東方萃儀伝 (こまるん)
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授けられる萃儀の名

初めまして。 わざわざ見に来てくださりありがとうございます。
至らない点は多々あるとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。


 …ここはどこだ?

 

 灯りこそあるものの、全体的に暗い。夜なのか?

 

 体がやけに重い。まるで、自らの力が急に弱体化されたかのような感覚だ。

 

 俺はこんなところ知らない…。

 

 …あれ?そもそも俺…は誰なんだ…?

 

 自分が何者であったのか、それすらも分からない。

 

 分かるのは…自分が男であることのみか。

 

 

「お~? 誰だいアンタ。見慣れない顔だねえ。」

 

 突然目の前に現れたのは、オレンジの髪を長く伸ばし、頭には赤い大きなリボンをつけている少女。

 頭からは大きな角が二本生えていて、それが彼女が人間ではないことを表している。

 少女とは言ったが、彼女の身体から溢れ出る覇気のようなものが、それが幼い外見とは程遠いものであることを示唆していた。

 

「ここは…?」

 

 俺がそう問うと、彼女は少し驚いたような顔をする。

 

「ほぉ~。こいつは驚いた。この私に話しかけられて平気な顔をしているとは。」

 

 どうやら、俺が逃げ出そうとしなかったことに対して関心しているようだ。

 

「いやいや、確かにヤバそうなことは判るし、正直逃げられるものなら逃げたいのだが、逃げる当てが無いんでな。」

 

 そう。逃げるも何も、そもそもここがどこかすらわからないので、人が話しかけてきたのは好都合なのだ。それを逃げて台無しにするわけにはいかない。

 

「怯えていると言いつつも、しっかり言葉を返してくる…か。只者じゃないねぇアンタ。

 …おっと、まだ名乗ってなかったね。私は山の四天王の一人、伊吹萃香だ。

 改めて聞くよ。アンタはいったい何者だい?」

 

 山の四天王。

 その言葉に聞き覚えは無かったが、少なくとも、目の前の存在が強力無比の存在であることは裏付けされたことになる。

 

「俺は…わからない。」

 

 俺の返答を聞いた萃香は、怪訝な顔をする。

 

「わからないだって?どういうことだい?」

 

「何も覚えていないんだ。名前、出自、行動…。

 気付いたら、何もかも忘れてここにいた。」

 

 それを聞いた萃香は、腕を組んで考え込むような仕草をする。

 

「うーむ。迷い子ってやつかねぇ?

 だが、それにしては…。」

 

 そこで言葉を切った萃香は、俺の目を見据えると、続ける。

 

「アンタの身体からは、弱まってこそいるものの、覇気を感じる。

 アンタ、実は相当な手練れなんじゃないかい?」

 

 そう言って俺を見つめる萃香の口角はつり上がっており、まるで新たな強敵が目の前に現れたことを喜ぶような…

 

 ちょっと待て、強敵!? 俺が? 

 いやいやいや!!

 

「ちょっと待ってくれ。 確かに、頭の中に闘いの術のようなものはうっすらと確認できる。

 だが、今の現状ではそれは使えないということもなんとなくわかっているんだ。」

 

 そう、確かに萃香の言う通り、俺の脳内では、戦闘術。それも、体術が数多く記憶として残されている。

 しかし、それらは所詮死んだ記憶。生きた記憶ではない。

 記憶を失ったらしい現状、満足に繰り出せるかはわからないし、そもそも身体能力に大きな枷を感じる。

 

「うーん。確かに、万全の状態ではなさそうだもんねぇ…。

 分かったよ!今度、アンタが万全の状態になったらやりあおう!」

 

 はい。四天王さんとやらとの戦闘が確定されましたー。

 …これ、万全になる=死ぬの構図が確立されたんじゃ…。

 

「あ、ああ。その時はお手柔らかに頼む。」

 

「じゃあ、私はこれから用があるんで、そろそろ行くけどどうする?

 行くあてもないんだったら、ついてきても構わないよ?。」

 

 ホントに何の当てもないので、大人しくついていくことにする。

 

「ああ。お言葉に甘えさせてもらうよ。」

 

 それを聞いた萃香は、こちらに笑顔を向けると、歩き出す。

 

「オッケー。こっちだよ。」

 

「因みに、どこへ行くんだ?」

 

「私の親友のところさ!」

 

 俺の問いに対して誇らしげに答える萃香。

 しかし、俺はその答えに対して不安しか湧かなかった。

 

 

 

 

 

「…という訳なんだよ。」

 

「へぇ~。そんなことが。」

 

 そう言ってこちらを値踏みするような眼で見ているのは、金髪を腰までのばした女の人で、額からは大きな角が生えている。

 少女という感じの萃香と違い、大人の女性という感じの人だ。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は勇儀。元四天王の一人、星熊勇儀さ。見ての通り『鬼』だよ。」

 

 そう言って左手に杯を持ったまま右手を差し出してくる勇儀。

 敵意を持たれなかったことに安堵しつつ、その手を取る。

 

「ところで、いつか萃香と戦うんだってね?」

 

 そう言ってニヤリと笑う勇儀に、俺は嫌な予感の適中を悟った。

 

「あ、ああ。」

 

「その後は勿論私とも戦ってくれるんだよな?」

 

 勇儀のその問いかけは、一応こちらの意志を問う形にこそなっていたが、実質拒否権がないのは丸わかりだった。

 

「勿論。ただ、万全になるまでは待ってくれよ?」

 

 俺がそう答えると、勇儀は満面の笑みを咲かせる。

 

「そうかいそうかい!受けてくれるかい!

 いやー。最近は骨のある人間がいて嬉しい限りだよ。

 勿論、私はいつまでだって待つよ。万全の状態の相手を倒してこそ意味があるんだ。」

 

 …また一つ、万全になりたくない理由ができたな…。

 こんな明らかに強そうな奴らと戦うなんて、命がいくつあっても足り無さそうだ。

 ここの『鬼』とやらは、みんな戦闘狂なのか?

 

 それにしても、明らかに化け物と呼べるような相手と相対している割には、俺の心の動揺って少ないような。

 存外、記憶を失う前の俺も結構な化け物だったのかもしれないな。

 

 そんなことを考えていると、不意に、萃香が話しかけてくる。

 

「ねえ、アンタさぁ、やっぱり名前が無いのは不便だと思うのよ。」

 

 しみじみと言う萃香。

 

「確かにそう思うが、俺は記憶がないからなぁ。」

 

「そこでだよ!!」

 

 萃香は身を乗り出し、勇儀を見る。

 勇儀は意を察したかのように頷く。

 

「いいね。私はこいつのことが気に入ったし、構わないよ。」

 

 その返事を聞いた萃香はわが意をえたりとばかりに腰に手を当て頷く。

 

 俺だけ置いてけぼりなんだが…。

 

「あんまりわかってなさそうな顔だね。名前が無いなら、私たちがつけて上げようって話さ!」

 

 自慢げに言う萃香。 

 横を見ると、勇儀も、うんうんという感じでうなずいている。

 

 …確かに、記憶がない以上元の名前に愛着なんてあるはずもない。

 名前がないと不便というのもその通りだ。

 

 どうせ名乗る名前は考えないといけないのだ。

 折角、四天王という御大層な肩書を持つ『鬼』達がつけてくれるというのだから、ありがたく受取れば良いだろう。

 かねてより、偉人から名前をもらうという話はよく聞く。

 

「二人が良いのなら、つけて貰ってもいいか?」

 

「そうこなくっちゃ!実は、もう案は考えてあるんだ。」

 

 嬉しそうに話しだす萃香。

 

「折角私たちがつける訳だし、どうせならちなんだ名前にしたいなと思ってね。

 それで、私の名前と勇儀の名前から一文字ずつ取って、『萃儀』ってのはどうだろうか。」

 

 一文字ずつもらうって、軽く言ってるけどこれ物凄いことなんじゃないだろうか。

 勇儀の方を見ると、満足げに頷いている。

 オーケーということだろう。

 

 俺も頷きを返す。

 

「オッケー決まりだ! 今日からあんたは『萃儀』と名乗るがいい!」

 

 萃儀…。

 これが新しい俺の名前。

 

「ありがとう…。俺は『萃儀』として今日から生きるよ。

 その名に恥じないよう精進する。」

 

「おうっ!その意気だ!」

 

 元とは付くものの、四天王の二人から一文字ずつ名前を貰ってしまった。

 名前をくれた二人の顔に泥を塗らないためにも、恥ずかしい生き方は出来ないな。 

 

 

 右も左も全くわかっていない状況だが、どうにか生き抜いてみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




生きる決意固めてますが、直ぐに地霊殿に拾われます(ボソッ


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第一章 地霊殿の主 古明地さとり
勇儀の後悔


「さぁて、アンタの名前も決まったところで、今後の身の振り方を決めないといけないね。」

 

「うーん、私たち『鬼』と一緒って訳にはいかないだろうからね。」

 

 勇儀の問いかけに、萃香が答える。

 

「やっぱり、ここらじゃ地霊殿にいってみてみるのがベストじゃないかい?」

 

「うーん、私は地霊殿は苦手なんだよねぇ…。」

 

 勇儀の提案に対し、少し腰が引けた態度の萃香。

 

「それは萃香がさとりのことをよく知らないからさ。」

 

「勇儀だって、いつぞやの異変までは、『あいつは気持ち悪い。碌な奴じゃない。』って言ってたじゃあないか。」

 

「異変まではな。間欠泉異変の時に、さとりとは幾らか話した。

 私のこれまでのイメージは誤解だって気付いたよ。

 あいつは、好き好んで皆に忌み嫌われる能力を手に入れたわけでは無いんだ。

 さとりはさとりでいろいろ悩んでいるんだよ。」

 

「うーん。それでも、心を読んでくるのは慣れないからねぇ…。」

 

「そういうものだと割り切ればそこまで苦痛でもないぜ?

 …まぁ、ちょっと空気読めないところがあるけど…。」

 

 

 あのー、相談してくれるのはありがたいんだけれども、俺完全においてけぼりなんですが…。

 

「おおっと、悪い悪い。私たちだけで話し込んじまったね。」

 

 俺の心の声が通じたのか、萃香が謝ってくる。

 

「いや、大丈夫。地霊殿ってところのさとりさんに会いに行くってことで良いのかな?」

 

 俺が確認すると、勇儀が頷く。

 

「そうだ。これから地霊殿の主、さとりに会いに行くが、いくつか注意がある。

 まあ、歩きながら話そうか。こっちだよ。」

 

 そう言って歩き出してしまう勇儀と萃香。

 勿論俺は遅れないように後を追う。

 

 二人に肩を並べたところで、勇儀に問いかける。

 

「注意ってのは?」

 

「ああ。さとりは、『心を読む程度の能力』を持っているんだ。」

 

 心を読む程度の能力?

 内心で考えていることがわかるってことか?

 

「多分萃儀が想像しているものであってるよ。

 あいつは、左胸の前に配置された第三の目によって、相手の思考を読み取ることができる。」

 

 思考を読み取る…

 

「他人の心に容赦なく踏み込み、一方的に全ての情報を握ることができるその能力は、とても強力なものであったが、それと同時に、あいつは他の全ての妖怪から徹底的に嫌われた。」

 

「…。」

 

「皆、ただあいつが持つ能力を嫌い、さとりを忌み嫌った。

 『サトリ妖怪である古明地さとりは、相手の心を読み、卑劣な手段を用いる卑怯者。』

 その噂だけを信じ、さとりの本質など一切見ようともしなかった。

 私もその中の一人だった。

 私は、さとりを避け、とにかく関わりを絶った。」

 

 自嘲気に吐き捨てる勇儀。

 その言葉には、後悔のようなものが感じられた。

 

「萃儀は知らないかもしれないが、この前、この地底で異変が起こり、地上から人間たちが調査にやってきた。

 その過程で、私はさとりと顔を合わせることになったんだが、驚いたよ。

 あいつは噂のような卑劣な卑怯者なんかじゃなかった。

 確かに、多少ひねくれてはいたが、その程度だ。

 少なくとも、私からみたら、自らの能力と立場に苦悩している少女のように見えたね。

 私たちは、根も葉もない噂に踊らされて、一人の少女を孤立させていたんだよ。」

 

 勇儀の独白は続く。

 

「異変を機に誤解を知った私は、さとりに謝罪し、さとりはそれを受け入れた。

 私たちは多少打ち解け、地底一の戦闘力を持つ私が認めたことで、さとりは地底の中でも少しずつだが認められ始めた。

 しかし、これまでの負い目もあり、真の意味で打ち解けるにはまだまだ時間がかかるだろう。

 未だにサトリという種族を徹底的に嫌うやつもまだまだ多数いるしな。」

 

 ――だがな。

 

 勇儀はそこで言葉を切り、俺を見据える。

 

「萃儀、お前はこれからが初対面だ。

 別に、さとりと仲良くしろって強制したいわけじゃあない。

 さとりと関わってみて、どうしても合わない様だったり、悪い奴にしか思えなかったとしたら、それはそれでお前が感じることだから仕方ない。

 その時は、私がどうにか住むところをみつけてやるさ。

 ただ、根も葉もない噂に惑わされて、鼻から決めつけてかかるのだけはやめてくれ。

 私と同じ轍を踏むな…。」

 

 勇儀の言葉は、心に深くしみこんできた。

 それだけ、彼女は深く後悔しているのだろう。

 

「大丈夫。俺は人を見かけや噂だけで判断しない。それは誓えるよ。」

 

 力強く宣言する俺に対して、勇儀は満足げに笑う。

 

「お前は澄んだ目をしている。さとりともうまく打ち解けられると信じているよ。」

 

 そういうと、また前を向き、今度は何も話さなくなった。

 

 

「うーん、私もさとりと一度腹を割って話してみようかねえ…。」

 

 俺の右を歩く萃香が小さな声で呟くのが聞こえる。

 それは俺の左を歩いている勇儀には聞こえなかったようだが、俺の耳にはしっかりと届いていた。

 

 

 これから向かう地霊殿の主だという、古明地さとり。

 心を読む能力があるという彼女と、俺は上手く付き合っていけるのだろうか…。

 内心がすべて見抜かれるということなので、うっかり失礼なことを考えないようにしないといけないな。

 

 

 

 

 …ということを考えては見たものの、どうせ俺の性格上、心を読まれる読まれないにかかわらず、どうせ自分の考えていることなんて筒抜けになるんだろうから、深く考えるだけ無駄なんじゃないだろうか。

 

 取り敢えず会って話してみよう。話はそれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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古明地さとりとの邂逅

さとりとの出会いが萃儀の運命を決定づけるのは間違いないので、本来の意味とは少し違いますが、「邂逅」を使うことにしました



「さあ着いたよ。ここが地霊殿だ。」

 

 勇儀に案内されること10分。

 俺は、見たこともないほど巨大な洋館の目の前にいた。

 

 噴水のある大きな庭を越えた先には、人が通るには少し大きめの扉が威厳を持って佇んでいる。

 館はかなり大きく、かなりの人数が収容できそうだ。

 

「ニャーン」

 

 門をくぐって庭に入ると、ふと、足元から声が聞こえた。

 見ると、人懐っこそうな黒猫がこちらを見上げている。

 

 俺は無言で猫に手を伸ばし、撫でまわす。

 

 くすぐったそうにしつつも、目を細める黒猫はとても愛くるしいものだったが、暫く撫でていると、黒猫は思い出したかのようにふらっと館の方へ去ってしまった。

 

「あー。行っちゃった。ここの飼い猫かな?」

 

「まぁ、猫ってのは気ままな生き物だからねぇ。」

 

 俺のつぶやきが聞こえたのか、萃香が答える。

 

「まぁ今のは気ままな行動と言うよりは…いや、すぐにわかるだろうし言わないほうが面白いか。」

 

 何かを言いかけた勇儀だったが、何を思ったのか口を閉ざしてしまった。

 

「なんだよそれ!余計気になるじゃないかー!」

 

 萃香が食って掛かるが、勇儀は笑って受け流す。

 

「まぁまぁ、すぐにわかるって。

 とりあえず、中に入るぞ。」

 

 そういって扉を押し開ける勇儀。

 

 両開きってなんかカッコいいよなぁー と俺がどうでも良いことを考えていると、

 

「ようこそ、地霊殿へ。

 何か御用ですか?」

 

 前方から声が聞こえてきた。

 

 見ると、桃色の髪をした少女が、ゆっくりと階段を下りながらこちらへ向かってきている。

 

「ああ。突然押しかけてすまないな。

 今日は、少し頼みがあってきたんだ。」

 

「あなたが私に頼みごとなど珍しいですね。

 …成程。そういうことですか。」

 

 不思議そうな顔をした彼女だったが、左胸にある目に触れたかと思うと、納得したかのように頷いた。

 

 成程ね。あれが第三の目ってやつか。

 ということは、目の前にいるのが、ここの主と言う古明地さとりさん?

 

「ええ。お初にお目にかかります。ここの主をしています。古明地さとりです。」

 

 ホントに心読めるんだなぁ。

 

「そうですね。私はこの目を通して、他者の心を見透かすことができますので。」

 

 あっ、俺だけ名乗ってないや。流れで名乗り忘れるところだった。

 

「大丈夫ですよ。心を読めば「そういうのはちゃんとやるものなんですよ。」…はい。」

 

 いくら心を読めるとはいっても、自己紹介とかはちゃんとしないと。それが礼儀ってものだ。

 

「俺は…萃儀。苗字はないです。自分の出自や能力については自分でも全くわかっていません。」

 

「私の心を読んだならわかっているかもしれないが、頼みってのは、萃儀のことなんだ。」

 

 勇儀が続く。

 

「萃儀さんの過去を、この目で読み取ることができるのかどうか。

 もう一つは、住む場所がない萃儀さんをここに住まわせてほしい、と。」

 

「そうそう。話がはやくて助かる。」

 

 確かに、心を読めるさとりさんなら、俺が自分で分からない心の深層の記憶まで読み取れるかもしれない。

 

「そこまで期待されても困るのですが…。

 それでは、少し深く読んでみます。お待ちくださいね。」

 

 そういうと両手を胸の目に当て、目を閉じるさとりさん。

 集中しているのだろうか。彼女の周りを黒猫がくるくると回っているが、反応を返さない。

 って、あの猫、さっき庭先にいた黒猫じゃないかな?

 さとりさんの飼い猫だったんだ。

 

 …それにしても、猫に懐かれる姿と言い、物腰と言い、とても地底中で嫌われている妖怪とは思えないな。

 外見だって、どれだけ恐ろしい姿をしているのかと思えば、むしろ逆。めっちゃ可愛いし。

 性格も悪そうに見えないし、なんでそこまで嫌われていたんだろう…

 

「あ、あの。…萃儀さん?」

 

 あ、はい。何でしょう。

 

「何かわかったのか?」

 

 勇儀が身を乗り出すようにして問う。

 

「い、いえ、残念ながら。

 深層を視ようとしても、黒い靄のようなものがかかっていて上手く視ることができませんでした。

 ご期待に副えず申し訳ありません。」

 

 そういいながら頭を下げるさとりさん。

 

 まぁ、そっちはダメ元だったし仕方ないよなぁ。

 自分でも分からないことがわかるわけないか。

 

「いえ。そんなことで頭下げないでください。過去の俺の事は自分でどうにかしますよ。」

 

 俺がそういうと、さとりさんは顔を上げ、勇儀と俺と見る。

 

「その代りというわけではありませんが、もう一つの件はお任せください。

 萃儀さんが望む限り、ここ地霊殿で受け入れますよ。」

 

 微笑むさとりさん。

 

 おおそれはありがたい!見ず知らずの俺を受け入れてくれるとは優しいなぁ。

 ホントに、卑怯で卑劣とか根も葉もない噂流したやつ誰だよ殴り飛ばしに行ってやろうか。

 

「萃儀!良かったじゃあないか!」

 

「ホントだね!勇儀がここに行くって言った時は正直不安だったけど、来てよかったよ!」

 

 自分の事にように喜んでくれる勇儀と萃香。

 この二人と言い、さとりさんといい、今日はやたら良い出会いに恵まれているよなぁ。

 

「……それでは、早速ですが空いている部屋へ案内しますね。」

 

「ああ、さとり。ちょっと待ってくれ。」

 

 踵を返そうとしたさとりさんであったが、勇儀に呼び止められ、また振り返る。

 

「折角こうして対面してるわけだし、軽く話さないか? 萃香もいるし。」

 

 手に持つ杯を掲げて勇儀が提案する。

 

 それを聞き、勇儀と萃香を一瞥し溜息をつくさとりさん。

 

「…全く、貴方たちは飲むことしか考えてないんですか…。

 まあ良いでしょう。準備してきますので居間でお待ちください。

 

 お燐、萃儀さんを客室まで案内してあげなさい。」

 

 さとりさんがそういうと、足元にいた黒猫が俺の側まで来る。

 

 へー。この子、お燐ちゃんって言うんだ。

 案内してくれるってことは、後ろについて行けばいいのかな?賢い猫なんだなぁ。

 

 そんなことを考えながら見ていると、お燐ちゃんは突如発生した煙に包まれる。

 

 そして、煙が晴れた後には、猫耳、二本の尻尾を生やした赤髪の少女が立っていた。

 

「やっほー、お兄さん。自己紹介が遅れたね。

 あたいは、火車の火焔猫燐。お燐って呼んでね!」

 

 快活な様子で自己紹介してくれるお燐…さん?

 

「あ、ああ。宜しく…。」

 

 え?さっきまでこの子猫だったよな?

 動物って皆こんな感じに人になれるのか?

