転生者「転生したんでヒーロー目指します」 (セイントス)
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番外編:設定資料とか
番外1:大入福朗 (66話まで反映)


注意!
こちらは設定資料です。シナリオ内のネタバレを大量に含みます。
ほぼ作者用なので、不快に感じる方はブラウザバックお願いします。
シナリオが進むと情報が更新されます。

現在66話まで反映。




大入福朗(おおいりふくろう)

 

大入’sヘア:結構ツンツンしているぞ

大入’sフェイス:朗らかしているぞ

大入’sボディー:意外に鍛えているぞ

大入’s背中:でかい傷痕があるぞ

大入’sハンド:特訓で傷だらけだぞ

大入’sシューズ:鉄板を仕込んだ安全靴だぞ

 

備考:本作主人公、オリ主。前世『    』は人命救助に失敗し、事故により死亡。神の采配によって「僕のヒーローアカデミア」の世界の『大入福朗』に転生した。転生直後は激しく混乱したが現在は順応、ヒーローを目指す。

因みに神様から転生特典として個性を一つ貰っているため、本作の主人公は二つ(・・)“個性”を持っている。

「児童養護施設『陽だまりの森』」に住む孤児。保護者に当たる『大屋敷護子(おおやしきもりこ)』は彼の師であり、体術や戦法など多くのことを学び、鍛えられた。その為、戦闘力は極めて高い。

大入の両親は有名な犯罪者「怪盗『リーカーズ』」であり、その背景から孤独体質・独断専行・自己犠牲の傾向が強い。一部は彼が第一被験者となっているAVENGER計画の弊害でもある。

 

 

AVENGER計画:

A born Villain EN bloc. Give a chance of the Education and Rehabilitation.

(意訳:生まれついてのヴィラン全てに教育と社会復帰の機会を与える)

概要:

“個性”の発現者人口の上昇に伴い、犯罪件数が増加。

これに伴い「ヴィラン二世問題」が発生。犯罪者を出した親族が世間から迫害され、生活苦から犯罪に手を染めるケースが後を絶たなくなり、社会問題にまで発展した。その中でも次世代を担う若者たちの被害が深刻だった。国がこれを保護・教育することで、正しい子供の成育を促す計画。

因みに大入の弟妹も全員計画の被験者である。

 

 

名前の由来:

大入福朗→『ドラえもん』に出てくる「四次元ポケット」と「大入袋(客席が満員御礼の際、従業員に労いとして配る金一封の意味)」の二つの意味から。「何でも出し入れする“個性”」と、「一般人の為に戦うヒーローの助けになる存在になる」と言うダブルミーニング。

 

 

 

“個性”について:

“ポケット”

大入福朗が本来持つ個性。

自分だけがアクセス出来る特殊な異空間に様々な道具を格納する。

道具を格納するには掌で触れる必要があり。取り出す際には半径5m以内なら位置や向き等を自由に選択して出せる(取り出す地点には蜃気楼の様な〈揺らぎ〉が出来る)。

格納する物は生物以外の全て(気体・液体も可。但し、掌で触れるため高熱を帯びた物・帯電した物・溶解液などは非推奨)。体積に制限は無いが重量に制限がある。

1度に出し入れするサイズが大きいほど>出し入れする量が多いほど>出し入れする速度が速いほど負荷が強くなる。

負荷が掛かるほど胃にダメージを負い、限界を超えると胃潰瘍を起こし吐血する。

 

“????”

前世『    』が転生特典として得た個性。

・0p敵をぶん殴っても平気だった。

・個性把握テストで総合3位に食い込む身体能力。

・肉体の限界を超える走力。

・脅威の回復力。

 

結論:増強型“個性”と思われる。

 

 

 

パーソナルデータ

所属:雄英高等学校ヒーロー科1年B組

出身:植蘭中学校

birthday:9月26日

height:171cm

性別:男

血液型:O型

出身地:千葉県

好きな物:ハチミツ、ヨーグルト、マックスコーヒー

戦闘スタイル:近~中距離撹乱戦術

ヒーローズステータス:

パワーB

スピードB

テクニックA

知力B

協調性C

 

ヒーロー名:未公開

由来:未公開

服装:

テーマは『道化師』と『奇術師』。

「シルクハット」に「モノクロタイルに笑顔を貼り付けた道化師風の仮面」。上は「ホワイトシャツ」に「黒色ベスト」。下は「デカいバックル付き革ベルト」「黒色スラックス」。不釣り合いな「籠手(ガントレット)」と「ブーツ」を装着している。

また、“個性:ポケット”を有効に使うための武装が多数用意されている。

 

 

大入福朗の秘密道具集:

〈ストリングガントレット〉

彼のヒーローコスチュームの手甲に内臓されている仕組み。手甲の先端に巻き取り式ワイヤーアンカーが着いている。これを利用して、ターザンロープの様な空中移動を可能にする。着想は『コードギアス』に出てくる『スラッシュハーケン』または『進撃の巨人』に出る『立体機動装置』。

 

〈ハードブーツ〉

彼のヒーローコスチュームの靴に内臓されている仕組み。中に鉄板を仕込んでおり、蹴りの攻撃に用いる。

 

〈ブレイドハイウインドウ・ゼロ〉

正式名称「剛風刀・零式」刃渡り70cmにもなる模擬刀(鈍器)。刃物などを使う相手を想定したもので、防御用に肉厚にしたため重くなってしまった。また、柄・刀身・峰に掛けて排気口が入っており、そこへ“個性”を流し込ことで、加速的な斬撃(打撃)を繰り出す。着想は『スーパーロボット大戦』の『零式斬艦刀』。

 

〈大盾〉

防御用武装。サイズ・強度はある程度バリエーションが有る。

 

〈スモッグボム〉

ただの煙幕弾。奇襲や逃走に用いる。

 

〈スタンスパイク〉

ただの撒き菱。こちらが空中戦を出来ることを活かして、地面に制限を与える目的。本作では逃走の際足止めに利用。

 

〈投網〉

捕獲道具。ワイヤー製である以外に言うことは無い。

 

〈グングニルの槍〉

身の丈ほどのロングスピアの石突きに分銅の付いた鞭が付いている。着想は『スーパーダンガンロンパ2』の『グングニルの槍』

 

〈ブロウパイプ〉

本作未登場、マスケット銃型の武器。その名の通り「吹き矢」。彼の技〈突風銃(トップガン)〉をより軽量化(コンパクトに)して使用するためのもの。「ダーツ型の矢」を空気で発射し、矢の尖端に付いた麻酔針で標的を無効化する。また、ダーツ型の矢自体も投擲武器として使用可能で、本作では矢のみ使用。

 

〈軍用多機能シャベル〉

実際に軍で使用されている折りたたみ式のシャベル。シャベルだけで無く鉈や鋸として使えるため便利。

 

〈ゴムボート〉

ただのゴムボート。

 

〈ロープ&ハーケン〉

一般的な登山具。

 

〈土嚢用麻袋〉

ただの麻袋。物を入れたり何かと便利。

 

〈防火コート〉

消防士の防護服を参考に作られたコート。羽織るだけでもかなり高い効果が得られる。

 

〈シュノーケル〉

通称「金魚鉢」。ヘルメット型のアイテムで“ポケット”を酸素ボンベにして、水中で行動出来る。

 

〈水掻き〉

ただの水掻き。

 

〈試作型伸縮式足狩槍鎌『レッドキャップ』〉

大入が大会中にロボットのジャンク品から自作した武器。「高枝切鋏」と「ハルバード」をベースにした長柄武器。ロッド部分が伸縮するギミックになっていて、鎌をいろんな場所に引っ掛けて利用できる。

 

〈試作型自動着火式松明『魔法のステッキ』〉

大入が大会中にロボットのジャンク品から自作した武器。「鉄パイプ」「ミサイルの雷管と炸薬」「液体燃料」「布」「ワイヤーロープ」を組み合わせた物。オイルライターより粗悪。

 

〈試作型噴射式発破戦鎚『コダマネズミ』〉

大入が大会中にジャンク品から自作した武器。3pロボットのミサイルを推進力にして、地雷を叩きつけるハンマー。使い捨て。

 

〈試作型発破式散弾箒鎚『ヤマアラシ』〉

大入が大会中にジャンク品から自作した武器。箒部分が爆発で飛散して面による攻撃をする。使い捨て。

 

〈試作型右腕包蔵式鉄甲『幸運をもたらす銀の腕(ヌアザアガートラム)』〉:

大入が大会中にジャンク品から自作した武器。装甲板を手頃なサイズに加工し、当て布とワイヤーロープで繋ぎ合わせた手甲。外側に鉄パイプとシリコンチューブを繋ぎ合わせた排気管を増設して背中の排気口から一斉噴出する機構が付いている。

 

 

必殺技集:

〈エアスラスター〉

“ポケット”に溜め込んだ大量の空気を推進剤として加速・飛翔する技。

 

〈ストリップ〉

“ポケット”の能力を使い。標的を「パーツ単位」で剥ぎ取る荒技。作中まだ解説してないが、0p敵の部品をもぎ取ったのがコレ。

その気になれば相手の服を全部剥ぎ取れる犯罪の様な事が出来てしまう。

 

〈シェルブリット〉

『スクライド』にでる『カズマ』の技をモチーフにした拳打技。〈エアスラスター〉を推進剤として利用する強力な右拳技。原作と同じく衝撃・撃滅・抹殺の三段階で構成しており、多分それ以上使うと腕がヤバイ。

また、雄英体育祭準決勝にて試作型右腕包蔵式鉄甲『幸運をもたらす銀の腕(ヌアザアガートラム)』を装備する事で、一段階上のシェルブリットを再現した。

 

〈ラディカル・グッドスピード〉

『スクライド』にでる『ストレイト・クーガー』の技をモチーフにした左蹴り技。〈エアスラスター〉を推進剤にした蹴り技。衝撃・壊滅・瞬殺の三種類を状況によって使い分ける。

 

〈ヒール・アンド・トゥ〉

『スクライド』にでる『ストレイト・クーガー』の技をモチーフにした技だが、作中でも情報が少ないため概念を抽出したオリジナル技である。

元々「ヒール・アンド・トウ」とは車やバイクのマニュアル操作でシフトダウンをする際のテクニックで「減速」「クラッチ切り替え」「再加速」をする一連の操作を言う。この事から「対象に一撃当てて減速」「角度とタイミングの調整」「〈エアスラスター〉で吹き飛ばし、反動を利用して再加速」する技となった。

 

〈斬艦刀式剣術〉

『スーパーロボット大戦OG』に存在する『斬艦刀』の技をモチーフにした武器攻撃技。体又は武器に〈エアスラスター〉の勢いを乗せた全力攻撃。ぶっちゃけ、武器でやるか、拳でやるか、蹴りでやるかしか違いは無い。

但し、記憶が朧気で、再現可能だった零式・参式の技がごちゃ混ぜになっている。

 

技集:

零式・疾風迅雷

刀身を横倒しに構え、〈エアスラスター〉全開で突っ込み、横薙ぎに両断する。

 

参式・大車輪

〈エアスラスター〉で思いっ切り遠心力を掛けてぶん投げる。ブーメランの様に戻って来ない。

 

参式・雷光斬り

十字斬り。横薙ぎから切り上げの連携。

 

参式・雲耀の太刀

空中高くからの唐竹割り。シンプルにして高い威力を出す。高く飛翔する際、剣を仕舞った方が燃費が良いが、浪漫のため一緒に飛ぶ。

 

〈GEAR格闘術〉

『GEAR戦士電童』の技を再現した格闘術。手足に〈揺らぎ〉を纏うように展開し、そこからタービンの様に風を回転して闘う。制御により精密性を求められるが、「愛さえ有れば関係ないっ」と豪語している。

『スクライド』系格闘技が「風速を突破力に変換して戦闘力を上昇させるアプローチ」なのに対して「風圧を防御力に変換して戦闘力を上昇させるアプローチ」となっている。

 

技集:

疾風三連撃

風を纏った下段足払い、中段拳打、上段の回し蹴りによる三連撃。

 

旋風回転脚

風を纏った蹴り。

 

爆砕重落下

足先に風を纏い、ニードロップ。

 

剛腕粉砕撃

風を纏ったままの手刀。

 

旋風回転拳

風を纏ったままの拳打。

 

爆龍三連擊

オリジナル技。疾風三連擊に爆発によるパワーを上乗せした強化技。

 

〈助けて~グングニルの槍〉

標的の頭上に飛び上がり、重槍の雨霰を落とす。着想は『ダンガンロンパ』の『アレ』。

 

〈換装〉

“ポケット”で一度装備を解除し、すぐに他の武器を取り出すこと。早着替え。

 

合成砲(コンポジットアーティラリー)

“ポケット”に収納している物質を複数種類同時に放出する技。放出時の化学反応や物理法則により、高い戦闘効果を発揮する。

 

技集:

突風銃(トップガン)

空気銃から着想した技。瓦礫等を弾丸に見立て、〈エアスラスター〉を応用し撃ち出す中・遠距離技。威力はまずまずだが、命中精度は低め。「何で変な名前なの?」と聞いたら「語感の響きが良かった」と返ってきた。

 

突風銃(トップガン)背度撃ち(ハイドショット)

突風銃の派生技。〈揺らぎ〉出現位置を自身の半径5m以内から自由に制御出来ることを利用して、足元や背後等の死角から狙い撃ちする技。

 

砂風機関銃(サブマシンガン)

突風銃の応用技、着想は『スーパーロボット大戦OG』の『アルトアイゼン・リーゼ』の武装『アヴァランチクレイモア』。大量の弾丸を風に乗せて放つ。本来は「パチンコ玉」だが安全に配慮して「BB弾」にし、大会中は「ネジや歯車」などで代用した。

 

降雨機関銃(フルマシンガン)

砂風機関銃の応用技。遥か上空に飛翔して、風力と重力に任せて弾丸の雨霰を叩き落とす。ほぼ流星群。

因みに作中の超弩級(ドレッドノート)は大氷塊を示す。

 

霧化着火火炎放射(ムカチャッカファイヤ)

火吹きパフォーマンスから着想した技。

ライターなど火種に空気と燃料を吹き付け即席の火炎放射にする。その他の可燃材と組み合わせることで凶悪な技になる。

 

流水濫射(カレントランサー)

その名の通りウォーターカッターから着想した技。実際は水鉄砲程度の威力しか無く。高圧噴射が今後の課題。

 

紅蓮火音(グレンカノン)

即席の必殺技。爆豪の手榴弾型手甲の砲撃機構を模倣した技。発動には爆豪の掌の汗を大量に採取する必要がある。

 



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プロローグ
1:???? オリジン?


とうとう、書いてしまった…。
初投稿の稚拙な文章ですが、良かったらお付き合いください。


「なんじゃ、つまらない人生じゃのう。お主」

 

 

突然何処からか声が聞こえた。

年寄りの様な口調の少年の声。

 

 

「あぁ、このままでは見えんか。ちょっと待っておれ」

 

 

そう言うと目の前に数多の小さな光の粒子が現れた。それらは徐々に増え、集まり、人の形を作っていく。やがてその光が一段と強い輝きを放ったかと思いきや、光が消えそこには一人の少年が立っていた。

 

 

「さて、待たせたのう。時にお主は今の自身の状態を理解しておるかのう?」

 

 

そう言われて俺は改めて自分の状況を確認してみる。周りの景色を見渡して観るが、その時点からおかしい。

自分の周りには目の前の少年一人を除いて何も無く、月夜の様に明るい視界。その先には小さな小さな淡い光が数多く瞬いている。それこそ、宇宙を漂っていたらこの様な感じだろかと余計な考えを廻らせる。

 

次に自分の体を確認してみるが、これもやはりおかしかった。自分の体が無いのだ。

手や足、呼吸やまばたきさえ意識出来る。しかし、手を伸ばしても自分の指先を見ることは出来ないし、足下を見ても爪先を見ることも叶わない。これではまるで幽霊みたいではないか。

 

最後に自分の記憶を確認してみる。これはおかしい所は無かった。

いつもの様に朝起きて、家族と他愛ない話をして、仕事に出て、上司に怒られたり、後輩の指導したり、一日精一杯働いて、自宅に帰ろうとして、そして…。

 

 

 

…あぁ、そうか。俺は死んだんだった。

 

 

 

今日も一日が終わり、後はいつもの様に帰るだけだった。駅のホームで電車を待っている時にそれは起きた。突如隣りに立っていた女性が線路内に落ちたのだ。不幸にも電車がホームに入って来る直前で、電車を止めて貰うのも間に合わない。俺は咄嗟に落ちた彼女を下の避難スペースに運ぼうとして、そして…。

 

 

 

 

 

 

「…お主随分落ち着いておるな」

 

 

沈黙を破ったのはまたも目の前にいるこの少年だった。

 

落ち着いている…。確かにそうかも知れない。幸い一瞬で死ねたから痛みも無かったし。自分が死んでしまった感想と言えば「人間ってこんなにアッサリ死ぬんだな」位にしか思わなかった。

 

 

「ふむ、人間にしては生存欲がなさ過ぎやしないかね?」

 

 

俺のことは正直どうでも良い。それよりも…

 

 

「一緒にいた女がどうなったか?じゃろう?」

 

 

…なぜ、それを?

 

 

「これでも神様じゃからな。お主がどの様な生涯を送り、何を考えたのかちゃんと知っておる」

 

 

そう言って目の前の少年はエッヘンと胸を張る。少年の姿のせいかイマイチ信じられない。すると目の前の少年がジトッとこちらを睨んできた。あ、思考読まれてるのか。

 

 

「理解が早くて結構。さっさと本題に入りたいが…先に女の方を話さないとならんようじゃの。

結果から言うとあの女も死んでしまったな。お主は女を安全な所に運びたかった様じゃが、二人そろって死んでしまっては意味が無いのう」

 

 

そうか。間に合わなかったのか…。

 

 

「気に病むでない。先程その女と話したがお主に感謝しておったぞ」

 

 

感謝?

 

 

「そうじゃ、あの女は疲れ溜まっており、気の緩みから気を失ったらしくな。残念ながら自分がなんで死んだのかも理解しとおらんかった。死ぬ間際のことを伝えたら嬉しそうな顔をしておったぞ」

 

 

…。

 

 

「…まぁ、良い。それでは本題に入ろうかの」

 

 

 

「さて、お主は残念ながらつい先ほどその短い生涯を終えた。此より汝の魂を行き先を決める審判が下る」

 

 

そう言うと上空から1枚の紙がハラリハラリと落ちてきて少年の掌に収まる。少年はその紙に目を通すと「なるほど」と頷き、どこからか出したペンでサラサラと文字を書き足していく。

少年が文字を書き終えるとその紙を便箋にしまい空へと放る。空へと放たれた一通の手紙はパラパラと光の粒子となって消えていった。

 

 

「さて、これでお主の行き先が決まった。汝に幸福な未来が訪れんことを!」

 

 

高らかに宣言した少年は手を高く上げ指を鳴らす。すると、目の前に光が溢れ真っ白に染められた視界の中で、私は再び意識を失った。

 

そこに残っているのは先程の少年。

 

 

「さぁ、新世界へようこそ…じゃな」

 

 

神を自称する少年の声は、何もないこの空間に静かに響いた。

 

 

 



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2:高校受験1

『僕のヒーローアカデミア』と言う作品をご存じだろうか?

 

 

俺のこんな与太話に付き合う様な奇特な人達なら説明も不要だが…、所謂『お約束』と言う奴なので一応説明しておこう。

 

 

『僕のヒーローアカデミア』とは週刊少年ジャンプに連載されていた異能バトル物にカテゴライズされているマンガだ。

 

事の始まりは 中国 軽慶市

″発光する赤児″が生まれたというニュースだった…。

以降、各地で「超常」は発見され、

原因も判然としないまま時は流れる、

いつしか「超常」は「日常」に…「架空」は「現実」へと変化した。

 

世界総人口の約八割が何らかの″特殊体質″である超人社会となった現在、

かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が

脚光を浴びることとなる。

 

『ヒーロー』

 

″超常″に伴い爆発的に増加した犯罪件数

法の抜本的改正に国がもたつく間

勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。

 

物語はそんな世界の一人の少年『緑谷出久(みどりやいずく)』の苦悩と努力を描いた英雄譚である。

 

…さて、何故こんな前置きを長々と話したと言うと…。

 

何を隠そう、俺はこの作品のファンである。

毎週読んでいた週刊少年誌からこの物語の虜となり、コミックスを購入し、アニメを欠かさず視聴するほどの大ファンであった。

 

 

 

…ん?何故、こんな話をするのかって?

それは、俺が転生したのがこの世界だからだよ!

 

大ファンである俺が「ここがヒロアカの世界である」と知ったら興奮して止まないのは想像に難くないだろう。

つまりアレだぞ!生でデク君の活躍とか!飯田君の独特な手の動きとか!黒影(ダークシャドウ)ちゃんとか!その…見られちゃうんだぞ!?

 

閑話休題

 

…失礼した。気持ちを切り替えてまずは、オーソドックスに自己紹介から始めようか。超高校級の幸運さんだって自己紹介から始めてたしな。

 

俺の名前は大入福朗(おおいりふくろう)。しがない転生者である。

 

線路に落ちた女性を助けようとして死んだ前世だったが…。自称神とか言うショタに導かれて「ヒロアカの世界」に転生するなんて…。いやホント人生って分からないもんだ。

 

転生直後は右も左もわかんないことだらけで、変なボロを出さないように気をつけて日常生活を送っていた。まぁ、余計なこと話せないから友達は殆ど居なかったけど…。

 

でも、無事に“個性”も使える用にはなったし、目指す場所は一つしか無い。

 

 

 

 

「…ついた」

 

 

俺は今とある高校の校門に立っている。

 

雄英高校

 

ベストジーニスト8年連続受賞「ベストジーニスト」

事件解決数史上最多、燃焼系ヒーロー「エンデヴァー」

“平和の象徴”「オールマイト」

 

その他にも超が付くほどの大物ヒーローを数多く排出した有名高校だ。雄英高校のヒーロー科は「ヒーロー業界でトップになりたかったらここに行け」と言われる程の場所である。

 

もちろん、有名高校なだけあって人気のほども凄まじい。例年その志願倍率は300を超える狭き門だ。

…倍率300ってかなりクレイジーな数字だろうこれ。東京大学で3倍、慶應義塾大学で10倍であることを考えてもやばい。ヒーロー科の一般合格者数は36名、倍率300だとしたら10,800人もの人が受験することになる。何でだよ!偏差値の段階でもうちょっと諦めてもよいのではないだろうか!?

……まぁそうはいかないよな、ヒーロー科は筆記試験より実技試験に重きを置いているはずだから、偏差値79とは言っても実技クリアすればワンチャン有るわけだし…。

 

俺がここに居るのは今から雄英高校ヒーロー科を受験するためだ。俺が転生したタイミングは運が良くこの物語の主人公達と同年代だった。「折角この世界に来たのなら原作の皆を近くで見たい」というミーハーな気持ちと「折角“個性”と言う力が使えるなら是非とも十全に使いたい」と言う不純極まりない動機でこの場へと来た。ステ様もマジ切れだろうなこれ…。

 

 

とにかく!この場に立つなら目指すは「合格」!それ以外の選択肢はない!!

 

 

「ついたな…」

 

 

隣に立つ少女も緊張した声色で俺の言葉に同調した。

 

 

「なんだ?緊張してんのか?普段は恐いもの無しなのに、流石にビビったか」

「まさか!これは単なる武者震いって奴だ。どちらと言うとアンタがうっかりミスしそうで心配だよ」

 

 

少女は俺の煽る言葉にして軽口で抗議する。

 

 

「うへぇ、ひどいや。…まぁ、なんにせよここまで来たら後は全力で当たるしかないだろ」

「分かってるよそんなの。…うん、少なくともこの日のためにやれることは全部やってきた!だからそれを全部出し切れば何も問題ない!」

「あぁ、その意気だな。その方がキミらしい」

「よし!なんか元気でてきた!…いいか!目指すは二人揃って合格!全身全霊を尽くすぞ」

「勿論、全力全開で行かせて貰うよ」

「よろしい!」

 

 

そう言うと目の前の少女はニンマリと笑顔を作った。

僅かな軽口の応酬で彼女から余計な緊張が消え、いつもの調子を取り戻してくれた。実際に彼女ならこの試験も問題ないだろう。それだけの実力を持っていることを俺は知っている。

 

 

「じゃあ、健闘を祈るわ。福朗」

 

 

彼女は俺の方を真っ直ぐ見据えてこう言った。

そこそこ長い付き合いとなった彼女だが、俺に対して「全力で挑んで、そして合格して欲しい」と思っていることがその瞳から伝わってくる。

彼女の正しくて、真っ直ぐで、それでいて思いやりに溢れて居るところはとてもヒーローに向いていると思う。彼女の「他人を思いやる精神」は必ずヒーローへの道を切り開く力になるはずだ。

そんな彼女に俺も全力で激励(エール)を贈りたい。願わくば彼女も無事合格出来るように。…怪我の無いように。

だから俺も彼女にこう伝えることにした。

 

 

「俺からも健闘を祈るよ。一佳」

 

 

 



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3:高校受験2

ーーーーーー無事に筆記試験が終了した。

 

 

もともと勉強は出来る方だったから心配はしていない。

一佳も「バッチリ!大丈夫だったさ」と笑顔満開で言っていたから問題ないだろう。実際に俺よりも一佳の方が頭が良かったしな。

 

さて、次は鬼門となる実技試験である。

 

 

『今日は俺のライブにようこそ!!! エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 

講堂に訪れる静寂。そう、ここは試験会場。ここには今後の人生を左右する重要な岐路に立たされている少年少女が有に一万人以上いるのだ。そうなれば講堂内を包み込む緊張感は言うまでも無い。誰が彼のヒーロー『プレゼント・マイク』のお祭りムードに乗ることが出来るだろうか?いや、出来ない(反語)

 

 

『こいつぁシヴィーーー!!! 受験生のリスナー!

 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!! アーユーレディ!?』

『YHAAA!!!』

 

 

再び訪れる静寂。こんな場違いな雰囲気を出しているというのに一切気後れしないプレゼント・マイクはかなり胆力のある人物の様な気がしてきた。少なくとも俺には無理だ。

 

 

「『プレゼント・マイク』初めて見たけど…。何というかすごいな」

「確かに、この空気の中であのノリで話せる辺りは流石としか言いようがないね。ヒーローとしての胆力でもあるのかな」

「あっ、それ言っちゃうんだ」

 

 

わざわざ、濁してきた一佳の言葉に俺が思っていることを率直に返す。すると、「うへぇ」と感じるような微妙な表情になった。

 

それはさておき『プレゼント・マイク』がノリノリで試験内容を説明していく。

と言っても、転生したことで予備知識がある俺には余り意味がない。

 

実技試験の課題は…言わば広大なフィールドを利用した模擬戦闘だ。

試験会場の市街地には仮想(ヴィラン)ロボットが無数に配置されている。受験者は制限時間内に出来る限りロボットを撃破又は無効化して、ポイントを稼いでいく。

 

 

1p(ヴィラン)『ヴィクトリー』

比較的小型のロボット。一輪走行で非常に機動力が高い。サイズの分、馬力・強度共に低め。

 

2p(ヴィラン)『ヴェネター』

恐竜を彷彿させるフォルム。装甲面を強化したロボット。形状からして尻尾を利用した広範囲の攻撃や首からの高角度の攻撃が予想される。

 

3p(ヴィラン)『インペリアル』

自走砲の様なロボット。銃火器を搭載しており、遠隔攻撃をしてくる。防御面も強化され、まるで針鼠のようだ。

 

 

そして…

 

 

『質問よろしいでしょうか!?』

 

 

遠くを見やると高身長、制服の上からでも感じ取ることが出来る鍛えられた体躯、眼鏡の少年『飯田天哉(いいだてんや)』が質問を投げかけた。

 

と言うよりも飯田君だよ!飯田君!!生声だよ飯田君!うぉぉぉっ!アニメの時同様の真面目そうな口調といい、堂々とした姿勢といい、既に委員長気質なオーラが出ているぅぅっ!

原作キャラとの出会いはいつでも興奮冷めやらぬ気持ちになる。一佳と初めて会った時は表情を隠すのに必死だったのを今でも覚えている。

 

閑話休題

 

 

『プリントには四種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!』

 

 

そして、ついでとばかりに近くの席に居る『緑谷出久(みどりやいずく)』に注意をとばしている。

 

 

この四種目の敵がこの試験の最大のキーポイントだ。

 

 

0p(ヴィラン)『エグゼキューター』

規格外のロボット。デカイ・カタイ・ツヨイと三拍子揃っている。はっきり言って倒すメリットは無い。回避推奨の妨害ギミックである。

 

 

しかし、この試験には隠された採点基準がある。

 

 

救助活動(レスキュー)p』

 

 

実技試験の最中、敵によって窮地に立たされた他の受験者を助けた際に発生するポイント。採点は試験官たるヒーローの審査制で『(ヴィラン)p』『救助活動(レスキュー)p』の合計が実技試験の結果になる。

…とは言っても『救助活動(レスキュー)p』なんて狙える物でもないし、普通に頑張るしかないだろう。運良く見つけたら加勢に入る感じで良いかな?標的の横取りと勘違いされたら減点もあるかも知れないし…。

 

そんなことを考えていると試験内容の説明を終えた『プレゼント・マイク』は〆の言葉にこう告げた。

 

 

『俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!』

 

 

“Plus Ultra”!!(更に向こうへ!!)

 

 

『それでは皆良い受難を!!』

 

 

 

試験官『プレゼント・マイク』の説明が終了し、受験者達が割り振られたそれぞれの戦場へと移動を始める。さて、俺達も移動しないと…。

 

 

「一佳俺達も移動しないと遅れるぞ?」

「…。なぁ、福朗?アンタの試験会場ってどこだ?」

「…?試験会場Eだけど?」

「ふぅ、やっぱり違う会場か…」

「そりゃ仕方ないって。同じ学校の奴が同じ試験会場に居たら効率重視して共闘するからな。もし、俺が一佳と同じ試験会場だったら間違いなく共闘するね」

「まぁ、アンタなら間違いなくそうするよね。…でもさ、私は多分協力しないと思うよ。」

「え?何、俺そんなにお荷物…?」

「ふふっ。…そうじゃ無いんだ。むしろ福朗が手伝ってくれたんなら、きっと凄いことも出来る。けど、私にとってアンタは最も目の前にいる目標なんだ。だから…。だから私はアンタと正々堂々戦いたい。勝ってアンタを見返してやりたい!」

 

 

いつもなら「そうか、でも簡単には負けてやらないぞ」なんて軽口の一つや二つ返してやる所だった。でも、この瞬間だけはそれが出来なかった。

一佳から向けられた真剣な眼差し。強く、真っ直ぐで、綺麗に澄んだ瞳の奥に、熱い物を宿している様に感じた。

 

そんな一佳の言葉に呆気にとられていると。「言いたいことはそれだけだから…。それじゃ、先に行くわ」と告げて足早に去ってしまった。

 

気が付くとまわりの受験者も殆ど居ない。俺も早く移動しないと…。

 

 

 



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4:模擬戦闘1

※新しいオリキャラ発生です。


移動に費やすこと数分間。試験会場Eとなる「市街地エリア」に来ていた。試験会場には俺と同様に試験を受けるライバルが100人は居るのでは無いだろうか…。

普段の調子なら「一度に同じフィールドに居る大量の受験者を(ヴィラン)pだけでなく救助(レスキュー)pまで見るなんて試験官何人体制なんだろうな?」とか「この試験の為に敵ロボット何千体用意したんだろう?費用は?」等と他愛ない話を三つか四つ考えている所だが…、どうにも調子が戻らない。

 

 

 

「私にとってアンタは最も目の前にいる目標なんだ。だから…。だから私はアンタと正々堂々戦いたい。勝ってアンタを見返してやりたい!」

 

 

 

あの言葉が頭から離れない。別れ際に一佳が俺に残した言葉。一佳はこの試験の場に立つために相当の努力を積み重ねて来たことを知っている。俺も同じ雄英を目指す者として、一緒に勉強や鍛錬してきたんだから対抗意識を燃やす事でモチベーションを上げていてもおかしくはない。

けど、あの表情は、あの瞳は……。

 

いけない、いけない。危うく思考の海に没頭するところだった…。とりあえずは目の前の戦いに備えるべきだろう。

俺は自らの頬を思いっ切り叩いて気合いを入れ直すことにした。

 

さて、試験に合格するためには…やはり原作知識を利用して戦況を有利することが鍵になるだろう。なにせ、これも転生者の利点だからな。

手始めに準備から始めようか。まずは、手持ちの武器になるメリケンサックと安全靴の調子を確認する…うん、問題ない。

次は位置取り。予め試験会場の中に出来るだけ近い場所を陣取る。

後は、軽く体を解しながら待つことにしよう。

 

 

『『『ハイ!スタート!』』』

 

 

バンッ!と聞こえて来そうなくらい思いっ切り踏み込んで市街地へと駆けだしていく。後ろで『プレゼント・マイク』が他の受験者たちを急かしている間にぐんぐんと距離を稼ぎ、先手を打てる様にした。

…様にしたはずなんだが…。

 

受験者が一人、ぴったりと並走している。俺の目線よりかなり低い位置、ショートヘアーを靡かせたちんちくりんな奴が「トトトト」と言う足音を立てながら遅れることなく着いてきている。

 

 

(こ、こいつ…デキる!)

 

 

思わずネタ見たいな思考をしてしまった。けれどもそれは仕方ないだろう。なんせ、あの完全に不意打ちな試験開始の合図に対応可能な奴なんて殆ど居ない。現に俺も原作知識を持っていたから、完全に他者を出し抜いたんだ。それを、目の前のこいつは自身の判断力で着いてきたらしい。

 

 

「いや~。アレって開始の合図でいいんですよね٩(๑>∀<๑)۶ 僕もあの合図にびっくりしました(*´罒`*) にしてもおにーさんもスタートダッシュ決めるなんてやりますね~(*≧艸≦)」

 

 

隣のちんちくりんは此方を見て、急に話し掛けて来た。高いトーンの声…こいつ女か!しかも、僕っ娘だと!?

関係ない話だが俺は僕っ娘が苦手だ。「止まない雨は無い」某犬っころ駆逐艦はヤンデレ属性持ちだし、某プログラマーは男の娘だし、某天使は事あるごとにバットで殴り殺しに来るし、某神様はロリで巨乳だけど例の紐と揶揄される貧乏な神だし、某黄色い探偵はFXで全資金溶かすし、エンゼルトランペットは癒し系キャラだと思いきや猛毒使いとかえげつないものだったし。悪平等な彼女に至ってはインフレ大魔王だし…。全部が全部そうでないと分かっていても、僕っ娘に良い思い出は無い。「全国の僕っ娘ゴメンね」心の中で謝っておく。

 

閑話休題

 

 

「そうだな、あんな合図で動ける奴なんてそういないだろう」

「でもでも~、おにーさんはバッチリ決めてるじゃないですか~ヾ(≧∇≦*)/ そんなおにーさんは今回、僕のライバルになりそ~です(`・ω・´)キリッ」

「そうかい!そりゃ光栄だな。じゃ、俺も恥じない戦いしますか!それじゃお先になっ!」

「あぁっ!ちょっΣ(,,ºΔº,,*) 待つです!」

 

 

そう言って俺はちんちくりん改めて僕っ娘を振り切る為に“個性”を使う。

“個性”を発現し、自分の両肩に〈揺らぎ〉を作る。その〈揺らぎ〉の中から風が発生し、それは突風となり、体を前へ前へと押し出していく。その加速を使って隣の僕っ娘をあっという間に振り切った。

 

 

 

 

『『目標発見!ブッ殺ス!』』『ヒャッハー!皆殺シダァ!』

 

 

すぐそこの角を曲がると、早速お目当ての標的を発見した。四脚に長い首を持つ2pロボット『ヴェネター』が一体、それを取り巻くように走り回る一輪走行の1pロボット『ヴィクトリー』が二体だ。

俺はそいつらを倒すべく更に加速する。向こう側も此方をターゲットにしたらしく1p(ヴィラン)はその機動力を活かし特攻を仕掛けてくる。互いの距離は見る見る縮まり、そして射程距離に入った瞬間に俺は跳躍、1p(ヴィラン)の遥か頭上を飛び越えていく。

1p(ヴィラン)よ!貴様らにこのトップギアのスピードを使うのは勿体ないっ!狙うは奥に佇む2p(ヴィラン)!俺は左脚を前に突き出し、最高速の一撃を繰り出した!

 

 

「衝撃のぉ…!ファーストブリットぉぉっ!!」

 

 

「疾風」その一言を体現するかのように繰り出した飛び蹴りは、矢が的を射抜く様に2p(ヴィラン)の顔面を穿ち、吹き飛ばす。頭部を失った相手はバチバチと火花を散らして沈黙した。

今俺が放った技は、かの兄貴が使っていた技「衝撃のファーストブリット」だ。威力は本家に及びはしないが、攻撃を撃つための原理は自分流に再現している。

こういう技を使うときってやっぱりかなり気を遣う…らしい。再現してみたは良いものの、果たして本家に恥じない威力を発揮する事が出来ているか等、様々な悩みが少なからずあるもんだ。しかし、俺からしたら「折角転生して、しかも真似できそうな技があるなら是非ともやりたいじゃないか!」と考えてしまう。かっこいいは正義だ!せめて本家に恥じない様に努力しよう。

 

 

「さて、後二体も…んなっ!?」

 

 

靴底でアスファルトの表面を削りながら制動を掛け、すぐさま反転。さあ、この調子で残りのロボットも…、と振り返ると巨大な光る物体が二つ此方に迫ってきていた。咄嗟に回避すると、その物体はそのまま1pロボット達を巻き込んで壁へと激突した。光が消えるとそこにはブスブスと煙を上げたロボットが完全に沈黙していた。

 

 

「んふっふっふ~( ̄ー+ ̄)ドヤァ どうですおにーさん!僕も中々やるでしょう(๑ơ ₃-)♡」

 

 

そこには先程振り切ったはずのちんちくりんな僕っ娘が不敵な笑み…もとい、どや顔で立っていた。

……ちくしょー。だから僕っ娘は嫌いなんだ。

 

 

 



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5:模擬戦闘2

「壊滅のぉ…!セカンドブリットぉぉっ!!」

 

 

俺は高所からの回転を加えた強撃で3p(ヴィラン)『インペリアル』を襲撃した。スピードが乗った「迅雷」を彷彿させる蹴りは、その強固な装甲ごと地面に押し込み、奴自身の重量と叩きつけた衝撃で「足」を一気に破壊する。

しかし、それだけじゃない。落下速度を上げるため発生させた風が、市街地の高層建築物の中で逃げ場を失い、擬似的なダウンバーストを発生させた。荒れ狂う暴風はそのまま脅威となって周辺に牙を剥く。近くに取り巻いていた1pロボット二体を吹き飛ばし、空気の流れで力任せに壁へと縫い付けた。

それ見逃したりはしない。その二体目掛けて駆け出し、自分の右の拳を握り締める。更に加速を付けるべく右肩・右肘・そしてその拳へと〈揺らぎ〉を作り、生み出した風が速度から力へと変化していく。

 

 

一回転

 

 

繊細かつ大胆に繰り出した自慢の拳は眼前にいる二体のロボットを思いっ切り殴り飛ばした。

 

 

「衝撃のぉ…!ファーストブリットぉぉっ!!」

 

 

甲高い金属音が「ガオン!」と鳴り響いて二体のロボットがバラバラに破壊された。

 

 

「うっし!これで40p目!」

 

 

試験から数分、先程のロボット3体を蹴散らし、40pと言う大台へと乗り上げた男、「大入福朗」は文字通り縦横無尽に戦場を駆け巡っていた。

 

不思議な事にこの男、一カ所の戦場には留まらず、数体の標的を無力化すると次々と狩り場を移動している。本来ならそこに居るロボット全てを破壊してから移動した方が索敵の手間が省略され、より効率的に点数を稼ぐ事が出来るだろう。

 

 

(ここは、ハズレだな…)

 

 

しかし、彼には目的があってフィールドの隅から隅まで走り回っている。

 

0p(ヴィラン)の発生位置割り出し。

 

最大最凶の妨害ギミック。ヒーローとしての素質を試される場面。激しい戦闘に疲弊する受験者が、突如発生した巨大ロボットにパニックを起こし、逃げ場を失う恐れがある。狡猾にもこの男はその場に駆けつけ救出作業をすることで救助活動(レスキュー)pを稼ごうと考えているのだっ!

 

…と言う風に頭の中で下らないナレーションを考えながら、次の狩り場へと移動を開始する。とは言ったものの既に全体を一巡し、彼のロボットが発生する場所の目星はついた。

恐らく中央のメインストリートを北へ少し向かった位置だ。あの場所は不自然なまでに敵ロボットが居なかった。加えてその位置から東西南北に戦場におあつらえ向きの大きな広場が存在し、多くのロボットが暴れている。

これは予想になるが…。0p(ヴィラン)ロボット発生位置からドーナツ状に戦場エリアが設定されており、ロボット出現後に人が密集したエリアに乱入する流れじゃないだろうか…。そもそもだ、制限時間が少なくなってからの乱入だと移動している暇は無いし、ど真ん中にいきなりぶち込む方が絶対パニックを引き起こせるはず…。

 

とにかく移動しないと。時間的にいつ0p(ヴィラン)の乱入が起きてもおかしくない…。

 

 

_________________

 

 

 

 

「この入試は(ヴィラン)の総数も配置も伝えていない。限られた時間と広大な敷地…。そこからあぶり出されるのさ」

 

「状況をいち早く把握する為の『情報力』」

 

「遅れて登場じゃ話にならない『機動力』」

 

「どんな状況でも冷静でいられるか『判断力』」

 

「そして純然たる『戦闘力』……」

 

「市井の平和を守る為の基礎能力がp数と言う形でね」

 

 

 

でも…

 

 

 

「真価が問われるのは…これからさ!!」

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

「うおおぉぉぉっ!ダァッ!」

 

 

男が吼え、拳を振るう。1p(ヴィラン)の盾とぶつかり合い「ゴン!」と重厚な音を鳴り響かせる。激しい衝撃に堪らず身を仰け反らせた1p(ヴィラン)の懐へと男は素早く潜り込む。

 

 

「シィッっ!」

 

 

1p(ヴィラン)の顎目掛けて全力のアッパーをお見舞いする。正確に狙われた鋼の拳はロボットのコンピュータ部分を破壊し、機能を停止させた。

 

その男を狙うロボットが一体。2p(ヴィラン)はその足の遅さを攻撃のリーチの長さでカバーしていた。例えば長い首を使った薙ぎ払い、はたまたその尾に搭載した機関銃。

尾部分に内蔵された凶弾は現在、彼に向けて放たれようとしていた。

 

 

「とりゃー!」

 

 

どこからともなく聞こえる少女の声。突如飛来する謎の鉄パイプ。鉄パイプはそのまま2p(ヴィラン)の尾を叩き、その火砲の照準を狂わせ、意味の無い空中へと弾丸を吐き出す。

 

 

「カクさん! 今です(*`Д´*)!」

「変な名前で呼ぶなって…のっ!」

 

 

ちんちくりんな僕っ娘が“個性”で作り出した「光の掌」が足場を作る。先程の男はすかさずそれに駆け寄り、ホップ・ステップと空中を舞い、そこから更にジャンプ。両手を握り合わせ、彼を狙う2p(ヴィラン)の脳天をハンマーナックルで叩き潰した。

 

しかし、敵の猛攻も終わらない。挟撃するように立ちはだかる二体の3p(ヴィラン)が両肩に搭載したミサイル砲を乱射。近くに居た二人へと火炎の雨あられを降らせる。

 

 

「何のこれしきっ!(*≧Δ≦)っ 」

 

 

それを今度は僕っ娘が防ぐ。両手を動かすと先程まで足場の代わりをしていた光の手は変幻自在に舞い、ミサイル群を空中で次々爆破していく。

 

 

「そこから…

ドーーーm9( `•д•´ )ーーーン!!!」

 

 

3p(ヴィラン)に光の拳が突撃し、その前面装甲を瞬く間にスクラップへと変貌させる。

 

 

「こっちも終わったよ~!」

「ありがとうございます!スケさん(≧∇≦)b」

「ふふふっ、それって私~?」

 

 

振り向くと残る一体の3p(ヴィラン)が頭部からブスブスと黒煙を出しながら沈黙し、その前を不気味にも鉄パイプが浮遊している。

 

鋼鉄少年『鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)』と透明少女『葉隠透(はがくれとおる)』、そしてこの僕っ娘は偶然にもこの戦場で即席のパーティーを結成していた。

最初は敵の弾幕を僕っ娘が防いで皆を守ったところ、「助けられた借りを返す」と鉄哲が共闘、そんな熱い展開に熱された葉隠が便乗することになり、現在へと至る。

鉄哲が近接格闘で叩き伏せ、僕っ娘が遠距離攻撃とアシスト、葉隠が両者の手が届かないところをフォロー・遊撃することで結果的にバランスが良く、安全な戦闘を展開出来ている。

言うまでもなく、この三名はこの入試中に偶々出会っただけの初対面である。しかし、彼等はヒーローに求められる素質、周り戦況を把握する『視野の広さ』、自らの能力で何が出来るかを判断し、役割を決める『理解力』、物怖じせず相手に向かう『胆力』を備えていた。そして何よりもpの奪い合いと言う試験内容の中で、破綻させずに協力体制を維持する『協調性』の高さこそが、このパーティーを成立させた鍵だろう。

 

この即興のチームプレーで撃破効率が上がっているわけでは無い。しかし、互いに足りない部分を補い合い「無理の無い戦闘」をしているため、怪我も疲労も最小限に抑えられ、結果として戦闘力を格段に上げている。このままなら最後までフルスロットルで戦い抜くことも可能だろう。

 

もし、このままならだが………。

 

 

「んなぁ!?」

「ちょ!凄い揺れ…」

「ヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ」

 

 

突如地面に発生する大きな揺れ。地震でも起きたんじゃないか?と勘違いさせられる程の規模のそれは、収まることもなく、大きく、更に大きく、その揺れを増していく。

 

次の瞬間、大きな破壊音と共に近くのビルが倒壊。その陰に一つ、巨体の影が顔を出す。

 

0p(ヴィラン)『エグゼキューター』

 

圧倒的脅威は、ほら目の前に…。

 

 

 




※注意
2p敵『ヴェネター』は作者の独自解釈による設定捏造です。何卒ご注意を。
※注意
誤字報告頂きました「壊滅のセカンドブリット」はアニメ版「スクライド」に未登場のストレイト・クーガー兄貴の技となります。詳しくはwikiへ。誤解を招く表記誠に申し訳ございません。


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6:模擬戦闘3

試験終了まで残り数分。戦場は混乱の渦中に陥れられた。

 

0p(ヴィラン)の乱入。

 

突如現れた奴は、緩慢な動きではあるが、障害物なんてあってないような所作で突っ込んでくる。

緩慢な動きとは言うが、あの巨体である。腕を振るえばビルは倒壊するし、電柱は電線同士が絡まりダース単位で吹っ飛ぶ。

こんなもの誰が相手に出来ようか…。結論は「否」。受験者達は一目散に逃走を開始する。

だが、それは叶わない。象の一歩と蟻の一歩の差は埋められないのだ。敵の距離はあっという間に縮まり、拳を振るえば蹴散らせる距離へと到達した。

 

 

『プチット、殺ス』

 

 

淡々と事実だけを述べたロボットは、その拳を振り落とした。落下地点は逃げ惑う受験者の真っ直中。

 

 

「駄目です∑(✘Д✘๑ )」

 

 

僕っ娘は咄嗟に前に出る。“個性”で作った光の拳を前に出し、その鉄塊を受け止めようとする。

 

まるで流れ星でも駆け抜けるかのように繰り出された二つの光。

 

 

 

敵の拳とぶつかり合って…

 

 

 

僅か数秒と保たずに消えた。

 

 

 

「危ない!!」

「ちぃっ!馬鹿野郎がぁ!」

 

 

二人の反応は早かった。葉隠は足の速さを活かして、素早く僕っ娘を抱きかかえると後ろへ。鉄哲は自らの頑強さを便りに、二人の少女を庇う様に前へ。

次の瞬間、隕石でも墜ちたかのような衝撃が大地を抉る。三人の少年少女を巻き込んで大小様々な瓦礫が宙を舞う。その光景は正に地獄だった。

 

 

「お二人共に大丈夫ですか: ( ºΔº ;):!?」

「「…」」

 

 

二人共受けたダメージは深刻だった。その身一つで敵の拳を受け止めた鉄哲は、自慢の鋼の体のあちこちに亀裂が入り、苦しげな呼吸をしている。苦肉の策と、僕っ娘を瓦礫から身を挺して庇った葉隠は、透明な素肌から血を流し、呻き声を上げる。

両者共に迅速に医療機関で適切な処置をすれば何も問題ない怪我ではあるが…、戦闘の最中では致命的と言わざるを得ない。

二人を抱えて逃げようにもさっきの攻撃によって足を痛めた僕っ娘では逃げ切ることすら出来ない。絶望としか言いようがなかった。

 

 

『二度殺ス』

 

 

そんな彼女たちに、非情にもロボットは二度目の拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉっ!撃滅のっ!セカンドブリットぉぉっ!」

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

ズドーン…

 

遠くの方で、地響きが聞こえる。向こうの方で巨大な影が動き、土煙が空へと昇っている。

 

 

(くそっ!出遅れたっ!)

 

 

読みは合っていたのに、時間を掛けすぎた!

 

現場に駆けつけると辺りは地獄のようだった。

逃げ惑う受験者たちによる阿鼻叫喚の大合唱。瓦礫の山を積み上げたお立ち台。その奥で暴れ踊る巨大ロボットが戦場をカオスに染め上げる。

はっきり言ってヤバイ。これが実際の現場なら火災が発生し、逃げ遅れた一般市民も存在し、パニックを起こした民衆の暴走により二次・三次の災害が起こる。確実に被害は甚大になって居るはずだ。状況は最悪としか言いようが無い。

 

改めて実感した。これはヒーローが立ち向かう現実なんだ。この先、本気でヒーローを目指すなら、これよりも酷い状況は何度でも遭遇する。

この試験は受験者に対して、その事実にどう対処するかが試されているんだ。

 

別に倒さなくても、試験時間が終わればロボットは停止するし、迅速に救助活動も行われるだろう。それまで、避難誘導でも救助作業でも、やることは山ほど有る。

 

しかし、…しかしだ。もしこれが試験じゃなかったら?

 

何時、他のヒーローは駆けつける?

何時、敵は止まる?

何時、救援が来る?

其れまで果たして持ちこたえることが出来るのか?

仮に出来たとしても、決して少なくない被害をコイツが撒き散らすことだけは確実だ。下手をすれば命を落とす人だって居るかも知れない。

 

…倒さないと。この惨状を生み出し続けているのは0p(ヴィラン)だ。アイツが居座る限り、この悪夢は終わらない。俺は直ぐさま奴の元へ急いだ。

 

 

 

 

被害の中心へと辿り着くと、眼前には既にクライマックスな光景が飛び込んできた。

 

 

振り上げられた鉄塊の拳。

 

足下に逃げ遅れた二つの影。

 

駄目だ、このままじゃ死ぬ。人が…死ぬ。

 

それだけは駄目だ。絶対に、駄目だ。

 

 

俺は足を止めずに更に加速。右の拳に力を込める。右肩から肘、拳にいたるまで〈揺らぎ〉を纏って風を噴出させる。

爆発するようなスピードを自慢の拳に乗せて、振り下ろされたロボットの拳に向かっていく。

 

 

「うぉぉぉぉっ!撃滅のっ!セカンドブリットぉぉっ!」

 

 

膨大なエネルギー同士がぶつかり合い、耳を突き破るかのような轟音と衝撃波を撒き散らす。

ロボットの拳と力は拮抗しているものの、このままでは押し通られるっ!気合いと根性を入れて風の出力を上げ、強引に押し返そうとする。

次の瞬間、攻撃を弾くと同時に俺もたまらず後方へと吹っ飛ぶ。土煙を巻き上げながら地面をゴロゴロと転がり、やがて瓦礫に激突する。いてぇ…。

けど!頑張った!セカンドさん超仕事した!敵の攻撃相殺出来た!うちのセカンドさんは出来る子なのだ!腕の感覚おかしくなりそうだけど構うもんか!今はアイツだ!

 

俺は自身を奮い立たせるため、咆哮と共にロボットの右側面へと回りこむ。ロボットは俺目掛けて垂直に拳を振り落とすが、これを背中に纏った〈揺らぎ〉で加速。一気に回避する。そして、その巨腕を橋代わりに上へと駆け抜ける。右肩まで登り切ると俺は右肩の関節部分へと潜り込む。

その中で、俺はお目当ての物を見つけた。

 

 

 

_________________

 

 

 

次の瞬間である。バガン!!という豪快な音を立てて、0p(ヴィラン)の右肩から先が突如、もげ落ちたのだ。彼は右肩の隙間から飛び出すと直ぐさま左肩へと回りこみ、再び隙間へと潜り込んだ。すると、先ほどと同じように大きな音を立てて左腕を落とした。

 

ロボットも此れには堪らず行動を取る。脚部の履帯を全速力で回転し、爆走を開始した。たとえ腕が無くともあの巨体で走り回って、ぶつかれば、充分過ぎるほどの被害を生み出せる。…それを理解している彼が、その行動を許しはしなかった。

 

 

「やらせるかよっ!」

 

 

そう言ってロボットの左肩から飛び出した彼は隣接するビルへ飛び、それを足場に素早く反転。アイツの足下目掛けて降下する。その際、左足全体に〈揺らぎ〉を纏い、再び風を生み出す。体の軸に対し水平に上げられた左足、そこから生まれた風の力で全身は独楽の様にグルングルンと横回転を始める。

独楽は旋風となり、やがて「暴風」を生む。

 

 

「瞬殺のぉっ!ファイナルブリットぉぉっ!」

 

 

「竜巻」といっても過言では無い回転蹴りは、ロボットのホイール部分に衝突し、左側面の車軸を穿ち、動力系に深刻なダメージを与えた。更には衝撃波により履帯部分を、ボコボコに破壊いく。

 

幾度となく生み出される衝撃。激しい衝突によって舞い上がる土煙。その中から突き抜けて、再び上空へと向かう影が一つ。

 

 

「かぁーらぁぁーのぉぉぉっ!」

 

 

彼は再び右腕に〈揺らぎ〉を纏って空へと昇っていく。まるでロケット花火が駆け抜けるかの様な速度で昇ると、ぐっと拳を握り締め。

 

 

 

 

一回転

 

 

 

 

二回転

 

 

 

 

もう一つオマケに三回転

 

 

 

自慢の拳でアイツの顎を殴り飛ばした。

 

 

「抹殺のぉぉぉっ!」

「ラストっ!ブリットぉぉぉぉっ!」

 

 

天を貫くかの様に撃ち出された渾身の一撃は、見事にロボットの顎を穿ち、空を仰がせる。

 

 

 

『『『終了~!!!』』』

 

 

 

戦場に試験官『プレゼント・マイク』の声が響き渡る。試験は終了し、ロボットはそのまま行動を停止した。

 

 



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7:試験終了1

試験は終了した。ロボットは機能を沈黙し、とりあえずこれ以上、被害が出ることも無いだろう。良かった、これで安心だ。

 

…さて、次に俺自身の問題を解決するとしよう。俺は先程、渾身の「ラストブリット」を放った。それも遥か上空目掛けてである。

 

 

 

つまるところ、絶賛自由落下中である!!

 

 

 

「うおおおおぉっ!?」

 

 

変な声を上げ、落ちていく俺。全身に〈揺らぎ〉を纏って、風の力で何とかしたいんだが…それが出来ないっ!

先程打ち込んだ「ラストブリット」と「ファイナルブリット」で半身がイカレたらしい。〈揺らぎ〉を作ろうとすると激痛が走り、途端に解除されてしまう。

時間も残り少ない。俺が地面に激突する前に何とかしないとっ!このままではネギトロめいた死体に!

 

 

「わっぷ!?」

 

 

空中でジタバタしているといきなり光る手の平の中に落ちた。そこから、手の平はゆっくりと降下し、俺を地面へと送り届けてくれた。た、…助かった~っ。

 

 

「おにーさんっ!?大丈夫ですかΣ(o'д'o)!!」

 

 

「トットッ」と足を引きずりながら少女が一人こちらにやって来る。って!こいつ最初の僕っ娘じゃねーか!さっきまで無我夢中だったから気が付かなかったが…こいつが巻き込まれてたのか…。

どうやら俺はこのちんちくりんに助けられたらしい。助けられたのに素直に喜べない…解せぬ。

 

 

「最初の僕ロリじゃないか…」

「ボクロリッ ((유∀유|||))ガーン!?」

「とりあえず助かった。最後の一撃で“個性”がコントロール出来なくなってたわ。多分あのままなら落ちて死んでたなコレ」

「死っ((((;゚Д゚)))) 何言ってるんですか!?おにーさん!なんでこんな無茶苦茶なことしたんですか٩(ŏ﹏ŏ、)۶!」

 

 

なんでこんな無茶苦茶なことって…。確かにそうだな。

だって、あくまでこれは試験で、実際の現場じゃない。ヒーローたちが見てるんだから、最悪死人が出る前にストップが掛かるだろうし、アレでいて最低限度の安全性は考慮…されているん…だよな?…うん。でも…

 

 

「『ヒーローは目の前に転がる不幸を無視できない存在(モノ)である』…俺の持論だよ」

「目の前に転がる不幸…」

「まぁ、気にすんな。単なる俺の自己満足だ。…それより」

「それより…(´・ω・`;)?」

「医者?…呼んでくれない?」

 

 

そう言い残すと俺は血を吐いて気絶した。

 

 

「ちょっ!? おにーさぁんっ(இдஇ; )!」

 

 

________________

 

 

「おっ!お疲れ~福朗~って大丈夫?」

「おぉ、ぶっちゃけ大丈ばない…」

「変な日本語使うんじゃないよ」

「うへぇ」

「それもやめなって」

 

 

俺はあの後、ハンソーロボットにより医務室に運ばれ、簡単な検査の後、『リカバリーガール』の熱いヴェーゼにより回復した。

骨に少し罅が入ったらしいが…ダメージは比較的軽度だったらしく、直ぐ治療して貰えた。

うむ、流石『リカバリーガール』だ。全身に疲労感があるものの、痛みも違和感も完全に無くなっている。

 

 

「それで?そっちはどうだったんだ?実技試験」

「う~ん…。ちょっと不安かな?思ったよりもあんまり倒せなかった…。」

「おや~?俺に負けたくない!勝って見返してやりたい!って言ってた一佳にしては弱気な発言ですねぇ?」

「うっ、うるさいなあ…」

「まっ、大方ピンチになってる他の奴の助太刀とかしててあんまり倒せなかったんだろ」

「うぐっ!なんでわかんだよ」

「そりゃ、分かるさ。だって一佳の事だもん」

 

 

その言葉を言った瞬間。一佳は突然立ち止まり、驚いた表情でこちらを見ている。俺が「どうした?」と訪ねると「なんでも無い」と返し、駆け寄ってきて再び隣を歩く。

その後そっぽを向いて歩く彼女に会話は止まる。…ちくしょー、俺変なこと言ったか?キモイとか思われたのか?それはいけないっ!明日から生きていけない!

 

 

「…そういうアンタは?」

「ん?」

「実技試験だよ。私にだけ言わせてアンタは秘密ってのは無しだからな」

「あー…。結構良い線行ってるとは思うんだが…。如何せん最後0p(ヴィラン)。アレがマズかった」

「えっ?あのでっかいの?…もしかして…」

「おう!ぶん殴ってきた!」

「はぁぁぁっ!?アンタは何やってんだよ!」

「だってさ!0p(ヴィラン)のところに行ったら逃げ遅れた人、居んじゃん?足止めするしか無いじゃん?」

「だから!なんでそこで正面戦闘なんだよ!救助だけで充分だろ?」

「あれ?正面戦闘って言ったっけか?」

「やっぱりそうかっ!アンタの考えなんてお見通しだよっ!?」

「そこまで以心伝心してるなんて照れるなぁ…」

「茶化すな阿呆!もしもの事があったらどうする気だったんだ!!」

「反省はしている!だが後悔はしていないっ!」

「…馬鹿だ。完全なる馬鹿がいる」

 

 

一佳は俺の勇姿を「馬鹿」の一言で片づけて頭を抱えている。

 

…確かに馬鹿だった。「シェルブリット」「ラディカル・グッド・スピード」の名を冠して繰り出しておきながら、あの0p(ヴィラン)を倒すことすら出来なかった。アレをワンパンでぶっ壊した緑谷君は本気で凄いと思います…。

 

これでは只の恥さらしだ…カズマさんにも兄貴にも顔向け出来ねぇ。もっと鍛錬しないと、少なくとも一撃で屠れる位に…。反省点はここしかないな!

 

やはり、一番の問題は肉体の強度だな。もう少し筋肉をつけないと!帰ったら筋トレだっ!

後は…そう、もう少し型の練習をしよう。威力を一点に集中させればアイツを破壊出来たかも知れない…。やることはまだまだ一杯だな!

 

 

「あ~あ。また、馬鹿なこと考えてる顔してる…」

「馬鹿馬鹿言うな。俺は今回の問題点を洗い出して今後のためにだな…」

「はいはい、分かった。分かったからとっとと帰るよ。帰りの電車無くなるぞ」

「おい、待てって一佳」

 

 

軽い足取りで先を行く一佳。俺は慌ててそれを追う。日は沈み一日が終わる。家へと帰る社会人達の中に混ざり帰路につく。

 

筆記試験及び実技試験。ここ数日でもより一層密度の高いスケジュールをこなした俺達は疲労困憊だった。俺も一佳も全力を尽くした。所謂「人事を尽くして天命を待つ」と言う奴だ。出来るなら…二人とも合格したい物だ。

 

…しかし、俺にはある問題がある。「原作に『大入福朗』なる人物は存在しない」と言う事実だ。これが「そもそも入学出来ない運命にあるのか?」「入学したとして他の誰かが不合格になるのか?」予想がつかない。そんな不安を抱えながら帰ることになった…。

 

 

________________

 

 

電車の中。座席に座り、眠りこける一佳。一見して、余裕綽々としていた彼女も流石に気が緩んだのか、夢の世界へと旅立っていった。無防備に口元をだらしなく開けて、涎を垂らしている。お止めなさい、恥ずかしい。

まぁ、こんな一面を鑑賞出来るのも親しくなった者の特典だな。偶に「えへえへ」と愛らしく破顔する彼女の顔を眺めながら物思いに耽る。…思わず写メに収めたい衝動に駆られるが…ここはぐっと堪える。後が恐いからな。

 

 

 

今思うと凄い偶然だな。この隣で眠る少女。一佳こと『拳藤一佳(けんどういつか)』は俺と同じ中学だ。

俺が初めて邂逅を果たした原作キャラであり。俺がヒーローを目指す切っ掛けをくれたのも彼女だった。

彼女がくれた物は今となっては俺の原動力だ。だから、俺も恥じない自分になろう。彼女に恥じない自分になろう。自分に恥じない自分になろう。

今日の失敗を経て、改めて決意する。

 

…さて、もうすぐ降りる駅だし、そろそろ起こそうか。辺りも真っ暗になってきたし、家に送り届けて、そっから鍛錬だな。…いや待てよ、その前に二人とも晩御飯もまだだし、帰る前に一度どこかサイゼにでも寄って、今後「万が一の為」の後期試験の話でもして…。あっ!

 

 

「0p(ヴィラン)部品(パーツ)…返すの忘れてた…」

 

 

 



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8:試験終了2

とある少女の話。


目の前に、大きな大きな拳がありました。あの拳はあまりに大きすぎて、最初は拳であることさえ分かりませんでした。

その拳が、空から逃げる人々に向けて降り注ぐ光景を見て、僕は恐くなりました。

 

 

「駄目です∑(✘Д✘๑ )」

 

 

また、死んでしまう。誰かが死んでしまう。僕はそれが怖かったのです。

なんとかしないと、なんとかしないと!

咄嗟に前に出て、僕の“個性”で迎え打とうと思いました。

全力を掛けて打ち出した僕の拳は、余りに呆気なく負けてしまいました。

その事実にショックを受けても時間は待ってくれません。ロボットの拳はもう、目の前でした。

 

 

「危ない!!」

「ちぃっ!馬鹿野郎がぁ!」

 

 

そこに映りこむ一つの影。さっきまで一緒に戦っていたカクさんでした。カクさんは体を鋼に変え、あの拳を受け止めようとしていました。

それと同時に見えない力で僕は引っ張られます。おそらくスケさんでしょう。透明なスケさんは足も速いらしく、あっという間に僕を運んで行きます。

 

でも、間に合いませんでした。ロボットの拳は僕達三人を巻き添えにして地面にクレーターを作りました。飛んだ瓦礫の破片が肌を裂いて、とても痛いです。

 

 

「お二人共に大丈夫ですか: ( ºΔº ;):!?」

 

 

二人からは返事がありません。二人ともボロボロの傷だらけで、動くこともままなりません。

ロボットはそんな僕達に再び拳を振り落としました。

 

次の瞬間、一人の男の子が飛び出してきました。なんと、その子はロボットの拳を正面から殴り返してしまったのです!しかし、男の子も無事ではすみません。弾き飛ばされて地面をゴロゴロと転がります。

 

それでも男の子は立ち上がります。叫び声をあげながら彼はロボットに立ち向かいます。その瞬間、横顔を捉える事が出来ました。なんと!一番最初に逢った、おにーさんではないですか!

 

おにーさんはロボットの攻撃を華麗にかわし、ぴょんぴょんと腕を伝って右肩に上ると、…どうやったのか分かりませんが右腕をもぎ取ってしまいました。同じ要領…なのでしょうか?瞬く間に左腕ももぎ取ります。

 

しかし、そこまでされて黙っているロボットではありませんでした。せめて一矢報いるとばかりにキャタピラーを全力で動かし爆走を図ります。

おにーさんはそれにも対処しました。一度距離を取って、そこから身体を激しく回転させてからの蹴り。その威力に堪らずロボットは足を止めたようです。

地面を舞う土煙。そこから飛び出したおにーさんは追撃の手を緩めません。そのままお星様が空に昇っていくように繰り出す拳がロボットの顔を殴り飛ばしました。

 

 

『終了~!!!』

 

 

試験官の『プレゼント・マイク』さんの声が聞こえます。良かった、助かったんだ~。

 

 

…あれ?様子がおかしいです。おにーさんが空中でジタバタしています…。まさかっ!

僕は再び“個性”を使いました。射程距離ギリギリ一杯で何とかキャッチするとゆっくり…ゆっくりと地面に降ろします。直ぐさまおにーさんの元に急ぎます。怪我をした足が凄くもどかしいです。

 

おにーさんはボロボロでした。破れた服からのぞき込む右腕や左足は青黒く打撲しており、それ以外にも全身が生傷だらけでした。

 

 

「おにーさんっ!?大丈夫ですかΣ(o'д'o)!!」

 

 

大丈夫な訳ありません。僕ならこんなに傷だらけになったら泣きじゃくることが確定的に明らかです。

 

 

「最初の僕ロリじゃないか…」

「ボクロリッ ((유∀유|||))ガーン!?」

 

 

なんと言うことでしょう。よりにもよっておにーさんは僕を「僕ロリ」と呼びました。なんて人です!僕だって好きでこんな身体してるんじゃ有りません!それに…。

 

 

「とりあえず助かった。最後の一撃で“個性”がコントロール出来なくなってたわ。多分あのままなら落ちて死んでたなコレ」

「死っ((((;゚Д゚)))) 何言ってるんですか!?おにーさん!なんでこんな無茶苦茶なことしたんですか٩(ŏ﹏ŏ、)۶!」

 

 

憤る僕を余所におにーさんは再び燃料を投下します。僕は問い詰めました。なんで助けに来たのか?なんでここまでボロボロになりながら戦ったのか?…なんでそんなに嬉しいそうなのか?

 

 

「『ヒーローは目の前に転がる不幸を無視できない存在(モノ)である』…俺の持論だよ」

「目の前に転がる不幸…」

 

 

おにーさんの発言に僕は驚きました。おにーさんは、その理念のためにこんな無茶苦茶なことをしたと、のたまうのです。

 

 

「まぁ、気にすんな。単なる俺の自己満足だ。…それより」

「それより…(´・ω・`;)?」

「医者?…呼んでくれない?」

 

 

そう言い残すと突然、血を吐いて気絶してしまいました。いくら呼び掛けても反応はありません。

 

 

「ちょっ!? おにーさぁんっ(இдஇ; )!」

 

 

しっかりしてください!しっかりしてください!僕は必死に呼びかけます。

しかし、おにーさんの顔色は、傷口が熱を持った赤色とは対照的に、みるみるうちに青白くなっていきます。

 

 

「だれかっ! 誰か助けて下さいっ!

おにーさんが、おにーさんが死んでしまいますっ(;+⊿+;)!?」

 

 

僕は助けを呼びました。おかしいですよね?人を助けるはずのヒーロー志望が、今だけは他の人に必死に助けを求めています。

自分の事ながら情けない、悔しくて涙が止まりません。

 

 

「大丈夫!?しっかりしてっ!」

 

 

近くでスケさんの慌てる声が聞こえます。

 

 

「今医療班が来るから頑張って!」

 

「おいっ!こっちだって!早くしろっ!」

 

 

遠くでカクさんの怒鳴りつける声が聞こえます。

 

すぐに小さな救護用ロボットがやってきました。

ロボットは「アイノウ」と応えるとおにーさんを救護施設まで運んで行きました。

 

 

_______________

 

 

 

「…ん?……ど…?…ちゃん?……ちょっと?聞いてる?黄昏ちゃん?」

 

「はぅあっΣ(๑0ω0๑) ちょっと!驚かさないで下さい!みーちゃんヾ(*`Д´*)ノ」

「ははは、ゴメンって」

「…にしても凄かったな、雄英の試験!まさかっ!市街地一つが丸々一つの会場だったじゃねぇか!しかも、それが何会場も!どんだけって感じだよ!」

「本当にそうだよね!アタシもびっくりしちゃったよ!オマケにあのロボットの数!?あの量が各会場に居たってことでしょ?想像出来ないよ~」

「だよな!だよな!しかも、あのロボット達強いのなんのって…」

「けど、切島なら正面からボコボコにしてやったんでしょ?」

「あったりめーよ!その方が漢らしいからな!」

「あははっ!いっつもそれだね、やっぱり切島らしいじゃん!」

「…(´•_•`)」

 

 

みーちゃんときーくんが実技試験の話で盛り上がります。仕方ない事です、もし凄い“個性”を持っていたとしても、法律によりその使用を禁止されています。それを「自由に使って良い」ともなれば、普段抑えているストレスを発散するように、乱用することにも頷けます。

現に試験が終了した後も熱は抜けず、会話に花を咲かせているのです。

 

しかし、僕の心は晴れません。最後の戦い。僕は、何も出来ませんでした。他の皆さんを守れない所か、一緒に戦ってくれたスケさん、カクさんにまで怪我を負わせてしまいました。考えるだけでも嫌になります。

 

 

「やっぱりどうかしたの?黄昏ちゃん」

「ん~(´×ω×`) 試験の時なんですけども…。僕、あの0p(ヴィラン)の攻撃に巻き込まれちゃって…」

「ええっ!」

「マジかよ!?大丈夫だったのかっ東雲!」

「ええ、僕は平気でした(´•_•`) 幸いにも他の受験者が助けてくれました…。でも、その人は身体がボロボロになるまで頑張って、頑張って…倒れてしまったんです( ;∀;)」

「…ん?ちょっと待て!っつーことはそいつはあのデカブツと戦ったのか?」

「…(´・ω・`;)? はい、そうですけど…」

「「ええぇぇぇっ!?」」

「嘘!?あんなのに立ち向かったって言うの?」

「はい、でも僕は何も出来なかったんです。あのロボットの暴挙を止めることも、他の人達を守ることも…(;_;) けど、あの人は…おにーさんは何度も立ち向かって、僕たちを助けてくれました」

「「…」」

「僕たちは同じくヒーローを目指す者でした。けど、あのロボットに挑んだのはおにーさんだけだったんです( ´;ω;` ) おにーさんは…おにーさんだけはそれこそ身をなげうつ覚悟だったんではないでしょうか?

僕は怖いのです。何も出来ないまま人が傷付くのが…何も…出来ない…のが?」

 

 

 

『ヒーローは目の前に転がる不幸を無視できない存在(モノ)である』

 

 

あのおにーさんの言葉が蘇ってきました。

 

おにーさんは無茶苦茶な行動をしました。ヒーローを目指すおにーさんがあんなことをしたということは、そこに無視できない程の不幸が転がっていたから…それってつまり…。

 

 

 

 

僕と同じ?

 

 

 

 

確かに僕は何も出来ませんでした。けれど、何もしなかったわけではありません。

僕はあのままだと危ない目に遭う人が居ると思い行動しました。おにーさんは僕たちが危ない目に遭うと思ったから行動したのではないでしょうか?

 

違いがあるのは、結果を残したかどうか…。

 

 

「おい…どうしたんだ?東雲?」

「みーちゃん!きーくん!僕決めました(≧◇≦) 僕もっと強くなります!強くなって立派なヒーローになります!」

 

 

 

そうです。きっと選んでいる道は間違っていないんです!ただ、道半ばで未熟だから悔しい思いをするんです。

 

僕…『東雲黄昏(しののめたそがれ)』は強くなります!

 

 




みーちゃんときーくん…一体何者なんだ(すっとぼけ)


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9:試験終了3

6/18加筆修正しました。


「実技総合成績出ました」

 

 

試験官の一人がそう告げると、巨大スクリーンに本日行われた市街地演習のリザルトが一斉に表示される。

その情報に一同が一通り目を通した後、今度は手元のタブレットを操作する。画面が切り替わり、戦闘記録映像が流れ出す。

 

そして一つの映像に審査員の目が留まる。

逆立った金髪に赤い瞳の三白眼。獰猛な笑みと高笑いを上げながらロボットを無双ゲームのように破壊して回る少年だった。

 

 

「まずはこいつだな!まさか、救助活動(レスキュー)p0で1位とはなあ!!」

「「1p」「2p」は標的を捕捉し、近寄ってくる。後半戦他が鈍っていく中、派手な“個性”で寄せつけ、迎撃し続けた」

「…ひとえにタフネスの賜物だ」

 

 

審査員の一人が画面を切り替える。緑色の縮れ髪、大きめの瞳にソバカス。少し頼りない印象の少年が演習場を駆け回る。そして、最後に巨大なロボットを一撃で殴り飛ばした。

 

 

「対照的に(ヴィラン)p0で7位…」

「あぁ、その子な。アレに立ち向かったのは他にもいたけど…ぶっ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」

「そうそう!思わず『YEAH!』って言っちゃったからな」

「しかし、自身の衝撃で甚大な負傷…まるで発現したての幼児だ」

「ほんと妙な奴だよ!あそこ以外はずっと典型的な不合格者だったんだよな」

「細けえことはいんだよ!俺はあいつ気に入ったよ!」

「『YEAH!』って言っちゃったしな」

 

 

次に映ったのは三人組、人影は二つだが三人組だ。全身白銀の少年が吼えながらロボットを殴り、光る物体が飛び回り、鉄パイプが浮遊してロボットを滅多打ちにしていた。

 

 

「こっちの三人組も面白いね」

「そうですね。ここまでのチームプレイは初めて見ました」

「これって試験の趣旨に沿っているのか?」

「戦闘に不向きな“個性”の受験者もいるんだ。共闘は反則にはならない」

「結果を見たらポイントは高得点(ハイスコア)なんだよな~ほんとに急造チーム?」

「プロフィールを確認しても接点は無し。完全に即席のパーティーだね」

「即席でここまでやれるなら優秀じゃないか?」

 

 

そして、問題の映像に話は移る。黒のツンツン髪の少年が巨大なロボットの周りをちょこまか動き回り、瞬く間に破壊していた。

 

 

「…こっちはどう思う?一応同着1位(・・・・)の奴だけどさ…」

 

「あぁ、もう一人の『エグゼキューター(あれ)』に立ち向かった奴?…何というか変わった奴だな…」

「そうだね、戦闘そっちのけで「フィールドを虱潰しに駆け巡って」たし、アレが乱入するのに合わせて移動してたし」

「大方0p(ヴィラン)の場所探したんだろうさ…」

「このデカブツを?まずあり得ないって!受験者からしたらアレを倒すメリットが無い!」

「けど、この子。なんの躊躇いもなくあの0pに初撃かましてましな~」

「あれは目の前に他の受験者いたからだろ。救助活動(レスキュー)p確定だな」

「それか?ただの戦闘狂(バトルジャンキー)なんかね?」

「ないないないない。戦闘狂(バトルジャンキー)にしても命掛け過ぎでしょ。力の差も理解してない馬鹿なんじゃない?」

「…いや、何か勝算が有ったんじゃ無いでしょうか?実際に彼は、0pを半壊以上に追い込んでいる」

 

 

議論を交わしていると試験官の一人が手を上げた。

 

 

「あー…そのことなんだけどな…?」

「…?どうした?」

「試験会場Eの事後処理で、0pの片付けしたんだが…部品の一部が見あたらないんだよ」

「どっかに落としたんじゃないの?」

「それがさ?そのパーツの破片すら出て来ない」

「…彼のプロフィール出してくれないか?」

「「「…」」」

「…これってあれか?この“個性”でパーツをブッコ抜いたっつーことか?」

「あぁ、不足していたのは両肩の関節系及び周辺のパーツだ」

「なんつぅクレイジーな使い方だよ!一周回ってビックリだわ」

「でも確かに、機械系相手なら使えなく無い手だな…」

「でも本気でやるとか」

 

「馬鹿だ…コイツ絶対馬鹿だ」

 

「…あの爆発的な加速も応用技なんだな…」

「そりゃあそうでしょうよ。実際に空気を操っているわけじゃないしな。“個性”情報で手の内は分かったけど…こんな使い方、ぶっちゃけ反則だろ!」

 

「変態だ…コイツ絶対変態だ」

 

 

「…しかし、実力は本物だ」

 

 

審査員の一同が戦慄していた。

 

 

「あっ、ちょい待ったコイツのプロフィール…ほら、ここっ!」

 

 

審査員の一人が慌てた様子で話題の人物『大入福朗』のプロフィールを公開する。

 

 

「こいつはぁ…なんとまぁ…」

「…なぁ、今年の1年の担任って」

「イレイザーヘッドとブラドキングだな…」

「相澤くんかぁ…」

「…なんだ、こっち見んな」

「あぁ、この子はブラドキングに任せよう、そうしよう」

「オイ待て、どういう意味だ…」

「お前に任せたら即効で「見込み無し」だろうが…任せらんねえよ」

 

 

審査員の一人が顎に手を当て思案する。そして口を開いた。

 

 

「そうだね…ブラド?頼めるかい?」

「えぇ、任せて下さい…彼は私がしっかりと導きます」

 

 

そう処理すると、審査員達は次の審査に取り掛かった…。

 

 

 

_______________

 

 

「つ、疲れた…」

 

 

俺は現在ボロボロになりながら帰宅途中の道を歩いている。

雄英の試験を受けてから早一週間、今日は先輩の元へ赴き、稽古を付けて貰った。先輩は雄英高校の学生であり、中学時代も生徒会でお世話になった方のため、基本的に俺は頭が上がらない。本日は武器の扱い方を学ぶ訓練で、互いに木刀を手に戦った…見事に負けたが。

 

 

「…む?」

 

 

自宅に帰ると一通の手紙がポストに投函されている。送り主は「国立雄英高校」

 

 

「来たっ!」

 

 

俺は手紙を手にし、直ぐさま部屋に入る。慎重に便箋を開け、中身を取り出すと、機械の塊が顔を出す。原作にもあった「あの投映機」だ。

 

 

『私が投映された!!!』

 

 

オォォォルマイトオォォォ!!!

来た!オールマイトだっ!生だ!映像だけど生のオールマイトだっ!(意味不明)

 

興奮のし過ぎでトリップしかけている俺を余所にオールマイトの話は続く。

 

 

『まあまあ、落ち着きたまえ!大入少年!そんなに興奮しては身体が持たないぞ?』

「はい!オールマイト!!」

 

『さて、映像で済まないが改めて自己紹介しよう!私の名前は『オールマイト』!!世間ではNo.1ヒーローと呼ばれている』

「はい!存じておりますっ!!」

 

『何故私が投映されたかというと…雄英高校に勤める事になったからさ!』

「後継者作りの為ですね!分かりますっ!」

 

『…あの?いい加減落ち着いてね?大入少年?』

「はい!オールマイト!」

 

 

映像越しでも完璧な気遣い、流石で御座います。

 

 

『先ずは筆記試験!危なげも無く安全マージンまで確保出来ていたぞ!』

 

『次に実技試験!(ヴィラン)pは40p…しかしながら君の戦いには無駄が多かった!』

『まず、敵の倒し方!何故数体放置したまま移動したんだい!?目の前に暴れている敵が居たのに!どうしてそれを他の受験者に押しつけたんだっ!』

『次に移動手段!もっとあの“個性”を利用すれば迅速に行動出来たのに、何を出し惜しみしている!?時間は待ってくれないんだぞ!』

『極め付けは0p(ヴィラン)!何故君はアイツに特攻した!?挙げ句の果てには半身重傷!気絶して倒れる始末だっ!他の受験者にどれだけ迷惑を掛けたと思っている!?』

『何故ベストを尽くさないのか!Why don't you do your best!!これではpも足りないぞ!』

 

 

…そうだよな言い訳しか出来ない。(ヴィラン)だって俺がもっと強ければ、全滅させてからの移動も出来た。その移動でさえも、俺がもっと“個性”を使いこなせれば迅速に行動できた。

 

最後には0p(ヴィラン)だ。

「行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」

「どういうつもりでも周りはそうせざるえなくなる」

「同じ蛮勇でも…おまえのは一人救けて木偶の坊になるだけ」

相澤先生が緑谷君に向けて放った言葉。それはそっくりそのまま俺にも投げかけられる。未だ俺は未熟だから…未だ力が足りないから…。悔しいが俺はヒーローの器ではなかったようだ。

 

あ~あ。このままだと見込み無しで不合格か…。一佳になんて言い訳しよう。後、先輩の顔にも泥を塗ってしまったな。一応併願した普通科…通ってるといいなぁ。あぁ、後期試験の準備しないといけないな…面接練習先生に頼まないと…。

 

 

『まあまあ大入少年!そう気を落とすな!!』

 

 

…は?

 

 

 

『ゴホン!…しかし、少年よ!君の無駄は無駄ではなかった!』

(ヴィラン)を一部残してはいたが、それらは他の受験者が全て排除した!残りの戦力なら自然と終息すると、君は判断したのだろう!』

『次に移動手段!さっきはああ言ってはみたモノのフィールドを虱潰しに探索する前提の行動なら「体力温存」という点で理解は出来なくも無い!甘い判定ではあるがね!』

『そして0p(ヴィラン)!君は結果として3人の受験者の窮地を救って見せた!』

『人命を助けたのに不合格?実にナンセンス!!何故正しいことをした者を不合格にしなければならないのか!?』

『そう!先の入試!!!見ていたのは(ヴィラン)pのみにあらず!!!』

救助活動(レスキュー)p!!しかも審査制!!我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力!!』

 

 

『大入福朗 救助活動(レスキュー)p 37p 合計77p!!!』

 

 

『文句なしの一位通過だ!何故ベストを尽くしたのか!』

『来いよ大入少年! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

 

込み上げる激情をぐっと飲み込み、俺は力強く答えた。

 

 

「はいっ!オールマイト!!」

 

 




救助活動(レスキュー)p が低いのは、彼の行動に不可解な部分が多く、審査員の不信をかったからです。

追記
「プロローグ編」ここまでお付き合い頂いた皆様、ありがとうございます。私の様な素人の作品に沢山のUA及びお気に入りを頂いき、自身驚いております。この場を借りて御礼申し上げます。これからも、私の妄想を吐き出して行きたいと思います。(え)
次回から「雄英高校編」へと突入します。待ちに待った原作キャラとの邂逅です。少しずつ更新して参りますので宜しかったらおつきあい下さい。

蛇足失礼しました。


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雄英高校編
10:入学


早朝の駅のホーム。春を迎えたのにも関わらず、少しばかり冷え込む空気の中、始発の次に早い電車を待つ。

 

袖を通した制服は真新しく、何処となく違和感を感じる。

 

そんなむず痒さに目をつむり、暖を取るために、先ほど購入した缶コーヒーに手を伸ばす。カシュ!…と小粋な音を立てながらプルタブを開け、容器の液体を静かに口へと流し込む。

 

 

 

 

…甘い。口の中を制圧するかのように甘い。

 

 

 

 

二、三度口の中で転がし、その甘味を堪能した後、ゆっくりとのどの奥へと流し込む。余韻に浸りながら、ふぅと小さく息を吐く。

 

 

MAX COFFEE(マックスコーヒー)

 

 

我が千葉県にあるマイ・ソウル・ドリンクだ。前世にて、その存在は知っていたが…よもやこのような形で巡り合うとは思いも寄らなかった。

今ではその魅力の虜となり、すっかり愛飲家となった。

 

加糖練乳・砂糖>>>越えられない壁>>>>コーヒー にて構成された圧倒的糖分量を摂取し、脳が少しづつ活性化していく。

 

 

 

「おはよう、福朗!」

 

 

そんな俺の肩を軽く叩き、よっ…と手を上げた一佳が挨拶をする。そんな彼女も俺とお揃いの真新しい制服に身を包んでいる。こういう時「新しい制服、似合っているな」と気の利いた言葉の1つくらい言えれば良いのだが…。どうやら前世から童貞を拗らせた俺には無理のようだ。

「おはよう」と挨拶を返す俺を余所に、ひょいっと俺の手元を覗き込む。すると、先程までの溌剌とした表情が途端に顰めっ面に変わる。

 

 

「げっ…またそれ飲んでんの?それの何処が美味しいだか…」

「俺がブラックは飲めないの知っているだろ?」

「分かってるけど…いや、いくらなんでもマックスコーヒー(それ)は無い。それはコーヒーに対する冒涜だ」

「は?」

「あ゛ん?」

 

「…良いんだよ別に。人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい…」

 

「アンタその内、糖尿病になるよ」

 

 

一佳はブラックコーヒー派だ。マックスコーヒー派の俺とは、こうして対立しては、彼女の威嚇の前に敗北する。…あれ?俺って弱くね?また、マックスコーヒーの名誉を守れなかったよ…。

 

恒例と化したやり取りを終えると、丁度よく電車がホームに到着する。電車に乗り込むと、車内の乗客の数もまばらだったので、一佳と二人適当な空席へと座る。

アナウンスが鳴り、ドアが閉まると、身体が少しよろけて仕舞うくらいの僅かな揺れ。タタン…タタン、と音を鳴らし、電車は走り出す。

 

 

「「…………」」

 

 

二人に会話は無い。特に話す必要が無いから話していないだけで、別に無理して話す必要が無いからだ。

 

タタン…タタン、電車は揺れる。しばしの間静かな時間と、流れ行く外の風景を眺めるのも悪くないだろう。

 

 

「正直夢みたいだ…」

 

 

ポツリと一佳が言葉をこぼす。

 

 

「一佳さ~ん?…もう朝ですよ~?」

「いらない所でボケかますな。そうじゃ無くて…また、「福朗と学校に通える事が」だよ」

 

 

そう、あの後一佳からも連絡があった。結果は「合格」。ふたり揃って無事に雄英高校に入学する事が出来た。通知が来たときに一佳が号泣しながら、合格の知らせをしてきたのも、まだ記憶に新しい。

 

 

「そうかい?俺としては夢のままにするのは勿体ないがな…」

「え?」

「だって、気心知れた友達と、他愛ない馬鹿な話をしながら、学校生活を送れるって言うのは最高に幸せだろ?」

「友達…そうか友達…だよな?」

「ん?なんか深い意味あったか?」

「えっ!?ナイナイ!そんなの全くないよ!」

「…?そうかい?」

「……そうだよ」

 

 

「「………」」

 

 

タタン…タタン、電車は揺れる。

 

 

_________________

 

 

 

「でかいな…」

 

 

一佳が俺の横で感嘆の声を漏らす。確かにでかい。俺達の目の前には教室のドア。今日から清く正しく強いヒーローを目指すための場所「1-B教室」がそこには有った。

 

 

俺は無事に雄英高校に入学を果たし、「1-B」に配属されたのだった…。

 

 

…いやなんでだよ!?

普通こう言う転生物って主人公達の周辺にいて、事件に巻き込まれたり巻き込まれなかったりするもんじゃ無いのかよ!?

これじゃ緑谷君達がピンチでも介入出来ないじゃないか!

それだけでは済まされない!

生でデク君の活躍が見られないでは無いか!

飯田君の独特な手の動きを見られないでは無いか!!

黒影(ダークシャドウ)ちゃんが見られないではないか!?

 

 

責任者に問いただす必要がある!!

責任者はどこか!?

 

 

…作者か!?誰だよ作者って!!

神か?あのショタ神か!?

ちくしょー!今度逢ったらぶん殴ってやる!!

 

 

閑話休題

 

 

(多分違う意味で)精神的に葛藤した後、気分を持ち直してドアを開ける。すると、中の光景が目に映る。暖かな日差し、そよ風に揺れる校庭の木々、教鞭を振るう教卓に巨大な黒板。そして、教室の中に並べられた21組の勉強机。

 

5掛ける4、その後ろに並ぶ21番目の席。…よかった、俺が入学する事で不合格になった生徒は居ないようだ。…少しだけ安心する。

 

 

「まだ、誰も来てない…か」

「そうだな。まだかなり時間あるし…」

 

 

俺達は自分の出席番号の座席を探して荷物を置く。

 

俺は出席番号2番。

廊下側一列目の、前から二番目。

 

一佳は出席番号6番。

廊下側二列目の、前から二番目。

 

偶然にもお隣さんとなった一佳と談笑しながら他の生徒が来るのを待つ。

 

 

 

 

カラカラと軽くドアの開く音がする。翡翠色の瞳、優しげな表情、同じ制服なのに膝下よりちょっとだけ長くしたスカート丈。そして何よりも特徴的な頭部、植物の蔓の様な長い髪を靡かせた少女『塩崎茨(しおざきいばら)』はそこに居た。

 

 

「あら?随分お早いのですね?おはよう御座います」

「おはよう」

「…あれ?もしかして塩崎さん?」

「はい!ご無沙汰しております。拳藤さんも無事に合格なさったのですね?」

「…?知り合いか?」

「あぁ、入試の時にちょっとね…。紹介するよ、こちら『塩崎茨』さん」

「塩崎茨と言います。どうか、よろしくお願いします」

「よろしく、にしても結構早く来たね」

「はい、本日は大切な入学初日。遅れるような事があってはなりませんから…つい足早に来てしまいました」

「うんうん分かる分かる。…んでこっちのコレが『大入福朗』ね」

「扱いが雑っ!人を物みたいに言うんじゃありません」

「ふふふ、よろしくお願いします。…それにしても、随分と仲がよろしいのですね」

「あぁ、幼馴染みだしな」

「それは違うぞ。小学校からの腐れ縁だが、近所付き合いは中学からだ。だから「幼馴染み」は違う」

「細かいことはいいんだよ。小さい頃から仲良かったら「幼馴染み」だ」

「そんなもんかね?」

「そんなもんだよ」

「本当に仲がよろしいのですね」

 

 

その後、次々とB組の生徒が次々と教室に入り、次第に賑やかになってくる。次々に出会う原作キャラに内心ヘブンしていく俺。…大丈夫だよな?顔に出てないよな?

 

「…おい手前ぇ、あの0p敵ぶん殴った奴か?」

 

振り向くとそこには。鍛えられた肉体、小さめの黒目、銀髪が鬣のようにワイルドな印象を与えてくる鋼鉄少年『鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)』が立っていた。

と言うよりも此方を物凄い睨んでいる。

周りがザワザワしだす。そうだな、あんなデカブツと戦ったなんて言われたら、他の人は吃驚する。

 

 

「あぁ、そうだよ。見事にぼろ雑巾にされたけどな」

 

 

この返しにより一層周囲どよめく。

「本当なのですか?拳藤さん?」

「あぁ、アレに単騎特攻したらしくてね」

…あの、お二方?穏やかに談笑してないで助けて下さいませんか?彼、とても怖いのですが…。

 

 

「スゲーじゃねーか!アレに挑める奴なんてなかなか居ねぇ!オレは手前ぇのこと気に入ったぜ!」

 

 

ガハガハと大笑いしながら彼は俺の背中をばしばしと叩いてくる…鉄哲さん痛いです。

どうやら気に入られたようだ。何故だろ?戦っているの見てた人なのかな?

 

 

 

…「A組」に入れなかったのは少しだけ…本当に少しだけ残念だ。緑谷君のそばに居た方が原作介入しやすいし、何より生のやり取りを見ることが出来るんだが…「B組」では難しいだろう。

 

…いや悔やんでいても仕方ない、むしろ前向きに捉えよう。そもそも、物語は無事に幕を閉じるんだ。俺が余計な事をしなくても彼らなら乗り越えられる。そう信じよう。

 

となれば、次は自分のことだ。幸いB組なら一佳がいる。クラスメートの皆とも、彼女の性格のお陰か、非常に良い友好関係が出来つつある。

今日からこの皆でヒーローを目指していくんだ。

 

 

 




※この作品は、作者の妄想により、B組の魅力に焦点を当てたいです。


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11:個性把握テスト1

※注意
今回露骨なセクシャルハラスメントが発生します。嫌悪感を抱く方は四番目の場面を読み飛ばして下さい。(読み飛ばしても話に影響は有りません)


入学初日。A組の様にすぐ「個性把握テスト」…とはいかなかった。

 

始業のチャイムが鳴ると、教室に入ってきたのは『ブラドキング』ではなく、『海馬』という女教師だった。彼女は「1-Bの副担任」を勤める教員らしい。担任となる『ブラドキング』はヒーロー活動が運悪く重なったため、午後からの合流で、それまでの間は副担任である彼女が受け持つそうな。

 

…入学初日から担任不在とかフリーダム過ぎんぞ、雄英高校。

 

午前中、入学式は無し、簡単なガイダンスを済ませた後、早速授業は始まった。副担任の担当教科は「ヒーロー情報学」。“個性”発現期から今日までに起きた事件記録を題材に、どのようにヒーロー活動が行われてきたのかという歴史を学ぶ教科。まさか、昨年度話題となった「ヘドロ事件」が題材になっていると誰が思うだろうか…一人ニヤニヤしてしまったではないか。

 

その後は二つほど普通の教科を学ぶ。

 

4限目、『パワーローダー』先生による「技術工学」。初日と言うことで、楽しくヒーローが利用しているサポートアイテムの話をしてくれた。ヒーロー科の生徒で有るために、皆興味津々で話を聞いている。

 

 

_______________

 

 

そして午後の授業。ようやくクラスに合流した担任『ブラドキング』先生。簡単な挨拶を交わすと、「体操着に着替えてグラウンドに集合するように」と指示された。

 

 

「個性把握テスト?」

 

 

生徒の一人が疑問形で返す。「そうだ」と短く答え、説明を続ける。

 

 

「「スポーツテスト」中学の時にやったことがあるだろう?あれは個性禁止でやっていた物だが…今回は個性の使用を許可する。…実際にやってみようか。大入、ちょっとこっちに来い」

「はい」

「ソフトボール投げやってみろ。個性は自由に使って良いぞ」

「分かりました」

 

 

ここに来てまさかのかっちゃんポジション。やベえ、少し緊張する。けど、もたもたしてる暇は無い、他の生徒が注目してるし、早いとこ投げないと。

 

円の中に入り、緊張を解すため二度程深呼吸。ボールの感触を確認するように何度か地面に投げつける。そして構えはいる。

とは言っても投げる構えでは無い。ボールを両手で握り込み、腕を真っ直ぐと前へと伸ばす。角度は上に向けて仰角45度。次に手の平の中に〈揺らぎ〉を作る。そこから風少し送り「ふかし」ていく。

 

 

「…いきます。突風銃(トップガン)!」

 

 

次の瞬間、風を最大風速で一気に吐き出す。ワインのコルク栓を抜いた音を何百倍にも増幅した様な音を立て、ボールは弾き出される。大量のエネルギーを得たボールはぐんぐんと距離を伸ばし飛んでいく。

先生の手に持つ測定器が結果を出す。

 

 

「…623.6m」

 

 

記録に生徒一同から、おおと言う歓声の声が上がる。…やっぱりかっちゃんすげえな、よく700も飛ばしたな。

 

 

「まずは、自分の能力の最大限を知るところからだ。しっかり考えろよ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

_______________

 

 

 

 

※グタグタになったのでダイジェスト版でお送りします。

 

 

 

 

第一種目:50m走

 

基本的にはシンプルにいこう。スタートラインでクラウチングスタートの構えを取る。背中に〈揺らぎ〉を発生させ、最大風速を出せるように待機。合図と共に駆け出す、充分にスピードが乗ったところに、お馴染みとなった風を一気に解放し、颯爽と駆け抜ける。

 

 

「なぁ、大入。走るときに風で邪魔するのやめてくれないか?」

「あっ、ごめん」

 

 

泡瀬君は再計測になりました。

 

 

 

第二種目:握力測定

 

俺の“個性”では記録を伸ばせない。仕方ないので普通に計る。

 

 

「うおっ!」

 

 

隣を見ると、ちぎった手を次々と握力計にくっつけている少女の姿が!?

 

 

「ん?あぁ、驚かしちゃった?ゴメンね!」

 

 

取蔭さんはニコッと笑った。…正直ホラーです。

 

 

 

第三種目:立ち幅跳び

 

第一種目と同じ。足元に〈揺らぎ〉を作り、一気に跳躍。…まだ、出力が足りないな、思いの外記録は伸びなかった。

 

小森さんは足下に巨大な茸を作った。それをトランポリンにして、ポーンと軽やかに跳んでいく。

 

…立ち…幅…跳び?

 

 

 

第四種目:反復横跳び

 

風の力を借りたかったが…実は小回りが利かない。仕方ないので普通に計る。

 

 

「…ふっ…ふっ!」

 

 

庄田君のサイドステップがとても早い。

 

 

 

第五種目:ソフトボール投げ

 

投げ方を変えてみたが、やっぱり最初のが一番目跳ぶようだ。

 

 

「オラァっ!」

 

 

カッキーン!と音を立てボールは飛んでいく。鉄哲さんはホームランバットでした。

 

 

 

第六種目:上体起こし

 

ここでも“個性”は使えない。“個性”の瞬発的な運用は苦手だ。

 

小森さんはここでも茸を使う。それは上体起こしなのか?

 

 

 

第七種目:持久走(20mシャトルラン)

 

ドレミファソラシド、ドシラソファミレド、ポーン。電子音が運動場に鳴り響く。

 

 

「うおおおおっ!!」

「がおおおおっ!!」

 

 

宍田君と激しいデッドヒートの末に負けた。奴の体力は底無しか。

 

 

 

第八種目:長座体前屈  

 

ここも“個性”は使えないので普通に計る。

 

ドンガラガッシャーン!

 

突如鳴り響く破壊音。

角取さん、その角は反則です。

 

 

 

_________________

 

 

 

 

※ワーニング!この先セクハラ行為が発生します。

 

 

 

 

 

 

皆が思い思いに“個性”を発揮し、規格外の記録を打ち出していく中、一際注目を集める生徒が居た!

 

 

彼女の名前は『小大唯(こだいゆい)』これといった特徴も無い、ごく普通の少女である!

 

 

彼女は自ら記録を塗り替えるべく、“個性”を発動した!

すると、どうだろか!彼女の体が見る見る巨大化するではないか!

確かに、巨大化すれば現在の記録を易々と超える事が可能だろう!

 

 

しかし!重要なのはそこではない!体のサイズに伴い、巨大化したのである!あの柔らかな双丘がっ!!

 

 

元々は標準サイズであった彼女の其れ!しかし、今は!今だけは!生徒一同の視線を釘付けにしていたっ!!

 

 

第一種目!50m走!

 

走る小大!踊る縦揺れ!一同に緊張が走る!

 

 

「小大さん!胸!胸っ!?」

慌てる塩崎!

 

 

「ん?」

小首を傾げ、全く意に介さない小大!

 

 

「ぎゃはっはっはー!!小大っちメッチャ揺れてる-!」

何故か爆笑する取蔭!

 

 

頬を赤らめる男子生徒!

 

 

「ふむ…なるほど」

何かに感心する大入福朗!

 

 

拳藤一佳の無言の鉄拳!

 

 

 

第三種目!立ち幅跳び!

 

再び襲う脅威の縦揺れ!重力の加護を受け波打つ双丘!

 

 

「Wow! It’s wonderful!」

感激する角取!

 

 

「ん!」

何故かサムズアップする小大!

 

 

「ふむ…なるほど」

何かに感心する大入福朗!

 

 

拳藤一佳の無言の鉄拳!

 

 

 

第四種目!反復横跳び!

 

これを小大!通常サイズで行う!

 

 

一同に流れる安堵の息!

 

 

「ふむ…なるほど」

何かに感心する大入福朗!

 

 

拳藤一佳の無言のビンタ!

 

 

 

第八種目!長座体前屈!

 

再び巨大化する小大!下を向き!形を変える、柔らかな双丘!油断した一同に再び戦慄が走る!

 

 

これを柳・小森が華麗にガード!

 

 

一同に安堵の息!

 

 

「ふむ…なるほど」

何かに感心する大入福朗!

 

 

「いい加減にしろおおぉぉっ!!」

拳藤一佳の怒りの鉄拳が大入福朗を襲う!

 

 

 

「…俺が何をしたって言うんだ」

「女性の体をジロジロと見るんじゃ無いよ!」

「確かに…」

 

 

よい子の皆は真似しないように!

 

 

 




くそう…「妄想」が…「妄想力」が足りない。バタッ(作者は死ぬ。慈悲は無い)


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12:個性把握テスト2

「さあ、成績発表だ」

 

 

機械を操作して、個性把握テストの総合成績を表示する。生徒たちが自分の成績を確認して一喜一憂している。

 

 

「…これで個性把握テストは終了だ。各々自分の得手・不得手について理解が深まった事だろう。今後、自分の長所・短所にどう向き合うかが、ヒーローの資質を上げる重要なカギになる。これから精進するように。…さて、この後は制服に着替えてホームルームだ」

 

 

私が締め括りの言葉を言うと生徒一同は教室に戻るため移動を開始する。「あれが楽しかった」「これが面白かった」などと言う、浮ついた…緊張感の欠けた雰囲気に少々気落ちするも「これから自覚を持つようになってくれれば」と気持ちを立て直す。

落ち込んでばかりも居られないのだ。

 

 

「…物間。ちょっといいか?」

 

 

私は一人の生徒を呼び止める。

 

 

 

物間寧人(ものまねいと)

目下一番気掛かりな生徒だ。

 

 

 

「…何でしょう、先生?僕に御用ですか?」

「何で“個性”を使わなかった?」

「…」

「お前の“個性”は“コピー”。触れた相手の“個性”を自由に使うことが出来る。それを利用すれば少なくとも今より良い成績を出せただろう」

 

 

生徒たちの“個性”の情報が無かったからコピーしなかった。…確かにあるかも知れない。

しかし、塩崎・宍田のように“個性”の特徴が明確で、かつ強力な者も居る。とりあえずその力を借りてテストに臨むことも可能だったはずだ。

 

 

「…先生は僕の“個性”をどの様にお考えですか?」

「そうだな…。常人より多彩な戦法を運用出来る良い“個性”だと思う」

 

 

そう、間違っていない。味方のみならず敵からもその“個性”の一端を借りて使う事が出来るのだ。逆転の切り札としては申し分ない。

 

 

「そうですね。普通はそう思いますよね?けど、僕は違います。僕はこの個性を「酷く不安定な“個性”」だと考えています」

「不安定な“個性”?」

「例えばの話をしましょう…。任侠ヒーロー『フォースカインド』。彼の個性は“四本腕”左右に更に一対の腕を持つ異形型の“個性”ですが、これを「コピー」したとしましょう。でも僕は四本も腕は有りません。だから、その腕の全てを自由自在に操る事は適いません。そもそも体の感覚が異なるのですから当然です」

 

 

一呼吸置いて更に言葉を続ける。

 

 

「他の個性にも言える事です。発現型の“個性”でも、使用の際の意識の仕方など、感覚の違いをしっかり把握しなくてはなりません。そうしないと発動すらままなりませんから」

 

 

問題はこれだけではありません。と彼は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「まず、肉体的適正。例えば“増強型個性”、ハイパワーだけを手に入れても体がそれに耐えられる物でないと、反動で自爆するだけです。そして人体への影響、“個性”の最大使用回数が実際に使うまで分からず、許容量の限界を超えてもやっぱり自爆してしまいます。

言うなれば、僕の“個性”は説明書もチュートリアルもないゲームを初見でプレイするような物です」

 

 

しかも、制限時間付きでね。…と自嘲気味に嗤う。

 

 

「僕の“個性”は結局の所「限られた時間で“個性”の性質を把握して、如何に“本来の個性(オリジナル)”に肉薄出来るか」がカギになるんです。つまり、僕の“個性(コピー)”は他の人より二歩も三歩も後ろを行く」

 

 

 

ーーーだから、これは戒めなんです。

 

 

 

「僕は自覚しないといけないんです。自分が他の人に劣っている(レプリカだという)ことを。他の人(オリジナル)が居ないと力の無い只の人間だと言うことを…」

 

 

「これで充分ですよね?」と最後に一言告げて彼は皆の後を追った。

 

 

…私は彼に答えを与えることは出来なかった。…与えては、いけなかったのだ。この答えは彼自身が、自らの手で見つけるべき物だ。そうすれば、彼は確実に化ける(・・・)

 

私は彼の今後に不安を抱きつつ、その背中を見送った。

 

 

________________

 

 

「全く!最低だな!アンタは!」

「全くだね!紳士にあるまじき行為だよ!」

「お前の事だよ馬鹿っ!」

「なんと!」

 

 

一佳とじゃれ合いながら帰路につく。紳士にあるまじき行いを咎めた後も、何だかんだで傍に居てくれる一佳は本当に器がデカい。将来は旦那を尻に敷く、良き肝っ玉母ちゃんになることだろう。

 

 

「…で?いつものアレ?」

「あぁ、“個性”観察。にしても皆の“個性”は凄かった!」

 

「まず、塩崎さん!彼女の“個性”の柔軟性は凄い!伸ばしたツルは圧倒的なリーチを誇るし、束ねれば束ねるほどパワーも増す!パワー不足な俺としては羨ましいね!」

 

「次に宍田君!彼の“個性”はシンプルに強い!パワー・スピード・瞬発力・柔軟性に反射神経!全てが高水準に備わっている!多分純粋なフィジカルなら最強なんじゃ無いか!」

 

「鉄哲も素晴らしい!きっと“個性”の性質のせいだろうな。“個性”に適応するために相当なトレーニングを重ねたんだろう。その下地がとても分厚い!」

 

「それから!それから!」

「はいはい、分かったから」

「あぐっ!」

 

 

興奮する俺にチョップをかます。いてぇ…。

 

“個性”観察。大層な名前が付いているがたいしたことはしていない。“個性”を見て、最大値を目算し、“個性”のメカニズムに想像を巡らせる。たったのこれだけ。

俺が転生してからずっとして居る習慣だ。

 

元々は緑谷君の「将来のためのヒーロー分析ノート」に倣っていたものだが…、これが中々馬鹿に出来ない。

 

異能バトル物は如何に自らの能力を誤認させ、相手の能力を看破するかに掛かっている。観察力は戦況を有利に運ぶ為の重要な要素だ、鍛えない手は無い。

 

 

「私からしたらアンタも大概だよ」

「…何が?」

「個性把握テストの結果だよ!何で半分位の競技で“個性”未使用なのにしれっと総合3位なんだよ!」

「日々の鍛錬!後は自己暗示!」

「自己暗示っ!?」

「…なんというか?こう…走るときに「速くなれ~速くなれ~」って念じたり、握力計るときに「もっとパゥワーをっ!!」ってイメージしながらやると、凄いいいかんじの結果になる」

「いや、ねーよ」

 

 

「う~ん、にしてもな…」

「何よ?」

「いやな?話戻すんだが、小大さ…」

「…」

「その拳は下げなさい。真面目な話、小大さんの“個性”って非常に中途半端なんだよな」

「中途半端?」

「巨大化すると身体能力も等倍で強力になるようだけど…」

 

 

俺は先ほどの個性把握テストを思い出す。

 

 

「巨大化完了までにかかる時間は約1分、元に戻るのにも約1分。全長は目算8m。巨大化する際に身に着けた物も巨大化出来る様だけど…展開速度・最大値共に一歩及ばない」

 

 

ぶっちゃけこれでは『Mt.レディ』の方が強い“個性”だ。

 

 

「大きさはコントロール可能のようだけど、この大きさじゃあまり変わらないな。…となると、最大値はもっと上なのか、他に何か秘密が有るのか…。うむ、解らん」

「なんだよそれ…」

 

 

減なりする一佳。俺の中途半端な考察を聞かされればこうなるのも仕方ない。

 

転生者である俺自身、そこら辺に関してもある程度情報を持っているので推測だけなら出来るが…口にする程では無い。あくまでも推測の域なのだ。

これからも観察を続け、しっかり情報が出揃ったら改めて話すとしよう。

 

 

「私としては物間の方が気になるけどね」

「…あぁ、最下位の人?結局何処にも“個性”使わなかったもんな…。身体能力に反映出来ないタイプなのかな?」

 

 

彼の正体を知りつつも口裏を合わせる為に嘘をつく。『物間寧人』の“個性”は“コピー”。…その筈なんだが、何故か彼は“個性”を一切使わなかった。

何でだろう…?一番に考えられるのはコピーするための制約かな?実は触れる以外にも“個性”の情報が必要とか?

 

 

「それもそうなんだが、そっちじゃなくてだな…」

「…?」

 

 

 

「他の奴に比べて距離があるんだよ…」

 

 

 

 




※注意
B組生徒のメンバーには多くの「独自解釈」「設定捏造」が含まれます。公式と誤解されませんようご注意下さい。


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13:ヒーロー基礎学

「わーたーしーがーっ!」

 

「颯爽とドアから来たぁーっ!」

 

 

 

「「「「「オォォォルマイトォォォっ!!!」」」」」

 

 

 

一限目、クラスのテンションは最高潮に達していた。

 

No.1ヒーローこと『オールマイト』

 

彼を知らない者は恐らく居ないだろと言うくらいの超有名人。

 

 

 

英雄の中の英雄。

 

数々の伝説を成し遂げた男。

 

人類史上、最高のヒーロー。

 

 

 

そんな男が教鞭を振るい、ヒーローの何たるかを伝授するというのだ。我こそがとヒーローを目指すヒーロー科生徒たちの気分が天元突破してしまうのも無理は無い。

 

 

『ヒーロー基礎学』

 

ヒーロー科の教育カリキュラムの内、多くのウエイトを占める教科である。敵との戦闘、災害時の救助作業、応急手当や避難誘導、犯罪者の捜索に至るまで、ありとあらゆるヒーロー活動に必要な知識・技術を学ぶ、総合教科である。

前回の「個性把握テスト」もこれに分類されるのだが…、皆にとってはこちらが本番だろう。

 

 

生徒たちの「すげーっ!オーラぱねーっ!」「画風からして違うぞオイっ!」等という男女入り乱れた歓声にパーフェクトスマイルで応える『オールマイト』。

 

 

 

「早速だが始めよう!お題はコレ!戦闘訓練!!!」

 

 

『オールマイト』の宣言で、生徒たちのボルテージは更に一段階上がる!

 

 

「それに伴って~こちらっ!」

 

 

そう告げると、壁の方からガコッ!と言う音がして次第に壁が盛り上がってくる。

 

うおぉぉぉぉっ!戦闘服(コスチューム)収納棚!すげーよ!やべーよ!ハイテクだっ!(死語)

生で見るとなお凄い!感動だ!

 

 

「入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた…戦闘服(コスチューム)!!!」

 

「「「おおおっ!!」」」

 

 

『オールマイト』・『戦闘訓練』・『戦闘服(コスチューム)』と盛り上がる符号が次々と重なり合いテンションは天井知らず!正にPlus Ultra!!!…只一人を除いて。

 

 

「……先生。…俺の…『戦闘服(コスチューム)』が…無い!!」

 

 

そう無いのだ!俺の戦闘服(コスチューム)が!棚を見ると出席番号2番目「No.02」の戦闘服(コスチューム)ケースが飛ばされ、「No.01」から「No.03」となっている。

 

なんと言うことかっ!このような悪逆非道な事があって良いのか!?皆が格好良い戦闘服に身を包み、目覚ましい成績を出す中、俺だけは戦闘服無しで掛からなければならないのかっ!!

ちくしょー!こんなことなら緑谷ママンのように夜鍋してお手製のスーツ用意するんだったよ…。

 

 

「ガッカリするのはまだ早いぞ!大入少年!コレを見ろ!」

 

「「「ええぇぇぇーっ!」」」

 

 

オールマイトが教卓の下から取り出したのは「No.02」の戦闘服(コスチューム)ケース。但し、そのサイズは他の者の三倍ある。御丁寧にキャスター(ケースの下にゴロゴロ)まで付いてやがる。

 

 

「大入少年…「要望」書きすぎだろ。他の皆の三倍って。しかも、大半通るし…。お陰でケースまで三倍になってしまったでは無いか!棚に入らないよコレ!どうしてくれるの!」

「え?マジ?」

「マジ!」

「リアリー?」

「REALLY!!」

 

「イャッフーーーッ!」

「「「ええぇぇぇーっ!」」」

 

 

マジか…あれ通ったのか?しかも、ほぼ全部?前世のアニメ知識からアレンジした物もそこそこ盛り込んだ筈だけど…なにそれ滾る!

 

「恰好から入るってのも大切な事だぜ、少年少女!!自覚するのだ!今日から自分はヒーローなんだとっ!!」

「さぁ、時間は待ってくれないっ!着替えたら順次グラウンド・βに集合だ!!」

 

 

_______________

 

 

「おーっ!一佳!格好良い戦闘服(コスチューム)だな!」

 

グラウンドに到着すると集合した面々の中に一佳を発見する。ふっふっふ、いくらマスクで顔を隠そうがそのチャームポイントなサイドテールで丸わかりだぜ。

 

一佳のコスチュームはチャイナドレスをベースにアレンジされた戦闘服(コスチューム)だった。一佳の“個性:大拳”からインスピレーションを得た中国拳法家イメージなのであろうそれに救命用具一式を搭載するためのポーチを取り付けたゴテゴテのベルトが付いている。うむ、原作通りのあの服だ。

 

 

「…どちら様?」

「俺だよっ!?大入福朗っ!!」

「あぁ、福朗か。変な仮面付けているから分かんなかった」

「変な…って、ヒドす」

「酷くないよ。アンタその仮面付けてると本気で(ヴィラン)みたいだよ」

「いと、ヒドす」

 

 

俺の戦闘服は例えるなら「奇術師(マジシャン)」と「道化師(ピエロ)」をイメージした服装だ。まぁ、俺の“個性”と「要望」を見たらこのようになるのは自然な流れだわな。

 

上は長袖の「ホワイトシャツ」に「黒のベスト」と「ネクタイ」。下は「黒のスラックス」にデカイバックルのついた「革ベルト」。頭に被った「シルクハット」に加えて、顔の中心からバッテンを描くように四分割したモノクロタイルに不気味な笑顔を貼り付けた「道化の仮面」がより不安を掻き立てる。極め付けには腕に付けたドデカイ「籠手」と足に履いた鉄板入りの「ハードブーツ」とまぁ…イロモノ感の半端ない仕上がりとなった。…あれ?これ『Mr.コンプレス』と被ってね?そりゃ(ヴィラン)扱いされるわ…。

 

 

「んで?それ完全武装?」

「いや?流石に量が多すぎた…。使える武器何個かピックアップして、それだけ持ってきた。後で説明書しっかり読まないとな」

「元はと言えばそんな馬鹿な要望書くからだろ…」

 

 

俺の戦闘服(コスチューム)ケースの中に入っていたのは被服控除で申請した大量の武器だった。一見万能に見える〈揺らぎ〉の風の力だが、実はもの凄く燃費が悪い。そもそも正しい使い方してないんだから仕方ない。

もし、風の力のみで全力戦闘したら多分…30分も保たない。今回の夥しい数の武器は、全てその負担を減らすことに重点を置いている。…んだが、数が多すぎィっ!?何あれ!?何で!?所詮素人の思い付きよ!?しかも、一部はアニメ・マンガ設定よ!!何で実現可能にしちゃってんの!?説明書サラッと読んだけど本気で実現可能レベルに落とし込んでんの!現代科学恐すぎっ!

 

 

「遅いぞ大入少年!皆揃っているんだ!皆を待たせてはいけないぞっ!」

「あっ、ハイ…すみませんでした」

 

 

他の皆から笑われた…恥ずかしい。

 

 

 

_______________

 

 

 

「さぁ、始めよう!今回の訓練は屋内での「対人戦闘訓練」だ!」

 

「敵退治って言うのは統計で言えば屋内の方が凶悪な奴に会いやすい。監禁・闇商売(ブラックマーケット)・敵の隠れ家(アジト)など裏社会の人間は実に巧妙に闇に潜む!」

「今回は2vs2のチーム戦で互いを仮想敵とした戦闘訓練を行う!ここまで良いかな?」

 

 

オールマイトの解説を皆が大人しく聞いている。呆気に取られていると置き換えてもいい。

 

 

(((((…カンペだ)))))

 

 

オールマイトが左手に持つ一枚の紙。授業の合間にコレを覗いているのが見られる。

いくら平和の象徴と言えど、教育者としてはピカピカの1年生。何とも間抜けに見える光景だが、生徒たちは気を使ってか大人しく話を聞いている。うむ、優しい世界。

 

 

「先生?基礎訓練も無しにですか?」

「基礎を知るための実践さ、物間少年!入試試験の時のように相手はロボットじゃ無いからぶっ壊すだけでOKとはならないぞ!「ただ敵だからぶっ殺す」なんて短絡的な思考じゃヒーローは務まらない。いかにして相手を押さえ込むかは腕の見せ所だ」

 

「さて、細かいルールを説明するぞ!」

オールマイトは軽く咳払いをして仕切り直す。

 

「先ずは状況設定だ。「ヴィラン」は今回犯罪(テロ)に利用する「核兵器」を自らのアジトに隠し持っている。「ヒーロー」は速やかにそれを処理しなければならない!」

 

(((((設定アメリカンだな!)))))

 

「「ヒーローチーム」の勝利条件は制限時間内に「ヴィランチーム全員の捕縛」又は「核兵器の確保」すること。核兵器は触れた段階で確保したと判定するぞ!」

 

「「ヴィランチーム」の勝利条件は制限時間内に「ヒーローチーム全員の捕縛」又は「制限時間核兵器を死守」することだ!」

 

 

因みに「核兵器」はダミーの張りぼてだが、本物として扱うようにと注意された。

 

 

「…先生?質問宜しいでしょうか?」

「なんだね!塩崎少女!!」

「チーム分けは如何なさるのですか?私達は21名…二人組を作ると一人を余りますが?」

 

 

…ハッ!しまった!これってもしかして「は~い二人組作ってね~」じゃないか!…いや落ち着け!ここが原作通りなら…

 

 

「ん~ナイス質問だ!グループ分けも対戦相手も完全にクジでランダムにマッチングする!!そして!余った一人は…これだ!」

 

 

そう言ってオールマイトは有る物を取り出した。…何あれ?黒い…ボール?

 

 

「「ジョーカーボール」コレを引いたチームに入ってもらうっ!」

「つまり3vs2っ!?」

「イエス!ヒーローチームかヴィランチームかはクジ運次第だがね!しかし、それだけでは終わらなーい!」

 

 

オールマイトは続けて紙束を取り出す。

 

 

「ジョーカーボールによって人数的に不利になったチームには対戦相手の“個性”情報を…非常~にっ!極一部であるが公開する!」

 

「はぁっ!?なにそれいくらなんでもそんなのズルいでしょうよ!」

 

「いいや、そんなことはないぞ取蔭少女!ヒーローにしろヴィランにしろ知名度が上がれば上がるほど“個性”が知れ渡り、「対策」が取られていくのが世の常だ。三人組チームには「情報的不利」を二人組チームには「人数的不利」を背負ってもらうぞっ!よく考えて作戦を練るんだっ!!!」

 

 

原作に無い展開…。正直予想すらしてなかった。果たしてどうなることやら…

 

 

_______________

 

 

ヒーロー基礎学 第1回 対人戦闘訓練

 

グループ分け

 

Aチーム 拳藤 鉄哲

Bチーム 宍田 円場

Cチーム 鎌切 取蔭

Dチーム 骨抜 小森

Eチーム 凡戸 黒色

Fチーム 柳  吹出

Gチーム 大入 物間

Hチーム 鱗  庄田

Iチーム 角取 小大

Jチーム 回原 塩崎

joker ball 泡瀬

 

 

 




とうとう始まる「戦闘訓練」。一体、大入福朗は誰と戦うのか?しかも相方はあの物間!?嫌な予感しかしない!?

再び訪れた戦闘描写!果たして作者は魅力的な展開を描けるのか!?駄文にならないよな!大丈夫だよな!?

程々に期待して待ってて!お願いっ!

※9/3誤字修正
『Mr.コンプレックス』→『Mr.コンプレス』


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14:第1戦 Aチーム vs Iチーム 1

作者「あっ、言い忘れたけど。君らトリの予定だから最後ね」

大・物「「…は?」」

※この予告詐欺である。





ヴィランアジト第五階層。屋上から一つ下の階層。そのフロアの中央、一番広いエリアのど真ん中に「核兵器(ターゲット)」を設置する。ついでに邪魔なテーブルやソファー、ドラム缶等は全て寄せて、遮蔽物の少ない状況を作る。

一階から五階までの部屋の所々にある窓の一部にカーテンを引き。中の様子を窺えない様にする。…仕上げにとある細工(・・)を施す。

戦いの舞台を整えた二人は最後のミーティングに入る。

一人は『小大唯』。「ノースリーブ」に「アームカバー」と「指貫グローブ」、「ショートパンツ」に「ハイニーソ」と「登山靴」と一見ちぐはぐに見えるパーツを最後にヘットギアの様に顔の各所を保護する「鬼の鉄仮面」がまとめ上げる。くノ一装束を改造したかのような出で立ちの少女。

もう一人は『角取(つのとり)ポニー』。体のラインが強調された「タイツスーツ」に「サンバイザー」と「ゴーグル」。カラーリングと各種アクセサリーが組み合わさって何処かマラソンランナーを連想する姿をしている。

 

 

「…ん。…じゃ、よろしく」

「ハイ!お願いしマース!」

「狙いはどうしよう…か?」

「Hmm~ソウデスネ。やはり…………デスか?ワタシ相性、良くアリマセン」

「…ん、了解。…一緒に頑張るよ?」

「Yes!頑張りマショウ!」

 

 

_______________

 

 

「よろしく頼むな鉄哲!」

「オウ!任せとけ!」

 

 

私の相棒はこの男『鉄哲徹鐵』だ。

 

体の関節部分に必要最低限のプロテクターのみのシンプルな戦闘服に身を包んだ彼。彼の“個性”は優秀だった。

 

 

“個性:スティール”

全身を鋼に変える能力。最強の矛にも盾にもなる。

 

 

肉体の強度が上がるって言うのはそれだけ打たれ強いし、殴った際の攻撃力も悪くない…。

なるほど確かに攻防一体の良い“個性”だ。私の“個性”が頼りなく感じてしまう。

 

 

“個性:大拳”

手のひらを巨大化させる。サイズは変幻自在。大きいほどパワーが強くなる。

 

 

しかし、こんな“個性”だけど、私はこの“個性”を気に入っている。むしろこの“個性”じゃないといけないとさえ思う。

 

 

「なぁ?今回の相手…小大と角取だったか?二人の“個性”って分かるか?」

「…お前、この間の個性把握テストで周り見てなかったのか?」

「いや、その…スマン。自分のことで頭一杯だった」

「…はぁ。まず、角取は遠距離攻撃が可能な“個性”だ。頭の角から…恐らくビームみたいな物を出す」

「おっ!もう一人の方なら分かるぜ!あの巨大化する奴だろっ!」

「…そうだな。あの巨体と近接戦闘になったら苦しいかもね」

(うっ…冷たい視線が突き刺さる)

 

「次に「核兵器(ターゲット)」の位置だけど…。多分あの何処か、だよな…?」

「次々と建物のカーテン引いてるもんな…アレじゃどこに「核兵器(ターゲット)」を隠してんのか外から分かんねぇぞ」

「多分、虱潰しに探させて時間を稼ぐつもりだな。場合によってはトラップを仕掛けてる可能性もある」

「クソっ!罠満載のアジトとかやりにくいな」

「まぁ、実際そんな時間的余裕も無いし、数は少ないだろうよ」

 

「生憎私らには索敵能力は無いからな。一階から順番に探すか…」

「だったら手分けして探すか?」

「…いや、却下だな。相手側が一人、遊撃に出て来た場合危険だ、下手をすればヘルプに入れなくなる」

「そうか…仕方ねぇから固まって動くか。なら俺が前に出る。俺ならある程度の攻撃でも耐えられる」

「あぁ、頼りにしているよ鉄哲。じゃあ、私は後方警戒だな。…よし、そろそろ時間だ!」

「オッシッ!!じゃあ、勝つぞ拳藤っ!」

 

 

 

_______________

 

 

ヴィランアジト内に正面から侵入すると、中には薄暗い闇が広がっていた。照明が落とされ、視界不良となった廊下を鉄哲と警戒しながら進む。一番近い扉に手を掛けゆっくりと開ける。

 

 

(うっ…眩しい)

 

 

部屋から差し込む昼白色の蛍光。一瞬瞼を閉じるもすぐに中を確認する。…どうやら、「(ヴィラン)」も「核兵器(ターゲット)」もないようだ。ドアを閉めると再び闇に包まれる。急いで探索に戻る。

 

同じ作業を1回、また1回と繰り返し。一層、二層、三層、四層とひたすら探索を繰り返す。

 

 

「やっぱ何処にも無ぇな…」

「ということは最上階、やっぱり「核兵器(ターゲット)」の前で待ち構えているって事か…」

「正面からのガチンコ勝負か!臨むところだっ」

 

 

 

最後の階層、第五階層。今までとは光景が一変していた。薄暗い廊下も光の差し込む部屋も変わらない。変わったのは只一カ所。

 

 

(…床が…濡れてる?)

 

 

そう、廊下一面余す所無くまき散らされた水。只床を湿らせているだけではなく、所々に大きな水溜まりまで作っている。

 

 

「なんじゃこりゃ!?」

「気持ちは分かるが落ち着け鉄哲…。やられた「鶯張り」だ…これ」

「ウグイスバリ?」

「昔の木造建築に使われていた仕掛けだ。歴史の授業で聞いたこと無いか?床がギシギシ鳴ることで人が居ることを知らせる仕組み。庭の玉砂利なんかも同じ効果があるんだけど…」

「つまり、この水浸しの廊下を歩くと…」

「水溜まりを歩く音で私たちが直ぐ近くに居ることがバレる…即席の警報装置だなこれは」

「クソッ!結局の所、警戒してたトラップじゃねぇか…」

「にしても上手いな。きっと私たちの“個性”が探索や隠蔽向きじゃ無いのを完全に読み切ってこの仕掛けを用意したんだ。下の階層のカーテンは中の様子をわからないようにして、私たちに虱潰しに調べさせる事を狙った時間稼ぎ…」

 

 

どうする?これまでの様に慎重にいくか?いや、結局足音でバレる…。最悪、耳が良いなら位置情報まで捕捉されかねない。

じゃあ、迅速に探索しての短期決戦?いや、トラップの可能性を捨てきれない。この足場じゃ直ぐに位置が把握されるから、出会い頭に最大火力の攻撃で迎撃もあり得る。

 

 

「…いくぞ拳藤」

「え?」

「考えたって埒が明かねぇぞ。…この先、相手に直ぐバレるってぇ言うなら仕方ねぇ。時間も既に半分近くを使っちまってる。モタモタしてる暇もねぇ」

 

 

一呼吸置いて彼は提案をしてきた。

 

 

「だったらここからは速攻だ。一気に「核兵器(ターゲット)」の位置を特定して、「押さえる」。…これしかねぇだろう」

「でも…それはっ」

「分かってる。きっと敵が二人揃って待ち構えてんだろう?でも俺らはどちらも近接戦闘型だ。結局の所、近づかないと何も始まらねぇ」

 

 

戦意に満ちた笑み。その表情には不敵さを感じた。…ごめん、お前の事少し直情的な奴って思ったよ。でも、それは自分に正直ってことで「こうだ」と決めた物を貫き通す強さでもある。こういう迷ったときに決断を下す、思いっ切りの良さは素直に見習いたいと思った。

 

 

「大丈夫だって。俺の“個性(スティール)”は生半可な攻撃じゃビクともしねぇよ!…任せろ、必ず突破口作ってやるから!」

「…分かった。でも、不意打ちには気を付けて」

「オウっ!」

「なら、目標はこのフロアの一番広い部屋だ!正面からの戦闘を想定しているなら多分そこを利用しているだろうからな。…さて、心して掛かるぞ鉄哲!」

 

 

 

私たちは直ぐに行動に出た。陣形はそのまま鉄哲が前衛、私が後方警戒。先程までとは違い速やかに移動する。歩き方に注意してもやはり、水溜まりを歩く音が出てしまう。もう、後戻りは出来ない、決戦は近い。

私達は決戦場(ラストステージ)に立った。待ち構えていたのは『角取ポニー』。

 

 

「Oh!思ったよりも早いデースっ!」

 

「はっ?一人だけ?」

「それでは…女子会(・・・)を始めマショウ!」

「っ!?鉄て…」

 

 

突如上から落ちて来た何か。それは、一瞬の出来事だった。

 

 

 

『鉄哲少年、捕獲!残念、アウトだっ!』

 

 

 



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15:第1戦 Aチーム vs Iチーム 2

『青天の霹靂』とは、正にこの様な状況のことを言うのでは無いだろうか?

 

 

突如落ちて来た何か。

 

鳴り響く『捕獲判定』のコール。

 

鉄哲の首に巻き付けられた「捕獲テープ」。

 

 

そして…。

 

 

そのテープにぶら下がる体長5cmの『小大唯』。

 

 

(やられたっ!?一杯食わされたっ!まさか、“巨大化”だけじゃ無く“小型化”まで出来るのか!?)

拳藤は己の失策を悔いた。

 

 

拳藤の推察は正解である。

 

『小大唯』

“個性:サイズ”

自らの身体の大きさ、及び身に着けた物のサイズを自由に変化させる“個性”である。変身には少しばかり時間が掛かる。

 

小大は個性を使い、小さい身体のまま天井に待機。そこからの奇襲により、一撃で鉄哲を封殺した。

 

もちろん、攻撃としては何の火力も持たない。現に鉄哲の体には傷一つ無い。しかし、「これはルール有りきの戦いだ」。もし、無視して戦闘を続行したらゾンビ行為として反則負けの判定を受ける恐れすら有る。それを理解した鉄哲は動けない。

状況は最悪だ。盾役として機能するはずの鉄哲が戦線を離脱。ヒーローチームは拳藤一人で挑まないといけない。

 

 

もし…。もしの話だが「拳藤が鉄哲の捕獲テープを剥がした場合」、『救出フラグ』が発生し、戦線に復帰出来る…かも知れない。

 

 

 

 

もちろん、そんな余裕が有ればの話だが。

 

 

 

 

「Aaaaaっ!!Fireeeee!!!」

 

 

状況はもう動き出している。一秒たりとも余裕は無い。

 

 

『角取ポニー』

“個性:角砲(ホーンホウ)

角からレーザーを放つ。その熱線は強力だ!

 

 

彼女の外観で特に目立つ対を成す二本の角。

 

その間から光を伴った高エネルギーが発生する。

 

束ねて…そして放つ。

 

 

角の向きに合わせ、高密度で放出されたエネルギーは空気を灼きながら、一直線に拳藤を目掛け駆け抜ける。

それを咄嗟に横に跳び回避する。

鉄哲の横を通り抜け、壁に衝突して壁を焼く。

 

 

「Hey!Hey!!Hey!!!ドーシマシタかぁ!?Partyは始まったばかりデスよーっ!!」

「っ!」

 

 

角取は照準を拳藤に合わせ、砲撃を乱射。激しい熱線が空間を支配する。拳藤は柱を盾にしながら回避に専念する。

 

 

(一気に接近して「核兵器」を抑えたいのにそれが出来ないっ!全く、何だってこんなに策を張り巡らせてくるんだっ!)

 

 

そう、それこそがヴィランチーム角取・小大ペアが仕掛けた最後の策。

 

 

 

 

思い出して頂きたい。この決戦場(ラストステージ)

 

 

 

 

邪魔なガラクタ達(テーブル・ソファー・ドラム缶など)は何処へ消えたのか?

 

 

 

 

答えは単純明快。決戦場(ラストステージ)の中に有る。但し、「核兵器を埋め尽くす様に」だ。これこそが最後の砦。「核兵器全体を障害物で囲い、直接触れることが出来ないようにする」ことである。

 

このバリケードを取り除こうとすれば角取から狙い撃ちにされる。

核兵器を確保するには、妨害する敵の排除が必要だ。

つまり、強制的な二対一の状況に持ち込まれたのだ。

 

 

「随分小賢しい手を使ってくるじゃないか。…まるで福朗みたいだ」

「ノン!そんなことアリマセン!ALLMIGHT先生カラのOKを頂いてイマス!但し、Penaltyとして「タイムアウトの時はヒーローチームの勝利」の条件が付いていマス!…ソレに核兵器を盗られたくないなら工夫するしかナイでショウ。モシ、POWERROADER先生なら地面に埋めて隠すでショウ。CEMENTS先生ならコンクリートの柱に隠蔽するのも悪くナイ…。私タチのバリケードなんてSo cuteな物デス!」

「親切に御説明どうも…。でも良いのか?最悪私は逃げ切れば私達の勝ちに出来るけど?」

「No Problem!私タチの目標は「二人を捕まえての完全勝利(パーフェクトゲーム)」デス!折角の戦闘訓練なのに目標(ターゲット)を手に入れて終了なんてNonsenseっ!コンナのもったいナイっ!戦闘の訓練ならば相手を倒すコトに全力を注ぐべきデス!」

「いいね!気に入ったっ!そういう姿勢大好きだ!」

「んふふ~♪アリガトウゴザイマース!…デモいいんデスか?」

 

 

 

「もう、二分経ちマスよ?」

 

 

 

「なぁっ!?くっ!」

「んっ!外した…」

「ソコっ!?貰いマース!!」

(あ゛づ)っ!!?」

 

「小型化」していた小大が今度は「巨大化」。直接的な殴り合いを申し込んできた。慌てて回避するが、角取の砲撃が逃げ道を潰す。やむを得ず手を巨大化して、手の平で受け止める。

ジュッ!!と言う焼け音がして拳藤の表情が歪む。

 

 

「今度こそ外さないっ!」

 

 

拳藤を捉えるべく、小大が再び手を伸ばす。

次の瞬間、拳藤は跳んだ。

 

 

「んっ!!」

 

 

拳藤は宙を舞う。伸ばされた小大の腕を足場に更に跳躍。小大の頭上に到達する。拳藤はすかさず自らの手の平を「巨大化」、その掌底で小大を押し潰す。

しかし、小大も負けてはいない。「小さな巨人」となった小大の力はその程度の攻撃を押し返す。

されど、拳藤は追撃を止めない。更にもう一方の手も「巨大化」、その両手を使い「面」で圧倒する。

遂に、拳藤は小大を地面に叩き込んだ。

 

拳藤は追い討ちを掛けない。角取の援護射撃を警戒して一度距離を取る。油断せずに構えを取る。そして、笑顔で言い放ってやる。

 

 

「アンタ達の考えはよく分かった…。だったら私も応えるよ。そうだよな…、戦闘訓練なのに戦闘回避なんてナンセンスだよな。今決めたよ!「二人を捕獲する」!ついでに「核兵器も回収する」!それが私達の完全勝利(パーフェクトゲーム)だっ!」

 

 

威勢良く啖呵を切った拳藤は駆け出す。

狙いは角取。彼女が放つ砲撃はこちらの攻撃チャンスに尽く割り込んでくる。これを叩かない事には話にならない。

 

 

「ん!させないよ!」

 

 

その間に小大が割って入る。

 

 

「だあぁぁぁっ!」

 

 

ならば押し通ると拳藤は拳打を繰り出す。ラッシュに継ぐラッシュの嵐で小大を防戦一方に追い込む。

 

 

「ワタシを忘れちゃNoデスよっ!」

 

 

僅か数秒、側面へと回り込んだ角取がヘルプに入る。死角からの射撃を横に跳んで回避する。

 

 

「捕まえたっ!」

「コレでFinishデス!」

「…っ!」

 

 

咄嗟の回避に体勢を崩した所を小大に捕まる。チョークスリーパーホールドの様に羽交い締めにされ身動きが出来ない。

動きを封じた拳藤にトドメを刺すべく角取は最大出力の角砲を発射した。

 

 

「キャァァァァッ!」

 

 

角取は勝利を確信した。この手応え、間違いなく直撃だ。直ぐさま顔を上げ確認すると熱線に焼かれ、気を失った人が一人。その人は『小大唯』。

 

拳藤は角取が砲撃を行う瞬間、羽交い締めにしていた腕の隙間に手を滑り込ませ、直ぐさま手の平を「巨大化」。大きくすることでこじ開けた空間を利用して、拘束に脱出の隙を作る。首尾良く拘束を逃れ、小大を盾にすることで角取の攻撃を退けたのだ。

 

なぜ、角取はこの一連の流れに気付けなかったのか?それは角取の“角砲”の性質に秘密がある。実は角取の“角砲”は「角の伸びている方向に直線でしか撃てない」つまり、砲撃する度に頭を下げる必要がある。

拳藤はその問題点を利用して、反撃の一手にした。

 

 

「What's happend!?小大サーン!!大丈夫デスかっ!?」

「隙有りだっ!」

「Ouch!!」

 

 

動揺した一瞬の隙を突いて拳藤は角取を拘束した。巨大化した手の平で彼女の上半身全てを押さえ込み、空いた方の手で捕獲テープをグルグルと巻き付ける。

 

 

『角取少女捕獲!アウトだ!』

 

「…Oops」

 

 

拳藤は捕獲を確認すると同様に小大にも捕獲テープを巻き付ける。その後に置物と化した鉄哲の捕獲テープを引き剥がし、核兵器へと向かう。

バリケードの隙間に手を伸ばし、中で「巨大化」することでバリケードを一気に取り払う。大きな手で標的を引っこ抜き、拳藤は不敵に笑う。

 

 

『小大少女捕獲!核兵器確保!ヒーローチームの勝利だっ!』

 

 

 

 



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16:第1戦 Aチーム vs Iチーム 3

「痛たたたっ!ちょっと福朗!福朗ってばっ痛いっ!もっと優しくっ!」

「ちょっ!?大入っち!んな乱暴なっ!」

「んバカっ!何だって角取さんの攻撃を防御なんてしたんだよ!アレの威力がもっと上だったら防御(ガード)ごと抜かれてたよ!?」

「じゃあ、どうすりゃよかったんだよっ!」

「いっそ、そのまま地面に倒れて回避すりゃよかったんだ!一佳なら、そっから跳ね起きして体勢立て直せたろっ!」

「んバカっ!目の前に巨大化した小大が居たんだぞ!そんな隙を見せたらその巨体で押さえ込まれるっ」

「その拳は飾りかっ!“大拳”のパワーなら避ける隙くらい作れんだろっ!」

「なにおう!」

「なにさっ!」

「落ち着けよー!二人ともっ!怪我に響くって!!」

 

 

戦闘訓練が終了して、アタシこと『取蔭切奈(とかげせつな)』は大入っちと一緒に拳藤っちの怪我の手当てをしている。治療道具は他の皆の戦闘服に付いてるのを借りての作業だ。

他の女子メンバーは総出で直撃を受けた小大っちの治療にあたっている。何せ全身を熱線で焼かれたんだから、早く手当てしないとやばいわ。

すると人手が足りず、拳藤っちの信頼を得ている大入っちがこうして手当てを手伝ってくれてる。話に聞くと拳藤っちと大入っちは幼馴染みらしい。端から見てても仲が良い二人の筈なんだが…何故か口喧嘩が始まった。

 

内容を聞いてみるとさっきから、先程の戦いでの文句ばかり。あれー?どうしてこうなった?

あそこが駄目だった、ここが悪かった、あーだ、こーだと、ワーワー、ギャーギャー…よくもまぁ、たくさんの意見が出るわ出るわ。

 

…けどさ?アタシだけじゃ無く、皆知ってんだぞ大入っち?あの戦闘の間、大入っちが凄いソワソワしながら画面を見てたこと、角取っちの熱線が当たったとき、思わず悲鳴上げそうになってたの…。最後の攻防の時なんか「一佳ぁぁっ!避けろぉぉっ!!」って叫んでたからな。大入っちが拳藤っちをどんだけ心配してたのかよく分かったよ…。

 

この二人っていつも一緒に居るから近寄りづらかったけど…今度もっと話してみよう。こいつら多分遠くから見てても、近くで話してもきっと面白いわ。

 

 

_______________

 

 

 

「敵《ヴィラン》の基本方針の変更?」

 

怪我の手当てを終えると、一同は集合。講評の時間を取っていた…。

試合結果を見て「はい終了」ではなく、しっかりと良かった点・悪かった点を洗い出すのは授業らしいと言える。

 

議題はまず、「反則染みたバリケード」と「ペナルティーのルール変更」に付いてからだ。何故こんな暴挙をオールマイト先生が容認したのか?真っ先に一佳から上がった質問だった。

 

 

「角取・小大ペアはある提案をしてきたんだ。…それは「(ヴィラン)の目的は核兵器を餌にして、駆け付けたヒーローを始末する」と言う真の目的を追加して欲しいと言った内容だ!」

 

 

「核兵器を利用した犯罪」が目的では無く、「その情報に踊らされたヒーローの始末」が目的では前提条件が代わる。

 

この目的の場合、「標的を奪いに来たヒーローを確実に始末する必要がある」。

標的を奪われれば餌となる「核兵器」を失う事になるため(ヴィラン)は目的を果たせない。

ヒーローチームに捕らわれれば、肝心のヒーローを始末出来ないため目的を果たせない。

タイムアウトになれば攻め手に欠けたヒーローチームが撤退。ヒーローを始末出来ないため、これまた目的を果たせない。

 

ヴィランチームは幾ら核兵器を死守しようが「ヒーローチームを始末出来なければ」本来の目的を達成出来ない状況へと変化した。今回の反則バリケードはヴィランチームの設定要求に合わせてゲームバランスを調整した結果だった…らしい。後、「生徒達の自由な発想の妨げになるのは宜しくない」とオールマイト先生は考えたためだと言っていた。

 

最後に「反則バリケードは誰でもできちゃうから以降はNGで頼むよ?人真似はよくないしね!」と言われた。

 

 

「…でさ?何時まで落ち込んでるんだ鉄哲?」

「うぉぉぉっ!すまねぇ!すまねぇっ!俺が突破口開いてやるって言ったのに真っ先に落ちちまって!ホントにすまねぇっっ!」

「いや、あれは仕方ないよ鉄哲?だって小大さん達完全に狙い定めてたもん」

「…ん。そうだよ?鉄哲君は硬いし、力も強いから、私と角取さんじゃ正面からは戦えなかった…よ?」

「うぉぉぉっ!!」

 

 

部屋の隅を見やるとそこで男泣きする鉄哲さんとそれを慰める俺と小大さんというなんとも奇妙な光景が広がっている。そりゃそうだ、威勢良く啖呵切ったのに蓋を開けたら只の置物にされたんだもん。多分俺だって塞ぎ込む自信有るわ。それより…

 

 

「何時までそうしてるの?角取さん?」

「Oh!見ないでクダサーイ!見ないデ!!マタやってしまいマシタ!ハズカシイ!ハズカシイデース!!」

 

 

そう言って両手で顔を覆い隠し、部屋の隅で屈み込む角取さん。角取さんは普段温和(おとな)しそうにしているのに、テンションが上がるとはっちゃけちゃうタイプらしい。んで、今は冷静さを取り戻し絶讃悶絶中。

 

 

「さて!次はヴィランチームが仕掛けた策についてまとめようかっ!!」

 

(((((えっ?このまま続けるの!?)))))

 

 

鉄哲、角取両名を横に置いて話を進めるオールマイト先生。まぁ、落ち着くまで放っておくのも一種の優しさ…かな?

 

 

「…一番の策は小大さんの「一撃奇襲」でしょうか?“個性”に関する情報が不十分だったために成立した奇策。お見事でしたわ」

「実際に戦った私としては「バリケード」が厄介だったね。アレさえ無ければ苦労はしなかったかもな」

「他にも「五階の水たまり」が有ったな。特殊な移動法を持っていないと実質回避のしよーが無い。相手にこちらの位置がバレるのはそんだけ危ねーだろ」

「けど、ソレってさ?「カーテン」での内部隠蔽して、相手に時間を掛けないと成立しないっしょ?」

 

「…コレってさ?「奇襲の為の布石」じゃないの?」

 

 

物間君の発言に皆が首を傾げる。

 

 

「「カーテン」で探索時間を稼いで「五階の水たまり」を用意したのはいいよ?これで相手が何時踏み込んでくるか察知できたしね。問題はその後の「バリケード」…部屋に突入したらあんなに目立つ物が有るんだもの「上からの奇襲」なんて目がいかないよ」

「あぁ、それならもうちょっと言うこと有るわ…」

 

 

俺は物間君の言葉に付け加えて、説明した。

 

 

「まず第一に「ビル内の照明」。「カーテン」を引いて中の様子を分からなくするのも目的だけど、一番の狙いは「明るい部屋」と「暗い廊下」を交互に探索させることで「目を慣らさせない」狙いが有ったね。これだけで罠や奇襲を見落としやすくなる。

加えて「トラップを最小限にした」事だな、単に時間が足りなかったせいかもしれないけど「結果的にトラップに対して警戒が緩んだ」よな?実際に五階ではスピード勝負に出るハメになったわけだし…。

最後に物間君が言った「水たまり」と「バリケード」。足音からの「情報」とバリケードを使った「視線誘導(ミスディレクション)」で「奇襲成功率」はグンと上がった。さらに「目が慣れてない」から、小さい小大さんの影も完全に見落としたんだろうね…」

 

「「「「「…」」」」」

 

 

突如訪れた沈黙。皆が微妙な顔をしながらこちらを見ている。えっ?ちょ?俺なんかした!?

 

 

「…あれ?俺、変なこと言った?」

 

「…ん。凄い…」

「Wow…Perfect answerデス」

 

「…まぁ、計画に穴も多いが、僅かな時間で組み上げた事を加味するとかなりのクオリティだったぞ…!」(思っていたより言われた!!!)

 

 

オールマイトはサムズアップで応える。良かった、合っていたらしい。ここで違っていたら恥ずかしい思いをするとこだった。

 

 

「…ゴホン!とにかくだ一戦目から様々なアイデアを尽くしてくれた小大少女に角取少女!そんな苦境にナイスガッツで乗り切った拳藤少女!皆良い物を見せて貰ったよ!!…鉄哲少年はこの悔しさをバネに頑張ってくれ!!」

 

「…ウッス!」

 

 

「さぁ少年少女っ!次の戦い、行ってみようかっ!!」

 

 

 

 



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17:第2戦 ~ 第4戦

「がおおおぉぉっっっつ!!」

 

「イヤーーーッっっ!!」

「……ふっ!………しぃっっ!!」

 

「ひっ…ひいぃぃぃっ!!」

 

 

 

続く第2戦。

 

 

 

ヒーローチーム Hチーム 鱗・庄田ペア

ヴィランチーム Bチーム 宍田・円場ペア

 

 

 

先程の戦いとは打って変わって正面からの全力戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

宍田獣郎太(ししだじゅうろうた)

上は「タンクトップ」下は「迷彩柄ボトム」で、普段の眼鏡を「特注のゴーグル」にしただけの彼は戦場で暴風雨の如く暴れていた。

 

“個性:ビースト”

野生の猛獣の因子を色濃く受け継いだ彼の“個性”は腕力・脚力のみならず、嗅覚・聴覚・反射神経迄もが常人のラインを逸脱している。

その、人並み外れた身体能力でヒーローチームを暴力的に攻め立てる。

 

 

 

それをヒーローチームは二人がかりで切り崩す。

 

 

 

鱗飛竜(りんひりゅう)

中国の民族衣装に煌びやかな刺繍の施された戦闘服が戦場を舞う。

 

“個性:ウロコ”

全身を爬虫類の鱗で覆う彼は、空を飛び跳ね、地面を転がる。

 

 

幼少期中国で過ごしていた彼は、幼い頃から武術を習っていた。

 

『地功拳』…いや『酔拳』と言った方が伝わりやすいだろうか?

 

書いて字の如く「所作が酔っ払いの動きに似ている」ことから付いた名前だが…決して酔っ払いの人が繰り出す徒手空拳のことではない。

彼が学んだ『酔酒八仙神拳』は本来、足場の悪い環境で地面を背にして戦うことを想定して洗練されてきた拳法であるが、適度な柔軟性と剛性を合わせ持つ“個性”との相性が非常に良い。特に拳の鱗を「下ろし金」の様にして繰り出す急所への攻撃はそれ自体が致命傷を与えかねない。

 

 

 

庄田二連撃(しょうだにれんげき)

急所をしっかり保護する「プロテクター」に「グローブ」「ボクサーパンツ」。プロボクサーの格好の彼。普段は穏和な表情の彼は現在、鋭い眼光で強敵と対峙していた。

 

“個性:ツインインパクト”

「自らの発生させた衝撃を倍に増幅する」と言うシンプルな“個性”は柔軟な運用を可能にする。

軽いステップを高速回避に、全力疾走を高い高速機動に、牽制を強打に、全力攻撃を必殺の一撃へと押し上る。

 

 

 

彼の趣味から吸収したボクシングの技術がそれを更に実戦的な物へと育て上げた。

 

 

 

宍田の理不尽なまでの身体能力に鱗・庄田は研鑚を重ねた技術で追随する。

そんな、鮮血と打撃音、咆哮と戦意の飛び交う戦場に円場はすっかり萎縮している。

 

 

そんな戦闘の僅かな隙を縫って庄田が仕掛ける。庄田は足の衝撃を増幅。爆発的な加速中に地面を蹴り更に加速。自身が巨大な弾丸にでもなったかのように攻勢にでる。宍田の脇をすり抜け、狙うは核兵器。

 

 

 

「くっ…!来るなーっ!!」

 

 

 

円場硬成(つぶらばこうせい)

全身をアーマータイプの戦闘服で覆う彼。怯えていた彼もヒーローを志す者の端くれ。しっかりとその役割をこなす。

 

“個性:空気凝固”

全力で息を吸い込み、吐き出されることで生み出される空気の盾。

 

 

 

突如生まれた見えない壁に阻まれ、庄田の足が止まる。慌てて体勢を立て直すが僅かに遅い。

宍田が庄田に接近。その引き裂いた獲物をバラバラにする鋭い爪が庄田に迫る。

 

急いで駆け込んだ鱗がその斬撃を受け止める。彼の表皮が柔軟な鎧と化し、鱗が爪を押しとどめる。

偶然に偶然が重なった隙に再び庄田が攻める。鱗によってガラ空きとなった宍田の脇に渾身のボディーブローを叩き込む。

 

二重の衝撃に「ぐっ…!」と言うくぐもった声を漏らすも気合いで飲み込む宍田。雄叫びを上げ、全力で庄田を殴り飛ばす。

 

続いて、宍田は鱗に狙いを定めて拳を振るう。

 

鱗は回避を試みるが、不測の事態に足が突如止まる。

 

原因は円場。彼は“個性”で鱗の足元の空気を固定。即席の枷を作る。拳のみでは飛ばず、宍田はその丸太程の足で鱗を更に吹き飛ばす。

 

 

息をあらげる宍田。

大打撃を受けながらも立ち上がる鱗・庄田。

三人の気迫に飲まれ、今にも心が折れそうな円場。

 

 

そんな四人の戦いは時間いっぱいまで続いた。

 

 

 

結果発表

タイムアップ ヴィランチームの勝利

 

 

 

______________

 

 

第3戦。

 

 

 

ヒーローチーム Dチーム 骨抜・小森ペア

ヴィランチーム Jチーム 回原・塩崎ペア

 

 

 

ヴィランチームはヒーローチームとの戦いを万全の体制で待ち構えていた。

 

 

 

塩崎茨(しおざきいばら)

修道女の様な衣装に腰に付いた武骨なガンベルト。彼女は“個性”を有利に使う為、予め用意したお手製の栄養剤を半分ほど飲み、残りの入ったドリンクボトルをガンベルトに備わったホルスターへと納める。

 

“個性:ツル”

自由に伸縮可能な頭髪のツル。束ねれば力は強くなり、切り離して壁やトラップにも出来る。

 

 

塩崎は核兵器を匿った部屋に徹底的にツルを張り巡らせた。床に、壁に、天井に、網目の様に矢鱈目鱈に縫いつける。更には床から壁、壁から天井、天井から床に、まるで蜘蛛の巣の様に徹底的に空間を自分のテリトリーに変化させる。

 

戦場を作り上げると一度ツルを切り離し、改めてツルを伸ばす。

 

塩崎がツルを2回に分けたのには理由が有る。塩崎のツルは数が多いほど、高い集中力を求められ、複雑な動きをするほど消耗が激しくなる。

『木を隠すなら森の中』…。「陣地として予め、ツルを張り巡らせ」その中に「コントロール可能なツルを隠蔽することで」自分が使用するツルの量を減らしながら、相手に「何処からツルが襲ってくるか判別がつかない」状況を作る。

 

 

更にもう一人の相棒が状況に備える。

 

 

回原旋(かいばらせん)

西部劇の保安官の様な服装の彼は。塩崎がツルで作った高台に待機していた。

 

彼はポケットから愛用の武器を取り出す。

 

“個性:旋回”

彼の能力は分かりやすい。「対象にした物を自分を軸に自由に廻すことが出来る」それだけだ。

 

彼の手の平のからこぼれ落ちた「ビー玉」は幼少の頃から訓練で使用してきた「手に馴染んだ」代物だ。そのビー玉は地面に落ちること無く空中を走り出す。

ヒュン…ヒュン…と言う空を切る音が鳴り、ビー玉は遠心力を蓄積させていく。最高速度から打ち出されるビー玉はもはや銃弾と化すことだろう。

 

 

万全の準備を整えた二人の勝負は一瞬で決まる。

 

 

突如天井が破られ、ヒーローチームの一人が奇襲を仕掛ける。

 

 

骨抜柔造(ほねぬきじゅうぞう)

全身をパンクロックな格好にシャレコウベのヘルメットと言う奇抜なスタイルの彼は上からの奇襲を選んだ。

 

“個性:柔化”

触れた物を柔らかくする彼の“個性”。実は展開速度・射程距離・精密性を高い水準に鍛え上げていた。

 

 

所定の配置に付いた彼は一つ上の階層の足場を一気に柔化。「天井をぶち抜いて」一気に核兵器へと肉薄する。

 

空中に待機していた回原がこれに対処。手持ちの弾丸を骨抜に向けて放つ。するとどうだろうか。ビー玉は骨抜に触れた所から水飴の様に弾け散る。

 

ビー玉が蓄積させた衝撃が体を叩いても、質量の大半を喪失させられたそれでは骨抜を押し戻せない。

 

回原は跳んだ。自分の足を“個性”の対象にし、体を軸に旋回させる。暴れ回る独楽のような回転蹴りは骨抜を地面に叩き付けた。

 

それを塩崎が素早く拘束。動きを封じる。

 

 

 

しかし、骨抜の攻勢は終わっていない。

 

 

 

骨抜は今度は「床全てを柔化させる」。足場を突如失った骨抜・回原・塩崎…そして核兵器が落下する。

 

下に控えていたのはヒーローチームもう一人の相棒。

 

 

小森希乃子(こもりきのこ)

戦闘服と言うよりワンダーフォーゲルでもしに来たのかと勘違いしてしまう装備の彼女もまたテリトリーを作って待ち構える。

 

“個性:キノコ”

頭から発生させた胞子から作られるキノコを活用することが彼女の能力。

 

 

彼女は部屋一面をキノコで埋め尽くし、避難救助のマットを作り上げていた。

 

このままでは核兵器を回収される。塩崎は自らのツルを伸ばし核兵器をつかみ取る。

 

それを見た小森は動き出す。腕に装備した特殊武器を地面に向けて放つ。

 

「急速スチーマー」…彼女が被服控除で用意した武装。自らの胞子に水蒸気を当てて成長を促す。成長に必要な湿度・温度を得たキノコは大きな傘を広げる。

 

小森はこれに跳び乗り一気に跳躍。核兵器を押さえに掛かる。

 

させるものかと塩崎は再びツルを伸ばす。しかし、突如力が抜けツルがコントロールを失う。

 

まあ、仕方ないだろう。何せ彼女は「骨抜を拘束している」のだから…。

 

 

 

結果発表

核兵器確保 ヒーローチームの勝利

 

 

 

_______________

 

 

第4戦

 

 

ヒーローチーム Fチーム 柳・吹出ペア

ヴィランチーム Eチーム 凡戸・黒色ペア

 

 

戦闘手段に乏しいヴィランチームは籠城戦を強いられる。

 

 

凡戸固次郎(ぼんどこじろう)

その巨体を堅める様に更に重厚な鎧を纏い、威風堂々たる古城の様な風格を醸し出す彼は行動を起こす。

 

“個性:セメダイン”

体内で接着剤を精製、放出する個性である。

 

 

彼は作り出した接着剤でドアを窓を全て封鎖。先の戦いを見て、床・壁・天井を何層もの接着剤で塗り固め、ぶ厚い層を造る。これにより衝撃を分散させる堅牢な城を作り出した。

 

しかし、それももう保たない。先程のからドアを破壊する音が鳴り響く。

 

 

 

ドッカーン!!

