fate/Love story (厨二)
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静謐のハサンルート
1


 「……全ては、貴方の、御心のままに」

 

 俺の命令にそう答えて、翌日には彼女は敵のマスターを毒殺した。

 

 そいつは狂戦士(バーサーカー)のマスターだった。不確定要素は排除するという方針の下、俺は彼女にただ命令した。

 

 ――――――殺せと。

 

 彼女がどれだけ人を殺めることを嫌悪しているかを知りながらも、俺はそんなクソったれな指示しか送ることが出来なかった。俺の事を罵倒して、蔑んで、いっそ殺してくれたら諦めもついた。

 

 しかし、彼女はそうはしなかった。

 

 儚げに微笑んで、しかし嫌な顔も嫌な声も漏らさず、ただ敵を滅ぼす。無論、先にも述べた通り彼女は殺しを享楽する人でなしなんかではない。寧ろ悲しいくらい一般的な感性を持ち、美しい物を美しいと言える真っ当な人間なのだ。

 

 一般に近い俺の方が、英雄である彼女よりもよほど歪んでいるじゃないか。

 

 「……全て、全て、私の全てを捧げます」

 

 だというのに、どうして俺はこうも彼女に好かれているのか。しかも少し歪と言える様な好意だ。

 

 俺は元々、魔術を少し齧っていること以外は普通のフリージャーナリストだった筈である。この聖杯戦争だって半ば巻き込まれたようなものだ。彼女、アサシン教団の頭目が一人、静謐のハサンを召喚できたのも本当に奇跡だった。

 

 最初は何処とも知れない魔術師の仕掛けた人払いの結界に誤って入ってしまったのが始まりだった。その結果、俺は剣士(セイバー)(恐らく)と槍兵(ランサー)(こちらも恐らく)の神話を再現したかのような戦闘を目撃してしまう。

 

 それだけならまだ良かったのだが、俺を敵方のマスターだと勘違いしたらしい両サーヴァントに俺は襲われてしまった。しかし、その後説明するのも億劫になるほど短い間に色々あって、俺はセイバーのマスターを人質に取ることに成功する。

 

 脅すことで令呪をセイバーのマスターに無理やり使わせ、ランサーとセイバーを強制的に戦わせた。その間俺は人質のマスターからサーヴァントを召喚するための魔法陣を聞き出し、恥ずかしいことこの上ない召喚魔法を唱え、そうしてアサシンを召喚したという訳だ。

 

 最終的には下手なことをせずに、俺は彼女を伴ってその場から撤退した。因みに俺達が去った後にランサーが破れたようだ。結局何の英雄だったかは分からず終いだったが、ぶっちゃけ脱落した陣営の事を気にしてもしょうがないのでどうでもよかった。

 

 兎も角、彼女と出会ったのは偶然の産物なのである。

 

 「……貴方は、私の探し求めていた愛しい人。毒の塊である私に、触れることが出来る、愛しい君」

 

 そう、まだ一週間も共に過ごしてないのにも関わらず俺が彼女にここまで、本当にここまで好かれている理由がソレだった。

 

 俺は何故か彼女に触れることが出来る。

 

 彼女の全身は宝具に昇華されるほど非常に強力な毒で構成されている。十全以上の対策を練ったとしても、恐らく彼女の毒から逃れることは困難だ。彼女の吐息は他者が吸い込めばたちまち呼吸困難に陥るだろうし、もし仮にそういう(・・・・)行為に及べば確実に死ぬ。

 

 だが、そんな彼女に俺は特別な護符も魔術も行使していなくとも触れることが出来る。

 

 体質と言われれば、それまでだった。

 

 「……どうか、私を貴方の隣に、置いてください」

 

 俺はその時、何と答えたのだったか。確か静かに頷いただけで、特に言葉を発さなかったような気がする。

 

 自分が生き残るためとはいえ、俺は彼女を本当に道具の様に使った。それはとても、とても許されざることだ。そんな俺が今更どの面を下げて彼女に甘い言葉を掛けれようか。

 

 しかし、無言の肯定であっても彼女は喜んだ。それはもう、年頃の少女の様にとはいかなくとも、普段の物静かな彼女とは思えない程饒舌に感謝の言葉を投げかけられたくらいだ。

 

 それがどれだけ心苦しかったことか。

 

 「……私を、どうか道具と思って。我が全ては、貴方のモノです」

 

 どうにかなりそうだった。

 

 病的とすら言える彼女の信頼に、俺はどう応えてやればいいかを必死に考えた。しかしその結果が敵のマスターを殺害させることだった。

 

 彼女は喜んで俺の指示を聞き、それを達成させた。

 

 結局俺は俺が一番大事だったのだ。

 

 本当に最低でどうしようもないロクデナシだ、俺は。

 

 「……なぁ、アサシン。どうして俺なんだろうな」

 

 ここ一週間、彼女が殺めた……俺が彼女に命じて殺させたマスターの人数が3人。ランサー陣営は最初に脱落しているので残りは俺達を含めた三陣営となる。これは他の陣営が本格的に動く前に、俺達がほとんどの陣営を封殺した形になる。

 

 アサシンが敏腕だったからというのもあるが、こればかりは俺の采配もまた上手かったからと言えるだろう。それだけ俺の作戦は上手くいった。

 

 だから、単純なマスターの腕だけなら俺はそれなりに優秀な部類に入るかもしれない。

 

 「お前が生涯かけても見つからなかった人が俺だなんて、ホント、どうかしてる。お前に触れるのが俺じゃなくて、もっとお前を大切に思える人であればよかったのにな」

 

 しかし、俺はどう考えても人としては劣悪だった。

 

 女性に平気な顔で人を殺させ、心を傷めてもそれを取り下げることはしない。

 

 所詮、俺は自分の事しか頭にない俗物に過ぎないのだ。

 

 「……そんなこと、ありません。貴方は、心を傷めてくれる。それはとても、とても、もったいないことです」

 

 彼女の投げかける言葉は俺にとって卑怯な免罪符だった。

 

 俺は言い訳すら許されない。

 

 彼女は自分を本当に道具程度にしか考えてなかった。だからロクデナシの俺にそんな甘い言葉を投げかけられるし、幸せそうに薄く微笑むことも出来るのだ。

 

 「……そうかよ」

 

 苛立ちがなかったといえば嘘になる。

 

 だが、俺が彼女に何を言える? 何も言えない、言えるわけがない。今更どの面下げて、彼女を怒れというのか。

 

 「……一つだけ、思いついたことがあるんだ。聞いてくれるか、アサシン?」

 

 俺は彼女の返事を待たず続ける。

 

 「俺は聖杯でお前から一切の毒を失くすことを誓うよ。そしてお前が受肉を願えば、お前は晴れて自由の身だ。俺よか良い奴なんてこの世界には巨万といる。お前が自由になったらさ、そいつ探してみろよ」

 

 そのための援助は惜しまない、と付け加えておく。

 

 ――――――ハサン・サッバーハ。

 

