オーバーロードは時を超越する (むーみん2)
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現実世界編
1.プロローグ


 急遽、プロットを変えたい衝動に駆られ、大幅に修正しました。後半の話が以前と完全に別物と変わっています。


 一度投稿した話を、このように変更することがもう2度とないように注意していきたいのでどうか、ご容赦下さい。


 城塞都市エ・ランテル。かつてはリ・エスティーゼ王国の国王直轄地の城塞都市だった。中央広場では幾つもの露店が店を開いており、家族が皆で食事を楽しんでいたり、冒険者たちが展示品の装備品を眺めていたりと賑わっていた。だが、今日は快晴だというのに昨日までの賑わいは無い。

 

 むしろ、重く暗い雰囲気で、何かに怯えながらやり過ごしているようだった。

 

 それもそうだろう。つい先日、例年の帝国とのカッツェ平野の戦で死傷者10万人超えという歴史上でも見たことがない大虐殺が行われたのだ。

 

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン魔導王

 

 

 その者は突如として現れ、帝国に味方し、瞬時に何万もの命を奪った。それだけでなく、悍ましい魔物を召喚し、戦死者の魂を喰らった。見たもの曰く、その骸骨姿はまさしく死を象徴しており、相対すれば、全てのものが等しく死となるだろうとのことだった。

 

 リ・エスティーゼ王国の貴族と王は早々にエ・ランテルを魔導王に明け渡した。なので、今ここは王国都市ではない。魔導王の都市エ・ランテル……が正しい。

 

 エ・ランテルの住民は、その余りに強大で邪悪な魔導王の下に生きている。多くの者が未来を絶望し、嘆き、悲しむ。

 

 ただし、完全に希望が絶たれた訳ではなかった。

 

 

 ――漆黒の英雄モモン

 

 

 漆黒の全身鎧と巨大な2つのグレートソードを所持し、美姫ナーベを連れたアダマンタイト冒険者。彼も突如として現れ、魔導王とは対照的に王国の危機を何度も救い、強大な悪魔ヤルダバオトさえも退けた。

 

 その英雄がアインズ・ウール・ゴウン魔導王の監視役として存在している。

 

 それだけが、エ・ランテルに住む者の最後の希望であり、かろうじて城塞都市としての体勢を保っていた。

 

 

 ……もっとも、その希望的存在である「漆黒の英雄」というのもアインズ・ウール・ゴウン本人であるのだが、エ・ランテルの住民は知る由もなかった。

 

 

 

「一応、都市の雰囲気を直に見ておきたい。ナーベ、ハムスケ、ついてこい」

 

「はっ、畏まりました。モモン……さーん」

 

「了解したでござるよ、殿!!」

 

 アインズは支配者として、モモンの姿でエ・ランテルの住民の様子などを確認しようとしていた。まず、中央広場に行ってみたものの、察していた通りやはり暗い雰囲気だ。幾つか露店を開いていて人盛りもあるが、いつもの賑わいではなく、下を向き、トボトボと歩いていて死人のような雰囲気を感じさせる。だが、こちらの姿を見ると途端に雰囲気が変わる。

 

「……モモンさんだ!!」

「あぁ、モモンさんよ!!」

 

 ぞろぞろと住民はモモンの前に集まりだす。

 

「モモンさん、私たちをお守りください、どうか、どうか……」

「モモンさん、あなたたちだけがエ・ランテルの最後の希望です。何卒、お守りください」

 

 後ろにいるナーベが集まってきた人間たちを不愉快そうに、しかめっ面をして見ている。そんな顔をしていちゃ英雄の仲間として駄目じゃないか、と思いつつ、住民たちに応える。

 

「大丈夫ですよ、私の目が黒い内は彼らの好き勝手にはさせませんから、ご安心下さい」

 

 それを聞いていた住民たちはその声に安堵する。もし、この英雄がいなかったらエ・ランテルはどうなっていたのか、余りに恐ろしく、想像がつかない。

 

 モモンは適当にその場を適当にやり過ごし、冒険者組合に向かう。

 

「ナーベよ、演技は重要だと前にも言ったではないか、もう少し表情とか、なんとかならないのか?」

 

「申し訳ありません、モモン……さん。下等生物の群れが至高の御方にウジャウジャ集まって……実に汚らわしい」

 

「気持ちは分からなくもないが、今やお前の表情一つだけでも、経済や情勢が変わる可能性があるのだ。なるべく努めるようにせよ。これも強さの内の一つと知れ」

 

「畏まりました。精進します」

 

 至高の存在からの忠告を心に刻み、アインズに付いて行く。

 

 

 冒険者組合の扉を開くと、カッツェ平原でのアインズの強さの話で持ち切りだった。「モモンなら魔導王の召喚した魔物倒せるのか?」「モモンと魔導王どっちが強いんだ?」「いや、さすがにモモンでも魔導王には勝てないだろう……」などと言った具合だ。

 

「多分、勝てなくはないぞ」

 

 モモンがそう言うと組合にいた全員がモモンに目を向ける。

 

「おぉ、モモンだ……」

「モモンさん……まじか……」

 

 組合の中の一人がモモンに反論する。

 

「いや、勝てるって言ったが、あの魔導王はまじでやばいぞ、俺はあの時戦場にいて、奇跡的に逃げられたが、あれは人じゃ勝てないぞ」

 

「やってみなきゃ、分からないじゃないか。まあ、確かに奴は強いがな」

 

「……あんた、すげーよ、その自信と強さは一体どこから来るんだ?」

 

「……さぁな、まぁ、俺がいる内は問題ないから安心しろ」

 

 そうモモンが告げると周囲の人間たちは敬服した眼差しを向ける。

 

 今度は組合の受付の女性、イシュペンに尋ねる。

 

「様子はどうだ?」

 

「今は大変混乱しておりまして、上層部も様々な対応に切羽詰っている様子です」

 

「だろうな、依頼どころではないだろう。ここら周辺の様子は?」

 

「そうですね、治安が悪化しているようです。昼から酒に明け暮れた方が多いそうですよ」

 

 なるほどな、今のままでは経済的によろしくなさそうだ。なんとかしなくてはな……

 

「そういえば、悪質な詐欺が横行しているようです」

 

「詐欺? どのような?」

 

「例えば、アンデッドを寄せ付けないマジックアイテムだとか、アンデッドを振り払う聖水、などです。いずれも効果は無いとのことですが、大変売れているらしいですよ」

 

 俺対策かよ!! そう思いつつ、もう少し周辺を見ようと決める。

 

「なるほどな、ありがとう」

 

「とんでもございません。その……モモンさん、ご無理はせず、頑張ってください」

 

 組合の去り際に右手だけを少し上げて合図する。我ながらかっこつけすぎだろうか?

 

 組合を出て、周辺を散策すると、確かに見慣れない怪しい対アンデッドの露店が幾つかあった。どれも意外と賑わっており、飛ぶように売れている。試しに、自分も手に取って見てみるがどれも全く効果がないものだった。

 

「なんというか、自分の行動を食い扶持にされているようで不愉快だな」

 

「全くです。実に愚かなことです。潰しますか?」

 

「馬鹿を言え、嘆かわしいことだが、こういうものは何時の世にもあるものだ。無視しろ」

 

「畏まりました」

 

 

 一応、念の為に他の怪しい露天や商人の売り場にも目を通したが、特に自分にダメージを与えるような物はなかった。

 

「さて、散策もそろそろいいだろう。ナザリックに帰ろうか」

 

 そう言って、誰にも見られないところまで行ってから、<転移門(ゲート)>でナザリックまで戻った。

 

 

 アルベドの定例報告まで、まだ時間があったので、何をしようかと考えたところ、あることを思いついた。

 

 久々に宝物庫の霊廟へ行こうと思ったのだ。アインズがそこへ行くのはシャルティアの一件以来だが、かつての友の顔を再び見たくなった。そして、ついに自分の都市を手に入れたと報告したくなったのだ。

 

 

 アインズは下僕たちに見つからぬようパンドラが居ないのを見計らって、一人で宝物庫の最深部まで来て霊廟の通路に立っていた。

 

「やぁ、皆さん。久しぶりですね」

 

 通路沿いにずらりと並ぶ計37体のアヴァターたち。それはモモンガが作成したかつての友を象ったゴーレムたち。彼らは物言わぬ宝物庫の最後の番人を務めていた。

 

「聞いてください、私とナザリックの下僕たちで一つの都市を手に入れたんです!!」

 

 ゴーレムたちは何も語らない。

 

「ここまで来るのに、色々と大変でしたよ。下僕たちは忠誠心が高すぎだし、それに応えなきゃならないしで……」

 

 ゴーレムたちは何も語らない……

 

「都市に関しても、まだまだ問題は山積みですけど、皆さんに誇れる位にいい都市にしてみるんで、応援しててくださいね!!」

 

 アインズは思った。これは墓参りだなと。ただ、何となくここに来たかったのだ。仲間が本当にいるみたいで心が安らぐように思えた。

 

 

 せっかく、ここまで来たので、宝物庫の最奥を見てまわろうとした。そこはワールド・アイテムが保管されている場所で、今はほとんどを守護者たちに貸し与えていた。

 

 ここに残されているのは二十と呼ばれる究極のワールド・アイテムのうちの2つであり、<災厄の箱(パンドラ・ボックス)>という宝箱の中に保管していた。パンドラズ・アクターにさえ、この箱に触れることを禁じていた。

 

 アインズはきちんと2つのアイテムが保管されているかどうかを確かめたくなり、キーワードを言い当てて蓋を開けた。

 

 輝く2つのアイテムが顔を見せた。問題ないなと思い蓋を再び閉じようと思ったとき、ある違和感に気がついた。

 

 宝箱の底が外見に比べて、やけに浅い。

 

 アインズは疑問に思い、なぜこんなにも中が浅いのかを調べた。よく見ると、<災厄の箱(パンドラ・ボックス)>の中側の底と壁面が繋がっていないことに気がついた。

 

 なんと、その<災厄の箱(パンドラ・ボックス)>は二重底になっており、さらに奥があったのだ!!

 

 アインズはきっと友のうちの誰かが残したイタズラだろうと思い、どんなものが入っているのか見てやろうと思った。

 

 二重底を開けると、ある指輪と書置きがあった。

 

「えっ!? こ、これは……」

 

 アインズはこの指輪を見た瞬間、すぐに沈静化はされたものの、驚いて声を上げてしまった。アインズさえも昔ネットでアップされた画像でしか見たことがなかった。

 

 それは無理もない話だった。その指輪の名は――

 

<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>

 

 アインズは即座に魔法で本物かどうかを確認した。

 

「……本物だ」

 

 アインズは何度も精神が沈静化され、書き置きがあったのに気がついて、それを読んでみた。

 

 

『これをみつけた人に、この指輪を譲ります。  引退したギルドメンバーより』

 

 

 アインズは再び驚きを隠せなかった。

 

「いったい誰がここに隠したんだ!? いや、そもそも、どうやって<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>を手に入れたんだ!?」

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの掟に、『完全に個人の手で入手した物は、その当人の物にしてもよい』というルールがあった。

 

 アインズが知らなかったということは、間違いなくこの<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>はかつての友の誰かが、たった一人で入手したということになる。

 

 アインズさえも具体的に<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>をどのようにして入手できるのかは知らない。噂ではウロボロス・イベントと言う物があり、難解なそのイベントをこなすことで、ようやく入手できるといったものだった。

 

 若しくは、隠しで別の入手法があったのかもしれない。実際、運営はそういうことをやらかす。だが、それでも入手は困難を極めるだろう。

 

 『引退したギルドメンバー』それは、もはや自分以外の40人全員に言い当て嵌る。

 

 果たして、こんなことができる友が本当にいたのかと疑わしくなってきた。

 

 後ろを見返して、自分が作ったアヴァターたちを見渡した。

 

 

 ユグドラシルの中で3本の指の中に入るワールド・チャンピオン

 それに匹敵する強さを持つワールド・ディザスター

 有益なアイテムを自在に作り出す大錬金術師

 たった一人でナザリックを発見した忍者

 まるで孔明のように戦術や作戦を展開する指揮官

 敵モンスターの内部データを計算して的確に行動するタンク

 性格が腐ってるが天才的なゴーレムクラフター

 

 ……今思えば、友は皆いい意味で頭のおかしいプレイヤーたちだった。

 

 そう考えていると、自分の友の中に一人くらい二十を独力で得た者がいてもおかしくないのではないかと思えてきた。

 

 

 アヴァターたちを見ながらアインズは考えた。

 

 あぁ……会いたい、かつての仲間たち……楽しかった、あの頃に……

 

 <永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>の効果は超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>の上位互換であり、運営に対して仕様変更を望むことができる。

 

 もしかしたら、この指輪で過去に戻れるのではないだろうか?

 

 アインズから見て、<災厄の箱(パンドラ・ボックス)>の奥底に仕舞われていたこの<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>は『希望』の光のように見えていた。

 

 誰かは分からないが、譲るというのならば使っても構わないのではないだろうか?

 

 アインズは震えた手で指輪を指に通して、手を掲げた。

 

「<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>よ……我は望む!! 時を超越し、かつての世界、ユグドラシルの栄光ある時へと我を戻せ!!!!」

 

 指輪の蛇は輝き、咥えていた自らの尾を離し、天井を突き抜けて天へと昇っていった。

 

 そうすると、急に微睡み、辺りが真っ暗になりだした。

 

 

 この時、アインズは知らなかった。神話上において<災厄の箱(パンドラ・ボックス)>の奥底に仕舞われた『希望』というものは、それすらも『災厄』であるという説があるということを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七大罪の魔王ってどっかのギルドが攻略してなかった?」

 

「傲慢は退治されたらしい。ネットにもアップされてた」

 

 声が聞こえる、とても懐かしい声だ。ゆっくり目を開けると、そこにはかつての懐かしい仲間たちがいた。意識がはっきりしてくる。あれ、俺はどうしていたんだっけ?

 

「七大罪全部倒したら、確実に世界級アイテム手に入りそうですよねー。世界級エネミーですもん」

 

 まるで、長い夢をみていたようだ。何故こんなに懐かしいんだ?

 

「世界級アイテムといえばさ、熱素石をメインコアにした最強のゴーレムを作りましょうよ」

 

 あれ、俺泣いてる? 涙がとまらない……涙? 泣いたのなんて何年ぶりだ? なんで涙が出るんだ? だって、俺はオーバーロードなのに……

 

「ぬーぼーさん。それよりは武器の方に埋め込んだ方がいいと思いますけど?」

 

 おかしい、こんなにも考えがまとまらないのに、思考がグチャグチャなのに、精神安定化の作用が効かない。

 

「個人的には鎧も悪くないと思いますがねー」

 

「うぅ、うわああぁ……」

 

 涙が止まらない!! 色んな感情ではち切れそうになる!!

 

「ん? どうしたんだ? モモンガさん?」

 

「皆さん、逢いたかった、ずっと、逢いたかった……」

 

 モモンガは両手に顔をおおい、骸骨が泣いているしぐさをしていた。その姿はあまりにも滑稽で、一大のギルドマスターにふさわしい物ではなかった。……ただの少年が泣きじゃくっているようだった。

 




 とある謎を一つ置いて修正させて頂きました。


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2. 血塗られた虐殺者

少しグロテスクかつ精神的にくる話が出てくるのでご注意下さい


「ん? どうしたんだ? モモンガさん?」

 

「皆さん、逢いたかった、ずっと、逢いたかった……」

 

 ギルドメンバーたちはモモンガに視線を集めた。今モモンガが言ったことがよく分からなかったからだ。

 

「ちょ、いきなりどうした、モモンガさん?」

 

 鳥人が話しかけてくる。シャルティアの創設者で自分と仲が良かった、あのペロロンチーノだ。他の皆もこちらを心配そうに見てくる。全員、見覚えのある異形種だが……

 

「本当に、お久しぶりです。ペロロンチーノさん。それに、他の皆さんも……本当に、何年ぶりでしょうか……」

 

 一同はそのセリフに疑問を抱く。何言ってるんだこの人は? といった感じだ。

 

「いや、何年ぶりって……普通にさっき話してたし、昨日も一昨日もお互いにログインして顔を合わせてたじゃん」

 

 そう言って、『(。´・ω・)?』 表情のアイコンが鳥人の横に出てくる。あ、そうか、ここユグドラシルなのか……もしかして、コンソールも出るのか?

 

 ここで、はっ!! と気がつく。ここはもしかして、過去?

 

 そう思い、コンソールを出す仕草をすると、本当に出てきた。ログアウトもできそうだ!! タイムログを見ると、今は……

 

 2132年2月18日――

 

 やはり過去に飛んでいた。ユグドラシルが始まって6年に相当している。

 

 とりあえず、この場をなんとか収集つけようと思い、その場に合わせようとする。

 

「あ、いや、ハハハ、ごめんなさい。何か寝ぼけてたみたいです」

 

「モモちゃん、どうしたの? 働き過ぎはよくないよ?」

 

 ピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜さんが幼い女の子の口調で話しかけてくる。働く? あっ、そうだよ、俺は社会人として仕事してたんだよ!!

 

「すみません、なんか、だいぶ疲れてたみたいで……」

 

「モモンガさん、疲れていたなら休んだ方がいいですよ。無理はよくない」

 

 水死体のタコを乗せ、黒の衣服を着たマインドフレイヤー、クトゥルフ系の異形種、タブラ・スマラグディナが心配そうに話しかけていた。

 

「あっ、タブラさん!! あの、貴方に謝らなきゃいけないことがありまして……」

 

「ん? 何かしたんですか?」

 

「最終日にアルベドの設定書き換えちゃったんですよ、もう、ずっと謝ろうと思っていまして、本当にごめんなさい!!」

 

 モモンガは、タブラに対して申し訳なさそうに、腰を曲げて礼をする。新入社員が上司に対して謝罪しているような感じだ。

 

「アルベド? アルベドって何です? それに最終日って一体何ですか?」

 

「えっ、何でタブラさんが分からないんですか? ほら、あの第10層の玉座の間に配置したNPCですよ、最後の一文を書き換えちゃって……」

 

「いや、ちょっと待って下さい。今のナザリックは9層までで、第10層なんて存在していませんよ? それにNPCって……私はまだニグレドしか作っていないんですが……」

 

 モモンガはハッとした顔をして口元を押さえる。そこで、悪魔系の異形種であるウルベルト・アレイン・オードルがさらに追求する。

 

「私も今の発言は気になるね。第10層の玉座の間と言ったね? 前々からある程度完成したら言おうかと思っていたんだよ。悪の親玉として堂々と構えるにふさわしい玉座を最深層に作ろうってね。まだ誰にも言っていないんだが……」

 

 ……そうだった。まだ、この時はそこまで完成していなかったじゃないか。

 

 気付くのも遅く、一同は不思議そうな目で見てくる。

 

 な、なんて切り返せばいい? デミウルゴス……助けて……あっ、まだこの時は存在していないのか……

 

 そんなことを考えていると、タブラが助け舟のようなものを出した。

 

「そういえば、逸話でしかないんですが、予知夢というものがありましてね? 有名な話ではタイタニック号の沈没やアブラハム=リンカーンの死などがあるんですよ。もしかして、そういったものを見たんですか?」

 

 あー、なるほど、夢……か、とりあえず、それで誤魔化す方針でいこう。

 

「あ、いや、あの……その、も、もしかしたら、そーなのかなーって思ってます。なんか夢とごっちゃになっちゃって……」

 

「えー、まじかよ、モモンガさん、どんな夢みたんだよ」

 

 ペロロンチーノが興味ありげにこちらを見てくる。

 

「……正直、あり得ない話なんですが、聞きます?」

 

「おぅ、ぜひ聞かせてくれ」

 

「私も気になりますね」

 

 そう言って、その場にいた全員が耳を傾けようとする。

 

「えっと、ですね……正直、信じられない話だと思って聞いてほしいんですが、ナザリックが異世界に転移するんですよ。それと同時に、NPCたちが自我を持って動くんですよ……あり得ないですよね」

 

 モモンガの発言を聞いていた者の大半がどっと笑い出す。

 

「アハハハ、それは有りえねーって、どこのラノベ展開だよ。俺のPCから嫁が出てくる方がまだあり得るって!!」

 

「モモちゃん……あなたユグドラシルのやり過ぎで疲れているのよ……あと、弟、お前は現実見ろよ」

 

 ですよねー、やっぱり、単なる戯言で終わるよな……

 

 だが、タブラ・スマラグディナ、ウルベルト、たっち・みー、ぷにっと萌え、死獣天朱雀など、むしろ真剣に考え事をしている者もいた。

 

「で、モモンガさんは異世界でどうしていたんです?」

 

「主にNPCたちとその世界の情報を集めていました。とにかく苦労したのが、NPCたちの上位者としてふさわしい振舞いを――」

 

 ここでカッツェ平野のことを思い出した。

 

 

 

 

 

「ぎゃぁあああああああぁぁ!」

「やめぇええええ!」

「たすけてててえええええええ!」

「いやだああああああ!」

「うわぁあああああああ!」

 

 

グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャグチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。

 

 

 

 悍しき黒い仔山羊によって、必死に逃げていく人間が無残にも次々と肉塊になっていく。

 

 帝国の兵や隣にいたニンブルたちも恐怖で青ざめていた。

 

 それを分かっていた上で、自分は両腕を広げてこう言ったのだ。

 

 

「――喝采せよ」

 

 

「うっ、お”え”え” え” え” え” え” え” え”ぇ――」

 

 急に胃の中の物がこみ上げて来て嘔吐した。ゲーム上では何も吐いてはいないが、現実世界での今の自分は嘔吐まみれになっているだろう。

 

「ちょっ、モモンガさん!?」

 

 ペロロンチーノが驚いて声を掛けてくる。

 

「お、俺は、な、なんてことを……し、信じられ……うっ、おえ”え” え” え”――」

 

 また嘔吐した。凄惨な状況をより鮮明に思い出した。ただ、2度目の嘔吐なので、きっと先ほど吐いた量よりは少ないだろう。

 

「い、いや、なんだ、これ……嘘だ……」

 

 

 ナザリックのためという面目のために様々な事をした。

 

 陽光聖典の連中やクレマンティーヌを殺害したのは、まだ納得がいく行動だ。

 

 だが、シャルティアがワールドアイテムの被害にあった以降……

 

 イグヴァルジ達を邪魔という理由だけで殺した。普通に暮らしていたリザードマンたちを実験のために殺した。村人たちをルプスレギナのテストのために危険な目にあわせた。英雄像を作るためのマッチポンプのために王国民の大勢を犠牲にした。ナザリックに踏み込んだ者共を、より凄惨な目にあわせて殺した。

 

 

 ――果ては、あの大虐殺。

 

 

 殺した――、ひたすらに殺して殺して殺して殺して殺した。

 

 モモンガは、わなわなと震えた白い骸の両手を見ると、それは……

 

 

膨 大 な 怨 嗟 の 声 と 血 の 赤 に 染 ま っ て い る よ う に 見 え た

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 胃が込み上げてくるが、もはや吐く物すらなく、絶叫した。

 

 それを見た、たっち・みーが怒鳴りつける。

 

「モモンガさん!! 今すぐにログアウトして下さい!! そして休んでください!! 場合によっては病院へ行くべきだ!!」

 

 その迫力に皆が息を呑む。

 

「す、すみません、そうします。……あの、また会えますかね?」

 

「……体調をきちんと整えて、またログインして下さい。そうしてから遊びましょう」

 

「……よく分かんねーけどさ、俺は勝手にはいなくなんねーから、また来てくれよな」

 

「……それじゃ、お先に落ちます。本当にすみません……」

 

 そう言ってモモンガはログアウトした。

 

 

 




?話から戻って2話にきたそこのあなた、~~さんは天才だと書いてて思いました。


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3. 魔王の残滓

「はぁ……」

 

 ユグドラシルからログアウトした鈴木悟は、薄暗いアパートの自室の中で一人、嘔吐まみれになったコンソールを雑巾で拭きつつ、ため息をついていた。

 

「何をやってんだろうね、俺は……」

 

 過去に戻って、かつての友に再開したはいいが、様々な失態を犯した。タブラさんには、黙ってればいいことを言い、予知夢を見たとか変な誤魔化しをして、果てはこの嘔吐……あのアインズのように常に冷静な状態でいられたら、このようなことにはならなかっただろう。

 

 だが、それらの行動はある真実を証明していた。

 

「人間に戻ったんだな……」

 

 今は、かつての骸骨姿ではない。――人工心肺を埋めた人間。手足は肌色で温かみがある。胸の上に手を当てれば心臓がトクントクンと脈を打ち全身に血が回っていることが分かる。感情が大いに昂ぶったり、沈んだりする。あの煩わしい強制的な沈静化が起きる様子はなかった。

 

 今は二月の冬。外で雪は降っていないが、ビュウビュウと風が吹き、とても寒かった。

 

 <上位道具生成(クリエイト・グレーター・アイテム)>

 

 寒かったので、何か羽織れるものがあればと思い、手を伸ばして唱えてみたが、何も起きなかった。

 

 当たり前か、ただの人間だもんな……

 

 諦めて、少し遠くにある暖房器具のスイッチを押し、コンソールの汚れを落としながら部屋が暖かくなるのを待った。

 

 汚れを全部拭き取り、最後に消臭剤のスプレーを振りかけた。

 

「これで、大丈夫だな」

 

 試しに電源ボタンを押してみると、壊れている様子はなく正常に起動した。だが、今日は休ませてもらうことにした以上、ログインはしないで再び電源を切った。

 

 

 ここで鈴木悟は考えた。

 

 自分は明日、ユグドラシルで遊んでいいのだろうか?

 

 ペロロンチーノさんやたっちさんはともかく、今日のことで何人かのギルドメンバー達にそっぽ向かれるかもしれない。

 

 そうでなくとも、またギルドメンバーが一人一人辞めていって、同じことの繰り返しになるかもしれない。

 

 また異世界に行って大勢の人を殺すかもしれない。

 

 様々な不安が頭を過ぎる。自分は他の人のためにもユグドラシルを去った方がいいのではないか? 自分のせいで大勢の人を不幸にしてしまうのではないだろうか?

 

 ……何故こんなに考えていられるほど自分が冷静なのかが分からない。あれほどのことをしたのに、今になって、のうのうと落ち着いて考え事をしている自分がいる。自分というものが一体何なのかすら分からなくなりそうだ。

 

 嫌な考えがふつふつと湧き上がるなか、精神的な疲労感が積もる。今は、まだ午後9時、眠るには少し早いが、ブランクの空いた明日の仕事に備えておくためにも早く寝ることにした。

 

「睡眠か……久々だな。一先ずは休もう。疲れたら休むのは社会人の基本だ」

 

 そう言って、目覚ましをセットして布団につく。瞼をゆっくり閉じ、やがて意識が遠のいた……

 

 

 

 

 

 

 辺りが完全な暗闇の中、目の前に人らしき者がいた。その者は人間よりやや大きく、漆黒のローブを着ていた。宝玉を咥えた七つ蛇の装飾が施された黄金の杖を手に持ち、奇妙なマスクと無骨なガントレットをしている。皮膚らしい所は一切晒していない。暗闇の中で全体的に黒目の姿をしているのに自分ははっきりと見えた。

 

 どこかで見たような姿だ。……いや、誤魔化すのは止めよう。その姿は誰よりもよく知っている。

 

「お、お前は……誰だ?」

 

 何故、こんな分かりきった事を聞くのか? 恐怖か、焦りか、現実逃避なのか自分でも分からない。

 

『俺はお前だ』

 

 いや、違うだろ!! 俺はお前じゃない!!

 

「何を馬鹿なことを、お前はオーバーロード、超越者という名の恐ろしいアンデッドだ。俺は鈴木悟という至って平凡な人間だ!!」

 

『ク、ククク、フフフフフ、そうだな。確かに、今のお前は人間だ』

 

そう言って、マスクを外した。現れたのはあの骸骨姿だった。

 

「ほら見ろ!! やっぱり違うじゃないか!!」

 

『あぁ、俺はオーバーロードだ。……だが、それでもお前は俺、俺はお前……』

 

「さっきから訳のわからないことを……」

 

『ユグドラシルの最終日に、お前はまた俺になる』

 

 それだけは、あってはならないことだ。あの悲劇を繰り返してはならないと人間としての心が訴える。

 

「そうとは限らない!! 俺がナザリックを去って、ユグドラシルをやめた瞬間、お前という存在はなかったことになる!!」

 

『ナザリックを去るなどと考えたようだが、それは不可能だ』

 

「何故? 友が去っていったように、自分も去ればいいだけだろう!!」

 

 そうだ、考えたくもないことだが、それで事足りる話だ。友のように去って全てを捨てればいい。

 

『ハハハハ!! そんなことがお前にできるとでも思っているのか!? お前には無理だ』

 

「……その根拠は何だ?」

 

『簡単なことだ、お前はナザリックを愛しているからだ』

 

「………………」

 

 何も言い返せなかった。

 

『お前がどんなに俺を否定しようとも、友と作ったナザリック、あの慕ってくれたNPCたちを捨て去ることなどお前にできはしない!!!!』

 

 

 

 鈴木悟はNPCたちのことを思い出した。

 

 忠誠の儀にて彼らが言ったことには嘘偽りなく、全員が自分のために尽くそうとした。

 

 こんな自分を好いてくれたシャルティア

 失敗から学び、成長したコキュートス

 いつも快活で元気一杯なアウラ

 おどおどしているけど、的確に仕事をこなすマーレ

 いつだって自分に助言してくれたデミウルゴス

 ナザリックの中で珍しく人間に優しいセバス

 他にもパンドラを始めとした領域守護者たち、プレアデスの皆、メイドたち、皆が個性を持っていた。

 

 そして、シャルティアと戦う前のアルベドを思い出した。

 

 彼女は涙でぐしゃぐしゃになりながら訴えてきたのだ。

 

『ア、アインズ様、お、お、お約束ください。私たちをお捨てになってこの地を去らないと!!』

 

 

 

 ……そうだった。彼らは我が親愛なる友の子供のようなもの。捨てられる訳が無いだろう。

 

 ……今の自分はなんたる無様極まりないものだろうか、安直に現在を捨て、過去に戻り、この失態……

 

 だが、このまま続ければまた同じことの繰り返しだ。

 

「じゃぁ、どうすればいい!? また同じことを繰り返すのか!?」

 

 もう嫌だ、人を殺したくない。上位者として振舞うのも疲れるんだよ。

 

『お前はもはやアインズ・ウール・ゴウンから逃れることはできない。だから……友を異世界に連れて行けばいい』

 

「友を異世界へと巻き込めというのか!?」

 

『そうだ』

 

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは社会人ギルドだ。転職に成功した人や夢を叶えた人、家族がいる者もいる!! 俺にはリアルに未練を残すほどの物は無かった。だが、他の仲間は違う!! 巻き込むというのは……」

 

『全てが、そうとは限らないだろう……ウルベルトさんはこのリアルを憎悪している。ペロロンチーノさんは動くシャルティアを見るために、ブルー・プラネットさんは大自然を見るために、ヘロヘロさんは仕事に疲れて異世界に行くことを考えるかも知れない。』

 

「確かに、有り得なくはないが……」

 

『分かっている。友を危険に晒す可能性がある。友を化物にしろと言っているも同義だ。しかし……それしかないのだ。もう……独りは……嫌だ……』

 

 その風貌から発せられる声は、とても弱々しく、至高の御方と呼ばれていたものとは似ても似つかない。人が涙を流しているような声だった。

 

 だが、鈴木悟はその気持ちを痛く、悲しいほどに理解していた。

 

「お前は……」

 

『俺はお前だ。お前は俺でもある。だから……』

 

『俺を変えてくれ』

 

『俺はわがままだ。ただ仲間が欲しい。気軽に文句を言い合えて、互いに歩める友が欲しい……』

 

『そうすればナザリックのあの子たちも……』

 

 

 

 

ジリリリリリリリリリッ!!!!!!!!!!!!!!

 

 

「夢か……」

 

 目が覚めた。けたたましい目覚ましの音があの夢から開放した。汗をびっしょり掻いていて、息が荒い。

 

「やけに鮮明な夢だったな……」

 

 はっきりと覚えている。まるで魔導王が魔法でも掛けたのかと思うほどだ。

 

「お前は俺……俺はお前……か」

 

 ……そうなのかもしれない。今思えば、仮に自分が人の心を持って至高の御方という座にあったとして、人を殺さなかっただろうか? きっと答えは否だ。ナザリックの上位者として振舞うために、手を汚す場面は何度もあった。きっと、そのうち人を殺すという罪悪感が麻痺していたに違いない。場合によっては、精神の沈静化がない分、激昂したときに、より人を殺していた可能性すらある。

 

 きっと、本質は何も変わらなかっただろう。

 

 『仲間と異世界に行けたら……』これを何度考えたか分からない。連れて行ったことで、他の仲間に迷惑をかけるかもしれない……

 

 だけど……決めた。アインズ・ウール・ゴウンという宿命から逃げられない以上、友を誘うことにしよう。

 

 その時、どこからか声が聞こえたような気がした。

 

 

 さぁ!! 再び歩むのだ!! 鈴木悟よ!! 仲間のために!! 己が理想のために!!!! 

 

 

 それは、自分を奮い立たせるために自分で無意識に言い聞かせたのか、……それとも自分の魔王の残滓とでも言えるものがそう告げたのか、あるいは両方なのか、自分自身でも分からなかった。

 

 だが、やることは一つだ。

 

 そうだ、俺はわがままだ。

 

 そう思いつつ、身支度し、会社へと足を運んだ。

 

 あぁ、でも仲間を誘う前にパンドラの設定を変えなきゃな……




次話はギルメンサイドの話になります。

感想やコメントなど、たくさんありがとうございました。続ける励みになります。


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4. 中二病

 ギルメンサイドの話です。鈴木悟さんは登場しません。




「なぁ、モモンガさんは急にどうしちまったんだ?」

 

ペロロンチーノが皆に声をかけた。モモンガの急な変容に疑問を投げつけた。

 

「いやぁ……あれは、流石に驚きましたね……見ててハラハラしましたよ……」

 

「ねぇ、ギルマス大丈夫かな……辞めたりしない?」

 

「どうでしょうね……また会うって言ってたから、多分、大丈夫だとは思うけど……」

 

「俺、新参者だけどさ、前にこんなことあった?」

 

「るし★ふぁーさん、私と彼の付き合いは4年にもなりますが、こんなことは初めてです」

 

「なぁ、普通さ、寝ぼけてたにしろ、夢を見てあんなことになるか? 夢を見たっていうより、何かを経験してきたような感じだった」

 

「ですねぇ……一体なんなんだか……」

 

「彼の発言を聞くと、夢を見たのではなく、全く関係ない別の何かをした……ということじゃないですか?」

 

「何かをしたって……何したんだよ?」

 

「例えば……会社で何か莫大な損害を生んで、今それに気づいたとか……」

 

「あー、ありそう。吐きたくもなるわな」

 

「私は、違うと思いますね。……というのも、以前の会話から奇妙でした。まるで、何年も私たちと会っていなかったような発言してましたよね?」

 

「あぁ、奇妙なのはそれだけじゃない、俺やタブラさんのやろうとしていることを言っていたな。深層の玉座の間……これはまさしく、俺があったらいいと思っていた代物だ」

 

「それは、偶然、貴方の求めていた物が単にマッチしていただけでしょう」

 

「たっちさん。確かにそれは一理ある。だが、タブラさんの話はおかしすぎる。……タブラさんよ、もしかしてアルベドと聞いて何か連想する物があるんじゃないか? 例えば、趣味に関することとか……」

 

「……あります。賢者の石の生成過程における三状態のうちの一つ、アルベド。段階として、ニグレド、アルベド、ルベドがあるのですが、アルベドというのは――」

 

「その話は長くなりそうだ。タブラさんよ、肝心なのは、そのアルベドと言う固有名詞は普段のモモンガさんが知っているかどうか、それと、タブラさんが将来的に何かの名前……例えば、NPCの名前に採用することがあり得るかどうかだ」

 

「正直、普段のモモンガさんが知っているような単語ではないですね。それと、NPCとは限りませんが、何かの名前に採用する可能性は高いです」

 

「なるほどな、そういえば、モモンガさんは設定を変えたとか言ってたな。タブラさんはそれに心当たりはあるか?」

 

「さすがに、そこまでは……あぁ、でも、もしかしたら……確証はないんですが、それでもいいですか?」

 

「勿論です」

 

「私、こと細かに設定をつけるのが好きなんですよ。そのキャラクターを見てどんな感じなのかなーって」

 

「それは知ってます」

 

「例えば、私がある優秀なキャラクターを作成するとして……多分、どのように優秀なのかをこと細かに記述すると思うんですよ。ただ、私的には、完璧に優秀な者というのは存在しないので、最後の部分に何かマイナス要素を継ぎ足そうとするかもしれません」

 

「それを見て不愉快に思ったモモンガさんが書き換えた?」

 

「あり得ますね……玉座の間にいたってことは、恐らく100レベルの優秀な設定が記述されたNPCだろうから……」

 

「そういやさ、その時、最終日って言ってたが、何の最終日だ?」

 

「そりゃ、ユグドラシルの最終日だろうさ」

 

 ウルベルトに対して強く反発する視線が送られる。今やMMO-RPGで最も盛り上がってるユグドラシルは永遠不滅のように思われている。

 

「ユグドラシル終わるの?」

 

「そりゃ、客観的に見たらサービスだもの、いつか最後は来るだろ」

 

「そう終わると思えないんだけど……今めっちゃ新規参入者増えてるって話だし……」

 

「全ての物には終わりが来るものさ、それこそ平家や江戸幕府のようにな」

 

「う、うーん……」

 

 多くの者が納得できないという声を挙げた。実際、盛り上がって楽しんでいる中で「どうせいつか終わる」などと言ったら、モチベーションを壊しかねない。失礼にすら値する。だが、ウルベルトは冷酷に判断した。

 

「そんなわけで、きっとモモンガさんは最後まで居続けて、誰もいなかったから、もしくは誰かと共犯でギルマス特権でタブラさんが作成したNPCの設定を変えてしまったわけだ。これで話がつながるな」

 

「いくらなんでも強引すぎない?」

 

「それは、分ってるさ。ただ、あの人の性格を考えるに誤魔化すことはあっても、くだらない嘘は絶対に言わない。そうだろ、たっち?」

 

「そうですね、それでいて、このギルドに対して強い情熱を持っているからこそ、彼にギルマスの座を譲りました」

 

 普段、喧嘩ばかりしている2人だったが、この時はお互いに納得しあい、追及していた。

 

「自分たちの決めたルールに関してマジで厳しいよな、あの人。ってか、そもそも、設定を変えただけであんなに真剣に謝ることか? 書き直せばいいじゃんか」

 

 るし★ふぁーがそう言うと、「お前は新参者の癖にひどすぎるがな」という突っ込みが返ってきたが、本人は全く気にしていない。だが、言っていることも、もっともである。書き直せば良いだけだ。

 

「じゃ、じゃあさ、異世界に転移したっていうのは、嘘じゃないってこと? NPCが自我を持って動いていたって……」

 

 餡ころもっちもちがそう言うと、多くの者が頭を痛めたかのように悩む。

 

「とりあえず、デタラメや妄言、勘違いではないと言う事を前提に話し合ってみようか」

 

「さすがに、時間の無駄じゃないか? 予知夢はともかく、この件だけは、いくらなんでもあり得ないだろ」

 

「まぁ、そう言わずにさ、何か掴めるかもしれないよ?」

 

「じゃあ、その異世界に転移したってのは、いつ?」

 