 

大袈裟な効果音を伴い牙城は崩れる。

 

 

 

 

吹出漫我(ふきだしまんが)

まるでSFコミックの様な非現実的なアーマーに身を包んだ彼こそが城に攻め入る曲者。

 

“個性:コミック”

様々な漫画的技法を顕現させる能力は奇想天外としかいいようがない。

 

 

今回彼は「オノマトペ」を自分の拳に使用した。「ドッカーン」と言う効果音を付加された拳は想像を絶する破壊力を伴い遂には道を切り開いた。

 

 

ヒーローチームは雪崩れ込むように攻撃を仕掛ける。

 

 

(やなぎ)レイ子』

花で例えるならば「曼珠沙華」の様に毒々しい紅色に染まった和装に華の簪。下駄を打ち鳴らす彼女は声を上げる。

 

“個性:ポルターガイスト”

精神が高揚し、一種のトランス状態になった彼女が放つ音波は周囲に非科学的な現象を呼び起こす。

 

 

音波を浴びて不意に宙に浮く瓦礫。それらがヴィランチームに向けて放たれる。

 

 

しかし、攻撃は失敗に終わる。

 

 

黒色支配(くろいろしはい)

全身を漆黒に彩られた軍服の彼が“個性”を発動する。

 

“個性:(ブラック)

彼の黒とは…謂わば概念的な表現である。

 

例えば、光彩での黒色とは「光の三原色を全て飲み込んだ状態」である。

例えば、色彩での黒色とは「色の三原色を全て飲み込んだ状態」である。

 

つまり何が言いたいかというと…

「対象一つを全て飲み込む能力」である。

 

 

彼は“個性”を発動、「音を黒く染め上げる」。「音が消え」効果を失った瓦礫が力無く地面に落ちる。

 

吹出は判断した。彼女と彼は相性が最悪だ。吹出は直ぐさま攻撃を繰り出す。「ビリビリ」と言うオノマトペを付加した拳は激しい音と電撃を纏って黒色へ向かう。

 

黒色は再び“個性”で「音を染め上げる」。

 

確かに音は消えるが…。しかし、オノマトペは「擬音語」だ、あくまでも「文字」である、電撃は消えない。スタンガンとなった拳が黒色の意識を刈り取る。

 

好機を待つ凡戸はその隙を逃さない。彼は接着剤で吹出を拘束する。

 

戦いは凡戸と柳の一騎討ちになった。

 

 

 

結果発表

核兵器確保 ヒーローチームの勝利

 

 

 

 




※注意
B組生徒の“個性”及び戦闘服は作者独自の妄想になります。公式情報が更新されたら多分修正します。


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18:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 1





「なぁなぁ!物間君!チーム名決めようぜっ!」

「…何を言っているんだい?君は?」

 

 

『物間寧人』

豪華な「燕尾服」に革ベルトにバックルの様に付いた三つの「時計」の戦闘服。端整な顔立ちに呆れ顔を貼り付けて冷たく返事をしてきた。

 

 

俺達ヴィランチームは、貰ったヒーローチームの情報から各々の戦闘法・戦術を予想して対策。

先生に「ある作戦の許可を貰って」その準備も終わり、これからの戦い前に備えてストレッチをしていた。

 

 

「だってさ。せっかくコンビ組んだのに『Gチーム』なんて余りに味気ないじゃん?ここはババンっとカッコイイチーム名を決めてモチベーションを高めようかと思うんだけど…」

 

 

個性把握テストの有った日の帰り。一佳に言われた言葉を思い出す。

 

「他の奴に比べて距離があるんだよ…」

 

あの言葉を聞いてから彼のことを観察してみた…。すると、気付いた事がある。彼は基本的に静かだし、休み時間は一人でいることが多い。しかもだ、原作でよく見られていた煽る様な発言が殆どないのだ。

意外と彼はシャイなのかな?と思ったがそうでも無いらしい。俺や他の生徒が話しかけるとしっかりと話もするし、言動の端々から彼独特のユーモラスも感じる。それでもやはり、手短に会話を終わらせてしまう。

他の人から距離を取っている様子が如実に表れているように感じた。

 

よし!ここはチーム名を作って仲間意識を持たせる作戦に出るぞっ!

作戦名は…、そうだな…。

 

「チーム名を作って仲間意識を持たせる作戦」だっ!

 

うむ、読んで字の如く!シンプル・イズ・ベスト!

 

 

「馬鹿馬鹿しいね。…でも、君が決めたいなら好きに決めれば良いんじゃ無いかな?」

「ありゃ、つれない…」

 

 

…大佐、作戦は失敗のようだ…。

…大佐って誰だ?

 

しかし、チーム名を作ると宣言した手前、やめるのももったいない。何か考えよう…。

 

 

「うーん…よし!決めたっ!「チーム・サンジェルマン」ってどうよ?」

「…サンジェルマン?サンジェルマン伯爵から取ってるのかい?」

「そうそう!紳士っぽいのと道化師っぽいの居るから丁度良いだろ!それにヨーロッパに縁が有るところが益々いい!」

「…?なんでヨーロッパなんだい?」

「え?だって物間君って時折「バンド・テジネ」読んでるよな?だから、ヨーロッパに思い入れでも有るのかなって…」

「…なに、そんなに四六時中僕を観察してたの?」

「あっ!ゴメンっ、不快だったか!?ただ、せっかくクラスメイトになったんだから仲良くしたいなぁ…って思ってたらさ!?」

「…はぁ。…まぁ、いいよ。面倒くさいからチーム名それで」

「よし、決定だな!「チーム・サンジェルマン」頑張るぞ!」

 

 

結局の物間君は心を開いてくれませんでした。

 

 

 

_______________

 

 

 

「すまんっ!俺のせいでっ!」

 

 

泡瀬洋雪(あわせようせつ)

つなぎ服をベースに作られたコスチュームの彼は、今回チームとなった自らの仲間に頭を下げている。

 

「相手チームへの情報のリーク」

 

ジョーカー役の彼が持っているデメリット。「自分の手の内が相手に読まれる」ことがどれだけ危ない事か理解している彼は、この手痛い損失を悔いていた。

 

 

「ちょっと泡瀬っち!やめてよ!そうゆうのっ!アタシは全然気にしてないからっ!!」

 

 

露出の多い女盗賊風の格好をした取蔭が慌ててそれを制する。これから協力しあう仲間に距離感があるのは良くないと経験から知っている彼女は何とか彼にいつもの調子を取り戻して貰いたい。

 

 

「取蔭の言うとおりだ。あくまでも知られるのは“個性”の情報の極一部…。問題にはならないさ。それよりも、目の前のことに集中しよう」

 

 

鎌切尖(かまきりとがる)

全身を軽量級のプレートアーマーで覆った彼は、取蔭に同調する。

 

先生により、どれ程の量の情報が相手に流されたのかは判らないが…。少なくとも、“個性”の名前と効果は伝わっているだろう。最悪、発動条件や応用技まで知られているかもしれない。

しかし、なってしまったものは仕方ない。さっさと切り替えるべきだ。

 

 

「…そうだな。この分は戦力として巻き返すことにするよ」

「よし、すぐに作戦を立てよう!まずは互いの能力の確認からだな…」

 

 

 

ヒーローチーム3名は勝率を上げるために話し合いを進めていく。互いの持ち味から基本の戦術を決めていく。そして、議題はヴィランチームの戦術になるのだが…。

 

 

「…と言っても情報ってあまり無いよね?」

 

「そうだな…。まず『物間』だ。彼の“個性”について情報が全くない」

「個性把握テストでも“個性”使わなかったもんな…まぁ、俺もなんだが…」

「考えられるのは身体能力向上に応用出来ない“個性”…。例えば、幻覚出したりとか?」

「いや、決め付けるのは早い!回復系や防御系もあるし、探知系や変質系、場合によっては限定条件下でしか“個性”が使えないのかも知れない。ハッキリ言って相手の出方を見るしか無い」

 

「大入は「周囲に風を生み出していたな」。それが“個性”なんだろうな」

「けどさ?大入っちの戦闘服ケースって他の人よりデッカいよね?何が入ってたの?」

「着替えるときに聞いてみたんだが…「本番までのお楽しみな」ってはぐらかされちまった。くそっ!無理矢理にでも聞いとけば良かった」

「なんかズルイってそれっ!」

「結局武器らしい武器は腕の馬鹿でかい籠手だけで他には見あたらなかったな…」

 

「結局の所、情報が足りなすぎる…。「情報的不利」想像以上に厄介だな…」

 

 

 

_______________

 

 

「さて…諸君!本日最後の戦いとなったっ!ヒーローチームCチーム with joker vs ヴィランチームGチームの戦いだっ!!」

 

 

最後の戦闘訓練。しかし、先程までの戦いの様に平等な条件下での戦いとはならない。

 

「joker ball」このルールが両チームに悪条件を突き付ける。

 

ジョーカーはヒーローチームに振り分けられ、「3人で勝負に挑む」。

 

2人で対処するヴィランチームには「ヒーローチーム3名の情報を与えられる」。

 

互いに異なるメリットを与えられた変則マッチ。その幕が上がろうとしている。

 

 

「…どっちが勝つべな?」

 

 

野生の巨漢、宍田がぽつりと漏らす。

 

 

「そーだなー…やっぱヒーローチームじゃねーか?数の有利は簡単には覆せねーだろ?」

 

 

それに答えるのは相方を努めた円場。

 

 

「…けど、ヴィランチームには相手の情報がある…。…完璧に対処したら、封殺も不可能じゃない…」

『そうだね。相性次第ではどうしようも無いときが有るからね!』

「…むうぅ…」

「しかし、真理だ。それに物間は未だに“個性”を使用した所を見ていない。相手には鬼が出るか蛇が出るか判らないだろう」

 

 

異を唱えるのは柳。それに賛同するは吹出と黒色。

 

 

「しかし、納得いきません!大入さんのこんな作戦を了承して宜しかったのですかっ!?先生っ!!」

「諦めた方がいいわよ、塩崎さん。先生が認めた以上、反則ではないわ…」

「…ん。でもいくらなんでもこんなペナルティーを背負って戦うなんて…」

「Yes…トテモRisky過ぎマス」

 

 

ヴィランチームの考案した戦術に納得のいかない塩崎。それを宥める小森・小大・角取。

 

 

「それにしても驚いたな。大入の“個性”がまさかこんな物だとは…」

「これは以外だよね。僕はてっきり風を使う“個性”だと思っていたよ」

「けど、これであの戦闘服ケースの理由に合点がいくな…」

「大入のケースの中身、マジで全部装備品だったな!流石にビビった…」

 

 

ヴィランチームの作戦から判明した大入の“個性”について議論を始める凡戸・庄田・鱗・回原。

 

 

「…ケッ。いくら装備が多かろうと扱うのは所詮一人の人間だ。そんなに上手く事が運ぶかよっ!」

「そうはいかねぇぞ。アイツは入試で0pのデカブツとやり合う程の男だっ!生半可な腕じゃ倒せねぇ…」

 

 

この戦いで見定めてやる…とモニターをにらみつける骨抜と鉄哲。

 

 

「…まっ、それでも勝っちゃうんだろうな…」

 

 

拳藤一佳は静かに呟いてモニターの向こうの彼を見ていた。

 

 

 



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19:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 2

そろそろ読者に大入君の“個性”がバレる今日この頃。

さて、続きです。





『…取蔭、そっちはどうだ?』

「…う~ん、五階に人の気配は無し。現在四階調査中だけど多分ここにも居ないか~」

『了解した。…でも、警戒はしてくれ。隠れるのが上手いのかも知れない…』

「はいは~い!了解だよ鎌切っち」

『俺達も進もう。さっさと核の位置を特定しないと』

『了解だ…泡瀬』

 

 

ヒーローチーム3名は数の利を活かして核兵器の位置を割り出す作業を行っていた。

 

そもそもこの対人戦闘訓練は核兵器の眼前での戦いになりやすい。

初めての戦いでは、相手の“個性”の情報が少ないため手の内が分からないことが非常に多い。どんな状況でも互いにカバー出来るように遊撃を出さない事が多い。

 

遊撃を一人送り出す場合、遊撃者には相手チーム二人をたった一人で相手にしなければならないリスクを背負うことになる。

そのリスクを背負えるとしたら「二人相手でも渡り合える程の高い戦闘力を持つ」か「奇襲・逃走を成立させる程の高い索敵・隠蔽能力を持つ」者でなければならないだろう。

 

 

『取蔭切奈』は後者のタイプである。

“個性:とかげのしっぽ切り”

所謂「トカゲの自切行動が出来る」“個性”であるが、ここでは“個性”の副産物(・・・)がものを言う。

 

 

彼女は自切行動以外にも、トカゲの生態も僅かに引き継いでいるのだ。

 

まずはその隠密行動力。彼女はトカゲの仲間「やもり」と同様に壁に張り付いて自在に動ける。しかも、トカゲの敏捷を合わせ持つため、音も無く素速い移動が可能だ。彼女は“個性(コレ)”を利用し、単独で屋上から潜入。上の階層から虱潰しに探索していく。

 

加えて彼女は時折、舌を出したり閉まったりしている。

『ヤコプソン器官』またの名を『鋤鼻器』と言われる嗅覚器官の一種だが、爬虫類の“個性”の血を引く彼女にも備わっている。

彼女は空中に漂う「残り香」から「そこに人が居たかどうか」を判断できる。

 

高い索敵能力と隠蔽能力を併せ持つ彼女の役割は「敵の位置の特定」である。

他のメンバーが到着するのに時間が掛かる上の階層、残りのメンバーが下の階層、この両方をローラー作戦で探索をし、一気にアジトの踏破を試みる。

もし仮に取蔭が敵を発見した場合。速やかに後退し、仲間と合流。その後に一気に叩けば良い。

最悪捕まってしまっても、「捕まった」と言う事実から敵の情報が落ちる算段で有る。ある意味、訓練のルールを逆手に取った戦法とも言える。

 

作戦は見事にはまり、敵地の空白は次々埋められていく。決戦は近い。

 

 

_______________

 

 

泡瀬・鎌切の2名はアジトを下の階層から探索。二階へと到達した。

 

 

「…来るっ!」

「っ!?」

 

 

突如通路に流れる風。そして、微かに聞こえる叫び声。戦いの時は来た。

 

 

 

 

「いいぃぃっやっほおぉぅぅぅっっ!!」

 

 

 

 

通路から出て来たのは大入。仮面の下から覗く瞳は狂気に染まり、見る者に少なくない恐怖を与える。全身に風を纏い、爆進する狂乱の道化師が手に持つのは、刃渡り60センチを遥かに凌ぐ「蛮刀」。

 

 

「んなっ!?」

 

 

余りの速度に狭い通路を曲がり切れず、速力を活かして強引に壁走り(ウォールラン)。そこからヒーローチーム目掛けて跳躍。驚愕する二人を大入は待ったりしない。とてつもない速度で肉薄し、初撃を繰り出す。

 

 

「模擬刀の先制攻撃だべぇっ!!!」

 

 

速度・重量の乗った浴びせ斬りを咄嗟に鎌切は両腕を交差して受け止める。

刃物を持った相手なら、「それは自分の領分だ」と感じたからで有る。

 

“個性:刃鋭”

身体を自在に、時には刃物のように、時には槍のように、鎌のように、斧のように、ありとあらゆる刃物へと変える。

 

 

両腕を「刀」にした鎌切は、大入の不意打ちを全力でガードする。余りの衝撃の重さに身体が沈みそうになるのを必死に耐え、何とか踏みとどまる。

しかし、大入は既に連撃に走っている。攻撃を凌ぐと判断した大入は姿勢を低くし、水平蹴りで鎌切の足元を薙ぎ払う。上方正面からの攻撃に意識を集中した鎌切の反応は遅れ、見事にすっころぶ。

泡瀬は慌てて、大入の迎撃のため拳を繰り出す。大入はその攻撃を蛮刀の腹で受け止め、お返しとばかりに逆立ちから跳ね起きるするかのように顔面への両脚キックを繰り出す。

 

 

「ちょっくら借りてくよ~!!」

「うおおぉぉっっ!」

 

 

予想外な攻撃を思わず無理な体勢で回避した泡瀬。その隙を逃すなんて馬鹿なことはしない。大入は隙だらけになった泡瀬の首根っこを掴み、再び風を纏って逃走。鎌切を置いてけぼりにして泡瀬を拉致しながら一階へと逃げる。

 

 

「くそっ!待ちやがれっ!」

「お生憎様。残念だけれど、僕の相手をして貰えないかな?」

「何っ!!」

 

 

全く予期していなかった戦法に鎌切は急いで泡瀬の救助に向かう。しかし、無防備を曝したその背中に、隠れていた物間の跳び蹴りが炸裂する。ヒーローチームは早くもヴィランチームのペースに呑まれていく…。

 

 

「さて“個性”を君で試させて貰うよ…」

「お前っ!」

 

 

皮肉たっぷりの物間の笑顔に鎌切の感情は怒りに染まっていく。

 

 

________________

 

 

「泡瀬君を隣のお部屋にシュウゥーッ!!」

「ぐあっ!!」

「超!!エキサイティング!!!」

 

 

アジト一階。首尾よく泡瀬を拉致した大入は、このフロアの一番広い部屋へと放り込んだ。どこぞの戦闘場(バトルドーム)の様な掛け声と共に地面に放り投げられた泡瀬は、並べられたテーブルやイスを巻き込んで壁へとぶつかる。

泡瀬は相手の策に嵌った事を悟った。ヴィランチームの目的は「不意打ち」からの「戦力分断」、そして「各個撃破」だ。その証拠に、入ってきた扉にはいつの間にかドラム缶が積まれ、完全に閉じこめられた。

 

 

「さて…と。改めて自己紹介しとおこうか『チーム・サンジェルマンの大入福朗だ、我らの根城へようこそ。歓迎しよう、盛大にな!』」

 

 

泡瀬は速やかに大入を捕らえにかかる。ここで彼を捕縛すれば残るは物間のみ、最悪足止めさえ出来れば、残りのメンバーが救援ないし核兵器の確保に迎えると判断した。

 

泡瀬は自らの装備を取り出す。

手に持つのは二振りの小さなハンマー。柄の部分にはロープを結びつけており、それがハンマー同士をつなぎ合わせている。

そのロープの中心を持ち、ロープをグルグルと回転させる。ぶら下げたハンマーはブンブンと空を切る。泡瀬は充分に遠心力を得たそれを大入に向けて投げ飛ばす。

 

東南アジアで開発された「ボーラ」。

琉球古武術に見られる暗器「スルチン」。

忍者が用いる「分銅鎖」。

 

…まぁ、名前や流派はどうでも良いが、泡瀬の放った武器はそれらに類似したものだ。

 

ハンマーに腕を絡め取られた大入は大きく体勢を崩し、壁際へと追い遣られる。泡瀬は追撃の手を緩めてはいない。続け様に投げられたのは数本の「ドライバー」。

投げナイフの要領で投げられたそれは、大入の戦闘服の端々を貫き、昆虫標本でも作るかのように壁へと縫い付ける。

 

大入はドライバーを抜き取り、脱出を試みるが、浅く刺さっているはずのドライバーは想像を遥かに凌ぐ強度で突き刺さり、抜くことが敵わない。

 

理由は泡瀬の“個性”に隠された裏技に有る。

 

『泡瀬洋雪』

“個性:溶接”

手に触れた物を分子レベルで繋ぎ合わせる。但し、結合したいモノとモノに触れていないと発動しない。

 

 

実は「結合したいモノとモノに触れていないと発動しない」と言う一文が曲者で、説明の頭に「予め」という言葉が付く。泡瀬の手のひらから流れる「接合エネルギー」は過剰に流し込むことで、僅か数秒ながら「モノの中に蓄積させる」事も出来る。これにより「接合エネルギー」を帯びたドライバーを壁に当てる。

 

ここに更なる裏技が加わる。

 

泡瀬は自分の位置に近い壁に手を当て「接合エネルギー」を全力で流し込む、許容量最大で流し込まれたエネルギーは壁全体に伝播し「何処でも溶接可能な状態」にした。

 

〈遠隔溶接〉

どちらの裏技も大量の体力を消耗するし、接合レベルも非常にお粗末なモノで有るが、「ジョーカーボールにより情報がバレている以上、相手の予想の上を行く必要がある」泡瀬はこの非効率的な用法を使わざるを得なかった。

 

 

必勝の型が決まり、完全に動きを封じた泡瀬は自分の勝利を核心した。仕上げのため、泡瀬はトドメの一撃を繰り出すべく、磔の道化師へと接近する。

 

 

「この勝負!貰ったぁぁっ!!」

 

 

 

 



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20:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 3

「あははははっ!素敵な“個性”だね!!正直羨ましいよっ!!」

「それを…お前が言うかっ!?」

「あぁ言うねっ!君の“個性”は全身の何処でも、自在に、細部でも「刃物化」出来るっ!しかも、正面からの強度は非常に強く、簡易的な「盾」としては申し分ないっ!!少々、側面が脆いのが悩みのタネだけど…ねぇっ!!」

 

 

アジト二階。

物間と鎌切の二人は戦場を広い部屋に移し、激しい斬り合いを繰り広げている。鎌切は戦闘の最中、観察と考察を重ね、相手の“個性”の秘密を少しづつ解き明かしていた。

 

『物間寧人』

“個性:コピー”

触れた相手の“個性”を五分間使い放題。同時発動は出来ないが、複数の“個性”をストック可能。但し“個性”の扱い方は手探り。

 

 

二人は自身の手を、足を、腕を「刃」へと変化させて戦い続けている。

 

 

「すまない!こちら鎌切っ!只今、物間と交戦中だっ!このまま捕らえるっ!」

「仲間と通信とは随分余裕だねっ!」

「ああ!お前の底は見えたからな!」

 

 

物間の猛攻を防ぎ続けた鎌切は隙を狙った強打で物間を大きく後退させる。

 

 

「…どういう意味かな?」

「…お前、“個性”は真似出来ても「“個性”の使い方」は真似できないんだろ?」

「…」

「身体「刃」にしたかと思えば、腕全体だったり、脚全体だったり…変化が大味過ぎるんだよ。俺の“個性”を使えていない証拠だ」

「…はぁ、仕方ない。…じゃあ手段を代えよう」

 

 

物間は“刃鋭”を一時解除。別の“個性”に切り替える。

物間は両手に〈揺らぎ〉を纏う。手のひらをかざすとそこから「突風」が吹き出し、鎌切を吹き飛ばす。

 

 

「うぐっ!これは大入の「風」!?複数の“個性”を使えるのかっ!」

「確かに推察通りさ!“個性”をコピーしてもそれを直ぐさま十全には使えないっ!それでもさっ!複数の“個性(ちから)”を使えるのが僕の強みさぁっ!!」

 

 

物間は手から次々空気弾を放つ。時には壁を、机を吹き飛ばす。鎌切は器用にも次々と攻撃を回避していく。

 

 

「ははははっ!どうだっ!?複数の“個性”を前に君はどうやって勝つ気だいっ!?」

「…やっぱり、お前の底は見えてるよ」

「…何?」

「お前の攻撃には「重みが足りない」。所詮、借り物でしかないお前の力では、積み上げることの出来ない「決定的な差」だっ!」

「…っ!!!」

「俺はこの“個性”と10年以上寄り添ってきたんだ。魅せてやるよ…お前との「決定的な差」って奴をよっ!」

 

 

鎌切は突如クラウチングスタートの構えを取る。次の瞬間、全身を刃鋭化した。

先程までの「腕を刃にする」「足を槍にする」とは次元が違う、…「刃が生えている」のだ。

手足は凶悪な鉤爪に、頭は刀の兜に、体は全身を針鼠のように、関節の要所は翼の様な白刃に…。

体の至る所が凶器へと変貌する。

 

 

「〈完全武装〉…俺の切り札だ。では…、推して参るっ!」

「くっ!」

 

 

鎌切は地を蹴り駆け出す。

物間は大入の空気弾で応戦する。しかし、鎌切はビクともしない。

鎌切の足は刃鋭化により鉤爪となっている。これがスパイクの役割を果たし、強力な踏み込みを可能にする。加えて、全身が針鼠となった体は、鮫肌リブレット(競泳水着にある水の抵抗を減らす構造)に似た役割を果たし、風の抵抗を殺す。

物間は何とか回避するが、獲物に狙いを定めた鎌切は逃がしたりしない。地面を素早く走り回り、手足の鉤爪で壁を激しく跳ね回り、物間の逃げ場を殺していく。

 

凶刃の塊と化した鎌切は物間に向かい突撃していく。

 

 

_______________

 

 

「…お前、モノマネ(それ)ばっかりだな」

 

 

あぁ…これって走馬灯って奴だな。ほら、死ぬ直前に見たりするやつ…。だって僕、今にも死にそうだし…?訓練で死にそうとか何ソレ?笑えないよ…。

それにしても寄りにも寄ってこの情景かぁ…最後の最後までサイアクだ。

 

あれは…そう…僕が初めて“個性”を使った日だったかな?その日、幼稚園の友達が“個性”を発現したんだ。どんな個性…だったかな?確か“水を操る力”だったかな?

皆で「すごいねー。かっこいいねー」ってその子を褒めてたんだ。その頃、僕はまだ“個性”が発現してなくてさ「いいなー。うらやましいなー」って見てたんだ。それでさ?僕にも「“ああいうこと”出来ないかな-?」って、コップの水を眺めてたんだ。そしたらさ、自然と「コップの水」が動き出したんだ。

その夜、ママとパパに見せようとして、失敗して、それはもう泣いたね。今思いだしても恥ずかしいよ。

 

その数日後…だったかな、うん。また新しく“個性”の発現した子が居たんだよ。“手のひらの間に電流を流せる力”だったね。その日も僕は「“ああいうこと”出来ないかな-?」って、考えていたんだ。するとさ?手のひらがビリッとなって、電気が流れたんだ。

 

そこで僕は気付いたんだ…僕は“他の皆をマネっこする力”だってさ。

 

…それを知った僕かい?勿論喜んださ!当時は「この“個性”ならどんなことだって出来るっ!」って思っていたからさ。

実際に、空を飛んだり、速く走ったり、壁を通り抜けたり、幻で悪戯したり、水の中を泳いだり…あぁ、本当に楽しかったな。あの時が来るまでは…。

 

 

「…お前そればっかりだな」

 

 

あれは雨の降る日だった。

 

 

「なんのことだい?」

 

 

幼稚園からの友達。内容は覚えていないけど…本当に下らない話だったと思う。

 

 

「いつも…いつも。……いつもいつもいつもいつもっ!!人のマネばっかしやがってっ!そんなにモノマネが楽しいかっ!!」

 

 

些細なきっかけで喧嘩になったんだ。今思うと自分が余りにも図々しい人間だったせいだろうね。

よく考えてみなよ?“個性”って基本的に一人一個なんだぜ?勿論“複合型”とか“派生形”“発展系”何てモノもあるけど、一つの“個性”で無限の“個性”が使えるのは多分僕の“コピー”くらいじゃないかな?…嫉妬の対象になるよ、そりゃ。

 

僕は弁解したよ「そんなつもりはない」って。でもさ?相手はそれじゃ納得できなくて、結局そこから大喧嘩さ。相手の“個性”対して、僕も“相手の個性”で応戦したんだ。

するとどうだろうか?撃ち合えば負けるし、殴り合えば負ける。その時気付いたんだ「“個性”を使える」としても「“個性”を使いこなす」事は出来ないって。

こりゃ駄目だ、降参。逃げようとしてもすぐに追いつかれる。…本当に一方的な戦いでさ、僕はボコボコのコテンパンにされたさ。

 

 

「…いいか!一生俺に近づくなっ!絶対にだ!!」

 

 

去っていく彼。雨に濡れ、地面に転がり、グチャグチャの僕。あの瞬間は本当に惨めだったな…。涙も雨と共に流れ落ちてしまったよ。

 

…?あぁ、喧嘩の相手は皮肉にも“水を操る力”を持つ子だったね。

 

 

 

_______________

 

 

あれから、情けない自分を変えたくて『ヒーロー』目指して頑張って来たけれど、結局あの時と変わらないままか…。弱気な自分に思わず溜息が出る。

 

 

「喰らいなぁっ!尖刃走破っ!」

 

 

鎌切が全身の刃で特攻してくる。もう避けられない。…あれは、痛いだろうな。もうね、処刑シーンにしか見えないもん。

 

仕方ないから、“刃鋭”を使って全身を防御する。さあ、せめて死にませんように…。僕は攻撃に身構える。

 

 

「参式!雷光斬りっ!チェストぉぉぉっ!!」

「ぐげぇっ!!」

 

 

横から飛び込んできた人に、鎌切はカエルみたいな声を上げ切り飛ばされる。

 

 

…おいおい。何で君はここに居るんだい?

 

 

「…ったく!なんだってそんな情けない顔してんだっ!」

 

 

道化師の様な、奇術師の様な姿。

 

 

「もっと笑いなよ!精神的余裕は闘いに必要な要素だよ!」

 

 

その姿はボロボロで、服のあちこちが破けている。

 

 

「でも、頑張って戦ったんだな…!後は任せろ!」

 

 

割れた仮面から笑顔を覗かせる少年、僕の相方『大入福朗』はそこに居た。

 

 

「安心しろ!俺がいる!!」

 

 

 



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21:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 4

状況整理

大入・泡瀬
一階に移動したよ→大入君は磔に→ピンチ!

物間・鎌切
二階でチャンバラ→鎌切君本気出しちゃうゾ→物間君のトラウマスイッチ→物間君ピンチ!→大入君乱入!(何故貴様がそこに居る!?)

取蔭
四階で探索中→仲間が襲撃されたようです→救援に向かっている

それでは続きです。



…やべえ。…泡瀬君強ぇ。何あれ?“溶接”って触れた物同士じゃないの?何でドライバーがガッツリ「溶接」されちゃってんの?マジで抜けないんだけど…。

 

のんびり考察する暇は無さそうだ。泡瀬君がもうこっちに突っ込んで来てるわ。…と言うよりもトドメが攻撃て…、捕獲テープはどしたんスか?泡瀬君…。

 

仕方ないか…避けれんし、迎撃しかないな。うん。

 

 

________________

 

 

泡瀬が捕獲テープを持っていないのには、ちょっとした訳がある。

この戦闘訓練、ヒーローチームに捕獲テープは二本しか支給されていないのだ。オールマイト曰く、「対戦相手の人数分だけしか捕獲テープは用意しないよ?限り少ないチャンスを有効に活用してねっ!」だそうだ。

そのため捕獲テープは取蔭と鎌切に託し、泡瀬自身は自前の捕縛武器で対応することにした。「相手の動きを封じる」事に関して彼が一番手馴れていると判断したから…。

 

 

しかし、まだ足りない。

 

 

大入のあの狂気の瞳。

戦力を分断した鮮やかな手腕。

逃走を封じて完全に隔離する徹底ぶり。

これらのことをごく僅かな時間で楽々こなしてしまう実力。

 

無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き

 

終始巫山戯ている様に感じる言動の底に「まだ何か」を感じる。

 

 

あれは危険だ。

 

 

泡瀬は直感で判断を下した。壁に縫い付けるだけでは生温いっ!完全に意識を奪うっ!

 

 

「この勝負!貰ったぁぁっ!!」

 

 

泡瀬は吠える。拳を握り込み、大入を寸分違わずに捉える。

しかし、攻撃は阻まれる。大入の反撃の一手だ。

 

突如大入の眼前に〈揺らぎ〉が発生する。「また風かっ!」と身構える泡瀬をあっさりと裏切る。

現れたのは「全身を覆う程の巨大な鋼鉄の盾」。

 

 

「んなっ!!」

「どりゃあっっ!!」

 

 

既に跳びかかっている泡瀬は止まれない。盾にぶつかり、攻撃は防がれる。生じた隙につけ込み、大入は盾ごと泡瀬を全力で蹴り飛ばす。

吹き飛んだ泡瀬は、器用にも体勢を整え、地面に着地。その間に大入は戦闘服を破り、拘束を逃れる。

 

 

「…大入、お前まさか…」

「流石に分かっちゃうかな?…まぁ、別に隠してたわけじゃ無いんだけど。ほら?サプライズって奴だな」

 

 

そう言いながら大入は腕に巻き付いた「ハンマー」に触れる。すると〈揺らぎ〉を纏って「ハンマー」は消えた。ついでとばかりに手にしていた蛮刀も〈揺らぎ〉を纏って消える。

 

 

「“物を取り出せる能力”かっ!!」

「ちょっと言葉が足りないかな?あくまで「格納した物を取り出している」だけだよ。俺は“ポケット”って呼んでいるね」

 

 

これこそが『大入福朗』の力の正体だった。

 

 

“個性:ポケット”

手のひらで取り込んだ物を独自の異空間に入れ、そこから自由に取り出す能力。取り込める対象は「生物以外全て」。格納・展開をする際は蜃気楼の様な〈揺らぎ〉が生まれる。

 

 

この情報から泡瀬はある結論に至った。

 

 

 

「こちら泡瀬っ!大入の“個性”の情報を修正っ!「道具を自在に収納出来る」能力だっ!!核兵器はコイツが持ち歩いて(・・・・・)やがるっ!?」

「正解だっ!俺を捕まえられたらヒーローチームの勝ちだ!!」

 

 

泡瀬の推測は当たりだ。大入は“個性”の中に核兵器を格納。角取・小大ペアの更に上を行く「完全に核兵器を奪われない状況」を作った。しかし、ペナルティーとして「大入福朗が捕獲判定を受けた時点でヒーローチームの勝利」にルールを変更している。

 

 

「大入は一階で俺と交戦中だ!援軍頼む!!」

『取蔭了解っ!超特急で向かうし!!』

『すまない!こちら鎌切っ!只今、物間と交戦中だっ!このまま捕らえるっ!』

 

 

取蔭は援軍に、鎌切は敵の妨害へと回った。このチームの中で一番戦闘に特化した鎌切と渡り合う物間の実力に少しばかり驚きながらも、意識は正面に佇むコイツに切り替える。

 

 

「手の内バレたから俺に集中攻撃か…至極当然だな…」

「逃げなくても良いのか?最も逃げ道は自分で塞いでいるようだが?『策士策に溺れる』とはこのことだな!」

「まぁ、構わないよ。…だって、俺の“個性”は正体が分かってからが本番だからなっ!!」

 

 

「物を自由に出し入れする」…諸君等なら、かの有名な英雄王の「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」はたまた未来ネコ型ロボットの「四次元ポケット」を想像するのでは無いだろうか?

大入の“個性”はどちらかと言うと前者に近いがそこには決定的な差がある。「持っている戦力差が違いすぎる」ことだ。

大入は「天と地を分かつ無名の剣(乖離剣エア)」も「神さえも縛る鎖(天の鎖)」も「光にさえ到達する神速の船(ヴィマーナ)」も「伝説に名を残す数々の武具」のたった一振りさえ持ち合わせては居ない。

 

大入はこの差を自力で埋めなければならなかった。

 

そこで選んだ物が「大気」である。

 

彼は“ポケット”の中に大量の「空気」を格納している。「物の取り出し口」を自分の体に設定し、全力で空気を噴射、爆発的な加速を得ていた。本人が〈エアスラスター〉と命名しているこの技術は多くの技の起点・連絡に働きかけている。

操作に細やかな調整を求められるため発展途上では有るが、古豪の英雄『グラントリノ』の“個性:ジェット”に追随する効果を発揮していた。

 

 

大入は全身に〈揺らぎ〉を纏う。生み出された空気の爆発が体を弾丸の様に前へと弾き出し、疾風の跳び蹴りを繰り出す。

 

 

「衝撃のっ!ファーストブリットぉっ!!」

 

 

 

〈ハードブーツ〉

彼のブーツには足先を保護する鉄板が組み込まれており、防御力だけでなく、攻撃力まで上げていた。

 

 

 

殺意を持った辻風と化した大入の蹴りを泡瀬は横っ飛びに回避する。

それを見た大入は、腕に装着した籠手を近くの柱に向ける。ガシュ!っという音が鳴り響いてアンカーボルトが発射される。

 

 

 

〈ストリングガントレット〉

彼の持つ秘密道具。馬鹿でかい籠手の内部に組み込まれたワイヤーアンカーと〈エアスラスター〉により変幻自在で立体的な変態機動を実現する。

 

 

 

大入は柱を起点にスピードを殺さず大外周り。その勢いで追撃をする。

 

 

「壊滅のぉっ!セカンドブリットぉっ!!」

 

 

低空で地面を斜めに抉り出す様に繰り出した迅雷の回転蹴りは泡瀬を障害物諸共、轢き飛ばす。

 

 

「瞬殺のおぉっっ!ファイナルブリットおぉっっ!!」

 

 

再びワイヤーを使い軌道修正。

無防備を晒した泡瀬を完全に沈めるべく。竜巻と化した回し蹴りが迫る。

 

 

 

 

 

次の瞬間!

 

 

 

 

「アタシ参上っ!!おりゃーっ!!」

 

 

窓ガラスを突き破り、飛び込んできたのは『取蔭切奈』。彼女の蹴りがトップスピードの大入の顔面を打ち抜いた。

 

コントロールを失った大入は、「グシャラボラスっ!」と変な声を上げ、ど派手な音と共に瓦礫を巻き込んで壁に激突。その光景はさながら交通事故現場の様な衝撃を与える。

 

そんな凄惨な光景なんて露知らず、彼女は泡瀬にこう告げる。

 

 

「泡瀬っち生きてる?わっ、大変っ!スゴイ傷っ!」

「ちょ!おまっ!」

「出血酷いっ!ヤバい!大丈夫じゃないってこれ!」

「いやだからっ!」

「ヤバい!ヤバい!さっき拳藤っちの手当てに救急道具使っちゃったんだっ!どうしよう!!」

「俺は平気だから構えろっ!取蔭!戦いの最中だっ!」

 

 

轟音と共に瓦礫が吹き飛ぶ。巻き上がる粉塵の中で蠢く影が一つ。

 

 

「…随分と酷い仕打ちじゃないかな?」

 

 

ユラリ、ユラリと影は揺れる。

 

彼は煙の中から姿を現す。

 

全身は裂傷、衣服は所々がズタズタに破れ。

その奥には流血、ワイシャツをジワジワと赤く赤く染め上げる。

 

 

---重傷

 

 

素人目に見ても決して無事では無い怪我を負いながら。それでいて、足取りは揺るぎなく。体を動かし、己の損傷を確認している。

 

 

「…でも?まだまだ終わらせないよ?」

 

 

割れた仮面…。その奥に闘志の炎を瞳を宿した『大入福朗』が堂々と立っていた。

 

 

 

 




尚、18話の段階で何故か今後の展開を当てたククリ・ルーラー氏には「預言者」の称号と10ポイントを進呈します。(但し、ポイントは利用できません)

判定理由
つか主人公もっとはっちゃけようぜw(爆弾持ってw)←それな


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22:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 5

「…とは言ってみたものの、ちとばかしキツいかな?ここは一時撤退しようか…」

 

 

ザ・負け惜しみ!

 

うへぇ…かっこ悪い。あんな鮮やかに「ラディカル・グッド・スピード」とおニューの武器のコンボが嵌まったのに最後の最後にギャク漫画みたいなやられかたして…。

 

 

おかげで重傷だよ!?俺!!?

 

 

多分、脳内アヘン・ドラッグめいた何かがドバドバ出てるってこれ!一周回ってなんかすぅっと冴えてきたし…。

 

とは言っても撤退は撤回しないよ?さっきから通信聞いていると物間君の戦況が不味い。さっきから苦戦する声を聞こえる。これは救援に回らないとアカン。

 

こんなボロボロで1 vs 3で渡り合えとか何それ無理ゲー。

 

いいか!これは敗走ではないっ!戦略的撤退だ!サラダバーっ!!

 

 

 

 

「行かせると思うかよ!」

 

 

…デスヨネ-。そりゃ泡瀬君と取蔭さんが揃ってるもん。オマケに満身創痍の俺を取っ捕まえれば、もれなく勝利も着いてくる。Mr.カモネギこと俺を逃がすと言う選択肢は有るわけが無い。

 

 

「もう止めようよっ!大入っち!!それ絶対ヤバい奴だって!!」

「そうはいかないね!物間君が頑張ってるんだ!一発蹴られたくらいでドロップアウトなんて論外っ!!俺はまだ半分の力も出していないぞぉっ!!俺を止めたかったら力尽くで止めて見せろ!ヒーローっ!!」

「遠慮なくっ!」

 

 

泡瀬君が仕掛けてくる。させるものか!

俺は前方に〈揺らぎ〉で突風を作り出す。最大風速の力で二人を一気に壁まで叩き込む!

 

 

「うぐっ!」「きゃっ!!」

「…ここで一つ。切り札を切らせて貰うっ!」

 

 

こっちも余裕は無いんだ。頼むから死なないでくれよっ!

発生させている〈突風の揺らぎ〉に更に〈揺らぎ〉を重ねる。

 

 

「…〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉!最大風速速射砲!!」

 

 

〈揺らぎ〉の中からジャリジャリ…ジャリジャリ!と歪な音を鳴り響かせ!とっておきを吐き出す!

 

 

「…砂風機関銃(サブマシンガン)!!」

 

 

〈揺らぎ〉から吐き出されたのはBB弾。只のオモチャの弾丸と侮るなかれ、バネを違法改造したエアガンでさえ、簡単に人を傷つけるものだ。そんな代物が「台風の様な速度で秒間300発もばらまかれたらどうなるだろうか?」

 

答えは一方的な面制圧。壁を、瓦礫を、窓ガラスを!叩き、砕き、削っていく!

 

泡瀬君の反応は早かった。手持ちの「ハンマーロープ?」で俺が捨てた盾と取蔭さんを回収し、物陰へと隠れる。銃撃戦の基本だな、分厚い壁をしっかり選んでる。

しかも、あそこだけどうにも穿てそうにない。恐らく裏手で泡瀬君が溶接で補強しまくってんだろうな…。

 

けど、問題ない。逃走の布石は整った。さっさと逃げよう!

 

 

_______________

 

 

(なんだよこれ!?ふざけんなっ!!)

 

 

泡瀬は遮蔽物の陰で歯噛みした。最初の拘束、取蔭のラッキーパンチ。二度もチャンスを与えられながら大入福朗へは届かない。それどころか、反対に追い込まれている。今はさっき拾った盾を溶接して壁を補強している。

いつになったら止むのか?まるで嵐が去るのを祈るかのように補強を繰り返す泡瀬の懸念はすぐに終わる。

 

カランカラン…

 

嵐が止み、突然鳴り響く缶の転がる音。

あっという間に辺り一面は白煙に包まれた!

 

 

煙幕弾(スモークグレネード)!?取蔭!すぐに索敵!」

「わかったし!」

 

 

ヒーローチーム二人は追撃に備える。しかし、どうだろうか?攻撃はやって来ない。

煙が晴れて辺りを見回すと自分達が二度も大入の策に嵌められた事を悟る。

 

 

「クソっ!?やられた!」

 

 

そこには地面を埋め尽くす様に散乱したBB弾。オマケに鋭く尖る撒き菱が散らばっていた。扉を塞いでいたドラム缶や扉は跡形も無く消え去っている。

 

 

「大入っち居ないし!」

「きっと鎌切の所だ急いで向かうぞ!」

 

 

ヒーローチームは大入福朗に引っ掻き回されていた。彼の妨害がたった一手で終わる筈が無い。

 

何とかベアリング絨毯+撒き菱のコンボを突破し、二階への階段へとさしかかる。

 

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

 

階段の踊り場にはガラクタの山、山、山。天井まで積み上げたそれらは、大入の二つ目の置き土産。

 

 

「泡瀬っち!アタシ外から先に向かうっ!そっちはなんとか突破して!」

「分かった!気を付けろよ!」

 

 

取蔭の力では泡瀬を担いで壁面を登れない。時間は足りない。結局、再び分断を選択するはめになった。

 

 

(大入っ!一体何処まで計算尽くなんだよっ!)

 

 

泡瀬は再び歯噛みする。

 

 

________________

 

 

クソっ!ホントにギリッギリ!!だった!!暗いマックスじゃねぇか!!ふざけんなっ!あんなもん見たらトラウマ増えるわっ!

 

なんとかレイプ目物間君にトドメを刺そうとした鎌切君を妨害した。結構いいかんじに入ったが、これで終わるようなら苦労はしないんだけどな…。

 

 

「無粋じゃ無いか…横槍とはさ」

「はっ!道化師相手に何を言う!化かしてナンボ!(おど)けてマンボ!馬鹿が馬鹿見る空騒ぎだっての!」

「それだけの腕があって道化か…いいだろう!全力で打倒する!」

「お断りだね!誰がやられるものかっ!」 

 

 

鎌切君と俺は一気に接近戦。俺は今一度取り出した蛮刀で切り合う。

斬りかかり、いなし、突いて、躱し、互いに斬撃を交わしていく。

 

 

「悪くない!やっぱり悪くないなぁ!大入ぃっ!」

「そうかい!こっちは最悪だよっ!飛べ!雲耀の彼方までっ!」

 

 

一瞬の隙を付いて俺は跳躍。高所から一気に唐竹割りをする。

 

 

「参式!雲耀の太刀!!チェストぉぉっ!」

 

 

剛風刀・零式(ブレイドハイウィンドウ・ゼロ)

俺の秘密道具。強度最優先の模擬刀。但し、峰の部分にはパイプが通っていて、そこに〈エアスラスター〉を流し込むことで加速。破壊的な威力を繰り出す事が出来る。

 

 

高所から自重に加え風力の加速が乗った一太刀を鎌切君は後ろに後退して回避する。距離は取らせないっ!

 

 

「零式っ!疾風迅雷っ!」

「温いなぁっ!完全武装っ!尖刃走破っ!!」

 

 

重撃を正面から受け止める鎌切君。めちゃくちゃ漢らしい…。しかし、時間が無い!そろそろ足止めも終わる。決めないと!

 

 

「これならどうだ!参式っ!大!車!!りいいいいん!!!」

「んなっ!!」

 

 

俺は一度距離をとって、鎌切君に刀をぶん投げた。完全に虚を突かれた鎌切君は慌てて回避する。チャンスだ!!ストリングガントレットを使い鎌切君の真上に跳躍、そして〈揺らぎ〉からある武器を取り出す。

 

 

「くらえっ!」

「うおっ!投網だと!?」

「鋼鉄ワイヤーの特別製だっ!流石に切れないだろっ!」

「こんな物すぐに脱出…」

「抵抗するなっ!召喚魔法を発動するっ!助けて~!グングニルの槍っ!」

 

 

鎌切の上方に取り出した数々の重槍は自重で落下し、投網を絡めながら地面に深く突き刺さる。

 

 

「物間君っ!テープっ!早く!!」

「…あっ!うん、分かった!!」

「畜生!離せよっ!」

 

『鎌切少年、捕獲!アウトだっ!』

 

 

…何とかヒーローチームの最高戦力の鎌切君を捕獲した。当初の予定とは違う…何ともままならないな。

 

 

「物間君っ!ごめん!遅くなって!」

「いや、こっちこ…っ!!危ないっ!」

「うおっ!」

 

「あーもうっ!外したっ!」

 

 

後ろには隙を突いて捕獲を試みた取蔭さんが居た。物間君っ!超ファインプレー!完全に気の緩んだとこ狙われてたよっ!取蔭さん!恐ろしい子っ!

俺はすぐに迎撃にかかる。先ほど泡瀬君から一つ拝借した「ハンマーロープ(仮)」を取り出して回転を加え、放つ。但し、ロープには捕獲テープが絡みつけてある。

 

秘技!飛来する捕獲テープっ!

 

テープは咄嗟に庇った取蔭さんの腕に巻き付く!

 

 

「甘いよ!大入っち!」

 

 

取蔭さんは“個性”で腕を切り離し、捕獲テープを回避する。

そんなのは予想済みだ、そのために仕掛けたんだからな!

俺は急いで接近。取蔭さんの片方になった腕と襟首を掴み、柔道のように「体落とし」で投げる。地面に叩きつける勢いのまま、直ぐさま連絡。首元と腕をしっかり極め、相手の上半身を封じる「袈裟固め」を繰り出す。男子の腕力と片腕だけになった女子とじゃ勝負にならないはずっ!

 

 

「ちょ!?大入っち!血なまぐさい!血生臭いよっ!」

「ごめん!もうちょい我慢っ!物間君手伝って!テープ巻いてっ!」

「あっ、ああ!」

「あーもうっ!離してってば!!」

 

 

俺は最後の捕獲テープを取り出し、物間君と二人がかりでジタバタと足掻く取蔭さんを首にテープを巻いていく。流石にここは切れないだろ。

…と言うよりも女の子一人に野郎二人で襲いかかるとか?何この光景?ヤバ過ぎる…絵面的に!

 

 

『取蔭少女、捕獲!残念だったね!』

 

「もうっ!悔しいっ!」

 

 

首尾良く二人を捕縛できた。さて、残るは…。

 

 

「っ!!クソっ!間に合わなかったっ!」

 

 

…君だ、泡瀬君。

 

 

 



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23:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 6

「…随分な重役出勤だね?こっちの仕事は片付いたよ」

「…」

「これで数の不利は消えた…。俺も物間君もまだまだ戦えるぞ?そちらこそ諦めたらどうだ?」

 

 

ヒーローチームにとって状況は最悪だ。剣士(ナイト)の鎌切、斥候(スカウト)の取蔭、両名を失い残った泡瀬。状況を理解していない彼ではない。

 

 

「……だっ!」

 

 

それでも…

 

 

「…?なんだって」

 

 

それでもだ。

 

 

「…まだだっ!まだ俺が居るっ!1 vs 2だって!?何を言っている!大入は重傷!物間だって傷は浅くないっ!比べて俺はほぼ無傷だっ!俺の方がまだ戦える!!大体、その人数的不利って言うのを覆して見せたのはヴィランチーム(お前達)じゃねぇか!やってやるよ!!ここからの逆転劇!」

 

 

 

泡瀬の戦意は消えていない。むしろ闘志を燃やし、不退転の意志を宣誓した。

 

「戦力として巻き返すことにするよ」

 

戦闘訓練前のミーティングで何気なく放った一言。そんな些細な言葉に泡瀬は硬い決意を込めていた。

しかし、結果はどうだ?鎌切は打倒され、取蔭は捕まり、自分だけが…「後から入った自分だけが」立っている。

 

泡瀬は激怒した。「目の前の敵」にではない。この状況に陥るまでまともに対処すら出来なかった「不甲斐ない自分自身」にだ。それ程に泡瀬は義務感の強い漢だ。

硬すぎる義務感は思考の柔軟性を失い、視野を狭める。しかし、貫き通せたなら、それは折れることの無い芯だ。鋼の意志だ。

 

 

 

『不屈』

 

 

 

今の泡瀬を一言で表すならば、そんな言葉が似合うだろうか?

 

 

 

 

 

 

一瞬…

 

僅か一瞬だけ泡瀬は腕を振るう。袖口から飛び出しだのは「先端に(のみ)を結んだロープ」。高速で飛来する閃刃が大入を狙う。

それを大入は体をずらし最小限の動きで回避、肌を擦り鮮血が飛ぶ。

 

 

「うわっ!?」

 

 

突如、隣の物間は転倒する。初撃からコンマ数秒間ずらしてもう一つの腕から「先端にモンキーレンチの付いたロープ」が射出され、虚を突かれた物間の足を絡めとる。力任せに引っ張られ、見事に体勢を崩した彼に、泡瀬は全力で跳び掛かり渾身の鉄拳を繰り出すっ!

 

 

「っ!危ないっ!」

「はあぁぁぁあぁっ!!」

「んなっ!?」

「でりゃあぁ!」

 

 

大入はすぐに物間を庇う、大盾を取り出し、泡瀬の拳を防ぐ。

すると、どうだろうか。防いだ筈の盾が高熱を帯び始める。

本能が警鐘を鳴り響かせる。大入は直ぐさま盾を放棄して物間を回収し後退。

次の瞬間、泡瀬は大盾を貫いて地面を叩き割る。

 

 

「…おいおい、それは一体なんだよ?」

「…さあな?秘密だよ」

 

 

 

 

 

そもそも「溶接」とはいったい何か?

 

アーク溶接・ガス溶接・スポット溶接・ビーム溶接・鍛接・爆発圧接・ろう接…etc.

 

方法や名称は数有るが…、重要なのは熱や圧力を利用して「物質を溶かして繋ぎ合わせる」ということだ。

 

先ほど「泡瀬の“溶接”は溶接エネルギー過剰に流す事で、数秒間モノに蓄積させる事が出来る」と説明したのを覚えているだろうか?

なぜ?「壁一面を溶接可能にする程のエネルギーを流せる」のに「ドライバーには僅か数秒間しかエネルギーを蓄積出来ない」のか?

 

答えは簡単だ「過剰にエネルギーを流しすぎると物質自体がエネルギーに耐えられない」のだ。

 

 

〈溶断〉

 

 

これが彼、『泡瀬洋雪』の“個性”の間違った(・・・・)使い方である。

 

 

 

 

泡瀬の猛進は止まらない。飛び道具を投げれば拳で砕かれる。盾で防げば手刀で叩き割られる。

 

 

「おいっ!?止めろって!!泡瀬君!」

「その言葉はブーメランかっ、大入ィッ!?負けられない…負けるわけには行かないんだよおぉぉっ!!」

「…大入君、これはちょっとマズいんじゃないかなぁ」

 

 

何とか攻撃を逸らす事で凌いでいるが時間は掛けられない。

それは「物間の“コピー”のタイムリミットが切れる」とか「大入の体力が限界寸前」とかの話では無い。「泡瀬の肉体の限界」である。

 

元々「“個性”に対する観察力」に優れたヴィランチームの2名は彼が繰り出している技の正体に当たりを付けていた。

 

その上で判断した。「これ以上は危険だ」と。

 

見ると泡瀬の手は真っ赤に染まり、体からは蒸気が立ち込める。放出された過剰なエネルギーが暴走し、泡瀬自身を傷つけているのだ。顔色は青白く呼吸も乱れ、全身から尋常では無いほどの発汗量を出し、時折不自然な痙攣までしている。彼自身も己の限界が近いことを理解しているだろう。

それでも彼は戦いを止めない。その双眸はギラギラとした戦意を持ち、今も攻めの手を緩める気配は無い。

 

 

「それ以上は無理だっ泡瀬っ!?降参(リザイン)しろっ!」

「泡瀬っちダメだって!アタシは負けでも良いからっ!」

「…安心しろ。今、勝ち星もぎ取ってやるからな…」

 

(どうする…どうやって止める?)

 

 

大入は考えていた。このままタイムアップまで逃げ切るだけなら問題ない。しかし、それでは泡瀬の体がどうなるか分からない。

 

 

やり過ぎた…

 

 

大入は後悔していた。確かにヒーローチームを全滅させるために「情報」を「戦術」を「罠」を「自力」を尽くして掛かった。それが泡瀬をこんなに追い詰めるなんて予想できなかった。出来るわけがない。彼は余りに「頑固過ぎる」。

 

 

 

大入は決断した。「勝てる勝負を捨てた」のだ。

 

 

 

「…物間君っごめん!」

「は?」

 

 

 

大入は暴挙に出た。戦闘中にこっそり回収した捕獲テープを「物間に巻き付けた」。

 

背後から仲間を撃つ行為。常識を疑う光景。一同は理解が追い着かない。

 

大入は呆然とする一同を無視し、物間を鎌切・取蔭の近くに蹴り飛ばす。

 

そして大入は大事にしまっていた「核兵器」を取り出して横に置く。

 

 

「…なんのマネだ?」

「…作戦変更だ。ここにハリボテとは言え「核兵器」がある。そんな阿呆みたいな技使ってみろ。あっと言う間に誘爆してヴィランチーム(俺達)は愚かヒーローチーム(お前達)諸共焼き殺す(・・・・)ぞ?決死の覚悟とやらでヒーロー三人と周辺地域を巻き込んでまでヴィラン二人を仕留めました…なんて馬鹿なことは言わないよな?」

「…」

「…はぁ。…もっと分かりやすく言ってやんよ。『あんまりに駄々捏ねるからこっちは譲歩してやってるんだ。四の五の言わずに奪いに来い』」

「…ふっ、ふざけるなあああぁぁぁっっっ!!」

 

 

仲間(利点)を捨て、核兵器(優位性)を捨て、終いには「しょうが無いから手を抜いてやる」と言ってのけた。大入は泡瀬の不退転の決意を笑い飛ばしたのだ。

 

泡瀬は怒りの矛先を大入に向けた。泡瀬はもう止まらない。拳を握り、襲いかかる。

 

 

 

 

(…乗って来たっ!)

 

 

大入には泡瀬を止める手段が無かった。油断の無い泡瀬には、あらゆる捕縛武器や飛び道具、果てには防御も通じない。あの手に焼き切られるからだ。

物間と二人がかりなら抑え込めるだろう。しかし、あんな「金属でも叩き割るエネルギー」で抵抗されたらこちらも只ではすまない。火傷で済めばかわいいものだ。

大入は物間をそんな危険な目に遭わせる気にはならなかった。故に最低の手段を取る。

 

 

 

大入は即興で一芝居打った。全ては自分で決着を付けるため。

 

大入は視野を奪った。物間を排除し、標的を一人に絞った。

 

大入は思考を奪った。泡瀬を挑発し、策略を読ませないため。

 

 

 

(…刺し違えても止める!)

 

 

大入は最後の一手を打つ。泡瀬に気付かれないようにこっそりと〈揺らぎ〉から「とある武器」を取り出す。

「ダーツ」の形をした小さな「矢」。本来は専用の「吹き矢」として使うものだが…「麻酔薬」を仕込んだ特別製だ。

 

 

「ああああぁぁぁぁっっ!!」

 

 

距離はあっと言う間に射程圏内。一瞬の交叉がとても長い時間のように感じる。大入は手に隠した最後の武器を握りしめる。

 

 

 

_______________

 

 

(…焦るな…焦るなっ!チャンスは1回しか無いんだぞ!?)

 

 

胸の中を暴れ回るナニかを必死に抑え込む。

確かにな?俺はさ、転生者だよ?そりゃあ他の皆より多くの知識や経験を積んではいるさ?でもさ、「戦場の場数」において言えば一般人のそれと変わらない!

 

ぶっちゃけ怖い!何あれ!ベルセルクなのっ!ヴィランコロスマンなのっ!ニンジャスレイヤーなのぉぉっ!!許されるなら逃げたい!赦されなくても逃げたいっ!

 

でもさ?泡瀬君はこのままに出来ないよ…。このまま誰かを重傷負わせたらその負い目で「歪みかねない」。彼の覚悟は正面から受け止めるべきだ、しかし、可能な限り最小限の怪我で。なにそれ面倒くさい。

 

そんな危ない橋を仲間(物間君)に渡らせられない。その場で思いつく限りの手で標的を俺のみに向けた。後は「矢」で抑え込むだけだ。

 

集中しろ、冷静になれ!相手の一挙手一投足を一つも見落とすな!!

 

 

「ああああぁぁぁぁっっ!!」

 

 

泡瀬君が突撃してくる。手は真っ赤なままだ。…あぁ、やっぱり熔鉱炉みたいにメルトダウン寸前なのかな?とにかくあれでは核兵器は狙えないな、標的は俺だろう。…後遺症とかないと良いんだけど。

 

泡瀬君が「ドライバー」を投擲する。熱を帯びて炎の矢みたいだ。回避…は駄目だ「核兵器」に当たる。盾を取り出し防御する。

 

同時に足に「ロープ」が伸びる。完全に足が捕まった。転倒する前に盾を地面に突き立てる。ロープを地面に埋めて一気に切断する。

 

その隙に距離を詰められる。再び「ドライバー」。盾…は間に合わない。仕方ないから籠手で受け止める。

 

泡瀬君の拳が届く距離まで迫る。ここだ、狙うならここしか無い。俺は「矢」を取り出し突き刺す。

 

(届け…届けっ……届けっっ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだっ!!…………二人とも、訓練は中止だ」

 

 

「「オール…マイト先生…」」

 

 

戦場に一陣の風。戦いを止めたのは伝説のヒーローだった。

 

 

 



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24:第5戦 Cチーム with joker vs Gチーム 7

大入と泡瀬の最後の攻防。

 

モニタールームでは、とあるトラブルに見舞われていた。

 

『通信設備のトラブル』である。

 

本来、泡瀬の行き過ぎた行為にオールマイトが強制終了を掛けようとしたところ…何故か(・・・)通信機が故障。連絡が取れなくなった。

緊急事態にオールマイトはモニタールームを飛び出し、直接戦闘を止めに走ることになったそうだ。

 

 

 

所変わってモニタールーム。

全ての戦闘訓練が終了し、オールマイト先生と生徒21名が一同に会していた。

 

 

「マジで調子乗ってすんませんでしたっ!」

 

 

大入は物間とヒーローチームに向け、土下座で謝罪していた。はっきり言ってかっこ悪い。

 

 

「いや!ちょっと待て!何でそうなるっ!」

「俺が立てた計画のせいで皆を危険な目に遭わせた!そもそも計画が間違っていたんだっ!!訓練だからと言って戦闘重視のゲリラ戦術なんかにしないで、一網打尽の制圧戦にするべきだった!!そうすればもっと少ない怪我で済んだのにっ!」

「…それは戦闘訓練にならないんじゃ無いのかい?」

「物間の言うとおりだ。それに俺と取蔭の事は、ほぼ軽症で捕獲していたじゃないか。加えて最後の一撃…話を聞くとあれは麻酔弾なんだろ?上手く行けば最小限の被害で抑え込む事が出来ただろう」

「そうだよ大入っち!そもそも意固地になった泡瀬っちが悪いんだよ!」

「うぐっ!」

「…そう言わないでやってくれ、取蔭さん。泡瀬君だって必死だったし、実際の現場ではあり得る話なんだ。「絶体絶命の窮地を決死の覚悟で挑むヒーロー」「追い込まれたヴィランが最後の足掻きで暴れ回る」…こんな事は充分起こる可能性だ。俺は相手の精神状況まで考慮していなかったんだ」

 

 

ヒーローチーム・ヴィランチームの議論は止まらない。そんな中に拳藤は根本的な疑問を投げかける。

 

 

「なぁ、福朗?一つ質問していいか?」

「ん?何?」

「『何故、物間を捕獲した?』『何故、核兵器を取り出した?』『アンタは泡瀬に一体何を言ったんだ?』答えてくれ」

「…一つじゃなかったの?」

「揚げ足取るな、茶化すな、誤魔化すな」

 

 

最後のやり取り。実はモニタールームには映像だけで音声は届いていない。

大入の行動は奇行と思われていた。戦闘を止めるためにモニタールームから飛び出したオールマイトは「何のことかな?」と首を傾げている。それに気付いた他の生徒が一連の流れを説明している。

 

 

大入は皆に行動の理由を話した。

 

「物間を捕獲した意図」

「核兵器を出した意図」

「泡瀬を挑発したした理由と内容」

 

それを聞いた拳藤は突如顔を真っ赤にして、大入を思いっきり殴り飛ばした。一同が驚愕を露わにする中、拳藤はズンズンと大入の元へ向かい、その胸ぐらを掴みあげる。

 

 

「馬鹿野郎っ!アンタの馬鹿な作戦でこっちはどんだけ心配したと思っているんだっ!

仲間を危険な目に遭わせないようにしただって?冗談言うなっ!アンタは危ない目に遭っても構わない様な言い方すんなっ!!

わざと挑発して判断力を鈍らせた?巫山戯るなっ!相手を無駄に刺激して、暴走させただけじゃ無いか!余計なことするから、アンタは狙われて攻撃される嵌めになるんだっ!

そもそもだ!アンタは戦闘訓練の為に持てる限りの戦略と力で臨んだだけだろっ!それを「間違っていた」「こうすればよかった」なんて反省はしても後悔するのはお門違いだっ!!

それに今回が初めての実戦なんだ上手く行かない事があるのは仕方ないだろう!いつまでもクヨクヨすんな!」

「そこまでにしないか!拳藤少女っ!」

 

 

このまま放置したら原稿用紙5枚を優に越しそうな烈火の如き勢いで不満をぶちまける拳藤。

オールマイトは慌ててそれを制止する。

しかし、先の戦闘で一番ダメージを負い、疲労困憊となっていた大入は最後のトドメを喰らい、完全にノックアウトされていたのだった。

 

 

_______________

 

 

映像越しに彼等のやり取りを眺める人物が一人…いや、動物が一匹と言うのが正しいだろか?

 

雄英高校の校長先生『根津(ねず)』その人だ。

 

モルモットの様な白い毛並み。ネズミなのか?犬なのか?熊なのか?…よく分からないが、人よりも遥かに高い知性を持っている事だけは確かだ。

 

彼は映像から目を離し、テーブルに置いたお茶に手を伸ばす。すっかり冷めてしまったそれで喉の渇きを潤して、ふぅ…と一息つく。

 

 

「折角、彼の本性を見極めるチャンスだと思ったんだけど…私の見当違いだったかな?

あの方の施設(・・)の出身だからもしかしたらって線もあったけど…。

ともかくこれでは疑う理由にはならないね…」

 

 

結論から言おう。実は通信設備のトラブルは彼の仕業だった。彼には彼なりの思惑があり、今回このような事をしたのだった。

 

 

事の始まりは入試実技試験。試験エリアを網羅する様に徘徊する『大入福朗』の存在が気掛かりとなっていた。

試験が終了した後、彼の素性について調査したところ気掛かりな点が見つかった。

 

 

しかし、物心つくより前に彼と「その縁」は既に切れている。しかもその後、「然るべき施設」で育ち、経過も問題ない。

 

 

「取り敢えずは限りなく白のグレーって言う置き位置で良いかな?最低限の警戒は必要かも知れないけど…まぁ、心配ないかな?」

 

 

そう結論付け、彼は新しくお茶を入れ直すことにした。

 

 

 

_______________

 

 

「うぅ…酷い目にあった」

「だからごめんって!さっきから何度も謝ってるじゃ無いか!」

「全くいつまでやってるんだか…」

「でもさ~いいよねっ!こういう感じの気軽なやり取り!アタシは羨ましいよ」

 

 

戦闘訓練も終了して、『リカバリーガール』の手厚い治療を受けた後。俺と一佳に物間君と取蔭さんでお昼ご飯を食べに来た。

雄英高校の大食堂『LUNCHRUSHのメシ処』。超一流の料理人であるクックヒーロー『ランチラッシュ』の高級料理を、リーズナブルなお値段で食べることが出来る、なんとも贅沢なことこの上ないカフェテリアである。

午後からの授業に備えるべくしっかりと栄養は摂らないとなっ!

 

 

「そう言えばさ?物間っちの“個性”って何だったの?アタシは見てないんだけど…」

「あぁ、“コピー”だよ。触った相手の“個性”を自由に使える」

「はぁっ!?何それズルいっしょ!」

「…いや、君?何を勝手に応えてるの?」

「別にいいだろう?もう、隠すもんでも無いし」

「いや、そうだけどさ…」

「…それとさ?何でさっきから物間っちはお腹を抑えてるの?」

 

 

そうなのだ。さっきから物間君はお腹を抑えながら、食事には手を付けず、お茶ばかり飲んでいる。

 

それってもしかしたら…あっ、察し。

 

同じ結論に至った一佳がこちらを睨んでくる。俺は自然と視線を逸らす。

 

 

「おい、福朗?」

「…な、何かな~?」

「アンタ…“個性”のデメリット教えてなかっただろう?」

「…な、何のことかな~?」

「とぼけるなっ!アンタやっぱり秘密にしてたんだなっ!」

「そんなこと無いよ!ただ、言い逃しただけで…」

「結局教えて無いんじゃないかっ!!」

「あれ?大入っちの“個性”は「物を自由に出し入れする事」だよね?デメリットって?」

「使いすぎるとお腹を壊す。因みに胃の辺りをヤラレル」

「はぁっ!?何それ凄くダサいっ!」

「…いや、物間君?何を勝手に応えてるの?」

「別にいいだろう?もう、隠すもんでも無いし」

「いや、そうだけどさ…って何コレ、意趣返し?」

 

 

そうなのだ。俺の“ポケット”は出し入れする物が速いほど・量が多いほど・サイズが大きいほど負担が大きくなり、胃にダメージを負う。限界点を突破すると胃潰瘍になって吐血する。なんとも恐ろしいデメリットを持っている。胃痛系ヒーローとは俺のことだ(笑)

そんな“個性”を使っていた物間君までお腹を壊してしまったようだ。

 

 

「何というか…その…すまん」

「と言うよりも何で僕より“個性”乱用しているのにピンピンしてるのさっ!」

「…内臓鍛えろとか、正直言ってどうしようもないだろ?一般人の胃袋じゃ駄目だってことだ。こればかりは“個性”使いまくって慣れるしか無いからな!

後、俺は『リカバリーガール』に治癒してもらってるからな!寧ろ完全回復だ!」

「主にそっちがメインじゃないか!!」

「はっはっはっはーっ!そんな物間君にはデザートのヨーグルトを進呈しよう!愛用の胃薬もオマケだ!」

「くっ!何でか分かんないけど屈辱的だっ!」

「プレゼントを貰っときながらその言い方は無いんじゃないかな?」

「うるさいな!」

 

 

俺に対して遠慮無い物言いをしてくる物間君。これは…フレンドリーになったと前向きに捉えてもよいのでしょうか?違っていてもそう思うことにしよう。

 

その日のお昼は昨日よりも賑やかに過ごした。

 

 

 

 




ヒロアカ2周年おめでとうございます!ファンの一人としてお祝いします。


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25:ホームルーム

ーーーオールマイトの授業はどんな感じです?

 

「…そうですね。私は昨日初めてオールマイト先生の授業を受けました。やはり、教鞭を取るのはあの方にとっても未体験の領域だったようです。しかし、そこは『No.1ヒーロー』堂々たる立ち振る舞いでした」

 

 

ーーー授業内容は?

 

「細かい内容は一生徒である私が答えられる範囲ではありませんので明言する事は出来ませんが…。オールマイト先生が受け持つ教科は『ヒーロー基礎学』です。ヒーロー科の生徒が一番接点の多い授業ですね…」

 

 

ーーーと言うことは貴方もヒーロー科?

 

「…はい、これでもヒーロー科1年です。まだ、駆けだしたばかりの未熟者ですが…。そこは、立派なヒーローとなれるように日夜努力していきたいと思います」

 

 

ーーー教師オールマイトについてどう思いますか?

 

「…一言で表すならば『身が引き締まる』と言った感じでしょうか?私たちヒーローを志す皆が、ヒーローの頂点であるオールマイト先生を意識する事で、常にヒーローの在り方を考えさせられる…非常に良い機会ではないかと思います」

 

 

「あの、申し訳ありません。私もそろそろ教室に行かないと…。授業の前に少し予習したい科目がありますので、失礼してもよろしいですか?」

 

ーーー失礼しました。お時間を取らせて頂き、ありがとうございました。

 

 

「あっ、映像を使用する際なのですが、お手数ですがプライバシー保護の為に顔出しをNGにする事は出来ますか?私はまだヒーロー見習いの身ですので…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…疲れた」

「お疲れ様っ!福朗!」

「一佳よ…。何で俺を置き去りにしたんだ…」

「それはあれだ、囮作戦だ」

「うへぇ、ヒドす」

 

 

未来のヒーローを養成する教育の最先端。国立雄英高校はマスメディアからの注目度も非常に高い。

そんな場所に、「『オールマイト』が教師として就任した」と言うニュースは大衆を大変賑わせた。

入学当初から大量の取材班が雄英高校に押し寄せ、「更なる情報」を求めているのだ。

 

……いやね?社会人なら正式な手続きを踏んでアポイントメント取りなよ。そんなんだからマスゴミなんて呼ばれるんだよ…。あんな圧倒的大多数で来られたら威力業務妨害だよ。…ん?学校でも適用範囲なのか?

 

普段から早い時間に登校する様にしていたが、本日は昨日以上に取材班が来ていて運悪く捕まってしまった。

一佳は俺を囮にしてさっさと逃走。一方で俺はそつの無い範囲で立ち回る羽目になった。ああ言うのって、下手な事すると後でやりたい放題されてしまうからな…。やんわりと軌道修正して逃げるに限る、これ俺の処世術ね。

 

 

「よっ!おはようさん!」

「あっ、泡瀬君おはよう!」

「おはようっ」

「しかし、凄いなあの人集りっ!抜けてくるのも一苦労だったぞ」

「そうだよな…しかも、あれ生徒に教員片っ端から声掛けてるしな。いい迷惑だよ」

「その辺は学校側が何とかするでしょ。私たちは触れないようにしよう」

「…」

 

 

はぁ、それにしても憂鬱だ…。記憶が正しければ「今日はアレの日」だしな。

 

 

_______________

 

 

「今日のHRは学級委員を決めて貰う」

 

「「「「学校っぽいの来たーー!!」」」」

 

 

朝のHR。内容は学級委員決めになった。

入学初日から早三日。いきなり授業やら戦闘やら中々にエキセントリックなカリキュラムが続いたが、突然やってきた如何にも学校らしいイベントに皆は既に盛り上がっている。

そんな喧騒を余所にブラドキング先生は黒板に雄英高校の各委員を箇条書きで書き出していく。…以外と多いな、基本は各委員2名づつか。

 

 

「…しっかりと話し合って決めるようにな。議長は…そうだな、暫定的に泡瀬やってくれるか?」

「はい!分かりました。…さて、じゃあサクッと学級委員長と副委員長を選出して進行を譲るか!」

 

 

…あっ。

 

 

「学級委員長っ!アタシやりた~い!」「俺だっ!俺にやらせてくれっ!!」「僕もやりたいかな?」「Hey!ワタシがイイデース!!」「ん!」「俺だってやりてーぞ!」「俺も立候補させて貰おうか」「…私もやりたい…かな?」「カッカッカ!俺もだ!」『やりたい!』

 

 

…まあ、そうなるな。

普通の学校の学級委員長ならば、ただ面倒なばかりの役である。しかし、それも雄英高校ヒーロー科ともなれば話は違う。

集団を引っ張っていくトップヒーローとしての機微を鍛える絶好の機会なのだ。

それだけではない、元々ヒーロー科の生徒は日本全国の中学でそれぞれがトップクラスの実力を持っていた強者達だ、当然我も強い。基本的には自信家の集まりなのだ。

 

 

「あれ?福朗はやりたくないの?」

 

 

そんな賑やかな光景を眺めていると隣の挙手したままの一佳が疑問を投げかける。

 

 

「俺はいいや。リーダーシップ発揮するよりも下っ端の方で馬車馬のように働くのが性に合ってる」

「そうか?中学も生徒会の仕事の手際良いって噂だったし、そういうの慣れてるのかと思ったよ」

「リーダーを選ぶなら『コイツの話なら乗ってやろう』って思えるような奴じゃないと駄目だ。お生憎様、俺じゃ人は着いてこないよ」

「なんでだ?」

「…そうだな、対人訓練中もだったけど、自分で好き勝手やっちゃうしな。俺の独断専行癖は直したいとは思っているけど…中々どうして。そんな我が儘な奴に着いてくる人は居ないだろう」

 

 

そうなのだ。本来なら昨日の戦闘訓練では物間君が鎌切君の足止め、その間に俺が泡瀬君・取蔭さんを各個撃破。後は俺が物間君と合流して鎌切君を二人がかりで捕まえる予定だった。最も、想像以上に「皆が強すぎて」計画が頓挫したために、全部俺のワンマンショーで何とかする羽目になった。

戦闘記録を見たブラドキング先生から言われた事だが「当初の作戦とやらもそうだが…お前はなんでもかんでも自分でやろうとするな、もっと仲間を頼れ」と注意された。

…思考が反れた。要はクラスのリーダーには「一人で突っ走る奴」より「人を上手く動かせる奴」がなるべきだと考えただけなんだよな。

というか一佳がなるべきだっ!原作的に器量的に!取り敢えず投票になったら俺は一佳に投票するっ!

 

 

「ちょっと皆、落ち着きなよ」

 

 

頭の中で一佳を推しメンに決定した所で、物間君が一同を制する。

 

 

「ハッキリ言ってこのままじゃ、決まる物も決まらないよ。立候補形式じゃ、やりたい人ばかりだ…。だからさ、記名投票形式を提案するよ」

「記名投票だぁあっ!?」

「そう、元々学級委員長は集団のリーダーだ。「やりたい人」だからってやれる物じゃないだろう?だから、信頼出来る人に任せるのが一番だと思うよ?」

「…けどな物間?それだと全員自分に投票するだけじゃ無いか?」

「そうだぜ!こんなに日が浅いんじゃ信頼関係なんてあって無いようなもんだぜっ!」

「大丈夫、そのあたりは考えてる。投票用紙には『投票者名』『記入者名』『投票理由』の三項目を設けるんだ。加えて投票者・記入者が同一人物なら『無効票』。「成り済まし」があっても『無効票』にするんだ。そうすることで『不正』はなくなるだろ?」

「物間君、中々面白い事考えるな!」

「加えて言うなら「日が浅いから互いの信頼関係も弱い」。反対に言えば「僅かな期間で信頼関係を構築する」ことが出来ていれば、それはリーダーとしての素質があることの証明になるんじゃない?」

 

「…先生?委員決めを帰りのHRに持ち越してもいいですか?」

「ああ、問題ないぞ。納得行くまでやるといい」

 

「分かりました。…それじゃあ議長として物間の案を採用したいと思う。反論有る奴いるか?

…無いならこの後は投票会。俺一人…だと不正対策にならないな、言い出しっぺの物間と…女子からが良いな、取蔭?集計を手伝ってくれないか?」

「いいよ~!」「まぁ、仕方ないか…」

 

「じゃ、早速投票会だ。投票結果の発表は帰りのHRでする。委員長が決まり次第、進行役は交代だな」

 

 

 



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26:蠢く悪意1

昼時の大食堂。雄英高校ではお馴染みの『LAUNCHRUSHのメシ処』、ここはヒーロー科の生徒だけでは無く、普通科・サポート科・経営科の全クラスが一堂に集まる広大な共有スペースとなっている。お昼時のピークともなると腹を空かせた育ち盛りの少年少女で賑わう。

幾つかのグループが立てる他愛ない会話のBGMに耳を傾けながら、待ち惚けを食らう少年が一人。『物間寧人』その人だ。少年の手には食事の乗ったトレイ、献立は「焼き魚定食」のようだ。

 

 

「悪い物間、待たせた!」

「遅れてごめ~ん!」

「いや、いいよ。そんなに待って無いしさ」

 

 

数分もしないうちに同じようにトレイを持った『泡瀬洋雪』と『取蔭切奈』が合流する。泡瀬の「山盛りのカレー」も取蔭の「牛丼」も出来立てで、食欲を刺激する香りを漂わせている。

この3名は朝のHRで議題に上がった。学級委員長を決める投票の集計をしていて、少し遅めの昼食となった。

 

 

「それにしても悪かったな…二人には集計手伝って貰って。正直助かったぜ」

「構わないよ。元々提案したのは僕だしね、当然さ」

「そうそう!アタシと泡瀬っちの仲だしね!全然気にしてないよっ」

「…それにしても集計結果、見事に偏ったよね」

「あぁ、もっとバラバラになるかと思ったけどな」

「でも、二人共熱かったもんね~。あんだけのもの見たら選んじゃうのも無理ないかな?」

「にしても泡瀬君?何で僕に投票したんだい?」

「ん?投票理由か?書いてあったけど朝のHRで進行が滞った時に、アイディア貰ったからな!あれはいい助け船だった…。まぁ、この話はその辺にしてさっさとメシ食っちまおうぜ!」

「…あれ?」

「どうした取蔭?」

「ほらあそこ…拳藤っちだ」

 

 

取蔭の指差す方を見るとそこには明るい色のサイドテールの少女『拳藤一佳』が居た。それだけでなく『柳レイ子』『円場硬成』『吹出漫我』も一緒に居る。

4名とも席について、談笑しながら昼食を取っている。

すると、こちらに気付いた拳藤が「こっちこっち」と手招きをする。

ボサッと立ち往生するわけにもいかないので、取り敢えずそのメンバーの方に移動することになった。

 

 

「お疲れさん。集計終わった?」

「ばっちりだ!物間と取蔭のお陰であっという間だったぜ。…相席してもいいか?」

「どうぞ、そのために呼んだんだから」

「そう言えば大入っちは?教室出るときは一緒…だったよね?」

「…大入…君は、さっきはぐれた…」

『大入くんはね。「今日はラーメンの気分だっ!!」って飛び出していったんだ』

「寄りにも寄って一番混んでる列に行かなくってもな-?ありゃ、暫くかかりそーだぞ?」

「…と言うわけで、福朗は置き去りにして、私達でさっさと食べちまおうって事になったのさ」

「大入君の扱いが雑すぎる…」

「けど待てよ?俺達がさっき窓口に並んだときには居なかったぞ?」

「じゃあ、きっとどっか別のグループに行ったか、先輩に捕まってるな…ご愁傷様」

「先輩?」

「…あぁ、言ってなかったけか。私と福朗が同じ中学校なのは話したよな?実はヒーロー科の二年にも中学時代の先輩が居るんだよ。その人…福朗の事がお気に入りでさ、捕まったら次の授業まで戻らないな…」

 

 

突如、誰かの携帯電話の着信音が鳴り響く。拳藤がポッケからスマートフォンを取り出すと画面をチェックする。幾つかの操作をして再びしまう。

 

 

「『見失った。見つけるの無理そ。先に食べちゃって』だってさ」

『もう、食べてるけどね』

「大入っち…」

「まっ、仕方ねーんじゃねーか?」

 

 

物間と泡瀬はそっと心の中で大入を哀れんだ。

 

 

 

_______________

 

 

「うむ、完全に見失ったな…」

 

 

生徒のごった返す大食堂。俺は「塩ラーメン」を手に持ったまま佇んでいた。本来は一佳達とお昼の予定だったがラーメンが食べたくなり、一旦別行動。んで、そのままはぐれた…と。このままうろうろ一佳達を探すのもアレだな…麺が伸びるっ!

仕方ないな、一佳にはメールをして俺は孤独のグルメと洒落込もう。よし!メールを送信!

 

次は空いてる席を探そう…と思った矢先見つけてしまった。オレンジジュースを飲む眼鏡の少年・隣で白米を頬張る少女・モサモサした緑髪の後ろ姿。間違いない!…あれは

 

 

 

 

お 茶 漬 け トリオだーーっ!!

 

 

 

 

うっひょぉぉっ!!原作キャラだっ!入試でもチラッとみたけど本物だ!ヤバイ!

これはアレですよね!?「もう絡んじゃいなよyou!」って振りで良いんですよね!?よーし、俺行っちゃうぞ-!

 

 

「すみませーん!隣いいですか?」

 

「…!あぁ、すまない。どうぞ使ってくれ」

「ありがとう御座います」

 

 

飯田君に勧められて隣の席に着く。

 

うおおぉぉっ!隣の飯田君!生身に生声生飯田!開幕からテンションがおかしくなりそうなのを必至にポーカーフェイスで押さえ込む。

改めて3人を見る。飯田君の隣でポカーンとする麗日さん、緊張した面持ちの緑谷君。

 

 

そして、その隣でうどんを啜る。

 

…僕…ロリ?

 

 

「…ん?あっ!入試の時のおにーさんじゃないですか!その節はありがとうございました !!( ๑>ω•́ )۶」

「…えっ!なに、東雲ちゃん?知り合い?」

 

 

思考がフリーズしている俺を余所に会話は進む。

 

「…ふっふっふー。何を隠そう!この方が実技試験でお会いした、僕の恩人さんなのです ( ̄ー+ ̄)!」

「ということは!」

「はいです!デクちんと同じ0p敵を殴り飛ばした人なのです «٩(*´∀`*)۶»」

「「「何いいぃぃぃっ!!」」」

 

…うへぇ。

 

 

 

 

 

「…改めて自己紹介から。ヒーロー科1-Bの「大きな幸福、入って朗らか」『大入福朗』だ。よろしく頼む」

「あっ、僕1-Aの『緑谷出久』って言います。緑の谷に出るに久しい…」

「私1-A『麗日(うららか)茶子(ちゃこ)』!麗しい日に、お茶をする子!」

「同じくA組の『東雲黄昏』です。東の雲で「しののめ」、夕暮れ時の黄昏。僕ロリなんて呼んじゃあやですよ (´>ω<`)!」

「俺は同じくA組の『飯田天哉』。食偏に反るで「飯」に田んぼの「田」で「飯田」、天空の「天」に終助詞の「(かな)」で「天哉」だ」

「緑谷君に麗日さんに飯田君な、よろしく」

「ちょい!何故スルーしたし (。-∀-)」

「え~、だって僕ロリで記憶にインプットしちゃってるし…」

「ヒドい ((유∀유|||))!!

今すぐアウトプットして再インストールするです ٩( ๑`ε´๑ )۶」

 

((なんか馴染んでる…))

 

 

どういう訳か僕ロリが凄い突っかかってくる。コイツのお陰で、興奮気味だったさっきまでのテンションが一気にクールダウンした。落ち着いて会話できるけど…解せぬ。

そんなことに悶々していると飯田君が質問を投げかけてきた。

 

 

「さて、大入くん聞いても言いか?」

「何だい、飯田君?」

「君は本当にあの0pを殴り飛ばしたのか?」

「う~ん…。正確に言うと倒してないよ?」

「えっ?どういう…」

「あっちこっち何度もぶん殴ったけどさ。両腕全壊、履帯全損…けど、そこでタイムアップ。まだ、歩行自体は出来たし、相手に重火器が搭載されてたら、もっと抵抗されたろうね…」

「じゃあ、デクくんの勝ちだね!何てったって一撃でスクラップだもんね!」

 

 

そう言いながら麗日さんは粉砕!粉砕!と腕を振る。うっかり流しそうになるがツッコミ必要だよな。

 

 

「……………デクくん?」

「あっ、それ僕の事です。ほら「出久」って「デク」って読めるから…」

「あーなるほど。…マジかー…アレをワンパンかー…」

「大丈夫ですよおにーさん!あの時のおにーさんも格好良かったですよ (,,>᎑<,,)」

「うるさいやい」

「何でさっきから僕の扱いがヒドいんですか- ( º言º)クワッ!!」

「ボクッコ、キライ…ロリッコ、キライ…」

「ザ・偏見んんんっ ٩(๑`ε´๑)۶ムキーッ!」

 

「…なんて事だ。あの実技試験の構造を理解する者が他にも居たなんて!僕もまだまだ未熟ということか…。雄英高校に来てから僕自身の至らない点を痛感するばかりだ」

 

「「「『僕』…!!」」」

 

 

あっ、イベント踏んだ…

 

 

「ちょっと思ってたけど飯田くんて…坊っちゃん!?」

「坊!!!」

 

 

俺の入試試験の話に頭を抱える飯田君。そんな彼の失言に目聡く気付く3名。

彼等のGANRIKIに冷や汗を流す飯田君。その熱い視線に観念したかのように口を開く。

 

 

「………そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが…。

ああそうだ、俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」

「「「ええーー凄ーー!!!」」」「…凄いな!(存じておりますとも、ええ)」

「ターボヒーロー『インゲニウム』は知ってるかい?」

「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もの相棒を雇っている大人気ヒーローじゃないか!!…まさかっ!!」

「詳しい…。そうだ、それが俺の兄さ」

「あからさまです!すごいです ฅ(º ロ º ฅ)!」

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れてヒーローを志した」

「でも、それだったら飯田くんも尚のこと委員長やりたかったんじゃないの?」

「「やりたい」と相応しいか否かは別の話だ。人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。…緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は『多』をけん引するに値する。だから俺は君に投票したのだ」

(君だったのか!!)

「大丈夫さ、君なら務まるよ緑谷くん。だからシャキッとしたまえ!」

「…うん!!」

 

「う~ん…」

 

「あっ!ごめんなさいおにーさん。置いてけぼりにしちゃって Σ(*゚д゚艸)」

「ああ、違う違う!大方、学級委員長決めの話だろ?ウチでも同じ事やってるし、大体予想は付いた。けど…」

「…?けど、なに?」

「俺からしたら飯田君も委員長の素質有ると思うよ?」

「…ドユコト ( ´•д•` )?」

「いや、会って数分もしない俺が言うのもアレなんだが…。要は飯田君は「自分よりも相応しいから緑谷君を推薦した」んだよな?それって「その方がクラスの為になる」って判断したんだよな?「決して利己的にならず、平等に冷静に、『多』の事を考えて」選択したって事にならないか?

だったら飯田君にも素質はあるよ。だって「皆の為に最善を尽くすこと」ができるんだから」

「大入くん…」

「なんて…少し屁理屈が過ぎたかな?つまるところ、飯田君にも良いところは有るんだよって話。僅かな時間しか交流してない俺が言うんだから、クラスメイトなら尚のこと実感してるんじゃ無いかな?」

 

「…ありがとう。自信が持てそうだよ」

 

「なんか初めて笑ったかもね飯田くん!」

「え!?そうだったか!?笑うぞ俺は!!」

「またまた~!テンさんはいっつもキビキビ張り詰めてるんじゃないですか~ (๑•̀ㅂ•́)و✧」

「キビキビっ!?」

 

 

穏やかな昼の一時。主人公組とも打ち解ける事が出来た良い日この日。

 

 

 

でも、俺は知っている。

 

 

 

『ウウ──z__ッ!!!』

 

 

 

鳴り響くサイレンの音

 

 

 

『セキュリティ3が突破されました』

 

 

 

だってこの日は…

 

 

 

『生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

 

 

 

(ヴィラン)が仕掛けてくる日なんだから。

 

 

 



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27:蠢く悪意2

急に鳴り響いたサイレンの音。私達は「なんだ、なんだ?」と辺りを見ていた。

すると近くに居た生徒の一人が席を立ち、慌てた様子で移動を開始した。それが呼び水であったかのように周りも動き始める。

 

 

「何んだ、これ?」

 

 

泡瀬が疑問を口に出す。

 

 

「『セキュリティ3突破』って言ってたね…。侵入者が出たって事かな?」

「ちょっと待って物間…君。…さすがにあり得ない…「雄英バリアー」があるでしょ?」

 

 

そう、有り得ない。雄英高校には対侵入者用の隔離防護壁、マスコミの間では「雄英バリアー」と呼ばれる警備システムがある。

そうで無くても、数多くのヒーローが常駐している雄英高校。コソ泥の一人や二人ならあっという間だ。

ということは…

 

 

「ってことはさー?雄英の警備を抜ける程のなんかが来たってことじゃねーの!?やべーよっ!!」

「落ち着きなよ円場っち!まだそうと決まったわけじゃ…きゃ!」

『うわっ!』

 

 

ぞろぞろと移動を始めた集団の波に巻き込まれそうになる。私は咄嗟に隣に居た円場と物間を掴む。

 

 

「円場っ!空中に足場作って!早く!」

「おっ、おう!」

 

 

大急ぎで円場に“空気凝固”で即席の足場を用意させる。そこに円場と物間を放り込む。人混みをかき分け、吹出と柳を回収、取蔭を保護した泡瀬と合流し、何とか空中に避難する。足場は、その大きさが分かるように吹出が“コミック”で着色していた。…何でも有りだな、お前の“個性”。

 

何とか自分たちの安全を確保すると物間が眼下を見下ろしていた。

 

 

「これは酷いね。予想外の事態に皆パニックを起こしてる」

 

 

避難訓練したこと無いのかな?とか、「おはし」って知ってる?とか、少し冗談めかしている物間にチョップを入れておく。今は真面目な話をしているんだ。茶化すな。

 

…けど、物間の言うことは正直正論だ。この集団は完全に暴走している。中には生徒の悲鳴が混じっていて、多分だが巻き込まれて怪我をしているのかも知れない…。

 

くそっ!福朗は無事なのか?

 

 

________________

 

 

サイレンが鳴ってからは、あっという間だった。

驚愕、動揺、混乱…それらの色に染まった生徒達が我先にと出口を目指す。人波が俺達を巻き込んだ。

 

 

「いたっ!!急に何!!?」

「さすが最高峰!!危機への対応が迅速だ!!」

「いや!絶対違うってこれっ!?」

「迅速すぎてパニックに…」

「あわわっ! (•́ω•̀;≡;•́ω•̀)」

 

 

パニックになった生徒の暴走が更にパニックを呼ぶ「負のスパイラル」を巻き起こしている。もみくちゃにされている俺達に第二波が襲ってきた。

 

 

「どわーーーしまったーーー!!」

「デクくん!!」

 

「あーーーれーーー!!! (´Д`|||)」

「東雲くーーん!!!」

 

「あぁ、もう畜生っ!すまん飯田君、麗日さん!僕ロリ保護してくる!そっち任せた!」

「えっ!?ちょっと!大入くん!!?」

 

 

こんな中に巻き込まれたら、あのちびっ子は一溜まりも無い!最優先保護対象だ!

俺は少しばかり強引に人混みを搔き分け、無理矢理突破する。

 

 

「っ!おにーさんっ! Σ(,,ºΔº,,*)」

「じっとしてろっ!」

「わっぷ! Σ(//口// )」

 

 

僕ロリの手を取ると胸元へと抱き寄せる。他の人とぶつかる面積を可能な限り減らして、そのまま人の流れに逆らわずゆっくりと廊下の隅に避難する。

 

 

「…ここなら流れが弱いな。僕ロリ、怪我してないか?」

「は、はい…大丈夫デス ⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄」

 

 

にしても生で見るとヤバいなこれ…。前世で「喧嘩神輿で死人が出る」って聞いたことあるけど、それも納得だわ。この迫力なら怪我人の一人や二人は居ても仕方ない。

 

 

「あ…あの…おにーさん?その…くっつきすぎだと思うのですが… (*´д`*)」

「この状況だ許せ。後で謝るから」

「いや!べ、別に嫌とかではないんですよ?ただ…ムードとか色々必要でしょう? (>_<*」

「なにをいっているのか、わけがわからないよ」

 

 

意味不明な僕ロリは放っておいて状況把握に集中しよう。…あっ緑谷君見つけた、押し潰されてら。後、空中に避難している一佳達を見つけた、よかった。

 

すると、空中をサマーソルトしながら飯田君が飛んでいく。飯田君は出口上方の壁にぶつかるも、必死に配管にしがみつく。

 

こっ…これは、もしや!!

 

 

 

「 大 丈 ー ー ー 夫 ! ! 」

 

 

 

出たっ!!飯田君屈指の名シーン!「非常口」だっ!この状況では不謹慎だと理解していてもファンの一人として感動してしまう。

何よりも飯田君の真剣で必死な表情から彼の真面目さを感じることも出来る。

先ほどまで混乱し、暴走していた生徒達も突然現れた非常口を見て唖然としていた。

 

 

「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません大丈ー夫!!

ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 

_________________

 

 

 

人の波は引き、落ち着きを取り戻した生徒達が静かに移動する。

 

 

「お疲れ様飯田君!!最高に格好良かったよ!」

「右に同じでーす! (´,,•ω•,,)」

「おおっ!東雲くんに大入くん、無事だったか!?」

「デクくん大丈夫?」

「…う、うん生きてる」

「まぁ、何というか災難だったな…」

 

 

再び俺達は一カ所に集まっていた。緑谷君もあっちこっちヨレヨレになってはいるが、目立った怪我も無いようだ。

 

 

「ハッ!そう言えば飯田くんっ!侵入者がマスコミって本当なの?」

「ああ、窓の外に報道陣が見えた。恐らく正面玄関に詰め寄っているのだろう。『相澤先生』と『プレゼント・マイク先生』が対応しているが…さすがにあそこまでの強硬手段を取られたら学校側も対処するだろう。恐らくだが、警察に掛け合っているのではないだろうか?」

「下手したら敷地内への不法侵入及び威力業務妨害の可能性もあるからな…。マスコミも大人しく引き下がるだろうな」

「じゃ!無事解決ってことでいいよね!よかった…」

 

 

…くぅ

 

 

突如どこからか腹の虫が鳴る音が聞こえる。よく見ると僕ロリが下を向き、プルプル振るえている。

 

 

「…し、東雲ちゃん?」

「お腹すいちゃいました ( •́ㅿ•̀ )」

「まだ、ご飯の途中だったもんね…。でもこんな状況だし、食堂はストップかもね」

「それなら、購買も厳しいだろうな。同じ状況で、今度はパン取り競争が勃発してるだろうし」

「私達完全に出遅れちゃったしね…」

「うむ、仕方ない。午後の授業は昼食抜きでも我慢するしか無いか…」

 

「あぁ、それなら…皆手出して」

 

「「「「…?」」」」

 

 

俺は四人が手を出したのを確認した後、パチン!と指を鳴らす。それにあわせてそれぞれ手のひらに〈揺らぎ〉を作る。演出って大事だよね!

〈揺らぎ〉が消えるとそこにはマイソウルドリンク「MAXCOFFEE」が現れた!!

 

 

「ええっ!」「何これ?」「ファッ!?マッ缶!? (º ロ º๑)」「うおっ!」

 

「俺からの差し入れ。お近付きの印にな!糖分補給くらいにはなるだろ?」

 

 

そう言いながら自分の分のマックスコーヒーを取り出して一気に飲み干す。

 

 

「すごいよ大入くんっ!これが君の“個性”なの?」

「ああ、“物を自由に出し入れする個性”だ。便利だろ?」

「すごいやっ!」

「…さてと。そろそろクラスメイトと合流するわ」

「ありがとう大入くんっ!コーヒーごちそう様」

「いいって、布教活動の一環だから」

「布教活動?」

「貴方、マッ缶信者ですかっ Σ(゚∀゚ノ)ノ」

「それじゃあ、また今度な!」

 

 

そう告げて俺はその場を後にした。

 

 



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28:蠢く悪意3

「お~い、一佳~」

「おっ!福朗、生きてたか!」

「縁起でも無いっ!生きてるよ!」

「大入っち!!この忙しいのに何やってたのさ!早く手伝ってよ」

「…で?何やってんの?これ?」

 

「見りゃわかるだろ。掃除だよ、掃除」

 

 

一佳達の所に戻るとモップや雑巾、箒にちり取りを装備した皆がせっせと掃除をしていた。

 

 

「片付けてるの!これ全部っ!?」

「そっ。あんな騒動があったからね…他のクラスの生徒も手伝ってくれてるし、直ぐに終わるさ」

 

 

食堂を見渡せばテーブルには散乱した残飯。床には割れた食器に麺類の残り汁。

 

…うむ、これはヒドい。

 

 

「…まあ、このまま放置しても業者がやってくれそうな気もするけど…気持ちよくないな。オッケーわかった、何からすればいい?」

「そうだな…。一度テーブルとイス全部下げちゃおうか。その方が床が綺麗に早く片付く」

「了解した。泡瀬君、吹出君手伝って貰っていい?」

『オッケー!』

「いいぞ。何すればいいんだ?」

「こっちの端からテーブルとイスを拭いて欲しいんだ。綺麗になったら一度俺の“個性”に収納。んで、床も綺麗になったら再配置」

「わかった、じゃあテキパキやっていくか!」

『おー!』

 

 

3人でどんどんと作業を進めていく。バケツにこぼれたご飯やらを放り込んで。テーブルとイスを綺麗に拭き掃除。

床が空いたら、物間君達が割れた食器を拾って床もモップを掛けていく。

それを見ていた他の生徒がマネをしてテーブルを“個性”で持ち上げたり。床を“個性”で次々綺麗にしている。

これなら午後の授業には間に合いそうだ。

 

 

「そういえば泡瀬君、いつの間にこっちに来てたの?」

「ああ、物間と取蔭のお陰で早く終わってな。食堂に来たら拳藤達とバッタリ会ってな…。そう言うお前は?」

「一佳に連絡はしたけど、別行動してた。たまたまA組の生徒…あぁと、入試で会ったこと有る奴な。それのグループに混ざってきた」

『想像以上にアクティブ!?』

「…ああ、そう言えば俺の塩ラーメン…、まだ半分しか食べてなかったな…。チャーシューだけでも食べときゃ良かった…」

「未練タラタラっ!?」

 

「はいっ!そこっ!キリキリ働くっ!」

 

 

うへぇ、一佳に怒られた。気を引き締めて作業に戻る。

 

 

『…ねぇ、大入くん?』

「なんだい、吹出君?」

『その、気になってたんだけどさ。拳藤さんとどういう関係?』

「…どういう…って、どういう?」

 

 

よく分からない質問をされた。素直に質問の意図を聞いたら一瞬だけ…

 

『(´・_・`)』←こんな顔された

 

ブルータス(吹出君)、お前も(顔文字)か。

 

 

『…んとさ、…大入くんって拳藤さんと同じ中学でしょ?たださ、同じ中学出身ってだけじゃ、二人の仲の良さに納得が出来なくてさ?ぶっちゃけ、特別な間柄だったりするのかな~なんて…』

 

 

ああ、そう言う意味か。確かに俺と一佳は終始一緒の事が多い。

でもそれは、単に高校でのグループが形成出来てないこの時期、馴染み深い繋がりに帰属してるだけなんだよ、主に俺が。

更に言うと、あくまで俺が一佳のご好意に甘えてるだけなんだよな…。一佳はどんな相手にも分け隔て無く「優しい」。中学時代、ほぼボッチやってた俺にまで、親切心から接してくるくらいだ。きっと俺に向ける感情も「友情」とかよりも「博愛」や「良心」…そう言う物なんだと思う。一佳さんはホンマモンの女神様やでぇ…。

 

…思考が反れた。つまり吹出君は仲が良すぎる「俺と一佳が友人以上の関係ではないか?」と気にしているわけだ。思春期真っ盛りの男女が、常に一緒に居たならそんな邪推が出てくるのも理解できる。

誤解を生んではいけないから素直に伝えとこう。

 

 

「あれは一佳が「面倒見の良い人」だからだよ。

元々俺って、中学時代ボッチやっててさ…そりゃ『独立独歩』って感じだったのさ。そんな俺を気にして、一佳はいつも俺に声を掛けてくれてたんだ。お陰でクラスの方でも上手くやれたし、これでも一佳には感謝してるんだよ。

だから、俺からすれば一佳は「恩義」の対象であり、「尊敬」の対象であり、「信頼」の対象でもある。…ってだけの話。

一佳の方も、俺に対して無意識にやってる気配りってだけだろうな」

 

『…そっか』

 

 

しばし訪れた沈黙。その静寂も周囲の喧騒に混ざって消えていった。

 

 

_______________

 

 

 

「よし、まずは投票の結果からだな!」

 

 

食堂を皆でピカピカにして、午後の授業を空腹の中耐え忍び、帰りのHR。議題は朝の委員長決めに立ち返った。

 

 

「朝説明したとおり、皆には自分以外に投票して貰ったよ。その結果、無効票が2票、つまり19票で決まった」

「投票はアタシら3人でチェックしたから不正も無いよ!」

 

 

あれだけ言ったのに無効票が出たのか…。どれだけ自分に投票したかったんだよ…。

 

 

「じゃ、結果を発表するぜ」

 

 

そう言うと泡瀬君達が結果を黒板に書き出していく。

 

 

拳藤 6票

大入 4票

泡瀬 3票

骨抜 2票

物間 1票

塩崎 1票

小大 1票

凡戸 1票

無効票 2票

 

 

 

「おっ、一佳が一番か」

「そう言うアンタは二番だね」

 

「あっ、念の為言っておくけど、無効票は大入君と拳藤さんの2人だからね」

 

「「なんでさ!?」」

 

「…当たり前でしょ?君等の場合同じ中学出身だから、既に信頼関係出来てるからね。

結果的に相互投票になってたから無効票にしたよ。まぁ、無効票でも結果は変わらないんだけどね」

「因みに拳藤っちの投票理由は『戦闘訓練では孤軍奮闘の活躍でガッツを感じたから』『大入を説教してる様に熱さを感じたから』…後、こっちは昼からの票替えだけど『昼のトラブル時の迅速な行動・事後処理の積極的な姿勢に好感を持った』なんてのがあったよ」

「大入の方は『戦闘訓練での多彩な戦法から頭の回る奴だと思った』『突発的な状況への動きが速く、機転が利く』ってのが主な理由だな。

…さて、と言うわけで一番になった拳藤に委員長を任せたいと思うんだが…拳藤どうだ?」

 

 

「…ねえ、皆?私が委員長でも平気?」

 

 

一佳が周囲に聞くと周りから賛同する声が上がる。

 

 

「大丈夫です!拳藤さんなら立派に委員長を努めることが出来ます!」

「Yes!No Problem!!拳藤サンならダイジョーブデース!」

「そーだなー。拳藤なら平気だろ」

「ん」

「俺も拳藤なら文句はねぇな」

「…大丈夫」

 

「あのね拳藤さん、ハッキリ言うとね?拳藤さんに入った6…大入君も入れたら7票か。その内の3票が他の人から票を得ている人のものなんだよね。つまり、実際の票数より皆が君のことを高く評価してるんだよ」

 

「…だってさ。少なくともクラスから4票分の評価を貰った俺だって一佳を推薦してるんだ、心配する必要ないだろ?」

 

 

「…分かった。……じゃあ、拳藤一佳っ!委員長の仕事、精一杯やらせて貰うよっ!」

 

 

クラスの中は盛大な拍手に包まれる。こうして無事に原作通り一佳がB組のリーダーに抜擢された。とりあえずは一安心だ。

 

 

 

 

…因みにそのまま、俺が副委員長になるのはまた別のお話。

 

 

 

 

_______________

 

 

 

雄英高校正面玄関。そこに学校所属のヒーローが集合していた。

 

 

「やはり、解体ではなく完全に破壊されております。破壊箇所は各接合部の外側から少しづつ崩れ落ちる様な「風化や劣化が連想される」壊れ方ですね…」

 

 

分析器を使い隔離壁の状態を調べていたヒーロー科の教師『海馬』は、チャームポイントの眼鏡をかけ直しながら他のヒーローにそう告げた。

 

 

「ただのマスコミがこんなこと出来る?」

 

 

保健医『リカバリーガール』が他の皆に問う。

 

 

出来るわけが無い。

 

 

ヒーロー科の教員全員がそう思った。

 

ここは日本でも最高峰の学舎。勿論セキュリティシステムだって現代科学の最先端の技術を利用している。

この隔離壁だってそうだ。剛性・柔軟性・耐熱・耐震・耐水・耐電等々、ありとあらゆる機能テストに耐える最高水準で仕上げた特殊合金をこうも容易く壊されたのでは立つ瀬がない。

これを突破出来るというのはつまりそう言う事なのだろう。

 

 

「そそのかした者がいるね…」

 

 

根津校長は崩壊した壁を見つめながらそう呟く。口調は軽いが視線は真剣そのもの、眉をひそめ瓦礫の残骸を注視している。

 

 

「邪な者が入り込んだか」

 

 

そこには何かがある。その点だけは明確だ。

 

 

「もしくは宣戦布告の腹づもりか…」

 

 

敵の正体は見えてこない。しかし、今回の騒動は「事を起こす」予兆以外の何物でも無い。

 

 

…悪ならば迎え撃つ。

 

 

決意を固め一同はその場を後にした。

 

 

 



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29:時には素敵な日常を…1

他愛ない平和な日常。そんな話。


───大入君と物間君と───

 

 

「いててて……」

「大丈夫、物間君?」

「相変わらず君の“個性”は扱いづらいね」

「ほい、胃薬。あと保健室行く?」

 

 

ヒーロー基礎学。本日の授業は広大な市街地を利用した「鬼ごっこ」だった。ヒーローチーム・ヴィランチームに分かれてヒーローがヴィランを町中で追い回す事になった。

特に難所だったのが回原君がサポート科に申請した『特注バイク』だ。彼の“旋回”で作った運動エネルギーをエンジンにして半永久的に稼動するモーターマシン。しかも、排気ガスも騒音も無いエコでクリーンな仕様だ。

バイクに跨がり、町中を爆走する彼。それを俺と物間君のコンビ「チーム・サンジェルマン」で追っかけた。上手く進路を誘導する事に成功し、骨抜君特製の「落とし穴」に落として無事にクリアした。

しかし、払った代償は大きい。物間君の胃は犠牲になったのだ…。

 

 

「…そうするよ。大入君は昼どうするんだい?」

「うーん。今日は“個性”使いすぎたから昼は購買で軽めに済まして、ゆっくりしようかな?」

「じゃ、僕も一緒に行こうかな。先にご飯買わないと食べそびれそうだし」

 

 

購買に着くと多くの生徒が思い思いに買い物していた。少しコンビニ寄りも広いだけの空間に商品が所狭しと陳列されている。その中から今日の気分に合わせて商品を選んでいく。

 

おにぎりとお茶…一応、10秒メシも買うか。うーん、さすがに食後のマックスコーヒーは売って無いか。まぁ、自前の有るからいいけど…。あっ、後これも欲しいな。

 

 

「またそれかい?好きだね」

 

 

物間君は俺が手に取ったヨーグルト(今日はアロエ入り)を見て溜息をつく。ヨーグルトの何が悪いのか…。

 

 

「ほら、俺の“個性”って胃をヤラレルだろ?だから、小さいときはトレーニングの度にお腹を壊してな…。食事は消化の良い物が中心で、特にこれは胃の粘膜保護・吸収系の補助になる必須食材だったんだ。要は癖…なのかな?一日最低1回は食べないと落ち着かない…」

「うん、軽い依存症じゃ無いかな?」

「ヒドす」

 

 

物間君と会計を済ませ。購買を後にする。

 

 

「…あれ?でも、薬と乳製品って一緒に摂取しちゃ駄目なんじゃ無い?」

「そうなんだよなぁ。乳製品に含まれるたんぱく質や脂質が粘膜を保護しちゃうから消化吸収が上手く行かないんだよ…」

 

 

更に言うと薬がカルシウムと反応して効果が低下したり。本来酸性のはずの胃液が中和されて、薬が腸に届く前に溶けてしまったりしてしまう。

胃薬なら吐き気を催す場合が有るから注意が必要だ。

 

 

「けど、薬飲む場合の話だろう?今日は飲まない予定だから大丈夫だ!」

「まぁ、それはそうだろうけどさ…。じゃあ、何でこの間は胃薬とヨーグルトの両方渡したんだい?」

 

 

…。

 

 

「うっかりしてたわ、ゴメン」

「お前っ!!」

 

 

その後、物間君にネチネチ説教されました。

 

 

 

───大入君と柳さんと───

 

 

「…ん?柳さん?」

「…あ、…大入…くん」

「昼から居ないと思ったら、こんなとこに居たんだ」

「委員会の…仕事。大入…くんは、読書?」

「あぁ、午前に“個性”の使いすぎてな。昼は大人しくしてようかと」

「拳藤…さんは?」

「多分角取さん所かな?お昼誘われてた気がする」

 

 

昼休み。本を借りに図書室に足を運んだら柳さんに出会った。そう言えばこの間の委員決めで図書委員会になってたっけ。つまり、今日が当番の日なのか。

 

先日行われた。委員決めで一佳が委員長、俺が副委員長に選ばれた。その翌日、委員会会議の時間が取られ、各委員会で活動内容の説明がされたばかりだ。それで早速仕事とは中々大変だ。

 

『柳レイ子』。片目を前髪で隠したショートヘア。手を幽霊のように前に出しているのが印象的な彼女。教室でも物静かで、暇なときは外を眺めたり、携帯電話を弄っている事が多い。

 

 

「そう言えば黒色君は?同じ図書委員でしょ?」

「黒色…くんは他の先輩と書架の整理。…私が受け付けの…担当」

「それで、隣に先輩がいるのか」

 

 

その先輩に「図書館ではお静かに」と注意される。俺は頭を下げ、声を小さくして会話を続ける。

 

 

「じゃあ、検索お願いしていい?」

「ちょっと待って…」

 

 

俺が何点か希望のジャンルの本を頼むと柳さんは隣の端末を操作した。整理番号をチェックして席を立つ。

数分後に何冊かの本を抱えて戻ってきた。

 

 

「…お待たせ」

「ありがとう、お疲れ様」

「…じゃあ、ここで読んでく?」

「いや、借りて教室で読むよ。貸し出し手続きお願い」

「分かった…」

 

 

そう言うと柳さんは貸し出しカードを取り出して記入を促す。

 

 

「…意外」

「何が?」

「…読書することが」

「そう?」

「…そう」

「そう…」

「…特にファンタジー小説を選ぶ辺りが…意外…」

「君の中の俺のイメージはどうなってるのさ?」

「う~ん、どちらかというと…体術の…指南書?」

「どんなのだよ…。柳さんは本読むの?」

「…あんまり。だけど、携帯小説や電子書籍は…読む」

「デジタルだな」

「そう…だね…」

「はい、終わったよ」

「おっけー。…返却は1週間で」

「分かった」

 

「…あっ、大入くん」

「ん、なんだい?」

「その本、面白い…らしいよ?前にネットのレビューで見た…気がする」

「そっか、楽しみにするよ」

 

 

元々口数の少ない彼女だったが、今日は意外と話せた。

 

 

 

───大入君と回原君と───

 

 

「なぁなぁ、塩崎さん…っていいよな」

 

 

お昼の一時、『回原旋』の予想外な話題から始まった。

教室で昼食を取った後、今日はゆっくり読書の気分だったので図書室から数冊の書籍を借りて優雅な一時を堪能していた…はずだった。

しかし、近くには俺しか居ない。俺に対して話しているのかい、回原君?

 

 

「…それは俺に言っているのか?」

「他に誰が居るんだよ」

 

 

…マジで俺だった。仕方ないので読みかけの本に栞を挟んで机に置く。

 

 

「随分と突拍子の無い話だな。…まぁ、確かに美人だとは思うけど」

 

 

原作のA組キャラ達で隠れがちだが、一佳をはじめB組の皆も綺麗どころだ。

塩崎さんは顔のパーツも整っているし、少し大きめのドングリ眼も綺麗だし、肌もキメ細かい。更に体の線は細めで華奢な印象を受ける。案外守りたい系の女子だな。

 

 

「そう!だけどそれだけじゃ無いんだよっ!戦闘訓練の時の凜とした佇まい!怪我をしたときに俺を心配してくれた優しさ!雑談で時折見せる花の咲いたようなあの笑顔!…ああ、ステキだ」

 

 

…そーだねー。塩崎さん保健委員だもんね、怪我をしたらそれは心配してくれるよなー。

 

 

「…それで?その塩崎さんがどうしたの?」

「それがさ?感じるんだよ…彼女の熱い視線が…」

 

 

こっそりと俺に話す回原君。チラッと塩崎さんを見るとこちらをガン見している。目を合わせた瞬間に、慌ててプイッとそっぽを向く塩崎さん。

 

 

「確かにこっち見てたな…」

「だろ!なぁなぁ…これってフラグかな?フラグなのかな!」

 

 

凄く緊張している回原君。…ちょっと待って、回原君ってこう言うキャラなの?もっと…こう…硬派なイメージだったのに。

俺のげんなりしたオーラを察したらしい回原君は怪訝な顔をする。

 

 

「…なんだよ大入?」

「いやさ、きっと回原君の期待するフラグじゃ無いってアレ。どちらかというと「睨み倒すタイプ」の視線だって」

「それはアレだって!「もっと私に構って下さい」的な嫉妬の視線だって」

「予想の斜め下を転げ落ちる発想だなっ!?」

 

 

その方向の発想だと俺と回原君が掛け算されている可能性だってあるじゃないですかーやだー。

とりあえず、白黒付けるために誘導してみよう。

 

 

「…はぁ、そんなに気になるなら、この間の戦闘訓練と屋外逃走劇の意見交換をダシにして話してきたら良いじゃないか」

「お前、天才かっ!?ちょっと行ってくる!」

「ほいほ~い。骨は拾ってやるぞ」

「縁起でもないな!」

 

 

そう言って去っていく回原君。俺は本の続きを読むフリをして様子を窺う。

塩崎さんは少し困った顔をしてから回原君の話を聞いていた。まぁ、回原君の予想はハズレっぽいが、舞い上がっている彼はそれに気付かない。

 

回原君は思いのほか残念キャラだった。

 

 

 

 

 



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30:おいでませUSJ! 1

一月半ぶりです。
仕事が忙しかったり、体調を崩したり。
筆が進まず、書いては消してを繰り返してました。
待たせすぎるのもあれですので、生存報告を兼ねて投稿します。


マスコミの不法侵入から数日、ボロボロになった隔離壁もすっかり元通りになった。

マスコミの方も警察からの厳重注意のお陰有ってか、あっと言う間に静かになった。流石は国家権力!その名は伊達じゃ無い!

 

『雨降って地固まる』と言う奴か、無事に平穏な日常を手に入れた雄英高校。そんなヒーロー科の授業は相も変わらず平常運転している。

 

 

「今日のヒーロー基礎学は俺とパワーローダー、加えてもう一人の三人体制で行う」

 

 

あっ、これUSJフラグや。

とか思いながら担任のブラドキング先生の話を聞く。

 

 

「先生、今日はどのような授業をするのでしょうか?」

 

 

クラスを代表して一佳が先生に質問を投げかける。

 

 

「今回はヒーロー活動の中でも重要な技術。『人命救助訓練』を行う」

 

「レスキューとはまた難しい訓練だべ…」

「何言ってるんだ宍田!命の危機にさらされる市民を助けてこそのヒーローだろ!むしろ臨むところだっ!」

「鱗君ってば燃えてるね~」

「あったりめぇだろ物間ぁ!俺達はヒーロー目指してるんだぞ!これが熱くならずに居られるかってのっ!」

「鉄哲の考えに同意だ。人命救助こそヒーローの本懐だ」

 

 

人命救助訓練と聞き、やる気を出す生徒達。ここ数日のヒーロー基礎学は座学が多かったから余計に気合いが入っている。

 

 

「…ゴホン!続けるぞ?

今回は戦闘服(コスチューム)の着用は各自の判断に委ねる。戦闘服(コスチューム)には活動を限定する物も有るだろうからな。

訓練場は離れた場所にあるので、バスでの移動になる。それでは準備を急ぐように」

 

_______________

 

 

「…うーん、どうしようか」

「またかい、大入君?まだ決まらないの?」

「んー。もうちょっとー…」

「はぁ、やれやれ」

 

 

男子更衣室、本日のヒーロー基礎学『人命救助訓練』のため男子生徒達が着替えをしている。「こんなシーン見せられても誰得だよ」と思わなくも無いが、少しだけ困った事態が起きている。

俺が今回持っていく装備が決まっていないのだ。俺の戦闘服…と言うより夥しい量の装備の数々。勿論『今回ような』訓練に対応した装備も用意してあるが……量が尋常ではない!

戦闘服を使い始めて早数日、俺はまだ全ての装備を把握できてないのだ。

 

 

「えとえと…〈ストリングガントレット〉は必須だろう?〈軍用多機能ショベル〉は貸し出し分も入れて良いな…。後は〈ザイルロープ〉・〈ハーケン〉に〈投網〉・〈土嚢用麻袋〉に〈防火コート〉と〈ゴムボート〉…は居るのかな?あっ、これは有った方が良いな!」

「いや、お前の戦闘服はホントに何なんだよっ!?」

 

 

泡瀬君からも激しいツッコミが入る。自分の“個性”を活かした結果です(キリッ!

 

呆れるクラスメンバーを余所に俺は取扱説明書を片手に戦闘服ケースを漁っていく。おっ、これも使えそうだ。

 

 

「しかし、便利だよなぁ…お前の“個性”」

「まぁ、一言で言えば『歩く倉庫』だからな」

 

 

感心したように鉄哲さんが此方を眺めてくる。俺はそれに軽く返事をしておく。

まぁ、荷物持ちに一人は欲しいよね。引っ越しも楽々だし。

 

 

「だったら全部持っていけば、良いのではないか?」

「それがさ、駄目なんだよ鎌切君。今回は『救助訓練』、だったら瓦礫の撤去に俺の“個性”は重宝する。ただでさえ物を出し入れするだけで体に負荷が掛かるんだ。少しでも武装を減らして負担を軽減しとかないと、いざという時に「キャパシティオーバーして使えない」なんて状況になったら目も当てられない…」

「おぅ、案外欠点も有るんだな…」

 

「でも、鉄哲だって良い“個性”じゃないか。正面からの対人戦闘は勿論の事、地震・火災・土砂崩れ・台風被害…あらゆる悪環境をものともせずに行動できるほどの強度じゃないか。どんな状況でもそのパフォーマンスを発揮出来るのは純粋に羨ましいよ」

「おいおい、あんまり持ち上げてくれるな。俺の“スティール”は水で錆びるし、熱で脆くなる、更には通電性まで上がっちまう。…案外弱点だって多いんだよ」

「…耐水は兎も角、耐熱は一般人の方が弱いから気にすんな。それと通電性か…全身じゃなく皮膚のみを鋼にして、アースにすることって出来ないのか?ほら、洗濯機がショートしないように電流を逃がす仕組み」

「っ!おぉ、そいつは面白そうだ!今度練習してみるわ!」

 

「ほら、君らボサッとしないで。時間無くなるよ」

「あっ!スマン物間君!俺、もうちょいかかる!皆も先に行っててくれっ!」

 

 

いかんいかん…。

雑談に花が咲いて、のんびりし過ぎた。このままでは授業に遅れるっ!

 

俺は急いで装備をまとめることにした。

 

 

_______________

 

 

 

「急げや急げっ!でないと授業に遅れるぞっ!」

 

 

小声で謎の詩を歌いながら廊下を小走りで移動する。やっと装備が決まり、急いで集合場所へ向かう。なんとか間に合いそうだ。しかし、問題が一つ…。

 

 

(…視線を感じる)

 

 

バッと後ろを振り返る。しかし、そこには変わった様子は無い。

 

 

 

…廊下の柱に隠れる『塩崎茨』以外に。

 

 

 

実は最近悩みが有った。ここ数日間、どうにも居心地の悪い気分になることが多かった…ハッキリ言うと落ち着かない。

その原因が、回原君と話していて分かった。

休み時間の度に感じる視線…。あれ塩崎さんだったんかい!?

なにっ!なんかしたっけ俺!?全く覚えが無いぞっ!

 

内心、冷や汗を搔きまくっている俺を余所にコソコソ追跡をしてくる塩崎さん。…何やってんスか、時間無いのに。

 

 

「…塩崎さん、そこで何してるの?授業に遅れるよ?」

 

 

予想外だったのだろう。塩崎さんは急に呼びかけられ激しく動揺している。そして、その場から動き出そうとして…スカートの裾を踏んで転んだ。

 

 

「みゃうっ!」

 

 

廊下に顔面から倒れて行く塩崎さん。そんなロングスカートでしゃがむから…。

それにしても、まさかそんなネコみたいな声を上げるなんて…不覚にも萌えました。けど、クールな俺は顔に出さないように必死に脳から命令を送っております。

 

 

「大丈夫、塩崎さん?」

「いえ、すみません…ありがとうございます」

 

 

痛そうに鼻を押さえている塩崎さんに手を差し伸べてみると、素直に応じるらしく俺の手を取った。うむ、付け回してはいるけど悪感情は持っていないというわけか。

…つまり、どういうことだってばよ?

 

 

「塩崎さん一人?他の皆は?」

「ええと…皆さんは先に集合場所へ向かって頂きました。私は少しばかり準備に手間取ってしまい、待たせるのも申し訳ありませんでしたので」

「そうか、男子は俺で最後だから急いだ方が良いぞ?多分一佳が点呼とか取ってるだろうから」

「はい…」

 

 

改めて廊下をふたりで移動する。

 

 

「…そういえば塩崎さん?」

「っ!?は、はいっ!何でしょうか?」

「もしかして…俺のさっきの奴聞いてた?」

「…?さっきのとは?」

「あぁ、うん、なんでもないや」

「もしかして詩のことでしょうか?」

「うわ~。聞かれてた…恥ずかしっ」

「いえ、その、良かったですよ?」

「気遣いならいいよ」

「…はい、すみません」

 

 

そこで、謝っちゃうんだ。うへぇ…。

 

 

「ねぇ、塩崎さん?」

「何でしょうか?」

「気のせいじゃ無かったらなんだけど…俺の事付け回してる?」

「えっ!」

 

 

何故か再び慌て出す塩崎さん。

あっ、これ確定ですわ。完全にストーキングされてました。

 

 

「いやさ、「俺が塩崎さんになんか失礼なことしたかな?」と心配でさ?無自覚で無礼働いていたなら謝っておきたい所なんだけど…」

「いえっ!そんなことはありませんっ!ただ…」

「…ただ?」

 

 

俺の懸念を否定した上で何かを言い淀む、塩崎さん。何かを決心したように、こう言い放った。

 

 

「…実は、大入さんにお願いがあります」

 

 



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31:おいでませUSJ! 2

「さぁ着いたぞ、お前達」

 

「「「「「おぉーーーっ!!すっげーーーっ!!」」」」」

 

 

ゲートを抜けたら…災害の国でした…。

 

バスに揺られること数十分。俺たちは救助活動訓練のため、ある演習場に来ていた。

東京ドーム何個分なんだと言わんばかりの広大な敷地にアトラクションを彷彿させるかのような様々な設備。

某テーマパークが連想されるアノ場所である。

 

正面を見つめれば、休日にはカップルや家族連れが憩いの場に出来そうなほど、きれいに整備されたセントラルパーク。

右手を眺めればドーム(台風・大雨ゾーン)ウォータースライダー(水難ゾーン)キャンプファイヤー(火災ゾーン)

左手を眺めれば瓦礫の山(倒壊ゾーン)砂山(土砂ゾーン)岩山(山岳ゾーン)

 

ありとあらゆる救助活動の現場を想定した施設が目白押しである。

 

「凄いな…これUSJみたいだ。でも、私は東京ディ…」「それ以上はいけない」

 

俺は一佳のコメントを喰い気味に潰す。あのままでは黒いエージェントさんに連れ去られて、永遠に夢の世界の住人にされてしまう。阻止。

 

「ふふふっ。どうです?驚きましたか?」

「ケケケッ、随分浮かれているじゃないか…」

 

俺達が正面入り口に整列していると、先日技術工学でお世話になったパワーローダー先生がやって来た。今日は授業の時に装備していたヘルメットとグローブだけでなく、戦闘用パワードスーツと各種アタッチメントを搭載したミニコンテナを引っ張って来ている。

さらに、もう一人。全身を宇宙服を模した戦闘服に包まれたヒーローがそこに居た。

 

「ここは水難事故・土砂災害・火事に震災、遭難事故等々、ありとあらゆる事故や災害を想定し、それに対応するノウハウを習得するべく作られた演習場です!

その名もウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)!!」

 

(((((USJだったー-っ!!!)))))

 

 

一同が驚愕する中、話は進む。

 

「…さて、皆さん初めまして。スペースヒーロー『13号』と言います。僕の“個性”は“ブラックホール”…どんな物でも吸い込んでチリと化します。得意分野は災害救助で、僕の“個性”で障害を排除するのが役割です。

今回は皆さんと災害救助訓練を行って行きたいと思いますが…。その前に少々お小言を…」

 

そう言うと13号先生は一度呼吸を整え、こう告げた。

 

「超人社会は“個性”の使用を資格制にして、厳しく規制することで成り立っています。

しかし、“個性”は簡単に人を傷つけてしまう力です。皆さんの中にもそういう“個性”がいるでしょう。

ほんの少しの不注意が、相手の命を奪うことだって有ります、大切な物を失うことだって有ります。

超人社会はそんな不安定な薄氷の上にあることを忘れないで下さい。

皆さんは先の個性把握テストで自身の可能性を知り、対人戦闘でその力の危険性を感じたかと思います。

この授業では、大切なものを守るため生かすため、自身の“個性”をどう活用するか学んでいきましょう。君達の力は救うためにあるのだと心得て下さい…以上、ご静聴ありがとうございました!」

 

「マァ、難しいことは考えるな。「力ってのは考えて使え」って言う話さァ」

「ちょっと!パワーローダー先生、そんな大雑把な…」

「いいんだよォ、大切なトコが伝わればそれで」

 

パワーローダー先生と13号先生の気軽なやり取りのお陰か、緊張していた生徒の表情が少しだけ柔らかくなった。こういう周りを安心させる気遣いも、ヒーローに必要な技術なんだろうな…。素直に尊敬してしまう。

 

「さぁ、時間も限られているんだ。早く始めよう」

「そうですね…。では今回の訓練の説明をさせて貰います。

名づけて!『災害ウォークラリー』!!!」

 

13号先生は高らかな宣言と共に、どこからか取り出した垂れ幕を掲げる。

何やら普通では聞き慣れない単語の組み合わせに首を傾げる一同。

そんな生徒のために先生はガイダンスを進める。

 

「皆さんにはこれから7人1組のグループを作って貰います。この3組にそれぞれに教員1名が同伴し、救助活動訓練を行います。USJ内の全訓練施設を順番に廻って貰い、様々な場面で各々がどういう形で救助活動に協力出来るか考えていきましょう」

 

…なるほど。グループを分けることで教員一人当たりの負担を軽減した上に、複数の訓練施設を並行して効率よく利用しよう…って考えなのかな?つまり、特定の状況下よりも全般的な救助活動…広く浅くと言ったチュートリアル的な意味合いが強いか?

 

などと適当な考察をしている傍らで、先生はグループを作るように促す。あぁ、そうだ約束を果たさないと…。

 

「福朗っ!グループ組もう!」

「ああ良いよ。ただ…」

 

「大入さん、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

一佳とグループを組んだ所に塩崎さんがやって来た。

 

「どうぞ、約束したしな」

「なぁ、福朗?約束って何のこと?」

「グループ組むように頼まれたんだよ、塩崎さんに」

 

 

_______________

 

 

話は廊下での一幕にまで遡る。

 

 

「…実は、大入さんにお願いがあります。

貴方の強さの秘訣を教えて下さいっ!」

 

 

そう言うと塩崎さんは俺に向け頭を下げてきた。

斜め45度の美しい姿勢のお辞儀のまま、相手…俺の答えを待つ塩崎さん。

 

「…えっと、いくつか聞いてもいいかな?」

「はい、何でしょうか?」

 

 

彼女は姿勢を戻し、キョトンと小首を傾げる。

 

…あれだ、回原君と話した事だが…改めて見るとあの意見に納得だ。所作の一つ一つが何処か儀式的な動きで美しい。塩崎さんの修道女(シスター)をイメージした戦闘服のデザインや…原作知識からの情報なのだが、塩崎さんの家はクリスチャンなのだろうか?確かめるべく一佳を巻き込んで一緒にお昼を頂いてみたいものだ…。

 

閑話休題

 

とにかく、塩崎さんを待たせて怪訝な顔になる前に話をしないと。

 

 

「…まず、「何で俺に聞くのか?」だな。

ここは雄英。勿論オールマイト先生を筆頭に数多くのヒーローが教師として所属しているじゃないか。それをわざわざ、実力も大して差の無い俺に相談するのも変な話じゃないのか?

仮に指南を受けるとしたら、広範囲攻撃や包囲戦術が得意な『セメントス先生』とか『エクトプラズム先生』に話した方が塩崎さんのメリットになるんじゃないかな?」

 

「そうですね…大入さんの言うとおりです。しかし、私が聞いたのはそういう理由ではありません」

「というと?」

「一言でいうなら「興味がある」からですね」

「え?なにそれ、興味があるとか言われると少しだけドキドキするんだけど…すみません真面目に聞きます」

 

 

いつもの癖で冗談を挟むと塩崎さんがジト目で睨んできた。うぅ…そんな目で見ないで。

 

 

「…分かって頂けたなら良いのです。

貴方は「個性把握テスト」で半分の種目を個性無しで測定した上で、あの成績。加えて、「対人戦闘訓練」は予想外な戦法と咄嗟の行動力。極めつけは、「屋外逃走劇」で直接戦って感じた強さ。

同年代で有りながら、ここまで研鑚を積み重ねていたら気になってもしかないではありませんか」

 

 

あれか。この間のヒーロー基礎学。

 

物間君に説教された日の授業だ。あの「鬼ごっこ」でヴィランチームが初手から仕掛けてきたのが塩崎さんだった。

敵役は全員逃走するはずだった中、塩崎さんだけは殿としてヒーローチームの前に立ちはだかり、一人で包囲網を形成。全力で追跡妨害をしてきたのだ。

それを鎌切君と凡戸君の機転でヒーローチームは包囲網を突破出来たが、すぐに塩崎さんが追撃。敵役からヒーローチームが逃走することになった。

今度は俺が塩崎さんの前に躍り出て敵を足止めをする殿となり、彼女とタイマン張ることになった。

結果は辛くも俺の勝利。幾度となく包囲網を誘うことで塩崎さんの“ツル”を限界量まで消費させ、疲弊した彼女を拘束する事に成功した。最も、時間をかけすぎてしまい、爆走する回原君以外は捕獲が済んだ状態だったんだが…。

 

ともかくそれらを経て、俺の力量に興味を持ったとのことだ。

 

 

「そっか、じゃあ次なんだが…「ここのところ俺を見ていた」のは、それが理由でいいの?」

「…はい、そうです」

 

視線を少しだけ逸らし、申し訳なさそうにする彼女。

…うん、まぁ、わかりますよ?自分より強い奴がいたら、その人の強さの秘訣を知りたいとか。観察したら何か掴めるんじゃ無いかとかさ。

でも、常日頃かあの視線に曝されるのは少し辛い。何とか止めて貰えないだろうか…。

 

「分かったと言いたいところだけど…。一般よりハードなトレーニングを続けてきたとしか言いようが無いんだよな…」

「でしたら、トレーニングの仕方を伝授して頂けませんか?」

「あー……それなら師匠に聞けばいいかな?許可を取り付けてみるよ」

「師匠?」

「…そう、師匠。俺の育て親で、戦いの基礎はその人に鍛えて貰ったんだわ。許可が降りたら今度稽古付けてくれるかも」

「よろしいのですか!ありがとうございますっ!」

 

塩崎さんも一先ず納得してくれた。よかった。しかし、彼女の探求心は尽きなかったらしく…。

 

「それとなのですが…今度のヒーロー基礎学でチームを組んで頂けませんか?」

「それは良いけど…なんで?」

「この間は敵対しましたから、今度は仲間として臨みたいのです。それではよろしくお願いします」

 

そう言うと塩崎さんは再びお辞儀をした。

 

 

________________

 

 

「…と言う訳なんだっ」

「と言う訳なのです!」

 

「何であんたらは息ぴったりなんだ…」

 

「ノリと勢い、後その日の気分」

「そうなのですかっ!」

 

「…はぁ」

 

バスでの移動の間、塩崎は大入に日頃の鍛錬方法や生活環境など色々な質問をしていた。途中、話題が家族構成のことなり、兄弟の多い大入ファミリーの話に塩崎が凄い食いつきを見せた。一人っ子の塩崎は兄弟や姉妹に強い憧れがあったらしく、これが彼女にクリーンヒット。

 

二人は完全に意気投合していた。しかも、これに加えて今度の休日は塩崎が大入の家に遊びに行く約束まで取り付けていると言うのだから展開が早い。

…その様子を回原が殺意の篭もった目で睨んでいたのは見なかったことにしよう。

 

ともかく、そんな二人に呆れて頭を抱える拳藤の気持ちも分かって欲しい。

 

 

「塩崎さんっ!今回もチーム組みましょうっ!」

「大入君、僕も混ざって良いかな?」

 

するとそこに回原と物間が合流する。回原は塩崎と物間は大入と、前回・前々回同じチームとして行動していた為、互いに連携し易い。グループの申し出があるのは自然な事だろう。

 

「あっ、言い忘れましたがグループを作る際には、なるべく一緒になったことの無い人と組んで下さい」

 

だがしかし、ここで13号先生が追加注文をする。…先生からしたら入学から日が浅く、互いのことに慣れ親しんでいない生徒のためにクラス内の交流の機会を設けるために出した要望でしか無いのだが…。

 

「…回原さん申し訳ありません。先生からの指定ですので、今回は失礼いたします」

「物間君もゴメンな。次回はグループ組もうな」

「…そ、そんな」

「先生が言うんじゃ仕方ないな。じゃあ回原君、他のグループ行こうか」

 

ショックの余り、この世の終わりが来たかのような表情で立ち尽くす回原。それを平然と物間が引き摺って退場していく。

 

その様子を眺めて拳藤は再び溜息を吐いた。

 



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32:おいでませUSJ! 3

「さて、着きましたよ皆さんっ!ここが『水難事故ゾーン』です!」

 

13号先生に連れられた大入・拳藤・塩崎・角取・宍田・鎌切・鱗の7名はUSJ内の一角「水難事故ゾーン」に来ていた。

広大な湖、その中央にポツンと漂う船が一艘。そこに真新しい水を並々と注ぐかのように、激流地帯・洪水被害を再現したウォータースライダーが何基も設置されている。

下手な市民プールやレジャーランドなどは軽く凌駕しているのではないかというほどのスケールで皆を出迎えた。

 

「すげぇ…遠目に見るよりも迫力が全然違うな」

「んだな。一体いくら金掛けたんだべな…」

「少なくとも学校全体で都市一つ開発するくらいの資金力だからな。一体何千億有れば足りるのやら」

「軽く目眩いがしそうだべ」

「俺思ったんだけど、入試のロボットと言いここと言い、一体全体どこから金が湧くんだ?」

「んー…きっとアレだべさ。学生の授業料やOB・OGの寄付で賄えるハズがねぇがら。国が率先して資金援助してるか、投資家や富豪のパトロンがいるんだべ」

「…いや、もしかしたら物質変化系や創造系の“個性”持ちがレアメタルやレアアースを造って、それで稼いだ金が…」

 

 

 

「感想が夢無さ過ぎるよ!」

 

 

 

戦闘訓練の際、男同士の友情(物理)により、気安い間柄になった鱗・宍田の二人組が交わす夢の国にあるまじき酷く現実的な話に思わず、大入のツッコミが入る。

 

そんな馬鹿騒ぎを呆れた顔で眺める拳藤、困ったようにはにかむ塩崎、微笑ましい笑顔を浮かべる角取、野郎共が話す馬鹿話を真面目に考察しだす鎌切。

 

そんなまとまりの無い集団に対し、13号先生は手を鳴らし注目を集めた。

 

「はいはいっ、皆さん注目!皆さんにはまず、この水難事故ゾーンでのミッションを説明します」

 

 

今回の救助活動訓練「災害ウォークラリー」は専門的な訓練よりも施設全体を紹介を兼ねた比較的初歩的な物で有った。

 

 

暴風・大雨ゾーン・水難ゾーン・火災ゾーン・山岳ゾーン・土砂ゾーン・倒壊ゾーン

 

 

 

この六ヶ所それぞれに設けられたミッションをこなす。

 

 

各チェックポイントを順番に網羅する。

 

 

だからこそ災害ウォークラリーなのだ。

 

 

但し、行く場所は偽物とは言え「被災地域」。教師の同伴は必須のようだ。

 

 

 

 

「突然ですが皆さんあれを見て下さい」

 

 

生徒達が先生の指さす方を見ると水中に何か漂っているものを見つけた。遠目でその全容を捉えることは出来ないが人一人と同じくらいのサイズの大きさのように見てとれる。

それに向け13号先生は指先に付いているフタのパーツをパカリと開く。先生の“個性:ブラックホール”が発動し、指先が轟々と音を立て空気を吸い込み始める。

その勢い…掃除機も真っ青な圧倒的吸引力で、水難ゾーンの大量の水を吸い上げていく。すると水を吸われた部分に新たな水が流れ込み、水面に先程までとは異なる水流が生まれる。その流れが水面に漂っていた何かをこちらの方へと引き寄せる。

流れ着いたそれを引き上げると人の形を模した人形だった。

 

「マネキン?」

「救助演習人形です。水難ゾーンでは、この人形を二十人救助して貰います。勿論、要救助者を想定してますので、優しく扱って下さいな」

 

13号先生の「それでは。よーい、どん!」の掛け声で生徒達は行動を開始する。

真っ先に動いたのが大入。彼は自分の“ポケット”から何点かアイテムを次々と取り出していく。

 

「…ほい!〈ゴムボート〉と〈オール〉。後は、〈ロープ〉かな?ごめん、浮き輪は用意してないや」

「いや充分だろ福朗…むしろ何で持ってる」

「“個性”の有効利用です(キリッ!

…と言いたいところだけど、このゴムボートは四人用なんだわ。悪いけど救助者を乗せること考えると二人が定員かな…」

 

「でしたらこういうのはいかがですか?」

 

すると塩崎は“ツル”を大量に伸ばしだす。それを塩崎は細かく編み込んで切り離す。すると即席のイカダが出来あがっていた。それは大入が用意したボートの倍のサイズだった。

 

「こうすれば皆さんも水上で探索が…どうしましたか大入さん?」

「…あぁ、うん、なんでもないよ」

「ナンダカ大入サン落ち込んでマース」

「気にすんなよ塩崎・角取。福朗が持ち込んだゴムボートが不用になった事にへこんでるだけだから」

「ハッキリ言うなよ~もう~!いいもん、いいもん、先に行くからな!」

「きゃっ!」

「ちょっと!何してんだ福朗っ!」

 

突如大入は自らの仮面を外し、籠手を外し、上着のジャケットとワイシャツを脱ぎ出す。急に始まった男のストリップショーに慌てた女子一同が赤面して視線を大入から逸らす。

 

「やばいべ…女の前で脱ぎ出す変態がいるべ」

「大入、溜まっているのか?」

「…大入。節度は保つべきだぞ」

「せ、先生としてもどうかと…思います」

 

「違うからねっ!?そう言うあれじゃ無いから!!」

 

大入の変態行動に男性陣の非難殺到で有る。至極当然の結果だ。しかし、大入も好き好んで脱いでいるわけでは決して無い。

「水上からの探索」の目処が立ったので有れば、次は「水中の探索」だ。要救助者が水に溺れているのであれば、水の中にも沈んでいる危険性も考慮する必要があるのは当然だろう。

と来れば、水の中に潜る要員もそろえなければならない。大入はその準備をしているだけに過ぎない。

 

そんな彼は周りの集中砲火にへこたれそうになる。刺さる視線に耐えながら、上はインナー姿、下はズボンに裸足になった彼は脱いだ服を“個性”にしまい、追加でアイテムを取り出しいく。

取り出されたのは〈水掻き〉と〈金魚鉢のようなヘルメット〉だった。彼は素早くそれらを装備していく。

 

「それじゃ、俺は水底調べてくるからっ。皆は水上から捜索お願いな!」

 

そう言い残すと、最後に〈金魚鉢のようなヘルメット〉を被り、水の中にザブザブと進んでいく。ブクブクと泡を出して水底へと潜っていった。

 

「大入サン、行ってしまいマシタ…」

「あんな装備で水中調査出来るのでしょうか?」

「ヘンテコな被り物と水掻きだげだっだな。スキューバダイビングにしちゃ装備が足りねぐねぇが?」

「…いや、問題ないな。あれはヘルメットの中に“個性(ポケット)”で溜め込んだ「空気」を送り込む算段なんだろうね。今の福朗は“個性”自体が巨大な酸素ボンベみたいなものだ」

「やはり凄い“個性”だな。「予め用意しておく」という制約があるものの、何でも必要な物を持ち込めるから取れる選択肢も多い」

「いや、アイディア自体もぶっ飛んでんだろ。“物を持ち運ぶだけの個性”でここまでするか?普通?」

 

生徒達が大入の装備について考察していると話題の本人が水面に顔を出す。その両脇には今しがた救助してきたであろう二人の人形がかかえられている。

引き上げを要求しているらしく、皆の方を向いて手を振っている。

 

「ほら福朗が呼んでる。塩崎・角取、行こうか」

 

そう言うと拳藤は塩崎の造ったイカダを水面に浮かべる。三人が乗り込むと、拳藤は“個性”で手の平を巨大化しそれを用いて水を搔く。イカダはスイスイと水面を進み大入の近くに到達。塩崎と拳藤の手によって人形が引き上げられる。

 

「ほら、皆さんも動いて下さい。授業は始まってますよ」

「そうだな俺達も作業に入らないと…」

「でもどうすんだ?塩崎は先に行っちまってイカダ作れないぞ」

「問題ねぇべさ。大入のゴムボートば使えばいい」

「あっ、それもそうか…」

 

女子+大入メンバーの作業を眺める男子生徒を先生が促す。すっかり乗り遅れた男子3名は慌てて作業に加わる。

大入のゴムボートを使い、メンバーの後を追った。

 

 



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33:おいでませUSJ! 4

メリークリスマス!(大遅刻)

中々話が進まなくて済みません。
ちょくちょく更新するのでお願い致します。



「倒壊ゾーン」

 

広大な土地に都心部の高層ビル群を全て薙ぎ倒した後のような光景は、大小様々な瓦礫が積み上がり、凄惨な山脈を成している。

 

まるで幼い子供が玩具箱をひっくり返したかのように乱雑なここは、地震や爆発テロなどの要因で生み出された災害を再現した空間と言える。

 

 

 

「鎌切!こっちの石を切り崩してくれ!」

「承知したっ」

「向こうの瓦礫、寄せ終わったど」

 

「塩崎さん!そこ崩れそうだから“ツル”で縫い合わせてくれっ!」

「はいっ!かしこまりました」

 

「Hey!大入サン次はこっちデース!」

「ちょ!待っ!早いっ早いよ角取さん!」

 

「残り時間5分ですよー!」

 

「くぅ~っ!時間が足らんっ!」

「泣き言言うな福朗っ!とっととそっちの大きいのも寄せてくれっ!」

「わかってるよちくしょー!」

 

水難ゾーンのミッションを終え、暴風大雨ゾーンを楽々クリアした13号先生と愉快な仲間たちは、続く倒壊ゾーンでのミッションに挑んでいた。

 

ここでのミッションは「避難経路確保」。行く手を阻む瓦礫を撤去し、被災者を安全なエリアに導くルートを作る課題だ。

 

角取・大入で先行し、彼方此方と走り回りながら巨大な瓦礫を撤去。角からの砲撃のみならず、鹿などの有蹄類のルーツを持つ“個性”を持つ角取は、動物由来の身体能力が反映されている。時には急斜面を、時には崩れやすい不安定な足場をピョンピョンと飛び越え、障害となる大きめのブロックを選択していく。

その軽快な速度にヒイヒイ言いながらも、しっかり追従する大入。角取が選んだ瓦礫に手を触れ、“ポケット”の中に次々と収納していく。しかし、それでも瓦礫全てを排除は出来ない。大入の“ポケット”では一度に取り込む物体の総量に限界があるし、そもそも乱用するとあっという間に使用限界に到達するためだ。

それをフォローするのが他のメンバーの役割になる。鎌切は邪魔になっている瓦礫を自慢の“刃鋭”で切り落とし、それを拳藤・宍田・鱗が総出で片付けていく。

仕上げには塩崎。大入や鎌切が無理矢理排除した瓦礫のせいでバランスが崩れ、不安定になった部分を“ツル(個性)”で網目状に縫い合わせていく。丁度山間に見受けられる落石防止のネットの様に補強することで通路の安定性向上を狙う。

これらにより、大きな迂回の必要も無く最短距離で目標ポイントへのルートを構築していった。

 

五分後、先生が手に持ったタイマーのアラームがタイムアップを告げる。どうにか邪魔な瓦礫を退かし、当初計画した目標分の通路が出来上がった。一度生徒たちを呼び戻し、ミッションの出来具合の講評に移る。

 

「はい、皆さんお疲れ様でした。

…まず、皆さんが作った道の完成度は非常に高いですね。道幅も緊急車両が通るのに十分な大きさに安定した地面、文句なしです。

しかし、大きな瓦礫を切ったり寄せたりする際が少々お粗末でした。アンバランスに積み上がった瓦礫は撤去時に崩れる恐れがあるので注意しましょう。実際に宍田君が巻き込まれそうになってましたしね」

 

「「うぐっ…」」

 

「心配ありません。今回出来なかったことはしっかり反省して次回に活かして下さい。それではここでのミッションはクリアです。…さて、これで半分が終了ですね。

それでは皆さん次のエリアに向かいましょう!」

 

先生の掛け声に生徒達も返事をする…が、それも疎らで元気が無い。仕方ないことだろう。ここまで災害ウォークラリーのミッションに全力を注いできたものの…まだ、半分なのだ。残りの体力も少なくなり、全てのミッションをクリアできるかは…正直微妙なところだ。

 

「大丈夫ですか?大入さん」

「気遣いありがとう塩崎さん。ちょっと“個性”の使いすぎだな…少しインターバル置かないと辛いかも」

 

自らの“個性”に栄養を補給するべく、お手製ドリンクを口にしながら塩崎は大入に調子を尋ねる。大入の方も体調を鑑みてそのように返答する。

 

「なんだ?もうギブアップか福朗?」

「情けねぇべなぁこんぐらいで」

 

するとそこに肉体派な拳藤と宍田が茶々を入れてくる。

 

「まさかっ!インターバルが必要なのは“個性”だけで、体力的には余裕だって。むしろ俺としては“ツル”のコントロールに体力も必要な塩崎さんのほうが心配なんだけど?」

「いえっ!私はまだまだ大丈夫です」

「無理はするなよ…そのドリンク剤だって既に一本飲み干してるじゃないか。体は大事にしないと…」

「お気遣い無用ですよ大入さん」

 

そう言って微笑む塩崎。しかし、その顔色は疲労を見せている。水難ゾーン・暴風・大雨ゾーンに倒壊ゾーンと連続したミッションの中、変幻自在に様々な役割を果たしている塩崎は自然とその負担が大きくなっていた。

優秀であり、一人の力で何でも出来てしまう汎用性の高い“個性”を持つ反面、何でも頑張りすぎてしまう塩崎には少々危なっかしさを感じる。

大入と拳藤は注意を払うよう心に決めた。

 

 

_______________

 

 

「う゛~う。納得がいきません」

「落ち着きなよ塩崎」

「ですが…」

「どっちにしろ塩崎の“個性”は使用限界なんだ。大人しくしてるしか無いだろ」

 

私達は現在「火災ゾーン」のミッションに挑んでいた。ここは「倒壊ゾーン」の様なビル群が今度は火炙りになっている。フィールド内は黒煙が上り、熱風が立ち込める。呼吸一つする度に身体の中に火災独特の苦味と熱を帯びた空気が入り込み、不快感を与えてくる。

 

ここでのミッションは「火災救助活動」。丸々商業ビル一つを貸し切って消火・救助を並行して行うことになった。

鱗・鎌切そして福朗は装備を整えてビルに突入して救助活動。宍田と角取はどこからか放水砲を引っ張って来て消火活動。

私と塩崎は福朗が置いてった〈携行型救助マット〉を組み立てていた。福朗の戦闘服ケースのどこにこんな物があったのか甚だ疑問ではあるけど…深く考えるのは止めよう。疲れる。

 

塩崎の“個性”なら救助マットの代用品にすることも出来た。けど、今の彼女は使用限界間近まで“個性”を使い切ってしまっている。ここに来るまでに救助活動のあらゆる場面で八面六臂の活躍を見せていたのだ。

しかし、今回のミッション。場所が場所なだけに“個性”が上手く機能せず、この案を福朗が却下した。まあ、仕方ない。

 

「にしても凄いですね…大入さん」

「あぁ、そうだね」

 

そう言ってビルを眺めると、突如窓から水が噴き出してくる。

 

…福朗だ。

 

ちゃっかり、この火災ゾーンを想定して水難ゾーンから大量の水を拝借していたらしい。その状態をキープしながら先程までのミッションをこなして居たとか…。正直ここまでのキャパシティがあったのかと私もびっくりしている。

 

「私は悔しいです…」

「…塩崎?」

「今回の訓練で皆さん全力を尽くして挑んでいるのに、私は途中で力を使い果たしてしまいました」

「気持ちは分からなくも無いけど…今回は長丁場だったし、ペース配分についてはしっかり反省して次に繋げてけば良いんじゃ無い?」

「…そうでしょうか?」

「ん?」

「目の前に困っている方が居るのに「ペース配分」と言って力を温存するのは手抜きなのではないでしょうか?目の前に助けを求める人が居るのに「ガス欠を起こした」からと言って手をこまねいているのは甘えではでしょうか?

大入さんは終始様々な場面で率先して動いています。水難ゾーンでは一番大変な水中を、台風・大雨ゾーンでは一番危険な高所を、倒壊ゾーンでは足場の悪い場所を駆け回り、土砂災害ゾーンでは何度も土砂を運び出し、山岳ゾーンでは危険だからと積極的に下に降りて、そしてここでも危険なビルの中に突入しています。

彼は“個性”を使用するしないに関わらず大変な作業をしています。それに比べて私は…」

 

そう言ったきり塩崎は黙り込んでしまった。ビルを眺めると福朗が救助マットを要求していた。私は彼女を促してミッションに戻った。

 



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34:突撃!隣の大入君! 1

遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。

ヒロアカアニメ二期楽しみですね。それまでにはこちらも体育祭編まで…いきたいっ!

何ということでしょう…まさかの角取ポニーちゃんがチョイ役で登場。しかもキャラ設定がニアミスっ!チクショー…もっとニホンゴダメでよかったのか…。これ以上原作乖離が出るなら微修正も考えないと…。


雄英高校に入学して初めての休日。ヒーローを目指す私達に休みなど無し…と思っておりましたが、土曜日曜は学校も休日になるそうです。

詳しい理由を聞いたところ、以前に教育委員会からの物言いがあったようで…しっかりと週休二日制を設けるようになったそうです。

この休みを利用してヒーロー科の教員達は、教師の仕事により普段疎かになりがちなヒーロー活動に精を出すそうです。

 

折角のお休みなのですから有意義に使いたいですね。

 

 

神奈川を発って、電車を乗り継ぎ数時間。長い間電車に揺られ、すっかり体が凝り固まってしまいました。駅の改札口から表に出て、軽く身体を伸ばします。

 

私は大入さんのお誘いを受けて、遙々と千葉までやって参りました。実は私、小さい頃にテーマパークに遊びに来たことがあるくらいで、単身で千葉に遊びに来るのは初めての体験です。…すごくドキドキいたします。

 

 

改札を出るとよく知る私のクラスメイトが待っておりました。

整った顔立ちにぱっちりとした目、すっかり見慣れた明るい色のサイドテール。クラス委員長の『拳藤一佳』さんです。

 

こちらに気付くと快活な笑顔で手を振ります。私も胸の近くで小さく手を振り、直ぐ傍まで駆け寄ります。

 

 

「おはよう、茨」

「おはようございます一佳さん!」

 

挨拶を交わすと「さんは要らないって」と苦笑します。しかし、呼び捨てはなんとなくしっくりと来ないのです。やはり『一佳さん』ですね。

 

「お待たせ致しました。すみません、付き合って頂いて…」

「いいっていいって。私も好きでやってるんだし」

 

 

先日、約束を取り付けた際に一佳さんもご一緒に大入さんのお師匠様に久々に稽古を付けて貰うらしく、私に同行して頂くことになりました。今から楽しみで仕方有りません。

 

「それじゃあ、行こっか?」そう言った一佳さんは肩から提げていた大きめのボストンバッグを背負い直して歩き出します。私も小型のキャリーバッグを引いて後を追います。行き先は数メートル先のバス停。

 

 

「大入さんの家は遠いのですか?」

「んー?まぁ、福朗の家は街の郊外に有るからね。そこそこ遠いかな?私の家からも結構距離有るし…」

「へぇー」

「後、近くにコンビニも無い」

「えぇっ!」

「おまけに山の上に有るから行くのも大変でさー。私16になったら絶対原付の免許取るわ」

「大入さん…一体どんなところに住んでいるのですか…」

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

「とーちゃく!」

 

 

バスに揺られて数十分。徒歩で更に数十分。軽いハイキングをこなすと、街を一眸できる小高い山の麓に辿り着きました。

一佳さんはここが彼の家だと紹介してくれました。

 

 

 

児童養護施設『陽だまりの森』

 

 

 

昔廃校になった小学校があった土地を利用した建物。当時の面影は殆ど取り壊され、僅かに残した部分をそのまま家屋に改修した物なのだと一佳さんは説明してくれました。

 

そして、一佳さんは施設のインターホンを一度鳴らし、玄関から中に入っていきます。

 

 

「ごめん下さーいっ!拳藤です。福朗居ますか?」

 

 

そう言うと奥の方からパタパタと駆け寄って来る足音が聞こえました。顔を出したのは猫耳に猫顔、猫尻尾の幼い少女。少女はそのままの勢いで一佳さんに抱きつきます。

 

 

「いつか姉ちゃんおひさしぶりにゃっ!」

「ねねこ~っ!元気にしてた?」

「ふにゃっ!ふにゃぁぁぁっ!!」

 

抱きついてきた幼い少女に反撃するかのように、一佳さんが喉元を優しく撫でました。すると、少女は気持ち良さそうな声を上げます。とても可愛らしいです。

 

「にゃっ!にゃっにゃっ!いつか姉ちゃん、そのお姉ちゃんが福にぃの話してた?」

「そっ、私達の友達。…さぁ、ねねこ自己紹介して?」

「はいにゃっ!私のなまえは三宅寧々子(みやけねねこ)ですっ!小学三年生です!キウイが好きです!」

「まぁっ、丁寧にありがとうございます!初めまして、私塩崎茨と申します。

…ねねこちゃんと呼んでも良いですか?」

「はいにゃ!いばらお姉ちゃんっ!」

 

そう言うとねねこちゃんは私にも抱きついてくれました。やっぱり可愛らしいです。思わず頭を撫でると、ねねこちゃんはにゃあにゃあと甘えた声で鳴きます。撫でる手が止まりません。

 

「ねねこー?一佳姉来たか?」

 

家の奥からもう一人少年が出てきました。エプロンに箒とちり取りを装備したつり目の男の子。…年は小学校高学年くらいでしょうか?