 アサシン教団を束ねる山の翁の一人。そして歴代の長は長自身にしか会得しえない、それこそ誇りともいえる業がある。彼女にとってその業が彼女自身の毒の身体。

 

 それを失くすというのだから、この時点で彼女に首を落とされても文句は言えなかった。死にたくはないが、不思議と彼女にだったらそれもありかと思っていた。

 

 だが、彼女の答えは意外なモノだった。

 

 「……いいえ。私は、貴方がいい」

 

 「は?」

 

 間抜けな声が漏れたが、それ以上に彼女の発言は理解できない物だった。

 

 彼女に触れることが出来る人間が俺しかいないのなら兎も角、どうしてその縛りがなくなっても尚俺を選ぶのか。まるで理解できない。

 

 「……貴方は、勘違いしてる」

 

 そう言って音もなく俺に迫って来る彼女はとても静謐で、何よりも艶めかしかった。

 

 今まで彼女はこうやって外敵に近づき、そして殺していったのだろう。成程、確かに為す術もなく殺されるわけだ。欲情が湧いて出るのを抑えるも、一歩、また一歩と近づく内に理性が音を立てて削れていくのを感じる。

 

 お互いの体が軽く触れ合うまで接近される。

 

 何とか俺の理性は他でもない俺の色欲に勝り、そのまま彼女から目を反らす。彼女の熱っぽい瞳と目を合わせると、とても正気でいられる気がしなかったからだ。

 

 「……目を、反らさないで」

 

 頬に手を添えて、強引に彼女を見るよう誘導される。サーヴァントであるから当然の事だが、意外と彼女の力は強く、俺の抵抗はまるで意味を成さない。

 

 またも、目が合う。

 

 儚くも美しい彼女の瞳が俺を優しく包む。その優しさが、今の俺にはあまりにも苦しかった。世間一般で言えば多少歪な好意と言えど、彼女は全力で俺を信頼している。その事実が俺の胸の苦しみを高める。

 

 頬にあった手が、ゆっくりと首に回される。

 

 胸の高鳴りはまた大きくなる。苦しみの他に、未だ俗的な期待をしている自分に嫌悪したくなった。こんな自分の何処がいいのか、全く不思議な気分になる。

 

 「……貴方は、マスターは私のために、悲嘆する。それがどれだけ、私にとって救いになるか、分かりますか?」

 

 分かる訳がない。

 

 俺は彼女の気持ちを分かっていながらも、それを尊重してないのだ。

 

 そんなモノ、分かってないも同然である。 

 

 「……優しい人。そんなに苦しいなら、私を、召使い(サーヴァント)を、道具だと考えればいいのです」

 

 そんな事、出来る訳がない。

 

 もし仮に彼女が人のカタチをしていなければ、或いは話は別だったかもしれない。だが、彼女は『座』に迎えられたとはいえ元は人間で、今もなお人の心を兼ね備えた『人』であるのだ。

 

 それに俺は優しい筈がない。

 

 ジャーナリストになってこの方、俺は人のためになることなんて殆どやってない。金を稼ぐため、食事を少しでも豊かにするために俺は何でもした。

 

 例えば、貧困に苦しむ家庭の写真を遠目から撮った。だが、その記事で出来た金で決して支援などしなかった。または病気と闘う少年を取材した。しかし、結局俺はそのことを世界に事実を広めただけで、少年を救うことにつながらなかった。

 

 「俺はお前が思っているほど出来た人間じゃない。精々が中途半端に良心を残したばかりに苦しむ、全くもって自業自得な野郎さ」

 

 自嘲するように呟いた。思えば、碌な人生送ってないな、俺は。

 

 「……私は、貴方を知りません」

 

 ぽしゃりと、彼女も弱々しく呟いた。

 

 ただし、その声音の中には強い否定の色が含まれていた。

 

 有体に言えば、彼女は怒っている。

 

 「……今までどんな事をして、どんな思いで仕事をなさっていたかも、私は知りません。だからこそ、貴方を知りたい。きっと貴方の行動の裏には、言葉では説明できない、仕方ない事があったのかもしれません」

 

 それは詭弁だよ。

 

 全てが仕方ない事だと免罪符にして割り切ってしまえば、何でも許されるわけがない。

 

 「……物事には、役割というものがあります。それがたまたま、マスターは苦しむ立ち位置にいることが多かっただけ。貴方は、何も悪くない」

 

 生前やりたくもない暗殺を課せられた彼女のその言葉が、どれだけ重い物かを知っている。しかし、かといって俺がその言葉に頷くわけにはいかない。

 

 自分の罪を認めて開き直れたら、確かに相当気は楽になるだろう。だが、俺がソレをするわけにはいかないのだ。

 

 何故なら、生前の行いを悔いて、嫌いなモノが自分自身だと宣う少女が目の前にいるのだから。

 

 「だから、どうか、お願いです。私の愛する貴方を、貴方自身が嫌いになっ!?」

 

 最期まで言わせる訳にはいかなかった。強引に彼女の口元に己の掌を当て、言葉を遮る。その際少しチクっとしたが、気にはしない。

 

 俺は、感情が人並みに揺れ動く癖に合理的に動ける俺自身が大嫌いだ。

 

 「……それ以上は、ダメだ」

 

 何故ダメなのかと、彼女は聞いてくる。

 

 目元には涙をため込み、表情は悲しみにまみれている。こんなにも近くにいるのだから間違いはない。英雄とはいえ、やはり彼女だって人なのだ。

 

 彼女は本気で俺を好いてくれている。それはたまらなく嬉しい。

 

 しかし……

 

 「止めようぜ。俺は多分、君を幸せにできない」

 

 幸せにできないというのはただの方便だ。

 

 「……私は、マスターと一緒にいるだけで幸せです」

 

 間髪いれずに答えてきたのに驚いた。

 

 女性にここまで言わせたことに途方もない罪悪感を覚える。自分が面倒くさい奴だってこともしっかり自覚している。ましてや告白を遮るような男がどれだけ最低かも理解している。

 

 だが、俺はこんな素敵な女の子に恋することが、これ以上ない程に恐ろしい。

 

 彼女が俺という人間から興味を失ってしてしまうのが恐ろしい。彼女に触れることが出来る人間が他に現れて、彼女がその人間を選んでしまう事が恐ろしい。俺はチキンを通り越した臆病者だから、一度好意を見せられた人間に嫌われて、離れていくのが頭がおかしくなるくらい嫌だ。

 

 だから彼女を拒絶することにした。

 

 そうすれば、俺は傷つかなくて済む。

 

 「……なぁ、どうして俺なんだ? いや、違うな。本当は誰でもよかったんだろ?」

 

 

 

 ――――――ああ、ホント最低だ。

 

 

 

 「お前に触れることが出来るという条件を満たした人間なら、お前はどんな性格な奴でも、或いは同性でも構わないんだろう?」

 

 

 

 人間として、何よりも男として、何もかもが劣悪で醜悪。

 

