アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹 (ザトラツェニェ)
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序章

初めまして、ザトラツェニェと言います。初めての小説ですがよろしくお願いします。

追記:大きく加筆・修正させていただきました。



―――これは自らが望む至高の結末に至るまで幾度となく永劫繰り返した男が仕組んだ物語。

 

 

 

「ほう……なんとも愉快な―――」

 

 

 

そこは辺り一面暗闇で満ちていた。上下左右といった物や前も後ろといった概念など無く、人が本来感じるだろう温度や湿度などの概念も無い。それどころか空気や音、光といった生命が生きる為に必要な概念すら無い。そのような生命が死に絶えたとも言える世界で何処からともなく興味深そうな声が響き渡る。

 

 

 

那由他(なゆた)の果てまで回帰し、私の望んでいた結末に最も近い世界でまさかこれ程の渇望(願い)を持つ兄妹に出会うとは―――」

 

 

 

その言葉と共に光が誕生する要素が無い世界に小さな光が静かに灯る。その光は(てのひら)程の大きさ程度しかなかったが、光量はその大きさに反して強く、ほんの少しながらも周辺とその声の主をぼんやりと照らし出した。

 

 

その声の主を一言で表すならば―――影だった。その姿は(おぼろ)げでよく見えず、視認しようとすると(かす)んで詳細が読み取れなくなる。

そんな不鮮明な影法師は静かに言葉を紡ぐ―――

 

 

 

「これ程の強き願いを持つ存在が現れるとは、我が女神が治る平和な今世の中では極めて珍しい。―――彼らならば私が求める未知を―――そして真に私が望む至高の結末へと導いてくれるかもしれないな」

 

 

 

すると光球は徐々に大きくなっていき―――それに伴って光量も増して周りを先ほどよりも明るく照らしていく。その光は、その影法師の全容も照らし出した。

そこに居たのはボロボロのローブを纏った存在だった。その者の顔は見た所、男か女か分からない中性的な顔立ちをしているが声からして男だと分かる。

しかしその顔を改めてしっかり視認しようとしても、やはり靄がかかったようにぼやけてしまう。

だが、そんな不確かな存在の男が今は新しい玩具を買ってもらった子供のように嬉しそうな笑みを口元を浮かべていた。だがそんな笑みも長くは続かず、その男の表情は曇る。

 

 

 

「……ああ、しかし残念ながらこのままではいささか足りないな。……なんと悲しき事か、目の前に新たな未来へと導いてくれるやもしれん魂があるというのに、それでもまだ不十分とは……ならば―――」

 

 

 

その男の目に映っていた光景はある2人の幼い赤ん坊と、2人の両親と思われる男と女の姿だった。

両親と思われる2人の男女は自らの子である2人の赤ん坊を抱き、幸せそうに笑っている。

それを見ていた男は、ふと先ほどの光球よりも小さい光を2つ、指先から作り出してその抱かれている赤ん坊2人にその光を飛ばした。

 

 

 

放たれたその小さき光は、その存在がいた空間すり抜けていき、2人の赤ん坊の胸にスッと入っていった。

両親と思われる男女はそんな小さな光が自らの子供の内に入っていったなど知る由も無かった。

それ程までに小さく、だが何かを感じずにはいられない謎の光が赤ん坊たちの体に入っていくのを見て、その男はいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべる。

 

 

 

「さて……後は今まで通り、私は諦観(ていかん)させてもらうか―――」

 

 

 

その男はそう言ってその場から消え去ろうとしたが―――

 

 

 

「――――――」

 

 

 

ふと男の動きが止まる。

一体なぜか―――その理由は消える直前、その男の目に先ほどの赤ん坊がいる世界とは別の、様々な世界の光景が映ったからだ。

 

 

 

「…………ふむ」

 

 

 

その男は数多(あまた)の多元宇宙を見通し、干渉出来る力を持っていた。そんな神とも言えるべき男が目に止めたのは―――それぞれがこの世界の輪廻転生とは異なる理を持っている複数の宇宙だった。

普段ならばそのような宇宙を見たとしてもなんの感情も抱かず、全く気にも留めないような男だったのだが―――

 

 

 

「……ふふ、ふはははは……」

 

 

 

今回は少しだけ違った。その男は突然1人で静かに笑い出したかと思うと―――その男の体の周りに多くの魔法陣が浮かび始めた。

 

 

 

「ああ、私とした事がうっかり大事な事を忘れていたな。この世に生を受け、私に未知をもたらすだろうあの赤子2人にささやかな誕生祝いを贈ってあげなければ―――」

 

 

 

男は薄っすらと笑いながら、指揮棒を振るうように腕を振り上げた。

すると―――男の目に止まった複数の異なる宇宙が2人の赤ん坊のいる宇宙へと動き始め、後数センチというところで全ての宇宙は隣り合い、何かしらの繋がりを持った。

男がした事はなんら特別な事ではない。ただ目を付けた複数の宇宙の配列を並び替えて、比較的容易に宇宙同士の壁を超えられるように細工をしただけである。

言葉にすると実に驚く事をしたわけだが、この男からしたら並行宇宙の配列を自在に操る事など、赤子の手を捻るよりも簡単な事なのだ。

 

 

 

「私が用意したのは異なる宇宙に存在する人物、物、事象、概念―――そしてそれらの干渉を容易にした。そんな数多くの不規則(イレギュラー)を持った世界を君たちの誕生祝いとして贈ろう」

 

 

 

すると複数の宇宙から様々な人物、物、事象、概念などが赤ん坊がいる宇宙へと流れ込み始め、新たな複合宇宙が完成する。

それを満足そうに確認した男は改めて指揮棒を振るうように腕を振り上げ、詠い始める。

 

 

 

「では一つ、皆様私の歌劇を御観覧あれ」

 

 

「その筋書きと役者は大凡(おおよそ)であり、私にも予測不能だが―――」

 

 

「遍く全てが良い。至高となり得る」

 

 

「故に面白くなると思うよ」

 

 

「では、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう」

 

 

男が詠い終わると同時に徐々に男がいた空間が暗闇に包まれていく。

 

 

 

「ふふ…ふふふ……ふははははははははははははははははは!!」

 

 

 

段々と暗くなってゆく空間に男の不気味な笑い声が響き渡る。その恐ろしくも不気味な笑い声は、これから始まる物語の様に長く続くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、別の空間では死者の城の主である男が玉座に座っていた。片肘を肘かけに置き、口元に優雅な微笑を浮かべていた。たったそれだけの動作で重力とは違う重圧がその場を支配する。

 

 

 

「カール―――我が友よ。これまた随分と大きな舞台を用意したものだな」

 

 

 

一言、男にとっては何気無い普通の言葉を発しただけで、辺りには先ほどより何倍も強い重圧がのしかかる。そんな事も気にせず、黄金の獣と呼ばれる男はさらに笑みを深くした。

 

 

 

「このような大きな舞台を用意したという事は―――さしずめあれかな?この舞台で私にも再び踊ってほしいと言っているのかね?」

 

 

 

虚空に問いかけた疑問に答える声は無い。しかしほんの一瞬だけ男の視線の先が不規則に揺らいだ。

常人ならば一切感じ取る事が出来ないであろうその揺らぎを感じ取った黄金の獣は今にも大声で笑い出しそうな程笑みを深めた。

 

 

 

「なるほど……此度の歌劇、私は傍観する気でいたが、卿がそういうのであれば私も踊らせてもらおう。―――さあ、我が友に選ばれた者たちよ。私やカールを失望させてくれるなよ」

 

 

 

すると黄金の獣の頭の中で友人の笑い声が木霊しだす。

それにつられたのか、黄金の獣もついに耐え切れずに笑い出した。

 

 

 

「ふふ…ふはは……はははははははははははははははははは!!」

 

 

 

広い玉座の間に笑い声が響き渡る。これから始まる物語を心から祝福するかの様に……。




更新は不定期です。誤字・脱字など報告お願いします。


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第一話

本編始まります。



『願わくば、(なんじ)がいつか《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ至らんことを』

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその言葉の意味を尋ねる余裕は無かった。

 

「―――っく!!」

 

なぜなら胸元に《星紋(アスター)》と呼ばれる印が浮き上がり、強い熱を発したのだ。

熱は瞬く間に全身へ広がり、呼吸が苦しくなる。

まるで体内で業火(ごうか)が燃え盛るかのような感覚に身を捩る。

しかし、これは儀式だ。

人を超える力―――《黎明の星紋(ルキフル)》というものを体内に取り入れ、昇華(しょうか)するという儀式。

 

「うっ、ぐ……あぁあああああああっっっ!」

 

血が、肉が、骨が灼けつくような壮絶な痛みに絶叫を上げ―――

直後、俺の体は《(ほのお)》に包まれた。

星紋(アスター)》から溢れ出した業火は、生み出した俺自身を灼き尽くすかのように荒れ狂う。

だが、屈するわけにはいかない。

この《焔》を制さなければ、俺が望むものは手に入らない。

 

(俺は……俺にはやらなければならないことがある!!)

 

それを果たすまで決して足を止める訳にはいかない。

だからこそ、この荒れ狂った《焔》を制御する。

いや、そもそも制御出来て当然なのだ。なぜなら()()()()()()()―――()()()()()()()()

 

「おぉおおおおおおおおおおっっ!!」

 

力の限り叫び、拳を突き上げ―――《焔》を掴む。

 

「《焔牙(ブレイズ)》!!」

 

《力ある言葉》に呼応し、俺を(おお)い灼き尽くさんとばかりに(たけ)り狂っていた《焔》が蛇のように腕へと絡みつき、閃光を放つ。

 

「くっ……!」

 

余りにも強い輝きに、目を開けていることすら(かな)わず、視線を背ける。―――やがて光が消え失せ、俺は自身の手に持つものへと視線を向け、驚愕(きょうがく)する。

《焔》が《(ランス)》と化していたのだ。

 

「これが……俺の《焔牙(ブレイズ)》……」

 

「……《異常(アニュージュアル)》……ですわね」

 

そこで最初のあの言葉を口にしてからここまで、無言で事を見守っていた人物が口を開く。

魔性(ましょう)、もしくは不吉。

それらを連想させる漆黒の衣装(ゴシックドレス)を身に(まと)った少女が。

異常(アニュージュアル)》―――少女がそう口にした理由は一つだろう。

焔牙(ブレイズ)》というのは《魂》を具現化させた()()のことを指す。

だが、俺が具現化したものはおそらくその中でもかなり特異な力を放っている。

一突きすれば、いかなるものも貫き通せるだろうと思わせる《力》が輝く銀色の光と共に溢れ出しているのを見て、俺はある事を考えていた。

 

(……俺の魂にこれほどの力が……そして、これはあの夢の軍人と似ているようで少し違う……?)

 

なぜこのような強い力が俺にあったのか……そう考えていたのだが―――

それは目の前の黒衣の少女の言葉によって遮られる。

 

「さあ、お行きなさい。その《(やり)》が貴方をどう導くのか……楽しみにしていますわ」

 

くすくすと笑い声を残し、黒衣の少女は闇の中へと歩いて行って姿を消す。

後には静寂のみが残されるばかりだった。

 

これが俺の―――如月影月(きさらぎえいげつ)の物語、その始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀色の少女が姿を見せた瞬間、講堂からまるで波が引くかのように音が消えて行く。

それは俺も同様で彼女を目にした瞬間、息を飲み言葉を失ってしまった。

一目見れば記憶から決して失われることは無い―――そう言わしめる程の容姿の少女が昊陵学園(こうりょうがくえん)入学式場、その入り口で静かに(たたず)んでいたのだから。

腰まで届く銀色の髪(シルバーブロンド)、透き通るような雪色の肌(スノーホワイト)、故に際立つ深紅の瞳(ルビーアイ)は一目で異国の少女だとわかる。

 

(……まるで西洋人形(ビスク・ドール)みたいだな……)

 

その少女に対して俺がそんな感想を持った理由は、幻想的とも言えるその容姿だけじゃない。

多くの視線を向けられていながら、まだ幼さの残るその顔には表情というものが一切見て取れなかったからだ。

やがて銀色の少女は、一拳手一投足が注目される中―――

チリン、という鈴の音とともに歩き出す。

コツ、コツ……と革靴の音が響くほどの静けさの中、周囲の視線を一身に集めたまま、けれどそれらを全く意に介す様も無く歩く姿はまるで映画のワンシーンのようだ。

彼女は俺の横を通り過ぎ、五列程前の席へ腰を降ろすと、ようやく講堂内に掛けられた沈黙(ちんもく)という名の魔法が解かれたのか、多くのため息と共に音が帰って来る。

 

(……なぜだろうな……)

 

俺は、五列程前に座る少女を見て内心首を傾げていた。

なぜあのような美少女が()()()()()に来たのかと。

こんな学校―――昊陵学園(こうりょうがくえん)は一般的な高校と違い、特殊技術訓練校という面がある。

この学校で教わる特殊技術とは―――戦闘技術。

平和な日本において、日常必要としない術を教えるという非常に特異な学校だ。

(どんな事情があるんだろうな……)

 

「あの子、どんな事情があってここに来たんでしょうね」

 

俺がそんな事を考えていると、後ろの方から随分と聞きなれた声が聞こえた。

それに反応して後ろに振り返ると、そこには俺にとって随分と見慣れた顔が苦笑いを浮かべて座っていた。

 

優月(ゆづき)?」

 

「もう、私が後ろにいるってやっと気付きましたね。兄さん」

 

俺の事を兄さんと呼ぶこの黒髪の少女は、俺の双子の妹の如月優月(きさらぎゆづき)だ。

 

「……いつからここに?」

 

「う〜ん……兄さんがここに来る5分位前ですかね。私の目の前に座ったのに、本当に気が付かなかったんですね」

 

「色々と考え事をしていたからな。それにしても……」

 

俺は言葉を区切って前の方へと座っている銀色の少女へ視線を向ける。

 

「あの子はなぜここに来たんだろうな?」

 

「さあ……?でも、少なくともここで戦闘技術を学んで終わり、というものではないと思いますよ?……わざわざこんな特殊な学園に来たんですから……」

 

「ああ……《超えし者(イクシード)》を集めた特別な学園なんだ。何かしらの理由があるんだろうな」

 

超えし者(イクシード)》―――それは数年前にドーン機関と呼ばれる組織が開発した《黎明の星紋(ルキフル)》と言う名の生態()()ナノマシンを投与された者の事を指す。

千人に一人と言われる《適性(アプト)》を持った者へ投与すると、人間の限界を(はる)かに凌駕した身体能力を得ることができ、同様に超化された精神力によって《魂》を《焔牙(ブレイズ)》と呼ばれる武器として具現化させる能力を得る事が出来るのだ。

 

 

とはいえこれらの事柄は今日―――《黎明の星紋(ルキフル)》の投与直前になって初めて聞かされた話であり、俺も未だに実感が湧いてこない。

そんな事を考えていると、パチンとスピーカーのスイッチが入る音がした。

直後に『あ、あ……』とマイクテストの声が講堂に響く。

 

『一同、静粛に。間も無く入学式を開始します。進行は私、三國(みくに)が行います』

 

壇上へ続く階段脇に立った二十代後半と見られる男性教師らしき人物が『静粛に』ともう一度口にすると、それに伴って講堂内のざわめきが小さくなっていく。

 

『ただ今より、昊陵学園(こうりょうがくえん)高等学校入学式を始めます。まず初めに、当学園理事長より新入生の皆さんへ式辞(しきじ)を贈りします』

 

そして男性教師の挨拶が終わり、今度はこの学園の理事長の挨拶なのかと思っていた俺は驚愕(きょうがく)する。

壇上へと向かう()()()()()()()()()()()()()を目にした為に。

 

(あの子は……あの子が理事長なのか……)

 

壇上へと立つその人物は、見紛みまがう事無く俺に《黎明の星紋(ルキフル)》を投与した黒衣の少女だった。

 

『昊陵学園へようこそ、私は理事長の九十九朔夜(つくもさくや)ですわ』

 

理事長。その役職から受けるイメージとは違い、十に(たっ)したかどうかという年端のいかない少女が堂々とした様で式辞を始める。二つに結った闇色(やみいろ)の髪に、漆黒の衣装(ゴシックドレス)に身を包んだその姿は、初見同様どこかしら魔性(ましょう)めいたものを感じてしまう。

そんな事を考えている内に、理事長の式辞がそろそろ終わりを迎えそうだった。

 

『ではこれより新入生の皆さんには当学園の()()()()、《()()()()()()()()()()()()()()

 

「伝統行事?」

 

「進行表には何も書かれていないけど……」

 

後ろの席に座っていた人たちが言う通り、壁に貼られている表を見ても、本来なら理事長の式辞に続くのは在校生代表による歓迎の挨拶の筈だ。資格の儀というものは書かれていない。

しかし理事長はそんな疑問もお構い無しに続ける。

 

『それでは《資格の儀》を始める前に、隣に座る方を確認して下さいませ。その方が(これ)より儀を行うに当たり、パートナーとなる相手ですの』

 

俺は隣の席に座る相手を確認する。当然、隣の人も俺を見て確認する訳だが、俺はこの後何かろくでもない事を言われる気がした。

そしてそんな俺の予想は見事には的中してしまう。

 

『これより、貴方達には()()()()()()()()()()()()()()()()

 

理事長が行事の内容を伝えられた瞬間、そこかしこで驚きの声が上がる。

 

「なんだよそれ!?聞いてないぞ!?」

「適性があれば入れるんじゃなかったのかよ!?」

「決闘なんて、そんなの無理よ!!」

 

(これ)より開始する伝統行事《資格の義》は、昊陵学園(こうりょうがくえん)への入学試験ということになりますの。勝者は入学を認め、敗者は《黎明の星紋(ルキフル)》を除去(じょきょ)した後、速やかに立ち去って頂きますわ』

 

新入生たちの驚きとは正反対に、涼しげな顔で理事長がとんでもないことを口にする。

 

「入学試験ねぇ……なるほど、つまりこれは最初の試練ってことか」

 

俺が講堂内の全員に聞こえるように言うと、新入生達がさらにざわめきだす。

確かに入学試験が無いとは言っていないし、《適性》があれば入学()()があるとだけ、言われていたからな。

 

(それにしても負けたらすぐに除去して立ち去れとは……そう言うって事は、当然情報規制も徹底さされているんだろうな)

 

『……ご理解を頂けましたら、試験のルールについて説明いたしますわ』

 

決闘の内容は簡単に訳すと、素手で闘う、学んだ武術などで闘う、物を投げるなど、基本なんでもあり……つまり《焔牙(ブレイズ)》もありということだ。

嫌なら逃げ出してもよし、勝敗はどちらかが敗北宣言をするか戦闘不能になるまで。

制限時間は10分間で、それを超えるとどちらも不合格……将来必ず闘い、命がけで闘うことや命のやり取りがあるという《超えし者(イクシード)》を育てる学校としては特に異論も無い内容だ。

 

『……それでは、開始前にひとつ《焔牙(ブレイズ)》について補足説明をさせて頂きますわ。《焔牙(ブレイズ)》とは《魂》を具現化させて創り出した武器……故に、傷つけることが出来るのもまた《魂》のみですの。―――よく聴きまして……《焔牙》の攻撃は()()()()()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……つまり、制圧用の武器なのですわ』

 

「……ん?」

 

俺はどこか含みのある理事長の言葉に首を傾げたが、二つ前の席に座った新入生の質問で一旦思考を切り替える。

 

「パートナーの変更……は……」

 

その新入生はそう問うも―――

 

『―――できませんわ。貴方は受験で数学が苦手だから他の得意な教科で苦手な数学分の評価をしてくれと仰いますの?』

 

返ってきた無慈悲な言葉へ、彼はその後を続けることが出来なかった。

おそらく理事長の返答を聞く限り、過去に同じような要望を問い投げ掛けた者が居たのだろう。

確かにそのような要望を言いたくなる気持ちは分かるが、理事長は容赦無く歯車を動かしてしまう。

 

『闘いなさい。天に選ばれし子(エル・シード)らよ!! そして己の未来をその手で―――(つか)み取るのですわ!!』

 

鋭い声―――同時に講堂のみならず学内すべてに鐘の音が響き渡る。

そして一瞬だけ間を置き―――

 

「うわぁああああああっ!」

 

誰かが発した叫びが本当の合図となった。

状況をようやく認識(にんしき)し、何人かが悲鳴(ひめい)を上げながら講堂入り口へと逃げ出す。

同じように悲鳴を上げつつ、その場でパニックに陥る者もいる。

いまだに状況に心が追い付かず、呆然(ぼうぜん)としたまま立ち尽くす者もいた。

そして―――この試験を、決闘を受け入れ、闘う意思を持った者が《力ある言葉》を口々に叫び、あちこちで紅蓮の《(ほのお)》が発せられる。

剣、槍、弓―――視界に映る幾多の武器、それを手にすると試験相手へ向けて振るう。

講堂内へ喧騒(けんそう)が、剣戟(けんげき)が響き渡る。

そんな周りの様子を見回した俺はすでに《焔牙(ブレイズ)》を構えたパートナーへと向き直り、《焔牙(ブレイズ)》を生み出そうとする。

だが、突如少し離れた場所で強い力を感じたと思うと、一瞬だけ(まばゆ)い光が辺りを包んだ。

光が収まったのを確認して、その方向を見ると妹の優月が光り輝く《(ブレード)》を持って立っていて、優月の相手と思われる人は先ほどの光でやられたのか、倒れて気を失っているようだった。

「へぇ、あれが優月の《焔牙(ブレイズ)》か」

 

閃光で相手を倒すなんて中々面白いなぁと思った俺は少しだけ笑った後に相手に向き直る。

 

「さて、じゃあこっちも早くやってしまおうか」

 

そして《力ある言葉》を言う。

 

 

「《焔牙(ブレイズ)》」

 

 

俺はその言葉によって、《(ほのお)》の中から現れた槍を掴み取る。

それは俺が今まで見てきた夢に出てくる黄金の髪をして黄金の槍を持っていた軍人とは違い、全体的に銀色の光を強く放つ槍だった。

穂先には幾何学的(きかがくてき)な模様がきざまれていてかなり強い威圧を放っており、俺はその槍を軽く怯えている相手に向ける。

 

「申し訳無いけど終わらせてもらうぞ」

 

俺がそう言うと槍から放たれていた威圧はさらに強くなり、向けられた相手はすぐに倒れて気を失った。

 

「………………」

 

俺はその後、10分経つまで他の戦いを見学する事にした。

 

 

 

 

 

 

side優月

 

『闘いなさい。天に選ばれし子(エル・シード)らよ!! そして己の未来をその手で―――(つか)み取るのですわ!!』

 

その言葉の後、誰かが発した叫びで入学試験という名の決闘が始まりました。

私は隣の席に座っていたパートナーに向き合いましたが、その子は私を見て(おび)えていました。しかし私は構わず《力ある言葉》を言います。

 

 

「《焔牙(ブレイズ)》」

 

 

私は《力ある言葉》によって現れた《(ほのお)》の中から一つの《(ブレード)》を掴み取ります。

その《(ブレード)》の刀身は錆一つ無い綺麗な白色をしていて、柄は赤色、そして刀身と柄の両方に幾何学的(きかがくてき)な模様が刻まれていました。

決闘相手の方は、私の剣と顔を見て顔を青くしていますが、恐怖で体が動かないようで敗北宣言も言えないようです。

私は自分の剣を上に掲げ、相手に向かって一言呟きました。

 

「ごめんなさい……」

 

そう言いながら、私は剣に力を込めます。

すると私が持っている剣から(まばゆ)い光が一瞬だけ放たれ、光が収まると相手は気を失っていました。

周りを見ると私が放った閃光の影響なのか、気絶して倒れている人が数人程見受けられました。

それから私は10分経つまで、決闘で気絶させたパートナーの保護をしながら他の人の闘いを見たりしていました。

 

 

side out...

 

 

 

 

 

 

そして10分経ち、入学試験が終了し理事長が壇上に上がる。

 

『……それでは最後に、この言葉を贈らせて頂きますわ』

 

理事長はそこで一旦言葉を止め、新入生全体を見回し―――

再び、あの言葉を口にする。

 

『願わくば、(なんじ)がいつか《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至らんことを』

 




キャラ設定はいずれ書く予定です。

誤字脱字・感想意見、よろしくお願いします。



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第二話

不定期と言いながら、順調に投稿できてる件(苦笑)



side 影月

 

昊陵学園(こうりょうがくえん)―――

 

東京湾北部、懸垂型モノレールでのみ立ち入ることの出来る埋め立て地に存在する。

周囲を巨大な石壁に(おお)われ、そのサイズに見合った門が唯一の入り口となっていて、敷地の中央には学外からも望むことの出来る巨大な時計塔がそびえ立っている。

校舎や学生寮など、内部の建造物は馴染(なじ)みのない西欧風で、学校と言われると少々違和感を覚えてしまう。無論内装も同様であり、まるで洋館を思わせる内装の廊下を俺は優月(ゆづき)とともに教室へと向かっていたのだが―――

 

「……あの兄妹?」

「そうみたい。聞いた所によると、女の子の方は《焔牙(ブレイズ)》から閃光を出して多くの新入生が気絶したって……」

「剣から閃光?そんなこと出来るわけ……」

「でも、そう聞いたよ……そして男の子の方は、《焔牙(ブレイズ)》を向けただけで相手が気絶したそうよ……」

「なんだよそれ……異常じゃないか……」

 

周りからは、さっきの決闘での俺たちの事をひそひそと話している生徒が多かった。

 

「……異常……か」

 

「仕方ありませんよ。理事長から《異常(アニュージュアル)》と言われたんですから……まあ、そんな事は気にせず早く行きましょう」

 

実はさっき聞いた話だがなんと優月も、あの理事長九十九朔夜(つくもさくや)に《異常(アニュージュアル)》と言われたらしいのだ。

確かに俺たちの《焔牙(ブレイズ)》は他の人たちのものとはどこか違った雰囲気を持っていた。《焔牙(ブレイズ)》とは自らの《魂》を具現化したものであり、それが他の人たちより《異常》だと事は、つまり俺たちの《魂》そのものが《異常》なのだろう。

しかしなぜ《魂》が異常なのか?と聞かれても、俺たちも分からないので答える事が出来ない。

生まれながらにして《異常》だったのか、それとも何か別な理由があるのか……。

 

 

 

「あ、ここですね。入りましょう」

 

「……ああ」

 

そんな事を考えている間に、俺たちは教室へと着いた。

教室内へ入ると、室内に並んだ机は小中学校で使っていたような個人用ではなく、二人で使用する横幅が広い形のものが多く置かれていた。

俺たちは入り口付近の適当な空席に並んで座り、HR(ホームルーム)が始まるまで適当に喋って待つことにする。

室内にいる新入生はまだ全員(そろ)っていない(入試の際に一部の生徒が直接的な攻撃で怪我をしたらしいので治療中)ので、開始まではまだ時間があるのだ。

 

「それにしても、入学試験が隣の人との決闘とは……随分と思い切った事をやりますね」

 

「そうか?俺は戦闘技術を教える学校だって言うから、身体テストとか《焔牙(ブレイズ)》を得たら教師と模擬戦するんじゃないかと思ってたぞ?」

 

「う〜ん……まあ、どっちにしても簡単に入学出来るとは思っていませんでしたけどね……」

 

「俺からしたらまあ、楽だったけどな……」

 

そんな事を話していると前の二列の席の男子二人がこちらに振り向いて話しかけてきた。

 

「あの……」

 

「ん?……ああ、君はいつぞやのパートナーを変えてほしいって理事長に言っていた……」

 

俺はその生徒の髪型などから、入学試験でパートナーの変更を申し出た生徒だと予想して言う。するとその生徒は苦笑いをした。どうやら当たったようだ。

 

「ああ、あの時は少し事情があったんだ。俺は九重透流(ここのえとおる)。気軽に透流って呼んでくれ。そして、こっちのメガネをかけたのは―――」

 

虎崎葵(とらさきあおい)だ。僕の事はトラとでも呼んでくれ」

 

「透流にトラだな?俺は如月影月(きさらぎえいげつ)、普通に影月って呼んでくれ。そしてこっちは―――」

 

「初めまして。兄さんの妹の如月優月(きさらぎゆづき)です。優月って呼んでくださいね?」

 

「影月に優月だな?分かった、これからよろしくな」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いしますね、《異能(イレギュラー)》の九重さんとトラさん!」

 

透流は優月に《異能(イレギュラー)》と言われると、恥ずかしいのか頬をかいた。

 

異能(イレギュラー)》―――それは俺たちがたった今話した彼、九重透流の異名だ。なぜそう呼ばれるのか―――それは本来武器の形になるはずの《焔牙(ブレイズ)》が、彼だけ防具である《(シールド)》を具現化したからだ。

それを聞いて俺たちと通じる所はあるのだろうかと思ったが、俺たちは《異常》と言われても見た目は普通の武器の形になったので比べれるものではないかと思い、考えるのをやめる。

……まあ、閃光が放てたり、向けた威圧だけで相手を倒すとか出来る辺り、そこまで普通の武器でも無い気がするが。

 

自己紹介を済ませて俺はそんな事を考えていたが、1人の人物が教室へと姿を見せたことにより、一瞬ざわめきが起こり、そして誰もが言葉を失った。

 

「なんだ?」

 

「……あの子は」

 

教室の入り口には入学式の時に見た銀色の少女が静かに(たたず)んでいた。

 

「知り合いか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……あの見た目だし、入試ではかなり目立つ戦闘をしていたからな……覚えていただけだ」

 

俺は、入学試験を一瞬で終わらせてしまったので他の戦いを見ていたが、彼女は非常に闘い慣れしているようだったのを覚えている。もしかしたら何か武術でも習得しているのかもしれない。

 

(強そうだな……)

 

内心、そう思いながら闘ってみたいとも思いつつ、銀色の少女へと再び視線を向ける。

講堂の時とまるで同じように周囲への視線を全く意に介したような様子も無く、彼女はゆっくりと教室内を見渡し―――その深紅の瞳(ルビーアイ)がある一点で止まった。

 

「んっ?」

 

間違い無くこっちに。

いや、若干前の方に視線が向いているから透流かトラの方か?

 

「トール」

 

「えっ?」

 

すると銀色の少女の口から透流の名前が呟かれた。どうやら視線を向けていたのは透流の方だったらしい。

そして銀色の少女は皆が注視するの中で、コツコツと靴音を響かせながら歩き出した。

腰近くまである銀髪を揺らし、表情を一切変えず、チリン、という鈴の音と共に歩くその様は非常に絵になる。この風景を書いたら間違い無く何かしらの賞がもらえそうな程絵になる。

俺は机に肘をつきながら、その銀色の少女の一挙手一投足を見ていた。

まさに講堂の再現だが―――最後だけが違った。

 

「…………」

 

銀色の少女は透流のすぐ傍まで来ると、僅かな時間だが透流を見つめ―――ぺこりと頭を下げる。

それを見た透流も少し困惑しながらも頭を下げた。

そして頭を上げた銀色の少女は()()()()()()へと座った。

空いている席はまだまだ多いのに、わざわざ透流の隣へ、だ。

しかも―――

 

ちらっ……ちらっ……

 

横目で何度も透流の事を見始める。

本人はこっそり見ているつもりなのだろうが、どんなに鈍感な奴だって気が付く程バレバレだ。

「…………。なあ、知り合いなのか?」

 

「「それは俺/僕のセリフだっ!!」」

 

こちらを見て真顔で聞いてくる透流に俺とトラが突っ込む。

 

「わ、悪い……この状況に少し混乱しててな……」

 

「まあ、分からなくはないですけど……」

 

「どう見ても透流を見ているな……」

 

「……貴様から話しかけてみたらどうだ?」

 

「そうだな…………あ、あのさ」

 

「っ!!」

 

チリンッ

 

透流が意を決して話し掛けた瞬間、銀色の少女はものすごい速さでそっぽを向く。

 

「…………」

 

「…………」

 

そしてそのまま沈黙(ちんもく)。呼び掛けられても聞こえないフリを通すつもりのようだ。

それを見た透流は前を向く。すると銀色の少女は再び透流の事をチラチラと見始める。

 

「……なあ」

 

チリンッ

 

「――――――」

 

二回目の呼び掛けも失敗。透流はなんとも言えない顔をしてから再び前を向く。そして銀色の少女もまた透流を見始め―――

 

「……ふっ!」

 

チリンッ

 

三回目もまた失敗する。

 

「ほう……やるな」

 

「いや、感心するなよ……」

 

トラの発言に透流は疲れたようにツッコむ。

そして透流は一つ溜息を吐くと、俺たちとたわいもない話をし始めた。どうやら俺たちと話しながら、話し掛けるタイミングを見計らうつもりらしい。あんな反応を見せる彼女を相手にして話しかけるタイミングなんて無いと思うが。

 

 

 

それから数分後、俺たちと話している間も銀色の少女はずっと透流に視線が向けていた。

 

「お前、本当に知らないのか……?」

 

「知らないって……」

 

透流は小さく溜息を吐き、トラも呆れたように首を振り、俺と優月は苦笑いをする。

そんなこんなで時間が経ち、少しずつ怪我の治療を終えた生徒が教室へと入ってくる。

周りを見ると、ほとんど全員揃ったんじゃないかと思ったその時―――

 

「ハロハロー♪ あーんど試験お疲れさまー☆ あーんど入学おっめでとー!」

 

突然、ガラガラッと大きな音を立てて()()開いたかと思うと、そこから女の人が教室へと飛び込んできた。

しーんと教室内が静まりかえる中、女の人は教卓に立ってポーズを取る。

 

「はっじめましてぇ、月見璃兎(つきみりと)でーす♡ みんなの担任だから一年間よっろしくー!親しみを込めて、うさセンセって呼んでんねーっ☆」

 

俺を含めたクラスの全員、反応無しで固まる。というかどう対応しろと……?ってか担任が教卓の上に乗るなよ。

 

「……ありゃりゃん、どうしたの?」

 

そんなツッコミをしようか迷っていると、きょとんとした表情を浮かべて自称担任と口にする女の人が教室を見回す。

銀髪の少女とはまったく別の意味でクラス中の視線を一身に集めた彼女は、教師とは思えないくらい若い。そう、俺たちと同年代と言われても信じてしまうくらい若い。

何より教師と言われて信じられないのはその服装だ。どこからどう見てもメイド服を着込んでおり、あまつさえ頭にはウサギ耳のヘアバンドまで着けているのだから。

そんな彼女に対してクラス内は、相変わらず無表情のまま透流を見ている銀髪の少女を除き、誰もが呆気(あっけ)に取られてたままだった。

 

「はっ!? もしかしてアタシの可愛さに見惚れちゃってたりする?やーん♡そういうのは結構慣れているつもりだったけど、さすがに新入生全員がってのは嬉し恥ずかし照れまくりだよ~♪」

 

頬に手を当て、いやいやと照れ臭そうに頭を振る自称担任だったが―――

 

「……いや、どう反応していいか分からなくて、引いてるんだが……」

 

「なーんだ、引かれてただけなのね―――って、えええっっ!!見惚れてたんじゃなかったのぉ!?」

 

俺の呟きを耳にし、驚きの声を上げるのだった。

 

「いきなり窓からウサ耳着けたメイド服の人が超ハイテンションで入ってきて、さらには担任なんて言ったら普通こうなるだろ……つか、なんでそんな都合よく解釈してるんだ……」

 

「みんなが黙って見つめてたから♪」

 

(本当にこの人が担任で大丈夫なんだろうか……)

 

親指を立てていい笑顔をする彼女を見た瞬間、クラスの全員がきっとそう思ったことだろう。

 

月見(つきみ)先生、あまり新入生を不安にさせないで下さい」

 

そんな俺たちの気持ちを代弁したのは、普通に扉から教室へ入ってきた二十代後半の男性―――入学式で進行役を務めていた三國(みくに)という名の男性教師だった。

背が高く、整った顔立ちに室内のあちらこちらから「ほぅ……」という溜息にも似た声(幸い男子のものは無し、あっても全力スルーする)が洩れる。

 

「あっれー? 三國センセってば、どーしてここにいるんですか?」

 

「新人教師の監督です。あまりふざけているようですと別の方に代わって頂きますよ」

 

「だーいじょうぶですって。泥船に乗ったつもりで任せて下さいな♪」

 

「いや、泥舟って」

 

「沈みます」

 

「さーて、それじゃ改めて自己紹介いっちゃうよー☆」

 

『…………』

 

三國先生のツッコミを完全にスルーし、月見先生が喋り出す。

 

「というわけでどもども月見の瑠兎(りと)ちゃんでーすっ。この春、昊陵学園(こうりょうがくえん)を卒業したばかりの若き乙女なので、至らないことはたーっくさんあると思いますが、精一杯やってくつもりだからよろしくねーっ♪」

 

(この春卒業ってことは俺たちと2、3歳位しか違わないわけか……ここの教員資格とかってどうなってんだ?)

 

とは思ったが、そもそも常識外の学校へ常識的な事を求めること自体が無駄だと思い、そこで考えるのを諦めた。考えても答えは出ないだろうし。

 

「月見先生は昨年の卒業生の中でも特に優秀な成績を修め、本年度の特別教員として抜擢されました。人格はともかく、技術や能力に関しては申し分ありませんのでご安心を」

 

(人格はともかくって……まあ、言いたい事は分かるけどなぁ……)

 

 三國先生によるフォローを聞き、安堵(あんど)のため息がそこかしら洩れる。

 

「何かすごくトゲのある言い方された気がするけど、みんな気にしないでサクサク進行しようねー。……と言っても今日は初日だから、自己紹介と今年度のスケジュールをさくっと説明するくらいだけど☆」

 

「その前に、まず《焔牙(ブレイズ)》についての注意事項です」

 

「あ、そーだったそーだった♪ えーっと《焔牙(ブレイズ)》は学園側の許可無く具現化しちゃダメだよ? 勝手に出したらすーっごく怒られるからね。以上っ☆ それじゃあ自己紹介を始めるよー♪」

 

三國先生のおかげで、無事に初日のHR(ホームルーム)が動き出す中―――俺は横目であるものを見る。それは透流の隣に座る銀色の少女。

彼女は相変わらず透流へ謎の視線をずっと向けられていた。

 

じ――――――――――――――――っ。

 

……もしも視線で人が殺せるとするなら、すでに透流は軽く百回以上はあの世送りにされているだろう。

周囲が教壇へ視線を向ける中、彼女だけは透流を見る。じっと見つめる。見続ける。

多分、本人は気付かれていないと思っているのだろうが、視線というものは自分で思ってる以上に感じ取れるものだ。現に透流はとても微妙な顔をしているのだから。

なんにしても、なぜここまで彼女が透流を意識しているのか俺にはまったく分からなかった。

 

「―――してるキミ」

 

「ん?」

 

「そこで考え事をしてる前から三番目のキミッ!ちっこい男子の前のキミだってば!」

 

「誰がちっこいか!!」

 

「お前しかいないだろ……」

 

「貴様は黙ってろ!」

 

透流はどうやら考え事をしていて、自己紹介の順番が来たことに気付かなかったようだ。

そして誰がちっこいのかご丁寧に補足してやったらトラに怒られてしまった。どうやらちっこいとか小さいとかは彼にとってNGワードみたいだ。

 

「九重透流です、よろしくお願いします」

 

「……九重?ああっ、キミが噂のっ!」

 

「噂?」

 

「職員室で噂になってるよ。今年の一年には《異能(イレギュラー)》がいるーって☆」

 

異能(イレギュラー)》―――おそらく意味が分からずとも、何か特別なのだろうと周りも理解したのだろう。クラス内でざわめきが起こる。

 

「それじゃあ次。隣の超目立つ銀髪ちゃん」

 

「……はい(ヤー)

 

銀色の少女は頷くと、席から立ち上がって自己紹介を始めた。

 

「ユリエ=シグトゥーナです。みなさんよろしくお願いします」

 

再び、教室内がざわめきに包まれる。ただし、透流の時とは意味合いが違うざわめきだ。

透流は珍獣みたいな反応をされたが銀髪の少女、ユリエの場合は見るからに異国の少女という外見に似合わず、流暢(りゅうちょう)な日本語を口にしたことへの驚きだ。

 

(……容姿的に北欧出身か?まあ、なんにしても日本語が上手いもんだ……)

 

しかしながら、ユリエは相も変らず周囲の反応を気にする事無く着席。

そしてまたしても横目で透流を見ようとして―――

 

「っ!」

 

透流と視線が重なった、と思った瞬間にそっぽを向いてしまう。

けれどある程度時が過ぎると、再び横目で透流の顔をちらちらと覗き始めるのだった……。

 

 

そこから少し自己紹介が進み、俺の番になった。

 

「次!そこの黒髪の男子!」

 

「はい」

 

俺は席から立ち、自己紹介を始める。

 

「如月影月です。よろしくお願いします」

 

「……如月?あっ!って事は隣の女の子は〜……?」

 

「あ、はい。如月影月の妹の如月優月です。みなさんよろしくお願いしますね」

 

優月もついでに立ち上がって皆に向かって微笑みながら自己紹介する。すると教室のあちらこちらから「はぁ……」とか「ほぅ……」と言ったような溜息(男女共にあり)が聞こえた。

 

「キミ達ね!職員室でもう一つの噂になっているのは!」

 

「噂?……《異常(アニュージュアル)》って異名の事か?」

 

「その通り☆後、影月くん敬語☆」

 

俺がそう言うとクラス内で再びざわめきが起こった。

と言っても何が《異常》なのか分からないのか、透流などの時のようにそこまでざわめきは大きくなかった。

 

 

やがて、自己紹介が終わり生徒手帳と通学証、寮生活のしおりが配られた。

 

「全員に行き渡ったかな〜?校則、寮則については後ほど空いた時間で各自目を通しておかないと、めっ!だからね♪あと、学生証はクレジットカードとして使えるから無くさないように注意するんだよー」

 

「へ〜……これがクレジットカード代わりか……」

 

「……兄さん、分かってると思いますが無駄使いは―――」

 

「分かってるって。まず俺はそんなに無駄使いなんてしないって知ってるだろ……」

 

限度額は月々十万円とのことで、それを聞いてかなりの人が色めき立つ。

 

「はいはーい、気持ちは分かるけど静かにー。最後にうちのガッコの()()()()()と、寮の部屋割りの話をしたら今日は終了だから騒ぐならその後でーってなわけで。まずは特別な制度について話をするけど、すーっごく大事なことだからきちんと聞くんだよー♪」

 

 パンパンと手を叩きつつ、月見先生は特別な制度とやらについて話し出す。

 

「うちのガッコには《絆双刃(デュオ)》って言うパートナー制度が存在するのね。パートナーって事から分かるだろうけど、二人一組になって授業を受けたりするわけ」

 

(似たような言葉を最近聞いた気がするな……)

 

「……卒業後にいきなりチームで行動しろと言われても無理だろうから学生のうちに慣れさせておく、という事ですね?」

 

「その通りっ!分かってるね、(たちばな)さん♪それで《絆双刃(デュオ)》についてなんだけど、さっきも言った通り二人でいろんな授業を一緒に受けてもらう訳ね。で、その関係上、ちょーっと駆け足で悪いんだけど今週末までに正式な相手を決めて貰うんで、明日の授業で自分に合ったパートナーを頑張って見つけてねって事で!ふぁいとっ、おー☆ ……もし決まらなくてもこっちで勝手に決めるから安心していいよー♪」

 

(パートナー制度―――《絆双刃(デュオ)》か……。まあ、優月と組めばいいか)

 

隣を見ると優月もこっちを見ていて、目が合うと微笑んでくれた。どうやら優月も俺と同じ事を考えていたらしい。

 

「……で、本題はここからなんだよねー。実はうちのガッコって《絆双刃(デュオ)》を組んだ後は、お互いをより深く知り、絆を強くする為にもできる限り一緒の時間を過ごせーって校則があるのね。まー何が言いたいのかっていうとぉ……寮で相部屋になるってことなんだけど♪」

 

確かに長い時間を共に過ごせば信頼は深まるだろう。

性格の不一致が浮き出てくる可能性も十分あるにせよ、ここまで常識外の事ばかりだったこの学園にしては理に適っている。

どちらにしても俺たちは兄妹で組もうとしているので、元々信頼はお互いに十分してるし、性格の不一致も無いのだが。

 

「あの、すみません。質問があるんですけど」

 

「はいはーい、《異能(イレギュラー)》の九重くん、なんでしょー?」

 

そこで透流が質問を投げ掛ける。

 

()()()()に《絆双刃(デュオ)》を決めろって言いましたが、()()()()の寮の部屋割りはどうなるんですか?」

 

「ふふっ、ナイス質問。そこに気付くなんてうさセンセちょー嬉しい~♡ いい子いい子してあげよっか?」

 

「お断りします」

 

即答だった。俺ももし言われたら透流と同じで即座に断るが。

 

「ぶぅ~、残念。……さてさて気を取り直して、九重くんの質問への答えも含めて、寮の部屋割りの話をするよ~♪」

 

そう言って月見先生が笑顔を浮かべる。その笑みはどこか楽しげにも怪しげにも見えた。

 

「週末までは、()()()()()()()()()()と同居してもらいまーす♪」

 

「……へ?」

 

「つまり仮の《絆双刃(デュオ)》ってことだね。これは校則なので、拒否は無駄無駄ァ!ダメダメェ!不許可!だよ☆ ねっ、三國センセ♪」

 

 胸の前で手を交差してバツを作る月見先生へ、溜息を吐きつつ無言で頷く三國先生。

俺としては仮でも正式に組むのも優月とするつもりなので特に何とも思わなかった。逆に都合がいいとすら思ったくらいだ。

だが、先ほど質問した透流だけは違った。なぜなら彼の隣は……。

 

「イエスッ♪ 九重くんの同居人は銀髪美少女のユリエちゃんで〜す!男子三十八人、女子十六人の新入生どころか全学年で男女同居するのは如月兄妹とキミ達だけだよ。きゃー、らっきー♡……あ、そうそう。不純異性交遊をすると退学になっちゃうから気をつけるよーに。わかりやすく言えば教室(ここ)で口にするのは躊躇(ためら)うような事をして、三人めの同居人が―――」

 

「するかぁああああああああっっっ!!」

 

透流は目の上の敬意を忘れて怒鳴って立ち上がる。

直後、透流の絶叫で我に返ったクラスメイトが大騒ぎし始めた。

 

「マジかよ!?」

「あの子とか、いいなぁ……」

「きゃーっ、同棲(どうせい)よ同棲!!」

「ま、待ってくれ! いくら校則だからって常識的に考えて色々マズイだろ!」

 

言いたい放題騒ぎ立てられる中で透流が慌てて講義するも―――

 

「……透流、入試で闘いあう学校がマトモか?」

 

「そういう事だよ♪というわけで九重くん、ふぁいと!!」

 

俺と月見先生がそう言うと透流は愕然とした顔で机に手をつき、()()()()()()()()を見た。

 

「よろしくお願いします」

 

「よ、よろしく……」

 

俺たちはそんな透流と銀色の少女(ユリエ)の様子を見て、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

あの後、敷地内にある寮へ移動し、寮則(門限や、食事等)について聞かされ、そのまま食堂に案内されて早めの夕食を終えた後―――

 

「問題ありませんわ」

 

俺たちは男女同居がいいのか、理事長室にいる九十九朔夜に直接聞きに行った。

聞くと二人一組で男女と言うのはドーン機関の治安維持部隊でもそうそう無くて珍しい事らしいが、完全に無いわけではないようで問題は何も無いらしい。

ましてや俺たちのような兄妹で組むと言ったような例も稀によくあるそうだ。

「ならよかったです。わざわざ答えていただきありがとうございました。行くぞ、優月」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

「ええ」

 

俺たちは理事長室を後にし、自分たちの部屋へと戻った。

 

 

 

「さて、俺は荷物整理するから先に風呂入ってもいいぞ?」

 

「分かりました〜」

 

優月は俺に向かって微笑んだ後、風呂道具と着替えを持って浴室へと入って行った。

それを見送った俺は荷物整理を始める。テレビでニュースを見ながら、自分の服をクローゼットの中にあるハンガーにかけたり、教科書などを出したりして明日に備える。

そして俺の荷物の整理が大方終わった頃に優月が風呂から上がって来た。

 

「兄さん、上がりましたよ?」

 

振り返るとピンクと白のチェック柄のパジャマを着た優月が立っていた。

 

「ああ、じゃあ俺も入るかな……」

 

俺は風呂道具と着替えを持って浴室へ入る。

そして、風呂から上がった後はテレビを見ながら今日あった入学試験や、教室での透流達の話のこと、そして明日の授業の確認などをしてから布団に入った。

疲れていたのか、あっという間に俺の意識は眠りへと落ちていった。

 




感想、誤字脱字等よろしくお願いします!


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第三話

しばらく一日一話になると思います。



 

―――如月影月は夢を見ていた。

目の前には黄金の髪の男が圧倒的威圧感を放ちながら、愉悦の笑みを浮かべながら何か言っている。しかしながら声は全く聞こえない。

そしてそれは自分に向かって言っているわけではないと影月は黄金の男の視線を見て気付いた。

影月はその黄金の男が見ている方向を見てみる。するとそこにはもう一人の男がこちらを見下ろすようにして立っていた。

その男は軍服(ぐんぷく)を纏い、こちらも黄金の男を愉悦の眼差しで見ていた。

黄金の男は軍服の男を見上げながらさらに言葉を紡ぐ。そして対する軍服の男も何か言っているが、生憎と影月には何も聞こえない。

(……いつも見ている夢とは違うな……)

 

いつも影月が見ていた夢は黄金の男がどこかでただ一人、佇んでいるだけの夢だった。

だが、今日はいつも見ていた夢とは違う。周りを見渡してみれば星々が浮かんでいる宇宙のような景色が広がっているし、黄金の男も軍服の男と相対していてどこか一触触発(いっしょくしょくはつ)という雰囲気を感じさせる。

何かきっかけさえあれば、すぐさま争いでも起こるだろう―――そう思える程である。

そう考えてると黄金の男が手に持っていた黄金の槍を構え、軍服の男は背後には双蛇(カドゥケウス)が現れる。

そしてその二人は口元を歪めながら―――

 

 

 

『―――行くぞォッ!』

 

 

 

その言葉が最後に影月の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

「―――っ!?……夢……か……?」

 

不思議な夢から目覚めた俺は、乱れた息を整えながら先ほどの夢の内容を思い返す。

 

「……なんだったんだ、あれは……」

 

「兄さん?」

 

「……優月……」

 

俺を呼ぶ声が聞こえた方を見ると、制服に着替えた優月が首を傾げて、心配そうな顔をして立っていた。

よく見ると腰まで伸びている髪の毛が若干濡れているので、俺が起きる少し前まで浴室でシャワーを浴びていたのだろう。

 

「……かなりうなされてましたけど、大丈夫ですか?」

 

「あ……ああ、大丈夫だ」

 

「…………嘘をつかないでくださいよ。そんなに汗をかいているんですから大丈夫なわけがありません。……一体どんな夢を見ていたんですか?」

 

俺は優月に心配をかけまいと虚勢(きょせい)を張るが、心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる優月に言われてどきりとする。確かに自分の体を見るとパジャマとして着ている黒い半袖Tシャツには汗でぐっしょり濡れていて、肌に張り付いていた。……確かにこれではさっきのは嘘だって分かってしまうな。

 

「……いや、大した夢じゃないから本当に大丈夫だ。それより、優月近い……」

 

俺がそう言うと、優月は一瞬悲しそうな顔をして黙り込む。そして―――

 

「…………はぁ、分かりましたよ。そこまで言うのなら大丈夫だって事にしておきます。でも、またうなされる事があったら、今度は聞かせてもらいますからね。……ほら、もう少しで登校時間ですから、早く用意してください」

 

「ああ……分かった」

 

俺は着替えを持って浴室へと向かい―――

 

「……ごめんな、優月」

 

最後に小声でそう呟いて浴室へと入った。

 

 

俺はシャワーを浴びながら先ほどの夢を思い出していた。

黄金の男……俺は何度もその男が出てくる夢を見ていたが、今朝見た夢は今までと違っていた。

ただ薄っすらと笑みを浮かべて佇むという夢ではなく、愉悦の笑みを浮かべて相手の軍服の男を見ていたという夢。

その愉悦の笑みはまるで、やっと全力を出して戦えるというようなものだった。

 

「……なんだか怖いな……」

 

そんな事を考えていると、ふと自分の指が震えているのに気付く。それを見て俺はあの男に恐怖という感情を抱いているのだと自覚する。そしてさらにあれは夢ではなく、現実に起きた事なのかもしれないと思った。

あまりに鮮明に記憶に残っているからそう思ったのだが……もしかしたら、今もどこかに例の黄金の男がいて、見られているのではないかと思い、その考えに至った途端、さらに恐怖が増した。

俺はそれから数分間、優月に声をかけられるまでシャワーを浴びながらずっとそのような事を呆然と考えていた……。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

side 優月

 

 

「…………はぁ……」

 

兄さんが浴室に行った後、私は溜息を吐いて呟きます。

 

「……謝る位なら、夢の内容教えてくれたっていいじゃないですか」

 

今までも兄さんは今回のように夢でうなされていた事は何回もありましたし、今まで私も特に気にしてはいませんでした。

ですが、今朝は今までに無い程うなされていて汗もいつもより多く出ていたので流石に心配になり、声をかけたのですが……大したものでは無いと一点張りされ、私もそれ以上何も言えなくなってしまいました。

 

「……言ってくれたら、楽になるかもしれないのに……兄さんはそういう所だけ全く変わっていませんね……」

 

それから、私は兄さんに遅れるからと声をかけるまでずっとその事を考えていました………。

 

 

 

 

 

 

入学二日目の朝、学食に向かう途中私たちは廊下にいる一年や二年、三年の生徒達から視線を向けられていました。

その際、少しだけ聞こえているヒソヒソ話の中に、ある単語が多く聞こえてきました。

 

異常(アニュージュアル)》―――と。

 

どうやら私たちの事は《異能(イレギュラー)》と呼ばれた透流さん同様、かなり広まっているようです。

 

(少なくとも透流さんよりは普通なんですけどね……)

 

どっちにしても気にしていても仕方の無い事なのですが……やはりこうして周りからこそこそと言われると、少し位は気になってしまいます。

 

そんな事を考えている内に食堂に着いたので、私はその事について考える事を中断して、今朝は何を食べようかと考え始めました。

昊陵学園(こうりょうがくえん)の学食は肉がメインのA定食、魚がメインのB定食、和洋中の五十種類から好きなものを選べるビュッフェの三種類から選択する形式になっています。

定食は学食のおばさんたちが栄養管理をしっかりと考えた組み合わせなのですが、やはり自由に選べるビュッフェが人気らしく、大半の生徒が思い思いの料理をお皿に乗せていました。

 

「兄さんは何にするんですか?」

 

「そうだな……やっぱビュッフェかな」

 

「そうですか……じゃあ私もビュッフェにします」

 

私たちは揃ってビュッフェを選び、バランスよく料理をお皿へと乗せた後、どこかに座れる場所はないかと辺りを見渡しました。すると昨日知り合ったばかりの友人の姿を見つけ、私たちはそこの席へと向かう事にしました。

 

「―――なあユリエ。頼みがあるんだけど……」

 

「何ですか?」

 

「実はセロリとナスを食べて欲―――」

 

「よお、おはよう。透流」

 

「っ!お、おはよう……影月……」

 

「おはようございます、透流さん。そしてユリエさんも」

 

「おはようございます」

 

「ゆ、優月もおはよう」

 

「……それでトール、頼みとは?」

 

「……いや、忘れてくれ……」

 

「―――?」

 

さらっと今聞こえた感じでは、恐らく苦手な食べ物をユリエさんに食べてもらおうとしていた透流さんでしたが、兄さんがちょうどよく話しかけたので言うタイミングを失ってしまったようです。ちなみに兄さんはわざとらしく笑っています。

 

「一緒に食事を摂らせてもらうぞ?……ああ、それと好き嫌いはなるべく無くすべきだぞ?なあ?優月?」

 

「……そうですよ。透流さん」

 

兄さんの言葉を肯定した私に対し、透流さんは何やら味方になりそうな人に裏切られたみたいな顔をしてますが、とりあえず無視します。実際、好き嫌いは無い方がいいですからね。

さらにそこへ―――

 

「せっかくだから私もここで食事を摂らせてもらおう」

 

先ほど遠目で見ていた時に透流さんと話していた女子がこちらに来て、透流さんはさらに絶望した表情を浮かべました。

 

「おはよう、ユリエ。昨夜はよく眠れたかい?」

 

「おはようございます」

 

ユリエさんはよく眠れたと返しますが、その後に透流さんへと怪訝(けげん)そうな表情を向けました。

 

(そういえば昨日のユリエさんはずっと透流さんを見てましたっけ……なら彼女は自己紹介なんて全く聞いてなさそうですね……)

 

「私は橘巴(たちばなともえ)。キミや九重や、そこにいる如月兄妹と同じく新入生―――つまりクラスメイトだ」

 

「そうでしたか。失礼しました、巴」

 

「ふふっ、別に構わないさ。昨日は入学当初、しかもあんな試験の直後だからいろいろと混乱していただろうしな」

 

(ユリエさんは見る限り混乱してませんでしたけどね)

 

混乱のこの字も見受けられなかった昨日のユリエさんを思い返していると、(わず)かに(たちばな)さんの頬が緩みました。

 

「ところでトール。頼み事とは本当に何だったのですか?」

 

「……いや、本当になんでもないから忘れてくれ」

 

「―――ヤー?」

 

不思議そうにユリエさんは小首を傾げ、チリンと鈴の音がしました。

それを見て私と兄さんは苦笑いを溢します。

一方の橘さんは、学食のおばさんから定食を受け取っている女子へと視線を向けていました。

 

「む……すまない、私のルームメイトをこちらに呼んでいいか?」

 

「ああ、構わないぜ」

 

「俺たちも構わないぞ」

 

「ありがとう。……みやび、こっちだ」

 

橘が手を上げて声を掛けると、それに気が付いた女の子がやって来ました。

 

「こ、ここにいたんだね、巴ちゃん」

 

「はぁ……。呼び捨てでいいと何度も言っているだろう、みやび」

 

「で、でも巴ちゃんは巴ちゃんだから……」

 

「全く、キミは……っと、すまない。彼女が私のルームメイトのみやびだ」

 

「え?あっ……!?お、おはよう、穂高(ほたか)みやびです……」

 

私たちに気付いて慌てて頭を下げる穂高さんと言う女子は、大人っぽい橘さんとは対照的に身長は平均よりやや小柄で、幼い顔立ちをしていました。肩口で切り揃えた髪は後ろの方だけを伸ばしているらしく、お下げとしてまとめた部分を前に持ってきています。

しかしそれらよりも目を惹くのはその豊かな胸の膨らみです。同性の私も思わずお辞儀をして揺れる胸に目が行ってしまいました……。

そんな穂高さんへまずはユリエさんが、次いで透流さん、兄さん、最後に私が名乗り返すと―――

 

「あ……。う、うん、よろしくね……」

 

穂高さんは赤面し、視線を落として小さくなってしまいます。

 

「どうしました?穂高さん?」

 

「わ、わたし、その……じょ、女子校出身だから、その……」

 

理由を尋ねると、ちらちらと透流さんと兄さんを見つつ穂高さんが答えます。

 

「なるほど、男が苦手なのか。……大丈夫だ、九重と如月は別に噛み付いたりなどしない」

 

「おい橘、人を犬みたいに言うな」

 

「ほ、本当……?」

 

おどおどした様子で男子二人を見る穂高さん。というか女子に噛み付く男子って何なのだろう……。

 

「とにかく座りたまえ、みやび」

 

「う、うん……」

 

穂高さんが椅子に座る瞬間大きな胸が揺れ、思わず同性である私でも再び目が行ってしまいました。

しかも座った後はテーブルの上にそれを載せているのでさらにその大きさを強調していました。

 

私は自分と穂高さんの胸を交互に見て、最後に少し溜息を吐きます。

 

(……私もせめてもう少しだけ欲しいなぁ……)

 

「……ん?どうした、優月?」

 

「……別に、なんでもありません……」

 

「……ふ〜ん……」

 

兄さんにそう返すと、興味無さそうな返事が返ってきて……。

 

 

 

 

 

「…………別に胸の大きさなんて気にしなくても……って、おっと」

 

その言葉を聞いた瞬間私は拳を作り、兄さんの顔目掛けて容赦無く拳を突き出しましたが、兄さんはそれを片手で軽々と抑えました。

 

「……分かった、悪かったって。謝るから落ち着け……」

 

「………………」

 

苦笑いしながら謝る兄さんを見て、私は兄さんを睨みながら渋々手を下ろしました。

……確かに胸が大きいと肩が凝るとか邪魔くさいとか言われますが、それでも少し位は……と思うのが一部女子の悩みだと思います。まあ、そこまで気にしていてもあまりどうにもならない問題ではあるのですが……。

 

「……な、なあ、如月、優月?」

 

すると橘さんが微妙に引きつった顔をしながら話しかけてきました。どうやら今の私と兄さんのやり取りに若干ながら圧されていたようです。

ちなみに穂高さんは私の気迫のせいか、完全におびえていました……。それに申し訳なく思いながらも、私と兄さんは橘さんに視線を向けます。

 

「あ、ごめんなさい……それでなんですか?」

 

「ああ……実は今度からこの四人で今後もこうして一緒に食事を摂るということになったのだが……キミたちも一緒にどうかと思ってな」

 

橘さんの提案はこれから先も、皆さんで楽しく食事をしようと言ったものでした。それに対して特に断る理由もないですし、やっぱり食事は大勢で楽しみながら食べる方が美味しいので―――

 

「私はいいですよ。兄さんは?」

 

「ああ、俺も構わないよ」

 

「ではよろしく頼むよ」

 

そう話が決まると私達は揃って朝食を食べ始めました。私の朝ご飯はパンやスープやコーヒーなどの洋食、兄さんはご飯やさんまや味噌汁の和食です。ちなみに透流さんは肉が多く、野菜が圧倒的に少なくてバランスが悪いなと思いました。まあ、橘さんが色々と野菜をあげていたので完全に野菜が無いわけではありませんが。

ちなみに透流さんは先ほどユリエさんに食べてもらおうとしていたセロリとナスはコーヒーで流し込んでいました。そんなに嫌いなんですね……。

そうして食事が続けていると、昨晩の同居生活についての話になりました。

ユリエさんは特に問題なく過ごせていると言い、橘さんは安堵(あんど)していました。

 

「お気遣い感謝します。……ですが本当に大丈夫です。トールは優しい人ですので」

 

「そ、そうなんだ」

 

「へ〜……」

 

「……影月、そんな意外そうな顔で見ないでくれ……」

 

そしてこくりと(うなず)いたユリエさんはさらに発言を続けました。

 

 

 

 

「昨夜も、先に眠ってしまった私を優しく抱いてくれましたから」

 

……爆弾発言を。

 

「「「ぶーっ!?」」」

「「っ!?げほっ、ごほっ!」」

 

その言葉に対し味噌汁を吹いた人が二人(透流さんと橘さん)。穂高さんは牛乳を吹きました。

ちなみに私はコーヒーで()せ、兄さんはお茶で噎せました。

 

「ユ、ユリエ!?」

「なっ、ななっなっ!?」

「ユユユ、ユリエちゃん!?」

「げほっ……お前昨日何してたんだよ……」

「透流さん……」

「―――?」

 

激しく動揺する透流さんたち三人と透流さんに説明を求める視線を向ける私たちを前に、チリン、と鈴の音を響かせてユリエさんが小首を傾げました。まさかの無意識爆弾発言だったようです。

その後、橘さんは透流さんや穂高さんの言葉も聞かず、食堂から走って出ていってしまい、その後を穂高さんが追いかけて行ってしまいました。

 

「……騒々しい。何をしているんだ、貴様たちは」

 

「ちょっとな……」

 

「あ……トラさん」

 

そこへ呆れたような顔をしたトラさんが現れ、事情を聞かれました。

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ、バカらしい」

 

「そう言うなよ……」

 

朝食を摂り終えた私たちは揃って教室へと向かっています。

トラさんは先程の騒ぎについて透流さんから事情を聞くと、さらに呆れたような顔をしていました。尚、トラさんの《絆双刃(デュオ)》であるタツさんは大笑いしています。

 

「先程、私は間違った答え方をしたのでしょうか?」

 

相変わらず自分の爆弾発言の意味に気付いていないユリエさんが小首を傾げます。

それに対し言ってやれというトラさんの視線に、透流さんは渋々と答えます。

 

「ええと……日本で抱くっていうのは、男女の……その……なんていうか……」

 

「……夫婦として夜の営みをするって意味にも取れるんですよ」

 

「…………。そうでしたか、それは困りましたね」

 

私が助け舟を出すと幸いその手の知識はあったようで、ユリエさんも事情を飲み込めたみたいで、若干頬を赤く染めながら呟きました。

 

「巴には誤解だと伝えておきます」

 

「あ、ああ。頼む……」

 

 

 

 

 

「さあさ、それじゃあ記念すべき最初の授業をはっじめるよー♪」

 

朝からハイテンションの月見(つきみ)先生が、両手を(ひろ)げて授業開始を宣言します。

私はノートやらを準備する前に、ユリエさんが誤解を解いたと言っていた橘さんをチラッと見てみました。

その橘さんはと言うと、なぜか透流さんの事をずっと見ていました。誤解が解けたと言うのなら、なぜそんなに凝視しているのか分からないですが……。透流さんもそんな橘さんの視線に気が付いているらしく、少し困惑したような顔をしています。

 

「―――というわけで《黎明の星紋(ルキフル)》による身体能力超化は、掛け算みたいなものだから、訓練で体を鍛えれば鍛えるほど効果が高まるんだよー☆つまりマッチョになればなるほど強くなるって事ねー♪ここまでオッケー?」

 

(分かりましたがマッチョは嫌ですね……)

 

授業の内容は、初日なので《黎明の星紋(ルキフル)》についてでした。ちなみに先ほどの月見先生のマッチョ発言を聞いて、クラスメイトの大半の人たちが嫌そうな顔をしていました。かく言う私もですが。

 

「《黎明の星紋(ルキフル)》は《位階(レベル)》って呼ばれるランク付けがされてるの!みんなは昇華したばかりだから《(レベル1)》ってわけ。これは学期末ごとに《昇華の儀》ってのをやってランクアップさせていくから、一年間ランクが上がらないと、見込み無しとして退学させられちゃうから日頃から心身ともに鍛えてこーね☆」

 

月見先生の話によると上のランクに昇格するためには、より強靭(きょうじん)な肉体と精神力が必要になるらしく、今学期は特に体力強化を重点的に行っていくことになるらしいです。

 

 

 

午後の授業―――

 

 

「さてさてさてーっ☆今日からしばらくは体力強化って事でマラソンだよー♪」

 

そう月見先生が言った直後、ほとんどの人が嫌そうな顔をしました。無論、私と兄さんもあまりいい顔はしません。

 

「ま、しばらくは軽めにいこっか。ってなわけで学園の周りをじゅっしゅーう♪」

 

「……一周4キロ程あったよな……」

 

「フルマラソンですね。それを軽めって……」

 

身体能力が超化されているとはいえ、相当の負担が来るだろう事は想像出来ます。というか10周が軽めって……。

 

「そんなに走ったことなんてありませんね……」

 

「確かにな……俺たちも体鍛えていたがここまではな……」

 

「じゃあ、はっじめるよー☆」

 

そして私たちは準備もそこそこに、月見先生の指示でマラソンを始めました。

 

 

 

 

私たちのゴールから遅れること二十三分。ユリエさんが十周を走り終え、そのまま地面へと座り込みました。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「お疲れ、ユリエ。これ、ゆっくり飲んどけ」

 

「ありがと……ござい、ます……」

 

「大丈夫ですか?ユリエさん」

 

「お疲れ、ユリエ」

 

透流さんから渡されたスポーツドリンクを飲みながら、ユリエさんは呼吸を整えます。

 

「それにしても結構早かったな」

 

確かに体力はあまりないと言っていたユリエさんでも女子だけなら三位、男女込みでも九位という順位です。そう考えれば、ユリエさんの順位は非常に優秀と言えるでしょう。

 

「ほらほら、そこで寝転がらないー。体を動かした方が蓄積された乳酸の分解が早くなるんだよー。というわけで立ってー☆」

 

『……は〜い……』

 

ちなみに月見先生も私たちと走ったのですが、誰よりも早く、しかも全員に周回差をつけて走りきっていました。やはり《位階(レベル)》が上になればこの程度は全く問題無いようです。

その後月見先生は唐突に放課後宣言をし、職員室へと戻ってしまいましたが、まだ走り終えていない生徒たちも多くいました。穂高さんもその一人です。

 

―――結局、穂高さんは空が黄昏色に染まった頃にゴールをし、疲労で倒れてしまいました。

そして夕食の席で穂高さんは姿を見せず、微妙な雰囲気の中で夕食を取る事となってしまいました。

 

 

そして夕食を終えた私と兄さんは部屋に戻る途中で、退学届けを出そうとしていたクラスメイト二人を発見しました。

 

「……お二人共、やめるんですか……?」

 

「あ、優月ちゃん……うん、私たちはこれからこの学園で頑張っていける気がしないよ……だから……」

 

「待ってください!まだ二日目なんですよ?これからちゃんとやっていけば、あの訓練だってしっかり出来るようになりますよ!だからやめるのはもう少しだけ過ごしてからでもいいんじゃないですか?」

 

「そうだな。それに折角この学園でお互いに知り合ったんだ。たった二日でさようならって言うのは……寂しいだろう?」

 

「でも……私たちもう付いていけないよ……」

 

「うん……あんなに辛いなんて思わなかったし……私たちには無理だよ……」

 

「まだ諦めないでください!辛いとか言いたくなるのはよく分かります。でもそれを皆で乗り越えていきましょうよ!それに……兄さんの言う通り、折角こうして知り合えたのにすぐにお別れなんて……そんなの悲しいじゃないですか……」

 

「……優月ちゃん……」

 

「……辛かったら、私や兄さんが助けてあげます。だから……お二人共、お願いですからやめないでください……!」

 

「……ねぇ、あともう少しだけ頑張ってみない?優月ちゃんも影月くんもここまで言ってくれるんならさ……」

 

「……うん、そうだね。優月ちゃんにそこまで言われたら……辞めづらいし……何よりなんか元気が出てきた気がするよ」

 

そんな私たちの説得に何か思う所があってくれたのか、二人はなんとか思い留まって、もう少しだけ頑張ってみると言ってくれました。

そして私たちと少しだけ話した後、自分の部屋へと戻っていくその二人の背中を見ていた兄さんがふと、呟きました。

 

「だが……本当にあの二人の気持ちは分からないでもないよな……今日一日で俺たちでも辛く感じたし……」

 

そんな呟きを聞きながら、私たちは部屋に戻る為に歩き出しました。

こうして二日目は様々な不安などを抱えながら終わったのでした……。

 




誤字脱字、感想等よろしくお願いします!


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第四話

始まりますよ〜。



side 影月

 

入学三日目。一時間目の授業は新入生全員の写真と名前、武術もしくはスポーツ経験があるかどうか、具現化する《焔牙(ブレイズ)》について書かれたリストを手渡された。

恐らく、これを元によく吟味し、《絆双刃(デュオ)》の候補を見つけろということだろう。

 

「ふんっ、この中で僕のお眼鏡メガネに適う者がいるといいんだがな」

 

「トラが言うとそのままだな」

 

「トラ……そのギャグ面白くないぞ。まだ布団が吹っ飛んだって言った方が面白いと思うが」

 

「ギャグではないっ!それに布団が吹っ飛んだなどというギャグもさほど面白くないだろう!」

 

とまあ、トラを弄るのはこれくらいにして話を戻そう。

それで正式な《絆双刃(デュオ)》についてだが、いずれにしても俺は優月と組むつもりなので、正直リストはあまり必要ないのだが……クラスメイトの顔や彼らの《焔牙》を覚えようと思い、一応隅々までリストを読んだ。

 

 

―――この後、三、四時限目に運動能力測定を行い、女子ではユリエと橘と優月が目を見張るような結果を見せた。

一方の男子では俺や透流やトラ、さらに城上(きがみ)という男子を始めとした数人の男子がかなりの結果を叩き出した。

そして午後は昨日に引き続き体力強化訓練を行ったが―――穂高はまたしてもゴールと同時に倒れてしまった。

 

「穂高は向いてなさそうだよな」

 

倒れてしまった穂高を見て誰かがそう呟いたのを聞いた俺は、後でその呟いたクラスメイトを見つけ出し、注意をしておいた。

……実際の所、そのクラスメイトがそう呟いてしまうのも仕方ないかと内心思ったりもしたが……。

穂高は特に武術の経験もスポーツの経験も無く、言うなればごく普通の女の子だ。体力や気力も普通の高校に通う子たちと変わらない。

そういった面で見てみれば確かに彼女にとってこの学園は最良の学び舎では無いのかもしれない。普通の高校に進学していた方が良かったのかもしれないが……まあ、その辺りについては俺が口を挟むべきではない。最終的にこの学園をやめるか否かは彼女が決める事だし、彼女が一生懸命頑張るというのなら、俺や優月、透流たちもしっかりと手伝うつもりだ。

 

 

 

 

入学四日目―――本日から始まる授業の一つで、《無手模擬戦(フィストプラクテイス)》―――自由組手の訓練が始まった。

素人が多い新入生に、最初から怪我を負うかもしれない組手を行わせるのはどうかとも思ったが、学園側の意見としては技術は教わるだけでは意味はなく、使用してこそ身につくからという訳らしい。

確かに技術だけでは、いざという時には動けないというのは俺も十分理解していたので、そんな学園の方針に異を唱える事は無かった。

 

 

その模擬戦にて、昨日の運動能力測定で目立っていた女子二人、ユリエと橘が再び周囲の注目を集める事となる。

 

「はっ!」

 

息も吐かせぬ連撃を見せる橘。まるで舞うような動きに、驚きと感嘆の声がそこかしこで上がる。

 

「――――――」

 

対してユリエは接近したり離れたのヒットアンドアウェイを主体にし、自信の速さを有効に使って橘に対抗していた。

その戦闘はもはや素人の入る余地の無い、熟練者同士の本気を出した闘いだった。

 

「互角ですね……」

 

「ふんっ。さすがは橘流十八芸と言ったところだな」

 

「橘流?」

 

古武術(こぶじゅつ)を主体に様々な武芸に通じている有名な流派の一つだ。実際、俺もこの目で見たのは初めてだ」

 

俺が橘流にそう説明すると―――

 

「……よく知ってるなぁ」

 

「昨日のリストに書いてありましたよ?……まさか透流さん、読んでないんですか?」

 

「えっ?あ……いや、《絆双刃(デュオ)》はトラと組むわけだし、別に他の奴をわざわざチェックしなくてもいいかなぁと……」

 

透流のそんな答えにトラは頭を抱え、俺たちは揃って溜息を吐いた。

いくらチェックしなくてもいいと思っても、せめてよく話す人たち位は見ておけよと思う。

と、そこで組手終了のホイッスルが鳴り響く。

 

「はいはーい、そこまでー。三分間休憩したら今度は相手を変えて再戦してね〜♪」

 

その宣言に、ユリエと橘は一礼して一言二言交わして組手を終える。

結局、どちらも決定打を与えることは出来なかったようだ。

俺は次の対戦相手を探す優月たちから離れ、橘へと近付いた。

「お疲れ、橘。中々いい闘いだったな」

 

「む、如月か。ああ、ユリエは中々に強かったよ。一対一で闘って決着がつかなかったなんて随分と久しぶりの事だったしな」

 

「そうか。それで次の相手は見つかったのか?」

 

「いや……それが中々見つからなくてな……」

 

まあ、それも仕方ない事だろう。さっきのユリエとの手合わせを見ていれば、誰だって大抵は怖気づくと思うし。

 

「それなら俺とやろうぜ?丁度さっきの闘いを見て橘と一戦やりたくなったからな」

 

「それはありがたいな。こちらからもよろしく頼むよ」

 

そんな事を話していると、間も無く次の組手が始まると月見先生が宣言する。

 

「おっと、それじゃあそろそろ準備するか。存分に楽しませてもらうぜ?」

 

「ああ、キミは優月と共に柔道と空手を習っていたそうだな。私としてもそれら二つを修めている者と闘うのは初めてだから楽しみだよ」

 

「そうか。じゃあお互い、全力で楽しみながらやろうぜ」

 

「当然だ」

 

そして数秒後ホイッスルが鳴り、組手が始まった。

 

 

開始の合図と共に橘は一気に間合いを詰め、連撃を繰り出し始めた。

その連撃は無理無く流れるように、かつ鋭く放たれる。それを見て流石は名のある武術を修めているだけはあるなと改めて感心する。

俺はその連撃を半身をずらして躱したり、決定打になり得る攻撃は手や腕で防御して攻撃を防ぐ。

組手が始まってから30秒も経っていないが、すでに橘が繰り出した連撃の数は百を超える。そしてそれを軽々と受け流している俺を見て、周りのクラスメイトたちは感嘆の声を上げていた。

そうして橘の攻撃をただ防ぎながら大体二分程経過した頃―――

 

「どうした!攻撃しないのか!」

 

「…………」

 

橘が一切攻勢に出ない俺に対して、挑発するかのように言う。

そんな言葉を聞いた俺は、この組手でようやく防御以外の行動を取った。

繰り出される連撃の中で橘が放った左ストレートを俺は躱す事無く掴んで、俺の方へと橘を引っ張った。

 

「なっ!」

 

「っせい!」

 

突然腕を掴まれ、引き寄せられた事で驚きの声を上げながらバランスを崩した橘の懐に素早く入り込んだ俺は、右手を橘から見て左腕の脇の下あたりを掴み、左手を橘から見て体操着の右腰の上あたりを掴み、払腰の要領で彼女を床へと投げ飛ばした。

 

「っ!!がはっ……」

 

地面に叩きつけられた衝撃で、橘は肺から空気を吐き出す。

しかし―――

 

「くっ……!まだだ!」

 

橘は息を整える事も後回しにして、飛び起きて再び俺に右手を伸ばしてくる。

なので俺はその右手を掴み、橘の勢いを利用して再び投げ飛ばす。本来ならかなり無理をするような投げ方だが、そこは《超えし者(イクシード)》。超過した力を遺憾無く使えばこんな投げ方だって出来るのだ。

 

「ぐ、はぁっ!」

 

再び地面に叩きつけられた橘は苦しそうな声を上げ―――そこで終了のホイッスルが鳴った。

 

「ふぅ……やっと終わりか。まさかCQCで投げ飛ばしても、すぐに起き上がってくるなんてな……」

 

「はぁ……はぁ……し、CQC……?」

 

「ああ、近接格闘の事だ。軍隊や警察で教えられるものなんだが……俺と優月はネットとかで見て独学で覚えた。リストに書けるほど上手いわけでは無いけどな」

 

「……そうか……」

 

「立てるか?」

 

俺は手を差し伸べ、橘はその手を取って立ち上がる。

 

「完全に油断してしまったよ、私の負けだ。……私もまだまだ実力不足か」

 

「そうか?でも橘の連撃も中々すごかったぞ?どの攻撃も速くて、正確だったしな。まあ、それだけ強いのなら他の奴らが怖気づくのも分かるし……」

 

「ははっ、そうだな」

 

「兄さ〜ん!次、私とやりましょう!!」

 

「うおっ!?……優月か。いきなり抱きついてくるなよ、びっくりするだろ?」

 

すると今度は、優月がすごい生き生きとして俺に組手を申し込んできた。

ちなみに優月は俺と橘が闘っていた最中、武術経験が無い人たちを数人集めてある程度簡単な柔道の技などを教えていたようだ。

 

「本当にキミたち兄妹は仲が良いな……。少し羨ましく思うよ」

 

「ん……?橘も兄か弟でも居るのか?」

 

「ん……ああ、少し下の弟と従兄がな」

 

そう言って笑う橘の顔はどこか思い詰めるような表情にも見えた。特に“従兄”と言った時の橘の顔は何か複雑な事情でもあるのかと察せる程の顔をしていた。

 

「……羨ましいって……何かそう思うような事情でも?」

 

「まあ少し、な……。……っと、すまない。何か暗い雰囲気にさせてしまったな。今の話は忘れてくれ」

 

「…………」

 

そう言って笑う橘を見て、俺も優月も揃って無言になる。……彼女の過去に何があったのかは分からないが、これ以上は俺たち部外者が突っ込んでいっていいような話ではない気がする。

とりあえず、橘は従兄と何かあったんだと頭の片隅にでも留めておこう。

 

「それにしてもキミの妹は本当に友人思いだな。聞いているぞ?なんでも退学しようとしている人たちを説得しているそうじゃないか」

 

すると橘は自分が作り出してしまった暗い雰囲気を変える為なのか、そんな事を言ってきた。

 

「ああ、昔から他人思いなんだよ。優月は」

 

俺は橘の話題転換に乗り、後ろに抱きついている優月を横目で見ながら言う。実は入学二日目の時に退学届けを出そうとしていたクラスメイトを引き止めて以来、優月は他にも辛くて退学しようとしている人たちが居たら積極的に声を掛けたりして、退学を思いとどまるように説得するようになったのだ。

もちろん俺もそんな人たちを見かけたら思いとどまるように説得しているが、優月の方が俺よりも多く声を掛けている。

なぜ優月がそんな事をするのか。理由はただ一つ―――

 

「こうして共に出会えた運命をいつまでも大切に―――優月にとってここにいる人たちは全員、失いたくない大切な友なのさ」

 

そんなたった一つの純粋な気持ちで優月は動いているのだ。

そんな気持ちが通じているのか、まだ新入生で退学した人は一人も居ない。

そんな俺の話を聞いていた橘や周りのクラスメイトたちは揃って嬉しそうに笑った。

 

「失いたくない大切な友……か。ふふっ、私たちの事をそう思ってくれてるとは嬉しいな」

 

「そうだね……なんかそんな事聞いちゃったら、そう簡単にここやめられないよ〜」

「確かに〜」

「……よし!俺、今日から授業も訓練もしっかり頑張る事にするぜ!」

「あたしも頑張らなくちゃいけないな〜。そんな事思ってくれてる優月ちゃんの為にもね」

 

「……ちょっと兄さん、とっても恥ずかしいんですけど……」

 

「いいじゃないか、事実なんだし。……それとも優月はさっき俺が言ったような事は思ってないのか?」

 

「……もちろん思ってます。というか兄さんが言ってた事全部当たってますよ……だから恥ずかしいんじゃないですか……」

 

そう言いながら、恥ずかしそうに俺の背中に顔をうずめる優月。随分と可愛らしい反応だ。

 

「昔からそんな性格なのに今更何を恥ずかしがってんだよ。ほら、早く背中から離れて組手をするぞ?」

 

「……今、離れたくありません」

 

「あのなぁ……早く離れて組手の用意しないと―――」

 

「如月く〜ん♪そうやって他の皆や妹ちゃんと仲良く話すのはいいけど、やるなら早く準備してくれないかな〜?」

 

「ほら、月見先生があんな事言ってるから……」

 

「う〜……」

 

それを聞いた優月は渋々俺の背中から離れる。そんな彼女の顔は羞恥で赤くなっていた。

 

「どうする?恥ずかしくて闘えないならやめてもいいんだぞ?」

 

「……いいえ、やりますよ。この羞恥を兄さんにぶつけてやります!」

 

「おお、いいぜ!やれるものならやってみろ!」

 

 

その後かなり本気を出した優月と闘ったが、決定打をお互いに与えられずに終了した。

 

「……兄さんのバカ」

 

「なぜ!?」

 

最後になぜかそう言われてしまったが……本当になぜ?

 

 

 

 

 

その日の夜―――夕食も風呂も終えて、後は寝るだけとなった俺と優月は一緒に部屋でテレビを見ながらのんびりしていた。

 

「あ、そういえば優月?」

 

「……なんですか?」

 

俺が話しかけると、優月は不機嫌そうに俺を見る。

 

「……まだ怒ってるのか?」

 

「怒ってません!」

 

その言葉とは裏腹に優月はそっぽを向いてしまう。どうやら余程あの組手の時の話は恥ずかしかったようだ。

 

「怒ってるじゃないか……あの時は俺が悪かったから、機嫌直してくれって……」

 

「……はぁ……そんな事より私を呼んで何の話ですか?まさかそれを謝る為に話しかけた訳ではありませんよね?」

 

「まあ、そうなんだが……それで今さら聞くのもなんだけど、正式な《絆双刃(デュオ)》―――俺でいいんだよな?」

 

「っ!はい、もちろんですよ。私も兄さんと組みたいとずっと思っていましたからね」

 

「それは嬉しいな。優月にそう思われてたなんて」

 

「……わ、私も嬉しいですよ?兄さんに組もうって誘われて。実は今日まで色んな人に一緒に組もうって誘われたんですけどね……でもやっぱり私は兄さんと一緒がいいので……」

 

「……そうか」

 

優月はしっかりしているし、周りの人からも(した)われる性格なのだが、俺が知っている唯一の欠点とも言えるのがこのブラコンである。

組手の時、俺にいきなり抱きついたのもそれが理由。あの時は抱きついてくるのに気が付かなかったとはいえ、正直兄としては少し自重してほしいとは思っている。優月はあまり気にしていないようだが、俺は周りからの視線で結構恥ずかしい思いをしていたりするのだ。

とはいえやめてくれと言ってもやめる気がしないし、無理矢理拒否するのも優月を傷付けそうであまり出来そうにない。

とりあえず今その事を考えてもどうにもならないので、頭を振って話も変えることにする。

 

「……なあ、優月はこの学校……どう思う?」

 

「どう思う?って聞かれても……まあ、色々訓練とか大変ですけど楽しいですよ?新しい友人も沢山出来ましたし、こうして兄さんの近くにも居る事が出来るので」

 

「……普段もよく俺の近くに居るだろう」

 

「今までとは別ですよ。何よりこうして寝る部屋が一緒っていうのは随分久しぶりじゃないですか」

 

「そりゃそうだが……」

 

実は小学校に入学した頃から、ついこないだの中学卒業まで俺と優月は別々の部屋で寝ていたのだ。理由としては親が別々の部屋を用意してくれたからなのだが……。

 

「それに私は嬉しいんですよ?兄さんとまたこうして一緒に寝れるって事がとても♪」

 

……どうやら今まで離れて寝ていた事で溜め込んでいたものが爆発したようだ。優月は先ほどの不機嫌さはどこに行ったのかと思える程に機嫌が良くなっていた。

そんな嬉しそうに俺の体に密着してくる優月に、俺は苦笑いを溢した。

……やっぱり優月のブラコンは一生治らないのかもしれない。

 

 

 

 

 

五日目、金曜日―――

今日も今日とて午後は恒例のマラソンなのだが……。

 

「遅いな……」

 

「……ああ」

 

黄昏時になっても、穂高がゴールしていないことに対して透流が呟く。

確かに昨日は空の色が変わり始めた頃にゴール出来ていたのだが、今日はまだ姿が見えないのだ。

 

「みやびのことか?」

 

そんな透流の呟きを耳にし、橘が聞いてくる。橘は今日も女子のトップで完走し、今さっきゴールしたばかりの女子に酸素吸入器を当てていた。

俺は橘と交代し、つい先ほど走り終えたクラスメイトの介抱をすることにした。

 

「はぁ……疲れてもう走れないよ……」

 

「よく頑張りました!明日もしっかり頑張りましょう?一緒に!」

 

「……うん、そうだね……優月ちゃん、いつもありがとう……」

 

優月はゴールしたクラスメイトの弱音を聞きながら励ましの言葉を送っていた。こうして優月が励ましてあげたり、一緒に頑張ろうと言っているおかげで毎日こうした辛い訓練の中で頑張っている人も少なくない。

優月は昔からそういった皆を励ますというか、率いるような事に長けているのだ。

 

「…………。ちょっと様子を見てくる」

 

そんな事を考えていると、透流が一言そう告げてコースを逆走していった。

それからしばらくした後、透流は穂高をおぶって迎えに行ったユリエや橘と共に戻ってきた。

その時、男子が苦手だと言っていた穂高が透流とどこか親しそうに話しているのを見て、俺は喜ばしく思ったのだった。

 

 

 

 

「ではでは《絆双刃(デュオ)》のパートナー申請は、今日の夕方六時までに事務局へ届け出ること。それを過ぎたらよっぽどの理由がない限り卒業まで変更がきかないから、パートナーとは仲良くやるよーに。うさセンセとの約束だぞっ☆」

 

土曜日―――SHR(ショートホームルーム)での最後の通達が終わって放課後を迎えると、組むと決めた相手と共に、続々と多くのクラスメイトたちが教室を出て行った。

 

「どうする?俺らも先に登録しに行くか?」

 

「う〜ん……そうしましょうか。先にやっちゃった方がいいと思いますからね」

 

それを聞いた俺は優月と共に事務局へと向かった。

 

 

 

 

それから時は経ち、日がそろそろ傾こうかという頃、優月が誰が誰と組んだのか気になると言い出したので、俺たちは再び事務局へと向かうことにした。

その途中、俺たちは事務局の方から走ってくる透流とすれ違った。

透流は俺たちに気付いた様子も無く、寮へと走り去って行ってしまった。

 

「透流さん、どうしたんでしょう?」

 

「さあ……?」

 

俺たちが透流の様子に首を傾げながら事務局に着くと、そこにはトラと橘と穂高の三人が居て、何やら話し合っていた。

 

「どうしたんだ?三人揃ってこんな所で話なんかして?」

 

「む、貴様か。いやなに、あのバカについて少し話していただけだ」

 

「あのバカ?」

 

「透流の事だ。貴様らは透流とすれ違ったか?」

 

「ああ。なんかえらく血相変えて走り去って行ったが、なんかあったのか?」

 

「まだ組んでいない《絆双刃(デュオ)》を聞いたら走って行ったのさ」

 

「まだ組んでない《絆双刃(デュオ)》?」

 

俺はそれが気になり、事務局の事務員さんに聞く。するとまだ《絆双刃(デュオ)》を組んでいないのは、男子は透流とトラと、この一週間トラと同居していたタツという男子。

そして女子は橘と穂高、そして―――ユリエだと教えてもらった。

 

「なるほど……。つまり透流はユリエを探しに行ったと?」

 

「おそらくな。まったく、あのバカは本当に……」

 

そう言うトラの顔は仕方のない奴だと言っているような表情をしていた。

 

「一週間、仮の《絆双刃(デュオ)》とはいえ、色々と思う所はあったのだろう」

 

「ユリエにか?」

 

「でなければ、あんなに血相を変えて走っていかないだろう」

 

「それはそうですが……トラさんはいいんですか?」

 

「……透流が選んだ事だ。それに僕がとやかく言う権利は無い」

 

「……分かってるんだな、透流の事」

 

「伊達に長い付き合いでも無いからな。まったく、昔から変わらんよ。あのバカは」

 

呆れながらに言い放つトラだが、その表情はどこか清々しくも見えた。

 

「ってなると、トラは誰と《絆双刃(デュオ)》を組むんだ?」

 

「橘さんは?」

 

「私はみやびと組むつもりだ」

 

「ということは残っているのは―――」

 

「……タツさんですね。でもトラさんはタツさんと仲悪いんじゃありませんでしたっけ?」

 

「……ふんっ、確かにあの筋肉バカは気に入らんが……状況が状況だから受け入れる事にするさ」

 

「……やべぇ、トラがすげぇかっこよく見える」

 

「……喧嘩を売ってるのか、貴様」

 

別に売ってるつもりは無いのだが。というか何故睨まれたし。

 

 

 

その後、正式に透流とユリエが《絆双刃(デュオ)》になったと聞き、俺と優月はそのことを楽しく部屋で話し合いながら、次の日の授業準備をした。こうしてこの学園で共に過ごす《絆双刃(デュオ)》を決めるという大事な事が終わり、俺たちはそれに安堵しながらゆっくり眠るのだった。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこは暗く陰湿な空気に満ちていた。辺りを見回しても暗闇しかなく、静寂(せいじゃく)が満ちた生物の居ない死の空間。

 

そんな音も光も無い空間に突如として圧倒的な力を持つ何者かが降り立った。

 

その何者かは音も伝わる事の無いその空間で脳内に直接反響するような笑声を上げる。

その圧倒的な存在感を放つ者―――ラインハルト・ハイドリヒは口元に大きな笑みを浮かべ、その不気味に輝く黄金の瞳で、ある異世界に居る兄妹の姿を映し出していた。

 

「ふむ、カールよ。卿が手を施した者たちは順調に成長しているようだぞ。彼らの成長、実に喜ばしいと私は思うが、卿はどう思うかね?折角こうして出向いてきたのだ。姿を見せたまえ、我が盟友よ」

 

(たの)しげな彼の声が暗闇の空間に響き渡る。すると彼以外に何も無かった空間に暗く不気味な影絵のような男が突然姿を現した。

 

「無論、私も実に喜ばしい事だと心の底から感じている次第。しかし悲しきかな、彼らは今だ実力不足だ。このままでは私が用意した歌劇の幕すらも上げることは出来ますまい」

 

「ほう、卿にしては中々に珍しい事を言う。いつもの卿ならば、万象全て完璧に仕組んでいる筈であろう。いつぞやの怒りの日のように―――」

 

「さて―――」

 

ラインハルトの問いかけにカールと呼ばれた男はわざとらしく首を傾げる。

その様子を見たラインハルトは改めてカールに要件を尋ねた。

 

「相変わらず嘘が上手い男だな。まあ、それは良い。してカールよ、なぜ私をここへ呼び寄せた?まさか、あの兄妹について何か話でもあるのかね?」

 

「然りだ、獣殿。実は貴方に是非とも頼みたいことがあるのだ」

 

「ほう?」

 

ラインハルトは自分に頼み事があると言ったカールをとても珍しく思い、彼の真意を探ろうとその黄金の目を細めた。

カールの目は青く、暗く光っておりその真意はいくら長い付き合いであるラインハルトですらも読み取る事は敵わなかった。故にラインハルトはカールの頼み事とやらを聞くことにする。

 

「して、その頼みとは?」

 

「件の兄妹―――あの二人に対し、黒円卓の誰かをぶつけてもらいたいのだ」

 

ラインハルトはカールの発言に一瞬目を見開き、再び目を細めた。

 

「その理由は?」

 

「あの兄妹の実力……そして私の歌劇の幕を上げる事が出来るかどうか、それを是非ともこの目で見極めたいのだよ」

 

「…………」

 

その発言にラインハルトは考え込む。そしてしばらくして―――ラインハルトは答えた。

 

「相分かった。しかしいつそれを実行するのかね?」

 

「それについては特に問題は無い。実はあの学園では近いうちにある催し物をやるようでね。その催し物に便乗し、黒円卓の誰かをあの兄妹にぶつけさせればいい」

 

「なるほど、それで私に相談しに来たのだな。だが誰を向かわせればよい?何か意見はあるかね?」

 

「ふむ……実はあの兄妹の事は我が女神や愚息にはまだ知られていないのだ。無論知られても問題は無く、この急襲で彼らが私の望むものを得たとしたのならば、後は貴方のような者が盤ごと覆さない限りは歯車は問題無く回るのだが―――歯車を回す前に部品を曲げられてしまっては困るのだよ。故に―――」

 

「なるほど、黄昏の浜辺にいる黒円卓団員は邪魔をする可能性があるから使えない、と言いたいわけか」

 

「然り」

 

ラインハルトの答えにカールは答える。

黄昏の浜辺には現在黄昏の女神と永遠の刹那、藤井蓮やその仲間たちがいる。実はその黄昏の浜辺にも数人の黒円卓団員が居るのだが、藤井蓮はカールとラインハルトを快く思っていない。なので黄昏の浜辺にいる団員にラインハルトが今回の襲撃を指示すれば、それを聞きつけた藤井蓮が直接的か間接的に関わってくるのは分かり切っていた。

カールもわざわざこのような提案を持ち出してきたのだから、この襲撃だけは絶対に起こしたいのだろう。

そこでラインハルトはこの男が何を考えているのか本当に分からなくなってしまった。

 

「カールよ。卿がここまであの兄妹に固執するのはなぜかね?」

 

「おや?私は別段、あれに固執しているつもりなど微塵も無いのだがね」

 

「戯言を。卿の魂のかけらをほんの一部あの兄妹に与え、さらにその襲撃が成功するまで決して邪魔されたくはないと先ほど、暗に言っていただろう。さらに何時もの卿にしてはかなり細かい要望を私に提示してきた。いつも事実や真意をぼやかし、我らが守護する女神以外には微塵も興味が無い筈の卿があの兄妹にそこまでしているのだ。もう一度聞く。卿がそこまであの兄妹に固執するのは何故なのだ?」

 

ラインハルトは語感を強め、カールに質問した。

しかし、カールは先ほどから変わらない笑みを浮かべながら答える。

 

「これはこれは……まさか貴方にそのような事を思われていたとは。一応これでも私としてはあまり贔屓していないつもりなのだが―――しかし、なぜなのかと聞かれれば愚問としか言いようがありませんな。なぜなら私が動くのは古今東西女神の為しかありえない。故に私は今こうして動いているのだ。それだけは獣殿も覚えておいていただきたい。それに今、全てを言ってしまっては、折角の未知が既知に変わってしまう。それは貴方も面白くないのではないかね?」

 

ラインハルトはカールの言葉を聞いて考え込む。だがこれ以上話してもカールはこれ以上は言わないだろうし、確かに未知を既知に変えてしまうのは面白くないと思ったので、それ以上の追求は来るべき時に聞くことにした。

 

「……承知した。相変わらず卿の本当の目的は分からぬままだがその時が来るまで、私は黙して諦観させてもらうとしよう。襲撃には今も城で暇そうにしているベイを向かわせるとでもしよう。最近はストレスも多く溜まっているようだしな」

 

「感謝するよ、獣殿。では、私はやることがあるのでこれにて失礼させてもらおう。また後ほど―――」

 

その言葉と共にカールは姿を周囲の暗闇へと同化し、そのまま消えて行った。

 

「―――我が盟友が目を付けた兄妹よ。我が誇り高き爪牙を相手にどのような輝きを放つのか、存分に見させてもらうぞ」

 

そして徐々に空間が暗くなっていく中、ラインハルトの不気味な笑声がいつまでも暗闇の中に響き渡っていた。

 




誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第五話

本編始まります!



side 優月

 

週が明け、月曜の朝―――

HR(ホームルーム)後、すぐに英語ということで皆さんとてもテンションが低いです。しかし月見先生は対照的にとてもテンションが高く……。

 

「おっハロー♡みーんな無事に《絆双刃(デュオ)》が決まってよかったねー♪さてさて、パートナーが決まったことで今日から心機一転、席も《絆双刃(デュオ)》同士の並びに変更しよっか♪……ん?おやおやぁ?仮同居のときとパートナーが変わってない人もいるみたいねー?」

 

「相性が良かったんです」

 

「俺たちは兄妹だからな……相性はいい」

 

「わわっ!どんな相性?どんな相性!?」

 

「「性格」」

 

「ちぇー……」

 

一体どんな答えを期待していたんでしょうか……。

 

「じゃあ九重くんの前の席に座る仲良しコンビは?」

 

「誰がこの筋肉バカと仲良しだ!」

 

トラさんは結局、タツさんと《絆双刃(デュオ)》を組んでいました。

 

「んもー、トラくんってばセンセーへの口の利き方がなってないよ。めってしちゃうぞ☆」

 

「断る」

 

「ほんっとになってないなぁ。……まあいっか。さてさて話を続けるけど、《絆双刃(デュオ)》も決まったことだし、早速来週に《焔牙(ブレイズ)》の使用を許可した模擬戦―――《新刃戦(しんじんせん)》を行っちゃうよー♪」

 

その宣言に教室内が驚きと戸惑いの声でざわめきます。

 

「うんうん。みんなの言いたいことはよーく分かるよ。アタシも学生時代に同じこと思ったもん♡いきなり何を言い出すのよこのクソメガネーって。……あ、今の三國(みくに)センセには内緒ね♡」

 

「……面白そうなネタを拾ったな」

 

隣を見ると、兄さんがニヤニヤしながら月見先生を見ていました。あれ?何か嫌な予感が……。

 

「それじゃあ《新刃戦》のルールを説明するから耳を立てて聞いておくんだよー☆ まず日程だけどー、来週の土曜日―――つまりGWの前日ね。誰かが病院送りになってもいいように休み前にやるってわけ♪」

 

病院送りって……縁起でもない一言ですね……。

 

「開始は十七時、終了は十九時までの二時間ってことで時計塔の鐘が合図だからねー。場所は北区画一帯になるよー」

 

「って事はつまりこの校舎内も範囲なのか」

 

「イエス!影月くん!《焔牙(ブレイズ)》にはそれぞれ特性があるからそれに合わせて正面から闘うもよし!戦略を練るもよし!地形を考慮して、いかに自分が有利な状況で闘うのも重要ってわけ♪後、影月くん敬語☆」

 

「後は互いの技術や知略次第って事ですね」

 

となると色々と混戦した闘いになるのは想像に容易いですね。

先週一週間の授業を見た限り脅威となりそうなのは、ユリエさんや透流さん、橘さん、トラさん、力でタツさん、後は武術経験のある城上(きがみ)さんという男子と、スポーツ経験ありで運動能力もクラス上位の(いずみ)さんという男子位でしょうか。―――そしておそらく私たちも危険視されるかもしれません。

 

「さーてさてさて、お楽しみの対戦相手についてだけど〜……ななななんとー♪」

 

月見先生は満面の笑みを浮かべ、指を立てて楽しそうに言いました。

 

()()()♡」

 

 

 

 

 

その日の昼休み。私たちはユリエさん、透流さん、橘さん、穂高さん、トラさんとタツさんと共に学食でお昼ご飯を食べていたのですが―――

新刃戦(しんじんせん)》の話題が出ると穂高さんは牛乳の入ったコップを手にしたまま、憂鬱そうに溜息を吐きました。

 

「はぁ……。まだ《絆双刃(デュオ)》が決まったばかりなのに……」

 

「決まったばかりだからだと私は思うぞ、みやび」

 

「俺も橘と同じだな。この時期だからこそ、意味があるんだと思う」

 

橘さんの言葉に透流さんが同意すると、トラさんも兄さんも頷きます。もちろん私もこの時期にそんな事をする理由も大体は分かっているので頷きました。

 

「どういうことなの?」

 

問われ、橘さんが私が考えていた事とほぼ同じ説明を始めました。

 

「なるべく早い内から実践形式の戦闘を経験させておきたいのだろう。確かにこれからの授業で《絆双刃(デュオ)》としての動き方や心構えは教わったとしても、それは知識でしかない。経験として蓄積させることで知識は真に身につくものだ」

 

「そうだな。心技体―――この中で他の人から教わる事が出来るのは技術だけ。他の二つは自分で体得しなければいけない。だから今回の戦闘訓練の中で今まで習った技術を存分に生かして、他の二つを伸ばせというわけなんだろう」

 

「まあ、つまり習うより慣れろってことだな」

 

「ふんっ。時間帯や範囲の広さ、それにバトルロイヤルというルールからしても不確定要素を高くし、より実戦的な状況を用意してくれているしな」

 

「時間帯?そういえばずいぶん遅くにやるよね。それはどうして?」

 

「開始から三十分も経てば夕暮れですし、終了三十分前ともなれば日没となって非常に視界が悪くなるからです、みやび」

 

「ふんっ。視界の悪さは戦況へ大きな影響を及ぼす。それも経験させておこうということなのだろう」

 

「視界の悪さは、メリットもデメリットも多いので暗くなっていくにつれて混戦になるでしょうね」

 

「そっかぁ、いろいろな理由があるんだね……。理由は分かったけど、もっと《焔牙(ブレイズ)》に慣れてからでもいいと思うのになぁ……」

 

これまでも、これからも《新刃戦(しんじんせん)》まで《焔牙(ブレイズ)》を扱う授業はありません。

ですが、《焔牙(ブレイズ)》を扱う訓練を全く行えないかと言うとそういうわけでもなく―――

 

「みやび、今回は入試と違って負ければ終わりというわけでは無いから背伸びをせずにゆっくりといけばいい。今日の放課後から《焔牙(ブレイズ)》を使えるのだから地道に慣れていこうじゃないか」

 

今、橘さんが口にした通り、今日から《新刃戦》までの間は申請さえ出せば放課後、学園内のみという条件で《焔牙(ブレイズ)》の使用許可が下りることとなっているのです。

おそらく、というより確実にクラスメイト全員が、今日の放課後から《焔牙(ブレイズ)》の訓練を始めるでしょう。

ここで重要なのは、他の《絆双刃(デュオ)》の訓練を()()()()()()しても構わないと伝えられた事です。

つまり間諜(スパイ)行為を学校側が容認しているという事で、情報戦という観点ではすでに《新刃戦》は始まっているのです。

 

「まったく、厄介な話だよな……」

 

「ふんっ、顔はそう言っていないぞ、透流」

 

「ふっ、お互い様だろ」

 

「気合い十分だな、お前ら」

 

「そういう兄さんだってお二人と似たようなものじゃないですか……」

 

「こ、九重くんもトラくんも影月くんもすごくやる気いっぱいだね……。やっぱりあの賞与があるからなの……?」

 

実は今回の《新刃戦》では優秀な成績を収めた《絆双刃(デュオ)》に特別賞与という名目で、学年末を待つ事無く《昇華の儀》を受けられるのです。

必ずしも一度で《位階昇華(レベルアップ)》出来るとは限らない以上、《昇華の儀》は少しでも多く受けられる方がいいですからね。

 

「賞与があるからってわけじゃないんだけどな。もちろん、それも理由の一つだってことは否定しないけど」

 

と、透流さんは穂高さんにそう返しつつ、トラさんに視線を送ります。

 

「ふんっ。貴様と本気で()るのは一年半振りだな」

 

「ああ、そうだな。俺と当たる前に敗退するなよ?」

 

「それは僕のセリフだ」

 

「え、えっと……」

 

「……暑苦しいな、この二人」

 

「ふふっ、みやびには少々分かり辛い関係かもしれないな。だが、この二人に負けぬよう私たちも頑張ろうではないか、みやび」

 

「う、うん」

 

「―――さてと、話の途中ですまないがちょっと三國先生の所に行ってくる」

 

「―――?何しに行くんだ?」

 

首を傾げた透流さんへの問いに対して兄さんは―――

 

「―――ちょっとあのうさぎ先生の言ってた事を……な?」

 

『…………ああ』

 

「如月……キミという奴は……」

 

「なんか言ったら面白くなりそうだからな。ちょっと行って来る」

 

どうやら兄さんは今日のHR(ホームルーム)での月見先生の話を三國先生に言いに行くようです。

行く際に兄さんはものすごい良い笑顔を浮かべて職員室へ向かって歩いて行きました。

 

 

それから少しした後、月見先生がニコニコと笑いながら(目は笑ってませんでしたが)「今日の事チクったの誰かな〜?」と凄まじいオーラを放ちながら走り回っているのが目撃されました……。

 

 

 

 

 

 

週が明け、放課後。

《新刃戦》に向けてクラスメイトのほとんどが模擬戦を行う中、私たちは模擬戦をせずに他のクラスメイトの模擬戦を偵察していました。

私たちは二、三回練習すればあまり問題ないだろうと言う兄さんの言葉により、放課後はのんびり過ごすか、他のクラスメイトの模擬戦を見たりして時間を潰しています。

 

 

そして今日も、もうそろそろ日が沈もうかという頃―――私たちが寮に戻ろうとしたら、寮の入り口で穂高さんと出会いました。

 

「あ、穂高さん。こんな時間にどうしたんですか?もう日も沈みますよ?」

 

「あ、影月くんと優月ちゃん……。えと、《新刃戦》の下見だよ」

 

橘さんは策を立てて《新刃戦》に望むと言っており、放課後に敷地内を見て回ったり、部屋で穂高さんと共に作戦会議等をしていると聞いていました。

 

「こんな時間にですか……気を付けて頑張ってくださいね?」

 

「あ、ありがとう。優月ちゃん」

 

そして私たちに手を振った穂高さんは小走りで走って行った。

 

「穂高さん最近頑張ってますね、兄さん。……兄さん?」

 

「…………」

 

私の言葉に返事をしない兄さんは穂高さんをじっと見つめていました。

 

「どうしたんですか?」

 

「ん……いや、穂高も変わったなって思ってさ」

 

「―――?」

 

「彼女の靴、見てみろ」

 

「靴?……あ!」

 

遠ざかって行く穂高さんの靴をよく見てみると、ランニングシューズを履いていました。

それが意味する所はつまり―――

 

「毎日走っているんだろうな。あの日以来、彼女は本当に頑張っているよ」

 

あの日―――とは、おそらく透流さんが穂高さんをおぶって戻ってきた日の事でしょう。多分その時に彼女の中で何かが変わったんでしょうね。

 

「毎日……だからあまり夕暮れ時には姿が見えなかったんですね」

 

マラソンでも、結構走っているはずなのに毎日自主的に走っているとは……本当に彼女は頑張ってますね。

「……追いつきたいんだろうな……」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。行くぞ」

 

「あっ!待ってください!兄さん〜」

 

私は兄さんの言った最後の言葉が聞き取れずに首を傾げましたが、兄さんが寮の中へと入ってしまったので私も後を追うように入りました。

 

 

 

 

 

《新刃戦》まであと四日―――二時間目の授業終了を知らせるチャイムが鳴り響くと、教室内のあちこちから疲れたような溜息が聞こえてきます。

 

「はぁ……。やっと終わったか……」

 

この学園は戦闘技術を中心に学ぶ学園とはいえ、普通の高校としての面もあるわけで……無論、学科勉強なども当然存在しています。

そんな学科勉強の中の一つ―――英語の授業が終わると、私たちは机に突っ伏している透流さんの所へと集まりました。

 

「ふんっ、まだ始まったばかりだというのに、今からそんな状態でどうする」

 

「やっぱり皆さん、英語は苦手なんですね……」

 

「日本人は日本語さえ話せればいいんだ……」

 

「え、えっと、英語は出来た方がいいんじゃないかな、九重くん……?」

 

「みやびの言う通りだな。卒業後は海外への派遣もあるから語学は重要だと最初の授業でも言われただろう。……はぁ……」

 

「最後の溜息と、その疲れた顔さえなければもっともな一言なんだけどな……」

 

「っ!!し、仕方ないだろう。私も英語は昔から苦手なのだ……!!」

 

「あはは……。実は私もちょっと苦手かな……」

 

「はぁ……。厄介な話だぜ……」

 

「ふんっ。どいつもこいつも情けない」

 

「「「…………」」」

 

成績優秀なトラさんの一言に、透流さんたちは揃って黙り込みます。

 

「情けないは言い過ぎじゃないか?まあ、それはそれとして英語くらいはしっかりと出来るように勉強しとけよ?覚えておいて損は無いからな」

 

「……そういえばユリエと影月たちは、英語余裕みたいだよな。ユリエは英語が国の公用語だったりするのか?」

 

ナイ(いいえ)。英語によく似た言語ではありますが、違います」

 

「ふむ……。ということはユリエは英語、日本語、そして母国語の三ヶ国語を話せるということか」

 

橘さんの質問にユリエさんは首を振り―――

 

「六ヶ国語です」

 

「「「「六っ!?」」」」

 

その数の多さに流石のトラさんでさえも驚き、四人分の声が重なりました。

 

「母国語であるギムレー語と日本語、英語―――あとは北欧の三ヶ国語を」

 

「す、すごいね……」

 

「へ〜……ユリエ、六ヶ国語も話せるのか。思ってたより多いな」

 

「ヤー、影月と優月も英語以外にも話せますか?」

 

「まあ一応な。英語、中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語。そして母国語の日本語の七ヶ国語位か。どれも読み、書き、喋りも出来るぜ」

 

「「「「七っ!?」」」」

 

私たちがそれ程の外国語が出来る理由は海外派遣などの任務もあるだろうから、最低限世界的によく使われている国際語や話す国が多い言語を学ぶように親から言われたからです。

 

「……ヤー。すごいです」

 

「ね、ねえ三人とも、今度分からない所を教えてもらってもいいかな?」

 

「ヤー。私に出来る範囲でしたらよろこんで」

 

「構わないぞ」

 

「いいですよ」

 

「……すまない。私もよろしく頼めないか……」

 

「俺も頼む……」

 

「ふんっ。僕が教えてやってもいいんだぞ、透流」

 

「いや、トラは性格上きっとスパルタで厄介なことになりそうだから結構だ」

 

「…………」

 

「……落ち込むなよ、トラ」

 

「落ち込んでなどいないっ!」

 

「……ねぇねぇ如月くん、英語教えて!」

「影月頼む!このままだと俺、次ついていけねー!」

「優月ちゃん教えて!頑張るから!」

 

直後、透流さんたちに続いて他のクラスメイトの皆さんが私と兄さんに揃って教えてほしいと言い始めました。

 

「別にいいけど、皆落ち着け!」

 

「順番にしっかり教えてあげますから……」

 

 

 

「……何だこれ?」

 

クラスメイトの皆さんを抑えていると、突然透流さんの声が聞こえてきました。それが気になって見てみると、透流さんの目の前にはノートがあり、そこには綺麗(きれい)な筆記体の英文と―――謎の象形文字が書かれていました。

 

「これは誰のノートなんですか?」

 

「ユリエのだ」

 

「……ユリエさん、この英文の隣に書いてあるのは何ですか?」

 

「……日本語です」

 

そう言ってユリエは恥ずかしそうに目を伏せました。

 

 

 

 

 

《新刃戦》まであと二日―――この日はどんよりした灰色の雲が空全体を覆っていました。

そんな日の四時間目は保険の授業であり、応急処置―――包帯の巻き方を学んでいました。

 

「―――思い出そうとしてて―――ぶっ!?」

 

授業中、何やら透流さんの声が聞こえてきたので、私は気になりそちらへ向こうとしたのですが―――

 

「優月、こんな感じであってるか?」

 

「あ、はい、合ってますよ?」

 

私の足に巻かれた包帯の巻き方が正しいかどうか兄さんに聞かれ、私は自分の足に巻かれた包帯を見ながら答えます。

 

「でもちょっと締め付けが弱い気もしますね。次はもうちょっと強めに巻いてみてください」

 

「…………」

 

「……兄さん?聞いてます?」

 

私の意見に返事を返さない兄さんを不思議に思って目を向けてみると、兄さんは顔を私から少し逸らしてあらぬ方向を見ていました。

 

「どうしました?向こうの方なんか見て……」

 

「いや……あの、優月?」

 

「はい?」

 

「……その、スカート直してくれないか?……ちょっと白いのが見えてる……」

 

「え?」

 

兄さんに言われ、自分の制服のスカート部分に視線を落としてみると、スカートはかなり上まで捲れ上がっていて、結構きわどい所まで見えていました。兄さんが顔を逸らしているので、兄さん側の方からは私のスカートの中が見えているのでしょう。

 

「あ、すみません。―――でも別に兄さん位になら見られても構いませんけどね」

 

「あのなぁ……。そんな事言ったって優月は女の子なんだぞ?もう少し兄である俺に対しても恥じらいを持ってほしいんだが……」

 

……別にいいじゃないですか。この学園に来てからは一緒の部屋で過ごしてるんですから。それに私にだって兄さんに対して恥じらいを持つ事だってありますし。

それからしばらくして、月見先生が今度は《絆双刃(デュオ)》以外の相手とやってみようということになり、私はクラスメイトの女の子と組みました。

 

「優月ちゃん、これで合ってるかな?」

 

「はい!合ってま「誤解だーーーーっ!!」っ!?「この不埒者(ふらちもの)ーーーーっ!!」

 

私がクラスメイトの女の子に包帯の巻き方について言おうとした瞬間、橘さんが大声を出して教室を飛び出していき、その後を透流さんが追いかけていきました。

 

「おお、せーしゅんせーしゅん♪ひゅーひゅーっ☆」

 

そう言いながら、楽しんでいる月見先生を見て、私は思わず苦笑いしてしまいます。どうやら火種は月見先生のようですね……。

 

 

 

 

夕刻になって朝から雲行きが怪しかった空が雨を落としはじめた頃、私は兄さんをなんとか説得して一緒に寮のラウンジへと向かっていました。

 

「優月〜……俺、暇だからポ○モン見てたんだが……」

 

「別に暇だったらこうして付き合ってくれてもいいじゃないですか……」

 

「……今無理やり付き合わされてるけどな……」

 

「ん?キミたちはラウンジに行くのか?」

 

ぶつぶつと文句を言っている兄さんと話しながら歩いていると、ラウンジに通じる廊下で橘さんと会いました。

 

「はい。兄さんと一緒にちょっと覗いてみようかなと」

 

「俺はそんな優月に連行されてる……橘、助けて……」

 

「はは……諦めたまえ」

 

「……裏切り者ぉ……」

 

兄さんの恨めしそうな声を聞いて、私と橘さんは苦笑いします。

 

「そういう橘さんは?」

 

「私はついさっきまでラウンジに居てこれから戻る所だ。もうそろそろ寝る準備をしないといけないしな」

 

「なるほど……分かりました」

 

「うむ。じゃあ、明日の朝に」

 

「はい。明日の朝に」

 

橘さんとはそこで別れ、私たちはラウンジに着きました。

ラウンジにはテレビ、テーブル、イスやソファなどが設置されていて、生徒が自由にくつろげる空間として開放されています。窓際に設置された棚には雑誌やマンガ、ゲームなどが用意されていてお菓子やジュースは飲み食いし放題というマンガ喫茶顔負けの場所となっています。

 

「いっぱい雑誌がありますね。月刊○○ングマガジンとか電○ゲームズとか……」

 

「こっちには○ァミコンとかP○3とかP○4とかあるぞ?他のゲーム機も幾つかあるしソフトも結構あるな」

 

「将棋とかオセロとかチェスもありますね?何します?」

 

「そうだな……ここは軽くオセロでもしようぜ。テレビゲームはまた今度な」

 

「はい!じゃあ準備しますね」

 

そして私たちはオセロを出し、二人で対戦し始めました。勝負は四回対戦して二勝二敗という互角の戦いで結構面白く出来たと思います。そうしてしばらくオセロをやっていると、トレーニングルームから透流さんが出てきました。

 

「ん?影月に優月か?」

 

「お、誰かと思えば今日の昼間の授業で橘と一緒に注目を浴びた九重くんじゃないか」

 

「……注目を浴びたって……まあ、間違ってないが……」

 

それから私たちは透流さんと軽く会話をし、そろそろ部屋に戻ろうとした所で穂高さんが頭からずぶ濡れになった状態で寮に戻ってきました。

 

「穂高。そんなずぶ濡れになるまでどこへ行ってたんだ?」

 

「え?あ、あれ……。九重くんに影月くんや優月ちゃん……こんなところでどうしたの……?」

 

「俺は休憩中、影月たちは暇だから来たそうだ。で、穂高は?」

 

「う……。え、えーっと……」

 

穂高さんが言い辛そうに視線をあちこちへ彷徨わせる中―――

 

「穂高、ランニングお疲れ様」

 

兄さんが穂高さんへと労いの言葉を口にします。それに穂高さんはとても驚いたような顔をします。

 

「えっ!?……う、うん……ありがとう……」

 

「ランニング!?こんな時間に雨の中を!?授業でも走ったのに!?」

 

「う、うん……」

 

「一体どうして……」

 

「…………。じ、実は前に……ふゎ……ふゎっ、くしゅんっ」

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「穂高さん、ちょっとこっちに来てください。軽く拭いてあげます」

 

可愛らしいくしゃみをした穂高さんを見て、私はラウンジに置いてあるタオルを片手に穂高さんを手招きします。

 

「だ、大丈夫だよ、優月ちゃん。これからすぐにお風呂に入るから……」

 

「いいえ、こっちに来てください。少しは水滴を取らないと風邪を引きますよ?それに寮の中も濡れちゃいます。ほら―――」

 

そう言った私は穂高さんの頭を優しくタオルで拭き始めます。

 

「すごいずぶ濡れですね……タオルがあっという間にぐしょ濡れですよ」

 

「あ……。ごめんね?」

 

「……そんなになるまでなんで」

 

「透流さん、理由を聞くのはお風呂に入ってきてもらってからの方がいいんじゃないですか?」

 

「あ……そうだな。そのままじゃ本当に風邪を引いてしまうか」

 

「ふゎっ、くしゅんっ」

 

二度目の可愛らしいくしゃみをして、少し寒そうに震える穂高さんに兄さんが言います。

 

「ほら、透流もああ言ってるんだから話は後にして風呂に入ってこいよ。……まあ、俺たちは部屋に戻るけどな」

 

「うん。拭いてくれてありがとうね、優月ちゃん。九重くん、お風呂入ってくるから待っててね?」

 

「ああ。ここで待ってるぜ」

 

「それじゃ、俺たちも部屋に戻るとするよ。また明日な?」

 

「ああ。明日な」

 

私たちは穂高さんと一緒にラウンジを出て、穂高さんの部屋へと向かう階段の前で穂高さんと別れました。

 

「みやびさん、しっかりと温まってくださいね?」

 

「うん、優月ちゃん本当にありがとう。影月くんも心配してくれてありがとう」

 

「気にしなくていいさ。それじゃあ、また明日な?」

 

「うん、おやすみなさい」

 

そして自分たちの部屋へ戻った私たちは異性に対しての苦手意識が段々と薄れてきている穂高さんについて色々と談笑をして、一日を終えました。そして最後に―――

 

「……穂高の奴、もしかしたら透流に惹かれてるのかもしれないな」

 

そんな兄さんの呟きが寝る寸前の私の耳に届きました―――

 




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第六話

《新刃戦》前半です。



side 優月

 

新刃戦(しんじんせん)》前夜―――

 

私たちはここ数日と特に変わること無く、部屋でゆったりとくつろいでいました。

どれくらいゆったりくつろいでいるのかと言うと、もし私が第三者の視点で見ていたのなら、明日から初めての戦闘訓練があるのに緊張感無さ過ぎじゃないですか!?と突っ込みたくなる程ゆったりしています。

 

「さて、そろそろ寝る準備でもするか……金曜ロードショーのラ○ュタももう終わるし」

 

「そうですね。……あ、そういえば兄さん、明日の《新刃戦》はどういう作戦で行きましょうか?」

 

「……特に何もこれと言った作戦は考えてないな……まあ、実際臨機応変に行くつもりだけど……基本的に小細工は無しで正面から戦うつもりだ」

 

「……そんなんで大丈夫なんですか?」

 

「特に問題無いと思うぞ。適当にうろうろして、敵と出会ったら即撃破って方針で。それに《焔牙(ブレイズ)》の特性も色々と分かったしな……」

 

「?」

 

兄さんはそう言ってニッと笑いましたが、私は多少の不安を感じながら首を傾げました……。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

《新刃戦》開始まで後、一分。

俺たちは校舎内の講堂内―――クジ引きで決まった場所で今か今かと開始の合図を待っていた。

 

「……そろそろですね」

 

「ああ、楽しくなりそうだ」

 

壁に掛けられた時計を見て呟く優月にそう言う。

そんな俺は《新刃戦》で強い相手と戦えるかもしれないという楽しみを感じながら待っていた。

きっと他の《絆双刃(デュオ)》の中にも、俺と同じような思いを抱きながら待ってる奴もいるだろう。

これから始まる一年生最初のイベントに対し、おそらく全員が様々な高揚感に包まれている中で―――

 

 

リーンゴーン……リーンゴーン……リーンゴーン……。

 

 

時計塔の鐘が《新刃戦》の開始を学園中に宣言する。と同時に俺たちは揃って駆け出した。

 

「さあ、行くぞ!優月!」

 

「はい!兄さん!」

 

「「《焔牙(ブレイズ)》!」」

 

俺と優月の声が重なり、《(ほのお)》が舞う。

その焔は俺たちの体を包み込み、次第に形作っていく。そしてその焔が弾けると俺の右手には銀色に輝く槍が、優月の右手には白く輝く剣が現れる。

俺は講堂から出ると、校舎へと繋がる連絡通路に向かって走り出す。優月はそんな俺から一歩下がってついてきていた。

連絡通路を渡り、まず俺たちは自分たちの教室方面に向かった。

すると、教室の前に女子同士で組んだ一組の《絆双刃(デュオ)》を見つける。俺たちはその《絆双刃》に向かってさらに走る速度を上げた。

相手はそんな俺たちを見て、少し驚いたようだがすぐに《太刀》と《日本刀》を俺たちに向け、迎撃の構えを取る。

 

「影月くんと優月ちゃん……!」

 

「くっ……まさか最初から一番警戒していた《絆双刃(デュオ)》に当たるなんて……!」

 

「ははっ、運が無かったな!」

 

「申し訳ありませんが、サクッと終わらせてもらいます!」

 

そして俺たちは彼女たちの攻撃をかわして、すれ違いざまに斬り払う。

しっかりとした手応えを感じたので後ろを振り返ってみると、相手の《絆双刃》は《焔牙(ブレイズ)》での攻撃を受けて気絶していた。

 

「よし。一組目っと」

 

「兄さん、次行きましょう!」

 

俺たちは気絶した相手を壁に寄りかからせてから、次の《絆双刃》を倒すべく廊下を駆け出した。

 

 

 

 

 

時刻は十八時を少し過ぎ、辺りが暗くなってきた。

俺たちは現在四組の《絆双刃》を撃破し、他の《絆双刃》を探して様々な場所を索敵中だった。

ここまでのところ、正面から正々堂々と挑んできた者、物陰に隠れて奇襲を仕掛けてきた者(優月がいち早く気付いたおかげでカウンターで勝てた)など、様々な戦略を立てている相手ばかりだった。

俺たちは校舎内でいつまでもうろうろと探していても見つからないと思い、外に出た。

綺麗(きれい)に舗装されている道とその横にある花壇に咲いた色とりどりの花を見ながら、俺はふと呟く。

 

「本当に見つからないな……もっとやりごたえのある奴はいないのか?」

 

「そんなこと言って……皆さん結構強かったじゃないですか。それにそんな事言って油断してると、また足元をすくわれそうになりますよ?」

 

きっと物陰から奇襲してきた《絆双刃》の時の事を言っているのだろう。

 

「大丈夫だよ。仮にすくわれそうになっても優月がなんとかしてくれるって信じてるしな」

 

そう言いながら、優月の頭を撫でる。すると優月は―――

 

「っ!?に、兄さん!?」

 

突然の事で驚いたのか、顔を真っ赤に染めながら俺を上目遣いで見てきた。

そんな優月を見て、相変わらず可愛らしい反応をするなと思いながら笑う。

 

「さてと、それじゃあそろそろ校舎に戻って他の《絆双刃》を―――ん?」

 

そう言いかけた所で、俺は視界の隅に映る花壇に何やら違和感を感じて声を上げる。

 

「……なあ、優月」

 

「は、はい!!な、なんでしょうか兄さん!?」

 

「……落ち着け。それよりここら辺、こんなに薔薇(ばら)って咲いてたか?」

 

「え?―――あ、確かに……ここまで咲いてなかった気がしますね。というか結構(はし)の方まで来てしまったようですね……」

 

気がつけば校舎はかなり後方の方にあり、周りの花壇には薔薇しか咲いていない場所まで来ていた。

 

「この薔薇……とても真っ赤な色をしているな……まるで血で染めたような赤だ……」

 

「そんな不吉な例えをするのやめてくださいよ……。こっちの方には誰も居ないみたいですから、早く校舎の方に戻りましょうよ」

 

「ああそうだな、確かにこんな端には誰も来ないだろうし、なんか居心地も悪いしな。さっさと戻って―――」

 

他の《絆双刃(デュオ)》を探そうと言いかけた刹那―――

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

気軽に。まるで久しぶりに会った友人に掛けるような挨拶が俺たちの背後から聞こえた。

 

「「っ!!」」

 

その瞬間、俺は槍を、優月は剣をその声の聞こえた方へと向ける。

そこにいたのは―――

 

「ほぉ……中々いい反応してるな、ガキ共」

 

白髪白面の軍服を纏っていて、サングラスを掛けている全く見覚えの無い男。そいつはむせかえるような血の匂いを彷彿させる死臭と、足がすくむような殺気を撒き散らしながら学園をぐるっと囲む外壁の上で俺たちを見ながら笑っていた。

 

「だが、よくよく考えりゃあの野郎が目を付けたガキ共ならその程度の反応は出来て当然か。しかしなんだぁ?どっちもまだまだ未熟なガキじゃねぇか。全然強そうには見えねぇが……。まあ、あの野郎とあの人が言ってたって事は、お前らには何かあんだろうな」

男はそう言いながら、コンクリートで舗装された道に飛び降りる。

瞬間、辺り一面の空気が男が放っていた殺気と死臭、そして死臭と腐臭の匂いまでもが強くなる。その匂いに堪らず顔を顰めながら問う。

 

「お前は……何者だ?」

 

「ああ?そういうのは聞いた方から名乗るのが筋ってもんじゃねぇか?まさかその程度の作法も知らねぇのかよ?」

 

「…………昊陵学園(こうりょうがくえん)一年、如月影月」

 

「……同じく昊陵学園(こうりょうがくえん)一年、如月優月」

 

「おうおう、ご丁寧に所属まで言ってくれてありがとよ。んじゃ、次は俺が名乗り返す番ってか」

 

お前が名乗れと言ったくせに何を言っている―――そう思ったが、男は飄々とした態度で自らも名乗った。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

 

「……聖槍十三騎士団?」

 

「……黒円卓?」

 

聞いたことも無い名前に俺と優月は揃って首を傾げた。

 

「ああ?聞いたことねぇのかよ?……ってよくよく考えりゃそれも仕方ねぇことか。組織されたのは大体百八十年前位だしな。―――あの頃は懐かしくて、俺にとっちゃあ生きやすい時代だったな」

 

それを聞いて俺は内心驚いた。そんな昔の組織が今現在存在しているという事に、ではない。何百年も続く組織や会社などはこの世の中でも珍しくは無いからだ。ならば何に驚いたのかと言うと、目の前の男が今の発言を聞いた限り、その組織の結成時から属しているという事に驚いたのだ。

 

「……そんな貴方が何の目的でここに来たんですか?」

 

「はぁ……あそこまで言ったのに分からねぇのかよ。てめえらだよ」

 

「俺ら?」

 

「あの人―――ハイドリヒ卿が、てめえらを襲撃して来いって言ったからよ。普通ならんなめんどくせぇ事はマレウスか他の奴らに任せるが、俺にしか頼めねぇと言われたからこうして出向いてやったんだよ」

 

「待ってください!!ハイドリヒ!?……それってもしかしてあの第三帝国に属していた……?」

 

「くくっ、それ以外に何があるってんだよ」

 

「「――――――」」

 

優月の質問を肯定するヴィルヘルムに優月と俺は揃って言葉を失う。

ハイドリヒ―――ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒとはドイツの有名な軍人だ。ドイツの政治警察権力ゲシュタポを掌握し、黄金の野獣と呼ばれた男。

その力を恐れた連合軍は戦時中に彼を暗殺した筈である。だが―――

 

「生きているのか!?ラインハルトが!?」

 

「そこら辺の事情はこの学校のお偉方にでも聞けばいいんじゃねぇか?多分この学園もこっち()側に通じてんだろうから―――なぁ?」

 

そう言ってヴィルヘルムは学園の監視カメラに視線を向けた。今日は《新刃戦》が行われているので、警備員や一部の教師の他におそらく理事長もあれで見ているのだろう。

 

「劣等のお偉方共、見てんだろ?っても俺の目的はこのガキ共だから、それ以外には微塵も興味ねぇけどな」

 

「「っ!!」」

 

ヴィルヘルムが一歩、足を踏み出す。

それに俺と優月は揃って警戒を強めるものの―――

 

「甘ぇよ、ガキが」

 

「―――ごっ、はぁッッ!!」

 

一瞬で距離を詰めたヴィルヘルムは無造作に俺の腹を蹴り、ボールのように飛ばされて俺は20m程後方にあった噴水の縁に叩きつけられた。

 

「が、はァッ!うう……」

 

幸い、ヴィルヘルムの蹴りはかなり手加減していたのか、内臓や骨などは損傷しなかったようだ。しかしそれでもアバラが一、二本は持っていかれそうになったし、20m程も蹴り飛ばされるとは……。

 

「兄さん!?」

 

「ハッ、よそ見するなんて随分余裕じゃねぇか」

 

「っ!!がはっ!!」

 

飛ばされた俺に視線を向けた優月も、ヴィルヘルムの無造作に放った蹴りを喰らって俺の方へと飛んでくる。

 

「優月!!」

 

俺は蹴られた痛みに耐えながらも立ち上がり、飛んできた優月を全身で受け止める。

 

「ぐ、ぅ―――、げほっ!!」

 

「優月!大丈夫か!?」

 

「う、ぐぅ……、げほっ!な、なんとか……」

 

優月は腹を抑えながら咳き込み、ヴィルヘルムの方を見る。

一方のヴィルヘルムは追撃すること無く、ただ俺たちを見つめていた。

 

「おいおい、ここは特殊な力を貰って戦闘訓練を学ぶっつー学園なんだろ?なのにあの程度の攻撃でもうそのザマかよ?案外脆いんだな、てめえらも―――よぉ!」

 

そう呟いたと同時にヴィルヘルムはもう一度、空を切って一瞬で距離を詰めてくる。そして繰り出してきたのは右の掌底―――いや、もはや鉤爪と呼べる一撃だ。

 

「くっ!!」

 

俺は迫り来る掌底を前に、優月を横に突き飛ばして咄嗟(とっさ)に自らの《焔牙(ブレイズ)》の柄で受け止める。しかしヴィルヘルムの腕力はとても凄まじいもので、俺は刹那の間も耐え切れずに再び背後の噴水に叩きつけられる。

 

「っがは!!」

 

「兄さん!!」

 

「次はてめえだ」

 

突き飛ばされた優月が体制を立て直して声を上げるが、ヴィルヘルムは構わず優月の背後から拳を振るう。

 

「優月!!!」

 

「―――っ!」

 

優月は俺の叫びの意図を察したのか、ヴィルヘルムの一撃を体を捻って回避した。

 

「オラァ!!!」

 

しかしヴィルヘルムは追撃として、今度は左腕を横に振り抜いた。

それを躱せないと判断したのか、優月は自らの《焔牙(ブレイズ)》でその攻撃を防ぐ。その瞬間、腕と剣がぶつかり合った事で起きた火花を見て恐怖する。

焔牙(ブレイズ)》を素手で容易く弾くあの防御力。そんな防御力を生かした全力の攻撃―――いや、奴にとっては軽い一撃でも喰らった暁には、病院行きどころか命を落としてしまうだろう事は容易に想像出来る。

優月もそれを分かっているようで先ほどからヴィルヘルムの連続して放つ攻撃を弾いて(しの)ぎ、蹴りなどは紙一重で回避、掴まれるのもなんとか回避していた。

 

「ほぉ、ちっとは俺好みの展開になってきたじゃねぇか」

 

「っく……!」

 

「……優月ぃぃ!!」

 

俺は力一杯叫びながらヴィルヘルムへ向かっていく。そんな俺にヴィルヘルムは一瞬だけ俺を一瞥する。

戦闘で目の前の相手から一瞬でも視線を外すというのは致命的な隙を生み出す。その隙を優月は見逃さなかった。

しかし―――

 

「で?」

 

「え?」

 

優月はヴィルヘルムへ全力の袈裟斬りを叩き込んだが、当のヴィルヘルムは一歩たりとも動いていなかった。

その事に呆気にとられる優月の腕をヴィルヘルムは掴み、俺の方へ放り投げてきた。

 

「そら、プレゼントだ」

 

「きゃあああ!」

 

「うおっ!?―――ぐふっ!」

 

まさかこちらに放り投げてくると思っていなかった俺は驚きながらも再び受け止めるが、かなりの速さで投げられた勢いを受け止めきれず、俺はまたしても噴水に叩きつけられる。

 

「ぐ……!ゆ、優月……無事か……?」

 

「ううっ……は、はい……っ!!兄さん、血が!」

 

俺の呼びかけに答えながらこちらを見た優月は悲鳴のような声を上げる。それと同時に俺のこめかみ部分に何か液体の様なものが流れてくる感覚を感じた。視線を下に向けると少量ながらも、ポタポタと赤い液体が舗装された道に垂れていた。どうやら優月の言う通り、頭から出血したようだ。

 

「弱ぇなぁ……。《焔牙(ブレイズ)》とかいう面白ぇ力で戦うとか言うからどんなものかと来てみりゃ、とんだ見込み違いだったなぁ。力も精々、活動と形成の中間って所で中途半端だしよ。そいつは制圧専用の武器で相手を血で染め上げる事なんざ微塵も考えてねえってか?まあ、そこん所の詳しい事情はそっちのお偉方にでも聞かねぇと分からないだろうが、制圧するにしてもせめて魂の一つ位は切れる威力を出してみろってんだ」

 

俺たちを見ながら、心底つまらなそうに呟いたヴィルヘルムの体からは赤黒い杭のようなものを生やしてきた。

 

「―――なんですか……あれ」

 

「―――てめえら、俺にここまで譲歩させておきながらこんな萎えるオチつけるなんてよ……マジで興醒めだわ。もうこれ以上シケた戦いなんざ続ける気もねぇし、さっさと終わらせてもらうぜ」

 

「優月!逃げるぞ!!」

 

あの杭みたいなものが何かは分からないが、どう見てもヤバそうなものだと思った俺は優月に向かって叫んだ。

それを聞いた優月は俺に肩を貸して急いで校舎へ向かおうとするが―――俺が先ほど頭を打ったせいか、足取りがおぼつかない故に優月の足手まといになってしまう。

 

「っ……!優月、俺の事はいいから早く逃げろ!」

 

「っ!嫌です!!兄さんを置いて逃げるなんて……!」

 

「―――さあ、目を開け、肌で感じろ。これで俺からの譲歩も最後だ、いつもより遅くしてやるよ。もしかしたら最後の最後で化けるかもしれねぇからよ」

 

「っ!」

 

ヴィルヘルムはそう言って右手を上げた。そこに何か凶念のようなものが集中しているのを感じた俺は振り返りながら()()を乗せて、槍を投擲した。

投げられた槍はヴィルヘルムが打ち出した凶念の塊である杭に当たり―――()()()()()

 

「っなぁ!?ぐっ!!」

 

それに驚き、動きが止まったヴィルヘルムの右胸へ俺の投げた槍が生々しい音を響かせながら深々と突き刺さる。

 

「攻撃が通った……!?」

 

「やっぱりか……。なあ、優月一つ確認だ。《焔牙(ブレイズ)》では人は傷付けられない―――それは間違いないよな?」

 

「え?は、はい!確か理事長や月見先生がそんな事を言ってました。だから《資格の儀》でも《焔牙(ブレイズ)》による怪我人は一人もいませんでしたけど……」

 

「なら一つ聞くが、その《資格の儀》の時を思い出せ。《焔牙(ブレイズ)》は人を傷付ける事は出来ない。ならなぜ、それ以外の()()()は破壊して傷付ける事が出来るんだ?」

 

「……え?あ……それは……」

 

「普通に考えてみればおかしくよな……。《資格の儀》の時は床や壁に大きな傷が沢山出来てたのに、なんで人だけは傷付けられない?」

 

「…………」

 

「……なるほどな。つまりそっちのお偉方はてめえらに、《焔牙(ブレイズ)》で人は傷付ける事は出来ねぇって情報を刷り込ませたわけだ。どんな目的でそんな情報を刷り込ませたかは知らねぇけどな。だから俺の体には傷どころか、魂一つも傷付かなかった」

 

その言葉を聞き、ヴィルヘルムを見ると彼は槍を体からゆっくりと引き抜いていた。

 

「だが、人を傷付ける事が出来るって自覚して、殺意を乗せて攻撃すりゃ殺傷武器になりえるって事か。現にこいつは俺の体を傷付けたしよ。それに―――」

 

「!!!」

 

ヴィルヘルムはそう言いながら無造作に右腕を振りかぶって《焔牙(ブレイズ)》を殴ろうとしたので、俺は即座に《焔牙(ブレイズ)》を消した。

 

「チッ……《焔牙(ブレイズ)》っつーのは見た所、自分の魂で形成されてるみてーだから破壊されれば、丸一日は気を失っちまうだろうな。そこだけ見りゃまるで聖遺物の劣化版だな、おい」

 

「……やはり本人の魂だって見抜いてたか」

 

「ハッ!こちとら魂に関しちゃ見るのも、扱うのも慣れてんだよ。勿論魂の特性もな」

 

「……兄さん、どうしますか?いくらそんな事が分かってもさっきみたいに《焔牙(ブレイズ)》を掴まれて、破壊されたら……」

 

確かにその事実に気が付いても状況は芳しくない。殺意を込めた《焔牙(ブレイズ)》ならヴィルヘルムに傷を付けられる。つまり今現在ヴィルヘルムに効く唯一の攻撃方法だ。だが《焔牙(ブレイズ)》を取られたり、カウンターで破壊でもされたらその時点でこちらは詰む。メリットとデメリットが同時に出てきてしまった状況に悩むが、どちらにせよ逃げる事も出来ない現状で取れる方法は一つしかない。

 

「……刺し違える覚悟で攻撃する!」

 

「ハッ……夢見てんじゃねぇぞ」

 

ヴィルヘルムは俺の言葉を聞き、鼻で笑いながら一瞬で踏み込んでくる。

その速さは今までとは比べ物にならないもので、俺がマズいと気づいた時にはすでに拳が目の前に迫っていた。もはや回避も間に合わない。

 

(しまっ……!)

 

俺は反射的に目を瞑り、来るだろう衝撃に備えた。だが―――

 

「―――づォッ!」

 

いつまで待っても衝撃は来ず、短いヴィルヘルムの呻き声だけ耳へと届いた。それを聞いて恐る恐る目を開けてみると―――

 

「兄さん!諦めないでください!」

 

「優月……」

 

どうやら優月が俺とヴィルヘルムの間に素早く入り、剣で拳を弾いた後にヴィルヘルムを斬り払って距離を取らせたようだった。

 

「ガキがぁ……舐めてんじゃねぇぞ!!!」

 

ヴィルヘルムはそう叫ぶと、全身から赤黒い杭をいくつも生やし、何かを唱え始めた。

それと同時にサングラス越しのヴィルヘルムの目の色が紅蓮の炎の如くに燃え上がる。

 

Wo war ich(かつて何処かで) schon einmal und(そしてこれほど幸福だった) war so selig(ことがあるだろうか)

 

ヴィルヘルムの口から唱えられたのは詠唱。謳うヴィルヘルムを中心にして、周囲の位層がズレていく。

 

Wie du warst!(あなたは素晴らしい) Wie du bist!(掛け値なしに素晴らしい) Das weis niemand,(しかしそれは誰も知らず) das ahnt keiner!(また誰も気付かない)

 

Ich war ein Bub',(幼い私は) da hab' ich die noch nicht gekannt.(まだあなたを知らなかった)

 

Wer bin denn ich?(いったい私は誰なのだろう) Wie komm'denn ich zu ihr?(いったいどうして) Wie kommt denn sie zu mir?(私はあなたの許に来たのだろう)

 

その詠唱が謳われると同時に凄まじい重圧と闇が辺りを包み、俺たちはその場から動くことが出来なかった。

 

War' ich(もし私が騎士に) kein Mann,(あるまじき者ならば、) die Sinne mochten mir vergeh'n.(このまま死んでしまいたい)

 

Das ist ein seliger Augenblick,(何よりも幸福なこの瞬間――) den will ich nie(私は死しても) vergessen bis an meinen Tod.(決して忘れはしないだろうから)

 

「――Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)

 

Show a Corpse(死骸を晒せ)

 

舗装された地面がひび割れ、周囲の薔薇が枯渇し、萎れていく。

 

Es ist was kommen(何かが訪れ) und ist was g'schehn,(何かが起こった) Ich mocht Sie fragen(私はあなたに問いを投げたい)

 

Darf's denn sein?(本当にこれでよいのか) Ich mocht' sie fragen:(私は何か過ちを) warum zittert was in mir?(犯してないか)

 

Sophie,(恋人よ) und seh' nur dich(私はあなただけを見) und spur' nur dich(あなただけを感じよう)

 

Sophie, und weis von nichts als nur:(私の愛で朽ちるあなたを) dich hab' ich lieb(私だけが知っているから)

 

瞬間、爆発した夜が、夜に重ね塗りしていく。

 

「――Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)

 

重ね塗りされた夜に煌々と輝いていた月が徐々に赤く、血のような色になっていく。

 

Briah―(創造)

 

そしてついにその詠唱が完成する。

 

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

 

 

「―――ぐっ!?」

 

「―――うっ!?」

 

その詠唱が終わると同時に体を凄まじい脱力感が襲った。花壇に咲いている薔薇ももはや姿形も無く枯れ果てている。

しっかりと意識を保っていないとすぐに倒れてしまい、あの薔薇のように枯れ果てて崩れ落ちてしまいそうだ。

 

「こ、この力は……」

 

「いい夜だろう?俺にとってはとても居心地がいい、最高の夜だぜ」

 

「うっ……まさか力を吸い取っているんですか!?……学園までも……飲み込んで……」

 

その優月の発言で俺ははっとする。今日は《新刃戦》で気絶や負傷している生徒も多くいるだろう。それに先輩たちや教員たちもいるので、ここだけでは無く、校内にも少なくない影響が出ているのは容易に予想出来た。

 

「くそっ……」

 

「……許せないです」

 

「あん?」

 

「私は兄さんに……皆さんに笑っていてほしいだけなのに……。それなのに貴方は皆さんの笑顔を……こうやって奪うような真似をして……絶対に許せません!」

 

「優月……?」

 

「許さねぇだぁ?なら俺をどうする気なんだ?倒すつもりかよ?」

 

俺は優月が珍しく怒っているという事を悟った。今まで他人思いで優しく、温厚な優月が怒っているのだ。俺も優月が怒ってる所などほとんど見た事が無い。

そして優月はヴィルヘルムに向かって剣を向けながら、声高らかに謳う。

 

 

Yetzirah―(形成)

 

Thunder flame Schwert(雷炎の剣)

 

 

 

「ええ、絶対に―――貴方を倒して見せます!」

 




次回は後編です。誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第七話

《新刃戦》後半!



side 優月

 

「俺を倒す?倒すだぁ?く、くはははは―――面白ぇ!」

 

ヴィルヘルムは全身から生えた無数の杭を私たちに向かって放ちながら笑います。

 

「でもよ、所詮今のてめえは覚えたてのチャチな形成位階。俺はその上―――創造位階だ。俺に啖呵を切ったのはそれなりに評価してやるが―――身の程を知らねぇと思わねぇか、ガキ」

 

確かに私は先ほど思い浮かんできた言葉を唱えて形成位階とやらに至りました。ですがヴィルヘルムはそんな私よりも上の位階にいます。

しかし―――

 

「ええ、分かっています。貴方が今の私なんかよりもずっと格上で、さっきの啖呵も身の程知らずな発言だって事も。でもそれでも私は―――貴方を許せないんですよ。私は皆さんが、兄さんがずっと笑顔であってほしい。その笑顔を守って、照らしてあげたい。だからそれを奪おうとする貴方を、私は許せない」

 

私はこの学園に入る前からずっと悩んでいました。皆が、兄さんが、ずっと笑顔であってほしい―――でもそれはいつか奪われてしまうかもしれない。私がいくら頑張っても、皆の笑った顔はいつか無くなってしまうかもしれない―――なら一体どうしたら奪われないように、無くならないようになるのか。

 

 

そんな私に結論を出させてくれたのは、《新刃戦》前夜の夢に出てきた一人の女性でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅん……」

 

何処か遠くから聞こえてくるような波の音―――

静かに聞こえる穏やかな音色が耳に届いた私は薄っすらと目を開けながら起き上がります。

 

「あれ……?」

 

私が目を覚まして、まず最初に飛び込んできた光景は綺麗な砂浜と、穏やかな渚を生み出している海、そして黄昏時のような色に染まっている空と太陽でした。

 

「ここは……?」

 

まるでどこかのリゾート地のような美しい光景に少しだけ見惚れていた私は小さな声で呟きました。

私は確か―――昊陵学園の寮の自室で寝ていた筈なんですが……。夢かなと思った私は試しに地面にある黄金色の砂を触ってみました。

 

「……本物ですね……。じゃあ―――」

 

次に私は波打ち際へと近付いて、打ち寄せる水に足を浸けてみました。すると―――

 

「ひゃっ!?」

 

水は思っていた以上に冷たく、私は思わず変な声を出して砂浜へと戻ります。

 

「冷たい……そういえば今は四月でしたね」

 

四月と言えば、沖縄以外の海はまだまだ冷たい筈です。……そもそもこんな海岸は日本で見た事はありませんけど。

という事は、ここは世界の何処かの砂浜なのかもしれません。だとしたらどこなのでしょう?そしてなぜ私はここにいるのか―――

 

「あれ?こんな場所に人がいるなんて珍しいですね?」

 

そんな事を考えていると、背後から突然声が聞こえました。

それに驚いて後ろに振り返ってみれば、一人の女性が私を見て首を傾げていました。

 

「あ……」

 

私はそんな女性の顔を見て、思わず見惚れてしまいます。

後ろで結わえられた金のポニーテール、強い信念を感じさせる碧眼。彼女の顔立ちはとても整っていて、同性の私から見ても美しいと思ってしまう程でした。しかしその女性が身に纏ってる衣服は軍服で、明らかにこの場所から浮いている格好をしていました。

 

「どうしました?私の顔をずっと見て……あ、何か私の顔に付いてます?」

 

「あ、いえ!ちょっと見惚れてただけなので……」

 

「なんだ、見惚れてただけなんですね。―――ゑ?」

 

「あ」

 

思わず私が本音を言ってしまうと、女性は納得したように頷き、しばらくして鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして間の抜けた声を出しました。

 

「……あの〜、気のせいですよね?今私の事を見て、見惚れてたとか聞こえた気がしたんですけど……」

 

「……気のせいじゃないですよ。だって貴女、とても綺麗ですから」

 

「なっ……!き、綺麗……」

 

私は女性の質問に苦笑いしながら答えます。すると女性は驚き、若干頬を赤く染めながら言葉を詰まらせました。

 

「「…………」」

 

そしてそのまま私たちは沈黙し、どこか気まずい空気が辺りに満ちます。

そんな空気に耐えられなくなった私はとりあえず話しかけようとして―――

 

「「あ、あのっ」」

 

私と女性は同じタイミングで同じ言葉を発して一瞬動きを止めた後、私たちはお互いに破顔します。

 

「あはは、被っちゃいましたね」

 

「はい、被っちゃいました」

 

 

 

そしてお互いに暫く笑い合った後、私と女性は砂浜に腰を下ろしてたわいのない話をしていました。

 

「ところで、貴女って学生なの?」

 

「え?……はい、そうですけど……なぜそんな事を?」

 

「いえ、その格好だからそうなのかな〜って思って」

 

……そういえば私の今の格好は制服でしたっけ。寝る前にはちゃんと寝間着に着替えた筈なのに、ここに来た時から制服なんですよね。どうしてでしょう?

 

「懐かしいなぁ。私も制服を着て学校に行ってましたっけ……あ、学校と言えば……!好きな人とか居ます?」

 

「う〜ん……特に居ませんね」

 

「え〜?そんなに可愛い顔してるのに彼氏居ないんですか?明らかにモテそうなのに」

 

「か、可愛い顔って……貴女には負けますよ」

 

「いやいや、私なんてもう可愛いなんて言われるような顔でも年でもないですよ」

 

そう言いながら満更でもなさそうな顔をしている女性に、私は小さく笑います。すると―――

 

「あ、また笑ってくれましたね。さっきまで何か思い悩んでいたような顔をしていて心配だったんですけど、よかったです」

 

「あ……あはは、そんな顔してましたか?」

 

「ええ、それはもう、一体どうしたらいいんだろう〜みたいな顔してましたよ」

 

人懐っこい笑みを浮かべながらそう話され、私は少しだけ黙ってしまいます。

そんな私の様子を察したのか女性は先ほどの笑顔から一変、真面目な表情になって私を見てきました。

 

「……何か悩みがあるなら聞いてあげますよ?」

 

「…………」

 

「……一人で抱え込むより人に話した方がいい事もあります。ほら―――」

 

優しく微笑みながらそう言う女性に私は暫く黙り込んだ後、ポツリポツリと話始めました。

話したのは昊陵学園(こうりょうがくえん)という特殊技術を学ぶ学園に通ってる事、そしてそこで出会った友人たちの事や―――兄さんの事。

そして私は最後に皆が、兄さんが笑顔でいてほしいのに、それは何かの拍子で壊れてしまうかもしれない。私がいくら頑張ってもその笑顔はいつか壊れてしまうかもしれない。

私はそれが嫌で―――でもそうならない為には一体どうしたらいいのか―――そうした話をしている間、女性は真剣に私の話を聞いてくれました。

そして全てを話終えた私は、女性へと小さく苦笑いしました。

 

「……ありがとうございます。黙って聞いてくれて……」

 

「いえ、いいんですよ。若い子の悩みを聞いてあげるのも年長者の務めですから。それで―――貴方は一体どうしたいの?頑張ってもっていうことは何度も諦めずに望みを叶えようとしたんでしょ?」

 

「……そう、ですね」

 

「なら、その望みを絶対に満たしてやるんだ!みたいな気持ちをもっと強く持ったらいいんじゃないかな?私自身が大切な人たちの笑顔を守る!みたいな」

 

「…………」

 

ガッツポーズを取って力説する女性は私を見て、少し自嘲の笑みを浮かべました。

 

「―――私もね、こんな軍服着てるから分かると思うけど軍属だったんですよ。初めは国の為に、そして最後は尊敬する上官と一緒に居たくて戦場を駆け抜けたの。でもある時、その上官が魔道に踏み込んでしまって……。そんな上官を元の道に連れ戻したいと思った私も魔道に身を投げたんですよ」

 

「…………」

 

「今思えば辛い事ばかりでした。軍人としての責務を忘れて民間人を殺した上官に絶望したり、自分の手で家族を殺したり、若い子の未来を潰してしまったり……私は何の為に戦っていたのか分からなくなる位辛かった。けど、それでも私は戦友が道を見失わないように明るく照らす光になりたいって思ったの」

 

「道を照らす光……」

 

「……どうかな?私は同胞が道を見失わない為に……貴方は?」

 

……私は―――

 

 

「……私は、大切な人たちの笑顔を守って、照らしていきたいです。多分それが今の私の一番の願いだと思います」

 

私がそう言うと、女性はにっこり笑いました。

 

「それが貴方の渇望(ねがい)なんですね。……でも先達者として言わせてもらいますけど、大切な人たちを守るというのはとても難しいですよ?」

 

「分かっています。しかしそれでも私は守りたいんです。例えどんな事があっても……」

 

そう私が答えると、女性は再びにっこりと笑いました。

 

「ふふっ、そこまで強い渇望ならもう私から教える事は何もありませんね。さて、それじゃあそろそろお別れですかね」

 

「え……?」

 

「体を見てみれば分かりますよ。そろそろ本体の貴女が目覚めるんでしょうね」

 

言われて自らの体を見てみると、私の体は段々と薄くなっていました。

それはつまり、この夢かどうかも分からない空間から抜け出せるということです。

 

「あ……」

 

「ふふふ、それではまた―――貴女と話せて楽しかったですよ。もし機会があればまた話しましょうね」

 

「―――はい!相談に乗ってくれてありがとうございました!」

 

私が女性に向かって礼を言った途端、私の体は急速に薄くなっていき、意識も段々と薄れていきます。そんな中私は―――

 

(あ……そういえばあの人の名前は……?)