 

「たばねも久しぶりっ!元気にしてた?」

「…あぁ、お陰さんでこの通りだよ。…でそちらさんが福兄の言ってた友達?」

「はい、塩崎茨と申します」

「…福兄がまた女連れてきた」

「…?」

「あぁ、ごめんなさい。初めまして、葛西束(かさいたばね)です」

 

一瞬だけ暗い表情浮かべ、ブツブツと何かを呟いた様でしたが、すぐに元の表情に戻った彼は丁寧に自己紹介をしてくれました。冷たそうな見た目に反して意外と礼儀正しい子です。

 

「…あぁ、済みませんでした。福兄なら今稽古中ですので案内しますね」

 

 

 

_______________

 

 

大入福朗は拳を構えて相手を見据える。彼我の距離は10mも無く、数歩踏み込めば互いの拳が届く。

 

向かい合う相手は女性。体の線は細く、それでいてしっかりと鍛えられた肢体は、ふわりとしたセーターとロングスカートに包まれている。長い黒髪は邪魔にならないように髪留めで後頭部に一纏めにまとめられ、顔にはいつもの穏やかな表情を浮かべている。

臨戦態勢の大入とは対称的に、女性は拳を握りもせず、手を後ろで軽く組んでいる。まるで道端の野草でも眺めながら散歩でもしているかのように余裕の表情を醸し出している。

 

大入は神経を更に研ぎ澄ます。

 

どんなに揺さぶりを掛けても心を乱さずに自分を貫く。その胆力が女性の強さであることをよく知るからだ。

 

そんな師匠(彼女)から、これまで大入は一本取ったことは未だに無い。

 

 

「…はっ!」

 

 

大入は一気に距離を詰める。服の擦れるキレの良い音を鳴らし、鋭い正拳突きを放つ。

女は眉一つ動かさずに半歩だけ横に躱し、大入の死角に入る。

女はそのまま反撃の蹴りを繰り出そうと構える。しかし、突如大入から大きく距離を取る。すると、女の立っていた場所を数発の石の礫が穿つ。

飛び退いた女が体勢を立て直す前に、大入は追撃を仕掛ける。地面を削りながら蹴り上げ、跳ね上げた土で女の目を潰す。

女が片手で土を払うと、脚に違和感を感じる。何が?…と目を見やると、今正に脚にロープが絡み付いていく。ロープの両端に錘を結びつけた投擲用の狩猟道具に見えるそれは、先日『泡瀬洋雪』が使っていた物を模倣した武器だ。それに足を取られた女に大入は距離を詰める。

 

 

「疾風っ!三連撃っ!」

 

 

両脚に纏った〈揺らぎ〉から強烈な暴風が渦巻く。下段足払い、中段拳打、上段回し蹴りと立て続けに繰り出す連撃が女を狙う。

すると女は下段、中段を易々と捌き、上段として繰り出された足を掴むと、上空に向け大入を投げ飛ばす。

 

 

「爆砕っ!重落下っ!」

 

 

空中で体勢を整え、両脚の暴風が女目掛けて墜落する。女がバク宙跳びでその場を離れると、落下地点の地面が抉れ、盛大に土埃が舞い上がる。

女が脚に絡まったロープを引きちぎる間に、土煙の中から大入が飛び出す。

 

 

「旋風っ!回転脚っ!」

 

 

瞬く間に詰め寄った大入のローリングソバットに女が再び距離を取ると、女の頭上に石礫の雨が降り注ぐ。

 

 

突風銃(トップガン)っ!」

 

 

女の注意が上方へと僅かに逸れたところを狙い澄まし、大入は凶弾を二発放つ。しかし、彼の師である彼女がそんな物で仕留められるはずは無い。平然と拳で石の弾丸を弾く。

しかし、大入狙いはその拳。突き出された女の腕にロープが巻き付く。ロープの先を辿ると、そこにはロープを握りしめた大入がいる。

それすらも確認するより早く大入は手元のロープを思いっ切り手繰り寄せる。

 

女は体勢を崩される前に、大入との距離を詰めるべく接敵する。対して、大入は正面に〈揺らぎ〉を作り、迎撃に入る。

 

女の突きが貫いたのは大入が取り出した「ベットシーツ」。女がシーツを払い除けると、大入の姿は忽然と消えていた。

 

 

「衝撃のぉっ!」

 

 

声を聞き、女は空を見る。すると全身に〈揺らぎ〉を纏い、自慢の拳を構えた大入が居た。

 

 

「ファーストブリットぉぉっ!」

 

 

大入は女に突撃する。

 

 

 

 

 

 

次に轟音。

 

 

 

 

 

 

 

…そこには地に伏せる大入が居た。

 

「うおおおぉぉ………っ!」

 

大入は蹲り、腹部を押さえ、呻き声を上げる。そんな悶える大入を眺めながら女は口を開く。

 

「う~ん…。今のは中々良かったんじゃないかしら?」

 

女は人差し指を唇に当てて思案するように話し出す。

 

「…うん、技の繋ぎも大部分スムーズになったし、上下に視線を振るフェイントも中々に効き目があるし…。あっ!あとロープなんかの絡み付く道具を混ぜたのは初めてね。知らないうちに新しい技を覚えてくるなんて凄いわね~。…けど、必殺技を叫ぶならもっと相手が躱せないくらいに詰めないと駄目よ~。「必ず、殺す、技」なんだから、しっかりと当てれるようにお膳立てしないと~」

 

「…うす」

 

「はいっ!じゃあ、負けたから約束通り『家事手伝い三倍コース』ね♪」

 

「……うす」

 

 

「さ・て・と♪…初めまして。福朗がお世話になってます」

 

 

女が穏やかな笑顔で視線を送ると、そこには呆れた表情の葛西束と拳藤一佳、そして引き攣った笑顔の塩崎茨が居た。

 

 

 



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35:突撃!隣の大入君! 2

大入君の家族が大集合です。
オリキャララッシュで読みにくいかも知れませんが、それでも良かったらお付き合い下さい。

続きになります。



「さて、さっそく始めましょうか?」

「はいっ!お願いします」

「はっはいっ!よろしくお願い致します」

 

 

稽古で滅多打ちにされた大入がペナルティーを消化するべく、家事をしに去ったのを見送ると拳藤と塩崎の指導に取り掛かる。

 

手荷物を空き部屋に置いて、動きやすい服装に着替えた後。拳藤・塩崎の二人は目の前の女性、大入福朗の師である『大屋敷護子(おおやしきもりこ)』前に立っていた。

 

既に何度かの稽古を付けて貰っている拳藤は幾分か余裕のある声で答える。

一方、塩崎は緊張した様子だ。クラスメイトで、しかもクラストップ級の実力を有する大入をその穏やかな表情のまま一撃で沈めた惨劇が頭から離れず、畏れを抱いている。

 

そんな初々しい反応に訓練を始めた頃の大入や拳藤のことを思い出し、内心ホッコリしている大屋敷である。

しかし、普段からあらあらまあまあうふふのふというご近所の奥様スマイルがデフォルトと化している彼女の顔から感情を読み取るのは非常に困難だ。

その判りにくい表情読み取れるのは寝食を共にする施設の子供達くらいだろう。

 

ともあれ、そう言った事情だけは理解している拳藤は話の先を促す。

 

 

「じゃあ大屋敷さん。最初はウォーミングアップからですか?」

「そうね、何時ものからはじめましょうか」

「いつもの?」

 

「…お母さん。連れてきたよ」

 

 

軽くストレッチをしていると先程のつり目の少年『葛西束』と猫娘『三宅寧々子』。加えてもう二人、一人は『長い髪を一本の三つ編みにした涙ホクロの少女』、もう一人は寧々子より更に幼い『癖毛がやんちゃな印象を与える少年』がいた。

 

 

「じゃあ、説明するわね。とその前に…『琴葉(ことは)』塩崎さんの登録(・・)お願いしてもいい?」

「分かった」

 

 

大屋敷に促されて一人が塩崎の前に立つ。新しく現れた三つ編みの少女の方だ。

 

 

「はじめまして川瀬琴葉(かわせことは)って言います。塩崎茨さんでしたよね?」

「はい、初めまして」

「早速で済みませんが、髪の毛を少しくれませんか?」

「えっ!?」

 

 

礼儀正しい挨拶から一変、目の前の少女がポケットから鋏を取り出して髪の毛を要求する。驚愕する塩崎だが、すぐに拳藤が事情を説明する。

 

曰く、ここでのトレーニングには私有地である山の中を使用する。その広大なスペースでは、迷子になることもあるそうだ。

そこで目の前の三つ編み少女『川瀬琴葉』の“個性”が役に立つ。

 

 

“チャットルーム”

限定的テレパス。DNAを摂取することでアカウント登録を行い、言葉を電波に変えてリアルタイムでの通信が出来る。送信だけじゃなく受信や中継も出来る優れもの。

通信距離・人数制限はまだまだ発展途上。

 

 

つまりは、非常時の為の連絡手段を確保したいとの事だった。

そう言うことならと、塩崎は髪の毛の先を切り取り、川瀬に渡すと…。

 

 

彼女はそれを食べた。

 

 

それが“個性”に必要なプロセスだと理解していても塩崎は驚いてしまう。

通信テストを済ませるとようやく本題に入った。

 

 

「じゃあ改めて説明するわね。ウォーミングアップに「鬼ごっこ」をして貰うわ」

「鬼ごっこですか?」

「そうよ~。ルールは鬼役は一人、フィールドは山全体、“個性”の利用は有りだけど怪我しないように気をつけてね」

 

「じゃあ鬼役は塩崎さん。逃げ役は(たばね)にお願いするわね」

「あぁ、分かりました。よろしく塩崎さん」

「はい、よろしく…あれ?拳藤さんとそちらの子達は?」

 

「塩崎さんはこの山に土地勘が無いでしょうし、逃げ役は一人で良いわ。拳藤さんにはこっちの二人を相手にして貰うわ」

「「いつかお姉ちゃん頑張るにゃ(よ)!」」

「なるほど…こりゃ大変だ」

 

 

拳藤が頬搔いて少し困った顔をする。その表情に疑問を浮かべた塩崎が声を掛けようとするが、それより早く大屋敷が手を叩く。

 

 

「はいっ!じゃあ塩崎さんからっ!(たばね)が逃げてから一分後に追跡開始よ」

 

 

よーい、どん! と掛け声を言うとつり目の少年葛西が森へと駆けていく。一分間という短いようで長い時間の後、塩崎は急いで追跡を始めた。

 

 

「…随分意地悪な組み合わせですね」

「あら、拳藤さん?二対一は不公平?」

「違いますよ。私の方じゃ無く茨の方です。よりにもよって…あの(・・)たばねを相手に選ぶなんて」

「うふふっ、ちょっとした力試しよ。彼女が何処までやれるか見ておかないと…。それより拳藤さんも準備して?すぐに始めるわよ」

 

 

_______________

 

 

「~♪~♪」

 

 

 

洗濯機の奏でる弱々しい振動音に耳を傾けながら、デッキブラシを手に取る。

じゃっ、じゃっ…という心地良い手触りと音を楽しみながら鼻歌を歌う。この間教育番組で流れていた歌だ。

 

大入は師匠との約束を果たすべく、最初に風呂掃除から取り掛かった。

 

雄英高校は通学に距離があるため、家に居る時間は極めて少ない。したがって、以前は頻繁に行っていた手伝いは殆ど出来なくなっていた。

久しぶりに手伝う家事は、何処か懐かしい気持ちになる。

 

元々、独り暮らし経験(転生前だが…)もある大入にとって、家事は苦にはならない。ちび達の分もあるから量こそ多いものの、反対に言えばそれくらいしか問題は無い。

 

 

それすらも普段は出来ない親孝行の代わりと思えば些細な事だ。

 

 

大入と師である大屋敷との付き合いは、大入が4才の時からである。“個性”を得たばかりの幼い児童が身寄りも無く、この施設にやってきて、大屋敷とは10年もの歳月を共にした。

大入にとって彼女は「母親」と言っても差し支えない。

ヒーローを目指すと決めたときに背中を押して、ここまで鍛え上げてくれた彼女には一生頭が上がらない事だろう。

 

 

「福兄。洗濯機空いたよ」

「おっ、すまんな(つむぎ)

 

 

いつの間にか洗濯機が停まり。洗い物を取り出した女の子が大入に声を掛ける。

洗濯物篭を抱えて去っていったのを確認すると。空いた洗濯機に男物の衣服を放り込み、洗剤を入れてタイマーをセットする。

洗濯槽に水が注ぎ込まれ、再び心地良い振動音が響き渡る。

問題が無いのを確認すると、ブラシを手に取り中断した風呂掃除に戻る。

 

 

「惜しかったんだけどな~」

 

 

大入は先程の組み手の反省に耽る。

 

以前より練習していた「〈揺らぎ〉を直接防具として転用する方法」がある程度形になったので、今回は実践に組み込んでみることにした。

勿論、大入が前世に見ていたアニメの知識を再現した物であるが、その完成度は「足下にも及ばない」。何せ本家は竜巻を飛ばしたり、電撃を放ったり、挙げ句の果てには時間まで止め出すのだから大入では再現しようが無い。

しかし、ある程度の強度が得られたのは重畳。暫く鍛え上げる事に決めた。

 

水道の蛇口を捻り、ホースから水を出す。その水でお風呂の洗剤を洗い流しながら、思考を次に切り替える。

 

 

(塩崎さん大丈夫かな~?まぁ、一佳は何回か師匠の指導を受けてるし、問題ないだろうけど…。師匠ってば突拍子もなくトンデモナイ訓練したりするしな)

 

 

彼女の訓練は基本的に実践形式だ。月に数回の模擬試合を行い、そこから課題を探して鍛錬する。そのため条件を付けて模擬試合が行われる事が多い。

例えば、普通に乱取り稽古のようにそのまま闘う事もあれば、足場の悪い河川で闘う事もあるし、光源が無い新月の夜にサバイバルバトルを強いられる事もあった。

闘う環境のみならず、例えば蹴りのみに限定する、武器一つだけ使用する、“個性”のみで闘う、など闘い方も制限を盛り込まれていた。

理由としては、「より実践に近づけるため、どんな状況でも闘えるようにし、使える手札から戦いを工夫することを忘れないように」とのことだ。

 

今回の場合は「20手以内に必殺の一撃を当てる」という制限を付けられた。

 

それにしても、何でこんなメチャクチャな練習方法なのかと疑問を感じるが、実際に結果は出ているのだから強くは言えない。

 

 

(…うん、時間作って覗きに行こ、そうしよ。

となれば、ちび達のおやつの準備とお昼も近いからそれの仕込みもして、お茶でも入れようか)

 

 

次の仕事の整理を終えた大入は、掃除用具を片付けてキッチンへと向うことにした。

 

 

_______________

 

 

「…お母さん、戻ってきたよ」

「あら、早かったわね拳藤さん」

 

 

鬼ごっこに拳藤・塩崎を送り出して早30分。

大屋敷と川瀬に加えて大入に『紡』と呼ばれた少女が合流し、3人で洗濯物を干しながら時間を潰していた。

すると、山の中から拳藤が二人の子供を連れて戻ってきた。両手を繋いで仲良く歩いている。

 

 

「…只今戻りました。やっぱり時間掛かっちゃいますね」

「あら~、それでも充分合格ラインよ。さすがトレーニングは欠かしていないようね」

「一佳お姉ちゃんはとっても速かったにゃ。はやと(・・・)なんかすぐに捕まっちゃったにゃ!」

「うん!いつかねーちゃんすごかった!」

「ありがと~う、嬉しいこというね」

「「きゃー!」」

「あらあら…」

 

 

小さい子供二人からの尊敬の眼差しに、拳藤は一回り巨大化した“大拳”で応える。

その大きな手の平で頭をワシャワシャと撫でると子供達は幸せそうに喜ぶのだ。

 

 

「おっ!一佳戻ってきたのか?早いな」

 

 

家の中から大入がひょっこりと顔を出す。手には山盛りのお茶菓子とピッチャーに入った飲み物を持ってきた。

 

 

「「おやつだーっ!!」」

「はいストーップ。ちゃんと手洗って来な」

「「はーい!」」

「琴葉も紡もお疲れ。一緒におやつどうだ?」

「食べるよ。これ終わったらね」

「んー。私はいいや」

「そっか」

 

 

大入の指示に従って子供達が家に駆け込んでいく。そして、川瀬・紡は洗濯物を干す作業に戻った。

 

 

「…あれ?塩崎さんは?」

「茨はたばねと「鬼ごっこ」だ」

「あぁ、なるほど…はあぁっ!?」

 

 

塩崎と葛西の組み合わせを聞いた途端、その事実に大入は素っ頓狂な声を上げる。その声量に思わず一佳は顔を顰める。

大入はそのまま大屋敷に詰め寄り、苦言を呈した。

 

 

「ちょっと師匠!いきなりその組み合わせは反則でしょう!?」

「あら?貴方から事前に聞いた“個性”を鑑みると、束が一番最適(・・)でしょ?」

「確かにそうかも知れませんが、相性最悪じゃないですか!?」

「だからこそよ。あの子の“個性”は優秀だけどそれだけでは駄目。弱点にも通用するように鍛えないとね」

「だったらせめてアドバイスくらい…」

 

「福朗」

 

 

大入の抗議に大屋敷は制止を掛ける。フワリとした雰囲気がガラリと変わり、空気が鉛のようにズンと重くなる。

そして、一息入れてからこう返した。

 

 

「…そう言った事は自分で気付かないと意味がないの。貴方にも常々教えているでしょう?」

「…っ!し、失礼しました」

 

「分かれば良いのよ。さあ、お昼も近いのだから支度してきなさい」

「そうですね…では戻ります」

 

 

塩崎に同情するも、大入の主張は通らず。仕方ないからと家事の続きに入った。

それを見届けた大屋敷はため息を一つ漏らす。気分を整えた後、拳藤に向き合い稽古を促した。

 

 

「じゃあ、身体も温まった様だし始めましょうか?」

「はいっ!お願いしますっ!」

 

 

それに拳藤は威勢のよい返事をして、大屋敷の後を着いていく。

 

戦いに意識を切り替える前に、拳藤は塩崎を案じた。

 

塩崎がこの課題(・・・・)をクリア出来るようにと。



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36:突撃!隣の大入君! 3

深い緑に被われた山の中。郊外とは言いながらも目と鼻の先には大きな街も在るのに、ここまで豊かな自然というのは早々お目にかかれないだろう。

危険な猛獣の類も居ないらしく、精々栗鼠や小鳥などの小動物、大きくても狸や狐の類が居るくらいだ。

今がトレーニングの真っ只中で無いなら、のんびりと散歩に耽るのも悪くない。

 

トレーニング中でもなければ。

 

 

 

 

 

         (塩崎さん。まだ続けま

         すか?)

 

 

乱れた呼吸が繰り返される中、塩崎茨の脳内に声が聞こえる。

 

事前に登録した、川瀬琴葉の“個性:チャットルーム”を仲介して送られてくるテレパシー。葛西束の声だ。

 

 

(…いいえ、まだお願

いします)

 

         (あぁ、かれこれ一時間

         になりますよ?

         ウォーミングアップは

         もういいではないです

         か?)

 

 

 

何がウォーミングアップか。

 

 

塩崎は思わず悪態を吐かずにはいられなかった。

「逃げる相手に触れて捕まえる」だけのルールでは在るが、“個性”を使用しているため様式はヒーロー基礎学で行った「屋外逃走劇」と酷似した物だ。要領は心得ていた。

しかし、相手は年下だと油断して掛かると痛い目を見る、と言うよりも見た。あの大入の家族なだけあって“個性”の扱いも卓越している。

 

準備運動とは名ばかりで、これは(・・・)歴とした訓練だ。

 

 

(これは私の腕前を見定

める試験なのでしょう?

でしたら、ここで諦める

ことは出来ません…)

 

 

それがたとえ「塩崎が不得手とする相手」でも。

 

 

 

 

          (…)

 

          (…あぁ、よかった)

 

 

 

「ここで諦めるようでは母さんの稽古には着いていけませんから…」

「…っ!」

 

 

声を聞き、塩崎は咄嗟に前方へと飛び込む。そして間を置かずに、先程まで塩崎が立っていた場所を豪炎(・・)が走り抜ける。

草木が燃えて消し炭に変わる。

葛西からの攻撃だ。

 

回避に成功した塩崎が反撃にと無数の“ツル”を葛西に向けて伸ばす。上下左右に前方、加えて回り込ませたツルで背後まで詰める。僅か数秒間で繰り出された完全包囲の一撃だった。

 

対して葛西はその展開速度と同時制御の精密性に舌を巻きながらも迎撃の態勢を取る。手に持っていた「オイルライター」を前に掲げ、火を灯す。小さな火種は周囲の空気を喰らい、瞬く間に巨大な炎に膨れ上がる。

火柱が巻き起こり、迫り来るツルの尽くを焼き払う。

 

 

「あぁ、お粗末。背中を狙う“ツル”が茂みの音でバレてますよ」

 

 

葛西が両手を前に翳すと火柱は散り、無数の小さな火の玉に変化する。それらが無軌道に入り乱れながら塩崎に放たれる。先程の「一点集中の直線」ではなく「回避の困難な面制圧」。

 

 

「くっ!」

 

 

塩崎はこれに対処できない。先程の完全包囲に全神経を集中していた弊害で、反応がワンテンポ遅れたのだ。

苦し紛れに腕で顔を防ぐ。火の散弾は塩崎の体を撃ち、僅かに肌を焼く。

 

腕を解くと葛西は既に居ない。再び逃走に切り替えたようだ。

 

 

          (「一撃で決まる事なんて

          滅多に無い。

          常に二手三手先まで

          考えろ」

          福兄が母さんに言われて

          いる言葉です)

 

 

塩崎は相手の立ち回りに完全に翻弄されていた。

 

 

『葛西束』

“個性:火炎操作”

大火災から小さなロウソクの火まで、炎を自在に操る。僅かな火種からでも空気や可燃材を喰わせて爆炎に育て上げる。

 

 

塩崎のツルを封殺する最悪の相性だった。

 

 

「何か…何か突破口はっ」

 

 

塩崎が葛西の“個性”を見てあることを思った。

 

それはNo.2ヒーロー『エンデヴァー』。火炎・爆炎系統の中でも最強クラスの“個性:ヘルファイア”を持ち、その圧倒的な攻撃力で数多くの敵を倒し、捕縛してきた実力者。

その仮想敵とも言える相手と彼女は対面している。

もちろん塩崎の中学時代の学校にも火炎系統の“個性”を持つ者は当然居た。しかし、ここまで強力で変幻自在な物は中々お目にはかかれない。

 

 

あらゆる手を尽くした。

物量に物を言わせた正面からの力押しは火力を集中した高熱で焼かれた。

全方向からの襲撃は今しがた躱された。

岩などの燃えない物質で仕掛けると近くの巨木を斬り倒して盾にされる。

 

 

「あっ」

 

 

塩崎はこの時、あることを思い出す。それは雄英高校入学初日、それもヒーロー情報学の授業。

 

今から約一年ほど前、突発的に発生した事件、通称「ヘドロ事件」。

静岡県にて、“流動体で生物を取り込む個性”を持つ敵が中学生を人質に取る。中学生は自らの“爆発する個性”で抵抗を試み、周囲を巻き込む大事件に発展した。

少年が叩き出した被害に、相性の良かったヒーロー『バックドラフト』は被害を抑える作業に掛かりきりになり、その場に居合わせた『シンリンカムイ』『デステゴロ』『Mt.レディ』及び大多数のヒーローは二重三重の悪条件に手が付けられず、二の足を踏む膠着状況となった。

その事態を終息させたのは、あの『オールマイト』。拳圧でヘドロを引き剥がし、敵を沈黙させるという離れ業をやってのけたそうだ。

 

塩崎はここに解決の糸口を見出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、今度はもう追い着きましたか…」

 

 

今日だけでもう何度目かになる対峙。塩崎は攻勢に出る。自らの“ツル”を相手に向け伸ばす。

 

 

「あぁ、またそれ………っ!」

 

 

葛西が同じように焼き切ろうと手元にストックした火種から火の玉を放つ。しかし、どういう訳かツルは焼けること無く進行を続ける。 

 

 

「ツルが焼けない…編み込まれてるっ!」

 

 

ツルは先端部分がきめ細かく編み込まれていた。さながらロープの様に編まれたツルはその密度を高め、空気の入り込む余地を減らした。そうすることで炎の侵入を防ぎ、表面を炙るのみで、芯を保つことが出来たのだ。

 

葛西は慌てて次の攻撃のため、火種となるライターに手を伸ばす。しかし、それを阻む様に塩崎の強化された“ツル”が絡み付いた。

それを確認した塩崎は駆け出す。最後の条件「タッチする」ためである。

 

これを葛西は読んでいた。今までの攻防で塩崎が、この程度の工夫を凝らすのは想定の範囲内だ。

これならまだ逃げられる。次の手を打つ。

 

 

しかし、それは叶わなかった。

 

 

塩崎が素早く次の手を打つ。自らの背中に隠した“ツル”の束を取り出す。それを広げると「1枚の巨大な織物」の様になっていた。

塩崎はツルで作った反物を団扇のように勢い良く振るう。周囲に強風が吹き、「葛西が周辺に隠した火種」まで全てを搔き消したのだ。

最後の反撃の芽を摘み取り、塩崎は葛西に跳びかかった。

 

 

 

 

「…何で分かりましたか?」

 

 

組み敷かれたまま葛西は、上から組み伏せる塩崎を見据えて尋ねる。

葛西は捕まった。塩崎の勝利だ。

 

 

「貴方が言ったんですよ。「一撃で決まる事なんて滅多に無い。常に二手三手先まで考えろ」…と言う風にです。

つまり、貴方も手元の火種以外に保険を用意して居るはず…と」

 

 

「……あぁ、お見事」

 

 

そう言うと葛西は観念したように四肢を投げ出した。

 

 

 

________________

 

 

「大変お世話になりました…」

 

 

葛西との試験を突破し、見事に合格を貰った塩崎は、土日の二日間を拳藤と共に泊まりがけで訓練に費やした。

濃密だった時間も終わり、明日からの通学のため、家に帰る事になった。

 

千葉のとある駅のホーム。家路へと向かう塩崎を大入と拳藤は見送り来ていた…のだが…。

 

 

「…えっと、塩崎さん本当に一人で大丈夫?送っていこうか?」

「大丈夫ですよ大入さん」

「けどな茨?女の子を一人で帰らせるって言うのも心配だしな…」

「ほ、本当に大丈夫ですからっ!」

 

 

塩崎の事を心配する大入と拳藤を慌てて押し退ける。

 

 

「それに皆さんのおかげで体力も残ってますのでっ!」

 

 

大入の普段行っているトレーニングはハードだった。

朝は基礎体力向上の為、山の中に作られたランニングコースを回り、その後に筋トレ。

“個性”の精密性を上げるために、能力限界ギリギリの状態まで訓練をした。

 

塩崎が今まで知らなかった練習内容を学べたのは大きな収穫だ。特に「“個性”は使い込む程、基本性能が向上する」と言うのは目からウロコだった。

 

 

そんなハードなトレーニングを受けておりながら、その影響を塩崎は殆ど受けていない。実は回復系の“個性”の子が施設の中に居て、その子から体力を回復して貰ったのだ。全快とは行かなくとも、家に帰るくらいなら充分な程だ。

 

 

アナウンスが鳴り響き、電車が出発を告げる。

 

 

「じゃあね茨。また明日」

「今日はゆっくり休みなよ」

「はい、ありがとう御座います!二人も気を付けて帰って下さい」

「ありがとうね」

「おう」

 

 

電車のドアが閉まり、ゆっくりと走り出す。タタン…タタン…と音を響かせて電車は駅から遠ざかる。ものの数分で遠くの景色に融けて見えなくなった。

 

 

「…行ったな」

「そうだね…」

「ちび達よく懐いてたな…」

「そうだね…。良かったね」

「あぁ、あんなに優しく接して貰えて嬉しかった」

「アンタの可愛い兄妹だもんな」

「おう…」

 

 

大入と消え去った電車の方を見つめながらポツリと呟く。その名残惜しい様な、安堵したような言葉に拳藤は同調するように返事をする。

 

『児童養護施設』と言うのは経済的養育困難・家庭環境問題、又は親族の死別で身寄りが無いなど様々な理由で幼い子供が預けられる。共通しているのは「親の愛情を受けられない子供達」と言うことだ。

 

「当たり前のように居るはずの父親も母親も居ない」と言うのは、幼い子供にとって目に見えない格差を生む。幼い子供と言うのは残酷なもので、ちょっとした違いだけで相手を無意識に異物として扱ってしまう。

結果としてイジメに発展するケースと言うのも少なくない。それは『超人社会』と呼ばれる昨今でも払拭出来る物では無い。

だからこそ、この様な施設の子供にはメンタルケアをするように優しく接する事が求められた。

 

今回、大入福朗が塩崎茨を住居に招いたのは極めて異例のことだった。

先に話した理由から遊びに来る友人は数少なく、況してや「知り合って1週間そこらの人間が招待されることはまず無い」。大入の事情を知る拳藤からしたら気が気では無かった、もし「塩崎茨の心無い失言で心の傷を広げてしまったら」と思うと居ても立っても居られなかった。

 

蓋を開けたらそんな物はただの杞憂でしか無かった。塩崎は施設の子供達を「親に愛されなかった不幸な子達」と「同情」するでも無く、「親に捨てられた不幸な子達」と「侮蔑」するでも無く、「不幸な境遇でも前を向いて幸せに生きる」ことに感銘し、「尊敬の念」を抱いたまま優しく接してくれたのだ。

 

最も、転生者として塩崎茨の人柄をある程度知っている大入はそこまで心配しては居なかったのだが…。それでも僅かに緊張居ていたのだろう。だからこそ塩崎が帰った今、うっかりは心中を吐露してしまった。

 

 

「ん~っと!さて、晩御飯の買い出しでもして帰るかね。ちび達に美味い晩御飯の作らないとな」

「おっ、いいね。じゃあ唐揚げリクエストするよ。生姜醤油のガツンとした奴な」

「え?なに?晩御飯も食べてくの?」

「実はウチの両親、夫婦水入らずで温泉旅行中なんだ。だから御相伴預からせて貰うとありがたい」

「またかっ!相変わらず仲良いな!羨ましいっ」

「ふふん。良いだろう~?ウチは適度な息抜きが夫婦円満の秘訣なのさ」

「きーっ!妬ましーっ!(棒読み)」

「おい、それわざとだろ。…で?どうなの?」

「…まぁ、いいよ。独りぼっちは寂しいもんな」

「やった」

 

 

大入が感慨に耽ていた恥ずかしさを誤魔化す様に、この後の予定を話すと、拳藤はそれに便乗して来る。

拳藤は施設の子供達にも気に入られているので喜ばれるから良いのだが…。

 

 

「けど、良いのか?曲がりなりにも年頃の女の子が同年代の男の家に入り浸って。親御さん心配するんじゃ無いの?」

「おい「曲がりなりにも」ってどういう意味だ?

…良いんだよ、福朗なら大丈夫ってウチの親から太鼓判貰ってるし、行き先がはっきりしてるから逆に安全だし、帰り道だって福朗が送ってくれるしな」

「でもな…」

 

 

「それとも何か?福朗は間違い(・・・)を起こすのか?」

 

 

「………。どうだろうな、曲がりなりにも年頃の男の子だしな」

「はぁ、そういう所はからかい甲斐が無いんだよな…」

 

 

拳藤の意地の悪い笑顔で出してきた質問に、大入ははぐらかすかの様に答える。

二人はじゃれ合う様に会話しながら商店街に向けて歩き出した。

 

________________

 

 

充実しました…堪能しました…。

 

 

電車のシートに座り、この二日間の事を振り返ります。

 

 

初めての一人での遠出。

今までに無いくらいの強敵との練習試合。

全力を振り絞って訓練する心地よい疲れ。

会って間もない友人とのお泊まり。

耳には聞いていても、初めて目にした孤児。

血の繋がらない兄妹。

そんな中で幸せそうに笑う子供達。

 

 

その一つ一つを思い出すと未だに夢の中に居るかの様な浮遊感と情熱がこみ上げてきます。

 

 

なるほど敵わない訳です。

 

 

あのような境遇から大入さんは努力を重ねてきたのでしょう。周囲の偏見や視線に晒されながら、それでも腐ること無く誠実に実直にここまで育ったのです。

その精神性たるや推して計るべしと言った所です。

 

その一方で一人で物事に取り組んでしまう独断性にも納得がいきました。あれは、独りにならざるを得ないからこその物だったのです。

もし、彼が困っていたら力になりたいと思いました。

 

 

それにしても不思議です。あの施設の子供達…。

 

 

“個性”とは玉石混交。世界人口の二割は“無個性”では在りますが、残りの八割の“個性”持ちが勝ち組というわけではありません。

 

汎用性が高く、絶大な効力を発揮する“強い個性”。

条件が厳しく、効果も乏しい“弱い個性”。

 

“個性”にも格差があるのです。

それなのにあの施設の子供達は全て“強い個性”。それこそ、研鑚を積み重ねればヒーローに成ることも夢ではない力を持つ子供ばかりでした。

 

 

偶然…なのでしょうか?何だか私には、何処か意図的(・・・)に集められたような………

 

 

 



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37:時には素敵な日常を…2

──大入君と取蔭さんと──

 

 

一佳・塩崎さんとのハードなトレーニングをこなした翌日。回原君の執拗な質問攻めをのらりくらりと躱しながら一日を乗り切った。

 

そして放課後、今は…

 

 

「あぁぁっ!もうっ!終わらないしーっ!!」

 

 

隣で『取蔭切奈』さんの断末魔を聞いている。

 

 

「落ち着きなよ、取蔭さん。リテラシー室ではお静かに」

「とは言いながら凄いペースでやってんじゃん大入っち!アタシ置いてかれちゃうって!」

「何言ってんの。俺のレポートの半分も無いんだから頑張りなさいよ…」

「ひぃんっ!!」

 

 

俺達は学内に在るリテラシー室を利用してレポート作成をしていた。

『技術工学』のレポート課題で、『ヒーロー基礎学』にも関連する内容だったテーマ(それ)は「自身のヒーローコスチュームの性能の評価」であった。

 

これまで幾つかの実技授業を受けて、自身の“個性”とヒーローコスチュームでどんなことが可能か?問題点は?改善点は?等の内容をまとめていく作業なのだが…。

 

 

 

これは罠だっ!

 

 

 

ヒーローコスチュームの要望書が三倍だった俺はコスチュームケースも三倍。つまりレポート量も三倍ってことなんだよぉぉぉっ!

 

レポート作成で暗礁に乗り上げる取蔭さんを尻目に俺は親の敵の如くキーボードを叩いていく…最も孤児の俺に肉親なんて居なかったりするのだが。

 

 

「ねぇねぇ、大入っち!ヒント!何かヒントちょうだいっ!」

「…はぁ、分かったよ。とりあえずコスチュームの取扱説明書貸して」

「本当っ!ありがとう~っ!」

 

 

取蔭さんが両手を拝むように合わせて「頼むよ~」と懇願してくる。結局俺が折れて手伝うことになった。

取蔭さんから説明書を受け取ると概要をよく読んだ後に詳細を読んでいく。詳細は見出しをざっと確認し、気になった項目だけをピックアップして熟読していく。

 

 

「取蔭さんってさ?」

「ん~?」

「おい、携帯弄るのやめなさいな。レポート手伝ってるんだから真面目にやって。

…取蔭さんのヒーロースタイルってさ、隠密・索敵をメインとした偵察が主だよな?」

「そうだね~。ピンチになっても“個性”使って捨て身で逃げれるし。あっ、でも索敵性能は微妙かな?基本嗅覚便りだからね。…こんなんだったらピット器官とか欲しかったな~」

 

 

ピット器官とは蛇が持っている器官だな。簡単に言うと熱源を感知する役割がある。スネークヒーロー『ウワバミ』の“個性:蛇髪”が正にそれだな。

蛇の生態を聞かれたら必ず上がる項目じゃ無かろうか?

 

 

「無い物ねだりしてもしょうが無いでしょ。まず、偵察技能の補助だな…」

「えっ!?出来るの?」

「取蔭さんのヤコプソン器官ってさ、何か感知しやすい『匂い』ってある?」

「ん~…強いて言うなら『男』?」

「なにをいっているのか、わけがわからないよ…。

まぁ、いいや。『匂い』で判断できるならそれを相手に着けるアイテムがあると便利だな。例えば、コンビニなんかに支給されてる「防犯用カラーボール」。あれに固有の匂いを着ければ自分だけじゃ無く、他の人も視覚的に追跡が可能になる。最近じゃハンドガンタイプも普及してきたから取り回しもいいだろうしね」

「お~」

「後は直接戦闘の補助。これも手っ取り早いのはアイテムを使うことだな。オススメはスタンガン。ハンドタイプの小さい物より電気銃(テーザーガン)警棒型(スタンロッド)の方が戦闘に向くかな?屋内戦ならこれに閃光弾(フラッシュグレネード)煙幕弾(スモークグレネード)合わせたら中々良いかもな…」

「ふむふむ…なるほどね~」

「後は“個性”のアシストか…。取蔭さんって爬虫類系の体質があるんだよな?もしかして寒いの苦手だったりする?」

「嘘っ!?分かるの!」

「わからいでか。

とにかく、それなら体を冷やさないために露出を減らすべきだ。

手っ取り早いのはインナーをチューブトップからノースリーブに変更。

ジャケットにヒーター機構増設して…いや、寒冷地仕様に全身を覆えるロングコートタイプと二種類欲しいな、袖口はゆったり余裕を持たせれば“個性”を阻害することも無いだろうし。

足元をハイソクックス…は駄目だ、“個性”の切り離しが出来んな。スニーカーとレッグカバーのツーピース構成にして。ホットパンツにはインナーで太股まで隠せるスパッツを履き込めるな。

仕上げにさっき言ったアイテム類を装着するポーチを増設すれば…っと、こんなもんかな?」

「ほえ~結構いろいろあんだね~」

「道具は文明の力さ。大いに利用するに限る」

「じゃっ!大入っちのおかげでレポート出来たわ。お先ねっ!」

 

「あっ!!(きった)ねっ!」

 

 

結局独り寂しくレポート頑張りました。

 

 

________________

 

──大入君と発目さんと──

 

 

 

「失礼しまーす。パワーローダー先生居ますかー?」

 

 

何とかレポートが書き終わり、俺はサポート科の関連施設である『工房』に来ていた。ここではヒーローのコスチュームや装備、その他の道具等の研究や開発が行われている。

サポート科は世間で躍進するヒーローは勿論、俺達ヒーローの卵でさえ多かれ少なかれ、これのお世話になる。特に俺のように「数多くの道具を使う」スタイルだと頭が上がらない存在だ。

 

本当は職員室にレポートを提出に行ったんだが、先生が居なかった。近くの教員に尋ねた所「この時間なら工房だろう」と教えて貰い、こっちに脚を伸ばしたと言うわけだ。

 

それに一度来てみたかったんだよな~工房。何せここには…

 

 

「おや?どちら様ですか?」

 

 

メ イ ち ゃ ん い た ー ー っ ! !

 

セミロングに切り揃えた華やかなピンク髪、最低限度の身嗜みは整えればオシャレには興味がないといった感じの刎ね毛。

服装は汚れやケガを防ぐために繋ぎ服を着ているが…どうやら邪魔らしく、上は脱いで袖を腰の辺りで結び留めている。下に着ていた厚手のタンクトップはピッタリのサイズらしく、体のラインをハッキリと映し出している…デカイ。

 

 

「1-Bの大入って言います。技術工学のレポートを提出に来たんですが、パワーローダー先生は居ませんか?」

「ご丁寧にどうも、私は発目です。

先生は私用で外回りですよ。しばらくは戻って来ないのではないでしょうか?」

 

 

…困った、先生は外出中か。レポートどうしよう。明日改めようか、でも今日中の提出って言われてるし…。

 

 

「あの、B組と言うことはヒーロー科ですよね?レポートと言うのは、もしやコスチュームに関連することでは?」

「ええと…装備の利点と改善点に関する考察を」

「やっぱり!あのあのっ!良かったらレポート私にも見せて頂けませんか!?私興味がありますっ!!」

 

 

案の定凄い食い付きを見せる発目さん。グイグイ来ます、近いです、鼻息荒いです、後女の子特有の汗の匂いとかします。

ばれたら気持ち悪がられるので、それとなく視線を逸らしつつ応えることにする。

 

 

「…そうですね。俺のレポート見て貰えますか?後感想貰えると嬉しいです」

 

 

確かに、装備について情報を調べたり考察をしっかり重ねて作成したレポートではあるが、量が多いため粗が目立つ。ならば他の人から疑問点を貰えるとすれば、レポートの質の向上に繋がると思う。

しかも、発目さんの様にサポート科の視点ならではこその独自の視点やユーモラスな発想が見つかるかも知れない。案外、利点では無かろうか?

後これをきっかけに是非ともお近づきになっておきたい(アイテム開発的な意味で)。

 

そうなれば…と俺は発目さんにレポートを手渡した。

 

 

「…こっ、このレポート量っ!?もしや貴方が子沢山(・・・)の方っ!!」

「コダクサンっ!!?」

「以前パワーローダー先生に聞きましたっ!『他の人より何倍ものサポートアイテム(ベイビー)を使う生徒が居る』と!ズバリっ貴方の事ですね?」

「べ、ベイビー?」

「あのあのっ!宜しかったらベイビー…貴方のサポートアイテムを見せて下さいっ!お願いしますっ!!」

「ちょっ!近いっ!近いって、発目さん!!?」

 

 

 

 

 

すったもんだあって結局、発目さんに俺のコスチューム及びアイテムをみせることになった。正直、レポートぐらいならと思っていたのに、実物見せて大丈夫だろうか?勝手に改造されて違法改造とかにならないよな?

戦慄する俺を余所に発目さんは次々とサポートアイテムを物色していく。あぁ、ちょっと乱暴に扱わないで…。ガチャガチャいってるから。

 

 

「あぁぁっ!…いいです!凄くいいですっ!アイディアがビンビン来てますっ!!」

 

 

頬を紅く染めて興奮する発目さん。そこはかとなくエロい。

例えるなら新しい玩具を貰ったばかりの子供のように童心を輝かせている。

 

…かと思いきや、立ち上がり此方を振り向く。その顔たるや、満足げで何処かツヤツヤしている。

 

 

「いや~実に良い物を見せて頂きました!!お礼に私のベイビーを紹介しましょうっ!着いてきて下さいっ!」

 

 

そう言い出すと俺の手を取りズンズンと歩き出す。向かう先には「テストルーム」。

 

 

「さぁ!たんと見て下さい!私のドッ可愛いベイビー達をっ!…と言ってもまだ少しなのですがね」

 

 

テストルームの片隅には山積みなったサポートアイテムがあった。確かに積み上げた二桁にも届かない数種類のアイテムは確かに少ないのかも知れないが…入学式から2週間も経過していない僅かな期間でそれをこなしたと言う事実が、この『発目明』と言う新米メカニックの異常性の証左と言えるのでは無いだろうか。

 

…ただし

 

 

「あ、あの…発目さん?これ、凄い焦げてるんだけど…」

「あぁ、そっちのは実験中に爆発しましたからね」

「んなっ!?」

 

 

さらりと恐ろしい事実を告げる発目さん。

俺が驚愕する間にもその山の中から何点かのアイテムを引っ張り出してきた。

 

 

「はいっ!まずはこれから行ってみましょう!」

「うおっ!重っ!」

 

 

そういって発目さんがサポートアイテムを放り投げてくる。重厚感のあるそれはギターケース程の大きさで先端が突起状になった武器だった。…というかそんな物、人に向けて投げるんじゃありませんっ!危ないでしょ!

 

 

「…これは?」

「私のベイビー、独自のアレンジを加えた「パイルバンカー」です!」

「っ!!」

 

 

ぱ、パイルバンカーっ!

 

ドリル、ビット兵器、ビーム砲等の数々ロボット兵器中でも指折りのロマン武器ではないかっ!

炸薬を利用して杭を打ち出すその様は、正に破壊と浪漫!

実は俺もコスチュームの要望に入れてはみた物の、「テーマ性と合致しない」と却下されてしまっていた…。

 

しかし それが 今 目の前にあるっ!

 

 

「ほうほう、貴方には分かりますか。このベイビーの可愛さが…。良かったら試し撃ちしてもいいんですよ?」

「本当にっ!」

「ええっ!勿論ですとも!さぁ、こちらのダミーオブジェに向かってドーンと行っちゃって下さいっ!」

 

 

やばい…なんだこの高揚感。

 

俺はダミーオブジェと呼ばれたテスト用ターゲットに向けて砲身を構えて引き金を引いた。

 

 

次の瞬間、衝撃。

全身を深く突き抜けるような振動と轟音の雄叫びを上げ、鋭利な杭が撃ち出される。

 

空を貫いて吐き出された杭は標的に一直線に伸び、標的を穿つ。

 

その瞬間、全身を強い衝撃が叩き、気が付いたら俺は仰向けに倒れていた。少し間を置いてから「武器の反動でぶっ飛ばされた」事に気が付いた。

 

 

「痛…っ…」

 

「う~ん、流石ダミーオブジェ…雄英バリアーと同じ材質なだけはあります。この程度では傷一つ着きませんか…。今回のは渾身の出来だったのに残念です…。

さて次行ってみましょうか!」

 

 

なし崩し的に俺はテストプレーヤーに任命されたのでした。

 

 

 



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38:介入 1

冷静に考えたらタグに「B組進行」とか入れた方が良いのでしょうか?(今更)

とりあえず続きです。





Yahoo!ニュース

 

オールマイトわずか一時間で三件の事件を解決!

 

○月○日 7:30頃 ○○県○○市の○○商店街通りで凶悪犯罪者『僧帽ヘッドギア(本名:○○○○)』が近隣の金融機関を襲撃し、逃走の際に一家族(三十代男性、三十代女性、九歳少女の三名)を人質に取る。

すぐに巡回していたヒーロー数名が現場に駆け付けるも、人質を盾に逃げる犯人にヒーロー達は苦戦を強いられた。

事態は現場に急行した『オールマイト』により犯人の身柄は拘束され、警察へと引き渡されました。なお、人質となった家族は軽症のみで、大きな怪我はなかった。

また、凶悪犯罪者『僧帽ヘッドギア』は過去に同様の手口で数件の強盗殺人事件を起こした調べが付いていることから、事情聴取の後、裁判に掛けられる模様。

 

 

同日 同時刻 同場所で交通事故が発生。

犯人の二十代男性は現場から逃走するものの傍に居た『オールマイト』により、800メートル離れた場所で身柄を拘束されました。現在犯人は警察署にて事情聴取を受けているとのこと。

なお、被害者の六十代女性は病院に運び込まれ、意識は回復しているとのこと。

 

 

同日 同時刻 ○○県○○市にある○○デパートにて、立て篭もり事件が発生。

犯人グループはデパートのスタッフ十名を人質に取り、警察に逃走用の車を要求。

現場到着した『オールマイト』は先に到着したヒーロー数名の協力により、犯人グループを制圧した。また、スタッフ数名が重・軽症を負ったものの命には別状ありませんでした。

 

 

_______________

 

 

 

鬱だ…死のう…

 

 

ちょっとアンニュイになるお昼時。机に突っ伏して物思いに耽る。片手に握られた携帯電話のディスプレイを眺め、再び溜息を吐く。

 

 

もう一度言おう。鬱だ…死のう…

 

 

 

今日はヴィラン連合による初めての襲撃の日。携帯電話のニュースサイトの記事からも判別出来ている。

原作通りに事が運ぶなら。此処こそが、新しい英雄『デク』と敵の代名詞『死柄木弔(しがらきとむら)』の邂逅であり、この先の壮絶な戦いへの幕開けとなる。

 

 

正直「出来れば来て欲しくなかった」と言うどうしようも無い虚無感がある。そりゃそうだ。

結果として怪我人は居ないものの、見知った顔の者が危険な目に遭うのだ。居ても立っても居られないのに蚊帳の外の俺には手出しも出来ない。非常にもどかしい。

 

 

反対に「待ちに待った」と言う淡い期待感もある。まぁ、分からなくも無い。

元々の原作通りの展開だし、何よりこの山を超えたA組の生徒達は、これをきっかけに原作でも将来目覚ましい躍進を遂げるのだ。心が躍る。

 

 

二律背反の感情がグルグルと綯い交ぜになってカフェオレの様に溶け合う…非常に言葉にしにくい気持ちだ。…おっ、何だか今のはとってもポエミー…。

 

 

「どうした~大入?浮かない顔して?」

 

 

前の席の泡瀬君が声を掛けてくる。実は隣接した席なのと、泡瀬君のフレンドリーな性格から結構話をする仲だったりする。

手元は携帯電話のソーシャルゲームに夢中の様であるが、気に掛けて貰える辺り泡瀬君は優しいな。

 

 

「ん~?今日はちと調子が悪くてな…なんか気怠いんだよ…」

「そいつは何だか意外だな。お前って普段から溌剌としているイメージだったわ」

「前向きな好印象に感謝するけど、所詮俺も人の子なのさ…。具合の悪いときくらいある」

「へ~?」

 

 

「A組の授業にヴィラン連合が乱入するのですが、どうなるのか心配なんです」なんて言えるはず無い。とりあえず頭の医者の診察を勧められてしまうだろう。なにそれ辛い。

仮に信じられても内通者疑惑で酷い目に遭う未来しか見えない。なにそれ笑えない。

そんな理由で泡瀬君の話をやんわり逸らしておく。

 

 

「けど、本当にしんどいなら無理せず保健室行けよ?」

「ありがとう…。本当に駄目ならそうする」

 

 

しかし、如何したものか?

 

少なくとも今からA組の授業にこっそり着いていって動向を見守るのは論外。ピンポイントで見張るなら兎も角、空間転移の“個性”によってバラバラに分断された生徒達全員なんてカバーできない。

そもそも、見つかろう物ならば『内通者』の濡れ衣を着せられること請け合いだろう。俺なら尚更だ。

 

 

う~ん。今一つ良い作戦が出て来ない。

 

 

結局の所、皆の無事を祈って待つのが安定なのだろうか…。これまた随分と保身的ではあるが…。

 

 

「大入?次、移動教室だけど…平気か?」

「…ごめん、ちょっと保健室行くわ。悪いけど先生には欠席伝えてくれ…」

「お、おい本気で大丈夫か?保健委員呼ぶか?」

「平気、平気。そんな心配しなくてもいいから…一人で大丈夫だから」

 

 

そう言って教室を出る。そして、目的地に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見て見ぬ振りなんて出来ないよな…やっぱり…

 

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

雄英高校の一角にある『仮眠室』。疲労に悩む教員が一時の休憩に費やすときのみならず、非常時の応接室や生徒指導・進路相談など、実に多目的な用途で利用される。

そんな場所でNo.1ヒーロー『オールマイト』は辟易としていた。…いや、辟易と言うのは少し語弊がある。

 

彼は今日も可愛い生徒達に教鞭を振るうべく朝早くから雄英高校に赴…こうとしていた。そんな彼の目の前で次々と事件が発生。犯罪者を見過ごせない性分の彼は現場に急行、解決に協力していた。

 

 

だが、そんな彼はある問題を抱えている。ズバリ、「活動限界」である。

実は五年前とある事件で、彼は致命的な重傷を負っていた。一命は取り留めたものの、度重なる手術、重い後遺症、寄る年波も相まって力は衰退の一途を辿る。

今となっては「一日三時間」程度しかその力を振るうことは叶わないのだ。

 

 

そのような事情を抱える彼が、己の無理を押して事件の渦中に身を投じるのをそう簡単に容認出来ようか?

少なくとも、もう一人の彼には出来ない。雄英高校校長『根津』には…。

根津は学校における最高責任者。形式的には、オールマイトも彼の管理下となる。そんな部下が身勝手な行動をしたなら説教の一つでもしなければならないのが上司の務めと言う物だ。

最もオールマイトの「活動限界」を心配し、「世間と事件から距離を置き」「自らの継承者の選定させ」「後進のヒーローの育成に助力する」と理由を並び立て、雄英高校へと引き入れたのは単に優しさもあっての事だ。

 

 

ここで一度、最初に立ち返る。

 

 

オールマイトは根津校長の教師論(お説教)辟易して(ヘコんで)いるのだ。しかし、事件に首を突っ込んだ(自分勝手な行動の)せいで教師としての責務を放棄しているのだから落ち度はオールマイトにもある。

 

 

 

コンコン…

 

 

二人だけの空間に鳴り響くノックの音。

はて、一体誰だろか?首をかしげては見たものの確認する他ない。

根津校長が「どうぞ」と入室を促す。

 

「失礼します」と礼儀正しく返事が聞こえ扉が開く。

入ってきたのは一人の生徒。ツンツンと尖った短めの髪、やや小柄に見える体はよく鍛え上げられている事が分かるほどに、立ち姿が整っている。扉を閉める手を見ると大小様々な傷跡が訓練の名残として刻み込まれている。

扉を開き、二人の教員を見た瞬間に僅かに揺れた瞳は、入室して一礼した後には「覚悟を決めた」目に変わった。

 

 

「1年B組、大入福朗です。失礼を承知で校長先生にご相談があって参りました」

 

 

 

 



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39:介入 2

『仮眠室』…ここに居るはずだ。オールマイト先生と根津校長。原作なら授業に出れないオールマイト先生を根津校長先生がOHANASHIをしている筈だ。

こっそり聞き耳を立てる。幸い防音効果は無いらしく、中から僅かに話し声が聞こえる。誰の声かは分からないが、独り言がここまで聞こえる声量になるはず無い、十中八九校長先生の声だろう。

 

腹を括れ大入福朗。これは俺の戦いだ…。

 

意を決してドアをノックする。

 

 

「どうぞ」…と中から返事が聞こえる。

 

 

つばを飲み込む。緊張で手汗がにじむ。

 

 

「失礼します」

 

声は裏返っていないだろうか?頭の中がグルグルと回り、胃が痛くなる。

ドアを開き中へと踏み込む。

 

 

(この人があのオールマイトっ!)

 

 

より、正確に言うならオールマイト真の姿(トゥルーフォーム)。授業で初めて生でオールマイト見た時の衝撃を遥かに超える衝撃だった。

筋骨隆々と言う言葉が相応しいあの姿は見る影もなく、痩せこけた頬、枯れ枝の様な手のひら、ピッチリだったスーツはブカブカで頼りない印象が彼の覇気を削いでいた。

 

しかし、落胆はしていない。その眼光は戦闘形態そのもの、(ヴィラン)が畏れるヒーローの光だった。

彼の瞳は警戒を示していた。当然だ、本来俺は居るはずの無い乱入者(異物)だ。

 

怖じ気着いてはいけない。もう、後戻りは出来ないんだ。

 

一拍長く礼をする。早くも三度目の決意を固める。

 

 

「1年B組、大入福朗です。失礼を承知で校長先生にご相談があって参りました」

 

 

面食らっていた二人は一瞬の間を空けてからハッと気付いたよう俺をソファーへと促す。その際オールマイト先生は席を根津校長の隣に移した。

ソファーに腰掛け、改めて対面する。頭脳最強と脳筋最強の三者面談。なにそれ死ねる。

 

 

「…それで?君は本来授業を受けている時間じゃないのかい?サボタージュしてまで話をしに来たなんて、よっぽど大切な話なんだろうね…」

 

 

校長先生が話を促すように見せかけた高速ジャブを放ってくる。…嫌だもう帰りたい。

試合開始一分でグロッキーだ。

 

 

「大変すみません。話が終わったら授業に戻りますので、どうかお時間を頂けませんか?」

「…わかったよ。改めて聞くけど話とは何だい?」

「話を切り出す前に…『オールマイト』先生は本日どちらにいらっしゃいますか?」

「…っ!」

 

「…彼なら今、所用で校外にいるよ。彼に関係のある事かな?」

 

 

俺の切り出しにオールマイト先生はギョッと目を見開く。当然だ、当事者なんだから。

彼が何か言うよりも早く校長先生が話をでっち上げる。静かに目配せをして、話を合わせる様にと合図を送っている。ダウト。

 

 

「…俺…いや、私は時々『正夢』を見るんです」

「…『正夢』?」

「はい、そんなに頻繁に起こる物では無いのですが…それを見るときは「気持ち悪いくらいに正確に」見えるんです。いっそ『予知夢』と言い換えても差し支えないくらいに…」

「それじゃあ…」

「い、いやっ!でも、“個性”じゃないんです。「一斉“個性”カウンセリング」でも該当しませんでしたし…。

だけど、「そんな根拠のない物でも」無視することができない「悪夢」でした…」

 

 

顔を見られないように少し伏せる。怯えるように、怖れるように、恐がるように、苦しそうに、ハッタリだと覚られないように。

 

 

「…教えてくれるかい?君はどんな「悪夢」を見たんだい?」

 

 

躊躇うように、言ったら後悔するように。間を空けて、少し息を吸う。浅く…浅く殺すように。そして、告げる。

 

 

「…『オールマイト』先生が殺される夢」

 

「「っ!!」」

 

 

「…あの場所には見覚えがありました。以前に授業で訪れたUSJ。間違いありません。

そこには夥しい数の敵、暗闇が空間を支配して暗転。次は地獄のような世界でした…

 

岩山で焼き焦げた姿の二人の女性…

 

湖の中で血の海を浮かべる少年と少女…

 

瓦礫の様に全身がバラバラなって死んだ少年…

 

炎に包まれ藻掻く少年…

 

血溜まりに沈む二人の教師…

 

 

それだけじゃありませんでした。その中には見知った顔もありました…

 

 

足を串刺しにされ、磔にされた飯田君…

 

衣服を引き裂かれ、涙に顔を歪める麗日さん…

 

全身が砂の様に崩れ、跡形もなく消えた緑谷君…

 

 

そして…

 

 

上半身と下半身を泣き別れさせた『オールマイト』先生」

 

「「…」」

 

 

 

「…でも、「全部私の気のせい」なんですよね?…だって今、オールマイト先生は学校居ないんですから…」

 

 

自分の頬を叩いて気合いを入れる。覚られないように安堵をイメージする。

 

 

「変な話をしてしまって申し訳ありませんでした。…でも、話して良かったです。気持ちが楽になりました」

 

 

そう言って席を立つ。細かい突っ込みは多分綻びを見せる。

 

 

「では、私は授業に戻ります。ご迷惑をおかけしました」

 

 

そうして俺は逃げるように『仮眠室』を後にした。

 

 

 

廊下の角を曲がり、大きく息を吐く。

 

 

はたしてこんなので上手く、行くだろうか?

 

 

言うなれば俺が取った行動に命名するなれば『オオカミ少年作戦』。言うまでも無く、イソップ物語の「嘘をつく少年」のことだ。

その昔、少年が悪戯で嘘を吐き、大人達を困らせていた。嘘つき少年は、最後には誰からも信じて貰えずに、その身を滅ぼすのだ。

 

しかし、少年の嘘は僅か数回なら信じて貰える。

 

だから、今回は敢えて「虚実織り交ぜた針小棒大な嘘を吐く」。

「夢なんて不確定の物にどれだけ目を向けてくれるか」は懸念材料しかないのだが、ここは“個性”と言う多種多様な異能が絡む世界だ。ほんの少しでも警戒し、行動してくれたら御の字だろう。

 

せいぜい俺に出来る原作介入はこの程度だ。流石にこれ以上は無理がある。

嘘つき少年はオオカミに食い殺されてしまうからな…。

 

 

さて、種は播いた。後は実を結ぶことを祈ることにする。

 

 

俺は足早に授業に戻ることにした。

 

 

 

_______________

 

 

仮眠室から大入が去って行くのを確認すると、先程の話を反芻する。

要約すると『敵に雄英高校が襲撃され、何人もの死者がでる…夢を見た』と言う。

 

 

バカバカしい。…一笑に付して終うことは容易だ。

 

 

しかしだ。根津はそれを出来なかった。

大入の表情はどこか確信めいた物を持っているように感じた。「夢が現実になる」ことを本当に怖れていたのだ。

加えて先日の「マスコミ事件」。あれ以来、騒動の犯人は未だに沈黙を保っている。いつ襲撃が実行されてもおかしくない。

 

 

「…今の話、どう思うかね?」

 

 

根津はオールマイトに尋ねる。

 

 

「荒唐無稽…と言うしかないかと。しかし、到底無視できるような内容では無い様に思われます。

実のところ、先ほど相澤先生に連絡を取ろうとした際、「通信に出ない」のでは無く「通信が繋がらない」と言うことが気に掛かっていました。

彼の話を聞いてから私の胸騒ぎは一層強くなっております」

 

 

オールマイトも同様に今の話を懸念していた。

USJは立地場所の都合上、バスでの移動が必要な程に本校舎から離れている。もし何かトラブルが起きれば、対応には時間を要する。センサー類にトラブルを抱えでもしたら気付くことさえままならない。

オールマイトが持つヒーローの勘が警鐘を鳴らしていた。

 

 

「…やはり、確認する他無いか。オールマイト先生、無理を承知でUSJに急行して貰えないかな?」

「言われなくとも私の方から言うつもりでした。あそこには私の大切な教え子達がいる…」

「…はぁ、全くこういう時だけは本当にいい顔をするね…。

いいかい?あくまで偵察だ、君は既に活動限界間近だろ?異変があれば直ぐに連絡っ!ボクも大至急動員できる人手を用意するからさ」

「わかりましたっ!では、私は行って参りますっ!」

 

 

足早に去って行くオールマイトを見送り、根津は溜息もらす。きっと彼は危機が迫っていたら躊躇いもなく飛び込んで行くだろう。昔からそういう性分なのだからどうしようも無いだろうと根津は諦める。せめて迅速に応援を要請するとしよう。

 

 

ふと、思い出したように根津は端末を操作する。開いたのは「彼専用の個人情報」。

 

 

_________

 

氏名:大入福朗

所属:第○○期生(現在1年B組)

出身:植蘭中学校(千葉県)

生年月日:20○○年9月26日

血液型:O型

“個性”:ポケット

手で触れた物を取り込み格納、任意で展開。

経歴:

四歳の時に両親は他界、天涯孤独の身となる。身寄りが無く、現在は後見人『大屋敷護子』の下、児童養護施設『陽だまりの森』に入所している。

小学時代、「素行が悪く、喧嘩が絶えない」と報告があったが、彼自身の生い立ちのせいもあり、迫害されていたのが原因とされている。カウンセリングを受けて、現在は矯正は完了している。

中学時代、文武両道・品行方正で教師からの評価も高く、生徒会・ボランティア活動に積極的な姿勢を見せていた。

雄英高校の推薦候補に挙がるも落選。一般入試にて実技試験を1位で通過する実力を見せた。

高校入学時の面談では「独立志向が強く、孤立傾向を持つ」という報告があったものの、クラスメイトの友好関係は極めて良好。

 

備考:

「AVENGER計画」第一被験者

(別途資料参照)

 

_________

 

 

AVENGER計画

 

A born Villain EN bloc. Give a chance of the Education and Rehabilitation.

(意訳:生まれついてのヴィラン全てに教育と社会復帰の機会を与える)

 

 

概要:

“個性”の発現者人口の上昇に伴い、犯罪者数・検挙率は増加の一途を辿る。英雄及び自警団の活躍より、治安は一定水準を保っているが、新たな問題が浮上した。

 

「ヴィラン二世問題」

犯罪者を出した親族が世間や職場からバッシングを受けて迫害、所属企業の風評被害による倒産やリストラが相次いだ。生活苦から軽犯罪に手を染めるケースが後を絶たなくなり、社会問題にまで発展した。

その中でも深刻だったのが次世代を担う若者たちの被害である。「犯罪者の子供」と言う烙印を押され、教育機関ではイジメが蔓延し、人間不信・不登校・自殺など子供の成育に甚大な被害をもたらした。

 

本計画は、然るべきプロセスで教育及びメンタルケアを行い、正しく社会に貢献する児童の育成に努めるものとする。

 

(以下計画の詳細が書かれている……)

 

 

 

 

_________

 

 

根津は「犯罪者(ヴィラン)の子供である大入福朗」のことを考える。

 

勿論、彼の経歴を洗い直した後に、黒い所は見受けられなかった。当然だ、彼は計画により「徹底的に管理されている」。潔白と言っても良いだろう。

 

しかし、そんなところに今回の話だ。

 

本人は夢だと言っていたが、それは真っ赤な嘘で、本当は「確かな筋からの情報」だとしたら?

もしそうだとして、それは「何処からもたらされた」のだろうか?

 

入学試験当時に抱いた疑念が再び膨らむ。やはり、警戒して然るべきだろうか…。

 

 

「大入君…。一体君は何者なんだろうね?」

 

 

 



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雄英体育祭編
40:前の祭り 1


やっと体育祭編です。しかし、まだ原作3巻と言う事実。先はまだまだ長いです。


…ひとまずその後の顛末を順を追って説明しようと思う。

 

 

「ヴィラン連合襲撃」の情報を流した後、俺は授業に戻った。

クラスメイトからは体調を心配されたが、実質仮病を使って授業を抜け出していたため、少々後ろめたい気持ちに苛まれながらも平気な事を告げた。

 

授業に復帰して10分程度たった頃だろうか?一人の教員が特別教室に入ってきた。教壇に立つ先生と一言二言言葉を交わすと、先生は急遽「授業を自習」にして退室していった。

恐らくは、先生達が「ヴィラン連合」を察知し、自体の鎮静に向かったのだろう。これが果たして早いのか遅いのかは判断できない。

 

程なくして、先生が戻ってくると「今日は諸事情により臨時休校になる。君たちには悪いが帰る準備をしてくれ」と通達された。生徒達は常識では考えられない突然の休校に疑問を抱き、説明を要求した。

先生は「少し大きめのトラブルがあった」「事実確認をしている最中で、生徒達にはまだ説明出来ない」「改めて連絡はするから」と説得を受け、その日は下校する事になった。

 

 

翌日、学校は全学年全学科が休校となった。前日の夜に担任であるブラドキング先生から連絡を受けたのだが、その際に「学級委員長と副委員長を召集した緊急集会」をすると連絡され、俺と一佳は学校に赴いた。

 

集会の議題は案の定「昨日USJにて授業を行っていた1年A組に(ヴィラン)の襲撃があった」ことだ。これについて、事件のあらましと実際に被害にあった1-A委員長『飯田天哉』並びに副委員長『八百万百(やおよろずもも)』の体験談を聞き、今後のクラスへの対応と再発防止対策のための避難経路の確認などを行い解散となった。

 

事件の詳細を聞くため面識のある飯田君に声を掛けようと思ったが、教師達に呼ばれて先に退室してしまっていた。

 

 

_______________

 

 

 

「オイっ、大入っ!A組行こうぜ!」

 

 

帰りのホームルームを終えて、鞄に筆記用具やら教科書やらを詰め込んでいると鉄哲さんが声を掛けてきた。

 

 

「やっぱりアレかい?」

「オウっ「ヴィラン連合襲撃事件」!やっぱ直に話を聞きてぇしな!お前だって興味あんだろ?」

 

 

結局の所、ヴィラン連合襲撃事件は全校生徒に通達されることになった。事実を知ったB組の生徒達は驚愕していた。自分たちと年も変わらない子供が犯罪者の襲撃を凌ぎきったのだ、興味を抱いて当然だ。

 

 

「…そうだね。A組には知り合いも居るし、顔出したいや」

「そう来なくちゃな!」

 

 

そして、俺たちは教室を出た。隣のA組に向かうため…。

すると、廊下には人集りが出来ていた。

 

 

「な、なんだぁっ!」

「多分俺達と同じだな、事件を乗り越えたA組に皆が注目してるんだよ」

「あぁ、なるほどな…」

「加えてアレ(・・)ももうすぐだしな、敵情視察って奴だな」

 

 

 

「意味ねェからどけ モブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

 

 

「「っ!!」」

 

 

突如廊下に鳴り響いた常識を疑うような言動。周囲の生徒達が騒然としだし、教室のドアで何やら言い合いが起きているようだ。

うん、間違いなくかっちゃんである。

 

 

「なぁ、今のって…」

「十中八九A組の生徒だろうな。とんだじゃじゃ馬がいるらしい」

「…だな、オレちょっと文句言ってくらぁ」

「ちょ、鉄哲っ!」

 

 

そう言うと鉄哲さんも人混みを掻き分けてズンズン奥へと進む。俺は慌ててその後を追った。

 

 

「オウ!オウ!オウっ!!

隣のB組のモンだけどよぅ!!(ヴィラン)と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!

エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」

 

(((また不敵な人キタ!!)))

 

 

鉄哲さんの物言いにすっかり萎縮してしまう周囲の人達、こういう時の鉄哲さんって本当にチンピラだからな…。

 

 

「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

「はーい、ストップっ!」

「いでっ!」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

「ヤッホー、飯田君昨日ぶり!緑谷君と麗日さんは久しぶり」

「あぁ、昨日ぶりだな」

「大入クン久しぶり…」

「あっ!激甘コーヒーの人っ!」

 

 

一触即発とした空気に慌てて俺は水を差す。鉄哲さんの頭をスナップを効かせた平手打ちで景気良く叩く。ド突き漫才の様な「スパンっ!」と言う気持ちいい音が鳴り響き、鉄哲さんの頭がカクンと下がる。

そのまま横を通り過ぎるとかっちゃんの横をすり抜け、後ろに控えていたお茶漬けトリオに挨拶をする。

 

 

「この間大変だったんだってな…。大丈夫?怪我してない?」

「う、うん。『リカバリーガール』のお陰でもう平気だよ」

 

 

改めて緑谷君の手足をペタペタ触って確認してみるが…大事には至って居ないようだ。『リカバリーガール』のお墨付きなら尚更だろう。

 

 

「そうそう、その襲撃事件の話聞きたいんだよ!

ねぇ、この後時間ある?食堂辺りでお茶しながら話したいんだけど…」

「おいぃぃっ!大入ぃぃっ!!いきなり人ん頭ぶっ叩くとか何考えてんだっ!?」

「何考えてんだってのはこっちの台詞だよ。初対面の相手にそこまで喧嘩腰になるなよ。事実、(ヴィラン)を凌ぎきったってのは充分に誇って良いことだしな。

…まぁ、初対面の人への態度が成ってないのはそっちもだな。なぁ『毬栗頭』君?」

「あ″ぁん″!!誰だてめェ!!」

 

(((こっちも不敵な人だったー!!)))

 

 

怒るだろうなぁ…とは分かっていたが、見ず知らずの人間からの辻説教に露骨な不快感を示すかっちゃん。

いや、案外『毬栗頭』と呼ばれたのに反応しているのだろうか。仕方ないよね、まだ自己紹介してないんだから。

 

 

「彼と同じくB組の生徒だよ。

それでさ。別に愛想良くしろなんて言わないけど、最低限度の礼儀位は弁えるべきだと思うよ?悪戯にヘイトを稼いでそんなに楽しい?」

「はんっ!関係ねぇよ。上に上がっちまえば関係ねぇ」

 

 

そう吐き捨てるとかっちゃんは去っていった。「退けェっ!」と辺りに睨みを効かせると、余りのチンピラオーラに人混みがモーゼの海の如く割れる。

 

爆豪勝己(ばくごうかつき)』通称かっちゃん。デク君の幼馴染みでライバル。抜群のセンスと強力な“個性”は他の追随を許さない程に突出している。

しかし、哀しいかな。彼は余りに優秀過ぎるのだ。

物事を習えば瞬く間にコツを学び、あっという間に周囲を追い越してしまう。彼には親しい友人は居ても、彼の隣に並び立てる者は未だに誰も居ないのだ。

 

 

天才故の孤独、

天才故のジレンマ、

天才故の悩み。

 

 

平凡たる俺には何とも共感出来ない悩みだ。

 

 

「周りなんてアウトオブ眼中…ってか。随分と豪毅で剛胆だな、天上天下唯我独尊を征くとは正にこの事…」

 

 

何気なしにそう呟く。彼が真の意味で周りを認めるのはまだまだ先の話だ…。

 

 

 

 

「…あっ!それで、この後話出来る?ジュース奢るよ?」

 

「「「切り替え早っ!!」」」

 

 

一区切りついた所で本来の目的に戻る。先ほど迄の緊迫した空気がまるで無かったかのように話を戻す俺に、お茶漬けトリオから総ツッコミが入る。

 

 

「野良犬に咬まれた様なもんだろ、アレ。気にしたって意味ないっての」

「あのかっちゃんを野良犬扱い…」

「それにあの手の奴は力を示さないと視界にも入れないタイプだからな、今は話すだけ無駄だ」

「無駄て…」

 

 

「…まぁ、近々目を離せなくしてやるわ」

 

 



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41:前の祭り 2

個人的にヒロアカ二次小説の鬼門はこの体育祭だと思う。大会に向ける各々キャラクターの動きや性格の掘り下げ、オリ主に向ける感情や駆け引き等、書いたり考えたりすることがとても多い。

…ダメだポンポン痛い


「…気に入らない。実に気に入らないね」

「ん?何がだい、物間君?」

 

 

お昼時、ワイングラスに入ったブドウジュースで喉を潤しながら物間は愚痴をこぼした。

同席していた大入は半分ほど食べていた炒飯の手を止め、彼の話を聞く姿勢を取る。他に同席しているクラスメイトとも居るのだが、食事を中断してまで話を聞くのは大入のみである。

 

 

「『この現状』が…だよ」

 

 

そう言うと物間は周囲に目線を促す。視線の先には楽しく談笑を続ける生徒達。

それ自体は何も問題無い、極平穏な日常だ。問題はその内容である。

 

 

──1年A組

 

 

話題の中核はそれだ。

先日の「ヴィラン連合襲撃事件」はマスメディアを通じて、公共に報道された。最早全国区に情報が知れ渡り、雄英生徒の間でもその話で持ちきりだ。

 

 

やれ、敵はどうだったか?

やれ、お前は何を成したか?

恐くなかったか?

と至る所で1-A組生徒への質問攻めが繰り広げられている。

 

 

「A組ばかりがチヤホヤされちゃってさ」

 

 

周囲を眺める彼の視線はどこか冷え切っている。周りの雰囲気とは明らかな温度差を感じた。

 

 

「けどさ、あんな事態に陥ったのに対処したってのは充分な名誉だろ?褒め称えるのだって当然だ」

 

 

喝上げしに来たヤンキーでも、因縁吹っ掛けて来たチンピラでも、仲の悪い顔見知りでもいい。そういう奴らからいきなり悪意や敵意を向けられて対抗できるか?

大概の奴は萎縮してしまうだろうし、全力で逃走を謀る事もあるだろう。

未熟ながらもそれら一部を無力化し、尚且つ殺人も躊躇わない(ヴィラン)から生き延びたのだ。単にA組の面々にはそれを可能にするだけの実力を持っていた証明ではないか。

大入はそう考えた。

 

 

「そうかな?「偶々ヴィラン連合とかち合ったのがA組だった」ってだけでしょ?」

「じゃあ何か?「もし、襲撃を受けたのがB組だったとしても同じことが出来た」とでも言いたいのかい?」

「あぁ、言うね」

 

 

物間は即答した。先ほど迄の冷めた瞳ではない、仄かな熱を帯びた視線を向ける。

 

 

「A組に出来てB組に出来ない道理は無いね」

「その自信はどこから来てんだよ…」

 

 

物間の繰り出す無茶苦茶な理由に大入は思わず頭を抱えた。

とは言うものの、これには大入の「認識の差」が含まれている。原作知識を持つ大入はヴィラン連合の戦力を仔細に目算できる。こちらの戦力と照らし合わせれば、どの様な結果が待っていたか目測が可能だったのだ。

しかし、他の…A組人気に嫉妬する人達は「ヴィラン連合を退けた事」に目を向けるばかりで「ヴィラン連合がどれ程恐ろしい戦力なのか」について余り考えていないように感じられる。だから、「ヒーローの卵みたいな1年生に出来たんだから、件のヴィラン連合が大したこと無かった」と言う甘い認識が少し含まれている。

 

 

「でも駄目なんだ。(ヴィラン)と対峙したのはA組であってB組じゃない。

それでも示さないと行けない。ヒーロー科1年はA組だけじゃない、B組だって居るんだぞ…ってね」

 

 

そう言って物間は睨みつける。その先には偶然近くに居たA組の生徒だった…。

 

 

「…質問だ。物間よ、お前には何か考えがあるのでは無いか?少なくとも、何の考えも無しに不満だけを口にするお前ではないだろう?」

 

 

物間の話に入って来たのは『黒色支配』だった。やや芝居がかったような言い回しを好む彼だけでなく、その場に居た面子は物間の話を聞く姿勢を取った。

意外に思われるかも知れないが、物間寧人はクラスメイト全員と友好な関係を築き始めていた。上から目線の煽るような言動が少しだけ目に付く物の、聡明で地頭も良くユーモア溢れる話術が彼の評価を上げていたのだ。加えてなんだかんだ言いながらも、困っていたら的確なアドバイスや手助けをする隠れた人の良さも、付き合いが長くなれば自然と分かることだろう。

因みに、彼の小さな親切に気がついた大入が「さてはお主、ツンデレじゃな?そうであろう?」と茶化した所、ガチの口喧嘩から御乱心になったのは良い笑い話だ。

 

 

「やることは至ってシンプルだよ。B組の方がA組より優れているって見せつけてやれば良い」

「と言うと?」

「A組を倒すんだよ…。雄英体育祭でねぇ…っ!」

 

 

物間は今日一番の悪い笑顔を見せた。

 

 

_______________

 

 

二週間はあっという間に過ぎ去った。

 

 

 

──雄英体育祭

 

 

 

かつてスポーツの祭典として賑わいを見せた『オリンピック』。“個性”の出現により平等だったルールの根幹が揺らいだ。今ではその規模も人口も縮小してしまい、すっかり形骸化してしまった。

それに台頭してきたのが多種多様な“個性”にも適応した新しいスポーツ競技として現在の形となった、この体育祭である。

「ヴィラン連合襲撃事件」が起きたため、開催が危ぶまれたが、年一回しかないビッグイベントであるこれを敢行することで「悪には屈しない」とアピールする事が目的らしい。

 

 

何で一高校の学校行事が一種のエンターテインメント…況してやオリンピックの代わりになる程の発展をする事になったのか?

 

元々『国立雄英高校』と言うのは、ヒーローを養成する学校の中でも最古の歴史を誇る。当時は卒業を控えたヒーロー科三年生の「集大成の御披露目(デモンストレーション)」だった物がここでの体育祭の起源だ。それも次第にスケールが拡大して「有望株の青田買い(スカウト)」へと意味合いを変えた。

しかし、体育祭を行うための「運用資金」の問題が生じた。いくら国から援助を受けられると言っても、競技に使われる設備の手配、警備のためのヒーローオファー等多額の費用が台所事情を圧迫していた。

その世知辛い問題を解消するため、一般公開の規模を拡大し、飲食物の販売や一部ヒーローグッズから得た利益をこの体育祭に充てているのだ。

 

勿論、他のヒーロー科を保有する高校や養成所でも同じように「“個性”何でも有りの運動会」は実施されているが、全国区で放送されるレベルとなるのは、この雄英体育祭のみである。

実は、これが後にあるヒーロー科の教習過程でも悪い意味で役割を果たすのだが…そこは割愛。

 

そういった事情もあってか雄英体育祭はその形式も実に独特だ。

通常であれば赤組白組に分かれて競技に勝利して得たポイントで対決するのが一般的である。

それが雄英体育祭では、学年別に競技会場が分かれている。そこで普通科・経営科・サポート科そしてヒーロー科が一同に会し、数回の予選を行い、勝ち上がった一握りの生徒が本選で勝負する総当たり戦になる。『オリンピックの代わり』と言われるだけは有る過酷なルールだ。

 

 

 

その戦いの火蓋が切られる寸前。一同はスタジアム袖の入場ゲートの前に控えていた。

 

 

「…大入?」

 

 

精神統一をする大入福朗に声を掛ける男が一人。物間寧人だ。

 

 

「…何?」

「例の件、やっぱり考え直してはくれないかな?」

 

 

大入が静かに返事をすると、物間は最後の交渉に出た。

 

「B組協同戦線」

 

高慢なA組を叩き潰す為に物間が暗躍して作った包囲網。既にB組の半数以上の賛同者を得て、一大戦力と化している作戦である。

やることは簡単で「B組一丸になって本選を独占してしまおう」と言う考えだ。状況をひっくり返す事が充分に可能だろう。

 

 

「…ごめんね。それには協力出来ないよ」

 

 

しかし、大入を筆頭に数名の生徒は協力を拒んだ。他の皆の事情は分からないが、大入に関して言うと「自らの限界への挑戦」である。

1年ヒーロー科はこの後に大きな試練が待っている。それを知るのは大入だけだ。試練の前にどうしても自分の地力というものを確認したいと考えていた。

そのため「敵の襲撃を受けて、一皮剥けたA組生徒」は非常に良い指標になることだろう。

 

ここに居る大入はただ一人の「挑戦者」となったのだ。

 

 

「…そっか、まぁ無理強いはしないけどね。ただ、それ相応に覚悟しなよ?」

「分かってる。…さ、時間だよ」

 

 

B組の大多数からの離反。少なからず反逆者と認定され、狙われる可能性は高くなる。大入は「構わない」と考えた、条件はA組と同じ(・・)なのだから。

 

 

『レディース!アーンド!ジェントルメン!!

雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!!

どうせてめーらアレだろ!こいつらだろ!!

敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』

 

『ヒーロー科!!』

 

『1年!!!』

 

『A組だろぉぉ!!?』

 

 

実況担当『プレゼントマイク』の熱い煽り文句(ラブコール)

スタジアム中に空気が震えるほどの迫力の声援が響き渡る。期待の星、A組が入場だ。

先日の事件から毎日のようにメディアを賑わせ、民衆の注目度は最高潮に達していた。B組は後に続くようにゲートをくぐる。

 

 

晴れ渡る青空、その下に選手全員が整列した。

 

 

 

「選手宣誓!!」

 

 

 

主審を務める18禁ヒーロー『ミッドナイト』の手にした鞭が空を切り、乾いた音を打ち鳴らす。

「18禁なのに高校にいてもいいのか?」そんな疑問を一喝して、段取りを進める。

 

 

「選手代表!! 1-A 爆豪勝己!! 1-B 大入福朗!!」

 

 

会場が騒然とする。選手宣誓が二人居るという事実にだ。

雄英体育祭に於いて「選手宣誓」は前年度の「優勝者」がする習わしだ。ただし1年生だけは「入試試験」を首席で通過した者に権利が与えられる。

しかし、今年の「ヒーロー科入試試験の実技試験」には首席が二人いた。故に選手宣誓も二名で行うことになった。

 

二人が前に出て並ぶ。

 

 

「せんせー」

 

 

A組代表の爆豪が口を開く。先制は彼からだ。

 

 

「俺が一位になる」

 

 

 

_______________

 

 

…やばい、今すぐ帰りたい。B組の元へ。

 

選手宣誓…。入試試験一位通過だからもしかしたらとは思ったが、かっちゃんと同着とは知らんかった。もうやだ。

 

何が嫌かって?

 

 

「せんせー 俺が一位になる」

 

 

「「「「「絶対やると思った!!!」」」」」

 

「調子にのんなよA組オラァ!」「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」「誰だ!あんな奴出したのは!」「ひっこめヘドロヤロー!」「お前本当にいい加減にしろよ!爆豪!」「ギャッハッハ!この場面でそれ言うフツー!?」「いや、切奈。笑うとこじゃ無いから」「ふざけんなよマジで!」「どんだけ自信過剰なんだよ!!この俺が潰したるわ!!」

 

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 

ご覧の有様だよ(白目) 

 

かっちゃんの優勝宣言に一同大ブーイングの雨霰である。

自身にプレッシャーを掛けて追い込むのは別に構わないが、出来るなら余所でやって欲しいもんだ。

隣で一緒にブーイングを受ける身にもなってくれ。加えて言うなら、この空気で俺に「選手宣誓」しろってか!?勘弁して欲しい!!どうしろってんだよ!?

 

普通の選手宣誓しようモンなら場の空気が白ける。100パーセントだ。

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

あぁぁぁぁっ!!もうっ!乗るしか無いっ!!このビッグウェーブにっ!!!

 

 

 

 

「 宣 誓 ! ! 」

 

 

 

「「「「「!!?」」」」」

「っ!?」

 

 

俺は右手を高く掲げて、腹から力一杯声を出す。立てられたマイクが大声を拾い、盛大なハウリング音を搔き鳴らす。

 

1拍、2拍、3拍。

 

間を置いて、しっかりと注目を集める。此処で仕上げだ。

 

 

高く掲げていた右手の人差し指を残して握りしめる。丁度「1」を示すように。

その手をゆっくりと横に降ろす。その人差し指の向かう先は「爆豪勝己」。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつを倒して俺達(・・)が一位になる」

 

 

「「「「「被せてきたぁーっ!!?」」」」」

 

 

大会は開催前から混沌の渦に巻き込まれる。俺の宣誓に触発された生徒の怒号が飛び交い、実況席の熱の入った声が響く。今年の体育祭は荒れるゾォっ…!

 

 

「てめェ…」

 

 

かっちゃんが唸るような声で睨んでくる。俺は不敵な顔で序でとばかりに挑戦状を叩きつける。

 

 

「お前の様な跳ねっ返りは、さぞ弾むことだろう。是非とも皆に踏まれろ」

 

 

負けられない 戦いが 有るんだっ! (集中線)

 

 



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42:障害物競走

「こぉんのっ!お馬鹿ぁぁぁっ!!」

「ちょ、まっ、いつかっ、ゴメっ、ゴメンってばっ!」

「…おいおいその辺にしといてやれよ拳藤」

「そうだよ、結果的に皆の気持ちを代弁してくれたんだし」

「あわ、せくっ!もの、まっん!たっ、助けっ!へ、ヘルプミーっ!」

 

「二人ともこれをアンマリ甘やかすんじゃないよっ!!」

 

 

煽り文句。売り言葉に買い言葉。余りに不敬な粗暴犯。

戦犯『大入福朗(オレ)』に一佳の折檻が迫るっ!

 

やめてぇ!そんな両肩ホールドしてガックンガックン揺らしちゃらめぇっ!

のっ、逃れられないっ!こいつっ、“個性(大拳)”まで使い始めやがったっ!

やらぁ、混ざっちゃうの!脳味噌がマックスにシェイクになっちゃうのっ!

 

やらかしたことを軽く…いやかなり後悔している小心者(チキン)な俺をシャカシャカ揺すり続けていたが、諦めたように一佳は手を離した。

 

 

「時間も無いからここまでにするけど、覚えときなよ!」

 

 

そう言いながら一佳はズンズンと人混みに向かっていく。いいスタートポジションを確保するためだ。

 

既に競技は始まろうとしている。

 

第1種目は「障害物競走」。スタジアムの外周をぐるりと回り、このスタジアムに戻ってくる。走行距離なんと4km。しかも、コースアウトしなければ何でも有りの残虐ルールだ。

 

 

 

さて、どうしようか?…揺れる頭で考える。

 

 

 

勿論俺も優勝を狙っている。と言うより、あんな啖呵を切った以上、引っ込みがつかない。

原作知識持ちの俺ならば、競技の内容は丸わかりだ。考えないと行けない、自分に有利になる試合運びを…。

 

 

 

_______________

 

 

 

パッ…

 

パッ…

 

パッ…

 

パァーーッ!!

『スターーーーート!!』

 

 

スタートゲートのランプが点滅し、赤から青に変わる。

合図と共に選手一同が一斉に走り出す。

 

 

「ってスタートゲート狭すぎだろ!!」

 

 

選手の誰かの悲鳴が響いた。

 

そう、このゲート非常に狭い。横幅なんて20人まともに整列出来ないほどだ。そこを選手が200名以上通過しようとしているのだ。

文字通りの「狭き門」、既に勝負は始まっている。ここが第一の(ふるい)

それを理解した者は手早く妨害を施す。

 

 

スタートゲートギリギリからトップに躍り出た1-A『轟焦凍(とどろきしょうと)』は“個性”を発動する。

 

“個性:半冷半燃”

右で凍らせ、左で燃やす。それなんてメド○ーア?

 

彼から生み出される圧倒的な「冷気」は彼の右足から地面へと伝播し、フィールドを凍結させる。

その氷は先制してリードしようとした選手の足を捕まえる。ある者は氷結して硬直し、ある者はスリップして転倒する。しかも後続の集団が密集し、今にも轢き殺されかねない惨状だ。

 

 

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」

 

 

しかし、事は轟の思惑通りにはいかない。

彼の能力を知る1-Aクラスメイトを筆頭に、状況判断に優れた1-B、運良く距離の離れていたその他の選手達が氷を躱し、トップを追いかける。

 

 

(轟君パネェな…。推薦合格者だけはある)

 

 

大入福朗は後続からスタートすることにした。ここでの小競り合いより、この後の障害ゾーンを利用した方が抜きやすいと判断したためだ。しかし、ここで彼に計算外の事が起こる。

 

 

「さ、寒いぃ…」

「もうやだ。もうマヂ無理…」

 

「鱗君!?取蔭さん!!?」

 

 

前方を弱々しい足取りで走る大入のクラスメイト。実はこの二名、“個性”が爬虫類系統のため、急激な体温低下に伴い、身体能力を落としていた。

大入は二人の元へ駆け寄る。そして如何にも限界な二人に肩を貸し、氷原からの脱出を試みる。

 

 

「…ちょっと大入っち何やってんの」

「あぁ、本当に何やってんだろうな?」

「俺達を置いて行けば良い物を…」

「やめてよ、余計に見棄て辛いわっ!…助けるの氷無くなるまでだかんなっ!その後は自力でなんとかしてっ!」

「ははっ、大入っちツンデレ?」

「やめて、本当やめて。男のツンデレとか需要無いから」

「あははっ、…はいはい」

 

 

全長約100メートルに及ぶ轟の妨害を抜け出した三人。その目の前にとある二人の人物が目に入った。

 

 

「私の事は気にしないで黄昏ちゃん。このままじゃ皆に置いてかれちゃうわ。ここまでしてくれただけでも充分よ」

「何言ってるんですか!?僕がケロちゃんを置いてける訳ないでしょう (*`・ω・´*)」

「梅雨ちゃんと呼んで…」

 

((あれ?デジャビュ?))

(あっ、そっか、梅雨ちゃんの“個性”は冷気も苦手なんだった…)

 

 

先程のやり取りの天丼をお代わりしているのは、カエル少女『蛙吹梅雨(あすいつゆ)』と、大入が「僕ロリ」と呼ぶ『東雲黄昏』だった。

蛙吹は、鱗や取蔭の様に動物の一片だけを抽出した“個性”とは訳が違う。

 

『蛙吹梅雨』

“個性:カエル”

カエルっぽいことは大体できる。

 

その“個性”は動物そのものである。結果的に影響が色濃く反映されているのだった。

寒さに当てられて冬眠しかけた蛙吹を東雲はその小さな体格でここまで連れてきていたのだ。

 

 

「けど、もう大丈夫ですケロちゃん !!( ๑>ω•́ )۶

ここまで来ればこっちのものですっ!」

 

 

そう言って東雲は“個性”を発動する。入試試験でも目撃した「光る掌」だ。

 

 

「太陽おおおおおっ ( ✧Д✧) カッ!!」

 

 

勇壮活発、気合一発。その小さな体からは考えられないほどの力を“個性”に込める。すると彼女の「光る掌」はその光量を増し、暖かい光を生み出した。

 

『東雲黄昏』

“個性:光の(かいな)

太陽の光を宿した拳を発現し、自在に操る。

 

優しい陽気は蛙吹の体を温め、次第に元のコンディションへと整えた。

 

 

「ありがとう黄昏ちゃん。助かったわ」

「何の何のですー ٩(๑>∀<๑)۶」

「さぁ、先を急ぎましょ」

 

 

「…凄い“個性”だな僕ロリ」

「あっ!おにーさんっ!…僕ロリはやめてください ( ー̀ωー́ )」

「正直助かったわ。ありがとう」

「…はて?僕何かしましたか ( ˘•ω•˘ )?」

「お前の“個性”のお陰でウチの凍えてた二名も回復したんだよ。だから、礼」

「な、な、な、なんとっ!!敵に塩をプレゼントしてしまったのですか Σ(ŎдŎ|||)ノノ」

「気付いてなかったんかい!?」

 

 

終始和やかなムード。忘れないで欲しいが、只今競技中である。

 

 

『さぁいきなり障害物だ!!

まずは手始め、第一関門「ロボ・インフェルノ」』

 

 

『プレゼントマイク』の実況が流れる。前方を眺めれば入試試験のロボット達が徒党を組んで、選手の行く手を阻んでいるのが伺える。その直後0pロボット『エグゼキューター』が氷結して、崩れ落ちた。

 

 

(轟君はあそこか…意外と離されたな)

「ほぇ~あれはショーちゃんですね。やっぱり速いです ٩( >ω< )و」

「おい僕ロリ、前方が苦戦してるようだが、どうする?」

「勿論、他の人のため道開くのに協力しますよ ( ¯∀¯ )」

「そうかい、じゃあさっきの礼だ。手伝うよ」

 

 

そう言うと大入は速度を上げ、眼前の1pロボット『ヴィクトリー』に突貫する。そのまま相手の持つ大盾に跳び蹴りを咬ます。

 

 

「ヒール!…アンド!」

 

 

パチン!と指を鳴らすと蹴りの接地面に〈揺らぎ〉が発生する。

 

 

「トウ!!」

 

 

次の瞬間、強烈な突風と共に1pロボットは周囲のロボットを巻き添えにして吹き飛び、大入は反動で宙に跳んだ。狙いは3pロボット『インペリアル』。その上に着地すると、もう一度指を鳴らし右手に〈揺らぎ〉を作る。風の鎧を纏った手刀を全力で振り下ろす。

 

 

「剛腕!粉砕撃っ!!」

 

 

攻撃は亀の甲羅のような装甲の隙間を穿ち、ロボットの機能を停止させた。

すぐさま大入は鉄塊から飛び降りて目に付いたロボットに突撃する。

 

 

「…ストリップっ!」

 

 

無造作にロボットに触れるとロボットの体の一部が〈揺らぎ〉を纏って「格納される」。突如半身を失ったロボットはバランスを崩して動かなくなった。

 

 

「さて、ガンガン行こうぜ!」

 

 

大入は再びロボットの集団に突撃した。

 

 

_______________

 

 

『オイオイ、第一関門チョロイってよ!!んじゃ第二はどうさ!?』

『落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!』

『ザ・フォーーール!!!』

 

 

第二の障害物は綱渡りだった。谷底が見えないほどに深く切り立ったフィールド。そこに無数に張り巡らされたロープが唯一の道だった…。しかし、当然のように例外はある。

 

 

「良いペースだ円場。このまま行くよ!」

「おーうっ!」

 

 

『物間寧人』と『円場硬成』は協力する。“個性(空気凝固)”を最大限に活用し、足場を組んで「空中を走っていた」。

しかし、この“個性”には弱点がある。この“個性”は吸い込んだ息を吐き出す必要が有る。強度も保つのにもサイズを確保するのにも空気が大量に要るのだ。ロングコースに障害物、選手の妨害も相俟って息が乱れ始める。

そこで物間の“個性(コピー)”の力を借り、二人がかりで橋を架ける。

 

 

「おっ!物間君、円場君お疲れー」

 

「ん、大入?」

「何やってんだ-?」

 

 

二人の前に切り立った山々を“個性”を用いたロングジャンプで先に超えてきていた大入が合流した。

 

 

「んー?『妨害工作』?」

「お前は鬼かっ!」

 

 

そう言いながら大入は第二関門終了地点のロープを次々と取り外していた。

こうすれば、爆豪・蛙吹の様な長距離を跳ぶ能力や、轟・円場の様な物質を生み出す“個性”でなければ突破出来ない。

選手に直接手は出していないし、この谷を超える“個性”を持たない者の大半を妨害している。実に合理的な妨害工作だ。

 

地面にアンカーで打ち付けられたロープはちょっとやそっとじゃ抜けない代物だが、大入の“個性”を応用すれば大した苦労は無い。

大入が〈剥ぐ(ストリップ)〉と称している技は「“個性(ポケット)”の触れた物を格納する性質」に焦点を当てた技である。

例えばの話だが、大入が“個性”でカプセルトイを「格納した」としよう。この場合「カプセルと中の玩具をまとめて格納する」が、集中することで「中の玩具を残したまま、外のカプセルのみを格納する」ことも可能だ。

これによって「ロボットの装甲を剥ぎ取ったり」「障害物を一瞬で撤去したり」「地面に埋まった物を掘り出したり」と実に便利な使い方ができる。

 

 

『ここで先頭がかわったーーー!!喜べマスメディア!!

おまえら好みの展開だぁぁ!!』

 

 

「…残念。タイムアウトか…」

 

「…?大入?」

 

 

実況席から先頭のデッドヒートを聞き、大入は腰を上げ、最終関門『怒りのアフガン』へと向かう。

 

 

 

 

 

 

この後、大入は劇的な場面を残すことなくゴールゲートをくぐる。

 

順位は40位。予選通過者は44名だった。

 

 



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43:騎馬戦 1

最新話読みながら課外活動編の考案中。今のプロットだと大変な事になりそう…。




「ここにいるほとんどがA組にばかり注目している…何でだ?」

 

 

物間は仲間達に声をかける。皆はその声に聞き入っていた。

 

 

「そして鉄哲が言った通りA組連中も調子づいている……おかしいよね…」

 

 

今一度不満の声を上げる。同調するように鼓動が強くなる。

 

 

「彼らと僕らの違いは?“会敵(かいてき)”しただけだぜ?」

 

 

言葉は、熱は、味方に伝播し、気持ちが一つになる。

 

 

ヒーロー科B組(ぼくら)が予選で何故中下位に甘んじたか、調子づいたA組に知らしめてやろう、皆」

 

 

此処こそが戦いの時だと宣言した。

 

 

B組協同戦線───

 

 

今、脅威が牙を剥く。

 

 

_______________

 

 

第二種目「騎馬戦」。予選通過者44名から各2~4名の騎馬を編成し、互いのハチマキを奪い合う。

選手には予選通過順位ごとにポイントが割り振られており、下から5の倍数づつ充てられている。このポイントを合計した数が騎馬の得点になり、ハチマキの総合得点をより獲得したものが次のステージに駒を進める。

 

つまり、優秀な人材でチームを組めば、当然ハチマキの得点は高くなり、狙われやすくなる。

その最たるものとして、予選を1位で抜けた者にはボーナスポイント1000万点が与えられている。

 

 

(どうしよう!どうしよう!!)

「どうするのだ緑谷よ?」

「デクくん…」

 

 

予選1位通過者『緑谷出久』は危機に瀕していた。

 

理不尽な高得点に孤立した彼。余りにもリスキー過ぎるポイントにチーム編成さえも難航していた。

それでも彼を信じてチームに参加した『麗日お茶子』。彼の呼びかけに応じた『常闇踏陰(とこやみふみかげ)』。彼の元にも協力者が集まった。

 

しかし、まだ足りない。

 

緑谷と親しかった『飯田天哉』の離反。彼が想定した機動力の要を失い、当初の逃げ切りが困難となった。

 

計画の立て直しを余儀なくされる緑谷。しかし、勝利の鍵は予想外な所から湧いてきた。

 

 

「はえ?」

 

 

突如、麗日の手が取られる。一人の男子生徒が声をかけてきた。

 

 

「麗日さん。君が欲しい」

 

 

彼女に懇願する男『大入福朗』が居た。

 

いきなりの告白に驚く緑谷、唖然とする常闇。

肝心の彼女は呆気にとられた顔からみるみるうちに頬を赤く染め…。

 

 

「~~~~~~~~っ!!!」

「ひでぶっ!」

 

 

声にならない悲鳴を上げ、大入を投げ飛ばし、地面に口吻をさせた。

かつて対人戦闘訓練にて、緑谷が爆豪を投げ飛ばしたときの様な鮮やかな手合いだった。

 

 

「な、な、なんなん!!なんなんいきなり!!ふざけとる場合っ!」

「大入くん!?」

「確か貴様は勝利の誓いを立てし者(ゲイン・テイカー)…」

 

「何?その革命家の様な通り名は…」

 

 

その動揺を抑えるように髪を掻き乱し、罵声を浴びせる麗日。予想すらしてなかった人物の来訪に驚きの連続の緑谷。記憶から選手宣誓にて爆豪に啖呵を切っていたのを思い出した常闇。

反応は三者三様である。

 

 

「…よっ。…おっとっと。…ふむ、見立て通り」

 

 

地面に倒れた大入は身体を起こす。全身のバネを使った跳ね起きで一気に立ち上がる。しかし、いつもとは異なる体の感覚に思わずよろける。

原因は麗日の“個性”にある。

 

『麗日お茶子』

“個性:無重力(ゼロ・グラビティ)

触れたものの重さをゼロにする。

 

軽すぎる足取りの感覚を確かめながら、大入は話しかける。

 

 

「期待どおり…いや、期待以上だ。声をかけた甲斐があった」

「どういうこと…?」

「麗日さん。改めてチーム組んでくれない?君の“個性”が必要なんだ」

「…あっ、そういう」

 

 

言葉が足りなかった故の不慮の事故。盛大な勘違いに赤くなる麗日。そんな彼女を無視して話を進める。

 

 

「麗日さん。君の“個性”は重さを無くする事だよね?」

「う、うんそうやけど?それがどうしたの?」

「俺の“個性”って覚えてる?」

「えっと、“物を自在に取り出せる個性”だよね?」

「そうだ。でもね、こういうこともできるんだよ」

「わっぷ!」

 

 

大入が小さく指を鳴らすと、目の前に〈揺らぎ〉が生まれ、その中から風が吹き出す。いきなりの風に緑谷が目を塞ぐ。手早く解除すると大入は話を続けた。

 

 

「俺の“個性”、生物以外なら何でもいけるんだよ。勿論気体も液体もね」

「もしかして…大入くん、飛べるの?」

「察しがいいな。その気になれば毬栗…いや爆豪君だったな?彼のように0pロボットを飛び越えることも出来る」

「ほう、それは凄いな」

「けど、持続力はない。俺のコスト(・・・)の問題でな…。でも麗日さんがいればそれが一気に解決するんだよ」

 

 

大入は息を吸い込んで、意を決したように話した。

 

 

「なぁ、1000万点(それ)を俺に賭けてみてはくれないか?」

 

 

 

_______________

 

 

 

「オイ…どういうことだよ?」

 

 

B組一同は困惑した。

「B組協同戦線」はこの第二種目を好機と考えていた。

第一種目の障害物競争でA組の大半が上位でゴールした。連携の取りやすいクラスメイト同士で騎馬を組めば、自然とハチマキのポイントも高くなる。

 

 

 

だったらA組のポイントを根こそぎ奪ってしまえ。

 

 

 

B組全員の共通認識だったそれは予想外な自体に覆される。

 

 

「常闇君!初めてだけどよろしく!」

「…あぁ」

 

「麗日さん!頼りにしてるよ!」

「任せてっ!」

 

「そして…緑谷君。俺に賭けてくれてありがとう。全力で応えるよ」

「…う、うん」

 

「さぁ!皆よろしくっ!」

 

 

頭に1000万点のハチマキを巻いた騎手。大入が居た。

 

 

 

 

「オイ…どういうことだよ?何で大入はあそこにいるっ!?」

「落ち着け、鉄哲。突飛な行動をするのがあの大入だろ?」

「しかし、何故1000万点を手にしたのでしょう?集中砲火を受ける激戦区ですのに…」

「カッ!関係ねぇよ!敵だと言うなら倒せばいい!」

「…だな。よし!第一目標は予定通り1000万点、狙うぞっ!」

 

 

『鉄哲轍鐵』『泡瀬洋雪』『塩崎茨』『骨抜柔造』の四名は大入と同じく「B組協同戦線」を離脱したメンバーである。彼らの考えは大入とほぼ同一で「闘うなら正々堂々。徒党を組んでA組を落とすやり方は論外」という理由を持っていた。

大入に対して、ある種の仲間意識の様な物を持っていたが、それも大入がA組と馴れ合う姿を見て消し飛んだ。

彼らにとって大入は獲物となった。

 

 

 

 

「…おい、どうすんだよっ物間ァ!お前の相方A組に居るんだけどっ!」

「あいつがモロに敵なんてなー。ぶっちゃけあそこ行くのヤダぞー物間ー。あれから1000万点奪える気がしねー」

「その意見に反論する。チャンスがあるなら積極的に奪うべきだ。手心加える必要は無い」

「…いや、大入は放置だ。彼なら、とても美味い釣り餌(・・・)を演じるだろうからね」

 

 

『回原旋』『円場硬成』『黒色支配』『物間寧人』は動揺していた。しかし、物間の統制により混乱は最小限に抑えられている。

その上で戦術を構築し直す。全てはあのA組に目に物見せてやるために。

 

 

 

 

「まったく、福朗ってば居ないと思ったらあんなとこに…」

「いや~見てて飽きないね大入っちって!」

「いや、笑い事じゃないわ取蔭ちゃん。あの大入くんからハチマキを奪うのは至難の業よ」

「…でも、今回は…騎馬戦。大入…くんはA組の人たちと足並みを…揃える必要が…ある。思うようには動けない…はず。狙えるチャンスは…あるよ」

「あ~やめとけやめとけ。福朗が訳わかんない事してるときは大概手が着けらんないから」

「とか言っちゃって~本当は大入っち引き入れたかったんでしょ、一佳っち?」

「まぁ、そうなんだけどさ…アレってば時々掴み所の無い動きをするしね」

 

 

『拳藤一佳』『取陰切奈』『小森希乃子』『柳レイ子』は大入の奇手にも対した動揺を見せては居ない。彼を知る拳藤が動揺を一切見せていないためだ。

結果、彼女達は大入チームを狙わない方針のようだ。

 

 

 

 

「あ゛ぁん゛!!クソデクの上に居る奴ぁ誰だっ!」

「B組の奴だよ!選手宣誓でお前の隣にいたっ!」

「てゆーか爆豪!どんだけ周りに興味がないんだよ!」

「入試1位なんだよね?手強いんじゃないの?」

「関係ねぇ!!まとめてブッ潰すっ!!」

「お前は本当にブレねーな!」

 

 

『爆豪勝己』『瀬呂範太(せろはんた)』『切島鋭児郎(きりしまえいじろう)』『芦戸三奈(あしどみな)』は元より大入の存在なんて気にも止めない。皆殺し、ただただそれだけだ。

 

 

 

 

「そうかアレが入試で0pを破壊したもう一人の生徒…」

「あぁ、“物を自由に取り出す個性”だ」

「まぁ、では私と同じスタイルでしょうか?」

「ちょっと待てよ!あのデカブツぶっ壊すなんてただ事じゃねぇぜ?」

「…そうだな。彼には何かしらの「裏技」があるんだと思う」

「…分かった。ひとまず序盤は様子見だな」

 

 

『轟焦凍』『八百万百』『上鳴電気(かみなりでんき)』は『飯田天哉』から得られた情報を元に大入の能力を暴きに掛かっていた。完璧な情報、完璧な布陣。負ける道理はない。

 

 

 

 

『さァ上げてけ鬨の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今!!狼煙を上げる!!!!』

 

かくして戦いの幕は上がる。

 

 

鉄哲チーム

・鉄哲 175P

・骨抜 200P

・塩崎 205P

・泡瀬 165P

TOTAL 745P

 

 

『よォーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!』

 

ある者は誇りを賭けて。

 

 

物間チーム

・物間  40P

・円場 105P

・黒色  70P

・回原 110P

TOTAL 325P

 

 

『いくぜ!!残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』

 

ある者は野望を賭けて。

 

 

拳藤チーム

・拳藤  80P

・柳   90P

・小森  50P

・取蔭  20P

TOTAL 240P

 

 

『3!!』

 

ある者は信念を賭けて。

 

 

爆豪チーム

・爆豪 210P

・切島 180P

・芦戸 130P

・瀬呂 185P

TOTAL 705P

 

 

『2!!』

 

上を行く者には更なる受難を。

 

 

轟チーム

・轟  215P

・飯田 195P

・八百万140P

・上鳴 100P

TOTAL 650P

 

 

『1…!』

 

“Plus Ultra!”

 

 

大入チーム

・大入  25P

・常闇 190P

・麗日 145P

 

 

  ・

  ・

  ・

 

 

・緑谷 1000万P

TOTAL 10,000,360P

 

 

 

 

『S T A R T ! 』

 

更に向こうへ────

 

 



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44:騎馬戦 2

「いただくぜ!大入ぃぃっ!!」

 

「実質それの奪い合いだよーー!!緑谷くん!」

 

 

先制して動いたのは二組。鉄哲チームとその後に続くように葉隠チーム。

 

 

「いきなりの襲来とはな……まず2組」

「人気者は辛いな。どうする緑谷君!」

「囲まれるのは不味い!逃げの一手!!」

 

 

「けっ!…そう急ぎなさんなっ!」

 

「「「!!!」」」

 

 

突如大入チームの足下が沈む。鉄哲チームの前騎馬骨抜の“個性(柔化)”が地面を変化させ、騎馬の機動力を削いだ。

 

 

「沈んでる!あの人の“個性”か!?」

「任せろっ。今取り除くから…弾けろっ!!」

 

 

これに対応したのが大入。両手を合掌するように合わせ音を鳴らす。足下に大規模な〈揺らぎ〉を生み出し、そこから膨大な空気が爆ぜる。

 

 

「ぎゃぁぁぁっ!目がぁぁっ!!」

 

『おおっと大入チームカぁウンタぁぁー!!泥を飛ばして目をつぶしたぁぁ!!』

 

「大丈夫かっ!骨抜ぃ!!」

「余所見するな鉄哲っ!来てるぞっ!」

 

「っ!?」

 

 

空気の高圧噴射は足下の柔らかくなった土をまとめて吹き飛ばした。散弾の様に散らばった泥は、両手の塞がり無防備だった騎馬役骨抜に直撃して蹈鞴(たたら)を踏ませる。

そうやって生じた隙に、ここぞとばかりに付け入る。

 

 

大入が単独で飛翔(・・)して来たのだ。

 

 

 

「うおおあぁぁあっ!?あっぶねっ!!」

 

「チッ!外した…」

 

 

奇襲に対しての反撃、更に斬り返す様に奇襲。

真っ正面からの予想外な攻勢に鉄哲は咄嗟に頭をハチマキをかばう。大入がハチマキを狙った手は、鉄哲の鋼の腕に阻まれ、弾かれた。

 

しかし、大入の切り替えは非常に早い。

 

鉄哲チームを頭上を超え、直ぐさま離れる。次の獲物を求めて。

 

 

「っ!?来るっ!」

 

 

大入の狙いは『障子目蔵(しょうじめぞう)』が騎馬役を一手に担う峰田チームだった。

その体格差を活かして全身を覆う戦車の様な騎馬。その足回りをたった一人で賄っているため、彼は全騎馬の中でも遅い分類だ。

 

 

『大入選手峰田チームに突き刺さったーっ!なんだありゃ!ワイルドすぎんだろっ人間砲弾っ!!』

『いや、それだけじゃねぇな。あいつは味方の“個性”で軽量化している。見栄え以上に威力を減衰させてるな』

『説明サンキュー!イレイザー!』

 

 

同じ体積・速度で投げられた石ころと紙屑では痛みが違うのと同じだ。

大入は麗日の“個性(ゼロ・グラビティ)”を受けて体重を失っている。物質量が少ないと言うことは、少ない運動エネルギーで移動が出来る。衝突の際に発生するエネルギーも運動量保存の法則に従って少ないままだ。

 

故に「悪質な崩し目的の攻撃は成立しない」。

 

障子は反応が遅れた。

 

『障子目蔵』

“個性:複製腕”

体の触手から自分の身体を作り、使いこなす。

 

触手を目や耳の索敵形態から、腕の攻撃形態に変化させる前に組み付いていた。大入はその貝の様な鉄壁をこじ開ける。

 

 

「H a l l o ~!!(デスボイス)」

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」「キャーッ ‼(•'Д'• ۶)۶」

 

「ケロっ…ぐぼっ!!?」

 

 

安全だったはずの守りが破られ、阿鼻叫喚の峰田チーム。冷静な蛙吹は咄嗟に舌を伸ばして応戦する。

しかし、上を行ったのは大入。口を開く蛙吹に手を伸ばし、飛び出した舌を押し戻すように半ば無理矢理口を塞ぐ。

 

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」

「ブドウちゃ~ん Σ( ̄[] ̄;)」

 

 

二重の不意打ち。先手も後の先も制した大入は峰田の首根っこを掴み、空へと逃げる。かつて対人戦闘訓練で泡瀬を拉致したときの様な鮮やかな手際。

 

 

「耳郎ちゃん、捕まえてっ!」

「分かってる」

 

 

大入の速攻に追い縋った葉隠チーム。前騎馬『耳郎響香(じろうきょうか)』は“個性”を使った。

 

『耳郎響香』

“個性:イヤホンジャック”

耳から繋がったプラグを突き刺して、集音するだけじゃなく、熱いハートのビートをダイレクトにお届け。

 

彼女のプラグの先端は大入を狙う。

 

 

「阻め黒影(ダークシャドウ)…っ!」

「アイヨ」

 

 

しかし攻撃は大入チームの味方に防がれる。前騎馬常闇のアシストだ。

 

『常闇踏影』

“個性:黒影(ダークシャドウ)

意思を持つ影の生物を自在に操る。

 

そのまま大入は、拉致した峰田からハチマキを剝ぎ取ると峰田をそこら辺に捨てて、騎馬へと戻る。黒影(ダークシャドウ)の補助を得て元鞘へと納まる。

 

 

「獲ったどーっ!」

「すごい大入くん!」

「流石は勝利の誓いを立てし者(ゲイン・テイカー)…」

「大入くん急に飛び出さないでっ!心臓に悪いよ!」

 

 

『電・光・石・火ぁっ!大入チーム、峰田チームのポイントをゲットぉ!!!1000万点有るってのにまだ足りないか!欲しがりさんめ!!』

『というか騎馬から飛んでるぞ。どうなんだ主審?』

『どうなんだ主審んんっ!!』

 

『テクニカルなのでオッケー!!地面に足がついたらアウトだけど!!!』

 

『喜べ大入チーム!お許しが出たぞ!!!』

 

 

1位チームの予想外な開幕戦で観客の歓声が沸き上がる。

 

 

「くっそ~やるな~入試のときの彼!」

「てかオイ葉隠っ!お前ハチマキはっ!?」

「えっ?ウソっ!?無いっ!!」

 

「ふっ、漁夫の利って奴だね」

 

 

大入が掻き乱した一瞬の隙。それに乗じた物間チームは葉隠チームに忍び寄り、そのポイントを奪い取っていた。

物間の予想を遥かに凌ぐ、大入の陽動っぷりに笑いが止まらない。彼が暴れる間にもう二・三本位はハチマキを獲りたいと考えていた。

 

 

「大入めぇ…やりがって!!」

「落ち着け鉄哲!頭に血が上ったらあいつの思う壷だ!」

「分かってらぁ!!やっちまえ塩崎っ!」

「はいっ!大入さん御覚悟っ!」

「駄目だキレちまってる…」

「カッカッカ!仕方ねぇよ泡瀬。俺らでサポートすればいい」

「…だな」

 

 

激昂する鉄哲、高揚する塩崎。熱に中てられ暴走寸前。意外と激情家な二名を骨抜・泡瀬が舵取りしていく。

鉄哲に(けしか)けられた塩崎は“個性(ツル)”を使い大入チームを囲む。包囲した上でハチマキを奪う算段だ。

 

 

「もう一回行ってくるっ!そっちも手筈通りに!」

「うん!大入くんも気を付けて!!」

「常闇くん前進!包囲網突っ切って!」

「任せろっ!喰い破れ黒影(ダークシャドウ)ォ!!」

「アイヨ」

 

 

大入チームの基本戦術は二部隊編成だ。

 

緑谷・麗日・常闇はA組で、大入はB組だ。A組3名には大入の癖や性格傾向も能力値も分からない。それ故に足並みを揃えようとしても無理が生じる。

 

 

だったら無理に揃える必要は無い。

 

 

騎手と騎馬を二分化。

騎手が特攻、騎馬がアシスト。騎手が囮、騎馬が不意打ちと言うダブルスタンダードな戦術を打ち出した。

しかし、単にバラバラと言うわけではない。緑谷は暴れる回る大入を観察する。大入の能力を解析しながら、足並みを合わせていく。

 

大入の奇抜な発想と原作知識。緑谷のクレバーな思考と観察力が化学反応を起こした。

 

化学反応は基本方針すら変える。

 

大入チームは逃げの姿勢を捨てた。1000万点を獲られてでも他のポイントを奪う『超攻撃スタイル』に変貌した。

 

 

 

 

 

しかし、『超攻撃スタイル』のチームは一組ではない。

 

 

「調子乗ってんじゃねぇぞクソが!」

 

 

包囲網が形成しきる前に上空へと離脱した大入に爆豪勝己が肉薄する。

 

『爆豪勝己』

“個性:爆破”

掌の汗腺からニトロの様な物質を出して爆発させる。

 

連続爆破で得た推進力を使い、1000万点を狙う。射程圏内に捉えた爆豪は右腕を振りかぶる。

 

大入は指を鳴らすと爆豪との間に〈揺らぎ〉を作る。

 

爆豪の爆破が炸裂する。

 

 

「何だこれ───…」

 

 

爆破は重厚な音と共に「分厚い鉄板」に阻まれた。

 

 

 

ヒーロー科の生徒は公平のため、コスチュームの使用を禁止されている。

様々なサポートアイテムを自在に操るのが基本スタイルの大入にはかなりの痛手だった、何せ戦うための武器がない。

だからこそ大入は「戦うための武器」を集めた。

 

 

第一種目。緑谷出久は「装甲板でロボットを破壊し」「掻き集めた地雷で加速し」「地雷を爆破して他の行く手を阻んだ」。

つまり何が言いたいかというと…

 

 

競技中に手に入れた物に関しては何の違反にもならない。

 

 

因みに大入は主審の『ミッドナイト』にいくつかの小道具の使用許可をとった上でレギュレーションを事前に確認済みだった。猪口才な奴である。

 

 

「上から来るぞっ!気をつけろ!」

 

「だぁぁっ!あっぶね!!」

 

「何だ鉄哲か、じゃあ大丈夫だな!」

「ふざけんなよ大入ぃ!」

 

「無視してんじゃねぇぞクソモブ風情がぁぁぁっ!!」

「はいはい。…おっにさんこっちらっ♪てっのなっるほうへ~♪」

「ぶっ殺すっ!!」

 

 

爆破を防いだ装甲板はそのまま鉄哲チームの近くに落ちた。軽く事故である。

大入と鉄哲の言い争いで無視された爆豪が激昂。大入は手を叩きながら爆豪を煽る。

 

 

「おい爆豪!帰って来いって!」

「分かった、一度テープで回収するわ」

「ほんと爆豪って沸点低いよね~」

 

『おおっと爆豪チーム一度騎手を回収!仕切り直しか!?』

『当然だな、補助を受けて飛ぶ大入と単独の爆豪じゃあ滞空性能が違いすぎる。動きが鈍れば一瞬で狩り落とされるぞ』

 

「だぁぁあ!放せっテメェら!」

「一度落ち着けって爆豪!」

「そうだよ~落ち着いていこっ」

 

 

爆豪に一本の白線が伸びて張り付く。それが巻き取られて騎馬へと帰って行く。

 

『瀬呂範太』

“個性:テープ”

肘から射出されるセロハンテープを操る。切り離してトラップにも。

 

爆豪チームは態勢を整える。あの高慢な大入(クソモブ)から1000万点をもぎ取るため。

 

戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

「あ~あ。派手にやってるね大入っち」

「すごいわね。A組を引っかき回してるわ」

 

 

拳藤チームは周りの様子を窺いながら防御姿勢を取っていた。偶々近くに居た見慣れないチームからハチマキを奪い取ったものの、予選通過に少しばかり心許ない。確実に通過するためにはもう少し稼ぐ必要がある。

 

 

「どう…する?」

「ん~。福朗は無視の予定だったけど、あのままじゃ多分ハチマキ独占されるなぁ」

「一佳っちもしかして…」

「…やるの?」

 

 

少し考えた後、拳藤は笑った。

 

 

「そうだな。たまにはアレの度肝を抜いてやろう」

 

 



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45:騎馬戦 3

戦いは苛烈さを増す。大入への攻撃は更に強くなる。

 

 

「ぎゃぁぁぁっ!!死ぬっ!!死ぬって!!!」

「大入くーーん!?」

 

『あぁーっと!!大入選手、流石にこれには手が出ないっ!思わず下がる!』

 

 

大入は逃げる逃げる。右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に逃げ回る。

 

 

 

 

 

 

 

カァ

 

 

 

カァ

 

 

 

カァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァカァ────…

 

 

空を覆い尽くすカラスの大群。流動する一つの巨大な生物のように集合しては、蜘蛛の子が散る様に離散する。多勢に無勢な包囲網。

 

 

『お征きなさい、翼を持つ物達よ!あの高慢なる翼無き愚か者に鉄鎚を下すのです!!』

「いいよー口田くん!ドンドンやっちゃってー!!」

「「えげつねぇ…」」

 

 

優勢を保って居るのは葉隠チーム。秘密は騎馬役の口田にある。

 

口田甲司(こうだこうじ)

“個性:生き物ボイス”

動物たちに語りかけ、力を借りる。この力は万の軍勢さえ作ってみせる。

 

 

「えぇい!ちくしょー!こいつでも食らえっ」

 

ガァ゛

 

 

カラスに啄まれて涙目の大入は指を鳴らして武器を出す。円盤状の塊を二つ。一つを適当に放り投げ、もう一つを先に投げた方へ狙ってぶつける。

空中で激しく衝突するとカチリと音がして爆発した。怒りのアフガン産の「地雷」だ。

 

 

『またもや爆発ぅぅ!!一体どんだけ武器をストックしてんだぁ!?』

『大入は予選40位。いくら採取に時間を使ったからと言っても、少ない時間じゃ拾えた武器は決して多くはないだろう…』

 

 

 

 

(け、計算ミスった-っ!!)

 

 

大入は内心焦っていた。頭では理解していたのに認識が甘かった。

原作では戦いの中で描写されない視点が非常に多い。彼等も物事を考え動いているのだ。当然のように視界の外で棒立ちしているなんて事は無い。

大入の油断を突くように死角から攻撃は飛んでくる。手持ちの武器はみるみる減る。

 

 

「F I R E E E E E E ! ! ! 」

 

「ぐっ!?」

 

「いいぞ角取!もう一撃かますぞっ!」

「OK !鎌切サン!狙い撃ちマース!!」

 

「オマエら…騎馬ってか、肩車じゃねぇぇかぁぁっ!」

 

「Shut up !」「喧しいっ!」

 

 

一難去ってまた一難。角取の“個性(角砲)”が大入を狙う。咄嗟に手を叩き、装甲板を出して防ぐ。

綱渡りの様なギリギリの戦いの中で踏み止まれるのは心強い味方のお陰だ。

 

 

「…這い寄れっ黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

「っ!角とっ!」

「Ouch !!」

 

『光芒一閃んっ!!!ここに来て大入チームに追加点んん!!何だこれは!快進撃が止まらなぁい!』

 

「常闇くんナイス!」

「ふっ当然だ…」

 

 

八面六臂の大活躍を見せる常闇と黒影(ダークシャドウ)。冷静に指示を出して大入をサポートする緑谷。

大入は騎馬に戻りハチマキを受け取ると再び引っかき回しに飛翔する。

 

 

「大入くんっ!?」

「っ!?」

 

「てめェ逃げてねぇで勝負しやがれっ!」

 

『ああっと!ここで爆豪二度目の襲来ぃ!!リベンジなるかぁ!?』

 

 

爆豪の接近に気付いた大入は上へと逃げる。

他の相手なら低空でもなんとかなったが、爆豪は例外だ。彼とは一対一でないと周りから落とされかねない。

 

 

(…クソっ!殺りづれぇ)

 

 

大入は必ず爆豪の頭上を取る。

爆豪の“個性(爆破)”は掌からしか撃てないのに付け入り、逃げ回る。上にいる大入を爆殺しようとすると爆風の影響で失速し墜落する。しかも、大入は身軽なため爆風を浴びて更に高く飛翔する。差が思うように縮まらない。

何よりもこの位置関係が「(大入)が上。お前(爆豪)が下だ」と語っているようで、酷く爆豪の自尊心を刺激した。

 

 

「どうだい?少しは目に入ったかい?」

「あ゛ぁ゛っん!!」

 

 

唐突に大入は爆豪に肉薄し、組み付く。体を上昇させようと両手を爆破した直後の僅かな隙だった。

 

 

「もっと周りを見ろ。周りを認めれば俺よりも強くなれるのに勿体ない…」

「何を言って…グッ!?」

 

 

大入が指を鳴らすと爆豪との間に〈揺らぎ〉が生まれ、空気が炸裂する。

強風に爆豪は墜落し、大入は再び空へと逃げた。

 

 

「平気か爆豪!?」

「問題ねぇよクソが…」

「お前、誰彼構わず当たり散らすのやめろって!」

 

 

再度自分の騎馬に引き戻された爆豪。

爆豪は困惑する。大入(クソモブ)は何を思ってあんなことを言ったのか?

 

 

 

 

『7分経過したっ!現在のランクを見てみよう!』

 

 

『……あら!!?』

『…………』

 

_____

 

1位 大入チーム 10,001,010P

2位 物間チーム    1,450P

3位 鉄哲チーム     745P

4位 轟チーム      650P

5位 拳藤チーム     510P

6位 小大チーム     230P

7位 鱗チーム      135P

8位 爆豪チーム      0P

 

   ・

   ・

   ・

_____

 

 

『ちょっと待てよコレ…!A組、全体的にパッとしねえ…ってか爆豪っ!?あれ!?』

 

 

 

「単純なんだよ…A組っ」

 

「っ!?やられた!」

 

 

大入の一言。その混乱から復帰する僅かな時間、それが致命的な隙を生んだ。

横合いから物間チームが爆豪チームのハチマキを掻っ攫う。

 

 

「んだてめェ返せ殺すぞ!!」

 

「ミッドナイトが″第一種目″と言った時点で予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

 

「!?」

 

 

物間チームは急速旋回し、爆豪チームに語りかける。場を引っかき回すのは大入だけではない。

 

 

「だから、おおよその目安を仮定し、その順位以下にならないように予選を走ってたのさ。

後方からライバルになる者たちの“個性”や性格を観察させてもらった。

その場限り(・・・・・)の優位に執着したって仕方ないだろう?」

 

「組ぐるみか…!って事は大入(アイツ)も!」

 

「彼は違うよ?でも彼はB組の切り札(ワイルドカード)だからね、単独であの程度(・・・・)の芸当なんて余裕さ。

それにしても、いい釣り餌(・・・)だろ?御蔭で君達のような雑魚(・・)がウヨウヨ寄ってくる」

 

「あ゛!?」

 

「だってそうだろ?君らは1000万点(かれ)にまんまと踊らされているんだから…」

 

 

『ああっと!!これはぁぁ!決まってしまうのかぁぁぁ!!』

 

 

「「!!?」」

 

 

突然遮られた会話。『プレゼントマイク』の熱狂の実況がスタジアムを支配する。

物間・爆豪両チームの目に飛び込んできた物は…

 

 

 

 

墜落する大入福朗の姿だった。

 

 

 

_______________

 

 

事は大入が爆豪を追い返した瞬間まで遡る。

 

 

(はぁ…効果あると良いんだけどな…)

 

 

大入が爆豪に掛けた言葉は老婆心から出た助言だった。原作で爆豪は緑谷の秘密を知り、それを呑み込んだ事をキッカケに大幅な精神的成長を遂げる。あわよくばその取っ掛かりだけでもと思い、口に出した言葉だった。

 

最も「いくら爆豪と会話するチャンスが無い」からと言って「勝負の真っ只中で話す事」では決してない。肝心な所で空気の読めない奴である。

 

さて、一息ついて騎馬に帰るか…と思案したところで事態は大きく動いた。

 

 

「大入くんっ!!?」

 

 

緑谷の悲痛な叫びを聞き、何事か?と意識を向けた瞬間。

 

 

「ハイヤぁぁぁぁっ!!」

「がおぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

大入の頭上(・・)から鱗チームが飛び掛かってきた。

 

 

「っ!?…ぐあっ!!」

 

「がぁぁぁっ!」「ぐっ!堪えろ宍田っ!」

 

 

大入は咄嗟に指を鳴らし、地雷を二つ取り出す。それを目の前でシンバルの様に叩き合わせる。痛烈な爆発に三名が巻き込まれて吹き飛ぶ、自爆覚悟の捨て身の防御だ。

 

 

(なんで!なんで!?なんでぇ!!?)

 

 

爆風に巻き込まれ錐揉みしながら大入は飛ぶ。混乱する頭をどうにか抑え込み、姿勢制御と原因解明に思考を走らせる。

この高度、そもそもやって来れるのは飛行能力のある爆豪か飛行アイテムを持つサポート科唯一の通過者である発目だけだ。しかし、鱗チームはそのどちらでもない。

 

 

何故遥か上空(この場所)に届く?

 

 

目から入った情報がパズルピースの様に当てはまり、答えを得た瞬間に、思わず大入は叫び声を上げた。

 

 

「お前かぁっ!?一佳ぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

視線の先の拳藤チーム…いや拳藤一佳は「してやったり」と笑っていた。

 

 

拳藤チームのやったことは大した事では無い。ただのアシストである。

拳藤は“個性(大拳)”を使い。鱗チームを大入の居る遥か上空へと送り出した。

 

それだけでは足りない。

 

大入の元へ届くにはもう一手必要だ。拳藤チーム前騎馬の柳レイ子が“個性(ポルターガイスト)”を使う。一種の念動力に似ている彼女の力は物体を浮かせる。

 

 

しかし、浮かせる物(ざいりょう)は何か?

 

 

皮肉な事に「大入自身が持ち込んだ」ロボットの部品である。

拳藤チームは自分たちと数々の鉄板を足場(・・)に鱗チームを大入の元まで送り出したのだ。

 

 

騎馬戦中にそんな事が出来るのか?

 

 

忘れないで欲しい。彼等は「B組協同戦線」。それはチーム単位の協力をクラス単位の協力に拡大する、異常とも呼べる戦法だった。

 

こればかりは大入では決して真似できない技だった。

 

 

「ぐおおあぁぁぁぁっ!」

 

 

大入は事態のリカバリーに全力で走るが、それよりも周りの反応は早い。

下から伸びてきた1本のロープが大入の足に絡み付く。それは「ピンク色で生温かかった」。

 

 

「ケロっ!さっきはよくもやってくれたわね!これはお返しよっ!」

「やっちまえ蛙吹ぃっ!オイラの頭の怪我の報復食らわせてやれぇぇぇっ!!」

 

 

ロープの犯人は峰田チームの蛙吹。彼女の舌だった。

彼女は舌を振り下ろし、大入を地面に叩き付けようとする。仮に手元に引き寄せてハチマキの奪取を狙うと、大入から手痛い反撃を受ける可能性がある。彼女はそうなる公算が高いと確信していた。

だったらいっそ大入にはその1000万点と共に退場して貰おうと考えた。その方が安全で確実だ。

 

 

「大入くん!」

「助けろ!黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

「行かせませんよ ヾ(*`Д´*)ノ!」

 

 

「キャンッ!」

 

 

大入を助けようと騎馬チームが動く。しかし、救援を阻むように峰田チームの最後の一人、東雲が前に出る。東雲の“個性(光の腕)”が黒影(ダークシャドウ)の進路を塞ぐと、弾かれたようには常闇の元へ戻った。

もう大入に救いの手はない。

 

 

『ああっと!!これはぁぁ!決まってしまうのかぁぁぁ!!

空を飛んだイカロスの翼はやがて溶けては地に落ちるのかぁっ!!』

 

 

「大入くーーん!!?」

 

「うぐっ!!がぁぁあああぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

パンっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『……は?』』』

「「「「「………は?」」」」」

 

 

会場全体が呆然とする。

 

 

大入福朗は確かに落ちた。

 

 

しかし、地面にではない。

 

 

落下前に大入は両手を合わせ手を叩いた。

 

 

落下地点に向けて展開した〈揺らぎ〉から物体が出現し、その上に大入は降り立ったのだ。

 

 

あれは何か?あれは───…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目標発見ブッ殺ス』

 

 

2pロボット『ヴェネター』だった。

 

 

『『『はああぁぁぁぁぁぁっ!!?』』』

「「「「「はああぁぁぁぁぁぁっ!!?」」」」」

 

 

狂宴の幕はまだ降りない。

 

 



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46:騎馬戦 4

おおいりはなかまをよんだ

なんかいっぱいあらわれた




『何だこれはぁぁ!?戦場が瞬く間にカオス空間と化したぁ!!B組大入っ!相当にキテ(・・)やがるぜイレイザーぁっ!!!』

 

 

 

 

 

『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』

 

 

大入が取り出したのは、生きたまま鹵獲したロボ・インフェルノ産の入試ロボット達だった。彼は激しい障害物競争の最中に火事場泥棒を働いていた。あくどい奴である。

 

フィールド全体に跋扈するロボットの軍勢。1p・2pばかりと言えど、その数は20に迫る。急激すぎる状況変化に選手達の混乱する声が聞こえる。

 

 

(これが…大入福朗っ!)

 

 

1-A担任『イレイザーヘッド』こと『相澤消太』は戦慄していた。根津校長にも話を聞いていたが、これ程とは思いもしなかった。

 

犯罪者(ヴィラン)の子供、大入福朗」

 

研究材料として貰った「屋内対人戦闘訓練」の資料でもその片鱗は見られた。

 

 

核兵器を持ち歩く。

仲間を捕縛する。

核兵器を盾に恐喝する。

 

 

そう、大入は戦いの前提条件を根底から引っ繰り返す。

 

心境としては「着実に王手に向けて詰み込んだ将棋を将棋盤もろとも巻き散らかす」ような気分だ。後に残るのは「無秩序」だけだ。

 

 

あまりに危険な破滅思考──…

 

 

相澤の価値観から言ったら、大入福朗は「見込みが無い」。しかし、その能力や技能に関しては二流三流のプロヒーローより卓越している。

もし、「大入をこのまま野放しにしたら」どんな結末が待っているか?想像しただけでも悪寒が走る。地面に埋まる不発弾の様な存在だった。

 

 

_______________

 

 

「…よっと!ただいまっ!」

「ただいまっ!じゃないでしょ!!?なんなんこれ!?」

「凄いよ、これ程の物質を取り出せるなんて。“道具を自在に取り出せる個性”だから八百万さんの戦闘スタイルに似ているかと思ったけどそんなことは無い!

大入くんの場合、気体や液体まで持ち運べる。それを「技」として利用する彼は、謂わば“特定の物質を放出する個性”を使えると言っても支障は無い。例えば“水を放水する個性”の『バックドラフト』と比較するとだろうか…?

とにかく、その二つの性質を使った二刀流…いや待てよ?これに“物をしまう個性”の性質まで合わせれば……」

「緑谷よ帰ってこい」

 

 

混乱に乗じて大入は自分の騎馬に帰る。チームの皆から手厚い歓迎を受ける。今の僅かな時間だけは大入チームに目が行かない。

 

 

「ひとまずこの隙に態勢を立て直して…」

 

『目標発見ブッ殺ス』

 

「っ!黒影(ダークシャドウ)ぉっ!」

「アイヨ」

「うわっ!!」「きゃぁぁっ!」

 

 

次の瞬間、こちらを標的に決めた2pロボットの銃口が向けられる。吐き出された銃弾を黒影(ダークシャドウ)が防ぐ。安全箇所などは無い。

 

 

「えっ!ちょ!なんで!!なんでロボットこっち狙っとるん!?」

「当たり前だよ。別にロボットをコントロールしてるわけじゃないんだ。ランダムで狙って来るに決まってんでしょ?」

「なんなん!?大入くん、ほんとになんなん!!?」

「と、とにかく混乱に乗じて雲隠れしよう!…っ!」

「うおっ!」

 

 

大入チームが逃げようとした瞬間。全身に悪寒が走る。いや、「冷気」が走る。

 

パキパキと言う音を立てて、フィールドの一角を切り出すかの様に、巨大な氷の壁が聳え立った。

 

 

『ああっと!突然現れた氷の城塞!!フィールドが二分されたぁぁっ!!』

『あれは轟チームだな…とうとう動き出したぞ』

 

 

「…っ!?閉じ込められたか!」

「やっぱり一筋縄ではいかないよね…轟くん!」

 

「さて…そろそろ貰うぞ1000万点」

「大入くん。正直に言って俺の予想を軽々越えていったな…。だが!1000万点(それ)を手にするのは轟チーム(俺達)だっ!」

 

 

周囲を確認すると拳藤チームに鱗チーム…そして大入チームと轟チームが綺麗に隔離されている。

 

 

(うわー分断うまー…やりにくい)

 

 

大入はげんなりしていた。

ロボットが暴れ回り、騎馬が混乱する中で轟はポイントを持つ騎馬だけを正確に「囲い込んで」いる。総取りを狙い、邪魔者は排除…と実に冷静沈着だ。これは厳しい状況変化だ。

大入チームはすぐさま対策を考える。

 

 

「大入くん?君だけでも飛んで逃げれる?」

「却下だな。

無理に飛ぶとまたカラスに襲われる。何回も繰り返されたら、その内墜ちる。

それに氷の壁の向こうの方が騎馬の数多いから、単独じゃ残り時間逃げ切るのは厳しい…」

「それじゃあ…」

「そうだね。轟チームを凌ぎきろう!」

「了解した。正念場だぞ黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

 

決着まで残り時間6分。

 

 

________________

 

 

「クソっ!こっちに来やがったか…小大!」

 

小大チームは吹出の“個性(コミック)”の能力の一つ「コマ割り」を使って雲隠れし、戦況を観察していた。

「コマ割り」とは漫画に置いてページに場面を割り振る作業のことだ。写真を切り抜くかの様に場面々々を切り抜くこれはコマの外の空間認識を曖昧にする。

要は「凄く影が薄くなる技」だ。最も派手に動くと解除され、相手に強く意識されても解除される不安定な技だが…。

兎に角、大入が生み出した状況を好機と察し、攻めに転じたのだ。狙いはこの場で最も単体で高得点を持つ鉄哲チーム。

 

 

「牽制しますっ!」

 

「ん!やっちゃって凡戸くん!」

「応っ!」

 

 

鉄哲チームの塩崎が“個性(ツル)”を使い先制を仕掛ける。それを防ぐ様に凡戸の“個性(セメダイン)”がツルに絡み付き地面に貼り付けられる。

 

 

「ん。庄田くん加速…吹出くんベタフラ」

「任せてっ」『了解!』

 

 

小大チームの後ろに控えた『庄田二連擊』が大地を蹴る。増幅された衝撃が推進力となり一気に肉薄、鉄哲チームの左舷に着ける。

 

 

「グオっ!?」

 

 

急に吹出の顔から強烈な光が放たれる。

「ベタフラッシュ」…一瞬の閃きを表現する漫画技法はそのまま強力な光となって無理矢理隙を作る。

 

 

「ん!?」「うお!」『わっ!』「っ!」

 

 

トドメを決めようとしたその瞬間、突如小大チームの足が地面に埋まる。フルパワーを発揮した骨抜の“個性”は小大チームの騎馬を膝まで沈めた。

更に泡瀬が追い打ちをかける。柔らかくなった地面に“個性”の「接合エネルギー」を流し込み、瞬く間に地面を分子レベルで再接合してしまった。

 

こうして小大チームは大した見せ場も無く退場することとなった。

 

 

_______________

 

 

「あ゛あ゛ぁぁぁっ!ウザってぇなぁっ!」

「うわっ!こんにゃろう!」

「ちょ!?来ないでっ!」

 

『『『目標発見ブッ殺ス』』』

 

 

爆豪チームは迫り来るロボットの軍勢を次々鎮圧していた。1p2pロボットは動く標的に近づく習性がプログラミングされている。派手な“個性”の爆豪が自然とヘイトを稼ぐ。

 

それでも爆豪チームは猛追する。

ポイントを奪った物間チームを…。

 

 

「やれやれ、君らもしつこいね…」

 

「ったりめぇだクソ野郎がっ!」

 

「おぉ、こわいこわい。でも、一先ずはこいつらを相手にしてくれ」

 

『目標発見ブッ殺ス』『目標発見ブッ殺ス』

 

「うわっ!ちょ!またかよ!」

 

 

不自然(・・・)に物間チームを避けて爆豪チームに攻撃を仕掛けるロボット達。

制御不能なロボット達を操る絡繰りが物間チームにはあった。

 

答えは円場の“個性(空気凝固)”。実はこの空気凝固は息の吐き方で形を自由に変化できる。

これをコピーした物間は、幅は短く、横に長い空気の壁を作った。

ズバリ「ガードレール」だ。物間は空中にガードレールを敷き、それに沿うようにロボット達を爆豪チームになすりつけていた。

 

足止めに成功して逃走を謀る物間チーム。…ふと、足を止め、思い出した様に爆豪チームに話しかけた。

 

 

「そういえば何だけどさ…君有名人だよね?」

 

「あ゛?」

 

「「ヘドロ事件」の被害者さん!今度、参考に話を聞かせてよ。

年に一度敵に襲われる気持ちってのをさ…」

 

 

物間チームはまんまと爆豪チームから逃げおおせる。

 

 

 

 

 

「…黒色。首尾はどうだ?」

「無論だ物間。あの様な単細胞を染め上げるなど造作もない」

「そいつは重畳」

 

 

物間は黒色にこっそりと“個性(ブラック)”を使うように指示していた。ありとあらゆる事象を飽和状態にし、「黒」と言う一点に集約させ、呑み込ませる彼の“個性”は、限定的ではあるが曖昧な概念である「心さえ黒く染め上げる」。

 

それを爆豪に使ったのだ。今の彼の心中は「黒」と言う名の負の感情に溢れかえっている。いつ心のダムが決壊して、暴走してもおかしくは無い。

 

 

「なー物間ー?本気で爆豪(アレ)を相手取るのか?俺ヤダぞー…」

「そうだよな、無理に相手しないで逃げ切る方が楽だろう」

 

「…そうだね。僕もそう思うよ」

 

 

物間は困ったように笑う。

 

 

「でもさ、気が変わっちゃったんだ。彼らを全力で倒したい」

 

 

原因はあの大入福朗だった。

 

常日頃から何かとコンビを組む事が増えた大入と物間。周りからは相方々々と持て囃されいるが、その差は歴然だった。

圧倒的な実力で戦闘でも非戦闘でも迅速に物事を処理していく大入。その後に続いて取りこぼしを多岐に渡る“個性”で埋める物間。

 

大入の辣腕っぷりは、今、この場所でA組を蹂躙するほどに誇っていた。

 

 

──彼の隣に立てるように成りたい。

 

 

屋内対人戦闘訓練で初めて感じた、感情が、欲が、顔を出した瞬間だった。

彼の相棒を名乗るなら爆豪チームくらい下せなくて名乗れるものか!

 

 

「…あ~あっ!しっかたねぇなぁ!んじゃ、回原先生のカッコイイ所見せてやらねえとな!」

「ふふっ、頼むよ先生?」

「うわーマジかー」

「諦めろ円場。吐いた唾は戻せない物だ…」

 

 

こうして物間チームの無謀な戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「………」

 

「ば、爆豪?」

 

 

迫り来るロボットを倒した爆豪チーム。その騎手爆豪は沈黙を保っていた。不自然な沈黙に切島が恐る恐る声をかける。

爆豪は黒色の仕掛けた負の感情に苛まれている。荒れ狂う嵐の様に渦巻く心に思考までもグラつく。

 

 

「お…ォォ…おおおっ!が…が…がああああぁぁぁあああぁぁああぁぁああああぁっ!!」

 

 

空気を振るわすほどの絶叫。全身の怒りを全て吐き出すかのような絶叫。どこまでも何処までも木魂する。

 

 

「切島ァ……。予定変更だ…」

 

 

──デクの前にこいつら全員殺そう…!!

 

静な声でそう告げた。

 

 

「おい!爆豪落ち着けっ!冷静になんねえとポイントとりかえせねえぞ!!」

「進めェ切島ァ…。俺は今…すこぶる冷静だ…!!!」

「頼むぞマジで…」

 

 

怪物が今、動き出す…。

 

 



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47:騎馬戦 5

『さァ、残り時間半分を切ったぞ!!』

 

『B組隆盛の中、果たして1000万Pは誰に頭を垂れるのか!!!』

 

 

 

 

戦いは佳境を迎える。

 

 

「うらぁっ!」

 

 

大入が飛翔し、ハチマキを狙う。目標は鱗チーム。

 

 

「ぐっ!下がるぞ!」

「がおう!」

 

「塞げっ!黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

 

大入の一撃を防ぎ、後退する鱗チーム。それを包囲するかの様に背後を取る常闇の黒影(ダークシャドウ)

 

 

『目標発見ブッ殺ス』

 

「っ!!」

 

「っ!?危ないっ!」

 

 

騎馬チームが攻勢に出たのを読んだかのように1p ロボットが突貫してくる。大入は慌てて騎馬に戻り、接近したロボットを風力を上乗せした攻撃で蹴り飛ばす。

 

 

「ハイヤぁぁっ!」

「がおおぉぉっん!」

 

「拾えっ!黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨ」

「ぐっ!…疾いなっ!!」

 

 

一瞬にして鱗チームは攻撃に転じる。攻撃後の無防備な大入の体からハチマキを奪いに掛かる。

大入は慌てて指を鳴らし、装甲板を割り込ませる。上からの覆いかぶさる様な攻撃に落下しそうになるのを常闇がカバーして騎馬に連れ戻す。

 

 

「助かった常闇君…」

「どうと言うことは無い。それにしても(つたな)いな…」

「うん、この状況は不味いかも」

 

 

常闇の懸念に緑谷は同意した。

 

 

『『『『目標発見ブッ殺ス』』』』

 

 

大入チームは自らが出したはずのロボットの軍勢に包囲されている。大入チームの騎馬の周りをグルグル旋回し、逃げ場を封じる。

更に厄介なのは鱗チーム。ロボットの群れの中を走り回り、こちらの警戒の緩んだ所から何度もアタックを繰り返して来る。

 

不思議な事にロボット達は鱗チームを一切攻撃しない、あんなに派手(・・)に動いているのにだ。

 

 

「くそっ!ごめん!彼女(・・)がこんな裏技持ってるなんて知らなかった…じゃなきゃこんな手使わなかったのに!!」

「いや、大入くんが謝ることじゃ無いよ。奥の手の一つや二つ持ちたいのが人ってものだし。アレが無かったら実際、フィールド全体をパニックにする有効な手ではあったんだし…」

「でも…デクくんどうするの?」

「…まずはロボット達を排除しよう。常闇くんが攻撃。大入くんは防御に回って」

「…オッケー」

「了解した。いけるな?黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

 

たった一つの計算違い。これがもたらしたピンチはとても大きい。

緑谷は決して腐ること無く打開策を打ち出していく。大入の情報も大半を収集し終えて、足並みも合うようになってきた。

 

大入チームは一丸となって困難に立ち向かう。

 

 

________________

 

 

「…出鼻を挫かれたな完全に」

「あぁ、無意識の内にB組を蔑ろにしていたようだ…」

「くそっ!俺の“個性”で…」

「お待ちになって上鳴さん。無駄撃ちは厳禁ですわよ」

 

「…それにしても何者なんだ?彼女(・・)は?」

 

 

轟チームもロボット達に囲まれていた。

 

大入チームと轟チームの一騎打ちが始まる寸前に突如ロボットの集団が殺到。二チームを分断し、今も尚引き離し続けている。

 

原因は分かっている。拳藤チームだ。

 

彼女達がこのロボット達を誘導している。

 

 

「轟さん。私一つ思い出しましたの…」

「なんだ?」

「彼女…「推薦合格者」ですわ」

 

 

八百万は拳藤チームの前騎馬。戦場で歌う『柳レイ子』を見てそう告げた。

 

 

雄英高校推薦入試。その合格者は『轟焦凍』『八百万百』の他に後二名居る。

 

B組の『骨抜柔造』がその一人であることは割とクラス内で有名な話だが、『柳レイ子』が推薦合格者であると言う事実は意外と知られていない。何せ口数も少なく、物静かな彼女が、自らそれを大っぴらにしないためだ。

そんな彼女の“個性”が「但の念動力」で収まる訳が無い。

 

 

『柳レイ子』

“個性:ポルターガイスト”

ポルターガイストっぽいことはだいたい出来る。

 

ポルターガイストは怪奇現象の代表格。

 

在るときには家具を倒し、食器を飛ばし。

在るときには不自然な発光・発火現象を引き起こし。

 

在るときには「コンピュータを介し通信を送り付ける」。

 

 

彼女は歌う。高音・中音・低音と振動は遷移し、小刻みに音を連弾して旋律を紡いでいく。

 

それに合わせてロボットは踊り。今も尚、轟チーム・大入チームをまとめて相手取っている。

 

 

これはもしもの話だが…。

大入が骨抜と塩崎…そして柳で騎馬を組んでいたとしたら…。

 

 

 

 

 

 

大入チームの一人勝ちも有り得ただろう。

 

 

 

 

 

 

「レイ子…いけるか?」

 

 

拳藤の問いかけに柳は頭を縦に振り答えた。

今一度、拳藤は自分の拳を見つめる。そこにどんな感情が込められているのか知る者は当人だけだ。

拳藤はその拳を強く握りしめた。

 

 

「よし、皆!行こうっ!」

 

 

拳藤チームの挑戦が始まる。

 

 

対する轟チームは拳藤チームを静観していた。攻勢に出ようとすると、付かず離れずの絶妙な距離を保ち、ロボット達で出足を払い続けている。

 

 

「来るぞっ、警戒しろ」

 

 

しかし、膠着状態も崩れる。拳藤チームの攻撃の気配を察知したためだ。轟チームは警戒を強める。

 

 

拳藤チームの騎手拳藤が“個性(大拳)”を発動する。その巨大な掌が武器だ。

そこから会心の一矢が放たれる。

 

 

 

 

右手を

 

 

 

ゆっくりと

 

 

 

横に薙ぐ

 

 

 

ただそれだけだった…。

 

 

 

 

 

 

「「「「…?」」」」

 

 

行動の意味が分からない。あんな物攻撃と言えるのか?

更によく観察しようとした瞬間、異変は起きる。

 

 

「ぐっ!」「あぁ!!」「目がっ!」

「っ!?どうしたんだ!三人とも!!」

 

(くそっ!…目潰しか!?)

 

 

正解だ。拳藤はその巨大な掌を振るうことで微風を起こし、目潰しをした。

 

 

…しかし何を使って?

 

 

拳藤は砂を握りしめていたわけでもないし、他に使える物は無い。

 

 

否である。

 

 

一つ使える物がある。それは彼女の味方、小森だ。

小森は“個性(キノコ)”からキノコの胞子を生成。拳藤がそれを運んだのだ。ゆっくり手を振るったのは、単に微細で軽すぎる胞子が正確に轟チームに当たるようにだ。

 

 

この攻撃らしくない攻撃を回避したのは、唯一眼鏡を着用していた飯田だけである。

 

 

「ア タ ッ ク っ !!!」

「「はいっ!!」」

 

『『『『目標発見ブッ殺ス』』』』

 

 

拳藤の号令を受けて騎馬が突撃を開始した。柳もそれに併せるかのようにロボットを煽動する。

 

 

「来るぞ!ロボットは左右から各2っ!騎馬は正面だっ!!」

 

 

飯田は咄嗟に目として働いた。視界を封じられた三名を助けるように、できる限り正確に情報を伝える。

 

 

「っ!八百万っ、ガードと伝導の準備!上鳴はいつでも撃てるようにしろっ!」

「はいっ!」「お、おうっ」

 

 

飯田の働きに轟は応える。直ぐさま指示を飛ばし、迎撃態勢を整えた。

轟チームの視界が回復する。拳藤チームは目前に迫る。

八百万が轟のオーダーに応える。

 

『八百万百』

“個性:創造”

ありとあらゆる物質を作ることができる。

 

八百万が出したのは「絶縁体のシート」と「鉄製のステッキ」。それらを手早く身につけた轟は攻撃の指示を出す。

 

 

「やれっ!上鳴ぃっ!」

「しっかり防げよ…!」

 

 

──〈無差別放電130万V〉!

 

 

『上鳴電気』

“個性:帯電”

全身に電気を帯びる。放電現象も引き起こす事が出来る。

 

 

強力な雷光が奔流となって迫る。電流に当てられたロボット達がショートし、火花を散らし、黒煙を上げて次々と倒れる。そして雷擊は最後に残る拳藤チームに牙を向ける。

 

 

「やれぇぇぇぇっ!レイ子おおぉぉっっ!!!」

 

 

拳藤の掛け声で柳の歌声が叫声に変化する。柳の“個性”がロボットを操作する歌声から念動力の叫び声に切り替えたのだ。

 

柳が操作したのは「装甲板」。彼女が動かせるありったけの量の鉄板を次々と轟チームの周辺に突き刺す。

 

 

「「「「何っ!!」」」」

 

 

轟チームの周辺に突き立てられた鉄板は、「避雷針」の役割を果たして電流を吸収する。鉄板へと吸い寄せられた放電は、地面へと流れ逃げていく。

 

 

「がっ!?」「っ!!」「うっ!」「きゃっ!!」

 

 

しかし、電流は完全に消えるわけでは無い。幾ら減衰したとはいえ、防ぐ手立ての無い電撃は非常に凶悪だ。その荒れ狂う雷擊は拳藤チームを貫く。

 

 

しかし、拳藤チームは足を止めない。

 

 

ここまで漕ぎ着けたのはたった一つの偶然だ。

 

 

大入福朗…彼という存在。

 

 

 

 

彼が装甲板を持ってきたから…。

 

彼がロボットを引っ提げてきたから…。

 

 

 

 

 

 

こうして勝負に臨める。

 

 

この数奇な運命を逃す物かっ!

 

 

 

ほらあと5m…

 

 

3m…

 

 

1m…

 

 

 

届いたっ!

 

 

 

「あああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

拳藤は渾身の力を込めて手を伸ばす。

 

手にはハチマキが握られていた。轟チームのハチマキだ。

 

 

「やった!」

 

 

しかし、それでも届かない。

 

 

「そ れ を か え せ … っ ! !」

 

「っ!逃げっ…」

 

 

拳藤の全身を駆け抜ける悪寒。脳味噌がガンガンと警鐘を鳴らした。

瞬く間に氷が迫る。拳藤チームが逃走しようとした瞬間、騎馬がグラついた。

 

 

一瞬…

 

 

ハチマキを手にした一瞬の気の緩み。拳藤一佳は頭から抜け落ちていた。

 

 

  

 

 

 

 

「一佳っち…ごめんっ…」

 

 

 

(冷気)は取蔭切奈の天敵であると言う事実が…。

 

 

電撃攻め・急速冷却。二重の責め苦に取蔭が落ちる。

拳藤チームに逃げる術は無かった。

 

拳藤チームは氷に捕まる。騎馬の足を全て凍らせ、前騎馬の柳と騎手の拳藤に至っては最後の抵抗すら封じるために上半身まで軽く氷結させる容赦の無い拘束だ。

 

 

「うっ…」「ぐっ!…くそう…」

 

「…驚いた。まさか此処までやるとは…」

 

 

まさしく意表を突かれた…と感心する顔をする轟。悪意は無いが、その澄ました顔がこの瞬間だけは堪らなく憎らしい。

 

 

これが、拳藤一佳と拳藤チームの敗北が決定した瞬間だった。

 

 



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48:騎馬戦 6

こちらは轟によって分断されたもう一つの戦場。ポイントは既に物間チームと鉄哲チームしか残っていない。

 

 

 

 

「さぁさぁ行くぜ、お三方っ!舌ぁ噛まないように食いしばりなぁっ!」

 

 

物間チームの騎馬回原が“個性(旋回)”を使う。回原は能力の対象を自分を軸に騎馬全体を旋回させる。

 

 

ギャリ…ギャリ…っ

 

 

地面を踵が抉る音を鳴らしながら右へ左へと旋回。騎馬とは思えない動きを絡める。

 

 

旋回による特殊機動は鮮やかに、敵騎馬の間をすり抜ける様にフェイントをかけて移動する。

 

 

「あれを押さえろっ!」

 

 

どのチームのどの選手の声か分からない怒号。それに反応して物間チームに攻撃が殺到する。

 

 

しかし、近づけない。

 

 

物間チームは戦場をダンスホールに見立て、蝶のように舞い蜂のように舞う。敵の目前をすり抜けて撹乱する。

 

 

ならば遠距離はどうか?

 

 

 

「A A A A っ ! F I R E E E E E E ! ! ! 」

 

「とりゃーっ ( º言º)!!」

 

 

角取の閃光、東雲の光の拳が三方向からの同時攻撃。

 

 

「…無駄だ。単一のエネルギー攻撃が通る物かっ!」

 

 

黒色が“個性”を使う。光を「黒く染め上げ」て“個性”は攻撃を瞬く間に霧散する。

 

 

「あっそ。じゃあ、実体の有る攻撃ならどう?」

 

「ケロっ!」

 

 

耳郎のイヤホンプラグ、蛙吹の舌が狙いをつける。

 

 

「それも対策済みさ…円場っ!」

「おーっ!」

 

 

これを円場と物間が“個性(空気凝固)”と“個性(コピー)”で切り抜ける。空気の壁が挟撃を防ぐ。

 

 

あらゆる角度から飛んでくる攻撃をあらゆるカードを持って迎撃する。

 

 

 

 

(なにこれっ、やっばっ、きっつ…!)