 

「いえ、人の姿をとるにはかなりの力が必要です。それ程の力を持つのは、そこのお燐と、地獄烏のお空だけですよ。」

 

 すかさず疑問に答えてくれるさとりさん。

 ホント便利だよね助かります。

 

「い、いえ。感謝されるようなことは…。

 コホン。お燐、二回の奥の部屋は空いていたはずだから、そこへ案内してあげなさい。」

 

「はーい。さとりさま。

 ほら、行くよお兄さん!」

 

 そういうと、また猫の姿へ戻り、階段を駆け上がっていってしまった。

 

 後を追う…前に。

 

「さとりさん、俺なんかを拾ってくれて本当にありがとうございます。

 暫くの間、宜しくお願いします。

 勇儀、萃香も、見ず知らずの俺に名前を授けてくれたばかりか、ここまで付き合ってくれてありがとう。この借りはいつか返すよ。」

 

 三人に頭を下げてから、俺も階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

「さあ、ここがあんたの部屋だよ。

 一応、生活に必要なものは揃っているはずだけど、足りないものがあったら何でも言ってね。」

 

 部屋についたところで、再び人型に戻っていたお燐に説明を受けた。

 

「それじゃ、あたいはこれで。晩御飯の時は呼ぶから、それまでゆっくりしていると良いよ。

 明日からはいろいろ働いてもらうけどねっ!」

 

「ああ。案内ありがとう。お燐…さん。」

 

 俺がそういうと、お燐は一瞬きょとんとした顔になったが、直ぐに笑顔になる。

 

「あはは。あたいには『さん』はいらないよー。

 『お燐』って呼び捨てにしてくれるほうが嬉しいかなー。」

 

 正直どう呼んだものか困っていたので、そういってもらえるのは助かる。

 

「わかった。お燐、ありがとう。」

 

「はいはい。それじゃ、また晩御飯の時に呼びに来るよ!」

 

 お燐はまた猫の姿に戻り、廊下を駆けていった。

 それを見送って、部屋に入る。

 

 部屋は結構な広さで、俺一人が過ごすにはもったいないくらいだ。

 部屋の隅に置いてある、これまた一人には広すぎるくらいに大きいベットに寝転ぶ。

 

 

 …それにしても、いきなり訳の分からない場所に放り出されたときにはどうなることかと思ったけど、いい人たちに恵まれて本当に良かった。

 当てもなくあたりをさまよい続け野垂れ死ぬ可能性だって高かった訳だからな…。そう思うとぞっとする。

 自分が何者であるかさえもわかってない今の現状だが、今は出来ることをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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予期せぬ来訪者 ~side さとり~


今回はさとり様視点。うまくかけてると良いのだけれど…









 私は古明地さとり。ここ地霊殿の主をしている。

 

 覚り妖怪である私は、他者の心を読むことができる。

 その能力のお蔭で、私は地底中の人妖から忌み嫌われている。

 

 当然だろう。心の中を覗かれるのだ。

 プライバシーなんてあったものじゃない。

 

 私だって、逆の立場ならそんな妖怪に近づきたいとは思わない。

 

 だから、私が皆に忌避されるのは当たり前の事。

 

 私には頼りになるペットがたくさんいるし、忌避されることを寂しいとも悲しいとも思わない。

 

 当たり前のことにいちいち悲しんでいたら、心が持たないから…。

 

 

 

 今日も地霊殿での仕事を終えた私は、自分の部屋に籠り本を読む。

 

 特に親しい人もいない私は、本を読むくらいしか退屈を紛らわすことが無い。

 

 そんな私の最近の一番の楽しみは、間欠泉の異変関連の騒動以来、私に気を許してくれたらしい勇儀さんを話すこと。

 

 幻想郷最強の鬼の視点からの話は、只の日常のことであってもなかなか面白く、聞いていて全く飽きない。

 彼女は不定期にここを訪れてくれるのだが、もし訪ねてきたときはよほど込み入ったものでない限り、用事も後回しにして迎え入れている。

 

 今日あたりこないかな。

 

 そう思ってふと窓から門の方を見ると、勇儀さんらしき人影が見えた。

 

 しかし、一瞬浮ついた心は、勇儀さんの後ろに追従する二つの人影によって一気に引き下げられる。

 

 

 一つは、鬼のもの。勇儀さんに以前見せて貰った記憶によると、萃香さんと言ったかな。

 もう一人は、なんと人間。

 

 勇儀さんが友好的な様子で連れてきたことから、悪い人ではないとは思いますが…。

 

――また、嫌な思いを視ないといけない。

 

 私の能力を知った人間の反応は、ほとんどの場合は一つに限られる。

 

『覚を恐れ、逃げる』

 

 私が人間と会うのが苦手な事は知っているはずなのに、何故勇儀さんはわざわざここへ連れてきたのだろう。

 

 少し恨みがましくも感じながら、応対へ向かう。

 

 そういえば、間欠泉異変の時に出会った人間は、私の能力に過度な怖れを抱くことは無かった。

 彼女たちは普通とは大きくかけ離れていたというのが大かったんだろうと思う。

 

 今度もそんな人だったら良いのになぁ。

 せめて、少しは話が通じる人であってほしい。

 

 そんなことを考えながら階段を降りる。

 

 既に中へ入ってきていた彼女らにようこそと声をかけ、用を訪ねる。

 

「ああ。突然押しかけてすまないな。

 今日は、少し頼みがあってきたんだ。」

(この人間のことなんだが…)

 

 そう声をかけてきた勇儀さんの心を読むと、だいたいの事情は掴めてくる。

 

(成程ね、あれが第三の目か。ということは、目の前にいるのが古明地さとりさん?)

 

――来た。

 

 私の能力を知った人間、次に流れてくるのは、当然、私を忌避する心だろう。

 

「ええ。お初にお目にかかります。ここの主をしております、古明地さとりです。」

 

 覚悟を決めながら自己紹介する。

 

(へえ。ホントに心読めるんだなあ。)

 

「そうですね。私はこの目を通して、他者の心を見透かすことができますので。」

 

 少し自嘲の念も込めて話す。

 しかし、帰ってくる想いは私の予想とは大きくかけ離れていた。

 

(あっ。俺だけ名乗ってないや。)

 

 …え?

 

 とっさに心を読めるからしなくても大丈夫と告げようとするが、、『自己紹介はちゃんとやるもの』だとさえぎられる。

 

(いくら心を読めるとはいっても、自己紹介とかはちゃんとしないと。それが礼儀ってものだ。)

 

 え?いや。確かにそれはそうですけど…

 

 私が予想外の反応に驚いているうちに、話は進んでいく。

 

 頼みと言うのは、二つあって、

 ・彼――萃儀さんと言うらしい――の過去をこの目で読み取れるのかどうか確かめてほしい

 ・彼には住居もないので、正式に住む場所が見つかるまでここに居候させてほしい

 

 というものらしい。

 

 どうやら、萃儀さんは、私の能力に…その、期待してくれている様子。

 今まで疎まれることはあれど、期待なんてされたことが無かった私にとって、それは本当に嬉しいことで。

 

 萃儀さんの期待に応えたい。私は萃儀さんに宣言し、萃儀さんの心の深層まで踏み込む。

 

――っ!?

 

 萃儀さんの心の深層には、深いもやのようなものが掛っていて、この私でも見通すことは全くできなかった。

 

 これは…拒まれているわけでは無い。本人の意識とはかかわらないところで自動的に能力を弾いている…?

 この感じ、どこかで…

 

 唐突に、私の頭に、最愛の存在であるこいしの姿が思い浮かぶ。

 そうだ、この感じ、こいしの心を読めない感覚と酷似しているんだ。

 

 …となると、この方も無意識を? いえ、それだと一部でも心を読めることに矛盾する…。

 

 やめましょう。これ以上は考えても分からない事ですね。

 何か能力のようなものが作用しているのは間違いないとは思いますが…。

 

 集中を解き、いつもの表層を読み取る状態に戻る。

 周囲の心の声が聞こえるようになったことで、萃儀さんの心の声が流れ込んでくる。

 

(足元にいる猫、さっき庭先にいた黒猫じゃないかな?さとりさんの飼い猫だったんだ。)

 

 足元に意識をやってみると、お燐がくるくると私の周りをまわっている。

 

 お燐は、先に猫の姿で会ってたんですね。

 

(それにしても、猫に懐かれる姿と言い、物腰と言い、とても地底中で嫌われている妖怪とは思えないなぁ。)

 

 こんなことを想ってくれる方もいるんですね…。

 そんな人はこれまでいなかった。もっと早くこの方に出会えていたらこいしも…

 いえ、それを考えるのはやめましょう。

 

 それにしても、かなり個性的な方のようですね。私を前にして、一切物怖じせず物事を考えている…。

 

(外見だって、どれだけ恐ろしい姿をしているのかと思えば、むしろ逆。めっちゃ可愛いし)

 

 なっ!?

 か、かわいい!?

 

 なんでことを言い出すんですかこの方は!?

 不気味だとか気持ち悪いだとかはそれこそ耳と心が腐るほど言われてきましたが、可愛いなんて一度も…!

 

 とにかく、なにか、何か言わないと。

 

「あ、あの。萃儀さん?」

 

 とっさに彼の名前を呼んだのは良いものの、言葉が続かない。

 いつものように淡々と結果を告げればいいだけなのに…!

 

(ん?なんかさとりの様子がおかしくないか?)

 

「何か、分かったのか?」

 

 私の様子を不審に思ったらしい勇儀さんが問う。

 

 おかげで少しだけ落ち着けた。

 

「い、いえ、残念ながら。

 深層を視ようとしても、黒い靄のようなものがかかっていて上手く視ることができませんでした。

 ご期待に副えず申し訳ありません。」

 

 そういって頭を下げる。

 

「いえ。そんなことで頭下げないでください。過去の俺の事は自分でどうにかしますよ。」

 

 心の奥底までみせて見返りが無かったのにもかかわらず、責めるような思いは一切持っていない萃儀さん。

 

 …優しい方なのですね。

 人間ですが、この方なら。

 この方となら、楽しく過ごせるかもしれませんね…。

 

 確か、二階の、突き当りの部屋は常に綺麗にしておいたはず。

 お燐も、お空も、そしてこいしも、この方なら大丈夫でしょう。

 

「その代りというわけではありませんが、もう一つの件はお任せください。

 萃儀さんが望む限り、ここ地霊殿で受け入れますよ。」

 

 私がそう告げると、萃儀さんから喜びと感謝の気持ちが流れ込んでくる。

 

 ふふ。そこまで喜んでいただけると私も嬉しいです。

 

(ホントに、卑怯で卑劣とか根も葉もない噂流したやつ誰だよ殴り飛ばしに行ってやろうか。)

 

 萃儀さん!?そう思っていただけるのはすごく、物凄く嬉しいですけど危ないからやめてくださいよ!?

 

「萃儀!良かったじゃあないか!」

(流石さとりだ!これで安心だな!)

 

「ホントだね!勇儀がここに行くって言った時は正直不安だったけど、来てよかったよ!」

(古明地さとり…不安だったが、確かに、噂は大きな間違いのようだねぇ。)

 

(萃香、勇儀、そしてさとりさん。今日は本当にいい出会いに恵まれているな…。)

 

 …私との出会いを良いと想って頂ける日が来るとは思ってませんでした。

 

「……それでは、早速ですが空いている部屋へ案内しますね。」

 

「ああ、さとり。ちょっと待ってくれ。」

 

 案内しようとしたところで、勇儀さんに呼び止められた。

 

「折角こうして対面してるわけだし、軽く話さないか? 萃香もいるし。」

(折角だし、一杯やろうぜ。地霊殿の酒は美味いからなぁ。)

 

(お?お?宴会かい?いいねぇいいねぇ!)

 

 …まったく、どうして鬼というものはお酒のことばかりなんですか…。

 

 二人して既に酒の事しか考えていないことにため息が出る。

 

 …まぁ、今日は萃儀さんを連れてきてくださったことに感謝もしていますし、秘蔵のお酒でも出して差し上げましょうか。

 

 萃香さんと勇儀さんに居間で待つように伝え、お燐には萃儀さんの案内を頼む。

 

「さっすがさとり!話がわかる!」

 

 杯を掲げ、嬉しそうな顔をする勇儀さん。

 

 どうせなら私も飲みたいところですが、この後の晩御飯は萃儀さんの紹介を兼ねたものになるのは間違いないので、ここで酔いつぶれてしまうわけにはいきませんね…。

 …と言っても、鬼二人に同席する時点で、ある程度は飲まされるのでしょうが…。

 

(え?さっきまでこの子猫だったよな?

 動物って皆こんな感じに人になれるのか?)

 

 そんなことを考えていると、萃儀さんの困惑した様子が伝わってくる。

 

「いえ、人の姿をとるにはかなりの力が必要です。それ程の力を持つのは、そこのお燐と、地獄烏のお空だけですよ。」

 

 (すぐさま答えてくれるのってホント便利だよね。助かります。)

 

 ついお節介で聞かれてもないことを答えてしまったが、不快に思われるどころか、感謝の想いが流れ込んでくる。

 

 これを便利と思ってくれる時点で、萃儀さんは普通の人とはどこか違うのだろう。

 これまでは心を読むたびに疎まれるのが大半だったので、感謝を向けられるだけでも慣れなくて顔が熱くなる。

 

 階段を駆け上がっていくお燐を追いかけようとする萃儀さんだったが、ふいに立ち止ると、こちらへ振り返る。

 

(追う前に…。)

 

「さとりさん、俺なんかを拾ってくれて本当にありがとうございます。

 暫くの間、宜しくお願いします。

 勇儀、萃香も、見ず知らずの俺に名前を授けてくれたばかりか、ここまで付き合ってくれてありがとう。この借りはいつか返すよ。」

 

 そう言って私たちに頭を下げ、階段を駆け上がっていく萃儀さん。

 勿論、その言葉は本心からの物。

 …少しだけ雑念も混じってましたが。

 

「あはは。こう言ってもらえると、私たちも拾った甲斐があったってものだな!」

 

「ほんとだねぇ~。あんな純粋な人間、もういないんじゃないかい?」

 

 二人して萃儀さんをほめたたえる鬼達。

 

 …私ですか?彼は人間の割に礼儀がなっていて良いと思いました。

 

「おんやぁ~?さとり、顔が赤いんじゃないかい?」

(へえ。さとりもこんな顔するんだなぁ。)

 

「な、何を言ってるんですか。さっさと居間に行きますよ。」

 

 なるべく顔を見られないように足早へ台所へ向かう。

 当然それは遅くて、心を読まなくても面白がっているのがわかる勇儀さんと萃香さんは中々腹立たしかった。

 

 

 

「『さとりさん可愛いうえに優しいとか最高。』…ですか。」

 

 …萃儀さん、不意打ちはずるいと思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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少女さとり。悪意には慣れど…

コンコンとドアがノックされる音によってまどろみから引き起こされる。

うたた寝していたようだ。

 

「お兄さーん!ご飯だよー!」

 

 お燐の元気な声に急かされるかのように身を起こし、ベッドから降りる。

 

 部屋の入口まで行き、ドアを開けると、人型となったお燐が笑顔でこちらを見上げていた。

 

「出てきたね!今から晩御飯だけど、直ぐにいけるかい?」

 

 頷くことで答えを返す。

 

「おっけー。じゃあ行こうか!」

 

 お燐の先導で廊下を歩き、階段を降りる。

 階段を降り切ったあたりで、ふと思い出したかのようにお燐が話し出す。

 

「ここには、あたいのほかにもう一人、人型になれるペットがいるって話は聞いたよね?」

 

「ああ、お空さんだっけ?」

 

 なんとなく、敬称はいらないっていわれるんだろうなぁと思いながらも、一応さんをつけておく。

 

「そうそう。でも、お空にもあたい同様に『さん』はいらないよ?

 あたいたちペットは、そういう敬称は寧ろ嫌なのさ。」

 

「そういうものなのか。わかったよ。」

 

 そう返答すると、お燐は満足げに頷き、話を続ける。

 

「それで、そのお空のことなんだけど、食事の時に顔合わせできると思う。

 ただ、悪い子でないことは保証するんだけど、ちょーっとばかり馬鹿だから、その辺り予め分かっといてもらえると嬉しいかな。」

 

「馬鹿って、それはどういう……。」

 

 一言に馬鹿と言ってもいろいろとあるだろう。

 能力がないという意味だったり、愚かであるという意味であったり…。

 

 俺の言わんとするところは伝わったらしく、お燐は少し考える。

 

「うーん。鳥頭って言うじゃん?まんまそれだよ。」

 

 鳥頭…つまり、

 

「物覚えが悪いってこと?」

 

「うん、まぁ、直ぐに忘れちゃうって感じかな。お兄さんのことも中々覚えないかも…いや、この言い方は少し違うかな?覚えるけど、直ぐに忘れちゃう。

 うーん。何て言ったらいいかわかんないや。

 あとは、思い込みも激しいかな。

 お空のフォローはいつもあたいとさとり様がやる羽目になるんだよね…。」

 

「はははっ!大変だな。」

 

 疲労感たっぷりという感じのお燐の様子がどこかおかしくて、思わず笑ってしまった。

 

 とはいえ、本気で嫌そうというわけでは無いし、お空って子も愛されてるんだろう。

 

「もうっ!本当に大変なんだからね?」

 

 頬を膨らませるお燐。

 さとりさんの言い方から察するにかなり強力な妖怪なんだろうけど、どこか仕草が子供っぽいんだよなぁ。

 

「悪い悪い。やり方さえ教えてくれれば、できそうな仕事は俺も手伝うからさ。」

 

「本当かい?それはかなり助かるよ!

 正直言って、今のウチの戦力は、あたいとさとり様くらいだからねぇ…。」

 

 不満げな表情から一転、嬉しそうに足を弾ませて歩くお燐の後ろに追従する。

 

 少し歩くと、少し大きめの扉が二つみえてきた。

 

「ここが居間だよ。もう一つの扉は、食堂に繋がってるんだけど、食堂はほとんどつかっていないかな~。」

 

「ん?食堂があるのに使っていないのか?」

 

 聞くと、お燐は苦笑する。

 

「ここって広いでしょ?

 だから、その広さに合わせてなのか、食堂もかなり広いんだよね。机も長いし。

 一緒に席についてご飯食べるのは精々三、四人だから。長い机使っても寂しいだけなのさ。

 だから、普段は居間で丸机を皆で囲んでるよ。」

 

 成程ね…。確かに、大食堂を少人数で使っても寂しいだけかな。

 

「ついでに、居間からも調理場に繋がってるんだよ。だからなおさら誰も食堂を使わないってわけ。」

 

 そう説明を受けながら居間の扉を開け、中に入る。

 部屋は、綺麗なシャンデリアが目立つ以外は至ってシンプルで、中央に大き目の丸机が見える。

 

「それじゃ、あたいはお空呼んでくるから!」

 

 俺が部屋に入ったのを確認すると、お燐はそういって走り去っていった。

 

 それにしても、全体的に綺麗な部屋だが、少し違和感が。

 何だろう。部屋が狭いってわけじゃないんだけど、どうもドアが大きかった割には、部屋が小さいような?

 

「そうですね。あまり部屋が広すぎても落ち着かないので、普段は仕切って小さくしています。」

 

 俺の疑問に答えながら、俺たちが入ってきたのとは別の方向から部屋に入ってくるさとりさん。

 その手には食器を乗せたお盆が。丁度配膳の途中だったのだろう。

 

「ええ。直ぐに終わらせますので座ってお待ちください。」

 

 持ってきた食器を並べ終わると、そういってパタパタと走り去っていく。

 お燐の話と、今のさとりさんの行動から察するに、そっちが調理場なんだろう。

 

 俺も何か手伝えることないかな?

 

 さとりさんの後を追い、調理場に入ると、美味しそうなにおいが一気に流れ込んできた。

 

「良い匂いですね~。何か手伝いますよ。」

 

 調理場では、さとりさんが忙しそうにお盆に食器を乗せていたが、俺に気付くと動きを止めて、

 

「萃儀さん!?座っていて頂いて大丈夫ですのに。」

 

 さとりさんはそう言うが、実際手持無沙汰なんだし、俺もできることは手伝ったほうが良いだろう。

 それに、いくら強力な妖怪とはいえ、自分より小さい女の子に働かせて自分は座って待てるほど肝は太くないんだよね。

 

「…もう。どうしてあなたはそう唐突に……いえ、言っても意味なさそうですね。

 それでは、このお盆の配膳お願いできますか?」

 

 若干顔を赤らめたさとりさんが下を向きながらお盆を指し示す。

 何だろう。すごくか……いや、さとりさんには読まれるんだった。こんなこと思ってるって知られたら怒られるかもしれないし、気をつけないと。

 

「それじゃ、これ運んできますね。」

 

「ええ。お願いします。

 あとは飲み物運ぶだけなんで、それ並べ終わったら本当に座って待っていて大丈夫ですよ。」

 

 念押しするように言ってくるさとりさん。

 

「はは。わかりました。」

 

 

 

 

 

 

 お盆を持って調理場から立ち去る萃儀の姿を眺めていた少女は、はぁとため息をつき、呟く。

 

「…萃儀さん、私は少しでも想ったことは全て読み取れちゃうんですよ…。」

 

 地霊殿の主、少女さとり。悪意を向けられることには慣れど、純粋な好意を向けられることにはまだまだ慣れそうにないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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霊烏路 空

お空初登場。
口調性格にはかなり悩みましたが、原作セリフを色々読み込んだり考察したりした結果こう落ち着きました。
異論多々あるでしょうがお見逃しを~






 

 

 

 席について暫く経つと、飲み物を持ったさとりさんが入ってきた。

 

「すみません。お待たせしました。」

 

 そう言いながら、それぞれの席へ飲み物を配り、席に着く。

 

「さとり様ー! ご飯ですかー!?」

 

 そこへ、元気に叫びながら飛び込んできたのは、頭に大きな緑のリボンをつけた、黒髪の女の子。

 右手が筒…?の様になっているのが特徴的だ。

 

 この人がお空かな?筒状の右手は何なんだろうか…。

 

「うん?誰だ!そこのお前!」

 

 お空が俺を右手の筒で指差す。

 すると、その筒の先に、目で見てわかるほどの濃いエネルギーが溜め込まれていく。

 

 さとりさんをちらっと見てみると、わたわたと慌てた様子でこちらを交互に見ていた。

 

 …まぁ確かに、お空からみたら主と一緒にいる俺は不審者も良いところなのかもしれないなぁ。

 ……いや、でもお燐から説明を受けていなかったのか?

 

 そんなことを考えてるうちにエネルギーはどんどん膨れ上がって行く。

 これが放たれたら、俺事周囲一帯を吹き飛ばすんじゃないか…?

 

 因みに、さとりさんはわたわたとこちらを…

 あ、両手を振り上げた。

 

――バン!

 

 乾いた音が鳴り響く。

 

 さとりさんが机を両手で叩き、立ち上がった音だ。

 

「こらっ!お空!やめなさい!

 

 さとりさんに一喝されたお空が、びくっと身体を震わせエネルギーを四散させる。

 

「貴方はどうしていつも軽はずみな行動をするんですか!

 私が同席を認めている時点で、攻撃して良い相手の筈がないでしょう!」

 

 さとりさんに叱責され、しゅんとなるお空。

 

 さっきまで俺に殺意バリバリだったとは思えないなぁ…。

 

「萃儀さん!あなたもですよ!!」

 

 お空が反省しているのを確認したさとりさんは、俺に矛先を移す。

 

「『え?俺?』じゃないです!