「考えるに最終日だな、どうしてかは知らんが、これはモモンガさんも想定外だったに違いない。知っていたのなら、設定は変えない筈だ。……もうユグドラシルは終わりだ。だから最後は玉座の間へ行こう。変な設定のアルベドというNPCがいた。せっかくだから、最後にギルマス特権使って変えちゃえ……みたいな?」

 

「変なって……ひどいな……ウルさん……」

 

「ぶっちゃけ、あんたは、色々と変なとこあるだろ!! 俺も人の事言えないけどさ……」

 

「まったくです。自覚があるとは驚きましたよ、ウルベルトさん。それと推理の話は意外と面白いですよ」

 

「てめーは、喧嘩を売っているのか褒めているのか、どっちかにしろ」

 

「一つ思ったんですが、NPCが動いたとして、どのように動くんでしょうか? ゴーレムだったら、AIでしょうが……」

 

「……それだ、ぬーぼーさん」

 

「えっ?」

 

「設定だよ、記述した設定がNPCに強く反映されるのだろう」

 

「そうか!! それでモモンガさんはタブラさんに謝ったんだ。モモンガさん、ずっと謝りたかったと言ってたよな」

 

「今までの話から察するに、設定と言うのは重要なファクターだったということだ。だからこそ、責任感の強いモモンガさんはずっと、タブラさんに謝りたかった」

 

「なるほどねー」

 

「そういえばさ、設定って……天使系、獣系、アンデッド系、不定形、種族としてもいろんな設定があるけど……もしかして……」

 

「まさか、プレイヤー自身の性格も変わるとか?」

 

「ありうるな、モモンガさん自身の設定はオーバーロードでアンデッドだ。なおかつ現在アライメント-500の極悪の設定。勿論、将来的に変わる可能性もあるが、ナザリックのギルマスとして、ロールプレイが好きな事も相まって、ずっとこのままだろう」

 

「そういや、ユグドラシルでのスケルトンの設定は生前の執着心により得た不死性のアンデッドだったか?」

 

「あー、また線がつながった」

 

「何の線が?」

 

「モモンガさんの最初の唐突に出た言葉を思い出すんだ」

 

 

『皆さん、逢いたかった、ずっと、逢いたかった……』

 

 

「とにかく、俺たちに逢いたかったんだよ……」

 

「きっと、ひたすらに孤独だったんだろう。もしかしたら、その異世界とやらへ行って一人でやりくりしていたのかもしれん」

 

「でも、NPCが自我を持っていたのなら孤独ではないんじゃ……」

 

「モモンガさん、上位者として振舞うのに苦労したって言ってた。多分、気軽に話せる人が居なかったんだろう」

 

「……上位者、特に独裁者ともなると悲惨だ。群がるのはあやかる者、企てる者ばかりで疑心暗鬼になって完全に孤独になる」

 

「そこで、孤独を解消するために、アンデッドの如くすさまじい執念でもって、何かしらの方法で過去に戻った。つまり現在だ。モモンガさんにとって今は過去に相当するんだろうがな」

 

 多くの者がモモンガの異世界へ行ったという予知夢の話を馬鹿にしていた。常識的に有り得ない。だが、モモンガの言動と今までの話は不気味に思えるほど噛み合っていた。

 

「この話、マジだとしたら……」

 

「やばいな、あのアライメントに相当する何かを異世界でしたのだろう。NPC達も極悪、モモンガさんはその親玉。そりゃ、上に君臨する者として何か行動しただろうな」

 

「それで、元の人に戻ってあの嘔吐?」

 

「かもしれん。文字通り、吐き気を催す邪悪……みたいな感じだったのかねぇ」

 

「こうしてみると、本当に一本の線につながってますね。前提であるモモンガさんの話しに勘違いが無ければのことですが……、それにしてもウルベルトさん、よくここまで推測できましたね。正直、びっくりしましたよ」

 

 ウルベルトはシルクハットに手を載せて、もう片方の手を素早く横に払い、マントを(なび)かせた。

 

「フッ、我を敬い、我を讃え、我を崇めよ!! 我こそはウルベルト・アレイン・オードル。この世で最も邪悪なる最強の魔術師なり。異世界への転移など、想定範囲の出来事……」

 

 ……決まったッ もしここに『かっこよさ審査員』という者が10人いたら、全員が『10.0』の数字を掲げ、満点を得ていただろう。そんなことを少し考えた。

 

 だが、無常にもそれはすぐに壊された。

 

「……中二病は、異世界転移を常日頃から考えているってことですか? 恥ずかしいと思わないんですか?」

 

「……後でPVPだな、今度こそ確実に始末してやる」

 

「ウルベルトさん、微力ながらこの大錬金術師も支援しますよ。たっちさん、今の発言は我々にとって重罪だ」

 

「えっ、ちょっと待っ――」

 

「で、今の話が当たっていたとして、今後どうすんのよ?」

 

「明日にでも今の話を聞いてもらって、しばらく様子見だな。あぁ、それとこの話は絶対に他言するなよ。特にるし★ふぁー」

 

「話しても自分がキチガイ扱いされるだけじゃん……」

 

「お前は元々キチガイだろ」

 

「な、なんだとぉ!!」

 

「さて、俺はとりあえず、やるべきことをやるとしよう」

 

 そう言って、ウルベルトは、たっち・みーに杖を構えながら、あることを考えていた。

 

異世界……本当にあるとしたら、実に素晴しいことだ。こんな糞みたいな世界からはとっとと、おさらばしたいところだ。それにしても……あの具合はきっと、ただ事じゃないな。一体何をしたのかな……




 ちょっと、最近疲れてきたので投稿ペースを遅らせると思います。


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5. 再来

「ふぅ……疲れた……」

 

 鈴木悟は久しぶりの仕事から帰り、スチームバスに入った後、夕飯を食べた。その後、適当な用事など全てを終えるとユグドラシルのコンソールの前に座る。

 

 とりあえず、仕事の方は長いブランクがあったとは言え、綿密なスケジュール帳とメモ帳、さらに昔行ったことだったので何とかなった。

 

 ……問題はこれからだ。

 

 ユグドラシルの電源ボタンに手を乗せて覚悟を決めた。

 

 そうして、機械の起動音と共に仮想世界<<ユグドラシル>>へとダイブした。

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの始まりは決まって9階層の黒曜石の円卓から始まる。

 

「お、モモンガさん、こんばんわ」

 

「あ、こんばんわです。ペロロンチーノさん」

 

 ログインした先にはペロロンチーノがいて、挨拶してきた。

 

「昨日はよく寝れた?」

 

「えぇ、今日のためにもぐっすりと眠りました。もう大丈夫ですよ」

 

「なら良かった」

 

 鳥人から(*´∀`*)の顔文字が現れる。

 

 色々と残念なとこもあるけど、こんな友を持てて本当に良かったと思えた。

 

「あ、あのさ、1つ聞きたいことがあるんだけど……」

 

「ん? どうしました?」

 

 何を聞かれるのだろう? 当然、昨日のことだろうが緊張してくる。

 

「モモンガさん、異世界へ行ったの?」

 

「えっ、あ、あの…………はぃ」

 

 まさか、いきなりストレートに来るとは思わなくてどもってしまった。昨日は予知夢だなんて言って誤魔化してはいたが……

 

「…………マジ?」

 

「…………マジです」

 

 長い沈黙が流れた。昨日、有り得ないって大笑いしてた割に、至って真面目に考えているようだった。

 

「じゃ、じゃぁさ、シャルティアが自我を持って動いてたっていうのは……」

 

「……動いてましたよ」

 

 色々と残念なヤツだったけどな!!

 

「モモンガさん!! 頼む、一生のお願いだ!! 俺を異世界に連れて行ってくれ!!」

 

 そう言って鳥人は土下座ポーズをして頼み込んできた。

 

 ……フールーダー・パラダインに自分の魔力を見せた時を思い出した。今のペロロンチーノからは靴にキスをしてきそうな気迫を感じる。

 

「え、ちょっと、いきなりどうしたんですか? っていうか、昨日有り得ないって言ってたじゃないですか」

 

「いや、あの時は有り得ないと思ったんだけどさ、ウルベルトさんが、モモンガさんは異世界へ行ったんじゃないかって話をしてさ」

 

「……どんな感じです?」

 

「えーっと、モモンガさんの喋ったことから――」

 

 ペロロンチーノは昨日のことを掻い摘みつつ、ウルベルトが推測したことを話した。

 

「……ウルベルトさんは天才ですか? ほぼ合ってるんですが……」

 

 流石、あのデミウルゴスを創造しただけあるな、と感心した。

 

「NPCが自我を持って動いたって聞いたけどさ、シャルティアはどんな感じだった?」

 

 なんと、答えるべきだろうか……性癖のせいで色々と残念なことになっていたが、正直なことを言ったら、悲しむかもしれない。ここは少しオブラートに……

 

「なんというか……えっちな子でした」

 

 間違ってはいない、間違ってはいないが……

 

「え、えっちな子!? …………マジですか?」

 

「…………マジです」

 

 正確には、性癖がおかしすぎて残念な子だが、間違ってはいないはずだ。

 

「お、俺は異世界へ行くぞおおおおおおおおおお、モモンガァー!!」

 

 どこかの時を止めるような吸血鬼の台詞を言い残し、去っていった。多分シャルティアの元へと向かっていったのだろう。

 

 まさか誘おうと思っていたら、あっちから行きたいと言われると思わなかった。だが、これで良かったのだろうか? 色々と警告しようかと思ったけど、今のペロロンチーノの気に水を差すようなことはできなかった。

 

 まぁ、今はこれでいいか……あぁ、そうだ、パンドラの設定変えなくちゃ……

 

 そう考えて、宝物殿へと向かった。

 

 

 宝物庫へ行くと軍服を着たドッペルゲンガーがいた。当初、自分がかっこいいと思って設定してしまった黒歴史だ。

 

「パンドラズ・アクター……」

 

 声をかけると敬礼をしたポーズをとった。わざとらしいオーバーアクションで背筋をピンと立てている。

 

 ……ださい……ださいわぁ……

 

 だが、モモンガは思った。果たして本当に大袈裟で仰々しい態度をする、この設定消していいのだろうか?

 

 パンドラズ・アクターの顔を見た。つるりとしたまん丸卵に黒穴が3つ空いているだけなので、表情は読み取れない。

 

 もしかしたら、消さないで欲しいと訴えているのかもしれない。

 

 モモンガはかつてのパンドラズ・アクターを思い出した。

 

「ん~~~~~~~~(溜め約2秒)アインズ様ッ!!!!」

「いぃかぁが↑ なさいましたか、お嬢様方!!」

「Wenn es meines Gottes Wille」

 

 うん、早く消そう。

 

 

「……これで、良しと」

 

 今思えば、あの振る舞いさえなければ、かなりまともだったと思う。軍服は、まぁ、いいとしてパンドラの仰々しい動作を修正すべく設定を見直した。

 

 その後円卓の大広間へと再び赴いた。

 

 すると、時間がやや経ったためか、多勢のギルメンが居合わせていた。ペロロンチーノを中心にざわざわと話をしているようだった。

 

 ペロロンチーノ、たっち・みー、ヘロヘロ、ウルベルト・アレイン・オードル、タブラ・スマラグディナ、餡ころもっちもち、死獣天朱雀、ぶくぶく茶釜、やまいこ、武人建御雷、ホワイトブリム……

 

 

 自分を含めて、かつての41人が集結していた。

 

 

「やぁ、モモンガさん。こんばんわ。落ち着いたようで何よりだよ」

 

「こんばんわです。ウルベルトさん、それに皆さんも」

 

「モモンガさん、早速で悪いけど、昨日の異世界へ行った話、聞かせてもらってもいいかな」

 

「ウルベルトさん!! モモンガさんのことも考えて……」

 

「たっちさん、私はもう大丈夫ですよ。昨日のように取り乱したりはしません」

 

 手を軽く振りかざして、たっち・みーの心遣いに軽く応える。

 

「さて、どこから話したものか……」

 

 40人の視線がこちらを一様に向けていた。だが、モモンガにとって、過去の経験から割と慣れていた状況だったのでどうとも思わない。軽く掻い摘んで異世界の環境と行動、判明したこと等を話した。人殺しや虐殺の部分は勿論、省いた。

 

 話しているうちに色んな質問が飛んでくる

 

「強い奴はいた?」「環境は?」「エルフとかいた?」「俺の作ったNPCどんな感じ?」「なんで骸骨なのに喋れるの?」「これから成長する企業教えて、株買うから」……

 

 中には関係ない、どうでもいいことも含まれていたが概ね話した。

 

 異世界の話のことをして、予想以上に盛り上がった。……それも無理はないはずだ。NPCが実際に動く、魔法が使えるなどの実現しないはずの夢が叶うのだから

 

「これ、最高やないか、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース、俺はメイドの服をもっと精巧に作り上げるぞ!! お前らも協力しろ!!」

 

「え、ホワイトブリムさん、マジで言ってるんですか? ヘロヘロさんがリアルヘロヘロさんになっちゃいますよ?」

 

「お前は、ヘロヘロとメイド、どっちが大事なんだ?」

 

「え、そりゃメイドだけど……」

 

「いや、ちょっと、待ってください。そこはヘロヘロって言ってくださいよ。っていうかこれ以上精巧にするって何を考えているんですか? 今の時点でもう限界なんですよ!?」

 

「その限界を超えた先に光があるのだ!!」

 

 

「お、俺も作るぞ!! シャルティアだけじゃなく……ハーレムを作るんだ!!」

 

「おい、愚弟、それはやめろ!!」

 

「なんでだよ、姉ちゃん!?」

 

「聞いた話だと、NPCは苛烈な性格が多いから……下手するとNPC同士で殺し合いとか……」

 

「いや、俺の選択肢テクでそんなバッドエンドは回避……」

 

「あん? お前が持ってるその嫉妬マスクは何だってんだ?」

 

「グヌヌヌ……言ってはいけないことを……」

 

 

 そんなこんなで、楽しそうな雰囲気で、これからどうするか、どんなNPC作ろうか、わいわい、がやがやと盛り上がっていた。

 

「あ、あの、盛り上がっているとこ悪いんですけど、また今度、本当に異世界に行けるとは限りませんからね? そもそも行ったということ自体が変なことなんですから」

 

「それは分かってるよ。だけどさ、可能性があるってだけで、喜ぶに決まっているだろう?」

 

 それもそうかもしれない。もし自分が彼らと同じく新たに今の情報を聞いたら、きっと喜ぶだろう。

 

 

 

「モモンガさん、聞きたいことがあるんですが」

 

「なんでしょう? たっちさん」

 

「モモンガさんみたいに異世界から現実に帰ってこられるのでしょうか?」

 

 その質問が投げられて、突如、静かになる。

 

「それは……難しいです。自分以外のプレイヤーも転移したみたいなんですが、帰ってきたのは自分だけだと思います」

 

「モモンガさんはどのようにして帰ってきたのです?」

 

「それは……ごめんなさい。秘匿とさせて下さい」

 

 モモンガは誰かが持っていた<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>で帰ってきたと正直に言えなかった。というのは、今後その持ち主が異世界へ行く可能性があることと、仲間内で<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>の奪い合いになることが予想付いたからだ。

 

「……異世界からの帰還は、普通は無理だと思ってください」

 

 その答えに全員がだんまりとした。

 

「モモンガ君がそのアバターで異世界へ言ってる間、君自身の体はどうなっていたのか分からないということでもあるのかな?」

 

教授職である死獣天朱雀が聞いてきた。

 

「……分かりません。確認のしようがありませんでした」

 

「も、もしかして、昔のラノベみたいにリアルの自分は死んでいるという可能性もあるの?」

 

「そ、それは……」

 

 モモンガは完全に否定することができなかった。

 

 死獣天朱雀はわざとらしく咳をつき、話し続ける。

 

「とりあえず、通常は、行ったら二度とリアルに帰ってこれないわけだね?」

 

「……そういうことです」

 

 モモンガの異世界の話はまるで夢のようだった。環境が良くて、魔法が使えて、自分のしたいことがなんでも出来そうな、そんな世界。だが、行ったらもう帰れない。

 

「モモンガ君は、またその異世界へ行くのか?」

 

「……もし、この話を聞いて行きたい人が1人でもいるなら、行こうかと思っています。誰も行かなくても自分は……」

 

 リアルは環境破壊が続き、人工心肺が必要になるほどの廃れた世界。もし、異世界に行けるなら誰だって行きたいだろう。しかし、普通はそんな世界でも20,30年の生きていれば何かしらの大切なものがある。しんと静まり返り、先ほど賑やかさは、どこか遠くへ行ってしまったようだった。

 

 この沈黙の中、1人手を挙げたものがいた。

 

「それなら、俺が行こうじゃないか」

 

「ウルベルトさん!! ……いいんですか? 行ったらもうリアルに帰ってこれないんですよ?」

 

「俺はさ、何度も何度もこのユグドラシルが現実だったら良いのにって考えていた。大の大人の癖に、普段から異世界なんてあったらいいのにな、って考えるほどにリアルが嫌いだ。今のモモンガさんの話を聞けば、この腐ったリアルに帰れなくなるだけの話じゃないか。むしろ望むところだよ。俺にはもう家族もいないし、恋人もいないしな」

 

「そうですか……ただ、今もう決めるのは早計だと思います。何年も先の話ですし、もっとゆっくりと考えられたほうがいいと思います」

 

「……それもそうだな」

 

 

「とりあえずさ、今日何するのか決めようよ!!」

 

「せやな、難しいことはじっくり考えてからでいい、今日は何するかだ」

 

「俺は鉱山行ってくるわ、<熱素石(カロリック・ストーン)>まだまだ欲しいし、発掘してくる」

 

「俺も武器作り直したいし、手伝うわ」

 

「んー、じゃぁ私は……」

 

 そう言って何人かは次々と自分のやることを決めて去っていく。

 

 さて、自分はどうするかなと思っていた矢先――

 

「おや?」

 

「どうしました、ぬーぼーさん?」

 

「グレンデラ沼地にて敵感知を知らせるスクロールが発動しました。……侵入者のようです」

 

「へぇ、何人くらいか分かった?」

 

「7人ですね、ばかだなぁ」

 

 途端に全員で笑い声を挙げる。

 

「アハハハハ、7人か、それはいい、ドロップ狩りに行きますか」

 

「いいねいいね、俺も手伝うぜ」

 

「たった7人で何しに来たんだか……まぁ、何ですし、私も行きますか」

 

「私も出るよぉ」

 

「一応、沼を超えてきたプレイヤーなわけだから、ドロップは期待していいのかな?」

 

「モモンガさんも、ほら、PKに行きましょうよ」

 

 たっち・みーが優しく手を差し出してきた。モモンガは迷うことなく、その手を掴む。そして――友たちの輪の中に引っ張りこまれた。

 

「え、えぇ!! そうですね、このナザリックに足を踏み入れることがどういうことなのか、愚か者に知らしめなければなりませんね!!」

 

 そう言って、モモンガは傍にあったレプリカのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取り、たっち・みー、ウルベルト、タブラ・スマラグディナ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、武人建御雷と共に指輪の力で第1層へと転移する。

 

 

 転移前の世界とは違って、侵入者はなかなかのパーティーだった。挨拶がわりのPOPした大量のアンデッドを次々と蹴散らし、デスナイトが一瞬にして葬られていく。

 

 ナザリックの門に立ちはだかる我々を見て、リーダーと思しき赤い鎧を着た者が襲ってきた。

 

 久々のPKだ、多人数vs多人数なんて何年ぶりだろうか。せめて、相手が強く、少しでもこの楽しい時間が長く続きますように――

 

 

 

 結果的に、こちらの圧勝だった。誰も落ちることなく、簡単に勝てた。異世界とは異なり、いちいち、コンソールで詠唱する呪文を選択しなければならない面倒臭さはあるものの、仲間と共に闘う至福の時間が得られた。

 

「フフフフフフ、フハハハハハハハ……」

 

これから仲間と長く遊べると思うと、つい、笑みがこぼれてしまった。

 

 




最後らへんの戦闘はアニメ1話冒頭のつもりでした。

プロローグにて、以前に投稿したものと、過去に転移した経緯が変わっているので注意して下さい。


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6. 隠し七鉱山

今回は短いです。


「正直、異世界とか未だに信じられません」

 

 そう言いだしたのはアインズ・ウール・ゴウンの孔明、ぷにっと萌えだった。先日の異世界へ転移した件の話である。

 

「そう信じられる話ではないというのは分かっています。勿論、なにか騙そうといったことでもないです」

 

「モモンガさんがそういう人じゃないってのは分かってますよ。……モモンガさんはユグドラシルの最終日までいたと言うことは、これから先のイベントやレアアイテムの場所など知っているんですよね?」

 

 モモンガはワールド・エネミーの居場所や弱点、極一部のワールド・アイテム等のレアアイテムの入手法だけでなく、これから大まかに何が起きるのかは既に知っていた。

 

「えぇ……知っています。ただ、それを言ってしまうと、折角のユグドラシルのイベントがつまらない物になってしまうと思うんですよ」

 

 ゲームの遊び方で攻略法を見て楽しむ者もいるだろう。だが、そうでない者もいる。知らないからこそ楽しいことはたくさんある。例えば、二式炎雷がナザリック地下大墳墓を単独で見つけたとき、メンバーが大いに喜んだ。もし、知っていて攻略したのなら、あそこまでの感動はなかったはずだ。

 

「それは、分かります。だけど、どうしてもモモンガさんが例の件のような体験をしたのか確かめたいんです。例えば、今後のユグドラシルにおいて致命的なミスをして悔しい思いをしたこととかないですか? もし、あれば教えてくれませんか?」

 

「……それを言うとネタバレになっちゃいますけど、いいんですか?」

 

「えぇ、1つだけ教えてもらえばそれでいいです」

 

 悔しい思いをしたこと……それは幾らでもある。ただ、飛び抜けて悔しい物が1つあった。それは、今独占している隠し七鉱山が奪われ、更には無謀な取り返しに失敗し、多数のレアアイテムをドロップしたことだ。

 

「ぷにっと萌えさん、実は……」

 

 モモンガはワールド・アイテムの<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>によって鉱山が奪還され、多数のレアアイテムドロップしたことをぷにっと萌えに説明した。

 

「そんなことが……っていうか運営は狂ってるんじゃないですか? 1ヶ月間、使用したギルドのメンバー以外はそのワールドに立ち入り禁止って……どういうことだよ……」

 

「運営の頭がとち狂っているのは、いつものことです。むしろ正常と言えるでしょう。……どうにかなりませんかね?」

 

「対処法はあると言えば、ありますが……」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ、ですが、それなりの物資と他の方の協力が必要になりますね。これの対策するのであれば、メンバー全員にきちんと説明しないとダメですね」

 

「やっぱりそうですよね……」

 

 話してしまっていいのだろうか? 自分は今、異世界転移後のことを考えてユグドラシルをプレイしようと考えているが、ギルドメンバー全員がそうではないだろう。単純にゲームとして遊んでいる者もいる。これはアインズ・ウール・ゴウンにとってバッドイベントではあるが、他のメンバーにとってみれば、これすらもいい思い出となるのかもしれない。

 

 

 だが、このまま何もせず鉱山が奪われていくというのは面白くない。だって俺は、我が儘なのだから……

 

 

 そういう訳で、ギルドメンバーを大広間に集めた。

 

「今回、皆さんに集まって頂いたのは、今後、ナザリックにおいて懸念すべき事項があるからです」

 

「懸念すべき事項というのは?」

 

「ただ、それを話す前にある事を決めねばなりません。私がネタバレしてもいいのかどうか……ということです」

 

 モモンガはネタバレすることでの弊害やゲーム性についてメンバーに簡単に確認した。

 

「まぁ、……もっともな話ではあるが、モモンガさんはどうしたいんだ?」

 

「俺は……今後のためにも、なんとか打破したいです」

 

「……なるほど」

 

「という訳で、今回のみのネタバレを賛成の方は旧金貨を、反対の方は新金貨を提示して下さい。今回は特別に反対が1/3を上回ったらネタバレはしない。少数であれば審議という形を取りたいと思います。よろしいですね?」

 

 全員が賛同した。

 

「それでは、提示をお願いします」

 

 全員が旧金貨を提示していた。

 

「えっ、いやいや、ちょっと、満場一致って……それでいいんですか?」

 

「ん? 少しくらいなら、いいんじゃないか?」

 

「俺がこの話を持ちかけるのにどれだけ不安だったのか……」

 

「正直、モモンガさんが自ら何かを呼びかけるなんて珍しいなって思ったよ」

 

「えっ?」

 

「そうそう、いっつも雑務と調整ばっかりでさ、いいと思うよ」

 

 そういえば、そうだった。俺はいつも雑務と調整をして皆のバックアップをしていた。何かをやろうって言い始めたのはもしかしたら初かもしれない。

 

「皆さん、私の我儘に付き合ってもらってすみません」

 

「私は以前から、モモンガさんはもっと我儘であったほうがいいと思っていたがね」

 

「そうでしたか……それでは本題に入りたいと思います」

 

 

 モモンガは隠し七鉱山の件について話をした。それも、当時自分たちがどのように行動したのかをより詳細に。

 

 

「まずいな……あの隠し鉱山が盗られたってなると、大幅な戦力ダウンだぞ」

 

「糞運営が、せっかく独占してもワールド・アイテムで台無しかよ」

 

「まぁ、そんなわけで、ぷにっと萌さんが対案を出してくれた」

 

 ぷにっと萌えはいくつかの対案を出して説明した。

 

「私としては、適当な他ギルドと争わせて<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>を消費させるのが簡単で手っ取り早いかと思います」

 

「確かに、それでいいかもしれないな。でもどうやるんだ? そんな口で言うほど簡単なことのようにも思えないんだが……」

 

「そこは、私に任せてください。私の『楽々、誰でも起こしちゃう内部抗争』が火を吹くだけですよ。要は、私たち相手に<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>を使わせないほどに相手を不幸のドン底に叩き落とすだけで、それが如何に簡単かお見せしますよ!!」

 

「お、おぅ……よろしくお願いしますわ」

 

 

 結果として、<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>がアインズ・ウール・ゴウンの隠し七鉱山に対してではなく、ギルド間の抗争で使われ、鉱山の独占を維持することができた。、使われたギルドは『対象のギルドメンバーは1時間の間、行動不能になる』という頭のおかしい効果が発揮して、あっけなく崩壊してしまった。

 

 これで、まだ当面の間は鉱山の独占を続けることができた。おかげでワールドアイテムの<熱素石(カロリック・ストーン)>を更に入手することができそうだ。

 

 そして、モモンガの警戒していたギルドが実際に<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>を使用したことで、より一層、モモンガの話がギルド内で信じられた。

 




 次からはギルメンとの会話等がメインになります。


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7. ギルメンとの会話(前編)

タブラ・スマラグディナ様、ペロロンチーノ様、女子会の話です。

捏造設定が嘘八百で増加していくので注意して下さい


 タブラ・スマラグディナ

 

「モモンガさん、相談したいことがあります」

 

 そう言ってきたのはタブラ・スマラグディナ、アインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師だった。

 

「はい、なんでしょう」

 

「異世界への転移後で、NPCの性格は設定に依存するということでしたよね?」

 

「そうです。設定が薄い場合は製作者の性格に似てくるようになっていましたね」

 

「ふむ……」

 

 タブラは、何か言いにくげに、悩んでいるようだった。

 

「何か、悩み事でも?」

 

「えぇ……」

 

「言いにくいことなんですか? 水臭いじゃないですか、遠慮せずに聞いてみてくださいよ」

 

 そう言うと、タブラは意を決したように語り始めた。

 

「ありがとうございます。……遠い昔の話なんですがね……私にはかつて、明るく可愛らしい娘がいたんですよ。だけど、高校に入って暫くして亡くなってしまったんです」

 

「そ、それは……胸中お察しいたします……」

 

 タブラから告げられた言葉は非常に重いものであった。だが、それとNPCに何の関係があるのだろうか? ま、まさか……

 

「私は……かつての娘に会いたい……そう考えています」

 

「……本気ですか?」

 

「えぇ……ですけど、これが倫理的に正しいことなのか、そして、どのように設定すればいいのか……分からない……」

 

 本来であれば、NPCを作成するというのはただ単にデータを構成するということでしかなかった。だが、自分の発言がNPCを作成するという意味を大きく変えてしまった。

 

 生命の創造……リアルにおいてもクローン技術などがあるが、禁忌とされているのが一般的だ。それも一度リアルで亡くなった人を再現するというのは、死者への冒涜とも捉えかねない。

 

「すみません。タブラさん、俺がそのことを正しいかどうかは分かりません。ただ、重要なのは作成したことに責任を持つということでしょう。それでNPCは十分に報われると思いますよ」

 

「……そうですかね、そう言ってもらえると助かります。設定は……どうなんでしょう?」

 

「設定に関しては私もイマイチ分かりません。たった一つの文章で大幅に変わりかねませんから……実際、アルベドの時は――」

 

 あまり話したい内容ではないが、かつてアルベドがどのように行動していたのかを語った。

 

「参考になりました。自分なりに考えようと思います。ありがとうございました」

 

「すみません、あまり力になれなくて」

 

「いえ、そんなことありませんよ。十分に助かってます」

 

「因みに、どのように作成されるのですか?」

 

「大変ですけど、NPC製作可能レベルに関わらない化身(アヴァター)を使ったやり方で作成したいと思います」

 

 それは以前のルベドに近い作成方法だった。

 

「そうですか……では、タブラさんは異世界へ行くことをお考えに?」

 

「……もし、私の娘に再び会えるというなら、今の社会的地位や家族、友人……何を捨てても構わないと考えています」

 

 それは、極端な考えでは……そう思ったが口にはしなかった。

 

「何とも言えませんが、タブラさんが納得いくようになればと思います。何か手伝えることがあればしますよ?」

 

「よろしくお願いします。モモンガさんには感謝してもしきれません。……そういえば、ニグレドはどんな感じでした?」

 

「物凄く怖かったです……」

 

「なるほど、そう言って貰えると製作者として冥利に尽きますね」

 

 モモンガは大まかにニグレドのことについて話した。赤ん坊のカリカチュアがないと録に会話できないこと、大量の腐肉赤子、ニグレドは部屋から出られないこと。

 

「やはり、設定通りなのですね。……遊びではなく、ニグレドが実際に生きるているとなると……このままでは可愛そうなので少しコンセプトを変えることにしますかね……」

 

「どのように変えるんです?」

 

「階層守護者のように立ち回らせようかと、……そうだな、アルベドを支える立ち位置で守護者統括補佐というのも悪くないかもしれない」

 

「それいいと思います。アルベドには激務を押し付けてしまっていて……異世界での彼女の負担を減らせますよ!! あ、でも容姿とか設定は今のままですか?」

 

 流石に、R-18に相当するホラー顔を何度も見ることになるのは断固として阻止したい。

 

「安心してください。容姿はちゃんと見れるようにします。……そうだな、プレアデスの末子と被っちゃうけど、巫女服をきた可愛くて優しいゾンビ娘とかいいかもしれない!!」

 

「容姿にギャップ要素を注ぎ込むんですね? 分かります」

 

「そうです。あぁ、最後に1ついいですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「今後、リアルで何が起きていくのかモモンガさんは知っているんですよね?」

 

「えぇ、若干おぼろげですが、ある程度は知っています。」

 

「もし、宜しければ教えてくださいませんか? どんな事件が起きたか、どんなゲームが流行ったか、新薬が開発されたとか、どんなに小さなことでもいいです」

 

「それを知ってどうするんですか?」

 

「株、FX、先物取引といった投資でひたすら儲けて、課金ガチャに突っ込みます。……場合によっては、些細なことでも、未来を知っているなら世界経済を動かすことすら可能ですよ?」

 

「……マジですか?」

 

「……すみません。ちょっと大袈裟でしたね。でも、やり方によっては、本当に膨大な大金を得ることができますよ?」

 

 Win-winでおいしい話と思えた。ナザリックが強化されるというなら大歓迎だ。

 

「分かりました。あまり期待しすぎないで欲しいですが……」

 

 

 こうして、モモンガは朧げながらに未来に起きた話を語った。特に大きな戦争や世界規模の事故というのは、世間話として活用していたので割と覚えていた。タブラは終始、質問しつつメモしながら真面目に聞いていた。

 

 

「まぁ、ざっと、こんな感じですかね……あんまり期待に沿えるようなものじゃなかったかもしれませんが……」

 

 モモンガはそう言うと、タブラは――

 

「フ、フフフフフ、アハハハハハハ、お、面白すぎる!! 面白すぎて頭がどうにかなってしまいそうだ!! モモンガさん!! これは儲けられる!! 期待以上だ!!」

 

「えっ、そうですか?」

 

「えぇ、数年後にはナザリックはもはや以前とは全く別のものと化していることでしょう」

 

「そ、そうですか……それは心強いですが……」

 

「フフフ……さて、これからやることが多くなりますので、それではこの辺で失礼しますね」

 

「あの……タブラさん、あまり無理はしないでくださいね?」

 

「えぇ……分かってますよ」

 

 そう言って、タブラ・スマラグディナは去っていた。

 

 

 

ペロロンチーノ

 

「モモンガさん、俺やっぱ異世界に行けなさそう……」

 

「すみません、糠喜びさせてしまって……」

 

 話していたのはペロロンチーノ、ギルド内でも特に親しいメンバーだ。

 

 ペロロンチーノの話によれば、ぶくぶく茶釜に異世界へ行くことを止められたそうだ。

 

「シャルティアのことはモモンガさんに任せました……」

 

 そう言って、悲しそうに去っていった。

 

 

 

女子会

 

 ナザリック第6層、巨大樹の中

 

「そう、喧嘩しちゃったの……」

 

「弟君、異世界へ行ってシャルティアと結婚するってはしゃいでたもんねー」

 

 つい先日、ぶくぶく茶釜とその弟のペロロンチーノは大喧嘩をした。ペロロンチーノが異世界へ行きたいと言い出したからだ。

 

「やまちゃん、あんちゃん、ごめんね、変なこと相談して」

 

「ううん、大丈夫だよ。だって弟君のこと心配なんだよね?」

 

「違うよ、アイツがいなくなったら親が心配するから、私は今すぐ消えてくれても問題ないんだけど」

 

「もぉ~、素直じゃないんだから~」

 

「でも異世界っていうのは、すごく……憧れる」

 

「えっ、そう?」

 

「リアルと違って環境もすごく良くて、食べ物も美味しそうで、大空を飛べて、夢みたいじゃない?」

 

「それは、そうだけど……もしかして、やまちゃん、あんちゃんは異世界へ行きたいと思っているの?」

 

「うーん、僕は行きたいけど……無理かな……明美や学校の子供達のこともあるし」

 

「私は行きたいわ!! 異世界へ行ったら、空を飛びながら、歌を歌ってみたいわね!!」

 

「えっ、あんちゃん異世界行くの?」

 

「えぇ……だってさ、現実なんてつまんないじゃない? 夢を見続けられるなら、私はずっと眠っている方を選びたいわ」

 

「そっか……」

 

 

 女子会の後、ぶくぶく茶釜は独り考え事をしていた。

 

「冷静に考えて、あいつには、悪いこと言ったな……」

 

 私は弟がどれだけ異世界へ行きたいのか把握している。認めたくはないが、アイツと私は似た者同士だ。

 

 アイツは私と同じように、方向性は違うがゲームやアニメが好きだ。

 

 アイツがシャルティアを心血注いで作っていたとき、私は対抗するかのようにアウラとマーレを熱心に作成していた。

 

 アイツがモモンガさんの話を聞いて、シャルティアのことに関して熱を上げていたとき、私はアウラとマーレの色んな妄想をした。

 

 アイツが異世界へ行くと戻ってこれないと聞いたとき、私も同様に落胆した。

 

 今思えば……アイツは私を見て育ったのだろうか? 私のほうが優秀なのには違いないが、本当によく似ている。

 

 私だって、本当は異世界へ行きたい。アウラやマーレと遊んで話をしてみたい。一緒に色んなとこを見て回りたい。一緒に美味しいものを食べたい。魔法を使ってみたい。

 

 だけど、異世界へ行けば、家族を、友達を残していくことになる。それはできない。

 

 ……私は姉失格だ。多分、弟のためではない、本当は私自身のために弟と喧嘩したのだ。異世界へ行って欲しくない。アイツと会えなくなる可能性がある、それだけで本当に胸が苦しくなる。きっとアイツは私がこのまま何も言わなければ異世界へ行かないのだろう。

 

 

 私は、アイツを故意に縛り付けているのだ。

 

 

「私は……どうすれば……」

 




文字数は最低2500字ないとダメだということを今日知ったので、このような形にしました。ご了承くださいまし。


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8. ギルメンとの会話(後編)

ブルー・プラネット様、るし★ふぁー様、死獣天朱雀様の話です。


るし★ふぁー様の話は、「強いゴーレムを作った」ということを聞き、モモンガ一同が様子を見に行くと急に襲ってきて、AIのバグのせいと釈明した、という話が元になってます。


ブルー・プラネット

 

 

「羨ましい世界ですね」

 

「えぇ、夜空に関しては素晴らしいという言葉が陳腐に思えたほどでしたよ」

 

 転移後の世界の環境の話をしていた。透き通った闇に満面に散りばめられたダイヤモンドのように輝く星空、緑が生い茂る広大な大森林、農作物を栽培する村人たち、人工心肺をしている人など誰もいなかった。

 

「モモンガさんが助けた村……カルネ村でしたっけ? どんな感じだったんです?」

 

「うーん……一言で言えば寒村でしたね。最初、見て驚いたんですけど、お湯を沸かすのにすごい時間かけてたんですよ。火打石を打ち合わせて火種を作って、大きい火を作って、そこから竈で炊いて……リアルでは信じられませんよね?」

 

「すごいな~ まさしく自然と生きているって感じですね。畑とか見ました?」

 

「あんまり見てないですけど……あたり一面が麦畑だったような? どうやってるのかはさっぱり分からないですけど、小麦をパンにして食べてたみたいですね」

 

「うーん……実に興味深い……」

 

「そういえば、ナザリックでも栽培していたし、外でも牧場をやっていたんですよ」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ、大森林で助けた森妖精(ドライアード)が6層の果樹を育てていました。ウルベルトさんが作成したNPCのデミウルゴスは牧場をやっていましたね」

 

「へぇ~ あのデミウルゴスが牧場……イメージがつかないけど、そんなキャラだったんですか。果樹園はともかく、牧場なんて私も動画でしか見たことありませんよ……牧場ってどんな感じなんです?」

 

「うーん、俺は見ていないんで、よく分からないんですが、混合魔獣(キマイラ)を飼育していたみたいです」

 

混合魔獣(キマイラ)ですか? 何でそんなものを?」

 

「羊皮紙の供給源にしてたんですよ」

 

「なるほど……よく飼育できましたね、飼育って意外と難しいらしいですよ? 食料の調達とか体調管理だとか疫病だとか……」

 

「体調管理とか疫病は魔法でどうとでもなっちゃうんですよ、食料の調達なんですが、驚いたことに雑食で共食いもするらしいですよ?」

 

「うぇぇ、本当ですか!? よくそんな気持ち悪いのを飼育しようとしましたね」

 

「確かに、本人は両脚羊なんて言ってましたけど、俺は飼いたくないですねー」

 

 

「聞けば聞くほどに面白い世界ですね」

 

 ブルー・プラネットはどこか遠くを見るようにして語った。

 

「何で……リアルの環境って、こんなに悪いんでしょう?」

 

「……それは……経済の発展のために、こうなってしまったんでしょうが……」

 