 

その女性の名前を聞き忘れた事に気付きましたが、もはや視界はぼやけていて女性の姿を捉える事は出来ません。

そして私の意識が闇に落ちる直前―――

 

「応援してますよ。いつまでもその思いを……燃やし続けて」

 

その言葉を最後に、私の意識は暗転していきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那の間に記憶を呼び起こした私は改めてヴィルヘルムを見据えます。

 

「―――んあ?その目は……」

 

私はその思いをいつまでも燃やし続けたい。

仲間を、大事な人の笑顔を守るという願いを。そしてそんな人たちを明るく照らしたいという願いを。

私はその渇望(ねがい)を―――自分勝手なわがままを貫きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの子も私と似た渇望を望みましたか……でもあの子の渇望の強さは私の渇望を超えるでしょうね」

 

―――以前優月が夢で来た黄昏の浜辺。そこには金髪を後ろで纏めている碧眼の女性―――ベアトリスが一人佇みながら呟いた。

 

「あの子の渇望はきっと私や螢の思いを力にするでしょう。今はまだ制御しきれないと思うけど……マリィちゃん相当になるかもしれません」

 

そう言うとベアトリスはその碧眼を海の向こう側に向けた。

 

「全く……副首領閣下が私の目の前に現れて突然、とある女の子の悩みを解決してあげてほしいなんて言うなんて……今回は何を企んでいるんだか。……まあでも、あの子と話すのはあながち悪くなかったので、今はよしとしますか!」

 

その時一瞬だけ黄昏の空がまるで歓喜で揺らいだような気がしたが、ベアトリスはそれに気付かなかった。

 

「応援してますからね、優月ちゃん!……さて、私がしてあげられる事はこれで最後です。副首領閣下に言われた言葉、貴女に送ります。私からの思い―――受け取ってくださいね」

 

 

Disce libens(喜んで学べ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

War es so schmahlich,(私が犯した罪は)―」

 

その時、私は頭の中に浮かんできた言葉を紡ぎ出します。

 

ihm innig vertraut(心からの信頼において)-trotzt'ich deinem Gebot,(あなたの命に反したこと)

 

その詠唱は親愛なる上官に向けられたもので、まるであの女性の事を指しているような気がしました。

 

Wohl taugte(私は愚かで) dir nicht die tor ge Maid,(あなたのお役に立てなかった)

 

Auf dein(だから) Gebot entbrenne ein Geuer;(あなたの炎で包んでほしい)

 

―――いえ、実際この詠唱はおそらくあの女性のものなのかもしれません。

今思えばあの女性が着ていた軍服は、目の前にいるヴィルヘルムと同じようなものでしたから。つまりあの女性は黒円卓の者。

 

wer meines Speeres Spitze furchtet,(我が槍を恐れるならば) durchschreite das feuer nie!(この炎を越すこと許さぬ!)

 

でも、あの人はヴィルヘルムとは違ってとても高潔な願いを持っていました。それに私は憧れて……あの人のような願いを貫きたいと願いました。だから―――

 

Briah(創造)―!」

 

私がこうして彼女の渇望を謳えるという事はある意味、必然だったのかもしれません。ですが、こうして勝手に使ってしまおうとしている事に耐えられなくなった私は―――

 

(ごめんなさい……)

 

貴女の渇望を無断で借りる―――その罪をどうか許してほしいと思い、謝る。でもせめて目の前にいる大切な人たちの笑顔を奪おうとしている敵を退けるまでは使わせてもらいたい。

 

Donner Totentanz―Walkure!(雷速剣舞 戦姫変生!)

 

 

その罪滅ぼしとして―――絶対に目の前の敵は退けてみせますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が詠唱を唱え終えた瞬間剣が、体が、そして魂が、戦神の稲妻へと変生して帯電を始めます。

 

(体が軽い―――そして今なら……)

 

きっとヴィルヘルムを退けられる。私は自身の内から溢れ出る力を総身で感じながらヴィルヘルムを見据えました。

 

「兄さん、下がってください。後は私がやります!」

 

「優……月……?」

 

呆然とした表情を浮かべる兄さん。一方ヴィルヘルムは―――

 

「はは、ははははははははは……。そうか、なるほどな。てめえの目が誰かに似てると思ったがそういうことか……。全く、メルクリウスのクソ野郎も中々面白ぇ事しやがるぜ」

 

私を見るその視線はもはや獲物を狙う獰猛な餓狼のようなものになっていました。それと共にさらに濃くなっていく殺意と腐臭。常人ならきっと耐え切れずに押し潰されそうな圧。

しかし私はそんな殺気を受けても平然としていました。どうやらこの状態になってから耐性がついたみたいです。もしかしたらあの人の能力が私を守ってくれてるのかもしれません。

 

「いいぜ、趣向としちゃ満点とは言えねぇが上出来だな。それじゃあ仕切り直して一緒にイこうや」

 

「っ……兄さん、早く下がってください!これだけ騒ぎになっていますから、そのうち上級生や先生方が来てくれます!それまで兄さんはどこかに―――」

 

「優月……」

 

「おい、聞こえてんだろクソガキが。てめえじゃ役者不足だ、すっこんでな」

 

「っ!?がっ―――!」

 

「兄さん!!」

 

ヴィルヘルムは無造作に兄さんの腹を蹴りました。

それを受けて骨が折れるような音を響かせた兄さんはかなりの速さで飛んでいき、大きな水柱を立てて噴水へと突っ込みました。

 

「てめえはそこで可愛い妹が殺られるのを見てろや。その後、てめえも後を追わせてやるからよ」

 

「ぐ……!」

 

「…………ッ」

 

力無く項垂れる兄さんを見て、私の胸の内にはとてつもない怒りがこみ上げてきました。その影響で帯電していた稲妻が爆発的な速度で膨れ上がります。

それを見たヴィルヘルムは狂気的な笑みを浮かべますした。

 

「なんだてめえ、()()()自分の兄が数本の骨と内臓をやられただけで怒ってるのかよ?ハッ、相変わらずこの国の猿共は日和ってやがる」

 

「っ!!」

 

―――許せない。

 

「ふん、やる気が出てきたみてぇだな。ついでにもう一つ発破を掛けてやろうじゃねぇか。どうやらてめえらもツァラトゥストラと似たようなもんらしいしよ」

 

―――そして何を考えているのか明らかに想像出来る吐き気を催す笑みを浮かべるのも許せない。

 

「てめえのそれ(創造)を見て俺も気が変わってなぁ。もしかしたらてめえと似たような能力持ちもいるかもしれねぇから―――」

 

やめて……!それ以上は言わないでほしい。後に続く言葉を、これ以上耳障りな声を聞きたくない。なのにヴィルヘルムは何でも無い事のように平然と言い放ちます。

 

「てめえらを殺した後―――この学園の奴らも全員、物色がてら皆殺しにしてやる」

 

「――――――ッ」

 

それが私の限界でした。

瞬間、疾風迅雷と呼べる速度で走り出した私は真っ直ぐにヴィルヘルムへと向かって駆け抜けていきます。それを見たヴィルヘルムは、まるで懐かしいものを見るかのような視線を向けてきました。

 

「ほぉ……ヴァルキュリアと同等―――いや、ちょいとばかり遅ぇな」

 

その言葉と共に、ヴィルヘルムが全身から今までと比べものにならない数の杭を全方位に飛ばしてきます。兄さんはそれを噴水へと隠れて回避、私も即座に踏み込みを切り返して回避へと転じます。

雷化して杭を縫うように避け、ヴィルヘルムへと肉薄した私は剣を振り上げてようとする。しかし―――

 

「くッ、はッはァ!」

 

「―――っ!?」

 

ヴィルヘルムは笑いながら、迫る私の足に合わせて踏み込んできました。完全に虚を衝くタイミングで踏み込まれ、攻撃開始地点をほんの数メートル分だけ早めさせる。

その誤差は雷速となった私には修正不可能でした。

 

「―――つぁァッ」

 

剣を振り上げかけた無防備な所に放たれた拳は、私の腹部を捉えて振り抜かれました。そのまま弾き飛ばされた私は庭園に置いてあるオブジェや街頭などに激突しながら、地面に倒れ込んでしまいます。

 

「―――ぐっ、げほっ……げぇっ……」

 

雷速並みの速さと拳の破壊力が相俟って、お腹の中がぐちゃぐちゃになった感覚に耐えられなくなった私は思わず吐瀉物を吐きました。反吐の匂いと共に血の味も感じる事から、内臓も幾つか損傷してしまったようです。

とりあえず立ち上がらないと―――そう思って視線を上げた瞬間。

 

「オラァ!!へばってんじゃねぇぞガキがぁ!!」

 

轟音と共に爆ぜる杭。それはもはや先ほどまでの速度や数を凌駕していました。マシンガン―――いえ、バルカン砲並みの速度で撃ち出された杭は私が咄嗟に飛び退いて吐瀉物だけが残っていた地面を、瞬く間に剣山の様相へと変えていきます。絨毯爆撃―――そんな言葉が相応しいと思ってしまうような攻撃。

 

「避けろ避けろ避けろ避けろォ!豚みてぇに逃げ回ってよぉ!」

 

「くっ……」

 

狂笑と共に放たれる杭の嵐は止む気配がありません。それと同時に私は自分の体力が刻一刻と削られていくのを感じていました。

死森の薔薇騎士(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルド)―――どうやらこの能力は一定範囲内の力を吸い取るもののようですね。現に舗装された道はひび割れて、枯渇して、粉砕されてますし、木々は砂になるまで、薔薇も同じように朽ちています。

となると早急にヴィルヘルムを倒さなければ私たちだけでは無く、この能力の範囲内に入っている学園にいる皆さんも危険です。ですが―――

 

「オラオラオラァ!楽しいか?楽しいだろ?―――嬉し涙流しながら濡らせやァ!」

 

「くっ!」

 

通り抜ける隙間すらも生じさせないヴィルヘルムによって、私は杭を避けながらも接近出来ないでいました。このままでは私の体力が尽きてしまいます。逆にヴィルヘルムは私たちから力を吸い取っている為、この状況が続けばヴィルヘルムの勝利は確実です。

 

(どうすれば……!)

 

その時、私の背後から銀色の槍が飛んできました。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

ヴィルヘルムに蹴られた俺は腹部の痛みに耐えながら、噴水の中に身を隠していた。正直噴水の水がかなり冷たいが、今起き上がるのはかなり危険だ。現在進行形で頭上を凄まじい数の杭が飛んできているから、起き上がった瞬間に蜂の巣になる。そもそも体中痛くて起き上がる事もままならないのだが。

 

「くそっ……!」

 

俺は飛んでいる杭に注意しながら、自分の無力さに歯痒い気持ちを抱いていた。

現在ここには俺と優月以外は誰も居ない。じきに先生方や警備員、上級生たちが応援に来るだろうが、正直彼らがヴィルヘルムを退けられるとは到底思えない。

となるとヴィルヘルムを退けられる可能性があるのは特異な能力を目覚めさせ、ヴィルヘルムの攻撃を躱す事が出来る優月だ。

しかしついさっき目覚めた能力故に、優月も手探り状態で戦っているだろう。対してヴィルヘルムはどうやら知り合いに似たような能力の手合いがいるようで、色々とアドバンテージがあるようだ。

しかも今、ヴィルヘルムの能力で俺たちは精気を奪われている。このまま時間が経てば経つ程、事態はどんどん悪い方へと転がっていく。

―――それなのに俺は何も出来ない。怪我や能力で吸われているせいで立ち上がる力もほとんど無く、仮に立ち上がれたとしてもヴィルヘルムに対して有効な手段も無い。

つまり今の俺ではヴィルヘルムの言う通り、完全に役者不足なのだ。

 

「くそっ!力が……俺に力があれば……!」

 

このままじゃ優月が、皆が大変な事になってしまう。なのに―――

 

 

 

何も出来ない自分が情けない、と言った所かね

 

 

 

そうだ、本当に情けない。内心では皆や優月を守ってやりたいと思っているのに―――

 

 

 

ならば一つ、助言をしてやろう。

ベイは我が友の爪牙の中でもかなりの実力を持つ。

今の君ならば、どう足掻こうが斃す事も、退ける事も出来ぬよ。

 

 

 

ならば一体俺はどうしたらいいのだろう。

 

 

 

何、特別難しく考える事もあるまい。君の妹と同じように叶わぬ渇望を願えばいい。

君にはそれを形にするだけの力が備わっているのだから―――

 

 

 

脳内に薄っすらと響き渡る声に促され、俺は自分の渇望を考える。

俺の今の願い―――それは―――

 

「俺は……大切な友人を、優月を守りたい。その為なら俺はどんな手段を使おうとも勝利したい」

 

昔から俺は何か大事な時に限って何も出来ない事が多かった。タイミングが悪いのか、それとも俺の運がその時だけメルトダウンしてるのか。理由は分からないがいつもそうだった。

まあ、その内の大半は優月が解決したりしてくれたが、その度に優月は怪我をしたり、何かしら良くない事が巻き起こったりした。

普段は絶対に守ってやろうと思っているのに、いざという時に限って守るべき人に守られてしまう―――俺はそんな呪いじみた性質を持つ自分が嫌で、この学園に来た。この学園で力を得れば、俺も大事な時に大切な人たちを守れるんじゃないかと思って。

そして優月も何か思う所があったのか、俺と一緒にこの学園に来た。

しかし結局、俺は力を得ても何も出来なかった。もはや呪いなんじゃないかと思える位に何も出来なかった。

でも―――

 

 

 

さて、どうするね《異常(アニュージュアル)》。

ここで彼を退ける為に、妹と同じ私の秘法(エイヴィヒカイト)を習得するかね。

それとも全てから背を向けて逃走してみるかね。

それもまた一興だが、君はそのような結末は望んでいないだろう。

 

 

 

当然だ。俺は黙って大切な人たちを見捨てたくはない。この学園で出会った友も、そして優月も俺にとっては失いたくない刹那だから―――

 

 

 

よろしい。ならば何も恐れる必要は無い。

胸に秘めた渇望を形に成せ。さすれば君は如何に強大な相手だろうとも勝利を掴み取れるだろう。

私のような哀れな道化から力を貰うのは、君にとってはいささか気に入らないだろうが―――許してくれたまえ。

世の中には神から施しを受けて憤慨する者もいるが、そこは人というもの。君のように止むを得ず、力を得る者もまた存在している。

もっぱら私は真面目に生きている者も、生きていない者もどちらにも興味があるがね。

故にだ、君たちには期待しているよ。私の望む結末へと導いてくれ。

 

 

 

どこか意味深な言葉を尻目に俺は言葉を紡ぐ。

 

 

Yetzirah(形成)―」

 

 

Gunguniru Testament(神約・勝利の神槍)

 

 

 

 

その言葉によって俺の手元に現れた槍はいつもと変わらない、しかし今までより何倍も強い力と光を纏っていた。

 

「よし!これなら……!」

 

俺は右手に槍を持ち、噴水の中から少しだけ顔を出して様子を伺う。

全方位に杭をばら撒くヴィルヘルムは本当に俺に興味が無いのか、こちらに一切警戒を向けていない。ヴィルヘルムが警戒しているのは《超えし者(イクシード)》である俺の目でも追えない速度で動いている優月だった。

つまり今は―――

 

「絶好のチャンスって訳だぁ!!」

 

「―――何!?」

 

俺は叫びながらも全力で槍を投擲する。

槍は光を纏い、ヴィルヘルムの杭をいくつも砕きながら凄まじいスピードで飛んでいき……予想外の所から放たれた攻撃に驚いているヴィルヘルムの胸に突き刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

「今だ!優月!!」

 

「はい!」

 

槍がヴィルヘルムへ突き刺さった瞬間、弾幕のように飛んできていた杭の数が少なくなり、ヴィルヘルムの動きもまた止まる。そしてそんな隙を見逃す優月では無かった。

優月は青白い閃光となって駆け抜け、ヴィルヘルムへと肉薄する。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

「っ!クソがぁぁぁ!!!」

 

振り上げられた一撃はヴィルヘルムの体を斬り、鮮やかな鮮血が舞い散る。

そしてヴィルヘルムは地面へと倒れ、優月もまたがくりと膝を着く。

 

「や、やった……やりましたよ……兄、さん……」

 

「優月!」

 

俺は自らの肉体を無理矢理動かして、前のめりに倒れ込もうとしていた優月を支える。確認してみるとどうやら気を失っているだけらしい。

 

「ふぅ……良かった……」

 

「―――ああ、確かに良かったぜ」

 

そんな時、俺の耳に先ほど倒れた筈の男の声が届いた。

俺は即座に《焔牙(ブレイズ)》を形成し、声の聞こえた方へと穂先を向ける。そこには―――

 

「まさか形成位階のガキに隙を作られてやられるなんてな……俺も段々と日和ってきちまったか」

 

胸に突き刺した槍の痕も、優月の斬撃の痕すらも無いヴィルヘルムが薄っすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

(傷が……!なんだこいつは……!?)

 

「そんな驚いたような顔すんなよ。今ここは俺が作り出した夜なんだぜ?あの程度の傷なんざ、てめえを殴り殺す間に治っちまうさ」

 

……そういえば今もヴィルヘルムの能力はこの辺り一帯に展開されているのか。他者や物から養分を吸い取り、自らはそれを糧に強化したり、再生したりする。

まるで吸血鬼のような奴だな……。

 

「にしても大したもんだな。てめえの血を見るのは久々だ。ふはは……てめえら、気に入ったぜ。さて、そんじゃいよいよこっからが本番で行くぜ」

 

「っ!!」

 

その言葉と共に杭を全身から生み出したヴィルヘルムを見て、俺も槍を構える。

もう力もほとんど無いし、気絶している優月を庇いながら戦うのは不利だが……やるしかない。

―――と考えていると、ヴィルヘルムは一つ苦笑いをして体から生み出した杭を消した。

 

「……?」

 

「―――と言いてぇ所だが、これ以上は流石にやめとくわ。今回俺が来た目的は、てめえらの実力をハイドリヒ卿とメルクリウスに見せる事だ、そこにてめえらの死は入ってねぇ。まあ、弱けりぁ俺が吸い殺すつもりだったが蓋を開けてみれば中々に面白ぇ戦いだったからな」

 

「……つまり今回は引くと?」

 

「ああ、どうやらここの奴らも集まってきたみてぇだしな。個人的には暴れてもいいんだが、ハイドリヒ卿からあまり他の奴らを痛めつけんなって言われてるしな」

 

ヴィルヘルムは嬉しそうな笑みを浮かべながら踵を返し、外壁へ向かって跳躍した。

 

「んじゃあな。もしまた近い内に会う事があればその時はお互いもっと楽しもうぜ」

 

そう言うと、ヴィルヘルムは外壁を飛び降りていった。

天に浮かぶ赤い月が元の色の月へと戻っていく。それと共に吸い取られているような感覚も消えていった。

それから俺は優月を抱えたまま、三國先生や透流たちが来るまでずっと黄色い満月を見上げていた。

 




誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第八話

今回はいつもより短め〜。



side 透流

 

「はぁ……ぐ……つぅ……」

 

「大丈夫ですか?トール」

 

「ああ、なんとかこれくらいは……ユリエは?」

 

「私は大丈夫です」

 

俺たちは《新刃戦》で月見先生―――いや、月見と戦って疲れた体を廊下の壁にもたれかけて休んでいた。

なぜ月見と戦ったのか―――それは奴がトラとタツの《絆双刃(デュオ)》を痛めつけ、俺たちを殺すと言って襲い掛かってきたからだ。

奴がそんな事をした理由は将来有望そうな新人を始末しろという“仕事”を頼まれたかららしいが……。とりあえず俺たちは月見から教えられた《焔牙(ブレイズ)》を破壊されると気絶するという特性を利用してなんとか月見を倒した。

そしてつい先ほど、なかなか戻ってこない俺たちの様子を見に来た橘とみやびが三國先生たちを呼びに行き、俺たちはそれまでゆっくりと待つ事にした。

 

「…………トール、月が綺麗ですね」

 

「ああ……」

 

するとこの何も言わない空気に耐えられなくなったのか、ユリエが窓の外で光り輝いている満月へと視線を向け、俺もそれに習って夜空に浮かんでいる月を見上げた。まるで凍えるような蒼い光を讃えている月は思わず見惚れてしまう程綺麗で、おそらく絵として描けば万人に評価されると思える程美しかった。

 

「……なんだ?」

 

「―――っ!トール!」

 

その時、俺たちは月の雰囲気が徐々に変わっていく事に気付く。満月は次第に淡い鮮血のような紅に染まっていき、それと同時に凄まじいまでの殺気が俺たちの体を包み込む。

 

「つ、月が赤く……!?」

 

「一体何が……」

 

そして美しい光を讃えていた月が完全に赤く染まったその瞬間―――俺たちの全身に抉るような脱力感が襲いかかった。

 

「ぐぅっ!?……なんだ……!?」

 

「か、はっ……!わ……分かりません……」

 

「くっ……!と、とりあえず講堂へ行こう……!今は三國先生たちや橘たちと合流して状況を……」

 

「ヤ、ヤー……」

 

一先ずここから移動して状況整理―――そう決めた俺とユリエはゆっくりと立ち上がり、互いに支え合いながら講堂を目指す事にした。だが移動最中も強烈な脱力感は襲いかかり続け、どんどんと力が吸い取られていく。

 

「ト、トール……」

 

「頑張れ……ユリエ……」

 

先ほどの月見との戦闘で負った右太ももの切り傷から多くの血を出しながら、意識を手放してしまいそうなユリエを励ます。かくいう全身傷だらけで疲労困憊の俺もユリエに励まされたりした。

そうしてお互いに意識を途切れさせないよう、励まし合いながら俺たちは何とか最上階から一階まで降りてきた。

そこで俺たちは―――

 

「こ、九重くん……!」

 

「九重!ユリエ!」

 

「九重くん、シグトゥーナさん。大丈夫ですか?」

 

おそらくこの脱力感によって立てないのか橘に肩を借りているみやびと、少しだるそうな表情を浮かべている橘、そして特に疲労している様子が伺えない三國先生と合流した。

俺たちはそんな三人を見て少しだけ安堵(あんど)しながら、今の状況を聞く。

 

「み、三國先生……さっき月が赤く……それになんだか体もだるいんですが……」

 

「ええ、私や他の教員たちも同じ感覚を感じています。しかしなぜこのような事が起こっているのか私には……」

 

どうやら三國先生も今の状況にかなり困惑しているらしい。聞けば上級生や他の教員、警備の人たちも何が起きているのか分からない為、指揮系統が随分めちゃくちゃになっているそうだ。

 

「ただ、先ほど庭園を映している監視カメラに如月くんたちと、軍服を着た怪しげな男を確認したと警備から報告がありました」

 

「つまり侵入者ですか?」

 

「そういう事ですね。となると今この状況はその侵入者によって引き起こされているというのが一番有力なのですが……」

 

「そんなの……とても信じられません」

 

天に浮かぶ月を赤く染め上げ、この学園全域に居る人たちに凄まじい脱力感を与える能力か何かを持つ侵入者―――状況的にそう考えるのが一番ありえそうだが、そんな荒唐無稽な話は橘の言う通りとても信じられない。

 

「とりあえず私は今からその侵入者が確認されたという場所に向かいます。そこには如月くんたちも居るでしょうからね」

 

「……なら……私たちも一緒に行きます」

 

「ユリエ?」

 

「ユリエちゃん……?」

 

すると俺の肩に体を預けて、苦しそうに呼吸をしていたユリエが顔を上げてそんな事を言う。

そんなユリエに当然三國先生は困ったような表情を浮かべ―――

 

「……気持ちは分かりますが、貴方たちは怪我をしています。ましてやシグトゥーナさん、貴女は―――」

 

「もちろん分かっています。今の私が行っても邪魔になってしまう上にもしその侵入者と戦闘になった時には足手まといになってしまう事も……。でも、私は怪我していても友人の為に行きたいんです」

 

「ユリエ……」

 

強き意志を浮かべたユリエの深紅の瞳(ルビーアイ)を受けた三國先生は少し考えたような表情を浮かべた後―――

 

「…………分かりました。ただし無理をしないように。もし侵入者と戦闘になった場合は貴方たちは即座に離脱してください」

 

「ヤー、ではトール……」

 

「あ、ああ……」

 

「っ……と、巴ちゃん……わ、私はいいから、ユリエちゃんに肩を……」

 

「みやび……だが」

 

「私は大丈夫だから……それよりユリエちゃんを……ね?」

 

「……分かった。ユリエ、私も肩を貸そう」

 

「ありがとうございます……」

 

そうして俺たちはお互いを支えながらなんとか外へと出る。

 

「っ……!あ、赤い月……!」

 

「あまり見るなみやび。三國先生、如月たちはどこに―――」

 

と、橘が聞こうとした瞬間、つい先ほどまで紅に染まっていた月が徐々に見慣れた黄色い色へと戻っていった。

 

「なっ……月が戻った……」

 

それと同時に先ほどまで全身を襲っていた激しい脱力感も波が引くかのように消えていった。

 

「戻った……のか?」

 

「分からん……だが少なくとも少し動きやすくはなったな」

 

「とりあえず如月くんたちの元へ行きましょう」

 

そう三國先生に促され、俺たちは再び歩みを進める。

そして―――

 

「影月!優月!」

 

俺たちは庭園内にある噴水に寄りかかっている影月と、そんな影月の腕の中で目を閉じている優月を見つけた。

 

「如月くん、聞こえますか?」

 

「ん……三國先生……くっ……!なんとか……」

 

「え、影月くん!動いちゃダメだよ!頭から血が……!」

 

「ああ……ついでに骨も何本か折れたよ……多分、優月も……」

 

そう言って苦しそうに話す影月は俺たちよりも酷い怪我を負っていた。影月は骨も何本か折れたと言ったが、もしかしたら内臓も傷付いているかもしれない。

 

「全く……デタラメ過ぎる相手だった……っ!げほっ!」

 

「デタラメ過ぎる……?影月、それは―――」

 

「九重」

 

俺が影月の言葉の意味が気になって聞き返そうとした瞬間、橘が手でその先の言葉を制した。

 

「……もういい、それ以上喋るな如月。今は休め。……九重も質問は後にしよう。今は彼らの治療が先だ」

 

「っ!分かった……すまない、影月」

 

「ああ……こっちこそすまないな……すぐに答えてやれなくて……」

 

そう言って影月も気を失ってしまった。

その後、連絡を受けた先生方や警備員の人たち、上級生もやってきて、俺たちと影月たちは即座に医療棟へ運ばれる事となった。

こうして《新刃戦》は俺たちの勝利、そして謎の襲撃者とそれを影月たちがどうにかして退けたという結果を残し、幕を閉じた。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

―――この世のありとあらゆる世界法則から切り離され、距離と座標の概念すらも破壊された世界にある髑髏の城―――ヴェヴェルスブルグ城。その城の主、ラインハルトは城の玉座に座り、肘掛けに片肘をかけて興味深そうに薄っすらと笑みを浮かべていた。その黄金の双眸には学園の生徒や先生方に心配されながら、担架で医療棟に運ばれていく兄妹が映し出されていた。

 

「……カールよ。見ていたかね?どうやら卿が目を付けた兄妹は予想以上の成長を遂げたようだな?」

 

ラインハルトは誰もいない玉座の間で一人、虚空に向かって呟く。その呟きに返事は返ってこない―――筈だった。

 

「ええ、確かにあの二人は私が思っていた以上の成長を見せてくれましたな。まさかヴァルキュリアの能力をあの時点で覚醒させるとは、私としても少なからず未知が楽しめて非常に喜ばしい限りだ」

 

その言葉と共にラインハルトが座っている玉座の右側から影絵のような男、カール・クラフトがまるで最初からそこに居たかのように姿を現す。

それに微塵も驚いたような表情を見せないラインハルトは黄金の双眸を少しだけ横へと動かす。

 

「戯言を。卿はあの娘がヴァルキュリアの力を覚醒させるように事を仕組んでいただろう。それに何やらヴァルキュリアにも事前に何かしらの入れ知恵をしていたようだしな」

 

「おや、気づいておられましたか。さすがは獣殿、しかしヴァルキュリアには別段入れ知恵と言えるような事は言っていないつもりなのだがね」

 

「相変わらずだな、カールよ。しかしヴァルキュリアとただ世間話をしに行った訳ではあるまい」

 

「さて、どうでしょうな」

 

ラインハルトの追求にカールは口元を吊り上げて楽しそうに笑いながら返答をした。そんないつもと全く変わらない友の笑みを見たラインハルトはさらに追求する。

 

「ならば、仮に卿はヴァルキュリアとただ世間話をしに行っただけと仮定しよう。ならなぜわざわざツァラトゥストラに邪魔される危険を犯してまでヴァルキュリアに会いに行ったのかね?」

 

「それに関しては獣殿、貴方のご想像にお任せ致しましょう。ただ一つだけ言えるとするならば―――私はあの兄妹に期待している。故にこのような結果を出せたのなら、ツァラトゥストラに知られる事など非常に些細(ささい)な事だ」

 

そう言うカール・クラフトにラインハルトは睨み付けるような視線を向ける。

 

「……近頃の卿は何を(たくら)んでいるのかね?いつものようにまだ知らぬ未知を求めるにしてはいささか手法が異なるようにも思えるが……」

 

「ふむ、私としてはいつもとそれ程手法を変えていないつもりなのだがね……気のせいだと、私は思うのだが」

 

そう言われラインハルトはここ最近のカールの行動について思い返すが、やはりいつもと何かが違うような気がしてならなかった。

しかしこの男のやる事なす事は考えても理解出来るようなものが少ないので一先ず考えるのをやめ、ラインハルトはこれからの事について問いかけた。

 

「まあよい、それはそれとして卿はこれからはどうするつもりかね?」

 

「私は歌劇に何かしらの異常が出ない限り、しばらく諦観(ていかん)するつもりだ。あの兄妹については私も見ている上に、そう簡単に命を落とすような者たちでも無いだろう。故に、ここから先は獣殿も刹那も好きにするといい。最もあの兄妹を殺すなり、仇なすようなことがあるならば私が直接出なければならないがね」

 

殺そうとするならば自らが出る―――自らの友が言った言葉にラインハルトは一瞬目を見開いた後に呆れたような表情を浮かべる。

 

「……本当に卿は何を考えているのか……相変わらず予想出来ぬ男だな、卿は」

 

「それについては今に始まった事では無いと自負しているがね。それよりあの二人と戦ったベイは何と言っていたかね?」

 

「ああ、ベイは珍しく上機嫌で私へ報告した後、嬉々としてシュライバーを探しに行ったぞ?ベイ曰く、中々に愉快な戦いであり、機会があれば再戦をしたいと言っていた」

 

「ふむ、ベイがそこまで彼らを評価するとはね。あの二人に手を加えた私としても喜ばしい限りだ」

 

ちなみに余談だが、ヴィルヘルムはラインハルトに戦闘の報告をして玉座の間を出た直後、『さて……待ってろよシュライバー!その小綺麗(こぎれい)(つら)をあの兄妹みたいに絶望に満ちた顔に変えてやるからな!!ヒャーハッハッハッハッ!!』という声を発しながら走り去って行った。

その発言から察するに、ヴィルヘルムにとってあの兄妹との戦いは本当に心の底から楽しめたのだろう。

 

「さて、それでは私も行くとしよう。少しばかり手が離せない用事もあるからね」

 

「また女神のストーカーか?」

 

話も早々に切り上げようとする友に向かってラインハルトは呆れながら言った。

このカール・クラフトという人物、実は黄昏の女神と呼ばれるマルグリット・ブルイユ―――通称マリィ―――が使ったものや砂浜にある足跡を別空間に保存する程のストーカー……というより変態であり、周りからはコズミック変質者と言われているのである。

実際の所、黄昏の女神もそんなカール・クラフトにかなり迷惑しているらしく、ラインハルトやツァラトゥストラと呼ばれている藤井蓮も、カール・クラフトが別空間に保存しているマルグリットコレクションを何回か破壊しようと協力したりしたが、全て失敗に終わっている。

さらに女神の写真や映像が入ったカメラやパソコンなども破壊をしても復活、あるいは壊れた事実を無かったことにされる為、こちらも失敗に終わっている。

 

「ストーカーとは失礼な、獣殿。そもそも最近の私はそれ程女神を追い掛けていないのだがね」

 

「どうだろうな」

 

「そこまで疑うのなら、女神に最近何か物を取られたりしてないか聞いてみるといい。では―――」

 

カールは最後にそう言うとカールは瞬きする間に消えてしまった。

ラインハルトはそんな親友に対し呆れたように溜息を吐いたが、先ほど見ていた兄妹の事を思い出し、再び口元を吊り上げる。

 

「相変わらず我が盟友は困ったものだが……まあよい。それより―――カールが手を加えた件の兄妹、中々に面白い。故に私も卿らを諦観しよう。さあ―――我らに未知を見せるがいい。それこそが今の卿らに出来る精一杯の供物なのだからな。ふふ…ふははははは……」

 

そうして黄金の笑声が城へと響き渡っていく……。

 

 

 

ちなみに余談だが報告を終えたベイは、シュライバーとザミエルの殺し合い(という名の暇つぶし)の中に嬉々として突っ込んでいき、ザミエルに丸焦げにされ、シュライバーに八つ裂きにされたのだが―――それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、黄昏の浜辺―――黄昏時の空とそんな空の色に染まる海を一人眺めていたベアトリスは嬉しそうに笑う。

 

「あの子たち、ベイ中尉を退けましたね……ふふ、あそこまで強くなるなんてやっぱり私の教え方がよかったんですね」

 

そんな事を言ってニコニコと笑うベアトリスに―――

 

「嬉しそうだな、ベアトリス」

 

「あっ!藤井君……」

 

ベアトリスは後ろから自らを呼んだ人物を見て、少し気まずそうな表情を浮かべた。

 

「なんでそんなに気まずそうな顔をしてるんだ?」

 

「あ、いや……え〜っと〜……」

 

「……なあ、少し前から気になってたんだが、最近何か様子がおかしくないか?この前は浜辺で誰かと話してたみたいだし、今は別の世界を見ていたろ。一体どうしたんだ?」

 

「う、う〜ん……と……」

 

「……そういや最近、あの水銀もここに来てないよな。いつもならマリィの事をコソコソとストーカーよろしく追いかけ回すのに……もしかしてお前が見ていた世界に関係でもしてるのか?」

 

「ふ、藤井君、なんで私に聞くんですか?」

 

「……何か知ってんだろ?」

 

「え!?別に私は何も……」

 

(知っているだろう)

 

その時、どこからともなくカール・クラフトの声が二人の耳へと届く。

それを聞いた蓮は半眼をベアトリスに向け、ベアトリスは冷や汗をダラダラとかく。

 

「……聞かせてもらおうか?一から全部」

 

「……副首領の馬鹿ぁ!!」

 

ベアトリスの怨念に満ちた声は黄昏の空へと消えて行った。

 




明日以降から更新が遅れると思います……(学校)
誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第九話

小説一巻完結!お楽しみください!



side 影月

新刃戦(しんじんせん)》から一晩が経ち、日の光が西へと傾き始めた頃―――優月が目覚めた。

俺は医療棟に運ばれて治療された後、今日の午前中位には目を覚ましたのだが、優月は戦闘での体力の消耗が俺よりも激しかった為、目覚めるのに時間が掛かったようだ。

 

「う、うぅ……あれ……私……」

 

「お、目が覚めたか、優月」

 

「兄さん……?ここは……?」

 

「学園の医療棟だよ。体調はどうだ?」

 

「そうですね……まだ少し体がだるい気がしますが……大丈夫です」

 

そう言って優しく笑う優月を見て、一先ず大丈夫そうだなと俺も笑みを浮かべる。しかし優月はすぐに真面目な表情になって俺へと問い掛けてくる。

 

「……兄さん、ヴィルヘルムは?あの後一体どうなったんですか?」

 

「ああ、その事だが……まあ、一つずつ順番に報告しよう」

 

俺はそう答えた後、読んでいた本を閉じてあの後の顛末を優月に説明した。

優月が気を失った後にヴィルヘルムが傷一つ無く立ち上がって、また機会があればやってくるかもしれない事。

そのヴィルヘルムが去った後、三國先生や怪我を負っていた透流たちが来てくれた事。

そして《新刃戦》の負傷者の中で俺たち二人が一番重傷だった事などを話した。

 

「私たちが一番重傷だったんですね」

 

「ああ、でもよかったよ。俺たちみたいに骨が折れてたり、内臓が幾つかやられたような奴が他に居なくてさ」

 

「あはは……確かにそうですね。ところで兄さん、頭の方は大丈夫ですか?」

 

「ん?ああ、大丈夫だ。少しの間こうして包帯をしていれば問題ないらしいからな。体の方も幾分か動かせるようになってきたよ」

 

骨や内臓などを損傷したと言うのに、一晩である程度問題無く体を動かせるようになるとは思わなかった。正直、《超えし者(イクシード)》の回復力が常人の数倍とはいえ、治るのは結構な時間が掛かるとは思っていたのだが。

そしてその回復力は今寝ている優月にも備わっているだろうから、もう少ししたら優月もある程度自由に体を動かせるようになるだろう。

 

「……ヴィルヘルムはどこへ行ったのか分からないんですか?」

 

「ああ……」

 

そしてそんな大怪我を俺たちに負わせて、立ち去ったヴィルヘルムについてだが……《新刃戦》の救援などで周辺の捜索に人員が回されるまでの時間が掛かり過ぎてしまい、結局ヴィルヘルムは発見出来なかったと聞いた。

 

「……やっぱり倒しきれなかったんですね……」

 

「……仕方ないさ。俺はそれよりも優月のあの雷化の方が色々と気になったんだがなぁ?」

 

「う……じ、実は……」

 

説明を求める視線を優月に向けると、彼女は《新刃戦》前夜に見たという夢の話をしてきた。その夢の中で優月はある一人の女性に自らの渇望(ねがい)について相談して、自分の渇望(ねがい)をその女性に自覚させられたらしい。

そしてその時、優月はその女性自身の渇望(ねがい)を聞いて、自分もそれに同調したからあの能力を使えたんじゃないかと言った。

 

「戦友が道を見失わないように明るく照らす光になりたい……か」

 

「はい……あの人はそう言っていました」

 

「……ということは優月も?」

 

「いえ、私はちょっと違って……大切なこの学園の皆さんや兄さんの笑顔を守って、照らしていきたいんです」

 

「……そうか……優月らしいな」

 

そう言うと優月は一瞬顔を赤くして俺の方を見てくる。

 

「……そういう兄さんはどんな渇望(ねがい)なんですか?」

 

「俺か?俺は……俺は大切な友人や優月を守る為に、勝利をもたらしたい。例えどんな手段を使っても……俺が血濡れになったり、犠牲になったりしてもな?」

 

俺がそう言いながら右手で優月の頭を優しく撫でる。しかし優月は俺の渇望(ねがい)を聞いて、少し悲しそうな顔をして俺の顔を見てきた。

 

「……兄さん、血濡れになったり犠牲になったりしてもって……そういうのやめてくださいよ……」

 

そう言う優月の両頬には一筋の線を残して流れる透明な水滴が浮かんでいて―――その水滴はポタリと優月の両手を握っていた俺の左手に落ちた。

それと同時に優月は俺へと両手を伸ばしてきて、そのまま優しく抱き寄せてくれた。

 

「私は……兄さんにも笑顔で居てほしいし、そんな兄さんを照らしていきたいんですよ……?」

 

「……うん」

 

「だから……犠牲になるとか言わないでくださいよ……!もし兄さんが居なくなったら……私は……!」

 

そこで遂に感情が抑えきれなくなったのか、優月は静かに泣き始めた。

 

「兄さん……お願いですから……居なくならないで……」

 

「……分かったよ、優月」

 

そんな優月を見て、昔こんな感じで優月に泣き付かれたなと懐かしみながら、俺は優月が落ち着いて泣き止むまで抱き締め返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺と優月は医療棟のお医者様に寮での生活に支障は無いと太鼓判を押してもらって医療棟から出た後、そのまま寮の自室には戻らずに理事長室へと向かった。

その理由は昨日の出来事の詳細を詳しく知る為だ。

 

「―――まずは昨夜の《新刃戦》、お疲れ様でしたわ。聞けば貴方たちは昨夜の戦いでかなりの大怪我を負ったと聞きましたけれど……その様子を見る限り、どうやら大丈夫そうですわね」

 

理事長室に入り、来客用のソファへ俺たちが座ると理事長、九十九朔夜(つくもさくや)は妖艶な笑みを浮かべながらそう口を開いた。

俺はそんな彼女に向かって苦笑いを浮かべる。

 

「ええ、《超えし者(イクシード)》の卓越した回復力って奴で何とか動ける位には大丈夫ですよ」

 

「くはっ、随分と治るのが早いじゃねぇか《異常(アニュージュアル)》。テメーらより軽傷だったあの銀髪と《異能(イレギュラー)》はまだベッドの上だってのによぉ」

 

「……月見先生、元々そういう口調なんですか?」

 

「ああ、理事長や三國の前では大体この口調だぜ」

 

「ガラ悪いな……理事長、なんでこの人を教師として雇ったんです?」

 

「入学当日に三國から説明されたでしょう?璃兎は人格面に問題はあれど、技術や能力については申し分無いので手元に置いているのですわ」

 

「……なあ、《異常(アニュージュアル)》妹。アタシってそんなに人格に問題あるように見えんのか?」

 

「…………ええ、まあ……はい……」

 

目を逸らし、苦笑いを浮かべて肯定する優月とそれに少しながら傷付いているようにも見える月見先生を尻目に、俺は理事長からあの日の事について聞く。

それによって俺たちは月見先生の裏の顔を知ると同時に、今回の《新刃戦》で月見先生が透流たちを殺す気で襲い掛かった事を聞いた。そしてその理由も。

 

「現場の判断を月見先生に任せるって……それで本当に透流さんたちが死んだらどうするつもりだったんですか?」

 

「その時は所詮、彼らもその程度の実力しかなかっただけの事。私は過酷な環境で芽吹く種子(シード)こそ、美しき花を咲かせると考えていますの」

 

「美しき花、ですか……そしてそんな花がいつか《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至ると?」

 

「そういう事ですわ」

 

「でも、その果てに何があるかは分からないんだろう?」

 

「だからこそ、私は見たいのですわ」

 

俺たちはそんな話を数分程した後、俺はある事を理事長に聞いた。

 

「理事長、聖槍十三騎士団って何なんです?裏に通じているのなら分かるとヴィルヘルムは言っていたんですが……」

 

そう俺が問いかけると理事長は、少し眉を潜めて説明を始めた。

 

「―――彼らは第二次世界大戦(World War Ⅱ)にナチスドイツの裏の裏で作られた集団ですわ」

 

元々は当時の指導者たち―――ラインハルト・ハイドリヒやカール・ハウスホーファーを含んだ当時の上級将校たちの秘密クラブのようなものだったらしい。

しかしある時、一人の魔術師が介入した事により、そのオカルト遊びを模した組織は本物の魔人の集団へと変化する。

 

「黒円卓の団員全員は国連の裏ルートで顔などの情報が公開され、莫大な懸賞金が懸けられていますわ。その総和は主要先進国の軍事予算に匹敵―――いえ、それを超えるでしょう」

 

「……それってすなわち、たった十三人の戦力が主要先進国に匹敵するって事ですか?」

 

「そういう事になりますわね。少なくとも一人でも倒せば一生遊び暮らしてもお釣りが出る程の懸賞金が出ますから……」

 

そして第二次大戦から百八十年経った今でも団員は目撃されており、全く同じ容姿であることから年を取らないとか不老不死だとか言われているという。

現在騎士団の存在を知っているのは、一部の国の指導者と裏に深く通じている者だけで、紛争地帯や内乱などでその姿を見たと報告されると即座に戦略爆撃機を出撃させるという程の恐るべき存在であるらしい。

そして昨日現れたヴィルヘルムは騎士団の中でもかなり知名度が高く、紛争地帯などではその姿をよく見られるそうだ。

そんな恐ろしい存在が昨日学園に現れたので、理事長はかなり焦ったらしい。

 

「なるほど……確かにそんな相手が学園に現れたら誰でも焦りますね」

 

「ええ、私も驚きましたよ。貴方たちの救援に向かう前に一度ここへ報告の為に立ち寄ったのですが、その時の理事長は部屋の中を落ち着き無く行ったり来たりしていましたからね……長年、側についていますが理事長のあんな姿は今まで見たことがありませんでした」

 

「まじか〜……見たかったな〜、うろうろしている姿。《焔牙(ブレイズ)》破壊されてなかったら、アタシも見れてたかもしれねーな……」

 

「……とにかくこの事は他言無用でお願いいたしますわ。……正直、こんな話をしても信じる者は少ないでしょうが、あまり言いふらしていいような話でもありませんからね」

 

「分かりました。とりあえず他の奴に聞かれてもなんとか誤魔化しておきますよ」

 

「お手数ですが……頼みますわ」

 

その後、理事長室を後にした俺たちは寮の自室へと戻ってGWの予定を話し合ったり、聖槍十三騎士団について色々と話したりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、GWは体を大事にするということで寮で過ごすことにし、俺たちは寮の自室で毎日をゆっくりと過ごしていた。

そんなある日の夜―――

 

「―――ん……兄さん……兄さん……?」

 

聞き覚えのある声が俺の耳に届く。それを受けて俺の意識は薄っすらながら覚醒する。

 

「ん……優月?どうした?こんな時間に……」

 

顔を覗き込んでくる優月に問い掛けながら、枕元に置いてある時計をチラと見ると時刻は夜中の十二時位を指していた。

 

「起こしてすみません……実はついさっき隣の部屋から誰かの絶叫が聞こえて……扉が閉まる音がしたんです」

 

隣の部屋―――俺たちの部屋は二階の一番端だ。なので隣の部屋と言われれば一つしかない。そしてその部屋に寝ているのは―――

 

「透流とユリエの部屋か……」

 

「どうしたんでしょうか……?」

 

こういうのはあまり首を突っ込まない方がいいのだろうが、俺は隣の二人の事に関して色々と気になっている所があるので―――

 

「……ちょっと様子を見てくるか。優月は?」

 

「……兄さんも行くなら私も行きます。そもそも兄さんを起こして隣の部屋云々を言い出したのは私ですし……」

 

そう決めた俺は廊下に出ようと扉に手を掛けたが、バタンと隣の部屋からもう一度扉が閉まる音が聞こえた為、少しだけ扉を開けて隙間から廊下を見る。

 

「……あれは」

 

そこに居たのは銀色の髪の少女。あれだけ目立つ髪色だからあれが誰なのかは言うまでも無いだろう。少女は自室の扉を閉めるとラウンジの方へと向かっていった。

 

「……ユリエさん、こんな時間にどこに行くんでしょう?」

 

扉の隙間から俺と同じようにユリエを見ていた優月は静かに呟く。

その後、ユリエの姿が完全に闇に包まれて見えなくなったのを確認した俺たちも自室から出て、ラウンジへと向かう。

 

 

ラウンジに着くと、透流とユリエはバルコニー近くの場所で何やら言い合っているようだった。俺たちはラウンジの入り口近くにあるソファの陰に身を隠して、彼らの様子をこっそりと伺う。

 

「トールがうなされているときの言葉が、聞こえました……。音羽……どうして……答えろ……許さない……絶対に――――――お前を殺してやる、と」

 

「…………忘れてくれ」

 

「それが……トールの()()ですか……?」

 

「忘れてくれ……!」

 

ラウンジ内の空気を震わせる透流の叫び。が、ユリエはゆっくりと首を振り―――

 

「私も―――」

 

上に着ていたシャツをはだけさせ、月光の下へその白い肌を晒した。

 

「ユリ、エ……?」

 

(……あれは)

 

「私も、トールと同じです」

 

「俺と……同じ……?」

 

その瞬間一陣の風が吹き抜け、彼女の銀色の髪(シルバーブロンド)が舞う。

そんなユリエの背中には一条の傷痕があり、ユリエがある事を告白する。

 

 

 

「私もトールと同じ―――《復讐者(アベェンジャー)》です」

 

 

「な……!」

 

「《復讐者(アベェンジャー)》……ですか」

 

「っ!?誰だ!?」

 

ユリエの発言を聞いて悲しそうに呟いた優月の言葉が聞こえたのか、透流とユリエは揃って警戒をする。

もうバレたのなら仕方ないなと内心苦笑いを浮かべた俺は優月と一緒にソファの陰から出て、二人の前に姿を表す。

 

「……影月と優月……?」

 

「よぉ……その……なんだ」

 

「……お二人とも、いつからそこに……?」

 

「……透流さんとユリエさんが言い合いを始めた時位からですね」

 

「優月が隣の部屋から絶叫が聞こえたって言ってな……気になって見に行こうとしたら、丁度ユリエを廊下で見かけたから着いていったらここに……って感じだな」

 

俺の説明に透流は若干赤面している。どうやらその絶叫は透流のものだったようだ。

それよりも俺はある事に赤面しかけているのだが。

 

「……なあ、とりあえずユリエ」

 

「?はい……?」

 

「シャツ、ちゃんと着てくれないか?」

 

「―――っ!!ヤ、ヤー!」

 

俺たちが姿を現してからユリエはずっとシャツをはだけさせたままこちらを見ていた。それはつまり彼女の胸部がかなりきわどい所まで見えているという事実に他ならなくて―――それに気付いたユリエは咄嗟にシャツのボタンを掛けてくれた。

 

「す、すみません……」

 

「いや、気にしてないし見えてもないから大丈夫だ」

 

「兄さん……」

 

何か言いたそうに見てくる優月の半眼をスルーして、俺は咳払いを一つして話を戻す。

「それにしても……復讐か」

 

「……なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」

 

俺がそう呟くと透流は先ほどまでの雰囲気をガラッと変えてこちらを睨んできた。ユリエもこちらを睨んでいる。

 

「別に何も無いさ。そんな事をするのはその人の勝手だし、事情を知らない俺らが口を挟むようなもんでも無いしな。まあ、ちょっとした警告のようなものは言わせてもらうが」

 

「止めないんだな……。それより警告って?」

 

「なんでしょうか?」

 

二人は俺の対応に驚いたような顔をしたものの、話を聞く姿勢になった。

 

「……復讐を誓った奴がただただその相手を倒す為の力を求め、最終的に復讐を成し遂げた結果……そいつの心にはある感情が生まれる。それが分かるか?」

 

「復讐を成し遂げた結果、生まれる感情……?分からないな……」

 

「ナイ、私も分かりません」

 

「……そうした思いを持って復讐を成し遂げた奴はな、無気力になるんだよ。もうちょっと分かりやすく言い換えると、その後の生きる目的を失うって感じか」

 

「……生きる目的?」

 

「そうですね……。最初の時は復讐する相手を倒す、あるいは殺す為に修行をしたり勉強をしたりと色々努力するでしょう?つまり今の二人がそういう状況なのですが……」

 

「そうだなぁ……例えばだ、もし天下最強の剣士になりたいと言っている奴が居たとするだろ?そしてそいつが努力してあらゆる強敵を倒して天下最強の剣士になったとしよう。その後、そいつは何をすると思う?」

 

「……さらに腕を磨く……ですか?」

 

「そうだな。あるいは天下最強の剣士である自分を倒そうと挑んでくる奴と戦うとか、まあ色々あるだろ?」

 

何かの頂点を極めた奴はその目標を成し遂げた後も何かしらやる事が出てくる。ゲームで言うならラスボスを倒してエンディングを見た後に出現する隠し要素をやるとか、まだ獲得していないアイテムとか称号だとかを入手するなどまだまだ遊べる要素が出てくるだろう。しかし―――

 

「でも逆に個人的な感情で行う復讐って奴は、たとえ成し遂げてもその後には何も無いって事がほとんどだ。そりゃそうだよな?唯一の目的は復讐相手を倒す事なんだから、それが終われば他にやるべき事が一つも無くなる。相手を倒した以上は自分の牙をもっと鋭くする必要は無いし、自分に挑みかかってくる奴もほぼ居ないだろう。それ以上に虚しくなって何もする気が起きなくなるだろうしな」

 

「虚しく……?」

 

復讐とは激しい憎悪や悲憤と言った理性をねじ伏せる感情が纏わり付く。ではその復讐を成し遂げ、憎悪が晴れて理性が戻った瞬間、人は何を思うだろうか?

 

「大抵はやっと復讐を成し遂げたとか、あの人の仇を取れたとか思うでしょう。でもそれと同時にこうも思う筈です。()()()()()()()()()()()()()()()―――」

 

「……透流、ユリエがさっき言っていた音羽って子はお前の妹か?」

 

「……ああ」

 

「そうか、ユリエは?誰が殺された?」

 

「……パパです」

 

「分かった。ならよく考えてみろ。もし仇を取ってくれと頼まれたなら話は別だが、お前たちがその復讐相手を殺したとしてだ。……透流、それを見て妹さんは喜ぶと思うか?自分の兄が人殺しになってまで復讐を果たしてくれて嬉しい―――なんて言うと思うか?」

 

「っ……」

 

「ユリエだって同じ事だぞ?真っ当な人生を投げ捨ててまで復讐してくれてありがとうなんて……君の父親は言うと思ってるのか?」

 

「っ!……お、思いません……」

 

「そうだよな……それが家族なら尚更だ」

 

自分は何の為に復讐をしたのか?仇を取ってくれと殺された人から頼まれたから?それとも―――ただの自己満足の為に復讐したのか?

そんな事をずっと考えている内にその者の精神は少しずつ壊れていき、最終的には何もやる気が起きない廃人になるか、自分で自分が嫌になって自殺するというパターンになったりする。

 

「つまり復讐者に待っているものは……破滅です」

 

「破滅ですか……ですが、その後の目標をしっかり持っていれば―――」

 

「もちろん復讐を成し遂げた後に新しい目的を見つけて生きた者は居るし、初めから復讐した後の事も考えている者だって居る。だが、それでも平和に生きて死んだ者は一握りしか居ない」

 

「そもそも復讐っていうものはそう簡単に成し遂げられるものでもありませんからね。復讐しようと力をつけている最中にやられたり、あるいは復讐を果たした後にその復讐した相手の親しい者が復讐し返しに来た……なんて話もあります」

 

「「………………」」

 

俺たちの話を聞く透流とユリエは下を向き、黙ってしまった。おそらく今の自分の気持ちについて色々と向き合っているのだと思う。

 

「……とまあ、ちょっとした警告の割には散々リスクとか色々言ったが……何にせよ最終的に復讐するかしないかはお前たち次第だから俺たちは止めない。だが、本音を言うなら二人には復讐の道を歩んでほしくはない。それは君たちの亡くなった家族も同じような事を思っているだろう……」

 

「「…………」」

 

「でも、それでも復讐したいと言うなら……せめて憎悪には飲まれないようにするんだ。まあ、幸いな事に俺たちには《焔牙(ブレイズ)》っていう自分の心を武器にしたものがある。その形の真意を汲み取っていれば、そう簡単に破滅はしないだろう」

 

「真意……か」

 

「……私たちは警告しましたからね。二人とも、絶対に―――憎悪に飲まれて取り返しのつかない事をしないようにしてください。失ってから後悔するのが何よりも悲しいですからね。分かりましたか?」

 

「ヤー、分かりました」

 

「ああ、分かった」

 

優月の言葉に頷くユリエと透流はしっかりと決意したような表情を浮かべていた。これなら彼らが簡単に憎悪に堕ちる事は無いだろう。

 

「よし!ならもう今日は部屋に戻って早く寝ろ!俺もさっさと寝たいからな!」

 

「ははっ、分かってるよ。じゃあ俺たちも戻るか、ユリエ」

 

「ヤー」

 

そして俺たちはラウンジを出て自分の部屋へと戻る。そして透流とユリエの部屋の前で別れる際、二人は俺と優月に向き直った。

 

「じゃあ二人とも、俺のせいで起こしちゃってすまなかったな」

 

「気にするな。それとさっきまで喋ってた事は誰にも言わないから安心しとけよ?」

 

「ああ……。二人とも、本当にありがとな。じゃあまた明日……」

 

「ああ、おやすみ」

 

「ヤー、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい。二人ともゆっくり休んでくださいね」

 

そして二人は自分の部屋へと戻っていった。

 

「さてと……俺らも寝るかぁ……」

 

「そうですねぇ……ふわぁ……」

 

そして俺たちも自室へと戻り、再び寝始めるのだった。

 




次は二巻です。誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第十話

ヒャッハー!二巻突入だー!



side 優月

 

「ふわぁ……眠いです……」

 

「そんな事言わなくても分かってるって……俺だって眠いんだから……」

 

「あ〜……昨日はごめんな?俺とユリエのせいで睡眠時間削ってしまって……」

 

「影月、優月大丈夫ですか?」

 

透流さんとユリエさんに警告をした日の翌朝―――私たち四人は横一列に並んで座り、朝食を食べていました。

昊陵(こうりょう)学園の食堂は生徒数からすると余裕を持った広さであり、おかげで特に食事をする定位置は決められていません。

ですが、大半の生徒はいつも同じ場所で食事を()るのが当たり前となっていました。

なので私たち四人が揃って朝食を食べている事もごく当たり前の事であり―――この時間を共に過ごす相手が同じなのもごく当たり前の事になっていました。

 

「お、おはよう透流くんにユリエちゃん。影月くんと優月ちゃんもおはよう……」

 

並んで座る私たちに掛けられる聞き慣れた声。

その声の主―――みやびさん(本人から名前で呼んでほしいと言われたので名前で呼んでいます。ちなみに兄さんも名前で呼んでと言われたそうです)は私たちへ優しく笑い掛けながら挨拶をしてくれました。

 

「「「「おはよう((ございます))。みやび((さん))」」」」

 

同じ一年生であるみやびさんもまた、私たちと一緒にこの時間を過ごす相手となっていました。

みやびさんは透流さんとユリエさんに交互に視線を向けて僅かに逡巡した後、ユリエさんの前へと座りました。

 

「…………」

 

「……?兄さん、どうかしましたか?」

 

するとそんなみやびさんを見て、兄さんが薄っすらと笑みを浮かべているのに気付きました。

 

「ん?いや……なんだか賑やかになったなって思ってな」

 

「……ふふっ、そうですね」

 

確かにこの学園に来た時は色々と不安があったり、ついこの間の《新刃戦》で色々と大変な目にあったりしましたが、なんとか友人も多く出来ましたし、毎日を楽しく過ごす事が出来ていると思います。そんな毎日を兄さんは嬉しく思っているみたいです。無論私もですけどね♪

 

「そういえば……今日は一人なんだな。橘はどうしたんだ?」

 

そんな事を思っていると、透流さんがみやびさんにそんな事を言いました。そういえば今気付きましたが、みやびさんの《絆双刃(デュオ)》である巴さんが居ませんね。

 

「あ……(ともえ)ちゃんは今、みんなを起こしているところだよ」

 

「みんなを?」

 

「うん。寝ぼすけの子もいるから、遅刻しないようにって……。朝はいつもこの時間になると、みんなの部屋を回って起こしてるんだよ」

 

「ははっ、橘らしいな」

 

私たちが親元から離れて暮らし始めてから早一ヶ月余り。寮監が居ても生活リズムが乱れやすい朝を、巴さんが律しているんでしょう。それも多分自発的に。

生真面目であり几帳面である巴さんらしいですね。

そんな事を思っていると、透流さんが溜息を吐いてぼそりと呟きました。

 

「……だったら野菜を減らして肉をもっと多くしておけばよかったな……」

 

「へ〜……だってよ?橘」

 

「……九重、私が居ないのをいいことに偏食しようとするな」

 

「た、橘!?」

 

透流さんの呟きを聞いた兄さんがそう言いながら後ろを向くと、そこには怒気の篭った声で透流さんを見下ろし睨んでいる巴さんが居ました。

 

「おはようございます、巴」

 

「やあ。おはよう、ユリエ。影月も優月もおはよう」

 

「「おはよう(ございます)」」

 

これまで静々と箸を動かしていたユリエさんが頭に結んである鈴の音をチリンと立てながら頭を下げると、巴さんは微笑みながら挨拶をし、そして私たちにも挨拶してきました。

そして私たちも挨拶を返すと、巴さんはほっとしている表情の透流さんを再び睨んで―――

 

「何をほっとした顔をしているんだ」

 

「い、いや、ははは……」

 

「全くキミという男は……」

 

体を恐縮させる透流さんに溜息を吐きつつ、巴さんは透流さんの正面へと腰を下ろしました。

 

「し、仕方ないだろ。俺くらいの年の男子だったら、肉を食いたいって思うのは当然―――」

 

「その肉と同じ位の量の野菜を食べているのなら私だって何も言うつもりは無い」

 

「うっ……」

 

「だいたいキミは肉ばかり食べ過ぎだぞ。前々から言っているように、もっと野菜を摂るべきだ。ユリエやみやび、影月や優月を見習ってな」

 

ユリエさんのトレイには和風サラダに玉子焼き、メインの焼き鮭にお茶碗半分位の白米と日本の朝食らしい組み合わせの食事が乗せられていて、みやびさんはポトフにBLTサンド、そして飲み物に牛乳といった組み合わせになってます。

そして兄さんのトレイには漬け物やお味噌汁、生卵に焼き鮭、そして白米に飲み物は緑茶といったまさに日本食の定番とも言える組み合わせが乗っていて、私はスクランブルエッグや洋風サラダ、コーンスープにバターを塗った食パンといった洋食の組み合わせです。

 

「……え、影月もこの気持ち分かるよな!?」

 

「……透流、野菜も食べるべきだぞ?」

 

「ぐっ……」

 

巴さんの説教の中で兄さんを味方に引き込もうとした透流さんでしたが、ばっさり切り捨てられました。

 

「そうだ、この八種の温野菜サラダを食べたまえ。キミならこれくらい食べきれるだろう?」

 

巴さんはドン、とサラダが乗っている皿を透流さんの目の前に置きました。

 

「うげ……じゃなくて、い、いや、それじゃ橘の朝メシが少なく……」

 

「安心したまえ、私の分はもう一度取ってくる。……む、せっかくだからこの小松菜のしそ昆布あえもどうだ?それとこちらのひじきの煮物も―――」

 

「―――ああ、そういえば透流」

 

「っ!?な、なんだ影月?」

 

「いや〜、実はさっきあるものを多く取ってきてしまってなぁ……ちょっとお裾分けしてやろうと思ってな?」

 

兄さんがニコニコと笑いながら透流さんの目の前へ置いたのは、セロリが大量に入ったサラダでした。

 

「はっ!!?ちょ、ま……え、影月!?」

 

「セロリ、嫌いなんだろ?好き嫌いは無くさないと……なぁ?」

 

兄さんのわざとらしい笑みを見て、透流さんは顔を真っ青にさせて頭を抱えてしまいました。

 

 

 

 

 

 

朝食後、私たちは雑談を終えて教室へ行くと、見慣れた小柄な男子が机に突っ伏して寝ていました。

 

「なんでトラが教室(ここ)にいるんだ?」

 

「……退院してきたからに決まっているだろう、このバカモノ」

 

透流さんの呟きに耳聡(みみざと)く反応し、トラさんはあくびをしつつ伸びをしました。

 

「随分早い退院だな。後十日位は安静だっただろ?」

 

「ふんっ、そこまで休んでなどいられるか」

 

GW中、私たちはある程度動けるようになった透流さんたちと一緒に病棟へトラさんのお見舞いに行ったのですが……無様な姿を見せられるかと言われて即座に追い返されてしまったのです。

その後で看護婦さんから怪我の状況と退院予定日を聞いたのですが、どうやらトラさんは無理矢理退院してきたようです。

 

「無理して怪我が長引いたらどうするんだよ。大人しく寝とけって」

 

「透流の言う通りだな。それによく言うだろ?寝る子は育つって……いや、なんでもない」

 

「影月貴様ぁ!僕の事をちっこいと言うのかぁ!」

 

そんなトラさんの怒鳴り声にみやびさんはびくりと驚き、怯えるように透流さんの後ろに隠れました。

 

「大丈夫だって。今のは影月に突っ込んだだけだから」

 

「う、うん……。…………あ!」

 

透流さんがそんなみやびさんに笑い掛けると、彼女は一瞬目を見開き―――即座に一歩後ろへ下がって謝りました。

 

「ははっ、別に噛み付いたりしないって。影月もな?」

 

「だから俺らは犬かっての……」

 

そんな二人の一言にみやびさんはくすりと笑いました。

 

「しかし本当に大丈夫なのか?()()()()()()()キミの傷は相当なものだった。九重の言う通り、無理はしないほうが身のためだと思うぞ」

 

「その言い草からすると、お前も事情を知っているということか?」

 

トラさんの問いかけに巴さんが首を縦に振りました。

あの日、何が起こったのかはここにいる透流さん、ユリエさん、巴さん、みやびさん、トラさん、タツさん、そして兄さんと私は知っています。とはいえ私たちはただ説明を聞いただけなのですが。

あの後、巴さんとみやびさんは月見先生にやられたトラさんたちも含め怪我人全員に応急処置をしていたらしいです。まあ、その頃の私たちは病棟で治療を受けていたそうですが……。

 

「そうか、僕に応急処置を……橘、穂高、助かった。感謝する」

 

事情を理解したトラさんは二人に向かって頭を下げました。すると、透流さんと兄さんは何か信じられないものを見たような顔をしました。

 

「「…………」」

 

「……透流、その顔は何だ?」

 

「兄さんもどうしました?」

 

「「驚いてる」」

 

「どうして驚いてるのですか?」

 

チリンと鈴の音を立てて、ユリエさんが小首を傾げます。

 

「いや……だってトラが人に頭を下げてるから……」

 

「その程度で目を丸くするなっ!僕だって本当に感謝するときは頭くらい下げる!」

 

「だってトラだぜ!?なあ、影月!?」

 

「ああ!!」

 

「貴様らの中で一体僕はどんな扱いだっ!!」

 

「感謝する時もいつもの態度を崩さないとか思ってたぞ!?」

 

「俺も似たようなもんだな。つまりあれだ、「べ、別にこの程度の事で頭を下げて感謝なんかしないんだからね!?」って感じだな」

 

「ああ、つまりツンデレですね?」

 

「優月、男のツンデレってどう思う?」

 

「……いいと思いますよ?可愛いと思いますし!」

 

「か、かわっ……!?」

 

「……トール、トラ、影月。ケンカはよくありません」

 

「くすくす、ケンカじゃないから大丈夫だよ、ユリエちゃん」

 

兄さんたちの言い合いにみやびさんは小さく笑い、ユリエさんは首を傾げました。

 

 

―――それにしてもやっぱりこうやってふざけ合っている時が一番楽しいですね。だから私はこうやって楽しく笑っている皆さんの笑顔を―――

 

 

 

「―――そういえば、影月と優月も怪我をしたそうだな?聞く所によるとかなりの重傷を負ったそうだが……そんなに激しい闘いをしたのか?」

 

そんな事を思っていると、巴さんが突然私たちにそんな事を聞いてきました。

その言葉に透流さんたちや、私たちの会話を聞いていた他のクラスメイトの人たちは一斉に私たちへ視線を向けます。

 

「ん?まあ……激しかったな。あの()()は」

 

「そうですね……今思えば、死んでいてもおかしくなかった戦いでした……」

 

「死んでもおかしくない……?」

 

私の言葉に首を傾げる透流さんたちを見て、私たちは苦笑いを浮かべます。

 

「影月、優月、それは一体どういう―――っとチャイムだな。また後で聞かせてもらおう」

 

鳴り響く始業のチャイムに巴さんは私たちへの質問を切り上げて自分の席へと向かっていきました。それを見てみやびさんや透流さんたちも自分の席へと向かい始め、私たちもまた自分の席へと座ります。

そして―――

 

「おっはよーん♡GWは楽しかったー?まさかと思うけど遊びすぎて課題をやってこなかったイケナイ子はいないよねー?いるんだったらすぐに手をあげなさーい♡」

 

「―――っ!!」

 

チャイムが鳴り終わって教室へ入ってきた月見先生を見た瞬間、数人の息を飲む音が聞こえました。

それを受けてすぐに視線を向けると、透流さん、ユリエさん、巴さん、みやびさん、トラさん、タツさんが立ち上がっていて、それぞれが胸に手を当てて《力ある言葉》を口にしようとしましたが―――

 

「―――おいおい、どうしたんだよ?六人揃って胸に手を当ててさぁ?」

 

『なっ……!!?』

 

透流さんたちにとっては目にも止まらぬ速さで移動した兄さんは、一番近くにいた透流さんとユリエさんの手を掴んでニヤリと笑いました。

 

「もう授業が始まるぞ?それと許可無く勝手に《焔牙(ブレイズ)》を具現化したら怒られるって月見先生に言われただろ?忘れたのか?」

 

「そうですよ。だから、ほら―――早く席に座ってください」

 

私と兄さんはそう言いながら、薄っすらと威圧するような殺気を向けます。

それを受けた皆さんはとても驚いた表情で私たちを見ましたが―――

 

「二人の言う通りです。六人とも座りなさい」

 

月見先生に続いて入ってきた三國先生にピシャリと言われ、皆さんは困惑しつつも席に座りました。

 

「さっ☆それじゃあ久しぶりのHRをはっじめるよー♪」

 

そう言いながら、月見先生はGW前と変わらない調子でHRを進めていきます。

その最中、私は横目で先ほど立ち上がった皆さんの顔を見てみましたが、その顔は明らかにこの状況に困惑しているといった表情を浮かべていました。さらに兄さんや私がなぜ自分たちを止めたのか分からないといった表情も浮かべていました。

 

「というわけで事前に説明していたとーり、成績の良かった《絆双刃(デュオ)》は特別賞与として《昇華の儀》を土曜日に受ける事が出来るから。えーっと、受けられるのは―――」

 

呼ばれたのは透流さん&ユリエさん、巴さん&みやびさん、トラさん&タツさん、兄さんと私、そして他二組の《絆双刃(デュオ)》でした。

曰く、三勝以上が特別賞与の目安らしいです。

 

その後、今後の授業の事や今月の下旬に二年生と行う交流試合、七月には臨海学校がある旨が伝えられてHRは終わりました。

チャイムを合図に月見先生が教室から出て行き、それに続く形で三國先生も出て行く―――かと思いきや、三國先生は何かを思い出したかのように振り向いて、私たちに言いました。

 

「そういえば影月くんに優月さん、《新刃戦》の時のお礼をまだ言っていませんでしたね。あれを退けてくれてありがとうございました。理事長もお礼を言っていましたよ。では」

 

三國先生は私たちへ頭を下げると教室を出ていきました。

そんな三國先生の言葉にクラスメイト全員が私たちへ視線を向けますが、そこで一般学科の先生が教室に入ってきた事で皆さんは視線を前へと戻し、授業を受け始めました。

 

 

 

そして休み時間に入ってすぐの事―――

 

「あれはどういう事だ、二人とも」

 

私たちは次の授業の準備をする暇も与えられずに、透流さんたちに廊下へと連れ出されました。

 

「ふむ、どういう事かと言われてもな。見ての通りとしか言えないが?」

 

「ふざけるなっ!僕たちはなぜあの女が再び現れたのか聞いているんだぞ!」

 

「なぜって……彼女が俺たちのクラスの担任だからに決まってるだろ?」

 

「なっ……!そ、そういう事では無くてだな―――」

 

「もう……それなら本人に直接聞けばいいんじゃないですか」

 

「本人?」

 

私はそう言っておもむろに廊下の窓を開けました。すると―――

 

「ああ、教えてやるぜ、《異能(イレギュラー)》」

 

先ほどから主題となっている人物の声が聞こえ、窓から月見先生が入ってきました。

 

「よぉ、窓を開けてくれてありがとよ。《異常(アニュージュアル)》」

 

「いえいえ、そろそろ入ってくるかな〜とか思ったんで開けただけですよ」

 

私が月見先生と楽しく談笑する様子を見て、透流さんたちは困惑しながらも敵意を向けていましたが―――

 

「―――あのなぁ……お前ら、いい加減にしろよ」

 

「本当にそうだよなぁ……見ての通り、アタシはおめーらと()り合うつもりは微塵も無いんだぜ?」

 

面倒そうに頭をかいた兄さんと月見先生は透流さんたちに向けて先ほどよりも少し強い殺気を向けました。

それを受けた透流さんたちは再び困惑し、元々荒事に慣れていないみやびさんは殺気を放つ兄さんを見て涙目になります。そんな様子を尻目に兄さんは続けます。

 

「……月見先生はこの通り、首になってない。見れば分かるだろ?この人は今も教師だ」

 

「……俄かには信じ難いけど、どうやら本当らしいな」

 

「だぁめだよ、九重くん☆先生にはきちんと敬語を使わないとねっ♡」

 

「……もう少しで殺されそうになった相手に無理を言うな」

 

「くはっ、死ななかったんだから堅苦しいこと言うなっての」

 

「だったらあんたも敬語を使えなんて堅苦しいことを言わないでくれ」

 

「っ!全くだ!いいセンスしてるよ、《異能(イレギュラー)》!!くぁーっはははは!!」

 

月見先生は透流さんの返しに目を丸くし、腹を抱え膝を叩きながら笑いました。

そしてその笑いが収まると、月見先生は愉しそうな笑みを浮かべながら腕を組んで壁に寄り掛かります。

 

「……ならば僕から質問だ。どこの誰がどんな理由で僕たちを襲わせたのか貴様の口から答えてもらおうか」

 

「くはっ、いいか覚えとけガキども。世の中には《超えし者(イクシード)》が鬱陶しいって思ってる輩が沢山居るのさ。まあ守秘義務ってのがあるから詳しくは言えねーが、何処ぞの正義を掲げる国とかな」

 

「それって……」

 

「まさか……そんなバカな。国家が出てくるような話だと言うのか……」

 

驚きを隠せない巴さんへ、月見先生は戯けるように言います。

 

「くはっ、覚えておきな。世界中ほとんどの国には暗部ってもんが存在する。そしてそれはこの昊陵も同じ―――つまりこの学園は日本という国にとっての暗部なのさ。でなけりゃ秘密裏とはいえ、ナノマシンで化け物制作っつー非人道的行為なんて出来るわけねーだろ」

 

「つまりそういう事だからお前たちを襲うように指示したのは誰だとか、どんな理由でだとかは教えられないそうだ。……まあ、俺たちはちょっと厄介な奴らに目を付けられたから、多分それなりに深く関わると思うけどな」

 

「厄介な奴ら?それはどういう―――」

 

「“Lestzte Bataillon”―――といえば、トラさん辺りなら分かるんじゃないですかね?」

 

「―――第三帝国だと……!?」

 

トラさんと巴さんが愕然とした表情を浮かべ、透流さんたちは訳が分からなさそうに首を傾げます。

 

「おい、ちょっと喋り過ぎだぞ?《異常(アニュージュアル)》」

 

「すみません月見先生。―――ですが、彼らに話しておいて損は無いでしょう?彼らはいずれまた現れるでしょうから……」

 

「……確かにそうかもしれねーがとりあえず今はやめとけ。まだあちらさんが本当においでなすかどうかは分からねーんだからよ。ま、それでもいつ話すかはおめーらに任せるわ。……さてっと、そろそろ休み時間も終わっからまた後でな。授業に遅刻すんじゃねーぞ」

 

そして月見先生はひらひらと手を振りながら去っていきました。

 

「……さて、俺たちも教室に戻るか」

 

「そうですね。それじゃあ―――「待て!」」

 

月見先生を見送り、私たちも教室に戻ろうとした瞬間に巴さんが私たちを呼び止めました。その顔は困惑や疑念、そして不安などが浮かんでいました。

 

「キミたちは……全て知っているのか……!?厄介な奴らとは……?」

 

「……全て、と言うわけではないが、君たちよりは知っている。それと厄介な奴らについてだが、また今度教えてやるよ。まあ……理事長から聞いた話をそのまま伝えるようなものなんだけどな」

 

そう言って苦笑いを浮かべた兄さんは教室へと入って行き、私もそれに続きます。呆然とした表情の透流さんたちを残して―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後のある夜―――

 

「―――き、優月……?」

 

「う……うぅん……?兄さん……?」

 

耳元で誰かが自分の名前が呼んでいる―――そんな感覚を感じた私は深い闇の中から意識を覚醒させました。

眠い目をこすって瞼を少し開いてみれば、そこにはベッドの囲いの上から顔を覗かせている兄さんが私を見つめていました。

私はそんな兄さんを尻目に枕元に置いてある時計を見て、少しだけ憂鬱な気分になります。

 

「まだ一時じゃないですか……そんな時間に起こさないでくださいよ……」

 

私は少しだけ怒りながら、兄さんとは反対側の方へと寝返りを打って掛け布団を被りました。

しかし―――

 

「……優月」

 

「!?」

 

兄さんは私の寝ている二段ベッドの上段へと登り、掛け布団を無理矢理めくって私を引き寄せました。

 

「えっ!?あ、あの……兄さん!?い、いきなり何を……あ、あぅ……」

 

いつもなら絶対にしないような事をされた私は一気に眠気など吹き飛んで、ドキドキしながら兄さんに問い掛けました。でも―――いつまで経っても兄さんから返事はありません。

 

「……兄さん?どうし―――」

 

私がそうして抱き寄せられてから一分程経ち、なんとか落ち着きを取り戻した私は兄さんの顔を見て―――言葉を失いました。

 

「兄さん……?なぜ……泣いているんですか?」

 

「…………」

 

兄さんは私の顔を見て、無言で涙を流していました。とても悲しそうな表情を浮かべながら―――

 

「……兄さん」

 

私がそう、優しく言うと、兄さんは無言で私を優しく抱き締めてくれました。

 

「あ……」

 

「……優月……しばらく……このままでいいか……?」

 

「……はい、いいですよ」

 

私が了承すると、兄さんはさらに優しく、壊れ物を扱うように抱き締めてくれました。

私もそんな兄さんを抱き締め返して、優しく問い掛けます。

 

「兄さん、突然どうしたんですか?」

 

「……いきなりごめん……でも、少し怖い夢を見てしまって……」

 

兄さんは私にぽつりぽつりと理由を話しながら、静かに泣き始めました。

 

「夢ですか……どんな夢だったんです?」

 

「……優月が……俺の目の前で……死んでしまって……!」

 

―――ああ……。それはつまり―――

 

「……守り切れなかったんですね。守りたいと言っていた私の事……」

 

「っ!ごめん……!優月……!」

 

これは……兄さんの悩みが夢に現れた結果なんでしょうね。兄さんは昔から自分が守ろうとしている人に守られてしまうという事について色々と悩んでいましたから……。

 

「謝らないでください。私はちゃんと兄さんに守られていますよ。ほら―――今だって、ちゃんと守ってくれてるじゃないですか」

 

「っ……優月……」

 

私がそう言うと、兄さんはまるで私自身の体温をしっかりと感じたいといった風に抱き締めてくれます。

……こうやって私を大事に思ってくれるからこそ、私は兄さんと離れたくないんですよね……兄さんはきっと私の事をブラコンだとか思っているかもしれませんが……正直な所、兄さんも私のブラコンに負けない位シスコンだと思います。まあ、要するに私たちはお互いにかけがえのない存在同士なんでしょう。

 

「―――私は兄さんに守られています。だから大丈夫ですよ?それに……私は兄さんを残して先に死んだりしません。さっき兄さんが見てたのは全部夢ですから……忘れてください。ね?」

 

「優月……ありがとうな……」

 

そういうと兄さんは安心したのか、涙を浮かべた笑顔でお礼を言った後、静かに目を閉じて眠ってしまいました。どうやら泣き疲れて眠ってしまったようですね。

 

「……私の方こそお礼を言いたいですよ。今、私がここに居られるのは兄さんのおかげなんですからね……おやすみなさい」

 

私は眠ってしまった兄さんにそう言った後、再び襲い掛かってきた眠気に身を任せて、意識を闇の中へと沈めていきました。兄さんの温もりを全身で感じながら、ゆっくりと―――

 




誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第十一話

お楽しみください〜!



side 影月

 

「…………」

 

皆さんどうも、如月影月です。今、俺は教室にて朝のHRが始まるのを席に座って待っています。

……え?なんかテンション低くないかって?まあ、確かに少し低いですね……なぜなら……。

 

「〜♪」

 

俺の隣に座っている優月がとてもニコニコとしていて機嫌がいいから。

いや、別にそれだけなら俺だってテンションは低くないですよ?でも優月の機嫌がいい理由を考えると……。

はぁ……やっぱり昨日の俺はどうかしていたらしい。別に怖い夢を見る事は誰にだってあるだろう。でも怖い夢を見た後に怖くなって妹のベッドに入る兄がどこにいるだろうか?―――今、お前だろとか思った奴出てこい。

あの後朝になって、色々と後悔してしまったんだからな?優月に情けない姿を見せてしまったとか、無意識とはいえああいう事をしてしまった為に、優月がまたブラコンをこじらせてしまうとか……。ああ、色々な意味で本当に後悔している。

ちなみに俺が内心後悔している間にもクラスメイトは続々と教室へ集まってきており、俺や優月に朝の挨拶をしてくる。が、数人のクラスメイトたちは優月の機嫌が気になったのか、俺になんでこんなに機嫌がいいんだと聞いてくる。……というか本人に聞かないで、なぜ俺に聞くんだ?

まあ、しかし俺に聞いてくるおかげで優月が変な事を言って周りの誤解を招く可能性はかなり低い。だがいつまでこの状況が持つか……そろそろ優月本人になぜ機嫌がいいのか聞いてくる奴も出てきそうな気がするが―――

 

 

 

「影月、優月、おはようございます。―――?優月、なぜそんなに機嫌が良いんですか?」

 

 

―――と思っている側からユリエが聞きやがった。そんな質問を聞いた優月はすごくにこやかな笑顔を浮かべた。

 

「あ♪ユリエさん、聞いてください!実は兄さんが昨日の夜に―――」

 

「おはよう、影月と優月。なあユリエ、そろそろチャイムが鳴るから座るぞ?」

 

すると今度は透流がやってきて、なんとユリエにそんな事を言って連れて行こうとしてくれた。

 

「あ、トール……。ですがまだチャイムが鳴るまで時間が―――」

 

「あ、おはようございます♪そうそう!透流さんも聞いてくださいよ!実は兄さんが昨日の夜に―――」

 

「あ〜……悪い優月。今、ちょっとやる事があるから話を聞くのは後でな?」

 

「む……分かりました」

 

透流からそう言われた優月は仕方なさそうに身を引く。そしてユリエを先に行かせると、透流は俺の方に来て耳打ちしてきた。

 

『何があったか知らないが、なんか嫌そうな顔をしてたから一応助けておくぞ』

 

『すまない……ありがとう』

 

どうやら何かを察してくれたようで、俺は透流に小声でお礼を言った。

 

「はいはーい、HRはっじめるよー☆その前に今日は転入生を紹介するよー☆入ってきてー」

 

そしてそんな事を言いながら教室に入ってきた月見先生の後ろにはその転入生とやらが居て―――

 

「あんたが《異能(イレギュラー)》―――九重透流ね」

 

開口一番、転入生が発した言葉はそんなものだった。

 

その新入生の容姿を見た瞬間、ほとんどのクラスメイトが息を呑んだ。

教室に入ってきたのは黄金色の髪(イエローパーズ)蒼玉の瞳(サファイヤブルー)という誰しもが目を引く外見の外国人美少女。

髪と瞳だけではなく、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだグラビアアイドル顔負けの魅力的なスタイルは、男子のみならず女子にも溜息をつかせる。

 

(…………ん?)

 

そんな事を思っていると、突然俺の視界にノイズが走る。

そのノイズの向こうに見えたのは、同じく黄金色の髪(イエローパーズ)で、深緑の眼(エメラルドグリーン)をした、白いドレスを身につけた少女だった。その少女の口元はとても優しそうな笑みを浮かべていて―――次に瞬きした時にはその少女の姿は消えていた。

 

(……今のは……?)

 

幻覚……のようにも思うが、それとは少し違う感覚がする。それはまるで前にその少女と会った事があるかのような感覚なのだが……でも俺は先ほどの少女と会った記憶は無い。

 

(……いや、今はそんな事考えても仕方ないか)

 

そう思った俺は思考を中断し、意識を教室に戻す。すると透流が黄金の少女に無理矢理連れて行かれる形で教室を出ていこうとしていた。どうやら透流は早速あの子に目を付けられたらしい。

それから透流は二時間目の途中位から戻ってきたが、月見先生が授業とHRをサボった罰として学園の外周を走ってこいと言われ、とてもげんなりとした表情をしていたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……信じられませんわ」

 

俺の目の前で理事長―――九十九朔夜はパソコンの画面を食い入るように見ながらそんな事を言った。その隣では同じく食い入るようにパソコンの画面を見ている研究員の人が唖然とした表情で首を縦に降っていた。

 

「え、え〜と……」

 

「な、何が信じられないんでしょうか……?」

 

そんな二人に俺と俺の隣に居た優月は戸惑いながらも問い掛ける。

なぜこんな事態になっているのか……それは以前の《新刃戦》の特別賞与を透流たちと一緒に受けに来たのだが……最後に残った俺たちの《位階昇華(レベルアップ)》を始めようとパソコンを操作していた研究員の方が突如、顔色を変えて理事長を呼びに行ったのだ。そして連絡を受けた理事長が来てこの状況である。

すると理事長はゆっくりと俺たちの方を見てぽつりと呟く。

 

「……貴方たち二人とも……《(レベル3)》相当になってますわ」

 

「「……えっ?」」

 

その言葉に俺と優月は揃って疑問の声を上げる。《(レベル3)》相当?……今まで一度も《昇華の儀》を受けた事が無いのに?

 

「本当……なんですか?」

 

「は、はい……こちらのデータでは体力や筋力を含めた全身体能力数値が《(レベル3)》になった《超えし者(イクシード)》相当を指しています」

 

「さらに……如月優月。貴女に至っては《(レベル4)》と称しても問題無い数値になってますわ」

 

「レ、《(レベル4)》?」

 

「……おかしいですわね……本来、《焔牙(ブレイズ)》というのはこの様な《昇華の儀》を受けないと《位階昇華(レベルアップ)》しない筈なのですが……」

 

「……つ、つまりどういう事なんですか?」

 

「……あくまで現時点の推測で一番有力なのは……やはりヴィルヘルムでしょうか。彼と死力を尽くして戦った結果《位階昇華(レベルアップ)》した―――としか考えられませんわ。あくまで現時点ですけれど」

 

ヴィルヘルムと全力で戦った結果、位階が上がった?……正直、あまりにも荒唐無稽過ぎじゃないかと思うが……それ以外に考えられる理由も無い。

 

「……一先ずお行きなさい。いずれまた原因調査の為に来てもらいますけれど……貴方たちはもしかしたら《昇華の儀》を受ける必要が無いかもしれませんわね」

 

そう言った理事長は俺たちに退室を促して、長考に入ってしまった。となればここに居る俺たちはきっと邪魔になるだろう。

 

「……分かりました。失礼します」

 

「理事長、また何かあったら相談しに来てもいいですか?」

 

「……ええ、構いませんわ。さあ、お行きなさい」

 

俺たちは最後にそう会話を交わした後、部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから職員棟を出た俺たちは、一足先に外に出ていたいつものメンバーと合流する。

 

「お、影月と優月、遅かったな?」

 

「確かに。何かあったのか?」

 

すると会って開口一番、透流と橘がそんな事を聞いてきた。俺と優月はそんな二人に向かって色々な意味を込めた苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、色々な意味で異常事態が起きてな?」

 

「異常事態だと?それは一体……?」

 

「まあ、それは後で話すとして……お前たち、《位階(レベル)》が上がったって実感、あるか?」

 

「う〜ん……私はあまり実感湧かないな……ユリエちゃんは?」

 

「ヤー、私も同じです。見た目が変わるとかなら分かりやすいのですが……」

 

「なら……月見先生?聞いているんでしょう?」

 

みやびとユリエの言葉を聞いた優月は後ろに向かって声を掛ける。すると上から月見先生がにやにやと笑みを浮かべながら降ってきた。

 

「くはっ、やっぱし気づいてたか」

 

「ええ、ずっと私たちの話を聞いていたでしょう?」

 

「ああ、だが最初から気付いていたのは影月とお前だけみてーだがな」

 

突然現れた月見先生が優月と楽しく談笑する様子を見て透流たちは驚いているような表情を浮かべる。

 

「まあ、それはいいですから早く確かめに行きましょう。正直な所、私も実感が湧きません……」

 

「そっか、分かったぜ。んじゃー全員付いて来い」

 

そう言った月見先生は俺たちの脇を通り抜けて歩き出した。俺と優月はそのすぐ後を付いていき、透流たちも月見先生を警戒しながらも付いてくる。というか危害を加えないって言ってるのにいつまで警戒しているつもりなのだろうか……。それはそうと―――

 

『月見先生』

 

『あん?』

 

俺は月見先生の右後ろから、後ろに居る透流たちに聞こえないように小声で気になる事を聞いた。

 

『先生は先ほど職員棟から出てこられましたけど……もしかして俺たちの事、聞いています?』

 

『あ〜……あれだろ?《位階(レベル)》が《昇華の儀》を受けてねーのに上がってたっていう……あのお嬢様(朔夜)、お前らの事を異常だって言ってたぜ?ま、アタシも同じ事思ったけどよ』

 

『いや、まあ、はい……それで今から行くのは屋外格技場ですよね?』

 

『ああ、あのお嬢様から一つお前らの実力を見るように頼まれてな。まあ、アタシも色々気になってるから引き受けたって訳だ。もちろん、そっちの《(レベル2)》になった奴らの為ってのもあるが』

 

『……なんか色々とすみません……』

 

『てめーが謝る必要なんざねぇよ。元々アタシはなんであろうとおめーらを格技場に連れて行くつもりだったからな』

 

 

 

 

 

そして俺たちは月見先生の案内で屋外格技場に着いた。足元には砂が敷き詰められ、すり鉢状の観客席で囲まれたこの施設はローマの闘技場(コロッセオ)を彷彿とさせる。ちなみに俺たちはまだ授業でここを使った事は無い。

そんな事を思っていると、月見先生が携帯を取り出して誰かと話し始める。

 

「ちっす、アタシ。ああ、今は格技場。……そ、屋外の方。ああ、使()()()()からな。ん、じゃあ《異能(イレギュラー)》に代わるぜ」

 

そう言って月見先生は携帯を透流へと放り投げ、透流は慌ててキャッチした。透流は突然渡された携帯を見て一瞬逡巡した後、耳に当てて話しかける。

そして透流は電話相手が名乗ってきたのか、驚いた顔で電話相手の名を口にする。

 

「三國先生……!?」

 

(やっぱりか……)

 

電話相手はやっぱり三國先生か……などと思いながら横目で優月を見ると、目が合った優月は俺に苦笑いをしてきた。優月も俺と同じく、大方の電話相手を予想していたらしい。

 

「…………。分かりました。一応お願い出来ますか」

 

すると三國先生と話し終えた透流が通話を切ろうとしたので、俺はサッと透流から携帯を拝借する。

 

「お、おい影月!?」

 

「もしもし、三國先生?」

 

『その声……如月くんですか?』

 

受話器の向こう側から聞こえてくる確認の声に答えると、三國先生は何か頼み事があるのかと問い掛けてきた。

 

「はい、実は一つお願いがありまして……念の為に救護の方を数人、こちらに寄越してくれないでしょうか?」

 

『救護……ですか?』

 

「そうです。例え非殺傷で《焔牙(ブレイズ)》を振るっても、もしかしたらという事態が起こったりするかもしれません。それに俺と優月は個人的に少し試したい事があるんですよ」

 

『……もしや、殺意を込めて闘うつもりですか?』

 

「ええ、もしかしたら非殺傷時と色々勝手が違うかもしれませんからね」

 

『……分かりました。先ほど九重くんに頼まれて監視員を数人そちらに送りましたが、救護班も向かうよう指示しておきます』

 

「ありがとうございます。では―――」

 

通話を終えた俺は月見先生に携帯を投げ渡す。……横に居る透流やユリエたちの説明を求めるような視線が痛いが、特に説明する気も無いので俺は無視して話を進める。

 

「さてと、それじゃあ準備も済んだしやるとするか。お前たち、組み合わせはどうする?俺は優月とやるつもりだが……」

 

「……優月とはいつも模擬戦で手合わせしてないか?」

 

するとトラからそう指摘された。確かに俺は授業で優月と手合わせすることが多い。だから今回は別の相手と闘った方がいいのでは?という意図が伝わってくるが……。

 

「確かにそうだが……今の俺と優月は少し事情があってな。勝手が分かるまでお前たちと手合わせはしたくないんだ」

 

「それは……」

 

そう言われ、トラは少しだけ唸ったがとりあえず納得してくれたようだ。

結局、今回は普段手合わせをしていない組み合わせにしようという事になり、透流は橘と、ユリエはトラと、そしてみやびはタツと闘う事になった。

 

「よし、それじゃあ丁度監視員と救護の人たちも来た事だし……始めるか」

 

 

 

まず最初はみやびとタツの手合わせからする事となり、俺たちは邪魔にならないように客席で見守る事にした。

 

「それにしても……もう決まった事とはいえ、みやびさんの相手がタツさんでよかったんでしょうか……?」

 

確かにみやびは男性が苦手という精神的問題の他に、あまり戦闘も得意ではない。さらにタツの膂力は俺たちのクラス内でもかなりの上位だ。まあ、みやび自身は頑張ると意気込んでいたし、タツはある程度手加減すると言っていたが……確かに俺も色々と心配だった。

だが―――

 

「い、行くよ、タツくん!てやぁああああーーーっ!!」

 

「―――っ!!」

 

刹那、透流たちの息を呑む声が聞こえた気がする。

騎兵槍(ランス)》を手に地を蹴ったみやびは目にも止まらぬ、という程の速さではないが、これまでのみやびを知っていれば思わず驚いてしまうような速さで間合いを詰めた。

その想定外の速さに驚いたタツはそのまま棒立ちとなってしまい―――次の瞬間、あまり精神的によろしくない音が響き、次に激しい衝撃が闘技場を揺らした。

その衝撃の原因―――腹部を《騎兵槍(ランス)》で貫かれ、壁へ串刺しにされたタツを見て俺たちは唖然とするか、引きつった表情を浮かべる。

 

「おおぅ……結構派手な音したな……」

 

「……《焔牙(ブレイズ)》は非殺傷って知らなければ、結構ショッキングな場面ですね……」

 

「わわっ!だだだ大丈夫、タツくん!!?」

 

慌ててタツに近寄るみやび。それを見て念の為に救護を呼んでよかったなと内心思ってしまう。というかタツの奴死んでないよな……?

 

「驚きです。トールに近い速さでした」

 

ユリエですらも僅かに目を見開いてそんな事を口にする。それに驚くべき所はその速さだけではない。男子の中ではかなりの巨体であるタツを格技場中央から壁まで押し込んだ膂力にも注視するべきだろう。

 

「《位階(レベル)》が一つ上がるだけでこれほど変わるとはな……」

 

そんな事を言いながら気持ちを昂らせている透流を見て俺も考える。

位階(レベル)》がたった一つ上がっただけであれならば、《(レベル3)》相当と言われた俺と《(レベル4)》相当の優月は一体どれほどのものになっているのか。早く闘ってみて実感してみたいと思う反面、少しばかりの恐怖が心の中で湧き上がる中、この戦闘の後始末と次の試合の準備が行われる。

気絶したタツは救護の人たちによって観客席に運ばれ、みやびは観客席に、代わりに次に闘うユリエとトラが闘場へ降り立った所で次の試合が始まる。

 

「トラ、全力で行きます」

 

「望む所だ」

 

ユリエとトラ。言うまでもなくユリエは優月に並ぶレベルの速さを持ち、トラもユリエに次ぐ速さを持っている。

どちらも速さを武器にしているが、ユリエは我流の剣技で荒削りな部分があるものの激しい攻めを、トラは長年武術を学んでいる為に鋭く正確な攻めが持ち味だ。

 

「《無手模擬戦(フィストプラクティス)》なら互角だが、《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》となると話は変わってくるな。キミはどう見る、九重?」

 

「《焔牙(ブレイズ)》を使うトラの闘いは俺も始めて見るからな。ただ、それでもユリエかなと思う。《双剣(ダブル)》を手にしたユリエはまるで別人だ。俺自身、本気で()り合って勝てるかと言われたら厳しいと思うしな」

 

「なるほど、《双剣(ダブル)》のユリエとは私も闘った事があるからキミに同意だよ―――っと、動くぞ!」

 

そしてほぼ同時に動いた二人の速さを見て、俺は小さく感嘆の声を上げる。

 

「へぇ……速いな」

 

ユリエの両手に握られた《片刃剣(セイバー)》が左右から荒々しくトラに襲い掛かる。その一撃をトラは右の刃を《印短刀(カタール)》で受け止め、左の刃は僅かに体を捻る事で躱す。

そこからさらに追撃を行おうとするユリエに対して、トラは攻撃を避けつつ鋭い突きを繰り出す。その突きはユリエの鎖骨辺りに向かったが―――制服を掠めただけに終わる。

幾度と無く交差し、刃が空を切る音が、ぶつかり合う鋼の音が辺りに響き続ける。しかしそのような闘いの舞踏も唐突に終わりを告げる。

側頭部を狙った刃をユリエが上半身を反らして躱した直後、トラは体を独楽(こま)のように回して横薙ぎを繰り出したのだ。

俺ならバックステップで間合いを離すか、一気に相手の懐まで潜り込む所だが―――ユリエの取った選択は後者だった。

瞬時にトラの攻撃に反応したユリエは地を這うように体を沈み込ませて回避する。そしてトラの攻撃が頭上を通り抜けた瞬間、ユリエは立ち上がると同時に《双剣(ダブル)》を左右から振るい、その両刃はトラの腹部を斬り裂いた。

 

 

「よう、やられたなトラ」

 

「お疲れ様です。大丈夫ですか?」

 

「ふんっ、この程度、問題無い……。次は、勝つ……!」

 

決着が着き、観客席へ戻ってきたトラに声を掛けると、実にトラらしい負けず嫌いの答えが返ってきた。

しかし《魂》を斬られた事による消耗はそれなりのようで、トラは腰を下ろすと大きく息を吐いた。

 

「あ、ユリエさんもお疲れ様です。とてもいい闘いでしたよ?」

 

「ヤー、ありがとうございます」

 

そこへ少し遅れてユリエも戻ってくる。―――なぜか透流の上着を羽織って。

 

「……なんで透流の上着を着てるんだ?」

 

「……トールが女の子の肌が目立つのはよくないと言われたので」

 

……もしや先ほどの闘いで切り裂かれた鎖骨の部分の事を言っているのだろうか?別段青少年教育上は何も問題無いだろうに……。だが、透流の気持ちは分からない訳では無いのでとりあえず納得する。

そして第三戦―――透流と橘の模擬戦が始まる。

 

「行くぜ!!」

 

「―――っ!?」

 

開始の合図と共に地を蹴った透流の速さに橘が瞠目する。

透流の速さは先のユリエやトラと比べると幾分か劣るが、それでも三番目位に速かった。透流もそんな自分の速さに驚いている表情を浮かべながら突きを打ち込む。

 

「くっ……。そう簡単にはやらせんよ!!」

 

それを見て瞬時に驚きから立ち直った橘は防御姿勢を取る。

守備という技術に関して言うなら、橘の右に出る者は俺たちのクラス内に存在しない。更に言えば防御からの切り返しの技術についても同様の事が言える。

 

「せいっ!!」

 

透流の拳を掌で受けつつ、橘は身を捻り―――透流の突きの勢いを利用して投げ飛ばした。

しかし透流は宙空で体を回転させ、橘に顔を向ける形で着地する。

 

「っと……!やるな、橘!そっちも反射速度が上がって―――ってうおぉっ!?」

 

そんな透流を追撃する雫銅に気付いた彼は、咄嗟に横へ飛び退く。

 

「あっぶねぇ……」

 

「ふっ、今のをよく躱したものだ。だが、これはどうかな?」

 

そこから先は言っちゃ悪いが、先の二戦と比べるとかなり地味な展開となった。

(シールド)》という防御に特化した《焔牙(ブレイズ)》を持つ代わりに攻撃手段が殴る蹴るの接近技しか無い透流と、中、遠距離から攻撃出来る《鉄鎖(チェイン)》を持ち、接近戦もかなりの実力を誇る橘―――となれば、どんな戦闘が繰り広げられるかなんて大体は予想出来る。

つまり―――

 

「……最初に巴さんに投げられたのは辛いですね……」

 

中距離以上の距離を攻撃出来る橘が一方的に透流を攻撃するという状況になる。こういう勝負の焦点は近接攻撃しか出来ない者―――つまり透流が《鉄鎖(チェイン)》を潜り抜けて、橘の懐に入り込めるかどうかに掛かっている。

しかし橘の攻撃も完璧ではない。故に《鉄鎖(チェイン)》を避け、時には《楯》で防ぎながら、透流は隙をついて間合いを詰めていく。

そして―――

 

「ここだっ……!」

 

橘の攻撃をようやくかいくぐった透流は拳を構える。そしてそのまま決着か―――と思いきや。

 

「甘いっ!!」

 

踏み込んだ透流の足に《鉄鎖(チェイン)》が絡み付き、橘はそのまま《鉄鎖(チェイン)》を引く。

結果、透流は足を取られて大きくバランスを崩してしまう。そしてそんなその隙を逃す程、橘は甘くない。

彼女は透流の襟と袖を掴んで、大外刈りを掛けた。背中から地面に叩きつけられた透流は一瞬痛そうに表情を歪めるも、橘の動きは止まらない。橘は地面に伏せた透流の動きを封じる為、間髪を入れずに袈裟固めを仕掛ける。

 

「ーーーーーーーーっ!?」

 

「「あ」」

 

その時、透流は一瞬目を見開いた後に必死になって暴れ始める。そんな様子を見た俺と優月は揃って声を上げた。そんな俺たちを見てユリエやトラ、みやびが不思議そうな顔をしているが―――

 

「―――優月、問題発生だ。俺が橘を止める。透流の方は頼むぞ」

 

「了解です!」

 

そう告げると俺は闘場へと降り立ち、出入り口近くに立って透流たちの様子を見る。

 

「月見先生。倒すとは違いますが、完全に動きを封じたという事でこの場合は私の勝ちとしても宜しいですか?」

 

「くははっ、いいんじゃね?おっぱいプレスされて別の意味で昇天寸前って感じだし」

 

「え……?お、おっぱ……え?」

 

(なんで火に油を注ぐかな〜……あの兎……)

 

月見先生の言葉に橘の動きが止まる。

さて、ここまで来たら俺が何を指して問題発生と言ったのか分かるだろう。すなわち袈裟固めをされた透流の顔面に橘の胸が押し当てられていたのだ。

 

「ここ九重っ!?し、昇天とはどういう事だ!そんか破廉恥な事を考えて勝負に臨んでいたというのかキミは!?し、し、し……痴れ者ぉおおおおっっ!!」

 

「誤解だーーーーーーっ!!」

 

明らかに自分からやったというのに透流に色々と叫んだ橘は顔を真っ赤にしてこちらへと走ってくる。

俺はそんな橘に対して溜息を吐き―――

 

「―――よっ……っと!!」

 

走ってきた橘の勢いを利用して、彼女を背負い投げで思いっきり地面へと叩きつけた。

 

「ぐ、がはぁ!!?」

 

パニックになっていた上に突然地面に叩きつけられた橘は正気に返ったのか、普通の顔色に戻って俺を見る。

 

「な……き、如月!キミは一体何を―――」

 

「透流が誤解だって言ってるのに走り去ろうとしてるから止めただけだ。全く……少しは人の話を聞けっての……」

 

そう言って俺は橘を起こしながら落ち着かせるように言う。

 

「寝技を掛けた以上、胸が相手の顔とかにいってしまうのは仕方ないだろう?袈裟固めとかはしっかりと押さえ付けてないと逃げられるんだからさ……」

 

「……う、うむ……」

 

「それにさぁ……月見先生はああ言ってたが、透流は一言も昇天したとか、そんな事考えて勝負してたとか言ってないだろ」

 

「…………」

 

「……そもそも自分からやったのに透流を痴れ者呼ばわりって……」

 

「…………な、なあ、如月?怒ってる……のか?」

 

そりゃあまあ……穏やかな気持ちでは無いな。

 

「俺と優月、まだ闘ってないんだぞ?それなのにお前が走り去ったらここでこの話のオチが付いちまうだろうが……」

 

「わ、悪かった!!如月、私が悪かったからそれ以上メタい事を言うのはやめたまえ!」

 

―――おっと、怒りに任せてついメタい事を言ってしまった。

 

「兄さ〜ん!透流さんも落ち着きましたよ〜!」

 

「影月、その……橘を止めてくれてありがとな」

 

「お礼は別にいい。後になって橘がまた人目も憚らずに土下座して謝るとかしたら、透流も嫌だろ?」

 

「……そうだな」

 

「うっ……」

 

苦笑いしながら肯定する透流に橘は何も言えなくなり、小さくなってしまう。

 

「はぁ……とりあえず二人とも観客席に戻れ……。それと橘、また叫びながら走り去ったりするなよ?」

 

「う、うむ……善処しよう……」

 

……正直、視線を彷徨わせながら善処すると言われても信用ならないんだが……とりあえず今は信用しておこう。

 

「さて、それじゃあ俺たちは観客席に戻るか」

 

「そうだな……如月、優月、二人の闘いも楽しませてもらうぞ?」

 

そう言い残した透流と橘は観客席へと戻っていき、俺と優月は揃って溜息を吐く。

 

「はぁ……やっと俺らの番か……なんか結構待った気がするなぁ……」

 

「ふぅ……そうですね……橘さんが走り去ろうとした時は色々と焦りましたけど、なんとか収まったみたいでよかったです」

 

俺たちはそんな事を話しながら闘場の真ん中へと移動して準備を整える。

 

「さてと……兄さん、分かってるとは思いますけど……手加減は無用ですからね?」

 

「分かってる。その代わり優月も本気で来いよ?どうせ多少怪我したって何とかなるからな」

 

その為に救護も頼んだわけだしな。そう言うと優月は苦笑いを一瞬だけ浮かべ―――すぐに真剣な顔になって俺を見据える。俺もそれを見て気を引き締める。

これから俺と優月が始めるのは()()では無く()()だ。透流たちのように《(レベル2)》に上がった実感を得る為に闘うわけじゃない。

故に俺たちの戦いは先ほどの三連戦とは違ってかなり過激なものになるだろうが……果たしてどのような事になるのだろうか。

俺はそんな事を思いながら静かに開始の合図を待った。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 透流

 

焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》が終わり、橘と共にユリエたちが待つ観客席へ戻った後―――俺たちは軽く談笑しながら、影月と優月の闘いが始まるのを今か今かと待っていた。

 

「おお、《異能(イレギュラー)》におっぱいプレスかました後にテンパって逃げようとしたら《異常(アニュージュアル)》にぶん投げられて我に返った優等生が帰ってきたぜ」

 

「月見先生……!あんな事を言って私と九重を弄ぶのはやめてください!」

 

「くはっ、悪りぃ悪りぃ。でも、勝手に一人でテンパって逃げようとしたのは事実だろ?」

 

「そ、それはそうですが……」

 

そんな俺たちの横でニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべつつ橘を弄る月見と、そんな月見に弄られて何も言い返せなくなっている橘を見て、俺は内心苦笑いする。まあ、正直俺もあれについては影月や月見と概ね同意見なので今回は黙って月見に存分に弄っておいてもらおう。

 

「影月くんと優月ちゃん……ど、どっちが勝つのかな……?」

 

「ふむ……どっちも武術経験がある上にあの二人の実力は互角だからな……僕も予想出来ないが……透流はどう見る?」

 

「そうだな……。速さとか正確な攻めは優月の方に分があるけど、力とか戦法とかだったら影月の方が上手いしな……」

 

正直な所、俺もトラと同じでこの勝負の結末は全く予想出来ない。二人とも武術の腕はクラスでも一、二を争う位高いし、《無手模擬戦(フィストプラクティス)》で闘ってもお互いに決定打が与えられずに決着が着かない事も多い。そんな実力が拮抗している二人が《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》を行えばどうなるのか……。

 

「さて、んじゃー始めるぞー?用意はー?」

 

「いつでも」

 

「同じく」

 

そんな事を考えていると、橘弄りを終えた月見が二人に向かって問い掛け、二人は真剣な声色で答える。

 

 

それを確認した月見は試合の合図を告げ―――

 

 

「「《焔牙(ブレイズ)》」」

 

 

その言葉が俺たちの耳に届いた時にはすでに格技場の中央でお互いの《焔牙(ブレイズ)》を打ち付け、鎌迫り合いの状態になっている影月と優月が居た。

 

『なっ!?』

 

「うおっ、はえーなおい!!」

 

俺やみやびや橘、そしてトラもユリエも《(レベル2)》になった事で想像以上の速さを手に入れたと思っていたが……この二人は文字通り次元が違った。ただ一人、月見だけはそんな二人の姿をしっかりと捉えていたのか、とても好戦的な笑みを浮かべていたが。

初手の剣閃から起こった鎌迫り合いは数秒程行われ―――次の瞬間二人は同時に飛び退いて、鋼が高速で擦れ合う金切り音を鳴り響かせながら、凄まじいまでの剣戟を始める。

(ブレード)》を振るう優月の剣速は一筋の白い閃光にしか見えず、あまりの速さに目で追いかける事が出来ない。それだけでユリエの倍以上の速さで剣を振るっているのは想像に容易かった。おそらく今の優月とユリエが闘えば、ユリエが一回《双剣(ダブル)》を振るう合間に優月は軽く二十以上は斬撃を繰り出せるだろう。

そして恐るべきなのはそんな剣速に付いていける影月だ。《(ランス)》という長物でありながらもおそらく懐に入り込んでいる優月の攻撃を何度も防御して、その上隙をついて攻撃を行うその技量は思わず唖然としてしまう。

そうした超常的な打ち合いを続けていた二人だったが、二人は突然弾かれたように大きく後ろへと下がり、揃って自分の武器に視線を落とした。

 

「ふむ……確かに前より速く振るえるようになったし、動きやすくもなったけど……」

 

「……なんというか、ヴィルヘルムと戦った時と比べて力が出てないですね……」

 

「……やっぱり殺気を込めてないからか……?よし、小手調べは終わりだ。こっから先はあれで戦うぞ」

 

「分かりました!」

 

そう言った二人は揃って目を閉じる。

 

「―――つ、月見先生……二人は……本当に私たちと同じ《(レベル2)》なのでしょうか……?」

 

その時、今までの闘いを見て呆然としていた橘が絞り出すかのような声で月見に聞く。それはここに居る俺たち全員の気持ちを代弁したものだった。

それに月見は意地の悪い―――しかしそれでいてどこか楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「いんや、あの二人の実力はおめーらの一つ上―――《(レベル3)》に匹敵する」

 

『はぁ!!?』

 

月見の予想を超えた返答に俺とトラと橘が驚きの声を漏らし、ユリエ、みやび、タツ(いつの間にか復活した)は目を見開いて固まってしまう。さらに―――

 

「ついでにもう一つ言うと、《異常(アニュージュアル)》妹の方はもう《(レベル4)》つってもいい位の実力だ。正直な所、アタシもあいつらとは()り合いたくねぇな……あんなん勝てるかどうか分からねぇ」

 

『…………』

 

(レベル1)》の時とはいえ、圧倒的な力の差を俺とユリエに見せ付けた月見が苦笑いしながら、闘いたくないと言ってしまう程の実力。

 

「しかもあいつら、《()()()()()()()()()()()()あれなんだぜ?本っ当に異常だよなぁ……」

 

『――――――』

 

《昇華の儀》を受けていない……?その意味を尋ねようと俺は月見に詰め寄ったが―――

 

 

 

「「Yetzirah(形成)―」」

 

 

 

そんな聞き慣れない言葉と共に襲い掛かってきた圧倒的な重圧に、俺たちは揃って片膝を付いてしまった。

 

「ぐっ……!こ、これは……!?」

 

「ト、トール……!」

 

「な、何が……!?」

 

「―――やべぇな……《(レベル3)》でここまで化けんのかよ……」

 

俺たちは全身に襲い掛かる殺意とは全く違う重圧に耐えながらなんとか立ち上がる。

そして引きつっている笑みを浮かべる月見の視線の先を見ると―――

 

「「――――――」」

 

先ほどよりも強く銀色に光り輝いている《槍》を持つ影月と、こちらも先ほどより強く光り輝いている《刀》を持った優月が薄っすらと笑みを浮かべて立っていた。

 

「―――へぇ、殺意が無くてもこれくらいの力は出せるのか」

 

「なら―――殺意を込めたらどれほどになるんでしょう―――ねっ!!」

 

その言葉と共に優月の姿が突如俺たちの視界から()()()。と、思った次の瞬間から弾ける剣戟の轟音が数テンポ遅れて聞こえてきた。その速さはもはや先ほどの超常的な打ち合いがまるで遊びだったかのように感じてしまう。

「―――凄い……」

 

みやびが発した呟きに俺たちは全く同じ事を思ってしまう。それと同時に俺の中には様々な疑問が思い浮かんでくる。

二人はあの《新刃戦》を通じて、一体どうやってこれ程の力をつけたのか?

二人が闘った侵入者によってこれ程までに成長したのだろうか?

そして―――この二人程の力が無いとあいつには届かないのか。

そんな事を考えながら俺はいつ終わるか分からない超人同士の闘いをただただ食い入るように見ていた。しかしそんな闘いも長くは続かない。

 

「っ!!」

 

その時は唐突に訪れた。目にも止まらぬ速さで優月の攻撃を捌いていたであろう影月の左腕から()()が舞い散ったのだ。

 

「っ!?ちょっと待て!」

 

その鮮血を見て、二人の剣戟に見惚れていた俺は我に返る。本来《焔牙(ブレイズ)》は非殺傷だと思って振るえば、相手に傷を負わせることは無い。しかし今の優月の一撃は影月に()()()()()()。それが意味するのは一つ―――

 

「あの二人……まさか殺意を……!?」

 

「ああ、その通りだ。俺たちはお互いを傷付ける気で戦っている」

 

トラの言葉に影月が答える。その答えを聞いた途端、俺は即座に月見を見る。

そんな俺の視線に気付いた月見はにやりと不快な笑みを俺へと向けてきた。その笑みを見た俺は反射的に月見に掴みかかろうとして―――

 

「やめろ、透流。これは俺と優月が個人的に試したいと言ってやってるんだ。月見先生や三國先生には許可ももらってる」

 

「っ!だがっ!!」

 

「心配すんな。こうなる事を見越した上で救護を頼んだんだし、どっちかが一撃もらったから終わるって決めてたからこれで終わる」

 

そう言って影月は《焔牙(ブレイズ)》を消し、大きく後ろへ飛び退いていた優月も《焔牙(ブレイズ)》を消して、影月の元へと向かっていった。

 

「兄さん!大丈夫ですか?」

 

「ああ、この程度なら包帯巻くだけで治るさ」

 

その後、客席に戻ってきた影月は救護班の人に軽く応急処置をしてもらい、包帯を巻いて治療を済ませる。

その治療中、俺は影月になぜ最後に殺傷設定で闘ったのか聞いてみたのだが―――

 

「そうだな……ちょっと色々と試してみたかったから、とでも言っておこうか。まあ、結果として色々な事が分かったし、学園側としても中々興味深いデータが取れたんじゃないか?」

 

「くはっ、確かにそうだな。んじゃこれにて今日の模擬戦はしゅーりょーん♡というわけでアタシはお嬢様の所でおめーらの事を報告してくるぜ。とゆーことでみんな、お疲れさまでしたー☆」

 

そう告げた月見は呆気に取られる俺たちにひらひらと手を振りつつ、格技場から立ち去ってしまった。

その後、影月も優月に介護されながら寮へと戻っていき、後に残った俺たちはお互いの顔を見合わせる。

こうして初の屋外格技場で行われた《焔牙模擬戦》は様々な疑問と不安を抱えたまま終了したのだった。




誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第十二話

遅れました!続きをお楽しみください!

あ、それと……影月と優月の見た目と声ですが影月は藤井蓮を、優月は世良水希を思い浮かべてください。どちらも黒髪黒目です。優月の髪の長さは水希と同じ位です。



side no

 

「はぁ……」

 

ここは黄昏の浜辺、黄金に輝く海と太陽の狭間にある時を止められ、閉じられた世界。その砂浜で一人ベアトリスは溜息を吐いた。

 

「まったく……副首領閣下のせいで藤井君に怒られちゃったし……」

 

あの後(第八話)、藤井蓮に仔細を尋ねられ仕方なく自分の知っていることを全て話したベアトリスは、藤井蓮にこっぴどく怒られた。

曰く、なぜあんな奴の頼みを聞いたのか。

あれに関わると後々面倒な事になる。

せめて相談くらいしてほしかったと―――

 

「ってか相談した所で反対するのはきっと変わらないでしょうに……。それにしても副首領閣下の事を許せないのは分かるけど、もう百二十年も経ってるからそろそろ許してあげてもいいと思うのになぁ……ハイドリヒ卿の事も」

 

藤井蓮はカール・クラフト・メルクリウスやラインハルト・ハイドリヒと仲が悪い。―――いや、仲が悪いというより蓮が一方的に嫌っているのだ。

ちなみに蓮が嫌っている相手のメルクリウスとラインハルトの方は蓮の事を嫌ってはいない。むしろ二人は蓮にある種の感謝や尊敬にも近い感情を抱いている。

まずメルクリウスだが、彼は蓮が自分が恋した至高の女神の恋人になってくれた事に対して、内心非常に感謝している。さらに百二十年前の怒りの日にてラインハルトと共に未知の結末を見せてくれたという思いでもまた感謝していた。

そしてラインハルトに至っては「私は全てを愛している」と万物全てが愛しいと公言している故に、嫌う筈が無い。さらにかつての怒りの日にてラインハルトが全力を出して戦っても壊れなかったのは、蓮かあるいはメルクリウスだけなのだ。尚更嫌う筈が無い。

なのでベアトリスは許してあげてほしいというより、お互いに歩み寄ればいいのに……みたいなニュアンスで言っている。

蓮は他二人の事を女神を守る黄昏の守護者としては認識しているが、こういう平和な時は極力関わりあっていない。

 

「はぁ……なんか居づらいなぁ……」

 

今現在、蓮は若干怒っているので他の者たちも少し居づらくなってしまっている。そしてその蓮を怒らせた原因は自分である為、ベアトリス本人が今一番この浜辺に居づらかった。

その時、ベアトリスは何かを思い出したかのように呟く。

 

「…………そういえば、あの世界を覗いていた時にちょっと面白そうな場所ありましたね……正直、ここに居ても気分が沈むだけですし、戒と螢を誘って遊びにでも行きますか!そうと決まれば―――戒ー!螢ー!遊びに行こー!」

 

そう言った彼女は二人の人物名を呼びながら、機嫌良く走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 優月

 

 

「兄さん!明日、日曜日なので一緒に出かけましょう!」

 

「……は?」

 

屋外格技場で《焔牙(ブレイズ)》を使った模擬戦を行ったその夜、夕食を食べて風呂などのやる事を済ませ、後は寝るだけという時に私がそんな事を言うと、兄さんはこいつ何言ってるんだ?という顔で私を見てきました。

 

「だから明日、休みなので一緒に出かけましょう!」

 

「……あー……うん。まあ、明日は特に用事も無かったから別にいいんだが……どこに行くのかとか、何をするのかとか決まってるのか?」

 

「はい!この近くにある大型ショッピングモールのあらもーどって所で服を買ったり、兄さんと一緒にデザート食べたりしようと思ってます!」

 

服は学園に入学する際に数着家から持ってきましたが、もう何着かほしいな……と思ってましたし、デザートは兄さんと一緒に食べたいな……と前から思ってました。

 

「そうか……ちなみに誰か他に誘ったりはしたか?」

 

「いいえ?私は兄さんと二人きりで行きたかったので誰も誘ってませんよ?」

 

「……さいですか」

 

そう言って、兄さんは苦笑いを浮かべました。

 

「……もしかして私と二人きりは嫌でしたか……?」

 

「いや、そんな事は思ってない。ただ昔、優月が俺と二人で出かけたい〜とか言ってたのを思い出して少し懐かしく思っただけだ」

 

「む……」

 

……確かに昔、兄さんによくそんな事を言っていた記憶はありますが……今掘り返さなくてもいいじゃないですか。

 

「そんな怒った表情(かお)するなよ優月。別に子供っぽいとか思ってないからさ。どっちかというと可愛らしいなと思ったよ」

 

「…………ならいいですけど……」

 

可愛らしい……なんか恥ずかしいですけど嬉しいですね。

 

「さて、なら今日はもう寝るか。明日少し早く起きて準備しないといけないしな」

 

「はい!」

 

こうして私たちは明日、あらもーどへ行く事にしました。

それにしても兄さんと一緒に出かけるのは久しぶりですね……兄さんと一緒に服とか選びましょうかね……。

 

「それじゃあ電気消すぞ」

 

兄さんはそう言いながら部屋の電気を消し、私は二段ベッドの上段に上がって横になりました。

それからしばらく私は明日が楽しみ過ぎて寝付けずにいましたが―――いつまでも起きている事は出来ず、私の意識は闇の中へゆっくりと落ちていきました。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

翌朝、俺たちは朝早くに起きて準備をした後、事務局に外出届を出して学園を出た。

校門を出て小さな橋を渡ると、その先には昊陵(こうりょう)学園に通う生徒にとっては唯一となる外界への連絡路―――関係者専用のモノレールがある。懸垂型のモノレールは、学園前から東京と千葉を結ぶJR路線のとある駅付近まで五分足らずの距離で繋がっている。

車両へ乗り込むと、車内には一人か二人位しか乗ってなかった。まあ、利用可能なのが学園関係者のみだし、今は早朝なのでほぼ貸切のような状態になるのはある意味当然だろう。

 

「私たち以外居ないですね……」

 

「まあ、余程の事情じゃないと早朝に乗ったりはしないだろうからな」

 

俺たちはそんな事を話しながら、ボックス席に向かい合わせで座った。

 

「そういえば兄さん!私の服どうですか?」

 

すると優月がいきなりそんな事を言ってきた為、俺は優月の全身を改めて見た。

目立った汚れなど無い清楚な白いワンピースに動きやすそうなサンダルを履いている優月はまるでどこかの令嬢を思わせるような服装だ。本人の可愛らしい外見もあいまって、とても美しく清楚に見える。

そう思っているとモノレールが動き出して朝日が車内へと射し込む。そして朝日に照らされた優月を見て、俺は思わず息を飲んだ。

シミ一つ無い綺麗な足や腕、そしてとても綺麗に整った顔が明るく照らされた優月は少し眩しそうに目を細めたかと思えば―――苦笑いを浮かべた。

 

「どうしました?もしかして……似合ってませんか?」

 

優月は少し悲しそうな顔でそんな事を言う。

 

「い、いや!そんな事は無い!むしろ似合ってるよ。あまりにも似合い過ぎてて言葉を失ってたっていうか……思わず見惚れたっていうか……ああ、何言ってるんだ俺……ごめんな、変な事言って……」

 

「……ふふっ、別に変じゃありませんよ。似合ってるって言ってくれてとても嬉しいです」

 

優月は先ほどの悲しそうな顔から一変、にっこりと花が綻ぶような笑顔を見せた。

 

「兄さんもその服、かっこいいと思いますよ?」

 

すると今度は優月が俺の服装を褒めてきた。ちなみに俺の今の服装は白のTシャツに青いジャケットを着ていて、下は青いジーパンを履いている。

 

「そうか?いつも着ている服だぞ?」

 

「それを言うなら私だってそうなんですけどね……」

 

そんなたわいもない会話をしばらく交わしていると、間も無く駅に着くというアナウンスが聞こえた。

 

「さてと……それじゃあ行きましょうか」

 

優月はそんな事を言いながら、立ち上がってこちらに手を伸ばしてきた。

 

「あ、待て優月。ちゃんと止まってから立った方が―――」

 

それを見て危ないと思った俺は、優月の両肩に手を置いて座らせようとしたのだが―――その忠告とほぼ同時にモノレールがガタンと少し大きく揺れる。

 

「あっ……」

 

「おっと……!」

 

その揺れによってバランスを崩した優月は前のめりに俺の方へ抱きつく形で倒れてきた。

ふわりと髪が揺れ、彼女のいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「だから言ったのに……大丈夫か?」

 

「あはは……ごめんなさい、兄さん」

 

俺は少し苦笑いして問うと、優月は俺の顔を見て恥ずかしそうにしながら謝ってきた。

 

「楽しみなのは分かるけど、目的地に行く前に怪我とかするなよ?」

 

「分かってますよ。ここなんかで怪我したら私も泣いちゃいますし。せっかく兄さんと出かけてたのに〜って」

 

そう言いながらにこにことする優月は俺から離れようとしない。

……もしかしたらどこか怪我でもしてしまったのか?と思って優月の顔を覗き込もうとすると―――

 

「兄さん、いい匂いがしますね」

 

そんな事を言ったかと思えば、優月は俺の首に手を回して抱きついてきた。そのおかげで優月のいい匂いがさらに漂ってくる。

 

「……優月、匂いを堪能するのはそれ位にしてそろそろ離れてくれ」

 

正直、今のこの状況はマズイ。もしこのモノレール内に居る誰かや駅で他の電車を待っている乗客が、今この状況を見たりしたら社会的に色々とマズイ。

それに俺は男だ。いくら長い間共に過ごしてきた妹とはいえ、こうした公共の場で異性に抱きつかれるというのは凄まじく恥ずかしい。

 

「い〜や〜で〜す♪今立ったりしたら、また倒れて今度は怪我しちゃうかもしれませんよ?―――それに……久しぶりに兄さんの匂いを堪能したいので、せめて着くまでこのままでいさせてください♪」

 

そう言ってにっこりと笑う優月に、俺は仕方ないなと溜息を吐きながら優月の頭を撫で、駅に着くまで彼女の好きにさせた。

―――本当なら優月のブラコンを直す為に断ったりするべきなのだろうが……優月の悲しむ顔なんか見たくないし、それでこの後ずっとテンションが低いまま買い物しても楽しくないし、そもそもこんな美少女からそんな事を言われたら、例えそれが妹であろうと断るのは男として難しいと思う。

……やっぱり俺って優月に色々と甘いみたいだな。前にクラスメイトからシスコンって言われたりしたが、やはり間違ってないのかもしれない。

 

 

 

 

 

駅を出て、JR線へと乗り換えてひと駅で降りる。そこから五分程歩くと目的地のあらもーどへ到着したのだが―――

 

「……多いな……」

 

「……開店して十分位でこんなに人がいるなんて……」

 

開店して約十分―――それだけの時間しか経ってないのに、すでに多くの人で溢れていた。

とりあえず、俺は近くに設置してあったガイドマップを手に取り開く。

 

「……優月、どの店だ?」

 

「はい?」

 

若干分厚いガイドマップは、フロア紹介だけで八ページ、店名は五百以上あり、俺は少し面食らった。索引に載っているのは店舗名と配置番号だけ。しかも西・南・北館と分かれている上に一、二階にまで広がっているので、本当にどこに行けばいいのか分からない。

どの店が何を売っているのか分からず、優月に見せたのだが―――

 

「西館の二階のここに服屋がありますね。そして南館の二階にもいくつか服屋あって……ゲームセンターもこことかこことかにありますし……そして、南館の一階はほとんど食べ物系ですね。まあ、ここは後で行くとして……色々行きたいですが、まずは西館の服屋に行きましょう!」

 

「お、おう……」

 

返ってきた返事は、少しマップを見ただけでほとんどの場所を把握したような返事。

それに俺はまたも面食らうのだった。

 

 

 

それから俺は優月に手を引かれて、目的の服屋へ辿り着いたのだが…。

 

「すごいな……」

 

正直、いくら日本最大のショッピングモールとはいえ、服の品揃えなんて他の大きいデパートよりちょっと多い位かと思っていたが……。

 

「……広過ぎだろ、これ……」

 

西館の約四分の一を占める服屋を完全に甘く見ていた。もはや品揃えなんてそこら辺のデパートも涙目になる程充実しているし、何よりとてつもなく広い。

 

「あ、女性服売り場はこっちですね」

 

そんな数秒で迷ってしまいそうな場所にも関わらず、普通に迷い無く足を進める優月に俺は内心感嘆していた。

やはりこういう場所での買い物などについては、男性より女性の方が優れている。さっきだってチラッとガイドマップを見ただけで欲しい物がどこに売ってるかすぐに探し出したし……。

 

「あ、この服可愛い……後で試着してみますか。―――おお……兄さん、こんな服どうですか?」

 

「……優月、お前こんな背中とか肩とか出た露出度高い服着てみるつもりなのか……」

 

「えっ!?い、いえ、着ませんよ!?ただ聞いてみただけです!」

 

「…………本当に?」

 

「…………本当です」

 

「なんだ、その微妙に空いた間は」

 

「ほ、本当に着ませんよ!―――兄さんがこれ着た私を見たいって言うなら考えますけど……」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「な、なんでもありません!」

 

そんな感じで服を見繕っていると―――

 

「こちらも彼女さんに似合うと思いますよ。どうですか?彼氏さん?」

 

いつの間にか後ろの方で数着の服を手に持った女性店員が話しかけてきた。

それ自体は別に構わないのだが、俺は女性店員が言ったある言葉が気になった。

 

「彼氏さん?」

 

「ええ、すごく可愛い彼女さんと一緒ですね!」

 

どうやらこの人は俺と優月の関係を恋人同士だと勘違いしているらしい。まあ、確かに男女二人きりで仲良く服を見ていたなら大抵の人はそう認識してもおかしくない。

そんな事を考えながら、チラッと隣の優月を見ると何やら小声で「兄さんと……恋人……」などと満更でもなさそうに呟いていた。

 

「いえいえ、彼女じゃないですよ。妹です」

 

「え?妹さんなんですか?」

 

「……兄さん、そこは別に訂正しなくてもよかったんじゃないですか?」

 

とりあえず勘違いされたままというのも困るので訂正すると女性店員は驚いた顔で、そして優月はジト目で俺を見てきた。

 

「そりゃあ優月からしたら恋人って思われて嬉しいかもしれないけど、俺からしたら色々と問題あるんだよ」

 

例えば優月が試着室に行っている間に女性店員がニヨニヨとしながら話しかけてきたりとか。正直、そういう相手はそれなりに面倒くさい。何言っても無駄だろうし。

 

「……まあ、言いたい事は分かりますけど……もう少し夢を見させてくれてもいいんじゃないですか?」

 

「十分見てただろ……小声で嬉しそうに呟いていたの聞こえてたからな?」

 

「―――え、えっと、それじゃあ私は着替えてきますね!」

 

そう切り返すと優月は恥ずかしそうに顔を赤く染めて、何着かの服を持って逃げるように試着室へと入っていった。どうやらさっきのつぶやきは俺の耳に入ってないと思っていたらしい。

それに少し苦笑いを交えた溜息を吐くと、女性店員が恐る恐る話しかけてくる。

 

「……本当に妹さんなんですか?」

 

「ええ。……そんなに似てないですかね?」

 

「い、いえ、そんな事は無いと……思いますよ?」

 

女性店員が苦笑いしながらそう言うのを見て、俺はまた溜息をついて優月が着替え終わるまで待つ。

 

 

 

そして数分後―――試着室のカーテンが大きく開かれ、着替え終わった優月が姿を現す。

 

「どうでしょうか?」

 

「おお……」

「あら……」

 

それを見て、俺と店員は同時に感嘆の声を出した。

首筋を出し、緩く占めたネクタイが目を引く白いポロシャツと黒地に白い一本の線が入ったスカートを着ていた優月はいつもこんな服を着ていたのではないかと思う程似合っており、女性らしさがよく出ていた。

 

「似合ってるな、まるで前々からよく着ていたみたいに見える」

 

「ふふっ、実は私も似たような事を思ってたんですよ。なんかこれを着ると落ち着くな〜って」

 

そう言ってにこりと笑う優月だが……気になる事が一つだけ。

 

「……なあ、その服……インナー透けてる見えるが……」

 

「っ!じ、実は私も一回この服着てから気付いて……とりあえず一緒に持ってきた黒いインナー着たんですけど……」

 

少し恥ずかしそうに言う優月。しかしなぜだろう、その透けてるシャツの下にインナー着てるっていうのもなぜか見慣れてる気がする。

 

「まあ、いいんじゃないか?なんだかんだで似合ってるし」

 

「そ、そうですね!じゃあ一着目はインナーも含めてこれにします。それじゃあ次着ますね?」

 

そう言い、優月は再びカーテンを閉める。そして待つ事数分。

 

「はい!どうでしょうか!」

 

カーテンを開けた優月の格好を見て、また俺と店員は感嘆の声を上げる。

次は白黒の縦じまが入ったワンピースで袖の方が黒く、沢山のフリルがついていて、靴下は黒のニーハイだった。

 

「……すごく綺麗だよ」

 

俺がそう言うと、隣の女性店員も大きく頷いていた。

 

「分かりました!それじゃあ次で最後ですね〜♪」

 

優月は嬉しそうにしながら再びカーテンを閉めた。

そして、俺は女性店員と少し話をしながら待つ。そして―――

 

「最後です。どうですか?」

 

そう言ってカーテンを開けた優月の姿に俺と女性店員はまたもや感嘆の声。

今度は赤い短めのスカートを履き、上は袖と肩にフリフリがついているブラウスだった。

 

「……なんかこれほど似合うんなら、何を着ても大体似合う気がするな……」

 

「それを言ったら見てもらった意味無いじゃないですか……まあ、いいです。それじゃあこの三着を買わせてもらいますね」

 

その後、会計の際に優月がカード払いでと口にしたら女性店員は心底驚いたような表情を見せた。

だがクレジットカード機能付きの学生証を渡すと、女性店員は納得したような顔をした。聞けば毎年何人かが俺たちのように買い物をしに来ているそうでそれなりに見慣れているそうだ。

 

 

 

その後俺自身も白いTシャツやらジーパンなどを買いに行ったのだが……優月に背中に龍が描かれたジャケットを進められた時は少し面食らった。まあ、結局買ってしまったが。

それから服や小物、さらには日用品も買った俺たちは一旦休憩しようという事で空いているベンチに座る。

 

「さてと……買い物は大体済んだな。それじゃあ帰るか?ちょっと時間的に早い気がするが……」

 

「え〜?もう帰るんですか?せっかくの外出ですから、もう少し色々と見て回りましょうよ」

 

「ははっ、そう言うと思ったよ。でもまあ、こんなに荷物持ってたら見て回るのも大変だし、一回配送カウンターに寄ろうか」

 

「はい!」

 

この後の予定を決めた俺たちは配送センターへ寄って荷物の配送を済ませた後、色々な店を見て回りながらぶらつく事にした。

ペットショップに寄って優月が可愛いと言いながら犬を見たり、ゲームセンターでFPSゲームやプライズキャッチャーで遊んだりと、普段の厳しい訓練を忘れてしまう位に平和で楽しい時間を過ごした。

それから時は進んで午後一時を過ぎた頃―――

 

「ちょっとお腹が空いてきたな……そこら辺の店で何か食べるか」

 

「そうですね。なら―――あ、ここの下にスター○ックスありますよ」

 

「お、ならそこでコーヒーでも飲みながら少し休むか」

 

そう決めた俺たちは一階へ降り、南館にあるスターバッ○スに入る。

店内は多くの人たちが遅めの昼食や、少し早めのティータイムを楽しんでいた。そんな光景を横目に俺たちはそれぞれ飲む物と食べる物を注文して受け取った後、偶然空いていた五人席へと並んで座る。

 

「ふぅ……相変わらずどこでも人が多いな、この店は……」

 

「なんたって世界中に展開しているスターバック○ですからね」

 

そう言いながら、俺はミルクを少しだけ入れたコーヒーを飲みながらサンドイッチを、優月は砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲みながらシュークリームを食べていた。

そうしてしばらくゆっくりと食事を楽しんでいると―――

 

「すみません。ちょっといいかしら?」

 

唐突に後ろから響いた声。俺と優月は揃ってその声がした方へ向く。するとそこには長い黒髪の女性が俺たちの方を見ていた。どうやらこの人が俺たちに声を掛けたらしい。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「実は今、三人で座れる席を探しているんだけど……ここに相席してもいいかしら?」

 

そう言われた俺はふと周りを見渡してみたが、ほとんどの席は満席で、空席なのは俺たちが座っているこの席だけだった。

まあ、別に相席自体特に断る理由も無いので―――

 

「俺は別に構いませんよ。優月も良いよな?」

 

俺はそう答え、続いて優月に問いかけると、優月はコーヒーを飲みながら頷いた。

 

「ありがとう。―――兄さん、ベアトリス、ここ座れるわよ」

 

そんな女性の呼び掛けによって姿を現したのは―――

 

「ありがとう、螢。すみません、相席をお願いしてしまって」

 

身長が高い黒髪ロン毛のまさに色男と言える位整った顔立ちの男性だった。その顔立ちの良さは自他共に認める童顔のこちらからしてみれば、後三十年経っても決して同じ域には上がれそうもない程だ。

そしてその男性の隣には―――

 

「相席すみません。お邪魔しますね」

 

金髪を後ろで纏めてポニーテールにしている碧眼の外人女性が俺たちを見てにこりと笑った。

 

「あ、貴女は……」

 

その女性を見た優月は信じられないといった表情で女性を見つめる。そしてそれは俺も同じ事だった。なぜなら俺たちはこの人の事を()()()()()のだから。

 

「……ん?どうしました?何か私の顔に付いてますか?」

 

「い、いえ、そういうわけでは……あの……私、以前貴女とお会いした事ってありますよね?」

 

「え?……ああ!もしかして貴女、あの時私と話した子?」

 

「は、はい……多分そうだと思いますけど……」

 

女性は優月の顔をジッと見つめた後、パアッと明るい笑顔を浮かべた。

 

「うわ〜!まさかこんな所で会えるなんて……という事はそちらが貴女のお兄さん?」

 

「は、はい……」

 

「へ〜……なんか藤井君にそっくりなお兄さんだなぁ……」

 

そんな事を言いながら、女性はまじまじと俺の顔を見てきた。

ああ、なんでこんな状況になってるんだ……この女性もいい匂いしてるし。

 

「知り合いかい?ベアトリス」

 

「あ、うん。ここに来る途中で話したでしょ?前に浜辺で話した女の子の事」

 

「ああ……それが彼女?」

 

「そう!」

 

……ああ、やっぱりこの人―――優月の夢に出てきた人物だ。今の話の内容から聞いても間違い無いだろう。でも夢に出てきた女性が現実に、それに優月と話したという記憶も持っているとはどういう事なのだろうか……。それにこの人たち、何処と無くヴィルヘルムと似た雰囲気を感じる。

 

「へぇ……彼女たちが副首領閣下に……」

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、ごめんなさい。つい舞い上がっちゃって」

 

話に付いていけない優月が声を上げると女性は謝りながら優月の目の前へと座り、男性は金髪の女性の隣で俺の目の前、そして黒髪の女性は男性の隣へと座った。

 

「え〜っと……そういえばまだ自己紹介してなかったっけ……」

 

そう言うと女性はスッと表情を真面目なものにして自分の名を告げた。

 

「改めてこんにちは。そしてお兄さんの方は初めまして……ですよね?私はベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンと言います。ついでにもうお二人共予想が付いてると思うので言いますけど……私は元聖槍十三騎士団黒円卓、第五位の末席を(けが)していました。私の名前、長いのでベアトリスって呼んでくださいね?そして私の隣に座っているのは―――」

 

「じゃあ僕も正直に言おうか。同じく元聖槍十三騎士団黒円卓、第二位―――櫻井(かい)だ。僕の事は好きに呼んでくれて構わないよ」

 

「私も……。元聖槍十三騎士団黒円卓、第五位―――櫻井(けい)よ。私の事も好きに呼んで」

 

俺はその自己紹介を聞き、やはりかと納得する。

 

「……貴方たちも聖槍十三騎士団黒円卓の一員なんですね」

 

理事長から聞かされた国際的に危険視されている組織、そしてこの間の《新刃戦》で現れたヴィルヘルムが属している組織でもあった。

 

「“元”だけどね。まあ、それはそうと次は貴方たちの名前を聞かせて?」

 

「あ……昊陵学園一年、如月影月です」

 

「同じく昊陵学園一年、如月優月です」

 

そう言って俺たちは少しだけ警戒を強める視線を向ける。なんたってあのヴィルヘルムが居た組織に属していた人たちだ。例え優月に対して色々と良くしてくれたとはいえ、気を許す道理は無い。

しかしそんな俺たちを見ても、三人は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「……警戒するのは分かるけど、ここはショッピングモールよ?ベイ中尉のように一般人を巻き込んで何かするつもりは無いわ」

 

螢と言われた女性が呆れたようにそんな事を言うが、あいにくとそれで警戒を解く気は無い。そう思いながらチラと周りを見てみると―――

 

「あれ?」

 

何やら不自然な雰囲気に気が付く。周りの一般人たちが誰一人としてこの席を見ていなかった―――いや、見ようとしていなかったのだ。

それなりに注目を集めるような騒ぎや話をしたというのに、隣で昼食を食べているカップルすらもこの席を見ていない。普通なら視線の一つや二つ位は向けてもおかしくない筈だが……。

 

「ちょっとだけ視線がここに向かないようにする術を使わせてもらったよ。そして僕たちはただベアトリスに連れられてここに遊びに来ただけだから何もする気は無い。だから落ち着くんだ影月くん、優月さんも」

 

「……分かりました」

 

戒と呼ばれた男性の言葉を信じて、俺たちは完全にとは言わないまでも警戒を解く。

そこから何分かして頭の中で大体の事態を把握した俺は、ベアトリスさんたちに質問する。

 

「それで……ここに来た理由は本当にベアトリスさんに連れられて来たんですか?」

 

「そう、半ば無理矢理ね。まあ、僕と螢もあの浜辺にはちょっと居づらかったから助かったけど」

 

「今の藤井君、結構怒ってたからね……主にベアトリスのせいで」

 

「ちょ、螢〜……」

 

螢さんの言葉にベアトリスさんは何かを言いたそうに睨んだが、それ以上は何も言わなかった。おそらく螢さんの言っている事が本当だから否定出来ないのだろう。

 

「それって……わ、私のせいですよね……?私があの時あの浜辺に現れたから……」

 

「あ、いや、別に優月ちゃんのせいじゃないのよ?元はと言えばあの副首領閣下が突然私の目の前に現れたからであって―――」

 

「副首領閣下?」

 

ベアトリスさんの話の中に出てきた単語を鸚鵡返しで問うと、戒さんが答えてくれた。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第十三位副首領、カール・エルンスト・クラフト=メルクリウス―――僕らのような魔人を生み出した者であり、偉大な魔術師だよ。聞いた事無いかい?」

 

「…………ああ、そういえば……」

 

教科書か何かで聞いた事がある。希代の賢人、空前にして絶後の魔術師とか言われていた人物だったか……。まさかそんな人が魔人錬成をしていたとは……。

まあ、それはそうと……ちょうどいいからここで少し彼らから情報を聞き出してみるか。

 

「……いくつか聞きたいんですがいいですかね?」

 

「なんだい?後、敬語は別に使わなくていいよ」

 

「……分かった。それじゃあまず最初に、聖槍十三騎士団黒円卓ってなんなんだ?」

 

俺がそう問うと、戒さんが少し目を細めた。

 

「……改めて聞きたいのかい?そちらである程度の情報は持っている筈だろう?」

 

「ああ、一応組織した経緯や今も世界的な脅威として存在している事、そして主要先進国の軍事予算に匹敵する懸賞金が懸けられる程の戦力があるって事もな」

 

「そこまで知っているなら僕らから聞く事なんて何も無いだろう?」

 

「いいや、もっと詳しい事を実際に黒円卓に居た貴方たちから聞きたいんだ。例えば……貴方たちのその強さの秘密とかな」

 

『…………』

 

三人とも顔を見合わせて沈黙……やっぱり主要先進国に匹敵する程の戦闘能力の秘密は教えてもらえないか……。

と、思っていると。

 

「……一つだけ聞かせてほしい。仮に僕たちが君の質問に答えるとしよう、その時に僕たちが偽の情報を言う可能性は考えないのかい?」

 

戒さんからそんな質問が飛んできた。しかし聞いてみれば確かに戒さんたちが偽の情報を言う可能性も否定出来ない。でも―――

 

「もちろん考えた。でもあくまで個人的な意見だけど貴方たちは嘘を言わず、本当の事を言ってくれそうな気がするんだ。特に―――ベアトリスさんとか」

 

「え、私?」

 

「……私も兄さんと同じです。なぜかベアトリスさんは信用出来る気がするんですよね……それにあの時話してくれたベアトリスさんの過去の話も到底作り話とは思えない程の思いが伝わってきましたから……」

 

「優月ちゃん……」

 

「それに……ベアトリスさんって、嘘つくの苦手なんじゃないですか?」

 

「なっ!?そ、そんな事―――」

 

「苦手ね」

「苦手だね」

 

「ちょ……!?二人とも声を揃えて言わないでよ!」

 

否定しようとした矢先に戒さんと螢さんの肯定する声が重なり、ベアトリスさんは顔を赤くして二人に叫ぶ。

その様がどうしてもおかしくて―――俺と優月、そして戒さんと螢さんはクスッと笑った。

 

「……四人とも、私の事いじめて楽しいですか?」

 

「別にいじめてませんよ?むしろいいじゃないですか!嘘をつくのが苦手な人ってある意味すごくいいと思いますよ?」

 

「そうね。それがベアトリスのいい所であり、悪い所でもあるけれど……」

 

「……ふ〜んだ!いいもんいいもん、少なくとも螢より面倒くさい性格してないって藤井君に言われたからいいもん!」

 

「あらら……ベアトリス、そんなに拗ねないで……」

 

「……藤井君……私の事そんな風に思ってたのね……」

 

ベアトリスさんが頬を膨らませて拗ね、それを戒さんが慰め、螢さんは何かにショックを受けたようにぶつぶつと小声で呟き始めた。……なんか話が少し逸れてきたな。

 

「と、とにかく、そういう事だから俺と優月は貴方たちが嘘を言わないって信用してる。それがさっきの質問の答えだ」

 

「……分かった。なら僕たちも幾つか君たちに情報を求めてもいいかい?答えられる範囲内でいいから」

 

「はい、私たちの知る限りの事はお教えしますよ。ただし―――」

 

「心配しなくても大丈夫ですって!他言はしませんから!」

 

『…………』

 

「……私、帰る」

 

「あっ!?ま、待ってベアトリス!」

 

「待ってくれベアトリス!謝るから!本当に他言しないのかって疑う視線送った事謝るから!」

 

「ごめんなさい!ちょっとおふざけが過ぎちゃいました!だから帰らないでください!」

 

「まずはその涙を拭いて一旦席に座ってくれ!弄って悪かったから!」

 

若干涙目になりながら、帰ると言って席を立ったベアトリスさんに俺たちは揃って頭を下げる。ちょっと弄り過ぎたな……。

 

「……ベアトリスさん、とりあえずシュークリームあげますから食べて落ち着いてください」

 

「グスッ……ありがとう、優月ちゃん……」

 

 

それから約十分後―――ようやく機嫌を持ち直したベアトリスさんが、美味しそうにシュークリームをぱくぱく食べるのを横目に俺はようやく本題を切り出す。

 

「え〜っと……それじゃあ改めて聞きたいんだが……」

 

「?―――ああ、聖槍十三騎士団についての事ね」

 

ベアトリスさんは口に含んでいたシュークリームを飲み込むと、暫し間を開けた後に話し出す。

 

「……まずは知ってると思うけど始まりから話しましょうか。時は第二次大戦中、黒円卓は元々政府高官たちのお遊びで作られた組織だったんたけど……とある一人の魔術師が介入した事で本物の魔人の集団へと変貌したの」

 

「その魔術師というのが、カール・クラフト?」

 

「そうだよ。それで僕たちの強さの秘密だけど……僕たちはそのカール・クラフトが編み出した魔人錬成の魔術、永劫破壊(エイヴィヒカイト)というものをこの身に宿しているんだ」

 

永劫破壊(エイヴィヒカイト)―――ベアトリスさんたちによると、聖遺物を人間の手で取り扱う為の魔術であるらしい。

聖遺物とは人々から膨大な想念を浴びて意思と力を持った物を指すという。想念は怨念や信仰心などどのような形であれ力があれば聖遺物というらしい。また、形状も様々と聞いた。

 

「僕たち三人の聖遺物は剣だけど、ハイドリヒ卿はロンギヌスの槍、君たちと戦ったベイは「串刺公(カズィクル・ベイ)」の異名を持つワラキア領主、ヴラド三世の結晶化した血液、他には多くの人の首を()ねたギロチン、ドーラ列車砲に軍用バイク(ZundappKS750)、果ては人間そのものも聖遺物になり得る」

 

なるほど……確かにある一部の人間とかは人々の想念を受けてたりするから、そういう意味では聖遺物の条件にもなり得るのか……。

 

「まあ、人の肉体が聖遺物として認識される為には恐怖やら何かしらの感情を人々から吸い取ってないといけないけどね。とまあ、聖遺物に関してはそんな感じかな。他に聞きたい事とかあるかな?」

 

「あ、なら今度は私から……。貴方たちが所属していた聖槍十三騎士団の目的ってなんだったんですか?」

 

すると今度は優月がそんな質問を投げ掛けた。確かに俺たちは黒円卓の目的を知らないのでそれを知りたいと思うのは当然の事だろう。

 

「私たちの当初の目的は世界中に満ちていた「既知感」という名の牢獄(ゲットー)の破壊というものだったのよ。まあ今は別な目的があって、あまり表世界には出れないんだけどね」

 

既知感?世界?そのような何かしら含みのある言い回しが気になったが、それよりも気になった言葉が聞こえた。

 

「あまり表世界には出てこない?じゃあこの前学園に洗われたヴィルヘルムは?それに各地の紛争地帯で黒円卓の姿を見たという報告もあるみたいだが?」

 

「ああ、それについてだけど……前者の方はおそらくハイドリヒ卿絡み、後者は聖遺物の特性だね」

 

「聖遺物の……特性?」

 

「聖遺物は人の魂を燃料に使用、発動出来るの。分かりやすく例えるなら聖遺物を車、人の魂をガソリンってイメージしてもらえると分かりやすいわね」

 

「で、普通車っていうのはガソリンが無いと動かない。つまりそれと同じって事です」

 

「……なるほど、聖遺物が人の魂っていう燃料を求めるから、それを満たす為に紛争地帯に行くわけか」

 

「そういうわけね。紛争地帯は私たちが直接手を出さなくても多くの人が死んでいくし、そういう意味で言うなら心霊スポットと同じ位効率のいい魂の集め場所なの」

 

「まあ、そういう理由で私たち聖遺物を扱う使徒は常に魂を求めて慢性的な殺人衝動に駆られるの。……あ、別に今私たちに殺人衝動が起こっても、貴方たちや周りの人たちを殺したりはしないから安心して。一応ある程度我慢とかも出来るから」

 

その言葉を聞いて俺と優月は安堵の息を吐いた。しかし慢性的な殺人衝動に駆られるというのは中々のデメリットのように思えるな……。

 

「まあ、それだけ手間のかかる代わりに得られる恩恵は多いんですけどね。基本聖遺物を破壊されるか燃料が枯渇しない限りは不死ですから。人を殺した数だけ霊的装甲というものも強固になるし、身体能力も不死性も上がります」

 

「……なんか聞けば聞く程頭が痛くなってくる話だな……」

 

「あ、それとついでに言っておきますけど、聖遺物の使徒には銃とかの通常兵器は全く効きませんからね?私たちからしたら銃弾なんて丸めてくしゃくしゃにした紙を当てられたのと大差ありません。まあ、核兵器とか持ち出されたら双首領と三騎士以外はおそらく致命的なダメージを受けますけど……」

 

との事だった。となれば核兵器よりも断然威力の低い戦略爆撃機の爆撃など結局仲間を撤退させる時間稼ぎ程度にしかならないわけだ。そしてもう一つ、新しい情報として聖遺物の使徒同士なら格の違いによって攻撃が通じる通じないはあるものの、殺し合いが出来ると聞いた。

そこで一つ疑問が湧き上がる。

 

「待てよ……ならなんで《新刃戦》の時は俺たちの《焔牙(ブレイズ)》がヴィルヘルムに効いたんだ……?」

 

『…………』

 

その疑問を呟くと、俺たちは揃って考え込む。

 

「う〜ん……それは僕たちも分からないけど……多分、その《焔牙(ブレイズ)》っていうのは―――」

 

と、戒さんが予想を言いかけたその刹那―――

 

「やめろ、お前らっ!!」

 

店の外から大きな男の声が俺たちの耳に届く。そしてその声は俺や優月に聞き覚えがある声だった。

 

「今の声は……透流か?」

 

「ん?知り合いかい?」

 

「……とりあえず行ってみましょう!」

 

そう言った優月は席を立って、声のした方へ走っていってしまった。

 

「あっ、優月ちゃん!」

 

「僕たちも行ってみようか」

 

それに少し遅れる形で俺やベアトリスさんたちも優月を追いかけるべく、トレイなどを片付けて走りだした。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 透流

 

「連れだとよ」

「マジみたいだな」

「どーする?」

 

ユリエと共に買い物やスイーツを食べに来ていた俺は今、橘とみやびに絡んでいる四人の男たちの前に立っていた。

なぜ二人がここにいるのかはよくわからないが、多分俺たちと同じで買い物でもしに来たのだろう。

橘たちの連れを名乗り、男たちの前に立った俺を見て奴らはどうするべきかと顔を見合わせていたが―――

 

「みやび、巴、大丈夫ですか?」

 

そこへ少し遅れてユリエが合流した事で彼らは判断を下す。

 

「すっげ。マジ可愛いんだけど……」

「この子もこいつの連れ?」

「ハーレムってやつ?」

「なんかムカつく」

「どうする?」

「当然―――」

 

「軽くボコっちまおうぜ!」

 

「―――ッ!!」

 

リーダー格がそう叫ぶと同時に男たちが一斉に動く。

多少意表を突かれたが、《(レベル2)》へと昇華した俺にとってはそんな彼らの動きもスローモーションのようにしか見えない程遅かった。

 

(仕方ない、軽くいなしてそのまま逃げるか)

 

そう判断し、走り出そうとした瞬間―――遠くから乾いた一発の銃声がハーバーストリートへ響いた。

 

「――――――」

 

その音に驚いた俺はその場で思わず立ち止まってしまったが―――その後続いた展開に俺はさらに驚く。

 

「よっ―――と」

 

突然そんな軽い声が聞こえたかと思うと、男たちの内の一人がドサッと音を立てて倒れた。そしてその後ろでは長身の男が右手を手刀の形にして立っていた。

 

「え……?」

 

呆気に取られて呟いたのは俺たちかそれとも男たちの方か―――

しかしどちらにしても何が起こったのかその場の全員が分かっていなかった。

 

「皆さん!戒さん!無事ですか!?」

 

「ゆ、優月!?なんでここに!?」

 

するとその意識を刈り取った男性に向かって誰かが声を掛ける。その声のした方へ向いてみると、俺や橘たちの友人である優月が居た。

なんで優月がここに……とか俺たちの目の前に居る長身の男は誰なのか……など聞きたい事が幾つか思い浮かんだが……。

 

「よっ、お前もユリエや橘たちと一緒に買い物か?」

 

「影月まで居たのか……一緒に買い物に来たのはユリエとだけだ。橘たちは偶然会っただけだ」

 

「へぇ〜……偶然ねぇ……?」

 

そう言いながら半眼を向ける影月から橘とみやびは揃って視線を外した。……影月が何を疑っているのかは分からないが、とりあえず無視しよう。

 

「……ま、いいか。それよりも戒さん大丈夫か?なんかあそこの転入生の《焔牙(ブレイズ)》の弾丸が当たったように見えたんだが」

 

影月はそう言いながら、他の男の後ろ首に手刀を当てて気絶させる。

そんな影月が指した方向を見てみると―――約百メートル以上離れた三階のバルコニーに立つ先ほど鳴り響いた銃声の主が目を見開き、驚愕の表情を浮かべているのが見えた。

 

(リーリス!?それにあれは―――《焔牙(ブレイズ)》か!?)