 

 

 

 「お前の言う『愛』ってのは体の良い言葉だ。そうやって言えば大抵の男は落ちるんだからな。お前も見てきたんだろう? 目の前で顔を歪ませて、鼻の下を伸すような男どもを」

 

 

 

 泣かせたくないと思った女の子を、俺のためだからと罵倒して否定する。

 

 

 

 いっそ、もう殺してくれ。

 

 

 

 「もう一度言うぞ。所詮、お前の愛って言葉はな、空虚でからっぽで――――――っっ!!?」

 

 

 視界一面が黒く塗りつぶされた。

 

 ようやく首が落ちたかと、そう思った。あれだけ罵倒に暴言を重ねたのだ、当然の帰結であると言える。しかし首が落ちたのなら、そもそも考えることなんてできやしないという事に気が付く。

 

 ならな一体、何が起きているというのか。

 

 

 ――――――ふと、舌が熱くなるのを感じた。

 

 

 自分の物ではない柔らかい上に熱く、そして甘味に湿った何か(・・)が、俺の舌と唇を弄んでいる。不快であると同時に、ソレ以上の快感が俺の舌を襲う。

 

 本当に柔らかい。極上の肉でもここまで柔らかくはないだろう。

 

 俺の舌はその柔らかい何かに口内でいいように転がされ、口の中が温かい液体で満たされる。あと少しで溢れそうになって、思わず俺は液体を飲み込んだ。

 

 そこまでして、ようやく気付く。

 

 それが所謂口づけなのだという事に。

 

 「――――――っぅぅ!?」

 

 誰が俺の舌を蹂躙しているのかなんて言うまでもない。

 

 彼女、だった。

 

 




このオリ主ウザいという感想は受け付けます。


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2

 舞台や主人公の設定は一応まとめてますけど、基本その設定が出たり活かされたりすることは少ないかと思います。


 「ん、ぐ、ぐぅぅぅぅ!」

 

 目を見開き、彼女を何とか押し退けようとする。

 

 しかしどうやら彼女は腕を俺の首に回しているようで、まるで蛇の様に絡みついて離れない。それ以前に彼女の力は人を超えた神秘で上塗りされている訳で、もし仮に腕を絡めなくとも俺は彼女を引き離すことは出来なかっただろう。

 

 熱っぽい彼女の舌は俺の口内を貪り、それでもまだ足りないと抱き着ける力を更に強める。当然俺の体は軋みを上げ、口をふさがれているという事もあって呼吸がし辛くなる。

 

 「や、やめ―――っう、れろっっ!!」

 

 彼女は全身が毒である。

 

 それは現在進行形で俺の口内を蹂躙している彼女の柔らかい舌も例外ではない。いくら俺が毒に対して規格外な耐性を保有しているとはいえ、少しずつ、しかし確実に俺を蝕んででいく。

 

 チリチリと、俺の舌が焼けるように蕩けていくような感覚。

 

 このままこの行為を続けていたら、俺の舌は跡形もなく融けてしまうのではないか。そう思えてしまうほどソレは甘味でありながら恐ろしい感覚だった。

 

 あまりに顔が近すぎるため彼女が今どんな表情をしているか分からない。しかし厭らしい水音を立てて、夢中になって俺を貪っているのだという事は分かる。

 

 先程までは彼女を拒絶しようとした決意が揺らぐのを感じる。

 

 たかがキスの一つで、だ。どれだけ自分が安い男なのかを証明されているようで嫌気がさす。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 どれだけ時間が経過した頃だろうか。

 

 彼女はようやく口を離すと、俺と彼女の口から一筋の液状の橋が作られる。

 

 それがぷつりと千切れたときに彼女は口を開いた。

 

 「……少しは、私の気持ちを分かって頂けましたか?」

 

 「……っ」

 

 唇を蠱惑的に舐めながら、彼女は俺の間近で少し悪戯っぽく微笑む。

 

 初めてそんな表情を見た気がした。

 

 物静かで、まるで人形の様な美しさを兼ね備えたいつもの彼女とは違った側面。笑顔と言う人並みの感情を表に出す事。

 

 分かっていたことだが、やはり彼女だって人間なのだ。しかし分かっていた筈なのに、それがどうしようもなく愛おしく思えてしまった。

 

 「……正直、気持ちが揺れ動いたよ。やっぱりキスは慣れているのか?」

 

 気持ちの整理が全く追いついていない。事実、俺の心はこれ以上ない程傾いている。

 

 だから適当な話題を振って心を落ち着かせることに努めることにした。それがどんなに情けなかろうと、今は心を静めたかった。

 

 だが、もし気持ちの整理ができたとして、果たして俺は彼女をまた拒絶できるのだろうか。

 

 「……いえ。私と口づけをした人は、皆死んでしまいますから」

 

 本当に悲しそうに俯く彼女。

 

 デリカシーのない発言だったことに今更ながら気がつく。しかし、ついさっきまで暴言を吐いて罵倒したのが誰だったのかも今更のように思い出した。

 

 励ましの言葉なんて俺が言えた義理じゃない。そんな事、俺には権利すらありはしないのだ。

 

 そんな風に諦観していると彼女は「……ですが」と気弱に続けた。

 

 「……ここまで長くした(・・)のは初めてです」

 

 『した』の部分を強調しながら、手を後ろで組んで恥ずかしそうにもじもじと彼女は腰をくねらせる。

 

 思わず、鼻血が出そうになった。

 

 「おま、いやその、恥ずかしいんだったら最初からディープキスなんてするなよ……」

 

 「いや、でしたか……?」

 

 ああ、これはヤバい。

 

 目の前で瞳をうるうるさせながら迫ってくる彼女に精神面でも肉体面でも、もはや俺に為す術はない。女の子の涙に弱いというのは、男が持つ特有の性である。

 

 だから仕方なく、両手を上げて降参のポーズを取った。ホントに軽い男だ。

 

 「……嫌なんかじゃないさ。でも、本当にいいのか? 俺は……」

 

 「……それ以上は、ダメです」

 

 彼女は人差し指で軽く俺の唇に触れて、これ以上俺が言葉を紡ぐことを許さなかった。そして、それは奇しくも俺が彼女の言を遮った時と似ている言葉だった。

 

 「……私は、他の誰でもなく、貴方がいい」

 

 そう告白してくる彼女はどうしようもなく美しかった。

 

 「……触れることが出来るからだけでは、ありません」

 

 あまりの眩しさに目を閉じたかった。

 

 いや、目を反らしたかった。

 

 「……気づいたんです、私の本当の願いを」

 

 彼女はゆっくりと俺の手を握る。

 

 初めて知った。

 

 女性の手とはここまで温かく、そして柔らかいのか。

 

 「……私は、私に触れられる人を欲していた」

 

 決意を固めた瞳。

 

 熱のこもった彼女の手が俺の手を更に強く握る。

 

 「……でもそれ以上に、私は、私を愛してくれる誰かを、欲していたのです」

 