「……現代ではあらゆる国が社会と福祉の発展という建前の元、自然に負担をかけて開発していますが、かつて人は自然を『神』と崇めて畏敬の念を持っていたそうです。一体、いつから自然保護だの環境破壊だの騒ぎ立てて『神』を上から目線で保護する立場になっていたんでしょうか? 産業革命が起こし始めた時か、公害が発生したときか、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版したときなのか…… 時折、こういったことを考えるんです」

 

「なるほど……」

 

「私は異世界へ行くことをまだ決めることはできません。私が行けなかった場合、もし、できるのであれば……その異世界の『神』が……この現実世界のように蔑ろにされぬよう、お願いしてもいいですか?」

 

「……当初よりそのつもりですよ」

 

「面白い話を聞かせてくれて、ありがとうございました。モモンガさん」

 

 

るし★ふぁー

 

「やぁ、モモンガさん、話って何だい?」

 

「……身に覚えはありませんか?」

 

「……何のことかな? 僕はただ単に強いゴーレムを作っていただけだよ?」

 

「そのゴーレム、俺らに襲いかかってくることなんて有り得ないですよね?」

 

「そ、そんなこと、ある訳無いでしょ!!」

 

「……という訳で、確認のためにゴーレムとAIの専門家をお連れしたんです」

 

「ぬーぼーです」

 

「えっ、ちょっ……」

 

「ぬーぼーさん、このるし★ふぁー氏が作られたゴーレム、どのように思われますか?」

 

「……ふむふむ、これは非常に強いゴーレムですよ!! レベルは98、打撃系武器には弱いものの、全状態異常耐性、高い魔法耐性を有していますね。おやぁ? 希少金属をふんだんに使っているためか、ゴーレムにしては珍しく高い魔力と機動力を有しているようですね」

 

「ほうほう、それは強そうなゴーレムですね~ 希少金属をふんだんに……というのが非常に気になりますが、今は置いておきましょう。AIの方はどうですか?」

 

「あ、ちょ、それは見んといて……」

 

「どれどれ……ふむふむ、これはなかなかに作り込んでいますね。様々な状況に応用が効くようにきちんとルーチンが組み込まれていますよ。これだけのAIを作るのはさぞ時間が掛かったことでしょう」

 

「おぉ、それは素晴らしい!! 他に気になる所はありませんか?」

 

「気になる所? うーん……おや、一部無効化されているAIの記述がありますね。うわっ、このゴーレムが起動したと同時にるしふぁー以外、誰彼構わず襲うようになってますね。……今は無効化されているから、普通に強い頼れるゴーレムだけど」

 

「そうでしたか、ありがとうございました。……おい、そこの糞ゴーレムクラフター、説明しろ……変なAIは無効化していた様だから、きちんと説明すれば今回は不問にしてやる」

 

「……正直に言うよ。最初は皆を驚かそうと思って、宝物庫の物資をちょっとだけちょろまかしてゴーレムを襲わせようとしたんだよ」

 

 ここまでは、恐らく自分が体験したときと同じだ。実際に今のゴーレムは襲ってきた時のゴーレムと似ている。

 

「でさ、タブラさんがマメに宝物庫の記録を付けてたみたいでさ、ちょろまかしてるのを見つかったのよ。それで怒られて……それがもう、めっちゃ怖くてさ、こんな感じに色々と封印しちゃったのよ」

 

 意外だった。タブラさんが宝物庫の記録をつけていたのもそうだが、別にいたずらを激怒するような人ではなかったはずだ。寛容的で、多少のおふざけでも笑って許してた人だった。……異世界での話、亡くなった娘をNPCとして復活させる計画、これらがタブラさんのプレイ方針を変えたのだろう。

 

「代わりにさ、普通に戦力の増強ために強いゴーレムを作るなら多少のちょろまかしは見逃してやるって言われてさ、その結果がこれ」

 

「なるほど……」

 

 勝手にアイテムを使ったのは許されないことだが、るし★ふぁーが作っているゴーレムはそれに見合うほどの強さを持っていた。

 

「次からは、ちゃんと言ってくださいね? 皆、るしふぁーさんのセンスと実力は分かってますから」

 

「まじで? それじゃあゴキブリ型のゴーレム作りたいと思ってたんだけど――」

 

「駄目に決まってんだろう!! このバカ野郎!!」

 

「えー!! なんでさ、センスは認めるみたいなこと言ったじゃん!!」

 

「レメゲトンの悪魔像とか9、10階層のレリーフのことを言ってたんですがね!! 転移後の世界でも絶賛されたんですよ?」

 

「まじで!? ……でもさ、そういうのも、いいけどさー、ずっとは飽きるじゃん?」

 

 確かに、そうかもしれない。同じ仕事をし続けるというのも疲れるし、モチベーションが下がりかねない。

 

「まぁ……確かに、ちょっとだけなら遊ぶのもいいかもな、レアメタルも今は十分にあるし……」

 

「さっすが、ギルド長!! 話が分かる!! ……言質はとったぜ!!」

 

「ちょっとだからな!? それと、皆にもちゃんと伝えておくんだぞ?」

 

「分かってる、分かってるって」

 

 本当に分かっているのか? と問いただしたくなる。

 

「そういえば、前から聞きたかったんだけど恐怖公って異世界じゃどんな感じだった?」

 

「実に紳士的なゴキブリでしたよ。プレアデスのエントマにはおやつの間とされてたようですがね……」

 

 

 るし★ふぁーとモモンガは異世界でのNPCのことを大雑把に話をした。

 

 

「へぇー、やっぱ聞く限りだと、異世界ってリアルよりも面白そう。俺も行ってみたいな」

 

「るしふぁーさんも異世界へ行くことをお考えに?」

 

「うーん、気分次第?」

 

「おまえ……気分って……これに関しては遊びじゃなくなりますよ?」

 

「俺はいつだって大真面目さ、仕事にしても遊びにしてもね」

 

「……今はまだいいですけど、異世界へ行ったら勝手な行動は慎んで下さいね?」

 

「分かってるって」

 

 ……不安だ。何が分かってるのか小一時間ほど問い詰めたいが、それほど暇ではなかった。

 

 

死獣天朱雀

 

「私の見解が聞きたいと?」

 

「はい、そうです。教授なら何か分かるかなと思って」

 

 ユグドラシル最終日に異世界へ行ったことについて、もしかしたら教授なら何か分かることがあるかもしれない……そういう淡い希望を抱いて聞いてみた。

 

「正直、何もわからないと思うが……せっかくだし、分かる範囲でその世界の環境だけ言ってみなさい」

 

 モモンガは人がいたことや、星が綺麗だったこと、大森林があったことなどを説明した。

 

「……やはり不思議だ」

 

「何がです? 教授」

 

「異世界では地球と同じ重力で、1日が24時間で年365日、さらに四季まであると…… 生物、それも人間が存在しているという時点で既に……」

 

「……何か変ですか?」

 

「その異世界というのは、おそらく地球と同じ体積と密度で自転速度も一緒、公転速度と温度から太陽と地球の距離も近いと考えられる。……太陽の質量すらも現実世界と同じということか? なんにせよ地球の環境と偶然にしてはあまりに一致しすぎている。地球に住む何者かの作為があったとしか思えん」

 

 確かに言われてみればそうだ。当たり前のことすぎていて失念していた。

 

「正直、話を聞いていると冗談を言っているようにしか聞こえんが、最近のモモンガ君の言動を見た限り、実際にその異世界とやらへ行ったのだろう」

 

「はい、それは間違いないです。そして、過去に戻ってきました」

 

「……正直、異世界に関してはさっぱりだ。最初に話を聞いたとき、君が見てきた世界というのはこのユグドラシルのようなDMMO-RPGのデータ世界なのかと思ったんだよ」

 

「しかし、データ量としては膨大なものになりますよ? 現代の技術では再現不可能なはずです」

 

「現代の技術では確かに不可能だろう。だが、未来の技術では可能なのではないだろうか?」

 

「……未来へ飛んでいたと? 異世界へ行ったのは一瞬でしたよ?」

 

「もし、君自身もデータ的な存在であったなら起動するまで時間という概念は無かったはずだ。見かけが一瞬のことであろうとも不思議なことではない」

 

 確かに、シャルティアと戦ったときはゲームのように感じたものだ。実際にユグドラシルと似たような仕様がいくつかあったのは確認済みだ。

 

「そう……私は異世界転移後の君自身ですらNPCと化していたと思った。しかし、そうでもないようだ。君は過去に戻ってユグドラシルのイベントだけでなく、実際に様々な現実世界で起きることを予言している。NPCであれば、現実世界に戻ることは有り得ない。よって、考えられるのは実際に異世界というものが存在しており、君はそこで生きていたということだ。もしくはもう一つ、別のパターン……」

 

「別のパターン?」

 

「現実世界で生きている我々すらもDMMO-RPGの中の存在でしかないということだ」

 

「はぁ!? 現実世界がDMMO-RPG!? それは幾らなんでも有り得ないでしょう!?」

 

「……そう言い切れるかね?」

 

「言い切れますよ!! そんなこと、ある訳ないじゃないですか!!」

 

「……モモンガ君、有名な例え話をしようか。『水槽の脳(brain in a vat)』というのは知っているかね?」

 

「いえ、知りませんが……」

 

「これは1982年、ヒラリー・パトナムという人物によって定式化された思考実験の一種なのだが、『意識とは何か?』『実在性とは?』といった話の内の1つの仮設だ」

 

 

『ある科学者が人から脳を取り出し、脳が死なないような成分の培養液で満たした水槽に入れる。脳の神経細胞を電極を通して脳波を操作できる高性能なコンピュータにつなぐ。意識は脳の活動によって生じるから水槽の脳はコンピューターの操作で通常の人と同じような意識が生じる』

 

 

「つまり、仮に君が公園を散歩していたとしよう。霧のようなスモッグ、工場の騒音、ヘドロみたいな悪臭、冷たい風、まずい空気……そういった情報を君は五感を通して神経から脳へと電気信号によって知覚する。だが、もし君が培養槽の中の脳だけの存在で先程のような電気信号を脳へと送られているだけの存在だとしたら? きっと君は公園を散歩していることを現実と思い込むだろう」

 

「なんか、DMMO-RPGと話が似ていますね……」

 

「そう、その通りだ。もしかしたら……ユグドラシルというゲームをしている現実の君は水槽の中の脳なのかもしれない」

 

「冗談でしょう?」

 

「根拠を持って否定できるかね? 間違っている可能性はあれども、可能性は否定できないはずだ。……だが安心して欲しい。そんな中でも確実に真実だと言えることがある」

 

「それは何ですか?」

 

「『我思う、故に我有り』デカルトの有名な命題だ……つまりだね、『今モモンガ君は真剣に悩んでいる、即ち、悩んでいる君というものが存在しているのは確か』だということだ」

 

「は、はぁ……」

 

「所詮、分かるのはこの程度のことだ。がっかりしたかね?」

 

「いえ、そんなことはないです」

 

 元々、教授にも分かるはずがないであろうという事は予想付いていた。

 

「モモンガ君、私が思うに重要なことはただ一つ、『心』だ。仮に君が異世界へ行って、人を辞めて骸骨、どんな存在になろうとも『心』持っているならば君自身足り得るのだと私は思う」

 

「そうですか……」

 

 異世界へ行っていた時の自分は異常だった。また異世界へ行ったら鈴木悟としての心は失うかも知れない。それでも自分は……

 

 

「ところで、モモンガ君。これまた言いにくいことなんだが、私はもうしばらくしたらユグドラシルを引退しようと思う」

 

「えっ!? そんな、引退って……もうしばらくって、どれ位ですか?」

 

 実際、ギルド全員が教授の忙しさを知っていた。さらに年齢のこともあり、大変な負担になっていたであろうことが予測できる。モモンガからしてみれば、よく今まで支えてくれたと思うほどだった。

 

「あぁ、今すぐには引退しないよ。そうだな、最近のナザリックの今練っている計画……何か大きなイベントが近々起きるんだろう?」

 

「えぇ、そうです。実を言うとそのイベントのせいで、現在のアインズ・ウール・ゴウンは存亡の危機にあります。そして、それに対抗するために隠し鉱山の熱素石(カロリックストーン)をひたすらに製造しています」

 

「それの手助けをしてから引退することにしよう」

 

「そうですか……残念です。教授には、まだまだ教わりたいことがたくさんあったのに」

 

「私が知っていることなど、大したことないよ。……私は元々、先程のような仮想実験に興味があってね、DMMO-RPGではどのような具合になっているのか知りたくて始めたんだ。すぐに辞めるつもりだったんだが、なかなか面白くてここまで続けてしまったな。これは君たち、アインズ・ウール・ゴウンというギルドのせいだろう」

 

「そうですか……そう言って貰えるとギルド長として嬉しく思います」

 

「そうだモモンガ君、せっかくだし君にプレゼントしようと思うものがある。準備に時間が掛かるから待っていておくれ」

 

「分かりました。楽しみに待っています」

 

 

 

 

 そして、今から数ヶ月後、2134年、初夏――

オンラインゲーム界史上、名高いナザリック地下大墳墓の防衛戦が開始された。

 




 ブルー・プラネット様の会話の一部は『天地創造』というゲームに出てくる名も無き学者
の言葉を参考にしました。

 水槽の脳に関する話はイメージがつきにくいと思いますので、後ほどwikiにある挿絵を挿入したいと思います。

-追記-
wikiにある画像を載せようかと考えたのですが、著作権などの問題に該当する可能性があることの指摘を受けましたので、ご興味のある方は検索の方よろしくお願いします。

水槽の脳(wiki)

https://ja.wikipedia.org/wiki/水槽の脳


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9. ナザリック防衛戦

 今回は少し長いです。前半・後半で分けようとも考えましたが、区切りが見つからなかったので、このようにさせて頂きました。

 追記
 多くの読者に誤解を与える書き方をしていたので、少し書き換えました。


「まずい、幾らなんでも、これはまずすぎる……さすがに予想外だ……」

 

 モモンガが過去に飛んできて2年と半年がたった今、今の現状に頭を悩ませていた。

 

「これは、流石にまずいとしか言えませんね……」

 

 孔明ことぷにっと萌えをもってしても、今の状況には頭を抱えずにはいられなかった。現在、ナザリック地下大墳墓の周りに3000人のプレイヤーが囲んでおり、襲撃の期を伺っていた。

 

「今までのツケが回ってきたか、PKのみならず、鉱山の独占、ギルドの敵対工作、好き放題にやってきたからな」

 

「面子を見る限り、上位ギルドの連中も参加してやがる……」

 

 多重に防護を施した遠隔視の鏡で観察し、ギルドメンバーは不安を抱えつつも自身の最高の装備でもって備える

 

「皆さん、ここが踏ん張りどきです。この時のために、我々は多くの準備を施してきました。なんとかして耐え抜きましょう!!」

 

 モモンガ達はこの時を想定し、よりトラップを凶悪化、複雑化させていた。モモンガの予言から多額の資産を手に入れた者は、より課金につぎ込んでいた。所持しているリソースのほとんどをつぎ込んでいたと言っても過言ではない。

 

 

「皆、何とか潜り込んできたぞ!!」

 

 そう言ったのはホワイトブリム、変装スキルでもって作戦を立案しているところに潜り込み、情報を得てきた。彼によると、変装、鍵開け、隠密、スパイはメイドの嗜みだそうだ。どんなメイドだ。

 

「アイツ等、最初は2700人の中小ギルドで攻めてきた後、傭兵魔法職ギルド、最後に大手ギルドの200人のガチ構成が攻めて来るみたいだ」

 

「……聞こえちゃいけない傭兵集団が聞こえた気がするんだが……」

 

「傭兵魔法職ギルドの皆さん……100人全員が加わる」

 

 傭兵魔法職ギルド、それは100人で構成されており、その内の50人がワールドディザスターとなっている。その殲滅力は圧倒的であり、彼らを敵にすれば敗北しかないとすら言われている。

 

「とりあえず、最低でも8階層にて最初の2700人を食い止めましょう。地形においては圧倒的にこちらが有利です。1層から、うまくトラップを併用して可能な限り被害を抑えて相手のモチベーションを削りましょう。絶対にHPは0にしてはいけません。HPを少しでも減らしたら撤退、本命は8層です。傭兵魔法職ギルドは8層ならなんとか仕留められるチャンスがあります。逆を言えば、8層を突破されたらナザリックは今日でもって終了です」

 

「……やるしかないか」

 

「それでは、各位!! 持ち場に、散開!!」

 

 

1層

 

 大量のプレイヤーがゾロゾロとナザリックに侵入してくる。中は暗く、迷路状になっていた。

 

「げっ、何だこれ!! ブラッド・オブ・ヨルムンガンドかよ、俺ここで終わったわ!!」

 

「冗談じゃねーぞ!! ここまだ1層だぞ!?」

 

「流石は非公式ラストダンジョン……最初から飛ばしてるな」

 

 以前より凶悪化された罠が蔓延っていた。

 

「さっきからPOPしてる雑魚スケルトンがうざい、多すぎる!!<炎の壁(ファイヤーウォール)>」

 

「馬鹿!! 早まるな!!」

 

 POPしたスケルトンの集団が炎に包まれて消えてい中、姿形が似た一体のスケルトン型ゴーレムが立っていた。

 

「被ダメージヲ認識……次ステート……『自爆』」

 

 巨大な爆発がプレイヤー達を巻き込んだ。巻き込まれたプレイヤーは3割の体力を削られた。

 

「この狭い通路で、大量のPOPの中に姿形を似せた高レベルの自爆専用のゴーレムか……考案したヤツは性格最悪だな」

 

 そう言いつつ、通路先を進もうとすると――

 

「まだ終わりじゃないぞ!! 起動!! <爆撃地雷(エクスプロードマイン)>」

 

「うおっ」

 

「さらに追加で<背後の一撃(バックスタブ)>」

 

 不意打ちに現れたチグリス・ユーフラテスとフラットフットが罠直後の隙を突き、また去っていく。前者は盗賊スキル、後者は暗殺者スキルを所持しており、複雑な地形において力を満遍なく振るうことができた。

 

 襲撃者たちは様々な凶悪な罠と不意打ちにストレスが募り、それのせいでさらに罠に掛かるという悪循環に陥っていった。

 

『フラットフットさん、首尾はどうですか?』

 

『罠にかかった直後の隙をついてますが、いかんせん、数が多すぎて……』

 

『1層~3層の目的は精神的にジリジリと追い詰めて相手の判断力を失わせるのが目的です。罠がなくなっていったら、2層、3層に撤退してください』

 

『了解した』

 

 侵入者は数を減らしつつ、深層へと歩み続けた。

 

 

 第1層~第3層 墳墓

 

 数々の凶悪なデストラップと暗殺者、盗賊、ポイズンメーカーを所持したギルドメンバーが対処し、阿鼻叫喚の惨劇を催した。三層の地下聖堂では前衛シャルティア、後衛ペロロンチーノを主軸とした構成で立ちはだかった。何故かNPCが神器級のフル装備をしており、「ありえない」と多くの侵入者が目を疑った。なお、黒棺の間に入ってしまった多くのプレイヤーは一目散に強制ログアウトして、リアルでもトラウマを負ったとかなんとか。

 

 

 第4層 大空洞

 

 課金によって、より空間を大きく作られ、ガルガンチュアが大きく動けるようになった。相対したプレイヤーからは『敵ギルドに潜ったらワールドエネミーのような物と戦っていた』という訳の分からない言い分を残した。

 

 

 第5層 氷結地獄

 

 吹雪が<魂の凍てつき(ソウル・フリーズ)>に変更させられ、冷気耐性、即死耐性を所持したプレイヤーでも動きが鈍くなり、コキュートス、武人建御雷、二式炎雷などが次々と侵入者を狩り殺していった。

 

 

 第6層 ジャングル

 

 襲撃者いわく、ここ以降の階層が苛烈を極めていた言う。

 自然の良さそうなジャングルとは裏腹に、ブルー・プラネットによって凶悪化された『毒吹きアゲハ』、『危険な花びら』、『おばけ大根』、『モルボル』と言った自然系統のモンスターが状態異常をひたすらに振りまいた。それを数百体にも及ぶガチャの当たりドラゴンが状態異常にかかったプレイヤーを駆逐した。闘技場のような所では、マーレによってバフをかけられた膨大な数の魔獣がアウラによって使役され、侵入者は為すすべもなく散っていった。やっとの思いで双子のNPCに攻撃しようとも、ぶくぶく茶釜のせいでほとんど攻撃が通らない。因みに、侵入者達はこの辺りでNPCが神器級のフル装備していることに慣れてきていたらしい。

 

 

 第7層 灼熱地獄

 

足場はほとんど消滅しており、黒い瘴気を帯びた溶岩の海となっていた。おかげで炎耐性を持っていても、そのフィールドにいるだけで、じわじわHPを削られた。飛行状態を維持しなければ、『紅蓮』によって溶岩の中に引き釣り込まれた。赤熱神殿ではデミウルゴス、ウルベルトなどの魔法詠唱者が待ち構えていた。侵入者は重力系統の魔法でハエ叩きのように問答無用で溶岩の底に叩き潰され、何とか這い出ようとしても再び重力魔法を唱えられ、死ぬまで溶岩の海に浸かることになった。

 

 

 そして、第8層…… 荒野

 

 ここは特殊なフィールドになっており、<伝言(メッセージ)>や<転移(テレポーテーション)>の阻害だけでなく、超位魔法が封印されている

 

 数多の犠牲の元に、ここまでたどり着いた襲撃者は2700から800へと激減していた。彼らは、まだ最深層じゃないのかと既に満身創痍だ。荒野を進んでいくと一匹の気持ち悪い赤子の天使がフヨフヨと浮いていた。

 

「気持ち悪い!! 邪魔だ!!」

 

 もはや最初に突撃したプレイヤーは精神的に疲れており、真っ先に攻撃してしまった。……もし、もう少し冷静であれば、躊躇しただろう。

 

 <<天輪陣>>

 

 光の輪が、侵入者全員を締めつけ、束縛する。その直後、8層の上空に控えてたもの――がレーザを放ち、全滅させていた。

 

 

「これで、先行の2700人は全滅ですかね」

 

「意外となんとかなるもんですね」

 

「えぇ、襲撃されること自体は想定していましたからね」

 

「あと300人……おや、傭兵魔法職ギルドの皆さんが来たようですね」

 

「大丈夫かな~?」

 

「大丈夫、切り札はまだあります。こんなところでアインズ・ウール・ゴウンは崩壊しませんよ」

 

 

 広大な荒野の中心、ユグドラシル最強の殲滅部隊とも言える傭兵魔法職ギルドのメンバーがアインズ・ウール・ゴウンに立ちはだかっていた。

 

「さて、アインズ・ウール・ゴウンの諸君、投降したまえ。いかに君たちであろうとも、我々に勝つのは不可能だ」

 

「投降したら何かメリットがあるのか?」

 

「お前たちの所持している全てのワールド・アイテムと引き換えに、後ろで控えている200人のプレイヤーを我々が始末して来よう。さらに、今後アインズ・ウール・ゴウンへの敵対行動は取らないつもりだ」

 

 魅力的な提案だった。だが、当然そのような案は乗らない。

 

「クッククククク、ワールドアイテムを寄越せって? 寝言は寝て言え」

 

 モモンガがそう言った瞬間、傭兵魔法職ギルドは集団で<現断(リアリティ・スラッシュ)>を連発し、上空に控えていたナザリックの最高戦力を持つもの全てが一瞬で地に落ちた。

 

「……もう一度言うよ? 投降したまえ」

 

「聞く耳持たん!! ぷにっと萌えさん、例の作戦でいきます!!」

 

「了解!!」

 

 ぷにっと萌えは角笛を持ち出した。

 

「……超位魔法が封印されているフィールドなら我々に勝てるとでも? 今日がアインズ・ウール・ゴウン最後の日だ!! 殲滅せよ!!」

 

 傭兵魔法職ギルドの詠唱よりも、僅差でぷにっと萌えのアイテムの使用が早かった

 

「さぁ、見せてやる!! ゴブリン地獄をな!! 小鬼将軍の角笛!!」

 

 ぷにっと萌えが角笛を吹くとボォォーという重低音と共に、突然、荒野に5000を超えるゴブリンが現れて埋め尽くされる。その数は膨大で身動きがとれないほどだ。

 

「な、なんだこれは!? このゴブリンの数は異常だ!!」

 

「落ち着け!! なんてことない、全部ただの雑魚だ、俺が一掃してやる!! <炸裂せし惨禍(カラミティ・ブラスト)>」

 

 辺りに散らされる炸裂する獄炎が元々何もなかったかのように、一瞬で全てのゴブリンを消し炭に変えた。

 

「数に驚きはしたものの、所詮は雑魚ゴブリン、大したことは――」

 

 再びボォォーという重低音が鳴り響いた。また荒野がゴブリンで埋め尽くされた。

 

「何度やっても同じことだ!! <炸裂せし惨禍(カラミティ・ブラスト)>!!」

 

 ゴブリンたちは先ほどと同様に全て消滅した。……タイミングを見計らった様に再びボォォーという重低音が鳴り響き、ゴブリンたちが現れた。

 

「ま、まさか……」

 

「……お前たちは確かに強い。ユグドラシルの全組織において間違いなく最強だろう。……だがな、弱点も多い。同じような連中ばかりだから対策が取りやすい、MPが尽きれば雑魚、今までその圧倒的な力で屠ってきた為に予想外の展開に弱い……挙げれば数え切れんが……とりあえず、MPが尽きるまで踊ってもらおうか。なに、安心しろ、トドメは我々41人が刺してやる。傭兵魔法職ギルドの皆さんがゴブリンに殺されたなど、今後の沽券に関わるだろう?」

 

 ……ハッタリである。モモンガはここまでうまく物事が進むとは思っておらず、アインズ・ウール・ゴウンが解散したらどうしようかと、ずっと内心ではビクビクしていた。

 

「<飛行(フライ)> お、俺は逃げるぞ!! 冗談じゃない!!」

 

 <転移(テレポーテーション)>は阻害されており、<飛行(フライ)>で逃げようとする者が現れ、荒野の入口へと向かった。

 

『ペロロンチーノさん、お願いします』

 

『言われずともさ』

 

 遥か上空に飛んでいたペロロンチーノがゲイ・ボウで<飛行(フライ)>で逃げようとしたマジックキャスターを地に落とした。

 

「……知らなかったのか? 我々(アインズ・ウール・ゴウン)からは逃げられないということを……」

 

 

 

「おい、聞いてくれよ、俺ワールドディザスターの職業クラスが取れるようになったぞ!!」

 

「おぅ、俺もだ!!」

 

「えぇー、私もなんだけど!!」

 

「傭兵魔法職ギルドにはワールドディザスターを50人囲っていましたから……ま、まさかとは思うが」

 

 ワールド・ディザスターの職業クラスを得る条件は、ワールド・ディザスター持ちをPKすることである。

 

「今この場にいる……止めを刺した全員がワールドディザスターになれますね」

 

「マジかよ……俺の専売特許が……」

 

「ウルベルトさん、元気出してください。まだまだ敵は控えているんですから」

 

「う、うるせー!! ってか、たっち、もしかしてアレか!? ワールドチャンピオンにしてワールドディザスターになれるのか!?」

 

「……みたいですね。まぁ、私は他の魔法職一切とってないので、メリットがないですが」

 

「なんてこったい……」

 

 

 

「嘘だろ!? 何で傭兵魔法職ギルドの連中が負けるんだ!? 糞ども(アインズ・ウール・ゴウン)と戦わせて疲弊したら傭兵魔法職ギルド共々全員PKする予定だったのに!!」

 

「おい、どうすんだよこれ。最初は3000人もいたのになんで俺らしか残っていないんだ?」

 

 残りの襲撃者たちは焦っていた。傭兵魔法職ギルドがアインズ・ウール・ゴウンを殲滅したのなら、アインズ・ウール・ゴウンの蓄財を分け合い、共倒れすれば、漁夫の利で蓄財を全て奪うつもりだった。

 

 だが、アインズ・ウール・ゴウンは誰一人欠けることなく傭兵魔法職ギルド全員をPKした。

 

「さすがはアインズ・ウール・ゴウン、恐れ入ったよ。俺はデスペナくらいたくないし、これで撤退するわ」

 

「あぁ、俺もそうする。まだまだ切り札とか持ってそうだしな」

 

 襲撃に来た残りのプレイヤーの200人のうち、何人かが去ろうとする。傭兵魔法職ギルドが撃退されて士気はだいぶ落ちていた。

 

「お、おい、ちょっと待てよ!! せっかく、ここまで来たのに諦めんのかよ? こんな機会もう2度とないぞ?」

 

「そうは、言ってもよー、なんか俺らの行動が全部読まれているような気がするんだよな。傭兵魔法職ギルドの連中だって、既に対策されてたかのようだったし」

 

 確かに、あらかじめ準備されているかのように対策されていた。3000人への対策なんて常識的に考えて咄嗟にできるものではない。

 

「これからの俺らの行動も全部対策されてるんじゃないか?」

 

「そ、そんな訳……」

 

 否定することができなかった。

 

「だがよ、これを対策することはできないはずだ」

 

 男はある1つのアイテムを取り出す

 

 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)

 

 かつて、使われた対象のギルドのプレイヤーを一時間行動不能にさせたワールド・アイテムがそこにあった。

 

「これは奥の手で使いたくなかったんだがな、場合によっては、あいつらと戦う時はこれを使う事になるだろう」

 

 

 

「さて、次はどうする? あちらさん方は攻めて来るみたいだが。もう小鬼将軍の角笛もそれほど残ってないし……」

 

「……仕方ありませんね、9層を封鎖してそのまま直で10層へ行けるようにしておきましょう。とりあえず、ここにゴブリンを残しておいてプレアデスたちが時間を稼いでる間、我々はレメゲトンと玉座の間で準備して待ち構えるとしましょうか」

 

「玉座で戦う事になるのか」

 

「殺るか殺られるかってとこだな」

 

「遂にあのレメゲトンのゴーレムが役に立つ時が来たか」

 

「これがナザリック……いや、アインズ・ウール・ゴウンの命運を分ける最後の戦いとなるでしょう。相手も本気です。いざという時はワールド・アイテムも出し惜しみなく使いましょう。私は最強のギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備して挑もうかと思います。もはや、多数決の時間はありません。異論のある方はお願いします」

 

 少しの沈黙が流れる。

 

「……無いようですね。それでは、準備に取り掛かりましょう」

 

 

「ようこそ、ここはソロモンの小さな鍵、レメゲトンと言う。君たちが察する通りここは最深層だよ」

 

 200人もの侵入者たちをアインズ・ウール・ゴウンの20人のメンバーがレメゲトンの72のゴーレムと共に立ちはだかる。

 

「……他のメンバーはどこだ?」

 

「あの天使と悪魔を象った扉の奥さ、素晴らしいだろう? 僕が作ったんだよ!!」

 

「確かに、素晴らしいな。……だが悲しいな、今日でここを歩けるのが最後だと思うとな」

 

「そう、君たちにとっては最後だ。僕の作ったゴーレム達を堪能しながらゆっくり死んでいってくれ」

 

 72柱のゴーレムが動き出した。これらは、今まで鉱山から採掘してきた超希少金属をふんだんに使用し、今までPKしてきたプレイヤーの伝説級の装備をしていた。天井を見上げると4色のクリスタルが上位エレメンタルを召喚し、魔法を詠唱している。

 

「チッ、厄介だ」

 

 

「グヌヌヌ……やっぱり押されるか」

 

 メンバー20人と強力なゴーレム72体を配置したとは言え、さすがに200人のプレイヤーには圧倒された。襲撃者たちから見れば、半分以下の人数に何故ここまで苦戦しなければならないのかといったところだった。

 

「仕方ない……これだけは、これだけは使わないと決めていたが……やるしかないか!! いでよ!! ブラック・ボディ・オブ・アルティメット・恐怖公!!」

 

 ゲートから一匹の巨大なゴキブリが現れた。黒光りしたそのボディはカサカサと動き、壁を走り回ると辺りを飛び回った!!

 

「おい、糞ゴーレムクラフター、あれはなんだ!?」

 

「フフフ、よくぞ聞いてくれたヘロヘロさん、ブラック・ボディ・オブ・アルティメット・恐怖公、レベル100、熱素石(カロリックストーン)と今までちょろまかして貯めてきた超希少金属をふんだんに組み込んだ僕の最高傑作さ」

 

熱素石(カロリックストーン)を……組み込んだ!? ワールドアイテムをそのゴキブリに!?」

 

「そう!! モモンガさんに見つかったら怒られること間違いなしの一品さ!!」

 

「お、お、お、お、おおお前、頭おかしいんじゃないのか!!!!!? ワールドアイテムをゴキブリに組み込むとか、まじで、なにやってんの!? 」

 

 そのセリフは襲撃者側からの声だった。側にいたヘロヘロは敵のセリフであったが全面同意した。

 

「製造した熱素石(カロリックストーン)が1つ足りないって揉めてたけど、やはり犯人はお前だったか……」

 

「フハハハ!! さぁ、ゆけぃ!! 我が最強のゴーレムよ!! 奴らにトラウマを植え付けるのだ!!」

 

 

 

「く、糞が……予想以上に手こずらせやがって……」

 

 ゴーレムは既に全て破壊され、その場にいたメンバーの体力も尽きていた。最後に残っていた、るし★ふぁーの残りMPは尽き、HPも尽きかけていた。

 

「まぁ、僕にしては頑張った方かな。後はモモンガさん達に任せるとしよう」

 

「消えろ!! このクズが!!」

 

 襲撃者の一撃がるしふぁーを貫き、その場から消えた。

 

「あああああ、思い出しただけで腹が立ってくる!! なんなんだあのゴーレム!!」

 

 ブラック・ボディ・オブ・アルティメット・恐怖公 尋常ではない素早さ、耐久力、防御力を持っていた。攻撃手段はタックルのみだが、異常な素早さのせいで威力が大きい。そして、攻撃が全くと言っていいほど当たらない。黒を基調としていることもあり、すぐに見失ってしまうその様は、人間に忌み嫌われ、過酷な環境である現実世界でも強く生き残っている様を思い起こさせた。

 

 おかげで襲撃者たちは数々の魔法を無駄打ちにし、必中攻撃と広範囲魔法を何度も打たせることによって、ようやく撃退することができた。

 

「もうMPが残ってない……」

 

「鍛えに鍛えた俺の武器もヘロヘロのせいで劣化しやがった……」

 

「だが、あの扉をくぐれば終わりだ。永劫の蛇の指輪(ウロボロス)でじっくりと痛めつけてやる」

 

 特に罠がないことを確認し、恐る恐る扉に手を触れた。重圧な扉に相応しいだけの遅さで、ゆっくりと扉は開いていった。

 

 

 ――圧巻だった。言葉が出ないというのはこのことだろうか? 見上げるような高さにある天井。壁の基調は白で、金を基本とした細工が施されていた。

 天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。壁にはそれぞれ違った紋様を描いた大旗が計41枚垂れ下がっている。

 

 金と銀をふんだんに使った部屋の奥には3体のNPCが、最奥には尋常ではない魔力を誇るスタッフを装備したオーバーロードを守るかのようにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーで囲っていた。

 

 

「我らがナザリックの、玉座の間にようこそ、愚かなる訪問者たちよ。我々に殺されるか、自害するか、この場で選ばせて差し上げよう」

 

「クックックッ、アーハッハッハッハ」

 

「何がおかしい?」

 

「素晴らしい、素晴らしすぎるぞ、アインズ・ウール・ゴウン!! ここまで、壮大で強大だとは思っていなかった」

 

「そうか、ならば死の餞にこの光景を胸に刻んでおけ」

 

「ハッハッハッ、これを見てもそこまで強気でいられるか?」

 

 男は手を翳し、一つの指輪を注目させる。

 

「むっ、その指輪は……」

 

「そうだ、この指輪こそがかのワールドアイテム<永劫の蛇の指輪(ウロボロス)>だ!! 本当は使いたくなかったんだが、ここで使うとしよう!!」

 

 輪を作っている永劫の蛇は、輝きだして輪を解くと天に昇っていった。

 

「さぁ、運営よ!! 我が願いを叶えろ!! 我が願いはギルド:アインズ・ウール・ゴウンのプレイヤーの行動停止だ!!」

 

 

『その願いは了承されました。これより一時間ほどギルド:アインズ・ウール・ゴウンのプレイヤーの行動を停止します』

 

 

 この運営からのアナウンサーが起きたとき、その場にいたアインズ・ウール・ゴウンの全プレイヤーがピクリとも動かなくなった。

 

「これで終わりだ!! 皆、ヤツの手にしているギルド武器を破壊し、戦利品を得ようじゃないか!! 今日は宴だ!!」

 

「……もう勝った気でいるのか?」

 

その声はアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガからだった。

 

「……聞いたことがあるぞ、ワールドアイテム保持者はワールドアイテムの効果を受けないんだったな」

 

「そういう訳だ、今すぐ死ね!! <|あらゆる生あるものの目指すところは死である《The・goal・of・all・life・is・death》」

 

 モモンガの背後に十二の時を示す時計が浮かび上がった!!