 

「戒!?大丈夫!?」

 

「大丈夫だよベアトリス。傷も付かなかったし、魂一つすら減らなかったからね」

 

「ベアトリス、兄さんを心配する気持ちは分かるけどせめて全員無力化してからにして」

 

すると今度は黒髪の女性が残った二人の男の意識を刈り取りながら歩いてきた。

 

「な……影月、この人たちは……?」

 

「ん〜……ちょっとした知り合い、とでも言っておこうか。偶然近くのお店で会って少しだけ駄弁ってたんだ」

 

そう答え、影月は遠くで未だ驚いている表情のリーリスへと視線を向けた。

 

「それにしても……《(ライフル)》の《焔牙(ブレイズ)》か……」

 

その呟きを聞き、以前授業で教わった事が頭の中で蘇る。

 

『《焔牙(ブレイズ)》は銃などの複雑な構造を持つ武器は具現化出来ない』

 

しかし、リーリスのあれは間違いなく《銃》だった。本来具現化出来ない武器を生み出す力……。

そしてリーリスはこちらを睨み返した後、(きびす)を返し去っていった。

 

「《特別(エクセプション)》……」

 

俺はそんなリーリスを見てふと、その言葉を呟いた。




少し長かった……不定期ながらやっていきます。

dies iraeの三人の普段着はkkkのエピローグをイメージしてください(え?螢はどんな服かって?それは知らないですねぇ……(苦笑))。

誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第十三話

前話の続きと城での会話です。
ではどうぞ!


side 影月

 

『……分かりました。すぐ対処します』

 

「お願いします。俺たちは少し用があるのでもう少ししたらそちらへ帰ります。では―――」

 

あらもーどで透流たちがトラブっていたのをなんとか解決した後、俺は携帯で三國先生へ電話を掛けていた。内容はあらもーどで起こった出来事の後処理。

それについて仔細を話すと、三國先生はすぐに対処してくれると言った。

 

「はぁ……」

 

通話を終え、携帯をしまった俺は溜息を吐きつつ、目の前に居る人たちを見渡した。

ちなみにここはあらもーどから徒歩三分、駅からは二分の場所にあるカフェで席に座っているのは俺と優月の他に透流とユリエ、橘にみやび、それとベアトリスさんに戒さんに螢さんだ。

とりあえず一旦気持ちを落ち着ける為に頼んだコーヒーで口の中を潤していると、透流が口を開いた。

 

「あの人たちは大丈夫なのか?影月」

 

「ああ、気絶させただけだからな」

 

俺はあの後一応男たちの脈を確認、外傷も無かったので即座にあの場から離脱した。まあ、その後あの場所で多少騒ぎは起こっただろうが、あの時の事を詳細に理解出来た人は誰も居ないだろう。

そして先ほど学園に後処理を頼んだのであらもーどでの心配事は大体片付いた。……まあこちらの心配事は片付いてないが。

 

「ところで影月、改めて聞きますがそちらの人たちは?」

 

「ああ……こちらは……」

 

ユリエに質問され考える。別に彼らに聖槍十三騎士団という組織について透流たちはまだ知らないだろうが、ヴィルヘルムの一件もあった事だからいずれ知ることになるだろうし……かと言って今ストレートに言うのも色々とマズイ。とりあえず今は誤魔化す事にしよう。

 

「この方たちはあらもーど内のカフェで偶然相席になった方たちです。武術も心得ていたので先ほどの無力化の時も協力してもらったんです」

 

優月も少し誤魔化すようにそう言った。嘘は言っていない……筈だ。

 

「そういう事。そういえば自己紹介がまだだったね」

 

戒さんもどうやら誤魔化しに乗ってくれるみたいだ。

戒さん優しいな……そう思いながら視線を螢さんに向けるとこちらをチラッと見て頷き、ベアトリスさんも微笑みながら頷いてくれた。二人も乗ってくれるらしい。なんともありがたい事だ。

その後は互いの自己紹介をした後―――

 

「それで、そちらの方たちはどんな武術を習っているんでしょうか?」

 

橘がベアトリスさんたちにそんな事を聞いてきた。確かにあらもーどでのベアトリスさんたちの動きは普通の武術の動きでは無かったので気になるのは当たり前だろう。

 

「一応剣と体術を少しね。大して強くないし、教える程のものでもないよ」

 

「む……そうですか」

 

「ところで貴方たちは、なんか離れた所に居た金色の髪の少女を見て驚いていたけど……何を驚いたの?」

 

今度はベアトリスさんが俺たちにそんな質問をしてきた。この質問に対して、俺たちはどう返せばいいのか顔を見合わせる。

これについてはリーリスの《焔牙(ブレイズ)》が本来具現化出来ない《銃》を模していたからと話せば簡単なのだが、先の誤魔化しによってそれを話す事はここでは出来ない。

ベアトリスさんたちは優月が夢で話したり、先ほどの情報交換を行った際にある程度教えたので《焔牙(ブレイズ)》の事は知っていて当然なのだが、透流たちにとってはなぜうちの学園の機密情報を知っているのかなど色々と聞きたい事が出てくるだろう。

幸いにも透流たちの様子を見るに、どうやら彼らは誤魔化すつもりのようだ。なので―――

 

「……見とれていただけです」

 

一言、俺は無難にそう言った。

 

「……そう」

 

ベアトリスさんは少し瞠目した後少し悲しげな顔をした。

 

(ごめんなさい……影月くん、優月ちゃん)

 

念話でベアトリスさんに謝られた。答えづらい質問だった事を察してくれたようだ。

その後はたわいもない話(ベアトリスさんの出身地は?とか、戒さんたちはベアトリスさんとどういう関係なのかとか)をみんなの飲み物がなくなるまでした。

 

「それじゃあ、また今度会ったらゆっくり話しましょう?」

 

そういい、駅前でベアトリスさんと別れ俺たちは学園へと戻った。

 

 

 

 

 

 

夜になり、あらもーどの一件がニュースで小さく取り上げられた。

ただし、少年四人が()()()()()()()という内容だったが。

原因不明の失神というわけでもなく、また、倒れる直前まで誰かと言い争いをしていたといった事に触れられる事も一切無かった。

 

「ふむ……情報操作か」

 

「この学園の影響力はかなり大きいみたいですね。はい兄さん、緑茶入れましたよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

今は部屋でテレビを見ながらくつろいでいる。

 

「はぁ……今日は色々あって疲れたな……」

 

「そうですね。買い物は楽しかったですけど♪」

 

「……だが、聖槍十三騎士団か……」

 

「……どう思います?敵対すると思いますか?それとも……」

 

今日の買い物は楽しかったが、ベアトリスさんたち聖槍十三騎士団についてはよく分からなかったり、実感が湧かない事ばかりだった。

 

「敵対するかは分からない。別の目的っていうものが分からない限り、なんとも言えないんだよなぁ……」

 

結局、その別の目的も教えてもらえなかったので判断のしようがない。

 

「それにヴィルヘルムはこの学園に来て攻撃してきた。聖槍十三騎士団も一枚岩では無いかもしれないから油断は出来ない。もしかしたら別の理由で襲ってきた可能性もあるけどな」

 

「別の理由?」

 

「考えつかないけどな……」

 

結局別の理由は思い浮かばず、時間も時間なので寝る事にした。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

場所は変わり、ヴェヴェルスブルグ城では今日一日ずっと兄妹の行動を見ていたラインハルト・ハイドリヒは手を顎あごに当てて思案していた。

 

「…………」

 

「いかがしたかな。獣殿」

 

そこへ、カール・クラフトがラインハルトが座っている玉座の右隣にいつの間にか出現していた。

 

「……カールよ。私は今まで卿の行動を予測する事は出来なかった。しかし大体の展開というものは卿の永劫回帰にて様々に体験してきたし、私はその未知なる行動というものを楽しんできた。だが今回は今までより読めん。本来ならその未知を楽しむべきなのだろうが……」

 

「ならば楽しめばよろしいではないか。貴方らしくない」

 

「卿の方がらしくないぞ。今回の歌劇、確かに面白く未知だ。だが明らかに今までの卿のやり方と違う。趣向を変えた、と言えば聞こえはいいが、私から言わせてもらえば何と言うか……とても不気味に感じるのだ。……本当になぜあの兄妹を気にかけるのだ?流石に気になるぞ」

 

カール・クラフトをよく知るラインハルトですらこの展開を読めず、さらに不気味でもあると言わせた。

それほど、今回の歌劇は異様なのだ。

その質問にカールは薄っすらとした笑みを浮かべた。

 

「私の目的か……女神の為だよ」

 

「それは知っている。卿が女神の為以外で動く事などほぼ無いだろう。だが今回女神の為だけとは思えんのだ」

 

「……そうだな。貴方にはもうそろそろ教えてもいいだろうか」

 

この言葉にラインハルトは少なからず驚いた。この男は真実や歌劇の事、演出などもほとんど言わない。ましてや目的などは絶対に言わないだろう。

ラインハルト自身も知りたいとは言ったものの、簡単に教えてくれるとは思っていなかった。

しかし―――

 

「座を拡張するのだよ」

 

「何?どういう意味だ、カールよ?」

 

さらっと理由を言い、さらに座を拡張などと訳が分からない事を言われた。

 

 

 

まず、座とは何なのか―――

宇宙の中心、核、その理を流している神が坐ざする所である。その座に行けるのは覇道の願いを持つ者のみーーつまり外側せかいに向けて放つ願いを持っているものだけ座に行けるのである。ちなみに内側じぶんに向けて放つ願いを持つ者ーー求道は座には行けない。現在座にいるのは第五天黄昏の女神である。そして、座に着いたものは自らの覇道を世界に流せる。黄昏の女神が流している理は輪廻転生。彼女より前の理は四つーーー正確には六つあり、内三つは健在しているので別の覇道は流出可能である。

 

「まず座についてですが、女神の治世になってから座に負担がかかっているのはご存知かな?」

 

「何?」

 

「ならばそこから説明しましょうか。この世界を収めている我らが女神は「全てを抱きしめる」という渇望故に我ら覇道神が存在出来ている事は獣殿も知っているだろう?」

 

「無論だ。本来座に覇道が二つ以上同時に流れ出した場合、全てを塗りつぶすという性質上必ず勝った方が座につき、自らの覇道を世界に流し、負けた覇道を持つ者は消滅する。故に共存は不可能なのだが……女神はそれを成した」

 

「それで今、座にある覇道は女神と刹那と獣殿と私……いくら、「全てを抱きしめる」といっても座にも容量というものがある。正直もう限界を超えていると言っても過言ではないのだよ」

 

「ふむ……卿の説明は分かった。して、それが卿の目的と何の関係があるのだ?」

 

今の座は歴代から見てとても異様で平和である理と言えるだろう。本来塗り替えようとする覇道神も恐らく彼女の理と彼女自身を見れば共存を望むだろう。だが、それはさらに座に負担をかける。そうしていけば、座が破壊するかもしれない。もし破壊したらーーー何が起こるか誰にも分からないだろう。世界に何かしらの影響が出るか、それとも何も出ないか。座の争いが無くなるか、激化するか。最悪全てが消滅する可能性もある。

どちらにしろわからないのだ。

 

「どちらにしろ、先の事を想定していないと支障が出るのは明白だ。私の選択肢は三つだ。その内の二つは守護者の排除とさらに別な覇道神ーーこのような状況を何とか出来る覇道神を見つける事だ。前者は女神が自衛の手段を持っていないし、私個人の意見としては貴方や刹那などを()()()()()()()()()。そして後者に至っては今現在行っているが……回帰してもあまりいい結果にはならなかった」

 

「あの兄妹の渇望では座の負担を解消出来ないと?では、三つ目は何なのだ?」

 

「簡単な事だ、あの二人と我らが衝突すればいい」

 

その言葉は想像してもいなかったとラインハルトはまたしても驚いた。しかも明らかに分かるほどに。

 

「……卿の言いたい事が分からん」

 

「簡単な事だと言っただろう。座に坐る神は段々と強くなり、その度に座も拡張する。私はその拡張を狙っているのだよ。強力な覇道神同士の戦いにより座を拡張するーーそれが私の目的だよ」

 

「……なるほど、つまりは全て卿の手のひらの上というわけか」

 

カールは覇道神に至り、自分たちとぶつかり合いが出来るようにその可能性とそれに足る魂の輝きを持つ兄妹に自らの力を少し与え、後は覇道を自覚しここに戦いに来るのを待つと言うことだ。

そして挑みに来た時に、座が拡張されれば目的達成という事らしい。

 

「座の拡張が確認されたら、兄妹はどうするのだ?もしや……」

 

そこでラインハルトがその黄金の双眸を細め、カールを見た。その目には殺すのか?全力を出せるのか?という意思が伝わってくる。

それを受け、カールは冷静に言う。

 

「どちらにしろ座の拡張をするには覇道を流す故、全力を出せるが……出来れば、守護者として引き込みたいのが私の本心だよ。もしそうするとしても、色々演技をせねばいけないがね」

 

その答えにラインハルトはまたも驚いた。いつも通りのようで、どこかが決定的に違う気がするこの目の前の親友にーーー

 

「……カールよ」

 

「何かね?」

 

「……頭でも強く打ったか?それとも、どこかの誰かに頭をいじられたか?」

 

「何を言っているのか分からないが、とても失礼だと私は思うのだが?まあ、私はこれで失礼する。ではな、獣殿」

 

そう言い、カールは瞬きする間に消えてしまった。そこに残されたのはラインハルトのみーー

 

「……やはりいつものカールらしくないな…………本当に目的は()()()()()()()?この歌劇は喜劇になるのか……それとも……」

 

その問いに答える者は無く、その声は虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

カール・クラフトーーーメルクリウスはどこまでも暗闇が続く空間で一人ため息をついた。ここは誰も干渉出来ない空間の為、メルクリウス以外には誰もいない。

 

「…………」

 

そこで彼は先ほどまで話していた親友を思い出していた。そしてその記憶に繋がって、刹那やその仲間たち、黒円卓の団員たちを思い出した。過去に自分の目的の為に、刹那と同じように作り出し刹那とぶつけ合わせ、最終的には三つ巴をするほどに戦いあった者たち。

ただの目的を達する為に作った者たちーーーしかし共に過ごす内にまだ知らぬ未知を感じ始めた者たちーーー

 

「ーーーん?これはーーー涙……?」

 

そんな事を考えていると、頬に伝う雫の感覚を感じた。見るとほぼ人前では見せる事がない涙を流していた。女神以外はどうでもいいと思っている男も色々と変わってきているようだ。それもそうだろう、永劫何回も繰り返していれば愛着や慣れ、安心が出てくる。それはこの男も同じ事らしくーーー

 

「……私は変わったのだろうか……」

 

親友にらしくないと言われ、変わったのだろうかと悩み、呟いた水銀の言葉を返すものは誰もいない。




後半分かりにくかったらすみません!私の文才の無さが……(涙)
誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第十四話

いよいよ小説二巻も終わりに近づきます。ではどうぞ!


side 優月

 

「さーて、交流試合の事を(おぼ)えてる人はどれだけいるかなーっ☆」

月見先生の質問にクラスの大半が手を上げました。

無論、()()()()()()()()()()()()ですが。

 

「……九重くん。ど・お・し・て、憶えてないのかな〜?」

 

「今、聞いて思い出しました」

 

「殺すぞ」

 

一瞬だけ素に戻り、ぼそりと呟くと再び笑顔の仮面を被った月見先生。

 

「さてさて、先生の話を憶えてなかったとーっても残念な人がいるみたいだから、もっかい説明するよ♪今月の下旬に二年生との交流試合を行うの。その名も《咬竜戦(こうりゅうせん)》☆オッケー?」

 

「《新刃戦(しんじんせん)》のようなものですか?」

 

「そそっ。ただし今回は《絆双刃(デュオ)》での勝負じゃなくて、学年対抗になるの。一年生対二年生の選抜メンバーって形でね♪」

 

なぜ二年生が選抜メンバーなのかというと、二年生全員だと勝負にならないという事らしいです。

二年生へ進級するには《(レベル2)》へ昇華する事が条件なので、人数で一年生が勝っていても戦力差では絶望的でしょう。

月見先生はルール説明を始めました。細かく分けるとややこしいので纏めるとーーー

 

○一年生は全員、二年生は選抜された四組の《絆双刃(デュオ)》。

 

○《焔牙(ブレイズ)》の使用可。

 

○制限時間は一時間。

 

○場所は格技場。

 

○時間内に中央へ設置された旗を倒せば一年の勝利。

 

「……つまり棒倒しと思っていいのですね」

 

「身も蓋もなさすぎる言い方だな……橘」

 

「いえすっ♪」

 

身も蓋もない言い方に突っ込んだ兄さん。でも実際簡単に言うとそういう事なので仕方ないのです。

しかし、《新刃戦》と比べるとこちらは遊戯(ゲーム)のようなものだと感じます。確かに交流する試合と言う意味では遊びみたいなものだと分かりますがーー

 

「一年生が有利なんじゃないかって顔だねぇ?」

 

「……ま、まあそう思ってます」

 

どうやら透流さんがそのような顔をしていたらしく、月見先生が補足を入れてくれました。

 

「一応、これまでの勝率は二年生が七割ってところなんだよねー、これ」

 

人数だけで見るなら一年生の方が多く負けるとは思いませんが、二年生は既に一年間の厳しい訓練を乗り越えている上に、大抵の場合は《(レベル3)》が数人含まれるらしいです。

 

「先生、質問なんだが」

 

「はいはーい、何かな?影月くん♪」

 

兄さんが突然手を上げ、月見先生へ質問しました。

 

「俺と優月は……どうなるんだ?全員参加なら俺たちも出るだろうが……俺たちの《位階(レベル)》は知っているだろう?」

 

『えっ?』

 

その言葉にクラスメイトがざわめく。それは当たり前の事で、なぜそのような質問をしたのか分かった者はおそらく月見先生以外誰もいないでしょうーーー私たちは以前の《昇華の儀》で《(レベル3)》並の身体能力や《焔牙(ブレイズ)》だと理事長に言われました。そんな私たちが入ったら、勝てるとまでは言えなくても戦局は分からなくなります。

 

「確かに俺たちはここにいるクラスメイトたちより強い。《位階(レベル)》が《位階(レベル)》だからな……まあ、相手からしたら《(レベル3)》が二人いるくらいなら向こうも多少驚くくらいだろう。だが俺たちの《焔牙(ブレイズ)》は文字通り《()()》だし、優月が本気を出せば様々な意味で戦局を左右すると言っても過言では無いんだが?」

 

兄さんが今言った事は実際私も気になった事です。

確かに私たちは《(レベル3)》になったばかりで相手の方が一年間経験が多く、技術や知識などが多く私たちより有利でしょう。ですが私たちは他の人とは違いかなり異質な《焔牙(ブレイズ)》ーーー本当に左右します。さらに私があの技を使えば勝利の確率はかなり上がるでしょう。でも月見先生はーーー

 

「問題無し☆文字通り交流が目的だし……《新刃戦》とは違う動きを見たいって言うのと将来何があるか分からないから訓練の一環としてって言うのが学園側としての目的でもあるからねー。だから問題無しだよ♡あ、でも瞬殺はやめてねー♡」

 

と言われました。問題無しと言われたので兄さんと私は少しホッとしました。やはり私も兄さんも上級生と戦いたいとは思っているようで、参加禁止と言われたらどうしようか……とか思っていたようです。そして私もあの技を使うのは控えようと思いました。釘を刺されましたし。

 

「あ、そうそう。二年生は今日これから選抜メンバーを決定するって話だし、これからみんなで偵察に行ってみよっか♪」

 

「先生……それは偵察とは言わないですよ……」

 

「こっそり行くから偵察だよ☆」

 

「四十人以上いるけどな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、堂々と見学をさせて貰おうとクラス全員で格技場へと移動しました。

中央の闘場では既に二年生がメンバー選出のバトルロイヤルを開始しており、俺たちは観客席に腰を下ろして、観戦を始めました。

視線を少し来賓席に向けると理事長もおり、三國(みくに)先生と二年生の担任が闘場へ視線を向けていました。

闘場には二年生の集団。身体能力は当然ですが、《絆双刃(デュオ)》と抜群のコンビネーションを駆使して闘う姿に感嘆の息を漏らしました。

中でも目を引くのは三人。しかも、動きからして《(レベル3)》なのでしょう。三人の内二人は《絆双刃(デュオ)》のようで、互いの隙をカバーしつつ専守防衛に徹底しています。

何度か相手に狙われるも、その度に見事なコンビネーションで撃退していて、残りの《(レベル3)》の人もかなりの腕で、身体能力の差もあり次々と相対した生徒を倒していきます。

やがてバトルロイヤルは終わり、《(レベル3)》の三人は当然のように勝ち残りました。

 

「どう見る?勝てると思うか?」

 

「総合力ではこちらが厳しいだろうが、旗を倒すというルールなのだから策次第だろうさ」

 

透流さんが隣に座っていた巴さんに振ると巴さんはそう答え、その言葉に続くようにユリエさんやトラさんも感想を口にしました。

 

「見た所月見先生より(わず)かですが速さが劣るように見えます。一対一ならば《位階(レベル)》の差はあっても決して勝てない相手では無いですね」

 

「ふんっ。たとえ身体能力の差があろうと僕なら勝ってみせる」

 

「あ、あの……旗を倒せば勝ちなんだよ?みんなの話を聞いていると《(レベル3)》の人と闘おうとしてるように聞こえるんだけど……」

 

みやびさんが透流さんたちの様子を見て困惑を……それに対して三人は。

 

「ま、どうせなら闘いたいしな」

「ヤー。その通りです」

「ふんっ、闘って勝つ、だ」

 

「やれやれ……気持ちは分かるが《咬竜戦(こうりゅうせん)》はクラス全体が仲間なんだぞ。戦略上で必要とあらば一対一てわ闘うこともあるだろうが、基本的にはクラスの勝利を優先に考えてくれると助かるのだがな」

 

透流さんたちの反応に巴さんが苦笑いしつつ意見を言いました。

 

「……匹夫(ひっぷ)(ゆう)、一人に敵するものなり、か……」

 

「兄さん……」

 

兄さんが小声で呟いた皮肉のような(ことわざ)に私は苦笑いしてしまいました。透流さんたちには聞こえていなかったようですがーーー

 

「くはっ、辛辣だねぇ《異常(アニュージュアル)》」

 

どうやら月見先生にも聞こえていたらしく、小声でくっくっと笑っていました。

 

「まあ、力がある俺たちなら油断しなければ大丈夫だろうが……」

 

「そうですね。月見先生、戻りましょうか?二年生のメンバーも決まったようですし……」

 

「そうだな……さーて、それじゃあ二年生のメンバーも決まったし、みんなは教室へ戻って作戦会議しよっかーっ☆負けたらみんな、ぶっとばしちゃうぞー♡」

 

((冗談に聞こえません/聞こえねぇな))

 

心の中で兄さんと私は同じ事を思っただろうと思いつつ、席から立ち上がった時。

 

「あ……」

 

透流さんの声が聞こえて向くと闘技場の外へと通路へと視線を向けている透流さん。

その方向を見るとーーー

 

「リーリスさん?」

 

「…………」

 

リーリスさんは透流さんを睨んだ後、私と兄さんの方も見て睨んできましたが、声をかけずに闘場へと降り立ちました。

 

「……何をするんでしょうか?」

 

その疑問は私だけではなく、クラスメイトの一年生のみならず、選抜メンバーとして決まった八人の二年生もリーリスさんへと注視する。

 

「……どうせろくでもない事じゃないか?」

 

何が起こるか分からない中、唯一疑問に思ってなさそうな兄さん興味が無さそうにふとそんな事を言った。

 

「ろくでもない事……?」

 

その言葉の意味が分からず、私が考えているとリーリスさんが闘場の中央で立ち止まると、耳を疑うような事を言い出しました。

 

「選抜メンバーが決まったばかりで悪いけど、今から《咬竜戦(こうりゅうせん)》を行なって貰えないかしら?ただしそちらの疲労を考慮して、あたし一人がお相手するわ」

 

『ーーなっ!?』

 

格技場に驚きが駆け巡りました。内容が内容だけに、大半の者は呆気に取られてリーリスに視線を向けるばかり。

そんな空気の中、一番初めに話したのは兄さんでした。

 

「突然出て来たと思ったら……《咬竜戦(こうりゅうせん)》をしろとか、一人で相手するとか……何が目的なんだ?」

 

「……目的ね。それを言う為にまずはこっちから片付けましょうか」

 

「は?今何て……」

 

「二度は言わないわ」

 

聞き返した二年生の選抜メンバーが聞き返しましたが、リーリスさんはーーー

 

「《焔牙(ブレイズ)》ーーー」

 

《力ある言葉》に呼応して《焔》が舞い散りーー《無二なる焔牙(アンリヴァルド・ブレイズ)》が具現化されました。

 

「そ、それって……」

 

存在しないと聞かされていた《(ライフル)》の《焔牙(ブレイズ)》。

その銃口を向けられた男子がーーいえ、ほぼ全ての生徒が目を疑っていました。

直後、銃声が響き、男子は一瞬体を震わせた後に倒れました。

その姿を見たまま、リーリスは手元で《銃》をくるりと回した後ーーー

少しの沈黙、そして怒号。

 

「何しやがる!!」

「ちょっとどういうつもり!?」

「ケンカ売ってんのか!!」

 

殺気立つ二年生、一年生は固唾を呑んで見守っています。

視線を一身に集める中、涼しげな笑みを浮かべてリーリスは来賓席へ顔を向けました。

 

「どうにも丸く収まりそうにないし、《咬竜戦(こうりゅうせん)》の許可を貰えるかしら、理事長?」

 

「自分から手を出したのに、よくそう言えるな?」

 

「……随分と唐突な話ですのね。理由をお聞かせ頂きたいですわ」

 

「終わったらでいいかしら」

 

兄さんの批判を無視(少し反応はしていましたが)しつつ、理事長と話すリーリスさん。

 

「まったく……貴方の気まぐれは本当に困ったものですわね……分かりましたわ。今から《咬竜戦(こうりゅうせん)》を行う事を()()に許可します」

 

「感謝するわ、理事長。さて、それじゃあ許可も出たことだしーーー《咬竜戦(ゲーム)》、スタートよ!!」

 

理事長へウインクした後、選抜メンバーへ向き直り、言い終わると同時に一気に《(すい)》を持った女子の懐へと潜り込みました。

 

「ーーっ!!」

 

まさか《銃》の利点を捨てて、懐へ来るとは普通は思わないでしょう。呆気に取られる女子に《銃》を突きつけたまま、リーリスは忠告をしてーーー

 

「ぼんやりしているとすぐに終わるわよ……こうやって、ね」

 

再び銃声が響き、女子が倒れ伏しました。

 

「……あと六人ね」

 

ここでようやく選抜メンバーが戦闘態勢へと切り替わりました。

そんな彼らに対し、蒼玉の瞳(サファイヤブルー)がすっと細くなり不敵な笑みを浮かべ、手に持った《銃》を回しました。

 

(ん?なぜ回すんでしょう?)

 

そんな疑問を持っていましたが、リーリスさんの一言で考えるのを切り上げました。

 

「さあ……次に狩られたい人は誰かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけ言うと、リーリスさんの圧勝。二年生には《(レベル3)》が三人もいるというのにーーしかも後で聞きましたが、リーリスさんの《位階(レベル)》は《(レベル2)》。

身体能力でも確実に劣るリーリスさんに勝利をもたらしたのはその《銃》の力と技術でした。

私たちはその力を見せつけられました。

正確に頭や胸を撃ち抜く射撃の腕、攻撃を受けた際後ろへ飛び衝撃を打ち消したり、曲撃ちを放ったりする身体能力や技術をーーー

 

 

二年生の選抜メンバー六人は僅か一分程度で全滅してしまいました。

全滅した後、理事長がリーリスさんへ語りかけました。

 

「《咬竜戦(こうりゅうせん)》とは、一年生にとって戦略次第では格上の相手と互角に闘うことが出来るとーーー時には倒す事も可能という事を経験させる為のものですの」

 

「ええ、知っているわ」

 

「ならば何故このように貴方一人で、しかも本日の日程を崩して《咬竜戦(こうりゅうせん)》を行う事を希望したのか、約束通り教えて頂きたいですわ」

 

「パーティーを開きたいのよ」

 

「おい、待てよ」

 

そこへ兄さんが待ったをかけました。

 

「何かしら?」

 

「それが《咬竜戦(こうりゅうせん)》と何の関係がある?そしてそれに俺たちが()()()()()()、何かメリットはあるのか?」

 

巻き込まれての部分を強調しながら兄さんはおよそクラスメイトのほとんどが思っているだろう事を聞きました。

 

「大々的にクラスメイトと親睦を深める為のパーティーを開きたいと思ったのよ。でも、《咬竜戦(こうりゅうせん)》の日程と被っていたからーーー」

 

「さっさと終わらせたと、そしてそれの代わりとなるものをやりたいと?呆れるな……」

 

「……なるほど。つまり貴方はダンスパーティーを催すということですのね」

 

「ええ、そうよ。あたしたちは踊るの。着飾るのは《焔牙(ブレイズ)》で、流れる楽曲は剣戟となるダンスをね」

 

「くはっ、とんだじゃじゃ馬お嬢様だな」

 

小さく口にした言葉とは裏腹に、笑みを浮かべた月見先生。

 

「……へぇ、でも面白くなりそうだな」

 

そういう兄さんの口元にも楽しそうな笑みを浮かべました。

 

「そうね、曲名(タイトル)はーーー」

 

言いながら、リーリスさんの視線が一点ーーー透流さんで止まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《生存闘争(サバイヴ)》」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーとゆーわけで護衛対象とともに外に出る場合は、とにかく位置取りを注意する事ね♪襲撃はもちろん、狙撃に対しても常に意識を配ってーーー」

 

(狙撃……三日後か……)

 

私は月見先生の授業を受けつつ、頭の片隅でそんな事を思っていました。

生存闘争(サバイヴ)》のルールは以下の内容です。

 

○一年生チーム対リーリスさん一人。

 

○《焔牙(ブレイズ)》の使用可。

 

○制限時間は一時間。

 

○場所はあらもーど北館。

 

○一年生チームの勝利条件は次の二つのいずれか。

A.全滅(全員が気絶)しない事。

B.リーリスさんが胸元につけている薔薇(ばら)の花を散らす事。

 

 

 

変わったのは三つでまずは相手。

相手は二年生の選抜メンバーをあっさり倒したので油断は出来ません。

次に場所。

あらもーどを選んだ理由は二つで、一つ目は遮蔽物がある場所にしなければ、一年生チームが圧倒的に不利となるだろうとの事。確かに遮蔽物が無い格技場ではかなり不利になるのは納得出来ます。

そして二つ目は学校よりもショッピングモールで闘った方が面白そうだから(リーリスさん談)という事らしいです。

 

最後に勝利条件です。リーリスさんは逃げ回ったり、隠れたりする私たちを全滅させる必要があります。Bの条件は普通に闘えば負ける事が無いという自信の表れ故に、ハンデを自分に課したみたいです。

 

勝利条件はこちらの方が有利ですが、一筋縄ではいかない相手なのは変わりません。おまけに射撃武器ーーー接近型の武器が大抵の《焔牙(ブレイズ)》の形なので対策を立てなければ皆さん近づく事も難しいでしょう。

私自身が()()()()を使えば簡単なのですがーーあまり使い慣れていない上にそういう事をするのはやはりする気が起きません。やはり私自身も本当に楽しみたいようです。

 

「もっしもーし!九重くんっ!!」

 

「あ……」

 

「せんせーの話を聞いてたかなー?」

 

「あ……す、すみません、聞いてませんでした……」

 

透流さんが謝るとクラスのそこかしこから笑い声が聞こえました。

 

「きちんと聞いててくれないと困るよー……って言っても、少し早いけど教える事は教えたから授業はもう終わりねって話してただけなんだけど☆」

 

「だったらわざわざ注意しなくても……」

 

「ぼんやりして最後は聞いてなかったでしょ?」

 

「う……」

 

透流さんが言葉に詰まると、月見先生が顔を寄せて声を出さずに口を動かしてました。

 

『めってしちゃうぞ』

 

滅っするの間違いでしょう。

 

「ところでー、九重くんはなーにをぼんやり考えてたのかな?もしかしてリーリスちゃんの事とか?」

 

「……ええ、そうです。といっても変な意味じゃなくて、《銃》を相手にどうやって闘えばいいのかと考えていたんですけどね」

 

「銃弾を避ければいいじゃん☆」

 

「無茶言うなっ!」

 

透流さんが叫んでいましたがーーー

 

「簡単だろう?」

 

兄さんの言葉でさらにクラスメイトまで驚きの声を上げます。

 

「むー……影月くんと優月ちゃんは出来るかもしれないけど……本当は()()()()では無理なんだよー?」

 

月見先生のその発言で透流さんを含めた数人が表情を動かしました。

 

「はーい、せんせー。質問があるんですけどー」

 

少し間延びした女子の声は吉備津(きびつ)という女子のものです。

ぼんやりしている性格故に実技訓練はあまり良く無いですが、学業成績はそこそこいい子です。

みやびさんとは仲が良く、話している姿をよく見ます。

 

「今は無理って事は、そのうち避けられるって事ですかー?」

 

「うん、《位階(レベル)》が《(レベル4)》になると多少は避けられるようになるかな♪」

 

「本当なのか、それ……」

 

「九重くん、敬語♡」

 

「本当ですか、それ……」

 

「もちもち☆なんとか見えるくらいにはなるよー♪」

 

「確かに銃弾ならまだ避けられるでしょうね。でもーー」

 

「待て、優月。あれをここで出すのはダメだぞ?あれが打ち出す杭は銃弾より上だと思うからな。威力的にも速度的にも」

 

「そうそう、私もあの時の映像見たけど、明らかに速いよ♡ただ結構大きかったからまだ良かったと思うけど。それにあれとは普通戦わないし……戦った君たちは運良く生きてるって事だけど☆」

 

『えっ!?』

 

月見先生の言葉でクラスの全員が驚きの声をあげました。

それと同時に突き刺さるような視線を感じました。

 

「話を戻すけど、《(レベル4)》に到達出来るのは毎年多くても三、四人くらいだよ☆あ、でもでもぉ、《(レベル3)》になったらその時点で卒業資格が出るから安心していいよ☆」

 

月見先生が話を逸らしてくれました。おまけに先ほどの話の内容で安堵した人も多かったようです。

ただ、数人だけは何か言いたげに私たちを見ていましたが。

 

「確か位階が上がりづらいんですよね?理由は《(レベル4)》から《焔牙(ブレイズ)》の()()()を引き出せるから上がりづらい……でしたよね?」

 

以前理事長から聞いた事を月見先生にさらに問いかけました。

 

「そうだよ☆ま、その力がどんなものかはその時に自分の目で確かめるよーにって事で、授業はしゅーりょー!」

 

そこへタイミングよくチャイムが鳴り響きました。

 

「それじゃあ午後はいつもどーり体力強化訓練だから、遅刻しないよーに☆」

 

そう言って月見先生は教室へ出ていきましたがーー

 

「ーーあ、そうそう」

 

逆再生のような動きで戻ってきました。

 

「可愛い可愛い教え子の為に、そして九重くんが泣いてお願いするから《銃》の対策を教えてあげるね♪」

 

透流さんは泣いても無いし、お願いもしてないのですが対策は気になるので黙って聞く事に、クラスの全員もその対策を聞こうと月見先生の言葉を待ちます。

そしてかなり長く溜めーー

 

 

 

 

「気合いで避けろっ♡」

 

「まさかの気合い避けをしろと!?」

 

思わず敬語を使わずそう返してしまいました。

 

「あー……銃弾の速度はマッハを超えるから、実際本当に気合い避けだな。何か盾みたいな物があればそれを使うのがいいと思う。後は急所を出来るだけ晒さないようにするくらいか。まあこんな所だ、行くぞ、優月」

 

代わりに兄さんが助言のような事をクラスメイトに言った後に、私と一緒に教室を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……共闘?」

 

本日は晴天なりという事で、今日は外の芝生にシートを敷いていつものメンバーで昼食を摂る事にしたのです。

暖かい陽射(ひざ)しの下、学食のビュッフェで思い思いのおかずを詰めた重箱を囲むというものは普段とは違う趣があります。

 

そこで透流さんに共闘をしないかと話を振った巴さんが説明を始めました。

 

「うむ。既にチームを組んでいる者がいることはキミも知っているだろう?私も同じようにチームを組んで彼女に挑んだ方がいいと思ってね」

 

「確かにチームを組んだ方が戦略も広がりますし、勝率も高まりますね」

 

「キミたちさえ良ければどうだろうか?」

 

透流さんやユリエさん、トラさんたちや私たちを見回す巴さん。

 

「……まあ、俺はそれでも構わないけど、ユリエは?」

 

「トールが望むのでしたら」

 

どうやら二人とも《絆双刃(デュオ)》で闘うつもりだったようで組む事になったみたいです。

 

「それなら組んでみるか。よろしくな、橘」

 

と、言いつつハンバーグをゲットしている透流さん。

 

「うむ、決定だな」

 

「ふふっ、一緒に頑張ろうね、ユリエちゃん」

 

「ヤー」

 

「トラ、お前はどうする?」

 

「ふんっ。本来なら群れて闘うのは気に入らん……だが、現時点ではバカ正直に闘って、勝てる見込みは限り無く低い事は分かっている」

 

(素直に組むって言えばいいのに……)

 

きっと皆さん思った事でしょう。タツさんも口に食べ物をいっぱい詰め込みつつフガフガと頷いた事で、いつものメンバーによる共同戦線が結成されました。

そして透流さんはタコさんウィンナーを摘もうとしたので、私が素早くそして自然にタコさんウィンナーを取っていきました。

 

「キミたちは?」

 

「俺たちか?今回は分かれて動こうと思ってる。つまり《絆双刃(デュオ)》じゃなく個人で動く。まあ、それでも全体のフォローだったり色々するよ。試したい事もあるし……」

 

兄さんの方針は私は知っていたので何も言いませんでしたが、他の人たちはーーー

 

「色々?」

 

そう言いながら、透流さんが取ろうとしたチキンナゲットを今度は兄さんが自然に取っていきました。

 

「ああ……また襲撃もあるかもしれないから、防衛線を張ったり……まあ、屋上はなんとか大丈夫……だろうし」

 

「待て、襲撃だと!?」

 

兄さんの言葉にトラさんが待ったをかけた。

透流さんは驚きながら竜田揚げを頬張っていました。

 

「そうだ。まあ、そのへんの話をする前にーーー」

 

兄さんは透流さんへ顔を向けてーー

 

「お前は肉以外を食べろよ!」

「ーーっ!?」

 

「九重……私が気付いていないとでも思っていたのか!?如月や優月も阻止してくれていたのだぞ!?」

 

やはり巴さんも気付いていたようでした。

私は驚きすぎて、肉を喉に詰まらせている透流さんに注いだお茶をすぐに渡しました。ユリエさんは透流さんの背中をさすっていました。

 

「大丈夫ですか、トール」

 

「あ、ああ。なんとか……」

 

「さて、言いたい事も終わったから本題に入ろうか……」

 

何事も無かったかのように話を始める兄さん。透流さんが若干恨めしい感じで見ています。

 

「《新刃戦》の時、後半に俺たちは襲撃を受けた……襲撃者は一人、対してこっちは俺たち二人だった。でも、圧倒されたんだ。正直あの時は運が良かったよ……比較的軽傷だったからな。本気を出して来られたなら……俺たちは今ここにいないだろうな」

 

「なっ!?」

 

巴さんもが驚きの声を上げる。他の人も目を見開いて驚いているようです。

 

「橘が聞きたがっていた魔人の集団って奴だ……」

 

「その魔人の集団ーーー名を聖槍十三騎士団黒円卓。第二次世界大戦中に作られた首領ーーラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒが率いる組織です」

 

「ちょっと待て!!ラインハルトだと!?」

 

そこでトラさんが再び待ったをかけました。

 

「キミたちが言っているのは、あ、あの人か?ドイツで首切り役人って言われたーーー」

 

「合ってるよ、橘。そう、実際彼は死んでなかったんだ」

 

「バカなっ……」

 

その言葉にトラさんと橘さんが揃って驚きました。一方他の人たちは何が何だか分からないようです。

 

「……ラインハルト?誰だそれ?」

 

「……まずは、ラインハルトの説明からしましょう」

 

そして、私と兄さんはラインハルトさんが第二次世界大戦のドイツのゲシュタポ長官であり暗殺されたと思われていたが生きている事、そしてラインハルトが組織を作り世界的に莫大な懸賞金かけられているほどの敵として見られている事、そしてその集団はとても危険な能力を持っている事を伝えました。

 

「百八十年前の組織で、不死身の集団か……」

 

「姿が昔から変わっていないらしいです……そして、学園にその組織の団員が現れたんですよ。裏の世界に公開されている情報と一致したので間違いは無いようです。現れたのは黒円卓第四位、ヴィルヘルム=エーレンブルグ・カズィクル=ベイーーあの時は手加減されていたとは言え、一歩間違えば殺されていました」

 

『…………』

 

その言葉に話を聞いていた全員が押し黙りました。

 

「そんな人たちがまた来たら……どれほど大変な事になるか分かるだろう?そして現状、なぜ襲ってきたのかの理由もよく分かっていない上にあれと闘えるのは少なくとも《(レベル4)》くらいじゃないと瞬殺されるだろうな」

 

「……その時私は擬似的でしたが《焔牙(ブレイズ)》の《位階(レベル)》が《(レベル4)》相当だったので、何とか退ける事が出来たんです」

 

『ーーーーーー』

 

さらに皆さんが絶句しました。

 

「だからこそなんだ。俺はあらもーど内を広く監視して、優月はクラスメイトたちの護衛……いや、盾となってもらうんだ。もちろん《生存闘争(サバイヴ)》の手は抜かないけどな」

 

「……そ、そうか……」

 

巴さんが納得したようですが、透流さんやトラさんが何か言いたげな顔をしていました。

 

「まあ、とりあえず学園側もその辺り分かってるだろうから……気にするな」

 

そう言って兄さんは笑みを浮かべた。

 

 

そして作戦会議や、私たちは他のチームの作戦などを見て軽く助言や注意するべき所を指摘しながら《生存闘争(サバイヴ)》開始まで過ごしました。

 

 

そして《生存闘争(サバイヴ)》開催30分前に話は続きますーーー

 




次回は《生存闘争(サバイヴ)》です!
誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第十五話

生存闘争(サバイヴ)》前半!色々考えて書いたら一日で出来てしまった_| ̄|○
戦闘シーンの描写が一部(オリジナルの場所)が上手く書けてるか心配ですが……生暖かい目で見てください……。
それではどうぞ!


side 影月

 

生存闘争(サバイヴ)》当日の昼過ぎーーー

俺たちは開催会場へ向かうため、敷地外に出た。モノレールを降り、駅前で待機していた専用バスへと乗り込むと、十分ほどであらもーど屋上駐車場へと到着した。

普段なら多くの車が止まっているであろうこの場所も、今は俺たちが乗ってきたバスのみだ。

 

「ったく……全館貸し切りって、どんだけの金持ちだっての」

 

「しかも三日間借りきったらしいな。幾ら掛かったんだか」

 

「お金の無駄か……」

 

駐車場を見回して呟く城上(きがみ)に透流と共に話を合わせる。

館内が大なり小なり損壊する事を考慮し、修繕の為に予備として数日間借りきったとの事だ。

 

「…………ふんっ」

 

城上は話し掛けてきたのが俺たちだと気付くと、眉をひそめ離れていった。

 

(……何かした覚えはないな……透流の方か?)

 

城上の態度に俺は思い当たる事が無く、適当に透流の方に何かあるのだろうと理由を付けて俺も離れ、優月の元へと行く。

 

「優月、作戦は覚えているな?」

 

「あ、もちろんですよ!兄さんこそ忘れてないですよね?」

 

「もちろん忘れてない。そもそも発案したのは俺だからな」

 

優月と話しながら頭の中で作戦を確認しているとーーー

 

「っと、主催が来たようだな」

 

橘の言葉が聞こえ橘の見る方向を見ると、車種は分からないが黒塗りの高級そうな車が、陽射(ひざ)しを反射しつつ屋上駐車場へと姿を現した。

最初に降りてきたのはリーリスではなく、彼女の執事であると言う少女ーーーサラだった。

サラが(うやうや)しく頭を下げると、奥から彼女の主のリーリスが姿を現す。

その背後から黒衣の少女ーーー九十九朔夜(つくもさくや)も妖艶な笑みを(たた)えたまま姿を現した。

そして三國先生も姿を現し、進行を始めた。

 

「皆さん。これより理事長よりお話があります。静かにするように」

 

「皆さん、ごきげんよう。既に存じているとは思いますが本日は本来ならば《咬竜戦(こうりゅうせん)》を行うはずでした。けれどーーー」

 

理事長が隣に立つリーリスを紹介するように手を向けると、リーリスはすっと頭を下げた。

 

「当学園の兄弟校であるフォレン聖学園から転入してきました、こちらのリーリス=ブリストルさんたっての希望もありまして、予定を変更し親睦会ーーー《生存闘争(サバイヴ)》を行う事となりましたわ」

 

予定変更と言っても、格上の相手へ戦略を()って挑むという事は変わりは無い。故にーー

 

「この《生存闘争(サバイヴ)》が貴方たちの良き経験となるよう、心から祈り願っていますわ」

 

理事長の挨拶が終わると、三國先生からルールについて改めて説明がある。

特に変更は無く、生徒全員が館内に入り、十分後にリーリスが入った所で開始との事だった。説明が終わり、俺はあらもーど内へと向かおうとしたが、そういえばと思い、理事長たちに振り返りながら言った。

 

「理事長、三國先生、そして月見先生、以前話したとおり、屋上は頼みましたよ?」

 

「分かっていますわ。館内は貴方たちに任せます。怪我の無いように頼みますわ」

 

理事長のその言葉に俺も透流たちクラスメイトもそして、月見先生も三國先生も驚いた。

 

「……?三國?他の皆さまもいかがしましたの?」

 

「…………理事長が他人を心配するなんてそんな事今までありましたか、兄さん?」

 

「……いや、無いな……」

 

「ーーーなっ!?」

 

俺と優月の反応を見て、一気に顔を赤くした理事長。

 

「私もこの方がこんな事を言うとは思いませんでした……」

 

「み、三國!?そ、それは心配くらいしますわ!気をつけてくださいよ!」

 

若干語尾が変わっているあたりかなり恥ずかしいようだ。よく見れば少し頬が赤い。そんな姿を見て年齢通りの反応を初めて見たような気がして少し微笑む。

そうして、館内へ向かおうとすると月見先生が寄ってきて、耳元に小声で。

 

「あのお嬢様があんな顔を見せるとは思わなかったぜ、良いもん見れた。ありがとうよ、《異常(アニュージュアル)》」

 

「こっちもあんな顔するとは思わなかった。じゃあ、任せましたよ」

 

「くはっ、任せられたぜ。じゃあ、頑張れよ」

 

と言って月見先生とすれ違った。

 

(月見先生もらしくないな)

 

そう思いながら館内へと入った。

館内へ入ると、すぐに二階へ降りるエスカレーターがありそれを降りていった。電源は入っていないらしく動かないエスカレーターを下っていく。そして二階へ降りると、辺りはシンとしていて、物音は後ろから入ってくるクラスメイトのエスカレーターを降りる足音だけしか聞こえない。

 

「さて……それじゃあ優月、頑張れよ?俺は今から作戦通り仕込むからな?」

 

「はい!兄さん!」

 

「じゃあ……《焔牙(ブレイズ)》」

 

優月の返事を聞いて確認した後、俺は《力ある言葉》を言う。その瞬間、俺の全身を青い焔が包みーーー焔が弾けると俺は自らの《焔牙(ブレイズ)》、《(ランス)》を手にしていた。

その銀色に輝く《槍》を見て、クラスメイトは皆、息を飲んだ。

そんな反応をしているクラスメイトを一瞥して、仕込みの為に俺は走り出した。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはあらもーど館内、東西へ伸びた約四百メートル程の幅の広い真っ直ぐな通路と、その途中にある四つの広場で成り立っている。

生徒たちが降りてきた一番東の広場が(なぎさ)、そこから西へ向かうと緑、中央、空という名の広場が並んでいる。

通路は一本道ではなく、緑と中央、中央と空の広場はそれぞれ細めの通路で移動可能。

また、館内は二層構造だが、そこかしこの通路や広場が一階と二階を繋いでいる吹き抜けである。

 

そんな館内は店が開いているのに、人がいないという異質な雰囲気が流れている。そんな静けさが広がる館内でーーー

 

 

銃声が響いた。さらに少し間をおいて再び銃声が何度か響いた。

 

「向こうへ行ったぞ、追えーーっ!!」

 

という声が聞こえ、突如館内は騒がしくなったーーー

 

 

 

 

 

「リーリス!!」

 

九重透流が柱の陰から飛び出し、黄金の少女の前へ立ちはだかる。

黄金の少女ーーリーリスは《(ライフル)》を構えたが、相手が誰か気付き僅かに銃口を下ろし、足を止めた。

 

「あら、九重透流じゃない。さっきぶりね」

 

「……そうだな。思った以上に早い再開で驚いているよ」

 

透流は皮肉めいた笑みを彼女へ向ける。

 

「それはあたしも同じ……でも良かったわ。あんたを捜し回らずに済んで」

 

彼女は髪を手で払うと、《銃》の狙いを透流へ定めた。

一瞬の静寂の後ーーー銃口が火を吹いた瞬間、金属とぶつかり合う音。

透流の《焔牙(ブレイズ)》である《(シールド)》で銃弾を防いだのだ。

 

「……やるじゃない。それとも偶然かしら?」

 

「偶然だと思うならもう一度試してみるか?」

 

「……やめておくわ。あんたの事、最後の楽しみ(メインディッシュ)として認めてあげる。だから今は見逃してあげるわ」

 

リーリスが《銃》を回すクセを見せる中、透流が広角を上げる。

 

「……いや、逃がしはしないさ。今度は()()()のターンだーー橘!!」

 

「任せろ!!」

 

吹き抜けを挟んだ向かいの店から橘が《鉄鎖(チェイン)》を構えて姿を現し、リーリスは銃口を向けたがーーー

リーリスの脇にある店の中からタツが飛び出した。

 

「ーーっ!!」

 

片方に意識を向け、真逆から攻撃する。戦術としてはなかなか良いものだがーー

 

「シンプルだけどいい手じゃない」

 

タツに視線を動かし、リーリスは余裕を持って言った。

振り下ろされた《偃月刀(えんげつとう)》が通路に大きな裂け目を作るも、リーリスはバック宙で躱し、ガラスフェンス上へ着地する。

 

「タツ!!横に払え!!」

 

その指示を聞くと同時に物陰に潜んでいたユリエが飛び出してきた。

フェンス上ならタツの攻撃は飛んで避けるしかなく、ユリエは着地の瞬間を狙って時間差攻撃を仕掛けたのだ。

予想通りリーリスはガラスフェンスを蹴って宙を跳んだーー()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

一階までの高さは五メートル以上ある。だが、彼女は何事もなく着地した。

 

「悪くない攻めだったけど、《超えし者(イクシード)》の身体能力をもう少し計算に入れる事ね」

 

ガラス天井から差し込む陽光を、一身に浴びる黄金の少女はとても綺麗で見惚れるほどだった。

 

 

 

()()()()()()

 

「来ましたね」

 

その声を聞き、リーリスは声のする方へと向いた。

そこには優月が《(ブレード)》を片手にリーリスを見ていた。

 

「あら、貴方は?」

 

「如月優月って言います。よろしくお願いしますね?リーリスさん」

 

優月はにっこりと笑った。その笑顔を見た近くのクラスメイトや、透流たちはまた見惚れてしまった。

 

「……ふーん、貴方の《(ブレード)》、他のとは違うわね。まあ、良いわ」

 

「優月ちゃん!!逃げて!!」

 

みやびが叫んだが、リーリスは銃口を優月に向けーー銃弾を放った。

 

 

 

 

 

 

 

が、

 

「……案外簡単なんですね」

 

『ーーーっ!?』

 

そこには《(ブレード)》を横に構えた優月が外傷も無く立っていた。

その姿を見たリーリスも他の皆も瞠目していた。

 

「貴方……どうして……」

 

「……撃たれたんだよね?優月ちゃん」

 

「ヤ、ヤー……どう考えても当たったとしか……」

 

「簡単ですよ……」

 

「……まさか、そんな……」

 

そこで透流は信じたくないが、それしか防ぐ方法が無いと気付いて言った。

 

「《(ブレード)》で弾いたのか!?」

 

「透流さん、その通りです」

 

『はぁ!?』

 

「初めてで出来るか分からなかったのですが……やってみるものですね」

 

そう、優月は()()()で銃弾を弾いたのだ。それを驚かない者などいないだろう。

 

「さて、弾ける事も分かりましたしーー少し試してみましょうか!!」

 

(ーーーっ速い!?)

 

その言葉と同時、優月が十数メートルほどの距離を瞬きする間に詰めてきたのだ。

そしてそのまま、剣を上段から振り下ろした。

リーリスはバックステップで回避したが、予想以上の速さに驚いて回避が遅れてしまった為、髪に少しかすり数本の黄金の髪が宙を舞った。

 

「……速いわね。貴方本当に《(レベル2)》なの?」

 

こうして冷静を保っているリーリスだが、内心とても動揺していた。どう考えても先ほどの距離を詰める速度は《(レベル2)》の速度ではないし、《(レベル3)》よりも上では無いかと思うほどだった。しかし、そんな考えは次に優月が言った言葉でさらに驚く事になる。

 

「……ふふっ、じゃあ一回だけ使ってみますね♪やっぱり私自身も少し使ってみたいですし……手加減はしますから()()()の攻撃を避けてみてください!」

 

そう言うと、優月の雰囲気が変わった。それと同時に辺りが陽の光とは別に白く輝き始めたのだ。

 

「な、なんだ!?」

 

トラや他のクラスメイトたちも周囲の変化に戸惑っている様子の中ーーー優月は。

 

 

 

「私が犯した罪は

War es so schmahlich―」

 

「心からの信頼において あなたの命に反したこと

ihm innig vertraut-trotzt'ich deinem Gebot,」

 

彼女は周りの反応など気にしないように、自らの口から詠唱を紡ぐ。

 

「私は愚かで あなたのお役に立てなかった

Wohl taugte dir nicht die tor ge Maid,」

 

「だから あなたの炎で包んでほしい

Auf dein Gebot entbrenne ein Geuer;」

 

「我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ!

wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das feuer nie!」

 

「ーーこれが、影月が言っていたーー力?」

 

透流がそんな事を呟くと同時に詠唱が終わる。

一方リーリスも何が起こっているか分からず、目の前の少女を見ていたがーーーほんの一瞬、目の前の少女が金髪のポニーテールの軍人の姿と重なって見えた。

 

「創造

Briah―!」

 

「雷速剣舞 戦姫変生

Donner Totentanz―Walkure!」

 

 

 

 

ーーーここに雷速で駆け抜ける少女が再び現れた。

 

「ーーーな、何よあれ……」

 

帯電し、こちらを見ている優月を見たリーリスは戦慄した。あれは、あの能力はまさにーーー

 

「あれが、《(レベル4)》の力なのか!?」

 

そう透流が思うのも無理は無い。まさしく解放される力と思われるもの、だがーーー

 

「ちょっと違いますよ?まあ、今の私は《(レベル4)》相当らしいですがーーーこれでも貴方は止められるでしょうか……ねっ!」

 

そう言った途端、目の前から優月が消えた。

 

(逃げ……っ!?違う!!)

 

逃げたかと一瞬思ったリーリスだが、青白い光の残像が館内を縦横無尽に飛び回っていた。こうして跳び回ってどこかから攻撃してくるのは容易に予想出来た。

 

(どこから来るの!?)

 

これほどの速度なら正面や背後から襲われる可能性はとても高い。しかし、相手は雷速ーー青白い残像しか見えない。なので、気持ちを落ち着け、目で追わずに空気の振動などで場所を探ろうとする。

リーリスは狩りもするので相手の位置を空気の流れなどで察する(すべ)に長けている。

そうして、気配を探ること約二秒ーーー

 

(ーーー左!!)

 

左から攻撃が来るというのを察知。そして攻撃も速いだろうと思い、防げる自信もなかったのでリーリスは前方へ素早く移動して回避を選択した。回避後、背後で剣を振り下ろす音が聞こえ、心の中で回避出来た事に安堵するリーリスだがーー

 

「流石ですね。でも油断していると……危ないですよ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、前方の店の前辺りから銀色の光が見えた。

 

(っ!?まず……!?)

 

それに気が付いたリーリスは無理矢理姿勢を低くし、薔薇が散らないようにしながら伏せる形で避けた。

その頭上を何かが通り抜けた音がしたと思ったら、後ろから地面が砕ける音がした。

 

「惜しかったですね……それと兄さん、出来たんですね!!」

 

『ああ、案外簡単だった。』

 

優月が話しかけているのは先ほどリーリスが避け地面に突き刺さった槍で、その槍から声が聞こえた。

 

『どうだい?リーリス。この攻撃手段は?』

 

「……それが貴方の《焔牙(ブレイズ)》?」

 

『そうだ。設置型としてこの槍が使えるって気が付いてな?この槍が見た風景は俺も見れる上にこうして槍を通して話せるから、攻撃も正確で偵察にも使える。おまけに設置するとどういうわけか透明になるし、数も多く作れたからいろんな所にしかけてあるぜ?』

 

つまり、この槍は影月の目であり口であるという事だ。

 

「デタラメなっ……!」

 

『ははっ、自覚してるさ。さて、優月分かってるな?』

 

「はい!ではまた後で会いましょうか、リーリスさん♪」

 

そう言うと、優月は剣を高く掲げ、(まばゆ)い閃光を放った。

 

「うわっ!?」

「きゃ!?」

「くっ!?」

 

そして光が徐々に収まり、辺りが見えるようになると優月と影月の槍、そしてリーリスが消えていた。

 

「見失った!!」

 

「仕方ないさ、九重……だが……」

 

「あ、あんなに強かったの……?優月ちゃんと影月くんって……」

 

その場にいた全員が呆然として、先ほどの二人のクラスメイトの姿を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、あの場で閃光に紛れ、離脱した黄金の少女も近くの店の中で呼吸を整えながら先ほどの事を思い浮かべていた。

 

「はぁ……はぁ……何よあれ……勝てる訳ないじゃない」

 

位階(レベル)》が同じだろうと完全に見くびっていた。しかし、引き金を引けば恐ろしい刃を出してきたのだ。

 

「ふぅ……とりあえずあれは本当に後回ししないとね……透流よりも後回しになるかしら……」

 

そう言いながら、黄金の少女は店から出ていった。()()()()()その姿を見ている物がいるとは知らずにーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

影月は目を瞑って自ら置いた《焔牙(ブレイズ)》が見ている映像を見ていた。

彼がいるのは《生存闘争(サバイヴ)》開始時の入り口ーーその真下の一階である。

彼は開始直後に館内を回り、様々な所で自らの《焔牙(ブレイズ)》を機銃付き監視カメラのように設置したのだ。攻撃したら一回きりだが不意打ちに向き、偵察にも使える能力であった。

 

そんな彼はふと屋上駐車場に置いた槍の映像を見て呟いた。

 

「……どうやら、別のお客さんが来たようだな」

 

そう言う影月の口元は薄く楽しげな笑みを浮かべていた。

 




次回は後半です!
dies勢があまり出てこないという……ちゃんと出しますからね!?
誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第十六話

水銀「《生存闘争(サバイヴ)》後半だ。今回と次でおそらく原作二巻分が幕を閉じるだろう。所で最近作者が「この小説読んでる人いる!?感想無いのか……つまんないのかな……」と割と本気で落ち込んでいた……別に知らないと言ったり、「勝手に落ち込めバカヤロー」と思うのは構わんが、出来れば何か一言言ってもらいたいとさすがの私も思うよ。さて、前置きはこれくらいにしてーーー本編を始めようか。今回の歌劇をお楽しみあれーーー」




no side

 

遠くからヘリのローター音が近付いてくる。

リーリスの所有するそれとは違い、タンデムローター式の大型機。

あらもーど屋上にて、月見璃兎(つきみりと)は東京湾上空に見えるヘリから特設モニターへ視線を移し、呟く。

 

「そろそろクライマックスって所だな」

 

生存闘争(サバイヴ)》開始より四十分ーー

館内の一年生は透流、ユリエ、トラ、みやび、橘、影月、優月以外はリーリスの手によって倒されていた。

 

「最初はあの金髪お嬢様がやられそうになったし、さっきは銀髪がやられそうになってたな……」

 

「もしやられたら、見どころはほぼ無いままに終わりですわね」

 

静かにモニターを眺めていた朔夜(さくや)はくすりと妖しく微笑み、サラの淹れたミルクティーで唇を湿らせる。

「にしても優月のあの……雷速だっけか?文字通り速すぎるぜ」

 

「ええ、それに影月の《焔牙(ブレイズ)》もかなり変則的ですわね。あの二人は私の望む高みには至りませんが、別の意味では至るかもしれませんわね」

 

「やっぱり真に至るのは銀髪と《異能(イレギュラー)》ってか?」

 

月見の言葉に、朔夜はただ妖しく微笑むだけだった。

 

「あー、ところで話は変わるけどよ」

 

「何ですの?」

 

()()はアンタの招待客かい、理事長?」

 

璃兎が天を指し、問う。大空へ浮かぶは大型輸送ヘリ。先ほど湾岸上空に見えたものだ。

 

「少なくとも、私にはお招きした(おぼ)えはありませんわ」

 

「……私もです」

 

これまで後ろにて無言で控えていたサングラスの男ーー三國が口を開く。

 

「ふぅ、残念ですわね……せっかくのクライマックスを見ている暇が無さそうですわ」

 

朔夜は嘆息すると、ミルクティーを飲み干し立ち上がった。

 

 

 

降下したヘリから二十人近い屈強な男が降りてくる。

どの男も口元しか見えないヘルメットを被り、戦闘服(ボディスーツ)の上から胸部や腕を装甲で覆い、手には突撃銃(アサルトライフル)を持つという物々しい姿をしていた。

 

「見た事の無い部隊ですね」

 

無駄無く動き、左右に分かれて道を作る男たちを見て三國が言う。

様々な情報関連を扱う事を主としている彼は、世界中の特殊部隊、組織の事が頭に入っているーーが、その三國をして目の前の男たちは正体不明(アンノウン)であった。

しかしながら三國は勿論の事、朔夜たちにも動揺の気配は無い。

 

 

やがて男たちの中央を悠々と歩いてくる二人の人物があった。

一人は左右に並ぶ男たちと同様、戦闘服に身を包んでいるが、他の者とは違いヘルメットを被らず素顔を(さら)している。

年齢は透流と同じくらいで、射るような双眸(そうぼう)を持つ白人の少年だった。

もう一人の男は白衣を着込んだ痩躯(そうく)の老人だ。

白い髪は元は何色であったのか定かではないが、青みがかった瞳と高い鼻からこちらも西洋人と(うかが)い知れる。

男たちが足を止めると、朔夜は一歩前に出てスカートを摘まみ、一礼をする。

 

「はじめまして、お客人。本日はどのようなご用向きでこちらへ?」

 

「なぁに、少々散歩をな」

 

朔夜の問い掛けに返したのは老人の方だった。

 

「くすくす、ご冗談を。散歩とはご自分の足で行うものですわよ」

 

「ふはは、これは手厳しいが一本取られたわい。では……遊覧ついでに若い者と世間話をしに来た、というのはどうじゃね?」

 

「ええ、それでしたら喜んで」

 

銃を手にした男たちを前にしているというのに、朔夜にはまるで物怖(ものお)じする様子は見られない。

 

「しかしまあ、降下する時には撃ち落とされやしないかと冷や冷やしていたものじゃよ」

 

「いやですわ、ここは日本ですのよ?そのような物騒な事は私たちは出来ませんわ。」

 

「ははは、それもそうじゃったな。どうりでそちらの彼も身軽そうなお姿じゃの」

 

「必要がありませんので……」

 

視線を向けられた三國が答えた。軽装なのは当然で、彼ら《超えし者(イクシード)》は、銃などの武器を携帯する必要は無い。

 

「なるほどなるほど、さすがは噂に名高い《超えし者(イクシード)》と言ったわけじゃな」

 

常人なら知り得ない単語を口にし、短く拍手をする老人。

だが、朔夜たちに驚く様子は無い。当然だ、銃を手にした部隊を引き連れた相手が、常人であるはずが無いのだから。

 

「おや、少しばかりは反応を見せてくれると思ったのじゃが……」

 

「ご期待に応えられず申し訳ありませんわ……ところで、そろそろお名前をお伺いしてもよろしいですの?それともこちらから名乗った方が?」

 

「ふははっ。それには及びませんぞ、九十九朔夜殿。いやーーー《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》とお呼びするべきかの」

 

「…………」

 

ここで初めて朔夜の表情が動く。

 

「さすがにこちらは反応がありましたのう。いやぁ、よかったよかった」

 

僅かにではあるが確かに見せた驚きへ、まるで悪戯(いたずら)が成功したかのように老人はひどくなった楽しそうに笑った。

 

「申し遅れてすまなかったの。(わし)の名は《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》ーーーエドワード=ウォーカー。噂に聞く魔女殿に一目会いたくてこうして推参したわけじゃ」

 

「ーー《七曜(レイン)》の一人とは存じず御無礼を。お会い出来て大変光栄ですわ、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様」

 

にこやかな表情を浮かべ、朔夜は改めて頭を下げる。

老人の二つ名を知った事で、目前の男たちの所属する組織まで到達する。

敵ーーーではない。()()()()()()()()()()

 

しかし、警戒するべき組織であるのは確かで、本来ならばここから当たり障りの無い会話に交えた腹の探り合いが始まるのが世の常なのだがーー

 

「あのさ、じいさん。まどろっこしい会話とか抜きで本題に入ろーぜ。どーでもいい話がだらだら続くと眠くなるっつーの」

 

言葉通り、璃兎が退屈そうに大あくびをする。

あまりにも空気を読めていない発言と行為に、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》と名乗る老人は目を見開きーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くもってその通りだぜ。おい、いつまで黙って聞いてりゃあいいんだ、マレウス?俺は陽の光を浴びすぎて干からびそうなんだが?」

 

「あーあ、もうちょっとで本題に入れたのに……ベイはもうちょっと空気を読んでよね」

 

『!?』

 

先ほどの璃兎の発言に対し、大笑いしようとした《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》も、朔夜たちも、そして戦闘服(ボディスーツ)を来た男たちも例外無く驚き、声のする方へ振り向いた。

そこにはーーー

 

「ああ?空気なんて読めるかよ。お前は俺と付き合い長ぇからそこんとこよく知ってんだろ?正直、目の前にいるのはほとんど劣等だぜ?そこまで読んでやる義理はねぇよ」

 

「待てなくても、さっきのは空気を読む所よ?ハイドリヒ卿ももしかしたら何を話すのか気になっていて聞いていたかもしれないじゃない」

 

白髪白面でサングラスを掛けた、軍服を纏う男と、朔夜と同じくらいの年齢の少女が驚いている一団へ向かって歩いてきていた。

 

「……貴方たちは」

 

「……その軍服に腕章、貴様らはまさか!」

 

その二人を見た朔夜はやはり来たかと思い、三國や月見はより一層警戒を強める。

装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》はその姿を見てある組織の証である事に驚き、他の者は何者か分かっていないでいた。

 

「何者ですか!?」

 

何者か分かっていない者の一人ーー白人の少年《K》が問いかける。

 

「人に名前聞く時は自分から名乗れやガキ、戦の作法も知らねぇのか?」

 

「……私の名前は《K》。以後、お見知りおきを」

 

「《K》くん?本名は教えてくれないのね〜」

 

軍服を着た少女は笑顔を浮かべながらそう言ったが、《K》の顔は険しいまま少しも反応しなかった。

 

「コードネームだろうが何だろうが、強くなけりゃ覚える気も無いがなーーーじゃあこっちも名乗らせてもらうぜ。聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ・カズィクル・ベイだ」

 

「同じく第八位、ルサルカ・シュヴェーゲリン・マレウス・マレフィカルムよ。よろしくね♪」

 

「……彼らが、ですか」

 

「ああ、まさしくあいつら(影月と優月)が言ったとおり、来たな」

 

三國は目を細め、月見は薄い笑みを浮かべながら言う。

 

「ーーー《K》くん。すぐに《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》殿と、ブリストルの娘を確保し、撤収するのじゃ。こやつらが儂の思うあの軍団だとしたら、すぐにでも撤退したいのじゃが、今日のような機会は次はいつ来るか分からんからのう」

 

「…………分かりました。お前は二人ほど連れて館内へ。ブリストルの娘を確保するように。抵抗するなら死なない程度に痛めつけて構いませんよーーさあ、行きなさい!!」

 

《K》の号令で三人の男が館内へと走っていく。

 

「ヴィルヘルムさんとルサルカさんと言ったかしら?追わなくて良いんですの?」

 

ここで朔夜は館内へ入っていく男たちに何の反応も示さず、ただ黙っているヴィルヘルムたちにそう問いかけた。

 

「中には、俺が前殺りあった影月と優月がいんだろ?なら()()()()の奴らなんて敵にもならねぇ。それと下にいる他のガキ共の中にも良いのがいるかもしれねぇから、潰さず見逃してやったんだ。まあ、()()してる奴ばかりだがな」

 

気絶してると言った事で、彼らは館内に入らずとも、館内の中にいる生徒たちの位置や気絶してるかどうかまで分かっている事が今の発言で判断できた。それに気付いた者はどのような反応をするのかーーーやはり只者(ただもの)ではないと改めて認識するだろう。

 

「ふふっ、ベイったら結構買ってるのね?二人の事」

 

「まあな……メルクリウスが手を加えてる、てのも理由としちゃああるが、前のは久々に魂が震える戦いだったしな……」

 

「くすくす、ありがとうございますわ。貴方に言われるとは言え、少しは嬉しく思いますわね」

 

「少しは、じゃねぇぜ?俺が言うのはどうかと思うが、初見でこんなに高く俺は評価しねぇ。だから喜べや」

 

世界的な敵とは言え、教え子を褒められ少しだけ嬉しそうにする朔夜だった。

それに対し、ヴィルヘルムはぶっきらぼうにそう言って、視線を他の男たちへと移した。

 

「にしても、その戦闘服(ボディスーツ)はあれか?強化外装って奴か?」

 

「……そうじゃ、まだ試作段階じゃがのう」

 

「まあ、試作だろうが正式だろうがあまり関係ねぇが……マレウス、何人か捕まえるか?」

 

「最低二、三人くらいほしいわ。もちろんそれ以上でもいいわよ〜」

 

「少しは傷付くだろうがーー分かったぜ!!」

 

ルサルカの返事を聞き、ヴィルヘルムが頷き、構えたと思った瞬間、ヴィルヘルムが姿を消しーーー

 

「ぐわっっ!!」

 

ヴィルヘルムの近くの戦闘服(ボディスーツ)を来た男が悲鳴を上げながら吹っ飛び、地面に落ちた後動かなくなった。ヴィルヘルムが目にも止まらない速さで男を殴ったのだ。

手加減してるのか、殴られた男は気絶しているようだ。

 

「行くぜ、オラァ!!」

 

「なっ……撃ちなさい!」

 

「理事長、こっちだ!」

 

呆気に取られた《K》だったが、すぐに攻撃命令を出し、月見は安全な場所まで朔夜とサラを掴み連れていく。

そして、命令を受けた男たちはヴィルヘルムを狙い突撃銃(アサルトライフル)の引き金を一斉に引いた。

男たちはしっかりとした訓練をやはり受けているようで、銃弾はほぼヴィルヘルムの全身へ叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

がーーー

 

「そんな豆鉄砲効くかよ!」

 

『ーーーなっ!?』

 

そこには全身に銃弾を浴びても無傷で立っているヴィルヘルムがいた。

 

「ほらよ!」

 

「うぐっ!?」

「うわっ!?」

 

皆が驚いて固まってる隙にヴィルヘルムはまた別な男を掴み、別の男へ投げて二人を気絶させた。

 

「こんなもんか?さて、後は殺ってやる……」

 

瞬間、ヴィルヘルムから凄まじい殺気と血の匂いを彷彿とさせる死臭が発せられた。

周りにいた男たちや《K》は、今まで感じた事の無い殺気で冷や汗が止まらず、死臭の匂いよって顔をしかめた。

 

「くはっ、凄まじい殺気だなおい!」

 

少し離れた場所に朔夜とサラを連れ、退避した月見もこうして普通通りに話したが、屋上駐車場に広がる殺気と死臭のせいか、多少の冷や汗をかいていた。それでも多少は離れているためまだ大丈夫だった。

しかし、朔夜と《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》とサラは戦いと言うものをしないいわば一般人。三人とも冷や汗をかき、表面上は冷静を装っているが膝は震え、死臭の匂いもあって、気を抜けばすぐに気絶しそうになっていた。

そこへーーー

 

「待ってください」

 

三國が口を開いた。彼も若干の冷や汗をかいていたが、平然とこの空気を作り出しているヴィルヘルムへと話しかけたのだ。それだけで彼の精神力がかなり強いと分かる。

 

「あん?んだよ?」

 

「この下に生徒たちがいるので、あまり大変な事をされると後始末が面倒です」

 

「んな事俺らには知った事じゃねぇな。困るって言うならテメェが退けるなりお帰りいただくなり何とかしてみろや」

 

ヴィルヘルムは狂気的な笑みを浮かべながら三國に、そう言った。

なぜ笑みを浮かべたのかーーそれはヴィルヘルム自身の感が目の前の男もまた違った強さがあると確信したのだ。彼は戦闘における感や強さを見極める事に至ってはかなり高い。故にヴィルヘルムは言外に俺が始末するのが嫌ならお前一人で圧倒してみろ、と言って実力を見るのも悪くないと思っているのだ。

 

「なら、この方々は私が相手します」

 

「……くくっ、じゃあやってみろよ」

 

そう言うとヴィルヘルムは先ほど発していた空気を収め、先ほど気絶させた二人の男を担ぎ上げてルサルカの元へと戻っていった。

殺気と死臭が無くなり、他の者たちは心の中で安堵の息を吐いた。

下がっていくヴィルヘルムを見送った三國は一つため息をついてから、《焔牙(ブレイズ)》を具現化させた。

その手に現れた武器を見た《K》は嘲笑する。

 

「まさかとは思いますけど、その貧相な《突錐剣(スティレット)》一本で我々の相手をしようとでも?」

 

「貧相、ですか……むしろ私から言わせて貰えば、そこ程度の戦力で覚醒した《超えし者(イクシード)》を相手に出来るなどと思われた事が大変不本意です。それからもう一つーーー」

 

「ーーっ!!それは……!?」

 

直後、()()()()()()()()()()()()()()()()》を目にし、《K》は息を呑んだ。

 

「ほう……」

 

そして離れて見ていた、ヴィルヘルムも感心したように、声を上げて再び狂気的な笑みを浮かべた。

そして、両手を広げるようにし、三國が答える。

 

「私の刃は十三本です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方あらもーど内ではリーリスと共闘している透流たちが空の広場で激戦を繰り広げていた。

現在、透流たちの戦力は透流、ユリエ、みやび、トラの四人だけだった。

優月とリーリスの戦いの後、リーリスはどこかに隠れていたようだがその後リリース本人の奇襲によりタツが倒されてしまい、橘も腹部を撃ち抜かれ、魂の精神ダメージのせいで動けなくなってしまった。

そして残った四人のうち、ユリエは脱臼してしまい、剣を振るえるのは右のみだった。

だが、そのような怪我を物ともせずに彼らはリーリスを追い込んだ。

 

そしてついに、ユリエの攻撃によってリーリスの手から《(ライフル)》が落ち、勝負は決まったかのように思えた。

 

「リーリス、《銃》を握れないんじゃ、これ以上はもう無理だろ」

 

透流がリーリスに言う。確かにユリエの斬撃によってリーリスは腕を上げる事すら難しく、このまま闘ったとしても勝ち目は無いだろう。

 

「…………」

 

「リーリス、もうーー」

 

「二度も言わないで」

 

「え……?」

 

「……まだよ」

 

リーリスの瞳には強い意志の光が浮かんでいた。

 

「あたしはまだ諦めない!!」

 

「ーーっ!!」

 

リーリスは《銃》を蹴り上げた。斬撃によって右腕はほぼ動かない、それでも《銃》を掴む。

透流は咄嗟に自らの技ーー雷神の一撃(ミヨルニール)の衝撃波で薔薇を散らせようと拳に力を入れた。リーリスの掴む《銃》の引き金を引く指先に力が入り、透流は拳に宿った力を解き放とうとした刹那ーーー

 

パァンッ!!

 

リーリスの《銃》とは違う乾いた音が響き渡り、透流の肩を貫き透流は膝をついた。

 

「がっ、あっ……!?うう、ぐ、ぁあ……な、何が……?」

 

透流が痛みを堪えつつ後ろを振り返ると、戦闘服(ボディスーツ)に身を包んだ三人の男が立っていた。

中央の男の手には拳銃が握られていて、その先端からは硝煙が上がっている。

 

「危ない所だったなぁ、リーリス=ブリストル」

 

その男が、野太い声でリーリスの名を口にする。

 

「リーリス……誰なんだ、こいつらは……?」

 

「知らないわ。誰よあんたたち、一体何のつもり!?」

 

睨み付けながら、リーリスは男たちに正体を明かせと詰問する。

 

「《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》殿の手の者ーーこう答えれば分かるだろう?上官殿(サー)の命でアンタを迎えに来たって事さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いよいよ終局だな」

 

「……そうですね」

 

影月と優月は入り口の真下の一階で手を繋いで目を閉じてそう言った。

何をしているのかと言うと、影月の《焔牙(ブレイズ)》を通して、空の広場での様子を見ているのである。

優月が手を繋いでいるのは、そうすれば他の人にもその映像を見る事が出来るからである。

透流たちと男たちは初めは言い合いをして次に戦闘へ、そしてついにリーリスが襲撃者に仕方なくついていくという所まで見た後、影月と優月が揃って目を開いた。

 

「さて、最後の始末を付けに行くか!上にもお客さんがいるみたいだしな」

 

「ええ、まずは上に来る男たちを待ち伏せしましょうか!」

 

そう言って、二人は走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらもーど北館の最も東に位置する渚の広場、その二階。

エスカレーターの前で影月と優月が男たちの到着を待っていると、透流が細い通路の方から走ってきた。

 

「お疲れ様です、透流さん」

 

「お疲れ、透流」

 

「影月と優月!?なぜここに!?」

 

そうしているうちに、リーリスと男たちがエスカレーターを上がってきた。

 

「九重透流……そして貴方たちは!!」

 

リーリスが、男たちが影月たちの姿を見て、驚く。

 

「……さっきのガキ、どうやって先回りした」

 

「幾つか裏通りがあってね。お前らがのんびり歩いているうちに先回りしたってわけさ」

 

「……テメェらは?」

 

「俺たちはさっきまで隠れて様子見していたのさ。ずっと見てたぜ?そしてーーー屋上の事もな」

 

影月が薄く笑った。それを見た男たちは何か見透かされているような気がして多少背筋が冷たく感じたが気のせいだと思い込んだ。

 

「……何しに来やがった?」

 

「決まってる。リーリスを助けに来たんだ」

 

「右に同じくだ」

 

「私もです」

 

影月たちの返答に男たちは下卑た笑いを上げ、リーリスが怒鳴る。

 

「バカな事言ってないで退きなさい!貴方たちで勝てるとでも思ってるの!?」

 

「勝つ……!俺はーー俺たちは勝ってみせる!!」

 

「思うね!俺が皆に勝利をもたらしてやる!」

 

「私は貴方にも笑顔でいてほしいーーだからそこの三人を倒して、勝って、笑顔を見せてください!」

 

「……バカ!!」

 

影月たちが言うと、リーリスは若干頬を赤く染めながらそう言った。

 

「透流!時間は稼ぐ!!」

 

「頼む!!」

 

「行きますよ!!」

 

影月と優月は青い《焔》に包まれてその《焔》が弾けると同時に、優月は《刀》を携えて男たちに向かって走りだし、影月は自らの《焔牙(ブレイズ)》の《槍》を振りかぶり、透流は拳を固め、弓のように引き絞った。

 

「生意気言うんじゃねぇぞ、ガキどもぉ!!」

 

男たちは突撃銃(アサルトライフル)の標準を合わせ、引き金を引こうとしたが、影月の《槍》が様々な方向から襲いかかってきて男たちは驚きながら咄嗟に回避した。

様々な所に置いた《槍》を呼び寄せ、様々な方向からの攻撃にしたのだ。その数は百以上ーーーとても避けながら撃てるようなものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

優月は男たちに向かいながら、この間会った、螢の言葉を思い出していた。

 

あらもーどから逃げる最中に少しだけ話しかけられたのだ。

 

 

『貴方は、皆の笑顔を守り照らしたいのよね?』

 

『はい。私は絶対に皆の笑顔を守っていきたいんですーー何があっても』

 

『そう……なら、その渇望を抱き続けて。燃やし続けて』

 

『……はい!』

 

『そうしたら、私も力をーー貸してあげる』

 

 

そう言って、彼女は笑ったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、私は何があってもこの願いを叶えて見せる!燃やし続けて見せる!

 

 

「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba

かれその神避りたまひし伊耶那美は」

 

「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.

出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき」

 

優月の口から紡がれるのは、リーリスと闘った時とは違う詠唱ーーーそれと同時に彼女の体に赤い炎が上がり始めた。

 

「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,

ここに伊耶那岐」

 

「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten

御佩せる十拳剣を抜きて」

 

「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

その子迦具土の頚を斬りたまひき」

 

いつまでも情熱を絶やす事無く燃やし続けた女性の渇望を感じ取り、共感した故に使える能力ーーー

 

「Briah―

創造」

 

「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之」

 

 

先ほどとは違い、今度は炎を纏いし少女が現れる。

 

「くっ!?何だあれは!?撃て!」

 

《槍》を全て交わし終えた男たちに待っていたのは炎を纏った少女の攻撃だった。

その姿に一瞬動揺した男たちだったが、すぐに突撃銃(アサルトライフル)の引き金を引いたがーーー全ての銃弾は炎と化した少女の体を通り抜けて当たらなかった。

 

「クソガキがぁああ!!」

 

男はそう叫ぶものの、優月は構わず炎を纏った剣を振るった。

瞬間、三人の男の全身に灼熱の炎が襲いかかった。

 

「……どれほどの火傷になるかは分かりませんが……運が良ければ生きられるでしょうね。それならまた仕返しにでも来てくださいね?何度でも、私たちは追い返しますからーーー透流さん!!」

 

「ああ!!」

 

そして透流が全力の雷神の一撃(ミヨルニール)を床へと叩き込んだ。

ここは()()ーーー一瞬で広がるひび割れが、男たちの足元まで達し、足場が崩壊した。

 

「リーリス!!来い!!」

 

「九重透流!!」

 

崩落して足場が失われていく中手を伸ばし、黄金の少女が透流の腕の中へ飛び込んでくる。

 

「後は任せたぞ、ユリエ、トラーーーっ!!」

 

「ヤー!!」

「任せろ!!」

 

一階で待機していた二人の頼もしい仲間の声が聞こえ、リーダー格の男の横にいた二人を切り裂きーーー最後にリーダー格の男を、二人の剣閃が交差した。

直後、凄まじい轟音(ごうおん)が館内に響き渡り、粉塵(ふんじん)が舞い上がった。

 

「透流!来るぞ!」

 

「このクソガキどもがぁああああっっ!!」

 

装甲を切り裂かれ、床に叩きつけられ、瓦礫(がれき)に押しつぶされて尚、リーダー格の男が立ち上がる。

 

「ぶち殺してやるぁああああっっ!!」

 

砕けたヘルメットの奥で血走った眼を向け、男はナイフを手に飛びかかった。

彼らは全身を炎で焼かれて少なからず、火傷していてかなり痛みなどで動けるとは思わなかったがそんな事を感じさせなかった。

だがーーー

 

「リーリス!!あんたの《(ちから)》を俺に貸してくれ!!」

 

その言葉に《焔》が舞い散り、リーリスの左手へ《銃》が現れた。

 

「狙いはあたしがつけるわ!!だから引き金はーーーあんたが引きなさい!!」

 

透流は頷き、リーリスの細くしなやかな指に手を重ねーー

 

「これで……終わりだぁーーーーっ!!」

 

「じゃあな……さらば、眠れ(アウフ・ヴィーターゼン)ってな」

 

影月の呟きと共に一発の銃声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トールは無茶をし過ぎです」

 

透流の砕けた拳へ応急処置を施す最中、ユリエは若干怒ったような表情を浮かべた。

 

「いや、あの時はあれしか思いつかなかったし……」

 

「……だからって自分の拳を壊すなんて、バカじゃないのあんた」

 

壁に背をもたれかけたまま、リーリスから飛んでくる呆れた声にトラが無言で頷き、影月と優月は苦笑いをした。

 

「でもまあ……助けに来てくれてありがとう」

 

最後は小さくなったが、しっかりと周りの人には聞こえたようだ。

 

「どういたしまして」

 

「気にしないでください。それと……兄さん、上の様子は?」

 

透流と優月がリーリスのお礼に返事をし、優月は影月に問いかけた。

 

「大丈夫だ。三國先生が無双してるよ。あいつらも見てるだけだしな」

 

「……そうですか、なら大丈夫ですね」

 

影月の返事を聞き、優月は少し考えたが、すぐに安心した笑顔を浮かべた。

 

「上の様子?やっぱり何かあったのか!?」

 

「ああ、現在進行形でな」

 

影月はそう言い、苦笑いを浮かべた。

 

「さて、みやびと橘、そしてクラスの皆がそろそろ起きる頃だろうから迎えに行くぞ。余裕はあるみたいだしな。それとーーー」

 

そう言って影月は振り返りーーー

 

「リーリスとの決着を付けないとな」

 

そう言って、ポケットから一枚のコインを取り出した。

 

「透流、決着を付けろよ」

 

「ああ……分かった」

 

「リーリスさんもいいですね?」

 

「もちろんよ」

 

その言葉を聞いた影月はコインを指で弾き、高く上がった後に落下を始めーーコインが床に落ちた音を合図にし、リーリスと透流が同時に動く。

 

 

刹那の後、薔薇が散りーーー

 

生存闘争(サバイヴ)》は幕を下ろしたのだった。

 




水銀「誤字脱字・感想等があるならば書きたまえ……次は作者も戻ってくるだろう。では、私はこれで……」


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第十七話

大分遅れました。楽しみにしている人はいないかもしれませんが……どうぞ。

追記:後半を大幅に修正致しました。申し訳ありません。



no side

 

「ふはははっ。さすがは《超えし者(イクシード)》。未調整では話にならんようじゃなぁ」

 

周囲でうめき声を上げて倒れている部下たちを見て、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》は笑い声を上げる。

彼らの相手をした三國の体には傷どころか汚れ一つついておらず、寸前に行われた闘いが闘いとは呼べない一方的なものであった事を示していた。

 

「下に向かった者も応答がありませんね」

 

轟音(ごうおん)が途絶えた後、通信に応答が無い事で《K》は肩を(すく)める。

 

「フッフッフッ……ハッハッハッハッハッハッ!やるじゃねぇか。名乗りな、覚えておいてやる」

 

「……三國(みくに)と申します」

 

ヴィルヘルムに名前を聞かれた三國は微妙な顔をしながら自らの名前を言った。

 

「三國か!さっきは試すような真似して悪かったな」

 

「……いえ、こちらこそ戦闘を任せていただいてありがたいです」

 

ヴィルヘルムと三國の会話が終わると、今まで沈黙していた人物が口を開いた。

 

「じゃあ、そこのおじいさん?下に向かった男たちも私が回収していいかしら?」

 

ルサルカーー彼女が突然そんな事を妖艶な笑みを浮かべながらそう言い出したのである。

これを聞いた者は一斉にルサルカの方へ向き、その言葉に対し、疑問、恐怖などの表情を浮かべた。

しかしヴィルヘルムだけは違った。

 

「おいおいマレウス、そこにいる劣等だけじゃ足りねぇのかよ?」

 

「そうね。でも()()二、三人は必要ってだけだから。多いに越した事は無いわよ」

 

このやり取りを聞いた、《K》と《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》は顔を歪める。

内心は下でやられた部下を回収したいが、三國やヴィルヘルムがいるせいで下手に動けない。

それにルサルカの実力もよく分からない為、尚更手を出せない。

 

「……《K》くん、彼らは諦めるのじゃ」

 

「くっ……!」

 

《K》は自らの部下の事を思いながら仕方ないと割り切って、言う通り諦める事にした。

 

「じゃあ、私は回収しに行くわね♪」

 

ルサルカは機嫌良く館内へ入っていった。

 

「さて、この後はどうしますの?そちらが退かれるのであれば、こちらも手を出しませんしこの方々も手出しをしないでしょう」

 

手を出せず、歯噛みをする彼らに対し朔夜が小さく笑いながらそう言った。

 

「ほう、ありがたい話じゃ。ではお言葉に甘えて撤収するかのう。少し心残りもあるが……仕方ないのう……」

 

言外に見逃すと言われ、それを恥じることなく受け入れた《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》。

 

三國に倒された部下の回収を終えて、《K》たちの撤退準備が整った。

 

「それでは我々はこれにて。《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》殿ーーいずれ、また」

 

「どうぞ、ご自由に」

 

踵を返したエドワードはヘリへと乗り込み、《K》も続こうとした時ーーー

 

館内から屋上へと一年生生徒とルサルカが共に姿を現した。

その姿を見て《K》は足を止め、()るような双眸を向けた。

特に目を引いたのは五人。先頭を横に並んで後ろを気にしながら歩いている少年(影月)少女(優月)

そしてその後ろにいる目的の一つであった黄金の少女(リーリス)

銀色の髪(シルバーブロンド)を持つ小柄な少女(ユリエ)

そして二人に挟まれるようにして歩く、黒髪の少女()を抱えた少年(透流)

 

 

《K》は直感した。この者たちと数人の仲間が部下を打ち倒したのだと。

僅かな時間、透流と《K》は視線を交わし合う。

 

「……近いうちに、また会う事になりそうですね」

 

それは予感に過ぎないが、確信にも近いものだった。

そんな予感を抱きながら、《K》はヘリへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少しだけ時は(さかのぼ)るーーー

 

 

 

side 影月

 

「大丈夫か?大きい怪我した奴は?」

 

俺たちはリーリスと透流の決着を見届けた後、クラスメイトを迎えに行き、屋上駐車場へ向かう途中だ。

 

「大丈夫だよ〜」

「なんとか……」

「何も出来なかった……」

 

俺が聞いた問いにクラスメイトが様々な返答をする。

それを聞き、悔しそうにしている人には苦笑いを浮かべながら、俺たちは男たちが倒れている(なぎさ)の広場へと入った。

そこには予想外の人物ーー俺は《焔牙(ブレイズ)》を男たちの監視の為設置していたので分かっていたーーが男たちの前に立っていた。

 

「ーーーあら?お疲れ様♪」

 

『!?』

 

そこにいたのは、見た目理事長と同じくらいの少女。しかし服装は軍服を着ていて、異様な雰囲気を放っている。

その少女は俺たちに労いの言葉をかけ、微笑んだが皆は警戒を強めた。

今学園側の警備で守られているあらもーどだが、このような軍服の少女がここにいる事自体本来はありえないのだからこの反応は当たり前と言えるだろう。

しかし俺は恐れずに皆より一歩前に出て、この人物に話しかけた。

 

「ルサルカ……さんで合ってますね?」

 

「あなたが影月君ね?その顔、蓮君と瓜二つね。そうよ、ルサルカとでもマレウスとも呼んでね♪敬語はいらないわ。そしてあなたが優月ちゃんね?」

 

「……はい。兄さん、彼女は……」

 

「ああ、あの軍服を見ても分かるだろう?」

 

「それじゃあ、改めて名乗るわね。聖槍十三騎士団黒円卓第八位、ルサルカ・シュベーゲリン・マレウス・マレフィカルムよ。皆、よろしくね♪」

 

『っ!?』

 

俺の言葉に透流たちなど数人がさらに警戒を強めたが、事情を知らない者は首を傾げるだけだった。

事情を知る透流たちの反応は当然である。世界的な敵が目の前にいるのだから。

 

「大丈夫だ。彼女はただ回収しに来ただけらしいからな……」

 

「回収とはなんだ!?」

 

「橘、倒れている男たちを見てみろ」

 

その言葉に橘とクラスメイトの皆が一斉に俺たちが倒した男たちに注目する。

 

「な……何だ、あれは……」

 

橘の呟きはクラスメイト全員の思った事だろう。

なぜなら目の前で先ほど俺たちが倒した男たちが影に沈んでいっているからだ。その影はどこから伸びているのか見てみると、ルサルカの足元からだ。つまりーーー

 

「……便利な能力だな、影を操るのか?」

 

「う〜ん……まあ、大体合ってるわね。詳しく言うとこれだけじゃないんだけどね」

 

「影を操る?どういう事だ?」

 

「そんな事どうだっていいじゃない。さて、私はここでの用事は終わったから屋上に戻るけど……あなたたちも一緒に行かないかしら?」

 

ルサルカは振り返り、俺を見てきた。

俺はそれに対し、少し思案してーーー

 

「俺も詳しくは知らないが……終わったら話そう。今はとりあえず戻るぞ」

 

ルサルカとともに屋上に戻る事にし、ついていく。

他のクラスメイトも仕方なく納得して、俺の後からついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

屋上駐車場へ出ると、ヘリが離陸しようとしていた。あれが俺たちを襲った敵のヘリだと思われる。

透流たちは屋上ではあんなものが……と驚いている。

そのヘリからこちらを見ている青年と目が合った。

 

(……あれは……また関わる事になるかもな……)

 

そして青年がヘリへと乗り込むと離陸して、東京湾の方向へと飛び去っていった。

 

「さて……理事長、大丈夫ですか?」

 

「問題ありませんわ。三國や璃兎がいますしーー今回はこの方々がいましたからね」

 

朔夜はチラッと後ろで話しているヴィルヘルムとルサルカを見た。

確かに彼らが今回、こちらが有利になるような立ち位置だったのは予想外だったが結果的に良かったと思う。と言っても、彼らが今日ここに何しに来たのか、本当の目的はまだ分かっていないので微妙な所は多いのだが。

 

「それじゃあ、これでいいな?マレウス」

 

「ええ、私は離れて見させてもらうわ。」

 

話が終わったのか、ヴィルヘルムが近付いて来た。

 

「さて……なんで俺がここにいるか……てめぇらなら、分かるよな?」

 

「「もちろん(です)」」

 

ヴィルヘルムがここに来た理由ーーそれは俺たちと戦いに来たのだろう。

なぜなら前回の《新刃戦(しんじんせん)》で、俺たちはヴィルヘルムを退けたが、どうにも微妙な形で終わってしまったから改めてこうして来たのだろうと思う。

彼は対峙したら分かると思うが、戦いに飢えている。根っからの戦闘狂なのだろう。

そしてまた戦いたいという俺たちも同じ気持ちだった。

 

「……理事長、前の話の通り許可をくれますか?」

 

「……分かっていますわ。私たちは一切手出ししません」

 

「クハッ、ありがてぇな!!見た目幼いが、物分かりが良くって結構な事だな!」

 

これは前から決めていた事で、もし現れるのがヴィルヘルムだったらこうして決闘を、他の団員ならば様子を見て撤退、または退けるという事にしてあった。すでにこの事を知っている理事長、三國先生、月見先生は何も言わなかった。

本当は三國先生も月見先生もこんな無謀な事止めたいと思っているのかもしれないが、理事長が許可を出してしまったのであまり言えないのだろうと内心思う。

 

「なっ!影月、これはどういうーーー」

 

「悪いなトラ、これは個人的なものでな。前回も戦ったが微妙なところで終わってしまったからな。今度こそ……」

 

「決着をつけると言うより、実力を改めて試したいんですよ。色々と試したいですからね!」

 

「俺で力試しってか!クハッ!!いいぜいいぜ、構わねぇ!それで俺が楽しめりゃ、問題は何もねぇ!」

 

ヴィルヘルムが嬉々として言い、先ほどより強い殺気を放っている。

俺も段々と気分が高まっているのか、感覚が鋭くなっていく。

 

「皆さん、下がりましょう」

 

「はいは〜い、一般人や弱い人は向こうで観戦しましょうね〜」

 

三國先生とルサルカが一年生全員を安全な場所(観戦するのなら安全な場所などあまり無いのだが)まで移動させ始めた。

ルサルカについては不安な事はあるが、三國先生や月見先生がいるのである程度は大丈夫だろうと納得する。

これからするのは、力試しとは言ったもののーー本気の戦いだ。

(レベル1)》や《(レベル2)》の《超えし者(イクシード)》では話にならないだろう。たとえ入ってきても瞬殺されるのは目に見える。なので三國先生とルサルカの対応はとてもありがたいと思った。

少し振り返り見てみると、数人のクラスメイトが何か言いたげにこちらを見ていたが、心の中で謝罪し、ヴィルヘルムへと向き直った。

 

「クックックッ……邪魔者も離れた所でーー始めようぜっ!!」

 

ヴィルヘルムがそう叫んだ瞬間、空気が()ぜた。それはヴィルヘルムの放つ殺気が一気に跳ね上がった証拠だ。

俺たちも自らの胸に手を当てーーー

 

 

「Yetzirah――

形成」

 

 

声を揃えて唱えた。その言葉で形成されたのは銀色の神槍と雷炎の聖剣だ。

 

「行くぜオラァ!!」

 

ヴィルヘルムはいつの間にか接近していてすぐ目の前で左腕を振りかぶっていた。

それを俺は素早く体を横にそらし回避する。

そして殴りかかってきたヴィルヘルムに向かって、右手に握った槍を腹部を狙い突き出したがヴィルヘルムはその攻撃を予想していたのか、危なげなく後ろへと飛びのいた。

 

「ほお、前より動きはいいな」

 

「私たちもしっかりと訓練はしてますからね!」

 

今度は優月がヴィルヘルムへ向かっていく。

それに対しヴィルヘルムは、右腕を振りかぶったがーー

 

 

「私は光を放つ者」

 

 

優月がその言葉を唱えると同時に(まばゆ)い閃光が起こる。

 

「クッ!?」

 

「うわっ!?」

 

その閃光をまともに見たヴィルヘルムと俺は揃って目が眩んでしまった。

だが、《超えし者(イクシード)》だからなのか、三秒ほどで真っ白な視界から段々と屋上駐車場の光景へと戻っていく。

真っ白な視界が色を取り戻し、優月が直前まで駆けていた方向を見る。そこにはーーー

 

「ぐっ……!」

 

右脇腹から赤い鮮血を流したヴィルヘルムが顔を歪めて立っていた。

優月はすでに俺の隣へと戻ってきていた。

 

「優月、いきなり閃光はやめてくれ……俺もくらったんだが」

 

「ええっ!?言ったら相手も対処するかもしれないでしょう!?だから言えませんでしたよ!」

 

「うっ……」

 

優月に抗議したが反論された。しかも正論でもある為何も言えなくなかった。

 

「ククッ……面白ぇ……面白ぇなおい!」

 

「まだまだ始まったばかりですよ?面白いって言うのはーーまだ早いです!」

 

「ああ!もっと楽しませてやるよ!!」

 

今度は俺も優月とともに駆け出した。俺は槍を構え、優月は詠唱を唱え出した。

 

 

「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba

かれその神避りたまひし伊耶那美は」

 

「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.

出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき」

 

「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,

ここに伊耶那岐」

 

「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten

御佩せる十拳剣を抜きて」

 

「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

その子迦具土の頚を斬りたまひき」

 

「Briah―

創造」

 

「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之」

 

 

「ほう、レオンハルトと同じってか?」

 

ヴィルヘルムは優月を見ながらそう言った。

優月は黒から赤に染まった髪を揺らし、自らの《焔牙(ブレイズ)》の赤い紅蓮の剣を持ち、炎を纏いながらヴィルヘルムへと向かっていく。

俺は優月の後を追って駆けているが優月とは速度がかなり違う為、距離が段々と離れていく。

 

「雷化よりは遅いが、速すぎるだろ……!」

 

そんな事を呟いている間に優月はヴィルヘルムとの距離を詰め、斬撃をいくつも放ち始めた。

袈裟斬り、逆袈裟、薙ぎ、切り上げなどを流れるような動作で素早く振るう。

ヴィルヘルムはそれを回避し始め、隙を見て打撃による反撃をしている。

その反撃を優月は炎化してすり抜けたりしてかわしていて、様々な方向から攻撃している。

 

(今だ!!)

 

やっと優月に追いつき、俺はヴィルヘルムの背後で音も気配も出来るだけ消して槍を横に薙ぎ払う。

ヴィルヘルムの視線は前にいる優月に向けられているので、避けられないだろうと思った、がーーー

 

「ーー気付かないとでも思ったのか?まだまだ甘ぇんだよ!!」

 

「ぐはっ!!」

 

ヴィルヘルムはそう言いながら後ろに振り向き、拳を下から俺の腹に向かって放った。

まともに受けた俺は数メートル飛ばされてしまい、地面に転がった。

 

「うっ、ぐっ……」

 

「お前の太刀筋も中々なものだ。ただーー」

 

「ーーがっ!?」

 

ヴィルヘルムは優月の剣を振るっていた右腕を掴んで動きを止め、ヴィルヘルムは空いている右手で優月を殴り始めた。

優月はなんとか掴まれた腕を振りほどき、脱出しようとしているのかもがいているがしっかりと掴まれているらしく振りほどけていない。

 

「ーー優月っ!!」

 

俺は立ち上がり、なんとしても優月を助けたいという一心で走り出す。

 

「甘ぇな、そんなもんじゃ俺には勝てねぇぞ?」

 

「うっ!あっ!ぐっ!ぁあ!!」

 

俺が立ち上がり走り出すまで、すでに数十発の打撃を優月はその体に受けていて、時々気分を害すような音も聞こえてしまっている事から骨なども折れているかもしれない。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

ヴィルヘルムとの距離はまだ少しあり、俺は槍を走りながら投擲する。

少しでもこちらに注意を向けて、優月が攻撃を受ける回数を減らそうと思っての事なのだがーーー

 

(まずい!少し逸れた!)

 

投擲した槍は少し逸れてしまい、このままいくとヴィルヘルムの背後を通過してしまう。

 

(軌道修正は投げてしまったから無理、今からもう一つ槍を作るにも少し時間がーーくそっ!)

 

このままでは優月がーーそう思い、打つ手無しと思い視線を少し下げたーーその時。

 

「ぬおっ!?」

 

驚いたような声を聞き、顔を上げた。

顔を上げた先にあったのは紅蓮の炎を全身に纏う優月とその炎に包まれたヴィルヘルムだった。

そしてその包まれた炎に驚いたのか、ヴィルヘルムは優月を離し、少しだけ後退した。そこへーーー

 

「ぐっ、がぁぁぁっ!!」

 

先ほど投擲した槍がヴィルヘルムの脇腹へ深々と突き刺さった。

しかし、俺はその事より地面へと倒れかかっている優月の元へと行き、そのまま抱きかかえてヴィルヘルムから距離を取った。

 

「優月!無事か!?」

 

俺が抱きかかえている優月は相当の打撲を受けて満身創痍であった。

 

「兄、さん……は?」

 

「俺は問題ねぇよ!それよりお前の方が……」

 

「私、は……大丈夫、です……!」

 

そう言って、優月は俺の腕から降りたが、かなりフラフラとしていて無理をしているのだと分かった。

 

「……優月、俺が戦うから」

 

「え……?」

 

俺は後ろから優月の肩に手を置いて、視線だけはヴィルヘルムから離さずそう言った。

 

「でも、兄さんだけなら……勝てなーー」

 

「いいや、勝ってみせるさ。絶対にな。それに、妹ばかりに戦わせるのは、兄としての威厳(いげん)がないし……休んでもらいたいしな」

 

こちらに振り返った優月と目が合い、俺は苦笑いをする。

頬にも打撲の後があり、かなり痛々しく見えて優月を休ませてやりたいという気持ちに尚更なった。

そんな俺の気持ちを読み取ったのか、優月はとても明るくーー照らされるような笑顔を俺に向けた。

 

「ならーー兄さんに任せます。絶対勝ってくださいね?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

優月は踵を返し、俺の後方へとフラフラしながらも戻っていった。

そして俺は槍を手元へ呼び出し、それを手に持ち槍の()をヴィルヘルムへ向ける。

 

「さてーーヴィルヘルム!待たせたか?」

 

「……いいや、だがてめぇ一人で俺をなんとか出来るのかよ?」

 

ヴィルヘルムは笑みを消し、俺へ質問を投げかけた。

確かに俺は奴らで言う形成位階。対して、ヴィルヘルムはまだ本気を出していないとは言え、創造位階。実際実力も経験もはるかに及ばない。

今までは優月がいた為なんとか対抗出来ていたが、今はその優月がいない為、なんとか出来る見立てはあまり無いのだがーー

 

「して見せる!!俺はお前にーーお前らに勝つんだよ!!そして優月にばかりーー迷惑かけられないんだよ!!」

 

それが今の俺の本心だった。

俺自身が対抗手段が無く優月へ戦いを押し付けてばかりだったから、優月は傷付いてしまった。これ以上、俺は弱くはいられない。

 

「さっき約束したんだ……絶対勝つって!!そのくらいの約束くらい……守るんだよ!!!俺は優月に、皆に勝利をあげたい。俺が全てを変える!!俺がーー俺たちが勝つ為に!!だからーー」

 

「絶対に勝つってか?俺を倒して?……クックッ……ハーッハッハッハッハッハッ!!それがお前の望みかぁ!!でも俺も敗北は正直我慢ならねぇ。つーわけだからよぉーーー」

 

「「勝つのは……俺だぁぁああぁぁ!!」」

 

俺はヴィルヘルムに向かう。ヴィルヘルムはその口に薄っすらと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「Sophie, Welken Sie-

枯れ落ちろ 恋人」

 

「Show a Corpse

死骸を晒せ」

 

ヴィルヘルムは詠唱を謳う。それは以前聞いた創造の詠唱と似たものだった。

 

「Sophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb

私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから」

 

しかし創造は前回と同じだろう。そしてこのままではヴィルヘルムの創造が発動してしまい、勝つ可能性が低くなると同時に優月や透流たちも巻き込まれてしまう。

ならばどうするか?簡単な事で自らも創造位階に至り、対抗すればいい。しかし簡単に出来る事でもなく、方法も分からない。

ついさっき、決意をしたがどうすればいいのか分からず必死に思考する。

 

(どうすれば創造位階へ……!)

 

(簡単な事、その気持ちを強く持ち、押し出したまえ。そうすれば、君は新しい歌劇へと進む事になるだろう)

 

(!?)

 

そこへ突如聞いた事の無い男の声が頭に響く。俺は聞こえてきた声に驚くが声が言う事に対して思考する。

俺が思うのはーー勝つ事。優月や皆の為に絶対に勝つという事。

 

(その気持ちだ。それが私が新しく編み出した秘術の基礎となる)

 

その言葉を聞くと同時に頭に言葉が思い浮かんできた。それを俺は謳う。

 

「我は勝利を見据えし者」

 

「あらゆる可能性を操りし者」

 

頭に浮かんだ詠唱を俺は少しずつ謳い出していく。それは俺自身の絶対に勝つと言う渇望に対して湧き上がったものだった。

 

「常に仲間を守り、その為ならいかなる残虐なる行為すら厭わない」

 

「たとえその身が血濡れになろうとも常に絶対の勝利を勝ち取った」

 

「どれほどの恐怖や絶望が待ち受けようとも常に絶対の勝利をもたらした」

 

(そうだ、それでいい。自分こそが絶対と強い意志を持って、純粋に力を求めたまえ。君たちは私や彼とは違う、故に私もまだ見ぬ真の力へとなり得るだろう)

 

「万象全てを操りし我と、この神槍こそが絶対勝利の証」

 

「我が敗北することは絶対に許容されることではない」

 

俺が望むのは勝利ーーー勝ち続けて大切な人たちを守る。それが俺の願いだと改めて実感した。

 

「我には自らを血に濡らしてまでも守り通さなければならない者たちがいるのだから」

 

「故に我に挑む者あれば、万象全てを操り勝利をもたらすのだ」

 

そして、俺とヴィルヘルムの声が重なる。

 

「「Briah―

創造」」

 

「確率操りし守り人

Wahrscheinlichkeit Manipulieren Moribito!」

 

「死森の薔薇騎士

Der Rosenkavalier Schwarzwald!」

 

そしてここにヴィルヘルムと俺が全力を持って激突する。

 

「おらぁぁ!!」

 

ヴィルヘルムは体に生えた杭や、地面から生み出した杭を俺に打ち出しながらこちらに向かってくる。

このままいけば、串刺しにされて殴り飛ばされるだろう。だからと言って素直に攻撃を受ける気は無い。

 

「ふっ……!」

 

俺はヴィルヘルムより先に襲ってくる杭をかわしていく。

いや、かわすと言うより当たらない場所へ移動していると言った方がいいだろう。今の俺には杭がどこからいつ飛んでくるのか分かっていた。

数秒しか経っていないが、すでに飛んでくる杭の数は百を超えた。

そしてヴィルヘルムも大量の杭とともに襲いかかった。

 

「おらおらぁ!!どうした、かわしてるだけかぁ!!」

 

ヴィルヘルムが攻撃と同時に煽ってくる。

それに対し、攻撃をかわしつつ苦笑いしながら答えた。

 

「いいや、待ってるだけさ」

 

「そいつはどういうーーーっ!?」

 

すると突然、ヴィルヘルムが後ろへと大きく飛びのいた。それと同時に杭も止まった。

 

「……おい、これはどういうーー」

 

「思ったより早かったな……いくらか使っていればもっと早くなるか」

 

ヴィルヘルムが自分の右手を見て、俺へ問いを投げた。しかし俺は自分の能力について考えていた。

 

「なんだこりゃ……てめぇから吸い取ってる力が少なくなってやがる……それどころか、てめぇが俺の力を奪ってんのか?」

 

「ああ……正直自分でやってて驚きだがな。やってみるものだ」

 

俺がやっているのは、ヴィルヘルムの薔薇の夜に力を吸い取られないように自分の能力を使い、対抗しているのだ。

 

「おいおい、何だよそれ、俺の魂じゃてめぇを吸い殺せねぇって事か?そんな事出来るっていうのかよ!!」

 

「可能性はゼロじゃなかった……正直出来るかどうか分からなかったけどな」

 

実際に確率を見てみたら、高く無かったが俺の能力で確率変動してみたらこのような事ができたわけだ。ーーぶっつけ本番だったが。

 

「くそっ!!ここでもメルクリウスの嫌がらせかよ!」

 

「?……まあいい。終わらせてやる!」

 

俺が走ろうとすると同時にヴィルヘルムが先ほどよりも多く、それでいて大きさも倍以上ある杭を生み出し、打ち出してきた。

 

「……だがいいぜ、こいつを倒せば俺ぁてめぇより上って事だよなぁメルクリウス!」

 

何を言っているのか分からないが、俺は確実にヴィルヘルムへと近付いていた。()()()()()()()()

そんなヴィルヘルムに俺は口元を歪ませながら言う。

 

「いいのか?そんなに力を使ったら……隙ができるぞ」

 

「ーーーっ!?」

 

そう言うと同時にヴィルヘルムの動きと杭が少しの間止まった。

本来ならばヴィルヘルムに力を奪われるが、今は俺の能力と恐らく魂の質?によって逆に俺が力を奪い取っているのだ。

そしてそんな状況でヴィルヘルムは先ほどのような激しい攻撃を繰り出し続けていた。そうしていれば、いくらヴィルヘルムだろうと消耗や反動は来るはずなのだ。

俺はその弱体の隙を狙っていた。

そして俺は駆け出す。

 

「終わりだぁ!!」

 

「まだだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

しかしヴィルヘルムは叫びながら近くの地面や自分から杭を生やした。杭は先ほどより小さく、飛ばしては来なかったが周りは杭だらけ。なので無傷でヴィルヘルムの元へ行けない。

この時俺は読み間違えをしたと深く後悔した。

無傷で突破する可能性はやはり見出せない。しかし俺は相討ち覚悟で踏み込みーー槍をヴィルヘルムの心臓目掛けて突き刺した。

結果ーーー

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

「ぐあぁぁぁぁ!!!」

 

ヴィルヘルムは心臓へ槍が突き刺さり、俺は両足に杭が刺さった。一応足を置いた場所は選んだのだが、それでも足に損傷は負ってしまった。せめて足に貫通してないのが救いだった。

対してヴィルヘルムは刺した場所からはおぞましいほどの量の血が流れ出していた。それと同時に槍を通じて、様々な思いが溢れ出し流れ込んできた。

 

(何だこれ……恨み、嘆き、苦しみ……聖遺物に取り込まれた魂?)

 

確か聖遺物は人の思念を集めた物。それらに宿るものがこのような形で俺に流れ込んできたと思われる。しかし俺自身魂を集めても意味が無いし正直気持ち悪いので、すぐに消散させるか成仏でもさせると心の中で決める。

方法は分からないが、今度お祓いでもしに行こう。

そしてそのまま一気に槍を抜き出すと、さらに血が流れ出て、多くの魂がヴィルヘルムの体から抜けていくのが見える。

 

「ぐふっ……やるじゃねぇか……今日は、これくらいにしてやる……」

 

そしてヴィルヘルムは悔しそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をしながら倒れた。

それと同時に、ヴィルヘルムの体が光に包まれ始める。

それに多少の驚きをしながら、冷静にヴィルヘルムに話しかけた。

 

「……勝ったんだな。そのまま消えるのか?」

 

「ああ……てめぇの勝ちだ……だが俺は消えねぇ、これは形が保てなくなったからこうなってるんだ。まあ、あの人の軍勢(レギオン)だからな。死んでも戻されるだけだ」

 

軍勢(レギオン)?どういう事だ?」

 

「それはハイドリヒ卿から教えてもらうんだな……また会おうぜ」

 

そう言い、ヴィルヘルムは光となって消えた。

消えると同時に俺は緊張の糸が切れ、その場に座り込んだ。

 

「……終わったか……足痛い……」

 

「ええ、よく勝ったわね、影月くん♪ちょっと失礼するわね」

 

背後から声が聞こえその方向へ向くと、ルサルカや優月、そして透流たちやクラスメイト理事長たちが集まってきていた。

本来ならば、この少女にも警戒を向けるべきなのだろうが、先ほどの戦闘で体力を使い過ぎていたし、今までの行動を見て、あまり心配は無いだろうと思っているのであまり警戒はしなかった。

ルサルカは俺の足近くにしゃがみ、手を俺の足にかざした。すると魔法陣が浮かび上がり数秒後、ルサルカが手をよけると傷は無くなっていた。

 

「一応応急処置はしておいたわ。優月ちゃんも同じようにしておいたけど、まだフラフラしてるし、後でしっかり治療してね?……ベイも満足でしょうね。かく言う私も面白いものが見れて良かったわ♪じゃあ、私は帰るわね」

 

「……ああ、ありがとうな。また会うだろうな?」

 

「どういたしまして〜♪また来るわよ。あなたたち二人に私たちは注目しているからね。まあーー殺されないようにね♪」

 

そう言うルサルカの表情はニコニコと笑っているが、その表情とは裏腹に雰囲気はとても怪しいものを纏っていた。

それと同時に言葉通り殺されないように強くならなければとより深く思った。

 

「じゃあね〜♪」

 

そしてルサルカは機嫌良く去っていった。

それを見送っていると優月が抱きついてきた。

 

「兄さん……約束守ってくれましたね」

 

優月は抱きつきながらそう言った。声から俺が無事な事に安堵しているのがよく分かった。

 

「守ったぞ……優月、大丈夫か?まだ痛むか?」

 

今、優月は何事も無いように振舞っているがかなりの攻撃を受けていた。

故に心配なのだがーーー

 

「直してもらってもまだ痛みますよ……だから兄さん、痛くて立ち上がれないので、抱っこしてください」

 

「ーーーはい?」

 

先ほどの心配や疲れがどこかに吹き飛んでしまうような事を言われた。

横目で周りの反応を見てみると、呆気にとられる者、顔を赤くする者(女子のみ)、俺と目が合った途端目を逸らす者、ニヤニヤする者(月見先生)など、様々な反応をしていた。

それに構わず優月はーーー

 

「だから、抱っこをしてください」

 

「……えっと、聞き間違いーー」

 

「抱っこしてください」

 

「……では無かったか……分かったよ……」

 

優月の要求に仕方なく従う事にした。こういう頼みをする時の優月は強情で一歩も引かないだろうし、今は怪我をしているというのもあるからだ。

 

「よっーーと。行くか」

 

「はい♪」

 

俺は優月の背面から腕を回し、もう片方の腕を(ひざ)のしたに差し入れ持ちあげる。

優月も腕を俺の首に回してきた。

俗に言うお姫様抱っこと言うものだ。

それを見て、顔を赤くする者が先ほどより多くなったが、気にせずに俺は歩き出す。それと同時にルサルカに治療された足に痛みがあまり無く、彼女の力にさらに深く感謝しながらバスへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、波乱の《生存闘争(サバイヴ)》は幕を閉じたのだった。




まず、投稿に至っては最近余裕が無く出来ませんでした。これからもちょくちょくやっていきますが、気長に待っていてくれると嬉しい限りです。
それと主人公の片方の創造詠唱と能力ですが……色々粗いと思いますが、優しい目で見てください。
誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第十八話

後日談と茶番回です。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。


side 優月

 

「透流の病室ってどこだ?」

 

「こっちだ。如月」

 

私たちは巴さんの案内で学園内の病棟を歩いています。

なぜこんな所を歩いているかといるかと言うと、透流さんのお見舞いに来ているからです。

あの《生存闘争(サバイヴ)》からはや三日、私の打撲痕も兄さんの怪我も良くなってきた頃にユリエさんに誘われて来ました。

 

「ここです。トール、起きてますか?」

 

そう言いながら、ユリエさんは病室の扉をノックするとーー

 

「ああ、起きてるぜ。何か持って来てくれたのか?」

 

元気そうな透流さんがベッドの上で出迎えてくれました。

 

「どうぞ、アップルティーです」

 

「……うん、ありがとうな」

 

事前に何か暇潰しが出来る何かを持って来てほしいと透流さんが言っていたーーとユリエさんが言っていたので私たちは皆、何かを持って来ています。

しかしユリエさんのアップルティーは暇潰しが出来るものではなく、透流さんは微妙な顔をしていました。

そして私たちもユリエさんに続く形で病室へ入りました。

 

「と、透流くん、元気……?」

「九重、調子はどうだ?」

「ふん、いつまで寝ているんだ」

 

「俺だってとっととこんなとこ出たいっての……」

 

「とは言ってもしっかり休めよ、さあ!それじゃあおみやげを渡すとしますか!まずはみやび!」

 

いきなりテンションを上げて、皆のおみやげを一つ一つ見ていこうとする兄さん。

正直、いきなりテンション高くしていたので私自身びっくりしてますが……。

 

まず、編み物セット(みやびさん)ーー透流さんの右手が使えないので断念してました。

 

「そ、そっか。ごめんね、透流くん……」

 

「次!タツ!」

 

ダンベル(タツさん)ーー怪我人なのでこれも断念しました。

 

「悪いな、タツ。怪我がもう少し良くなったら使わせてもらうから」

 

「う〜ん……橘!」

 

教科書(巴さん)ーー凄く嫌そうな顔をしている透流さんでした。

 

「ふふっ、暇潰しになるし授業にも遅れる事もなく、予習も出来て一石三鳥ーーー」

 

「みやび、タツ、ありがとうな。トラ、なんでお前は何も持ってきてくれないんだよ……」

 

「ふんっ、顔を見せてやっただけありがたいと思え」

 

「待て、九重!なぜ私だけを無視するのだ!?」

 

「……ユリエ、悪いんだけどお湯を沸かして来て(もら)えるか?」

 

「ヤー」

 

ユリエさんが頷いてお湯を沸かしに行きました。

 

「俺らもあるぞ?まずは優月から!」

 

「はい!透流さん、ちょうど良かったですね♪」

 

そう言って私は手に持っていた袋を開け、中身を皆に見せました。

 

「おお……」

「これは、美味しそうだな」

「クッキーだね?優月ちゃんが作ったの?」

 

「はい♪ちょうどいいので、皆で食べましょう!」

 

私が持ってきたのは、手作りのクッキーです。私は何か暇潰し出来るものは持っていなかったので仕方なくお菓子を持ってきたと言うわけです。

でも皆さん喜んでくれたらしくとても嬉しいです。

 

「俺が持ってきたのは、これだ」

 

「これは……?」

 

「ゲームだ!『神座万象』っていうのを持ってきたぞ?後はこっちもあるが……」

 

「……暇潰しは出来るが、何でそんなもの持ってるんだよ!」

 

透流さんはそう突っ込みましたが、顔がとても嬉しそうでした。

 

「とりあえずやってみるか……それを」

 

「ああ!準備するぜ!」

 

透流さんの言葉を聞いて兄さんは、病室のテレビにゲームのコードを差し込み始めました。

そこへーー

 

「皆さん、アップルティーが入りました」

 

ユリエさんが皆さんの分のカップを持って歩いてきました。

と、そこへさらにーー

 

「……騒がしいわね……何をしているの?」

 

黄金の少女ーーリーリスさんが入ってきました。

リーリスさんは呆れながら私たちを見回しました。

 

「今から、ティータイムしながらゲームするんです。リーリスさんもどうですか?」

 

「あら?気が利くわね。なら少しだけど遠慮無くーーー」

 

「アップルティー、もう一つ準備しますね」

 

リーリスさんの返事を聞き、ユリエさんはまたお湯を沸かしに行きました。

そして数分後、ユリエさんがアップルティーを持ってきて皆さんが透流さんのベットの周りへ集まりました。

 

「それじゃあ、皆さん召し上がってください!」

 

『いただきます!』

 

私たちは挨拶をし、アップルティーとクッキーを食べ始めました……。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーここはヴェヴェルスブルグ城内。

(はな)やかな装飾が(ほどこ)され、奥には玉座が見えるその場所にはーーー

 

「ふむ、ベイよ。これはどういうつもりかね?」

 

黄金の獣ーーラインハルト・ハイドリヒは自分に向けて杭を打ち出そうとしているヴィルヘルムを見る。

 

「ハイドリヒ卿、こんな事言うのは嫌なんですが、あまりにもなんで言わせてもらいますぜ。最近思うんですが、先陣切って敵に突っ込むのは確かに俺自身が一番望んでいる事ですが……それとは別に最近俺の扱い(ひど)くないっすか?」

 

「そうかね?卿は私の爪牙として良く思っている。そして何より頼りにしている。故に様々な事を頼んでいるのだがーーー」

 

「ハイドリヒ卿!頼みますから、もう少しマシな頼みをしてくださいよぉ!?買い物とかなんで俺が行くんすか!?」

 

「……それは卿が扱いやすーーあ」

 

 

「死森の薔薇騎士!

Der Rosenkavalier Schwarzwald!」

 

 

ヴィルヘルムは何の躊躇(ためら)いも無く、創造位階を発現した。

ヴィルヘルムの創造でラインハルトは力を吸い取られているがそんなものに構わず聖槍を呼び出し、応戦体制へ入る。

 

「待て、ベイよ!卿は私の大事な爪牙だ。故にーーー」

 

「ハイドリヒ卿!待遇改善を望みますぜ!」

 

ヴィルヘルムはラインハルトにそう叫びながら杭を打ち出し、突っ込んでいく。

 

「仕方ない……来い、ベイよ。そう思うのなら、卿の力で私の考えを改めさせてみよ」

 

それに対し、ラインハルトは聖槍で杭を撃ち落としながら言う。

 

「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」

 

そしてヴィルヘルムはラインハルトに向かって拳を、ラインハルトはヴィルヘルムに向けて聖槍を、互いに突き出しそれがぶつかり合った瞬間ーーー眩い光が起きた。

そしてその眩い光が収まるとそこに立っていたのはーーー

 

「ぐふっ……ハイドリヒ卿……待遇を……」

 

「ふむ、やはり卿では私を(こわ)せなかったな」

 

ラインハルトだったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『K・O!!』

 

 

 

side 優月

 

「……何だこれ、圧倒的じゃないか!?それとなんだあの会話!?」

 

「やっぱり、ラインハルト強いな!!」

 

「トール、次は私がやります。コントローラ貸してください」

 

「影月、あたしにも貸してちょうだい!!」

 

私は兄さんが持ってきたゲームで盛り上がっている兄さん、透流さん、ユリエさん、リーリスさんを横目で見ながら、アップルティーを飲んで、クッキーを食べました。

ちなみに今やっているゲームは兄さんが『神座万象』と言っていた(正式名称は『神座最強決定戦』)格闘ゲームです。

 

「優月ちゃん、美味しいね。何か特別な事をしたりしたの?」

 

「普通に作っただけですよ?まあ、それでもしっかりと味見してちょうどいい感じにしましたからね♪美味しいのは当然です!」

 

私がみやびさんとそんな事を話しているとーーー

 

「ああ!?ユリエずるいわよ!?攻撃が当たらないなんて!!」

 

「ナイ、シュライバーは攻撃が当たりませんからね」

 

「バカモノ、マキナとシュライバーでは相性最悪だぞ!」

 

「なんか皆ハマったな……」

 

兄さんが苦笑いしながらそう言いました。

ゲームを始めてから早くも三十分……すでにほとんどがゲームに夢中になってしまいました。

 

 

『K・O!!』

 

 

 

「ああ!?負けた……」

 

「ヤー、やりました、トール」

 

「……ああ、よくやったな。ユリエ」

 

「次は僕がやってやる!誰か相手を頼む!」

 

「じゃあ私がやります」

 

私はトラさんと対戦する事にしました。キャラをお互いに選び、ステージを選びました。

ステージ名はーーー『座』、そしてキャラはーーー

 

『では、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めようか』

 

トラさんはメルクリウス、対して私はーーー

 

『俺はただ一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは要らない』

 

波旬を選びました。

 

 

《BGM:波旬・大欲界天狗道》

 

 

「おい!優月!何さらっと最強キャラ選んでんだよ!こいつに勝てるの限られてんの知ってるだろ!!」

 

「知ってますよ!!そしてメルクリウスは勝てますよ!!」

 

「メルクリウス一人だったらほぼ勝ち目無いわ!!しかも勝つというより、共倒れだからな!?」

 

そう言い合いをしているうちにゲームは始まりーーー波旬の腕の一振りでメルクリウスの体力ゲージが一瞬で減り、すぐに終わってしまいました。

 

『何の茶番だこれは』

 

 

『K・O!!』

 

 

「ーーー」

 

「見ろよ……もれなく全員固まってるじゃないか!!」

 

「え〜……分かりましたよ。波旬は使いませんから、次誰がやりますか?」

 

そうして、病室での遊びはもうしばらく続きましたーーー。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病棟の騒ぎを聞きながら、闇色の髪をし、漆黒の衣装(ゴシックドレス)を纏う少女ーー九十九朔夜(つくもさくや)は薔薇の咲いた庭園にいた。

騒ぎと言っても楽しそうな声が聞こえていて、それを朔夜も内心楽しく聞いていたーーが。

 

「相席よろしいかな?お嬢さん」

 

そんな朔夜の背後から声を掛ける者がいた。

 

「別に構いませんが、ここは関係者以外立ち入り禁止ですのよ?……まあ、それはそれとしてあなたの名前をお伺いしたいですわ」

 

「おや、これは失礼、私はカール・クラフト。他にもカリオストロ、サン・ジェルマン、パラケルスス、トリスメギストス、ノストラダムス、クリスチャン・ローゼンクロイツ、マグヌス、ヨハン・ファウスト、名は星の数ほどあるが、この世界ではメルクリウスと名乗った方がよろしいかな?」

 

朔夜はそう軽口を言いながら、声の聞こえた方へ視線を向ける。

そこに立っていたのは、軍服を纏った不気味な雰囲気を纏った男ーーーメルクリウスだった。

メルクリウスは名乗ってから、朔夜の向かい合う形で座った。

 

「ではメルクリウスさんとお呼びいたしますわ。お噂はかねがね聞いています。私は九十九朔夜と申しますわ」

 

「これはこれは、あなたを朔夜殿とお呼びしようかな?それともーーー《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》と?」

 

メルクリウスはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、朔夜の顔色を見ながら言った。

それに朔夜はその二つ名で呼ばれた事に対する二度目の動揺を隠しながら返事を返す。

 

「……出来れば、前者でお願いしますわ。それで、何の御用ですの?」

 

「特に用は無いが、強いて言うならーー世間話を、と」

 

「なら構いませんわ。で、何をお話しますの?」

 

朔夜がそう問うと、メルクリウスは少し考えるような素振りを見せーー

 

「この前開催した催しについて聞きたいと思ってね。まずは、あなたたちの教え子に対する見解を聞かせてもらおう」

 

うざい笑顔でそう言った。

朔夜はその顔を見て彼の本当の本心は何だと思ったが、とりあえず問われた事を答える。

 

「そうですわね……他の生徒の皆さんはまだまだですわ。ただ、ユリエ=シグトゥーナと九重透流は化けると思いますわ。それこそ私が目指すーーー」

 

「《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至ると?なるほど……では、あの兄妹はどうかね?」

 

そうさらに問われ、朔夜はこの男の本心に薄々気が付いた。

この男、色々知っているが、純粋に第三者ーー《焔牙(ブレイズ)》に詳しい自分に意見を聞きたいだけなのだと。

ならば自分も嘘偽り無く、自分の思う事を言った。

 

「お二人は本当に《異常》ですわ。《焔牙(ブレイズ)》もそうですし、あの能力もーー私は《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至るのが目的ですけど、あれが至るものは全く違うものでしょう。それが私には怖いですわ……あれはまさしく人ではない者、私の理解が及ばないものになりますわ」

 

「おや、あなたが生み出した《超えし者(イクシード)》も人ならざる者ではないのかね?それも十分一般の者には理解が及ばないと思うのだが」

 

「くすくす、あなたの秘術も一般人の理解には至りませんわ」

 

「それもそうだが、まあ、彼らの《焔牙(ブレイズ)》は確かに《異常》だと言えるだろうな。あなたからしたら」

 

「ならば、逆に私から問いますわ。あの二人の《焔牙(ブレイズ)》をあなたはどういうものなのか知っているんですの?」

 

朔夜の問いにメルクリウスはわざとらしく悩んだ振りをして答えた。

 

「知らないと言えば嘘になるが、例えそれを知った所であなたに何か出来るのかね?」

 

「…………いいえ、何も出来ませんわ。ですが……」

 

朔夜は澄み渡るような青空を見上げながら答えた。

 

「……彼らの事が気になり、彼らとずっといたい。と思う事がたまにありますわ」

 

「ほう……なぜかね?」

 

メルクリウスは驚いたように少し目を見開き、理由を聞く。

 

「能力について怖いと言いましたが……その力をしっかりと使いこなそうとしていて、さらに他人を強く思いやる気持ちがあるのを二人から強く感じるのですわ。救ってもらった事もありましたから、こんな事思うのは似合わないでしょうが、惹かれたのでしょう。何とか力になりたいと思っていますわ」

 

「人柄に惹かれた……という事かね?それともーーー」

 

メルクリウスの言葉が途切れ、気になった朔夜はメルクリウスの方へと視線を向けると、殴りたくなるような笑顔でーー

 

「恋や友情、かな?」

 

「!!??」

 

瞬間、朔夜の頬が真っ赤に染まる。一方のメルクリウスはニヤニヤして朔夜の反応を見ている。

 

「な、何を言うんですの!?私が恋や友情なんてーーー」

 

「おや?図星かな?先ほどより冷静さが無くなっているように見えるが?」

 

「ーーっ!!」

 

朔夜はこの時、こいつの顔面を本気で殴ってやろうと思ったというーーー

 

「さて、それでは私はそろそろ行くとするかね」

 

「ーーーはぁ……帰るのですね。私の所へ来たのは世間話とからかいに来ただけですの?」

 

「然り、こう見えてもやる事は他にもあってね。まあ、あなたの評価も聞けた事だからここに来た意味あったがね。では」

 

「お待ちになって」

 

席を立ち、立ち去ろうとするメルクリウスへ朔夜は先ほどの真っ赤な顔からいつも通りの冷静な顔に戻って、メルクリウスを引き止める。

 

「最後に一つだけ聞かせていただきますわ」

 

その言葉にメルクリウスは立ち止まり朔夜の方へと向く。

 

「あなたは二人の事を知っているのですね?」

 

「然り」

 

「ならーーーあの二人の行く末も知っているんですの?」

 

その言葉に今度は真面目に考える素振りを見せるメルクリウス。そして黙って答えを待つ朔夜。

病室から聞こえてくる賑やかな声を背景に聞きながら数分は経った頃、メルクリウスが口を開いた。

 

「大方どのような結果になるのか、私自身思い描いてはいる。そして今回は既知にーーー予想通りに事が進まなければ話にならない。本来ならば一石投じて諦観に徹するのだが、今回はそうもいかない。ーー先ほどの質問、是と答えよう」

 

「やはりあなたが全てを仕込んで……一体何の為ですの?なぜこんな事を、彼らは何の為に……?」

 

「やはりあなたは聡明のようだ。ふむ……ならばここであなたに私の本当の目的を言ってみるのも一興か。それであなたがどのような行動をするのか見てみるのもいいだろうなーーー私が動くのは女神の為でしかないが……今回はーーー」

 

その時、少し強い風が辺りに吹き渡り、メルクリウスが続けた言葉は風によってかき消された。

しかし、メルクリウスに最も近かった朔夜だけはしっかりとその言葉を聞き取った。

唯一それを聞いた朔夜はメルクリウスの言った言葉の意味を脳内で反復させ、顔を青ざめさせながら問いただす。

 

「そ、それは本当ですの……?だとしても意味が分かりませんわ……!」

 

「ふむ……ならばもう少し砕いて説明しようか。なぜそうなるのか、そしてそれに対して今私は何を考え、何をしているのか、そして彼らの事もーーー」

 

そう言って、メルクリウスは椅子に座り直し朔夜に向かい合った。

 

 




格ゲーのイメージはキャラ、ステージ選びの時はスマブラみたいな感じで、戦う時はMUGENみたいな感じです。あるいはdies格ゲー風のアレをイメージしてくれればいいです。
そしてこの作品の水銀はマイルド……水銀じゃないって言う人いるかもしれませんね……。
次回は説明回の予定。
誤字脱字・感想等よろしくお願いします。


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第十九話

説明回です。少しばかり更新出来ずにすみません!面接やらなんやらで……(苦笑)
今回、拡大解釈や多少の強引さはあると思いますがそこはどうかご理解を……うまく説明出来てるか分かりませんがどうぞ!

追記:獣殿の言葉を少し変更しました。


no side

 

 

ヴェヴェルスブルグ城にてラインハルトは自らの爪牙であるヴィルヘルムの報告を聞いていた。

 

「ーーーという事です、ハイドリヒ卿。マレウスは蓮の所へ戻っていきました」

 

「ふむ、よくやった、ベイ。卿の忠誠大義なり。休むがいい」

 

「jawohl!」

そして、ヴィルヘルムが玉座の間から出ていくのを確認すると、ラインハルトは深くため息をついた。

なぜため息をついたのか?その理由は彼の親友に対してのものである。

 

ラインハルトの親友ーーーカール・クラフト、メルクリウスは最近様子が変わり過ぎていて、おかしいのではないかとラインハルトは思っている。何と言うか、ニートなのにニートをしていないのである。

そしてもう一つ変わった事がある。それは黄昏の浜辺で、黄昏の女神(マリィ)を追いかけ回して、藤井蓮に追い返されるーーーなどと言う事が以前は頻繁にあったのだが、数ヶ月前ある日を境にカールが黄昏の浜辺に来る回数が減ったと蓮から聞いたのだ。

蓮やマリィからしたら、ウザいので来なくなってよかったと思われていたようだがーーーそれからまた少し経った頃、カールが全く浜辺に姿を現さなくなったらしいのだ。

先ほどベイが報告をする少し前に蓮やマリィから流石(さすが)にこんなに長期間浜辺に姿を現さないのはおかしいのではないかと連絡を受け、親友として何か知っていないかと聞かれたのだ。

しかしながら、ラインハルト自身も友人のそのような行動の理由は検討がつかない。

 

 

 

 

 

 

ーーーいや、実際心当たりは一つある。

あの日、親友が目を付けて手を加えた兄妹に関しての事だろうと思う。それ以外では少し前までカールはいつものように行動していたのだ。

正直、女神以外の事では滅多に動かない親友が他の事で忙しなく動いている。普段はただ諦観する筈なのにだ。

まあ、どう考えても最終的にはその兄妹が女神の為になるのだろうとは思うが。

 

「はぁ……して、カールよ。いつまでそこにいる?」

 

そこで一旦思考するのを中断したラインハルトは自らが座っている玉座から階段の下に目を向け、いる筈の無い友人に声をかける。

すると、始めからいたようでカールが薄っすらと姿を見せ始めた。

 

「やはり気づいておられましたか、獣殿」

 

「無論だ。ベイがここに来た時からずっといたであろう」

 

段々姿が見え始めたカールに対し、ラインハルトは肩を竦めて答えた。

 

「で?今日は何をしに来た?まさかベイの報告を聞きに来た、というわけではあるまい」

 

「まあ、そうだな……私はあの催しによって兄妹の片割れが創造位階になった事について聞きたいと思ってね。獣殿も喜ばしいと思っているのでは無いのかね?」

 

確かにカールの言う通り、座の拡張と言う目的に関して言うなら一歩近づいたし、戦えると言う意味でも喜ばしい事だと思う。しかしーーー

 

「確かにそこは卿と同じく喜ぶところだが……いささか解せない所が多い。故に卿に幾つか聞きたい。構わんか?」

 

「ええ、構いませんよ。他でも無い貴方の頼みとあらば私は答えられる範囲で答えよう」

 

そして、はっきりと姿を現したカールは玉座の階段を上がり、ラインハルトの前へと立った。

 

「では、まず一つーーー彼らの持つあれは永劫破壊(エイヴィヒカイト)なのかね?もしあれが永劫破壊(エイヴィヒカイト)であればあれほど簡単に聖遺物が発現し、創造位階になるとは考えにくい。しかし、卿にその通りだと言われたらあの二人は例外であるとしか私は言えなくなるが……違うと言うならばあれは何だ?」

 

まず、永劫破壊(エイヴィヒカイト)を宿す者が創造位階に至る為には狂気の域に達する程の渇望を抱く事が必要である。

本来ならば叶う筈の無い願いを創造位階で作り上げるーーーそれ程の狂おしい願い、それが本来の永劫破壊(エイヴィヒカイト)の使い手の創造発現方法だ。

対して彼らは強い意志によって能力を開花させた。もし彼らに宿るものが自分たちと同じものならばあれ程簡単に創造位階にはならないだろうと思う。

もしそれで至るならば、形成位階であるシュピーネとバビロンの二人もとうの昔に創造位階に至っているだろう。

まあそのような事はラインハルト自身も可能性は低いと思っているので、目の前の親友が何かしたのだろうと思っている。

しかし彼らの中にあるのが、自分たちと同じ永劫破壊(エイヴィヒカイト)だとしたらーーー自分たちと違う意味で異常であるという話になるのだが。

 

「ふむ……永劫破壊(エイヴィヒカイト)かどうかと言われると中々に難しいのだがね。まずその辺りから説明しましょう」

 

カールがそう言うと今まで何度も物事を諦観をしてきただろう暗い青色に輝く目をラインハルトへと向け、説明を始めた。

 

「まず、始めに私は最近従来の永劫破壊(エイヴィヒカイト)と違う性質の永劫破壊(エイヴィヒカイト)を作ろうと思ってね」

 

「そう思った理由は?」

 

「まず、一番の理由は戦力の増強。女神の渇望の性質上、これから先、凶悪な者が現れてもおかしくない」

 

マリィの渇望、「全てを抱きしめる」という渇望は以前話した通り、覇道神の共存を可能にしている。

そしてその渇望で生み出された(ことわり)、輪廻転生は座だけでは無く、座の影響下にある世界全てに広がっている。善人も悪人も誰でも慈愛を持って抱きしめて、来世を願うという彼女の願いは人々にとっては実にありがたく、素晴らしいものだと言えるだろう。

「例え今がどれだけ不幸でも来世はきっと幸せになれる。だから頑張って。私がついているから」という思いを人々に与えている。その慈愛を感じながら人々は今日も頑張って生きている。

このようにこの理はとても優れているように見えるが、欠点が今現在分かっている限りでは二つある。

一つ目は以前言った覇道神共存の為、座の容量が限界を迎えているという事。これは現在あの兄妹を覇道神として育て上げ、ぶつかり合う事で座を押し広げようとしている案が出ているので問題はあまり無いと思われる。

一方もう一つは先ほどカールが言った通りーーー

 

「凶悪な者?女神の収めるこの世界にそのような者が生まれる可能性があると?」

 

「我らが女神は「全てを抱きしめる」という渇望故に放逐(ほうちく)排斥(はいせき)という考えを持たない。故に凶悪な者が現れ、座を脅かす可能性もある。恐るべき力を持つ凶悪な者が現れた場合とても丸く収まるとは思わんし、我ら守護者ですら敵わない可能性も少なからずあるだろうと私は思っている」

 

カールはそう説明しながら目を細めた。

 

「そこでそうした敵に対して、先ほど言った戦力増強をしておこうと思ってね。その方法として、新たな特性を持つ永劫破壊(エイヴィヒカイト)、あるいはそれに近しいものを作り、比較的簡単な方法で戦力増強をしよう思ったのだ。貴方や団員などに宿った永劫破壊(エイヴィヒカイト)や聖遺物は到底一般人には扱える物では無い。だから比較的一般の者も持っている「意志」という力を永劫破壊(エイヴィヒカイト)の原動力の代わりにして一般人でもある程度力を持つ者として生み出そうと思っているのだ」

 

「つまり卿はあの兄妹を新たな力の実験台にしたという事だな?……刹那が知ったら何と言うか、卿も知っているだろうに」

 

「仕方がなかったのだよ。今の世界に狂おしい程の渇望を抱く者は探しても中々いない。しかし早く手を回した方がいい事なのでね。普通に生まれ、生きている者の中から選ばせてもらった。それでも魂の質がとても良く、意志がとても強い覇道の願いを持つ者というのを前提条件として選んだから誰かれ構わずという訳では無い事は理解してほしい」

 

「ふむ……そして最後にあの力ーーー確か《焔牙(ブレイズ)》と言ったか、それが使える事も条件の一つなのか?」

 

カールは二つの新しい力を使える条件を言った。

一、魂の質がとても良い者。

二、意志ーー狂おしい渇望とは違い、純粋に強い覇道の思いを持っている、あるいは持つと思われる者。

そしてラインハルトはあの世界にある武器ーーー《焔牙(ブレイズ)》についても聞いた。

しかしカールは苦笑いしながらーーー

 

「いや、あれは私も予想していなかったのだがね。数年前からあの世界で研究されていたのは知っていたが、あれほど大成(たいせい)するとは私自身思っていなかったよ。まあ、条件の一つとして利用させてもらったが」

 

「なるほど、何がどうなるか分からぬが手探りで様々な事を試してみようという事か、カールよ」

 

ラインハルトがそう言うと、カールは頷いて続きを話す。

 

「随分と寄り道をしましたが、貴方の質問に対して答えるとするなら、あれは永劫破壊(エイヴィヒカイト)と似て異なるものーーという返答でどうかな?」

 

「ならば、次に聞く質問は決まっている。何が似ていて何が違うのか卿の口から聞かせてもらおう」

 

そしてラインハルトが次の質問をする。それに対し予想していたのだろう、カールは質問の答えを言い始める。

 

「まずは先ほど申した通り魂の質、強い覇道の意志、そして《焔牙(ブレイズ)》。これらが新しい永劫破壊(エイヴィヒカイト)の前提条件だ。だが《焔牙(ブレイズ)》はお試しのようなものだ。ここまではよろしいかな?」

 

カールの確認の問いにラインハルトは頷き、先を話すよう無言で促す。

 

「では次に、性質についてだが強い意志、あるいは狂おしい程の渇望でも一応能力は開花するようになってはいる。強い意志で開花するようにした理由は先も言った通り手頃な方法がこれだったからな」

 

「先ほど言った事だな。確かに狂気的な願いを持つ者よりはその方が戦力を増やすという点では手頃であるな。どちらにせよ数が少ないのは変わらないが、少しはましだろう」

 

「そして新たな永劫破壊(エイヴィヒカイト)を宿す者は魂の劣化は基本せず、魂の回収も必要が無い。そして自らの魂を喰われる事も無い。つまり殺人衝動には駆られないのだ。そうしたデメリットの排除により我らより力は劣るだろうが、魂の質によってはあるいは我らより上の力を持つ可能性もあるだろう」

 

「なるほど……より強力な覇道神か……」

 

「そしてこの術の補助と自らの魂の質により、傷を負っても素早く自然治癒するようになっている。まあ、手足切断などになるといくら上質な魂とは言え、治療や時間が必要になるだろうがな」

 

尚、素早く自然治癒と言ったが常人からみたら異常な程の回復速度である。

例を出すならベイが優月に対し、攻撃をして骨折させたが三日程で完治出来た程なのだから。骨折でそれくらいならば、擦り傷や切り傷は一瞬で治るだろう。

 

「聖遺物の使徒のようにすぐに再生・復元は出来ず、重症ならばそれなりに時間が掛かると……寿命や耐久力はどうなのだ?」

 

「寿命は無くなると考えていい。肉体が魂に引っ張られ、魂が劣化しない為に肉体も劣化しない。耐久力は相手の攻撃と魂次第だろう。……この術は完全に施す者の魂次第であり、上質で無ければいけない。大体の性質はこんな感じですな」

 

「……全ては自分の魂次第……か」

 

その言葉と共にラインハルトは長考へと入った。対してカールはラインハルトの次の言葉を黙って待つ。

ーーそんな時間が数分程続いた後、ラインハルトが再び口を開く。

 

「最後の質問をしても構わぬか?」

 

「どうぞ、何なりと」

 

「……なぜ、妹の方はヴァルキュリアとレオンハルトの能力を使える?」

 

ラインハルトはカールの説明を踏まえ、様々な事象を考えたが上の疑問だけはどうしても解決しなかったので、質問をした。

それに対しカールは淡々と答える。

 

「ただ単に試してみようと思ってね。那由他繰り返した永劫回帰の最中(さなか)残滓(ざんし)となった二人の魂を彼女の中に突っ込んでみたのだ」

 

真顔でそう語る親友に対し、ラインハルトはなんとも言えない表情になる。

 

「二人の魂は彼女の魂の質によって昇華され、全盛期並の力を使えるようだ。それに先も言ったが劣化しないから使い過ぎて枯れる、なんて事は事実無いだろう」

 

「……カールよ、卿は相変わらず私の予想の斜め上を行く男だな……彼女の渇望は彼女たちの影響も受けているのか?」

 

「然り、元々似た渇望だったから尚更だ」

 

そこで再び長考へと入るラインハルト。それを黙って待つカール。

そこへ静寂を打ち破る人物が玉座の間に入ってきた。

 

「ハイドリヒ卿、一緒にお茶でも飲みながらお話でもーーーってあれ?クラフトもいるの?久しぶりだね」

 

白髪でトーテンコープの描かれた眼帯を右目につけた幼く中性的な顔立ちの美少年ーーーウォルフガング・シュライバーが玉座の間へと入ってきた。

 

「おや、シュライバー、私にもお茶をいただけるかな?」

 

「……構わないけど、その前にハイドリヒ卿」

 

「ん?」

 

カールのお茶に同席するという言葉に少し嫌な顔をしたシュライバーだったがそれを了承した。

黒円卓の団員たちは皆カール・クラフトを嫌っている。それは彼によって自分の人生を狂わされたり、彼に与えられた魔名という名の「呪い」などが原因になっている。彼の性格や行動なども嫌われる原因であるだろうが、カール本人は全く気にしていないようだ。

そして改めてラインハルトへ向き直ったシュライバー。

 

「いい加減僕も外に出してくださいよ〜。ベイが言っていた兄妹に僕も会ってみたくなっちゃって、ハイドリヒ卿もクラフトもその二人を知ってるんでしょう?」

 

彼がここに来たのはラインハルトをお茶に誘う為と頼み事ーーようはおねだりをする為である。

シュライバーは城の中で毎日のようにザミエルやベイと殺し合いをして暇を潰しているが、最近ベイがラインハルトの命令によっていない時が多く、帰ってきてもベイ自身が戦った兄妹の話ばかりをしていて、それを聞き自分もその兄妹に会ってみたいと思い、こうしてラインハルトに頼んで行かせてもらえないかと聞いているのだ。

 

「ふむ……獣殿、良いのではないのかね?シュライバーを彼らに会わせてみるのもまた一興だと思うよ」

 

「卿はそう言ってもな……シュライバー、卿が外に出たいと言ったのはその兄妹に会いたいというだけではあるまい。……もしや他の者たちを喰らいに行くつもりか?」

 

「まあ、それも少しは思ってましたけど〜」

 

そう言ってシュライバーは笑う。

その笑う姿は彼の顔立ちが整っている事もある為、その笑顔は純粋無垢な少年の印象を受ける。

ーーー彼を知っている者たちからすれば、そんな笑顔を見ただけですくみ上がる者も多いが。

 

「……カールよ、あの学園で他に覚醒の兆しを見せている者はいるか?」

 

「いや、私が見た限りそのような可能性がある者は今の所いなかったが……なんだ獣殿、そんなに悩む事では無いだろう?何をためらっているのだ?」

 

普段ならば「よかろう、行くがよい」などと言いそうな親友が、なぜこんなに考え込むのだろうかとカールは思っていた。

 

「何、些細な問題では無い。……しかしあの兄妹が毎日楽しそうに友人と過ごしているのを見ていると、あれを(こわ)すのに少しためらいが出てきてな。あれが刹那が守りたいと思った日常か……」

 

続いたラインハルトの言葉にカールは驚きで目を見開いた。

それも当然だろう。目の前にいる親友は「真に愛するなら壊せ」とよく言い、森羅万象あらゆる物を(こわ)す事にためらいは無い。少なくともカールが見てきた中ではそのような事は無かった。

だが今回はためらい、手を出す事を恐れている。

 

「珍しいな、獣殿?貴方が(こわ)す事を恐るとは。ゲシュタポのあの時以来では無いかな?」

 

「私も色々思う事はあるのでな。刹那に感化され、あれも良いのだろうと思うようになったのだ」

 

「ならば、うむ…………学園の者たちには手を出さず、襲いかかる敵のみを斃す、というのはどうだろうか?あの学園に対し攻撃を行う者はそう遠くないうちに現れるだろう。それならば、その学園の「敵」を我らが排除する事で彼らの刹那を壊す事無く、我らも学園の者たちの中から才能がある者をを見出す暇が出来ると思うのだが?敵の魂も回収出来るだろうしな」

 

「ほう……なるほど、敵か」

 

「敵?クラフト、そんな奴らがいるの?」

 

カールがラインハルトへ意見の提案をするとシュライバーが疑問の声を上げた。それに対し、カールは少しにやけながらシュライバーに話す。

 

「ああ、数が多くてやりがいのある連中だろう」

 

「へぇ〜……ハイドリヒ卿、僕がそいつらを歓迎して上げますよ」

 

カールの返事を聞いたシュライバーは見た者を恐怖に染め、背筋を凍らせる程の殺気を撒き散らしながら笑みを浮かべ、ラインハルトへと言った。

 

「ふむ…………学園を守るような立ち位置か……それもまた一興か。では敵をこちらで確認次第、卿を近くに送ろう。そこで()()()を殲滅しろ。ただし学園関係者には手を出すな。あの兄妹に対しても同様だ。少なくとも戦って良いと言うまでは手を出すな、良いな?」

 

「jawohl!楽しみだな〜♪じゃあ、ハイドリヒ卿、また後で〜」

 

そしてシュライバーは上機嫌で玉座の間から出ていった。

そしてラインハルトとカールだけが玉座の間に残る。

 

「……獣殿、私も一応頼みたい事がある」

 

「ふむ?またもや珍しいな。何かね?」

 

珍しく頼みたい事と言われ、本日何回目かの驚きを感じつつ頼み事を聞く。

するとカールは自分の懐から一枚の紙を取り出した。それは昊陵(こうりょう)学園の行事予定表だった。

 

「実は、貴方と会う少し前にあの学園で学園長と呼ばれている少女と話をしてね。その少女から頼み事をされたのだ。内容は昊陵(こうりょう)学園の警備をしてほしいとの事だ。理由は数日後、学園で臨海学校があるらしいのだが、その時学園の警備が手薄になる所を襲撃をする者がいるかもしれないからそれに対してという事らしい。まあ、私は元より監視はしているが、貴方や団員たちにも協力をしてもらいたい」

「……本当に諦観するだけでは無かったのか?」

 

ラインハルトはもはや呆れるしか出来なかった。

諦観主義である親友がここまで動いているのだからーー

 

「ふっ、今回は予想よりも面白くなりそうだからな。それに約束は破らぬ主義なのでね」

 

「律儀な男だなカールよ。ちなみに先のシュライバーの頼みを了承したのはこの頼みを通しやすくする為かね?」

 

「然り、何か不満でも?」

 

「いいや、今回の歌劇より面白くなってきたではないか。先ほどの頼み、引き受けよう。ベイかザミエルかマキナか……ともかく考えておこう」

 

そう言い、ラインハルトは不敵に笑う。それを見てカールも薄っすらと笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻して玉座の階段を降りて行きながら話す。

 

「では、私はこれにて。今度は少し浜辺の方へ行かなければならない用事があるのでね」

 

「……カールが働いている……これも未知か……刹那にも協力してもらうようにでも言うのか?」

 

「そのつもりだが……実際ほっといても問題は無い。実際私は久しぶりに女神を見に行こうと思ってね。ああ、それとシュライバーには相席出来ないと言っておいてくれ。では」

 

そう言うカールの後ろ姿を見ながら、やはり親友は女神の事となると変わらないのだなとラインハルトは深く思った。

そしてカールが消えてしばらくした後、ラインハルトはおもむろに玉座から立ち上がってシュライバーのお茶の誘いに向かう事にした。




黄昏の浜辺にいる黒円卓メンバーは蓮と関係が深い人たちです。ベアトリス、螢、戒、ルサルカ、マキナがいます。もちろんラインハルトが収集をかければ集まりますからね?後もう一話くらい別の話入れるか、本編か、予定と気分次第ですが次も楽しみにしていてくれると嬉しいです。
誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第二十話

説明回(会)2!学園での黒円卓の説明です。そういえば書いてなかったなぁ……とか思い書きました!
おかしな部分もあるかもしれませんが……どうぞ!



side 影月

 

 

「それじゃあ、今日の授業はここまで!連絡事項は明日から一週間、臨海学校を行うから今日しっかりと準備して、しっかり寝て明日に備えてね♡じゃあ、また明日〜♪」

 

学園のチャイムが鳴り、月見先生は連絡事項を言って教室から出て行った。

それと同時に教室中から疲れたようなため息が漏れた。

それも当然だと言える。なぜなら今日の授業内容はほとんどの人が苦手な英語や数学といったものがあったり、午後はいつもの通り体力強化のマラソンがあったりしたからだ。

他の授業ももちろんあったのだが、やはり先ほど言った授業等がクラスメイトの元気を奪っていったのだろう。

周りを見渡すとクラスメイトの四分の二程が机に突っ伏していた。

そしてその中に、俺の友人である透流も含まれていて、いつものメンバーが透流の周りへと集まってくる。

 

「透流、大丈夫か?」

 

「影月か……まあ、なんとかな……」

 

「ふんっ、情けないな。この程度でへばるとは」

 

「まあまあ、トラさんいいじゃないですか。透流さんもクラスの皆さんも頑張ってましたし」

 

優月が皆に聞こえるように言うと、そこかしこから安堵が含まれたような苦笑いをする人たちがいた。

優月はクラスの中では癒しの存在であり、頼れる存在となっている。授業で分からない所があれば後で分かるまでしっかり教え、体力強化のマラソンでは応援をしたり完走をした人たちに対して励ましの言葉を言ったり、退学届を出そうとするクラスメイトの話を聞いて上げて引き留めたり……。

ちなみに俺も似たような事をしている為、頼れる存在ではあるらしい(ユリエ曰く)。

 

「さて、今日の授業で分からない所教えてほしいって人はいるか?」

 

俺がクラスメイトにそう聞くと、橘が俺の目の前へと立ちーー

 

「今日の授業も分からない事は多かったが……あの軍服の集団の事を教えてもらって無いからな。だから今度こそ、クラスメイト全員に説明してもらおうか!!」

 

橘が少し強くそう言うと、周りのクラスメイトーー机に突っ伏していた人たちもーー顔を上げ、俺たちに説明を求める視線を向けてきた。

それを受けた俺と優月はお互いに顔を見合わせ、苦笑いした。

 

「分かった。なら、色々準備するよ……ついでに上級生や理事長も巻き込むか」

 

そして俺は目的地に向かうべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長、準備出来ましたか?」

 

「ええ、教職員や生徒は全員集まっていますわ。説明に関しては基本貴方や優月さんが手元の資料を見ながら進めてください。補足などは私がサポートしますわ」

 

「理事長、ありがとうございます!」

 

教室でクラスメイトに迫られてから先ほどの理事長との会話までの約三十分間ーーー俺は教室を出た後、まず理事長の所へ行って説明会をすると言い、どうせ情報開示するなら全員巻き込みましょう!と言った所、入学式を行った講堂に一年生、二年生、三年生、そして教職員の全員を緊急という事で呼んでもらい、情報の準備をしてもらっていた。

それも先ほど終わり、いつでも始められるという事を確認すると壇上へ続く階段脇にいた三國先生がマイクで話始めた。

 

『皆さん、緊急と言う事で放課後に集まっていただいてありがとうございます。明日は一年生の臨海学校ですが、今回集まってもらったのはそれと関係ありません。今回集まってもらった理由は最近ある危険な集団がこの学園に干渉してきている事についてです』

 

三國先生の言葉を聞いた瞬間、講堂内にざわめきが起こる。

驚く人、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる人、隣の人と驚きながら話す人、表情を引き締める人など反応は様々だ。

 

『皆さん、静粛に。今回はその集団の事をよく知ってもらい、対処する為に集まってもらいました。説明の続きは実際にその集団の者と戦った一年生の如月影月君と同じく一年生の如月優月さんに説明していただきます。では、よろしくお願いします』

 

そう言い、三國先生が俺たちに視線を向け頷いた。

それを確認した後、俺と優月は壇上へと上がり、今回集まっている人たちを見た。

 

『皆さん、改めて今回は集まっていただきありがとうございます。先ほど三國先生の紹介してくれた通り私、如月影月と』

 

『私、如月優月が今回説明させていただきます』

 

そして俺は壇上の横の方に用意されたPCに向かった。

PCを操作し、スクリーンに映し出されたのはとある紋章。

それについて優月が説明し始める。

 

『この紋章は今回説明する組織の紋章です。組織の名前は「聖槍十三騎士団黒円卓」。第二次世界大戦中にドイツで作られ、今現在も存在し続けている十三人の魔人の集団です。聖槍十三騎士団副首領が生み出した永劫破壊(エイヴィヒカイト)という力をその身に宿してる者たちが集っています』

 

永劫破壊(エイヴィヒカイト)って言うのは、副首領の秘術。人の想念を吸い続けたものーー聖遺物と契約し、超越した力を得るというものだ』

 

俺が補足説明をすると少し講堂内がざわめく。多分秘術などと聞いてそんなものが存在しているのか?など思ったのだろう。

その反応を横目に俺はPCを操作し、次の画面を映す。

 

永劫破壊(エイヴィヒカイト)の詳細は学園に用意してもらいました。まず聖遺物の能力の発動・使用には人間の魂が必要との事です。その為この術を施された者は聖遺物の特性によって慢性的な殺人衝動に駆られるようになる代わりに聖遺物が破壊されるか、魂が枯渇しない限り不死となるらしいです』

 

優月が手元の資料と以前ベアトリスさんたちから聞いた話を混ぜながら話した。

そう話している頃、俺はふとこの資料は一体どこの誰が書いたのだろう?と思い、PCの隅々まで名前を探した。すると右隅の方に小さくーーー

 

(R・S)

 

と恐らくだがイニシャルが書いてあった。「R・S」、どのような人なのだろうか……。

 

『また、この術は人を殺せば殺す程強くなります。喰らう魂の数だけ霊的装甲というものが強くなり、肉体の耐久度が格段に上がります。そして聖遺物を扱う者たちには対人兵器では効果が無いようです』

 

『銃やロケットランチャーなども効果がなく、戦車などでも精々出来て足止め程度ーーー以前理事長から爆撃機が出撃すると聞いた事があったが、それも多分味方の撤退の時間稼ぎでしかないと思われる。彼らにはそれこそ、核兵器レベルの大量破壊兵器じゃないとお話にならない。しかも傷を負わせても、魂を使って瞬時に再生も出来るらしいから……色々な意味で最悪な相手だな』

 

優月と俺の説明に講堂内が静寂に包まれる。どうやらデタラメな相手すぎて絶句しているようだった。

それもそうだろう、人を殺して魂を回収すれば不死となれーーー対抗出来る兵器は大量虐殺出来るくらいでなければ話にならないのだから。

 

『しかし、聖遺物を宿す者は同じく聖遺物を宿す者の攻撃が効きます。つまり同じ術者ならば殺し合いが可能と言う事です。そして私たち二人は、どうやら聖遺物と同じ性質の《焔牙(ブレイズ)》のようなんです』

 

優月の後半に言った言葉で静寂に包まれていた講堂内が騒がしくなる。

 

「二人とも!どういう事なのだ!?聖遺物と同じとは!」

 

『以前黒円卓の団員に対して攻撃を行った所、ダメージを与えられたのでそう思ったんです。ただし殺傷しようという意識で無ければダメージは無いようですし、私たちだけがダメージをあたえる事が出来るのかもしれません。でも相手も相手なので試す行為自体がほぼ自殺行為と言っても過言では無いです、そして攻撃が通る可能性も極めて低いと思います』

 

橘の質問に返答すると再び静寂に包まれる講堂内。何やら様々な考えを巡らしていそうな人たちに向かい、理事長が言う。

 

『もしそのような者たちが襲って来たのなら、私たちは太刀打ち出来ませんわ。なので相手をよく知って、逃げてもらう方法を個人で考えてもらうのが今回集まってもらった本当の理由ですわ』

 

理事長が言った言葉に数人が納得したように頷いたが、大半が厳しい顔をしていた。その顔を見るに、本当に逃げれるのだろうか……という感情だと思われる。

 

『まあ、こんなの相手にして逃げろ!ってのは難しいと思うが……せめて相手を知っておいてほしいと思って集まってもらったんだ。……誰にも死んでほしくないからな』

 

俺の最後の言葉により、不安や心配そうな視線が少し減った。しかしまだ多くの人が不安そうに俺や優月、理事長や三國先生を見ている。しかしこれ以上この事を言っていても、前に進めないので俺はPCを操作し、次の画面を出す。

 

『……まずは説明を聞いてください。永劫破壊(エイヴィヒカイト)には位階と言うものがあります。経験と喰らった魂の多さで位階を上げる事が出来るとの事です。位階は4つ、活動、形成、創造、流出。順に強くなっていきます』

 

『まずは一番下の位階、活動(Assiah)。聖遺物の特性、機能を限定的に使える。例えば、切断の特性を持った聖遺物なら“触れる事なく物を切る”と言った感じにな。一番下の位階と言っても凡人なら大抵は自滅してしまうらしい』

 

『次の位階は、形成(Yetzirah)。この位階で自らの聖遺物が具現化出来ます。これに至ると身体能力、直感、聴力、視覚などが超人的なものになります』

 

『次の位階は創造(Briah)。聖遺物の特性を持った必殺技が習得出来る位階だ。既存の常識を破壊する異界を作る。術者の渇望を形にしたものだ』

 

『最後に流出(Atziluth)。創造位階の能力ーー異界と法則を永続的に展開します。それも無限にどこまでも広がっていきます』

 

「永遠に展開だと……そんな事がっ……!」

 

トラからそんな声が上がったのが聞こえた。

確かに俺も優月も、最初はこんな事信じられないと思ったが……ヴィルヘルムの事やベアトリスさんたちの事を考えるとそのような荒唐無稽な話も信じられるような気がする。

 

『聖槍十三騎士団は首領、ラインハルト・ハイドリヒと副首領、メルクリウスを始めとした十三人で構成されています。騎士団員は幹部三人の大隊長と平団員に分けられています。ではこれから情報の多い平団員の紹介をします。各団員は魔名と順位などが割り振られています。順に紹介しますが、順位は強さ順では無いと言っておきます。ちなみに一部以外、皆創造位階に達しているとの事です』

 

そうして、俺は再びPCを操作し、次の資料を映し出した。

 

(ここからは学園独自の情報か?それともどこかから調べて持ってきたものか?画像がいくつか無いな……)

 

操作していて俺が思ったのは団員の姿を写した画像ーー資料が足りない者がいるという事だ。この場でそのような事は困るのだが……まあ、無い物は仕方ない。

映し出されたのは仮面を被り、巨大な槍?大剣?を持った男らしき者と妖艶な雰囲気の女性。

そこで男子数名から「おお……」という声が聞こえた気がしたが、スルーする。

 

『第二位トバルカインと第十一位リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレナ。トバルカインの聖遺物は「黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)」、リザ・ブレンナーの聖遺物は「青褪めた仮面(パリッダ・モルス)」。トバルカインは死体らしく、リザ・ブレンナーの聖遺物で操られるようです』

 

『本来は自律的な行動を取らないトバルカインだが、リザ・ブレンナーの聖遺物で操られる事でその戦力を引き出す事が出来るそうだ。攻撃力は平団員の中では最強らしく、正面から戦うのはかなりの実力が無いと無理だと思う。だから相対した場合はトバルカインじゃなくリザ・ブレンナーを倒せば戦力を削ぐ事が出来る……らしい。リザ・ブレンナーは形成位階らしいが……簡単な事では無いだろう』

 

『しかし、情報によると彼らはここ数百年で一度も姿を見られていないそうですわ。なので出会う確率はかなり低いでしょう』

 

そう理事長が言うと、安堵(あんど)の息がそこかしこから聞こえた。

しかし完全に安心する事は出来ない。確率が低いだけで0では無いのだから。

そして次の資料を出す。映し出されたのは金髪の長髪でカソックを纏った神父だ。

 

『第三位、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。彼の聖遺物は「黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)」。彼は肉体そのものが聖遺物でかなり防御力が高い為に並大抵の攻撃は効かず、その防御力を生かした攻撃はとても強い……との事です』

 

『資料によると、彼の正体は敵味方問わず恐れ、聖遺物となるに足るラインハルト・ハイドリヒの肉体……そう、首領の体だ。まさしく黄金聖餐杯だな』

 

『『『えっ!!?』』』

 

その事実に驚く皆を見て、内心予想通りの反応をしてくれて嬉しいと思う俺だった。

 

『硬い防御力で敵を叩く……どうなるか分かるでしょう?』

 

『ちなみに彼も先ほどの団員と同じく長い間姿を見られていませんわ』

 

理事長の補足で今度も安心した人が何人かいるだろう。

多くの人は彼の方が先ほどの屍と女性よりも余程恐ろしく思うだろう。彼はラインハルト・ハイドリヒの肉体を持っているので、どのような行動をするのか分からないし、何が起こってもおかしくない。

とりあえず、次の資料を出して話を進める。

次は白髪白面の赤い目をした男ーーその姿が映し出された瞬間、一年生全員と、一部教員たちが息を飲んだ。

 

『一部の人たちならこの人を見た事あるでしょう……第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。聖遺物は「闇の賜物(クリフォト・バチカル)」。身体能力は高く、とても好戦的。彼については創造が判明していて「死森の薔薇騎士」というものです。効果は一定範囲に結界を展開して夜にし、この「夜」にいる者は例外無く生命力を常に吸い取られ、逆にヴィルヘルムはその吸い取った力により常に強化されていきます。さらにこの時は体中や、結界内から当たるとさらに生命力を吸い取る血の杭を生やす事が出来ます』

 

『ちなみに彼に対しての弱点は多い。炎、腐食、銀、聖水、極め付きは心臓に杭を打つ……』

 

「ヤー……吸血鬼(ヴァンパイア)みたいですね」

 

ユリエが俺が言った弱点を聞いて、思い浮かんだ伝説上の怪物を言う。

吸血鬼(ヴァンパイア)ーーー人間の血を吸う妖怪であるがヴィルヘルムは吸血鬼と似ている部分が多い。戦ってみて思った事だが、力を吸う事や先ほどの弱点とかを聞くと本当に吸血鬼に思えてくる。なぜ吸血鬼の弱点が彼に効くのか……色々な考えが思い付くが、あくまで推測の域でしかない為この考えは途中でやめる事にした。

 

「こいつが《生存闘争(サバイヴ)》で襲撃を……」

 

『あの時は襲撃……とは言い難いですわ。それより彼が《新刃戦(しんじんせん)》の際に来た時がまさに襲撃と言っていいですわ』

 

「……そういえば、《新刃戦》で赤い月を見たな、まさか……」

 

『ああ、透流も見ていたか……他の人も見た人はいるだろう。あの日、少しの間だけ浮かんでいた真っ赤な月をーーあれがヴィルヘルムの異界だ』

 

透流の言葉で思い返されるのは、学園にヴィルヘルムが襲撃して来た時の事。

あの時、ヴィルヘルムは創造で学園を大きく囲みこんでいたらしくあの赤い月を見ていた人は多かっただろう。そして力を吸われ過ぎて倒れたクラスメイトや上級生がいたという話を後で聞いた。死人が出る前に、ヴィルヘルムを退けてよかったと思うと同時に、ヴィルヘルムのような怪物がまだ他にもいて、そういう者たちがここに来た場合、死人を出さず守り切れるか……分からず不安になる。

 

『彼は様々な内戦、紛争地帯でその姿が見られていますわ。突如現れ敵味方問わず蹂躙し、去って行く……通常兵器も効かないから恐れられるのも当然ですわ』

 

『奴には弱点が多い。だから倒そうと思えば出来るかもしれないが……中途半端にやると逆上してくるかもしれないからな。無理に挑むなよ?特にそこの奴らとかな!』

 

そう言って、透流やトラを見る。彼らは見られた瞬間に目線をそらした。どうやら強い相手ならば今度挑んでみるか!とか思っていたようだった。

そんな二人に呆れながらも、画面を切り替える。映し出されたのは金髪をポニーテールにした碧眼の女性と、黒髪のロングヘアーの女性。するとこの姿を見た透流、ユリエ、みやび、橘の顔が驚きに染まる。

ちなみにそれ以外はまたしても男子が「おお……」と言っていた。

 

『第五位、金髪の女性の方がベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン。黒髪の女性が同じく第五位、櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。ベアトリスさんの聖遺物は「戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)」、螢さんは「緋々色金(シャルラッハロート)」。どちらも剣を扱っていて、その腕は黒円卓の中でもーー』

 

「ちょっと待て!その二人は以前、あらもーどに行った後に私たちが話した人たちではないか!?」

 

『『『えっ!!?』』』

 

優月が説明している最中に、橘が待ったをかけ、確認の言葉を問うと本日二度目の驚きの声が講堂内に響き渡った。そしてこの事は理事長たちも知らないので、彼女たちからもどういう事かと説明を求める視線を向けられている。

 

『あ〜……あらもーどでベアトリスさんたちにあったのは偶然だ。カフェで他に席が無くて、相席をしてな……そこで優月が彼女たちを見た事があるとか言ってベアトリスさんたちに話しかけたから……あ、ちなみに櫻井戒さんは黒円卓第二位ーーさっきの説明で言うとトバルカインになる。なぜさっきの画像のような死体の姿からああなったのかは分からないけどな』

 

「か、戒さんが……死体?でもどう見ても生きてたよね……?巴ちゃん……」

 

「あ、ああ。どう見てもあれは生きていた……」

 

『…………やはり私たちでは理解が及ばない相手ですわ……』

 

理事長がため息をつきつつ、額に手を当てた。

……本当にわけが分からない相手ばかりだと思うがーーー

 

『……逃避していても、意味が無いから続けるぞ……ってあれ?』

 

そう言い、次の資料を映し出そうとして手が止まる。

次の資料は第八位のものーーつまり第六位の資料画像が無いのだ。

 

『……ああ、第六位の説明は私がしますわ』

 

そこで理事長が立ち上がり、手に持っていた資料を読み始めた。

 

『第六位、「太陽の御子(ゾーネンキント)」名前はイザーク。聖遺物は不明……その姿も一切見られていないそうですわ……しかし彼はある実験で生まれた「異常」な子である、とだけ資料に書かれていますわ』

 

そう説明を終え、理事長は席へ座る。実験で生まれたという言葉に対し皆、顔を歪めてしまいなんとも言えない雰囲気になってしまった。

そんな空気を変え説明を進めようと思い、俺は次の資料を映す。

映るのはピンク色の髪をした幼い少女だ。

 

『……続けます。第八位、ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。聖遺物は「血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)」。彼女も創造が判明していて「拷問城の食人影」というものです。効果は食人影の影を踏んだ者の動きを封じるものです。その他、多数の拷問器具が出せるとの事です。「鋼鉄の処女(アイアンメイデン)」とかですね』

 

『こいつも以前、《生存闘争(サバイヴ)》でヴィルヘルムと共に現れた。見た感じは可愛らしい少女だが……実際に話すと掴み所の無い人で何を企んでいてもおかしくないってのが、話してみて思った事だ』

 

そして次の資料を映す。

映し出されたのは色白で手足の長い痩せた男。

それが映し出された瞬間、どこからか「ひっ……」という女子の声が聞こえた気がするーーーみやびの声に似ていた気がするが。

 

『第十位、ロート・シュピーネ。形成位階で聖遺物は「辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ・ゲットー)」。諜報に長けているとの事……以上』

 

『『『短っ!!』』』

 

全員からシュピーネに関する情報のツッコミをもらった。しかし、本当に資料がこれしか無いので仕方がない。

 

『次は三人の大隊長だ。この三人は先ほど紹介した平団員よりはるかに強い。敵として現れたらまず敵わないだろう」

 

そして、その資料を映し出すーーーのだが、姿を写した画像が大隊長と首領副首領には無いのだ。

まあ、無い物は仕方ないので画像の部分には「不明」と書いた。

 

『画像が無いのは仕方ないが……第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。大隊長の中の黒騎士(ニグレド)。マキナと呼ばれていて、容姿を見た者によると筋骨隆々とした体に無精髭を生やした男らしい。聖遺物は「機神・鋼化英雄(デウス・エクス・マキナ)」、大隊長の中で唯一聖遺物の素体となったものが分かっていない。どのような能力かは不明だが昔戦場から生きて帰ってきた者曰く、奴は素手で戦車と渡り合い、相手の戦車の砲弾や戦車本体を文字通り()()()()()()らしい」

 

「戦車を消し飛ばした!?……跡形も無くって意味だよな?」

 

透流が立ち上がり確認してきたので俺は頷く。それに対し、透流は唖然とする。

 

『唖然としても話進まないから次行くぞ。第九位、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ。大隊長の中の赤騎士(ルベド)。彼女の容姿を見た者によるとポニーテールにまとめた赤い髪で左半身に酷い火傷跡があるそうだ。聖遺物は「極大火砲・狩猟の魔王(デア・フライシュッツェ・ザミエル)」、第二次世界大戦で使用された80cm列車砲、通称ドーラ列車砲が素体となっているそうだ』

 

『こちらも能力が分かっていませんが……列車砲という事は、恐らく凄まじい火力を生み出すのではないかと思われます』

 

そして残る大隊長は一人、その残った一人の資料を映し出した。

 

『最後に第十二位、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。大隊長の中の白騎士(アルベド)。容姿は幼く中性的な美少年で白髪、右目にはトーテンコープの書かれた眼帯を着けているとの事。聖遺物は「暴嵐纏う破壊獣(リングヴィ・ヴァナルガンド)」、素体はドイツの軍用バイク……見た感じ、スピード系の能力だと思う』

 

『それと彼は黒円卓内で最も人を殺した者と言われ、その姿を見た者はその異常さと残忍さ故に屈強な兵士すらも呆然として戦場から帰ってきた後に精神的に狂ったという話がよく聞かれたそうです』

 

「最も人を殺した……か」

 

橘の呟きを耳にしながら、俺は別の事を考える。

今の大隊長三人がもし現れたならーーー可能性としてはありえないとは言えない。

そんな相手に勝てるのか?と聞かれたら、否と答えよう。どう考えても格が違いすぎる。勝てるとはとても思えないのだ。

 

(……とりあえず、後二人の紹介を終えてからだな……)

 

とりあえず、本日集まった目的の一つを達成しようと優月に進行するよう指示する。

 

『最後に双首領なのですが……まず、第十三位、メルクリウスについては謎が多いです。永劫破壊(エイヴィヒカイト)を生み出したり、魔術に長けているなど、そのような事しか分かっていません……容姿も聖遺物も分かりません。ただ、ラインハルトと同格の存在であると言われています』

 

『そして最後に……第一位、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=メフィストフェレス。長身で腰まで伸ばした金髪と黄金の瞳を持つ、人体の黄金比とも称される眉目秀麗(びもくしゅうれい)の男だそうだ。魔名の愛すべからざる光(メフィストフェレス)の他に美しき破壊の君(ハガル・ヘルツォーク)、黄金の獣などとも呼ばれ敵味方問わず恐れられている。その力は大隊長含む騎士団員をはるかに圧倒すると言われている。聖遺物も分かっていない…………以上だが、ここまでの説明で何か聞きたい事は?』

 

説明を全て終え、質問が無いかを問うが誰も手を上げない。そのまま数分待っても手が上がる事は無かった。

 

『あれ?無いのか?ならこの説明会は終わりだが……もう少し詳しく聞きたいとか、質問とかは俺と優月か学園に聞いてくれ』

 

そう言って締めくくり、理事長に視線を向ける。

その視線を見て理事長は立ち上がり話す。

 

『皆さん、説明を聞いていただいて感謝致しますわ。私から今回これ以上言う事はありません。明日から一週間、上級生と警備隊の皆さんは学園の事をよろしくお願いしますわ』

 

挨拶を済ませた後、理事長は三國先生を引き連れて去っていった。

こうして、黒円卓の情報開示という説明会は終わったのだった。

 




騎士団員の容姿画像はdies irae本編時の時です。なので聖餐杯猊下もラインハルトの肉体の時のものとなっています。その他も矛盾が無いように書いているつもりです!
誤字脱字・感想等よろしくお願いします!