 彼女の手を握り返したかった。

 

 だが、俺にその資格がない。

 

 彼女を愛するには、あまりにも俺は悪逆を重ね過ぎた。

 

 「……そんな顔、しないで」

 

 彼女のもう片方の掌が、俺の力の入らない手を優しく撫でるように包み込む。挟まれるような形で手を握られ、彼女の優しい言葉と行為が浸透してくる。

 

 彼女の手から言いようのない幸せが流れてくるようで本当に心地よかった。

 

 その幸福感に身を任せたい衝動を堪え、もう一度彼女に確認を取った。何度目の問いになるか分からないが、それでも確認したかった。

 

 「……いいのか? 本当に俺で」

 

 「貴方が良いんです」

 

 最早合間などなかった。彼女は確かな意思と決意を持って、俺を見つめる。俺の返答をただ静かに、ただ静謐に待っているのだ。

 

 自分を許すことは、恐らく生涯をかけても有り得ないだろう。

 

 

 

 ―――――――だが、少なくとも俺を愛してくれる彼女くらいは、信じてもいいのではないか。

 

 

 

 「……悪いな、面倒くさい男で」

 

 俺は彼女の手を握り返す。

 

 それも強く、ひたすら強く握る。

 

 「……そこも含めて、私は愛してます」

 

 俺が力の限り手を握ったことに驚きつつも、彼女は花が咲いたように微笑んだ。

 

 きっとそれは宝石なんかよりもよほど美しく、そして果てしなく尊い物だと思った。陰りなど一切なく、ただ彼女の心を表すかのように太陽の如く輝く。

 

 全く、困ったことだ。本当に素敵な少女に好かれて、愛してしまったようだ。

 

 だからその前に言っておくことがある。

 

 「じゃあ、これからは自分の事を道具なんて言うなよ? 好きな子がそんなこと言うの、本当は凄く嫌だったんだ」

 

 「……え?」

 

 心底驚いたように彼女は目を見開く。

 

 その姿はさながら小動物の様で愛嬌がある。だが、彼女が驚いたであろう理由は恐らく笑えない。だから俺は懇切丁寧に彼女に説明、というよりも諭すことにした。

 

 

 「君が今まで暗殺教団でどんな扱いを受けていたかは、何となく知っている」

 

 

 夢で、ある少女の過去を見た。

 

 兵器と言う名の『ハサン・サッバーハ』として生きることを、生まれる前から定められた運命。しかし彼女はその運命に逆らわなかった。

 

 いや、逆らえなかったという方がより正確だろう。なんせ、生まれる前から決められていたのだ。生まれていた頃には『毒の娘』として誕生していた。

 

 それからは、文字通り殺した。

 

 暗殺教団の意向の通り、ただ毒殺した。ある時は仮初の衣をまとい、ある時は意味のないそういう関係(・・・・・・)を結び、ある時はその関係を自らの手で終わらせた。

 

 成就しえない幸せを自身の手で築き、自身の手で壊す。

 

 感性が英雄の中でも比較的一般人よりと言える彼女にとって、それがどれだけ惨たらしい事で、どれだけ彼女を蝕んだかは計り知れない。そしてそれを分かってやれるのは彼女自身と、分不相応ながら俺だけなのだ。

 

 「どれだけ周りから道具として扱われてきたとしても、君自身が道具だと宣言するのは間違ってる。俺が言えた義理じゃないのは分かってるし、今更何言ってるんだと怒ってもらっても構わない。だけど……君はもう、一人の人間として幸せを謳歌してもいいんじゃないか?」

 

 本当に俺が言えた義理じゃないなと、心の中で自嘲する。

 

 しかしここで止める訳にもいかなかった。

 

 彼女の言う『道具』というのは、正しくその言葉通りの意味を示す。つまり、彼女は自身の幸せを切に求めながらも、そこに人間としての自己は介入していないのだ。

 

 一方的な愛。

 

 それは時として素晴らしくもあるが、ソレを受ける身としてはもどかしくもある。それが自分も恋している相手ならなおさらだ。

 

 「……俺は見ての通り、クソったれだ。でも、君が幸せになるためだったらこんな俺でも命も張れる気がするんだ。だからもう自分の事を道具だなんて、言わないでくれ」

 

 途中から懇願に変わっていた。

 

 「俺も君にここまで言われてやっと心を固めることが出来た。多分……俺は君の事が好きなんだ」

 

 だが、それでもいい。俺は彼女を人間として好いている。決して、従順で何でも言う事を聞いてしまうような『道具』に恋したわけではない。

 

 「……貴方は……私を?」

 

 ふと、戸惑いと喜びが入り混じった、そんな複雑で上ずった声が聞こえた。

 

 何かやらかしてしまったかと、俺が彼女の方へ顔を向けようとする。すると次の瞬間には、十数分前みたく視界が一面真っ黒に塗り染められた。

 

 ただし、今回はキスではなかった。彼女は何か面積の大きいモノを押し付けてきたのか、俺の顔面全体が程よい大きさの柔らかくてあったかい二つの弾力に包まれ…って。

 

 え?

 

 「え?」

 

 「見ないでっ!」

 

 いや、見ないでも何も、俺全く何も見えないんだが。

 

 というか、もしかしなくともこの弾性力のある二つの物体って……。

 

 嗚呼、やばい、鼻血が出そう。

 

 「……今、この顔を、見らたくありません……っ」

 

 なんてこった。

 

 今まで見たことが無いくらい彼女が焦っているのが分かる。それもかなり可愛い。何も見えないが、声で分かる。

 

 雰囲気が雰囲気なだけにそんな事思っても言えないが、それでも気を緩めると色々口走ってしまいそうなくらい愛らしい。

 

 「……少し、落ち着くまで、こうしててもいいですか?」

 

 俺がどう反応しようかと模索している最中に、彼女は涙ぐんでいるのかやはり上ずった声でそう聞いてくる。しかし今度は戸惑いの色が消えて、驚くくらい歓喜しかない声音だった。

 

 そんな言い方は卑怯だ。

 

 頷くことしか出来ないじゃないか。

 

 




 次回を早く見たいと少しでも思ってくれる物好きな方がいらしたら、ぜひとも感想欄にコメントを書いてみてください。
 もしかしなくとも作者のモチベが上がります。それもかなり。


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3

 

 夢の様なひと時と言っても過言ではなかった。

 

 俺の頭は丁度彼女の胸部あたりで抱きかかえられている。豊満とはいかなくとも、彼女の体形に合った適度な大きさと質感のある女房が俺の顔面を包み込む。

 

 息苦しくて俺が頭を動かすと、くすぐったいのか彼女はくぐもった声で喘ぐ。ちょっと調子に乗って同じこと続けていると、

 

 「……だめ」

 

 と恥じらうように囁いて、抱き着ける力を強める。お陰で更に息継ぎが難しくなったが、その代わりに何とも言い難いやわらかい感触も強くなる。

 

 改めて文字にすると凄い状況だな、これ。

 