 

「<魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>」

 

「突撃しろ!! 発動を阻止しろ!!」

 

「させるか!! 我を護れ!! <(オール)根源の精霊召喚(サモン・プライマル・エレメンタル)>」

 

 スタッフの蛇が咥えている全ての宝珠が全て輝き出した。土・水・風・火・闇・光・星の根源の精霊7体が現れた。

 

 アルベド、ニグレド、パンドラズ・アクターの3体のNPCが襲撃者の行動を必死に阻害した。

 

 一部の侵入者は暗殺スキルや盗賊スキルを使用してギルド武器を攻撃するが、スタッフの自動迎撃システムのせいで容易に攻撃ができなかった。

 

 そうしている間に12秒が経過し、モモンガのスキルが発動する。

 

 瞬間、全てが死に包まれた――

 

 

「流石だな、あのwikiがなかったら全滅していたぞ」

 

「まぁ、そうだよな、当然対策はしているだろうと思ってたさ」

 

「まったく、厄介なスキルだよ。200人分の蘇生アイテムを確保するのがどれだけ大変だったことか……」

 

 侵入者の誰も欠けてはいなかった。モモンガはユグドラシルの中では有名人であり、wikiには対策がびっちりと書かれていた。

 

「さて、そのスキルさえなければ、正直、お前は大したことはない。後は力押しすればいいだけだ」

 

「そうだな、流石に私と精霊とそこのNPC三体だけではどうあがいても、消耗しているとは言え、お前たち200人には勝てないな」

 

「そういうことだ。さぁ、今まで鉱山から発掘した装備品やらアイテム、全て頂くぞ!!」

 

「フフフ、アハハハハハハハ」

 

「今まで頑張ってきたギルドが壊れるのがショックでおかしくなったか?」

 

「いや? ここまで順調だと笑いがこみ上げてくるのさ」

 

「何を言っている?」

 

「疑問に思わなかったのか? 常識的に考えて、3000人のプレイヤーに攻め込まれば、どんなギルドだって、壊滅は免れない。もはや我々はとっくに潰されている」

 

「それは単純にお前たちが用意周到で……」

 

「いくら用意周到だとしても、全階層にあれだけの罠と設備、トラップの起動をしていれば資金はいくらあっても足りん。まして、普通に傭兵魔法職ギルドと敵対すれば敗北は必至だ」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「まだ分からないのか? 全ては想定済みだったということだ!! 我々が鉱山で採掘したものを奪うため、お前たちが期を伺い、このタイミングで攻めてくることも!! この戦力で攻めてくることも!! 傭兵魔法職ギルドの連中を連れてきたことも全て……いや、あのバカ野郎が変なゴーレムを作っていたことは想定外だったから全てではなかったな。おかげで二十を使わないで済んだから嬉しい誤算だ」

 

 本当は大嘘である。永劫の蛇の指輪(ウロボロス)がアインズ・ウール・ゴウンに使われる可能性は示唆していたものの、ここまで大人数で攻めて来るとは思わなかった。傭兵魔法職ギルドの連中が来ることも予想外だった。……ただのハッタリだったが、相手が動揺しているのは明らかだった。

 

「だが、お前たちはもう詰んでいる!! 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の効果時間はまだ50分以上ある!! このまま終わりだ!!」

 

「アハハハ、そうだったな。……皆さん、もう固まったフリするのはやめて大丈夫ですよ」

 

 その発言とともに、その場にいたギルドメンバーが動き出した。

 

「はぁ、笑いこらえるまま何もしないってのは、意外と難しいもんだ」

 

「全くだ、何度不意打ちしてやろうと思ったことか」

 

「「「「「!!!!????」」」」」

 

「な、何故動ける!? GMコールだ!! アインズ・ウール・ゴウンは不正をしている!!」

 

 襲撃者はGMコールを呼びかけるも、特に目立った反応はないようだった。

 

「人聞きの悪いことを……」

 

「ま、まさか……お前ら」

 

「そう、ここにいる全員がワールド・アイテム保持者だ。素晴らしいだろう?」

 

 有り得ない、そう言いたげな沈黙が漂っていた。だが、実際にその場のギルドメンバーが行動していることが本当だと裏付けていた。

 

「何故、動けないフリをしていた?」

 

「そんなの、お前たちを油断させるため以外にないだろ? もし、私以外のメンバー全員が動けると知っていたら、必死にアイテムとかを使って私のスキルを封じていたんじゃないのか? 実際、あのスキルを除けば、私なんて大して強くないからな!!」

 

「こ、こんなことが……」

 

 もはや蘇生アイテムは持っていない、MPもそれほど残ってはいない。数はこちらが200人と有利だが、相手は万全の態勢だ。

 

「――さぁ、行くぞ!! 鏖殺だ!!」

 

 様々な強力なスキルや魔法、課金アイテム、武器攻撃が飛び交う。

 

「次元断切!!」「グランド・カタストロフ!!」「ギンヌンガカプ!!」「ゲイ・ボウ!!」「不動明王撃!!」「ウォールズ・オブ・ジェリコ!!」「素戔鳴!!」「全知全能の神罰!!」「ネイチャーズ・シェルター!!」

 

 激しい戦いだった。双方ともHP,MPがどんどん尽きていき、一人、また一人とHPを0にしていく。召喚した精霊やパンドラズ・アクター、アルベド、ニグレドと言ったNPC達も活躍するものの、ギルドメンバーを庇い、消滅していった。

 

 

 全員のHPが尽きてきた頃、モモンガは防御に徹していたのを攻勢に回る。

 

「さて、そろそろお開きと行こうか!!」

 

 モモンガの腹部にある赤い宝玉が輝き出す。それは、経験値500%(5レベル分)を消費して絶大なる破壊をもたらした。

 

 侵入者たちは、ドロップ品を残し姿を跡形もなく消滅していった。

 

 

 この戦いは、アインズ・ウール・ゴウンの辛勝で幕を閉じた。

 




 ワールドアイテムは41個持っている訳ではなく、最低でも玉座の間にいた人数分、21個所持していたということです。


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10. バタフライ・エフェクト

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 アースガルズの天空城を保有したギルド

 

「はぁ、負けちまったな……」

 

 ギルド長をやっている人物はそう呟いた。ナザリックに襲撃した全員がギルドホームで蘇生して語り合っていた。

 

「絶対に負けない戦いだと思っていたが……あいつら頭おかしくないか? いくつワールドアイテム持ってんだ?」

 

「見た限り最低で21個、最後の間の後ろの玉座もワールドアイテムだったな、ゴーレムや武器に組み込んでいるのを含めると……」

 

「……有りえねーだろ、っていうか何でそんなに持つことが出来るんだよ? ワールドアイテムは200しかないはずだろ?」

 

「噂に聞いた話だけど、幾つかのワールドアイテムは複数個入手可能らしいぞ。多分、何かしらの方法で何個も同じワールドアイテムをたくさん手に入れたのだろうな」

 

「……あいつらの占有している鉱山か」

 

「きっとそうだろう。じゃなきゃ、あれだけのワールドアイテム数は説明がつかん」

 

「……お前ら、あの異常さはワールドアイテムだけじゃないだろう。6層のあのドラゴンの数……あれ当たりガチャのドラゴンだよな? 正直、目を疑ったぞ、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーには石油王でもいるのか?」

 

「……いや、どうにかして繁殖させてるのかもしれん……聞いたこともない話だが……」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの異常性を語っている中、とある魔法職風の人物が現れた。

 

「……皆さん、お疲れ様でした。……結果は残念でしたね」

 

「あぁ、参謀さん、悪い、負けちまった。永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の使ったタイミングが悪かったのが一番の敗因かな……」

 

「そうですね……ネットの中継見ながら思っていましたが、最深層とわかった時点で使うべきでしたね」

 

「……すまねぇ……永劫の蛇の指輪(ウロボロス)を無駄にしちまったな」

 

「本当ですよ。まったく、勿体無いことを……」

 

「……なぁ、さっきから言ってることが酷くないか? こっちだって必死だったんだぞ!! てめぇは留守番してただけだろうが」

 

「いえいえ、私も色々と必死でしたよ……あなたたちを歓迎するのにね!!」

 

 その発言と共にぞろぞろと後ろの方から見慣れないプレイヤーたちが現れた。

 

「さて、傭兵の皆さん、今ここにいる者たちはアイテムを使い切ってデスペナルティを受けた者たちです。報酬はこのギルドの宝物庫の全てです」

 

「お、おまえ……まさか……裏切って――」

 

「今やネットであなたたちの評価はただの負け犬、そんなギルドにこの私は相応しくない。無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)は有り難く私が頂いていきます。今までお世話になりました」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

反省会

 

 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)による一時間の拘束が解除された後、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは気分上々で宴をしていた。

 

「皆さん、お疲れ様でした!! おかげでナザリックを守りきれましたよ!!」

 

 モモンガは大はしゃぎでメンバーと和気あいあいとしていた。

 

「あぁ、お疲れ、しんどかったわー」

 

「何とか勝てたな……」

 

「最初は終わったと思ったんだが、なんとかなるもんなんだな」

 

 一方で、メンバーの大半は酷く疲れていた様子だった。だが、その疲労感さえも愛おしいと思える程の高揚感があたりを包んでいた。

 

「もうやりきった感がハンパない。あと人数が少し多かったらヤバかったなー」

 

「……確かに、そうですね。あと数百人多かったら間違いなく二十を投入していましたね」

 

「はぁ、一回くらいはこんな襲撃もあってもいいなって思ってたけど、もうこんなことは二度とゴメンだわ」

 

「そうですね、お疲れ様でしたー」

 

 モモンガは他の皆とも睦まじげに話した。最後の一人を残して。

 

「いやぁ、るし★ふぁーさん、今回は色々と頑張ってくれましたね」

 

「そりゃ、ホームタウンを荒らされたとなったら、僕だって本気出すよ」

 

「本当によく頑張ってくれました。あなたがいなかったら二十は温存できなかったでしょう」

 

「いやぁ、そんな褒めないでくれよー、照れちゃうじゃないか」

 

「……でだ、るし★ふぁー、あれは一体何だ?」

 

 急激にモモンガの声のトーンが下がった。

 

「……あれって何? ギルド長の言ってることが僕分かんないや」

 

「……言わなくても分かるよな?」

 

「な、何を言って――」

 

「正座しろ!!」

 

「えっ!?」

 

「正座だ!!」

 

「……はい」

 

「いいですか!? あなたは、いつもいつも何でそんな勝手に変なことするんですか? 皆で得た財産を勝手にちょろまかすなんて何を考えているんです? だいたいねぇ、ここは社会人ギルドである以上、あなたはもっと調和の取れるように行動できるはずなんです。そうじゃないと、会社で即効でクビですからね。なんでこんなことするの? 何でゴキブリ作っちゃうの? あなたは昔から――(以下ひたすら長いので省略)つまりは、もう少し社会人として常識をもって――」

 

「あぁぁぁぁ!!!! もう分かったよ!! 悪かったよ、勝手に作って!!」

 

「……分かってくれたんならいいです。まぁ、あのゴーレムのおかげで二十を使わずに済みましたし、今回はこの位で許してあげましょう」

 

「うぅ、あんなに頑張ったのにひどいや」

 

「頑張ってたのは分かってますよ。お疲れ様でした、るし★ふぁーさん」

 

「俺から見ても今回は頑張ってたと思うよ、お疲れさん」

 

「ヘロヘロさん……どういたしまして……」

 

 

 魔王ロール

 

「モモンガさんの魔王ロール、良かったと思うぜ!!」

 

「えっ、魔王ロール?」

 

「いやいや、襲撃者達とやり取りしてたじゃん、『我々に殺されるか、自害するか、選ばせて差し上げよう』だっけ、やるじゃん。さすがは我らが魔王」

 

「モモンガさんもその格好良さが分かってきたみたいで嬉しいよ。我が名はウルベルト・アレイン・オードル!! 偉大なる魔王に仕えし邪悪なる魔導師なり!!」

 

「うむ、モモンガさんにならアルベドを譲ってもいい気がしてきました。Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「ちょっ、黒歴史を掘り返さないで!! おい、ポーズを取るんじゃない!! やめっ、やめろ!! この中二病コンビが!!」

 

 あの発言は素でやっていたことをモモンガは言えなかった。別に演じようだとか、そういう考えは全くなかったのだ。……NPCの前ではどうしても格好をつけてしまう癖がついていたせいだろう。モモンガはこれが更に自分の首を絞める行為だと気づかぬままに行っていた。

 

 

 小鬼(ゴブリン)将軍の角笛

 

「そういや、小鬼《ゴブリン》将軍の角笛にあんな隠し効果があるとはな。あのゴブリンの数は凄かったわ」

 

「私も最初見たときびっくりしましたよ!! モモンガさんに教えてもらったんですよ」

 

「モモンガさん、どこで、どうやってあんな隠し効果に気づいたんだ?」

 

「異世界ですね。騎士に襲われてる村があって、とある村娘に護身用に2つ渡したんですよ。その娘が2つ目を吹いたときに、5000を超える大量のゴブリンが現れたようでして……自分も、まさかあんなことになるとは……」

 

「色々と探ってみると、条件は将軍のクラスに就いている、一定時間以上ゴブリンと共に行動する、自分たちより強大な敵と戦っている最中みたいな感じなんですよ」

 

「それ、よっぽど酔狂なプレイでもしない限り見つからんわ」

 

「ですねー、その村娘なんですが、正直、感謝してもしきれません。普通に戦ったら傭兵魔法職ギルドなんて勝てるわけないですからね」

 

 

 別れ

 

「死獣天朱雀さん、今まで頑張ってもらって感謝の言葉もありません」

 

「こちらこそありがとう。いい思い出になったよ」

 

「それに、これらのテキストのデータ量……本当に頂いていいんですか?」

 

「あぁ、前に言った、この老いぼれからのプレゼントだ。9層にある図書館の叡智の間にでも置いておいてくといいだろう」

 

 それは現実世界の自然科学、医学、工学、哲学、文学、美術、楽譜、料理本などの膨大な量のデータだった。

 

「全て半世紀ほど前のデータだから、大したものではないが、きっと異世界で役に立つだろう。暇でもあればでも読んでみるといい」

 

「そうさせてもらいます。ありがとうございました」

 

 古いデータだから大したものではないと言っているが、これだけの量となれば膨大な金が掛かっているように思えた。受け取れません、と言おうと思ったが、この好意を無下にすることはできなかった。

 

「……生きていくということは、出会いと別れの繰り返しだ。出会った数だけ別れが来る。だがね、私はそこでできた縁こそが生きたということの証だと思う。いい思い出をありがとう。それでは皆さん、今後のアインズ・ウール・ゴウンの健闘を祈ります」

 

 モモンガは死獣天朱雀の最後の言葉を胸に刻み、送別した。

 

 

 今後の方針

 

 死獣天朱雀の送別会も終えて、モモンガたちは玉座の間にて今回の防衛戦の損失を計算していた。

 

「使用した経費……全階層のトラップの起動、ゴーレムの起動、設備の修繕費、NPCの修復……仕方ないとは言え損失がでかすぎる」

 

「今回のドロップ品を全部換金すれば、プラスに浮くんじゃないか?」

 

「……後で多数決で決めるつもりなんですが、個人的にはドロップ品は返却したいと思っています」

 

「えっ!? 何でさ?」

 

「他のプレイヤーに対してこれ以上ヘイトを稼ぎたくないんですよ。ドロップ品は返却して代わりに同盟みたいなのを築くのもいいかなと思ってます」

 

「それは異世界転移後も想定しているのかな?」

 

「えぇ、そうです。転移後にこんな襲撃されたら耐えられませんので……」

 

「転移後か……大抵は弱いけど、全てを精神支配するワールドアイテムを持った敵がいるんだっけ?」

 

「えぇ……探してはいるんですが、なかなか見つからないですね……」

 

 今の発言はモモンガが発したとは思えない程に低くドス黒い何かを感じさせる様子だった。その場にいた者は別人が乗り移った様に思えた。

 

「お、おぅ、何にせよ、当面はナザリックの立て直しと資金繰りだな」

 

「そうですね、やることはまだまだ多いです」

 

 

 隠し七鉱山

 

「鉱山、ナザリックの防衛している間に奪還されちゃったね」

 

「正直、悔しいですね。クレイン・フォートレスとかいうギルドでしたっけ? あちらも、このタイミングを伺っていたんでしょうね」

 

「まぁ、何もかも上手くは行かないよな」

 

「正直、欲張りすぎましたね。奪われて独占される前に、もっと早く公開すべきでした」

 

 

 バタフライ・エフェクト

 

「モモンガさん、聞きたいことがあるんですが、構わないですか?」

 

「おや、数百体のドラゴンを6層に配置して最近、石油王と呼ばれ始めたタブラさん、一体何でしょう?」

 

「石油王じゃないです、錬金術師です。まぁ、その話は置いておいて、この襲撃はモモンガさんの主観で以前にも起きたことなんですよね?」

 

「……えぇ、そうです。最初の時は1500人のプレイヤーに襲撃されました」

 

「……それが、鉱山の独占が続いて3000人に襲撃されたということですかね?」

 

「恐らく、そんな感じでしょう。鉱山が奪還された件を除けば、ナザリックはだいぶ強化できたので、現状かなりいい感じだと思っています」

 

「……なるほど、ところでモモンガさん、バタフライ・エフェクトというのをご存知ですか?」

 

「いえ、知りませんが……」

 

「『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』という言葉が元ネタになっていまして、要は些細なことが徐々にとんでもないことを引き起こすという現象を指しているんです」

 

「……今回の我々が行ったことが、大きく未来を変える可能性があるということですか?」

 

「そうです。モモンガさんが異世界へ行った話をした。鉱山の奪還を回避して先の話に信用が深まった。鉱山の独占を最近までし続けた。モモンガさんの予言から多額の財産を得た。そして、今回の防衛戦にて勝利した。これらの行動は我々にとってプラスに見えますが、もしかしたら、そうではない可能性があるということです。我々も想定していないような……厄介な出来事に遭遇するかもしれません」

 

「……たしかに、有り得なくはないですが……」

 

 はたして、どうなのだろうか? 現状はモモンガから見て理想形に近い。最後まで付いて来るといった友がいるし、魔法職を取っている多くのメンバーはワールドディザスターになろうとしている。個人だけでなく、ナザリック自体も想定以上に強化されている。今やアインズ・ウール・ゴウンは最強のギルドだといっても過言ではないとすら思える。実際、今回の防衛戦をネットの動画で見たプレイヤーの多くはアインズ・ウール・ゴウンは最強だと捉えたようだ。少なくとも、以前一人でやりくりしていた時よりもずっといいはずだ。

 

「それほどの脅威は無いと思いますが――」

 

 そう発言した時に、ペロロンチーノから一通の<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

『モモンガさん、ビッグニュースだ!! つい先ほどの防衛戦に襲撃してきたギルドの一角、どうやらアースガルズの天空城を保有したギルドだったみたいだけど、たった今崩壊したみたいだ!!』

 

「えっ……まだ数時間しか経ってないですよ? どういうことです?」

 

『詳しくは分からないけど、ホームに留まっていたヤツがギルドホームに傭兵を呼んでおいて弱っているところを襲撃したんだとさ』

 

「……何ですかそれ、酷すぎですね」

 

 よくそんな簡単に仲間を裏切れるなと思った。もし、自分が同じ立場だったら、絶対に許すことはできないだろう。

 

『この裏切った奴はどこかのギルドと計画を立てていたらしい。もしかしたら、防衛している間に鉱山を奪還したギルドと関係があるのかもしれない』

 

「分かりました……そのギルド、クレイン・フォートレスでしたっけ? 警戒した方がいいですね……」

 

 どこぞのギルドがナザリックから漁夫の利を得ている。許しがたいことだった。

 

「モモンガさん、私も<伝言(メッセージ)>が届いたのですが、今回のことは以前にもあったんですか?」

 

「いえ、初めてです。……バタフライ・エフェクトでしたっけ? 今後の方針に気を付けないとマズイことになるかもしれませんね」

 

「えぇ、気を付けた方がいいです。……もはや戻ることはできないのですが、最近、私自身もここまでうまく事が進みすぎて怖いとすら感じていました」

 

 そう言ってタブラは去っていった。

 

 アースガルズの天空城のギルドの崩壊……これを聞いたとき、モモンガは嫌な予感がした。

 

 かつて異世界で八欲王と呼ばれた者たち。恐らくは自分と同じプレイヤーで、砂漠の上に浮遊する城を拠点としていたギルド。

 

 もし、八欲王とアースガルズの天空城が同じであるあらば、崩壊してしまったが故に異世界の状態が激変するのではないか?

 

 モモンガにはもはや、八欲王とアースガルズの天空城のギルドが同じものなのか確認する術は無かった。

 

 

 モモンガは知らない。彼らが具体的に何をして、どのような影響を与えたのかを。

 モモンガは知らない。彼らによって、位階魔法が広まったことを。

 

 

 もはや、モモンガは後戻りができない。

 

 かつて、アインズが開けた災厄の箱(パンドラ・ボックス)の奥底にあった永劫の蛇の指輪(ウロボロス)は果たして希望か絶望か、この時点で誰にも知る由などなかった。

 



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11. 会談(前編)

 ナザリック防衛戦より2週間後、モモンガたちはアルフヘイムの始まりの都にて、ある催しを開いていた。通常、初心者たちの世話になる都であって、上級プレイヤーならば滅多に来ることはない場所なのだが、今は大いに賑わっていた。

 

「各ギルドマスターは横一列に並んでください。装備品は全ギルドに返品するので待っていてくださいね」

 

 モモンガたちは今何をしているのかというと、2度と敵対行動を取らない条件に、以前の防衛戦にてプレイヤーたちのドロップした装備品を返却しようとしていた。彼らの背後にある袋……3000人分の装備品が各ギルドごとに袋で仕分けされていた。伝説級から神話級、様々であったが、もし、これらの全てをエクスチェンジ・ボックスにいれたら、途方もない額に及んでいただろう。

 

 始まりの都でこれらを返品するのは、窃盗やPKなどの行為が起きないように公式で禁止されているからだ。本来は初心者を守るためのものだったが、ギルド間での大きい取引する際にしばしばこの仕様が使われていた。

 

 ギルドの小さい順に一つ、また一つと袋を渡していく。渡していく袋はだんだんと大きくなっていった。アイテムコレクターであるモモンガにとって、今の目の前の行動は拷問のように思えた。モモンガは「あぁ……勿体無い……」という言葉を何度も吐きかけたが、営業サラリーマンの鋼鉄の精神でもって吐きかけた言葉を飲み込んだ。

 

 もし今後、特に異世界への転移後で、あのような襲撃をされたら耐えられない可能性が高い。少しでもヘイトを下げるためにこの行動を取っていた。

 

 悪態をつきながら袋を受け取る者もいれば、泣きながら感謝してくれている者がいた。大抵は「どういった風の吹き回しだ?」「何か裏があるんじゃないのか?」と疑問を抱かれつつも感謝しながら受け取っていたようだった。

 

「さて、最後になったが……」

 

 袋は残り1つとなったが、今までのどの袋よりも大きいものが渡されようとしていた。渡そうとする相手、それは元アースガルズの天空城のギルドマスターを含めた3人組みであり、彼らの頭上には敗者の烙印が施されていた。

 

「よう、2週間ぶりだな。アインズ・ウール・ゴウン」

 

 どこか恨みを持った声――それもそうだろう、彼らは裏切られ、屈辱の烙印を刻まれていた。彼らが必死になって得たホームは既に存在していないのだ。

 

「……えぇ、そうですね。とりあえず、約束なので全員分の装備品を代表のあなたに返しますね。その後でどうするかは、そちらが決めてください」

 

「装備品は俺ら3人分だけでいい……」

 

「……何でです? こちらとしては、約束通り全部持って行ってもらって後腐れなく終わりたいんですが……」

 

 ここで貰ってもらわないと困るのだ。こういった取引は後々トラブルを招きやすいからだ。

 

 そう言うと、相手のギルドマスターは苦虫を噛み潰したような言い方で語りだした。

 

「もう、俺たち3人しか残っていないんだよ。他の連中はアカウントすら残っていない」

 

「えっ……」

 

 モモンガは信じられなかった。このギルドはかつて、大手の内の一つであり、2週間前には200人いた。それがあっという間に3人を除いてアカウントが消えているというのだ。

 

「……この2週間、あの裏切ったクズを皆で追い詰めて……レベル一桁になるまで追い詰めたら、とうとうアカウント消してこのユグドラシルから完全に逃亡したんだよ。そんな復讐を遂げた後……俺たち3人を除いて皆が辞めちまった……なんていうか……白けたんだろうな。ユグドラシルで何か新しいことをしようっていう気概がなくなっちまった。皆で一所懸命に頑張って、皆で支えたギルド……まだまだ、これからだってのに、たった一人のクズのために一瞬で崩壊した……他の連中は辞めて違うオンラインゲームに去っていったよ」

 

「……そうでしたか……それは……残念でしたね……」

 

 2週間前では打倒すべき敵であったが、今では同じギルドマスターとして居た堪れない気持ちになった。どうしても他人事のように思えなかった。

 

「……とりあえず、あなた方3人の装備品はお返ししますね」

 

 3人分のドロップした装備品……全てが神話級の装備品。さすがにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンほどではないが、鉱山を占有していた今のモモンガたちの装備品に決して劣らぬ一品だった。

 

「……ありがとうよ、この俺の剣はな、昔から使っていた思い入れのある物を何度もカスタマイズして作ったんだよ」

 

「……感謝してくれて何よりです。もう敵対しないで下さいね?」

 

「あぁ、勿論だ。約束は守る。……お礼と言っちゃなんだが、情報をくれてやる。聞きたいことがあったら、何でも聞いてくれ。他のギルドの連中に教えないなら特別にタダで教えてやるよ。お前らほどではないが、これでもユグドラシルを廃人と言われるほどにやっているからな、何かしら得られるものはあると思うぞ?」

 

 それは願ってもないことだった。ユグドラシルには未発見の物や隠し要素など、様々な物がある。当然、アインズ・ウール・ゴウンが全てを熟知しているなどということは有り得ない。大きな戦力に繋がる機会がタダで与えられたのだ。

 

「いいんですか? 言質は取りましたからね?」

 

「あぁ、何でも聞いてくれ。本当に装備品をタダで返してくれるなら教えようと、3人でそう決めてたんだ」

 

「……そうですか、では、あなたたちが使用した永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の入手法を教えて貰いましょうか」

 

 モモンガは流石にこれは答えられないだろうと、高を括る。この情報だけでリアルマネーが動くからだ。

 

 だが、モモンガの意を嘲笑うかのように淡々と語りだした。

 

永劫の蛇の指輪(ウロボロス)か……いいだろう、教えてやる。あれは使用から3ヶ月後、永劫の導き手……蛇の姿をしているんだが、そいつがムスペルヘイムの隠しダンジョン、『異世界の迷宮』の最深層に現れる。そいつと会話して、指示通りに他の8つの世界の隠しダンジョン、永劫の試練を踏破すれば手に入るぞ」

 

「それ……本当ですか?」

 

「あぁ、俺たちはそうやって手に入れた。だが注意しろ、隠しイベントで使用3ヶ月以内に天に昇った蛇を地に戻すという別の入手経路があるらしい。このイベントに関しては全く知らん。当然、これで先に入手されると『異世界の迷宮』に永劫の導き手は現れない。……他に聞きたいことはあるか?」

 

「……他のワールドアイテムについて教えてくれますか? 例えば、あらゆる者を精神支配するワールドアイテムとか知っていれば教えてくれます?」

 

「あらゆる者を精神支配するワールドアイテムは知らんが、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)以外にも無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)というワールド・アイテムを手に入れていた。裏切ったクズが奪って行ったんだが、復讐する頃には既に持っていなかった」

 

無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)ってどんな物ですか?」

 

「あれは魔法の百科事典のようなものでな、ユグドラシルにある全ての魔法が記述されていて、24時間に一度だけ好きな魔法を使用できる代物だ」

 

「なるほど……他には何かご存知ですか?」

 

「分からん……皆が揃っていた状態なら二十とか発見できたかもしれないが……」

 

 その後、様々な有力な情報を得ることができた。モモンガ自身が既に知っていることも多かったが、当然知らなかったことも沢山あった。隠しダンジョン、アイテムの隠し効果、有力なアイテムの合成・錬金、レア素材の在り処、料理のレシピ……ネタは尽きなかった。

 

「……何で、ここまで教えてくれるんです? さすがに教えすぎじゃないですか?」

 

 モモンガは疑問に思う。幾らなんでもやりすぎだと。ここまでくると裏があるのではないかと思えていた。

 

「この剣を返してくれたんだ、そのお礼だよ。お前らにだって、奪われたり、無くしたりしたら発狂しそうな物とかあるんじゃねーのか?」

 

「確かに、それはありますが……」

 

 思い入れのある装備品……例えば自分たちの作成したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンには相当な思い入れがある。仕事で疲れた体に鞭打って来てくれた人や、家族サービスを切り捨てて、奥さんと喧嘩した人、有給休暇を取った人……様々な要素が絡み合ってできた最高傑作だ。……もし奪われでもしたら発狂で済むのだろうか? 別にギルド武器でなくとも、武人建御雷などは武器に必要以上に拘っていた。確かに、大切な物を返すと言われれば、喜びのあまり何でも喋ってしまうのかもしれない。

 

「今後、あなたたちはどうするんです?」

 

「……装備品が帰ってきたからな、のらりくらりと旅でもしようかと思う……本当は復讐の続きがしたかったんだが、もはや無理だしな」

 

「復讐の続き? 復讐は終わったのでは?」

 

「裏切り者が言ったんだ、クレイン・フォートレスのギルドの連中に俺らのワールドアイテムを強奪するように唆されたんだと。『ワールドアイテムを渡せば幹部格として、採用してやる』とな。そして、持っていったら締め上げられた……実にマヌケな話だが、そんなマヌケを参謀に置いていた俺らはもっとマヌケだ。まぁ、そんな訳で、あのギルドに鉄槌を下してやりたかったんだが……もはや、俺らの戦力では厳しい。仮におまえらとあのギルドが敵対しようが何しようが、もう気にしないことにした。もし……機会があれば絶対にぶちのめしてやろうとは思っているがな」

 

 明らかに根には持ってはいるが、ギルドの(しがらみ)に囚われずに単純にユグドラシルを遊ぶ。そういったスタンスをとる様だった。

 

「そうですか、貴重な情報、色々とありがとうございました」

 

「おぅ、こっちこそ装備品返してくれてありがとうな。……それと、負けちまったけど、あの襲撃はなんだかんだで楽しかった。最深奥とか、あの豪華絢爛な――悔しいが、あまりの壮大さにテンション上がったよ。……本当にお前たちは、いい仲間に恵まれてるな」

 

「……え、えぇ!! そうですとも!! 仲間あってのアインズ・ウール・ゴウンですからね!! ……あの、最後に名前を伺ってもいいですか?」

 

「……ギルガメスだ。……もう2度と会うことはないだろうが、あばよ、アインズ・ウール・ゴウン、いつか仲間に寝首を描かれないように気をつけろよ」

 

「そんな日は来ませんよ、あなたたちこそ、2度と誰かに裏切られないよう、祈ってますよ」

 

 かつて、自分は異世界で『漆黒の剣』という冒険者グループに慰められるようにこう言われた。

 

『いつの日か、またその方々に匹敵する仲間ができますよ』と。

 

 その言葉に対して否定的に答えてしまった自分には今の彼らにそう言う資格はないだろう。……だが、もし彼らが最終日までユグドラシルをプレイし続けて、異世界を旅することになるのならば、それは、いい旅であって欲しい。そして幸せになって欲しいと思った。それが2週間前、土足でナザリックに踏み込み、滅ぼそうとしてきた敵であったにも関わらずだ。……何とも不思議な感覚だった。

 

 

「モモンガさん、この残った装備品どうしよう?」

 

 大きな袋に残った物は神話級と伝説級の装備品がメインになっていた。

 

「せっかくですし、幾つかはNPCたちの強化に使わせてもらいましょう。それでも余っちゃいますが、個人的には全部宝物庫に取っておきたいです」

 

「……そうだな、それがいい」

 

 彼らの装備品がエクスチェンジ・ボックスに放り込まれることはなかった。

 

 モモンガたちは始まりの都で行った全てのやることを終えて、ナザリックに帰還していった。

 

 

 防衛戦から2週間が経ち、破竹の勢いで勢力を伸ばしているギルドがあった。

 

 ギルド:クレイン・フォートレス

 

 このギルドは隠し鉱山を奪還し、あのアインズ・ウール・ゴウンに対して唯一、一矢報いたギルドとして注目を浴びていた。このギルドに入れば、更にアインズ・ウール・ゴウンに対して報復できるかもしれないと、また、希少金属を欲しさに新規参入しているプレイヤーが後を絶たなかった。

 

 

「……厄介ですね」

 

「えぇ、どうしましょう?」

 

 このまま黙って指を咥えて待っていれば、またあの襲撃が繰り返されかねない。今のうちに潰すことができるかもしれないが、これ以上プレイヤーに対してヘイトを稼ぐのも戸惑われた。

 

「ホワイトブリムさん、音改さん、このギルドについて何か得られたことはありますか?」

 

「あぁ、基本的なことならな」

 

 

ギルド:クレイン・フォートレス

ギルドマスター:スルシャーナ

 

 このギルドは創設者である6人が最高権力を保持しており、誰も逆らうことができない。元々はアインズ・ウール・ゴウンのような少数精鋭のギルドだったが、先の件から勢いを急激に増している。新規参入した下端の者たちは『打倒!! アインズ・ウール・ゴウン!!』などと掲げているが、上層部は乗り気ではないらしい。ネットで検索してみるとチラホラと裏で様々な工作をしているのではないかと、黒い噂がある。

 

 

「因みに、このギルドマスターはモモンガさんと同じオーバーロードらしいぞ」

 

「へぇ……」

 

 別に同種であろうと、鉱山を奪った者に対して思うところは特に無い。

 

「モモンガさん、提案があるんですが、いいですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「こちらからトップ会談を設けてみるというのはどうでしょう? 上層部は我々に矛を構える気はないみたいですが、末端の人数が多くなれば、どうなるか分かりません。今のうちに、お互いに不可侵協定を結んでみるのはどうでしょうか?」

 

「不可侵協定ですか……悪くないですね……トップ会談になってしまうと、私に一任してしまうことになってしまいますが……それでもいいですか?」

 

 会談中に仲間と話をして多数決を取るなどということはできない。

 

 仕事であれば、話を持ち帰って懸案を話し合うのが常だが、これはあくまで『ユグドラシル』というゲームであって仕事ではない。モモンガにとって、今や仕事よりも遥かに重要なものではあるが……ゲームなので、多少の齟齬はあっても、会談中にさっさと全て決めてしまうのが好まれた。

 

「あぁ、俺は構わないが……」

 

「とりあえず、この件に関して多数決をとりましょう。旧硬貨が賛成、新硬貨が反対ということでお願いします」

 

 

「おーい、スー坊、アインズ・ウール・ゴウンの連中がお前の目論見通りトップ会談を持ちかけてきたぞ」

 

 戦士風の男は傍にいるルービックキューブをカチャカチャと操作しているオーバーロードに声をかけた。だが、声をかけたにも関わらず、返答が帰ってこない。

 

「おい、スー坊、聞いてんのか!?」

 

「うん、ちゃんと聴いてるよ。……けど、いいとこだからちょっと待って……」

 

 そう言って、5秒くらい経つとルービックキューブは完全な6面の配色体となった。

 

「おぉ、すげぇ!! さすがだな!!」

 

「これには、コツがあってね、それさえ分かれば誰だってできるよ。さて……彼らが会談を持ちかけてきたと言ったね? その会談、乗ろうじゃないか。楽しみだよ」

 

「そうか、お前に任せることになるが、大丈夫か?」

 

「うん、任せて!! ただ、どうなっても知らないからね?」

 

「あぁ、構わんよ」

 

 スルシャーナがそう言いつつも、心配そうに見つめてくる者もあった。

 

「多分、彼らが今、望んでいるのは『安定』だ。『成長』も望んでいるけど、先のほうが強いだろう。ドロップした装備品を返却していることからも、そう窺えるね。多分、会談はスムーズに進むし、それなりの利は得られるよ。だから安心しておくれ」

 

「……なら、心配ない」

 

「セッティングは俺らがやっておくから、メインは任せたぜ」

 

「うん、よろしく頼むよ。引き続き、彼らの行動は注意してね、何をしだすか分からないヤツもいるからね」

 

「了解」

 

 そう言ってスルシャーナ以外の5人は去っていった。

 

 彼らが望んでいるのは、恐らく不可侵だろう……だけど、僕的には……あぁ、会談の日が待ち遠しいよ、モモンガさん。

 

 

 そうして、3日後、2人のオーバーロードが護衛をつけて対談を始めた。

 




Q ギルド:クレイン・フォートレス(要塞:Fortress)ってナザリック地下大墳墓みたいに場所名だよね? ギルド名なの?