 

 

物間の額に汗が滲む。目まぐるしく変化する状況、但ひたすらに求められる最適解。

 

 

(これが大入が戦った世界っ…!)

 

 

一対多…いや、騎馬の数が減少している上に、すぐそばで仲間がフォローしているからまだ易しい方かもしれない。

一呼吸する間も無いかと思う程の猛攻。いつ足を踏み外すかも分からない綱渡り。

 

 

「大丈夫か!?皆!?」

 

「無論っ…」「平気だっ…」

 

「もう駄目だって物間ー!囲まれてるーっ!」

 

 

黒色が高機動に目を回し、回原が“個性”の負荷で疲労困憊。一周回って円場が一番元気なくらいだ。

 

 

(このまま行けばタイムアップ前に捕まるっ!)

 

 

残り時間──5分。

 

余りに短く…長すぎる時間。

 

 

物間は賭に出る。

 

 

「皆っ!勝負に出るっ!上手く合わせてくれっ!」

「えっ?…ちょ!!??物間ぁ!!」

 

「ぐっ!」

 

 

次の瞬間、物間は……飛んだ(・・・)

 

原因は物間がコピーした“個性(爆破)”。本人がやって見せた空中機動…それさえ模倣してみせる。

しかし、完全ではない。姿勢制御を失い、空中で回転する。

 

 

(くそっ!なんてピーキーなんだっ!!)

 

 

物間の“個性(コピー)”は能力をコピーするだけでそれを扱う技術はコピーしない。

 

 

しかし、ただそれだけだ…。

 

 

物間が過去にコピーしてきた数多の“個性”達…。それらを操ってきた「経験」は初見の“個性”を実践投入出来るレベルに引っ張り上げる。

 

 

物間は“個性(爆破)”を“個性(旋回)”に切り替える。体全体を対象に姿勢をコントロールする。向かう先は角取チーム。

 

 

「何っ!」「What ! !」

 

 

物間は横を掠めて(・・・)。通り過ぎる。再び“個性(旋回)”を“個性(爆破)”に切り替えて爆風を使い、上昇。合わせて連続の爆破で体を回転させる。そこから“個性(爆破)”を“個性(角砲)”に切り替える。

 

 

「ファイヤーっ!」

 

 

空を薙ぐ一筋の閃光。横一線…と地面に高熱のメスを走らせる。他の騎馬の足を止めさせるには充分な牽制だった。

 

直ぐさま“個性(角砲)”を“個性(空気凝固)”に切り替える。

 

肺から吐き出した空気で作ったのは野球ボール大の小さな塊。

 

それを取っ手にしてぶら下がる。すかさず“個性(空気凝固)”を“個性(旋回)”にして、物間は鉄棒競技をするように大車輪。勢いをつけて峰田チームへと落下する。

峰田チームは迎撃態勢を取る。

 

 

「今だっ!!抑えてっ!」

 

 

「やれぇぇっ!円場ぁ!」

 

 

「ぐっ!」「ひっ!」「きゃっ (๑*д*๑)!」「ケロッ!?」

 

 

ここに物間チームの騎馬からアシストが入る。

相手を空気の牢獄に閉じ込める。円場の十八番である盾を応用した拘束技だ。

 

 

そして物間は峰田チームの全員に触れた(・・・)

 

 

仕上げだ…。

 

 

物間は“個性(空気凝固)”を“個性(カエル)”に切り替える。カエルの脚力を活かして空気の足場から空へ跳躍。

 

そして“個性(カエル)”を“個性”に切り替える。

 

 

 

 

 

 

 

──〈物間式! GRAPE RUSH!!〉

 

 

 

峰田実(みねたみのる)

“個性:もぎもぎ”

頭髪から引き千切られる粘着球。超くっつく。

 

 

上空から降り注ぐ毛玉の雨。騎馬で機動力を低下させた今の皆には回避の術は無かった。

葉隠チーム、峰田チーム、角取チームの三チームをその強力な粘着球で雁字搦めにすることに成功した。

 

 

 

物間の“個性(コピー)”は複数“個性”を同時に使用する事は出来ない。だからこそ物間はその場その場で選択し、「単一」で使っていた。

 

 

しかし、物間は一段階、殻を破った(・・・・・)

 

 

個性(コピー)”により手に入れた複数の“個性”を同時に…では無く、目まぐるしく巡回し、切り替え、交代する、「波状的な複合使用」。“個性”と“個性”の掛け合わせによる合体技を「たった一人」で成立させる脅威の技。

 

 

──〈個性連結(スキルチェイン) !!〉

 

 

物間の必殺技…その雛形が産声を上げた瞬間だった。

 

 

物間は“個性(もぎもぎ)”を“個性(カエル)”に変えて騎馬へと着地する。カエルの肉体は軽く、空気抵抗の働きにより無事に騎馬へと辿り着く。

 

 

『おおぉぉっと!なんだなんだ!物間チーム!葉隠チーム、峰田チーム、角取チームを一網打尽!!!盛り上げてくれるなぁエンターテイナーぁ!!』

 

 

 

「んなああー!なんじゃありゃ!?だだ被り祭りじゃねぇか!?」

「違ーよ切島っ!コピーだ!あいつ“個性”をコピーしやがった!」

「何あれずっるーい!」

「…」

 

 

物間チームの大快挙に浮き足立つ爆豪騎馬チーム。未だに爆豪は沈黙を保ったままだ。

 

 

「来なよ…」

 

 

物間が爆豪チームに向き直り、手招きをする。

 

 

「此処で選手宣誓を果たしてあげるよ…」

 

 

──爆豪(こいつ)を倒して俺達が1位になる。

 

 

「今の僕は最高に絶好調だからさぁっ!!」

 

 

_______________

 

 

「ちくしょー…酷ぇ事しやがる…」

「大入くん」

「分かってる。勝手に飛び出したりしないから…」

 

 

大入は不快感を隠しもせずに相手を睨んでいた。

口の中一杯に頬張った苦虫をゆっくりと噛みつぶし、辛酸で咽を潤すかのような。苦悶の表情だった。

 

大入はチラリと横に目をやる。

 

 

氷漬けにされた拳藤チームと鱗チームがいた。

 

拳藤チームの脱落から均衡は一瞬の内に崩れた。柳の統制を離れたロボットが鱗チームまで攻撃。対処に追われた鱗チームを横合いから轟チームが雷撃。動きを止めた後に氷による拘束。

 

二チームのハチマキは全て轟チームが手にした。

 

改めて対峙する大入チームと轟チーム。

騎馬戦の決戦は近い。

 

 

「…皆、お願いが有るんだけど…

 

…………

 

いけるか?」

 

 

「…分かった。行けるよね、常闇くん?」

「問題ない…牽制するっ!行けっ、黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

 

常闇の指示を受け黒影(ダークシャドウ)が轟チームに迫る。

 

 

「八百万!」

 

 

轟の指示を受け、八百万が鉄板を創造し、盾として黒影(ダークシャドウ)を阻む。

 

 

「一体くらい残したかったけど…在庫処分かな?ほら、行ってこい!」

『目標発見ブッ殺ス』

 

 

大入がなけなしの1pロボット…最後の一体を吐き出して轟チームへと(けしか)ける。

 

 

「なっ!?まだ隠し持っていたのか!?」

「問題ない今更一体出てきた所で意味も無い」

 

 

如何と言うことは無いと、轟がロボットを氷のオブジェに作り替える。

 

しかし、問題は無い。作戦は既に完了している。

 

黒影(ダークシャドウ)に先制して貰った。移動距離を稼ぐため。

 

ロボットを嗾けた。時間を稼ぐため。

 

大入チームの向かった先は…

 

 

 

 

 

 

大入は第二種目中に武器の収集をしていない。

 

当然だ、彼が“個性(ポケット)”に道具を格納するには「直接触れる」と言うプロセスを踏まなければならない。

騎手が地面に落ちた物を拾うには地面に手足を着ける必要があるし、騎馬だとしてもそもそも手が空いていない。

結論として大入が武器を収集することは出来ず、第一種目で拾った武器を最大活用するしか道は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

果たしてそんなこと誰が決めた?

 

 

 

 

 

 

 

 

だったら騎手(・・)でも騎馬(・・)でもない者に拾って貰えば良いだけでは無いか?

 

 

 

 

大入チームが向かう先は…拳藤チームの近く…轟が投げ捨てた「絶縁体シート」。

 

 

「…おい、あれ…」

 

「んん♪流石は黒影(・・)っ!ここ一番の良い仕事をするっ!」

 

「やられましたわ。こちらの手を逆手に取って来るとは…」

 

「駄目だよ~?持ち物にはちゃんと名前を書かないと…交番に届けて貰えないぞ!」

 

 

黒影は落ちていた「絶縁体シート」を大入に渡す。それを大入は〈揺らぎ〉の中へ格納する。

 

上鳴(雷撃)への対抗カードが一枚増えた。

 

 

「…でないと俺みたいな悪い奴に拾われちゃうからね!よい子の皆!約束だよ!」

 

 

そう言いながら大入は黒影(ダークシャドウ)の拾ってきた装甲板を次々と回収する。

 

 

『なぁんと!大入チーム!ここに来て、落ちてる残骸を回収し始めるっ!敵を目の前に、ずいぶん余裕だなぁっオイ!』

『…大入にとって、拾って来た武器ってのは生命線だ。“個性”から取り出したサポートアイテムや数々の武装で相手の隙をこじ開けるアイツの戦闘スタイルからしたら「道具が無い」って言う現在の状態は、弱体化していると言っても間違いじゃあ無いからな』

『アレで弱体化って何の悪夢だよっ!こいつぁシヴィーーーっ!!!』

 

「おいおいおいおいっ!不味いんじゃねぇのあれ!」

「…妨害する」

 

 

轟チームは妨害に出る。しかし、選択肢は限られる。

 

上鳴の放電? 

飯田の機動力で急接近?

 

どちらも駄目だ、大入チームは柳が地面に刺しまくった「装甲板」達の内側にいる。

 

どちらも防がれる。

 

 

残る選択肢は…氷による面制圧。夥しい量の氷の波が大入チームの足元を狙う。

 

 

「…麗日さん準備はいい?」

「うん!バッチリ!」

「じゃあ…飛ぶよ!」

 

 

大入が今一度、合掌するように手を叩く。次の瞬間、〈揺らぎ〉は騎馬全体を包み、騎馬ごと後方へ飛んだ。

 

 

「んなっ!?」

 

 

『なっなっなんとスカイハぁぁイっ!ここに来て大入チーム騎馬ごとの大ジャンプ!!』

 

 

「…やっぱり人一人は重い。高度出ないな」

「ちょっと大入くん!?女の子に重いとかデリカシーなさ過ぎるっ!」

 

「着地を狙うぞっ!進め飯田!」

「あぁ!」

 

「っ!今だ常闇くん、やっちゃって!!」

「薙ぎ払えっ!黒影っ!」

「アイヨ」

 

「「っ!」」

 

 

 

大入チームが空へと離脱した直後。黒影は先程までいた装甲板の戦陣を一手に薙ぎ払う。

実はこの装甲板、大入と黒影(ダークシャドウ)が装甲板を、拾い集める最中にこっそり麗日が触れて無重力化した物を混ぜていた。

 

しかし、鉄板は地面に突き刺さっている間は浮くことは無い。轟チームは黒影が鉄板を弾いて初めて、それが砲弾だと気が付いた。

 

 

──〈彗星ホームラン 改 !〉

 

 

轟チームは慌てて足を止める。

 

大入チームと轟チームの間を分断する軌道で放たれた流星群。

 

着地の隙を埋めるには充分だった。態勢を整えて向かい合う両チーム。

 

 

これから最後の駆け引きが始まろうとしていた。

 

 



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49:騎馬戦 7

「野 郎 て め ぇ ぶ っ 殺 し て や る っ !!!」

 

「待てって!!勝手すなああ爆豪---!!!」

 

 

爆豪は物間の挑発に耐えきれなくなり、飛び出した。クラスメイトの切島の制止すら振り切ってカチコミをかける。

爆豪の頭はB組連中を爆殺することしか考えていなかった。

物間は“個性(カエル)”を“個性(角砲)”にして応戦する。

 

 

「ファイヤ!ファイヤ!!ファイヤ-!!」

 

「そんなもん誰が当たるかクソボケがぁぁっ!!」

 

 

閃光の雨を抜けて爆豪が物間チームへと肉薄する。

 

 

「円場!!防壁(ガード)っ!!」

「しゃぁっ!」

 

 

円場が息を吐き、空気の壁を割り込ませる。

爆豪は突如出来上がった壁に阻まれて失速する。

しかし、そんな物で爆豪が止まるはず無い。力技で空気の壁を叩き壊してハチマキに手を伸ばす。

物間は“個性(角砲)”を“個性(刃鋭)”に切り替える。両腕を刀にしてクロスガードするようにハチマキを守る。

 

 

「うざってぇ!!」

 

 

爆豪は伸ばした手をそのまま爆発させ、目潰しをしながら頭上を超え、背後に移動。背中からハチマキを狙う。

物間は瞬時に“個性(刃鋭)”を“個性(複製腕)”に切り替えた。手の平から分化した視覚と聴覚から察知した情報を頼りに素速く指示を出す。

 

 

「回原!左270!」

「おうさっ!」

 

 

回原の“個性(旋回)”の機動で、騎馬は左回転に旋回し、背面をとった爆豪の…更に側面に先頭を着ける。

物間は“個性(複製腕)”を“個性(光の腕)”に切り替える。光る掌が出現して力技で爆豪を押し戻す。

対して爆豪は墜落する前に光る掌を爆破して再び攻勢に出る。

 

 

「爆破…確かに良い“個性”だね!」

 

 

物間は“個性(光の腕)”を“個性(カエル)”にして舌を伸ばす。それを爆豪は躱して物間に肉薄する。

直ぐさま舌を引き戻した物間は“個性(カエル)”を“個性(空気凝固)”に切り替える。再び壁を作る。

「同じ手が通じる物かと」言わんばかりに爆豪は空気の壁を回避して進む。

 

 

「でも、僕の方がもっと良いっ!!」

 

「がぁっ!?」

 

 

物間は“個性(空気凝固)”を“個性”に切り替える。物間が繰り出したのは。

 

 

 

耳から伸びるイヤホンプラグ(・・・・・・・)

 

 

 

先程の一瞬、“個性(カエル)”を利用した舌で触れて(・・・)、葉隠達からコピーした内の一つの“個性(イヤホンジャック)”だった。

 

プラグの先端が狙うのは爆豪ではない。今しがた爆豪が回避した空気の壁。壁に刺さったプラグから大音量のハートビートが流れ込み、空気の壁は破裂して炸裂弾に変貌する。

 

 

──〈空殻音擊(シェル・ショック) !!〉

 

 

爆豪は予想外の攻撃に吹き飛ぶ。両手の爆破を使い、直ぐさまリカバリーに入る。

しかし、その一瞬の隙で物間は“個性(イヤホンジャック)”を“個性(カエル)”にして再び新しい“個性”を追加でコピーする。

 

 

『戦えっ!天翔る黒き使者達よ!あの轟爆の狂人を討ち取るのですっ!』

 

ガァガァガァ─…

 

 

個性(カエル)”から葉隠チームからコピーした“個性(生き物ボイス)”に切り替え、上空に待機したカラス達を煽動し、爆豪へと殺到させる。

 

 

「こんなもんで止められると思ってんのかぁ?あ゛ぁっ!!?」

 

「思っちゃあいないさ…」

 

 

カラスを撃退した爆豪が物間を振り向く。しかし、既に“個性(生き物ボイス)”は追加でコピーした“個性(セメダイン)”に切り替えている。

 

口を開き、大量の接着液を吐き出す。咄嗟に爆豪は避けようとするが反応が遅れる。

左肩から肘に掛けて受けた接着剤は瞬く間に固まり、爆豪が落下する。

 

 

「爆豪っ!!」

 

 

白線が伸び、爆豪の体を捉える。瀬呂の“個性(テープ)”だ。テープに引かれ爆豪は騎馬へと戻る。

 

 

「ったくなぁ…跳ぶ時は言えってば!」

 

「…」

 

 

爆豪は瀬呂の忠告を無視して、再び物間に飛び掛かろうとして…

 

 

「い い 加 減 に し ろ っ !!!」

 

「っ!!?」

 

 

切島の怒号に引き留められた。

 

 

「なぁ、爆豪っ!さっきからお前、殺す殺すって目的見失ってないか!?

お前のやりたいことはB組の奴らをぶっ飛ばす事か?違うだろ!?お前のやりたかった事はそんなみみっちい事じゃ無かったはずだ!!思い出せよ!お前は何でここにいる!何のためにここに居る!!

優勝するんじゃなかったのか!証明するんじゃなかったのか!!俺が一位になる(・・・・・・・)って!俺が一番なんだって!!

お前は…もぐっ!??」

 

「いい加減五月蠅いよ…」

 

 

切島の言葉が遮られ…いや塞がれる。原因は切島の顔面に張り付いた白線。物間がコピーした“個性(テープ)”だった。

顔面に張り付いたテープは口だけでなく目まで塞ぐ。視界は閉ざされ、呼吸までも止められる。騎馬役で両手の塞がった切島にはテープを剥がせない。切島は酸素を求めて苦しみ藻掻く。

 

 

「なっ!俺の“個性”!?いつの間に!!?」 

 

「…ハチマキ獲るときにだよ」

 

 

そういいながら物間はテープを自らの頭にも貼り付ける。“個性(テープ)”を“個性(もぎもぎ)”に切り替えて頭のテープを剥がすと粘着球は数珠つなぎに取れてくる。

個性(もぎもぎ)”を“個性(旋回)”に切り替えて数珠を手で千切り分けていくと旋回を付与された毛玉が完成した。

 

 

「…もういい。時間もないし、終わりにしよう」

 

「っ!避けっ!」

「駄目っ!間に合わないっ!!」

 

 

物間からトドメの予兆を感じ、回避を促す瀬呂。しかし、それは出来ない。視界を封じられた切島との足並みが合わず、思うように動かない。

そして、最高速に達した毛玉が爆豪チームを封じるために放たれる。

 

 

──〈絡み憑く回転砲(クリング・ガトリング) !!〉

 

 

触れた物を拘束する弾丸が爆豪チームに斉射される。

 

 

 

 

 

それは偶然だった。

 

爆豪の身勝手な行動に対する怒り、それをぶつけた切島。「黒」という感情に浸る爆豪の琴線(・・)に触れた。

 

 

───俺が一位になる。

 

 

その瞬間、勝利への渇望が殺意を凌駕した。

 

 

爆豪は右手を前に突き出し、強力な爆破を持って毛玉を焼き払った。

その光景に物間は不快感を露わにする。

 

 

「言われなくったって分かってんだよクソがッ!」

「いてっ!」

 

 

爆豪は切島に張り付いたテープを強引に引っ剥がす。そして、接着剤で固化した左腕に右手を添えて爆破する。

 

 

「俺が獲るのは一位だ。但の一位じゃねぇ!完膚無きまでの一位だ!!だから…

俺らのポイントも取り返して1000万へ行く!!」

 

 

 

 

 

 

(全く…勘弁して欲しいよ)

 

 

物間は辟易としていた。

この局面で爆豪が息を吹き返した。あそこまで追い込んだのに、未だに士気は高いままだ。

 

 

(こっちはガタが来てるってのにさ…)

 

 

物間は悪態をつく。

あれほどの量の“個性(コピー)”を乱用して無事で済むわけはない。

 

 

個性(角砲)”の乱用で熱中症を起こし。

個性(もぎもぎ)”の乱用で頭から流血。

個性(旋回)”の乱用で三半規管は揺れて。

個性(イヤホンジャック)”の調節ミスで耳鳴りが止まない。

個性(空気凝固)”の連発で軽い過呼吸。

個性(カエル)”の舌は鍛錬不足で筋肉を痛め。

個性(セメダイン)”は口に残った微量の粘着液が咽に絡み付き。

個性(爆破)”は加減を間違え、軽度の火傷。

 

 

波状的な複合使用。その小さな連結ミスが積み重なり、物間にダメージが蓄積していく。

 

 

(しっかりしろよ!物間寧人っ!ようやくここまで漕ぎ着けたんじゃないか!?)

 

 

物間の“個性(コピー)”はムラの多い“個性”だ。物間の“個性(コピー)”の強さはあくまで他の人の“個性”に依存するため、優秀な“個性”を獲得する必要がある。

この先、例年の体育祭の競技は一対一の仕様になる可能性が非常に高い。

 

 

この瞬間だけなのだ…。

 

 

数多くの“個性”が入り乱れるこの状況。

 

 

物間が全力で爆豪を倒せるのはこの瞬間だけなのだ!

 

 

 

 

 

だからこそ、爆豪勝己は退かない。

 

だからこそ、物間寧人は退かない。

 

 

両チームの最後の攻防が始まる。

 

 

「しょうゆ顔!テープ!!」

「瀬呂なっと!!」

 

 

爆豪の命令で瀬呂がテープを伸ばす。狙いは物間チームのすぐ近く。

 

 

「黒目!進行方向に弱め溶解液!」

「あ・し・ど・み・な!」

 

 

爆豪チームから物間チームへ伸びる一本道。そこに芦戸の“個性”が放たれる。

 

『芦戸三奈』

“個性:酸”

多様な溶解液を分泌する。強力かつ応用幅の広い能力。

 

地面に散布された溶解液が地面を溶かして滑りやすくする。

 

 

そして、トドメに掛かる。

瀬呂のテープの巻き取りに合わせて爆豪が掌を爆破する。爆風の加速を受けて騎馬が急加速する。

 

 

「円場っ、足払い(タンブル)っ!」

「おーうっ!」

 

 

物間の指示を受けて円場が空気を固める。狙う先は騎馬チームの足元。

 

 

「っ!?」

「んなっ!?」「ちょ!?」

「ぐあっ!!?」

 

 

馴れない急加速、溶けて不安定な足場。突如現れた空気の縁石。前騎馬切島の足が捕まり、転倒する。

それに引きづられる様に瀬呂と芦戸も転倒。爆豪チームの騎馬は崩壊し、爆豪独りが投げ出される。

 

 

「回原っ!全力回転(フルスイング)!」

「決めてくれよっ!」

 

 

物間チームの騎馬がここで大回転。遠心力を蓄積させて威力を増幅する。

 

そして、トドメに掛かる。

物間は“個性(旋回)”を“個性(爆破)”に切り替える。

 

 

「うらぁぁぁぁぁぁあああっ!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!」

 

 

爆豪と物間の雄叫びが攻撃が交叉する瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

物間の“個性(コピー)”が処理限界を超えた。

 

 

 

脳に過度の負荷が掛かり、意識が落ちる(ブラックアウト)。無防備を晒した物間に爆豪の爆殺が炸裂した。爆豪は、物間の所持していたハチマキ三本をもぎ取り、そのまま地面に落下する。

 

 

「爆 豪 !!」

 

 

いち早く復帰した切島が駆け込んでくる。捨て身で身体を爆豪の下に滑り込ませ、爆豪の下敷きになる。

爆豪は切島の上に落ち、地面に足を着けていない。アウトにはなっていない。切島のファインプレーだった。

 

 

「いてて…大丈夫か?爆豪?」

 

「問題ねぇ!次!!デクと大入(クソモブ)と轟んとこだ!!!」

「あっ!ちょい待てって爆豪!!」

 

 

爆豪は両手を爆破し、単独飛翔する。切島・瀬呂・芦戸は慌てて起き上がり、騎馬を組み直しながら爆豪を追う。

爆豪チームはもう既に、物間チームのことなんて見てはいなかった。

 

 

 

 

『爆豪!!容赦なしーーー!!!

ギリギリの勝負を制した爆豪!!さあさあ急げ!時間ももう僅かしかないぞ!』

 

 

物間の意識が覚醒する。一度落ちた意識が爆撃と騎馬からの落馬の衝撃で無理矢理叩き起こされる。耳から観客の歓声と熱狂が流れ込んでくる。眼前には雲一つ無い青空。

 

 

「物間大丈夫かっ!?」

「しっかりしろっ!物間っ!!」

「大丈夫だよな?死んでないよなーっ!?」

 

 

視界に回原・黒色・円場が入り込む。誰も彼もが必死な…心配そうな顔で物間を見ていた。

 

 

(……あと一歩及ばなかった)

 

 

最後の攻防。もしも物間が踏ん張る事が出来れば勝利が掴めたかもしれない。

しかし、一度出てしまった結果が覆ることは無い。物間は敗北したのだ。

 

 

「…そ゛うか゛、ぼく゛はま゛けた゛んだな」

 

 

咽に接着剤が絡み付き、首に当てられた爆破の痛みから思うように声が出ない。言葉を紡ぐのも辛い。

 

それでも口にせずにはいられなかった。

 

 

「く゛やし゛い゛なぁ…」

 

 

掌で顔を覆い、嗚咽を漏らす。物間の慟哭は会場の喧騒に飲まれて消えていった。

 

 




4/8修正
障子君の“個性”にミス
感覚体→複製腕

なんでこんなミスしたんだorz


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50:騎馬戦 8

「…武器の補充に協力してくれてありがとう。さて、ここからどうしようか?」

「そうだね…氷の拘束は不味い。一先ず上鳴くん側から…」

「待て緑谷、轟相手に攻めではこちらが不利だ」

「それは…最初に言った性質の事?」

「あぁ…」

「ちょい待ち、俺に説明プリーズ」

 

 

万能の働きを続けていた常闇と黒影(ダークシャドウ)。しかし、轟チームと対峙してから攻めの姿勢が弱くなっている。

 

実は黒影(ダークシャドウ)は「光」に弱い。

 

黒影(ダークシャドウ)は闇が深ければ深い程、その戦闘力と凶暴性が増し、制御も難しくなる。今のように太陽光の下に晒されている間は半分の力も発揮出来ない。

 

それに加えて『上鳴電気』だ。彼が発する「雷光」が黒影(ダークシャドウ)に追い打ちを掛けて、更に弱体化させている。

 

此処まで二段構えで戦ってきた大入と黒影(ダークシャドウ)。此処に来て黒影(ダークシャドウ)が攻めに参加出来ないのは痛手だ。

 

「そうか雷光っ…」

「奴の放電が続く限り、攻めでは相性最悪だ」

 

「…黒影(ダークシャドウ)の攻撃力低下…向こうには知られてないよね?」

「恐らくな。この秘密を知っているのは口田だけ…奴は無口だ」

「どうする?氷から攻略するか、雷から攻略するか…」

 

「いや、残り時間も少ない。知られていないなら牽制にはなる…!このまま、1000万を持ち続ける!」

 

「…防御に回るってことか?」

「うん」

「……そうか、仕方ないな」

 

 

 

 

 

『大入チーム!今までの攻勢から一転!防御姿勢だっ!なんだなんだ!逃げきりかぁっ!!』

 

(決め手が足りねぇ…)

 

 

轟焦凍は考える。先程まで、トリッキーな戦術が多く見られた緑谷…大入チームが急に逃げの姿勢に変わった。

しかも、その立ち回りは非常に巧い。距離を置き、轟チームの左舷をキープする位置取りは、前騎馬飯田が邪魔になり、轟の氷結の攻め手をワンテンポ遅らせている。

守りが甘くなる左舷をカバーするための上鳴だが、それも芳しくない。黒影(ダークシャドウ)が電撃を防御し、絶縁体シートを持った大入が単騎特攻でこちらの無駄撃ちを誘う。

既に何度か空振りさせられ、上鳴の使用容量は限界間近。その予兆として、思考力が低下し、呂律が回らなくなり始めている。

残り時間も1分と少ししかない。

 

 

(一体如何する…?)

 

「…皆。残り1分弱…この後俺は使えなくなる頼んだぞ」

「飯田?」

 

 

突然轟チームの前騎馬飯田が仲間に対して語りかける。この状況を打開するために今までの温存した裏技を使う決心をした。

 

 

()れよ轟くん!トルクオーバー!」

 

──〈レシプロバースト !〉

 

 

次の瞬間、轟は三度驚愕することになる。

 

一度目は飯田の存在。彼が繰り出した超加速。トルクと回転数を無理矢理上げて爆発力を生んだ高速移動は一瞬にして全てを置き去りにするほどだった。

そんな中、刹那の間、轟は動いた。右手を伸ばし、大入のハチマキ─1000万を狙う。

 

極限の最中で遂に手にした。

 

 

 

二度目に大入チームの存在。高速移動による一瞬の時間。その僅かな時間で「大入が騎馬の上から姿を消した」。大入の消失に緑谷達自体が驚愕していた。

 

 

 

三度目に大入の存在。彼は…

 

 

 

 

 

轟のすぐ近くにいた…。

 

 

 

 

右手に持つ1000万のハチマキ。それにぴったりと追随するように。

 

そして気付いた。

 

ハチマキと大入の頭を繋ぐ「紫色の毛玉」の存在に…。

 

 

 

大入は騎馬戦中に峰田に接触することを目標に設定していた。大入がこれまでに手に入れた「武器」に不足している「非殺傷系の拘束武器」を求めて。

 

大入の“個性(ポケット)”は「気体」「液体」は勿論のこと、「生物」でなければ「有機物」も格納できる。

八百万と同様の「生物以外の有機物」と言う線引きがこれまた面白いもので…。例えばスーパーマーケットで買い物をしたとき、菓子も精肉も切り身の魚も乳製品も“個性”に格納できるのに、唯一生野菜(・・・)だけは格納できない。野菜だけは加工がされておらず本体に魂の様な何かが残っているらしく、「生物」と認識されるのだ。しかも、野菜がカット野菜になると格納可能になるのだから笑えてくる。

 

長々くだらない話をしたが…本題に入る。

 

峰田の“個性(もぎもぎ)”である髪の毛の場合は、切り離された時点から「生物から有機物」に定義が変わり、“個性”に格納出来るようになると言うことだ。

 

 

大入は飯田がレシプロバーストを繰り出すのを狙っていた。転生者である彼は、攻防の均衡が崩れるこの一瞬だけが、全方向死角の無い轟チームに対して付け入る隙になると分かっていたからだ。

1000万点から“個性(もぎもぎ)”へと繋がれた大入。麗日の“個性(ゼロ・グラビティ)”で体重を失った肉体は、さながら子供が手にする遊園地で配れている風船の様に体が宙に浮き。轟に引っ張られていたのだ。

 

 

「ジャッ!」

 

 

轟が大入の存在に気付いた瞬間。大入の眼光が鋭く光る。気合いの入った掛け声と共に右手を伸ばす。

突然の不意打ち、大入の気迫の籠もった攻撃。

 

混乱し、焦燥した轟は咄嗟に…。

 

──左手()を使った。

 

 

 

 

「ギャッ!」

 

(…っ!?左っ!俺は…何をっ!!)

 

 

大入の短い悲鳴が上がる。炎を纏った左手に触れた為、大入の右手が火傷をしたのだ。

 

大入の悲鳴を聞き、轟はハッと我に返る。

 

それこそが致命的な隙だった。大入は指を鳴らした後、左手で1000万点を掴み、右手に轟の…首元のハチマキを三枚の内二枚、乱暴に掴む。

直後、〈揺らぎ〉から生まれた空気の爆発により、大入は轟チームから引き剝がれた。

 

 

『なっ、何が起こったーーっ!!!?飯田の超加速が1000万を奪ったと思ったら大入がハチマキを取り返しているぅぅっ!しかも、追加で轟からハチマキを奪っていく始末!!!』

 

 

グルグルと空中を転がる大入。咄嗟に動いた黒影(ダークシャドウ)が拾い上げて、自らの騎馬に回収した。

 

そして、沈黙を破る。

 

 

「ちょっと緑谷君!?何あれ!?炎使ってくるなんて聞いてないんだけど!!ちょっと!これぇ!?火傷したんだけどっ!!」

「待って!待って!?何しれっとハチマキ奪って来てるの!って言うか“峰田くんの個性(もぎもぎ)”!?いつの間に!?それって反則じゃないの!!」

「ルール上問題無しっ!“個性”有りの残虐ファイトなんだからっ!!というかどっちが残虐だよ!?アイツら亜音速で俺の毛根殺しに(・・・・・)来たぞ!!なんて奴らだ!?」

「とんだ言い掛かりっ!!」

 

大入が言った通りこれは反則ではない。極めて反則染みたグレーゾーンではあるが…。

 

この騎馬戦のルールは

・“個性”の使用有り

・騎馬が崩壊しても、組み直して再起可能

・ハチマキを奪われても戦闘継続可能

・悪質な崩し目的の攻撃はNG

 

だけである。

 

 

大入が中盤で吐き出したロボの軍勢は逃走目的なので、「悪質では有る」が「崩し目的」ではない。まぁ、余波で騎馬に攻撃する事もあるだろうが、「攻撃される条件は皆同じだし、そもそも三番煎じのロボ風情に後れを取るなんてヒーローとしてどうなの?」と言い切るつもりだった。

 

今回のハチマキの場合は、一見「絶対に奪れないハチマキ」の様に見えるが、そんなことは無い。大入自身が今し方公言した様に「髪の毛ごと引き千切れば」良い。

その調節が「奪りにくいハチマキ」に匙加減を設定しているのだ。

 

 

現にそれらを理解している主審『ミッドナイト』から物言いは無い。凄い顔で睨んではいるが…。折角の美人が台無しである。

 

 

 

 

ワーワーギャーギャーと言い合いを繰り広げる大入チーム。急に話をやめて、呆然とする轟チームに向き直る。

そして火傷した右手とそれに握られた二本のハチマキを突きつける。

 

 

「…でも、まぁ、返して貰ったぞ。拳藤チームと鱗チーム(俺のクラスメイト)のポイントっ!」

 

 

大入の手には240Pと135Pの二つのハチマキ。二つ合わせても轟の頭の650Pにさえ届かない点数だが、大入にとって値千金の価値が有った。

 

 

 

 

大入(クソモブ)ぅぅぅっ!1000万点(そいつ)を寄越しやがれぇぇぇっ!!」

 

『爆豪再来ぃぃぃっ!?果たして二度あることは三度あるのか!三度目の正直になるかぁぁぁっ!!』

 

 

氷の砦を穿ち、氷片を爆熱で溶かして爆豪が乱入する。

大入は咄嗟に手を鳴らし、空中に飛翔する。

 

 

「クソコラっ!まだ逃げやがんのかっ!!」

 

「っ!!大入くん!?」

「捕らえろ黒影(ダークシャドウ)っ!」

「アイヨ」

 

「邪魔すんじゃねぇぇぇっ!!」

 

 

爆豪は黒影(ダークシャドウ)の妨害を振り切り、大入を追う。

 

 

 

大入は絶対に爆豪と戦わない。勝てないからだ。

 

大入にとって飛翔すると言うことは初めての体験だ。上手く誤魔化しているが、爆豪相手には通じない。次第に攻めが巧くなる。

大入に勝ち目が有るのは麗日の補助を受けた滞空性能のみ。機動力と操作性・精密性は爆豪に軍配が上がる。勝負にならないのだ。

 

だからこそ逃げる。

 

大入と爆豪の最後の勝負が始まる。

 

 

 

 

『残り30秒っ!!』

 

「済まないっ!俺が軽率な行動をしたばかりにっ!」

 

 

飯田はショックを受けていた。形勢逆転を狙った一手。完全に読まれた…いやあり得ない。彼の必殺技は誰も知らない物だ。

 

なのに覆された…。

 

大入が仕掛けた保険。それが見事に飯田を封殺した。

彼は不甲斐なさで押し潰されそうになっていた。

 

 

「……れるか」

 

「轟くん?」

 

 

しかし、ショックを受けていたのは一人ではない。

 

 

「こ の ま ま 終 わ れ る か っ !!!」

 

 

地獄から怨嗟の声を呻らせる轟。

 

轟は大入に使わされたのだ。

 

あの憎き親父の、あの憎き()を…。

 

大入は何も知りもしない癖に、轟の心の傷(トラウマ)に土足で踏み入ったのだ。

 

 

「八百万っ!!伝導っ!早くっ!!!」

「はっ、はいっ!!」

 

 

轟に指示された八百万は慌てて「鉄のステッキ」を創造する。素早くそれを受け取ると轟は力一杯地面にそれを突き立てる。

 

次の瞬間、地面が隆起(・・)した。

 

 

 

霜柱(フロストコラムス)」と言う現象を知っているか?地中に含まれる水分が氷結し、膨張する力を利用して、氷の柱を作り地面を持ち上げる代物だ。

現在轟がやっているのはそれだ。しかし、そのスケールはまるで違う。

 

それは氷の大樹だった。

 

 

『なんと轟チームまだ諦めていないっ!まだまだチャンスはあるぞっ!!』

 

 

尋常ならざる速度で成長したそれは、大入と爆豪の高度を軽々超えていく。

 

それだけではない。轟が攻撃を加える。

 

氷の大樹から伸びる枝のような無数の氷柱が大入と爆豪を狙う。恐らく触れたら最後、氷結に絡め捕られるだろう。

 

 

『そろそろ時間だ!カウントいくぜ!エヴィバディセイヘイ!』

 

 

氷の枝を大入は擦り抜けるように回避し、爆豪は氷柱を爆砕しながら追撃する。

 

 

『10』

『9』

『8』

 

「っ!轟さんなにをっ!!」

「やめないか轟くんっ!!」

「ウェイ!?」

 

 

最高高度に達した轟は自分の騎馬と氷の大樹から飛び降りた(・・・・・)

目下を飛行する大入目掛けて、命投げ棄てたひも無しバンジージャンプ。

ハチマキさえ奪ってしまえば、後は地面に落ちる前にタイムアップだ。

 

これで逆転(・・)出来る。

 

 

『7』

『6』

『5』

 

 

下から狙う爆豪、上から狙う轟。大入は二人を迎撃するために指を鳴らし、武器を取り出す。

 

 

『4』

『3』

『2』

 

 

出てきたのは二つの「地雷」。それを見た爆豪と轟は何かを察知して、顔面が蒼白に染まった。

 

 

『1』

 

 

大入は今日一番の悪辣な笑みを浮かべていた。そして、地雷を眼前で叩き合わせて…起爆する。

 

 

『T I M E U P ! 』

 

 

空に盛大な汚ぇ花火が咲き、大入・爆豪・轟が爆発した。

 

 



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51:昼休み 1

アニメの最新話を見た興奮に中てられて投稿。

サクサク進めたいのに書きたいことが増えていくジレンマ。


『三名空中で爆ぜたーっ!!なんだこれ!爆発オチなんてサイテーっ!!!』

 

 

瀬呂に回収される爆豪。黒影(ダークシャドウ)に回収される轟。地面にゆっくり着地する大入。ロープを創造し、氷の大樹から安全に降りてきた轟チーム。

 

全員が帰ってきた。

 

 

『早速上位4チームを見てみようか!!』

 

『1位大入チーム!!』

 

 

大入が獲得したハチマキを両手に握り締め高く掲げる。大入のパフォーマンスに合わせて歓声が湧き上がる。

大混戦の騎馬戦、大入チームの獲得本数は5本。全騎馬中の最多であり、仮に1000万点を奪われたとしても4位。勝利は約束されていた。

 

 

『2位爆豪チーム!!』

 

 

爆豪は激昂する。1000万点を手にする事が出来なかったのもそうだが、「最後の地雷による爆発」…あれはワザと(・・・)だ。

 

あれは再現。

 

第一種目「障害物競走」で緑谷が行った最後の決め手。大入はそれすら模倣して見せたのだ。

 

──二の舞を演じる。

 

 

「クソ大福(・・)めぇ…」

 

 

2度目の煮え湯を飲まされた爆豪は屈辱に塗れていた。この瞬間、爆豪は大入を初めて「超えるべき壁」と認識した。

 

 

『3位鉄て…アレェ!?オイ!!!心操チーム!!?いつの間に逆転してんだよオイオイ!!』

 

 

3位に入ったのは騎馬戦中、丸で注目されていなかったチーム。騎手の彼『心操人使(しんそうひとし)』が周囲を完全に出し抜いた。

 

『心操人使』

“個性:洗脳”

相手に暗示を掛けて洗脳状態にする。

 

それを使い、鉄哲チームのハチマキを掻っ攫ったのだ。自身が持つ、「“個性”を知られていないアドバンテージ」を大いに利用した立派な戦術だった。

 

しかし、洗脳され記憶を失った騎馬の面々。尾白、青山、発目の三名はその事実に気が付かない。何故自分が勝ったのかと困惑していた。

 

 

『4位轟チーム!!』

 

「くそっ…」

 

轟は悪態を吐く。大入チーム…大入に見逃された(・・・・・)事まで理解しているからだ。

もしの話だが、大入があのまま氷の外に完全逃走し、1000万点を0Pのチームに譲渡(・・)したら、そのまま轟チームは脱落していたのだ。

 

あの極限の戦いでそこまでの点数管理が…やろうと思えば出来る。ランクを表示した掲示板には騎馬の合計点数が表示されていた。そこにポイントを獲得している騎馬は最終種目進出を決めた4チームしかいない。

後は「引き算と比較」なのだ。大入チームは1000万点の端数360Pをただ引くだけで良い。

 

そう言う芸当まで出来たのではないか?轟は懸念を強める。

 

氷樹の周りを飛び回り、轟と爆豪を誘導して、まとめて爆破するという離れ業をこなして見せたのだから。

 

 

『以上4組が最終種目へ…進出だああ───!!』

 

 

会場内に一際大きい歓声が湧き上がる。観客一同が皆の健闘を讃えていた。

 

 

『この後、一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!!!』

 

 

『プレゼントマイク』の別れの言葉を皮切りに選手・観客一同が会場を後にする。各々、午後に備えて英気を養うためだ。

 

 

_______________

 

 

会場から去る人の群れから離れた場所。学校関係者通用口に二人の影。緑谷出久と轟焦凍が居た。

 

 

「話って…何…?」

 

 

緑谷は問いかける。話しをするために呼び出されたのに、当の本人は彼を睨み付けたまま口を閉ざしている。

緑谷はその視線に威圧感を感じた。爆豪が常に燃え盛る「炎」の様な獰猛な威圧感であるなら…轟は「氷」、暗く冷たく何処までも底冷えするような静寂な威圧感。

今にも呑まれてしまいそうだった。

 

 

「お前らと居たあのB組の奴…アイツは何者だ?」

「…は?」

「俺はアイツに気圧(けお)された。自分の誓約を破っちまう程によ」

 

 

緑谷はふと思い出した。轟は最後の一瞬まで左の炎を使おうとしなかった。それさえ使えば、大入の奪った絶縁体シートなど瞬く間に使い物にならなく出来たし、それ以外でも有利に運べる事柄は多かっただろう。

 

 

「…なぁ?お前は何かを感じなかったか?」

「…それ…つまり…どういう……」

「飯田も上鳴も八百万も常闇も麗日も…感じてなかった。最後の場面、あの場で俺だけが気圧(けお)された。あれは…」

 

 

 

──本気のオールマイトと(ヴィラン)を身近で経験した俺だけ…。

 

 

 

共感できる。緑谷は素直にそう思った。

「ヴィラン連合襲撃事件」、そこで目の当たりにした『オールマイト』と『改人脳無』の死闘…あの激戦を見ていたのは彼だけではないのだ…。

大入が轟からハチマキを奪うとき、あの時の彼は…。

 

 

「つまりアイツに同様の何かを感じたってことだ」

 

 

緑谷は今一度考える。あの時は勢いで騎馬戦のチームを組んだが…その実力は規格外だった。

結果として。1000万を一度も奪われず、ハチマキ3本を奪い、爆豪を三度撃退し、轟を二度撃退し、何度も周囲の攻めを防いでいる。彼の能力は計り知れない。

 

 

「まぁ、そんなことはどうでも良い」

「は?」

「お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

 

 

唐突な話題変更に緑谷の頭が真っ白になる。頭には大会開始直前の轟が緑谷に向けて放った挑戦状を思い出した。

しかし、黙っているわけにはいかない…と緑谷は慌てて言葉を繋ぐ。

 

 

「ち、違うよそれは……。って言っても、もし本当にそれ…隠し子だったら違うって言うに決まっているから納得しないと思うけど、とにかくそんなんじゃなくて。…そもそもその…逆に聞くけど…なんで僕なんかにそんな……」

「「そんなんじゃなくて」って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな」

 

 

少しだけ轟の表情に険しさが増す。

 

 

「俺の親父は『エンデヴァー』…知ってるだろ?万年No.2のヒーローだ。

もしおまえやアイツが俺には無い何かを持っているなら俺は……尚更勝たなきゃいけねぇ」

 

 

そして轟は語りだす。緑谷が想像すらしてなかった、轟の辛い過去の話だった…。

 

 

_________________

 

 

昼休憩中、LAUNCHRUSHのメシ処。食堂には生徒だけでなく、大会関係者等も昼食に訪れ、より一層の賑わいを見せている。この日のために調理スタッフも増員しているが、それでも追い着かず、一同フル稼働で動いていた。

 

そんな活気あふれる場に似つかわしくない物が一つ…1-Bのメンバーだ。第二種目、騎馬戦、蓋を開けてみたらB組メンバーは大入以外全滅…。

しかも、普通科・サポート科の生徒は頑張りを見せ、騎馬戦を通過。最終種目は正にA組祭と化してしまった。空気は沈みお通夜と化している。

 

 

B組協同戦線。彼らの敗因は仲間を集め過ぎた事と曖昧な結束力だった事だろう。

 

騎馬戦後半、最終種目に上がるために幾つかのチームとの足並みが合わずに仲間割れ。A組を充分に抑えることが出来なかった。もっと組織立って行動できたら、当初の目的も完遂できただろう。

 

そんなB組協同戦線。黒幕の物間寧人は…

 

 

「いやー参った。完敗だったよ」

 

 

笑みを浮かべていた。顔には絆創膏。頭・首・手の平に包帯をグルグルと巻き。手の痛みに苦戦しながらも食事を口にする。

物間の怪我は全身の至る所にあり、体力の消耗も酷く、『リカバリーガール』の治療は最低限。後は浅めの治癒を数回に分けて行うことになった。

 

 

「…なぁ、物間?」

「なんだい、鱗?」

「お前悔しくねぇのかよ?」

 

 

クラスメイトの『鱗飛竜』が尋ねると物間の笑みに影が差した。

 

 

「…確かに悔しいよ。

…でもさ、あの時の僕は全力だったんだ。持てる戦術、技術、能力、気力も全部注ぎ込んで…文字通り全身全霊を賭けて臨んだんだ…。

それでも負けた。彼らは僕の精一杯のその上を超えていった。

そこに言い訳を挿む余地は一切ないんだよ」

「…」

「でも、大丈夫。僕と彼らの距離はまだ短い。努力すれば追い着ける…追い越せる」

 

 

物間は負けた。しかし、それは僅差での話だ。自分の力量を感じ取るには納得のいく手応えだったのだ。

悔いもあるだろう、恥もあるだろう。しかし、それらを呑み込んでまた努力しようと、物間は気持ちを改めていたのだ。

 

 

「要はまた明日から頑張ればいいって事さ」

「…なんか、お前かっこいいな」

「そう?ただの負け犬の遠吠えだよ?」

「いや、そんなことねえよ…」

「…そうか」

 

 

そう言い終えると物間は口の中の傷に顔を顰めながら水を一口飲んだ。

 

_______________

 

 

「ほい、終わったよ。グミお食べ」

「ありがとうございますリカバリーガール先生。グミ頂きます」

「にしてもお前さん随分やんちゃしたねぇ…」

 

 

競技終了後、俺は保健室に向かい『リカバリーガール』の手当てを受けていた。

障害物競走、騎馬戦。勝つためとはいえ、“個性”使用上限目一杯使って「武器の収集」「戦闘への使用」「風の力で飛行」をしていたのだ。俺の胃袋は限界だ。まぁ、彼女の“個性”の御陰で全快したが…。

 

 

『リカバリーガール』

“個性:癒し”

彼女の熱い口吻は肉体を活性化し、怪我を一気に回復させる。活性には怪我人自身の体力が必要。

 

 

「軽い胃潰瘍に、地雷による全身の擦過傷、後酷いのは右腕の火傷さね。しかも、怪我の大半が自滅って変な話ねぇ」

「うっ、そう言わないで下さい…。これでも“個性”はしっかりコントロールしているんですから」

 

 

“個性”の使用上限を上げるためには“個性”を限界まで使用して鍛える必要がある。

しかし、俺の“個性”の使用限界は「胃のダメージ」としてフィードバックされる。これがまた厄介な話だ。

 

胃とは言ってみれば消化器系の要とも言える部位。食事を消化・吸収し、体内へ栄養を巡らせる重要な働きをする。

そんな胃袋がダメージを受ければ、その分内臓器官の働きが鈍り、身体能力…特に自然回復力が目に見えて低下する。そんな面倒な仕様の“個性”なのだ。

原作読んでた時、A組の青山君の“個性”の事「なんじゃそりゃ」と笑っていたが…あれはもっとヤバい。彼は下腹部を押さえている事から小腸なんかの吸収系の消化器官にダメージがフィードバックされていると思われる。

回復が遅く、ジワリジワリと削られて行くのは、長期戦や連戦でかなりの痛手となるだろう。

 

最も、リカバリーガールの手厚い治療を受けられる現在には関係ない話であるが…。

 

 

「邪魔するぞ、リカバリーガール」

「おや、ブラドキング」

「先生…」

「やはり、ここに居たか大入」

「…俺に御用だったんですか?」

「あぁ、そうだ」

 

 

保健室に訪れたブラドキング先生。俺を見つけるなり、話し掛けてくる。…まあ、内容は見当はつく。

 

 

「何故B組(クラスメイト)と騎馬を組まなかった」

 

 

これだ…。今回の騎馬戦。唯一俺だけがB組から離れて騎馬を組んでいた。

 

 

「俺の戦術にA組の選手の“個性”が必要だったんですよ。御陰で騎馬戦も圧倒できました」

「あぁ、お前独り(・・)の力でな」

「…っ!」

「お前が仲間ともっと協力すれば更に圧勝出来ただろう?」

「…教えて頂けますか?どのようにすればあれ以上の成果を?」

 

「…最大のポイントは大量のロボット。あれには肝を冷やされたが、あれは悪手だ。お前自身の“個性(ポケット)”への負担の割に効果が薄い。たかが20そこらのロボット程度で入試を障害物競走を抜けた選手に通じるわけが無いだろう。現に1~2分程度で全滅していたではないか。

次にお前が考案した飛行戦術。あれだって常時風を展開してまで、無理に飛行する必要は無い。騎馬に柳や塩崎を引き入れてしまえば良い。柳ならお前の出した「装甲板」を宙に浮かせて、それを足場に跳べばいい。塩崎なら腰に蔓を結び付けておけば、お前がロングジャンプした後に巻き取って貰う事が出来る。これに行動阻害の出来る骨抜や小森を組み合わせれば奇襲はもっと上手くいっただろう。

そもそも二部隊編成と言う発想が宜しくない。多方面から攻撃が来るこの騎馬戦で、防御を疎かにすると言う発想が危険だ。後半になる程ハチマキを持つ物は偏り、自然と狙われるのだから。実際にお前は、退場狙いの攻撃もされたんだからな」

「…」

「まとめるとだな…。お前が騎手になり、騎馬に骨抜・塩崎・柳を引き入れる。骨抜に地面に沈めて足止め。塩崎にはバリケードによる行動阻害、命綱としての移動補助。柳は「装甲板」を操作して貰い、防御全般と足場形成による移動補助。これが基本方針だ…。

A組の主要チームへの対処もそう難しくない。

先ずは1000万の緑谷。彼は防御優先の逃げ切り戦術になる。無理に狙う必要無く、疲弊した後半に包囲して叩けば良い。

次に爆豪。彼の飛行戦術は柳に装甲板を割り込ませれば大半を邪魔できる。騎馬の方は骨抜と塩崎で足止めするだけで足回りを殺せるし、回収用のテープに割り込めば退場もさせられただろう。

轟はもっと楽だ。雷撃には柳の「装甲板」による避雷針と塩崎による壁。氷の壁と拘束は全て骨抜で回避出来る」

 

「…凄いですね。そこまで思い付きませんでした」

「嘘をつくな。考え付いては居たんだろ?」

「…」

 

 

…確かに考えてはいた。

 

更に言うなら…。

まず、フィールドのど真ん中に陣取る。

次に骨抜に試合開始から10分程度掛けてフィールド全体(・・)を沈めて貰う。かつて授業で橋一本を落として見せた彼ならそれも出来る。フィールド全体が沈めば逃げ場なんて関係ない。これだけで大半の騎馬を封殺出来る。

これに対抗できるのは。原作で発目さんのサポートアイテムを借りた飛行と黒影による攻防が可能な「緑谷チーム」、足場を氷で固められる「轟チーム」、単独飛行出来る「爆豪チーム」、遠距離がハチマキの強奪に直結する「峰田チーム」の僅か4チームだ。

後は柳さんと塩崎さんに足場を作って貰い、それを通路に攻撃を仕掛ければ良い。

首尾よくハチマキを回収したら。装甲板と蔓を集合させて、重ね合わせて編み込んだトーチカを作り、立て籠もる事で逃げ切りも出来た。

 

…でも。

 

 

「…なぁ、まだクラスメイトの事は信頼(・・)出来ないか?」

信用(・・)はしてますよ。彼らは俺なんかより優秀です」

「そうじゃなくてだなぁ…」

 

 

ブラドキング先生は頭をガシガシと掻く。…考えて、言葉を選んでくれている。

でも、その気持ちを受け取ることは出来ない。

 

 

「信頼は怖い(・・)です。期待が膨らめば膨らむ程、ドンドン風船の様に大きくなって、ひょんな拍子にそれが破裂する。膨れあがった期待の反動は凄くて、転落も早い」

 

 

自分だけが破滅するならまだいい。もっと怖いのはその二次被害だ。

 

「ヴィラン二世問題」。犯罪者の子供というデメリットは非常に危うい。

何せそういう経緯を持った俺と交流を持つ言う事実自体がバッシングの対象になりかねない。深い繋がりを持てば持つほど相手にはそれ以上の迷惑を掛ける。俺の出生はそういうアキレス腱なのだ。

 

だから仲良くなりすぎては行けない。相手に迷惑だから。

 

ヒーローになるのだって「独立形態を取りやすい」というメリットを持っているからだ。

確かにヒーローは人気商売ではある。しかし犯罪を止め、正当な評価を受ければ報酬が得られる。アングラ系でメディアから離れるもよし、フリーで部下を持たずに単独行動するもよし、最悪流しの相棒として事務所を転々とするのも有りだろう。

 

兎に角、俺にとって周りとの適度な距離感はとても重要な事なのだ。

 

 

「…それはお前の経歴の事を言っているのか?」

「当然です。誰も好き好んでこんな脛に傷を持つ奴と連む必要はありません。相手にも迷惑ですから…」

 

 

当然、俺の出生は学校側も把握している。入学直後の二者面談でも話はしているし、何より天下の雄英だ、身元調査は厳重だろう。

 

 

「…すみません、午後に向けて準備もありますので失礼します」

 

 

強引に話を終わらせる。これ以上、ここに居たら感情的に喚き散らしてしまいそうだ…。さっきから頭の中で何を考えているのか分からなくなってきた。

 

俺は逃げるように保健室を後にした。

 

 

________________

 

 

大入の去った保健室。残っているのはリカバリーガールとブラドキングの二名…だけでは無い。

 

 

「やれやれ…難儀な子だねぇ。そうは思わないかい?」

「…」

 

 

リカバリーガールが椅子から立ち上がり、近くの医療ベッドのカーテンを開ける。すると、そこにはベッドに腰掛ける拳藤一佳がいた。その表情は暗く、悲しみを伴っている。

 

 

「随分と面倒な友人を持ったな…」

「…福朗は馬鹿なんです。親が悪者だからって福朗が悪者になるわけじゃ無いのに。…それを必要以上に気にして、周りを遠ざけて。福朗は周りと仲良くなれたと思ったら、ああやって自然と距離を取ろうとする。

独りは寂しい癖に、独りで居なきゃ行けないって意地張って、付かず離れずをうろうろする…そんな面倒な奴なんです」

 

 

拳藤は大入の秘密を知っている。「孤児」であることも「犯罪者の子供」である事も。

しかし、それを大入は知らない。彼の師であり親である『大屋敷護子』が三年前に拳藤にこっそり教えたのだ。彼の傍に居るなら必要な事だと…。

それ以来、拳藤はずっと大入の傍に居る。彼女が初めて行い、今も尚続き、完遂出来てはいない、たった一人のための「救済活動」。大入の闇は浅くは無い。

 

 

「私は福朗の力になれないのかな…」

 

 

活発な彼女。三年努力を続け、未だに彼を救うことが出来ない少女の弱音が漏れた。

 

 

「大丈夫だよ」

「そうだな」

 

「…え?」

 

 

少女の弱音に間を挿まずに異を唱える教師二人。彼女は思わず視線を投げかけた。

 

 

「だって、あの子はアンタから未だに離れては居ないじゃ無いか」

「…仮に君の話が本当なら、大入はもっと距離を大きく取るだろう。君と彼の関係は余りに近すぎる。心配ないさ、彼に取って君の存在は、思いの外大きそうだ」

 

「…そうですかね。…そうだといいな」

 

 

拳藤の願いが静かに溢れた。

 

 




余談 騎馬戦のポイント内訳

大入チーム 10,000,360p
鉄哲チーム    745p
爆豪チーム    705p
轟 チーム    650p
峰田チーム    570p
葉隠チーム    420p
物間チーム    325p
心躁チーム    270p
拳藤チーム    240p
小大チーム    230p
鱗 チーム    135p
角取チーム     80p


騎馬戦結果
1位 大入チーム 獲得点数10,001,385p
(大入、峰田、角取、拳藤、鱗の点数)

2位 爆豪チーム 獲得点数   1,450p
(爆豪、物間、葉隠の点数)

3位 心躁チーム 獲得点数   975p
(鉄哲、小大の点数)

4位 轟 チーム 獲得点数   920p
(轟、心躁の点数)



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52:昼休み 2

アニメも騎馬戦が始まりました。

やはり物間君、君は声もイケメンだったな。爆豪に爆殺されて正解だ。

\イケメン爆発しろ/

続きです。




『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ!

あくまで体育祭!ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!

本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……ん?アリャ!?どーしたA組!!?』

 

 

会場に再度集合すると奇妙な物を見た。チアガールのコスチュームに身を包み、ポンポンを手に持つA組女性メンバーだ。その表情は死んでいる。

 

 

「峰田さん上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

 

激怒する八百万の視線の先でサムズアップするエロ小僧二人。女性メンバーはこいつらの口八丁に誑かされたのだ。

その光景を白い目で見るB組一同…。しかし、視線が向いているのは彼女たちでは無い。

 

 

「すみませーん写真いいですか?」

 

 

携帯のカメラ機能を立ち上げながら歩み寄る大入福朗だった。

 

 

「ちょっと待てって大入!いきなり失礼だろ!」

「止めるな回原君…俺は行かなければならない。折角皆が可愛い衣装に身を包んでいるんだ!記念に納めずにどうするっ!」

「お前はどんなキャラを押していきたいんだよっ!」

「君になら分かるはずだ回原君。想像してみろ…もし塩崎さんがチアガールの姿に着替えて、長い髪をツインテールにして、「頑張って下さい」って言ってきたら…どうする?」

「…ヤバい、世界だって救えちゃうわ……」

「だろ?そういう事だ。では行って来るっ!!」

 

 

その後、大入は持てるネゴシエート能力を全力で発揮するべく、A組女性メンバーに突貫する。

 

 

「ヤッホー麗日さんと僕ロリ」

 

「「「「ボクロリ!!?」」」」

「大入くん」「あっ!おにーさん ヾ(´︶`*)ノ♬」

 

「素敵な姿だな」

「そうでしょ~?見て下さい!これで男共を悩殺です (*´˘`*)♡」

 

 

そういいながらウフン(ハート)と「せくしーぽーず」を披露する東雲。いろいろ未発達な容姿も相俟って色気よりも安心感がある何とも微笑ましい絵面だ。

 

 

「悩殺は無理だな、色気が足りん。可愛い系か愛くるしい系で攻めた方が効果あるぞ」

「あう…(๑´>᎑<)っ゛」

 

 

そういいながら大入は頭をなでる。すると東雲が借りてきた猫の如く大人しくなった。

大入は不思議に思った。僕っ娘ロリっ娘の彼女なら「女の色気が無い」と言われれば突っかかって来ると考えていたのだが…まさか「可愛い」の方に反応を示すとは思いもしなかった。

「あれ?こんなチョロい奴だっけ?」と言う疑問を一先ず片隅に置いて話を続ける。

 

 

「そんな可愛い皆を是非!記念のフィルムに納めたいんだけど、どうですか?」

 

「そんな…こんなはしたない格好でなんて…」

 

(ヤオモモさん…貴女の戦闘服の方がヤバいと思われるのですが…)

 

「私はちょっと恥ずかしい…かな?」

「えぇー?いいじゃん!楽しそうだよ!」

「そうだよ折角なんだしさぁ」

「二人ともこういうの好きね」

 

「ちょっと待って…アンタさあ、そもそもウチらの写真なんて撮ってどうする気?」

 

 

そう言いながら女子を庇うように大入の前に立ちはだかる耳郎。イヤホンの先端をこちらに向けて既に臨戦態勢に入っている。

しかし、チアガール(そんな)姿で凄まれても、ただただ可愛いだけなのだ。

 

 

「それこそ大切な記念の一枚として…かな?美人が綺麗な衣装に身を包んでいるのは写真映えしてとてもいいんだ。

…もしかして、俺が写真を変なことに使うんじゃ無いかって警戒されてる?だったら、そちらからカメラ貸してくれれば、それで撮影するよ。俺としては検閲掛けて問題ない集合写真を数枚貰えるなら充分だしね。

それと、ここで写真に納めるメリットもあると思うんだ?」

 

「…メリット?」

 

「ここでキュートなチア写真を携帯に保存してさ…気になるあの子に送りつけるの!そしたら彼はドキドキして貴女の事を意識すること間違いなし…」

「いい加減にしろ馬鹿っ!!」

「あばっきおっ!!」

 

 

大入が女性陣との交渉の最中。少し遅れて会場入りした拳藤の痛烈な一撃が大入を沈める。“個性”である巨大な手の平から繰り出された手刀は、ゴシャァッ!という音を轟かせ、大入を物理的に地面に沈めたのだ。

 

 

「し、失礼しました~っ!」

 

「「「「「…」」」」」

 

 

斃れた大入を回収し、一目散に撤退する拳藤。それを呆然と眺めるA組女性メンバー。

しばし視線を交わすと何やら無言で頷き合った。

 

その後、女性陣の撮影会が秘密裏に執り行われ、数名の男子生徒にチア写真が贈られたとか贈られないとか…。

 

 

 

 

「…一佳よ、酷いんではないかい?」

「このお馬鹿界のニューウェーブっ!少し目を離したと思ったら何やってんだっ!!」

「いや~余りによかったんでつい…卒アル(・・・)映え間違い無しだったのに、実に惜しいことをした…」

「あぁ、そう言う奴だったよアンタは…」

 

 

ガックリと項垂れる拳藤。

 

 

「仕方ないな、来年に期待しよう。来年はAB合同でチアガール着て、男は応援団の白学ランでな!集合写真撮ったら楽しいぞ!」

「そんなにチアガールが見たいのか?」

「あぁ、勿論。…きっと一佳も似合うぞ」

 

 

「…うるさい、ばか」

 

 

 

_______________

 

 

『さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目!

進出4チーム16名からなるトーナメント形式!!』

 

『一対一のガチバトルだ!!』

 

 

会場に全ての選手と観客が集まりプログラムが進行する。『ミッドナイト』の指示により最終種目の厳正なる抽選会が行われる矢先、事件は起こった。

 

 

「あの…!すみません。俺、辞退します」

 

 

手を上げて最終種目を辞退する旨を1-A『尾白猿夫』は伝えた。

この最終種目は体育祭の正に花形。全生徒が喉から手が出るほどに望むその権利を、彼は放棄したのだ。

 

 

「尾白くん!何で…!?」

「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

 

「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。多分奴の“個性”で…。

チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも…!

でもさ!皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて…俺は出来ないっ!」

 

 

必要以上に気負いする尾白。しかし、彼の考え方に賛同する者も居た。

 

 

「君の気持ちはよく分かるよ尾白くん☆」

 

 

賛同者は同じく1-Aの『青山優雅』だった。

 

 

「誠に申し訳ないマドモワゼル。僕も彼と同じ理由で棄権させていただきたい。

僕も騎馬戦での記憶が殆ど無いんだ…。この最終種目への権利は「自ら掴み取った物」では無く「誰かから不躾に与えられた物」だ。そんな物に縋って最終種目へ進むのは…美しくない。

願わくば、僕よりも「勝つために全力を尽くした」者にこの権利を譲り渡してはくれないかい?」

 

 

「ちょっと二人とも気にしすぎだよ!本戦でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」

「そんなんいったら私だって全然だよ!?」

 

「違うんだ…!俺のプライドの話さ…俺が嫌なんだ」

「気遣いは嬉しいよ?でも駄目☆これは僕の美学の話。僕が僕としてヒーローを目指すのに必要な事なのさ…」

 

「「あと何で君らチアの恰好をしてるんだ(い)…!」」

「「ゴメン、それについては触れないで!」」

 

 

困惑する会場の面々。主審の『ミッドナイト』はこの要求を承認した。彼等の青臭い考え方が彼女の心を強く打ったのだ。

 

 

「…あっ、私はやりますからね?」

 

 

尚、最後の一人『発目明』は最終種目に参加するようだ。

 

_______________

 

 

『…とは言ったものの…繰り上がりはどうしようかしら?他チームは全員0pなのよね…。

よし、ではこうしましょう!第二種目騎馬戦、最後の一瞬までハチマキをキープしていた『鉄哲チーム』!君たちを最終種目に繰り上げます!

さぁ、誰が出るか決めなさい!』

 

 

 

「オ、オイ…どうするんだよ?」

「困りました…」

 

 

突如降って湧いたチャンス。第二種目で落選した鉄哲チームに最終種目への権利が舞い込んできた。

それ自体は喜ばしい。しかし、出られるのは…二人だけ。二人だけしかこの先に進めないのだ。

 

 

「よーし、鉄哲!塩崎!行ってこい!!」

「なっ!?」「泡瀬さん!?」

 

 

戸惑いを破ったのは泡瀬の提案だった。選ばれた鉄哲と塩崎は驚きを露わにした。

 

 

「お待ち下さい泡瀬さん!鉄哲さんはともかく、私は興奮してしまい、皆さんの足を引っ張ってしまいました。私よりも周りに気を配ってくれた、泡瀬さんや骨抜さんの方が相応しいのではないですかっ!」

「そうだぜ!塩崎はともかく、俺は騎手で有りながら活躍できなかった…。追加で獲った小大のハチマキだって、泡瀬と骨抜がチャンスを作ってくれたから出来たんだぞ。どう考えてもお前らの方が相応しいじゃねぇか!」

 

「カッカッカ!冷静な評価ありがとよ!」

「でもな…最終種目はお前らの方が勝算が有るんだよ」

 

 

泡瀬と骨抜の“個性”は触れた物の性質を変化させる能力だ。つまり、“個性”の使用には「物を媒介する必要」がある。

最終種目の内容は不明。しかしフィールド次第で、二人はその力を充分に発揮出来ないのだ。

対して鉄哲と塩崎は自発的に“個性”を使っていける。より高い勝算があるのはこちらなのだ。

 

 

「しかし、でも…」

「…いいのか?お前らは?」

 

「確かにな。最終種目に行けるなら行きてぇ…」

「だが!それ以上にやって貰いてぇことがあるのさ!」

 

「「…それは?」」

 

「大入をギャフンと言わせることだ…っ!」

 

「「…っ!?」」

 

「大入は唯一B組から最終種目に進出した…。

俺らはよぉ。まだアイツを見返してやってないわけよ」

「俺はな。この中で一番勝算があるのはお前らだと思うんだよ。…だからさ、アイツの顔面を思いっきりぶん殴ってこいっ!」

 

「「…っ!…おうっ(はいっ)!!」」

 

 

そう言葉を閉めると拳を前に突き出す。合わせるように骨抜も拳を前に出した。

二人が託してくれた物に思わず目頭が熱くなる。鉄哲と塩崎はその心意気を直と受け取り、拳を突き合わせた。

 

そして、誓う「打倒大入」を…。

 

 

こうして最終種目出場選手16名が決定し、その時を待つばかりとなった…。

 

_______________

 

 

「なぁ、本当にこっちなのか?」

「んだんだ。オレの鼻もこっちだって言ってる」

「間違いないって一佳っち!アタシは男を嗅ぎ分けるのは得意なんだよっ!」

「ん。取蔭さん、その言い方はいやらしい…」

「…こういう所で動物由来の“個性”は便利だよね。捜索が凄い楽だ…」

 

 

拳藤・宍田・取蔭・小大・物間はレクリエーション種目の合間を抜けて、大入福朗の探索に繰り出していた。

レクリエーション種目は最終種目に出場する選手には参加義務が無い。レクリエーション種目開始と共に会場から忽然と姿を消した大入の様子を見に、「嗅覚による探索能力」に長けた取蔭と宍田、あとついでに能力をコピー出来る物間を引き連れて行動していた。

 

 

「それにしても大入っちなぁ。女の子を引っかける(・・・・・)なんて隅に置けないなぁ…ねっ!一佳っち」

「いや、私に振らないでよ…」

「ねぇ、本当に大入が他の女生徒を口説いていたの?俄には信じられないんだけど…」

「それについては多分間違いねぇべさ。さっきから大入の匂いと一緒に同じ女の匂いもセットでずっとしてるがらな」

「…ん。大入くん不潔」

 

 

大入が姿を消す直前を取蔭・小大が目撃していた。大入はこっそりと見知らぬ女生徒に耳打ちをしており、女は花の咲くような満面の笑顔を見せ、大入と強く手を握り合っていたのだ…。

 

 

こ…これは何かあるっ!

 

 

取蔭切奈の「女の勘」が二人の並々ならぬ深い関係を察知した。

 

取蔭は面白半分で拳藤に声を掛け、そこから捜索を始めた。

大入の痕跡を辿って、彼等は校舎の裏手に差し掛かった所でその声を聞いた。

 

 

「あぁっ!いいですっ!素敵ですっ!!最高ですっ!!!」

「ほら、もっと静かにしないと周りに気付かれちゃうよ」

「駄目ですっ!無理ですっ!こんなに凄いの我慢できるわけ無いじゃないですかっ!!ああっ見てっ、見て下さいっ!ここもこんなになっちゃってます!!!」

 

 

突如鳴り響く女の嬌声。その声は歓喜に彩られ、興奮の坩堝(るつぼ)は全てを融かしてしまうかのような迸る情熱を帯びていた。

 

 

まさか、こんな所でおっぱじめやがったのか!?

 

 

五名は驚愕した。こんな人の寄りつかない校舎の片隅で、男女二人でこっそりとナニをやっているのか?

彼等は慎重に歩みを進める。この突き当たりを曲がった先…そこに大入は居る。

 

そして、その現場を目撃した!

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、発目さん?次は何処のパーツ外そっか?」

「そうですね~。手足は分解(バラ)しましたし、今度は胸部装甲いっちゃいましょうか!」

「オッケー!」

 

 

「 大 入 っ ち に は ガ ッ カ リ だ よっ ! ! 」

 

「えっ!?ちょっ、何っ!!?」

 

 

校舎の陰。そこでこっそりと秘密の時間を共有していた大入とサポート科の『発目明』がいた。

大入が鹵獲したロボインフェルノ産の『エグゼキューター』のスクラップを「解体(おたのしみ)」していたのだ。

 

目眩(めくるめ)く愛の密会。重ね合わせられる情事。そう言うのを想像した取蔭の期待を見事に裏切る大入。

そこに拳藤を放り込むことで波紋を広げるだろう修羅場…そう言う昼ドラの様なドロリとした展開を期待していた取蔭が思わず怒りながら現場に乱入する。

どうせ、こんなことだろうと察していた拳藤が後に続き、残りのメンバーもその場に現れる。

 

 

「こりゃ、驚いたべな…こんなモンまだ隠し持ってたんだなぁ」

「あぁ、見つかっちゃったか…本戦の秘密兵器なのに」

「ん。大入くんもしかして…これが武器?」

「あぁ、こいつを分解して武器にすんの!」

 

 

そういいながら大入はロボから抜き取った鉄パイプを刀剣の様に構え素振りもする。数回振るった後に〈揺らぎ〉の中に格納する。

 

 

「さて、次はスプリングが欲しいな…何処かに無い?」

「そうですね~…。下半身のパーツなら衝撃吸収用のサスペンションが内蔵されてるはずです。それを探しましょう!」

「アイアイサー!」

 

 

発目のアドバイスを受けて大入が残骸の山に潜り込む。ガシャガシャと音を鳴らし、必要なパーツを捜索する。

 

 

「貴女は…確かサポート科の生徒だったよね?」

「はい!発目って言います!子沢山さんには私のベイビー達のお世話をして貰ってます」

「「子沢山さん!?」」「「「ベイビー!!?」」」

「あぁ、発目さんは自作したサポートアイテムを「ベイビー」って呼ぶの。んでサポートアイテムを大量に使う俺は「子沢山」って呼ぶらしい。

つまるところ、「ベイビーのお世話」は「サポートアイテムのテストプレーヤー」って事だな」

「何処までもガッカリだよ大入っち!」

 

 

発目の意味深な発言も注釈していく大入。期待した修羅場ルートに全く移行しないと憤慨する取蔭。

 

 

「けどさ、良いの大入?彼女って最終種目出場選手でしょ?手の内晒して大丈夫?」

「問題なし。発目さんとは決勝まで当たらないし。取引も済んでるから」

「取引?」

「はい!子沢山さんには「『エグゼキューター』の分解の協力」と「もしも対戦相手になった暁には勝利を譲る」ことを約束しています」

「どう見ても裏取引だべさ」

「しかも八百長宣言…」

「ん?ちょっと待って。大入くんからの条件は?」

「「生の『エグゼキューター』の分解権利」と「発目さんの対戦相手の戦闘傾向の情報」と「俺が発目さんと戦う際、サポートアイテムのプレゼンテーションの全面協力」の3件」

 

「…は?」

 

「要は俺と発目さんで決勝戦になったら『発目明のサポートアイテム大博覧会』が開催されるって事だ」

 

「こいつら体育祭で暴挙(テロ)でも起こす気だし!?」

 

 

驚くべき事に大入と発目は神聖なる雄英体育祭で前代未聞の『売り込み(デモンストレーション)』を計画していたのだ。大会趣旨を完全に無視した、なんとも言い難い結末になること間違いなしだ。

実は大入の根回しは三週間も前に遡る。大入はこの時、発目と接触し、その後ビジネスライクな関係を構築することで、自分の要求もある程度通るようにしていた。

 

 

「ちょっと待って福朗!アンタはそんな勝ち方で優勝して良いの?」

「普通にやったって発目さんには負けないだけならなんとかなるよ。でも、発目さんは大会での勝利よりサポートアイテムの紹介がメインなんだ。

彼女のアイテムに賭ける情熱は素晴らしい…。テストプレーヤーとしては是非とも協力したくなる」

「そうです!私は私のドッ可愛いベイビー達が活躍して目立って、大企業の目に留まれば!それって大企業の目に私のドッ可愛いベイビー達が留まるってことなんですよ!!

そこで!子沢山さんの“個性”ならば、より多くのベイビー達をステージに持ち込めると言う訳なんですよ!!あぁっ、今から興奮が止まりません!」

 

「でも良いの大入?裏取引なんてバレたら最悪失格になるんじゃ…」

 

「まぁ、俺としてはA組の爆豪の優勝を阻止できれば…。それだけで俺の選手宣誓は達成されるしな」

 

「君の宣誓を達成するために尽力した僕の苦労はなんだったんだ…」

「随分とハードルの低い、選手宣誓の内容だべ」

 

「そんなことないよー。正々堂々戦うことだけを誓う宣誓よりもずっとハードルは高いよー」

 

 

大入の発言は強ち間違いでは無い。何せ優勝候補筆頭で原作優勝者の爆豪勝己をその表彰台から引きずり下ろさなければならない。故にこの位はしないと厳しいだろう。

 

 

「子沢山さん!時間も少ないですよ!」

 

「あぁ、そうだな。そろそろ皆は戻ったら?競技の途中でしょ?」

「あぁ、分かったよ」

「じゃあね~大入っち!」

「ん」「だべ」

 

「…」

 

 

大入に促されて会場に戻る一同。しかし、拳藤だけはその場を去ろうとしない。

 

 

「…なぁ、福朗」

「なに?」

 

「がんばれ…」

 

「…おう」

 

 

拳藤は握り締めた拳を前に突き出す。

大入はそれに驚いた後、少し恥ずかしそうにしながら拳藤のそばに歩み寄る。

そして、拳を握り、突き出された拳藤の拳にコツンと軽くぶつけた。

 

なんとも説明できない気恥ずかしさに耐えきれなくなった大入は、頭をガシガシ掻いて、ロボの残骸に戻っていく。

拳藤はそれを見届けた後、少しだけ笑って、その場を去っていった。

 

 



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53:最終種目 一回戦 1

最近読み応えないなと思って文量倍以上にしたけど…文才が無いから書くのが大変。
最近アニメ効果で皆さんがMHAの二次小説出してますが、私より倍の文量で倍の速度で更新していて本当に凄いと思います。

続きです。




最終種目「ガチンコバトル」

 

 

スタジアムに作られた特設ステージ。そこで試される己の自力。小細工は通じない、正々堂々の真っ向勝負。

 

ルールはシンプル。

相手を行動不能にするか、場外に放り出すか、降伏させるか。

 

戦いは恙無(つつがな)く進行した…。

 

 

 

 

一回戦 第一試合

緑谷出久 vs 心操人使

 

 

試合の主導権を握ったのは心操。彼は巧みな挑発行為で緑谷を煽動し、“個性(洗脳)”の条件である「会話を成立させる」事に成功した。

心操はこの瞬間、勝利を確信した。心操は緑谷に「場外に出るよう」命令した。それに従い緑谷は一歩…また一歩と足を運ぶ。

 

場外の白線を跨ぐまであと少し…そこで事態は急変した。突然、緑谷の指が爆発した。彼の“個性”であるハイパワー…それが暴発したのだ。幸運にもそのダメージで緑谷は心操の洗脳状態から逃れる。そのまま「これ以上主導権を握られるのは不味い」と言わんばかりに緑谷は心操に挑む。

 

対して心操は激しく動揺していた。「洗脳が解けた原因」さえ不明だが、それ以上この戦況は不味い。心操の“個性”は強力ではあるものの、その条件は非常に困難だ。「洗脳する意思を持った状態で対象と会話を成立させる」必要がある“個性(洗脳)”は仕掛けが割れると非常に脆い。心操の“個性”は一撃必殺で有りながら、同じ手が通じない一度限りの必殺なのだ。

 

その後は唯々意地だけがぶつかり合う押し相撲。そのギリギリの闘いを制したのは『緑谷出久』だった。

 

 

 

 

一回戦 第二試合

轟焦凍 vs 瀬呂範太

 

 

彼等の勝負は一瞬だった。

 

先制を仕掛けたのは瀬呂。目にも留まらぬ早業で轟をテープで雁字搦めにして動きを封じた。そしてそのまま場外へと放り出すべくテープを手繰り寄せる。

 

しかし、先の騎馬戦でプライドをズタズタされた轟は休憩時間中に父親である『エンデヴァー』と面会していた。そこで聞かされた憎らしい説教は轟にストレスを与えた。一口に言って、今の轟は「気が立っていた」。

轟は自身の怒りに任せて全開の()を使った。スタジアムの半分を氷結し、ギャラリー席の一角に到達するほどの大氷塊は瞬く間に瀬呂を飲み込んだ。

 

哀れ瀬呂…彼にはもう、どうすることも出来ない。下半身は氷結に埋もれ、自慢のテープも氷点下にやられてボロボロと使い物にならなくなった。

 

余りの凄惨さに周囲の同情の目は絶えない。「ドンマーイ」と言う慰めの大合唱を聞きながら瀬呂は敗北した。

 

そして、勝者『轟焦凍』は瀬呂を助けるべく()を使う。その表情は何処か悲しそうだった。

 

 

 

 

一回戦 第三試合

上鳴電気 vs 塩崎茨

 

 

彼等の勝負は一方的だった。

 

先制したのは塩崎。無数のツルを津波の様に操り、上鳴をドンドンと追い立てる。

どうにか射程圏内に捉えようと接近する上鳴を塩崎は無数のバリケードで阻む。

 

闇雲に回避を繰り返した上鳴はあっという間にツルに包囲され、とうとう捕らえられた。

 

一か八か。上鳴は自分の持てる“個性”の最大電力を放出した。運がよければ放電が彼女を貫通し、最悪でも電熱でツルが傷み拘束から逃れられればと考えた。

 

しかし、塩崎の方が上手だった。ツルの一部を地面に縫い合わせる事でアースの働きをさせ、効率よく電流を逃がした。

 

ツルの強度と電気の蓄積量の耐久勝負。制したのは塩崎。上鳴を制圧し、勝利を手にした『塩崎茨』は自らの幸運を神に感謝したのだった。

 

 

 

一回戦 第四試合

 

 

 

 

 

飯田天哉 vs 大入福朗

 

 

──…

 

 

_______________

 

 

いやー恐いわー。これが世界の修正力って奴か?

とにかく恐いわー…。

 

 

洗脳されていた尾白君が最終種目を棄権するのは予定調和だったが…まさか青山君も棄権するとは思いもしなかった…。

結局心操チームから二名が棄権。繰り上がりで鉄哲さんと塩崎さんが最終種目に出ることになった。

そして、組み合わせの抽選会もピッタリそのまま。唯一俺と発目さんが入れ替わっているだけだ。

 

ちくしょー…。やはり緑谷チームの機動力である発目さんのポジションを取ったのが悪かったのか。

もし、順当に行けば…

 

飯田君→塩崎さん→轟君→かっちゃん

 

と対戦する事になる。

 

 

えぇ~、何このハードルート…。もう少し楽な相手はいませんか?…あっ、どのルートでも辛いわ。

…嘆いても仕方ないね。前向きに検討しよう。…と来れば彼の考察だ。

 

 

『飯田天哉』

“個性:エンジン”

とにかく足が速い。

 

 

体内に車の『エンジン』に類似した器官を持つ異形型の“個性”に該当する。その恩恵は「爆発的に発達した脚力」に集約される。その走力、蹴りによる打撃力は一級品だ。しかも全身を隈無く鍛え抜かれ、体幹も強く、耐久力も高い。

更に注目するべきは騎馬戦でも見た〈レシプロバースト〉。エンジンのトルク回転数を無理矢理引き上げて、約十秒間超加速を繰り出す。

 

 

「速さ」と言うのはかなりの脅威だ。

 

 

遠距離を一気に詰め。

不利な戦場を一目散に離脱し。

相手の行動の先に割り込み。

速度は運動エネルギーを残し、打撃力に変化する。

 

 

彼の足がどんだけ速いかと言うと『個性把握テスト』で彼は50m走を約3秒で走っている。これは単純換算すると時速60kmで走っていると言うことだ…ぶっちゃけ自動車と大差ないレベル。しかも、エンジンの特性上、右肩上がりに加速するため、最高速度はこれより速いと言う事実。

彼に蹴られると言うのは車に轢かれるのと同義と言っても過言では無いだろう。

更にレシプロバーストを発動すればもう一段階速くなるのだから始末に負えない。

 

「当たらなければ、どうという事は無い」

 

本当にその通りだと思います。

 

 

 

さて、ここで問題が一つ。俺がレシプロバーストにまるで対処出来ていない(・・・・・・・・)と言うことだ。

騎馬戦で俺は飯田君のレシプロバーストをモロに食らった。しかも彼が騎馬を組んでおり、存分に走れない状況下で…だ。

目算時速100kmを優に超えるスピードに為す術も無く、ハチマキを獲られかけたのだ。

事前に来ることが分かり、身構えた俺にさえまともに動けない。

 

 

 

 

 

…さて、ここからどうやって攻略するかだ。

 

 

 

_______________

 

 

 

 

「すみませーん。隣いいですか?」

 

 

 

 

彼との出会いは本当に偶然だった。

第一印象は「何だか妙に笑う奴だな」と感じていた。話に聞くところ、東雲くんの恩人なのだそうだ。

 

詳しく話を聞いて驚いた。なんと彼は入試試験であの超巨大ロボットに立ち向かい。奴を半壊にまで追い詰めたと言うのだ。

彼の“個性”を聞いた上で戦力差を考えても、相当の勇気が求められるであろう事は想像に難くなかった。

それでも超巨大ロボットに挑んだのは、危機が迫っていた受験生を助けるためと言うではないか。

もし彼の勇気ある行動が無ければ、東雲くんや葉隠くんと同級生になることは無く、共に切磋琢磨する事も無かったかもしれない。

何より、今となっては大事な学友となった緑谷くん…。彼と同じだけの事をやり遂げたのだと、素直に尊敬してしまった。

 

 

 

 

「俺からしたら飯田君も委員長の素質有ると思うよ?

…いや、会って数分もしない俺が言うのもアレなんだが…。要は飯田君は「自分よりも相応しいから緑谷君を推薦した」んだよな?それって「その方がクラスの為になる」って判断したんだよな?「決して利己的にならず、平等に冷静に、『多』の事を考えて」選択したって事にならないか?

だったら飯田君にも素質はあるよ。だって「皆の為に最善を尽くすこと」ができるんだから」

 

 

 

 

それでいて、彼は優しかった。

クラス委員長を決める投票で気落ちした俺を励まし、元気づけてくれた。

今思えば「ヴィラン連合襲撃事件」で救援を求めて足を踏み出せたのは、あの言葉が頭の片隅にあったお陰…いや、流石にそれは言い過ぎだな。

 

 

 

 

「…でも、まぁ、返して貰ったぞ。拳藤チームと鱗チーム(俺のクラスメイト)のポイントっ!」

 

 

 

 

そして彼は強かった。

彼と初めて対峙したのがあの騎馬戦。驚嘆するほどの実力を誇示して見せた。

あの一瞬の攻防。俺の奥の手を見事にひっくり返して見せたのだ。

 

 

 

 

そんな強敵に今度は単身で挑まなければならない。

 

 

彼の強みは拾ってきた物を武器として使う戦法と風を使った機動力…。

汎用性は八百万くんを、戦闘力は爆豪くんを、足して二で割る様な戦い方だ。

なるほどこれは強敵だ。

 

 

考えないといけない。彼に勝つ最善(・・)の手立てを…。

 

 

_______________

 

 

『Yeah!リスナー諸君、待たせたなァ!ちとばかし、スタジアムのお手入れに時間が掛かっちまったぜ!!

さァ!行ってみようか四戦目!』 

 

 

プレゼントマイクの煽りに乗せられ、会場のボルテージが一段上がる。スタジアムがより一層強い熱を帯びた。

 

 

『実はお前ら気になってたんじゃねぇかぁっ!?この二人の対決をよォ!!

選手入場!!騎馬戦では脅威の超加速を披露した一年随一のスピードスター!!飯田天哉!!』

 

 

プレゼントマイクのコールに応え、飯田がスタジアムに入場する。

一歩一歩しっかりと踏み締め、観客の声援と拍手…その総てを肌で感じ、感動をしかと噛み締めながら、悠然と歩く。

飯田は奮えていた。胸張り、視線を前に向け、精神を研ぎ澄ました…とても心地よい緊張感。

気炎万丈、威風堂々たる足取りでステージに上がる。

 

 

『対するは本大会のダークホース!騎馬戦で選手全員を恐怖のドン底に落とした一年随一トリックスター!!大入福朗!!』

 

 

プレゼントマイクのコールに応じて大入が入場する。ゲートから飛び出した大入は、ステージに向けて全力疾走で駆け抜ける。

指を鳴らし、足下に作った〈揺らぎ〉から強風を生むと、それに乗り空へと大ジャンプ。鮮やかな三回半捻りを決め、ステージに着地。右の拳を高々と掲げ、ガッツポーズを決めた。

サービス精神旺盛な大入のパフォーマンスに観客から万雷の拍手喝采が浴びせられる。

春風満面、余裕綽々と観客席に手を振って応えた。

 

 

「…随分と派手な入場だな、大入くん?」

「あれ、羨ましい?俺に勝ったら、次は真似していいよ?」

「いや、遠慮しておく…。俺は真剣にこの大会に臨んでいるんだ。巫山戯(ふざけ)ては居られない」

「ムッ…失礼な、俺は至って大真面目だよ!

いいかい!人々の平和を守るだけがヒーローの仕事じゃないんだよ!」

「…どういう事だ?」

「確かにヒーローは敵との戦闘だったり、災害救助だったり、市中の安全パトロールだったりが主な仕事…だけどそれだけじゃない!

ヒーローランキングNo.10の『ギャングオルカ』は「水族館からショー」のオファーを受けたりするし、関西の任侠ヒーロー『フォースカインド』は人気向上のためにボランティアで「人形劇」をしたりする。

つまり!ヒーローってのは守るだけじゃ無く、人々の笑顔を率先して作って行くのだって立派な仕事なのさ!」

「…っ!?なるほど!つまり君は闘うだけでは無く、観客を喜ばせるパフォーマンスを絡める事で、周囲の注目と評価を高めようと考えているんだな!」

「Exactly!(その通りでございます)

但し、勝負が始まったらそんな余裕も無いからね。今は始めと終わりだけでもって事さ…」

「なんて事だ…。君はそこまで、ヒーローとしての在り方まで考えているのか…」

 

『あんた達、呑気にくっちゃべってないでさっさと構えなさいっ!始めらんないでしょ!?』

 

 

ここで思わず主審『ミッドナイト』のツッコミが入る。両者はミッドナイトに謝罪を入れると試合開始の立ち位置に戻り、戦闘の準備に入った。

軽い会話で一度ほぐした緊張を引き締め直し、集中力を高めていく。

 

 

その時は来た!

 

 

『 S T A R T !!』

 

 

開始の合図が鳴り響いた瞬間。大入は距離を取るため、後ろに二歩下がる。

その間に飯田は初擊を当てるべく、八歩前に出る。

 

射程圏内に捉えた飯田は矢の様な跳び蹴りを大入の顔面に目掛けて放つ。

対して大入は蹴りをしゃがんで攻撃をやり過ごし、伸びきった足を一気に上に叩き上げる。

体勢を崩した飯田に大入はカウンターを狙う。パチン!と指を鳴らすと〈揺らぎ〉が生まれ、中から「長柄の槍の様な武器」が出て、飯田の頭目掛けて横薙ぎに払われる。

回避をするために飯田はそのまま後ろに倒れ込み、咄嗟に片手を地面に着いて体勢を立て直す。

しかし、大入は追撃の体勢に入っている。振り払われた槍は機動を変え、真上から一直線に飯田に向け、振り下ろされる。それをよく見ると、槍の刃が真下を向いた「鎌の様な形状」をしていた。

 

 

「うおっ!」

 

「…あら、外した」

 

 

飯田は慌てて横に跳び、そのまま大入の追撃を躱し、急いで距離を取る。

その間に大入は「長柄の槍鎌」を構え直す。

 

 

『ぶっ…武器ぃぃぃっ!』

『あれは…』

 

「ちょっと待ちたまえ大入くん!戦闘服(コスチューム)の使用は禁止じゃないのか!?」

「それは違うよ!これは「ロボットの廃材」を継ぎ合わせて自作(・・)した即興の装備だよ!」

「んな!?マジか!?」

「男ならDIYの一つや二つ(たしな)んどかないとなっ!序でに後でサポート科に売り込みにも行くよ!」

「目的見失ってないか!?」

「違わないよっ!パワーローダー先生だって戦闘服(コスチューム)の改造資格持ってんでしょ!!

ヒーローが自前で武器を作ったって良いんだよ!」

 

『有りよ!既にパワーローダーのチェックもパスしてるわ!』

 

「マジか!?」

 

『なんと大入っ!ここで意外な才能を発揮してきたっ!?でも有りなのかマジでこれ!?』

『…これはルールの盲点だな。

大入の“個性”は「道具をストック」する物だが、競技中に拾った物は自由にして良い。だから、それを武器として使えるように加工したんだ。

要は“発動型個性”が“個性”使用の為に必要なエネルギーを試合前に補給するのと同じ「事前準備」の範疇だ。

しかし、それを加味しても、数時間程度の時間で武器一本仕上げてくるとは正気の沙汰とは思えねぇが…。

武器使いが武器の無い状態から闘うための戦力(・・)を只管蒐集し続けた、大入の足掻いた成果なんだろう。アイツは勝つことに異常なまでに貪欲だな』

『こいつはぁシヴィーーーっ!!?』

 

「…さて、俺からも攻めるよ!」

 

 

大入が指を鳴らすと〈揺らぎ〉を両肩に纏う。そこから噴き出した突風を推進力に飯田に突撃する。

想定以上の猛スピードに飯田が慌てて距離を取る。

逃がす物かと大入が「槍鎌」を振るうと、突然「槍鎌」が伸びた(・・・)。リーチが大幅に変化した鎌が飯田の足を捕らえて、足払い。見事に彼を転倒させた。

 

 

「どわぁっ!?」

 

『はあぁぁぁっ!!なんだあれっ!伸びたぞおいっ!』

 

「試作型伸縮式足狩槍鎌『レッドキャップ』…どう、男心(くすぐ)られる一品だろ?吹出くんも大喜びさっ!」

 

 

転んだ飯田に追撃を仕掛けるべく、槍鎌を縮めてながら距離を詰める。

槍鎌の石突きを地面に当て、棒高跳びをするように全身を上に押し上げる。更に槍鎌の柄を伸ばし、両肩の〈揺らぎの風〉を噴き出しを加えて、遥か高所まで一気に跳び上がる。

頂点から体重と突風の加速を合わせた「迅雷」の回転蹴りが飯田目掛けて墜落する。

 

 

「壊滅のぉ!セカンドブリットぉぉぉぅっ!!」

「おわぁぁぁっ!」

 

 

咄嗟に飯田はギアを上げる。エンジンの回転を上げて、落下点から緊急離脱する。

大入は墜落。ステージにクレーターを作り、大小様々な石礫を周囲に撒き散らす。舞い上がった礫の弾幕を突き破る様に、槍鎌の石突きが如意棒の様に飛び出してきて、体勢の戻りきっていない飯田の腹部に吸い込まれる。

 

 

「ぐふっ!」

 

─パチン!…ギャリギャリ…ギャリギャリ!

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉…!最大風速速射砲っ!」

 

 

飯田が曝した隙に、ここぞとばかりに畳みかける。

大入は指を鳴らし、前面に巨大な〈揺らぎ〉を展開する。轟々と音を立てるそれに、更なる〈揺らぎ〉が重なり、とっておきを吐き出した。

 

 

──〈砂風機関銃(サブマシンガン) !!〉

 

 

吐き出したのは「ロボットのネジにボルトとナット、そして小さな歯車」。大入が屋内での対人戦闘訓練では使わなかった本気の攻撃(・・・・・)だった。

 

 

『吹き荒れる鋼の暴風雨ぅぅ!!飯田が呑み込まれたぁぁ!!やったか!?』

『やってねぇよ…よく見ろ』

 

「…マジかー。これを避けるのか、飯田君」

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

飯田はギアを更に上げて、射線から完全に逃げ切っていた。

僅か数秒でステージの端から端まで駆け抜ける機動力…それは飯田の反撃の用意が整った証だった。

 

 

「はっ!」

「ちょ!?速っ!」

 

 

飯田が右へ左へと進路を切り替えながら距離を詰める。高機動で大入を翻弄して、死角となる背面を狙いに来る。

慌てた大入が槍鎌を伸ばし、広範囲な薙ぎ払いで隙をこじ開けようとする。

 

 

「同じ手は通じないぞっ!」

 

 

飯田は更にギアを上げる。

薙ぎ払いを悠々と飛び越えて、大入へと肉迫する。

 

 

「うん、知ってる」

 

 

さっきまで持っていた槍鎌が〈揺らぎ〉に「格納」されて、大入の両手がフリーになる。指を鳴らすと飯田と大入の間に「装甲板」が割り込まれ、飯田の攻撃を阻む。

衝撃を受け止めた大入が大きくノックバックし、体勢を整える僅かな時間…。

 

 

 

その隙だけで、飯田は大入の懐に潜り込んだ。

 

 

「っ!?グオっ!!」

 

『モロに入ったーっ!クリーンヒットぉぉっ!!』

 

 

大入の脇腹に飯田の蹴りがめり込む。ミシミシと重い一撃を受けて大入が吹き飛ぶ。

場外に出される物かと、大入は装甲板を投げ捨て、手を叩くと、吹き飛んだ方向に「ロボットの巨大な鉄塊」を展開した。大入は場外行きを阻む巨大な鉄の壁に激突した。

 

そこに間髪入れずに飯田が高速で突擊、大入をその重厚な鉄塊と、重擊な前飛び蹴りで板挟みにする。

 

 

『飯田畳みかける!しかし、大入も負けてはいねぇぞ!!』

 

「ぐっ、ああ嗚呼あぁぁぁっ!!」

「ぐふっ!?」

 

 

気合、根性それだけで大入は意識を引っ張り上げる。

飯田の足をガッチリと捕まえ、片足で不安定な体勢と身長差を利用して、懐に組み付き、がら空きになったボディに鬱憤を晴らすかのようにレバーブローを叩き込む。

重い打撃。

飯田が蹌踉けた隙に、大入は互いの位置を入れ替え、力任せに鉄塊の壁に叩きつける。

オマケと言わんばかりに数発レバーブローを追加で叩き込む。

 

 

─パチン!

 

「離れ…ろっ!!」

「ゴッ!?」

 

 

僅かに大入の攻め手が緩んだ。

仕返しとばかりに、今度は飯田が反対に身長差を活かして、両手を握り合わせたハンマーナックルを大入の後頭部に振り落とす。

これには思わず大入も怯み、飯田から離れた。

 

 

「っ!?しまった!!?」

 

 

大入に更なる追撃を仕掛けようとした瞬間、彼の術中に嵌まった事を悟った。

前に進もうとする力に反発して、鉄塊に引き戻される。

飯田の背中には「紫色の毛玉」が張り付き、それが鉄塊と飯田を繋ぎ合わせていた。

 

 

「衝撃のぉぉっ!ファーストブリットぉぉぉぅっ!!」

「があぁっ!!?」

 

『あぁっと!?大入の重たい一撃が入ったぁぁっ!』

 

 

距離の空いた大入が、手を鳴らし、全身に〈揺らぎ〉を纏う。

磔にした飯田に、先程の意趣返しをするかのように「疾風」の左跳び蹴りが突き刺さった。

 

 

─パンっ!…パチン!

 

 

両手を叩き合わせると〈揺らぎ〉から空気の爆発が生まれ、大入は先程よりも更に大きく後方に跳び下がる。

再び指を鳴らすと、全身に〈揺らぎ〉を纏直し、体を軸に左足を水平に上げ、独楽のように回転する。そして、「竜巻」を彷彿させる必殺技が飯田に向けられる。

 

 

(あれは…マズいっ!)

 

 

「瞬殺のおぉぉぉっ!!!」

 

 

(一か八かやるしか無いっ!!)

 

 

「ファイナルブリットおおぉぉぉぅっ!!!」

 

 

(間に合えっ!!!)

──〈レシプロバースト !!〉

 

 

暴風が高速で飯田に迫り来る。

飯田は奥の手であるレシプロバーストを使った。トルクオーバーしたエンジンはスピードだけで無く、馬力も無理矢理引き上げる。力任せのパワーで体操服を引き千切りながら飯田は加速し、大入へと突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ!?」

 

 

『ああっと、飯田が場外っ!!勝者、大入!二回戦に進出だァ!!』

 

 

最後のぶつかり合い。競り勝ったのは大入だった。大入の計略によって、立ち上がりの遅れた飯田が最高速度に達するのが間に合わず、力負けしたのが決定的な差となった。

大入の一撃に吹き飛んだ飯田は為す術もなく、場外に叩き出された。

 

 

「ぜぃ…ぜぃ…大丈夫、飯田君?」

 

「はぁ…はぁ…こっちのセリフだ、大入くん」

 

 

大入が、場外で倒れた飯田に歩み寄る。大入の足取りがフラフラとしている。飯田が叩いた脳天の衝撃が、まだ体に残っているせいだった。

脇腹を押さえた飯田が、億劫そうに上体を起こす。大入から散々叩き込まれたボディブローが、未だに尾を引いていたせいだった。

 

足元の覚束ない大入が安静のためにスタジアムの壁に背を預け、座り込む。

合わせたように飯田もスタジアムの壁に背を預けられる位置に這いずる。

二人ともダメージが引かないと満足には動けそうに無かった。遠くから主審のミッドナイトがこちらに駆け寄ってくる。後ろには救急用の運搬ロボットも着いているようだ。

 

 

「…そだ。ねぇ、飯田君?」

「…なんだ大入くん?」

「俺相手に手を抜いたでしょ?」

「何をバカなっ!そんなわけ無いじゃ無いか!?」

「じゃあ、なんで開幕で超加速を使わなかったの?」

 

 

傍までやってきたミッドナイトが両者を軽く触診し、数回質問を繰り返して意識や体調不良を確認していく。

その手際の良さに、プロヒーローの凄さを再認識した。

 

 

「飯田君のアレなら俺に何もさせずに勝つことも出来ただろ?

もしかしてさ、「人々を笑わせるのもヒーローの仕事」なんて言い出したから、俺に気を遣って、見栄えのする戦い方をしたとか言わないよな?」

「…いや、それは君の思い過ごしさ。

君なら真っ先に俺のレシプロバーストを警戒すると思ったんだ。レシプロバーストは超加速と引き換えにエンジンがエンストする諸刃の剣だ。騎馬戦と同じように強力なカウンターをねじ込まれたら、それこそ闘いにならないと警戒したんだよ」

「そっか。良かった…話中断したから心配してたんだよ」

「ん?…どういう意味だ?」

「試合前に話した内容覚えてるよな?今さっき言った「人々の笑顔を作るのも仕事」ってやつ…」

「それがどうしたんだ?」

「俺こんな性格だからそういう方向性目指してるけど…飯田は無理して参考にする必要ないよ?

俺の感じた飯田君は、公正に誠実に実直に一直線にヒーローの道を駆け抜けていく…そんな姿が格好いい。君が君の在り方と示し続ければ、自然と君に着いて行く人も出てくるよ。うん、間違いない…」

 

「なんだか君はよくわからない奴だな…」

「失礼な…」

 

 

ちょっとだけ可笑しくなって二人仲良くクスクスと笑い合った。

 

 

「俺は負けたが、君の健闘を祈るよ」

「ありがとう。…そうだね、選手宣誓も達成しないと…」

「爆豪君か…彼は強いぞ?」

「うん、知ってる」

「そうか…頑張れ」

 

「うん、頑張るよ…」

 

 

飯田が差し出してきた掌に大入は固い握手で応える。互いの評価が高まった瞬間だった。

観客の拍手が何処までも鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~っ!良いわっ、好いわぁっ!!青臭いっ!!実に青春しているわぁっ!!!」

 

「「ミッドナイト先生、自重して下さい」」

 

 

この後メチャクチャ搬送された(医務室に)。

 

 



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54:最終種目 一回戦 2

これでいいのか悩みつつも更新。

色々ひどいです。




先程試合が終了した。結果は大金星。

 

拳藤の願いに大入は見事に応え、勝利をもぎ取って見せた。塩崎の勝利に大入が続いた事でA組一極だった雰囲気を巻き返し、会場もその評価を改めつつ有る。

クラスメイトの皆も大入の勝利を喜び、B組があのA組に一矢報いて見せたのだと、大層賑わっていた。

 

しかし、払った犠牲は安くない。対戦相手の飯田の攻撃。B組でもスピード自慢の大入・宍田・庄田を遥かに凌ぐ高機動力に大入は窮地に陥ったのだ。

しかし、それでも大入は勝った。周囲が想定していた試合運びを完全に覆して、相手を撹乱し、罠に嵌め、得意とする戦況に持ち込むことに成功したのだ。

そんな激戦の最中。大入は大きなダメージを負った。現在、医務室に運び込まれて治療を受けているはずだ。

 

拳藤は大入の安否が気になり、居てもたっても居られずに、彼を迎えに行くことにした。少しでも早く、彼の顔を見たくて…。

拳藤はクラスメイトに断りを入れ、自分と大入の席をキープするように頼んでから、彼の元へ向かう。

その駆けていく後ろ姿は、まるで恋人を迎えに行く乙女のようだった…とクラスメイトは語る事だろう。

 

拳藤は逸る気持ち抑えて、早足で歩く。観客席を去り、階段を降り、廊下を抜けて、目的地に一直線に向かう。

そして医務室(目的地)に着くと、ノックも忘れて、その中に飛び込んだ。

 

 

「福朗っ!大丈夫っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほうなるほど~。これはロボットの関節機構のシリンダーパーツを接ぎ合わせて柄にしてるんですね?更に、内部にバネを埋め込んで伸縮式に改造したんですか!刃は流石に研いで無いようですが…、短めに仕上げていて、取り回しも良さそうです!!」

「でしょでしょ!?アイディアモチーフは「高枝切鋏」と「ハルバード」が下地でさ!この伸びるギミックなんて浪漫溢れるだろっ!」

「ですねっ!可愛く変身する機能付きとは子沢山さんも分かっているじゃ無いですか~」

 

 

医務室には大入福朗だけで無く、何故か発目明が居た。

そして先程試合で振るっていた試作型武器に強い関心を持ち、是非とも研究したいとたっての願いだった。しかし、試作品と言っても、大入にとって体育祭を切り抜けるための重要な戦力…。そう簡単に手放せる物では無い。

しかし、発目との仲はそれなりに深い。大入としても、常日頃から懇意にさせて貰っている発目相手ならできる限りのことはしてあげたいと思っていた。

折衷案として、分解・改造をしない事を条件に試作品を発目に見せる事までなら許可する事にした。

 

大入の武器に夢中の発目は槍鎌を伸ばしたり縮めたり、周りの迷惑なんてお構いなしの自由っぷりを発揮している。

普段ならそんな粗相を(たしな)めるのが大入だが、自作の武器の高評価に盛り上がってしまい、それを放棄している。オマケに拳藤の存在に気付いてすら居ない。

 

 

「…でも、間に合わせで作ったから、重心がおかしかったり、強度も足りなくて、軸も歪んでたり、散々なんだよ…なんとかならない?」

「任せて下さい!子沢山さんのベイビー、試作型伸縮式足狩槍鎌『レッドキャップ』!…バッチリ、ドッ可愛くしてみせますよっ!今度図面をお見せしますね!」

「よろしく頼むよ発目さん」

「いや~それにしても本当に子沢山さんのアイテムは、私の発明家魂(乙女心)を刺激しますねぇ…。…また今度一緒にベイビー作りましょ?」

「あぁ、喜んで!」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

 

 

拳藤の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

「福朗おおおっ!!?」

 

「あっ!一佳お疲れ…って何っ!?ちょ!やめっ!ギャアアアァァァっ!!!」

 

 

この後メチャクチャ襲われた(暴力的な意味で)。

 

 

 

_______________

 

 

「なぁ、一佳ぁ…いい加減機嫌直してくれよ」

「知らないよ、馬鹿っ!」

 

 

医務室で手当てを受けていたら、発目さんが自作した武器を見たいと言ってきた。ちょうど本職の意見も聞きたかったから、実物を触らせていたら、何故かキレた一佳が乱入してきた。どういうこっちゃ?

結果、医務室でドッタンバッタンしてたら『リカバリーガール』に叩き出された。因みに一佳に受けた引っ掻き傷は治して貰えなかった。すごくヒリヒリします。

 

そんな傷害罪の現行犯一佳は顔を赤くして、俺の少し前を地団駄しながら先導する様に歩いている。やべぇよ、まだ怒ってるよ…。

何とか許して貰おうと、さっきから謝ってはいるが、どうにも芳しくない。医務室で騒ぐと言うアンモラルな行いは、充分反省したのに…。解せぬ。

 

 

「なぁ…一佳ぁ」

 

「……はぁ…クレープ」

「はい?」

「後でクレープ買ってくれたら許してやるっ!」

 

「っ!?任されたっ!!よし、行こう!

今 すぐ 行こうッ!!!」

 

 

一佳が根負けして、俺にチャンスをくれたっ。これは逃せないっ!クレープの一つや二つで機嫌が戻るなら安い物だっ!

となれば、気が変わる前に買いに行こう。ちょうど外に屋台が並んでいたはずだ!

俺は一佳の手を掴み、スタジアムの外に向かうことにした。

 

 

「ちょっと待て福朗っ!クレープは後でいいってっ!?」

「思い立ったら即行動!ちょうどクレープ屋が外にあるだろ?」

「次の試合はっ!?時間少ししかないぞっ!」

「そりゃあ大変だ!ますます急がないとっ!走るぞ一佳っ!」

「だから…きゃっ!?」

 

 

俺は躊躇う一佳の手を放さない。幸運の女神は前髪しか無いんだ。片時も逃すわけにはいかない。

一佳の手を固く握りしめると、観念したように大人しく着いてくる。

 

勝った…。

 

目指せ、クレープ屋っ!店は逃げないが、時間は待ってくれないのだっ!

 

 

俺達はクレープ目掛けて猫まっしぐらと洒落込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッ、お帰り!拳藤と………大…入?」

 

「『待たせたな、少年少女っ!私が来たっ!!』」

 

 

観客席に戻ると、クラスメイトの皆が固まっているスペースの一角で席を取ってくれていた。一佳が事前に手配してくれていたそうな。ほんまに気配りの出来る娘やねぇ…。

クラスの皆が温かく…迎えてはくれなかった。こちらを見た瞬間、笑顔が引き攣り、ある者は訝しむ様な視線を投げてくる。隣の一佳に至っては視線すら合わせてくれない。辛い。

しかし、受け入れてくれる人も居る。

 

 

「ギャッハッハ!おっ…大入っちっ!なっ、なにそれっ!アーハッハッハッ!!」

「Wow! 大入サン!ステキなフェイスデース!」

「『HAHAHA…わかってくれるかい?取蔭少女に角取少女!このグッネスな姿をっ!!』」

「イーヒッヒッヒッヒー!!お…お腹痛いっ!!」

 

 

クラスメイト二人のハートをガッチリ掴んだ俺は、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

リラックスポーズから、サイドリラックス。ダブルバイセップスにラッドスプレッドにサイドトライセップス。サイドチェスト、アブドミナル&サイと続いてモストマスキュラー。トドメにオリバーポーズ…と流れるようにボディビルのポージングを決めていく。

 

確かに、俺は鍛えてはいるが中肉中背の体格をしている。正直、ボディビルなんて様にはならない。

しかしっ!今の俺ならこんなことをしても許されるっ!

 

 

 

 

そうっ!この『オールマイトお面』があればねっ!

 

 

 

 

「本当に何してんだよお前はっ!?」

「『いや~流石はNo.1ヒーローの私だ!人気もあってか、縁日グッズのクオリティも凄いな!

見たまえっ!この画風の違いの再現率をっ!!』」

「話聞けよっ!?」

 

「あの短時間に何があったの、一佳ちゃん?」

「ごめん、聞かないで…」

「いや、何が…あった…の…?」

 

 

ごめん、俺が屋台巡りデスマーチを決行したせいです。

ワカ=ゲノ=イタリーって恐いねー。

 

 

「大入さんお静かに…。次の試合が始まりますよ?それと、随分呑気な物ですね…次は私との勝負なんですよ?」

「『あぁ、塩崎少女!遅くなったが勝利おめでとう!さっきは行き違いになったもんだから声かけらんなくてゴメンね?

後…はいっ!これは餞別だ!』」

「わっ!きゃっ!?」

 

 

ピリピリと張り詰めた塩崎さんが剣呑な表情でこちらを睨んでくる。

俺は指を鳴らして〈揺らぎ〉からビニール袋を取り出す。中からキンキンに冷えたスポーツドリンクを取り出すと、塩崎さんに向けて投げる。

慌ててそれをキャッチした塩崎さんを横目に、俺はクラスの皆にスポーツドリンクを配って行く。スポドリオンリーでゴメンね-。

後、いい加減手元が見にくいからオールマイトお面も上にずらす。

 

 

「全く…試合前から緊張してちゃ駄目でしょ。気疲れしちゃうよ?」

「む~…」

 

 

塩崎さんがこちらを睨んでくるが先程よりも険が取れたようだ。席に腰掛けて観戦の態勢に入る。

 

 

「さて、次はA組の芦戸さんとサポート科の発目さんの試合だな」

「サポート科って昼休みに君と居た彼女だよね?決勝で…」「あーっ!それそれ!…後、決勝のソレ(・・)は秘密な」

「あ、あぁ…」

 

「「「「「…?」」」」」

 

 

危ない危ない…。決勝での『発目明のサポートアイテム大博覧会大作戦』は秘密裏にしないとな。決勝での反則負けは構わないが、そこに行き着く前に脱落は駄目だ。打倒爆豪が叶わない。

咄嗟に物間君に睨みを利かせる。

 

 

「けどさ、福朗?あの娘、そもそも勝てるの?」

「どうだろ?徹底的に持てる情報は提供したんだけどな…後は戦術次第かな?」

「ん?大入くん、A組のことそんなに詳しいの?」

「『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』って奴さ。可能な限り集めたよ」

 

 

仕込みもしたし、かなり面白い事になるんじゃ無いか?

 

 

「さて、後は観てからのお楽しみって奴かな?」

 

 

 

_______________

 

 

『ヘイ、野郎共っ!男同士の熱い戦いも悪かァ無いが、女同士の華々しい戦いってのも好いんじゃねえか!?

因みに俺は大好きだぜェッ!!』

『手前の趣味なんざ誰も興味ねぇよ』

 

 

『張り切って行こうぜ五戦目っ!まずは、こちらっ!

黒い瞳はブラックダイヤっ!ピンクの肌が眩しいぜ!さてさて、どんな戦いをしてくれるのか!?

プリティー!ピンキー!アシッドガール!!芦戸三奈っ!!!』

 

 

湧き上がる歓声に芦戸が手を振って応える。ノリの良い彼女はこのお祭りムードに便乗するように全力で楽しみながら挑んでいるようだ。非常にリラックスしており、メンタルのコンディションは安定していた。

 

 

『相手はコイツだ!

数多の選手を押しのけ、サポート科からの殴り込みだァ!さァ、どんなビックリドッキリアイテムを見せてくれるのか!

スチームパンクなメカニックガール!!発目明っ!!!』

 

 

ステージに発目が登場する。発目は全身にこれまで作ってきたサポートアイテムを身につける。ブーツにバックパック、手にはヤケに玩具のようなハンドバズーカを引っ提げている。

その表情は気合充分で試合を今か今かと待ち侘びていた。

 

 

『 S T A R T !!』

 

「先手必勝っ!」

 

 

合図と共に芦戸は一目散に発目へと走り出す。彼女の“個性”用に特殊加工された運動靴の隙間から、弱めの溶解液を出して地面を滑りやすくする。そして体を前に動かし、フィギュアスケートを踊るかのように滑走する。

 

 

「フフフっ…はいっ!!」

「わわっ!?あぶなっ!」

 

 

対して発目はバズーカの砲口を芦戸に向ける。芦戸は咄嗟に射線から飛び退いた。

 

弾丸と言うのは、速い物で音速を超える速度で空を切る。超人でもなければ、到底見てから回避出来る物では無い。

それを可能にするのが所謂「先読み」である。銃口から相手の狙いを、相手の気配から撃つタイミングを察知して回避。言うだけなら簡単だが、それの実行にはかなりの精密さを要求される。そこまでの技量を持たない芦戸は左右に小刻みに避け、狙いを付けさせないつもりで移動した。

 

 

「それじゃあ失礼しますね~」

「っ!?あぁっ!!?」

 

 

発目の狙いは元からバズーカで狙うフリをして、芦戸の対応を誘導し、出足を挫くことだった。

そのまま発目は、バックパックのショルダーに貼り付けたスイッチを押した。するとバックパックに内蔵された「ブースター」が火を上げ、大空へと飛び立った。

 

 

『なんとぉぉ!発目選手フライアウェイ-っ!!』

 

『さあさあ、ご覧下さいっ!!こちらは私が、とあるヒーローのサポートアイテムを参考に、独自のアレンジを加えたジェットパックですっ!!』

 

『はぁっ!!?』

『…ありゃあマイクか?』

 

 

発目は頭に装備したインカムを起動。腰に繋いだ小型のアンプから大音量に拡声された発目の声がスタジアム中に響き渡る。

 

 

『エネルギー効率を見直す事で持続力を大幅に改善っ!それでいて重量と出力は従来機と同格っ!!機動力の改善と戦闘継続力の上昇を充分に見込めます!!』

 

「こっちを見なさいってのっ!」

 

 

芦戸は発目に向け攻撃する。指先に粘性のある酸を分泌する。その手を思いっ切り振ると、酸が飛沫となり、酸弾となった。

しかし、発目は1m程横に動いて、あっさりとそれを回避してしまう。

 

 

『そしてっ!空中での移動をアシストするのがこのホバーソールっ!!靴底から噴き出す強力なブロアーで空中を自在に移動できますっ!ほらっ、この通りっ!!』

 

 

バレルロールにインメルマンターン・キューバンエイト。エルロンロールに木の葉落としと次々マニューバを決め、発目は自由に空を飛ぶ。自らの技術力の高さを誇示していた。

その様子は「戦う」為の物ではなく、「見せびらかす」為の物だった。

 

 

(さて、サポート会社さんのいる席は…ひょー、食いついてる食いついてるっ!!)

 

 

発目は視線をサポートアイテムメーカーの人間と思しき方面に視線を向ける。遠方の彼らの表情をジックリ観察し、その感触を確かめていた。つまり、発目は戦闘そっちのけでサポートアイテムの売り込みをしているのだ。何処までもズレているがブレない人だ。

 

ステージから観客席まではかなり距離がある。しかし、彼女には関係ない。

 

 

『発目明』

“個性:ズーム”

本気を出せば5km先までクッキリ見渡せる。

 

 

彼女の肉眼は非常に便利である。

サポートアイテムを作る際、視力を顕微モードに切り替えると、精密な作業もその場で熟せてしまうため、細かい微調整や修正はお手な物である。

 

 

「卑怯だぞっ!降りてこーいっ!!」

『さぁ、飛んで逃げるだけじゃありませんよー!お次はコレっ!リボルバーバズーカっ!炸裂弾のみならず複数の特殊弾を打てる優れ物っ!中でもイチオシなのが…』

 

『オーノーっ!セルフで解説してやがるぜっ!俺の出番がナッシング!!』

(商売根性逞しいな…)

 

 

芦戸の抗議もなんのその。

発目は手にしていたバズーカを芦戸に向ける。トリガーを引くとポン!というコミカルな発射音と共に白いカプセルが発射された。

芦戸が着弾点から速やかに離脱した。直後に着弾。カプセルが割れて、白濁したナニかが飛び散る。

 

 

「きゃーっ!ちょっと、何コレ!気持ち悪いっ!」

『どんな(ヴィラン)もコレ一本!頑固に張り付き逃さない!特性トリモチ弾!!

お味の程はとくと御賞味あれっ!』

「わっ!ちょ!やめて!」

 

『あーっと一方的な展開!発目が上空から一方的に撃って撃って撃ちまくる!!』

 

「せこい!狡い!悪平等だっ!!」

『ほ~らほらほらっ!』

 

 

バズーカに内蔵されたリボルバー式の弾倉が回転し、次弾が装填される。連続射撃で瞬く間に撃ち尽くすと空薬莢を捨て、新しい弾丸を込めていく。

その隙に芦戸は再び酸弾を放つが、遥か上空の発目には当たりもしない。

 

 

『フフフ…。さぁ、さっさと白くてベタベタなそれに塗れて下さい!そして、トリモチの凄さをお客さんに見せて下さーいっ!!』

「なんかやだっ!その言い方やだーーっ!!?」

 

 

悠々と弾込を終えた発目の射撃が再開される。

 

発目の射撃性能は極めて高い。

彼女自身が設計した砲身は、ズレが殆ど無く、面白いように狙った所に狙った様に弾が飛んだ。

そして、彼女の“個性(ズーム)”が肉眼を高性能な照準器に代え、正確に芦戸の動きを捉える。

幸い弾速が遅いため、芦戸は何とか回避しているが、攻撃に転じる事は出来ずにいた。

 

 

__________________

 

 

「『さぁ少年少女達、ここでクイズだ!』」

「えっ?まだ、それやるのかっ!?」

 

 

突然『オールマイトお面』を付け直した大入がクラスメイトに話しかける。

 

 

「『ツッコミの反応が早いな、泡瀬少年っ!

では問題だ。現在、試合を優勢に進めている発目少女だが…彼女の持っているアドバンテージを列挙してみたまえ!!』」

「え~と…サポートアイテムっ!」

「『オゥ!いくらなんでもそれはザックリしすぎだぜ?正解はあげられないなぁ~』」

「…解答だ大入。

まずは射程距離、発明家の女は銃を使っている。一方桃色の女は酸の液体をただ投擲するのみ…。発明家は相手のリーチの外から一方的に攻撃できる。

二つ目にその位置取り。発明家はサポートアイテムを使って飛行している。桃色には空を飛ぶ手段は無いから、発明家は主導で自由に距離を調整できる。

加えて、飛行には高低差という利点もある。射撃とは距離が伸びれば伸びるほど、風や重力の影響でブレるものだ。発明家のように上空から、ただ真下に撃つだけなら、そのズレを大幅に削減出来るだろう。一方で桃色は上に投擲する必要がある。恐らく重力の枷に引き摺られ、思うように飛びはしないだろうな…」

「…よくお前、そこまで気付くな」

「『素晴らしい解答だ、黒色少年!このフライドポテトを分けてあげよう』」

「必要ない」

「『HAHAHA!つれないなぁ…。しかし、黒色少年よ!高低差にはもう一つメリットがあるのさ…』」

 

 

そういいながら大入は真上をチョンと指差した。それに気付いた柳が思わず声を上げる。

 

 

「…光?」

「『そうさっ!本日は天晴(あっぱ)れ快晴!空からの射撃に対応するってのは、上を見上げ続けて、視界に差し込む太陽光を受けるって事なんだぜっ!そんな眩しい状態で芦戸少女は正確な狙いを付けられると思うかい?』」

「…つまり、今の状況はサポート科の圧倒的なワンサイドゲームで、あのA組の女は一方的にやられるだけだってのかよ?」

「否定だ泡瀬。発明家にも限界はある。弾丸だって撃てば減るし、飛べば燃料だって無くなる」

「なるほど、つまりは…」

「我慢…比べ…」

 

「…まぁ、芦戸さんがしっかりと冷静に対処すれば、勝ち筋はまだ残ってるって事なんだよなぁ」

 

 

お面を外した大入はステージを見つめる。勝負はまだ決まっていない。

 

 

________________

 

 

(あらら、膠着状態ですか…。流石はヒーロー科期待の新星と言ったところですね)

 

 

試合開始から10分。

発目は残弾数と燃料を逆算する。そして、現状では芦戸を取り抑える事は不可能と判断せざるを得なかった。

試しに…とバズーカの弾倉に残ったトリモチ弾を三発打ち切る。それを芦戸は着弾点から駆け足で退避し、誰も居なくなった場所に白濁したナニかが撒き散らされる。その後に、芦戸はトリモチに持ち前の酸を吹き掛ける。酸の働きにより、トリモチが溶解してあっという間に使い物にならなくなった。

これだ…これが発目が決定打を打てない理由。

 

 

トリモチは地面に接着した後、そのままトラップとして利用出来る事が最大の利点だ。

 

上空から弾丸の雨、降れば降るほど足場はトリモチで埋まり、やがては捕まる。

 

と言うのが、このトリモチ弾最大のメリットだ。

もし、対戦相手が切島や鉄哲の様な純格闘スタイルだったら、これで完封だっただろう。

しかし、今回の相手は芦戸。彼女の“個性()”の前にはトリモチの効果が失われている。仮に本人にトリモチが当たったとしても全身から酸を出されたら、数秒も拘束はできないだろう。

 

 

(やっぱりアレ(・・)使わないと駄目ですかね~)

 

 

 

 

 

 

(…あと残弾は何発?あと何分間逃げれば良い?)

 

 

芦戸は汗を拭い、上を見る。足元のトリモチは積極的に除去して、つまらないミスは念入りに防いで、次のアクションを待つ。

上空では発目が悠々と弾倉に弾を込め終えていた。ガシャリと留め金をはめ直すと再び銃口を向ける。

あの銃撃が再開される…と思いきや状況が変化した。

ポン!ポン!というコミカルな発射音と共に黒いカプセルが発射される。地面に着弾して破裂した途端にステージが白煙に呑み込まれた。

 

 

『あーっとここで煙幕!何にも見えねぇぞ!』

 

『困った時には煙幕弾っ!相手の隙を作るのにはうってつけです!』

 

 

発目は追加で煙幕の中に四発弾丸を打ち込む。二発は青色のカプセル、二発は黄色のカプセル。その後に発目は急いで空薬莢を捨て、弾丸を装填し、同じ物を追加で三発づつ打ち込む。

 

 

「きゃあああっ!!何コレ!何コレぇぇぇっ!!いやーーーっ!!?」

『ちょっと!何よコレっ!!?』

 

『芦戸から悲鳴が上がるっ!ってこっちからはなんも見えねぇぞっ!!』

 

 

突如、地上の芦戸とミッドナイトの悲鳴が上がる。しかし、濃厚な煙幕に阻まれて中の様子はサッパリ分からない。

発目が飛行高度を下げ、ホバーソールのブロアーを煙に当てる。すると、強風が吹いて煙幕が散った。

 

 

『な…な…なんじゃこりゃあああああっ!!!』

 

「ひ~っ!!気持ち悪~!!取れないっ!取れないよ~!?」

 

 

 

 

発目が打ち込んだ青色・黄色の弾丸は大入から得た情報を基に芦戸対策に試作した特殊弾だった。といっても本来、煙幕弾の様に「特定の物質を散布する弾丸」をマイナーチェンジした物である。

青色の弾丸には「苛性ソーダ」が入っていた。強いアルカリ性を示す物質で、芦戸のばらまいた酸性溶解液と混ざり合って急速に中和していく。

黄色の弾丸には「高分子凝集剤」が入っていた。所謂吸水性ポリマーの事で、大量の水分を吸い込む事の出来る化学物質である。それは体積の10~1000倍程の量を吸い上げる脅威の吸水性を誇る。

酸性傾いた水溶液や飽和限界の食塩水中ではその吸水性は大幅に減少する物の、その効果は破格だ。

凝集剤は水分を瞬く間に吸い上げ、コロイド状のゲルを作る。更に複数の化学薬品を混合し、粘着性のある液体も作る様に改良していた。

以上の事をまとめると。

 

──酸を化学反応させて、ドロドロヌルヌルの凄い大量のローションを作った。

 

ということである。

 

 

 

 

『目には目を、歯には歯を、化学薬品には化学薬品をっ!この薬剤散布弾が有れば強力な酸も何のその!あっという間に無害な液体に早変わりっ!』

 

「ちょっと待てぇぇぇぃ!!これの何処が無害だっ!!」

 

『あっ、今回は追加で薬剤を投入して、妨害用にヌルヌルの潤滑剤にさせていただきました』

 

「ふざけるな--っ!!」

 

 

芦戸はステージの周辺や全身に纏わり付いたローション地獄にパニックに陥る。慌てて体勢を整えようとしてもヌルヌルとした潤滑剤に足を取られて思いように動けない。

ならば溶かす!…と溶解液を追加で放出しようとするが、全身にローションの膜が張り、酸が上手く放出されない。出した酸も次々化学反応を起こして、追加のローションを作るだけだった。

 

好機を得た発目が芦戸に向かって急接近する。

手持ちのバズーカを投げ捨て、腰に下げたハンドガン程の銃に持ち換える。それを構えて放つと銃口から細いワイヤーが撃ち出された。

ワイヤーは身動きの出来ない芦戸に突き刺さった。加えて発目が引き金を引くとワイヤーに電気が流れ、芦戸を感電させた。

 

 

「痛たたたたたたたっ!!?」

『痺れますよね?私が改良した電気銃(テーザーガン)は如何ですか!射程距離が大幅に改善されておりますっ!それっもう1回!』

「ああーーーっ!!?」

 

 

 

『…そこまでっ!芦戸さんの行動不能と見なすわ』

 

 

幾度となく打ち込まれた電気銃(テーザーガン)の電流に芦戸はビクビク跳ねる。最早抵抗どころでは無くなり、身動きが出来なくなっていた。なんというかやっちゃいけない光景である。

これを受けてミッドナイトが戦闘を中断。発目の勝利を告げた。

 

 

『大番狂わせで発目の勝利だぁぁ!…にしても凄ぇ光景だな、片付ける大変そうだぜ!』

『まぁ、セメントスはご愁傷様だな…』

 

 

発目の勝利に観客の疎らな歓声が湧き上がる。…と言うよりもステージの惨状を見て「うわぁ…」となっている観客の方が多いくらいだ。

 

 

発目はローション地獄を避けて、ステージの脇に降り立つ。発目は営業スマイルで観客に手を振って退場していった。

 

 

 

出口を抜けた発目は、その顔から笑顔が消えて、不機嫌そうに口をへの字に曲げた。営業用に愛想を振りまくのをやめて思考に没頭する。

 

 

(子沢山さんのアドバイスから考案した特殊弾…強力な事は強力ですが、まだダメですね。ローションの膜で相手の“体液等を放出する個性”を封じるのは有りですが、純粋に分泌量を増やされたら膜を維持できません。

まぁ、この粘液が生理的嫌悪感を演出して、動揺を誘う…ってのは実に子沢山さん好みかもしれませんが…。

もし、これを改良するなら……)

 

 

発目はすぐにサポートアイテムの性能評価に入る。特に急遽作成した特殊弾…あれについては改良の余地がまだまだ大量に残されている。

 

発目は次のサポートアイテムの構想に想像を膨らませていた。

 

__________________

 

 

頭の頭痛が痛い…。

 

そんなアホな言葉がでるほどに、俺は思わず頭を抱えていた。

 

…あぁ、うん。その、待った。ちょっと待ってくれ。確かに俺は言ったさ?

 

 

「あの強酸を無効化出来ればいいな?」…とか?

「あの強酸をそもそも出させないようにしたらどうか?」…とか?

 

 

でもさっ、いくらなんでもアレは無いんじゃ無いかなっ!

何なんだよっ!?ステージをローション塗れにするとか!頭おかしいだろっ!!?

って言うかアレ!アイディアが先行して完全に暴走してる時の発目さんじゃねえぇぇぇかぁぁぁぁっ!!!

 

御蔭で見ろよっ!!A組の席(あっち)性欲の権現(峰田くん)がヘヴンしてんじゃねえぇかぁぁっ!?

 

しかもB組の席(こっち)も居辛い。何より拳藤・小大・取蔭の三名が「アレもお前の入れ知恵か?」と言わんばかりの冷たい視線を投げかけてくる。

 

もちろん全力で否定する。そりゃあ首をブンブンと横に振ったさ。

 

 

「福朗…アンタって奴は…」

「大入っち…流石にひくわー」

「ん…大入くん最低…」

 

「ちっ…があぁぁぁうっ!?」

 

 

女性陣に俺の否定は信じて貰えなかった。特に理由の無い糾弾が俺を襲う。

 

俺の悲痛な叫びが会場に木魂した。

 

 



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55:最終種目 一回戦 3

「おうっ!兄ちゃんレモン味お待ちどうっ!はい、300円ね」

「はい、どうぞ」

「まいどっ!…なあ、兄ちゃん本戦出てる人でしょ?そこの中継映像見てたよ!かーっ、格好いいね~!

ともかく頑張れよっ!ほらシロップ、サービスしといたからさっ!」

「わぁっ!本当ですか?ありがとうございますっ!!」

 

 

芦戸さん対発目さんの試合…もとい事案、そこで起きた大惨事。

結局俺は居たたまれなくなり、逃げるように観客席を後にした。

気分を落ち着かせるために、偶然目に留まったかき氷を食べる事にしたんだが…。

 

 

「おうっ!お嬢ちゃんイチゴ練乳お待ちどうっ!はい、350円ね」

「はい、これで (,,>᎑<,,)」

「まいどっ!…お嬢ちゃん可愛いからシロップと練乳、サービスしといたぜっ!」

「わぁっ!本当ですか?ありがとうございますっ (*´˘`*)」

 

「なぜここに居る、僕ロリ?」

「まぁまぁ、いいじゃあ無いですか~。偶然って奴ですよ (๑>؂<๑)۶

それを言ったらお兄さんこそ何でここに?」

「…かき氷が食べたかったんだ」

「その言葉、僕の目を見て言ってくれます ( •́ㅿ•̀ )?」

 

 

二人並んでかき氷を口に運びながらスタジアムに戻る。道中の中継映像を見るとステージ修繕作業がまだ続いているようだ。

何よりあの大量のローション…あれの処理が大変だ。大量の塩を撒いてローションから水分を抜き取り、やっと除去作業が進んだようだ。

 

二戦目は轟君の大氷塊の除去作業。

三戦目に塩崎さんの蔓の除去作業。

四戦目の俺の作ったクレーターとばらまいた細かい機械部品(散弾)大きな機械部品(防壁用鉄塊)の撤去作業。

そして今回の発目さんのローションの撤去作業。

 

…うん、冷静に考えてもカオスだ。セメントス先生の仕事がストレスでマッハ間違いなし。しかも、八戦目は麗日さんの流星群、九戦目は緑谷君と轟君のビッグバンが待ち構えているという事実。いとカオス。

 

 

「そう言えば芦戸さん大丈夫?…その…形容しがたい状態に見えたけど…」

「あぁ、みーちゃんですか?残念ながら面会謝絶で、まだ合ってません ( ¯−¯٥)

…恐らく医務室の前にシャワールームですかね?あんな大量の化学薬品に曝されましたからね、急いで全身洗浄が必要でしょう…。

けど、大丈夫じゃ無いですかね?先程も液体操作のエキスパートさんが放送で呼ばれてましたし、なんとかなるでしょう (*´﹀`*)」

「おい、いいのかそれで?」

「… (´ーωー)?」

「いや、あんな姿晒したら、お嫁に行けなくなるでしょうよ?」

「きーくんの嫁になれば解決でしょう (๑˘・з・˘)?」

 

 

いや、誰だよ「きーくん」って…。

僕ロリが「何当たり前のことを聞いてるの?バカなの?死ぬの?」見たいな顔で此方を覗く。前を向き直るとかき氷を一掬い、口に運びながら話を続けた。

 

 

「いや~それにしてもみーちゃんは残念でした。同じ中学校だったから応援してたんですがね… ( ー̀дー́ )」

「っ!ちょっと待って?芦戸さんと同じ中学校!?」

「はい!僕とみーちゃん、あときーくんも同じ結田附中学校出身なんです!しかも三人揃ってA組なんですよ!凄いミラクルです ٩(* 'ω' *)و」

 

 

なん…だと…?

 

今の話をまとめると、「芦戸さんはみーちゃん」、芦戸さんは公式で切島君と同じ中学校出身。つまり「切島君はきーくん」となる。さらにこの僕ロリは、切島君・芦戸さんと同じ中学校出身ってことじゃねぇか!

凄ぇな、ヒロアカ二次創作なら主人公補正レベルの幸運じゃねぇか。いいな~、是非俺もそっちに………はいいや、一佳と会えなくなるのは辛い。

んでもって切芦はあったのか…。じゃない、そっちじゃない。

 

 

「…?どうしました、お兄さん ( ˘•ω•˘ )?」

「いや、なんでもないよ。それより結田附中学校出身なんだよな?じゃあ、植蘭中学校知ってるか?俺の出身校なんだけど…」

「はっ!?植蘭っ!内陸の方の!?僕ら同県の出身だったんですか!?マッカン好きならもしかしたらとは思いましたが… Σ(º ロ º๑)」

「まぁ、結田附中学校は沿岸部の方だからな…面識無いのも仕方ないだろ。しかしまぁ、天下の雄英ヒーロー科に千葉から五名って凄い偶然だな…」

「ねぇねぇ今度皆で遊びに行きましょうよ!舞浜とかどうですかっ «٩(*´∀`*)۶»!」

「っ!?いいなっ!それっ!是非行こう!」

 

 

やったぜ!切島君と芦戸さんとの遊園地フラグが立ったぜ!余りの良き働きに、僕ロリGJと言いたい。

それでは早速…と僕ロリの連絡先を交換していると、中継映像では常闇君対八百万さんの試合が始まろうとしていた。

 

 

「次の試合が始まるな」

「ふみーくんとヤオモモちゃんですね (*,,ÒㅅÓ,,)」

「…さっきから独創的なニックネームが続いてるな」

「へへん、可愛いでしょ ( ´罒`*)✧」

「そんで?常闇君と八百万さん…勝つとしたらどっちだと思う?」

「ん~どうでしょう?ヤオモモちゃんがふみーくんの弱点に気付いていれば勝機はあるんですが… (´>_<`)」

 

 

そういいながら僕ロリは、かき氷のスプーンの形をしたストローをクルクルと玩びながら考えるような仕草をする。

意外な事に僕ロリは常闇君の弱点に気が付いているらしい。それが合っているのか確認するべく話を促す。

 

 

「弱点?」

「あぁ、光ですよ光。ふみーくんの黒影(ダークシャドウ)ちゃんは光に弱いんです ( ¯∀¯ )」

「っ!知ってたのか?」

「やっぱりお兄さんは知ってたんですか?…となると騎馬戦で説明受けたんですね ( •̀∀•́ )✧」

「僕ロリも騎馬戦の時か?」

「はい、僕の攻撃を嫌がったんで、もしかしたら…って位ですが。

それに、以前救助訓練したときに黒影(ダークシャドウ)ちゃんが態度変わった時があるんですよ… (>︿<。)」

「説明受けたんだが…黒影(ダークシャドウ)は闇が深いほど力と凶暴性が増すらしい。そう考えると、常闇君の“個性”は安定性に欠けるんだな」

 

 

何気なくそう呟きながら、かき氷をかき混ぜて一掬い口に運ぶ。うん旨い。

しかしかき氷のシロップって、イチゴとレモンとメロンとブルーハワイって着色料とフレーバーが違うだけで、味は全く同じなんだってな。色彩と香りで脳が錯覚して、それぞれ別の味を勝手に思い込んでしまうらしい。人体っておもしろいな。

 

 

「同じ欠点がある僕としても同情します ( T ^ T )」

「欠点?」

「…まぁ、お兄さんになら言ってもいいかな?僕の“個性”って黒影(ダークシャドウ)ちゃんと反対なんですよね。

全身に光を蓄積させて、それをエネルギーにして光る掌を出してるんですよ。出力を上げればエネルギー消費も上がるので、大量の日光を浴びる必要があるんですよ ( ー̀εー́ )」

「なんだか光合成みたいだな…」

「そう!それ!それです (*´∀`)ノ」

「…なるほど。常闇君の真逆を行く“個性”なのか。けど屋内とか夜間致命的じゃないか?」

「電灯でも一応チャージは出来るんですが、エネルギー効率は太陽光がダントツですね ( ¯ω¯ )」

 

 

そんな雑談をしている間に試合は終わっていた。常闇君の速攻が八百万さんの初動を完全に封殺していた。八百万さんが出してるのは…盾と剣だな。残念ながら弱点には気付いていなかったようだ。

 

「瞬殺だな…」

「…ですね (>_<。) 」

「さて、戻るか。次の試合はすぐ始まりそうだしな」

「あっ、僕寄るとこあるので失礼しますね (ノ*>∀<)ノ」

 

 

そう言って騒がしい僕ロリは去って行った。俺はかき氷を一口食べて、それを見送る。

そして、会場に足を向けた。

 

 

_________________

 

 

「ただいまー」

「福朗おかえりーってまた食ってる…」

「かき氷冷たくて旨いぞ。そんで、鉄哲はどう?勝ってる?」

「見ての通りさ…」

 

 

大入が観客席に戻ると先程の熱も治まり、今度はちゃんと迎えてくれたようだ。

 

そして、試合は既に始まっていた。

 

 

一回戦 第七戦目

切島 vs 鉄哲

 

別名“個性”だだ被り組

 

両者共に肉体の防御力を向上させる“個性”の持ち主で、その頑強さを武器に近接格闘を好む二人だ。

『健全な精神は健全な肉体に宿る』という奴か、己の肉体一本で戦う彼らは非常に熱血漢で、その性格も何処か似通っている。

 

何処までも『だだ被り』なのだ。

 

そんな二人の戦いがやることは決まっている…。

 

 

 

──正面からの殴り合い。

 

 

 

自分の硬さを矛にした、真っ向勝負の殴り合い。

 

自分の硬さを盾にした、真っ向勝負の殴り合い。

 

自分の硬さこそ上だと、真っ向勝負の殴り合い。

 

自分の硬さ(誇り)を前に出す、真っ向勝負の殴り合い。

 

 

「相手の裏を掻くなんて思考が頭から抜け落ちているんじゃないか?」って思うほどに不器用で…清々しい戦い。

 

 

互いに互いの肉体を、

叩き、耐え、潰し、防ぎ、穿ち、弾き、

削り、圧し、殴り、堪え、歪み、阻む、

一歩も譲らない攻防戦。

 

拳が掠め、火花が散る。

蹴りが刺さり、鈍重な音が響く。

頭がぶつかり、甲高い音を鳴らす。

肘が鼻っ柱に当たり、鮮血が飛ぶ。

 

 

「拮抗…いや、鉄哲が押されてるな」

 

 

切島が息の詰まるような連打で鉄哲の体を押す。対して鉄哲は、腕を盾にして押し返す。

切島が息継ぎをした瞬間に、鉄哲が反撃の拳を振るう。

切島はそれを躱し、無防備を曝した鉄哲の顔面に拳を叩き込む。

 

 

「いや、拮抗であってる」

 

 

それを堪えた鉄哲が切島の脳天に拳を振り下ろし、怯んだ所に追加で飛び膝蹴りを突き刺す。

蹴りが鳩尾に入ると、切島の体がくの字に折れ曲がり、後ろに数歩下がる。

追撃するべく後を追う鉄哲。腕を横薙ぎに振るうと、切島がそれを伏せて躱し、そのまま足払い。

鉄哲が体勢を立て直す間に、切島が組み付いてに頭突き。

それに鉄哲は怯むどころか反撃。逃げられないように切島の両肩を掴み頭突きをお見舞いする。

 

 

「…なるほど、鉄哲が脳筋だって事が分かった」

「言い方酷いな!

…確かに鉄哲の方が体格が恵まれている。相手攻撃に怯みも少ないから、力任せに重い一撃をブッ刺してる」

「反対に切島君は手数だね。甘い攻撃は防御と回避。弱い攻撃を挟んで、隙を作ったとこに重い一撃を叩き込んでいる」

「要は鉄哲がパワー&タフネス…」

「で切島君がスピード&テクニック…て感じかな?って言っても誤差範囲だな。元々二人して硬さの御陰で、相手の攻撃は無視して叩きのめしてきてたから、今一回避に慣れてない。どっちのガッツが残るかの体力勝負だな…」

 

 

両者の連打が交錯する。スタジアムに硬質な打撃の雨が鳴り響いた。

 

 

_______________

 

 

(クソっ…しぶてぇなぁ…)

 

 

鉄哲は歯を食いしばる。対戦相手切島の攻撃は今まで戦ってきた相手の中でも上位に食い込む強さだった。

当たり前だ。素人がコンクリートの壁を殴れば、壁を壊すどころか拳が怪我をするリスクを孕んでいる。だからこそ、脳が無意識に力をセーブするのだ。しかし、鉄哲も切島もそのリミッターが少々緩い(・・)。“個性”が肉体を保護し、遠慮無く相手を殴る事が出来るのだ。

だからこそ切島の拳は重い。鉄哲の体の芯まで突き刺さり、揺さぶる。

 

 

「ったく!しつけぇなぁ…いい加減倒れろや!!」

「るせぇ!まだまだ余裕だっての!そっちこそフラフラしてんじゃねぇか!!」

「んなワケあるかっ!!ぶっ飛ばすぞオラぁ!!」

「やんのかコラぁ!!」

「上等だテメエ!!!」

「「打っ潰すっ!!!」」

 

 

売り言葉に買い言葉。喧嘩上等。殴り合いが再開される。

再び鉄哲の顔面に拳が刺さる。切島が執拗に顔を攻撃する。脳を揺さぶり、ノックダウン…「脳振盪」を狙って居るんだろう。お返しとばかりにアッパーカットを叩きこむ。拳が空を切る。

距離に微妙なズレがある。切島の攻撃が功を奏し、鉄哲に疲れが見え始める。呼吸が乱れ、焦点が合わなくなる。

切島が突っ込んでくる。鉄哲はただ我武者羅に拳を振るい、近づけさせないようにする。偶然一発が切島に入り、蹌踉けた所を蹴り飛ばす。

 

 

(庄田みてぇに弾き飛ばす打撃じゃねぇ)

 

 

拳が交錯するクロスカウンター。二つの拳が互いの顔面を捉える。重い衝撃に体が揺れる。内側に入り込んだ切島の打撃の方が強い。それを鉄哲は腕力に物を言わせて上から叩き伏せた。

 

 

(宍田みてぇに巻き込む打撃じゃねぇ)

 

 

鉄哲が全身を使ったタックル。切島が正面から受け止め、ガップリ組み合う。

互いに互いの首を押さえて、腹に顔面に膝蹴りを叩き合う。喧嘩囃子が木魂する、互いに引かない首相撲。

 

 

(鱗みてぇに緩んだ所を狙い撃つ打撃じゃねぇ)

 

 

鉄哲がローキックを連打する。膝を狙い、足を潰す。それを嫌った切島が離れる、空いた距離に鉄哲の拳が伸びる。空を切る。

 

 

(拳藤みてぇに全身まとめて叩き潰す打撃じゃねぇ)

 

 

鉄哲は思わず、共に切磋琢磨してきたクラスメイトの事を考えていた。注意力が散漫になって来ているのだろう。

しかし、攻撃が納まる様子は無い。ひたすら相手を叩き伏せる乱打の嵐。

 

 

(殴られたとこをゴッソリぶち抜いてくるような重い打撃…)

 

 

同じ能力、同じ力量、同じ性格、同じ闘い方。何処までも同じな相手。強いシンパシーを感じた。

 

 

(そして、大入は…)

 

 

その瞬間、鉄哲の頭に何かが降りてきた。

 

切島の拳が迫る。顔面を狙ったテレフォンパンチ。

 

鉄哲は思わず、その腕を掴んだ。

 

 

 

 

「は?…どわぁ!」

 

 

鉄哲はその手を思い切り、引き寄せる。

 

切島の体勢が崩れて、前につんのめる。

 

切島の腕を捕らえたまま、クルリと背中に回る。

 

後ろの足を払い、覆い被さる様に倒れる。

 

一瞬の出来事。それに見取れ、観客が静まり返る。

 

 

 

 

「んぎゃああーーっ!!!」

 

 

停止した空間が、切島の悲鳴で再動した。

気が付けば、背後を取られた切島が地面に組み伏せられ、右腕は関節を極める様に背中に回されて抑え込まれている。

 

 

「こうするんだったよなぁ!大入ぃ!!」

 

 

大入は鉄哲と格闘するときは殴ったりしない。必ず、投げるか、極めるか、締めていた。殴るよりも、殴られないようにする対策。

 

鉄哲は大入の「硬い相手への対応策」を見様見真似でやって見せたのだ。

 

 

「くそっ!放せっての!」

「バカが!ダレが放すかっ!…オラぁ!!!」

「んぎゃああーーっ!!!」

 

 

切島が力の限り暴れる。事実切島は身柄を拘束されている。ミッドナイトの判断次第では「鉄哲が切島を制圧したもの」とみなして試合を終了してしまうかも知れない。

その前に全力で脱出を試みる。

 

対する鉄哲は肉体の鋼化に集中する。鋼の密度が上がり、強度と重量が更に増す。

力任せに切島を押し潰す。

 

 

『地味!!此処に来てまさかの押さえ込みっ!しかし、思いの外効いてんぞ!!

切島っ!全く動けない!!』

 

「オラぁ!!!」

「んぎゃああーーっ!!!」

 

 

_______________

 

 

鉄哲さんの拳は基本鈍器だ。しかも、金属バットのような比較的軽い物では無い。

イメージとか例え話になるのだが、中身までタップリ金属の鉄哲さんの拳は鉄骨に潰されるか、鉄アレイを投げつけられるかの様に強く重い。

はっきり言うと間違っても肉体強化の無い人間が喰らって良い物では無い。アレを受け止めてピンピンしてる切島君が異常なのだ。

 

だからこそ、俺は合気道の様に相手の力を受け流して投げ、威力を抑えるために関節を封じ、暴れないようにロープでふん縛っていた。

鉄哲さんとまともに殴り合える奴は少ない。庄田君も、宍田君も、鱗君も、そして一佳も、鉄哲さんの拳には回避かパリィを選択する。

 

鉄哲さんと切島君に差が付いたとすれば、それは高校に入ってからの環境の差だろうか?

 

切島君の純近接格闘について行けるのは、パワー型の個性の砂藤君か格闘技経験者の尾白君。緑谷君は基本デカいの一発カウンターになるし、飯田君は高機動のヒット&アウェイ、かっちゃんはまだ対応するが爆破を絡めるので純近接格闘とは少し違う。

 

一方で鉄哲さんは。庄田くんからボクシングとキックボクシングを、宍田くんからは肉体強化のスピード&パワーの喧嘩殺法を、鱗君からは中国拳法を、そして俺と一佳からは空手に柔道に初歩的な部分だけだが合気道まで完備している。

近接格闘の対戦相手が実に豊富なのだ。

 

 

「これは…決まったな」

「あぁ…」

 

 

一佳の言葉に上の空で答える。わざとじゃない。ただ、考察に夢中なだけだ。

 

このまま行けば鉄哲は勝つ、確実にだ。

 

鉄哲の体格と重量で本気で押さえ込まれたら詰みだ。抜けようにもあの様に片腕を封じられては、満足に力は入らない。

藻掻いて暴れても、スタミナを悪戯に消費し、ガス欠へのカウントダウンが進む。

仮に拘束を逃れても、体力の落ちた切島君では鉄哲さんの反撃を凌ぐのは困難を極める。

 

しかし、何でだ?

 

原作では両者相討ちのダブルノックアウト。復帰後に簡単な競技で再試合。再試合の折、鉄哲さんは体内の鉄分残量が不足して敢え無く敗退した。

延長戦は体力面だけで無く、鉄分量と言う別要素を持った鉄哲さんが不利になるのはごく自然な事だ。

 

間違いなく今回も、鉄哲さんと切島君の実力は均衡していた。あのまま殴り合っていたら相討ちか、ほんの偶然でどちらかに勝利が転がり落ちて居ただろう。

 

でも、そうはならなかった。鉄哲さんが今までに使った事の無い、関節技を使ったのだ。漢は拳で語るタイプの彼なのにだ。

一体何があったのか、何がそうさせたのか…。

 

 

『そこまでよ!切島くんを完全に捕縛し行動不能にしたと見なし、鉄哲くんの勝利とします!!』

 

 

ぱたりと思考が中断される。判定が下り、会場が歓声に包まれると、鉄哲さんが切島君の拘束を解く。すると、切島君は悔しそうに拳を地面に叩き付けた。余りの力に地面に亀裂が走る。

鉄哲さんが切島君に手を差しのべる。きっと「いい勝負だった…」とかそんな事を言ってるはずだ。切島君が涙を拭った後に手を取り立ち上がる。

胸いっぱいの歓声と拍手を浴びて両者がステージから降りる。その前に鉄哲さんがこちらを見てニヤリと不敵な笑みを見せた。

 

──「待ってろよ…大入!」

 

自意識過剰でなければ、そんな意味の込められた顔に感じられ、本能的にビビった。

 

 

_______________

 

 

一回戦 第八試合

爆豪勝己 vs 麗日お茶子

 

 

今回一番不穏なマッチング。

 

その勝負は麗日の先制から始まった。爆豪がこれを夥しい爆発で迎撃。麗日は再度、立ち篭める煙幕から奇襲をするも圧倒的な反応速度で返させる。

絶望的な実力差、しかし心は折れない。無謀とも思える突撃を繰り返す麗日、爆豪は轟爆の瀑布で正面から叩き伏せる。

余りに凄惨な光景。素人にはか弱い少女を男が嬲っているようにしか見えないのだ。痺れを切らした観客からブーイングが湧き起こる。

しかし、爆豪の目にはあの麗日が自分の首を取るために息を潜め、牙を研ぐ獣染みた執念のような物を感じた。

 

目の前の獣は勝負にでる。

 

麗日は両手を合わせて“個性”を解除した。全ては布石なのだ。麗日は爆豪の爆破を誘うため突撃を繰り返した。煙幕をまき散らし、視界を塞ぐ。姿勢を低く保ち、地面を撫でるように迫る。視点を下に固定し、意識をそらした。

空一面には麗日が軽くし、爆豪が巻き上げた瓦礫の数々。それらがステージを叩き潰すかの様に降り注いだ。轟焦凍にも塩崎茨にも発目明にも決して劣らない大規模攻撃。

 

しかし、現実は非情だ。

 

爆豪は手を掲げる。自身の持つ最大限の出力の爆破を天に放つ。轟音と衝撃と赤熱が瓦礫を飲み込み、粉砕する。鎧袖一触の一撃でこれまでの計略を叩き潰した。

爆豪の首筋に冷や汗が流れた。完全に虚を突かれ、使う予定の無い大技を引き出された。代償となった手の痛みが頭に叱咤をあびせてくるようだった。

 

爆豪は初めて麗日を「名前で呼んだ」。彼が名前を呼ぶのは、隠れた特別な証。有象無象から一個人として認めた証なのだ。

だか、その事に気付く余裕が彼女には無い。残念ながらこれまで積み上げた作戦を、瞬く間に制してしまった爆豪。麗日の精神的支柱は悲鳴を上げた。

 

しかし、麗日は食い下がる。

 

全ては憧れに近づくため。

 

──(私もデクくんみたいに…っ!)

 

 

 

 

思えば、入学試験の時になるだろうか。試験最大のギミック『エグゼキューター』。その窮地から逃げ遅れたのが彼女だった。「このままじゃ死ぬ」そんな危機的状況を助けたのが一人の少年だった。

『緑谷出久』。手入れの殆どしてない無造作な緑の縮れ髪。幼さの残る顔立ちにソバカス。そして、何よりも強く輝く大きな瞳が印象的だった。

 

拳を一振り。

 

絶望を払い除けた正義の一振り。今まで漠然と描いてきた『ヒーロー』と言う印象を鮮烈に、網膜に、脳髄に、心に焼き付けた。

 

あの時、彼は彼女の憧れになった。

 

同時に支えたいと思った。

 

『エグゼキューター』を下した彼。その後の彼の姿は痛ましいものだった。手足は折れてドス黒く変色し、瞳は輝きを失い、今にも消えてしまうのではと恐怖した。

目を離した隙に居なくなってしまうのではと思うほどの儚さ、夢から現実に叩き落とされたかのような衝撃的な落差。彼女は守りたいと思った、憧れを、希望を、脳裏に焼き付いたこの『強くて弱いヒーロー』を…。

 

 

 

 

麗日お茶子は諦めない。少しでも憧れの背中に追いつくために。

 

Plus Ultra(更に向こうへ) … 脚を一歩前に進める。ほら、体はまだ動くじゃ無いか。

 

Plus Ultra (更に向こうへ)… 視線の先を見つめる。ほら、敵はまだ居るじゃ無いか。

 

Plus Ultra (更に向こうへ)… 力いっぱい拳を握る。ほら、私はまだやれるじゃ無いか。

 

 

 

 

Plus(更に)Ultra(向こうへ) ……

 

 

 

 

そこで麗日の意識は途絶えた。沈み征く意識の中、口にした言葉は何だっただろうか…。

 

 

目の前で倒れた少女を見て。勝者『爆豪勝己』は呆然としていた。

 

 

 

 

激闘の八連戦。勝者と敗者が決まった。勝者は更なる激闘に身を投じる。

 

 

 



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56:最終種目 二回戦 1

──「『個性婚』知ってるよな?

“超常”が起きてから第二~第三世代間で問題になった奴だ。自身の“個性”をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び結婚を強いる倫理観の欠落した前時代的発想。実績と金だけはある男だ、親父は母の親族を丸め込み、母の“個性”を手に入れた。

俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。

 

うっとうしい…!

 

そんな屑の道具にはならねえ!!

 

……。

 

記憶の中の母はいつも泣いている…。「おまえの左側が醜い」と母は俺に煮え湯を浴びせた。

俺がおまえにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の“個性”なんざなくたって……いや…。

 

使わずに『一番になる』ことで奴を完全否定する」

 

 

 

 

──「僕は…ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ…僕は…

 

誰かに救けられてここにいる。

 

『オールマイト』…彼のようになりたい…。そのためには1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない…。

でも、僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに応える為にも…!

 

さっき受けた宣戦布告。改めて僕からも…

 

僕も君に勝つ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

──「君の活躍、見させてもらった。素晴らしい“個性”だね。指を弾くだけであれ程の風圧……!