 そんなこんなで、時間にしてもう十数分ほど経過したような気がした。全くもって不可解な状況だが、彼女は俺を離そうとしないのでどうしようもないし、俺もどうする気もなかった。

 

 寧ろこのままでいい。

 

 「……マスター」

 

 「ん?」

 

 彼女がとても困ったような声音で俺を呼ぶ。それがまた途方もなく愛おしく感じられ、先程まで拒絶しようとした思いなど地平線の彼方まで消えていた。

 

 現金な奴だなぁと思いつつも、彼女の魅力に当てられてしまったのだから仕方がないと言い訳をしておく。それだけ彼女は魅力的で、かわいい女の子なのだ。

 

 「……私、その、幸せ過ぎて。どうすれば、いいのか、分からなくて、その……」

 

 うーわ、これはヤバいな。

 

 ジャーナリストという職業柄、俺は様々な人間を見てきた。例を挙げると、俺のお財布事情に目を付けた金の亡者や、或いは金を落としていけとせがんでくる売春婦などだ。生きるのに必死とはいえ、碌なのいねぇな。

 

 さて、そういった人間に共通しているのは、もの凄くあざといという事だ。自分の容姿を最大限引き出すような化粧、もう少し練度が高い人間になると立ち振る舞いなども洗練されてくる。

 

 彼女もどちらかというと色欲を刺激してくる暗殺者であるため、そういったあざとさ(・・・・)とは無縁ではないだろう。

 

 しかし、この時ばかりは違った。

 

 色っぽい計算など億尾も見られず、しかしこちらの理性を的確に削ってくるような言葉を無意識でチョイスしてくる。声が煽情的なのも相まって、気を少しでも緩めてしまえば俺は彼女を押し倒してしまうだろう。だからヤバいのだ、主に俺が。

 

 まぁ要するに、この子マジでかわいいってことだ。

 

 「じゃあ、一緒に外に出ないか?」

 

 「……え?」

 

 俺の提案に彼女はか細い声を発した。

 

 今彼女がどんな顔をしているのか見たくてたまらない。無論、胸に顔をうずめているのも(強制的にではあるのだが)物理的にも精神的にも最高に良い。

 

 だが、戸惑っているであろう彼女の表情を見てしまったものなら、俺はきっと彼女をもっと好きになれる。その確信がある。

 

 「肌を露出しないような服を着てさ、それで街中を特に目的もなくウロウロしようぜ。何の意味もないかもしれないけど、それはきっとすごく楽しいと思うんだ」

 

 贖罪の意味を兼ねて、とこれは心の中で呟く。

 

 俺は彼女に対して酷い事を言ってしまった。そして、それは謝罪して済むようなことではない。ちょっといい雰囲気になって誤魔化すような形になっているが、俺はそのことを決して忘れてはならない。

 

 「……で、ですが」

 

 「だめか?」

 

 彼女がここまで戸惑っている理由は分かっている、分からない筈がない。

 

 街中で誰かとぶつかってしまえば、たとえ厚着であったとしてもその誰かが死ぬかもしれない。そして彼女は理由のない殺害を嫌う。外を出歩くのを忌避するのは当然の事だ。

 

 それに今は聖杯戦争の最中でもある。昼間とはいえ敵の襲撃がないとも言い切れないし、自身の工房で籠城しながら夜を待つのが上策であるのは間違いない。

 

 しかし、それでも俺は彼女とデートしたい、超したい。対策もしっかり考えてある。

 

 俺をその気にさせた責任はきっちり取ってもらう。

 

 「嫌だったら仕方ないね。でも俺はアサシンとデートしたかったなー、絶対楽しいだろうになー」

 

 そんな風に露骨に煽ると、彼女の抱き寄せる力が弱くなる。

 

 俺は一旦離れて、すぐさま彼女の両肩に手を置いて真っ直ぐ見つめる。すると想像通り彼女は茹で蛸の様に頬を朱色に染めており、ぷいっと顔を背けた。

 

 心の中で被虐心が顔をのぞかせてきたがすぐに引っ込める。流石に今の彼女もそこまで心の余裕がないだろう。その証拠に彼女の身体は硬直していて、瞳も忙しなくこちらを見ては反らしている。

 

 それでも負けじと見つめ続けていると、しばらくして彼女の視線は地に落ちた。何ならぷしゅーっていう効果音もついたくらいだ。

 

 「……マスターは、ずるい、です」

 

 耳までも真っ赤にしてそんな抗議の声を漏らす。もじもじと体を揺らすその姿は、文句の付けどころのないくらい純粋な少女である。

 

 正直ここまで初心な反応をするとは思わなかった。これは誤算だが、どちらかと言うと嬉しい。

 

 最終的にデートでリード、つまりエスコートするのはいつだって男だ。俺はどこまでも情けない奴だが、それでも少しくらい男らしくはありたい。

 

 「それは肯定と受け取っていいのかな?」

 

 少しキザっぽく告げたが、彼女はやはり真っ赤にしながらコクコクと首を縦に振る。

 

 何この子、純情過ぎてかわいい。

 

 「大丈夫だ。しっかりアサシンの身体の対策は考えてるから」

 

 うわ、文字にするとかなり卑猥だな。そんな風に考えてしまうのは俺が変態だからか。

 

 とはいえ、当然のことながら彼女は俺の様に心は汚れていない。故に俺の言葉をその意味通りに受け取り、顔をぱぁっと明るくさせてははにかむ様に微笑んだ。

 

 「……その、では、よろしく、お願い……します」

 

 うーわ、これはヤバいな。何がやばいって、かわいすぎるのが何よりもやばい。

 

 俺のボキャブラリーのなさに絶望する。語り手が違ったらもっと詳細に彼女のかわいさを表現できるというのに。俺じゃあただ彼女をかわいいとしか言えない。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 「……その、マスター。これは、一体……」

 

 「ん?」

 

 ここはとある街中。都心と比べたら些か見劣りするものの、それでも人はかなりいる。とはいえ、俺は人の少ない時間帯を狙ってこの街中にきているため、それなりには落ち着いている筈だ。

 

 照りつける太陽は鬱陶しく、人が多くいる事もあって軽いヒートアイランド現象が起きているのではないかと錯覚する。要するに春であるというのに暑いという事だ。

 

 さてそんな中、街中でもひと際人目を引いている一組の男女がいる。というか俺とアサシンである。

 

 いや、注目を集めているのは正確にはアサシンの方である。

 

 「やっぱり、うん。すっっごく似合ってるぞ」

 

 そう、実はついさっき彼女をファッションコーディネートしたのである。因みにコーディネートしたのは俺ではなく、ちょっとした高級服屋の店員さんである。

 

 服装は上から順に黒のハイネックに薄い紫のミニスカート、そしてパンストにヒールと言った具合である。

 

 流石はプロだ。俺達の『肌を極力露出しない』という要望に応えつつも、彼女の魅力をしっかり際立たせている。因みに俺が一番のポイントだと思ったのは、ハイネックの袖が少し長くて若干萌え袖気味になっているという事だ。