A もはや気にしないでください、お願いします……


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12. 会談(後編)

文章を1000字程度削りました。以前と大まかな流れは変わりません。




 今、目の前にまるで自分をコピーしたかのようなプレイヤーがいた。種族はオーバーロードで装備も似ている。遠くからではどちらがアインズ・ウール・ゴウンの、若しくはクレイン・フォートレスのギルドマスターか分からない。

 

「初めまして、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガです」

 

「こちらこそ初めまして、クレイン・フォートレスのスルシャーナです。ギルド:アインズ・ウール・ゴウン様から、このような会談の場を設けてくれて光栄に思います」

 

「いえいえ、こちらこそ、会談に応じてくれてありがとうございます」

 

 まずは、挨拶をした。礼儀正しいプレイヤーという印象を受けたが、隠し七鉱山や天空城のワールドアイテムの奪取などをやっている油断ならない相手だ。警戒しておくに越したことはない。

 

 それとモモンガは言葉を飾るのは好きではないし、持って回った言い分も好きではない。

 

「……少し堅すぎましたかね? 仕事ではないし、普段の口調で話ししません?」

 

 モモンガにとっては仕事の面談よりも遥かに重要な面談ではあるが、そう言った。その方が話しやすいし、警戒心も解き易いだろうと判断したからだ。

 

「あぁ、それじゃ、そうさせてもらおうかな。僕も堅苦しいのは得意じゃないんだ。……フフフ、モモンガさんと僕は色々と似ているところが多いみたいだね!!」

 

「……そうですね、スルシャーナさんもオーバーロードのようですし、何より私と同じギルドマスターですし……因みにどういったレベル構成しています? 私は今わざとデスペナルティーで90レベルまで下げて、2つの職業(クラス)を取ろうと思ってるんですよ」

 

「エクリプスとワールドディザスターかな?」

 

「……やはりエクリプスはご存知でしたか」

 

 エクリプス、それはモモンガがロールプレイの一環で発見し、習得していた職業(クラス)。95レベル以上で、オーバーロード5レベル、更に死霊系魔法特化という真の意味で死を極めた者がつくことができる。

 

 Wikiにはモモンガのことがびっちりと書かれていて、切り札である『あらゆる生あるものの目指すところは死である』も記載されているものの、どのようにして、そのスキルを修得しているのかまでは書かれていない。

 

 つまり、知っているということは……

 

「ユグドラシルでもごく少数しか知られていないよね。僕が知っているのはモモンガさんと僕だけ、そしてモモンガさんは傭兵魔法職ギルドのワールドディザスターにトドメを刺していたから、きっとワールドディザスターになるんだろうと思ったよ」

 

 傭兵魔法職ギルドの連中はぷにっと萌えが(ひたすら課金ガチャを回したので腐るほど持て余した)小鬼将軍(ゴブリン)の角笛を何度も使用し、MPやアイテムなどのリソースを完全に削った後、拘束して41人全員がトドメを刺した。このシーンはネットで動画としてアップロードされており、視聴者は「酷すぎる」「公開処刑だ」などとコメントをしている。

 

「スルシャーナさんもエクリプスでしたか、それだと私とほとんど一緒ですかね」

 

「そうだね、ただ一点、明確に違うのは、モモンガさんがワールドディザスターを習得しようとしているところかな。僕はエクリプスでワールドガーディアンの職業(クラス)についているよ」

 

 ワールドガーディアン。

 ワールドディザスターが攻撃魔法極限特化型魔法職であり、ワールドガーディアンはそれと完全に対になる防御魔法極限特化型魔法職。一定時間、全ての味方のダメージを0にしたり、魔法反射、物理反射、防御・魔法防御を大幅に向上させたりすることができる、公式において『ワールド』の名を冠する贔屓職の一つ。

 

 

 厄介だ……モモンガはそう思った。もし集団で戦えば、今のアインズ・ウール・ゴウンはデスペナルティなどで弱体化しているため、この存在のために負ける可能性が高い。

 

「そういえば、アインズ・ウール・ゴウンの防衛戦、動画で全編見させて貰ったけど、本当に凄かったよ!! 実に見事な手並みだった」

 

 ナザリックの襲撃者が録画し動画をとっていたものが全編通して10時間に及ぶものがある。なぜ10時間もあるのかというと、例えば1層から最深層まで全ての階層守護者に対面した者はおらず、複数人の録画した者たちが共同で纏め上げて作られた物だからだ。その動画にはナザリックのほぼ全てのギミックなどが網羅されており、他ギルドでも研究の対象になっていた。

 

「それはどうも、正直ヒヤヒヤしましたけどね」

 

「各階層のデストラップ、極悪モンスターの配置、NPCとのコンビネーション、傭兵魔法職ギルドの封じ方、そして最後のモモンガさんのやり取り、まさしく芸術品と言っていい代物だったよ」

 

 発言からして相手はこちらの行動を全てチェックしているようだった。こちらの隠し鉱山を奪還したほどのギルドだし、当然と言えば当然なのだろうが完全にこちらの動きをマーキングしている。

 

 こちらを褒める発言をしながら間違いなく脅しを掛けてきている。『おまえを見ているぞ』と。戦力ダウンしているこちらのことを考えると絶対に敵対してはならない。

 

「他の皆、仲間がいたからこそできた芸当です」

 

「なるほどねぇ、それがアインズ・ウール・ゴウンの強さという訳か」

 

「まさに、その通りです」

 

 そう、アインズ・ウール・ゴウンに裏切る者などいない。――有り得ない。自分の友はお前に唆されることはない。そう強く心の中で訴えた。

 

「さて、本題に入りたいんですが、いいですか?」

 

「うん、構わないよ」

 

「私たちアインズ・ウール・ゴウンと不可侵協定を結びたいと考えているんです」

 

「うーん、こちらとしてはそれでも構わないけど……こっちも提案したいことがあるんだけど構わないかい?」

 

「いいですよ」

 

「こちらとしては、同盟を組みたいと思っているんだ」

 

「同盟!?」

 

「うん、お互いに困ったときは助け合って、鉱山を共同で採掘していきたいと思ってる。君たちにとっても悪くない話のはずだ。不可侵なんて寂しいこと言わずにさ、一緒に協力していこうよ」

 

「確かに不可侵よりは条件がいいですが……」

 

 ネットの情報でスルシャーナは他者を唆したり、工作をするような手段を用いると言われていた。実際モモンガ自身もそう思っていたし、信用ならない相手だと判断していた。

 

「言いたいことは分かる。僕たちの信用がないということだろう? でもね、僕は何としても君たちと同盟を組みたいと思っている。組んでくれるのなら、担保としてこれを譲ろう」

 

 そう言って渡してきたのは一冊の分厚い本。タイトルは何も書かれていない。

 

「これは……」

 

「鑑定してごらん? 大丈夫、罠とか仕掛けてないよ」

 

 スルシャーナはモモンガの反応を楽しむかのようだった。モモンガは道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)で鑑定を終えるとハッと息を飲んだ。

 

無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)!! ワールドアイテムじゃないですか!!」

 

 それはアースガルズの天空城のギルドが所持していたワールドアイテムだった。

 

「どう? 組むこと考えてくれた?」

 

「……アースガルズの天空城を保有してたギルドのメンバーを唆して手に入れたと聞きましたが……」

 

「あぁ、裏切り者の彼ね。僕は彼にこう言ったんだ。『レアアイテムを渡すなら、それに応じて優遇してこのギルドに採用します』とね。そう言って今はメンバーを募っている。別に特別、彼に『裏切ってワールドアイテムを持って来い』なんて誰も言ってないよ。だいたい、そんなすぐ裏切るヤツなんて使える訳ないだろう?」

 

 3日前に装備品を返した彼らの言い分はだいぶ異なっていた。彼らは裏切り者が唆されて吊るし上げられたと言っていた。……もう裏切り者はユグドラシルのアカウントを削除しているから真相を探ることはできない。

 

 ただ、モモンガは仮にスルシャーナたちが唆したとしても、警戒すべきギルドと認識するだけであって『悪』だとは思わない。彼らが『悪』だと言うならば、幾つものギルドを抗争で潰し、攻め滅ぼしたこともあるギルド:アインズ・ウール・ゴウンは『極悪の中の極悪』と言えるだろう。

 

「それは、そうですが……あなた方の新参者はどうするんです? 納得しないのでは?」

 

 クレイン・フォートレスの新参者はアインズ・ウール・ゴウン打倒に熱を上げていると事前情報を得ていた。

 

「気にしないさ、僕にとって本当に重要なのはここにいる5人であって、利を求めてきただけの連中なんて関係ないよ。自分らの方針に納得できないなら辞めてもらうという条件で加入を認めているからね」

 

 モモンガは考える。現段階で相手は信用できる訳ではないが、転移後のことを考えるとワールドアイテムは欲しい。あれば、あるほど良い。悩んでいるとスルシャーナから手を伸ばしてきた。

 

「さぁ、僕の手をとって!! 共に歩もうじゃないか!!」

 

 モモンガは思わず、手を取って握手した。……ギルドの安定のために。

 

 

 モモンガはどのように同盟を組むかスルシャーナと話し合った。話は想定以上にトントン拍子に進み、結局、アインズ・ウール・ゴウンに相当に有利なものになった。例えば鉱山の分け前はクレイン・フォートレス側の方が人数が多いにも関わらず半々で分けることになった。

 

熱素石(カロリックストーン)はもうほとんど手に入りませんよ?」

 

 熱素石(カロリックストーン)は補正がかけられていたのか、採掘した金属を最初よりも比較にならないほど大量に消費しなければ入手できない仕様になっていた。これはアインズ・ウール・ゴウンが溜め込んでいるせいだろう。

 

「構わないよ、今後、製造した熱素石(カロリックストーン)を1つ貰えて鉱山のレアメタルが安定に供給できるだけでも十分、僕らにはメリットがある」

 

 話は筋が通ってはいるが、モモンガは腑に落ちないことがあった。

 

「……スルシャーナさん、私たちを信用しすぎじゃないですか? 私たちの悪評を知らないわけではないでしょう? 私たちにワールドアイテムを譲って本当に良かったんですか?」

 

「君たちは確かに悪名高いギルドだけど、社会人ギルドだ。約束は守ってくれると信じているよ」

 

「……そうですか」

 

 それを言われてモモンガは悪い気はしなかった。ペロロンチーノがよく言う『好感度ゲージ』が少しスルシャーナに対して増加した。

 

「そういえば、ワールドアイテムで思い出したんですが、他者を精神支配することができるワールドアイテムというものをご存知ないですか? スルシャーナさんは他ギルドに対しても交流しているようなので、もし知っているのなら教えて頂けませんか?」

 

「……他者を精神支配できるワールドアイテムですか……それを何処で聞きました?」

 

「噂でそう言ったワールドアイテムがあると聞いたことがあるんです」

 

 これは嘘だ。異世界へ行ってNPCがそれの被害にあったなんて言えるわけがなかった。

 

「へぇ……そんなアイテムが……分かりました。モモンガさんに言えることがあれば言いますよ」

 

「そうですか、そう言ってくれると助かります」

 

「さて……せっかくだし、皆で写真をとって締めよう!! 今後共よろしくお願いしますね」

 

「えぇ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 そう言って、その場にいた全員の集合写真をとって会談は終了した。

 

 

「なぁ、モモンガの言っていた『他者を精神支配できるワールドアイテム』って『傾城傾国』のことだよな? 何でアイツ等は知ってんだ?」

 

 

『傾城傾国』

 それはモモンガが言ったようにワールドエネミーなどの例外を除いてあらゆる存在を精神支配する驚異的なワールドアイテム。ギルドを結成した当初に入手したワールドアイテムでクレイン・フォートレスでもこの場にいる六人しか存在を知らない。

 

 

「あの発言には驚かせられたね……どこでどうやって知ったんだろうね? 足はつかないようにしていたのにね……」

 

「アインズ・ウール・ゴウンは運営と繋がっているとか? 若しくは自分たちの誰かが裏切り……」

 

 その発言を元にその場の6人が各位を見渡した。

 

「裏切りね……正直、その線は薄い気がする。この中に裏切り者がいたらそもそも鉱山の独占には成功していなかっただろう。運営と繋がっているというのも考えにくい。それにしては彼らの知っている情報が曖昧すぎる。本当に繋がっていたら自分らが所持していることもバレているだろう。……どこかで彼らに二次被害が及んだんだろう」

 

「どこかって、どこ? ここ数年、あのワールドアイテム使ってないよね?」

 

「分からないな……以前の襲撃戦だって準備が整いすぎてるように感じたし……とにかく、約束を果たす上で引き続き彼らの行動は注意して見ていこう。何か秘密があるのかもしれない」

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンはギルド:クレイン・フォートレスと協力しあうことで鉱山の採掘を続けることができ、再び襲撃が起きても対処できる状態を整えることができた。

 

 この会談に「納得できない」と多くのクレイン・フォートレスの新参の者たちが続出し、抜けていったが、それでも結構な人数が居残り、ギルドの名を落とすほどには至らなかった。

 

 

 ギルドの間でお互いに底を見せることはしなかったが、それほどギルド間で揉めることはなく、良きパートナーとしてお互いに利益が得られた関係を構築し続けていた。

 

 

 そうして時はユグドラシルの最盛期から衰退期、徐々に最終日へと向かっていった。

 




 異世界転移後、八欲王が存在しないため『五行相克』が使われないから異世界で位階魔法
が使えない旨を感想欄にてコメントしましたが、やはりそうであっても位階魔法は使えると判断しました。

 解釈を変えた理由ですが
・スルシャーナは六大神最強
・(書籍7巻 P279、9巻 P31、原作者様の外伝)より始原の魔法は強力であること

 当初はスルシャーナが『星に願いを』によりンフィーレアのようなタレントを奪うことによって魔法を行使したという設定で考えていましたが、自然な流れとは言いにくいので、普通に位階魔法は使えるものとしました。


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13. 衰退期

今回は短いです。


 とある会社の応接室にて

 

 

 今、鈴木悟は会社の重鎮と直属の課長と対談していた。

 

「鈴木君、以前の話は覚えているね?」

 

「はい、覚えています」

 

「喜びたまえ、君を係長に昇格させること正式に決まったよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 正直、鈴木悟にとって全く嬉しくない話だった。

 

「君の先見の明は大変素晴らしい!! 君の進言のおかげで我が社に多大な利益が出たし、君を昇格させることにした。今後とも頑張って欲しい」

 

 鈴木悟は信じられないと言った表情をしていた。小卒を昇格させるなど異例中の異例だろう。

 

「……以前の君は優秀ではあったが、目に覇気がなくてなぁ、心ここにあらずって感じだったんだが、ここ数年の君は、どこかやる気に溢れているような感じがする。何か背負う物が君にできたんだろう?」

 

 そう言って重鎮は小指を立てた。

 

 ちげぇよ!! 未だにこっちは嫉妬マスクを状態だ!! 鈴木悟は心の中で文句を言った。

 

「これから忙しくなるだろうが、勿論、快く引き受けてくれるよね?」

 

 重鎮はジッと鈴木悟に睨みつけてきた。否定はさせない。そういう顔だ。

 

「はい!! 誠心誠意、頑張らせていただきます!!」

 

 ノーとは言えない。言えば明日からどうなるか分からない……

 

 

「……という訳でして、申し訳ありませんが、毎日ログインするのがキツイ状況でして……」

 

 今、モモンガは会社でチームを纏める立場になり、状況が以前と一変していた。給料は大幅に高くなったが、それ以上に会社の拘束時間は伸びていた。

 

「あぁ、大変だよな、分かるよ。自分もきついと思ってた頃合だし」

 

「すみません、これではギルマス失格ですね……」

 

「いや、そんなことないって!! むしろ、よくここまでログインし続けたなって思ったよ」

 

「モモンガさん、提案があるのですがいいですか?」

 

「なんでしょう?」

 

「我々は社会人ギルドですし、そろそろ人によっては結婚や昇格、または転職などしてログインし続けるのはキツイ状況になってきています」

 

 その通りだった。ユグドラシルが続いてもう11年になる。そうすれば、リアルの状況が変わるのは当たり前だ。

 

 死獣天朱雀が引退したのを切っ掛けにギルドメンバーは次々と引退していった。たっち・みーが子供の世話や仕事で忙しくなって引退し、それに続くかのように武人建御雷も引退した。

 

 だが、以前とは異なって独りではなかった。

 

「当番制のようにしてみてはどうかと。無理して毎日ログインするのは辛いですし、今やナザリックは毎日誰か一人でもログインしてれば何とかなります」

 

「あぁ、俺もそうしてくれると助かる」

 

「私も、水曜日と日曜日ならなんとかログインできるけど、それ以外は……」

 

 多数決で決めるまでもなく、皆がその案に乗ろうとしていた。今思えば、自分位の年齢になれば、ログインできなくなってくる位に忙しいのが普通なのだ。以前の自分は仕事は最低限にこなし、それ以外をユグドラシルに費やしてた。それがおかしいことだと今、理解できた。

 

「では、当番制にしますか。私もきついので……」

 

「あぁ、それがいい。無理はよくない」

 

「モモンガさん、これだけは言わしてくれ」

 

「なんでしょう?」

 

「以前はどうだったか、分からないが、今は俺たちがいる。微力かもしれないが、支えてやれるんだ。困ってたら、今回みたいに助けを求めてくれていいんだぜ」

 

「そうだな、モモンガさんは何でも、問題を一人で抱えようとする癖があるからな」

 

「皆さん……ありがとうございます!!」

 

 胸が高鳴った気がした。今回は独りではないと強く実感できた。身体は奮えていた。感動のあまり、涙が出そうになるが、グッとこらえた。

 

『おーい、モモちゃーん、あっそびっまっしょー』

 

 そんな感動を打ち壊すかのようにスルシャーナから<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

「……あいつはよく来るな」

 

 彼らと同盟を組んだおかげで目立った襲撃が起きる様子もなく、平穏な日々が続いていた。今では良きパートーナーとして彼らとよく狩りに出ていた。

 

『ちょっと待っててください、今迎えに行きますから』

 

 

 当番制にしたおかげで、ギルドメンバーは無理をせずログインすることができた。ある者は日曜日だけと言った具合だが、誰もさぼらずにいた。そのおかげで、今残っているメンバー誰もが欠けることなくナザリックを維持することができた。

 

 

 

 

 そして、また時は過ぎていき、2138年、ユグドラシル最終日がついに告知され、残り一ヶ月になろうとしていた。

 

 

 モモンガはログアウトする前に宝物庫の方へと永劫の蛇の指輪(ウロボロス)があるかどうか確認をしていた。

 

「やはり無いか……」

 

 以前、自分が異世界に転移する前、災厄の箱(パンドラ・ボックス)の中に眠っていた永劫の蛇の指輪(ウロボロス)は今は見られなかった。

 

 モモンガたちは天空城を保有していたギルドマスターから永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の入手法を聞き出し、彼らの情報を元に捜索したが見つけることはできなかった。

 

「仲間が秘密に所持しているか……それとも、他の誰かが先に入手してしまったか……」

 

 きっとモモンガの知る別ルートで誰かが永劫の蛇の指輪(ウロボロス)を入手してしまったのだろうと考えた。

 

 無いものを考えても仕方ないので、モモンガはログアウトした。

 

 

 鈴木悟が寝る準備をしようとしていた頃、一通のメールが届いていたことに気がついた。

 

 それは、既に引退していたギルドメンバー『たっち・みー』からだった。

 

 

 『モモンガさん、どうか私に過去へ戻る方法を教えて頂けませんか』

 




次回、鬱話になります。苦手な方もいると思いますので、読み飛ばしできるようにします。


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14. 絶望の都

鬱話です。苦手な方は即座にブラウザバックして下さい。
……というか、そうでな人も読まないほうがいいかも……

読まなくても次の話で簡単に書いて、読まなくとも進めるようにします。


覚えておくがいい……

誰しもが魔王になり得ることを……

憎しみがある限り……

 

いつの世も……

 

――魔王オディオ    出典元:LIVE A LIVE

 

 

 国家は人間社会の平和と福祉の向上を目指し、経済の発展を促し続けていた。企業は国家の制定した法を遵守しつつ、利益を得ることを血眼に模索していた。

 

 法に触れない範囲で『自然』より得られた利益で開発を続ける法人がいれば、そうでない法人もいる。そういった法人は国家より咎められ、大抵は潰れていくが、ある一定以上、社会の中で大きくなってしまえば、政治家、マスメディア、警察、誰もが批判しなくなった。

 

 悪貨は良貨を駆逐するように、やがて多くの企業が『自然』を貪り、荒らしていった。

 

 

 ――そうして、2130年、現代

 

 

 地球は既に限界を迎えて、普通には住めない星になっていた。土、水、大気、全てが汚染されていた。食物連鎖における微生物や植物などの底辺が崩れ、上位の野生生物は完全に姿を消し、ついに傲慢な人間へと矛先が向けられていた。

 

人間はまるでチューブに繋がれ無理矢理生かされていた死に体のように、発展した技術でしぶとく生き残っていた。人間社会の極一部の上位たる富裕層は残された資源を啜りながらアーコロジーに住むことで汚染された世界を遮断していた。それ以外の人間はゴーグル、ガスマスク、人工心肺などを装備し、合成食物を摂取することで生存を保っていた。

 

 そして、行政は食品企業関係の人間が送り込まれ、日本――いや、世界中の国が富裕層の富裕層による富裕層のための政治が行われていた。

 

 底辺の人間を食いつぶすことで凌いでいた社会。大抵の富裕層は見て見ぬふりだが、誰もがいずれ破綻することが目に見えていた。

 

 

 そんな中、アーコロジー生まれで容姿、身体、頭脳と天から二物、三物を与えられて育った者がいた。彼はこの恵まれた環境に生まれたことに感謝し、弱者の為に生きることを決意した。

 

 もし、彼が大企業に入りさえすれば、即座にアーコロジーに住まうことができる富裕層となっていただろう。彼は、この世の中を少しでも正すため、親の反対を押し切り、己の正義を信じてキャリア組の警察官となった。

 

 だが、彼の予想以上に現代の警察というものは歪んでいた。

 

 まず、貧民層を助けるなどということは一切しない。アーコロジー外には一部の居住区を除いて警察署どころか交番すらない。スラムと化している所では犯罪が日常的すぎて、もはや相手にすることはできなかった。すでに彼らは国家というものから見放されているのだ。

 次に、あまりにも汚職の具合が酷い。賄賂を貰っていない警察官など、何処にもいなかった。それどころか警察官が積極的にサラ金、裏賭博、覚醒剤、密輸、闇市といった生業をしている裏組織と共に儲けていた。現代では国家権力は衰弱しており、大半の国家公務員はなけ無し給与だった。それ故に暴力団関係からの裏金で荒稼ぎする者が絶えなかった。……国家公務員は安定して給与が正しく支払われているだけ社会的に十分な勝ち組と言えていたのにも関わらず、酷い有様だった。

 最後に、何かを守るという警察の根本的な思想・信念を誰も持っていなかった。これだけ腐敗していれば当然なのかもしれないが……何もせず賄賂を受け取るだけの連中に、この組織の存在意義について問いただしたかったが、キャリア組とは言え、新人の立場でそれができるほど甘くはなかった。

 

 そんな中、10年以上、彼は堕落への誘惑に惑わされず己の信念を貫き通していった……。そのお陰か彼の周りの者たちは少しずつではあるが『正義』というものを考えるようになり、彼の考えに賛同し始める者たちが現れた。

 

 そして、遂にそれが報われる時が来た。

 

「芥警視、お疲れ様です!!」

 

「村田警部もご苦労様でした。この一件は皆さんのおかげです!!」

 

 捜査一課 芥警視と村田警部 

 

 彼らは同世代で、同じ小学校、中学校、高校に通った幼馴染であった。芥警視は大学院まで出ているキャリア組で村田警部は高卒上がりだった。おかげで村田警部の方が長く勤めているのにも関わらず、階級に差が出ていた。しかし、村田警部は気にしていないようだった。

 

 

 ある非合法組織が貧民街より発展し、警察がまともに機能していなかったために勢力を増していき、ついには貧民街に飽き足らずアーコロジー内に住む富裕層にまで手を出そうとしていた。そんな中、彼の指揮下の元、その組織内の覚醒剤に携わる幹部を捕えることに成功した。

 

「今日はお祝いに飲みましょう!! 私のおごりです!!」

 

「さっすが将来を約束されたエリート警視!! ありがとうございます!!」

 

 部下たちは燥ぎ立てた。それもそうだろう。現代において酒というのは富裕層にしか味わえない高級嗜好品だった。生涯において味わったことがある者など1割に満たない。

 

「すみません、芥警視。俺はちょいと用事があって……行けないわ……」

 

「うーん……それでは村田警部とはまた今度にしますか、さて、今日は早く上がるとしましょう!!」

 

 

 部下の数人を連れてアーコロジー内の高級居酒屋へと足を運んだ。芥警視のおごりで皆が喜々として遠慮なく酒を飲み、つまみを取っていく。少し財布の中が不安になったが、これは芥警視にとって久々の快挙となる出来事で、仲間と共に祝いたい気分で一杯だった。最初は金儲けしか考えていない者たちだったが、少しずつ警察としての誇りを考えるようになり、今では職場で数少ない信頼できる仲間となっていた。

 

 

 居酒屋での飲み会もお開きとなり、アーコロジー外にある自宅のアパートへと向かっていった。駅のプラットフォームに向かうと人身事故のために一時遅れとなっていた。

 

「最近、多いですね……」

 

「そうだな……」

 

 最近、急に台頭してきた企業があった。それが幾つものライバル社を潰していった。中には安定していたインフラ関係や食品関係の企業があり、経済に大きな変動を与えていた。それによって株や投資などをしていた破産者の話が後を絶たない。

 

 まさかとは思うが……この企業の突出に彼らが関与してるのでは?

 

 芥警視は未来を知っている者がいたことを思い出した。かつてのオンラインゲームで未来に起きることの幾つかを予言し、それによって大儲けした者たちがいた。

 

 ……考えても仕方がないことだ。仮にそうだったとして、あまり大きすぎることは自重して欲しいが彼ら自身に罪はない。

 

 暫く待つと電車がプラットフォームで停まった。それに乗ると様々な広告が電車内に展示されていた。中にはDMMO-RPGなどのオンラインゲームなどがあった。隅の方ではあったが、自分のプレイしていた――既に引退した『ユグドラシル』の広告もあった。

 

「彼らは、どうしているのかな……」

 

 かつて自分がワールド・チャンピオンだったゲーム……弱者救済のためにクランを創設し、勢力を伸ばしたらいつの間にか悪名高いギルドになっていた。

 

 最初に目指していたのと大分違ってしまったが、何だかんだ言って楽しかった。彼らは今でも楽しくプレイしているのだろうか、それとも異世界転移のために、あらゆる準備をしているのか……自分のアカウントは消していなかったが、もう長い間ログインしていない。自分はあの子を守っていかなければならない。

 

 そんなことを考えている間に、途中まで一緒に帰っていた部下たちと別れ、バスに乗って自宅まで帰宅していた。

 

 

 家の玄関を開けると妻と娘が出迎えてくれた。

 

「パパーお帰り」

 

 娘――3歳になる沙希は嬉しそうな顔を向けてきた。一方で、妻――かつて幼馴染だった早苗は不機嫌そうな目でこちらを見てきた。

 

「まったく、飲むのもいいけど、この子のことも考えて早く帰ってきてよ」

 

「すまない、列車が遅れていたんだ」

 

「……そう、まぁ仕方ないわね、お帰りなさい」

 

「あぁ、ただいま」

 

 玄関の扉を閉めてスチームバスに入った後、娘の相手をした。

 

 今住んでいるアパートは正圧(内部の気圧を高く)管理できるブロワが設置されており、汚れた外気は入ってこない環境になっていた。これのおかげで健康な子供を育てることができた。

 

 娘と積み木などの玩具で暫く遊ぶと、娘は疲れてぐっすりと眠りだした。眠っている顔は安心しているかのかのように健やかだった。

「将来、どういう風に育てようか? 水泳とかやらせようか?」

 

 彼は子供を撫でながら優しい目を向けつつ考えていた。

 

「あなた、沙希に習い事はまだ早いわ」

 

「そんなことは分かってるよ、ただ考えているだけさ。こんな世の中だけど、この子には色々と学んで欲しいんだ」

 

「私はあんまり無理して欲しくないわ、健康で幸せに居てくれれば、それで十分よ」

 

「たしかに、それもそうだな……」

 

 将来、娘の幸せを考えながら妻と話しをして、寝室へと、また明日に備えた。

 

 

 朝になり、出勤しようと玄関を開けると妻が一言告げてきた。

 

「あなたが早く帰らないとこの子が心配して落ち着かなくなるから、今日は早く帰ってきなさいよ!!」

 

「あぁ、分かったよ」

 

 妻の側にいた娘が寂しそうな顔をしていた。

 

「パパ、行ってらっしゃい」

 

 彼は優しく娘の頭を撫でると、しゃがんで笑顔で返した。

 

「あぁ、行ってくる、いい子にしているんだぞ!!」

 

 そう言って、バス停の方へと向かっていった。この時、これが家族との最後の会話になるなど思いもしなかった……

 

 

 駅からアーコロジーに向かい、職場に着くと騒然としていた。

 

「何があったんだ?」

 

「あ、芥警視!! それが……」

 

 昨晩、アーコロジー外へと捉えた犯人を乗せた護送車がテロに遭遇し、捕まえた犯人が脱走したという話だった。

 

「何ということだ……」

 

 現代の警察はアーコロジー外でテロに遭遇しようが、犯人が脱走しようが緊急連絡で招集しようという発想はなかった。そして、護送車が襲われたということは、間違いなく内通者がいる。そんな事実に誰もが知らぬふり……

 

 仲間と共にせっかく築き上げた成果は一瞬で崩壊してしまった。

 

「とにかく、今日は襲撃された現場の調査と聞き込み調査、終わったらここで方針を建て――」

 

 そう言いかけたとき、別のグループに所属する者から芥警視に声がかかった。

 

「芥警視、至急、佐藤警視正よりお言葉があるようです」

 

「警視正が……? 今すぐに行きます。各自、襲撃時の資料を読んで待機していてくれ」

 

 

 芥警視は佐藤警視正がいる個室の扉をノックして彼の名前を言うと「入りなさい」という言葉が返ってきた。

 

 芥警視は扉をゆっくりと入っていき、ふてぶてしく座った佐藤警視正の前まで来た。

 

「芥君、今回のことは残念だったね」

 

 口ではそう言いつつも、興味なさそうに自分の眼鏡の汚れを拭きながら喋りだした。

 

「はい、ですが次こそ、このようなことは二度と起きないよう――」

 

「あぁ、いいんだ。芥君、私が君を呼んだのはね、今後この件からは外れて欲しいんだ」

 

「えっ……」

 

「彼らも今回の一件でアーコロジーには手を出さないだろうし、これで今回の件は解決したんだよ」

 

「そんな……一体、何が解決したというのですか!! 彼らがいなくならない限り治安は悪化していくばかりです!!」

 

「……よく考えたまえ、彼らは今や武器を他国から密輸しているというじゃないか。もし、彼らを刺激してこのアーコロジー内に問題が起きたらどう責任を取るつもりだね?」

 

「……」

 

「何事も慎重にならんといかん。とにかく情報を集めてだね、皆でよく話し合ってから解決しないとだね……」

 

 芥警視は目の前の豚を思いっきりぶん殴ってやりたかった。いつも、我々の行動を妨害してくるのだ。

 

「とりあえず、当面の君たちには、これらの書類関係の仕事を頼みたい」

 

 それは山のように束ねられた資料の数々、読むだけでも数日は掛かるであろう量があった。

 

「これらの書類を読んで、まとめて簡潔な報告書を作ってもらいたい。書類と報告書の型式は後で渡す。……返事は?」

 

 それは、お前の仕事だろうと怒鳴ってやりたかった。この豚はいつも座って命令しているだけで何もしない。

 

「……分かりました」

 

 芥警視は敬礼してその場を去ろうとしたとき、最後に一声かけてきた。

 

「……もう少し賢く生きなさい」

 

「……」

 

 芥警視は何も言わずにその場を立ち去った。

 

 

 結局、その一日はただ書類を眺めているだけで終わってしまった。

 

「……それでは、お疲れ様でした」

 

「あぁ、お疲れ」

 

 部下たちは一日中、不満を呟いていた。その度に注意はしたものの、芥警視は賛同していた。

 

「芥警視、今日は飲みませんか?」

 

「村田警部……今日は気分じゃないです」

 

「そう言わずに、パーっとやりましょうよ。飲まないとやってられませんよ」

 

 昨日とは打って変わってやたらと押してくる村田警部だった。

 

「……家族に早く帰って来いって言われてるんですよ、また今度にしてください」

 

「そうですか……仕方ないですね、また今度お願いします」

 

 そうして、いつものように職場を去って駅に向かっていった。今日も人身事故で遅れていた。

 

 これでは、また妻に怒られてしまうな……

 

 駅からバスに乗って自宅に着くと、ある違和感を覚えた。夜だというのに全く電気がついていない。

 

 不審に思いつつ、扉に触れてみると鍵もかかっていなく、ガチャリと簡単に開いてしまった。「鍵をかけないで外に出るなんて無用心だ」と妻に注意しようと考えていると、背後から3人の気配を感じた。

 

 3人は武器を持っており、こちらに声もかけず、密かに背後へと募ってきた。

 

 男の1人が鈍器を振り上げた瞬間に、芥警視は鞄を落として拳を軽く握り、鞭のように裏拳を顎に当てた。その一撃だけで男は脳震盪を起こし、揺らめいて倒れてしまった。この瞬間的な動作に驚いた2人は焦ってナイフなどの武器を構えるが、その動作の前に1人を正拳で思いっきり顔面に叩き込んだ。その後、もう1人のナイフを突き出してきた者の手首を左手で掴みながら、身体を一回転して後頭部に右肘打ちを打ち込んだ。

 

 急いで家族の様子を見に行き、電気をつけると、辺り一面が血だらけだった。そこには2つの死体があった。両方とも首から上がなく、丁寧に隣の机の上に2つが置かれていた。顔は苦悶の表情を浮かべていた。

 

「な、何だこれは……」

 

 ……思考がまとまらない。先にいた3人を確認しにいくと一人だけ気を失っていない者がいた。

 

「これは……お前がやったのか……?」

 

 それを聞いた男はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「……見せしめだ。お前のような正義ぶった奴へのな……」

 

 隣で気絶していた男がナイフを持っていたことを思い出して手に取った。……それを無意識に男の目の先にナイフを突きつけた。

 

「お、おい、や……やめろよ、お前警察だろ? 何考えてるんだよ」

 

「……俺の家族を殺しといて命乞いか? ふざけるなよクズが!! 殺してやる!!」

 

「お、俺を殺せば他のヤツが黙っちゃねーぜ、完全に俺らを敵に回せばお前はもう終わりだ」

 

 怒りを覚えつつも、僅かに残ってた理性でもってワナワナと震えて持っていたナイフを捨てた。

 

「…………お前たちは司法で裁いてもらうことにする。……現行犯逮捕だ」

 

 早苗、沙希……すまない……

 

 家族への通夜、葬式、告別式を終えて、何をすることもなく数日間の休みを取った。親戚からは励ましなど言葉を貰ったが、何も響いて来ない。世界がより色褪せて見えていた。

 

 

 そうして、暫くして職場に復帰した。

 

 数日間の特別休暇を終えたということで、佐藤警視正に呼ばれ、挨拶をしに行った。

 

「芥君、大丈夫かね?」

 

「……はい」

 

 珍しく佐藤警視正は神妙な面持ちで語りかけてきた。

 

「……今の君に参考になるかは分からんが私の昔の話をしよう。今じゃ考えられないと思うかもしれないが、私も君のように弱者を助けようと奔走していた時期があったよ」

 

 無意識で芥警視は信じられないと言った顔をしていた。

 

「……フフ、想像もつかないと言った顔だな。私も実を言うと既婚者なんだ。もう既に家族は全員他界してしまったがね……だいたい君と似たような具合で、報復されて失ったよ……結局、世の中は弱肉強食であって、そこに善悪などない。今の世の中、国家権力など地に落ちているからな。私は自殺するかどうか悩んだりもしたが、図々しく生きることにしたよ。そうやって今も死んだように生きている」

 

「そうですか……」

 

「……今後、どういう風に生きるかよく考えなさい。私はそれに対して何も言わないよ。いや、言う権利がないと言った方が正しいか」

 

「……参考になりました。ありがとうございます」

 

 

 そう多くない書類仕事を終えて、一日の仕事を終えて帰ろうとしたとき村田警部に声をかけられた。

 

「芥警視、今日飲みましょう……」

 

「すまないが、気分じゃない」

 

「そんなこと言わずに……」

 

 芥警視は村田警部に対して少し気になっていることがあった。最近、変に絡んでくることが多かった。

 

 少し話してみるのも悪くないか……

 

「分かりました。いいでしょう」

 

 

 以前、部下たちと共に行った居酒屋へと着いた。

 

 お互いに飲んでいる間、適当に身の回りの話をしていた。区切りがいいところで、確かめたいことがあったので、それを聞くことにした。

 

「そういば、村田警部は最近何か忙しかったりしますか?」

 

「最近は暇ですよ、嫁には逃げられちゃったんで、パチンコぐらいしかすることないですね」

 

「この前、私たちがここで飲み明かしたとき、村田警部は用事で抜けたんで珍しいなと思いまして」

 

「私だって用事の一つや二つくらいありますよ。芥警視だって病院行ったり色々あるでしょう?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

「それより、もっと飲みましょうよ。辛いことは酒でガンガン流しましょう!!」

 

「いや、飛ばしすぎ……まぁ、今日ぐらいは……いいか」

 

 そう言って、途中でトイレに何度か赴いたほどにひたすら飲んでいった。

 

 暫くして、急激な眠気が彼を襲った。

 

 

 目を覚ますと、どこかの裏路地で人気のない所にいた。

 

「ここは……一体……」

 

「おぅ、ようやく起きたかよ」

 

「村田警部……か。私は一体……」

 

 意識が朦朧としていた。記憶がない。確かに自棄酒だったが、そこまで飲んでいただろうか?

 

「俺がここまで連れてきた。代金も支払ってな……」

 

「それは……すまないことをした。後で払おう。私は少し休んでから帰る」

 

「いや、謝る必要はない。俺が意図的に眠らせたからな」

 

「……は?」

 

「裏組織に護送車の出発時間、お前の住所などの情報を売ったのも俺がやった!!」

 

「な……馬鹿な……」

 

「ヒ、ヒヒヒ、ヒャーハッハッハッハッ!!」

 

 突然、村田警部は狂ったかのような笑い声をあげた

 

「おもしれぇほどにお前を簡単に潰せたぜ!! 小学校時代から、ずっとお前のことが憎かった!! この糞みたいな社会で上から目線で正義ヅラしやがってよぉ!! お前は俺がどれだけ努力しようとも、いっつも俺の上を行きやがる!! だからなぁ、情報を売ってやったんだ!! お前の成果だけでなく、全てを壊し、俺の借金の肩にするためになぁ!!」

 

「ふ……ふざけるなよお前!!」

 

「お前はキャリア組だから知らねぇだろうが、高卒上がりの国家公務員は雀の目の涙でしかない……補うために株で儲けていたら、破産して……嫁と子供は逃げて……博打には失敗し……少し前まではサラ金に手を出していた……それがお前を売ったことで借金は帳消しよ、笑いがこみ上げて来るってもんだ!!」

 

 芥警視は目の前の相手を殺してやりたい気分になった。

 

「だがよ、最近、お前の部下と佐藤警視正が俺のことを密かに探っていてよ……足がつくまで時間の問題だ。だから……」

 

 村田警部は手袋した手で拳銃を取り出した。

 

「お前が眠っている間に、お前の指紋をびっちりと、この拳銃に付けさせてもらった」

 

「お、お前、何を……」

 

「地獄からお前の生き地獄を眺めさせてもらう……あばよ」

 

 そう言って村田警部は自分の額に銃を突きつけて、トリガーを引いた。

 

 

 これは一躍、大事件になった。芥警視は否認していたが、拳銃に芥警視の指紋が付着していたために、芥警視は無実であるにも関わらず、逮捕された。

 

 裁判所にて傍受席でニタニタと笑う出世欲の激しい警視の者たちがいた。

 

 意外にも佐藤警視正が参考人として芥警視のことを弁護し、村田警部殺害を情状酌量の余地ありとした。刑期は2年6月ですんだ。後の調査により、村田警部が犯人脱走の手引きをしたことを警視庁が判明したこともある。芥警視は職すらも失い、完全に失墜した。

 

 刑期後、実家からも「犯罪者など我が家にはいない」と絶縁された。

 

 人を信じた結果がこれ、より良い社会を作るために警察になった結果がこれ、自分の……正義を目指した、これがなんと愚かなことだったか……

 

 そんな彼には、もはや一つしか残されていなかった……

 

 

「そんなことが……」

 

 モモンガはたっち・みーの話を聴いて悲しくなった。

 

「分かりました。私がどうやって戻ったかを話しましょう」

 

 モモンガはたっち・みーに永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の話をした。

 

「では、異世界へ行く誰かが密かに所持しているかもしれないということですね?」

 

「えぇ……その可能性は高いです。もちろん、無いかもしれませんよ?」

 

「……どちらにせよ、私には、もうこの世界に居場所はないです。……一度、引退した身ですが、もう一度参入していいですか?」

 

「えぇ、勿論です」

 

 あの世界にあった厄介な物は例のワールドアイテムのみだ。それさえ手に入れてしまえば、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)が必要になる事態はそうそう無いだろう。事情を話せばプレイヤーによっては譲ってくれるかも知れない。

 

 モモンガはそう考えていた。

 




この話はライブアライブ○○編、007消されたライセンスを参考に書きました。

次回、ようやくユグドラシルの最終日です。


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15. 最終日

前回の話

たっち・みーは家族を失くし、裏切られて職を失った。そして、ウロボロスで過去に戻ることを決意。


「父さん、母さん、なんで、どこへ行っちゃったの?」

 

「君の家族はもういなくなったんだ」

 

「嫌だ!! なんでさ、父さんと母さんを返してよっ!!」

 

「ほら、これを上げるから、泣き止んでくれ」

 

 少年に向かってずさんに封筒を渡す。少年は気にもしていなかったが、封筒の厚さは1mm程度でしかない。

 

「こんな紙切れいらないっ、ねぇ、何で!? どうしてこうなっちゃったの? 僕が悪いことしたから?」

 

「チッ、ガキはうるさいから嫌なんだよ……」

 

少年は顔を殴られ、泣き止む。

 

「うっ、おまえら、おまえら、ぜっだいゆるざない、おまえらさえいなげれば、どおざんとがあざんは……」

 

 

――ジリリリリリリッ

 

「――朝か、久々に嫌な夢を見た……」

 

 けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。いつもは喧しく感じるものだったが、今日だけは悪夢から開放してくれたことに感謝した。

 

 いつもなら、歯を磨いて、スーツに着替えて、朝食を取って職場に行くのだが、今日はその様子を見せなかった。有給をとって、今日は休むことにしたからだ。もっとも、今日から永遠に職場とおさらばする可能性が高いわけだが。

 

「さて、行くか」

 

 今日は職場へ出かけず、私服で別の場所へと向かった。

 

 

 ――共同墓地

 

 墓石がずらりと並んでいた。その端っこの方に墓石の代わりに30cmほどの大石があり、自分の母親と父親の名前が刻まれていた。当時は家に金がなく、まともな葬儀もできず、戒名といったものは刻まれていない。さらに、遺骨もない。

 

 それでも、丁寧に掃除をして、手を合わせた。

 

「――父さん、母さん。今日はお別れに参りました」

 

 今日を最期に自分は親からもらった名前を捨てることになるだろう。これは悪なのだろうか? 友人にいつも悪を名乗り、語る癖に理解できないでいる自分が滑稽に思えてきた。

 

「多分、もう来れないんだ。馬鹿な息子でごめんなさい」

 

 石に向かって謝罪をする。当時は、急に死んだ両親を恨み、なぜ自分を生んだのかと憎悪したこともあった。

 

 だが、今なら理解できた。自分の両親は必死に育ててくれようとしたんだと。

 

「父さん、母さん、さ……ありがとうございました――」

 

 それだけを言い残し、その場を去ろうとした。

 

 バス停に向かおうとしていた所、知人と遭遇した。

 

「たっち・みーか?」

 

「おや? ウルベルトさんでしたか」

 

 2人とも帰るところで偶然鉢合わせたようだった。

 

「……せっかくだし、喫茶店でも寄って行くか?」

 

「……ご一緒させてもらいましょう」

 

 

 喫茶店でお互い、ゴーグルとガスマスクを外した。たっち・みーは以前のオフ会で会ったことがあったが、酷くやつれていた。

 

 ウルベルトは数週間前、引退していた、たっち・みーがいきなり戻ってきて驚いていた。なんとなく嫌な理由ではあるだろうと察してはいたが、ゲーム内で聞くに聞けなかった。

 