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第二十一話

三巻突入!臨海学校編です!上手く書けてるでしょうか……。それと超今更ですけど、朔夜が軽くキャラ崩壊してる……。



side 影月

 

「……いい天気だな」

 

「……そうですね、兄さん」

 

俺、影月と妹の優月は目の前の風景を見ながらそう呟いた。

視線の先に広がるのはどこまでも続く青い空と青い海。そして鼻からは強い潮の香りがしてくる。

 

俺たち昊陵学園(こうりょうがくえん)の一年生は今日から一週間の臨海学校を行う為、船に乗って南の島へ向かっているのだ。

 

「……後どれくらいで着く?」

 

「一時間くらいでしょうか、このままここにいるんですか?」

 

「……そうだな、気持ちいいからしばらくいようぜ」

 

俺は船尾近くでしばらくそうしていようと言い、手すりの近くで二人揃って全く景色が変わらない広い海を見ていた。

そうして十五分程経っただろうか、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「お二人共、何しているんですの?」

 

そう声を掛けられ後ろを向くと、漆黒の衣装(ゴシックドレス)をまとった少女がこちらに向かって歩いて来ていた。

彼女は昊陵学園(こうりょうがくえん)の理事長、最高責任者である九十九朔夜(つくもさくや)だ。

 

「理事長……あれ?三國先生は?」

 

そこで俺は、いつもなら後ろについている三國先生の姿が無い事に疑問を持つ。

 

「三國は今、別の事をしてもらっていますわ」

 

「そうですか、私たちはただ海と空を眺めていただけですよ。理事長はなぜここに?」

 

「風に当たりたいのと、貴方たちと話がしたいからですわ。それと貴方たちならば周りに誰もいなければ(わたくし)の事を朔夜と呼んでもらって構いませんわ」

 

「?分かりましたが……それで話って?」

 

理事長ーーーもとい朔夜の前半の言葉に対し、俺は再び疑問の声を上げた。

それに対し、朔夜は「ええ」と頷きながら俺と優月の間に入ってきた。

 

「まずは昨日の説明会、お疲れ様ですわ。そしていつかはしなければならない説明をしていただき、ありがとうございます」

 

「いいんですよ。私たちがーーー兄さんがやろうって言って、私は手伝いをしただけですから」

 

「……で、ここに来た目的はなんだ?」

 

俺も優月も朔夜がここに来た理由が昨日のお礼を言いに来ただけとは思っていない。それは朔夜も分かっているようで、表情を引き締めここに来た目的を話始めた。

 

「実は数日前……貴方たちが九重透流の見舞いに行った日にある人物と出会い、話したのですけど……」

 

「知ってたんですか」

 

「あれだけ騒がしくしていれば、嫌でも分かりますわ」

 

それを聞き、騒がしくし過ぎたかなと思って優月と顔を見合わせ苦笑いした。

 

「で、誰と会ったんですか?」

 

優月が聞くと、次に朔夜が言った言葉で俺も優月も驚き固まった。

 

 

 

 

 

 

 

「カール・クラフトーーーメルクリウスですわ」

 

「「!!?」」

 

予想外の人物の名前を聞き、耳を疑った俺と優月。何しろその人は昨日の説明会でも説明した黒円卓副首領だったからだ。

 

「どこでですか!?」

 

「学園の庭で、ですわ」

 

「……色々聞きたいが一個ずつ聞いていこう。まず彼の容姿は?」

 

まず、容姿について聞いた。知っておけば色々と判断出来るかも知れないからだ。

すると朔夜がじっと俺を見つめてきた。そのまま十数秒程。

……流石に女の子にじっと見られたら、いくら俺でもドキドキする。

 

「な、なんだよ……」

 

そう声を上げると朔夜は小さい声で言った。

 

「……そっくり、ですわね」

 

「え……?そっくりってなんですか?」

 

優月が疑問の声を上げ、そう言った理由を問いた。それに朔夜は少し妖艶な笑みを浮かべながらーーー

 

「あの方は影月と瓜二つでしたわ。あの時はあまり驚かないように配慮はしたのですけれど、内心すごく驚きましたわ」

 

「兄さんと瓜二つ……」

 

「…………分かった。じゃあ次に、何を話した?」

 

容姿については分かった。俺と驚く程似ているーーーまさに瓜二つであるという事。

次に聞いた事はその時に彼と何を話したのか、である。

その質問に対し、朔夜はその日あった事を話し出す。

 

「たわいもない世間話ですわ。具体的には《生存闘争(サバイヴ)》についてだとか貴方方についてどう思ってるだとか……それくらいですわ」

 

「……本当にそれだけですか?もっと他に話をしてーー」

 

「朔夜は俺たちの事どう思っているんだ?」

 

「ちょ!?兄さん!?他の事は聞かなくてーーー」

 

朔夜の返答の中に気になる所があったので、それを拾い上げ朔夜に聞く。優月の質問を無視する事にして。

ちなみに優月の質問を無視した理由としては世間話以外の事を話していたとしても、この人が言うとは思えないからだ。なので質問を変えたのだ。

聞かれた瞬間、朔夜は少し顔を赤くして俯いて波の音にかき消されそうな、だがかろうじて聞き取れる声量で言った。

 

「……とても信用していますわ。頼りにもなりますし、お二人共優しいですもの……」

 

朔夜の普段は見せないこの仕草や表情、そしてその言葉に俺と優月は驚き、顔を互いに見合わせた。

どうやら俺たちは知らぬうちに彼女にかなり気に入られているようだ。

それも《焔牙(ブレイズ)》が関係していない、純粋な好意ーーー。

 

「……そうか、ありがとうな。朔夜」

 

「私と兄さんも貴方の事を信用していますよ、朔夜さん」

 

「ーーっ!!?」

 

その言葉で驚いて勢い良く顔を上げる朔夜。その顔は羞恥故なのか頬が赤く染まっていた。

しかし俺は構わず続ける。

 

「そんなに信用されているなら……色々手伝ったり守ったりしないとなぁ?優月?」

 

「そうですね〜♪もっと頼ってください!」

 

そう言って優月は朔夜の頭を撫で始めた。撫でられた朔夜はーーー

 

「っ!!な、撫でないでくれません!?ちょっと……影月!助けてーーー」

 

「俺も撫でようか?」

 

「ええっ!!?」

 

 

 

そんなじゃれあいをしたり色々話をしたりして大体四十五分程たった頃ーーー

 

「おい、影月と優月。うさぎ女が集まれとーーー理事長?」

 

「あら、もう間も無く着くようですわね。私は戻りますわ、頑張ってください」

 

「ああ、後でな。理事長」

 

「ありがとうございました!」

 

優月のお礼を聞き、朔夜は少し微笑んでそのまま踵を返して去って行った。

 

「……何を話していたんだ?」

 

「別にたわいもない“世間話”だ。それで月見先生が集まれって?」

 

「ああ、臨海学校について話があるからデッキに出てる奴らを呼んでこいと言われたんだ」

 

「分かりました。じゃあ戻りましょうか」

 

そして俺たちは船室へ戻る事にした。

 

 

 

 

「よしよしよーっし、全員揃ったねー?この船は間もなく目的の島にとーちゃくしまーす☆デッキに出てた子は島の姿が見えてたよね♪で、船がもうすぐ停まるから降りる準備をするよーに♡なお、皆の荷物はスタッフが美味しくーーじゃなくて、スタッフが運ぶから安心してねー♪」

 

月見先生が船室内を見回しながら言う。

今回の臨海学校は、学園の敷地内では行えないサバイバル等の訓練を行う事となっている。故に多少の危険を伴うとの事で、合宿のサポートスタッフとしてサバイバル技術に精通している学園の卒業生ーー《(レベル3)》の《超えし者(イクシード)》が五人程同行している。

 

「月見先生。いくらスタッフとしての参加とはいえ、先輩方に私たちの荷物持ちをさせる訳にはいきません」

 

橘がいつもの凛とした声で月見へと意見する。

 

「気にしない気にしない。あっちも仕事なんだから♪それより今からこれを配るから、名前を呼ばれたら取りに来るんだよー☆」

 

と言って月見先生が頭上にあげたのは、時計のような何かだった。

 

「何ですか、それ」

 

透流が質問を投げる。

 

「きゅーなん信号スイッチあーんどライト付きアームバンドだよー☆本気でやっばーって思ったら押してねー。マジで死んじゃう前に、ね♪おっけー?」

 

一瞬船内がざわめく。そんなものが用意される程なのかと。

しかし《越えし者(イクシード)》がスタッフとして同行している時点でそれ相応のものなのだろう。

アームバンドを受け取ると、臨海学校が終わるまで常に身につけているようにと念を押される。

全員の装着を確認し、既に停船しているとの事で船室を出たのだがーー

 

「…………やっぱりかぁ……」

 

俺は目の前に変わらず広がる海を見て、肩を落とした。

 

「…………なあ、月見」

 

「先生を付けろよ」

 

「何で陸が無いんだよーーですか!?」

 

デッキに出た皆や透流が唖然となるのは無理も無い。確かに目的地の島は見えるのだ。

 

 

……遠く数キロ先に。

 

「泳げって事♡」

 

「ここからかよーーですか!?」

 

「もちろん、着の身着のままね♪」

 

「制服着たままかよーーですか!?」

 

「透流さん……大変ですねぇ……」

 

「本当、裏表のある性格ってのも大変だな、《異常(イレギュラー)》……」

 

優月が涙を拭くような仕草をわざとらしくして、月見先生が哀れむように言った。

というか、優月が珍しく透流を若干煽ってる……。

 

「ってなわけで、今回の臨海学校は着衣水泳の実地訓練から開始だよー♪到着したら、島の中央にある合宿所を各々目指すよーに☆」

 

月見先生の発言に当然ながら驚きの声が上がるも、戦闘訓練に始まり、応急医療、サバイバル、その他諸々(もろもろ)ーーー特殊技術訓練校ならではのカリキュラム。

着衣水泳もその一つで、先週教わったばかりの技術だ。

服を着たまま泳ぐのは想像以上に大変で、一キロ泳ぎ終わった後はとても疲れ、ヘトヘトになる程だ。

そんな覚えたての技術を、いきなり臨海学校の最初に実地させるとはーーー

 

「仕方ねぇな……やるか」

 

俺はため息をつき、気を引き締めた。

 

 

クラスメイトが次々と海へ飛び込んでいき、船上に残ったのは俺たちだけとなった。

 

「それではまず私が飛び込むから、後から来てくれ。すぐに(そば)へ行くから落ち着くようにな。浮き上がったら私の肩に掴まるんだぞ」

 

「う、うん……。お願いね、巴ちゃん」

 

透流の隣でみやびと橘が海へ入った後のそうだんをしている。

反対側ではトラとタツがーーいつものような喧嘩腰でーーどちらが先に陸まで泳ぎ着くかを勝負すると騒いでいる。

 

(仲がいいのか悪いのか分からないな……)

 

「ふふん、泳ぎで僕に勝てると思うなよ、タツ、透流、影月!!」

 

「「えっ、俺も!?」」

 

「何を驚いているんだ、当然だろう」

 

「当然なのか……」

 

「待て待て!俺はなんで巻き込まれたぁぁ!!?」

 

そう叫ぶも聞く耳を持たれずーーーそんな俺たちへ、うさぎ耳の担任がにやにやしながら話し掛けてきた。

 

「おいおい、勝負なんて余裕ぶっこいてんのも今の内だぜ?この辺りは潮の流れが複雑だからなぁ。油断してっと痛い目見るぜーーっつーか痛い目見やがれ、くはははっ」

 

(相変わらずだなぁ……ってそういえば……)

 

相変わらずの月見先生はほっといて、俺は優月に話し掛ける。

 

「なあ、優月。あれを試してみるか?」

 

「あれ?…………ああ、でもいいんでしょうか?今は着衣水泳って実習中ーーー」

 

「どうせこの後も着衣水泳の訓練はやるだろ。それよりもあれを前から試してみたかったんだよなぁ……勝負にも負けたくないし」

 

最後は百パーセント個人的な意見だが。しかし優月は少し考えた後に苦笑いして言った。

 

「分かりましたよ、それじゃあ行きますか。もう皆飛び込んだようですし」

 

優月がそう言うので周りを見回すとデッキには誰もいなかった。

なので、海面の方へ顔を覗かせると橘たちやトラたち、少し離れた所に透流たちがいたーーーユリエは透流にしがみついていたが。

 

「おーい、影月、優月、お前たちが最後だぞー!」

 

「分かった!でも先に行っていていいぞ?さあ、行くぞ優月!」

 

「はい!」

 

そう言って、俺と優月は足を下にして飛び降りる。そして海面に足が触れると同時にーーー()()()()()()()()()()

 

「「「「「えぇぇぇ!!?」」」」」

 

「おお、出来たぜ!じゃあ先に行くぞ!俺の勝ちだ!」

 

「皆さん、頑張ってください!お先に行きます!」

 

驚く透流たちを尻目に、俺と優月は海面を水飛沫をあげながら走る。

途中、先を進んでいたクラスメイトたちを追い抜く際、「きゃ!何!?」とか、「おい!影月てめー!」とか聞こえた気がしたが聞こえないという事にしておいた。

なぜ走れるのかは簡単な事だ。海に足が沈む前に足を交互に素早く出し続けているだけだ。特殊な技術でも何でもない力技ーー正直出来るかどうかは分からなかったがやるだけやってみようという訳でやったらーーーこのように出来た。

 

「一番乗りだな!このまま行くと!」

 

「はい!でもこんなに早く来るとは思ってないでしょうね!きっと()()()()()()()()も!」

 

優月が走りながらそう言い、笑う。

待ち伏せしてる側ーーー月見先生は「島の中央にある合宿所を各々目指すように」と言っていた。島の中央ーーつまりどういう道のりで目的地に行くのかは俺たちの自由だ。だが目的地に向かうその道中に何かあってもおかしくはない。

 

それこそ待ち伏せをしていてもだ。

 

戦闘技術を教えるこの昊陵学園でただ普通に何の障害も無く、目的地へ着く?そんな事があるだろうか?

俺と優月はその質問に否と答える。絶対に何かあると思っている。

そしてもし待ち伏せをしているならば、何かしら向こうが有利な状況で奇襲してくるのは想像に容易い。つまり細工されている可能性があるのだ。

例えばーーー

 

「このアームバンドか?もし細工してあるとしたら……」

 

船から島まで約数十分。目的の島の砂浜に上陸し、腕に付けたアームバンドを見る。

もし本当に俺たちに対して事前に細工してあるとしたら……これが一番怪しいのだ。

と言ってもーーー

 

「まあ、ここで考えてても仕方ないですよ?私たちが一番ですから……考えながらゆっくり目的地へ向かいましょう?」

 

「そうだな……もし何か来たら退ければいいしな」

 

どうせやる事は変わらないのだ。障害を超えて目的地に行くのは。

俺たちは水飛沫で少し濡れた服を乾かしてから、目的地へと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

俺たちが上陸した砂浜は入り江となっていて、周囲は数十メートルくらいの高さの絶壁で囲まれている。

だが、しばらく歩くと多少緩やかな岩肌が見えてきた。

 

「よし、ここから登るぞーーって優月?」

 

後ろを振り向いたが優月がいない、「あれ?」と思って辺りをキョロキョロと探しているとーー

 

「兄さ〜ん!上ですよ〜!早く登ってきてください!」

 

上から声が聞こえたので見上げると、優月がこちらに向かって手を振っていた。

しかし、俺は少し視線を彷徨わせる。なぜならーー

 

「優月ー!見えてるぞ!」

 

「何がですか〜?」

 

何が見えるのか?分からない人の為にまずは状況整理してみよう。

俺は崖の下で上を見上げている。対して優月は崖の近くで下にいる俺に向かって手を振っている。

ここまでは想像出来ただろうか?では次に考えていただきたいのは優月の服装だ。言うまでもなく制服。

 

ーーーここまで書いたなら分かるだろう、下からなら……その、見えるのだ。スカートの中のp(そのような事を言う結末は認めんよ!)……何か電波というか謎の規制が入った気がするが……それはともかく。

さすがに今は俺以外誰もいないのでいいといえばいいのだがーーいや、本当はよくないのだが。

すると優月は合点があったように言った。

 

「……ああ!前にも言いませんでした〜?兄さんにならーーー」

 

「優月!ちょっとそこで待ってろ!さすがに兄に対しても恥じらいを持てと叱ってやらなければならないみたいだな!」

 

そう言って俺は壁を蹴りながら上へ上へと登って行く。恐らく優月も同じように登ったのだろう。

そして俺は崖を登り切り、優月を睨む。

 

「ちょ、兄さん!?」

 

「お前なぁ……ちょっとは自重をーーーっ!!伏せろ!」

 

「っ!?」

 

その時、俺は何かを感じて優月に指示を出して俺も同時に伏せた。

そして伏せると同時に頭上を何かが通り過ぎた。

そこから俺たちは素早く起き上がりすぐ近くの木の後ろへと身を隠す。

やはり待ち伏せか?などと思考を巡らせていたがーーー

 

「兄さん!」

 

優月の声により咄嗟に姿勢を少し低くし横に飛ぶと、先ほどまで俺の頭があった所にナイフか何かが飛んできて近くの木へ突き刺さる。俺は飛んだ勢いのまま地面を転がり、すぐ近くの別の木陰へと身を隠す。

 

(どこだ!?)

 

辺りを素早く見回すが、木々や草が生い茂っていて見通しはよくない。さらに日の光も木々の葉によって遮られている為、尚更視界は悪い。不利な状況だ。

 

「兄さん!」

 

そんな声が聞こえ、声がした横の木を見てみると優月が近くの木の陰に隠れていた。どうやら少しずつ俺の方へ向かってきたらしい。

 

「どうするんですか!?これ!」

 

優月の悲鳴を聞きながら、思考する。

俺たちの目的は合宿所に向かう事なので実際この戦闘自体に意味は無い。

しかし今この木陰から出て目的地へ向かおうとしても、背後から襲われるのは目に見えている。

なので取れる行動は、目くらましをして急いで目的地へ向かうかーーこの襲撃者を倒すか。

ちなみに今も隠れている木の後ろ側では先ほどの何かが絶賛突き刺さり中である。ものすごく突き刺さる音が聞こえている。

そんな音をBGMにしながら考え、視線を彷徨わせるとーー倒木に刺さっているナイフのような何かーーよく見るとまるで《苦無(クナイ)》のようなーーが目に止まる。

 

「ん?あの模様……」

 

俺はそれに書かれている模様に見覚えがあった。その模様が毎日のように見ているものとよく似ていたからだ。

 

(なるほど、となると相手は恐らく……)

 

考えて一つの可能性に至った俺が確認すべき事は一つだーーーだがまずは相手を無力化する事にした。

そうと決まれば、俺は早速自らの《焔牙(ブレイズ)》を形成した。

そして別の木陰へと移動しながら槍を投げ、また隠れる。

そして目を閉じ、俺は槍が見ている風景に対して集中し始める。

槍は投げてすぐに透明になったので相手に悟られる事は無いだろう。そうして目を閉じてから僅か数秒ーー俺が今いる位置から数十メートル離れた所に素早く移動して木にも隠れながら手に持っている《苦無(クナイ)》を投げている全身黒色の装束をまとった者が見えた。

それを確認した俺は槍を実体化、操作し背後から急襲させると同時に俺も走り出した。

 

「ーーっ!?」

 

黒色の装束をまとった者は突然現れた槍に驚き、咄嗟に回避したがーーー

 

「せいっ!」

 

その隙に一気に距離を詰めた俺は、黒色の装束をまとった者を地面に投げ飛ばした。

 

「うっ!はぁ!」

 

そして地面に倒した襲撃者に対して、手元に呼び戻した槍の穂先を首に突きつける。

 

「さあ、終わりだ。大体の検討は付くが……何者だ?」

 

襲撃者に問うと顔を隠していた頭巾を取り、観念したように言った。

 

美和(みわ)……分校の生徒よ」

 

「やっぱりか……」

 

これで襲撃者の正体が分かった。俺が相手を《超えし者(イクシード)》だと思った理由は《苦無(クナイ)》の模様だ。

焔牙(ブレイズ)》は皆、独特な模様が入っている為、見た時に大体確信したのだ。

 

「……やっぱり待ち伏せしてたか……そういえば、優月は……」

 

俺は優月の姿が途中から見えなくなっていたので周りを見渡す。

するとーーー

 

「こっちです。私の方にも別な人が襲い掛かってきましたよ……」

 

「あはは、返り討ちにあっちゃったけどね」

 

優月が黒色の装束をまとった女子と共にこちらに歩いて来た。

俺はその女子に見覚えがあった。

 

「君は確か入学式で透流の隣に座っていた子か?」

 

「ええ、覚えててくれたのね」

 

その少女は入学試験で透流に倒された子だった。その後は互いに自己紹介し、目的地ーー分校校舎へと共に向かう事になった。分校生徒で優月と闘った永倉伊万里(ながくらいまり)は《絆双刃(デュオ)》の美和と共に俺たち、本校生徒を正体を隠して襲えと言う指示を受けたと言った。

 

「つまり、屋外での《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》をして来いって事か?」

 

「そうよ。他にも分校生徒が様々な場所で待ち伏せしているわ。それにしても貴方たちは上陸が早かったわね……」

 

「まあ、海面を走って来たからな」

 

「へえ、海面をね……」

 

伊万里は納得したように頷きーーー

 

「走って来たぁ!?」

 

時間差で驚いた。

 

「ちょっ、えっ?そんな事出来るの!?」

 

「はい、伊万里さんや美和さんも出来ると思いますよ?」

 

優月が二人にそう言い笑顔を向けた。

 

「……影月、この子本当に貴方の妹?性格も顔も似てないように見えるけど……」

 

「悪かったなぁ!似てなくて!」

 

とりあえず、失礼な事を言う伊万里にツッコミを入れた。

 

「……そういや、なぜ場所が分かるんだーとか聞かないのね?」

 

「ん?ああ……このアームバンドだろ?それくらいしか細工しようが無い」

 

「あらら、やっぱりバレてたか」

 

そう言って伊万里は舌を出しておどけた。話によると、このアームバンドに発信器が仕込まれていて、分校組は携帯端末で本校生徒の位置が分かるとの事だった。

 

「っと、到着ね」

 

伊万里が指した先で森は開け、抜けた先には南の島には不似合いな洋館があり、俺たちが普段過ごしている寮と何処と無く似た雰囲気があった。

 

「ここが目的地の……」

 

優月が建物を見上げて言うと、伊万里が先立って建物へ駆け寄り、振り返る。

 

「ようこそ、昊陵学園(こうりょうがくえん)分校へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昊陵学園(こうりょうがくえん)分校ーーー三ヶ月前の《資格の儀》を終え、敗者として講堂を立ち去った後、伊万里たちは敷地内の建物に連れていかれ、選択させられたらしい。

系列であるが、ごく普通の高校へ編入するか、もしくは厳しい環境になるが《越えし者(イクシード)》となる為にこの分校へ編入するか。

伊万里は自分で分校という道を選び、ここにやって来たそうだ。

 

と、まあ分校に関しての説明はこれくらいにして。

俺と優月は洋館の中に入り、教えてもらった食堂へと向かう。

伊万里と美和はいない。森でまた待ち伏せをするそうだ。

特に伊万里は個人的な理由ーーー三ヶ月の成果を透流に見せる為ーーーと言って、張り切っていた。

 

ギシギシと音を立てながら、目的の部屋へとやって来た。

中を覗くと、数人のスタッフだけがいて、俺たちが一番最初に着いたと改めて思った。

 

「……とりあえず他の人が来るまで、お茶でも飲むか……その前にシャワー浴びるか」

 

「あ、私も行きます!」

 

そして、シャワーを浴びた後、優月が淹れたお茶を飲みながらゆっくり他の人たちを待っていた。

そして色々と優月と話していると、少しずつ本校クラスメイトがやって来た。

ちなみに俺たちの次に早く着いたクラスメイトの第一声は「影月!お前ズルイぞ!」だった。

 

そうして段々クラスメイトたちが集まってきて、日が西に傾いた頃ーーー透流たちが最後にやって来た。

 

「お、やっと来たか」

 

「……影月、お前なぁ……」

 

「伊万里さん、勝ちましたか?」

 

「いや〜、負けちゃったよ。やっぱり強かったね。じゃあ、あたしたち分校組は準備があるからこれで。また後でね」

 

伊万里は別れを告げて、どこかへ去って行った。

 

「ふんっ、随分と遅かったじゃないか」

 

トラが開口一番、『先に到着したから僕の勝ちだ』とでも言わんばかりの笑みを浮かべるトラ。だがーーー

 

「実際、俺たちがトラよりも早く着いたんだけどな」

 

「っ!貴様らは泳いでなかっただろう!」

 

「そうだが気にしたら負けだ!要はトラ、お前はまた負けたんだ!」

 

「何ぃ!?」

 

そんなやり取りをしていると橘とみやびがこちらに加わってきた。

 

「そういえば透流さん、ユリエさんは?」

 

「トイレだとさ」

 

「そうか、それにしてもこの部屋にいるって事は分校組を退けたな?」

 

「と、巴ちゃんが護ってくれたから……」

 

「ふふっ、私だけじゃないさ。トラたちが居なければ、どうなっていたかは分からないさ」

 

話を聞けば、橘たちはトラの案で六人程のグループで行動して、誰も欠けずに分校へ着いたらしい。

 

「……トラが集団行動をしようって言ったのは俺の空耳か?」

 

「奇遇だな、影月。俺もそんな空耳が聞こえたぞ」

 

「本当だぞ」

 

俺の質問に橘が証人となり、みやびも頷いた。

 

「…………トラ、海で体を冷やして熱でも出したのか?」

 

「いやいや、陸地に上がった時に滑って転んで頭打ったんじゃないか?」

 

「そんな訳あるかっ!!鈍くさいのが怪我でもしたら、自分がいればなどと貴様が言い出して鬱陶(うっとう)しいだろうと思ったから提案したまでだ」

 

「なるほど、納得」

 

「私も納得しました」

 

「う……鈍くさくてごめんなさい……。だけど、ありがとう、トラくん……」

 

「べ、別に礼などいらんっ!!」

 

照れくさいのか、そっぽを向くトラ。

 

「でもまあ、トラの言う通りだな。誰かが怪我をしたら気にしていたと思う。だからーーありがとな」

 

「ーーっ!ふ、ふんっ、存分に感謝するがいい……!」

 

明らかに透流に対する態度が違う気がする。

 

「トール、戻りました」

 

そこへユリエが戻ってきて、いつもの顔ぶれで雑談をしているとーー別室で分校組にやられ、休んでいた人がちらほらと姿を見せ始めた。

全員が揃った所で、朔夜が三國先生を従え室内へと入って来た。

 

「本日はお疲れ様ですわ。これより三國から滞在中のお話がありますが、その前に私から皆さんへ、一つ謝罪をしなくてはならない事がありますの」

 

それは《資格の儀》で嘘をついた事だった。

 

「闘わなければ道が開けない時、強い意志を持ちて立ち向かうーーその為に入学を認めないなどと虚偽(きょぎ)を口にした事、ここにお詫び致しますわ」

 

深々と頭を下げる朔夜に室内は多少ざわめいた。

彼女にとって俺たちは成果を試す為の実験体(モルモット)であるというのは学生皆が一度は耳にした事がある噂だ。

そんな人物が、自らの非を認めて頭を下げたのだ。印象が変わった人も多いだろう。

 

(本心は分からないがな……)

 

そう思ったが、内心に押し留めて三國先生の話を聞く。

内容は事前に話した事の確認に近く、一週間この島で過ごし、本校で出来ない訓練を分校生徒と共に受ける事、訓練は多少なりとも危険を伴う為アームバンドは決して外さない、最終日前日は自由行動等々……。

 

「この後は夕食ですが、本日は既に分校の皆さんが準備をしてくれています。各自、外の広場へ向かって下さい」

 

夕食という単語に喉を鳴らした多数の生徒(俺含む)が、話が締めくくられると同時に音を立てて立ち上がる。

 

「兄さん……お腹空いてるんですか?」

 

「……まあな」

 

優月に指摘され、恥ずかしい為少し顔を逸らした。

 

 

 

外に出ると、夏の宵とはまた別の熱気が吹いてくる。広場にはバーベキューコンロが幾つも設置され、分校生徒が準備をしていた。

俺たちの姿を確認し、分校生の中から代表人物が一人、近付いて来る。

その人物はーーー伊万里だった。

 

「ようこそ、昊陵学園(こうりょうがくえん)分校へ!!入学式やら本日の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》やら色々あったけど、その辺りは水に流すと言うかお肉と一緒に飲み込んで!今日から一週間よろしくお願いします!!」

 

それを見ていた俺だったが、肉の香りが漂ってきた為、コンロの方を見てみるとーーー

 

「という訳で、今日は夕食兼親交を深めるバーベキューだよ、みんなー♪」

 

「ちょっと、月見先生でしたよね?まだ乾杯していないのに、どうしてお肉を焼き始めているんですか!?」

 

「伊万里、気にしちゃダメだ。その先生は(色んな意味で)自由だからな」

 

俺は慌てる伊万里に向かい、そう言った。

それに対し苦笑い(一部の人は呆れ)する本校組と分校組。

その間に紙皿と箸、紙コップが各自配られる。

 

「コーラいかーっすかー?オレンジジュースもあるっすよー」

「コーラお願いしまーす」

「俺、ウーロンで」

「あ、俺もウーロンで」

「じゃあ、私も」

「ぎゅ、牛乳ありますか……?」

 

などといったやり取りがしばらく続き、全員に飲み物が行き渡る。そして大半が今か今かとそわそわしていた。

 

「それではーー乾杯!」

 

「「「かんぱーい」」」

 

一口飲むと、広場が騒がしさに包まれた。

 

「押さないでー。肉も野菜もたっぷりあるよー」

「そこの人!まだその肉焼けてない!」

「っせー、俺はレアが好きなんだ!」

「通は玉ねぎを楽しむものさ♪」

 

既に今日は皆体を動かしまくった為、空腹は頂点に達している。

おかげで焼き上がる肉や野菜が間に合わなくなる程に皆が食事に夢中となった。

 

「……兄さん……」

 

「ん?優月、どうした?」

 

優月が項垂(うなだ)れながらこちらにやって来た。

皿には野菜ばかり乗っている。

 

「……肉、やるよ」

 

俺は大方肉が取れなかったから俺に頼ってきたと感じ、そう言う。

すると優月は顔を上げ、嬉しそうに笑った。

……こんな事もあろうかと、多く肉を取ってきておいてよかったと思う。

 

「ありがとうございます!では、これとこれをもらいますね!」

 

そう言って、優月は肉を食べ始めた。それを見て俺も肉を食べる。中もしっかりと火が通っていてとても美味しい。

そうして、肉と野菜をたんと食べるだけ食べた俺はーーー焼き担当として、スタッフに頼んで交代してもらいコンロの前に立った。

 

「これ丁度焼けてるから取っていけ!タレもあるぞ?」

「じゃ、このタレ使わせてもらうね!」

「おい、影月!レアは無いのか!?」

「これだ!丁度いいくらいのレアだぞ!」

「野菜は……?」

「これはどうだ?」

 

本校組と分校組の人たちの要望などを聞きながら、次々と焼いて行く。そこに透流やいつもの顔ぶれもたまに来てーーー

 

「影月、肉をくれ!」

「やるが、野菜もくれてやる!橘の視線が俺にも向いて怖いからな!」

「なっ!?」

「すまないな、影月。私は野菜を頂こう。肉は少しでいい」

「兄さん……大変じゃないですか?」

「いいや、慣れると中々楽しいぜ?あ、そこの人、肉ならこれ持っていけ!」

 

などと(さば)きつつ、夕食終了までやっていた。

 

 

 

夕食後、スタッフから荷物の入ったバッグを受け取り、外に出た。

広場は先ほどの騒がしさが感じられず、そこかしこにテントが設営されていた。

臨海学校中は、野営して過ごすーーもちろん《絆双刃(デュオ)》でーー事となっている為だ。

透流とユリエは橘や伊万里から変な事をしないようにと釘を刺され(主に透流)、男子連中は冷やかしていた(主に透流)。

俺たちは兄妹と言う事であまり言われなかった(あまりであって何人か言う人はいたが、まあ兄妹なら……とか言っていた)。

 

「この辺りにするか」

 

「はい!」

 

そして手早くテントを設営すると、中に入る。

中はダブルベッド程の広さがあり、足元にはインナーマットが敷いてある為地面の固さは感じない。天井と側面にはメッシュ製の窓があり、風通しも良さそうだ。外側はフライシートで覆われて二重構造(ダブルウォール)となっているので、プライバシーの保護もばっちりだ。

 

「さて、兄さん。寝ましょうか?」

 

「ああ……」

 

そして俺は掛け布団を被り寝ようとしたーーーが。

 

「……優月さん?近いんですが」

 

「仕方ないじゃないですか。それに一週間もこうして寝れるのは私も嬉しいですし〜♪」

 

まあ、テントの中なので近いのは仕方ないといえばそうなのだが……。

 

「くっついてるし……」

 

背後から堂々と抱き付いて寝ようとしている優月。なので俺はーーー

 

「よっ……と、寝るなら腕枕でもするか?」

 

「えっ……お、お願いします♪」

 

体勢を変え、優月と向き合う形になった。

優月は俺の提案通り、腕を枕にして寝始めた。

数分後、隣から規則正しい寝息が聞こえてきて、俺自身の意識も段々と(もや)がかかってきてそのまま俺の意識は暗闇の中へ落ちて行った。

 




微妙に長い、臨海学校一日目でした!
小説の内容とはあまり関係無いですけど、安心院さんって可愛いですよね……ね?
……小説に登場させるかなぁ……まあ出すとしたら色々考えますけど……。なんか色々展開が思い浮かびますし。もちろん出すならばしっかりと勉強してきます!
まあ、それはそれとして……誤字脱字・感想・意見等よろしくお願いします!

それとお気に入り登録してくれている方、そして読んでくれている方に感謝です!


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第二十二話

なんか早く出来ました……(苦笑)
それではどうぞ!



第二十二話

 

「此度の作戦名(オペレーションネーム)は?」

 

とある場所で射るような双眸を持つ少年が相手に問う。

問われた相手ーー老人は(わら)いーー答えた。

 

「《品評会(セレクション)》ーーーとでも、名付けようかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

東京より百八十キロ程離れた南東の海上に、一般人の立ち入りを禁じられた島ーーーそこで迎える臨海学校二日目の朝。

 

「ふわ、あぁ……」

 

「眠そうだな。優月」

 

俺たちはテントを出て、広場でストレッチをしていた。

 

「さて、それじゃあ走りますか」

 

「はい……」

 

まだ眠そうな優月と共に島を走って行く。

島内に棲息する生物もまだ大半が眠りについているのか、時折遠くから鳥の声が聞こえてくるも、基本的にはとても静かだ。人工物とは無縁のこの島は空気がとても美味い。

風景も森の中から砂浜を見渡せる道、海辺の近くなど、様々な所がある。

 

「綺麗ですね!」

 

「ああ、全くだ」

 

優月の言葉に同意する。しかも朝早く誰もいないのでのびのびと走れるのだ。

 

「今日も頑張るか!」

 

「はい!」

 

 

 

 

臨海学校は、二日目以降も中々ハードな訓練が続いた。

本校で行われる基礎訓練や戦闘訓練のみならず、島の環境を活かしてのサバイバル技術やロッククライミング、果てはトラップ設置まで。

厳しい訓練は、気を抜けば大怪我も(まぬが)れない、危険と隣り合わせの内容ばかりで、気の抜けない日が過ぎて行く。

 

 

 

 

四日目ーーー本日はこれまでと違った趣旨の訓練が始まった。

 

「…………」

 

俺は現在、森の中で草に紛れて身を隠していた。

なぜか?それは午前の訓練内容のせいである。内容はーーー鬼ごっこ。

月見先生が言った時はどういう事だと耳を疑ったが、始まってみるとかなりきつい。

走るなら木の根やでこぼこの足元で体幹がぶれ、障害物だらけの環境は集中力を持続させなければ本当に走るのも辛い。

さらに七十キロ程の砂の詰まった布人形も抱えさせられている。曰く、捕まった要人を連れて脱出、というのがコンセプトらしい。

逃げるのは本校組、追っ手は半数の分校組。ただし、分校組はこの島で生活し、慣れているので猟犬のように追って来るのだ。

こちらは鬼ごっこで逃げるという立場上、追っ手に攻撃してはならない。

隠れ、()き、時に走り抜けて、勝利条件である山稜(さんりょう)に複数設置されたゴール地点の一つを目指す。

がーーー

 

「見つけたわ!」

 

追っ手である美和が姿を現す。

 

「くっ、携帯型端末か!」

 

「ええ、捕まえてあげるわ!」

 

美和が木の幹を蹴って飛ぶ。

地を、岩を、幹を、枝を蹴って、時折こちらを捕まえようと向かってくる。

だが、俺はそれを全て避ける。何しろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くっ……なんで捕まらないのよ!」

 

俺はおもむろに近くにあった木の(つる)を手にし、美和に言った。

 

「簡単な事だ。全部見えてるんだよ!それともう一つ忠告だ。スカート抑えておけよ!」

 

俺は蔓で輪を作り、仕掛けてくるのを待った。そしてーーー

 

「それはどういう事よっ!」

 

美和の攻撃を避けると同時に着地点へ蔓を投げた。

そして着地の瞬間を狙い、蔓を引っ張った。

 

「なっ!?」

 

そのまま美和は逆さ吊りになっただろう。しかし俺はそれを見ずにすぐに引っ張った蔓から手を離した。その一瞬の足止めをした後、俺はゴールに向かい走り出した。

 

「しまっ……!待ちなさい!」

 

後ろから美和の声が聞こえた。予想以上に早く復帰したらしい。

しかし俺は木の枝などを蹴って飛び、一気にゴール地点へ向かった。

 

 

結果ゴール出来た。他にゴールしたのは僅か数人。ちなみに優月や透流たちはゴール出来ず捕まったとの事だった。

 

 

 

 

日が落ちて空が暗くなると、食事の準備を始める時間となった。

二日目以降の夕食は、訓練の一環として生徒だけで飯盒炊爨(はんごうすいさん)をしているからだ。もちろん、主食だけではなく惣菜(そうざい)も自分たちで作る事となっている。

訓練でくたくたになっている上でやっているから手間ではあるが、皆でワイワイ言いながら調理するというのは、中々楽しいものだ。

それと同時に意外な一面が分かる事もある。

リズム良く包丁を動かす橘ーーーしかし、意外な一面というのは橘では無い。

 

「これくらいでいいか、みやび」

 

と、隣で下ごしらえしているみやびへと話し掛ける。

 

「えっと……もうちょっとだけ薄い方がいいかな」

 

「そうか、分かった」

 

橘が再び包丁を持つ手を動かし始めた。

すると息つく暇もなく、今度はユリエが話し掛ける。

 

「みやび、ナスを切り終わりました。次は何をしたらいいのですか?」

 

「え、えーっと、今度は人参(にんじん)を一口サイズに切ってくれる?」

 

「ヤー」

 

まるで漫画の一コマのように野菜を宙に放っては、一瞬で切り刻み始めるユリエ。

一方みやびはーーー

 

「みやびちゃーん。味付けはこのくらいでいいー?ちょっと薄い気がするけどー」

 

「んっ……ずずっ…………そうだね。ちょっと薄いから小さじ一杯分の塩を足してみてくれるかな?それでも薄く感じたら、小さじ半分を入れてみてね」

 

話し掛けられて味見をしたみやびは、吉備津(きびつ)にそう言い、吉備津は分かったと言い持ち場へ戻って行く。

 

「何度見ても意外、といった顔だな」

 

「ああ。みやびには悪いけど、物事の中心に立つなんてタイプじゃ無いと思ってたからさ」

 

「ふん、それについては僕も同感だ」

 

みやびが今のような立場になる出来事が昨日あった。

昨日、あるグループが味付けを失敗して険悪な雰囲気になったのだ。

訓練の後の楽しみーーー料理がそうなってしまい、台無しになったのだ。無理も無い。

その場の空気と料理の味を変えたのがみやびという訳で、先ほどの光景になったのだ。

 

「それも意外だが、あっちも意外だと僕は思うがな」

 

「ああ……」

 

透流とトラがこちらを見てそう言った。

さて、俺と優月は現在、絶賛料理中だ。何を作っているのかと言うとーーー

 

「ご飯出来ましたか?」

「ああ、もう少しだ!」

「野菜早くくれよ!透流!」

「ああ!待ってくれ!」

 

カレーだ。定番中の定番である。

 

「……あの二人が作る奴も美味しいんだよな……」

 

「そうだな。まあ優月は貴様が入院した時にクッキーを作ってきたがな」

 

そんな会話を聞きつつも、俺は料理する手を止めない。するとーーー

 

「ーーっと、おぅわっ!?」

 

そんな声が聞こえ、見てみると透流がジャガイモを落としていた。拾おうとしても何か慌てていたのか、ジャガイモを蹴飛ばしてしまい、さらに遠くへ転がっていった。

 

「ま、待てーっ!」

 

「何をしているんだ、バカモノが……」

 

トラの呆れ声を背に、透流は駆けていった。そして俺は先ほどからずっと気になっている事でため息をはく。

 

「……はあ……」

 

「?兄さんどうしました?」

 

ため息に反応した優月が問いかけてくる。それに対し俺は答える。

 

「ん?いや……ずっと気になっててな」

 

「……兄さんもですか?」

 

「……ああ、後で理事長に言いに行くか」

 

しかし、そんな手間は省けた。なぜならーーー

 

「こんばんは。皆さん」

 

戻ってきた透流とリーリスの後ろから朔夜がやってきた。

 

「丁度いいな。ちょっと言ってくるから優月、後は任せたぞ」

 

「はい!」

 

俺は後の調理を優月に任せ、朔夜の元へ行く。

 

「こんばんは、理事長」

 

「あら、こんばんは。どうしましたの?」

 

理事長は俺を見るなりくすりと笑ったが、こちらに来た目的を真面目な顔に戻し、問う。

 

「ちょっと、話があります。付き合ってもらえますか?」

 

「構いませんわ。ならば向こうに行きましょうか」

 

「あら?なら私もいいかしら?」

 

話を了承してもらい向こうへ行こうと思ったら、リーリスがそう言ってきた。

 

「……理事長、どうします?」

 

「私は別に構いませんわ」

 

「なら遠慮無く、一緒に行かせてもらうわね」

 

尚、この会話の最中に本校組と分校組がとても不思議な顔をしていたのは言うまでもないだろう。朔夜と話があると言うだけでそれなりに珍しいというのに、リーリスまで着いて来るのだから。

そして俺とリーリスと朔夜、そして三國先生は広場から僅かに離れた、少し薄暗い小道までやって来て、朔夜が振り返った。

 

「で、どのような要件ですの?」

 

「その前に口調を崩していいですかね?」

 

そう言うと、朔夜は少し考え込みーーー少し顔を赤くしてーー答えた。

 

「……この方々の前ではいいでしょう。優月にも言っておいていいですわ」

 

「ありがとな。朔夜、それで要件っていうのはーー」

 

俺が口調を崩し、朔夜と呼び捨てにした時点で三國とリーリスは少なからず驚いたのだが、続く言葉でさらに驚く事になった。

 

「前にあらもーどで見たーー《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》だっけ?ーーそいつの部隊が今現在も俺の《焔牙(ブレイズ)》にちらちらと映ってるんだが」

 

「「「っ!?」」」

 

俺の言葉で三人は驚き、固まる。

 

「……いつから気付いていたの?」

 

「二日目からだ。リーリスは?」

 

「……三日目からよ」

 

「そうか、姿見てみるか?」

 

「「「見れる(の)(ですの)(ですか)!!?」」」

 

三者三様の驚きを見せてくれて、嬉しくなる俺であった。

 

「見れるさ。手を繋げばな?」

 

そう言って、手を差し出した。それに対しーーー

 

「……分かりましたわ。三國、手を」

 

「…………承知しましたが、朔夜様を呼び捨てにする程の仲になっているとは思いませんでした」

 

「あたしもよ。影月、一体何をしたらそんな親しくなるのかしら?」

 

「……さあな」

 

俺は適当に返事をし、朔夜は俯きながら三國先生と俺の手を握る。

リーリスもやれやれと言った感じで手を繋いできた。

そして繋いだ瞬間、俺の視覚を共有する。三人に見せているものは俺の《焔牙(ブレイズ)》を通したリアルタイムの映像。

そこには見覚えのあるーーしかし、少し外見が変わった戦闘服(ボディスーツ)をまとった者が映っていた。その者がいる場所は先ほどいた広場を見渡せる場所で、その侵入者は広場にいる学園の生徒をただ静かに見ていた。

 

そして俺は視覚共有を解除した。

 

 

「……便利ですね。影月君の能力」

 

「本当ですわね。偵察には役立ちますわ……」

 

「お褒めに預かりまして。それよりどうするんだ?奴らは……」

 

三國先生と朔夜の賞賛の声を聞きながら、今後の事を聞く。

 

「と言っても、動くつもりも無いんでしょう、朔夜?」

 

「ええ、ここには璃兎に三國、貴方や優月、それにリーリスや彼らもいますわ。なので問題は無いですわ」

 

彼らーーとは誰の事なのか言うまでもない。彼女の目的に至るかもしれない二人の事なのだから。

 

「学園の方はいかがなさいますか?」

 

三國がそう問うと、朔夜は妖艶な笑みを浮かべて言った。

 

「そちらも問題無いですわ。警備隊や上級生も残っていますしーーいざという時の保険もしてありますわ」

 

「保険?」

 

俺が気になって聞き返すと、朔夜は笑みを浮かべながら「秘密ですわ」と言った。

 

「とりあえず、大丈夫でしょうから……お腹が空きましたわ。影月、今日は何を作りましたの?」

 

「ああ、カレーだ。食べるのか?」

 

「そうですわね……では遠慮無く」

 

そうして四日目は終わった。

ちなみに朔夜はカレーを食べた途端、キラキラとした顔で美味しいと言ってくれますた。

 

 

 

 

 

 

 

side 優月

 

五日目の訓練が終わりました。

臨海学校という名の強化合宿は本日まで。

六日目の明日は完全自由行動で、島外へ出る事は(かな)わないまでも、生徒たちがどのように過ごそうとも構わないとされています。

そんな誰もが心待ちにするだろう明日を控えた夜ーー

食堂へ複数の女子が集まりました。

 

 

本校からはユリエさん、巴さん、みやびさん、吉備津さん、そして私と、その他一人。

分校からは伊万里さんと女子が三人。総計十名の女子が、お菓子を(つま)みつつお喋りをしています。

私たちは今日までの五日間の訓練で特に交流を深めた間柄で、お喋りを始めた発端は、明日の過ごし方だったのですが、今はもっぱら日常的な雑談へと移り変わっていました。

そして、夜もそろそろ更けてこようという時刻になった頃ーーー

 

「ねえねえ、本校の男子ってどう?」

 

分校の女子ーー《苦無(クナイ)》使いの美和が発した一言で、本校生たちは色めき立つーー訳でも無く、私が見る限り反応したのは一人でした。

反応しなかったのは私を含め、ユリエさん、巴さん、吉備津さんで、私以外は意味が分からないと言った表情を浮かべました。

みやびさんは一瞬肩をびくりと震わせただけで、私以外その様子には気が付いた様子はありません。

 

「どう、とは?」

 

「気になる男子はいないのかって話だよ、巴」

 

本校の女子がフォローを入れると、巴さんは理解したように頷きました。

 

「……ふむ。気になると言うと、やはり九重かトラか影月だな」

 

巴さんの言葉に、ユリエさんと吉備津さんと私を除いた六人が反応しました。

 

「三人とも中々の使い手だ。私としてはーーーむ?どうしたのだ、皆?」

 

またしても六人が反応ーーと言うよりこけていました。

私はため息をつきながら話題の説明をする。

 

「巴さん、これはガールズトーク。ようは恋愛に関する話ですよ」

 

苦笑いしながらそう言うと、巴さんは勘違いを察して赤面しました。

 

「す、すまない、てっきり……」

 

巴さんの反応に何人かが笑った後、今度は分校の女子の一人が口を開きました。

 

「本校って、かっこいい男子が多いじゃん?(いずみ)くんとか。ハズレばかりの分校組からすると、(うらや)ましい話なのよね」

「あいつ女好きだから注意した方がいいよー」

「あ、私はトラくんかな。ちっこくて可愛いし」

「でもちょっと怖くない?」

「私は断然タツくん!筋肉ある男子っていいよねー」

「「「それは無いわ」」」

 

誰かが男子の名前をあげると、反応してきゃいきゃいと誰かが騒ぎます。

それを私は緑茶を飲みながら聞いています。

 

「そうだなぁ……あたしはーー透流、かな」

 

「ーーっ!!」

 

伊万里さんが透流さんの名を口にした事で、幾人かが反応しました。

 

「やっぱりそうなんだ。なーんか怪しいと思ってたんだよねー。でも分かるかな、九重くんって結構顔がいいもんね」

「さんせーい」

「ちょっと筋肉が足りないかな」

「スルー」

「違うってば。顔がどうこうじゃなくて、性格が合うからって事。話しやすいのよね、すごく」

 

笑いながら話す伊万里さんの様子に気が気でなさそうなみやびさんがいました。

そこで、ずっと黙っていた私に分校の女子から話を振られました。

 

「優月ちゃんは?気になる男子はいないの?」

 

「私ですか?特にいませんけど……」

 

私は物心ついた時からずっと兄さんに頼っていて、兄さんが一番好きなので気になる異性なんてほとんどいませんでした。

 

「えー、影月くんは?」

 

「う〜ん……やっぱり兄妹ですから、家族的な感情ですけど……兄さんは好きですよ」

 

そう答えると、また他の女子たちが今度は兄さんのことを言い始めました。

 

「私も影月くんいいなー。かっこいいし、運動も出来るし」

「それに影月くん、優しいのよ。勉強とか分かるまで教えてくれるし、辛くて退学しようとした人たちを説得したりしてたからね」

「いいなー。本校組は本当に羨ましいよー」

「私はちょっと微妙かな。顔も中性的だし」

「あっ、分かる!女装とかしたら似合いそうだよね!」

 

兄さんの印象を聞きながら再び緑茶を飲む私。正直に言うと、あまりこういう話題は得意ではないのでこうして黙って聞いているのが楽しかったりします。

 

「まあ、あたしたち分校組は、臨海学校が終わったら次に会うのはいつだって話だから、本気になったりしないけどね。何よりあたしには、やるべき事があるしさ」

 

「あ、ひっどーい。伊万里ってば私より大事なものがあるなんて……」

 

「あははっ、心配しなくても、世界で一番愛してるってば♪」

 

茶目っ気たっぷりに美和さんへ返す伊万里さん。

 

(ん?あれ?もしかしたら美和さんって……?)

 

お茶を飲みながらそんな疑問が頭をよぎったものの、すぐに思考を切り替えます。

私が他人に言う事でも無いし、下手に突っ込んでも変な事になるからです。

 

ちなみにこの話題の最中、みやびさんの反応はかなり分かりやすいくらい動揺していました。

透流さんの事が気になるが故に、落ち着いていないようですが……。

ちなみにみやびさんは男子の中ではそこそこの人気らしく(兄さん情報)、『守ってあげたい女子ナンバー1』『胸に顔を埋めたい女子ナンバー1』との事です。

 

「そういえば、九重くんといえばー。みやびちゃん、好きなんだよねー」

 

「っっ!?」

 

ぽやっとした口調でとんでもない発言をした吉備津さん。

当然動揺したみやびさんに注目が集まります。

 

「も、も、ももちゃん!?わわ、わたしはーー」

 

「だってー、九重くんの事よく話すしー、すごく仲がいいでしょー」

 

吉備津桃さんに悪気は無いでしょう、ただその性格故に、思った事をそのまま口にしてしまう事が多々あるだけです。それが良い方向に働く事もありますが、少なくともみやびさんの反応を見るに、今のはあまり嬉しくない発言なのでしょう。

 

「お、お友達、だから。たた、確かに他の人よりは話しやすいなって思うけど……!」

 

「そーなのー?」

 

「うん、うんっ……!」

 

ぶんぶんと大きく頷くみやびさんでしたがーーー

 

「……あの、みやびさん、皆さん気付いてますからね?貴方は態度で丸分かりですよ?」

 

はっきりと言った私に全員の視線が動き、すぐさまみやびさんに戻りました。

 

「ふぇっ……!?」

 

「そ、そうなのか、みやび……?」

 

この場で最も多くみやびさんと接し、ですが全く彼女の想いに気が付いていなかった人物ーー巴さんが唖然とした表情を浮かべたまま、尋ねました。

 

「あ……あ、ぅ……あの…………」

 

最後は顔を真っ赤にし、無言で俯いてしまいました。

それにはさすがの巴さんも察しーー

 

「そうか、みやびは九重の事を……」

 

「あははー。やっぱりそうだったんだねー」

 

「う、うう……あの、ももちゃん。透流くんには内緒で……」

 

「うん、もちろんー」

 

「九重の事で忘れちゃいけないのは、《絆双刃(デュオ)》で同居人のユリエだよね。今の話を聞いて何か言いたい事ってある、ユリエ?」

 

本校女子の一言で、視線が一気にユリエへ動きました。

当の本人はーーー

 

「…………。すぅ……すぅ……」

 

「あ〜……先ほどまで起きてましたけど……もうダメみたいですね。そろそろ就寝時間ですから」

 

私が苦笑いしながら言うと、他の皆がイスから滑り落ちそうになりました。

その後は明日もあるからテントへ戻ろうという事になり、お開きとなりました。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー時は少し遡り、女子会がもう間も無く終わろうという頃ーーー

 

「よっ……と、この辺りでいいか?朔夜」

 

「ええ、ありがとうございますわ」

 

女子たちに話題された影月は朔夜をお姫様抱っこをし(朔夜本人の要望)、分校の屋根へと跳躍し、上へとたどり着いた。

そして朔夜を屋根の上に降ろすと、二人は揃って月を見上げた。

わざわざ屋根に登ったのは、朔夜自身が月を見ながら話をしたいと言ったからだ。ちなみに三國はいない。これもまた朔夜の要望によるものだった。

 

「で、わざわざこんな他の人が簡単に来れない所に連れて来てほしいって言って……何の用だ?」

 

「まずは座りましょうか」

 

そう言って、朔夜は自らの漆黒の衣装(ゴシックドレス)が汚れるのもあまり気にしない様子で座った。

 

「こっちに近付いてくださいます?」

 

そう言い、自分の隣に座るように促す朔夜。

影月は言われた通りに隣に座る。

 

「で、何だ?」

 

問う影月に対し、朔夜は俯いて何も答えない。

 

「……朔夜?」

 

再び問うも、何も答えない。

ーーーそうしてどれほど待っただろうか。朔夜が顔を上げ、影月を見つめた。

 

(……可愛いな……って俺がロリコンっぽいじゃないか……)

 

しかし、朔夜の顔は幼いながらもしっかりと整っている、いわゆる美少女だ。さらに今は月明かりに照らされ、尚更魅力的に見えるのは仕方のない事だろう。

 

「……以前、貴方たちについてどう思ってるか……言いましたわよね?」

 

「……あ、ああ……」

 

朔夜の容姿に見惚れ、考え事をしていた影月は少しだけ返事が遅れてしまったが、朔夜は気にせず続ける。

 

「あの時の言葉は嘘偽りの無い言葉ですわ。でも、私はまた貴方たちーーいえ、貴方に少しだけ嘘をついてしまいましたわ」

 

朔夜はそこで区切り、また言葉を紡ぐ。

 

「……私は貴方たちを信用し、頼りにし、その優しさに好意を抱きましたわ。でも……」

 

今度はしっかりと影月の目を見つめて言う。

 

「貴方に対しては……頼りになるとかの感情以外にも……本当に好意を抱いてしまったようですわ」

 

朔夜は顔を赤くし俯いてしまった。彼女の中ではついに言ってしまったと思い、内心恥ずかしさでいっぱいだった。

 

「それって……」

 

影月は朔夜の言葉を聞き、まさかと思いながらも次に来る言葉を思い浮かべた。その思い浮かべた言葉は予想通りーー彼女自身の口から言われた。

 

「ええ、知り合って短いですが……好きですわ。とても……」

 

その言葉を聞いた瞬間、影月の頭の中は真っ白になってしまった。

それは無理の無い事だろう。いきなりの告白ーーーそれも全く考えもしていなかった人からだ。

 

「……付き合ってほしいという訳ではありませんわ。それにこれに対して無理に答えなくても結構ですわ。なので……今までと変わらず、優月と共に頼れる存在としていてほしいですわ」

 

朔夜の頬はまだ赤く染まっていたが、言いたい事を言えてとても嬉しそうなーー清々しい顔をしていた。

それに対し影月は少し納得していないような顔をしていた。

 

「……そうか、朔夜の気持ちはよく分かった。なら一つ俺がしたい事をしてみていいか?」

 

「何ですの?ある程度ならーーー」

 

そう朔夜は問い、彼のしたい事を聞こうとしたが、そこから先の言葉が紡がれる事は無かった。

なぜならーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ!……ん…………はぁ……んっ……」

 

「…………ん…………」

 

 

朔夜の口が影月の口で塞がれた為に。朔夜は初めは驚いて目を見開いたが、段々と気持ちが落ち着いてくると影月にその身を委ね始めた。

それに対し、影月も慣れたのか舌を朔夜の口の中に入れていった。

朔夜は今度は動揺せずに、舌を影月の舌に合わせていった。

 

 

 

 

 

ーーーそうして唇を合わせてから何分程経っただろうか。

 

「……ぷはぁ……はぁ……はぁ……」

 

「……はぁ……はぁ……」

 

ようやく二人の舌が唇が離れて互いの口から先ほどのキスでお互いの唾液が混ざった糸が繋がり、それが二人の服に垂れた。二人は互いに呼吸を整える為、無意識に肩を上下させる。

すると朔夜が一層顔を赤らめて影月を見る。

しかしその顔は若干恍惚としていた。

 

「……どういう事ですの?いきなりキスーーーそれも、こんな、ディープなキスを、して……」

 

「……したいからしただけだ。……それと俺に面と向かって告白してきたのは朔夜が初めてだ。だから……ファーストキスを朔夜にやってもいいかなって思っただけだ」

 

影月も柄にも無く、頬を赤く染めて顔をそらした。

影月のファーストキスはすでに優月が取っていったと皆、思っていただろう。実際、朔夜も兄妹ながらそんな事をしていてもーーと思っていたのだ。

だが、実際は優月もそこまでしようとは思っていないらしく(もしくはまだしないのかもしれないが)、朔夜が一番最初のーーーようはファーストキスが出来たのだ。

影月の言葉を聞き、今まで以上に耳まで真っ赤になる朔夜。下手をすれば頭から煙が上がっていてもおかしく無い程に赤くなっている彼女の内心はーーー

 

(は、初めて!?わ、私が!?そ、そんな事が……はぅ……)

 

珍しくとても混乱していた。少なくとも彼女はこれから先、これ以上の混乱は無いだろうと思う程に混乱していたのだ。

 

「……なあ、月が綺麗だな」

 

「ーーえっ!?ぁ……そ、そうですわね……」

 

先ほどまで唇を重ね合った相手からの何気無い言葉を聞き、我に返る朔夜。

しかし、返事をした彼女は未だ胸の高鳴りは高く、頭もぼうっとしていて、恍惚な表情が未だ浮かんでいた。

一方影月はそんな彼女の内心と表情を知ってか知らずか、月から朔夜へと視線を移し、言った。

 

「……さっきの返事をさせてもらうぞ?……俺も好きだ。じゃないとさっきのような事はしないし……ただし今は付き合うかどうかは分からない。俺と朔夜じゃ立場が違うからな。でもーーー」

 

朔夜は付き合うかどうか分からないと言われて少しだけ気分が下がったが、続く言葉を聞く為に見つめ返す。

影月も朔夜の目をしっかりと見て、問う。

 

「俺が一緒に来てほしいと言ったらーー来てくれるか?」

 

その問いに朔夜は呆然とした。

てっきり自分は付き合うどころかこの気持ちを伝えて終わりだろうとーーー叶う筈の無い願いだと思っていた。

だが、想いを伝えた彼は来てもいいと言う。それどころか来てほしいと言ってくれた。

 

ならば私が答えるべき事は決まっていると、朔夜はいつもと変わらないーーーしかし、今まで以上に嬉しそうに笑みを浮かべーーー

 

 

「もちろんですわ!私のーーー初恋の相手からの頼みですもの!」

 

 

そう答えた。それが彼女の心からの本心であり、願いだった。好きな人の為なら……好きな人の頼みなら喜んで引き受けようと言う気持ちでいっぱいだった。

それに対し、影月も笑みを浮かべながら言う。

 

「ありがとうな。さてと、それじゃあーーー少し早いが戻るか?それとももう少しさっきのをやるか?」

 

「くすくす……ならばもう少し、でもたっぷり味合わせていただきますわ」

 

そう言って朔夜は影月に抱き着き、再び唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーそれから時は経ち、夜が明け、波乱が巻き起こるだろう六日目の朝日が現れ始めた。

 

朝日が段々と姿を見せると同時にそれに合わせて、笑みを深める男が島から約数キロメートル離れた上空で浮かんでいた。

 

「ほう……これはこれは……」

 

男は例の兄妹の片割れーーーその行動を一晩中一ミリもその場から動かずに見ていた。

もうこの時点で立派なプライバシー侵害なのだが、あいにくとこの男は訴えられる事は無いだろう。

まず数キロメートル離れた上空から見られているなど誰が思うだろうか?

さらにこの男を知っている者たちからしたら覗き程度、プライバシーの侵害にならないと言うだろう。この男はもっと凄まじい事をしているのだから。

 

「彼女と恋仲になるとはね。こんな展開は私も未知だよ。それにあの二人はまだまだ別な者たちと出会い、その者たちと絆を深める事になるだろう」

 

男は笑い、この展開を心底楽しそうに見ていた。

 

「ふふ、では《超えし者(イクシード)》と《神滅部隊(リベールス)》、そして私が力を与えた者たちよ。私に未知をーー至高の結末を見せてくれ!フフ……フフフフ……ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

男の姿はいつの間にか消えていた。が、男の笑い声だけはしばらく辺りに不気味に響き渡っていた……。

 

 

 

 

そうして、波乱の巻き起ころうとしている臨海学校六日目が始まるーーー

 




……どうしてこうなったかなぁ?朔夜が好きで書いたらこうなってしまったけど……なんでこうなったかなぁ……(遠い目)
現実逃避はこれくらいにして、朔夜がヒロインに……(苦笑)
作者の好きなキャラを書いた結果こうなってしまいました!ちなみに私はロリコンではありません!
キスの表現で糸引くのはR15ギリなんでしょうか……?ダメならば消します。そこも意見くださるとありがたいです!意見無ければそのままで(苦笑)

……そしてこの小説の評価がよく分からないです。実際どうなのか……誰か……教えてください……(涙)
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!
追記、11月2日に一部修正、追加致しました。


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第二十三話

今回は若干グダグダな感じが出ました……あまり気にせずに!どうぞ!
念の為に補足しますが、朔夜の一人称は(わたくし)です。ご了承を〜。



side 影月

 

「…………」

 

どうも皆さん、影月です。

なんかこの始まり方以前にもあった気がする……。

そんな事は置いといて、俺は今何をしているのかと言うとーーー

 

「……♪」

 

朔夜と共に手を繋ぎ、砂浜に向かって歩いていた。

尚、三國先生は今回もいない。聞けば朔夜が理由を付けて今朝、学園の警備に向かわせたらしい。

ちなみに三國先生は学園へ向かう前に俺の所に来て、「朔夜様を頼みます」と言い、苦笑いしながら去っていった。

 

ーーーこれに対し朔夜に「何を言った!?」と問いただした所ーーー

 

『え?貴方と居たいと言っただけですわ?それと優月共々守ってくれると言ってくれたからですわ』

 

と、普通に返されてしまった。……後半は普通に嬉しいが、前者については正直ものすごく恥ずかしい。なんだか複雑な気分だ。

 

「影月、何かお話はありませんの?」

 

「……ごめん、今はちょっと思い浮かばなくてな……」

 

「……なら、昨日は服が汚れる程激しくーーー」

 

「おい!その話はやめろよ!?」

 

朔夜の発言で自分でも凄く動揺していると分かる程取り乱す俺。

あの後ーーー色々な事をしてしまい互いに服が汚れてしまったのだ。

え?何をしたら汚れるのかって?激しくって何の事だって?そんな事……言わせるな恥ずかしい。

 

「……思い出しただけで本当に恥ずかしい……」

 

「大丈夫ですわ。私も恥ずかしかったですもの。それに影月になら私、何をされてもーーー」

 

「さてっ!砂浜が見えてきたぞ!」

 

これ以上は俺のSAN値が持たないので即話題を変える。

目の前にはどこまでも続く青い海と青い空ーーーそして、数人の見知った顔の人たちが砂浜で遊んでいた。

その中でふと、目が()()()()()()()()がいた。

 

「あっ、影月くーん♡」

 

他の人たちーーー透流やユリエなどのいつもの顔ぶれや優月もいたが、そう言ってこちらに来たのは月見先生だ。

てか、なぜいる!?そしてなぜ今日はこんなに人のSAN値を削ろうとする人ばかりなんだ!?

そんな俺の内心を知らずに月見先生はその明るそうな言葉とは裏腹にこちらに向ける顔はとても邪悪な笑みに見えた。

そしてこちらに近付いてきて月見先生は小声でーーー

 

「デートか?《異常(アニュージュアル)》」

 

それを聞いた瞬間、月見先生の首を無理やり掴み、海へ投げ飛ばした。

 

「うおわぁぁぁぁぁ…………!」

 

素の叫び声を上げながら飛んでいく月見先生(うさぎ)ーーー

そんな飛んでいく月見先生を気にせずに水着姿の優月がこちらに走ってきた。

 

ちなみにどのような水着かと言うと水色のシンプルなデザインのビキニだが、元々スタイルが抜群にいい優月の魅力を最大限に引き出すには十分なものだった。ものすごく可愛い。

 

「兄さん、遅かったですね?それとなぜ理事長がここに?」

 

「ああ、ごめんな。今日誘われた事を理事長も聞いてな……行くって言って準備に付き合わされてたから遅くなった」

 

今日朔夜に前述の事を問いただしに行った時、今日の予定を聞かれ、皆で海で遊ぶという事を伝えるとーーー

 

『私も行きますわ』

 

と言われ、問答無用で準備を手伝わされたのだ。

ちなみに手伝いと言ってもあまり大した手伝いはしていない。日傘の準備とか靴の準備、確認をしてくれとか持ち物の確認とかそんな感じだ。その他にも漆黒の衣装(ゴシックドレス)の確認をしてくれだとか言われた。……何を確認すればいいのか分からないからそれは断ったが。

 

(ってあれ?俺こき使われてるのか?)

 

ただこき使われてるだけでは?とふと今思ったが、その事は考えても意味が無い気がしたので考えるのをやめた。

 

「理事長も来たんですか?」

 

「ヤー、珍しいですね」

 

いつの間にかこちらに来たいつもの面々が話しかけて来る。

ちなみにここにいるのは俺、優月、透流、ユリエ、みやび、橘、伊万里、美和、朔夜、そして先ほど海に投げ飛ばして今現在大きな水柱をあげている月見先生の十人だった。

 

「……透流、他の男子も誘ったんじゃないのか?」

 

「ああ……実は……」

 

聞くと透流はトラやタツ、他に仲がいい男子二人を誘ったらしいがーーー

トラは休日はいつものように寝るとの事、タツは仲良くなったスタッフと筋トレ、他二人もゆっくり疲れを取りたい、分校女子とデートするとそれぞれの理由で不参加になったらしい。つまりーーー

 

「さっきまで一対七だったのか」

 

「そうだ。でも影月が来てくれて助かった!」

 

「九重くん♪何が助かったのかな?」

 

そう言って透流は嬉しそうにしているが残念ながらこの後の予定を話す。月見先生はいつの間にか戻って来ていたが無視した。

 

「残念だが、午後は理事長と用事があってな。午前だけここにいるからな?」

 

「あ、私も午後になったら用事あるので抜けますね」

 

「な、何ぃ!?……い、いや、午前だけでもいいか。優月も分かった」

 

午後の事を伝え、ついでに優月も抜けると本人が言うと、透流は一瞬驚くが午前中いるだけでもありがたいと思ったのか、了承してくれた。

 

「で、これから何をしようとしていたんだ?」

 

「ああ、ビーチバレーだ。これからチーム編成する所でな、もちろんやるだろう?」

 

橘が笑いながらそう問う。俺はもちろんと言った、がーーー

 

「理事長は見てるんですか?」

 

「ええ、この格好ですもの。ちなみに私がいるからと言って、皆さん(かしこ)まらなくても結構ですわ」

 

朔夜は観戦すると言う事になった。

そしてチーム編成をした結果ーー

 

「キミとチームか、影月」

 

「ああ、よろしくな、橘」

 

橘とチームになった。優月は美和とチームになり、透流は月見先生とチームになった(透流はものすごく嘆いていたが)。

他の人ーー伊万里、ユリエ、みやびは海の方で遊んでいる。

 

そして一番初めに俺たちが闘う相手はーー

 

「兄さん、手加減はしませんよ?」

 

優月と美和のチームだった。

 

「さて、優月、本気でやるか?」

 

「もちろんです!」

 

優月はそう言うと、サーブを打った。

俺は素早く着地点に入り、レシーブ。そして橘がトスしたボールをーーー全力でスパイクした。

俺が全力で打ったボールはものすごい速さで地面へと叩きつけられた。

 

「ちょ!?兄さーーー」

 

優月が声を上げたが、ボールが砂浜に落ちた衝撃で大量の砂が舞い上がり、続く言葉は聞こえなかった。

このように大量の砂が舞い上がっているのできっと遠目から見たら何かが爆発して出来た、きのこ雲のように見えるだろう。

数秒後、舞い上がった砂がほとんど地面に落ちて辺りが見えるようになると、優月と美和のちょうど真ん中でバウンドしているバレーボールが確認出来た。

 

「よし!一点目だな!」

 

俺は嬉しそうに言うが、後ろから聞こえるだろう喜びの声が無い。それを不思議に思い、橘の方を見ると砂をかぶった橘が口を開けて唖然としていた。

 

「……あれ?」

 

そしてさらに周りを確認すると透流、月見先生、美和、そして咄嗟に傘を差したのだろうか、観戦していた朔夜も唖然としていた。

そこへ優月が頭に乗った砂を払いながら、怒ったように睨み付けてきた。

 

「ちょっと兄さん!!本気でとは言いましたけど、やり過ぎですよ!?」

 

「透流ー!皆ー!何か爆発が起きたような感じだったけど、何かあったの!?」

 

先ほどの現象を見たのか、海で遊んでいた伊万里、ユリエ、みやびが慌てて駆け付けてくる。

そんな三人を見ながら俺は呟いた。

 

「……ちょっとやり過ぎたか?」

 

「「「「やり過ぎだ!!!」」」」

 

朔夜、伊万里、ユリエ、みやび以外の人たちが俺に向かって叫ぶ(朔夜は呆れていた)。

その後は俺もついでに優月も力を抑えてビーチバレーをする事になった。

ちなみにその時の結果は俺たちの勝ちだ。

その次、透流と月見先生のチームと闘っていたのだがーーー

 

「九重の……不埒者ーーーっ!!」

 

試合途中に透流が月見先生を押し倒したような姿勢になり、月見先生がろくでもない事を叫ぶと同時に橘が絶叫して走り去りーーー

 

「誤解だーーーっ!!」

 

透流は月見先生をジャイアントスイングで海へ放り投げ、橘を追いかけて行き、ビーチバレーは一旦中断する事となった……。

 

「……月見先生も月見先生ですね……」

 

「くすっ、璃兎はああいう者ですわ」

 

「……理事長、楽しんでるだろ……」

 

 

 

ビーチバレーを終えると、みやびが朝早くに起きて用意した弁当を皆で頂く事にした。味は文句無しに美味しかったのだがーーー

 

「影月、食べさせてくださいな」

 

『…………え?』

 

手にサンドウィッチを持った朔夜が普通にあーんを要求して来た時は全員が時が止まったかのように動きも思考も停止した。

無論それは俺もなのだが、いち早く復帰して聞き直す。

 

「……俺、疲れてるのかな?幻聴が聞こえた気がするんだが……気のせいだよな優月、皆?」

 

俺が他の人に聞くと月見先生ですら無言で頷いた。そして優月も口を開く。

 

「……はい、私も聞こえた気がしますけどきっと気のせいですね。まさか理事長が食べさせてほしいなんて「言いましたわ」……い、言う筈が……」

 

『…………』

 

その場がとても微妙な雰囲気に包まれる。それと同時に俺に向けられる鋭い視線ーー今日は厄日かっ!?

 

「どうしましたの?早くしてくださいな」

 

「…………聞き間違いでは無かったか……分かったよ、ほら、あーん」

 

俺は周りからの刺すような視線を、極力気にしないようにしながら朔夜の口元へソーセージを運ぶ。

 

「んむっ……はむ、ん……」

 

朔夜は周りの事など気にした様子もなく、ソーセージを咥え始める。

その光景はなぜかとても色っぽく見えてーーー

 

「ーーっ!!」

 

脳内に浮かんだ光景を頭を振り消散させる。……え?何が浮かんだのかって?ご想像にお任せいたします。

その光景を誰もが信じられないといった表情で見ていた。しかしーーー

 

「……兄さん、いつの間に理事長とこんなに距離を詰めたんですか……?」

 

「ひっ!?……ゆ、優月ちゃん……?」

 

ただ一人、優月だけは無表情でーーーしかし溢れ出る殺気を隠さずに俺を睨み付けていた。

そんな殺気の余波を受けたみやびは涙目になりながら震え、他の人は冷や汗を……あの月見先生までもが、かいていた。

 

「うぅん……ふぅ……美味しかったですわ、では……」

 

ソーセージを食べ終えた朔夜は本当に気にした様子も無く、サンドウィッチを置き、弁当の中から玉子焼きを箸で掴みーーー

 

「お返しですわ。あーん」

 

『!!!??』

 

朔夜が俺の口元へと玉子焼きを近付けてそう言うと、再び全員の時が止まった。

数秒間、全員が固まった後に横から凄まじい殺気を感じた。

恐る恐る横を見てみるとーー

 

「……兄さん、後でじっくりと事情を聞かせてもらいましょうか」

 

「……はい……」

 

優月の威圧に気圧され、弱々しく返事をした俺だった。

あ、朔夜が差し出した玉子焼きはしっかりと食べました。美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

午後は予定があるからという事で、俺と朔夜そして優月は皆と別れた(終始皆からの視線が痛かった)。

そして今は砂浜から分校へと向かう道を三人で歩いているのだがーーー

 

「……どうしてこうなった……」

 

俺の両腕に抱き着く二人(朔夜と優月)を見てため息をつく。

右を見れば朔夜が、左を見れば優月が俺の腕に抱き着いているのだが正直歩きづらい。

美少女二人が腕に抱き着いていて、それで歩きづらいなんて他の人から見ればすごく贅沢な悩みだろうが。

 

「……俺、なんかフラグ建てたっけ?」

 

そう呟いて何かこうなるような出来事あったかと思考した。

ーーーうん、バッチリあったな。昨日の夜とか昨日の夜とか……。

 

「……そういえば、二人とも用事って何ですか?」

 

優月が不機嫌そうな声色で問う。

 

「……その前に優月こそ何の用事があるんだ?」

 

そういえば俺と朔夜は優月の方の用事も聞いていない。

すると優月は少し驚いたような顔をした後に顔を赤らめながら言った。

 

「兄さんの用事を手伝おうかなって……ただ、それだけです!」

 

そう言って顔をぷいっとそらす優月。なんでそんなに怒ってるのかは分からないが、こっちも可愛いな……とか思っていると、ふと思う。

そういえば俺も朔夜に用事があるって言って連れて来られただけで内容までは知らないのだ。

 

「ちょうどいいですわね。貴方方二人に話がありましたの、優月も来てくれてよかったですわ」

 

「話?」

 

俺が問うと朔夜は妖艶な笑みを浮かべーー

 

「島内を散歩しながら、話しますわ」

 

そう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の色が段々と暗くなり、日没まで後、三十分くらいかという頃ーーー

 

「……大体の事は分かった。朔夜は念の為にメルクリウスに学園の警備を頼んだんだな?」

 

「三國先生を向かわせたのは監視ですか?」

 

「ええ、学園にいるのはもちろん頼りになる精鋭達ばかりですわ。三國もですが、それでも念の為に……ね」

 

俺たちは海側に突き出た断崖で、今までの会話内容をまとめていた。

 

「それにしても、俺たちの《焔牙(ブレイズ)》が聖遺物と似たような性質を持っていたとはな……」

 

「でも確かにそれなら色々と筋は通りますね」

 

俺たちの《焔牙(ブレイズ)》も特別だと言う話も朔夜からしてもらった。

新しい永劫破壊(エイヴィヒカイト)の被験者ーーーそれに対し少しは動揺したがこれはこれで便利な所があるのでそこまで怒る事でもなかったし、納得する所も多く、文句はあまり無かった。

 

「よし、話も終わったし、二人とも戻ろうぜ?」

 

確認する事もしたので、戻ろうと言う俺に二人は頷き、分校へ帰ろうとした時ーーー

 

「……救援信号ですわね。内容は?」

 

持ち物の中にあった通信機へ学園本校からの救援通信が入った。

内容は銃器を手にした正体不明の部隊から襲撃を受け、劣勢であるという報告だった。

 

「心配ありませんわ。増援は送られます。なんとか持ち堪えなさい」

 

朔夜はそう言って、通信を終える。

朔夜から警備のレベルを聞くと、《超えし者(イクシード)》ーー《(レベル4)》が二名、《(レベル3)》が十数名。軍隊ならば三百人以上に匹敵する戦力であり、さらに二年生、三年生の訓練生も残っている。

さらに三國先生がいるという、かなり強固な警備だが、それでも劣勢らしい。

 

「目的は朔夜の研究か?」

 

「おそらくそうでしょう。予想はしていましたわ」

 

しかし、色々と対策していたので至って冷静な対応の朔夜。

そしてーーー

 

「ここにも来るでしょう。いえ、もうすでに数名はこの島に潜んでいるようですから来るのは確実ですわね」

 

そう言って空を見上げる朔夜。

俺たちも空を見上げると昨日、分校の屋根から朔夜と一緒に見た時と同じような満天の星空が広がっていた。

一つ一つの星が光っていてとても綺麗だがーーーその中で一つおかしな光り方をする物を見つけた。

 

「なんだ?あの光?赤と緑が点滅しているぞ?」

 

「確かにしてますね」

 

「ーーーっ!!影月、優月!赤と緑の位置はどっちですの!?」

 

不思議な光について優月と話していると、それを聞いた朔夜が血相を変えて問い詰めてきた。俺たちは《超えし者(イクシード)》なので高くにある星や高高度の光もはっきりと見る事が出来るが朔夜は普通の人だ。問い詰めてきたという事はその光が見えないのだろう。

 

「えっ!?えっと……こっちから見て右が赤で左は緑ーーーあっ!!」

 

「……おいおい、それってまさか……」

 

「ええ、おそらく軍用機ですわ!」

 

飛行機には航行灯と呼ばれる物が付けられている。機体尾部と主翼の両端に付けられているのだが、右が赤、左が緑ならばこちらに向かって飛行中という事になるのだ。

 

前に色々と授業予習と題して、習うだろう所を調べていたら知った事なのだが……。

 

 

朔夜曰く、この島周辺を通る航路の民間機はほぼ無いとの事。機密を保持する為に国に頼んで規制してもらっているらしい。

さらにこちらに向かって飛んできているとなれば民間機とは考えにくいーーーとなれば残る可能性は一つだ。

 

「しかも、あの高さーーーもしかしてHALO(ヘイロウ)降下ですか?」

 

高高度降下低高度開傘ーー通称、HALO。

一万メートル程の高さを飛ぶ航空機から飛び降り、地上三百メートル程でパラシュートを開く降下方法だ。

これも後々、授業で習う事なのだが調べていて覚えた事だった。

 

「まずいな、もしそうだとしたら後数分くらいで降り立つだろう!」

 

「ーーーっ!!広場に戻りましょう!!」

 

そう言うと同時に俺と優月は走り出す。朔夜は俺が背負った。

優月は走りながら詠唱を唱え出す。

 

「私が犯した罪は

War es so schmahlich―」

 

「心からの信頼において あなたの命に反したこと

ihm innig vertraut-trotzt'ich deinem Gebot,」

 

唱えるのはベアトリスさんと同じ詠唱。能力は稲妻を発生させる事だが、今この場では稲妻を発生させる為に発現させるのでは無い。

 

「私は愚かで あなたのお役に立てなかった

Wohl taugte dir nicht die tor ge Maid,」

 

「だから あなたの炎で包んでほしい

Auf dein Gebot entbrenne ein Geuer;」

 

優月は自身を雷化させ、雷そのもののスピードで広場に向かい、大切な皆を助けて守ろうとしているのだろう。

俺はその気持ちを深く感じ、共感し、頭に浮かんだ言葉を(うた)った。

 

「さらば 輝かしき我が子よ

"Leb' wohl,du kühnes, herrliches Kind!"」

 

「ならば如何なる花嫁にも劣らぬよう

"ein bräutliches Feuer soll dir nun brennen,"」

 

「最愛の炎を汝に贈ろう

"wie nie einer Braut es gebrannt!"」

 

ただ頭に浮かんだ言葉を俺は高らかに詠う。なぜ詠ったのかは分からない。なぜ浮かんだのかも分からない。だが、その詠唱を唱えている最中、優月がこちらに振り向きいつもの顔で笑った。

ああ、なぜ浮かんだか?なぜ詠ったのか?そんな理由はどうでもいい。今思っている事は同じで最悪な事態にならぬように行動しようと思っているのは変わらないのだから。

そして最後の詠唱を二人で詠う。

 

「「我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ!

wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das feuer nie!」」

 

刻一刻と時間が迫る中、詠唱が終わる。大切な者たちを守ろうとする為に唱えられた詠唱が終わる。

 

「創造

Briah―!」

 

「雷速剣舞 戦姫変生!

Donner Totentanz―Walkure!」

 

 

 

 

 

詠唱が終わると同時、雷となって広場へと向かって行く優月。

 

「先に行きます!!絶対に皆さんに手出しさせません!!」

 

そう言ってあっという間に見えなくなる優月。それを見ていた俺に背負われている少女がくすくすと笑いながら耳元で言った。

 

「本当に貴方たちは頼りになりますわね♪それと二人ともかっこよかったですわ」

 

「ふっ、お褒めに預かりまして光栄だ。後で優月にも言ってくれよ?さあ、俺たちも行くぞ!」

 

俺は朔夜にお礼を言うと優月の後を追って広場へと向かうのだった。

 




いよいよ三巻もクライマックスです!
もしかしたら結構強引な所はあると思いますが……生暖かい目で見てください……(苦笑)
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

いつも見てくれている方々に感謝です!


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第二十四話

戦闘があるのに戦闘描写をしてない件……すみません。
書いてたらこうなったから仕方ないんだ……(嘆き)



no side

 

広場は今、夕食の準備をしている多くの生徒たちで賑わっていた。

野菜などを切る者、鍋で何かを煮詰めている者、夕食が出来るまで友人と楽しく喋っている者ーーー

皆それぞれ自らがやりたい事、やるべき事をやっていた。

 

 

 

 

ーーーこれからこの場が突如戦場になるとは知らずにーーー

 

 

 

 

そんな賑わう広場の中心に突如雷が轟音と共に落ち、地面に落ちている砂などが舞い上がる。

突然、雲ひとつ無い空なのに雷が落ちるーーー明らかに異常な事だが、そのような事を考えている者は今、この場にはいなかった。

突然起こった現象に頭が理解出来ず、悲鳴どころか声すら上げられないのだ。

広場にいる生徒、教員、スタッフなど全員が広場の中心に注目する中、砂などが晴れて姿を現したのはーーー

 

「…………」

 

「優月……ちゃん?」

 

その人物と同じクラスメイトである吉備津が確認するように声を出す。

そこにいたのはいつもと雰囲気が違う優月だった。広場の中心に立つ優月は雰囲気だけでは無く姿も普段と違い、目が黒眼から碧眼となり、全身が青白く光っていた。時折小さく放電しているので、周りにいる者は彼女が帯電しているという事が分かった。

 

皆が優月に注目する中、彼女は周りにいる者たちに向かって話しかけた。

 

「皆さん!今この場にある者たちが向かってきています!後、数分でこの広場へ降り立ちます!」

 

彼女の言葉で広場にざわめきが広がる。

隣の人と話し合う人、言葉の意味が分からず呆然とする者、疑いの目を向ける者ーーー反応は様々だが、優月はそれらを一瞥し、自らの《焔牙(ブレイズ)》を天に(かか)げてある言葉を言った。

 

 

 

「私は光を放つ者!」

 

 

 

それと同時に《(ブレード)》から一つの光が上空に上がりーーー爆ぜた。

 

「あれは!?」

 

誰かが指を指しながら声を上げた。その光は満天の星空を明るく照らし、闇に溶けていた侵入者の姿を照らし出す。

 

「あの侵入者は数秒でこの広場へ降り立ちます!皆さん、分校内か安全な場所まで避難してください!」

 

彼女の言っている言葉が真実だとその場にいる者たちが理解した瞬間ーーー

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

誰かの叫び声と共に広場は混乱に包まれた。

一斉に分校や森の中へと走っていく者、未だ理解出来ずその場で立ち尽くす者、勇敢にも《焔牙(ブレイズ)》を具現化して構える者などこれまた様々な反応をする者たちを見て、優月は再び動き出す。

 

 

 

「落ちよ!」

 

 

 

そう言うと同時に数本の雷が森の中へ落ちた。

優月が森の中にいた侵入者に雷を落としたのだ。相手の気配は大体感じ取れるので出来る事だった。

周りにいる侵入者をほとんど倒した後、優月は呆然と立ち尽くしている者たちを抱きかかえ、分校内へと入れ始めた。

 

「ここなら比較的安全です!」

 

「あ、ありがとう!優月ちゃん!」

「すまねぇ……ありがとう、優月」

 

クラスメイトや分校生徒のお礼の言葉を聞きながら優月は再び外へと駆ける。

 

 

そして次々と着地してきた侵入者たち。彼らは一様に機械的なデザインの戦闘服に身を包み、口元しか見えないヘルメットを被り、突撃銃(アサルトライフル)を手にしていた。

その侵入者たちは着地した者から射撃閃光(マズルフラッシュ)と共に銃弾が放たれる。

その行為で広場はさらに混乱に(おちい)る。

生徒たちの多くは我先にと無様に逃げ惑う。それも無理はないだろう。

たとえ《超えし者(イクシード)》として訓練を受けていようとも、現状は約三ヶ月しか訓練を受けていない訓練生ーーー突如実戦に放り込まれて、闘う意志を持っている者など一握りである。

その一握りである小柄な少年ーーートラは《印短刀(カタール)》を手に奮戦していた。

 

「貴様らか……!!ふんっ、先の借りを今ここで返してやる!!」

 

火の粉が舞い散る中、トラは《絆双刃(デュオ)》であるタツや教員たちと共に立ち向かう。

そしてーーー

 

「トラさん!大丈夫ですか!?」

 

「心配いらん!そっちは?」

 

優月も戦いながら逃げ遅れた者の避難を補助していた。

問われた優月は少し表情を暗くし、言う。

 

「数人が森の中へ……みやびさんもいました」

 

「……ふんっ、世話の焼ける女だ。僕が行く」

 

小さく舌打ちをし、トラは夜の森へと姿を消した。

 

立ち向かう教員やスタッフも善戦するも、次第に劣勢と化していく。

避難した生徒も、立ち向かっている生徒も大半の者が「自分たちは殺される」と、絶望し始める中ーーー

唯一笑みを浮かべる人物がいた。

 

「くはっ、くははっ……!おいおいおい!派手にやってくれてんじゃねーか、おい!こんな招待客が来るなんて聞いてねーぞ。だが……面白れぇな!!」

 

うさぎ耳のヘアバンドを着けた、まだ少女の面影が抜け切っていない教員が笑う。

 

「ウチのガキどもへ何しやがるとか、ドーリョーをよくもとか、まあ言いたい事は色々あっけどな。とりあえず、マジでやらせてもらうぜ……!!」

 

牙剣(テブテジュ)》ーーーいや、剣身の三分の二程が鋼線によって繋がる幾つもの刃に分離し、鞭のように扱う武器ーーー《蛇腹剣(スネイク)》を手にした月見が《焔牙(ブレイズ)》を振るう度に侵入者たちが次々と血を出し、倒れていく。

 

「この女だけは別格だ、注意しろ!殺ってしまえ!」

 

リーダーらしき男の指示に、襲撃者たちは散開し、距離を取る。

そして銃を乱射しようとしてーーー数人が雷に撃たれ倒れた。

襲撃者たちはその現象に驚きを隠せないでいた。

そして雷を落とした本人ーーー優月が月見の隣に現れる。

 

「月見先生!大丈夫ですか?」

 

「ああ!助かったぜ!しかしキリがねぇな!もう使()()()()()ぜ!」

 

月見は《力ある言葉》を言い、《焔牙(ブレイズ)》の真の力を解放する。

その姿に襲撃者たちは圧せられ、引き金を引く力が緩む。

 

「喰い殺せーーー《狂蛇環(ウロボロス)》!!」

 

それは己の目にしているものは、幻覚では無いかと思わせる光景だった。

月見の手にしていた《蛇腹剣(スネイク)》は、剣身が三分の一程になっていた。

では後の三分の二は?ーーー答えは月見の頭上にある。

天へかざした手の先で、まるで自らの尾を喰らう蛇の如く、輪を作るようにして回転していた。宙に浮く直径三メートル程と化した環状の刃を目の当たりにし、歴戦の兵士である襲撃者たちのせに薄ら寒いものを感じる中でーーー月見のは凶笑を浮かべた。

 

「さあ踊り狂おうぜ、月の兎と共に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、中々やりますね」

 

分校の屋上で射るような双眸を持つ少年ーーー《K》が広場の様子を見ていた。

劣勢だった学園サイドは月見の《焔牙(ブレイズ)》によって戦局が変わった。

宙を駆ける刃は月見の意志によって動き、次々と《K》の部下を切り裂き、叩き潰していく。

しかし増援はまだまだ来るのだ。《K》は余裕の表情で分校執務室へ向かおうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

がーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、すごいなぁ。あの子の《焔牙(ブレイズ)》。あんな力があるんだ〜」

 

突然背後からの声に《K》は持っていた銃ーーーグレネードランチャーを向ける。

そこにいたのはーーー

 

「……子供?」

 

《K》は眉をひそめ、その姿を確認する。

いたのは白髪の少女ーーーいや、声でかろうじて少年だと分かる者がいた。

しかし服装は軍服、右目には髑髏を模した眼帯を着けていて、雰囲気も一般人が発する筈が無い程の殺気を放っている事からただ者では無いと分かる。

しかしそんな雰囲気とは裏腹に少年は楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「あの子と戦ったら面白そうだな〜♪ねぇ、君もそう思わないかい?」

 

その少年に笑みを向けられた《K》の体は本能的に警告を発した。

この少年は危険だ、すぐに離脱しろとーーーしかし体からの警告に対し、《K》は否とした。まだ目的の人物も捕らえていないのだから。

 

「あれ?ねぇ、聞いてる?……もしかしてーーー僕が怖い?」

 

「ーーーっ!?」

 

再び向けられた笑みを見た《K》は恐怖を全身で感じた。

無邪気なこの笑顔の中にこれ程の狂気的なものを浮かべる少年がいるか?とーーー

 

「まあいいや、どうやら君たちの目的の人はここにはいないみたいだしーーーまあ、楽しんで来なよ。僕は奴らを殺してくるから」

 

少年は分校の屋根から改めて下を眺め、高らかに喋り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだねぇ?僕も混ぜてよ!」

 

広場にそんな無邪気なーーーだが、内容はとても物騒な声が聞こえ、誰もが動きを止めて辺りを見回す。

 

「ーーー!?あれは!?」

 

いち早くどこからの声か分かった優月が分校屋根を指差す。そこにいたのはーーー

 

「やあ、《越えし者(イクシード)》と《神滅部隊(リベールス)》諸君。今日はいい夜だねぇ、月が綺麗だからオツキミ日和ってやつなんじゃないかな〜?君たちも月を眺めるかい?」

 

中性的な顔立ちをした少年が無邪気な笑顔を浮かべて言った。

そんな何気無い言葉を言う少年に対して《神滅部隊(リベールス)》はもちろん、《越えし者(イクシード)》たちの背筋が凍り付き、体が震え出し、歯がガチガチと音を立てる。

突然現れた至って純粋無垢そうな少年ーーーしかしその顔に浮かべるものは無邪気と言うよりは、もはや狂人の笑みであり、彼が発している殺気は少しでも気を抜けばこちらの気が狂ってしまいそうなものだ。それを感じて体が本能的に危険を知らせているのだから無理も無い。

その中で冷や汗をかいている月見が精一杯の苦笑いを浮かべながら言った。

 

「なんだよ、あのガキは…………さすがのアタシでもあれの相手はちょっと勘弁してほしいぜ……」

 

「うーん、君なら僕と楽しく殺り合えそうなのに……残念だなぁ」

 

少年は月見の言葉を聞いて、心底残念そうに言った後、名乗りを上げる。

 

「さて、僕は聖槍十三騎士団黒円卓第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル」

 

「……貴方がシュライバー……」

 

「そうだよ、君がユヅキか。ベイから話は聞いているよ?一度会ってみたかったんだよね♪そういえばもう一人の……エイゲツだっけ?彼は一緒じゃないのかい?」

 

「……兄さんもこちらに向かって来てる筈です」

 

「そっか、なら大丈夫そうだね」

 

そう言うと、シュライバーは軍服から二丁の拳銃を取り出した。

狼のルーンが刻印されたルガーP08のアーティラリーモデルとモーゼルC96ーーーこれらが彼の愛銃だ。

 

「まあ、僕がここに来たのは君たち《神滅部隊(リベールス)》の殲滅なんだよね〜。あ、それと本校に送った君たちの仲間も僕の仲間が相手している筈だからね」

 

シュライバーの言葉を聞いた襲撃者たちが少しだけ動揺した。

襲撃者の目的は本校と分校の襲撃ーーーは陽動で本当は《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》、九十九朔夜を連れ去る事だ。

実際は分校に朔夜はおらず、重要人物はリーリスしかいないので、すでにこの計画は失敗しているのだが、隊長である《K》がその事に気が付くのは数十分後の話である。

 

「それにしても《神滅部隊(リベールス)》か…………ふふ、ふふふ、あははははははははは!!!」

 

襲撃者の組織名を呟き、笑い出すシュライバー。その笑いを見た者が感じたのは恐怖か、それともーーー

 

「君たちじゃ神は滅ぼせない。だからもし神がいるなら僕が滅ぼしてやるよ!さあ、泣き叫べ劣等。今夜ここに神はいない!」

 

シュライバーは広場に向かい跳躍した。月の兎の次は狂犬が広場に乱入し、広場はこれからさらに混乱する事になる。

 

 

「さあ、始めようか?戦争だぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

「影月、広場にあの方がいますわ」

 

「あの方?メルクリウスか?」

 

俺に背負わされてる朔夜が目を閉じながら言った。

朔夜には俺の《焔牙(ブレイズ)》を通して、島の状況を伝えてもらっている。

その為、俺の体に朔夜がものすごく密着しているのは仕方が無い。仕方が無いったら仕方が無い。

 

「いえ、黒円卓の大隊長が一人ーーーシュライバーですわ。本人も名乗ってましたし、容姿から見ても間違い無いですわ」

 

『!!?』

 

朔夜が出した名前に俺の周りにいたいつものメンバーが驚く。

ここにいるのは俺、朔夜、透流、ユリエ、橘、みやび、トラ、伊万里、そしてリーリスの執事の少女、サラだ。

なぜこのメンバーなのかと言うと、俺と朔夜が広場に向かっている途中、戦闘服を着た男と戦っている透流と遭遇し、俺が横から男を突き刺して倒した後、男を追っていたというトラが到着。次いでユリエ、伊万里、サラの三人が合流した。

 

ちなみにみやびは先ほどまで橘に肩を抱かれながら泣いていた。聞けば男に追われていたのはみやびだったらしいので、恐怖から解放され泣き出してしまったのだろう。しかしその泣いた時より前にも目が少し赤くなっていたので、少し前にも泣いたのだろう。

だが、何で泣いたのかは聞いていない。いや、事情を知らない俺が首を突っ込む事では無いだろうから聞かない事にしたのだ。さらに今は襲撃されているという状況でもある為、聞くのは無しという事にした。

 

 

伊万里たちはリーリスにこの状況を伝えて(透流にらしい)と言われ、ここに来たらしい。

リーリスが一人、分校執務室で残っている(おそらく朔夜を逃がして時間稼ぎしていると見せかける為)と聞かされ、透流たちが分校へ向かおうとしてる時に先ほどの朔夜の報告だ。

 

「仕方ないな……分校へ急ごう!朔夜は置いていけないから俺と向かうとして、リーリスご指名の透流と《絆双刃(デュオ)》のユリエ、後一人来てくれるといいんだが……」

 

「あたしが行くわ。すぐに戻るってリーリスに約束したもの。力不足かもしれないけど……透流、影月、お願い」

 

そこで伊万里が声を上げ、俺と透流に頼み込む。

強い意志を瞳に浮かべた、伊万里を見て俺と透流が顔を見合わせ考えているとーーー意外な人物が口を開いた。トラだ。

 

「……連れて行ってやれ、行きたいって言ってるからな。僕たちは森に逃げた生徒たちを探す」

 

「「トラ……」」

 

「早く行け。急がないと手遅れになる」

 

「……分かった。行くぞ透流。トラ、任せたぜ!」

 

「ああ……悪い、トラ。任せる」

 

「トラ、あたしからもごめん。それと、ありがとう」

 

俺たちの言葉にトラは顔を背ける。

 

「適材適所となっただけだ。……そんな事より、貴様ら全員生き残れ。分かったな」

 

「……なら、そっちも生徒たちを無事に助け出せよ!」

 

「皆様ーーーお嬢様をよろしくお願いします」

 

サラが頭を下げ、透流が必ずと返事をして出発する事にした。

 

「行くぞ!!透流、ユリエ、伊万里!」

 

「ああ!」

「ヤー!」

「うんっ!!」

 

トラたちを残し、分校に向かって走り出した。

走り出すと今まで黙っていた朔夜が辛うじて背負っている俺だけに聞こえる声で言った。

 

「本当……頼りになる方たちばかりですわね」

 

その言葉に少しだけ頬を緩める俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

広場に辿り着くとそこは地獄が広がっていた。

巨大な環状の刃が侵入者を切り裂き、銃撃音や悲鳴、怒号が聞こえ、広場が血の海と化していた。

 

「あれが月見先生の《焔牙(ブレイズ)》……《(レベル4)》で解放される力か」

 

「巻き込まれないように気を付けてくださいな。さあ、貴方たちは洋館に向かいなさい!」

 

朔夜がそう言うと、月見先生の《焔牙(ブレイズ)》で呆気にとられていた透流たちが我に返り、洋館の中へ入って行った。

 

「朔夜はどうする?洋館の中へーーー」

 

「いいえ、出来ればこのまま肌身離さず守ってほしいですわ。影月は私を背負っていても何も支障が無いみたいですし」

 

「……戦うってなるなら支障は出るが……」

 

「それでも守ってください」

 

「いや、でも「でも、ではありませんわ!守ってくれるって言いましたわよね?」……」

 

そんなやり取りを三十秒程言い合った結果、俺の方が仕方なく折れたのだったーーー

 

 

 

 

 

「優月!無事か!」

 

「兄さん!!」

 

俺は朔夜を背負ったまま、優月の元へと駆ける。優月は嬉しさと安心が混じったような顔をして俺を呼んだ。

途中襲撃者が立ち塞がったが、優月の雷に撃たれ倒れてゆく。

優月の元へと辿り着くと、二人ーーーいや、正確に言うと三人で背中合わせになる。

 

「待たせたな。大丈夫か?」

 

「はい!朔夜さんも無事でよかったですけど……なぜ背負われたままなんですか?」

 

「守ってもらってるからですわ。それよりもここにはもう一人ーーーシュライバーがいる筈。どこにいますの?」

 

優月の質問にさらっと朔夜が答え、今度は朔夜が質問する。

朔夜が言っていたのが本当ならここには軍服を着た少年がいる筈なのだがーーー

 

「私たちは攻撃されてませんが……兄さんにも見えませんか?」

 

「……何?」

 

優月がそんな事を俺に問う。どういう事だと俺が聞き返そうとするとーーー

 

「……まさか、いますの?」

 

「はい、見えないだけです」

 

朔夜が思い当たったように呟き、優月が頷いた。

 

「見えない?透明になるとかじゃなくて……だよな?」

 

「はい……スピード系の能力とは思ってましたけど……()()()()()()()とは思いませんでした」

 

そう言われ、目を凝らし周りを見るが、何も見えない。だがーーー

 

「ぐあぁぁぁぁ!!」

 

襲撃者が一人、また一人と血を吹き出しながら倒れていく。しかし俺から見ると何も無いのに勝手に悲鳴を上げて倒れているようにしか見えなかった。

 

「あははははははは!!!」

 

その時楽しそうな笑い声が聞こえ、その方向へ向く。そこにはーーー

 

「ああ、久しぶりの戦場だから楽しいけど……君たちはなんて言うか、歯応えが無いなぁ」

 

先ほどから姿が見えなかった少年、シュライバーが立っていた。

 

「……お前がウォルフガング・シュライバーか」

 

「お?君がエイゲツかい?うわ〜……クラフトとツァラトゥストラに似てるねぇ。クラフト三世って所かな?」

 

「……ツァラトゥストラ?」

 

シュライバーは俺の姿を確認すると、何やら訳の分からない事を言い出した。

その会話の中で俺はある名前に疑問を持つ。

ツァラトゥストラーーー俺と似ていると言う事は、人物名なのだろう。あるいは魔名だと思うが。

 

「んん?クラフトかヴァルキュリアから聞いてないの?昔は我ら黒円卓の敵であり、今はハイドリヒ卿と共に(ことわり)を守護している者だよ」

 

「理?守る?」

 

返ってきた答えはもっと訳が分からないものだった。

優月も何やら訳が分からずに唸っている。

 

「こんばんは。シュライバー……とお呼びして構いませんの?」

 

俺と優月が二人揃って首を傾げながら考えていると朔夜がシュライバーに話しかけた。

 

「いいだけど、君は?見た所僕よりも子供みたいだけど……」

 

「九十九朔夜と申しますわ。影月たちの力ーーー《焔牙(ブレイズ)》を生み出した、ただの研究者ですわ」

 

朔夜がそう自己紹介すると、シュライバーは少し目を見開いて驚いたように言った。

 

「君がクラフトの言っていた《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》かい?《焔牙(ブレイズ)》を生み出したって事は、君は天才なんだね!会えて嬉しいよ♪」

 

「……お褒めに預かり光栄ですわ」

 

シュライバーは純粋に会えて嬉しいのだろうから言ったのだろうが、朔夜はそれに対して少し顔をしかめる。褒められても相手が相手だからそれ程嬉しくは無いのだろう。

 

「君たちとはぜひ殺り合いたいけど……ハイドリヒ卿にはいいって言うまで戦うなって言われてるし、ここの敵もほとんど殺っちゃったからなぁ……仕方ない、回収して僕は帰るよ」

 

シュライバーはそう言うと、よく通る美声で詠い出した。

 

「Pater Noster qui in caelis es sanctificetur nomen tuum

天にまします我らの父よ 願わくは御名(みな)の尊まれんことを」

 

「Requiem aeternam dona eis, Domie et lux Perpetua lucest eis

彼らに永遠の安息を与え 絶えざる光もて照らし給え」

 

それは死んだ者たちに捧げる哀悼(あいとう)の歌だった。それは生者である俺たちの心にも響き、誰もがシュライバーの美声に耳を傾けた。

 

「exaudi orationen meam

我が祈りを聞き給え」

 

「ad te omnis caro veniet

生きとし生けるものすべては主に帰せん」

 

「Convertere anima mea in requiem tuam, quia Dominus benefect tibi

我が魂よ 再び安らぐがよい 主は報いて下さるがゆえに」

 

 

『ーーーっ!!?』

 

シュライバーがそう詠った瞬間、俺も優月も朔夜もーーーさらに教員やスタッフ、洋館から出てきた生徒たち、全員が息を飲んだ。

シュライバーの周りーーーいや、この広場中から(もや)のような陽炎めいたものが立ち上り出したのだ。

そしてそれらは怨嗟にーーー怒りや悲しみ、恐怖に(まみ)れた声を発し始めた。

それら一つ一つには薄っすらと顔があった。それを見た俺はこの陽炎めいたものの正体が分かった気がした。

 

「これはーーーもしかして死んだ襲撃者たちの魂!?」

 

「これが魂ーーーおぞましいですわ」

 

俺は驚き、朔夜が立ち上る魂を哀れむような表情をして見ていた。しかし次の瞬間異変が起きた。

その死者たちの魂がシュライバーの眼帯へと吸い込まれていく。

 

「ふふ、ふふふ……あははははははは!!懐かしいなぁ!昔ベルリンでも似たような事をしたねぇ……でもあの時よりはマシな魂が多くて少しは来た甲斐があったかな?」

 

「……化け物だ……」

 

誰かが呟いた事は誰もが思った事だろう。人の魂を吸って喰らい、喜ぶ。

まさに狂人ーーーそれはおそらく他の団員にも言える事だろう。

無論あらもーどで会ったベアトリスさんたちも……

 

「さて、それじゃあ僕はもう行かなくちゃならないけど……また君たちと会える時を楽しみにしているよ?その時は……楽しませてよ?」

 

そう言って、シュライバーは森へと去って行く。

その後ろ姿を見て攻撃しようとする者や、追いかけようとする者はいない。

先ほどの不気味な光景もあったから、当たり前と言えば当たり前だ。

 

「……はぁ〜……」

 

シュライバーの姿が見えなくなり、俺がため息をはくと同時に広場のあちこちから安堵の声が聞こえてきた。

 

「よかったですね……ヴィルヘルムなら何とかなりましたけど……あれはちょっと無理ですね……」

 

「全くだな……しかもシュライバーは大隊長の中でも一番強い奴らしいしな……他の大隊長が来なくてよかったか……」

 

「……とりあえず、森の中に逃げた他の皆さんを助けましょう。朔夜さん、一応聞きますけどヘリはありますか?」

 

「ありますわ。ヘリも使いましょう。後は九重透流の方もなんとかしないといけないかもしれませんし……あの執務室には緊急避難通路という事で地下に繋がる扉がありますから、そこから外海に出たかもしれませんわ。手配しますわ……」

 

そう言って俺たちは慌ただしく、後処理を開始するのだったーーー

 




シュライバー卿登場!しかし主人公たちとは戦わない……ハイドリヒ卿の命令だもの、仕方ないよね。
それと優月の創造はもうちょっと先です!楽しみにしてる方すみません!(楽しみにしてる人いるのかしら?)

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第二十五話

本校での戦闘と新たな人物の登場です。



no side

 

昊陵(こうりょう)学園分校で戦闘が始まる少し前ーーー本校では先に戦闘が繰り広げられていた。

 

「皆さん!落ち着いて敵を無力化してください!」

 

分校から今朝朔夜に言われ、戻って来た三國は学園の警備員と残っている訓練生の指示を出し、自らも戦場へ出ていた。

 

(やはり来ましたか……ですが、予想より数が多いですね)

 

襲撃者の数は三國が予想していたよりも多かった。突如襲撃して来たと思ったのもつかの間、現在は学園の中心にある校舎を学園側の拠点とし、校舎内にある講堂では負傷した生徒などの応急処置をしている。

現在は襲撃者を押し返す事が出来ず、四方から攻め込んでくる襲撃者に対して学園側は防戦一方だった。

 

「ぐあっ!」

「くっ!遠距離から攻撃出来る奴はどうした!?攻撃しろよ!」

「奴ら早くて狙いが定まんねぇんだよ!!負傷した奴は早く回収して治療しろ!」

 

現在、三國は学園の正門が見える北側で戦っている。

東と西では《(レベル4)》が一人ずつ、南側では《(レベル3)》が五名程、後は偏りなく配置しているのだがそれでもまだまだ劣勢だった。

 

(状況は芳しくないですね……)

 

このまま防戦していてはいつかは大きな穴が空いてしまうだろう。しかも警備員も訓練生も疲労が見え始め、負傷した者も段々と多くなってきた。

いつまで持つかーーーなどと思っていると突如、通信が入る。

 

(南側……もしや、突破されましたか?)

 

三國はそう思いながらも通信を繋げる。

 

「どうしました?突破されましたか?」

 

『い、いえ、ですが……』

 

通信相手が何やら言い淀む。どうやら何か起きたようだ。

 

『突如、上空から別の男が降り立ちーーー襲撃者を攻撃し始めました!』

 

「……それは一体どういう事ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三國に通信が入る前、南側の防衛ラインはかなりボロボロになっていた。

 

「うあっ!!」

「ちょっと大丈夫!?救援急いで!」

「やってるよ!!ちょっと待て!」

「くそっ……キリがねぇ!!」

 

皆、体のどこかしらを負傷していてかなり辛い状況だった。それこそどこかに穴が出来たら、総崩れしてしまうようなものでーーー

 

「ーーーっ!?グレネードよ!!」

「ーーー!!伏せろー!!」

 

それはたった一つの手榴弾によって、状況が変わってしまった。。

爆発し、破片を撒き散らす手榴弾に対しーーー皆が地面に伏せ、耐え忍ぶ。

 

そして爆発が収まると、その場に広がっていたのは絶望に満ちた光景だった。

 

「ねぇ!起きてよ!!」

「ぐっ、がぁぁぁぁ……!」

「大丈夫だ!気絶してるだけだが……失血がひどい……」

「掴まれ!立てるか?」

 

死亡した者は幸い一人もいなかったがーーー大怪我をした者や、 爆発の影響で吹き飛ばされ、気絶してしまった者は多く、防衛する者が少なくなってしまった。

 

「敵が……くそぉぉ!!」

 

そんな状況でも敵は襲ってくる。もはやその場に戦う意志を持っている者はほとんどいなくなってしまった。

このまま終わりかーーーと誰もが諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時ーーー空から何かが降ってきて、砂埃が舞った。

 

 

 

「っ!?なんだ!?」

 

敵の新たな増援か?などと思い、比較的無事な生徒が確認する。砂埃が晴れるとそこにいたのはーーー

 

「…………」

 

軍服をまとった男が堂々と、しかしその目には何の感情も無く、襲撃者を見据えていた。

その男は一分の隙も無く着こなした軍装の下、その鍛えられた肉体が周りの目を引く。例えるなら鋼のような肉体であると分かるだろう。

 

「あれは……まさか……」

 

その姿を見た学園の者たちは信じられないといった表情で男を見ていた。

男の特徴は数日前に行われた、説明会で教えられていたものと同じだった。だが本当に現れるとは思っていなかった上にこちらに背を向け、敵意は無さそうなのが信じられない。

 

「あれが……マキナ……」

 

男ーーーゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、通称幕引き(マキナ)と呼ばれる男は一歩ずつ襲撃者へと向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

「くそっ!!撃て!」

「撃ってる!だが全く効いてねぇぞ!?」

 

襲撃者たちは焦っていた。突如現れた男が自分たちに向かって来ているーーーそれだけならばまだいいが、焦る理由はその男の異常性にあった。

 

「…………」

 

先ほどから銃撃を受け、手榴弾の爆発を受け、地上から侵入した襲撃者が持っていたロケットランチャーを受けても、男は全く気にした様子も無く、かわさずに全てその身に攻撃を受け、一つの傷も負わず襲撃者へと向かっていた。

そして一人の襲撃者の目の前へ立つとーーー無造作に拳を振るった。

 

「がっ、ぐぁぁぁぁぁ!!?」

 

その一撃を受けた襲撃者は叫び声を上げながら吹き飛んだ。襲撃者の体は軽く数十メートルを越える程高く上がり、地面に叩きつけられた。その者の体はいくら待っても動く事は無かった。

 

「化け物だ……」

 

特殊な戦闘服を着ていてもあの様ーーー男は吹き飛んだ者を一瞥した後、他の襲撃者を見据えた。

 

「次は誰だ。安心しろ、一人ずつ終わらせてやる」

 

男の言葉に襲撃者が震える中、再び男は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕引き(マキナ)……そうですか、彼が……危害は加えられていませんね?」

 

『は、はい、今の所は……』

 

「なら、負傷者の手当てを急ぎなさい。彼の能力は分かっていませんから立ち向かうのは無謀です。それに負傷者もそちらには多いようですから急いでください」

 

『り、了解しました!』

 

そう指示し、通信を終えて三國は考える。

 

(黒円卓の大隊長が襲撃者に攻撃している?前のヴィルヘルムは学園に攻撃してきたのに、訳が分かりませんね……)

 

しかしその思考は中断された。

 

「ん?あれは……」

 

上空からまた新たな増援が降下してきたからだ。しかもーーー

 

「RPG?ついに重火器まで出ましたか……」

 

RPG7、つまりロケットランチャーを持つ襲撃者もパラシュート降下してきて、いよいよ防衛が難しくなるだろうと思った、その時ーーー

 

 

 

「Was gleicht wohl auf Erden dem Jägervergnügen

この世で狩に勝る楽しみなどない」

 

 

 

響いたのは狩人の(うた)ーーー女性のよく通る声でそれは詠われた。

瞬間、どこからか現れた灼熱の炎がパラシュート降下してきている襲撃者へと飛んでいき、爆ぜた。

 

「ーーーっ!!」

 

火球は襲撃者の一人へと着弾すると爆発、そして爆炎が他の襲撃者を巻き込んだ。

その炎の威力、爆発の大きさ、爆風などは個人の装備や戦車では出せるものでは到底無いように見える。

いや、紛れもなく戦略兵器級の破壊力を持っているものであった。

そしてーーー

 

「……脆い。そして弱すぎる。以前も劣等の魂を喰らったが……それと大差無い」

 

鬱陶しげに吐き捨てるその声を聞いた三國は学園の屋根を見る。

そこにいたのはーーー

 

「ハイドリヒ卿の(めい)とは言え、劣等の掃討程興の削がれるものは無い。我らがベルリンで虐殺した時は百八十年程前、そして怒りの日は百二十年程前だったが……あまり変わらない辺り、所詮劣等は劣等だという事か」

 

その姿を言い表すなら紅蓮。

揺らぐ長髪は鮮血の、あるいは業火の赤。

その顔は美しく、まさしく美貌と言っても差し支えないだろうが、左顔面を覆う火傷の後により美醜綯い交ぜの顔となっていた。

 

「……ザミエル……彼女まで現れるとは……」

 

三國は今ある状況を嘘だと信じたかったが、実際目の前で悠然と葉巻を吸っている彼女はまさしく第九位、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァーーー説明を聞いた時と同じ容姿である彼女だと認めざるを得ない。

 

「ん?貴様がここの指揮官か?」

 

ザミエルはここで下の方から見上げている三國に気が付いた。

その目は少しばかりの軽蔑が混じったものだった。

 

「はい。現在私がこの学園の指揮官です」

 

「ふん、ならば貴様の部下や生徒に下がるように伝えろ。邪魔だ。本来ならば貴様らも、この場所ごと消し飛ばすが……ハイドリヒ卿はそのような事は望んでおられないのでな」

 

「……分かりましたが、最低限の防衛ラインは守ります。それだけは……」

 

「分かっている。私も下がらせろと言っただけだからな。邪魔にならなければいい」

 

そう言うと、ザミエルは自らを包む火炎で気流を操作し、宙に浮いて上昇をした。

さらっと言ったが、彼女にとっては何も難しい事では無いのだ。

そしてある程度の高さでとどまると、腕を指揮者のように振るった。

するとザミエルの周りに無数の銃口が出現した。

 

シュマイザー、大戦中にドイツで採用された短機関銃だ。

全方位にいる襲撃者に向けられた銃口の数はおよそ千丁程である。

それらが一斉に火をふいた。

襲撃者たちの戦闘服はシュマイザーによって受けるダメージは少ない。

だがそれは一発ごとの話であり、数千発の弾が当たれば壊れもする。

 

「ぐはぁぁぁ!!」

「がはっ!!」

 

戦闘服がシュマイザーの射撃に耐えきれず、壊れ、襲撃者の体を貫いていく。

学園の庭は段々と血で赤くなっていき……数分後には全ての襲撃者が倒れた。

それを見て、何の感情も抱かず、ただ見下ろしながら地上に降りたザミエル。

 

「ふん、パンツァーファウストを使うまでも無かったか。マキナ、貴様も終わったか?」

 

ザミエルがそう言うと、マキナが背後からゆっくりと歩いてきた。

 

「…………」

 

「その様子から察するに、落胆したか?ふっ……奇遇だな。私も落胆したよ。いくら時代が変わろうとやはり、変わらぬものは変わらぬようだ。それでーーー」

 

ザミエルは振り返ると三國を始め、まだ戦える警備員や生徒が彼女たちに《焔牙(ブレイズ)》を向けていた。

 

「貴様ら、我々に勝てると思っているのか?あの程度の敵で苦戦するようならば……我々に挑むのはやめておけ、死を急ぎたいのなら別だがな」

 

「……皆さん、《焔牙(ブレイズ)》を解除してください。彼らの言う通り、私たちでは彼らに敵いません」

 

三國のその言葉に一人の生徒が声を上げる。

 

「っ!!しかし三國先生!!彼らは……後輩に怪我を負わせた者たちの仲間ですよ!?」

 

「……では、君なら勝てるのですか?彼らに」

 

「……くっ!」

 

三國はそう言い、声を上げた生徒を押し留めさせた。

その生徒は悔しそうにしていたが仕方が無い。

今、彼らに挑んで勝つ可能性はーーー無に等しい。結果は分かりきっているから本当に仕方が無い事なのだ。

 

「さて、我々の任務は終わった。シュライバーも上手くやっているといいがな。マキナ、行くぞ」

 

そう言って、ザミエルとマキナは正門に向かって歩き出した。

 

学園には圧倒的な力を見せつけられ、呆然とした者たちが残り、辺りは襲撃者の血の跡のみが残っただけだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……こんな世界があったんだな。知らなかったぜ」

 

ーーーここはどこにも属していない世界ーーー第五天黄昏の女神の理が流れていない異世界である。

 

その世界は何も無かった。いや、何も無いという言い方は誤解を生むだろう。

その世界はどこかの学校の教室のような風景なのだが、何かが無いような世界だった。

そんな世界にただ一人ーーー教卓の上に座り、呟く少女がいた。

 

「中々面白そうな世界だね……僕たちの世界とは違って、異常(アブノーマル)過負荷(マイナス)っていうものが認識されていないみたいだし……それどころか誰も気が付いてないみたいだ」

 

少女は呟きながら、その世界を眺める。その目で世界の何を眺めているのかは分からないがーーー面白そうだと言っておきながら、その目はつまらないものを見ているようなものなのは彼女の性格や思考故なのか。

 

『そのようなものは私も聞いた事が無いな、是非聞かせてほしいものだが』

 

そんな誰もいない筈の世界にどこからともなく声が響く。

その声を聞いた少女は眉を(しか)め、問う。

 

「……僕の世界に干渉するなんて、そう簡単に出来る事じゃないと思うのに……それこそ漫画じゃなければ出来ないと思ってるんだけど」

 

『君は何を言っているのかな?この世界は漫画ではないよ。それに私からすれば、君のような者の作った世界など入り込む事も、消滅させる事も、都合よく操る事も、造作も無いのでね』

 

謎の声は少女を嘲笑(あざわら)うかのように言葉を続ける。

 

『まあ、君の言う事は理解出来なくは無い。漫画の世界ならば出来ない事は無いと言いたいのだろう?それこそ君のような長く生き、様々な能力を持った君ならね』

 

少女はさらに顔を顰める。しかし響く声は、だが、と言葉を続ける。

 

『漫画の中でしか出来ないなどとどこの誰が決めたのかね?世界は無限の可能性を秘めているものだ。現実でも可能性が0では無い限り、起き得る事なのだよ』

 

「……現実でも出来ない事は無いと言うのかい?」

 

少女は声に向かって問う。

 

『少なくとも私はそう考えている。とは言ってもこうして君の世界に干渉している私自身、出来ない事だってあるが……それも数える程しかないしな。それに私が出来ない事でも他の者たちならば出来るかもしれん。そういう者が現れる可能性も、また0では無いからね』

 

その声の考えを聞いて、考え始める少女。

そうして数十分程経っただろうか……少女が口を開いた。

 

「君の考えは分かったけど……そういえば君は何者なんだい?」

 

『私か?ただの道化だよ。名は……捨てたものだが、メルクリウスと名乗っておこうか』

 

「へぇ〜、水銀の王(メルクリウス)かい?随分と中二病掛かった名前だねぇ?」

 

『所詮、その名前も星の数程ある中でよく呼ばれるものでしか無いがね。では、今度は君の名前も聞かせてもらえるかな?お嬢さん』

 

「お嬢さんなんて言われるとは思わなかったなぁ……まあ、名乗られたから名乗り返そうか」

 

声が問いかけると、少女は笑みを浮かべながら言った。

 

「僕は安心院(あじむ)なじみ、平等なだけの人外だよ。僕の事は親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

 

『安心院なじみか……私が言うのもおかしいが、いい名だな。それで君はこの世界に何をしに来たのかな?』

 

名乗ったけど呼ばれないかな?と内心安心院は思いながら答える。

 

「別に特に用がある訳では無いぜ。ただ面白い世界があったからこうして見ているだけ」

 

『ほう?見ているだけかね?何かしら干渉があると私は思っていたのだがね。何しろこの世界をずっと見ていたようだしな』

 

「……いつから気付いていたんだい?」

 

安心院が虚空を睨みつける。しかし声はそんな事は気にしていないかのように続ける。

 

『ふむ……舞台裏の事になるが、二十一話くらいの時ではないかね?その時に干渉されたような感覚があってね』

 

「さらっと中々にメタい事を言ったね……合ってるけどさ。それにそんな話数の事を言ったら、さっきの漫画云々の話が台無しにならないかい?」

 

『心配はいらないよ。何か不都合が起きれば私がなんとする。最悪回帰してでも何とかするよ』

 

「……そうかい」

 

安心院は深くため息をつき、天を仰いだ。

 

「……で、メルクリウスは僕をどうするつもりだい?排除する?」

 

『まさか、君にもこの歌劇に参加してもらいたい』

 

「……歌劇?」

 

声に対して、聞き返す安心院。

 

『私が生み出した兄妹を主演とした歌劇だよ。私の愛すべき親友たちや、君が見ていた世界の者たちにも協力してもらっている。無論世界の者たちはそんな自覚は無いだろうがね』

 

「へぇ……その兄妹ってのは?」

 

興味を惹かれた安心院は声に問いかけるがーーー

 

『それは君が実際に舞台に上がって、会ってみたまえ。君のような予想外の存在が私の歌劇に加わるのもまた一興だと思うのだよ』

 

「……僕は何の役だい?」

 

『それは私が決める事ではないな。彼らの敵となるならそれもよし、彼らと接触して仲間となるのもよし……どちらにせよ、私が望む最終目的には辿り着くだろうから、どう行動しようとさほど問題は無い』

 

「仮に僕が世界を滅ぼしてもかい?」

 

安心院はニヤリと笑みを浮かべながら問いかける。しかし返答は彼女の予想を少し越えていた。

 

『ふむ、そうなるのもまた一興だが……今回は勘弁願いたいな。まあ、そうなったら君というものを消してから再び別の世界でやり直すか、回帰をするだけなのだがね。しかし、いくら君でも跡形も無く消されるのは嫌だろう?』

 

「そりゃあもちろん。《死延足(デットロック)》があっても君やその仲間ならそんなの無視出来そうだしね」

 

安心院は苦笑いしながら言った。

 

「なら僕は……まあ、その彼らに会ってから考えるよ、うん」

 

『承知したよ。では私はこれで……』

 

声が消え、静寂に包まれる教室。

安心院はそれから少し何かを考えていたようだがーーー

 

「……うん。とりあえず、まずは世界に行ってみようか。色々行ってみれば何か面白いものが見つかるかもしれないし……」

 

そう言った呟きが教室に響いたが、その時にはもうすでにそこには誰もいなかった。

 




…………出ました、安心院さんです。彼女もこの世界に関わっていきます!
異論は聞きますけど、止まる気も書き直す気もありませんからね!?私は面白く書きたいんだ!
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

タグ、安心院なじみ追加


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第二十六話

今回はあまり上手くないかもしれません……温かい目で見てください……。



 

side 影月

 

翌朝ーーー分校での後片付けが終わり、負傷者(主に透流たち)たちの傷跡が癒える間もなく、伊万里たち分校組との別れがやってきた。

 

「最後はともかく、この一週間楽しかったぜ」

 

「あははっ、それはあたしも同じよ。みんなと……何より透流とまた会う事ができて、本当によかった」

 

船着き場まで見送りに来てくれた、伊万里や分校組。

俺たちはこの臨海学校で、それぞれが仲良くなった相手と別れを惜しんでいた。

 

「……なあ、朔夜」

 

「人前でそう呼ぶのは控えてほしいですわ。なんですの?」

 

俺は朔夜の突っ込みをスルーして、透流と伊万里が楽しく笑いあってるのを見て言う。

 

「今度は分校組を本校の方に呼んでみるってのはどうだ?もちろん授業はするが……分校組にも癒しは必要だろうし……」

 

「……だろうし、なんですの?」

 

「皆さんとまた会えるようにーーーですね?兄さん」

 

「その通りだ。朔夜、前向きに検討してみてくれよ」

 

「……そうですわね……考えておきますわ」

 

朔夜が苦笑いをしながら答え、俺は優月と顔を見合わせ笑った。

 

「ねぇ!影月と優月!」

 

すると伊万里がこちらに向かって歩いてきた。

 

「伊万里さん、お世話になりました!」

 

「本当に世話になったな……ありがとうな?」

 

「あははっ、お礼もありがたいけどいいのよ。貴方たちも()()なんだから当然の事をしたまでよ!でしょ?」

 

伊万里はそう言って笑みを浮かべる。それに俺と優月も笑みを浮かべる。

 

「ふっ、また近い内に会えるかもな。理事長に今さっき提案した事があるからな……」

 

「えっ、本当!?何を提案したの!?ねぇ!?」

 

「今回の逆パターンを提案してみた!つまり分校組が本校に遊びーーー授業しに来るのはどうだって!」

 

「ちょっと影月!?確かに提案されましたけど、私はまだどうするかはーーー」

 

「真面目に考えてくださいね?理事長♪期待してます!」

 

そう優月に言われた朔夜は珍しく頭を抱え、唸るのだった。

そんな朔夜を見て、苦笑いを浮かべた伊万里は俺たちに向き直りーーー

 

「それじゃあ、二人ともーーー()()()!」

 

「「また(な)(ね)、伊万里(さん)!」」

 

 

 

 

 

波止場に立ち、船を見送る分校組。

彼らの判別がつかなくなって来ると、船尾デッキにいた十人近いクラスメイトが一人、また一人と船内へ入っていく。

そして俺たちも船内へ戻った。しかし向かう場所は皆がいる船室ではない。

俺たちはある一室の扉をノックして返事を待たずに中へと入る。

 

「失礼します。朔夜さん」

 

「……せめていいと言う返事を言うまで待っていてほしかったですわ」

 

部屋で朔夜は船の窓際近くに立ち外を眺めていたようで、ため息をはいて、こちらを見る。

 

「で、ここに来た用件はなんですの?」

 

「ああ、今回分校が襲撃される前に本校も攻撃を受けていたと言ったが……本校が無事か、被害状況を聞きたくてな」

 

「その事ですのね。安心してくださいな、負傷者は重軽傷共にありますが、誰一人死亡してないとの事ですわ。ですがーーー」

 

「ですが?」

 

朔夜は非常に言いづらそうに、どう言うか考えながら言った。

 

「……昨日、私がメルクリウスに警備を頼んだと言いましたわよね?」

 

「はい。……黒円卓が本校にも来たって事ですか?」

 

「そうなんですけれど……三國の報告によると……その警備き来たと思われる者が黒円卓大隊長二名だと……報告を受けましたわ」

 

「「!!?」」

 

朔夜の言葉に俺たちは驚く。

まさか分校では大隊長の一人、シュライバーが現れ、本校では他二人の大隊長が現れるなど誰が予想出来るだろうか?

 

「……つまり、ザミエルとマキナですか……」

 

「戦闘の証拠映像も送られてきましたわ。私もまだ見てないのですけれど……お二人も見ます?」

 

「もちろんだ」

 

そして俺たちは、本校から送られてきた映像を見た。

 

 

 

それから形成すら唱えず、圧倒的な強さで敵を蹂躙し、その強さで俺と優月が頭を抱えるのはまた別の話だーーー

本校からの映像を見た俺たちはしばらく無言だったが、とりあえず何かを言おうと口を開く。

 

「……ま、まあ、死亡者がいなくてよかった……な?」

 

「……そうですね。本当によかったです」

 

「お二人共、大丈夫ですの?その言葉に似合わず、軽く現実逃避しているように見えますけれど……?」

 

その後はその話を一旦置いて、俺たちはそれから朔夜の部屋でたわいもない話をした。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばお二人共、仲がよろしいですわよね?」

 

そうしたたわいもない会話の中、ふと朔夜がそんな事を言い出した。

それに対し、俺は何を当たり前の事をと思いながら返す。

 

「兄妹なんだから、当たり前だろう?普通は仲がいいものじゃないのか?」

 

「それはそうですが……その、優月?」

 

「はい?なんでしょう?」

 

朔夜は確かめるようにーーーしかもなぜか若干頬を赤くしながら、優月に聞いた。

 

「……貴方は、え、影月と……その……」

 

「俺と?なんだ?」

 

俺と優月は朔夜が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。

俺は紅茶を飲みながら、その言葉の続きを待つ。

そして朔夜は意を決したような顔をしーーー

 

「その……キスや、あ、ああいう行為をした事はないんですの?」

 

「「っ!!!??」」

 

爆弾発言を言った。その不意をついた言葉に俺は飲んでいた紅茶が気管に入り、むせる。

 

「げほっ!ごほっ!!」

 

「な、な……!?何を言ってるんですか!?」

 

俺はむせて、優月は激しく動揺する中、朔夜が慌てたようにそう聞いた訳を話す。

 

「い、いえ、別に深い意味は無いですわ!ただ単に気になったから聞いただけですわ!ただ、皆気になっている所でもあると思ったからですわ!」

 

「げほっ……はぁ、紅茶飲んでる時に言わないでくれ……」

 

「そんな事ありませんよ!?私と兄さんは家族であって……その、そんな事は……」

 

「か、家族であっても、キスする所はありますわよ?」

 

「それは日本以外の話だろ!?俺たちはそんな事はした事無いぞ!?」

 

「…………う、うう……わ、分かりましたわ……」

 

 

 

ーーーそんな騒ぎもあり、またしばらくたわいもない話を楽しんでいると、優月がトイレに行くと言って、席を立った。

 

必然的に俺と朔夜は二人きりになる。優月がいないこの隙に俺は朔夜に先ほどの事を聞いた。

 

「なあ、なんでさっきはあんな事聞いたんだ?」

 

キスやそういう行為ーーー俺は朔夜があまり気にする事では無いような気がして聞いた、

すると朔夜は驚いた顔をした後に少し俯き、喋り出した。

 

「……私は、気になったのですわ。そして先ほど聞いて思ったのですが……優月よりも先にキスやあんな事してよかったのかと思ったのですわ……」

 

「先に?」

 

「……あの後、考えましたの。優月は貴方の事が好きだというのは分かっていましたわ……誰だって分かるでしょう。まあ、それは家族としてというのも当然あるでしょうし、周りから見てもそう思われているでしょうけれど……私や一部の人はきっと彼女が無意識の内に貴方を一人の男性として見ている時があると察している筈ですわ……そして、彼女はいつかその気持ちを自覚して……もしかしたら私のように想いを伝えるつもりだったとしても不思議では無いと考えました……」

 

そこで一旦言葉を切り、顔を上げた朔夜を見て、俺は頭の中が白くなる。朔夜は目がうるうるとしていて、今にも泣き出しそうなーーーいや、泣いていて、涙声になっていた。

 

「そんな事があるかもしれない優月よりも先に、私なんかが……ひっく……貴方の初めてでよかったのでしょうか……ううっ……もしかしたら、私よりもいつか好意を抱く彼女が貴方の初めてをーーー」

 

「いいんだよ。朔夜」

 

俺はそう言って、彼女の頭を撫でた。

 

「え……?」

 

「朔夜が好きだって言ってくれたから俺もしたんだ。朔夜が初めて面と向かって好きだって言ってくれたんだから……な?まあ、これから優月とはどうなるかは分からないが……君がそこまで悩む事じゃない」

 

頭を撫でられている朔夜はその潤んだ目で俺をじっと見ていた。

彼女はあの時、その場の勢いで俺への想いや様々な事を俺とした後、冷静になって考えると、優月の事などが思い浮かび(優月がそれ程の好意を俺に抱いていたとは思わなかったが)、何やら先に告白した事による罪悪感などが出てきたのだろう。

同時にこうして泣き出してしまうという事は、あれから短い時間しか経っていないが、色々考えて、悩み、自分自身を追い詰めていたという事になる。

 

「ごめんな?そんなに悩んでるとは思ってなかったよ……まあ、なんとかなるだろうし……大丈夫だ」

 

そうして約一分くらいだろうかーーー朔夜が泣き止み、俺も落ち着いて自分の席へ座った。

朔夜は頬を若干赤くしながら俺へ謝った。

 

「ごめんなさい。お恥ずかしい所を見せてしまいましたわ……」

 

「構わない。そこまで思い込まなくていいからな?それに泣きたくなったら、遠慮無く頼ってくれよ?」

 

俺はそう言って笑うと、朔夜の顔にも明るい笑みが浮かんだ。

そこへーーー

 

「ふぅ……戻りました」

 

軽く息をはきながら、優月が戻ってきた。

 

「兄さん、透流さんが呼んでましたよ?なんでも聞きたい事があるとか」

 

「ん?なんだろうな……行ってくるか。それじゃあ朔夜、また今度な。優月はゆっくりしてていいからな?」

 

「ええ」

 

「分かりました」

 

そう言って、俺はその部屋を後にした。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞きたい事がありますわ」

 

 

 

side 優月

 

「あ、はい。何でしょう?」

 

兄さんが部屋を出てから少し経った頃、朔夜さんから突然そんな事を言われました。

 

「……貴方は、影月の事をどう思ってますの?」

 

「……はい?兄さんの事ですか?ならさっき話しましたけど……」

 

「いえ、そうではなくて……家族として好きと言いましたわよね?」

 

朔夜さんの発言に頷く私。

以前も言いましたが、私は物心がついた時から兄さんに頼ってきました。どこに行くにも兄さんの後について行って、何かを食べるのにも二人で分け合って、親に怒られた時も庇ってくれたり……兄さんは優しくて、思いやりもあって、かっこいいし、頼りにもなるので大好きなんです。

 

「なら……異性としてはどうですの?」

 

兄さんを異性として……先ほどの話が頭をよぎりましたが、冷静に考えるとーーー

 

「そうですね……私は妹ですけど、やっぱり……あーーー」

 

「どうしましたの?」

 

朔夜さんの問いかけが聞こえましたが、私の頭の中は別の事でいっぱいでした。

兄さんを異性として考えた事はよくよく考えてみれば今まで一度もなく、朔夜さんがそう聞いてきたので、家族としてでは無く、異性として兄さんを考えてみたらーーー

 

「……先ほどより顔が赤いですわよ?」

 

なぜか顔が自分でも分かるくらい熱くなっていた。

兄さんは兄さんです。私と血の繋がった兄妹で……だから今までは兄妹としてーーー頼れる兄として(した)ってきました。それはこれからも変わりません。

でも、兄さんを異性と考えると……なぜこんなにドキドキとする気持ちになるのでしょうか?