パワーだけで言えば『オールマイト』に匹敵する“個性(ちから)”だ。

ウチの焦凍にはオールマイトを超える義務がある。君との試合はテストヘッドとしてとても有益なものとなる。

くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ…」

 

 

 

 

──「………僕は、オールマイトじゃありません。当たり前の事ですよね…。

轟くんもあなたじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

第二回戦 一戦目

緑谷出久 vs 轟焦凍

 

 

 

吐いた息が白い…。

それ程にステージの気温は下がり、冷気が肌を撫でた。

パキパキッ!…音を鳴らし新たな氷が生まれる。氷が怒濤の勢いで生えてきて、津波となって押し寄せる。

 

指を弾く。

但それだけなのに、信じられ無い程の力の奔流が全身を駆け巡り、弾かれた指先に収束する。

弾いた指先を破壊し、生み出した衝撃波は氷の包囲網を悉く粉砕する。

 

もう、四回目だ。

 

緑谷が己の指を「使い捨ての弾」と割り切って轟の氷による範囲攻撃を相殺した回数だ。緑谷の右手は、その親指以外の四本が痛ましい姿に変わり、拳を握ることさえ躊躇われる酷い状態だった。

 

 

「耐久戦か…すぐ終わらせてやるよ」

 

 

再び轟が氷の津波を生む。しかし、それを壁にして轟自身も前進。

緑谷は氷の攻撃を相殺するために五発目…左手の指から衝撃波を放つ。氷を砕く打撃が走り抜ける先には轟は居ない。

氷の階段を駆け上がり、空に跳躍、緑谷の頭上を捉えた。

咄嗟に緑谷は後方に下がる。轟の追撃は止まない。緑谷の回避を見るや否や、着地と共に地面を氷結、先程よりも至近距離で氷が侵攻する。

 

轟の攻撃が寸分の狂いも無く、緑谷を捉える。

 

 

次の瞬間、先程よりも何倍も強い衝撃波が吹き荒れた。

 

 

「……さっきより、ずいぶん高威力だな。近付くなってか」

 

 

咄嗟に緑谷は左手を使った。調整が間に合わず左腕一本丸々使った打ち消し。

たった五合打ち合っただけで痛感してしまう格の違い。

 

 

(“個性”だけじゃない…。判断力…応用力…機動力…全ての能力が強い──!!)

 

 

「…守って逃げるだけでボロボロじゃねぇか」

 

 

轟が緑谷に語りかける。戦いの最中、そんな余裕を出せるほどに実力が開いていることの証左だった。

 

 

「悪かったな、ありがとう緑谷。おかげで奴の顔が曇った。

その両手じゃもう戦いにならねぇだろ。終わりにしよう」

 

 

轟が決定打となる氷を放つ。緑谷を呑み込まんと、怪物がアギトを開くかのように襲いかかる。

 

 

「どこを見てるんだ…!」

 

 

轟は目を見開いた。

再び衝撃波、右の指は全て壊れ、左は腕ごと使い物にならない。

ならば、どうやって緑谷は氷を打ち消したのか?

 

 

「てめェ…何でそこまで…」

 

 

答えは明白だ。緑谷は壊れた指で、再びあの馬鹿げた力を使ったのだ。己を磨り潰すかのような戦い方、常人には理解不能な狂気が宿っていた。

轟は震えた。それは緑谷に戦慄したからか、それとも…

 

 

「震えてるよ轟くん…。“個性”だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう…!?」

 

 

緑谷は見抜いた。

数々の局面を一撃で瞬殺してきた轟の氷。その弱点を…。

捨て身で氷を破壊し続けたからこそ見つけた突破口。しかし、そんな物は「虚構」である事まで理解していた。

 

 

「で、それって左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか………?」

 

 

不利になると理解していながら、口に出さずにはいられない。

轟の不幸話は聞いた。緑谷には想像も付かず共感する事さえ出来ない壮絶な過去。轟の覚悟は、緑谷が口を挟む権利など無いのかも知れない。

 

 

「……っ!!皆、本気でやってる!

勝って…目標に近付く為に…っ!一番になる為に!

 

半分(・・)の力で勝つ!?

 

まだ僕は傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

 

それでも言うのだ。言わなければならない。

 

 

「全力でかかって来い!!」

 

 

緑谷はぐしゃぐしゃになった右の拳を握り締め、そう激昂した。

 

 

「…………何のつもりだ?」

 

 

轟は苛立った。

 

 

「全力…?」

 

 

なぜ、そんな言葉を掛ける?

確かに緑谷の考察は正解で正確で正論だ。

 

左側()を使えば、冷え切った体温は回復する。更には攻撃の手段も増える。

 

しかし、それは轟にしかメリットの無い話だ。緑谷が更なる窮地に追い込まれるだけで、百害あって一利無しだ。

 

 

「クソ親父に金でも握らされたか…?」

 

 

あり得る話だ。クソ親父(エンデヴァー)ならば轟焦凍に左側()を使わせるため手段を選ばないだろう。

 

 

「イラつくな…………!」

 

 

──叩きのめそう。

 

轟はそう考えた。先程有効だった近接へと持ち込む。

それに合わせたように緑谷が懐に飛び込む。轟の右足が浮き、氷結を発動できない一瞬の隙を突いた。

 

緑谷の拳が初めて轟の腹に突き刺さる。

 

一回、二回、三回とバウンドし、轟は地面を転がった。

 

難攻不落の轟の攻め手に初めて風穴を開けた。

 

 

(何で…)

 

 

轟が氷結を展開する。しかし、緑谷はこれを驚くほどにあっさりと躱した。

轟は体に霜が降り、身体機能を低下させ、氷結の出力を著しく削いでいた。

 

 

「何でそこまで…」

 

 

轟焦土は困惑した。

 

何故、緑谷はそこまで戦う。

何故、折れない。

何故、諦めない。

何故、藻掻く。

何故、足掻く。

何故、何故、

何故……。

 

何が緑谷(あいつ)をつき動かす──!

 

 

(彼のようになりたい。その為には、1番になるくらい強くならなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない…)

 

──それでも!

 

「期待に応えたいんだ…!笑って!応えられるような…カッコイイ(ヒーロー)に……なりたいんだ!!!」

 

 

堰を切ったかのような激情。緑谷の口から止めどなく溢れ出した。

緑谷は進む。前に、前に、前に…。

 

 

「君の境遇も!君の決心も!僕なんかに計り知れるもんじゃない………っ!

でも!!全力も出さないで一番になって、完全否定なんてフザけるなって今は思っている!!

だから……僕が勝つ!!君を超えてっ!!」

 

 

緑谷の拳が轟の腹部を捉える。凄まじい拳打に轟が吹き飛ぶ。

重い打撃に轟の意識が混濁する。心の中を針金でグチャグチャに掻き混ぜられるような感覚。思い出したくも無いのに嫌な記憶が呼び起こされる。

 

 

齢五つ、ヒーローとしての教育が始まった。何度体を殴打され、吐瀉物を撒き散らした。庇ってくれた母が殴られた。

 

 

「うるせえ…」

 

 

余りの過酷さに、母に泣き付いた。優しく頭を撫でてくれた母はいったいどんな顔をしていただろうか。

 

 

「うるせえ…」

 

 

手を引かれ、修練所に連れて行かれる。「兄弟達とは違う世界の人間だ」と隔絶された。

 

 

「うるせえっ!」

 

 

夜中、急に目が覚めた。水を飲もうと台所に行くと、母が居た。

聞いた…聞いてしまった。

焦凍(あの子)が日に日に似てくると。左側がエンデヴァー(あの人)に似てくると。とても醜くく思えると。

もう駄目だと、育てられないと。

思わず声を掛けた。今の言葉を否定したくて、信じられなくて…。

振り向いた母の顔。憔悴した母の顔。その目…。

叫び声が聞こえた。自分の声であることに数秒要した。

熱い、アツい…。

煮えたぎる熱湯が顔に降りかかっていた。顔を焼いた。

 

 

「うるせえっ!!」

 

 

その日から母は居なくなった…。

 

 

「うるせえええぇぇぇぇっ!!!」

 

 

…憎い。

 

過酷な鍛錬を課し続けた親父が憎い。

母をいじめる親父が憎い。

兄弟達とは違う物としてみた親父が憎い。

母を奪った親父が憎い。

 

…憎い。

 

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!!!

 

 

「嗚呼ああああああっ!!!」

 

「っ!!?」

 

 

次の瞬間轟から冷気が噴き出した。とうに限界は超えて、氷の一塊さえ満足に作れない状態で。血肉を絞るような絶叫と共に氷を吐き出した。 

 

 

『此処に来て駄目押しの大・氷・結っ!?緑谷捕まったああぁっ!!』

 

 

霞み始めた視界に緑谷を捉える。手足を凍らされ、身動き出来なくなっていた。

体が凍え、意識が飛びそうになるのを親父への復讐心で繋ぎ止めた。

 

 

「俺は…俺はっ!左側を見る度にアイツの影がちらつくっ!!憎いんだこの左側()がっ!俺から大切なものを奪ったこの血がっ!

だから否定するっ!俺は認めねぇ!認める訳にはいかないんだっ!!」

 

 

もはや、自身が何を言っているのかさえハッキリとしない。轟はそれ程までに追い詰められていた。

 

 

「…それでも…君のっ!!」

 

 

緑谷を絡め捕った氷にピシリ…ピシリと亀裂が入る。そして氷が力の爆発と共に砕け散った。

 

 

「力じゃないか!!」

 

 

緑谷は使った。右腕一本。それが氷の牢獄を破るのに払った代償。既に戦える体ではない。

 

それでも緑谷は前に進む。両腕を失い、戦う術も無い。それでもだ…。

 

一歩、また一歩。三歩目を踏み出した所で力を失い、倒れた。

 

 

『…ドクターストップよ。緑谷くんのこれ以上の戦闘を認める訳にはいかないわ。緑谷くんを戦闘不能と見なして轟くんの勝利とします!』

 

 

主審『ミッドナイト』から告げられた試合中止の指示。

 

地に伏せた緑谷を見下ろした轟は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 

_________________

 

 

「…ろう?…ねぇ、福朗!」

「っ!?…なんだ、一佳?」

「なんだ?…じゃ、ないよ。どうしたんだ?大丈夫か?」

 

 

ステージを食い入る様に眺め、思考を繰り返す大入。隣に座った拳藤の呼びかけで、はっと我に返った。

 

 

「ずいぶん余裕だね、大入?準決勝の相手の考察も大事だけど、目先の相手も忘れてないよね?なんせ相手は塩崎さんだよ」

「…あぁ、そうだな。悪かった」

「……おいおい、本当に平気かい?」

「大丈夫…大丈夫だから…」

 

 

物間の皮肉の効いた忠告にも素直に答える。しかし、その表情は沈んでいて、物間が思わず素で心配する位に影が差していた。

 

 

「すまん、ちょっと寄るところがあるから先に行くわ…」

 

 

 

「あぁ、では私もそろそろ参りますね」

 

 

そう言って大入は観客席を後にする。しかし、その表情は焦っている様に感じられた。

そんな大入の後を追うように塩崎も席を立つ。彼を心配してか、彼女は駆け足で追いかけていった。

 

 

「あぁ…塩崎さんが行ってしまった…」

「君はどんなキャラ押していきたいんだよ」

 

 

さり気なく塩崎の隣をキープしていた回原。しかし、彼女が居なくなったことで酷く落胆していた。

そんな彼を尻目に話題は先程の対戦の考察に移る。

 

 

「にしてもエグいな…あの氷」

「あぁ、あれ推薦合格者だもんなチートだチート」

「オレ騎馬戦の時、ガチガチに凍らされたべ」

「本当に一瞬だったよなアレ…」

「あーわかるわかる。思い出しただけで寒気がするし」

 

「…」

「…けっ」

 

 

先程の試合、緑谷が終盤巻き返していたものの、全体的には轟の一方的な戦いだったと言わざる得ない。

同じ推薦組で有りながらここまでの力の差を見せつけられては、柳も骨抜も面白くは無い。

 

 

「流石は『エンデヴァーJr.(ジュニア)』…アレで半分の力だってさ。あーやだやだ、あんなんどうしろってんだよ」

 

 

ビッグネーム…No.2ヒーロー『エンデヴァー』…その息子が雄英に入学した。

 

No.1ヒーロー『オールマイト』が雄英教師として招き入れられる大ニュースに完全に喰われてしまったが、それでも人の口に戸は立てられないもので、一部ではかなりの噂になっていた。右側の氷を主力にしているため、気付くのに遅れた者は多いが、vs瀬呂との一戦で左側の高熱を使った事からそれも明るみに出始めていた。彼こそが英雄の血を引く者であると。

障害物競争・騎馬戦と他の選手においしい所を持っていかれてばかりだが、その実力は本物だ。大規模で有りながらコントロールまでしっかりと熟す『氷』。範囲攻撃に拘束、氷壁による防御に足場を自在に生成する機動力、本人自身の判断力・応用力・戦闘力も相俟って周囲から頭一つ抜き出ていた。加えて右の『炎』という隠し球を考えれば、対峙者にとって悪夢と言うほか無い。これまでの汚名だって、「障害物競走1位の大物喰らい『緑谷出久』」「騎馬戦1位の立役者『大入福朗』」「入試実技1位の絶対強者『爆豪勝己』」を撃破して「優勝」してしまえば、充分に濯がれるだろう。

 

 

「けど、一先ずは二人の試合だ。あのアシメ頭と当たるのはどちらになるのか?」

「しかしなぁ…大入と塩崎かぁ。どっちが勝つと思う?」

「サシで真面にやり合ったのは、屋外逃走劇以来か…。その時は大入の辛勝だったな」

「じゃーよー?勝つのは大入か?」

 

「いや、どうだろうな…」

 

 

珍しい事に拳藤が異を唱えた。常日頃大入と行動を共にする事も多く、彼の味方である彼女が否定的な反応をした。

クラスメイトの数名が意外そうな反応をする。

 

 

「福朗は強い…でも、それは他人の何倍もの装備を自在に操る事で引き出している結果だ。限られた装備では限界がある」

「それでもアイツのメインの〈突風〉は問題なしだろ?」

「んな訳あるか。肉弾戦ならそれで充分だが、氷や蔓の大規模の攻撃にはそれなりの下準備が必要だ。福朗は今回、どこまで仕掛けを作ってるのやら…。

それに、茨もメキメキ力を付けてる。福朗にとっては辛い戦いになるはずだ…」

 

 

_________________

 

 

──「塩崎さん雄英合格おめでとうっ!」

──「ウチから雄英合格者なんて我が校初めての快挙だ!担任としても鼻が高いよ」

──「大丈夫っ!塩崎なら立派なヒーローになれるよ」

──「そうそう何たってウチらの期待の星だもんね!」

──「茨ちゃんおめでとうっ!お母さん応援するわねっ!」

──「けど、無理はしないでくれよ?心配しない訳じゃ無いんだからな?」

 

 

──「はいっ!皆さんの期待に応えられるように精一杯頑張りますっ!!」

 

 

私は…自分で言うのも恥ずかしい話では有りますが「優等生」でしたと思います。

豊かな家庭で両親から愛情一杯に育てて貰い、とても健やかに育ちました。

体は強く、運動もしっかり熟せる、正に健康体。頭も良く、成績は上位で一部からは才女と言われるほどでした。

友人にも恵まれました。私が困っているときには手を差しのべて貰い、反対に相手が困っているときには手を差しのべる。助け助けられる美しい関係です。

 

特に助けた時に貰う「感謝の言葉」。それが私には堪らなく愛おしく、尊い物に感じたのです。

だからでしょう…私がヒーローを目指したのは。

 

幸いにも、勉強も運動も出来ました。強い“個性”にも恵まれました。両親に応援され、担任に応援され、クラスメイトに応援され…私は皆のお陰でこの雄英の門戸を叩く事が叶ったのです。

 

 

しかし、現実は過酷です。

 

 

対人戦闘訓練。骨抜さんと希乃子さんの計略に為す術も無く敗北しました。

 

屋外逃走劇。圧倒的な此方の優位的状況をたった一人で覆した『大入福朗』さん。特に彼は凄かった。

 

目を閉じれば、あの光景が鮮明に蘇ります。

 

ビルや道路、街灯から標識看板に至るまで私が絡めた蔓に埋まる街並み。その所々が火炎で焼き払われてしまった。

刀剣を片手に信号機の上に佇み、此方を見下ろした彼。その瞳は爛々と輝く炎、ヒーローと言うよりは戦士の眼…だったと思います。

私はこれ程に強く、恐ろしく、美しい人を見たことがありませんでした。

 

 

しかし、話して見ると何とも優しい方でした。彼は戦闘の時に見せる姿とは裏腹に、日常生活では明朗快活、面目躍如、茶目っ気のある性格も相俟ってクラスメイトの大半とも友好的な関係を築いていました。

率先して手伝いをして頂く事も多く、正に「絵に描いたような」優等生でした。

 

 

もっと彼を知りたい。いつの間にかそう思うようになっていました。だからこそ、彼の家に行く許しを求めたのです。

彼の取り巻く環境は私の想像を超えるものでした。彼は天涯孤独で有りながら、今日まで生きてきたのです。その苦労たるや「全て恵まれて育ってきた私」と「全て自ら勝ち取ってきた彼」では天と地程の差があったのです。

これこそが「私に欠けている物」では無いかと思いました。言い換えるなら「困難を乗り越える力」と言うものです。

 

 

その日から彼は目標になりました。もし彼を超える事が出来たら。きっと私は立派なヒーローになれるでしょう…。

 

_________________

 

 

ちょっと待て待て待て待て待てって!!

おかしいっ!何かがおかしいっ!

 

どういう事だ!説明しろ苗木っ!?

 

 

先程の試合。緑谷君を倒して轟君が勝ち上がった。そこは原作通りだ。

問題は轟君が「炎を使わなかった」事だ!

 

原作では緑谷君がここで真の意味での轟君の本気を引きずり出し、因縁との決別。そして、自分を見つめ直して正しいヒーローへと転身して行くはず…だった。一体何が起きている?

 

…いや、思い当たる節はある。「原作乖離」だ。

 

俺と言う原作には居ない存在。「ヴィラン連合襲撃事件」「雄英体育祭騎馬戦」で俺は明確に原作メンバーに介入と接触をしている。細かい原因までは分からないが、もしかして俺の干渉によって幾つかの切っ掛けを逃してしまったのかも知れない…。

 

不味い事態になった。

 

轟君がここで炎を解放しないと、この先も氷のみで戦う事になる。戦力的に大問題だ。

いや、それ以前に「ヒーロー殺し」だ。このままエンデヴァーを否定し続ける轟君では、エンデヴァー事務所に研修に行くわけ無いから、路地裏組が成立しなくなる。万が一、それをクリアしても真なる英雄を求めるステ様が復讐者(今の轟君)を見たら高確率で粛清対象ではなかろうか?

仮にステ様を捕獲し、難を逃れても問題はまだある。ステ様捕獲の偽装工作は、ステ様の全身火傷をエンデヴァーが行った物と関連付ける事で成立したのだ。下手をしたらヒーローになる資格自体の剥奪になりかねない。

 

 

……あれ?これってもしかして人生詰んだ(デスティニーツムツム)

 

 

ヤバイヤバイヤバイヤバイっ!このままじゃヤバイって!?

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

…俺がやるしか無いのか?

 

 

 

「大入さ~ん!」

 

「む?」

 

 

思考が決断に至った所で後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

後ろを振り向くと塩崎さんが駆け寄ってくる。あぁ、そんな走ると…。

 

 

「みゃうっ!?」

 

 

ほらね、盛大にコケる。

 

塩崎さんとクラスを共にして分かったが、彼女は天然でドジっ娘だ。偶にネタにマジレスするし、考え事に集中すると周りが見えなくなり、何も無いところで躓いたり、柱にぶつかり頭を下げていたりする。

単に生真面目で一極集中型で視野が少し狭いの人間って訳だが…あれ、これって意外と飯田君に似てる?

ともかくそんなアホな思考は余所に捨て、塩崎さんを助け起こす。

 

 

「ありがとうございます」

「塩崎さん、廊下は走ったら危ないでしょ?」

「すみません。どうしても大入さんの事が心配でしたので…」

 

 

そう言ってはにかむ塩崎さん。あら、やだ、この娘天使よ…いや聖母(マリア)だったわ。うむ、回原君がベタ惚れするのも仕方ない。

 

 

「心配?」

「えぇ、何かをとても思い詰めていらっしゃる様でしたので…」

「…あー…」

 

 

そっか、そんな険しい顔していたか…。轟君のピンチだからな、張り詰めていたかも知れん。とりあえず、誤魔化すようにほっぺたをムニムニ引っ張った。オッケー。

 

 

「ごめんごめん、さっきの試合見てたら緊張してさ…」

「そうですね…私達のどちらかがあの人と戦う事になるんですよね…」

「だな、ぶっちゃけ規格外だわな~あんなの…」

「……大入さん。大入さんはあの人に勝てますか?」

「ん~わからん。対抗策のプランが三つか四つ出てるけど、さてさて何処まで通用するか…」

「…凄いですね。私にはあの人に勝つ活路が見つけられません」

 

 

そう言って塩崎さんは悔しそうに下を向く。

そうだよな、轟君はこおり・ほのおタイプだもんな。くさタイプの塩崎さんじゃダメージ2倍だもんな。ちくしょー、地形がジャングルか地面が腐葉土ならまだワンチャンあるのにステージがコンクリ張りって辛いわ。

 

 

(凄いです大入さん。大入さんはあの強敵にも既に勝ち筋を探し始めている。

それに比べて私は、「勝てない」って一瞬頭を過ぎってしまいました。

こんな僅かな違いでさえ、差を感じてしまう。私の目標はまだ遠い…)

 

 

いかん、何か分からないが塩崎さんがスンゴイ落ち込んでいる。これは励ました方が良いのか?

 

そう思って俺は塩崎さんのほっぺたを抓った。

 

 

「えいっ!」

「みゅっ!?」

「うわ~ほっぺた柔っこい。ほれ、うりうり~」

「いはい、いはいでふ大入さん。…急にどうしたんですかっ!」

「下手な考え休むに似たりさ。

今は俺を見ろっ!塩崎茨っ!今倒すべきはこの俺っ!B組のラスボス、大入福朗だろ!」

 

 

そう茶化して言い放つ。すると、俺を見て唖然とする塩崎さん。…もう少し、後一押しだな。

 

 

「不謹慎な物言いだけど、折角(あつら)えて貰った大舞台だ。俺とお前で遠慮無く戦える大舞台だ。だったら思いっ切り戦おう。全力で戦おう。

…でも、簡単に準決勝(さき)に進めると思うなよ?知っての通り、俺は強いぞ?」

 

 

そう言って俺は不敵に笑う。そして、塩崎さんの前に拳を突き出す。

すると、先程までの沈んだ顔も戻り、いつもの優しい温かな笑顔に戻った。

 

 

「…そうでした。私約束(・・)したことがあったんでした」

「約束?」

「泡瀬さんと骨抜さん、そして鉄哲さんとです。必ず大入さんをギャフンと言わせる事です!」

 

 

ギャフンと来たか…。

 

そんな風に思っていると塩崎さんが俺が出した拳に応えるように、拳を握り締めコツンとぶつけてきた。

 

 

「覚悟して下さい大入さん。私、貴方を殴りますねっ!」

「うぇっ!?」

「それではお先に失礼しますね!」

 

 

唖然とする俺を置き去りにして塩崎さんが去っていく。

…えっ?殴る?塩崎さんが?俺、殴られるのん?

って言うか…。

 

 

「あーしまったー…」

 

 

塩崎さんが落ち込んだままの方が、俺楽に勝てたやん。

 

 

________________

 

 

『そろそろいってみようかァ!二回戦二組目はコイツらだァ!』

 

 

ステージの修繕も終わり。次の試合が始まる。試合の度にステージが崩壊する大迫力のバトルに観客の熱は上がりっぱなしだ。しかし試合が再開されれば、その熱は更に上がる。まるで天井知らずの盛り上がりだ。

 

 

『本大会では珍しいB組同士のマッチングだ!選手入場っ!個人的にはこっちにBETするぜっ!』

『私情丸出しじゃねぇか』

『上鳴戦では圧倒的な包囲網を見せ付けてくれた!!今回も圧倒か!?塩崎茨!!』

 

 

塩崎はステージの上に佇む。

目を閉じ、手を胸の前で握り合わせ、祈る。

彼女が自分のパフォーマンスを上げるためにいつも行う習慣(ルーティーン)。捧げているのは、祈りか、感謝か。

 

 

『対するはっ!あらゆる仕掛けで相手を翻弄するっ!知恵と勇気の策士っ!アレだな孔明の罠だなァ!!大入福朗!!…ってブフォっ!!』

 

 

今回は普通に手を振りながら入場してくる大入。

何故かジャージの上は着ておらず、インナーのTシャツ姿で気合い充分だ。

但し問題はそのTシャツ。白無地のシャツ、背中には『必勝!!』とプリントアウトされていた。絶妙なダサさが笑いを誘う、所謂ネタシャツだ。

 

 

『いちいち楽しませてくれるなっ!シュールっ!!』

『あれ、分かっててやってるんだろうな…』

 

 

ステージに上がった大入は四方の観客に両手を振って応える。と同時に、背中の『必勝!!』を反対側の観客に、これでもかとアピールしてくる。

 

 

「大入さん、先程はありがとう御座いました。この勝負、胸を借りるつもりで全力で行かせていただきます」

 

 

そう告げると塩崎は拳を握り、構えた。

 

 

(…格闘技の構え?)

 

 

確かに塩崎は格闘技を使える。ヒーロー基礎学には対人の徒手空拳もカリキュラムに組み込まれているため最低限の技術は仕込まれる。

しかし、本格的に格闘技をやっているメンバーと比べたら雲泥の差だ。少なくとも大入に取る選択肢では無い。

 

 

(…罠…か?)

 

 

『S T A R T !』

 

──パチン!

 

「衝撃のファーストブリットぉぉっ!!」

 

 

大入は速攻を選択した。

塩崎の蔓の脅威は一言で言えば「包囲力」がポイントだ。時間を掛ければ、その分包囲網は完成し、苦境に立たされる。反対に短時間ならば、包囲も甘く、力技で抜けられると考えた。

大入は指を鳴らし、一瞬で右腕に〈揺らぎ〉を纏う。右肩から大量の空気が噴き出して、大入の体を前に押し出す。

 

一回転。

 

繊細かつ大胆に自慢の拳を振り抜いた。

 

 

「んなっ!?」

 

 

そして塩崎は大入の拳をしっかりと受け止めた。

蔓を丹念に編み込んで作った「茨の布」。それを盾に大入の速攻を防いだのだ。

「茨の布」はかつて大入宅に修行に行った際編み出した技術で、少ない蔓をより強力に使う必殺技だった。

 

 

──〈手編み(ハンドニッチング)! 羽衣(フェザリング)!〉

 

 

「貴方のおかげです大入さん…。貴方おかげで私は以前の私より強くなりました。

だから、見て下さいっ!これが今の私の全力(・・)ですっ!」

 

 

そして塩崎は蔓を全力で放出する。夥しい量の蔓が伸びて、「対大入用」に開発していた必殺技を繰り出した。

 

 

「…マジ?」

 

 

大入は塩崎の姿を見て、呆然としていた。

そして塩崎の必殺技が牙を剥く。

 

 



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57:最終種目 二回戦 2

アニメの話

物間君wちょwおまw
煽んなやw集中線やめーやw

続きです。




『塩崎茨』

“個性:ツル”

彼女の頭髪が植物の「蔓」になっていて、伸縮自在なそれを巧みに操作する“個性”。

水と日光、後植物に必要な養分さえ有れば幾らでも再生可能。更には蔓から分化した「根」を使えば、地面からでも養分を確保できるという半永久機関のような大変馬鹿げたリソースを所持している。

 

基本戦術はその圧倒的物量に物を言わせた「包囲戦術」になる。丁度、セメントスの様に相手の逃げ場を殺しつつ、動きを封じていくのだ。

 

突破口となるのは「蔓の強度」だろうか?蔓植物は繁殖能力こそ高い物の、それら一本一本の強度は脆弱だ。植物の強度を決める「細胞壁」、それが蔓は強くある必要が無い、何せ蔓は樹木等を「支柱」に絡み付く様にして上に伸びるのだ。自身を支える細胞壁を作る為のエネルギーを存分に生長に使えるからこその繁殖能力なのだ。

つまりは、蔓による拘束にはそれなりの量の蔓が必要なのだ。

 

 

以上の点を踏まえた上で塩崎さんへの対抗策を立てるなら。塩崎さんの蔓が少ない内に場外に叩き出すか、蔓が少ない内にパワーで引き千切るか。どちらにせよ耐久戦・持久戦は論外である。

しかし、最近になって塩崎さんは新技を開発した。それは蔓同士を絡み合わせる技術だ。糸を紡いで縄を編む様に、機織りで布を作るように。少ない蔓でも、その強度を何倍にも跳ね上げる技だった。

 

この技術を使い、より迅速な拘束を塩崎さんは狙うに違いないっ!

 

 

 

 

 

 

と思っていた時期が私にもありましたっ!

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉっ!!」

 

 

俺は落下地点から全力離脱する。駄目押しに跳び込むようにヘッドスライディング。射程圏から離れた瞬間に攻撃が来た。

 

ドゴォ!!と言う轟音を響かせて、落下地点が陥没する。ステージにクレーターをこさえた巨塊が、再度空に戻る。

 

 

『なんと大入!手も足も出なぁい!!逃げる一方っ!!』

 

「ちくしょー…B組のラスボスなんて言うんじゃ無かったーっ!!あっちの方がラスボスだーっ!?」

 

 

そう言って俺は上を向いて叫んだ。そう、「遥か上に居る塩崎さん」に向かってだ。

 

 

手編み(ハンドニッチング)! 巨人兵士(ゴライアス)!〉

 

 

空を見上げればそこに佇むは、悠然と立つ「荊のぬいぐるみ」。…全体的に丸みを帯びたテディベアを思わせるような形状は、かなりユルい物を感じさせるが、その強さはかなり緩くない。

試合開始から僅か数分間。塩崎さんが保てる最高速度で蔓を生長し続け、肥大化させた巨人。今では高さ約15メートルと割とシャレにならないサイズになっていた。驚け、ビル4~5階分だ。

当の塩崎さんはぬいぐるみの頭と思しき部分の天辺で蔓の操作に全神経を注ぐべく、チョコンと女の子座りで鎮座していた。

いちいちかわいい座り方してんな!ちくしょーっ!!

 

 

「隙は与えませんっ!!」

「わっ!わっ!わーーっ!!?」

 

 

塩崎さんが再度攻勢に出る。俺に向けて、丸でモグラたたきをするかのように〈荊の拳〉の乱打の雨を降らせる。

俺はそれを右へ左へと回避していく。

 

防戦一方。しかし、こちとら以前に0p敵『エグゼキューター』とやり合っているんだ。それなりに心得はある。

 

 

「くっ!見えませんっ!」

「へへっ!足元がお留守ですよ~!」

 

 

俺は猛攻を潜り抜けて、ぬいぐるみの股下に滑り込む。塩崎さんのあの位置なら、ここは完全に死角だ、そのまま背後に回る。

指を鳴らして、本大会の心強い相棒である「試作型伸縮式足狩槍鎌『レッドキャップ』」を取り出す。それを思いっ切り縦に振るのに合わせて槍鎌の柄を一気に最大距離まで伸ばす。鎌がぬいぐるみの腰に刺さったのを確認すると同時に槍鎌を縮める。その力を使って俺は一気に上に登る。再度槍鎌を伸ばし直して、同じ要領で肩まで駆け上がる。そこから指を鳴らして、風の爆発で跳躍。塩崎さんの頭上を捉えた。

 

 

『なんと大入!巨人の股下を潜り抜けて背後に回るっ!!そこから一気にエレベーターっ!!さァ来たぜ、アタックチャンスだっ!!』

 

「爆砕!重落下!!」

 

 

塩崎さんの頭上を捉えた俺は、槍鎌を格納すると同時に、再び指を鳴らして両足に〈揺らぎの風〉を纏う。そこから直滑降で無防備を晒した塩崎さんの背中を狙う。

 

 

「甘いですっ!!そこは死角ではありませんっ!!」

「んなっ!?ぐあっ!!」

 

 

塩崎さんの両脇に控えていた「耳のパーツ」が突如伸びる。そしてそれが「荊の壁」となり、俺の攻撃を防いだ。そのまま壁に俺は激突して、無防備にも空中に投げ出される。

そして、塩崎さんは攻め手を緩めない。

空中の俺を蠅でも叩き落とすかのように、〈荊の拳〉を振り抜いてきた。

 

 

「うおぉぉっ!!撃滅のセカンドブリットぉぉっ!!!」

 

 

俺は慌てて指を鳴らして、全身に〈揺らぎの風〉を纏直す。姿勢を制御して迎撃、自慢の拳を振り抜いた。

直後、直撃。俺の拳なんぞ焼け石に水と言わんばかりに、〈荊の拳〉が俺の全身を叩く。何とか拳の軌道を逸らして俺は真下に墜落、場外(ホームラン)は免れた。

塩崎さんは下に落ちた俺を踏みつぶそうと〈荊の足〉を踏み出す。俺は指を鳴らして空気を爆発させて横に緊急離脱する。

 

 

「ちくしょー…つれぇー…塩崎ェ…」

「休む暇は与えませんっ!!」

「わっ!ちょ!ひーーっ!!!」

 

『さァさァ、モグラたたきの続行だ!このまま塩崎のワンサイドゲームなるかぁ!?』

 

 

乱打の雨が地面を叩く。為す術も無く逃げ回る俺は、今一度天高く悲鳴を上げた。

 

 

「ぎゃああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

_________________

 

 

「巨人が…進撃…してる…」

『柳さん!それ言っちゃダメな奴だーッ!?』

 

 

塩崎 vs 大入

戦況をシンプルにまとめた言葉に、謎電波を受信した吹出のツッコミが炸裂する。

 

 

「茨め…質量で来たな。悪くない選択だ」

 

 

大入は自身の“個性”と数多の「サポートアイテム」を併用し、近・中・遠距離をバランス良くこなす全距離タイプだ。

しかも、相手の特性に合わせて戦法を自在に変化させる臨機応変スタイルだ。

大入は微に入り細に入る様に相手の弱点を穿ち、そこからジワジワと傷口を広げていく。もし、弱点が判らなければ、自身の持つ無尽蔵に思えるような手札を次々と切り替えて相手の隙をこじ開け、弱点を探っていく。

 

 

一言でまとめると「小細工が巧い」のだ。

 

 

そんな大入が苦手とするタイプは「自分の弱点をしっかりとカバーしている相手」や「能力自体に弱点が少なく、シンプルにまとまっている相手」だ。

“発動型個性”にカテゴリーされる大入は、小細工の介入出来ない力比べに持ち込まれると、“増強型個性”“異形型個性”相手に勝ち目が無くなるのだ。

現に拳藤と大入が屋内に限定した模擬戦をすれば、約六割拳藤に軍配が上がっていた。

 

塩崎の選択は「“個性”の並行制御による隙を無くし」「自分の“個性”を純粋な一つの力」にまとめ上げる事で、大入の細工の介入する余地を潰す策略だった。

 

 

「普段は全方向からの完全包囲に使う蔓を一纏めにする事で、より頑強に仕上げているのか」

「しかも体と同じように動かせるから、例えコントロールが大雑把になっても一括で稼動させているせいか、いつもよりスムーズだ」

 

 

荊のぬいぐるみ。ああ見えて意外に強い。

 

一撃一撃が怪物化・巨大化に匹敵する破壊力を持ち、動きも柔軟で機敏。本体を護る防御機能も付加され、死角は無し。

 

 

「問題点を挙げるなら蔓の生成量。普段の塩崎ならば地面から養分を補填しているが、コンクリートの地面ではそうも行くまい。恐らくは全て自前のエネルギーを使っているだろう」

「となると…あの量って相当だよね?茨っちこれに勝てばまだ試合があるんだよ?大丈夫なのかな?」

「考えて無いのだろう?」

「…は?」

「返答だ取蔭。塩崎は「試合の後の事など考えていない」。ここで大入を打倒するためには出し惜しみなんてしている余裕が無いのだ。それ程に大入は強い…」

「まってよ黒色っち。だ…だって茨っち、大入っちをあんなに圧倒してるんだよ!そ、それに大入っちはいつものサポートアイテム無しじゃ「茨っち対策」だって…」

 

「それでも構築してくるから怖いんだよ。大入は…」

 

 

あきれた様子で物間はそう口にした。

 

 

「見てなよ…僕は彼ほど凄い奴を知らないよ」

 

 

 

_______________

 

 

(…動きが…変わった?)

 

「旋風!回転拳っ!!」

 

 

荊の巨人を大入が殴る。〈揺らぎの風〉がドリルの様にうねり、貫通力を纏う拳がその肉厚な巨体に突き刺さる。

しかし、あの図体に小さな穴一つ空いた位でどうこうなる物ではない。

 

 

「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」「旋風!回転拳っ!!」

 

『なんと大入っ!ここに来て猛反撃っ!!荊の巨人を穴ボコにしていく!!』

 

(…これはっ!?)

 

 

しかし、風穴が十ならどうだろうか?百なら?千なら?

大入の狙いはそれだ。

 

 

「削ぎ落とす気っ!?」

 

 

大入は槍鎌を自在に使い、巨人の体を右へ左へ、肩から膝へ腰へと動き回る。そしてその要所で体の付け根に攻撃を集中させる。

塩崎は巨人の体を揺さぶり、体に張り付いた大入を払い落とし、落下した大入に追撃を加える。しかし、揺さぶりの兆候を見て、大入が自ら地面に降り、素早く体勢を整えて直ぐさま張り付く。

塩崎は大入にそのサイズ差を好いように利用されていた。

 

そして、限界が来た。

 

 

「っ!?」

 

『あぁーっと!!巨人がっ!』

 

「貰ったっ!腕一本っ!!」

 

 

巨人の右腕が肩からメキメキと音を立て剥がれ落ちる。支柱となる蔓が抉り取られ、自重を支えることさえ出来なくなったのだ。

入試実技試験でやった事と本質は同じだ。只管相手の戦力を削り潰す作戦。

大入は更に攻撃を加える。

 

 

「これ以上はやらせませんっ!」

 

 

塩崎は出し惜しみしていた裏技を使った。巨人の体表の蔓で出来た皮を、ベラリと剥ぎ落としたのだ。

実はこの巨人。装甲を厚くするために「茨の布」を何層にも重ねた構造を取っている。表面を削がれても、一層…また一層と欠けても、巨体の駆動の保持を可能にする仕組みだ。大入であれば、転生知識に因んで「タマネギ装甲」と呼ぶことだろう。

 

 

「なにっ!?うわっ!!」

 

 

一番外側の茨の布が落ちるのに巻き込まれて大入が落下した。急ぎ絡まった茨から這い出して、状況を確認した大入は絶望した。

 

 

「嘘だろおいっ!!!」

 

 

上を見れば、空を覆い尽くす黒い影。荊の巨人が跳んだ。その全身の圧倒的な面積と重量を使ったフライングボディプレス。既に大入を捉えていた。

 

大入は走り出す。あの攻撃から逃れるため、指を鳴らし、風を纏い、走る。

 

しかし、足りない。

 

 

(速く、速く、速く、はや…)

 

 

巨体が落下して轟音が響き渡り、土煙が舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──あれ…死んだんじゃ無いか…?

 

 

誰も彼もが同じ事を考えた。

 

地面を覆い尽くすように横たわる荊の巨人。そこに大入の姿は見えない。恐らくはあの図体の下敷きになってしまった。

観客一同が固唾を呑み込みステージの上を注視する。

巨人がその体をゆっくりと起こす。すると、巨人が傷付けた痕の他に、地面に不自然に掘られた大きな窪みを見つけた。セメントスだ、彼の“個性”だ。

セメントスは手に触れたコンクリートを自由自在に操る力を持つ。その力を使って落とし穴…もとい「塹壕」を造ったのだ。

彼の機転により生み出された安全地帯が大入の命を繋いだ。

 

 

 

 

そこに、大入が入ればの話だが。

 

 

 

 

倒れた巨人の真下。塹壕の中は愚か、巨人の下の何処にも大入の痕跡は無かった。

 

 

──大入は何処だ?

 

 

皆の疑問に答えるかのように、土煙が晴れた。

 

 

『な、な、なぁぁあんとぉっ!!大入避けたっ!避けてたっ!!流石に死んだと思ったぞオイ!?』

 

「嘘っ!?何故っ!?完全に捉えたはずだったのに!?」

 

 

巨人の位置とは対角線になるように大入は立っていた。呼吸は乱れ、冷や汗をダラリと流し、一杯一杯といった様子ではあるが、それでも生きている。

予想外な無傷の生還に観客から歓声が湧き起こる。

 

 

(何が…起こったっ!?)

 

 

大入は困惑していた。何故自分は回避出来ているのかと。

あの瞬間、塩崎の攻撃は間違いなく大入を捉えていた。反撃不可、防御不可の完全な一撃。せめて望みのある全力疾走による回避も到底間に合う物では無い。それでも回避したのだ。

しかも、ギリギリなどでは無い。塩崎と大入の距離は既に十メートル以上離れている。大入の身体能力では絶対に移動しきれる長さでは無いのだ。

 

 

(何だか分からんが…助かってるなら…動くっ!!仕掛けは出来てるんだ!後は畳み掛けるっ!!)

 

 

大入は指を鳴らし新しいアイテムを取り出す。

取り出したのは「先端に布の巻き付いた棍棒」。鉄パイプのような棒に、青い布がワイヤーで固定するように巻き付けられ、そこから柄の方に導線の通った奇妙な武器だ。

 

 

「着火っ!」

 

 

大入がトリガーを引くと小型バッテリーから電気が流れ、先端に取り付けた電気雷管から火花が散り、火薬玉が発火。小規模な火は布に燃え移り、炎になった。

大入の武器は、火を出せる魔法のステッキ「自動松明」だった。

 

大入は武器を手に入れた。塩崎(植物)が最も嫌う叡智の証だ。

 

大入は再び指を鳴らして〈揺らぎ〉を生む。そして、その中に松明をねじ込んだ。

 

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉…!瞬間放火っ!!霧化着火火炎放射(ムカチャッカファイヤー)ーっ!!」

 

 

大入が必殺技を宣言した瞬間、〈揺らぎ〉の中の炎が膨れあがり、荊の巨人を呑み込んだ。

 

 

 

 

「火吹き芸」と言うものをバラエティー番組で誰もが見たことがあるのでは無いだろうか?口に含んだ可燃性の液体燃料を霧状に噴き出し、松明等の火種に引火させ、人が火を吐いているかの様に演出するパフォーマンスである。

大入のやった事は正にコレである。この炎で荊の巨人を火達磨に変えたのだ。

余談であるが、松明も液体燃料も全てロボットに搭載された銃火器や燃料タンクから取り出したルール上問題の無い物で有り、松明に巻いた布に至っては「大入が脱いだジャージ」である。

 

 

「…パージしても消えないっ!?…っ!やってくれましたね…っ!!」

 

 

塩崎も火炎放射に対して警戒も対策もしていた。荊の巨人の体は何層にも重ねた複層装甲になっている。そもそもこの装甲の目的は、もし大入が火炎攻撃をしてきた場合、表面の装甲を剥離し、火の手から遠ざけることで飛び火による被害拡大を抑制するためのギミックだった。

しかしどうだろう。塩崎が装甲を剥がしたところから次々と引火、火の手が全身を駆け巡った。

ここにも大入の細工は及んでいた。先程の連続攻撃、巨人の全身を穴ボコに変えた大入の拳。大入は拳が巨人の中に入った瞬間に「液体燃料」を流し込んでいた。細かく縫われた人形の肉体は液体をスポンジの様に吸い上げ、体の様々な所に浸透していた。

 

塩崎は選択を迫られる。このまま火が無くなるまで剥離を繰り返して、戦う余力が巨人に残るかどうか?

 

 

(…だったら、いっそっ!!)

 

『あぁっと塩崎っ!荊の巨人改め炎の巨人で果敢に攻める!!』

 

「アツっ!?」

 

 

塩崎は炎を無視して攻勢にでる。巨人が走る度に火の粉が舞い、拳が地面を叩く度に火の粉が飛び散る。熱風が吹き荒れ、息が詰まる。

大入は素肌を火の粉でチリチリと焼かれながらも回避を続け、追加の火炎放射をお見舞いし、応戦する。

 

勝負は急速に傾いていった。

 

 

『とうとう…っ!!とうとうっ、巨人が倒れるぞぉっ!!』

 

 

巨人の膝がブチリと千切れ、体が揺らぐ。そのまま体勢を引き戻すことさえ叶わずにゆっくりと倒れた。

 

 

「んなっ!?ぐあっ!!!」

 

 

巨人が倒れる瞬間、塩崎は巨人の上から飛び降りた。そのまま着地、続け様に強烈な踏み込みで地面を踏み砕き加速、一瞬で大入との距離を詰めて、塩崎は拳を握り全力で振り抜いた。

塩崎の身体能力を完全に凌駕した拳打。対塩崎戦にて近接格闘を想定していなかった大入は反応が遅れた。塩崎の拳が大入の腹部を殴り、盛大に吹き飛ばした。胃袋が攪拌され吐瀉物をはき出した。

 

 

「…ぐほっ!げほっ!!」

「…やはり、まだ立ちますか。流石です大入さん。出来ればコレ(・・)を使わずに勝ちたかった…」

 

 

口元を拭い、大入は立ち上がる。胃に強打を喰らい、“個性”が変調したのを感じた。

塩崎は追撃をせずにそれを徒手空拳の構えのまま見守る。これが私の奥の手だと自信を持って告げる。

そんな彼女を見て大入は思った。

 

 

(くそっ、二回変身する(・・・・・・)とかやっぱりラスボスじゃねぇか…)

 

 

手編み(ハンドニッチング)! 祭衣(ステハリ)聖霊降臨(ペンテコステ)』!!〉

 

 

塩崎の姿は雄英指定のジャージ姿では無い。ジャージの上から、全身を司祭が身に纏う修道服を模した「荊の鎧」で完全に武装していた。熱風に煽られ靡く「荊のマント」が炎の色を受けて朱く揺れている。

その姿は魔王か勇者の様だった。

 

 

「大入さん御覚悟を…では、参りますっ!」

「くっ!!」

 

 

塩崎は再び急加速。大入が動くよりも速く近接格闘に持ち込む。そして散弾銃の様に拳を振るった。

大入は防御をする。塩崎の拳の軌道を読み切り、側面に掌底・裏拳を当て、ラッシュの雨を掻い潜る。拳に巻かれた荊の刺が大入の手のひらを裂き、見る見る内に血塗れに変えていく。

 

 

「しゃっ!!」

 

 

頭を狙ったハイキックが大入の鼻先を掠める。大入は後ろに跳び後退、先程落とした松明を拾い上げる。

指を鳴らして〈揺らぎ〉を作り、再び火炎放射を浴びせた。

 

 

「無駄ですっ!」

 

 

塩崎の「荊のマント」がザワリと動く。それが巨大な扇となって風を巻き上げる。旋風により、炎は呆気なく散った。

「運良く効けば御の字」くらいの軽い気持ちで繰り出した火炎放射。その軽率な行動のツケを大入は身をもって知る。

塩崎の「荊のマント」の形状が変化した。ギリリと雑巾でも絞るかの様に捻れ、紙縒(こより)を作る。やがて「荊のドリル」に変貌してえげつない一撃を繰り出した。

 

 

聖なる槍(ロンギヌス)!!」

 

 

かつてイエス・キリストの腹部を貫いた伝説の槍は、その再現するかのように大入の腹部を抉る。

槍の螺旋運動と刃の表面を彩った棘が、大入の服を破り、脇腹を裂き散らして、鮮血を滴らせた。

 

 

「ぎぃっ!?」

「これを避けますかっ!」

 

 

大入の短い悲鳴が上がる。

先程の塩崎の死突は、大入が火炎放射を放って無防備になった瞬間を狙われた。大入は体を捩り、松明の柄を荊の槍に宛てがい、軌道をそらして、ギリギリの所で凌いだのだ。

しかし、大入の受けた傷は深い。

 

 

「…塩崎さんは強いな」

「…ありがとうございます」

 

 

大入が自分の着ていたシャツをビリビリと引き裂く。塩崎を警戒しながらも裂いた布を包帯代わりに腹部の傷にキツく巻きつける。

塩崎は構えを解く事無く大入を警戒する。大入への追撃は無い。騎士道精神にも似た塩崎の慈悲が大入の応急手当を赦したのだ。不意打ちでもしようものなら全力で返り討ちにあっているだろう。

 

 

「最初の戦いはこっちの辛勝。今回はこっちの窮地だ。しかも、今回は新しく必殺技を三つも引っ提げて来た…。逢う度に塩崎さんは強くなる」

「貴方のおかげです大入さん。貴方が私の前に居てくれたから、私は貴方の背中を目標に走る事が出来るのです」

「ははっ、嬉しい事を言ってくれる…。でも、ソレ(・・)はやめろ。それ以上吸い上げたら(・・・・・・)塩崎さんの体が危ない」

「っ!?気付いてましたか…」

「わからいでか。そんな首筋の根っこ(もの)見たら予想くらいするさ」

 

 

塩崎の必殺技である「荊の鎧」はパワードスーツと同じ考えである。全身纏った鎧は装甲としてのみならず、蔓の一本一本が筋繊維と同じ働きをし、塩崎の身体能力を爆発的に引き上げていた。

しかし、それだけでは足りないと塩崎は想定していた。だからこそ、奥の手をもう一つ重ねた。

 

 

主よ私の血を捧げます(サクリファイス)

 

 

塩崎の蔓は「地面に根を張る」事で、蔓の生長に必要な養分を吸収する事が出来る。

しかし、地面に根を張ると蔓の位置が固定され、満足に身動きが出来なくなってしまう。

それを塩崎は「自身の体に根を張る」事で、蔓の生長を加速させた。これなら塩崎の移動を阻害すること無く、養分の吸収量を上げることが出来る。しかし、自身の身を削り“個性(ちから)”をブーストする危険な裏技でもあった。

 

 

「どうしてそこまで勝ちに拘る?いや拘るなとは言わないが、身を削ってまでする事じゃ無いだろう?塩崎さんの身に何かあったら如何するんだ?

加えるならこの状況もだ。なんで応急手当を赦している。この隙を突く方が明らかに楽だろう?」

「…共感してしまったんです」

「何?」

「先程の試合…。轟さんも凄いとは思いましたが、それ以上に私は緑谷さんの言葉に衝撃を受けたのです…」

 

 

──「皆、本気でやってる!勝って…目標に近付く為に…っ!一番になる為に!半分の力で勝つ!?まだ僕は傷一つつけられちゃいないぞ!」

──「期待に応えたいんだ…!笑って!応えられるような…カッコイイ(ヒーロー)に……なりたいんだ!!!」

緑谷が轟に向けて放った言葉。自身の感情と願望が剥き出しになった言葉。絶対的な強者相手に一歩も怯むこと無く、己の身を削りながらも尚、戦うその姿。塩崎には今まで感じた事の無い衝撃だった。

自分の中にあれ程の決意はあるだろうか?それ程の事を実行に移す勇気はあるだろうか?

だから、試してみたくなった。超えてみたくなった。己の限界を。己の目標を。

 

塩崎も必死なのだ。自分が一歩先に進む為に…。

 

 

「…はぁ、“Plus Ultra(更に向こうへ)”…仕方ねぇな。校訓だもんな」

 

最後に布をキツく固結びした大入は指を鳴らして全身に〈揺らぎの風〉を纏い、加えて新たな武器を取り出す。長い柄の先に鉄の塊、所謂ハンマーだった。形状は大振り目のスレッジハンマーだが、片側がお椀を付けたような奇妙な形のハンマーだった。

大入はハンマーを三度振り回して、調子を確かめた後に、それを構える。

 

 

「だったら連れてってやるよ。死に物狂いで着いて来なっ!」

「…はいっ!!」

 

 

塩崎の決意に大入が乗り、大入の誘いに塩崎が乗った。

B組最強の大入。B組の最優秀の塩崎。互いが互いを認め合った良き好敵手。だからこそ同時に「最高の状態で戦いたい」「こいつには負けたくない」と感じてしまうのだ。

両者共に消耗は激しい、これが最後の打ち合いになるだろう。

 

 

点火(イグニッション)っ!」

 

 

突如大入のハンマーが火を噴いた。大入が風の力で塩崎に一気に詰め寄る。轟々と音を立てたハンマーがジェットの様な噴射に後押しされて、力強く横薙ぎに振るわれる。

塩崎は半歩後ろに下がり、ハンマーをやり過ごす。空いた距離を一歩で詰め寄り、渾身の右を放つ。

大入は塩崎の拳を見切り、首を捻り拳を避ける。頬を裂き、血が飛び散る。斬って返す様にハンマーは軌道を変え、縦一閃と脳天目掛け振り下ろす。

塩崎は追撃を止めて後ろに飛んだ。

ハンマーが地面を叩く。ガギリと金属音を鳴らし、ハンマーに取り付けた地雷が炸裂、地面が爆発した。

 

 

「っ!?」

「試作型噴射式発破戦鎚『コダマネズミ』っ!二重点火(ダブルイグニッション)っ!!」

 

 

土煙を突破し大入が肉薄する。手には新たに取り出した…先程と同じハンマーが二本。両手にそれぞれ一本づつ持ち体ごと一回転、両手をそろえて体を捻る。遠心力の乗ったハンマーが塩崎を捉える。

塩崎は荊のマントを二振りのハンマーの間に割り込ませる。ハンマーの重い二擊が体の骨の髄に響いた瞬間、ガギリと金属音を鳴らして爆発した。爆風に身を焼かれながら塩崎は大きく弾き飛ばされる。両足を踏ん張り、地面を削りながら減速する。

 

塩崎が前を向き直すと大入は必殺の構えに入っていた。

 

 

「抹殺のおおぉぉぉっ!」

 

 

大入が〈揺らぎの風〉を最大噴射する。一気に最高速度に乗った大入は一回、二回、三回と大回転し、自慢の拳を繰り出した。

これに対して塩崎は迎撃を選択した。今の自分が出せる最高の一撃を繰り出した。

 

 

聖なる槍(ロンギヌス)っ!!」

 

 

荊のドリルが螺旋を描き、大入目掛けて振り抜く。

大入は眉一つ動かさずに、真っ正面から拳を振り抜く。

 

 

「ラストブリットおおぉぉっ!!!」

 

 

拳とドリルが真っ正面からぶつかり合う。力が拮抗し、ドリルが大入の拳を削らんとガリガリと音を立てる。

 

 

「もっと…もっとっ!もっと輝けえぇぇぇっ!!!」

 

「!?」

 

 

大入が気合と共に風速を更に上げる。ドリルの軌道が曲がり、上に弾き上がる。その際、大入の右の拳、肘、肩に至るまで皮膚の表面を抉り抜いた。

そして大入の拳は塩崎の左胸…「心臓」へと叩き込まれた。

 

 

その瞬間、塩崎の意識は暗転した。

 

 



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58:最終種目 二回戦 3

泥の中に沈んだ意識がゆっくりと浮上する。そのまま、もう一度眠ってしまいたかった。

そんな倦怠感に一生懸命抵抗して、瞼を開くと光が差し込む。目の前には白い天井、耳の奥には喧騒。息を浅く吸い込むと、消毒液の匂いがした。

 

 

「…っ!?試合はっ!?…痛っ!」

 

 

塩崎は意識が完全に覚醒し、慌てて起き上がる。その際、起きた拍子に体が強張り、ズキリと胸に鈍い痛みが走った。

痛みを堪え、咄嗟に胸を押さえて気が付く。雄英指定のジャージは病衣のガウンに着替えられ、衣服の下には全身に包帯を巻いた感触が有り、手を見れば指先まで包帯でグルグル巻きにされていた。

治療の際、全身に纏っていた荊の鎧を脱がされたたためだろうか。頭髪の蔓は、肩程の長さに切り添えられていた。胸元を確認し、下を向いた拍子に髪が頬を撫でた事で、その事実に気付いた。

ようやく、ここは医務室で、これは治療の跡だと理解した。

 

 

「あ…おきた」

「大入さんっ!?」

 

 

塩崎の起床に反応した声を聞き、横を向くと大入が居た。

 

 

「もう少し休んだ方がいいよ。リカバリーガールの治癒活性のお陰で怪我は治ってるけど、体力が無いから充分な回復は出来なかった。まだ少し痛みは残るって…」

 

 

恐らくは奥の手の代償技の反動に寄る物だろう。あの技は蔓が全身からエネルギーを急速に吸い上げる。それにより体力を著しく消耗したため、治癒活性による治療を満足には行うには足りず、最小限の重傷の回復に的を絞ったのだろう。

注意を促した大入は塩崎に目も向けず、設置されたモニターを…次の試合を真剣に見ていた。

ひとまず大入の勧めに素直に従い、体を横に…医療ベッドに身を沈めて安静にする。

そして改めて大入の姿を観察する。塩崎と同じく医療ベッドに寝ている大入は、治療も済んでいるのか、上体を起こしている。着替えたらしい新しいシャツから覗く右腕には、拳から肩口に掛けて稲妻の走った様な傷痕。リカバリーガールの強めの治癒活性により、僅かな痕しか残って居ないが、間違いなく最後の攻撃で受けた傷の痕だった。更には、失った血液と体力を回復するためか、左腕に点滴を受けている。

そして両の手のひらに〈揺らぎ〉を出し、その〈揺らぎ〉が静かに呼吸をするような音を立てた。日常生活の合間に目撃した「大気を格納する作業」だ、こうしている間も大入は次の戦いに備えているのだ。

 

 

「私は…負けたんですね」

「あぁ」

 

 

実感してしまうと途端に悔しさが込み上げてくる。先程の戦いはこれまで培ってきた力、研鑚してきた技術、それらを総て注ぎ込んだのだ。

 

 

それでも負けた。

 

 

やり切った、後悔は無い。でも勝ちたかった。一生懸命にやっても…いや、一生懸命やったからこそ、そんな気持ちになる。

 

思わず、手を強く握り締めた。

 

 

「塩崎さん、見て」

 

 

そんな心情を察してか、大入が塩崎に向き直り、声をかける。大入が右手を前に伸ばす。それを見た塩崎の目に再び、大入の傷痕が目に入った。

 

 

「君が刻み付けた証だ」

 

 

右腕の裂傷痕、治療前は見るに堪えない惨状だった。拳に罅が入り、腕や肩の肉は抉れて削げ落ちた。

 

 

「…最後のは俺が少し卑怯(・・)だっただけだ。間違いなく塩崎さんの方が強かった(・・・・)

 

 

大入は試合の結果では勝者だ。しかし、塩崎の方が強いと肯定した。

 

 

「あの時、俺は捨て身で殴った。それこそ「腕一本くれてやる」って気持ちでだ。

…でもさ、塩崎さんはそれを躊躇ってくれたんだろ?やろうと(・・・・)思えば勝てる筈だったのに」

 

 

手編み(ハンドニッチング)祭衣(ステハリ)聖霊降臨(ペンテコステ)』〉は本当によく出来た必殺技だった。荊の鎧が塩崎の走攻守を一段階上に引き上げ、「荊のマント」が防御を「荊のドリル(ロンギヌス)」が攻撃をバランス良くこなし、蔓に余裕さえ有れば本来の広範囲攻撃・拘束、果てには「荊のロープ」を作って擬似的なワイヤーアクションさえ可能かも知れない。

加えて〈主よ私の血を捧げます(サクリファイス)〉による二段階強化。蔓の能力を限定的に最大以上に引き出す恐ろしい技だった。

 

強い…いや強過ぎた(・・・・)のだ。それこそ大入を僅差で上回る程に。

塩崎は怖くなった。自分の攻撃が大入を一瞬で血だらけにした事に。

 

だから、塩崎は試合中の応急手当を赦した。だって「そうしないと死んでしまうかも知れない」と恐怖したから。

だから、最後の激突、塩崎は攻撃の手を緩めた。だって「そうしないと彼のヒーロー人生を終わらせてしまうかも知れない」と恐怖したから。

 

相手を無傷で制圧すると言うのは、力量差が無いと中々成立しない。それよりも「殺してしまう方が」圧倒的に楽なのだ。

だから力量がほぼ同じ相手が、どちらも譲らなければ、勝負は自然と命を賭けた戦いに変貌する。

 

現に大入の一撃も相当に危険な行為だった。塩崎の左胸を貫いた〈抹殺のラストブリット〉。荊の鎧の厚い装甲に守られたお陰で、「肋骨に罅が入る程度」で済んだのだ。下手をすれば肋骨が折れ、骨が肺や心臓、その他の臓器を傷つける可能性があった。

 

大入の執念と塩崎の決意がぶつかり合い、大入が制した…と述べれば少しは格好が付くだろうか?

しかし、その実は大入が自分の命を盾にして塩崎を脅しただけに過ぎないのだ。

 

 

「あのまま続ければ、俺の拳が壊れて、俺が貫かれて、それで終わりだったろうな…少なくともそんな未来が過ぎる一撃だった。そうなったら、倒れる前に俺なら逆転のために…」

「巫山戯ないで下さいっ!!」

 

 

言葉を遮るように、塩崎が叫び声を上げる。大入の淡々とした話に我慢がならなくなった。

大入の言いたいことは分かる。塩崎の方が強いから、悔しがる必要は何処にも無いのだと。大入の狡猾な戦い方に騙されただけだと。

しかし、そうでは無い。そうでは無いのだ。

 

 

「大入さんっ!貴方は私に言いましたよね!?「危険な行為は止めろ」と、私の体を心配して!

では!なぜ!ご自身はお止めにならなかったのですかっ!それこそ、この場で貴方の未来が潰えたかも知れないのですよっ!!」

「…怒ってくれるんだな」

「当たり前です!!」

 

 

ここだ、ここなのだ。大入の恐い所。

 

大入の強味は「奇抜な戦術」「鍛えられた戦闘能力」「技術習得への貪欲性」そして「自己犠牲への躊躇いの無さ」。

 

大入と共に学んで分かった事がある。大入は状況が過酷に成れば成る程、独断専行に強く走る。普段ならばグループワークでも協調性を持つ大入が、ちょっとした切っ掛けで途端に破綻する。

屋内対人戦闘訓練では、勝利条件を大入の捕縛に設定し、ヘイトを自分に集中させた。泡瀬の暴走も、物間を自分で排除して、ヘイトを自分向けた。

屋外逃走劇では、ヒーローチーム全員でさえ押さえ込んでいた塩崎の隙を作り、全員を逃がして見せた挙げ句。殿としてたった一人立ちはだかった。

災害ウォークラリーでは、たった一人で水中探索を進め、通路の出来ていない悪路を真っ先に先行し、火災ビルには自ら進んで中に突入した。

雄英体育祭選手宣誓、暴挙に近い宣言の後、急に私達から距離を置いた、余計な因縁を避けるため。騎馬戦で暴れ回り、最終的な注目を自分に掻き集めた。

ざっと挙げただけでこれだけ出てくる。事あるごとに「危険で大変な仕事は大入が引き受け」「安全で楽な仕事を他の人に押し付けて」くるのだ。

 

 

「ねぇ、どうして貴方ばかりが大変な思いをするのですか?どうして貴方ばかりが危険に身を曝すのですか?それなのにどうして止まらないのですか?どうして逃げないのですか?どうして…どうしてっ…!!」

 

──そうやって一人になろうとするのですか…

 

 

塩崎の頬を伝う、一条の雫。気が付いたら塩崎は泣いていた。

彼女は優しい女性だ「自身の事を粗末に扱う大入」に思う所が有ったのだろう。身を乗り出して大入の右手を掴む。大入は困った顔をした。

 

 

「…困ったな。どう答えれば良いのかな?」

 

 

頬を掻いて少しばかり思案した大入は、呼吸整えて話し出す。

 

 

「…『ヒーローとは目の前に転がる不幸を無視できない存在(モノ)である』」

「なにを…」

「俺の持論だよ。

困っている人が居る。泣いている人が居る。危ない目に陥った人が居る。

そんな人が俺の目の前いるとさ、言葉にし難いんだけど…凄く胸を掻き毟られる。辛くて苦しくなる。だから助けるんだ。そうすれば気持ちが落ち着くから…。

でもさ?それって自分の自己満足の話で、自己中心的な行動の結果、相手が助かったに過ぎないんだ。

そもそもだ。仮に俺が助けなくても、他の人が助けるかも知れない。もしかして、自力で助かるかもしれない。…何も必ず俺が手を出す必要は無いのかもしれない。それでも助けに跳び込んでしまうのなら、それは単なるワガママだろ?

そんなワガママに俺の大切な人を巻き込むなんて傍迷惑な話だろう?…少なくとも俺は嫌だ」

「そんなこと…」「あるんだよ」「っ!」

「…正直な話、さっきの試合も勝ちを譲っても良かった。

 

…でも駄目なんだ。

 

詳しくは言えないけど、如何してもやりたい事が出来てしまった。助けないといけないと思った。

そうなったら降参なんて選択肢は無くなってた。

結局は自分のワガママでしかないんだよ。だから…」

 

 

医務室の中に乾いた音が鳴り響く。塩崎の手が大入の頬を叩いたのだ。大入が予期していなかった塩崎の行動に、思わず言葉が止まる。

 

 

「いい加減にして下さいっ!!」

 

 

塩崎の声が今一度響いた。

 

 

「人を救う事は素晴らしい事です。迷わずに救う為に動ける事は尊い事です。目標に向けて直向きに尽力するのは高尚な事です。

しかし、それで貴方が傷付いては駄目なのです!貴方が傷付く事に悲しむ人が居るのです!貴方を失う事で苦しむ人が居るのです!どうして分からないのですか!貴方は…貴方は!貴方を大切に思う人の気持ちを知るべきなのですっ!!」

「…」

 

 

──そんなことをして貰える程、俺は出来た人間じゃ無いんだよ。

 

 

大入は苦しそうに視線を逸らして、そう搾り出した。

 

 

_______________

 

 

『あーはっはっはー!!それではっ!次の発明の御紹介に参りましょう!!』

 

 

二回戦 三試合目

発目明 vs 常闇踏影

 

モニターの先では発目節が炸裂していた。

 

白いコートに身を包み、全身には先程の装備とは全て違う武装に身を包む発目。

清々しい高笑いをしながら、猛スピードで常闇に突貫する。

 

 

『こちらはどんな悪路も何のその!圧倒的な走破力で突っ走る「ホイールブーツ」!高出力の小型モーターをコンピュータ制御で完全にコントロールっ!圧力センサーを内蔵し、貴方の踏み込みに合わせてホイールが完璧な加速を補助します!』

 

 

インラインスケート型の脚部用サポートアイテムの恩恵で爆発的なスピードを手にした発目が、右腕に装備した籠手型のサポートアイテムで常闇に殴りかかる。

常闇はその攻撃を横に跳んで躱した。

発目は常闇の横を過ぎ去り、素早く転身する。

 

 

『そして、この鮮やかな反転っ!正体はこの「オートバランサー」!っとっと…三十二軸ジャイロセンサー内蔵で不意の転倒まで完全にフォロー!

「レッグパーツ&アームパーツ」と連動して、か弱い私の動きも完全サポートっ!足の動き、腕の動きもこんなにスムーズに!

さぁ!次のサポートアイテムが…こちらっ!』

 

 

今度は発目が左腕の籠手型サポートアイテムを常闇に向けた。すると籠手から大量の銃弾を連射した。

 

 

黒影(ダークシャドウ)っ!」

「ヒーッ!」

 

 

常闇が黒影(ダークシャドウ)を召喚して銃弾を防ぐ。闇を失い、力の出せない黒影(ダークシャドウ)の可哀想な悲鳴が上がる。

 

 

「モウイヤーッ!」

「…くっ!」

 

『常闇為す術なーし!これあるのか?下克上有るのかァ!?』

 

「不覚…」

 

『「暴動鎮圧用オートカノンガントレット」。防具としても利用可能な籠手型で、一本のカートリッジで30発の強化ゴム弾を連射可能です!』

 

 

何故、こうまで常闇が追い詰められているのか?語るまでも無く、大体発目のせいである。

 

 

『ゴヨーアラタメデゴザール』

 

 

そう、ステージの場外で巫山戯た音声を発する、あの忌々しいサポートアイテムのせいだ。

「トレーサーサーチライト」…逃げる犯人を追跡するべく、勝手に(・・・)自動で追っかけ回す探照灯。飛行タイプ四機、走行タイプ四機の計八機がAIのパターンを修正され、ステージの()から常闇を包囲し、その強烈な光を浴びせ続けていた。いくら常闇が体内で闇を補充しても、黒影(ダークシャドウ)が外に出た瞬間、その力が数秒と保たずに無力化される。

 

常闇踏影の“個性”は非常に優秀な力だ。長距離・広範囲攻撃を可能にし、常闇と黒影(ダークシャドウ)の二人分の思考が互いの死角をカバーして防御も鉄壁。しかし、問題は“個性”が強力過ぎるのだ。自然と戦い方も、黒影(ダークシャドウ)に在りきの依存した形になってしまう。

そんな常闇が突然黒影(あいぼう)を失ってしまったらどうなるだろうか?その答えがそっくりそのままこの状況を著しているのではないだろうか…。

 

窮地に追い込まれた常闇は汗を拭った。

 

 

『おや暑いですか、常闇さん?そうでしょう、そうでしょうとも常闇さん!サーチライトの光量は自然と熱を伴うのです。これ程にカンカンと照らされれば体温も上がるという物です!

しかし!そんな状況も私が開発したこの「クーラントコート」が有れば、例え砂漠だろうが火山だろうが至極極楽快適な環境を保てると言うわけですっ!』

 

 

何所までも詰め込まれた発目のサポートアイテム達。

常闇の“個性”(強味)を潰し。発目の身体能力(弱味)を補っていた。

舞台を整えていく。一分(いちぶ)の隙も無く、一厘(いちりん)の無駄も無く。

 

体力を消耗した常闇の眼前に、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)が投げられる。強烈な光と爆音が常闇の視覚と聴覚を潰す。

気が付いたら常闇の眼前に発目が立っていた。そして、静かに右手の籠手を常闇の腹部に当てる。

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

次の瞬間的、ズガン!という炸裂音が響き渡る。重厚な衝撃が常闇の鳩尾に突き刺さる。常闇の体が吹き飛び、場外に叩き出され、そして気を失った。

発目の右の籠手が硝煙を上げた。籠手に着いているボルトアクションのレバーを引くとカバーが開き、空薬莢が吐き出された。

 

 

『見て下さいこの威力っ!これが私が開発した「パイルガントレット」の凄さです!装填数は三発!先程の「オートカノンガントレット」と合わせて遠近バランス良く戦う事も可能です!

今回はここまで!次の発目明のサポートアイテムもご期待下さいっ!発目明!発目明でしたっ!!』

 

 

『そこまで!常闇くん場外!発目さんの勝利です!!』

 

 

両手を広げ、これでもかと自分を売り込んでいく発目。

観客席は破竹の勢いの発目よりも、何も出来ずに敗北した常闇への同情の色を映していた。

 

 

_______________

 

 

「只今…戻りました…」

 

「…あぁ、茨おかえり。…酷くやられたな」

「…えぇ」

 

 

観客席の1-Bクラスの団体席に塩崎が戻る。全身に痛々しい包帯姿、病衣のガウンの上に羽織ったジャージ、短くなった頭髪はそのまま。しかし表情は晴れなかった。

 

 

「…あれ?大入っちは?」

「っ!?…お、大入さんは…次の準備があると…」

「…?そう…」

「…」

 

 

取蔭のなんでも無いような質問に、塩崎が彼女にしては珍しく、濁したような言い方をした。

 

 

──そんなことをして貰える程、俺は出来た人間じゃ無いんだよ。

 

 

先程の大入の言葉が甦る。

大入が見せた、普段の(おど)けた様子すら無い表情(かお)、その上での明確な拒絶の意思表示。

あの表情(かお)。悲しみ、苦しみ、怒り、後ろめたさ、そんな感情をごちゃ混ぜにして煮詰めた様な表情。思わず恐れた。

その反応を察した大入は、自ら点滴の針を引き抜いて、新しいジャージを羽織直すと医務室から逃げ出した。塩崎の制止すら聞かずに飛び出した大入、その行き先は塩崎も知らない。

咄嗟に嘘をついてしまった事実に、塩崎は自分でショックを受けるも、大入を庇ったのだと心の中で言い訳をした。

 

 

「…それにしても、あのサポート科の奴やるよね。相手の常闇って、騎馬戦で福朗と一緒になって鉄壁の防御をしてた奴だろ?」

「でもな…弱点が明白ってのがな…」

「いやいやっ!対抗策持ってない俺達からしたら詰みだろっ!正攻法だと勝ち目無いって!」

「強いて言うなら…スピード勝負か?懐に潜りさえすればあるいは…」

「カッ、その前に狙い撃ちだろうよ」

 

 

拳藤が話題を逸らすと皆が自然と先程の試合の考察に入った。他人の戦い方を考えるのは、自分の戦い方を見直す良い切っ掛けになるため重要だと、常日頃から担任のブラドキングに教わっているため、すんなりとディスカッションに入る。

話題が大入から離れた事に安堵した塩崎の様子を拳藤は見逃していなかった。

 

 

(ま~た、なんかやらかしたな福朗の奴…)

 

 

恐らく大入の独断専行癖の傾向に気付いたのだろう、それで擦れ違いでもしたか、と拳藤は当たりを付けた。

日常生活では至って普通の大入は、その悪癖が目に入る事は中々無い。少々癖はあるが、二枚目と三枚目を渡り歩くいいキャラだ。

しかし、ここは「雄英高校」だ。ヒーローの卵達に壁を用意し続けるハードなカリキュラムは、大入の悪癖を浮き彫りにするには充分すぎた。

察しの良い人なら既に何か感じ始める予想だけはしていた。

 

 

(…様子…見に行くべきか?)

 

「ごめん、ちょっと席外すわ…」

「Oh! 一佳サン、大入サンのトコデスカ?」

「何々~?一佳っち、大入っちの事がもう恋しくなっちゃったの?」

「はいはい、そう言うのいいから…」

 

 

拳藤は追求を適当にあしらって席を立った。

 

そう言えば、大入との事でクラスメイトにからかわれる事が多くなったな…とふと拳藤は気付いた。

やはり大入の悪癖のせいだろうか。アレは気が付いたら何処かに消えてしまいそうなどうしようも無い不安に駆られる。

無意識に拳藤の干渉頻度も増えているのだろう。

 

 

(けど、消えて貰っちゃ困るんだ。福朗は私にとって大切な…)

 

 

そこまで考えた所でハッと我に返る。そこはかとなく頬が熱を持つのを感じた。それを周りに悟られては居まいかと、冷や汗を流した。

誰も居ない事を確認し、ホッと安堵した。

 

拳藤は、大入の探索に精を入れることにした。

 

 

 

 

「…ずーっと気になたってたんだけどよー?」

 

『何、円場くん?』

 

「拳藤と大入って何でアレ(・・)で付き合ってねーの?」

「それ、ずっと思ってたしっ!」

『いや、そこに触れるのはやめよ?』

「さっきだってお前ら聞いたかー!?拳藤さー、大入の所に行くのは否定してないんだぜ!?」

「だよね、確定だよね!ぜったい一佳っち、大入っちのとこだよね!」

「普段からあんなに仲良いのもんなーっ!!」

「ずっと一緒にいるもんね!」

「しかもよー!あいつら、帰るのも一緒らしいぜ!更にだ!話によると大入は拳藤を自宅まで送るんだぜっ!こんなのおかしーって!!」

「だよね!だよね!しかも、その事を一佳っちに聞いたら「いや福朗はそう言う関係じゃないし」…って言うんだよ!あり得なくない!?」

『確かに大入くんも拳藤さんの事は「恩義と憧れの対象」とは言ってるけど、思い人とは認めて無いね…』

「あ゛ーっモヤモヤするしーっ!」

「なんだよあれっ!二人揃って爆発すれば良いのにーっ!」

 

 

突如拳藤と大入の微妙過ぎる関係に円場と取蔭の発狂した声が上がる。

そんな二人に対する反応は凡そ二つに分かれた。同じように感じている同意派とそっとしといてやれよという静観派である。

 

 

「黙って…見てる…べき」

「そうだぜ、色恋沙汰に周りが茶々入れて上手く行った試しなんてねぇぞ」

「そうよ、恋が実るのには時間が掛かるものよ」

 

 

静観派の柳と鱗と小森が二人の制止に掛かる。

 

 

「No! 『ハナのイノチはミジメ』イイマス!Loveも大切デス!」

「『花の命は短い』な」

「アレ?」

「けど、言い分は解るぜ!互いに脈有りじゃねぇか!さっさとくっついて欲しいもんだ!」

「ん。他の人に取られる前に、先に取るべき…」

 

 

同意派の角取と泡瀬と小大から声が上がる。馬鹿やってる大入を拳藤が鉄拳制裁する。その構図は何処か平和的で、案外お似合いに感じた。

そんな感じで当人の居ぬ間に和気藹々、喧々諤々と他人の青春恋愛に話は替わる。まさか、拳藤と大入も自分たちが恋バナのダシにされているとは思いもしないだろう…。

 

まぁ、それも仕方ない。彼らは高校1年生、華の十代、恋に青春に勉強に大忙しなのだ…。

 

 

「……」

「…?如何したんだ回原?」

「いや、ショートボブの塩崎さん…ありだなっ!」

「お前は本当にブレ無いなっ!!」

 

 

因みに回原は珍しい、どっちでもいい派である。

 

 

「…っ!あああっっっ!!?」

「今度はなんだよっ!?」

「俺…今、重大な事に気が付いちまった…」

 

 

そんな回原から突如悲鳴が上がる。その切羽詰まった様子、ただ事では無い。突然の出来事にクラスの皆が注目する。

 

 

「さっきの塩崎さんと大入の野郎の試合…。野郎が塩崎さんにトドメを刺すときに…」

「ヤロウ…」

「…?何か変なトコあったべが?」

「あったさ!それもとんでもなく重要な事だ!」

「…質問だ回原よ。それはなんだ?」

「それはだな…」

「それは…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎っ!思いっきり塩崎さんの(むね)触ってんじゃねえぇぇかあぁぁぁっ!?」

 

「ふえぇえぇぇっ!!?」

 

 

回原の斜め上の着眼点に、思わず塩崎の変な悲鳴が上がる。

確かに大入のフィニッシュブローは塩崎をダウンさせるハートブレイクショットだった。狙いは自然と左の大胸筋になる。所謂「パイタッチ」であった。

しかし、手を血だらけにして、しかもグーで行った、荊の鎧越しの物を果たして「パイタッチ」と呼んで良い物か?だが、胸を触ったのは紛れもなく事実である。

 

その事実を理解した塩崎の顔が見る見るうちに赤くなる。既に茹で蛸の様で湯気を発しそうな程である。

 

そして、その様子は取蔭の恰好の餌食となった。

 

 

「おんや~?どしたの茨っち、そんな顔を赤くして?あっ!もしかして、今の回原っちの言葉で意識しちゃったの?」

「えっ、いや!あのっ!?そうでなくてですね!?」

「そうだよね~大入っち茨っちのおっぱい触っちゃったもんね~。これは責任取って貰うしか無いんじゃ無い?」

「セキニンっ!?」

「そうだよっ、茨っち!だって、おっぱい触る以前に、大入っちは茨っちを傷物にしたんだよ?責任取る理由としては充分っしょ?」

「キズモノっ!?」

「アレだよ茨っち!これはもう大入っちに貰ってもらうしか無いっしょ!!!」

「ふえぇえぇぇっ!!?」

 

 

取蔭の捲し立てた超理論に塩崎の2度目の悲鳴が上がる。

先程まで別の意味で大入を意識していた分、イメージがより鮮明に塩崎の中に流れ込んでくる。塩崎の頭は許容量を超え、思考は限界に達していた。混乱状態で目をぐるぐると回していた。

 

 

(その理屈だと、私も大入さんを傷物にしてしまいました。これは責任を取らないといけない!?)

 

 

もう、色々と駄目な状態である。

 

それでも、取蔭は死体蹴り(追及)を止めない。塩崎の肩を組み、そっと囁き掛ける。

 

 

「でさでさ、実際どうなの?」

「ど、ど、ど、どうっとは?」

「話の流れを察してよ!大入っちの事!…どう思ってる?」

「そ、それは大入さんは立派な方です…。お強いですし、聡明ですし、それに…」

「…どったの茨っち?」

 

「…大入さんは寂しい方だと思います。私と戦った時もそうですが、大入さんは危険に躊躇無く身を投じるのです。私にはそれが堪らなく不安に感じるのです。…胸が苦しくなります。

私は、彼には傍に寄り添う方が必要なのだと思います。「貴方が居る。それだけで良いのです」としっかりと伝えてくれるような人が…」

 

 

塩崎の頭に大入の表情がちらつく、あの苦しむ表情、悲しむ表情、怒りそうな表情、泣き出しそうな表情。

それらが先程までの熱を急速に冷やす。

その様子に取蔭が思わず面食らった。

 

 

「…」

「ど、どうしたんだい、回原?」

 

 

そんな塩崎の様子を見て、回原は無言で立ち上がった。その姿に思わず物間が尋ねた。

 

 

 

 

 

「ちょっとオオイリのヤロウをブッコロしてくる」

 

 

 

 

 

凄く爽やかな笑顔で回原はそう告げた。

 

 

「待てっ、回原!流石にそれはアウトだっ!」

 

 

回原先生の御乱心を男子総出で取り押さえる。それでも回原は抵抗を止めない。

 

 

「野郎っ!塩崎さんを汚して、怪我して、穢した挙げ句!塩崎さんを赤面させて、その上悲しませたんだぞっ!こんな横暴っ!赦されていいものかっ!いや、ない!

例え、塩崎さんや神様仏様が許しても俺が許さない、赦せないっ!!

…塩崎さん、安心して下さい。貴方の憂いは私が払ってみせます…。あいつを排除してっ!

と言うわけで、ちょっとクソ野郎の処に行ってくるっ!」

 

「だから駄目だって!」

 

「HA☆NA☆SE」

 

 

回原の激昂が木魂する。ドッタンバッタンと騒ぎ立てるB組に担任の制裁が入ったのは約3分後だった。

 

 



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59:最終種目 二回戦 4

防音仕様の分厚い扉が開く。扉が開いた瞬間、その部屋の奥から甲高い音が鳴り響いていた。扉を開いた少女は、迷うこと無く中へと歩みを進める。

身に纏っている白いコートを脱ぎ捨て、頭のスチールパンクなデザインのゴーグルを外す。それらを手頃なロングテーブルに乱雑に置いた。

ジワリと掻いた汗でペタリと張り付いた前髪の毛を掻き上げ直しながら、奥へと更に歩みを進める。

そして、その部屋の中で音のする方…その扉を開いた。

 

 

「あぁ、やっぱり子沢山さんでしたか!」

 

 

サポートアイテムの開発室。そこに大入はいた。

彼は大会の合間、頻繁にここを訪れ、自作の武器の作成に精を出していた。勿論、主審ミッドナイトと開発室管理人パワーローダーの許可もしっかりと貰っている。

発目の言葉に耳を貸さず、集中して手元の加工機械を操作する。エアープラズマ式の切断機から閃光の火花を散らし、鉄板が裁断された。

切りの良いところで一旦手を止め、ふぅ…と大きく息を吐いた大入は保護用のフェイスガードを外し、改めて発目の言葉に答える。

 

 

「発目さんお帰り。勝利おめでとう。これは餞別ね」

「わぁっ!ありがとうございます!」

 

 

大入は発目の方を見ることすら無くそう答える。

大入が指を鳴らすと〈揺らぎ〉が生まれて、中からガシャガシャとガラクタに早変わりしたハンマー三本が落ちた。

発目が嬉々として、それを素早く回収すると、その照準器の様な瞳でハンマーを繁々と観察する。

 

 

「やはり、ミサイルと地雷を組み合わせてましたか…。でもこんな乱暴(・・)な継ぎ合わせじゃ、壊れるのも当然でしょう」

「元から使い捨て前提だしね。有るもんで何とかやるなら、多少の粗は目を瞑らないと…ね?」

「それにしてもよくこれをパワーローダー先生にパス通しましたね…」

「むしろ不完全だから通ったんだよ。殴打の衝撃で自壊するから、勝手に威力が分散して、効率の良いダメージを出せない。

これがもし完成品なら、それはもう攻城兵器だ、人に使うもんじゃ無くなる」

 

 

試作型噴射式発破戦鎚『コダマネズミ』。その亡骸の考察を程々にして、発目自身が利用している作業デスクの上にそれを置く。そのままデスクの引き出しをゴソゴソと漁ると、常備しているらしい板チョコを一つ取り出す。包み紙を破り、甘い香りを放つそれに齧り付くと、今度は自分の開発したサポートアイテムの山に向かう。

 

 

「さて…次はどのベイビーを使いましょうか?こっちかな?それともこっち?」

 

 

発目は次の試合に向けてサポートアイテムの選抜を開始する。ガシャガシャと山をかき分け、あれやこれやと物色する。

 

 

「発目さんの次の相手は爆豪君だろうな…。

彼の“個性”は手のひらを爆破することが出来る。多分炸薬系の化学物質を分泌する体質なんだろうさ。

爆発を推進力にした高機動戦闘。爆破の威力を調整した全距離戦闘。本人の肉体スペックも高いし、代謝機能が上がれば自然と爆破をリロード抜きでバカスカ出してくる。

ぶっちゃけ死角無し。なんつうパーフェクトソルジャーっぷりだよ」

 

 

大入は発目の次の相手になるであろう爆豪の講評を述べる。

それでいながら、自身は先程切り出した鉄板の形と重さを確認して、今度は掘削ドリルを持ち出して、鉄板に穴を開け始めた。

 

 

「おや、もう一人の方は?彼、貴方のクラスメイトですよね?」

「鉄哲は…多分勝てない。相手が悪すぎる」

「これまた随分と薄情ですね」

相性差(・・・)ってのは、それ程に高い壁なのさ」

 

 

発目の些細な質問に大入は端的に答えた。今度は研磨機に移動し、鉄板の角を丸く加工していく。

 

 

「なる程…対戦相手はわかりました。それで?…付け入るなら何処を?」

 

 

発目は大入にアドバイスを求める。発目が一回戦・二回戦を勝てたのは、大入のアドバイスを受けたお陰でもある。

相手の弱みを穿ち、強味を徹底的に押さえ込んだワンサイドゲーム。大入からもたらされた情報と、それを実行可能にする無数の発明品があるからこそなせる技だ。

 

 

「精神攻撃。煽り耐性無いから、兎に角引っかき回す。…でもああ見えて、すごく頭が回るから自力が無いと結局は競り負ける」

「実質対策無しですか」

「それは、ごめん…」

 

 

『戦闘力』と言う一点に置いて、爆豪勝己は最強と言っても過言では無い。本人の身体能力と戦闘センス相手に猪口才な細工で穴埋めするのは不可能に近い。

 

結局は直接戦闘と言う同じ土俵に上がる必要がある。

 

そうなったら発目に勝ち目は無い。

 

 

「む~困りました。これでは『サポートアイテム大博覧会』が開催出来ません」

 

 

チョコレートを一囓り、発目は思案する。

 

 

大入との取引。はっきり言って発目には良いこと尽くしだった。

 

大入から提示したカードは

「『エグゼキューター』の分解権利」

「発目の対戦相手の戦闘傾向の情報」

「発目と戦う際、サポートアイテムのプレゼンテーションの全面協力」

の三件。

 

発目から提示したカードは

「『エグゼキューター』の分解協力」

「対戦相手になった暁には勝利を譲る」

の二件。

 

発目が本大会に向ける意気込みは「自分のサポートアイテム(ベイビー)を売り込む」ことに集約する。

「発目と戦う際、サポートアイテムのプレゼンテーションの全面協力」と言うのは実にストレートなメリットだ「対戦相手になった暁には勝利を譲る」と言う条件でも破格だ。

更に「発目の対戦相手の戦闘傾向の情報」というのも相当なものだ。なんと言っても自分が勝てば試合回数が増え、自分のサポートアイテムを紹介するチャンスを増やすことが出来るのだから。

残るのは「『エグゼキューター』の分解権利」「『エグゼキューター』の分解協力」の二つだが、ハッキリ言って発目の得ばかりだ。

何せこの入試ロボ達、多額の施工費が掛かり、一般ではお目にすら掛かれない。それを自由に中まで見て良いと言われるのだ。一も二も無く飛びつくに決まっている。

 

正直受けたメリットは計り知れないが、それでもサポートアイテムはまだまだ大量に残っている。出来れば大入vs発目のマッチングを成立させたかった。

 

 

「あっそうだ!ねぇ、子沢山さん!次の試合負けて(・・・)下さいよ!」

 

 

まさに名案とばかりに笑顔の花を咲かせる発目。そして、自分の考えを大入に提案した。

 

 

「3位決定戦っ、そこで『サポートアイテム大博覧会』をしましょうよ!そうすれば…って如何したんですか?その顔?」

 

 

此処に来て発目は初めて大入の顔を見た。そして疑問符を浮かべた。

大入の顔はボロボロだった。涙を流したであろう目元が赤く腫れている。世に言う泣き腫らした跡だった。

 

 

「いやあ、単なる自己嫌悪さ」

 

 

発目の問いかけに、大入は視線を逸らしてそう一言答えた。

 

__________

 

 

『オーケーエヴィバディ!!!そろそろ次の試合に行こうか!これが終われば本大会のベスト4が決まるぜ!明日から注目の的だな!』

 

 

発目の大活躍で、実況席の置物だったプレゼントマイクが巻き返しを謀ろうと気合いの入ったコールを入れる。

観客が熱気の籠もった大声でそれにレスポンスした。

 

 

『…いいぜいいぜ!皆が一体になって場を盛り上げるこのライブ感っ!早速出てきな無頼漢!』

 

 

プレゼントマイクの呼びかけに応え、二人の戦士がステージに上がる。

 

 

『その心は鋼!その体は鋼!その技は鋼の輝きを魅せるか!?

鋼の戦士っ!鉄哲轍鐵!!!』

 

 

戦意に満ちた表情で相手を睨む鉄哲。

 

 

(漸く…漸くだ…)

 

 

鉄哲はこの試合、爆豪との対戦を待ち望んでいた。

 

初めて爆豪を見たのは二週間前。ヴィラン連合襲撃事件の数日後まで遡る。あの日彼が放った暴言、アレが鉄哲の心に火を付けた。

そして、今日の午前、選手宣誓。何処までも高慢ちきなその振る舞いに、我慢がならなくなった。

 

 

──この俺が潰したるわ!!

 

 

あの時から心に決めていた。

戦意高揚、気合充分。いつでも動ける。

 

 

『目の前の壁は正面突破で突き抜けるっ!その手で障害は薙ぎ払うっ!タイラントボマー!爆豪勝己!!!』

 

 

爆豪は精神を研ぎ澄ます。

 

一つ前の試合。あの緑谷(クソデク)と一緒に居た麗日でさえ、完全に爆豪の予想を覆してきた。

この戦い今までとは何かが違う。

 

気迫だ。

 

何が何でも上に勝ち上がろうと、誰も彼もが己の持てる総ての最後の一滴まで振り絞って挑んでいるんだ。

全身の血が熱くなる。何処までも騰がっていく。自然と口角が上がるのを彼は気付いているだろうか?

 

 

『S T A R T !』

 

 

開始の合図と共に鉄哲が全力で駆け出す。彼の本分である近接格闘に持ち込む。

対して爆豪は反撃を選択した。爆豪の爆発は射程が伸びるほど威力が分散し、ダメージが大きく減衰する。火力を一点に収束する技術に辿り着いていない彼は有効打を入れるべく、近距離の戦闘に応じたのだ。

 

先ずは、小手調べ。

 

爆豪は鉄哲をギリギリまで引きつけ、右手の爆破で薙ぎ払った。麗日を一切寄せ付けなかった爆炎と轟風の壁。その高熱と黒煙が鉄哲を呑み込んだ。

 

 

「っ!?」

 

 

黒煙を突き破り、鉄哲の鋼の拳が爆豪の眼前に迫る。爆豪はそれを全身を仰け反らせる事で回避した。

 

 

「んなモン効くかっ!!」

「上等だ…てめェっ!」

 

『流石は鉄哲!鋼の肉体は爆破を物ともしてねぇぞ!!』

 

 

爆豪は二手三手と爆破の弾幕を鉄哲に叩き込む。しかし、鉄哲はそれすらも無視して爆豪に乱打を叩き込む。爆豪はその攻撃を見切りながら次々躱していく。

 

 

「ちょこまか…してんじゃねぇっ!」

 

「!?」

 

 

一瞬、鉄哲が鋭い突きを放つ。以前に庄田が見せた「ジャブ」の様な素早い牽制打撃。顔面を狙ったそれを、爆豪は紙一重で躱した。

しかし、鉄哲の連携は終わらない。突きを放った拳を開き、熊手の様に袈裟を裂く。その途中で爆豪の胸倉の襟を鷲摑みにした。

 

 

「ラァっ!!」

「ごっ!?」

 

『ヘッドバぁぁぁットっ!爆豪が怯んだっ!』

 

 

鉄哲はそのまま強引に引き寄せ、鋼鉄の頭突きをお見舞いした。爆豪の額を強打し、血が滲む、グラグラと頭が揺れた。

鉄哲は畳みかける。そのまま体勢の崩れた爆豪を地面に叩き落とす。半ばラリアットをかますように全身を浴びせ倒す投げ。宍田が得意とする力押しの戦い方だった。

受け身すらまともに取れずに背中を強打、激痛が走り、肺に溜まった空気を吐き出した。

 

 

「潰れろっ!!」

「っ!?ぐふっ!!!」

 

 

仰向けに倒れた爆豪は目を見開いた。迫り来るのは鉄哲の足。震脚するように踏み付けられた蹄鉄は爆豪の腹を地面ごと穿つように突き刺さった。

 

 

_______________

 

 

 

「なぁ、大入ぃ?強くなるコツって…あるか?」

「何?どうしたの急に?」

 

 

ヒーロー基礎学で数回の実戦闘経験を経た頃、突然鉄哲は大入の元を訪れた。

 

 

「いやよ…お前ってさ、あの宍田だって平然とぶっ飛ばすじゃねぇか」

「まあ、そう言う技術を使ってるわけだし…」

 

 

先程やってた対人格闘。流石に“異形型個性”相手なので〈揺らぎの風〉によるブーストだけは許可を貰っていた様だが、あの化け物染みた身体能力に対して良いところまで競り合い続けており、かなり異様な光景だった。

鉄哲が以前に宍田と対峙したときは、中々に酷い有様だった。転ばされた所に足を捕まれて、そのまま猛スピードで引きずり回し、最後は瓦礫の山に叩き込まれた。今でも苦い思い出だ。

 

 

「そうさねぇ…。色々言いたい事はあるけど、とりあえず一つだけ」

「なんだ?」

 

「君の攻撃は馬鹿正直すぎる」

「オイ」

 

 

大入のぞんざいな言い方に鉄哲の抗議が入る。それを無視して大入は鉄哲の傍に歩み寄る。

そして右拳を握りしめて、ジェスチャーをするようにゆっくりと鉄哲の顔面目掛けて伸ばす。

 

 

「鉄哲の攻撃はな。「今からお前の顔面目掛けて殴るぞ」って宣言して攻撃するくらいにわかりやすい」

 

 

あと数センチで顔に当たる。その距離で拳がピタリと止まる。

 

 

「…何かに気付かない?」

 

 

大入が鉄哲に問いかける。注意深く大入を観察すると、いつの間にか無手だったはずの大入の左手に模擬刀が握られていた。

それに気付いた大入がニコリと笑うと。

 

 

「残念、ハズレ」

「ウォッ!?」

 

 

突如、鉄哲の頭にパサリとタオルが落ちてきた。

 

 

「要はだ、鉄哲は「相手の裏を掻いてやろう」って言う気概がなさ過ぎるんだよ。

まぁ、相手の全部を真っ向から受け止める漢気溢れた精神は美徳だけど、それらは総じて「搦め手」に弱い。

ぶっちゃけ俺なんかの恰好の餌食だ」

「ム…」

 

 

目をパチクリさせていた鉄哲がハッと我に返る。そして、大入にからかわれた事にへそを曲げた。

それに対して「悪かったよ」と一言謝罪を入れ、改めて大入は話を続けた。

 

 

「だから鉄哲は「戦いの駆け引き」って奴を学ぶべきだ」

「…具体的にどうしろってんだよ?」

「簡単さ、観察(・・)すれば良い」

「観察?」

「そうだよ。特に君と戦う対戦相手の立ち回りをね。

相手が君をどうやって攻略しようとしているか?弱点のどこを狙っているのか?それを知るだけでもかなり変わる。

それらを自分流にアレンジして、取り入れろ。戦法の幅が増えれば、自然と自分の取れる選択肢も増える」

 

 

そう言いながら手に持った模擬刀と鉄哲の頭に乗ったタオルを指差してアピール。その後に目潰し、顎、喉元、鳩尾…と一般的な急所を次々とジェスチャーで攻撃するフリをする。

 

 

「学べ、鉄哲。君の伸び代は、まだまだ沢山残っているよ」

 

 

最後にドンと胸を叩き、そう言って大入は去って行った。

 

 

 

 

大入の助言を受けてから、鉄哲は対戦相手の事を観察するようになった。

 

そして、分かった事がある。

 

例えば、大入。彼が鉄哲と戦う時は殆ど転倒を狙った足払いと、相手の攻撃を利用した合気道の投げ、そして極め技だった。

 

例えば、宍田。彼は見た目とは裏腹の小回りの効いたスピードを活かして、こちらの体勢の崩れた所を体当たりをする様に吹き飛ばした。

 

例えば、庄田。彼は鉄哲の正面に立ちながら、常に一定の距離をキープして高速のフリッカージャブ。浅い当たりも“個性”で威力を増幅し、ひたすら怯ませ続けた。

 

例えば、拳藤。その巨大な手のひらでシールドバッシュでもするかのように壁や床と板挟みにして動きを封じられた。

 

例えば、鱗。体の奥深くまで貫くような掌底。それは中国拳法の太極拳や八極拳における発勁、全身の筋肉・骨格の動きから重心の移動までを無駄なく収束した一撃で内臓を叩き、スタミナを削った。

 

 

各々が自分の出来る最善を使って、鉄哲を攻略する。此処まで違うのかと驚愕した、同い年でありながら積み上げてきた物が全然違うと思った。

 

 

 

そこから無い頭を搾って考えた。彼等の攻略法の攻略。

 

 

 

鉄哲が自身に課した問題だった。

最初は何度も負けた。その度に試行錯誤を繰り返した。己を叩いて何度も鍛え直した。それが次第に形になる…。

 

 

宍田の高機動戦闘に、カウンターナックルを叩き込めた。

 

庄田の圧倒的な手数に、攻撃をいなす事で反撃が出来るようになった。

 

鱗の鋭い突きに、瞬間的に鋼の強度を上げる小技を覚えた。

 

 

以前の自分より相当戦えるようになったと実感した。

大入と拳藤は今までの戦法に、更に新しい戦法を絡め合わせて、巧妙に攻めて来る様になった。未だに勝つには至らないが、偶に良い当たりが入るようになった。

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

(俺はちゃんと戦えてるか…?)

 

 

鉄哲の頭に疑問が過ぎる。一つ前の切島との試合。全力で戦い、そして勝利をもぎ取った。しかし、それでも不安が過ぎる。

 

 

空を埋め尽くす程の、大量の岩石の雨が降った。

 

有象無象を灰燼にする爆発が、雄叫びを上げた。

 

身を裂く程冷たい氷陣が、全てを丸呑みにした。

 

衝撃波が迫る障害を全て砕き、悉く叩き割った。

 

見上げる程の荊の巨人が、戦場を蹂躙していた。

 

剣戟が演武が銃擊が数多の軌跡を描き咲き誇る。

 

 

どいつもこいつもまるでスケールが違う。自分に無い物ばかりを持っている。あいつらと比べて、なんて自分の地味な事だろう。

 

 

唯々、硬いだけ…。

 

 

自分の“個性”を嫌った事なんて一度も無かった。実際に、これでも中学時代は負け無しだったのだ。だがそれは、井の中の蛙が大海を知らなかっただけなのだと痛感した。

 

 

(っ!?駄目だ駄目だっ!弱気になるな俺っ!?)

「うおおぉぉおぉっ!!!」

 

 

鉄哲は折れかけた精神を叱咤する。自分を鼓舞する戦意咆哮(ウォークライ)。果敢に爆豪に殴り掛かる。その黒焦げた(・・・・)両手の拳で。

 

 

 

 

 

「拳打」に「掴みによる拘束」を組み合わせた喧嘩殺法の様な戦い方。

立ち向かって来る相手には圧倒的な肉体の強さで押し負かし、逃げる相手は搦め手で自分の射程圏内(キルゾーン)にひたすら引きずり込む。

 

 

零距離格闘(ノーレンジファイト)

 

 

鉄哲が手探りで見つけた、自分だけの、自分にしか出来ない戦い方。

それは確かに鉄哲にマッチしていた。あの爆豪にさえ有効打を叩き込んだのだ。

 

 

しかし、爆豪は上を行った。

 

 

鉄哲が爆豪の鳩尾を貫こうと振るった拳を「包み込む様に抱きかかえる」。そしてそれを爆破した。火傷しそうな高熱が手を焼き、鉄哲が苦悶の表情を浮かべる。

そのまま爆豪は反対側の手に飛び掛かる。それを防ぐために爆豪を掴もうとして異変に気が付いた。

 

 

(拳が開かねぇっ!?)

 

 

動揺している間にも爆豪は手を掴み取り、爆破した。黒く焦げた両手の拳は開かなくなった。

 

 

(まさか、こいつは泡瀬のっ!?)

 

 

鉄哲はこれを知っている。よく似た手口を使う奴が居たからだ。

 

 

以前に溶接に付いて、軽く触れた時の事を覚えているだろうか?

「爆発圧接」と言う物がある。これは爆発により引き出される高エネルギーを利用して金属を接合する加工技術の事だ。

 

狙いはそれだ。爆豪は拳を包み込んで全方位から中心に向けて爆破。鉄哲の拳を溶接(・・)した。

 

実は泡瀬がよくやる戦い方にどこか似ている。彼は、自身が得意とする縄仕事(ロープアクション)と“個性”を自由に組み合わせ、障害物の色んな所に繋ぎ合わせ、手足の動きを阻害し、戦いを有利に運ぶ「搦め手特化」の戦闘スタイル。あれには蜘蛛の糸に絡め捕られる様に動きを封じられた。

 

爆豪によって封じられた手のひら。自分の掴み技を奪われたのは今までに無い初めての体験だった。

 

 

鉄哲の〈零距離格闘(ノーレンジファイト)〉は破綻した。逃げる相手を引き止める手段を失った。

それでも鉄哲は足掻く。身体を鋼鉄化し、その鈍器の様な拳を振るう。ひたすら早く、速く、疾く。

しかし、今更爆豪には通じない。拳の距離を見切り、それより僅かに離れた位置から爆撃。飛んでくる拳もひたすら回避した。

最初に鉄哲の重い打撃を受けているにもかかわらず、爆豪の動きは冴えている。化け物染みたタフネスが未だに爆豪を支えていた。

 

 

そして、傾いた天秤は戻らない。

 

 

鉄哲の呼吸が乱れる。

切島の“個性(硬化)”と違い、鉄哲の“個性(スティール)”は肉体を鋼鉄化する。鋼は()を蓄積する、そして熱を帯びた鋼は加速的に消耗(・・)が進む。「金属疲労」と言う現象だ。

 

爆豪と鉄哲のカードは切島よりも最悪だ。その運命からは逃れることは出来ない。

 

 

『ああーー!!効いたっ!!?』

 

「ぐっ…!!」

 

 

爆破の威力が鋼鉄化の耐久力を上回りだした。爆豪はその瞬間、勝機を確信した。

 

 

「鉄は熱い内に打て…って言うよなァ!」

「っ!?」

 

 

爆豪が獰猛な笑みを浮かべた。

鉄哲は咄嗟に腕をクロスガード。脆くなった全身(鋼鉄化)に今一度気合いを入れ直した。

 

 

「ガッ!!?」

 

 

次の瞬間的、爆撃の暴風雨が襲った。全身の至る所を横殴りに叩きつける絨毯爆撃。

踏ん張っている足下がジリジリと後ろに押された。

 

 

(マズイっ!やられる!?)

 

 

身体の熱が上がる、鋼に罅が入る。濃厚な敗北のイメージが頭に浮かぶ。

熾烈な爆豪の連擊。その中で鉄哲は…

 

 

 

 

 

鋼鉄化を解除(・・)した。

 

 

 

 

「死ねえ!!!」

 

 

爆豪の爆破を纏った掌底が鉄哲の無防備な腹を撃った。激痛が全身を巡り、意識がぶっ飛びそうになる。

 

 

「嗚呼ァァァァッ!!?」

「っ!?」

 

 

もはや悲鳴に近い叫び声を上げ、無理やり意識を繋ぎ止める。鉄哲はそのまま爆豪の両肩を掴んだ。

鉄哲の拳は溶接されていた。しかし、鋼鉄化を解除した事で金属の性質が消え、接合強度が弱まったのだ。その状態で鉄哲は無理やり手を開いた。手の皮がベリベリ剥がれ、瞬く間に血塗れになった。

 

爆豪が勝利を確信した一瞬。その僅かな緩みを鉄哲は狙い撃ちした。

 

 

「らあぁぁぁアアァ!!!」

 

 

隙を曝した爆豪をガッチリとホールドし、頭に頭突きが振り下ろされる。爆豪の額を叩き、大きく蹌踉けさせた。

 

 

「うぐ…ぅ!やってくれんじゃねェ…か…?」

 

 

爆豪が体勢を立て直し、鉄哲に向き直ると。鉄哲はうつ伏せに倒れていた。

残っていた最後の力を使い、報いた一矢。爆豪には届いたが、討ち取るには至らなかった。

 

 

『そこまでよ!鉄哲くん行動不能!勝者爆豪くん!!』

 

 

ど派手で見栄えのある爆豪の勝利に、観客から熱い歓声と拍手が上がる。

相性の悪さを理解していたプロヒーローの面々が、苦境にも負けない鉄哲の勇姿に惜しみない賞賛の拍手が送られた。

 

 

『爆豪エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!!負けた鉄哲も最後の最後まで漢を見せてくれたなァ!!

さァ!これでベスト4が出揃った!!戦いも佳境だ!騰げてけお前ら!!』

 

 

プレゼントマイクの煽りに観客が呼応する。会場は更なる熱を帯びた。

 

 

_______________

 

 

「なんだコレ?まるで茶番じゃ無いか…」

 

 

薄暗い小部屋。戸棚やウォールラックには乱雑に本が積み上げられ、壁には夥しい量のヒーローの資料がベタベタと貼り付けてある。

部屋を照らす唯一の光源のコンピュータのデスクトップには、ライブ中継された雄英体育祭の映像が映し出されていた。

映像を睨み付けていた少年がそんな不満を零しながら、首筋をガリっ…と引っ掻いた。

 

 

『ほう、どこが茶番なんだい?死柄木弔?』

 

 

画面を覗く少年、死柄木に男が問いかける。その声は低く、包み込む様に優しく、奈落の底に引きずり込むように恐ろしい声だった。

 

 

「あいつら、負けた奴にまで賞賛の拍手とやらを送ってやがる…。

敗北ってのは何処までも惨めなもんだ。奪われて、奪われて…結局最後には何も残りもしない。それが敗北だ」

 

 

虐げられ、迫害され、蹂躙され、なにもかも踏みにじられた。そんな死柄木だからこそ思う、敗者へ向けられる温情の多さ。

敗北をよく知る彼は、酷く空虚で不自然な違和感を覚えた。

 

 

『はっはっはっ…。失敗は成功の母と言うように、敗北は強くなるためのチャンスなんだよ死枯木弔。あの賞賛は激励の言葉の代わりさ…』

「精一杯頑張って負けたのに、「お前は努力が足りない、まだ頑張れ」って吐き捨てるのかっ…!

先生、勘違いしてた!これは死体蹴りだな!死人に鞭打つのが好きなんて非道い奴らだ!」

 

 

死柄木は盛大な皮肉を込めてカラカラと嗤う。先生と呼ばれた男は黙ってそれを見ていた。

 

 

『…それにしても面白い子が居るね』

「あ?どれだ?…雄英にちょっかいかけた時に見た奴ならそれなりに居るが」

『いやあ、違う違う。あの勝ち上がっている「B組の男子」だよ』

「あぁ、ヒーローのクセして得物使ってる卑怯者(・・・)か…。他の奴より雑魚そうだけど?」

『弱者を嘗めてはいけないよ死枯木弔?ああ言う手合いの人間は時に巫山戯た力を発揮する。君になら分かるはずだよ?』

 

 

ふと雄英高校を襲撃した時の事を思い出した。路地裏のチンピラどもをまとめ上げ、初めての大規模で本格的な襲撃だったが、結果は散々。戦力に数えてすら居なかったヒーローの卵(生徒)共が鬱陶しい程に計画を邪魔し、肝心のオールマイトも、短時間で加入した援軍のヒーローによって為す術無く、撤退を強いられた。全くもって苦い経験だ。

 

 

『それに彼にはちょっとした経歴(・・・・・・・・)があるようだしね…。ねぇ、死柄木弔。案外彼は君の友達(・・)に馴れるかもよ?』

「ハッ!冗談!気持ち悪い事を言うなっ…」

 

 

死柄木は露骨に嫌そうな顔をした。

 

 



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60:最終種目 準決勝 1

勢いに任せてるせいか少し視点が激しく動きます。ご注意を。

続きです。




「ったく!福朗ってば何処ほっつき歩いてんだか…」

 

 

拳藤は大入を探して会場内をツカツカと歩き回っていた。医務室から選手控室を順番に見て回り、隈無く捜索したが見つからない。

彼はどこに行ったのだろうか…?

 

 

(そういえば福朗って、あの武器をどこで(・・・)用意してんだ?)

 

 

拳藤が大入の行動を予測していると、ふとそんな疑問に辿り着いた。

ジャンクパーツの分解だけなら大入の単独でも可能だ。しかし、それの組み立てとなると話は変わる。どうしても調整の為にそれなりの道具が必要なはずだ。

 

 

(じゃあ、もしかしてサポート科の研究棟?)

 

 

サポートアイテムが生命線になる大入が、頻繁にサポート科に足を運ぶのは知っていた。時折授業にヘンテコなサポートアイテムを持ち出しては、よく自爆していたが…あれは今思えば発目が作ったアイテムのモニターテストだったのだろう。

 

 

(でも研究棟はここからじゃ、それなりに距離がある。行き違いにでもなったら、もう話す時間は無いな…ん?)

 

 

もう少し探そうかと計画したところでお目当ての相手を見つけた。

しかし、拳藤はすぐに傍には行かずに慌てて廊下の角へと身を隠した。

 

 

(福朗と…あれは…!?)

 

 

想像すらしていなかった。意外な組み合わせだった…。

 

 

_______________

 

 

「大入福朗くんと言ったか…初めましてだな」

 

 

『恐怖!雄英体育祭を徘徊する炎の巨人を見たっ!?』…そんなゴシップ記事にピッタリな感じのフレーズが頭をよぎった。

 

 

とりあえず一言…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイエエエェェッ!!エンデヴァー!?エンデヴァーナンデ!?

 

パニックになった俺はとりあえず頭の中でお約束(テンプレート)を消化していた。こういう時にネタに走る俺は、相当アレだなと再認識した。何だか哀しくなってきた。

 

 

「……初めましてエンデヴァーさん。息子さんの応援ですか?でしたら恐らく、彼は第二控室の方に…」

 

 

平静を取り戻し、話しをする。

先ほどのデク君との戦い、結局轟君は()を使う事は無かった。

この原作乖離でエンデヴァーがどんな動きをしているか予想も付かないが、多分執拗に轟君に余計なお世話(ちょっかい)をかけているのだろうか?

 

 

「いや、結構。用があるのは君の方だ」

「…私…ですか?」

「あぁ、そうだ。『AVENGER計画・第一被験者』の君にだ…」

「っ!?」

「「何故それを?」…と思っているのか?これでもNo.2のヒーローだ。それなりに情報も持っている…」

 

 

しまった。痛い所を突かれた。

冷静に考えれば彼はNo.2ヒーロー『エンデヴァー』。彼ならばツテも多いから、情報を持っている事なんて、簡単に予想できたではないか。

 

 

『AVENGER計画』…ヴィラン二世教育・矯正計画。「生まれついてのヴィラン全てに教育と社会復帰の機会を与える」の頭文字を取り出して作られた名称。その昔流行ったダークヒーロー物の映画になぞられてそう決まったらしいが、復讐者(avenger)とは随分皮肉の効いた名称である。

兎に角、俺の人生と切っても切れない話だ。

 

ヴィラン二世。犯罪者の子供。

 

この先の人生もずっと後ろ指を指される、脛の傷。

 

解っていても。覚悟してても。何度も何度も対面する現実。胸が苦しくなる。

沈んだ気持ちが更に沈んだ。

 

 

「あれからもう10年以上経つのか…。子供が居た事は知っていたが、まさか焦凍と同い年で、今ここで対峙するとはな…」

「…私の両親を知っているのですか?」

「知って居るも何も、俺は事件の現場に居たからな」

「っ!…そう…でしたか…」

 

 

初めて知った両親の顛末。エンデヴァーも両親の検挙に関わっていたのか…。

 

 

「…?驚いてはいるようだが、恨みは無さそうだな。君から両親を奪った当人が目の前にいるのだぞ?」

「両親が捕まったのは、物心ついて間もない頃ですから…」

「そうか…。それにしても不思議な物だな。君は見れば見るほど両親に似ている」

「っ!?」

「愉快犯『リーカーズ』。俺も彼等には散々手を焼いた物だ…。そして、君は両親(それ)にそっくりだ、やはり血は争えないな」

「…な、なにを」

「君の戦い方だよ。

道端に落ちている取るに足らない要素。それらを只管掻き集めて、練り合わせて、凶悪な戦術に昇華する。全ての状況をひっくり返す「盤外戦術」…実に見事だ。それだけでは無く、自力も素晴らしい。君はウチの焦凍に勝るとも劣らない実力者だろう。

だからこそ焦凍の相手に相応しい。

…本音を言うとだな、君が悪意を滾らせて、ウチの愚息との戦いに臨んでくれたなら、非常に良い「実践的な仮想敵(ヴィラン)」となると思ったのだが…アテが外れてしまったな」

「……酷い話ですね」

「いや、失礼した。君は全うな人間をしているのだな。甘く見ていたよ、謝罪させてもらう。

では、試合頑張ってくれたまえ。願わくば君がウチの焦凍の超えるべき壁になってくれるとありがたい…」

 

「…一つだけ教えてくれませんか?」

「何かね?」

「彼…轟焦凍は戦いで右側()しか使っていない。あれは貴方の指示ですか?」

「…あれは子供じみた下らん反抗だ」

 

 

そう言うとエンデヴァーは去って行った。

 

…轟君を説得する最後のピースが手に入った。偶然かもしれないが僥倖だ。ちょっと「傷心した」くらいなら安い物だ。

 

 

(もう試合まで時間が無い。行かないと…)

 

 

そう思って早足で歩き出し、角を曲がって思わず足が止まった。

 

 

「っ!!!?」

 

 

おい…おい…。何でここ(・・)に居る…。

 

 

「…ふ…福朗…」

 

 

明るい色のサイドテール。不安そうな表情。青い瞳が揺れた。

 

 

「…い、一佳?」

 

 

ちょっと待て。俺はさっき何の話(・・・)をしていた?

それを聞いていたのか?知られた?ひた隠しにしてた秘密(・・)を?

 

疑問符が並び立てられる。思考を再試行する。そして同じ答えに辿り着く。

 

全身の血が抜け落ちていくような感覚。悪寒。それなのに心臓音は異常な程に鳴り響く。なんだコレ?気持ち悪い…。

 

 

「お、おい…福朗?」

 

 

一佳がこちらに歩み寄る。

思わず後ろに下がった。

 

苦しい。呼吸が出来なくなる。

 

 

「福朗っ!?」

 

 

気が付いたら走り出していた。

今まで積み上げて来た物がガラガラと崩れて亡くなる。そんな喪失感。

 

犯罪者の子供、大入福朗。

そんな人間が皆と一緒に居られるなんて、それは烏滸(おこ)がましいことだ。

 

 

 

分かっていた…。

 

いつかそんな未来が来るだろうって…。

 

けど、あまりにも唐突過ぎる。理不尽な現実。

 

 

 

自分の体なのにまるで言うことを効かない。全身をバラバラに分解されたかのように、体が整合性を持たない。

それでも只管繰り返し、繰り返し脳が体に命令を怒鳴りつける。

 

 

 

 

逃げろ。

 

 

 

 

帰れ。

 

 

 

 

去れ。

 

 

 

 

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはお前の居るべき場所じゃ無い…。

 

 

 

 

俺は我武者羅に体を動かし続けた。

 

 

_______________

 

 

──「嫌だよお母さん…僕……。僕、お父さんみたいになりたくない。

お母さんをいじめる人になんてなりたくない」

 

 

──「………でも、ヒーローにはなりたいんでしょ?

いいのよおまえは、強く思う“将来”があるなら…」

 

 

いつの間にか、忘れてしまった遠い日の記憶。あれの続きは何だっただろうか?

温かくて、優しくて、幸せで、心が内側から熱くなるような…。

 

 

炎が揺れる。赤色に染まる。

 

 

邪魔をしないでくれ…。

 

 

もう少し、もう少しなんだ。あと少しで思い出せそうなんだ。そうしたら、何かが変わる。

 

思い出せ…。

 

思い出せない…。

 

思い出したい…。

 

もうちょっとの所で空を掴むように霧散する。

 

全身が温もりを失うように底冷えする。

 

寒い…。

 

 

_______________

 

 

『さァ!時間もおしてきた!サクサク行くぜ準決勝っ!』

 

 

『どちらもエリートの対決っ!ここまでハイレベルな戦いが続くと燃え上がるぜっ!!

どんな相手もその氷で瞬く間に拘束っ!轟焦凍!!』

 

 

轟はユラリとステージに佇む。我ここにあらずと言った様子で自分の世界に没頭する轟。もはや、観客の歓声など聞いては居なかった。

 

 

『対するは、小細工だけじゃねぇ!?先程は正面戦闘からもその強さを見せつけた!大入福朗!!……って、アレ?』

 

 

大入は出てこない。毎回ウケを狙った登場をしていた大入が顔を出さない。

如何したことかと観客の間に困惑が広まった。

 

 

『大入…はトイレかしらん?』

 

『大入くんが控室にまだ来てないわね…。今から10分待ちます。それまでに出て来なければ轟くんの不戦勝とします!』

 

 

 

 

 

 

 

「…オッ!大入の試合に間に合ったかっ!!」

「鉄哲っ!生きてたのか!?」

 

 

B組団体席に先程激闘を見せた鉄哲が戻って来た。一度の治癒で治らなかった両手の手のひらと腹部のダメージには包帯を巻いているが至って元気そうだ。

 

 

「ってアレ?如何したんだ?」

「大入くん…出て来ないのよ。このままだと不戦敗になっちゃう」

「はぁっ!?どういうことだよ!」

 

「……」

 

 

小森から告げられた状況に鉄哲が驚きを露わにする。

塩崎が今一度唇を噛み締めた。

 

 

「まさか…大入。本気で回原に…?」

 

 

回原先生の回原先生による回原先生の為の大入ぶっころ宣言。鉄哲もあのやり取りの場にいた。残念ながら爆豪との試合を控えていた為、顛末を確認する事は出来なかったのだか…。もしや、回原を止めきれず大入は闇討ちにあったのか?

 

鉄哲の頭に不安が過ぎる。

 

 

「あぁ、回原先生はそこだよ」

 

「むーーー!!!」

 

「回原ぁっ!?」

 

 

なんと言うことか。よく見ると回原先生が縛られているでは無いか。

由緒正しき日本文化芸能『Japanese Su☆Ma☆Ki』である。

何故か隣のA組から呼ばれた瀬呂氏の協力の元、回原先生は足の先から口まで一分の隙も無くぐるぐる巻きにされていた。

 

因みに物間がいい加減に『由緒正しき日本文化芸能』とか宣ったせいで、角取が興味津々で観察している。

 

 

「どうしてこうなった…」

『塩崎さんは“個性”使えなくなってるし、凡戸くんの“個性”は片付け大変だしね。これが一番最適だったんだよ』

「違う、そうじゃねぇ」

 

 

そもそも何故簀巻なのか?

そんな鉄哲の疑問を無視して、大入の話に戻る。

 

 

「…まさかー…逃げた?」

「…オイ。あんま巫山戯たこと言うなよ」

「だってよー!あんなシャレになんない強さなんだぜー!無理だって勝てっこないって-!」

 

 

円場の弱音が漏れる。気持ちは分かる。対戦相手の轟は規格外だ、敵前逃亡が起きても不思議では無い。

 

 

「それだけは無いよ」

 

 

物間がぴしゃりと円場の考えを否定した。

 

 

「だって大入が彼に負ける要素(・・・・・)なんて無いんだから」

 

 

_______________

 

 

私の居た場所は一本道で、身を隠す場所なんて無かった。

 

 

「…い、一佳?」

 

 

結局そのまま見つかった。私を見たとき、まるで信じられない物を見るかのように、福朗は目を見開いた。

そして表情は見る見る青白くなり、瞬く間に精気を失い、体が震えだしていた。

 

 

「お、おい…福朗?」

 

 

福朗が心配で、思わず歩み寄った。

しかし、福朗は私から離れるように一歩後ろに下がった。

次の瞬間には福朗は身を翻し、来た道を逆走するように駆け出した。

 

 

「福朗っ!?」

 

 

思わず大声が出た。でも、福朗は止まらない。どこまでも遠くへ行ってしまう。

 

 

嫌だ…。

 

行かないでよ…。

 

逃げないでよ…。

 

こっちを向いてよ…。

 

 

ねぇ、福朗…!

 

 

 

 

 

 

 

 

──「おまえのてはなぁ、『しあわせ』をつかみやすいように、かみさまがおおきくしてくれたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

不意に過ぎった、幼い日の記憶。小さな少年のぶっきらぼうな声、恥ずかしそうにそっぽを向いた横顔。

 

あの時の私の背中を押した、魔法の言葉。

 

 

「福朗っ!!」

 

 

私は走り出した。逃げる彼を追って。

 

 

 

彼が曲がり角を曲がる。慌てて追うと少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

彼が鉢植えに躓いた。また少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

彼が足を縺れさせた。また少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

福朗との距離は少しづつ近くなり、私は頑張って手を伸ばした。

 

 

頑張れ私っ!あと少し、あと少しなんだっ!

 

 

ほらあと5m…。

 

 

3m…。

 

 

1m…。

 

 

 

届いたっ!

 

 

「福朗っ!!」

「うおっ!!?」

 

 

私は福朗に飛びついた。福朗はロクに体勢を立て直す事も出来ずに、私と一緒に廊下に倒れた。

それでも、福朗は私から逃げようと、体を動かし、立ち上がろうとする。

 

 

「大丈夫っ!…大丈夫…だから…」

 

 

私は逃げようとする福朗を抱きしめた。福朗が動こうとしたら、すぐに力を込めて動きを制した。そして、真っ先に伝えたかった言葉を言った。

 

 

「大丈夫だから…アンタを嫌いになったりしないから」

「ぅ…ぁ…?」

「だから、苦しまなくていい、悲しまなくていい。私が傍に居てあげるから…」

 

「ぅぁ…ぁぁ…ぁぁぁぁぁぁっ…」

 

 

情けなくて、格好悪くて、弱々しい。だけど、愛おしくて、とても温かい…彼の泣き声が、静かに溢れ落ちた。

 

 

________________

 

 

 

背中を叩いた衝撃。思わず倒れた。

 

それでも逃げようと必死に体を動かした。

 

 

「大丈夫っ!」

 

 

何かが俺の体を強く抱き留めた。

 

 

「…大丈夫…だから…」

 

 

彼女の声が聞こえた。体が硬直した。温かい熱を感じた。

 

 

「大丈夫だから…アンタを嫌いになったりしないから。

だから、苦しまなくていい、悲しまなくていい。私が傍に居てあげるから…」

 

 

じわりと体に熱が戻ってくる。自分の心臓音に重なるように彼女の音が聞こえた。

 

広がっていく…。

 

優しい声。

 

優しい温度。

 

優しい香り。

 

彼女の優しさ…。

 

 

気が付いたら声を上げて泣いていた。みっともないと自分を恥じた。でも、どうしようもなく安心してしまって。涙も声も抑える事は出来なくて。止まらなくて。心の器から溢れ出るままに、声を上げた。

 

 

彼女が優しく俺の抱き抱えて、背中を撫でた。また情けなさと嬉しさが込み上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経ったのだろう?十分?一時間?…とても長い時間のように感じた。

 

 

「…ありがとう。もう平気」

「落ち着いたか?」

「大丈夫だ…」

 

 

一佳の体がゆっくりと離れていく。でも、その温もりはまだ、ここにある。もう、寒くない。

 

 

「実はさ…私知ってたんだ。福朗がヴィラン二世だって」

「っ!?」

「今から三年前…あの事件、覚えてる?あの後に大屋敷さんから教えて貰ったんだ」

「師匠から?」

「そ、福朗と一緒に居るなら知っておいて欲しいって…」

 

 

そんなに前から…。

 

 

「本当はさ、私は待つつもりだったんだ。福朗が自分で決心して、自分から話してくれるのを…さ。まあ、こんな形になっちゃったけど…。

けど、さっき言ったのは本当に本当。「私はアンタを嫌いになったりしない」。

だって、アンタは犯罪者の子供でも、優しくて、明るくて、強くて真っ直ぐで、そりゃあ…まあ…デリカシーの無い鈍感馬鹿だけど、正しい事を正しいと言ってくれる良い奴だ。

そんな奴を嫌いになれる訳ないだろう…?」

 

 

…。

 

込み上げてくる物がある。あっ、涙腺が…。咄嗟に上を仰ぎ、手のひらで顔を覆う。

 

 

「だからさ、今度は逃げないでよ。私からさ…。私はまだアンタに何も返していないんだから…。居なくなったら…その…困る」

 

 

違う…違うよ、一佳。貰ってばかりなのは俺の方だ。

 

この安らげる居場所も。この心の温もりも。この嬉しくなる優しさも。

 

全部貰った物だ。君がずっと傍に居たから得られた物だ。

 

俺は感謝を伝えようとして…。

 

 

『さぁ、残り時間五分っ!大入はステージに現れるのかっ!?』

 

 

アナウンスが遮った。

 

 

俺と一佳はハッとなってスピーカーの方を振り向く。

 

 

「忘れてたっ!!試合っ!!ほら、福朗立って!」

「ちょ、一佳!?うおっ!!」

 

 

一佳は掌を巨大化して俺を強制的に立たせる。そしてクルリと回して、俺の背中をグイグイと押した。

 

 

「さ、さっ、行った行った!!このままだと不戦敗だぞ!」

「待って一佳!俺まだ言ってない事が!」

「そんなん!試合終わった後にゆっくりと言ってくれれば良いから!」

「待って、待ってぇっ!!それ多分、死亡フラグ…」

「い い か ら っ !!」

 

 

そう言って俺の背中を大きな掌でドンと叩いて押し出した。背中全体がヒリヒリする。

一歩二歩三歩と体が蹌踉けて、転びそうになるのを踏み留まる。

後ろを振り向くと、既に一佳は遠くに居た。

 

 

「福朗ーーっ!頑張れっ!!応援してるからっ!!!」

 

 

最後に元気いっぱいに力を込めて大声で叫ぶと、一佳は身を翻して、曲がり角に消えていった。

 

それを見届けた後、俺はもと来た道を歩き出す。足取りがいつも以上に軽い。歩みが早足になる。早足が疾駆になる。

地面を踏み締めた力が体を進める。前へ前へと。

 

力が溢れる。俺の気分は最高潮だ。

何せ、女神の祝福を受けたんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな気持ちで戦うなんて初めて…。

 

もう、何も恐くないっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっとイカン、自分でフラグを立ててしまった…。

 

 

_______________

 

 

『さァ!残り時間一分を切ってしまったぞ!?マジで何処行ったんだ大入っ!?』

 

 

観客の相当数がどよめき出していた。

 

 

敵前逃亡…。

 

 

その可能性が濃厚になってきたからだ。

 

 

沈黙を保っていた主審ミッドナイトが目を見開き、鞭を振るった。乾いた音が会場に木魂する。

 

 

『…時間ね。この勝負は轟くんの…』

 

「ちょっと待ったああああぁぁーーっ!!」

 

 

会場に大声が響き渡る。観客が声の主を瞳に捉えた。

辿り着いた。大入福朗だ。

 

 

『何所から入って来てんだお前ーーっ!?』

 

 

プレゼントマイクが反射的にツッコミを入れる。

当然だ、大入が入場してきたのは「轟側の入場ゲート」だ。後ろを振り向いた轟が唖然としている。

大入はそんな周りの様子を無視してズンズンと歩み寄る。階段を上がり、轟を一瞥、脇を擦り抜け、主審ミッドナイトの元へ歩いて行った。

 

 

「っ!?ちょっと、どうしたの大入くん!?」

 

 

ミッドナイトは慌ててインカムのスイッチを切り、小声で話し出した。

それもその筈、大入の顔はボロボロだった。目元が赤く、泣き腫らした跡だ。

 

 

「ちょっと色々有りまして…。でも大丈夫っ!?戦えますっ!!」

「っ!?」

 

 

大入は精一杯の笑顔で答えた。

そして、それはミッドナイトの性癖を…青春フェチを刺激した。

 

 

「~っ!!…コホン!それならいいわ。さぁ、位置について」

「ありがとうごさいます」

 

 

大入は頭を下げ、試合開始位置に歩いていく。

 

 

『大入くんの試合参加を許可しますっ!

改めて轟くんと大入くんの試合を開始致します!!』

 

 

観客から歓声が上がった。先程までの冷えた空気が嘘のように盛り上がる。その中にヒーロー科1年、両者のクラスメイトの声援が一際大きく聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「福朗は間に合ったか?」

 

「一佳さん!?」

「おう、茨。ただいま」

 

 

観客席のB組の団体席に拳藤は帰還した。

試合時間ギリギリの拳藤の登場に皆が驚いた。

 

 

「えぇ、大入さんは先程登場しました…。間もなく試合も始まります」

「そっか、よかった…」

 

 

上はインナーのTシャツ姿で、脱いだジャージは袖をベルトの様にして縛り上げ、腰に巻きつけていた。ラフな姿をした拳藤は、安堵して塩崎の隣に座った。

 

 

「…福朗の事なら心配無いよ」

「っ!?…そうですか、ありがとうごさいます」

 

 

拳藤からの突然の報告に塩崎は目を見開いた。全て察していたのかと…。

 

 

「茨…ありがとね」

「?」

「…福朗の事、心配してくれて」

「いえ、私は力になれませんでした。やはり、一佳さんでなければ…」

「そんなこと無いって。…見たんでしょ?福朗の抱えてる物…」

「…はい、大入さん、苦しそうでした」

「…さっき、福朗とさ。ほんの少しだけど、分かり合ってきたんだ。まぁ、偶然なんだけどね?」

「…」

「…もしさ、福朗が自分の事を話してきたらさ…その時は茨自身の言葉で答えてあげて?そうしたら福朗は、今よりも救われるから…」

「…はい、必ず」

「…ありがとう」

 

 

二人の会話はそこで打ち切られ、視線はステージに、一人の男に向けられる。

 

 

 

 

 

 

『さァ!ちとばかしトラブルが有ったようだが、安心してくれリスナー諸君っ!!ちゃんと彼等はアツいバトルを提供してくれるはずだぜっ!!

両者このガチバトルで、散々派手なバトルを魅せてくれたっ!今回も期待大だっ!!』

 

 

「轟君。戦う前に少しだけ、いいか?」

「?」

 

 

突如、大入は轟に話し掛ける。突然の呼びかけに轟は小首をかしげて答えた。

 

 

「さっき、君のお父さん(・・・・)…『エンデヴァー』に会ったぞ…」

「っ!」

 

 

その言葉で轟の殺気が一気に膨れ上がる。大入を…いや、それを通して憎い相手(クソ親父)を見ていた。

 

 

『S T A R T !』

 

 

次の瞬間、轟は最大火力…否、最大凍力の大氷結を繰り出した。

第一試合、あの瀬呂範太を瞬殺した氷。ステージを突き抜け、観客席にまで到達したあの氷だ。

 

それに対して大入は、何も出来ずに凶悪な氷の中に呑み込まれた。

 

 

『瞬 殺 っ!!

オイオイオイオイっ!!此処まで引っ張っといてそれはあんまりじゃ…』

『違う、よく見ろ』

『…え?』

 

 

「…ったく!人の話は最後まで聞けってのっ!!」

「!?」

 

 

氷に縛られた大入は凍らされたまま話を続ける。

 

 

「君のお父さんはさ、こう言ったんだ。「願わくば君がウチの焦凍の超えるべき壁になってくれるとありがたい…」ってね。

だからさ、俺は全力で君の障害(・・)になることにしたよ」

 

 

そう告げた瞬間、大氷結が大入の触れている部分から〈揺らぎ〉を生み出す。その揺らぎは徐々に、徐々に広がっていく。そして、大氷結全て包み込み、格納(・・)し、何事も無かったかのように消え失せた。

 

 

『な、な、な、何事おおぉーーーっ!!轟必殺の大氷結っ!?夢か!真か!そこに存在しなかったかのように消失ぅぅーー!!

もしかしてコレはアレか!?ヤベー奴なのかぁぁぁっ!!?』

『大したことじゃない、轟の氷は大入にとって格納可能な物質である…ってだけの話さ』

『こいつはぁシヴィーーーっ!!!』

 

 

大入は、体に纏わり付いた霜を余裕そうにパタパタとはたき落としていた。

轟は驚愕していた。自身の最大の攻撃…それを大入は凌いだ。しかもだ…

 

 

迎撃でも無い。

 

回避でも無い。

 

防御でも無い。

 

 

完全な無効化。

 

 

それを大入はやって見せたのだ。

 

 

「それともう一つ…」

 

 

唖然としている轟に向けて、大入は言葉を続ける。その言葉は轟に絶対的な二択を迫る言葉だった。

 

 

「俺相手にその右側()だけで勝てると思うなよっ…!」

 

「っ!?」

 

 

気迫の籠もった声。闘争者の凄み。轟がその空気に呑まれた。

 

ヒーローの子供、轟焦凍に向けられた宣戦布告。

ヴィランの子供、大入福朗が叩きつけた挑戦状だった。

 

 

(これは…っ!?)

 

 

轟は息を呑んだ。

この雄英体育祭。轟は戦闘において左側()を使っていない。たった一度の例外を除いて。

こいつだ、大入福朗だ。第二種目『騎馬戦』のあの時だ。

 

 

あの時、轟は自分に架した制約を思わず破ってしまった。大入の気迫に気圧されたのだ。

本気のオールマイトと敵による死闘を身近で経験した彼だけが知る重圧(プレッシャー)

 

今確信した…。

 

 

こいつは轟の知らない何か(・・)を持っている。

 

 

(俺はコイツに勝たなきゃならねぇ…!コイツの上を行かなきゃならねぇ…!)

 

 

轟は前方に立つ大入を睨み付けた。

 

 

 

 

その大入が再び口を開く。そして、言葉を借りる。

 

大入福朗(かれ)が信じる緑谷出久(最高のヒーロー)の言葉だ。

 

 

「全力でかかって来い!!」

 

 

拳を握り締めて、前へと突き出した。

 

 



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61:最終種目 準決勝 2

アニメの話
いやー場外に叩き出された塩崎さんが可愛すぎた。思わず三度見たね。

そしてここから試合運び早すぎィ!?追い越されましたorz

コミックの話
角取さんの情報紹介ページがありました。そしてあの私服!童顔に綺麗な瞳!低身長で有りながら出るとこでてるセクシーバディ!ヘソチラルックス!新時代の幕開けを感じました。(←変態)

そして、趣味に『日本アニメ』追加だとっ!益々キャラクターを絡ませるしか無いじゃ無いか!(歓喜)


………失礼しました。続きです。




不敵に笑う大入が立ちはだかる。

 

轟は意識を切り替えた。スイッチを入れたと言っても構わない。

轟は殺意だけで相手を射抜けると錯覚するほどに鋭く、大入を睨みつけた。

 

 

「氷は無駄だ…だから炎を使え。…そう言っているのか?」

「そうだ」

「そうかい…だったら、右側(こっち)だけで勝ってやるよっ!」

 

 

再び轟は氷を放つ。

しかし、先程の様な大規模な物では無い。地面にスケートリンクを張るかのように薄く浸食する氷結。ステージ上の銀盤は大入に向けて、放射状に打ち出された。

 

 

「…なる程、足下か」

 

 

大入に対して、氷による拘束技は意味をなさない。全て格納されることが証明されたからだ。

しかし、それにも弱点はある。観察して判明した事だが、大入の格納には「手のひらで直接触れる」というプロセスを踏む必要がある。

そこでこの攻撃だ。足下のみを凍らせれば、それの解除のためにしゃがむ等の何らかの大きな隙が生まれる。

轟は氷結を拡大させながら、大入に接近する。足を封じた瞬間に格闘戦に持ち込む算段だ。

 

当然大入も対抗手段を打ち立てる。指を鳴らし、〈揺らぎ〉から武器を取り出す。長さ20cm程度の細い鉄パイプを八本、指の間に挟むように握り込む。それを轟に向けて投擲し、簡易的な弾幕を張った。

 

 

「そんなもの…」

「まぁ、当たるわけ無いよな」

「…っ!?」

 

 

鉄棒の弾幕を轟はなんて事無いように潜り抜ける。意識を逸らされた轟の僅かな隙の内に大入は新たな策を完成させていた。

指を鳴らし〈揺らぎ〉から出したのは長い鉄パイプの柄の先端に、沢山の細い鉄パイプを束ねた「鋼鉄の竹箒」。大入はそれを思いっきり地面に叩きつける。するとガキガキガキリっ!と喧しい音を鳴らし箒部分が爆発した。その衝撃で箒の繋ぎ目が破壊されて、夥しい数の鉄パイプが散弾銃の様にバラまかれた。

試作型噴射式発破戦鎚『コダマネズミ』の改悪武器、試作型発破式散弾箒鎚『ヤマアラシ』という武器だった。

 

接近し短くなった距離、身を屈ませたことによる不安定な体勢。轟は回避出来なかった。

咄嗟に防御を選択して、氷の城壁を生成して鋼の銃撃を凌いだ。

そのまま轟は直感に従い、横に飛んだ。次の瞬間、氷の壁が爆発して、氷の欠片が飛散する。大入の手にはハンマー…『コダマネズミ』が握られていた。

 

 

「おやおや、もう下がるのかい?もっとゆっくりしていきな…よっ!」

 

 

大入は手に持ったハンマーの残骸を轟目掛けてぶん投げる。彼がそれに対処している間に、こちらから仕掛ける。

指を鳴らし、〈揺らぎ〉から今度は40cm程度の鉄パイプを右手に携える。

それをレイピアの様に構え、突進。轟を圏内に捉え、次々と刺突を繰り出す。

轟は攻撃を回避しながらも圏内から逃れる様に少しづつ後ろに後退する。

 

 

「はっ!」

「……随分と芸達者だな…」

「よせやい、照れる」

「ちっ!誉めてねぇ…よっ!」

 

「おっと!?」

 

 

轟が防御とカウンターを同時に狙った氷を放つ。前面を覆う無数の氷柱、槍衾の様な攻撃的防御だ。

大入は針鼠の様なその防壁に触れると〈揺らぎ〉で包みこみ、一気に格納した。しかし、この先に轟の姿は無い。

 

 

(貰ったっ…!!)

 

 

その僅かな隙に轟は大入の裏をかいた。遮蔽物を利用した「空蝉の術」の様な不意打ちで、大入の背面を捉えた。

轟は大入に右手を伸ばす。狙いは「大入の手のひら以外の拘束」。大入の格納による無効化を封じ、動きを封じる必殺の手だった。

 

 

──パチン!

 

「ぐっ!?」

 

 

指を弾く音が鳴った。次の瞬間には轟の腹部に拳大の瓦礫がメリ込んでいた。

何故?どうして?いつの間にっ!?

轟の頭に驚愕と疑問符が乱立した。それこそが大入の術中に嵌まった証拠だった。

動揺した轟に、大入は振り向きざまに後ろ回し蹴りを放つ。轟の頭を正確に捉え、蹴り飛ばした。

 

 

『クリーンヒットぉぉっ!!こいつぁ良いのが入ったぞっ!立てるか、轟っ!!』

 

 

「だから言ったろ…右側だけじゃ駄目だって…」

 

 

轟は手足に力入れ立ち上がる。頭が揺れふらつく。それでも闘志の炎は消えていない。

 

 

「これで分かっただろ?さっさと使いなよ、左側の炎」

「うるせぇ…」

「なぁ、轟君…。君さぁ、エンデヴァー(お父さん)の事嫌いだろ?」

「っ!!」

「さっきエンデヴァーに聞いたんだ「何故轟焦凍は炎を使わないのか」…とな。そしたら「反抗期」と返されたよ。

だから母親由来の“個性”ばかり使うのか?父親の力は必要ないと言わんばかりに…」

「…」

「沈黙は肯定と見なすぞ」

 

 

轟は押し黙る。しかし、大入を睨みつけていた。

 

 

「…轟君。例え話をしようか?」

「…っ?」

 

 

大入が攻撃の手を止めて語りかける。

何故この場で?…と疑問があるものの僥倖。轟は自身の回復を待ち、話に応じた。

 

 

「君は『ヒーロー』、そして俺が『ヴィラン』だとする。さっきやって見せたように君の氷は効かない。援軍は見込めない。

君の後ろには大切な物がある、大切な人が居る。母親でもいい、兄弟でもいい、恋人でも、友人でも、可愛がってるペットでも構わない…。

もし、君が負けたら、俺は悪逆非道の限りを尽くすだろうな。男は殺し、女は犯し、子供や畜生は玩具の様に弄んで壊すだろうよ…。

なぁ、ヒーロー…そんなんじゃあ、全て失うぞ?」

 

 

そう言い終えると、大入は轟に向けて突撃した。

 

 

_______________

 

 

「やはり、強いな…」

 

 

灼熱の煉獄を揺らめかせ、眼下のステージを見下ろしていた。そして、顎髭の炎をそっと撫でた。

 

ステージを駆けめぐる二人の戦士。

 

一人は我が子、轟焦凍。ヒーローの血を引く次世代の英雄。

無数の氷山が道を阻み、取り囲もうと氷刃が枝葉を伸ばす。

 

一人は大入福朗という少年…。あのヴィランの血を引く男。

愉快犯…いや、怪盗(・・)『リーカーズ』。あらゆる警備を潜り抜け、数々の警察の包囲網を突破し、多くのヒーローの追跡を煙に巻いた稀代の大泥棒。

大胆さとは裏腹の入念な下準備と、繊細さとは裏返しの即興の奇策で、数多の獲物を奪い取って見せた極悪人。彼等の手に掛かった人々は全て転落した。

 

その血を引く彼もまた、異常と言わざる得ない。

 

己を磨き上げ、研鑽された純格闘技術。

戦況に合わせて武装を自在に操る武芸。

意外な発想で特殊な武器を作る知識量。

奇策を構築し、それを実行する柔軟性。

 

その能力は、そんじょそこらの二流三流のヒーローより卓越している。到底、数ヶ月前まで中学生の子供だったなどとは思えない。

 

 

更に、幸か不幸か大入は焦凍との相性も良い。

氷による拘束も防壁も、彼の前には意味をなさない。オマケにそのトリッキーな戦法は、焦凍の甘い部分を的確に突いている。彼は間違いなく焦凍の超えるべき壁となっている。

 

一方で焦凍は氷が身体を冷やし、その動きを鈍らせている。この間まではいずれ致命的な差を生むだろう…。

 

 

「…さぁ、今のお前では勝てないぞ、焦凍?使え、左をっ!」

 

 

焦凍に勝算があるならそれは、炎を使うことだ。炎があれば冷えた肉体は回復する。

更に無形の炎は大入の格納対象にはならないだろう。明確過ぎる攻撃手段になる。

 

 

「でないとお前は負けるぞ…?」

 

 

期待を込めて我が子を見守った。

 

 

_______________

 

 

戦いは激化する。大入が右手に持った鉄パイプで果敢に攻め込む。氷の発動できない左側面から殴打を加え、反撃には鉄パイプのリーチを持って牽制する。

 

熾烈な大入の攻めに轟は仕切り直しを計る。氷の壁で大入の侵攻を阻み、その隙に横に逃げ…指の弾く音が鳴り、轟が転倒した。

足下を確認すると、短い鉄パイプとワイヤーを繋ぎ合わせた『ボーラ』が足に絡み付いていた。

 

 

突風銃(トップガン)〉と言う中・遠距離攻撃を持つ大入は近距離戦闘になると、その悪質さに磨きが掛かる。大入の〈揺らぎ〉の射程は自身から半径5m の範囲だ。その中ならどんな場所(・・・・・)でも、どんな角度(・・・・・)でも、取り出し口を自由に設定出来るのだ。

この性質を利用すれば、大入は敵対者の正面に立ちながら、相手の背中を撃つ(・・・・・)ことが出来る。

 

 

突風銃(トップガン)背度撃ち(ハイドショット)

 

 

これが大入の殺しの間合い。精密射撃は必要ない。体の一部に当たり、集中が切れた瞬間こそが大入の狙い目。激しい連続攻撃の最中に、死角からの不意打ちが轟を翻弄していた…。

 

 

そして、倒れた轟に大入が鉄パイプを振りかぶる。スイカ割りでもするかの様に振り下ろされた鈍器を、轟は苦し紛れに防ぐ。大量の氷が吹き出し、大入を丸々呑み込んだ。

轟は拘束を逃れ、距離を取る。その頃には大入の〈揺らぎ〉が氷を呑み込んでいた。

 

 

「粘るな…」

 

「…どっちがだ」

 

「いい加減使ったら、それ?」

「断る…っ!」

「強情だなぁ…」

 

 

目まぐるしく切り替わる攻防。どちらも消耗が見え始めた。

どんなに氷を無効化出来る大入でも、流石にその冷気までは防げない。冷気耐性のある轟と比較して、少しづつ形勢が轟に傾きだした。

 

 

「…仕方ない、(そっち)も潰すか」

 

 

そう呟くと大入は手持った鉄パイプを投げ捨てる。両手を合掌するように叩くと〈揺らぎ〉を背中に纏った。〈揺らぎ〉から強風が噴き出すと、大入は右へと駆けだした。

指を鳴らし、追加で投擲用の鉄パイプを出すと、それを轟に牽制して投げる。そのまま近接戦闘。高速のヒット&アウェイに投擲と不意打ちの射撃が混ざり合う。

堪らずに轟が大入を押し戻そうと氷の津波を放つ。

 

 

「ヒール…」

 

 

大入は氷結に真っ正面から突撃した。

 

 

「アンド…」

 

 

氷に飛び乗り指を鳴らす。足下に濃密な〈揺らぎ〉が生まれる。

 

 

「トウっ!!」

 

 

〈揺らぎ〉から空気の爆発が生まれた。氷の津波を叩き割りながら、大入が空へと跳躍。そして轟の頭上を捉えた。

 

 

「…っ!?しまっ!?」

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉…っ!大放水砲っ!!」

 

 

大入は両手を合掌するように叩き合わせる。そして両手で〈揺らぎ〉を挟み込むように両手を合わせてノズルを作った。

 

 

流水濫射(カレントランサー)っ!!!」

 

 

手で作られた銃口から『青色の液体』が吹き出す。滝のように流れ出たそれは、回避出来なかった轟に浴びせられる。

そしてそのまま轟の頭上を超え、大きく距離を取った。

 

 

「くっ…!」

「また氷か……」

 

 

轟が今一度氷を放つ。再び足を捕らえようと薄い氷結を繰り出した。しかし、その速度は目に見えて遅くなっていた。

 

 

「だが、まだ足りないっ!足ぁりないぞォォオっ!?」

 

「なっ!?」

 

 

大入は怯むこと無く、直進を始めた。

 

 

「お前に足りないものは!それは!」

 

 

さっきまでのフェイントをかけた動きとは裏腹に、真っ正面から馬鹿正直に高速で走り抜ける。細かい氷柱は体当たりで砕き、薄氷は踏み抜いた。

 

 

「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そしてェなによりもォォォォ!!」

 

 

一気に大入は轟に肉薄する。轟は慌てて氷壁を作ろうとして違和感に気が付いた。

異常な身体の冷え、駄目だ氷の成形が遅い、間に合わない…。

 

 

「ぐあっ!?」 

 

「速さが足りないっ!!!」

 

 

最短距離を最高速度で駆け抜けた大入は勢いのままに飛び後ろ回し蹴りを轟に向けて叩きつける。

轟を盛大に吹き飛ばした。

 

 

『またもやクリティカルっ!ヤベーぞ轟!押されてる!頑張れ轟っ!!』

『執拗に左側面を狙ってやがるな。加えてあの青色の液体…何かあるな?』

『…ホウホウ』

 

(にしても、轟の動きが単調だ。緑谷との戦いで調子を崩しているな…)

 

 

 

「てめえ…今何しやがった?」

 

 

立ち上がった轟は大入に問いただす。しかしダメージが酷く、膝が笑っていた。

 

 

「…さぁな、自分で考えなっ!!」

 

 

轟の問をはぐらかし、大入は再び高機動戦を仕掛けてきた。

 

 

言うまでもなく大入が放った水鉄砲。あの青色の液体に原因がある。当然ただの水では無い、それだと競技中に手に入る物では無いためレギュレーション違反だ。使ったのは「冷却液」である。

ラジエーター液、クーラント液と呼ばれるこの液体は自動車等のエンジンパーツがオーバーヒートするのを避けるために冷却するために用いる物だ。しかも冷却液には寒冷地での凍結を避けるために「不凍液」が含まれている。それが轟に纏わり付いているのだ。

不凍液の主成分の融点は約-10℃…つまり、それだけ凍結に強い冷気を求められる。轟の氷結は必ず右半身の体表面から開始されるため、表面に付いた不凍液が邪魔をし、氷結の開始点が下がる。結果、氷の生成がワンテンポ遅れたのだ。しかも、先程より強い冷気で凍結を行ったために、轟の体温は著しく低下するという副次的効果まで付いてくる。

 

 

一度は傾いた形勢を瞬く間に覆された、凍えた轟の身体は精彩を欠き、防戦一方に追い込まれる。

それでも大入の容赦ない攻撃が続く。高速戦闘に投擲、包囲射撃に水鉄砲…と無数の手札が轟を削る。

 

戦いは完全に大入が掌握していた。

 

 

________________

 

 

「くちんっ!」

 

 

少女が顔を覆い、身を屈めて、可愛らしいくしゃみを鳴らす。

顔を起こすと鼻を指先で軽く擦った。

 

 

「大丈夫ですか、一佳さん?」

「うん、平気…」

「いいかげん、上を着たら如何ですか?」

「…あぁ、うん、そうする……」

「…?」

 

 

ラフな格好の拳藤が塩崎の勧めを受けて、渋々といった様子では有るが上着を羽織る。不自然な拳藤の返しに塩崎に疑問符が残る。

 

実は拳藤、単に暑いから上着を脱いでいたわけでは無い。止ん事無き事情あってのことである。

先程の試合開始前の一幕。拳藤と大入との和解、抱きしめた瞬間、刹那の濃密な時間。瞳から溢れた大入の涙が拳藤の肩を濡らした。そして、それは拳藤の肩に跡を残した。

そんな目立つ物があってはクラスメイトの言及は避けられない。苦し紛れの偽装工作だった。

 

しかし、背に腹はかえられない。余りにも寒い。

ジャージの肩を確認し、生乾きではあるものの跡が消えた事に内心安堵して、拳藤はジャージに袖を通した。

 

 

「それにしても冷えるな」

「あの氷ですからね…」

 

 

ステージに目を向けるとその上では二人が戦いを繰り広げていた。

 

大入はステージを高速で動き回り、様々な角度から轟に攻撃を叩きつける。

対する轟は大入を止めようと氷を放ち、ステージを白銀に染めていく。

激しく移り変わる戦況が、氷を生み、氷を砕き、氷を消す。ステージに出来上がったジオラマを次々に作り替えていく。

今も大入が優勢を保ち続けているが、対する轟も巧みに防壁を張り凌ぎ続けている。

 

 

「いけーっ!やれーっ!大入っちーっ!!」

「防戦一方だぞっ!!押し込めっ!」

「足だ、足を狙えっ!」

 

 

B組の声援が大きくなる。戦況を掌握し、大入が醸し出す押せ押せムードにクラスメイトの皆が色めき立っていた。

 

ここで、エンデヴァーJr.を下す事が出来ればA組一色だった期待感は完全に塗り替えられる。

当初から思っていたB組全体の悲願が達成されるのだ。興奮せずには居られない。

 

 

(くそっ!…何をやっているんだよ、大入っ!?)

 

 

そんな中、物間寧人は焦りを感じていた。親指の爪を噛み、ステージの…大入を凝視する。

 

 

(何を狙っている?勝利の決定打は既に持っているじゃ無いか!?何だ!何がしたいんだっ!?)

 

 

次の瞬間、事態は動いた。ステージ上の轟がとうとう膝を着いた。

 

 

_______________

 

 

「…もういいだろ、左を使いなよ…。体が冷えて来てんだろ?筋肉はガチガチに硬くなって、関節が錆び付いたように軋むだろ?軽い低体温症が始まっている証拠だ。充分な氷を作るのも一苦労じゃないか…」

「いやだ。…俺は証明するんだ…親父の力なんて要らねえ。俺は右だけで最強だって示さなけりゃならねぇ…。そうしねぇと…そうしねぇとっ……!」

 

「…そうか」

 

 

何度も轟を諭す大入。少し顔を伏せ息を大きく吸い込む。そして、口を開いた。

 

 

 

 

「いいかげんにしろよお前っ!!」

 

 

 

 

突然、大入の怒号が響き渡る。ビリビリと空気を振動させ、観客席にまで到達するほどの大声を上げた。

 

 

「っ!?」

 

「右だけで勝つだなんて今更出来もしないこと言いやがって!!第一になぁっ!お前の目的とやらは既に破綻(・・)してんだよ!!」

 

「な…なにを…」

 

「忘れてんじゃねぇよ!お前は既に使ってる(・・・・)じゃねぇか!?

コレを見ろ!お前が焼いたんじゃないか!その左でっ!俺の右腕を(・・・)焼いている(・・・・・)じゃ無いか!!不都合だからって目ぇ逸らしてんじゃねぇよ!!

使えよ、炎をっ!?今更、使うのが二回三回増えたってなんにも変わんねぇよ!!!」

 

 

さっきまでの温和な語り口調とは全く異なる罵詈雑言。大入の豹変ぶりに轟の言葉が詰まる。

 

 

「轟焦凍っ!お前は何のためにヒーローを目指しているっ!親のためか!それとも親のせいかっ!?巫山戯るなっ!!さっきから聞いてりゃ「右だけで勝って父親を否定する」だって?ぶっちゃけただの親子喧嘩じゃねぇか!!?嘗めるなっ!!わざわざこんなとこにまで持ち込んでんじゃねぇっ!!周りにまで迷惑なんだよお前っ!!帰れっ!!」

 

「っ…!?黙れよお前っ!!お前に何が分かるっ!」

 

 

轟は思わず声を上げていた。大入の物言いに我慢がならなくなった。

 

拷問と思ってしまうほど鍛錬の日々。苦しむ母の顔。あのグラグラと煮え滾る様な父親の野心、その双眸。

思い出すだけで怒りが沸々と沸き騰がる。

十年にも渡る禍根。それを「親子喧嘩」の一言で斬り捨てられたのだ。当然のように轟の逆鱗に触れた。

 

轟の殺意が膨れ上がる…。

 

しかし、臆すること無く大入は暴言を続ける。

 

 

「いーやっ!黙らないねぇっ!!

別にお前が父親の事が憎いなら憎いでそれは一向に構わねぇよ!思う存分殴り合うなりすればいいさ!!

だがなぁ、それは「助けを求めている人達」には何にも関係ねぇ話じゃねぇか!?俺はなぁ!お前の復讐(ワガママ)にそんな人達まで巻き込むなって言ってんだよ!?」

 

「っ!?」

 

「いいかっ!よく聞けっ!!さっき言った様にお前がヒーローで俺がヴィランだとしたらなぁっ!?お前は既に負けてるんだよっ!お前がタラタラとその大っ嫌いな炎を使わなかったせいでっ!!後ろに居た大切な者達を失ってなぁっ!!

分かるかっ!?そいつ等はお前の復讐に無理矢理付き合わされてっ!復讐の犠牲になったって事なんだぞっ!!

気付いてんだろ?目を閉じてんじゃねぇよ!!耳を塞いでんじゃねぇよっ!!お前の後ろに居た大切な人達はなぁっ!お前に助けを求めて居たんだよっ!!お前がっ!お前自身がっ!!それを蔑ろにしているんだよっ!!?

お前はそれを許せるのかよっ!?納得できんのかよっ!?方針(ポリシー)を守ったんだって満足できんのかよっ!?

それが出来ないならさっさと使えっ!何駄々捏ねてんだよ!!可能性があるなら喰らい付けよっ!しがみつけよっ!!なにそこで諦めてんだよ!!?自分に蓋してんじゃねぇよっ!?

大体っ!お前のその大っ嫌いな炎だってなぁ!!生まれて来てからお前にずっと寄り添ってきた体の一部(・・・・)じゃないかっ!!何故使ってやらねぇ!何故認めてやらねぇ!何故受け入れてやらねぇんだよっ!!!」

 

 

 

 

──『“個性”というものは親から子へと受け継がれていきます。

しかし、本当に大事なのはその繋がりではなく…自分の血肉…「自分である!」と認識すること。

そういう意味もあって私はこう言うのさ!

「私が来た!」ってね』

 

 

 

 

(…っ!?何だっ、今のっ!?)

