆ける。

 

 弓矢が上から降り注いでくれば回避に専念し、戦況が不利になれば初級魔法のコンボで切り抜ける。  

「『クリエイト・ウォーター』ッ!」

「『フリーズッ!』」

 俺は上手い具合に転倒した三体のアンデッドを、一刀の元に切り捨てた。

 

 その次の瞬間、間髪入れずに左後方から無数の矢が飛来。

 その攻撃を後方に大きく飛ぶ事で回避する。 

 だが、回避と同時にアンデッドが四方から俺に襲いかかってきた。

 …おいおい、アンデッドにモテても、ちっとも嬉しくねーぞ。

 

 既に倒したアンデッドを掴み、真っ先に斬りかかって来たアンデッドに向かって投げ飛ばす。

 そして、アンデッドが体勢を崩した所に、ショートソードで鎧の隙間を狙い串刺しに。

 そのまま動きは止めず、腰から大型のナイフを抜き、もう一体に足払いをかけ、転倒した所を狙い首を掻き切った。

 

 と、そこに俺を挟んだ左右二方向から刺突が迫る。

 ギリギリまで引きつけてから、その場で素早く前転する事で回避。

 アンデッド同士が勢い良くぶつかり、よろめいた。

 二体の内の一体の背後に周り込み、ナイフで首を刺すと、もう一体に素早く接近。

 

 先の一体目と同じように、切っ先を首に押し込んだ。

 これで十体撃破だ。 残るは、五体のみ…!  

 俺は空から降ってくる矢の雨を避けながら、アンデッドを串刺しにしたショートソードを回収。

 

 そして、弓を装備した五体のアンデッドへ姿勢を低くして、矢を避けながら接近し、次々とショートソードで斬り捨てていく。

 最後に残ったアンデッドは、弓を捨て、背中を晒して逃走を選択。

 だが、逃しはしない。

 

 足に力を溜め、勢いをつけて刺突を繰り出し、背後からアンデッド首の辺りにショートソードを突き立てる。アンデッドは、ギギギと背後を振り向きかけ、途中で動かなくなった。

 確実に仕留めた事を確認して、ショートソードを引き抜く。

「カズマ!うし」

 

 俺は背後に気配を感じ、振り返りざまにショートソードを一閃させた。            

 アンデッドの首が地に転がり、背中から地面に倒れる。

 ……どうやら、仕留め損なった個体がいたようだ。

 

 念には念を入れ、周りを見渡して敵がもういないことを確認。

 そして、俺はショートソードを鞘に収めた。

「やっぱし、ナイフの方が使い易いな…」

 

「…カズマさん後ろに目でも付いてるの? 実はキメラだったの?」

「何を言ってるんだお前は…」

 アクアを憐れみを込めた目で眺めていると、ダクネス達がいる方から男の叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リ、リーン! お、おい、リーン起きろよ!なあ起きてくれよっ!!」

 俺達が駆けつけた頃には、仲間に囲まれた魔法使いの女の子が心臓に矢を受け、絶命していた。

 恐らく俺を目掛けて飛んできた弓矢が逸れて、運悪く当たってしまったのだ。 

 …何だよこれ。まさか俺があんな夢を見たからか……?

 

「まさか、駆け出し冒険者に配下を全滅させられるとは……。 ふははははっ! 面白い…面白いぞ! 俺が直々に相手をしてやろう!!」

「……面白い? 面白いだと……!? ふざけやがって…! ぶっ殺してやる!! 」

 戦士風の男が怒りの形相で叫び、ベルディアに向かって行こうとする。だが、それをクルセイダーの男とアーチャーの男が背後から羽交い締めにした。

「待てダスト! 魔王軍の幹部相手に俺達みたいな駆け出しが敵う訳がないだろ!! それにお前、まだ怪我がーーー」

「うるせえ! 怪我なんて知るか! リーンが死んだんだぞ…。黙って見とけってってのか! んなこと出来る訳ねーだろっ!!」

 

 怒りに身を任せ、大声で喚く戦士風の男。

 それを見て、アーチャーの男が怒りを押し殺したような表情で。 

「ダスト、一回落ち着け! リーンが死んでキレてんのは、お前だけじゃねえんだぞ!!」

 

「…そんな事は…そんなことは分かってんだよっ! クソッ、離せテイラー、キース! テメエら邪魔するんじゃねえ!! 俺にアイツをぶっ殺ろさせろよおおおおおおおおぉっーーー!!」

 

 仲間二人に羽交い締めにされ、戦士風の男は絶叫した。……その姿は、女の一人も守れなかった昔の自分を見ているようで胸が痛んだ。

 ……おい、佐藤和真。 またお前の目の前で女がまた死んだぞ?ならば、俺の取るべき行動は一つだ。戻る時が来たのだ。 ガルム7に。 傭兵、佐藤和真に。

 