ですがーーー

 

「っ……異性として見ても大好きです。でも……さっき言ったような行為や、そんな感情は妹である私が持ってはいけないし、やってはいけない事です……」

 

そうだ、私は兄さんの妹ーーー軽い兄妹愛は持ってもいいとは思いますが……好きな人に対して思う恋愛の感情は……妹である私が持つべきものではありません。それは世間的に見ても……異常だと思います。

 

「妹が兄に対して恋愛対象として思う……何がおかしいですの?」

 

「おかしいじゃないですか!家族ですよ!?決していい事では無いですし、世間的にもーーー」

 

「周りから見られるだろう意見は聞いていませんわ。貴方自身はどうなんですの?……もし好きだと言うなら、言ってみてもいいんじゃないですの?」

 

「っ……」

 

それはーーーそうだと思いますが……でも……

 

「好きなら好きと……言ってみるのも、それもまたいい思い出になると思いますわ。結果がどうであれ。それにそんな気持ちを持っていながら言わないのは……同じ女性として勿体無いと思うのですけれど……」

 

「……ううっ……」

 

ーーー確かに朔夜さんの言っている事は分かります。でも私はある気持ちが最後に邪魔しています。それはある日、無意識に兄さんに惹かれてーーーそれと同時にもし言ったら兄妹という関係が壊れるかもしれないと恐れる感情がーーー

 

「怖い……という気持ちですの?今のこの関係が壊れてしまうかもしれない……それがとても怖い……そんな所でしょうか?」

 

「…………そうです」

 

「その気持ちは分かりますわ。でも、それでもやってみた方がいいと思いますわ。これはやって後悔する方がいい事だと……私は思いますわ。上手くいけばもっといい関係になれると思いますし……それにそれを理由に気持ちを言わないのは自分に嘘をついているのと同義では?」

 

「…………確かにそうですね。ふふっ、朔夜さんは案外お節介焼きですね」

 

私は苦笑いしながら、朔夜さんに言う。

ーーー怖くて言わないのは、自分にも嘘をついている気分なので私も嫌だ。それに確かにやって後悔した方がいい気もする。

 

「……そうですね。今度二人きりの時に好きだって……言ってみます。……朔夜さん、ありがとうございます!」

 

「いえ、気にしなくてもいいですわ。私も気になっていた事ですし」

 

そんな話もあり、本土に着くまで私たちはゆっくりと話していました。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、聞きたい事ってなんだ?」

 

船室にいる透流の元へ来た、影月は早速透流に問いかけた。

 

「ああ、昨日の広場での事でーーー」

 

透流のその一言に、船室でわいわいと話をしていた者たちが静まり、影月たちに注目する。

 

「な、なんだ?皆揃ってこっち見て……」

 

「そういえば、昨日はお前とユリエは《K》だかいう者を追って船の上にいたんだよな。知らないのは当たり前か」

 

「そ、そうだ。だから何があったのかって……他の奴に聞いても、誰も答えてくれなくてな……」

 

広場で別れた後、透流とユリエは執務室で傷だらけになったリーリスから《神滅部隊(リベールス)》隊長の《K》が部屋の奥にある緊急避難通路へ朔夜が向かったものだと思って通って行ったと聞き、透流たちもその後を追いかけ、その通路の先にある桟橋から出港した小型船で《K》と戦ったのだ。

 

 

 

つまり彼らは広場であったあの事を知らない。それで周りから昨日広場で何があったのか聞こうとしたが……誰もが教えるのを拒んだので、仕方なく影月を呼んで、事情を聞こうと思ったのだ。

 

「なんで皆言わないんだ?」

 

影月が周りのクラスメイトを見回しながら言うが、誰もが俯いている。

彼らは未だ昨日起こった事の状況が整理出来なくて上手く説明出来ないのだろう。

それも無理は無い。いくら彼らは訓練生とはいえ、まだ実践を経験した事の無い普通の生徒である。そんな彼らが昨日のような戦闘ーーー非日常へ放り込まれたら、それだけでも十分整理がつかない事だと思う。

しかもそれと同時に、黒円卓の大隊長が乱入して来たのだ。もはや自分の目で見たものすら信じる事が出来ない位の気持ちだろう。故に誰も彼らに言えないのだろう。

 

「まあ、仕方ないか……で、昨日何があったかだよな?」

 

「ヤー」

 

「……聖槍十三騎士団黒円卓、第十二位のシュライバーが乱入してきたんだ」

 

「なっ!?シュライバー!?」

 

「た、確か大隊長の人でしたよね!?」

 

透流とユリエはその人物名を聞いて驚く。

そして影月は昨日あった事を詳しく、細かく二人に説明し出した。

 

 

 

 

 

 

「ーーーという事が昨日あったんだ」

 

「僕たちも森で生徒を探していたからな……そんな事があったのか……」

 

影月の話を聞き、丁度あの時いなかったトラがそんな声を上げる。

 

「(そういえば、トラや橘たちもいなかったな……忘れてた……)それと学園に帰れば、耳に入る話だろうから言うが……本校でも黒円卓団員が現れたらしい」

 

『えっ!!?』

 

影月の発言で船室内にいる全員が驚きの声を上げた。その反応に苦笑いを浮かべながら、影月は本土に着くまでその事について説明を始めるのだった。

 




今回は駄文かもしれません……いや、駄文だ!申し訳ありません……。
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第二十七話

今回の後半、主人公二人があの人と邂逅(かいこう)します。



 

side 影月

 

どうも。ここ最近俺視点が多い気がする影月です。

そんなメタ発言は置いといてーーー今は臨海学校から戻ってきて最初の土曜日を迎えた。

時期的に世間は夏休みムードだが、この学園では関係の無い話だ。

最低限の一般教養の授業に加え、技能教習ーーー戦闘技術の訓練時間を考慮して、夏休みはお盆を中心とした一週間にも満たない連休があるだけだ。

 

 

そして俺と優月はいつも通り、寮から校舎へと通い慣れた道を通って、向かっていた。

周囲には同じように校舎へ向かう生徒たちがいるが、その多くは暗い表情を浮かべている。

まずはここ最近身の回りで起きた出来事を説明していこう。

なぜ生徒たちはそんな表情を浮かべているのか?それは臨海学校から戻った直後に、行われた緊急の全校集会で朔夜が語った話に起因する。

 

曰く、先の襲撃はかつてドーン機関の治安維持部隊が闘った犯罪組織による報復攻撃であるという事。今回のようなケースは初めてであるが、今後も同様の事が起こりうる可能性はあるという事。

そして、聖槍十三騎士団の介入、そして朔夜が彼らと話を付け、警備を頼んだという事を話した。

聖槍十三騎士団については様々な混乱や意見があったりしたがーーー朔夜が俺と優月を巻き込んで、その場を収めたと言っておく。正直ものすごく大変だった。

それらを踏まえた上で、昊陵(こうりょう)学園に留まるか否かの選択を各人の判断に任せる、と。

 

 

結果、多くの生徒が頭を悩ませている。今回の被害は銃撃や爆破による器物破損、多くの負傷者を出した。しかし死者は本校、分校共に出ていない。死者が出ていない理由としては、分校では優月の活躍、本校では三國先生の的確な指示によるものだ。

 

俺は、死者は出ていないとはいえ、去る人は多いだろうと思った。この学園に通っている人たちは入学前はどこにでもいる中学生で、平和な日常を生きていたのだから。そして彼らにとって人の生き死になんて、テレビやネット、あるいはマンガやゲームのフィクションでしかなかったのだから。

それがこの前、目の前で起き、親しい人たちが死にかけ、敵が目の前で死んだ。それを見て彼らは気付かされただろう。自分たちの進む道は日常ではなく、非日常の世界であるとーーー

だからこそ、命を大事にして日常の世界へ戻る者は多いだろうと思っていたのだがーーー現在、誰も学園を去ったという話を聞いていない。

なぜ、去る者がいないのか?そして何を根拠に悩んでいる者が多いのか?

その理由や根拠は三國先生や月見先生、そして俺たちがいるからというのもあるだろうが、おそらく一番の要因はーーー

 

「聖槍十三騎士団……か」

 

そう、彼らだろう。本来なら世界の敵だという事で恐れられる彼らだがーーー今回朔夜が学園の警備を頼んだと言った件や、実際に現れて敵を殲滅してくれたという点で揺らぎ、そしてなぜか留まる者が多い。

留まる理由は人それぞれで、詳しくは知らないがーーーまあ、慣れ親しんだ友人がやめないというのはありがたい。

ちなみに優月は今回も友人たちがやめないようにと奔走しまくっていた。そして上級生にも似たような事をしていたと聞く。

 

「……友人思いだな」

 

「?兄さん、何か言いましたか?」

 

首を傾げ、俺を見る優月に何でもないと言いながら考える。優月は昔から友人を大切にして、困った人がいたらなんとしてでも助け、励ましているのだ。俺はそんな優月が微笑ましく思うし、同時に頼りになると思っている。

 

「……う〜ん……何考えてるんですか?と言っても、教えてくれないでしょうし」

 

「優月は友人を大切にする優しい美少女だなって思っただけだ」

 

「へ〜、そうですか…………えっ!?」

 

褒められた事に気付き、顔が赤くなっていく優月。

 

「何恥ずかしがってるんだ?さて、遅れるから早く行こうぜ!」

 

俺は優月の手を引いて、校舎へ急ぐ。きっと彼女に助けられた者たちは、彼女が困っている時に力を貸してくれるだろうと思いながらーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室へ入ると、始業間近というのにクラスメイトは七割程しか登校していなかった。

悩んでいる奴らが不登校気味となっている為だ。

 

「まだ不登校者がいますね……元気付けないと!」

 

あの日から、この学園の非日常の中で得た日常の歯車が狂った。

そんな歯車を直すとしたら、優月の役目だろう。俺はそれの手伝いをするだけだ。

そう思いながら、俺たちは席についた。

 

 

 

しばらくすると、うさぎ耳を付けた人物が場違いな位に明るい声を上げて、入ってきた。

 

「はいはーい♪皆、おっはよんよーん☆HR始めるから座ってねーん♡」

 

あの日、多くの敵をなぎ倒した姿から、実は頼りになると評価が高まった担任ーーー月見先生だ。

 

「おはよー白うさ先生」

「今日もテンションたけーな、白うさ先生」

「白うさ先生だし」

 

月見先生に対し、そこかしこから話し声や返事が聞こえてくる。

ちなみになぜ、白うさ先生と呼ばれているかと言うとーーー

 

「オラァ!とっとと座れっつーてんだろが、ガキども!!」

 

「黒うさ先生モードだ」

「ヤベー黒うさ先生ヤベー」

「黒うさ先生もっとなじって……」

 

素の部分を見られた上で問いただされ、キレた姿を全員に見せてしまった為に、このように呼ばれている。

 

「そこで男を取り合ってる金銀。HR始めっから、夫婦愛人三角関係修羅場シーンはとっとと終了しやがれっつーの」

 

「修羅場でも何でもないですから」

 

「ヤー」

 

「それにはあたしも同意するけど、あたしを見て愛人呼ばわりした事が気になるわね」

 

「いやーん、お嬢様はチェック厳しいんだからぁ♪」

 

「全く、あたしが正妻だっていつも言ってるでしょ」

 

「ナイ、お断りします」

 

「何であんたに断られなくちゃならないのよっ!?」

 

視線をぶつけ合う、銀と金の髪を持つ少女。

それを見て、俺はいつもの雰囲気が少しずつ戻ってきている気がして、笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「買い物?今日の放課後か?」

 

「はい、ちょっと買いに行きたいものがあるので……付き合ってくれます?」

 

 

 

そんな会話をしたのが、今から約二十分前ーーー俺と優月はあらもーどにいた。

俺はベンチに座り、目の前のお店で買い物をしている優月を眺めていた。

 

「……暇だ……」

 

ついてきてほしいと、優月には言われたのだが……実際とても暇だ。

ふと、目の前で歩いている人々へ目を向けるととても楽しそうに歩いている姿がある。

家族と、友人と、そして恋人と笑い合いながら歩いているその姿はここが今、平和だと実感させ、自然と笑みが浮かぶ。そう思って、他の人たちを見ているとーーー

 

「……ん?」

 

視界の端である人物が歩いているのが目に入る。その人物はすでに後ろ姿しか見えないが、黒髪ロングの女性だった。面識もなく、初めて見る筈なのになぜか気になり、目で追いかける。

その人物は少し離れた横の細い通路に入り、姿が見えなくなる。

 

「終わりましたよ、兄さん……兄さん?」

 

そこへ買い物を終えた優月が戻ってくる。

 

「……優月、ちょっと気になる人を見かけたから行ってみていいか?」

 

「え?ま、まあ、買い物は終わりましたからいいですけど……知り合いか何かですか?」

 

「いや……でもなんだか気になってな」

 

そして俺は立ち上がり、その人物が消えた通路へと向かった。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

みやびは今、とても悩んでいた。

その理由は臨海学校まで遡るーーーあの襲撃がある少し前、浜辺で彼女は透流と二人きりになれた。その時に彼女は今までその胸の内に秘めた透流に対する想いをーーー好きだという想いを彼に伝えた。

しかし透流の返答は、困ったような顔をされただけだった。この時、彼の内心では様々な考えや思いが浮かび、即座に返答出来なかったのだが……そんな事を知らないみやびは、告白した事に後悔した。

その後は逃げるようにその場を離れーーー襲撃に巻き込まれた。

幸い、影月や透流、その他トラたちなどの助けにより怪我は無く、襲撃をやり過ごしたが、彼女の心には深い傷跡が残った。

いつも優しく、元気をくれた人へ告白した事で困らせてしまった事。そして逃げる事によって余計に困らせてしまった事。何より危うく透流の命を落とさせてしまいそうになった事が、彼女の心に傷をつけたのだ。

 

 

そして現在、彼女はあらもーど内のベンチに座っていた。彼女の《絆双刃(デュオ)》である橘が彼女を元気付けようと外へ連れ出してくれたのだ。先ほど橘はソフトクリームを買ってくると言い、松葉杖を突きながら雑踏へ分け入って行った。

 

(気を使わせちゃってるなぁ……)

 

みやびは臨海学校で怪我をして、松葉杖を突く《絆双刃(デュオ)》に申し訳なさを感じていた。

 

「……もっと、わたしが強ければよかったのに……」

 

足手まといにならない強さが自分にあれば、透流の命を危険に晒さずに済んだかもしれないという思いが、みやびの口から零れ落ちた。

 

「……強くなりたいとは、どういう事なのかね?」

 

そんな深く沈み込むみやびは突然話しかけられた事で驚く。

いつの間にか柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべた老人が隣に座っていた。

 

「あ、あの……聞こえていました?」

 

「ちょっぴりじゃがの」

 

その老人の笑顔につられ、みやびもほんの少し笑みが浮かぶ。

そんな突然現れた老人に対して、みやびは恥ずかしさを覚えつつも話を続ける。

 

「えっと……そ、そうなんです。わたし、強くなりたいんです……」

 

みやびは言葉を選びつつも、友人や大切な人を困らせた事、彼らを困らせない位に強くなりたい事、でも全然ダメだという事を吐露(とろ)していく。

老人は否定する事も無く、肯定する事も無く、相づちを打ちつつ話に耳を傾ける。やがて、みやびはふと我に返り、力無く笑った。

 

「あはは……見ず知らずの人にこんな愚痴を聞かせてしまってごめんなさい……」

 

「構わぬよ。たまには吐き出す事も大事じゃて」

 

老人は、笑う。

 

「ところでのう、お嬢さん。先ほどの話じゃがーーー其方(そなた)は強くなれる、儂は思うよ」

 

「そ、そうですかね……?」

 

「うむ。自分の弱さを知っておる者は、必ず強くなる事が出来るものじゃ」

 

「くすっ、ありがとうございます、おじいさん。わたし、ちょっとだけ元気が出たような気がします。本当にそうなればいいなぁ……」

 

「ふははっ、儂が保証しよう」

 

老人が、(わら)う。

見る者が見れば、それは柔和な老人の笑いでは無く、悪魔の嗤いであった。

そして今、悪魔は一人の少女を甘い蜜のような言葉で誘惑する。

 

「お嬢さん、其方にきっかけをお贈りしよう。心の底から《力》を欲するならば、の」

 

そうして、老人はさらに嗤う。

少女はその言葉へ耳を傾けーーー最後に頷いてしまう。

 

「ならば、これを与えようーーー《神滅士(エル・リベール)》の《力》を」

 

 

 

 

 

 

「へぇ、その卵形のアクセサリー(ディバイス)が《力》とやらなのかい?」

 

「「っ!?」」

 

突然、声が聞こえて二人は聞こえた方向を向く。

みやびの横から聞こえたその声の主はーーー

 

「おっと、気にせずに話を続けてくれよ。僕はただ、君たちの話が気になっただけだからね」

 

そこに立っていたのはヘッドバンドを着けた黒髪ロングの髪を肩と太もも近くの高さで結んでいる少女だった。

服装はどこかの高校だろうかーーー制服を着ていた。手にはソフトクリームを持っている。

 

「え、えっと……貴方は?」

 

「ん?僕の事は気にしなくていいって言ったぜ?そちらのおじいちゃんも気にせず続けてくれ。それとも、僕が聞いていたら何か都合が悪い話なのかい?」

 

「……そちらのお嬢さんは知らんが、其方は昊陵学園の生徒じゃろう?」

 

「ーーーっ!!ど、どうして知っているんですか……!?」

 

制服を着込んでいるのならともかく、私服である自分がどうして昊陵の生徒と判かるのだろうとみやびは驚く。

 

「なんだい、その学園は?……んん?おじいちゃんはその学園の関係者なのかい?」

 

「この近くにある特殊技術訓練校じゃよ。儂は九十九の嬢ちゃんと知己(ちき)の仲じゃからな」

 

「え……?えっと、九十九って、理事長の事ですよね。それじゃあ、おじいさんは研究室の人なんですか?」

 

老人ーーー《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》は笑みを見せるも、肯定も否定もしなかった。

けれどみやびはその笑顔で、正解だと信じ込んでしまう。

それも無理からぬ事。学園の地下にある《黎明の星紋(ルキフル)》の研究施設に出入りする研究者と、みやびたち生徒はほとんど接点が無い。たまに宿舎と校舎を行き来している彼らとすれ違い、挨拶をする程度である。

しかし、研究者側からすれば、生徒一人一人のデータに目を通していてもおかしくない。

故に結論づけてしまった。

 

「儂は《黎明の星紋(ルキフル)》とは別のものを研究しておってな。それがこのーーー《装鋼(ユニット)》じゃよ」

 

「ふーん……そのディバイスがねぇ……君は受け取るつもりかい?」

 

「え、えっと……わたしは力がほしいから……その、もらいます!」

 

「うむ、ではーーーよし。さてと、儂は行くかの。君がいつの日かきっと強くなれる事を祈ろう」

 

そう言って、老人は雑踏の中へと消えていった。

 

「……君はそれでいいんだね?」

 

「いいの。わたしは何としてでも……強くなりたいから」

 

「…………分かった」

 

「あれ?みやびさん?」

 

みやびと少女が話していると、今度は別の声が聞こえた。

 

「あ、本当だ。こんな所で何してるんだ?」

 

「な、何も……あ、巴ちゃんと遊びに来て……ソフトクリーム買いにいったから、ここで待ってたの!」

 

みやびは影月と優月の姿を見ると、老人から受け取ったディバイスを二人に気付かれないようにしまった。

 

「そういう二人は何でここに?」

 

「優月が買い物したいって言ったからな。俺はただの付き添いだ」

 

「それとそちらの方は……?」

 

お互いがなぜあらもーどにいるのかを言うと、優月がみやびの横に立っている少女へと目を向ける。

 

「僕かい?僕はただ彼女と話していただけさ。名乗る程の者じゃない」

 

「…………」

 

少女の言葉に少し疑わしげな表情を向ける影月。

一方の少女はーーー影月と優月をまるで品定めをするかのような目で見ていた。そこへもう一人の少女がやってくる。

 

「みやび、待たせたなーーーって、如月と優月じゃないか。キミたちは買い物か何か?」

 

「そうだ」

 

「そうか、それでキミは?」

 

「う〜ん、同じ事言うのめんどくさいなぁ……後でそっちの人たちから聞いてくれよ」

 

さらっとそう言って、帰ろうとする少女。しかし影月がそこで声を掛ける。

 

「なあ、ちょっと待ってくれ。聞きたい事がある」

 

「……なんだい?」

 

「向こうで話そうか。橘たちはここにいてくれ。優月はどうする?」

 

「そうですね……私も行きます」

 

そう言って影月と優月、そして少女は人が少ない場所へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

「……で、聞きたい事ってなんだい?」

 

人が少ない場所にやって来た少女はくるりと振り返って後ろの二人を見る。

 

「ああ……さっき、あんたは俺の友人たちの所へ通りかかる前に、俺の目の前を通ったんだ。その時にふと気になったんだがーーーあんたは何者だ?」

 

「うん?僕はどこからどう見ても可憐な乙女じゃないか。この近くの高校に通ってる普通の……ね?」

 

真剣な顔で問う影月に対して、笑顔で返す少女。しかしその顔は目だけが笑っていない。その目は明らかに影月たちをずっと品定めしているような感じだ。

 

「普通の?信じられないな……あんたからは周りとは()()()()()()()()()?」

 

影月のその含むような言葉が何を意味するのかーーーそれはここにいる三人にしか分からないだろう。その内の一人、優月は怪訝そうな顔で兄を見て、その意味を確認するように聞く。

 

「違うって……やっぱり」

 

「あんたは明らかに周りの人とは何かが違う。言うなれば……異常者だ」

 

「おいおい、君は何いきなり漫画みたいな事を言ってるんだい?いきなり君は周りの人とは違う!異常者だ!って……洒落にもならないぜ?」

 

少女は戯けながら言う。しかしそう言った彼女の纏う雰囲気は先ほどとは違って、少しだけ変わっていた。

 

「そんなに雰囲気変えるような事か?俺はただ気になったから、聞いてるだけだぞ?そんなに変わったら自分は異常者ですって言ってるものじゃないか?」

 

「確かにそうだけどねぇ。まあ、君たちの言う通り僕は他の人とは違うから……気付く人は気付くけど、この世界では君たちが初めてだよ」

 

「この世界?」

 

影月がそこで初めて聞き返す。

 

「僕は君たちのいるこの世界とは別の世界から来たと言ったら、信じるかい?」

 

「そんなの信じられるか!……って言いたいが……この世の中何があっても不思議じゃないからなぁ……聖槍十三騎士団ってのもあるし、信じないとは言えないな」

 

「私も同意見です。世の中可能性が0じゃない限り起き得る事は起き得ますからね」

 

二人の返答を聞いて少女は少し微笑む。

 

「君たちがメルクリウスが言っていた兄妹ね……僕が言うのも変だけど、君たちも常人とはかけ離れてるよね」

 

「自覚はしてます。というより、今さらっとメルクリウスって言いませんでした!?」

 

「ん?ああ、彼とは話した事があるからね。と言っても声だけしか聞いてないけど」

 

「本当に何者だ、あんた……」

 

少女は変わらない笑みを浮かべて言う。

 

「初めから言おうとは思ってたけど、人の名前を聞く前にまずは自分から名乗るって言う台詞を聞いた事は無いのかい?」

 

「聞いた事は……漫画でもあるし、ここ最近もあったな……」

 

ちなみにここ最近とは、ヴィルヘルムの事である。

 

「……俺は如月影月だ」

 

「私は妹の如月優月です」

 

「と言っても、名乗られても名乗り返すとは言ってないんだけどねーーーってそんな怖い顔をするなよ。分かってるよ、ちゃんと名乗るから」

 

戯けながら少女は言ったが、影月と優月の無言の威圧により、真面目な顔になって咳払いをする。

 

「こほん……僕は安心院(あじむ)なじみ、平等なだけの人外だよ」

 

「人外か……まあ、《越えし者(俺たち)》も似たようなものだから驚きはしないな……」

 

「まあ、僕の事は親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

 

「分かりました。それで安心院さん、貴方は一体……」

 

「その続きはまた後で話さないかい?……そうだね……今日の夜、僕が君たちの所に行くよ。いいかい?」

 

「学園へ?いいが……夜は入るの厳しいぞ?ここ最近色々とあったから警戒も強いし、夜は訪問許可取れるとは思えないし……」

 

「まあ、そんな事は僕には関係無いけどね。とりあえず君たちの所へ訪ねるから。じゃあね」

 

そう言うと安心院は手を二人に振った後、その場を去って行った。

その場に残った影月と優月は話し合っていた。

 

「彼女、必ず来そうですね。お茶でも用意してましょうか?」

 

「そうだな……メルクリウスの事を知ってたから、一応朔夜にも来てもらうか……」

 

二人はこの後の方針を大体話し合って決めた後、待たせている橘とみやびの元へと戻って行った。

先ほどの不思議な少女の事を頭の隅にとりあえず置いといてーーー

 




駄文かなぁ……。
水銀「些か文才が無いのでは無いかね?」
……分かってますよ!てか出てくんな!
水銀「おや、失礼。では誤字脱字・感想意見等よろしく頼むよ(キラッ☆)」
(ウゼェ……)そして台詞取りやがった……。
それはともかくまた次回お会いしましょう!


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第二十八話

本州の方々、地震や津波がありましたが大丈夫でしたか?

続きどうぞ!



no side

 

 

「《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》への招待状ーーー確かにお受け取りしましたわ」

 

 

七曜(レイン)》とはーーー《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》という(ことば)を枢要に選んだ、七人の集団の総称だ。

星を象徴する《曜業(セファーネーム)》を冠した彼らは《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》を核としながらも、それぞれが異なる道を歩んでいる。

しかし、彼らは時々一堂に会していた。一番初めに朔夜が受け取ったと言ったものがその宴だ。

 

「主宰より、《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》様とお会い出来る日を待ち望んでいた旨、お伝えするよう言い付かっております」

 

「光栄ですわ。私の方こそ、此度の宴を心待ちにしておりましたとお伝えを」

 

手渡された招待状の内容を確認し、朔夜は《七曜(レイン)》の中心を担う男から遣わされた使者へと笑んだ。

ーーーが、やがて使者が退室して重いドアが閉じられた途端、少女はその小さな体をイスの背へと沈み込ませて大きく息をはいた。

 

「気が進まないご様子ですね、朔夜様」

 

「甲斐無き宴に参加せねばならないと思うと……しかも今はそれよりも大事な事もありますわ」

 

今回の宴に参加した所で、己の研究に何かメリットがある訳ではない。ようは時間の無駄だと感じているのだ。しかし、《異能(イレギュラー)》の青年を筆頭とした数人の生徒の事や、《神滅部隊(リベールス)》を率いていた男から感じた強い執念を思いだし、この宴もあながち無意味では無いのでは?と思っているとーーー

 

「失礼します。理事長、昼間の話の件でお迎えに来ました」

 

ある一人の生徒ーーー数日前の夜、朔夜が精一杯自分の好意を伝えた青年がやってきた。

 

「あら、ちょうど話が終わったのでよかったですわ。三國、貴方はいつも通りの仕事に戻りなさい。私は彼とちょっと出掛けてきますわ」

 

そう言って朔夜はイスから立ち上がり、自らを呼びに来た青年と共に外へと出た。

 

 

 

 

 

 

世界をーーーその地域周辺を明るい光で照らしていた太陽が西に沈み、代わりに東から姿を現したのは、太陽の光とは別の雰囲気の光を放つ月だ。

その月に照らされ、草木は昼間とは違う色を見せ、辺りの景色ーーー寮から校舎へと続く道も昼間とは違う雰囲気を放っている。

 

 

 

そんな夜の雰囲気の中、舗装された道を歩いて寮へと向かっている人影が二人あった。

 

一人はこの学園の生徒である影月。彼は天に浮かぶ月を横目に、隣に並んで歩く少女のペースに合わせて歩いている。

 

そしてもう一人はこの学園の責任者であり、理事長である朔夜。彼女は並んで歩く影月の横で薄く笑みを浮かべながら歩いている。

 

なぜ薄く笑みを浮かべているのかは分からない。月の綺麗さを見て自然と笑みを浮かべているのか、それとも花壇に咲いている花を見て笑みを浮かべているのか。

それともーーー想い人と共に、歩いているのが嬉しいのか。それは本人にしか分からないだろう。

 

「朔夜、突然の事で申し訳無い」

 

「構いませんわ。その安心院さんーーーと仰る方が今夜この学園に来る、さらにその方がメルクリウスの事を少しは知っているとなれば……私も少なからず興味がありますわ」

 

ちなみに三國は自分の仕事をしにいったので後ろからこっそりとついてくるーーーなんて事はない。

ーーーもう朔夜の警護は影月でいいのでは?という意見が上がりそうだが、そのような意見はどこかへ放り投げておこう。

 

「一つ聞きたいんだが……あれから退学者はいたのか?」

 

影月が聞いているのは、以前あった襲撃によって、この学園から去った生徒はいるのだろうか?という内容だ。それに対し朔夜はーーー

 

「良いのか悪いのか、私には分かりませんが……今まで誰も退学届を出していませんわ」

 

「そうか、そりゃあよかった。友人がいなくなるのは嫌だし、それは上級生に対しても同じ事だからな……良い知らせだよ」

 

朔夜は少し思考したような表情を浮かべながら、影月の質問に返答し、その返答を聞いた影月は優しい笑みを浮かべる。

その優しい笑みを見た朔夜は少しだけ見惚れて、頬が赤くなるが、すぐに我に返って見惚れていた事を誤魔化すように話を逸らす。

 

「っ!そ、そういえば影月は昼の事で他に何か気になった事は無かったですの?」

 

「ん?どういう事だ?」

 

影月に気付かれないようにする為に朔夜がそんな事を質問する。

 

「例えば、何か気になる人物がいたとか……安心院さんという方以外で。または気になった行動とか……」

 

「気になった事…………ああ、そういえば一つ、気になった事はある」

 

ただ話を逸らす為に聞いた事だったが、気になる事があると言われ、朔夜は先ほどまでの動揺を消し、目を細め問う。

 

「……それはなんでしょうか?」

 

「みやびだ」

 

「……何かおかしな所でもあったんですの?」

 

影月の口から思わぬ名が出た事で朔夜は少しだけ目を見開くが、すぐに細めて続きを促す。

 

「ああ……俺と優月がみやびと会う前、安心院と一緒にいて話していたっていうのは言ったよな?」

 

朔夜が頷くのを見て、影月は続ける。

 

「で、優月がみやびに話しかけたんだが……彼女は俺たちの姿を見た途端、慌てて何かをポケットにしまった気がしてな……」

 

「慌てて何かをしまった…………貴方たちや、人には見せられないもの……という事ですの?」

 

「人に見せられないものかは分からない。でももし人に見せられないなら、安心院が話しかけてきた時点でしまってるだろう?」

 

「……それもそうですわね……でも手に持っていたと言う事は……安心院(彼女)からもらったか、あるいはーーー」

 

影月の話を聞いた朔夜は少しだけ思考しーーー再び口を開いた。

 

「……そのしまったものが何なのか、それを安心院さんか第三者からもらったのかは分かりませんし、色々と可能性としては考えられますけれど……どちらにしてもあまりいい予感がしませんわね」

 

「ああ、同感だ」

 

そんな話をしている内に目的地である寮に着いた。

二人は寮内に入り、影月と優月の部屋へと向かう。そこで話し合いをするつもりなのだ。

階段を上がって、部屋に入ろうとした二人の背後からーーー三つの声が聞こえた。

 

「あれ?影月?それに理事長?」

 

「ヤー、こんばんわ」

 

「あら?朔夜、貴方が寮に訪ねてくるなんて珍しいわね。どうしたの?」

 

二人が声をかけられた方を見ると、透流とユリエ、そしてリーリスがこちらに向かって歩いてきていた。

透流とリーリスは普段、寮に現れる事の無い人物がここにいるという事に驚いていたが、ユリエは相変わらず無表情だった。しかし、ユリエの《絆双刃(デュオ)》である透流だけは彼女の微妙な表情の変化に気付いていたようだ。どうやら彼女も少なからず驚いているらしい。

 

「別に大した事ではありませんわ。彼らにただ、お茶を誘われただけですわ」

 

「ちょうどいいな。三人も来るか?まだ就寝時間じゃないし……少しくらいは時間過ぎても大丈夫だろう」

 

「いいのか?うーん……二人ともどうする?」

 

「ヤー、私は透流に任せます」

 

「あたしも任せるわ。旦那様♪」

 

「じゃあ、いただこうかな」

 

「分かった。さあ、入ってくれ」

 

リーリスの旦那様発言を全員が綺麗にスルーして、影月が三人を部屋に招き入れるーーーリーリスが「ちょっと、無視しないでよ!?透流!」などと言いながら、透流について行ったが。

そこで影月の後ろをついていく朔夜が影月に耳打ちする。

 

『影月、いいんですの?彼らを巻き込んで……』

 

『問題無い。彼女が来る前に帰ってくれるのが一番いいかもしれないが……別に接触しても問題は無いだろう』

 

部屋に入ると優月がカップをテーブルに置いて、お茶を入れる準備をしていた。

 

「あ、おかえりなさい、兄さん。そしていらっしゃい、朔夜さん。透流さんたちも一緒に飲みに……?」

 

「ああ、プラス三人分のカップが必要だな」

 

優月は影月に言われるとすぐに台所の戸棚からカップを取り出し、リビングのテーブルに置く。

 

「もう少しで紅茶が出来ます。皆さん、適当に座って待っててください」

 

「分かった。ありがとう、優月」

 

「俺たちまで悪いな」

 

「いえいえ♪」

 

影月が部屋に敷いてある座布団に座ると、その左隣の座布団に朔夜が座った。ちなみに透流はユリエとリーリスの間ーーーおそらく彼女たちが透流を挟んだのだろうーーーに座っていた。

 

「……なんで俺は挟まれているんだ?」

 

「ん〜……こっち見ながら聞かれてもな。二人に聞いてみたらどうだ?」

 

「あたしは透流の旦那様よ?隣に行くのは当然でしょ♪」

 

「ナイ、お断りします」

 

「なんで貴方が断るのよ!?貴方だって今、透流の隣にいるじゃない!」

 

「私は透流の《絆双刃(デュオ)》ですので、隣にいるのは当たり前です。それに透流を旦那様にはさせません」

 

「はぁ……ゆっくりお茶を飲むというのに、始めから騒がしいですわね」

 

影月は苦笑いし、朔夜は呆れたように首を振っていた。

 

「ちょ……見てないでなんとかしてくれよ!?」

 

「「無理(だ)(ですわ)」」

 

二人は声を揃えて拒否をした。

数分後、優月は全員のカップに紅茶を淹れ、自分のカップにも淹れた後に影月の右隣に座る。

 

「さて、それじゃあいただきましょうか?」

 

優月の言葉で皆が頷き、お茶会が始まる。

 

「このクッキー美味しいですわ。優月も影月も料理出来るんでしたわね」

 

「ああ、優月の腕には劣るが……」

 

「何言ってるんですか!兄さんの方が上手いですよ!」

 

「いやいや、優月の方が」

「いえいえ、兄さんの方が」

 

「そんな事より、誰かなんとかしてくれ……」

 

透流の悲痛な声が聞こえたので、三人の視線が透流に集まる。その目に映ったのはーーー

 

「トール、私がクッキーを食べさせてあげます。こっちを向いてください。あーん」

「透流、こっち向いて口開けて♪あーん♡」

 

美少女二人が微笑みながら(ユリエは分かりづらいが)透流の口元にクッキーを持っていく。

しかし美少女二人の目は互いに視線をぶつけ、睨み合っていた。

 

「……諦めてくれ、透流。なんとも出来ない。まあ、どうにかしてその状況から脱せるように頑張れ!!」

 

「ちょっ!?影月!?」

 

「トール」

「透流〜♪」

 

「ところで兄さん、いつ来るんでしょうね?彼女……」

 

そこで優月が唐突に話を変える。おそらく彼女もどうにも出来ないから話を変えたのだろう。透流涙目。

 

「……さあな、特に時間とか決めてないし……夜って事以外は」

 

「もう夜ですから来てもおかしくないとは思いますわ」

 

現在は夜の八時ーーーお茶会が始まって数分だが、すでに賑やかになっている所はなっていた。

 

「まあ、ゆっくり楽しもうぜ」

 

「透流!早く口を開けてちょうだい♪」

「ナイ、あっちでは無くこっちに開けてください」

 

「誰か助けてくれぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は経ち、時刻は夜の九時ーーーお茶会開始から一時間程経過した。

その間には、朔夜や優月が楽しそうに話す姿や、美少女二人(ユリエとリーリス)が、透流を間に挟んで問答を繰り返していたりーーー後者は騒がしいと言ったものだが、このお茶会に参加している者は皆、楽しんでいた。だがーーー

 

「う〜ん……まだ来ないか……」

 

ここに来ると言った人物ーーー安心院なじみが来ないのである。

ちなみに何も知らない透流たちは、その発言を聞いて不思議そうな顔をしている。

 

「さっきも言ってたみたいだけど、他にも誰か来るのか?」

 

「ああ……まあ、夜はまだまだ続くから気長に待つか……」

 

「そうだね、世の中気長に待った方がいい事もあるからね。あ、紅茶、僕にももらえるかい?」

 

「はい!分かりまーーー」

 

『………………』

 

優月の隣から声が聞こえ、皆がそこを見るとーーーいつの間にかそこに少女がいた。その唐突な出現に皆、動きを止めてその少女に注目した。

一方突然現れ、注目を集めた少女(安心院)の反応はというとーーー

 

「ん?どうしたんだい?早く紅茶をくれよ。淹れてくれないなら勝手に淹れて飲むぜ?」

 

「……どこから入ってきた!?そしていつ来た!?」

 

影月が最もな反応をする。いきなり現れ普通に会話して来たのだから、この反応は自然と言えるだろう。

 

「ん?ついさっきだぜ?どこからってそんなの、僕のスキルで来たに決まってるだろう?」

 

「……スキル?」

 

「……お、おい影月、彼女は……?」

 

「ああ……彼女がさっき話した俺たちの待ち人、安心院なじみさんだ……」

 

「そうそう。まあ、僕の事は親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

 

安心院は優月が淹れた紅茶(優月も驚いていたがしっかりと紅茶は淹れていたらしい)を飲みながら言った。

その後は、多少驚きながらも透流たちも自己紹介をした。

そしてほんの少しだけお互いに無言になりーーー紅茶を飲んで一息ついた安心院が口を開く。

 

「で、君たちの聞きたい事は僕の事だっけ?」

 

「あ、はい、改めて聞きますけど……貴方は何者ですか?」

 

優月が聞いたその言葉は昼間、影月が聞いた同じ言葉とは違う意味を持っている。

その言葉に彼女は答える。

 

「……う〜んと……君たちに分かりやすく言うと、僕は別の世界、別の次元から来た人外なんだよ」

 

「別の次元、別の世界ねぇ……」

 

「うん。僕は前の世界ではある人物に殺されてしまってね……結局時間はかかったけど僕は復活出来た。で、目覚めた場所はどこの次元にも所属してない僕自身が作った世界で……まあ、その殺された世界に戻りたくなくて、今まで色々な世界を見て回ってきて、最終的にこの世界に入ったんだ」

 

「なぜ元の世界に戻りたくないんだ?」

 

「僕は死んだだろう?まあ、そんな事構わずに現れてもいいんだけどさ、なんか行きにくくてね。殺されたし」

 

「……貴方のいた世界ってどんな世界なんですか?」

 

「うん。僕がいた世界はこことは違ってね。人に六つのタイプがあるんだ。普通(ノーマル)特別(スペシャル)異常(アブノーマル)過負荷(マイナス)悪平等(ノットイコール)言葉(スタイル)使いって分かれてるんだ。ちなみに僕は悪平等(ノットイコール)だよ」

 

「ちなみに貴方のスキルと言うものは一つだけですの?」

 

「いや、それは人によって違うぜ?一つとか二つとか、複数持ってる奴もいるし、僕は1京2858兆0519億6763万3865個のスキルを持ってるし……」

 

「なんだそのおかしい数字……」

 

安心院の持っているスキルの数にドン引きする影月。周りも絶句し、引いている。

 

「僕がここに来たのも、1京個のスキルのうちの一つ、『腑罪証明(アリバイブロック)』っていういつでもどこにでも存在出来るスキルで来たんだよ」

 

その後はスキルの事や、その世界での彼女の過去ーーー殺されたり、顔の皮を剥がされたりされたという話をしていた。皆は驚いたり、気になった事を聞いたりしながらしっかりと聞いていた。

 

「……安心院さん、一つお聞きしても?」

 

「なんだい?朔夜ちゃん?後、発言する時には手を上げようか」

 

話しかけた朔夜は安心院の返事に若干表情を歪めたが、すぐに気を取り直して問う。

 

「……私は九十九朔夜と申しますわ。貴方は、メルクリウスさんとは本当に話しただけですの?」

 

「そうだけど……君は彼の事を知ってるのかい?なら僕はそれを知りたいんだけど……」

 

今度は安心院が目を細め問う。彼女はメルクリウスに対して、警戒というか、興味という感情を持っていた。

次元や別の世界へ渡るような方法を持つ者ならば、別次元への干渉なども可能だ。しかし安心院自身が作ったあの教室の形の世界は、そう簡単に外部からの干渉は出来ないように彼女自身がとても強く作った世界だ。

それをあの男(メルクリウス)は平然と干渉し、自分の意思次第で安心院の世界を彼女ごと破壊する事も出来ると言った。

そんな男に対して普段はつまらなそうな目をしている彼女がこうして興味を抱くのは当然だと言えるだろう。

 

「……彼とは実際に会ってお話した事がありますわ。掴み所が無くて、何かを言うにしても遠回しに言ってきますわ」

 

「ふ〜ん……ちなみにこの世界で彼は有名な人なのかい?」

 

「ああ……表の世界ではノストラダムスとか名乗ってたらしい。名前も星の数ほどあるとか。裏では有名な魔術師で、ドイツの聖槍十三騎士団って軍組織を魔人の集団に変貌させたりとか……知らないか?」

 

「ノストラダムスは僕の世界でも聞いた事あるね。そして聖槍十三騎士団かぁ……長く生きてる僕もそんなもの聞いた事無いね。どんな組織?」

 

今度は安心院がそう質問してきて、影月たちが説明をし始める。

百八十年経った今でも猛威をふるっている組織で特異な術により、不老不死であるという事。首領はドイツの有名なゲシュタポ長官で色々な人から恐れられた人物である事。そして一般人どころか通常兵器では傷一つ付かないという事。最後に裏社会に通じている者たちで無いと彼らの事は知らないという事を話した。さらに付け足してこの学園に最近干渉しているという事もーーー

 

「へ〜、ラインハルト・ハイドリヒかぁ……第三帝国の首切り役人って呼ばれた人ねぇ……そして十三人の魔人の集団……箱庭学園に通ってる人たちより強いかな?」

 

「あんたの通ってたその学園の人たちの事は知らないからなんとも言えないが……余程の実力が無ければ、平団員すら手も足も出ないかもしれないぞ?」

 

「…………そんなに強いのなら、興味あるね」

 

安心院はここに来て初めて、目の色が変わる。

そしてとんでもない事を言い出した。

 

「ねぇ、僕もここへいていい?」

 

『……は?』

 

「僕もここへいていい?」

 

『…………』

 

同じ事を二度言った安心院。

彼女は本気で言っているのだ。彼女は戦闘狂では無いが、そのような面白い者たちがいるなら一目会ってみたいーーーと思ってこのような事を言っている。学園に騎士団が干渉してきているならば、下手に探し回るよりここにいれば、出会える可能性が高いからそう言っているのだろう。

最も彼女は答を知るスキル『模範記憶(マニュアルメモリ)』を使えば、いつどこで会えるか、そして最後の結末もどうなるかは分かるのだが……彼女自身もそんな方法で結果を知るのは面白くないので使わないようだ。

しかも仮に使っても最後の結末だけは分からないかもしれない。彼女は知らないが、この世界を収める女神の守護者である水銀の蛇の力によって最後の結末は分からないようにしているのだ。まあ、水銀の蛇に言わせれば、「そのような興醒めな事は認めん。断じて認めん。私が法だ、黙して従え!」とか言うだろうーーー

 

「あ、部屋とかはいらないよ?君の中にいさせてもらうから」

 

「え、俺!?」

 

さらに安心院がそう言って、影月を指差す。影月は自分に対してそう言われるとは思ってなかったようでさらに驚く。

 

「その方が色々都合がいいんだよ。君たちといた方が……ね?」

 

「……ならば、一つ条件がありますわ」

 

そこで今まで沈黙していた朔夜が口を開き、その条件を言った。

 

「この学園に生徒として通ってもらいますわ。扱いとしては転入生という形を取らせていただきますわ」

 

「それなら《焔牙(ブレイズ)》についてはどうするんですか?」

 

優月が一番の問題を聞く。確かにこの学園では《焔牙(ブレイズ)》を扱える《適性》が無ければいけないのだがーーー

 

「《焔牙(ブレイズ)》ってあれかい?なんか炎みたいなの纏ってさ、武器とか出す漫画みたいな奴?」

 

「……そうですわ。貴方は何か武器を出せたり、武器を扱ったり出来ますの?」

 

「剣とか銃火器なら出せるよ?他にも細かく言ったら、精神系スキルとか魔法系スキルとかあるけど……」

 

「魔法!?」

 

その言葉に透流たちが再び驚き、安心院に注目する。対して影月や優月、朔夜は驚きはしたもののあまりそこまで反応は大きくなかった。

 

「魔法ですか……メルクリウスが魔術師って一面もあるらしいので、あまり驚きませんね……」

 

「同感だ」

 

「私もメルクリウスの事もありますし……それ以外でも魔術に長けた者を聞いた事がありますわ」

 

「へぇ?朔夜さん、それはこの世界の人かい?」

 

安心院が再び興味深そうに聞く。彼女自身、そんな存在は今初めて知ったのだろう。

 

「そうですわ。まあ、どんな人というのはお教え出来ません。重要機密ですし、それに近い内に私はその方たちと会う事になっていますわ」

 

「俺たちに関係するかは分からないが……一応覚えておこう。ちなみにリーリスは、朔夜が言った魔術に長けた者の事は聞いた事があるか?」

 

影月がリーリスにそう質問した理由は、彼女が《特別(エクセプション)》だからだろう。

学園では彼女のその称号故に、生徒の個人情報を覗き見たり、ある程度の裏社会に通じているなど、《特別》な扱いを受けている。そんな彼女なら知っているのだろうか?と思って、影月は聞いたがーーー

 

「……いいえ、初耳よ。あたしの耳に入らないって事は相当の機密なんでしょ、朔夜?」

 

「ええ、いくら《特別(エクセプション)》の名を持つ貴方でも、この情報は開示出来ませんわ」

 

朔夜は首を横に振り、そう言う。リーリスが知る事が出来ないという事はそれだけ深い裏に通じている者だという事だ。

 

「で、話を戻すけど僕はここにいていいんだよね?さっきの条件は飲むよ。《焔牙(ブレイズ)》の演出は刀を作るスキル『見囮剣(ソードルックス)』をちょっと(いじ)っておくから。それにさっきから話を聞いていると、中々面白そうな事になりそうだからね」

 

「…………まあ、いいか。俺の中に入ってもいいが……迷惑掛けるなよ?そして何か頼む事があったら、相談させてもらう」

 

「構わないぜ。僕の方こそよろしくね」

 

そう言って安心院は影月に手を差し伸べてくる。その手を影月が握り返し、握手をする。

ちなみに優月や朔夜が先ほどから何も言わないのは、様々な事を考えて、メリットとデメリットを考えた結果問題はあまり無いだろうと判断したからであるーーー影月の中に入るという所は何か言いたげだが。

二人の握り合った手が離れると、部屋の空気がいくらか軽くなる。

 

「はぁ……お茶しに来たらこんな場面を見せられるなんてな……」

 

「でも、いいと思います。結果的に新しい仲間も増えたって事ですから」

 

「あたしもいいと思うわ。監視は貴方たち二人(影月と優月)に任せればいいし」

 

「リーリス……なあ、安心院、彼女の中に入らないか?」

 

「そうだねぇ……なんか危険物みたいな言い方されたから、流石の僕も今の発言は気に食わないなぁ……皆、彼女(リーリス)に移っていい?」

 

『どうぞ!』

 

「ちょっと!?待って、謝るからやめて!?」

 

そんな騒がしい二度目の邂逅を終えて、その数分後にお茶会はお開きとなり、皆部屋や学園へと戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告は以上か?」

 

「はっ!私たちからは以上です!ハイドリヒ卿」

 

「分かった、下がりたまえ。しばらく休むがよい」

 

「「jawohl!」」

 

「……」

 

報告を受けた黄金の獣ーーーラインハルトは三騎士に労いの言葉を掛ける。

労いの言葉に赤騎士(ルベド)白騎士(アルベド)は敬礼し、黒騎士(ニグレド)は無言で頷く。

そして三人が玉座の間から出て行き、玉座の間が静寂に包まれる。

が、そこへ別な人物が現れる。

 

「失礼致します。ハイドリヒ卿」

 

「ん?シュピーネか。どうしたね?」

 

黒円卓第十位ーーーロート・シュピーネ。彼はかつての怒りの日(dies irae)では永遠の刹那、藤井蓮に早々と倒されてしまったが、後にその魂はグラズヘイムへと吸収されて今現在は影月たちの世界で、首領副首領の指示により裏社会で暗躍している。

そんな彼が何の用でここに来たのかーーー

 

「副首領閣下は今どちらにいらっしゃいますか?」

 

「カールか?ふむ……」

 

彼がここに来たのは、ラインハルトに用があって来たのではなかった。副首領メルクリウスに用があって来たのだ。

しかしメルクリウスは神出鬼没、どこにいるのか、どこに現れるかなどが彼には分からないので、唯一の親友であるラインハルトの元に来たというわけだ。

 

「カールよ、見ているのだろう?私が知らぬ間にシュピーネに何を依頼した?」

 

「何、ちょっと聖餐杯に変わるものについて調べ物を依頼していてね。何か成果はあったのかな?」

 

ラインハルトが虚空に呼びかけると、いつからそこにいたと言いたくなるような感じでメルクリウスはふっと現れた。

 

「は、はい。とある組織にて人造生命体(ホムンクルス)という存在があると分かりまして……この書類と共に報告に上がりました」

 

人造生命体(ホムンクルス)……それは一体何なのだ?カールよ?」

 

「この世界での魔法だよ。厳密に言えば錬金術で創り出した知的生命体と言った所かな。外見や基本的能力は人のそれと何ら変わりないが、調整する事で身体能力の向上を図ったり、特異な力を出す事が出来る」

 

「ふむ……それをどうするのかな?まさか、それに私の遺伝子でも錬金釜に入れて聖餐杯を創ろう、などとは思っていないだろうな?」

 

「ふふ、そのまさかだよ。元より錬金術は私の得意分野でもある。複製として貴方の肉体を創り、その中にクリストフの魂でも突っ込めば、黄金聖餐杯は出来るのではないかと思っているのだよ」

 

「……何というか、いつもの卿らしくないな。いい加減な気がするのだが?」

 

ラインハルトは親友の説明に対して呆れたように言う。しかしメルクリウスはそんな反応を無視して、シュピーネから渡された資料を見ながら話を続ける。

 

「そこまでいい加減ではないと言っておこうか。オリジナルとは違って、色々と彼に都合がいいように肉体は創っておこうと思う」

 

「具体的にはどのような事だ?」

 

「耐久年数による劣化を無くしたり、肉体の器を大きくしたりだな。実際、器を大きくした所で入る魂の総量は貴方程の量は無理だろうが、かつての聖餐杯並みの強度にはなるだろう」

 

「ふむ……ちなみにそのオリジナルとやらは、今は存在しているのか?そしてもし存在するならば、どこにあるのだ?」

 

ラインハルトがシュピーネへと視線を向ける。

シュピーネは視線を向けられビクッとその身を震わせたが、知っている情報を提示する。

 

「はっ、はい!東欧のイェウッド国です。なんでもその国の王女であるベアトリクス=エミール=イェウッドというお嬢さんが関わっているとか……」

 

「ベアトリクス……確かあの世界では《七曜(レイン)》などという組織にも属している者だったかな」

 

「ほう……《七曜(レイン)》か……」

 

メルクリウスの言葉を反復し、笑みを深めるラインハルト。

その笑みを見たシュピーネはさらにその身を震わせる。

 

「そうだ、獣殿……一つ提案があるのだがーーー」

 

 

メルクリウスはラインハルトにある事を提案する。

その内容はこの場にいる三人しか今はまだ知らないが、後にこの提案が新たな波乱を巻き起こす。

 

 

「ーーー相分かった。卿の提案、乗ってやろうではないか」

 

「重畳、では私も準備するとしよう。シュピーネ、引き続き頼むよ」

 

「り、了解です!」

 

こうして物語はさらに動き出すーーー

 




安心院さんは影月たちの味方となりました!
そして人造生命体(ホムンクルス)がメルクリウスの目に止まりました……これはクリストフのみならずもう一人の人造生命体(ホムンクルス)の運命すら変わるのではないでしょうか?(他人事)
もう一人の人造生命体(ホムンクルス)って誰の事かは……ラノベ見てる人なら分かりますよね?(苦笑)

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第二十九話

ちょっと久しぶりの投稿です。
今回はちょっと色々心配事が……(苦笑)
では、どうぞ!



 

side no

 

昊陵(こうりょう)学園の理事長室にて朔夜は、先ほど話をしたいた安心院の転入届を確認していた。

あのお茶会の後に安心院に理事長室まで付いてきてもらい、転入届を書いてもらったのだ。正直、《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》や、少し準備しなければならない事があるのでこんな面倒な事はあまりしたくなかったのだが、形式的には必要なものであり、そもそも自分から言い出したので仕方の無い事なのだがーーー

 

「ふわぁ……」

 

朔夜はあくびをして、目をこする。朔夜はここ最近黒円卓の団員の情報集めを指示したり、学園で目を通すべき書類を夜通し確認したりしていたので、あまり睡眠をとっていないのだ。

 

「……う〜……眠いですわ……」

 

朔夜は書類を一旦机の上に置いて、体をイスの背へと沈み込ませながら呟く。

だが今は転入届に目を通して、今日中に出来る事を処理し、それが終わった後は例の宴に備えてあるものを用意しなければならない。

いくら立場的にやらなければ仕方が無い事だろうと、彼女はまだ十代前半の少女ーーー流石に辛いものがあるだろう。

 

「……影月にちょっと膝枕でもしてほしいですわ……優月でもいいですけれど……」

 

そんな辛い日が連日続いたからかーーー朔夜は最近、らしくない発言をするようになった。そうは言ってもこうして誰もいない時に呟いているし、自分らしくないと自覚はしているので、まだ理性的にも精神的にもあまり問題は無いと思われる。

 

「……ここに影月か優月がいたら…………くすっ、ああでもこんな事もしてみたいですわ……」

 

ーーー訂正しよう。問題ありだった。何やら一人、少しにやけながら妄想の世界へと旅立ったようだが、彼女の年齢でこの量の仕事ーーー改めて思うが、このような事になっても仕方が無いのではないだろうか?

 

 

 

 

「普段の冷徹な面とは打って変わって、今は年相応の妄想をしているみたいですな」

 

ーーーそれにここには朔夜以外の者もいたようで、その者は彼女を見てニヤニヤとしながら姿を現した。

 

「っ!!!??」

 

突然何も無い所から声が聞こえ、朔夜は肩をビクッと震わせて驚く。その驚きは怖いものを見てとか、突然背後から声をかけられてとかとは違い、何と言うかーーー人には見せられなくて、見られたくない事をしている時に見られてびっくりしたような驚きと言われればイメージしやすいだろうか?そのような驚きだ。

 

「驚かせてしまったかな?だが、御容赦願いたい。私とて貴方の空想を邪魔する気は無かったのだが、あいにく少しばかり用があってね」

 

「あ、ああ、貴方……一体いつから見てましたの!?」

 

突然現れた男ーーーメルクリウスの発言内容を無視して、朔夜は頬を染め、狼狽えるながら質問する。

 

「ふむ……安心院(彼女)をここに招いて、書類を書いてもらっている時から、かな」

 

「〜〜〜っ!!」

 

それはつまり彼女が人前ーーー側近である三國にすら見せないあくびを見られ、さらに眠いと言った弱音や空想などを最初からこの男に全て見られていたと言うわけで、朔夜はさらに顔を赤く染めて悶えた。

 

(見られましたわ……よりにもよって見られたら一番面倒そうな人に!!)

 

「ああ、別に他人に言うつもりは無いから心配は無用なのだが……そんなに睨まないでいただきたい。私は約束を反故にはしない主義だし、ここへはただ話に来ただけで断じて覗きをしていたわけではないのでね」

 

朔夜に睨まれたメルクリウスは肩を竦めながらそう言う。

しかし、最初から黙って部屋でおそらくニヤニヤしながら見ていた者の言葉など誰が信用するだろうか?少なくとも朔夜はしないだろう。

 

「それで話ーーーというより用事だが……これを是非とも試してもらいたくてね」

 

メルクリウスは特に気にした様子も無く、あるものを懐から取り出し机に置いた。それを見た朔夜はまだ頬は赤いものの、それを気にせず目を見開いて驚く。

 

「これは……特殊形状の噴射式注射器(ジェットインジェクター)……?」

 

「然り、ただこれは君の作ろうとしていたものとは違い、使えば普通に《位階昇華(レベルアップ)》するがーーー《(レベル4)》程度の力と特異な能力に目覚めるように少々手を加えさせてもらった」

 

「……まさか……この中には貴方が生み出した新しい永劫破壊(エイヴィヒカイト)が入っている……?」

 

朔夜は以前、メルクリウスと話をした際に彼が新しい永劫破壊(エイヴィヒカイト)を生み出したと言う事を聞いていた。

まさかと思いながらメルクリウスに問うと、彼は頷く。

 

「これは試作品だが、効果は心配いらないだろう。後は君が(透流)にこれを渡せるかどうか次第だがね」

 

「……どういう意味ですの?」

 

「これは君が作ったものを私が真似て作ったものだ。故に私なりのアレンジを加えてある。そのアレンジがどのような影響を与えるかは私にも分からぬが、どちらにせよ君の夢が潰える可能性は高いと言えよう」

 

「ーーーそれはつまり、私の目指す《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に彼らが至るかどうか、この選択で決まると?」

 

「君がその夢を追い求めるか……それとも(透流)が新たなる力を得て、君の祖父から続いた夢は潰えるか、私は君がどちらを選ぶにせよ構わない。しかし彼が復讐の力をつける為、この学園に来たというのは君も知っているのだろう?それも考慮しながら結論を出してほしいーーーこれを受け取ってもらえるかな?」

 

朔夜は考える。自らの夢、そして《操焔の魔博(ブレイズ・イノベーター)》と呼ばれた祖父から受け継がれた夢を叶えるか、それともーーー

この刹那の間に、朔夜は色々な人物の顔を思い出していた。透流やユリエ、リーリス、橘、みやび、トラ、安心院、そして彼女が一番信頼している影月と優月の笑う姿が脳裏によぎる。

 

 

 

「ーーーはぁ……貴方は本当にいやらしい方ですわね。後々の事といろんな人の事を考えたら……それを受け取らないわけにはいかないじゃないですの」

 

朔夜は苦笑いしながら、机に置かれた噴射式注射器(ジェットインジェクター)を手に取る。

ーーーきっと彼女がそうであった世界の彼女ならここではいつものような冷徹な面を見せ、自らの夢を追い求める為にこれを受け取る事は無かっただろう。

しかしこの世界の彼女は違うし、何より変わった。メルクリウスに全てを聞かされた事も変わった理由としてはあるだろうが、やはり彼女が変わった理由として一番大きいのは影月と優月、そしてその周りにいる仲間たち(透流たち)の影響だろう。彼女の望みは、自らの夢を叶える事より大切な人たちの力にーーー助けになりたいというものになっていた。

 

「重畳、ならばこれは貴方にーーーこれが導き出す未来が私にとって未知であり、君たちの希望とやらになれるように祈ろう」

 

メルクリウスは薄く笑いながら踵を返し歩き始める。

が、ふと思い出したかのように止まって振り返り、朔夜を見て言った。

 

「ああ、忘れる所だったな。一つ頼まれてほしいのだがーーー」

 

 

 

 

 

 

 

「……分かりましたわ。私から連絡しておきます」

 

「ふむ、ではこれで用も済んだし私はこれで……たまには早く休むといい。でなければその美しい顔が台無しになって、君の愛しい人が悲しんでしまうだろうからね」

 

「っ!?」

 

その言葉の内容を即座に理解した朔夜は再びメルクリウスを睨みつけようとしたが、彼はもうすでに姿を消していてどこにもいなかった。

 

「…………はぁ、彼と話すと本当に疲れますわ。とりあえずもう休みましょう……」

 

朔夜は睡眠をとる為、理事長室の隣にある自室へと入っていき、理事長室は静寂に包まれる。

 

『彼女の望みーーー渇望もいずれは全てを変えるものになるかもしれぬ。まあ……どのようなものになるのかは今はまだ、私にも分からないがね。ふふ、ふふふ……』

 

そして夜は静かに更けていったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 安心院

 

 

「ーーーとゆーわけで、彼女が昨日色々な事情があって、転入してきた安心院(あじむ)なじみちゃんで〜す☆みんな仲良くしてあげてね〜♡」

 

「ってわけだから、皆よろしくね。僕の事は親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼んでくれよ♪」

 

やあ、皆元気かな?安心院さんだよ。

現在僕は、昊陵学園一年生の教室で担任の月見先生に紹介をされていてね……。なぜこんな事になっているのかは前話を参照してくれよ?

 

 

……え?一応ちゃんと説明してほしい?…………仕方ないなぁ、この僕が説明してやるから耳の穴かっぽじってよく聞くといい。

昨日僕はこの学園内の寮で、影月君たちと話したんだけど、そこから詳しい事は少し省くけど紆余曲折あって、僕自身も望んでこの学園に入ったってわけだ。

ざっくり言うとこんな感じかな?まあ、あまり意味の無い説明かも知れないけどね。

それにしてもこの学園の対応には驚いたよ。朝起きたら学園関係者の人が寮まで来て、制服と学生手帳と通学証を手渡してくれたし、そしてその後こうやってよく漫画やラノベで見る「○○ちゃん、入ってきて〜♪」みたいな感じで紹介されるとは思わなかったね。

 

『…………』

 

「ん?」

 

そんな昨日までの出来事を画面の前にいる皆に話している間にクラスが静かな事に気付く。

さっき何か変な事言ったかな?と思っているとーーー

 

「可愛い!!」

「うおおぉ!!美人が!!美人がいる!!」

「僕っ子か……いい!」

「ここに来てよかった……!!」

「優月ちゃんや、ユリエちゃん、リーリスさんと違って大人な女性な感じ!!」

「ねぇ!今言った人!なんであたしだけさん付けなのよ!?」

 

クラス中が耳を塞ぎたくなるような大声で騒ぎ出す。実際反射的に耳を塞ごうとしたけれど、予想よりは大きくなかったし、言っている内容も気分が悪くなるようなものではないから、正直悪い気はしない。

 

(うん?あの子はショッピングモールで見た子かな?)

 

そう思っていると、教室の後ろの方の席に座っているあの時話した少女を見つけた。少女は僕を見て驚いたような顔をしているけど……僕何かしたっけ?まあ、単に驚いてるだけだと思うけど。

だって昨日話した人が実は今日から一緒に学ぶ仲間でした〜なんて言ったら驚くだろう。

後で話に行ってみようかな。

 

「オラァ!!ガキども黙れ!!…………ちょっと静かにしようね〜♡」

 

『……はい……」

 

隣にいる月見先生がかなりの剣幕で騒いでいたクラスの皆を黙らせた。……僕も少しびっくりした……。

 

「じゃあ、安心院ちゃんは影月君の前の席に座ってね〜」

 

月見先生に促され、僕は指定された席へ移動し、座った。すると肩をトントンと叩かれて、後ろを振り返ると影月君が笑みを浮かべながら言った。

 

「安心院、よろしくな」

 

「うん。改めてよろしくね。優月ちゃんも」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「皆、彼女に色々と質問したい事とか聞きたい事はあるだろうけど、そういうのは一時間目が終わってからにしてね☆」

 

そして僕はこの学園で初めての授業に取り組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、終わったぜ……」

 

一時間目が終わってちょっと一息ついていると、影月君と優月ちゃんが僕の席へと集まって来た。

 

「お疲れ様……だが、まだまだ授業は続くぞ?それに……」

 

「安心院ちゃ〜ん!」

 

「クラスメイトから色々質問攻めされるでしょうから、休む暇はないでしょうね」

 

そうだ、転入してきた人ってのは在籍している人たちからしたら当然ながら珍しいし、新しい友人関係を築く為や、色々知りたい事がある為、色々聞いてくるのは普通に想像出来る事だ。

まあ、僕のいた箱庭学園ではこういう事は無かったからこのような出来事は興味もあって嫌ではない。少し面倒だと思うけど……。

そんな事を考えていたら、近くにいた男子や女子も揃って、質問攻めを始めた。

 

「どこ出身なの!?」

「前の学校の成績は?」

「なんか影月君たちと仲良いけど知ってる仲なの!?」

 

「おおう……」

 

でもいきなりこんなに四方八方囲まれて質問攻めされるとは思わなかった……質問に一つずつ答えている内にあっという間に休み時間が終わってしまう。

 

「あ、チャイム鳴っちゃった……安心院ちゃん、また後でね!」

 

「あ、うん。(休み時間が……ショッピングモールで見たあの子の所へ行こうと思ったのに……でも仕方ないかぁ……)」

 

自由に過ごせなかった事とあの少女と話せる暇が無かった事に対して少しの不満を覚えたけど、転入初日ならこんな事になっても仕方のない事だなぁと気持ちを割り切って、僕は次の授業が始まるのを待った。

 

 

 

 

 

その日の三、四時間目は格闘訓練が行われた。

訓練内容は打撃や投げという格闘術の基礎を主としてやった。僕はスキル無しでも格闘はそれなりに出来るからある程度の事は出来たけど、最後の《無手模擬戦(フィストプラクティス)》ではどうしようか悩む事になったよ。

 

「う〜ん、誰と組もうかな……」

 

「考える必要は無いと思うぞ?」

 

誰と組むか悩んでいると影月君が僕にそう言った。なぜだい?と彼に聞き返そうとした時ーーー

 

「それじゃー《位階(レベル)》ごとにグループになってねー♪で、その中で誰かとペアを組んだら合図と共に組手開始で、後は三分ごとに交代って事で♡あ、安心院ちゃんは《(レベル3)》だからね♪」

 

と、月見先生から指示が飛ぶ。影月君の言う通り、これなら誰と組もうか迷わなくて済んだ。

三つのグループに分かれて、集まった《(レベル3)》のグループは僕を合わせても少数の八人。

でも怪我が治りきっていない橘ちゃんは壁際で見学をする事となっていた。

透流君はユリエちゃん、リーリスちゃん、トラ君に囲まれて誰と組むのか迷っているようだった。

僕もグループに分かれたとはいえ、今度はこの中から誰としようか悩んでいるとーーー

 

「なあ、悩んでるなら俺と組まないか?」

 

「影月君とかい?……そうだねぇ、僕は構わないぜ」

 

「なら私は見学させてもらいますね」

 

優月ちゃんはそう言って、橘ちゃんの元へと走っていった。このグループの人数は七人で、一人だけ余ってしまうから仕方の無い事だね。

 

「まあ、優月は後で「私とやりましょう!」とか言ってくるだろうな」

 

「そう言われても僕は構わないぜ。じゃあ、話してても仕方ないから……始めようか?」

 

「ああ、あんたとは戦ってみたかったんだ……手加減無用で来いよ?」

 

僕たちは互いに不敵な笑みを浮かべながら、準備をする。

 

「さーて、それじゃあはっじめるよー☆《無手模擬戦(フィストプラクティス)》ーーーレディー……」

 

月見先生の宣言で、手を合わせてから距離を取りーーー

 

「ゴーッ♪」

 

開始の合図と共に、僕も影月君も駆け出す。

そして影月君が右アッパーを繰り出し、僕はそれをかわしながら右ストレートを繰り出す。

この時、僕は攻撃を繰り出しながら内心驚いていた。

相手は《黎明の星紋(ルキフル)》で超化された膂力(りょりょく)を持つ者(と説明された)ーーーその力はかなりのものだと思っていたけど、かわしてみて改めて分かった。あれは今、スキルを使っていなくても、それなりの力がある人外の僕よりも数倍強い威力を持っていると確信した。

 

今は模擬戦なので彼も手加減してくれているだろうけれど、先ほどの攻撃も当たったら、数メートルくらい吹き飛んでしまう威力があるとすぐに感じ取る。開始してまだ一回目の打ち合いーーー秒数もまだ二桁に達していない内に僕は内心それだけ驚いた。

そして僕の右ストレートはそのまま影月君の胸に当たったけど、決定的なダメージは与えられた感覚は無かった。それどころか彼の体は少しも揺らぐ事なく、逆に僕の右腕は硬い岩かそれより頑丈なものを殴った後のようにジーンと痺れが広がる。その事にさらに驚きながらも即座に後方に飛んで距離を取る。

 

「……硬い……ちょっと本気で打った僕の攻撃が効かないなんてね……」

 

「悪いけど、ちょっと確かめさせてもらった。……耐久力も聖遺物の使徒と同等近くになるのは本当みたいだな……朔夜から聞いた時は実感無かったが、今攻撃をくらってみて実感したよ」

 

影月君が苦笑いをして言う。一方僕の方は彼に対する攻撃のほとんどは威力が無いに等しいと言われたようなものなので、どうするか思案しているけど……彼の事が少しは恐ろしく感じてしまうね。

 

「なら、僕もちょっと本気を出そうかな?」

 

僕はそう言って格闘系スキルを複数使用する。

間合い把握のスキル『末端距離走(ベリーショートレンジ)』、急所を突くスキル『人の一刺し(ピンホールショット)』、フェイントのスキル『手品師の左手(フェイクハンド)』、相手の打撃を予測するスキル『知識の方向(プロットファイト)』、動体視力向上のスキル『誰かさんが転んだ(アイフォールダウン)』、カウンターのスキル『節明責任(アカウンタビリティ)』、足技特化のスキル『手ですることを足でする(ヒールアンドトー)』、予想不可能な一撃のスキル『奇想憤慨(ミスアンガースタンド)』を纏い、構える。実際これだけ使っても効かないだろうね。実際ただの足掻きみたいなものだし。

そして先制のスキル『先出しじゃんけん(サービスエース)』を使い、影月君に接近し、みぞおち目掛けて拳を突く。

命中したと同時に相手の打撃を予測、影月君の攻撃がぎりぎり当たらない場所まで下がる。下がると同時に影月君の蹴りがさっきまで僕がいた場所へ突き出される。

みぞおちを狙って打ったのに彼は全く効いている様子がない。

 

「よっーーーと!」

 

そこからはある程度のパターンで攻める。とは言っても大きな流れはあまり変える事無く、攻撃方法を色々変えている。

胴体の急所をフェイントを交えながら拳や足技で攻撃した後、相手の攻撃を回避したりカウンターを叩き込む。

影月君はそんな僕の打撃を一部防御して、後はガードせずに受け止めていた。実際予想不可能な攻撃を放っている筈だけど、最低限の防御は出来ているって事は、瞬時に判断して防御してるって事だ。なんつー反応速度……。

そして彼の攻撃速度も僕の予想以上に早かった。打撃を予測したり、動体視力向上のスキルを使っているから、なんとか僕は回避やカウンターを出来ているわけだけど……二分ほどそんな攻防を続いたけど、突如それまでのパターンと違って唐突に影月君の膝蹴りが迫ってきた。影月君の攻撃をカウンターで返したら彼もカウンターをしてきたのだ。どうやら時間も無いから決めにかかってきたみたい。

 

「ーーーっ!?」

 

予測してなかったわけではないけど、今までのパターンに慣れてしまっている時の行動だったので回避が遅れてしまった。

結果、僕の胴体に彼の膝蹴りが刺さった。

 

「うっ!!」

 

そのまま影月君は僕の腕を掴んで、地面に倒されるけど倒れた状態から即座に二段蹴りを彼に放ち、彼が防御した隙に転がり脱出する。

 

「しゅーりょー☆それじゃあ、次は別の人と組んでね♪」

 

するとそこで三分が経ったらしく、月見先生が手を叩きながら次の指示を出した。

 

「大丈夫か?安心院」

 

「うん。途中スキルをいくつか使ったけど……それでも強いね、君は……」

 

「そんな事は無い。本格的な《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)とか実戦だったら、あんたに勝てるかどうか分からないし……」

 

「兄さん、安心院さん、大丈夫でした?安心院さんは最後の方に兄さんの膝蹴りが当たってましたけど……」

 

「問題無いぜ。あれでも手加減してくれたみたいだしな」

 

そう返答しながら、僕は別の事を考えていた。

さっき影月君はああいう風に自分の事を言ってたけど、実際僕よりも彼と優月ちゃんは強いと思う。多分その《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》ってものでも彼らに勝てるかどうか分からない。

そう思う理由は、僕は人外で皆平等だって思ってるけど、彼らは僕より格上で平等じゃないと感じているからかもしれない。正直そんな事を思った事も感じた事も今まで無かったけど、その感情自体は悪くないし、むしろ面白いと思ってる。

ーーー前の世界で僕は生も死も、幸せも不幸も、僕以外は全て平等でカスだと思っていた。それはあの世界では僕以上あるいは僕と同等の存在がいなかったからそう思っていたんだと思う。だから全てがくだらなく見えて、面白そうに見えなくて、何もかもつまらないと思ったんだ。

でもこの世界では、そうはならなかった。今僕の目の前には多分僕と同等くらいの存在が二人もいるし、メルクリウスっていう僕よりも絶対格上の奴もいる。そんな奴らがいる世界が、僕にとってはつまらないわけがない。

そんな世界に来れて、そして今、こうしてちょっとずつ楽しくなってきてーーー今まで僕にとっては、白黒にしか見えなかった世界に色があるように見えてきた。

 

「次は私とやりましょう!」

 

「ほら、言ったろ?さてと安心院、優月は強いから頑張れよ!俺はリーリスとでも組んでくるからな」

 

優月ちゃんは明るく笑いながら僕と向かい合って構え、影月君も僕に笑い掛けた後、リーリスちゃんの元へと向かって行った。

 

「分かったよ。お手柔らかにな?」

 

「はい!」

 

「皆準備はいいかな〜?それじゃあ、二回目始めるよー☆ゴーッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーそんなこんなで訓練は終わって、現在数時間くらい経った。

 

……ん?なんでいきなり数時間も飛ぶのか、だって?あの後の優月ちゃんとの訓練の結果は?だって?

そう焦るなよ、一つずつ話していくからさ。

まず場面が数時間飛んだのは作者のご都合らしいよ。さっきなんか作者本人から報告されたよ。僕はちゃんと画面の前の皆にも分かるようにその飛ばされた数時間の間も語ってたんだけどねぇ……作者め……。

……とまあ、メタ話はこれくらいにしておいて、次の質問の優月ちゃんとの訓練の結果は?それについてだけどーーー最終的な結果は、彼女からも一発もらったよ……うん。

まあ、勝ち負けっていうものは無いけど……なんか負けた気分。

 

 

二人の闘い方は僕にとって面白いものだった。影月君は全体的にバランスが取れた闘いをしていたけど、優月ちゃんは影月君とは違って速さを主体にした闘いをしてきた。

素早い打撃や、投げ技をかけるまでの動作も早かったし、動きが予想以上に早くて気を抜いたらすぐに後ろを取られるような感じだったぜ。取られなかったけどな。

まあ、前の世界でも僕は彼らのようにバランスよく戦ったり、速さ重視で戦っていた人たちはいたし殺りあった事もあるけど、それとは少し違った感じがした。

ともかくーーー他の世界に来ると、僕の知らない戦い方が本当にあるんだと思ったぜ。

 

ちなみに今は夕食を食べ終え、お風呂に入った後、部屋でのんびりとしている。

もちろん二人の部屋でね。

 

「なあ、今思ったんだけど……」

 

「なんだい?」

 

僕は暇つぶしに寮のラウンジから持ってきて読んでいた少年○ャンプから視線を外して、影月君を見る。

 

「あんた「安心院さんと呼べよ」……安心院、さんは昨日俺の中にいるって言ったよな?」

 

「うん」

 

「そして部屋もいらないって言ったよな?」

 

「うん。言ったよ」

 

「……なら、なんで普通にここにいて漫画読んでるんだよ……」

 

うん?何言ってるんだ彼は?なんでかってそりゃあーーー

 

「今、君の中にいても暇じゃん。それに少しくらいはいいじゃないか」

 

「……そうだな、まあそれくらいの理由なら許容できる。言っといてあれだけど、暇つぶしっていうのも分かっていた。が!なぜパジャマ姿で、なぜ、俺のベッドの上で寝転がって漫画を、読んでいるのか答えてもらおうか!」

 

影月君は指をビシッと差しながらそう言う。

でも……何か問題ある?

 

「君は僕に対して何が言いたいんだい?」

 

「勝手に人のベッドの上に乗るなとか色々言いたいんだが……まず一つ、昨日から気になってたんだがその態度から察するに……今日もこの部屋で寝るつもりか?」

 

そういえば、昨日も朔夜ちゃんの所で色々とした後に、影月君たちの部屋で寝させてもらったんだっけ。

 

「そうだけど、ダメなの?」

 

「…………いや、ダメじゃないけど……優月の機嫌が悪くなるから……」

 

影月君は視線を彷徨わせながらそう言った。

そういえば、昨日は影月君のベッドで寝たっけ……まあ、彼自身が寝ていいって言ってたし、優月ちゃんも何も言わなかったけど……。影月君が床で寝てたのを見て申し訳ない気持ちにはなったけど。

 

「兄さん、そう言うって事はベッドで寝たいんでしょう?なら、安心院さんと一緒に寝ればいいじゃないですか♪私は気にしませんよ〜♪……何か変な事をしなければ」

 

……ああ、なんか優月ちゃん怒ってるなぁ……。って彼女の手に持ってるお茶のカップからなんか「ピキッ!」って音が聞こえた気がするし……。

 

「優月!?そんな事言ってないし、思っても無いんだが!?それになんか怒ってますよねぇ!?」

 

「怒ってませんよ〜?ええ、全く怒ってませんよ〜♪」

 

絶対怒ってる……音符付いてるけど絶対怒ってるよね!?

……どうも僕は今、彼女にとっては邪魔者というか嫉妬(しっと)の対象?になってるみたいだ。でも僕自身は今は自分で作った世界や、影月君の中にいたくないんだよねぇ……。もう少しこの世界のこの状態を楽しみたい(今のこの空気も含めて)。

でもこの状況もあまりよくないだろうし、何かこの空気をよくする方法は……。

 

「あ、なら優月ちゃんも影月君の所で寝ればいいと思うんだけど?」

 

「……え?い、いきなり何を……」

 

「だって僕が影月君と寝るのに文句があるなら、君も一緒に寝ればいいんじゃないかな?ちなみに僕は今日も影月君の所で寝るから」

 

そう言うと、優月ちゃんは顔を赤くしながらうろたえる。可愛い。

 

「いいよね?影月君?」

 

「う〜ん…………どうせベッドから追い出しても勝手に入ってくるんだろ?……はぁ、仕方ない……」

 

ちょっと考え込んで、渋々ながら了承した影月君。ふと、優月ちゃんを見ると、少し俯きながら小声でブツブツと呟いていて、顔は耳まで真っ赤になってた。

 

「に、兄さんと……い、いやいや、でも安心院さんがいますし、そもそも安心院さんと兄さんが何か変な事しないか見張るのが目的ですし……」

 

「どうするの〜?」

 

「……う〜……わ、分かりましたよ!」

 

あ、了承してくれた。

 

「そうと決まれば寝よっか?」

 

丁度話が決まった時にはもうすぐ消灯時間になろうとしていたので僕はそのまま壁の方に詰めて、真ん中に影月君、そして外側に優月ちゃんが寝転がる。

影月君は寝る位置からして分かってらっしゃるね!

 

「なんかこうやって寝るの久しぶりだな……優月?」

 

「えっ?あっ、はい……」

 

「前も寝た事あるのかい?」

 

「ああ、数ヶ月前に数回な」

 

ベッドに入った後も僕たちはそんな話をしばらくしていた。

まあ、特に特筆するようなものではないけどね。兄妹仲良いねとか、どこ出身とか昨日聞けなかったような事だ。

 

「へ〜……仲が良いね?」

 

「まあ、兄妹だしな……」

 

「そうです……ふわぁ……」

 

 

 

 

ーーーそれから少し時間が経つと、隣から二つの寝息が聞こえてきた。二人とも寝たみたい。

僕はしばらく寝転がって、二段ベッドの上段の底面を見つめていたけど……やはり気になって眠れない。二人を起こさないようにベッドから起き上がって、部屋の中を見回した。

 

「……いるんだろう?何の目的で僕の事を監視してるんだい?」

 

僕は部屋の中心で二人を起こさないように、少し声を小さくしながら言った。

普通の人なら僕の事を怪訝そうな顔で見るだろうその言動に返事を返す者が、やはりいた。

 

「あら?いつから気付いてたの?」

 

その返事は僕の後ろから聞こえ、僕はゆっくりと後ろを振り返りながら答える。

 

「そうだね……今日の訓練の後くらいから気付いたよ。それくらいから見張ってたんだろう?」

 

そこにいたのはピンク色の髪をした幼い少女。でもその服装は軍服だったし、何より雰囲気が普通の女の子の感じじゃなくて、異質な雰囲気を纏っている。

 

「ご名答ーーーまあ、正確には訓練の最中から見てたんだけどね。貴方だけよ、私に気付いていそうだったのは。まあ、もしかしたら影月君たちも気付いていたのかもしれないけどね」

 

少女が肩を竦めながらそう言い、僕の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「で、なんで貴方の事を見ていたのか……だったわね。別に対した事じゃないわよ。ただ変わった人がいるなって思ったからね。それに……貴方も普通の人じゃないって思ったからかしら」

 

「へぇ……そう思った理由は?」

 

僕は興味深くなってその少女に問いかけ、少女は少し考え込んだ後に答えた。

 

「そうねぇ……色々理由はあるんだけど、私の目にはある力が宿っていてね。いろんな物の(オーラ)を「色」で見る事が出来るのよ」

 

「へぇ〜……って事は僕は周りと色がおかしいから常人では無いと。ちなみにどんな色なんだい?」

 

「少し明るい茶色一色ね。一色のみで色味の変化が乏しいから、貴方はあまりまともな人じゃないわ」

 

「まともじゃないって言われてもねぇ……まあ、自覚はしてるけど」

 

「ちなみにこの学園の子たちは皆、普通ね。(だいだい)とか黄色とかだし、色味も感情次第で変わるし」

 

「この二人も……かい?」

 

僕はちらりと今だ眠っている二人に目を向けた。

 

「そうね。でもこの二人は貴方と同じで異質な時があるわ。優月ちゃんはまるで太陽みたいな橙色一色になる事があるし、影月君はメルクリウス(あいつ)よりも輝く銀一色になる事があるわ。二人とも一般人並みだけど……戦う時とかになるこの一色のみ状態がとても恐ろしく感じるわ」

 

「で、話を戻すけどその力が分かる目で僕が普通の人間じゃないって分かったと」

 

「まあ、大きい理由としてはそれかしら。でも今日一日見ていて、貴方はあまり問題無いみたいだし私は帰るわね。」

 

そう言うと、少女は暗闇の中へ溶け込んでいく。僕はその溶け込もうとしている少女に待ったをかけて尋ねる。

 

「待ってくれよ。君の名前を聞いてないんだけど?」

 

「あら?そういえばそうね。でもそういうのは自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら?」

 

「……そうだね。僕は安心院なじみだよ。君は?」

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第八位、ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルムよ。ルサルカとでもマレウスとでも呼んでちょうだい」

 

聖槍十三騎士団黒円卓ーーーもしかしてとは思ってたけど、やっぱりこの少女がその組織の団員か。その名前を聞いた僕はどうやら無意識に口角が少しつりあがったらしく、ルサルカちゃんが楽しそうに笑いかけてくる。

 

「そんなに私に会えて嬉しい?なら私も来た甲斐があるって思うわね」

 

「嬉しいねぇ。会ってみたいって思ってた組織の人が目の前にいるからね」

 

「……私たちに会ってみたかったの?貴方は私たちに何の興味があるの?」

 

ルサルカちゃんは目を細め、何に興味があるのか聞いてきた。

 

「僕の世界には君たちのような存在はいなかったからな。ああ、別に今戦おうって気は無いぜ?場所が場所だしな」

 

「ふ〜ん……貴方の世界ってのがどういうものなのか分からないけど……私たちと戦争がしたいって事?」

 

「そうは言ってないぜ?力試しをしてみたいだけだよ」

 

僕の答えにルサルカちゃんは少し考え込んだ後、先ほどの笑みとは違って少し妖艶な笑みを浮かべた。

 

「そうなんだ〜、まあ私の圧力を受けてもそんな平然としてる貴方なら、私たち平団員相手なら善戦するでしょうね。でもーーー」

 

ルサルカちゃんはそう言いながら、今度はその妖艶な笑みを浮かべている瞳の奥に不気味な光を浮かべながらーーー

 

「あまり甘く見てると、食べちゃうからね」

 

「ふっ、笑わせてくれるぜ。僕は食べても美味くないし、食われる気もないよ」

 

お互いに不敵な笑みを浮かべて、睨み合う。

 

 

 

その後はルサルカちゃんがさっきまで睨み合ってた雰囲気が嘘のように、明るく「バイバ〜イ♪」と言って帰っていった。

ーーーどうやら僕が思ってる以上にこの世界は面白そうだ。本当に楽しみだぜ。

 




まず、戦闘が上手く書けてるか心配です!
次に文脈おかしくなってないか心配です!!
最後に安心院さんの使用するスキルの使い方や、これはこんな効果のスキルかな?っていうのが自信無くて心配です!!!
後は……ええっと……安心院さんの口調かな……まあ、とりあえず温かい目で見てくれると嬉しいです(笑)

誤字脱字・感想意見等、是非ともよろしくお願いします!


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第三十話

今回も閑話多めです。でも新しいタグ追加します!
ちなみにそのタグ関係の話は第九話でも若干触れられています。
とりあえず楽しんでいただけたらと思います……どうぞ!



side 優月

 

安心院さんが入学してから数日ーーー私は授業が終わると、すぐに寮に戻って授業道具を置いた後、学園内のある場所を目指して歩を進めていました。

その場所はこの学園内に複数ある内の一つのガゼボーーーガゼボとは東洋の庭園や公園にあるパビリオンの一種ーーー分かりやすく言うと、日本の公園によくある屋根のある休憩所、つまり西洋風東屋(あずまや)ーーーに向かっています。

 

「綺麗ですね……」

 

目的地に向かう途中、ふと綺麗に手入れされている花壇に目を向けて呟く。

花壇には真っ赤な薔薇が一面に咲き乱れていて、むせかえるような薔薇の香りもして、それはとても美しいのですが……。

 

「…………」

 

私はその花を見ても、嫌な記憶しか思い出しません。

この学園に来て、二週間程経った頃に行われた《新刃戦(しんじんせん)》ーーーその最中、私と兄さんはこの場所のように薔薇が咲き乱れる所まで相手を探していて、あの人物に出会ったからです。

 

「ヴィルヘルム……」

 

聖槍十三騎士団の一人、思えばあれが、私たちが一番最初に経験した殺し合いでした。

そして聖槍十三騎士団がこの学園に干渉するきっかけにもなったと言える相手でしょう。私はあれ以来、このような薔薇が咲き乱れる場所に来るとあの時の記憶が蘇ります。

 

「……はぁ……」

 

その記憶に対して様々な意味を含めたため息をはき、目的地に向かう足取りを早くしました。

 

 

 

薔薇が咲く花壇を抜け、今度は色とりどりの花が咲く花壇に挟まれた道を歩いて行くと、目的地のガゼボが段々と見えてくる。

そこにはすでに二人の人影がいて、私は早歩きで急いで向かう。

そして辿り着いたガゼボにいた人影の正体はーーー

 

「お待たせしました。待ちましたか?リーリスさん」

 

「いいえ、あたしもさっき来たーーーと言いたいけれど少しだけ待ったわね。まあいいわ、座ってちょうだい。サラ、彼女にミルクティーを」

 

「はい、お嬢様」

 

リーリスさんと執事のサラさんです。

彼女は私にチェアに座るように促し、サラさんは鮮やかな刺繍(ししゅう)の入った白いクロスが掛けられたテーブルの上にミルクティーを注いでくれたカップを置いてくれました。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ」

 

お礼を言われたサラさんは恭しく礼をした後にリーリスさんの後ろに立ちました。

とりあえず私は一口、注いでくれたミルクティーを飲んでみる。

喉越しがあっさりとしていて香り高く、適度な甘さも絶妙でとても美味しく、思わず呟いていました。

 

「美味しい……」

 

「ふふっ、絶品でしょ♪透流も同じ事を言ってたわ♪」

 

「透流さんも……サラさん、今度淹れ方教えてください!」

 

「え?ーーーは、はい。構いませんよ」

 

「ありがとうございます!今度兄さんに淹れてあげよう♪」

 

「優月、淹れ方を教えてもらうのもいいけれど、そろそろここに呼んだ用を聞かせてくれないかしら?」

 

リーリスさんは足を組みながら少し苦笑いを浮かべて言ったので私は我に返り、少し恥ずかしい気持ちになりました。

 

「あ、すみません……実はリーリスさんに相談がありまして……もしよかったら、サラさんにも聞いてもらいたいですし、よかったら二人の意見もいただきたいです」

 

「私もですか?」

 

「はい。お二人じゃないと相談出来ないものなので……」

 

「……それについて言われた時からずっと気になってたのよね。なんであたしたちなの?影月とか、安心院さんとか他にも透流とかいたでしょ?」

 

「それについては後ほど分かると思います。まずは聞いてくれませんか?」

 

そうリーリスさんに問うと、「……分かったわ」と言って話を聞く態勢になり、サラさんは私を見て頷いてくれました。

そして私は頭の中で言うべき言葉を整理した後、話始めました。

 

「実は最近ある事で悩んでいまして……」

 

「珍しいですね。兄妹揃って頭脳明晰でお嬢様とは違って、授業に毎日しっかり出ていて、性格もいい貴方が悩みなんて……」

 

「ちょっとサラ、何軽く主をディスってるのよ……」

 

半目でサラさんを見るリーリスさん。そしてそんな視線を受け流すサラさん。しかしリーリスさんのその態度は怒っていると言うより、どこか諦めた感じに見えたのはなぜでしょう?もしかして自分で自覚してるんでしょうか?

 

「……はぁ、まあいいわ。で、そのある事って?」

 

リーリスさんは疲れたようにため息をはいて私に向き直りました。そして私は話を続けます。

 

「はい、ある事とは兄さんに関してでして……」

 

「影月?どうかしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近兄さんが構ってくれない……というか最近朔夜さんの部屋に行ってるみたいなんですよね……なんででしょう?」

 

「「…………え?」」

 

……あれ?なんか二人ともぽかんとした顔をしてますけど……。

 

「え?私、何か変な事言いましたか?」

 

「……い、いえ、ですが予想外の人物の名前が出てきたので……」

 

「……ねぇサラ、そんな家族事情みたいな事をなんであたしたちに相談してきているのか理解出来ないんだけど……理解出来ないあたしはおかしいのかしら?」

 

「いえ、私も分かりませんからご安心を……しかし話の内容的にに影月さんや朔夜様に関係しているので彼らには聞きにくいと言うのだけは理解出来ます」

 

サラさんがそう言いました。確かにこの事を兄さんに聞いても「別に大した事じゃない」とか言いそうですし、朔夜さんに聞いても同じような返答しか返ってくる気がしません。

 

「兄さんたちに聞いても、教えてくれなさそうですし……まともに相談出来そうなのはリーリスさんとサラさん位なんですよ。他の透流さんとかに聞いても、あまりいい意見が聞けなさそうですし……」

 

「……巴に話したら何か叫びながら走って行きそうね……そうね、頼られるのは嬉しいけれど内容が……ちょっとサラ?」

 

確かに巴さんだったら「影月の不埒者ー!」とか言って走って行きそうなので、ろくに相談出来ません。そもそもこういう?関係の話はリーリスさん以外には話せそうにありません。

もちろんそういう関係の話では無いと思いますけど……少し話すと多分誤解する人は多い気がします。

 

(前々から思ってたけど……やっぱり影月と朔夜って……)

 

(はい、実は私も少し疑っていましたが……おそらくそうかと……彼女の話でほぼ確実かと思われます)

 

(そうね……でも、まだ()()だから……)

 

リーリスさんとサラさんは何やらコソコソと小声で話していますが、何を話してるんでしょうか……?

 

「何話しているんですか?」

 

「い、いえ何でもないわ。う〜ん……朔夜が影月に自分の研究の事でも聞いてるんじゃないの?あるいは手伝いとか?」

 

「う〜ん……そう思うんですけど、兄さんだけでなぜ私は呼ばれないのかな?と思いまして……どちらかと言うと、私の《焔牙(ブレイズ)》の方が兄さんより異常じゃないですか?だから色々聞かれるなら、私の方が多い筈なんですよね……実験台って意味でも。それに前は二人揃って呼ばれたりしたのに……今では私はあまり呼ばれなくなりましたし……」

 

そう告げると二人は黙って考え込んでしまい、私も何も言う事が出来ずに数分間沈黙が続きました。

今日の天気は晴天で、暗い気持ちや空気を流してくれるような心地よいそよ風も吹いているのですが……このガゼボにはそんなそよ風が吹いてきても、この気まずい空気は流れませんでした。

 

「「「…………」」」

 

 

(……本当に気まずいです……)

 

そう内心は思ったものの、私が言い出した事ですし、他に言う言葉が無いので仕方ありません……。

 

 

そんな時間がさらに数分ーーー唐突にリーリスさんが口を開き、その沈黙を破りました。

 

「……そうね。貴方から構ってほしいって言ってみたらどうかしら?あまり自分から構ってほしいって言ってないでしょ?」

 

「う〜ん……でも忙しそうなので言えなくて……」

 

「そういうのは自分から言ってみないとダメですよ。私もお嬢様と同意見で、構ってほしいと仰ってみたらどうでしょうか」

 

リーリスさんとサラさんから出た案はそういうものだった。

確かに私自身そう考えて、構ってほしいと言ってみようと思ってたのですが……こういう時はなぜか気が引けて言えないんです。

そんな状況なので朔夜さんと話し、言ってみようと思ったあの言葉も結局は言えずーーー

 

「後は朔夜の部屋に行ってみる事ぐらいかしら?あたしはそれくらいの案しか出せないわよ」

 

サラさんも頷いていました。

つまり理事長室に突撃をしろって事でしょうか……あまり乗り気はしませんがーーー仕方ありません。あの言葉を言う為にも覚悟を決めないと。

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

私はミルクティーを飲み干し、立ち上がる。

 

「あら?もう行くの?もう少しゆっくりしていけばいいんじゃないかしら?」

 

「誘いは嬉しいのですが今回はこのくらいで。恥ずかしい話ですが最近兄さんに構ってもらえなくて、欲求不満なんです。夜は安心院さんがいるので難しいですし」

 

「兄妹仲がいい事ね。……それとも貴方がブラコンなのかしら」

 

後半何か小声で言ってましたが、私にははっきり聞こえなくて首を傾げました。

 

「ーーー?まあいいです。私は行きますね?また今度ゆっくりお話ししましょう?兄さんとかも呼んで」

 

「ええ、分かったわ」

 

そして私は相談に乗ってくれた二人に改めてお礼を言ってから、寮へ向かう事にしました。

 

 

 

 

 

「兄さん?ここにはいませんね……」

 

寮へたどり着いた私は早速、兄さんと私と安心院さん(厳密に言うと彼女は違いますが)の部屋を覗いてみましたが、誰もいません。

 

「……ラウンジですかね……」

 

私は部屋を後にし、ラウンジへと向かう。

ラウンジに着くと数人のクラスメイトたちがくつろいでおり、その中に見知った顔もありました。

 

「ん?優月ちゃんじゃないか。君も休憩か何かかい?」

 

私に気付き、声をかけてきたのはこの数日ですっかりクラスに馴染んだ安心院さんです。

彼女は読んでいた漫画から視線を外してそう言い、安心院さんの言葉で数人のクラスメイトが私の方を見てきましたが、私の姿を確認すると皆自分のやっていた事を再びやり始めました。

 

「いえ、兄さんを探していまして……見てませんか?」

 

「影月君かい?僕は見てないなぁ……皆は見た?」

 

「見てない」

「分からないよ」

「知らないぜ」

「右に同じく〜」

 

安心院さんの呼びかけに答えてくれる皆さん。誰も知らないのかと思い、教えてくれた人たちにお礼を言って別の場所を探そうとした時ーーー

 

「あ、私、見たよ!校舎の方に向かって歩いて行ったよ!」

 

一人の女子生徒がそう言ってくれました。

 

「ーーーだそうだよ。何の用かは知らないけど、行方を知ってた人がいてよかったね?」

 

「はい!皆さんありがとうございました!安心院さんもありがとうございます!」

 

私は皆さんにお礼を言って、校舎へと向かう事にしたーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

no side

 

 

ーーー時は遡り、優月がガゼボを目指し歩いていた頃ーーー

 

 

「……発見出来ましたか……資料もいくつか見つけたと……ええ、ならばすぐに回収なさい。そして学園の地下の格納庫に収容して大至急修理を……専門外なのは百も承知ですわ。でも旧世代の兵器ですし修理もできるでしょう?なるべく早く……劣化が酷いのも分かっていますわ。……ええ、武装も当時の資料を元に復元、修理をお願いしますわ。……それでは頼みますわ。では……」

 

朔夜は理事長室にある電話を切り、安堵の息をはいた。

先ほど電話をしていた相手は、この学園の研究員だ。内容は朔夜が指示したある孤島にてある兵器といくつかの資料を発見したという報告だ。朔夜はその報告に対し指示を出し、現在に至る。

 

「これで一つ……後の兵器は……開発も難しいのでとりあえず未定ですわね」

 

なぜ彼女が兵器回収を指示するのか?それはここ最近あった出来事に起因する。

数週間前に行った臨海学校にて現れた集団ーーーこの場合は聖槍十三騎士団ではなく、《神滅部隊(リベールス)》を指してだが、彼らに襲撃された際に本校の警備が突破されそうになった。聖槍十三騎士団が今回は味方のような立ち位置だったから突破される事は無かったものの、朔夜としては色々と不安が残る結果となった。

それを受け、朔夜は警備に《超えし者(イクシード)》だけでは少し不十分だと考え、様々な資料を集めて何か役に立つものは無いかと探していた。

 

 

 

 

 

その中で一枚の興味深いーーーそれでいて利用出来そうな旧世代の兵器資料を見つけた。

 

今から百年程前ーーー2005年にアラスカ・フォックス諸島沖にあるシャドー・モセス島で極秘に開発されていた核搭載二足歩行戦車ーーーすでにこの説明で分かった者もいるだろう、「メタルギアREX」の開発資料である。

 

極秘であるが故に当時その情報は一切表に出ずに隠されていた兵器の資料をなぜ彼女が見る事が出来たのかーーー

 

その理由は一世紀という途方も無い時間が経ち、当時の関係者たちが一人もいなくなったので情報統制が緩くなったという事。

そして表の世界では出ていなくても裏の世界では詳しい情報が開示されていた事が理由にあげられる。

 

「……はぁ……」

 

「メタルギアREX」を動かす事が出来れば、騎士団相手には太刀打ちできなくとも、人間相手ならば対抗できるだろう。

朔夜は「メタルギアREX」の資料を机の引き出しにしまい、別の資料を出す。

その資料も重大書類であり、これもまた朔夜の興味を惹きつける内容のものだった。

 

「レーベンスボルン……」

 

レーベンスボルンーーーハンイリヒ・ヒムラーが設立した福祉施設ーーーしかし裏では超能力を持った子供を生み出す研究が行われていたと、朔夜の手元の資料には書いてある。

一見何の関係も無いように見えるが、聖槍十三騎士団黒円卓第六位、イザークはこの施設で生まれたのだからそういう意味では無関係とは言えない。それにーーー

 

「……私も似たようなものですわね」

 

朔夜自身も思う所がある。自虐的に笑う彼女は自分の生い立ちを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

当時、《操焔の魔博(ブレイズ・イノベーター)》と呼ばれていた朔夜の祖父は《黎明の星紋(ルキフル)》の研究をしていた。

長年の研究の末、彼女の祖父の研究は段々と形になっていたが、彼は自分の年齢では研究を成し遂げ、求めた結末に至り、見届けるのは難しいと感じ始めていた。

その為、彼は自分の研究を次に繋ぐ為にある事に着手した。それはーーー

 

 

 

自らの研究を()()()()()()()だけに人間を創り出す事。

 

 

 

そのような第五天が聞いたら憤怒しそうな思惑で創られたのが、朔夜だった。

彼女は普通の子として生まれる筈だったが、祖父の研究を継がせるという勝手な理由があった為に生まれる前にその進む道を決められてしまった。

彼女は遺伝子操作によって、高い知能を備えてこの世に生を受ける。それこそ生後数ヶ月で会話が出来る程の知能を持ってーーー

 

「……彼も創られた、と言えるのでしょうね」

 

イザークは僅か二ヶ月で誕生し、常人の五倍もの速さで成長したと書いてある。

自分と同じく研究で生み出された「異常」な子。そこに興味を惹かれたのだ。

朔夜自身も自分が異常な人間であると認識している。天才ーーー朔夜を知る者は誰もがそう呼ぶが、その二文字の裏に隠された真実はそのような異常な背景がある。もし常人が聞けば憐れみを感じるだろう話だ。

 

「……でも最近の私はお祖父様の意志に背いてますわね」

 

自分は祖父の研究を継いだ、ただの操り人形。そう言われたし、そう思ってもいた。だが、最近の出来事で朔夜の変わる事の無かった意志が段々変わってきた。祖父の研究を成し遂げるという意志ではない、別の意志が朔夜の胸中へ渦巻く中ーーー

 

「朔夜、入るぞ」

 

そこへ一人の青年が入ってきた為、彼女の思考は一旦中断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

「朔夜、入るぞ」

 

ドアの向こうの返事を聞く前に、俺は部屋へと入る。

 

「返事をしてから入ってきてと何回も……もういいですわ」

 

俺を呼び出した漆黒の衣装(ゴシックドレス)を身に纏った少女は、手に持っていた何かの資料を机にしまい、こちらへと歩んできた。

 

「で、用ってなんだ?何か話でもあるのか?」

 

俺が近付いてくる朔夜を見ながら問うとーーー

 

「ちょっとこちらへいらして」

 

「ちょ、おい!」

 

いきなり手を掴んで引っ張られる。俺は驚きの声をあげるも彼女は構う事なく手を引いて、来客用のソファーに座らされた。

そして座った俺の膝へ朔夜が頭を乗せる。

 

「……朔夜、何を……?」

 

「疲れたのですわ。少し午睡(シェスタ)をしたいので黙って膝枕してくださいません?」

 

……その為だけに俺を呼んだのかこの人は。

内心呆れるものの、朔夜はその水晶のように透き通った紫色の瞳で「ダメですの?」と無言で訴えかけてきた。……ダメだ、可愛い。

その無言の問いかけにやはり俺はダメとは言えずーーー

 

「……仕方ない。少しだけだぞ」

 

「くすっ、ありがとうございますわ♪三十分経ちましたら、起こしていただけます?」

 

「了解だ。それじゃあ、ゆっくり休みな」

 

「ええ、おやすみなさい……」

 

それから一分程経つと、規則正しい寝息が聞こえてきた。膝で眠っている朔夜の顔を見ながら、俺は部屋に入った時の彼女の顔を思い出す。

 

(どれくらい寝てないんだろうな……)

 

部屋に入ってきて、朔夜の顔を見た時に思ったのはそんな感想だった。

その感想を抱いた理由は彼女の目の下のクマが安心院の入学前日に会った時より酷くなっていたからだ。おそらくあの日以来、あまり睡眠を取らず、仮眠も少ししか取っていないのだろうと予想出来る。

 

(眠れない程仕事が忙しいのか……確か十一、二歳だよな……?それなのにそんなに頑張ってるとは……)

 

今、俺の膝を枕にして寝ているこの少女はこの学園の理事長であり、最高責任者である。そんな少女が一体どれだけの仕事をしているのか、俺には分からない。

しかしーーー今とても疲れているのは理解出来るし、さらに俺に頼りたいという気持ちも感じ取れた。

俺はふと、彼女の闇色の髪を撫でる。少しでも疲れが取れるようにと思ってやった行動だ。……撫でるととてもいい香りが鼻腔をくすぐる。

 

「うぅん……」

 

寝ていた少女は突然頭に触れられたからか、無意識にビクッと体が震えた。でもそれに構わず撫でていくと徐々に体の強張りが消えていき、薄っすらと気持ちよさそうな顔を浮かべ、また規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

(最高責任者とか言っても、こうして見るとやっぱり幼い少女なんだな)

 

俺は彼女の寝顔を見ながら無意識に頬が緩んでいた。その事に気付くのは五分後の事である。

 

 

 

 

 

そして起こしてと言われた三十分が経った。

 

「朔夜、時間だぞ」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……起きないか……」

 

経ったのだが……朔夜が起きない。そんな熟睡する程寝てないのかと少しばかりの呆れや、心配を感じつつも優しく体を揺らしてみる。

 

「お〜い、起きろ〜」

 

「………………」

 

「……今揺らされて起きたんじゃないか?」

 

「………………」

 

揺らすと寝息が途切れ、沈黙した朔夜にそんな事を言ってみる。しかし反応が無かったのでやっぱり寝てるのだろうと理由を付ける。

どうするか……壁にかかっている時計を見るともうすぐで三十分を過ぎてしまう。おそらく彼女はこの後もすぐに片付けなくてはならないような仕事がある筈だ。だからすぐにでも起こさないといけないのだろうがーーー

 

「……じゃあこれでどうだ」

 

そう言って、俺は朔夜の()()キスをしてみる。

 

ーーー数秒で彼女の頬から顔を離して顔を見てみるが、起きる気配はない。

 

(仕方ない……なら最後の手段を……)

 

最後の手段として、再び顔を近付ける刹那ーーー白い二本の腕が俺の首と後頭部に絡みつき、引き寄せられる。そしてそのまま少女と唇が重なった。

 

 

ーーー長いようで短い口づけが終わり、口が離れると彼女に睨まれる。

 

「全く……やるのなら口にしてほしかったですわ」

 

「…………やっぱり起きてたのか。口にするのは最終手段だ」

 

そう言うとふっと優しい笑みに変わった朔夜は起き上がって俺の目を見つめてくる。

 

「初めからしてもいいんですのよ?それに、してほしい事を思っていたのは嬉しいですわ」

 

「美しい眠り姫はキスで目覚めるものだろ」

 

朔夜にそう返すと、彼女は頬を赤らめて「冗談がお上手ですわ」と小声で顔を逸らしながら言った。

だから俺は朔夜の肩を掴んでこちらを向かせてーーー

 

「冗談だと思うか?」

 

そう笑みを浮かべながら再び口を重ね合わせるーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん……?」

 

 

しかしふと不意にいつも聞き慣れた声で呼ばれ、呼ばれた方向ーーードアの方を向くと、優月がドアを開けたまま唖然としていた。

 

「あーーー」

 

「優……月?」

 

俺はなぜ優月がここに?とか、いつから見ていた?などの疑問は思い浮かばなかった。ただこの時は頭の中が真っ白になって何も考えられなかったのは覚えている。

そんな双方ともに固まったままの時間が数秒経った後ーーー

 

 

「あ……えっと……お、お邪魔しましゅた……」

 

優月は顔を真っ赤にして勢いよく扉を閉めて、走り去るような音が段々と離れて行った。てか今なんか噛まなかった!?

 

「……ちょ、優月!?待て!待ってくれ!!」

 

俺はそう叫び、廊下へ飛び出す。飛び出す間際に「み、見られましたわ……」とか後悔したような声が後ろから聞こえた気がするがーーーそんな言葉を無視して廊下へ出ると、かなりの速さで走っていく優月の姿を確認出来た。俺はそれを追いかけて行く。

 

「優月!待ってくれぇぇぇ!!」

 

「兄さん!?邪魔しませんから追いかけないでください〜!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーその後なんとか優月を捕まえて朔夜と共に誤解を解いたり、朔夜が俺に告白したなどの出来事を話してひとまず事態は終結した。

 

ちなみに逃げる優月とそれを追う俺の姿を見た生徒たちは様々な憶測話(ついに仲良く追いかけっこをするようになったとか)を想像し、俺たちに実際はどうなのかと聞きに来て面食らうのはまた別の話だったりするーーー

 




……ちょっと分かりづらい所が多々あると思います。仕方ないんだ……最近のリアルがちょっと忙しいのが悪いんだ……。

マリィ「ねぇ、ザトラ」

うわっ!?マリィ……さん?どうしましたか?

マリィ「ちょっと言いたい事あってね。わたしやレン、シロウとかはまだ出ないの?」

まだです……もう少し先ですかね……

マリィ「む〜……わたしは回想で出たからまだいいけれど、他のみんながかわいそうだよ」

あ〜……はい。なんとか早めに出せるように頑張りたいと思います……。

マリィ「それともう一つ……聞きたいんだけど」

あ、何でしょう?

マリィ「あなたはサクヤの事が……好きなの?」

……好きですよ?前にも言いましたよね?ロリコンではないですけど。

マリィ「あなたは……黒髪に紫目の人好きなの?なんかシラキインリリチヨって人も好みだって聞いたけど」

……マリィさん、その情報どこで聞きました!?

マリィ「カリオストロからーーー」

ちょっとメルクリウスにお話があるので行ってきます!誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


マリィ「あ、それとたまにあとがきでわたしたちも遊びにくるよ!それじゃあ、ザトラの小説を見てくれてる人たちみんな本当にありがとう!」


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第三十一話

メルクリウスめ……もうすでに逃げてたか……あ、今回で一応閑話最後です……戦闘はもう少しお待ちください!
ではどうぞ!



side 影月

 

「…………」

 

「影月、なんかふらふらだな。どうした?」

 

「昨日色々あってな……」

 

「何かあったのかい?僕は昨日君たちの部屋にいなかったから知らないけど」

 

俺はふらふらしながら寮の廊下を透流とユリエ、安心院と共に歩いていた。

優月と追いかけっこをした次の日、俺は寝不足となっていた。

その理由は昨日の夜まで遡るーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寝るか、優月」

 

「……はい」

 

昨日の夜、部屋で優月とかわした一番最初の会話はそれだった。

ちなみに安心院は後で本人から聞いたが、別のクラスメイトの部屋へ遊びに行って一緒に寝たらしい。……一番最初に言ってた事(俺の中にいる等々)はなんだったんだと思ったのはここだけの話だ。

話を戻すが、俺と朔夜に対する誤解(誤解じゃないけど)は優月を捕まえて、色々と説明をして納得してもらったもののーーーやはりあんな事があった後だから、当然ながら昨日は気まずい空気が部屋中に流れていて、とても居心地が悪かった。

 

「……兄さん、私のベッドで一緒に寝ませんか?」

 

「って事は上か……分かった」

 

この時の俺は今日の優月に対する罪悪感を感じていたから、この頼みに対して断る事なく了承した。

ちなみに優月に対する罪悪感とは、今まで優月に隠して朔夜と付き合っていた事や、研究で呼ばれたなどの嘘を付いていた事などだ。

 

 

手早く寝る準備をし、優月が先にベッドへ潜り込む。

そして俺は電気を消してから二段ベッドの上に登り、優月の隣へ寝転がる。

 

「兄さん、ちょっとこっち向いてください」

 

「え?あ、ああ……」

 

寝転がると背後から優月がそう言ってきた。なんだろう?と思いながら優月の方へ体を向けるとーーー

 

 

 

いきなり優月が抱きついてきた。

 

「……優月?何して……むぐっ!?」

 

さらにそのまま唇を奪われた。しかもーーー

 

「ん……うぅん…………ちゅ……」

 

「……んっ……ちゅ……」

 

舌まで入れてきた。なんだこの三連発……。

俺は驚きながらも何とか気持ちを冷静にし、抱きついてきた優月を突き離す事なく、舌を合わせていく(どこで知識を得たのか知らないが、朔夜より上手かった)。突き離さなかった理由はやはり罪悪感を感じていたからだ。そして幾分か経った後ーーーお互いの口が離れ、混ざり合った唾液がシーツの上に垂れる。

 

「はぁ……はぁ……んんっ」

 

「はぁ……はぁ……優月?突然どうしたんだ?普段こんな事しないだろう?」

 

俺は息を整えながら優月に問う。普段おとなしい優月がこんな大胆な事をしてきた事に疑問を覚えたのだ。……まあこんな事をしようと思う心当たりはいくつか思いつくのだが。

そう思って優月の返答を待っていると、少しうつむいていた優月が顔をあげる。その顔はーーー少し頬が赤くなっていたが、目には涙が浮かんでいた。

 

「……勝手にしてごめんなさい。でも、悔しかったんです……朔夜さんに先を越された事が」

 

「何が悔しかったんだ?」

 

「……先に言われてしまった事が、です」

 

俺は優月の事(この時の気持ちはこうだろうとか)は色々と知っているつもりだったのだがーーーこの事に関しては何を先に言われ、悔しかったのかは分からなかった。

そして優月は意を決したような顔をして言った。

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、ずっと好きでした。兄妹としてとかじゃなく、一人の女性として……」

 

「……えっ?」

 

「こんな事言うのもおかしいですよね……でもそう思ってたんです」

 

優月が?俺の事を?好き?しかも女性として?ーーーつまり、恋人とかそういう意味で?

俺の頭の中は突然告げられたその言葉によって真っ白になった。

そして数十秒間、たっぷりと思考停止していた頭は少しずつ冷静を取り戻していき、なんとか言葉を絞り出す。

 

「好きだって……本当に?」

 

「……はい。……でも、やっぱり迷惑ですよね……」

 

なんとか絞り出した言葉を優月は肯定するとーーーなぜか目を潤ませ、再び泣き出してしまった。

 

「怖かったんですよ……だって私たちは兄妹ですから、こんな事言うのはおかしい、じゃないですか……ううっ、だから言えなかったんですよ。言ったら、何かが壊れてしまう気がして……」

 

「……優月……」

 

「でも、兄さんが朔夜さんとキスしていたのを見たら、耐えられなくなって……だから、私は!前から兄さんとしたかったキスを……ええ、それがただの自己満足だって分かってます。グスッ、でも……どうしてもしたかったんです……それに私は嬉しいです。突然やったのに……拒絶しないで受け入れてくれて……」

 

「優月」

 

「だから、私はもう満足です。言いたかった事言えましたし、したかった事出来てよかったです。後は朔夜さんとーーー」

 

「優月!!」

 

「っ!?」

 

俺は声を荒げて、優月の溢れ出る辛そうな言葉を遮った。

 

「もういい……そんな辛い事、言わないでくれ。優月、お前はそれでいいのか?」

 

「いい…………わけないじゃないですか。本当は嫌ですよ!でも兄さんには朔夜さんがいるじゃないですか……それに私は妹なんですよ!?」

 

「妹とか誰が先に付き合ってるとか関係無い!!……いいか、優月……俺に嘘を付くのはいい。だが自分に嘘をつくのはやめてくれ」

 

「…………」

 

「好きだって言うのなら、愛してほしいって言えよ!そうしたら……俺は今まで以上に大事にしてやるし、愛してやる!朔夜も優月も……どっちもだ!……好きって言われた後にそう言われると悲しいし、なんとかしたいって思うんだーーー改めて聞く。優月はどうしたい?本音を言ってくれ」

 

「……私は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、その後はいい雰囲気になって、朝まであんな事やこんな事を優月ちゃんとしてたんだね?」

 

「おい……まあ、否定はしないが……」

 

「……影月、お前なぁ……」

 

「……そうですか」

 

というわけで三人にはちょっとだけ真実を変えて教えた。

反応としては安心院は面白そうに笑ってるし、透流は若干頬を赤くしながら睨まれ、ユリエは頬を赤く染めてうつむいていた。

透流とユリエの反応は大体予想通りだったが、安心院は頬を染めるどころか全く気にしていないようだった。……こういう話は慣れてるのだろうか?

 

 

話を戻すが寝不足と言っても、今日は週末で午前中で授業と訓練が終了したので、さっきまで三時間ほど寝ていた。

その後廊下へ出ると、透流とユリエがトレーニングルームへ向かうというので俺らも付いていくというのが今の状況だ。その向かう途中、一階玄関で話し込む四人の女子とばったり出会う。

 

橘、リーリス、サラ、優月だ。

 

「やあ、キミたちはこれからトレーニングルームかい?」

 

「そのつもりだ」

 

「俺はなんとなく付いてきただけだが」

 

「影月君に同じく。そっちは何を話していたんだい?」

 

「これから外へ買い物へ行くから、その話をしてたのよ」

 

とリーリスから答えが返ってきた。外とは敷地外の事である。

 

「巴さん、私は兄さんと安心院さんにちょっと話があるので連れて行っていいですか?」

 

「ああ、分かった。頼んだよ」

 

優月は橘に確認を取ると、俺と安心院を呼んで部屋へと向かう。

そして自室に戻った所で優月からある話を聞いて、それである準備を始めたのはまた後の話ーーー

 

 

 

夕食時、リーリスが食堂に姿を見せなかった。

俺や優月などはなぜ姿を見せないのか理由は知っているものの、透流だけは不思議そうな顔をしていた。

 

「リーリスはどうしたんだろうな?」

 

「おかげで落ち着いてご飯を食べる事が出来ました」

「ふんっ、別にあの女など居ようが居まいが、どうでもいいだろう」

 

「ははは……」

 

リーリスと馬が合わないユリエ&トラの返答を聞いて透流は苦笑いする。

 

「外せない用事でもあったんですかね?リーリスさん、何かと忙しいみたいですし」

 

「私もそう思うぞ」

 

「ふふっ、わたしもそう思うよ」

 

透流に話を合わせたのは優月、橘、そしてみやびだった。

明るい笑顔で話に乗ったみやびだがーーー

 

(……臨海学校以来、少しふさぎ込んでいたが最近はそれが嘘みたいに明るいな。でも先日、更衣室で声を荒げたらしいし……少し気になるな)

 

臨海学校が終わってしばらくの間、みやびは誰の目から見ても分かる位に落ち込んでいた。俺も以前よほど落ち込んでいたのを気にして声をかけたのだがーーーみやびは襲撃の時に助けてくれたお礼を言った後に逃げるように去っていったのだ。

それ以来話しかけようかと何回か思ったのだが、彼女の精神状態的にあまり話しかけない方がいいかもしれないと判断し、見守る事にした。

 

しかしそんなある日ーーー俺たちが安心院と初めて出会ったあの日以来、みやびはとても明るくなった。

吹っ切れたと言えば聞こえはいいが、そんな感じにはどうしても見えなかった。何があったのか、それが一つ目の気になる事だ。そして先日、更衣室であるアクセサリーを見せてもらおうとした吉備津に向かって声を荒げて怒ったと優月から聞いた時は、とても気になったものだ。

彼女はそんな簡単に声を荒げるような性格だったか?とーーーその二つが主に気になった事だが、実は三つ目の気になる事が最近出てきた。それはーーー

 

(声を荒げた原因のあのアクセサリー……安心院は老人からもらったって言ってたな……それに力を与えるとか言われてたらしいし……)

 

その声を荒げる原因となったアクセサリー……一体なんなのだろうか?老人が言う力とは一体?

 

「ん?」

 

「どうした、透流」

 

そんな思考を続けていた俺の意識を現実に引き戻したのは、透流とトラの声だった。

 

「いや、みやびと橘がどうして付いてくるのかって思ってさ」

 

透流とユリエ、トラとタツ、そして俺たちの部屋は二階だがみやびと橘の部屋は三階の女子フロアだ。

そして上階への階段はラウンジ前にある為、すでに通り過ぎている。

 

「ユリエと話があるのだ。あまり人に聞かせる内容ではないから、そちらの部屋へお邪魔しようかと思ったというわけだよ。なあ、ユリエ」

 

「ーーーっ!ヤ、ヤー!」

 

話を振られ、こくこくと頷くユリエ。

 

「なるほどな。……あ、だったら俺は席を外した方がいいか?」

 

「い、いや、キミも同席してくれたまえ」

 

「ーーー?ああ、分かった」

 

橘が僅かに焦ったような口調になったが透流は承諾してくれたみたいだ。

そしてドアに手を掛けた所で後ろを振り向いてくる。

 

「ん?もしかしてトラたちもか?」

 

「僕らも話があると言われたんだ」

 

そう言って橘を見るトラ。

 

「……そうか」

 

「くはっ、先頭なんだから早く部屋に入れっつーの。それとも俺は早くないぜって性的アピールか、んん?」

 

……何故月見先生までいるんだ。てか呼んだの誰だ!?

 

そんなツッコミを内心思っていると後ろからトントンと肩を叩かれた。それを確認した俺は視線を後ろに向けずに手のひらを上にして後ろに出す。その出した手にある物を手渡された。

それは他の皆の所にも渡されていた。

そんな事は気付く事もなく透流が首を捻りながらも、ドアを開けて部屋に入った途端ーーー

 

パァン!!

 

派手な火薬音と同時に五色ほどの紙テープが舞った。

 

「ぶほぉっ!?」

 

透流は驚いて声をあげ、紙テープのいくつかが透流に纏わりついた。

 

「わっ、ぷはっ……!な、なんだこれ……!?」

 

透流の視線の先には部屋の中でバズーカ砲のような物を構えるリーリスと、その後ろにサラがいた。

 

「え?リ、リーリスにサラ?これは一体ーーー」

 

パンパンパァン!!

 

「な、なな……!?」

 

透流は振り向き、俺たちの姿を確認して驚く。

透流にはきっと部屋で話をすると言ってついてきたうちの七人がクラッカーを手にしていて驚いていることだろう。

茫然自失となっている透流へリーリスが飛び込むように抱き付いていった。

 

「誕生日おめでとう、透流ーーーっ♪」

 

「わわっ!?リーリス、ちょっと、え、誕生日!?」

 

「そうよ。今日は透流の誕生日でしょ。だから、おめでとう♪」

 

透流の首に手を回して体を寄せたまま、リーリスが言う。

そこで俺たちもお祝いの言葉を言う。

 

「誕生日おめでとう、九重」

「おめでとう、透流くん」

「くはっ、一つ大人になったか。更に大人の階段を上りたかったらいつでも言えよ?」

「ふんっ。祝ってやるから感謝しろ」

「すまないな、透流。そしておめでとう」

「透流さん!おめでとうございます!」

「僕からも言ってあげよう。おめでとう」

 

ーーー尚、タツは例の(ごと)く大笑いしていたので割愛。

 

そして最後にユリエが透流の前に立つ。

 

「おめでとうございます、トール。それとーーー」

 

一旦言葉を切り、透流とリーリスを引きはがす。

 

「トールにくっつくとまでは聞いていません」

 

またそのやりとりか……と内心思うが、皆と笑いながら、彼女たちのいつもの言い合いを見て楽しむ。

 

「はいはい!ユリエさんもリーリスさんもそれくらいにして……パーティ楽しみましょう!」

 

室内には至る所に飾り付けがされていて(何故かイルミネーションまである)、部屋の中央には大きなテーブル。しかもそれにはハート形の大きなケーキが用意されていた。ーーーハート形?

 

「何故ハートなんだい?」

 

「あたしと透流のウェディングケーキの予行演習も兼ねているのよ」

 

「……真っ二つにしていいですか?」

 

「どうしてよ!?ーーーって、《焔牙(ブレイズ)》は許可無く具現化するのは違反でしょ!!」

 

焔牙(ブレイズ)》を具現化したユリエに、リーリスがツッコむ。

 

「三秒以内ならセーフです」

 

「んなわけないわよっ!!」

 

「くははははっ!アタシが許可するぜ、銀髪♪やっちまえー!!」

 

「ユリエ!俺も面白そうだから協力してやるぜ!」

 

「わーっ、待て待て!とりあえず落ち着こうぜ、ユリエ!リーリスも!月見も影月も焚きつけるんじゃねーっ!!」

 

 

 

 

数分後、落ち着いた面々と共にケーキを囲んで座る。

 

「いきなりでびっくりしたけどーーー嬉しいぜ。リーリス、それと皆もありがとな」

 

「急な話だったのでプレゼントは用意出来ませんでしたが……」

 

「いやいや、これで十分だって」

 

「あら、あたしはきちんと用意したわよ」

 

「リーリスー、プレゼントはあ・た・し♡とか言ったら、ユリエが真っ二つにするぞー」

 

「……影月、真っ二つにしていいんですね?」

 

「いいわけないでしょ!!」

 

俺の返しに反応したユリエが再び《焔牙(ブレイズ)》を具現化しようとして、リーリスがツッコんだ。

 

「ところで、どうして俺の誕生日を知ってたんだ?」

 

「あたしが《特別(エクセプション)》だって忘れたの?生徒のデータベースくらい、いつでも見られるわよ」

 

さらっととんでもない事を口にしたリーリス。

彼女が悪用するとは思えないが……個人情報の保護はどうなっているんだ?

 

「彼女からキミの誕生日を聞いてね。準備は自分がするから、皆を夕食後に集めてくれと言われていたのだ」

 

「あっ!もしかして昼間の立ち話ってーーー」

 

「ご明察、だな」

 

「……で、こいつは何で居るんだ?」

 

そこで透流が月見先生を指指す。

 

「くはっ、委員長と銀髪が話してる所に通りがかったんだよ。なーんかおもしろそーな話してっから、アタシも参加させてもらう事にしたのさ」

 

「参加させなければ、トールにバラすと言われましたので……」

 

「月見先生らしいですね……そういえば気になったんですが、この部屋ーーー鍵掛かってたんじゃないですか?」

 

「ああ、サラが開けてくれたわ」

 

「この程度の鍵、造作もありません」

 

「得意げに言ってるけど、不法侵入だよねぇ……それに僕に言ってくれれば中から開けれたのに」

 

「貴様のそれも不法侵入だ!」

 

サラの言葉に安心院がそう言い、トラがツッコむ。

 

「しかし、何だってまた俺のデータを見たんだ?」

 

「……あたしが転入してきた理由、忘れてない?」

 

「なるほどな、よく覚えてたもんだ。……そういえば皆の誕生日っていつなんだ?」

 

「ふふっ、未来の伴侶たるこのあたしのプロフィールを知りたいのね?」

 

「……リーリスさん、皆って聞いたでしょう……」

 

「あたしは五月だから結構前なのよね。ちょうど転入してきた頃よ」

 

優月のツッコミはスルーされ、リーリスが話を続ける。

 

「だから来年の誕生日は楽しみにしておくわね、透流。プレゼントは日本式に給料三ヶ月分の指輪がベストなお薦めよ♪」

 

「…………。皆の誕生日はいつなんだ?」

 

透流がビシッと指を指したリーリスを無視して周りに話を振ってきた。それに対して、皆もリーリスの発言を無視して返す。

 

「わたしは三月だよ」

 

「近いですね。私は四月です、みやび」

 

「へぇ、ユリエ、四月生まれだったのか」

 

「ヤー、四月一日ですーーーってトール?何か?」

 

「い、いや、なんか意外だなって……」

 

驚愕している透流と、その様子に不思議がるユリエ。

確かにクラスで一番小柄な彼女が最も早い生まれだとは思わなかったが。

 

「後一日遅ければトールと出会えなかったと思うと、滑り込みセーフでした」

 

「どういう事だ?」

 

「学校教育法で色々と決まっていまして……確か四月一日はその学年における早生まれ最後の日になる……で合ってましたっけ?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「へぇ、そうだったのか……」

 

優月の説明と橘の肯定の言葉を聞き、透流は納得する。

 

「影月はいつなのですか?」

 

「俺は九月だ」

 

「私も兄さんと同じです」

 

「ふふっ、仲がいいからなんだか納得するよ。なじみは?」

 

橘が安心院に向かってそう質問する。ちなみに一部の女子(橘含む)は安心院を下の名前で呼んでいる。

 

「僕?誕生日なんて忘れたなぁ……誰か逆算してくれるといいけど……」

 

「ええ、してみますよ?失礼ですけど……教えてください。何歳なんですか?」

 

皆が安心院の言葉を待つ。それがとてつもない数字だとは知らずにーーー

 

「僕は3兆4021億9382万2311年と287日位生きてるんだぜ。……それを逆算してくれないかな?」

 

『……は?』

 

「僕自身、やろうと思えば逆算出来るけど面倒だし、誰か代わりに逆算してくれよ」

 

「………………また今度にしましょうか」

 

「というかキミはそんなに生きていたのか!?そんな宇宙誕生より前にーーー」

 

「宇宙誕生なんかよりよっぽど前よ……」

 

「本当にそんな年齢なのかよ……」

 

「まあ、僕は人外だからね」

 

ここで安心院に関する新事実が明らかになった所で、話は元に戻る。

 

「巴はいつなのですか?」

 

「私は七月だから先月だな」

 

「トールと近いのですね」

 

「うむ、ちょうど一週間違いになるな」

 

「えっ?どうして言ってくれなかったんだ?」

 

「どうしてと言われても……そんな事言ったら、祝ってくださいと言っているようなものではないか」

 

「それはちょっと恥ずかしいな……」

 

「……それでしたら、ご一緒にお祝いをしたら如何(いかが)でしょう?」

 

するとそこまで口を閉ざしていたサラが発言する。

 

「お、それ僕も賛成だよ。僕たちは知らなかったから祝わせてくれよ」

 

「いや、しかしだな……」

 

「いいじゃない。それだけ近いなら、巴も今日の主役の一人に決定ね」

 

「祝ってもらえよ、いいだろ?」

 

「……分かった。少々気恥ずかしいが、一緒に祝ってもらうとしよう」

 

その後はお祝いの歌を歌ったり、ケーキを切るのに一悶着(サラが透流と橘でケーキを切れと言ったり、それに対してリーリスが突っ込んだり)あったりしたが、楽しくパーティは続いた。そんな一悶着が落ち着いた後ーーー

 

「リーリスさん、これシャンパンですか?」

 

「ええ」

 

「ちょっ!?未成年が酒飲んだらまずいだろ!!」

 

「堅いわねぇ……今日くらい無礼講って事でいいじゃない」

 

「くはっ、全くだ!酒くらいアタシが許す!」

 

「あんたも未成年だし、教師だろーが!!」

 

そんな透流のツッコミを聞きつつ、俺はシャンパンと言われた物を開ける。

 

「開けるなーーっ!!」

 

「透流ってば、さっきからうるさいわねぇ」

 

「……リーリス、私も飲酒はどうかと思うぞ?」

 

「……安心院、ちょっと飲んでみるぞ」

 

「おっ、いいのかい?まあ、僕は年齢が年齢だから、君たちと違って問題無く飲めるんだけどね」

 

透流のツッコミを聞き流しながら、安心院にそう言う。安心院は嬉しそうに言いながら全員分のグラスを出す。

俺はまず、ひとつのグラスに琥珀(こはく)色の液体を注ぎ、安心院に渡してみた。

 

「ありがとう……って、んん?これは……なるほど」

 

グラスを渡された安心院は少しその液体を飲んだ後、何か納得したような表情をする。

 

(やっぱり、そうなのか)

 

俺は安心院の反応を見て、液体の正体を大体予想した。まあ、これなら大丈夫だろうと思い、とりあえず全員分のグラスにそれを注ぐ。

 

「ほら透流。あんたが主役なんだから乾杯の発声をしなさいよ」

 

リーリスに促され、透流はグラスを掲げた。

 

「えっと……皆、ありがとな。それじゃあ、乾杯!」

 

『かんぱーい!』

 

皆、グラスへ口を付けてそれを飲む。その味はーーー

 

「……なんかジュースみたいだ」

 

「これ、ノンアルコールシャンパンか?」

 

「酒じゃねーのかよ!?」

 

「その通りよ。ちょっとした悪戯って事でね」

 

なんて人騒がせなーーーと思っていると、ふと視界の端でふらふらと揺れる銀髪が見えた。

 

「……ユリエ、まずくないか?」

 

「あ……さっき本人が言ってましたけど……以前、ワインの香りだけでダウンしたほど弱いそうです」

 

「これ、ノンアルコールなのにねぇ……暗示にかかりやすいって事かな?」

 

「ユリエーーーっ!?」

 

「ヤー……」

 

 

その後ユリエはダウンしてしまったが……パーティはまだまだ続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーー

 

「じゃあ皆、明日な」

 

あの後、ユリエを除く皆で、ラウンジから持ってきた運生ゲームで楽しく遊んだ後、消灯時間も近くなったのでパーティはお開きとなった。

 

「影月、優月、安心院、今日はありがとな」

 

「ええ、楽しかったです!」

 

「ああ、そうだな。まあ、ユリエがダウンして楽しめてないのがちょっと残念だけどな」

 

「ははは……寝てしまったからな」

 

「仕方ないけどね。それじゃあ、そろそろ戻ろうか?おやすみ、透流君」

 

「おやすみ、三人とも」

 

俺たちは隣の自室へと帰り、眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

no side

 

 

「こちらが例のものですか……」

 

「さよう。此れこそが其方(そなた)らが纏う《装鋼(ユニット)》の為の外部兵装じゃよ。……最も、完成までは今しばらくの時間を必要とするがの」

 

《K》が、その射るような双眸を、組み上がりつつあるそれへ向ける。

そして《K》の前に立つ痩躯(そうく)の老人ーーー《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》が口角を上げて、そう言う。

 

「ところで、《K》くん。ここに来た用は何かの。まさかこれを見る為ではあるまいて」

 

「お察しの通りです。……幹部会より警告が」

 

《K》や《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》の所属する組織ーーーゴグマゴグは、表向きには存在しない非合法組織だ。

それ故、組織の存在が明るみに出るような行動や、作戦は極力控えており、仮に人目に晒されるような事があっても、ある程度の事柄までなら闇に葬り去ってきた。

 

だがしかし、数週間前の襲撃、《品評会(セレクション)》はあまりにも大掛かりな作戦過ぎた。

あの日、度重なる爆音や一部の施設が燃え上がった事で、臨海学校が行われていた島は一時、夜闇を照らす巨大な篝火(かがりび)とまで化した。そんな事態になったのなら当然人の目を引く。

しかし、ガス爆発による火災ーーーしかも怪我人が一人も出なかったという事で数日も経てば世間の記憶から忘れられていった。

翌日、大手商社の不正取引問題が発覚した事もその一因である。

前者はドーン機関、後者はゴグマゴグの情報操作によるものだ。

互いの思惑が一致したとは言え、二つの組織が手を取り合う形で隠蔽した事は、ある意味皮肉だ。

 

「『確かに我々は《装鋼(ユニット)》がどれ程のものであるかを鑑査させて頂きたくと伝えた。けれどそれは、組織の存在が明るみに出る危険性を背負ってまで行うべきではない』との事です。今後は独断行動を自重されよといった警告でした」

 

「ふははっ、笑わせおる。揺り椅子にでも座っていろという事か。これまで散々、儂の生み出した《力》の恩恵に与ってきた分際で」

 

老人の言う通り、彼の作り出してきた数々の兵装は組織の勢力をこの十年で大幅に拡大させてきた。しかし老人の独断行動によって組織が被った被害を総合しての警告である。

 

「話は変わるがの。キミに一つ頼まれて貰いたいのじゃがーーー」

 

「よろしいのですか?」

 

「構わぬよ。元より儂はどのような事にも縛られるつもりなど無いわ。故に古巣など捨てたのじゃからな」

 

「……承知しました。では、用件とは?」

 

老人は頷くと、用件について語る。

 

 

「……頼まれてくれるかの」

 

「貴方に従う事ーーーそれが私に与えられた任務ですのでね」

 

「では、頼んだぞ。ただし、くれぐれも答えは受け取らんでくれよ。宴で直に聞かせてもらうと伝える事を忘れずにの」

 

(かしこ)まりました」

 

老人の言葉を聞き、悪魔の使いは飛び立つ。悪魔の撒いた種子を芽吹かせる為に。

 

 

 

 

 

 

 

しばし後ーーー老人は移動し、一つの格納庫にいた。

 

「《K》くんにも言ってなかったが……これももう少しで完成するのう。旧世代の兵器とはいえ、役立つじゃろう」

 

そう呟く老人の目の前には、二種類の大型兵器があるーーーいや、正確に言うと三種類だ。

一つ目は丸い胴体に三本の腕が生えたような形状をした小型ロボット。この格納庫の中で一番多く作られているーーー仔月光(トライポッド)

二つ目は、五メートル程の大きさで上部は硬そうな装甲をしているが、脚部はどこかの生き物のような柔らかそうな見た目をしている。この格納庫で二番目に多く作られているーーー月光(IRVING)

三つ目は月光よりもさらに大きい。それは朔夜が回収したメタルギアREXのように機械のように角ばった形では無く、まるで大昔に滅んだ恐竜のような見た目の兵器ーーーメタルギアRAY。

 

そんな一昔前の兵器が広い格納庫の中にいくつもあった。

 

「後は少し調整をすればーーーこちらは宴には間に合うかのう」

 

老人は笑みを浮かべる。

 

「見るがいい、九十九よ、ブリストルよ……。儂はここまで来たぞ……ついに、な……ふっ、ははは……ふはははははは!!」

 

老人は自らの研究成果を見て嗤う。その胸の内に生涯をかけて成し遂げた研究に対する歓喜と様々な感情を抱きながらーーー

 




次回、戦闘する予定です。ただし、dies要素はほとんど無い……かも?

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

追記・今更ながらですが……お気に入り100件越えありがとうございます!


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第三十二話

皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

優月「ちょっとザトラさん、本編始まる前にいいですか?」

いきなり優月さん?なんでしょうか?

優月「二つくらい聞きたいのですが……」

はいはい?

優月「今回の話、初め書いていた時、私視点でしたよね?なんで兄さん視点にしたんですか?」(初め優月視点で書こうとしてた)

ああ……話の内容的に影月の方が都合良くて……だから《焔牙(ブレイズ)》を具現化するのはやめてくれません?次回は貴女視点のつもりなので……

優月「……仕方ないですね。私の視点分かりづらいかもしれませんし……妥協しておきます。もう一つの聞きたい事は後で聞きます。読者の皆さんが待っているでしょうから」

はい……では、お待たせしました。どうぞ!



side 影月

 

パーティから数日が経った頃、昼食を摂り終え、寮から校舎へ戻る道すがら、俺は優月と談笑しながら歩いていた。

 

「あのパーティは楽しかったな?」

 

「はい!皆楽しそうにしていましたし、またやりたいですね!」

 

話の内容は以前の透流の誕生日パーティの話だ。

 

「ああ、今の内に楽しまないとな……」

 

「……そうですね。卒業したら皆でまた集まってやるって言うのは難しくなるでしょうし……」

 

この学園の生徒の将来はほとんど決まっていて、護陵衛士(エトナルク)というドーン機関の治安維持部隊で働く事となる。

そうなると、この間のように集まる事は難しくなるだろう。

 

「俺さ……この間のパーティを見ていて思った事があるんだ」

 

俺は優月にパーティの最中に感じた感覚を話始めた。

 

「あの楽しい時間が終わってほしくないって……ずっと、味わいたいって思ったんだ」

 

「兄さん……」

 

「なんて言うんだろうな……時間が止まればいいと思ったんだ」

 

「…………」

 

そう思っていると、唐突に視界にノイズが走った。

 

「ーーーーーー」

 

そのノイズに紛れてある映像が視界に映った。

 

(今のはーーー俺?)

 

その人物の顔はほんの一瞬だけ見えたがーーー俺にそっくりだった。

 

「……兄さん?どうかしましたか?」

 

「あ、いや、何でもない……」

 

今のは一体……?と考えているとーーー

 

 

 

 

突如、凄まじい風と騒音が頭上を通り過ぎる。

 

「ーーーっ!!」

 

「ーーー!あれは、《生存闘争(サバイヴ)》の時のーーー!」

 

「トール!!」

 

優月がそう叫ぶと同時に、背後からユリエの声が聞こえたーーーと思っていると、横を透流とユリエが駆け抜けて行った。

 

「っ!俺たちも行くぞ!」

 

「はい!」

 

俺と優月は少し遅れて、彼らの後を追いかける。

 

「兄さん、あれはやっぱりーーー」

 

「ああ、おそらく《神滅部隊(リベールス)》のヘリだ」

 

走っている最中に優月が確認をするように聞いてくる。俺はそれに肯定の返事を返す。

 

「兄さん、他の生徒はどうします……?」

 

「……避難させるのがいいんだが、説明する時間も無いし、混乱して怪我人が出る可能性もある……それに奴らの目的も分からない……どうする?」

 

そんな焦る思考をしながら、俺たちはヘリの着地場所ーーー校舎前の広場へと到着した。

広場には既に五人の警備隊員がいて、ヘリに警戒を向けている。

しかも昼休みという事もあり、寮から戻ってきたであろう生徒二十人ばかりがヘリを遠めに囲んでいる姿が見て取れた。

 

「くっ……」

 

どうするか必死で考える俺たちだったが、突如蒼穹(そうきゅう)に響き渡る声で思考は強制的に中断させられた。

 

「《K》ーーーっ!!」

 

響き渡った声の主ーーー透流の視線の先には射るような双眸を持つ少年がいた。

 

「お久しぶりですねーーーと言う程間は空いていませんか。早速お会い出来て光栄ですよ、九重透流」

 

「俺はお前の顔なんて見たくも無かったけどな……!」

 

透流は《星紋(アスター)》を浮かべた胸元に手を重ねつつ、吐き捨てるように言った。

 

「……おや?あなた方は……」

 

「お久しぶりですね。《K》さん」

 

「俺たちを覚えているようで何よりだ。それでーーーご用件は何だ?」

 

そこで透流から視線を外した《K》は透流たちに近付いていた俺たちの方を見た。

周りの生徒たちは俺たちと《K》の間に漂うただ事ではない雰囲気を感じ取っているのか、事態を掴めずひそひそと憶測を(ささや)き合いながら見守っている。

 

「そう殺気立たれても困るのですがね。本日は見ての通り、あなた方と争う為に訪れたわけでは無いのですから」

 

両手を広げて無害のアピールをされても、俺たちは警戒を解かない。

確かに今日、《K》は《装鋼(ユニット)》では無く、ネクタイにスーツという姿なので、争い事では無いというのは本当みたいだがーーー油断は禁物だ。ヘリの中からこいつの部下の《神滅部隊(リベールス)》が攻撃してくるという可能性もある。

 

「……どうやら出向かせてしまったようですね」

 

《K》の視線が校舎の入り口へと向けられる。

視線の先にはこの学園の理事長である黒衣の少女が立っていた。

月見先生と三國先生という二人の供を連れ、注視を浴びながらゆっくりと歩み出てくる。

黒衣の少女は、俺の姿を確認すると薄っすらと笑みを浮かべ、すぐに表情を変えた。

 

「先日は大したお持てなしどころか、不在で失礼致しましたわ。あの時は私、夜まで島内を散歩していましたの」

 

「それはそれは……しかし、こちらも楽しませて頂きましたよ。……それはもう」

 

最後の一言と共に視線を透流に向けて、《K》は笑みを浮かべる。

 

「それならば安心しましたわ。ですが先の件、そして本日と事前に許可を得ていない場合、本来でしたら当学園は来訪をお断りしていますのよ」

 

「それはそれは……知らぬ事とはいえ大変なご迷惑をお掛けしました」

 

慇懃無礼(きんぎんぶれい)さを感じさせるようにか、大げさに頭を下げる《K》。

 

(ふざけた事を……まあ、わざとか……)

 

そう思っていると誰かに肩を叩かれた。背後を見るとーーー

 

「影月。あの男はもしや例の……」

 

橘だった。

どうやら彼女たちは少し前に着いたようで、俺に確認を取ってくる。橘の後ろにはみやびが顔を強張らせて俺の答えを待っている。

 

「ああ、《神滅部隊(リベールス)》の隊長《K》だ」

 

神滅部隊(リベールス)》の名が出た瞬間、びくりとみやびの体が震え、橘はそんなみやびの反応に顔を曇らせる。

 

「奴の目的は分からない……どちらにしても、離れてろ。ヘリからあいつの仲間に攻撃される可能性もある。出来れば生徒たちを混乱させずに離れさせてくれれば助かる」

 

そこでふと視線を感じ、チラッとその方向を見てみると、透流がチラチラとこちらを見ていた。どうやらこちらの会話は聞こえているらしい。

 

「影月……分かった。みやび、私たちはこの場から離れよう」

 

橘の言葉に、みやびはーーー首を横に振った。

 

「……わたし、闘う」

 

『ーーーっ!?』

 

「…………」

 

「大丈夫だよ。だってわたし、強くなったもん……。だから大丈夫。透流くんに……皆に強くなった所を見せてあげるんだから」

 

そう言ってみやびは笑う。

その笑みは背筋を震わせるような不気味な笑みでーーー

 

「ど、どうしたのだ、みやび……?」

 

明らかに様子がおかしいみやびへ、戸惑いを見せる橘。

俺はため息をついたが……こちらばかりに意識を向けるわけにもいかず、朔夜と《K》の会話にも耳を傾ける。

 

「今回は不問と致しますわ。……それでは本日のご用件はなんでしょう?」

 

「本日は《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》殿よりメッセージを承って参りました」

 

「と言っても前と内容は変わらないんだろう?同盟を組みたい……だったか?それならば、理事長はあの場で断った筈だ」

 

俺の発言に《K》は目を見開いて驚き、優月を除く透流たちにも動揺が走る。

 

「……あなたはなぜその事を?」

 

「なぜだろうなぁ……教えると思うか?」

 

俺は不敵に笑いながら、手をひらひらと振る。

 

「まあ、今日は改めて説明を……それも大方一歩踏み込んだ説明って所か?そうだなぁ……状況と最近の事を考えて説明としてありえそうな話なら……例えばーーー戦闘服を着た者は《超えし者(イクシード)》と渡り合える力を持てただろう?」

 

「……くはっ。影月!渡り合えるっつーても、たかだか《(レベル3)》のガキ相手がせいぜいじゃねーか」

 

うさぎ耳を揺らし、月見先生が鼻で笑う。この場において緊張感の無い声でそう言った月見先生は、俺に視線を向けながら面白そうじゃねぇかという表情をしていた。

 

「……ええ、仰る通りです。……現状では、ね」

 

少しだけ呆然としていた《K》が我に返って説明する。

 

「しかし、考えてみてください。我々はーーー」

 

「彼らは鍛えられた兵士ではありますが、ただの人間である事に違いありません。しかし、もし《超えし者(イクシード)》が《装鋼(ユニット)》を纏ったとなればどうなります?」

 

『ーーーーーー』

 

「くすくす……言葉も出ませんか?あなた方が襲撃した後、そこの彼らと共に次のあなた方の動きを予想してましたの。様々な案を思考していて悩んでいたのですけれど、ある情報が決め手になってこの仮説が一番ありえる形となったのですわ。ーーーふふっ、彼らは本当に優秀な生徒ですわ。私一人だったら思いつかなかったでしょう」

 

《K》は絶句し、透流たちやさらには三國先生、月見先生も絶句している。それを見て笑う朔夜。

先ほど朔夜の言った通り、俺たちは臨海学校以来、《K》たちの次の案の先読みして、備えようとしていた。

しかし、当時ありえる選択肢は多すぎて、色々考えては見たもののどれも確信性は無く、手詰まり状態だった。

しかし数日前にある生徒の報告によって、一つの可能性が濃厚になった。それはーーー

 

「ある一人の生徒に接触して、《装鋼(ユニット)》を渡したんだろう?」

 

昼食以降から姿を見なかった安心院が音も無く背後から現れる。その顔は不敵な笑みを浮かべている。

 

「……ふふ、ふふふ、ふはははははははっ!!」

 

その瞬間、《K》が狂ったように笑い出す。その笑い声に透流なども我に返り、《K》に改めて警戒を向け始めた。

 

「素晴らしい!全く脱帽しますね。しかし……その《装鋼(ユニット)》誰に渡したのかは分かっているのでしょうか?」

 

『当然』

 

そこで安心院、朔夜、優月、俺が揃って一人の人物へ目を向ける。

その人物とはーーー

 

「ーーえっ?」

 

「……みやび……?」

 

みやびは視線を向けられ、瞳を丸くする。それに透流が絞り出すような声を出して、確認してきた。

 

「……本当に素晴らしいですね。その通り、貴女こそが栄えある《装鋼(ユニット)》と《操焔(ブレイズ)》の融合せしプロトタイプです」

 

冷たい笑みを浮かべつつ、《K》は懐から取り出したスイッチのようなものを見せる。

 

「ーーーっ!!影月!そこまで分かってたなら何か対策は無いのか!?」

 

「……すみません、透流さん。先ほど言った事も数日前に分かった事で対策は……みやびさんがずっとあのアクセサリーを肌身離さず持っていたので……無理矢理奪う事も出来ませんでした……」

 

「事情を話すにも色々手を出しづらくてな……恥ずかしい事にここまで予想出来たのに防ぐ手立ては立てられなかった……」

 

「なっーーー!!それを押すな!や、やめろ……!やめろぉおおおーーっっ!!」

 

透流は叫び、手を伸ばしたがーーー

 

「貴女に《力》を」

 

カチッと無機質な音が聞こえた瞬間ーーー

 

「……あっ、あぁああああああっっ!!」

 

突然耳をつんざくような悲鳴が辺りに響く。

振り返ると、みやびの胸元のアクセサリーらしき物から、黒い布のようにも見える何かが溢れ出し、全身へ絡みついていた。

段々とみやびの全身が隠れていき、放出が止まったその直後、黒布が弾けた。

 

「み、みや、び……?」

 

黒布の下から現れたみやびを見て、かすれた声を出したのは透流か橘か。

その反応も無理はない。目の前に立っているのは、学生服を身を包む者たちが大半を占めるこの場において、異様な出で立ちだったからだ。

黒を基調とした戦闘服は全身にフィットし、体のラインははっきりと女性らしさを強調している反面、手足は無骨な装甲に覆われている。そして頭にはヘッドギアを着用し、目元を隠すバイザーが下りていた。

そしてそのヘッドギアはまさしく《神滅部隊(リベールス)》が使用していたものと酷似していた。

その姿に衝撃を受けたのは他の生徒たちも同様だった。

 

「おい、あれって……」

「うそ、もしかして……!?」

「間違いないって……!」

 

多くの生徒が動揺と驚愕を浮かべながら立ち尽くす中、《K》が口を開く。

 

「さあ、望みを叶える刻がやってきましたよ。存分に彼らへ見せてあげなさい。ーーー貴女の手に入れた、神殺しの《力》を!!」

 

「ーーーっ!!」

 

半透明の暗色のバイザーの向こうで、どこか虚ろだったみやびの目が見開かれる。

 

「あ……ああ、ああああ……」

 

「一体どうしたのだ、みやび!なぜそのような忌むべきものを纏ってーーー」

 

「あああああーーーっ!!」

 

橘がみやびの両肩を掴んで揺さぶる中、みやびが絶叫した。

 

「みや……び……!?」

 

「どい、て……」

 

「え……?」

 

みやびが放った言葉に、橘が唖然として聞き返す。

 

「どいてって言ったんだよ、巴ちゃん……。だって、邪魔だもん……」

 

「何を……言っているのだ、みやび……?」

 

「……《焔牙(ブレイズ)》」

 

「ーーーっ!!」

 

呆然とする橘の前で紡がれた《力ある言葉》を聞いた俺は駆け出す。

(ほのお)》が舞った後、二メートルを超える巨大な《騎兵槍(ランス)》がみやびの手に現れーーー横に薙ぎ払われる。

その《騎兵槍(ランス)》を受け、橘の体から鈍く気持ち悪い音が響いたかと思うと、橘が吹き飛ばされた。

 

「橘っ!」

 

俺は飛ばされた橘を抱き止めるも、勢いを殺しきれずに校舎の壁に叩きつけられる。

 

「影、月……すまな……う、ぐ……あ、ぁああ……」

 

「う……ぐ……俺は、大丈夫だ……た、橘は……?」

 

俺は橘の様子を見ると、あまり大きい怪我は負っていないように見えるが……。片腕を抑えていた。

 

「腕か……?大丈夫か?」

 

「うっ、これくらい……なんとも……」

 

そう言って橘は俺から離れ、起き上がろうとするも……ふらりと倒れてしまいそうになった。それを俺は受け止めて、橘の顔を覗き込む。どうやら気を失ったらしい。

 

「……橘……」

 

「ぐぁああああ!!」

 

橘に目を向けていた俺は突如聞こえてきた叫びに顔を上げる。

そこには警備隊員や何人かの生徒が、地に倒れ伏していた。

先ほどの悲鳴は彼らのだろう。そして倒れ伏し、呻いている彼らの体からは()()()()が流れ出していた。

 

「血……?」

 

それを理解した瞬間、俺はとてつもない不安感に駆られて、即座に立ち上がり、広間の中央へと駆け出す。

そこにはーーー

 

「ごめんね、透流くん。ちょっと待たせちゃったかな……?」

 

「何、を……何をしているんだよ……。橘を、皆を、自分が何をしたのか分かっているのか、みやびーーーっ!!」

 

「……だって、邪魔をするんだもん」

 

叫声飛び交う広場で、透流とみやびが話していた。

 

「兄さん、無事でしたか?」

 

「なんとかな……ただ、橘はダウンだ」

 

「……わたし、ね。透流くんに《力》を見せるの。この前言ったでしょ、わたしがどれくらい強くなったか見せてあげるって……。それなのに、巴ちゃんや皆が邪魔するんだもん。……だから、仕方無いよね」

 

「……言っている事がおかしいぜ。皆に強くなったのを見てもらうのに……今度は皆、邪魔だって言うとはなぁ……」

 

安心院が苦笑いをしながら言う。

 

「それじゃあ邪魔者もいなくなったしーーー約束通り、わたしの《力》を見せてあげるね、透流くん!!」

 

言葉そのままに、両手で構える事がやっとだった筈の《騎兵槍(ランス)》を片手で頭上へ掲げ、一気に振り下ろした。

 

「ーーーっ、しまっ……!」

 

反応が遅れた透流へと攻撃が迫りーーー

 

 

 

 

「まあ、待てよ。そうはさせないぜ?」

 

金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、土埃が舞う。みやびの攻撃を受け止めたのは、どこから出したのか分からないが……《(ブレード)》を持った安心院だった。

 

「透流くん、無事かい?」

 

「あ、ああ。悪い」

 

「……邪魔しないで、なじみちゃん。巴ちゃんみたくなりたくないでしょ」

 

「うん?君は何を言っているのかな?僕が君の攻撃とタメ張れてる以上ーーーああはならないし、なる気もないぜ!」

 

そう言って安心院はみやびの《騎兵槍(ランス)》を押し返した。

 

「っ!?」

 

押し返された事に驚き、バランスも崩したみやびにーーー

 

「はぁぁぁ!!」

 

優月が《(ブレード)》を構えて飛び込んでいく。安心院も共に斬りかかるがーーー

 

「ーーー邪魔、しないで!!」

 

『っ!?』

 

しかしみやびは無理矢理体勢を立て直し、優月と安心院へ《騎兵槍(ランス)》を横一閃に振るう。

それを横合いから入った透流が《盾》で受け止める。

 

「ぐっ、うっ……」

 

「くすっ、来てくれた。やっと透流くんに、見せてあげられる。いっぱいいっぱい《力》を見せて強くなった事を信じて貰えたら……これからは、わたしが護ってあげるんだから」

 

護る筈の相手を攻撃するーーー支離滅裂な発言だ。彼女自身にそんな自覚は無いんだろうが……俺はそんな彼女を見ていて、ある感情が湧き上がってきた。

 

(……愚かだよ、みやび。君は……そんな《力》がほしかったのか?)