 自分が標的にされているのに何を呑気な事考えているんですかっ!?」

 

 えー。だって。

 

「『さとりさんが止めるだろうなと思ったから』貴方は馬鹿ですか!止めるって言う保証がどこにあるんですか!?」

 

 まくしたてるさとりさん。

 

 えー……。

 

「『えー』ではありません!

 挙句の果てに、何を悠長に私を観察してたんですかっ!

 慌てる姿がそんなにおかしかったですかっ!?」

 

 さ、流石心を読む妖怪なだけあってばれてたか…。

 

 いやでもあれは、おかしかったと言うより…

 

「なっ。か、かわっ…!

 ……もう良いです…。」

 

 顔を更に赤くして、説教を諦め座り込んでしまった。

 

 …しまったな。読まれるってわかってたはずなのについ考えちゃったよ……。

 これは更に怒らせたかな…?

 

 俺がさとりさんの様子を見つめていると、

 

「お空!あたいをおいていかないでおくれよっ!」

 

 お空を呼びに行っていたお燐が飛び込んできた。

 大方、ご飯と聞いて飛んで行ったお空において行かれたんだろうな…。

 

 お燐は部屋に入るなり、面食らったかのように硬直する。

 

 

 少し、客観的に今の様子を考えてみようか。

 

 まず、さとりさんを見つめている俺。

 俺に見詰められながら顔を赤くして黙って俯いているさとりさん。

 矛先が急に俺に向いた上、さとりさんが黙り込んでしまったので困っている様子のお空。

 

 

 うーん。これは誤解を招きそうだ…。

 

 お燐は硬直から復帰すると静かにお空に歩み寄り、肩に手を乗せる。

 

「お空。蚊帳の外で辛かったねぇ。」

 

「「いや、それは違うから(違いますから)」

 

 同情するようにつぶやくお燐に対して、二人の声が唱和した。

 

 

 

 その後、俺が怒られているところに不用意な発言をしたせいで更に怒らせてしまっていたのだと説明し――何故か理不尽にもさとりさんには睨まれたが――そもそもの原因はお空であることも伝えた。

 

 それを聞いたお燐が、やはりかという様にため息をつき、『とりあえず、冷める前に食べましょう。』というさとりさんの提言でひとまず食事を開始することになった。

 

 

 

 

 

 

「んー!やっぱりさとり様のハンバーグ美味しい!」

 

 席に着くなり真っ先に食べ始めたお空が満面の笑みを浮かべる。

 

 それにつられて自分の分を切り分け、口に入れる。

 

「――美味しいですよ!」

 

 何だろう、上手く表現はできないんだが、とにかく美味しい。

 

「さとりさん、これ、店開いてもやっていけるんじゃないですか!?」

 

「そんな…買いかぶり過ぎですよ。」

 

 照れたようにはにかむさとりさん。

 

「あたいも、店できると思いますよー!」

 

「もう…お燐まで……ありがとうございます。」

 

 実際、この地霊殿の広い食堂を使って、料理店みたいなものを出すってのも悪くない気がする。

 使ってない食堂を使えるし…

 まぁ、色々準備があるだろうし簡単にはいかないだろうけど。

 

「…では、おちついたことですし自己紹介しましょうか。

 私とお燐は既に済んでいますので、萃儀さんとお空、お願いします。」

 

「じゃあ、俺から。

 俺は、萃儀。出自も能力も全てわからない状態で意識が戻り、あてもなく歩いていたら萃香と勇儀に拾われてね。名前を授けて貰った上で、ここまで案内してもらった。

 俺はこの名前を一生誇りに思って生きていこうと思ってる。」

 

「ほぉ~、お兄さんの名前にはそんな理由があったんだね~。」

 

 お燐が感心するように頷く。

 そういえば、名乗っただけで詳しい自己紹介はしてなかったかな。

 

「私は霊烏路 空。お空って呼んで。

 右手の筒は、加奈子様が下さった「核融合を操る能力」を制御するための棒よ。

 さとり様とお燐のためならなんだってする。」

 

 そう宣言するお空からは、しっかりと強い意志が感じられた。

 

 恐らくだけど、さとりさんやお燐を大切に思ってはいるが、持ち前の記憶力のせいで良く空回るという感じだろうか。

 

「さっきはいきなり能力を向けてすまなかったよ。

 どうにも、種族柄、記憶能力と思い込みが酷くてねぇ。」

 

 バツが悪そうに苦笑するお空。

 こうして謝ってくることからも、悪い人(鳥?)ではなさそうだ。

 

「いや、俺は初めから気にしてないし問題ないよ。」

 

 俺がそう答えると、お空はにこっと笑う。

 

「そう言ってもらえると助かるわ。

 ここに住むんでしょ?色々面倒かけるとは思うけれど、よろしくね。」

 

「ああ、こちらこそ。」

 

 握手のために右手を差し出し、数秒後慌てて手を変えるあたり、やっぱりどこか抜けてるんだろうなぁと再認識することにはなったが、予想以上に話の通じる相手で良かった。

 

 

 

 その後は食事しつつ、明日以降のことについて確認したり、例の地底異変とやらの話を聞いたりして過ごした。

 まだ一日しか過ごしていないが、結構打ち解けられたんじゃないかなぁと思う。

 明日以降は、地霊殿での仕事を手伝いつつも、自分のことも考えていかないといけない。

 いつまでも居候ってわけにもいかないからね。

 

 あとは、異変の話の時にでてきた、「スペルカードルール」。

 俺の記憶には一切無かったのだが、どうもこれがこの場所での決闘方法らしい。

 簡単に言えば、殺傷の可能性を極力抑え、美しさを重視し、弱い者も強い者に勝つ可能性が出るようにされた決闘ということらしいが、これについても追々考えていかなければならないだろう。

 

 スペルカードを考えるというのは純粋に楽しそうなので、楽しみでもある。

 明日は真っ先にこれを考えようかな?

 わからなければさとりさんに聞けば良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二章 萃儀の能力
スペルカードルール


色々調べはしましたが、微妙に違うとこあれば独自解釈と言うことでご了承ください。
あと、今回かなり短いです(-_-;

前回で自己紹介が一通り終わったので、一応新章開始となります。
え?妹様ですか?丁度いま放浪中でして、帰ってきしだい顔合わせとなります。


 翌日、早めに昼の仕事を切り上げた俺は、さとりさんの書斎へやってきた。

 

 コンコンとドアをノックする。

 

「さとりさーん。来ましたよー!」

 

「入って大丈夫ですよ。」

 

 返事が返ってきたので、ドアを開け部屋に入る。

 

「失礼します…おお、本が沢山ありますね…。」

 

 部屋に入ると、奥に大きな机が見え、こちらと向かい合うような形で椅子に座っているさとりさんを確認できた。

 

 ソファや花壇といった多少の家具こそあるものの、壁一面に本棚が並んでいて、そこには本がびっしりと詰まっている。

 全部数えたら凄まじい数になるだろう。

 

「そうですね。私が本を読むのが好きな上、地底の皆さんがあまり本を読まないのもあって、ここは地底中でもかなりの本が集まっているところとなっています。

 お燐もたまに地上から持ち帰ってくれますし。

 外の世界からの本もかなりの数混じってますよ。」

 

 そう説明してくれるさとりさんの手にも一冊の本が。

 俺を待つ間にも読んでいたんだろう。

 

「ホントにたくさんありますねー。

 因みに、今は何を読んでいるんですか?」

 

 ふと気になったので問うてみる。

 

「これは、外の世界から流れてきた本で、夏目漱石と言う方について書かれた本です。

 ユーモアあふれる数々の名作を生み出した方のようで、そのユーモアは講師時代にも出ていたそうですよ。

 中でも、愛を囁く台詞の訳し方には感銘を受けました。

 一度で良いので使ってみたいものです。」

 

 愛を囁く…? 恋愛の話でもでてくるのかな?

 

「いえ、そういうわけではないのですが…。

 そうだ、今度読んでみてはいかがですか?

 きっと面白いと思います。」

 

 笑顔で勧めるさとりさん。

 

「良いんですか?

 それでは、今度読ませて頂こうと思います。」

 

「ええ。わかりやすいところに置いておきますので、いつでもどうぞ。」

 

 今度余裕が出来たら読んでみよう。

 

「それでは、本題に入りますね。

 萃儀さんは、『スペルカードルール』というものに覚えがありませんか?」

 

 そう問いかけてくるさとりさん。

 あいにくだが、俺には全く聞き覚えがない。

 

「いえ。昨日の夕食の時に少し聞いた程度ですね。」

 

 俺がそう答えると、さとりさんは少し考え込むような仕草をした後、話し出す。

 

「『スペルカードルール』を知らない…というのは少し気にかかりますが、記憶出自が分からない以上考えても無駄ですね。

 それでは、まずは『スペルカードルール』そのものについてお教えしますね。」

 

「お願いします。」

 

 俺が頭を下げると、さとりさんはうんうんと頷き、説明を開始する。

 

「『スペルカードルール』並びにそれを用いた戦闘。これらは弾幕ごっことも呼ばれています。これは、殺傷の可能性を限りなく抑えた決闘方法です。

 弾幕を撃つ際は殺傷力を極力削ぎ、見た目の美しさを重視します。

 また、弾幕を撃つ際は、必ず抜け道を作らなければなりません。」

 

「抜け道…ですか?」

 

 俺が聞くと、さとりさんは頷く。

 

「このルールには、弱者でも強者に勝つことができるよう、様々な工夫がされています。

 まずは、両者は戦闘の前に使用するスペルカードの枚数を宣言。

 その枚数を相手に攻略されてしまった場合は、例え余力が残っていても負けを認めなければなりません。

 

 スペルカードの攻略には二つ方法があって、まず一つが、相手に攻撃を当てて攻撃を中断させる方法。

 そしてもう一つが、カードに定められた攻撃を使い尽くさせる方法です。

 『カードを作る段階であらかじめ定められた、そのカードで放つ弾幕の種類、量、時間。それらを使い切ることでも、そのスペルカードは攻略されたものとしてその戦闘で使用するのをやめないといけない。』という規則があるため、後者の方法が成り立ちます。

 

 また、いくら力があるからと言って、隙間の一切ない弾幕を放ってはいけません。

 必ず、回避可能なスペースをつくることが義務付けられています。

 

 他にも、『人間は何度でも異変解決に挑むことができる』『スペルカードルールに則った戦闘で敗れた妖怪は負けを認めて速やかに引き下がる』など色々ありますが、あとは実地で慣れていけばいいかなと思います。

 

 ここまで何か質問はありますか?」

 

 話を区切り、問いかけてくるさとりさん。

 結構細かいルールがあるんだなぁ。

 

「いえ、大丈夫だと思います。」

 

「それでは、早速ですがカードを作ってみましょうか。」

 

 そういって引き出しから白紙のカードを取り出すさとりさ…

 いや、ちょっとまって。

 

 心の静止が聞こえたんだろう。取り出すのを中断し、小首を傾げる。

 

 あ、その仕草かわ…じゃなくて!

 

「そもそも、弾幕ってなんですか?」

 

「……あ。」

 

 完全に意識の外だったのだろう。

 左手はカードを取り出そうとした姿勢のまま、右手を開いた口に当てている仕草が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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古明地さとりの弾幕講座

 

 

「さて、それでは実際に弾幕を撃ってみますね。」

 

「はい。お願いします。」

 

 今、俺たちがいるのは地霊殿の中庭。

 弾幕が何かさえわからないということを伝えた結果、実際に撃って見せてくれることになった。

 

「行きますっ!」

 

 そう宣言すると同時に横なぎに振りぬかれた右手から、ピンク色の大きな弾が五つ並んで放たれる。

 

 放たれた五つの弾は、大きさそのままに少しずつそれぞれの距離を広げながら直進し、かなり進んだところで消えた。

 

「次、行きます!」

 

 続けて左手を横なぎに振りぬく。

 すると今度は、先程と打って変わって小粒の弾が数十発放たれた。

 

 列となってまっすぐに進んだ先ほどの弾と違い、さとりさんの正面方向へこそ向かうものの、上下左右それぞれバラバラに動いている。

 

「これが、私の基本とする弾です。

 実戦ではこれを組み合わせて相手に撃ちます。」

 

 成程。

 弾同士の間隔が狭いが、直線的で避けやすい大弾。

 弾同士の間隔は広いものの、予測不明の動きをする小粒弾。

 

 この二つを組み合わせることで更に避けにくいものをつくるのかな?

 

「ええ。そういうことです。

 折角ですし、完成させた型を一つ、萃儀さんに撃ってみますね。」

 

 え、ちょっとまって。避けられる気が全くしないんだけど!

 

「大丈夫。痛くはしませんよ?」

 

 にっこりと笑うさとりさん。

 

 ダメだこの人、是が非でも一発撃つつもりだ。

 

――なら!

 

「少しでも避けてやる!」

 

「その意気――ですッ!」

 

 さとりさんを囲うように円状に大玉が出現。

 二つずつの塊となり、かなりの密度で進みだす。

 

 更に、それに重ねるかのように小粒弾が発生。

 見事に大玉の塊同士の広めの空間を埋めるかのようにこちらへ突き進んでくる。

 

 

 いやいやいや!

 こんなのどうやって避けるんだよっ!?

 

「ふふふっ。頑張ってくださいな~。」

 

 楽しそうに笑うさとりさん。

 うわぁ。めっちゃいい笑顔…。

 

 そんなことを考えている間にも、大玉は迫ってきている。

 

――ここかっ!

 

 横に大きく動き、大玉の塊同士の間を抜ける。

 

――ッ!

 

 間髪入れず迫る小粒弾を身をよじって回避。

 崩れかけた体制を立て直し、どうにか前を見る。

 

 視界に入ってきたのは、前方全てを覆う大玉の一群。

 

――あ、無理だ。

 

 回避を諦め、弾の接触を待つ。

 

 弾は俺に触れるその直前で、周りの小粒弾と共に消え去った。

 

「ふふ。どうですか?」

 

 笑いながら話しかけてくるさとりさん。

 

「いやー、あんなの急に撃たれても無理ですよ。」

 

 大方、正しい抜け方のようなものがあって、それに従わなかった場合先ほどの様に追いつめられるようになっていたのだろう。

 

「その通りです。」

 

 誇らしげな様子のさとりさん。

 両手を腰に当て、心なしか胸を張っているところがなんというか可愛らしい。

 

 …あ、しまった。読まれるんだった。

 

 そう気づいたときには、顔を赤くしたさとりさんが腕を振り切っていた。

 

 凄まじい速さで大弾が飛んでくる。

 

 当然避けられるはずもなく――

 

 最後に映ったのは、右手を口に当てて固まるさとりさんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――何か、温かいものに包まれているような安心感。

 

 目が覚めて最初に感じたのは、そんなものだった。

 

 …なんだろう。身体が…重い?

 

「気が付かれましたか!」

 

 唐突に上から降ってきた心配そうな声に、重い瞼を開ける。

 

 徐々にクリアになっていく視界には、こちらを気遣わしげに見つめるさとりさんの顔が映し出されていた。

 

――さとりさん!?

 

「すみません。うっかり手加減を失敗してしまって…。」

 

 申し訳なさそうに告げるさとりさん。

 それを聞き、意識を失う前の事が思い出されてくる。

 

 そうか、さとりさんの大弾によって、痛みを感じる暇もなく吹き飛ばされたんだっけ。

 

「本当にすみません…。」

 

 本気ですまなそうに謝るさとりさん。

 心なしか頬が紅潮しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「いえ、ちょっとびっくりしただけなんで。特に体に異常もなさそうですし。」

 

 俺がそう答えると、あからさまにほっとしたというような顔になるさとりさん。

 

「良かった…。

 ほら、人間って。その…弱いでしょう?

 怪我でもさせていたらどうしようかと思って…。」

 

 もとは俺が原因なのにそこまで心配してくれるなんて。

 さとりさんはやっぱり優しいんだな。

 

 そういえば、意識がはっきりしてきてふと気づいたんだが、俺って地面で気絶してたんだよな?

 その割には、頭の下がすこし柔らかいような…。

 

 自分の頭が置いてあるところを改めて見てみる。

 すると、目に飛び込んできたのは、芝生の緑でも、土の茶色でもなく、ピンク色。

 

 …さとりさんのスカートの色ってピンクだったような。

 

 上を見ると、少し頬を紅潮させたさとりさんの顔がすぐ近くにあって、

 頭の下は、硬い地面ではなく、柔らかいなにか。

 

 これっていわゆる…?

 

 見る見るうちに顔が真っ赤になっていくさとりさんの反応で、それは確信となった。

 

 

――俺、さとりさんに膝枕されてます。

 

 

 ・ ・ ・ 。

 

「すっ、すみません!俺!」

 

 あわてて立ち上がり、頭を下げる。

 

「い、いえ、そんなことで頭を下げないでください。」

 

 その言葉で顔は上げるが、気恥ずかしさから、さとりさんの顔を直視できない。

 

 気まずい沈黙が流れる。

 

「す、すみません…。そんな恐れ多いことを…。」

 

 とにかく、謝っておく。

 

「いえ…。その……。」

 

 どこか歯切れが悪いさとりさん。

 彼女は少し目線を彷徨わせた後、少しだけ口を開き、

 

「その……、私がやりたかっただけですので…。」

 

 最後はほとんど消え入りそうな声で呟き、そっぽを向く。

 

 さ、さとりさん…、その仕草は反則…!

 

 あまりの気恥ずかしさに、顔が熱くなる。

 恐らく、俺の顔も真っ赤になっていることだろう。

 

 だが、何故だろうか。

 さとりさんから目を離すことができない。

 

「もうっ!あんまりジロジロとみないでください!」

 

 怒られてしまった。

 だが、そんな顔で怒られても、怖いどころか…

 

「か、かわっ…!

 もういいですっ!」

 

 …またそっぽを向かれてしまった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  



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心の声

「さ、さて。双方落ち着いたところで、弾幕の話に戻りましょうか。」

 

 少したって、落ち着いたらしいさとりさんが声をかけてくる。

 まだ少し頬が紅いような気もするが、そこを突っ込むのは野暮と言うものだろう。

 

「はい。お願いします。」

 

 俺の返事を聞き、コホンと咳払いをする。

 

「基本となる弾幕はだいたい見せ終わりましたし、萃儀さんも弾幕を撃ってみましょうか。

 先ず、身体の内側へ意識を傾けてください。

 何らかの力を感じませんか?」

 

 その言葉に、意識を自らの内面へ向けてみる。

 すると、確かに、身体の奥底の方から何かを感じることができた。

 

「その力を、身体に循環させて下さい。」

 

 その言葉の通り力を操ろうとするのだが、どうにも上手くいかない。

 

「えっと…そうですね。井戸から水をくみ出す感じでやってみてください。」

 

 井戸から汲みだす…。

 うーむ。確かに力自体の存在は感じるんだけど…。

 

 俺が悪戦苦闘していると、背中に優しく手が置かれた。

 さとりさんだろう。

 

「サポートします。少し探りますね…。」

 

 暫く無言になるさとりさん。

 俺が力を操れない原因を探っているのだろうか。

 

「これは…霊力ではない……?

 妖力とも違いますし……。」

 

 何かわかったのかな?

 

「いえ。ますます謎が深まるばかりでした。

 どうも、萃儀さんの奥に眠っている力は、霊力でも妖力でもない…、もっと別の何かのようです。」

 

 別の…何か…?

 

「はい。透き通っているかのような不思議な力を感じます。

 何らかの原因によって奥底に封じ込まれているみたいですが、記憶がないのと何か関係があるのでしょうか?」

 

 うーん。やっぱり心当たりはないかな…。

 

 封じ込まれている云々は気になるが、皆目見当もつかない。

 

「そうですか…。

 どうします?試しに私の妖力を流し込んでみましょうか?

 制御のサポートはしますし、弾幕を撃つくらいならできると思います。」

 

 さとりさんに力を借りて撃つということかな?

 

「ええ。どうやら萃儀さんの力は使用できないみたいですので。」

 

 さとりさんがそれで大丈夫なのならばお願いします。

 

「では、力を流し込みますね…。」

 

 触れられた手から、力強くも優しい流れを感じる。

 それは、俺の身体の奥底まで流れていき……

 

――そこからは、直感だった。

 

 とっさに振り返り、きょとんとしている様子のさとりさんを突き飛ばす。

 

――パリィン!

 

 同時に、何かが砕けるような声が響き渡る。

 

 さとりさん、ごめん…。

 

 最後の謝罪が伝わったのかどうか。

 確認するまもなく俺の意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 うーん…。一体なんでしょう、これは。

 確かに何らかの力は感じるんですが、用いることはできないようですね…。

 そもそも、霊力でも魔力でも妖力でもないようですが…?

 

 萃儀さんにもわからないみたいなので、一先ず謎の力については棚上げすることにする。

 

 このままでは萃儀さんは弾幕を撃つことができませんね…。

 少し効率は悪くなりますが、一つ方法が無いわけではありません。

 

「どうします?試しに私の妖力を流してみましょうか?」

 

 そうすれば、弾幕を撃つくらいならできるかもしれない。

 

 そう提案したところ、二つ返事で了承を得たので、彼の背中に手を置く。

 

 間違っても萃儀さんを傷つけないように。

 極力、力を抑え、ゆっくりと私の妖力を流し込む。

 

――ドンッ

 

「え?」

 

 突然、真剣な顔をした萃儀さんに突き飛ばされた。

 

――さとりさん、ごめん――

 

 僅かに聞こえた謝罪の言葉。

 

 瞬間、凄まじい風が流れ込んでくる。

 発生源は――萃儀さん!?

 

 萃儀さんを中心として、暴力的なまでの風が吹き出す。

 その中心からは、これまで見たこともない程に途方もない強さの力が溢れだしている。

 

 その力はみるみるうちに膨れ上がって行き、あわや私も飲み込まれるか――

 

 …と身構えたところ、突如力は消え去り、先程までのが嘘だったかのように辺りが静まりかえる。

 

「今のは一体…?」

 

 舞い上がっていた土埃も止み、ようやく萃儀さんの姿を確認できるようになってきた。

 

――あれ? 

 

 彼に駆け寄ろうとして、あれだけの力の流れの中にいたのにも関わらず衣服の乱れさえないことに気付く。

 

――いや、それじゃない…。

 

 彼がゆっくりと瞼を開ける。

 

 そこで、ここまで感じていた違和感の正体に気付いた。

 

――彼の心の声が聞こえないっ!?