「…カズマ。 どこに行く気だ」

 無言でベルディアの方へ行こうとした俺に、ダクネスが声をかけ、引き止めた。

「ちょっとアイツぶっ飛ばして来るわ」

 そう、俺は激怒している。何の面識もない少女が死んで、激怒している。俺は、自分の無力を痛感したあの日に誓ったのだ。

 

 せめて、俺の目の前でだけでも女を死なせないようにしようと。あの日あの時、助けられなかった少女とガルム2の分まで、俺が助けてやろうと。

 ……この考えが傲慢だという事は分かっている。だが、それでも俺は。

「何を言ってるんだお前は…。カズマがかなり腕が立つのは、先ほどの戦いを見ていればわかるが…。 こういう言い方はあまり好きではないが、私達駆け出し冒険者は、いわば素人に毛が生えたような物だ。あまり無茶はせず、ここは私を壁としてこき使ってだな…」

 

 …ダクネスは勘違いをしている。だが、それは当然のことだ。ダクネスは冒険者としてのサトウカズマしか知らないのだから。

 ーーー目を閉じ、軽く深呼吸。思考はクールに、心は熱く。土と草、血の匂いに混じって硝煙の匂いを嗅いだ気がした。

 

 …戦闘用に思考が最適化されていく。皆が知っているサトウカズマから『暴力装置』としての自分へとスイッチを切り替える。

 三秒ほど瞑目した後、目を静かに開け、俺は真面目な顔でバカな事を言い出したダクネスに、きっぱりと事実を告げた。

 

「ーーー俺は素人じゃない。専門家(スペシャリスト)だ」

 

「……えっ」

 俺の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、ダクネスが息を呑み目をぱちくりとさせた後、一泊遅れて疑問の声を上げた。あっけに取られているダクネスから視線を外し、俺はポケットからブースタードラッグが二つ入ったケースを取り出す。

 

 その中からブースタードラッグを一つ手に取り、残りの一本が入ったケースを無造作に地面に放る。そして、専用の注射器を首筋に当て、横についたトリガーを一気に押し込んだ。

 プシューという気が抜けるような音がし、シリンダーから高圧射出されたブースターが、血中に流れ込んでいくのを感じる。

 

「…ウ……グッ……!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 ーーー全身が痛い。

 体中の筋肉がギリギリと締め付けるように悲鳴を上げている。心臓の鼓動は破裂するんじゃないかと思うぐらいうるさいし、体中の血液は沸騰しているように、燃えるように熱い。延々と続く痛みで眼球が飛び出してしまいそうな気さえする。

 

 まるで自分の体の中で恐ろしい猛獣が好き放題に暴れ回っているようだ。

「お、おい、ーーー。 だ、ーーーか!?」

 ダクネスが何か言っているが、痛み耐える俺の耳にはその内容の半分も届かない。

 ベルディアが首を片手に抱えたふざけた格好で、剣を抜いてゆっくりとこちらに向かってくる。

 

 こちらをバカにするように、余裕たっぷりに歩いてくる姿に心底腹が立つ。

 …アイツは敵だ。 俺の目の前で女を殺し、俺を無能だと嘲笑っているに違いない。アイツがこれから手にかけるのは、アクアかダクネスかめぐみんか?

 

 それとも、俺にネロイドという飲み物があると教えてくれたあの子だろうか?

 それとも、妹達の事を楽しそうに話してくれたあの子だろうか?

 これ以上、女を死なせる訳にはいかない。

 

 ーーーだから。

「ガアアアアアアアアアアアッッッーーー!!」

 バキッという何かが壊れたような嫌な音を俺は確かに聞いた。それは俺の心のタガが外れた音だったのか。それとも単純に俺の空耳か。

 …だが、そんな事はどうでも良い。今俺がすべきことはただ一つ。

 

「な、何だ貴様…! 何を…何をしたのだ……」

 

 …………ろす。

「ーーーお前は………殺すっ!!」

 俺はドス黒い殺意を胸に抱き、ベルディア目掛けて全てを貫く銃弾のように身体を射出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リーン好きの皆さんごめんなさい。あと、めぐみんの爆裂魔法を防いだアイテムは劣化版のアレです。何の事か分からない方はフルメタル・パニック!の原作小説を買いましょう。(宣伝)


次回予告

 ブースターで身体能力を大幅に強化し、ベルディアと激戦を繰り広げるカズマ。その勢いは凄まじく、このままベルディアを圧倒するかに見えた。
 しかし、現実は甘くはなく、次第にカズマは窮地に追いやられてしまう。そして、そんなカズマを援護に来たアクアに、ベルディアの凶刃が迫り……。

『ーーーさらばだ、おかしなプリーストよ!』
『ーーーアクア、逃げろ!』

 次回、『この首無し騎士に鉄槌を!』こうご期待。
 


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