 

彼女に対して湧き上がったのはそんな感情と哀しみだった。

護る為?そう言って攻撃してるのは彼女だ。しかも敵の《力》を借りてーーー

と、そこで再び激しい金属音が鳴り響く。思考を中断し見てみると、ユリエが《双剣(ダブル)》を振るって、透流が受け止めていた《騎兵槍(ランス)》を弾いていた。

 

「もう……。邪魔しないでって言ったでしょ、ユリエちゃん……!」

 

ユリエの手出しに怒りを見せたみやび。その時俺はーーー

 

「理事長」

 

彼女の事を呼んでいた。

 

「穂高みやびは、俺たちに任せてくださいーーー何があっても止めます」

 

「……分かりましたわ。私たちは一切手出しをしません。……三國、倒れている人たちの救出を」

 

「承知しました」

 

理事長は了承し、三國先生に指示を出した。そして俺は透流より前に立ち、見据える。すると俺と影月を(かば)うかのようにして、ユリエが立った。

 

「トール、影月、下がってください」

 

「心配は無用だーーー透流、最後はお前が止めろよ?みやびは俺たちよりお前に執着があるみたいだからな」

 

「その通りだね。彼女は君が止めなきゃ、話的にもおかしくなるし」

 

「ちょっと、安心院さん!メタ話は……」

 

「……そう怒るなよ。分かってるぜ」

 

「影月……分かった!」

 

「よし、俺たちはサポートする。行くぞ!」

 

「おう!!」

「ヤー!!」

「はい!!」

「ああ!!」

 

四人の返事を聞き、俺は駆け出す。背後からも同時に走り出した四人の気配を感じながら、みやびに肉薄し、瞬時に形成した槍を横に振るう。

対するみやびは《騎兵槍(ランス)》で俺の攻撃を受け止めた。ぶつかり合う金属音が響き渡る中、俺に追いついたユリエがみやびの懐へ飛び込み《双剣(ダブル)》を振るう。しかしみやびは身を捻ってかわすと同時にユリエにカウンターを仕掛けた。

それを宙に翔んで避けるユリエ。

 

「邪魔だよ、ユリエちゃん、影月くん!なんでわたしの邪魔するの!?」

 

「みやび……」

 

「…………」

 

ユリエは悲痛な顔を浮かべ、俺は無言で槍を振るい始める。

突きや、縦や横の薙ぎ払いを繰り出して、みやびを追い詰めて行く。

 

「くっ……うっ……あっ……影月くん……!」

 

「どうした?邪魔なんだろ?なら俺を倒して透流の所へ行ってみろよ!」

 

「……ああぁああああ!!!」

 

すると突然みやびが叫びーーー一撃一撃の威力が上がった。

 

「ーーーっ!」

 

俺はみやびの薙ぎ払いを受け止めるも、軽く飛ばされて距離が空いてしまった。

そこへ場違いな拍手が広場に響く。

 

「ふふっ、素晴らしい。見事なまでの能力向上(パワーアップ)ですね」

 

「《K》!みやびに何をしやがった!?」

 

「《神滅士(エル・リベール)》の《力》を分け与えたーーーただそれだけの事ですよ。最も、与えたのは私ではありませんがね」

 

「……あら、彼女の様子を見る限り、洗脳ーーーもしくはそれに近い何かをしているのではなくて?」

 

理事長の言葉に反応した透流が、反射的に《K》に視線を向けた。しかし戦闘中に相手から目を離すのは多大な隙を与えてしまう。

みやびは一気に透流に向かって距離を詰め、《騎兵槍(ランス)を突く。

不意をつかれた透流はかわしそこね、肩を掠める。そこから赤い飛沫が舞った。

 

「ーーーっ!?」

 

透流が動揺した所をみやびは見逃さず、《騎兵槍(ランス)》を引き戻しながら回転させ、今度は柄で側頭部を殴りつけた。そのまま吹き飛ばされた透流は周囲で見守っていた男子を巻き込み、倒れた。

そこに刺突進(チャージ)しようとするみやび。

そこに突如銃声が響き、刺突進(チャージ)の態勢に入っていたみやびの動きが止まり、何か衝撃を受けたように体を仰け反った。

 

「なっ!?……安心院?」

 

いきなりの銃声に驚き、銃声が聞こえた方を向いて見ると、安心院が拳銃をみやびへと構えていた。

 

「……それが前に言っていた銃火器の事ですか」

 

「ああ、銃火器製造のスキル『失敗ばかりの銃作り(ガンスミステイク)』。……心配はいらないよ。ゴム弾のスキル『柔らかい殺意(ソフトクリーチャー)』を使ってるから」

 

「ほう?貴女は中々興味深い《焔牙(ブレイズ)》を持っているようですね」

 

「僕のは《焔牙(ブレイズ)》とは違うんだよなぁ……それはともかく、もう一人役者が来たみたいだぜ?」

 

《K》にそう返して、安心院は笑う。

瞬間ーーー先ほどの安心院の銃とは違う銃声が二発聞こえてきた。みやびは頭と胸元に衝撃を受けて、後方へ軽く吹っ飛ぶ。

 

「ちょっと!誰だか知らないけど、あたしの旦那様に何してくれてるわけ?」

 

校舎の中から、手元で《(ライフル)》を回しながらリーリスが現れる。

 

「みやび!!」

 

だが、透流はリーリスに声を掛ける事無く、石畳に背中から落ちた少女の名を叫んだ。

 

「あっ、透流!ピンチの所を助けたんだから一言くらい……って、みやび!?ど、どういう事よ!?」

 

透流の呼びかけと、起き上がったみやびの姿を見てリーリスは驚きを露わにする。

銃弾の衝撃によりヘッドギアのバイザーが壊れ、素顔が露出していたからだ。

 

「嘘……!?本当にみやびじゃない……!!」

 

「あいつがーーー《K》がみやびを洗脳しやがったんだ!!」

 

「ど、どういう事なのよ、一体……!?」

 

状況が状況だけに、リーリスも動揺が隠せない。

 

「……透流、おそらくみやびは洗脳された、というわけではないと思うぞ。最終的には自分であの選択をしたと思う」

 

「何!?」

 

俺の言葉に驚く透流を尻目に俺は続ける。

 

「よく考えてみろ。あっちがした事はなんだ?ただ《力》がいるかどうか、選択肢を与えただけだ。正直、洗脳したかと聞かれると少し違うだろうな。ーーーそしてその選択肢を選び、力を求めたのは紛れもないみやび本人の意志だ」

 

「そんな……」

 

「その通りーーー最も、彼女に渡した《装鋼(ユニット)》には、願望を強め、正常な判断を曇らせる機能が備えられているという事もありますが」

 

「ふざけるなぁ!!」

 

透流が怒りに任せて、《K》へ向かって駆け出すもーーー

 

「ふっ。私の相手などしているから、彼女がご立腹ですよ」

 

みやびが間に立ちはだかる。

 

「くっ!どいてくれ、みやび!どうして俺たちが闘わなくちゃならないんだ……!?」

 

「どうして……?透流くんこそ、どうしてわたしを見てくれないのかな?こんなに強くなったのにどうして?どうしてどうしてどうしてどうしてぇええええっっ!!」

 

「透流さん!!リーリスさん、みやびさんの足止めを!」

 

「分かってるわよ!」

 

突進してきたみやびに対し、優月は透流を抱きかかえながら飛び、リーリスは三発銃撃を浴びせるーーーが、《装鋼(ユニット)》を纏い、身体能力が上昇しているみやびは全ての弾道を見切って《騎兵槍(ランス)》で防御する。突進するみやびの速さはユリエに匹敵するスピードを持つ、優月との距離を徐々に詰めていく程だった。

そんな透流と優月を追うみやびの側面から、銀色の髪(シルバーブロンド)をなびかせた少女が剣を振るう。

 

「みやび、もうやめてください……!!」

 

止める為とはいえ、友人に攻撃する事に悲痛な表情を浮かべているユリエ。

一方のみやびはーーー

 

「……邪魔だよ」

 

ユリエの斬撃をみやびは、《騎兵槍(ランス)》の先端を地面に突き刺し、棒高跳びの如く宙に身を躍らせてかわす。

そして鋭くも冷たい視線をユリエへと送りーーー蹴りを放った。

蹴りを避ける事が出来ず、まともにくらったユリエは石畳の上を二度、三度と跳ねて叩きつけられ、四度目になる寸前、気絶から復帰した橘ががっしりと抱き止める。片腕をだらんと力無く下げた橘は抱き止めた衝撃で表情を歪めつつも叫ぶ。

 

「もうやめてくれ、みやび!!なぜだ!なぜ友にこのような事をする!キミはこのような事をする者ではなかった筈だ!」

 

「なぜって……おかしな事を聞くんだね、巴ちゃん。さっきから言ってるでしょ。透流くんにーーーわたしの《力》を見せるんだって」

 

「《装鋼(そんなもの)》のどこがキミの《力》だ!!ただの借り物でしかないものを、自分の《力》だなんて言わないでくれ、みやび!!」

 

橘の怒りと哀しみが混ざった叫びを、嘲笑う者がいた。

 

「ふふ、はははっ!借り物とは随分と面白い事を言うものです。貴方は勿論、この場にいる者は《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》殿を除き、皆《黎明の星紋(ルキフル)》という借り物の《力》で人という存在を超越してるのではありませんか?それをまるで、《装鋼(ユニット)》のみがメッキとでも言うかのようにーーー」

 

「黙れ、《K》!!」

 

「……ほう、まさか違うとでも言いたいのですか?」

 

スッと彼の双眸が細くなる。

 

「……ああ、確かに借り物さ。どんな《力》だって最初は借り物だ」

 

そこで俺の発言を遮り、透流が叫ぶ。

 

「だけど今は違う!自分自身を高めなければ、《黎明の星紋(ルキフル)》もまた昇華し得ない事を俺たちは知っている!努力して、苦しんで、悔しさにまみれて手に入れた《力》は借り物なんかじゃない!本当の《力》だ!!」

 

「……私も同感です。それだけに、私はみやびさんに対してこんな言い方は好きじゃないですけど、愚かしいと感じましたよ。……まさに自分を高みへと上げないで、そんな《装鋼(鉄屑)》の《力》を纏うなんて……」

 

「優月に賛成だ。あまつさえその偽の《力》を透流へ見せる?……本当にそれでいいのかよ?」

 

「…………」

 

みやびは表情を曇らせるも、今度は透流が言う。

 

「みやびは毎日毎日走ったよな。今日よりも明日、少しでも速くなる為に……。最初は走りきれなかった距離も毎日毎日努力したから走れるようになった。だから《(レベル2)》になれた。この前は《(レベル3)》には届かなかったけどな……」

 

さらに曇る表情。しかし構わずに透流は続ける。

 

「俺たちにとって、《黎明の星紋(ルキフル)》の昇華ってのは日々の積み重ねが結晶になったものだ。だからそれは本当の《力》だと俺は思ってるーーー影月の言葉を借りるけど、そんな借り物の《力》を俺に見せたかったのかよ!?」

 

「う……あ、ああ……わた、しは……」

 

「みやびさん、元に戻ってください!努力で得た《力》を信じてください!そうしたら貴方はまた強くなります。もしその借り物に打ち勝てたのならーーー私が抱きしめてあげます」

 

優月がそう言った刹那ーーー空虚だった瞳に、光が戻る。

 

「みやび!」

 

だがーーー

 

「う、ううっ……!あぁあああーーーっっ!!」

 

それも一瞬で、胸元で何かが明滅したかと思うと同時、みやびは苦しそうに叫んだ。

 

「ーーー透流君!あの胸元のアクセサリー(ディバイス)を破壊するんだ!」

 

安心院がそう言った直後、透流が走り出した。

 

「ああ……と、おるくん……私を見て……行くよ……!」

 

「ああ!偽物の《力》なんかに負けるな、みやびーーーーっ!!」

 

みやびが刺突進(チャージ)で迫り、透流はそれを受け止めようと叫びながら向かっていく。

そしてーーー

 

「うぁあああああーーーっ!!」

 

みやびの咆哮が響いた直後ーーー何かが突き刺さる生々しい音が聞こえた。

 

 

 

「ぐ、かはっ……!!」

 

「透流さん!!」

 

優月が悲鳴じみた声を上げる。胸には槍の半ばまで突き刺さっており、透流は膝が折れーーー

 

「あ……」

 

自らの手で行った事に対し、みやびの顔に戸惑いが浮かびーーー

 

「ああ、あ……と、透流、くん……いやぁあああああああっっ!!」

 

悲鳴が響き渡る。俺はみやびへと歩いていき、自らの《焔牙(ブレイズ)》をみやびへと向ける。

 

「目が覚めたか?君は透流に《力》を見せてあげる、と言っていたがーーーその結末はこれだ。透流を、大切な人を殺して自分の《力》を証明した。これが君の望んでいた事だ。これで満足か?」

 

「え、影月くん……わた、し……なんてことを……や、やだ、死なないで、透流くん、透流くん!!」

 

涙と共に公開と悲痛の叫びをみやびが上げる。

チラッと《騎兵槍(ランス)》に貫かれた透流を見てみるとーーー顔を上げ、笑みを浮かべた。

 

「やった、な、みやび……そ、れと影月……勝手に殺すな……」

 

「え……?とお、る、くん……生き、て……?」

 

「ああ、生きて、る……みやびが、偽物に……勝ったから、な……」

 

みやびは勝った。透流の胸を貫く《騎兵槍(ランス)》の穂先には血の汚れは一滴たりとも無かった。自分の意志を取り戻したみやびは殺意を封じる事が出来たのだ。

 

「うう、ん……わたしだけじゃ、ダメだった……。透流くんが、皆が……信じてくれたから、だから、わたしーーー」

 

みやびの言葉の途中、彼女の胸元で、何かが明滅した。

それが点滅すると同時にみやびの体が突如動きだし、《騎兵槍(ランス)》を引き抜いた。

 

「ーーーあっ……!?」

 

「ーーー透流、休んでいろ。後は俺がやる」

 

そう言っている間に《騎兵槍(ランス)》が近くにいた俺を貫こうと突きが放たれる。

それを槍で弾き返し、僅かに軌道を逸らしてみやびの懐へ潜り込み、胸元のディバイスへと狙いを定める。

 

「しばらく眠ってもらうーーー目が覚めたら、また皆で楽しく話そうぜ」

 

「うんっ……!うんっ……!」

 

俺は槍を突き出し、ディバイスのみを打ち砕く。当然みやびの体には傷一つつけずにだ。傷をつけたら、後から透流とかにうるさく言われそうだし。

 

「ありがと、う……透流くん……影月くん……皆……」

 

ぐらりと体が崩れ落ちるみやびを受け止めようとしたがーーー透流が起き上がり、彼女を抱き止めた。彼女の顔を透流と覗き込むが、意識は失っているものの、呼吸を正しく繰り返している事を確認し、俺たちはほっと息をついた。

 

「素晴らしい。まさか彼女を全く傷付けずに倒すとはね……」

 

「これが護るって事だーーーただ、お前は直接殴り飛ばしてやるぜ……!!」

 

気絶したみやびをリーリスに任せた透流はふらつきながらも、《K》へ近づいていく。

 

「ふふっ、残念ながら本日は既に目的を果たしていますのでね。これにて失礼させて頂きますよ」

 

「ふざけるな!!これだけの事をして、はいそうですかと帰らせるわけが無いだろ!!」

 

透流はそう威勢を張るがーーー足元がぐらつき始めた。先ほどの《騎兵槍(ランス)》は命までは奪わなかったものの、《魂》を深く傷つけていたようだ。

それでも透流は《K》へ近づいていきーーー弱々しい拳が胸を叩いた。

 

「ちく……しょ、う……」

 

怒りと悔しさを込めて吐き捨てた透流。

 

「ふふっ、見る影も無いとは正にこの事ですがーーー一撃は一撃ですからねっ……!」

 

瞬間、透流が投げ飛ばされ地面に叩きつけられた。透流はそのまま意識を失ったようだ。

 

 

 

 

「……影月、優月、安心院、《焔牙(ブレイズ)》を納めなさい」

 

透流が意識を失ってから数十秒、睨み合っていた俺たちだが、朔夜がそんな事を言う。

 

「……今は見逃せ。……と僕たちに言ってるのかい?」

 

「ええ、納得は出来ないでしょうけど……近いうちにまた会えますわ。その時にーーー」

 

その言葉を聞き、一瞬考えた後《焔牙(ブレイズ)》を消散させる。

 

「……分かった。今ここでこいつらを殺りたいが、この場では自粛しろ……そういう事だろ?」

 

「ええ、殺るなら然るべき場所でーーーという事ですわ」

 

「ふふっ、私たち相手に殺り合うとは言いますね」

 

《K》は嘲笑うかのように言うが、俺は殺気を込めた視線で見る。

 

「ああ、殺ってやるさ。それこそが今の俺の勝利(目的)であり、それが皆の為になるならば、それをもたらすのは俺だ」

 

大切な人々の為ならば、俺は血に濡れた勝利すらも厭わない。それこそが俺の道だ。ーーーそしてその道はきっと、俺の妹が照らしてくれるだろう。

横目でチラッと優月を見ると、彼女はその可愛らしい顔で明るく笑った。

 

「……中々興味深い生徒をお持ちのようですね」

 

「くすっ、お褒めの言葉として受け取っておきますわ。では、いずれまた……《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》によろしくお伝えください」

 

「ええ、では私はこれで……《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》殿と次にお会い出来る時を楽しみにしていますよ」

 

そう言い残し、《K》は離陸準備の整ったヘリへと乗り込み、去って行ったーーー

 




ちょっと分かりづらい所があるかもしれませんが……誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

優月「それでもう一つ聞きたい事ですが……」

ああ、前書きの続きですね。なんでしょう?

優月「なぜ今日、この時間(午後九時)なんですか?それより少し前に小説完成していたでしょう?」

それは……そうですけど……

優月「……確かクリスマスイブの午後九時から三時間でしたっけ?世界で最も愛が囁かれているって言うのは……もしかして、それに色々と思う事があってこの時間帯にしたんですか?」

そうです。まあ、作者は一人で過ごしますから愛を囁き合うなんて関係無いのですが……なんかそんな人たちに思う所がありまして……

優月「嫉妬ですか?俗に言うリア充○○○!みたいな感じですか?」

いや、そうじゃないです!ただ、何の変哲もない思いと、怒りのクリスマスってあったなぁって何気無く思ってこの時間帯にしただけです!別に深い意味はありませんからね!?……と、とりあえず皆さん!良いクリスマスを!

優月「なんか勝手に締めましたね……まあ、なんか暴走する感じの思惑じゃなくてよかったです。……じゃあ次は私視点でお願いしますね?」

は、はい!それでは皆さんまた次でお会いしましょう!







黄金「最後に私からも卿らを祝福してやろう。卿らに良き夜が訪れる事を祈ろうか。メリー・クリスマス(Frohe Weihnachten)怒りの日(ディエス・イレ)!」


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第三十三話

ザトラ「皆様」
影月「新年」
優月「明けまして」

上記三人含むこの小説の登場人物全員『おめでとうございます!』



ザトラ「去年の八月から始まったこの小説、ここまで続いたのは様々な人たちと、少数ながらも意見・感想をくれた人たちのおかげです!その為こうして年も越す事が出来ました!」

優月「お気に入りも100件超えしましたし……皆さん、本当にありがとうございます♪」

影月「2017年ーーー作者は働くんだっけ?」

ザトラ「はい、なのである時期(3月くらい?)からグッと更新遅くなると思います……しかしよほどの事が無い限り、辞めるつもりはありません!」

月見「おっ!言ったねぇ!そんな事言って責任取れんのか?」

ザトラ「責任取れるとは言えませんけど……」

水銀「否、取れると言いたまえ。そしてせめてアニメが放送するまではこの小説も続けたまえ」

リーリス「そういえば、今年だったわね。dies iraeのアニメやるのって」

ユリエ「ヤー、アニメとても楽しみです」

透流「俺もだよ。ユリエ」

みやび「ふふっ、わたしもだよ。ユリエちゃん」

橘「この小説でアニメになっていないのは、dies iraeだけだな。メタルギアは……うん」

トラ「なぜ言葉に詰まる」

安心院「とりあえず今年もこの小説の事よろしく頼むぜ」

朔夜「では、挨拶と茶番はこのくらいにして……後ほどあとがきでお会いしましょう。私たちはコタツに入りながら、ゆっくりテレビでも見させていただきますわ。では新年一発目の「アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹」」


『お楽しみください!』



side 優月

 

《K》が去った日の夕方ーーー透流さんが意識を取り戻しました。

ーーーその日の夕食は、透流さんも合流しましたが、ひどく寂しいものでした。

気を失ったみやびさん、その看病をしている巴さんが医療棟から戻ってこなかったからです。

私たちの誰もが口を開かない重々しい食事中、周囲の会話に耳を傾けてみると、話題は昼間の事ばかりでした。

情報の発信源は広間にいた生徒のようで、闘いがあった事まで知れ渡っていました。その為、様々な憶測と共に視線を向けられました。透流さんたちは居心地が悪そうにしていましたーーー私や兄さんはそんな視線はあまり気にしないようにしていましたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終え、私たちは透流さんたちと別れてある場所へ向かいました。

 

「朔夜、被害は?」

 

「警備隊員十二名、生徒九名が負傷しましたわ。いずれも少し治療すれば問題無いーーーとの事ですわ。設備の修理については影月が庇ってぶつかった校舎の壁だけですわ」

 

「よかった……」

 

私たちが来た場所はもはや恒例のように来ている理事長室。私たちに加えて安心院さんも集まり、今回の被害状況や、今後の事などを話し合いに来たのです。

 

「とりあえず被害は大変な事にならなくてよかったけど……次は今後の事だね。まずみやびちゃんについてはどうするつもりだい?」

 

「私から口出しする事は何もありませんわ。罰則も致しません。今後の事は彼女に任せますわ。違えた道を見直して再びこの学園で友と共に学ぶと言うならばそれもよし、自らのした事を後悔してこの学園を去ると言うのも構いませんわ」

 

「……はぁ……そっか、まあ最終的には本人の意志だもんね」

 

安心院さんは息をはきながら、座っているソファに身を預ける。

 

「それともう一つ、近いうちにまた会える。とはどういう事でしょう?」

 

「……これは九重透流たちにも明日伝えますが、貴方たちには四日後に行われる実地研修へ参加して頂きますわ」

 

(レベル3)》となった生徒は、ドーン機関の治安維持部隊ーーー護陵衛士(エトナルク)の任務に研修参加する事となるらしいです。早い段階から参加する事で、卒業後の部隊所属がスムーズになるようにという機関からの配慮だそうですが……。

 

「今年は八人も研修資格を得たという事で大変喜ばしい事ですわ。私も機関の上層部も大変嬉しくーーー」

 

「分かった。で?それが何の関係が?」

 

「……研修内容は、私がとある(うたげ)に参加する際の護衛ですの。その場には《神滅部隊(リベールス)》を生み出した人物、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》と呼ばれるご老人も参加しますわ」

 

「ーーーほお、なるほどな……」

 

つまり、彼についていく形で《K》も姿を見せるかもしれないという事です。

 

「朔夜、前から思っていたが《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》とは何者なんだ?」

 

「……あの方は機関(ドーン)の機密事項ですの。早々簡単には言えませんわ」

 

「……やっぱりか……」

 

兄さんもソファに身を預け、上を向いた。

その姿を見た朔夜さんは一つため息をついてから話始めました。

 

「……これは独り言ですけれどーーー《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》、本名エドワード=ウォーカーは機械工学に精通していて、エンジンや推進システムの開発を行う一方で、人工筋肉などの開発にも熱心な人物……ですわ」

 

『…………』

 

兄さんは上を向いたまま、安心院さんは目を閉じ、私は出された紅茶を飲みながら耳を傾けました。

 

「彼はこれまでの常識を覆す外骨格スーツの開発を唱え、周囲からは理解が得られませんでしたわ」

 

「……外骨格スーツって《装鋼(ユニット)》の事か……俺も独り言を言うが、人工筋肉って随分昔に開発されてなかったか?」

 

兄さんがそう言います。確かに授業予習として昔の事を調べている時にそんな記事を見ました。

確か昔、戦場にそんな機能を持つ兵器が大量投入されたとか……その中で最も興味深く思ったのは、ロケットブースター、人工筋肉、それとスネークアーム(蛇手)というものが搭載されたスーツがあったとか……。

 

「……そうですわね。彼は昔あったその技術をさらに研究していたそうですわ」

 

朔夜さんは仕方なしと言った感じで返答をしてくれました。そして再び独り言を続けました。

 

「十二年前、彼は所属していた機関より突如失踪ーーー以後、《生存競争(サバイヴ)》で姿を見せるまでは消息不明ーーーおそらく《神滅部隊(リベールス)》の所属する組織、ゴグマゴグに身を寄せていたようですわね」

 

朔夜さんは紅茶を一口飲んで、続けます。

 

「アメリカ軍部と結びついている秘密組織、ゴグマゴグ。軍事技術の開発を主としていて、その力を背景に現在も北米で最も勢力を持つ組織ーーードーン機関とは違い、表向きの顔を持っていない分、相当な事はしているでしょう」

 

「……なぜ、彼は機密扱いなんだい?」

 

朔夜さんが一息ついた所で、安心院さんが疑問を口にしました。

 

「彼は元々ドーン機関の開発局ナンバー2でしたの」

 

「へえ……」

 

「そんな人物が失踪した上に、敵対組織のゴグマゴグに身を寄せた事が判明して機関の顔は丸潰れーーーその上、失踪する際に自分自身については勿論、研究中だったデータ、開発済みのデータまで全てを抹消して当時の機関は大混乱ーーー分かっているのは先ほどの情報と、最後に研究していたデータの内容……戦争経済時代に稼働していた兵器や大型兵器の事を研究していたというものだけですわ」

 

紅茶を飲み干し、ため息をついた朔夜さんは私たちの顔を見て、笑いかけてきました。

 

「独り言を長々と言って疲れましたわ。少し午睡(シェスタ)を取りたいので影月、優月、安心院の誰でもよろしいので膝枕してくださいません?」

 

朔夜のその言葉に苦笑いした私たちでした。

 

 

ーーーその後、誰が膝枕をするかじゃんけんで決めたのはまた別の話です。ちなみに誰になったかと言うと私でした!

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼近くーーー授業中に校内放送がかかりました。

内容は名前が呼ばれた者は、昼休みに理事長執務室へ来るようにというものでした。呼ばれたのは透流さん、ユリエさん、リーリスさん、巴さん、トラさん、そして私たち兄妹と安心院さんーーー全員《(レベル3)》の人たちという事で朔夜さんが昨日の事を彼らに話すのだろうと予想しました。

透流さんたちはなぜ呼ばれたのか分かっていないようですが……私たちは話しながら執務室へ向かいつつ、医療棟から戻ってきた巴さんと合流しました。

 

「そうか、目が覚めたのか……」

 

「うむ。特に後遺症も無さそうだ」

 

外傷は無かった事は確認していましたし、検査結果でも聞いていたのですが、改めて聞いてほっとしました。

 

「ただ、念の為という事と、周囲への影響を考えて数日間は入院となるそうだ」

 

「仕方ないですね……なら、私たちはお見舞いに行かない方がいいでしょうか?みやびさんも色々気持ちを整理したいでしょうから……」

 

私がそう言うと、巴さんも複雑な表情を浮かべて頷きました。

 

「九重もそうしてくれると助かる」

 

「…………。分かった」

 

「…………それと如月」

 

「ん?」

 

そこで巴さんは兄さんに向き直りました。

 

「昨日はすまなかった。キミが庇ってくれなかったら、私もしばらく入院していたかもしれない。だから……ありがとう」

 

「ああ、気にするな。それに……みやびの見舞いの件も気にしてないからな?彼女ならきっと立ち直って、俺たちの前にまた笑顔を浮かべながら出てきてくれるさ」

 

「……そうだな」

 

その言葉を聞き、皆さんに明るい笑顔が少し戻ったような感じがして、私も少し嬉しくなりましたーーー

 

 

 

 

執務室で話した事は昨日話された事と何ら変わりありませんでした。

実地研修への参加、研修内容、そしてあの老人が参加するという事も……。

ただし巴さんは怪我の影響とみやびさんの傍に居たいという事で辞退しました。

それに対し、朔夜さんは心からの賞賛を送っていましたーーー少なくとも私にはそう見えました。

 

「この場でならば、研修の辞退を口にしても構いませんのよ?貴方たちはまだ学生なのですから」

 

しかしーーー他に辞退する人は居ませんでした。

その後は明後日の集合場所と時間を聞かされた後、透流さんだけ呼び止められていました。何の事だろうとは思いましたが……リーリスさんなどに促されて私たちは気にせず、学食へ向かいました。

 

 

 

 

二日後、土曜日の夕暮れーーー南の裏門を出た先の波止場に私たちは集合し、朔夜さんや三國先生を待っていました。

プレジャーボートで出立し、都内のどこかで降りて護陵衛士(エトナルク)と合流した後、車に乗り換える事になっています。

 

「気をつけてくれたまえよ、九重。くれぐれも無理はしないようにな」

 

「ははっ、分かってるって」

 

「……九重をしっかりと見張ってくれるよう頼んだぞ、ユリエ」

 

「ヤー」

 

「見張るって……。俺はどんな風に思われてるんだ」

 

「無茶してるからだろう?まあ、心配しなくていいぜ?透流君と、ユリエちゃんは僕たちが責任持って見張るからさ」

 

「うむ、キミたちなら少しは安心出来るな」

 

『……安心院だけに?』

 

「ーーーっ!?べ、別にそんな意味で言ったわけでは……はっ!九重!?なぜ笑っているのだ!?」

 

出発前にそんなやり取りをして笑い合っていたら、朔夜さんが三國先生と月見先生を従えてやって来ました。

すぐに出航ーーーとはならず、トラさんが三國先生に呼ばれて何かを話始めていました。

 

「あ〜……留守番は暇でやる気でねーぜ……アタシも行きてぇな」

 

「月見先生、気持ちは分かりますけど……何も無い方がいいじゃないですか。それでも何かあった時はーーー頼みますよ?期待してます!」

 

「ああ、あんたが残ってくれるのは心強い」

 

私と透流さんの言葉を聞いた月見先生は笑みを浮かべーーー

 

「ほほー、《異常(アニュージュアル)》の妹と《異能(イレギュラー)》がこのアタシを心強いとな?ついにデレたか?」

 

「それは無い」

 

「今度の訓練中にパンツ下ろし「デレでは無く信用していますから!だからそれ以上言うのはやめてください……」……くはっ、分かったよ」

 

私は月見先生の危なげな言葉を無理やり遮って話を終わらせました。

そんな事をしていると、トラさんたちの会話が終わったようで出発すると声を掛けられました。

 

「じゃあ行ってくる。留守の間は任せるぜ」

 

「へいへい、まー任されてやるよ。留守と言わず、これからもな」

 

「よろしくお願いします!月見先生♪」

 

そう言って私は月見先生を抱きしめました。

 

「ちょっ、《異常(アニュージュアル)》!?恥ずかしいから辞めやがれ!ガキ共が見てるだろうが!?」

 

「ふふっ、ちょっとした感謝の気持ちです♪……迷惑でしたか?」

 

抱きついている私が上目遣いで月見先生を見ると、小声で「うっ……」と言った後、私に聞こえる声で言いました。

 

「いや……正直嬉しーぜ、お前いい匂いするしよ……こっちこそありがとな」

 

それを聞いて、私が笑うと月見先生は少し頬を赤くして、視線を逸らしました。

 

「お?デレかい?ツンデレかい?珍しいねぇ、まあ彼女にそう言われたら嫌とか迷惑だなんて言えないよねぇ?」

 

そこへ安心院さんがにやけながらそう言ってきました。

 

「っ!?うるせー!さっさと乗りやがれ!気をつけろよ!」

 

「お前ら、早く出るぞ……」

 

「っと、今行きます!」

 

私たちが乗り込んで間も無く、ボートはエンジン音を立てて、ゆっくりと動き始めました。

その時ーーー

 

「透流くんっ!皆!」

 

みやびさんが波止場へと駆けてきました。

 

「み、みやび!!どうしてここに……!?」

 

「あ、危ない任務に参加するって、巴ちゃんから聞いて……!だから、あの……気をつけて!皆と一緒に、無事に帰ってきて!!わたし、透流くんや皆に話したい事が沢山あるから!絶対に帰ってきてね!」

 

みやびさんが叫び、それに皆さんが叫びます。

 

「分かった、絶対に帰ってくる!皆と一緒に帰ってくるって約束する!」

 

「もちろんだ!皆で楽しく話すんだって言ったしな!」

 

「みやびさん、ありがとうございます!帰ってきたら……あの時言っていた事ーーーやりますからね!」

 

「うんっ!!」

 

みやびさんが手を振って、いるのが段々と見えなくなってきて、ふと後ろを振り返ると、ユリエさん、リーリスさん、トラさん、安心院さんが見ていました。

 

「……皆、何があろうと勝って、絶対帰ってこようぜ!」

 

兄さんの言葉で私を含め、皆さんは力強く頷きました。

 

「ーーーあの刹那(一瞬)を……また楽しみたい……だから絶対勝ってーーー」

 

そんな兄さんの小さな声は、周りの皆には聞こえず、私にだけ聞こえました。そんな兄さんの大切な想いを、私は照らして、包み込んであげたいと改めて思いました。

 

 

 

 

二十分程後、ボートは川を上っていました。

下船予定場所は襲撃を警戒したダミーを含めて数ヶ所用意してあり、そのうちの一つである川沿いーーー水上バス乗り場へと着きました。

そこで護陵衛士(エトナルク)と合流して、車へと乗り換えました。

リーリスさんと三國先生が朔夜さんと共に高級車へ、私たちは護衛車両へと乗り込みました。周囲を警戒しつつ、三十分程揺られて夜の(とばり)が下りた頃ーーー目的地に着いたと言われ、私たちは目的地を目にして驚きました。

周囲を高い柵に囲まれ、守衛が立つ門を抜けた敷地は都内と思えない程に広く、花と植木が整然と配された緑(あふ)れる西洋庭園となっていました。程なくして庭園の奥に佇む、宮殿のような絢爛(けんらん)な邸宅に到着しました。

邸宅前の広場に車を止め、朔夜さんは降り立つとーーー

 

「貴方たちはこのまま外で待機を。隊長の指示を仰ぎなさいな。影月、優月ーーー頼みますわ」

 

そう言い残して三國先生を従え、出迎えた案内人と共に邸内へ入っていきました。

 

私は朔夜さんを見送り、建物を見上げて、ただならぬ気配の正体を思考していました。

 

(……何でしょうか……この気配……これ程の実力者たちが集っているとは……)

 

「何か一波乱ありそうだな」

 

私はそう思いながら、同時に入っていった黒衣の少女の事を思っていました。兄さんの呟きを耳にしながらーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉をくぐった先は広々とした吹き抜けのホールで、奥には二階へ続く大階段があった。朔夜たちを先導する案内人は階段を登り、その先にある大扉の前で足を止めた。

 

「こちらで御座います」

 

(《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》ーーーいよいよですわね……)

 

大扉を前に、流石の朔夜も緊張を覚える。闘いとは無縁の彼女でさえ分かる程、重々しい圧力を感じ取った為だ。

案内人が重い扉を開け放つと、朔夜と三國は豪奢(ごうしゃ)な部屋の中へと入っていく。

天井には(きら)びやかなシャンデリアが室内を照らし、床には美しい紋様の描かれた絨毯(じゅうたん)が敷かれ、中央には豪奢な円卓が置かれていた。

円卓の周囲には八つの椅子が置かれ、その内の四つが埋まっている。

つまり、これから席につく朔夜を除けば、まだ三人到着していないという事だ。

 

「来たな、《操焔(ブレイズ)》の嬢ちゃん」

 

朔夜たちの背後で扉が閉まると、円卓に足を投げ出すといった不作法極まりない男が声を掛けてきた。

四十がらみであろう男の頬は少々赤みを帯びており、飲酒している事が(うかが)える。立ち上がれば一メートル九十を超える巨躯は、常人が対峙したならば畏怖(いふ)を覚えるだろう。けれど男の口元にはにんまりと歯を見せていて、妙に人懐っこさを感じさせる。

朔夜は漆黒の衣装(ゴシックドレス)を摘んで持ち上げつつ、頭を下げた。

 

「ご無沙汰しておりますわ、《冥柩の咎門(グレイヴ・ファントム)》様。そして他の《七曜(レイン)》の皆様にはお初にお目に掛かります。《操焔(ブレイズ)》を継ぎし者ーーー《魔女(デアボリカ)》ですわ。以後お見知りおきを」

 

「おう、改めてよろしくな。……あ、嬢ちゃんの席はそこだから座んな。連れの兄ちゃんの席は無いが勘弁してくれや」

 

「お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 

「ええ、お構いなく」

 

咎門(ファントム)》と呼んだ男の指した席へと、朔夜が歩を進めるとーーー

 

「……所で嬢ちゃん、あいつはどうよ?」

 

「連れてきていますわ。気になるのであれば、ご自分の目でお確かめになっては?」

 

「ん、まあそこまでは別にいいやな」

 

大男の返事を聞きながら朔夜は腰を下ろし、三國は主の背後に立つ。

それを見届けた《咎門(ファントム)》は全体を見回してから喋り出した。

 

「さて、と。始める前に新顔の《魔女(デアボリカ)》の為ってぇ事で、それぞれ自己紹介といくか。まずは改めてこの俺、《冥柩の咎門(グレイヴ・ファントム)》だ。よろしくな、嬢ちゃん。……んじゃ次はお前さんだな、《災核(ディザスター)》」

 

咎門(ファントム)》は左隣に座る若い男へと顔を向ける。

 

「……《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》だ」

 

夏場であるにも拘らず、マフラーをする事で顔半分を隠した男は僅かに顔を上げると、朔夜を一瞥して自身の《曜業(セファーネーム)》を告げた。そしてすぐに視線を落とし、沈黙する。

 

(《聖庁(ホーリー)》所属の《聖騎士》様でしたわね)

 

《聖騎士》とは、西欧に拠点を置く歴史ある巨大宗派、その中でも決して日の目を見る事の無い部署ーーー異端審問機関《聖庁(ホーリー)》に所属する者へ与えられる称号である。神の代行者として異端者への裁きを執行する《聖騎士》はその役割上、高い戦闘力を持っていると噂される。

また、ドーン機関は生体超化ナノマシン《黎明の星紋(ルキフル)》という神の道より外れる研究をしている為、《聖庁(ホーリー)》との折り合いがよくない。彼が無愛想な理由に、その辺りも関係しているのだろうと朔夜は考えた。

 

(……永劫破壊(エイヴィヒカイト)に対しても否定的でしょうね)

 

「さて、お次はお前さんだ、《對姫(ディーヴァ)》」

 

咎門(ファントム)》は視線を移動させ、朔夜の左隣に座る清楚な雰囲気を湛えた美女へ振る。

 

「《洌游の對姫(サイレント・ディーヴァ)》です。同じ女性同士、仲良く致しましょう」

 

その笑顔は暖かく安らげる優しいもので、見る者を虜にする事は間違いないだろう。

 

(雰囲気だけなら、誰よりもこの場にそぐわない方ですわね)

 

朔夜はそのような事を思い浮かべながらに笑顔で返す。

 

「是非とも。それとお噂はかねがね耳にしておりますわ」

 

七曜(レイン)》には表の世界で知られている者が数人いるのだが、中でも彼女は最も有名である。

なにしろ彼女は、東欧のとある国の王女なのだから。母国の医療制度発展の為に尽くす、聖女のような優しく美しき王位継承者ーーーしかし、《七曜(レイン)》に名を連ねている以上、油断ならぬ相手なのだと朔夜は肝に銘じる。

 

「んで、次はーーー」

 

「儂じゃな」

 

咎門(ファントム)》の右隣に座る《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》がそう言うも、大男は首を振った。

 

「いいや、まだ爺さんの番じゃないぜ」

 

言いながら《技師(スミス)》と《對姫(ディーヴァ)》の間にある空席へ目を向けた直後ーーー突如、空席の上空へ円形の眩い光が生まれる。

紋様が入った不可思議な光は、無人の席を包み込むように広がっていきーーー弾けた。

直後、空いていた席に華やかな軍服を纏った青年が座っていた。

 

ご無沙汰(サリユ)、諸君。そしてーーーお初にお目に掛かる(アンシャンテ)、《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》」

 

「……《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッシス)》様、ですわね?」

 

「その通り」

 

朔夜の確認へ、満足そうに青年が頷いたと同時ーーー

 

「貴様ぁーーーーっ!!」

 

災核(ディザスター)》が巨大な鎌を振りかざし、軍服の青年へと飛び掛かっていた。その死神の鎌が一閃し、刃先が彼の首筋へ当たる寸前で止まる。ーーー否、止められる。

 

「この場では争いを禁じるって言っておいただろうが、《災核(ディザスター)》」

 

二本の指で刃を挟み、死神の鎌を振るわせなかったのは《咎門(ファントム)》だった。寸前までは確かに椅子に座っていたというのに。

 

「どうすんだ?本気でやるってぇなら、まずは俺が相手するぜ?」

 

「ちっ……!」

 

災核(ディザスター)》は舌打ちをし、テーブルを蹴って再び飛び上がり、己の椅子の横へと着地する。

 

「ま、そうして貰えると招待主(ホスト)としてはありがてぇ」

 

「あんたとやり合ってる間に、逃げられるのがオチだ」

 

彼は苛立ちを示すように音を立てて椅子に腰を下ろす。

 

「今のが転移魔法ですわね?」

 

朔夜が先ほどの騒ぎなど気にしない様子で問うと、軍服の青年は頷く。

魔術ーーー公にはされていないものの、実際はこのように実在している。しかし朔夜にとってはあまり珍しいものでは無かった。

 

「転移魔法は初見かね?」

 

「そうでもありませんわ。ここ最近は、息をするかのように魔法や魔術を使う輩をよく見ていますから。それでも僅かな知識しかありませんけど」

 

ーーーメルクリウスや、安心院の事である。最も安心院は使えるという事だけを聞いていて見た事は無いが。

 

「ほう……私の場合は知識ばかりで、魔術そのものはからっきしでね。先ほどの転移も魔術の込められた道具によるものだよ。息をするかのように魔術を使う輩ね……後で聞かせてもらうよ」

 

(彼は《七曜(レイン)》の中では最も情報が少なく、謎が多い人物。少なからず魔術に造詣がある方のようですわね……。それと、《災核(ディザスター)》様とは随分と不仲のご様子で)

 

大きな情報だと心にとどめておく朔夜。

 

「さて、次こそはこの儂ーーー」

 

「十分に存じておりますので結構ですわ、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様」

 

「わははっ。連れないな、嬢ちゃん」

 

にべなく返す朔夜に老人は肩を竦め、大男は笑い声を上げた。

 

「で、最後の一人だがーーー嬢ちゃんが《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ近づけば、自分から姿を見せるだろうよ」

 

「つまり近づかなければお会いする事は敵わないと」

 

「そういうこった」

 

 

「《咎門(ファントム)》、まだ一人残っていますけど……」

 

そこで朔夜の右隣の席を見ながらそう言う《對姫(ディーヴァ)》。確かにこのままでは一つ紹介されていない席がある。

 

「その事だが俺は何も知らねぇぞ?誰か間違ったんじゃねぇか?」

 

「いいえ」

 

そこで朔夜が否定の声を上げた。

 

「私が事前に一つ席を追加するように通したのですわ。勝手な事だとは思いましたけれど……」

 

「だがーーー」

 

来てねぇじゃねぇかという《咎門(ファントム)》の言葉は続く事は無かった。

 

 

 

 

 

『ーーーーーー』

 

部屋の中にいる全員に突如緊張が走る。なぜならここにいる者たちとは別の力を持った者がここに近づいてきている事を皆、感じ取ったからだろう。

朔夜が薄く笑みを浮かべながら扉を見る。

 

「どうやら来たようですわね」

 

その発言と共に全員が大扉へと注目した。その扉がゆっくりと開き始める。扉が開くと同時に徐々に強まる威圧感ーーーそして扉が完全に開くとその威圧感は、生身の人である朔夜や、《技師(スミス)》なら気を抜けば失神ーーー下手をしたら押し潰されそうな程のものになる。

それ程の途方も無い圧倒的な威圧感を放っていたのはーーー

 

「ふむ……見た限り私で最後のようだが、待たせてしまったかね?」

 

腰まで伸ばした金髪と凄烈に輝く黄金の双眸を持った美形の男。それは例えるならばまさしく「人体の黄金比」と言って差し支えない程の美形である。服装は白を基調とした軍服を纏い、黒いコートをマントのように肩にかけている。首には黄金色のエピタラヒリをかけている男はゆっくりと円卓へと歩を進める。

 

「いいえ、丁度貴方様のお話をしていた所ですわーーー初めまして、ですわね。愛すべからざる光(メフィストフェレス)ーーーラインハルト様」

 

朔夜が立ち上がって漆黒の衣装(ゴシックドレス)を摘んで持ち上げつつ、恭しく頭を下げる。その礼は朔夜が出来る最上級の礼であった。

なぜなら彼こそ、聖槍十三騎士団が首領、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒーーーかつて世界を、そして今も裏の世界で恐れられている魔人の集団のトップなのだから。

先ほどの最上級の礼をした事もその事が関係している。もし何か機嫌を損なう事があれば、彼女の学園どころか世界が終わってしまうかもしれないだ。

さらにーーー

 

(まさか大隊長三名もお付きになられるとは……)

 

ラインハルトの背後には、三人の軍服を纏った者たちーーー白騎士(アルベド)赤騎士(ルベド)黒騎士(ニグレド)が静かに控えていた。そんなラインハルトに忠誠を誓う者たちがいる中で一つでも不用意な事を言えば、どうなるかなど誰でも分かるだろう。

誰もが彼らの放つ威圧感をその身に受け、冷や汗を流しながらも注視し、警戒を向けるもーーー

 

「卿がカールの言っていた《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》かね?」

 

「ええ、私の《曜業(セファーネーム)》を覚えていただいていたとは、なんとも光栄な事ですわ」

 

ラインハルトは周りの警戒など気にした様子もなく朔夜と話だした。一方の朔夜は冷や汗をかき、意識をしっかりと保ちながらも、発するべき言葉を慎重に選んで会話をする。もちろん彼女の内心は恐ろしい程緊張していた。

黄金の獣、破壊の君、その称号に恥じない存在感を、朔夜はその小さき体全体で感じていた。

 

「何を言う。私はこれでも礼儀は十分弁える性分なのでな。それに卿もあの者たちと同じ、カールに見定められた者でもある。ならばカールの友である私も、カールの友である卿の事をある程度知っておかなければ失礼極まりないではないか」

 

「……友人……?一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「何かね?」

 

「……メルクリウス様は私の事をなんと仰っていたんですの?」

 

「ふむ……よく会話する相手で、私の知らぬ未知を色々と教えてくれる友だとカールは言っていた。最もあれがそのような事を言う事自体が、私にとっては未知なのだがな。どこか間違っているかね?」

 

「……あながち間違いでは無いですわね。貴方様の事もメルクリウス様から聞いていますわ。曰く、全てを()する。恐ろしいーーー悪魔のような男だと」

 

「悪魔か。確かにカールや刹那もそのような事を言っていたな」

 

「ーーー嬢ちゃん、その人は……」

 

そこで唖然としていた《咎門(ファントム)》が確認するように朔夜に問う。

 

「失礼。私はラインハルトーーー聖槍十三騎士団黒円卓第一位、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒーーー偉大なる魔術師によって愛すべからざる光(メフィストフェレス)と祝福された者だよ」

 

「ラインハルトーーー第三帝国の首切り役人様がどのようなご用でこちらにいらしたのですか?」

 

對姫(ディーヴァ)》が尋ねる。彼女は一見何事も無いかのように見えるがーーー必死に体の震えを抑えていた。

 

「何もそこまで恐れる事もあるまい。私はただ、ここにはいない我が友とそこに居る《魔女(デアボリカ)》にこの宴に招待されただけだ」

 

「その通りですわ。なので気にせず、宴を再開致しましょう?」

 

朔夜はもう慣れたのか、《咎門(ファントム)》へと顔を向けて笑みを浮かべた。ーーーと言っても少しだけ笑みがぎこちない気がするが。

 

「……嬢ちゃん、とんでもねーのと知り合いなんだな……まあ、お越しになったからにはしょうがねぇし、始めるか。おーい!食事を持ってきてくれ!後、誰かさんが土足で汚したからクロスも替えてくれ!」

 

 

 

 

 

程なくして豪勢な食事が用意され、会話と共に刻は過ぎて行く。会話は主に料理の味や食材についてのものであったが、《七曜(レイン)》ならではとも言える会話ーーー互いの状況を探るような内容が時折挟み込まれていた。

しかし、部屋に充満していた殺気のせいで無言になる時も多かった(殺気の発信源は主に白騎士)。

ラインハルトも先ほどの威圧を抑えて彼なりに宴を楽しんでいた。ちなみに彼に対して、何かを探るような事を聞いた者は誰もいない。誰もがそのような事を聞くのを躊躇うからである。彼からしたら別に聞かれても構わないと思っているのだがーーー

 

「《魔女(デアボリカ)》、卿に前から尋ねてみたいと思っていた事があってな」

 

「なんですの?」

 

「あの(くだん)の兄妹についてだ。卿は彼らと最も近しい間柄であるらしいな。彼らについて卿はどのように思っているのか、一度卿の口から聞いてみたいと思ってな。よければ聞かせてもらえないかね?」

 

「……そうですわね。二人とも頼りになりますわ。それに何より……このような場で言うのは(はばか)れますが……色々な意味で好きですわ」

 

瞬間、部屋の中の空気が固まる。

彼らの会話に耳を傾けていた《咎門(ファントム)》も《對姫(ディーヴァ)》も《災核(ディザスター)》も《裁者(ジャッジス)》も《技師(スミス)》も誰もが固まった。

その中でただ一人ラインハルトだけは笑みを浮かべていた。

 

「なるほど、カールが言っていた事は本当か。曰く、あの二人に()されたのだと」

 

「……それも間違いじゃありませんわね」

 

「好ましい事だ。実に初々しい」

 

(……嬢ちゃん、あんな顔するんだな……)

 

久しぶりの城以外での宴であり、彼自身興味があったことなのでラインハルトは愉快そうにそう言った。

そんな会話から数分後ーーー

 

 

 

「《()()》は息災かの、《魔女(デアボリカ)》殿?」

 

唐突に《技師(スミス)》が話しかける。

 

「こちらに出向いたのが私の時点で、お察し頂けませんの?」

 

「おやおや、これは失礼した。あやつとはまた酒を飲み交わしたかったのじゃがなぁ」

 

なぜ《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》へ《焔牙(ブレイズ)》の事を聞くのかーーー

それは彼女が本来の《焔牙(ブレイズ)》では無い事に起因していた。

本来の《焔牙(ブレイズ)》とは彼女の祖父の事を指すのだ。しかし彼は三年前に病床に伏した為、朔夜は研究と《曜業(セファーネーム)》を受け継いだのである。

 

「そのような事ーーー」

 

「ふははは、今のは挨拶代わりじゃて。本題はここからじゃ」

 

「あら、そうでしたの。ではこれから楽しいお話を聞かせてもらえますの?」

 

「もちろんじゃよ」

 

その会話に他の《七曜(レイン)》も興味を示して会話に交ざってくる。

 

「フフ、随分と楽しそうな話題を始めるようだ。早く続きを聞かせてもらいたいものだ」

 

「ははっ、俺たち全員が楽しめる話を期待しているぜ、爺さん」

 

「生憎じゃが、其方らは楽しめるというよりも、少なからず恐るやもしれんぞ」

 

裁者(ジャッジス)》と《咎門(ファントム)》へ、老人は意地の悪さを思わせる笑みを浮かべて返す。

 

「では本題といこうかの。とはいえ、儂が何を言おうとしているのか、聡明なる《魔女(デアボリカ)》殿は既に承知済みであろうがの」

 

「……同盟について、ですわね」

 

朔夜の返答に頷く老人。それを見て《裁者(ジャッジス)》が感心の声を上げる。

 

素晴らしい(トレビアン)。まさか《七曜(レイン)》の中より、手を取り合おうという意見が出ようとは」

 

「そいつぁ興味深いね。確かに爺さんの《装鋼(ユニット)》と、嬢ちゃんの《超えし者(イクシード)》は相性がいいかもしれんしなぁ」

 

(そういえば、偵察に出していた髑髏から情報が上がってきていたな。確か彼が作っていた新しい《装鋼(ユニット)》が完成したと……それを交渉の切り札にするつもりか?)

 

ラインハルトは内心でそんな事を考えていた。

 

「返答の前に、質問させて頂きますわ。《黎明の星紋(ルキフル)》は、《適性(アプト)》を持って生まれた者にしか作用しませんの。故に今回の交渉の利は私にはあれど、貴方には利がありません事よ」

 

「当然、《適性(アプト)》については知っておるよ。それにーーー《適性(アプト)》が無くとも《超えし者(イクシード)》へと昇華する事が可能な、新型《黎明の星紋(ルキフル)》の研究を行っている事も知っておる。試験運用の段階まで進んでいる事もな」

 

「……機関から離れてから久しいというのによくご存知な事で」

(……内通者が居ると考えるべきですわね。戻り次第手を打たなければいけませんわ……そういえばラインハルト様に通じる内通者も居そうですわね……ですが別段排除する必要は無いでしょう。警備などを頼んでいますし、後ろ暗い事も特にありませんし……)

 

(ほう……内通者か……まあ、私も潜ませているから何か言えた事ではないな。それに警備という協力関係が成り立っている以上、私の部下が排除される心配も無いだろう)

 

朔夜とラインハルトは内心似たような事を考えていたが、老人の演説は続く。

 

「《装鋼(ユニット)》を《超えし者(イクシード)》が纏った場合の《力》は先日見ていた通りじゃよ。日常生活などという不純物を交えて訓練を施した学生であっても、あれ程の飛躍を見せたのじゃ。純粋な兵士として訓練を施し、戦闘マシーンとして完成した《神滅士(エル・リベール)》へ、新型《黎明の星紋(ルキフル)》を投与したらならばどうなるか、想像してみるがいい!」

 

技師(スミス)》は椅子から立ち上がり、円説に熱を帯び始める。

 

「そやつらは間も無く完成する新たな《力》を手にする事で、更なる高みへ至るのじゃ。その時が真の《神滅部隊(リベールス)》の感性であり、立ち塞がる者全てを凌駕し滅するじゃろうーーーそう、たとえ立ち塞がる者が神であろうとも!!わはははは!」

 

高笑いをあげて宣言する老人へ、それぞれが思い思いに口を開く。

 

「ぶちあげたなぁ、爺さん。それがあんたの道ってぇわけか」

 

素晴らしい(トレビアン)。神をも凌駕し、滅すーーーそれ故に、《神滅士(エル・リベール)》と名付けたという事か」

 

「全てをとは、随分と壮大な事ですね」

 

「……《聖庁(ホーリー)》所属の俺を前に神殺し宣言とはな」

 

そこで唐突に殺気が膨れ上がり、部屋の空気が今までに無い程凍り付いた。誰しもが先ほどの比ではない程の冷や汗をかく中、殺気を放っていたのはーーー

 

「貴様のような劣等如きの業で神を殺す?随分と舐めて出たものだなーーー貴様ら劣等如き、我らに及ばんと言うのにか?」

 

「殺すって言った?ーーー僕が忠誠を誓ったハイドリヒ卿を?やっと僕の事を抱きしめてくれた彼女を殺すって言うのかい?」

 

「……俺の兄弟や女神の居場所を壊すと言うなら、俺も黙ってはいない」

 

黒円卓大隊長三人だった。三人の殺気を特に当てられている《技師(スミス)》は歯をガチガチと鳴らして恐怖に震えていた。

 

「抑えろ、ザミエル、マキナ、シュライバー。彼らは現在の我らの役割を知らぬ故に言っているのだ。仕方あるまい」

 

それを咎めるのはラインハルト。それと同時に薄まる殺気、もちろん完全には無くならないが。

 

「……ですが、ラインハルト様。彼らの反応もまた仕方の無い事ですわ。彼らにとっての神と言えるべき者は貴方ーーーあるいは話に聞く女神様だけでしょうから。それを殺すとなれば……穏やかではないですわ」

 

朔夜がそう言うと、視線が一斉に朔夜に集まる。集まる視線は主に説明を求めるものだが、それを気にしない朔夜はラインハルトへと視線を向けた。

 

「それよりも、私は貴方の意見を聞いてみたいですわ。話していただけます?」

 

「先ほどの演説の、かね?ふむ……」

 

ラインハルトもまた、周りの事を気にした様子も無く考え始める。

 

「特に興味も湧かん。先日の実験体も見ていたが、あの程度の《力》、我が軍勢の一髑髏にも及ばん。それにーーー卿も興味は無いであろう?」

 

「くすくす……《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様に一つ疑問がありますわ。なぜ、個の高みを目指すのでは無く、(むれ)としますの?」

 

「……ふははっ、知れた事を。群の前では個など取るに足らんからじゃ。歴史を紐解いてもそれは証明されておるわ。どれ程の英雄豪傑であろうと決して個ではなく、部下が、協力者がおるのじゃからな」

 

老人の言っている事は正しい。現にラインハルトもそうだ。彼の内に渦巻く者たちがいなければ、これ程の実力も力も無い。と言っても彼一人でも人間離れしている所は多いのだが。

それにもう一つ言うならば、個で群を一瞬で蹴散らすような存在が後々生まれるのだが、その事を知っているのは今この場で一人のみである。

 

(質量の桁が違えば相性や戦法、技術や数に意味など無い……)

 

その人物は頭の中でその言葉を反服した後、話を聞き始めた。

 

「《操焔(ブレイズ)》を次ぐ為に生を受けし《魔女(デアボリカ)》よ。《絆双刃(デュオ)》というシステムや護陵衛士(エトナルク)などという部隊を作り上げた《操焔(ブレイズ)》ならば、群がどれ程重要なのかを理解出来るじゃろう?」

 

「ええ、十分に。それで答えですわね……」

 

「そうじゃ、今一度同盟についての答えを頂けるかの」

 

改めて答えを求める老人へ、朔夜は笑いながら答えた。

 

「残念ながら、私は既に別な者たちと協力関係ですわ。ですのでそちらの件はお断りしますわ」

 

「なっ……!?」

 

「それはそれは……《魔女(デアボリカ)》、その者たちとは?」

 

裁者(ジャッジス)》が問うもその表情は薄っすらと笑みを浮かべている。おそらく目星をつけているのだろう。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓ーーーラインハルト様やメルクリウス様に協力して頂いてますわ。後はもう一人と……」

 

おそらく期限ありですけどね。と朔夜は内心で呟く。

 

「《魔女(デアボリカ)》とは学園の警備という事で協力をしている。先の襲撃ーーー《魔女(デアボリカ)》の滞在していた島にはシュライバーを。学園にはマキナとザミエルを送ったのは私とカールの指示だ。卿らの情報網にもこの三人が現れたと引っかかってないかね?」

 

「しかし、それよりも前ーーーあの二人の時はまだ同盟を……!」

 

技師(スミス)》が言っているのはあらもーどの件だろう。

 

「あのモールでの事かね?あれは卿の《装鋼(ユニット)》を入手しろと私がマレウスに命じたのだ。ベイはただあの兄妹と決着をつけたいという理由でついていっただけ。確かにあの時は協力関係の話は無かったが……後々の利害が一致したからな」

 

「……貴方は《装鋼(ユニット)》の事を詳しく知っているんですか?」

 

「然り、それにーーーベアトリクス=エミール=イェウッド。卿の研究についても私は知っているぞ。無論、言うまでも無くカールもな」

 

「ーーーっ!!?」

 

對姫(ディーヴァ)》が初めて動揺する。探りを入れた結果、予想外の切り返し方をされたのだ。この反応も当然と言える。

そこで《技師(スミス)》がテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「こ、小娘……儂ではなく第三帝国の残党共と手を組みおって……!」

 

「機関を裏切った貴方にそんな事を言われる筋合いはありませんわ。それに新型《黎明の星紋(ルキフル)》でしたわね……あれの開発は中断していますわ。もっといい物が手に入りましたから、元より貴方の目的は挫かれていましたの」

 

「なんじゃと!?」

 

老人は唖然とし、それを嘲笑う表情で朔夜は続ける。

 

「元より私は神を殺すなどと言う妄言に微塵も興味ありませんわ。むしろその言葉に遺憾を感じざるを得ませんわ。殺せない者を殺すなど……」

 

「お、のれっ……!小娘が知ったような口を……」

 

「ーーー《魔女(デアボリカ)》。先から思っていたのだが、卿は一体()()()()()()()()()()()?」

 

ラインハルトがその黄金の眼光を細くし、朔夜へと向ける。それを受けた朔夜はーーー

 

「貴方たちの事はもちろん、メルクリウス様が望む理想の結末もーーー」

 

「ふふ、ふはははは……なるほど、これも歌劇をより高みへ導く為の演出か」

 

無視をされ続けた老人は再びテーブルを叩いて怒鳴る。

 

「貴様ら……!儂を、儂の技術を侮辱した事を後悔させてやるわ!!待機させておる《神滅部隊(リベールス)》を突入させてくれる!!」

 

「くすくす……そのような事をしてよろしいのでしょうか?」

 

「おいおい、爺さん。この宴は争い厳禁だとさっきも言っただろうが。嬢ちゃんも煽るな……」

 

一触即発の状況になり、《咎門(ファントム)》や《裁者(ジャッジス)》が収めようとするもーーー

 

 

 

 

 

「そう言うのであれば、一つゲームをしてみてはいかがかな?」

 

 

 

「カールか……卿、この場に来ないつもりでは無かったか?」

 

「そのつもりだったのだが、ふと思いついた事があって推参した次第だ」

 

ラインハルトの背後からいつの間にか現れたメルクリウスが場の空気を収めると同時に注目が集まった。

ちなみに彼の格好はボロボロのローブを纏っていた。彼を知っている者たちからすれば何ら珍しい姿では無かったが、彼を知らない者たちの反応は様々だったーーーが、《對姫(ディーヴァ)》は他とは違い、愕然とした顔をして「ふじーーー様……?」などと言っていたのはまた別の話である。

 

「ふむ……して、いきなり現れてゲームとはどういう事かね?」

 

「何、簡単な事だよ。どうやら《技師(スミス)》殿はこのままでは納得しないご様子。ならば()()が一番優れた(むれ)であるのか、互いに争うゲームで納得してもらうのが一番良いと思ってね。そして何より一番の理由はとても面白い一興になると思ったからだ。幸い手駒は多いようだからそこの問題は無いだろう。無論ゲームである以上、ルールは設けるが」

 

「ーーーつまり代理戦争ゲームと言う事ですの?」

 

「然り」

 

朔夜の言葉に頷くメルクリウス。そして朔夜と《技師(スミス)》は双方とも笑みを浮かべて、そのゲームを了承した。

 

「面白そうですわ。是非とも参加させていただきますわ」

 

「……よかろうて。どちらがより優れた群を作り上げたか、思い知らせてやるわい」

 

「……そして獣殿、貴方にもこのゲーム、参加していただきたい」

 

「……何?」

 

互いに笑みを浮かべて睨み合っていた二人だったがその言葉でメルクリウスの方へと向く。

 

「貴方では無く、三騎士のいずれか一人だ。もちろんルールはきつくするが……一方的な勝負(虐殺)にならない事は約束するし、彼らにもさせよう。無論これはゲーム故、下手な遠慮はいらんよ」

 

「……相分かった。ザミエル、卿が行くが良い」

 

心得ました、我が主(ヤヴォール・マインヘル)!」

 

 

 

 

 

ややあって、外の様子を映すモニターが部屋に運び込まれる様を見ながら、朔夜は想う。

 

(《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》……。影月、優月ーーー他の皆もどうか無事で……)

 

 

 

 

その想いはどこに行く事もなく、朔夜の胸の内にとどまったーーー

 




ザトラ「新年一発目いかがでしたでしょうか?」

影月「いつもより長いな?それに分かりづらい所もいくつかーーー」

ザトラ「やめてください……色々書き方考えてあれなんですから……私文才無いなぁ……」

ベアトリス「そんなに落ち込まないでください!仕方ないじゃないですか……文才無いのは」

ザミエル「馬鹿娘、それは励ましてるのか?それとも馬鹿にしてるのか?」

ザトラ「……そういえば関係無い事ですけど昨日、ベアトリスさんがものすごく赤面しながら告白してきた夢を見たんですけど」

ベアトリス「へ?」

ザミエル「ほう……」

影月「そういえば作者がdies iraeを知ったきっかけって、ベアトリスさんだっけ?そして女性diesキャラの中で一番好きなのもベアトリスさんだっけ?」

ザトラ「はい。だからそんな夢見たんでしょうね……まあ、大好きなキャラですし」

ベアトリス「えっ……ええっ!?」

ザトラ「私は感謝してるんですよ?貴女のおかげでdies iraeを知ったんですし」

リーリス「そうね。貴女がいなかったら私たちもこうやって共演してなかったわけだし」

優月「私たちも生まれませんでしたし」

朔夜「私も影月と優月を好きになってませんでしたわ」

透流「この小説が書かれる事もなかったな」

ザトラ「なのでーーー」

『ありがとうございます!ベアトリス(さん)!』

ベアトリス「ーーーちょっ、ええっ!?マ、マレウス、ど、どうしたら……?」

ルサルカ「感謝されてるんだから受け取っておきなさいよ〜」

リザ「珍しくうろたえてるわね……ベアトリス」

安心院「うろたえるって言ったら、朔夜ちゃんもうろたえる事多いよね?」

ザトラ「この作品で一番キャラ崩壊してますからね」

朔夜「うっ……分かってますわ。でも展開上仕方ありませんわ!まさか私が後々ーーー」

シュライバー「ちょっとサクヤちゃん、ネタバレはダメだよ!」

ザトラ「……まあ、彼女たちをいじるのはこれくらいにして……皆さん、今年もこの小説をよろしくお願いします!それでは皆さん、締めましょうか?この小説が末長く続きますようにーーー」

黄金「我らのアニメが成功する事を願いーーー」

朔夜「そして皆様にとって今年がより良い一年でありますようにーーー」

マリィ「そして、皆が幸せでありますようにーーー」

水銀「故に今宵、正月限りの集まりに幕を引こう。では最後に諸君らにこの言葉を送らせてもらおう」








―未知の結末を知るー
(Acta est fabula)
!』


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第三十四話

少し間が空いてしまいました……日に日に小説書く余裕が……(汗)



side 影月

 

朔夜が邸宅に入ってから一時間程経ちーーー俺と優月は邸宅の壁にもたれかかって話をしていた。

 

「……優月、あれから何か感じたか?」

 

「……いいえ、兄さんは?」

 

「……俺も感じない」

 

俺たちは敷地内で邸宅の選任ガードマンの邪魔にならないように警備をしていた。

さて、先ほど優月に問いかけた言葉の意味ーーーそれは朔夜が邸宅に入ってから僅か数分後、とてつもない威圧感を感じたからである。そのような威圧感を放つ化け物じみた者が中に居るとなると、朔夜や三國先生の事が心配であるがーーーその威圧感を感じたのはその時だけで、後は一切変わった事は無かった。

 

「あの威圧感ーーーヴィルヘルムやシュライバーとは違う感じだよな……」

 

「彼らのはどちらかと言うと殺気じゃないですかね?あれとは少し違うように感じました。どちらにしても恐ろしいとは思いましたけど」

 

という事はこの宅内にはあの二人よりも格上で、俺たちの知らない存在がいるかーーーあるいはもしかしたらあの二人が忠誠を誓う人がいるのかーーー

 

「……まあ、色んな可能性はあるが、中の事なら俺たちに出来る事は現状無いな」

 

「そうですけど……って、あれ?ユリエさん……?」

 

優月がふと声を上げ、俺もその方向を見てみると邸宅前の広場にある噴水脇で、数人の黒服に囲まれていたユリエと、それに近づく透流が目に映る。

 

「……ユリエが絡まれてる?」

 

「まさか……こんな所でですか?とりあえず行ってみましょう」

 

そう言って、俺たちも彼らの所へ向かおうとしたのだが、ある人物に途中で呼び止められた。

 

「ねぇ、二人とも」

 

「ん?リーリスか?」

 

黄金色の髪(イエローパース)を持つ少女、リーリスは俺たちではなく、邸宅を見上げながら聞いてきた。

 

「あの威圧感を感じたかしら?」

 

「……リーリスもか?」

 

「ええ、透流たちは気付かなかったようだけどね」

 

リーリスは息をはきながらこちらに向き直る。彼女の整った顔は月明かりと宅内にある街頭の光もあって美しく見えたが、珍しく少し疲れたような顔をしていた。

 

「そうか。にしてもよく気付いたな?」

 

「あたしは狩りとか趣味でやるから、自然と鋭敏な感覚は身についたのよ……でもこんな時は恨めしく思うわ」

 

「……そのせいか知らないが、結構疲れてるみたいだな?」

 

「あら?透流はあたしが疲れてるって気が付かなかったのに……影月にはばれちゃったわね。ええ、それに最近疲れてるってサラに言われちゃってね。そんな時にあんなのを感じるのは正直嫌ね……」

 

再び息をはいて苦笑いを浮かべるリーリス。彼女が疲れている原因はおそらく、気落ちしていた透流の心配や、みやびの心配、そして今回の警備で色々警戒しているからだろうと予想する。

 

「リーリスさん」

 

そんな疲れた表情を浮かべるリーリスに優月は近づいていきーーー突然抱きついた。

 

「えっ……?優月、何を……?」

 

「リーリスさん、知ってます?ハグってストレス解消や疲れが取れるんですよ?なので私を抱きしめ返して、少しはストレス解消してください!」

 

「……ちょっと影月」

 

「俺に意見を求めるな……まあ、でも抱きしめ返してやれ……ハグの効果は本当の事だし、これも優月なりの配慮だろうし」

 

そう言われ、リーリスは少し恥ずかしそうな顔をしながらも、優月を抱きしめた。

 

「……優月、いい匂いするわねーーー」

 

「ふふっ、リーリスさんもしますよ♪それになんだか落ち着きます」

 

「あたしも落ち着くわ……」

 

「それにしても……リーリスさんも胸大きい……」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何も……」

 

ーーーというやり取りが俺の背後で行われた(上のは声のみ)。

え?なんで見てないのかって?なんか見るのは野暮かなって思っただけだ。

 

「ふふっ、ありがとう♪おかげて少し疲れが取れた気がするわ」

 

「いえ♪私もリーリスさんの役に立ててよかったです!」

 

そんな会話が聞こえたので終わったのか?と思い後ろを見ると、楽しそうに笑っている優月とリーリスがいた。

 

(彼女はやっぱり笑っていた方が似合うな)

 

そんな事を思って自然と口元が緩む。その時護陵衛士(エトナルク)の隊長から集合せよと呼ばれた。

隊長は険しい表情を浮かべていたが、その理由は全員が集合して隊長が話始めた事により明らかとなる。

 

「襲撃がある!?」

 

「三國さんから緊急の連絡が入ったんだ。それによると二十時ジャストに《神滅部隊(リベールス)》とやらの襲撃があるとの事で、襲撃から邸宅を護る為に皆にはこれより配置についてもらう事になる」

 

「……普通の襲撃じゃないだろうな……」

 

「隊長。襲撃がある事もそうですが、どうして正確な時間まで?」

 

質問を受け、隊長も複雑そうな表情を見せる。

 

「すまないが分からない。だが、他にも分かっているのは敵は必ず正門方向からくるとの事。敵の指揮官は必ず邸宅の正面扉の突破を狙ってくるとの事。それと十五分経つとどちらにも所属しない新手の敵が現れるとの事だ」

 

「新手の敵?」

 

「そうとしか聞かされていない。扉の先にはホールがあり、その奥に二回に続く階段があるそうだ。その階段を登った先にある大扉へ、敵指揮官が辿り着いたなら()()()()()。また敵指揮官たちを倒す。もしくは三十分敵の到達を阻めば、()()()()()らしい」

 

「新手の敵ってのは場をかき乱すような奴か……」

 

「敗北と勝利条件、それにいくつかのーーーまるでゲームね」

 

そして隊長はチームで分かれるように指示を出す。

俺たちは人数が多いが、研修生という事で後衛の防備に配された。

 

「ではこれより、任務を開始する!敵は先日、学園を襲撃して多大な被害をもたらした相手だ。全隊員、及び研修生の諸君、妙な条件はあれど今より始まる作戦行動には相応の覚悟を持って配置につくように。これは実戦だ!」

 

締めの言葉で全員に緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

俺は優月たちと共に持ち場となる場所ーーー

邸内の正面扉から、左右に向かって通路のように広がる二階のテラスの一角に立ち、各チームが敷地内の様々な場所へ散って行く。

 

(このゲーム……さっきの威圧感……もしかしたら新手の敵は……いや、結論を出すのは早いか……)

 

そう思い、戦力を確認する。俺たちの同行者である三國先生は邸内で動けないとの事でここに救援に来る事は事実上無い。

総員二十九名の護陵衛士(エトナルク)は皆《(レベル3)》であり、常人相手ならば圧倒的に戦力が上だ。しかし相手は《神滅部隊(リベールス)》ーーー全員が《装鋼(ユニット)》を身に纏っている筈だから、身体能力はこちらと互角だろう。

戦力差は装備の差と技術次第だと思われる。

神滅士(エル・リベール)》は突撃銃(アサルトライフル)を装備しているから、遠距離では圧倒的に不利だ。こちらも銃は携帯しているのだが、制圧を重視した模擬弾使用の為殺傷力は低い。

故にこちらは如何にして《焔牙(ブレイズ)》を振るえる距離に近付けるかが鍵だ。

しかしーーー隣で物騒な物を弄っている少女に視線を向ける。

 

「安心院、何してるんだ?」

 

「何ってーーー狙撃銃の用意だぜ?」

 

安心院が隣で狙撃銃の準備をしているのを見て、少しあんな風に考えていたのが馬鹿らしくなる。彼女にとっては近接戦も遠距離戦も攻撃する手段があるからだ。

ーーー俺や優月もやろうと思えば遠距離攻撃出来るのだが(槍飛ばしたりとか、雷落としたりとか)。

 

「狙撃銃……随分古い銃だな……確かPSG1か……?」

 

「そうだけど、古い?……ああ、この世界から見たら古いのか」

 

「そうだ、戦争経済から半世紀以上経ってるからな……ちなみに弾は?」

 

「無限に作れるし、実弾だぜ?実戦なんだから当然だろ?」

 

そんな事を言いつつ、準備を進めて、狙撃銃を構えた安心院。

そう答えた刹那ーーー爆発音が響き渡り、空気が振るえる。それが戦いの合図だった。

 

「来たかーーーって、あれは……!?」

 

 

 

 

闇夜に火の粉が舞い散り、炎と煙が立ち上る。燃えているのは戦闘区域外で待機する筈だった黒服の人たちが乗った車だ。次々と、敷地の外へ向かっていた車が爆発する中、俺は暗闇に浮かぶある一点を見て驚愕していた。

 

「あの兵器は……」

 

そこにいたのは半世紀以上前、戦争経済時代にて主に大国で保有されていた兵器。開発当時は高い索敵能力と圧倒的な火力を持つ武装から、空母の戦略的価値が下がるとまで言われていた。

見た目は生物のように滑らかなボディであり、頭部と思われる場所は二つの目が夜という事もあり、不気味に輝いている。そして長い尻尾のようなものも特徴の昔、ネットの画像で見た試作型と同じような形状をしたその兵器はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「RAY……!」

 

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

 

俺の声に返事するかのように、RAYは口を開き咆哮をする。

厳密には咆哮ではなく、金属同士が摩擦で軋むような音なのだが、それが咆哮に聞こえるのだ。

 

「そん、な……」

 

透流が爆発した車とRAYを見て、そんな声をあげる。

 

『これは実戦だ!」

 

そんな言葉がふと脳裏に蘇る。

そうだ、これが実戦。命を掛けて戦う戦争そのものが、今この場に刹那の間だけ現れたのだ。

そんな中、俺は悠々と正門から戦火の中を歩んでくる少年を視認する。

 

「《K》ーーーっ!!」

 

それを視認したのか分からないが、透流が叫ぶ。と同時にユリエが《双剣(ダブル)》を手に、飛び出そうとしーーー

 

「動かないで!!」

 

リーリスが《(ライフル)》の銃身でユリエの進行方向を遮り、制止する。

 

「持ち場を離れないで!」

 

「ーーーっ!ですが、あの人は私と同じ位の子供がいるのだと……母国で自分の帰りを待っているのだと言っていました……!それなのに……!」

 

ユリエが言っているのは先ほど囲まれて話していた黒服の人の事だろう。確かにそんな事情の人が居たなら、今すぐ飛び出してその人を殺した元凶をすぐにでも叩きに行きたいだろう。

しかしーーー

 

「落ち着いてください!ユリエさん、気持ちは分かりますけど今は戦いの中ーーーつまりここは戦場です。感情的になって、無闇に相手に突っ込むと死にますよ?」

 

「っ……」

 

優月がそう言った事によってユリエは思いとどまる。

 

「その通りだよ。戦場では非情にならないと……やっていけないよ。それよりも皆、暇ならこれを撃ってくれないかな?」

 

そう言って安心院が狙撃銃のリロードの最中に指したのはーーー

 

「ジャベリン?」

 

FGM-148 ジャベリンーーー誘導性の対戦車ミサイルで、その攻撃目標は装甲戦闘車両のみならず、建築物やヘリなども対象に出来る武器だ。それが大量にあった。どこからこんな数を……それよりどうやって用意した!?

 

「どうやってって、僕のスキルに決まってるだろう?あのデカブツ(RAY)に効くかは分からないけど……当たって砕けろってね!」

 

「今、人の心読んだな!?……まあいい、奴には効くと思うぞ?それにーーーあいつらにもな」

 

そう言って俺が指を指した方向を全員が注目する。

 

「……あれは月光か?」

 

「流石トラ、よく知ってたな」

 

「ふんっ、昔、勉強したものを覚えてただけだ」

 

無人二足歩行兵器の月光ーーーそれが大量に宅内へと入ってきた。

月光は《神滅士(エル・リベール)》たちと連携を取りながら、護陵衛士(エトナルク)の掃討を開始した。

 

「構えてロックオンしたら、後は撃てばいいだけだから」

 

「貴様、簡単に言うな……」

 

「言うだけなら簡単だからな。ほら、透流」

 

トラに苦笑いしながら言い、透流にジャベリンを渡す。重さは多少重いとしか感じない。これも《超えし者(イクシード)》だからか。

 

「おっと……これを構えて撃てばいいんだな?」

 

「ああ、月光は普通に当てるだけで破壊出来ると思う。だがRAYは……弱点はあるんだが、ちょっと難しいか……」

 

「兄さん」

 

RAYをどうするか考えていると優月が声をかけてきた。

 

「私がRAYを引き受けます。兄さんたちは月光を減らしてください」

 

「……どうするつもりだ?」

 

俺が聞くと、優月は引き締めた顔で言う。

 

「私が接近して破壊します」

 

『!?』

 

その言葉に全員が驚き、隊長が怒り出す。

 

「危険だ!お前ら研修生を危険な前線にーーーあんな物の前に送れるか!ここからの援護に集中しろ!」

 

「危険なのはここにいても変わりません!それにあれを破壊出来れば一気に戦力を削げます!このままじゃ、三十分も持ちません!」

 

「……隊長さん、僕は優月ちゃんの意見に賛成だよ。ここで時間と戦力を無駄にするくらいなら前線に送った方がいいと思う」

 

「あたしも同意見よ」

 

狙撃をしている安心院とこちらも《(ライフル)》で狙撃しているリーリスが会話に割り込みそう言う。

 

「透流たちはここで援護を頼む。俺は優月についていくよ。《絆双刃(デュオ)》だしな」

 

それを受けた隊長は僅かに沈黙しーーー答えを出した。

 

「分かった。……前線の仲間を頼む。他の研修生も時間はかかるだろうが、前線に送ってやる」

 

「ありがとうございます!ジャベリン一つ持っていきますね!行きましょう兄さん!」

 

「ああ!透流、皆も気をつけろよ!」

 

「お前らもな!」

 

そう言い、俺は二階から優月と共に飛び降り、前線へと向かったーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敷地内はとてつもない激戦に包まれていた。

敷地内のあちこちでは銃声が響き渡り、悲鳴と怒号がこだましていた。

 

「くそっ!あの兵器を何とかしろ!」

 

「む、無理だ!模擬弾でも《焔牙(ブレイズ)》も効いていなーーーぐあっ!」

 

そんな中、護陵衛士(エトナルク)の者たちは突如大量に現れた敵の兵器に苦戦していた。

 

『ーーー!!』

 

月光ーーー正式名称はIRVINGと呼ばれる無人二足歩行兵器。

月光は牛のような声を上げ、機銃を、ミサイルを、護陵衛士(エトナルク)に向け掃射し始める。彼らは回避や物陰に隠れ、攻撃をかわそうとするも、一人の護陵衛士(エトナルク)が黒い球体のような物に取り付かれて動けなくなった。

 

「うわっ!何だこのちっこいのーーーがはっっ!!」

 

取り付かれ、その黒い球体を振りほどこうとした護陵衛士(エトナルク)は背後から月光の射撃を受け、倒れ込む。

 

「っ!!おい!大丈夫ーーーあがっ!?」

 

倒れ込んだ彼をを助けようとした護陵衛士(エトナルク)が変な悲鳴を上げて倒れる。なぜ突然倒れたのか?それはーーー

 

『アーイ!』

 

黒い球体ーーー仔月光が背後から飛びつき、電撃を食らわせたからだ。仔月光はその場でぴょんぴょんと跳ね、喜んでいるように見える。その喜びは敵に攻撃を当てれた事に喜んでいるのか、あるいはその当てた相手に対し挑発のような意味でそれをしているのかーーー

 

「ーーーしまっ……!?」

 

そんな仔月光を見ていた若い護陵衛士(エトナルク)の一人が月光の接近に気付かなかった。

月光はその生物的な脚を蹴り出し、彼に無慈悲な死を与えようとしていた。

彼はその迫り来る脚を見ながら、自分はまだ少ししか生きていないのにーーーここでこんな風に終わるのかと思い、覚悟を決めて目をつぶり、来るだろう衝撃に備えた。

 

だが、その衝撃はいつまで経っても来る事は無く、代わりにーーー至近距離からきた爆風が彼を吹き飛ばした。

 

「ーーー!!?」

 

突然吹き飛ばされた隊員は驚き、目を見開く。その目の前には自身を蹴り、その命を奪い取ろうとしていた月光が燃え上がり、爆発していた。

そんなわけが分からない状況の中、倒れようとしていた隊員の体が突然何か柔らかいものに支えられた。隊員はその感覚に疑問を覚え、顔だけ振り向く。そこにはーーー

 

「大丈夫ですか?」

 

かつてその隊員も着た事のある昊陵学園の女子用制服を身に纏った少女が心配そうな顔で彼の顔を覗き込んでいた。隊員はその整った綺麗な顔に見惚れてしまいーーー戦場という状況下にも関わらず赤面した。

 

「あの……」

 

「ーーーっ!は、はい!大丈夫です!」

 

隊員は声を掛けられ、我に返ると即座に飛び起きる。一方の少女は、何やら不思議そうな顔をしていた。

そして隊員は改めて少女に向き直るーーーそこでふと、少女の足元に落ちている武器(ジャベリン)が目に入る。

 

「……それは?」

 

「ジャベリンーーー分かりやすく言うと、誘導ミサイルですね。それでそこの月光を倒したんですよ」

 

少女は先ほどの月光を指しながら言った。月光はバチバチと火花を散らしながら赤々と燃え上がっていて、その生物的な脚からは鼻を突く異臭が発生していた。

 

「ーーーええ、お願いしますーーー貴方に頼みがあります」

 

少女は隊員に向き直り、そう切り出した。

 

「これを、護陵衛士(エトナルク)の皆さんへーーーこれがあれば、あの兵器たちとも渡り合える筈です」

 

そう言って、ガチャンと音を立てて落ちたのはーーー大量のジャベリン。援護をしながら様子を見ていた安心院が護陵衛士(エトナルク)たちの為に武器を作り出したのだ。

 

「ーーーっ!ありがとうございます!皆!これをーーー」

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

その時、隊員の言葉を遮って夜空に咆哮が響く。

 

「RAY……」

 

「優月!どうする!?」

 

呟く少女ーーー優月の背後からジャベリンを抱えた少年ーーー影月がやってきて叫ぶ。

それを聞いた優月は薄っすらと笑みを浮かべて答えた。

 

「破壊します!兄さんはジャベリンをRAYの足元に撃ってください!」

 

「分かった!」

 

影月は即座にジャベリンを構え、ロックオンした瞬間に撃ち出した。

それに少し遅れる形で優月が駆け出し、ミサイルの後を追う。

一方のRAYは優月の接近を確認すると、両膝部の装甲を開いてミサイルを発射し、両腕部と両脚部のターレットに収納された機銃を乱射し始めた。

 

「ーーーっ!」

 

優月は着弾して爆発するミサイルや、そのミサイルに当たって爆発する月光、そして銃弾をかわし、時に銃弾は弾いたりして接近していく。

すると、RAYは右腕を変形させ近接戦闘用のブレードへと変換させ、薙ぎ払った。優月はそれを見ると、目の前に立ち塞がった月光を踏み台にし、天高く跳んで回避した。

RAYのブレードのおかげで破壊されて機能停止する月光や、真っ二つにされる仔月光を下に優月はRAYを見る。

すると突然RAYの右膝部で爆発が起きる。先ほど影月が撃ったジャベリンが脚に命中したのだ。爆発によってRAYは咆哮しながら大きくバランスを崩し、隙を見せた。

 

「ここなら……!」

 

優月はRAYの頭部目掛けて落下し、《(ブレード)》を突き刺した。落下の速度と優月の重さもあって、《(ブレード)》は装甲を貫き、RAYの頭脳ーーー幸運な事にRAYの動きを司る場所ーーーを貫いた。

結果、RAYは目から光が消え、がくんと力なく項垂れた。

 

「と、止まった……?」

 

隊員が呟く中、優月は《(ブレード)》を引き抜き、地面へ着地する。すると月光が待ってたと言わんばかりに蹴りを放った。

 

「はっーーーせいっ!」

 

それを危なげなくかわし、可愛らしい掛け声と共に振るわれた《(ブレード)》は、月光の上部と下部を繋ぐ関節部を切断。月光はそのまま機能停止し、音を立てて倒れる。

 

「ふぅ……」

 

着地し、息をはく優月の背後から跳躍した月光がその両脚で優月を踏み潰そうとする。しかしーーー横から飛んできた銀色の槍に月光は頭脳を貫かれ、着地地点から数メートル横に逸れて倒れた。

 

「兄さん、ありがとうございます!」

 

「ああ、こっちこそRAYを倒してくれてありがとうな」

 

(二人とも、ちょっといいかな?)

 

とそこに、二人の脳内に頼りになる人の声が響いた。

 

(安心院さん?どうしました?)

 

(頼りになるなんて……ごほん。後衛に奇襲があってね。今、透流君たちが防いでるんだけど……二人とも、前衛は僕が援護してるから透流君たちの方に回ってくれないかな?どうも押されてるみたいで……。場所は邸宅前ーーー噴水がある広場だよ)

 

(分かった。すぐ行く!)「優月!行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、後衛の透流たちは敵の奇襲により撹乱され、窮地に立たされていた。

奇襲をした《神滅士(エル・リベール)》たちはなんとか退ける事は出来たが、その際にトラが気絶し、隊長もやられてしまった。その間に《神滅部隊(リベールス)》の部隊は先に進み、部隊長である《K》は噴水のある広場まで来ていた。そして《神滅士(エル・リベール)》の隊員に目の前に立ち塞がる少年に銃口を向けさせるように指示を出した。

 

「さて、どうしますか?貴方に向けられた銃口は五つーーーいつでも撃てる状況です。そんな中、貴方は本気でユリエ=シグトゥーナを、ミス・ブリストルを、隊長殿を護りきれると思えているのですか?」

 

「っく……!!」

 

もちろん透流はこんな状況でも護りたいーーーそう思っている。

 

隣にいる深紅の瞳(ルビーアイ)を持つ《絆双刃(デュオ)》の少女を。

 

背後で静かに状況を見据えながら、内心どうするか必死に考えている蒼玉の瞳(サファイヤブルー)の少女を。

 

《K》の不意をついたナイフ攻撃により、気を失ってしまった仲間思いな隊長を。

 

しかしーーー状況はあまりにも絶望的、ただの絵空事を口にしているのと変わらなかった。

 

 

 

 

ーーーだが、それでも。

 

 

「それでも俺は、絶対に護ってみせる!!」

 

彼は護るという意志は決して失ってはいないし、失うわけにはいかないのだから。

 

「くっ……はっ、ははははっ!!愚かですね!現実から目を背け、ただただ理想のみを語るとは心底滑稽です。はははははっ、はーっはっはっは!!」

 

《K》は笑う。愚者たる彼を見て心底嗤う。これ以上の晒し者はいないと言うかのように。

だがーーー

 

 

 

 

 

 

「いいじゃないか!理想を追い求めて、それを叶えようとするのは!それにーーーその渇望(願い)をただの理想だと思わない方がいいぜ?世の中何が現実になるかーーー分からないからな!」

 

そんな意志を滑稽だと笑わず、むしろ素晴らしい意志だと言ってくれる者がいた。

その場にいる者たちが、声の聞こえた方を向く。そこにはーーー

 

「ええ、その渇望(願い)が強ければーーーその意志もきっと叶えられます!」

 

「影月……!優月……!」

 

「待たせたな!」

 

透流やユリエ、リーリスにとって頼りになる二人が、立っていた。そしてーーーその魂に刻まれた異界の法則(ルール)を発言させる為、詠い出した。

 

「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba

かれその神避りたまひし伊耶那美は」

 

「私はあらゆる可能性を操り、常に勝利を見据えし者

大切な者たちを守るために自らの武器を振るう者」

 

二人は自らの渇望を表す言葉を紡ぎ始める。

 

「なっーーー!何をしているんですか!早くあの二人を撃ちなさい!」

 

《K》は二人の膨れ上がる威圧感を危険と感じ、部下に射撃を命令する。

しかし誰も引き金を引かない。なぜならーーー

 

「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.

出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき」

 

「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,

ここに伊耶那岐」

 

「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten

御佩せる十拳剣を抜きて」

 

「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

その子迦具土の頚を斬りたまひき」

 

《K》の部下の《神滅士(エル・リベール)》たちも、そして透流たちも二人に魅入っていたからだ。

方や、その胸に抱いた情熱を絶えず燃やし続ける為に、全身に炎を纏いながらも詠う少女とーーー

 

「我は勝利を見据えし者、あらゆる可能性を操りし者」

 

「常に仲間を守り、その為ならいかなる残虐なる行為すら厭わない」

 

「たとえその身が血濡れになろうとも常に絶対の勝利を勝ち取った」

 

「どれほどの恐怖や絶望が待ち受けようとも常に絶対の勝利をもたらした」

 

「万象全てを操りし我と、この神槍こそが絶対勝利の証」

 

「我が敗北することは絶対に許容されることではない」

 

「我には自らを血に濡らしてまでも守り通さなければならない者たちがいるのだから」

 

「故に我に挑む者あれば、万象全てを操り勝利をもたらすのだ」

 

方や、大切な人たちを守る為に絶対的な勝利をもたらしたいと、圧倒的な存在感を放ちながら詠う少年に。

その様を見てふと、誰かの声が響く。

 

「ーーー綺麗」

 

それと同時に一人の《神滅士(エル・リベール)》がやっと我に返ったのか、手にした突撃銃(アサルトライフル)を優月に向かい撃ち出した。

だがーーー

 

「「Briah―

創造」」

 

彼らの法則(ルール)が完成する方が早かった。

 

「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之」

 

「確率操りし守り人

Wahrscheinlichkeit Manipulieren Moribito」

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

優月は自らの体を炎と化し、通り抜ける銃弾に構わず《K》たちへ突っ込む。

一方の影月はーーー

 

「ーーーーーー」

 

何やら小声で呟いた後、《K》の背後で銃を撃っている《神滅士(エル・リベール)》を見据える。

するとーーー銃声が消えた。

 

「ーーーっ!?な、何だ!?」

 

「くそっ!ジャムりやがった!」

 

「俺もだ!」

 

「行け!優月!」

 

偶然かそれとも必然か、五人の《神滅士(エル・リベール)》の突撃銃(アサルトライフル)が弾詰まりを起こした。

そんな隙を優月は逃す筈は無く、纏っていた炎を剣に乗せて薙ぎ払う。

 

「くっ……!」

 

《K》は飛び退き回避するも、《神滅士(エル・リベール)》が三人、その炎に焼かれる。

そして残る二人は銃の異常を直し、優月に狙いをつけるもーーー二つの異なる銃声によって倒れこむ。

一つは当然リーリスの《(ライフル)》。そしてもう一つはーーー

 

「間に合ってよかったぜ」

 

「安心院……」

 

安心院が構えていたコルト・ガバメントだった。

 

「……なぜ、そんな古い銃ばかり……」

 

「なぜって……そりゃあ、タグに「メタルギア(兵器のみ)」って書いてあるから、その作品に出ていた銃を出そうかなって思ってね」

 

「そんな理由!?」

 

リーリスがそう突っ込みを入れ、辺りに気まずい雰囲気が流れる。

が、透流が咳払いをして《K》に言う。

 

「……とりあえず、形勢逆転って奴だな、《K》」

 

「くっ……!!」

 

端整な顔が歪む。それは自分が不利な状況に立たされた事を認めている証拠だ。

 

「一応言っておくけど、あたしは朔夜と違って、あんたが撤退するって言っても易々(やすやす)とは逃がさないわよ」

 

「……貴方を逃せば、今夜と同じ哀しみを再び生み出すと思いますので」

 

金と銀の髪を持つ二人の少女は、《K》を透流たちの中心に置くような位置取りをする。

 

「覚悟しろ、《K》。相応の報いは受けて貰うぞ」

 

透流は拳を鳴らしながら、そう言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが。

 

「ふふふ……はははははは……」

 

このような状況に至っても《K》は笑っていた。まるで先ほど顔を歪めたのが嘘のように静かに、不気味に笑っていた。

そんな様子の《K》に透流たちは凄まじい不安に駆られる。

 

「何がおかしい!!」

 

「ははは……ふふっ、確かに部下も倒されて、形勢逆転ですね……ですがーーー」

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、《K》の背後に何かが()()し、大きな地震が起こり砂埃が舞い上がる。

 

「っ!?なんだ!?」

 

そして砂埃が晴れるとそこにはーーー

 

「RAY……!」

 

「まだいたのか!」

 

RAYが静かにこちらを睨んで立っていた。

 

「ええ、さすがに一機だけでは心もとないと思いましたからね。待機させていたんですよ」

 

そう言い、《K》はRAYの頭部へと跳躍し、着地する。

 

「さて、これでも形勢逆転と言えるでしょうか?一機目と同じようにそう簡単には破壊させませんよ!」

 

《K》がそう言うと同時ーーーRAYが咆哮する。と同時に大量の月光と仔月光が現れ、攻撃を始める。護陵衛士(エトナルク)のおかげで数はかなり減ったと思われたがーーー

 

「まだこんなに……!」

 

「……ふぅ……全く、面倒くさいなぁ……」

 

そこで安心院が息をはいて、構えを解く。

 

「安心院?」

 

「月光とちっちゃいのは僕に任せてくれよ」

 

そう言って、彼女が目を閉じると月光と仔月光の動きがまるで金縛りにあったかのように止まる。

 

「ーーーん?どうしたんですか?」

 

「無駄だぜ。こいつら全員ーーー僕らの味方になったから」

 

安心院がそう言うと同時、月光が雄叫びを上げながらRAYへ攻撃を開始する。

 

「なっ!!」

 

「驚いただろ?機械を操作するスキル『機械には操られない(オペレイトマシン)』だぜ。これで全部、君の敵にーーー」

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

だが、RAYはそのような事は事など知らぬと言うように咆哮を上げた。

 

「なっ……操れない!?」

 

「RAYを……操れない!?」

 

安心院と影月が驚きながらも、RAYを見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ……そのような技でようやく佳境に入り始めた前座を早々と終わらせるのは認めんよ。故にーーー』

 

『存分に狂い、踊りたまえ。君たちの戦いは、我らを楽しませる為の楽器なのだからーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

そしてRAYが二度目の咆哮を上げ、背部に搭載されたミサイルと両膝部のミサイルを撃ち出し、機銃を乱射し始めた。ミサイルと機銃の雨は絶え間無く続き、透流たちとRAYの間にいる月光や仔月光は次々とその攻撃により、破壊されていく。

 

「ははははっ!このRAYがいる限り、私は負けませんよ!」

 

「くそっ……これじゃあ近付けない!」

 

「ならーーー貴方を討てば、それは動かなくなります」

 

「ーーーっ!?ユリエさん!」

 

そこでユリエが《双剣(ダブル)》を手に駆け出す。勝利条件は敵指揮官を倒す事ーーーつまり《K》を倒せばいいとユリエは結論を出したのだ。優月も制止の声を掛けながら、一足遅く追いかけるが、ユリエはただ《K》だけを見据えて、走って行く。道中、落ちてくるミサイルなどは避けつつ接近するユリエを見て《K》は息をはきながら言う。

 

「それ程私が許せませんか……まぁ丁度いいでしょう。九重透流、貴方が護ると言っていた彼女を、私が目の前で殺してあげましょう」

 

《K》は数本のナイフと空になった円盤鞘(サークルストレージ)をユリエへ投げつける。

無論、不意を打って、このような弾幕の中だったとしてもそんな攻撃を喰らう彼女ではない。

しかしユリエがナイフをかわし、その円盤鞘(サークルストレージ)もかわした直後、それが赤い光を一瞬放った。

 

「ーーーっ!ユリエ、逃げろぉっ!!」

 

光に気が付いた透流が警告を飛ばすと同時、轟音と共に円盤鞘(サークルストレージ)が爆発を起こした。

爆発によって起きた煙でユリエの姿が見えない中、さらに運が悪い事にRAYのミサイルが着弾ーーー爆発した。

 

「ユリエーーー!!!」

 

透流が叫び、駆け出そうとするもーーー影月が制止させる。

 

「待て!今行くとお前も危険だ!」

 

「でもっ!ユリエが……ユリエが……!」

 

「はっはっはっは!どうですか!?九重透流!大事な彼女が貴方の目の前で失われて!今の貴方の気持ちが知りたいですね。教えてくれますか?護ると言った彼女が死んで、今どんな気持ちですか!?」

 

「くっ……うぅ……」

 

「透流……」

 

《K》が狂気の笑みを浮かべながら、透流に問いかける。

間違い無くユリエは吹き飛んで跡形も無くなってしまった。煙が晴れたその場に彼女はいなく、それがさらに透流やリーリスに絶望感と哀しみをもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがーーー影月だけは哀しみを纏いつつも返事を返す。

 

 

「……今の気持ち?そんなのーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「最高の気分です!!」」

 

『!!!??』

 

二つの声が聞こえた刹那ーーーRAYのバランスが大きく崩れる。

 

「なっ!?一体何がーーーがっ!?」

 

背後からの斬撃を受け、ゆっくりと振り向く《K》の視線の先にはーーー

 

「やっと貴方を斬れました」

 

双剣(ダブル)》を振り抜いた姿勢で《K》を見ているユリエが。そしてRAYの足下ではーーー

 

「なんとか装甲破壊出来ました……」

 

優月とバラバラになったRAYの左脚の装甲が散らばっていた。

その光景に影月は口元に笑みを浮かべ、透流とリーリスは唖然とする。

 

「ユ、ユリエ……?」

 

「ヤー、心配を掛けてすみません。トール」

 

「不意をついて接近する為だったから仕方ないさ……まあ、俺は心配してなかったけど」

 

「私の事も心配してなかったんでしょうねぇ?兄さんには確立視則と確立変動がありますからね……私たちの事、ろくに心配してなかったんでしょう?」

 

「いや、俺の能力でも出来ない事はあるから全然心配してないって訳じゃ……優月、怒ってる?」

 

「いいえ!色々援護してくれてありがとうございました!」

 

「絶対怒ってるねぇ……影月君、後で二人に謝りなよ?」

 

安心院の苦笑いと共にため息をはく影月。

影月の能力ーーーそれは先ほど優月が言ったように確立視則と確立変動。

どのような能力かと言うと、先ほどの《神滅士(エル・リベール)》のジャムを引き起こしたのも彼が、確立視則で起こる可能性を見て、確立変動で絶対詰まるように操作したのである。

他にもユリエと優月がRAYに接近していた際、ミサイルが当たらないように少しだけ干渉していた。と言っても、大体は優月がついてるからなんとかなると思っていたのでそこまで大きく干渉はしてなかったが。

 

「……ふっ、ふふ……まだ終わってませんよ!」

 

「!?」

 

そこで突然《K》がユリエの腕を掴んで、RAYの前方へと放り投げた。

 

「確かに不意はつかれましたが、倒すまでには至りませんでしたね……仕方ありません、最後のシナリオを変えますか。全員一つ残らずーーー消し去ってあげましょう」

 

「っ!?ユリエさん!」

 

《K》の発言の意図を察した優月は再び自らを炎と化して、ユリエの元へと跳んだ。一方、放り投げられたユリエは驚きながらも空中で体制を整え《K》を見るがーーー目の前にあったのはRAYの口が開く所であり、ユリエは頭の中ではそれが何を意味するのか分からず、落下しているにも関わらず呆然としていた。

 

「透流ーーーーっ!!!」

 

そんな状況の中、頭から流れ出る血を手で押さえつつ、気絶から目が覚めたトラが叫んだ。

 

「何をしているバカモノがぁっ!!早くユリエをーーー皆を護るんだ!!奴はーーー」

 

トラがそう叫ぶ中ーーー空中で優月がユリエを抱きかかえ、離脱しようとした時、RAYの口内から金色の光が発生し始めた。

 

「あれはーーーあのRAY、水圧カッターじゃなくてプラズマ砲か!?」

 

「プラズマ砲?」

 

RAYの口内には元々水圧カッターという水を圧縮して放出し、鉄や装甲などを切り裂く武装が搭載されていたのだが、時代は進んでサイボーグが活躍する時代になると、多くの兵器の装甲はチタン合金などになり、水圧カッターではそれらの装甲に対して効果が薄くなってしまった。なので水圧カッターの代わりとして換装されたのがプラズマ砲なのだ。それを今、発射しようとしている。

 

「あんなの喰らったらーーー文字通り消え去るぞ!」

 

「何っ!?」

 

「だから貴様が皆を護るんだ!!諦めるな!僕が知っている九重透流という男は、諦めという言葉など知らんバカだ!大バカモノだ!!だからーーー」

 

トラが透流に向かって何かを投げる。

 

「貴様が九重透流である為に、そいつで貴様の意志を貫いてみせろ!!」

 

透流が受け取ったそれはーーー特殊形状の噴射式注射器(ジェットインジェクター)だった。そしてトラの言葉で透流は二日前の出来事を思い出す。

 

 

 

二日前、透流はこの任務の一人だけ理事長室に残された。その際に朔夜からこの噴射式注射器(ジェットインジェクター)を渡され、特別に昇華の儀を行う資格を得た。しかしその時の透流はこの中の《力》を拒否した。

拒否した理由は、共に闘った仲間を差し置いて、自分一人だけ昇華の機会を与えられるのがいいとは思わなかったから。皆と競い合った上で誰よりも上にーーー強い《力》を求めたいと思い、一人でそれを求める事を拒否した。

 

それを朔夜はこう言った。

 

『くすくす。とても高潔で昂然(こうぜん)たる意志を持った生徒が当学園に在籍している事を、心から喜ばしく思いますわ。ですがーーー』

 

『……?』

 

続く言葉が気になり、首を傾げる透流。

 

『一つ覚えておきなさい。貴方がどれほど素晴らしい意志を持っていようとも、世界は必ずしもそれを許容してはくれませんの。……とりわけ世界に蔓延(はびこ)る悪意となれば、尚の事。でも、貴方が何があってもその意志を貫き通すのであればーーーこの《力》はきっと貴方の仲間ーーーしいては、この世界の為になると私は信じていますわ』

 

朔夜は妖艶な笑みを浮かべ、そう言ったーーー

 

 

 

そして今の状況。目の前に護らなければならない人がーーー大切な仲間たちがいる。その仲間たちは今、世界に蔓延る悪意によって危険に晒されている。

故に透流はその悪意に抗い、払う為に《力》を求める。

己の意志を突き通す為に、大切な仲間や様々な人をーーーそして皆で一緒に帰ると言った約束を守る為に。

 

そんな事を思い出しながら、透流は前へ走り出していた。そしてユリエと優月とすれ違う際にーーー

 

「透流さん、信じてます!」

 

「トール……!」

 

その言葉で心に浮かんだ感情は何なのか、透流には分からない。だがーーー

 

「ああ、任せろ!」

 

大きな声でそう返事をして、敵を見据える。

 

「意志?意志が何の力になるんですか!全くどこまで愚かな人たちなのか!」

 

「いいや、意志は《力》になる!俺はーーーこの意志を、そしてこの意志を信じてくれた皆を信じる!それこそが俺が《力》を得る資格になる!」

 

「何を言おうと無駄な足掻きです!!さあ、意志が力に敗れる瞬間を己の体で味わいなさい!」

 

RAYの口内は既に金色に染まり、稲妻がほとばしって今にも吐き出されそうだった。

そして透流もインジェクターを首筋に当てる。

そして透流がトリガーを引いたのと同時にーーー黄金の一閃が全てを無に帰す為に撃ち出された。

 




続くーーー
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第三十五話

殺破遊戯(キリング・ゲーム)》も原作四巻ももう少しで終わりです!



side no

 

半世紀以上前に世界を恐怖に陥れた兵器の口から放たれたのは全てを灰燼(かいじん)とする黄金の一閃だった。

その一閃はとても太く、全てをその眩い光で照らしていくと同時に大地を抉り取っていく。逃げ遅れた月光や仔月光が次々と光の中に飲み込まれ、消え去っていく中ーーー《蒼焔》が黄金の光の中から現れ、黄金の光と共に爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカ、な……。なぜ……なぜだーーーなぜ生きている、九重透流ーーーっ!!」

 

そう叫ぶ《K》の視線の先にはーーー

 

「何度、同じ事をーーー大切な人をーーー絶対に護る為だ!」

 

無傷で立つ透流がいた。そう、彼は無事に《位階昇華(レベルアップ)》を果たし、《(レベル4)》になった。それと共に彼は《焔牙(ブレイズ)》の真の《力》を悟った。

その《力》を持って、全てを消し去ろうとした光を断ち切ったのだ。

 

「さあーーー終わらせようぜ!《K》!この一撃で、結末(けり)をつけてやる!」

 

「九重……透流ーーーーっ!!」

 

そう叫んで再び走り出す。そして安心院が操作した月光を踏み台にして、透流は《K》に向かって跳んだ。

一方、プラズマ砲の反動でほうけたままのRAYの頭部で《K》は悪意と殺意を込めて、腰にあったグレネードランチャーを構え、引き金を引くもーーー

 

透流は《楯》を備えた左手を突き出し、叫んだ。

 

「牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

《力在る言葉》によって《焔牙(ブレイズ)》が真の《力》を解放し、結界を作り出した。

その半透明の結界に擲弾が触れーーー凄まじい爆発を起こした。

直撃すれば《超えし者(イクシード)》と言えど、命を失うであろうその威力はーーー透流にかすり傷一つつける事が出来なかった。

 

「バカ、なぁっ!?」

 

爆発の中から無傷で飛び出した透流の姿に、《K》の顔が驚愕で歪む。

 

「貫きーーー穿()ち砕けぇっ!!」

 

 

 

 

透流の一撃ーーー雷神の一撃(ミヨルニール)を叩き込まれて、《K》がRAYをも巻き込んで地面に叩きつけられる中、透流は空中で仲間たちの方を見た。

皆、嬉しそうな顔でこちらに走ってくるのを見て、自らの頬も緩むーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事ーーー」

 

 

 

 

『ーーーっ!?』

 

 

だが突如聞こえた第三者の声で、緩んでいた緊張が一気に高まる。

透流が着地し、警戒をしながら声の聞こえた方向ーーー倒れ伏している《K》とRAYの上空を見るとーーー

 

「まあ、死んだ仲間の事で我を忘れて戦いに突っ込もうとしたりする所はまだまだ未熟だがーーー二度目の実践の割には中々の戦果だ。敵の指揮官を最小限の被害で抑えたからな」

 

「し、少佐ーーー?」

 

紅蓮の炎を操り、宙に浮くザミエルがいた。そして合流し、透流の後ろにいた優月が絞り出すかのように彼女の()()を言う。

 

「ほお……」

 

「な、なぜ貴女が……?」

 

「忘れたのかな?この戦争()()()、開始十五分経過で何が起こるのかーーー」

 

二十時ジャストで始まったこの戦いは先ほどまで一つだけ、ある条件が発生していなかった。

それは開始から十五分経過すると学園サイドと、《K》たちのサイド、どちらにも属さない第三の勢力が現れるというものーーー

その条件が今ーーー発生した。

 

「という事はあんたが第三勢力って事か……という事はここに着いてすぐに感じたあの桁外れの気配は……!」

 

「ほお……小僧、気付いていたのか。あれでもハイドリヒ卿は抑えておられたのだがな」

 

「やっぱり……この建物内にラインハルトが……」

 

「なん、だって……?」

 

「黒円卓首領が……!?」

 

「そう驚く事でもあるまい。ハイドリヒ卿は前々からこの世界に関して興味を持たれていたからな。それに、ハイドリヒ卿と我ら大隊長をこの宴に招待したのは貴様らの上官だ」

 

「朔夜さんが……!?」

 

全員がその事実に衝撃を受けている中ーーー紅蓮の赤騎士(ルベド)は細葉巻を咥え、火を灯す。そして紫煙を吐き出しながら名乗った。

 

「貴様らの上官が何の目的で、我らをこの宴に招待したのか、私には皆目見当もつかぬがねーーーさあ、無駄話もここまでにするとしよう。私は聖槍十三騎士団黒円卓第九位大隊長、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ。我らが主、ハイドリヒ卿の命によりこのゲームに推参した。さあ、残り十三分ーーー私を、そしてハイドリヒ卿を楽しませろ。さもなければーーー私の炎で燃やし尽くしてやる」

 

ザミエルの威圧感が跳ね上がる中ーーー唐突に巨大な何かが地震や砂埃を起こしながら、着地する。それはーーー

 

「ふ……まだ、私には……最後のRAYが……残っている……!まだ……終わってない……!」

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

倒れ伏している《K》がそう言うと同時に最後のーーー三機目のRAYが咆哮を上げる。

 

「三機目……面倒だぜ……」

 

「ふん……戦勝国の兵器か」

 

そう吐き捨てる安心院とザミエル。そしてRAYは宙に浮かぶザミエルへと狙いを定めた。

 

「私とやるつもりか、面白い。まずは貴様から燃やしてやる。まあ所詮機械如き、私の敵では無いがなーーー来い!」

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

ザミエルの声に反応したかのように咆哮を上げたRAYは、即座に背部のミサイルハッチを開く。一方のザミエルは腕を振るい、背後に魔法陣を出現させ、そこから百を超えるシュマイザーと五十挺程のパンツァーファウストを出現させた。

RAYは背部のミサイルをザミエルに狙いを定めて撃ち出した。発射されたミサイルは不規則に回転して飛び回り、とても標的に当たるとは思えない動きをする。

だが、これは相手を混乱を誘い、一つでも多くのミサイルが当たるようにわざとこのような動きをするのである。

しかし、その程度の動作で動揺するザミエルでは無かった。ザミエルは数百挺のシュマイザーをミサイルに向けて撃ち出し、迎撃する。

 

それが終わると今度はザミエルがパンツァーファウストを撃ち出す。約五十程の弾頭がRAYの背後を除く、全身へ飛んでいく。それに対してRAYは後ろへ大きく下がりながら、両腕部と両脚部の機銃で弾頭を迎撃していく。

 

「ふむ、機械にしては中々いい動きをする。だがーーーこれはどうだ?」

 

ザミエルがそう言うと、背後の魔法陣からさらにパンツァーファウストが現れ、撃ち出される。

そんな持久戦となったこの戦いは、数十秒程続いたが、RAYが段々と押されていった。押されている理由は機銃のバーストを防ぐ為に一部機銃の発射を控えて、銃身を冷やしたりしていたのだが、いつまでもそのような事が出来るわけでも無くーーーついにRAYの弾幕が途切れてしまった。

と同時に撃ち落とせなかった弾頭が一斉にRAYへ襲い掛かる。

 

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

 

まるで生物が痛みを感じ、叫ぶかのような咆哮を上げたRAY。しかしその姿は爆煙ですぐに見えなくなってしまった。

ザミエルは攻撃をやめ、背後に魔法陣を浮かべたまま、煙の向こうにいるであろう敵に葉巻の煙を(くゆ)らせながら警戒を向ける。

 

「……終わったんでしょうか?」

 

「まさか……でもあれだけ撃ち込まれたから、終わってないとも言い切れないけど……」

 

ユリエの呟きに安心院がそう返すがーーー次の瞬間、突然煙が晴れた。そこにはーーー大口を開け、何かを収束しているRAYがいた。

 

「生きてた!」

 

「またプラズマ砲か!?」

 

「いや、それならRAYの口が金色に輝いているはずだ。あれは赤いーーー電気が起きているようだから水圧カッターでもないな」

 

そんな考察を透流や影月がしている中、ザミエルはーーー

 

「ーーーその光、もしやーーー」

 

ザミエルがそう言う中、RAYの口の輝きが最高まで達しーーー爆ぜた。

 

「ーーーっ!」

 

ザミエルは刹那の間に、魔法陣から火球を撃ち出し、RAYの口から放たれた何かとぶつかり合う。

瞬間、凄まじい衝撃と風圧が巻き起こり、周りにあった様々な物を吹き飛ばした。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

『ーーーーーー!!?』

 

当然、比較的近くにいた透流たちや月光、仔月光も吹き飛ばされる。

一方、ザミエルが撃ち出した火球とRAYの口から放たれたエネルギーは凄まじい風圧と音を出しながら互いに拮抗していたが、徐々に火球がエネルギーを押し始めていた。

 

「舐めるなぁっ!!」

 

その言葉と共に火球が一気にエネルギーを押し返しーーーRAYの口へと着弾。大爆発を起こした。

 

 

『ーーーーーーーーー!!!!』

 

 

RAYは後ろへ大きく仰け反り、そのまま大きな音を立てながら、倒れ込んだ。

 

「ぐっ……RAYが……」

 

《K》が悔しそうにそう言う中、ザミエルが紫煙を吐きながら一息つく。

 

「城の元兵器開発者の髑髏が言っていた物か……確か、荷電粒子砲という奴だったか?形成位階だったとは言え、私の炎と拮抗するとはなーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、皆無事か?」

 

「なんとか……」

 

一方、透流たちは邸宅の扉を突き破り、吹き抜けのホールに倒れていた。

 

「……それにしても中はこうなっているのか。それに二階のあの扉ーーー」

 

「あれを開けられたら、私たちの負けですね」

 

影月が言った通り、奥には大きな階段があり、その階段を登った先に大きな扉がある。

そして次にユリエが言った通り、透流たちはその大扉を抜けられた時点で負ける。

 

「あの扉の奥には、理事長以外に誰がいるんだろうな……」

 

 

 

 

 

 

「あの先には《七曜(レイン)》と呼ばれる者たちと、我らが主、ハイドリヒ卿が()られる」

 

その声に皆が振り向く。そこには葉巻を燻らせ、腕を組みながら歩いてくるザミエルがいた。

 

「お前……!!」

 

「ーーーーーー」

 

「透流君、ユリエちゃん、待って。今突っ込むのは得策じゃない」

 

自然と拳を握る透流と、走り出そうとしたユリエを安心院が止める。

 

「ですが、彼女は隙だらけです。私か優月なら素早くーーー」

 

「いいや、彼女に隙なんて無い」

 

そう言いながら、ザミエルを見る安心院。

隙など無いーーー彼女はそう言うが、ザミエルの姿勢は普通に見れば隙だらけで無防備に見える。

葉巻を吸いながらも腕を組み、僅か数メートル先に立っているだけなのだから。背後には先ほどまであった魔法陣は無い。

どう見ても今の彼女は油断しているように見え、一瞬で距離を詰めて斬り伏せるのは容易であるように思える。だが違うのだ。

 

「ああ、全く隙なんて無い」

 

その立ち方、視線、呼吸に至るまで一切の隙が無い。見る者が見れば分かるしきっと皆、こう言うだろう。

歴戦の軍人ーーー戦士の立ち振る舞いだと。

故に隙を伺い、そこを狙う戦法は通じないと、一部の者たちは悟った。彼女の場合は、真っ向からぶつかって倒すしかないとも。

 

「そこの三人は中々見る目があるようだなーーー他の者は追々見極めるとしよう。さあ、来るがいい。()()()()()()に足るかーーー見せてもらおう」

 

『ーーーっ!!』

 

その言葉に反応し、一気に駆け出す影月と優月と安心院。

それに一歩遅れる形で透流、ユリエ、そしてある程度回復したトラが続く。

リーリスは後ろへ飛び、《(ライフル)》を構える。

 

「絶対に抜かせません!」

 

誰よりも早く赤騎士(ルベド)の前に出たのは優月だった。

素早く間合いに踏み込んだ優月は手にした《(ブレード)》で斬撃を放つ。

その連続する剣戟は閃光のように、苛烈で容赦無く、優美な剣舞(トーテンタンツ)に見える。

その剣戟はある一部の者から見ればとても見覚えのあるものだと言うだろう。それは当然、ザミエルにも言える事でーーー

 

「ーーー小娘。貴様、ベアトリス・キルヒアイゼンという女に会った事はあるか?」

 

ザミエルは優月に問いかける。一見普通に問いかけたように思えるが、腕組みをしたまま後退し、優月の剣戟を全てかわしながらの問いかけである。その姿勢のまま余裕を崩さない。

 

「ベアトリスさんですよね?二回程会った事がありますよ。それが?」

 

優月はそう答えつつも、剣戟の速度を緩めない。その答えにザミエルは含み笑う。

 

「いや、あの小娘と剣筋が似ていたのでな。剣の指南でも受けたか?」

 

「いいえ、でもベアトリスさんは私に大切な事を教えてくれたーーー私に道を照らしてくれた人です」

 

「ほお……」

 

優月は斬撃を放ちながらもそう言い、ザミエルはかわしながらも、少し驚いたような顔をする。その驚きは目の前の少女の言葉や表情などの何かに驚いたのか、それとも別の理由かーーー

 

「ふんっ!」

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

「ーーーーーっ!」

 

そこへ左右から影月が《(ランス)》を、安心院が《(ブレード)》を同時に振るい、遠距離からリーリスがほぼ同時にすら聞こえる速さで、五発の銃弾を放った。

だが、それらいずれも当たらず空を切り、銃弾は外れ、飛んでいく。

大きく後退したザミエルに向けて、さらにユリエが、トラが、透流が、そして優月や影月、安心院が立ち代わりながら攻撃し、さらにリーリスが背後から援護するがどの攻撃もザミエルには当たらなかった。

 

 

「くそっ!なんで当たらない……!」

 

攻撃が当たらない事に苛立ちを感じた透流の言葉にザミエルが答えた。

 

「私を何だと思っている?これでも英雄の一角だぞ。一言で言えば経験だ。相手を殺傷させない武器で急所を狙い、即座に無力化させようとする。そんな貴様らの動きは、正直どこを狙うかなど至極読みやすい。欠伸が出るよ。まあ最もーーー」

 

そこからザミエルは近くで《(ランス)》を振るおうとしていた影月を踏み台にして大きく後ろへ飛び、透流はザミエルを追った。

 

「ぐあっ!」

 

「そこの三人と貴様は例外かも知れんがな。三人は戦闘の基本をよく知っている。虚と実だ。それに貴様は攻撃よりーーー」

 

突如として、ザミエルの背後から無数の銃口が出現した。

 

「!?」

 

「守りの方が得意のようだしな」

 

至近距離で爆ぜる銃火の嵐。三十二連発×二十以上の一斉射撃が透流たちに向かって降り注いだ。

 

「牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!!」

 

透流が即座に《焔牙(ブレイズ)》の《力》を使い、自分と背後の仲間たちを襲おうとした銃弾を防ぐ。

 

「ぐっ……くぅっ……!」

 

苦しそうな声を上げるもーーー数十秒で数百発を超える弾幕を何とか耐え忍びーーー

 

「……はぁ……はぁ……!」

 

終わったかと息を整え、前を向くとーーー

 

 

 

 

 

「では次だ」

 

目の前には背後から別の火器を出したザミエルがいた。

 

Panzer(パンツァー)

 

パンツァーファウスト、その数二十。

 

Feuer(フォイア)

 

それらが一斉に発射される。

弾頭が半透明な結界に防がれ、爆発する。だがそれも数発の事でーーー

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!」

 

「きゃああぁぁぁ!」

 

「くっ……!?」

 

突如、結界が甲高い音と共に砕け散りーーー残りの弾頭が透流やその周りにいた優月や影月の付近へ着弾する。

 

「トール!?」

 

爆発により大きく背後に吹き飛ばされた彼に悲鳴を上げたのは、彼の《絆双刃(デュオ)》である少女だ。

だが、今は戦いの場である。そんな最中に立ち止まり、視線を敵から外すなどと言う事は狙ってくださいと言っているようなものである。そのような致命的な隙を見逃すようなザミエルではない。

 

「他人の心配か?」

 

「っ!か、はっ……!」

 

動きが止まったユリエに、一瞬で接触したザミエルは膝蹴りをユリエの腹部に放った。

当然、視線も外していたのでその攻撃をユリエは防御する事も回避する事も出来ずに、攻撃を受けて腹部に膝が深々と突き刺さった。

さらにザミエルはユリエの後ろ首を掴み、人形のように放り投げた。

 

「今は戦闘の真っ最中だ。そんな中で心配とは、余裕だな」

 

「っ!!」

 

ユリエは空中で姿勢を整え、二階の手すりを蹴ってザミエルに迫る。

そこへさらに、体勢を立て直した優月が加わり二人の攻撃が始まった。

 

 

優月の振るう《(ブレード)》は先ほど言った通り、優雅な剣舞(トーテンタンツ)のように振るわれ、ザミエルに襲い掛かる。

彼女の攻撃をかわしているザミエルは見れば見るほど、キルヒアイゼンの剣筋によく似ていると思っていた。

このような剣戟になる理由としては、ザミエルは知らないがやはり以前水銀の蛇が話していたように、優月の中にあるベアトリスの残滓の影響だろう。だが、優月の剣筋が将来ベアトリスと同じになるかと言うとそうではないと言える。なぜならば、彼女の中にある残滓はもう一つあるからだ。

 

(まるでキルヒアイゼンと小娘ーーーレオンハルトを合わせたような剣筋だな。それにしても()()か……もしや、クラフトめ)

 

そう。もう一つは螢の残滓。それがある限り、優月の剣筋がベアトリスと全く同じものになるとは言えないだろう。そしてザミエルは昔の位を呼ばれた事に関しても考えたがーーー思い浮かぶのはあの魔術師の顔。それに対し、内心怒りが混ざった思いが生じた。

 

 

そしてもう一人の少女、ユリエは《双剣(ダブル)》を鋭くも豪快に振るう。その動きはどこかの流派のというものではなくーーー

 

(我流か?荒い所も多いが、筋は悪くない)

 

そんなザミエルにしては珍しい好印象を持たれているとは知らない少女は、ただひたすら《双剣(ダブル)》を振るう。

そこへーーー

 

「はっ!」

 

安心院が加わり《(ブレード)》を斬りつける。それをかわしたザミエルは、安心院の側頭部に蹴りを入れる。

蹴られ、声を上げる間も無く床に倒れた安心院ーーーが消える。

 

「なっ……!」

 

それを見て驚いたが、即座に殺気を感じて飛び退き、宙に浮かんだザミエル。その下からはーーー

 

「「「逃がさねーぜ?」」」

 

「!?」

 

()()の安心院なじみが飛び上がってきた。

分身のスキル『心分身(ニーズペーパー)』によって三人に増えた安心院を見たザミエルは、動揺を見せたーーーが、すぐに背後からシュマイザーを出現させ、撃ち出す。

それにより、三人の安心院は瞬く間に蜂の巣にされる。

 

「分身の術と言う奴か?意外だな。この時代にまだ忍者は存在していたのか。だが甘いな」

 

 

 

そして安心院は()()()()()()()

 

「何っ!?くうっ!?」

 

またもや驚くザミエルだったが、背後からの衝撃によってバランスを崩して床に落下していく。

落ちていく中、上を向くとーーー

 

「三人とも囮で背後から本物が攻撃なんて展開、漫画じゃよくある事だろ?それと影月君、サンキュ!」

 

「ああ!」

 

背後からの衝撃は斬ったら爆発するスキル『大爆傷(ダイナマイトスマイル)』によるものだ。普段なら背後からの攻撃などは隙が無いザミエルに対しては無意味だ。

しかし、彼女は透流たちをまだまだ脅威になりえないとしか見ていなかった。それが先ほどの一撃が入った要因であり、また影月のおかげでもある。

あらゆる可能性を見、操れる彼にとっては制限があるものの、敵の背後へ気付かれないという可能性を極限まで高めて、仲間の補助をする事位は簡単に出来るのである。

 

「ーーーなるほど」

 

姿勢を整え、ホールの中央に着地したザミエルは笑っていた。

 

「貴様、覇道か。能力を使って小娘の気配に気付く可能性を無くした、あるいは限りなく低くしたのか」

 

「ご名答ーーーというか覇道?」

 

影月は聞きなれない単語を聞き返す。

 

「そうだ。人の願いの種類は二つある。己の内側へ向かう願い、それを求道と言い、そして己の外へ願うものを覇道と言うのだ」

 

「己の外へ……」

 

「そうだ。それに薄っすらと貴様に干渉されている感覚はある。初めからな」

 

「……ベアトリスさんと螢さんは」

 

「彼女らは求道だ。道を照らす光になりたい、と、情熱を絶やすことなく燃やし続けたいーーーだったか。そこの小僧も求道だろう。結界の展開、つまり特殊能力の付加だ。それと肉体変化、それが主に求道の能力だ」

 

「そして覇道は相手に効果を押し付ける……か、よく分かった。がーーー」

 

一瞬で距離を詰めた影月はそのまま《(ランス)》を振るった。

 

「だから何だ!覇道だと何か悪いのか?」

 

その振るわれた《(ランス)》をザミエルは()()()()()()()()

 

「いいや、奇遇だと思ってな」

 

「何が!」

 

そう聞くとザミエルは、笑みを浮かべながら言う。

 

「私も覇道なのだよ」

 

「ーーーっ!?」

 

その瞬間、何かを感じたのか一気に影月は距離を置いた。

 

「共に覇道故、力比べといこうか。貴様らの気概、力ーーー特にそこの小娘は私に攻撃を入れた。それを認め、剣を抜いてやろう。光栄に思うがいい」

 

その言葉と共に紅蓮の炎が噴き上がる。それと共に室内の気温が急激に上昇していき、熱風が猛り狂う。

 

「っ!で、でも貴女の炎は目標を捕らえるまで広がり続ける爆炎でしょう!?そんなものをここで使ったらーーー」

 

そう、ザミエルの能力は敵を捕らえるまで広がり続けるーーーつまり絶対必中の爆炎だ。それを使えば透流たちはどこまで逃げようとも炎から逃れる事が出来ない。ようは詰みの状態になる。だがそれは他の者も巻き込んでしまう。つまりーーー

 

「あの扉の先にいる《七曜(レイン)》という輩や貴様らの上官、そして我が主までも巻き込むーーーか?小娘、中々知っているな」

 

優月の問いに返答する為に口を開いた瞬間、彼女の咥えていた葉巻が室内の温度によって一瞬で燃え尽きた。ザミエルはそんな事を気にせずに言う。

 

「確かにそのようなものもあるが、そんなものは()()()()()()()()()()

 

広域を巻き込み都市規模の破壊を起こす戦略兵器。戦時中はそれが求められたからそのような効果になっただけの事。

だがこれは言うなれば決闘だ。広がり続ける爆心などは、取るに足らぬ雑魚を払う為の余技でしかない。相手が騎士ーーーつまり戦士であるならばそのような技は使わない。

 

「これを知るのは一部の者のみだ。これを受けて貴様らは生きていられるかーーー見物(みもの)だな」

 

急激に上昇し、膨張した大気は圧力となり、透流たちの全身を打ちのめす。

その熱風の中に混じっているのは焼けた鋼鉄と油の匂い。戦場の熱風。

 

「ーーーあれが出るんでしょうか」

 

彼女の聖遺物ーーー威力と規模が桁外れの大火砲が現れる。

 

 

 

「彼ほど真実に誓いを守った者はなく

Echter als er schwür keiner Eide;」

 

「彼ほど誠実に契約を守った者もなく

treuer als er hielt keiner Verträge;」

 

「彼ほど純粋に人を愛した者はいない

lautrer als er liebte kein andrer:」

 

紡がれる詠唱は、一人の男性を想ったものだった。ザミエルの口から紡がれるその言葉に誰しもが耳を傾けてしまう。

 

「だが彼ほど総べての誓いと総べての契約総べての愛を裏切った者もまたいない

und doch, alle Eide, alle Verträge, die treueste Liebe trog keiner er」

 

「汝ら それが理解できるか

Wißt inr, wie das ward?」

 

「我を焦がすこの炎が 総べての穢れと総べての不浄を祓い清める

Das Feuer, das mich verbrennt, rein'ge vom Fluche den Ring!」

 

「祓いを及ぼし穢れを流し熔かし解放して尊きものへ

Ihr in der Flut löset auf, und lauter bewahrt das lichte Gold,」

 

「至高の黄金として輝かせよう

das euch zum Unheil geraubt.」

 

あれは戦争用の制約に過ぎないと言うのならこれは一体なんなのだろうか。その答えはこの詠唱が完成すれば分かるだろう。

 

「すでに神々の黄昏は始まったゆえに

Denn der Götter Ende dämmert nun auf.」

 

「我はこの荘厳なるヴァルハラを燃やし尽くす者となる

So - werf' ich den Brand in Walhalls prangende Burg.」

 

そしてーーー

 

「創造

Briah―」

 

彼女の望む世界ーーー大焦熱地獄(ムスペルヘイム)が現れる。

 

「焦熱世界・激痛の剣

Muspellzheimr Lævateinn」

 

 

 

『ーーーっ!?』

 

ホールの景観は一変し、対峙する者たちを残して周囲の景色が変わる。さらに密閉されているのか、呼吸が酷くし辛い。

周囲は黒く染まり、ザミエルの背後からはあらゆるものを焼き尽くすだろう煉獄の炎が見えた。

 

「ここはーーー?」

 

透流が横の黒い壁ーーー筒状になっている壁を触り、確認する。

 

「これは鉄?鋼か……?」

 

「それに筒状……ここは砲身の中か?」

 

ドーラ列車砲、狩りの魔王(ザミエル)、その中に呑み込まれたのか?と思い、トラが言うとーーー

 

「……これが絶対必中の究極系ですか」

 

「そうだ。絶対に逃れられぬとはこういう事だ。逃げ場など、最初からどこにも存在しない世界(モノ)を言う」

 

「で、ですが砲身内なら後ろにーーー」

 

「砲口は無かったわ、ユリエ」

 

少し離れ、透流たちより後ろにいたリーリスが息をはきながら近付いてきた。

 

「どうするのよ。完全に詰んだわよ?」

 

「ーーーくっ……安心院!!脱出は!?」

 

「ーーー『腑罪証明(アリバイブロック)』とか使ってるけど……ダメだ」

 

「逃がさんよ。貴様のスキルとやらも、私の世界の前では無力だ。貴様の創造も少しずつ押し潰しているぞ」

 

すでに炎はザミエルを半ば以上に飲み込んでいた。

 

「もう私を取れると思わぬ方がいい、万策尽きたな。足掻くのも構わんが、何をしてもどうにもならんとより絶望を深めるだけだ。受け入れろ。諦観して座すがいい」

 

周りは囲まれ、目の前には触れれば蒸発する程の炎。ザミエルはすでにその炎に飲まれ、接近戦で彼女を倒す事はすでに不可能。最も近付いた所で倒せるとは思えなかった。リーリスの弾丸も通じず、影月の創造も押され、安心院のスキルも通じない。まさに八方塞がりである。奇跡でも起こらぬ限り覆らない現実がそこにはあった。

だがーーー

 

「俺が食い止める!」

 

それでも諦めぬ者がいた。透流は一歩前へ出て、《楯》を構える。

 

「トールーーー!」

 

「透流ーーーさん」

 

「無駄な事をーーー」

 

「俺は皆で帰る!約束を守らなければいけないからな!!ーーー牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

結界が張られ、紅蓮の炎と結界がぶつかり合うーーーが、それもほんの刹那の間で、無情にも結界はすぐに割れーーー透流が、そして透流の手を引き、共に炎から距離を取ろうとしたユリエが、炎に飲み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー筈だった。

 

だがここに一つの奇跡が起こるーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 優月

 

「透流ーーーさん」

 

私たちの目の前に出た透流さんは、《焔牙(ブレイズ)》の《力》を使って食い止めようとしましたがーーー容易く結界は砕け散り、透流さんとユリエさんはその炎に飲まれようとしていました。

私は結界が砕けた瞬間から、全ての光景がスローモーションに感じていました。そして目の前で大切な友人が後、一秒も無い中命を落とすだろう瞬間を見ていて、ある想いが湧き上がりました。

 

 

 

 

『私がーーー彼らを、皆を救って、約束を守らないとーーー』

 

 

 

 

 

「日が沈み、月が昇る。それは古より変わらない理」

 

「私は日の光を望み、理に従い、夜が明けるのを待った」

 

刹那、私の頭に浮かんで口から紡ぎ出されたのは、ベアトリスさんのものでもなく、螢さんのものでもない。私自身の魂に刻まれていた詠唱でした。

 

「しかし月は永く私の上に浮かび、私の望む日を昇らせない」

 

「月だけが照らす暗闇の世界で私は思う」

 

「日の光が恋しい。大切な人たちの笑みを照らす光がほしい」

 

私は皆が笑顔でいてほしい。それを少しでも長く照らしたい。

でも私じゃ力不足で、そんな事は出来ないと思っていました。

けれどーーー

 

「それなら、私が日の光となろう。永く、永く、皆を照らし続ける為に」

 

透流さんの意志()を見て、目が覚めました。出来る出来ないではなく自分の意志を信じて、やってみる事が大切なんだとーーー

 

「故に私は祈る。この理を打ち砕き、願わくば愛しき者たちを救済する日の光とならん事を」

 

この地獄から皆を救う為に、私は光になる。

そして地獄の炎が二人に触れる前に私の世界は完成した。

 

「Briah―

創造」

 

「日を導く太陽の神子

Kind der Sonne führen zu Gott」

 

 

 

 

「馬鹿なっ!?」

 

詠唱が終わると同時に、私の周りは砲身の中ではなく、一面の花畑と澄み渡るような青い空が広がり、そして空には全てを優しく照らす太陽が照り輝きました。その世界は地獄を押し返していき、炎に巻き込まれようとしていた透流さんとユリエさんの場所まで押し返しました。

 

「……?え……生きてる!?」

 

「……ヤ、ヤー……どういう事でしょう……?」

 

「優月ーーーこれはーーー」

 

「私の望む世界ですよ」

 

混乱する皆さんを見て、笑みを浮かべてながら兄さんにそう返しましたがーーー

 

 

 

「私の世界を塗り潰すとはな……まあいい。押し潰してやろう」

 

「うっ……くうぅ……」

 

「トール!こっちへ!」

 

炎に飲み込まれているザミエルの声が聞こえると、とてつもない力が私の体に掛かってきました。

と同時に、透流さんたちが立っていた場所が花畑から再び砲身の中へと戻っていきます。

このままでは押し返されてしまいます。

 

「っ、くっ……」

 

「ーーーザミエルの世界を縮小ーーー」

 

そこでふと、兄さんがそう呟いたかと思うとーーー

 

「ーーーむ?これは……」

 

その言葉が聞こえたと思うと同時にーーー私の世界がザミエルの世界を塗り潰し始めました。

 

「なっ!?」

 

「……出来た……すごい……まさかこの空間にいるだけで出来なかった事が出来るとはーーー」

 

兄さんのその言葉の意味ーーーそれを聞いた私は、この世界の効果を理解しました。それは私と私の認めた者たちのみに補助効果があるというものです。恐らくは攻撃力、防御力の上昇、傷の回復、そしてーーーその人の能力を強化する効果があるのだと思いました。

きっと兄さんの可能性操作もそういう効果によって、強化されているんでしょう。

 

 

そしてついにザミエルが私の世界へ入り込むと同時に私は駆け出し、《(ブレード)》をザミエルの首を斬り飛ばそうとしたその瞬間ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこまで』

 

 

神託のように響き渡った声が、圧力と共に私たちの動きは止まった。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白熱した所悪いが、約束の時間が経った。ゲームは終了。各々、創造を解きたまえ』

 

突如響き渡ったその声は逆らえないような圧力を発していた。その圧力に押され、影月と優月は創造を解く。

そして景色がホールに戻ると、彼らは他の第三者の視線を感じた。その視線が気になり、二階の大扉に視線を向けようと振り返るとーーー

 

「ぐっ……!!」

 

「っ!はぁ……!」

 

「っっ……!」

 

「っ……!!」

 

「っ……すごい力……」

 

「……ああ……」

 

「………………」

 

各々、振り返った瞬間に体に掛かっていた圧力が更に増し、全員が膝をついた。そこにはーーー

 

「先ずは労いをかけねばな。ザミエル、卿の戦いは我らにとっても良い一興となった。さらに結果的にとは言え、兄妹の片割れの力を覚醒させた事も称賛に値する。卿の忠義、実に大義なり。城に帰還し、十全ではないその身体を存分に癒すがよい」

 

「jawohl!」

 

鬣のような金髪、そしてまさに人体の黄金比と称されるに値する均整の取れた体格、さらに眉目秀麗と言って差し支えない程の顔ーーーそして愉悦を混じえた黄金の瞳を眼下の者たちに向け、笑みを浮かべるのはーーー聖槍十三騎士団黒円卓第一位、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。黒円卓の首領だった。

恭しく頭を垂れたザミエル卿は主のその言葉が至高であると、感激しながらも、返事をして一瞬で姿を消した。それを見送ったラインハルトは自分の爪牙をかなりの所まで追い込んだ者たちを見る。

 

「さてーーー卿らとこうして話をするのは初となるな。自己紹介は必要かね?」

 

「……いらないな。ある程度の情報は知ってる」

 

「なるほど、シュピーネが流した情報か。それは重畳」

 

「無事でよかったですわ」

 

そこで聞き覚えのある声がラインハルトの背後から聞こえたと思うと、朔夜さんと三國先生が歩み出てきた。

 

「理事長……」

 

「朔……理事長」

 

「……理事長に三國先生、よくこの圧力の中、普通にしていられますね……」

 

透流と影月がラインハルトと並ぶ朔夜を見て内心驚いている中、優月が苦笑いで朔夜に問う。それに対し、朔夜も無言ながら苦笑いで返答をした。

そして朔夜がラインハルトへと問う。

 

「さて、ラインハルト様、私の学園の生徒は貴方にとってどう映ったのでしょう?感想を聞きたいですわ」

 

その言葉に少し考え込む素振りを見せた後、ラインハルトは感想を言った。

 

「ふむ……中々に魅せられる戦いだった。各々、まだ実戦経験が少ないにも関わらずこれだけの戦果を出すのは称賛に値する。特にザミエルの創造を一時的とはいえ、押し返したそこの少女には惜しみない祝福を送ろう」

 

「……褒められているのに、この微妙な気分は何なんでしょう?」

 

その言葉に透流や、影月が苦笑いを浮かべた。

 

「卿はどう思う?カールよ」

 

「ふふ……ふふふふふふ……」

 

そこでラインハルトの隣にボロボロのローブを纏った男が不気味に笑いながら、いつの間にか現れていた。その事に驚いた透流たちだが、その男の顔を見て、さらに驚愕した。

 

「なっ!?」

 

「……兄さん……?」

 

「影月そっくりね……」

 

その男の顔は影月と瓜二つだった。というより、影月をもう少し大人にした感じと言えばいいだろう。しかし顔は影月と相似しており、声までそっくりなのだ。

 

「私もそこの少女には、獣殿と全く同じ思いを抱いていたよ。私からも祝福を送らせてもらおう」

 

「くすくす……これで貴方の目的にまた一歩……ですわね」

 

メルクリウスは不気味に笑い、朔夜もまた妖艶な笑みを浮かべた。メルクリウスは仕方のないものの、朔夜の笑みもまた不気味な雰囲気を放っていた。

 

「さて、これにて宴はお開きだそうだが、後始末はどうするね?よければこちらで処理するが……」

 

そこで話は変わり、後始末を誰が引き受けるかという話になる。ラインハルトは折角呼んでもらったのだからそれくらいの事はしようかと言ったがーーー

 

「いいえ、ここは私たちが請け負いますわ。今回の件は《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》を承諾した私に全ての責任がありますわ。今宵、私の判断のせいで多くの者が血を流し、命を落としました。故にーーー」

 

「罪滅ぼし、かな?今宵この場で多くの者が死んだ事に対しての」

 

「……ええ」

 

朔夜が頷いて少し俯くと、ほんの僅かな間静寂がその場を支配しーーーラインハルトが口を開いた。

 

「相分かった。そういうならば後の事は卿に任せよう。ではーーーカール」

 

「ええ、ではーーー」

 

メルクリウスが呟くと同時にラインハルトとメルクリウスの姿が薄れていく。

 

「今宵の宴、実に甘美だった。卿らの戦い、決して忘れぬよ。いずれまた会おうーーー勝利万歳(ジーク・ハイル)

 

「またいずれーーー次に会う時にはーーー我が愚息もーーー」

 

その言葉と共に彼らは消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、別部隊の護陵衛士(エトナルク)が到着して救難、消火活動が行われた。生存者は隊長を含めて十六名。その中には優月が助けた若い隊員もいて、優月と安心院は彼から感謝の言葉を言われ、今後も頑張ってほしいと言われた。

彼らはドーン機関の関連病院へと緊急搬送されていった。

 

 

そしてーーー《神滅部隊(リベールス)》の持ち込んだ無人兵器は、朔夜が研究の為という事で学園の地下へと運ばれる事となった。

その事にドーン機関は難色を示していたが、朔夜がこの無人機たちを調べて、ゴグマゴグに対抗する何かを見つけたいと言った為、仕方なく了承した。

ーーー無論、そのような理由で朔夜は無人機を引き取ったわけではないが、本当の理由を影月たちやドーン機関に知られるのは後の話である。

 

 

一方、邸宅の騒ぎについてはかなりの大事になった。大きな爆発や凄まじい衝撃波、強い光、果ては牛のような声を発していたロボットを見たとか、恐ろしい声を上げる恐竜(RAY)を見たなどの報告も上がった。これだけの騒ぎだったのだから仕方の無い話である。

 

後日、ニュースに取り上げられた報道の内容は、『お忍びで来日していた東欧のとある国の王女が医学の勉強会を行っていた所を、テロ組織が破壊活動に乗じての誘拐を目論んだ。目撃されたロボットはその国の王女の父親が配備した警備用ロボットとの事」

というものになっていた。

後半は隠蔽するのに厳しい内容だとは思ったが、大きく表沙汰になる事は無かった。精々、ゴールデンタイムに『半世紀前の兵器!』などと紹介される程度で済んだ。

 

 

こうして多くの死者や負傷者、さらには様々な人の注目を浴びる事になった事件だったが、《超えし者(イクシード)》や《神滅部隊(リベールス)》、さらに半世紀以上前から存在している組織の大隊長及び、首領、副首領がいたという事実は表沙汰にならず、事件は終息したのだった。




明日ってか、投稿日的に今日ですね……作者は残り少ない学校があります……と言っても、特に小説には問題ないですが……

朔夜「なら言わないでくださいな。頑張って書いてくれれば問題はありませんから。では誤字脱字・感想意見等、是非ともよろしくお願いしますわ!」

……よろしくお願いします!


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第三十六話

閑話です。そして四巻が終了しました!次は五巻に突入します!ではどうぞ!



side 優月

 

「おかえりなさい、透流くん。ユリエちゃん、リーリスさん、トラくん、影月くん、優月ちゃん、安心院さんもお疲れ様」

 

あれから数刻程経った後、私たちは別働隊の護陵衛士(エトナルク)に駅まで送ってもらい、そこから学園に戻ってきていました。

そこでみやびさんや巴さん、タツさん、月見先生が出迎えてくれました。

 

「ただいま、みやび。……約束、守ったぜ」

 

「うん、ありがとう」

 

本当なら色々と話をしたい所ですが、皆さんは怪我の本処置をする為、すぐに医療棟へ向かう事になりました。

ですが、皆さんの怪我は私の能力のおかげでほとんど無く、診断の結果、透流さんは《焔牙(ブレイズ)》の昇華によって生じた疲労、ユリエさんはザミエルに蹴られた腹部の打撲、トラさんは頭部の軽い裂傷と診断され、私を含む残りの皆さんは特に怪我は無しと診断されました。

 

リーリスさんは診察後、サラさんに付き添われて部屋に戻り、ユリエさんとトラさんはとりあえず、一晩だけ医療棟で様子見として過ごす事になりました。

皆さんと別れた後、私たちは寮の自室へと戻って眠る準備をしています。

 

「さて、それじゃあ寝よっか」

 

「あ〜……疲れた……」

 

「ふふっ、おやすみなさい」

 

そして二段ベッドの下に兄さんが、上に安心院さんと私が横になりました。

それからあっという間に横と下から二つの寝息が聞こえ始め、私もまた眠りに落ちようとしていました。

 

(私も……寝ましょうか……)

 

ウトウトとしている中、今日起こった事が薄っすらと思い浮かんできます。そしてーーーある言葉が眠りに落ちかけていた私の意識に引っかかりました。

 

『くすくす……これで貴方の目的にまた一歩……ですわね』

 

それは朔夜さんがメルクリウスに向けて言った言葉ですがーーーそれが私の思考に引っかかりました。

 

(……また一歩……?朔夜さん……彼らの……何を知って……)

 

ですが、そこで私の意識は暗闇の中へと落ちていきました。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴグマゴグ極東支部、その通路を《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》と呼ばれる老人が胸中の怒りを露わにするかのように早足で歩いていた。

 

『十全一等、たとえ貴方が不純物と思われる学生生活も、私たちは必要と考えていますの。闘う事のみに特化した純粋なる兵士こそが有能であるとお考えの貴方には、決してご理解出来ないのでしょうけども。くすくすくす……』

 

昨夜の《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》の終了後に黒衣の少女から告げられた言葉を思い返し、老人は(はらわた)が煮えくりかえる思いで壁を叩く。

 

「九十九ぉ……!!」

 

名では無く姓を口にしたのは、かつて競い合った人物を意識しての事だ。

 

「敗れたのは、儂の《装鋼(ユニット)》がいまだ完成しておらんからじゃ……!じゃが、間も無くーーー()()が完成した暁には……!!」

 

苛立ちのままに激しく研究室のドアを開きーーー彼は気付く。

室内に先客がいる事に。

 

其方(そなた)は……」

 

老人の顔に驚きが浮かぶ。何しろ先客とはーーー

 

「どうやら、私の顔は覚えてくれていたようだな」

 

軍服を纏った男ーーーメルクリウスだった。彼は研究室の資料を勝手に読んでいた。

 

「……何用じゃ、水銀よ。儂を笑いにでも来たのかの?」

 

「私が何か君の事で笑う事があるのかね?私はただ、君に話があって来ただけだよ」

 

メルクリウスは不敵に笑いながら話始めた。

 

「まず始めに、先ほど上層部の部屋で興味深い話を聞いてね」

 

「ほう?」

 

尚、盗み聞きである。

 

「君の《装鋼(ユニット)》について、あの《裁者(ジャッジス)》が幹部会にて早急に実戦配備を進言していた。君の研究が実を結んだようだね」

 

「ほう……あの若造もようやく分かったか」

 

メルクリウスの言葉に満足感を得る老人。

 

「だが、良い話もあれば悪い話あるのが常というものでね。その悪い話だが、どうやら君の研究はここで終わりーーー打ち切りという話になり、幹部はそれに賛同したようだ」

 

「なっ……!?ど、どういう事じゃ!?間も無く外部兵装も完成しーーー」

 

想定外の言葉に驚き、老人は狼狽える。

 

「なら問うが仮にそれが完成した後、またしてもドーン機関を相手に実戦テストを行うのかね?取るにも足らない君の矮小な自尊心を満たす為にーーー」

 

「矮小だと!?貴様!!儂はーーー」

 

「自らの研究を切り捨てたブリストル、君を差し置いて研究が選ばれた九十九ーーーそれらに対し、君は一人忿怒(ふんぬ)し、心に誓ったのだろう?彼らの判断を間違いだと思い知らせ、自らの方が優秀だと知らしめようと。全く取るに足らない、吹けば飛ぶようなくだらない意志だよ。それに警告は以前からされていたのだろう?これ以上勝手に動かれ、表の世界に君たちのような存在が明るみになる危険を危惧して、この組織から警告をーーーね」

 

故に、とメルクリウスは続ける。

 

「この組織は君に揺り椅子を与える事を決定したようだよ」

 

「なっ……ま、待て!外部兵装(あれ)さえ完成すれば、もはや……それだけは勘弁願えないかの!?」

 

揺り椅子ーーーつまりは粛正という意味を知ると同時にメルクリウスへと縋る老人。だがーーー

 

「私に勘弁してほしいと言われても困るのだが。まあ残念ながら、この組織の上層部は君が開発したその程度の《力》では足りないと考えているようだ。それにーーー」

 

 

 

 

そうメルクリウスが言った直後、部屋に突然赤い液体がほとばしった。

 

「あ……が……」

 

「私も生憎と気分が悪くてね。手荒な真似はしない主義なのだが、神をーーー我が女神を斃すなどとほざいた塵芥が目の前にいたので、ついこのような事をしてしまったよ。故に用済みの役者には退場願おうか」

 

老人の腹部には大きな穴があき、そこからおびただしい量の赤い液体を吹き散らしながら音を立てて倒れた。

そして呆気ない最後を迎えた老人の体と飛び散った血液は暫くするとどこからか伸びてきた影に飲み込まれ、跡形も無くなってしまった。だがその場には一つの青い光がふわふわと漂い、それはやがてメルクリウスの掌の上に浮かんだ。

 

「ふむ……」

 

この青い光は、先ほどまで生きていた《技師(スミス)》の魂である。先ほどはああ言ったものの、今は溜飲が下がったメルクリウスはその青い光をどうしようか、珍しく首を傾げながら悩んでいるとーーー扉が開く音がメルクリウスの背後から響いた。

 

「!貴方は……先日はあまりお話出来ずに申し訳ありませんでしたね」

 

研究室に華やかな軍服を纏った青年が入ってきた。華やかな軍服を纏った青年ーーー《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)》はメルクリウスの姿を見るなり、予想外の人物がいた事に少なからず驚いたようで目を見開いたが、すぐに冷静に姿勢を取り繕う。

 

「いいえ、成り行きとは言え、《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》が始まった為、貴方と話す事が出来なかったのでね……私の方こそ、貴方が気に障っていないかと気にしていた」

 

メルクリウスは《裁者(ジャッジス)》を見る事も無く、そう言う。

 

「まさか、(むし)ろ逆だよ。私の方が貴方の気に障っているのではないかと……偉大なる魔術師、カール・エルンスト・クラフト様」

 

「私の当時の魔名を知っているという事は、君は余程深く魔術に踏み込んでいるようだね」

 

「いえ……ほんの少しですがね」

 

「ふむ……君とは是非とも語り合ってみたいがーーー私も暇ではなくてね。今日は退散させてもらうよ」

 

そうメルクリウスは言うと、瞬きをするほんの一瞬の間で姿を消した。

一人残された《裁者(ジャッジス)》は天を仰いだ。

 

「《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》。神殺しの軍隊を生み出そうとした男……。そんな彼が、神に最も近いと言われたあの人に殺されるとは実に皮肉なものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

邸宅での戦いから翌々日となった今日、あれからユリエもトラもしばらくは様子見をするが、退院してもいいという許可を得て、久々に穏やかな日々を過ごしていた。

 

だが、全ての問題が解決したというわけではなかった。なぜなら昨日、朔夜から《K》を護送していた車両が何者かに襲われ、《K》が行方をくらませたという報告を聞いたからだ。

そのような問題はあったものの、とりあえずこの二日間は何事も起こらず、表面的には平和な日々が戻ってきている気がする。

 

 

 

 

そして俺は今、なぜか突然理事長室に呼ばれていた。

俺は理事長室のドアをノックし、中に入る。

 

「来たぞ、何の用ーーー」

 

部屋の中に入るなり、俺は驚きで固まった。それは理事長室にいた先客に対してだ。

 

「優月と安心院!?なんでここに!?」

 

「やあ、なんでって朔夜ちゃんに呼ばれたに決まっているだろう?」

 

「突然呼ばれたのは兄さんだけじゃなかったんですよ……」

 

安心院はそう言って紅茶を飲み、優月は苦笑いをする。そして俺たちを呼んだ張本人はというとーーー

 

「……はぁ、終わりましたわ……」

 

書いていた書類をトントンと纏め、そう呟く。

 

「……毎日毎日お疲れ様だな。それで疲れている所を悪いが、用件を聞かせてくれないか?」

 

俺は来客用のソファの背もたれに腰を掛けて、朔夜に聞く。

そこ、行儀悪いとか言うな!