 

 

「人生っていう奴はなぁ!!理不尽なんだよっ!どんな不幸が降り注ぐか分からないっ!どんな絶望が蔓延るかも分からないっ!お前だって分かるだろっ!!感じてるだろっ!?

ヒーローってのはなぁっ!!そんな理不尽を覆す『奇跡』なんだよ!不幸を振り払う『救世主』なんだよ!絶望を打ち破る『希望』なんだよ!そんだけ凄いことが出来る力なんだよっ!!!

それにはなぁ!全力が必要なんだよっ!!自分を限界まで限界まで限界まで振り絞ってっ!最後の一滴まで搾り出してっ!初めてそれが叶うんだよ!!!

それが出来るか?お前なんかにっ!!半分にされちまった全力なんかで!それが出来ると本気で思ってんのかよぉぉっ!!?」

 

 

大入の激情に轟が呑まれる。先程沸いた殺意の行方など遠に忘れて、唯々大入を見ていた。

 

 

「ちゃんと見ろよ轟焦凍っ!!お前が憧れたヒーローをっ!お前が目指したヒーローをっ!お前がなりたいもの(・・・・・・)を…ちゃんと見ろよぉぉおおっ!!!」

 

「っ!」

 

 

そう叫ぶと大入が両手を合掌するように手を叩き合わせる。そして〈揺らぎ〉を生み出した。しかし、その〈揺らぎ〉は今までに無い異質だった。

半径5m。直径10mの〈揺らぎ〉の球体。大入が出せる最大規模。轟々と風を鳴らし、突如爆発。ロケットを撃ち出すように天高く駆け上がる。会場の最高点を超えるほどに上昇した。

 

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉っ!…悪天注意砲っ!」

 

 

そして、放つ…。

 

 

超弩級(ドレッドノート)っ!」

 

 

大入の最大最悪の必殺技…。

 

 

降雨機関銃(フルマシンガン)っ!!」

 

 

降り注いだのは『鋼鉄の豪雨』だった。装甲板、鉄パイプ、何処の部品かも分からなくなった機械の残骸。大入が戦いの中で蒐集し続けた、武装の残滓。

ステージ全体を叩き潰すかのように落下した。

 

 

「ぐっ!!?」

 

 

轟が防御したのは初擊が届く寸前だった。氷の天蓋を形成した瞬間に豪雨は来た。ガンガンと喧しく金属音を鳴り響かせ、鋼が氷を乱打する。脆い氷は歪み、削れ、割れた。

轟は全力で氷を吐き出し続ける。しかし、冷えた肉体では満足な氷さえ作れない。すぐに限界が来た。

 

 

『…っ!?(ダメッ!既に攻撃は始まっている!!止められないっ!!?)セメントスっ!!』

 

「わかってるっ!!」

 

 

主審ミッドナイトが副審セメントスに指示を飛ばす。それより早くセメントスは動いていた。

セメントスは手を地面に着け、コンクリートを操作する。彼が急速に作り上げた岩石のドーム。それが鋼の散弾を弾き飛ばした。

 

 

『ひゃーっ!!これは激しい鋼の雨霰…って…はああぁぁぁぁっ!?』

『…これは!』

 

 

ピシリ…ピシリ…と岩石のドームに罅が入る。

大入が最後に出したのは、「ステージ全土を叩き潰す大氷塊」。皮肉にも開幕で轟が出した「最大威力の大氷結」だった。

岩石と氷塊が、その質量と強度を持って衝突。結果は相殺、両者に亀裂が走り、バラバラに砕け散った。しかし、壊れた瓦礫はどうにもならない。大挙して轟目掛けて落下した。

 

 

「超えて見せろよっ!!理不尽をっ!不幸をっ!絶望をっ!

死ぬ気で乗り越えて見せろよおぉぉぉっ!!!」

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、世界が制止した。

 

周りの光景が無限に引き延ばされるような感覚。時間が停滞して、全ての物がその動きを止めた。

濃厚な死の予感、それに対して脳が反応を開始していた。生存本能に従い、ありとあらゆる手段を模索する。神経細胞が焼き切れるかと思うほどに、全身を電気信号が駆け巡る。

そして見つけた一つの記憶…。

 

 

──「………でも、ヒーローにはなりたいんでしょ?』

 

 

思い出したのは背中の温もりだった。

 

 

──『いいのよおまえは、強く思う“将来”があるなら…」

 

 

見えたのは煌々と照らす光だった。

 

 

──『血に囚われることなんかない…』

 

 

聞こえたのは優しい声だった。

 

 

──『なりたい自分になっていいんだよ…』

 

 

(思い出したっ!…あれは、あの時の!)

 

 

走馬灯…。死の淵に立たされて、無理矢理引き摺り出された轟の記憶。

遂に見つけた、轟の安らかな思い出。温かくて、優しくて、何処までも輝いていた。

それこそが彼の出発点。

 

もう大丈夫だ、彼は見つけた。自分の原点(オリジン)を…。

 

全身に広がる温かい感覚、優しい感覚。力が漲る。もう寒くはない。

轟は手を伸ばす。空から降り注ぐ絶望に向けて左手をかざす。視界が緋色に包まれた。

 

 

 

 

 

 

轟の左手から炎が生まれた。生まれた高熱は凍えきった空気を瞬く間に灼き、氷を溶かした。氷は水に、水は水蒸気へと一気に変貌する。

 

 

 

 

ステージが轟音の咆哮を鳴らし、爆発した。

 

 

 

 

『水蒸気爆発』。水は水蒸気に変化する際、その体積が約1700倍にまで膨れ上がる。その膨張こそが巨大な爆弾になるのだ。押し込められた空気が外へ逃れようと一斉に流動を開始する。空気が荒れ狂い、それは会場全土を巻き込むほどだった。

 

 

「何コレェエ!!!」

 

 

観客席の至る所から悲鳴が湧き上がる。暴風は会場内では納まらず、空気の奔流は上空へと逃れていった。

 

 

『何今の…。今年の1年何なの……』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張したんだ』

『それでこの爆風てどんだけ高熱だよ!ったく何も見えねー。オイこれ勝負はどうなって…』

 

 

次の瞬間、巨大な何かが落下した。巨大な蜃気楼の球体…大入だ。着陸と同時に強風が吹き、ステージが顔を出した。

 

叩き割られて、最早形を成していないステージ。壁に激突して壁画と化した鉄塊と岩石。轟はやり遂げたのだ。理不尽を覆し、不幸を振り払い、絶望を打ち破った。

 

 

「…やっと使ったか。遅いんだよ、使うのが…」

 

 

大入はやり遂げた顔で相手(ヒーロー)を見る。

左腕から噴き出した炎が片翼の様にユラユラ揺れ、緋色の光が右側の氷刃を美しく照らしていた。

 

ついに来た!轟の本気だ!!

 

 

「勝ちてえくせに………ちくしょう…」

 

 

その声は震えていた。色々な感情が渦巻き、丸でコントロール出来ない。しかし、轟はそれを不思議と不快には感じなかった。

 

 

「どっちがフザけてるって話だ…」

 

 

轟は右手で涙を拭う。そして顔を上げた。

 

 

「俺だってヒーローに…!!!」

 

 

その顔はぎこちなくとも笑っていた…。

 

 



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62:最終種目 準決勝 3

──「右手の粉砕骨折…。

もうコレ、キレイに元通りとはいかないよ。破片が関節に残らないように摘出しないと…治癒はその後だ。

憧れでこうまで身を滅ぼす子を発破かけて焚きつけて…。嫌だよあたしゃあ…、やりすぎだ、あんたもこの子も…。

あんたコレ褒めちゃいけないよ…」

 

 

リカバリーガールから告げられた言葉…。全身を痛みが駆け巡り、疲労で意識が飛びそうな中、それがハッキリと聞こえた。

彼女のお叱りに気持ちが暗くなったけど、僕を心配して医務室まで様子を見に来てくれた友達(クラスメイト)の顔を見たら、少しだけ元気が出た。

 

 

──「すみません…果たせなかった。黙っていれば……。轟くんにあんなこと言っておいて僕は……」

──「君は彼に何かもたらそうとしていた」

 

 

そうだ、僕は轟くんに言いたかったんだ…。「何でそんな苦しんでだよっ!」…って。

そして思ったんだ。「何とかしないとっ!」…って。

 

 

──「…確かに…轟くん…悲しすぎて……。余計なお世話を…考えてしまった…」

 

 

……本当はどうだったんだろう。

 

 

──「でも違うんです…それ以上にあの時、僕はただ…悔しかった」

 

 

僕は、本当は嫉妬していたのかもしれない。

 

“無個性”だった僕。無力だった僕。

ほんの一欠片の偶然の巡り合わせで、僕は“個性”を貰った。力を貰った。ヒーローになるための道が拓かれた。

僕は…恵まれすぎている…。

 

でも、轟くんも恵まれていた…と思う。

“個性”を与えられ、力を与えられ、ヒーローになるための道が全て揃っていた。必然が重なって、彼はヒーローを目指した。

 

それなのに苦しそうだった、辛そうだった。

僕の思い描くヒーロー像とは酷くかけ離れていた…。

 

 

──『周りも先も…見えなくなっていた…。ごめんなさい…』

 

 

気が付いたら体が勝手に動いていた。心の訴えかけるままに口を開いていた。

僕は負け、轟くんは全力を出さずに殻を閉じたまま。なにも出来なかった…。

 

 

──『確かに残念な結果だ。馬鹿をしたと言われても仕方のない結果だ…。

でもな、余計なお世話ってのはヒーローの本質でもある』

──『───…!!』

 

 

最後に言われた言葉が僕を肯定してくれたけど、応えられなかった事を悔いた。

 

 

 

治療は終わった。短期間で酷使した右手が歪んだ形で残った。

リカバリーガールからはそれを戒めにしろと忠告された。

そして、こんな無茶はするなと、新しい方法を模索しろと言われた……。

きっと今のままじゃダメなんだ…。これじゃあ、誰も助けられない。

 

 

 

 

 

 

「…すごいね。デクくん…」

「…うん」

 

 

麗日さんの率直な感想に応えた。

ステージには炎が揺らめいていた…。轟くんの炎、彼の本当の意味での全力。

『大入福朗』くん…彼が引き摺り出したんだ。

 

 

「使った…!戦闘において使わないと言った炎を…」

 

 

飯田くんがそう言葉を漏らした。

轟くんの炎は…その存在を知りつつも、その最大値は誰も見たことは無かった。クラスの皆でさえだ。

戦慄した…全てを薙ぎ飛ばす爆風。凄いと思った。

 

 

「…クソっ!何でアイツなんだっ!アイツが引き摺り出してんだっ!」

 

 

かっちゃんが悪態をついている。相手は大入くんだ。

 

彼と言葉を交わした機会はそう多くはない。ただ、明るくて愉快な人だと思った。

けど、分からなくなる。轟くんを説得…いや、アレを説得と言って良いのか?アレは言葉の暴風雨。あそこまでの激しい感情を剥き出しにしたのは、正直意外だった。

けど…。

 

 

(羨ましい…)

 

 

僕はあの場に立てなかった。きっとこれから始まる激戦にも着いていくことは叶わないかも知れない。

 

 

(僕はまだまだ弱いな…)

 

 

力も心も…。そう痛感した。だから轟くんには届かなかった。

 

見届けなくちゃならない。僕がやりたかった事、僕が出来なかった事。それの終着点を…。

 

ステージの上の二人がそれを見せてくれるはずだ…。

 

 

_______________

 

 

目の前のあれは「地獄か?」と冗談抜きで錯覚した。

轟君の右半身から氷柱と冷気が噴き出し、左半身から灼熱と炎風が吹き出す。

 

 

 

右を眺めれば八熱地獄…。

 

 

 

左を眺めれば八寒地獄…。

 

 

 

 

(あなた)(わたし)超爆風(メドローア)

 

 

 

 

 

よし、帰ろう…っ!

 

 

 

 

 

本気でそんな選択肢が出てきた。

 

けどな…。

 

 

 

──「福朗ーーっ!頑張れっ!!応援してるからっ!!!」

 

 

脳裏に焼き付いたあの言葉、あの声。

…大丈夫だ。分かっている。

 

 

望まれているんだ。

 

期待されているんだ。

 

求められているんだ。

 

必要とされているんだ。

 

認めてくれているんだ。

 

居ていいって言ってくれているんだ。

 

 

それに応えなきゃ、全てが「嘘」になっちまうだろっ!

 

 

どれもこれも大切なんだ。たった一つでも取り溢したくない。

 

 

だから…。ここからは俺のワガママ(・・・・)だ…。

 

 

よし、大丈夫。腹は括った。

 

 

 

 

では、「地獄巡り」と洒落込もうか…。

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだい、轟君?」

 

 

俺は轟君に問いかける。返事は無い。

けど、表情を見れば分かる…笑っている、泣いている、少なくとも怒っては居ない。

一度咳払いをして、更に話を進めた。

 

 

「今の君の方がいい顔をしているな。少なくともそっちの顔の方が、俺好みだ…。

…大丈夫だ、全力でこたえる(・・・・)から。だから、心の思うままに、今だけは使えよ…」

 

 

体にズキリと痛みを感じた。

ヤバいな…フィードバックが来てる…。

 

 

「…敵に塩を送るなんて何考えてんだよ、お前…」

「はっはっはっ!別に大したモンじゃねぇよ!俺はな、俺の視界に映る皆が笑顔になれる未来を進みたいだけさっ!

それに必要なことをしてるに過ぎないよ。あぁ、あとさっきのは轟君に意地が悪い事を言い過ぎた…謝りはしないがなっ!!」

 

 

精一杯の虚勢を張ってみせる。空元気も元気だ。

 

 

「ここまでやるか…普通?…説得して…怒鳴り散らして…殺すレベルで攻撃してきやがって……それを全部、笑い飛ばしやがって。

ハッキリ言って、お前……イカレてるよ」

 

 

…。

 

 

「わかった…やってやる」

 

 

轟君の表情が変わった。そして口を開く。

 

 

「でも…どうなっても知らねえぞ」

 

 

そう言って轟君がゆっくりとしゃがむ、そして右手を地面に触れた。

 

 

「んなっ!?」

 

 

次の瞬間、氷が生まれた。全身に熱が巡り、全快になった氷結機能。開幕と同じだけの展開速度だった。

 

しかし、狙いは俺じゃ無い…。

 

左右への氷の壁の同時展開。右手と右足で二種類の氷を同時制御で発動していた。こんな器用な事まで出来るのかっ!?

 

拙いっ!囲まれたっ!?

 

 

「っ!そう来るよなっ!?」

 

 

しゃがんだ体勢から、轟君が左手を構える。アッパーを打ち上げるように拳を振ると、炎が生まれた。

氷の水路をなぞるように、炎の川が雪崩れ込んで来た。

氷の壁は高熱で焼け、水蒸気の城壁に変貌する。横には逃げられない…。

 

咄嗟に指を鳴らした。

 

 

『大入が炎に呑まれたぁぁぁっ!何だアレ!エグいっ!!』

『左右への逃げ場を封じた上で、トドメに触れる事が出来ない「炎」と「水蒸気」か…やっぱ頭回るな。…まぁ、大入もだが…』

『おっ!ホントだ!スゲーなっ!!』

 

「……あ゛ぁっ!?」

 

 

身を低くし、咄嗟に指を鳴らして、〈揺らぎ〉から風を噴き出す。

押し返すんじゃなく、擬似的に上昇気流を作って炎を上に逃がす。

痛ぇ…。思わず声が出た。

 

 

「やっぱ凌ぐよな、これくらい…」

「っ!?ちぃっ!?」

 

 

そう言いながら轟君は右足から氷を展開する。先程何度も見た足狙いの小さな氷の津波。

歯を食いしばって指を鳴らす。〈揺らぎ〉から伸縮する槍鎌『レッドキャップ』を出す。

近くに落ちてた氷に突き立て、鎌で氷を掬い取る。それを轟君の顔面目掛けて、振り投げた。

 

 

「っ!?」

「そりゃそりゃそりゃそりゃぁっ!!!」

 

『大入、足を止めずに逃げ回る!轟に状況が傾いてやがるっ!!負けんなっ!』

 

 

最初の投擲で轟君が怯んだ。流石に顔面を狙われてビビりもしなかったらどうしようかと…。

おかげで氷のコントロールがブレた。その隙に氷から逃れる。

逃げる傍らで、氷を拾っては轟君に向かって投げつけ、石を蹴り飛ばした。

 

十年見向きもして来なかったツケで、ベタ踏みしか出来ない炎で有りながらあのエグさ…。自由にしたら拙い。

氷に足を捕まれたら、一瞬で刺される。

轟君は俺を捕まえようと氷の銀盤を連続で放ってくる。

少しでも阻害するために投擲を繰り返す。

 

 

「…鬱陶しいな、それ」

 

 

そう言った瞬間に轟君は氷の盾を作る。俺の投石を一通り弾くと、轟君は左手を氷の盾にかざした。

高熱が噴き出して氷が水蒸気に変わる。

先程乱発した銀盤で空気が冷やされた空間。拡散した水蒸気が混ざり合い、濃霧が生まれた。

 

 

「煙幕ッ!?…っ!?」

 

 

霧の向こうから氷のピキピキと凍る音がする。次第にその音は大きくなる。俺の両脇を再び囲う様に氷の壁が走り抜ける。まだ音は止まない。

 

どこだ…どこから来る!?

 

 

「らぁっ!!」

 

 

すると轟君が霧の中、右側面から奇襲を仕掛けてきた。氷結音は足音を消す偽装。まんまと嵌められた。

轟君の右腕は氷塊に包まれた籠手を装備していた。そいつで轟君は思いっきりぶん殴ってくる。

俺は反射的に槍鎌で受け止めてしまった(・・・・)

 

 

「…っ、しまっ!?…がっ!?」

 

 

重擊を受けた槍鎌の柄が真ん中から(ひしゃ)げる。間に合わせで作ったこの武器は、ギミックを盛ったせいで横からの衝撃に弱い。折れて使い物にならなくなった。

動揺する間もなく、轟君が左の蹴りを放つ。右の脇腹を強打し、激痛が走った。

 

 

「…っ!?なに…を…!」

 

「さて、当ててみな?」

 

 

轟君は追撃を止めて、氷の壁を作り出していた。一カ所だけ丸い穴が空いている変な盾だった。どこかで見たことがある…あれは…銃眼?

 

 

「…っ!?マジ…かッ!?」

 

 

直感に従い、上を見た。空を覆う氷が見えた。しまった!誘い込まれたっ!!これは「氷のトンネル」だっ!?

 

 

「喰らえっ!!!」

 

 

最後に見たのは轟君が呑まれた姿(・・・・・)だった。

 

轟君は穴から左手を突き出し、炎を焚き付ける。

 

 

次の瞬間、2度目の爆風が吹き荒れた。

 

 

_______________

 

 

 

『またもや大 爆 発 つうぅぅっ!!何てことだっ!』

 

 

(外した…)

 

 

 

氷のトンネルの中で、最初…程じゃねえが大爆風を放った。逃げ場はねえ。

俺が作ったのは即席の「大砲」だった。

 

 

砲身は氷のトンネル。火薬は爆風。砲弾は大入自身だ。

それで場外まで一発で叩き出すつもりだった。

 

 

しかし、うまくいかねぇもんだな…。

冷却が甘く、空気の膨張が弱ぇ。

氷のトンネルが脆く、途中で崩壊した。

その証拠に…ほら…。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ…!!?」

 

 

大入がまだ居る…。

咄嗟に身を伏せ、装甲板を被るように防御したんだろう。その場から数メートル程しか動いていねえ。

しかし、熱風は別だ。躰を焼き、それが奴を苦しめている。絶叫を上げていた。

 

辛そうだ…。さっさと場外に出して終わりにしよう。そう思って一歩を踏み出して、気が付いた。

 

 

(っ!?んだよ…これ……)

 

 

氷に反射した左半身。鏡の様に被写体を映しだした。

揺らめく炎、そして瞳…。これはまるで…。

 

 

クソ親父と一緒じゃねぇか…。

 

 

 

「がはっ!?ゲホッゲホッっ!!グエっ!?ゲーッ!?」

 

「っ!?」

 

 

声のした方を向くとアイツが立ち上がろうとしていた。

しかし、腹を手で押さえ、嘔吐く様に咳き込む。

 

そして血を吐いた。

 

 

(…なんだっ!?…なんだあれ!?)

 

 

俺の攻撃で、そうなったのか!?いや、違うっ!そんな吐血に繋がる様な攻撃は当てれてないはずだ…なのに何で…。

 

 

「…ま、まさか…反動(・・)?」

 

「ゲホッっ!ゲホッっ!…グエっ!」

 

 

返事は無い。でも当たり…だとおもう。

“個性”だって身体機能の一つだ。筋肉を酷使すれば筋繊維は切れるし、走り続ければ息も上がる。俺の氷だって連発すれば、体が冷えて動けなくなる。

それにウチのクラスメイトにも“個性”を使えば内臓にダメージを負う奴が居た…はずだ。案外同系統なのかもしれねえ。

 

今思えば違和感がある。何でアイツ…不意打ち射撃を止めた(・・・)んだ?

 

まさか…もう使う余裕も…無い?

 

あり得る。『鋼の雨』…あれ程の規模の大攻撃だ。俺の大氷結だって一度撃てば相当に消耗する…。って事はだ…。

 

 

「“個性”の限界なのか…?」

 

 

そんな状態で戦ってやがるのか。…同じじゃねえか……緑谷と。

 

 

「…はあ…はあ……ん゛んっ!…あ゛ーっ!あーっ!…よし、オッケー…。すまん、待たせた…」

 

 

大入は自分で胸をドンドンぶっ叩いて、痛みを無理矢理黙らせていた。そして何でも無いかのような顔をしてこちらに向き直る。

 

 

「な…んで…」

「ん?」

「なんでそこまでする…」

 

 

“個性”だって使えねえじゃねえか…。

全身火傷で重傷じゃねえか…。

満身創痍じゃねえか…。

 

なのに…。

 

なんで立ち上がる?

なんで拳を握る?

 

 

「簡単だろ、そんなの?」

「………は?」

 

 

 

 

 

「自分がそうしたいから、そうしてるんだよ」

 

 

 

 

こいつはそう笑って答えた。辛そうなのに…それでも笑っていた。

 

 

「…なんだよ…それ…わけわかんねえ」

「まぁ、理屈で説明出来るもんじゃないしな…」

 

 

でも…。不思議と「カッコイイ」と思っちまった…。

 

 

「…さて、オチも着いたし…終わりにしようか…。

…〈換装〉っ!!」

 

 

そう言うと大入が右手の指を鳴らした。すると何度も見た蜃気楼が生まれる。その〈揺らぎ〉は大入の右腕に濃密に纏わり付いた。

 

そして、晴れる。

 

 

「試作型右腕包蔵式鉄甲っ!『幸運をもたらす銀の腕(ヌアザアガートラム)』っ!!」

 

 

見た物は『鋼の腕』だった。右の拳骨から右肩の肩甲骨までを完全に包んだ装甲板の籠手。

大入は拳を前に突き出し、手応えを確認するように人差し指、中指、薬指、小指と順番に握り込み、最後に親指を握ると同時に強く拳を握った。

 

 

「君の予想は合ってるよ轟君…。俺の“個性”は使用限界だ…。だから、これが最後だ」

 

 

空いた左手で指を鳴らすと拳の先に蜃気楼が生まれた。それが歪んで渦を巻き始める。一つ前に見た、風のドリルだ。

加えて肩甲骨部分に内臓されたらしい排気口から竜巻の様に突風が吹き出した。

 

 

「今の俺が出せる全力だ…いくぜっ…!!」

 

 

背中の竜巻が風車の様にうねり、回転を始めた。

次の瞬間には大入が必殺の一歩目を踏み込んだ。風に乗り、一本の槍になったみてえに突っ込んで来る。

 

 

「シェルっ!!ブリットおおぉぉぉっ!!」

 

 

俺は咄嗟に氷を放った。二度目の最大出力の氷結。けど、アイツは止まらねえ。

ガリガリと氷を削る音を立てながら掘り進んで来てる。氷の壁を貫いて大入が飛び出してきた。

俺は左を──…

 

 

──『立て、こんなもので倒れていてはオールマイトはおろか雑魚敵にすら…』

──『やめて下さい!まだ五つですよ……』

──『もう五つだ!邪魔するな!!』

 

 

(っ!?)

 

 

記憶が頭を過ぎった。クソ親父から受けた鍛錬の日々……。

今でも怒りが込み上げる。…でも、さっき一瞬だけ…。

 

 

クソ親父(アイツ)と自分がダブって見えた…。

幼い俺とさっきまでの大入(アイツ)がダブって見えた…。

 

 

(……仕方ねえ…よな…)

 

 

それに気付いたら……もう、左は使えねえ…炎を消していた。

そして氷の盾を作り、背中に壁も作り、構えた。

 

 

「ぐふっ!!?」

 

 

景気の良い音を鳴らし、氷の盾をぶち抜いて、大入の拳が腹に突き刺さる。堪らずに吹き飛んだ…背中の壁ごとだった。

地面に体を打ち付け、何かにぶつかり止まった。コロシアムの外壁だった。

…気が付いたら場外に叩き出されていた…。

 

 

『そこまで!轟くん場外っ!!大入くんの勝利っ!!』

 

 

全身を強く打って混濁した意識が回復する…。遠くに観客の歓声が聞こえる。

 

あぁ……俺は、負けたんだな……。

 

 

「左…使うのが怖くなった(・・・・・)か…?」

 

 

目の前に大入が立っていた。焦点の定まっていない目でこちらを見下ろしていた。

満身創痍なんだろう…今にも倒れてしまいそうだった。

フラフラと彷徨う幽鬼のようで、風が吹けば折れてしまいそうな…死に体だった。

 

こちらの様子を無視してこう告げた…。

 

 

「『優しさ』を忘れるな…。『大切な物』を思い出せ…。……そうすれば君は戻って来れるから…」

 

 

そう言うと大入は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…「邪魔だ」とは言わんのか」

 

 

大入が搬送されるのを見届けて、ステージから降りるとクソ親父が待っていた。

呆れ果てた…と言ったような表情だった。

 

 

「だから言っただろう…。「すぐ限界が来るぞ」…とな。

まぁ、いい…。さっきの試合、炎を使って分かっただろ?左の“個性”はこの先、お前に必要な物だ…」

 

 

…?

 

どこか、違和感を覚えた。いつもの様なギラギラとした野心を感じない。……機嫌がいい?

 

 

「子供染みた駄々は捨てて、俺の“完全上位互換”となれ、焦凍…」

 

 

不思議だ…。いつもより怒りが込み上げてこねえ。自分でもビックリするくらいにクソ親父の話を聞いてる…。

 

 

「炎熱の操作…ベタ踏みでまだまだ危なかっしいもんだが…それも今後次第だ。

卒業後は俺の元に来い!!俺が覇道を歩ませてやる!」

 

 

そう言って手を差し伸べてくる。

俺は……。

 

 

「捨てられるわけねえだろう」

 

 

そう答えた瞬間に、クソ親父の顔が曇った。

 

 

「そんな簡単に覆るわけねえよ。

確かに俺は炎を使った…。ただ、あの時の一瞬の間だけは…お前を忘れられてた」

 

 

でも……。

 

 

「でも、弱った大入(アイツ)を見た瞬間…炎を使いたくねえって思っちまった…。使っちまったらダメになるって思った」

 

 

クソ親父の横を通り過ぎる。もうどんな表情をしているか見えない。

 

 

「それが良いのか、悪ィのか正しいことなのか…少し…考える」

 

 

当初の目的の「体育祭優勝」も「親父の否定」も達成出来なかった…。

 

悔しい…。でも、そんなに憎くねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

クラスに戻ると皆が温かく迎えてくれた。

 

八百万が「惜しかったですわね」…と励ましてくれたり。

瀬呂が「ドンマーイ」…と慰めてくれたり。

上鳴と芦戸に「お前が負けるなんてな」…と驚かれたり。

切島が「お前もアイツも、最高に熱かったぜ!」…と褒められたり…って、炎使ったんだから当たり前か…。

後、青山…「輝いていたね…。まぁ、僕程キラめいては無いけど☆」…お前本戦出てないだろ…。

 

そんな中を掻き分けて、目的の相手を見つけた…。

 

 

「……あっ、轟…くん」

「なぁ、緑谷。…隣いいか?」

「う、うん…」

 

 

緑谷の隣に座り、少し考える。…どこから話そうか…。

 

 

「…その、悪かったな…」

「えっ!?な、なにが…」

「その腕…そんなにボロボロにさせちまって……」

「いや、そんなことないよ!?これだって僕が勝手にやった自業自得な事だし!」

「それだけじゃねえ…。全力でかかって来いって言ってくれたのに…お前には…本気、出さなかった」

「…それも…違うよ。それは僕が力不足だっただけだ…。もっと…もっと強くならないと。君達の試合を見てそう思った」

「そんなことねえよ…。お前はちゃんと強かった…」

「!」

 

 

そうだ…間違いなく緑谷は強敵だった。

 

 

「お前との戦いの中で…昔の記憶…ほんの少しだけだが、ハッキリ思い出せた。おかげで、さっきの試合…俺は全力を出せた…と思う。だから…」

 

 

そして一番言いたかった事を伝える。

 

 

「ありがとうな、緑谷…」

 

「…うん!」

 

 

俺はどんな顔をしていただろうか?緑谷が唖然とした顔で固まった。

それも数秒で戻り、明るい声色で返事で返してきた。

…なんだか、ここで話を終わらせるのが勿体なく感じた。内容は決めてないが…思うがままに言葉を続ける。

 

 

「オールマイトがお前を気にかける理由が少しわかった気がする…。俺も…いや…」

 

 

オールマイトみたいなヒーローになりたかった…って言うのは、妙に小っ恥ずかしくて口をつぐんだ。

 

 

「お前もアイツも無茶苦茶やって他人が抱えてたもんブッ壊してきやがった…。

お前等にキッカケ貰って…分からなくなっちまったよ…」

 

「…」

 

「…けど、俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目だと思った。清算しなきゃならないモノがまだある」

 

 

けど…どうやって?どうしたら清算できる?

 

 

──「『優しさ』を忘れるな…」

 

 

『優しさ』…って何だろうな。

 

 

──「『大切な物』を思い出せ…」

 

 

『大切な物』…って何だっただろう。

 

 

 

 

──『なりたい自分になっていいんだよ…』

 

 

 

 

そうか…。

 

あぁ、そうか…。俺はお母さんが『大切』だったんだ…。

 

 

 

わかった…。今度、会いに行こう…。

 

恐がられるかもしれない。

怯えられるかもしれない。

憎まれるかもしれない。

拒絶されるかもしれない。

 

それでも会いたい…。

 

そしたらきっと…何かが変わるはずだ…。

 

 

________________

 

 

「やれやれ…やっぱり勝ってしまいましたか…」

 

 

雄英高校研究棟サポートアイテム開発室。

そこに1台のモニターが置いてある。画面には今正に行われている体育祭の模様が実況生中継で全国区に送られている。

 

発目明はそのモニター越しに大入の勝利を見届けた。

案の定、大入福朗は勝った。それは「ワザと負ける事を拒否した時点」で分かっていた事だ。

発目は残っていた板チョコの最後の一欠片を口の中に放り込み、その甘さを堪能した。

 

 

「彼はマトモじゃありませんからね…。「勝つ」って決めたら、そりゃ勝っちゃうでしょうよ…」

 

 

発目明は自他共に認める変人だ。

固定概念に囚われる暇があったら、黙々と発明を続ける。根っからの発明家だ。

世間なんてお構い無し。ひたすら自分本位の自由人。

 

そんな非常識人とマトモに付き合える人物がマトモな訳が無い。

 

要は大入福朗も変人なのだ。

常識に囚われ無い、行動力と思考力。

決断してしまったら絶対に翻すことの無い不退転。

誰よりも柔軟な思考なのに、行動は頑固者。

 

 

ふと初めて会った時の事を思い出した…。

 

 

(アホみたいな量のレポートの束を持って、研究室に入ってきた彼。

強引に詰め寄ったと言う理由はあるものの、一介の学生でしか無い私に、戸惑いながらも意見を求めた彼。

驚きました。マイナーチェンジのアイテムも多い物の、何十種と有るサポートアイテム一つ一つに考察を入れ、改善点や応用法の模索をしていた彼。

私のサポートアイテムの実験(モル)…テストプレイに文句を言いながらも付き合ってくれた彼)

 

 

思えば大入が発目の事を引いた事は一度も無かった。もちろん怒る時はあったが、それは命に関わる様な危険な物の話で、大概は笑ってスルーされた…と思った。

基本的には笑う事が多かった。

 

 

(……その後も頻繁に試用運転に協力して貰いました。

たまに無茶苦茶なオーダーもありましたが…それはそれで面白かったのでアリです…)

 

 

そう思い出してクスリと笑った。

 

…戯れはその辺にして意識を切り替える。

 

 

「さて、私も勝利を目指さないと行けなくなりました…」

 

 

『サポートアイテム大博覧会』の開催には大入vs発目のマッチングが必要不可欠。

それには発目が次の試合で勝つ必要が出てきた。

しかも、ここにきて本大会の優勝候補に名を連ねる強敵相手『爆豪勝己』。

 

 

「勝てるか分かりませんか…まぁ、何事も挑戦です。張り切っていきましょー!」

 

 

そう言うと発目はテーブルに置いていたゴーグルを装着した。そして立ち上がると、エイ・エイ・オーと拳を掲げた。

 

 

「さて、ステージが穴ボコで修理が必要になるでしょうし、まだ時間はありますね。今一度サポートアイテム(ベイビー)チェック(お手入れ)しましょうか!」

 

 

そう言うと傍に置いた工具箱を拾い上げ、鼻歌を歌いながら振り返る。嬉々としながら、山になっている自分のサポートアイテムへと突撃していった。

 

 



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63:最終種目 準決勝 4

遅くなりました。
遅筆故に待たせてしまってすみませんでした。

アニメの話
皆のヒーロー名発表会ホクホクします。
そして飯田君あんなに綺麗な顔をしてるのにまさかあんな事になるなんて…超心配。

続きです。




「大入っ!」「大入ぃっ!」「大入さんっ!」

 

 

先程の轟との試合、あの激戦。対飯田、対塩崎の戦いよりも更に酷いダメージを負った大入福朗は、ステージの上で力尽き、倒れ、この医務室に運び込まれた。

本大会のため特別出張した医務室。そこに物間と鉄哲と塩崎が駆け込んできたのだ。

そして、目の前に驚愕の光景が飛び込んできた。全身は痛ましい包帯姿、そして目を閉じ静かに眠る大入の姿だった。

 

 

「ねぇ…しっかり…しっかりしてよ、福朗…」

 

 

目の前には三人よりも早く医務室に駆けつけていた拳藤一佳が居た。

大入の手を握り、呆然と…しかし現実を受け入れられないように何度も…何度も彼の事を呼んだ。

しかし、大入は応えない。その目を開く事すら無く…静かに、但静かに眠っていた。

 

 

「そ、そんな…」

「オイ…まさか大入が…」

「…大入さんが…」

 

 

 

 

──死んだのか…?

 

 

 

三人の頭に暗雲が立ちこめた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぴー…すぴー…」

 

 

「「「…は?」」」

「………え?」

 

 

突然聞こえた、気の抜けた寝息。思わず音のする方…大入を見た。

 

 

「何をやっとるんだい、アンタ達はぁ…」

 

 

横の方からひょっこりとリカバリーガールが顔を出す。どうやら他の選手の手当てをしていたらしく、今し方手が空いたようだ。

 

 

「その子の治療はとっくに終わったよ。

今は少しでも体力を回復しようと寝ているのさ、静かにしなよ」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

彼女が大入の容態を簡潔に説明すると。四名は目をパチクリさせていた。

 

 

「「巫山戯んなよ大入いいぃぃぃっ(ないで下さい大入さんっ)!?」」

「ちょっと二人共、ストップっ!ストップっ!?」

 

「も~…あ~も~…勘弁してよぉ~も~……」

 

 

余りにも紛らわしい…いや、勝手な勘違いなのだが…。あんな重傷、下手をすれば死ぬかも知れないほどの危険な戦いだったのだ。こちらがどれだけ心配したと思っている。

それなのにだ、目の前のコイツはグースカ寝てやがる。呑気なものだ。

思わず鉄哲と塩崎がキレた。大入にとっては与り知らぬ処、理不尽な言い掛かりでしかない。

慌てた物間が自分のキャラとポジションを忘れて、止める側に回っている。

そして拳藤は内心に荒れ狂った激しすぎる感情…その落差を消化するべく、顔を大入が眠るベッドに埋めていた。

 

 

「喧しいよアンタ達っ!?ここは怪我人の治療の場だよっ!騒ぐなら出て行きなっ!」

 

「っ!?すみませんっ!!ほらっ!二人とも戻るよっ!」

「きゃっ!」「やめっ!」

 

 

リカバリーガールの叱責に思わず退散を決め込む物間。

さり気なく塩崎から拝借した“個性(ツル)”で鉄哲・塩崎を絡め捕り、ずるずると引き摺る。二人が抵抗を始めたので、一度頭のツルを切り離し、“個性(ツル)”を“個性(スティール)”に切り替えて、自身の重量と膂力を底上げして無理矢理連れ出す。

 

 

「…あぁ、拳藤?君はどうする?」

 

「私は…もう少し福朗と居たい…」

 

「そっか…じゃあ任せるよ」

「おい、放せって物間ァ!」「放して下さい、物間さん!」

「はいはい、お邪魔虫は退散しましょうね~」

 

 

そう言い残すと3名はしめやかに退散した。

それを見送った後、拳藤は大入の手を両手で包み込むように挟む。そしてそれに拳藤は自らの額をコツンと当てた。

 

 

「…また(・・)、居なくなっちゃうかと思った。頼むから消えないでよ…福朗…」

 

 

拳藤の漏らした呟きは余りにも小さくて、誰の耳にも届くことは無かった…。

 

 

________________

 

 

轟焦凍と大入福朗の戦いは、それは激しいものだった。

二度の大氷結。二度の大爆風。鋼鉄の豪雨。決勝戦かと見間違う程の総力戦。流石にステージが悲鳴を上げた。

現在ステージの修復作業が急ピッチで行われて居た。運営一同、セメントスの尽力には頭が上がらない。

 

 

「あ、飯田くんお帰り」

「飯田くん遅かったね…。あれ?どうしたん?」

 

「…」

 

 

先程電話が掛かってきて、席を外した飯田がクラスメイトの…取り分け懇ろにしている緑谷・麗日の元に戻ってきた。

二人は彼を温かく迎え入れようとしたが、そこで異変に気が付いた。飯田の表情は強張り、緊迫した様相をしていた。

 

 

「麗日くん、緑谷くん…突然だが僕は早退させてもらう」

 

「えぇっ!?」

「どうしたの、急に!?」

 

 

飯田から告げられた突然の早退。品行方正で規律を重んじる彼が、早退を決断するということは、かなり珍しい。

その表情の事もあり、相当な事情があった。

 

 

「兄が(ヴィラン)にやられた」

 

 

あまりにも呆気なく伝えられた言葉。現実味が無かった。

先程の電話。彼の母から伝えられた悲報。

 

 

「インゲンニウムが…(ヴィラン)に!?」

 

 

彼の兄『飯田天晴』…ターボヒーロー『インゲンニウム』。

東京都で活動し、65人もの相棒を抱える大規模ヒーロー事務所。親の代から続く有名所で、組織力も非常に高く、業績も安定し、活動範囲の治安維持に多大な貢献をしている。

 

 

「…事態は一刻を争う。急がなければ」

「お兄さん無事だと良いね…」

「……あぁ、本当に済まない」

「気を付けてね…」

 

 

別れの言葉を交わすと飯田は足早に去っていった。

 

 

「ケロぉ…飯田ちゃん心配ね…」

「…そうだね。蛙吹さん」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

「大丈夫です…大丈夫ですよ!何てったってテンさんのお兄さんはあのターボヒーローなんですからっ ヾノ。ÒдÓ)ノシ バンバン!!」

「そうだね…うん、そうだよ!!」

 

 

飯田兄の安否を気にしつつも、一同は励まし合っていた。

 

 

 

 

「いやーそれにしてもA組最強の轟が負けるなんてな…」

 

 

話題は先程の轟vs大入に戻る。やはり轟の敗北はA組一同にとって番狂わせだった。まさか、ぽっと出のB組にこうまで泥臭く勝利をもぎ取られるとは思いもしなかった…。

 

 

「いや、正直言うと轟が負けてくれてオイラよかったと思う」

「はぁ?なんでよ?」

「だってよぅ。轟とやり合った相手、皆重傷じゃねぇか…」

「あー…」

「瀬呂くんは全身凍傷。緑谷くんは手術レベルの複雑骨折。B組の彼は全身火傷だもんね…」

「おい、やめろ峰田に葉隠。思い出しただけで寒気がする」

「特に緑谷と彼はガチ引きするくらいマジだったもんね」

 

「なんか…すまねえ」

 

 

轟の圧倒的な強さ。敗北を記してもその強力さが揺らぐ訳では無い。轟と戦った勝者も敗者もそれ相応の代償を払わされていた。

 

 

「…ガチヒキ…」

「だ、大丈夫だよデクくん!?デクくん凄かったよ!?」

「そうだぜ緑谷っ!お前の轟への啖呵っ!あん時俺は胸が熱くなったぜ!

んでもってB組の奴らもスゲーよなっ!!俺を負かした鉄哲だって爆豪相手にあそこまで漢らしい戦いしたし、塩崎っていうツルの女も熱い性格してた!

そして何より大入の奴に至ってはあの絶叫!緑谷に負けず劣らずの魂を感じたぜ!!」

「そうですっ!デクちんの熱い想いはちゃんと伝わっていますよ (*>∀<)ノ゛」

「でもね、緑谷ちゃん。そんなになるまで無茶はしないでね。皆心配しちゃうわ…」

「うん、ありがとう切島くん東雲さん、あす…っゆちゃん」

「無理はしなくていいのよ?自分のペースでいいわ…」

 

 

緑谷の捨て身に近い戦い方。決して折れることの無い不撓不屈と言えば勇ましいが…。

あんな大怪我をするようでは、仲間として相棒(サイドキック)に招き入れる先輩方からすれば心労物である。峰田の言ではないが、行き先に苦労しそうだ。

そんな意気消沈する緑谷を仲間が励ましていると、話題は自然と次の試合に移り変わる。

 

 

「とうとうA組で残ってんの爆豪だけになっちまったな…」

 

 

次のマッチングはA組が誇る「クソを下水で煮詰めた様な性格の爆ギレバーサーカー」あの爆豪だ。

麗日戦では女相手でも情け容赦なく爆破し、鉄哲戦では生身の相手に殺害レベルの爆破を叩き込んだあの爆豪だ。

しかも次の相手は、ヒーロー科ですら無い、か弱い女子が相手だ。既にイヤな予感しかしない。

 

 

「しかし、あのサポート科の意外だよな…完全にノーマークだったぜ」

「あぁ、間違いねえ…。あの女、立派な(モノ)をお持ちだぜ…っ!」

「サイっテーですわっ!」

 

「ほぎゃっ!?」

 

 

A組一同の発目への感想は、驚愕の一言に尽きる。

サポート科に席を置きながら、我らヒーロー科を完封した事実に対して、いかに自分たちが持て囃されていたのかを痛感した。

ただ…約一名平常運転の峰田が耳郎のイヤホンに爆音され、蛙吹の舌にぶん殴られている。

 

 

「芦戸と常闇が負けるなんてな…。ぶっちゃけ常闇とかは優勝候補だと思ってたぜ」

「「うっ…!」」

 

 

上鳴のさり気ない言葉に芦戸と常闇…「発目被害者の会」がばつの悪そうな顔をした。

芦戸はローション地獄に電気責め。常闇は輝かしい(照明的な意味で)扱いにより、全く実力を出すことすらできなかった。

 

ハッキリ言って碌なヤラレ方をしていない。

 

 

「スゲーよなアイツ。こうまで的確に相手の弱点(・・)を突けるもんかねぇ…」

「…ん?ちょっと待って上鳴くん。今なんて?」

 

 

感慨深そうに言葉を漏らす上鳴。しかし緑谷はそれに僅かな引っかかりを覚えた。

 

 

「いやよ?芦戸の時は届かないくれぇ高い所から一方的にバンバン射撃してさ、トドメには…薬剤?で酸使い物にならなくしてたろ?

常闇の時だってライトで影を完全に封じてたしさ?」

「………ねぇ、芦戸さん、常闇くん。二人ともあの人に会ったこと…ある?」

「いや、無いケド…」

「…俺もだが…それがどうしたんだ、緑谷?」

 

「…やっぱりおかしい、…おかしいよ。何であの人「二人の弱点」を知っているの?」

 

芦戸の射程距離は観察すれば直感的になんとかなるかもしれない。

しかし、常闇は別だ。発目は常闇を封じるために「大量のサーチライト」を用意した。それが有効打で有ると確信していたのだ。

 

そうなのだ。本来、発目は知るはず無いのだ。この大会で対戦相手の情報を集めたにしては正確過ぎる(・・・・・)

特に常闇の弱点。緑谷でさえ、それを知ったのは「騎馬戦」の時だ。

 

発目が緑谷以上の観察力を持つか、そういった“個性”をもっていれば、話はそれで終わりだが…。

そうで無いとしたら…?

 

 

「情報提供者…?」

 

 

ふと思い出した。

 

それは緑谷自身がやったこと。対爆豪を想定して、麗日に伝えようとした「作戦」。過度の肩入れ(・・・・・・)

それと同じ事をしている者が居る。

 

 

「まさか…大入くん(・・・・)…?」

「えっ!?」「何っ!?」

 

 

常闇の弱点の流出(リーク)…。そもそも彼の弱点を知る人物自体が限られる。

常闇が直接、自身の弱点を教えたのは口田・緑谷・麗日…そして大入だ。

消去法どころの話では無い。教える可能性が有るとしたら彼以外あり得ないのだ。

 

 

「おいおい待てよ緑谷!大入って…B組の?あいつだってサポート科と繋がりは…」

「いえ、彼は確実にサポート科にコネクションを持っていますわ。

彼…武装に関して造詣が深すぎます。その証拠に廃材から創られた武器の数々…どう見ても素人の仕事ではありえません」

「確かに…冷静に考えりゃ単純明快な話だ…。

アイツの“個性”は「物質をストックする能力」だ。…何度も実況で解説した通り、ありとあらゆるサポートアイテムを自在に取り出し、それを駆使する…。自分の装備を充実させるためにサポート科に行かねえはずねえ」

「マジ…かよ…。じゃあ二人はグルって事か?」

 

 

大入と発目の関係。ここにきて、その可能性が浮き彫りとなった。

 

 

「何それずっる~いっ!?」

「そういやB組の奴が言ってた…。大入(アイツ)はB組の切り札(ワイルドカード)だって…騎馬戦の撹乱くらい単独(・・)で熟せるって…」

「っ!?じゃあ、大入くんの狙いは下克上(・・・)!?」

 

 

緑谷はここにきて大入の目的を完全に理解した。大入の目的はB組のそれと同じだ。

 

「ヴィラン連合襲撃事件」により高まったA組への期待感。

B組一同は協力してA組を下す事で、A組一辺倒のムードを喰らおうとしていた。

しかし、大入だけは違うアプローチをした。A組のメンバーを、戦闘においてド素人である他の科の生徒に狩らせる事で、「案外A組は大したことない」と思わせる策を講じたのだ。

 

そして、策は効果を出している。

 

最終種目出場選手16名の内訳はA組11名・B組3名・普通科とサポート科から1名づつ。

B組とサポート科の手によってA組の選手6名…つまり半数以上が脱落させられたのだ。

観客達がA組以外にも一目を置くようになっていた。

 

 

「ちょっ!ちょっと待って下さいデクちん (゜Д゜;)

つまり、おにーさんは計算して、そこまでやっているのですかっ!?」

「いや、待ってよ!そもそも、騎馬戦の通過者は大入くんだけで、他のB組メンバーは偶然の繰り上がりじゃない!?」

「……確かに。元々、塩崎さんと鉄哲くんが繰り上がったのは偶然だ。その前の時点では、B組出場のファイナリストも大入くん彼一人だった。そんな彼がB組の事を印象づけようと考えたのかも知れない。そのためにサポート科と手を組んだ。

いや、でも………もしかしたらって可能性が有るだけで、必ずそうってわけじゃ…でも、考えてみるとあり得る話だ…」

 

 

大入の打ち出した奇策。それが真実だとしたら、とんでもない奴ではないか…と皆が戦慄していた。

 

 

「…なあ?もしその話が本当だとしたらさぁ」

「…?」

 

 

「爆豪の奴。対策(・・)されてるんじゃ無いか?」

 

 

_______________

 

 

『セメントスっ!ステージの修繕お疲れさん!!さァ何度も待たせてすまないなァ!リスナー諸君!!トイレはすませたかぁ!?

バトル再開していくぜぇっ!?

ヒヤァーユウィーゴーーっ!!!』

 

 

ようやく修繕が終わり試合が始まる。待ってましたと観客がその万雷の歓声で応える。

既に選手二人はステージの上にスタンバイしていた。

 

 

『今大会の大番狂わせっ!!期待されたA組を痛快豪快に打ちのめし、ここまで上り詰めたサポート科っ!!オマエ本当にサポート科?発目明っ!!!』

 

 

発目は既に準備万端だった。先程の試合でも来ていた白コート…『クーラントコート』を身に纏い、それ以外の装備は未だ公開されていない武器に一新されている。

サポートアイテムのクオリティもさることながら、そのバリエーションの多さも目を見張る物が有る。これらの量のサポートアイテムを入学してからのたった2カ月で仕上げているのだ。異常としか言えない。

 

 

『対するはっ!行動の端々にクレバーな思考が見られる知能犯っ!?変幻自在なサポートアイテムの数々をどう突破する?爆豪勝己っ!!!』

 

 

爆豪は相も変わらず敵対者を睨みつける。観察する、考える。自分の勝ち筋を探す。

 

 

『S T A R T !!』

 

 

「爆速ターボっ!!」

「っ!?」

 

 

開幕と同時に爆豪は掌を後ろに向け、爆破。爆風を推進力に換え、一気にトップスピードに乗る。広大なステージを一瞬で駆り、発目に肉迫した。

 

 

「死ねぇっ!!」

 

 

爆豪の男女平等爆撃が炸裂し、爆発が発目を飲み込んだ。

爆豪の選択は即断速攻。さっさと場外に叩き出し、発目がサポートアイテムを使う前にケリをつける腹づもりだ。

 

 

『爆豪っ!油断も隙も無えぇぇっ!!女子相手に至近距離の爆破って、お前本気でヒーロー志望かよオイっ!!』

 

「チッ!」

 

『ひゃー!凄まじい爆発ですね爆豪さん!!

しかしっ!!私が開発したサポートアイテムさえ有ればお茶の子さいさいですっ!』

 

 

爆風が晴れるとそこには発目が立っていた。

彼女のサポートアイテム、左腕に装備した円盾が急に巨大化して、その衝撃を完全に防いでいたのだ。

 

 

『まず紹介しますはこちらっ!「携行ラウンドシールド」!

取り回しを改善するべく折りたたみ式になっており、防御時にはその面積が1.5倍にまで展開っ!

更には内部に複層重積構造を採用っ!盾の軽量化を図りつつ、受けた衝撃を全体にバランス良く分散する事に成功致しました!』

 

 

そして発目の解説が始まる。既に彼女が自分のペースを作り始めていた。

 

 

『しかも、前回ご紹介しましたこの「クーラントコート」は、耐熱性能だけでは無く耐衝撃性能を備え、今回の様な過酷な火災現場で真価を発揮します!』

 

「遊んでんじゃねぇぞクソアマがぁ!」

 

 

爆豪は再度突撃。今度は近付いた瞬間にフェイント、進路を左に切り替え、発目の右…盾を持たない右側を狙う。

しかし、それを読んだ発目は体を反転して盾で二度目の爆破を防ぐ。

大きくノックバックしたものの、危なげなく踏み止まった。

 

 

『更にはこの足元の踏ん張りっ!秘密はこれっ!「エレクトロシューズ」!

電磁誘導を利用して靴底に磁場を形成!地面に吸着し、強力な踏ん張りを実現する他、壁面走行、天井直立など三次元機動を実現します!』

 

「…ちっ!」

 

 

苛立ちながらも爆豪が発目に向かって攻め込んでくる。しかし、発目はそれを鮮やかに宙へ跳び躱した。

 

 

『加えて磁場を反転させることで、地面と反発!圧倒的な跳躍力による緊急回避を可能にしました!』

 

 

一気に距離を離された、爆豪は急速旋回して発目を猛追する。

 

すると爆豪の目の前にペットボトルの様な物が落下した。発目が空中に跳んだ際に仕掛けた罠だった。

慌てた爆豪が急制動をかけて止まる。目の前を通過したボトルは地面に落ちて破裂、中から白い粉を散布された。

 

 

「…っ!」

 

 

前方を見ると発目が背中に背負った小型の自動小銃の様なサポートアイテムを構えていた。

咄嗟に爆豪は牽制・目隠しを狙った爆破を放つ。…が…

 

 

(んなっ!?爆破できねぇ!?)

 

 

しかし、爆豪の爆破は空撃ちに終わる。手のひらでパチリと小さく爆破して牽制も目隠しも出来なかった。

そして、動揺している間に発目の銃口が火を噴いた。

 

 

「ウオっ!!?」

 

『スモおおぉーークっ!?ここで煙幕を張るっ!』

『いや違う、これは…』

 

『火災現場ならこれ!「消火弾」と「消火器」!従来型よりもその薬剤散布範囲を収束する事で消火性能の向上を狙った消火アイテムです!』

 

 

爆豪の“個性”は掌の汗腺からニトログリセリンの様な液体爆薬を発汗して、それを爆発させる事で発生させている。

しかし、爆豪の最大火力(・・・・)…あれ程の規模を手のひらの汗のみで賄えるだろうか?

答えは否。爆発の拡散には空気の燃焼が関係している。手のひらから発生した大雑把な指向性を持った爆発が、空気中の酸素を燃焼する事で爆炎を保持し、空気中に漂う塵やホコリを燃やして拡散しているのだ。

 

そんな“個性”をどうやって封じるか?

 

やはり根元から絶つのが最善だろう。そのために消火アイテムを用意した。

消火弾は地面に叩きつけるなどして破裂・散乱した薬品が化学反応を起こし、不燃性のガスを発生させる。燃焼に必要な酸素を阻害して爆破の拡散を防ぐのだ。

しかし、消火弾だけでは足りない。本来消火弾は屋内などの密室で使用する物。屋外では不燃性ガスが風で流され、満足な消火性能を発揮できないのだ。

だからこそ消火器も用意していた。界面活性剤・多糖類・リン酸塩を配合した「中性強化液消火器」。それが自動小銃の正体だ。よく観察すると自動小銃にはシリコンチューブの様な物がつながっており、それが背中に背負ったガスボンベに直結していた。

銃口から吐き出された消火液は界面活性剤の働きと噴射の勢いで泡立ち、白煙と共に爆豪を飲み込んだ。小泡が纏わり付いて窒息状態を作り、酸素の燃焼を抑え、“個性”を阻害した。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

泡を纏った白煙によって塞がれた視界。その先から何が飛来して爆豪に直撃した。

 

そして白煙が晴れると観客が見たのは「網に包まれた爆豪」だった。

 

 

「んだこれはっ!?クソがあああぁ!?」

 

『はいっ!お答えしましょう!

これは「対(ヴィラン)用捕縛銃」です!カートリッジ式を採用しておりまして、最大なんと五発の捕獲ネットを撃ち出す優れ物です!』

 

「うるせぇええぇっ!!?誰が(ヴィラン)だっ!」

 

『爆豪っ!捕まって動けねえ!都心に迷い込んだ猛獣の捕獲作業みてえになってっぞ!?ウケルーーっ!!』

 

「黙れ山田っ!殺すぞゴルァ!?」

 

『本名呼ぶんじゃねえヨ!爆裂ボーイっ!?』

『会話すんなお前等』

 

 

網に包まれてジタバタと転がる爆豪。山から下りてきた危険動物の様に暴れ、敵対者に対して殺すような視線を投げかける。

しかし、発目は意に介さずに自分のサポートアイテムを熱心に解説していた。

 

爆豪が手のひらに纏わり付いた消火液の小泡をジャージのズボンで拭うと、爆破性能はすぐに回復した。

復活した爆破を使い、ネットを焼き切り脱出。爆豪は再び発目に向かって跳びかかる。

 

 

『っ!?』

 

「2度も同じ手は喰わねェよ!」

 

 

予想以上の爆豪の復帰の早さに発目は驚愕する。慌てて消火器を爆豪に向け、再び消火液を浴びせた。

しかし、爆豪も二の舞は演じない。消火液が到達するより早く手のひらを爆破。爆風の壁を作り上げ、消火液を弾き返す。

 

直後、爆速ターボを再発動させ、自らの爆炎の壁を強引に突破。

しかし、その向こうには発目は居ない。

発目はエレクトロシューズを使い、空へ緊急回避。爆豪の頭上を捉え、攻撃を仕掛けた。

 

 

「どわっ!!?」

 

『お次はコレ!「ペイントボール」!

非常に落ちにくい染料と香料を相手に強制塗布!逃げる敵の位置情報を提供するサポートアイテムです。今回は赤・緑・白の三タイプ御用意しました!』

 

「ふざけんじゃねえぞクソがああああっ!?」

 

『あーはっはっはっはーっ!!』

 

『なんか…爆豪、遊ばれてね?』

『見事に良いようにされてんな…』

 

 

頭をトリコロールにされて、爆ギレする爆豪。完全に冷静さを失って、脇目も振らずに発目を追いかけ回す。

対する発目は様々なサポートアイテムを駆使しながら、爆豪の動きを妨害して、引っかき回す。

観客が危なっかしいチキンレースをヒヤヒヤしながら見守る中、発目は悠々自適にサポートアイテムの解説に専念していた。

 

 

 

 

どうして発目がここまで優位に立ち回れるか?

全ては『大入福朗』、奴の入れ知恵である。大入が発目にしたアドバイスは主に四つ。

 

一つ目、「爆豪の手のひらを警戒しろ」。

爆豪は“個性”を使うとき「手のひらをお椀型」にする。ロケットの噴射口の様に爆発を収束し、指向性を持たせるのだ。だからこそ手のひらの観察を助言した。発目の「目」ならば造作もないことだ。

 

二つ目、「爆豪から10m離れろ」。

爆豪は爆発を推進力にした機動力を持つ。その速度は50mを4秒台で動く程だ。大雑把に計算して1秒で12mを駆け抜ける。

爆発の射撃にしろ、加速による近接にしろ、これが発目が対処出来るだろう摩り切り一杯のラインなのだ。

 

三つ目、「状況を引っかき回せ」。

一つ目・二つ目のアドバイスなんて付け焼き刃でしか無い。こんな物「爆豪がフェイントの一つや二つ絡める」だけで楽々振り切れる。それをさせないために爆豪の攻撃を単純化させる必要があった。

そのために煽る。可能な限り爆豪の動きを妨害し、時にはお遊びクオリティのアイテムを混ぜて、とにかく怒らせろ。冷静さを奪え。

 

 

 

 

発目が投げた「アルミ粉カプセル」が誘爆し、コントロールを失った誤作動で吹っ飛ぶ爆豪。

 

発目がいつの間にか仕掛けた「自動巻き取りワイヤー」に巻き込まれ、盛大にすっころぶ爆豪。

 

発目が用意した「痴漢撃退クラッカー」の顔面直撃を受けて、思わず顔を覆う爆豪。

 

おまけに「痴漢撃退催涙スプレー」の追撃を受けて、地面を転がる爆豪。

 

 

完全に爆豪は発目のペースに呑まれていた。

巫山戯たサポートアイテムで爆豪をおちょくり、追撃を放棄して自らのサポートアイテムの解説に夢中になる。「自分の事など眼中にない、見向きもしない事」が爆豪の神経を逆撫でる。

虚仮にされた爆豪は、既に冷静さを失い、猪突猛進を繰り返す獣と化した。

しかし、爆豪は諦めない。どんなに酷い目に遭っても立ち上がる。その根性は凄い。

 

 

発目の用意した「電気銃」に足を痺れさせながらも、負けじと挑む爆豪。

 

発目がばらまいた「携帯ネズミ取り」に足をバチンと挟まれながらも、まだ立ち上がる爆豪。

 

再度「捕獲ネット」に包まれて、オマケに「消火液」をぶっかけられるも、意地で戦う爆豪。

 

 

頑張れ爆豪、負けるな爆豪!

 

 

 

 

 

 

しかし、戦いは呆気なく終わった。

 

 

 

 

 

 

『よっとっ…!』

 

「…………は?」

 

『…………へ?』

『………』

 

『は、発目さん場外(・・)…………爆豪くんの勝利…です』

 

 

選手・審判・実況・観客までもが混乱した。発目を見ると場外の白線を越え、うんと背伸びをしていた。

 

 

『ん~っ………。

実に残念です!今回用意させて頂いたサポートアイテムは以上です!

また次回!3位決定戦でお会いしましょう!!発目明!発目明でした!!』

 

 

 

 

大入の入れ知恵。

 

四つ目、「駄目だと思ったら諦めろ」。

どんなに策を講じても爆豪は強い。

仮に網で捕らえても、場外に叩き出すために近付いた瞬間に即・爆・殺。遠距離のスタンガン攻めも、圧倒的なタフネスで耐えきられる。

いくら、攻撃を抑える手段が有っても、発目が勝利する決め手が一切無いのだ。

だから、手が尽きたらさっさとギブアップをするように推奨した。怪我をする前に自分から場外に出れば、最悪3位決定戦が控えている。もう一回、サポートアイテムを紹介する場が残されているのだ。

 

 

 

 

結局、発目は大入の言に従った。余裕綽々に見せていてもギリギリだったのだ。何より「消火器が空になった時点」で発目に爆豪を防ぐ手立ては無くなった。

逃げるが勝ちである。

 

 

「…ふ」

 

 

爆豪が震える。

 

 

「ふざけんなあああああぁぁぁっ!!!」

 

 

爆豪の叫び声が会場に木魂した。

 

結果を見れば爆豪の勝利。

しかし、発目に面白いくらいに弄ばれ、まともな報復すら出来ずに勝利を譲られる。

勝ち逃げされたも同然だった。

 

 

 

「発目被害者の会」…。

 

 

 

その最たる被害者は『爆豪勝己』であった。

 

 

 



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64:最終種目 決勝戦 1

どうでもいい話。

以前より混乱を招いていた9話を加筆修正しました。
以前と比較してオリ主のB組配属の流れが分かりやすくなったかと…。

あと、タグに「B組進行」を追加いたします。


失礼しました。続きです。




ステージ上を一線の氷柱が走り抜ける。目の前に立つ敵対者を捕らえようと、その牙を剥く。

対する相手は高速で横へと走り抜け、氷結を余裕を持って回避してみせる。

回避した者は桃色の髪を靡かせた少女で、足下を見ると膝・踝・足の裏の三点で固定された高下駄の様な珍妙な靴を履いていた。どうやら発条(バネ)の働きをしているらしく、強力な反発力が全身の強いストライドを実現し、スプリンターの様な走りを可能にしていた。

 

 

『見て下さいっ!この加速!この走りっ!脚部に柔軟なスプリング機構を導入!強力な踏み込みを実現した「ホッパーシューズ」!

最高時速40kmでの走りを可能にしております!!』

 

 

三位決定戦…。

 

発目節は止まらない。全身にレッグパーツ&アームパーツとオートバランサーを装備し、完璧な走りと体幹をキープしつつ、自らのプレゼンを敢行する。

攻撃を鮮やかに躱す彼女の手腕に、観客から大歓声が湧いてくる。中には彼女を応援するファンも出てきたようだ。

サポートアイテムの力で優秀なヒーローの卵と渡り合う一人の少女には別種の期待感が生まれていた。

 

そんな彼女にいいようにされてばかりの対戦相手では無い。

氷結の主…轟は再度氷結を放とうとする。

 

すると、発目がそれを制するために左手を前に出す。

一見籠手に見えるそれもまた異色のサポートアイテムで、親指以外の四指の指輪から配線が飛び出し、手の甲・腕へと繋がった…ある種キーボードの様なサポートアイテムだった。

発目が指先を動かすと、空中に待機していた円盤状の物体達が右へ左へと進路を切り替えながら、轟を包囲しつつ殺到する。

 

 

『「サイクロンチャクラム」!

本来は偵察機のドローンに使う技術ですが、今回はその耐久性と機動性をご覧になって頂きたいので、攻撃装置に組み込みました!20通りのオートパターンを学習しており、こちらの指示で自由自在に動きます!!』

 

 

轟は殺到する円月輪を横に跳んで回避する。

円月輪は幾つかが地面に落下、強く打ち付けられるも、壊れた様子も無く空へ再浮上していく。

 

 

『操作にはこちらの「リモコングローブ」を使用!

事前に入力したプログラムコードを呼び出し、登録したアイテムを簡単に操作できます!!

さあ、お次のアイテムはこちらっ!!』

 

 

発目が肩からストラップを使い、たすき掛けに提げていたグレネードランチャー…にしてはやや小型の銃を持ち出す。

銃口を轟に向けて一発。轟の左側へ向けて二発放つ。

 

 

「…ふん」

 

 

轟は正面からの射撃を難なく躱し、真横(・・)から跳弾してきた弾丸を一歩下がって躱した。

 

 

『「ジャイロシューター」!

砲身に組み込んだパワーモーターの働きで強化ゴム弾を高速回転っ!威力のみならず、この様なトリッキーな跳弾や曲射弾道まで思うがまま撃つことが出来ます』

 

「……」

 

 

轟が無言で氷結を放つ。大入戦で見せた氷の壁の二方向同時展開。走り続ける発目は囲いの中へと閉じ込められた。

 

 

『ひゃー、囲まれてしまいました!逃げ場がありませんっ!

そんなときには…コレっ!』

 

 

そう言いながら発目は腰に下げた、フリスビー程の大きさのベーゴマを地面に投げる。

地面に落下した衝撃で独楽の中の羽根が飛び出し、独楽が自動で回転を始める。ヒュンヒュンと風切り音を鳴らし、周囲の空気を掻き集めて強烈な上昇気流を作り始めた。

それに合わせて、肩に取り付けられたスイッチを押すと、発目の背中に背負った小さな箱から上に竿が伸び、傘を開いた。

しかしコウモリ傘とは違い、子供があそびで裏返した傘の様に上方に逆さまに開いたヘンな形をしており、更には花弁のように何枚かの羽根に分断された奇妙な傘だった。

 

 

『「ストームスピナー」!

地面を独楽の様に回転するプロペラから強力な上昇気流を作ります!

更にこの「フラッフパラシュート」があればあっという間にイン・ザ・スカーイっ!!』

 

 

傘のパラシュートを使い、上昇気流に乗ると一気に空へと飛んだ。さながら風に乗るタンポポの綿毛の様に発目は軽やかに宙を舞う。

 

 

『持続時間は三分間っ!最高高度は10mまで一気に飛翔します!!』

 

 

フワリと空を漂い、地面に着地すると。また、足を使って疾走しだした。

 

戦況は依然として轟の優勢。しかし、発目は果敢に攻めの姿勢を貫き続けた。

 

 

 

 

だが、待って欲しい。

何故発目が轟相手に善戦しているのか?

開幕に最大凍結を出して終わりでは無いか?

 

 

(………後、5分か)

 

 

轟がちらりと巨大スクリーンに目配せをする。試合開始から5分が経過していた。

 

そんな轟を見て、発目は満足そうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

話は三位決定戦の試合開始前にまで巻き戻る。

 

 

「お前は……」

 

「ああっ、轟焦凍さんですね!初めまして私発目と言います。どうかよろしくお願いします…」

 

 

轟が次の試合、三位決定戦の為に選手控え室に到着すると、その中には発目が居た。

ポットから淹れた焙じ茶をスス…っと飲みながら、随分とリラックスした状態だった。

 

 

「実は私、貴方にお願いが有って来ました」

「……お願い?」

「えぇ、そうですとも」

 

 

湯飲みをテーブルに置くと発目は立ち上がり、轟の傍に歩み寄った。

 

 

「ハッキリと申し上げます、轟さん。次の試合、私では貴方に勝つことは出来ません。

試合開始と同時にあの最大凍結を撃たれれば、為す術も無くやられて、終わりとなりましょう。

しかし、それでは駄目なのです。私には自分の開発したサポートアイテムを披露すると言う役目があるのです」

「……何が言いたい?」

 

 

轟の警戒心が上がる。

先程緑谷達と話していた疑念が頭に浮かぶ。

 

大入黒幕説。

それが真実なら目の前の彼女…発目明もその息が掛かった人物となる。

 

自然と身構えていた。

 

 

「ズバリ、私と茶番(・・)をして頂けませんか?」

「………は?」

 

 

虚を突かれ随分と間抜けな声が漏れた。彼女は轟に八百長を求めてきたのだ。陰謀…いや、確かに陰謀ではあるが、ここで直接交渉というカードを切ると誰が想像出来ただろうか?

 

 

「……俺に次の試合はワザと負けて欲しいって言ってんのか?」

「いえいえっ、そうでは有りませんっ!

轟さんには10分間だけ戦いで手を抜いて頂きたい。その間、私にサポートアイテムをプレゼンテーションする時間を貰いたいのです。

もちろん、想定以上に私が優勢ならば反撃も構いませんが、試合を終わらせない程度に加減して頂きたいのです。

その後は先程の試合の様に自分から場外に出ます。勝ちは貴方が貰って下さい」

 

「冗談じゃ無い……」

 

 

何を巫山戯た事を宣っているのか?轟はそう感じた。

ここはヒーローの卵が上を目指し、しのぎを削り合う「雄英体育祭」だ。その場で手を抜いて戦えと要求してきたのだ。答える訳が無いだろう。

 

 

「さぁ、帰ってくれ…」

 

 

取り付く島もない。轟は控え室のドアを開けて、退室を促した。

しかし、発目は動く様子は無く、口を開いた。

 

 

「本当に?」

「……?」

「…本当に、試合を一瞬で終わらせて…良い(・・)のですか?」

「…は?」

「このままだと、優勝は爆豪さんの不戦勝ですよ?」

「っ!?待て、どういう意味だ…」

 

 

訳が分からない。轟の試合が早く終わってしまうと、そのまま爆豪の優勝が決定することになるのか。

 

 

「子だ…大入さん、まだ目を覚ましていない(・・・・・・・・・)そうです。轟さん(あなた)の攻撃が余程効いたのでしょうね…」

「っ!!」

大入さん(ほんにん)自身が意思を持って棄権したのなら未だしも、目が覚めたら大会が終わってたなんて言ったら可哀想ですよね…。大入さんはまだ諦めてないのに挑む権利すら貰えないかもしれない」

「……」

「私はですね轟さん、要は「時間稼ぎ」がしたいんですよ。彼が目を覚まして、自分で選択出来るように…。

だから、もし良かったら検討して下さいね?」

 

 

そう言うと発目は轟の横を通り抜け、廊下へと出る。一度振り返り、最後の言葉を口にすると、そのまま控え室を後にした。

 

 

「…おい、待て……」

 

 

後を追うように轟も廊下に飛び出し、発目を引き留めた。

それに発目は足を止めて、轟を振り向いた。

 

 

発目(おまえ)大入(あいつ)…どういう関係だ?」

 

 

先程までの発目の試合を観察していて受けた第一印象は「商魂逞しく、自己中心的な性格」だった。戦闘などそっちのけでサポートアイテムを売り込み、更には戦闘放棄までするような人間だ。

恐らく利害関係というか効率重視というかシステマティックに話を構築する方が好みなのだろう。今回の交渉には大入を引き合いに出し、それの原因を作った轟の持つ少々の後ろめたさを利用した。

 

しかしだ。大入の事を話す発目の顔が僅かに曇った。

発目と大入…二人の関係に少し興味が湧いた。発目にとって大入はどんな人物なのか?

 

 

「大入さんはですね…いい人なんですよ」

 

 

発目はゆっくりと話し出す。

 

 

「私の研究に積極的に協力してくれます…応援もしてくれます…。

正直な話、この大会の三位決定戦まで来れたのは、彼の助言があったからこそです。お陰で満足いくくらいにサポートアイテムのお披露目も出来ました。

しかし、私は彼にお返しをしてないのです。だから、ここで返したいと思いました」

 

「……」

 

「私はですね。興味が無いことには割と無頓着なんです。

小学校の友達のことも、中学校の恩師や先輩のことも、覚えるのに随分と苦労しました。

でも、大入さんの事は不思議と直ぐに覚えたんです。私の作ったアイテムを子供のように嬉しそうに使ってくれる…そんな彼のことが…。

だから、私は彼のことがきっと好ましいんだと思います。

だから、私も彼の手助けしたいのです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局轟は発目の茶番に乗ることにした。

 

そもそもの話、轟は大入黒幕説をそれ程信じていない。

直接戦ったからこそわかる、彼の信条と覚悟。黒幕説が本当なら、わざわざ轟の炎を引き摺りだす必要は無く、試合後のアドバイスも必要ない。

あれらの行為…どういう意図が有るかはサッパリだが、轟に向けて贈られたものであることだけは確実だった。

 

それに、自分に勝った相手にそのまま優勝して貰いたいと思うのは自然な事だ。轟もそう思ったのだ。

何よりこのままスンナリ爆豪が優勝するのは…何というか…癪だ。

 

 

(これで本当に大入が再起してれば良いんだがな…)

 

 

10分の茶番劇。発目が提示した時間は一試合の三分の二の時間だ。タイムアウトすればそのまま判定に持ち込まれる。

故に発目にとって10分が譲歩できる時間なのだろう。

しかし10分、されど10分。

その僅かな時間と次の試合へのインターバルの時間で、大入が復帰する保証は何処にも無い。

 

 

それでも発目は信じている。大入は必ず戻ってくると…。

 

 

『さぁさぁノって(・・・)きましたね、轟さんっ!張り切って次のサポートアイテムのご紹介に参りましょう!!

お次は…………』

 

 

だから発目は笑顔で戦うのだ。

 

 

_______________

 

 

 

──「アンタはヒーローになれるよ…」

 

 

──「少なくとも私はアンタがいなかったら、ここにはいなかった」

 

 

──「救われたんだ…」

 

 

──「だからさ…」

 

 

──「ほら!胸を張れっ!大入福朗っ!」

 

 

 

 

──…あぁ、違う…。違うんだよ…。

 

 

 

 

──俺は『偽物』なんだよ…。

 

 

 

 

──だから『本物』に変えないと…。

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、知ってる。『知らない天井』って奴だ」

 

 

嘘です。知ってます。いや、どっちだよ。

今日だけで既に三回…四回目か、になるリカバリーの出張医務室だ。

記憶を振り返ると轟君にティロ・フィナーレされたお返しに〈シェルブリット〉を放った辺りから記憶が無い。試合はどうなったんだろう?

 

 

「福朗っ…目が覚めた!?私っ、分かる!?」

「…い…つか?」

 

 

声のする方を見ると一佳が居た。身を乗り出しているらしく視界一杯に彼女の顔が映る。あぁ、やっぱり綺麗な顔だな…と独りごちる。

視線を下げると、彼女の両手が俺の右手を握っていた。ずっと握っていたのかな?手のひらから伝う温度が熱かった。

 

 

「はぁ…よかった…」

 

 

そう安堵して一佳は息を吐く。

 

それを見届けると、俺は少しだけ重さの残る体を起こす。すると、一佳が慌てて背中を支えて介助してくれた。ははっ、介護されるおじいちゃんかよ。

 

 

「…試合は?」

「あぁ、アンタの勝ちだったよ…今は三位決定戦中…」

「そうか…よいっしょっ!」

 

 

俺はベッドから降りて立ち上がる。体を軽く解し、調子を確かめる。全身に倦怠感があるが痛みは特になし、流石はリカバリーガール、治癒凄いなぁと感心した。

 

 

「ちょっと、福朗!」

「平気、問題ナッシング」

 

 

大きく背伸びをして、その後に屈伸運動。

体に違和感は感じない。体力は相当削られたらしく疲れは残っている。

 

でも、動けないほどでは無い。

 

 

「おや、もう起きたのかい?」

 

 

騒ぎを聞きつけたらしいリカバリーガールが戻ってきた。

 

 

「リカバリーガール…先程は病室を抜け出してすみませんでした」

「自分で出て行くくらい元気だったんだ。文句は言わないよ」

「ありがとうございます。…それで、次の試合出ても大丈夫ですか?」

 

「っ!?待ってよ福朗っ!!」

 

 

俺の問い掛けに一佳が割り込んでくる。ビックリした表情だ。まぁ、そうなるな。さっき死にかけた奴がまた戦いに行くんだから。

 

 

「なぁ、一佳?…1-A爆豪勝己はまだ残ってるんだろ?」

「っ!」

「だろうな…。だったらまだ終われないよ。伏線回収してないからな…」

 

 

──爆豪(こいつ)を倒して俺達が1位になる。

 

 

障害物競走ではデク君が押さえた。

騎馬戦ではデク君・常闇君・麗日さんそして俺(俺たち)が押さえた。

此処までは順調だった。

 

しかし、最終種目。

麗日さんでは止められない。

切島君では止められない。

常闇君では止められない。

轟君では止められない。

鉄哲さんでも止められない。

発目さんでも止められない。

結局自分が最後の砦となってしまった訳だ。

 

 

「…自分の状態を分かって言っているんだよねぇ?」

「もちろんです。体力は問題ありません」

 

 

我ながら阿呆みたいな目標を掲げてしまったもんだ。こんな状態で、あの二回目人気投票1位のかっちゃんを倒さなきゃならんとか…。

 

 

「じゃあ一佳…行ってくる」

 

 

俺は脇に畳まれていた新品のジャージの上着を拾い上げて、袖を通す。…って数々の激戦に、このジャージが既に三代目になってしまっているんだが、これって後から請求来るのかな?と思考を遊ばせていた。

すると突如手のひらを掴まれる。その先を見ると一佳が手を握っていた。顔を伏せていてその表情は読めない。

 

 

「ねぇ…なんで?」

「……」

「答えてよ、福朗?」

「……」

「福朗…いつも言ってるよね?『ヒーローとは目の前に転がる不幸を無視できない存在である』って。

でも、今は何も無いよ?誰も苦しんでいない、困ってる人もいない…。寧ろ苦しんでるのはアンタだけだ。

ねえ…。

 

なんで、立ち上がるの…?

なんで、前に進むの…?」

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

「別にさ…大したことじゃあ無いんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『存在証明』…ただそれだけだよ…」

 

 

それだけ言うと医務室を後にした。

 

 

_______________

 

 

静かになった医務室。大入が去り、拳藤も去り、生徒は誰一人居なくなった。

 

 

「やれやれ、なんて面倒な子なんだい…」

 

 

保険医リカバリーガールは嘆息した。

大入福朗の残した言葉…『存在証明』。彼の戦う理由。あまりに酷だ。

 

 

(『AVENGER計画』…完全にあの子の()になってるじゃないか)

 

 

AVENGER計画第一被験体『大入福朗』。

 

そうあくまで第一被験体なのだ。第二・第三の被験体が当然居る。

 

それは誰か?

 

……大入の『家族』。彼が可愛がる弟妹(きょうだい)達だ。

 

 

 

大入は怪盗のヴィラン二世。

ある少年は放火魔のヴィラン二世。

ある少女はイカサマ師のヴィラン二世。

ある少女は闇医者のヴィラン二世。

ある少年は喧嘩屋のヴィラン二世。

ある少女は殺人鬼のヴィラン二世。

 

 

 

大入の住む孤児院は、謂わば計画の為の『実験場』でもあるのだ。

実験…そうまだ実験段階なのだ。子供が成人するまで長い時間を要する。

しかし、その実験が「終了」してしまったらどうなる。施設は?弟妹達は?その後どうなってしまうかなど、想像も付かない。

バラバラに離散して里子に出され、万が一出生の秘密が漏れたら…。たちまちヴィラン二世問題の被害者になってしまう。今この生活がもたらされているのは、実験…国の庇護下に在るからこそなのだ。

 

実験終了を防ぐには…?

 

大入は出来る限りの『最高の結果』を叩き出す必要があると考えた。計画の優位性を示し続ければ、少なくとも計画は続行されると考えた。

だから大入福朗はヒーローを目指すのだ。「犯罪者の子供が正しく育ち、逆境に負けずヒーローになる」それが実現すれば計画の必要性を誇示出来るから…。

だから大入は止まらない。自分の後ろに続く、愛する弟妹の為に道を作らなければならないのだ。

 

 

『人柱』、そう呼ぶに相応しい。既に大入福朗は大入福朗の為の人生を歩んでいない。常に「誰かのために生き続けている」のだ。

『存在証明』。大入がこよなく愛するヴィラン二世(かぞく)の為の『存在証明』なのだ。

 

 

「それを出来てしまうってのが不幸な話さね」

 

 

大入にはそれを一人で実行に移すだけの潜在能力があった。知識・技術・身体能力・精神力に至るまで、高い水準を内包していたからこそ、今日まで大入は進み続けて来れたのだ。

特に身体能力。保険医の立場としては目を見張る物があった。

 

 

「それにしても…。

かなり強い治癒をかけたはずなんだが…どうなっているのかねぇ?」

 

 

大入の全身火傷。その症状は酷い状態だった。全身の約40パーセントが火傷被害に合い、その中の半分程が深度2以上に該当する物だった。

ザックリと説明すると、火傷被害は火傷面積と火傷の深さ(体のどの程度奥まで焼けたか)で決まる。火傷の深度は1~3で分類されており、深度3が一番重い。深度2では火傷が全身の約30パーセント、深度3なら全身の約10パーセントを占めていれば重傷に分類される。もし、これの倍の火傷面積があったなら死亡確率は約50パーセントになると言われている。

大入の全身火傷は重傷に分類される状態だった。

 

故にリカバリーガールは全力の治癒をかけた。それこそ「死なない程度に」だ。

既に大入福朗はリカバリーガールの治癒を3回受けていた。その上で4回目の治癒を施したのだ。リカバリーガールの“個性(治癒)”には体力を使う。

大入は大会が終わるまで目を覚まさない…はずだった。

 

しかし、不思議なことが起こった。

 

戦闘に支障を来さないレベルまで回復しても体力が残ったのだ。自然治癒力の活性化を促すリカバリーガールの“個性”は、その細胞分裂の回転数を上げるためにエネルギーロスが多い。それが大入には「一切無かった」のだ。

しかもだ、大入が休眠状態に入ると急速に代謝機能が自発的に加速し、自前で体力の回復を始めだした。

大入の重傷にバイタルサインをモニタリングするため電子機器を取り付けて、初めて気付いた情報だった。最初は見間違いかと思ったが、苦しそうな顔が穏やかなものに変わり、静かな寝息を立て始めたことから事実なのだと認めざるを得なくなった。

「回復馴れし過ぎている」。常識外れの回復力、喩えるなら全身が回復を促すために最適化されたかのような状態だった。

“増強型個性”でも無いのに…。

 

 

「まるで体力オバケだねぇ…」

 

 

大入の体を調べたら、学会で発表出来るんじゃ無いか?と冗談を交えて悪戯っぽく笑った。

 

 

「けど、それじゃあ駄目だねえ…」

 

 

総てがハイスペックにまとまった大入福朗。彼は間違いなく強者だ。

本人は卑下するだろうが、大会のこの場に登りつめる総合力は、間違いなく異質にして異常。

 

 

「このままじゃあ、壊れちまうよ…」

 

 

彼は孤独だ。

苦境に身を置き、過酷に身を置き、激闘に身を置き、一人歩く。

そんな修羅道を前だけ見て歩いているのだ。いつかその身を焦がす日が来る。

 

彼には必要なのだ。

心を満たす理解者が、隣を歩く実力者が。

 

 

_______________

 

 

自惚れてしまったな…。

 

俺は『大入福朗』なのに、つい私情に流されてしまった。

女の子に優しくされただけで、コロっとイってしまう自分のチョロさが恨めしいぜ…。

 

 

──「でも、今は何も無いよ?誰も苦しんでいない、困ってる人もいない…。寧ろ苦しんでるのはアンタだけだ」

 

 

一佳を悲しませてしまったな…。

俺がもっと強かったら、悲しまなかったのかな…?

 

 

──「ねえ…なんで、立ち上がるの…?なんで、前に進むの…?」

 

 

本当になんでだろうな。

諦めたら楽なのに。

逃げたら救われるのに。

 

けどさ、俺は『大入福朗』なんだよ。

『大入福朗』じゃなきゃいけないんだよ。

じゃなきゃなんで俺は……

 

 

 

 

『大入福朗』になったんだ?

 

 

 

 

なんで?

 

 

 

なんで?

 

 

 

なん…………

 

 

 

「っ!?」

 

 

咄嗟に近くの柱に渾身のヘッドバットを叩き付けた。

鈍い痛みがジワリと頭に浸透して、霧散する。

 

 

いけないいけない、ナーバスになってる。危うくバットトリップしかけたわっ!

まだ試合も残ってんのに何やってんだ、俺はっ!

 

 

『そこまでっ!発目さん場外っ!轟くんの勝利です!』

 

『YEAH!!ナイスファイトだったぜ二人ともっ!三位の座は轟焦凍が手にした!

サァ今から10分間の小休止だっ!それが終われば?

…とうとう…とうとう、リスナー待望の決勝戦だっ!首を長くして待ってなっ!?シィーユーネクストバトル!!』

 

 

近くのスピーカーから試合終了の合図が聞こえた。両者を讃える喧騒をマイクが拾い、こちらにまでその様子が感じられた。

決勝戦も間もなく始まりそうだ。気を引き締めないと…。

 

 

「…よしっ!」

 

 

顔を叩いて活を入れた。おっけー。

 

 

さて、さっさと控え室に行って精神統一と作戦タイムだ。なんせ相手はあのかっちゃん。一筋縄ではいかない。

 

そして、俺は控え室のドアを開けた。

 

 

「…………はい?」

 

 

目と目が合った。

 

赤い瞳に三日月型の三白眼。

爆発したようなトゲトゲヘッドの少年。

 

 

「……は?」

 

 

そこには次の対戦相手のかっちゃんがいた。

 

 




余談:
発目明のサポートアイテム(ベイビー)コレクション


「ワイヤーアロー」
発目が障害物競走で使用したアイテム(原作と同じなので描写省略)。ワイヤーアンカーを打ち出し、巻き取る事でワイヤーアクションを実現する。

「ホバーソール」
靴底のブロアーから強風を出し、体を浮かせる。

「ジェットパック」
強力なジェット噴射で空を飛ぶ。

「リボルバーバズーカ」
六連装リボルバーシリンダー採用の小型バズーカ。野球ボール程のカプセルを発射し攻撃する。複数の特殊弾を使用して様々な戦術を構築する。(現在、ゴム弾・トリモチ弾・薬剤散布弾・煙幕弾の四タイプ)
元ネタは六連装グレネードランチャーMGL-140。

「電気銃(テーザーガン)」
実際に存在するスタンガンの一種。銃口からワイヤーを射出し、強力な電流を流す。

「ホイールブーツ」
高出力の小型モーターをコンピュータ制御し、圧力センサーで加速をコントロールする。
元ネタは『エアギア』の「エアトレック」。

「オートバランサー」
三十二軸ジャイロセンサーを組み込み姿勢を制御し、完璧な体幹を保持する。

「レッグパーツ&アームパーツ」
手足の動きをスムーズにアシストする。原作では足パーツのみだったのを腕にも採用しアップグレードしたもの。

「トレーサーサーチライト」
動体センサーを内蔵したサーチライト。プロペラの付いた飛行タイプと車輪の付いた走行タイプの二種類。

「暴動鎮圧用オートカノンガントレット」
左籠手型の機関銃。銃身が短い(ほぼ無い)ため射撃性能は低く、バラ播き弾の牽制目的で使う。装填数は30発。
元ネタは『スーパーロボット大戦OG』の「三連マシンキャノン」。

「クーラントコート」
白色の全身一色のコート。耐熱・耐衝撃素材をふんだんに使い、内部に冷却装置を積んだ。

「閃光手榴弾(スタングレネード)」
強力な閃光で目潰しする爆弾。音響効果は無いのでフラッシュ・バンが近い。

「パイルガントレット」
右籠手型の杭撃ち機。拳骨部分の鉄板が炸薬の威力で飛び出す仕組み。装填数は3発。
元ネタは『装甲騎兵ボトムズ』の「アームパンチ」。

「携行ラウンドシールド」
折りたたみ式の円盾。複層構造になっていて衝撃をバランスよく分散する。

「エレクトロシューズ」
電磁誘導を利用して反発による跳躍を可能にする。本作では「反転して吸着する機構を追加」して強化された。

「消火弾」
説明不要。

「消火器」
背中のボンベと直結した銃。大容量の消火液をばらまけるように改良された。
イメージは『Splatoon』のインク銃「プロモデラーシリーズ」。

「対敵用捕縛銃」
カートリッジ式で捕縛ネットを発射する銃。あんなに小さいのにスゴイ。

「ペイントボール」
実在する撃退道具。落ちにくい染料と強烈な匂いを撒き散らす。
因みに小型のナノマシンが混ざっていて、発信機の役割をしているという裏ネタがあった。

「アルミ粉カプセル」
リボルバーバズーカの薬剤散布カプセルにアルミ粉を詰めただけ。
飛散したこれに引火すると一気に燃え、粉じん爆発を引き起こす。

「自動巻取りワイヤー」
ワイヤーアローの試作段階のアイテム。「トラップに使える」と地面に打ちつけるアンカー機構を追加して再利用。

「痴漢撃退用クラッカー」
クラッカーを人に向けて打ってはいけません。

「痴漢撃退用催涙スプレー」
劇物です。素早く目を洗いましょう。

「携帯ネズミ取り」
ペイントボールの発信機を受信して自動で識別反応する地味にハイテクなアイテム。

「ホッパーシューズ」
靴底がバネ仕掛けになっており強力なストライドを発揮。最高速は時速40kmを叩き出す。
元ネタは「バイオニックシューズ」「カンガルージャンプ」。

「サイクロンチャクラム」
UFOの様な自動飛行円月輪。AIによる自律制御と簡略化されたプログラムコードを利用して数パターンのアタックモーションで攻撃する。
早い話がファング。
本来はドローン等の偵察機に仕込む技術だが、耐久性・機動性をアピールするべく武器用にバッドチューンした。 

「リモコングローブ」
左籠手型の入力媒体。左指の動きと左手首の簡易キーボードでプログラムを操作する。複雑は入力は出来ず、幾つかの自動ミッションコードを入力し、それをセミオートで走らせる仕組み。
元ネタは『装甲騎兵ボトムズ』の「ミッションディスク」と近未来的デバイス「gest」。

「ジャイロシューター」
野球のピッチングマシンを小型改良した銃。24個の小型ハイパワーモーターで最高時速100kmのピンポン球サイズの強化ゴム弾を打ち出す。上下左右のモーターの回転数を変化させて、野球の変化球の様な曲射弾道や、バウンドによる横跳ねまで実現する。

「ストームスピナー」
地面に独楽型のプロペラを設置し、上昇気流を作る。よくゲームで有る、ジャンプパネルを作るアイテム、保持時間は3分、最高高度は10m。

「フラッフパラシュート」
背中からタンポポの綿毛の様な落下傘が飛び出す。上昇気流を受け止めやすい構造になっている。


以上30点。








油圧式アタッチメントバー
「なぁ、おれのでばんは…………?」




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65:最終種目 決勝戦 2

「『存在証明』…ただそれだけだよ…」

 

 

あぁ…まただ。また遠くへ行っちゃう…。

 

時折見せる孤独の目。何処か遠くを見るような、何も見ていない目。透明な色。

水面をのぞき込むと、ふと吸い込まれるようなあの感覚。体が振るえる、底冷えする。

 

手のひらで掴んだと思ったのに、スルリとすり抜ける。あれは夢か幻かと思わされるような無力感。

 

なんで…?なんでなんだよ福朗?

なんでまだそんな顔するんだよ?

淋しそうな顔をしてんだよ?

私はそんな顔を見たいんじゃ無いんだよ。

 

なぁ…。

 

笑ってくれよ、福朗…。

 

 

 

 

「…………ん…?……一佳さん?」

「…うぇっ!?な、なにっ!?」

 

 

グルグルと空回りを繰り返した思考がパタリと止まる。

隣に座る茨が声をかけてきた。さっきまでの考えを片隅において話を聞く。

 

 

「………」

「……な、なに………?っ!?」

 

 

ジッとこちらを見つめる茨。

突然私の頭を掴んで引き寄せるとそっと頭を抱きしめ、優しく撫で始めた。

 

 

「……大丈夫ですよ一佳さん。貴女は頑張っています。しっかりと思いは伝わってるはずですよ…」

 

 

そう言って塩崎が私の頭を撫で続けた。そんな中、私は…。

 

 

(こ、これが「母性の塊」…っ!)

 

 

思わず戦慄した。

塩崎茨の圧倒的な包容力。彼女の温かな体温と同性から見てもかなり大きめのバスト。極めつけは彼女の“個性”でもあるツル。その髪の毛から感じられるフローラルな香り。ハンパない癒やし効果だった…。

 

 

「…大丈夫……大丈夫…」

 

 

茨が根拠も無くただ私の頭を撫でる。なんだこれ?気持ちいい…。

 

 

 

 

 

 

あれ…?

 

 

 

あれ?なんだこの既視感(デジャヴ)…?

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

「っ!!?」

 

「一佳さんっ!?」

「「「「どうしたっ!拳藤!?」」」」

 

「い、いや、なんでも無いっ!!」

 

 

全身から火が噴き出したかのように熱くなる。

待て、待ってくれっ!?これアレじゃ無いかっ!

 

 

準決勝前の私と福朗じゃないか!?

 

 

ちょっと待てっ!?冷静に考えたら、なんちう恥ずかしい光景なんだこれっ!?

 

 

思わず茨を引き剥がして、顔を塞ぐ。私の奇行にクラスメイトから驚愕の声が上がるっ!そんなん知ったことかっ!

 

しかし、私の願いは聞き受けられない。

 

 

「おんや~?どったの、一佳っち~?」

 

 

目聡く取蔭切奈(色恋モンスター)が狙ってるっ!?

如何にもワザとらしくニヤニヤとした顔で眺めてくる彼女の追求が迫る。

 

 

「なになに?そんなに茨っちの母性が効いたの?バブみが凄いの?オギャりそうなの?」

「母性っ!?」

「違っ…えっ!?ちょ!バブ?オギャ!?」

「そっか~違うのか~。じゃあそっち(・・・)かな?」

 

「…へ?」

 

 

目を輝かせた切奈の眼光が爛々と私の瞳を覗く。次の瞬間、私は選択を誤った事を酷く後悔した。

 

 

「大入っちとなんかあったんでしょ~?」

「ブフォっ!?ゲホッ!?な…なにを…」

「いや~アタシ実はずっと気になってんだよね~?

準決勝前からなんだけどさ?なんで「一佳っちから大入っちの匂いがするのかな~」ってさ?」

「「「「「!!?」」」」」

「!?」

「言っとくけど、誤魔化しは効かないよ?何てったってアタシ、「男を嗅ぎ分けるのは得意」なんだからさ!」

 

 

自信満々な態度でこちらに詰め寄る切奈。すると、私の匂い…いや私に付いた福朗の匂いを探し始めた。

 

 

「スン…スンスン…。あーこれはアレだねー。この匂いのする場所は…」

「わーっ!わーっ!わーっ!!」

「もぎゅ!?」

 

 

これ以上喋らせる訳には行かない。私は、慌てて切奈の口を塞いだ…。

 

 

「…い、一佳さん?」

 

 

隣の茨が震えた声でこちらを呼びかける。

そして、気が付いた。

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

こちらを見つめる周囲の目。

なんとゆうか「察した」と言うような空気が漂っていた。

 

 

「…は…ははは……」

 

 

もう既に語るに落ちた。

私は乾いた笑い声を出すしか無かった。

 

 

_______________

 

 

雄英に入ってからは、自分の今までをぶっ壊され事ばかりだ。

入試試験では同着1位が居たものの、こと戦闘力に置いては文句無し、ぶっちぎりの1位だった。

 

だが、それだけじゃ駄目なんだと痛感した。

 

入学二日目、初めてのヒーロー基礎学「対人戦闘訓練」、あの緑谷(デク)にさえ後れをとった。

八百万(ポニテ女)の講評は的確かつ正論でぐうの音も出なかった。

その後にやった(半分野郎)の戦闘。正直「勝てねぇンじゃねえか」って思っちまった。

 

 

どいつもこいつも俺の前を行きやがるっ!!

 

 

こっからだ!俺はこっから一番になってやる!!

 

 

 

 

 

 

 

──俺が1位になる。

 

 

だから、俺が目指したのは但の1位じゃねぇ。完膚無きまでの1位だ。

 

…なのに、なんだこれは?

 

第一種目は三位。いけ好かねぇ轟に先を越され、クソムカつく緑谷(デク)に一位を掻っ攫われた。

 

第二種目は二位。生意気なモノマネ野郎をぶっ殺したのは少しスカッとしたが、時間を使いすぎた。結局、攻めきれなかった。

ここからおかしくなったんだ。

大入福朗(クソ大福)。ヘラヘラ笑いながら俺を虚仮にしやがって…ムカつく。

 

最終種目…。正直戦うことになんのは切島と常闇か八百万だと思ってた。だが、実際は鉄哲(銀ピカ)発目(オタク女)だ。決勝戦だって轟か……いや、アレはねぇな。なのに戦う相手は大入だ。

 

 

──爆豪(こいつ)を倒して俺達が1位になる。

 

 

ムカつく!ムカつく!!ムカつくっ!!!

 

多少実力はあるみてぇだが、あのクソ生意気な奴の鼻っ柱をへし折ってやらねぇと気が済まねぇ…。

 

だが、事情(・・)もあってかアイツは強え、こちらは一瞬の隙も許されねえな…。

 

 

 

 

「…………はい?」

 

 

そこで思考は中断した。

突然ドアが空いて、中に人が入ってくる。ソイツは呆気にとられたようなアホな声を上げた。

 

目と目が合った。

 

顔面に貼り付けたヘラヘラとした顔。

黒髪ツンツンヘッドのクソ野郎。

 

 

「……ハ?」

 

 

決勝戦の相手、大入福朗(クソ大福)が居た。

 

 

_______________

 

 

(アイエエエェッ!かっちゃん!?かっちゃんナンデェッ!!?)

 

 

大入は内心パニックを起こしていた。長年培ってきたポーカーフェイスがそれを押さえ込むが、表情が僅かに揺れた。

動揺を抑えて大入は状況を確認する。目の前に爆豪、そして控え室のプレートを確認して気が付いた。

 

 

「あ~そっか。俺、次は第二控え室なのか…」

 

 

結論から言おう。大入は控え室を間違えたのだ。

選手控え室は第一と第二の二つを利用している。これら控え室の割当は簡単にトーナメント表に従って充てられていた。

トーナメント表のマッチングにて、表の右側に来た選手は第一控え室を利用、左側に来た選手は第二控え室を利用する決まりとなっていた。

例えば緑谷の場合全て第二控え室を利用し、轟の場合第二→第一→第二と言った具合に利用していた。

大入の場合はというと、今までの三試合で全て第一控え室を利用し、決勝戦で初めて第二控え室を利用することになるのだ。

 

なんでこんなややこしいシステムなのかと言うと、単にスタジアムの構造に起因している。

このスタジアム、言わずもがなとても広大な面積を誇る。障害物競走でスタジアム外周が4kmと言われたように、スタジアムの内周でも1~2kmになる。スタジアム内円の直径は400mにも相当する。

そう、この第一・第二控え室は距離の離れた別々の場所にあるのだ。

選手がスムーズに入場出来るようにするため、東ゲートに第一控え室が、西ゲートに第二控え室が設置されているのだ。

 

大入の疑問は氷解した。そこで新たな疑問が生まれる。

 

 

(あれ?かっちゃん、どうやって控え室を間違えたんだろう?)

 

 

大入の疑問は原作での話である。

爆豪はトーナメント表の一番右側、つまり「全て第一控え室」を利用している。そもそも「スタジアムの反対側にある第二控え室と間違えるわけが無い」のだ。

その上で行われた爆豪と轟の決勝戦前の会話。その意図とは…?

 

 

(これ以上はやめよう。深みにはまりそうだ…)

 

 

大入は考えるのを止めた。

所詮は別時空の話、今追求しても詮無き事である。

目下最大注意事項の轟が解決しているので最悪無視して構わないと判断することにした。

 

 

「あースマン、部屋を間違えた。邪魔して悪かったな」

 

 

大入福朗はクールに去るぜ。

この後直ぐに決勝戦なのに、このまま顔を突き合わせるのは非常に気まずい。戦いの準備を考えたなら、さっさと控え室戻るべきだろう。

大入は踵を返して控え室を後にする。

 

 

「……オイ、待てやクソ大福(・・・・)

「っ!?」

 

 

ドアを閉めようとした所で爆豪が大入を呼び止める。

 

 

「それって俺のことか?」

「……」

「な、なんだよ…?」

 

 

大入は動揺しながらも対応する姿勢をとる。しかし、爆豪は大入をジッと睨みつけるばかりだ。

 

 

「……なぁ、お前って本当に「ヴィラン二世」なんか?」

「っ!?何故それを…っ!?」

 

 

大入はギョッと目を見開いた。彼の出生は知る人が限られる秘密だった。

果たしてどうやって爆豪は知り得たのか?

 

 

「廊下で騒ぐんじゃねえよクソが…」

「……は?」

「わざわざ女とイチャつきやがって」

 

「………っ!!?」

 

 

大入が目を見開いた。爆豪の言動で全てを察したのだ。しかし、認めない認められない。

認めたくないが確認せずにはいられない。大入は震える声で問いただす。

 

 

「ば、爆豪君?いつから見てた…?」

 

 

 

………

 

 

 

 

「……お前等が抱き合ってる所」

 

「いやあアアあぁぁぁあアあぁぁぁっ!!」

 

 

爆豪の慈悲も無いトドメの一撃、大入が断末魔を上げて倒れる。

 

大入が受けた拳藤の熱い、そして優しい包容。あんな情けなくてみっともない所、他ならぬ拳藤だからこそ大入は曝け出す事が出来たのだ。

そんな拳藤にバブみを感じてオギャっている所を爆豪は目撃したというのだ。憤死せずにはいられない。

 

両手で顔を覆い蹲る大入。さっきまでの緊張感は既に無く、なんとも言えない空気が漂っていた。

 

 

「ゆるしてつかーさい…ゆるしてつかーさい…」

 

「…ふん!てめえの事情なんざ心底どうでもいい…」

 

 

爆豪が大入の元に歩み寄ると両肩を掴み、無理矢理立たせる。

先程までの恥辱で顔を真っ赤にした大入を睨みつけてこう告げた。

 

 

「てめえには言っとかなきゃなんねえ事がある。

俺は俺の前に立ちはだかる敵を全部ぶっ殺して一番になるって決めてんだ。なのに、よくも騎馬戦じゃ背中に泥を付けやがったなぁ…。

だがここまでだ。次の勝負で、てめえをぶっ殺す。

いいか、全力で掛かって来いよ!俺はてめえの全力をその上からぶっ潰してやる!!」

 

 

そう言いきると「言いてえ事は全部だ!さっさと行けぇっ!!!」と大入を廊下に叩き出すと乱暴に控え室のドアを閉めた。

 

 

「全力…か…」

 

 

大入は自分の控え室に向かいながらポツリと先程の爆豪の言葉を反芻する。

 

 

「全く無理(・・)な事を言ってくれるな…」

 

 

そう言って頭をガシガシと掻いた。

 

 

「まぁ、いいや。ついでにアレ(・・)やっとくか…」

 

_______________

 

 

『雄英体育祭1年部門!

俺もそれなりに長いこと雄英の教師やって来たが、1年の内からここまでアツいバトルを繰り広げたのは初めてだ!!胸を張れよっ、オマエ等!!

しかし今までの戦いでさえ、この瞬間の為の前座に過ぎねェ!!!

リスナー!準備はいいかァ!!?』

 

 

─yeah !

 

 

『あぁん!聞こえねェぞ!!』

 

 

─Y E A H ! !

 

 

『まだまだ足んねえぞ!これが最後なんだ!腹の底から声出しやがれっ!!!』

 

 

─Y E E E A A A H ! ! ! !

 

 

『最っ高ぉのレスポンスだ!!オマエ等、愛してるぜっ!!!』

 

 

プレゼントマイクのマイクパフォーマンスがスタジアムを最高の状態に温める。

観客も興奮に曝された疲れを忘れて、ひたすら声を上げ叫ぶ。

 

 

『シノギを削りあった最強の1年が、とうとう、この瞬間に決まるっ!!その瞬間の目撃者は俺達だっ!瞬きする暇も呼吸する暇もネェゾ!!

真実は小説より奇なりたァ正にこのことだな!コイツ等に始まりコイツ等に終わるっ…!随分とドラマチックな展開じゃねえか!!?

それじゃあ……イってみようか決勝戦っ!!』

 

 

ステージに二人の選手が立つ。片方は静かに相手を見つめ、片方は好戦的に相手を睨みつける。

 

 

『彼は誓った、目の前のアイツを倒して1位になると…。

サポート科顔負けの武器開発力!それを使いこなす戦闘技術!戦術を構築する知力まで備えたバトルアーティスト!

1年B組! 大入ぃぃぃ福朗ぉぉぉ!!!』

 

 

大入は前に出る。彼が許されている開始位置…ステージど真ん中の数m手前に立つ。

一歩でも一秒でも早く、一撃を叩き込むために。

 

 

『彼は誓った、全ての障害を払い除け、俺こそが1位になると…。

ここまで勝ち続けた紛う事なき実力者!障害物競走三位!騎馬戦二位!…と来れば狙うのは燦然と輝く一位の玉座のみ!

1年A組! 爆豪ぉぉぉ勝己ぃぃぃ!!!』

 

 

爆豪も前に出る。生意気な大入から距離を取るのは、負けを認めたみたいで腹が立つ。張り合うようにステージど真ん中の数m手前に立つ。

一歩でも一秒でも早く、一撃を叩き込めば良いだけだ。

 

 

『二人ともその位置でいいのね?』

 

 

主審ミッドナイトの問い掛けに両者静かに頷く。彼我の距離は10mを切る。本大会初めての最短距離。

 

 

『おいおい!?なんだこれェ!近っ!?』

 

 

プレゼントマイクの驚愕の声が上がる。

大入は後一歩で射程距離。

爆豪は既に射程距離。

最初からクライマックスの究極戦闘(オメガファイト)

 

 

そして、無慈悲に戦いの鐘は鳴る…。

 

 

『S T A R T ! ! 』

 

 

開幕の瞬間に大入が一歩踏み出す。

次の瞬間には、爆豪の右手が炸裂した。前面を塗り潰すような高熱の壁、爆風。

 

 

「っ!?」

 

 

それをスルリと潜り抜けた大入が爆豪に肉迫する。拳を握る。

咄嗟に爆豪は左手の爆破で地面を抉る。

 

二度目の爆破で大入は吹き飛んだ。空を二転三転と転がり、勢いのままに立ち上がり、構え直した。

 

 

『あぁーっと!?大入近づけない!?やっぱし強ェな爆豪はっ!?』

『馬鹿、よく見ろ…。それともグラサンが邪魔で見えねえか?』

『おいイレイザー人様のグラサンをディスってんじゃ…って、おぉっ!?』

 

 

「まずは一発…かな?」

「てめえ…」

 

 

大入が不敵に笑う。爆豪の左の額から血が滲んで流れた…。

 

 

大入は開幕の一歩で右に…爆豪の左に踏み込んだ。それを爆豪は自分の癖である利き手の右手で爆破する。

次の瞬間、大入は左に爆豪の右外側に進路を一気に切り返す。敢えて自ら攻撃の懐に潜り込む事で、大入は相手の攻撃のワンテンポ先に割り込む。僅かな隙間を縫って回避したのだ。

このまま隙を曝した爆豪の横っ腹に強烈な一撃を叩き込むつもりだった。しかし、爆豪の反射神経は並のそれでは無い。すぐさま空いた左手の爆破で地面ごと吹き飛ばした。

吹き飛んだ最中、大入は更に一手打つ。爆風の中から小石を拾い、爆豪に向かって投げつける。自らの攻撃で視界を遮った爆豪は反応が遅れた。小石が爆豪のコメカミを打ち、血を流させたのだ。

 

僅か数秒間に込められた勝負の駆け引き。

大入はほぼ無傷。爆豪に小さな切り傷一つ。

 

 

「(これも凌がれたのか…)思ったより浅いなぁ。もっとパックリいってくれたら楽だったのに…」

 

 

大入は左手に持った小石数個を手の平で弄びながらそうボヤく。大入は爆豪に石を投げるとき、平たい面を水平方向にし、手首のスナップを効かせて強い回転をかけて投げた。小さな丸鋸のようにスピンした小石が爆豪に当たり流血…血で視界を潰す事まで狙った一撃だった。

だが、大入の小細工はトドメに届く前に爆豪の反射神経に凌がれた。僅かに身を捻った事で狙いがズレたのだ。

大入は驚愕する内心を笑顔の下に隠し、おちゃらけたように語る。

 

 

「…さて、次はどうしようか?」

 

「ふざけやがって…」

 

 

思案顔で考える大入。爆豪は生意気な顔を睨みつけていた。

 

 

………

 

 

………

 

 

試合開始から三分が過ぎた。

 

 

『オイ、なんだよ…これ?』

 

 

プレゼントマイクが思わず声を漏らした。二人の高レベルな戦いにでは無い。

 

 

『なんで大入の奴“個性”を使わねえんだ!?』

 

「てめえいい加減にしやがれ!!?」

 

 

大入が爆豪に向けて突撃する。大入がパチリと指を鳴らす。

大入と爆豪の間に幾つもの〈揺らぎ〉が生まれる。手足に〈揺らぎ〉を纏っていた時のような多重展開。空中に散りばめられた「砲門」は爆豪を…狙わない。

本命はこっそりと右手から肩に掛けて纏っていた〈揺らぎ〉…でも無い。

突如爆豪が体を仰け反らせる。原因は大入が足下から蹴り上げた石。それを爆豪の顔目掛けて飛ばしたのだ。

爆豪の体制を崩した大入はそのまま肉迫する。咄嗟に爆豪は迎撃に右手を振るが、大入のただ〈揺らぎ〉を出しただけの右腕に弾かれる。追撃に伸ばした左手で爆豪の右肩を掴むと、鳩尾に跳び膝蹴りを突き刺した。

蹌踉けた爆豪に大入は拳を叩き込もうとして、爆豪の左手に阻まれる。手の平の爆発が大入の右半身を爆破し、そのまま吹き飛ばした。大入の右腕に痛々しい焼き後を残した。

 

 

「…おー痛いっ。…勘違いすんな。

別に舐めてる訳でも、手を抜いてる訳でも無いよ?」

 

「あ゛あ゛ぁーっ!?ムカつくなァ!!」

 

 

飄々と騙る大入の言動に、爆豪の苛立ちが募る。

そう、大入は先程から“個性”を攻撃の囮として使うばかりで、攻撃に一切使用していない。

来そうで来ない偽装攻撃。同時処理で爆豪の速過ぎる反射神経を全力で振り回す。

 

 

「そんなに使わせたいならもっと本気にさせてみな?」

 

 

爆豪の冷静さを奪う挑発攻撃。“個性”未使用の舐めプ。爆豪のメンタルは早くも限界を超えた。

 

 

「上等だよクソがっ!?」

 

「っ!?」

 

 

爆豪が手の平で小爆発を繰り返す。そのまま爆豪は手の平を後ろに向け、一際大きい爆発を出した。

〈爆速ターボ〉。爆豪が愛用する爆風を推進力にした移動用得意技。斜め方向に走り出し、大入の横を走り抜ける。

一瞬で大入の背後を取った。慌てて大入は振り向く。

そこには両手を前に突き出して構える爆豪が居た。そして、手の平から強烈な爆発が起こった。

 

 

──〈閃光弾(スタングレネード) !〉

 

 

強烈な爆破の光と轟音が大入の目と耳を潰す。その隙に爆豪は更に爆速ターボで大入の側面に回り込む。

 

 

「貰ったァ!!」

 

 

爆豪が再度肉迫し、右手を振りかざす。

しかし、そこで指を弾く音が鳴った。

 

 

「…っ!?…グオッ!?がぁ!!?」

 

 

突如爆豪の眼前に現れた巨大な〈揺らぎ〉の壁。濃密な蜃気楼に大入の姿は隠された。ここ一番の場面で爆豪は大入を見失った。

爆豪が手を伸ばした先、そこには大入は居ない。身を低くし回避した大入がそこから跳び上がる様に爆豪目掛けてアッパーを繰り出す。世に言うカエルパンチだ。痛烈な当たりに、爆豪の視界が揺れた。

しかし、大入は躊躇わない。そのまま大入は爆豪の伸びきった右手と胸倉を掴み、勢いに任せて背負い投げ、瓦礫でぐしゃぐしゃになった地面に叩き落とした。

爆豪は投げられ、背中を叩く衝撃が肺から空気を押し出し、地面の大小様々な石が背中に刺さり、苦悶の表情を浮かべた。

その爆豪の顔面をトドメと言わんばかりに蹴り飛ばす。さながら爆豪の頭でサッカーでもするかの様な蹴り飛ばしだった。

爆豪は3m程度吹き飛び、転がった。うつ伏せの態勢から爆豪はヨロヨロと起き上がる。脳が揺れて、体が言うことを聞かなかった。

 

 

「…は?」

 

 

爆豪の眼前にポタリと何かの雫が落ちた。

水滴はポタリポタリと何度も滴り落ち「地面を赤く染めた」。

爆豪ははと気付いて顔に手を当てる。生温かい温度と共にドロリとした少し粘りのある感触を感じた。

 

 

「これは…血?」

 

 

爆豪は驚愕した。大入の痛烈な当たりが爆豪の顔面を貫き、鼻血を出させたのだ。

 

 

「目や耳を封じたくらいで勝てるもんか」

 

 

大入が油断せずに静かに拳を構えた。

 

大入の“強個性”には副次効果も備わっている。

大入の“個性(ポケット)”は「対象に手で触る」「対象を独自の異空間に格納する」「対象を5m以内の任意の空間に展開する」ことで成立する。「対象を独自の異空間に格納する」ことに注目が集まり、人間のアイテムボックス化こそが真髄と思われるが、それでは半分しか正解してない。

「対象に手で触る」「対象を5m以内の任意の空間に展開する」と言う二つのプロセスが擬似的な“個性(テレポート)”を再現しているのだ。

それを成立させるため大入にも技能(スキル)が求められた。座標位置、敵の距離、障害物の有無…様々な要素が“個性”を邪魔した。大入はそれをクリアする術を求められた。

そうして身につけた技能こそ「半径5mの絶対的空間把握能力」。

彼だけが持つ第六感(シックスセンス)。その気になれば大入は“個性”で真後ろにジェンガだって組み立てることが出来る。それくらいの練度に鍛え上げていたのだ。

 

爆豪が近接戦闘をすると言うことは、大入の強固な制空圏を掻い潜る行為に他ならない。その事実に気付くまでに、かなりの痛手を受けた。

 

 

「巫山戯んじゃねえぞクソがぁぁっ!!」

 

 

爆豪が再度爆速ターボで急発進。一息に大入の間合いに入る。そしてお返しとばかりに顔面に爆破を狙う。

大入がそれを弾くと、爆豪は追撃とばかりに空いた手で攻撃する。

 

 

「おらああああああっ!!」

 

『激しいラぁぁッシュ!?爆豪止まらねえっ!!』

 

 

連打。

 

連打。

 

連打。

 

爆豪が大入の隙をこじ開けようと弱攻撃の爆破をひたすら繰り返し、攻撃速度を上げる。体が温まり、汗腺が広がり、手の平の爆破成分が増えていく。次第に増大していく威力にジリジリと後退を余儀なくされる大入。

しかし、それでも大入に決定打は入らない。爆豪の手の平を全て外側に捌き、爆発を逃がしている。そして爆豪の意識が両手…上半身に向いた所で、容赦なく膝にローキックを叩き込む。何度も何度も執拗に陰湿に。

 

 

「ガッ!!?あぁぁぁっ!?」

 

『直撃ーっ!!なんだこれグロっ!?チミドロの戦いが繰り広げられる!!』

 

 

爆豪の態勢が崩れた。その瞬間に大入は強烈な一撃をお見舞いする。精密に狙われた高速の拳。それが爆豪のコメカミ…一番最初の小さな傷を撃ち抜く。傷口を広げ更に多くの血が流れた。

額の流血は傷口の大きさの割に大量の血が流れる。それが爆豪の目にかかり、視界を塞ぐ。死角が広がった。

怯んだ爆豪を前蹴りで突き飛ばし、大入は仕切り直しを計った。

 

 

 

 

 

 

「…なぁ、これって」

「あぁ、エグいな…」

 

 

観客がポツリと呟く。

 

一同はとうに声を失い、固唾を呑んで闘いを見守る。しかしスタジアム全体を包み込む熱気はそのまま。二人の戦士が奏でる爆発音と打撃音だけが響き渡った。

 

大入福朗。ここまで多種多様な武器と戦法で戦場を色鮮やかに彩る曲芸師。しかし、ここにきて闘いの毛色が変わった。

視界を容赦なく潰しにかかり、急所を穿ち、関節を壊す。流血さえ問わない、放送倫理は完全無視の邪道戦闘(ダーティーファイト)。ひたすら冷静に冷酷に爆豪の体にダメージを蓄積させつづける大入に恐怖心が募る。

 

 

「……がんばれ…」

 

 

観客の一人が声を出す。

 

 

「頑張れ爆豪っ!!」

 

 

一人の声援が響き渡る。

 

 

「頑張れ爆豪っ!!」

 

 

熱が伝播して呼応する。

 

 

「頑張れ爆豪っ!!」「負けんな-!!」「立ち上がれよ!」「爆豪っ!!」「ファイト-!!」

 

 

流れが変わった。観客が爆豪に味方をした。

 

 

 

 

 

 

『アンダードッグ効果』

状況が不利なる程に、応援したくなる手を差し伸べたくなる、人間の心理的行動の事を言う。

 

 

(詰まるところ、「裸エプロン先輩」の事な…胃が痛い)

 

 

大入は戦いのスタイルを変えた。爆豪の残虐過ぎる戦いのエグさに合わせて、自身もエグい戦いにした。彼なりの思惑があっての事であった。

その影響か観客が爆豪の味方をする。熱い爆豪コールが湧き起こるアウェーの戦い。大入の狙い通りだった。

 

 

 

「……流れが来てるな。ほら立てよっ!」

「…ぎぃっ!?」

 

 

 

「卑怯だぞお前ーっ!」「倒れてる相手に追い打ちなんてそれでもヒーロー志望か!!」「そんな奴に負けんな爆豪!!」

「叩きのめしちまえ爆豪!」

 

『大入の容赦ない攻撃に避難殺到!!オイオイ、さっきまでのオマエは如何したんだ大入っ!』

 

 

先程叩き伏せた爆豪の腹を思いっ切り蹴り飛ばす。再び地面を転がった。

立ち上がる前の追撃。余りに無慈悲な攻撃に非難が殺到している。

 

 

「…分かったぞ…」

「…あん?………っ!?」

 

 

爆豪がユラリと立ち上がる。そしてコメカミに手を当て爆破した。

 

 

『んなぁ!?爆豪っ!自分自身を爆発!?

とうとうトチ狂ったか!?』

『…違う、あれは止血だ。傷口をわざと焼いて無理矢理止めやがった。額の流血は傷が浅くても血がドバドバでる。血で視界が塞がるのを嫌ったな…』

『嘘だろオイっ!?痛そーっ!!』

 

「っ!?痛ってえ…」

「マジかよ…オイ…」

 

 

爆豪は自分のコメカミを爆破して傷口を焼いた。常識外れの応急処置で流血を塞ぎ、目元に流れた血を拭った。

その異常な光景に大入も戦慄した。幾ら耐性があるからといって、自分に向けて攻撃するなんて誰が想像できただろうか?

 

 

「あ゛ーー……。てっきり舐めプしてんのかと思ったわ。

…でも違うんだな。てめえ、もう“個性”使えねえんだな…」

 

 

爆豪は確信を持って告げた。大入の冷酷な瞳がユラリと揺れた。

 

 

「流石にバレるか…」

 

 

大入はそれを静かに肯定した。

 

 



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66:最終種目 決勝戦 3

大入は既に“個性”を「使えない」…。

否、「使っても意味が無い」のだ…。

 

 

何故なら大入は武器のストックが「空っぽの状態」だからだ。

 

 

大入が轟戦で放った最大最悪の必殺技〈降雨機関銃(フルマシンガン)〉。あれが大入の持つ武器の全てだった。

更に追加で放った〈シェルブリット〉。あれで大入の備蓄した空気の大半を失った。これまで大入が溜め込んだ「一週間分の空気」を大会の要所で使ってきたのだ。最早自らの体を飛ばすことさえ叶わない。

残った空気はごく僅かだ。

 

 

大入の持つ意外な弱点。連続戦闘への脆弱さ…。

 

 

大入の誇っていた強さは「入念な下準備」があって、ようやく成立する物なのだ。

今は山札の切れた状態、既に後は無い。

 

 

(肝心な場面に来てコレだもんな…。本当に嫌になる)

 

 

大入福朗は弱い…。

自身はいつもそれを嘆いていた。

 

緑谷の様なパワーは無い。

爆豪の様な爆発力は無い。

飯田の様なスピードは無い。

轟の様な制圧力は無い。

八百万の様な万能性は無い。

麗日の様な支援能力は無い。

常闇の様な戦闘力は無い。

物間の様な意外性は無い。

鉄哲の様な頑強度は無い。

塩崎の様な許容量は無い。

拳藤の様な才能は無い。

 

無い、無い、無い、無い、無い無い尽くし。何処に行っても一番になれない。上には上が居る。思わずため息がでる。

 

人には「他人に負けない一番の強み」というものがある。身体的・精神的どちらでも構わない。

しかし、大入には無い。

結局の所、「道具を沢山持てる」以外は但の“無個性”と何も変わらないのだ。

道具に頼るだけの自分。当然道具(ちから)を失えば、有象無象の凡人へと成り下がる。

 

器用貧乏…大入のみが知る、彼の底。

 

贅沢なのは分かっている。曲がりなりにも決勝戦にまで来る実力者なのだから…。

しかし、彼が求める物、欲しい物の為には幾らあっても足りない。足りない。

 

 

「…それがどうした?」

 

 

しかしだ…。

 

 

「爆豪君…君の見立ての通りだ。俺の“個性”は在庫切れ(・・・・)だ。

その上で言わせて貰う…。それがどうした?」

 

 

弱くても…。力が足りなくても…。

 

 

「少なくとも…俺にとっては白旗を上げる理由にはならんね」

 

 

止めらない…。止まらない…。

 

 

「弱いから諦めるのか?“個性”が使えないから諦めるのか?戦えないから諦めるのか?

そんな訳ないだろう!俺がやるって決めたんだよっ!だったら全力でやり通すだけだ!」

 

 

止まったら失うかも知れない。大入は大入で居られなくなる。だから、退かない。

 

大入は再び構える。

 

 

「これが俺の「今」出せる全力だ…文句は受け付けないよ…」

 

 

大入はそのまま待つ。爆豪の応えを求めて…。

 

 

 

──パァン!

 

 

 

 

唖然…そんな表情で大入は爆豪を見た。

爆豪は突如自分の顔面を両の手の平で叩いた。一度深く呼吸をすると爆豪の目の色が変わった。

 

 

「…そのツラ…ムカつくなァ。俺の大っ嫌いな奴を思い出す…」

「……」

 

 

爆豪には目の前の大入(アイツ)がダブって見えた。

 

いつも自分の後ろを歩いていたムカつくアイツ。

自分に手を伸ばしてきたムカつくアイツ。

弱いクセに刃向かったムカつくアイツ。

“無個性”のクセにヒーローに憧れたムカつくアイツ。

弱いクセに飛び出しきたムカつくアイツ。

ずっと俺を騙して虚仮にしたムカつくアイツ。

ピンチに真っ先に飛び出していくムカつくアイツ。

いつの間にか先に進んだムカつくアイツ。

 

 

何処までもムカつくアイツ。

 

 

「でも…まぁ…大体分かった…」

 

 

爆豪の手の平からパチパチと火花が散る。

 

 

「全力で殺すわ」

 

 

次の瞬間、爆豪は飛んだ。騎馬戦で見せた飛行能力。大入の頭上を捉え、両手を翳す。

 

 

「っ!?」

 

 

大入は横に跳んだ。爆豪の意図を理解したからだ。

爆豪の肘から手の平に掛けてスパークが走り、大爆発が巻き起こった。

 

爆豪の最大火力…の二歩手前。反動が来ないギリギリの許容範囲での火力。それを真下に目掛けて打ち込んできたのだ。

震源地から逃げだした大入は、未だに危険域。「地面」と言う名の「不動の壁」に爆風は衝突し、全方位へ拡散する。轟風が辺り一面をも飲み込み、大入が吹き飛んだ。

 

 

「全方位死角無しみてぇだが、遠距離なら不完全だなァ…。

だったらそこから切り崩す!!」

 

 

上空に滞空していた爆豪が地面を這う大入を見つけた。さながら野鼠を狩る隼を彷彿させる。

爆豪は大入へと一直線に直滑降。爆速ターボの加速力の乗った流星が一条、地面に落ちる。

 

 

「…ッぶねっ!?」

「これも躱しやがんのか…」

 

 

高速で突撃する爆豪が突き出した右腕。大入は針の穴を通す様な精密さで手の平を蹴り弾く。爆破が逸れ、地面を穿ち、瓦礫と大入をまとめて爆風が吹き飛ばす。

爆豪は冷静に大入を見る。先程の強襲も有効打であっても、決定打にはならないと予想は出来ていた。

 

 

「じゃあ、次だ」

 

 

だからすぐに次の手を打つ。

 

 

(っ!?この動きっ!?)

 

 

爆豪は手首を、準備運動でもするかのようにグルグルと回し始める。

両手から小規模の爆破が連続して発生して爆豪の体が浮く、緩やかに回転を始めた。

 

大入が咄嗟に距離を取る。連続のバックステップで攻撃を待ち構える。

 

爆豪の手の平の爆破の速度と規模が増加していく。一足飛びに速度と回転数が上がる。そして動き出した。

「ネズミ花火」…真っ先にイメージされたのがそれだった。人間サイズのそれは、決して可愛らしい物では無い。燃え盛る紅蓮の大車輪、それが大入を薙ぎ払う様に動き出す。

 

 

「(軌道が読めないっ!)…ちっ!?」

 

『炎の輪が迫るっ!?しかし、それを大入、右へ左へ躱していくっ!!まるでサーカスみてえだな!?』

 

 

イビツに形を歪める火炎攻撃。度ごとに爆破する手首の角度を操作する。縦回転、横回転を無軌道に繰り返し、ランダムの動きで大入の先読み…爆豪の手の向きからの軌道予測を崩す。

大入は距離を離して回避に専念。カウンターを叩き込めずにいた。

 

 

「ったく!次から次へと嫌らしい攻撃してくるなっ!」

「るせえっ!勝手に避けンじゃねえよ!」

「無茶言う…なっとっ!!」

 

 

爆豪が回転したまま、爆破だけを止める。慣性に従うままに体を捻りながら両手を揃えて重ね合わせる。

それを思いっ切り振り抜く。

地面を這う様に侵攻する炎の津波。轟がやって見せた拘束技を爆豪流にアレンジして見せた。

大入はタイミングを読んで、その波を跳び越える。しかし、それは悪手だった。

 

 

「ようやく派手に跳んだなァ!?」

「…っ!?しまっ!?」

 

 

大入は体を丸くし、空中で防御姿勢を取る。そして攻撃が来た。

 

 

「あ゛づっ!?」

 

 

火の玉の散弾銃。爆豪が両手で籠を編むように指を絡めて重ね合わせる。

指で織りなした網目を爆破が通過して、爆破が分散、散弾となって大入の体を焼き叩いた。そのまま、吹き飛び地面を転がった。

 

 

「獲ったァ!!」

 

 

大入が両手を地面に手をついて起き上がる瞬間、爆豪は既に大入目掛けて一直線に加速していた。大入は四つん這いのままに爆豪を睨む姿勢、満足な回避も精密なカウンターも出来ない体勢、完璧なタイミングだった。

 

 

──ゴッ!!

 

 

「があっ!?」

 

 

突如聞こえた風切り音。爆豪の脳に危険信号が流れた。完全に誘い込まれた。

煙の中から拳程の石が飛び出す。それがドンピシャリと爆豪の顔面に激突する。予想だにしない一撃に、思わず爆豪が怯んだ。

大入は直ぐさま跳びあがり、無防備を曝した爆豪の肩と股下を担ぎ上げる様にガッチリとホールド、そのまま投げた。

 

 

「ふぐっ!?」

「つ か ま え た !」

 

 

柔道に見られる大技「肩車」。それを受け地面に仰向けに倒れる爆豪。大入が馬乗りになりマウントポジションを取る。

そしてそのまま両手をアームロックした。

 

 

「テメエ…最初っから騙してやがッたのか!?」

大会全部(・・・・)を使った一撃だ!光栄に思えよっ!!」

 

 

大入の最後の不意打ち〈突風銃(トップガン)背度撃ち(ハイドショット)〉。爆豪は完全に反応が遅れた。

元々大入の「武器が無い」発言は虚言(ブラフ)だと見抜いていた。武器を隠し持っている可能性は最後の最後まで捨ててはいなかったし、最悪再び拾い集め直される事まで想定していた。

だからこそ爆豪は、大入の体勢を完全に崩しきったこのタイミングで切り込んだのだ。

 

 

それでも爆豪は回避しそびれた、それは何故か?

 

 

簡単な話だ。大入が予備動作無し(ノーモーション)で必殺技を撃ったからだ。

 

 

本大会で大入はあることをしていた。「指を鳴らす」「手を叩く」…このどちらかを必ず“個性”使用前に行っていた。

 

「全くもって必要ない動作にも関わらず」だ。

 

大入のクラスメイトは遊びやパフォーマンスの一環と認識していたが、それは大きな間違いだ。

大入の狙いは「“個性”の発動条件にハンドアクションが必要である」と誤認させる事だった。元よりB組なんぞ眼中に無い、対A組用の一回限りの暗器。それを決勝戦の土壇場でとうとう抜いた。

 

 

「馬鹿にしてんじゃねェぞ!?こんなんスグに…」

 

 

両手のアームロック、大入は選択を誤った。こんな物、爆豪からすれば「どうぞ、手を爆破して下さい」とお願いされて死んでいるようなものだ。

「だったらお望み通りにしてやるよ」と言わんばかりに爆豪は手の平を高火力で爆破した。

 

 

──パチっ!

 

 

「……は?」

 

 

イヤにちゃっちい音の爆発がした。何が起きたのか分からない。爆豪は混乱した。

 

何故、大入は悪辣な笑み(・・・・・)をしているのか?

 

 

「…あ」

 

 

アッサリと声が漏れた。

 

 

「…ああっ!」

 

 

爆豪は理解した。大入の狙いに気付いてしまった。

 

 

「あああぁぁぁぁっ!!?」

 

 

爆豪は自分の手の平を見て、叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始から12分が経過した…。

 

 

 

『オイ…』

 

 

実況席のプレゼントマイクが声を漏らす。

 

 

『オイどうなってんだよこれええええええっ!!?』

 

 

「ぬがああぁぁぁっ!放しやがれっ!クソ大福がああぁっ!!?」

「白旗をっ!上げてくれたら喜んでっ!!」

「寝言は寝て死ねっ!クソ野郎がっ!?」

 

 

プレゼントマイクの悲鳴が上がる。

爆豪の怒号と罵声が迸り、大入が顔からダラダラと脂汗を滲ませながら軽口を叩く。

そして大入と爆豪の二人が繋がった両の手の平から、パチパチと爆発音が鳴り響き、ブスブスと黒い煙、肉の焼ける臭いが漂っていた。

 

 

『大した忍耐力だな。かれこれ七分もあの状態をキープしてやがる…』

『こんな耐久戦なんて聞いたことネェゾ!?』

『大入は確実に勝つための鍵を拾い集めているだけだ…全力でな』

 

 

相沢は冷静に眼下の一見地味で、しかしとんでもなく熾烈な戦いを評価していた。

 

 

(もっとも、そのやり方は狂人の域だがな…)

 

 

最後の一言だけはそっと飲み込んだ。

 

大入のやっている事は「この期に及んで武器集め」である。狙いは目の前の爆豪だ。

 

そう、大入は「爆豪の手汗」を格納している。

 

騎馬戦で大入が峰田相手にやって見せた粘着球や、轟戦の大氷塊と同じ「“個性”を奪い取る戦い方」だ。爆豪の手汗がニトログリセリンに類似した化学成分である以上、それは大入の格納対象だ。爆豪はせめてもの抵抗として、格納されるより早く爆発を繰り返し、奪われる汗を減らし、大入の格納機能を破壊するために手の平にダメージを蓄積させ続けている。

 

 

相手の“個性”を利用するカウンターアタック。実は相棒の物間の模倣だったりする。

ボーラなどの縄仕事(ロープアクション)は泡瀬の模倣。

格闘技術は近接型のクラスメイトの模倣。

遠距離攻撃と防戦の立ち回りは回原先生や塩崎の模倣。

武器開発は発目の模倣。

 

 

大入は弱い。だからこそ武装する。

肉体で、武器で、技術で、知識で、戦術で、自分が手に入れられる強さを持てる限り拾い集めて、その身に纏う。

 

 

──『貪欲』

 

 

大入が絶対に認めない彼の強みは、その一言に尽きた。

何処までも醜く、泥臭くて、節操が無い。そして、その瞬間の彼は他の誰よりも高慢で傲慢だ。

だからこそ、ここまで這い上がってくるのだ。

 

 

「らあっ!!」

「ぐあっ!?」

 

 

ダメージの蓄積で大入の握力が限界を迎え、僅かに緩む。爆豪は拘束を逃れて、大入を殴り飛ばす。

爆豪が跳ね起きると大入に跳びかかり、マウントポジションを奪い返す。

 

次の瞬間、二人を〈揺らぎ〉が遮り、爆発した。

 

 

「があっ!?」

 

 

盛大に吹き飛ぶ爆豪。起き上がり、敵対者を見て、軽く舌打ちをした。

最悪の結果になった。

 

 

「随分と待たせたな…。やっとお前を倒すだけの武器が揃った」

 

 

堂々と待ち構える大入。右手に〈揺らぎ〉を出現させるとそれが小さく爆発して火を灯した。

格納した爆豪の「汗」を今度は大入が利用して武器にしたのだ。

 

 

「上等だよクソ野郎がぁぁっ!!」

 

 

爆豪はその場から駆け出し、一気に肉迫した。

幾ら爆豪の“個性”を盗もうが所詮は人真似。爆豪に分があると考えた。

 

 

「だぁりゃあ!」

「おらぁぁ!!」

 

 

爆豪の手の平が爆発し、大入の右腕を直撃する。同時に大入の〈揺らぎ〉を纏った足が爆豪に叩き込まれて爆発した。爆豪が蹌踉けた。

 

 

「らぁっ!」

「クソがぁっ!!」

 

 

大入の〈揺らぎ〉を纏ったエルボーを振り抜く。爆豪は正面から迎撃するように爆破を叩き込む。

 

 

「ああああああっ!!」

「があああああっ!!」

 

 

活火激発。互いが互いを打ち倒そうと拳と蹴りと爆発のラッシュを打ち合う。

爆破の余熱で気温が上昇し、爆豪の発汗量が更に加速する。攻撃が激しくなる。

火炎が空気を燃焼し、酸素量が減衰、二酸化炭素が排出されていく。呼吸が苦しくなる。

それでも止まらない。二人を中心に焼夷弾でも爆発したかのように深紅の業火が咲き乱れる。

 

 

『激しい爆発っ!!鳴り止まない轟音が空を叩くっ!!互いに一歩も退かねえ!?爆豪強気に攻めていくっ!!』

『いや、爆豪のミスだ…』

『はぁ!?』

 

「ぐっ!ぐうぅぅぅぅっ゛!!!」

「どうしたっ!回転率落てんぞっ!もっと気張れよっ!!」

 

『爆豪押されてるっ!?』

 

 

熾烈な打ち合い。ジリジリと爆豪が後ろに下がる。

 

爆豪はそもそもの前提を間違えた。優位性は大入にあるのだ。

爆豪の“個性”は手の平の汗腺から吹き出た爆薬による物。つまり、「手からしか撃てない」。

大入の“個性”は取り込んだ物質を自在に放出する物。つまり、「〈揺らぎ〉を纏えば何処からでも撃てる」。大入ならば、拳も、蹴りも、肘打ちも、膝蹴りも、果てには頭突きさえ、爆撃に変貌する。

 

爆豪の他の追随を許さない反射神経と運動能力に、大入は多岐に渡り研鑽を重ねた技術で追随していた。それに爆撃が上乗せされたのだ。当然のように大入が打ち勝つ。

 

 

「チッ!」

「何退いてんだよ」

 

 

堪らずに爆豪が距離を取る。しかし、今さら大入がそれを許すわけが無い。

突如、大入の背後が爆発。爆風に乗り、大入が走り出す。弾丸と化した拳が爆豪に突き刺さり、〈揺らぎの爆破〉が体を焼いた。

 

 

「一位になるんだろ?頑張れよっ!」

「があっ!?」

 

 

今度は爆豪の背後が爆発する。爆熱が爆豪の背を焼いた。更には前方に押し出された爆豪の腹に大入の跳び膝蹴りが突き刺さる。爆豪の体が、くの字に折れ曲がった。

 

大入の〈揺らぎ〉は複数の同時展開と、射程5mまでの任意展開が出来る。

つまり、大入は「打撃による爆撃」「爆速による移動」「死角からの爆破射撃」を完璧に同時に制御出来るのだ。

 

 

擬似的な“爆破の完全上位互換”。それこそが現在の大入の姿だった。

 

 

一度傾いた優勢は加速的に状況を変化させる。

格闘戦で競り勝ち。機動戦で競り勝ち。射撃戦で競り勝つ。

防戦一方の爆豪が限界を迎えた。

 

 

「でりゃぁ!!」

「あ゛あっ!!?」

 

 

爆発を纏ったローキックが爆豪の膝を叩く。限界を迎え爆豪は体勢を大きく崩した。

 

 

「決めるっ!!」

「っ!?」

 

 

大入は好機を見つけ、一気に勝負に出た。

両手足に〈揺らぎ〉を纏うと、それが渦を巻く、更に小爆発が乗った。

大入が身に纏う「爆炎の竜巻」。それが爆豪を刈り取る。

 

 

「 爆 !!!」

 

 

一撃目。爆速の足払いが炎を纏って両足を狩る。爆豪が宙に浮いた。

 

 

「 龍 !!!」

 

 

二擊目。爆撃の拳打が爆豪の鳩尾を貫く。重い一撃に体が弛緩した。

 

 

「 三 連 擊 !!!」

 

 

三擊目。爆弾のハイキックが爆豪の頭を蹴り飛ばす。無防備を曝した爆豪の意識を刈り取る。

 

 

『爆豪吹っ飛んだぁぁぁ!!ダぁぁウン!?』

 

 

弧を描き飛んでいく爆豪。その勢いはステージ場外の白線を越えた。後は地に体が触れれば場外判定、大入の優勝、B組の悲願が叶う。

その一瞬が妙にゆっくりに感じた。

 

 

(体が痛え…)

 

 

爆豪の意識が朦朧とする。全身を爆撃が打ちのめし、これっぽっちも力が入らない。

 

 

(…待て、駄目だ。…まだ終われねえ)

 

 

爆豪が虚空に手を伸ばす。力無いまま、足掻き続ける。しかし、終演のカウントダウンは刻一刻と迫る。

 

 

(まだ……)

 

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

──「かっちゃん!!負けるな!頑張れ!!!」

 

 

 

 

「っ!!ああ嗚呼アアぁぁああァァっ!!!」

 

 

『爆豪復活!?ギリギリのところで息を吹き返したっ!!持ち前の爆発で場外送りを回避っ!!』

 

 

聞こえるはずの無い声援。それが爆豪の意識を繋ぎ止めた。

覚醒した爆豪は地面に向けて爆破。推進力で一気に空高くへと飛翔する。

 

爆豪のガッツに観客から万雷の歓声が起こる。会場は完全に爆豪の味方になった。

 

 

(そうだ、何腑抜けてんだ俺っ!?まだだ!まだ終わっちゃいねえ!終われねえっ!!)

 

 

──ここで一番になる!

 

 

(自分が掲げた目標じゃねえか!?何投げ出してんだよ!!)

 

 

爆豪は連続爆破で天高く上昇していく。そして大入に狙い定めて急降下を開始した。

 

 

(クソデクにまで言われるなんて焼きが回ったなっ!!んなもん分かってんだよ!!

俺が目指したのは完膚なきまでの1位だ!!)

 

 

爆豪の手の平が連続爆破を積み重ね、右へ左へとバレルロールを繰り返し、加速する。轟々と螺旋を描き、爆豪が回転する。自身の体を己が持てる最高速度の砲弾に変貌させた。

 

 

(絶対に負けらんねえっ!!!)

 

 

大入福朗は目の前だ。

 

 

 

 

 

 

(これが主人公補正って奴か?本当に強い…嫌んなるわ)

 

 

大入はげんなりとした。完全に勝利を確信した直後にこれだ。

大入のトドメは爆豪を完全に沈黙させたと確信するに足る手応えだった。それなのに爆豪は息を吹き返した。

彼が強いことを知りつつも、まだ甘かった…と言うことか…。

 

 

(気張れよ俺…アレが最後だ…)

 

 

そう自分を叱咤して、大入は「口の中の血」を飲み込んだ。

 

既に大入も限界なのだ。

不慣れな爆破による攻撃は、僅かに生じた反動が全身にダメージを蓄積させていた。正直なところ、疲れ切った体にこれは辛い。

おまけに爆破によるエネルギーが〈揺らぎ〉の制御を狂わせ、イタズラに“個性(ポケット)”のフィードバックを加速させた。大入の“個性”自体も限界を迎えていた。

 

爆豪に注目が集まり、その大入の様子を見た者は誰も居なかった。

 

 

(残るは一発…)

 

 

これで最後になる。大入はそれを確信していた。爆豪のあの技が決定打になる破壊力を持つと知るからだ。

 

 

(だから、全力で迎撃するっ…!!)

 

 

大入は左手を翳すように前に突き出す。脇を締め、右拳を引き、正拳突きの構えをとった。

 

 

(この勝負、勝つっ!皆のためにもっ!!)

 

 

そして大入の目の前に〈揺らぎ〉が生まれる。一列に重ね合わせるように3枚発生したそれを収束、手の平程の小さな円盤状になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉!轟爆焼却砲っ!!」

 

 

二人の距離がグングンと縮まる。そして最後の一撃が放たれる。

 

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト) !!!」

 

紅蓮火音(グレンカノン) !!!」

 

 

爆豪が大入を捉え、最後の爆破を叩き付けた。

大入が〈揺らぎ〉を穿ち、全てを呑み込む爆炎が放たれる。

 

二つの大輪の業火が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

ステージが亀裂を走らせて大崩壊した。何せ麗日の流星群を打ち破った最大火力…それが二つだ。耐えられるわけがない。

 

会場に黒煙と熱風が吹き荒れる。余りの迫力に観客が悲鳴を上げた。

 

すぐに誰かが黒煙を突き抜けて、空へと飛んでいった。誰かは緩やかで広大なアーチを描いて飛んでいく。ステージを遥かに越えて観客席にまで届いた誰かは、偶然近くに居たヒーローが慌てて受け止めた。

 

 

「っぁ……!!」

 

 

落下の衝撃が誰かは意識を覚醒させた。誰かは慌てて起き上がると、先程まで自らが立っていた場所…ステージを凝視する。

 

 

「あ……あいつは………?」

 

 

赤い瞳が揺れた。誰か…爆豪は自分の根幹がグラグラと揺れるのを感じた。

自分が居る場所…それは観客席、つまりは場外だ。

場外判定…自分の敗北。その事実がどっしりと腹の中に沈んでくる。

 

 

「俺は…負けたのか……?」

 

 

黒煙が晴れる。ステージに立つ憎き相手…大入福朗が顔を出す。

 

 

「………は?」

 

 

大入福朗は倒れていた。四肢を投げ出し、空を仰ぐ。

そして上半身が「白線」を跨いでいた。

 

 

『ああっとぉぉっ!!これはぁぁぁっ!!』

『両者…場外っ…!』

 

 

前代未聞の結末、「両者場外判定」。しかし、ルール上で采配が決まっている。

 

 

『けど、この場合って…』

 

 

場外判定の場合、「先に地面に触れた方の負け」と決まっている。

 

つまりは……。

 

 

『両者場外っ!!…しかし、先に場外に出たのは大入くん!!』

 

 

滞空時間の問題だ。爆豪が空中に吹き飛ばされた浮遊時間。それこそが勝因をもたらした。

 

 

『よって!勝者っ!!爆豪くん!!』

 

 

観客から割れんばかりの拍手喝采が送られる。

大入福朗(きょうてき)を見事に打ち倒し、勝利を掴み取った勝者(ヒーロー)

その賞賛が呆然と佇む少年に向けられた。

 

 

(…勝った?…俺が?)

 

 

確かに爆豪は勝者だ。「判定の上」ではの話だが…。

最後の打ち合い、盛大に吹き飛ばされ場外に叩き出されて置きながら、勝利を与えられた。

最後に運が味方をした。

 

 

「………るか…」

 

 

そう思えば良いのに…。

 

 

「こんな結末っ!!納得できるかっ!?」

 

 

爆豪は認めることは出来なかった。

当然だ、両者場外とは言いながら二人には大きな差があった。

大入は白線をギリギリ越えてしまっただけの距離だ。あの爆発の奔流を考えれば、誤差レベルと言ってもおかしくない状態だ。

一方で爆豪は観客席にまで叩き出されている。文句の付けようが無い完全場外だった。

これだけ明確な差を示されていながら、勝者と認められる。端から見れば『五十歩百歩』な話だが、爆豪には我慢ならなかった。

 

 

爆豪は観客席から飛び降り、爆発を使いステージに戻る。

 

 

「こんな勝ち方納得できるか!俺が狙ってんのは完膚無きまでの1位なんだよ!!」

 

 

爆豪は地面に横たわる大入の胸倉を掴み上げ、無理矢理起こす。

 

 

「立てよっ!!立って今度こそ…」

 

 

 

 

 

「…ゲホッ!」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

突如爆豪の頬に生暖かい雫が当たる。そして鼻腔に感じる鉄の匂い…血の匂いだった。

 

 

「ゲホッゲホッ!」

 

 

血反吐を吐き、口から赤い雫を流す大入。瞳は虚ろで焦点も合ってなかった。

爆豪の腕を振り払おうと触れた右掌は、血に濡れていた。

 

 

(っ!なんだっ、これっ!?)

 

 

爆豪の本能が警鐘を打ち鳴らす。

爆豪は僅かに恐怖した。大入のその生気の無い瞳に、力の無い腕に、そんな状態でも動く執念に。

 

 

『二人とも止めなさいっ!』

 

「っ!?」

 

 

突如「花の香り」がした。興奮しきった肉体が急速に冷まされ、強い眠気に誘われた。

爆豪は全身に力が入らなくなり、そのまま膝を着いて、深い眠りに落ちた。

つられるように大入も膝を折り、意識を彼方へと手放した。

 

 

雄英体育祭、決勝戦…。

 

 

その戦いは爆豪の勝利を持って、幕を閉じた。

 

 



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67:祭りの後

『雄英体育祭』

 

雄英高校が誇る最大規模の祭り。

廃れてしまったオリンピックに台頭したスポーツの祭典。

各々が持てる全てを出し切り、競い合い、シノギを削り合った。

長かった一日も終わりを迎え、感動のフィナーレが始まった。

 

 

『それではこれより!!表彰式に移ります!』

 

 

大役を見事にやり通した主審ミッドナイトの高らかな音頭に合わせて、大量のスモークが焚かれ、地面から表彰台が迫り上がる。

 

 

「うわぁ…」

 

 

本大会に参加した選手・観客・運営の多くからそんな声が漏れる。吐露した感情のままに一同が表彰台を見つめる。

 

三位入賞『轟焦凍』。

激戦の最中、自分の柵みと向き合い、新しい可能性を見つけた。これからのことに思いを馳せ、我此処に在らずと虚空を眺める。

 

二位入賞『大入福朗』。

度重なる激戦、全身に受けた傷、流石に5回目の完全治癒を敢行することは叶わず、最低限の施術の後に全身に隈無く包帯を巻いた木乃伊(ミイラ)と化している。リカバリーガールからはベッドで休む事を勧められたが、本人たっての希望でこの場にいる。多少ふらついているが、しっかりとその二本の足で自立していた。

 

優勝者『爆豪勝己』。

彼は荒れていた。決勝戦で満足できる結果を出す事が出来なかった。

それもその筈だ。

自分のコンディションは最高潮。大した怪我も疲労も無く体が温まり、十全のパフォーマンスを発揮できる状態だった。

一方大入のコンディションは最悪。爆豪との戦い迄に4回の治癒で体力を失い、轟の激戦で武器を全部消耗した状態だった。

そんなハンデを与えられながら勝負は辛勝、しかも判定勝ちだ。こんな勝ち方、当初予定していた完膚無き迄の一位には遠くかけ離れている。

 

その結果に納得のいかない爆豪が授賞式から逃走しようとした所、こうして鎖で繋がれ猿轡を嵌められ、もれなく手の平は移動式牢獄(メイデン)と同じ技術を利用した手錠で“個性”まで封じられている。

荒々しく猛るその姿は、気性の荒い猛獣と化していた。先程まで一体となって彼の応援をしていた観客一同まで引いている。

 

ケダモノとミイラの立つカオスな表彰台。一周回って一緒に立たされる轟の罰ゲームみたいになっていた。

 

 

『メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはこの人!!』

 

 

彼女の呼びかけに応えるように会場全体に高らかな笑い声が響き渡る。

その声を聞き、観客が喜色に染まる。

 

彼だ!我らが最高のヒーローだ!!

 

 

 

 

「私が……!メダルを持っ『我らがヒーロー!オールマイトォ!!!』

 

 

 

 

見事に被る。何ともしまらない。

オールマイトがミッドナイトを一瞥すると、手を合わせて謝っている。

グダグダ因子の仕業だ。

 

 

 

気を取り直して授与式を進行する。

 

 

 

オールマイトが銅メダルを受け取ると三位の轟へと向かう。

 

 

「轟少年おめでとう」

 

 

轟はそれを静かに受け取る。するとオールマイトは続けて言葉を投げかけた。

 

 

「準決勝…最後の瞬間、左側を収めてしまったのにはワケがあるのかな」

 

 

すると轟はチラリと右を見た。そこには暴れ藻掻く爆豪の先に、大入木乃伊が佇んでいた。

 

 

「この大会でキッカケをもらって…今までの自分に自信が持てなくなってしまいました。自分のしてきたことが正しかったのか…それとも間違っていたのか…」

 

 

轟は少しづつ、言葉を選ぶように紡いでいく。

 

 

「勝負の最後…大入から言葉を貰ったんです…」

「ほぅ、なんて?」

「「『優しさ』を忘れるな…。『大切な物』を思い出せ…。……そうすれば君は戻って来れるから…。」

だそうです…」

「それは…」

 

 

オールマイトは驚いた。轟…彼の事をよく知らない筈なのに、大入は轟が必要になるであろう事の一端を掴み取っていた。

不思議な少年だと思った。

 

 

「俺…向き合って見ようと思います。今まで見てなかったモノ、自分がしたいコト…。

全てを清算出来たなら、きっと何かが変わるから…」

「………顔が以前と全然違う。

深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

 

 

そう言葉を締めて、オールマイトは轟を抱きしめた。

 

 

 

次に銀メダルを受け取ると二位の大入へと向かった。

 

 

「お疲れ様!大入少年!惜しかったね…」

「オールマイト…選手宣誓守れませんでした。最後の最後で、『勝利の女神』にフラれてしまいました…残念です」

「HAHAHA!随分とロマンチックな台詞を言うじゃあないか!」

 

 

少し、元気の無い声で大入は応える。

死に体のミイラに見える彼も、軽口を叩く位には元気そうだ。

大入の首にメダルを提げると、オールマイトは少し逡巡し、口を開いた。

 

 

「…大入少年、君はどうしてボロボロに(そう)なるまで戦うんだい?」

 

 

一瞬大入の瞳が揺れた。しかし、直ぐに平静を取り戻し、答える。

 

 

「求める物のために戦ってるんですよ。

それでボロボロになるのは、単に実力が伴っていない証拠です。嫌な手(・・・)使った(・・・)のに届かなかった…俺は弱いですね」

「違うんだよな~そうじゃないんだよな~」

 

 

そう困ったように頬を掻く。オールマイトが求めるのは、更にその先の答えだ。

身を滅ぼしかねない「妄執」。彼が選んだ緑谷を思い出す。

 

 

「君の知恵も力も心もお見事だった…。間違いなく君は強いよ!胸を張りたまえっ!」

「……」

 

 

そう言うと大入の頭を優しく撫でた。ハグは体に障ると思ったからだ。

時間も押している。

オールマイトは最後のメダルを受け取りに壇上から降りた。

 

 

「……それだけじゃあ意味が無いじゃないか…」

 

 

大入の一言は誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

最後の金メダルを携え、オールマイトは眼前で睨みつける少年、爆豪と向き合っていた。

対峙する猛獣爆豪は口を封じられていて、何を言っているかは分からない。しかし、この結末に納得していないことだけは明確だった。

 

 

「さて、爆豪少年!!っと、こりゃあんまりだ…今外してあげるからな…っと。

伏線回収見事だったな!」

 

 

そう笑いながらオールマイトは爆豪の猿轡を外す。

黙らされていた爆豪は直ぐさま抗議の声を上げる。三日月型の三百眼は目くじらが爆発的に吊り上がり、牙を剥き出しにして唸り声を出す。

 

 

「オールマイトォ、こんな1番…なんの価値もねぇんだよ…。

世間が認めても俺が認めなきゃゴミなんだよ!!」

 

(顔すげえ…)

 

 

余りの爆豪の剣幕にオールマイトが軽くビビる。そんな様子をおくびにも出さずに、言葉を紡いだ。

 

 

「うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない。

それでもだ!受け取っとけよ!“傷”として!忘れぬよう!」

 

「要らねっつってんだろが!!」

 

 

そう言葉を贈りメダルを渡すために歩み寄る。

爆豪は体を仰け反らせ、抵抗する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったら金メダル(それ)、俺にちょーだい?」

 

 

会場全体に澄み渡る声、一石を投じる言葉、ピシリと空気が凍りついた。

爆豪・轟がポカンと呆けて、オールマイトとミッドナイトの笑顔が引き攣る。

 

大入福朗の暴挙(テロ)だ。

 

 

「金メダル要らないんだろう?だったら俺にくれ。

俺は体の半分しか場外に出てないから、「半分は俺の勝ち」だろう?

だったら、俺が貰っても問題ないはずだ」

「んなワケあるかっ!!テメェ頭沸いてんのか!?」

 

 

大入の暴論に爆豪から脊髄反射レベルの反発の声が上がる。

 

 

「世間が認めてもお前は認めないんだろ?

それ則ち認めるわけだ!「爆豪勝己は敗北し、大入福朗こそ真なる勝者」であるとな!」

「テメェ…巫山戯た事、抜かしてんじゃネェぞ…もう一片殺すぞオラァ!」

「ちょ!?大入少年!?」

「ハッ!威勢が良いなッ!…なんなら今から「仕切り直す」か?その枷、俺の“個性”で格納(解放)してやろうか?」

「上等ダァ!」

「え!?」

「よく言ったァ!ルールは無制限(バーリトゥード)!最後に立ってた奴が勝者だ!」

「上等ダァ!!」

「えぇ!?」

「メダルは勝者の総取りっ!金銀銅までもれなくだっ!!」

「上等ダァ!!!」

「えぇっ!?」

「まあ嘘だけどなっ!」

「はぁぁぁぁっ!!?」

 

 

大入の狂言に見事に引っかかる爆豪。鮮やかにヘイトを掻っ攫い、コントロールに掛かる。

 

 

「あのなぁ…これ見ろ。見事なミイラボディよ?どうせこんな俺をぶっ殺したって、お前は満足する気無いだろ?」

「ぅ…」

「でも「仕切り直し」は本当だ!!互いに万全の状態で白黒ハッキリさせようじゃねぇか!!

いいかっ!その金メダルは俺にとっての「理由」だ!俺が!お前に!「再挑戦」するためのだ!それが金メダルに付けてやる「価値」だ!!

それでも要らないってんなら「俺からしっぽ巻いて逃げた」って事になるからな!!」

 

 

爆豪から青筋が浮き立つ。今にも爆発しそうな勢いだ。オールマイトが冷や汗をダラダラ流す中、爆豪が口を開いた。

 

 

「…は?…俺が?…逃げる?…テメエから?…」

「ば、爆豪少年?」

 

「 大 概 に し ろ よ テ メ エ !!!」

 

「……」

「テメエ見てぇな雑魚相手に逃げる?んなわけねえだろうが!!

いいぜ!殺ってやる!今度こそ完膚無き迄にぶっ飛ばしてやる!!

オイっ!オールマイトォ!メダルをよこせっ!!」

「おっ…おうっ!……ごほん!オーケー!青春してるなぁ!」

 

 

大入の露骨な挑発に爆豪が乗せられる。オールマイトが爆豪にメダルを渡そうとすると、爆豪はメダルの首紐に噛み付き、強引に奪い取った。

それを見てオールマイトは困ったように苦笑した。横の大入がコッソリと安堵の息を漏らしたのを見て、目論見を理解した。

 

 

「さァ!!今回は彼らだった!!しかし、皆さん!