 

 萃儀さんの下まであと数歩というところで足が止まる。

 

――何故。どうして。

 

 フラッシュバックされるのは、私の中で最もつらい記憶。

 

『お姉ちゃん、ごめんね…。』

 

 彼女は、こいしは、そう行って心の瞳を閉ざしてしまった。

 それ以来、こいしの心の声は聞こえない。

 

 私が、私が不甲斐ないばかりに、最愛の妹は心を閉ざしてしまった。

 

 『ごめん』 『ごめんね』 

 

 謝罪の言葉が脳内でこだまする。

 

――やめて。貴方たちが悪いんじゃない。

 

 霞む視界のなかで、萃儀さんが目を開け、こちらへ歩み寄ろうとしているのが見えた。

 

 

 意識は戻っている。

 

 

 なのに、心の声が聞こえない。

 

 

――私は、また間違えた――?

 

 膝から力が抜ける。

 

 ガクン と崩れ落ちようとしたところを、何かに正面から支えられた。

 

「…と……ん!……さん!」

 

 ああ…こいし…萃儀さん…

 

 こんな不甲斐ない私でごめんなさい……。

 

「さ、と、り、さん!」

 

 耳元で聞こえた叫び声に、はっと我に返る。

 

 ぱっと開けた視界には、私の身体を支えながらも、こちらを心配そうに見つめている萃儀さんの姿が。

 

「すいぎ…さん…?」

 

 思わず名前を呼ぶと、彼は深く頷く。

 

「俺は、大丈夫です。」

 

 彼は力強く宣言した後、困ったように頭をかき、言葉を繋ぐ。

 

「さとりさん。貴方が何を想っていたのかは、俺には全く分かりません。

 ですが、これだけは言えます。

 俺は大丈夫。ちゃんと無事にここに立っています。」

 

――だから、安心してください。

 

 心にしみいるようなその言葉に、また視界が滲む。

 

 目から溢れ出るものを隠そうとして、萃儀さんの胸に顔をうずめてみる。

 

 

「ごめんなさい…少しだけ…このままで…。」

 

 

 殆ど声にはなっていなかったと思うが、彼には伝わったようで。

 

 両手を私の背中に回し、抱きしめてくれた。

 

 

 彼の胸は温かく、気持ちが安らいでいく。

 張りつめてた気持ちは徐々に弛緩していき、私はゆっくりと意識を手放した。

 

 

――萃儀さん、ありがとう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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能力覚醒

プチプチシリアス(多分)

感想有難う御座います。すごく励みになります。


 闇に飲まれたはずの俺の意識に、何かのイメージが流れ込んでくる。

 

『あらゆる流れを遮断し、拒絶する。』

 

 概要と共に、大まかな使い方が頭の中に浮かび上がる。

 

 これが…俺の能力…?

 

 意識が浮上する。

 

 すると、自分を中心として凄まじい力が暴走していることに気付いた。

 その力は、とどまるところを知らず、どんどん膨れ上がって行く。

 

 原因はすぐにわかった。

 

 先ほどまで身体の奥底に確かに存在していたものの、動かそうとしてもびくともしなかった謎の力。

 それが、外にとめどなく流れ出して、凄まじい力を発揮している。

 

 大方、さっきの何かが割れるような音は、封印か何かが壊れた音だったんだろうなぁ…。

 で、それが機能しなくなったため、俺の内面にあった力が枷を失い暴走している、と。

 

 さらに、さとりさんの妖力と合わさることで、相乗効果によりさらに強力になっているようだ。

 

 早急に抑え込まなければ、取り返しのつかないことになるぞ――

 

 幸い、内面から溢れ出る謎の力が原因であることは明白なので、それを止めれば良い。

 何の因果か、丁度良い能力に覚醒したばかりだ。

 

『身体の深部と、外部との力の流れを遮断する。』

 

 瞬間、俺を中心に渦巻いていた力が消え失せる。

 上手く、能力は作用したようだ。

 巻き起こっていた風も止んだのでゆっくりと目を開ける。

 

 徐々に開けていく視界に、こちらへ駆け寄ろうとしているさとりさんの姿を確認できた。

 …が、どこか様子がおかしい。

 

 何か、あったのか。

 

 そう確認しようとして、彼女に歩み寄る。

 さとりさんの目は、こちらを見ているようで、全く焦点が合っていない。

 

 声をかけようとすると、不意に両膝を地に突いた。

 

 そのまま倒れ込もうとするさとりさんの下へ駆け寄り、正面からその身体を支える。

 

「さとりさん、さとりさん…!」

 

 肩をゆすって呼びかけてみるが、目の焦点が俺に定まることはなく、反応も返さない。

 

「こいし……萃儀さん……。」

 

 うわ言のようにつぶやいた彼女が、不意に右手を伸ばし、虚空をつかむ。

 

 その動作は、自分から離れていってしまうものに追いすがるかのような切なさに溢れていた。

 彼女の瞳からは、既に光が失われている。

 

――いかん。なんとかして正気に戻さないと!

 

 俺はさとりさんの耳元に口を近づけ、声を張り上げる。

 

「さ、と、り、さん!!」

 

 流石に、耳元での大声は届いたのだろう。

 びくっと身体を震わせたさとりさんの目に徐々に光が戻っていく。

 

「…萃儀さん……?」

 

 か細くはあるが、確かに俺の言葉に反応を返してくれたことに心底安心しながら、次にかける言葉を考える。

 

「俺は、大丈夫です。」

 

 何を言うべきか、どう切り出すべきか。

 色々と考えを巡らせてみたものの、結局口から出せたのはその一言だけだった。

 

 これじゃ足りない。

 せめて、俺が無事にここに居る事だけでもしっかり言葉で伝えないと。

 

 俺は、人間だ。

 当然ながら、さとりさんのように心を読むことはできない。

 

――だが、彼女を元気づけるために言葉をかけることくらいならできる!

 

「さとりさん、あなたが何を想っていたのかは俺にはわかりません。」

 

 さとりさんが何を考え、何に苦しんでいたのかを今の俺が正確に知ることは出来ない。

 だが、少なくとも今回の引き金になったものは明確だ。

 

 だから、この一言だけははっきりと伝えておく。

 

「俺は、大丈夫です。ちゃんとここに居ます。」

 

 言葉足らずなもので伝わるか不安だが…。

 

 さとりさんの表情を確認しようとして、顔を覗き込むと、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

――やべ、失敗したかな…?

 

 あわててフォローの言葉を探そうとしたものの、何を言ったものかさっぱりわからない。

 

 とりあえず謝っておこうか――?

 

 しかし、その思考は、さとりさんの取った行動により四散させられる。

 

 俺にしがみ付き、俺の胸に顔を押し付けるさとりさん。

 

――えーっと、これはどういう…

 

 どうしたものかと迷っていると、彼女は殆ど消え入りそうな声で囁く。

 

「ごめんなさい…少しだけ…このままで…。」

 

 それを聞いた俺の身体は、殆ど考えるまでもなく勝手に動いていた。

 さとりさんの背中に腕を回し、彼女の華奢な身体を抱きしめる。

 

――今にも消えてしまいそうに弱弱しいその身体を、離してしまわないように。

 

――俺はここにいるからと安心させられるように。

 

――少しでも彼女が落ち着くことができるように。

 

 拒まれるような様子はなかったので、俺の行動は間違っていなかったのだろう。

 

 安心したことで過度の緊張の疲れが一気に来たのか、寝息を立て始めてしまったさとりさんをみながら、そんなことを考える。

 

『――少なくとも、私からみたら、自らの能力と立場に苦悩している少女のように見えたね――』

 

 不意に、勇儀の言葉が頭によみがえり、自らの腕の中で眠るさとりさんを見つめる。

 

 

 心を読む能力を持ち、地底をまとめ上げる立場にいるという、古明地さとりさん。

 彼女は、その華奢な身体に、一体どれほどの重圧をかけられているのだろうか。

 

 

 俺が少しでもその支えになろう……。

 

 

 そんな決意を固めながら、改めて、腕の中で眠る少女を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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慕うもの慕われるもの






 …さて、どうしようかこの状況。

 

 落ち着いてくれたのは良かったのだが、俺にしがみ付いたまま眠ってしまったさとりさん。

 

 うーん。ずっとこのままでいる訳にもいかないし…。

 かといって起こすのもなぁ…。

 

 あれこれ考えながらも結局さとりさんを抱きしめたままでいると、遠くから、自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 声が聞こえてきたほうを見ると、こちらへかけてくる一人と一匹が。

 あれは…勇儀とお燐か?

 

 一人と一匹は…もういいや、二人で。

 二人は、俺たちに気付くと、更に速度を上げる。

 

「さとりっ!萃儀!無事かっ!?」

 

 勇儀がそう叫ぶと同時に、お燐が人の姿に戻る。

 勇儀は、こちらの無事を確認すると、一息つき、話を続ける。

 

「私は、いつもの通り、旧都の見回りをしていたんだが、唐突に地霊殿の方から荒れ狂うような力を感じたんだ。

 何事かと思って駆けつける最中で燐と合流したので、その道中で事情は聞いた。

 弾幕についての話をしていたんだってな?」

 

 確認するように問うてくる勇儀に対して、頷くことで答えを返す。

 

「…ああ。さとりさんに弾幕のなんたるかを教えて貰った後、自分でもやってみようと思ったんだが、全くうまくいかなくて…

 取り敢えずの妥協案として、さとりさんの妖力を借りて弾幕を撃とうということになって。

 で、さとりさんに妖力を流し込んでもらったところで、俺の身体の内部にあった力が呼応して暴走したみたいだ。」

 

 俺の答えに、お燐は目を見開く。

 

「なっ…!?あれが、お兄さんの力だっていうのかい?」

 

 お燐に頷きで答えを返すと、勇儀は腕を組んで思案顔になる。

 

「あの途方もない力が萃儀のモノか…。只者ではないとは思っていたが…。」

 

 そこで一旦言葉を切った勇儀は、しっかりと俺を見据えて、言った。

 

「…私はこれまで、かなりの数の強者をみてきたが、あの時立ち上っていた力は、僅かな時間であったとはいえ、それらの比較ではなかったように思えた。

 神のものではないかと思ってしまうような…そんな力だ。

 今はどうにかおさえこめているようだが、次はちゃんと抑えられるかわからないぞ。

 なるべく、その力は使わないように気を付けるんだ。」

 

 鬼の四天王だという勇儀がこれだけ真剣に言うのだから、確かに危ないものなのだろう。

 …それにしても、神の力か。全く心当たりはないんだが…。

 

 今日は上手く能力で抑え込めたが、確かに次はどうなるかわからない。

 極力、能力は切らないようにしておこうか。

 

「…ところでなんだが。」

 

 俺が思案していると、不意に勇儀が語調を変えて切り出す。

 

 …まだ何かあるのか?

 

 あんな力を暴走させたところだし、何かをされるのかもしれない。

 

 俺の身構えが伝わったのだろう。勇儀は首を振り、苦笑する。

 

「あ、いや、別に深刻な話ってわけじゃないんだ。

 ただ、少し気になることがあってね。」

 

 …まぁ確かに、この謎の力を身につけた理由やら経緯やらが気になるのかもしれないが…。

 俺自身にも全く分からないんだよな。

 

「…お姐さん、この人多分まったくわかっていないよ。」

 

 お燐が、あきれたというように口を挟む。

 

「うーん…自覚なさそうだからねぇ…。」

 

 同調し、肩を竦める勇儀。

 

 自覚がない?

 この力の危険性はある程度はわかってるつもりなんだが…。

 

「お兄さん、取り敢えずその考えはいったん置こうか。多分全く違うから。」

 

 諭すように言うお燐。

 

 全く違う?力の話じゃないのか?

 じゃあ何の話だ?

 

「うーん…、まぁいいや。このままじゃ埒が明かないし。」

 

――単刀直入に聞いてしまうけれど。

 

 そう前置いて、勇儀は言う。

 

「あんたたち、いつの間にそんな仲になったんだい?」

 

 そんな仲…?

 

 勇儀の視線の先には、俺の腕の中で寝息を立てるさとりさんが。

 

 二人の言わんとするところを理解し、一気に顔が熱くなるのを感じた。

 

「いやね?確かに、できれば仲良くなってほしいとは言ったよ?

 だけど、流石にここまで進むのは予想外と言うかなんというか…。」

 

 どこかニヤニヤとしながら言う勇儀。

 

「いや、待って。誤解。誤解だから。」

 

 咄嗟に否定したものの、二人の顔を見る限り、全く信じていない。

 

「誤解って言っても…

 実際、さとりをさも大切そうに抱いているじゃないか。」

 

 それは確かにそうだけど…!

 

「それは、さとりさんが、離してはいけない存在に思えたからで…!」

 

「成程、離したくないほど大切だと。」

 

「そういう意味じゃない!!」

 

 こちらが何かを言えば言うほど、勇儀の笑みは深まっていく気がする。

 

「まあまあ、萃儀がそういうならそういうことにしておこうか。

 何はともあれ、上手く地霊殿に馴染めているようで良かったよ。

 萃儀なら大丈夫と踏んだ私の目に狂いは無かったということだな。」

 

 散々からかっておいて流されたようで少し不服だが…。

 その点については、三人には本当に頭が上がらない。

 

 萃香に見つけて貰い、勇儀にとりなして貰い、さとりさんに拾ってもらい…。

 どの一つが欠けても、今の俺は無かっただろう。

 さとりさんと仲良くなるどころか、今頃必死に住む場所を探していたかもしれない。

 もしかしたら、既にどこかで野垂れ死んでいるかもしれない。

 

「ああ…萃香、勇儀、そしてさとりさん。三人には本当に感謝しているよ…。」

 

 しみじみと答えた俺の視界に、お燐が割り込む。

 

「あれーっ?お兄さん、あたいへの感謝はないのかい?」

 

 悪戯っぽく笑うお燐。

 

「ああ、お燐も、お空も、見ず知らずの俺を受け入れてくれてありがとう。」

 

「わかっているなら宜しい!」

 

 快活に笑うお燐をみていると、こちらもつられて笑いがこみあげてくる。

 勇儀を見ると、こちらも笑顔になっていた。

 

「…まぁ、色々気になることはあるが、それはまた今度考える事にしよう。

 取り敢えず、さとりを部屋まで運んでやったらどうだ?

 まだ起きそうにないし、いつまでもそのままでいる訳にもいかないだろう。」

 

 その言葉にさとりさんを改めてみやる。

 

 先程まで取り乱していたとは思えないほど安心しきった様子で寝入ってしまっているさとりさん。

 

 …確かに、これはすぐ起きそうにないな…。

 これだけ話してもまったく起きる様子をみせないし。

 

「そうだね、お兄さん、さとり様を部屋に運んであげなよ!

 あたいはもう少しお姐さんと話したいことがあるからさ。」

 

 お燐の提案に、勇儀もうなずく。

 

「ああ、私も、少し話したいことが残っている。

 折角だし、萃儀はさとりが起きるまでそばにいてやったらどうだ?

 あのさとりがそこまでの様子をみせているんだ。きっと何か大変なことがあったんだろうさ。」

 

「ああ、そうするよ。

 でも、そばについてあげるなら、俺よりも、ずっと一緒に住んでいるお燐のほうが良いんじゃないか?」

 

 俺の問いに対して、お燐は首を振る。

 

「いや。そんな様子のさとり様をみるのはあたいも初めてだよ。

 悔しいけど、さとり様にとって今一番安心できるのはお兄さんで間違いないみたい。

 それに、さっきも言ったけど、あたいは少しお姐さんと話があるからね。」

 

「…わかった。それじゃあ、俺がさとりさんを部屋まで連れて行くよ。」

 

「ああ、頼むよ。」

 

 さとりさんを抱え上げ、歩き出す。

 

 思った以上にその身体は軽い。

 

 

――あたい達は、さとり様に安心を与えて貰う側だからね…

 

 先程、付け加えるように呟いたお燐の様子は、どこか寂しげでもあった。

 

 お燐はお燐なりに、敬愛する主の支えになりたいという想いが強いのだろう。

 勿論、この場にはいないが、お空も。

 

 勇儀も、さとりさんを案じている様子はありありと伝わってくる。

 

 

――さとりさん、貴女のことを想っている人はこんなにいるんですよ…

 

 

――だから、もうあんな哀しい顔はしないでください。

 

 

 そう胸中で呟きながら、左手でさとりさんの髪に触れる。

 初めて触れたその髪は、どこか安らぎを感じさせた。

 

 

――俺も、貴女の支えに。

 

 

 その呟きは、誰に聞かれるともなく溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三章 想い
普段見られないさとり様




先日おみな様が投稿された「どやさとりん」。この話は、この絵をどうしても表現したくて内容を調整しました。
更に、ツイッターにてご本人様に許可を頂きまして、挿絵として掲載させて頂くことになりました。本当にありがとうございます!

素晴らしすぎる絵に全く釣り合ってない私の文章ではありますが、どうか今話もお付き合いいただけますようよろしくお願いいたします。




 

 

 

 

 さとりを抱え上げ、去っていく萃儀の姿を眺めていた燐と勇儀は、どちらともなく溜息をついた。

 

 奇しくも同時にため息をついたことに、二人は顔を見合わせ苦笑する。

 

「…あれで自覚なしだもんなぁ…。」

 

 そう呟く勇儀の視線の先には、愛おしそうにさとりをなでる萃儀の姿が。

 

「お兄さん、実はあたいたちにみせつけようにしているんじゃ…。」

 

「いや、流石にあの反応でそれはないだろう…。」

 

 はっきり口に出されるまで全く意識していなかった様子の萃儀。

 流石に無自覚にもほどがあるだろう。

 

「そういや、さとりのほうがどうなんだい?

 ずっと一緒に暮らしてきた燐からみて、どこか変わったところとか。」

 

 さとりの様子にも興味を持ったらしい勇儀が燐に問いかける。

 

「いやぁ…さとり様もさとり様で、そういうものには滅法疎そうだからね…。

 心を読むことに慣れ過ぎて、そういう表に出ない深いところの想いはわからないんじゃないかな?」

 

 あけすけとした物言いに、思わず吹き出す勇儀。

 

「はははっ、主のことなのにかなりはっきり言うんだなっ!」

 

「一緒に住んできたうえでの分析を述べただけだよー。

 それに、お姐さん相手に変に取り繕うほうが不味いんじゃないかな?」

 

 燐の物言いに、勇儀は更に笑みを深くする。

 

「違いない。

 …まぁ、それならさとりの方にもとくに変わった様子はないか。」

 

 どこか残念そうに言う勇儀に対し、燐は頷きを返そうとして…その動きを止め、小さく叫んだ。

 

「あっ!」

 

 突然叫んだ燐に、勇儀は訝しむような目を向ける。

 

「どうした?」

 

「変わったことと言うか、普段全く見ないようなさとり様なら、昨夜みれたよー。」

 

「ほう!?普段みられないさとりが?」

 

 格好のネタがみつかったとばかりに生き生きとし出す勇儀。

 大方、酒宴の席で酒の肴にでもするつもりなのだろう。

 

「昨日の夜遅くのことなんだけれど…。」

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 深夜、ふと目が覚めた燐は、二階の廊下を歩いていた。

 さとりの寝室の前を通り過ぎようとしたところ、部屋から灯りが漏れていることに気付く。

 一瞬、また夜遅くまで仕事をしているのかと思ったが、さとりは仕事をする際、必ず書斎でするという事実を思い出す。

 

 仕事じゃないのなら、なんで起きているのだろう。

 …まぁ、さとり様のことだし、本を持ち込んで読んでいるのかな。

 

 適当にそう結論付けてその場を後にしようとした燐。

 しかし、その時、部屋から漏れ聞こえてきた声が、燐をその場に縫い付ける。

 

「…眠りを覚ますトラウマで、眠るが良いっ!」

 

 それはとても小声ではあったが、扉の前にいた燐にはしっかりと聞こえてきた。

 

 …何をやっているんださとり様は。

 

 半ば呆れながらも、燐は部屋の扉を開ける。

 

「さとり様ー?いったい何を…」

 

 そう声をかけながら部屋に入った燐であったが、部屋に入った瞬間、その思考は完全に停止した。

 

――左半身を前に半身(はんみ)の姿勢。

 

――右手には何か分厚い本を持ち、

 

――左手は何かを放出しているかのように開いて突き出している。

 

――表情は、どこか自慢げ――いわゆるドヤ顔である――な様子で。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「――決まった…。」

 

「いやいや、何が決まったんですか。」

 

 燐の言葉に、初めてさとりは燐へ視線を向け――一瞬で顔が真っ赤になった。

 

「なっ…!お燐…!?

 いたのなら声をかけてよっ…!」

 

 真っ赤な顔で怒るさとり。

 理不尽である。

 

「いえ…一応入るときに声はかけたんですけど…。

 まったく気づいておられなかったようですね。」

 

「そ、そうなの…?それは悪かったわ…。」

 

 未だ紅い顔で、動揺冷めやらずといった様子のさとり。

 落ち着くのを待っているわけにもいかないので、燐はすぐに問いかける。

 

「…で?あんな決めポーズとって、一体なにやってたんです?」

 

 燐の問いに、さとりは俯きながら、か細い声で答える。

 

「それは…その…指導のために…。」

 

「指導?」

 

「ほら…明日、萃儀さんにスペルのことを教えることになっているから…。」

 

――成程。あのお兄さんが原因か。

 

 一つ納得した燐ではあったが、まだ腑に落ちないことはある。

 

「それはわかりましたけど…。それと、あのポーズと何の関係が?」

 

「それは…ほら…私って誰かにモノを教えたことって殆どないから…。」

 

「ないから?」

 

 さとりは視線を彷徨わせながら続ける。

 

「その…本で指導方法の勉強を…。」

 

 本の指導方法の勉強をするのと、決めポーズと、どんな関係が…?

 

 余計困惑が深まった燐は、さとりの手にもつ本に目を向ける。

 その本は、参考書レベルの分厚さで、表紙には大きくタイトルが書かれていた。

 

『魅せる!カリスマ指導術!~これであなたも尊敬の的~』

 

――さとり様…!それは読むものを間違えているからっ!