 

「貴方たちを呼んだのは他でもありませんわ。ある頼み事をしたくて呼びましたの」

 

朔夜はイスから立ち上がりながら、窓際へと近付いた。

 

「俺たちじゃないと出来ない事か?」

 

「ええ、その頼みというのはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……花火、大会に皆で一緒に行きたいですわ」

 

 

 

 

 

「「「………………は?」」」

 

ーーー彼女は今何と言った?何やらとても彼女に似合わない、妙な単語を聞いた気がした。

 

「……兄さん、私、耳がおかしくなったんでしょうか?」

 

「……奇遇だな。俺もおかしくなったかもしれない」

 

「……朔夜ちゃん、それ本気?」

 

「ほ、本気ですわ!こ、この面々で、花火大会に行きたいと……思いまして……」

 

大きく声を出したものの、後半になると、段々と声が小さくなって、恥ずかしそうに俯く朔夜。

ーーーこれを見て、あるいは想像して抱きしめたくなるのは俺だけではない筈ーーー今、ロリコンって思った奴は出てこい。

 

「……ふ〜ん、僕は構わないぜ?寧ろ僕も行ってみたいぜ」

 

「私もいいですよ。行くのなら浴衣の方がいいんでしょうか?でも……う〜ん……」

 

「俺もいいぜ。他の人も誘うか?それともこのメンバーだけでいいのか?」

 

問うと朔夜は少し考えーーー

 

「……この面々だけでいいですわ。下手に誘えば騒ぎになりそうですし……」

 

「それもそうだね……いつ行くの?」

 

その問いに、朔夜は時計を見て言う。

 

「他にも出かける生徒がいるかもしれませんわ。なので早めに……五時くらいがいいかもしれませんわね……」

 

「五時くらいか。分かった。優月たちもいいか?」

 

「はい!」

 

「構わないぜ」

 

そして俺たちは後ほど、理事長室に五時前に集合すると決めて、準備をする為に寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は経ち、時刻は四時四十分。五時まで残り二十分となった頃ーーー俺は準備を整え、理事長室へと向かっていた。尚、安心院と優月は先に理事長室に向かった。

先に行った理由は優月曰く、おめかしするとの事。なのでどんな格好で行くのかとても気になっている。

 

「……まあ、俺はいつもと変わらないけどな」

 

俺はいつもとあまり変わらず、白いTシャツに今回は黒いジャケット、下も黒のジーパンという格好だが。

一応、以前優月とあらもーどに行った際に買った服は着ている時は着ている。龍が描かれたジャケットも着てはいるが……正直、恥ずかしさ故にそこまでの頻度で着てはいなかった。

 

「ん?影月、出かけるのか?」

 

そんな事を思い出していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

振り返ると、橘が立っていた。

 

「ああ、俺と優月と安心院、それと後もう一人の四人で、ちょっとな」

 

ちなみに朔夜の名前を伏せたのは、彼女本人が名前を伏せてほしいと言っていたからだ。理由はあまり大事(おおごと)にしたくないからとの事だった。

確かにこの学園の最高責任者がお忍びで、生徒と共に出かけるのが知れると大事になりそうである。

 

「そうか。どこに行くのかは分からないが、気をつけて行ってくるんだぞ」

 

「ああ、ありがとうな。じゃーーー」

 

見送ってくれた橘の言葉にそう返し、俺は理事長室へと向かった。

 

 

 

 

 

そこから少し経った頃、理事長室の前へ立ち、ドアをノックしようとしたーーーが、突然ドアが開く。

 

「うわっ!?」

 

突然開いた事によって驚きの声を上げてしまった。

 

「おっと……影月君、今来たみたいだね。丁度こっちも終わったから、中に入ってくれよ」

 

「あ、ああ……」

 

突然出てきた安心院に驚きながらも、俺は理事長室の中へと入る。

その室内で俺はさらに驚いた。

 

「三人とも、その格好は?」

 

それもその筈、彼女たちは浴衣姿だったのだから。

 

「僕のスキルで作ってーーーってそんな事を聞きたいんじゃないか。やっぱり花火大会って言ったら浴衣だと思ってね」

 

「安心院さんに出してもらったんですよ。どうですか?」

 

くるっと手を広げて回る優月の浴衣を見る。浴衣は赤を基調とした撫子(ナデシコ)が描かれているもので、帯の色は白。赤という明るい色と撫子も合わさって、実に優月らしいと思う浴衣だ。

 

「撫子ーーー意味は笑顔とかだっけ。いつも笑って皆を明るくする優月らしい。可愛らしいよ」

 

「兄さん……ありがとうございます!」

 

俺が素直に思った事を言うと、優月ははにかみながら嬉しそうに笑顔でお礼を言ってくれた。

その顔を若干頬を緩めながら見ていると、くいくいと服の袖を引かれる。

 

「優月ちゃんの次はまだ僕と朔夜ちゃんが残ってるぜ?朔夜ちゃんは最後の楽しみって事で取っておくとして、僕のはどうだい?」

 

今度は安心院の浴衣を見る。薄いピンクを基調とし、色とりどりな花と蝶が描かれているもので、帯の色は紺。正直、俺は彼女が黒を基調とした浴衣とかを着ると思っていたが、薄いピンクでこのような柄の浴衣を着ているのに少なからず驚いた。

だが、似合わないのかと聞かれるとそんな事は無いと言える程似合っていた。

 

「蝶か……」

 

「うん。この世界に来る前の世界では殺ったり、殺られたり、復活したりとかあったからね。この柄がいいと思って。それと似合ってるって思ってくれて嬉しいぜ」

 

「なるほど、蝶は復活とか意味があるんだっけ……そういう意味ではぴったりか。ってか人の思考を読むなよ……」

 

「まあ、そんな事より最後は朔夜ちゃんだぜ?聞けば、初めて浴衣を着たってさ。しっかりと感想を言ってあげなよ?」

 

そう言って、安心院は朔夜の背を押して俺の前に出てきた。

 

「あーーーあ、あう……え、影月……その……私の格好……どう、ですの?」

 

少し俯き、恥ずかしそうにしながらも、目の前に出てきた朔夜の浴衣は、黒を基調とし、白い水仙が描かれた浴衣だ。帯の色は白で、いつも彼女が着ている漆黒の衣装(ゴシックドレス)の黒とはまた違った印象を受ける。

 

「水仙か……色も意味も朔夜に似合った柄だな。初めて着たとは思えない程よく似合ってるよ」

 

水仙の意味は、知性美だ。天才と呼ばれる朔夜にはふさわしい柄だと思う。

 

「ーーーあ……ありがとう……ございます……私もそう言ってくれて嬉しいですわ……」

 

そう言って上目遣いで見てくる朔夜。正直ものすごく可愛い。

 

「ちょっと兄さん!なんで朔夜さんにはそんなにデレデレしてるんですか!?」

 

「影月君、僕と優月ちゃんの時と反応違うよ!」

 

「えっ!?いや、そんな事……「ものすごく可愛いって思ってたよね?僕たちには思わなかったのに」……そ、そんな事無いって……」

 

安心院に問われ、戸惑いながらも否定する。でも内心を見透かされてる気がしてならない。

 

「『神の視点(ゴッドアイ)』ーーー君の感情が書かれている地の文を僕は見れるんだよ?だから本当に見透かしてるんだけど……」

 

「……もうそろそろ出るか」

 

「逃げましたね、兄さん……」

 

優月にそう言われるも、俺は黙ってドアノブに手を掛けるがーーー

 

「ちょっと待った!影月君、朔夜ちゃんがいるのにそのまま出て行くつもり?」

 

「……ああ、そのまま出て行ったらまずいか……」

 

お忍びで出かけるというものである以上、見つかると後々面倒になる事は必然だ。

 

「だから僕の『腑罪証明(アリバイブロック)』で行くって事になったんだ。モノレール乗り場の近くまでね」

 

なぜモノレール乗り場の近く?と問うと、朔夜がそうして楽しく話しながら行きたいからとの事。

 

「分かった。じゃあーーー」

 

「うん。皆、某魔法使いの映画のように僕の手に触れて?」

 

その言葉に優月と朔夜が安心院の手に触れ、最後に俺が触れると、一瞬で周りの景色が理事長室から薄暗い屋外へと変わった。よく見ればモノレール乗り場まで後少しの場所だ。

 

「……某魔法使いの映画みたいに気持ち悪くなったりしないんだな」

 

「まあね。さて、乗ろうぜ」

 

 

 

ちなみに俺たちはしっかりと外出届を出しているし、朔夜も三國先生には出かけると言ってきたらしい。なので余程の事が起きない限り問題は無い筈だ。

モノレールに乗り込むと、この時間帯には出かける生徒はほとんどいないようで、誰もいなくて貸し切りのような状態だった。

安心院が先にボックス席の奥に座り、安心院の隣に優月が座った。

俺は朔夜に奥の方へ座るように促した後、朔夜の隣に座った。

 

「それにしても……俺だけこの格好はおかしくないか?」

 

そこで俺は先ほどからずっと気になっていた事を尋ねる。

浴衣姿三人の女子と普段着で行く俺……それに何と無く不安を覚えて、聞いてみたのだ。

 

「う〜ん……別におかしくはないと思いますけどね。けど、浴衣姿の兄さんもいいかな……」

 

「じゃあ、せっかくだから影月君も浴衣姿にしようか?」

 

そう言って安心院がパチンと指を鳴らした瞬間ーーー服が変わった。

俺の格好は紺色を基調とした刺子縞が入った浴衣になっていた。帯も同じ紺色だ。

 

「一瞬だな……」

 

「似合ってます!兄さんの髪の色も似てますから統一感がありますね!」

 

その言葉に女子たちは頷く。

 

「そ、そうか?……ちなみに安心院、さっきまで俺が着てた服は?」

 

「ちゃんとあるから大丈夫だぜ?僕がスキルを解けば元に戻るから」

 

そんな話をしているとモノレールは動きだし、駅に着くまで俺たちは楽しく話した。

そしてモノレールを降り、今度は電車で乗り継いで目的の駅へと近付くにつれて、同じように花火大会へ向かう人の姿が増えてきた。

やがて駅に到着して外へ出ると、会場までの誘導員がそこかしこに立っていて、周囲の会場へ向かう人たちの流れに乗って進み始める。

尚、これだけ人が多いとはぐれてしまいそうな為、俺の左手は優月と、右手は朔夜と、そして朔夜は俺と繋いでいる反対の手で安心院と手を繋いでいる。

会場へ向かう道のりには様々な出店が左右に並んでいる。

 

「出店が多いねぇ……何か先に食べるかい?」

 

「そうだな。夕食時にはまだ早いけど、会場へ着いたら今より混んでて買えないかもしれないしな」

 

先に食べようという意見が全員一致した。

なのでここで手を離し、俺はホットドッグと皆で後で食べれるように大きいフライドポテト、優月はクレープ、安心院はチョコバナナ、朔夜はフランクフルト、そして四人揃ってお好み焼きを一つずつ購入すると、会場へ向かいながら食べ始める。

ちなみに全ての食べ物は俺のお金で買った。やっぱり女子にお金出させるのはどうなのか……と思ったからだ。

 

「さて……着いたけど、人が多いな」

 

花火大会の会場となる土手へ到着した俺たちだったが、すでに多くの人が先ほどあった出店から買ってきたであろう食べ物を食べながら、花火が打ち上がるのを今か今かと待っていた。

 

「そうですね……花火大会が始まったらもっと混むでしょうね……」

 

「そうなったら大変だね。本音としては座って、これを食べながらゆっくりと花火を見たいけどね」

 

「とは言っても、ゆっくり見るなんて出来ませんわ」

 

そうしてどこで見ようか四人で考えているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?優月ちゃん?」

 

ふと背後から聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り向く。

 

「あ!やっぱり優月ちゃんね!」

 

「ベ、ベアトリスさん!?」

 

「ベアトリスさんもここに来ていたのか……」

 

「僕もいるよ」

 

「私も……久しぶりね」

 

「螢さんに戒さんも……お久しぶりです」

 

以前あらもーどで会ったベアトリスさんたちがいた。

ベアトリスさんは優月の手を握って嬉しそうに笑い、戒さんと螢さんはそんなベアトリスさんに苦笑いしながらこちらに歩いてきました。ちなみに螢さんはたこ焼きとお好み焼きを、戒さんはアメリカンドッグと焼き鳥を持っている。

 

「影月君、その人たちは?なんか見た事あるけど……」

 

「ああ、安心院も朔夜も会ったのは初めてか?」

 

今更ながらに二人にそう聞くと、安心院は頷くも朔夜は口を開く。

 

「私も実際に会うのは初めてですわ。ただ、お噂はかねがねお聞きしております。トバルカイン様、レオンハルト様、ヴァルキュリア様」

 

「「「!?」」」

 

薄っすらと妖艶な笑みを浮かべて、魔名を呼ぶ朔夜に三人の目が見開く。

 

「……ああ!どこかで見たなって思ってたけど、この前資料で見たのを思い出したぜ」

 

「ちょ……影月君、彼女たち何者!?私たちの事知ってーーー」

 

さらに安心院の言葉を聞いて、ベアトリスさんがこちらに振り向いて聞いてくる。

 

「……とりあえず、お互いに話し合いたいので、人のいない場所に行きません?ついでに座れて、ゆっくり花火見られる所に」

 

優月がそう提案し、ベアトリスさんたちは顔を見合わせた後、戒さんが「ついておいで」と言ったので後をついていく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、辿り着いたのは川沿いに立つ一つのマンションの屋上だった。

勝手に入ったような気もするが、戒さんたちについてきただけだからあまり気にしない事にする。

 

「ここで花火を見ようか。邪魔も入らないだろうし」

 

「ほら朔夜……着いたぞ」

 

「ありがとうございますわ」

 

ちなみに朔夜はここに来る最中、足が痛くなるのを考慮して俺が背負ってきた。

丁度近くにあったベンチを繋げて、全員が座ると、まずは自己紹介を始めた。

初めはベアトリスさんや戒さん、螢さんが自己紹介をし、次に安心院と朔夜が自己紹介をした。

と、その時ーーー

ドーン、と大きな音が聞こえて空気が震えたかと思うと、夜空に大輪の花が咲いた。花火大会が始まったのだ。

 

「わぁ……綺麗ですね」

 

「わぁ!戒、戒!すごく綺麗!」

 

「そうだけど落ち着いて、ベアトリス……じゃあ、買ってきた物を食べながら花火を見ようか?話はその最中にしよう」

 

ベアトリスさんの喜ぶ声を聞きながら、戒さんが言う。

 

「ヴァルキュリア様も花火をご覧になった事はありませんの?」

 

「ええーーーってヴァルキュリアって呼ぶのはやめてくれません?魔名はあまり好きじゃないんですよね」

 

「では、ベアトリスさんとーーー」

 

「いえ、呼び捨てで構わないですよ?戒と螢も呼び捨てにしてくださいーーー影月君たちも、ね?」

 

そう言われ、俺たちは頷く。

 

「それで花火見ながら何話しましょうか?」

 

優月がクレープを食べながら聞く。

 

「まずは、最近の君たちの状況を聞きたいんだが……」

 

戒さんが焼き鳥を口を開けて待っていたベアトリスさんにあーんしてあげながら言う。

 

「そうですわね……まず、数日前に裏で行われた《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》についてはご存知で……?」

 

「知ってるよ。ハイドリヒ卿とカール・クラフトも現れたからね。災難だった?」

 

「そうでもありませんでしたわ。そもそも彼らを呼んだのは私ですし」

 

朔夜の返しに少なからず戸惑う戒さん。ベアトリスさんも螢さんも同じような反応だ。

 

「……なぜ彼らを呼んだんだい?」

 

「それ程大した理由はありませんわ。ただーーー宴をより面白くする為、と言っておきましょうか」

 

そう言って、朔夜は手に持っていたフランクフルトにかぶりつく。

 

「…………ねぇ、彼女何を企んでるの?」

 

螢さんがそう聞いてくるも、俺たちも分からないので「さあ?」と首を傾げるしか出来なかった。

 

「まあ、九重透流が《(レベル4)》になり創造位階ーーーさらに優月も自らの能力を覚醒させたので結果としては上々でしたわ……くすくす……」

 

「…………優月ちゃん、彼女貴方たちより若いですよね?それなのに怖いんですけど……」

 

「……たまに天才(ギフテッド)と呼ばれる事もありますわ……影月、口を開けてくださいな」

 

優月はそう言いながら、俺に食べかけのフランクフルトを出してくる。そんな事より、俺は彼女の言葉が気になった。それは優月と安心院も同じだったようでーーー

 

「ギフテッド……?」

 

「…………確か先天的に平均よりも知能が高い人の事を言うんだっけ。もしかして朔夜ちゃんも……?」

 

「……まあ、私の場合はちょっと特殊ですけれど……それよりも他に報告する事ーーーというより、一つ聞きたい事がありますわ」

 

俺の口にフランクフルトを突っ込みながら、今度は朔夜が問う。

 

「貴方たちの大将ーーーツァラトゥストラ様は未だ諦観しているのでしょうか?」

 

ふぁらふぅふおら(ツァラトゥストラ)……?」

 

どこかで聞いた言葉だと思いながらも、会話は進んでいく。

 

「……そこまで知っているとはね。まあ今は諦観というか、見てる事しか出来なくてね。……こっちの方も色々やる事があるから」

 

「私たちは今、ここから少し離れた皐月市に住んでるの。今度遊びに来てほしいなぁ」

 

「……暇があったら、ですね……」

 

 

 

 

 

そこからはしばらく、花火を見ながら、食べ物を食べたり、食べさせたり、食わされたりして楽しく過ごしたーーー現在進行形で。

 

「たーまやー!!」

 

「ベアトリス、テンション高いわね……」

 

「テンション上がる位綺麗なんでしょう……はい兄さん、あーん」

 

「あ、あーん」

 

「僕からもやるよ。ほらあーん」

 

「戒〜!口開けて〜!ほら、あーん!」

 

「ちょっと、ベアトリス!?そのお好み焼きは大き過ぎーーーウグッ!?」

 

「二つも同時に食べられなーーーモガッ!?」

 

 

 

 

「……花火、綺麗ですわね」

 

「……そうね」

 

ちょっと、朔夜に螢さん!?我関せずの状態にしてないで助けーーー

 

「こっちもお好み焼きあるから食べるかい?」

 

「ーーーっ!はぁっ……お返しだ!」

 

「よっと……そんなんじゃ、僕にお好み焼きを食べさせる事はーーームグッ!?」

 

「兄さん。こっちも美味しいですよ?」

 

「ぷはっ!僕もお返しだ!」

 

「もう勘弁してくれーー!!!」

 

俺の叫びは夜空に響き渡る花火の音にかき消されたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー結局、花火大会が終わるまで俺と戒さんはこのやりとりに巻き込まれた。

 

「…………」

 

「……影月君、生きてるかい?」

 

「な、なんとか……」

 

目の前に立つ戒さんから差し出された手を掴みながら、ベンチから立つ。

 

「……君も苦労してるんだね」

 

「……戒さ……戒も……」

 

「うん。呼びにくかったら、さん付けでいいよ」

 

「はい……ありがとうございます」

 

俺と戒さんは互いの苦労をしみじみと感じた。

 

「戒ー!帰ろー!」

 

「兄さん、帰りましょう?」

 

そして俺たちを呼ぶ彼女たちの声に、俺と戒さんは苦笑いしながら近付く。

 

「兄さん、はしゃぎ過ぎてしまいました……ごめんなさい」

 

「ベアトリスも兄さんに謝った方が……」

 

「……戒、許してね?」

 

「そんなににやけながら言われると、説得力無いんだが」

 

そんな会話をしているとーーー

 

「ええ……頼みますわ」

 

「分かったぜ。ーーー影月君」

 

背後から安心院の声が聞こえ、後ろを向くとーーー

 

「んっ!?……む……ぐ………はぁ……」

 

「んんっ…………」

 

いきなりキスされた。なぜ!?この突然の行為に当然周囲の反応はーーー

 

「え……」

 

「くすくす……」

 

「なっ……!」

 

「……ねぇ、戒……」

 

「僕たちまで彼女たちに感化される必要はないから。だから目を閉じて待たないでくれるかな?ベアトリス」

 

そんな会話を聞きながらも、未だ続く口づけ(しかもD)。

 

 

 

 

 

そんな長く感じられた口づけは、安心院が離れる事で終わる。

 

「ぷはっ……安心院、何を……」

 

「別に?したいからしただけだぜ?ーーーよかったよ?影月君のキス!」

 

「ーーーーーーーーー」

 

ああ……優月からの視線が……凄まじく痛い……。

 

「さて!じゃあ戻ろっか?」

 

安心院はそんな優月の視線を気にせずに、俺と優月の手を無理矢理取り、最後に朔夜を待つ。

 

「では、お三方今日は楽しく過ごせましたわ。ありがとうございます。ではーーーいずれまた、ごきげんよう」

 

「はい。こちらこそありがとうございました。《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》」

 

「じゃあ皆、またね!」

 

ベアトリスさんの言葉に返事を返そうとするもーーー刹那の間に景色はマンションの屋上から理事長室へと変わってしまった。

 

「……なんで帰りはこれで……」

 

「歩くの面倒になったからね」

 

「……気ままな人ですわね」

 

 

 

その後服装は戻り、俺たちは部屋へと戻った。

そして優月は寝る間際まで、さっきの事を怒っていたがーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に安心院が取ったあの行動は重大な事であり、朔夜からの差し金であった事を知るのは、また別の話であるーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……少し、眠ってしまったようですね)

 

影月たちの花火大会から数日経った頃ーーー《K》は埃と汚れにまみれた路地裏の臭いが鼻を突き、目を覚ます。

彼は今、追われていた。

護陵衛士(エトナルク)に捕らわれた後、移送中の車両をゴグマゴグの部隊が襲撃した。

その時は助けが来たのだと思ったのだが、実際には違っていた。

 

『お前は組織に切り捨てられたんだよ』

 

襲撃してきた部隊は、《K》の口封じが目的であった。その男を殺し、今に至る。

逃亡の最中、《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》が失脚、死亡した情報も既に得ていた。

 

(……さて、私は……)

 

腹部に巻き付けた布は、赤黒く色を変えていた。

追っ手との闘いの中で被弾したのだ。

傷は深く、このまま追っ手に殺されずとも、彼に死が訪れるのは遠くないだろう。

《K》は目を閉じ、考える。残された時間で、何よりも己が望む事を定める為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これより数時間後、ゴグマゴグ極東支部は襲撃される。

襲撃者は彼らが追っていた、彼らが名を与えた少年であった。

内部を知り尽くした《K》は、支部を大きく混乱に陥れーーーやがて銃撃音が止むと共に、姿を消した。

技師(スミス)》が最後に作り上げた、彼の遺産とも言える外部兵装と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《K》が、自身の最後の戦場と選んだ場所は昊陵学園(こうりょうがくえん)だった。

夜とはいえ、内部手続きが無い状況では接近も侵入も察知されている事を承知の上で、《K》は学園ーーー時計塔へと降り立ち、上を見る。

 

「さて……最後の戦場がこことは……ついぞ思いもしませんでしたね」

 

「……残念だけどよ、いくら見上げても、今夜ウサギが居るのは月じゃねーんだぜ」

 

「おや、貴方ですか」

 

《K》が振り返ると、メイド服にウサギ耳という人物が、《蛇腹剣(スネイク)》を手に立っていた。

 

「おや、じゃねーっつーの。うちのガッコは事前連絡を入れてねー来客はお断りだって、前言っただろーが」

 

「これは失礼。なにぶん、急に来訪を決めましたものでしてね。ですから、今回もお見逃し頂けると大変嬉しいのですが」

 

「くはっ。そうしてやりてー所だが、あのお人好しに任せろって言っちまったもんでな。だからまー一言で言うとーーー断る!!」

 

そう返す、月見璃兎(つきみりと)へ、彼は薄い笑みで返す。

 

「仕方ありませんね。ではーーー」

 

《K》の両の手を左右に広げると同時、体がゆらりと宙に浮かび上がりーーーその背中より赤光を放ちながら、四枚の羽が広がる。

見る者を死に誘い、屍と化す、悪魔の遺産が。

 

 

 

 

 

「外部兵装ーーー《死化羽(デストラクション)》の《力》をお見せしましょう!!」

 




さて、次は戦闘ですね!上手く書けるか……それよりもこっちも上手く出来てるのか……う〜ん(苦笑)
誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第三十七話

原作五巻突入!ちょっと分かりづらいかもしれませんね……



no side

 

「……朔夜、どこまで行くんだ?」

 

「もう少しですわ」

 

綺麗な月が浮かび、地上の草木をその優しい光で照らす中、朔夜と影月はそんな月の灯りとは無縁の学園の地下へ続く階段を降りていた。

なぜかと言うと、いつもの如く朔夜が影月に話があると呼び出したからだ。

彼らが降りている階段は狭く、天井に薄っすらとついているライト以外の光源は無い。階段はゆっくりとカーブを描いているので、螺旋を描きながら下っていく構造になっている事が分かる。

 

「それにしても、時計塔の地下にこんな階段があったとは……」

 

「知らないのも仕方ないですわ。ここを知っているのは、一部の研究員だけですもの」

 

彼らは今、学園の中にある研究所で最高責任者である朔夜や許可された人しか入れない程のセキュリティが設定されている場所に向かっている。朔夜は影月にそう言うと、口を閉ざした。

しばらくの間、互いに無言となり、二つの階段を降りる靴音だけが響き渡る。

そんな時間が数分程経っただろうかーーー朔夜が唐突に口を開く。

 

「そういえば、影月、以前戦ったRAY……覚えてますわよね?」

 

「ああ……忘れる筈が無い」

 

朔夜の言葉により影月の脳裏に浮かんだのはーーーあの日、月光や仔月光、《神滅士(エル・リベール)》と共に襲撃し、猛威を振るったRAYの姿だった。

それを思い出すと共に、ある疑問が浮かび上がる。あの戦闘が終わった後、残った戦闘可能な月光や仔月光、さらに破壊されたRAYはどうなったのか……彼や透流たちは知らなかった。なので影月は朔夜にその事を聞く。

 

「そういえば、月光とか仔月光とかRAYはあの後どうしたんだ?」

 

「それはーーー」

 

朔夜が立ち止まる。朔夜の目の前には扉があり、どうやらその扉の先が目的地のようだ。朔夜は壁にあるパネルを操作しーーー扉を開く。

 

「この先に行けば分かりますわ」

 

影月に振り向きながらそう言って、妖艶に笑う朔夜。

その言葉と笑みに影月は若干嫌な予感を覚えるも、朔夜はそんな影月の気持ちなど知らずに扉をくぐる。

いつまでもそのまま立っているわけにもいかないので、影月も朔夜の後に続いてその扉をくぐった。

 

「真っ暗だな……」

 

その扉をくぐった先は、見渡せない暗闇が広がっていた。暗過ぎて目視では何も見えないが、先ほど呟いた声がかなり反響して聞こえた事から、ここの壁は鉄のように固く、音をよく反響させるという事だけはかろうじて分かった。

 

「影月、是非貴方に見てほしいものがありますの」

 

隣にいた朔夜がそう言うと同時に、先ほどまで暗かった空間が突如明るくなる。

 

「ーーーっ!」

 

影月は突如ついたその明かりに眩しさを感じ、手で顔を覆う。

だがそれも一瞬で段々と明るさに目が慣れてきたので、手をよけて視線を目の前に向ける。

そこにはーーー

 

「ーーーーーーーーー」

 

影月が言葉を失う物が、静かに佇んでいたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくし、地上ではとある場所で《超えし者(イクシード)》と《神滅士(エル・リベール)》の両者が、一瞬の気も許す事が出来ない激戦を繰り広げていた。

 

「オラァ!まだまだ行くぜぇ!」

 

月見璃兎は自らの《焔牙(ブレイズ)》の《力》、《狂蛇環(ウロボロス)》を振り回しーーー

 

「ふふっ、中々やりますね」

 

対する《K》は環状の刃の間合いに留まりながら、《死化羽(デストラクション)》の羽の一枚を銃へと変化させ、光弾を撃ち出して応戦する。

《K》がこの間合いを選択した理由は、璃兎の間合いの外ーーー上空へ飛んで一方的に攻めても距離が空き過ぎている為、自身の放つ光弾が容易く回避されると判断したからだ。

時には相手の隙を窺い、時には相手の反撃を許さないように攻め立てるーーー互いに小さな傷は負うも、決着を左右する一撃はどちらも決めあぐねていた。

 

 

 

だが、唐突に二人が予期せぬ形で隙が訪れる。

 

 

 

光弾をかい潜り、璃兎が環状刃を振るう。

しかし《K》は咄嗟に《死化羽(デストラクション)》の高速突進を発動させて環状刃を、そして璃兎の頭上を飛び越すように回避する。

そのまま身を捻り、左右の手に握った銃を乱射しようとした刹那ーーー《K》の表情が苦痛に歪み、一瞬動きが鈍る。動きが鈍った理由はこの戦闘が始まる前に、組織の追っ手によって負わされた傷によるものだった。

 

 

 

 

それはほんの僅かな隙だが、実力が拮抗した戦闘においてその一瞬は致命的となる。

 

「もらったぜぇ!!」

 

その一瞬を見逃さず、璃兎は《狂蛇環(ウロボロス)》を放とうとした瞬間ーーー今度は璃兎の動きが止まった。

 

(なっ……!?()()()()()()()()()()()()()!?)

 

彼女の視界の先に、吉備津桃(きびつもも)がいた為に。

なぜ彼女はここに居たのかーーーそれは明日から一週間にも満たない夏休みがあるのだが、彼女は校舎へ夏休みの課題プリントを忘れてしまい、それを取りに来たからだ。彼女は日頃から忘れ物が多く、今回もその忘れ物をしたせいで、この戦闘に巻き込まれてしまった。

彼女は物陰に隠れながら南へと逃げたのだがーーーそれを追うかの如く戦闘領域が移動してきたのだ。これは寮や研究施設のある校舎から少しでも距離を空けようとした璃兎の判断が裏目に出てしまった結果だった。

 

 

そんな僅かな集中力の乱れで出来た一瞬を《K》は見逃す筈も無くーーー璃兎の肩口に光弾が直撃、炸裂した。

 

「ぐぅうっ!!」

 

ダメージを受け、よろめいた璃兎の顔へ、体へ、四肢へと次々に光弾が撃ち込まれる。

ガードを固めて致命的な一撃だけはなんとか避けたものの、背中から芝生へと叩きつけられた。

光弾が炸裂した部分は焼け爛れ、苦痛に顔を歪めるもーーー立ち上がった璃兎が目にしたものは、《K》が上空で光の集まったマズルを自身へ向けている様だった。

 

「や、べぇ……!!」

 

回避しようと飛び退くも、すでに璃兎に本来の速さは無くーーー放たれた二条の赤色光線の内一つを避けきれず、脇腹が大きく抉られ、鮮血が夜空に舞った。

直後、背後で爆発が起こり、その衝撃を受けて璃兎は大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「……ー!せんせー!うさせんせー!起きて、うさせんせー!!」

 

意識を取り戻した璃兎の視界へ最初に映ったのは、吉備津が彼女の顔を覗き込みながらぽろぽろと涙を零す姿だった。

 

(くそ……体が動かねぇ……。いやそれよりもーーー)

「バ、カやろ……はやく……逃げ、ろ……」

 

擦れる声で告げるも、もはや手遅れだと吉備津の背後に立つ影を見て知る。

 

「不運でしたね、月見璃兎。この少女が居なければ、結果は逆になっていたでしょうが……闘いにアクシデントはつきものです」

 

「あ、あ……アタシの、負けだ……だから、アタシはどうなっても、いい……だけど、こいつは、見逃、してくれ……」

 

「ふふっ、命乞いより己を犠牲にしてでも生徒の助けを乞うとは、素晴らしい心根を持つ女性だ」

 

そう口にする《K》を、吉備津は震えながらに見ていた。

 

「ですがーーーその貴女の意志が私には酷く不愉快です」

 

《K》の脳裏に浮かぶは、九重透流や如月影月、如月優月の顔。

 

「だからこそ、その願いを聞き入れるわけには行きませんね」

 

「「ーーーっ!!」」

 

その言葉の指す意味に、璃兎と吉備津は息を呑む。

 

「ふふ、いい表情だ。ですが、私も鬼ではありません。仲良く逝かせてあげますよ。そして貴女たちの死体を、彼らの目の前に転がすとしましょう!」

 

愉悦とも取れる邪悪な笑みを顔に貼り付け、赤光の刃を振り上げる。

 

「や、めろ……やめろーーーっ!!!」

 

止めようにも、璃兎は吉備津を庇う事はおろか、腕一本動かす事すら敵わなかった。

 

 

 

 

 

 

(くそぉ……アタシじゃ……誰か……誰か助けてくれ……《異能(イレギュラー)》……《異常(アニュージュアル)》……安心院……なあ、お前ら、なんでもするから、助けてくれ……)

 

 

これまで神仏に祈る事が無かった彼女が初めて願う。

 

 

 

 

 

 

 

その願いはーーー届いた。

 

 

 

 

 

 

璃兎と吉備津の前に突然見覚えのある少女の後ろ姿が映りーーー《K》が振り下ろそうとしていた赤刃を、その少女は自らの手に持った《(ブレード)》で弾き飛ばす。

 

「《K》……生きていましたかーーー」

 

「おぉおおおおおっっ!!」

 

その直後、上空から雄叫びと共に拳が降ってきた。

咄嗟に《K》は大きく背後へ飛び退き、その一撃をかわしーーー闖入者(ちんにゅうしゃ)の姿を捉え、高笑いをする。

 

「ふ……ふふっ、はーっははははは!!来ましたね!如月優月、九重透流!!ははははははっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、学園の地下ーーー

 

 

 

「ーーー朔夜、こいつは……」

 

「ふふっ……驚くのも無理はありませんわ」

 

その反応を見て、朔夜は楽しげに笑う。いつものような全てを見下したかのような笑いではなく、年相応の笑いであった。

そこにあったのは、今から百年程前に開発され、ある一部の者たちからは『悪魔の兵器』と呼ばれた核搭載二足歩行戦車ーーー「メタルギアREX」だった。

影月は暫くその旧世代の恐るべき兵器を見ていたがーーーようやく我に返ったのか、ため息をはく。

 

「……はぁ……前に朔夜が何か恐竜みたいな物が書いてある資料を見てると思ったら、これの事だったのか……なあ、なんでこの兵器「REXですわ」……REXをここに持ってきたんだ?」

 

「以前の襲撃でこの学園の警備に不安が出来たから、役に立ちそうなものを探していたら、偶然これを見つけたーーーと言った所ですわね。……表向きは」

 

「……表向きか……じゃあ本当の真意は?」

 

影月が隣に立つ朔夜を見つめながら問う。朔夜もその紫色の瞳を影月の漆黒の瞳と合わせながら答えた。

 

「…………貴方の為……ですわ」

 

「俺?」

 

朔夜の返事に影月は首を傾げる。一方の朔夜は顔を影月から逸らして続ける。

 

「……ねぇ、影月。私は貴方の役に立ちたいと思っていますの」

 

朔夜はREXへと歩みを進める。

 

「以前、貴方はこう言いましたわよね……『俺が一緒に来てほしいと言ったら、来てくれるか?』とーーー私はあの後、ずっと考えていましたわ。貴方に来てほしいと言われなくても……私は貴方にずっとーーー永遠について行きたい。ついて行って、貴方の役にーーー優月や皆さんの役に立ちたいと思いましたの」

 

「朔夜……」

 

「……ですが、私は戦闘も出来ず、何も役に立つ事は出来ませんわ。……そんな私が居ても、皆さんにとっては邪魔なんじゃないかって思っていますわ」

 

「そんな事は無い。今まで無事に過ごしてきたのは朔夜のおかげだ。臨海学校の時もそうだろ?助けを求めた相手については何も言えないが、結果的に朔夜が色々と布石を打ってくれたから被害が最小限に抑えられたんだぞ?……役に立たないって思ってるかもしれないけど、俺たちにとっては十分朔夜に助けてもらってる。少なくとも俺はそう思ってるよ」

 

影月が朔夜の言葉に否定の声をあげると、朔夜の頬が少し緩むのが背後の影月には見えた。

 

「……そう言ってくれてありがとうございます。……それでも私は悩んでいましたわ。でもーーー」

 

REXの前で朔夜は影月に振り返る。

 

これ(REX)を見つけた時、とても嬉しいと思いましたわ。これで本当に貴方たちの役に立てるとーーー私を救ってくれた貴方にようやく恩返しが出来るとーーー」

 

「救ってくれた……?」

 

影月の疑問をあげる声に対して、朔夜は少し苦笑いした後、「こちらの話ですわ」と言い、REXの説明を始めた。

 

「話をREXに戻しますわね?これは有人機ですからもちろん他の人も操作出来ますわ。ですが影月の為に色々とこちらで改造させていただきました」

 

「改造?」

 

影月は朔夜に近付きながら問う。

 

「ええ、貴方の《焔牙(ブレイズ)()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

朔夜のその言葉に驚く影月。それもそうだろう。《焔牙(ブレイズ)》で動く兵器など聞いた事がないからだ。ましてやそんなものが開発出来るとは誰が思うだろうか。

 

「まあ、そうは言っても実験で研究員の《焔牙(ブレイズ)》に数回反応があったという感じですけれど」

 

「…………それってつまり未完成じゃないのか?」

 

確かに実験で僅か数回しか反応が無かったのなら未完成、あるいは失敗とも言えるかもしれないものだ。

だがーーー

 

「ですが、貴方の《焔牙(ブレイズ)》なら動かせるでしょう。複数の《焔牙(ブレイズ)》を作れて、それを意のままに操れるならこの兵器の内部に入れて動かす事もおそらく可能かとーーーそれに動かせる確率を上げる為に彼女からスキルも渡してもらってますし」

 

「…………は?」

 

前半の説明はまだ納得出来たが、後半の言葉が気にかかって声をあげる影月。

 

「あら、お忘れですの?あの日、無理やり彼女(安心院)からキスをされたでしょう?」

 

その言葉を聞き呆然となる影月。が、それも一瞬の事ですぐに問いただす。

 

「もしかしてあれはーーー貴女の指示か!?」

 

そう言う影月にくすくすと笑いながら、朔夜は答える。

 

「ご名答ですわ。彼女の機械を操作するスキル『機械には操られない(オペレイトマシン)』をスキル回収、返却のスキル『口写し(リップサービス)』で貴方に移譲させてもらいましたわ。ーーー渡し方については仕方ないので私は何も言いませんでしたが……まあ、これで私の予想が正しければ間違いなくーーー」

 

と、そこで朔夜が服の中に持っていた通信機が鳴り響いた。

出てみると、地上の学園警備隊からで内容は学園内で《神滅士(エル・リベール)》の《K》が襲撃、現在透流とユリエが交戦中だと言うものだった。

その中で月見璃兎が重傷であり、透流たちと共に来た優月、トラが月見と吉備津を連れて離脱、現在重傷であった月見を治療中という報告も二人は聞く。

 

「……分かりましたわ。彼が戦闘不能になるまでは手出ししないように。彼は九重透流と因縁があるようですから存分に闘わせてあげなさい。そしてもし仮に九重透流たちが彼を倒せなくても、こちらには保険がありますから心配はほとんど無用ですわ。準備に少しばかり時間はかかりますけれどね」

 

(保険って俺の事か……?)

 

影月は内心そう思うも、口には出さなかった。

そして通信が終わったのか、朔夜は通信機をしまい、影月に向き直る。

 

「さて……今、もうすでにこの事について断れない状況に追い込んでしまったのは謝りますわ。ですが仮に断れる状況だったとしても、影月ならやってくれるでしょう?友人の為に、私の為に、そして優月の為にもーーー」

 

「…………」

 

「如月影月、改めて聞きますわ。私の想いを乗せたこのREXーーー是非とも受け取ってもらえます?」

 

その言葉に影月は、暫く沈黙していたものの、静かに返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして地上では再び激戦が繰り広げられていた。

 

「くそっ!速いーーー」

 

透流とユリエは、《K》の纏う外部装甲ーーー《死化羽(デストラクション)》の加速能力や飛行能力に苦戦していた。

《K》が繰り出す突進攻撃(ブーストアタック)は《(レベル3)》のユリエが回避しきれない程の速さであり、一度飛行を許せば戦闘機を彷彿とさせる動きと速度で攻撃をしてくる。

 

「くそっ……人と闘ってる気がしないな……!!」

 

(シールド)》を構えながら、透流は悪態をつく。

 

「確かにそうですがーーーそろそろ慣れてきました」

 

ユリエのそんな言葉が聞こえたのは、《K》が高速突進により攻め込んできた時だった。

赤刃がユリエの肩を浅く斬り裂いたと同時、ユリエがカウンターで放った白刃の切っ先が《装鋼(ユニット)》を掠める。

 

「ふふ……ふはははは!!その身体能力でよく動いたものです!」

 

肩口に付けられた傷を見て、皮肉混じりの笑みを浮かべる《K》。

 

「っ……すみません、トール。大口を叩いておいて失敗してしまいました」

 

「い、いや、いいさ。それより傷は……?」

 

「大丈夫です」

 

そう言ってユリエは、肩を軽く動かした。

一方の透流は内心、先ほどのカウンターを思い出し、驚いていた。

 

(すごかったな……)

 

結果のみを見れば相手にダメージは与えられず、自らは軽度ながらも傷を負ってしまうという、明らかに失敗に終わった一撃だ。

しかし僅かな時間でこれまで対峙した事の無い動きへ対応し、フェイントを交えたどこから来るか分からない攻撃へのカウンターなど、《位階(レベル)》が上である透流にとっても早々出来る事では無かった。

それを行えたのは、今までの死闘を乗り越えた事で磨かれてきた賜物(たまもの)だろう。

 

「ふふ、集中力で身体能力の差を埋めるとは本当に素晴らしい。ーーーが、それ故に危険であると判断せざるを得ません!」

 

《K》はそう言うと、手にしていた赤刃から光を消し、切っ先の部分を透流たちに向ける。

 

「動きを鈍らせてから、改めてじわじわといたぶり殺してあげますよ!!」

 

「ーーーっ!ユリエ!!」

 

警告と同時、透流とユリエは左右に分かれるようにして飛びーーー透流たちの立っていた場所に光弾がいくつも撃ち込まれる。

 

「くそっ、銃にもなるのかっ!!」

 

透流は光弾を避けつつ、吐き捨てる。

 

「はははは、無様に逃げ惑いなさい!」

 

地上十メートル程の高さからの一方的な攻撃。

これまでとは違って一瞬の接触が無く、透流たちはカウンターを狙う事も出来ずに防戦一方となる。

飛び上がれば彼らにとっては届かないというわけでは無いが、向こうが飛行出来るという事は楽に回避されて、的にされてしまうだろう。

尚、ユリエの《双剣(ダブル)》を投げるという方法もあるが、当たらなければ無駄に攻撃方法を失うだけである。

 

「持ち堪えますねーーーならこれはどうでしょう?」

 

すると《K》は光弾を放っていた二丁の銃のマズルを透流一人に向ける。

 

「ーーーっ!まずい……!」

 

透流はその場で立ち止まり、手を向ける。

 

「《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

透流は結界を発動し、その結界に触れた光弾は次々と爆発していきーーーそれらが消え去った所で、《K》は攻撃の手を休め、薄笑いを浮かべていた。

 

「ふむ……中々に厄介なものですね」

 

「お前が戯言(ざれごと)だと断じた、誰かを護りたいって意志から生まれたものだぜ、《K》」

 

結界を消し去り、透流は《K》を見上げる。

 

「相変わらず苛立たせてくれますね、貴方という人は……。所で貴方の能力ですが、幾つか気になる点を発見しましたよ」

 

「ーーーっ!?」

 

《K》のその発言にビクッとする透流。以前の臨海学校の際に、透流とユリエは《K》と闘ったのだが、その時も透流の攻撃を《K》は見切っていた。その為まさかとは思うも動揺してしまうのだろう。

 

「まず、咄嗟には使えない。先ほど飛行しながら攻撃していた際に気付きましたが……一部の攻撃に対して、ユリエ=シグトゥーナが割って入った事から、その可能性が伺えます」

 

「…………」

 

《K》の予想は半分当たりといったものだ。結界の発動方法は二つあり、意識のみで発動させるには僅かだがタイムラグが生じてしまう。なので前回の闘いの時は、RAYのプラズマ砲が来ると分かっている場合に使うーーーつまり先読みで展開するものだ。

もう一つは先ほどしていたように手を向ける事だ。この場合は一瞬で結界を生み出せるが、虚をついた攻撃に対しては間に合わないという事態が起きてしまう。

 

「次に持続時間。先ほど追撃が無いと分かるとすぐに消し去りましたね。その点から察するに結界を維持出来る時間は限られているーーー」

 

これに透流は内心正解だと焦る。

発動、維持には彼の《魂》を使うので、疲弊してしまうのだ。なので発動出来る回数も維持する時間も戦闘が長引くだけ少なく、短くなっていってしまう。

 

「最後の三つ目はーーーまだ憶測の中なのでなんとも言えませんね。……所で、沈黙しているという事は肯定という事ですか?」

 

「くっ……!」

 

透流は歯噛みしながらも、どうやって飛んでいる《K》に攻撃を届かせるか模索していた。

 

(落ち着け、破られたわけではないんだ……それよりもどうする?こっちの攻撃は届かない。ユリエの《片刃剣(セイバー)》を投げる手もあるけど、当たらなければ武器を失うだけだし……いや、待てよ?)

 

そこで透流の頭に単純な策が思い浮かぶ。

もはや策と言っていいのか分からない程に単純な手が。

 

「ユリエ!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の名を叫び、視線をある物へ動かしーーーそれに向かって走り出した。

ユリエもまた、策を理解したのか駆けてくる。

 

「ふむ、何か思いついたようですがーーーそうはさせませんよ!」

 

《K》が銃を構えるも、透流たちの動きの方が速かった。

目的の物ーーー立木へ辿り着いた瞬間、ユリエが《片刃剣(セイバー)》を振るって立木の幹を切りーーー透流はそれを《K》に向かって放り投げた。

 

「なっ……!?くだらない手を!!」

 

物を放り投げるという単純明快な行為は一瞬《K》に驚きをもたらしたが、すぐに落ち着きを取り戻した《K》は光弾を放ち始める。

幾つもの光弾が立木に当たって爆発し、立木はどんどんと落下していくが、透流はそれでも今度は立木を根っこから引き抜き、再び投げつけた。

 

「鬱陶しい!このような攻撃がーーー」

 

「当たるなんて思ってないさ。もっぱら当たっても《装鋼(ユニット)》を纏ったお前にはダメージは通らないだろうしな。だけどーーー」

 

「死角は生まれます……!」

 

「ーーーっ!!」

 

宙空の《K》が天を仰ぎーーー夜空に舞う少女の姿を捉える。

銃で撃ち落とすには若干遅い。ガードは間に合うだろうが、透流はそれでも構わないと思っていた。

この策は最低でも銃を落とさせるか、銃身にダメージを与えて使用不可にするのが目的なのだから。

 

 

だが、振り下ろされた白刃に対して、《K》は咄嗟に銃身に赤い光の刃を纏わせて防ぐ。

 

「残念でしたね。そしてこれで再び攻守逆転です!!」

 

《K》はユリエに蹴りを放つ。対してユリエは反撃を想定していたのか、腕を交差させて直撃を阻むーーーだが完全にガード出来ず、表情を歪ませた。

そのまま吹き飛ばされた少女へと再び銃となった《死化羽(デストラクション)》が狙いをつける。

 

「ユリエーーー!!」

 

その瞬間、透流はユリエに向かって走りながら結界を発動する。

しかし透流が結界で包んだのはユリエでは無く《K》の方だった。

透流は《K》を結界に閉じ込める形で発動したのだ。そして透流の結界は内側からでも同様の効果を持つ。

故に《K》が放った光弾はユリエに届く事無く、結界の内側に触れて爆発を起こした。

 

「内側からでも防ぐという事ですね。そして、これで三つ目は確信しましたね」

 

結界に阻まれている事を気にせずに、ユリエに光弾を撃ち出し続ける《K》は薄笑いを浮かべながら言う。

 

「《絶刃圏(イージスディザイアー)》とやらは、()()()へ同時に展開出来ないようですね」

 

「ーーーっ!!」

 

その言葉に透流は動揺する。

 

「ならばーーー」

 

《K》は片方の銃でユリエに向かって光弾を撃ち続けながら、透流にも銃口を狙い定めた。

 

「くっ……!!」

 

透流に向けられた銃から、赤い光が集まり始めた。

刹那、透流の脳裏に浮かんだのはここに来る前に寮の前から見た爆発と、その寸前に空から地上に走った光線でーーー

 

(やばい……!!)

 

咄嗟に飛び退き、ほぼ同時に一条の赤色光線が放たれた。

光線は大地を穿ち、僅かに時間をおいて爆発した。

爆風の中、地面を転がった後に膝を立てて空を見上げるとーーー先ほどまで、ユリエに向けられていた銃口が、今は透流へと向けられていた。

 

「っ!!牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

ユリエへの攻撃が無くなった事により、新たに結界を発動させる透流。

そこへ二度目の赤色光線が、結界とぶつかり合う。

 

「っく……何て、威力だ……!」

 

結界に直撃した瞬間、びりびりと空気が震えーーーピシッと高い音を立てて、結界にヒビが入った。

瞬間、結界は砕け散り、赤色光線も爆発を起こす。

透流は衝撃波により吹き飛ばされてしまう。そのまま地面に倒れ込むも、すぐに立ち上がって空を見上げるもーーー《K》はいなかった。

 

「え……!?」

 

「トール!前です!」

 

その警告を聞き、透流は前を向くもーーー爆発によって起きた土埃の中から高速突進で《K》が飛び出してきた。

その手には赤く輝く刃が握られておりーーーその刃は透流の体を貫いた。

 

「トーーーール!!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の悲痛な叫びが、夜空に響き渡りーーー《K》は声を上げて笑い出す。

 

「く、くくっ……くはははははは!!ようやくですね、九重透流……!これで貴方は死を、ユリエ=シグトゥーナには大切な者を目の前で失うという、永遠に心を蝕む傷を刻み込む事が出来ましたよ……!ああ……この結果をどれほど待ち望んだ事か!」

 

《K》の言葉を前にして、透流は焼け付くような痛みにより体を震わせていた。

 

「あ……ぐ……く、くそっ……」

 

透流はなんとか震える手で《K》の腕を掴むもーーー喉からせり上がってきた、熱い塊を吐き出した。

 

「がっ、がはっ……!」

 

ピシャッと音を立てて、目の前に立つ《K》の纏う《装鋼(ユニット)》が赤く濡れる。

 

「ふっ、ふふふっ、ふはははははは!!」

 

目の前で笑う《K》の声さえ、徐々に聞こえなくなっていきーーー透流の意識は途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーール!!トール!トール!!」

 

刹那の間だけ意識が戻った透流の目の前には、ユリエがぼろぼろと涙を零しながら、彼の名前を呼んでいた。

 

「……ユ、リエ……?」

 

絞り出すように名を呼び返すと、深紅の瞳(ルビーアイ)を大きく見開いた。

 

「トール!!」

 

(……どうして泣いているんだ?)

 

彼の思考は定まっていない。一体どうしてーーーその疑問だけが頭を満たしていく。そして次第に意識が遠のいていきーーー

 

(ダメ、だ……。もう……意識が……)

 

彼は必死に意識を保ち、ユリエを哀しませないようにしようとするも、それに反して意識はどんどん暗くなっていく。

そして透流の意識が完全に闇に落ちる寸前ーーー

 

「トーーーール!!!」

 

絆双刃(デュオ)》の少女の泣き叫ぶ声が耳に残った。

 




次回へ続く!
誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第三十八話

神父「テレジアァァァァァァ!!!」

………………はぁ、小説始まります。



side 透流

 

 

「……う、う〜ん……あれ?ここは……?」

 

よく晴れた夏のある日ーーー俺は揺れるバスの中で目を覚ました。

 

「……ああ、そうだ。俺は……そういえば今、どこを走ってるんだ?」

 

俺はティーンズモデルをしている妹に差し入れをする為に、バスに乗ったのだが、そんなバスの中で寝てしまう程疲れてたか?と思いつつも、窓の外へ目をやる。

窓の外は海が広がっていていつの間にか、かなり目的地に近付いている事が分かった。

そう思っていると、俺が降りるバス停の名前がアナウンスされた。

 

「おっ、着くみたいだな。行くか」

 

俺はバスを降りる為にブザーを鳴らし、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はバスを降りて、少し歩いた所にある海浜公園で妹を探しているとーーー

 

チリンと涼やかに響いた音色に足を止めて、その方向を向く。

そこには銀色の髪を風に揺らめかせた少女の姿があり、俺は不覚にも見惚れてしまった。

カメラ等の機材を向けられている様子から、どうやら彼女も妹と同じモデルのようだ。

 

「え……?」

 

ふと、銀色の少女と視線が合う。

どうして俺を見るんだーーーそんな疑問は直後に解決する。

 

「お兄ちゃんっ♪」

 

駆け寄ってきた音羽(おとは)が、胸の中に飛び込んできた事で。

 

「子供じゃないんだから……」

 

「来るの待ってたんだもん♪」

 

「……待ってたのは俺じゃなくて、こっちだろ」

 

「えへへ♡でも、お兄ちゃんに来て欲しかったのも本当だよ♪」

 

差し入れのアイスが入った袋を見て、妹は屈託無く笑う。

 

「調子がいいな、音羽は」

 

「もうっ、本当だよぉ」

 

「分かった分かった。それよりこれ、他の子の分もあるからな」

 

「ありがとう。みんなに渡してくるね。……あ、そうだ。あと一時間くらいで終わるみたいだから、一緒に帰ろうね、お兄ちゃんっ」

 

そう言い残し、音羽は他のモデルの子たちの元へと駆けて行った。

これまで付き添いで撮影現場へ訪れた際に見た顔が何人もいる。

黄金色の髪(イエロートパーズ)に負けないくらい明るい性格の外国人の子や、和を意識させる黒髪が特徴的な委員長気質の子、大人しい性格とは裏腹に中学生とは思えない程スタイルのいい子、笑顔が可愛く大人びた雰囲気を纏う頭の良さそうな子等々……。

音羽からの差し入れを受け取ったらしく、遠目にだが彼女らに頭を下げられ、軽く手を上げて返す。

三、四歳は年下の女の子たちとはいえ、ああも華やかかつ可愛いとなると何だか照れくさいものだ。

 

 

 

 

 

 

その後、木陰のベンチでのんびりしながら撮影を見ているとーーー

 

「おや?九重さんではありませんか?」

 

後ろから声を掛けられる。俺はその声に聞き覚えを感じながら振り向く。そこにはーーー

 

「ああ、やはり九重さんでしたか。お久しぶりですね。貴方も差し入れか何かを?」

 

「お久しぶりです。神父さん。俺はちょっとアイスを差し入れに……」

 

長い金髪のカソックを纏った神父さんーーーヴァレリア・トリファさんがいた。

彼はこの町の教会に住んでいるドイツ人神父だ。外国人らしい見た目だが、こう見えてすごく日本語が堪能であり、顔も中々イケメンだと俺は思う。そしてその顔でされる穏やかな笑顔は子供たちや大人までも癒し、教会へ相談へ行ってそこで元気をもらったという人は多い。

 

「今日は一人ですか?」

 

「ええ、リザは買い物がありましてね。残念ながら、私一人で来たんですよ」

 

この人の奥さんーーーリザ・ブレンナーさんも教会で働くシスターだ。

この人とも俺は何度か会った事があるが、とても美人だ。それに出るとこ出てるし。

母性を感じるような笑みを浮かべるので、こちらも子供たちや大人(主に男性)たちに慕われている。

 

「というか神父さん、こんなに暑くてもカソックなんですか……」

 

「すみませんねぇ……他に外出に適した服が無いので仕方ないのですよ。まあ、私はそれほど暑いとは感じていませんがね」

 

カソックの他に適した服が無いというのはおかしい気がするが、それはこの人にとってはいつもの事なので突っ込まない。

 

「そういう神父さんも玲愛ちゃんに差し入れを?」

 

「ええ、テレジアの汗を拭く用のタオルと、熱中症対策の水とーーー」

 

そしてそこから神父さんは、手に持っていた袋から次々と差し入れを取り出してきた。

この人の娘ーーー氷室玲愛(ひむろれあ)ちゃんに対する溺愛もいつもの事なので突っ込まない。

一応どれくらいの溺愛しているのかと言うと、以前教会に食事で音羽と一緒に招かれた時に、俺も音羽も思いっきり引く程である。

玲愛ちゃんに向かって、『美味しいですか?テレジア?』とか『食べさせてあげましょうか?』

とかすごく言っていたのだ。

まあ、それくらいならまだマシかもしれないが、『テレジア、私にあーんしてくれませんか?』と言った時には、俺たちは本当に体を後ろに引く程引いた。

 

その言葉を聞いた瞬間に、リザさんがいきなり恐ろしい雰囲気に変わって、さっきと変わらない筈なのだが背筋が凍る程の笑みで神父さんを縛り上げにかかっていたり、玲愛ちゃんが絶対零度の目で神父さんを見ながら、『神父様やめて。本当に気持ち悪いから』と言って神父さんが文字通り灰になったのを見てしまい、さらに引いたのだが。

 

 

ちなみに玲愛ちゃんにそう言われて灰になってしまった神父さんだったが、次の日には普通に蘇っていつものように玲愛ちゃんを溺愛していたのは、俺は正直すごいと思った。

もし俺が神父さんみたいに音羽に『お兄ちゃんなんて大っ嫌い!近寄らないで!』とか言われたら、一週間は寝込む自信がある。そんな俺と比べれば、神父さんはかなりすごいと思ったのだ。

 

「ーーーの二十個程ですかねぇ。もちろん他の子の分もありますよ?まあ、本当はもっと持ってきたかったのですが、リザに止められましてーーー九重さん?聞いていましたか?」

 

「聞いてきましたよ。それよりもほら、玲愛ちゃん来ましたよ」

 

俺がそういうと、神父さんはその方向に勢いよく向いた。その先には先ほどの銀色の少女程では無いが、こちらも少し青みがかった銀髪をした子が無表情のまま歩いてきていた。

 

「透流お兄さん、こんにちは。差し入れのアイス美味しかったです」

 

「お礼なんて良いって。それよりも撮影は?」

 

「私はまだまだ先ですよ。ここに来たのは、透流お兄さんにお礼を言いに来たのと、一応神父様の差し入れを受け取りに来ただけですから」

 

玲愛ちゃんは無表情のまま、そう告げる。

ちなみに神父さんは叫んだ後、玲愛ちゃんに向かって、ものすごい勢いで話しかけている。

まあ、俺も玲愛ちゃんもいつもの事なので無視してるわけだが。

 

「透流お兄さん。頼みがあるんだけど……また教会に遊びに来てほしいの。音羽ちゃんとももっと話したいし……」

 

「ああ、分かった。今度音羽と一緒に遊びに行くからな」

 

俺がそう言って笑うと、玲愛ちゃんはここに来て始めて笑みを浮かべて、お礼を言ってきた。

そして神父さんの持ってきた差し入れを手に、再び撮影現場へと戻って行った。

 

「ーーーそれから、撮影最中に変な風に触られたとかはありませんでしたか?ーーーあ、あれ?九重さん、テレジアは……?」

 

「たった今、差し入れを持って戻って行きましたよ」

 

それを聞いた神父さんはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは神父さんも玲愛ちゃんを待つと言って木陰のベンチに座りながら話をしていると、ふとあの銀色の少女が目に映る。

彼女は撮影を終えたらしく、音羽たちの元へ近付いて行く。

音羽は彼女にアイスを渡すと、入れ替わりに噴水へ駆けて行った。

 

「とーるお兄さん、ですよね?」

 

その銀色の少女が俺の方へ近付いてきて、突然話しかけてきた事に俺はとても驚いたのだが。

 

「九重さん?どうしました?」

 

「違いますか?」

 

「え?あ、ああ、透流は俺だけどーーー君は?」

 

先ほど見惚れていた事もあり、どぎまぎしつつ尋ね返す。

 

「ユリエ=シグトゥーナです。音羽さんから、とーるお兄さんの差し入れを頂戴したので、そのお礼をと思いまして……」

 

どうやら差し入れたアイスを受け取り、話し掛けてきたようだ。

 

「気にする事無いって。それより解けないうちに食べてくれ」

 

彼女の手にあるカップアイスを指すと、彼女は頷きーーー俺の隣に座って食べ始めた。

 

(なぜここで食べる!?)

 

他のモデルの子たちの所へ戻るのかと思ったのに……わざわざお礼を伝えに来た事も含め、何か意図でもあるのだろうか?

噴水前で撮影中の音羽を見ながら、何か話さなければと頭を悩ませているとーーー

 

「ユリエさんーーーでよろしいんですよね?アイスのお味はいかがでしょう?」

 

「ヤー、とても美味しいです」

 

「音羽の好きなアイスなんだ」

 

「そうでしたか」

 

神父さんの助け舟と、銀色の少女が口元に小さく笑みを浮かべた事をきっかけに、会話が始まる。

やがて彼女はアイスを食べ終えるもーーー立ち上がろうとしない。

 

「……おや?皆さんの所に戻らなくてよろしいのですか?」

 

「……今日、初めて会う方ばかりなので、何を話していいのか……」

 

それは俺も神父さんも同じではーーーと思っていると、ユリエちゃんは音羽に視線を向けながら言葉を続ける。

 

「音羽さんとは何度か……。撮影で一緒になると、まだ日本に慣れていない私に、いつも話し掛けてくれるのです。私はとても感謝していて、その事をとーるお兄さんから伝えてもらえないかと思いまして……」

 

彼女が隣に座った意図は、この話を俺にしたかったようだ。

 

「どうして俺から?」

 

「……恥ずかしいので」

 

と僅かに頬を染めて俯く姿はとても可愛く、頭を撫でてあげたくなるーーーが、そんな誘惑を俺は振りほどく。

 

「ユリエさん、そういう感謝の気持ちは貴女が自分でおっしゃった方がいいですよ。その方が音羽さんも喜ぶでしょう」

 

「俺も神父さんと同じだ。俺から言うより自分からーーーな?」

 

「……そうですね。確かにそのとおりです」

 

神父さんと俺からの言葉に目を丸くし、僅かに間を置いてから彼女はこくこくと頷く。

 

「頑張れ」

 

「頑張ってください」

 

「ヤー」

 

今度は誘惑に耐えきれず、軽く頭を撫でると彼女はもう一度こくこくと頷いた。

その時、撮影スタッフがユリエちゃんを呼ぶ声が聞こえてくる。撮影の順番が来たようだ。

 

「すみません。私はこれで」

 

「ええ、私のテレジアとも仲良くしてあげてください。いずれ教会にも遊びに来てください」

 

「ヤー」

 

「音羽とこれからも仲良くしてやってくれよな」

 

「ヤー。私の方こそ、そうしていただきたいです。それとーーー」

 

立ち上がり、銀色の少女はその深紅の瞳でじっと俺を見る。

 

「とーるお兄さんも、仲良くして頂けるととても嬉しいです。ですがーーー」

 

そこで銀色の少女は可愛いらしい笑みを浮かべ、言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、貴方の世界の私をーーー救ってあげてください」

 

「えっ……?」

 

突然、銀色の少女が告げた言葉。その意味は俺には分からず困惑しているとーーー

 

「お兄ちゃんっ」

 

振り向くと、いつの間にか音羽が笑顔で立っていた。

 

「お兄ちゃんはこの世界のお兄ちゃんじゃないんだよ?だから早く元の世界に戻って、彼女をーーーユリエさんを助けてあげて?私からのお願いだからねっ♪」

 

その言葉と共に俺の意識は暗転していったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようやく戻ってきたようだね』

 

暗転した先に待っていたのは、自分の体すらも見えない真っ暗な空間と、俺の脳に直接語りかけてくるような不快感に満ちた声だった。

そもそもここはどこなのだろう。

 

『ふむ……ここは君にも分かりやすく言えば、世界と世界とを繋いでいるその狭間とでも言うべきかな。先ほどまで君が見ていたのは、君たちが辿ったかもしれない世界ーーーつまりはifの世界の一つを見ていたのだよ』

 

辿っていたかもしれないーーー?

 

『そう。例えば君の妹が死んでいなかったとしたら?君が学んでいた道場が無かったとしたら?君が大切にしている彼女(ユリエ)が居なかったとしたら?そのような「もしも」が集まって出来ていた世界の一片を君は見ていたのだよ。もっとも、君の元いた世界もありえたかもしれない世界の一つと言えるのだがね』

 

俺のいた世界……そうだ、俺のいた世界はーーー妹があいつに殺されて、俺は復讐の《力》を付ける為にあの学園に入って、そしてそこでユリエと会ってーーー

 

『そうだ。君の世界は彼女と共に歩む未来がある世界。しかし、今その未来は無くなろうとしている。他ならない彼女自身の手によってーーー』

 

何ーーー?

 

『知りたいかな?ならば君の元いた世界に戻るといい。そこに答えがあるのだからーーーそれに、君がいなくなり、あの少女が暴走してしまうのは私としても勘弁願いたい。それでは私が今まで積み上げてきたものが水泡に帰してしまうからね。君の仲間も哀しんでしまうだろう』

 

……………………。

 

『さて、私は君を送ってから退散させてもらおうかーーー君たちの進む先に勝利がある事を望んでいるよーーーでは、第一部の最終戦の幕を開けよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 

 

闇の中に、何かの音が響いてきた。

それはーーー声。嗤い声だ。誰かが嗤っている。

そうと気付いた時、俺の意識は再び覚醒し始める。

 

(誰、が……?)

 

目を開けるも、思考と同様に視界がぼんやりしていて、誰の声なのかがはっきりと分からない。

その時ーーー俺のすぐそばで銀色の何かが揺れる様を視界に捉える。

銀色の髪(シルバーブロンド)ーーー俺の《絆双刃(デュオ)》であるユリエだ。

次第に意識がはっきりしてくると、目に映る光景もクリアになってきてーーー俺は息を呑んだ。

 

「トール、トール、トール、トール、トール、トール、トール、トール、トール、トール……」

 

(どうしたんだ、ユリエ……。どうしてそんな顔を……?)

 

同じ言葉を呟き続け、見開かれた深紅の瞳(ルビーアイ)には、何も映っていない。

そしてそんなユリエを見下ろしながら、高らかに嗤う男の存在に気が付く。

 

(ーーー《K》!そう、だ……俺は……!)

 

《K》の姿を目にし、記憶が(よみがえ)ってきた。

 

ユリエと共に、学園に襲撃を仕掛けてきた《K》と闘っていた事を。

 

闘いの中で、《K》の手にした赤刃に体を貫かれた事を。

 

どれ程かは分からないが、意識を失っていたようだ。

ユリエはおそらく、俺の姿を死んでしまった父親と重ねて見ているのだろう。とてつもないショックを受けているのだろう。

 

「…………ュ………ェ…………」

 

声が出ない。

体も動かない。

一メートルも無い距離の中でユリエは俺の名を口にし続けーーー突然ぷつりと止まる。

 

(ユリ、エ……?)

 

銀色の少女はゆっくりと虚空を見上げーーー呟く。

 

「許……シま、せン……。絶対、ニ……」

 

そして、銀色の少女から耳を塞ぎたくなるような高音が鳴り響きーーー濃厚な殺気が漂い始めた。

 

「絶対ニ……。絶対ニ……!絶対ニ許シませン……!!」

 

憎悪と憤怒(ふんぬ)と殺意が混じり合った叫びが、ユリエ自身の発する音と混ざり合いーーー

 

「ア……あ、ア……あァアアあああアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッッ!!」

 

天を仰ぎ、狼が咆哮するかの(ごと)く叫びーーー

まるで鎖を引き千切ったかのような音と共に、音が消えた。

高音はおろか、《K》の嗤い声すらも。

そしてゆらりと、ユリエは無言のままに立ち上がる。

 

「弔い合戦、といった所でしょうか?ですが、こちらとしてはお付き合いをする気は更々ーーー」

 

「アァアアアアアアアアアーーーッ!!」

 

《K》の言葉を遮り、ユリエが咆哮を上げーーー《焔》が銀色の少女の周囲に渦巻き始めた。

その《焔》は、《焔牙(ブレイズ)》を具現化させる《紅焔(ぐえん)》とも、壁を乗り越えた先の《蒼焔(そうえん)》とも違うーーー《黒焔(こくえん)》だった。

ユリエは憎悪と憤怒と殺意を表すような色の《黒焔(こくえん)》を掴む。

《焔》は形を変えーーー《双剣(ダブル)》へと変わる。

 

 

 

見慣れている筈の《焔牙(ブレイズ)》なのだが、何かが違う。

彼女の瞳に浮かぶ感情を表すかのように、鈍く光る《双剣(ダブル)》は、どこか禍々しさを感じさせるものだった。

その禍々しい様を見て、さすがの《K》も動揺を隠せない。

 

「……ユリエ=シグトゥーナ……!?貴女は……一体何……!?」

 

それに対し、ユリエはーーー

 

「殺す……」

 

極大の殺気とそのたった二文字の言葉をもって返す。

そして憎悪を撒き散らしながら、銀色の少女は疾走を開始した。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーーーなっ!?速い!?)

 

《K》が構えようとした瞬間、ユリエはすでに《K》の目の前へと迫っていた。

ユリエの速さはこれまでとは比べものにはならずーーー《位階(レベル)》が上の透流の速さを悠々と追い抜き、《K》の纏う《死化羽(デストラクション)》の加速突進すらも軽く凌駕していた。

そんな速さから放たれた音速を追い抜かす斬撃を、《K》は咄嗟に背後に跳ぶ事でぎりぎり回避する。《K》が回避出来たのはただの直感。昔から様々な戦場を渡り、培ってきた直感が彼を救ったのだ。

しかし完全にはかわしきれず、頬に一筋の傷跡が残された。

 

「くっ、これは……!?」

 

驚きを浮かべる《K》へ、ユリエは間髪入れずに追撃を仕掛ける。

 

「It's never permittedーーーIt's never permitted!」

 

絶対に許さないと叫び続けながら、振り下ろされた白刃は惜しくも赤刃で防がれるーーーが、ユリエは力任せにそのまま振り抜いた。

 

「くっ……!」

 

《K》の体が後方へ大きく弾かれる。

いくら《超えし者(イクシード)》が人の持ち得る膂力(りょりょく)を上回るとはいえ、《装鋼(ユニット)》を纏う《神滅士(エル・リベール)》を弾き飛ばす程の重い攻撃を放つーーーその事実は透流や《K》を唖然とさせる。

 

「アァアアアアアアアアアーーーーーーー!!!」

 

もはや獲物を狙う銀色の狼と化した少女は、銀色の髪(シルバーブロンド)を風になびかせ、距離の空いた《K》へ向かって再び疾駆する。

彼女はすでに自我や理性などは吹き飛んでおり、ただ殺戮を巻き起こす怒れる銀狼と化していた。

もはや彼女の速さはこの場にいる誰にも追い抜かせないものとなっている。彼女を上回るのは現在黒円卓で二番目に速いベアトリスの創造を使える優月と、そのベアトリス本人、そして絶対的な最速を誇る黒円卓大隊長、ウォルフガング・シュライバー、後は黄昏の守護者であり、流出位階に達している藤井蓮とラインハルト・ハイドリヒとメルクリウスのみだろう。

 

「どのような手を隠し持っていたのかは分かりませんが、大人しくしてもらいましょうか!!」

 

背の《死化羽(デストラクション)》によって弾かれた方向とは真逆への推進力を発生させ、危なげなく体勢を立て直した《K》は剣から銃へと型を変える。

《K》はそれを襲い来る銀狼に狙いを定めてーーー撃ち出した。

数え切れない程の光弾が撃ち出され、それらが一斉にユリエへと襲い掛かる。

 

(避けきれない……!!)

 

内心透流がそう叫ぶのも無理は無い。撃ち出された光弾はもはや機関銃の千の掃射より多く、もはや完全な面攻撃とも言える。いくら小柄なユリエであっても、潜り込める隙間は無い。正面から突破するならば《双剣(ダブル)》で叩き落とすしかないだろう。

しかし光弾は触れると爆発するので、叩き落とそうとしても全くの無傷というわけにもいかないだろう。それに完全な面攻撃に対してそれを行うのはあまりにも現実的ではない。

 

ーーーかわせる空間の消去。

そんな攻撃を潜り抜けるのは不可能ーーー透流も、そして《K》も間違いなくそう考えた筈だ。

そんな考えと共に見えた筋道をーーー

 

 

「ーーーアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

ユリエは文字通り、その雄叫びによって消し飛ばした。

 

 

「バ、カな……!!?」

 

(こ、声でーーー光弾を吹き飛ばした!!?)

 

その光景に《K》は驚愕の声を上げながらその端正な顔を歪め、透流は目を見開いた。

 

ユリエは声でーーー狼が咆哮するかの如く、咆哮によって光弾の絨毯(じゅうたん)を消し飛ばした。

なぜこのような事が出来たのかーーーそれはユリエ自身の速度にある。大気は音速を超えた瞬間に、物理的な壁へと変わる。ならば音速などすでに超えたユリエが生み出すのは、すでに壁どころか鉄槌だろう。彼女はその大気に自らの叫びを付加させて、押し出す事で自分の通り抜ける隙間を無理やりこじ開けたのだ。

 

もはや彼女が発する叫び声や、息などの全てに圧倒的な殺意や威圧が掛かっていた。

 

古来より狼の吼えは魔を討ち払う。

相手の光弾は魔とは言い難いが、強い魔の前ではその光弾がなんであろうと敵う事は無いだろう。

 

そして阻むものが何もなくなったユリエはそのまま《K》に近付きーーー激しい斬撃の嵐を浴びせ始めた。

一撃、二撃、三撃ーーー凄まじい剣速による攻撃を、《K》はなんとか銃を剣にして防いだり、受け流す。

しかし四方八方から襲いかかる攻撃全てを防御する事など不可能でありーーー《K》の纏う《装鋼(ユニット)》の至る所から段々と赤く染まり始めた。

 

「ぐっ、はっ……!?この私が防ぎきれないなど……!!」

 

ユリエの振るう牙に《K》の反応が徐々に遅れ始めーーー

 

「アアァァアアアアアアッッ!!!」

 

ユリエの《片刃剣(セイバー)》が赤光の刃が無い部分にめり込みーーーそのまま振り抜かれ真っ二つにされてしまった。

銃剣は派手な爆発音を立てて四散した。

 

「おのれぇぇぇぇ!!!」

 

《K》はほんの一瞬の隙をついて、宙へと逃れてユリエと大きく間合いを取る。

一方のユリエは疾走をやめ、自らの牙が届かない宙にいる《K》を睨みつける。

 

「ふははは!!まさか貴女がこのような《力》を隠し持っていたとは……ですが残念ですね。その《力》を最初から出せたのならば、九重透流は死ななかったでしょうに……。(よろ)しければ今の気持ちを聞かせて頂きたいものですよ!」

 

「ウウッ……」

 

ユリエが呻きーーー更に殺気が膨れ上がった。

 

「……黙レ……黙レェェェェ!!!貴方が居なケレバ……トールハ……トールハ……!!」

 

ユリエは更に憎悪を増した目をキッと標的に向け、膝を折り、体を沈み込ませてーーー地を蹴った。

 

「愚かな!空は私の領域(テリトリー)だと忘れたのですか!!」

 

残されたもう一つの銃をユリエに向け、《K》が嗤う。

実際、《死化羽(デストラクション)》の機能によって空を自在に飛び回れる《K》と違い、ユリエはただ真っ直ぐに飛び上がり、限界に達したら落下するだけだ。

そんな事をしてもただ自分から標的にしてくれと言っているようなものである。

 

 

撃ち落とされる。

 

 

透流がそう思った刹那ーーーユリエが()()()()()

 

「なっ!!?」

 

その様に透流も《K》も驚愕し、目を疑う。

ユリエは自らの速度で出来た大気の塊を足場にして、光弾を避けながら縦横無尽に駆け抜ける。

 

「It's never permittedーーー!」

 

「貴女は一体ーーー何者なのです!ユリエ=シグトゥーナ!!」

 

《K》はそう叫ぶも、無情にもユリエは《K》の目の前へと接近しーーー右の剣を水平に振り抜いて、もう一つの銃剣を破壊する。

次いで左の剣で《K》を斬り裂く。

月を背後に銀色の少女は舞い踊り、紅の飛沫が夜空に舞い散る。

ある種、幻想的な光景と言えるだろう。だがーーー

 

「がっ!ぐあぁぁぁぁ!!」

 

深い傷を負った《K》が落下しながら上げる叫び声で、その光景は殺し合いの最中に起きた光景なんだと再認識させられる。

《K》は地面に激突する寸前、翼の力を発動させ、地に叩きつけられる事を避けたがーーー

 

「Everything be poundedーーー!」

 

全て砕け散れと叫ぶユリエが、《K》に追いつき、四方八方から斬り刻み始めた。

中空に浮かぶ《K》はもはや竜巻に弄ばれる花びらーーーそれよりも酷い有り様となっていた。

当然そのような攻撃に晒されると《装鋼(ユニット)》が破壊されていくのは、自明の理でありーーー

 

「なっ!赤色光束砲(エーテルカノン)が!?」

 

《K》の最後の武器が真っ二つにされ、彼の武器は全て失われてしまった。

残された手段は隙を突いて空へと逃げ、そのまま離脱する事くらいだろう。

 

「ーーーーーーッッ!!」

 

だが、目の前の鎖を引き千切った獣から逃げ切れるだろうか?

ここまでの状況を見ているならば誰もが言うだろう。それは不可能だと。

こんな状況で逃げ切れたのならば、それは余程の幸運であったのだと言える。

かと言って立ち向かうのも無謀だ。《K》はすでに全ての武器を失っているので、もし戦うのであれば素手である。素手で音速を超える相手を倒すなど夢物語だろう。

つまり《K》は完全に詰んだのだ。

 

縦横無尽の攻撃が終わりを告げた直後、《K》は地に膝をつく。

装甲の厚い部分のおかげで致命傷だけは免れているものの、もはや決着は明らかだ。

ユリエはこの後、《K》が立ち向かってこようとも、飛び立ってどこまで逃げようとも、大切な人を奪ったーーーあるいは奪おうとした彼に牙を突き立てて、闘いを終わらせるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがーーー

 

 

「ダメ、だ……。ユリ、エ……」

 

それを良しとしない者が今、立ち上がろうとしていた。

透流は痛みと苦しさの中で、ある言葉が脳裏で再生されていた。

 

 

『まずは、貴方の世界の私をーーー救ってあげてください』

 

 

(もう……やめてくれ、ユリエ……!)

 

透流は《K》を殺そうとしているユリエを見る。

彼女は俺の為に怒り、《K》を殺そうとしている。

それが分かっていても尚、透流は強く願う。

《K》は敵だ。逃しでもしたら、先の闘いのように再び死を撒き散らす存在として帰ってくるかもしれない。だからこそ透流も彼を殺そうとした。

それなのに今、彼はユリエにこれ以上剣を振るう事を、命を奪う事をやめてくれと心から望んでいた。

 

(……ははっ、矛盾してるなぁ……)

 

それどころかこれから先も、彼女の小さな手を血で染めてほしくないーーーその血が、彼女が追う父の仇のものであっても、と透流は思っている。

透流自身が妹の仇を取る事を望んでいるのに、同じ《復讐者(アヴェンジャー)》であるユリエには、誰の命も奪ってほしくないという矛盾。

 

(俺のエゴだって事くらい分かってる……!だけどそれでもーーー)

 

残る力を振り絞り、透流は駆け出す。

ここでユリエが《K》の命を奪ってしまえば、もう後戻りは出来なくなる。

もしそんな事を許してしまえばーーー今まで過ごしてきた彼女との日常がーーー彼女の幸せそうな笑みが失われてしまう気がして、透流は疾駆(はし)った。そして別の世界で頼まれた小さな銀色の少女からの約束を果たす為にもーーー

 

(ユリエ、俺はキミを護りたい……!キミの心を救って、護りたいんだ!!)

 

透流の脳裏にはこの四ヶ月、《絆双刃(デュオ)》として過ごす内に知った銀色の少女の姿が、走馬燈のように浮かんでいた。

銀色の髪(シルバーブロンド)を、深紅の瞳(ルビーアイ)を、雪色の肌(スノーホワイト)を持った彼女はとても口数が少なく、寂しがり屋で、甘えたがりで、少しぼんやりしているが、とても素直で、誰よりも護ってあげたい女の子であると透流は改めて感じる。

 

 

 

『それがお兄ちゃんの一番大切な人に対する想いなんだね』

 

 

 

その走馬燈の最後に透流の脳内に、今は亡き妹の声が聞こえた気がしてーーー

 

 

 

『羨ましいなぁ……私もそんな風に想われたかったなぁ……ふふっ♪まあ、それは仕方ないけどね』

 

 

 

透流はその声に背を押された気がして、頬を緩める。そしてーーー

 

 

 

『なら、私にその想いは本当なんだ〜って見せてほしいな♪お兄ちゃんならきっと出来るって思ってるからね♪だから絶対に諦めないでーーー頑張って♪」

 

 

 

「ああ!!」

 

透流はそれに力強く返事をした。

 

 

 

そして透流は銀色の少女の前に立ち塞がり、透流は願いを《力》へ変える。

 

「ユリエの牙を断てーーー《絶刃圏・參式(スリーフォールドイージス)》!!」

 

その言葉と共に透流は結界を一箇所へ集中して三重に展開する。

そしてその《力》が、振り下ろされた白刃を阻む。

 

「なぜだ……なぜ貴様が私を護る!?九重透流ーーーっ!!」

 

《K》の絶叫とほぼ同時に、透流の《魂》とユリエの《魂》がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が広がる。木々は大きく揺れ、建物が軋む中ーーー透流は苦痛に顔を歪めていた。

 

「ぐっ……!」

 

三重に張られた結界を、ユリエは食い破ろうと全力で突撃してくる。

透流は全力で彼女を止める為に、結界を必死に維持するがーーーピシッと高い音を立てて、一枚目の結界にヒビが入る。

 

「be poundedーーー!!」

 

そしてユリエが叫び、先ほどよりも《力》を入れるとーーー甲高い音を立てて、一枚目の結界が砕け散る。

 

「ぐうぅぅ……ユリ、エ……!」

 

透流は一枚目の結界が、砕け散った事によって、《魂》が悲鳴を上げる。しかし彼はその悲鳴を押し殺し、結界を維持し続ける。そして二枚目の結界にユリエが衝突する。

しかしーーー

 

「ア、ア……アアアアア!!!」

 

ユリエが《片刃剣(セイバー)》を振り上げーーー結界に叩きつけると、二枚目の結界も呆気なく砕け散った。

 

「う、ぐあぁぁぁ!!」

 

二枚目の結界が砕け散った事による《魂》の疲弊と、最後の結界にユリエが衝突した事により、透流の体には更なる負担がかかる。

一方のユリエの勢いは収まらない。それどころかどんどん《力》を増していく。

 

「ユリエ……もうやめてくれ!!もういいんだ!頼むから……いつものユリエに戻ってくれ!!」

 

透流はユリエの目を見据えて、自分の気持ちを精一杯伝えるもののーーー

 

「ーーーーーーーーーッ!!」

 

ユリエの勢いは収まらずーーーピシッと高い音を立てて、最後の結界にもヒビが入る。

 

「……ユリエェェェェェ!!!」

 

透流は最後の《力》を振り絞り、結界を一瞬だけ強化した。これで止まってくれと、一縷(いちる)の望みを託してーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、とある偶然が起きた。

結界の強さが増した事により、銀色の少女の手から《片刃剣(セイバー)》が弾き飛び、ユリエが大きく仰け反り、勢いが一気に無くなったのだ。

そしてユリエが仰け反ると同時に透流も限界を迎えたのか、結界が消え去った。

透流は何とか防ぎ切った事を安堵するもーーー

 

 

まだ終わっていない。

 

 

「ウ、ァア、ァアアアアアーーーッッ!!」

 

再び咆哮を上げ、ユリエは()()()()()()()残った牙を振りかぶった。

 

「ユリエ、もういい……!もういいんだ!!」

 

透流は叫びながら踏みだし、銀色の少女の小さく細い体を抱きしめた。

 

「俺は死んでいない!生きているから、こんな奴を手に掛ける事は無いんだ!!だからーーー戻ってくれ。俺の知っているいつものユリエに戻ってくれ……!」

 

「ウ……アァ……トー……ル……?」

 

透流の名を口にすると共に、ユリエの手から《焔牙(ブレイズ)》が零れ落ち、深紅の瞳(ルビーアイ)に光が戻ってくる。

 

「ああ、俺だ」

 

頷き、ユリエの頭を優しく、丁寧に撫でる。

 

「トール……。トール………!」

 

ユリエが目を潤ませながら透流の胸に顔を埋める。

 

 

 

 

 

 

 

 

だがーーー闘いはまだ終わっていない。

 

「ふっ、ふふっ、はははは……。とんだ茶番を見せられたものです。あまつさえ、貴方に助けられると言う屈辱まで受けるとは、想像もしていませんでしたよ……!」

 

距離を取って立木に手を掛けながら、《K》が憤怒で顔を歪ませ、抱き合った彼らを睨み付ける。

 

「お前を助けた覚えは無い。俺はユリエを止めるために動いただけだ」

 

ユリエを解放して《K》に向き合うと、透流は透流にとっての事実を述べる。

 

「どのような理由であろうと、結果的に貴方に助けられたと言う事実がある事は確かだ。反吐(へど)が出るとはまさにこのことです!!」

 

「ならどうする?素手で俺たちに挑むか?」

 

《K》の纏った《装鋼(ユニット)》は時々火花を散らしていて、機能の低下は否めない。

 

「くくっ、それは否定出来ませんがーーーまだ最終兵装がありますよ!!」

 

残された二枚の翼が、《K》の言葉に呼応して組み合わさる。《K》はそれをーーー二連装の巨大な銃を手に取り、腰だめに構えた。

 

「これぞ《死化羽(デストラクション)》に残された最終兵装ーーー双連赤光束砲(ツインエーテルカノン)。二門同時に放つことで、これまでの赤色光束砲(エーテルカノン)の倍以上に威力が跳ね上がるというとっておきの代物ですよ……!」

 

駆動音と共に、これまでとは比べものにならない量の赤光がマズルへと集まっていく。

 

「ご丁寧に説明どうも……でも俺たちが当たると思ってるのか?」

 

あれに当たれば、肉体の一片も残さずに消し飛ばされるだろう。だが回避にさえ集中すれば、かわせない筈は無い。

そして二発目を放たれる前に、《死化羽(デストラクション)》を破壊してしまえば済んでしまう。

だがーーー

 

「ええ、そんな事は想定内です。ですが、銃口の向きを考えればすぐに理解出来る筈ですよ。()()()()()の貴方ならばね……!」

 

「ーーーっ!」

 

その一言で、透流は《K》の狙いを察する。

透流たちの数百メートル後方にはーーー寮がある。

つまりは、かわせば寮の皆を見殺しにする事になると、《K》は言っている。

 

「さあ!どうします?かわしてお友達を見捨てるかーーー貴方自身の体で止めるか!!」

 

そんな選択肢を《K》は出すがーーー九重透流という人物はどちらを選ぶのか。それは《K》にも分かりきっていた。

 

「……止めてやる!肉体が消え去っても、《魂》だけで防いでやるさ!!ユリエ、離れていてくれ」

 

透流は銀色の少女が巻き込まれないようにと配慮するもーーーユリエは首を横に振った。

 

「ナイ、離れません。絆を結びし者たちは、(あと)う限り同じ時を共にせよーーー喜びの時も、哀しみの時も、健やかなる時も、死が二人を分かつその日まで……!」

 

そう言ってユリエは透流の手を握る。

 

「ユリエ……ありがとう」

 

「ナイ、気にしないでください」

 

「九重透流……ユリエ=シグトゥーナ……!結局貴方たちは最後まで私を苛立たせてくれましたね……!ですが、これで終わりです!さあ、二人仲良く消え去りなさい!!」

 

《K》がそう言いーーー二連装の銃口に集められた殺意と悪意の牙が、巨大な赤色の光と化して放たれる。

 

 

 

 

 

 

瞬間赤色の光が着弾、大爆発を起こしーーー衝撃波と煙が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……なんとか間に合ったな」

 

 

しかしーーー土煙が辺りを包む中、突然聞こえた声に《K》は再び顔を歪める。

 

「その声はーーー如月影月!!貴様も私の邪魔をするのか!!」

 

《K》がそう叫ぶと同時に土煙が一気に晴れる。そこにはーーー

 

「ーーーーーーな、何だ、これは……!!?」

 

《K》は驚きのあまり目を見開き、固まる。

それは無事だった透流とユリエも同じでありーーー

 

「ーーーあ、あの兵器は……?」

 

そう呟く透流と、無言で目を見開くユリエの視線の先にはーーー核搭載二足歩行戦車、メタルギアREXが先ほどの赤光の射線を遮るかのように、頭を(かしず)いていた。

そして驚きはそれだけに留まらず。

 

「よお!今日は俺たちの記憶に残る最高の夜だな!」

 

いつもと変わらない雰囲気で、透流たちの後ろから話しかけてきた友人(影月)を見て、透流たちは再び驚いたのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

一言で言えば、間一髪間に合った。

 

まずは先ほどの状況に至る前の事を話そうと思う。

あの後、俺は朔夜にREXを受け取ると言った後、実際に動かしてみて不具合が無いか確認したり、細かい調整や操作の練習をした。

そしてある程度慣れた頃、俺も地上の戦闘の援護に向かおうとしたのだがーーー肝心のREXをどうするのかで、朔夜と共に悩む事になった。

朔夜が言うには兵器搬入口はあるにはあるのだが、そこから出るとなると透流たちが闘っている場所はかなり遠く、さらにREXによって学園の設備を踏み付けてしまう可能性があるのでどうしようかと悩んでいたのだがーーー

 

『う〜ん……影月の《焔牙(ブレイズ)》にREXを収容して持ち運ぶ事は出来ませんの?』

 

と、朔夜が突然荒唐無稽な事を言い出した。

普段なら出来ないだろうと言って切り捨てるのだが、朔夜の提案だから、やるだけやってみようという事でREXの内部に俺の《焔牙(ブレイズ)》を入れ、その入れた《焔牙(ブレイズ)》を手元に召喚するイメージを頭に思い浮かべた。

するとREXは瞬きする間に忽然と消え、俺の手元には《焔牙(ブレイズ)》の《(ランス)》が握られていた。

《槍》の中からはREXの気配を感じ、俺と朔夜は共に喜んだ(抱き合ったり)。

 

その後は朔夜と別れ、急いで透流たちが闘っている場所へ到着。すぐにREXを召喚して、《K》の攻撃を防いで上の状況に戻る。

 

 

 

「……で、透流とユリエー?いつまで固まってるんだ?」

 

そして俺は脳内でどこかの誰かに説明していた時からずっと気になっていた事を突っ込む。

すると俺に呼び掛けられた事によって我に返ったのか、透流が聞いてくる。

 

「え、影月!いつここに……それよりもあの兵器は!?」

 

「あ〜……その話は後で話してやるよ。それよりも今はーーー」

 

俺はREXを横に動かし、REXの向こう側にいた《K》を見据える。

 

「久しぶりだな《K》ーーーいや、ケヴィン=ウェイフェア」

 

「っ!!?な、なぜその名を……!!?」

 

俺が《K》の失った名前を口にすると、《K》が驚愕する。

俺はそれに対してニヤニヤしながら説明を始める。

 

「学園の情報網じゃないぞ?俺個人の能力だ。ーーー俺の能力は確率視則と確率操作でね。まあ、確率操作は限界があるし、確率視則もそれ程広く使えるわけではないんだが……副作用的なものでその人の過去を見れたり、少し先の未来が見えたりするんだ」

 

「み、未来が見える……!?」

 

「まあ、驚くのも無理はないよな。これを使いこなせればーーー人を操る事だって可能だからな」

 

俺はユリエにそう言った後、《K》を再び見る。

 

「ふむ……君には兄がいたようだな?」

 

「ーーーっ!」

 

俺は《K》の過去を覗き、次々と彼の過去を言っていく。

 

「スポーツも勉強も常にトップで、君はそんな兄に多少のコンプレックスを持っていたものの、自慢の兄だと尊敬していたんだな」

 

「………………」

 

「しかし、ある日君を助けようとした兄が命を落としてしまったんだな。そこから君の家庭は崩壊した」

 

「……な、なあ、影月……」

 

透流が何かを訴えかけるかのような視線を俺に向けるも、無視して続ける。

 

「やがて、君は捨てられた……裏の世界の人間に、金で売られたのか……売られた先は兵士を養成する施設。君はそこで名を失い、コードネームで呼ばれるようになってーーー地獄が始まった」

 

「……黙ってください」

 

「生き残る為に色々な地獄を経験した……その中で君の精神は壊れてしまったようだな。ーーー君が透流を気に入らない理由は、君の兄さんと全く同じ事を言っていたからだろう?」

 

「俺?」

 

「君に対して兄さんが言っていた言葉はーーー『ケヴィン。困った事があったらすぐに言えよ。兄ちゃんが必ず護ってやるからな』」

 

「ーーー黙れ……」

 

「その言葉に対して、精神が壊れた君が思ったのはーーー『兄さん、どうして助けに来てくれないの?必ず護るって言ってたのに、嘘つき……』」

 

「黙れ……!」

 

「それ以来、君は誰かを護るって言葉を聞くたびにその人たちを殺した。そして残された人たちに示したんだ。必ず護るなんて出来るわけがないって……」

 

「黙れ!黙れぇぇぇ!!!」

 

すると《K》が俺の言葉を遮りながら巨大な銃を構える。

と、同時に俺もREXを《K》へと向かわせる。

 

「君は結局ーーー寂しかったんだろう?そして、誰かを護るって言った人を殺したのもーーー残された人たちに自分の苦しみを感じてもらいたかったんだろう?」

 

「如月影月……!黙れ!お前に何が分かる!!知ったような口をきくなぁぁぁぁぁ!!!」

 

《K》が呪詛の如く俺の名を叫ぶもーーーその前にREXが立ち塞がる。

 

「寂しかったのはよく分かるさ。でも、それを他人に押し付けるのは良くないな」

 

そしてREXは片脚を持ち上げて、《K》に狙いを定める。

 

「お前のその気持ちは同情するが……他人まで道連れにするんじゃねぇ!こっちは迷惑なんだよ!……とりあえず、お前はしばらく寝ていろ……」

 

その言葉が終わると共に、REXがその片脚を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十分後ーーー俺は警備隊の人たちや、騒ぎを聞いて駆け付けてきた生徒の皆と共に、今回の戦闘の後始末を手伝っていた。

 

「兄さん!」

 

「ん?」

 

そこで俺を呼ぶ声が背後から聞こえ、その方向を向くと優月が駆けてきた。

 

「はぁ……はぁ……兄さん!無事ですか?」

 

「ああ、俺に怪我は無いよ。透流とユリエはちょっとあれだけどな」

 

あの後警備隊が現れた事で気が抜けたのか透流は気を失ってしまい、怪我も酷かったのでそのまま病棟の救急救命室へ運ばれていった。

一方のユリエは、怪我よりも精神的なダメージが大きいようで彼女もまた病棟へ運ばれていった。

まあ、どちらもなんとか大丈夫だろうと思いつつも、今度は俺が優月に聞く。

 

「月見先生は?」

 

「月見先生も救急救命室です……ひとまず一命は取り留めたので一安心出来ますよ」

 

「とりあえず誰も死なずになんとかなったか……」

 

ちなみに《K》はREXで踏み潰していない。あれはただのハッタリであり、本当は《K》のすぐ隣に脚を振り下ろしたのだ。ハッタリをした理由?REXの細かい操作を練習する為ーーーってのは嘘だぞ?だからそんな悪魔を見るような目で俺を見るな!!

まあ《K》は代わりに非殺傷の《槍》で貫いて、意識を失わせておいた。その方が暴れる事も無いだろうと思ったからだ。

 

「如月!無事だったか!」

 

「影月くん、怪我は無い?」

 

「ふんっ、貴様もあのバカのように怪我をしていないだろうな?」

 

そこへ橘、みやび、トラ、タツが駆けてくる。

 

「ああ、俺は無傷さ……それより運ばれた透流の方がよっぽどの重傷だが」

 

「まあ、あのバカはそう簡単には死なないだろうから、僕は少しも心配していないがな」

 

「……へ〜……」

 

「……影月、その疑いの目をやめろ!」

 

そんなやり取りをトラとしていると、突然くいくいと袖を引かれる。その方向を向くと、みやびが恐る恐る聞いてくる。

 

「ねぇ、影月くん……あれ何かな……?」

 

みやびが指を指した先にあったのは、直立した状態のREXだ。

 

「ああ……怖いのか?別にあれは噛み付いたりしないぞ?俺が操ってるし……」

 

「そ、そうなの?」

 

俺はああ、と頷いてREXを動かす。

俺の《焔牙(ブレイズ)》を介して動いているREXはもはや俺が頭で思い浮かべるだけで自在に動かせるようになっていた。

REXはコックピットのある頭部を地面へと着き、お座り状態になる。

そして俺はREXの頭部へ飛び乗り、《K》の攻撃を受けた部分を確認してみたがーーー少しの跡も付いていなかった。

 

「……これはREXが頑丈なのか、それとも俺の《力》で強化されたのか……?」

 

首を傾げて少し考えるも、最終的にどちらでもいいかという結論に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの後も後始末を続け、俺が眠りについたのは夜中の一時ごろだった。

 




後半ちょっと適当になってしまったかな?と思いましたがーーー大目に見てください(苦笑)

神父「それにしてもザトラさん、随分疲れているようですがいかがしました?」

あ〜……実は第三十八話は昨日出すつもりだったんですよ。でも間違ってメモを消してしまって……急いで書いて出したんですよ。

神父「……ええっ!?ザトラさん!貴方はこの量を一日で書いたと……?」

まあ、そうですね……でも私より文字数多い人はいくらでもいますからね……。まあとりあえず大変だったという話ですよ。

それはともかくとして、誤字脱字・感想意見等、是非ともよろしくお願いします。


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第三十九話

今回は前回の後日談的な話です。
日常の方の会話の方が戦闘描写書くより難しい……。



side no

 

「………………」

 

《K》が倒されて広場の後始末が終わった後、朔夜は一人時計塔の上で月を見て佇んでいた。

なぜ彼女がここにいるのかーーーそれは彼女がこの場所を気に入っている事による。

朔夜は何かあると少し時間を取り、時計塔の上へと登って月を眺めたり、遠くを眺めたりするのだ。

 

「…………影月……」

 

そしてふと、彼女は自らが愛しーーー最も大好きな彼の名を呟く。

言葉だけ聞けば、恋する乙女が想い人の名前を愛おしそうに言っただけに聞こえるがーーー彼女の表情は思い悩んでいるかのように曇っていた。

そのような表情を浮かべている理由は何なのだろうか?

九重透流が大怪我をしてまで、ユリエを止めた事に何か思う所があるのか。

または銀色の少女が我を忘れ、殺意を持って闘争本能をむき出しにした状態ーーー凶獣変生とも言える状態になった事について何か気になる事でもあるのか。

または、愛しい人たちが命を掛けて闘っているというのに、何も出来ない自分を情けなく思うのか。

影月に関係しているこれらの理由で思い悩んでいるのかーーーあるいはその三つも合わせて多くの事を(うれ)いでいるのか。それは少なくとも彼女にしか分からない。

朔夜は「はぁ……」とため息をはいて、先ほどから背後にいた者に向かって問い掛ける。

 

「……それにしても今回は介入しなかったのですね。()()()()()

 

その言葉に反応するかのように、物陰から姿を現したのは安心院なじみだった。

 

「ーーーまあ、僕が介入する必要も無いと感じたからね。それに君としても僕に邪魔されたくなかったんだろう?あの兵器(REX)の性能とか、色々確かめたかったんだろうし」

 

「くすくす……あながち間違いではありませんわね。ですが、邪魔しないでほしいなどとは言いませんわよ?」

 

こつこつと靴音を響かせながら、安心院は朔夜に近付く。

一方の朔夜は安心院に振り返る事もせずに、月を見上げていた。

 

「影月君も言っていたけど、本当に記憶に残る夜だったよね。ユリエちゃんのあれ、一体なんなのさ?」

 

「さあ?私にもさっぱり……彼女を四年前、保護したヴァレリアも何も言っていませんでしたから……」

 

ユリエ=シグトゥーナは四年前ーーーギムレーにて、とあるきっかけで今回と同じように我を失って暴れる事があった。

その時、偶然ある任務でその地に来ていたヴァレリア=カーライルという女性の《超えし者(イクシード)》によって、ユリエは保護されたのだがーーーその時の報告には今回のような凄まじい速度を見せたという話は聞かなかった。

 

「つまり謎だって事だね?」

 

「そうですわね……あんな《力》が使えるようになりそうな原因は思い当たりますけど」

 

朔夜の脳裏にはうざったく笑う魔術師の顔が浮かんでいた。

だが今回は朔夜の直感的に関わっていないような気がして、その可能性はありそうだったが切り捨てた。

 

「まあ、それについては後々調査致しますわ」

 

「ふ〜ん……まあいいか。じゃあそろそろ僕も寝ようかな……朔夜ちゃんも早く寝なよ?」

 

「分かっていますわ」

 

その言葉を聞いた安心院は姿を消しーーー

 

「……はぁ、私も戻りますかね」

 

朔夜もまた振り返り、その場を後にするのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 優月

 

 

あの戦闘から数日後、私はユリエさんと兄さんと安心院さんと一緒に透流さんが眠っている病室にいました。

それぞれユリエさんは透流さんの眠っているベッドの端で突っ伏すように寝入っていて、兄さんもパイプ椅子に座って睡眠中、安心院さんは普通に漫画を読んでいます。

まあ、私も特に何かをするわけでも無く、ただ外を眺めていたのですが。

 

「……っく……」

 

そんな時、ベッドから呻き声が聞こえました。

見てみると透流さんが頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こしていました。

 

「あれ……?ここ、は……?」

 

「おはようございます、透流さん。ここは病棟ですよ」

 

私は透流さんに挨拶をしながらそう説明しました。

 

「おっ、やっと目覚めたみたいだね?あれから三日も寝ていたからもう起きないのかもとか思ってたぜ」

 

「……あれから三日も寝てたのか……ん?ユリエ?」

 

そこで透流さんは、ユリエさんに視線を向けました。

 

「ユリエさん、ずっと透流さんを()ていたんですよ?」

 

「そうなのか……ありがとな、ユリエ」

 

すやすやと眠っているユリエさんの頭を、透流さんは感謝の意を込めて優しく撫でました。

するとーーー

 

「んーーーふわぁ……トー……ル?」

 

撫でられた事がくすぐったかったのか、ユリエさんが目を覚ましました。

 

「っと、悪い、ユリエ。起こしちまったか」

 

「ナイ……。気にしないでくださーーー」

 

目を擦りながらの言葉はそこで途切れ、ユリエさんがぽかんと透流さんの顔を見つめました。

すると彼女の深紅の瞳(ルビーアイ)が潤みーーー

 

「トール!!」

「ごふっ」

「ちょ!ユリエさん!?」

 

ユリエさんが透流さんの胸へ飛び込み、透流さんが苦しそうな声を上げました。

 

「ユリエさん!落ち着いてください!透流さん、大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……。ちょっと痛かったけど、まあ……」

 

「あ……本当にすみません……その、嬉しくて思わず……」

 

しょんぼりと肩を落とすユリエさんの頭を撫でながら、透流さんは「気にしなくていい」と言いました。

 

「トール……。ありがとうございます」

 

まだ気にしているのか、ユリエさんは小さく笑いましたが、眉はまだ両端が下がって困ったような表情をしていました。

 

「ユリエちゃん、気にしなくていいって言ってるんだから、もういいんじゃないかな?」

 

「ヤ、ヤー……」

 

なでなでと透流さんに撫でられながら、ユリエさんは頷きました。

 

「……やっと起きたみたいだな」

 

そこへ今まで俯いて眠っていた兄さんが透流さんを見ながら言います。

 

「あ、ああ……それにしてもなんでここにいるんだ?」

 

「暇で他にやる事が無いんだ。橘たちは帰省したし」

 

ここにいない巴さん、みやびさん、タツさんはあの後透流さんの容体を心配していましたが、元から予定していた帰省をキャンセルする事は出来ず、あの戦闘の次の日にこの学園を()っていきました。

ちなみにリーリスさんはあの戦闘が起きる前にすでに祖国のイギリスへ帰省しており、今もこの学園にいる筈のトラさんは多分どこかで寝ているでしょう。

 

「とりあえず、起きて早々悪いがーーー色々と報告とかするか。まずはあの闘いの顛末(てんまつ)からだな」

 

そして兄さんはあの後の事を透流さんに話始めました。

あの闘いからすでに三日が経過した事、月見先生は何とか一命を取り留めて、今もまだ集中治療室に入っているという事、そしてーーー警備隊に拘束された《K》が、その後どうなったのか分からない事を。

でも兄さんは拘束された《K》さんが今どこにいるのか、そしてどうなっているのかはおそらく知っているでしょう。

ただその事はあえて伏せて伝えたという事は何か兄さんなりの配慮があったのでしょう。

 

「なあ、影月……お前があの時に言っていた……その、《K》の過去って奴は……」

 

「全部本当の事だ。それを証拠に《K》はかなり冷静さを欠いただろう?他人の過去を暴いて、精神を攻撃するってのは好みじゃないんだが……あいつの歪んだ想いを見たら言わずにはいられなくてな」

 

兄さんはそう言って苦笑いしました。

 

「まあ、それを使ってお前たちを虐めたりはしないさ。ーーー二人とも、かなり辛い過去を送ってるみたいだしな」

 

「「……………………」」

 

透流さんもユリエさんも俯いて黙ってしまいました。一体どんな過去が……?

 

「影月君、思ったんだけどそうやって他人の過去とか心を見て、おかしくなったりしないの?」

 

俯いて黙り込む二人を無視して、安心院さんがそう聞きました。

確かにそうやって無闇に人の過去を見たり出来るのなら、壮絶な過去を持っている人もいる筈です。そんな人の過去を見たら兄さんがおかしくなったり、発狂していたりしてもおかしくありません。

 

「それが俺にも分からないけど、何ともないんだよな。現に安心院の過去を覗き見しても、狂わないで普通に話せてるし」

 

「ーーーなら僕の一番過去を見て、誕生日って分からないかな?」

 

「……まだ覚えてたのかそれ。それはかなり遡らないといけないだろう?面倒だし……勘弁してくれないか?」

 

兄さんは苦笑いしつつ、安心院さんの頼みを断りました。

 

「まあ、それは置いておいて、次は……REXについて説明しようか」

 

そして兄さんは、あの二足歩行兵器ーーーメタルギアREXの説明を始めました。

百年程前にある兵器開発企業によって作られた核搭載二足歩行兵器であり、「悪魔の兵器」と呼ばれていたものであると。

 

「なぜ「悪魔の兵器」と呼ばれていたのですか?」

 

「その理由はいくつかあるが、まずREXの性能から言おうか」

 

そう言って兄さんはどこからか、一枚の資料を取り出しました。

 

「まず不整地などのあらゆる地形を走破する為に、両脚部には強力なモーターが搭載されている。これによって、不整地を走り抜けられると共に十メートルは跳躍出来る」

 

「あの巨体で十メートル跳べるのか!?」

 

「ああ、そんな運動性能や対地戦なら無双出来る位の武装。高い気密性と強固な複合装甲で全身覆われているから、高性能なHEAT弾くらいじゃないと損傷は負わないらしい」

 

「HEAT?」

 

「成形炸薬の事だよ、透流君。後で僕が教えてあげようか?」

 

「……遠慮します」

 

安心院さんが透流さんにそう言うと、透流さんはとても嫌そうな顔をして断りました。

難しい事かは別として、そんな顔をして断らなくてもいい気がしますが……。

 

「でも、「悪魔の兵器」って呼ばれていた理由はその高い戦闘能力じゃなくて、「ステルス核」を搭載していたかららしい」

 

「ステルス核?」

 

兄さんの説明の中に気になる単語が出てきました。

透流さんやユリエさんは首を傾げ、安心院さんも聞いた事が無いのか顎に手を当てて考えていました。無論私も聞いた事が無いので興味津々(きょうみしんしん)です。

 

「核弾頭自体に色々なレーダー撹乱処置を施しているのは当然だが、レールガンで「射出する」事で相手に気付かれる事無く核攻撃が出来るーーーって書いてある」

 

「……う〜ん……射出って事は原理としては大砲と同じなんですね。確かにそれなら発射した時に起きる炎とかで探知されて迎撃される心配はありませんね……」

 

そんな発射の探知も出来ないものが突然撃ち込まれたらーーー確かにそれならば「悪魔の兵器」と呼ばれるのも分かります。

 

「まあ、朔夜曰く今のREXに付いているレールガンは普通のものらしいけどな」

 

「さすがに学園で核弾頭は用意しませんよね……」

 

そう言って私と兄さんは苦笑いします。

 

「……そういえば、ユリエ」

 

すると透流さんはユリエさんに向き直り、問いかけました。

 

「あの時ユリエが見せた能力(ちから)ーーーあれは一体何だったんだ?」

 

「あれ、ですか……」

 

ユリエさんは再び、表情を曇らせーーーチラッと兄さんを見ました。それに気が付いた兄さんはーーー

 

「何だユリエ?まさか俺が過去を見れるからって説明してもらおうとか、なんとか話を逸らしてほしいとか思ってないよな?」

 

「…………」

 

ユリエさんは何かを訴えかけるような視線を兄さんに向け続けています。

 

「残念だけど、どちらもお断りだ。まず後者ならもう逸らして話すような事はないからどうにも出来ない。そして前者を俺に求めてるならそれは逃げだ。嫌われて離れていってしまうかもしれないって思ってるから、能力で知った俺に説明してもらってそれを少しでも和らげようとしてるんだろう?でもそれは逃げだし、透流を信用してないって事にもなると思う」

 

「…………」

 

「お互いに信用しあっている《絆双刃(デュオ)》なんだろ?なら恐れる必要は無いと思うぞ?そもそも透流がその位で距離を置くなんて俺は思わないーーーだから怖がらずに、きちんと自分から言うんだ」

 

「……そう、ですね……トール、私は…………」

 

少しの沈黙を経てユリエさんは顔を上げて言葉を紡ごうとするもーーー途切れてしまいました。

ユリエさんのその深紅の瞳(ルビーアイ)には、不安の色が浮かんでいました。

 

「……ユリエ、無理しなくていいんだぞ?」

 

「ナイ、どちらにしてもいつかは言わないといけませんから……」

 

そしてユリエさんはゆっくり深呼吸をしてから話始めました。

 

「私はーーー《超えし者(イクシード)》ではありません」

 

「なっ……!?」

「えっ……!?」

「へぇ……」

「…………」

 

ユリエさんが言った事実に、私と透流さんは驚き、安心院さんは興味深そうにユリエさんを見ました。兄さんはただ黙って聞いています。

 

「じゃあ人を超えた身体能力を持って、《焔牙(ブレイズ)》を具現出来る君は何者なんだい?」

 

「《醒なる者(エル・アウェイク)》ーーー人に秘められた《力》に覚醒せし者……それが私です」

 

胸に手を当て、自らについてそう称するユリエさん。

 

「全ての始まりは、あの雪の夜ーーーそう、私の背に呪いが刻まれた時の事です」

 

言いながら、ユリエさんは背中の傷へ触れるように自らの肩へと手を当てました。

 

「私はーーーパパが死んだ事を、すぐには理解出来ませんでした。私の頭を撫でていた手は力無く落ち、笑顔は消え、瞳は開く事がなくーーーただ呆然と、冷たくなっていくパパを見つめる事しか出来ませんでした……」

 

そんなユリエさんに父親の死を理解させたのは、皮肉にも仇である男だったそうです。

 

「『お前の父親は死んだーーー二度と目を開ける事は無い。俺が殺した』ーーーそう言われて、私の心は怒りと憎しみで染まりました……」

 

負の感情に染まったユリエさんは、無謀にも仇へと飛び掛かったそうですがーーー当然叶う筈も無く、殴られて、地に伏せられてーーーでもユリエさんは激情を持って仇を睨み付けたそうです。

 

「私は《力》が欲しいと強く願い、望みました。この男に突き立てる為の《牙》が欲しい、と……」

 

その時、ユリエさんは胸元に灼けるような痛みを感じて、ユリエさんの体は本当に《焔》に包まれたそうです。

 

「《黎明の星紋(ルキフル)》を投与された時と同じだ……」

 

「ヤー。そして掴んだ《焔》は《双剣(ダブル)》と化し、私は《力》をーーー二本の《牙》を手に入れたのです」

 

《力》を得たユリエさんは、再び仇へと牙を剥いたそうですがーーーそれでも仇には届かなかったそうです。そうして敗れたユリエさんの背中には傷を刻まれーーー《復讐者(アヴェンジャー)》として歩み始めたそうです。

 

「その男ーーーかなりの人物ですね……見た目とか覚えてますか?」

 

「あの時はその男の顔をよく見ていませんでした……ただ、白髪だった事くらいしか……」

 

「…………ふむ」

 

「……ユリエが俺たちと違って、自力で人の限界を超えたーーー《醒なる者(エル・アウェイク)》という奴になったのは分かった。だけどどうしてここに?その時点で《力》を手に入れてたのなら、ユリエがこの学園に身を寄せた理由は何だったんだ?」

 

透流さんの問い掛けにユリエさんは小さく頷いて、再び話始めました。

 

「パパがあの男に殺されてから二年ーーー今から四年前の冬の事です」

 

母親に知られぬように《焔牙(ブレイズ)》の特訓を行おうとして森に入り、そこで複数の見知らぬ外国人に出会ったそうです。

その外国人たちは他国で犯罪行為をしていたマフィアの残党らしく、逃亡の真っ最中だったと言うのはユリエさんは後で知ったらしいです。

その外国人たちはユリエさんを大怪我させて、追っ手の《超えし者(イクシード)》の足止めを画策したそうですがーーーそれがいけませんでした。

銃を向けられたユリエさんは一瞬と言える程の時間でマフィアの残党を戦闘不能にしーーーその場に現れたヴァレリアという女性の《超えし者(イクシード)》にも襲い掛かったそうです。

 

「あの時は私も我を失っていました。なぜか記憶には残ってますが……ヴァレリアを敵の新手だと勘違いして攻撃してしまいました」

 

「その闘いの結果はどうなったんですか?」

 

互角に闘っていた彼女たちの決着は呆気なくついてしまったそうです。

我を失って全力で攻撃し続けていた結果ーーーユリエさんは突如失速し、そこを打ち倒された事で決着はついたらしいです。

その後、ヴァレリアに保護されたユリエさんは体を(むしば)んでいた病気の治療という名目ーーー母親に対してのものとの事ーーーでドーン機関へ赴く事になったそうです。

そこで出会ったのが、《黎明の星紋(ルキフル)》の生みの親であり、朔夜さんの祖父である九十九博士でーーー

 

「その時、私は自分が《醒なる者(エル・アウェイク)》なのだと知る事となりました」

 

「《醒なる者(エル・アウェイク)》っていうのは、一体何なんだ……?」

 

「それは私から説明致しますわ」

 

いきなり病室の扉が開いてそう答えたのは、三國先生を従えた朔夜さんでした。

 

「り、理事長!?な、なぜここに……!?」

 

「あら、貴方のお見舞いに来てはいけませんの?」

 

「あ、いや……別に悪くはないですけど……珍しいなと思いまして……」

 

「何かの報告か?朔夜」

 

「まあ、そうですわねーーーですがその前に話していた《醒なる者(エル・アウェイク)》の事を話しましょうか」

 

そして朔夜さんは説明を始めました。

曰く、人は誰しも《魂》に《星耀(ルミナス)》という《力》を秘めているのだと。

曰く、《星耀(ルミナス)》を目覚める事で、肉体の持つ限界を超えた能力を扱う事が出来るのだと。

曰く、目覚めた者は《魂》を武器として具現化させ、特異な能力を発動させる事すらも可能であると。

 

「……まるで《超えし者(イクシード)》ですね……。いや、寧ろーーー」

 

「《超えし者(イクシード)》は人工的に目覚めさせられた《醒なる者(エル・アウェイク)》……って言った方がいいのか」

 

「そうだったのか……」

 

その後、ユリエさんは九十九博士の計らいで昊陵(こうりょう)学園に入学するまで、剣技の特訓のみならず、基礎身体能力の向上をしていたそうです。

そしてこの数ヶ月で、制御していた《力》を一段階ずつ解放していたらしいですがーーー《K》との闘いにおいて、そのリミッターが一時的に外れたそうです。

 

「私はーーー嘘をついていました」

 

目を伏せながら、ユリエさんは手を胸元に当てて、制服を掴みーーー

 

「トールに《力》の事を隠す為に嘘をつき、私は《超えし者(イクシード)》なのだと自分の事を偽ってきました……」

 

「ユリエ……」

 

「私は影月の言う通り……怖かったんです。真実を知って、トールが離れて行く事が……」

 

ユリエさんは俯いて、さらに続けます。

 

「ですが、それ以上に怖く思う事があります。もし次、あれに感情を混み込まれてしまった時ーーーその時こそトールを傷付けてしまうのではないかと、命を奪ってしまうのではないかと、私はとても恐れています……」

 

不安に揺れている瞳を透流さんに向けて、言います。

 

「ですがそれでもーーーそれでも私は貴方と共に在り続けたく思います。私は嘘つきで、自分を偽っていて、いつか貴方を傷付けるかもしれない。ですが……私と《絆双刃(デュオ)》を続けて貰えませんか?」

 

ユリエさんはその小さな手を透流さんに向けて差し出しました。

そしてユリエさんは透流さんの言葉を、選択を待ちます。

そして透流さんはーーーユリエさんの小さな手に、自分の手を重ねました。

 

「絆を結びし者たちは、(あと)う限り同じ時を共にせよーーー喜びの時も、哀しみの時も、健やかなる時も、死が二人を分かつその日まで……!俺はこの《楯》で他の人をーーー君を護る」

 

「……いいのですか?私は弱いです。いっぱいいっぱい頼ってしまいますよ?」

 

「俺が辛い時は頼らせて貰えるんだろ?それでこそ、互いを支え合う《絆双刃(デュオ)》ってものさ」

 

「あ……」

 

透流さんの言葉にユリエさんは何かに気付いたかのように声をあげました。

 

「透流の言う通りだな。でも二人とも、いくら二人でもどうにも出来ない事があったらーーー俺たちにも頼れよ?出来る限りの事はしてやるからな!」

 

「はい!出来ない事は助け合ってやりましょう?私たちは大切な友人ですから……ね?」

 

「……ははっ、そうだな!」

 

「……ヤー!!」

 

私たちはそんな二人を見てそう言い、透流さんもユリエさんも笑み(ユリエさんは薄っすらと)を浮かべて答えてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、朔夜。何の用事があってきたんだ?」

 

「あ、忘れる所でしたわ」

 

そうして話が終わったかと思っていたら、朔夜さんが思い出したかのようにそう言いました。

 

「つい、二人の絆を見入っていました……。私らしくないですわね」

 

「……朔夜、変わったな……色々と」

 

兄さんがしみじみと頷きます。

 

「ほっといてくださいな。それよりもーーー九重透流、貴方にお話がありますわ」

 

朔夜さんが兄さんの言葉をさらっと流して、透流さんへ向き直りました。

 

「以前の《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》で貴方は見事、《(レベル4)》へと昇華を果たし、その事を私は大変喜ばしく思います」

 

「……ありがとうございます」

 

朔夜さんの賞賛に対して、透流さんは複雑な顔をします。

おそらく朔夜さんの内心がよく分からないので、素直に喜べないのでしょう。

 

「くすくす……しかし、私が言いたいのはそのような賞賛ではなく、あの噴射式注射器(ジェットインジェクター)の中に入っていたもう一つの《力》についてですわ」

 

「《力》……?」

 

透流さんの返しに、「ええ」と言って続ける朔夜さん。

 

「あれには、《焔牙(ブレイズ)》の《位階昇華(レベルアップ)》の効果のみならず、新たな永劫破壊(エイヴィヒカイト)の効果も入っていましたわ」

 

「なっ!?」

 

「……朔夜さん、それってもしかして……?」

 

「九重透流も、永劫破壊(エイヴィヒカイト)の《力》を宿した者になったーーーと言っていますの」

 

「何っ!?」

「えっ?」

 

朔夜さんの言葉に、透流さんと安心院さんが声を上げました。

ユリエさんに至っては、何やら唖然としています。

 

「故に、例え相手が聖遺物の使徒であろうと互角に戦える筈ですわ。そして九重透流の《焔牙(ブレイズ)》の《力》である《絶刃圏(イージスディザイアー)》と《絶刃圏・參式(スリーフォールドイージス)》が創造相当の能力と推測しますわ」

 

「……朔夜、さっき永劫破壊(エイヴィヒカイト)が入っていたと言ったな?……貴女が作ったものじゃないのか?」

 

兄さんの問い掛けに、朔夜さんは頷きました。

 

「あれはカール・クラフトーーーメルクリウス様が試験的に作ったものだそうです」

 

『なっ!!?』

 

その言葉に、私や透流さん、ユリエさんや三國先生まで驚きの声を上げました。三國先生知らなかったんですか……。

 

「そんな物を透流さんに……?」

 

「もちろん、私もそれを疑いなく使うような痴愚ではありませんわ。当然、中の成分なども検査にかけましたわ」

 

「で、結果は?」

 

「先ほど言った通りですわ。《位階昇華(レベルアップ)》などの効果は変わらず、永劫破壊(エイヴィヒカイト)と思われる《力》が確認出来たーーー全く、メルクリウス様は本当に恐ろしいお方ですわ……私と祖父にしか作れなかった物を彼が、それもアレンジして作り出すとは……」

 

朔夜さんはわざとらしく肩を竦めて言いました。

 

「それを普通に使う朔夜ちゃんって……」

 

「…………透流、起きてから何か体調悪くなったりしてないか?」

 

「え?いや……特に何とも……」

 

「おそらく心配はいらないと思います。そしてその噴射式注射器(ジェットインジェクター)の中身を元に、私も同じものを作ってみましたの。それがーーーこれですわ」

 

そう言って朔夜さんが取り出したのは、以前透流さんが使った特殊形状の噴射式注射器(ジェットインジェクター)と同じような物でした。

 

「ーーーなんで作った?」

 

「……私も色々と興味がありましたから……。それにさらっと技術を真似したメルクリウス様にも個人的な感情が湧いたので……」

 

個人的な感情とは嫉妬とか対抗心とかそういうものでしょうか……?そして朔夜さんは手に持ったそれをユリエさんに手渡しました。

 

「え……?」

 

「これの効果も疑い無いでしょう。そして貴女にはそれを打ち込むかどうかの選択肢を与えますわ」

 

「……いいのか、朔夜?」

 

その言葉に兄さんが問い掛けました。兄さんが言っているのはーーーおそらく彼女の最終目的である《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》の事でしょう。

もしユリエさんがそれを打ち込んでしまえば、朔夜さんの目的は叶わなくなってしまうかもしれないーーー兄さんはそれを(うれ)いで聞いているのでしょう。

 

「ええ……構いませんわ。そもそも私の目的である《黎明の星紋(ルキフル)》の完全完成はもはや永劫破壊(不純物)が混ざった以上、破綻していると言っても過言ではありませんもの」

 

朔夜さんは残念そうにーーーしかし、後悔が無さそうな笑顔で言います。

 

「しかしもういいんですの。私は《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至らなくても構わないと思っていますわ」

 

「……朔夜さん……」

 

「……もう私はお祖父様の操り人形はウンザリですの。私は私で一人の人間として意志を持ち、貴方(影月)のーーー他の方たちの支えになりたいと思っていますから」

 

「……朔夜様……」

 

朔夜さんの言葉に三國先生も、目を見開いて驚いていました。確かに彼女からそんな言葉が出てくるとは思ってなかったですからね……。

 

「朔夜ーーーありがとうな」

 

そして兄さんは朔夜さんに近付いて、抱き締めました。

 

「……影月……嬉しいですけれど、恥ずかしいですわ……」

 

朔夜さんもそれを受け入れてましたけど、少ししてからそう言って離れました。……後で私も抱き付きますかーーー兄さんと朔夜さんに。

 

「理事長、ありがとうございます。これは使わせてもらいます。トールもいいですよね?」

 

「……正直、俺は反対したい。ユリエに血の道を歩いてほしくないんだよ」

 

「ですが、私は貴方と共に在り続けたいのですからーーートール、どうか認めてくれませんか?」

 

ユリエさんの真っ直ぐな問い掛けに透流さんは暫く黙って考え込みーーー

 

「……分かったよ。それがユリエの意志なら俺は止めないさ」

 

「ありがとうございます、トール」

 

透流さんの言葉に頷いたユリエさんは自らの首筋にインジェクターを当てーーー引き金を引きましたーーー




戦闘回より酷いんじゃないかと書いてて思いました……(泣)上手く書けるようになりたい……。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十話

何気にこの小説で重要かもしれない回……どうぞ!



side no

 

昊陵(こうりょう)学園の地下に、《黎明の星紋(ルキフル)》の研究施設が存在する事は、学園の関係者ならば生徒も含め、誰もが知っている。

しかしながら、地下には《黎明の星紋(ルキフル)》研究とは別の施設が幾つか在る事を、生徒たち(一部を除く)は知らない。

内一つ、警備隊詰め所には囹圄(れいご)と呼ばれる施設ーーーつまり牢獄に、《K》と呼ばれる少年が幽閉されている事もまた、一部を除く生徒には知られていない事だ。

 

(……我ながら無様なものですね)

 

牢獄の中で目が覚めた《K》は敗北を察し、次いで拘束衣によって身動きを取る事が敵わず、口枷(くちかせ)によって声を出す事も敵わない自分の身をそう心の中で評し、同じく心の中でため息をはく。

しかしその瞳に怒りはおろか、あの時の闘いで見せた狂気すら消え失せていた。心の内も荒れ狂っていた闘いの最中とは違い、平静そのものだった。

まるで今までの長き夢から覚めたようにーーー影月の《焔牙(ブレイズ)》で《魂》と共に、憑き物も一緒に貫かれて消滅したかと思える程だ。

そんな心の変化の理由は何なのかーーー《K》自身が一番分かっていた。

 

(結果的にああなっただけだと、分かっているというのに……)

 

あの時ーーー銀色の少女が振り下ろした刃を止めた透流の背中を目の当たりにし、彼は激情を猛らせた。

けれど今は、瞼を閉じる度に浮かぶその光景が、言いようのない敗北感を《K》へと与えている。透流の取った行動が、《K》が胸の奥底で上げ続けていた悲鳴にーーー助けを求める声に応えた形となったが為に。

さらにその後現れた、影月に自らの内心を的確に言い当てられたが為に。

 

(……如月、影月……彼は私の心の内を……全部見抜いたのでしょうね……)

 

彼の脳裏にはあの時の言葉が鮮明に蘇る。

 

『君は結局ーーー寂しかったんだろう?』

 

(……あの時に、大きく取り乱してしまったという事は……心の何処かでそう思っているんでしょうね……)

 

《K》は自分の過去を振り返ってそう思う。

彼は兄が死んだ時からーーーずっと一人だった。そして戦場を毎日駆け抜ける地獄を経験し、彼の心は誰かに助けを求めていた程ボロボロだった。そんな心の悲鳴をーーー誰かに気付いてほしかったのだろう。

そんな悲鳴に透流は偶然応える形となりーーー影月は完全に見抜いてそれに応えた。

 

(……出来れば彼と、詳しくお話をしてみたかったですね……)

 

そんな自分の内心を見抜いた彼に、《K》は色々と話をしてみたくなったがーーーそんな感情を抱くにはもはや手遅れだった。

 

遠くない将来、《K》は死ぬ。

組織の情報を引き出された後、始末されるだろう。

その結末を理解した上で、彼に抗う意志はなかった。

自分を切り捨てた組織の為に黙秘する義理は無いし、そして何より透流に対する執着と共に、生への執着もまた失いつつある為に。

だからもう叶わない願いだと思ったーーーそんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

 

()のシェイクスピアは()った。この世は全て舞台なり、人は全て役者なり、とーーー」

 

 

 

 

 

突として、澄んだ声が牢獄の内に響く。

 

(なっ……!?)

 

直後、眩い光が発生した。

前触れなく起きた事象に、《K》の心の内が大きく揺れ動く。

 

(これはーーー転移魔術(ゲート)!?)

 

彼の見立ては正しい。彼が今、目にしている光は以前、《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》にて《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)》が使用したものと同じだからだ。

 

(ですが、誰がどのような目的で……!?)

 

《K》が当惑する中、光は格子を越えて外にまで溢れーーー弾けた。

 

 

 

 

直後、《K》の右前方から現れた人物から滲み出る気配に、彼は数瞬呼吸を忘れた。

どこまでも澄みきった水のようでありながら、底知れぬ深淵を思わせるその者の気配に。

 

(い、いったい何者だと言うのです……!?)

 

招待不明の者は、ゆっくりと《K》の目の前に向かって歩みながら、言葉を紡ぐ。

 

「全ての役者は演じるべき役目があるーーーけれどその役目を終えた時、役者はどうするべきだろうね」

 

そしてその者は《K》の目の前で立ち止まり、彼を一瞥した。

 

 

その澄んだ声を発していたのはーーー十代半ばの少年のものであった。

しかしその少年の雰囲気は年相応のものではない。雰囲気もその姿も形容するならまるでーーー闇。

深淵の闇が人をかたどったかのような存在だと、《K》は感じた。

佇む少年の髪が、服装が、刀の柄も、収める鞘すらも、黒色で統一されていた為に。

 

 

そんな少年はふと、目の前の虚空へ問い掛ける。

 

 

 

 

「ーーー貴方はどう思う?愛すべからざる光(メフィストフェレス)?」

 

 

 

 

 

 

そのような常人から見れば、何も無い空間に一人言葉を投げ掛ける彼を狂気の沙汰だと言うかもしれないがーーー

 

 

 

 

 

 

『ふふ……ふふふふ……』

 

 

 

 

 

そんな少年の問い掛けに応えたのはーーー(おごそ)かに、しかし滑らかで張りのある男の笑い声だった。

 

 

(なっ……!!?)

 

そんな突如聞こえてきた笑い声と気配に、《K》が二度目の驚きを浮かべる。

そしてその瞬間、日の光が差さない牢獄にーーー()()()()()()()()()()

 

(ーーーガッ!?)

 

その瞬間、押し潰されると思う程の大圧力と、骨まで砕けそうな程の存在感が《K》の体を襲う。

牢獄の壁に、床に、天井に亀裂が走っていきーーーそれと共に《K》を捕らえていた拘束衣に繋がる鎖が砕け散り、彼の口枷すらも耐えられずに砕け散る。

全ての拘束が解かれた《K》だったがーーー規格外の重圧によって身動きすら取れずに地に押し付けられ屈服する。

 

「あ……がぁ……!」

 

以前《K》が偶然接触したシュライバーの狂気的な殺気や、ザミエルの凄まじい圧力などよりも、()()()()()は超える程の圧倒的な《力》を前に《K》はただ地に伏せられ、(うめ)く事しか出来ない。

 

 

だがーーーそんな歴戦の戦士すらも身動きが取れない状況で、少年はただ一人飄々(ひょうひょう)と佇んで、黄金の光を見上げていた。

 

 

「…………へぇ、これが噂に聞く黄金の獣の《力》なんだね」

 

 

常人ならばすでに肉体も魂も蒸発していてもおかしくない程の重圧の中、平然と立っている少年はもはや異常の塊である。しかしーーー

 

『ふむ……極力《力》は抑えているつもりだったのだがね。まさか突然現れた卿に看破されるとは思ってもなかった。そして、そこの男もよく私の《力》に耐えている』

 

その少年すらも上回るだろう異常の塊が光の中から投影するように、人型をとっていく。

身長が高い《K》でさえも、遥か見上げるだろう長身。その上で均整の取れた体格。完璧と言って差し支えない程の顔。

暗かった牢獄に黄金の光をもたらすその男はーーー

 

「その反応から察するに、私の紹介は不要のようだな」

 

闇色の少年に地獄の底めいた……燃える光を放つ黄金の双眸を向けて言った。

 

「ふふふ……初めまして、黄金の獣様」

 

「ふむ……すまないが卿と話をする前に少しこちらの少年と話をしてもいいかね?」

 

「構わないよ」

 

黄金の獣ーーーラインハルトは少年にそう言って《K》に向き直る。

 

「さて、卿についてはよく知っている。ケヴィン=ウェイフェア」

 

「ぐっ……な、なぜ……?」」

 

ラインハルトは地に伏せている《K》に憐憫の眼差しを向ける。

 

「それはなーーー卿の兄と言葉を交わした事があるからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、《K》の心臓に黄金の聖槍が突き刺さりーーー貫かれた。

 

 

「ーーーがっ……こ、これは……?」

 

「何、案ずる事は無い。卿もまた()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

《K》の疑問にラインハルトはそう答えーーー突き刺さった槍を引き抜く。

体から槍を抜かれた《K》は絶命し、後に残った死体はどこからか伸びてきた影に飲み込まれ跡形も無くなってしまった。

 

「卿も兄と同じく、私の内に渦巻く軍勢(レギオン)となるがいい」

 

「………………」

 

少年はそんなラインハルトをただただ、その闇色の瞳で興味深そうに見ていた。

そしてどこからか伸びてきた影も消え去ったのを確認すると、ラインハルトは聖槍を虚空に消して少年へと向き直った。

 

「さてーーー待たせてしまったかね?」

 

「いや、色々驚いたけれど……一つ訪ねていいかな?」

 

「何かね?」

 

ラインハルトは少年に視線で続きを促す。

 

「彼を殺したのはなぜ?」

 

「ふむ……なぜか、と問われてもな。英雄の資格ありの者を取り込んだーーーあるいは我が愛児の望みを叶えてやったーーーそんな所だ。それを聞いてどうする?どちらにせよ、卿も彼を始末しに来たのだろう?」

 

「……そうだね」

 

少年はそう言って苦笑いを浮かべる。

 

「彼はすでに役目を終えたからね。役目を終えた役者は退場してもらわないといけなかった。だからむしろ手間が省けてよかったよ」

 

「ほう、実に興味深い事を言うのだね。《太陽(ソレイユ)》」

 

すると新たに第三者の声が牢獄に響き渡った。

一部の者しか知らない呼び名で呼ばれ、少年はラインハルトの背後に現れた謎の気配へと警戒を向ける。

一方のラインハルトは背後に突如現れた者に見向きもせずに話す。

 

「用は済んだのかね、カールよ」

 

「ええ、この通りーーー」

 

ラインハルトの背後からゆっくりと影絵のような男ーーーメルクリウスが右手の上に光球を浮かべながら、ラインハルトの斜め後ろに付く。

その様子を尻目に、ラインハルトは呆れたように肩を竦める。

 

「卿は他力本願が十八番(おはこ)と言ってなかったかね?ここ最近の卿は稀に見ぬ程、動いている気がするのぞ?それ(光球)も、別に卿が出向いてまでする事でもあるまい」

 

「これは汗顔の至り、しかし幾つか理由を述べさせていただきたい」

 

そう言ってメルクリウスはラインハルトの前へと歩み出て、説明する。

 

「まずーーー私は貴方が想像している程、頻繁に動き回っていない。まあ、確かに裏方として申し訳程度に動いてはいるがーーーあまり動けば、この歌劇にも支障が出かねない。それは私としても避けたい事態なのでね。故に干渉するとしても()()()()、最小限にとどめているのだよ。私が舞台に上がるだけで物語は退屈な様相をおびてしまうからね」

 

そのままメルクリウスは次の説明を始める。

 

「そしてこれ(光球)についてだがーーーこれを放置しておくと、私の思い描く脚本が大きく変わってしまう可能性が高いからね。故に()()()()()()()()退()()()()()()()()()

 

メルクリウスは光球を右手で弄びながら説明した。

 

「……それは?」

 

とそこで少年がメルクリウスの手の上に浮いている光球を指して問う。

 

「これを見るのは初めてかね?《太陽(ソレイユ)》」

 

メルクリウスは陰湿な笑みを浮かべて、その光球を掲げる。

 

「これはこの世に存在する森羅万象、ありとあらゆるものに宿っているものーーー君に理解しやすく言うなら《魂》というものだよ。最も正確には霊魂、と表してもいいがね」

 

「なるほど」

 

メルクリウスの説明を聞いた少年は頷き、メルクリウスへと視線を向ける。

 

「よく分かったけど……貴方は?」

 

「おっと、これは失敬ーーー私はカール・エルンスト・クラフトーーーと言えば分かるかな?」

 

メルクリウスがそう名乗ると、少年は一瞬目を見開き、年相応の笑みを浮かべる。

 

「ああ!貴方が()()()()()()()カール・クラフト様なんだね。会えて嬉しいよ」

 

少年の笑みを見たメルクリウスも、珍しく本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「そう言ってもらえて喜ばしいよ、《太陽(ソレイユ)》。私も君の噂は聞いているし、少しばかり目を掛けていた。だがーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間ーーー少年は腰の刀を抜き放ち、それを地から天へと弧を描くようにメルクリウスに向かって振り抜いた。

そのような強行が瞬きする間に行われ、真っ二つに斬られたメルクリウスからは断末魔のような悲鳴が上がるーーーかと思いきや。

 

 

 

 

「それでよいのか?」

 

 

少年の耳に届いたのは呆れたようなラインハルトの失笑だった。

 

「甘いな。“これ”はそう簡単には死なんのだよ」

 

「ふふふ……その程度の《力》しか持ち得ない君は私が直接手を加えたあの兄妹に少しばかり劣るのだよ。まあ最も、君が流出位階になれば話は変わってくるだろうが」

 

切り裂かれた断面も、傷も、跡形もなくメルクリウスは平然と笑いながら立っていた。

 

「……やっぱり、今の僕じゃ倒せないか……貴方が初めてだよ、僕が軽く《力》を振るって倒れなかったのは!ふふふ……ははははは!!」

 

少年は平然と立っているメルクリウスを見て、堰を切ったように笑い出す。

少年は歓喜していた。かつて共に武道を学んだ仲間が、最愛の家族が、そして自らに好意を抱いていた幼馴染の少女すらもーーー少年が自覚した《力》の一片を振るう必要も無く死んでしまった。それ以来、彼は壊れる事のなさそうな者を探していた。

そしてーーー見つけた。神の如き力を持つ彼が、軽く攻撃しても死なない者を。

少年の数十秒にも及ぶ歓喜の笑いが収まるとーーー少年は薄っすらと光を纏っていた黒刀を鞘へとしまう。

すると少年の胸元から眩い光が生まれ始めーーー少年()はその光を掴む。すると光が徐々に形を変えていく。

白い刀身に、黒い刃を持つ禍々しい刀へと。

 

「ほう……」

 

その様子に黄金の破壊公は笑みを浮かべーーー

 

「ふふ、ふふふふふふふ……」

 

水銀の魔術師は含み笑い、この状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、少しだけーーー本気を出させてもらうよ!!」

 

少年はそう言うと同時にーーー目にも止まらない速さでラインハルトへと接近し、ラインハルトの首に目掛けて水平に振り抜いた。

今の彼の攻撃は、速度も攻撃力も黒円卓の平団員程度なら超えるだろうものとなっていた。

 

 

 

だがーーー

 

 

 

「その程度か?」

 

「ーーーッ!!」

 

ラインハルトはその奈落のような黄金の瞳を少年に向けて優雅に笑っていた。首を晒して、そこに刃を切り込まれて尚、一切の痛痒を浮かべていなかった。先ほどの一撃ではラインハルトの首を断ち切る事は出来なかったのだ。

それを理解した少年は即座にラインハルトから飛び退いて距離を取る。

だがーーー

 

「ふむ……これは……」

 

ラインハルトは首に触れ、少しだけ瞠目する。ラインハルトの首の左側面には、先ほど刃を受けた場所に薄っすらと朱線が入っていた。

 

「はは、ははははは……(ゆか)しいな。最後に自分の血が朱だと自覚したのはいつだったか……」

 

「百年程前の刹那と戦った時ーーー以来ではないかね?」

 

ラインハルトはその朱線に触れながら笑みを深め、メルクリウスは懐かしむように話す。

 

「……だが、カール。この少年、もしやーーー」

 

「ええ、この少年は()()()()()。つまり彼は新たなーーーという事になる」

 

「なるほど、卿の話から聞いてはいたが……」

 

「実際にお目に掛かるのは初めてかな?まあ、自然に現れる事自体が稀だから仕方がないと言えばそれまでなのだが……さて、この少年はどうしますかな?」

 

「卿はどうする?」

 

「本来ならば特に何もしなければ放置するが、彼に至っては我らを認知し、あまつさえ攻撃を仕掛けてきた。それだけで十分消滅させる理由にはなるのだがーーー今は貴方や愚息、そして女神に捧げる歌劇が忙しい故、私は彼に(かかずら)っている暇が無い。故に貴方に判断を委ねているのだ、獣殿。貴方の判断で彼をあの兄妹の前に立ちはだかるように仕向けるのも、ここで彼が貴方に倒されるのもーーー私はどちらでも構わない。どう転ぼうとも私にとっては未知である事には変わりないからね」

 

メルクリウスの言葉を聞き、顎に手を添えて長考に入るラインハルト。

対してメルクリウスは目を瞑り、黙して友人の言葉を待ちながら考える。

ラインハルトとメルクリウスーーーそんな二人の化け物が闇色の少年に対して思考している間、少年は刀を構えたまま二人に警戒を向けていた。

一見すると、二人は今まさに無防備だがーーー今攻撃をしてしまえば、その時点で自分は終わってしまうと彼は直感的に感じて攻撃を仕掛けないでいたのだ。

そしてややあってーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならば、これでどうかね?」

 

ラインハルトがそう言い、まるで照準を合わせるように、右手を前にかざして構えを取る。

それが何を意味するのかーーーメルクリウスは親友のその行動の意図を察してより一層笑みを深め、闇色の少年は身を半身引いた。

 

「おやおや獣殿。何をなさるおつもりかな。ここで神威を揮うなどどういうつもりなのか、説明願いたい」

 

メルクリウスが大げさに、まるでいたずらをしようとする子供を咎めるように声を上げる。

 

「何、そう大した事ではない。彼がこの歌劇に登場する役者に相応しいか否かーーー故、これで試させてはくれんかな」

 

「……?」

 

その言葉に少年は首を傾げるがーーーすぐに理解する事となる。

 

 

 

「形成

Yetzirah―」

 

 

 

その言葉と共に収束する黄金の光。

その光が渦を巻き、そこに形を持った宇宙(ヴェルトール)が顕現する。

それは聖遺物を操る聖遺物である永遠の刹那ーーー藤井蓮でさえも唯一操れない最強にして究極の聖遺物。

神を殺し、その血を吸った伝説のーーー

 

 

 

「聖約・運命の神槍

Longinuslanze Testament」

 

 

 

無窮(むきゅう)の質量を弾けさせ、似通った形成を持つ影月の神槍を遥かに凌ぐ、運命の神槍が形成された。

 

「ーーーーーー」

 

その神気、その霊力、規格外どころの話ではない。

金色(こんじき)の光を放つ穂先には錆も(きず)も一つも無く、誕生より数千年の時を経て不変かつ不滅。

先ほど《K》を貫いた時はその圧倒的な《力》は抑えられていたが、今は隠す事無く溢れ出ている。

常人ならば穂先を向けられただけで蒸発し、黒円卓の戦鬼でも見れば失神は免れない。

 

猛り狂う破格の波動を(みなぎ)らせ、しかしラインハルトの声は対照的に穏やかだった。

 

「これを止める、あるいは回避する力量が有るか無しか。それで決めようではないか。止めたのならばそれでよし、止めきれなければ卿もそれまでの事だった、というまでよ。ああ、興味が尽きぬよ。ふふふ……では、いざ参ろうか」

 

全てを破壊する黄金の光の一撃ーーー《力》の解放を渇望して、ラインハルトの内に渦巻く数百万の戦鬼が(とき)の声を上げ、空気を震撼させる。

 

 

 

そしてーーー全てを破壊する黄金光が少年へ向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

「ふう〜食った食った!」

 

寮から校舎へ歩いている時、透流が自分のお腹をぽんぽんと叩きながら言う。

ふと、透流の斜め後ろを見てみるとタツも似たような事をしている。

 

「全くキミという奴は……もう少し野菜を食べてほしいものだがな」

 

「あはは……」

 

そんな透流に橘はため息をはきながらボソッと文句を言って、みやびはそんな橘の文句を聞いて苦笑いした。

 

「まあ、前よりも食べてるからいいんじゃないか?実際、俺も安心院に頼んで透流に食べさせてあげてるし……」

 

「影月、どういう意味ですか?」

 

俺の言葉にユリエが首を傾げ、優月が説明する。

 

「安心院さんに頼んで色んな方法で食べさせているんですよ。例えば……ハンバーグの中に思いっきり野菜詰め込んだりとか」

 

「……透流、貴様気付かなかったのか?普通食べたら食感で分かりそうな気もするが……」

 

「…………全く気付かなかった」

 

「三人とも、そんな方法使わなくてもあたしが透流に野菜を食べさせてあげるわよ?」

 

「ナイ、お断りします」

 

「俺もお断りします」

 

「ユリエは関係ないでしょ!!透流もなんで断るのよ!?」

 

ギャーギャー騒ぐリーリスたちの声を後ろに、俺は隣を歩く優月に目を向ける。

 

「……?兄さん、何か?」

 

「…………いや、平和だなって思ってさ」

 

「……そうですね。あれから二週間位ですか……」

 

優月のその言葉で、俺は時が経つのは早いなと実感する。

《K》の襲撃から二週間、透流がその時に負った怪我が治って退院してからすでに一週間が経とうとしていた。

神滅部隊(リベールス)》が壊滅したという話が学園側から伝えられた事で、学園は随分と落ち着きと活気を取り戻してきたものだ。

しかしーーー

 

「だが、月見先生は退院がまだ先なんだよな……」

 

「はい……」

 

俺たち一年は月見先生が戻ってきてない為、どこか明るさが鳴りを潜めたままなのだ。

 

「……まあ、退院までゆっくり待ちましょう?」

 

「ああ、そうだなーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言った直後ーーー大爆発が学園内の庭園がある方向から起こる。

 

「「「「なっ!!?」」」」

 

「「「っ!?」」」

 

『きゃああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

俺たちは驚き、みやびや近くにいた女子生徒が悲鳴を上げた。そしてーーー踏ん張っていないと吹き飛ばされそうな程強い風が衝撃波と共に押し寄せてきた。

 

「ーーーくっ!飛ばされないように注意しろ!!」

 

俺は大声で周りにいる人たちにそう言い、皆はそれぞれの行動を取る。

両足をしっかり踏ん張って吹き飛ばされないようにしている者、地面に伏せて必死に耐えている者、女子の前に立って壁となる男子、近くにいた男子に捕まって必死に耐える女子などーーー

 

 

 

そして風が、衝撃波が収まると同時にーーー俺は発生源に向かって駆け出していた。

 

「ーーーっ!?兄さん!!」

 

「ーーー影月!!」

 

後ろから俺を呼び、遅れて走ってくる気配を感じながら俺は必死に考えていた。

 

(あそこは庭園だから爆発するような物は無い。だったら別の襲撃者か……あるいはーーーっ!?)

 

そして俺は目の前に広がる光景に唖然とする。

目の前には目測で百メートル位の大きさがあり、深さも二十メートル程ありそうなクレーターが出来ていた。

そしてそのクレーターの中心は土埃で覆われていてよく見えなかったがーーー

 

「ーーーーーーっ」

 

そのクレーターの中心に何か恐ろしい程の《力》を放つ何かがある事を直感的に察した。

 

「ーーー兄さん!これは……!」

 

「これは一体……!?隕石でも落ちてきたのか!?」

 

「…………いいや、隕石より恐ろしい物だと思うぞ」

 

俺は後ろから追いかけてきた橘にそう返しーーークレーターの中心に向かって歩き出す。

 

「ちょっと影月!?危ないわよ!」

 

「影月くん!!」

 

後ろからの制止の声を無視し、俺は進み続ける。

 

 

 

 

そして中心から三十メートル程の距離でふと足を止め、左手を前にかざして構えながら《力》ある言葉を紡ぐ。

 

 

 

「形成

Yetzirah――」

 

 

 

俺の手に銀色の光を放つ神槍が現れる。

その輝きは今までの形成よりも大きく輝いていた。

 

 

 

「神約・勝利の神槍

Gunguniru Testament」

 

 

 

そして現れた神槍から《力》が溢れ出しーーー未だ舞っている土埃を吹き飛ばした。

 

そこにはーーー

 

 

 

 

 

「ほう……なんとか耐え切ったようだな。少々手加減したとはいえ、正直耐え切るとは思ってもいなかった」

 

黄金の聖槍を握り、愉悦の笑みを浮かべるラインハルトとーーー

 

「見事、よくぞ耐え切って見せた。その《魂》に心からの祝福を送ろう」

 

同じく愉悦の笑みを浮かべ、ラインハルトの横に佇んでいるメルクリウスとーーー

 

「はぁ……はぁ……あれで手加減してたんだ……」

 

息を少し(みだ)し、埃まみれになっている闇色の少年の()()がいた。

 

(……あそこは確か《K》が囚われていた牢獄ーーー彼はどこに?)

 

「む?」

 

するとラインハルトが俺に気が付いたのか、その黄金の双眸を向ける。

 

「ふむ、卿と顔を合わせるのはこれで二度目か。元気だったかね?」

 

「……ああ、色々あったけど元気だ。それより何をしにこの学園に来たんだ」

 

ラインハルトの社交辞令を軽く流しながら、俺はまず一番始めに気になった事を聞く。

 

「何、大した事ではない。ドーン機関に囚われたケヴィン=ウェイフェアを我が爪牙に加えたいと思ってな」

 

「……お前は仲間のスカウトをする為に、こんな馬鹿でかいクレーターを作るのか!?」

 

ラインハルトの言葉に俺は思わずツッコむ。

 

「落ち着きたまえよ、我が愚息よ」

 

「誰が愚息だ!!俺はお前の実験の被験者であって、息子じゃない!!」

 

なだめようとしてきたメルクリウスにもそうツッコむ。というか今のはかなりムカついた。

 

「一先ず落ち着きたまえよ。この跡は彼に対して放ったものの代償だよ」

 

「彼……?」

 

そう言ってメルクリウスが指したのはーーー二人からやや離れた場所に立つ闇色の少年だった。

俺はその少年が誰かーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーー

 

 

「あ……あ、ああ……さ、かき……」

 

俺は突然後ろから聞こえた呟きにハッとして振り向く。

そこには、透流が呆然としながらーーー確かめるようにその少年の名前を言っていた。

 

「久しぶりだね、透流」

 

その闇色の少年ーーー榊は静かに透流に顔を向け微笑む。

 

「榊ぃいいいいいーーーーーーっ!!」

 

瞬間、透流が怒りと憎しみを乗せた言葉を叫びながら駆け出していた。

 

(ーーーっ!!マズイ……!)