「……何があったんだよ」

 

 たっち・みーは自分に何が起きたのか簡単に話をした。

 

「そうか……悪いな、辛いこと聞いて」

 

「いや、構わないですよ……むしろ聞いてもらって楽になりました」

 

「俺は……もう小さい頃には親はいなかった。小学校に入れて……それで死んじまった。一応、あの墓地に墓はあるが、中に遺骨はない。……弔ってやれるだけ、幸せだと思うしかないな……」

 

「……そうかも……しれませんね」

 

「……俺は最初から何もなかったが、お前は色々持っていた分、俺より辛いだろう。仕事はどうなんだ?」

 

「日雇いで何とか凌いでいる状態だ……」

 

 現代では正社員になるのは酷く厳しい状態だ。仮に冤罪でも前科がある者には誰も雇おうなど思わないだろう。

 

「……あのよ、俺の仕事手伝わねえか?」

 

「えっ?」

 

 たっち・みーは何を言っているのか分からないという顔をしていた。

 

「ユグドラシルの最終日にずっと残っていたとして、モモンガさんの言うとおり、異世界へ行くとは限らないだろう?」

 

「それは、そうだが……」

 

「だからさ、モモンガさんの予言のおかげでもあるんだけどさ、タブラさんほどじゃないけど、ぼちぼち金を貯めてて、ラーメン屋をアーコロジー内に建てようと思ってんのよ」

 

「え? 本気で言ってます?」

 

「おぅよ、豚骨醤油のラーメン店よ。俺はな、富裕層の連中が嫌いでな、奴らこれで苦しめるんだ」

 

「???? 言ってることがよく分からんが……」

 

「つまりだな、うまいラーメンを作って連中を何度も来させる、金を儲ける、来る度にアイツらは高い塩分にコレステロールなんかの……まぁ、あれだ連中を豚にして早死させる、まさしく一石二鳥の計画を思いつたんだよ!!」

 

「っぷ、ハハハハ、ウルベルトさん、バカじゃないんですか!?」

 

 たっち・みーはそう言うものの、久しぶりに笑った気がした。

 

「バカじゃねぇ!! 邪悪なる求道師だ!! ……意外といけるかもしれねーじゃねぇか、ラーメン屋なんて昔はけっこうあったらしいけど、今は食材高騰で全然手に入らないからライバルは少ないからな」

 

「まぁ、確かに……」

 

「そういうわけだ。まだ誰にも話してなかったし計画立ててた段階だったんだがな……お前みたいな法に詳しい奴がいれば鬼に金棒というわけだ。うまく軌道に乗るかどうかは分からないけどよ、お前がいいなら一緒にやろうぜ」

 

「……いいんですか? 前科者ですよ?」

 

「気にすんなよ、まぁ、異世界に行ったらこれも関係なくなる話だ」

 

「……そうですね、ありがとう……」

 

「そんじゃ、後でユグドラシルで合流だな」

 

 そう言って、2人は喫茶店を後にした。

 

 

 

とある姉弟の実家にて

 

「姉ちゃん、俺は……」

 

「はぁ、お前もしつこいなぁ、愚弟、いったい誰に似たんだか」

 

「どうしても行きたいんだよ!! 頼むよ!! 姉ちゃん」

 

「なぁ、なんでお前は、いちいち私に許可を取ろうとするんだ?」

 

「えっ、だって姉ちゃんが反対するから……」

 

「そんなの、無視して行けばいいだろうが」

 

「そ、それは……」

 

「もう、お前の相手は疲れた。毎日毎日、電話で行きたいだのなんだの、もう、お前の好きに異世界でも二次元でもどこにでも行けよ」

 

「えっ、じゃぁ……」

 

「いいか、他の人に迷惑かけるんじゃないぞ? 他人のことをきちんと考えて行動するんだぞ? 分かったな? 分かったらもう行け!!」

 

「ね、姉ちゃんは異世界へ行かないの?」

 

「あぁ? 行くわけねーだろうが、私はね、友達はたくさんいるし、最近は私のことを大事にしてくれる彼氏も出来たんだ!! 友達はネトゲにしかいなくて、嫁はゲームの中、そんなヤツとは根本的に違うんだよ!!」

 

「……姉ちゃんのバカッ」

 

「バカはお前だ、愚弟。……じゃあな、元気でやれよ……」

 

「……バカ姉貴」

 

 私は実家の扉を閉めた。これが弟との最期の別れになるのだろうか? それは分からないが、そうならば仕方のないことなのだろう。結局、私は折れてしまったのだから。

 

 電車に乗って、アーコロジー内からタクシーに乗って家路に着く。

 

「ただいまー」

 

「あぁ、お帰り、夕飯温めるからちょっと待ってて」

 

 なんと、できた彼氏だろうか。たまに乙女ゲーから出てきたのかと勘ぐってしまう。私の弟とは訳が違う。

 

「泣いているのか?」

 

「えっ!?」

 

 自分でも気付かなかった。急に頬に雫が溢れた。

 

「あ、あれ、何でかな、ははは」

 

「今日は休むといい。夕飯はラップで包んでおくから、食べたくなったら後でチンして食べるといい」

 

「うん、ありがとう。そうさせてもらうね」

 

 傍にあるベッドの中に潜った。布団を乾燥機にかけてくれたのだろう。フカフカでとても心地いい。

 

 ……これでいい、これでいいんだ。行けば間違いなく戻れなかった。

 

 モモンガさん、あんたは何も悪くないけど、余計なこと言わなければ、こんなに葛藤せずに済んだんだ。……弟を、皆を頼みます。

 

 餡ちゃん、アウラとマーレは任せたよ。楽しく、元気にいてね。

 

 弟……バカ野郎……

 

 疲れていたせいか、布団が心地よいせいか分からないが、意識が遠のき、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 今日、ユグドラシルの最終日、アインズ・ウール・ゴウン9層の部屋の中央、巨大な黒曜石の周り備えられている41の席に10体の異形体があった。

 

 

 ――純銀の鎧を装備し、あらゆる敵を屠ってきた 世界最強の聖騎士 たっち・みー

 

 ――頭部が山羊で仮面を被り、赤紫色のケープを羽織った世界最強の魔法使い、ワールドディザスター、ウルベルト・アレイン・オードル

 

 ――水死体の上にタコの頭が取り付いた醜悪な異型、大錬金術師、タブラ・スマラグディナ

 

 ――巨大な2対の4翼を持つ、薄茶と白の羽毛が印象的な鳥人、爆撃の翼王 ペロロンチーノ

 

 ――漆黒の忍装束に包まれた高機動、高火力 ザ・ニンジャ!! 弐式炎雷

 

 ――黒色のコールタールを思わせるどろどろした不定な塊、古き漆黒の粘体 ヘロヘロ

 

 ――メイドに全てを捧げるドッペルゲンガー メイド忍者 ホワイトブリム

 

 ――自然をこよなく愛する森の司祭 トレント ブルー・プラネット

 

 ――草花の翼を持つ美しき夢魔 全てを治癒する者 餡ころもっちもち

 

 ――ユグドラシルを金儲けで楽しんだ者 ニャルラトホテプ 音改 

 

 

「お久しぶりです、ヘロヘロさん」

 

「いやー、本当におひさーです、それに他の方々も……あれ、モモンガさんはどうしたんです?」

 

「モモンガさんは、少し遅れてくるそうです。そういえば、ヘロヘロさんは転職をされて以来ですから、二年位経ちますかね、具合はどうですか?」

 

「もう、きつすぎて辛いです、体もボロボロですよ……」

 

「大丈夫なんですか? 無理は良くないですよ?」

 

「それは、分かってるんですが、私が無理をしないと他のメンバーと共倒れで皆、路頭に迷っちゃうんですよ……」

 

「うわぁ……」

 

「知ってました? 残業ばかりだと時間の感覚って狂うんですよ? 正直もう逃げたい……」

 

「ヘロヘロさん……」

 

「ごめんなさい、愚痴言っちゃって。本当はこんなこと言いに来たんじゃないのに……」

 

「いや、構わんて。辛い思い位ここでしか吐けないんやから、存分にぶちまけて言ったらええねん」

 

「音改さん、本当にすみません……」

 

「なぁ、ヘロヘロ、俺はお前が最後まで残るなら大歓迎なんだが……」

 

「ホワイトブリムさん……そう言ってくれるのは有難いんですが、私は……」

 

「……ヘロヘロ、ちょっとこっち来い」

 

 そう言ってホワイトブリムはヘロヘロをナザリック10層に連れて行った。

 

 

「戦闘メイドプレアデス……懐かしいですね、曖昧ですが今でもどんなAIを組み込んだか覚えていますよ」

 

 そこはセバスとプレアデスが待機している広間であり、侵入者たちが玉座の間へ来た時の時間稼ぎするための場所だった。

 

「あぁ……懐かしいな、ホワイトブリムさんがメイド全員の服装のデザインを担当したんですよね。このメイド服は本当にいいセンスだと思いますよ!!」

 

「当然だろ? 俺がデザインして仕立て上げたんだからな」

 

「ユリとナーベラルはかっこいいメイドって感じで、ルプーは天真爛漫、シズとエントマはこんなにも可愛いし、ソリュシャンは美しいお嬢様……『全員、ポーズをとれ』」

 

 待機していたプレアデス達ヘロヘロの言葉に従い、ポーズをとる。

 

 ユリ・アルファは眼鏡に人差し指と中指を当て、知的な様を伺わせていた。

 

 ルプスレギナ・ベータは手を組んで両腕を上の方に伸ばした。

 

 ナーベラル・ガンマは目を細めてこちらを伺わせていた。

 

 シズ・デルタは身に合わない巨大な銃器を肩にかけた。

 

 ソリュシャン・イプシロンは豊満な身体を強調しつつ笑みをかけた。

 

 エントマ・ヴァジリッサ・ゼータは無垢な少女のように小首を傾けていた。

 

「あぁ、懐かしい、俺がAI組んだんだよな……」

 

「そうだ、お前が組んだんだ。プレアデスだけじゃない、桜花領域の守護者や他の41人のメイドもそうだ。あの時の俺の無茶によく付き合ってくれたと思うよ」

 

「ははは……そうでしたね、あの時は無茶をしましたよ、正直、忙しすぎて貴方を恨んだりもしましたよ、でも今はいい思い出だ……あの頃は楽しかったな……」

 

「……なぁ、ヘロヘロ、俺は今アシスタントや編集さんに何も言わずにここにいるんだ。もし、自分がここに居続けてリアルの自分に万が一のことがあれば、彼らは大変な迷惑を被る事になるだろう。だが、それでも!! どうしても居続けたい!! 作ったメイド達と共に過ごしてみたい!! ……俺が最低なヤツだと思うか?」

 

「……分かりませんよ、そんなの……俺が判断できることじゃない……」

 

 ヘロヘロが言い終わると、ホワイトブリムが土下座をして言い出す。

 

「こんな俺から一生のお願いだ!! お前も来て欲しい!! 共にメイド達を作り上げた苦労を知るお前がどうしても、いて欲しいんだ!! お前が来てくれるなら俺はお前のために、なんっだってしてやる!!」

 

 メイドと執事のいる中、メイド服を着たドッペルゲンガーが啖呵を切っていた。

 

「……きっと、お前は会社でも無茶なことを要求されるにも関わらず、他の社員を助けながら、必死に今まで足掻いてきたんだろう。過酷な会社の中で信頼できる仲間を作り上げているんだろう……」

 

 ドッペルゲンガーは背を曲げて額を地につけた。

 

「この通りだ!! 頼む!! ヘロヘロ!!」

 

 ヘロヘロの表情は何も変わらないが、この男がここまで懸命にお願いしてきたことに内心では驚いていた。自分なんかに対して何かを悲願されたのは生まれて初めてだった。

 

「……ク・ドゥ・グラースさんはどうなんですか?」

 

「……あいつは、リアルで絶対に守らないといけないものができちまった。俺は祝福の言葉を言うしかできなかった。……メイドを……アインズ・ウール・ゴウンを頼みますと……それを言い残してログアウトして行ったよ」

 

「……そうですか」

 

 ヘロヘロは思い悩む、逃げ出したいリアルではあるが、未練はある。仕事仲間……信じてくれている仲間がいる。

 

 だが、このまま働いて食って寝るだけの生活に意味があるのだろうか? それに、このままリアルに戻って働き続けても結婚することはできないだろう。自分は休日など滅多に存在しなく、あっても疲労のために寝て終わってしまう。もはや、何かをしようという気力が起きないのだ。

 

 今日、こうやって久々にユグドラシルに訪れたのだって、こちらにも未練があったからだ。

 

 そう考えていると不思議なものを見た。

 

「……!!!?」

 

 ソリュシャン・イプシロンが頬を伝って涙を流していたのだ。ヘロヘロは目の錯覚かと思い、もう一度見た。

 

 だが、何事もなかったように先ほどと同じポーズをとっていた。

 

「フフフ……ホワイトブリムさん、私は少し疲れているようなので、ユグドラシルの自室で今日1日、最後まで休んでいようと思います」

 

 その言葉にホワイトブリムは震え上がる。心なしかプレアデスやセバスも喜んでいるように思えた。

 

「ヘロヘロ……ありがとう」

 

 ホワイトブリムは無二の親友に頭を下げた。

 

「リアルの自分が無事であることに賭けただけですよ……それで、さっそくなんですが、一つだけお願いがあるんですが、いいですか?」

 

「構わん、なんでも言ってくれ」

 

「ソリュシャンを連れて行きたいんですが、いいですか?」

 

 ホワイトブリムはヘロヘロの発言に驚くが、全てを理解したかのように優しく返した。

 

「……お前のやりたいことは分かった、俺が許可しよう!! 他のヤツが何を言おうと俺が文句言わせねぇ!!」

 

「あの、違いますからね? そういう意味じゃなくて、今日が終わったことの合図を確認するためですからね?」

 

「はいはい、そういうことにしといてやるから、楽しんでこい」

 

「あーもう、そういうことじゃないのに……もういいや、『ソリュシャン付いてこい』」

 

「覚えているとは思うけど、指輪装備者は対象に触れることで共に転移できるようになってるからな」

 

 ヘロヘロはソリュシャンに触れて共に自室へ転移していった。

 

 

「……という訳でヘロヘロも付いてくることになった。相当疲れてるみたいだから、自室で休んでもらってる」

 

「ITはどこもブラックなんだよなぁ……賃金も全体的に安いし」

 

「正直、ヘロヘロさんは異世界に来た方が幸せだと思います……今のままじゃ可哀想すぎる」

 

「だな、何が幸せかは分からんが、現状よりはマシになるだろう」

 

 

 それから、かつてのギルドの話で大きく盛り上がった。3000人ものプレイヤーが攻めてきたこと、鉱山を独占したこと、るし★ふぁーが色々やらかしたこと、ナザリックのギミック作成に力を入れすぎたこと――話題は尽きなかった。

 

 だが、楽しい時ほど時間の流れる速度は速く感じるもので、いつの間にか、後20分ほどで日付が変わろうとしていた。

 

 

「すみません、私は別のところに行きたいんですが構わないですか?」

 

「タブラさん、モモンガさんからのメールで集合場所は玉座の間って書いてあったけど……」

 

「どうしても、行きたい場所があるんです。モモンガさんには事前に許可取ってありますし、そこに行ってきます」

 

 タブラ・スマラグディナは別の場所へと転移して行った。

 

「さて、俺たちはどうする?」

 

「玉座の間に行きましょう。モモンガさんには書置きを残して――」

 

 その時、大広間にて一体の異形種が突然現れた。

 

「遅れてすみません!!」

 

 

 ――豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った骸骨、死の支配者、モモンガ

 

 

「おぅ、おせーぞモモンガさん。来ないかと思ったぜ」

 

「本当に申し訳ないです。部下が作った明日の会議の書類に間違いがあって、治すのに時間かけてしまって……」

 

「はぁ……モモンガさんらしいな」

 

「うん、優しいのは相変わらずだね」

 

「ホワイトブリムさんにブルー・プラネットさん!! お久しぶりです!!」

 

「メールで送ったとおり、俺たちもナザリックと共に行きたい。……あまりログインできなかったけど歓迎してくれるか?」

 

「私は歓迎ですよ!! というか、許すも何も皆で作り上げたナザリックじゃないですか!! あなた方を否定する権利なんて誰もいませんよ!!」

 

「ありがとう。それと、ヘロヘロが疲れているようだったから自室でソリュシャンと休ませてる」

 

「そうですか、ヘロヘロさんにも後で来てくれたお礼を言わないと……タブラさんが見かけませんが……」

 

「タブラさんはどっかいったよ、別の所で終えたいんじゃない?」

 

「あぁ……そうでしたか、私たちは玉座の間に行きましょうか」

 

 

 円卓から玉座へといくつかの通路を曲がり、途中でメイドに遭遇する。モモンガ達は一旦、立ち止まり、様子を探るとメイドは何かありますか? と言わんばかりに小首を傾げる。

 

「こうして見ると本当に生きているみたい」

 

「あいつが、AI組んだんだ。あいつの魂がメイドに篭っているのさ」

 

「おぉ、その熱い考えは嫌いじゃないぜ」

 

「考えじゃねぇ!! 事実だ!!」

 

 NPCなので意味は無かったが、メイドもナザリックの一員であり挨拶した。当然、メイドは表情を変えることは無かったが、どことなく喜んでいるように思えた。さらに先に進み、玉座の間がもうすぐという所に執事と戦闘メイドプレアデスがいた。

 

「え、えっと、ソリュシャンがいないようですけど……」

 

「ソリュシャンならヘロヘロが連れて行ったぞ」

 

「えっと、プレアデスたちを連れて行きたいんですが構いませんか?」

 

 その場にいるギルドメンバー誰もが頷く。

 

「よし、『付き従え』」

 

 執事とメイド達は一礼し、ぞろぞろとギルドメンバー達の後ろを一列に続いて歩く。

 

 

 ナザリック最終防衛の間であるレメゲトンを横切り、天使と悪魔の最後の扉を開く。

 

「ここら一帯のゴーレムと彫像は全部あいつが作ったんだよな……」

 

「天才肌ってやつ? これで、あの性格じゃなきゃなー」

 

 玉座の間に到達した。そこは数百人が入ってもまだまだ余る広さで、様々な貴金属や宝石が豪勢に複数のシャンデリアや玉座、他のいたる所にある装飾に用いられていた。ユグドラシルでもここまでに壮大な作り込みをした処はないだろうと思われる壮大さだった。

 

 執事とプレアデスを通路の側に待機させ、玉座の近くに立つ腰から1対の黒い翼を持つ女性と漆黒の和服を着た女性の2人が立っていた。両者の顔は瓜二つであり、タブラ・スマラグディナの創造したNPCの姉である守護者統括補佐のニグレドと次女である守護者統括のアルベドである。

 

「……最姉は例の場所の領域守護者だったんだよな」

 

「タブラさんはホラー好きですからね、前の設定のままでは可哀想ということで情報系魔法詠唱者のスペシャリストとしてコンセプトを変えたようです」

 

「絶対、こっちのほうがいいよ、あれはトラウマ……」

 

「ですねー、さて、NPC達には並んでもらいましょうか『――ひれ伏せ』」

 

 NPC達が一斉に片膝を落とし、臣下の礼を取る。その光景を見て、モモンガの横一列にギルドメンバーが並びだした。空気読んでくれてありがとう。

 

「皆さん、今日は来て下さり、本当にありがとう……ございま…した……」

 

 異世界に皆で行くことをずっと望んでいた。最後に11人も集まってくれて嬉しさのあまりに涙ぐんでしまった。

 

「……礼を言うのはこちらのほうだ。今まで本当にありがとう。あなたがギルドマスターでよかった」

 

「モモンガさんがギルマスだったのもあると思いますが、皆さんがいたのも大きいと思います」

 

「正直、皆と会えてよかった。今までお疲れ様でした!! そして俺たちの冒険はこれからだ!!」

 

「なんだその打ち切り漫画みたいなセリフは……皆さん、ナザリックを支えてくれてありがとうございました」

 

 そのとき2通のメッセージが届いた。

 

『タブラです。皆様、今まで本当にありがとうございました。特に、ギルマスであるモモンガさんには本当に頭が上がりません。このアインズ・ウール・ゴウンは皆様がいたからこそだと思います。とても楽しかったです。またこれからも、よろしくお願いします。』

 

『スルシャーナです。もし、ユグドラシルⅡが出来たら、今度は一緒に遊びましょうね』

 

 

「俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷、ばりあぶる・たりすまん、源次郎――」

 

 40人それぞれの旗を指差しつつ、仲間を思い出しながら声に上げた。それほど時間はかからなかった。

 

 本当はもっと来てほしかった。欲を言えば仲間全員。

 

 だが、最後にギルドメンバーがこれだけ集まってくれた。何と嬉しいことだろうか。

 

 

 そう、今の自分は独りじゃない!! 

 

 

「あぁ、楽しかったな……」

 

 

 突然、モモンガたちの前に大きなクリスタル・モニターが現れた。そこにはナザリックの外の光景で、るし★ふぁーと多数の用意された花火があった

 

 

 ――黒き翼を持つ漆黒の堕天使、至高の問題児、るし★ふぁー

 

 

『イェーイ、モモンガさん、見えてる?』

 

 るし★ふぁーからメッセージが送られてきた。

 

『!? るし★ふぁーさん? いるんですか!?』

 

 そのメッセージを送ると夥しい数々の花火が打ち上げられた。それはとても美しく、華やかで、これからの生活を祝福しているかのように思えた。

 

「あいつ、何やってんだ?」

 

「メール見てないのか……集合場所ここなのに……」

 

 …………? 今の自分はある違和感を感じていた。何か重要なことを見落としているような……

 

 異世界へ行くための準備は既に数日前までに完了している。確認も怠っていない。なのに、嫌な胸騒ぎをしていた……

 

 

 もし、モモンガが疲れていなければ、もう少し早く来ていれば気付いていただろう。

 

 花火も佳境で盛大に色とりどりな様が見られる中、ようやく気付いた。

 

 

11:59:43

 

「ま、まずい!! るし★ふぁーを中に入れないと!!」

 

11:59:45

 

『早くナザリックに戻れ!!』

 

11:59:49

 

『え、なんで?』

 

11:59:54

 

『いいから早くだ!!』

 

――12:00:00

 

 

 

 徹夜で準備をしていた周囲一帯に設置していた数万発もの花火が順に打ち上げられた。

 

「あーはっはっは、たーまやー、あーはははは」

 

 

 花火も残り僅かになり、ラストスパートをかけようと思った最中、メッセージが届いた。

 

『早くナザリックに戻れ!!』

 

 一体何だというのか? 自分は今ナザリックの入口のとこにいる。……問題は無いはずだ。

 

 メッセージを送ると『いいから早くだ!!』と返事が帰ってきた

 

 るし★ふぁーはナザリックの中へと移動し――

 

 

 ――12:00:00

 

 

 途端に周囲の景色が歪みだし、辺り一帯が廃都に変化しだした。

 

「あ、あれれ? なにこれ、え? どういうこと?」

 

 廃都の中、吸血鬼の少女が走っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 タブラ・スマラグディナは指輪の転移機能で8階層に向かっていた。

 

 そこから<転移門(ゲート)>で移動し、宝物庫と似たような仕掛けになっている完全に隔離された領域に入った。

 

 そこはナザリックにしては、あまりに質素な部屋だった。広さとしては、六畳半と押入れと靴を脱ぐだけのスペースがあるだけの狭苦しいもの。靴を脱ぐ所に青く塗られた鉄の扉と郵便受けみたいな物があるが、それらが開くことは決してない。そこの反対の面に大きな窓があるが、景色は完全な黒で塗りつぶされていた。豪華なものは何もなく、ただ真中に小さいテーブルがあるのみだった。

 

 閉鎖空間に閉ざされた一般的なアパートの一室だった。

 

 テーブルの側にちょこんと正座している16くらいの女の子がいた。

 

 その女の子は肩で切り揃えられた黒髪をしており、薄青色のワンピースを着ていた。どこにでもいそうな可愛らしい日本人の女の子のようだったが、一切動いてないのでクロースショップのマネキンのようだった。

 

 「もうすぐだぞ、彩花」

 

 彩花――それは、タブラ・スマラグディナの現実世界の娘……だった。過去形なのは既に亡くなっているからだ。

 

 

 しばらくそこにいると笑顔でこちらを返してくる。その笑顔は辛い過去を思い出させるのに十分だった。

 

 彩花の設定は非常に簡潔で以下のようだった。

 

 

「鈴村洋一の娘、鈴村彩花、本人である」

 

 

 鈴村洋一とはリアルの自分の名前だ。かつての娘を思い出し、詳細を書けば間違いなく齟齬ができるし、容量も足りない。もはや、どのように設定を書けばいいか分からなく、いっそのことということで簡潔にこのようになった。

 

 もはや玉座に行って仲間達と会う時間は無いので、せめてのものとしてメッセージを送った。

 

 タブラはこのNPCの育成にほぼ自身の時間、金、労力全てを注いだと言っても過言ではない。あのモモンガでさえ、ここまで強力なNPCであることに予想もつかないだろう。タブラの知る限り、このNPCはユグドラシルにおいて間違いなく最強だと確信している。

 

「彩花……」

 

 私の存在意義はもはやこの娘のためにある……

 

 

――12:00:00

 

 




これで、現実世界編は終了です。


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異世界編
16. ???


転移前の時系列話です。

それと、この話を投下した後、当面の間、投稿できなくなりますので、今後の話みたいなのを書きました。

ネタバレ書いてましたが、やりすぎな気がしたんで消しました。ごめんなさい。


600年前

 

 

とある者の手記

 

 信じらないことが起きた。ユグドラシルの最終日に異なる世界に来ていた。仲間たちは困惑していた。電脳法で規制されていた嗅覚が存在し、NPCたちが自律して動き出し普通に話もする。……まるで意味が分からない。

 

 そして、この世界の環境は大変素晴らしい。川があり、森があり、夜空がある。この光景に仲間とともに感動したものだが、感情抑制が起きた。……煩わしいものだ。

 

―――

 

 少しこの世界を探索してみると、牧場のような物があり、人間が飼育されていた。仲間たちは憤ったが、自分は何も感じない。もはや、人間ではないということなのだろう。

 

 仲間たちは、今すぐにでも助けようとしていた。自分は乗り気ではなかった。しかし、皆が言うのなら仕方がないということで、助けることにした。

 

―――

 

 その後、各地を回り、あらゆる場所で人間を助ける旅に出ていた。果たして、これでいいのだろうか? 今までは雑魚ばかりだったから良いものの、藪蛇をつつくようなマネは続けたくなかった。

 

―――

 

 ついに、厄介な敵と遭遇することになった。吸血の竜王と朽棺の竜王たち、それらの配下と我々は戦争することになった。人間など助けなければこんなことには……そう言いたい気分だったが、仲間たちはやる気マンマンだ。

 

―――

 

 数ヶ月にも及ぶ戦いの果てに、駆逐すること出来た。そして、多くの人間たちを救出することに成功した。仲間はギルド拠点を囲むように『スレイン村』というものを作った。仲間たちは分かっていない……本当に辛くなるのはこれからだということを

 

―――

 

 竜王たちが我々に目をつけて、滅ぼそうとしてきた。以前よりも強大な敵がひたすらに攻めてきた。そんな中、仲間たち同士であったり、異世界で助けた者同士で恋愛関係を作っていた。こんな時に何をやっているんだと文句を言ってやりたかった。

 

―――

 

 敵はどんどん強くなっていった。人間を助けたいと強く主張していた女性プレイヤーの1人が妊娠した。1年間戦えないと言う。自分で助けたいと言い出しておいて、戦わないなどふざけるなと言いたかったが、我慢した。その後、それに続くかのように仲間たちは誰かと結婚したりし始めていた。女性姿の仲間は戦えなくなり、男性と自分でなんとか前線を保っていた。

 

―――

 

 ついに子供が生まれた。人間である仲間たちは可愛いと言っていたが、別に自分は何も感じなかった。むしろ、足手まといが増えて面倒だと思った程だ。それと、ここら辺で仲間たちが少しずつ、老化していっていることに気がついた。……寿命、自分以外の仲間は全員人間だ。皆、自分を残して死んでいってしまうのだろうか?

 

―――

 

 戦いは更に苛烈になっていく、大陸の中のあらゆる敵が連合を組んで攻めて来ている。一体、あと何年ここを防衛していればいいのだろうか? 人間を助けなければこんなことには……

 

―――

 

 仲間が生んだ子供が育ち、自分たちと共に戦うと言い出した。驚いたことに、異世界人との間にできた子供がこの世界独自の始原の魔法を使うことができた。今はまだまだ弱いが……いずれ我々を超えるかもしれない。

 

―――

 

 チームを分割して、近場の拠点から少し離れた場所にいる敵の群集地を滅ぼしに行く。防衛一方ではキリがないからだ。我々は時間をかけて強大な竜たちを追い詰めていった。少し離れた場所にアーグランド評議国という国があった。その中で白金の竜王と私が一体一で戦い、アイテムを使ってなんとか勝利した。こことは休戦協定を取ることで、戦いは終結した。

 

―――

 

 敵の苛烈さはやや抑えられたものの、まだまだ戦いは続いた。仲間たちは既に目に見えて老化していった。自分は変わりなかったが、仲間は直に戦えなくなると言っている。今は仲間の産んだ子供たちが第二世代として戦いに参加し、前線を維持していた。

 

―――

 

 遂に、ともに戦い続けた戦友が老衰で亡くなった。自分たちと子供に未来を託してこの世界から去っていったのだ。死んでいるのに、未練なく幸せそうな顔をしていた。仲間や助けられた人間たちは涙を流していたが、自分はオーバーロードだから涙は出ないし、悲しい感情はすぐに抑制されてしまった。それがとても悲しく、人間たちが羨ましいと思った。

 

―――

 

 仲間たちは老衰や病気で次々と亡くなっていった。彼らは死んでいってしまったが、今ここには彼らの面影がある子供たちがいた。彼らは面影だけでなく意思も継いでいた。……自分の浅はかさに笑いがこみ上げてきた。今にして、ようやく人間を助けて良かったと思えたのだ。

 

―――

 

 異世界に転移して寝ることもなく100年間戦い続けた。遂に、世代は3代目、4代目へと変わっていった。かつての敵の猛攻はなくなっており、人間にとって平和が訪れてきていた。そして、もはや自分を知る者はいなくなっており、皆が守護神と呼んだ。気軽に話せる者はもういなくなっていたのだ。……いい加減疲れてきた。そろそろ自分も仲間のように眠りたい……そんなことを考えていた。

 

 この世界に来てからあのアインズ・ウール・ゴウンのことを考えた。もしかして、彼らはこの世界のことを知っていたのではないだろうか? もし、彼らがこの世界で傾城傾国を知ったと言うならば……有り得ない話ではあるが、いや、既に異世界転移などという有り得ない事なのだが……それを前提に考えると……

 

 色々と準備をしておく必要があるだろう。私は既にデスペナルティでレベルダウンしており、エクリプスでもワールドガーディアンでもない。先は長くないかもしれない。私はかの竜王の息子、ツァインドルクス=ヴァイシオンの元へと旅立った。

 

―――

 

500年前

 

「よう、初めましてだな、スルシャーナ」

 

「……? 誰だ? 君たちが浮かべているのは敗者の烙印……ユグドラシルプレイヤーか……だと、するとやはり……」

 

「何を言ってるのか分からねーが、年貢の収めどきってやつだ」

 

「そうか……ようやく眠れる時が来たのか……」

 

 

 

「思い出したぞ、君はアースガルズの天空城のギルドマスターか……」

 

「やっと、思い出したのかよ、てめぇのせいで、俺たちはギルドを失った……」

 

「そうか……別に謝る気はしないが、私にとどめを指す前に一つだけ聞いていけ、この世界はな……」

 

 

「ありがとう、これで眠れる……」

 

 スルシャーナは最後の一撃により消えていった。

 

「……なぁ、これで良かったのかな?」

 

「まぁ、いいんじゃねーか、なんか疲れてたみたいだしな」

 

「これから先どうするよ?」

 

「そうだな……南だ、南へ行こう」

 

「それにしても、将来アイツ等がくるとはな……」

 

「俺らには関係ねーよ、どうせ寿命で死んじまうらな。……だが、もし子孫ができたら伝えておくべきか……」

 

―――

 

200年前

 

 

「あなたが、伝承にあるアインズ・ウール・ゴウン……」

 

「あぁ、そうだが? それがどうかしたのか?」

 

「であるのならば、スルシャーナ様と同じように我々人類を救いに来て下さったのですね?」

 

「……はぁ? お前らが呼んでいる魔神ってのが邪魔だから狩ってるだけで、人類救済なんざ別に興味ないわ」

 

「……そんな、だってスルシャーナ様は」

 

「俺もスルシャーナを知ってるし、話したことあるけどさ、そんな積極的に人間を助けたようなヤツじゃないと思うぞ? アイツ、オーバーロードだったしな」

 

「そんな、ではアインズ・ウール・ゴウンというのは……」

 

「メリットが無ければ、人間を積極的に助けるとは思えないね」

 

「……」

 

―――

 

「ツアー、お前にお願いしたいことがある」

 

「何かな?」

 

「この指輪を預かっていて欲しい。これだけは絶対に奪われちゃダメなんだ」

 

「多分、僕より強い君が持っていたほうがいいと思うけど……」

 

「俺のギルマス、モモンガさんが警戒しているアイテムに備えてだ。ここにずっと引き篭っている君に渡したほうが安全そうだ」

 

「そうかい……そういうのなら、僕が預ろう」

 

―――

 

 私は最強の力を得た。この者によるアイテムのお陰で天使となり、永遠の命が得られた……

 

 これさえあれば……堕落したスレイン法国を復帰させ、いずれ現れるアインズ・ウール・ゴウンに対抗できるだろう!!

 

 フフフ、ハハハハ、ハーハッハッハッハッ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17.錬金術師、娘と共に異世界へ行く

 ユグドラシル最終日、タブラ・スマラグディナは8階層のかつて娘の住んでいたアパートに似せた隠し部屋へと赴いた。そして、自分のかつての娘として設定したNPCと最後にして始まりの時を迎えようとしていた。




「きゃああああああああああ!!」

 

「うわぁ!!」

 

 私は思わず、叫び声を上げてしまった。なんだか長い眠りから覚めたようで、起きてみたら目の前に悍ましい化物がいたのだ。

 

「う、宇宙人!? い、いや、来ないで!!」

 

 その姿はよく漫画やアニメ、SFといった作品に出てくる宇宙人の姿に似ていた。人の体に歪んだ蛸にも似た生き物に酷似した頭部を持っていた。皮膚の色は死体の如き白に紫色がわずかに混ざっており、粘液に覆われているような異様な光沢を持つ。着用しているのは黒一色に銀の装飾が施された、体にぴったりと合った革の光沢を持つ服。そこには幾つものベルトがぶら下がっている。

 

 あまりの醜悪さに吐き気を催してくる。衝撃的すぎて思考が追いつかないが、悪夢なら早く覚めて欲しいと思った。

 

「……ちょっと落ち着いてくれ。頼むから」

 

 目の前の宇宙人は日本語で落ち着けと言ってきた。ひょっとして会話が通じるのだろうか? それとも言葉の綾というもので、『無駄ナ抵抗ハヨセ』ということだろうか?

 

「こ、来ないで!! こんな状況でどう落ち着けって言うの!! 私をどこかで人体実験するんですね?」

 

「い、いや、そんなことはしない!! 混乱する君の気持ちは察するが、君に一切の危害を加えることはない。だから、どうか落ち着いて欲しい」

 

 ……そう単純に信じられる訳ではないが、警戒を解かずに一先ずは話をしてみることにした。

 

「あ、あなたは……宇宙人ですか?」

 

 恐る恐る聞いてみる。そう聞くと目の前の化物はどこか困ったような顔をしつつ答えた。

 

「……そうだ。私は地球を訪れていた宇宙人だ」

 

「……私をどうするつもりですか? 攫うんですか?」

 

 そう聞くと目の前の化物はさらに、うんと困ったような顔をしつつ答えた。

 

「……どうもしない。ただ……君に生きていて欲しいと君の父親に頼まれたのだ」

 

「父さんが!? それは、どういう――」

 

 私は急に思い出した。

 

 ある寒い日の中、私は父に連れられ、サーカス劇を見ていた。ピエロは大きなボールの上で踊り、他の役者は綱を渡っていた。

劇の途中で大きな地盤沈下が起きた。建屋は大きく揺れ、様々な物が崩れ落ち、倒れた。その時、まだ私たちは運良く無事だった。揺れが収まり、父は私の手をとって、外へ出ようとした。だが、私は側に逃げ遅れた小さな子供がいたことに気付いた。私は父の手を振りほどき、子供の元へと駆けつけた。私が子供の手を取った瞬間、上の方から何か巨大な物が落ちてきて叩きつけられた。

 

 ――私が覚えているのはここまでだった。……あの時、私は死んだのだろうか? 恐怖で足が竦む。ならば、今存在している私は一体……

 

「大丈夫か?」

 

 目の前の宇宙人は見かけによらず、優しい声で問いかけてきた。

 

「私は……死んだのですか?」

 

「……そうだ、そして、お前の父は全てを呪った。この理不尽な運命、助けられなかった自分……彼は全てを呪う一方で様々なものに願ったのだ。『娘を返して欲しい』と。当然、答える者などいない、死者は決して蘇らない」

 

 私の父を思い、悲しみのあまりに涙が出る。私の母は、私が生まれた時に亡くなり、父の手一つで育てられた。私が亡くなれば、父は独りだ。一体どのような心境で暮らしていたのだろう。

 

「だが、彼の時間が経ち苦しい過去の呪縛が薄れつつあった頃、とある人物から一つの信託を受けたのだ。その者は未来を予知する者で、遠くない未来に奇跡が訪れるだろうと言った!! そして君の父は君の魂をこのタブラ・スマラグディナに託して君を蘇らせることに成功したのだ!!」

 

 目の前の宇宙人は、まるで<俳優(アクター)>のように仰々しく宣告してきた。

 

 衝撃的な話だった。あまりに話が飛躍しすぎていて訳が分からないが、とにかく自分は死から蘇生したらしい。

 

「あの……父さんに会いたいんですけど……」

 

 目の前の宇宙人は頭を抱え、さらに悩んでいるように見える。……さっきから悩んでいたり、素直に質問に答えてくれていたりと見かけによらず良い宇宙人(?)なのかもしれない。

 

「……すまない、会わせてあげたいのは山々なのだが、君を助けるために遥か遠い場所に来てしまったために私の力でも、もう二度と会うことはできないのだ」

 

「えっ? ここ自分のアパートですよね?」

 

「いや、違うのだ。この空間はかつて君の部屋を模して作られたものだ。ここは……地球からの次元を幾つも超えた、君たち地球人にとって魔法や超能力といったものが存在する非現実的な世界だ」

 

 確かに、よく観察してみると似ているようで違っていた。部屋が真新しく整理されすぎているし、僅かな汚れや傷も見受けられない。私の部屋とは似ているようで別の場所……

 

「……そんな、会えないなんて……」

 

「……君の父さんは、君が蘇生したら自由に生きて欲しいと願っていた。だが自由に生きていくにも力が必要だ。私は君を蘇生させる上で様々な力を施した。それを今から説明しよう」

 

 

 自分の外見は変わっていなかったが、中身は全く変わっていた。生前では考えられない凄まじい身体能力にスキルと言う様々な技術、更には魔法までも使えてしまうと言う。……まるでゲームのような話だった。……もしかして、今後、何かと戦闘することがあるのだろうか?