 

 燐の心の叫びに、さとりはきょとんとする。

 

「え…?」

 

「普通の指導書なんていくらでもあるはずなのに、なんでよりにもよってこんな本なんですか…?」

 

 燐のに問い詰められ、さとりはまたしどろもどろになって言う。

 

「それは…その、ほら…。

 あんなに純粋に期待されるのって初めてだったから…。」

 

――少しでも、その想いに応えたくて――

 

 先程とは違う理由で顔を赤らめだしたさとりに溜息をつきそうになり、なんとか抑える燐。

 

「張り切るのは良いですけど、方向間違えてますから…。」

 

 呆れながら言う燐に、少しショックを受けたという様子のさとり。

 

「そ、そうなの…?」

 

 今からでも新しい本を読もうとするさとり。

 しかし、その手に取った本に、『何か難しい本』と書いてあるのをみて、これではだめだと思った燐は、さとりを呼び止める。

 

「待ってください。それも方向性が間違ってると思います…!」

 

「え…?」

 

 張り切るあまりか、完全に空回っている様子。

 

 これは、さとり様一人に任せてはだめだ…!

 

 そう悟った燐は、主の為に自分の睡眠も諦める覚悟を決める。

 

「もうあたいも手伝ってあげますから、一緒に準備しましょう?

 誰かに相談しながらの方が考えは纏めやすいでしょうし。」

 

 お燐の提案に、さとりは燐の顔を見て、言う。

 

「確かに…本を読むよりもそのほうがずっといいわね…

 申し訳ないんだけれど、お燐、少しだけ手伝ってもらっても良いかしら?」

 

「任せてください!」

 

 燐の力強い宣言に、さとりはこの夜初めての笑顔を見せる。

 

「ありがとう。助かるわ…。」

 

 敬愛する主からの、笑顔での感謝の言葉。

 それだけで、今日一日睡眠がとれなくなることくらい良いやと思えてしまう燐であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きが長すぎたのでこちらに分割。
お気に入りが30超えました。
10話で10越えたいなと言っていたころからは想像もできないレベルで、本当に感無量です。
宜しければこれからも宜しくお願い致します。

…尚、テストが近いため、来週、再来週は更新できるか怪しいです。そこのところ、ご了承いただけますと幸いです。


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幻想郷の管理者









 

 

 

「へえ…『期待されるのが初めてだから応えたい』ねえ…。

 さとりも健気じゃあないか。」

 

 燐の回想を聞き、心底楽しそうな様子の勇儀。

 

「まあ、進展は当分ないだろうけどね。」

 

 あのさとり様に限って色恋沙汰がスムーズに進むわけがない。

 

 流石にそこまでは言わなかったが、そう思っているのは誰の目にも明らかだ。

 

「そうだなぁ…。あまりにももどかしかったら、適当に背中を押してやればいいんじゃないか?」

 

「まぁ、暫くは見守っておくよ。」

 

「『面白がって傍観しておく』だろう?」

 

「お姐さんにはかなわないねぇ。」

 

 地霊殿の主 古明地さとりと、突如現れた人間の 萃儀という、話題に事欠かない共通の知り合いについて話を咲かせていた二人。

 

 しかし、和やかな雰囲気は、不意に勇儀が顔を引き締め、声のトーンを落としたことによって四散する。

 

「――そろそろ来るぞ。」

 

 勇儀の言わんとするところを察し、燐も気を引き締める。

 

 一変して張りつめられた空気の中、突然、二人の目の前の空間が裂けた。

 

 中から出てきたのは、美しい金髪を覆うかのような特徴的な帽子をかぶり、ゆったりとした紫がかった服を着、右手には扇子を持つ妙齢の女性。

 

 彼女は、姿を現すなり、扇子で口元を隠し、言った。

 

「あら…?私が来るのはバレていたようね…?

 おっと、そこにいるのは燐だったかしら。直接会うのは初めてね。

 私が、幻想郷の管理をしている 八雲 紫よ。」

 

 ただ会話をしているだけなのに、押し潰されてしまいそうになるほどの威圧感。

 

 普段から力を抑えている勇儀と違い、溢れんばかりの妖気を放出している紫。

 

「燐…これが力を放出している大妖怪ってやつだ…。

 慣れないうちは立っているのも大変だろうが…。」

 

 既に呑まれている燐を少しでも楽にするべく、勇儀が声をかける。

 

「これは…凄いものだねぇ…。」

 

 その甲斐あってか、どうにか我に返った燐が返事を返す。

 

「まあ、殆どの会話は私が引き受けるから、補足は頼むよ。」

 

――話し合わせは頼むぞ。

 

――わかった。さとり様のためだもんね。頑張ってみるよ。

 

 最後は目だけで会話をし、勇儀は紫に向き直る。

 

「私は常に周囲の気配を探っているからね。

 スキマは空間がゆがむからすぐにわかるのさ。」

 

 勇儀の返答に、紫は扇子で隠した口元を釣り上げる。

 

「ほう…、流石は幻想郷最強の鬼…といったところかしら?。

 …それ以前に、私が来るのを予測していたように見えたのだけれど…。」

 

 探るような目を向ける紫。

 見るだけで萎縮してしまいそうな視線に対し、勇儀は苦笑を返す。

 

「そりゃあ、あんなことしてしまったらなぁ…。

 地上まで力が伝わって、結果あんたが確認に来るってのは予想できるよ。」

 

 それを聞いた紫は、わずかに眉を吊り上げる。

 

「用件が分かっているのなら話は早いわ。

 単刀直入に言うけれど、アレは一体なの?」

 

 隠し事は許さないとばかりに鋭い目線を向ける紫ではあったが、勇儀は動じない。

 

「ああ… さとりと燐に手伝ってもらって、新しい技の考案をしていたんだ。

 そこで、『さとりの妖力を混ぜ合わせてみたらどうなるのか』という話になってな。

 どうせやるならということで、二人で全力の妖力弾を作りだし、混ぜ合わせてみたところ、予想をはるかに超える勢いで増幅してしまって…。」

 

 流石にあそこまでの自体になるとは思っていなかったとばかりに首を振る勇儀。

 

「それで…?その増幅した力はどうなったの?」

 

「さとりが膨大な負荷に耐えきられず気絶したことで、すぐに消えたよ。

 一瞬だけ制御を離れた力が地上にむけて立ち上ってしまったが、それきりさ。」

 

 勇儀の説明に一応納得をしたのか、凍てつくような空気が少し抑えられる。

 

「ふむ…わかりました。今回はただの能力の暴走事故ということにしておきましょう。

 …しかし、今後頻発するようであったり、更に大きな力が地上に放たれるようであったりした場合は…。」

 

――幻想郷に敵意アリとみなします。

 

 幻想郷の賢者、八雲紫は底冷えするような声で言い放った。

 

 心得たとばかりに頷く勇儀を見て、紫は今度こそ完全に威圧するかのような空気を抑える。

 

「…ときに、その気絶したという古明地さとりはどこに?」

 

 純粋な興味だったのだろう。

 しかし。それは勇儀たちにとって触れてほしくない話題だった。

 

「…ああ、既に部屋に運んで寝かせているよ。」

 

 そう答える勇儀だったが、紫の目は明らかに納得をしていない。

 

「…ふむ?気絶したというさとりを部屋に運んで、また外に出てきたということかしら?

 そこの燐など、主が目を覚ますまでずっとそばにいそうなものだけれど。」

 

 その指摘に、勇儀は苦虫をかみつぶしたような思いで、しかし、それをおくびにも出さず考える。

 

――これは無理に隠そうとするだけ逆効果か。

 

――それなら、紫に警戒を抱かせないレベルに存在を明かすほうが良いな。

 

 数瞬で考えを纏めあげた勇儀は、あくまで堂々とした態度を崩さず答える。

 

「そのことなんだが、最近この地底に人間が迷い込んできてね。

 大した力を持つわけでもない上、住む場所のあてもないと言うんで、一応この地霊殿で受け入れてやっている。

 今はそいつがさとりの様子を見ているよ。」

 

 勇儀の答えに、紫は思う所でもあったのか、少し考え込むようなそぶりを見せる。

 

「ふうむ…迷い人…。

 大した力を持っていないとのことだけれど、危険性はないのね?」

 

 確認するかのように問う紫に対し、勇儀は頷きを返す。

 

「それなら、気に留めるほどの事でもないわね…。

 所詮人間だし、直ぐに古明地さとりのことが恐ろしくなって逃げ出して、どこかで野垂れ死ぬような気もするし…。」

 

 

 

 考えがまとまったのか、改めて勇儀を見据える紫に対し、軽く身構える。

 

「その迷い人の事は、そちらに一任するわ。もし万が一何か異常が起こるようなら教えてちょうだい。

 それでは、一応用件も済んだことだし、わたしは失礼させてもらうわね。」

 

 そう一方的に逃げると、紫はスキマの中に消えていった。

 

 ひとまず困難が去ったことに、二人して安堵の念を漏らす。

 

「ふう…なんとかしのぎ切ったなぁ…。」

 

 もし、万が一、萃儀が紫によって幻想郷の敵判定された場合。

 今の萃儀ではなすすべなく消されてしまうことになる。

 

 そのような最悪な未来を迎えることにならなかったことに一先ず安心する二人だったが、少し経ったところで、燐が遠慮がちに口を開く。

 

「何とか乗り切られたのは良かったんだけど…お姐さん、良かったのかい?」

 

 何がとは明言していない燐であったが、その指し示すことは勇儀にもすぐにわかった。

 勇儀は空を仰いで言う。

 

「ああ…確かに、私は『鬼』として、嘘、誤魔化しというものが大嫌いだ。

 自分がそんなことをしたと思うと、反吐がでるよ。」

 

――だがな。

 

 勇儀はそこで言葉を切り、燐へ向き直る。

 

「それ以前に、仲間を見捨てることは、一個人としての『私』が許せないんだ。」

 

 はっきりと言い切り、また上を見上げた勇儀に釣られて燐も視線をあげる。

 

――お兄さんも大概周りに恵まれているよねぇ…。

 

 上げた視線の先には、いつか見た一面の青空が広がっているような気がした。

 

 

 

 

 

 



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加速する想い

 

 

 

 …さて、さとりさんを抱えたまま、部屋の前まで来たわけだが…。

 

 これ、部屋に入っちゃって良いのかな?

 さとりさんの部屋なんて入ったこともないのに、主の許可を得ずに入って良いものなのだろうか。

 

 でも、部屋に運べと言われたしなぁ…。

 

 三十秒ほど悩んだところ、一つ名案が浮かんだ。

 

――そうだ、俺が借りている部屋に寝かせて上げれば良いんだ!

 

 あの部屋もかなり広いし、ベッドも十分な大きさがあって、寝心地はとても良かった。

 あそこでも充分休ませてあげることができるだろう。

 

 そうと決まれば、早速俺の部屋に移動し、ベッドに向かう。

 衝撃で起こしてしまわないように、その華奢な身体を丁寧に横たえた。

 

 布団では暑いかもしれないな。タオルケットあたりが良いかもしれない。

 

 そう考えて、タオルケットのみを身体にかけてあげる。

 

 …こんなところだろうか。

 …そういえば、私服で寝ると寝苦しくなるから、私服で意識を失った場合は衣服を緩めてあげると良いというのを聞いたことがあるような…。

 

 一応タオルケットを取って、さとりさんの様子を確認する。

 

 幸い、さとりさんの私服はかなりゆったりしているようで、首回りなども含め特にきつそうな所は見当たらない。

 ただ、さとりさんの腰回りに巻き付いているコード。

 辿っていくと第三の眼に繋がっているようだが、やたらきつく巻かれている。

 

――これ、明らかに苦しくなると思うんだけど、どうしようか…

 

 取り敢えず、緩めることができるのか、コードをくいっと引っ張ってみる。

 

 「ん…。」 

 

 微かな声と共に、ぴくっとさとりさんの身体が動いた。

 

 …巻かれている部分に余裕はないみたいだな…。

 

 これ以上緩めることは出来なさそうな上、なんとなくだが、あまり触れてはいけないものなような気がしてきたので、一先ず放置することにする。

 

 再びタオルケットをかけ、自分はベッドの近くに椅子を持ってきて、そこに座る。

 

 さとりさんは完全に寝入ってしまっているようで、一向に起きる様子をみせない。

 

――さとりさん、さっきの心労もあるんだろうけど、そもそも寝不足だったんじゃないかな…?

 

 地底の主ということで、睡眠が不足することも多いだろうし、その疲れも来たんじゃないか。

 

 そう結論付けて、改めてさとりさんの様子を眺める。

 

――身体にコードが巻きついている以外は、普通の年下の女の子にしか見えないんだよなぁ…。

 

 そんなことを考えながら、さとりさんが起きるまであてもなく時を過ごした。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 何か温かいものに包まれているかのような安心感の中、まどろみから覚める。

 薄目を開けると、見慣れた形状の天蓋が見えた。

 

 あれ…?でも色が違う…?

 

 私のベッドは淡いピンク色なのに対して、これは紺色。

 

 …紺色ってどこの色でしたっけ…?

 それぞれの部屋でベッドの色は違うので、私の部屋ではないのは確かなのだけれど…。

 

 寝起きであまり思考が回っていないことに気付き、考えるのをやめる。

 

 …それにしても、私の部屋とは違って、どこか安らぐような匂いがしますね…。

 ともすると、また寝入ってしまいそうな…。

 

 どこかぽーっとした心地で顔を横に向け……

 

――萃儀さんっ!?

 

 すぐそばで椅子に座っている萃儀さんに気付いた。

 

 彼は、こちらを向いてはいるものの、うつらうつらとしていて、私が目を覚ましたことにはまだ気づいていない様子。

 

――あ…思い出した、この部屋って萃儀さんの…。

 

 萃儀さんの姿をみたことで、ここが彼の部屋であることを思い出す。

  

 それはつまり、これは萃儀さんが使っていたベッドということで。

 先ほどから感じていた温かさや、安らぐような匂いは全て…。

 

 そこまで考えたところで、一気に顔が熱くなるのが分かった。

 

 気恥ずかしさにタオルケットを頭からかぶってみたものの、それによって萃儀さんに包まれているかのような錯覚を覚えてしまい、余計顔が熱くなる。

 

 …落ち着け私。萃儀さんが夜に使ったベッドを使わせてもらっているだけよ。他に何もないわ。

 

 そう言い聞かせては見るものの、動悸は収まる様子をみせない。

 

 …そういえば、萃儀さんは?

 

 ふと気になって彼の様子を見てみると、まだうつらうつらとしていて、私には気づいていない。

 

 …今の挙動不審をみられなくて良かったかも。

 

 萃儀さんに痴態をみられなかったことに少々安堵しつつも、部屋にかけられた時計をみる。

 

 その針は、午後五時を指していた。

 

 …外に出たのが二時ごろだったから、三時間ほども眠ってしまっていたのね…。

 

 今更ながら、自分が相当な時間意識を失っていたらしいということに驚愕する。

 

――もしかして、その間ずっとみていてくれたのかな…。

 

 三時間も、ずっとそばで。

 

 申し訳ないことをしてしまったかなとも思ったけれど、それよりも強く、温かいものが体全体に広がっていくような気がした。

 

 無性に触れたくなって、彼の身体に手を伸ばす。

 彼の膝の上に置かれた手に触れてみようとして…彼が身じろぎをしたので、あわてて引っ込める。

 

「ん…ああ、目を覚まされていたんですね。」

 

 目を開けた萃儀さんが開口一番に言う。

 

「ええ…。ついさっきですけど。」

 

 私の答えに、彼はほっと息をつき、笑顔になる。

 

「ところで、ここへは貴方が?」

 

「ええ。本当はさとりさんの部屋に運ぶのが一番だったんでしょうけど、どうも主の許可なく入るのがはばかられましてね…。」

 

 私の問いに、頭をかきながらも答えてくれる萃儀さん。

 

 …やはり、彼がここまで運んでくれたようですね。

 

 一つ聞いたついでに、もう一つ、気になっていることを聞いてみる。

 

「それで、その…もしかして、ずっとそばにいてくださっていたのですか…?」

 

 そう聞いてみると、彼はバツが悪そうにしながらも答えてくれる。

 

「そうですね…一応ずっとここにはいましたよ。」

 

――うっかり寝ちゃってたようですが。

 

 そう付け足して照れくさそうに笑う萃儀さんをみていると、また心に温かいものが溢れてくる。

 

――未だ彼の心の声は聞こえないけれど。

――彼の優しさ、温かさは瞼を閉じていても感じる。

 

「――ありがとう…。」

 

 精一杯の感謝をこめて言う。

 

 一瞬きょとんとしたものの、笑みを深めた萃儀さんをみて、想いが伝わったことに安心する。

 

 

 

 忌み嫌われた、ヒトを知らぬ私がこんなことを望むのはおこがましいのかもしれないけれど。

 

――もっと、あなたを教えて欲しい。

 

――もっと、あなたを聞かせて欲しい。

 

――もっと、あなたを見せて欲しい。

 

 

 もう誰にも止められない。想いは加速する――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の金曜は試験の真っ最中なため、おそらく次の更新はその次の金曜になりますがご了承ください(-_-;)


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渦巻く謎の想い








 

 

 

 …さて、さとりさんには一つ聞いておきたいことがある。

 

「さとりさん、もし良ければで良いんですけど、先程何があったのか教えて貰えませんか?」

 

 今でこそ、先程のことが嘘であったかのように落ち着いているが、先程のさとりさんの取り乱し方は、生半可なものではなかった。

 あれを繰り返えしてしまわないためにも、いったい何が彼女をパニックに陥らせたのかを知っておきたい。

 

 俺の問いに対し、さとりさんは小さな声で答える。

 

「あの謎の力が収まった後、貴方の心の声が突然聞こえなくなって…

 私は、また心を閉ざさせてしまったのかと……。」

 

 殆ど消え入りそうな声で答えるさとりさん。

 何かを悔いるかのように、その手は硬く握りしめられている。

 

 …ん、ちょっと待った。

 俺の心の声が聞こえないってのはどういうことだ?

 

「待ってください。俺の心の声が聞こえなくなったって…、どういうことですか?」

 

 問うてみると、さとりさんはきょとんとした顔になる。

 

「えっと…現状、萃儀さんの心を全く読めないのですが…気づいておられなかったのですか?」

 

 首を傾げるさとりさん。 

 

 心を読めない…? なんでまた急に…

 

――あ、

 

『身体の深部と、外部との力の流れを遮断する。』

 

 あれが原因だろうか。

 さとりさんの心を読む能力が、妖力によるものだとしたら、その妖力の流れを遮ってしまっている可能性がある。

 今すぐにでも能力を解除して確かめてみたいところだが、そういうわけにもいかないよなぁ…。

 

 どこか不安げにこちらを見つめるさとりさん。

 その顔は、何かに怯えるように、かなりこわばっている。

 

 言い方から察するに、彼女は、俺が心を閉ざしてしまったと思ったのではないか。

 …とすると、その誤解はなんとしても解かねばならない。

 

「あー…えーと…、まず一つ言わせて下さい。

 心を読めなくなったのは、俺の能力制御上での事故のようなもので、俺の意思ではないんです。」

 

「そう…なの…?」

 

 まず最初にはっきり結論を言っておいたのが功を奏したのか、さとりさんの顔から怯えるような表情は抜けていた。

 

 …あとは、少しでも現状をわかりやすく伝えないと。

 

「ええ。俺は、突然暴走を始めた力を抑え込むために、覚醒したばかりの能力を用いて、身体の深部と内部との力の流れを遮断しました。

 さとりさんの心を読む能力も、力の一種として一緒に遮ってしまっているんじゃないかと…。

 …つまり、何が言いたいのかと言いますと、決して心を読ませないようにしているわけでも心を閉ざしたわけでもなく、あくまで俺の能力の制御力不足による事故であるということです。

 正直、自分でもあまり良くわかっていないもので、上手く理解を得られるのか不安ですが…。」

 

「いえ…大丈夫です。ありがとうございます。」

 

 俺の説明を聞き、肩の力が抜けた様子のさとりさんをみて、どうにか最低限の事は伝わったらしいということに安堵する。

 

「良かった…。あなたまで心を閉ざしてしまったのではないかと不安で……。」

 

 ほっと息をつくさとりさん。

 

 あそこまで取り乱すくらいだ、よほど胸につかえていたのだろう。

 その要因を少しでも取り除けたのであれば良いんだけど…。

 

 彼女は、胸元の第三の眼に手を添え、静かに続ける。

 

「私には、心を閉ざしてしまった妹がいるんです…。」

 

 儚げにつぶやくさとりさん。

 

 妹…? そういえば、さっき聞きなれない名前を呼んでいたような…。

 

「名前は、古明地こいし。 私と同じ、覚り妖怪です。

 …すこし、長くなってしまうのですが、聞いて頂けますか?」

 

 そう、先程呼んでいた名前も『こいし』だった。

 その子が、さとりさんが胸に抱えるものと大きく関係しているのだろう。

 当然、さとりさんの支えになりたいと考えている身としては、知っておきたい。

 

――それに、理由は良くわからないが、さとりさんに関わることなら何でも知りたい。

 

 自分の中に妙な気持ちが芽生えているのを感じながらも、さとりさんに頷きを返す。

 

「…それでは。

 あれは、私たちがまだ地上に住んでいたころの話です…。」

 

 視線を上に向けながら、話し始めるさとりさん。

 

 

――貴女の支えになりたい。この気持ちに間違いはない。

 

 

――だけど、この妙な気持ちはいったい何なんだろう…。

 

 

 彼女の話に耳を傾けつつ、頭の片隅でふとそんなことを考える。

 

 別の事を考えるなんて失礼だと思いつつも、一度頭に渦巻いた想いは中々消えないのであった。

 

 

 

 



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こいしのお友達





 

 

 

 当時、私達は妹のこいしと共に地上に住んでいました。

 覚は忌み嫌われし妖怪。

 心を読む能力によって人妖問わず疎まれていた私たちは、殆ど外部との関わりを断ち、山のふもとの館に隠れ住むようにして生活していました。

 …尤も、こいしは好奇心がとても強く、ちょくちょく近くを散策していましたが…。

 

 あの日も、いつものように、こいしは外に出ていました。

 

 

「お姉ちゃーん!ただいまー!」

 

 元気な声が響き渡り、ドタドタと階段を上る足音が聞こえる。

 

 …相変わらず、こいしは元気ね…。

 

 そんなことを考えながら、扉へ目を向ける。

 

「ただいまー!」

 

 勢いよく扉を開け放ち、部屋に入ってきたこいしに苦笑する。

 

「お帰りなさい。家の中ではもう少し静かにね?」

 

 言っても意味はないだろうなと思いながらも一応釘は指す。

 

「はーい。気を付けるねー!」

 

 にぱっと笑って答えるこいしだが、この感じは明らかに聞いていない。

 まぁ、明日も同じようなやりとりをすることになるんだろう。

 

 …こういう平和な日々が一番幸せなんですけどね。

 

「お姉ちゃん、笑ってるよー!何か良いことあったのー?」

 

 そう聞いてくるこいしの表情は、やたら活き活きとしている。

 

 …これ、何か聞いてほしいことがある顔ね…。

 

 こいしの声、表情からそう察した私は、あくまで自然を装って聞いてあげることにする。

 

「こいしがいつも通り元気で嬉しいのよ。

 こいしのほうこそ、なにかあったのかしら?」

 

 にっと笑うこいしに、自分の推測が間違っていなかったことを確信する。

 

 …余談だが、普段、私たちは心を読み合わない。

 多少聞こえてしまう心の声はあるものの、極力、普段の会話は能力を一切使わないことにしている。

 理由は簡単で、心を読めてしまう私達だからこそ、能力を介さないコミュニケーションを大切にしたいから。

 

「えへへー。流石お姉ちゃん!良くわかったね!」

 

「当り前よ。私はお姉ちゃんなのよ?妹のことくらい全てお見通しよ。」

 

「私だってお姉ちゃんのことなんでもわかるもーん!