 

 「……え、あ、いえその、ありがとう、ござます……」

 

 やばいわー。

 

 この子ごっつ愛らしいわー。

 

 最初は彼女は私服に(何故か持っていた)白いワンピースを着ていた。それもものすごく彼女に似合っていたが、現代色に染まった今のファッションも滅茶苦茶素敵だ。

 

 しかも最後の方は言葉がたどたどしくなって上手く喋れてない。やばいわー。

 

 「やっぱりアサシンはかわいいね」

 

 俺がそう言うと、彼女は顔をほんのり紅く染める。何とか無表情を貫こうとしているのだろうが、対人スキルが高いと自負している俺にははっきりと羞恥を抑えようとしているのが分かる。

 

 「さて、アサシン、次はどこに行きたい? 腹は……サーヴァントだから空くわけがないか、うーん」

 

 エスコートすると言ってこの様だよ。

 

 俺が結構真面目に悩んでいると、彼女は俺に近寄って手を握ってきた。それもただの手繋ぎではない。恋人同士がするような指を絡めるアレである。

 

 「……私の事は、ジールと、そうお呼びください」

 

 相当恥ずかしいのか、真っ直ぐこちらを見ずに俺のいない方の斜め前を見ながら告げてくる。しかし、俺の反応も気になっているようで、チラッチラと彼女の瞳は時折こちらを見てくる。

 

 「それは君の本当の名前?」

 

 「……はい、祖国では『影』という意味も、ありますが」

 

 成程、どういう意味で彼女に名付けたのかは知らないが、確かに彼女の雰囲気に似合った名前だ。

 

 「そうか、なら俺が拒む理由もないよな。ジール?」

 

 「……」

 

 やだ、かわいい……

 

 ぷしゅぅーと音を立てて、彼女は無言で完全に地面に俯いてしまった。いや、実際にはそんな音など流れてないのだが効果音は大事である。

 

 「大丈夫かジール? いや、やっぱりアサシンって呼んだ方がいいのか?」

 

 「……それには、及びません。引き続き、そのままで、お願いします」

 

 そして立ち直りも早いと見せかけて、まだ恥じらっていると来た。しかも手だけはしっかりにぎにぎしてくるし。

 

 これはもういじめてくださいと言わんばかりだな、おい。俺はそんな事はしないけどね、自他ともに認める最低な男だけど。少なくとも今の内はしない。

 

 「ん、分かった。で、ジールは何処に行きたい?」

 

 「……っ」

 

 わーお。

 

 名前を呼ぶだけでここまで反応がするのか。その内慣れてしまうだろうから、今の内に彼女の恥ずかしがる姿をしっかり目に焼き付けよう。後でからかうネタにもなりそうだし。

 

 いじめないといったな、アレは嘘だ。

 

 「ジール? どうした、まさか具合が悪いのか? 大丈夫か、ジール?」

 

 「~~~~~~っ!」

 

 彼女が羞恥で震えているという事を敢えて知らないふりをして、ちょっと露骨なくらい名前を連呼する。彼女はどうも暗殺者とは思えないくらい初心なきらいがあるから、こういう攻めはめっぽう弱い。

 

 前にしてきたキスやハグなどの行為は迷わず出来るというのに、手をつないだり名前を読んだりするとこうやって恥じらう。成程、これがジャパニーズギャップ萌えというやつか。

 

 この言葉を考えた日本人は最高にクレイジーだが、ソレ以上に最高にジーニアスだぜ。

 

 「……マスター、やっぱり、その少し……」

 

 「だーめ、ジールがそう呼んでって言ったんだから。自分の言葉にはしっかり責任を持たないとね?」

 

 我ながら意地悪だなーと思いつつも、彼女の手を強く握り返す。すると彼女は「……あ」と消え入るような、そんなか弱い音を漏らす。

 

 さっきからどうも被虐心を刺激するようなことばっかりするな、この子は。しかも無自覚。そこが愛らしくてかわいくて、どうにかなっちゃいそうだ。

 

 ああ、そう言えば彼女が好みそうなアレが沢山ある所がここらにはあったな。

 

 「それで、ジールはどこか行きたいところでもある? もしないなら一つ、ジールに連れていきたいところがあるんだが。どうするジール?」

 

 相変わらず俺がジールと連呼しながら問いかけると、彼女はこちらには振り向かず「……お任せします」とどこかつんとした雰囲気で呟いた。

 

 長年ジャーナリストに身を置いていたから分かる。かなり分かり難いが、彼女は怒っている。いや、というよりも拗ねているのか? 頬もよく見ないと分からない位膨らみを帯びている。

 

 何にせよ、その心当たりがありまくるから何も言えない。これからは少し自重しようと心に決めて、彼女の手を引いた。

 

 公共の乗り物を使うのは色々(・・)と危険だから、徒歩で向かおう。幸運なことに今から行く場所はそう遠くない。歩きでも十分くらいで到着するだろう。

 

 「っと、その前に、あったあった。ちょっとここで待っててくれないか? 少し飲み物を買ってくる」

 

 「……え? あ、はい」

 

 俺は彼女の返事を半ば待たずに、急いで大通りから離れて自販機に向かう。後ろを振り向いて、彼女が空を手をかざしながら見ているのを確認する。

 

 

 

 「……Progress completion(工程 完了)

 

 魔力が体に浸透してくるのを感じる。魔力に方向性を持たせ、特に右手に貯める。

 

 「我が祖にはスパマルズ、穿て、『フィンの一撃』よ」

 

 手で銃の形を作り、銃口にあたる人差し指を俺たちを常に監視していた(・・・・・・・・)電柱の上に居る鳩にむける。

 

 「BANG」

 

 音速を持って病の槍が鳩を貫く。重力に従って、絶命した鳩は地面に落下したのを確認した。

 

 距離にして約1キロ。千里眼がなければ見えないであろう距離だ。

 

 「……全く、無粋な奴だ」

 

 今のは間違いなく他の陣営のマスターの使い魔である。聖杯戦争の最中であるのだから、当然といえば当然である。何故監視されていたのに気づいたのかと言うのは、説明が長くなるので省かせてもらう。

 

 ただ少なくとも今言えるのは、今彼女には自身がサーヴァントであるという事を忘れる位楽しんでもらいたいという事だ。

 

 自販機でコーラ二本を買い、また彼女の下に戻る。

 

 「おう、待たせたな」

 

 デートは、まだまだこれからである。

 

 

 




頑張った、頑張ったぞ俺はっ!
色々おかしな点はあるかと思いますが、その時は誤字報告をお願いします。
そして出来れば感想もくださると、やる気が出ると思います(感想乞食


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4話

 

 そこは辺り一面が数多の色で塗り染められた花畑。

 

 若干季節外れではあるものの、豊富な色彩を放つその花の世界はまるで衰えを見せない。寧ろただ綺麗とだけ形容するのはあまりにも勿体ない程の美しさを内包している。

 