 

「あくまで、その力は護身用のためだ。何かを傷つけるための物ではない。君の父親が自由に生きて欲しいと言った以上、私は君の行動を咎めはしないが、君がその力で他者を無闇に傷つけていたのなら、私は悲しいし、きっと君の父親も悲しむだろう」

 

「急に何もかもが変わりすぎて実感が沸かないけれど……うん、あくまで護身用ですね。分かりました。それと……タブラ・スマラグディナさん、でしたか? 最後に聞きたいのですけどいいですか?」

 

「何でも聞きたまえ、答えられる範囲で答えよう。それと長い名前なのでタブラでいいし、私に敬語はいらないよ」

 

「……タブラさん、ここまでしてくれて本当にありがとう。でも、どうしてここまでしてくれるの?」

 

「君の父親には多大な恩があってね、彼が存在していなければ今の私は存在していなかった。今回の件でその恩に報いた。……それだけだ、だから私に感謝する必要はないよ。……そういえば、君の父親は一度死んでしまった者を蘇生させるのが正しいのかどうか不安がっていたんだが……、君はどうだ? 蘇生して良かったと思えたか?」

 

「……父さんに会えないのは残念だけど、また生きられるチャンスができたから、とても嬉しいわ!!」

 

 きっと自分の身体能力が遥かに向上したからだろう、目の前の宇宙人が何かに安堵したかのように脱力したのが分かった。

 

「そうか、そう言ってくれるととても嬉しい。きっと君の父親も喜んでいるだろう。……それとこちらも聞きたいことがあるのだが、私の姿は怖いか?」

 

 何と言えばいいのだろうか、はっきり言って目の前の宇宙人ものすごく気持ち悪いのだが、命の恩人に気持ち悪いとは言いにくい……が、嘘を吐くというのも失礼だ。いっそのことと思い正直に答えてみることにした。

 

「控え目に言って、怖いというより、気持ち悪い方が圧倒的に勝っているわ……最初見たときは吐き気が……」

 

 そう言うと物凄くショックを受けているような様子を見せた。宇宙人がここまで感情豊かだと思わなかった。

 

「君もそう言うのか……かっこいいと思うのに……誰一人として理解してくれない……だが、君が言うのなら仕方がないか……」

 

 タブラは残念そうな表情をして、目を瞑ると途端にぐにゃぐにゃと身体が溶け出していった。何が起きているのか分からず身構えるが、途端にタブラの姿は凛々しい魔術師風の知的な男性の姿へと変えた。

 

「……宇宙人はそうやって人間社会に密かに入り込んでいたのね……」

 

 これはタブラの持つスキル<化身>によるものだった。種族レベルが0になる大幅弱体化のペナルティがあるが、見破られなければ人間と同じ姿を取れる。

 

「あ、うん、まぁ、そういうことだ。さて、そろそろ仲間たちの元へ行かなければいけない。そこで、お願いがあるのだが、今後はルベドと名乗って欲しいのと地球で暮らしていたことを秘密にして欲しい」

 

「ルベド……ね、分かったわ、秘密にする」

 

理由は分からないが、きっとその方が色々と都合がいいからなのだろう。自分にそう言い聞かせて納得した。

 

「よし、ではこの手を取ってもらえないか? 今から仲間たちの居城に戻る。……安心してくれ、私の仲間たちも人間ではないが皆優しい」

 

 その言葉に安堵してタブラの手をとった。何故だろうか、相手は宇宙人だというのに、とても心が安らぐ気がする。どこか懐かしいような……そんな気さえする。私はこの宇宙人とは初対面のはずだが……

 

「よし、そのまま手を離さないでくれよ」

 

 タブラの指に嵌めていた黒く燻っていた指輪が小さく輝き出した……が、何かが起きるのかと思ったが……何も起きない。

 

「……おかしい、指輪が機能しない……」

 

「……どうしたの?」

 

「本来ならば、この指輪の力で瞬時に別の場所へと転移するはずなのだが、何も起きないな……指輪の色合いも、まるで効力を失ってしまっているような……ちょっと待ってくれ、仲間にメッセージを送ってみる」

 

 表情から見るにタブラは少しずつ、焦り始めていた。あれこれと試しているがうまくいっていないように感じた。

 

「指輪の力が機能しない、仲間たちに連絡が届かない。転移門すら開かない。……これは、どういうことだ!? まさか、閉じ込められた?」

 

「ここアパートだよね? そこの玄関から普通に出ればいいんじゃないの?」

 

「ここは、私が作成した閉鎖空間であって、外とは繋がりが――」

 

 タブラは部屋を一度ざっと見渡すと、カーテンと窓の隙間から光が零れていることに気がついた。さらに、この空間の外から小さいが話し声も聞こえる。締めたカーテンを開け、窓の外を見ると――

 

 そこはまぎれもなく外だった。昼時だろうか、いくつかの狭い畑と小さな家があった。

 

「馬鹿な、外だと? ここはナザリックの8階層のはずなのに。ここは農村か? 何故かは分らないが良かった。閉じ込められたわけではなかったのか……」

 

「タブラさんも今の現状がよく分からないの?」

 

「あぁ、これは予想外だった。本来であれば、別の場所へと行くはずだったのだが……」

 

 私たちはさらに見渡す。……人がいた。その様子は明らかにこちらを見て驚いていた。

 

 

 村に突然建屋が現れた。それは整った長方体をしており、見たこともない石のようなもので塗り固められていた。ある一面はガラス張りになっており、内側に布が被さっていて中は見えない。その反対面は青い扉になっていた。

 

 畑を耕していた村人は鋤や鍬を、草を刈っていた村人は鎌を持って恐る恐る近づいた。

 

 近づくと突然、内側の布が開かれた。中には魔術師風の男性と見慣れない格好した少女がいた。彼らはこちらの姿を確認すると、青い扉の方から出てきた。

 

 

「皆様方、ご迷惑をおかけしてすみません。私は錬金術師のエメラルド・タブレットと申します。そしてこちらは相方のルベド。この度は、転移実験に失敗してしまい、この場に転移してしまいました」

 

 タブラは村人たちに偽名で挨拶をした。モモンガ曰く、何故か言語は通じるとのことだったが……

 

「……そ、そうですか」

 

 村人たちは困惑していた様子だった。こちらだって困惑している。他のアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは一体どうなったのか、ナザリックはどうなったのか、なぜこんな場所に現れたのか……全く理解できない。

 

「お聞きしたいのですが、ここがどこなのか教えて頂けませんか?」

 

「ここはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルの北にあるカルネ村といいます」

 

「リ・エスティーゼ王国? すみません、もう少し大まかに教えていただけませんか? 私のできる範囲でお礼をさせて頂きますので……」

 

「あぁ、構わないが……」

 

 

 ここでタブラとルベドは様々なことを情報を得た。

 

 まず、ここがカルネ村であるということ。周辺国にリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国があり、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は毎年、定期的にいがみ合っているということ。使用されている通貨。近くにトブの大森林があり、ダークエルフの集落と森の賢王という魔獣がいるらしいということ。

 

 また、タブラはアインズ・ウール・ゴウン、ナザリック、モモンガという言葉を聞いたことがあるかと聞いていたが村人たちは知らないようだった。

 

 色々と疑問は残るが、暫くはここに住ませて貰うことになった。ドブの大森林、周辺国など気にはなるが、暫くここで様子を見ることにした。

 

 村長たちと話すことがなくなると、転移したルベドのアパートで2人で話しをしていた。

 

「なんか、すごいことになっちゃったね」

 

「そうだな……何が何やら……暫くここで過すことにしよう。情報が少なすぎる」

 

「周辺国は? ちょっと行ってみるのもいいんじゃない?」

 

「駄目だ。ここら一帯では私のような異形種は人間を脅かす存在のようで、見破られた場合、大騒ぎになる。ここの村人の連中は騙せていても魔術師ギルドとやらに所属している連中は見破る可能性がある」

 

「森は? 少し見てみたい気があるけど……」

 

「エルフという人間を嫌う存在、森の賢王とかいう魔獣や巨人がいるらしいから止めておく。私も君もフォレスト・ワーカーやレンジャーと言った職業クラスについている訳ではない。行くとするなら、希に冒険者という森に行く連中が来るまで待機だ」

 

「そっか……そういえば、タブラさん、何で偽名を使ったの?」

 

「あぁ、もしかしたら私の敵がいるかも知れないと思ってな。今までの立場上、私の敵は非常に多かった。一応、警戒してのことだ。ただ、タブラ・スマラグディナとエメラルド・タブレットは別名であって同じ物だから別名と言った方が正しいかな」

 

「……そうなんだ」

 

「それにしても、ここは素晴らしいな。空気が汚れていなく、木や川といった大自然がこうも生きているとはな」

 

「うん、私も思った。空気がすごくおいしい。とても落ち着くわ……一回死んでるわけだし、私、実を言うと天国に来ちゃったとか?」

 

「縁起でもないこと言わないでくれ、君の父親が悲しむ」

 

「そうね、ごめんなさい」

 

 結局、私は自分を父親として名乗ることはできなかった。少し……いや、正直、とても残念ではあるが、もはや仕方がないだろう。私は既に人間ですらないのだから、きっと私が父親だと明かしてもこの子を悲しませる、若しくは否定するだけだろう。というか、そんなことは全く持って些細なことでしかない。

 

 

 この子が幸せに生きていてくれさえすれば、それでいい。

 

 

 様々な物を見て、聞いて沢山のことを学んで欲しい。この子の幸福だけが私の全てだ。他は何もいらない。この子の幸福のためならば私は自分の命すら惜しいとは思わない。そもそも私はこの子とナザリックのために、多額の金を得るために現実世界の多くの人を犠牲にした咎人だ。自ら死のうとは思わないし、黙って殺される気もないが、殺され地獄に落ちようとも文句の言いようがない。私が幸せを享受して生きようとは微塵も思っていない。

 

 ただ……もしこの子を不幸に陥れようとする輩が現れたとしたら……

 

 

 きっと、私は躊躇することなく、全力で破壊し、永劫の苦悩と絶望を与えることだろう!! それが……例え……いかなる者であったとしても…………!!!!

 

 

「あぁ、そういえば……私の仲間の一人がよく自然について語っていたよ、彼の言い分では地球もこの世界のように大変美しいものだったそうだ」

 

「そうなんだ……ねぇ、タブラさん、私、今じゃなくていい!! いつか、この世界を見て回ってみたい!! きっとこの世界には美しいものがたくさんあるんだと思う!!」

 

「あぁ、そうだな、私も世界を回ってみたい。ただし、それは周りのことがある程度分かってからだ。多分、それほど問題はないと思うが、予想外のこともあるかもしれん」

 

 二度と事故死などさせるものか!!!!

 

「うん!! りょーかい!!」

 

「それと、もう一つ念押ししとくが、間違いなく君の力は村人たちよりも遥かに強い。決して実力を出さないようにすること!! 同じ村人と同程度のステータスを装うんだ。力があると見られれば、次から次へと面倒なことに巻き込まれる」

 

「勿論、分かってるよ」

 

「いい子だ。それじゃ、そろそろ村長との約束通り、ここに滞在させて貰ってる代わりに村仕事の手伝いをしようか」

 

 

 カルネ村の運命の歯車がこの2人の突然の来訪によって大きく変えていくことになるとは、まだ誰も予想だにしていなかった……

 



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18.錬金術師、漆黒の剣と共に大森林へ行く

長くなってしまった……


タブラとルベドがカルネ村に来てから一週間ほどが経っていた。

 

 カルネ村の住民達は、最初はタブラ達のことを余所者ということで忌避していたが、温厚な態度と錬金術による鎌や鋤などといった物品の補修などを行い、村人からは、「錬金術師様」「タブレット様」、「賢者様」などと呼ばれ崇められていた。こう呼ばれているのは、決してタブラが強力な魔法を使ったことによるものではない。村には貧相な物ばかりで、見るに耐えられないものばかりだった。錬金術師と名乗ったこともあり、タブラの常識から低位で簡易な修復をしていたのだが、それだけで大いに喜ばれすぎてしまったのだ。これはタブラから見て失態ではあったものの、あまりの村人たちの喜びと感謝ぶりにそれほど悪い気はしていなかった。

 

 ルベドに関しては、明るく振る舞いつつ力仕事を手伝っていて村人たちと慣れ親しんでいた。中でも、同じくらいになるエンリ・エモットは現実世界の親友に性格を含めて似ていたらしく、特に仲良くしていたようだった。タブラは、ルベドに友達ができたようで本当に良かったと思っていた。

 

 タブラは聞いたこともない術を用いて道具の補修や生成など様々なことをしている。ルベドは明るく元気に振舞いつつも身体的な能力がどことなく普通ではないということは、畑仕事や普段の振舞いから見てとれた。村人たちは異様に思いつつも、2人は自分達には想像もできない遠いところから来たようで、多少常識が異なっていても仕方ないのかもしれないと考えるようになっていった。そして何より、村への貢献度が大きく温厚でもあったので、村人達は2人への信頼を厚くしていった。

 

 

 タブラはここで暮らしつつ、様々なことに気が付いた。

 

 まず、自分の姿に違和感がないこと。まるで自分が元々、人間ではなく異形の存在であるマインドフレイヤーであるかのようだった。

人間とは違う――人間に対してそれほど親近感が湧かない。タブラは元々、人間は嫌いではない。むしろ様々な可能性を持っている面白く素晴らしいものだと捉えている。だが、敵対したとき、人を殺したとしても蟻を踏みつぶしたがごとく、どうとも思わないだろう。

 

 次に、想像以上にこの世界のレベルが低いということだ。モモンガから事前に異世界のことを聞いており、全体的にレベルが低いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

エンリ・エモットから魔法に関する話を聞くと、都市エ・ランテルでンフィーレア・バレアレというレアなタレント持ちとして有名で、薬師にして錬金術師の少年がいるとのことだった。彼はエンリ家を始めとした村人達に薬草の採取を依頼しており、エ・ランテルまで持っていくと報酬とは別に回復用のポーションも賄いとして提供していた。薬草と魔法から作製する少し高価なポーション……ということなのだが、実際にそのポーションを見せてもらい、鑑定してみると、あまり使えた代物ではない低位のものだった。

 

 最後にユグドラシルの魔法やスキルが多少、仕様が異なっているということだ。<上位道具生成(グレーター・クリエイト・アイテム)>や<上級配列変換(グレーター・トランスミュテイション)>は対象が大幅に増えたようだった。<上級配列変換(グレーター・トランスミューテイション)>とは装備品やアイテムをより上級な物へ改変させるスキルだったが、その辺の土や石まで全ての物質を対象にできていた。

 

 タブラは周囲の泥を一袋程度集めて部屋の中で<上級配列変換(グレーター・トランスミューテイション)>を発動した。

 

 泥は自らグニャグニャと人形のように形成していった。自分の手と同程度の小さなゴーレムとなって自ら動き出し、タブラに敬礼の姿をとった。高位の偵察特化の小型ゴーレムだった。

 

「今回はトブの大森林の東部を適当に探って帰って来い、何かに見つかったり魔法を掛けられた際は即座に自滅しろ」

 

 タブラがそう言うと、素早く窓から出ていき、村人に見つからないように森の方向へと向かっていった。

 

 

 4,5時間ほど経つと森からゴーレムが帰ってくきた。タブラはゴーレムに<物体読解(オブジェクト・リーディング)>を使用した。

 

「ふむ、トロールの巣窟を発見したと……これが逃げ帰れるということは、こいつらも大したことないか」

 

 今までのトブの大森林の浅い地区の調査で大型のハムスター、半蛇人間、オーガ、リザードマン、ゴブリンを見つけていたいたが、どれも大したことはないことが分かっていた。だが、森の深部には調査を出すことができなかった。

森の深部には禁断の地とも黒の聖地とも呼ばれるダークエルフたちが居住している区域があり、決して干渉してはならないとカルネ村の村長から言われていた。そう言われてしまうと何かあった場合、責任を取ることができないので、調査できないでいた。

 

「探査スキル・魔法は一切取っていなかったからな……」

 

 タブラは錬金術師という狭い分野に特化したレベル構成となっていた。そのおかげで周囲の探索に手間が掛かっていた。作成したゴーレムは簡単な命令しか適応できず、目や耳として共有して感知できる訳でもない。帰ってきたゴーレムも媒介を使用していない粗雑な物のため、マナバッテリーが切れたり役目を終えると壊れてしまう。何度もこの方法を使っていれば、そのうち厄介なものを引き寄せてしまう可能性がある。

 

「泥にしてはよくやったと思う他ないか……やはり、私が実際に見に行って危険性の評価をせねば――」

 

 アイテムを駆使しつつ、周囲に驚異的なものがないか探索しようと思っていた矢先に、扉が開いた。

 

「タブラさん!! 冒険者が来たよ!! それに例の錬金術師もいるよ!!」

 

「ほう……」

 

 ルベドがそう言うと、タブラは驚き、瞬く間に笑みを浮かべた。

 

 

「あぁー疲れた、ようやく休めるぜ」

 

 冒険者の一人であるルクルット・ボルブが警戒スキルを解き、腕を伸ばして楽な姿勢をとった。

 

「お疲れ様でした皆さん、カルネ村で昼食を取ったら休憩して薬草の採取をしましょう」

 

「了解しましたンフィーレアさん」

 

 彼らはンフィーレア・バレアレとその護衛の任務を引き受けた銀級の冒険者である『漆黒の剣』だった。

 

 ンフィーレアたちは村へ着くと真っ先にエモットの家へと向かっていった。先頭を走る少年は、どこか緊張していた様子だった。

 

 その様子をタブラとルベドは見ていた。

 

「なるほど、あれがンフィーレア・バレアレか……」

 

 タブラは錬金術師ということもあり、この少年のことが気になっていた。一つの都市で有名な薬師の技能の程度、『あらゆるマジックアイテムを使用できる』というタレント、この世界の魔法など興味は尽きない。

 

 何より、この小さな村では得られる情報が少なすぎていた。タブラとルベドはエンリの家へと向かっていった。

 

 

「エンリ!! 久しぶり!!」

 

「うん、ンフィー、久しぶりね」

 

「あ……あの、げ、元気だった?」

 

「うん、いつも通りよ」

 

「そ、そっかぁ、それは良かったー」

 

 少年は目の前の好きな異性に対して緊張しながら、頑張って会話を弾ませようとしていた。エンリ・エモットはそんな彼の心境など意にも介さず、残酷に最近現れた錬金術師の青年の話を始めた。

 

「最近ね、カルネ村にタブレットっていう、すごい人が現れたのよ」

 

「すごい人?」

 

「うん、私は魔法のことよく分かんないんだけど、錬金術師らしくて、色んな道具を作ってくれたり、直してくれたりするのよ。そういえば、昔割れたこのお気に入りのコップ、これも直してくれたの!!」

 

 エンリ・エモットがその新品同様ともいえるコップをンフィーレアに見せると、ンフィーレアは信じられないと言った表情をした。

 

 そのコップは外見が薄い素焼きの土器になっており、持ち手の部分は木目細かとして手触りが良く、中の部分はガラス質になっていて、漏れ出すことが無く、軽くて丈夫な構造となっていた。この世界において、この容器を作れるのは王宮から依頼されるような有名な職人だろう。

 

「これを……どうやって作ったのかな?」

 

「えっとね、もう割れちゃったから外に捨ててあったんだけど、エメラルドさんが拾い上げると、魔法を唱えたみたいで一瞬で直しちゃったの」

 

「へ、へぇー、そ、それはすごいや……ニニャさん、信じられます?」

 

「にわかには信じ難いですね……第三位階の魔法に<低位・道具生成(マイナー・クリエイト・アイテム)>の魔法がありますが……多分それに近い魔法を行使したのでしょう。大変優秀な方ですね」

 

「確か青年って言ってたよな、第三位階って……すっげーヤツもいるもんだな」

 

 負けた……ンフィーレアはそう考えていた。自分も錬金術師として研鑽を積んでいるものの、こんな芸当はできない。

 

 いや、大丈夫……僕にはポーション作ることが出来る。何年もお婆ちゃんの下で修行してきたんだ。それにタレントだってあるんだ!! まだ、負けたとは限らない!!

 

 自分を必死に励まそうとするも、エンリはとても嬉しそうにその錬金術師の話をしていた。

 

「他にもね、村の農具とか、タブレットさんが――」

 

 エンリが話をしていると、エモット家の扉がノックされた。

 

「エメラルドです。少々、お邪魔して宜しいでしょうか?」

 

 エンリの両親がもてなす様に扉を開いた。一人の青年とエンリと同じくらいになる黒髪の少女が入ってきた。

 

 

「初めまして、冒険者の皆様。私は錬金術師でエメラルド・タブレットと申します。隣にいるのはルベドです。最近、転移事故にあいまして、このカルネ村に参った次第です」

 

 エメラルドとルベドはンフィーレアと冒険者たちに礼をした。その様からは品がよく礼儀正しさを伺うことができた。

 

 同様にンフィーレアと冒険者も順に自己紹介を始めた。

 

「僕はンフィーレア・バレアレと言います。エ・ランテルで祖母の下で薬師として働かせてもらってます」

 

「私が『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モークです。あちらがチームの目や耳である野伏(レンジャー)、ルクルット・ボルブ」

 

「よろしくねー」

 

 ルクルットは私の方ではなく、私の娘に向かって笑顔で手を振っていた。ルベドはコクンと相槌を打ち、どう返したらいいか困ってるようだった。

 

 現段階では、それほど気にはしてなかった。そう、現段階では……

 

「ルクルットの隣にいるのは森祭司(ドルイド)、ダイン・ウッドワインダー」

 

「よろしくお願いする!」

 

 彼の所持している袋詰めからは薬草の匂いがする。こういった部分は、やはりゲームとは違ってリアルだなという印象だ。

 

「最後に、私たち漆黒の剣の頭であるニニャ――術師(スペル・キャスター)

 

「よろしく、お願いします。……ところでペテル、その恥ずかしい二つ名やめません?」

 

「え? いいじゃないですか」

 

「二つ名なんてあるんですか?」

 

 タブラが良く分からないといった感じに表情を取るとルクルットが口を出した。

 

「こいつ、タレントを持っていて天才って言われる有名な魔法詠唱者なんだよ」

 

「……ほぅ、どんなタレントなんです?」

 

「魔法適性です。これのおかげで習熟に8年かかるところを4年で修めることができました。……これがなかったら、私は最低な村人で終わってましたよ」

 

 何か後暗さを感じる発言だった。今はあまり聞かずにそっとしておこう。

 

「……そういえば、タレントと言えば、ンフィーレアさんもそうであるとエンリさんにお聞きしましたが……」

 

「はい、私のタレントは『あらゆるマジック・アイテムが使用可能』というものです」

 

「少しお聞きしたいのですが、そのタレントはどこまで有効なのでしょうか?」

 

「えっと……本来使えないはずの系の違うスクロールや使用制限で人には扱えない物も使用できます。今までダメだったことはありませんので……どこまでかと言われると難しいですね」

 

「……素晴らしい」

 

 タブラから思わず感嘆の声が漏れてしまう。錬金術師から見て喉から手が出るほどに羨ましい能力だと思った。これを応用すれば、本来使用できない道具生成器から有力なマジックアイテムを作製できる。それができれば、周囲の探索や安全のための行動に大きく捗ることになるだろう。

 

 ……それにしても、『魔法適性』や『あらゆるマジック・アイテムが使用可能』などモモンガから聞いたタレントの情報と大分被っている気がする。ひょっとして、モモンガも事前に彼らと相対したことがあるのではないだろうか?

 

「ははは、タブレットさんほどじゃないです。偶然、タレントを持って生まれてきただけで、幸運なだけです。タブレットさんは第三位階の魔法を行使できるんですよね?」

 

 ンフィーレアは以前自分が修復し、改良させたコップを手に取り、そう言ってきた。

 

「えぇ、そうです」

 

今は人間形態でステータスによるペナルティがあるとはいえ、種族によるスキル以外は超位魔法含めて全て使える。

 

「……優秀なのである。その若さで、第三位階まで使用可能とは……いずれ、エメラルド氏は『始原の魔法』も行使するのであろうな」

 

 今、タブラは全く聴き慣れない言葉を耳にした。始原の魔法? 一体何なのか……?

 

「すみません、その始原の魔法というものは初耳なのですが、一体どのような代物なのでしょうか?」

 

 ンフィーレア、ニニャ、ダインはどこか意外そうな表情をした。恐らく、魔法詠唱者から見て知っていて当然といった代物なのだろう。

 

「始原の魔法というのは、ある一定以上の水準に達した方が使用される位階魔法とは別の系統の魔法です。帝国のフールーダー・パラダイン老が使用者として有名ですね。これで死の騎士を操っていると聞いてます」

 

「なるほど……他には?」

 

「スレイン法国やアーグランド評議国には使用者がいるらしいです。ただ、どちらも使用者がいるとだけ示していて、軍事的に詳細な情報は公表していません」

 

 全く未知の術法である始原の魔法……当然、警戒すべき魔法だ。そのような物を知れただけでも、今回の接触は大きいといえる。

 

「貴重な情報ありがとうございます。私はここよりも遥か遠くより来まして、ここらの地の情報に疎い次第であります……そういえば、ンフィーレアさん、差し支えなければ今回得られる薬草からどのようなポーションが作れるのか教えてもらってもいいですか?」

 

「それ位なら構いせんよ」

 

 そう言って彼はポーションを取り出した。溶液の中に薬草の残滓らしきものが沈殿していた。賄いとして村人たちに渡していたものと同じ物のようだ。

 

「他にもポーションを作られていますか?」

 

「はい、うちの一番の製品がこれになります。」

 

 そう言って青色のポーションを取り出した。

 

「……これがですか」

 

 タブラは見たことがない青色のポーションだった。

 

「魔法のみを使用して作製できる私たちが売りに出している一番の製品ですよ」

 

 ンフィーレアは誇らしげな顔をしていた。

 

「少し貸していただいてよろしいですか?」

 

「……いいですけど、劣化してしまうので栓を抜いちゃダメですよ」

 

「勿論、そのようなことはしませんよ」

 

 <道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)>

 

 魔法のみで作製された第一位階程度のポーションか……やはり低位だ。

 

「……成る程、ありがとうございました。ここらでは、この青いポーションが一般的に使われるものなのですか?」

 

「このポーションは魔法が掛かっていて、金貨1枚と銀貨5枚に相当する高級品なので、あまり一般的ではないですね。魔法が掛かっていないものでしたら、もっと安く、多く流通していますよ」

 

「……ンフィーレアさん、赤いポーションというのは見たことありますか?」

 

「赤いポーションですか? それは見たことありません。普通、ポーションの製作過程で青色になってしまうんですよ。お婆ちゃんなら何か知っているかもだけど……」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「あの、エメラルドさんも錬金術師ということはポーションの作成ができるんですよね?」

 

「えぇ、できますよ。ポーションの生産者として以前はとある組織に貢献していました」

 

「エメラルドさんはどういったポーションを作られるのです?」

 

 さて、困った。この手の質問をすれば、当然返ってくる質問だ。適当に誤魔化すことはできるが、相手は有力なタレント持ちで、あまり無下にはしたくない。

 

「……内密にしていただけるのなら構いませんが、約束できますか?」

 

「はい!! 約束します!!」

 

「ならば、森の探索が終わった後にでも、お見せしましょう……さて、今回私が伺ったのは、あなた方の森への採取に私も同行させて頂きたいのです。勿論、お手伝いもさせて頂きますし、報酬はいりません」

 

「それは、有難いお話ですが……タブレットさんに、どのようなメリットが?」

 

「森の周囲の調査ためです。私は、あまり戦闘が得意ではないので万が一強いモンスターに遭遇した場合、大変困ります。……ですが、皆さんがいれば心強いというものです」

 

「なるほど……ですが、私たちも森の浅い部分までしか行きませんよ?」

 

「それで構いません」

 

 タブラはそう言ったものの、本来の目的は別にあった。冒険者というのが一体どの程度のレベルなのかを知ることが本来の目的だ。

 

 

「ところで、一緒に同行する以上、何か質問があればお答えしますが……」

 

「はい」「はいっ!!」

 

 タブラの問いかけからニニャとルクルットが手を挙げた。片方は自然に、もう片方はやたら大声で背筋をピンと伸ばしてからの挙手だ。

 

「では、私からいいですか?」

 

「えぇ」

 

「タブレットさんは自衛の手段は持っていますか? 失礼ですが、錬金術師は攻撃に特化している訳ではないと思いますので……」

 

 タブラはこれを失礼な質問とは思わない。むしろ、当然聞いておくべき質問だと思う。護衛対象が一人から二人に変われば、その任務の難易度は大きく変わる。

 

「ご安心を、<魔法の矢(マジック・アロー)>を基として、幾つか攻撃手段と道具による回復の手段は持ち合わせています」

 

 嘘はついていないが、間違いなく、これを聞いた者のイメージと実際の様は大きくかけ離れているだろう

 

「それなら、良かったです。ルクルットは?」

 

「お二人は、どういった関係なのでしょうか?」

 

 あまり、今の話に関係無い質問のようだが……他のメンバーの様子を見ると、顔に手を掛けたような残念そうな雰囲気を出している。一体どういうことだろうか?

 

「この子は、私の親友の娘です。……勿論、今回の探索には同行しません」

 

 そう言うと、ルクルットは、さながら王女にプロポーズする王子の様に跪きルベドの手に触れ、こう言った。

 

「惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!!」

 

「…………は?」

 

 場が完全に凍りついた。えっ、冗談? 冗談だよな? それとも異世界ではこれが普通なのか? ルベドを見ると困惑した様子を見せた。そりゃ、そうだろう。

 

「……ルクルットさん、冗談は控えていただきたいのですが」

 

「冗談ではありません!! マジ惚れです!! どうか、この私と結婚を前提としたお付き合いを!!!!」

 

 ふ、ふざけるなよ!! こんな常識もない金髪チャラ男に私の娘を譲れるものか!! 娘よ、きっつい一言でもって断るのだ!! なんなら殴って黙らせてもいい、今だけは許す!! いや、いっそのことこの私が……

 

 そんな物騒なことを考えていると、ルベドは……

 

「お、お友達からならいいかな……って、えへへ」

 

 ルベドはやや引き攣った笑みで答えた。

 

「お友達からの言葉ぁ!! 頂きましたぁ!!」

 

 ルクルットはガッツポーズで喜んだ。

 

 むすめええええええええええええええええええええええええ!!!!!!

 

 一方、錬金術師は心の中で悲鳴を挙げた。

 

 

 それから、昼食をとり、トブの大森林へと向かうことになった。昼食中、害虫(ルクルット)が何度も私の娘と馴れ馴れしく話を掛けていた。始末の悪いことに、意外とルベドもフナムシ(ルクルット)と楽しそうに話をしていた。……娘の将来が心配だ。万が一、ガガンボ(ルクルット)の毒牙に掛けられた場合、私は一体、どうすればいいのか……

 

 いや、全くこういう事が起きないだろうとは考えてはいなかった。ルベドは自分から見ても相当な美人だ。悲しいことだが、いずれは結婚し、どこかへ嫁いでいくのだろうと、少しは考えた。ルベドの幸せのためなら仕方ない。だが、異世界へ来て、まだ一週間だぞ!? 早すぎるだろう!!

 

 パパは、そんな不健全な付き合いは許さんよ!?

 

「そんじゃ、行ってくるわ、目と鼻である俺がタブレットさんを無事に守って帰ってくるから安心して待っててねルベドちゃん」

 

 お前に守られるほど弱くないわ、このダニ(ルクルット)がっ!!

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

ルベドが手を振っている。漆黒の剣やンフィーレアには話してはいないが、万が一、本当に危険なことが起きれば全員、転移アイテムで即座に帰還する手筈になっている。

 

 森の中に少し入っていくと、まるで夜にでもなったかのように、薄暗くなった。

 

「さて、この辺で採取しましょう。森の賢王の縄張りに近しいためそれほどモンスターとは遭遇しないと思いますが、警護の方よろしくお願いします」

 

「えぇ、了解です」

 

「一応、森の賢王が現れたときように罠でも作っておくか」

 

「うむ、ルクルットに賛成なのである。私も手伝おう」

 

 彼らは浅く広めに穴を掘り、中を栗のようなトゲのある物を放り込み、穴を蔦で張って落ち葉や雑草などで隠した。その後、ルクルットは木の上に登り、石を詰めた袋と蔓を結んで、蔓の片方を落とし穴の傍で張った。蔓をナイフで切れば、穴の上に石を詰めた袋が落ちてくる二重トラップだ。もし、うまく嵌めることができれば、穴の中にあるトゲとも相まって相当なダメージと隙を作ることができるだろう。

 

 ……ほぅ

 

 タブラは彼らの行動に感心していた。ユグドラシルでも、ボスを惹きつけて罠に掛けて倒すのは有効だ。特にワールド・エネミーと言った様な強敵では当然のように事前準備が必要となる。それが実際にこの場でも――彼らに森の賢王と戦う意思はないが、万が一の際のために――行われていた。

 

 今回の件で彼らと接触して、あまりに知らないことが多すぎた。始原の魔法やそれを扱う者、この周囲の一般のポーション、冒険者の平均的なレベル……

 

 もし、彼らが傷ついたと聞いたらルベドは少なからずショックを受けるだろう。安全は保障してやる……だから、薬草採取だけに留まらず、少しでいいからその実力を見せて欲しい……

 

 タブラは少量の土を取り、ゴーレムを作製した。彼らは決して馬鹿ではない。彼らとなら、良き関係を作れるかもしれない(※ナメクジ(ルクルット)は除く)。彼らに私の実力の一部を見せつけることになるかもしれないが、そこまで問題にはならないだろう。そもそも、ルベドに迷惑が掛からなければどうという事はないのだ。

 

『東の方のトロール勢をこの場まで引き付けてこい、引きつけたら自滅しろ』

 

 薄暗いことも相まって、小型のゴーレムは誰に見つかることなく、東の方に駆けていった。森の賢王――恐らくでかいハムスターのことだろうが――そちらではなく、トロール勢にしたのはそちらの方が、単純な力馬鹿で罠に掛かり易そうな気がしたからだ。

 

 

 タブラを含めて、暫く薬草を採取していると、罠を作製していた蛆虫(ルクルット)が突然、耳を地面に当てて警戒感を露にした。

 

 気付いたか、さすがは野伏(レンジャー)といったところか……チームの目や鼻であるという言葉は嘘ではなかったようだ。

 

「やべぇ……とんでもねぇ連中が向かって来てやがる!! ニニャ!! ペテルにバフ掛けろ!! ペテルはガキを武技<要塞>で護衛!! ダインは詠唱の準備をして待機!! タブレットさんは自分を最優先に助力を頼む!!」

 

 タブラは改めて、いいチームだなと思った。反面、安全は保障すると誓ったものの、危険な目に合わせていることに多少の罪悪感を覚えた。少し、やりすぎただろうか?

 

「タブレットさん、あなたは場合によってはバレアレさんとニニャを連れて逃げて欲しい、しんがりは私たちが勤めますよ」

 

「大丈夫です。むしろ、あなた方が逃げた方がいいかと」

 

「バカ言え、戦闘は苦手だって言ってただろうが!!」

 

「皆で危機を脱しましょう!!」

 

「そうである!! 皆で切り抜けるのである!!」

 

「あんたはこのルクルット様が大活躍したってことをルベドちゃんに報告する義務があるんだ!! 死なれてたまるかよ!!」

 

「プッ、クッハハハハ、……全く、仕方ないな」

 

 どうやら、威勢だけは一人前にあるらしい。まぁ、それでも娘はやらんけどな。

 

 

 目の前に現れたのは2メートル後半もあるトロールだった。配下を15体ほど連れて自分の身長をも超える巨大なグレートソードで木を払い除けて来たようだ。

 

 漆黒の剣たちは、その恐ろしい様に決死の覚悟でいた。

 

「ニンゲン、ニンゲンだァ!!」

 

「食い物!! 食い物!!」

 

 配下のトロールたちは嬉しそう喚きたてた。きっと彼らが想像しているのは、今日の美味しい晩御飯だろう。

 

「変な泥人形がちょっかい出してきたから、追ってきたら飯があったぞ!! お前ら、動くなよ!! 東の地を統べる王、勇敢たるグが――俺の力でもって狩ってやるぞ!!」

 

 リーダーと思しきグレートソードを携えたトロールが一人で近づいてきた。

 

 漆黒の剣たちは恐怖で足が震えていた。だが勝ち目がない訳ではない!!

 

 トロールが罠に近づきつつあることを確認し、ルクルットが矢を放って挑発した。

 

「おまえ!! いい度胸だ!! お前から食ってやるぞおお!!」

 

「今だ!! ダイン!! やれ!!」

 

<植物の絡みつき(トワイン・プラント)>

 

トロールが全力でルクルットに疾走してくる中、片足だけだが、草木が絡みつき出し盛大に前面に倒れた。倒れた先は、先ほど仕掛けた穴となっており、当人の重量もあって幾つもの刺が全身に深く突き刺さった。

 

「グギャアアアアアアアアア!!!!」

 

 ズシンと大きな音を立てて転倒し、一人で膨大な数の棘に刺さったのだ、その激痛は想像できない。

 

 トロールが悲鳴をあげているところに、ルクルットは蔓をナイフで断ち切り、頭上から石の詰められた袋がトロールの後頭部を叩きつけ、更にダメージを与えた。

 

「お、おのれぇ!! 許さんぞおおおおお」

 

 ンフィーレアが倒れ込んだトロールに対し、麻痺・毒の効果があるポーション、酸性の魔法などを与え続けた。ダインは木と木の間に魔法で蔓を張り、他のトロールがこちらに加勢して来ないように阻害していた。

 

 ペテルは武技<斬撃>で、ニニャは<魔法の矢(マジック・アロー)>でトロールにダメージを与え続けていた。

 

 これが、武技か……興味深い。

 

タブラは善戦している彼らに感心していた。タブラに具体的なレベル差は分らないが、20から30近く程離れているだろうと推測した。

 

漆黒の剣は、この状況ならば勝てるかもしれないと思い込んでいた。今までに無いくらい、絶好のコンビネーションで敵にダメージを与えていた。仮に倒せなくても、このトロールと停戦交渉でも持ちかければやり過ごせるかもしれないと。

 

 しかし、そこまで甘くはなかった。

 

「舐めるなああああああああ!!!!」

 

 トロールは意地と怒りに満ちた力で立ち上がり、切りつけていたペテルを突き飛ばした。

 

「ぐわぁ!!」

 

 ペテルは木に強く叩きつけられ、動く様子を見せない。血が吹き出し、内蔵や骨に間違いなく大きなダメージが入っているのが分かる。

 

「ペテル!!」

 

 誰かが叫ぶとペテルは虫の息ながらに返事した。

 

「逃……げ…………ろ……」

 

「逃がすものか!! 食ってやる!! 食ってやるぞ!! この勇敢なる王たるグをここまでコケにした罪は重い!!」

 

 グの圧倒的な再生力は瀕死に近づいていた自分の体を常識的には考えられないスピードで再生していった。

 

 全員、いや、一人を除いて恐怖で足が動かない。配下のトロールたちも蔓を断ち切って、こちら側に近づいてきていた。

 

「まずは、お前からだ!! 死ね!!」

 

 動けないペテルにグレートソードが振りかざされた。漆黒の剣とンフィーレアはペテルの死を確信し、目を背けた。

 

 ガギンッ!!