この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!

競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!!

次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 

オールマイトが高らかに声を張り上げる。全力を尽くして挑んだ選手を讃え、惜しみない賞讃の言葉を贈る。

 

 

「てな感じで最後に一言!!」

 

 

好敵手と書いて“とも”と読む。

 

 

 

 

「皆さん、ご唱和下さい!!

せーの……」

 

 

 

 

「「「「プルス

「 お つ か れ さ ま で し た !!!」

       ウルトラ…え?」」」」」

 

 

 

 

歯の浮くようなこそばゆい言葉。

それを実感した日となった。

 

 

_______________

 

 

「お前達、今日はお疲れ様!

各自、この大会で可能性や課題を見つけられただろう…。この経験を糧にして、更に自分を磨くように努力してくれ。

だが、まずは疲れた体をシッカリ癒やすことからだっ!…特に大入!お前だからな!」

 

「…名指し止めてくれませんか?」

 

 

帰りのホームルーム。担任のブラドキング先生からの労いの言葉を貰った。

俺にだけ棘があるのは気のせいですかねぇ…。

 

 

「明日と明後日の二日間は休日となる。その後からは、今まで以上に頑張らないとな。

プロヒーローからの指名は休み明けに集計結果を発表する事になる…。

それでは解散っ!」

 

「起立っ!礼っ!」

 

 

一佳の号令でクラスの皆が一糸乱れぬ動きで別れの挨拶をする。

担任が退室すると一同帰り支度を整え始める。

 

 

「…さて」

 

 

俺は机の中から、黒張りされ、綴り紐で束ねられた冊子を一つ取り出す。それの表紙には「学級日誌」と書かれていた。

たまたま日直当番になった俺はさっさと帰るためにペンを走らせる。

しかし、上手く行かない。全身隈無く怪我だらけのミイラな俺の指先にも、包帯がグルリと巻かれていた。指先の感覚が鈍り、字が歪む。

 

 

「くっ…書きにくい…」

「いや、そんな手で頑張るなよ」

 

 

日誌に悪戦苦闘していると、隣から一佳が声を掛けてくる。

 

 

「ほら、それ貸しな」

「あっ、ちょ…」

 

 

一佳が俺から日誌を奪い取るとサラサラと今日の内容を記していく。

それ、俺の仕事なのですが…。

 

 

「今のアンタに任せたら何時までも帰れないだろ。だから、手伝う」

「ごめん…ありがとう…」

「…ん」

 

 

何故かは分からないが一佳が機嫌の良さそうな顔をした。まぁ折角のご厚意だ、甘えよう…。

 

 

 

 

 

 

 

「それどころじゃ無いんだよ!ふたり共!?」

「ぅぉっ!!?」

 

 

視界にいきなり取蔭さんがドアップで割り込んでくる。思わずビックリして仰け反った。

 

 

「なにさ取蔭さん!?」

 

「ナニもカニも無いんだよ!さァ!チャキチャキ吐いて貰おうかっ!」

「ん!」

「That right!」

 

「囲まれてるっ!?」

 

 

突如現れた小大さんと角取さんまで合わさった包囲網。前方左右を封じられ、オマケに背後は壁。逃げ場が無かった。

 

 

「吐く…って何を?血反吐なら散々吐いたよ。それも二回」

 

「シラカバくれないでクダサイ!大入サン!」

「…ん?」

 

「惜しいっ!…「しらばっくれる」な。知らないフリをする事。「白を切る」でも同じ意味」

「…アレ?」

「はは…まだ難しい言葉は苦手かい?」

「う~ハズカシイデス…」

「大丈夫だよ。皆で教えるからさ、ドンドン使って馴れよう」

「ん!」

「ハイ!アリガトゥございマス!」

 

「誤魔化しちゃ駄目なんだよ大入っち!教えて貰うし、準決勝前の秘密をっ!!」

 

 

思わず目玉と心臓が飛び出るかと思った。取蔭さんが食いつきそうな内容と言えばアレしかない。

 

 

「…何の事かな?」

 

 

平静を粧って、何食わぬ顔で聞き返す。アレは取蔭さんにバレたらヤバイ。

 

 

「ほ~?そう言う態度取るんだ?

でも残念!ナニかがあったのは確か!それは一佳っちがボロを出したよ!」

 

 

反射的に一佳に視線を投げかけた。

流れるように逸らされた。

オイ、お前…。

 

 

「答えて大入っち?何で一佳っちに大入っちの匂いが付いてたの?ナニがあったし?」

 

 

確定した、準決勝前の一佳のハグの事だ。それにしても凄いな取蔭さん。匂いだけでそんなことが分かるのか…油断ならん。

 

…さて、どうしようか?

 

“個性”は使えない。逃げる体力は無い。そもそも一佳に学級日誌(人質)を取られている。冷静に考えたら一佳が俺を逃がさない為に施した策だったのか。

 

かつて無いピンチ!誰か助けて!

 

 

 

 

「わ~た~し~が~っ……」

 

 

「ん?」

 

 

「B組に来たぁぁぁ!!!」

 

「「「「「オールマイトっ!!?」」」」」

 

 

いきなり教室の扉がスパンっ!と威勢の良い音を鳴らして開かれる。そこには堂々たる佇まいのオールマイトが居た。

しばし教室を見渡し、目的の相手に声を掛けた。目が合った。

 

 

「あぁ、居た居たっ!大入少年、ちょっといいかな?」

「私ですか?」

「そうさ、お疲れの所悪いが、場所を変えて話がしたい」

「分かりました少々お待ちください」

 

 

ここでまさかの呼び出し、チャンス!この場から逃げられる!

俺は手早く荷物をまとめると教室を後にする。

 

 

「それじゃお先に!皆、休み明けに会おう!アディオス!」

 

「ちょ!大入っち!」

 

「さァ、オールマイト!何処に行きますか?進路指導室ですか?生活指導室?仮眠室に応接室?」

「お…おぅ。では仮眠室に行こうか」

「分かりました!」

 

 

いくら取蔭さんでもNo.1ヒーローは止められない。

ラッキーな俺は上手くもこの場を凌ぐことに成功した。

 

 

 

 

「…行っちゃった」

「ん、残念」

「Yes…」

 

「仕方ない。当初の予定通りに一佳っちに…って、え?」

「んんー!?」

「一佳サンが居まセン!?」

「逃げられたし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出して悪かったね…。友達と談笑してただろ?」

「いえ、タイミングがよかったと言いますか…寧ろ助かったと言いますか…」

「ん?」

「あっ!こっちの話です!」

 

 

そんな他愛ない世間話をしながらオールマイトがお茶を振る舞う。

大きな体躯で小さな茶器を扱う…何というかシュールな光景。お茶汲みするNo.1ヒーローと言うレアな体験をしながらも、今更になって呼び出された理由について考える。

おっ、茶柱…。

 

 

「さて!大入少年も疲れているだろう?手短に済ませよう!」

 

 

改まって話を切り出すオールマイト。

 

 

「…正直意外ですね。何度か授業を見て頂いては居ますが、てっきり先生は「A組」を可愛がっていらっしゃるのかと…」

「うっ………」

 

 

オールマイトの受け持つ授業数は非常に少ない。

 

何せマッスルフォームの活動時間は3時間。ヘドロ事件にヴィラン連合襲撃事件を経て活動時間は更に短くなった。ぶっちゃけ授業を二枠受け持つことさえ厳しい。「急な欠勤による代役」…と言う機会も多かった。

それでいて(愛弟子のために)A組の授業は頑張ってこなしているのを見ると、B組の嫉妬も…まぁ、分からなくも無い。

今だから言うが、そういった「依怙贔屓」もB組の対抗意識を掻き立てた原因では無かろうか?

多分俺がB組に居たからこそ、知る事実だ。

 

 

「“似た個性”の子が居て、つい気に掛けてしまう気持ちは分かりますが、生徒には分け隔てなく接する事をお勧めしますよ?

羨望の眼差しは時に嫉妬になります…」

「あ…あぁ、すまない…。肝に銘じておくよ…」

「冗談ですよ…半分だけ…」

「そ、そうか…ハンブンダケ…」

「えぇ、半分だけ」

 

 

自覚があるのかオールマイトがばつの悪そうな顔をする。画風は違うままだ。

 

 

「話の腰を折ってすみませんでした。それで、私に話とは何ですか?」

「あぁ、表彰台での続きだ!」

「続き…?」

「…大入少年、君の「戦い方」についてだ…」

「戦い方?」

 

 

何だろ?なんか悪い癖でもあったかな?確かに色々な戦法をぶっ付け本番でぶっ込むから粗が目立つのかも知らん。

 

 

「大入少年…君は見境がなさ過ぎだ」

「…は?」

「今思えば…君は戦う度に怪我を負っているな?」

「……それは、自分が弱いから…」

「いや、違うね。君は目的の為なら「何でも捨てる覚悟」を決めてるよね?」

「……」

 

「君の戦いは自損に躊躇いが無いね。

例えば、塩崎少女との戦い。君は右腕が壊れても構わないと思ってただろう?

次に轟少年との戦い。あの全身火傷、本来なら動いていい状態じゃ無いよね?

極めつけは爆豪少年との戦い。手のひらは限界まで焼ききるし、右腕を何度も盾にしただろ?

「自己犠牲」と「捨て身」は違うんだよ大入少年…」

 

「それは…当たり…前…です」

 

「その上、君は自分の立場まで投げ捨てるね。選手宣誓で敵を作り、騎馬戦でクラスから離反し、決勝戦では悪役になりすまして観客すら切り捨てた」

 

「…」

 

「…なぁ、大入少年?君は「自分に存在価値が無い」って本気で考えているタイプだろう?」

「…っ」

「「ヴィラン二世」…そんな自分は嫌われて当然だと。だから「嫌な役割」を買って出るんだ」

 

 

「……そう、かも…知れませんね…」

 

 

オールマイトが沈黙を保った。

多分俺の言葉を待ってるんだろう。

 

 

「…今までの俺に居場所なんて無いと思ってました。

ヴィラン二世…嫌われて当然の存在だって。正直、今だって自分がどうなろうと誰も悲しまないと思ってます。

オマケに私は代替品ですから…」

「…そんなことないぞ」

 

 

あぁ…駄目だ…。感情的になってる。

止めないと…。

 

 

「でも私は『大入福朗』であるために、手を抜く訳にはいかないんです。大入福朗(じぶん)が望んだ物を守らないといけないんです。

けど、痛感しました。大入福朗(じふん)に期待してくれる人が居たんだと、この大会で知りました。私はそれに応えたい…。

…でも、まだまだ未熟です」

 

 

俺は席を立つ。一刻も早くこの場を去りたかった。

 

 

「強くならないと…大入福朗(じふん)の為にも、大入福朗(じふん)を思う人のためにも…。私は弱い…」

 

 

一度深く呼吸をした。体の空気と共に意識を切り替える。

 

 

「失礼しました!ヒヨッコにすらなってない卵が何生意気言ってんだって話ですね!

日々是れ精進、怠る事無かれ!もっと自分の大切なモノを守れるように、強くなるよう頑張ります!」

「……」

 

 

今一度自分に力を入れる。両手を握りしめ、体に活を入れた。

 

 

「さて!いい加減戻らないと、友達も待ちくたびれてしまいます。それではお暇しますね」

 

 

そう言って席を立つ。オールマイトに一礼してドアに手を掛ける。

 

 

「……大入少年!」

 

 

するとオールマイトが俺を呼び止める。振り向くとオールマイトは真剣な顔をしていた。

 

 

「もっと自分を大事にしなさい…!

君だって…誰かを救った分だけ、救われていいんだからな!」

 

「…はぁ、よく分かりませんが…分かりました」

 

「HAHAHA!!そうかっ、分からないかっ!

では宿題だ!今言った言葉を良く考えてみるんだな!」

 

 

 

 

 

 

誰も居ない廊下。何時もよりもゆっくりとした足取りで歩く。

校外の喧噪は遠くからここまで響き、祭りの熱は未だ引いていない。雄英体育祭は終わったものの、観客達がさっきまでの戦いについて熱く語り合う。その中にはプロヒーローが多く見られた。

地方から遠路はるばる足を運んできたプロヒーロー等にとっては、多数のプロが一堂に会する事から、「情報交換の場」として本大会は大変重宝されている。

大会中の目星を付けた生徒の話や、近頃確認された新しい犯行手口、果てにはヒーロー事務所の新規起業に伴う相棒(サイドキック)の引き抜き等、話の内容は実に様々である。

それに目を付けた経営科や屋台組が軽食や飲み物を売り、学校の許可を得て確保したスペースに所狭しとテーブルや椅子を並べて、ちょっとしたビアガーデンと化す。

流石にアルコール飲料は無く、あってもノンアルビール程度だが、祭りの熱に酔い痴れた彼らには酒など不要だ。

祭囃子に誘われて、チラホラと制服姿で屋台へと駆けていくカップルの姿が見えた。……死ねばいいのに。

 

遠くでイチャつくカップルに流れるように悪態を吐いた後、先ほどの話を思い出す。

 

 

──「誰かを救った分だけ、救われていい」

 

 

字面を見れば、相互介助とでも言うのだろうか?

助け合い、協力し合えと言う事だろう。つまるところ、「自分の力には限界がある。だからこそ、他人に助力を求めろ」って事かな?

…でも、チームプレイ苦手なんだよなぁ、自分自身が割とアドリブで動くせいなんだが…。アシストの立ち回り、誰かに教われないかなあ。となると候補は黒色君、円場君、小森さん、骨抜君、後は柳さんか?A組にコネが有れば麗日さん、梅雨ちゃん、八百万さん辺りも観察したいんだが…

 

 

…トントン…

 

 

「ん?」

 

 

突如肩を叩かれる。何事かと振り向くと、ブニュっとほっぺたが潰れた。何事か!?

 

 

「や~い、引っかかった~」

いや(にゃ)何やってんの(にゃににゃってんの?)?一佳?」

 

 

肩に乗せた一佳の手のひら。その人差し指が突き出されていた。

振り向くとほっぺたを刺されると言うお約束のイタズラだ。

 

 

「アンタを待ってたんだよ」

「イタズラするために?」

「ははっ、違うって。そんなボロボロの状態で一人帰すわけにいかないだろ?今日は私が送ってやる!あぁ後、日誌も出しといたよ」

「そっか…ありがとう。お言葉に甘えるよ」

「ん?やけに素直だな」

「今日くらいはね…」

「今日くらいはか?」

「そうだ」

「そうか」

 

 

少しだけ二人ではにかむ。よく分からないが心が温かくなった。

そして、どちらからともなく二人で歩き出す。

 

 

「ありがとう…」

「んー?」

「俺のこと心配してくれて。今日はなんかずっと一佳に助けられっぱなしだな…」

「そうか?大した事してないだろ?」

「いや、一佳のアレは効いた」

「…~っ!?」

 

 

準決勝前の抱擁。暗にアレを指すと一佳はこちらを睨みつけてきた。赤みがかった頬が夕日に照らされて更に赤くなった。

まぁ、気持ちは分かる。俺だって口にするのも恥ずかしい、西日のせいか体が熱くなる。思わず口を手のひらで覆った。

 

 

「自分で言って恥ずかしがるんなら言うな!馬鹿!」

「…だね、やっぱコレ恥かしい。

けど、アレが俺に力をくれたから…やっぱりお礼言いたかった」

「もういいから!分かったからっ!」

 

 

怒ったようにズンズンと一佳は前に進んで行く。俺はその背中を、ユラユラ揺れる髪の毛を眺めながら後を追った。

 

数々の激闘。一佳との和解。本当に色々な事があった。それを思い出すと全身に疲れが押し寄せてくる。

今日は流石に何も無いだろうから明日はゆっくりと体を休めよう。そうしよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後、取蔭・小大・角取のカシマシガールズに見つかり、逃走劇を繰り広げることになった。

 

 

 




長い間ありがとうございます。これにて体育祭編は終了となります。
随分長く掛かってしまいました。大入の生い立ち、秘密、強さ、考え方。そういった部分に触れて頂けたら幸いです。

次回、日常パートを挟んで次は職場体験へと突入します。

更なる大入君の英雄記を楽しんで頂けたらと思います。

蛇足失礼しました。


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68:時には素敵な日常を…3





──大入くんの日課──

 

 

転生者『大入福朗』の朝は早い。

 

 

日の出より少し早い時間に彼は目を覚ます。ベッドから起き上がると軽く背伸びをして、寝てる間に凝り固まった背を軽く解す。

欠伸を噛み締めながら冷えた廊下を進み、台所へと赴く。

台所に着くと、予め冷蔵庫に入れて置いたボトルからグラスに水を並々注ぎ、それを一気に喉の奥に流し込む。キンと冷えた冷水が胃から全身に沁み、寝ぼけた意識が覚醒する。グラスをシンクに置いたついでに水道水で軽く顔を洗い、“個性(ポケット)”からタオルを取り出して顔を拭う。

そのまま、視線は横に向けられる。横に置いてある炊飯器の蓋を開けると、中には水に浸けた米が入っていた。中身を確認した後、大入は釜に火を入れる。ここに居るガス式炊飯器は、かれこれ10年前の骨董品のような型だが、未だに現役を張っていて、積み重ねられた年季が炊飯器に歴戦の勇士のような厳格さを醸し出させている。

何も炊飯器だけでは無い。此処に在る家電や食器の多くは、長い月日を経てすっかり日常の一部に溶け込んでいる。彼の生活の一部だった。

 

 

「……おっけー」

 

 

朝食の要である米を炊いておくのは、家族の中で1番早く起きる彼の日課になっていた。昨晩のうちに米を計量し、洗米し、朝には釜に火を入れる。後は十年来のこれが旨い食事を用意してくれる。

 

 

 

 

……やばい、ナレーションごっこ楽しい。もう少しだけ語ろう。

 

 

 

 

一度自室に戻り、寝間着から中学時代の体操着に着替える。

玄関から表に出ると、日の出にはまだ時間があるらしく、辺りは仄かに薄暗い。ゆっくりと時間を掛けて深呼吸すると、朝露が染み込み冷えた空気が肺を満たした。

そこから彼は柔軟体操を始める。手首足首首回りを順々に解し、体を伸ばし、折り曲げ、全身の筋肉を少しずつ馴らしていく。

 

 

「おはよう福兄」

 

 

程なくして家から少女が一人出てくる。

 

インディゴブルーのショートヘア。端整な顔立ちに少し吊り上がった目がシャープな印象を与える。その外見と未発達な体型から中性的に見えるものの、彼女はまだ中学一年生…成長もまだまだこれからである。

彼女は市販のスポーツウェアに身を包み、靴の紐を結び直していた。

 

 

「おはよう(つむぎ)

 

 

そう言えば紹介が遅れた…。

彼女の名前は『安良気紡(やすらぎつむぎ)』。年齢順で言うと、上から4番目の娘…次女である。

 

互いに何時もの調子で挨拶を交わし、一緒にストレッチを済ませると朝のランニングに走り出す。

山の中に作られたランニングコースは上り下りと起伏に富んでいて、中にはワザと倒木や大岩で道を塞ぎ、迂回を強いられるルートもある。それを安良気が軽快なテンポで走り抜ける。対して大入はそのペースに合わせるように近くに置かれた大岩を飛び越えたり、木の枝に飛び移ったり、木の幹で三角跳びをしたりとちょっとした忍者の様な動きでショートカットしていく。彼がしているのは『フリーランニング』や『パルクール』と呼ばれる物で、効率良く体を運用する訓練になる。

 

 

「ちょっと福兄っ!病み上がりなんだから無理すんなっ!」

「平気平気っ!怪我は治ってるっ!早く感覚戻さないとっ!」

「また怪我しても知らないからなっ!」

 

 

安良気が呆れたように声を上げる。しかし、余裕を見せながら先行する大入にしっかりと追随してくる。

“個性”使用の為の基礎体力作りを目的として始めた当初は、息も絶え絶えで着いてくるのも一苦労だった彼女。その成長ぶりに感心してしまう。気持ちとしては我が子の成長を見届ける父親気分だ。

因みに大入の怪我は完全回復している。安良気の“個性”は生命力の回復をさせる働きがあり、それを利用して体力を補った後にリカバリーガールに再度“個性(治癒)”を施して貰い怪我も直したのだ。怪我の回復に丸一日を要することになったが、アレだけの怪我を考えれば破格だった。

 

 

 

 

40分程度のランニングを済ませると安良気が先にシャワーを浴びる為、家に入る。その間に大入は家の裏手に回り、家庭菜園に赴く。

 

 

「あら~おはよう福ちゃん」

「おはようございます師匠」

「もうっ!修業の時以外は「ママ」って呼んで良いのよ?」

「失礼しましたお母さん」

「もうっ!」

 

 

プリプリと言う擬態語が似合う態度で、育て親で師匠の『大屋敷護子』が不満を口にする。もう歳は三じゅ…「何か言ったかしら?」

 

気が付くと師匠の拳が頬を掠っていた。目だけが笑っていない。本気の師匠が地の文にまで割り込んできた証だ。

 

 

「…いえ、可愛いのも似合うなんて卑怯だなと思っただけです」

「…そう…それなら好いのよ♪」

 

 

機嫌を直した師し…お母さんが土弄りに戻る。思わず素に戻った俺は、後を追い一緒に農作業に入る。

 

ウチの家庭菜園は山から取れた山菜を移植し自生させた野晒しのスペースと、季節の野菜を少量育てるスペースの二つに分かれる。

俺は外に設置されたホースからシャワーノズルを取り外すと、ヘッド部分だけを持って野晒しスペースに向かう。

 

 

流水濫射(カレントランサー)ー」

 

 

気の抜けた、遊び半分の掛け声で必殺技を放つ。手にしたシャワーノズルの中に〈揺らぎ〉が生まれ、そこから水が流れ出す。“個性”の練習を兼ねて山の上層を流れる清流から汲み取って来た水がシャワーヘッドを通して畑に恵みの雨を降らせる。このやり方、ホースが絡まないから楽だよな…ホース片付ける手間も無くなるし…。

 

 

「福ちゃん、調子はどう?」

 

 

お母さんが野菜を収穫しながら問いかける。春キャベツにアスパラ、山菜が瑞々しい色艶をしている。朝ご飯が楽しみだ。

 

 

「…右腕の筋力が少し落ちました。感覚馴らさないとズレがあります」

「そう…随分と馬鹿な使い方したものね…」

「うっ…」

 

 

体育祭では右腕を酷使しすぎた。塩崎さんの必殺技をゴリ押しで突破し、轟君には限界突破のパワーでシェルブリットを放ち、かっちゃんの爆撃は幾度となく右腕を盾にした。

怪我は治ったものの、激戦の果てにダメージ超過を繰り返した結果、右腕が少し削ぎ落とされた。それに伴って物理的に筋力が減って、パワーバランスがズレた。さっきのランニングで全身運動してみたが、どうにもしっくりこない。早く元の状態に戻さないと。

 

 

「急いだってそんなに早く筋力は戻らないわ。取り敢えず今は感覚を調節する事を意識しなさい」

「分かりました」

 

「それにしても危なっかしい戦い方ばかりするわね…教育間違えたかしら…」

 

 

そう言いながらお母さんは溜息をもらした。

自分の成長をずっと見守り続けてきた母、自分をここまで強くしてくれた師。それに結果で報いる事は出来なかった。それ自体はとても残念だ。

しかし、収穫もある。自分の現在の実力だ。

元々俺にとって雄英体育祭は「自分の実力を推し量る」為の物だった。飯田君・轟君・かっちゃんとの戦いで俺の力は充分に通用するレベルであると分かった。

未だに予断を許さない状態ではあるが、少なくとも地力に関してはこの先何も出来ずに敗北する心配は減っただろう。

 

 

「…福ちゃん、師匠としてこれだけは言っておくわよ?

いざ、戦いとなれば絶対に退けない状況って言う物は確かにあるわ…。でも、貴方の傍に紡ちゃんやリカバリーガールがいつも居るわけじゃ無いのよ?

むしろプロになれば手厚い保護って言うのはかなり減るわ。プロヒーローの業界において、“回復系個性”の人口は少なくて、圧倒的に人手が足りないの。貴方は周りを助けるためにも自分のこともしっかりと守らないと駄目よ?」

 

 

ミイラ姿で家に帰った当初、家族にガチ泣きされた。特に年少組の泣き声は凄惨たるもので、紡にいたっては「福兄直すっ!…全力でっ!」と言って許容限界を超えた回復をしようとしたので全力で止めた。

こんなにも大入福朗(じぶん)の事を大切に思ってくれるなんて胸が熱くなる。だからこそ、俺は全力で応えたい。

 

 

「はい、分かりました!師匠っ!」

 

 

その気持ちを込めて力一杯返事をした。

 

 

「もうっ!ママって呼んでいいのよ!」

 

「…えぇー…」

 

 

 

 

朝の労働の汗をシャワーで流し、リビングに入ると年少組二人がテレビに釘付けになっていた。

 

 

「がんばれー!ワンダーナイトー!」

「そこにゃ!あのピカピカの宝石が弱点にゃ!」

「「いっけーっ!!」」

 

「隼人、寧々子二人ともおはよう」

 

「「福にぃおはようっ!!」」

 

 

序でに紹介しとこう。

こっちのネコっぽいのが『三宅寧々子』。見た目の通り“個性”は“猫”で、ネコっぽいことは大体できる凄い子で、ウチの最年少だ。

んでもって隣にいるやんちゃな癖毛が『足柄隼人(あしがらはやと)』。ウチの三男で下から二番目の子になる。こいつはシンプルな“増強型個性”持ちで、将来はスポーツ選手を目指すのも有りかも知れない。

 

そんな二人は現在、ニチアサタイムに夢中だ。

転生前の世界では、少年アニメ→スーパー戦隊→特撮ヒーロー→少女アニメの順番で放送されてたこの時間、こちらの世界では少し異なる。社会にリアルヒーローが存在するためにヒーロー物の枠がゴールデンタイムのワイドショーに戦闘映像ライブラリーとして引っ越し、空いた枠にファンタジー物がよく入る。

今やっている『光の国のワンダーナイト』と言うアニメは小国の王子が見聞を広める為に身分を隠し、国中を見て回る冒険譚らしく大変好評らしい。…見た方が良いのだろうか?なんか、角取さんと吹出君が熱心に語ってたな…。

 

そんな事を考えながら台所に移動する。すると台所に男女二人が立ち、朝食の支度をしていた。

 

 

「おはよう…。すまん遅くなった、手伝うわ」

「あぁ、おはよう」

「おはよう福兄。もうすぐで出来るから、先に御飯盛っちゃって」

「あいよっ」

 

 

こっちのドライ&クールなつり目の男が『葛西束』。ウチの次男。

そして、こっちの三つ編みに涙ボクロが『川瀬琴葉』。ウチの長女。

 

俺が雄英を目指し始めた頃から、チビ達の面倒を見てくれる良く出来た弟と妹だ。

寧ろ良くやり過ぎて、最近兄の威厳に危機感を覚える。今度オヤツで餌付けしようか…。

 

 

「それは好いわ福兄!是非『大入スペシャル』をお願いね?」

「福兄はなんて?」

「オヤツ作ってくれるって。威厳を取り戻すんだーって」

「こらナチュラルに人の思考をROMるんじゃない」

 

 

琴葉の“個性(チャットルーム)”は集中すると読心まで出来る。短い射程距離と高い集中力が求められることから、精度は大したこと無いらしいが、エスパーよろしく心を読まれるのは内心冷や汗をかく。自分には秘密にしている事が色々あるから尚更だ。

そんな思考をパタリと放棄し、読心対策に頭の中で即興で唄を歌う。脱線した情報を大量に垂れ流す事で彼女に処理負荷がかかり、(サーバー)がダウンするらしい。

御飯をよそって食卓に並べると、今度は味噌汁を盛る。おっ!今日は春キャベツと玉葱の味噌汁か…。

 

 

「さぁ、出来たわ。皆~御飯よ~!」

 

「「は~い!」」

 

「あぁ、俺が紡呼んできます」

「おう、頼んだ」

 

「あらあら~。もう出来たのね~」

 

 

これが俺の家族。

 

俺が住む児童養護施設「陽だまりの森」は養育児童6名を育成する所謂「ファミリーホーム」と言われる規模の施設になるのだが、その実体は全然違っている。と言うより一介の孤児院に山付き、家庭菜園付きとかある分けねぇだろう常識的に(J)考えて(K)という話で有る。

AVENGER計画に伴い、国から別枠の支援金が投資されているらしく、運営資金が潤沢なのだそうだ。流石に娯楽品に関しては限度はあるが、それ以外の生活に必要な物は一通り揃う。

他の児童養護施設との差異については語れないが、転生前に一般的な家庭で人生を送って来た俺からしたら、この生活は転生前の家庭と遜色ない。確かに、「労働」と称した施設内の手伝いが必要な事や、身の回りの世話を自発的に行う必要があり、弟妹の多い大所帯であるが、反対に言えば違いはそれくらいな物だ。お腹一杯の食事、生活に困らない程度の衣服、温かいお風呂にお布団と、衣食住が揃っている。

ここでの生活は忙しないが、とても充実感に溢れている。

 

 

「おっ!ほうれん草のお浸しウマー」

「そう?ありがとう福兄」

「あぁ琴葉、それ俺が作ったんですが…」

「卵焼きアマーイ!」

「二人とも料理上手になったわね~いいお嫁さんになるわよ~」

「あぁ、俺も嫁なんですか…」

「ほら、寧々子。口汚れてる」

「にゃー!」

 

 

大人数で食卓を囲み、賑やかな朝食を取る。献立は御飯、味噌汁、お浸しに卵焼きとお漬け物の和食構成だ。

 

 

「福兄?今日暇?」

「ん、予定あるけど…。どうかしたのか?」

「いや…なんでも…」

 

 

すると紡が今日の予定を聞いてきた。生憎昨日のうちに予定を入れてしまったので、そちらを優先したい。内容を確認しようかと思ったら、どうにもはぐらかされてしまった。

 

 

「あら、珍しいわね?何処かに行くの?」

「えぇ、一佳と遊びに…」

「まあ!もしかして二人で?」

 

 

「……ハァ?」

 

 

お母さんと話していると、カランと音がした。視線の先に箸が転がった。

 

 

「…ふ、福兄が…で、デート…?」

 

 

何故か、この世の終わりのような顔をした紡が居た。

 

 

 

 

──拳藤さんと大入くん──

 

 

「と、とんでもない事をしてしまったぁぁぁっ!!」

 

 

雄英体育祭が終わった翌日、自分のしでかした事を思い出していた。

逃げる福朗を捕まえて宥めるためとはいいながら、思いっきり抱きついて抱きしめてしまった。我ながら大胆な事をしてしまった…。

 

今でも鮮明に思い出す。あの福朗の体温、心臓の音、汗のニオイ…。

 

 

「って!何考えてんだーっ!私はーっ!」

 

 

頭の記憶を振り払うように、たまたま近くにあったクッションに当たり散らす。クッションがポフポフとへこみ、思い出したかのように、また元の形に戻る。

 

どうにか気分が落ち着いた。

 

…ガッチリした体付きだったな…。

 

 

「って!いってる傍からーっ!」

 

 

思わずクッションを壁に向かって投げつける。ウサギのキャラクターがデザインされたそのクッションは、壁に衝突しそのまま力無くポタリと床に落ちた。

許せ、君に罪は無い。

 

 

「はぁ…何か駄目だ、今日の私…」

 

 

今朝からこんな調子だ。事あるごとに彼の色々な表情を思い出し、心が掻き乱される。

既に一日が終わろうとしていた。

 

 

「今思えば中学からなんだよな…ああいう表情するようになったのは…」

 

 

ふと、アイツの顔を思い出す。

自信に溢れた態度、優しい笑顔、恥ずかしそうな赤面、冗談を言う愛想笑い、必死に弁明する困り顔、縋るような泣き顔、楽しそうに笑う顔。

気がつけばアイツも色んな表情を見せるようになった。

 

 

「あぁ、でもあの時の顔は昔にちょっと似てたかも…」

 

 

準決勝で見せたあの抜き身の魂みたいな叫び、小さい頃のアイツにそっくり…。

気に入らない事には全力で反発して、曲がった事が嫌い、自分を絶対に曲げない。そんなギラギラした性格だった。

そんな部分はとっくの昔に「死んでしまった」のかと思っていたが一安心だ。福朗が「全てを取り戻す日」は近いかも知れない。

 

 

「はっ!まただ…」

 

 

思考がアイツから抜け出せない。どんたけアイツの事考えてんだよ!乙女かっ!!

 

 

─PPP !!!

 

 

「ひゃう!?」

 

 

突如、私の持つスマートフォンが鳴り出す。味気ない電子音が鳴り響いて、体がビクリと反応した。

 

 

「……福朗からメール?」

 

 

スマートフォンにはメールが一件受信されていた。

 

この御時世に携帯電話を使用している彼とのやり取りは少し面倒だ。どうしてもSNSツールからハブられるから別ルートでコンタクトを取らないとならない。ふとメールの履歴を見るとその殆どが家族と福朗、後アイツの弟妹達で占められていた。

どうしようも無い感慨に耽った後にメールを開く…。

 

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:遊びのお誘い

 

改めまして、雄英体育祭お疲れ様でした。

急で悪いんだけど一佳、明日は暇?

よかったら一緒に遊びに行かないか?

 

──────

 

From:拳藤一佳

To:大入福朗

件名:Re.遊びのお誘い

 

それは良いけど…何処行くの?

つか、アンタ体は平気なの?

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:Re.Re.遊びのお誘い

 

紡に体力分けて貰って、リカバリーガール先生のとこで即効直した。それで一日潰れたけど…。そのお陰で休みを満喫してない!遊びたい!

行き先なんだが、ちょっと遠出して舞浜とか如何?夢の国で遊びたい。

 

──────

 

 

あそこか…久しぶりに行くのも悪くないな。最後に行ったのは中学の卒業記念で友達と行った時か。福朗とチビ達と皆でワイワイ遊園地…楽しそうだな。

 

 

──────

 

From:拳藤一佳

To:大入福朗

件名:Re.Re.Re.遊びのお誘い

 

いいよ。私も暇だし

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:Re.Re.Re.Re.遊びのお誘い

 

よし、決定!明日9:00に駅前集合な!

 

──────

 

 

 

 

 

 

「…あれ?チビ達は?」

 

 

駅前に行くと福朗が待ってた。

 

上は白いインナーのTシャツに黒いパーカー。ちょっと目を引くパーカーで、後ろから覗くと裾から黒い紐が伸びている。更にフード部分に三角形のパーツが二つ着いている。

「クロネコパーカー」というこの奇妙な服は、福朗の妹の寧々子からのプレゼント。「福にぃとおそろいにゃ!」と言われ、それから愛用しているらしい。シスコンめ…。

後は下はジーパンで、ベースボールキャップを目深に被り、手袋をはめていた。

そして手にはいつものマッカンが納まっていた。

 

 

「あぁ、チビ達はお留守番」

「…待って!…今日はチビ達居ないのっ!?」

「そうだけど…」

 

 

それって、もしかして、もしかすると、「デート」って奴では無かろうか?

男女二人が遊園地に遊びに行く…デートじゃないか…。

 

 

「……?どうした、一佳?」

「っ!?何でもナイ!何でもナイからっ!」

 

 

不意に福朗が顔を覗き込んでくる。彼の瞳に自分の顔が写った。思わず息を呑み、身を仰け反らせた。私は慌てて平静を装う。

やめてくれ。そういうのは心臓に悪い。顔が熱くなる。

 

 

「…何だか、体調崩してるのか?顔も赤いし、熱でもあるんじゃ…。無理してるなら予定キャンセルでも…」

「違うっ!風邪とかじゃないから!」

「そ、そうか?…でも、具合悪いなら言ってよ?」

「大丈夫だからっ!…よし!さっ、行こう!」

 

 

急遽始まった福朗とのデート…。学校帰りにちょっとサイゼで御飯したり、電車やバスでずっとダベったりと、ここ最近いつも一緒の相手。中学時代も一緒にトレーニングや勉強をした後に息抜きでゲームセンター行くくらいはしていた。

しかし休みを使ってまで、本格的に遊びに行くのは初めてかも知れない…。ヤバイ、緊張してきた。

あれ?私の恰好って大丈夫?変じゃないよね?福朗の手を引いて歩き出してからふと気付く、緊張で手汗出てきた。…バレてないよね?

 

 

「……そう言えば…」

「…?」

「ソレ使ってくれてるんだな…」

 

「……あぁ……」

 

 

そう言いながら福朗が私の頭…サイドテールを束ねるのに使った「シュシュ」を指差してきた。

明るいオレンジ色の髪の毛に良く映えるハワイアンブルーの髪飾りは福朗からプレゼントにもらった物だ。

その髪留めを選んだのは本当に偶然だが、彼の指摘に思わず顔が更に熱くなる。ついぞ、私は黙りこくってしまった。

 

 

 

 

電車に乗ると二人の楽しい会話…とはならなかった。

 

 

「…あれ?もしかすると『大入福朗』君?」

「え?嘘っ!マジっ!?」

「誰それ?」

「あれよ!この間の雄英体育祭!一年部門の総合二位っ!」

「すごかったよアンタ!頑張ってくれよな!」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

 

電車と言う密閉空間で私達は包囲された。

 

雄英体育祭の活躍を経て福朗はちょっとした有名人と化していた。

本大会の注目株として期待されていた1年A組。その視線を一気に掻っ攫って行ったのがコイツだ。

 

選手宣誓での啖呵切り。

騎馬戦での空中殺法にロボパニック。

飯田戦ではテクニカルに攻め。

茨戦では景気よく殴り飛ばし。

轟戦では情け容赦の無い説教。

爆豪戦ではステージを大爆発で叩き割り。

表彰式でのあの暴挙。

 

なんと言うか悪目立ちし過ぎた。今思えば目深に被った野球帽は顔を隠すためのアイテムだったのだろうか?

目の前に立つ件の男は困ったような笑顔を向けていた。

 

 

「…で?そっちの可愛いお嬢さんは彼女?これからデート?」

 

「んなっ!」

 

 

乗り合わせたおじさんが急にそんなことを言い出すもんだから、自然と鼓動が早くなる。思わず息を呑んだ。

 

 

「…違いますよ。彼女、俺では釣り合わない位にステキな女性ですから」

「ちょっ!?」

 

「「「おお~っ」」」

 

 

不意打ち気味のベタ褒めに周囲から歓声が漏れる。やめろぉ!何だか恥ずかしいだろ!

 

 

「まず、真っ先に目を引かれるのはその容姿だよな。明るい色の髪の毛は太陽見たいに暖かい色をしていて、束ねられた髪の毛は毛先が全身の動きに合わせて揺れて可愛らしい女の子らしさを醸し出している。瞳は薄いブルーで小さな泉のような清らかで透明感のある美しさ。鍛錬を積んだ体は引き締まっていて、綺麗なボディラインを維持している。

しかも、容姿が綺麗なだけじゃない。

優しくて、面倒見がいい、クラスの中心。でもそれを鼻に掛ける事無く、謙虚で誠実。向上心もあって、自分を高める努力は怠らない。

そういう内面から滲み出る美しさも彼女の魅力かな?」

「や、やめろ福朗…遊んでるだろ?」

「バレたか」

「ぐっ、コイツ…」

 

 

明らかにやり過ぎな解説に言及したところあっさりと虚言を認めやがった…。ちくせう。

 

 

あっ、いいこと思いついた。

 

 

「でも、釣り合わないって事は無いだろ?」

「…え?い、一佳?」

「まず、分かり易いのがその強さ。この間の雄英体育祭でのリザルトは騎馬戦1位に総合2位の好成績。間違いなくヒーローの素質、こと戦闘力に置いて優秀と言えるだろう。

ルックスも…まぁ、悪くない。喜怒哀楽に富んだ、精悍と言うよりも愛嬌のある顔立ちは、自然と周りを楽しませるし、何より精神的な余裕を感じさせる。

それでいて性格は周りに優しくも厳しく、自分には更にストイック。才能にかまけること無く努力を怠らない勤勉家。成績優秀、質実剛健を地で行く様な男だ」

 

「「「おぉ~…」」」

 

「ちょっと一佳、やめて…悪かったから…」

 

「あぁ、でも可愛いとこもあるよね。

折角の栄えある総合2位なのに結果に満足いかないって拗ねてみたり、超が付くほど甘党なスイーツ男子だし、主夫だし。それと寝るとき猫みたいにスンゴイ丸くなって寝んの」

 

「やめてっ!!」

 

 

必死になる福朗…なんだか楽しくなってきた。

 

 

「他には何があっかたかな…そうそう!あれは先週の…」

 

「やめろぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ~面白かったっ!」

 

「さいですか…」

 

 

余りに面白かったんで、福朗をからかったら、福朗がそっぽ向いたまんま、こっちを向いてくれなくなった。よく見ると耳が真っ赤になっている。

ふふふ、福朗よ初奴よのぉ…。

 

電車を降りて辿り着くは舞浜。そこから更に歩く、遠くを見れば既に夢の国は目と鼻の先だ。

しかし、夢の国の正式名称を言おうとすると福朗が真顔で止めてくるのは何でだろう?以前に理由を聞いたら「黒服のエージェントがやって来て、永遠に夢の国の住人にされる」らしい。んな馬鹿な。

 

 

「~♪」

 

 

段々と近づく夢の国からBGMが流れてきて、それに乗っかるように鼻歌を歌う。気分が乗ってきて、既に気合充分だ。

 

 

「ついたな…」

 

 

そして見えた入場ゲート…。

始まるのか…福朗とのデートが。

 

随分と気持ちを誤魔化していたが緊張が走る。思わず拳を強く握った。

 

 

「さっ!行こうっ!」

 

 

私は福朗の手を繋ぎ、先を急ぐ。

いざ征かん夢の国へっ!!

 

 

そして私は二歩三歩と歩いて、福朗の手に引き留められた。

 

 

「まてまて。まだゲストが来てない」

 

「…は?」

 

 

ちょっと待て?今なんて言った?ゲスト?

 

疑問を浮かべる私を余所に福朗はゲートの列から外れてズンズンと脇に進んで行く。

 

 

「確かこっちに…あぁ、居た居た」

 

 

目の前には三人の男女が居た。

一人は桃色髪の少女。一人は赤髪の少年。

一人は…。

 

 

「…あっ!おにーさん!おはようございます (*❛ั∀❛ั * )✧」

「おはよう僕ロリ一昨日ぶり」

「です!…ゴホン!では皆さんお揃いですので改めましてっ!

これより、第1回雄英高校ヒーロー科1年!千葉出身者交流会!略して『ヒロイチバ会』を開催したいと思います!ハイっ!拍手~ (*´ー`*人)」

 

「「「わーっ!」」」

 

 

……なるほどー。福朗も「チビ達()居ない」ってしか言ってないもんな-。

 

これはデートじゃなくヒーロー科の交流会なのかー。

 

そうかー。

 

そうか…。

 

 

 

 

「福朗おおおっっ!!?」

 

「えっ!?ちょ、なに!ちょ、やめ!ぎゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

この野郎っ!私のドキドキを返しやがれっ!!

 

 



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68.5:あれは8カ月も前の話…

───────────────

 

 

 

……………

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

──昔話をしよう…──

 

 

幾千幾万の死霊と骸の兵士の軍勢。

鎧袖一触に薙ぎ払い、戦場を独りの戦士が駆け抜ける。

彼の眼前に聳え立つ牙城。この世界を滅ぼす魔王の城。

戦士は躊躇うこと無く、足を踏み込んだ。

立ちはだかる数々の異形の怪物。一足一刀で切り捨て、長い階段を駆け上がる。

摩天楼の最上階、戦士はその最後の扉を開ける。

 

 

「姫っ!」

 

 

戦士の目の前に飛び込んできた物は、禍々しい祭壇、その上に横たわる見目麗しい『姫君』だった。

戦士は脇目も振らずに駆け寄る。優しく抱きしめ、顔を覗き込んだ。

 

 

「そ、そんな…」

 

 

戦士の顔が絶望の色に染まる。

目の前の姫君。金を織り込んだ美しい髪は輝きを失い、肌は蝋のように白く生気を失い、青い宝石の様な瞳は瞼に閉ざされたまま決して開くことは無かった。

 

 

『ふむ…もう辿り着いたか。流石はあの忌々しき勇者の末裔だ。

しかし、後一歩及ばなかったな…』

 

「っ!?魔王っ!!」

 

 

戦士…『勇者』が空を見上げると、暗雲立ち篭める天空に『魔王』が佇んでいた。魔王の右手に紅の宝玉が美しく輝いていた。

 

 

『漸く…漸くだ、この最後の「我が身の片割れ」…これさえ手に入ったのなら、この世界は我の物だ…っ!』

 

 

魔王は手にした紅玉、「姫の魂」を飲み込んだ。

次の瞬間、魔王の全身から力が溢れ出した。噴き出した闘気が空気を呑み込み、重圧が支配した。

 

 

『くっくっくっ…何時までそうしておるのだ、勇者よ?』

 

「………」

 

 

勇者は剣を取り構えた。

しかし、その瞳は怒りに支配されていた。最愛の姫を奪われて、平静を失っていた。

 

 

『……つまらん。そんな貴様なんぞ、殺す価値すら無い』

 

「………うるさい」

 

『今なら見逃してやっても良いぞ?そのまま踵を返し、愛しき者を失った悲しみで泣き伏せておるが良い』  

 

「……うるさい」

 

『それとも我にその刃を突き立ててみるか?もしかしたら、運良く復讐の一つも出来るやもしれんぞ?』

 

「うるさいっ!!」

 

 

勇者は剣を握り、魔王へと挑む。しかし、誇っていた剣才は陰りを見せ、魔王に掠り傷の一つさえつけること叶わない。

 

 

『……やはり、つまらん。そんな有様では永遠の時を費やそうと、我が身に届くことは無いだろう』

 

「……ハァ…ハァ…」

 

『我は非常に寛大だ。しかも、とても気分が良い。今からでも貴様を赦そう…』

 

「……黙れ…」

 

『そうか……では、死ね』

 

 

魔王が右手を翳すと光弾が生まれる。それが解き放たれ、勇者を射抜く。

 

 

『うぉぉぉっ!?』

『むっ!』

 

「…竜…騎士…?」

 

『ったく!何府抜けてやがんだ!このボンクラっ!』

 

 

凶弾は勇者を貫く事無く、彼の友『竜騎士』の持つ堅牢な盾に阻まれた。

竜騎士の怒号に勇者の体が震えた。

 

 

『諦めてはいけませんっ!勇者様っ!』

『そうですよ?諦めるにはまだ早いです』

 

「……聖女?…賢者?」

 

 

勇者が後ろを振り向くと、今まで苦楽を共にした『聖女』と『賢者』が居た。

 

 

『私の見立てが正しければ…姫はまだ死んでいません。今も彼の…魔王の中で生きています』

 

「っ!?」

 

『魔力の流れが非常に不安定です。恐らく、取り込んだばかりの半身が馴染んでいないのでしょう…。

彼を打ち倒し、姫の魂を取り戻せば或いは…』

 

『くっくっくっ…何を根拠に…』

 

『舐めないで頂きたい、常世全てを統べる魔の王よ。

私は賢者!この世全てを識り、理解する悠久の探求者!私の叡智に不可能は無い!』

『賢者様の言葉に嘘は有りません。迷える魂の導き手である私には分かります…。

姫様の命は、その輝きを失ってはおりませんっ!まだ、救えるのです!』

 

『っ!?』

 

 

二人が秘密を看破すると、魔王の表情が僅かに揺らいだ。それこそが二人の考察を肯定する何よりの証明であった。

 

 

『…だそうだ。勇者よぉ、お宅の姫さんまだ助かるってよ?だったらどうする!ここで立ち上がらなけりゃ男が廃るってもんだろっ!!』

 

「…そうだな、まだ希望が残っていると言うなら屈するわけにはいかないっ!」

 

 

勇者は剣を杖にして立ち上がる。そして剣先を魔王へと向けた。

並び立つように竜騎士が鎗を構えた。賢者が杖を掲げた。聖女が法陣を描いた。

 

 

「悪の根源っ!魔王よっ!貴様を倒す!この世界を守るため!愛する人を取り戻すため!私は戦うっ!!」

 

 

勇者の瞳に輝きが戻った。その全身から覇気が溢れ出し、魔王の重圧を押し返した。

 

 

『くっくっくっ…はっはっはっ………あーはっはっはっはっ!

ここに来てっ!息を吹き返したかっ!全く持って忌々しいっ!貴様等勇者は有象無象の様に湧いてくる!その度に我が悲願を阻むとはっ!

善かろうっ!貴様等を超えることこそ、我が神から与えられた試練だっ!我は全てを踏破し、この世界を手に入れて見せようっ!!』

 

「いくぞっ!魔王っ!!」

 

『来いっ!憎き我が怨敵よっ!その魂の滓一つさえ!この世から消し去ってくれるわっ!!』

 

 

 

 

勇者達と魔王の戦いは一進一退を極めた。

 

魔王が無数の魔弾を放つ。竜騎士が全てを受け止める。勇者が斬り込む。魔王の障壁が弾く。賢者の魔法が障壁を穿つ。聖女が支え、癒す。

 

命運を分けたのは一瞬の隙だった。

 

 

 

 

『ぐぅっ!?小癪な小娘よっ!魂の一片になろうとまだ抗うかっ!?さっさと我の物になれっ!』

 

「っ!姫っ!」

 

 

魔王に取り込まれた姫の魂。それがいつまでも抵抗した。

一際大きな魔力の氾濫が魔王の障壁を弱めた。

 

 

「魔王っ!覚悟っ!」

 

『ぐああああっ!?』

 

 

魔王を守っていた絶対防御の障壁が硝子の様に打ち砕かれ、勇者の剣が魔王を貫いた。

 

 

『ぐっ…ふっ…またしても阻まれると言うのか?

だが、諦めん…諦めんぞ!必ずやっ!世界を我が物にしてみせるぞ!

…くっふっふっ……ゴホッ……精々、僅かばかりの安寧を謳歌していろっ!我は必ず蘇るぞおおっ!!』

 

 

大量の魔力を放出して魔王は消滅した。魔王の消えた跡には紅の宝石が残されていた。

勇者が宝石を手にすると、愛する姫の元へと歩み寄る。

 

 

「……賢者、頼む」

 

『ええ、任せて下さい』

 

 

勇者の持つ宝石に賢者が魔力を流し込むと火を灯すように輝きを放った。

その炎を姫君の胸元に差し出せば、自然と光の粒子となって吸い込まれる。

 

熱は全身を駆け巡り、ほんのりと肌を赤く染めた。髪が元の輝きを取り戻し、閉じた瞼が開かれた。

 

 

『勇…者…?』

 

「姫?」

 

『あぁっ!勇者っ!勇者なのねっ!』

 

「姫っ!」

 

『勇者っ!』

 

 

二人は固く抱きしめあった。互いの鼓動が重なり熱を持つ。

愛する人が其処に居る。

永遠にこのまま時が止まってしまっても構わないと感じる程の幸福の絶頂だった。

 

 

「いたっ!?」

 

『勇者っ!?』

 

『いつまでイチャついてんだ、この色惚け共!』

『そうです勇者様っ!私だって頑張りましたっ!もっと褒めて下さいっ!』

『では私が褒めて差し上げましょう…』

『やめてくださいっ!』

 

 

二人の逢瀬に茶々を入れる旅の仲間達。

しかし、皆がその顔に喜びの笑みを浮かべていた。

 

 

「…それじゃあ、帰ろうっ!!私たちの国へっ!」

 

『はいっ!』

 

 

勇者と姫は互いに手を取り立ち上がる。

 

空は晴れやかな青色に染まっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハイ!カーーットっ!!

パーフェクトっ!最高に良い感じっ!

もうっ!流石だよ~!ばっちし!賞賛の嵐間違いなしだよ!

はいっ!じゃあ!今日はここまでっ!!

お疲れ様でした!!」

 

「「「「「お疲れ様でしたーっ!!」」」」」

 

 

──────────

 

 

「…おっ!一佳、お疲れ様」

「待っててくれたのか?」

「おうっ!夜遅いからな、護衛だ護衛」

「そこらのチンピラくらいなら軽く畳んでやるんだが…」

「あんま物騒なこと言うな。受験生なんだから内申に響くような真似はだめだって」

「ふふっ、冗談だって…」

 

 

私立植蘭中学校文化祭『植蘭祭』。その開催を後数日に控えていた…。

私が所属する3-Aクラスも、出し物である演劇が随分と様になり、中々の仕上がりを見せていた。この数週間文化祭のため放課後を利用し、コツコツ準備を進めていた。

しかし放課後に長い時間を充てれば、当然帰宅時間も遅くなる。

そこで学校側は安全に配慮して、可能な範囲での集団下校を推奨していた。

 

すっかり暗くなった夜の道を福朗と二人で帰路に着く。二人の家の方角は同じで、この先の閑静な住宅街に私の自宅が、その先の小高い山の麓にコイツの施設があった。

日が沈み、姿を変えたいつもの帰り道。馬鹿なコイツが隣にいるだけで安心して歩けた。

 

 

「……それでどう?出来栄えは?」

「ああ、衣装合わせも済んだから今日は衣装有りでのラストシーンの通しだったな。

皆の演技も出来上がったし、このまま行きたいね」

「そいつはなにより。こっちも台詞の練習付き合った甲斐があるってもんだっ!」

「…そいつはどうも」

 

 

コイツが劇の出来栄えを聞いてきた。

 

今思い出すと、最初の頃は散々だった。

台詞はよく噛むし、たまに飛ぶ。動きは硬くてぎこちない。「お前は大根かっ!?」とコイツからツッコミが入るレベルだった。…容赦なく殴ってやったので恨みは無い。癪ではあるが、いや本当に…。

 

しかし、それは昔の話だ。練習を熟し、すっかり役が板に付いてきた。でもな…

 

 

「…でもな……」

「ん?」

「何で私が勇者役(・・・)なんだよっ!?」

「弱きを助け、強きを挫く、ヒーロー志望の一佳さんなら適役だろ?」

「そうだけどもっ!違うんだよっ!」

 

 

私に与えられた役は主人公である『勇者』。出番も台詞量も劇中最多で難を極めた。ちくせうめ…。

台詞を覚えるためによくコイツに台詞合わせに付き合って貰った。けど、コイツ無駄に演技が巧い。

しかも、役によって複数の声を使い分けてるらしく、一人寸劇が出来るクオリティだった。

 

 

「福朗の方が巧いんだから、お前が演ればいいのに…」

「俺は生徒会で文化祭実行委員だ、クラスには参加出来ないよ。つか、本当に誰だよ………キャスティングで俺を姫役(・・)に投票した奴?

「クラスの出し物をコントに変えるな」と言いたいっ!」

 

 

福朗はそう言いながら項垂れと、次には怒り出し拳を握り震わせた。忙しないやつだ。

しかし、その様子はクラスの出し物の事を真剣に考えていて、参加出来ない分の期待と熱意を込めていた。

 

 

「……あっ。…なぁ、福朗?…また頼んで良いか?」

「またか?」

 

 

私は目の前の公園を指さして、頼み込んだ。

福朗が少し困ったような顔をした。

 

 

「ん~…まぁ、いいよ。でも、30分だけだ」

「充分。ありがとう…」

「どういたしまして」

 

 

台詞合わせの練習。役作りに苦戦した私を見かねて、福朗はこの公園で練習に付き合ってくれるようになった。自分だって文化祭実行委員で疲れてるのに、わざわざ私を気に掛けてくれるなんて、本当に律義な奴だ。

少し嬉しくなった。

 

近所の子供が遊べるように作られた小さな公園。ベンチ、滑り台、砂場にシーソーくらいしか無いちっぽけな場所だ。

薄暗くなった周囲を公園に建てられた街灯の光が切り抜き、まるで公園を演劇のステージのように別世界へと切り離しているようだった。

福朗に鞄を預けると、私は光の中心、街灯の傍へと歩み寄る。福朗はその近くのベンチにゆっくりと腰を下ろし、鞄を置いて、台本を取り出すとパラパラとめくる。夜の静寂の中、頁をめくる音が耳に心地良い。

 

 

「…さて、どこやる?」

「第五章、四節…『誓いの言葉』」

「またそこ?…最近そこばかりだな?」

「い、いいだろっ!一番苦手なんだからっ!」

 

 

コイツの呆れたような顔に、口を尖らせて抗議する。

この場面は物語のキモだ。念には念を入れたい。それに…実はお気に入りのシーンでもある。

 

 

「まぁ…良いけどさ…。

じゃあ、ちょいまち。準備する…」

 

 

そう言うと福朗は台本の目的の頁を探しながら、あー…あー…と発声練習を始めた。出した声のキーが段々と高くなっていき、次第に男性の声から違和感なく離れていく。

 

 

「あー…あーあー…『あー、……さて、このような感じかしら?用意出来ましたわ、勇者』」

「いや、ホントお前どっから声出してんだよ」

「『どこから…?と仰いますと、皆様と同じ…喉からですわ』」

 

 

福朗が目を細め、上品に口元に手を当てて、クスクスと妖しく笑う。光と影が座り姿にしなりを作り、歌舞伎の女形の様な女性らしさを醸し出す。

いつもの声とは違う、鈴の鳴るような声、意図的に作っているような不自然さは微塵も無い。目の前にいるのは間違いなく一国の姫だった。

…姫役に投票した奴、ある意味で正解だったと思うんだ私。だって、役に入ったコイツ、ヘタな女よりも艶っぽいもん。

 

 

「『さぁ、勇者…。時間も少ない事ですし、始めましょうか?』」

「…あぁ」

 

 

ベンチからトンっ!タンっ!…と軽やかにステップを踏むように立ち上がると、クルリとターンをしてこちらを振り返る。

口角を少しだけ吊り上げ、楽しそうな顔をしている。

 

 

 

 

 

「『あぁ、楽しいっ!今日はなんて素晴らしい日なのかしらっ!

ねぇ、勇者?…今夜のパーティー、楽しんで頂けたかしら?』」

「えぇ、このように持て成して頂き、痛み入ります…」

 

 

長い冒険、野を越え、山を越え、海を渡り、谷を飛ぶ。三千世界を渡り歩く勇者一行。

彼の古巣であるこの国では、ささやかながら英雄達の帰還を祝う歓迎の祭りが催された。

格式高い由緒正しき王国の大広間。美しく着飾った貴族達が、音楽隊の奏でる音色に合わせて踊る。

絢爛豪華な料理と秘蔵の美酒が振る舞われ、それらに舌鼓を打っては旅の疲れを癒やす。時には新たに生まれた冒険譚を肴に穏やかな一時を過ごす。

 

勇者と姫は一夜限りの祭を抜け出した。

姫がお気に入りにしている庭園。辺りは月の淡い光が照らし、空を満天の星々が彩る。

 

 

「『もう、堅苦しいのねっ!…………昔はもっと素直で良い子だったのに…』」

「それは…子供の頃の話です。幼い頃は何もしがらみは無かった…」

「『大丈夫…分かっているわ。…何時までも子供のままじゃ居られないものね…。

勇者…。もっと傍に来て?その顔を見せて?』」

「はい、姫……」

 

「『あなたは会う度に見違えるわね…。背が伸びて逞しくなった、髪が伸びて格好良くなった…。

…でも、前よりも傷痕が増えたわ。きっとこの服の下にも傷痕が増えているのでしょうね……』」

「それは……」

「『何も言わないで?…ちゃんと分かっているから。この旅がどれだけ大変な事なのか…ちゃんと……分かっているから……』」

「心配をお掛けしてすみません…」

「『まったく、本当にその通りよ…本当に……』」

 

「『…ねぇ、勇者?今度はいつ、お戻りになるの?』」

「…わかりません。ひと月かふた月か…もしかしたら一年、いやそれ以上…戻れないかも知れない…」

「『そう…また寂しくなるわね…』」

「姫…どうか泣かないで下さい。姫には国王陛下も女王陛下も傍に居ます。近衛騎士団の…頼れる馬鹿な友人だって着いています」

「『違うの…違うのよ勇者。父上が居ても、母上が居ても、例え頼れる味方が居ても私の心が晴れることは無いの。

勇者…あなたが、あなたが傍に居てくれるだけで私は幸せなの…』」

「…姫……」

「『…………ねぇ、勇者?冒険なんて止めにしない?』」

「……え?」

 

「『時々夢を見るの……長い旅の果て…賢者様が死んで、聖女様が死んで、竜騎士様が死んで…そして…貴方が死んでしまう夢。それを見ると、体が熱を失ったように寒くなって、心に風が吹くように空虚になるの…。

想像しただけで、大地が消えて踏み場を無くして立っていられなくなる。空気が灼かれて息が詰まる。涙が枯れても、止め処なくこぼれ落ちるの…。苦しくて、辛くて、哀しくて、どうしようも無くなる…。

そこで夢から覚めるの…そして安堵するわ。あぁ、全ては一時の幻だったんだって…。

でも、あれはただの幻ではない。あれは可能性…ほんの一片の運命の悪戯で傾く天秤。小さな綻び一つで訪れる未来。

そんなの駄目よっ!絶対に駄目っ!もし、そんな明日を迎えてしまったら私の世界は…私を優しく包み込んでくれる毎日は死んでしまうっ!輝きは失われてしまう…。

だから勇者…?冒険なんて止めましょう?

使命なんて果たさなくてもいい。危険な思いなんてしなくていい。ずっと私と居て…本当にそれだけでいいの………私の…傍に…居て………』」

 

「……姫…顔を上げて下さい」

 

 

姫の顔を覗き込むと頬を涙が伝い、雫となってこぼれ落ちた。

それを優しく拭うと、両手を持ち、包み込むように手を重ね合わせた。

 

 

「姫…申し訳ありませんが、貴女の願いに応えることは出来ません。

私には使命が有るのです。『魔王討伐』と言う大事な使命が…。しかし、使命だからと義務や責任を負ってしているわけでは無いのです。私がそうするべきだと感じているからこそしているのです…。

常に魔物の気配に注意を払い、戦いに身を投じています。密林の中を何日も彷徨ったり、大時化に遭い船が沈みかけた事も有りますし、高山で病に命を落としそうにもなりました。姫の言うとおり、旅は過酷で、いつ命を落とすやも知れません。

しかし、それ以上に素敵な世界を見ることが出来るのです…」

「『…素敵な…世界…?』」

「えぇ、寒空の中…見張り番をしながら迎える朝焼けの輝き。ジリジリと照りつける太陽の光を吸いこんで、極彩に色を放つ大海原。夜に焚き火を囲んで、森の中から掻き集めた食べ物で作ったスープを頂く幸せ。白銀の雪原の中、綺麗に飾られた氷樹。それら一つ一つが私に力を与えてくれるのです。世界を見て歩く…それだけで、私の世界は輝きを増して更に広がっていくのです」

「『それはさぞかし美しいのでしょうね……』」

「…ですが、それらは失われようとしています。

魔王…彼の者の手先によって、以前に訪れた村は人々が嬲られました。妖精族の泉は穢れ、死に絶えました…。

魔王の手はこの素晴らしい世界を壊してしまうのです…。

……私にはそれが耐えられない。それが自分の身を切りつけられるよりも、痛く、苦しいのです。

だから私は戦いたいのです。自分に魔王を倒す力があるのなら、私が愛するこの世界を守りたいのです…」

「『…でも…それで貴方が命を落としては意味が無いのよ?』」

「勿論ですとも…。だからこそ貴方に誓います。

私は死にません。魔王を討ち倒し、この世界を守って見せます。姫の元に戻ってきます。

…だから、もし私が約束を果たしたなら…一緒にこの素晴らしい世界を見てみませんか?」

「『連れて行ってくれるの…?私も一緒に…?』」

「世界が平和を取り戻したなら…」

 

「『………分かったわ勇者。………でも約束よ、本当に…約束ですからね…っ』」

「えぇ…必ずや…」

 

 

 

 

 

 

「…………どうだった?」

「…完璧。はじめの頃とは見違えるようだ」

「そっか…頑張った甲斐があるな…」

 

 

涼しい顔をした福朗が、私の演技に太鼓判を押すと、手にした台本をパタリと閉じた。

結局コイツは手に持った台本を一度も見ること無く熱演し切った。やっぱりお前がやればいいのに…。

演技で上がった熱が呼吸と共に抜けていく、ジワリと掻いた汗に前髪がペタリと張り付いた。

 

 

「一佳…」

 

 

汗を拭っていると、福朗が呼びかけてくる。そちらを振り向くと福朗が何かを投げつけてきた。

私は投げられたそれを反射的に受け取る。それはタオルを巻いたペットボトルのスポーツドリンクだった。

ボトルからタオルだけを外し、顔を拭い直す。ペットボトルの冷気を吸いこんだタオルが火照った体を沈めた。

ペットボトルキャップの封を切ると、中の液体を喉に流し込む。喉の渇きが潤されて、自然と吐息が漏れた。

 

 

「ありがとう」

「どう致しまして」

 

 

礼を言うと。福朗が柔らかく笑った。

…その顔は卑怯だ…何というか卑怯だ。

改めて思えば、このタオルと飲み物…恐らくは私の帰りを待つ間に用意した物だろう。抜かりないやつだ。

 

 

「タオルは洗って返すよ」

「それでいいよ。…じゃあ帰ろっか?」

 

 

福朗から私の鞄を受け取ると、借りたタオルをねじ込んだ。

 

 

「あぁ、ごめん。渡すの忘れるとこだった」

「……?わっ!」

 

 

ふと、思い出したように福朗が振り返ると、小さな小包を取り出して。ポンと投げつけてきた。

 

 

「……お誕生日おめでとう、一佳」

「っ!?」

 

 

下がった熱が、また上がったのを感じた。

思わず俯いた、今は顔を見られたくない。

 

きっと、さっきまでのアイツの顔のせいだ…。

アイツは泣いていた。それは作り物だと、演技だからと言われても、心を揺らさずにはいられなかった。

私はアイツが…中学校に上がったアイツが涙を流した事を一度も見ていない。

芝居をしているときのアイツは、そこに本当の感情があるかのように熱を叩き付けてくる。入る役が変わる毎に違うアイツが見られる。この数週間だけで色々なアイツを見ることが出来た…。

 

けど……。

 

 

(一つだけ………まだ、見てない……)

 

 

私の役。『勇者』の役。

アイツが『勇者』だったら、一体どんな演技をしたんだろう…。

興味があって、演って貰おうとしたら、「それは一佳の役だろ?俺がやってどうするんだよ?それに万が一、イメージが引っ張られたら不味いだろ…。一佳は一佳のイメージする勇者を演じればいんだよ…」と返された。

でも、本当は今でも見て見たい。アイツの『勇者』を、格好良くて、強い『勇者』を……。

 

 

「……一佳?」

「はっ!?な、なにっ!!」

「なんでそんなに驚いてんのさ…。そんなに誕プレに夢中だったの?気になるなら今空けたら?」

「あぁ、うんっ!そうする!」

 

 

恥ずかしさを誤魔化すように、私は可愛くラッピングされた包みを解いた…。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

……………

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

「…よし。こんな物かな?」

 

 

部屋に置いてある、全身を覗ける程の大きな姿鏡の前で、私は身嗜みを整えていた。

今日は珍しくアイツと遊びに行く。しかも、遊園地だ。

…まぁ、十中八九チビ達もセットで着いてくるだろう。何せ行き先は夢の国、子供なら誰しもが恋い焦がれる場所だ。そんな場所に遊びに行く事がバレよう物なら、チビ達の「連れてってコール」は予想するに難くない。弟妹loveのアイツがせがまれたら、なし崩しに連れてくるのは目に見えている訳だ。

連れてくる前提で考えたら、服装は動きやすい方が良いな。うん、これで決定だ。

 

 

「さて、髪留めはどうしよう…」

 

 

小物入れを開けて、私は少しだけ考える。飾り気の無いヘアピンとヘアゴム、控えめに飾りをあしらった髪留めが纏めて入った箱を見て迷った。

 

 

「どっちの色がいいかな?」

 

 

目に留まった二つのシュシュ。それぞれ「ハイビスカスピンク」と「ハワイアンブルー」のレースで作られた、ちょっと派手な色のシュシュ。自分では買わないだろうなと思ってしまう色合いのこれは、とある人からのプレゼントだ。

 

 

「よし、決めた…」

 

 

私はブルーのシュシュを手に取ると髪の毛を束ねる。すると、すっかり私のトレードマークとなったサイドテールが出来上がる。完璧だ。

 

 

「…じゃっ!行って来まーす!」

 

 

部屋を出て、階段を駆け降り、玄関のドアを開く。

本日は快晴、最高のお出かけ日和だ。

 

 

 

ちょっと予定より遅くなってしまった。きっと律儀なアイツは駅で待ってんだろうな…。

 

 




で、でたーっ!?本編から横道逸れる奴ーっ!
拳藤誕生祭(9/9)だから是非も無いねっ!

※尚、塩崎誕生祭(9/8)には間に合わなかった模様


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69:時には素敵な日常を…4

──遊園地にて───

 

 

なぜだ、なぜなのだ……。

 

俺と僕ロリで立案したABのミニマムコミュニティ結成。一佳へのサプライズのつもりだったのに、今までに無いくらいガチギレされた。

 

凄く…痛いです…。

 

 

「なにやってんですか、おにーさん (*˘ーωー˘*)」

 

 

僕ロリこと『東雲黄昏』が上から見下ろしてくる。地面に伏せた俺を見て呆れ果てた様子だ。

 

 

「なんか分からんがスンゴイキレられた…今世紀最大級の脅威を垣間見た…」

「幾ら何でも察しが悪いんじゃ無いですかねぇ… (´・ω・`;)」

「何が?」

「あぁ、うん、何でも無いです… (›´A`‹ )」

 

 

そう言って踵を返すと僕ロリは一佳へと歩いていく。ご機嫌ナナメな一佳を桃色髪の毛の少女…『芦戸三奈』が宥めているようだが、それの援護に回るようだ。

 

 

「はは…なんか災難だったな。ほら、立てるか?」

「ありがとう。…えっと…切島君で良かったっけか?」

「おう、切島鋭児郎だ!よろしくなっ!」

「改めまして、大入福朗だ。仲良くしてね」

 

 

タイミングを見計らったように赤髪の角を持つ少年、『切島鋭児郎』が手を貸してくれた。

 

 

「…急な誘いで悪かったな。クラスの皆と打ち上げとか有ったんじゃないか?」

「いや、打ち上げは体育祭の後で直ぐやったしな。今日は暇だったからいいぜ」

「そっか…ならよかった」

 

 

そう言うとニコッと満面の笑顔を向けてくる。あらやだ、この子天使よ。

服の汚れをパタパタとはたき落とすと、先に行っていた女性陣に合流する。

さり気なく切島君の影に隠れながら、一佳の様子を窺う。

 

 

「…福朗」

「…な…何?」

 

 

一佳がジロリとこちらを睨みつけてくる。また襲って来る気かっ!

 

 

「はぁ…アンタがそういう奴なのは知ってるから仕方ないか…。

さあ、ノッケから悪かった。今日はよろしく」

 

「よろしく~」

「です~ «٩(*´∀`*)۶»」

 

 

どうにか許して貰えたようだ。切島君(メイン盾)を使う必要が無くて良かった。

そして五名でゾロゾロと入場ゲートを通過する。

 

 

「しっかしな~こうやって見ると凄いな…」

「何がです ( ¯∀¯ )?」

 

 

いつの間にやら歩調を合わせて隣に戻ってきた僕ロリがこちらを見上げてくる。

 

 

「いやさ、ヒーロー科ってAB合わせて42名だろ?その内の5名が千葉県出身者で、しかも3名が体育祭のファイナリストってんだから、俺らは将来有望ってわけだ。千葉最強!千葉最高!…って、あれ?どうしたん…?」

 

「うぅ…体育祭…」

 

「ちょいちょい…おにーさん (´ω`;)」

 

 

何気なく振った話題に急に沈んだ顔になる少女がいた。芦戸さんだ。

如何したんだろうと首をかしげていると、僕ロリに服の裾を引っ張られた。手招きされたので身を寄せると軽く耳打ちしてくる。

 

 

話はこうだ…。

芦戸さんは雄英体育祭の最終種目「ガチバトル」でサポート科の少女…もとい発目さんに惨敗した。その際、彼女のバラ播いた潤滑剤の被害に合った。オマケにスタンガンによる電流攻めで酷い醜態を晒した。

しかし、芦戸さんの不幸は終わらない。昨日何気ない用事で外を出歩いているときの事だ。何やら周囲の目が異様ではないか。

そして、不審に思う彼女にトドメの一撃が振り下ろされた。

 

──「あーっ!ローションのねぇちゃんだ!!」

 

無垢な幼い少年の無慈悲な言葉の刃だったそうな…。

 

 

「…オウフ」

「ね?酷いでしょ (๑´Д`ก)」

「だな。俺だったら二三日引き籠もる自信有るわ…」

「みーちゃんは傷心中なのです…。このイベントで元気になってくれたらいいのですが (>_<。) 」

 

 

元はと言えば、俺のせいと言えなくも無い。

芦戸vs発目の対戦。俺は芦戸さんの能力を発目さんに教え、アドバイスした。その上で発目さんが打ち出した対抗策こそ、あの「中和剤と潤滑剤」だったのだ。ちょっとしたエロ同人誌の様なあられも無い姿が全国放送の電波に乗せられてお茶の間に届けられたのだ。R指定一歩手前である。

 

けど、よくよく考えたら去年の体育祭でも不祥事有ったよな?確か、二年ステージで男子生徒が全裸になる奴…。あの人どうなったんだろ?

雄英体育祭には放送事故を起こすジンクスでもあるのだろうか?

 

兎に角、こちらも事案の片棒を担いだ身だ。何かしらのフォローを入れるべきだろうか?

そう考えながら芦戸さんの傍に歩み寄る。

そして自分の被っていた帽子を彼女に被せた。

 

 

「…わっ!……なにこれ?」

「ささやかながら変装な。目元見えにくいだけで、かなりバレにくくなるよ」

 

 

そう言いながら俺はパーカーのフードを被る。実際電車の中でしかバレなかったし、ある程度効果はあるだろう。

しかし、相手は芦戸さんだ。角にピンク髪、パープルピンクの肌に黒い瞳…目立ちまくるパーツが目白押しである。もう少しアイテムも必要だろうか?

 

 

「何だったら、もうちょい何か着ける?グラサンとマスク…後は黒髪ストレートでよけりゃウィッグもあるけど?」

「まて福朗、何故そんなもんまで持ってる?」

「変装用。昨日治療の為に出歩いたら滅茶苦茶声かけられまくったからな…」

「あ~わかるわ。俺もそうだったしな」

「僕…そんなことありませんでした… 。゚(゚´ω`゚)゚。」

「まぁ、最終種目まで進んだ三人だしね…。注目されたってことでしょ…?」

 

 

そう言いながらマジックでも披露するかのように次々変装アイテムを取り出す。

ソレを見てた芦戸さんは困り顔で帽子を目深に被り直した。結局、変身アイテムは要らないようだ。

 

ところで、この取り出したアイテムはどうしよう…。

 

 

 

 

 

 

ここでソウビしていくかい?

 

→はい

 いいえ

 

 

 

 

 

 

黒髪ストレートにマスクとグラサンの猫男子が出来上がった!

 

 

「ジャーン!!」

 

「やめい馬鹿っ!」

「あべしっ!?」

 

「ブフォっ!!」

「ちょっ!ブフッ…おにっ!…おにーさん、何やって… (´゚艸゚)∴ブッ」

 

 

一佳のツッコミが後頭部を直撃した。

鮮やかにヅラが飛んだ。

切島君が吹き出した。

僕ロリも吹き出した。

 

 

「何やってんだよアンタは…」

「いや、折角出したし、使わないと…勿体ない」

「似合わねぇよっ!」

「ひどいなぁ…」

 

 

そう言いながらヅラを拾い、装備し直す。

 

 

「しまえよっ!!」

「ひでぶっ!」

 

「「だっひゃひゃひゃひゃっ (´゚∀゚)・:.・:∵ブハッ」」

 

 

再び一佳のツッコミが後頭部を直撃した。

鮮やかにヅラが飛んだ。

切島くんと僕ロリも吹き出した。

まさかの天丼である。

負けじとヅラを拾う。

 

 

「…ぷっ…ふふっ…あーはっはっはっ!」

 

「ははっ…はーっ!…ってあれ?みーちゃん (*´`*)」

 

「ヘーンなの!はははっ!」

 

 

一佳の洗練されたツッコミ技術に大ウケの御様子である。善き哉善き哉…場もそこそこ温まってきた…。

 

 

「さあ、この勢いで遊園地楽しもうっ!!」

 

「「「おーっ ٩(ˊωˋ*)و!!」」」

 

「ヅラ取れ馬鹿ぁっ!!」

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

「よいしょっ!…アレ?外した?」

「だめだなー!よしっ!ここは俺が手本を…それっ!…あら?」

 

「なにやってんですか… (๑´Д`ก)」

 

 

一行は赤煉瓦色の山々が聳え立ち、木造建築の並び立つ街並みへと足を運んだ。西部劇の世界に迷い込んだかのような風景は、一同を自然と日常とは隔絶された別世界へと誘ってくれる。

周囲の(ゲスト)の喧騒も明るく、気持ちが晴れやかであることが伝わってくる。その空気に当てられて、相乗的に気分も良くなっていた。

 

「取り敢えず山行こうぜっ!山っ!」と言う切島の提案から、皆はこのエリアに足を運んだ。因みに「クマさんの蜂蜜狩り行こうぜっ!」と言う大入の提案は、「お前ハニーポップコーン食いたいだけだろ」と拳藤に却下されたようだ。

 

当遊園地でも根強い人気を誇るトロッコ型ジェットコースターのファストパスを確保して、時間調整の為に近くのアトラクションで遊ぶことにした。

酒場(パブ)をイメージした施設内でウインチェスターライフルを携え、出てくる的をバンバンと撃ち抜く体験型のアトラクションだ。

切島と大入はどちらが西部一のガンマンか競争しているようだ。

 

 

「男ってなんでこう勝負事が好きなんだかなぁ…」

「ねー」

 

 

そんな様子を拳藤と芦戸は邪魔にならないように少し離れた場所から眺めていた。

 

 

「…そう言えばさ?」

「んー?」

「二人ってどういう関係なの?」

「………ただの幼馴染み」

「なに、今の間はっ?」

 

 

そう言いながら芦戸は拳藤の顔を覗き込む。「私、気になります!」と表情で語り、熱意を向けると、自然と拳藤が視線をそらした。

 

 

「あやしい…」

「あやしくなんてないよ」

「でもでも!二人ってさ、「タダならぬカンケイ」って感じじゃん?」

「…そう見える?」

「見える見える!」

「ふむ…」

 

 

そう言われて、拳藤は大入を見た。するとこっちに気づいたらしく、手を振っている。その動きを見た切島と東雲も同様に手を振ってくる。

拳藤はそれに手を振り返して、物思いに耽る。

 

 

(そう言えば、私と福朗の関係ってなんだろう…)

 

 

「幼少の頃からの幼馴染み」と一言で片付ける事は容易だ。

しかし、大入と現在の様に深く関わる関係になったのは中学校に上がった時の話だ。それより以前は「同じ学校の同じクラス」でしか無かった。

何故、縁も無いような二人がここまで交流するようになったかと言われたなら、やはり「あの事件」が原因だろう。

そして、知った。彼が『孤独』であるということを…。

 

 

(…だから、私は…)

 

「…?一佳ちゃん?」

「ん?あぁ、ゴメンゴメン。ちょっと考え事をさ…」

「考え事?」

「いや、改めて私とアイツの関係ってなんだろうなって」

「っ!ソレでソレでっ!?一佳ちゃん的にはアリなの?」

「…アリ?」

「にぶちんだなーっ!様は一佳ちゃんは大入くんの事を「恋人として見れるか?」って話だよ!」

 

「………っ!!?~~っ!?」

 

「ほほぅ…これはこれは…」

 

 

普段なら柳に風吹く様にすんなりと流している、拳藤の余裕が崩れた。

昨日一日中ずっと彼の事で悩み続けた上に、今日はもしやデートかと淡い期待を裏切られた。上げて落とすやり方に、いつもの調子を保てていなかった。

頬が熱を持ち、赤く染まり、瞳が揺れた。

 

そんな彼女の珍しいボロに、芦戸は顎に手を当てしたり顔である。

 

拳藤一佳は察した。

 

 

(こいつ切奈と同じ(色恋モンスター)だ…)

 

「さぁさぁ、さっさと告白(ゲロ)っちゃいなよ!YOU!」

「ま、まって…私そんなんじゃ…」

 

 

手をワキワキさせながらにじり寄ってくる芦戸。その動きに思わず後ずさる。

 

 

「何を白状(ゲロ)るの?」

 

 

拳藤が後ろを振り向くと先程まで遊んでいた大入達が歩み寄ってくる。

僕ロリ事東雲の胸に光る金のバッチから察するに、西部一のガンマンは彼女に決定したようだ。

不思議そうに問いかける大入の顔を見た拳藤は、目を白黒させたかと思うと、顔を真っ赤にした。

 

 

「うっ、うるさいな!アンタにはカンケイないだろっ!」

「ぬおっ!?いきなりキレるとは何事かっ!?」

「喧しいっ!!」

「いと、ヒドす…」

 

 

少々混乱したままの拳藤の暴言に、大入が芝居掛かった所作で煽るように戯けて答える。

何でこんな奴のために一喜一憂し無ければならないのかと拳藤は無性に腹が立った。

 

 

「ほらっ!そろそろファストパスの時間だろっ!とっとと行こうっ!」

「ちょい、一佳っ!そんなグイグイ引くなっ!転ぶっ!転ぶからぁっ!?」

 

 

この場の空気に耐えきれなくなった拳藤が次のアトラクションを口実に撤退を決め込む。何故か大入を拉致しながら…。

その様子を首を傾げて見つめる切島。

 

 

「なんだ…ありゃあ…?」

 

「いやぁ…青春ですなぁ…」

「む~… ( ・᷄ὢ・᷅ )」

 

「いや、サッパリ意味分かんねぇよ…」

 

「分かってないですね~きーくん (´-ω-`)」

「はぁ…これだからお子ちゃまは…」

 

 

恋心の何たるかを丸で理解していない切島の反応に女性たちが微妙な顔をする。

 

 

「なんなんだよおい…」

 

 

切島を置いてきぼりにして移動する一同。切島は頭をガシガシ掻いて、後を追った。

 

 

 

 

 

 

大人気のジェットコースター他数種類のアトラクションを堪能した所でお昼時、お腹の虫が鳴き出す頃になった。

そのまま、食事を摂れる場所に足を運んだ。

西部劇の世界から直ぐ隣の、アメリカの密林奥の河川を彷彿させるエリアに隣接したキャンプハウス風のテラス。ワッフルをパンやバンズの代わりにした独特なサンドイッチを扱うお店で、外の河を進んでいくクルージングアトラクションを眺めながらキャンプ気分でゆっくり食べられる場所だ。

 

 

「あぁ、明日からまた学校か…もうちょい休んでたいなぁ…」

「あっ!わかるわかる!毎日が日曜日なら良いのにねっ!そしたら遊び放題っ!」

「アカン芦戸さん。それニートって奴や…」

 

 

大入が休みが終わる事に憂鬱な気分になっていると、芦戸がその話に食い付き肯定してきた。思わず先程の言葉を翻して、大入が芦戸を制止する。

 

 

「けどさ、反面楽しみでも有るよな!明日にはわかんだろ?ドラフトの指名っ!」

 

 

サイドメニューの骨付き肉に齧り付きながら切島がそう励ました。

 

先日の雄英体育祭。あれにはヒーロー科のカリキュラムに置いても重要な意味がある。

「ドラフトの指名」はこの後に予定されている「職場体験」に関係している。職場体験の研修先はは、ヒーロー科を目指す少年少女達なのだから当然ヒーローの現場である。

体育祭を視聴した現役ヒーロー達が、自ら事務所に気に入った生徒を指名して、実際にヒーローの仕事ぶりを体験学習をして貰う機会が設けられている。受け入れ先の事務所からしたら、有望株な生徒に卒業前からアプローチができる絶好の機会だ。反対に生徒側から見ても、プロヒーローとのコネクションを確立できるため、互いにメリットの有るカリキュラムだ。

 

 

「特に大入は総合2位だしな!指名も多いんじゃねえか?」

「どうだろ?度ごとにボロ雑巾にされてたからな…案外伸びないかも…」

 

 

飯田戦はともかく、塩崎・轟・爆豪との戦いぶりを思い出すとろくでもないなと大入は感じた。総じて全身に重症を負った記憶しか残っていない。

勝つ度にあんな風にボロボロになってる奴に果たして需要があるだろうか?大入はその様に思った。

 

 

「そうだよね…アタシなんかあんなに恥ずかしい姿になっちゃったもんね…アタシの方こそ指名来ないかも…」

「あぁっ悪かったって!ホラっ!俺のチュロス分けてやるから元気だせって!!」

 

 

体育祭の失態に、今一度気分が沈みそうな芦戸を慌てて切島が慰める。肩を軽く叩き、その後にチュロスを半分に割って分け与えていた。

 

 

「きーくんとみーちゃんはまだいいですよ…。僕は最終種目にすら出てないから、プロヒーローの目に留まってないかも知れません (´._.`)」

「そうだね。最終種目に出ただけで充分目立ったはずだ…。心配すること無いよ」

「…うんありがと」

 

 

援護するように最終種目に出ることが出来なかった東雲と拳藤が励ましの言葉を送る。それを見て芦戸は元気を取り戻して笑った。

ドラフトの指名はテレビにどれだけ映ったかも関係している。レクリエーションにより活躍さえ出来れば、残された二人でも指名のチャンスはあるのだ。

 

 

「…そう言えばなんだがよう…。大入、その手袋はなんだ?」

「ん?これか?」

 

 

気まずい雰囲気から逃れるために、切島が大入を指差す。大入が外出の際に身に着けている革手袋。食事中の今は利き手の右手だけを脱いで、フライドポテトを抓んでいた。

 

 

「ん~…。例えばの話なんだが、「俺の“個性”で犯罪行為」を働くとしたら、どんなことが出来ると思う?」

「…は?」

 

 

返答の代わりに突き付けられた議題に思わず驚く。

呆気にとられる切島をよそに大入は手を伸ばし、切島のジュースの入ったコップを手に取る。そして、一気に格納した。

 

 

「こんな風にスリ・万引き・強盗と「盗む」事において、これ程有効な能力は無いよね。何せ、格納すれば痕跡が残らない…」

 

 

そう言いながら指を鳴らすと〈揺らぎ〉が生まれて、元の位置にコップが戻された。

 

 

「俺の“個性”は素手で触る事が格納条件なんだ。…丁度A組の麗日さんと同じな。

つまりは俺の手袋は無闇に“個性”を使わないって言う意思表示でも有るんだわ」

 

 

そう言葉を締めて、更にフライドポテトを一抓み口に運んだ。

 

 

「おう…苦労してんだな…」

「そんなこと無いでしょ?

もし悪いことするなら、切島君や一佳なら直接手段に出れば良いだけだし、芦戸さんの酸なら金庫だろうが牢屋だろうが大概の物を溶解できる。僕ロリだったら掌を足場に逃げたり、太陽光熱で小火騒ぎくらい出せるだろ?

様は使い手のモラル次第だし、優秀な英雄(ヒーロー)は優秀な(ヴィラン)にも成れるって話さ…」

 

 

そう言って自分のジュースを口に含んだ。

 

 

「おにーさん、おにーさん (๑´>᎑<)」

「んー?どした、僕ロリ?」

 

 

寛いでいる大入に東雲が声を掛ける。何やらモジモジと恥ずかしそうにしている。

 

 

「そのポテトを分けて下さいなっ (๑•̀ㅂ•́)و✧」

「…だから単品じゃなくセットで買えって言ったんだよ」

「し、仕方ないじゃ無いですかっ!思ったより少なかったんです (。•́ - •̀。)」

「しょうが無いな…ほらっ」

 

「…お、おにーさん Σ(///Δ///)」

 

 

東雲は大入が購入したフライドポテトに集る気の様だ。高校生の限られたお小遣いを有効に使うため食事を減らし、浮いたお金でお土産を買う戦略だったようだ。

しかし、小さい体躯でも育ち盛りの高校生。サンドイッチのみでは足りなかった様だ。

仕方なしにと大入は自分のフライドポテトを分けることにした。容器からポテトを1つ取り出して東雲の口元に差し出した。

この行動には東雲が困惑し、切島が度肝を抜かれた。芦戸は興奮した様子で熱い眼差しを向け、拳藤は危うく手に持つフライドポテトを落としそうになった。

 

大入のこの行為、端的に言って「はい、あーん」である。

 

 

「……?…あぁ、すまん、妹にやる癖で…」

 

 

6人兄弟姉妹の大入ファミリー。特に末っ子の寧々子は甘えん坊で兄姉に抱きついていつも一緒に遊んでいる。おやつの時には大入の膝の上に座り、食べさせて貰うこともしばしばある。

僕っ娘、ロリっ娘、元気っ娘のおねだりがうっかり大入の兄属性を引き出してしまったのだ。

これは余りに調子が乗りすぎた。自らの失態に大入はバツが悪そうに、伸ばした手を引っ込めようとすると、東雲が大入の手にパクリと齧りついた。

 

 

「あむっ (﹡ˆ﹀ˆ﹡)」

「ちょ!?」「キャーッ!」

 

「…ペロリ…美味しく頂きました (๑>؂<๑)۶」

 

「…そりゃどうも」

 

 

大入のポテトを奪い取るため、その指ごと口に含む東雲。ポテトの塩の一粒まで堪能するかのように、指先を丁寧に舐め取り、最後にチュポンと音を鳴らして大入の指を解放した。

東雲の行為に切島が驚愕し、芦戸が黄色い声を上げた。拳藤は落雷が直撃したかのような衝撃を受け、手に持ったフライドポテトを下に落とした。

東雲はイタズラっぽい笑みを溢しながら礼を言った。対する大入は一度顰めっ面をし、紙ナプキンで手を拭いた。

はわはわと興奮した様子の芦戸に、初めて見る東雲の意外な一面に驚く切島。その神妙な空気を裂くように拳藤が割り込む。

 

 

「ふ、福朗ぅ…」

「…な、何?一佳?」

 

 

何やらモジモジと恥ずかしそうに大入に呼びかける。いつもの竹を割った様なサッパリとした性格の彼女の意外な仕草に無意識に緊張が走った。

 

 

「その…私にもポテト…分けてくれないか?」

「あれ?一佳のポテトは?」

「いや、さっきのでビックリしちゃって…落とした」

「お、おう…」

 

 

恥ずかしそうに事情を説明する拳藤。彼女にしては珍しい失態、さっきの光景に驚くなんて案外初なんだな、などと感心する一方、気まずい事を聞いてしまったなと自分を戒めた。

 

 

「そう言うことなら…はいっ!」

 

 

先程までの微妙な空気を払拭するように、声の調子を上げて答える。

そして、反省を活かしてフライドポテトの容器ごと拳藤に差し向けた。

しかし、それを見た拳藤の表情が微妙なものに変化した。それを見てアチャーと顔を覆う芦戸。しかしそれに気付くことは無く、様子のおかしい拳藤に大入は首を傾げていた。

 

 

「…?」

「そぉい!!」

「ああっ!?」

 

 

拳藤は“個性”で掌を巨大化し、大入の手から半分程残っていたフライドポテトをすべて奪い取った。

驚いた大入が制止する間もなく、拳藤はポテトを口に放り込む。そして二三度咀嚼すると、残っていたドリンクで流し込んだ。

 

 

「…んく…ぷふぁ…ん、ごちそうさま」

「…俺のポテト…」

「旨かったよ」

「…ぽてと……」

 

 

大入はしょんぼりと空になった容器の中を覗き込んでいた。

そして、そっぽを向いた拳藤。呆れる芦戸。ニヨニヨする東雲。四者四様の反応にオロオロする切島が残った。

 

 

 

 

 

 

「…うむ流石はハニーポップコーン。安定の旨さだ」

「です~ (*´ω`*)」

 

 

西部エリア、密林エリアを抜けてファンタジーエリアへと移動した所でトラブルが発生した。

ファンタジーエリアのアトラクション「幽霊屋敷」で運悪く前後のグループで分断されてしまったのだ。仕方ないので次のアトラクション「クマさんの蜂蜜狩り」で合流する事を約束して、大入と東雲は残りのメンバーを置いて先に進むことにした。

一足先に到着した二人は、大入お目当てのハニーポップコーンを手に入れてベンチに腰掛け、ポップコーンのモキュモキュという食感を堪能していた。幸せそうな笑みでポップコーンを頬張る二人は、端から見たら仲の良い兄妹のようだった。

 

 

「今日はありがとうな、僕ロリ…」

「いえ、おにーさんが協力してくれて、よかったです (*´˘`*)」

「あぁ、芦戸さんも元気になったみたいで良かった」

 

 

何気なしに大入は礼を言う。今日のイベントを企画したのは、他ならぬこの東雲だった。

雄英体育祭での遊びの約束に、気落ちした芦戸を元気付ける計画をし、大入がそれに乗っかった。

結果は上々。元気にはしゃぐ彼女を思い出すと、今回の作戦は大成功と言えたのでは無いだろうか。

 

 

「いえいえ~おにーさんがバカやってくれるおかげですよ (*´罒`*)」

「さらっと辛辣な物言いだな」

 

 

にっしっしとイタズラっぽく笑って返す東雲。思わず大入がその笑顔を引き吊らせた。

大入がボケて拳藤がツッコむ。夫婦漫才さながらの連係プレーで終始馬鹿騒ぎをしていた大入。流石は自ら道化を騙るだけはあるらしく、元よりノリの良い芦戸はその流れにアッサリ乗せられた。

ただ問題があるとすれば、大入の行動の何処までか素なのか、サッパリ分からないと言うことだ。

 

 

「でもでも、助かったのは本当です (,,>᎑<,,)

何かお礼をしないと…」

「お礼とは律義だな……そだ、仲良くなったついでに僕ロリに聞きたい事が有るんだけど…いいか?」

「なんだぁ水臭いですよおにーさん (๑>؂<๑)۶

僕とおにーさんの中じゃ無いですか~ドンと聞いて下さいなっ ☆٩(。•ω<。)و

何が聞きたいですか?好きなお菓子?好きな料理?気になる番組に最近のマイブーム!…スリーサイズは恥ずかしいですが、好みの男性のタイプであれば… (*//艸//)♡

さぁ!何なりと聞いて下さいっ! ٩(๑>∀<๑)۶」

 

「じゃ…遠慮無く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてそんな演技(・・)してるの?」

 

「…………は?」

 

「こういうのを「猫かぶり」って言うのかな?

僕ロリってさぁ、普段からオーバーリアクションで動いてるだろ?ぶっちゃけ、喋ってるときと、ジッとしてるときの温度差…と言うかスイッチのオンオフが激しすぎる。何だか「これが東雲黄昏」を取り繕ってる様な見せつける様な印象だな…」

 

「………そ、そんなわけ…」

 

「あぁ、でも俺にイタズラ仕掛けてきたときは凄い生き生きしてたな?僕ロリって案外、小悪魔タイプなんだな」

 

「……やめてください」

 

「僕ロリはさ、仮面なんて着けずにもっと自由にするべきだ。そんなに無理して、笑って、大変じゃ無い?それより、いっそ…」

 

「やめてって言ってるでしょうっ!!」

 

 

大入が視線を東雲に向けると、東雲は大入を睨み返した。先程までのクリクリとした丸い四白眼は、鋭い三白眼に変わり、小さな口元を目一杯歪ませて、不快感を露わにした。

大入は少なからず驚いた。彼女のリアクションの端々に説明しにくい違和感が前からあった。彼女に無理をして愛想笑いをして貰いたくないと考えもあって言ってみては見たものの、適当にはぐらかされるのがオチだと思っていた。

それがどうだ?先程とは丸で別人に成ったかのような彼女に、大入は言葉を止めることしか出来なかった。

 

 

「…初めて見せてくれたな、その顔」

 

「一つ聞いてもいいかしら?」

 

「何?」

 

「どうして気が付いたの?」

 

「…ただ何となく。強いて言うなら「同族」の臭いがしたからだな」

 

「冗談を言わないでっ!貴方に何が分かるの?なんでもかんでもすべて見透かした様に偉そうな事を言わないで。

それに「無理をするな、自分をさらけ出せ」って?簡単に言わないで。

たった出会って数回…、時間にして数日にも満たない貴方に言われても、何の説得力も無いし、それに私はこれでもずっと考えて…それでもこれで行くって決めてるの。今さら他人に言われたくらいで変えられる物では無いわ」

 

 

ベンチから立ち上がり、東雲は大入の前に立つ。そして座ったままの大入を見下ろした。「これ以上、余計なことは言うな」と目が語っていた。

 

しかし、そんな物で黙るような大入では無かった。

 

 

「…だったらさぁ。何で今、そんな辛そうな顔してんのさ?」

 

「っ!?」

 

 

その一言で東雲の瞳が揺れた。口を開こうとして、少し開くと、そのままギリリと噛み締めた。

そのまま視線を交錯させる二人に、静寂が支配していた。

 

 

 

 

 

「おーいっ!黄昏ちゃーん!」

 

「あっ!みーちゃん! (*´`*)」

 

 

後から遅れてやって来たメンバーを代表して芦戸が手を振って呼びかける。

先程までの空気なんてまるで無かったかのように愛想を振りまいて手を振り返した。そのまま東雲は駆け寄ろうと逡巡し、今一度大入に顔を近づけた。

 

 

「…さっきの話、皆には内緒ですよ? (*´ー`*人)」

 

 

東雲は大入の前で合掌するように手を合わせ、可愛らしくお願いをした。

先程外した仮面は、綺麗に填め直された様だ。

 

 

「……余計なことするんじゃ無かったかな?」

 

 

大入は頬を掻くとベンチから腰を上げ、皆に合流した。

その後、何度か東雲と二人きりなったが、仮面を外すことは無かった。

 

 



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職場体験編
70:名前に思いを込めて


「へぇ…『ヒーローネーム』…」

 

「うん!そうなんだ!」

 

 

昼時、腹ペコ生徒のごった返す大食堂『LUNCHRASHのメシ処』。目の前の緑髪にソバカスの少年『緑谷出久』が、手に持ったカツ丼を掻き込みながら嬉しそうにそう言っている。

 

 

「それで『デク』ねぇ…」

 

 

デク君が笑顔で語っているのはAクラスの午前のカリキュラム『ヒーロー情報学』の授業内容だった。

これから始まる職場体験に伴い、「ヒーローのコードネームの考案」をする事になったらしい。

名は体を表すと言うように、名前を付けると言う行為は、目標を掲げ、願いを込める事でも有る。つまり、それだけ大事な授業であり、ある種の自己啓発を促す内容でもあった。のだが…。

 

 

「例えば俺の『福朗』って言う名前。「幸福で朗らかに笑って居られるように」と願いが込められているわけだが…」

「…う、うん。いい名前だよね…」

「『デク』って普通に聞いたら真っ先に想像すんのが『木偶の坊』のデクだろ?『出久』って名前がそうも読めるってだけで付けられたあだ名…。ヒーローネームにするには印象悪くない?」

「そんな事無いよ!良い名前だよっ!」

「でもなー…」

 

 

デク君の隣で白米を頬張る『麗日お茶子』が抗議の声を上げてきた。口にご飯を目一杯含んだホッペタがモニュモニュしていてハムスターを彷彿させるような愛嬌を醸し出していた。…ホッペタつっついたらどうなるんだろ?

 

 

「デク君のデクは「頑張れって感じのデク」なんだよっ!」

「「頑張れって感じのデク」…な。普通に考えるとそんな発想にはならんよなぁ…」

「うっ…確かに僕も麗日さんに言われるまではそんな事思いつきもしなかった…」

「デクくん!?」

 

 

「デク」って言葉から「頑張れ」って意味を繋ぎ合わせる麗日の独特の感性。

俺からみてもユーモラスで大層魅力的では有る。しかし、世間一般を考慮するとそんな発想には辿り着かないだろう。

 

 

「でも…まぁ…いいんじゃない?」

 

「へ?」

 

「名前に込めた意味は謂わば目標であり理想だけど、自分でしっかりと心に刻んで、それがブレてないなら問題無いでしょ」

 

 

『デク』と言うネーミング。ルーツを辿ると彼の幼少期にまで遡る。

きっかけは幼馴染みだった爆豪が「出久(いずく)」を「出久(デク)」と読んだのが始まりだった。それ以降彼は爆豪との能力の差を齢四歳の頃からずっと叩き付けられてきた。

優秀な彼と、無能な自分。

“強個性”な彼と、“無個性”な自分。

 

つまり『デク』とは渾名は、忌み名であり、緑谷が長年晒され続けてきた「劣等感」の象徴でもある。

それを自らの『名前』にすると決めたのだ。

何も出来ないデク(古い意味)」から「頑張れって感じのデク(新しい意味)」に言葉を変えるために、『デク』を選んだのだ。

 

 

(『弱さ』を認めるって本当に難しい事をサラッとやってのけるんだよな~この子…)

 

 

弱さを認め、飲み込んで、それでも諦めずに立ち上がる。

それがどれだけ大変な事なのかは身をもって知っている。

 

 

「……で?飯田君、大丈夫?手止まってるよ?」

「っ!あ、あぁ、すまない!……むっ!大入クン、いつの間に来てたのかね?」

「今更ぁっ!?」

 

 

放っておくとそのままビーフシチューの皿を見つめていそうな飯田君、声を掛けてみたらハッと我に返ったようだ。

というか、俺、認識されてなかった。

せつなさみだれづきである。

 

 

「……やっぱりお兄さんの事?」

「っ!?」

「ちょっ!大入くんっ!?」

 

 

雄英体育祭の裏で起きていた惨劇。飯田の兄であるターボヒーロー『インゲニウム』が敵によってやられた。何とか一命は取り留めていたものの、今後ヒーロー活動が出来るかは不明だ…。

 

いや、嘘だ、本当は知っている。

彼の兄『飯田天晴』は、凶悪犯罪者『ヒーロー殺しのステイン』の凶刃にかかり、敗北した。その後遺症でヒーロー活動は不可能と診断されている。

 

 

「…兄の事は心配ない。一命は取り留めている」

「………そっか」

 

 

飯田君はぎこちない笑みで返した。辛くて苦しい筈なのに、決してそれを気取られぬように明るく振る舞っていた。周りに悲しい顔をさせたくないと言う、彼なりの健気で不器用な優しさだった。

それを見て胸が苦しくなった。

 

 

「そうだっ!忘れる前にこれ渡さないとっ!」

 

 

しんみりとした空気を変えるように、努めて明るい声色で話題をすり替えた。

指を鳴らしてデク君と麗日さんの前に〈揺らぎ〉が生まれる。すると、中から可愛らしい小包が二つ出てきた。

 

 

「これ騎馬戦組んでくれたお礼な。市販品だけど旨いだろうよ」

「わあっ!クッキーだっ!ありがとう大入くん!」

 

 

取り出したのは先日遊園地で買ってきた小さなクッキーの袋詰めだった。

食べ物を手に入れた麗日さんが大喜びである。…ちょい待て、アンタ貧乏キャラは二次ネタだろ。

 

 

「あぁ、切島くん達と遊園地行ってきたんだっけ…」

「そ、千葉県出身者集めた『ヒロイチバ会』。それのお土産も兼ねてるから」

「うわ~いいな~遊園地…」

 

「んじゃ、俺はこの辺で、常闇君にもお礼しないと…。邪魔して悪かったな」

 

 

そう言って席を経つ。

当初の目的を達成したので、そろそろお暇しよう。お昼の内に常闇君にもクッキーあげないと……あっ、勿論黒影(ダークシャドウ)ちゃんの分もあるよ!

 

 

 

 

 

 

 

Aクラスに戻ってきていた常闇君を捕まえて、クッキーを渡すミッションをクリアし、教室に帰ってくると昼時の騒がしい話し声が聞こえてくる。というか、俺の席の後ろ…回原先生の席が座談会場となってるらしい。

俺の存在に気付いたらしい円場君が手招きをしてきた。

 

 

「どったの?円場君?」

「なー大入?お前はどれが好みよ?」

 

 

回原先生の机の上には何故か女性ヒーローのブロマイドが並べられていた。『ミッドナイト』『ウワバミ』『Mt.レディ』『リューキュウ』『ワイルドワイルドプシーキャッツ』に他にも俺が知らない女性ヒーローのもある。…あっ、これインゲニウムのとこの相棒(サイドキック)だ。あと、『シリウス』とかすごいマイナーなのまで…。

 

 

「好みの女性のタイプを聞いてるの?」

『それ以外に何があると思ったのさ?』

 

 

持ち込んだのは吹出君らしい。

 

しまった…と思った。

童貞を拗らせた彼女居ない歴=15+α才(30オーバー)の俺は、どうにもこの手の下世話な話が苦手だ。

無論「エッチなのはいけないと思います」とかピュアピュアな事を言うつもりは毛頭無い。どちらかと言えば、「これにどんな返答をして、どんな印象を持たれるか」と考えることが怖い。ただただ、奥手でリスク管理が行き届いているだけだ。

 

そこ、臆病者(チキン)とか言うんじゃ無い。

 

 

「ん~やっぱり塩崎さんには敵わねぇな…」

「ブレ無いな~回原君」

 

 

席の主である回原先生がつまらなそうな顔で色々なブロマイドを眺めているが、どうにも気に入らないらしい。彼の塩崎さん好きは筋金入りと化し始めている。

 

 

「そんで?どうなんだ?」

「ん~じゃあ…これで…」

 

 

適当にはぐらかして誤魔化す事は出来そうにないな。…仕方ないからガッツリはぐらかす。

俺は一枚のブロマイド…『ミッドナイト』の写真を取った。

 

 

『18禁ヒーロー『ミッドナイト』?』

「なんつーか意外だなー?そんなエロエロなのを選ぶなんてな-?」

 

「おっ?なんだなんだ?面白そうな話してんな?」

「女性ヒーローのブロマイド?

…なんか珍しいね、君はこの手の話嫌ってる風なのに」

 

「まぁ、巻き込まれたんだよ」

 

 

俺の選択に反応したらしく、泡瀬君に物間君まで寄ってきた。昼間っから男子6人で好きな女性ヒーローの話って本当に何やってんだろ、俺…。

心無しか女性陣の目が痛い。

 

 

「実はさ…『ミッドナイト』先生の事で気になる事があるのさ…」

 

『おっ!何々?「今フリーなのか?」とか「教師と生徒の恋愛はありなのか?」とか?』

「オイ、何故に恋愛絡みに持ち込もうとする?」

「それで?ミッドナイトなんかのどこら辺がいいんだ?」

「回原君…言葉に気を付けないとしばかれるよ?」

 

「いやさ……

『ミッドナイト』先生って本当に『18禁ヒーロー』なのかな?って」

 

「『「「「………ん?」」」』」

 

「おいおい皆して小大さんになってるぞ?

………前から思ってたんだよ。「18禁ヒーローが高校教師でいいのか?」ってさ。

そこで閃いたんだっ!もしかしたらミッドナイト先生は18禁では無いのかも知れないっ!」

 

 

突然の話に一同、目をぱちくりさせている。ふっふっふ…いいぞ?既に貴様等は我が術中だ。

 

 

「まてよ大入?ミッドナイト先生のあの出で立ちを見て18禁じゃないって言うつもりか?」

「それこそよく考えてみろ?ミッドナイトのコスチュームは極薄タイツでは有るが、露出面積も非常に少ないし、大事な局部はしっかりガードしてるぞ?極めて健全じゃないか?」

『いや、でも…』

「不健全さで言うならA組女子の葉隠さんとかヤバイぞ?話に聞いたところによるとヒーローコスチュームは手袋とブーツのみで後は全裸だぞ?」

「「「『「っ!?」』」」」

 

 

強烈なパンチに一同が怯む。しかし、ここからが本題だ。

 

 

「まぁ、両者共に『衣服』って存在自体が“個性”の圧倒的優位性を阻害しているせいで、より適応した形に変化したって話さ。

でもさ、それってイヤラシいと感じる心がイヤラシいんじゃないか?本人達がイヤラシいかって言われたら別問題だと思うんだよ」

 

 

身を翻して自分のイスに腰掛ける。イスを後ろ向きにして回原先生の机に対面するように座り直した。

 

 

「俺はね、ミッドナイト先生は18禁とか呼ばれる程、エロくないと考えてる」

『何を言ってるの!?』

 

「………かなり踏み込んだ話をするよ?いい?」

 

 

各々が躊躇いがちにも首を縦に振った。俺がアダルティな話をする事も珍しいが、それ以上に俺の話に興味があるようだ。

 

 

「そもそもミッドナイト先生って恋愛とか情事の経験って少ないと思うんだ…」

「えぇー!?あんな経験豊富なお姉さんって感じなのにかー!?」

「泡瀬君?ミッドナイト先生の“個性”は分かるよな?」

「そりゃあ知ってるさ。“個性:睡り香”、睡眠へと誘導する特殊な香りを分泌する事だろ?」

「それが原因だよ」

「どういう意味だ?」

「……あぁ、そう言う…」

 

 

流石だな物間君。伊達に俺とコンビ組んでるだけはある。

 

 

「男女が性行為をするとしたら…」

「いきなり生々しいなオイ」

「茶化すな、真面目に考察してんだから。…その行為をしたら十中八九、両者は脱衣した状態で、更に密着した状態になるだろ?加えて激しい運動で発汗量も増える。

つまり先生の場合、“睡り香”の分泌量も増加する。“個性”のオンオフがどの程度コントロール出来るかは不明だから、これは予想ではあるけど…。そしたら相手は“睡り香”を嗅いでしまって、すぐに眠ってしまうんじゃない?」

『つまり……男性は眠っちゃうからエッチな行為自体が上手くいかないってこと?』

「スル場所が個室とかになれば、睡りへの誘導はもっと早いだろうな?まぁ、眠ってる相手を無理矢理襲うことも出来るんだろうけど…、ヒーローである先生がそんな強姦紛いのことは早々出来ないだろう。

防止策を考えるなら「男性がガスマスクを付ける」とか「換気扇ぶん回した部屋でスル」とかになるんだろうけど…あまりにもムードに欠けるよな?

いづれにせよ、キチンとしたパートナーと同意の下、勤しむ事になるだろうけど…これも厳しい。何せ、女性ヒーローの結婚率ってのがそもそも低い。日頃の激務に出会いが少なく、危険な戦いに身を投じているせいか男性受けも宜しくない。大概は寿引退したり、別の仕事に転身してから結婚ってパターンになるわけだ…」

「確かに結婚した後、出産を機に引退表明とかよく耳にするな…」

「ミッドナイト先生ってSっ気有るには有るけど、それ以上に青臭いシチュエーションを好むだろ?

あれって“個性”のせいで、満足な青春時代を謳歌出来なかった反動じゃないかな?例えば“個性”のコントロールが不安定で好きな相手の傍だと緊張して、ウッカリ暴発、眠らせちゃった…とか。

そういう恋愛の失敗から、熱い展開・甘酸っぱい展開を好む様になったんだと思うんだよ」

「マジかよ…。っ!?」

 

 

回原先生が声を震わせている。いいぞ、完全に俺のペースに巻き込んだ。

 

 

「…そもそも18禁ヒーローって肩書き自体がオカシイんだよ」

 

「あら?どうしてそう思うの?」

 

「ミッドナイト先生が高校を卒業して、即ヒーロー活動を始めたなら、その時の歳は勿論18歳。18歳のうら若き乙女が自ら18禁を冠するなんて考えにくいだろ?

本来『Midnight(ミッドナイト)』は『深夜』って意味だ。皆が暗闇に怯えることの無い様に、安らかな睡りを与える守り神。だから『夜の守り手(ミッドナイト)』だったと考える方が自然だな。名前を付けた当初は『おやすみヒーローミッドナイト』とでも付けていたかもな…。

現在、そうならなかった。それは経営陣の売り出し方針のせいだと思う。深夜って単語からエロスな発想が出て、露出の多いヒーローコスチュームがそれを後押ししてしまったんじゃないか…?」

 

 

一度呼吸を整えて。俺は話をまとめた。

 

 

「以上の事を総括して、俺は新説を提唱したいと思うっ………!

 

 

 

それは………

 

 

 

『18禁ヒーロー『ミッドナイト』素人処女ビッチ説』!!」

 

 

俺が皆に目線を向けると、一同は顔を真っ青にしてブルブルと震えていた。

そして、視線は俺に向いていた。……否、俺の…後ろ?

 

ふと、後ろを振り返ると、顔を真っ赤にプルプルと震える当事者が居た。

 

 

「っ!?」

 

「「うおっ!?」」

 

 

完全に背後を取られたっ!?途轍もない生命の危機!?

 

気が付けば、本能が逃げの一択を命令していた。

咄嗟に足元に〈揺らぎ〉を展開した。クラスメイトの事などお構いなしに、空気の爆発で周囲の机や椅子を吹き飛ばして、相手の動きを妨害する。そのまま反動で一度教室の天井に張り付いた。

そこから窓際方面へ跳び、素早く転身。二手三手とフェイントを加えて教室の後ろのドアから脱出を計る。

 

 

「げふっ!?」

 

 

教室を飛び出した所でバランスを崩して、顔面から廊下に倒れる。鼻っ柱がジンジンと痛んだ。

すぐに立ち上がろうとすると、足が強い力に引っ張られ、転んだ。よく見ると左脚には鞭が絡み付いていた。

 

 

「ぐえっ!?」

 

「人の顔を見るなり逃げるなんて酷い。先生傷付いちゃうわ~」

 

 

背中にいきなり何かが乗る。それは相手が、倒れた俺を椅子にして座って居るせいであり、逃走に失敗した証明でもあった。

 

 

「いや、その…」

 

「随分私のこと好き勝手に言ったわね…覚悟は出来てる?」

 

「これは、あれですよ…先生の“個性”の考察…」

 

「それに“個性”の無断使用は御法度よ?出来の悪い生徒にはオシオキが必要よねぇ?そうは思わないかしら?」

 

「あの、その…」

 

 

ミッドナイト先生の顔が赤くなる。と言う寄りも恍惚としている。

今も脳が警鐘をガンガン鳴らし立てていた。

そして彼女がトドメの言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

「さあ?心の準備は出来た?」

 

 

 

 

 

 

 

あ…ヲワタ……。

 

 

 

 

 

 

 

「い、いやっ!?やめて!デキてないっ!?覚悟出来てないっ!!

ぎゃああああぁぁぁぁぁ………!」

 

 

お昼の教室に俺の断末魔が響き渡った。

 

 

───────────────

 

 

「……と言うわけで、皆さん察しているかと思いますが、本日のヒーロー情報学は後に控える「職場体験」に備えて、ヒーローのコードネームの考案を行います」

 

 

午後の授業の「ヒーロー情報学」。A組と同じコードネームの考案から始まった。

教卓に立つのは長いポニーテールに銀フレームの眼鏡の女教師。ビッシリとスーツでタイトに決めた姿は、如何にも仕事が出来るキャリアウーマンといった様子だ。

B組副担任の『海馬先生』。ヒーロー情報学の幅広い情報量を分かりやすく、それでいて面白く教えてくれる、クラスでも評判の先生だ。一応ヒーローライセンスの保持者でも有るが、ヒーローコスチュームは普段着用せず、スーツ姿で過ごすヒーロー科教師にしては珍しいタイプだ。

 

 

「ヒーローのコードネームとは即ち、自分がどういうヒーローなのかを示す、最も判りやすい情報です。

「自分はこの様なヒーローなんだ」と相手に伝える売り文句とも言えます。だからこそ自分の性格や特性などを織り交ぜた名前を考える人が多いですね…。

例えば、オールマイトならば『全能(almighty)』、エンデヴァーならば『努力(endeavor)』、ベストジーニストならば自分の代名詞とも言える『ジーンズ』。

これだけでも各々が自分に掲げたヒーローとしての在り方を感じられますね。

では、皆さんも自分にヒーローネームを付けてみましょう。将来目指すべき、自分のヒーロー像…それを考える事が素敵なヒーローネーム考案の第一歩となるでしょう」

「適当に付けちゃあ駄目よ!ヘンな名前を付けたがサイゴ!高校の時に付けたヒーローネームがそのまま世間に認知されて定着しちゃうこともあるからねっ!」

 

「……ブーメランですか?」

 

「だまらっしゃいっ!!?」

 

 

顔面に生傷で化粧をした男子生徒の大入が口を開くと、教卓の横に立っていたミッドナイトが鞭を振るって威嚇する。

乾いた鞭の音に短い悲鳴を上げ、大入が縮こまる。余程さっきの折檻が効いたようだ。

コードネームを書き込むためのボードが配布されると生徒各々が思い思いにペンを走られせた。

 

 

(ヒーローネーム…今思えば考えてなかった…)

 

 

大入にとってヒーローとは憧れの存在であり、目指すべき未来である。しかし、それは彼にとって「手段」でしかない。

大入がヒーローを目指すのは、限られた選択肢の中、最良の選択がこれだった為だ。

『AVENGER計画』の第一被験者である彼は、自身が選択した将来がこの計画の合否に直結すると言っても過言では無い。彼がヒーローとなった暁には、今まで「ヴィラン二世問題」に苦悩してきた同じ境遇の者達の救済制度を確立し、それの魁となる事が出来る。

加えて彼がヒーローとして大成すれば、例え計画が凍結したとしても、自立して弟妹達を養って生活する事だって不可能では無くなる。

つまり彼がヒーローを目指すのは「実益に基づいた」考えを備えているのだ。

 

自分の大切な者を守るため、只管我武者羅に己を鍛えてきた大入にとってヒーローネームなんて考えた事すらなかった。いや、考える余裕も無かったと言う方が正しいだろう。

改めて考えると本当にアクセクして生きてきたんだなと認識させられる思いだった。

 

 

「……さて、後は大入くんだけね」

 

「……はっ!?」

 

 

はっと気付くと知らぬ間に大入以外の者は発表を終えてしまったらしい。それ程までに集中して悩んでいたと言うことか。

大入の発表を待ち望んでいるらしく、生徒達の熱い視線を感じた。

 

 

(仕方ない…取り敢えず『テーマ性』から…)

 

 

大入は一先ず自分の売りを下地に名前を考えることにした。

自分の名前、能力、傾向…。こうして思考時間15分の彼のヒーローネームが決定した。

決めた名前をマジックペンでフリップに書き出し、彼は教壇に立った。

 

 

「じゃあ、大トリ失礼します…。

俺のヒーロー名は………

 

 

Jack Sacker(ジャックサッカー)』…」

 

 

フリップには綺麗な筆記体で記入されたヒーローネームが掻かれていた。

それを見ると教師二人が眉をひそめた。

 

 

「Sacker…『Sack(袋)』って意味ね…」

「でも、前に付いたジャックは何かしら?」

 

「それは『Jack in the box』…『びっくり箱』の事です」

 

 

「何が飛び出すか分からない袋」。それこそが大入の付けたヒーローネーム。数多の武器、知識、技術、戦法を総動員して戦う大入らしい名前になった。

 

 

「あぁ、なる程…。大入くんのスタイルは意表を突く事が多いものね」

「その意向に合わせて訳すなら『Jack Sacker(奇想天外な袋)』って事ね……うん、いいんじゃないかしら?」

 

 

教師からの太鼓判を貰い、安堵しながら大入は席に着く。御役目を終えたミッドナイトはここで退席するらしく、別れを告げて教室から去って行った。

無事に生徒達の名前が決定した所で、話は次の段階に移行する。

 

 

「さて、皆さん。ヒーロー名が決まったことで、今までより自分のイメージを固められたのでは無いでしょうか?

引き続き、職場体験の説明をしましょう。今回の雄英体育祭で活躍した生徒達にヒーロー事務所から多くの指名が来ました。これが結果です」

 

 

副担任海馬が端末を操作すると、スクリーンにグラフが表示される。棒グラフの様式で、上から順に指名数の多い者から並べられていた。

指名数トップは案の定、総合2位の大入だった。3000の大台に乗った指名の数々が、ぶっちぎりのトップを飾っていた。

続いて、最終種目で大暴れした塩崎と鉄哲がそれぞれ300程度の指名を貰った。それと意外なことに拳藤と物間にも1件づつではあるが、指名が入っていた。

 

 

「例年はもっと分散するのですが…。今年はA組に注目が集中していました。地力もシッカリ有るウチのB組が低く評価されてしまったのは少し残念で仕方有りません…。

でもっ!まだまだこれからですっ!これからこの職場体験で力をつけてA組を見返してやりましょうっ!」

 

 

ペンを口元に当てて数秒間考え込むと、そのままシュンと落ち込む海馬先生。クールな女性の時折見せるこの子供っぽい仕草がどうにも可愛らしい。両手で小さくガッツポーズをして気合いを入れ直すと職場体験の説明に移った。

 

 

「指名のない人にはこちらの事前に用意した受け入れ先から選択して貰います。

指名のあった人には追加でこちらの専用のリストを配ります。折角指名を頂いたのだから、できる限りそちらから選んで下さい。

ヒーローによって活動範囲や得意分野等も異なりますので、自分に必要な経験が得られそうな職場を選ぶことをお勧めします」

 

 

「……あれ?海馬先生?俺のリストは?」

 

 

受け入れ先のリストが各々に配布されている最中にトラブルが発生した。

どうやら大入の専用のリストだけが無いそうだ。彼は困惑した様子で先生に尋ねた。

 

 

「……あれ?…ごめんなさい忘れて来てしまったようね。大入くん、悪いけど授業終わった後に職員室に来てくれるかしら?」

 

「…はぁ…わかりました…」

 

 

彼女の発言に周りからヒソヒソ話が聞こえる。普段から細かい所にも手が行き届いた彼女がこんなミスをするのは珍しい。

そんなに疑問も配布された職場体験リストの存在に掻き消された。

 

手元にリストが届かずに手持ち無沙汰となった大入はチラリと隣の拳藤のリストを覗き見る。

 

 

「おっ『ウワバミ芸能プロダクション』から来たんだ…」

「ちょ!?見んなよ!」

「いいじゃん、暇なんだよ」

 

 

拳藤の手には学校側が用意したリストと拳藤専用のリストが握られていた。

しかし、拳藤の指名は1件のみ。無駄に白いスペースが広いA4用紙にポツンと唯一の指名先であるスネークヒーロー『ウワバミ』のヒーロー事務所の名が燦然と輝いていた。

 

 

(何、このルート固定?怖いな…修正力…)

 

 

雄英体育祭。原作でも大した活躍を出来なかったB組であるが、その際拳藤はシッカリと指名を貰っていた。

しかしこの度、彼女の見せ場でもあった「最終種目への出場権の譲渡」は無くなっていた。

それでも彼女に指名は届いたのだ。転生知識持ちの大入からしたら、こういう所に「世界の修正力」というものを感じずにはいられなかった。

 

 

「そんで、行くの?名前からしてメディア露出ハンパなさそうだけど?」

「う~ん…折角指名貰ったしな…いこうかな」

 

「……そっか、頑張ってな。(そりゃあ、もう、色々と…)」

 

 

この先待ち受ける拳藤の運命に、大入は心の中で合掌することにした。そして彼女の勇姿は高画質で録画しとくと、心に誓うことにした。

 

 



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71:運命が切り替わる音がする

全力で色々ブッ込む話




「オレは決めたぜっ!『フォースカインド事務所』だっ!」

「任侠ヒーローか…いいんじゃネェカ?」

「地方都市部で荒事も多いと聞く。元の成り立ちも特殊であるから最適だろう」

 

「えぇ!?『シンリンカムイ』の所に行くのっ!唯っち!?」

「ん…」

「塩崎…さんは…いいの?同系統の“個性”…学ぶこと…多いよ?」

「いえ…私は指名頂いてますから。それに山岳救助をメインとした所に行きますので…」

「あー茨っちはモリモリしてる方がいいのか?」

「モリモリっ!?」

 

 

放課後の教室。B組の生徒達が集まりやいのやいのと談義を続ける。

議題は勿論『職場体験』。その行き先だ。

多数の選択肢を与えられた鉄哲・塩崎の両名は意外なことに希望先をアッサリと決めた。元々自分の得意分野を活かす事に重点を置いた二人は目的がハッキリとしていた。

 

鉄哲は己の頑強な肉体を活かした武闘派のヒーロー事務所。フォースカインドの事務所を選択したのは、彼が希望する都市部での荒事が多いエリアであることもそうだが、何よりも腕っぷしだけで無く、元々は暴力団組織からのヒーロー事務所への転身と言う特殊なケースから、当人自身相当な切れ者で、その戦術眼の深さは一部から評価を集めるほどだった。

近接戦闘に引きずり込むためのプロセス。近接以外のアプローチを持たない鉄哲にとって貴重な学習体験になることは間違いないだろう。

 

塩崎の利点は、その無尽蔵に等しいリソースにこそ有る。しかし、それは水と太陽光、更なる促進のために潤沢な栄養が必要だ。大地に根を張ることで、それを実現させているが、都市部で“個性”使用の度に地面のアスファルトやらコンクリートやらを叩き割る訳にもいかない。だからこそ郊外の自然豊かな地域…山岳救助や遭難事故等を行うレンジャー系のヒーロー事務所を探した。

 

方針が決まっている以上、後は意向にあった事務所を調べるだけ。となれば、それ以上に気になるのは、他のクラスメイト…指名の無い面子の行き先となる。

 

 

「しっかしなー、大入すげーなー。行き先選びたいほーだいじゃねーか…」

「同意だ。流石は総合2位…文字通り桁違いだったな」

「けんど?一周回って大変でねぇべが?だって、3000件あるんだど?」

「だよな…」

 

 

そんな中で、やはり自然と話題に上がるのは大入、彼の存在だ。

先の雄英体育祭の立て役者、B組の評価を上げた…いやA組の印象を下げたのは間違いなく彼の活躍に他ない。そうして手にした3000にも登る選択肢の数々。気にならないわけは無かった。

 

 

「ただいまー」

「おっ!大入っ!帰ってきたなっ!…にしても随分遅かったな?」

「ちょっと野暮用でさ…。あっ!もしよかったら俺の指名リスト見るか?俺はもう決めたし…」

『早っ!?』

 

 

大入が手にしたリストをクラスメイトに手渡すと、それに興味を持った人々が群がった。人とは好奇心に勝てない生き物のようだ。

 

 

「うおっ!?『ギャングオルカ』に『ベストジーニスト』!?」

「えっ!?ちょ!マジかっ!?超有名所じゃねえかっ!?」

「いやっ待てっ!他にも番付けで100入りしてる所のがチラホラ有るぞっ!!」

「やっべーなっ!3000の指名やっべーなっ!!」

 

 

大入の受けた指名リストを覗き込むとその量ばかりで無く、質にまで舌を巻く。何しろ、誰しもが聞いたことのある有名事務所からの指名も入っており、大入の評価の高さを物語っていた。

海馬副担任が言っていたことだが、事務所が即戦力として見るのは、経験と実力を重ねた二・三年になってからの話で有り、現段階では興味レベルでの評価でしか無い。先方が高く評価するかどうかは実地研修をして初めて…と言った所だろう。

どちらにせよ、大入は大きなアドバンテージが出来た。ここで有名事務所とのコネクションが確立すれば、そのままコネ入社も夢ではない。

 

 

「そんで、お前は何処に行くんだ?」

 

 

そんな中、泡瀬は本題を大入にぶつける。ズバリ、彼の職場体験の行き先だ。

やはり、有名事務所を選ぶのが鉄板だろうか?いやしかし、大入の“個性”を活かした支援物資を届ける後方支援系のヒーロー事務所、オールラウンドな立ち回りの探索系ヒーロー事務所等の線も有りうる。

兎に角、興味が有る者どもで溢れていた。

 

 

「まぁ、隠すモンでも無いし…。これ、俺の行き先な…」

 

 

そう言うと大入は1枚の紙を出す。そこには彼の研修先のヒーロー事務所の名が書かれていた。

 

 

「「「「「………これ、どこ?」」」」」

 

 

──────────────

 

 

時は数十分前まで遡る。

大入は海馬と共に職員室に向かって歩いていた。

理由は彼女が用意し忘れた職場体験の大入専用リストを受け取るためだ。

事務仕事まで万能に熟す彼女が、こんな珍しくミスをするとは意外だなと感心しながら、大入はその後ろを着いていく。

 

 

「……ごめんなさい。実は先生、君に嘘をつきました」

「…はい?」

 

 

廊下の途中、海馬が足を止めると、彼女は大入に向き直り、腰を折って頭を下げた。

突然の事態に大入は唖然といった様子で彼女を見ていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。嘘をついたって、何で?どうして?」

「その…職員室に連れて行くと言う口実を使って、君を連れて行きたい場所が有ったんです」

「…それが…ここですか?」

「…えぇ…」

 

 

大入が横にある扉を見ると、扉の上の方に「校長室」と書かれた表札が掲げられていた。

 

 

「失礼します!1-B海馬副担任です!大入福朗くんをお連れしました!」

 

「どうぞ…」

 

 

海馬がドアを開くとその先には二人の人物が居た。

 

 

「やあ、呼び出してすまなかったね。今お茶を淹れるから、適当に座ってくれたまえ」

 

 

一人はこの部屋の主、学園の最高責任者の根津校長だ。彼は客人に茶を振る舞うべく、茶器を手にしていた。

 

 

「………おにーさん ( ´ー`)」

「僕ろ…東雲黄昏さん?」

「ちょいまって下さい、僕の名前ちゃんと言えるじゃないですかっ (๑ơ˘᎔ ơ)33」

 

 

もう一人は、昨日も顔を合わせたばかりの同級生の東雲黄昏だった。

 

先生に促され、大入と東雲が並ぶように席に座り、その対面に根津と海馬が腰を下ろした。

淹れたての紅茶が湯気を立て、上品な香りが鼻腔をくすぐった。

 

 

「すみません校長…本当は私が淹れるべきですのに…」

「構わないよ。お茶を淹れる事は私のささやかな趣味でもあるからね。

さぁ、遠慮することは無いよ。どうぞ召し上がれ」

「ありがとう御座います。お茶頂きます…(うわっ!ナニコレ、紅茶うまっ!?)」

「はい、どうぞ。御茶請けも食べて良いからね」

「わあっ!イタダキマス (*˘ ˘*)」

 

 

大入が紅茶を手にし、一口飲むと、目を見開いた。

丁寧に入れられた紅茶。根津校長が趣味と言うだけあって、高い茶葉が使われているのだろう事が伺える。しかし、それ以上に校長の腕前に驚いた。

適切な温度と時間によって開かれた茶葉は、紅茶本来の持つ苦みと渋み…その奥に潜む仄かな甘みまで引き立てていた。

洗練された技術に感嘆の念を抱く大入の横で、東雲は茶菓子を手に取り大口で頬張った。

 

 

「……それで?ご用件はなんでしょう?」

「…ふむ、長話も悪いから、サクサク終わらせようか?」

 

紅茶を堪能すると大入は話の続きを聞くために、水を向けた。

校長が少しばかり思案すると大入の誘いに乗り、本題へと入った。

 

 

「さて、始めに二人とも雄英体育祭お疲れ様。

特に大入くん、記録映像を見せて貰ったけど、君は凄いね。制限の付いた環境下でよく戦った!感動したよっ…!」

「はぁ…どうも…」

「君に届いたドラフト指名はなんと3000以上!中には君も知る有名事務所も数多く存在する」

「ほえ~すごいですね、おにーさん (*´∀`*)」

「そんな君に折り入ってお願いが有るんだ」

「お願い?」

 

 

根津校長から出たのは一つの要望だった。

 

 

「君の職場体験先…こちらで指定(・・)させて貰えないかな?」

「…っ!」

「…………はい?」

 

 

根津の提案に大入が呆気に取られた。根津の言葉を聞いた瞬間、海馬が唇を噛んだ。

 

 

「実は君にオファーをしてきた事務所の中に特殊(・・)な事務所が一カ所あってね…。普段は職場体験の受け入れをしていない事務所なんだけど…、どういう訳か『君達』のことを大層気に入ったらしくてね?是非にと請われてしまったんだよ…」

「つまり、将来性を見出して今からツバをつけておきたい…と。

けど、それがどうしたのでしょうか?

もし先方が熱烈なオファーを持ちかけていると言うなら、他のヒーロー事務所と同じ条件で、正規の手順を踏んで要請するべきでは無いですか?

何故、このような『差し押さえ行為紛い』をしてまで、私がその事務所に行くように指定されるのでしょうか?」

「紛いでは無いんだよ…。

情けない話でね。このヒーロー事務所…いや組織(・・)はヒーロー事務所の経営のみならず、自ら技術開発事業を展開する大企業でもあり、その収益が多くのサポート会社へと流れている。

つまりは我々ヒーローの業務を支える屋台骨…いや基礎と言っていい組織でね?その気になれば「支援の手を止める」ことだって出来るんだ…」

「それって…つまり…」

「今回に限って何故か『君達』に対して強引(・・)なアプローチをしてきてね…。我々も困っているんだよ」

「……ちょっと待って下さい。

…それってズルじゃないですか?」

「そうですよっ!しょっけんらんよーデス ヾ(*`Д´*)ノ」

 

 

根津校長の意図が読めてきた。

 

国一番のヒーロー養成学校、雄英高校。国立とは言う物の、その存在は一枚岩では無い。行政、教育機関、警察組織、防衛設備の設置やヒーロー戦闘服の作成・サポートアイテムを開発、入試ロボットを導入する数多くのサポート会社。

最高峰たるこの場所では、多くの利権や金、そして人が動く。

 

今回の一件。つまりは大入と東雲を囲い込みたいという、露骨で強引な勧誘だったと言うわけだ。

 

 

「それになんで東雲さんまで?少なくとも俺はまだ分かります。これでもそこそこ結果を出したつもりですから…」

 

 

しかし、不可解な事がある。『大入』と『東雲』…何故この二名なのか?

 

大入福朗は分かる。雄英体育祭総合2位。期待溢れるA組軍勢を見事に蹴散らして、もぎ取った成績。目を見張る物があったと言われたなら納得できる。

加えて、『AVENGER計画』の第一被験体と言う立場だ。かつて世間を震撼させた悪名高き(ヴィラン)の忘れ形見。雄英高校に対し、此処までの強引なアプローチを可能に出来る程の権利があるならば、その情報を所有していてもなんらおかしくは無い。

つまりは『大入福朗』はそれだけ周りから目を付けられるだけの理由を持っている。

 

しかし、『東雲黄昏』はどうだ?彼女には目覚ましい成績は無い。可も無く不可も無い雄英のヒーロー科一般生徒だ。

もしや、知らないだけで重要な秘密があるのだろうか?

 

 

「それは分からないね…。君はともかく、何故東雲くんを勧誘するのかはさっぱりだ…」

「うー…本人目の前にして言わないで下さい ( ー̀ωー́ )」

 

 

根津が首を傾げウンウンと唸るが、答えは見つからない。隣の海馬も同様だ。

 

 

「…一つお伺いしても宜しいですか?」

「何かね?」

「その行き先、ヒーロー事務所は何処ですか?」

「あぁ、それはこちらの資料になります」

 

 

海馬が手元に持っていたファイルから、この度強引な手に出た不届き者のヒーロー事務所が公開された。

大入が資料に目を通すと少しばかり考え込むと、根津へと問いかけた。

 

 

「このヒーロー事務所…評判はどうですか?裏で悪どい事してるとか?」

「ず、随分包み隠さずに聞くね…」

「特権使ってまで強引な手段を取るような所です。懸念しない方がおかしいでしょう?」

「…ヒーローとしての業績はさほど高くは有りませんが、所属ヒーローの実力は一級品、加えてサポート会社並の開発力を有しています。

これと言った悪い噂も聞きません…しかし…」

「そんな所が今回に限り、こんな手を使っている…。それは何故か?…と言う疑問点に帰ってきてしまうんだよ」

 

 

こればかりはお手上げだと言わんばかりに根津が頭を抱えた。隣の海馬も申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

「…まぁ、分かりました。この話、受けましょう」

「おにーさんっ (´・ω・`;)!?」

「…受けてもいいのかい?」

「えぇ、海馬先生の資料をもう一度自分で確認して調べ直してからですが…。構いませんよ?」

「…あの、良いんですか?もっと君になら選択肢はあるんですよ?」

「まぁ、これ断ったら学校にどんな不利益が出るか分かったモンじゃ有りませんし。それに、ここにはここのメリットも多いので…。

それより東雲さんはどうなの?言っちゃ悪いけど、どうにもキナ臭いよ?」

「いえ、そもそも僕はここからしか指名貰ってませんから、実質的には一択ですし… (›´A`‹ )」

「さいですか…」

 

 

ここで大入がこの怪しいヒーロー事務所に研修に行くことを容認した。普通であれば忌避したい状況では有るが、大入は学校の為にも行く以外の選択肢は無かった。

 

 

「本当に申し訳ない。感謝するよ」

 

 

そう言うと根津は生徒二人に深く頭を下げた。

余りにも畏まる態度に二人は目を見開いた。学校の最高責任者が一介の生徒に頭を下げているのだから当然だ。

 

 

「校長先生っ!頭を上げて下さい!」

「そうですよ!何ものそこまでしなくても… ( •́ㅿ•̀ )」

 

「いや、教育者として君達の自由意志を妨げる行いになってしまったことを申し訳なく思う…」

 

 

心苦しそうにする根津校長。

それを見た大入は有ることを閃いた。自分の欲を満たすいい考えをだ。

 

 

「……そうですね。確かにそうです。

今回私は、数多くの選択肢を全て放棄して、校長の依頼を受けることにしました。

しかし、この裏取引…とでも言いましょうか?兎に角、この行いは他のヒーロー事務所を蔑ろにする行為に他なりません。何せ件の事務所の要望を通すために学校が『不正を働いた証拠』となるのですから…」

 

 

そう言って大入は悪どい笑みを浮かべた。それを見た根津と海馬の表情に警戒の色が浮かんだ。

 

 

「そんな事実を知った生徒には『口止め料』が必要じゃ有りませんか?」

「ちょっとおにーさん (*゚ロ゚*)!?」

「待ちなさいっ!大入くん、君は学校を脅そうとでもしているの!?」

「いえいえ、まさか!

でも、皆さんが私のために送ってくれた3000という膨大なドラフト指名。これだけで、私の事を高く評価し、力を貸す逸材になって欲しいという期待が込められていた証です。

しかし、それら全てを吟味することさえ出来ずに、どこからともなく現れた第三者に選択権をただ掠め取られるのは…どうにも損をした気分になるのです。

私はもう少し自分の利益(・・)が欲しいのですよ…」

「…つまり、君は見返りとして何を求めるのかな?」

「別段難しい事ではありません…」

 

 

大入はテーブルに置いたティーカップを手にして、こう告げた。

 

 

「今度、おいしいお茶の淹れ方を教えて下さい」

 

 

その顔は朗らかな笑顔だった。

 

 

──────────────

 

 

「『ネイチャーカンパニー』…聞いた事無ぇヒーロー事務所だな…」

 

 

そういった経緯を経て決定した研修先。

大入が差し出したプリントを見た泡瀬が怪訝な顔でそう言った。

 

『ネイチャーカンパニー』…名前に会社(カンパニー)と入っているが、法的に見ても立派なヒーロー事務所である。

より厳密に言うと『ネイチャーカンパニー』には経理、営業、研究開発等の部署と同列に『ヒーロー課』なるものが存在する。

『第三種ヒーロー事務所』と呼ばれる運営形式で、スネークヒーロー『ウワバミ』のヒーロー事務所もこれに該当する。

 

実はこの分類というのが、ヒーロー収入と副業収入のバランスで振り分けられる物である。

ヒーロー収入一筋の物を『第一種』。

ヒーロー収入と副業収入のバランスがヒーロー収入に傾倒している物を『第二種』。

反対に副業収入に傾倒している物を『第三種』と呼んでいる。

 

 

「まぁ…特殊なヒーロー事務所だからな…」

 

 

ヒーローと言う職種はヒーロー活動のみならず、副業が許可されている。

有名な所だと『プレゼントマイク』が司会を務めるラジオ番組。

『ミッドナイト』『Mt.レディ』『ウワバミ』等の女性ヒーローによる化粧品のキャンペーンガール。

又は大食いヒーローや肉体派ヒーローによる食品関連のコマーシャル出演。

『ギャングオルカ』『Ms.ジョーク』等のイベントでのショーのオファー。

 

そんな中、件のネイチャーカンパニーの副業は「アイテムの開発」なのだ。

ヒーロー活動の際に使われる戦闘装備や、救命道具、又被災者への救援物資に小型発電機や簡易浄化槽等、様々な分野で技術開発を進めている技術屋でもあった。

 

体育祭では廃材から武器を作成していた大入は、サポートアイテムの分野にも興味がある。数多くのサポートアイテムを操る大入にとって、アイテムに対する理解と言うのは自分の命綱とも言える。

いづれはサポート科との交流を深め、そちらの方面のノウハウも学びたいと考えていた。

 

そう言った点では、この職場体験先は最適と言える。

ヒーロー活動とサポート業務の両方の面を見ることが出来るのは一粒で2度美味しい条件に見えた。

加えて、利点をもう一つ挙げるなら…。

 

 

(所在地が保須市(・・・)なんだよな……)

 

 

東京都保須市…。

 

それは先日、重傷を負ったインゲンニウムが見つかった場所、現在英雄殺し『ステイン』が活動している現場だ。

 

であれば、職場体験中に盛大な祭り(・・)が開催される事を大入は知っている。

最悪、大入は職場体験を抜け出して、自作の非合法装備で武装して、自警団として飛び入り参加も夢ではないと考えていた。

 

 

 

「…ふっふっふっふ………」

 

 

そんな計画を立案していると、突如笑い声が聞こえた。一同が声のする方を見ると、窓際の席、そこに座る物間が笑っていた。

 

 

「まぁ、いいんじゃないかなぁ?大入は大入の好きな所に行けばさぁ?」

 

 

先程まで気配を消して静かにしていたクラスメイトが立ち上がると、そのまま実に愉快に高らかに笑い声を上げた。

それを見た瞬間、一同の心は一つになった。

 

 

(((((…あぁ、あれは気が触れているときの物間だ)))))

 

 

物間寧人という少年は調子に乗れば乗るほど舌が回って、煽り症になる。普段クラスメイトにそれが向くことは少ないが、あくまでも少ないだけである。

対抗意識が強くなるほど、その側面が目立つ。特にクラス内でチームアップした訓練の際は、例え仲の良い大入であろうと、情け容赦無く口擊を仕掛けてくる。

 

 

「おう、なんだい物間君?珍しくも俺の考えを尊重してくれるのかい?」

「いやいや、正直羨ましいよ。そんなにいっぱいオファーがある中で、そんな中途半端(・・・・)なヒーロー事務所に行くなんて…。

やっぱり、総合2位様は違うねぇ?余裕があって…」

「……中途半端?」

「あぁそうさ!その『ネイチャーカンパニー』ってヒーロー活動だけじゃ無く、サポート会社紛いの仕事もするんでしょ?確かにそれは立派な事さ…。

でもね?それって「どっちつかず」って事じゃ無い?それを中途半端と言って何が悪いの?」

「…ほぅ、物間君はヒーローの副業に随分と否定的な見解なのかな?」

「そりゃあそうさ!そもそもヒーローの仕事は人助けだろ?そんな人気取りや金儲けに現を抜かすなんて、僕はどうかと思うね?」

「でもさ…俺の行くところの副業はサポートアイテムや救援物資、インフラ設備なんかの研究開発だよ?サポートアイテムはヒーロー活動と切っても切れない関係だし、救援物資やインフラ整備も人助けには必要な役割だ」

「そんなもの専門家に任せるべきだろう?ほら、『餅は餅屋』って言うじゃない?」

「分かってないな~。その道の人に丸投げは無責任が過ぎるだろう。

自分達の使っている道具に理解を深めれば、その分不測の事態へのケアに繋がる。専門外の知識ってのは、無駄にはならないさ」

「むぅ…」

 

 

道化の大入だって負けては居ない。伊達にこの性格ねじ曲がった少年の相方を務めては居ない。彼に引けを取らないほどに頭も舌も回る。

 

 

「……ん?そういや物間ァ…お前の指名って何処だったんだ?」

 

 

ふと思い出したように鉄哲が物間に尋ねる。

 

そう、物間も指名を貰った生徒の一人だ。最終種目に出てはいない物の、騎馬戦では終盤瞬く間に騎馬三騎を行動不能にし、更には総合1位のあの爆豪を後一手の所まで追い詰めたのだ。その指揮能力、土壇場の戦闘センス、戦術眼等評価に値する働きを見せたのだ。

 

 

「あぁ、僕の指名かい?」

 

 

よくぞ聞いてくれたっ!と云わんばかりの顔をして答える物間。その口角が吊り上がり、笑いを堪えるのも既に限界の様子だった。

 

 

「僕は思うんだよ…。ヒーロー事務所のオファーは量なんかじゃ無く質だと!

幾ら指名が何千と有ろうと二流三流の事務所じゃ話にならないっ!一流のヒーロー事務所に指名を貰ってこそっ!自身の最大級の評価に繋がるんじゃ無いかなぁ!?」

 

「んなゴタクはいいって…んで?何処よ?」

 

 

絶好調にご機嫌な物間を軽くスルーして泡瀬が先を促す。

そうすると物間はクツクツと笑った。

 

 

「知りたいかい?知りたいよねぇ?じゃあ、教えてあげるよ。

 

僕を指名してきたのは………

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エンデヴァー事務所』」

 

もう1回(ワンモア)

 

 

物間の口から予想もしていない言葉か出た。あまりの衝撃的な発言に大入が反射的に聞き返した。

しかし、物間の笑みは消えない。

 

 

「何度でも言ってあげるよ大入ぃ?

僕の研修先はあの『エンデヴァー事務所』だ…」

 

「まじかよっ!…まじだよ……」

 

 

得意げに物間が自分に届いた専用のリストを差し出す。それを鉄哲が横から掻っ攫うとマジマジと見つめた。

 

そこにはA4プリントの真っ白な紙。その上の方に一件だけポツリと記載されたヒーロー事務所…エンデヴァー事務所が記入されていた。

 

鉄哲がそれを認めた瞬間にクラス内がどよめく、ある者は鉄哲が持ったプリントに密集し、ある者はヒソヒソと話し声で騒ぎ立てる。

 

大入は目を白黒とさせて動揺を露わにした。

 

 

「あーっはっはっはっーっ!!!

どうだい!3000という膨大な指名を貰って悦に入って居るところ悪いけれど、僕が指名を貰ったのはあのNo.2ヒーロー!!エンデヴァーなんだからさぁ!?

No.1ヒーローのオールマイトは職場体験してないだろうし!実質、最上級かつ最高峰の研修先じゃなぁい?

つまりさぁ!!総合2位の君なんかより、最終種目に出ても居ない僕の方をエンデヴァーは評価したって事さ!!

ねぇ?どんなきもち?

自分より格下だと思ってた相手が自分よりも凄いヒーローに評価貰ってさぁ!サラッと追い抜かれたきもち?

ねぇ?どんなきもちぃ?」

 

 

正に愉悦。

物間が散々堪えていた高笑いを解放し、それが教室に響き渡る。

 

あのエンデヴァーからの指名が物間に来たなら、大入はそれよりも格上のヒーロー事務所から指名は来る筈は無い。

だからこそ物間は勝利を確信したかのように余裕を見せていたのだ…。

 

 

「…………」

「…オイ、大入?」

 

 

大入は顔を伏せたまま、ただならぬ様子で沈黙を保つ。鉄哲は心配したように声を掛けた。

それを受けたかのように大入が立ち上がる。物間に歩み寄り、彼の両肩を掴んだ。

 

そして深刻そうに口を開いた。

 

 

 

「悪いことは言わん。辞めとけ」

 

 

 

その眼光は底冷えする程に冷たかった…。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「テンさーん «٩(*´∀`*)۶»!」

 

「…むっ?東雲クンか?如何したのかね?」

 

 

職場体験当日、駅のホーム。ヒーロー科1年A組の生徒達が各々の職場へと足を向ける。ある者は北海道・東北、ある者は九州・沖縄へと旅立って行く。

A組の委員長『飯田天哉』。彼も又、彼の職場体験先へと旅立つ。

その足を止めたのは東雲だった。低身長の彼女は自らのコスチュームケースを重たそうに担ぎながら、不安な足取りで彼の元に歩み寄る。

 

 

「僕も行き先、保須市なんですよ~。

一緒に行きませんかっ ☆٩(。•ω<。)و」

「そうだったのか?

…失礼したっ!一緒に行こう!」

「あぁ、待って下さいっ!もう一人居るんです (๑¯∇¯๑)」

「もう一人?」

 

「いや~スマンスマン!待たせた」

 

「おに……おにーさん (º ロ º๑)!?」「大入クン!?」

 

 

そこに両名と同じく保須市へと赴く生徒、1年B組の大入が合流する。

 

 

「ケースデカっ (´⊙ω⊙`)!?」

 

「おうっ!大入’sコスチュームver.1.8って所だなっ!」

 

 

二人が注目したのは、大入のコスチュームケースだった。他の生徒とは一線を画す大容量のケースは、そのサイズ比、実に五倍になる。

大入は入学後、早い時期からサポート科との交流を開始し、アイテムのテストプレーヤーを通じて、装備品の充実を心掛けた。

その労力もあってか、彼のコスチュームケースはここまで大きく育った。

最早アタッシュケースから長旅のトランクケースへと進化を遂げたそれをゴロゴロと引き摺りながら二人の前に現れたのだ。

 

二人の中々の反応に上機嫌な大入がカラカラと笑う。絶対にウケ狙いの確信犯だ。

 

 

「そんじゃ行こうか?」

 

 

大入が二人を驚かすという目標を達成すると、馬鹿でかいコスチュームケースを“個性(ポケット)”に格納する。

 

 

「大入クン!

公共の場での“個性”の無断使用は禁止されて居るぞ!ヒーロー見習いであり、誇り高き雄英生ならば守らなくては駄目だろうっ!!」

 

 

大入が邪魔になる手荷物をしまうと、それを見た飯田が注意をする。

 

 

「まぁ…それはそうなんだけどさ?

俺の荷物そのまま持ち歩いたら邪魔で仕方ないでしょう?このまま新幹線乗るけど、荷物置くスペース限られてるし…。ここはケースバイケースで見逃してくれ、コスチュームケースなだけに…」

「オヤジギャグ…ギルティです (  '-' )ノ)`-' )

それはいいとして、僕のもお願い出来ますか?」

「おう、任された」

「…むう、そう言うことなら仕方ないか…」

 

 

大入が下らない言い訳を述べると、東雲もまた大入に荷物を預けた。それを大入が格納すると、自前の“個性”制限用の革手袋を着け直す。

飯田の方も大入の言い分にやむなしと行った具合に認めたようだ。

 

 

 

 

 

 

「……それで、二人は同じ研修先なんだったな?」

「ですー (ノ*>∀<)ノ♡」

「あぁ、『ネイチャーカンパニー』ってとこ」

「カンパニー…?それはヒーロー事務所なのか?」

「あぁ、ヒーロー活動の傍らで独自にサポートアイテムや救命道具なんかの研究をしている会社でさ…、独自に開発した技術等を他社のサポート会社と共同で製品化をしてるらしい」

「それは凄い場所だな…」

「そうなんだよ!つまりは試作機(プロトタイプ)を作る研究所っ!『世界に一つだけのアイテム(ワンオフアイテム)』…あぁ、浪漫溢れる…」

 

 

3名が新幹線に乗り込むと、移動時間の暇を潰すべく雑談へと洒落込む。話のネタはもちろん研修先についてだ。

 

 

「そ、そうか…。それにしても不思議だな?大入くんなら他にも指名来てただろう…」

「不思議って言ったらテンさんもですよ?『マニュアルヒーロー事務所』なんて僕初めて聞きましたモン… ( ´•ω•` )」

 

 

飯田天哉。彼の研修先は水を自在に操るヒーロー『マニュアル』の事務所だった。

しかし、当然のように気掛かりな点がある。何故このヒーロー事務所なのか?だ。

マニュアルは確かに実力重視の若手ヒーローではあるが、ヒーローランキングを見て見るとかなり下位のランクに位置する。他にも実力重視の事務所は有ったはずだ。少なくとも、東雲は飯田が100件程ヒーロー事務所から指名を貰った事を知っている。

加えてマニュアルというヒーローを選択すること自体もおかしい。マニュアルの“水を操作する個性”は発動型であり、飯田とは“個性”の系統もまるで違う。それだけで得意分野や立ち回りは大きく異なるため、先人を見本に学ぶ点でも利点は少なくなる。

以上の点を纏めると、飯田の選択は旨みが少ないのだ…。

 

 

「…そんなことはないぞっ!マニュアルさんは規律を重視した、正に模範と言うに相応しいヒーローだ。それは俺が調べた彼の今までの功績からも充分に読み取れた…。

だから、俺はこの職場を選択したんだ!」

 

「本当に…?」

 

「…え?」

 

 

なんでも無いような質問に飯田は言葉を詰まらせた。大入りの視線が、刃の様に鋭く、水底の様に深く透明な色で、こちらを見ていた。

 

 

『間もなく~保須~保須~。お降りのお客様はお忘れ物の無いようにお願い致します』

 

 

目的地への到着を知らせる車内アナウンスが流れる。束の間の緊迫は解きほぐされ、大入がいつもの顔になる。

 

 

「これだけは言って置くよ…。何か行動を起こすなら、しっかりと目標を見据えるといい。君に取ってのゴール地点は何処なのか…ちゃんと考えな」

 

 

新幹線が停車したのと同時に大入は席を立つ。そして一足先にと新幹線を降りた。東雲は二人を見やり、飯田に別れを告げ、慌てて大入の後を追った。

 

最後には飯田だけが一人残った。

 

 

「…目標?…ゴール地点?

そんなものは決まっている…。俺は…っ!」

 

 

彼は静かに奥歯を噛み締めた。内に眠る小さな炎を押さえ込むように…。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

「……着いたな」

「ほぇ~…ここがそうなんですね~ (º ロ º๑)」

 

 

駅を出て、バスで数十分、徒歩で数分。俺達は高々と聳え立つビジネスビルを見上げていた。

『ネイチャーカンパニー』…俺達の研修先。学校側から半強制的に指名された曰く付きの物件。

 

 

「立ち往生するわけにも行かないから行こうか…」

「です ( ºωº )」

 

 

意を決して自動ドアを潜る。エントランスホールを進んでいくと、先の方に受け付けカウンターを見つけた。

隣の同行者、僕ロリに目で合図をすると、意図を察したのか、表情を引き締めてうなずく。

俺が一歩先に、その後を彼女が続いて歩く。

 

 

「ようこそ『ネイチャーカンパニー』へ、本日はどのような御用でしょうか?」

「お忙しい所を失礼致します。国立雄英高校ヒーロー科1年、大入と申します。本日から1週間、御社のヒーロー課にて職場体験学習をさせて頂く予定となっております。どうかよろしくお願い致します」

「お、同じく、ヒーロー科1年、東雲と言います。よろしくお願いします」

「…つきましては、ヒーロー課の担当者へのお取り次ぎをお願い致します」

 

「畏まりました。只今担当者をお呼びします。どうぞそちらのソファーの方でお待ち下さい」

 

 

受付嬢の案内でエントランスに設置された待合所へと足を運ぶ。二人は適当な席を確保すると、そこから見える会社全体を観察していた。

するとビジネススーツを着た職員や、白衣姿の職員、ツナギ姿の職員と様々な恰好の社員が忙しそうに動いている。

 

そうしていると、獅子顔の異形の男性が歩み寄って来る。その男は獅子の顔に相応しい程に筋骨隆々の肉体をしていて、全身に軽金属の防具(ライトプレートアーマー)と腰に多目的ポーチを取り付けていた。見るからにヒーローと言う職に着いている人物だった。

 

 

「いやいや、待たせて済まない。私はこのネイチャーカンパニーのヒーロー課で相棒(サイドキック)を務めている『グレイトライガー』と言う。今回君たちの面倒を見ることになった。短い期間だがよろしく頼む」

「……雄英高校1年の大入…ヒーロー名『ジャックサッカー』です。よろしくお願いします」

「同じく1年…し、東雲黄昏。ヒーロー名『コロナ』お、お願い…します…」

「ガッハッハっ…!二人共、言い名前だなっ!」

 

 

豪快な笑い声を上げるグレイトライガーさん。

もうあれだ、勇者王にしか見えん。声といい、見た目といい。

ウッカリ噴き出しそうになったのを堪えようとして、声が上ずった。バレてないことを祈る。

それよりも隣にいる僕ロリが緊張の余り、カチコチになっている。大丈夫だろうか…?

 

 

「早速で悪いがウチのボス。この会社の社長であり、ヒーロー課のトップに挨拶をして貰う。…いいか?」

「はいっ!」「は、はいっ!」

「おうっ!いい返事だ!ガッハッハっ!」

 

 

彼に先導され、俺達はエレベーターに乗り込む。エレベーターは上昇を始め、1階…2階と高度を上げた。

最上階にたどり着くと長い廊下を歩き、目的の場所『社長室』へと辿り着いた。

 

 

「さあ、ここだっ!この先に俺達のボスが居るぞ!くれぐれも粗相(・・)の無いようにな…」

「「はいっ!」」

 

 

俺達の返事を聞いたライガーさんは頷くと社長室の扉をノックした。すぐに返事がして、入室を許可される。

 

 

「………まぁ、無理だと思うがな…」

 

「「…?」」

 

 

小さな声で呟いたライガーさんの声を、俺は聞きとることが出来なかった。

 

社長室に入るとその最奥には、見るからに高級そうな作業机、飾り付けに置かれた調度品や本棚に整頓された膨大な量の資料が、この部屋の独特な空気を作っていた。

そして、作業机の先の大きなイスに腰掛けた人物が背中を向けて窓から外を眺めていた。

 

 

「お待たせしましたボス。本日より職場体験をする雄英生二名が只今到着致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うむ、ご苦労じゃのう…」

 

 

「っ!!?」

 

 

その声を聞いた瞬間、全身が震えた。呼び起こされる遠い日の記憶、忘れるはずが無い…、忘れられるはずが無い…。

 

 

「実に久しいのう。…あれから15年(・・・)…いや、お主らの感覚では3年(・・)かのう?