 お姉ちゃんが何考えているのか当てて見せるから!」

 

 何故か張り合おうとするこいしに苦笑する。

 …と、こいしの第三の眼がちらっとこちらを見たことに気づく。

 

――能力使ったわね…?

 

 それは反則ではないかと咎めようとしたところ、こいしが信じられないという様子で固まっていることに気付いた。

 

「…どうしたの?」

 

 そう問うてみると、こいしは唖然とした様子で口を開く。

 

「お姉ちゃん…、最近2キロも……」

 

――スパァン!

 

 最後まで言わせることなく、振りぬいたハリセンが軽快な音を立てた。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「お姉ちゃんのばか…

 そもそもハリセンなんてどこから…。」

 

 文句を言うこいしだが、知ったことではない。

 乙女の悩みを暴露するのが悪い。

 

「乙女って……ひぃっ!?」

 

 まだ何か言おうとしたところを睨み付け、黙らせる。

 

「……で?一体何があったの?」

 

 恨みがましく睨む視線を無視して、逸れた話題を元に戻す。

 私が改めて聞いたことで気持ちを切り替えたのか、こいしはまたにこりと笑う。

 

「ふっふっふ…。新しい友達が出来たんだよー!」

 

 いかにも嬉しそうに言う妹に、こちらの表情も緩む。

 

 新しい友達… 犬かしら、猫かしら。 この子の明るい性格なら、妖怪という可能性もあるかもしれないわね…。

 

「へぇ…良かったじゃない。 

 折角お友達になれたんだから、ちゃんと仲良くするのよ?」

 

 はーい! と元気に返事するこいしに頷きを返し、立ち上がる。

 

「…それじゃ、そろそろご飯の支度を始めましょうか。」

 

「わーい! 私も手伝うー!」

 

「そうね、一緒に作りましょうか。何を食べたい?」

 

「ハンバーグ!」

 

 

……この時は、妹に新しい友達ができたことを素直に喜んでいました。

 でも、もし、この時点で友達の正体を知っていたら、私はがんとして交友を認めなかったと思います。

 

 …ことが起こったのは、その二か月ほど後。

 その日も、こいしは遊びにでかけていたのですが…。

 

「ただいまー!」

 

 こいしの元気な声が響き渡る。

 もうそんな時間なのかと思ったが、時計をみたところいつもより三時間ほど早い。

 

「随分早いみたいだけれど、何かあったの?」

 

 不思議に思って聞いてみると、こいしはいつもの人懐っこい笑顔で答える。

 

「えっとねー。今日はおうちで一緒にご飯を食べようって誘ってくれたの。

 それで、お姉ちゃんに報告するために一回帰ってきたんだよー。」

 

 いかにも楽しそうに言うこいしだが、正直それどころではない。

 

「待ちなさい、こいし。おうちって、まさか相手は……。」

 

 この危惧だけは外れてくれ。 そう願ったが、えてしてそういう願いは叶わないものである。

 

「うん!人間の子供だよ!」

 

 その一言に、崖から突き落とされたかのような気がした。

 

「…こいし。人間だけはダメ。何度も言い聞かせたはずでしょう?」

 

 姉の身に纏う空気が一変したのを感じ取ってか、こいしの顔からも笑みが消える。

 

「うん…、でも、あの子はそんな危ない子じゃ…「そういう問題じゃないのっ!」…っ!?」

 

 自分でも驚くほど強い声が出た。

 みるみるうちにこいしの瞳に涙がたまっていくのを見て、意識して心を落ち着かせる。

 

「とにかく、人間と関わるだけでも危険なのに、里に行くなんて絶対ダメ。許可はできません。」

 

 なるべく冷静に、さとすように言ったつもりではあったが、やはり納得はしてくれなかったようだ。

 

「なんでよ!お姉ちゃんのばかーー!」

 

 ぽろぽろ涙をこぼしながら自分の部屋に駆け込んでいく姿を見送り、溜息をつく。

 

「ごめんね、こいし…。

 人里は、人里だけは、絶対に近づくべきではないのよ…。」

 

 部屋には、ただひたすら妹を案じる姉だけが取り残された。

 

 

――そして、数時間後。

 

 部屋にこもりっきりのこいしが、一向に姿を見せない。

 

 そろそろ出てきても良いはずなのだけど…。

 何か、胸騒ぎがする。

 

 こいしの部屋まで行き、逸る気持ちを抑えつつ、ノックをする。

 

「こいしー? いるのー?」

 

 返事はない。

 嫌な予感をおさえきれなくなって、部屋の扉を開く。

 

「こいし…入るわよ…?」

 

 部屋の見渡してみたものの、どこにも姿が見当たらない。

 窓は開け放たれている。

 

――まさかっ!?

 

 思わず部屋に飛び込むと、中心部に、目立つように一枚の紙が落ちていることに気付いた。

 拾い上げて、恐る恐る中を見る。

 

『ごめんね、お姉ちゃん。 私は行きます。』

 

「こいし――っ!」

 

 何かを考える間もなく、さとりは外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 




活動報告とやらを書いてみましたので宜しければそちらもご覧下さい。


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さとり


サブタイ、前半と後半で話の空気が全く違うせいで物凄く悩みました。
結局、各部分で重要なポイントを占める「さとり」(覚り、さとり)にしましたけどどうだろう。






 

 

 

 

   既に夜のとばりが落ちた草原を彼女は走る。  

 

   近くにある人里は一つしかない。

 

   こいしが向かったのは確実にそこだろう。

 

   はぁ、はぁ、と荒い息をつき、慣れない運動に何度も足をもつれさせる。

 

   しかし、彼女は、古明地さとりは、走るのを止めない。

 

   すべては愛する妹のため、彼女は限界を超えて走り続ける――

 

 

 

 人里へ向けて全力で走りながら、さとりは自責の念に苛まれていた。

 

 

 まさか、こいしが言いつけを破り、窓からこっそり出ていくなんて思わなかった。

 こいしがそこまで行きたがっていたことを見抜けなかった私のミスだ。

 

 そもそも、お友達の相手が人間であることに何故気づけなかったのか。

 今にして思えば、それらしい発言は何度もあったはず。

 それを、勝手に相手が人間ではないと決めつけて……。

 

 …ああ、妹を愛していると言いながら、私は何もこいしのことをわかっていなかったんだ。

 言葉のコミュニケーションにこだわっている場合ではなかった。

 私は覚りなのだから、もっと心を読むべきだった。

 もう二度とこんなミスはしない。常に周囲の心に集中し続けよう――。

 

 

 人里にたどり着くと、そこには何かを取り囲むかのように人だかりができていた。

 

 その中心にいるのは――

 

「――こいしっ!」

 

 数多の視線に晒され、立ち尽くしていたこいしは、その声に焦点の合わない瞳を向ける。

 

「お姉、ちゃん…?」

 

 特に目立った外傷がないことを確認し、少しだけ安心する。

 しかし、事態は全く収まってはいない。

 

「おい!何か増えたぞ!」

「あれをみろ!あいつも覚りだ!」

「里に近寄るな!」

 

 周囲の人間からの心無い叫びが、耳から、そして第三の眼から、姉妹に突き刺さる。

 

「化け物は出ていけっ!」

 

 その叫びと共に、小石がさとりに投げられる。

 それを皮切りに、次々と石が投じられるが、さとりはこいしをかばうように立ち、それらを一身に受ける。

 

「こいし、行くわよっ!」

 

 半ば放心しているこいしを無理やり引っ張り、その場を後にする。

 

 化け物を追い払ったという歓声に追い打ちを賭けられながら、さとりは来た道をひたすら走る。

 

「お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……。」

 

 うわ言のように繰り返しながら、どうにかこいしもついて走った。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 館にたどり着いた二人は、扉を閉め、ほっと一息つく。

 

「良かった…!こいし、貴女が無事で……!」

 

 こいしを抱きしめ、心から言うさとり。

 

「お姉ちゃん、怖かった。怖かったよう…!」

 

 自らの腕の中で泣きじゃくる妹の背中をさすり、彼女が落ち着くのを待つ。

 

 愛する妹が無事でよかった。

 

 さとりの頭の中はそれだけで一杯で、こいしの心に亀裂が入っていることには気づけなかった。

 

――そして、悪夢の時は訪れる――

 

「お姉ちゃん。」

 

 自らを呼ぶ声に、こいしの顔を見る。

 その眼は据わっていて、どこか正気ではないような様子。

 

「どうしたの…?」

 

 酷く胸騒ぎを覚えながら、呼びかけに答える。

 考えを読もうとしても、ノイズのようなものがかかって、上手く読むことができない。

 

 こいしは、据わった目のままで言った。

 

「この力があるだけで、皆に嫌われ、遠ざけられるのなら。

 ここまでひどい目に合うのなら……」

 

――私は、こんな力要らない。

 

 底冷えするような声で言い放ったこいしに、さとりは圧倒され、何かを言うことも出来ない。

 

「ごめんね。お姉ちゃん…。」

 

 その言葉を最後に、彼女の胸元の眼はゆっくりと閉じて行き……

 

 それ以来、その眼が開かれたことは無い――。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

「…以上です。最後まで聞いて頂いてありがとうございます。」

 

 想像以上に重く、そして理不尽な話に半ば圧倒されていると、最後まで話し終えたさとりさんは、儚げな笑みを見せる。

 

「いえ。こちらこそ、そんな辛いことを話させてしまってすみません。」

 

「大丈夫です。貴方に話して、少しだけ心が軽くなったような気がします…。」

 

 そう言ってもらえるとこちらも助かるが…。

 

「…安心してください。俺は、外聞だけで何かを判断するなんてことはしません。

 こいしちゃんとも、しっかりと打ち解けてみせますよ。」

 

 このような宣言だけでは、気休めになるかもわからないが…。

 

「ありがとう…。この私に対しても親身に接してくれる萃儀さんなら、もしかすると、閉ざされてしまったこいしの心を解くことができるかもしれませんね…。」

 

 心なしか、さとりさんの顔が明るくなったことにほっとする。

 

「まぁとにかく、さとりさんの身体に大事がなくて良かったです。

 いきなり正気を失って倒れた時は、何があったのかと思いましたよ…。」

 

 それを聞いて、申し訳そうな顔をするさとりさん。

 

「本当に、ご心配をおかけしました…。」

 

 頭を下げようとするのを慌てて押しとどめる。

 

「気にしないでください。俺はさとりさんの支えになろうと決めたんですから。」

 

「支えに…?」

 

 首を傾げるさとりさんに、頭をかきながら答える。

 

「ほら、さとりさんって、色々と大変そうじゃないですか。

 なんの力もない俺ですが、少しでも貴女の支えになれたらなと思いまして。」

 

 なんだろう。面と向かって言うと少し恥かしい。

 

「それは…嬉しいです……けど…。」

 

 …けど? 何か問題でもあるのだろうか。 少し出過ぎた言葉だったかな。

 

 俺の困惑が伝わったのだろうか、さとりさんはゆっくりと首を振る。

 そして、彼女は、胸元の第三の眼に手を触れ、静かに口を開いた。

 

「…違うんです。何の力もないだなんて…そんなことはありません。

 私にとって、貴方は、既になくてはならない存在となっていますから……。」

 

 そう言って、笑顔の花を咲かせるさとりさん。

 

 それは本当に綺麗で、胸が高鳴るのを感じた。

 

「…萃儀さん。」

 

 呼びかけられ、意識を現実に戻す。

 さとりさんの笑顔に見とれてしまっていたことに気づき、照れ隠しに頬をかく。

 

「何でしょう?」

 

 彼女は、何かを逡巡するように視線を彷徨わせた後、小さく口を開く。

 

「私も……呼び捨てで、お願いできませんか…?」

 

 呼び捨て? さとりさんを?

 

「ほら…勇儀さんや、萃香さんを呼ぶみたいに……。」

 

 ああ……あの人たちは、良くわからないが、雰囲気が呼び捨てにさせたんだよな…。

 あの、初対面の筈なのに旧知の仲であるかのような接し方は、あの人たちの性格がなせる技なんだろう。

 

「そりゃあ、さとりさんがそう言うのなら俺は構いませんが…。」

 

「本当ですか?ありがとうございます。」

 

 ニコニコとこちらを見つめるさとりさん。

 その眼は、どこか期待に満ちている。

 

 …あ、これって、呼んでみないといけない感じかな。

 何故か物凄く緊張する…。

 

「…さ、さとり。」

 

 呼び捨てで名前を呼んだ。

 ただそれだけのことの筈なのに、鼓動が早まったように思える。

 

「…はい。」

 

 はにかむように笑うさとりさん。

 

 その顔をうまく直視できなくて、俺は視線を逸らす。

 

 

 高鳴る鼓動。彼の自覚のないところで、芽生えた想いは加速する――。

 

 

 

 

 

 

 



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古明地こいし


今回は、やっとこいしちゃんの登場です。
いつもの通り、気軽な気持ちでお読みいただければなと思います。



 

 

 

「それでは、今日はこの分担でお願いしますね。」

 

 今朝も、さとりの書斎に全員集合し、それぞれの仕事を確認する。

 

 地霊殿に男手が増えてから、色々なことに手を回す余裕が出来たため、毎日仕事の内容は変わる。

 そのため、毎朝さとりの書斎に集まって相談するのが日課となっていた。

 

 了承の意を返し、元気よく退出するお燐とお空を見送り、さとりに声をかける。

 

「……さとり。」

 

 さとりを呼び捨てで呼ぶようになってから結構な日数が経った。

 だが、未だに呼ぶ際は妙な気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「はい?」

 

「今日も、行ってきます。」

 

「ええ…。頑張ってください。」

 

 最近、俺とさとりは、このような会話をすることが多い。

 とくに用事が無くとも、どちらともなく声をかけ、一言二言何かを話す。

 

 理由はわからないのだが、心が満たされるような感じがするので、俺はこの会話がかなり好きだ。

 さとりも、いつも話すと笑顔になってくれるので、好んでいてくれているのかもしれない…というのは流石に虫が良すぎるだろうか。

 

 部屋を後にしようとして後ろを向くと、ちょうど部屋に誰かが入ってきた。

 

 特徴的な丸い帽子から、緑がかった銀髪がはみ出している。

 服は、色こそ黄と緑を基調としているものの、どこかさとりと似ている。

 そして極めつけは、胸元にあるもう一つの目。

 

――この子が、さとりの妹の…

 

 彼女は、俺に気付くと、きょとんとした顔を向ける。

 

「…あれ?貴方、人間だよね?どうしてこんなところに?」

 

 その問いの答えは、俺ではなく、立ち上がったさとりが答える。

 

「お帰りなさい、こいし。少しくらいここでゆっくりしても良いのよ?

 …それで、この方だけど、最近、地底に迷い込んできたのよ。

 記憶を失っているというのもあって、ここで保護しているわ。」

 

 …そういえば、住む場所がないという理由でここに受け入れてもらっているんだっけ。

 

 さとりの説明を聞きながら、ふとそんなことを考える。

 

 …もし、住む場所が他に見つかったら。もし、俺の記憶が戻ったら。

 

 そんな時でも、さとりは俺をここに住まわせてくれるのだろうか。

 どうするか選んでよいと言われたら、俺は出ていくのか。

 

 …無理だろうな。

 

 選べるのなら、俺は他に住む場所が見つかっても、ここに住みたい。さとりと離れたくない。

 

 いつの間にか思考の中心にさとりがいることに気づき、苦笑する。

 

 もっとさとりといたい。

 もっとさとりと触れ合いたい。

 

 自分でも良くわからない想いが、胸の内に渦巻くのを感じる。

 

 この思いは一体――

 

「…萃儀さん?」

 

「え、あ、何でしょう。」

 

 さとりから呼びかけられ、意識を現実に引き戻す。

 

「…もう、話を聞いていませんでしたね?」

 

 頬を膨らませるさとりだが、そんな仕草をしても可愛いだけだということにさとりは気付いているのだろうか。

 緩みそうになる顔をなんとかして引き締める。

 

「すみません、少しぼーっとしていたみたいです。」

 

 頬をかき謝罪すると、彼女はやれやれというように首を振る。

 

「全く…もう一度言いますね?

 折角このタイミングで合った訳ですし、今日の仕事はこいしとやってみてはどうですか?」

 

 …こいしちゃんと?

 

「こいしちゃんと、ですか?

 確かに、今日は一人増えるだけでもかなり楽になるんで有難いですが…。」

 

 こいしちゃんとしてはどうなのだろうか。

 確認しようとして彼女の方をみると、笑顔でピースサインを返してきた。

 

「私は良いよ!お兄ちゃん、一緒にお仕事しよー!」

 

 こいしちゃんも問題ないのなら、今日は二人で仕事をしようか。打ち解けるチャンスにできそうだ。

 

「それでは、今日はこいしちゃんと行ってきますね。」

 

「ええ。お願いします。」

 

「お兄ちゃん、行こ!」

 

 こいしちゃんに手を引かれ、さとりの書斎を後にする。

 小さな手、体なのに、その力は油断すれば引きずられそうになるほどに強かった。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 今日の仕事は、補修工事用の木材運び。

 いつも相当な量を運ぶので、夜までかかることが多い。

 そのため、普段は休み休み行うのだが…。

 

「お兄ちゃん、はやくー!」

 

 と、こいしちゃんが急かすので、休憩無しでやる羽目に。

 …とはいえ、いつもより大変だったという訳でもない。

 

 見た目に反して物凄くパワフルだったこいしちゃん。

 俺の二倍の量を笑顔で軽々と運ぶその姿は、男として自信を無くしそうになるほどだった。

 

 

――そして、仕事が終わって。

 

 仕事が終わると、ふらっと姿を消してしまったこいしちゃん。

 

 彼女は、中庭でぽつんと佇んでいた。

 

「こんなところにいたのか。探したよ。」

 

 そう声をかけてみるものの、彼女は反応を返さない。

 

「こいしちゃん?」

 

 一歩、一歩と彼女に近づきながら、そう呼びかける。

 それでも反応がないので、彼女の肩に触れようと手をのばして――

 

「――お兄ちゃんは。」

 

 小さく、しかし、はっきりと呟いた。

 

 俺が動きを止めていると、こいしちゃんはくるりと振り返り、俺を見る。

 

 彼女は、決意、戸惑い、そして悲しみが全て入り混じったかのような表情で言った。

 

 

「お兄ちゃんは、サトリが怖くないの――?」

 

 

 

 

 



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萃儀の答えと気づかされる想い

 

 

 

「お兄ちゃんはサトリが怖くないの――?」

 

 悲壮ささえも感じさせるその問いに、一瞬息を呑む。

 

「覚りは、心を読む妖怪。 その力は、妖怪にさえも忌避されるほど。

 ましてや、人間なんて……。」

 

 こいしちゃんは、そこで一度話を切り、軽く俯く。

 

「私は、一度だけ人里へ行ったことがある。

 最初にこやかだった人も、私がサトリであるとわかった瞬間に、みんな怖い顔になって私を追い出そうとした。

 仲良くなったと思っていた人も、周囲と一緒になって、簡単に私の敵になった。

 みんなして私を囲い、危害を加えようとした。

 …その時は、お姉ちゃんが助けてくれたんだけど…。」

 

 彼女の独白は続く。

 

「それだけじゃない。地底に移り住んでから、百年なんて軽く超えている。その間に、地底に迷い込んできた人間を、見かねたお姉ちゃんが保護したことは何度もあった。

 その人たちも、お姉ちゃんがサトリであると知ったとたん、それまで感謝していたことなんて忘れて、みんな怯えるように逃げて行ったわ。

 お姉ちゃんは私を気遣ってか、そんなことがあっても、いつも笑顔でいたけど、心はいつも悲鳴を上げていた。部屋でひっそり泣いている時もあった。

 私がこれまで見てきた人間というのは、皆そういうものだった……。」

 

 そこまで一気にまくしたてると、こいしちゃんは顔を上げ、小さく息を吸う。

 

「――でも、お兄ちゃんは違った。

 今日一日、私とずっと一緒にいても、怯える素振りすら見せなかったし、何より、話を聞く限りでは、もう結構な期間お姉ちゃんと一緒にいるはずなのに、平気な顔をしている。

 お姉ちゃんがサトリであることなんてとっくに知っているはずなのに――。」

 

 そこで一度言葉を切り、俺をしっかりと見つめるこいしちゃん。

 その顔は、真剣そのもの。

 

「ねえ、教えて? お兄ちゃんは、サトリが怖くないの?」

 

 縋るような目で問うてくるこいしちゃん。

 

 彼女にとって、この問いは、物凄く勇気がいるものだったのだろう。

 その身体は震えていて、拳はぐっと握りしめられている。

 

 少しだけかがんで、こいしちゃんと目線を合わせる。

 

「…結論から言うと、俺はサトリが怖くない。 それどころか…好きだよ。」

 

 それを聞いたこいしちゃんの身体がびくっと震える。

 

「…す、き……?」

 

「ああ。今朝さとりから聞いたと思うけど、俺は気づいたら地底にいた。記憶も失くしていて、行くあてなんてどこにもなかった。

 そんな俺を、さとりは拾ってくれた。 ここに住まわせてくれた。

 俺は、そのことに本当に感謝している。

 …確かに、最初は、心を読まれると聞いて身構えたさ。

 けど、さとりは、それをけっして悪用しようとはしなかったし、それどころか、その能力をいかにして相手のために使うかに尽力しているように見える。

 

 そんな人を怖いと思うなんて、俺にはできない。

 事情があって俺の心は読めなくなってしまったけれど、さとりに心を読まれるのは決して嫌ではなかった。

 寧ろ、読まれなくなって寂しく思ったくらいだった。

 

 こいしちゃんだってそう。

 実際に会ってみてからまだ一日と経ってないけれど、君が心から姉の事を想っていることくらいは俺にだってはっきりと変わる。

 そんな子に対して、恐怖の感情を持つ方が難しいよ。

 

 …だから、俺はサトリを恐れない。」

 

 あまり上手くは言えなかったけれど、ちゃんと伝わったのだろうか。

 

 ずっと黙っていたこいしちゃんは、俺が言い終えると目を伏せる。

 少しの間、お互いに沈黙が続く。

 

「…もっと早く……いたら。」

 

 小さく呟いたこいしちゃんがその沈黙を破ったが、何を言ったかまでは聞き取れない。

 

「え?」

 

 俺が聞き返すと、こいしちゃんはぱっと顔を上げ。俺と目線を合わせる。

 

「…うん。お兄ちゃんの想いは良くわかったよ。

 私は瞳を閉じてしまったけど、今のお兄ちゃんの言葉が本当かくらいはわかる。」

 

 そこまで静かに言ったこいしちゃんは、その顔に笑みを浮かべ、続ける。

 

「ありがとう。…出来る事なら、お兄ちゃんみたいな人にもっと早く出会いたかった。

 もっと早く出会えていたなら……。」

 

――私は眼を閉じなかったのかな。

 

 

 さまざまな想いが入り混じったその呟きは、誰に聞かれるともなく空へ溶けていく。

 笑みこそ浮かべているものの、こいしの視界は滲んでいた。

 

 

  

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

――そして、少し時が経って。

 

 こいしちゃんは、建物内へと続く扉のほうを見つめると、小さく頷く。

 

「何か、あった?」

 

 そう問うてみるものの、彼女は首を降る。

 

「ううん。何もないよ。」

 

――そんなことより。

 

 そう言って、こちらの顔を覗き込むこいしちゃん。

 その顔は、先程と打って変わってキラキラと輝いている。

 

「お兄ちゃん、もう一つ聞いて良いかな?」

 

 …なんだろう、凄く良い笑顔な時点で嫌な予感しかしないんだが。

 

「…なに?」

 

 とはいえ、断るわけにも行かないので、続きを促す。

 こいしちゃんは、目を輝かせて言った。

 

「お兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと好きなの?」

 

――は?