 自然が減りゆくこのご時世、これだけの景色を保てている場所は世界中を探しても中々多くないだろう。

 

 「……マスター、これは」

 

 感嘆が入り混じった、そんな何とも言えない小さな声。

 

 しかし、決してそこに負の感情はない。ただ目に広がる神秘的な光景に驚嘆し、彼女は目を見開いている。彼女の生きた時代にも、これだけの花畑はあったのだろうか。

 

 「凄いだろ? 元々俺はここの記事を書くためにこの町に来たんだ」

 

 それがこうして図らずも聖杯戦争だなんて自分の生死にかかわる魔術師の殺し合いに参戦している。皮肉にもそのおかげでこうして彼女と出会えた訳だが。

 

 全く人生って奴は何が起こるか分かったもんじゃない。

 

 「……はい」

 

 手を胸に当てて、そうはにかむ少女に思わず見惚れてしまった。

 

 「お、おう」

 

 何という破壊力だ。これではアトラス院の兵器よりもよっぽど殺傷性が高いじゃないか。しかもコストがゼロに等しいので尚更始末に悪い。

 

 更には彼女のバックグラウンドには絶世の花畑があるお陰で、彼女の笑顔はいつもの三倍増しに輝いている。なんならあまりに輝いているせいで目を反らしたくなる。ただ俺が恥ずかしいだけである。

 

 「ああ、えっと、そうだ。花には触っちゃだめだぞ? この花畑の管理人が禁止してるんだ」

 

 「……はい、分かっています。それに、私が触れると――――――むぐぅ!」

 

 彼女が何かを言い切る前に俺は口を押さえ付ける。

 

 全く、俺としたことが。また彼女のコンプレックスを刺激する不用意な発言をしてしまった。自分の事ではあるが、相変わらずの学習力のなさに呆れてしまう。

 

 「悪い、今のは俺の発言が迂闊だった。でも今日はそういうの抜きに楽しもうぜ?」

 

 「……すみません」

 

 本当に申し訳なさそうに俯く。その際悲しそうな表情をしていたのを俺は見逃さない。

 

 ふむ、これはこれでそそるモノがある。というか、そもそも彼女の行動一つ一つが色っぽすぎる。お陰で何度魅了されかけたことか。これで魅了(チャーム)の魔術を使ってないとか絶対嘘だろ。

 

 いかんいかん何を考えてるんだ、俺は。考え散ることが不純な上に失礼過ぎる。

 

 「謝んなって。ほら、気楽に鑑賞タイムとしゃれ込もうぜ」

 

 そう言いながら俺は彼女の手を掴んで、小走りで花畑に敷かれている土の道を進む。道は意外と狭いので、花を傷つけないように気を付ける。

 

 すると彼女は、

 

 「……あっ」

 

 などとこれまた消えてしまいそうな音を出して、俺に為されるがままに引っ張られた。

 

 思っていた以上に彼女が従順な子で良かった。正直俺も途轍もなく恥ずかしいので、何も言われないのは大いに助かるのだ。

 

 彼女の手は柔らかくて、その上程よくひんやりしているので握っているととても心地がいい。今こうして分析すると、女性の手に触れるのは本当に役得なんだなと思った。

 

 暫くしてから足を進める速度を落とす。ゆっくりこの花畑を鑑賞するのに、流石に早歩きでは落ち着かないだろうという考えの下だ。最後に俺は「悪い悪い」と謝罪してから、少し名残惜しかったが彼女の手を離した。

 

 「……むぅ」

 

 「ど、どうした?」

 

 いかにも不機嫌です、と言わんばかりの音を漏らされて焦る。そのせいかとっさに出た声もどもってしまった。何か彼女の気に触る様な事をしてしまっただろうか。

 

 少し過去を振り返って見たが成程、心当たりがありまくる。というか、ついさっき彼女の手を強引に引っ張ったばかりだった。

 

 俺が勢いよく彼女の方へ向き直ると、彼女は頬を小さく膨らませていた。かわいい。

 

 「……」

 

 無言で見つめられているため彼女が何故怒っているのか、その具体的な理由は分からない。しかし、それでも彼女が何かを求めているという事くらいは何となく察せる。

 

 問題は彼女が俺に何をしてほしいのかという事だった。

 

 「あ、あのジールさん?」

 

 俺が戸惑いつつも声を掛けると、彼女はちょこんと手を差し出してくる。

 

 これは現状とは全くもって関係ない話であるが、じっくりと彼女の手を見て一つ気付いたことがある。それは彼女の手はもの凄く綺麗だという事だ。

 

 傷一つない彼女の褐色の肌は何とも言い難い清潔感と魅力に溢れている。だというのに常人からすれば、この綺麗な肌さえも致命的な凶器となるのだから本当に世の中は不条理だ。いや、不条理だと嘆くよりもすべての元凶である暗殺教団の老害どもをくびり殺してやりたい。

 

 まぁ、何はともあれ……

 

 「やっぱり、綺麗だよなぁ」

 

 「……え?」

 

 もう本当にかわいい。

 

 俺の唐突な宣言にきょとんとした顔をして首を傾げている。かわいいと綺麗を兼ね揃えた最強のサーヴァント。俺のアサシンは最強なんだ!

 

 因みに自分でも変なテンションになってるなぁという実感はあるので悪しからず。

 

 「ん、何でもない。それよりもこの手は何? 握手したいの?」

 

 実は彼女が何を求めているのかは、手を差し出された時点で気づいてはいた。逆にここまでされて気づかない方が難しいだろう。タイミング的にも俺が彼女の手を離したのと同時だったし。

 

 ではなぜわざと彼女の要求に答えないのか。

 

 それは俺が彼女の恥ずかしがる顔を見たいからだ。ちょっと自惚れてるかなとも思ったが、俺の発言に顔を朱色に染めてそっぽを向いた反応を見てやっぱりかわいいなと再確認した。

 

 もはや弄ってくださいと言わんばかりの愛らしさだな、これは。という訳で俺はもう少しジールちゃん弄りを続けることにした。

 

 「うん? どうした、そんなに顔を赤くしちゃって。まさかジールは自分が恥ずかしがる様な事を俺に求めているのか? もしかして、そういう事(・・・・・)なのかな?」

 

 そう言う事とは、所謂親しい仲を通り越した男女が行う性行為の事である。性行為って言っちゃったよ。

 

 気づけば意地悪な顔をしてるんだろうなぁと自分で認識できる程、俺はこの状況を楽しんでいた。ここまでしてようやく分かった。

 

 俺ってサディストだわ。

 

 「……マスターが望むのなら、私は構いません」

 

 「え?」

 

 ごめん、調子乗ってた。さっきの話はなかったことにしてほしい。

 

 まさかの反撃である。しかも恥じらうというよりも、何処か決心したような眼で俺を見ている。おいおい、野外でもイケるとか結構レベル高いなこの子。

 

 「……マスター」

 