まぁ、儂にとっては15年も3年も1年(・・)もなんら変わりはせんわい。

それにしても…随分と遠回りをしたものじゃ…文章に起こせば39万と6千字くらいかのう?」

 

 

そしてその人物…ボスが振り返る。

次の瞬間には、体が勝手に動いていた。

 

 

「おにーさんっ Σ(,,ºΔº,,*)!?」

 

 

後ろで僕ロリの驚愕する声がする。しかし、止まれない。全身を駆け巡る熱い衝動が、体を前に押し出す。

右の拳に〈揺らぎ〉を纏い、更には腕を肩を覆う。

 

 

「衝撃のっ!ファーストブリットぉっ!!!」

 

 

〈揺らぎ〉から突風が噴き出して、最高速度に乗る。そこから躊躇無く、ボスと呼ばれた人物に自慢の拳を叩き込んだ。

激しい衝撃が部屋全体に迸る。作業机を割り、調度品を薙ぎ倒し、本棚の資料を吹き飛ばした。

 

 

「やれやれ、せっかちじゃのう…。これが今流行のキレる若者か?

元気があって大変宜しいっ!!」

 

「…何故だっ!!何故アンタ(・・・)がここに居るっ!!?」

 

 

俺の拳が目の前の少年の目と鼻の先で止まる。抗いようの無い不可思議な力場が働いて、その先への侵入は許されなかった。

俺は吼えた。衝動に身を任せ、力の限り。

 

そして、そいつの名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

ショタ神(・・・・)ぃっ!!!」

 

 

そいつは紛れもなく、俺をこの世界に連れてきた張本人……。

 

 

「ほっほっほっ…。改めて、久しぶりじゃ!

千種一考(ちくさかずたか)』くん!『東条寺陽子(とうじょうじようこ)』くん!」

 

 

あの死の世界で対面した、少年姿の神だった。

 

 

 

 

 

 

「いや、今は『大入福朗(・・・・)』くんと『東雲黄昏(・・・・)』くんだったのう……」

 

 

目の前のこいつが楽しそうに笑った…。

 

 

 



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72:基本転生者は自重しない

お待たせしました続きです。




「ショタ神いいいぃっ!!」

 

 

大入は二転三転と後ろに跳び、眼前の少年から距離を取る。

拳を構え直すと、一発の銃弾の様に全身を弾き出した。

 

 

「撃滅のっ!セカンドブリットぉっ!!」

 

 

二度目の自慢の拳。愉快そうに笑う少年の憎たらしい顔面に叩き込んだ。

 

 

「……ふん…」

 

 

少年は無造作に手を払うと、大入の拳擊は軌道を逸らし、真横に置かれた植木鉢を巻き込んで壁に激突した。

 

 

「抹殺のぉぉっ!ラストブリットぉぉぉっ!!!」

 

 

舞い上がった埃を突き破って、大入が最後の一振りを振り抜いた。

少年が人差し指を大入に向けると、指先を下に向ける。

すると、大入は不可思議な力場の前に、抵抗すら出来ずに地面に叩き落とされた。

 

 

「ぐあっ!!?」

 

「おにーさんっ (((°Д°; )))!?」

 

「やれやれ、喧嘩っ早いのう…。

昔のお主とは見違えるようじゃ。善き哉善き哉…」

「…ボス。流石にやり過ぎじゃあないですかい?」

「いやいや獅子王君。ちゃあんと加減はしとるよ」

「仕事中はコードネーム使って下さいよ、ボス…」

「すまんねライガー君」

 

 

そう言いながら少年は大入を拾い上げると、グレイトライガーと東雲の足元に放り投げた。

東雲は床に転がされた大入の元に慌てて駆け寄り、その体を抱き起こした。

 

 

「それと…。ボス、狭い部屋で暴れないで下さいよ。折角高い調度品使ってんですから」

「別にいいじゃろう?全部戻せるんじゃし」

 

 

そう言いながら少年は指を指揮棒の様に降る。

するとまるで時間が巻き戻されるかのように、散らばり、破壊された室内が修復され、遂には元通りの部屋になっていた。

 

 

モノ(・・)を大切にする心掛けってのを俺は言いたいんですよ…」

「部屋が…元通りに… ( ºωº )」

 

 

ライガーが少年に文句を吐き捨てると、大入に歩み寄り彼の容態を確認した。

調べると外傷は軽い打ち身程度で、大事には至っていない。しかし、強い衝撃によって昏倒してしまっているようだ。

 

 

「あ~あ、完全にノビちまってるね…。一先ず医務室に連れて行きますわ」

「うむ、目が覚めたらトレーニングルームに連れて来てくれ」

「あいよっ!」

 

 

大入を担ぎ上げると、ライガーは社長室を後にした。

部屋に残された少年と東雲。二人の間に暗い沈黙が流れる。

 

 

「さて、改めて自己紹介かのう。この『ネイチャーカンパニー』の代表取締役にして、『ヒーロー課』の最高責任者。

この儂が天災ヒーロー『ザ・ネイチャー』じゃ。よろしくのう…」

 

 

仕切り直す様に少年は明るい口調で自己紹介を始めた。

その様子に東雲の視線は険しくなる。

 

 

「……質問宜しいかしら?」

「なんじゃ?」

 

 

東雲の声から普段の無邪気さが消え失せ、以前大入に見せた、あの冷たい表情を浮かべていた。

 

 

「貴方…本当に神なの?私を(・・)…、いや彼もこの世界に連れてきた」

 

「早合点されては困るのう…。儂は神ではなく、その依り代(・・・)であるのに…」

「依り代…?」

「そうじゃ、お主等をこの世界に転生させた神。それが現実世界にアクセスするために用意された末端…それが儂じゃ。

言うなれば神の分身じゃな…」

 

「分身…」

 

 

神、世界、依り代、転生…。通常では聞くことも無いような符号が並び立てられる。

しかし、両者の間に齟齬は無く、言葉が交わされる。

 

 

少女『東雲黄昏』は転生者である。

前世では一社会人として世間の波にもまれ、日々を送る女性であった。

それがとある日に事故死。死後の世界にて目の前の神…正確には彼は端末の一つであり、その裏に潜む本体こそ彼女をこの世界に連れてきた張本人であった。

 

 

「…それで?そんな神様の使いが、何だって今更になって私達に接触してきたの?」

 

 

この世界にやって来て、早15年。

転生者としての記憶が蘇って、当に3年。

それだけの年月を過ごしてきた。現状に多少思うところがあるにしろ、満足のいく生活が出来ているのだ。

それが今になって、この神とやらは強引な手段を講じて彼等を呼んだ。いったいどんな思惑があるのか。

 

 

「いや、何。儂はな、お主等を一度鍛え直したいと思ってのう」

「……鍛え直す?」

 

「左様。だってお主等、自分の力を全然使えてないんじゃもの…」

 

「……何を言っているの?

確かに私はまだまだ未熟ではあるけど、“個性”を制御も出来ているわ」

 

 

前世と今世の違い。やはりそれは『“個性”』の存在だろう。

 

多種多様に分化した『“個性”』と言う名の超能力。世界人口の八割の人間がこれを所持、最早日常の中に浸透し、違和感なく受け入れられている。

誰にも負けない自分だけの唯一無二の“個性(能力)”。それを思う存分活かしたいという欲求は、人ならば誰もが夢想する。

 

そう言う世界だからこそ、敵が生まれ、英雄が生まれた。

悪の為に“個性(ちから)”を使い、

正義の為に“個性(ちから)”振う。

誰も彼もが“個性(ちから)”を振りかざす。

 

転生者から見れば相当に狂った世界だった。この世界は言い換えるならば、全ての人々が銃刀を持ち歩いる様なものだ。どこの世紀末だと言うのか…。

この世界で生き抜く為には「適応」が必要だった。いつ理不尽な危機が降り掛かるかも分からない世界。

だからこそ“個性(防衛手段)”の修練は転生者にとって必須項目と言えた。

 

結果的に東雲も大入も“個性”の扱いについて、かなりの練度を保持している。ヒーロー養成の名門たる雄英に合格出来るだけの戦闘力がそれを証明していた。

無論“強個性”を両親から受け継ぎ、素養もあった。しかし、此処まで駆け上がったのは他ならぬ彼女達の努力の結果だ。

 

 

「あ~違う違う。お主等に言いたいのはもう一つの“個性(ちから)”じゃ」

「………もう一つ?」

 

 

 

 

 

 

「そうじゃ…儂がお主等それぞれに付与した『転生特典』。それをまるで使えておらんからこそ、呼んだのじゃ」

 

 

しかし、二人の“個性”には、まだ先があったのだ。

 

 

────────────────

 

 

──……失敗した。

 

 

どうしてだ?

 

 

どこで間違えた?

 

 

如何すれば良かったんだ?

 

 

そんなもの分かっている。

 

 

答えは知っている筈なんだ…。

 

 

答えは…。

 

 

──……また失敗した。

 

 

どうしてこんな事も出来ないんだ?

 

 

なんでお前は役立たずなんだ?

 

 

なんでお前は無能なんだ?

 

 

………なんでお前なんかがいるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ…」

 

 

口に出してから、はっとネタ被りだということに気がついた。自分って案外ワンパターンに嵌まりやすいんだなと、思わずショックを受ける。こういうネタに走る悪癖は簡単には直りそうに無い。

 

閑話休題。気を取り直して、現在の状況把握に努めることにする。

 

嗅ぎ馴れた消毒の匂いが鼻についた。ここが医務室に準ずる設備の部屋であることが十分に理解できた。

 

 

「…ここは?」

 

 

俺は職場体験の初日、件の研修先『ネイチャーカンパニー』に来た。そこで出会ったのは俺をヒロカアの世界に転生させた犯人。まさかのあのショタ神だ。

俺は反射的に殴り掛かったが、そこから記憶が無い。どうやら為す術無くやられたらしい。

 

いつの間にやら寝かされたベッドから身を起こし、周囲を観察する。

今自分が寝かされたベッドと同じ作りの物が4台、仕切り用のカーテンは開かれている。部屋の隅に薬品の入った戸棚が一つ、ガラス張りの戸の中には様々な小瓶が並んでいた。

 

 

「……いきなりエヴァネタを挟むの、おねえさんどうかと思うの…」

 

「…えっ!?」

 

 

慌てて声のした方を振り向く。するとそこには白衣の天使……ではなかった。

 

まだら模様に赤色の混じる長い黒髪。邪魔にならないように後頭部で一纏めにお団子にしたヘアスタイル。

その顔は目の下に隈、薄紫色の口紅、肌の色は少し青白い、そうなるように意図的に施されたメイクに加えて華奢と言うには細身過ぎる体付きが、彼女に病弱な印象を与える。

上から羽織るように袖を通した白衣の下には、ジャンプスーツに膝と胸部を保護するプロテクター、腰に巻いた多目的ポーチ。直感的にヒーロー職の人間だと理解した。

 

全体的には白衣の死神と言われた方が納得できる装いだった。

 

 

「…ボク?失礼な事考えてない?」

 

 

目の前の女性が目を細め、訝しむようにこちらを睨む。その視線にネットリと陰湿な物を感じた。

 

 

「い、いえっ!?スミマセン!顔色が悪そうなので過労かなと…」

「メイクのせいよ。私、病弱設定なの」

「設定て…」

 

 

設定言っちゃったよ、この人…。

オブラート無しの言葉に思わず項垂れる。病弱設定は紅月さんだけで充分ですよ…。

 

 

「……どこか痛むところはある?」

「いえ、特には」

「そう、ならいいわ」

 

 

香水の匂いがフワリと漂うと、その女性が目の前に近付いていた。

俺の体を触診し、怪我をしてないかチェックしている。骨が見え隠れするほどに細い指先が、体を優しく撫でていく。

 

 

「自己紹介がまだだったわね。

私は『チジュ』。ここで相棒(サイドキック)をやっているわ」

「やっぱりヒーローでしたか。俺は…」

「雄英ヒーロー科1年の大入福朗くんでしょ?体育祭、大活躍だったわね」

「き、恐縮です」

「…さて、問題ないなら合流しましょうか。取り敢えずコスチュームに着替えて貰おうかしら?ついてきて…」

 

 

チジュさんに先導され医務室を後にする。二人きりの廊下を静まり返った空気の中歩く。

 

 

「そういえば他の皆さんは?」

「施設内のトレーニングルームよ。ボクを医務室に連れてきたライガーは、ボクを私に預けてとっとと訓練に行ったわ。

もう、ああいうとこ無責任なんだから…」

「……でも美人さんに看病して貰ったので、個人的に俺得です」

「そう…褒め言葉として受け取るわ」

 

 

他の人の様子を聞くとチジュさんからはそう帰ってきた。ライガーさん、医務室に届けて丸投げて…。チジュさんは面倒事を押し付けられたせいか機嫌が悪く、呪詛を吐いている。

あまりに気まずい…機嫌をとってみるがどうにも芳しくない。

しかし、黙っているわけにはいかない。こちらも訊かなければいけないことがある。

 

 

「…あ、あの!」

「………何かしら?」

「何でエヴァネタを知ってるんです?」

「………」

 

 

ドラクエ、ロックマン、スーパーマリオ、○ォル○・○ィズ○ー…etc.この世界には転生前に存在した物の一部が変わらずに存在している。

しかし、知名度が少ないマイナー物になればなる程、中途半端に類似した物へと変わっていく。俺が使っている『スクライド』や『GEAR戦士電童』のサンライズシリーズなんかその最たる例だし、『スーパーロボット大戦』に至ってはタイトルが同じなのに中身は完全に別物になっている。

 

んでもってエヴァに関しては類似品までしか無い。何でかは知らんがそうなっている。

 

 

「…もしかして、貴方も俺と同じ境遇だったりしますか?」

 

 

俺のオタクネタに反応するって事は同じ転生者の可能性がある。

となれば一つ仮説が立つ。俺と僕ロリが呼ばれた理由は、俺達が『転生者』である為だ。

 

ショタ神が俺の前世の名前を言い当てたのに合わせて、聞き覚えの無い名を口にしていた。

『とうじょうじようこ』だったか?文脈から見ても、それが僕ロリの事を差した言葉で間違いない。

 

 

「察しが良くて助かるわ。そうよ、私も転生者よ」

「まじかー」

「というか、ここに居る相棒(サイドキック)は全員転生憑依組よ」

「マジですかっ!?」

 

 

白状した。それもあっさりと、何にも問題ないかのように。そんな彼女の答えに思わず素が出た。

序でと言わんばかりの追加情報に思わず頭を抱えた。この世界…メッチャ転生者おるやん…。

 

 

「…そうね、ざっと説明しましょうか?面倒だけど…」

 

 

そう言うとチジュさんは事情を説明し始めた。

 

どうやらショタ神…改めて天災ヒーロー『ザ・ネイチャー』は神の依り代らしい。所謂、安心院さんの悪平等(ボク)だったり、PAD入り女神の盗賊娘と同一の役割を持った存在。

彼の役割は送り込まれた転生者の総括。世界観や倫理観の異なる世界の人間が社会に適応するために経過観察をする役割を任されている……らしい。

そのショタ神の下で手足として動いているのが、このチジュさん達というわけだ。

 

 

「各々、転生憑依の事情はバラバラよ。

中にはガチモンのファンタジー世界から来てるのもいるし、他のホラーゲームみたいな世界から流れ着いた奴も居るわ。寧ろ、貴方のような原作知識持ちはレアケースね。普通なら世界の修正力やらなにやらが係るらしくて面倒なのだそうよ」

「あの…」

「あぁ、ストップ。原作知識は無闇に話さないこと。

あまり話しすぎると世界が歪むらしいから」

「はぁ…」

「それと、何で貴方達を呼んだのかも説明しないといけないわね…。

まず初めに。突然だけど、貴方達にはこれから『修業パート』に入って貰うわ」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

チジュさんに連れて行かれるままに、ネイチャーカンパニー内部にあるトレーニングルームへと辿り着いた。

バスケットコート2面分の広々としたスペース。そこには僕ロリとライガーさん、あのショタ神が居た。

 

 

「では…いくぞいッ!!」

 

「こいやあああァッ (屮゚Д゚)屮カモォォォン!!」

 

 

 

 

 

 

「そぉいッ!!」

   (  ´・ω) 

  γ/  γ⌒ヽ (´;ω;`)「うッ… 」

  / |   、  イ(⌒     ⌒ヽ

  .l |    l   } )ヽ 、_、_,\ \

  {  |    l、 ´⌒ヽ-'巛(  / /

  .\ |    T ''' ――‐‐'^ (、_ノ

    |    |   / //  /

 

 

 

 

 

 

「ぼ、僕ロリィーッ!!?」

 

 

目に飛び込んできたのはショタがロリに腹パンする光景だった。

あまりにも「よい子には見せられないよ」な光景になっていた。衝撃的な光景に思わず駆けだしていた。

 

 

「ショタ神テメェ!?ロリになんて事をッ!!

大丈夫かッ!?僕ロ……リ……?」

 

 

ショタ神の足元に腹を抱えて蹲る僕ロリ。

彼女の傍に辿り着いたものの、倒れた彼女に強烈な違和感を感じた。

 

 

「…ああ、大丈夫ですよおにーさん。僕は今サイコーに調子がイイですから…」

「お、お前…画風(・・)がッ!?」

 

 

僕ロリの顔を覗き込むと、その風貌見る影も無かった。幼女特有のクリクリと丸い印象は無い。以前仮面を剥いだ時の、抜き身の刃の様な鋭さは無い。

例えるならば『劇画調』。光陰の堀が深くなり、その全身に今までとは比較にならない風格を纏わせていた。

 

 

「凄い…ッ!?これが僕の中に眠っていた力ッ!!

丸で、今、この瞬間ッ!生まれてきたかのような生命の神秘を実感しているゥゥッ!!!」

「ま、待てッ!お前は何を言っているッ!?」

 

 

僕ロリが跳ね起きると、その勢いのままにショタ神を殴り付ける。彼女の渾身の一撃は、その小さな体躯からは想像もできないような馬力を発揮して、ショタ神を吹き飛ばした。

対し、そのままやられるショタ神では無かった。空中で器用に体勢を整え、怪我も無く着地した。

 

 

「……クハハハハッ!!良い塩梅のようじゃのおォ?折角じゃ、体験版として使って見るがよいッ!!」

 

 

ショタ神が愉快そうに笑うと、両手から青白い雷光が迸った。

それを振るうと、雷光は二本の鎗となって僕ロリ目掛けて放たれる。

 

 

「来いッ!『マスターハンド&クレイジーハンド』ッ…!」

 

 

僕ロリがそう叫ぶと、彼女の“個性”が現れた。

しかし、その光の拳は今までと違い、溢れ出るエネルギーを無理矢理拳の形に押し止めているかのように不安定で、尚且つ高出力の物に見えた。

 

 

「無駄ァッ!」

 

 

光の右拳が弧の軌道を描くと、アッパーカットで一撃目の雷鎗を弾き上げた。

 

 

「無駄ァッ!」

 

 

光の左拳が振り抜かれると、拳擊が二発目の雷鎗に重なり、鎗を地面にねじ伏せた。

そのまま、僕ロリは前進。ショタ神へと急接近した。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!!」

 

 

ガトリングガンの様に苛烈な拳によるラッシュがショタ神へと殺到していく。

 

 

「WUYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!!!」

 

 

僕ロリのラッシュにショタ神がラッシュで応戦する。拳同士がぶつかり合う度に衝撃が大気に伝播し、衝撃波となって全身にビリビリと伝わった。

 

 

 

 

 

 

「なんだ…これは…?一体全体ッ、何がどうなっているッ!!」

 

 

著しく世界観が崩壊していくのを感じた。俺の脳味噌はヤムチャ視点と化してて、置いてけぼり状態となった。

 

 

「おう、ジャックくん!目が覚めたか!」

「ライガーさん…」

 

 

突如として勃発したジョジョごっこに呆然とする俺。

グレイトライガーさんが、俺の傍に歩み寄り、豪快な笑い声を上げていた。

 

 

「…何ですか?これ?」

「あぁ、何でも嬢ちゃんの『転生特典』だそうだ」

「…転生特典?それって所謂、転生物のお約束って奴ですよね?転生に合わせてチートな能力をプレゼント…って奴」

「おう、それだそれ。

嬢ちゃんに付与された二つ目の“個性”…。

その名も“波紋法”ッ!!」

 

「…………………は?」

 

「特殊な呼吸法で生命力を向上させッ!太陽の力をその身に宿す力ッ!しかも“波紋法”の力は手足から放出し、水や油に伝播させることも可能ッ!柔軟で強い“個性”だな…」

「……………」

 

 

そう、僕ロリの能力を解説したライガーさん。

 

 

……。

 

 

あぁ、うん、そうだな…。

 

 

それどころでは無かった。俺は激情に任せて叫びたかった。

 

 

 

 

「ジョジョじゃねーーかっ!!?」

 

 

思わず叫んだ。

 

僕ロリに付与された転生特典“波紋法”は、俺が見間違えるはずないものだった。

前世に存在した漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の一部・二部で用いられた秘術。吸血鬼を殺すために主人公が学んだ技、それが波紋法。チベットを発祥とし、仙道に通じる秘術とされている。

 

そこまで考えて、ある重大な事に気付いた。

彼女の名前。確か…『とうじょうじよう(・・・・・・)こ』…。

 

 

………。

 

 

 

 

「やっぱりジョジョじゃねーーかっ!!?」

 

 

思わず二度叫んだ。

 

ショタ神、絶対にノリで転生特典決めてるよ、コレ!

 

 

「ふしゅー…… :( ´ω` ):」

 

「あ、力尽きたわ」

「あれま」

「僕ロリっ!?」

 

 

両手両足に頭、一つ追加でお腹。五体投地をプルスウルトラした、六体投地と言う名のうつ伏せでぶっ倒れる僕ロリ。

慌てて駆け寄り、再び抱き寄せる。彼女の様子を窺うと例のジョジョ状態は納まったようだが、目をグルグルと回して気絶していた。

 

 

「…まぁ、物理による強制発動ならこんなもんじゃろう」

「ショタ神ぃ…っ!」

 

 

ショタ神が衣服のホコリを払うと余裕綽々に俺達を見下ろす。その態度に思わず歯を食いしばった。

 

 

「さて、次はお主の番じゃ大入くん」

 

「……やってやる。僕ロリの仇、獲らせて貰うからな…」

 

「ほっほっほっ!やってみなさい」

 

 

僕ロリを抱き上げると部屋の隅へと連れて行き、優しく下ろした。

 

 

「…すみません。僕ロリをお願いできますか?」

「おう!しっかり守ってやるから!思いっきり揉まれてこい」

「どうせ面倒見るのは私でしょ?」

「ガッハッハッハ!頼んだぞっ!」

「チジュさん、お願いします…」

「…しょうが無いわね。お姉さん、カワイイ子のお願いはなるべく叶えることにしてるの…」

「ありがとうございます」

 

 

二人の相棒(サイドキック)に彼女を預けると、再び部屋の中央…ショタ神の正面に対峙した。

 

 

「…始める前に一つ質問じゃ」

 

 

ショタ神が問いかける。その顔は童心と好奇心隠しきれない、少年の年相応のものだった。 

 

 

「…なんだ、ショタ神?」

「お主、チジュから説明は受けておるな?今回の研修…その目的を」

「…俺達を一段階上に押し上げるための修業回…そう聞いてる。まさか、それが転生特典だとは思いもしなかったが」

「左様。

しかし、お主の転生特典は一体何だったと思う?」

「………“波紋法”って事は無いよな?」

「当たり前じゃ、あれは彼女に適正が有ったからこそ、付与したんじゃ。お主には同じ事は出来んよ。

第一にお主は“もう一つの個性”を使っておるわい。無意識下の不完全なレベルではあるがのう」

「…は?」

 

 

彼の一言で張り詰めた空気が破裂しまい、思わず声が漏れた。

なんて言った?

俺が転生特典を既に使っている?

 

 

「疑問に思った事は無かったかのう?

雄英高校入学試験の実技。何故あのデカブツを殴り飛ばしたお主の体は無事だったのか?

雄英体育祭の最終種目二回戦。何故あの回避不可能な攻撃を回避し出来たのか?

同じく決勝。何故あの準決勝で重傷を負ったにも関わらず立ち上がることが出来たのか?

その時、お主には『説明不可能な力』が働いてはいなかったかのう?」

 

「それは…」

 

 

確かに疑問に思った。あれらの瞬間は自分の限界を超えていたと思う。しかし、それは火事場のクソ力の様な物と考えていた。

 

 

「言わせて貰うがのう、大入くん。それこそがお主の『転生特典』じゃ」

 

 

しかし、ショタ神はそれを否定する。それは転生特典なのだと、“個性”なのだと言ってきた。

 

 

「名は体を表すとはよく言ったもんじゃのう…。お主の転生特典は、お主の前世…願いと記憶から生まれた“個性”じゃ」

 

 

ショタ神が、一度呼吸を整えた。そして、こう告げた。

 

 

「お主の“もう一つの個性”は…。

お主が思い描く、理想のお主になれる“個性”じゃよ」

 

 

ショタ神が悪戯っぽく笑った。まさしく、この状況を楽しんでいやがった。

俺は無言で拳を構える。既に戦いの準備は出来ていた。

 

 

「先ずは、思うがままに暴れてみるが良いっ!!全力で遊んでやるからのうっ!!」

 

 

ショタ神の掌から炎が生み出る。

 

そして業火が俺を襲った。

 

 



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73:それぞれの職場体験

大入「…オーケー。投稿の遅くなった言い訳を聞こうか?」
作者「た、誕生日プレゼントに貰ったピ○ミン3(中古)が面白くて…」
大入「ギルティ!!!」
作者「ぎにゃーーーっ!!」


…続きです。




 

「…なんか、思っていたのと違うなぁ」

 

 

雄英高校ヒーロー科1-B学級委員長『拳藤一佳』は、独りごち呟いた。

激動の体育祭を終えて、早5日。待ちに待った職場体験、その初日。

指名を貰った唯一のヒーロー事務所『ウワバミ芸能プロダクション』に赴いて、一番最初のブリーフィングを終えて、直ぐに抱いた感想だった。

 

 

「拳藤さん、どうかなさいましたか?」

 

 

隣に立つ同年代の少女が、彼女に尋ねる。

 

長く艶のある黒髪を邪魔に成らないように後頭部で一纏めにしたポニーテール。整った顔立ちに切れ長な目と長い睫毛。

そして真っ先に目を引くのは、学友に「発育の暴力」とまで言わしめたそのプロポーション。同年代と比較して明らかに平均を超えたバストとヒップ、それでいてウエストはしっかりと絞られている。

そんなワガママボディを惜しげも無く強調するレオタード調の戦闘服(コスチューム)。只でさえボディラインを浮き彫りにしているのにも関わらず、追い打ちを掛けるように細工された首元からヘソに向けて一直線に切り裂かれたスリットが全身を煽情的に纏め上げる。

そんな恰好も、彼女が纏う上流階級の様な深窓の令嬢を思わせる立ち振る舞いが、「疚しい目では見てはいけない」様な自責の念を与えてくる。

 

拳藤が一言で纏める事が出来なかった彼女こそ、雄英高校ヒーロー科1-A学級副委員長『八百万百』であった。

 

 

「何でも無いよ八百万さん。ただちょっとダケ、もっと…こう…ヒーロー的活動を体験したいんだけどな…ってさ」

 

 

スネークヒーロー『ウワバミ』の本日のスケジュールは、午前中に化粧品メーカーのCM撮影及び○○テレビにて番組の打ち合わせ。午後からはダンススクールで社交ダンスのレッスン。夕方はコンサートのスペシャルゲストとしての出演。

正直に申し上げると、それはヒーロー活動ではなく芸能活動では無いだろうかと、拳藤は異議を申し立てたい気持ちで一杯だった。

 

大入から「メディア露出ハンパなさそう」とまで評されていたヒーロー事務所。彼等が拳藤・八百万にオファーをかけた根拠というのが「貴女達可愛いから」と言うヒーロー面の考慮が皆無の内容だったものだから、気持ちが沈むのも仕方ない。

いや、容姿の可憐さ美しさを賞讃されて嬉しくないわけでは無い。ただヒーロー志望の二人としては、ヒーローの素質を評価して欲しかったと言う気持ちを蔑ろには出来ないのだ。

 

 

「いえ!!これもプロ入りすれば避けては通れぬ道ですわ!

それにいいとこ無しだった私を見初めて下さった方ですもの…たんと勉強させて貰いますわ!!!!」

「気張ってんな……」

 

 

隣に立つ八百万を見て、拳藤が少し困ったように笑みを向けた。

拳藤が八百万に対して受けた印象は「空回りしている」だった。彼女に写る表情が、どこか追い詰められたような、焦燥を感じるような顔をしていた。

本人の言動を鑑みるに、雄英体育祭では結果を残せなかったことを大きく引き摺っていたようだ。

 

 

(そんな気負う程では無いけどなぁ…)

 

 

八百万の心情を聞いた上で、拳藤が思った事だ。

 

八百万の体育祭の結果は最終種目一回戦敗退。対戦相手はスピード・リーチ共に凶悪極まりない性能を発揮した常闇だ。相性差と言っても差し支えない選手だった。

そもそもの話、彼女が大した活躍をしていないと認識しているのが見当違いなのだ。

例えば騎馬戦。直接対決を申し込んだ拳藤には分かる。

轟チームが身に纏っていた「ローラースケート」「絶縁体シート」「金属ステッキ」の三種の神器。チームを組んだ飯田・上鳴・轟の“個性”を繋ぎ合わせ、一つの戦力に纏め上げたのは彼女の功績に他ならない。確かに他の者に指示されたと言うのは在るかも知れない。それでも必要なタイミングにドンピシャリと合わせてフォローを入れる彼女の実力は、決して見劣りする物では無かったと考える。

加えて言うなら、最終種目に出ただけで凄いことなのだと言う事実を付け加えておく。約220名で競い合った体育祭で最終種目の切符を手にしたのは、一クラスにも満たない僅か16名。

実際に敗退した拳藤もそうだし、八百万と同じく推薦組だった骨抜・柳でさえ篩い落とされたのだ。

 

 

(…自分に自信が無い様な考え方。何とか出来ないかな…?

手っ取り早いのは、何か在ったときに持ち上げてみる事かな?何にせよもっと注意深く観察しないとな…)

 

 

謙遜と言うには少しばかり自身を過小評価しているような振る舞い。

実力は勿論の事、ウワバミが認める程に優れた容姿まで備えているにも関わらず、何故そこまで卑屈なのかと思わず気を揉んでしまう。こういった世話焼き体質な面が拳藤のいいところだった。

 

 

「さぁ貴女達、こっちにいらっしゃい」

 

「あっ、ハイ!」

「只今っ!」

 

「そこの席に座って?」

 

「「……?」」

 

 

促されるままに二人はイスに腰掛ける。すると楽屋に新しく二人の女性が入ってきた。

 

 

「じゃあ、お願いね?」

「「かしこまりましたウワバミお姉様っ!」」

 

「え?えっ!?」

「あっ、あのっ!これって…」

 

 

二人の女性は拳藤と八百万の前に立つと、一緒に持ち込んだメイク道具で彼女達に化粧をしだした。

急な事態に困惑する八百万。拳藤は脳裏に嫌な予感が過ぎっていた。

 

 

「だから言ったでしょ?「これから撮影だから付き合って」…って?」

 

「…えぇ、ですから、それとお化粧に何の関係が…」

「えっ!?ちょっと待って!それって…」

 

 

今一つ状況を掴めていない八百万が小首を傾げて、疑問を投げかける。

一方、拳藤はいち早くウワバミの意図に気付いた。予感が確信に変わり冷や汗を流した。それでも自分の予想が外れることを祈りながらウワバミの反応を待つ。

 

 

「えぇ、そうよ。「一緒に撮影しましょう」って意味だから」

 

「ええぇっ!!?」

(やっはりかーーっ!!?)

 

「はーいじっとする!メイクが上手く出来ないでしょ?」

「可愛いお嬢ちゃんをもっと可愛くしちゃんうんだからっ!」

 

 

動揺する二人を余所に見る見るメイクが進んでいく…。

 

 

職場体験初日。これから数日間、大変な事になると直感した二人だった。

 

 

───────────────

 

 

「…ん~」

 

 

くノ一装束を現代風にアレンジしたヒーローコスチュームの少女『小大唯』は唇に人差し指を当てながら物思いに耽っていた。

本日は快晴、絶好のヒーロー活動日和。彼女の研修先は若手実力派ヒーロー『シンリンカムイ』だ。

彼の人生は波瀾万丈に満ちていて、彼にフォーカスを当てたドキュメンタリー番組から人気に火が付いた期待のヒーロー。“個性(樹木)”を使った捕縛術もさることながら、目を見張るのはその体術。鮮やかに宙を舞い、素早く犯罪者を捕らえるその御業は、一種の芸術の様に華麗だ。

そんな技術を肌で感じ取れば、自分の糧になることは間違いないだろう。

 

そんな彼女の上司であるシンリンカムイは……。

 

 

「何度言ったら分かるんだっ!!街に余計な被害を出すなっ!」

「し、仕方ないじゃ無いっ!敵の抵抗が激しかったのよっ!!」

「そもそも、二車線以上のスペースがないと“個性”が使えないのに、何だって都市部に事務所を構えたんだ!」

「郊外なんて嫌よっ!?ヒーローとして輝けないじゃ無いっ!!」

「ヒーローをなんだと思っているんだ!」

 

「一旦落ち着けよお前ら…」

 

「「うるさいっ!?」」

 

 

彼は『Mt.レディ』と口喧嘩をしていた。

原因は先程治めた事件に在る。近くでコンビニ強盗を働き、逃走する犯人を追跡していたシンリンカムイ、あと一歩と言った所でMt.レディに手柄を横取りされたのだ。

それだけならまだ良かったのだが、彼女はその際勢い余って近くの電柱を二本ほどへし折った。結果電線が断線、一部地域に停電が発生してしまった。十回に一回は確実にやらかす彼女の器物損壊、今回はよりによってインフラの破壊だ。思わずシンリンカムイが腹を立てた。

半ば呆れながらも、二人の言い争いを仲裁しようと間に入る『デステゴロ』。しかし、効果は現れず、取り付く島もない状態だった。

 

それを小大はノンビリと眺めていた。

 

 

(ん~…晩御飯なんだろ?)

 

 

しかし、小大は全く意に介さない。思考は既に眼前の一悶着を離れ、夜の献立へと思いを馳せる。彼女の宿泊先で出される食事はそれ程に美味なのだ。

 

 

「なぁオイ、あれ止めなくても良いのかよ?」

「ん?」

 

 

そんな小大の様子を知ってか知らずか、隣の少年が声を掛ける。

身長僅か1m程度の小柄な体型。頭に毬藻の様な紫色の球体を付けた葡萄頭の少年『峰田実』だ。彼は1-A所属、彼女とは同期に当たる。

この度、彼はMt.レディの下で職場体験を行っていた。

 

 

「あーいいっていいって」

 

 

そう言って静観を促したのは一人の少女。

 

バサリと切ったおかっぱ頭。目元に三角のフェイスペイント。指向性スピーカー内蔵のブーツに、革素材のジャケットとパンツでロックにコーディネートされた出で立ち。しかし、内側に着たピンクのインナーシャツが年相応の愛らしい少女であることを主張する。

更に目を引くのは彼女の“個性”でもある、一見大きめのピアスにも見えるイヤホンジャックだった。

 

 

「いつものことだし、放っときゃ収まる…」

 

 

そう語るのは同じヒーロー科1-Aの『耳郎響香』だ。

静岡県出身で地元住民である彼女が言うには、Mt.レディとシンリンカムイは事務所を近くに構えているらしく、こうして同じ現場に居合わせる事が多いらしい。

それでいて、この様に小さな諍いの度に口喧嘩をしているそうだ。大概はMt.レディに非が在る案件が多いため、結局の所、彼女が(しょ)げて帰ることで事態は終息する。

こんなことが何度も起きているため、一周回って町の風物詩として定着してしまった。尚、地元住民の一部からは夫婦漫才と揶揄されているが、両者はこれを全力否定しているそうだ。

 

 

「ん」

「いいのかよっ!?」

「そういや小大さん、晩御飯何にする?」

「ん~…ポトフ」

「オッケー、伝えとく」

「聞けよぅ!?」

 

 

現在、小大は耳郎の実家にお世話になっている。…と言うのもちょっとした事情があるためだ。

実は、シンリンカムイのヒーロー事務所は非常に特殊だ。何しろフリーのヒーローとして活動している彼は、自宅を事務所と兼用している。

故に事務所に来客用の宿泊室を用意しているわけも無く、流石に年頃のお嬢さんを独身男性の家に放り込むのは色々問題があった。

研修期間中、ホテルアパートメントを借りる案も在ったが、親の仕送りで島根から上京している彼女の台所事情の面から芳しくない。

そこでB組担任のブラドキングは耳郎の実家を頼ることを思いついた。丁度、耳郎響香はデステゴロ事務所に研修先を決めていたため、実家からの出動を希望していた。

それに便乗する形で小大の宿泊を頼み込んだのだ。先生の働きかけもあり、こうして小大は耳郎と仲良くヒーロー研修に勤しむという、睦まじい関係を築き始めていた。

 

 

「にしても女の子二人で寝泊まりかぁ…。羨ましいぜ」

「ん!」

「ウチの母さんも小大さんの事、気に入ったらしいし、楽しくやれてるよ」

「オイラ、事務所に寝泊まりだぜ?流石に当直の人が居るから寂しくはねえけど、メシはコンビニ弁当だから、なんか物足りねえんだよな…美人の手料理が食いてぇよ」

 

 

殺伐といがみ合うプロヒーローの面々を余所に、学生達は終始和やかなムードで平和的な空気を醸し出していた。

 

 

「だいいち何よ!『先制必縛ウルシ鎖牢』って!?最近全然必縛できてないんですけどー?」

「なんだとぅ!?」

「だってそうじゃなぁい?先月の『ヘッドギア事件』の時もそうだし、何だか落ち目じゃなぁい?

その点、ウチに来たこの子、『グレープジュース』は凄いわよ~?強力なトリモチで相手を絶対に逃がさないんだから!」

 

「ふぁっ!?」

 

 

突如、峰田は全身に浮遊感を感じたと思ったら、目の前にシンリンカムイの顔が映った。どうやら、Mt.レディが峰田を捕獲して彼の目の前に突き出したらしく、峰田を引き合いに彼の能力を貶し始めた。

急な事態に峰田は体をびくりと震わせ、揺れる瞳で眼前の彼を見ていた。

 

 

「それを言うなら、こちらに来た『S to L(ストール)』だって負けちゃあいないぞ!

小型化・巨大化の両方に変化可能な上、柔軟に大きさも変更可能だ!

只最大サイズになるだけの「不器用さ」ではこの先、勤まらんぞ!」

 

「んっ!?」

 

「私の“個性(巨大化)”は仕様よっ!!」

 

 

何故か対抗意識を燃やしたシンリンカムイが、しまいには小大を引き合いに出して張り合う。哀れヒーローの卵二名、下らない大人の喧嘩に巻き込まれていった。

 

 

「いい加減にしろ!馬鹿野郎共っ!」

 

「「あでっ!?」」

 

 

痺れを切らしたデステゴロがプロヒーロー二人の頭に拳骨を振り下ろした。ゴチン!と鈍い音が鳴り響き、二人の視界にチカチカと星が瞬いた。

 

 

「いい大人が餓鬼見てぇな喧嘩してんじゃねぇよ。将来の後輩の前で恥ずかしくねえのか!」

 

「「はい、すみませんでした……」」

 

「ブフォッ!?」

 

 

喧嘩両成敗。みっともない大人たちにお灸を据えて一件落着。

頭に出来たタンコブを撫でながら、シンクロした動きで頭を下げるヒーロー二名。

そのシュールすぎる光景に耳郎は盛大に噴き出して笑った。

 

 

───────────────

 

 

「おーっす。元気にしてるかー?田中のばーさん」

 

 

上質な黒のスーツを着込んだ強面の大柄な男がとある一軒家を訪ねる。

すると家の奥から御高齢の女性が杖をつきながら出て来た。

 

 

「おやおや、カインドの坊ちゃん。いつも済まないねえ」

「坊ちゃんは止めて下さいよ、ばーさん」

「何言ってんだい!坊ちゃんはワシの可愛い坊ちゃんよぅ」

「…敵わねぇなぁ。そだ、今日はウチにベンキョーしに来てる見習いが居るんだ。

お前らも挨拶しなっ!」

 

「「うっす!おはよーごさいます!!」」

 

「おーおー、元気が良いねえ」

 

「「うっす!ありがとーごさいます!!」」

 

 

強面の男…任侠ヒーロー『フォースカインド』。

彼が紹介すると、後ろに控えていた二人の学生が威勢の良い声で挨拶をかました。上半身裸で如何にも肉体派な体付きに、それぞれ赤と銀の髪の毛が映える少年達は1-Aの『切島鋭児郎』と1-Bの『鉄哲鐵轍』だ。

 

 

「それじゃあよろしくお願いするねぇ…」

「おう、邪魔させて貰うよ。お前らも着いてきな」

「うっす!」

「…あのっ!カインドさん、俺達は何をしにここへ?」

「マァ、来れば分かるさ」

 

 

ゆっくりと前を歩くお婆ちゃんの後をゾロゾロと歩く、厳つい男三人。辿り着いたのはその家の台所だった。

 

 

「…これは?」

「ゴミだな」

 

 

二人が目にしたのはゴミの詰まった大量の袋だった。

 

 

「ばーさん、コレで全部か?」

「そうだよぅ」

「うっし!じゃ、テキパキやるか!お前ら出番だぞ!」

 

 

そう言うと、フォースカインドは自信の誇りでも在る四本の腕にゴミを一つづつ持つとそれを切島と鉄哲に渡した。

 

 

「さぁ、表の車の荷台に積みな!」

「あの?これは…」

「さっさとしねぇかっ!」

「は、はいぃぃっ!?ほら!切島っ!やるぞっ!」

「お、おう…」

 

 

訳も分からぬままに二人はせっせと車にゴミを運び込む。

 

 

「じゃあ、ばーさん。今日はちとばかし短いが、お暇させて貰うぞ」

「おや?折角来てくれたんだ、茶の一杯でも飲んで行きなよぅ」

「そうしたいのはヤマヤマなんだがなぁ…。こいつらに少しでも多くの体験をさせてやりてぇんだ。茶は今度来たときにゆっくり呑ませてくれや」

「そうかい…残念だねぇ」

「そう、寂しがるなよ。近々、ウチの若い者に顔出させるから、それで大目に見てくれ」

「あぁ、待っておくれ。行く前にホレ、アメちゃん持って行き…」

「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの、フォースカインドさん、質問イイっすか?」

「なんだ?」

「これって但のゴミ収集ですよね?」

 

 

最初の家以降、ヒーロー業務として二人はフォースカインドの後を付いて回り、同様に何軒かのお宅を訪問し、溜め込まれていたゴミを回収していた。

既にフォースカインドが運転する中型車の荷台はゴミが山を作り始めている。

 

 

「なんというか…ヒーローらしくねぇな」

「だな、どちらかと言えばゴミ収集業者みてぇだよな」

 

 

都市部での凶悪犯罪、荒事を経験するだろうと予想していた二人は現実とのギャップに困惑していた。

午前中は事務所の清掃と御茶汲み、礼節と作法を学び。午後からはこの清掃業務。

不満が洩れるのも仕方ないことだった。

 

 

「確かにお前らが想像したようなヒーロー活動とは違うだろうさ。しかし、これもウチのヒーロー業務の一環さ」

「…これのどこがですか?」

 

 

そんな学生達の反応にフォースカインドは苦笑交じりに答える。しかし、自分達のやっている行いは、立派なヒーロー活動として自信を持っていた。

 

 

「まず一点、「パトロールの一環」だな。こうしてゴミ収集をしながら住宅区を回ることは空き巣や引ったくりなどの抑止効果に繋がる。流石に犯罪者も白昼堂々ヒーローの目の前で悪事は働けんだろう。

もう一点は「ゴミ出し難民」の救済だな」

「ゴミ出し難民…?」

「あぁ、お前らにはあまり縁の無い話だろうな。今の言葉とさっきまで回った家々で何か気付いた事は有るか?」

「……皆、じーさんばーさんの家って事か?」

「独り暮らしの高齢者の家、だな。

数キロのゴミ一つ出すのだって、足腰弱いお年寄りにゃあ重労働だ。

同じ理由で買い物に不自由する「買い物難民」ってモンもあるが、こっちは外食やデリバリーサービス、コンビニエンスストアの浸透で幾らかマシではある。

メシっていう生命維持に直結する買い物に関しては、多少割高だろうが利用されてるが、ゴミ出しは今一つ浸透していない。極端な話、家がゴミ屋敷だろうが、早々に人は死にはしないからな。

そう言った事情もあって、独り暮らしの高齢者の家がゴミ屋敷化する事が社会問題にもなっている。不衛生な住宅環境は病気を起こす原因になるし、何より精神的な倦怠感や鬱を発症する。それが孤独死の原因にもなるんだ」

「………」

「後は…そうだな。顔を利かせる事でヒーローを頼りやすい環境を整えるって意味も有るな。『遠くの親戚より近くの他人』って言うように、何かあった際の相談窓口として立ち位置を確立していれば詐欺被害からも退けやすくなる」

「…俺、ばーちゃん大切にしようって思いました」

「是非そうしてやってくれ。

ヒーロー活動の根幹は社会奉仕だ。国民一人一人が健全に生きられるように俺達も努めないとな」

 

 

そう言ってフォースカインドは話を締めくくる。

ヒーローの仕事は実に多種多様である。花形である犯罪者との戦いや、メディアでの広告塔など、輝かしく目の眩むような華やかな舞台。その裏には地道な努力を重ねるヒーロー活動と言うのも存在するのだ。

 

 

「…さて、事務所に帰ったら道場開けるか…。お前らもバッチリしごいてやるよ!プロヒーローの実力ってのもしっかり肌で感じてくれ」

 

「「うっす!お願いしますっ!!」」

 

 

車は事務所へと帰る。

 

今まで知らなかったヒーローの一面を知り、又一つヒーローの在り方を考える学生達だった。

 

 

───────────────

 

 

右足が急速に冷却され、床が氷結していく。氷は先へ先へと伸びていき、1本の道が作られる。

左手を後ろに翳すと、そこから炎が噴き出す。高熱・高火力に噴き出した炎の熱風は推進力になり、体を前に押し出す。すると、氷のレールをなぞるように肉体は移動を始めた。

高火力の炎を保持しながら、次々と氷を生成する。その道は単なる直線では無く、時に大きく曲がり、時に縦に大きな弧を描き宙を一回転する。

 

そうやって慣らし運転をしていると、機械の電子音が鳴り、突如空間の至る所に円形の標的が発生した。

機動力を保持したまま、迎撃に入る。右の掌に拳大の氷の礫を形成し、それを弾丸に見立て投擲する。球は的を穿ち叩き割る。

前方上下左右、不意打ちのように背後に現れる的を時には直接素手で叩き割り、咄嗟の判断で氷塊の弾丸と火炎の放熱による射撃で破壊する。

 

 

『…テスト終了。ターゲット破壊率72%、タイム3:23、ランクC』

 

 

全ての的を破壊する前に、時間制限を超えて標的が消えた。

電子アナウンスがトレーニングコースのリザルトを告げるのを聞くと、氷の橋を渡り空中を滑走していた彼は、近くの壁に寄り、壁面に取り付くと素早く氷を生成する。

氷が丁度、ボルダリングをするためのホールドの役割を果たし、休むための足場を作る。

彼はテストの緊張から解放され、息を吐くと、頬を伝う汗を拭った。

 

 

「…ご苦労だったな。物間くん」

「う~ん残念…御子息様には負けてしまいました。まぁ、これ程扱いにくい“個性”でこれなら上々ですね」

「アレはいずれ、俺以上のヒーローになるべく生まれてきた男だ。これぐらい熟して貰わないと困る」

「…御子息様にも厳しい御仁のようで……」

 

 

『エンデヴァー事務所』。それに併設されたトレーニングジムの一室で行われていたのは「小手調べ」だった。

これは実際にこの事務所に内定した者が受ける実力テストで、機動力・攻撃精度・状況判断力等の能力を確認するための物だった。

それを『物間寧人』は無事それを合格したようだった。しかしこの結果は、後方支援系のサポート職のプロが出すレベルという、かなり低い合格ラインであった。

そんな彼に事務所の主、『エンデヴァー』は労いの言葉を掛けた。

 

 

「して、一つ質問してもいいか?」

「どうぞ?」

「扱いにくいとはどういう意味かね?」

 

 

下に降りてきた物間に、エンデヴァーは質問を投げかける。彼の愚息、『轟焦凍』の“個性”についてだ。

物間が“コピー”していたのは“半冷半燃”。一つの“個性”で氷と炎の二つの性質を併せ持つ規格外の性能だった。

 

 

「氷と炎…その性質が違いすぎるんですよ。正反対と言っても良い…」

「…ほう?」

「氷と炎の作動へのアプローチ…。

“放熱”“湯気”“吸熱”“気化冷凍”“自然発火”“水蒸気”“霜”“保温”“擦過”“炎焦”“蛍火”“霰”“対気流”“冬眠”“蒸留”“火鉢”“間欠泉”“過冷却”…。僕がかつて経験した“個性”…その中でも「体温のコントロールに関連する物」に類似しています…。

でもって“半冷半燃”の場合、氷は体温を下げる、炎は体温を上げる…といったイメージを伴います。実の体温とは関係なくです。

同じ“個性”でありながら、その挙動は正に反対。これを並列運用するのは、右手と左手で全く違う絵を書けと言われているような物です。しかも実践戦闘ともなれば、移動に咄嗟の判断、防御に攻撃選択、被害者の把握…と現場の目まぐるしい状況変化に対応するには複雑過ぎる“個性”です。使い熟すには相当な修練が必要でしょうね…」

 

 

物間の“個性(コピー)”は“個性”を取得しても、その使用方法と熟練度は一切取得できない。

たった5分。それが物間に許される修練時間。実践を想定するなら、その時間は更に短くなる。

 

その欠点を埋めるために物間が積み上げたものは経験だった。ひたすら他者の“個性”を借り、それの練習。そして反芻。

繰り返し、繰り返し、ありとあらゆる“個性”を研究し続けた。その中で気付いたとあるヒント、類似した性質の“個性”は、ある程度までなら応用が利く。つまり初見の“個性”であっても、性質が分かれば最低限の動作だけなら出来た。

それに気付いてからは早かった。獲得した“個性”の挙動を確認してからは、調整、調整、調整。お陰で実践でも遜色ないレベルの運用を実現させることに成功した。

物間が蓄積させてきた“個性”の研究情報。それこそが物間の強味でも在る。

 

が、しかし、ここにきて、それは新たな一面を見せる。

 

 

『他者への“個性”の教与』

誰よりも“個性”を学び・調べ・体感する“個性”。

他者よりも他者の“個性”を知る“個性”。

誰よりも他者の“個性”に寄り添う“個性”。

“個性”の扱いを教える先生としては、この上なく貴重な“個性(ちから)”だった。

 

 

(これは…予想以上だ…)

 

 

“個性”の使い方を正しく導けると言うのは、新しい可能性を広げる事になる。

 

 

『“個性”コンプレックス』

“個性”が日常に浸透した超人社会。自然と他の問題も生まれる。“強個性”“弱個性”“無個性”…“個性”の有無は愚か、その強弱、果てには凶悪な“個性”故に迫害を受けるケースさえ存在する。

 

そんな“個性”に悩む人々に寄り添う事が出来るのが、物間寧人と言う少年だった。

 

 

「しかし、それも僕が1時間程使うだけで最低限の操作が掌握出来てしまう物ですね。

むしろ御子息様は自分の“個性”なのに操作が点で駄目ですね。出力ばかりに目が行って、操作性がお粗末の一言に尽きます。自分の“個性”の筈なのにおかしいなぁ?今まで何をやって来たんでしょう?

事情がどうあれ、左を今まで使ってこなかったのは痛手としか言いようがありません。氷の操作に引き摺られすぎて、炎が丸でコントロール出来てない。

父親としてキッチリ教育するべきでは無かったのでしょうか?」

 

「…………」

 

 

しかし、その可能性を物間のアレの性格が駄目にする。こんな彼を悩む人々の前に出そう物なら、ボロクソにこき下ろして泣かすか怒らせる未来しか見えない。

 

それでも物間の言い分は強ち間違いでは無い。事実、轟は物間に劣っている面が有る。

先の実力テストで轟は氷によるゴリ押しで見事にB+の判定をもぎ取った。

対して物間の氷と炎の最大出力は、彼自身が耐冷耐熱性能で劣るために、轟の半分にも満たない。そこで二つの性質を並列運用し、現段階で彼が叩き出せる“半冷半燃”のフルスペックで得た結果だったのだ。

 

 

「…チッ」

 

 

“個性”の操作能力と言う点に関して言えば物間は轟に劣ることは無い。寧ろ炎の操作能力を加味すれば、上回る可能性だってある。

こうも“半冷半燃(自分の力)”を他人に巧く扱われては面白くない。轟は軽く舌打ちをして、テストルームから出て行った。

 

 

「…あらあら、ヘソを曲げてしまった」

「いや、アレはあのままでいいんだ」

「…?」

 

 

()と向き合い始めた轟焦凍であれば、自分より自分の“個性”を巧みに操る存在は、良い刺激になる。

対抗意識が芽生え、“個性”の訓練に更なる磨きが掛かることだろう。

 

 

「しかし、時間も限られている。物間くん、君も準備をしたまえ」

「準備…とは?」

「俺達はこれから保須へと向かう」

「保須…?東京の保須市?どうしてまた…」

 

 

用件のみを伝えて仕事に戻ろうとしたエンデヴァーを物間は呼び止める。すると彼は物間を見て不敵に笑ってこう告げた。

 

 

「現在保須にはあの『英雄殺し』が潜伏している。今までの調査から、必ず彼は同じエリアで複数回の事件を起こす…」

「…それじゃあ」

「あぁ、『英雄殺し』を捕まえる。物間くん、是非トップヒーローの仕事をその目に焼き付けてくれ」

 

 

そう言うと今度こそエンデヴァーはこの場を去って行った。

 

 

「………とんでもない所に来ちゃったな」

 

 

物間は自分の頬を掻きながらそう呟いた。

 

傍目に判るほどの親子の不仲。

加えて、事件の渦中への遠征。

 

今更になって大入の忠告の意味を知り、少しだけ後悔した。

 

 



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74:大入福朗の職場体験

 

「一秒間に10回の呼吸が出来るようになれ!!」

「ちょっと何言ってるのか分からないです… (•́ω•̀ ٥)」

「では!10分間息を吸い続け、その後10分間息を吐き続けるられるようになるんだ!!」

「ごめんなさい。やっぱり何言ってるのか分からないです… (•́ω•̀ ٥)」

 

 

波紋使い見習い東雲こと、僕ロリの修業は難航していた。

 

“波紋法”…。それは生命の神秘。

全身を駆け巡る太陽の力は、闇を払い、調和をもたらす勇気の力だ。

加えて、呼吸方法一つでバイタルコントロールをし、生命力を活性化。細胞は若返り、不老長寿にさえ手が届く。

 

しかし、この“波紋法”。幾ら素質が有っても一朝一夕で身に付くような代物ではない。

本来ならば、チベットのヌー川をさかのぼった奥地やヴェネツィアから船で北東へ30分の位置に有るエア・サプレーナ島などの修行地へ赴くのが非常に良い(ディ・モールト・ベネ)。しかし、限られた短い期間中にプチ旅行をするわけにも行かない。

仕方ないので、この環境でも出来る修業方法を行っているのだが、冷静に考えると常識を疑うような修業方法が目立つ。というか下手すりゃ死ぬ。

現在、ショタ神から言い渡されたトレーニング方法に僕ロリは困惑していた。

 

 

「やれやれ仕方ないのう…。では、初歩の初歩から始めるか。

時に東雲…いや、コロナよ。お主は“波紋法”について何を知っておる?」

「いえ…何も… (•́ω•̀ ٥)」

「では…ジャックサッカー!答えをどうぞっ!」

 

 

えっ!?ちょっと待って!?そこでこっちに振るの!?

 

 

「波紋法はっ!仙っ!道の!?秘術!!うひゃあ!?前世に……ジョジョって!漫画がっ!あっ~~~てっ!それーーにっ!出て来た!技術!!?」

「おらぁ!?余所見してんじゃあねぇぞ!!!」

「イ゙ェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

「その波紋法に重要な物はっ!?」

 

「特……特殊な!呼吸法っ!コレに尽きるぅっ!?だっ!でっ!あっ!

即…ち、肺活量が重よぉぉおおぅぅお!?」

「ホラホラぁ!!もっと愉快に逃げ回りなさぁい!?」

「ぬわーーーーっ!!!」

 

「どうだ!これでわかったかのう?」

「日本語でおkです (•́ω•̀ ٥)」

 

 

忙しい俺に説明させといて…ヒドす。

 

 

 

 

「「もっと激しく(楽しく)行くぜ(わよ)!!!」」

「ドッヒャーーーッ!!」

 

 

眼前に猛獣の鋭利な爪が迫る。俺は身を伏せて躱す。そのまま、正面に立つライガーさんの側面に飛び込む。すると先程まで俺の居た場所に二筋の白線が着弾した。

慌てて俺は立ち上がり、体勢を整える。その間に、天井に逆さ吊りにぶら下がり待機していたチジュさんが手のひらを俺に向け、今一度掌から粘着性の有る細い紐を射出した。

 

 

「あらん?」

「どっせいっ!!」

「きゃあっ!?」

「うおっ!?……やるなぁ…」

 

 

俺は“ポケット”から錫杖タイプの武器を一つ取り出すと、その撃ち出された白線の紐を絡め取る。そこからチジュさんを一本釣り。天井から引きずり落とした。

そのまま、ライガーさんに向けてチジュさんをぶん投げれば、彼は彼女をお姫様だっこで受け止め、優しく地面に降ろした。

俺は呼吸を整えながら、二人のヒーローに改めて対峙した。

 

俺は“もう一つの個性”についてショタ神から教えられ、現在、それの完全掌握に努めている。

俺の“もう一つの個性”には筋力向上・耐久性向上・回復力向上…etc.複数の恩恵があった。しかし、それらが混在していたのだ。複雑に絡み合う複数の力をコントロールし、自らが望む力に変換する…。“もう一つの個性”にはそれが求められた。

そのための修業方法がコレ。プロヒーローを相手に戦う事。より、実践的な模擬戦での“個性”操作だった。

 

 

獣王ヒーロー『グレイトライガー』

“個性:ライガー”

獅子と虎が合わさり最強に見える“個性”。

 

スパイダーヒーロー『チジュ』

“個性:蜘蛛”

クモっぽいことは大体できる。

 

 

どちらも他生物の性質を取り込んだ“異形型個性”。その恩恵は計り知れない。

“ライガー”はクラスメイトの宍田君の“ビースト”と同じ、純粋な身体能力強化。

“蜘蛛”は身軽な体で巧みに空中を渡り、粘着性の糸を放出して相手を捕まえる。

 

 

 

 

「……仕切り直しだな。いくぞっ!!」

 

(……さっきのじゃ駄目だ。もっと修正しないとっ!!)

 

 

プロヒーロー二人が再び動き出す。

ライガーさんが拳を握り締め、振りかぶる。あの巨木の様に逞しい腕からは、凄まじい破壊力が繰り出されるだろう。

 

俺は“もう一つの個性”を発動した。

すると全身に血液が巡るように、力が浸透していく。

 

ライガーさんの攻撃は既に回避が間に合わない。俺は迎撃のため、真っ正面から拳を繰り出した。

 

 

「があぁあっ!?」

「うおっ!?…はっは!やるなぁ!!」

 

 

拳と拳が激しくぶつかり、両者の腕が反発して弾き返された。その際、俺の腕がビキリと鈍い痛みを発した。

そんな俺にライガーさんは牙を剥き出しにして笑った。

 

 

(…っ!?力だけじゃ駄目なのかっ!?強度も上げないと腕が壊れるっ!!)

 

「…っ!?チィッ!!…だあっあ!?」

「上手く避けるじゃ無い?無様に転げ回って可愛いわね?」

 

 

チジュさんがライガーさんの体の隙間を縫うように追撃を仕掛ける。慌てて横に飛ぶと、加減を間違えて地面に這いつくばった。

それを見てチジュさんは愉しそうに笑った。

 

 

(反応が…感覚が遅れるっ!肉体に着いて行ってないんだ…修正しないと…)

 

 

立ち上がり構え直すまでの間、追撃は無いらしい。

更に力を込める。全身に熱が、力が浸透する。

再び俺は立ち上がろうとして…

 

 

 

そのまま倒れた。

 

 

 

「……あ…れ…?」

 

「あ~あ…。体力の削りすぎじゃな…」

 

 

俺に歩み寄ってきたショタ神がしゃがみ込んで、俺の顔を覗いた。

 

 

「力を回復に全て回すんじゃ……数分もしたら動けるわい」

 

 

言われるがままに力をコントロールする。全身に流れていた力が抜けて、痛みが和らいだ。

 

 

「さて、待たせたのう…まずは呼吸方法から。

波紋の力を自分だけで生み出せるようにならなければ話にならないわい」

「…はい、お願いします (•́ω•̀ ٥)」

 

 

そう言うと僕ロリとショタ神はトレーニングルームの端っこで深呼吸を始めた。

 

 

 

 

「ただいま~っ、新作アイテムのレポート終わりましたよ…って、どちらさん?」

 

 

休んでいると、トレーニングルームの扉が開いて、見覚えの無い人物が入ってきた。

白い布地に青色の筋で植物の意匠をあしらえた浄衣。小さい烏帽子。人形浄瑠璃などで黒衣(くろご)などが顔を覆うような白い布…雪衣(ゆきご)だっけか?

とにかく全身を陰陽師風に整えたヒーローだった。

 

 

「…ども、ショタ神の相棒ですか?」

「ショタがっ!?……え、えぇ、そうですけど…」

「こんな格好で失礼。初めまして、雄英高校ヒーロー科1年大入福朗、コードネーム『ジャックサッカー』です。

そして、あっちの小っちゃいのが同じく雄英高校ヒーロー科1年東雲黄昏、コードネーム『コロナ』です」

「あぁ…あの…。

…御丁寧にどうも。僕、ここの相棒(サイドキック)の『レイステイカー』って言います。操霊ヒーロー名乗ってます。得意分野は広域偵察です」

 

 

珍妙な空気で交わされる自己紹介。腰の低い相棒のレイステイカーさん。

何というか全身から苦労人のオーラを感じた。

 

 

「おおっ!丁度良かったレイスくん!そのままチジュくんとジャックくんを連れてパトロールに出てくれ!

儂等はこの娘の訓練するから!」

 

「分かったわ、ボス。じゃあ行きましょうか?」

「えぇっ!?この子、既にグロッキーですよ!?」

「何を甘いことを言うておるか。折角の職場体験なんじゃから、余すこと無く体験せねば損じゃろう?」

「……よい…しょっ………平気です。歩けます」

 

 

ショタ神の言い分にも一理ある。生のヒーローの活躍を知る機会は滅多に無い。チャンスを不意にする気にはなれなかった。

何とか立ち上がれるまでに回復出来た様なので頑張って立ち上がる。うっ…ちょいフラフラする。

 

 

「もう少しすれば、自然回復します。大丈夫です」

「そ、そうですか?無理はしないで下さいねっ、ヒーロー業務は危険がいっぱいですから」

「大丈夫よ。このボク、ライガーの特訓に耐えれるくらいには丈夫だから…肉壁位にはなるわ」

「にくかべっ…!?」

「うわっ…惨いっすね、姐さん」

「冗談よ」

「冗談に聞こえませんよ…。

ははっ、とにかく無理は禁物。何かあったら優先的に下がらせますからね」

「わかりました」

 

 

平然と恐ろしい事を口にするチジュさん。ダウナー気味で表情の変化に乏しいせいも有ってか洒落にならない。

 

 

…いや、洒落だよな?

 

 

────────────────

 

 

東京都保須市。東京23区から西へ走った県境にある商業都市。中心部のオフィスビル群と郊外に残された豊かな自然が混在しているこの街は、不思議と調和が取れていた。都心の様な華々しく喧騒と活気に溢れた街並みとは違い、緩やかで落ち着いた雰囲気が流れている。

ヒーロー事務所も多く点在し、治安も良く、以前には住みやすい街としてバラエティ番組で紹介された事も有った。

 

 

「へぇ~あの娘さん波紋戦士になるんですね」

「あれ?レイスさんは波紋法をご存じなんですか?」

「えぇ、僕の世界にもジョジョ有りましたから…」

「彼女、本来の“個性”の方はマスターハンドみたいなのを操るんですが…あれ?よく考えたら波紋との食い合わせがいいな、これ?」

「物体の召喚ですか…。なんだか幽波紋(スタンド)みたいですね」

「あぁ、それ俺も思いました」

「懐かしいなぁ…私はペットショップがお気に入りでしたね。何というか職人気質な感じが好きです」

「職人て…必殺仕事人じゃないですか…全然カタギじゃ無いです」

「はははは…」

 

 

そんなに街中を穏やかな世間話をしながらパトロールして回る。

爽やかに笑うレイスさん。イケメンだ。顔見えないけど多分イケメンだ。

色々試してみたが、この人きっと俺と同じ世界から来てる。古いネタが多いが話が通じるし、感性も似ている。

 

 

「随時楽しそうね…。除け者にされちゃって、お姉さんさみしいわ…」

 

 

少し前を歩くチジュさんが不満そうに声を掛けてきた。チジュさんはエヴァネタを知ってはいたものの、他の人から教えられた物らしく、話が通じない場面が多々見られる。

 

 

「そう言えば姐さんは完全に異世界から流れて来てましたね」

「えぇ、火星からやって来た宇宙怪獣相手にアサルトライフル乱射して突撃するような世界だったわね。アレに比べたら本当にここは平和よ」

「うわぁ…なにそれこわい…」

 

 

頭の中でグロテスクな容姿の名状し難い生物が人を喰らう魑魅魍魎とした世界を想像して思わず引いた。

 

 

「……でも、昔の話よ。

今は御飯も美味しいし、安心して眠れるベッドがあるし、怪我や病気になっても治療が受けられる。

本当に幸せな世界よ…」

「チジュさん…意外と壮絶な人生送って来たんですね」

「転生者なんてそんなモンよ。大小の差はあれど、前世を往生できなかった人間ほど、二度目の人生を歩むのよ」

「……なんだか、戦後の話をするおばーちゃんみたいですね」

「ちょっとレイス~?これでもお姉さん20代なのよ?おばーちゃん呼ばわりは失礼だと思わなぁい?」

「ね、姐さんっ!アイアンクローはやめてーっ!」

「お黙りなさいっ!女性に年齢と体重とスリーサイズの話は禁忌(タブー)よ!」

「ぎゃーっ!」

 

 

そう言いながらじゃれ合い始める二名。あの…置いてけぼりにしないでください。

 

 

「…あぁ、そうだっ!パトロールで注意することってありますか?」

「えぇっ!?注意点ですか?」

「……そうね。じゃあ、基本的な事から話しましょうか?」

 

 

俺の質問が意外だったらしく、驚いてみせるレイスさん。対してチジュさんは少し考えて、そのように話を切り返した。

 

 

「まず服装は基本戦闘服ね。知名度にもよるけど、ヒーロー戦闘服は自身の身分証明でもあるの。要は「私がパトロールに来たっ!」ってアピールする事が大切ね」

「それはなんとなく判りますね」

「次に手荷物ね…まぁ正直、警察や自警団(ヴィジランテ)と同じなのだけれど。

まず、一つ目は連絡手段の確保。携帯電話やGPS端末…兎に角、何かしらの自分の情報を知らせられる道具。応援や救急、場合によっては反対に本部から情報を仕入れる事も必要になるでしょう。

次に記録道具。何だったら手帳とペンでも構わないわ。これは危険箇所を見つけた場合や事件現場に遭遇した際に現場の情報を記録するための物、ついでにカメラも持ってれば便利ね。ただ、現場の捜査権は警察にあるから、見たまましか記録出来ないのだけど…」

「危険箇所って言うのは?」

「そのままの意味です。

例えば、「あそこの曲がり角は交通事故が起きやすいからカーブミラーの設置や注意喚起」を警察に申請したり、「公共設備に老朽化を発見したら」然るべき会社に連絡。以前に高圧線が切れかかってるのを偶然見つけたときは、少しビックリしましたね。

後、道端に落書きを見つけたら、それも必ず通報すること。『割れ窓(ブロークンウインドウズ)理論』って言って、落書きや割れ窓の放置は「此処が無法地帯である」って印象を生んで、犯罪を誘発しやすくなります」

「ふむふむ…なるほど、メモメモ…っと」

 

 

いや、流石はチジュさん。略して、さすチジュ。レイスさんにも感謝。

勉強になるな…。

 

 

「って!既にメモ帳持ってきてるぅっ!?」

「うぇい!?」

「…あら、ホントね」

「だ、だって勉学に励む学生の嗜みですし…」

「偉いわね…じゃあ、続けるわ。

と言っても後はついでのような物よ。夜間用の懐中電灯、緊急手当用の救急道具、非常事態の警告用防犯ブザー…手荷物については以上よ。

あぁ、あと武器の類は、片手が塞がった状態だと事態の対処に後れを取る場合があるから、極力ホルスターにしまうこと」

「なる程…」

「続けるわよ。パトロールの目的は出来る限り明確な方が良いわ。子供の通学路の見守り、空き巣の注意喚起、引ったくりやひき逃げの防止、夜道での通り魔探索。時間帯やパトロールルートも大きく異なるわ。

次にパトロール人数。これは最低2人以上、出来るなら4・5人のグループで回るのが理想ね」

「えっ!?ヒーローって割と単独でパトロールしてません?」

「そうなのよね…それが問題なの。ヒーローって職業は人気商売でもあるから、横の繋がりって維持しにくいのよ…。単独行動だからこそヒーローでもあるけれどもね。

でも、チームアップしてパトロールするのはかなり有効よ。複数人の目で観察すれば危険箇所の発見率は上がるし、敵との戦闘でも連携を図り有利に進められるし、いざとなったら一人を逃がして応援を呼んで貰う事も出来るわ」

 

 

そんな話をしていると、遠くの方でサラリーマンのおじさんが手を振っているのを見つけた。それに返すようにチジュさんとレイスさんは手を振り、倣うように手を振った。

 

 

「他には…そうね、事前準備になるのだけれど、情報をしっかり頭に入れておくこと。迷子の人の道案内の為に近隣の主要施設や避難場所は把握していた方が良いし、警察から出されている犯罪情報をしっかり把握し、注意すること。

……一先ずはこんな物かしらね?」

「ありがとうございます、チジュさん」

 

「いけませんよ、姐さん。姐さんは一つ、大事なことを忘れています」

 

 

チジュさんのパーフェクトパトロール教室が終わったかと思いきや、レイスさんが異を唱えた。やけに得意気な声色で、「まだまだだね」とか言い出しそうな勢いだった。

 

 

「あら?生意気言ってくれるじゃ無い?」

「レイスさん?その足りない物って何ですか?」

 

「それはですね…「明るく元気に挨拶をする」事です」

 

「…はい?」

「あぁ、成る程ね」

 

「ジャックくんはイマイチ解って無いようですね…。説明しましょうっ!

実は空き巣等の犯罪予備軍の皆さんが、それを躊躇った理由には「人から声を掛けられた」と言うのがあります。これは、周囲に「貴方を見ていますよ」と印象を与えて、その人の警戒心を強めます。すると、今日は拙いと判断して計画を見送らせるきっかけになります。

更には地域住民とのコミュニケーションのきっかけになります。我々は周囲の皆さんに認められて、初めて一人前のヒーローです。あいさつは皆と仲良くなるための第一歩なんですよ!」

 

「な…なるほど……」

 

 

つまりは「あいさつの魔法。」って事だな。

 

あいさつするたびともだちふえるね。

 

 

「……んっ!?」

 

「…?どうしたんですか、レイスさん?」

 

 

ふと、隣に立つレイスさんが空を見上げる。

 

 

「姐さんっ!怪我人1名っ!」

「場所は?」

「距離凡そ800m!」

 

 

そう言いながらレイスさんは人差し指を立てる。指先から火の玉が現れて、フワリと飛んでいく。

 

 

「ボクっ!!仕事よっ!

お姉さんに着いてきなさいっ!!」

「は、はいっ!」

 

「お気を付けて!僕も応援を呼んですぐに駆けつけます!」

 

 

チジュさんが手から糸を出すと、それを使ってワイヤーアクションに空中を飛んで火の玉を追う。

俺はそれを追って走りだした。

 

チジュさんのスピードは速い。最高速度は俺の〈エアスラスター〉程で無いにしても、持続力を考慮したならば比べものにならない位に優れている。

張り合おうにも、今回は一般市民のいる市街地だ。無闇に暴風を吹かせたり、「ストリングガントレット」のワイヤーアンカーで壁を穴ボコにするわけにも行かない。…意外と使用幅狭いな。

故に“もう一つの個性”を使う。全身に力を浸透させ、体が熱を持つ。全身の筋肉が強化され、走力が跳ね上がる。足並みを併せるように感覚を強化する。視覚・聴覚からより多くの情報が得られ、体感時間が少し遅くなる。

先を行く彼女を追うと、狭い裏路地へと入っていった。

 

 

「臭いがしてきたわね…。もう直ぐよ、心構えはしておいて頂戴」

 

 

現場が近いのだろか、チジュさんがその様に指示を飛ばす。そのまま地上に降りてくると、周囲を警戒しながら迅速に路地裏を駆け出す。俺はその後を着いて走る。

 

 

「っ!!これはっ!」

「…やられてるわね」

 

 

目の前には倒れた人。厭に鼻につく鉄の臭い。薄暗くて分からないが倒れた人の傍には水溜まりが広がっていた。

いや、誤魔化しきれない。あれは『血』だ。『人が血を流して倒れている』のだ。

思わず口元を手で覆った。何でかは分からない。多分、生理的嫌悪感と恐怖心からか。

 

 

「…ふむ…」

「……い、生きてますか?」

 

 

チジュさんは躊躇うこと無く、倒れた人の傍に歩み寄る。

それを俺は三歩後ろから覗き込む。そして気付いた。その人は『ヒーロー』でしかも『女性』だった。

 

 

「…失血が酷いわ。急ぎ手当てしないと…。ボクっ!治療道具っ!あるだけ出してっ!」

「っ!?は、はいっ!」

 

 

心臓が喧しい程に騒ぎ立てる。息が詰まる。しかし、状況は待ったりしない。チジュさんに指示され、慌てて“ポケット”から救急道具を取り出す。

「消毒用エタノールスプレー」「除菌ジェルボトル」「ガーゼボックス」「脱脂綿」「テープ包帯」「ランセットセット」「ソーイングセット」「ハサミ」「ピンセット」「瞬間冷却パック」「簡易吸引器」「小型酸素ボンベ」「止血用シート&スプレー」「三角巾」

…必要になると考えて、思い付くだけ用意していたサポートアイテムが妙に心細く感じた。

 

 

「…あの、これは麻酔の代わりになりませんか?」

 

 

そう言って取り出したのは「ダーツ型麻酔針」。ダーツに装着されたアンプルには成分量が記載されている。筋肉弛緩剤なのか睡眠薬なのか鎮痛剤なのかは、悲しいかな知識不足で分からないが、でも、もし、少しでも使えるのなら…。

 

 

「素人が医療目的で麻酔打つのは危険よ。止めておきなさい。

それよりこっちに来て、体仰向けにするの手伝って」

「…はい」

 

 

チジュさんの反対側に回り、目の前の女性を優しく転がす。

ヘルメットを外され露わになった顔は生気が無く、腹部が赤く染まっていた。

一段と胸の辺りがざわついた。

 

黙々とチジュさんが女性の上着にハサミを入れて剝ぎ取り、上半身をブラジャー姿に変える。

その事実以上に、俺には鋭利な刃物で斬られたらしい腹部の傷から目が離せなかった。

本当は目を背けてしまいたいのに、それを出来ない。矛盾した感情がせめぎ合って、ぐるぐると頭の中で巡った。

 

 

「…ここまでで良いわ。ボクは周囲の警戒を…時期に援軍も来るわ」

「ですが…」

「医療資格が無いなら、ここから先はNGよ。それにいつまでも彼女の肌を男に晒し続ける訳にも行かないわ」

 

 

その言葉で、ハッと我に返る。

よくよく考えたら、彼女を襲った襲撃者がまだ居るかも知れないのに、微塵も警戒していなかった。

 

 

「……っ!失礼しました…」

 

 

俺は立ち上がりチジュさんの背後に回る。そして背を向け、後方を警戒するように立った。

周囲を観察しだして、ふと気付く。周囲に光る、細い銀の線。恐らくセンサーだ。チジュさんが周囲にバラ播いた蜘蛛の糸。振動を感知し、侵入者を知らせる警報装置。

 

 

「……来てる。ボクの方向から三人」

「……っ」

 

 

チジュさんがそう声を掛けてくる。

恐らくは応援だろう。しかし、万が一に(ヴィラン)だった場合に備えて、拳を構える。

深呼吸。精神を整えようとして行った、それ。また、血の臭いが鼻についた。心音は鳴り止まない。

 

…戦えるのか?こんな状態で?

 

 

「ジャックくん!大丈夫!?」

 

 

目の前に現れたの白い和装。レイステイカーさんだった。大急ぎで来てくれたのだろう、大きく空気を吸い呼吸を整えていた。

 

 

「けが人はっ!?」

「っ!!?」

「大入くん!!?」

 

 

後を追うように現れたのはブルーのタイツスーツに、魚類のヒレを取り付けたヘルメット。水を巧みに操るヒーロー『マニュアル』。

そして、恵まれた体格に白いアーマータイプのコスチューム『飯田天哉』だった。

 

幸い、俺が仮面を外していたお陰だろう。あちらは直ぐに俺に気付いたらしい。

声を上げられないほどに緊張していて、助かった。うっかり飯田君だと口にしてしまうところだった。

 

 

「大丈夫か?顔色が悪いぞ…」

 

 

飯田君が自身のヘルメットを外しながら声を掛けてくる。

彼に指摘されて気付いた。握った拳が震えていた。

 

…そっか、そんなにショックを受けていたのか…。

 

 

「……容態は?」

「トリアージは赤。油断は出来ないわ。

でも、平気…私が居るわ」

 

 

マニュアルさんが確認を取る。

チジュさんが針と糸で縫合作業をしているらしい。

 

 

「いったい誰がこんな酷いことを…」

 

 

その様子を見て飯田君がそう声を漏らした。

今更になってその疑問に気付く。しかし、既に答に当たりは付いていた。

直に怪我の容態を見た俺には分かる。鋭利な刃物で一直線に斬られた痕。あれは長い得物でないと綺麗に傷痕は出来ない。それこそ刀の様なものでなければ。

 

 

「………英雄(ヒーロー)殺しです」

 

 

レイスさんが疑問に答える。

 

 

「英雄殺し『ステイン』。奴が犯人です」

 

 

真剣な声色で、彼は犯人の名を告げた。

 

 



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75:交渉・契約・迷走

 

 

「…………ハァ……殺し損ねた」

 

 

一人の男がビルの屋上から眼下を見下ろす。視線の先では、一人のヒーローが救急車に運び込まれ、病院へと向け、走りだした。

 

男の名は『ステイン』。

「ヒーロー殺し」の異名で世間に知れ渡り、これまで17名のヒーローを殺害、23名ものヒーローを再起不能にした。重軽傷の被害者を加えたならば、更に多くの人々が彼の犠牲になった。

神出鬼没に様々な街を渡り、これまで7ヶ所の街で脅威を振りまいてきた。

 

 

「腕の立つ奴が居るようだな…」

 

 

彼がこれまでに成した悪行の数々。当然それ程に名も知られた。

 

──ステインがこの街に現れた。

 

その情報だけでヒーロー達の動きは早く、周辺警備は強化され、ステインを捕らえようと多くのヒーローが行動を始めた。

 

そんな中で見つけたターゲットの一人、慎重に事を運んで、絶好の機会を見つけたと思った。

しかし、姿の見えないヒーローに横やりを入れられ、トドメを刺すこと叶わずに、撤退を余儀なくされた。

 

 

「苦しくなるな…」

 

 

恐ろしい程に遠隔操作に優れた相手だった。

火力は大した事は無い、喰らっても精々軽い火傷程度だ。しかし、本当に恐いのはその手数と精密性だった。

入り組んだ路地裏を縫うように無数の火炎球が殺到し、正確にこちらを追尾していた。十中八九「認識している」動きだった。彼の予想であるが、あの時点で既に援軍も呼ばれていただろう。

あの場で標的のヒーローを仕留める事は出来た。だが、あれで深手を負ってしまえば彼の悲願を叶えられなくなる。

 

 

「…ハァ…しかしまだだ。まだ、この街には犠牲が要る…」

 

 

彼は快楽のために殺人を犯しているわけでも、金のために罪を犯しているわけではない。

彼が殺人を犯すのは矜持のため…。

 

 

──『英雄回帰』

 

 

“英雄”は偉業を成し遂げたものに与えられる“称号”であるべきだ。

その信念の基に彼はヒーローを殺す。贋物のヒーローを殺し、真正のヒーローを選定する。世間に警鐘を鳴らし、ボンクラ共の目を醒まさせる。

 

東京都保須市。この街をターゲットにしたのは、ここに拠点を構えるヒーロー達のレベルの低さ故である。

安全平和な治安の良い街。裏を返せば、「ぬるま湯の環境」。英雄を騙り、(たる)んだ働きしか出来ない無能共の溜まり場だ。

 

 

「お久しぶりです。ステイン」

 

「……ハァ、また貴様か」

 

 

「また面倒な奴が来た」と内心悪態をついて、ステインは声の主を一瞥する。

そこに居たのはバーテンダー姿の男。全身を濃厚な漆黒の靄が覆い、その眼は蝋燭の明かりの様にユラユラと揺れていた。

その男の名を『黒霧(くろぎり)』と言う。

 

 

「再度、参りました。どうか今回こそ、お話を聞いては頂けないでしょうか?」

 

 

この黒霧と言う男。一月程前、世間を揺るがした『ヴィラン連合』に属する者らしい。

ステインが保須市にて活動を始めた当初から、数回、同じように勧誘を受けていた。

 

 

「失せろ。そんな気は無い」

 

 

ステインは黒霧の嘆願を一蹴する。彼の願いと連合は一切関係ないのだ。そんなものに構ってる暇は無い。

 

 

「……ですが、そちら(・・・)は如何しますか?」

 

 

そう言って黒霧が指差したのは、宙へ浮かぶ不気味な鬼火だった。

取り敢えずといった様子でステインは、ナイフを一本鬼火に向かって投げる。炎の中心を射抜くものの、ユラリと揺れるだけで意味を成さなかった。

そして、先程彼を襲った火炎球と火の色が異なることに気付く。恐らくマーキング用の鬼火なのだろう。

 

 

(自由に泳がされている…)

 

 

恐らくは隠れ家が判明したならば、真っ先にそこを押さえるつもりなのだろう。このまま帰るわけにはいかなかった。

 

 

「もし宜しかったら、そちらを振り切るお手伝いを致しましょうか?」

 

 

見かねた黒霧はある提案をし、ステインの反応を待った。

黒霧の“個性”は全身の黒い靄を使い、空間と空間を繋ぎ合わせて、長距離を一瞬で移動する希少価値の非常に高い“ワープゲート”の能力だった。

 

 

「……その代わりに話を聞け…と、そう言うことか…」

「えぇ、仰る通りです」

 

 

ここでステインは一度考える。

 

自力でこの追跡を振り切る事は可能か?

有効射程がどれ程か不明。

包囲網がどれ程形成されたかは不明。

 

…いっそ、一度街の外まで出てしまうのも有りか?

 

 

「……ハァ、分かった。…話は聞こう。だが、こちらからも条件がある」

「何でしょう?」

「俺も補給が要る。…少し寄り道をさせてもらう」

 

 

やり手が居るならば、念には念を入れるべきだ。持ち込んだ食料も少なくなってきているし、装備も傷み出している。いずれにしても彼には補給が必要だった。

 

 

「えぇ、お安い御用です。差し当たって、この街を一度出ましょうか?」

「それでいい」

 

 

ステインの返答に満足そうに頷くと、黒霧は全身の靄を拡大し、ゲートを開いた。

 

 

「………ハァ…待っていろよ。直ぐに戻ってきてやるからな」

 

 

保須市のヒーロー達に向け静かに宣告すると、英雄殺しステインは靄の奥へと消えていった……。

 

 

───────────────

 

 

「…………撒かれましたか…」

「…?レイスさん、どうかしましたか?」

「ん?いいえ、何でもありませんよ」

 

 

あの後、被害に合った女性ヒーローは到着した救急車で搬送された。

チジュさんはそのまま病院に付き添い。レイスさんから聞いた話だが、彼女医師免許も取得しているらしい。前世が軍医なんだとか。

幸い、到着が早かったことと、想定より多かった救急道具が功を奏したらしく、「何とかなりそうだ」とのこと。

 

「今度は生理食塩水も用意しときなさい。最悪、輸血の代用品として使えるわ」と去り際に助言してくれた彼女の言葉には、自分の不甲斐なさを痛感させられた。

 

「君は良くやってますよ…。寧ろ、頑張りました」とレイスさんは慰めてくれた。

しかし、あれは道具を託しただけだ。俺自身は何も出来なかった。

…それよりレイスさん、頭ポンポンなでなでは男同士でやるモンじゃ無いです。

 

 

「さてっ!じゃあ、情報交換といこうか!…って言っても、こちらから尋ねるのが主なんだけどね?」

 

 

タハハ…と困ったような笑顔で語りかけてくる青いタイツスーツ姿のヒーロー。ノーマルヒーロー『マニュアル』さん。

突出した能力は持たないものの、そのコミュニケーション能力の高さと連携の巧さ、どんな相手とでもチームワークを発揮できるバランスの良さが売り。

大規模戦闘などではアシストに回ることが多いせいか、功績は少なく、弱小事務所ではあるものの、人柄も良く隠れファンも多いヒーローである。(デク君調べ)

 

 

「…初めまして。雄英高校ヒーロー科1年『飯田天哉』。ヒーロー名……『テンヤ』…です」

 

 

歯切れの悪い自己紹介をしたのは1-A委員長の飯田君。

白を基調にしたF1のレースカーの様なデザインのアーマータイプコスチュームは、彼自身の四角張った印象も良く表している。

 

 

「親切にありがとうございます。『ネイチャーカンパニー』所属の相棒『レイステイカー』です」

「雄英高校ヒーロー科『大入福朗』。コードネーム『ジャックサッカー』です」

「…あぁっ!体育祭のっ!?見てたよっ、凄く強かったね君!」

「まぁ、飯田君とは直に殴り合った仲でもありますしね」

 

 

改めて自己紹介すると、ハッと思い出したように驚くマニュアルさん。

恐るべし全国区。俺の存在が、名乗れば思い出すレベルを保持しているらしい。

 

 

「レイステイカーさん、質問宜しいでしょうか?」

「何ですか、テンヤさん?」

「ヒーロー殺し…どうして、犯人がステインだと?」

 

 

飯田君が待っていられないとばかりに、真剣な表情で問いかけた。

彼にとっては犯人がステインかどうかは非常に重要な内容だった。

 

 

「それはですね…私の追跡が振り切られた。この事実自体が、犯人が相当の手練れであると言う事を証明しているからです」

 

 

レイスさんの“個性”はパトロール中に軽く説明を受けたが、転生者らしく中々にヤバイ能力だった。

 

操霊ヒーロー『レイステイカー』

“個性:ゴースト”

幽霊っぽい火の玉を操る。鬼火による射撃能力、火を結び合わせる事で作られる結界、活力を感知する索敵性能、憑依による妨害工作…と攻防に索敵・阻害と使用幅のかなり広い力。

 

あの時レイスさんは、800m先の入り組んだ路地裏で起きた惨劇に割り込むだけの長射程・操作性能を秘めている、と暗に言っている。

 

 

「途中までは追尾出来ていたのですが…。急に反応が消えてしまいました。追跡では負けない自信が有ったんですが、悔しいです」

「そっか…じゃあ、現場周辺は如何だった?」

 

 

そう言ってマニュアルさんは犯行現場の路地裏に視線を向ける。現在路地裏の入り口には黄色いテープが張られ、侵入禁止になっていた。救急車に合わせて警察官も到着し、手早い動きで現場を封鎖したためだ。

 

ヒーローの職務は多岐に渡る。日頃の治安維持に犯人逮捕、状況次第では先立っての救命活動に応急処置など。更に、感知能力に優れたヒーローは警察側からの要請に応じて捜査協力をする場合もある。

 

 

「それならジャックくんの方が…。彼はチジュと一緒に処置に当たった第一発見者ですから」

 

 

しかし、この場に居合わせた大入と飯田はヒーローの見習いであり、学生であり、一般人だ。当然ヒーロー資格を持たないため、捜査に参加することは認められなかった。更に言うならヒーローに原則、逮捕権や捜査権は無い。警察側から要請を受けて初めて参加できるのだ。

 

しかし、仮にヒーローであろうと一般人の義務と変わらない部分もある。この後、俺達は警察からの事情聴取に応じることになる。

二名のヒーローは彼らの研修先の責任者に当たるため、付き添いすることになる。

 

 

「大入くん!君は犯人を…ヒーロー殺しを見たのかね!?」

「いや、残念ながら…。

俺に分かるのは、争った形跡が殆ど無い事と、傷口が刃物の様な物による斬擊って事だけ…。恐らくヒーローの方は、不意打ちから一方的にやられたんだろう」

「…そうか……」

 

 

警察が現場検証すれば分かることだが、現場周辺な痕跡は、レイスさんによるモノと思われる周囲の小さな焦げ痕だけだった。

被害者の女性ヒーローの怪我は腕に小さな切り傷と、腹部に大きな横一線の切り傷、で傷口は「引き裂く」と言うよりは「斬る」と表現した方が適した切断面…のように思われた。

 

 

「……お待たせしました。署まで同行をお願い出来ますか?」

 

 

そうして話していると一人の警官がこちらに声を掛けてくる。車の手配が済んだらしい。

 

 

「わかりました。ほら、ジャックくん行きましょう」

「はい」

 

 

レイスさんに促されて、俺たちはパトカーへと乗り込む。

 

ふと、後ろを振り向くとマニュアルさんが飯田君を呼び止めて、何かを話しているようだった。

 

 

────────────────

 

 

警察側からの取り調べが終わり、拠点となるネイチャーカンパニーへと帰る頃には、すっかり日も暮れていた。

社内に設けられたシャワールームで体の汚れを落とし、社員食堂で軽い食事を済ませる。今日はこのまま社内に設けられた仮眠室を間借りして宿泊することになる。

…それにしても、なんで東京には自動販売機にマックスコーヒーが無いんだ、ちくしょー。頑張った自分への一杯が…。持ち込んだ1ダースじゃ足りなかったか?

 

 

「お疲れ様です…なにやら大変だったご様子ですね (。•́ - •̀。)」

「…あぁ、全くだ」

 

 

ヒーロー課ラウンジにあるテーブルに、僕ロリと対面するように座る。

今日起きた事件の経緯を説明すると、僕ロリは心配そうな面持ちで様子を窺ってきた。

 

 

「でも、まあ、被害者も無事だったらしいし、万事安心って感じかな?」

 

 

取り調べが終わる頃には、あの女性ヒーローの施術も完了した。迅速な応急処置が幸いして、重症ではあるものの命に別状も無く、リハビリが必要ではあるものの後遺症のリスクも無さそうだ…との見立てらしい。

職場体験が終了する前に一度お見舞いくらいした方が良いだろうか?明日、レイスさんに相談してみよう…。

 

 

「わっ、それは良いことです (•́ε•̀;ก) 」

「不幸中の幸いと言う外無いけど…確かにそうだわな」

 

 

そう言いながら先程購入してきた普通の缶コーヒーを口にする。…やっぱり甘みが足りない。

 

ヒーローの仕事は常に危険がつきまとう。

自然災害、事故、敵との戦闘…それらの命を落とすリスクを孕んだ現場に身を置いているためだ。当然のように、年に数名のヒーローが重症、または殉職する過酷な職業でもある。

それでもヒーローへの憧れは凄まじく、ヒーロー人口は年々緩やかに増加している。

 

 

「ひとまず、こっちはそんな感じだ。

…それで?そっちの修業はどうだった?」

 

 

僕ロリはあの後もみっちりと波紋の修得に向けてトレーニングをしたらしい。

 

 

「最低限、波紋を生み出すことに成功しましたっ!…って言ってもまだまだ微弱なものですが (*˘ーωー˘*)」

「本当なら月単位の修業を積んで初めて出来る物なんだから充分凄いだろ」

「む~…僕の能力の筈なのに、何故かおにーさんの方が詳しい口振りです ( ー̀ωー́ )」

「それはジョジョを聖典(バイブル)にしなかったせいだな。あの独特な世界観は見ていて飽きない物語だったのに」

「ば…ばいぶる… (´⊙ω⊙`)」

 

 

懐かしいなぁ。もう読めないんだよなぁ…。

 

ふと、哀愁を感じた。

これまでの人生を思い返すと嫌なことも当たり前のように多かったが、その中にも楽しい思い出だって残っている。

前世で読んだ漫画1つの事でさえ、酷く懐かしく思えた。

 

 

「…そう言えば…おにーさんも『転生者』なんですよね (๑-﹏-๑)?」

「………まぁ…な…。にしても、お前もなんて驚いたわ」

「ムッ!その言葉、そっくりお返ししますっ

(๑ơ˘᎔ ơ)」

 

 

職場体験初日、あまりにも飛ばしすぎた。

 

この世界に連れてきた神との再会。

身近にいた同じ境遇の者。

殺人鬼の痕跡との遭遇。

 

ぶっちゃけお腹一杯です…。このまま寝てしまいたい。

 

 

「…ねぇ、聞いてもいい?」

「何?」

「貴方はこの世界を知っているのよね?…その…原作知識(・・・・)として…」

「っ!!」

 

 

思わず息を呑んでしまった。

 

チジュさんは原作知識持ちの存在はレアケースと言っていた。つまり、この後の展開を知るのは俺一人しか居ない…筈と考えていた。

しかし、僕ロリはその予想を裏切って一足飛びに核心に触れてきた。

 

 

「…その反応…。その通りなのね」

「……何で知って……って、ショタ神か。言うとしたらアレしかないか」

 

 

考えるまでも無い情報の発信源に頭を掻く。無闇に話すなと忠告しときながらネタバレしてんじゃねぇか…。

 

 

「…ねえ、教えて。飯田くんは大丈夫なの?

ずっと気に掛かっていたわ。彼の兄さんが(ヴィラン)にやられてから、時折張り詰めた様な空気を纏うようになった。

この保須市…あの(ヴィラン)、ヒーロー殺しが現れた場所。もしや、彼は犯人を追ってきたんじゃないかって…」

 

 

やはり、見る人が見れば飯田君の状態に気付いてしまう。それ程までに彼は追い詰められていた。

元々彼は融通の効く性格では無い。だからこそ、自身の考えから抜け出し他者の意見を受け入れる事が苦手である。

 

今回はそれが悪い方向に働いていた。

 

 

「……分かった。正直に話す」

「いいのかしら?」

「元々バラしたショタ神が悪い、知らん。でも、覚悟しなよ…」

「……はい」

「今日から三日後の夜。飯田天哉はヒーロー殺し『ステイン』と相対する」

「っ!!」

「しかし、敢え無く返り討ち。

トドメが刺されるその瞬間、そこに奇跡的に緑谷出久が乱入する」

「ちょ、ちょっと待ってっ!緑谷くん!?何でよ!?」

「……偶然なんだよ。彼の研修先、山梨甲府から遠征で東京渋谷へと向かう最中、中継の保須市に辿り着いたタイミングで大規模なテロが発生したんだ。

幸い、ステイン捕縛のためにNo.2ヒーローのエンデヴァーと轟焦凍もこの街に来るため、無事に事態は終息する…」

 

 

席を立つと、飲み干した空き缶をゴミ箱に放り投げる。

 

 

「そう…。それじゃあ一安心ね…」

 

 

僕ロリは俺の話を聞いて胸をなで下ろした。

けど…

 

 

「それはどうだろう?」

 

 

俺はそれを否定する。

 

 

「…え?」

「この世界ではまだ未来の話だ。今話した筋書きと同じになるとは限らない」

「…どうして?」

「この世界には大入福朗(おれ)東雲黄昏(おまえ)が居る。俺の知る物語には存在しない登場人物だ」

 

 

俺の存在は確実に物語に影響を与えている。

 

 

「なぁ、僕ロリ…俺からも聞いて良いか?」

「な…何…」

「ヴィラン連合襲撃事件…。僕ロリは何をしていた?」

「どうしてまた?」

「いいから」

「………まぁ、いいわ…。

えっと、最初全員でUSJのゲートに集合したの。その時の授業…三人体制の予定だったのだけれど、オールマイト先生が遅れてくることになって、急遽二人の先生で進行することになったわ」

「そこに連合が襲撃してきたんだな?」

「…知ってるんじゃない。

ええ、そうです。『13号』先生の説明が終わった直後、正面のパークエリアに黒い靄が出てきて、中からぞろぞろと敵が現れたの。

そして、黒い靄はこっちに来て…皆を散り散りに分散したわ」

「僕ロリは何処に飛ばされたんだ?」

「土砂災害ゾーン。危うく氷結を開幕ぶっぱした轟くんに巻き込まれるところだったわ」

「…それは災難。その後は皆で中央に戻ってきたのか?」

「いえ、直ぐには…。轟くんが尋問してたので時間が掛かったの。

その後、パークエリアに辿り着くと遅れてきたオールマイト先生が黒くてデッカイ改人…『脳無』と戦っていたの」

「…戦い?殴り合ってたのか?」

「えぇ、それこそ『オラオラっ!?』…って感じでね。最後にはオールマイト先生が脳無を星にして終わりよ。

でも、その一瞬の隙を突いて黒い靄がオールマイト先生に奇襲を掛けてきたの。オールマイト先生の死角に繋いだワープゲートから手がいっぱい着いた人物…主犯格ね。ともかくそれが飛び出してきて…それを緑谷くんが間一髪で防いで見せたの」

「……」

「その後、直ぐに他の先生達がやって来て、首謀者達は逃げていった」

「……実はさ。その先生達が駆けつけたのって俺が理由なんだよな」

「っ!?どういうことっ!?」

「午後の授業の直後に俺はオールマイトと校長先生の所に行って、注意を促したんだよ。

内容は伏せさせて貰うけど、それの甲斐あって先生達の動きは原作より前倒しになっている」

「じゃあ、介入に寄っては事態が好転する?」

「…かも知れないって事だな。反対に悪化する可能性だって有る」

 

 

現に雄英体育祭で轟にイレギュラーが発生していた。

恐らく、オールマイトが早く登場したせいで轟君がオールマイトを助ける場面が省略。結果としてデクくんと轟君の確執の定義付けが甘くなったのだ。

だからこそ、緑谷vs轟で同じ筋書きをなぞりながらも最後の最後にズレた。

 

本当なら、介入しない方が良いのかも知れない。だって何もしなければデクくんは高い確率で原作の道筋を辿って、そのまま最高のヒーローになる。

 

しかし…。

 

 

「…俺は助けに行くつもりだよ。

知り合って、言葉を交わし、仲良くなった人が危ない目に遭っていると知って、黙っていられるわけが無いじゃ無いか」

 

 

少なくともこのままだと飯田君が死にかける。間違いが起きれば死ぬ。そんなの嫌だ、怖い。

 

 

「だから協力してくれないか?」

「協力?」

「緑谷君がステインと相対すると救援信号として、GPSの位置情報を一斉に送信してくる。流石に俺もそこまで暗記してなかったからな…その位置情報を教えてくれればいい。後は俺がやるから」

 

 

少なくとも俺が参戦して、デク君の復帰が間に合えば即時撤退・援軍要請が可能だ。最悪ステ様を取り逃がすかも知れないが…、元々のステ様の信念はヴィラン連合と合致しない。ステ様がヴィラン連合に残り続けるならばステ様信奉者による内部分裂も見込める。メリットとデメリットはトントンだろう。

 

 

「………分った。でも、条件があるわ。私も連れて行きなさい」

「…え」

「私だって飯田くんや緑谷くんのお友達。私だって助けたいもの」

「念押しに言うけどステインは凶悪な殺人鬼だ。死傷者40人出した極悪人の思想家だ。………それでも来る?」

「もちろん」

 

 

僕ロリの目を見る。真剣な眼差し。梃子でも動かないと言った様子だった。

 

 

「……はぁ…わかった。でもこれだけは約束して。戦闘は絶対回避。僕ロリは怪我人の運搬役だ。僕ロリの“個性”なら二三人まとめて運べるだろう?

殿は俺が務める」

「っ!?それ大丈夫なのっ!相手は凶悪犯罪者よ!プロが何人も殺されているわっ!!」

「大丈夫、絶対にステインは引き止める。後は追わせない、絶対にだ。秘策だって有る」

「……わかったわ。そこまで言うならそれでいい」

「決まりだな…それじゃあ、よろしく」

 

 

そう言って俺は僕ロリに手を伸ばす。それを見た彼女は俺の手を握り返した。

 

 

「よろしくお願いするわ」

 

 

「…うっし!差し当たっては俺たちのパワーアップからだな!ショタ神がお膳立てしてんだ。思いっ切り乗っかってやろう!」

「……そだ!おにーさん!いいですか (*´˘`*)?」

「なんだ?」

「ジョジョについて詳しく教えて下さい ☆٩(。•ω<。)و」

「お安い御用だ、というか寧ろ早く修得しろ。“波紋法”は冗談抜きで捗るから」

 

 

ここに転生者チームが秘かに結成された。この縁は後に控える大災害に備える心強い味方になるだろう。釈然としないがショタ神には感謝しないとな……本当に釈然としないが。

 

しかし、ひとまずは修業だ。この“もう一つの個性”は俺に足りない力を補える…筈。

 

残り時間も少ない。詰めるだけ詰めなければ…。

 

 

──────────────

 

 

「…いやーごめんね、すっかり夜遅くなっちゃって。やっぱり警察の取り調べは時間が掛かっちゃうよね…」

「いえ、警察に協力するのはヒーローの勤めですから」

 

 

ノーマルヒーロー『マニュアル』のヒーロー事務所。そこの事務所に、主たるマニュアルと研修生の飯田は居た。

警察の事情聴取を受けた後、やり残していたパトロールを完遂し。大分遅れた時間に、彼等の拠点となる事務所に返ってきた。

腰を下ろして休む飯田にマニュアルが茶を出すと、今度は自分のデスクに戻り、パソコンを立ち上げ、今日のパトロールのレポートを作成していく。同時に今日見つけた広告塔の老朽化を報告書にまとめて用意している。

 

 

「ねぇ、聞きにくいんだけどさ……」

 

 

突然マニュアルが作業の手を止めて話し掛けてくる。

そして核心に切り込む。

 

 

「君、ヒーロー殺しを追ってるんだろ?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間に飯田の目の色が変わった。

その様子を見たマニュアルは内心やっぱりかと得心がいったようだった。

 

 

「それは…」

「最初はインゲンニウムの弟さんが来るなんて意外だと思ったんだ。

正直、他の有名事務所からもオファーが有っただろうし、半ばダメ元って気持ちもあったんだ…。

あっ、いや、勿論、職場体験にウチを選んでくれたら嬉しいなって気持ちもあったんだぜ?真面目そうな雰囲気の子だったし、良いヒーローになれると思ったんだ」

 

 

うっかりと滑らせた失言に、慌てて弁明をする。

飯田はその様子を但じっと見ていた。

無言の圧力にたじろぎそうになるものの、グッとこらえた。

 

 

「たださ、やっぱりウチに来た理由ってのが思い付かなくてさ…。そんな時に昼間のアレだろ?」

 

 

ヒーロー殺しの犯行現場の目撃。幸か不幸かステインは去った後だった。しかし、あの場にまだステインが居たらどうなっていただろうか。

 

 

「だだ…ヒーローとして、これだけは言っておかなきゃならない」

 

 

席を立つとマニュアルは飯田のそばに歩み寄る。そして真剣な表情を作り、言い聞かせるように話し出した。

 

 

「私怨で動くのはやめた方がいいよ」

「…」

「我々ヒーローに逮捕や刑罰を行使する権限はない。

“個性”の規制化を進めていった中で、“個性”使用を許されるわけだからヒーロー活動が私刑となってはいけない。もし、そう捉えられればソレはとても重い罪となる」

 

 

実際に過激な思想を持ったヒーローが免許剥奪されるケースと言う物が、ごく僅かだが確かに存在する。

ヒーローは傷つける者では無く、守る者なのだ。

 

 

「確かにヒーロー殺しに罪が無いわけじゃ無い。…むしろ大量の人を手に掛けているんだ。絶対に裁かれるべきだ。

でも、君真面目そうだからさ…。その視野がこう…ガーッとなっちゃってそうで…案じた」

 

 

 

「……ご忠告感謝します」

 

 

 

「……そっか、ならいいんだ。

…よし!ちゃっちゃと仕事終わらせて晩飯にしようかっ!」

 

 

話を終えるとマニュアルは肩の凝りを解してデスクワークに向かう。二人だけのオフィスに静かにキーボードのタイピングをするカタカタとした音が流れた。

この忠告が飯田へのブレーキになることを願って仕事に専念する。

 

 

(マニュアルさんの言うことは正しい。ヒーローは治安を守るためにあるべきだ。“個性”は危険であるからこそ、正しく使うべきだ…)

 

 

ふと、脳裏を過ぎる…。

 

病院の集中治療室。消毒液の香り。様々な医療機器や生命維持装置の稼動音。

 

手術台に横たわる一人の男性。彼の兄。虚ろな瞳。溜め込み、こぼれ落ちた涙。

 

耳に入り込む声。彼の声。無力感、悲愴、嘆き、無念。それらの篭もった謝罪の言葉。

 

胸を抉る。尊敬する兄の想像も出来なかった光景。憧れを踏みにじられるようだった。

 

 

(しかし…じゃあ、しかし……!!)

 

 

頭では分かっている。

しかし、心の問題なのだ。

理性以上に、本能が訴えているのだ。

 

 

(この気持ちを──!どうしたらいい!?)

 

 

彼の心は、今も尚、グラグラと煮えたぎっていた。

 

 



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76:起爆剤

 

「いやー、それにしても一歩遅かったね。まさか、僕らが現地入りするよりも先に、あの『ヒーロー殺し』がまた事件を起こしたなんてね?」

「……ああ、そうだな」

「だけれど…保須市と言ってもかなり広いよ?こんな広大な捜索範囲で、簡単にあの神出鬼没な殺人鬼を補足する事なんて出来るのかなぁ?」

 

 

エンデヴァー率いるエンデヴァー事務所の面々とその研修生の轟と物間は市内のホテルに宿泊していた。

 

彼等はステインを捕縛すべく、この保須市に赴いたのだった。

しかし彼等が辿り着いたのは、職場体験初日の夕方。その日の昼に件の凶悪犯罪者が第二の事件を起こした後だった。ヒーローを支援する『ヒーローネットワーク』からその情報がもたらされた時には既に後の祭。粘り強く市内を捜索したが犯罪者の影を掴むことは叶わなかった。

その際エンデヴァーが浮かべた苦虫を噛みつぶしたような顔が実に印象的だった。

 

 

「……ところで、何してんだ?」

「練習。…特に威力の収束に重点をおいてるね」

 

 

市内を歩き回り、少しばかり積もった疲労感をホテル備え付けのシャワーで洗い流すと、物間は轟から“個性(半冷半燃)”を借りて、何やら作業をしていた。

テーブルの上に洗面器を置き、その中に小さな氷山を作る。その氷山を左手でなぞり、再度右手でなぞる、その動作に合わせて氷山は自由に形を変える。

物間が挑戦しているのは氷像作りだった。

放熱も冷却も彼の指のみに集中、かつ高い水準で保持して、目の前の氷像を加工する。人形造形師がパテを盛るように氷結で増やし、研磨して形を整えるように炎熱で溶かして減らす。その動作を反復して何度も繰り返し、重ねて、氷像を作り上げる。

 

 

「……巧いもんだな」

「…君もやってみたら?最も君なら氷だけで同じ物が作れそうな気がするけど?」

 

 

氷山が翼を広げた大鷲の氷像に変化していくのを眺めながら、轟が感嘆の念を抱く。それ程、物間の美的感性は優れていた。

物間は興が乗ってきたらしく、目の前の氷像に手を加えていく。羽毛の質感を再現する切り込みを入れているようだ。

 

 

「僕の場合、こういう小細工で勝負するしか無いからさ…」

 

 

物間の“コピー”は熟練度のみならず、肉体的な適正も反映されない。

その性質が物間の“個性”に二重に制限を掛ける。だからこそ、物間は小さな時間の合間を縫って、技量向上を図っていた。

職場体験中、物間は轟と行動を共にする場面が増える。つまり“半冷半燃”こそが物間の主装備(メインアーム)となる可能性が高かった。

 

 

「……ごめん時間切れた。もう一回延長させて…って、おお、綺麗な立方体…」

 

 

制限時間が切れた物間がもう一度“個性”を借りようと顔を上げて轟に声を掛ける。

すると轟が物間の見よう見まねで氷像作りに挑戦していた。轟が手始めに作り始めたのは土台となる氷塊。普段より丁寧に、より繊細に作った氷のブロックは、その断面が滑らかな平面、更には向こう側が透き通るほどに透明で不純物の排された綺麗な氷だった。もしここに大入がいれば「すっごく、いい氷!かき氷にしようぜっ!」と言うだろうなと、物間は内心馬鹿なことを想像した。

 

 

「………なぁ」

「ん~?」

 

 

二人揃って黙々と氷像作りにのめり込んでいく内にどれくらい時間が過ぎただろうか。突然轟が物間の事を呼んだ。

 

 

「あのエンデヴァー(クソ親父)が言った事なんて、気にする必要ねえぞ」

 

 

物間の氷像の翼がひび割れて、ゴトリと落ちた。

 

 

 

 

──「エンデヴァー、質問してもいいですか?」

──「どうした、物間くん?」

──「何故、僕を指定してくれたのですか?」

──「何故…とは?」

──「僕を指名してくれたのは感謝しています。しかし、実力面を見るならば、僕はお世辞にも優れているとは言えません。

実際に先日の雄英体育祭で、僕は第二種目敗退。そんな僕の何処を見初めたのですか?」

──「……確かに君の力はまだまだ発展途上と言わざるを得ない。それこそ、実力面に重点を置いたなら、他の生徒を指名しただろう。

例えば、一位の爆豪くん。派手な“個性”に圧倒的な戦闘力。しかし、あの粗暴で凶暴な振る舞い…ヒーローにあるまじき行為だ。故に相応しくない」

──「では二位の大入は?彼は御子息様を直接下している。実力は申し分無かったのでは?」

──「…そうだな。格闘センス・開発技術・戦術構築・武器の操作能力・メンタル面…どれを取っても一級品と言っても申し分の無い、優秀な生徒だな。少々道化が過ぎるのが玉に瑕では有るが…まぁ、合格だ」

──「では…」

──「だが、彼は駄目だ」

──「え?」

──「彼はウチに相応しくない(・・・・・・)

──「…どういう…意味ですか…?」

──「……?…!……ほう…なる程。君は知らない(・・・・)のか…」

──「何…を…」

──「いや、いい。君が知る必要の無い(・・・・・・・)ことだ。

それより、君を選んだ理由だったな?…それこそ君が敗退した騎馬戦こそ決め手だ。

フィールドを把握して適切な指示を下せる指揮能力。終盤、君は場から手に入れた“個性(切り札)”を総動員して騎馬を三騎潰し、あの爆豪くんの喉元に牙を立てる寸前まで漕ぎ着けた。君のような人材はウチの様に層の厚い環境でこそ、活きると感じたからこその指名だ」

──「……」

──「ウチは優秀なヒーローも多い。学べることは非常に多いぞ……」

 

 

 

 

思い出したのは今日の昼の事。この保須市に向けて移動している最中、ふと気になった疑問を投げかけた事からだった。

雄英生徒の職場体験のオファー。あのエンデヴァーから見ても、大入は優秀な人材であった。しかし、エンデヴァーは大入を選ばずに物間を選んだのだ。

大入を拒否した理由は「彼は相応しくない」からだと言っていた。その言葉が、どうにも物間の心にシコリを残した。

 

 

「……」

 

 

無言で折れた翼を氷結で継ぎ直すと、物間は再び作業に没頭する。

 

 

「……それにしてもおかしな話だ。クソ親父なら使える人材は早々に確保するだろうに…」

「……」

 

 

野心家であるエンデヴァーの事を考えれば、純粋に戦力増強が見込める爆豪。更にエンターテインメント性も兼ね備えた大入という選択肢は普通にあり得る話だった。

 

 

(どういう…意味だ…?)

 

 

あの時の言葉を反芻する。

 

 

──「……ほう…なる程。君は知らないのか…」

──「いや、いい。君が知る必要の無いことだ」

 

 

(エンデヴァーが知っていること…。僕が知る必要の無いこと…。

話からして…大入に理由があるって事だよな?)

 

 

物間は自分の相方の事を考える。

真面目で不真面目で勤勉で不謹慎…。時に自由自在に立ち回る、あの道化師。

 

 

(大入…。君には…何かあるのかい……?)

 

 

物間の疑問に答えを返せる者はこの場には居なかった。

 

 

────────────────

 

 

「ここは聖典(バイブル)の本文を引用させて貰おうかな?

えーっと…『簡単に説明すれば「呼吸」には「血液」が関わっている!「血液」は「酸素」を肺から運ぶからだ!そして「血液」中の「酸素」は「体細胞」に関わっている!「体細胞」イコール「肉体」!!

つまり!水に波紋を起こすように呼吸法によって「肉体」に波紋を起こしエネルギーを作り出すッ!』」

 

──コーォォォ……

「……途中から話が飛躍してません (•́ω•̀ ٥)?」

 

「呼吸乱れてるぞ。ショタ神が言ってたリズムを意識して。

……呼吸方法は多くの格闘技、武術でも重要視されていることだ。当然、仙道…仙人に成るための修行の事な。とにかくそれに通じてる“波紋法”にも言えることだ……」

 

──コオォォォ……

「……はい… (´・ω・`)」

 

「『丹田呼吸法』って言うのがある。

所謂お臍の数センチ下にある丹田って言う部分に呼吸を意識する呼吸法と言われているけど…あれだって少林寺拳法のルーツを汲んでいる。その拳法だって『禅』…つまりは仏教に密接な関わりを持っている」

 

──コオォォォ……

「……あれって実在するんですね…初めて知りました (๑´Д`ก)」

 

「多くの格闘系漫画でもこの手の話は使われているからな…。

健康のために行われている『ヨガ』なんかにも同じ事が言える。

正しい呼吸法が交感神経・副交感神経を刺激したり、血液循環を促進、内臓機能の活性化を促す…。これも実はインド発祥で、武術や宗教に繋がりがあったりする」

 

──コオォォォ……

「……おにーさん、博識ですね (•́ω•̀ ٥)」

 

「…と言っても雑学の範疇だよ。ネットや図書館で、それっぽい知識は知ることが出来るよ。

精々、俺が実践できるのは空手と合気道の呼吸法くらいだな」

 

──コオォォォ……

「……充分だと思うのは私だけでしょうか (•́ω•̀ ٥)?」

 

「普通の人が正しい呼吸法を実践するだけでも、体内機能が促進されるんだ。

ましてや僕ロリの“波紋法”なら+αの恩恵が得られるぞ?」

 

 

職場体験二日目、午前中。ネイチャーカンパニーのプロヒーローの面々は捜査協力やら会議やら雑務やらで時間の都合が着かなくなった。

仕方ないので俺と僕ロリはトレーニングルームで自主練に励んでいた。

流石に二人きりで放置というわけにもいかないから、監督役に一人残っているのだが…その役のグレイトライガーさんは隅っこで昼寝をしている。オイ、ヒーロー仕事しろ。

 

至極残念な事に僕ロリは『ジョジョの奇妙な冒険』を…波紋法を知らない。

一先ず俺が前世の記憶を総動員して“波紋法”について伝え、現代の格闘技における鍛練法を織り交ぜて、認識して貰う。

後はその感覚を本人に自覚して貰うことだ。

 

 

「+α…って何ですか (´ーωー)?」

「……そうだな。んじゃ、試してみるか?

ちょい待ってて…」

 

 

そう僕ロリに告げると、俺は一度トレーニングルームから出る。5分くらいで必要な物を用意すると再び戻ってきた。

 

 

「じゃあ、これ持ってくれる?」

「…る、るねっさ~んす ( ¯−¯٥)?」

「そういうネタはいいから」

 

 

俺が差し出したのは一つのワイングラス。それに社員食堂の厨房から分けて貰った調理用の安価なワインを注ぎ、僕ロリの右手に持たせる。

 

 

「もう一回“波紋”を出して」

「…はあ、分かりました ( ¯−¯٥)」

 

 

 

「波紋が肉体的全体を流れるのを意識出来る?」

「…大丈夫です ( ー̀ωー́ )」

「そのまま意識を右手にも向けて。そのワイングラスも自分の身体の一部で有るように意識して。…少しづつ…少しづつだよ」

「こう…ですか (´ω`;)?」

 

 

そのまま俺は僕ロリの斜め後ろに回り込む。そこで俺は“もう一つの個性”を使った。

 

 

「わっ Σ(,,ºΔº,,*)!?」

「大丈夫、そのまま落ち着いて集中」

 

 

僕ロリが驚いた声を上げる。突如グラス内のワインが激しく波紋を作り、波を起こした。

それを見届けると俺は僕ロリの周囲をゆっくり歩いて一周する。

 

 

「…波が…おにーさんの後を追っている (º ロ º๑)?」

 

 

気付いたようだな…。

 

 

 

「波紋は手足等の末端部分から体外に放出出来る。

この性質を利用して、触れた箇所から物質に波紋を流し込む事が出来る。

今やって貰ってるのは、それの応用技…波紋が持つ生命エネルギーが、他の生物が持つ生命エネルギーと共鳴する事でワインが激しく波打つ。居場所を教える!

これが波紋の応用技の〈ワイン探知機〉!」

「……何故にワイン (•́ε•̀;ก) ?」

「そういうものだからだ」

 

 

現在の僕ロリの波紋でも感知しやすいように、俺自身の生命力を強化した。そうしなければ〈ワイン探知機〉が反応しないからだ。

僕ロリの波紋は未熟で、探知機の精度はまだ低い。

その証拠に俺よりもタフネス…生命力に溢れたライガーさんに探知機が反応できていない…。これからも鍛練が必要だった。

 

 

「じゃあ次だ」

 

 

僕ロリからワイングラスを受け取ると今度は「コーラ」を取り出す。この御次世には珍しい、瓶のタイプでしかも王冠が着いてる奴だ。

 

 

「ここを…こう。角度はこうな」

「…?……はい… ( ¯−¯٥)?」

 

 

僕ロリにそのコーラの瓶を持たせると、手を取り角度と向きを調整する。

標的は…語るまでもない。

 

 

「こんなもんかな?よしっ!僕ロリっ!波紋を流してみろ。

今度は瞬間的に!最大出力でだ!」

「…はい ( ¯−¯٥)」

 

 

困惑するものの言われるがままに波紋を生み出す僕ロリ。するとコーラの瓶がガタガタと振るえだした。

 

きたきた…。

 

 

──ドン!

「わきゃあっ Σ(ŎдŎ|||)ノノ!?」

 

 

波紋を流されて行き場を失ったコーラが瓶の飲み口に圧をかける。

その圧力に耐えきれなくなった王冠がシャンパンのコルクの様に景気よく弾け飛んだ。

そしてぶっ飛んだ王冠は…

 

 

「んがぁ!?痛え!?」

 

 

眠りこけるライガーさんにクリーンヒットする。

 

 

「実は波紋って水や油への伝播率が非常に高い。

その性質を利用して、コーラを波紋で活性・増幅させて、ペットボトルロケットの様に高圧噴射させる技…〈波紋コーラ〉!凄いだろう!」

「ちょっとぉ ∑( ◦д⊙)‼」

 

 

不可抗力の粗相に慌てた様子の僕ロリ。

 

 

「…イタタ……。君の仕業か…ジャックくん」

「そうです。おはようございますライガーさん」

「…あぁ、おはようさん」

 

 

ライガーさんが頭を摩りながらノソリと起き上がる。波紋コーラ食らったせいで機嫌が少し悪そうだ。

 

 

「そろそろ俺の稽古もお願いします!」

 

「……生憎だが、今は少々機嫌が悪い。手荒になるが構わないかな?」

 

「望むところです!」

 

 

そして俺は訓練の為にグレイトライガーに挑みかかった。

 

 

 

 

その30分後、無残な敗北を記す事と成った。

 

「よし!まぁ…こんなもんだろ!んじゃそろそろ昼飯買ってくるわ!」

 

 

そう言いながらトレーニングルームを去るライガーさん。俺はまともに立ち回ることすら出来なかった…。

 

 

「オノレェ…ライガーさん。あんな隠し球まで持っているとは………ガクリ」

 

「ちょっ!? おにーさぁんっ(இдஇ; )!」

 

 

────────────────

 

 

辺鄙な廃ビル街の一角。そこに店を構える隠れ家風のバー。

煉瓦造りの壁、板張りの床、簡素な作りのイスの並べられたカウンターテーブル、カウンター後ろの戸棚にはメジャーな物からマイナーな物まで多種多様なアルコールが所狭しと並べられている。少しばかり薄暗く設定された橙色の照明は、ゆったりとした時間の流れを作り出し、落ち着いた雰囲気を醸し出す。

これに優雅なジャズピアノでも流して、カクテルドリンクのグラスでも呷れば、日常の忙しさから逃避し、日々の疲れを癒やす憩いの場としてひっそりと評判が得られるだろう。

 

そんな場所に場違いな人間が居る。

目元を隠す覆面、赤い頸巻き、全身に携帯した大小様々な刃物。そして全身に抑えきれないほどに血の臭いと殺気を纏った男、ヒーロー殺しステイン。

 

 

「なるほどなァ…。お前達が雄英襲撃犯…」

「あぁ、そうさ『ヒーロー殺し』。俺達が『ヴィラン連合』さ……」

 

 

殺人鬼の目の前に座るのは、一人の少年。細身の貧相に見える身体、左手の形をした装飾品を仮面のように取り付けているのが何より目立つ特徴だった。

少年の名は『死柄木弔』。ヴィラン連合の元締めであり、社会に爪弾きにされた現代の歪みであった。

 

 

「要件は黒霧(そいつ)から聞いている。

その一団に俺も加われと?」

「ああ頼むよ。悪党の大先輩?」

 

 

ニタニタとした笑みで交渉に移る死柄木。対してステインはそれを訝しげに見ていた。

 

 

「………目的は何だ?」

 

 

ステインが真っ先に問いただしたかった事。

「この犯罪集団に大儀はあるか?」

彼が一番興味あることだった。

何せヒーロー養成の最高峰、あの『オールマイト』を世に送り出した名門中の名門、『雄英高校』を襲撃して見せたのだ。

 

 

「そうだなァ…。

とりあえずはオールマイトをブッ殺したい。気に入らないものは全部壊したいな…。

こういう…糞餓鬼とかもさ…全部」

 

 

気怠そうに死柄木はステインの問いに答える。答えながら、手にした写真を前に突き出した。

写真には先日雄英体育で隠し撮りされたヒーロー科の選手が写されていた。

 

それを見た瞬間、殺人鬼の目の色が変わった。

 

 

「…興味を持った俺が浅はかだった…。

おまえは……ハァ…俺が最も嫌悪する人種だ」

 

「…はあ?」

 

 

剣呑とした視線に侮蔑の色が混ざる。怒気と殺気が膨れ上がる。ステインが感情を昂ぶらせて目の前の小僧を睨んでいた。

何が殺人鬼の琴線触れたのか全く理解出来ていない死柄木は呆けて間抜けな声を上げる。

 

 

「子供の癇癪に付き合えと?

ハ……ハァ…信念なき殺意に何の意義がある」

 

 

ステインが両脇に携えた厚身の刃物をゆっくりと引き抜く。神経を研ぎ澄まし、戦いへと意識を切り替える。

 

 

「先生…止めなくて良いのですか!?」

 

 

元々、ステインを招き入れたのは戦力増強の為だけでは無い。

破壊衝動ばかりが膨れ上がっていた死柄木弔。その殻を破り、更なる成長を促す為に招いたのだ。

しかし、この状態は危険だ。今にもこの殺人鬼は死柄木に斬り掛かりそうな勢いである。

 

 

『これでいい!』

 

 

すると、部屋の奥に煌々と光るモニターから音声が流れる。

モニター越しの『先生』と呼ばれた男は、死柄木を見初め、自身の後継者として育てることに決めた張本人でもある。

 

 

『答えを教えるだけじゃ意味がない。至らぬ点を自身に考えさせる!成長を促す!

…「教育」とはそういうものだ』

 

 

この男も所謂裏社会の住人であり、昔は数多くの部下を従え、この国を秘密裏に牛耳っていた。

しかし、長きに渡るヒーロー達との抗争の末、引退を免れないほどの重症を負ったことから、現在では隠居の身となっていた。

 

 

『そんなことより黒霧。キミは自身の身を案じるべきだ』

 

「…はい?」

 

 

次の瞬間、薄暗い部屋に銀色の軌跡が一条走った。

 

 

「…ぐっ!!?」

 

 

ステインが刃物を抜いた…と思った瞬間だった。彼の右手に持っていた厚身のナイフは手中を離れ、黒霧へと飛来する。

視線を向けることすら無く、投げつけられた飛び道具。警戒を怠った黒霧は反応が遅れた。彼は反応することすら許されずに左肩を裂かれた。鮮血を散らし、血濡れたナイフがそのまま後ろの戸棚に突き刺さった。

 

 

「…っ!?黒ぎ…!!」

 

 

咄嗟の事に死柄木は思わず黒霧に声を掛ける。その声は発しきる事叶わずに呑み込まれる。

ステインが死柄木に向けて前進。その首筋目掛けて、左手に持った凶刃を薙ぎ払う。

身を仰け反らせるように回避したところに、切り返すように第二刃が迫る。

 

 

「死柄木弔ぁ!!」

 

 

先生から死柄木を任されている黒霧は彼の身を守るために動き出す。

自身の身体の黒い靄を引き伸ばし、ステインと死柄木の間に割り込むようにゲートを開く。

その動きを見て、死柄木は合わせた。目の前の黒い靄に向け、死柄木は体勢が戻りきっていないのを無視して、右手を伸ばす。右手がゲートを通過して、ステインの死角から必殺の一撃が放たれた。

咄嗟の連携。これだけで死柄木と黒霧の間に確かな仲間意識が窺えた。

 

しかし、ステインはそれの上を行く。

 

ステインは黒い靄を見た瞬間、素早く身を翻す。ゲートを抜けて繰り出された死柄木の一撃は物の見事に空振りさせられた。それを脇目にステインは黒霧を封じようとナイフ片手に躍り掛かった。

黒霧は迎撃に入る。前面にゲートを広げ、防御体勢。更にはステインの死角にゲートを繋ぎ、カウンターを狙った。しかし、黒霧の予測は外れることになる。ステインは黒霧の脇を擦り抜けると戸棚に埋まったナイフを回収し、刃に滴る血を舐めたのだ。

 

 

──ゾァッ!!

「っ!!!」

 

 

急激に黒霧の全身に悪寒が走る。筋肉が弛緩し、立つことさえままならず、膝から崩れ落ちる。必死の思いでテーブルに縋り付く様にその身を支えた。

 

ステインがテーブルから飛び降りると、体勢の戻りきっていない死柄木の左肩を踏み付ける。

そして地に伏せた死柄木にステインは容赦なく、手にした双刃を突き立てた。

 

 

「がっ!あぁぁああぁぁっ!!?」

 

 

死柄木の咽から悲鳴が吐き出される。ナイフ1本が右肩を貫通し、激しい痛みと焼けるような熱を脳に送り続ける。ステインが右手に持つナイフは死柄木の左側の首筋…頸動脈付近に宛がわれ、今にも首を搔き切る事が出来た。

 

死合いが始まって僅か一分。生死与奪をステインが掌握した。

 

 

「……何を成し遂げるにも信念…想いが要る。

ない者、弱い者が淘汰される。当然だ。

だから死ぬ(こうなる)

 

 

目の前の組み伏せた糞餓鬼に刃を突き立てた。

 

ヒーロー殺しステインは失望していた。

雄英襲撃犯…その主犯格だと話を聞いて、多少の期待はしたものの、とんだ拍子抜けだ。

目的を聞けば「気に入らないから殺したい。気に入らないから壊したい。何もかも全部が気に入らない」と来たもんだ。呆れ果てて物も言えない。

 

 

「ハッハハハ…!いってえええ、強すぎだろ!

おい、黒霧!こいつ帰せ、早くしろ!」

 

 

目の前の『死柄木弔』が黒霧にステインを退けるように命令しているようだが…無駄だった。

 

 

「身体が動かない…!おそらくヒーロー殺しの“個性”……」

 

 

黒霧の“個性”は優秀だ。一見移動手段としての役割が目立つが、攻撃を防ぐだけでは無く、そのままカウンターとして返す力がある。だからこそ、真っ先に潰されたのだった。

 

 

「“英雄(ヒーロー)”が本来の意味を失い、偽者が蔓延るこの社会も。徒に“力”を振りまく犯罪者も。粛清対象だ…ハァ……」

 

 

ヒーロー殺しステインは確固たる信念の基にヒーローを殺す。しかし、それは自分の信じる正しき社会の為だ。

だからこそ、その社会を乱す者も彼の標的となる。

 

ステインは右手のナイフに力を込める。そのまま死柄木の首を刎ねるつもりだった。

 

 

「ちょっと待て待て…。この掌は……駄目だ」

 

 

死柄木が仮面にした掌に刃が触れようとした瞬間だった。

死柄木は怪我をした右手を伸ばし、無造作にその刃を握った。

 

 

「殺すぞ」

 

 

死柄木の目に殺気が宿った。

同時に死柄木が触れたナイフが腹部分からボロボロと崩れだし、亀裂を走らせる。

ステインは死柄木の豹変を確かに感じ取った。

 

 

「口数が多いなァ…信念?んな仰々しいもんないね…。強いて言えばそう…オールマイトだな…。

あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を目茶苦茶にブッ潰したいなァとは思っているよ」

 

 

何処までも歪に、何処までも禍々しく、不遜に無礼に傲慢に、死柄木は表情を動かす。

破壊衝動と言う原動力で、復讐と言う欲望で、死柄木は笑った。

 

 

「───────!!」

 

 

死柄木の放った激情がステインに届く。殺人鬼の殺気にも引けを取らない死柄木の衝動が、ステインの拘束を緩ませた。

その隙を突いて死柄木は反撃に出る。しかし、逆襲の一手は空を切り、攻撃を躱したステインは大きく後ろに下がった。

 

 

「せっかく前の傷が癒えてきたとこだったのにさ…。こちとら回復キャラがいないんだよ。責任とってくれんのかぁ?」

 

 

死柄木がユラリと立ち上がり、構える。死柄木に殺意が膨れ上がる。

この肩の傷、どう落とし前を付けてやろうかと死柄木は算段を立てていた。

やはり、殺そう。そう死柄木は考える。

 

 

「それがおまえか…」

「…は?」

 

 

突如ステインは構えを解いて、殺意を鎮めた。

 

 

「おまえと俺の目的は対極にあるようだ…。だが、『現在(いま)を壊す』。この一点を於いて俺たちは共通している…」

「ざけんな。帰れ。死ね。“最も嫌悪する人種”なんだろ」

「…真意を試した。

死線を前にして、人は本質を表す。異質だが…“想い”…歪な信念の芽がおまえには宿っている。

………おまえがどう芽吹いていくのか…。始末するのはそれを見届けてからでも、遅くは無いかもな…」

 

 

ステインは認めたのだ。死柄木の、彼なりに掲げる強い“想い”。ステインはしかと見定めるべきと考えたのだ。

 

 

「始末すんのかよ…。こんなイカレた奴がパーティーメンバーなんて嫌だね俺…」

 

 

自分達に凶刃を振りかざすような危険人物を仲間に引き入れたいと考えるだろうか。

常識ある人間ならばまず選ばないだろう。

例に漏れず死柄木はステインを拒否する。また襲われるなんて堪ったものでは無かった。

 

 

「死柄木弔。彼が加われば大きな戦力になる。

交渉は成立した!」

 

 

折角あの殺人鬼が死柄木を認めたのだ。それを破局させるわけにはいかない。

黒霧は咄嗟に少年を窘めた。

 

 

「用件は済んだ!さァ“保須”へ戻せ!

あそこにはまだ成すべき事が残っている!!」

 

 

かくして、殺人鬼は舞台に帰る。

より大きな災厄を携えて、かの街を混沌へと叩き落とそうとしていた。

 

 




いつもありがとうございます。
突然ですが、今回初めて活動報告をさせて頂きました。
もし宜しかったらご覧になって頂けたらと思います。
蛇足失礼致しました。


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77:起爆

「くそっ!くそっ!?何なんだよありゃあ一体!?」

「…どうか安らかに、死柄木弔」

「いてっ!しみる!…おい黒霧、もっと丁寧にやれ」

 

 

英雄殺しステインの説得には骨が折れた。

 

現に黒霧は左腕を死柄木は右肩を見事に斬り付けられた。死柄木がその事に腹を立て暴れそうになる。黒霧は彼の傷が広がることを心配して宥めると、奥から持ってきた救急道具で治療を始めた。

黒霧も(ヴィラン)の端くれ。満足な医者に掛かれないこともあるため、応急処置の心得はある。幸い、黒霧の怪我は浅く包帯と圧迫だけで住むだろう。

問題は死柄木だ。彼の肩の傷はかなり深く斬られている。大至急手当てが必要だった。傷口に消毒を施すと端から丁寧に縫合していく。普段は中々ここまで本腰を入れた手当てはしないから緊張していた。

本来ならば伝手を使い医者に駆け込むべきだろう…。

 しかし、それをステインが許さない。この場で今すぐに“保須”へ帰せと要求してきたのだ。呑気な事を言っている暇は無かった。ステインには別室で休んで貰い、その時間を使ってようやく治療が終わった。

 

 

「……先生…いるか?」

 

 

突如、死柄木は部屋に設置されたモニターに話しかける。モニターの映像が揺れ、光が波を打った。

 

 

『どうしたのかね?死柄木弔…』

「先生…脳無は何体出来てるんだ?」

 

 

カメラ越しに先生は死柄木を見た。そして目に映った死柄木を見て、先生は口角を上げて笑う。

 

 

『…そうだねえ。雄英襲撃時ほどの奴はいないが、6体までは動作確認完了しているよ』

「よこせ」

『何故?』

 

 

突然の戦力の要求。先生は死柄木の心情を予測しながらも、彼自身の口から答えを聞くために先を促した。

 

 

「ヒーロー殺しが気に入らないからだよ。気に入らないモノはブッ壊していいんだろ先生!」

 

 

死柄木の瞳が爛々と目の前の光を映した。

 

 

───────────────

 

 

職場体験3日目、夕方。

 

大分慣れ親しんで来た体験先のトレーニングルーム。俺は、その中心付近に佇む。

 

 

「では、模擬戦…いってみるかのう?」

 

 

ヒーロー事務所の主であるショタ神が開始の音頭を取ると、戦いに備えて身構える。

眼前に俺と同じように身構えた標的を見据える。

自分よりも一回りも二回りも小さい低身長、未発達な容姿の少女。肩ほどしかないショートの髪型にくりっとした大きな瞳、小さく纏まったその他のパーツが彼女をよりあどけない幼い少女に見せる。

俺でさえ察知出来るほど明確に、目の前の少女が息を吸う。大きく、深く、そして常識外れに長く。

 

彼女の戦闘準備が整った瞬間だった。

 

 

「始めっ!!!」

 

 

ショタ神が張りのある声で試合開始を告げる。

 

先手を打ったのは対戦相手…僕ロリだった。拳をコンパクトに振り抜くと、その拳擊の道筋をなぞるように光る物質が飛び出す。僕ロリの“光の腕”による射撃だった。

飛んでくる光弾は俺を仕留めようと高速で宙を駆ける。

 

 

(…Stamina-10、Agility+10)

 

 

俺は“もう一つの個性”を使う。全身に熱が行き渡り、浸透する。

俺は僕ロリが繰り出した銃弾の如き拳擊を横に飛んで躱す。

 

 

「…ッ!」

 

 

僕ロリの視線が険しくなる。

すぐに次の攻撃が来た。両手の拳を握り、振るう。

 

 

「ワン!ツー!…ワン!ツー! ヾノ。ÒдÓ)ノシ バンバン!!」

 

 

右と左による連続のコンビネーションパンチ。夥しい光弾が俺へと殺到し、空間を圧倒する。

対して弾幕の薄い部分を探し、そこ目掛けて迂回しながら回避していく。

 

僕ロリの弱点…それはエネルギー量の制限だ。以前に聞いた話だが、僕ロリの“光の腕”は肉体に蓄積した「光」をエネルギーとして使用する。

この人工照明しかないトレーニングルームでは、満足にエネルギーを回復出来ずに消費する一方。弾切れは時間の問題だった。

 

…が、しかし、それは昔の話だ。

 

僕ロリはその戦闘能力が、僅か2日で目覚ましい進歩を遂げた。その中で着目するべきは、やはりと言うべきか…あの“波紋法”だ。

“波紋法”は特殊な呼吸法で生命エネルギーを作り出す。実はこの波紋、元々は対吸血鬼用の技術としてジョジョが修得した技で、波紋エネルギー=生命エネルギー=太陽エネルギーなのだ。

つまり波紋を生み出している間、僕ロリの体には太陽光と同質のエネルギーが蓄積し続けることになる。

つまり弾切れは無い。HPとMPが常に自動回復しているような物だ。ぶっちゃけチートだ。

 

僕ロリの攻撃は更に激しくなる。無酸素運動の様な熾烈なオラオララッシュで繰り出された弾幕が一方的に俺の逃げ場を奪う。

 

 

(…Mentality-10、Dexterity+10)

 

 

俺は“もう一つの個性”を重ねて使用する。意識が澄み渡り、感覚が研ぎ澄まされる。

目に見えるものがクリアになり、光弾一つ一つの動きが、かつてよりもハッキリと分かる。

強化された感覚の中で、俺は身を捻り、光の雨を最小限の動きですり抜ける。左右に躱しながらジリジリと距離を詰めていく。

 

 

──コオォォォ…

 

 

僕ロリが一際強く息を吸い、今度は掌底を開き、前に突き出す。

すると僕ロリの手から放出された掌が一気に拡大。巨大な光の壁となって立ちはだかる。

 

 

(…Dexterity-20、Intelligence-20、Strength+30、Durability+10)

 

 

俺は臆すること無く、正面から挑む。全身に力を滾らせて、熱くなった拳を握る。

 

そして全力で振り抜く。

 

 

「ラァッ!?」

「きゃあっ (º ロ º๑)!!」

 

 

激しい衝突音が鳴り響いて、光の掌が弾け飛ぶ。

その際に閃光と爆音が瞬いて、両者の視界を埋め尽くす。

 

 

「…ひっ ฅ(º ロ º ฅ)!?」

 

「そこまで!!ジャックくんの勝ちじゃな…」

 

 

光の中を強引に突破し、僕ロリを組み伏せる。反撃を受けるよりも早く、彼女の眼前に拳を突き付けたところで、試合が終了した。

 

 

 

 

「……はぁ~…負けてしまいました 〣( ºΔº )〣」

「痛たた…結構な火力だったな、今の?」

「ちょっと、おにーさん!最後のは避けて下さいよっ!!出力少し高めだったんですからねっ ( ー̀дー́ )!!」

「いや、いけるかな?…って」

「やめてください!心臓に悪いっ ( ー̀дー́ )」

「ごめんて」

 

 

数拍の沈黙から吐き出された安堵の息。

僕ロリからお小言を貰いながらも、彼女を助け起こす。

 

 

(…Agility-40、Strength-70、Durability-40、Dexterity-60、Stamina+150、Mentality+30、Intelligence+30)

 

 

全身に帯びた熱が少しづつ抜けていく。呼吸を整えると体から痛みが引いていくのを感じた。

…一先ずは“もう一つの個性”を実践に使えるレベルに仕上げる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

その上で言わせて貰いたい……。

 

 

 

 

 

 

 

この“個性”!地味に使()っかえねええぇぇぇっ!!?

 

 

 

 

“個性:リビルド”

自身の能力を調整する。

 

 

 

 

つまり、この“リビルド”は…

体力(Stamina)、精神力(Mentality)、知性(Intelligence)、筋力(Strength)、敏捷性(Agility)、耐久性(Durability)、器用度(Dexterity)

これら7つの要素を自在に再分配できる。

謂わば、ゲームのキャラクターなんかに良くあるステータス画面を弄れる(・・・)“個性”なのだが…。

 

 

…そう、あくまで再分配なのだ。

つまり、能力を数値に換算した時に合計点が同じにならなければならない。普通の“増強型個性”みたいに+αとして強化されているわけでは無いのだ。

確かにリソースを集中すれば、意のままに自然回復力・打撃力・機動力・耐久力等あらゆる物を強化できる。

 

 

 

しかし、それもすこぶる面倒くさいっ!

 

 

 

例えば、敏捷性を強化すれば足だけが速くなるわけじゃ無い。この敏捷性が強化するのは瞬発力全般だ。つまり初速と加速度が上昇するので拳擊の速度なんかも上がる。しかし、筋力が無いと跳躍力や馬力が足りなくなる。

じゃあ筋力・敏捷性の二極振りでいいんじゃね?とか思うと、そうは問屋が卸さない。

油断して耐久性が不足するとデク君よろしく手足がバッキバキになり、器用度が不足すると飯田君(少年期)の様にコーナーを曲がれなくなる。そもそも知性に至っては、不足すると頭がジャミングウェイと化して“リビルド”が強制解除される。

体力が不足すれば信じられないほど直ぐバテるし、精神力が不足すれば豆腐メンタルになる。

 

身体能力とは緻密なバランスの上で成り立って居るんだ。それこそトランプタワーの様に繊細に…。俺の“転生特典”とやらは、敢えてそれを崩す物だった。

 

…いや、まぁ、使うけどさ?

擬似的にとはいえ能力を特化させられるのは、それなりに使い出がある。

重い物持ち上げたり運ぶだけなら筋力と耐久性の二極振りでいけるし、速く走るなら敏捷性先行の筋力・器用度振りでいける。精神力振りで痛覚無理矢理抑え込めるし、知性振りで計算能力やら思考力が上がる。

…いや、やっぱり器用貧乏だわ、これ。今更ながらに僕ロリの“個性”の秀逸さに嫉妬心が芽生えてきた。

 

 

「……なんです ( •́ㅿ•̀ )?」

「いや、“波紋法”ズルいなって…」

 

 

 

「う~む……やはり、不完全じゃのう…」

 

 

そんなことを考えていると、審判を務めていたショタ神がうんうんと頭を抱えて唸っていた。

 

 

「まぁ、いいかのう…仕上げるだけ仕上げたし…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それじゃあ一石投じてみようかのう」

 

 

傍らでショタ神が不穏な事を言い出した。

 

 

───────────────

 

 

日が沈み、夜が来る。人々は家路へ急ぎ、街が昼とは違う姿を見せる。

早くから店を開いた居酒屋や立ち飲み屋から喧騒が聞こえ、軽食屋や立ち食いそば屋から立ち上る美味い料理の匂いが空腹を刺激する。

それにつられた仕事帰りのサラリーマンが店に入る。

 

そんな街の空に黒い靄が浮かび上がる。

 

 

「保須市って………思いの外栄えてるな」

 

 

死柄木は街を眺めながらそう呟く。オフィスビル街と聞いていたから、味気ない街かと思いきや中々どうして活気に溢れている。

その言葉を聞いたステインは、振り向きもせずに眼下を見下ろした。

 

 

「この街を正す。それにはまだ…犠牲が要る」

 

 

ステインを街並を睨みつける。実に不愉快で我慢がならないと言った様子だった。

 

 

「先程仰っていた“やるべき事”というやつですか?」

おまえは(・・・・)話がわかる奴だな…。

ヒーローとは偉業をなした者にのみ許される“称号”!多すぎるんだよ…英雄気取りの拝金主義者が!」

 

 

一歩また一歩と歩みを進める。そのまま背負っていた刀をスラリと抜いた。

 

 

「この世が自ら誤りに気付くまで、俺は現れ続ける…」

 

 

そう言い残すと、ステインは夜の闇へと消えていった。

 

 

「…あれだけ偉そうに語っといて、やる事は草の根運動かよ。健気で泣けちゃうねえ」

 

 

しかし、そんな地道な活動も馬鹿に出来た物では無い。

事実としてステインが脅威を振りまいた街では軒並み犯罪率が低下している。

ある評論家は「ヒーロー達の意識向上に繋がっている」と分析し、バッシングを受けたことさえある。

ステインのやっていることは喚起でもあった。「犯罪者はいつ現れるかわからない、警戒しろ、ヒーローとして認められなければ俺は再び現れる」…と警告しているのだ。だからこそヒーロー達は事態に対処すべく、日々備え努々忘れぬようにしているのだ。

 

 

「それは素晴らしい!

ヒーローが頑張って食い扶持減らすのか!ヒーロー殺しはヒーローブリーダーでもあるんだな!

回りくどい!!」

 

 

黒霧が死柄木を説得してなだめると、死柄木は愉快そうに声色を変えてそう返した。

 

実に回りくどい。何故わざわざ街を渡り歩きヒーロー共を煽っているのか?そんなもの日々新しく生まれるヒーローの数を考えれば焼け石に水のイタチごっこだと理解していないのか?

そんなものにかまけるくらいなら政治家にでもなってヒーローライセンスの取得資格でも改正したら如何だろうか?

いちいちそんなこと言ってやるつもりは無いが…ハッキリ言って途方も無く無駄に感じた。

 

 

「やっぱ…合わないんだよ、根本的に…ムカツクしな……」

 

 

根本的に合うわけが無いのだ。

 

ステインは『ヒーローに憧れている』。自身が望む理想のヒーロー像との乖離を受け入れることが出来ずに、否定する。

だからこそ現状(いま)を破壊する。

 

死柄木は『ヒーローに失望している』。自分を助けてくれなかったヒーロー達を受け入れることが出来ずに、否定する。

だからこそ現状(いま)を破壊する。

 

道は違えど行き着く先は同じ。例えそれでも気に入らない。

 

 

「黒霧、脳無(・・)出せ」

 

 

黒霧は言われるがままにゲートを開く、黒い靄が拡大し、そこから改人がゆっくりと出てくる。

 

 

「俺に刃ァつき立ててただで済むかって話だ。ブッ壊したいならブッ壊せばいいって話…。

そう…つまりは大暴れ競争だ」

 

 

ヴィラン連合が保有する凶悪な戦力が闇夜に消えていく。一体…また一体と…。

 

 

「…あんたの面子と矜持…潰してやるぜ。なあ、大先輩?

夜が明ければ世間はあんたの事なんか忘れてるぜ?」

 

 

死柄木が愉快そうにからからと笑い出す。その声は日の沈んだ空に溶けていった。

 

 

───────────────

 

 

「…うん、知ってた」

 

 

俺は今、死んだ魚のような目をしていることだろう。

いやさ、ショタ神がフラグっぽいこと言い出した時点で予測はついては居たのさ?

事務所の建てられたビルの屋上まで連れてこられた時点で察した。

 

 

「…街が…燃えてる… (゜Д゜;)」

 

 

そう、燃えているんだ。この保須の街がヴィラン連合の襲撃によって…。

恐らく、数分もすればヒーロー殺しステインも動き出すだろう。そうなれば路地裏の決戦が始まる。

 

 

「…僕ロリ。念の為、マスク付けろ」

「…はい ( •́ㅿ•̀ )?」

 

 

そう言いながら俺は顔バレ防止用の仮面を着ける。今一度深呼吸して、精神統一した。

 

 

「さて…お主等に試練(しれん)じゃ。課題は『人命救助』…お主等が正しいと判断した行動で動け」

「大雑把っ!?」

 

 

監督不行き届きにも程がある放任発言。しかし、自由に動いていいのは有難い。真っ先にステインの元へ向かえと言うことだろう。急がないと…。

 

 

「ろぉっ!?」

「待たんかい、せっかちめ」

 

 

踵を返し、直ぐにこのビルを出ようとしたところで、ショタ神が俺のコスチュームの裾を引っ張る。思わずひっくり返りそうになった。

そのまま、その小さな身なりに相応しくない馬力で俺を僕ロリのそばに放り投げる。

 

 

「おにーさんっ!?」

「なーに儂は親切じゃからのう…近く(・・)まで送ってやるわい」

「ちょ!?」

 

 

ショタ神の手のひらにぐるぐると風が渦巻く。猛烈に嫌な予感がした。

 

 

「それじゃあ、行ってらっしゃ~~い!」

「ぎゃああぁぁぁあぁっ!!」

「キャアーーッ Σ(ŎдŎ|||)ノノ」

 

 

翳した掌から竜巻が放たれる。それに乗せられて俺達は上空遙か彼方に投げ飛ばされた。

 

 

「マジでか!オイマジでか!!?」

 

 

突風に弄ばれて揉みくちゃにされて飛ぶ俺と僕ロリ。

直ぐ状況に対処する。“ポケット”を使い、風を纏う、以前騎馬戦でやった空中制動を意識してコントロールしていく。そして慎重に距離を詰め、僕ロリを捉まえる。

そして足下に向け大量の風を吐き出し、減速、減速、減速。そのまま街路樹目掛けて墜落した。

 

 

「……痛ちち…怪我無いか、僕ロリ?」

「ふえ~…へ、平気です (´@_@`)」

 

 

良かった。目を回して入るが平気そうだ。

 

 

「…急ぐぞ、もう時間が…」

 

 

 

「キャアアァアアァッ!!」

「うわああぁぁあぁぁっ!」

 

 

 

「っ!?」

 

 

突如聞こえた男女の悲鳴。そして破壊音。

 

 

「っ!おにーさんっ Σ( ̄□ ̄)!!」

「分かってる!向かうぞ!」

「はいっ (`・ω・´)!!」

 

 

木の上から直ぐに飛び降りて走り出す。声のする方、煙の上がる方へ…。

 

 

「…っ!?」

「…!あれは…脳無 Σ( ̄□ ̄)!?」

「いや!嘘だろう!?何だ!あれは…っ!?」

 

 

いや、そんなこと言っちゃ居られない。目の前で暴れる敵は近くに居る一般市民に攻撃しようとしていた。

 

 

(…Stamina-40、Mentality-20、Dexterity-60、Intelligence-30、Agility+60、Strength+60、Durability+30)

 

 

“リビルド”で一瞬でパラメータを組み直す。可能な限り迅速に一直線に一瞬で駆るために…。

 

 

「衝撃のぉっ!ファーストブリットぉっ!!」

 

 

“ポケット”から噴き出した突風が背中を押す。以前よりも遙かに強化…いや尖った(・・・)疾風の一撃が敵を穿つ。

半ば不意打ち気味に繰り出した先制攻撃は眼前の敵を吹き飛ばす。近くにあったビルの外壁をぶち破って、その奥へと叩き込んだ。

 

 

「僕ロ…コロナ(・・・)っ!避難誘導っ!はやくっ!」

「は、はい!二人ともこちらへっ!!こちらの通りを真っ直ぐ!あちらの方に敵はいません、急いで!」

 

 

先程こさえた瓦礫の山が崩れる。その中から敵が顔を出す。

 

 

「あれって…脳無ですよね!なんでここに!?」

「そうだ…確かにあれは脳無…でも違う(・・)っ!」

 

 

ゆっくり…いや、ヨチヨチ(・・・・)歩きで顔を出す敵。

黒色の肌、ズングリムックリとした体に短い手足、丸い顔に剥き出しの脳味噌。

 

 

「アララライ?アラライ!!」

 

 

()体目の改人『脳無』…。俺の知らない敵の姿だった。

 

 

─────────────────

 

 

「騒々しい…阿呆が出たか…?」

 

 

遠くで火が燃える音がする。花火のような爆発の音が何度も鳴り、空が赤く染まる。

今回の阿呆は余程…祭りが好きなようだ…。

 

 

「後で始末してやる…今は…俺が為すべき事を為す」

 

 

贋物共の粛清…それが急務だ。

 

 

ターボヒーロー『インゲニウム』

この保須市に拠点を構え、60名の相棒を抱える。「個々の能力ではなくチームの総合力」で勝負する『チームIDATEN』。

巫山戯るな!戦う力を満足に持たぬ凡俗をヒーローに仕立て上げてどうするっ!そんな欠陥品(・・・)が真の英雄に成れるわけも無い!

あいつは紛い物を乱造(・・)する悪だ!故に粛清する!

 

ヒーリングヒーロー『キラキラペイン』

アイドル路線の駆け出しヒーロー。被災地での後方支援・救急医療を得意とし、被災地の住人を元気づけるため、チャリティーコンサートによる興行活動にも力を入れている。

違うだろう!何時からヒーローは人気取りの手段に成り下がった!ヒーローとして成し遂げた偉業こそが英雄として褒め称えられるべきだろう!

あいつは名声をせがむ悪だ!故に粛清する!

 

 

そして…目の前のヒーロー(ニセモノ)

 

 

ハンターヒーロー『ネイティブ』

自身がハーフで国際色を売りに活動する傍ら、地域の街興しに貢献。地方自治体と姉妹都市を確立し、地域を活性化、経済的に影響をもたらした。それは当人にも利益をもたらしたことだろう。

馬鹿にするのも大概にしろ!ヒーローは見返りを求めてはならない!何故それがわからない!見返りを求めてしまったらそれは純粋な善意ではない!正義ではない!それは打算を含んだ善意…欺瞞だ!

あいつは利権を貪る悪だ!故に粛清する!

 

 

どいつもこいつもヒーローの何たるかを欠片ほども理解していない。

誰かが声を上げねばならない。

誰かが伝えなければならない。

しかし、それでは伝わらなかった。ならば動くしか無いだろう。

誰かが体現せねばならないだろう。

誰かが血に染まらなければならないだろう。

だったら俺がやる…。

 

 

故に粛清する。

 

言及する。

断罪する。

糾弾する。

提起する。

勧告する。

証明する。

否定する。

誇示する。

宣言する。

選定する。

喚起する。

 

粛清する。粛清する。粛清する!…故に殺す。

 

 

「身体が…動かね…。クソ野郎が…!!死ね…!」

 

 

思わず、こいつの顔を握る手に力が籠もった。

 

 

「ヒーローを名乗るなら、死に際の台詞は選べ」

 

 

突如、背後から轟くような音がした!

 

 

──ガシャン!

 

 

聞こえる音の速度を頼りに振り返り際に

刀を振り抜く。

ヘルメットに当たり、相手が吹き飛んだ。

 

 

「スーツを着た子ども…何者だ?」

 

 

襲われている贋物(こいつ)を見て咄嗟に飛び出してきた見習いか?

 

 

「消えろ。子どもの立ち入っていい領域じゃ無い」

 

 

正義感は良い。しかし、まだ未熟な子どもにこのような血濡れた行為は見せるべきでは無い。

 

 

「血のように紅い巻物と全身に携帯した刃物……ヒーロー殺しステインだな!そうだな!?」

 

 

子どもがゆっくりと立ち上がりこちらを睨む。

……ハァ……なんだ…そっち(・・・)か……。

 

 

「おまえを追ってきた!こんなに早く見つかるとはな!!僕は…」

「その目は仇討ちか。

言葉には気を付けろ。場合によっては(・・・・・・・)子どもでも標的になる」

「…標的ですら……無いと言っているのか」

 

 

それでも下がらずに食い下がる。

白を基調にした流線型のマシンのようなフォルム…どこかで…。

 

 

「では聞け犯罪者!僕は…!おまえにやられたヒーローの弟だ!!兄の代わりにおまえを止めに来た!!」

 

 

あぁ…思い出した(・・・・・)…。

 

 

「僕の名を生涯忘れるな!!」

 

 

あいつの名は…。

 

 

「『インゲニウム』!!お前を倒すヒーローの名だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…死ね……」

 




僕ロリ「<●><●>カッ!」
作者「あ…あのう…」
僕ロリ「……正座」
作者「え?」
僕ロリ「正座デス ٩( ๑`ε´๑ )۶
……さあ!遅刻理由を言ってみるがいいです!」
作者「……た…短編を書いてたんです」
僕ロリ「へー?ほー?2本も?余程暇だったんですね( -᷄ω-᷅ )」
作者「(無言で視線逸らし)」
僕ロリ「太陽おおおおっ ( ✧Д✧) カッ!!」

作者「ぎゃああぁぁぁあぁっ!目が…っ!目がぁっ!?」


…茶番はこのくらいにしてちょっと宣伝。
別作品で短編を上げました。マイページから覗きに来て頂けると嬉しいです。
蛇足失礼しました。


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