 

 流石に予想の斜め上を行く問いに、思考が停止する。

 硬直する俺に、笑みを深めるこいしちゃん。

 

「えっと、図星かな?」

 

「いやいやいや、待って待って。どうして急にそんな話に?」

 

 どうにか言葉を捻り出し、質問の意味を問う。

 

「えーっと、なんとなく、かな?

さっきだって、お姉ちゃんのことをあんなに熱く語ってくれたし…。」

 

 それは、こいしちゃんが、サトリをどう思うかについて聞いてきたからであって…!

 

「それに、今日話してて思ったんだけど、お兄ちゃんって、お姉ちゃんのこと話す時、凄く楽しそうな顔してるよ?」

 

 …そう、なのか…?

 確かに、さとりのことを考えるだけで心が弾むような想いにはなるが…。

 

「で、どうなの?好きなの?お姉ちゃんのこと。」

 

 身を乗り出して聞いてくるこいしちゃんに圧倒されながらも、思考を巡らせる。

 

 俺が、さとりを、好き…?

 

 カチリ、と、頭の中で何かのピースが嵌るような音がした。

 

 もっとさとりを見たい。

 もっとさとりと話したい。

 もっとさとりを知りたい。

 さとりの支えになりたい。

 

 これまで、脈絡もなく浮かんでは、頭の中を渦巻いていた想い。

 これらの想いの出どころは……

 

ーーそうか。俺は、いつの間にかさとりのことが……。

 

にこにこと俺の答えを待つこいしちゃん。

俺は、たった今、初めて辿り着いた結論を伝える。

 

「俺は…いつの間にか、さとりのことが好きになっていたみたいだ…。」

 

 言葉にしてみると、それはすんなりと胸に入ってきた。

 そして、胸には、新しい…いや、これまで気づかなかった想いが沸き起こる。

 

「ふふー。やっばりそうなんだー。」

 

 当てることが出来て嬉しいのか、上機嫌なこいしちゃん。

 彼女は、さも今思いついたかの様子で手を打つ。

 

「あ!そういえば、すっかり話し込んじゃったけど、まだ仕事終わりの報告してないや!

 でも、私まだここにいたいから、悪いけどお兄ちゃんが報告に行ってきてくれないかな?」

 

 物凄くわざとらしい気遣いに苦笑する。

 しかし、今はその気遣いがありがたい。

 

「…じゃあ、俺が報告に行ってくるよ。」

 

「ありがとう!悪いけど、宜しくねー!」

 

 ぱたぱたと手を振るこいしちゃんに見送られて、中庭を後にする。

 向かう先は、さとりの書斎。

 この時間なら、彼女は書斎にいるだろう。

 

 こいしちゃんのお陰で気付くことが出来たこの想い。

 1度気付いてしまったが最後、それは収まる様子をみせなくて。

 

 誰もいない廊下を、足速に駆けぬける。

 

 この分相応な想いを伝えるつもりは全くないけれど。

 今はただ、少しでも早くさとりに会いたかった。

 

 



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想いと向き合うこと

 

 

 

 萃儀達を見送ってから暫くして。

 さとりは、今日も書斎で書類の山と戦っていた。

 

 地底を統括する立場にいる以上、さとりの下へ届く書類は後を立たない。

 今日も、ずっと処理をしていたものの、まだ幾らか残っている。

 

「…ふう。そろそろ一息入れましょうか…。」

 

 そう呟いて、さとりは席を立つ。

 ずっと座っていたことで凝り固まっている身体をほぐし、ふうと息をつく。

 

 …そういえば、萃儀さんとこいしは上手くやっているのかしら?

 

 時刻をみると、時刻は既に夕方になろうとしている。

 

 …あの二人なら、もう終わらせていてしまってもおかしくはないのだけれど…。

 休憩がてら、様子を見に行ってみましょうか。

 

 そう決めて、さとりは部屋を出る。

 しかし、彼らの仕事場には、運搬を終えた木材が綺麗に積み重ねられているだけで、二人の姿は何処にもない。

 

 …もう終わってしまったみたいね。2人ともどこへ行ったのかしら…?

 

 このまま二人に会えないというのも嫌だったので、さとりは軽く館内を歩いて回ることにする。

 

「…そういえば、もう彼が来て結構な日が経ったのね…。」

 

 館内を歩きながら、さとりは想いを馳せる。

 

 彼が来てからというもの、仕事の負担が減ったうえに、日々が明るくなったような気がする。

 彼と話すのは凄く楽しいし、心が軽くなる。

 

 今では、彼がいない生活なんて考えられない。

 出来るならば、このまま一緒に暮らし続けたいのだけれど…。

 

 そういうわけにもいかないだろう。

 もし、彼の記憶が戻ったならば。他に住むべき場所が出来たならば。

 彼はここを出て行ってしまうのだろうか。

 

「出て行って…しまうのでしょうね……。」

 

 推測を口に出しただけなのに、胸がキリキリと締め付けられる。

 その痛みが、彼から離れたくないという想いを明確に表していて。

 

 …それでも、現実は非情なもの。

 

 彼は、優しいから。

 優しいからこそ、私が出て行ってほしくないと言えば、あの人は、ここに留まってくれるだろう。 

 でも、そんなことをすれば、彼を縛り付けてしまうことになる。

 

 ありとあらゆる人妖から忌避される覚りが、一人の人間を求めるなんてあってはならないこと…。

 だから、その時が来たら、私はそれを受け止めなければならない。

 

 その結論にたどり着き、胸が苦しくなる。

 

 それにしても、人間が一人、館から出ていくだけなのに、何故こんなにも辛いのか。

 来るかもわからないことを想像しているだけなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのか。

 

 …理由はわかりきっている。

 ただ、自分には過ぎた思いだと思って、目を背けていただけ。

 

 でも、もう抑え込むことは出来ない…!

 

 決して叶わない。いや、そもそも想うこと自体が許されないことだけど。

 一度だけ、一度だけなら口に出しても良いかな。

 

 その場に立ち止まり、胸元の目に両手を添える。

 

「萃儀さん……、私は、貴方のことを好きになってしまったみたいです…。」

 

 口に出してみると、温かいもので身体中が充たされていくような気がした。

 

 叶わなくても良い。伝えられなくても良い。

 私は、こうして貴方を想うだけで幸せだから――。

 

 

 どうしても萃儀に会いたくなったさとりは、微笑を浮かべながら、また歩き出す。

 館内はあらかた見たから、残すは中庭のみ。外に出ていたらそこにも居ないことになるけれど。

 さとりには、中庭には彼がいるという、確信に近いものがあった。

 

 彼女は、中庭へ歩みを進める。

 禁じられた想いを胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 そして、少しばかり歩いて。

 中庭に出ると、確かに、庭の中心付近にこいしと萃儀の姿を確認できた。

 

 ここにいたのか、と近づきながら声をかけようとして、二人の纏う雰囲気に足を止める。

 

 二人は物凄く深刻な空気を纏っていて、間に入るのは( はばか)られるほどだ。

 とはいえ、この状態の二人を置いて立ち去るわけにもいかず、さとりは戸の近くの柱に身を潜める。

 

 …ごめんね。盗み聞きはいけないとはわかっているのだけど……。

 

 この場を見てしまった以上、このまま去るというのは出来なかった。

 

「お兄ちゃんは、サトリが怖くないの?」

 

――っ!?

 

 こいしの声に、思わず息を呑む。

 

 聞きたくない。聞いてはいけない。今すぐこの場を去るべきだ。

 

 そのはずなのに、さとりの足は動かない。

 まるで、金縛りにあったかのように、彼女はその場を動かず、二人の会話に耳を傾けていた。

 

 …彼が、普段から嘘を言わない、隠し事をしない性格なのはわかっている。

 それでも、彼の本音を知るまたとない機会。

 正直怖いけれど、これを逃すわけにはいかなかった。

 

 さとりが黙って聞き続ける中、こいしの独白は続く。

 

 …こいしには、全てお見通しだったわけね…。

 

 助けたはずの人間に、怯え逃げだされた時、やせ我慢で気丈に振る舞っていたことも。その後、部屋で泣いたことも。

 

 

――そして、こいしの話は佳境に差し掛かる。

 

「…もう結構な期間お姉ちゃんと一緒にいるはずなのに、平気な顔をしている。

 お姉ちゃんがサトリであることなんてとっくに知っているはずなのに――」

 

 …そう、彼は、私と生活する間、一度も嫌な顔を見せなかった。

 そればかりか、私の思い違いじゃなければ、彼は、私と話すとき、凄く楽しそうにしてくれる。

 

 だから、私は彼と話すのが…ううん、それだけじゃなくて、彼の事が……

 

「…好きですよ。」

 

――っ!?

 

 完全に不意打ちで、しかも完璧なタイミングで聞こえてきた言葉に息を呑む。

 

 その『好き』は、自分の求める『好き』とは違うものだということは明確だったものの、それでも胸の高鳴りは収まらない。

 

 はやる心を抑え、さとりはじっと萃儀の言葉に耳を傾ける。

 

 恐らく自分から聞くことは絶対にできないだろう彼の想い。

 決して一言も聞き漏らさぬよう、さとりは耳に全神経を集中させた。

 

「…ああ。今朝さとりから聞いたと思うけど、俺は気づいたら地底にいた。記憶も失くしていて、行くあてなんてどこにもなかった。

 そんな俺を、さとりは拾ってくれた。 ここに住まわせてくれた。

 俺は、そのことに本当に感謝している。

 …確かに、最初は、心を読まれると聞いて身構えたさ。

 けど、さとりは、それをけっして悪用しようとはしなかったし、それどころか、その能力をいかにして相手のために使うかに尽力しているように見える。

 

 そんな人を怖いと思うなんて、俺にはできない。

 事情があって俺の心は読めなくなってしまったけれど、さとりに心を読まれるのは決して嫌ではなかった。

 寧ろ、読まれなくなって寂しく思ったくらいだった……」

 

――だから、俺はサトリを恐れない。

 

 決して嘘ではない、彼の心からの言葉。

 それは、離れたところにいたさとりの胸にもしっかりと届いていた。

 

 物陰で密かに聞いていた彼女の足元に、ポトリと雫が落ちる。

 最初の一滴が落ちた後は、落ちる雫は加速的に増していき、いつしかとめどなく地面を濡らしていた。

 

 

 

 

 

 暫く声を殺して肩を震わせていたさとりは、少し落ち着いたところで顔を上げる。

 その目は赤くなっていた。

 

――萃儀さん。

 

 館内へ向けて歩き出しながら、さとりは心の内で呼びかける。

 

――素直で、純粋で、嘘を言えない。

 

――他人の事を本気で心配できる。

 

 そして、

 

――嫌われ者の私を受け入れてくれた。

 

――好きと言ってくれた。

 

――そんな貴方のことが、私は…、私は……!

 

 決して言えない想いを胸に抱き、さとりは書斎へと戻っていく。

 切なそうで、それでいて幸せそうな表情を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第間章 つなぎめ
しあわせ



章のつなぎ目的な感じの回となります。


 

 

 

 

 

 さとりの書斎へ戻り、コンコンと扉をノックする。

 

「…どうぞ。」

 

「失礼します…。」

 

 了承を得たので、そう声をかけつつ部屋に入る。

 部屋に入ると、相変わらず書類の山と格闘しているさとりの姿を確認できた。

 

「お疲れ様です。こちらは運搬完了しました。そちらは…まだかかりそうですか?」

 

「わざわざありがとうございます。…いえ、この一枚で、全て終わりましたよ。」

 

 そう言って手に持つ書類をひらひらとさせるさとり。

 

 その仕草がどこかおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 

「…もう、なんでそこで笑うんですか。」

 

 腕を組んで怒ってみせる彼女だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「いえ、すみません。なんでもないです。

 …ところで、お互いに仕事も終わったことですし、良かったらお茶でもしませんか?」

 

 すんなりと言えたことに内心でホッとしながら、さとりの反応をうかがう。

 

「そうですね…。今日の夕食はお燐の担当ですし、それまでゆっくりしましょうか。」

 

 そう言ってほほ笑む彼女に、心の中でガッツポーズをする。

 

 さとりとお茶をする。ただそれだけの筈なのに、心が浮つくのを感じた。

 

 ほんの少し前までは理由が分からなかったが、今でははっきりとわかる。わかってしまう。

 それは、言うまでもなく……

 

「それでは、行きましょうか。」

 

 そう言って立ち上がるさとり。

 

「ええ。」

 

 その声で意識を現実に引き戻し、肩を並べて部屋を出る。

 

「そ、そういえば、こいしとは上手く行きましたか?」

 

 どこか上ずった声でそう切り出すさとり。

 そんなに妹のことが心配だったのだろうか。

 

「大丈夫ですよ、安心してください。

 しっかり打ち解けることができたと思います。」

 

――パワフルすぎて少し圧倒されましたけどね。

 

 そう付け足すと、さとりはクスリと笑う。

 

「あの子は昔から元気だから……。特に問題が無かったようでなによりです。

 …ところで、そのこいしはどこに?」

 

「あー…それなんですけど、少しやりたいことがあるみたいだったので、俺が先に報告に行くことにしたんですよ。」

 

 俺の答えに、さとりは少し困ったような顔をする。

 

「…こいしは相変わらずね。ちゃんと戻ってくるのなら良いのだけど……。

 萃儀さんも、手間かけてすみませんね。」

 

 そう謝ってくるさとりだったが、それこそ見当違いな謝罪だ。

 

「いやいや、とんでもないですよ。報告するだけですし。

 それに、こうしてさとりと話すのが、俺は好きですから。」

 

 

 彼の素直な言葉は、いつもさとりの心にまっすぐに響く。

 さとりは、その想いに少しでも応えようと、赤らめた顔に精一杯の笑顔を浮かべた。

 

「えっと…その、わたし、も…大好きです…。」

 

 

 いじらしささえ感じさせる。また、ある種の誤解をも生んでしまうような、その声、言葉に、今度は彼が顔を紅潮させる番だった。

 

 溢れ出しそうになる想いを押し隠しながら、彼も笑みを浮かべる。

 この生活《 しあわせ》 がずっと続くことを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

――出来るならば住み続けたいけれど、出ていくべきなんだろうなぁ…。

 

 

――出来るならば住み続けて欲しいけれど、引き留めてはいけないのでしょうね…。

 

 

 通じているような、相反しているような、想いのすれ違い。

 互いが互いを想うが故に、そのズレは大きくなって二人の間に立ちはだかる……

 

 

 

 

 



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第四章 外へ…?決断。そして。
訪問者







 

 

 

 夏も終わり、地上では徐々に気温が下がり始めたころ。

 

 地底には久しぶりの訪問者がやってきた。

 

 彼女のとの出会いをきっかけに、運命は動き出す。

 

 全身を白黒の衣服に包み、いかにも魔法使いというような帽子を被った彼女の名前は、霧雨魔理沙。

 

 人の身でありながら魔法を操る、当代博麗の巫女の親友である。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 ある日の昼下がり、仕事もひと段落した萃儀とさとりは、中庭でお茶を飲んでいた。

 

 さとりは、手に持っていたカップをコトリと置くと、ふうと息を吐く。

 

「貴方がここへ来てから…もう半年になるんですね。」

 

 彼女のつぶやきに合わせて、萃儀もカップを置く。

 

「もうそんなになりますか。…日々が充実していて、あっという間でしたよ。」

 

 そう答えながらも、萃儀は内心で焦りを覚えていた。

 

 

 幸い、出て行けと言われるようなことはないものの、流石に半年も居候の状態はまずいんじゃないだろうか。

 いつまでも中途半端な状態で、迷惑をかけ続けたままでいいのか。

 

 自分だって、この半年間、遊んで暮らしていたわけでは無い。

 

 率先して力仕事を行っていたため、力はかなり付いた。

 それに、さとり達に教えてもらったおかげで、空を飛ぶこともできる。 

 空を飛ぶことは、普通の人間にはできないはずのことだそうなので、これは地上でも結構な武器になるんじゃないだろうか。

 

 …といっても、地上には住む場所も仕事先もあてがないのだが…。

 

 幸いな事には、心を読まれなくなっているお蔭で、さとりへの想いには気が付かれていない。

 尤も、これがもしバレてしまった時には、いよいよここにはいられないのだが…。

 

「さとりさまー!」

 

 暫く無言で過ごしていると、お燐が駆け込んできた。

 

「あら、お燐、どうしたのかしら?」

 

 穏やかな笑みを向けるさとり。

 彼女の笑顔をいているだけで心が癒されるのは、惚れた弱みというやつだろうか。

 

「来客が――」

 

 そう、お燐が言いかけたところで、さとりの顔が曇る。

 恐らく、来客が誰であるかまで読み取ったのだろう。

 

「俺が応対しましょうか?」

 

 そう申し出るが、さとりは首を振る。

 

「いえ、地霊殿への来客なのですから、私が出ないと。

 …それに、あの人は油断するとすぐに……。」

 

 そう言って立ち上がり、溜息をつく。

 

「そんなに嫌な相手なんですか?」

 

 そう聞くと、さとりは少し考えるような素振りをみせてから答える。

 

「…嫌というよりは、少しばかり面倒な相手なんです。

 それでは、少し相手してきますね。」

 

「あ、俺も行きますよ。」

 

 さとりに続き、自分も玄関へと向かう。

 

「…ところで、何が面倒なんですか?」

 

 歩きながら、興味本位で聞いてみる。

 

「うーん……。まぁ、会ってみればわかると思いますよ。」

 

 百聞は一見に如かずというやつだろうか。

 …さて、一体どんな相手なのかな?

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 さとりに続いて玄関まで行くと、白黒を基調とした服を着て、箒と紙束を持った金髪の少女が立っていた。

 

 彼女は、さとりに気付くと快活に笑う。

 

「よう、今回も本を借りに来たぜ!」 

 

 えっと…、わざわざ本を借りに地底に来たのか?

 

「…返すつもりがないのに『借りる』とは言わないんですよ?」

 

 溜め息を付いて答えるさとり。

 

「失敬だなぁ。ちゃんと返すぜ?」

 

 心外だとばかりに首を振る少女に、さとりはより一層深い溜息を付く。

 

「…『貴方が死ぬまで』返さないのでしょう?」

 

 そう指摘され、少女はニコリと笑う。

 

「どうせ私たち人間の一生なんて、あんた達に比べれば光のようなものなんだし、別に問題ないだろ?」

 

 何の問題もないとばかりに堂々と答える少女。

 

 …何が面倒か少し分かった気がする。

 口調や、さとりの対応から、悪い人では無さそうだということは分かるが、中々特徴的な考えをお持ちのようだ。

 

 …でもまぁ、確かに、寿命は10倍以上違う訳だが……

 

「…はぁ。私が気になるのは、死ぬまで借りて当然というその態度なのだけれど…。」

 

 そうなんだよなぁ。モノを借りるにしては少しばかり態度が大きいというか図々しいというか。

 

「…まぁ、いいわ。持ち出して良い本は書斎の左側に纏めてあるから、そこからなら好きに持って行きなさい。」

 

 やったぜ!と快活に笑う少女。

 …何だかんだで、貸すつもりで準備してたんだな。

「…貴方は何を笑っているんですかっ!」

 

 おっと、うっかり表情に出ていたようだ。

 

「いえ…さとりは優しいなって思っただけですよ。」

 

「や、優しいなんてことは…!」

 

 顔を逸らすさとりだが、照れているのはまる分かりだ。

 …さとりって、直接的な褒め言葉に弱いよなぁ…。

 

 そんなことを考えていると、コホン、と少女が咳払いをする。

 

「…さっきから気になってたんだが、後ろの男は誰だ?