 

 だが、振りかざされたグレートソードは何かに遮られ、重低音が鳴り響くだけだった。

 

「困るんですよ、皆が無事に帰らないとあの子が悲しむんです。殺すのはやめてもらえませんか?」

 

 その光景を誰もが目を疑った。タブレットが子供が振り回して遊ぶような木の棒で絶死ともいえる一撃を防いでいた。

 

 常識的に考えて、木の棒……いや、木の棒と遮ったタブレット、ペテル含めて全てが一撃で両断されてしかるべき光景だった。それが木の棒一本断ち切れないでいた。

 

 グは疑問に思いつつも、もう一度グレートソードを振り上げ、全力で叩き切ろうとしてきた。

 

 今度こそ、もう駄目だ!! 人なみな考えが嫌な結末を思い浮かばせた……が、結果は同じでタブレットが片手で防いでいる木の棒に遮られて切ることができないでいた。

 

 そんなグを意に介さず、タブラは赤いポーションを取り出していた。

 

「これを飲んでください。きっと回復しますよ」

 

 ペテルは震えた血だらけの手でポーションを受け取り、栓を開けて口に飲み干した。その瞬間、傷口は塞ぎ、打撲といった怪我も全てが癒えていた。

 

「あ、あ、ありえない……」

 

 ペテルは怪我など無かったかのように立ち上がった。誰もが開いた口が塞がらず、ただ呆然と見ているだけだった。

 

「さて、勇敢なるグ、だったかな? どうする? 戦いを辞めたいなら少し考えなくもないが……」

 

「ふざけるな!! 人間は我らの飯だ!! 飯が調子に乗るな!!」

 

「飯? 失礼なことを言う。私にはエメラルド・タブレットという名前があるんだ」

 

「ふぁふぁふぁ!! 臆病者の名前だ!! お前みたいな臆病者、それも人間にこの力強き名前を持つグが負ける訳がない!!」

 

 グからこの言葉が発せられた瞬間、辺りが言葉には表せられない冷徹な殺気で包まれた。

 

「臆病? このエメラルド・タブレットの名前が? ……いいだろう、今の発言の対価、その身を持って知らしめてやろう」

 

 タブラはンフィーレアの方を見ると、ただただ驚いている様子だけが伺えた。

 

「ンフィーレアさん、今から錬金術師の戦い方をお見せしましょう」

 

<上級配列変換(グレーター・トランスミューテイション)>

 

「錬金術の基本は物質の変容・変質・変化にある。この木の棒ですら、錬金術を極めれば剛体へと変質する。そして、それは己自身や他の対象者も含まれる」

 

<錬成・剛性肉体(スティッフネスボディ)>

 

「この術を組み合わせれば……」

 

 タブラの持つ木の棒でグの持つグレートソードを弾き飛ばし、横に大きくなぎ払った。

 

「せいやぁっ!!!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 木の棒がグの丸太と思わせる太い右腕にぶつかると、ミンチ状に潰れて散ってしまった。グレートソードは離れた場所に付近飛んでいった。

 

「な、なんだお前は、一体何者だ!!」

 

「学ばないお前にもう一度言おう……エメラルド・タブレットだ。この名は偉大なる知恵を有する碑文から取ったもの……お前のような()とはまるで意味する所が違う!!!!」

 

 タブラは、この世界があることを知って一つだけ後悔したことがあった。それは、自分にタブラ・スマラグディナと名づけてしまったことだ。自分の名前を神と名づけて、名乗り出ていることと何ら変わらない。そんな気恥ずかしさがあった。変えるためには、もはやアカウントから作り直さなければならなく、0から始める気には至らなかった。

 

「お、お前たち!! こいつを殺れ!!」

 

 配下たちは動けない、動こうとしない。目の前の未知の敵に攻撃するか逃げるか判断に悩んでいた。

 

「早くしろ!!」

 

 所詮は、強弱関係による支配、別に強者がいればあっさりと覆る。タブラはある邪悪とも言える考えが頭に及んだ。

 

 こいつらは、愚ではあるが、この再生力はたいした物なのではないか? 実際、先ほど吹き飛ばした右腕が既に完全に再生されようとしていた。タブラは笑みを浮かべた。

 

 殺すには惜しい――

 

 <集団化・石化(マス・ペトリファイ)>

 

 トロール全員を灰色の霧が包み込むと、グを含めトロール達は石像と化していた。あれだけのトロールをこの一瞬で完全に無力化してしまった。

 

 「う、嘘……こんなことが……」

 

 ニニャは――その場の全員が夢でも見ているのかという錯覚を覚えた。

 

 <集団化・圧縮(マス・コンプレッション)>

 

 石像と化したトロールたちは、どんどん縮小していき、1/10サイズほどに変容してしまった。タブラが順に手に取っていくと、石像たちは無限の背負い袋へと吸い込んだ。何も知らない者から見ると、石像を石化させて消滅させたようにしか見えない。

 

 最後にグの持っていたグレートソードを拾い上げると、魔法武具だったようで、自動的にタブラに合ったサイズとなった。タブラから見れば、大して役に立たつ武器でない上に装備できないと分かっていたが、せっかくの戦利品として無限の背負い袋に収納した。

 

ひと仕事を終えたタブラは後ろの方を見た。

 

「な、何者だよ……アンタ」

 

「ただの錬金術師ですよ。ところで、幾つかお願いしたいことがあるんですが……」

 

 

 その後、薬草の採取が終わり、カルネ村に帰還した。帰還した頃には既に夕日が西の方に沈みかけ、一同はカルネ村に泊まっていくことにした。

 

 結局、タブラからの願いとは、

 

・戦闘で見たことを内密とすること

・武技やアイテム、世界の強者、歴史、この世界の情報を知っている限り教えること

・定期的に連絡を取れるようにすること

・最後に、ルベドに対してあまり調子に乗った態度を取らないこと

 

 以上だった。カルネ村で夕食を終えた後、タブラから質問攻めにあい、ほとほと疲れたが、約束を守る報酬として漆黒の剣とンフィーレアに対し赤いポーションを5個ほど譲られた。このポーションに関して、ンフィーレアから祖母と研究したいと発言があったが、祖母がカルネ村に来て自分の監視下の下で行うなら構わない、とした。

 

 ペテルは、こんな貴重な物は受け取れない、と声を上げたが、目の前でタブラはスキルを使用して簡単に同じ物を複製してしまった。

 

 話し合いを終え、タブラが帰っていった。沈黙の中、暫くしてからルクルットが声を上げた。

 

「なんっていうかさ……無茶苦茶だよな……あれのどこが戦闘苦手なんだ?」

 

「本当に肝抜かれましたね……物理的な戦闘も魔法による戦闘も間違いなくアダマンタイト級……英雄を超える英雄……いや、もはや人外、逸脱者ですね……」

 

「戦闘力もそうであるが、あのポーションの効果……アイテムの作成能力も尋常ではないのである!!!!」

 

「ンフィーレアさん、どうしました?」

 

「……エンリがあの人を好きになったら、どうしよう……」

 

「「「「…………」」」」

 

 整った顔立ちに、あれだけの技能と戦闘力、それに驕らない温厚な態度……女性なら誰もが惚れ込んでしまうだろう。

 

「ま、まぁ、人生長いんだし、女なんて星の数ほどいんだ。また、別の人を探せば――」

 

「コラッ、ルクルット!! そういう言い方は、どうなんだ!!」

 

「しょうがねーだろ、あんな奴がいたら、もう事故と思う他ねーだろ!!」

 

「喧嘩は止すのである――おや、ニニャ、何か考え事であるか?」

 

「……うん、あの人は一体何者なのかなって」

 

「ある組織に貢献してたって言ってたから、宮廷術師とかのどっかのお偉いさんに仕えていた錬金術師なんだろ」

 

「あの人は、何でカルネ村にずっといるのかな?」

 

「何でって……この村が気に入ってるとか?」

 

「それにしては、外の情報に固執しすぎてる。僕たちが教えたことなんて、都市に行けば分かることばかり……」

 

「確かに……」

 

「そういえば、タブレットさんって何位階の魔法まで使えるんでしょう? 僕は錬金術師ですけど、あんな集団を一度に石化なんて魔法聞いたこと無いです。第三位階じゃないことだけは確かです」

 

「某にも想像が付かないのである……もしや、第六位階以上?」

 

「いや、それやべーだろ!! 幾らなんでも……」

 

「そういえば、タブレットさんがカルネ村に来た理由……転移実験に失敗したって言ってましたけど、そう簡単に建屋ごと移動ってできるもんなのですか?」

 

「「「「……」」」」

 

「……僕、いや、私あの人の所に行ってくる!! あの人の力があれば、あの人に師事を受ければ――姉さんを探せるかもしれない!!」

 

「おい、ニニャ、本気か?」

 

「この機会を失いたくない!! あれだけの実力者と話ができるということ事態がチャンスなんです!!」

 

「気持ちは分るが……冒険稼業はどうすんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 ニニャは答えられずにいた。私が抜ければ多大な迷惑を与えることになる……

 

 何も答えられずにいると、ペテルが優しく告げた。

 

「ニニャさん、漆黒の剣のリーダーとして、一つだけお願いがあります。姉を見つけたら、また私たちと冒険しましょう!! 護衛や採取といった稼業のような旅じゃなく、伝説に唄われるような黒の剣を探すような旅を!!」

 

「うむ、伝説に唄われるような人物がすぐ近くに居るのだから、伝説に唄われるような剣も身近にあるのかもしれないのである!!」

 

「はぁ、あの人が師事を了承してくれるか、まだ分んねーのに……ま、ニニャが漆黒の剣である証、漆黒の短剣を持っている限り、俺たちの仲間だ。……強くなって戻って来いよ!!」

 

「待って!! ニニャさん、僕もエメラルドさんに教わりたいことがたくさんある……」

 

「それじゃ、一緒に行きましょう!!」

 

 

 それにしても、今回の接触は大きい。彼らの知る限り、王国での強者は『青の薔薇』と『朱の雫』……『青の薔薇』のリーダーが蘇生術と魔剣キリネイラムの持ち主……高く見積もってレベル50未満、歴史に出てきた六大神、三闘神、十四英雄……彼らの背景からはプレイヤーの匂いがする。

 

 まだまだ情報が欲しい……知れば知るほど、分らないこと、知りたいことが増えていく。油断できないが、レベル50以上がそれほどいないなら、人間の国を周って見てもいいかもしれない。

 

 そのような事を考えていると、扉がノックされる。

 

「今開けまーす」

 

 ルベドが玄関の扉を開けると、思いつめた顔をしたニニャとンフィーレアがいた。

 

 

「えっ!? 弟子にしてくれだって?」

 

 タブラは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「どうしても、私には力が必要なんです!! 奪われた姉を取り戻すために……どうか、お願いします!! 何でもします!!」

 

「僕も強くなりたい!! エンリに誇れるような……タブレットさんのような錬金術師になりたい!! 僕も何でもします!!」

 

 二人の目は至って真剣だった。若者の真剣なやる気に是非答えてあげたいという気持ちはある。それに、彼らは優秀なタレント持ち、あまり無碍にはしたくない。

 

「しかしだな……」

 

 一体どうやって育てればいいというのだろうか? ユグドラシルの時は経験値さえ得られればレベルは上がっていくが……

 

「ニニャさん、あなたの姉に関すること、聞くだけならタダだ、聞くだけ聞きましょう」

 

「私の姉は……」

 

 ニニャの姉は昔、ゲスな貴族に攫われてしまい別々になってしまったことを語った。そのために足掻き、姉を取り戻すために冒険者として活動しているという。

 

……大したものだ、家族のために命を懸けて行動できる者など、そうはいまい。

 

「ニニャさん、何か姉の持ち物は持っていますか?」

 

「姉の使っていたヘアピンなら持っています……」

 

「……ふむ、少しそのヘアピン、貸して貰えますか?」

 

 タブラはヘアピンを受け取ると無限の背負い袋から数十の巻物(スクロール)取り出した。

 

 次々と巻物(スクロール)が消費されていく。ニニャとンフィーレアの聞いたこともない巻物(スクロール)が大半だった。金に換算すると、少なくともこの時点で何十、何百枚もの金貨分を消費しているのだろうと察した。

 

 タブラは最後の巻物(スクロール)、<所有者発見(ロケート・オーナー)>を使用した。

 

「!!!? ……これは」

 

 一人の裸の女性を中心に、何人もの下卑た裸の男が群がっていた。女性は、まるで人形のように嬲られ、抵抗は一切していない。何か所も殴打された跡があり、広範囲に痣が広がっていた。

 

「チッ」

 

 タブラは思わず舌打ちをした。予想以上に面倒な状況だ。場所は王国の娼婦館だと魔法が教えてくれた。内部の状況を探ると、騎士、モンク風の護衛の男がいた。

 

 裏組織の類か? 見つけたはいいが、どうしたものか……

 

 ニニャに直接言えば我が身を関せず、殴り込みに行くかもしれない。行けばほぼ確実にミイラ取りがミイラになるだけだろう。だからと言って、私が加勢をする気までは起きない。流石に、そこまで面倒は見られない。それに、私は異形種であり、万が一バレた場合、問題になりかねない。

 

 

「ニニャさん、あなたの姉を発見しました」

 

「本当ですか!? 何処にいるんです!!!!」

 

「申し訳ないが、お答えできません。教えれば、貴方は即座にでも助けに行くのでしょう?」

 

「当たり前じゃないですか!! 早く教えてください!!」

 

「行けば、今のあなたでは確実に死にます。いや、死んだ方がマシと思うほど辛い目に合わされるかもしれません」

 

「そんな……それじゃ、どうしたら……」

 

「……簡単です。今よりも強くなればいい。貴方のタレントがあれば……うまくいけばだが、数か月ほどで、今の私と同格程度の強さになれるかもしれない」

 

「本当ですか!?」

 

 ニニャとンフィーレアは驚愕した。

 

「えぇ、ただし、うまくいくか分らないし、それ相応の対価は頂きますよ?」

 

 相応の対価……何十もの巻物(スクロール)を軽々しく使用できる人物が言う相応の対価とは一体、どれほどのものだろうか?

 

「ど、どれほどですか?」

 

 恐る恐る尋ねる……一体、どんな答えが返ってくるのか……

 

「とりあえず、あなたという存在……あなたという全てを頂きましょう」

 

 ニニャの目が大きく見開き、震えていた。

 

「ちょっと!! タブラさん!! それはないんじゃないの!? 見つけたなら普通に助けてあげようよ!!」

 

 ルベドが横から反論してくる。

 

「ルベド、それはできないよ。私は慈善家という訳ではない。出会った人、全てをタダで救えるほどの力など持ち合わせていないよ。私は神ではないからね」

 

「それでも――「払います!! 私の全てを払ってでも姉を助けたい!! どうか、お願いします!!」

 

「いい返事だ。……安心するといい、全てを頂くとは言ったものの、君を無碍に扱う気はない。最悪の場合、私もできるだけの努力はしよう……さて、ンフィーレア・バレアレ、君はどうする? 君は彼女ほど深刻な状況ではないと思うが……」

 

「僕も……強くなりたい!! エンリに誇れるような、貴方に近づけるような凄腕の錬金術師に!!」

 

「……よろしい、君たちの真剣な思いは受け取った。……このまま仮の姿で接するというのは君たちに失礼だな。私の真実をお見せしよう……」

 

 一体、何を言っているのだろうか? 仮の姿?? 何のことだろうか????

 

 そう考えていると、エメラルド・タブレットの姿がグニャグニャと変質していった。

 

私たちは今でも憶えている。慄然たる思いで弟子になると決断したあの夜を……突如、麗しき青年から異形の生命体へと変化した恐るべきものを凝視した。

それは水死体にタコの頭が付いた様な、全体的に病的な色をしている醜悪なもので、狂気じみた黒い帯状のベルトで覆っていた。冒涜的とも言える触手のような物がユラユラと動き、未知な世界――地獄か、宇宙の果てかを手招きをしているようだった。

その何とも名状し難き存在に対し、私たちは全てを差し出すと言ったのだ。一体、どんなおぞましき運命が待ちわびているのか……

 

「この邂逅は世界が選択せし運命!! 其は我が名を知るがよい!! そして刻め!!  我が真名はタブラ・スマラグディナにして、偉大なるアインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師なり!!!! 我が名を愚弄せし痴れ者には魂滅による裁可が下るだろう!!!!」

 

 

 動けない……ガチガチと体が恐怖で震えあがっていた。目の前のこの世ならざる異形の姿に目が離せない。でも見ていると、正気が保てなくなりそうだ。いや、既に自分の中の何かは壊れていた。

 

 最初、エメラルドという存在に向けた感情は嫉妬だった。森で見た戦闘からは、憧れと羨望、そして今は……抗い難い畏怖と全てを委ねるという安寧・狂信・崇拝という絶対の服従の感情が自分を支配していた。

 

「では、早速、君のタレント『あらゆるマジック・アイテムを使用可能』を頂くことにしよう」

 

「はい、喜んで!!」

 

 そんなことが、本当に可能なのかどうか、そんな事を疑う余地などない。この御方こそが物理法則を含め、絶対の支配者であり、全てなのだ。僕はこの御方の肯定するべき方向へ流れるだけだ。僕は当然の如く、満面の笑みでこれに答えた。

 

 タブラの指に嵌めていた一つの指輪、シューティングスター(流れ星の指輪)が輝きだした。

 

 超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>が発動した。周囲は青く輝く魔法陣に包まれた。

 

 ニニャとンフィーレアは、溢れる魔力から術師として理解してしまった。これが、もはや位階を超えている魔法であるということを……

 

「流れ星よ、我の願いを聞き入れろ、我の望みはタレント『あらゆるマジック・アイテムを使用可能』の奪取だ」

 

 タブラ・スマラグディナが語ったと同時に、光に包まれた。

 

「クッククククク、フハハハハハハ、分かる!! 分かるぞ!!!! 試さなくとも、私にタレントが宿ったことが!!!!」

 

 そう言いつつも、タブラは今日の戦利品であるグの装備していた魔法武具であるグレートソードを取り出し、振るった。

 

 本来では、装備・使用できない代物だったが、今は問題なく振るうことができた。

 

「ンフィーレア君、君のおかげだ、君のおかげで私は幅広く手段を持つことができそうだ」

 

「勿体なきお言葉です。タブラ・スマラグディナ様……」

 

 あなた様の喜びこそが僕の最大の喜び、これに勝る喜びはない。

 

 

 それからというものンフィーレアは一度祖母の元に帰り、許可を得てから修行を行っていた。ニニャとンフィーレアに行った修行というのは、至極単純なもので、自分が召喚・作成した魔法生命体を戦わせることで経験値を与えるといったものだ。最初は本当にできるかどうか怪しい所があったが、問題なく彼らに経験値が分配されており、少しづつ、確実に強くなっていった。特にニニャに関しては、タレント『魔法適正』のおかげで強力な魔法を次々と修得していった。

 

 

 ニニャとンフィーレアが弟子入りしてから3ヶ月後……

 

<闇の魔剣(ダーク・ソード)>!!

 

 ニニャが生成した黒い霧から闇の剣を複数具現化し、タブラの製造した中位・魔法生命体の方へと幾つもの魔剣を飛ばした。

 

 ユグドラシルにおいて、第八位階に匹敵する魔法だった。タブラの作成した魔法生命体である殺人石膏像(キラープラスター)は一瞬でバラバラに砕け散った。

 

 この魔法を放った後、ニニャは横に倒れてしまった。

 

「ニニャさん、君のレベル自体は50弱ほどで、まだその術を使うのは早い……焦る気持ちは分るが、自分の体に負担を掛けすぎるな」

 

「す、すみません、どうしても試したくなって……」

 

「ニニャさん、これをどうぞ、少しだけですけど、精神を回復させる薬です」

 

「ありがとう、ンフィーレアさん」

 

 二人とも確実に強くなっていた。ニニャは第八位階の魔法を修得、ンフィーレアは独自のスキルを修得し、ユグドラシルでは考えられない――僅かではあるが、MP回復のポーションの作成に成功していた。

 

 ただ、両者ともやたら忠誠心が強いのが気に掛かっていた。もう少し気楽にしてもいいと言っても、やたらと私の幸せが自分たちの幸せだと主張してくる。

 

 精神回復用のポーションも飲ませてみたが、特に治ったとか、そういうことはなかった。この世界の住人たちは師というものに絶対の忠誠を誓う文化でもあるのかなと考えた。

 

 ……異世界にきて約3ヶ月がたった。

 

 定期的に漆黒の剣とは連絡を取り合い、アインズ・ウール・ゴウンという組織の情報がないか訊ねていたものの、いい答えが返ってこない。

 

 彼らは一体、今どこで何をしているのだろう……

 

 今、タブラは指に嵌めている黒く燻っていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが再び光を取り戻し、再生していたことに気づかなかった

 

 まぁ、防衛面に関して不安は残るが、今のままでもやっていけないことはない

 

 そう考えていると、一通の<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

『タブラさん!! モモンガです!! いたら返事してください!!』

 




 次回、ナザリック編に移る


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19.ナザリックにて

後半の一部がちょっと狂気度が高いです。お気をつけて


――00:00:01

 

「るし★ふぁーさん!!!!!!」

 

 モモンガが大声を上げたと同時に久方ぶりの強制的な精神の沈着が起きた。

 

 不快な物だったと記憶していたが、焦燥している今、冷静になれる、これほど有り難いものはなかった。

 

「如何なされましたか、モモンガ様?」

 

 アルベドからの声だ。問題なく異世界へ来たようだ。

 

「うおぉ、まじかよ……」

 

 仲間たちから驚嘆ともとれる声が漏れたのを聞こえた。本来であれば、仲間たちと共に異世界に来たことを語り合いたい。だが、今はそれどころではない。

 

 即座に、再度るし★ふぁーに<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 

『るし★ふぁーさん!! 聞こえているなら返事して下さい!!』

 

『…………………………』

 

 返事は何も返ってこない。

 

『変な冗談は止めてください!! 真面目に返事して下さい!!!!』

 

『…………………………』

 

 同じように、返事は何も返ってこない……これでは、無事なのか、そうでないのかも分らない。あの馬鹿(るし★ふぁー)は冗談や嘘が好きだが、一応、社会人ということもあり、真面目に聞けば、ある程度、真面目な答えが返ってくる。

 

 モモンガは無いはずの心臓が大きく鼓動した気がした。いや、まだだ……もしかしたら、これも、るし★ふぁーの冗談かもしれない。この場合は、珍しく冗談であって欲しい。頼む、冗談であってくれ……

 

「たっちさん、弐式炎雷さん、ホワイトブリムさん、セバスとプレアデスに大墳墓の外を確認させたいのですが、よろしいですか?」

 

「構いません」「問題無し……」「構わん、やってくれ」

 

「俺も行く!! 空を探すなら役に立つぜ!!」

 

「わいも外へ行きたいんやが、行ってもええか?」

 

「ペロロンチーノさん、音改さん……お願いします。あの馬鹿(るし★ふぁー)を見つけたら殴ってでも連れてきて下さい」

 

「よし、セバス、プレアデス、来てくれるか? 指輪の力で転移するぞ!!」

 

「「「「ハッ!!」」」」

 

 そう言って、ペロロンチーノ、音改、セバス、プレアデスはナザリックの外へと転移していった。

 

「ウルベルトさん、非常事態ですので、あなたのNPCに指示を出してもいいですか?」

 

「許可を取る必要なんてないよ」

 

 この場にタブラさんがいない……本当は許可を取りたかったが、非常事態なのでやむをえない!!

 

「――それでは、アルベド、お前は第四階層、第八階層を除く各階層守護者に連絡を取り、異常がないか捜索せよ。もし、るし★ふぁーを見つけた場合、即座に我々に報告するように伝達してくれ」

 

「畏まりました」

 

 アルベドが早足で玉座の間を去っていった。

 

「ニグレド、お前は、るし★ふぁーを十分に警戒を重ねてからスキルを使用して探知せよ」

 

「畏まりました」

 

 ニグレドはタブラさんの作成した情報収集特化型の高レベルのNPCだ。複数の魔法を使用し、モモンガから見ても、その場にいるメンバー誰から見ても十分な警戒をして対応しているのが見て取れた。

 

 ニグレドが最後に<物体発見(ロケート・オブジェクト)>を使用した。

 

 その瞬間、ニグレドが業炎に包まれた!! 

 

「きゃあああああああ!!!!」

 

 ニグレドは荒れ狂う業火の中、甲高い悲鳴を上げながら炎の中を踊った。

 

「ニグレドッ!!!!」

 

「見……つ…………け…………」

 

 ニグレドは横になって倒れてしまった。倒れたニグレドの周囲に幾つもの業火の竜巻が噴出し、十六体もの根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が現れた!!!!

 

 さらに、転移系阻害の魔法効果が追加され、<転移(テレポーテーション)>はおろか、<転移門(ゲート)>が封じられ、さらには指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)までが機能を喪失していた。これらの機能を復帰させるには、全ての敵を倒すか、猛攻に耐えながらこの場の魔法効果を解除せねばならない。

 

 周囲は業火に煮えたぎり、ナザリック第七階層を思わせる炎熱地獄と化していた。

 

 ……あれだけの警戒をして攻性防壁が発動しただと!? 

 

 情報系魔法探知のカウンター、攻性防壁が作動していた。それも性質が悪く、覗いた者を確実に始末するという、明確な殺意が見て取れた。まるで、やっていることが何処かのDQNギルド(アインズ・ウール・ゴウン)のようだった。

 

 嫌な考えが沸き上がった。こんなことが、るし★ふぁーに可能だろうか? あいつは魔法戦士系を中心にゴーレム作成、罠作成、ワールド・ディザスターの100レベル構成だったはずだ。こんな芸当ができるのは、よほど警戒心が高く、且つ情報系に特化したプレイヤー位だろう。確かに、事前に幾つものアイテムやスキル等を使えば可能かもしれない。だが、この状況でそれをするのか?

 

 視線の片隅にナザリック地下大墳墓の玉座として君臨するワールドアイテム『諸王の玉座』が移った。外部からナザリック内への情報探知系魔法・スキルを妨害する代物だ。これに匹敵するアイテム・設備があるというのなら、それも可能だろう。

 

 有り得るのか……? つい、先ほどまでアイツはナザリックの入り口にいたんだぞ?

 

 いや、考えるのは後だ。今は目の前の問題に対処しなければならない。

 

 倒れているニグレドにレベル88の根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が十六体……自分の弱点属性を突いてくる相性の悪い敵だ。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと神話級のフル装備した状態だと、一体であれば楽勝、二体、三体なら面倒、四体以降は本気を出さねばならない。十六体ともなれば、<|あらゆる生あるものの目指すところは死である《The・goal・of・all・life・is・death》を使用した上で<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>を併用しつつ短いようで長い12秒を耐えきるか、経験値を消費して自身の持つワールドアイテムを使用せねば対処できないだろう。どちらにしろ、ニグレドを救いつつ、この状況を打開するのはほぼ不可能だ。

 

 だが、これらは全て、自分一人だけだったらという場合だ。今は自分を含めてこの場にメンバーがたっちさん、ウルベルトさん、弐式炎雷さん、ブルプラさん、餡ころさん、ホワイトブリムさんの七人がいる!! あの三千人ものプレイヤーの猛攻から比較したら、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)十六体なんて、何と他愛もないことだろうか!!!!

 

「<縮地>!!」

 

 根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)に囲まれていたニグレドは、いつの間にかモモンガの隣にいる弐式炎雷の両手に抱きかかえられていた。短距離とは言え、こんな瞬時に素早く救出できるのは、陸上で最も素早さが高い彼のみができる芸当だろう。

 

「とりあえず、ニグレドは救出しておいたぞ」

 

「んじゃ、フィールドの属性を変えるね、<大瀑布(グレート・ウォーター・フォール)>」

 

 ブルー・プラネットはドルイドで、マーレと同じように自然の魔法を得意とする。上空に現れた尽きることのない膨大な水量が根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を叩きつけた。周囲は水と蒸気で溢れ、もはや炎の攻撃はモモンガ達に有効ではなくなっているだろう。

 

「異世界初心者だってのに、頭が沸いてるとしか思えねーチュートリアルだな!! クレームもんだぜ!! <超零点空震(アブソリュート・ゼロ)>!!」

 

 ウルベルト・アレイン・オードルはナザリックでも1,2位を争う破壊力の持ち主だ。モモンガの知る、最強に近い氷属性魔法が発動した。極限にまでエネルギーが零に近づいた空間が、時間・重力すらも凍結し、全てが零と化した。水フィールドということもあり、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)全体に致命的なダメージを与え、かつ時間停止の効果を付与させた。

 

 時間停止の効果を受けた根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)の前に純銀の聖騎士、最強のユグドラシルプレイヤーの一角と謳われる、たっち・みーが前に出た。

 

 その場の誰もが思った。これで終わりだと。

 

「<次元断切(ワールド・ブレイク)>!!」

 

 通常、時間停止中における全ての攻撃は意味を成さない。だが、空間を完全なまでに断ち切るその斬撃は、停滞中の根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を強引に分断し、位相をずらしてしまう。現時点でダメージ判定は無いが、時間が動き出した瞬間、必殺と謳われるダメージが通っていることだろう。

 

 時間停止が解除されたと同時に、全ての根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が塵と化した。転移系阻害の魔法効果は解除されたようだ。

 

 安全であることを確認した餡ころもっちもちがニグレドに魔法を唱えた。

 

「<天満月の癒し(ルナライト・ヒール)>」

 

 餡ころもっちもちは高位の幻術師だ。太陽の光とは違い、月の明かりは 闇に属する者も癒す。動死体(ゾンビ)であるニグレドを具現化した満月の光で包み込み、万全の状態まで癒した。

 

「あ、ありがとうございます!! 餡ころもっちもち様!!」

 

「この位大したことないわ」

 

 ……流石だ。自分の出る幕すらなかった。恐ろしさすら感じる。

 

 大変、危険な状態だったが、その場のメンバーが阿吽の呼吸とも言える流れるような連携で即座に解決してしまった。もし、熟練のユグドラシルプレイヤーがこれを見ていたら、無意識のうちに喝采を送っていたことだろう。

 

 モモンガは何もなければ拍手したいところだったが、今は緊急事態だ。

 

「ニグレド、何か分かったか?」

 

「はい、一瞬ですが、るし★ふぁー様が見えました」

 

「でかした!! あいつはどこにいる!?」

 

「申し訳ありません、具体的な場所は分かりませんでした。るし★ふぁー様の隣にあった、眩しすぎる何かを見た瞬間、接続は絶たれて攻性防壁を受けました。……このナザリックの中ではない別のどこかに、るし★ふぁー様はいらっしゃいます」

 

「……そうか、分かった」

 

 モモンガは、六大神や八欲王など過去にユグドラシルプレイヤーが君臨していたことを知っている。るし★ふぁーが別の時間軸に転移したのは、ほぼ間違いないだろう。

 

 そして、状況からして、るし★ふぁーは間違いなく悪い状況に陥っている。

 

 今でも脳裏に焼き付いている。シャルティアを精神異常にさせたワールド・アイテム……まさかとは思うが……

 

 もし、そうだとしたのなら……

 

 モモンガに沸々と黒く煮えたぎった怒りが沸いてきた。だが、今は、今だけは怒りに感けている場合ではない。そんな時間は許されていない。

 

 モモンガは<伝言(メッセージ)>を起動し、ペロロンチーノ、音改、セバスたちに即座に帰還するように伝えた。

 

 アルベドには別の指令を送る。

 

『アルベド、先の命令は変更だ!! 緊急事態だ、ナザリックの警戒レベルを最大限に引き上げろ。全ての罠を起動し、万全の体制にしろ』

 

『何かあったのですか?』

 

『後でニグレドから話を通させる。それよりもとにかく、急いでくれ!!』

 

『畏まりました』

 

 諸王の玉座があるおかげで、逆探知はされていないと思うが、ワールド・アイテムがある以上、絶対ではない。万全の体制を取っておくべきだろう。

 

「モモンガさん、ヤバい、さっきからヘロヘロに<伝言(メッセージ)>を送ってるのに返って来ない!! 悪いけど、誰か、あいつの部屋まで誰か一緒についてきてくれ!!」

 

 ホワイトブリムが青褪めた様な声でそう言った。

 

「付いて行こう」

 

「弐式炎雷さん、ホワイトブリムさん、そっちの方はお願いします。万が一の時は即座に撤退して下さい」

 

 弐式炎雷とホワイトブリムが指輪で転移して行く。一体ヘロヘロに何があったというのだろうか? 外には出ていないはずだが……

 

 そうだ、タブラさんもいない……あの人も最終日はいたはずだ。

 

 モモンガは颯爽と今日何度目になるか分からない<伝言(メッセージ)>を起動し、タブラに繋げた。

 

『タブラさん!! モモンガです!! いたら返事してください!!』

 

『おや、モモンガさん。お久しぶりです。3ヶ月ぶりですね』

 

『…………はぁ?』

 

 モモンガには無事という安心感と返ってきた言葉の意味不明さに混乱しかけていた。

 

『皆さん、もう会えないのかなと心配しましたよ。おや、指輪が光っている……ということはナザリックがあるということですかね?』

 

『えぇ、あるに決まってるじゃないですか!?』

 

『……それは、良かった。どうやら私は先行的に異世界へ来てしまったみたいですね。この世界の住人、二人連れて行っていいか検討して貰っていいですかね? その方がこの世界について説明しやすいでしょうし』

 

『……構わないです。ギルマスとして認めます。とにかく今、ナザリックは緊急事態ですので、即座に戻ってきて下さい!!』

 

『……ただ事じゃなさそうですね。すぐに戻りましょう』

 

 モモンガがギルマスとして独断で判断したのは始めてだ。

 

「いやぁ、驚いた、完全にユグドラシルとは別の場所になってたわ」

 

 ペロロンチーノ、音改、セバス、プレアデスたちが戻ってきたようだった。

 

「良かった……無事でしたか……」

 

「モモンガさん、何かあったのか?」

 

「えぇ、大変まずい状況で――」

 

モモンガが喋りかけたとき、<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

『ホワイトブリムだ。モモンガさん、ヘロヘロが……なんか……すごいことになってる!!』

 

「…………えっ!?」

 

 

 時は少し遡る……

 

――23:57:48

 

眠い、尋常ではないほどの眠気が周辺の景色をぼやけさせる。これでは話すこと、歩くことすらままならない。普通だったら、コンソールを切って明日の仕事に備えていることだろう。だが今、自分はナザリックの私部屋で休んでいる。異世界へ行くためだ。もし、コンソールを切ってログアウトでもしようものなら、ベッドの誘惑に負け、一瞬で昏睡に陥ってしまうだろう。

 

 隣に連れてきたソリュシャンを見る。美人で仕事を素早く適確にこなすという設定だ。モモンガさんは仕事上でのソリュシャンの演技力を褒めちぎっていた。……まるで自分とは対照的だ。自分も仕事は一生懸命こなすが、なんにしても基本的に文句しか言われない。

 

 転職して得られたのは早朝出勤、深夜帰り、サビ残、薄給……奴隷としか思えない生活。一体、自分は何のために生きているのだろう?

 

 もう少しで明日になる。正直、本当に異世界というのがあるのか自分でも半信半疑だ。ソリュシャンが自立的に動く? 普通のプログラマーだったら鼻で笑って御終いだ。ソリュシャンは0と1で構成された情報媒体でしかない。動くなどありえない。

 

 もうすぐ、もうすぐで異世界だ。ここまで来たら、彼らに付き合ってしまおう。自分もホワイトブリムと同様、勝手に異世界に行けば職場の仲間、親や兄弟に迷惑かけるだろう。

 

 でも、もういいじゃないか……もうリアルの生活は疲れたよ……

 

――00:00:00

 

 ……尋常ではないほどの眠気が急に吹き飛んだ。意識がはっきりとして、自分が自分でなくなったような感覚を受ける。

 

 隣にいるソリュシャンを見た。見てしまった……

 

 あまりにも美しすぎた。人の容姿としてではなく、自分と同じ粘体(スライム)としてだ。ヘロヘロはソリュシャンの筆舌に尽くせない妖美な黄金色に目を奪われてしまった。一瞬、なんでわざわざ人間の姿を取っているのか理解できなかったほどだ。

 

 耐え難いほどの独占欲がヘロヘロの自制心を失わせてしまった。

 

「ソリュシャンッ!!!!」

 

 粘体(スライム)としての自分の体の一部を伸ばし、自分の元へとソリュシャンを抱き寄せた。ソリュシャンからは困惑と戸惑いの表情が見て取れたが関係ない。

 

 ヘロヘロはソリュシャンの体内に自分から入り込む。都合がいいことに、ソリュシャンの服は露出度が高く、簡単に侵入できた。邪魔な服は全て取り払い、ソリュシャンを強制的に人から粘体(スライム)としての形状へと変えてやった。

 

「やっぱり綺麗だ……」

 

 ソリュシャンは透き通った黄色をしており、自ら輝いていていた。その様相からは、幸福、希望、欲求、生命の光など森羅万象を表現しうる――フィンセント・ファン・ゴッホの絵画とは異なるが、本質的には近い――芸術的なものが感じられた。

 

 誰かが自分に<伝言(メッセージ)>を送ってきてる。邪魔だ、無視してしまえ。

 

 あぁ……染め上げたい……自分の黒よりも深い古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の漆黒で、この美しい者を汚したい……自分の色で染め上げたい……

 

「きて……」

 

 甘い声が聞こえた。ソリュシャンからだ。自分の体の一部がソリュシャンと溶け合って繋がっているせいなのか、今のソリュシャンの気持ちが理解できた。

 

 今のソリュシャンに顔は無いが、恍惚としていて、自分を受け入れてくれようとしていた。

 

 自分は即座にそれに答えようとした。このソリュシャン・イプシロンという存在を一滴も余すことなく全てを染め上げるように、このヘロヘロという存在の全てを叩きつけるように侵食を開始した。

 

 侵食すればするほど、ソリュシャンからの圧倒的な幸福感が自分に伝わってきた。とても心地がよく、永遠にこの状態で有り続けたい。

 

 熱力学第二法則によりエントロピーが無限に増大し続けていくように、濃い液体は薄い液体に対し何もせずとも時間が経てば均一になる。自らのレベル100という暴力的な力も加われば、それは一瞬だ。

 

 遂にソリュシャンという存在の全てを侵食……いや、一つになった、融合したという方が正しい。お互いに自分たちの粘体の中にもう一人の存在が強く感じられる。

 

「ヘロヘロさまぁ」

 

「ソリュシャン……」

 

 お互いに感情、記憶、あらゆる物が入交し、全てを理解した。ヘロヘロはこの場に居続けて異世界を選んだ。そのことに対する深い感謝の気持ちと多幸感が伝わってきた。それに返事すように、この世界に来れた事、ソリュシャンと一つになれたことへの圧倒的な多幸感を返した。分け隔てなく一つになったので、お互いに全てが瞬時に伝わる。

 

「おい!! ヘロヘロ!! 扉を開けるぞ!!」

 

 ホワイトブリムの声と共にガチャリと扉が開いたのが聞こえた。

 

「な、何じゃこりゃあああ!?」

 

 ホワイトブリムと弐式炎雷の目には、散らかったメイド服と肥大化した黒く輝く何かが映った。

 

 

「は、はぁ……融合した……と」

 

「僕たちは今、とっても幸せです」

 

「あ、はい。ちょっと、後でどういうことか詳しく教え――」

 

「只今戻りました」

 

 モモンガとヘロヘロが再開したところで、アインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師であるタブラ・スマラグディナが見覚えのある少女と薬師、彼の娘を連れて帰還していた。

 

 あれは確かンフィーレアとニニャか……

 

 三人は驚愕に満ちた表情で周囲を見渡していた。

 

 何はともあれ、この場に我々の仲間、自分を含めて、タブラ・スマラグディナ、たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ヘロヘロ、弐式炎雷、ブルー・プラネット、餡ころもっちもち、音改、ホワイトブリムの11柱が集結した。

 



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