 甘味ながらも真剣味を帯びた彼女の声音は酷く、そう酷く甘ったるかった。下手をすれば情欲を抑えきれない程の甘さに、心臓の動悸が激しくなる。

 

 しまった、よく考えてみれば彼女は初心ではあっても、決して深い行為に疎い訳ではなかった。寧ろそう言う事(・・・・・)に関しては俺なんかよりもよほど理解があるし、ましてや彼女の最強のアンダーグラウンドでもあるのだ。

 

 このままでは彼女に押し切れれて、ヤる所までヤってしまう。建物内ならまだしもここは外である。次に俺のとるべき行動も自然と決まっていた。

 

 「よし、花畑の鑑賞しようぜ」

 

 苦し紛れに俺は彼女の手を取り、強引に話を断ち切った。思わぬ反撃に冷静な判断が出来なかったというのもあるが、それ以上に恥ずかしかったのだ。

 

 暫くして彼女の方から小さく笑いを堪える声が聞こえてきて、俺の顔が一気に熱くなった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「……こんな世界が、あるんですね」

 

 視界いっぱいに広がるこの美しい光景を見つめながら、彼女はそう呟く。因みにあれから手はつないだままである。しかも世間一般で言う、指を絡めた恋人手繋ぎと言うやつだ。

 

 彼女の表情はとても喜びとは言い難く、寧ろ憂いや哀しみが含まれた様な微笑みだった。最初俺に見せてくれた笑みとはまた違う方向性の笑顔。

 

 彼女の言葉に含まれた真意は俺如きでは到底計り知れない。そして今まで凄惨な人生を歩んできた彼女の瞳にはこの世界が一体どのように映っているのかも、やはり俺には分からなかった。

 

 偉業を成し遂げ、そして死んでいった霊長の守護者。

 

 その内の一人が彼女である。本来はこうして面と向かう事すらあり得なかった超常的な存在。

 

 

 

 ―――――――彼女の最期は確か、呆気なく首を跳ねられたのだったか。

 

 

 

 「……恐い顔、してます」

 

 「え、ああ、悪い」

 

 いつの間にか彼女はこちらを覗き込むように見ていた。俺は慌てて平静を取り繕うとするが、彼女からすればそれは見苦しく強がる男の姿に過ぎない。

 

 俺の手を握っていた彼女の手は俺の肩に置かれて、まるで俺に吸い込まれるかのように顔を近づけてくる。

 

 そして、そのまま自然な勢いでキスされた。

 

 「ん? んぅぅ!?」

 

 あまりに突然なキスに、思わず何の抵抗も出来なかった。

 

 いや、もし仮に唐突なキスで無かったとしても、恐らく俺は彼女を突き放すことなどできなかっただろう。何故ならいつの間にか彼女のもう片方の腕は俺の首に回され、逃げることを拒むように俺を拘束しているからだ。

 

 息継ぎもなく数十秒もの間、俺と彼女の唇は触れ合っていた。それどころか、彼女は俺と舌を絡ませては唾液の交換を試みてくる。

 

 本当に、この手に関しては彼女の方が上手の様だ。

 

 「……ぷはっ。心配しないでください。私は、消えたりしません」

 

 まるで俺の心の中を見透かしたような言葉だった。或いは本当に俺の心の内を見たのかもしれない。

 

 彼女は俺に抱き着いてきて、そして宥めるように背中を優しく撫でる始めた。俺も何かをしなければと思っていると、彼女は態勢を変えて今度は俺を抱きかかえた。

 

 つまり、彼女の柔らかい胸部にうずまる様な形になったのである。

 

 「――――――んっ!! んん~~~~!?」

 

 その柔らかい感触は狂おしくなるくらい気持ち良く、そして時折聞こえてくる彼女の心音は何よりも心地が良かった。

 

 手を握った時にも感じたことだが、女性の身体とは何でここまで柔らかいのか。

 

 同じ人類、正確には彼女はサーヴァントではあるが、それでも同じ人のカタチをした者同士であるというのに、どうしてこうも違うのか。俺は生物学者ではないから正確な事は分からないが、コレが『母性』というやつなのだろうか。

 

 「……そんなに、弄らないでください。少し、くすぐったいです」

 

 艶っぽい彼女の声が聞こえてくる。

 

 ああ畜生。

 

 俺の理性という細い糸が少しづつ、しかし確実にほつれていくのを感じる。分かってやっているのか、それとも彼女がただ天然なのか。どちらにせよ、彼女の発言の全てが今の俺の理性を奪いに来る。

 

 「……マスター。私は、この幸せが長く続けばこれ以上の事はないと、そう思っています」

 

 それは俺もだと、そう言いたかった。

 

 しかし、今の俺の頭はがっちり彼女の胸に押し付けられている。従って俺は言葉を発することが非常に難しく、また弄らないでと言われた手前、発言すること自体躊躇っていた。

 

 「……ですから、この聖杯戦争の間だけ。どうか私を正しく扱ってください」

 

 それは、ダメだろう。

 

 俺は彼女を道具として使っていけない。ましてや彼女に告白され、そして決意したことをその日の間に取り消す訳にもいかない。いや、そもそもヒトを道具扱いするという思考自体が異常なのだ。

 

 そんな考えが出来てしまう時点で、俺はどうしようもないクソったれだ。そんな事、他でもない俺自身が嫌と言うほど理解している。

 

 しかし、だからこそ、せめて彼女の前だけは胸を張れるような人間であろうと。そう心に決めていたのだ。

 

 「……私はもう一度だけ、生を受けたい。貴方と共に、生を歩みたい」

 

 俺もだ。

 

 この聖杯戦争が終わったら、俺も彼女と一緒に……

 

 「……ですが、そのためには障害を排除しなければ。あと二組、あとそれだけの障害を殺すのに、どうか、心を鬼にしては頂けませんか?」

 

 「……っ」

 

 「……マスターが私を大事にしている。それだけで滾る。私の全身は熱くなる」

 

 そうか、俺は勘違いしていた。

 

 「……全て、全て、御心のままに。ご指示いただければ、いつでも、私は、あなたの敵を殺します」

 

 

 

 ――――――俺も彼女も、目的のためなら手段を択ばない人種だという事に。

 

 

 

 だから俺も答えなければならないだろう。

 

 「ああ、そうだな。敵は邪魔だからな、全部やらなきゃな」

 

 俺は今どんな顔をしているのだろうか。いや、きっと彼女と同じ表情をしているに違いない。

 

 「……はい、マスター」

 

 花畑のど真ん中。俺達は極上の笑みを浮かべていた。

 

 




すみません、今回書くのが難しかったです。
特に最後の方。

ところで、皆さんは夏イベを楽しんでいるでしょうか。
私は静謐ちゃんが真水獲得特攻を持っているのを見て、思わず鼻血が出ました(実話
具体的には静謐ちゃんが水を掬ってきて、誤って水に触れてしまい毒まみれにしてしまうという妄想であります。
機会があれば軽く書いてみようとおもいます。


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