 見たところ人間のようだが、こんな所に人間が居るなんて…。」

 

 …そういえば、この地底では1人も人間を見かけてないな。

 地上にしか住んでないというのは聞いているが、本当に俺以外一人もいないというのは正直驚いた。

 

「彼は、半年ほど前にこの地底に迷い込んできたのよ。

 記憶も、住む場所もないと言うことで、取り敢えずここで住んで貰っているわ。」

 

 さとりの説明を聞き、納得したという顔でこちらを見る少女。

 

「成程ね。迷い人ってやつか。

 私は、霧雨魔理沙。こんな身なりだが、人間だぜ。

 同じ人間同士、仲良くしようぜ!」

 

 成程、魔理沙って名前なのか。

 

「俺は、萃儀。苗字はありません。

 魔理沙さん、宜しくお願いします。」

 

 そう言って頭を下げるが、どうも…。

 

「その『さん』ってのやめてくれないか?気持ち悪いったらありゃしない。

 …それに、私に敬語は不要だぜ?」

 

 そう言って頭をかく魔理沙。

 正直、『さん』呼びはしっくりこなかったので助かる。

「ああ、宜しく、魔理沙。」

 

 満足気に笑う魔理沙。

 彼女は、ふと思いついたかのように俺とさとりを交互にみる。

 

「…ところで、あんた達、やけに仲が良いみたいだが…

 ひょっとして、コレか?」

 

 そう言って小指を立てる魔理沙。

 

 その意味するところを理解して、顔が熱くなるのを感じた。

 

 チラっと横目でさとりをみると、顔を真っ赤にして怒っている。

 

「…こっ、コレって…! 違います!私達はそんなんじゃ…!」

 

 …まぁ、さとりにとってはそんな誤解されたら迷惑だろうし怒るのは当然か…。

 ちゃんと俺も否定して置かないとな。

 

「俺はあくまで居候させてもらってるだけで、そういう特別なことは全く無いぞ。」

 

 自分でそう言いながらも、心に刺すような痛みを感じる。

 自分の気持ちに嘘を付くってのは、こんなに辛いものなのか。

 

 

 魔理沙は、俺たちを見比べて、一瞬驚いたような顔をするが、直ぐに引っ込めて口を開く。

 

「…まさかとは思ったが……いや、これ以上私から話すのは止めておいた方が良さそうだぜ。」

 

――ゆっくり2人で確かめ合うと良いさ。

 

 そう付け足す魔理沙。

 気になる言い方ではあったが、聞き返せる雰囲気ではなかった。

 

「…そ、それで、本来の用件は何なのですか?

 本を借りるためだけにここへ来た訳ではないのでしょう?」

 

 どこか上ずった声で話題を変えるさとり。

 

「…ああ、忘れるところだったぜ。

 これ、地霊殿に届けるように頼まれたんだ。」

 

 そう言って差し出された紙束を、俺も横から見る。

 

 それをみた俺は、これしかないと思った。

 これで、俺も今の中途半端な現状を脱却出来るかもしれない。

 地上に出るというのは少し不安だし、さとりから離れるというのは本当に辛いが……。

 

 

『働き手募集。空を飛べる人間求む。 香霖堂』

 

 

 



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訪問者が持ち込んだモノ











 

「これ、地霊殿に届けるように頼まれたんだ。」

 

 手渡された紙に書いてあったのは、働き手募集の文字。しかも、『飛行可能』『人間』ときた。

 求められている条件としては、適正この上ない訳だが…

 

「魔理沙、詳しく話を聞いても良いか?」

 

 俺が食いついたことに、魔理沙は驚いたという顔をする。

 

「お?あんた、もしかして興味があるのか?」

 

「ああ。『空を飛べる人間』ということだからな…。ピッタリなんだよ。」

 

 それを聞き、面白そうに笑う魔理沙。

 

「へえ…空を飛べる人間ね…こんなところにもいたんだなぁ。」

 

「良い方から察するに、あまり数は多くないのか?」

 

「…そうだな…人間相手でも容赦なく札や針を飛ばしてくる赤巫女や、時間を止めてナイフを投げてくるメイドは自由自在に飛んでやがるけども、殆どの人間は空を飛ぶのは不可能だな。」

 

 若干遠くなった目線で言う彼女に、軽く吹き出しそうになる。

 …それにしても、普通並び立つはずのない単語が並んでいる気がするのだが…。

 

「色々突っ込みたくなるワードが混ざっていたような気もするが、取り敢えず、『飛行可能』ってのが武器になるのはわかったかな。」

 

 空を飛べる人間が少ないってのは有難い。

 …まぁ、少ないからこそ、この地底にまで求人が届くんだろうけど…。

 

「で?どうする?興味があるなら軽く教えるぜ?詳しい話は当人に聞いてもらうことになるけどな。」

 

「助かるよ。取り敢えず居間に案内しても良いかな…?」

 

 後半はさとりへ向けて言ったのだが、当の彼女は反応を示さない。

 

「…さとり?」

 

 呼びかけると、はっとしたように顔を上げる。

 

「えっ、あ、はい。居間ですね。大丈夫ですよ。お茶を用意しますので先に向かっておいて下さい。」

 

 そうまくしたてると、こちらが返事を返す間もなく食堂の方へぱたぱたと走り去って行った。

 

「えっと、じゃあ、居間で話を聞かせて貰えるか?」

 

「……ああ。」

 

 

 魔理沙と萃儀は詳しい話をするために居間へ向かう。

 居間に走りさる時のさとりの顔が辛さに満ちていたことには、今の彼には気づけなかった。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「…それで、早速なんだが、この紙に書かれていることについて説明するぜ。」

 

 居間のソファに対面して座ったところで、魔理沙がそう切り出す。

 

「まず、依頼主についてだが、『森近霖之助』という男だ。一応、人間だぜ。

 場所は、『香霖堂』。まぁ雑貨屋みたいなところだな。

 仕事内容は…配達作業と言ってたな。主に人里相手への配送をやってほしいそうだ。」

 

「ふむふむ。だから飛行能力が必要って訳ね。」

 

 それに対し、魔理沙が頷いたところで、コンコンと扉がノックされる。

 

「お茶をお持ちしました。失礼しますね。」

 

 そう言って部屋に入ってきたさとりは、ニコりと笑うと、お茶を二つ並べてくれる。

 

「ありがとう。さとりは呑まないんです?」

 

 俺の問いに対し、彼女は首を振る。

 

「…いえ、私は事務仕事が詰まっていますので、少し席を外させて貰いますよ。」

 

 相席できないことへの申し訳なさからか、目を合わせようとしないさとり。

 正直な話、彼女も一緒に話を聞いて欲しかったが、仕事ならば仕方ないか。

 

「わかりました。じゃあ、また後で話の内容は纏めて報告しますね。」

 

「ええ、お願いします。それでは。」

 

 最後まで目線を合わせないまま、さとりは退室していった。

 

 …まぁ、さとりには後で伝えれば良いか。

 

「それで、他に何かあるか?」

 

 そう聞くと、魔理沙は首をひねる。

 

「うーん…。いや、だいたいこんなところだな。

 もし興味があるなら、実際に会いに行くと良い。送るぜ?」

 

 送ってもらえるなら、地上に出たことのない俺も安心かな。

 

「ああ、悪いけど頼んで良いか?」

 

 任せろとばかりに親指を立てて笑う彼女に、こちらも笑みが漏れる。

 しかし、魔理沙はすぐにその笑みを引っ込め、まじめな表情を作る。

 

「…でも、さとりは良いのか?」

 

 声を落として、そう問いかけてくる魔理沙。

 

「良いのか、とは?」

 

 質問の意図が掴めない。

 

「いや、ほら、地上で仕事なんか始めたら、簡単にあえなくなるかもしれないぜ?」

 

 確かに、地上に住むことになるだろうし、仕事内容によっては会うことすら滅多にできなくなるかもしれない…。

 

「…それでも、いつまでも中途半端な居候のままでいる訳にはいかないからな。」

 

 俺がそう答えると、魔理沙は少し困ったような顔をする。

 

「いや、そういう意味じゃなくてだな…。」

 

 言葉を探すように視線を少しの間さまよわせた魔理沙は、その思考を振り払うように首を振り、続ける。

 

「あー、もう、単刀直入に言うぜ?

 好き。なんだろ?さとりのこと。」

 

 その言葉に、はっと魔理沙を見つめる。

 

「ははは。まさかとでも言いたいような顔だな。それくらい誰でもわかるぜ?

 …さとりは全く気付いていないみたいだったが。」

 

 …そんなにわかりやすかったのだろうか。

 まぁ、さとりに気取られていないだけ幾分もマシだが…。

 

「見た感じ、まだ伝えていないんだろう?良いのか?そんな状態で別れても。」

 

 伝えられるうちに伝えたほうが良い。彼女の目はそう物語っている。

 

 確かに、出来る事ならさとりに想いを伝えたい。

 この溢れんばかりの『好き』を彼女に伝えたい。

 

 …けれど、それは決してやってはいけないことだ。

 

「心配してくれるのは嬉しいが…俺にはできない。

 さとりは、俺なんかが好きになって良いような存在じゃないんだ。

 それに、あの人は優しいから、俺の想いを知ってしまったらきっと気に病んでしまう。

 そんな思いをさとりにさせる訳にはいかないからな…。」

 

 殆ど自分に言い聞かせるように言ったその言葉。

 自分の言葉であるはずなのに、胸がキリキリと痛むような心地がした。

 

 魔理沙は、暫く腕を組んで黙った後、口を開く。

 

「…成程な。確かに、そういう考えもあるのかもしれない。

 伝えないほうが良い。伝えるべきではない。という答えもありなのかもしれない。」

 

――けどな。

 

 そこで一度言葉を切った魔理沙は、しっかりと俺を見据えて、言い放った。

 

 

『お前の出した答えは、ただの逃げなんじゃないか?』

 

 魔理沙の最後の言葉は、彼女が退出した後も彼の胸の深くに突き刺さっていた。

 

 

 

 










20160604。京都みやこめっせにて開催される『古明地こんぷれっくすよっつめ』にて頒布が決定致しました。
詳細は近づき次第少しずつ公開することになると思います~


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決意。禁忌の気持ち。

全力で書きました。好き嫌いは別れるかもしれません。ご勘弁ください。
ここでは多くは語らないで置きます。今話の空気を崩したくないので。

それでは、本編を。















 

 

 

 

 萃儀と魔理沙が話をしている間、さとりは執務室…ではなく、自分の部屋にいた。

 

 彼女は、ベッドの上で膝を抱え、うつむく。

 脳をよぎるのは、先程までの会話。

 

――あくまで居候させてもらってるだけで、そういう特別なことは全く無いぞ――

 

 …当たり前…です。

 私がたまたま彼を保護して、住む場所が無かった彼がたまたまここに住んでいるだけなのですから…。

 

 

――魔理沙、詳しく話を聞いても良いか?――

 

 あの食いつき方…機会が有るのならすぐにでも外に行きたいという感じでしたね…。

 そこまでここを離れたい…のでしょうか…。

 

 

――『飛行可能』ってのが武器になるのはわかったかな――

 

 彼に空の飛び方を教えた時、初めて空を飛んだ彼の嬉しそうな顔は本当に素敵でした。

 …でも、あれが無かったら、彼はここを出て行こうとしなかったのでしょうか……

 

 …いえ、それは違いますね…。

 それはあくまで要因の一つにすぎません。

 

 そして、部屋を離れる際に聞こえてきてしまった言葉。

 

――ああ、悪いけど頼んで良いか?――

 

 …もう、決めてしまったのでしょうか…。

 別にあなた自身のことですから、私がとやかく言う権利はありません。

 

 …けど、一言くらいは相談してほしい…そう思うのは我儘でしょうか…。

 

 分かっていた。

 彼がいずれここを出て行ってしまうことも。

 

 分かっていた。

 彼に想いを告げるなんて許されないということも。

 

 分かっていた。

 彼に…彼に、会えなくなる日がいずれやってくることも…。

 

 私は覚り妖怪。

 ありとあらゆるものから、畏れ、忌み嫌われるもの。

 

 そんな私が、地上にいる彼の下に赴けば。それを誰かに見られでもすれば。

 彼は地上に居場所がなくなってしまうかもしれない。

 …だから、私はもう彼に会うわけにはいかなくなる。

 

 愛しいあなたに会えないのは辛いけれど。

 想像するだけで胸が張り裂けそうだけど。

 

「初めから…わかっていたことだから…。」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 

「あんたは、本当にそれで良いのか?」

 

 唐突に飛んできた声に、はっと顔を上げる。

 視線の先には、壁にもたれかかって腕を組んでいる魔理沙の姿があった。

 

「い、いたのですか…?」

 

「ああ、結構前からな。」

 

 魔理沙の物言いに、はぁと息をつく。

 …だから貴女は苦手なんです。ペースが狂う。

 

 軽く咳払いをして、何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「…お見苦しいところをお見せしました。

 先ほどの問いについてですが、全く問題ないとお答えしておきます。」

 

 あくまで魔理沙の目を見据えて返す。

 

 そう、問題ない。

 少しばかり形が違うとはいえ、助けた相手と会えなくなるのなんていつものことだから。

 

「…そうか。」

 

「…ええ。」

 

 お互いに小さく返す。

 これでこの話はおしまい。そう思った矢先だった。

 

「…なら、なんであんたは泣いているんだ?」

 

「――っ!?」

 

 思わず、両頬を手で覆う。

 そこは、確かに冷たく濡れていた。

 

 そんな私の様子をみた魔理沙は、大きく息を吐く。

 

「…はぁ、なんでこう、揃いもそろってこんなんなんだ…?」

 

 呆れるように言う彼女だが、その言い方は少し引っかかる。

 

「『揃いもそろって』…?」

 

 私の問いに、彼女は首を振る。

 

「いや、こればかりは私の口から言える問題じゃないんだ。

 あんたらが、二人で話すことだ。」

 

 ここで彼女の心をしっかりと読めば、答えはすぐそこにあるのだろう。

 …でも、それは絶対にやってはいけないことのような気がした。

 

「萃儀さんと、二人で…ですか。」

 

 魔理沙は深くうなずく。

 

「…ああ。あんたが胸の内でどこまで考えて、どう思い詰めているのかは私にはわからない。

 けれど、泣くほど辛いんだろう?あいつが地上に行ってしまうのが。

 一度で良い。ちゃんと話して来たらどうだ。」

 

「…でも、そんなことをしたら、優しい彼を悩ませてしまうかもしれない…!」

 

 私の言い分に、魔理沙は呆れたように息を吐く。

 

「…あんたは何を言っているんだ?

 恋愛ってのはそういうものじゃないのか?

 悩ませるかもしれない。困らせるかもしれない。だから伝えるのを辞めます。

 違うだろ!

 抑えきれなくなった想いをぶつけて、話し合って。ダメならダメで仕方ないじゃないか。

 話さなければ、万に一つもないんだぜ?

 言うべきことも言えない。その後悔が死ぬまで付き纏うかもしれない。

 あんたは本当にそれで良いのか?」

 

 彼女は、そこで一度言葉を切ると、小さく息を吸う。

 

「良いじゃないか。悩ませてやれば。

 あんたをこれだけ悩ませた馬鹿に、少しくらいその悩みを突き返してやれよ。」

 

 魔理沙のあまりの言いように、思わず吹き出してしまう。

 

「…そうですね、最後に少しくらい、困らせるのもありなのかもしれませんね…。」

 

 …二度と会えなくなる前に。

 彼を一度、大きく困らせてしまうというのも、それはそれで良いのかもしれない。

 

 そう考えてみると、心のモヤが晴れたような気がした。

 

「…あいつなら、居間にいるはずだぜ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 行って来いとばかりに親指を立てる魔理沙に微笑み返す。

 

 

 

――ごめんなさいね。私は、今からあなたを困らせに行きます。

 

――優しいあなたは、このことで思い悩んでしまうかもしれない…

 

――けれど、一度だけ。一度だけで良いから、この私の我儘を許して。

 

 

 貴方が出て行ってしまう前に。

 

 貴方に会えなくなる前に。

 

 手遅れになってしまう前に。

 

 この、禁忌の気持ちを。

 

 私の『好き』を。

 

 萃儀さん、貴方に伝えます――

 

 

 覚悟を決めた彼女の想い。

 それはもう、誰にも止められない。

 

 

 

 

 

 

 



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想い、伝えるとき

今話までお付き合いくださり、ありがとうございました。

(ごめんなさい。遅くなりました。投稿日の21時に活動報告掲載致しました。宜しければそちらに目を通して頂けますと幸いでございます。)


――お前はただ、逃げているだけ――

 

 自室に戻った後も、その言葉が鋭く突き刺さる。

 

 …確かに、そうなのかもしれない。

 

 ベッドにこしかけて、物思いに沈む。

 

――許される想いではない。

 

――さとりには迷惑だ。

 

――だから、この思いは伝えるべきではない。

 

 そう、考えてきた。

 

――逃げているだけ――

 

 …その通り、かも。

 

 俺の想いを知ったさとりにどう想われるのか――

 

 それが怖かっただけ。

そう言われてしまうと、反論の糸口が見えてこない。

 なんにせよ、この想いは伝えてこなかったし、伝えるつもりもなかった。

 

――それで本当に良いのか?――

 

 魔理沙の言葉は、俺の胸中に大きな石を投じていた。

 生じた波は、意識すればするほど大きくなっていく。

 

 …言うべきか、言わざるべきか。

 

 答えのでないまま、時ばかりが過ぎていく。

 

――お前はどうなんだ?――

 

 そう、問われたような気がした。

 

――お前は、どうしたいんだ?――

 

 再度、その問いかけが浮かび上がる。

 俺が、どうしたいか。

 

 …このまま何も伝えないまま、もう会えなくなるかもしれない道を進むのか。

 

 …それとも、そうなる前に、一度だけでもぶつけてしまうのか。

 

「…答えなんて、初めからわかりきってたんだな…。」

 

 そう呟き、天井を仰ぐ。

 

 …そう。『逃げていただけ』そのことに気付いたのなら、『逃げなければ良い』

 

 つまり――

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

――コンコン

 

 不意に、部屋の扉がノックされた。

 

「……はい?」

 

「……私、です。」

 

 少しの間をおいて、聞きなれた声が返ってきた。

 

 …え、今? このタイミングで?

 

 咄嗟に深呼吸をし、心を落ちつける。

 

「…………どうぞ。」

 

 カチャリ、と音を立ててドアノブが回され、小さく音を立てて扉が開く。

 

「…失礼、します…。」

 

 おずおずと部屋に入ってくるさとり。

 

 彼女は、ベッドにこしかけている俺を認めると、無言で歩み寄る。

 そして、流れるような動作で、隣に座った。

 

「…さとり?」

 

 ん。 と小さく返し、俺にもたれかかってくる。

 

 ふわりと香る髪。華奢な身体。接触部から伝わってくる温もり。

 それらすべてが、俺に愛しい存在を意識させる。

 

 自然と、俺の腕が動き、さとりを抱き寄せる。

 一瞬ピクリと反応した彼女だったが、すぐに身を預けてきた。

 

「……。」

 

 互いに言葉を発しないまま、時間を共有する。

 

 不意に、脳裏に是までのことが浮かび上がってきた。

 

 

『ようこそ、地霊殿へ。 何か御用ですか?』

 

 …これが、初めて聞いた貴女の声だった。

 

『萃儀さんが望む限り、ここ地霊殿で受け入れますよ。』

 

 …この時は、本当に安心した。さとりの優しさには今でも感謝が絶えない。

 

『折角ですし、完成させた型を一つ、萃儀さんに撃ってみますね。』

 

 …初めて弾幕を見せて貰った時だったかな。

 

『俺も、貴女の支えに。』

 

 …さとりは本当に周りに慕われているんですよね。 

 

『もしかして、ずっとそばにいてくださっていたのですか…?』

 

 …少し寝てしまっていたけどね。

 

『私には、心を閉ざしてしまった妹がいるんです…。』

 

 …あの子も、少しは心を開いてくれたみたいで本当に良かった。

 

『俺はさとりさんの支えになろうと決めたんですから。』

 

 …あの時宣言しました。…俺は、貴女の支えになれていますか?

 

『…だから、俺はサトリを恐れない。』

 

 …ああ。俺がサトリを恐れる訳がない。

 さとりの、こいしちゃんの、優しさを知っているから。

 

 それに、なによりも――――

 

 二人で過ごしたこの数か月が次々と想起されていく中、自然と、俺の口は開いていた。

 

「…さとり。」

 

「…ん、なんです?」

 

 小さく返すその声に、期待が含まれているように思えてしまったのは、流石に自惚れというものか。

 

 

 初めから、特別な覚悟なんて必要なかった。

 特別な前置きも必要ない。

 

 …ただ、一言。

 

 

「――――好きだ。」

 

 ピクリ、と彼女が身を震わせる。

 

 

 さとりは、もたれかかっていた身体を起こすと、こちらをまっすぐに見据える。

 

 

「……わたし、も…貴方が大好き。」

 

 泣きそうな、しかし、それでいて嬉しそうな。

 そんな表情を浮かべる、さとりの肩を抱く。

 

 拒まれるかもしれないとは考えなかった。

 無言でさとりの身体を寄せ――――

 

 

  

 ――かけがえのない想いを確かめ合うように、二人の影が重なった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

「…行ってしまうんですね。」

 

 見送りに出てきたさとりが、伏し目がちに言う。

 

「…ええ。いつまでもさとりに甘えていられませんから。

 …それに、俺は世界を知る必要がある。なんとなく、そんな気がするんです。」

 

「…いつでも、戻ってきて構いませんからね?」

 

「…そんなことを言われてしまっては、案外すぐに戻ってきちゃうかもしれませんね。」

 

 そう言って、笑いあう二人の間には、悲壮感はない。焦りもない。

 確かに存在するのは、想いが通じ合ったことから生まれた、確かな絆。

 地上と地底。多少距離が離れたくらいでは、それが揺るぐことは有りえない。

 だからこそ、さとりは笑顔で彼を送りだし、萃儀は笑顔で出立する。

 

「…では、そろそろ。」

 

「…ええ。」

 

 ゆっくりと浮かび上がり、先導する魔理沙に並んで飛んでいく萃儀。

 愛する人と結ばれ、焦りが消えた彼には、新たに目的が掲げられていた。

 

 それは、自分自身を探すこと。

 

 突然、地底に記憶を失って放り出された自分。

 その脳内に刻み込まれていた、正体不明の戦闘術。

 …そして、あの謎の力。

 

 それらのヒントが、地上で見つかるかもしれない。

 真の意味でさとりと一緒になるのは、それらが片付いてから…。

 

 彼はそう決めていた。

 

 鬼に拾われ、覚りを愛した青年は、地上で何を見、何を想うのか。

 彼という因子が入り込むことで、世界はどう変わって行くのか。

 そもそも、彼の正体は一体なんなのか。

 

 その答えを知る者は、未だどこにもいない――

 

 

 

 

 

 

      

 

 



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