 

内心そう思いながら、俺は透流と対峙するかのように立ち塞がった。だがーーー

 

「落ち着け!透流!!一体どうしたんだ!?」

 

透流の後ろにいたトラが、透流に羽交い締めをして止めようとする。しかしーーー

 

「ッ!邪魔だぁぁぁ!!」

 

「ぐっ!?」

 

位階(レベル)》が違うトラは、透流に無理やり引き剥がされて後ろに吹き飛ばされる。

そして透流は真っ直ぐ、榊を背後に立ち塞がっている俺の元へと駆けて抜けてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ、《異能(イレギュラー)》よ」

 

そこで俺の目の前に黄金の長髪が目に入る。

 

「「なっ……!?」」

 

俺の目の前にラインハルトが割り込んだのだ。当然ながらその事に驚いたのは俺だけではなくーーー透流も同じ事だった。

 

「ーーーごああァァッ!」

 

驚いて一瞬だけ走る速度が緩くなった隙を付き、ラインハルトは透流の鳩尾に拳を突き上げるように叩き込んだ。

おそらく手加減はされているだろうがーーー凄まじい痛みが彼を襲っているだろう事は想像に容易かった。

そのまま吹き飛ばされた透流はトラがなんとか受け止める。

 

「げほっ!……ぐうぅぅ……!」

 

「相手の力量を見極めずに怒りで彼に挑みかかっても、卿は幾許(いくばく)繰り返しても勝つ事はあるまい」

 

ラインハルトは咳き込む透流を見て、冷たくそう言い放つ。

そんなラインハルトに反発する者がいた。

 

「ーーーっ、トールは負けません!絶対に勝ちます!トールは私をーーー皆を護るという約束を果たす為に、トールはずっと勝ち続けると言ってくれました……だから私はこれからも、トールと共に在りたいんです……!」

 

「げほっ……ユ、ユリエ……」

 

ユリエがラインハルトを恐怖で震えながらも睨み付けてそう言う。

 

「万度繰り返しても勝てぬような相手にすらも、絶対に勝つと啖呵を切るーーーああ、懐かしいな。卿らが昔日の刹那たちと重なって見える」

 

ユリエのその姿に、ラインハルトは感慨深い思い出を話すかのように目を細めた。

 

「……過去の思い出に浸っている所悪いけど、僕は用事が済んだから帰らせてもらうよ」

 

「なっ!?待て!榊!!」

 

そう言う透流は彼を追おうとするが、先ほどのラインハルトの一撃がまだ効いているようで思うように動けないようだった。

だからーーー

 

「待て」

 

俺は榊にーーー透流の妹の(かたき)にそう言っていた。

 

「なんだい?僕は行かなきゃいけないんだけど……」

 

「……一つ聞くだけだ。いいか?」

 

そう問うと、榊は少し思案した素振りを見せーーー俺に向き直る。

 

「いいよ。何を聞きたいのかな?」

 

そして俺は榊と目を合わせた瞬間ーーー脳内に彼が歩むあらゆる可能性(結末)がフラッシュバックする。その中で俺は最も多かった結末をーーー俺と同じ《力》を持つ彼が望む結末(みらい)をーーー確かめるように聞いた。

 

「ああ……お前は……お前の望みはもしかしてーーーーーーーなのか?」

 

俺は重要な部分だけを、優月たちに聞こえないように小声で言う。

なぜそうしたのかは、俺自身分からない。だが()()()()()()()()()()()()()()

しかし彼にはしっかり聞こえたようで、一瞬驚いたような顔を浮かべてーーー寂しそうに、哀しそうに微笑んだ。

 

「ーーーそうだね。僕を表すなら、それが一番いい言葉かもしれないね。……もしかして君も……?」

 

「……バカを言うな。俺はお前みたいな考えを持っていない。だがーーーどちらにしても、お前も俺も器じゃない」

 

「……その通りだね。ふふっ、君とは話が合いそうだね」

 

「ははっ、そうだな。同じ《力》を持つ者同士だし……まあ、そんな事言ったら透流が怒りそうだけどな」

 

「言えてるよ」

 

俺も榊の笑みにつられて苦笑いしつつ返事すると、榊も笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい。獣殿、感じたかね?」

 

「ああ、こうも早く()()()()()()とはな」

 

するとメルクリウスがニヤリと笑みを浮かべ、ラインハルトも喜ばしい事だと笑みを深める。

 

「だが悲しきかな、獣殿。余韻に浸っている時間は終了のようだ」

 

メルクリウスがふと周りを見回す。

クレーターの周りには学園の生徒が何があったのかとこちらの様子を伺っていたのだがーーーそんな学生たちの背後から大人たちの声が聞こえてくる。

どうやらようやく警備隊の人たちが来たようだ。

 

「ふむ、ならばこの辺りで我らも戻るとするかーーー《異能(イレギュラー)》」

 

聖槍を消し、外套を翻したラインハルトは振り返らずに透流を呼ぶ。

 

「先刻はすまなかった。卿と《太陽(ソレイユ)》との間に昔日何があったのかは知らんが、どうやら私は卿の邪魔をしてしまったようだな。だが、あのまま行っていれば卿は間違いなく殺されていた。本来ならば殺されてしまえば、そこまでの者だったと私も納得するのだが、卿の今までの奮戦は黒円卓の爪牙のみならず、私の魂までも震わせていた。それが失われてしまうのが惜しいと思ってしまってな。つい手を出してしまった。ーーー重ねて言う、すまなかった」

 

「ーーーーーー」

 

そう言われた透流は目を丸くし、言葉を失う。

 

「次に彼と会う時は、私はただ座して見るだけにしておこう。手出しはせんよ」

 

そう言ってラインハルトは姿を消していく。

 

「……それじゃあ、僕も帰ろうかな。また会おうね、透流」

 

榊もまた、光に包まれながら消えようとしていた。

 

「ふふ、ふははははは……!さあ、いよいよ次の歌劇の幕が上がる。君たちが一体次の歌劇で何を見せてくれるのかーーー楽しみにしているよ」

 

メルクリウスも段々と姿が薄れていきーーー

 

 

 

 

 

 

見えなくなった三人の言葉がその場にいた全員の耳に届いた。

 

 

 

『さあーーーでは、第二幕を始めようか』

 




何か矛盾とかあったら言ってください。色々加筆修正いたします!(苦笑)

朔夜「誤字脱字・感想意見等よろしくお願いしますわ」


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第四十一話

もう駄文でもいいと思ってしまう今日この頃(泣)
今回もお楽しみください!



side 影月

 

 

ラインハルトとメルクリウス、そして榊の襲来から数時間後ーーー俺たちは理事長室で朔夜に何があったのか聞かれていた。

 

「榊様……まさか《太陽(ソレイユ)》と呼ばれし者が、当学園に現れるとは……」

 

「彼の狙いは見た限り、《K》の口封じだったようだ。まあそれも、すでにラインハルトにやられていたようだが……」

 

あの後、周囲の捜索なども行われたものの、《K》は見つかっていない。あの牢獄から逃げ出すとは考えにくいのでおそらく殺されたーーーと考えるのが妥当だろう。

 

「…………影月、一つ聞いていいか?」

 

そこで透流から声が上がる。透流はどこか思い悩んだような顔をしていて、俺は透流が聞くだろう話を予想しながら彼に続きを促す。

 

「なんだ?」

 

「お前はあいつをーーー榊を知っているのか?」

 

まるで聞きたくないとでも言いたげな表情を浮かべ、透流は真っ直ぐ俺の目を見る。

それに俺は素直にあの時思った事を話す事にした。

 

「初めは知らなかった。でも彼を見たらーーーなんかすぐに何者か分かったよ。それは多分向こうも」

 

「…………なら、奴は何者なんだ?」

 

「……少なくともラインハルトの一撃を少しは耐え切れる奴だ」

 

俺はある事の言及を避けて言う。

 

「……九重、彼とは知り合いなのか?随分と我を忘れて怒っていたようだが……」

 

今まで沈黙していた橘が透流へと質問する。知り合いか?という質問の答えはここにいる俺と優月と安心院(二人には俺が以前話をしておいた。その事は透流に了承済み)、幼馴染のトラ、そして《絆双刃(デュオ)》であるユリエ以外は知らない事だろう。

 

「……あいつは鳴皇榊(なるかみさかき)、俺の幼馴染だった」

 

「だった……?」

 

「……透流、どういう事だ?なぜ生きている?榊は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

そしてトラが一気に核心に迫る質問をする。

その質問に対して、透流は黙り込んでしまう。それも無理のない事でその答えを言ってしまえば、彼の想いがーーー榊に対する復讐という意志が芋づる式にトラたちに気付かれてしまう可能性がある。

かといって関係が無い俺が口を挟むわけにはいかず、フォローもしてやる事も出来ない自分を歯痒く思っているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

突然、理事長室に設置されている固定電話が鳴り響く。

朔夜は受話器を手に取り、耳に当てる。

 

「どうしましたの?ーーー来客、ですか……その方は?ーーーご用件は?ーーー分かりましたわ。ならばすぐに理事長室にお連れしなさい。ええ、では……」

 

朔夜が受話器を置くと、俺たちの方へ向きーーー

 

「聞いていましたわよね?残念ですが、この話はまたいずれ……貴方たちは寮に戻りなさい。それと影月、優月、安心院。貴方たちは残ってくださいな」

 

偶然とはいえ、話の流れを断ち切った朔夜。

そのような用事を言われると、流石にトラもそれ以上問い詰める事は出来ずーーー

 

「……ふん、言いたくないのならそれでいい。僕も無理やり聞き出すのは気分が悪いしな」

 

トラはそう言いながら立ち上がり、部屋を出ていく。

 

「ねぇ朔夜、あたしも残ってはダメかしら?」

 

「なりませんわ。いくら《特別(エクセプション)》とはいえ、この事はあまり知られたくありませんの。それでもと言うのであれば……実力行使いたしますわ」

 

「うっ……わ、分かったわよ……」

 

リーリスはバツが悪そうに部屋を出て行った。その後をおそらくトラと同じような気持ちであるだろう橘が出て行き、そしてみやび、タツ、ユリエと退室していく。そしてーーー最後に透流が朔夜に一礼して出て行った。

 

 

 

 

 

「……はぁ……何とかなったか……」

 

「はい……透流さんの意志は他の皆さんに伝えるべきものでは無いですからね……」

 

「復讐なんて聞くと、特に巴ちゃんとかは止めようとするだろうしなぁ……」

 

「丁度、来客が来てよかったですわ……」

 

「あれ?朔夜ちゃんも透流君の目的知ってるの?」

 

「ええ、あの事件が公に公表された後、ある人物から……」

 

朔夜は少し目を伏せながらそう言った。だがそれよりーーー

 

「それよりも朔夜さん。来客って誰ですか?」

 

「僕たちが残ったという事は僕たちと関係のある人って事だよね?」

 

「そうですわね……そして私も会った事がありますわ」

 

朔夜も会った事のある人物……それは誰だろうと思案するもーーー理事長室のドアをノックする音で、意識がそちらに向く。

 

「朔夜様、お連れいたしました」

 

「待っていましたわ。どうぞ」

 

朔夜がそう言うと、ドアが開く。

入ってきたのは、来客を案内してきた三國先生とーーー

 

「やあ、元気だったかい?」

 

中々カジュアルな服を着た戒さんが笑顔で片手を上げて入ってきた。

 

「戒さん!花火大会以来ですね!元気ですよ?兄さんも私も!」

 

そう言って優月は戒さんの元へと向かう。確かに朔夜とは以前会った事がある人物だなと思いながら、俺も近付く。

 

「来客って戒さんだったのか……」

 

「うん。突然来てびっくりしたかな?安心院も朔夜様も元気だよね?」

 

「当然だぜーーー元気だよね?朔夜ちゃん?」

 

「………………ええ」

 

……おい朔夜、今の間は何だ。

 

「……入ってきた時から気になってたけど、数日くらい寝てないみたいだね。目の下に薄っすらクマがあるよ」

 

そこで戒さんが苦笑いしながらそんな事を言う。確かによくよく見てみれば目の下には薄っすらとクマがある。

 

「……寝てないんだな」

 

「…………え、影月、優月……その、そんな怖い顔しないでほしいですわ……」

 

「しっかり寝てくださいよ!しっかり寝ないと大きくなりませんよ!?」

 

そう言う優月。一方の俺はそんな優月のある部分を見る。

 

(大きく……か……)

 

「兄さん、その視線やめてください。私だって自覚あるんですから……叩きますよ?」

 

そう言って胸を隠して、睨んでくる優月。

 

「俺は何も言ってないぞ……とりあえず朔夜はしっかりと寝ろよ……それで倒れたら心配だしな」

 

「影月……」

 

その言葉で頬を少し赤らめる朔夜。だがーーー

 

「もう惚気は十分だぜ。それよりも用件を聞こうぜ?」

 

安心院がその場の空気を断ち切り、戒さんを見る。それに戒さんは頷いて話始める。

 

「ああ、実はーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数刻経ち、日が傾き始めて空の色が濃さを増してきた頃ーーー俺、優月、安心院、戒さん、そしてなぜか朔夜まで私服(朔夜の私服は安心院が出した)に着替え、電車に揺られていた。

無論、遊び目的の外出ではない。ではこれは何かと言うと戒さんの案内によるものだった。

 

「……で、俺たちに会って話を聞きたいって言ったのはそのーーー」

 

「藤井蓮ーーー永遠の刹那って呼ばれている僕らの大将であり、女神の守護者だよ」

 

「いよいよお会い出来るのですね……待ち望んでいましたわ」

 

朔夜が笑みを浮かべてそう言った。

朔夜は前々から藤井蓮さんに会いたいと言っていたので、やはり嬉しいのだろう。どうやらそれも俺たちと共に来た理由の一つのよう。他にも幾つか理由はある様だ。

 

「それにしても、こうも早くベアトリスさ……ベアトリスの約束を果たす事になるとは……」

 

「目的は遊びに行く事じゃないけどね。どちらにしろ、ベアトリスも居たら喜ぶよ。ーーーさあ、着いたから行こうか」

 

ドアが開くと戒さんがホームへと降り立ち、その後に俺たちも続く。

改札を出ると目的地である街ーーー皐月へと到着した。

 

 

 

皐月市ーーー県北西部に位置し、複数の路線が乗り入れるこの街には、数多くの商業施設が構えられている。

特に活気と賑わいに満ちたアーケードには、日々多くの若者が集まっているらしい。

そんなアーケードの中を戒さんはどんどん進んでいき、俺たちはそれについていく。

 

「人が多いなぁ……朔夜、手離すなよ?」

 

「もちろんですわ」

 

「それにしても、結構大きい街ですね……」

 

「県内で二番目か三番目に大きい都市だからね」

 

「こんなに人が多いと酔いそうだなぁ……まだ着かないのかい?」

 

「もう少しだよ」

 

そしてどんどんと歩いていくとーーー

 

「……ん?」

 

「……なんだかクラブの前で言い合いしてるみたいだね」

 

突然女の子の怒鳴り声が聞こえてきたと思うと、安心院がある方向に指を指す。

そこには俺たちと同い年くらいの女の子が、何やら柄の悪そうな男二人に囲まれていた。

 

「邪魔だよ!そこをどけってんだよ!!」

 

「うるせー!!お前みたいなベラドンナがこのクラブに何の用だ!!」

 

「落ち着いて……どうしたんだい?」

 

そんな言い合いを繰り広げている彼らに戒さんが仲裁に入る。

 

「あ、戒先輩!はい、この女がクラブのトップに用があると……」

 

「先輩って言うのはやめてくれって前も言っただろう?それで……君はここのトップに何の用だい?」

 

「うちは、ここにいるテメーらの仲間が邪魔するから文句を言いに来ただけなんだよ!!」

 

「僕らの仲間?」

 

戒さんは囲まれていた女の子からの言葉を聞き、女の子を囲んでいた男二人を見る。

 

「あ、いや、俺たちは邪魔してないっすよ!?俺たちに言われても……」

 

「じゃあ、クラブに入れようとしなかったのはどうしてなんだい?ここは誰でも入っていい筈だろう?」

 

「そ、それは……」

 

戒さんの問い詰めに先ほどとは打って変わって、どんどんと恐縮していく男たち。というか戒さんの気迫が少し怖い。

 

「ここは君たち専用の溜まり場じゃないんだよ?他の人たちにも利用出来るようにしないと。もちろんこの近くにあるお店とかもね」

 

「は、はい……」

 

戒さんにそう咎められた男たちはその後、女の子に謝り、事なきを得る。

 

「じゃあ、後の事は僕に任せて君は行くといい」

 

「あ、ああ……」

 

女の子はそう言うと、人混みの中へと消えていった。

 

「ふう……すまないね、なんか巻き込んじゃって……」

 

「そんな事無いです。戒さんかっこよかったですよ?」

 

「まさに正義のヒーロー!って感じだったぜ?まあ、このクラブの人と知り合いの時点で正義って言えないかもしれないけど……」

 

「確かにそうだね。それに僕は正義のヒーローって柄じゃないよ。それよりも早く入ろうか」

 

そう言って俺たちは目的地であるクラブへと入っていくのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

入った瞬間、俺たちは耳を塞ぎたくなるような大音量のクラブミュージックに気圧される。

そこにさらに充満する濃い煙が眼と喉にくる。おそらくドラッグを摂取する時に発生している煙だろう。ギラギラと充血した視線が、俺たちに無数に絡み付いてくる。

 

「ぐっ……三人とも、大丈夫か?」

 

「わ、私はなんとか……けほっ、大丈夫です……けほっ!」

 

「……僕も一応大丈夫だよ。けど長居したくないね」

 

「はぁ……けほっ!苦しいですわ……」

 

「ここはいつもこんな感じなんだ。早く移動しよう。苦しかったら少し息を止めておいた方がいいよ」

 

戒さんはそう言って早歩きで奥へと進んでいく。

その後を口を押さえている朔夜の手を引きながら急ぐ俺、俺の服の裾を掴んで付いてくる優月、そしてあまり匂いを気にしていなさそうな安心院が続く。

そして戒さんは一番奥の部屋へ通じるドアを開ける。

 

 

「ここまでくればいいかなーーーさあ、この部屋だよ」

 

俺たちは急いで戒さんが開いた部屋へ入り込む。

 

「はぁ……ここの空気の方がマシだな……」

 

入った部屋はVIPルームとでも言うのだろうかーーーおそらく他の部屋とは違い、豪華な装飾が施されている。そうして部屋を見渡すと、ソファに腰掛けている男と女が目に入る。

 

「まずはここのトップを紹介するよ。遊佐くん、連れて来たよ」

 

そして俺たちは、このクラブのトップと対面する。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、戒くん。そしてそこの少年少女たちはようこそ。あたしたちの底なし穴(ボトムレススピット)へーーー」

 

「さて、そっちの口と鼻押さえてる子はここに来るまでの道に色々言いたい事もあるだろうが、まずは座ってお互い自己紹介から行こうぜ、親友」

 

そう言った男の対面にあるソファに俺たちは腰掛けながら、俺は眉をしかめる。

 

「俺は親友じゃないぞ……如月影月だ」

 

「如月優月です」

 

「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院さんと呼んでくれて構わないぜ?」

 

「九十九朔夜と申しますわ」

 

「お?最後の嬢ちゃんは見た目に違わずしっかりしてるね。流石はとある学園の最高責任者なだけあるか」

 

その男の言葉に朔夜は表情を曇らせる。そして今度は相手が自己紹介を始める。

 

「で、俺は遊佐司狼(ゆさしろう)ってんだ。そしてこっちが本城恵梨依(ほんじょうえりい)。苗字で呼ばれると嫌がるから、気をつけろよ」

 

「あのね、だったらなんで教えてんのよ」

 

「いやだって、こう言っとけばこいつらが何て言うか楽しめるだろ?」

 

「あんた、だいぶ前にも蓮くんにも同じ事言ってたよね……」

 

「まあな」

 

そう言って司狼さんは面白そうに笑う。

 

「あ、俺の事は司狼って呼び捨てで構わないぜ。地の文もそうしてくれよ。それとタメで話してくれていいからな」

 

「またあんたは訳の分からない事を……あたしの事はエリーって呼んでくれて構わないから」

 

「あ、はい……それで……」

 

「あんたたちを呼んだ蓮くんなら少し前に、すぐ戻るって言って出ていったよ」

 

「ま、待ってたらそのうち戻ってくるんじゃね?それまで世間話でもして時間潰そうぜ」

 

そう言って司狼はニッと笑う。

 

「世間話って言われてもな……まず二人は藤井蓮さんの何なんだ?」

 

俺はまず一番初めに気になった事を聞く。

 

「俺はあいつのダチだ。まあ親友って言っても間違いじゃねぇけどよ」

 

「あたしも似たようなものね。まあ昔は少し違ったけど……昔は言うなればダチのダチ?」

 

「そうなるな」

 

「そうですか……じゃあ、司狼さんはなぜ兄さんの事を親友と……?」

 

優月が先ほど司狼が言った言葉に疑問を呈す。

 

「あ〜ノリだよ、ノリ。ま、それ以外の理由もあるけどよ。それは蓮が来たら多分分かると思うぜ」

 

「そうか……じゃあ次に、ここのトップってどういう事だ?」

 

「ああ、なんつーか、成り行きだ。なんだかんだで俺やこいつ(エリー)も暇してたからな。暇つぶしにこの世界で適当にウロウロしてたら、丁度根城に出来そうなクラブ(ここ)を見つけてーーー」

 

「ホールにいた奴らを纏めたと……」

 

「そ、何かと効率的に遊ぶんなら、手足ーーー御輿(みこし)があった方がいいからね」

 

「ま、纏めたっつっても特に何もしてねぇけどな」

 

「あ、そうそう。一応表の連中にはあんたたちに手出しはしないようにきつく言っておいたけど、気を付けなよ。よくない薬を勧められるかもしれないからね〜」

 

「……肝に銘じておきます。蓮さんってどんな人なんですか?」

 

優月が質問する。

 

「そうだな……まず、見た目はそっくりイケメンだよな。ま、俺様には及ばないけどな」

 

「そうだね。一瞬「ん?」って二度見しちゃうくらい似てるよね」

 

「…………そんなにか」

 

「世の中には似た顔が三人は居るって言うけど、まさにその言葉を体現してるね」

 

「つまり影月君と」

「ついでにメルクリウスと」

「藤井蓮ーーーツァラトゥストラ様が似た顔を……と言っても私たちは、まだツァラトゥストラ様にお会いした事はありませんので本当に似てるかどうか分かりませんけれど……」

 

安心院、優月、朔夜が順番に言う。というか何だ、その連携……。

 

「……性格は流石に似てないよな?」

 

「う〜ん……今話している限りはあまり似てないかな?」

 

「だな。あいつはアタマおかしいんじゃねぇかって位、何の変哲もない毎日を過ごす事を望んでやがる」

 

「何の変哲もない……か。分からなくはないが、面白みが無いな」

 

「お?そこは蓮と似てねぇな」

 

「まあ……少しは騒ぎに首突っ込みたくなるよな」

 

「「「えっ?」」」

 

そこで優月たち三人が声を上げる。そんなに意外なのか?結構厄介ごとに突っ込むの嫌いじゃないんだが。

 

「言うねぇ。俺たちと気が合いそうじゃね?」

 

「……どうだろうな」

 

ただ目の前の二人のようにいつも突っ込むような真似はしないが。

 

「どうだ?俺たちのグループに入んねぇか?」

 

「やめとけ、面倒な事に巻き込まれるぞ」

 

とそこで第三者の声が響いた。その声色は俺と同じで、司狼と軽口を叩きながらこちらへ歩いてくる。

 

「お前ら、こいつらを余計な事に巻き込んでんじゃねぇよ。ただでさえメルクリウスとラインハルトに弄ばれてるってのに……」

 

「おう、予想より遅かったな蓮。もう少し遅かったら、お前の嬉し恥ずかしい昔話でもしようと思ってたぜ」

 

「勝手に人の昔話をしようとするな」

 

そう軽口を叩きながら、背後の扉から現れた男を見て、俺たちは一瞬言葉を失う。

 

「ーーーーーー」

 

「ーーーあ……え……?」

 

「うわぁ……本当に……」

 

「…………見間違える程、ですわね……」

 

優月は俺とその男の顔を交互に見て、安心院は珍しく本当に驚いたという顔をし、朔夜は何とも言えない顔をしていた。

その男の顔はまさに双子と言っても差し支えない程似ていた。

 

「さて、初めましてーーーだな。俺が藤井蓮だ」

 

「貴方がツァラトゥストラ様ですわね?」

 

朔夜の言葉に蓮さんは顔を顰める。

 

「そうだけど、その呼び方はあまり好きじゃないからやめてくれ。蓮って呼び捨てで構わない」

 

「分かりましたわ」

 

そして蓮は司狼の隣へと座り、改めて自己紹介をした。

 

「で、話を聞きたいって言ったらしいが何を聞きたいんだ?」

 

「ここ最近の黒円卓の事だよ。俺たちも見てるけど、近頃よく現れてるだろ?」

 

「そうだな……それどころか今日の昼だって……」

 

「分かってるよ。ラインハルトがあれだけの《力》を集めて放出すれば、嫌でも感じる」

 

「で、ハイドリヒ卿は何しに学園に来たんだい?」

 

今まで黙っていた戒さんがそう聞く。

 

「俺たちの事を見ているなら、《神滅部隊(リベールス)》の事は知ってるよな?」

 

「ああ、ゴグマゴグって組織の一部隊“だった”とこね」

 

「そうだ。そこの隊長だった《K》ーーー本名ケヴィン=ウェイフェアを爪牙に加えたいと……」

 

『………………』

 

あの時、ラインハルトから聞いた言葉を言うと蓮たちは額に手を当てる。

 

「……前々から思ってたんだけど、ラインハルトの能力って何?」

 

そこに安心院が質問を投げかける。確かにそれは俺たちも知りたい所だ。

 

「……まずあいつの聖遺物は知ってるか?」

 

「あの槍か?」

 

俺はラインハルトが手にしていた黄金の槍を思い浮かべる。

 

「そうだ。あいつの能力は簡単に言うとその槍で殺したり、あいつの創造で生み出した、いわゆる「城」で死んだ奴を取り込んで、自分の軍勢として率いる能力だ」

 

『……………………』

 

蓮がそう言うが、いまいち話のスケールが大きすぎて要領を得ない。そこで戒さんが補足説明をする。

 

「死者を喰らい、率いて、己の力とする……そして喰われた者は永遠殺し合い、戦い続ける……死んでも蘇生されてね。そんな能力だよ。そしてハイドリヒ卿は流出位階に達しているから……」

 

「流れ出したら、世界はそれを唱える黄金に飲み込まれる……なるほど、メルクリウス様の仰っていた意味はそういう事ですのね……」

 

「なんだよそれ……地獄じゃないか……」

 

そんな世界は嫌だと断言出来るだろう。死んでも永遠戦い続ける楽園(ヴァルハラ)ーーーそんなのはよっぽどの戦闘狂くらいしか喜ばないだろう。

 

「まあ、実際今この世界を包んでいる理はそんな物よりよっぽど素晴らしいものだけどな。それよりも話を戻そう」

 

そう言って蓮さんは問う。

 

「なんで黒円卓の連中があんたたちの学園に現れるのか、その表向きの理由は警備って事は分かってる。でもそうまでして奴らが何を企んでいるのか分からないんだよ。だから一番彼らと関わっているあんたたちなら知ってるじゃないかって思ったからーーー」

 

「ここにお前たちを呼んだわけだ。お前らメルクリウスかラインハルト(あいつら)から、何か聞いてねぇか?」

 

それに対し、俺たち三人は朔夜を見る。見た目幼い子に任せるのはあれだが、こういうのは朔夜に任せるに限る。

その視線を受けた朔夜は平然と言い放つ。

 

「彼らの目的なら知っていますわ」

 

「だよねぇ〜知ってたら苦労しな…………え?マジ?」

 

「知ってるのか!?」

 

「ええ、メルクリウス様からおおよそ全てを……」

 

意外な返答だったのか、狼狽える蓮さんたち。朔夜はそんな狼狽える姿を見て、楽しそうに笑う。

 

「けれど教えませんわ。そんな事したら面白くないでしょうし」

 

「それは、そうかもしれねーけどよ……」

 

司狼が言い淀む。やはりおおよその内容は知って、危険な内容だったらそれを防ぐように動いたりしたいのだろう。だがーーー

 

「心配はいりませんわ。安心なさい、今回のメルクリウス様の“歌劇”は上手く事が運べれば、大きな利益になりますわ。貴方たちにも、私たちにも……くすくす……」

 

『……………………』

 

なんとも言えない朔夜の含むような笑みに、俺たちも蓮さんたちも無言になる。

 

「……さて……他にお聞きしたい事はおありですの?」

 

朔夜は話を切り上げて、蓮さんたちを見渡しながらそう言う。

 

「あ、ああ……他にも聞きたい事はある」

 

 

 

 

 

 

それ以降は様々な事を話した。《焔牙(ブレイズ)》の具体的な説明を求められたり、俺たちがなぜ永劫破壊(エイヴィヒカイト)の力を使えるのか、などだ。

幸いにも朔夜が居てくれたお陰で色々と難しい説明はしてくれた。もしかしてこうなる事を見越してたのだろうか……?

そしてーーーあの鳴皇榊についても説明した。

 

「手加減していたとはいえ、ラインハルトの一撃を止めたのか……一応頭の片隅に留めておくか。さて、こっちから聞きたいのはそれくらいだな。逆にそっちから聞きたい事ってあるか?」

 

そこで今度はこちらが色々と聞く番になった。そして聞いたのは昔の黒円卓との戦いの事や、蓮たちの能力、そして一部黒円卓団員の能力などを聞いた。

 

 

 

それらを話した後は軽く雑談をしていたがーーー

 

「おい蓮、そろそろバカスミ帰ってくるぜ」

 

「そうだな。他にも色々調べてるベアトリスとかも戻って来そうだ」

 

「私たちは時間ですのでこれにて帰らせていただきますけれど……ベアトリスは何を調べているんですの?」

 

朔夜がふと気になった事を聞いた。それに答えたのは司狼だ。

 

「あ〜、ここ最近この繁華街にあるもんが出回ってて、迷惑してんだよ。これだ」

 

そう言って司狼は懐から取り出した物を無造作に机の上に放り出した。

それは透明な袋に入った白い粉だった。

 

「これは……ドラッグ?」

 

「そう、これを吸ってた連中から《禍稟檎(アップル)》って呼ばれててね。でもこれは普通のものとはちょっと違ってね。効果と副作用が半端じゃない」

 

「中毒性も高い。少し前にこの繁華街で暴行殺人事件が起きたんだけど、どうやらこのドラッグも関わっていたらしくてね……」

 

「そういえば、そんなニュースやってたねぇ……」

 

エリーと戒さんがそう説明する。

 

「俺たちは戒やベアトリスにも協力してもらって、このドラッグの出処を探っているんだ。香純は違う用事だけどな」

 

「なるほど…………司狼、これ貰えるか?」

 

「ああ?別に構わねぇけど、吸う気かよ?」

 

「絶対吸わない……朔夜、これを研究の片手間でいいから……」

 

「ちょっと分析してほしいと?」

 

「そうだ。それに俺たちもたまにでいいから、この繁華街にこのドラッグに関係する手伝いに来たいんだが……」

 

「そうですね。私も手伝いたいって思いますし、ベアトリスさんとも会いたいですし……」

 

「僕も同じ気持ちだぜ。……ダメかい?朔夜ちゃん」

 

「………………」

 

その言葉に朔夜は考え込みーーー

 

「……分かりましたわ。貴方たちには帰ったら無期限任務を与えましょう。内容はこの皐月市に出回っている《禍稟檎(アップル)》についての情報収集、そしてこれをばらまいている者、あるいは組織の特定ですわ。まあ、そのばらまいている元凶をどうするかは後々決めますけれど……」

 

「こちらとしてはありがたいけどいいのかよ?危険かもしれねぇぜ?」

 

「もう危険には慣れてるつもりだ。ありがとうな、朔夜」

 

「構いませんわ。機関の方にも一応調査を依頼しておきますわ」

 

 

 

 

その後はお互いの協力関係を改めて確認し、ベアトリスたちによろしく伝えてくれと言った後、お開きとなったーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃ーーーある大国の高速道路ではおよそ現実とは思えない光景が広がっていた。

 

 

 

『現場のヘリから中継です!現在、高速道路で何も無いのに車が撥ね飛ばされるという謎の事故が多発していますーーーあっ!また車が!!』

 

ヘリに乗り、現場の実況をしていたアナウンサーが指した方向にテレビ局のカメラが向けられる。そのカメラに映し出されたのはーーー車が撥ね飛ばされて地面へ激突し、爆発炎上した様だった。

 

 

 

現在高速道路は黒煙と火柱が噴き上がり、阿鼻叫喚の巷と化していた。

道路はクレーターのような陥没が幾つもでき、高速道路を支えている支柱が幾つか崩壊していく。

また、ある車は先ほどのように爆発炎上して辺りに広がる森に落下、大火事を引き起こしたり、またある車は風圧か何かを受けて高速道路から地面へと激しく転げ落ちたり、または数トントラックが数十メートルは宙に弾き飛ばされるなど、目を疑いたくなるような現象が次から次へと起きていた。

 

そんな恐ろしい光景は唐突に終わる。

高速道路を走行中の大型タンクローリーが横転、大爆発を起こしーーーそれが最後の合図なのか、ピタリと謎の大事故が終了する。

 

 

 

 

 

この死傷者が三百人を超える謎の大事故は瞬く間に世界中に広がり、人々の記憶に深く刻まれる事となった。

さらにそれから僅か数刻後ーーーその高速道路から程近い所に建っている、ある組織の建物で大量虐殺事件が発生。

その建物を警備していた者たちと、他の支部に向かっていた幹部を除き、ほとんどの幹部が見るも無残に殺されていた事が(おおやけ)となり、これまた人々の記憶に残る事となる。

警察はこの高速道路の事故と、大量虐殺事件が何かしらの関係があると見て調査を開始。それに軍なども協力、さらに一部の研究機関の協力も借り、調査を進めたがーーー原因は分からず、謎多き事件として迷宮入りし、後世に伝えられる事となる。

 

 

 

 

また裏の世界でもこの事故と事件は大きな衝撃をもたらしていた。

なぜなら、大量虐殺が起きたその建物はゴグマゴグという表向きは真っ当に見せかけていた組織の本部であるからだ。そんな組織が襲撃を受け、関係者がほとんど殺されたというのだから無理もないだろう。

 

 

この襲撃に気付いたドーン機関を始めとした幾つかの組織は、情報収集を開始。ゴグマゴグに関する様々な情報をどさくさに得たがーーー肝心の襲撃者についての情報はどの組織も得る事が出来なかった。

ゴグマゴグ本部内に設置されていた防犯カメラの映像も、()()()()()()()()()()()()()()()()()という怪奇現象のような映像しか無かったのだ。

そしてそれらの映像の音声に記録されていたのは、幼い少年の身の毛もよだつ狂ったような笑い声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

結局、どちらの世界でもこの襲撃の首謀者である黄金と水銀の影どころか、彼らの爪牙である幼い白髪の少年の仕業である事にも辿り着けずに、この事件は終息した。

 




最後の方の大事故や事件は誰の仕業か……分かる人なら分かりますよね?(苦笑)
彼はラインハルトに命令されてゴグマゴグを処理しに行っただけです。高速道路のあれは彼の独断によるものです……うん。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十二話

とても早い更新!やっぱり好きなキャラだと書きやすいですね(笑)
なんか今話で目立っているキャラ二名は色々な意味で作者が贔屓しまくっているなぁ……と改めて感じました(笑)
今回は少し短いですが、お楽しみください!



side 朔夜

 

 

「ーーーお祖父様が行方不明……?」

 

(わたくし)は通話相手である、とある病院の関係者からの言葉を反復し、らしくなく茫然自失となりました。

皐月市から戻り、自らの執務室に入ると見計らったかのように鳴り響いた電話。

それに出てみれば、いきなり私を創り出し、病床に伏していたお祖父様が行方不明ーーー私自身、もうあまりお祖父様に深い思い入れは無い筈なのですが……茫然自失となってしまったという事は、多分心の奥では多少なりとも気にしていたのでしょう。本当にらしくない反応をしてしまいました。

当然、そんな私の反応に気付いた彼らも私を気遣ってくれます。

 

「何?それはどういう事だ?」

 

「朔夜さんの祖父……九十九月心(げつしん)教授が行方不明……?」

 

「シッ!まだ話してるよ。朔夜ちゃん、気にせず説明を聞いて?」

 

その言葉に私は頷き、通話相手の話を聞き始めました。

それによるとお祖父様は今朝、寝ていたベッドから忽然(こつぜん)と姿を消したようで、現在警察やドーン機関の者たちが周辺の捜索をしていると聞かされました。

とは言え、病床に伏しているお祖父様が出歩くという事は考えづらく、警察や組織では誘拐などの可能性も視野に入れているともーーー

それらの報告を聞き終えて電話を切った後、一緒にいる三人に事の次第を伝えました。

するとーーー

 

「そうですか……何事もなければいいですね……」

 

「そうだね……そういえばこの事は朔夜ちゃんのお父さんやお母さんは知っているのかな?」

 

安心院のその言葉に、私はどきりとしました。

なぜなら私はお祖父様の意志を継ぐ為に生み出された存在ーーーつまり人形と言っても差し支えないものであり、そんな私には父や母というような存在はいませんから……。

 

「…………ああ、ごめん。あまり触れられたくない話みたいだね……?」

 

「っ……」

 

安心院は何かしらのスキルを使ったのか、とても申し訳なさそうな顔をしました。

私はそんな彼女の顔を見るのがなんだか悲しくなってきてーーー

 

「いえ、大丈夫……ですわ」

 

顔を俯かせながら答えました。

 

「…………とりあえず僕たちは戻ろうか?透流君たちも待ってるかもしれないし……」

 

「……だな。じゃあ、朔夜。悪いけど……お疲れ様」

 

「ええ……お疲れ様ですわ。今日はありがとうございました」

 

そして三人が出て行き、ドアが閉まると私は執務室から隣にある自室へ移動しました。

部屋には煌びやかなシャンデリア、豪華な真紅の絨毯(じゅうたん)、装飾が細かに施された家具やテーブル、天蓋(てんがい)付きのベッドなどがあり、私はそれらを眺めてふと呟きました。

 

「……いつも過ごしている部屋なのに……なぜこんなに淋しく感じるのでしょう……」

 

そう呟くも、返事は返ってきません。誰も居ないので当然の事なのですがーーーそれがより一層淋しさを引き立てます。

私はそんな気持ちを感じながら、ベッドに座りました。

 

「……月が綺麗……」

 

そして窓から覗く月明かりを見ながら、私はただぼーっとしていましたわ。

その間、私の脳裏で思い返していたのはお祖父様と過ごした記憶ーーー

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーうぅ……ここは……?』

 

『……目が覚めたか、朔夜』

 

『……貴方は……?』

 

『私は九十九月心。お前の祖父に当たる」

 

「……私の……お祖父様……?』

 

『そしてお前は九十九朔夜ーーー私の研究と《操焔(ブレイズ)》の名を継ぎ、神を創り出す為に私が生み出した存在だ』

 

 

 

 

 

『……何をしている、朔夜』

 

『お祖父様。少々暇でしたので、絵を……』

 

『そんな事を聞いているのではない。なぜ《焔牙(ブレイズ)》の勉強をせずに、そのような意味の無い事をしているのかと聞いているのだ』

 

『そ、それは……気分転換にと』

 

『気分転換ならば時間が無駄にならない有意義な事をするのだな。このような事は意味が無い。もっとしっかりと勉強をするのだ。また夕食を無しにしても構わないのだぞ』

 

『……申し訳ありません』

 

 

 

 

 

『……これはなんだ?朔夜』

 

『今日はお祖父様の誕生日ですから、私からお祝いをしたいとーーー』

 

『そのようなものはいらん。それよりもお前はしっかりと勉強し、お前自身の存在意義を果たす事だけに尽くせ。このような無駄なものに時間を使うな』

 

『………………』

 

 

 

 

 

『…………朔夜、最近決められた時間内に課題が終わっていないそうだな』

 

『お、お祖父様……申し訳ありません』

 

『なぜ勉強が遅れている。答えよ』

 

『………………』

 

『答えよ。言えぬ事なのか』

 

『……その……お祖父様……』

 

『……もしや、愛情などというものが欲しい……などと言うのではあるまいな?』

 

『っ……』

 

『くだらん。そのような感情をお前に向ける必要は無い。お前は私の研究を引き継ぐ為だけにこの世に生を受けたのだ。お前という存在全てはそれを成し遂げる事だけに価値がある。故にお前に愛情などという無駄なものなど向ける意味も価値も無い』

 

『…………っ……』

 

『まだ分からぬか、朔夜。お前はただ私の目的を果たす為だけに生きているのだ。他者から向けられる愛情など単なる邪魔でしかない。そもそもお前にそんな感情を向ける者もいないだろう』

 

『…………っ……!』

 

『己の価値を改めて認識出来たのであれば部屋に戻り勉強をしろ。今度遅れたらどうなるかーーー分かっているな?』

 

『…………はい、お祖父様』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーっ!!」

 

そして私の意識は急激に覚醒する。

 

「…………夢、ですのね……」

 

どうやら昔の事を思っている内に眠ってしまったようですね。

その事に内心ため息をはきつつ、体を起き上がらせようとしますがーーー

 

「…………?」

 

ふと、自分の視線が寝ている時より若干高い事に気付きました。いつの間にか下に枕でも敷いたのか……とも思いましたが、その考えは即座に違うと実感しました。

 

「目が覚めたか……?」

 

「なっ……!?」

 

私が顔を上げると、そこには苦笑いを浮かべている見慣れた顔がーーーここ最近一番多く共に刻を過ごしている恋人の顔が間近にありました。

 

「あっ……えっ……?な、なぜ……?」

 

「ああ、あの後やっぱり心配になってな……飯とかさっさと済ませて、様子を見に来たんだよ」

 

恋人ーーー影月はどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべながらそう言いました。

 

「ーーーあっ……ひ、膝枕をしてくれて……それになぜそんな顔を……?」

 

「まあな。普通だったら様子を見て、戻ろうと思ったんだけど……せっかく来たから久しぶりに膝枕でもしてやろうかなと思ったんだ。でも膝枕をして少し経ったら突然朔夜がうなされ始めたから……」

 

影月は少し困ったような笑みを浮かべながら謝罪してきました。

 

「ごめんな?俺が膝枕しなかったら、うなされてなかったかもしれない」

 

「いいえ」

 

私は影月の謝罪を否定しました。

 

「どちらにしても、私はうなされていたでしょう……それになんだか貴方が膝枕をしてくれたおかげか目覚めがいいですし、なんだか救われた気持ちになりましたわ。……ふふっ、私が目覚めるまで膝枕をしてくれてありがとうございました」

 

「……ああ」

 

その言葉に驚いたのか、影月は少し目を見開いた後に少し作ったような笑顔で私の頭を撫でてくれました。

 

「…………♪」

 

ですがその笑顔の不自然さは頭を撫でられた事の嬉しさで忘れてしまいました。

撫でられる事が気持ちよく、目を細めて影月の手に自分の頭を押し付けた私でしたがーーー

 

「……なあ、朔夜」

 

「なんですの?」

 

次に影月が言う言葉でその嬉しさや気持ちよさは一瞬で吹き飛んでいきました。

 

「貴女を膝枕した時に……その、何て言うか……貴女がうなされていたから……気になって貴女のうなされていた夢の内容と、貴女の過去を見させてもらったんだが……」

 

「!!?」

 

その言葉に私は、影月の撫でる手を払い除けて起き上がる。

 

「え……?な、なぜ……?」

 

「…………永劫破壊(エイヴィヒカイト)の位階で一番下は活動。活動位階は聖遺物の特性、機能を限定的に使えるーーーって言えば、頭の良い貴女なら気付くんじゃないか?」

 

「……あ……」

 

私はその言葉で、ある事に思い至る。

 

「俺の能力は何度も聞いてると思うが、確率視則と確率操作……活動位階なら大雑把にだけどその人の過去とかを見られるんだ。まあ、過去を知られたくないって強く思ってる人は俺でも創造位階位にならないと見られない。朔夜もその一人だったと思うし、その驚きを見るにそう思ってたんだろ?でも寝ている間なら、強い意識的な防御は失われるんだ。つまり寝てる人ならより深く、詳しく過去を見れるんだ。ーーーどんなに過去を知られたくないって思ってる人でもな。安心院とかならスキルで他人の過去とかもハッキリ見えるのかもしれないけど……俺はそんなものさ」

 

「…………」

 

そうだった。彼はそういう事に長けている人物ーーーだとしたら……。

 

「なら……以前の午睡(シェスタ)の時でも、私の過去は見れた筈でしょう。しかしその口ぶりから察するに、見ていないのでしょうか?なぜその時に……?」

 

その問いに影月はーーー

 

「俺は誰彼構わず過去を盗み見たりしない。あの時は朔夜もぐっすり眠っていたようだし……今日みたいにうなされたりして、気になる反応をしてなかったからな。それにさっき部屋を出て行く時に、今にも泣きそうな声で俯かれたら……流石に気になる」

 

「……っ……」

 

そう言うと、影月は私の頭に手を置きました。

その手は軽く乗せている筈なのに、どこか重く感じました。

 

「皆が昔、幸せだった訳じゃない。俺や優月みたいに特に不自由無く育って、幸せな人はこの世の中多い。でも透流やユリエみたいに大切な人を誰かに殺されたり、《K》みたく暗い人生を送ってきたりと過去に辛い経験をした人も少なくない」

 

「だが」、と付け足して影月は続けました。

 

「俺はこの学園の生徒とか、色々な人の過去を見てきたけど……朔夜の過去が一番辛いと思う。ある目的を果たす為に生み出されてーーーその目的に必要無い物や気持ちは一切与えられなかったし、教えられなかった。親から本来向けられるだろう、愛情もーーーだから貴女はあの時、全てを諦めた。「人間」として壊れてしまったんだよ」

 

「っ……っ……!」

 

影月の言葉が私の中に浸透していき、彼の顔がーーー視界が揺らぎ始める。

 

「ああ、貴女が昔から知っていたリーリスも思ってたみたいだけど……余計な感情は持たず、ただ自分の祖父の言いなりになって、「人間」として壊れた貴女は、まさに「操り人形」って言われても無理はない」

 

「………………」

 

「操り人形」ーーーその言葉で涙が溢れ出す。

知られてしまった。自分の最も知られたくない過去をーーー大切な人に。

その瞬間、私の胸に渦巻いたのはーーー恐怖。

今まで隠してきた私の過去を知って、彼はこの後どんな事を言い、どんな行動をするのだろう。幻滅するだろうか。「人間」とは言えない私に嫌悪感を抱くだろうか。

そんな過去を送ってきた私は嫌いだとか言われて、拒絶されてしまうのだろうか。あるいはそんな事すら言ってもらえず、口すらも聞いてくれなくなるのか。

あるいはーーー無言でここから立ち去り、もう会ってくれないのだろうか。

いずれにしても嫌われてしまうーーーそんな感情が私の内に芽生え始めて……さらに涙が溢れ出てくる。

 

「……なぁ、朔夜」

 

「っ!!な、なんですの……?」

 

影月に呼ばれ、咄嗟に目元の雫を拭って俯いて返事を返す。でも顔を上げて彼の顔を見る事が出来ない。

 

 

こんな「操り人形」である私の情けない顔を彼に見せたくない。

そしてもしこの後に続くものが拒絶の言葉だったらーーー彼の顔を見て聞きたくない。もし彼の顔を見て聞いてしまえば、私はもっと壊れてしまうかもしれないーーー私はそんな気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

でもーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーえ……?」

 

影月がしてくれた事は私に対する罵倒でも、無言で立ち去る事でも無くーーー私の体を優しく引き寄せ、抱きしめてくれる事でした。

 

「全く……そんな思いも俺には分かるんだよ。拒絶もしないし、罵倒なんて浴びせない」

 

影月の声はとても優しく、どこか落ち着くものでした。

 

「ああ、貴女は確かに「操り人形」だったかもしれない。でもそれは貴女の祖父の所為(せい)だ。それにーーー今の朔夜はもう自分の意志をしっかりと持った「人間」だよ」

 

「えっ……?」

 

「朔夜はもう祖父の意志に縛られていないんだよ。俺に好きだって告白した時からずっと……な?」

 

その言葉にハッとする。

 

「俺に好きだって言ってくれたその気持ちは、祖父に操られて言った訳じゃないだろう?ーーーそれだけで、朔夜は祖父に掛けられた「操り人形」という束縛を自分で抜け出したんだ」

 

「っ……!」

 

「そして、祖父の言っていた「そんな感情をお前に向ける者はいない」……だっけ?その言葉は俺が否定してやる。俺自身が朔夜に好きだって“愛情”を向けているんだからな」

 

「っ!影月……!」

 

彼のその言葉に私は嬉しくなり、彼を抱きしめ返す。

 

「ずっと淋しかっただろう。普通なら与えられる愛情が、朔夜には一切与えられなかったんだからな……でも、もう大丈夫だ。これからは俺が与えてやる。俺が貴女をずっと愛してやる」

 

「……影月……!」

 

さらに続いた言葉により、私の堰き止められていた涙が止まる事無く流れ出してきました。

 

「だから、ほら……もう泣くなよ」

 

「影月……ありがとう……!私の心の悲鳴に気付いてくれて……!!」

 

「……俺はそう大した事をしてないよ。ただ貴女が助けてとか愛してほしいって感情を強く持っていたからーーー俺は自分の気持ちに従って、それに手を差し伸べただけに過ぎない」

 

そして彼は、私をとても大事そうに、さらに強く、優しく抱きしめてくれた。

 

「大丈夫。朔夜の大切な刹那はまだ過ぎ去っていない。これからだ。これからも俺や優月、安心院や透流たちと楽しく過ごす日々ーーーそれが朔夜の刹那で、俺たちの刹那だ」

 

「……くすっ、それは蓮様の受け売りですの?」

 

「……そうだよ、悪かったな。ーーーでも、俺は蓮が言っていたあの言葉、悪くないと思う」

 

「……ええ、私もそう思いますわ」

 

私たちは抱き合ったまま、お互いの顔を見て笑う。

 

「朔夜」

 

「……はい」

 

「これからもずっと貴女の事を好きでいいか?」

 

「もちろんですわ。私も影月の事を好きでいて……いいでしょうか?」

 

「もちろん」

 

「……ふふっ」

 

「……ふっ」

 

その言葉を聞いて私たちはさらに笑みを深めーーー

 

「ん……」

 

「んんっ……」

 

そして、私たちはどちらからともなく唇を重ね合わせました。

お互いの気持ちを確かめ合うかのように、長くーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………安心院さん、もういいですよ」

 

「……いいの?もう二人の様子を見なくて」

 

「いいんですよ。それにこれ以上見るのは無粋じゃないですかね?」

 

「……それもそっか」

 

寮内のとある一室で優月と安心院は隣合って座っていた。

理由は優月の兄と幼い少女の様子を安心院のスキル経由で見る為だ。

だがそれも、二人が口づけをした時点で様子見をやめる。これ以上見るのは本当に野暮だからだ。

 

「はぁ……それにしても、優月ちゃんはいいの?」

 

「何がです?」

 

安心院は二段ベッドの下に寝転がって優月に問い、優月はその質問に対して首を傾げる。

 

「二人があんなに仲良くなっちゃってさ。優月ちゃんは嫉妬したりしないのかなって思ってね」

 

「嫉妬、ですか……」

 

優月は少し考えて答えた。

 

「まあ、少しはしますよ。でも、仕方ないかなって思います」

 

「仕方ない?」

 

「はい、私だって兄さんが大好きです。でも朔夜さんは兄さんが好きみたいですし、兄さんも朔夜さんが好きみたいですからね。相思相愛の二人の間に入り込むなんて真似は私には出来ませんよ」

 

さらに優月は続ける。

 

「そして兄さんは朔夜さんと同じくらい私の事も大事にしてくれていると信じていますから……最愛の妹として。ならそれでいいじゃないですか」

 

「…………影月君はすごく信用されてるみたいだね」

 

優月の笑みを見て、安心院が苦笑いしながらそう言う。

 

「多分、兄さんは安心院さんの事も大事にしてくれていると思いますよ。分かりづらいと思いますけど……」

 

「そうかなぁ……あまりそう感じないぜ」

 

「ふふ……安心院さんもいつか分かる時が来ると思いますよーーーじゃあ、寝ましょうか?兄さんはさっきのを見た限り、多分戻ってこないでしょうから下のベッド使っても大丈夫じゃないですかね?」

 

「…………いや、今日も優月ちゃんの所に寝ようかな。ダメかい?」

 

安心院がそう言うと、優月は一瞬驚いたような顔をした後に、満面の笑みを浮かべてーーー

 

「いいですよそれじゃあ一緒に寝ましょうか?」

 

「そうだね」

 

そして部屋の電気を消し、二人はベッドに向かい合うようにして横になる。

 

 

 

 

そうしては各々、思い通りの事をし、眠りにつくーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだい?君たちはそんな程度で僕と遊べる気か?」

 

「か、構うな!弾幕をばら撒け!声が聞こえた所には集中的に撃つんだ!」

 

その頃、南米のとある会社ビルではウォルフガング・シュライバーが襲撃をかけていた。

この会社ビルは一般社会に上手く溶け込んではいるもののーーーその偽装の下は、とある裏組織の息が掛かっている重要施設だ。

それが証拠に、このビル内にいる警備員が重武装をして突撃銃(アサルトライフル)をぶっ放すなど、普通の会社ではありえない話である。

 

「くそっ!弾がーーー」

 

そんな警備員の一人が弾切れとなった銃を床に投げ捨て、腰のホルスターにある拳銃を手に取ろうとしたが、どこからか放たれた銃弾に頭を撃ち抜かれて即死する。

 

「ほらほら、こっちだよ〜当てれるものなら当ててみな〜!」

 

シュライバーは片手に持つルガーを警備員たちに向けたまま、挑発する。

 

「なっ!?子供!?」

 

ここで初めて姿を見せたシュライバーに一人の警備員が驚くがーーー

 

「ほらほら、早く撃たないとーーー君たちの方が死んじゃうよ?」

 

シュライバーはその驚いた警備員の眉間に銃弾を無慈悲に撃ち込み、その警備員を即死させる。

 

「っ!貴様ぁぁぁぁ!!」

 

それを見た警備員たちは死んだ仲間の仇と言わんばかりに銃を乱射するもーーー

 

「よっーーーほっーーーっと」

 

側宙やバク宙を駆使して、それらの弾を全てかわすシュライバー。

遊んでいるのか、ニヤニヤと笑いながら、見せつけるかのように回避している。

 

「なんだあの少年!?」

 

「おい、あれはあるか!?」

 

「ああ!」

 

「んん?」

 

そこで警備員の一人がある物をシュライバーに向ける。

それはホーミング誘導式のミサイルだった。

 

「それなら僕に当てられると思ってるのかい?」

 

「くらえ化け物め!!」

 

シュライバーの言葉には耳を貸さずに、警備員は狙いをつけた誘導ミサイルのスイッチを押す。

それと同時に誘導弾が射出され、シュライバー目掛けて突き進む。

 

「アハ、アハハ、アハハハハハハハハハ!!」

 

その光景を目の当たりにし、突如狂ったように哄笑するシュライバー。

その様を見て、警備員たちの背筋には凍る程の冷たい何かが押し当てられた感覚がした。

それは言うなればーーー殺気だ。もちろんそれを発しているのは彼である。

 

「遅いんだよ、ノロマが!!」

 

そう言うと同時にシュライバーの姿が目の前から消えーーー

 

「がっ!」

「ぐっ、がぁ!」

「あがっ!」

「ぐあっ!」

 

瞬く間に残っていた警備員たちが断末魔の悲鳴を上げて倒れ込み、絶命する。

 

「今の僕に攻撃を当てたいんなら僕の不意を突くか、せめてマッハ以上の速度で攻撃しないとねぇ……さて、それじゃあここも終わったし、戻ろうかな」

 

シュライバーはつまらなさそうに自らが殺した死体を一瞥し、二丁拳銃を仕舞って立ち去ろうとする。

だがーーー

 

「ーーーーーー」

 

ふと、背後に何者かの気配を感じる。

シュライバーは振り返る事無く、その気配の正体を考え始める。

 

敵の新手?ーーー違うだろう。

彼は向かってくる警備員は数分と掛からず全員応援を要請させる間も無く撃ち殺したので、新たな増援がもう来たとは考えにくい。

 

ではこのビルで働いていた関係者?ーーーそれも違うだろう。

シュライバーは逃げ遅れた一般人か、重要な立場にいる一般人位しか殺していない。前者は逃げ遅れたから自業自得、後者は絶対に逃がしてはいけないという命令故に殺している。さらに、こんな銃撃戦が繰り広げられていた建物の中にすぐに戻ってくる人などほぼ皆無だろう。

 

ならば第三の可能性はなんだろうと思考するシュライバーがある事に気付く。

 

(ん?この気配ーーー女の子かな?)

 

シュライバーは振り返る事無く、気配だけで性別とおおよその年齢ーーー女の子だと判断する。

本来ならば気配だけで性別とおおよその年齢などが分かると言っても、誰しもがそのような事は眉唾物だと言うだろう。

だがそれを出来ると胸を張って言えるのが、このウォルフガング・シュライバーだ。

 

彼は今まで数多くの人を殺し、喰らってきた。男性も女性も幼い子供も老人も、多くの者を殺した。

彼の眼帯が着けられた右目に詰め込まれている死者の数は、実に十八万五千七百三十一人。

雑魂の塊ではあるものの、単純な数で言えばこれは同じ大隊長のマキナとエレオノーレの三倍以上であり、団員の中でも最高の数である。

直接殺した人数の世界新記録であり、今も昔もそして未来も、おそらくこれからも増え続けるだろうこの記録は絶対に破られる事は無い。

 

それ程の人を殺した彼だ。気配だけで大体の事を察する程度の事など造作も無く出来てしまうのである。

 

「ねぇ君、どうしたのかな?こんな所に来ても何も……」

 

大体の考察を終えたシュライバーはここでようやく振り返る。

 

 

 

 

 

 

瞬間ーーーシュライバーに向けて炎が放たれ、()ぜた。

 

耳をつんざく激しい音と共に辺り一面が炎に包まれ、燃やし尽くされる。

先ほどシュライバーが殺した警備員の死体が焼け、辺りに死体が焼ける異臭が漂う中ーーー

 

「いきなりだねぇ。でもその程度じゃ、僕には当たらないよ?」

 

シュライバーは先ほど強行など無かったかのように平然と炎に包まれた道を歩いていた。

先ほどの攻撃を刹那の間に回避したのだ。そして先ほどの炎を放った者にそう笑いかけながら目を向ける。

そこにはーーー

 

「………………」

 

上着のフードを目深に被った小柄な少女が掌をシュライバーに向けて佇んでいた。

あまりにも深くフードを被っている為、その顔と表情は分からない。がーーー

 

「驚いたかい?そりゃあそうだろうねぇ?う〜ん……その反応を見る限り、僕が初めてかな?さっきの一撃をかわしたのは……」

 

シュライバーの目はしっかりとその少女の反応を見抜いていた。軽く笑いながら話しかけるシュライバーに対して少女が取った行動は……。

 

「アナタは……誰……?」

 

そう問い掛けながら、シュライバーに向けたままの掌から炎を撃ち出した。

それを今度は危なげなく、目に見える程の速さでかわして彼は答える。

 

「僕かい?僕は聖槍十三騎士団黒円卓第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。呼びづらいなら僕の本名のアンナって呼んでくれていいよ」

 

「アンナ……?」

 

「そう。よかったら、君の名前も教えてくれるかな?」

 

シュライバーは三度(みたび)放たれた炎を跳躍でかわしながら聞く。

その時、室内に充満していた熱風が舞い上がる。熱風は強く、少女が被ったフードを大きく揺らして捲り上げーーー少女の素顔が明らかになる。

その顔にシュライバーはーーー

 

(ん〜……ツァラトゥストラとかユサシロウと似た顔……日本人かな)

 

そういう感想を抱く。だがこの少女の顔はある者たちから見れば、とても驚き、目を疑うだろう。なぜならーーー

 

 

 

 

 

 

 

「私、はーーーオトハ……」

 

その少女の顔は()()()()()()()()()()()()透流の妹、音羽の顔そのものだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……オトハも逃げたかな?」

 

それから僅か数分後、シュライバーは一人、崖の上に佇んでいた。

そしてそのシュライバーの視線の先には赤々と燃え盛る一棟のビルがある。あの後、オトハと名乗った少女があの炎でビルを燃やし尽くしたのだ。

 

「面白い子だったなぁ……オトハ、オトハね……また会ってみたいよ」

 

あの後、ビルが火災により崩れ始め、シュライバーとオトハはそれぞれ別れて逃げ出した。

シュライバーは危なげなくこうして無事に逃げ出してきたが、彼はあの少女がしっかり逃げ切れたのか気になっていた。

 

「なんだろう……あの少女とはまた会う気がするなぁ……それに僕もまた話してみたいし……」

 

シュライバーは珍しく、人殺しをしている時に浮かべる狂気的な笑みではなく、親しい友人に会った時の少年のような笑みを浮かべていた。

 

「まあ、あの子を殺すのはまた今度ーーーさて、僕も帰ろ〜っと」

 

その言葉は虚空へと溶け込んでいきーーーそれと同時にシュライバーも音も無く姿を消した。

 




作者が好き過ぎて少々贔屓気味になってしまう双方の作品キャラ……それは朔夜とシュライバーでした(笑)

作者はdies iraeでシュライバーが一番好きだったりします(笑)
ちなみにその後に続くのはベアトリス(二番)、獣殿(三番)となります。

一方のアブソリュートでは朔夜が一番、次いで榊(二番)、ユリエ(三番)ですかね……。

……この好きなキャラランキング的なもので一話作れるかな…………無理か(苦笑)

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十三話

今回は遊園地回です!
それとお気に入り120件越え!本当にありがとうございます!



side 影月

 

 

「はぁ……」

 

「兄さん……昨日はお楽しみでしたね……。お疲れ様でした」

 

「お疲れ、影月君。栄養ドリンク持ってきたけどいるかい?」

 

「……もらおう……後、優月はなんでやってしまった事を知ってるし……」

 

朔夜と一夜を過ごした次の日ーーー俺は教室で机に突っ伏してしまう程疲れていた。

あの後、俺はやる気が無かったのだが……朔夜が誘ってきたのでついついやってしまった……朝まで……。

 

「え?やってしまった?……私が言ってるのは、キスとかの類いなんですけど……まさかそこまでしたとか……?」

 

「え?……い、いやいやそんな事はナイデスヨ?」

 

まずい、自分で墓穴を掘ってしまった。

 

「なぜ片言に……大丈夫ですよ。私はそうだったとしても気にしません。でも……」

 

「……でも?」

 

「今度私にもやってもらいますけどね?」

 

「……えぇ……」

 

「……影月君、頑張って〜……」

 

そう言って安心院が離れて行こうとするもののーーー優月が腕を掴む。

 

「安心院さんも一緒に……ね?」

 

「えっ!?ぼ、僕は邪魔しないように、みやびちゃんと巴ちゃんの部屋に行くからーーー」

 

「行かせませんよ?」

 

「「……………………」」

 

そんな周りのクラスメイトが若干赤面しつつも、注意出来ないような性的な話を朝っぱらから、教室でしているとーーー

 

 

 

「おはよう」

 

「皆さん、おはようございます」

 

「……おはよう、透流、ユリエ」

 

教室に透流とユリエの二人が入ってきたーーーが。

 

 

 

 

「うわぁっ!?」

 

突然、透流が叫び声を上げながら、でんぐり返しをして大の字となる。

 

「ど、どうしました!?」

 

その光景に優月が驚き、透流の元へと駆け寄る。さらに数名のクラスメイトも心配そうに近寄っていく。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、ああ……」

 

俺も近寄り、透流に手を貸して起き上がらせるとーーー窓から声が聞こえた。

 

「はろはろーん♪センセーがいなくて寂しかった人は手ーあげてー☆」

 

「おっ、白うさ先生だ!」

「久しぶりだね、白うさセンセー♪」

「……はぁ……なんか見えてるし……」

 

片膝を立てて窓枠に腰を下ろして、下着が丸見えというろくでもないポーズのままに、いつもと全く変わらないノリで月見先生は室内に声を掛ける。

 

「ってなわけでたっだいまー♪うさセンセーの完全復活だよーっ、ぶいっ☆」

 

「何がぶいっだ!!」

 

透流が怒鳴りながら、月見を指指す。

 

「帰ってくるなり人の背中を蹴るなっ!!」

 

「というか下着が見えてるから隠せよ……」

 

透流がさらに怒鳴り、俺が呆れながら指摘すると月見先生は演技なのか、顔を赤らめる。

 

「いやーん、九重くんと影月くんのえっち☆見えてるじゃなくて、見・せ・て・る・の♡」

 

「何でだよ……」

 

「しばらく留守にしてたから、お土産に夜のおかずをだな……」

 

「真面目な顔で何言ってんだ……」

 

「兄さんにそんなものいらないですけどね」

 

「おい優月」

 

「お?優月、そりゃあどういう意味だ?説明プリーズ!」

 

すると優月の呟きに、超反応した月見先生。優月は月見先生の耳元まで走って行き、耳打ちをし始めた。

そして少ししてから、その耳打ちが終わるとーーー

 

「……影月、お前って……ロリコーーー」

 

瞬間、俺は月見先生の胸ぐらを掴んでいた。

 

「速っ!?」

 

後ろからそんな驚きの声が聞こえてくるが、無視して月見先生を引き寄せ、凄みながら小声で話す。

 

「もう一度集中治療室に戻りたいのか?なら俺が戻してやろう。いいだろ?」

 

「っ!良い訳ねーだろ!冗談だ冗談!!っつーか苦しいから離せ!!」

 

「………………」

 

どうやら本当に冗談のようなので、月見先生の胸ぐらを離す。

 

「だが、全快してないのに戻ってくるとはな……その眼帯の下もまだ治ってないだろ」

 

俺は後半の部分だけ小声で言う。これは単に周りのクラスメイトたちを心配させない為だ。

 

「まあな、でも大丈夫だからあまり気にすんな!」

 

 

 

「……はぁ……それよりも」

 

「何だよ?」

 

俺は大きくため息をつくと、透流に目を向けーーーその視線に気付いた透流も大きくため息をはき、一人の女子に目を向けた。

 

「それだけ元気なら、せめて吉備津(きびつ)には連絡くらいしてやってもよかったんじゃないか?」

 

「む?」

 

「あ……」

 

月見先生に顔を向けられた吉備津が目を丸くしーーー

 

「せ、んせぇ……よか、た……う、ひっく……ぅぅ……ふぇえええんん……」

 

ぼろぼろと涙を零し始めた。

 

「あー……」

 

対して月見先生は気まずそうな表情を浮かべると、吉備津に歩み寄っていく。

 

「心配かけて悪かったなぁ、モモ。だけどまー、アタシはこうしてぴんぴんしてっから、もう安心していいぞ。なっ」

 

月見先生は安心しろとばかりに吉備津の頭を胸元に引き寄せるも、そのまま声を上げて泣き出してしまう。

 

「ふぇえええええええんん……」

 

「泣き止めって、なっ。頼むから泣き止んでくれって。…………ああくそっ、おい《異能(イレギュラー)》と《異常(アニュージュアル)》!てめーら何とかしやがれぇええええっ!!」

 

こちらに助けを求めてくるという事は、どうやら月見先生はこういった状況が苦手らしい。

あたふたと慌てふためく珍しい姿を見て、俺を含めたクラスメイトの多くが月見先生を見て笑い声を上げた。

この時をもって、ようやく一年の教室にも明るさが戻ってくる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

昼を過ぎ、食事もそろそろ終えようかといった頃ーーー

 

「おい《異常(アニュージュアル)》、出掛けんぞ!」

 

「騒々しいな、いきなり何言ってんだ?」

 

何やら離れた所で騒いでいた月見先生がこちらにやってきて、突然そんな事を言い出した。

 

「アタシの快気祝いっつー事で出掛けんだよ」

 

授業は午前中に終了し、午後は確かに空いてはいるのだがーーー

 

「俺はこの後、用事があるんだが……」

 

と呟くも、月見先生の後ろに立つ人たちーーーみやび、吉備津、リーリス、そして何やら困った顔をしている透流の姿が目に入る。

 

「あはは……。成り行きでDNLへ行こうって話になっちゃって……」

 

「DNL?」

 

その言葉に安心院が首を傾げる。

 

デスニューランド(DEATH New Land)って言うホラーテーマパークですよ。確かここから一時間くらいの所にありましたね」

 

「へぇ〜、僕らの世界でいうネズミの王国的な所か」

 

「ネズミの王国?」

 

「気にしなくていいぜ」

 

そう言って安心院は苦笑いする。

 

「ほら、お前らも行こうぜ!」

 

「だから俺は用事が……」

 

「影月、行きますわよ」

 

「ーーー朔夜、なぜここにいる……?」

 

そこへ突然現れた朔夜に唖然とする。

 

「アタシが連れてきた!こうすりゃ、お前も来ると思ってな!!」

 

「というわけですの。だから影月ーーーエスコートしてくださいません?」

 

その言葉に俺は頭を抱えるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから約一時間後ーーー

結局、朔夜にねだられて無理やり参加する事となった俺は、DNL(デスニューランド)の入場口前へと立っていた。

 

「早速、皐月市に行こうと思ったのに……こうなるって……」

 

「あら、早速任務に赴こうとしていましたの?感心致しますわ」

 

「まあ、でもいいじゃないですか。朔夜さんの事、心配でしょう?」

 

「というか朔夜ちゃんが最近アグレッシブになってきた件。……さらに最近の影月君も、朔夜ちゃんの言いなりになってきている件」

 

「ほっとけ……」

 

ニヤニヤと笑いながら言う安心院にそう返して前の方に並ぶ面々の顔を視界に入れる。

先頭はリーリスで、その後に月見先生と吉備津、みやびと橘、透流とユリエ、そして安心院に優月に朔夜に俺という順番で入場を待っていた。

ちなみにトラとタツはどうした?と透流に聞いた所、トラは『どうして僕が、あの女の快気祝いに参加しなければならないんだ』と言い、タツは参加したらトラがうるさそうだからと言って参加しなかったそうだ。

なのでこの面々となったわけだが……いつぞやの海水浴の再来とでも言うべき男女比率である。

 

「それにしてもなんで朔夜は学園の制服を着てるんだ……?」

 

「……私が一人だけ漆黒の衣装(ゴシックドレス)を着ていたら、今より目立つでしょう」

 

「……ああ」

 

その返事を聞き、納得する。

俺たちは現在もの凄く目立っていて、周囲からの注視はもちろん、アイドルグループ(おそらく同じ制服を着ているから)の撮影なのかと憶測する声まで聞こえてくる。

確かにこれだけの美少女(俺と透流は美少年かどうかは知らないが)たちがいたら、そう思われるのも無理は無い。

さらにこんな注目されている中で朔夜が漆黒の衣装(ゴシックドレス)など着ていたら、さらに目立つ事間違い無しだ。

朔夜としてはやはり目立つのは避けたいのだろう。……それでも十分目立ってると思うが。

 

(はぁ……とりあえず早く入りたい……)

 

俺は内心、ため息をはきながらそう思うのだった。

 

 

 

 

「さあ、時間も勿体無いしどんどん行くわよ。まずは基本を押さえた上で、各々行きたい所を挙げて順に回りましょ。一通り回り終わったら、その時は皆で行き先を話し合うって事でいいわね?」

 

ようやくパーク内へと入ると、リーリスがこれから回るアトラクションについての提案をする。

最もな提案の為、誰も反対する事無くその案は採用された。

基本として回る事となったのは三つのジェットコースターで、後はそれぞれが希望をリーリスに伝えていく。

 

 

そしてリーリスが回るコースを考えている間ーーー突然どこからか俺の聞き覚えのある名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、いた!蓮ーー!」

 

「ちょっと綾瀬(あやせ)さん、声大きいわよ」

 

「ん?蓮?」

 

その名前にふと、藤井蓮の顔が思い浮かぶ。だがここには流石に藤井蓮は居ないだろう。故にこの呼ばれている蓮さんという人は多分全くの別人だと思う。

偶然だなと思いながら、聞き流すがーーー

 

「おーい、無視するなーー!そこっ!藤井れーーんっ!!」

 

「あ、綾瀬さん、あの人は違うんじゃ……!?」

 

「藤井蓮……?」

 

「ん?この声……兄さん、どこかで聞いた事ありませんか?」

 

「知り合いか?」

 

優月の言う通り、藤井蓮と大声で叫んでいる人をなだめようとしている女性の声は、俺もどこかで聞いた覚えのある声だった。という事は、橘の言う通り知り合いの可能性もーーー

そう思いながら、優月と共にその声が聞こえた方を振り返るとーーーバシッと強く肩を叩かれた。

 

「全く、蓮ったらなんで先に入っちゃうのよ!探すの苦労したんだからね!」

 

「「…………はい?」」

 

俺と優月はその肩を叩いた女性の言葉に呆気にとられる。

年齢は俺たちと同い年位だろう女性はにこやかに笑いながらそんな事を言う。

 

「ってなーによその顔、どうかした?」

 

「いや……あの……どちら様?」

 

「なっ……あたしをバカにする為についにそういう真似までするようになったか!なったのかー!」

 

そう言って、バシバシと肩を二回叩いてから襟首を掴み、がくがくと揺すってくる女性。つか、肩を叩かれたのが結構痛い。

 

「影月、その方はーーー?」

 

「なんだ、《異常(アニュージュアル)》?知り合いか?」

 

「知らねぇよ!というかユリエと月見先生も首を傾げてないで、なんとかしてくれよ!?」

 

「綾瀬さん、その人は別人よ。藤井君はそんな制服着てないでしょ」

 

「へ?」

 

そこで先ほど聞こえていたもう一人の女性が近付いてきてそう言うと、俺の襟首を掴んでいた女性は手を離して俺の服装を見始める。

というかもう一人の女性はやはりーーー

 

「螢さん……ですか?」

 

櫻井螢さんだった。螢さんは苦笑いをしながら近付いてくる。

 

「ああ、やっぱり優月ちゃんね。綾瀬さん、その人は藤井君じゃなくて昨日話した如月君よ」

 

「というか久しぶりだな……螢さん」

 

「ええ、貴方たちも遊びに?」

 

「まあ……俺は無理やり連れて来られただけなんだが……」

 

「「あはは……」」

 

俺の言葉に苦笑いをする優月とみやび。そしてーーー

 

「あなた、本当に蓮じゃないの?」

 

「綾瀬さん、やめてあげて。この人困ってるから」

 

すると、俺の事をまじまじと見ていた女性の視線を遮るかのように、少し青みがかった銀髪の女性が間に割って入った。

 

「だって氷室先輩、彼もの凄く蓮に似てませんか?」

 

「確かにもの凄く似てるけど……本物はあっち」

 

そう言って銀髪の女性が指を指した方向にはーーー

 

「俺はこっちだ、バカスミ。というかこんな人の多い場所で人の名前を大声で呼ぶな」

 

俺とそっくりの顔ーーー藤井蓮がため息をはきながら歩いてきた。

 

「蓮!?……って事はもしかしてこの人は……?」

 

「……蓮、早速で悪いがこの人に色々言いたい事があるんだが……」

 

「構わないぞ、影月。なんでも言ってやってくれ。チョップも三発までなら許す」

 

「ちょっと蓮!?あたしを見捨てるかー!」

 

「たまには他人から怒られてみろ。そしていい加減懲りろ!」

 

「……肩、叩いてたの結構痛かったんだが?何か言わなきゃならない事があるんじゃないか?」

 

「あ、あははは〜……」

 

女性はぎこちない笑みを浮かべながら、ゆっくりと方向転換しーーー

 

「ごめんなさ〜い!!」

 

「あっ!待て、バカスミ!」

 

そう言いながら、走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……痛い……」

 

「全く……だからお前はバカスミって言われるんだよ。ーーー影月、ごめんな?うちの香純が手を出して……痛かっただろ?」

 

「それなりにな……まあ、こっちもお返しに一発叩かせてもらったから、少しは溜飲(りゅういん)が下がったよ」

 

あの後、謝りながら逃げ出した女性ーーー綾瀬香純(あやせかすみ)は結局蓮に捕まり、俺はとりあえず一発バシッと叩いてさっきの肩の痛みを払拭させてもらった。

 

「それにしても、本当に綾瀬さんが見間違うくらいそっくりだね。ーーーねぇ、どこかの芸人みたく、幽体○脱〜とかやってみてよ」

 

「先輩も何言ってんすか……」

 

そして銀髪の女性ーーー氷室玲愛(ひむろれあ)は俺と蓮の顔を交互に見て、そんな事を言い始めた。

ちなみにベアトリスとか司狼は来ていないらしい。聞くと今日も皐月市で色々と情報収集しているそうだ。

 

「それにしても奇遇だね。まさか蓮君とまた会えるなんて」

 

「俺もだよ。まさか会えるとは思ってなかった」

 

安心院の言葉に苦笑いする蓮。その様を見て、今まで黙っていたこちらの人たちが俺に聞いてくる。

 

「なあ影月、本当に知り合いなんだよな……?」

 

「ああ、って言ってもお互いに知ってるのは蓮くらいだが。……何で俺と蓮の顔を交互に見てる?」

 

「い、いやぁ……そっくりだなって……」

 

「ヤー、本当に見間違えます」

 

透流とユリエの言葉に俺と蓮以外の全員が頷く。

 

「「お前ら……」」

 

「そ、そうだ!あなたたちも遊びに来たなら、あたしたちと一緒に回らないかしら!?」

 

俺と蓮がそれぞれ睨むと、リーリスが慌てたように話を変える。

 

「あたしは月に一、二度はここに遊びに来てるからオススメの所を回るわ!」

 

「そ、そうなんだ〜!ならあたしたちも一緒に回ろっかな〜!ねっ、櫻井さん!」

 

「そ、そうね……」

 

こうして何やらドタバタとしたものの、ここで会ったのも何かの縁という事で共に回って、遊ぶ事になった。

 

 

 

 

「そういえば蓮、マリィちゃんは?」

 

「っ!?」

 

そこで香純さんが蓮に向かってそう言い、朔夜がなぜか反応する。

そんな事など知らずに、蓮は右腕を上げる。

 

「この中にいるぞ。端末だけど」

 

「じゃあ、出してあげたらいいんじゃない?マリィちゃんだってここで皆と楽しみたいだろうし……」

 

「でもなぁ……そうは言っても外は危ないし……」

 

すると蓮さんが突然独り言を話始める。

 

「ーーーう〜ん……遊びたいって言ってもだな……ここだったら騒ぎになるし……。ーーーーーー……ああもう、分かったよ。何かあったら俺が守ってやればいいんだろ?ーーー分かった。出てこいよ、マリィ」

 

そう言うと、突如蓮の目の前に光が集まりだしーーーそれが人型の形を取ると爆ぜた。

その光が晴れるとーーー

 

「「「ーーーーーーーーー」」」

 

「おお……!」

 

『うわぁ……!!』

 

俺と優月と朔夜は言葉を失い、透流は感嘆の声を上げ、女性陣は綺麗な花を見たかのような声を上げる。

 

 

「ほら、自己紹介して、マリィ」

 

「うんっ。えへへ……初めまして、わたしはマルグリット・ブルイユって言います。マリィって呼んでね」

 

 

 

 

光の中から現れたゴスでロリな格好をした金髪の少女がそう自己紹介すると、周りがほんの少しの間沈黙しーーー

 

 

 

『可愛い〜!!』

 

 

 

こちらの女性陣(優月と朔夜除く)と、周りでこちらの様子を伺っていた他のお客さん(男女どちらも)が咄嗟に耳を塞いでしまう程の大声でそう叫ぶ。

その声を聞き、さらに多くの人が足を止めてこちらを見てくる。

 

「やっぱり騒ぎになっちゃったね。藤井君、早く行った方がいいよ」

 

「そう言いながらどさくさに腕を絡めないでくださいよ。ほら、マリィも皆も行くぞ。リーリスが案内してくれるんだろ?」

 

「ええ、まずはジェットコースターよ!!」

 

そう言いながら歩いていくリーリスに皆が付いていく。

俺と優月と朔夜もその後を少し遅れながらも付いて行くとーーー

 

「影月君、優月ちゃん、朔夜ちゃん」

 

「螢さん……」

 

螢さんが俺たちの隣へと近付いてきて、歩きながら話しかけてくる。

 

「どうしたの?マリィちゃんを見て、何か衝撃を受けていたみたいだけど……」

 

「あ……何でもない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……彼女とは初めて会った筈なのに、どうにも()()()()()()()()()()()()()

 

「私もです……」

 

「……そう」

 

俺と優月の言った違和感に黙り込む螢さん。すると朔夜がーーー

 

「螢さん、このような場で聞くのは(はばか)られるのですが……彼女が例の……?」

 

「……ええ」

 

そう聞くと螢さんがマリィを見やり小声で、しかし俺たちにはっきりと聞こえる大きさで言った。

 

 

 

 

 

 

 

「彼女が黄昏の女神よ」

 

「黄昏の女神……?」

 

「……あの方が第五天の女神様ですのね……」

 

朔夜が噛みしめるように呟くが、俺と優月は今一要領を得ない。

すると朔夜が俺たちにも分かるように簡潔に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女こそ、ラインハルト様、メルクリウス様、そしてツァラトゥストラ様が守護しているこの世界の理を流れ出している存在ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ最初に乗るジェットコースターの席順を決めたいと思うんだが……」

 

先ほどの話の続きはまた今度という事で一旦終わらせ、一番最初に向かったジェットコースターの待ち時間中、蓮がそう言い始めた。

 

「わたしは、透流くんの隣に乗りたいな……」

 

「あたしも透流の隣に乗るわ。もちろん今日一日全てよ」

 

「ナイ、みやびでいいと思います、もしくは私か巴でも構いません」

 

「私は誰でもいいですよ?」

 

「僕も優月ちゃんと同じ〜」

 

「私も優月と同じだな」

 

「私は優月か安心院か……一番は影月の隣がいいですわ」

 

「私はせんせーと一緒がいいなー」

 

「おう、いいぜ。んじゃーアタシらは一緒に乗るとすっか」

 

「わーい」

 

するとみやび、リーリス、ユリエ、優月、安心院、橘、朔夜の順(月見と吉備津は決まったようだが)でそれぞれ思い思いに希望を言い出しーーー

 

「あたしも誰でもいいな〜。櫻井さんは?」

 

「私も誰でも構わないわ」

 

「私は藤井君か影月君の隣がいいかな」

 

「……影月、先輩に狙われてるから気を付けろよ」

 

「……分かった」

 

香純さん、螢さん、玲愛さんの順で向こうも希望を言う。

……あれ?

 

「マリィは?」

 

「ああ……彼女は基本俺と一緒じゃないとダメだ。どうしても目が離せない事情があるからな」

 

「…………あれの事ですわね」

 

蓮の言葉に朔夜がほんの小さく声を出したが、俺には何の事だか分からなかったので忘れる事にする。

というか先ほどから周りの他のお客さんの視線が痛い。特に男性客からは『もげろ』とか『爆ぜろ』という視線が感じ取れる。全て無視するが。

 

「そっか。じゃあ私は影月君希望しかないんだね」

 

「ちょっと待ってください。氷室さん」

 

そこで橘が待ったを掛ける。

 

「それだと色々不公平も出てくるだろう。だから一緒に乗る相手をグーパーで決めるというのはどうだろうか?」

 

「ナイスアイディアだ、橘。でも、それだと望む人と一回も一緒になれないって不公平も起こるかもしれないから、自分の乗りたい希望アトラクションの所は希望した奴が一緒に乗る相手を選べるってのはどうだ?」

 

橘の意見に俺がさらに付け加えると、誰からも異論が出る事は無かった。

 

「なら、グーパーをしようか。月見先生と吉備津、蓮とマリィは抜いてーーーいくぞ?」

 

俺の声と共に皆が手を差し出し、じゃんけんを始める。

 

『せーの、グとパでほいっ!』

 

 

 

 

 

結果ーーー俺は透流と乗る事になった。

 

「……喜んでいい席なのか?」

 

「……さあ?ただ……」

 

何やら先ほどから俺たちが座っている座席の前と後ろ(前はリーリスと螢さん、後ろは朔夜と安心院)から、羨ましそうな視線を感じる。

 

「……とりあえずよかったって事で……」

 

「……そうだな……」

 

とりあえず今はこのジェットコースターを楽しむ事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてジェットコースターを楽しんで次に向かったのは、ユリエの希望であるティーカップだ。

最大四人乗りの為、四グループに分かれる事となり、俺たちのグループは俺、朔夜、優月、そして玲愛さんがカップに乗り込む。

 

「今度は一緒ですわ、影月」

 

「ああ、三人とも一緒ですごく嬉しいよ」

 

「私もですよ!兄さん!」

 

「私も君と一緒に乗れて嬉しいよ、影月君」

 

などと楽しく話していると、カップの出入り口をスタッフの人が閉める。

 

「よっしゃー、回すぜ!」

「まだ始まってないわよ……」

 

別のカップから月見先生と螢さんの声が聞こえてきて、俺はふと思う。

 

「そういえば、ティーカップの操作はどうする?」

 

「あ、そうですね……私はいいですから、三人の中の誰かでいいと思います」

 

「……私も結構ですわ。どちらかで……」

 

「じゃあ、私が回すよ」

 

「分かった」

 

そうしてティーカップの操作を玲愛さんに決めると、やがてメロディーと共に床全体が動き始め、カップの操作が出来るようになる。

 

「行くよ」

 

そう言って、玲愛さんがハンドルを回し始めるとカップが回り始める。

 

「このくらいの速度でいいかな?」

 

「俺は大丈夫。二人は?」

 

「私も大丈夫です!」

 

「問題ありませんわ」

 

ーーーと、その時だった。

 

「回れ回れーーっ!フガクの(あけ)きサイクロンたぁアタシの事だぜ!!」

「せんせー、目が回るよー」

(あけ)きサイクロン!?というか回し過ぎですっ!」

「つ、月見先生、少々回し過ぎでは!?後フガクとは何ですか!?」

「船橋のゲーセン!くぁーっはっはーーっ!!回れ回れ、花びら大レボリューショーーン!!」

 

月見先生、吉備津、螢、橘が乗るカップが、ぐるぐるとバターでも出来そうな速さで回りだし、そのカップから高笑いと悲鳴が聞こえてくる。

 

「橘と螢さんには悪いけど、この組み合わせでよかったな……」

 

「そうだね……あたしもあんな速度で回ったら流石に……」

 

「あはは……。……っ!と、透流くん!!綾瀬さん!!」

 

すると今度は透流、ユリエ、みやび、香純さんが乗っているカップからみやびの悲鳴が聞こえた。

ふと俺たちも見てみるとーーーユリエの視線は月見先生たちの乗るカップに向けられ、その目は輝いていた。

 

「ユ、ユリエ……!」

 

「ヤー!こちらも全力で行きます!」

 

その言葉と共に、バターが出来そうなカップが二つに増えた。

 

「逆だーーーーーーーっっ!!」

 

「…………逆でしたか」

 

「そう、逆!」

 

「ヤー♪」

 

「うわわわっ!!ちょっと九重君とみやびちゃん!逆って何なの〜!?」

 

ユリエはハンドルを逆方向に回した。

 

「ぎゃあああああああーーーーーっ!!」

「ひゃぁああああああーーーーーっ!!」

「わぁぁああああああーーーーーっ!!」

 

さらに三つの悲鳴が加わり、段々とカオスになっていく中ーーー

 

「僕たちもあれくらい回して楽しもうぜ!マリィちゃんも手伝ってくれよ!」

 

「はいっ!!」

 

「マリィ!?」

「なじみ!?」

 

蓮、マリィ、安心院、リーリスが乗っているカップも、リーリスや蓮が制止する間も無く、凄まじいスピードで回り出す。

 

「…………他の所じゃなくてよかったですわ……」

 

「ふっふっふ……」

 

朔夜が他のカップを見て、そう言うと玲愛さんが突然笑い出す。

 

「……れ、玲愛さん……まさか……?」

 

「あれを見てると、ツキサワの(あお)きハリケーンと呼ばれた私も血が(たぎ)ってくる。よし、私たちも負けないくらい回るよ!」

 

「ちょ!?朔夜掴まれ!」

 

「わ、分かりましたわ!」

 

「ちょっと玲愛さん!?やめてーーー」

 

俺は朔夜を引き寄せ、朔夜は俺にしがみついて目をつぶり、優月は玲愛さんを止めようとしたが間に合わずーーー

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「ーーーーーーーーーっ!!!」

 

結果、猛スピードで回るカップは結局四つとなってしまった。

 

「おお!?やるねぇ!!流石ツキサワの(あお)きハリケーンだぜ!!」

 

「ふっ、フガクの(あけ)きサイクロンはその程度の実力?なら相手として恐るに足らず!」

 

「ふふっ、サイクロンもハリケーンも大した事ねーな!ハコニワの荒れ狂うタイフーンと呼ばれた僕の敵じゃないぜ!!」

 

「トール!楽しいです♪」

 

『うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

 

 

 

その後一分半もの間、四つのカップはその回転速度を落とす事無く回り続けーーーメロディーと床全体が止まると同時にアトラクションは終了する。

 

「兄さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ……何とか……後もう三十秒くらい多く回ってたら吐いてた……」

 

「…………………………」

 

「ふ、ふふ……み、見たか……こ、これが、私の力……うっ……ぐおっぷ……」

 

優月は戦闘などでも素早く動ごいて、よくくるくると回転したりしているので目を回さずに平然としているが、俺は気分が悪くなり、朔夜はもはや死んでいるのでは?と思う程にぐったりしており、玲愛さんは自分で回しておきながら目をぐるぐると回して、吐きそうになっていた。

 

「……はぁ……落ち着いてきた……朔夜、立てるか?」

 

「…………………………」

 

返答は無いがーーー目に光が宿っていない時点で立つ事はおろか、しばらく復帰出来ないだろう。

 

「しょうがないな、背負って行くか……優月は玲愛さんを……」

 

「はい。ほら掴まってください……」

 

そして俺たちは二人を介護しつつ、カップから降りて外へと向かった。

 

 

 

 

 

外へ出ると、ほとんどのグループは誰か一人が死屍累々(ししるいるい)となっていた。

 

「くは、はは……回った、回りきったぜ……」

「せんせぇ……私、もうだめ……」

「蓮〜……世界が回って見えるよ〜……」

「綾瀬さん、大丈夫?」

「世界っていうか、地球は元々回ってるぞ」

「センパイ、大丈夫?」

「な、なんとか……うっぷ……」

「全く、(あけ)きサイクロンも(あお)きハリケーンもその程度で目を回すとは情けないぜ」

「ほら、玲愛さんもここに座って……リーリスさんも大丈夫ですか?」

「うう……気持ち悪いわ……ありがとう、優月」

「巴、これを」

「す、すまない、ユリエ……」

 

約半数はグロッキー状態でダウンしている中、ユリエは近くで買ってきたジュースを橘に手渡していた。

 

「影月、無事だったか……」

 

すると背後から透流とみやびに声を掛けられる。

 

「俺は多少気持ち悪くなったくらいだ。でも俺じゃなくて朔夜が死にそうな事に……」

 

「…………な、なんとか生きてますわ……」

 

「とりあえず、しばらくここで休憩にした方がいいかもしれないね……」

 

苦笑いしながら言うみやびに、誰からも異論は出なかった。

……出せなかった、の方が正しい気もするが……。すると蓮がこちらに近付いてきた。

 

「お疲れ。とりあえず背負ってる朔夜さんは下ろした方がいいんじゃないか?」

 

「いいえ……しばらくこのままで……お願いしますわ……」

 

「……だってさ。それより蓮は目が回らなかったのか?」

 

「ああ、慣れてるからな。俺だけじゃなくて櫻井も慣れてるだろうし、マリィはなんと言うか……そんな感覚が無いと言うか……他も目を回してない人は皆、平衡感覚が抜群らしいな」

 

「……そうだな……」

 

そんな事を話しているとーーー

 

「トール、もう一度乗りましょう」

 

後ろからユリエの声が聞こえ……俺と蓮は苦笑いをしながら見る。

そこにはユリエに誘われて、この世の終わりみたいな顔をしている透流がいてーーーユリエにズルズルと引きずられて行った。

 

「「ご愁傷様……」」

 

「……私も行ってきます。透流さんの為に……」

 

その光景を見た優月は、苦笑いしながら二人の後を追いかけて行ったーーー

 

 

 

「ぎゃーーーーーっ!!」

 

数分後、透流の絶叫が青空に響き渡るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

それから皆動けるようになったところで、のんびりとしたアトラクションでゆったり過ごして気力を回復し、続けてガンアクションやルーピングシップを巡りーーー次に、橘の希望となる天空激流下り(スカイリバーライド)に乗る事になった。

最大四人乗りの円形ゴムボートに乗り込むのは俺と朔夜、蓮とマリィだ。

 

「この組み合わせは初めてだな。マリィ、足元滑るから気を付けろ」

 

「うん。ありがとう、レン」

 

「そうだな。ほら、朔夜」

 

「ふふっ、どうもですわ」

 

俺たちは乗り込むとゴムボートの内側についているグリップを掴み、向かい合って座る。

このゴムボートは、コースに合わせて不規則に跳ねたり回転したりするらしいので、このグリップから手を離さないでほしいとスタッフから説明を受けた。

席順は右隣に朔夜、左隣にマリィ、正面に蓮が座り、俺たちの乗ったゴムボートは急流を下り始めた。

 

「これくらいの回転ならなんとか楽しめそうだな……」

 

「そうですわね……あのティーカップは…………」

 

ボートが不規則に回転する中、朔夜の顔が段々と青ざめていく。どうやら先ほどの悪夢を思い出して、気持ち悪くなってきているらしい。

 

「朔夜、思い出すと酔うから考えるなよ……」

 

「え、ええ……」

 

大丈夫か?と心配になり、朔夜に問おうとした直後ーーー

 

「うおっ!?」

 

突如、ばいーんとボートが跳ねた。

エレベーターなどの浮遊感にも似た感覚に襲われ、ボートはすぐに着水して滑り始める。

 

「びっくりした……」

 

「……下手をすれば今ので舌を噛む所でしたわ……」

 

「レン!レン!今、ばいーんって!ばいーんって!!」

 

「ああ。なかなかスリルがあって面白かったな」

 

先ほどの飛び跳ねで俺と朔夜は互いにびっくりし、マリィと蓮は互いに顔を見合わせて笑っていた。

 

「ねぇレン、またさっきのあるかな?」

 

「さっき始まったばかりだから、きっとまだ何回もあるよ」

 

「ほんとう?」

 

「ああ」

 

その返事を聞いたマリィはとても嬉しそうにーーー見惚れてしまう程の満面の笑みで笑った。

 

「ーーーーーー」

 

「……ちょっと影月、何見惚れてるんですの?」

 

すると少し不機嫌そうな朔夜が至近距離から俺の顔を覗き込んできた。

 

「い、いや、別に見惚れてなんか……」

 

ーーーん?至近距離?

 

「朔夜、グリップは……?」

 

「心配いりませんわ、こうやってしっかりと片手は握っていますから。それよりもさっき見惚れーーー」

 

そう朔夜が言った直後ーーー再びボートが跳ねた。

 

「きゃ……!」

 

突然予期せぬタイミングで跳ねたせいなのか、朔夜はそのグリップを掴んでいた片手を離してしまった。

 

「っ!朔夜!!」

 

瞬間ーーー俺は宙に浮かんでしまった朔夜を助けようと咄嗟に右手を伸ばす。

すると朔夜もそれに気付いたのか、右手を伸ばしーーーお互いの伸ばした手が繋がる。

そして俺は自分の体に朔夜を引き寄せようと引っ張る。

結果、朔夜はなんとかコースに落ちる事は無く、俺の胸へと落ち着く形になった。

 

「大丈夫か?いきなり跳ねたからびっくりしただろ?」

 

「ええ……そ、その、助けていただいてありがとうございますわ」

 

朔夜は頬を赤く染めて、俺の胸に顔をうずめる。

その様子を見て、俺は朔夜を抱えている右腕に力を入れる。

 

「……とりあえず今、元の位置に戻るのは危ないからしばらく俺の腕の中にいろ」

 

「え……?」

 

俺の言葉にキョトンとする朔夜。

なんでそんなに驚いたような顔をするんだろうか。

 

「……俺の腕の中にいるのは嫌か?」

 

「い、いいえ!そんな事はありませんわ……その、いさせてもらいますわ……」

 

「ははっ、ラブラブだな」

 

するとその様子を見ていた蓮がからかってくる。

 

「うるさいぞ、蓮。別にいいだろ?このアトラクションが終わるまでだ。ーーーそれまで俺は絶対に彼女を離さない」

 

「ーーーーーー」

 

「影月……」

 

「OK、分かったよ。別にここのスタッフに言ったりしないから、好きにするといい」

 

蓮が苦笑いすると、俺もつられて苦笑いする。

そこでマリィが俺をずっと見ている事に気付いた。

 

「マリィ?どうした?」

 

「ーーーあなたはレンにそっくりだね」

 

「「え?」」

 

その言葉に俺と蓮は、疑問の声を上げた。

 

「マリィ、待ってくれ。俺と蓮は顔と声くらいしか似てないって司狼とエリーに言われたぞ?」

 

そう言う俺に、マリィは首を横に振る。

 

「それはそうだよ。あなたはレンと違って、カリオストロに少しの力しかもらってない。だから全部似ているわけじゃないから。でも今日遊んでみて分かったよ。ーーーあなたもレンと同じくらい、仲間一人一人をとても大切に思ってる。レンがわたしやカスミ、センパイにケイにシロウにエリーを大切にしてくれるのと同じ」

 

「………………」

 

その言葉に俺の脳内ではこの数ヶ月間で出来た仲間たちの顔が思い浮かんでいた。

透流にユリエ、みやびに橘、トラにタツに月見先生、さらに吉備津などのクラスメイト、そして優月と安心院と朔夜ーーー皆の顔が思い浮かべると、自然と自らの頬が緩む。

俺もこうやって仲間の顔を思い出してこんな表情(かお)をするって事は、やっぱり俺はマリィの言う通り仲間思いなのだろう。

 

「それにね、もう一つレンと似てるところがあるんだよ?」

 

不安定な揺れの中、マリィは慈愛に満ちた笑顔で続ける。

 

「レンがわたしを一番大切な刹那だって言ってくれて。大好きだって言ってくれて。そんなわたしをーーーみんなを失わないために絶対護るって、絶対離さないって思うその気持ち」

 

「……………………」

 

「あなたはレンと少し違って、そんな大切な人が三人いるけど……絶対離さないって、わがままを言うのはすごくレンに似てるよ。ねっ、レン」

 

「……だってさ。俺はそう言われてもよく分からないけど、きっとマリィが言うならそうなんだろうな」

 

そう言って蓮もまた、優しい笑みを俺に向ける。

するとまた、ボートが大きく跳ねる。三回目のその跳ねの際に俺が見たのはーーー

 

 

 

 

このアトラクションを楽しんでいるのか、それとも俺のそんな思いに何か感じるものでもあったのかーーー

 

少なくとも、今この瞬間をとても大切にし、楽しんでいるだろうマリィと蓮の満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったね、ユリエちゃん」

 

「ヤー♪」

 

「ただいま、藤井君」

 

「おかえり、先輩」

 

一番最初に俺たちがゴールしてからしばらくした後、一番最後のみやび、ユリエ、玲愛さん、リーリスが降りてくる。

 

「あら?あたしたちが一番最後の筈だけど……透流、巴とあのバカうさぎは?」

 

「え、えーっと……ちょっとランニング……?」

 

「あ、あははは……」

 

月見先生、橘、透流、香純たちのグループは降りてきた直後、橘が『私が戻ってくるまでに忘れろ!!』と、一緒に乗っていなかった俺たちからすれば、何の事か分からない言葉を透流に叫んだ後、何かをからかいながら逃げる月見先生を追いかけてどこかへ行ってしまった。

香純さんから聞いた所によると、月見先生がまた透流と橘にいたずらをしたらしい(内容は教えてもらえなかった)。

 

 

 

 

 

 

 

 

程なくして二人が戻ってきた(結局捕まえられなかったとの事)ので、俺たちは引き続きアトラクションを楽しむ事にした。

そしてーーー

 

「むぐっ!?」

 

十四個目のアトラクションに並んでいる最中、俺はとある人物の口を塞いで背後へと引き摺って行く。

順番が回ってきた事もあり、前に並んでいた皆が次々とアトラクションに乗り込んで行く中ーーー唯一、こちらに気が付いた優月と目が合って苦笑いされる。それに俺も苦笑いで返した後、目で『ちょっと行ってくる』と優月に伝える。すると優月は小さく手を振って返してくれた。

誘拐をした人物はーーー月見先生だ。

 

「月見先生、ちょっと来てください」

 

「むが〜!」

 

そのまま俺は月見先生を引き摺って行き、明るい外へと連れ出した。

そこで月見先生の口を塞いでいた手を離し、拘束を解除する。

 

「っ!はぁ……!おい影月!何しやがる!?」

 

「先生もさっき、透流に同じ事をしてただろ?こっちへーーー」

 

俺は月見先生の手を引き、近くにあったベンチに座らせる。

 

「さて、何しやがる……だったか?今回で三回目だから分かるんじゃないか?」

 

「っ!……くはっ、やっぱりおめーにはお見通しだったか…………ふぃーー……」

 

すると、月見先生はずるずると背もたれからずり落ちつつ、大きくため息をついた。

 

「……はぁ、いくらクラスの連中や吉備津を安心させる為とは言え、その体で来る事は無いだろ。体を大事にしろよ……」

 

「わーってるよ、全く兄妹揃って同じ事言いやがって……」

 

月見先生の様子を見つつ、俺も隣に座る。

入園以来、テンションMAXだった月見先生が今、こんなに疲れている理由ーーーそれは先週のあの戦闘での傷がまだ全然()えていないからだ。

俺の前に月見先生を連れて行った優月曰く、腹部はナノマシンによってほぼ塞がったらしいが、他の部分がまだ治っていないらしく、体力も全然回復していないとの事だ。

本来ならば、まだベッドの上で寝ていた方がいいらしいが……そんな状態でもクラスに顔を出した理由の一番は、やはり吉備津の為らしい。

 

「それにしても……吉備津、か……」

 

「……ああ、実は救急救命室に入る寸前に、自分のせいだって泣きじゃくる声が聞こえてよ。そのまま意識がドボンで、気がつきゃ何日も過ぎてたからよ……あいつはどーなったとか、もしかして泣きっぱなしじゃねーかとか、考えたら眠れなくてよ……」

 

「……まあ、泣きっぱなしでは無かったな。けどあんたが来るまで毎日暗い顔で過ごしていたよ」

 

「やっぱりか……」

 

そう言って月見先生はごろんと寝転がって、俺の膝を枕代わりにする。

俺はその行為に対して何も言わず受諾する。

 

「この前なんか、俺が元気づけようとしたらなんか突然泣き出してきたし……」

 

「はぁ?なんでだよ?」

 

「さあな……ただ、ある事を何度も頼まれたよ。月見先生の様子を聞かせてくれってさ」

 

「訳分かんねーぞ……どういう事だよ?」

 

「……多分俺が朔夜と繋がりが深いから、一般生徒が知らない学園の事を知ってると思っていたんじゃないか?それこそ、あんたの容体とか……な?」

 

「……………………」

 

「正直、俺も知らないって言ったらさらに泣かれて困ったよ。一緒にいた優月がなだめてくれなかったら、色々と大変だった」

 

「……なんかすまねーな。アタシのせいで……」

 

月見先生が珍しく本当に申し訳なさそうな声色で言う。

その事に内心驚きながらも、俺は首を振る。

 

「どちらにしても過ぎた事だ。それよりも今は少し休んで、体力を戻せ。……別に俺と喋りたいならそれはそれで構わないが……」

 

「ああ……そうだな。正直おめーとは話しやすいから、ゆっくり喋りてぇけど……ここはご厚意に甘えて、休ませてもらうぜ……」

 

「ああ、時間が来たら起こしてやる」

 

あっという間に眠りにつき、規則正しく胸を上下させる月見先生を一瞥し、俺は優月たちが乗っているであろうアトラクションを眺めた。

 

 

 

それから二、三分後ーーー

 

「そろそろ戻ってくるか……月見先生、起きろ」

 

俺は月見先生の肩を揺すって起こそうとする。

 

「ん……もうか……?」

 

「ああ、ほんの少しだけど休めたみたいだな」

 

「ふぁ……ああ、中々いい寝心地だったぜ。流石うちのお嬢様(朔夜)が気に入っているだけの事はあるな!」

 

「……どこでそれを知った」

 

「蛇の道は蛇だぜ、影月」

 

つまり詳しく教える気は無いらしい。朔夜が言うわけは無いだろうから……まさか、あの時耳打ちした優月か?

 

「まあ、問い詰めるのは後にするか……ちょうど近くに自販機あるから何か飲むか?」

 

「おっ?奢ってくれるのか?かー!ほんっとおめーはいい奴だな!じゃあ、コーラでもサイダーでもいいから炭酸系で!」

 

「了解……」

 

嬉しそうに笑う月見先生を見て、俺は苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

「ほら、コーラだ」

 

「サンキュー。おめーは……「おっす!お茶」か?アタシもそれはたまに飲むぜ」

 

「ああ、とりあえずこれでアトラクションに乗れなかった口実は出来たな……」

 

「喉乾いたから飲み物買いに行って、乗り逃がしたってか?くははっ!用意周到だな、《異常(アニュージュアル)》!」

 

「それはどうも……それよりも皆戻ってきたようだし、行くぞ?これからも疲れたら言えよ?」

 

「ああ、サンキューな、影月」

 

そうして、俺と月見先生はベンチから立ち上がって、皆と合流した。

 

 

 

ちなみに膝枕の件はやっぱり優月のせいだった(問い詰めたらあっさり認めた)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺たちは遊びまくり、すっかり夜の(とばり)が下りたDNL(デスニューランド)の帰りーーー

 

「さてと、じゃあ俺たちはここで降りるからお別れだな」

 

皐月駅に到着するアナウンスが電車内に響き渡った所で蓮たちが立ち上がる。

 

「あ、もう皐月に着いたんですね……なんか、あっという間に終わってしまいましたね」

 

「楽しい時間っていうのは早く過ぎてしまう気がするよね。僕も同じ気持ちだよ」

 

優月と安心院が何やら感傷に浸って、そんな事を言う。

 

「楽しかったね、レン」

 

「そうだなーーー影月たちもありがとな?本来ならお前たちだけで遊びに来たんだろうけど、なんだか一緒に楽しんじゃって……悪いな?」

 

「気にしなくていいわ。それよりもまたDNL(デスニューランド)に行く時は、あたしたちも誘ってくれないかしら?その時はあたしがまた案内してあげるわ!」

 

「リーリス……」

 

リーリスが胸を張って言う姿に、蓮たちは笑う。

 

「ああ、次に行く時も出来たら誘うよ。皆もいいよな?」

 

「うんっ!わたしもいいよ!」

 

「あたしも異議な〜し!みやびちゃんとかとまた話したいし!」

 

「私も構わないよ。次こそは影月君と一緒に天空激流下り(スカイリバーライド)に乗って、手を離した時に救ってもらいたいし」

 

「先輩、危ないのでやめてください。……私も構わないわ。今度は兄さんとベアトリスも呼んで行きたいわね」

 

「決まりだな。次がいつになるか分からないけど、その時は多分おそらく絶対に誘うと思うから、その時はよろしくな?」

 

『多分おそらく絶対ってどっちだよ(ですか)(なのよ)!!?』

 

俺と透流と安心院、さらに優月とリーリスと香純さんが蓮の言葉に突っ込む。

その突っ込みに、誰もがしばし顔を合わせて無言となりーーー誰かが「ぷっ」と吹き出したのを合図に皆が楽しそうに笑い出した。

皆の顔は今日遊んだ事、新しい人たちと知り合えた事、そしてその二つを合わせて心から楽しめた事を表すかのように、一人一人が満ち足りていて、眩しい笑顔をしていた。

それはもちろん、普段はあまり楽しく笑わない朔夜も例外ではなくーーー

 

「朔夜さん!貴女もまた行きますよね?」

 

突然問いかけた優月の言葉に、皆が笑いを止めて朔夜を見る。

すると朔夜は、今日見たマリィの微笑みにも負けないくらいの明るい笑みでーーー

 

「もちろんご一緒させていただきますわ。ですがーーーティーカップだけはお断りしますわ」

 

その言葉でさらに皆が笑う事になった。

 

 

 

 

 

「じゃあな。お互い今度は全員揃って遊びに行こう」

 

「ああ、それじゃあなーーー」

 

そしてドアが閉まり、電車が発車する。蓮たちは俺たちが見えなくなるまで、ホームで軽く手を振ってくれたーーー

それが見えなくなると、俺たちは暫し無言となりーーー優月が話す。

 

「……兄さん、楽しかったですね」

 

「ああ、本当にあっという間だった……」

 

「僕も楽しかったぜ。やっぱり気心のしれた仲間と行くのは最高にいいよね」

 

「くすっ。次はトラくんたちも一緒だといいね」

 

「ふむ、次回は月見先生の快気祝いという名目も無くなるわけだし、彼も参加してくれるのではないか?」

 

「そうだといいけど、問題は……」

 

俺たちのやり取りに透流が加わり、彼は楽しそうに話す月見先生と吉備津に目を向けながらに言った。

 

「月見とのグループ分けが重要になりそうだな……」

 

『同感』

 

その一言に皆が声を揃えて肯定する。

 

「まあ、それを考えるのはまた今度遊びに行った時ですね」

 

「ヤー、またいつかーーー」

 

「そうね。そうしましょ」

 

ユリエと、くすりと笑ったリーリスが同意し、次いで橘とみやびも頷いた。

 

「また今度ーーーか」

 

その時はきっと今日よりも、もっと楽しく過ごせるだろう。

そしてーーー

 

「マリィ……黄昏の女神か……」

 

あの慈愛に満ちた笑顔を浮かべる少女ーーー彼女の事はまた今度朔夜にでも聞こう。

そんな予感と思いを抱きつつ、俺たちは学園への帰路へとついたーーー

 




どうでしょうか?ちなみに作者の地域では、グーパーではなくグーチーです。

影月「どうでもいいぞ、そんなもの……」

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十四話

今話で新たな世界の人物が登場します!



side 影月

 

 

「兄さん兄さん!見てください!!取れましたよ!!」

 

「……よかったな」

 

俺は優月が嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめている姿を見て、特に感慨のない返事を返す。

 

「……む〜、兄さんももう少し楽しんでもいいんじゃないですか?そんなつまらなさそうな顔をされても困ります」

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

「おい影月!こっち来いよ!格ゲーしようぜ!」

 

すると突然、俺を呼ぶ声が聞こえる。俺はそれに呆れながら答えた。

 

「司狼、お前も情報収集しに来たんじゃないのかよ」

 

「それはそうだがよ、せっかくゲーセンに来たんだから一つくらい遊んでいかないともったいねぇだろ?」

 

そう、現在俺たちは皐月市の三番街付近に位置するゲームセンターに司狼と共にいた。

なぜここにいるのかーーーそれは以前、朔夜から命令された任務の為だ。

 

 

 

『皐月市に出回っている闇ーーー《禍稟檎(アップル)》について、情報収集をしてきなさい。それが貴方たちの当面の任務ですわ』

 

 

 

そう言われたのが、つい一ヶ月程前だ。それ以来、俺たち三人は訓練や朔夜の手伝いが無い時に、こうして皐月市へと来ている。

 

 

 

 

ここで少し、この一ヶ月の間に起こった事や大きく変わった事を二つ程説明しよう。

まず一つ目だが、少し前から学園の授業で射撃訓練というものが始まった。

焔牙(ブレイズ)》があるのに……とは思うものの、卒業後に所属する事となる《護陵衛士(エトナルク)》の任務は多種多様に(わた)る。その為様々な状況を想定して、射撃訓練も行っていくらしい。

ちなみにその射撃訓練、クラスメイトたちの中で誰が一番上手いのかと言うとーーー

 

「よし!完璧だぜ!」

 

俺たちから少し離れた所にあるガンシューティングゲームで少し嬉しそうに言う安心院。

スキルによって銃の扱いが長けている彼女と《(ライフル)》が《焔牙(ブレイズ)》のリーリスの二人の命中率がほぼ100%で一番、次いで俺と優月とトラが85%程、そして少し下がって橘が75%程度と続く。

他のクラスメイトたちは皆、35〜45%くらいの命中率で透流、ユリエ、みやび、タツなどもその中に入っている。

さらに最近、《(レベル4)》の人たち(透流、ユリエ、俺、優月、そして紆余曲折あって認められた安心院)を的にして射撃を行うという訓練まで始まった。

月見先生曰く、『動く的を狙った方が技術も上がるしね♡』との事だ。それに透流や俺たちにとっては回避や防御の練習となるので、あながち悪くない訓練だ。

 

……最も、銃弾の軌道を予測して避ける俺。

とても当てられないような速さで動き回る優月。

そして上の俺と優月の行動を併せ持ち、余裕で回避する安心院は今まで誰にも銃弾を当てられた事は無い。

ちなみに透流とユリエは必ず、一回は命中してしまい、二人とも悔しがっていた。

 

「ってか、もうゲームは最近腐る程してるんだよ……」

 

「ああ、そういやお前、あの嬢ちゃん(朔夜)の新しい研究の手伝いをしてるんだって?なんか聞くところによると、ゲームと大差ねぇ事をほぼ毎日やらされてるって」

 

「ゲームって……まあ、VR訓練もそういうものと少し似てるから、あながち間違ってるとも言い切れないな」

 

そして二つ目、それは最近朔夜が研究していた「VRシート」なるものが完成間近であり、俺や優月や安心院はその手伝いをしている事だ。

実際には手伝いと言っても、ただVR空間内でVR訓練をこなすだけの手伝いだが……朔夜曰く、これが一番肝心な事とか。

まあこれに至ってはまた別な機会に話す事としてーーー

 

「……はぁ、とりあえず一回だけだぞ。これが終わったら情報収集な?」

 

「分かってるって。負けて悔しがんなよ?」

 

俺は司狼とそんな事を話しながら、格ゲーのゲーム台へと向かった。

 

 

ん?結果?僅差で俺の勝ちだったよ。いや〜、司狼は中々上手かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、惜しかったなぁ!あれは技の選択ミスったわ」

 

「残念だったな、司狼。……さて、本来の目的を果たすぞ?」

 

「へいへい、お前変なとこで真面目なのは蓮と似てんだな」

 

「ほっとけ。まずは優月たちと合流するぞーーーって話をしたら、向こうから来たか」

 

優月たちと合流しようと司狼に提案しようとしたが、向こうの方から優月と安心院が小走りで駆けてくる。

 

「兄さん、終わったんですか?」

 

「ああ、それじゃあそろそろ情報収集と行きたいんだが……司狼、どこへ行く?」

 

「んあ?どこって特に決めてねぇよ。この辺りでウロウロしてれば何か起こるんじゃね?」

 

「「「はぁ?」」」

 

そんな司狼の言葉に俺たちは呆れたような声を出してしまった。何言ってるんだこいつは……。

 

「んな顔すんなって、俺だって別に理由無しで言ってるわけじゃねぇからよ」

 

すると司狼は理由を話始めた。

司狼の話を纏めると、まず最初にこの皐月市には、司狼たちのグループを含めて五つの派閥があるらしい。

司狼率いる底なし穴(ボトムレススピット)

特にルールに縛られる事無く自由に遊んでいるベラドンナ。

ベラドンナと不仲にある少人数のグループ、《沈黙の夜(サイレス)》。

昔から皐月で幅を利かせる不良の多い高校、皐月工業高校。通称皐月工(ツキコー)

皐月工(ツキコー)と昔から対立関係にある高校で、校内でもさらに少数の派閥に分かれているという、流河(ながれかわ)高校。通称、流河高(リューコー)

加えて、四つの派閥のいずれにも属さない個人や小さなグループが相当数。

 

そんな五つの派閥の奴らや、無所属の奴らはこのゲームセンターを中心に一番多く集まっているらしい。

確かにそれだけ様々な派閥や、多くの人たちがこの辺りにいるというのなら、どこかの派閥の拠点近くに行くよりも、ここでウロウロしてた方が色々効率がいいだろう。

さらに司狼たちがこの前、俺たちに譲ってくれた《禍稟檎(アップル)》は、この近くのコインパーキングで売買されていたものだそうだ。

この辺りではそういうドラッグの売買が多いらしい。

 

「確かにそういう話なら……この辺でウロウロしていた方がいいですね」

 

「だろ?つーわけだから様子見がてら、今から近くにあるマク○ナルドでハンバーガーでも食べに行こうぜ」

 

「……分かった」

 

説明を終えて、近くで軽くファストフードでも食べようと言う司狼に俺たちは苦笑いして歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三十分程経ち、俺たちはマク○ナルドから出た。

 

「兄さん、ご馳走様でした!」

 

「影月君、奢ってくれてありがとうね〜」

 

「俺まで奢ってもらって悪いな、影月」

 

「お前は元から払う気無かっただろ……」

 

司狼が食べに行こうと言った時から嫌な予感はしていたが、やはり司狼は俺に奢ってもらう腹だったみたいだ。

まあ、俺はあまりクレジットカード(学生証)や現金を使わないので、別にこの人数を奢ってやる事くらい何の問題も無いのだが。

 

「まあ、実際そうなんだけどよ。それよりもこれからどうするよ?」

 

「…………司狼、お前たちが例のドラッグを押さえたっていうコインパーキングってこの近くか?」

 

「ああ、すぐそこだぜ。……そういえばお前たちは場所知らないんだっけ。案内してやろうか?」

 

「頼む。一応見ておきたいからな」

 

「了ー解」

 

気の抜ける返事を返した司狼は、欠伸をしながら歩き出す。

そんな様に俺たちは呆れて苦笑いしながらついていこうとしてーーー

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

俺がある人を見つけて足を止めた。するとそんな俺の反応が気になったのか、全員足を止める。

 

「影月、どうした?」

 

「いや……なんだ、あれ?」

 

俺が指を指した方向には何かヘンなのが……いや、何やら高身長の外国人らしき人がいた。

 

「……あいつは……」

 

「……あれは神父さんですかね?」

 

司狼が何やら複雑そうな表情を浮かべる中、優月はその人の格好を見て答える。

俺たちは《超えし者(イクシード)》なので視力も常人よりかなりいい。そんな俺たちからすれば、その人物の格好は遠目からもよく見える。

その人物が纏っているのは僧衣(カソック)にロザリオ……確かに典型的な神父の格好だろう。

その神父と思われる人物は何やらキョロキョロと視線を移しながら、道行く人たちに声をかけていく。だがそんな怪しさ満点の人物の事など誰も相手にしない。

それでもその神父はめげずにまた別な人へと話しかける。だが次に話しかけた人物は、明らかにこの辺りの不良(おそらく皐月工(ツキコー))と思われる人だった。

 

「なんだ、テメー、何話しかけてきてんだよ。ドッゴーン」

 

「ああ、すみません、ただ私は貴方に道を聞きたいだけで……ってグハー」

 

「テメー、そんな動きにくそうな時代遅れの格好しやがって、何者なんだよ。言えコノヤロー」

 

「ドゴ、バキ、バゴッ、ガッシャーン」

 

『………………』

 

「みたいな感じだね……」

 

「そうですね……」

 

遠目で見ても、そんなやり取りが容易に想像出来る(ちなみに上のやりとりを言った順番は、俺、優月、司狼、安心院の順)。

あ、起き上がって今度は別の不良(おそらく流河高(リューコー))に聞きに行った。

そして先ほどと似たようなやり取りを繰り広げーーーまた吹き飛ばされた。

 

「うわ……今のは痛そうでしたね……」

 

「あれ、大丈夫か?電柱に体を思いっきりぶつけてたが……って何事も無かったかのように立ち上がったぞ!?」

 

「タフだね……」

 

そんな様子の神父に皆気持ち悪くなったのか、遠巻きに見ていた人たちもそそくさと去っていく。

そして気付けば、ただ一人ポツンと立っている神父。

 

「……はぁ……あの人は……」

 

「お、おい司狼?」

 

そんな神父に見兼ねたのか、司狼が近付いていく。そんな司狼に俺たちもついていく。

一方の神父も近付いていく司狼に気付いたようでこちらに近付いてくる。

そして目の前までやってきた金髪の神父と向き合ってーーー俺たちは驚く。

 

「ーーーお、お前は……!?」

 

「ヴァレリア・トリファ!?」

 

そう、その神父は以前見た資料と全く同じ姿のーーー聖槍十三騎士団黒円卓首領代行、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン、その人だった。

それが分かると俺と優月と安心院は一斉に警戒を向けるもーーー司狼が俺たちの前に出た。

 

「待て、そんなピリピリすんなよ。この人は俺たちの味方だ。なあ、神父さんよ」

 

「……ええ。なのでそんなに殺気立てないでくれませんかね。別に貴方たちに危害を加えるつもりはありませんから」

 

するとトリファは苦笑いしながら、そう答えた。

 

「……司狼さん、そう言う根拠は?」

 

「この人は蓮に頼まれて世界中を飛び回っていたのさ。まあ内容は色々あるから言えねぇけどな」

 

「そういう事です。いや〜、それにしても参りました。まさかこちらに戻ってきていきなり殴られるとは……」

 

「……見るからに不良って人に話しかけるからじゃないか?」

 

「おや?不良は見た目によらず、優しいのではないですか?」

 

『……は?』

 

キョトンとした顔でそう言い切るトリファ。

それに俺たちは驚きの声を上げ、なぜそんな結論になるのか分からないと首を傾げる。

が、突然司狼が何か思い至ったかのように目を見開いて、すぐに半眼になる。

 

「……まさか、俺や蓮がそうだったからか?」

 

「ええ、それが何か?」

 

さも当たり前のように返したトリファに対して、司狼は呆れたようにため息をつく。

 

「あのなぁ……俺や蓮が不良っぽいって言うのは、まあ百歩譲っていいとしてもだ。不良が全員、俺や蓮のように優しいとは限らないだろ」

 

「……そうなのですか?」

 

司狼の言葉を確認するかのようにこちらに問いかけてきたトリファに俺たちは頷く。

 

「むしろ二人のように優しい不良っていうのは少ないと思うぞ……」

 

「……そうですか」

 

「つーか影月、今普通に俺と蓮の事を不良って認めたな?認めやがったな!?」

 

「いいだろ別に、俺は不良じゃないし」

 

「おい、待て待て。お前は蓮と同じ顔をしてるんだぜ?だったら当然お前も不良に見える筈だろ?なあ、神父さん」

 

「……申し訳ありませんが、私から見たら彼は不良には見えませんね」

 

「なっ……!?」

 

トリファの言葉に衝撃を受けたのか、驚く司狼。しかしそんな司狼を気にせずにトリファは続ける。

 

「彼は顔こそ藤井さんに似ていますが、全体的に雰囲気が違います。何と言うか……藤井さんよりも優しくて、優等生という感じがしますね」

 

「いや、言われる程優等生ってわけでも……」

 

俺がそう否定しようとするとーーー

 

「そうですよね!兄さんは勉強もスポーツも私より出来て、何よりトリファさんが言った通りとても優しいんですよ!」

 

「ちょ、優月ちゃん!?」

 

「ああ、やはりそうでしたか!」

 

珍しく優月が目を輝かせて俺の自慢話をトリファに話し始めた。

それを聞いて、興味深そうに話を聞くトリファ。そしてそれを見て呆然とする俺と司狼。

そして優月の突然の変わりように驚き、オロオロする安心院ーーー

 

「なんだこの絵図……」

 

俺はそんな光景に一言そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……着いたぞ。ここだ」

 

そんな事を五分程続けて優月が落ち着いた後、神父さんも何やらついていきたい言う事でメンバーに加え、俺たちが傷心の司狼に案内されて辿り着いたのはーーー車が十台くらい止まれる比較的小さなコインパーキングだった。

現在は数台の車が止まっているコインパーキングの中へ司狼は入っていき、ある場所で指を指して立ち止まった。

 

「俺たちが見つけた時、例のドラッグはあの隅っこの方で売買されてたよ。数人で固まってな」

 

「ほう……」

 

「司狼さん、このコインパーキングではよくドラッグの売買はされているんですか?」

 

「頻繁って訳でもねーけど、たまに見かけるぜ。うちのクラブにいる奴らも、ここから買ったって奴は多いみてーだし」

 

それを聞いて、俺はコインパーキング内を見渡す。

 

「今は特に怪しい事をしている奴はいないみたいだな……」

 

「まあ、それはそれでいい事なんだけどね。司狼君、この辺りで他に売買されている場所はあるのかい?」

 

「この辺りでよくやってるのは、ここ除いたら三箇所くらいだな。そこらも見ていくかい?」

 

「お願いします!」

 

俺たちはコインパーキングを後にし、次のドラッグの売買場所へと移動を始めたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、司狼に案内されて他の三箇所も回ってみたものの特に気になる事や真新しい発見は無かった。

 

「結局何も無かったねぇ……成果はよく売買が行われている場所が分かったって事くらいだし……」

 

「まあ、そんな四六時中ドラッグの売り買いしてるわけじゃねぇからな。こればっかりはどうしようもない」

 

「いいではないですか。そのような違法な行為が行われていなかったのなら、それは素直に喜ぶべきです」

 

「まあ、それはそうなんだが……とりあえず、一旦クラブに戻って戒さんたちの報告でも待とうか……」

 

「はい……」

 

その結果に若干肩を落としつつ、俺たちは来た道を戻ろうとする。

 

 

だがーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃーーーーーーーー!!!」

 

 

突然響いた甲高い悲鳴に俺たちは一斉に振り返る。

 

「なんでしょう?今の悲鳴は……?」

 

「あっちの方からだ!」

 

司狼が指した方向へ俺たちは駆け出した。

同じく悲鳴を聞いた人たちが立ち止まって視線を悲鳴が聞こえた方へ向ける中、俺たちはそんな人たちを掻き分けながら進む。

そうして五十メートル程進んだ所で、野次馬が多く集まっている場所を見つけた。

 

「ぁ……に、兄さん……あれは……」

 

そこに広がっていた光景に、優月が悲痛な声を上げる。

それも無理は無い。顔を真っ青にさせている野次馬たちが囲む中心には、腹部や左胸からおびただしい量の血を流して仰向けに倒れている少女と、ナイフを片手に立っている男がいた。

男は息を荒くしながらも少女を見下ろして、少女の方はピクリとも動かない。

俺はその少女を見るも……体から流れ出す血の量や左胸ーーー心臓部分を刺されている事から、おそらくあの少女はもう助からないだろうと予想する。

だがーーーそんな少女の死を悲しむのは後回しにされた。

 

「ウ……ウオオオァァァァ!!」

 

ナイフを持って立っていた男が正気を失ったような叫び声を上げて、周りの野次馬へ飛び掛かったのだ。

それに今まで顔を青くして、呆然としていた野次馬たちが悲鳴を上げて一斉に逃げ始める。

 

「行くぞ!」

 

そう言った司狼は逃げ惑う野次馬たちを押しのけて進んでいき、俺たちもそれに続く。

そして俺たちはナイフを持った男の前へと立ちはだかり、俺は男に叫ぶ。

 

「やめろ!これ以上人を傷つけるんじゃない!!」

 

すでに一人の少女の尊い命が奪われてしまったが、もうこれ以上誰かを男に傷付けさせる訳にはいかない。

それに、あの男にもこれ以上重い罪を背負ってもらいたくない思いで俺は叫んだがーーー

 

「ウオォォォォォォォォ!!」

 

そんな言葉など聞こえていないかのように、ナイフを持った男は焦点が合っていない目で、俺たちの方へと襲いかかってきた。

 

「おいおい、なんなんだあいつ。ドラッグのやり過ぎか?」

 

「多分そうだろうなーーー優月!安心院!他の人たちがここに来ないように見張ってろ!」

 

「神父さんも見張っといてくれよ。ついでに警察と学園にも連絡入れて、念の為に救急車も呼んどけ。こいつの相手は俺らがするからよ!」

 

「分かりました」

「分かりました!!」

「分かったぜ!!」

 

司狼と共にそう指示すると、三人は即座に行動に移した。それぞれ分かれて移動し、男と野次馬たちの間に立ち、優月と安心院は男に警戒を向けながら携帯に連絡をし始め、神父さんはそんな二人や通行人を見張って、何かあったらすぐに行動出来るように体制を整えた。

 

 

そして男がその手に持ったナイフを俺へと突き出してくる。

そのナイフを持った腕を俺は右手で払い除けて、男が突っ込んできた速さを利用して投げ飛ばす。

 

「ふっ……!」

 

「ガアァァ!!」

 

地面へと叩きつけられた男の手からナイフがこぼれ落ち、司狼がその落ちたナイフを素早く男の手に渡らないように拾い上げた。

俺はそのまま男の首を押さえつけて、男を気絶させる。

 

「ふぅ……とりあえず終わったか」

 

「ああ、まあ俺は何もしちゃいないけどな。それよりもーーー」

 

司狼はある方向を見て表情を曇らせる。

その視線の先には無残にも切り裂かれた少女の遺体。俺と司狼はその少女の元へと歩み寄る。

 

「…………かなり(むご)いな……」

 

「心臓を一刺し……こりゃあ即死だわ」

 

司狼と俺は揃ってやるせない思いになる。

 

「もう少し早く来れれば、もしかしたら助けられたかもしれねぇな……」

 

「ああ……」

 

もしこの少女が刺されようとしていた場所が、もう少し俺たちと近かったら止められたかもしれない。

せめて刺されても、もう少し早くここに来れたのなら、少女は軽傷で済んだかもしれない。

そんな事を考えながら少女の顔を見る。

 

「ーーーーーーーーー」

 

整った顔立ち、腰まで伸ばした金髪のツインテール、血に汚れてしまっているが綺麗なゴシックドレスを着ている姿は、どことなく朔夜に似ているような気がする。

身長も年齢もおそらく、朔夜より少し上くらいだろうかーーーなどと思っていると、背後から声を掛けられる。

 

「……兄さん、指示された場所に連絡しました。警察と救急車は約五分くらいで到着、学園は機関の者を送る、との事です」

 

「お二人とも、お疲れ様です。……この子は安らかに眠っていますね」

 

「影月君、司狼君、無力化お疲れ様。…………この子……綺麗だね。顔だけ見れば、今にも起き上がってきそう……」

 

「ああ……せめてこういう安らかな表情(かお)をしているのが救いだな……」

 

 

 

 

そう、俺が言った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…………」

 

 

 

 

ふと、俺や司狼や、優月や安心院、神父でもない小さな第三者の声が聞こえたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ……?』

 

 

そんな小さな声に俺たちは誰が発した声だろうかと思い、周囲を見回すもーーー野次馬たちは遠くで俺たちを見ている。故に先ほどの小さな声を発したのはーーー

 

「……んっ、うあぁぁ……」

 

目の前で血濡れとなっている少女しかいないという事になる。

少女は突然呻き声を上げながら、身を(よじ)り始める。

 

『ーーーーーー』

 

その様に俺たちは全員言葉を失い、その少女に視線を向ける。

 

「うあぁぁ……うっ、あああ……」

 

少女の身を捩る動きは段々と大きくなっていく。それと共に俺たちは普通ならあり得ない現象を目の当たりにする。

 

「……ほう……」

 

「ーーーき、傷が……」

 

優月の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

さらに少女の血と思われる赤い液体も、少女の体の中へと戻っていく。

まさに逆再生の如くーーー

 

「あっ……うあっ……うぁぁぁぁぁ!」

 

そして彼女が一層苦しげに叫ぶと同時に、少女の傷口は完全に塞がりーーー少女の服とアスファルトの地面に広がっていた血が綺麗さっぱり消え去った。まるで始めからそこで何も無かったかのようにーーー

 

「ーーーーーーーーー」

 

そしてそのまま少女は先ほどの悲痛な叫びなど無かったかのように静かに、規則正しく胸を上下させて眠り始めた。

 

『……………………』

 

その一部始終を見た俺たちは、無言のまま顔を合わせるのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーで、そんな彼女を放置するわけにもいかないからここに連れてきたと?」

 

エリーがソファで寝かされている肌にも()()()傷一つ無い少女を見て、呆れながらそう確認すると俺と優月が頷く。

 

「仕方ないだろ!?あのまま放置したら警察とか来て、色々面倒な事になるし……」

 

「それにあの傷の治り方……明らかに彼女は普通の人じゃないですよ!」

 

「そ、そうだね……」

 

俺たちの迫力に、軽く身を引いているエリーは司狼を見て問い掛ける。

 

「…………司狼、あんたはどう思うの?」

 

「……まあ、色々言いたい事はあるが、まずあの場で放置って選択肢は無いわな」

 

「どうして?」

 

司狼が続ける。

 

「まずサツ相手ならあんな摩訶不思議な現象を説明してもまともに取り合ってもらえるわけがねぇ。まあ、それならそれで色々と誤魔化せばいいんだけどよ。機関の方相手ならそうはいかねぇだろ」

 

「そうだね……もしさっきの事を話したら、この子は研究されるだろうね……何度も何度も殺して、なぜ生き返るのかとか言ってさ」

 

「そんなの見るのも聞くのもごめんだろ。研究の為とか言って何回も殺すんだぜ?いくらこの子が普通の子とは違うと言っても、そんなの嫌過ぎんだろ」

 

司狼と安心院がそう吐き捨てる。

確かにいくらドーン機関がこちらの味方とはいえ、そのような事をしないとも言い切れない。つまりーーー

 

「とりあえずこの子をここに連れてきたのは正解だったって事でいいんだよな……?」

 

「そうですよ。あのまま何もしないでいるのは色々とまずかったですからね。……これからどうするのかは考えなければいけませんけど……」

 

「そうは言いましてもね……優月さんは一体どうするつもりなのですか?」

 

神父さんに聞かれると優月は「う〜ん……」と唸りながら考え始めた。そんな優月を横目に俺も考える。

 

 

これからこの少女をどうするのか……。

 

一番いいのは、この少女と親しい者ーーー家族か友人に保護してもらう事だ。だが、あの時の事を思い返してみても周りにはこの子と知り合いだというような人はいなかった。

となるとそのような親しい人たちを探さなければならないのだが……それはそれで時間がかかる。

それに親しい人を探す為に現場に戻ってしまうと警察や機関の人たちと会ってしまい、さっき話したように面倒な事になる可能性もあるのであまり理想的な考えではない。

 

次にしばらくこのクラブで保護するという方法もあるがーーーこのクラブを含めて、この辺はドラッグが普通に取り扱われるような無法地帯。そしてドラッグ絡みで先ほどのような危険な事件が起きる可能性も高い。そのような危険性を考慮したならば、この選択肢もまた取りにくい。

 

次に思い浮かんだのはしばらく学園で保護するという選択肢だがーーーこれも色々と問題が思い浮かぶ。

メリットとしては、前述の二つに比べれば学園は一番安全に保護出来るだろう。

だが保護してもらうなら学園の最高責任者の朔夜と話し合いをしなければいけないし、何よりも昊陵学園はドーン機関の傘下だ。そう考えるとこれもまた難しい。

 

 

そんな事を考えながら、ふと周りを見てみると安心院はこめかみに手を当てて、神父さんと司狼は目を閉じて腕を組み、エリーは眠っている少女を見て、俺たちと同じようにこれからどうするのか考えているようだった。

 

皆が同じ事を考えーーー誰も言葉を発さない時間が数分程続いたがーーー

 

 

 

 

「うっ…………」

 

そんな時間は今まで眠っていた少女が、小さな声を上げた事で終わりを告げる。

 

「おっ、起きたか?」

 

司狼の声を聞いて、俺は少女の顔を見る。

少女は少し苦しそうに顔を歪めた後に、ゆっくりと目蓋を開いた。

 

「ここは……?」

 

「……とあるクラブだ。気分はどうだ?」

 

「っ!?」

 

俺が話しかけると少女は、ビクッと身を震わせて顔をこちらに向けた。

その表情や瞳には不安や恐怖と言った感情が(うかが)える。

 

「落ち着け。別に襲ったりはしない」

 

「……あんたたちは?」

 

その少女の質問に俺は答える。

 

「俺は如月影月。何の変哲もないただの学生だよ」

 

俺は少女をあまり怖がらせないように優しく笑いかけながら自己紹介する。

すると後ろで様子を見ていた優月たちが自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私は影月ーーー兄さんの妹で如月優月って言います。そしてこっちにいるのがーーー」

 

そんな感じで、後の安心院、司狼、エリー、神父の軽い自己紹介が続いた。

そんな皆が自己紹介をしている最中、俺は警戒しながらも、真面目に自己紹介を聞いている少女を見ながら、ある事を思っていた。

 

(……髪の色とゴシックドレスは違うけど……朔夜にそっくりだな……)

 

先ほどここに連れて来る前にも思ったが、改めて見てみると本当に似ていると俺は実感していた。

さらに今、この少女と目が合った事で分かったが……目の色もまで朔夜と似ている。

朔夜は水晶のように透き通った紫色の瞳をしているのだが、この子は同じく水晶のように透き通った赤紫色の瞳をしている。

そしてーーー彼女の瞳の奥には一週間前、あの夜の朔夜と同じような不安と恐怖が揺らいでいた。

 

(……彼女も色々と事情があるみたいだな……)

 

「では、今度は貴女の名前を聞かせてもらえるでしょうか?」

 

そんな事を考えていると、どうやらこちらの自己紹介は全員終わったようで、神父が少女に向かってそう言った。

少女は少し躊躇いを見せた後に、小さく口を開いた。

 

「…………美亜(みあ)

 

「……美亜さんですね。体調はどうですか?」

 

「……あまりよくないかな」

 

優月の言葉に未だ警戒を解かないまでも、しっかりと返事を返す美亜と名乗った少女。

そんな様子を見つつ、今度は俺から質問する。

 

「なあ、早速で悪いけどいくつか聞いていいか」

 

俺の発言に美亜は、警戒しながらも頷いた。

それを確認した俺は先ほどの事について聞き始めた。

 

「まず、君が気を失う前に何をしていたか覚えているか?」

 

「……この街を歩いていたら、知らない男の人に絡まれたって所までかな」

 

そう美亜は答えるが、何処と無く歯切れが悪い。おそらく刺されて治癒した所は見られていないと思い、そこを避けて言ったのだろう。

俺はそこには突っ込まずに、別の質問を投げる。

 

「なんでこの街に?」

 

「気が付いたらここにいたの。数十日前くらいからね」

 

「一人で?」

 

「そう。一人で」

 

「家族は?」

 

「……昔、ある出来事で私以外、皆……」

 

「…………そうか、すまない」

 

その言葉に俺はなんとも言えなくなる。

その質問のせいか、美亜の纏う雰囲気は少し暗くなってしまった。俺はそんな彼女の雰囲気を少しでも明るくしようと次の質問を投げ掛けようとするがーーー

 

 

 

 

 

「ばあ!」

 

『っ!!!』

 

突然、美亜の足元の影から現れたピンク髪の幼い少女の声と姿に俺たちは驚く。

しかし、一番驚いたのは自分の目の前に突然出てこられた美亜のようでーーー

 

「な、何!?」

 

彼女はソファの上に足を上げる程身を引きながら、涙を浮かべていた。

その様を見ながら、司狼はため息をはいて、突然出てきた幼い少女をジト目を向けた。

 

「おいルサルカ、影に隠れて黙って聞いてた事は何も言わねぇけどよ。いきなり出てきてこの子を驚かすのはどうなんだよ?」

 

「あら?なんか暗い感じになったから、雰囲気変えようと思ってやったんだけど……ダメだった?」

 

「ダメですよ!見てください、美亜さんがもっと怯えてしまったじゃないですか!」

 

ルサルカは首を傾げてそう聞くが、優月がルサルカに対して少し怒りながら美亜の元へと近付いた。

 

「大丈夫ですか?落ち着いてください……」

 

「というか、マレウスはなぜここにいるんですか?」

 

「別に〜。特に深い意味はないけど、強いて言うなら、なんか面白そうな子がいるから来ただけよ。しかもそれを言うならクリストフもでしょ?」

 

「……まあ、それは否定しませんがね」

 

「…………それよりこの子の何が面白いんだ?」

 

俺の発言にルサルカはニヤッと笑って告げる。

 

「その子ーーーどんな事をされても死なないっていう拷問系の魔術が掛けられてるわ。それもかなり強いーーーね」

 

「っ!」

 

小さく美亜が反応したように見えたが、それよりも俺はルサルカの発言が気になった。

 

「どんな事をされても死なない?」

 

「ええ、例え首を絞められようとも、高い所から落下しても、さっきみたいにナイフで突き刺されようともーーーおそらく木っ端微塵になってもすぐに再生すると思うわ」

 

「……………………」

 

「……そうなのか?」

 

ルサルカがそう話している最中、ずっと俯いて黙っている美亜にそう問いかけるとーーー彼女は静かに頷いた。

 

「多分本当ね……。まあ木っ端微塵はどうなのか私自身あまりよく分からないけど……。今までの事を考えたら……」

 

「今まで……?」

 

「…………ちょっといいか?」

 

気になった俺は美亜に断りを入れて、彼女の過去を見てみる事にした。

彼女の頭に触れた瞬間ーーー俺の頭の中には彼女の様々な記憶が入り込んできた。

 

 

まず俺が最初に見たのはーーー彼女の両親だと思われる二人の男性と女性、そして美亜より数歳程年上の姉だろうか?そんな人たちと楽しそうに美亜が笑っている記憶だった。

 

そして次に見たのはーーー平和な日々を過ごす彼女たちの世界に突如として現れた、謎の人物に対する記憶。

その者は自分の事を別の次元からやって来た“上位種族”と名乗り、美亜以外の家族ーーー両親と姉を惨殺した。

さらにその者と同じ、上位種族と名乗る者たちがその時を境に世界中に現れて、その圧倒的な能力を持って人々を蹂躙し始めた。

 

(……上位種族……そんな人たちは見た事も聞いた事も無いな……)

 

俺がそんな事を思っている間も、彼女の記憶は思い起こされていく。

次はそんな世界中に現れた上位種族たちから一人逃げ延びていた美亜が、たまたま人間を襲っていた上位種族の男を発見。

彼女はその男に対して激情を向け、彼を逃げる途中で拾ったナイフで刺すという愚行とも言える行動に出た。

当然そんな事で彼は死なず、返り討ちにあった美亜はそこで意識が途絶えた。

次に彼女が目を覚ましたのは、その男のねぐらである館の中でーーーその時から彼女にとっての地獄が始まった。

そこから次々と彼女の記憶が思い起こされていく。そんな記憶のほとんどはーーー

 

「ーーーくっ……」

 

見るに堪えない拷問の記憶ばかりだった。

例の男にナイフで様々な箇所をめった刺しにされる記憶。

銃で足などあらゆる所を撃ち抜かれる記憶。

拷問具で視線が覆われ、周りの状況が全く分からないまま手足や頭が粉砕される記憶。

彼女がいた館に張られた罠なのだろうかーーーその罠により、全身焼かれるような痛みを感じて絶命する記憶。

さらにはそんな地獄の中で出会った人たちと共に無残に惨殺された記憶。

しかし自分はそんな酷い目に何度あっても生き返り、再び肉体的にも精神的にも痛めつけられるという記憶。

そんな酷く残酷な拷問の記憶や、彼女の内に渦巻いた気持ちをーーー俺は刹那の間に見ていた。

 

 

 

「兄さん?大丈夫ですか?」

 

「影月君、大丈夫?」

 

「影月さん、大丈夫ですか?」

 

美亜の記憶を見終えた俺は、美亜の頭から手を離して俺を心配してくる優月と安心院、そして神父を見る。

 

「ああ……大丈夫だ。ーーーなあ、優月、安心院」

 

「はい?」

 

「どうしたんだい?」

 

俺の言葉に優月と安心院は首を傾げる。その様子を見て、俺は先ほど見た彼女の記憶を思い返しながら告げた。

 

「この子ーーー学園に連れて行かないか?」

 

「えっ……?」

 

「……どうしてですか?」

 

「………………」

 

ソファに座る少女の戸惑うような声と、優月の疑問を問う声、そして黙って俺を見つめる安心院を見て、俺は苦笑いしながら答える。

 

「だってほっとけないだろ?この子はいきなり訳も分からずこの街に来たって言ってるし……。この子には今頼れる人が一人もいない。そんな中でさっきみたいな事がまた起きたらどうなるかーーーそんな事を考えたら、黙って見て見ぬ振りをするわけにはいかないじゃないか」

 

「それはそうですけど……」

 

「……それにこれは個人的意見だけど、彼女は朔夜に似てるから放っておけないしな」

 

「似てるって?見た目かい?」

 

そう聞く安心院に、俺は少し考えて言った。

 

「それも少しはあるんだが……この子の過去に対する考え方も朔夜に似ているんだよ。他人に知られたくない、知られてはならない、教えたくない……ってな」

 

「あの……」

 

そこへ今までソファに座っていた美亜が恐る恐る俺へ声を掛けてきた。

 

「さっきから言ってるけど……私の過去を見たってどういう事?」

 

「ああ……俺の能力には確率視則と確率操作ってものがあってな?その確率視則の使い方を少し変えれば、人の過去が見れるんだよ。まあ君が刺されて復活した所も見たからな、なんでそんな事が起こるのか?とか色々気になったから君の過去を覗き見させてもらったーーーごめんな?」

 

「…………見たんだ」

 

俺は自らの能力を明かして、勝手に彼女の過去を見てしまった事を謝ると、美亜はそう言った。

俺はそれに頷く。

 

「見た。君の過去はかなり辛いものだったね……。それに、その復活する力を得た経緯も分かったしな」

 

「っ……」

 

それを聞いた美亜は息を呑んで、俺を睨みつけた。

俺はそんな彼女をなだめながら言う。

 

「落ち着いてくれ。別に死なないから何か酷い事をしようとかは思わない。それに死なないとかそれくらいの力なんて……俺たちは別に驚きはしないよ」

 

「えっ……?」

 

「そうですね。もっとすごい力を持った人たちがこの世界にはいますからね」

 

俺と優月の発言に美亜は目を丸くする。

まあ普通の人たちならあんな光景を見た途端、彼女を化け物呼ばわりして、忌み嫌うだろうがーーー同じくもはや化け物同然の能力を持った俺たちからしたら、彼女のどんな事をされても死なないで復活するって能力は別に珍しい事でもなかったりする。

 

「私たちからしたら美亜さんは珍しくないですよ。ここにいる皆さんは簡単に死なないでしょうし……」

 

「僕は不死のスキルとかあるし」

 

「俺たちもちょっとやそっとじゃ死なねぇし」

 

安心院や司狼の言葉に美亜は呆然とする。

 

「そういう事ですから……少なくともここにいる皆さんは誰も美亜さんを忌み嫌ったりしません。それどころか今は貴女を助けたいって思ってますよ」

 

「ああ……だから安心してくれ」

 

そう言って俺は美亜の頭を撫でた。

 

「あっ……」

 

「今まで色々酷い目にあって辛かっただろう?今まで頼れる人がいなくて寂しかっただろう?」

 

「でも大丈夫です。これからは私たちに頼ってください。貴女は一人じゃないんですから!」

 

「っ……っ……!」

 

俺と優月の言葉を聞いて美亜は堪えきれなくなったのか、近くにいた優月の胸に顔をうずめて泣き出した。

優月はそれを優しい眼差しで見つめて、抱きしめた。

 

「ふふ……今はいっぱい泣いていいですよ。辛かったでしょう?」

 

「……うん……っ、ひぐっ……」

 

そんなまるで姉妹のようなやり取りに俺たち全員の顔に笑みが浮かぶーーーだがそんな空気はすぐに壊れ去ってしまった。

 

 

 

 

 

『〜〜〜〜〜♪』

 

「……ん?」

 

突然、俺の持っていた携帯が鳴り響いた為だ。こんな平和な時に一体誰からだろうと見てみるとーーー

 

 

【朔夜】

 

 

と表示されていた。滅多に電話してこない(というより学園内ではよく会う為、携帯なんて使わない)人物からの電話に驚きつつも、俺はそれに出る。

 

「はい?」

 

『もしもし影月?今どこにいますの?』

 

「今?司狼のクラブだ。どうかしたか?何か緊急の用事か?」

 

俺の言葉に部屋の中にいる全員の視線が俺に向けられた。

一方、電話越しの朔夜の声は先ほどから硬い。それから察するに、向こうでは何か問題が起きたらしい。

 

『……ええ、緊急ですわ。今日、九重透流とユリエ=シグトゥーナ、そして虎崎葵が三人で出掛けたのは影月も知っていますわよね?』

 

「ああ。確かお盆に行けなかった墓参りに行くとか言ってたな。ーーー思えばお盆はとっくに終わってるから結構遅れて行ったなとは思ったが……それが?」

 

俺がそう問い返すと、朔夜は小さく息をついてーーー言った。

 

 

 

 

 

『先ほど、ドーン機関の関連病院から連絡がありまして……九重透流が重症で運び込まれた、との事ですわ……』

 

「なんだって……?」

 

朔夜から告げられた言葉に、俺は耳を疑った。

そしてーーー

 

「ーーー分かった。じゃあすぐに戻るーーー優月、安心院、そして美亜も学園に戻るぞ」

 

数分後、通話を終えた俺は優月たちにそう言った。

 

「えっ……?なぜですか?それに美亜さんもいきなり連れて行くなんて……」

 

「……朔夜ちゃんと何を話していたんだい?」

 

その二人の言葉に、俺は朔夜から説明された事を簡潔に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹の墓参りに行った透流が……道場跡地で榊に左腕を切断される大怪我を負ったらしい」

 




新たな世界の人物が登場!
「死に逝く君、館に芽吹く憎悪」の主人公、美亜です。分かる人いますかね……?
分からない人は検索してみてください。ただし注意事項として「死に逝く君、館に芽吹く憎悪」はR18指定、さらに内容もかなりえぐいです。調べる時は自己責任でよろしくお願いします。

美亜の口調などは何処と無く手探りなので上手く書けてるかどうかよく分かりませんが……何か意見があればよろしくお願いします。
彼女に関する細かい説明は次かそのまた次くらいの話でする予定です。

それとこの小説の序章を大幅に加筆・修正させていただきました。……何やら色々言葉が追加されているのは気にしないでください!

では、誤字脱字・感想意見等、ありましたらよろしくお願いします。


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第四十五話

ちょっとだけ間が空きましたけど投稿です。
今回も新キャラがっ!?
それと2万UA超えました!ありがとうございます!



side no

 

 

時は朔夜が影月に連絡をする数十分前まで遡るーーー

 

 

 

 

 

 

「ああ……やっぱり君では僕を殺せないね、透流」

 

闇を纏った少年が哀しそうにそう言って、微笑む。

 

「そ、んな……」

 

一方、闇を纏った少年に笑みを向けられた透流と呼ばれた少年は、驚愕で目を見開く。

 

「俺が全力で打った雷神の一撃(ミヨルニール)を受けて立ってるなんて……」

 

雷神の一撃(ミヨルニール)ーーー大の大人でも数十メートルは吹き飛び、意識を失うだろう威力を持つ技ーーー透流が現在出せる最大最強の技を胸に打ち込まれた筈の少年はーーー

 

「それじゃあ、そろそろ終わらせようか」

 

傷一つ無く立っていた。彼は無防備に胸を晒して雷神の一撃(ミヨルニール)を受け止めたのだ。

そのような常識的に考えればあるはずもない事が起きたのだ。透流が驚くのも無理は無い。

そして闇を纏う少年ーーー榊は寂しそうに呟いたと思うと、胸元から眩い光が生まれ始めた。()はその光を掴む。

すると光が形を変える。白い刀身に、黒い刃を持つ禍々しい刀へと。

それを見た透流は再び驚き、叫ぶ。

 

「なっ……!?そ、それは、まさか……《焔牙(ブレイズ)》!?」

 

「違うよ、透流。これは君たちのそれとは違う。光から作り出した僕だけの武器、僕の《魂》ーーー《煌牙(オーガ)》」

 

そう言って榊は、ゆっくりと刀の切っ先を天へと向けた。

 

「そんな……榊、お前は一体何者なんだ……?」

 

「僕は君がよく知る鳴皇榊(なるかみさかき)だよ、透流。でも君が聞いているのはそういう意味じゃないんだよね」

 

深淵(しんえん)を思わせる、(くら)く、静かな闇色の瞳が僅かに揺れ、榊は《煌牙(オーガ)》を振り下ろした。

稲妻のような白い閃光が(はし)り、反射的に透流は自らの《焔牙(ブレイズ)》である《楯》を構える。

そんな刹那の間に榊は答える。

 

「僕が何者かーーーそれを知りたいなら、あの時話していたカール・クラフトか影月()にでも聞くといいよ。なぜなら僕は、クラフトやラインハルト、それに影月や優月(彼ら)と同じーーー」

 

 

 

瞬間ーーー《楯》が二つに切り裂かれーーー透流の腕と共に地に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覇道の道を歩みし者ーーーだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれと時を同じくして、とある場所では水銀の蛇の仕業によって、また別の世界の者が迷い込んでいたーーー

 

諏訪原(すわはら)市ーーーPM5:27…

 

 

 

「うわぁ……高い建物……ここがこの街の中心なのかな?」

 

ここは諏訪原市ーーー人口80万人程が住む、海と山に囲まれた地方都市である。

街の歴史は160年程とまだ浅いが、国内でも有名なアミューズメントパークや巨大タワーなどが存在し、人の出入りが盛んな行楽地として栄えている。

 

「前の異変の時以来か……娑婆に出て来るのは……。やっぱり外の世界は進んでるねぇ……」

 

そんな街の中心街に立ち並ぶビル群を見上げて、感嘆の声を上げる一人の少女がいた。

 

「でも以前外に来た時とはなんか雰囲気とかが違う感じがする……本当にここって私が元々いた外の世界なのかね?」

 

そんな一般の人にはよく分からないような事を呟く少女の容姿は、現代の人たちから見ると実に異様なものであった。

腰まで伸びた銀髪に燃え上がるような深紅の瞳、体型は少女らしくほっそりとした華奢(きゃしゃ)な体つき。

そして服装だが、髪には白地に赤の入った大きなリボンが一つと、毛先に小さなリボンが複数ついている。上は白いカッターシャツ、下は赤いモンペのようなズボンをサスペンダーで吊っていて、ズボンには何やら護符のようなものが貼られている。そのズボンの形状は大昔の日本貴族が身に付けていた袴に何処と無く似ている。

 

周りにスーツなどを着ている人が多い中、明らかに“時代遅れ”の格好をしている少女は、周りから向けられる奇異の目を浴びながらも、全く気にする事無くモンペのポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 

「ってこんな所で呑気に観光しながらそんな事考えてても意味無いか。……どっちにしても、なんで私は幻想郷の外にいるんだろうか?ただ、いつも通り迷いの竹林を見て回ってただけなんだけどなぁ……」

 

歩き出した少女の口から出る意味不明な独り言に、視線を向けていた通行人たちは皆、気味悪がって視線を逸らして少女に道を譲る。少女はそんな事も気付かずに考え事をしながらただ当ても無くふらふらと歩いていた。

 

 

 

今、少女が口にした幻想郷という言葉ーーーそれは何か?

それはこの世界とは全く違う(ことわり)が流れている世界にある場所。

曰くーーー人間や幽霊、妖怪や妖精、さらには神などが共存し合う伝説の土地。

曰くーーー外の世界、つまり現実で消えた物、忘れ去られた物、存在を否定された物が実在すると言われる土地。

曰くーーー幻想郷にいる者たちは皆、国どころか世界を滅ぼせる程の力を持っている者たちが集う土地。

 

そんな数多(あまた)の都市伝説が囁かれ、多くの人たちが眉唾物だと認識している世界から少女ーーー藤原妹紅(ふじわらのもこう)は飛ばされてきてしまったのだ。

 

「まあ、実際外に放り出されるなんてスキマ妖怪()の仕業としか考えられないんだけど……。でも(ゆかり)が何の説明も無く、いきなり私を外に放り出すなんてどんな魂胆があるんだ……?」

 

しばらく歩いていた少女はふとビルの隙間から顔を覗かせる夕陽に目を向けた。傾いた夕陽は空を、地を、そして諏訪原市のビル群を紅に染め上げ、幻想的な風景を生み出している。

だが、そのような美しい風景を目の当たりにしても少女の顔色は暗いままだ。

 

「……私がこっちに来てから二日位か……今頃、慧音(けいね)は私が居ないって大騒ぎしてるかもなぁ……」

 

妹紅は自分にとって数少ない理解者である親友の顔を思い浮かべながら、少し哀しげに呟く。

ちなみに彼女がこの二日間、外の世界で何をしていたのかというとーーー

一日目(放り出された当日)はただひたすらこの周辺の森の中を丸一日うろうろと彷徨い歩き、幻想郷と外の世界を隔てる博麗大結界の綻びを探した。とりあえず結界の綻びさえ見つけられれば、そこから戻れるのではないかーーーそんな淡い期待を持って探していたが、無情にも結界の綻びは見つけだす事は出来ずーーー

二日目も森の中で引き続き、幻想郷に戻る方法を探していたのだが、その最中に偶然にもこの諏訪原市を発見。幻想郷に戻る手段が何かあるかもしれない(ついでに外の世界がどの位進んでいるのか興味もあった)と考え、一日かけて諏訪原市内を隅々まで歩き回った。

まあ、結果として幻想郷に戻る手段は見つからず、ただの観光となってしまったわけだが。

 

「……別の所に行くかぁ……。早く帰る手段を見つけないと……私はやっぱり外の世界より、慧音とかと楽しく酒を飲んでいたり、気兼ね無く輝夜(かぐや)と殺し合いが出来る幻想郷の方がいいし」

 

そう言って、妹紅はこの街から出るべく歩き出した。もうこの街は大方調べ尽くしたから余程の事が無い限り、また来る事はないだろう。

 

そんな事を考えているうちに夕陽は沈み、道路には街灯が灯り始め、ビルからは蛍光灯の灯りが漏れ始め、日中や夕暮れ時とはまた違った雰囲気を持つ別の光が灯り始めてきた。

妹紅はそんな光が灯りゆく様を無感情に見ながら移動していた矢先ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?なんか焦げ臭いな……」

 

ふと、辺りに漂う何かが焼けるような臭いを感じて、辺りを見回す。すると妹紅がいる場所から少し離れた空に、もうもうと黒煙が上がっているのが見えた。

 

「……あっちか」

 

その黒煙を目にした妹紅は黒煙が上がる方向へ向かって駆け始めた。

その方向に向かうにつれて、焦げ臭い香りはどんどん強くなっていき、周りで歩いていた人たちも何やら焦げ臭いと言いながら、顔をしかめている。

そんな人たちを尻目に妹紅は走り続けーーーやがて多くの野次馬たちが集まっている場所へと辿り着いた。

 

「ここか……?……ちょいと失礼ーーーああ、ごめんなさい。通してーーーおっと、すまんね」

 

妹紅は多くの野次馬たちの間をすり抜けて、一番前へと向かう。

 

 

 

ーーーそして野次馬たちの最前列に辿り着いた妹紅が見たものはーーー

 

「………………」

 

一棟の十階建てビルの五階か六階位が炎に包まれ、赤々と燃え上がっている様だった。

炎の勢いは強く、ここにいても熱風を感じる程だ。最も、妹紅からしたらこの程度の熱風はあまり熱いと感じていないのだろうが。

 

「…………大丈夫かい?」

 

妹紅は一瞬何かを考えた後、ビルから少し離れた場所で集まって座り込んでいるスーツ姿の男女の元へと駆け寄った。

一部の通行人たちに色々と介護されているスーツ姿の男女らは火事となったビルで働き、逃げ出してきた従業員たちだ。

そんな妹紅の呼びかけに反応した数人の人たちが妹紅を見て、なぜか安心したような顔を浮かべ、一人の女性従業員が返事をする。

 

「わ、私たちは大丈夫です!で、でも……」

 

「でも、なんだい?」

 

何やら言い淀む女性に妹紅は首を傾げるがーーーその答えは他の男性従業員が答えた。

 

「まだ一人ーーー女の子が出てきていないんだ」

 

「何?」

 

そう言って妹紅は、赤々と燃え上がるビルを見やる。

 

「………………」

 

「火災の数分前にビルの中に入って行ってしまってーーー」

 

彼女の瞳は刹那の間だけ、迷ったように揺れ動いたがーーー何かを決意したかのような顔になると、従業員たちに顔を向ける。

 

「なら、私が助けに行くよ」

 

「なっ……!?き、危険です!!さっき消防には連絡したのでそれまで待てばーーー」

 

「それが来るまでにあの建物が崩れてしまったらどうするんだ?……それだったら今すぐ入って助けに行った方がいいじゃないか」

 

「そ、それはそうかもしれないですけど……もしも助けに行った時に崩れたりしたら貴女だって……!」

 

「大丈夫だって。私はちゃんと女の子を連れて無事に戻って来るからさ」

 

そう言って、ニッと妹紅が笑うと従業員たちは驚き、何も言えないような顔になる。

 

「まあ、心配はいらないよ。私はこんな事で死ぬ気は無いし、()()()()()()()

 

妹紅はそう含むように言うと、近くの従業員から少女の容姿を聞いて、周りの制止の声も聞かずに燃え盛るビルの中へと飛び込んで行ったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃ーーー火事の現場となっているビルの五階ではまさに地獄絵図と言える様相が広がっていたーーー

 

 

 

 

灼熱の炎がフロアに置かれていたありとあらゆる物を一つ残らず飲み込んでいく。仕事の事が書かれていたであろう書類や、机や椅子、ノートパソコンやコピー機などの機械類、そしてーーー

 

「ほら、こっちだよ〜!」

 

彼ーーーウォルフガング・シュライバーが先ほどまで戦闘という名の蹂躙を行っていたこのビル専属の重武装警備員たちの死体……。

それら全てが炎に包み込まれ、元の原型をとどめない程に焼き尽くされていく。

そう、このビルも以前、シュライバーが南米で襲撃を仕掛けた会社ビルと同じ、とある裏組織が関わっていたのだ。

 

 

シュライバーは現在後ろから追いかけてきている人物を挑発しながら下の階へと降りようとしていた。

彼は下の階ーーー四階へ降りる階段を見つけ、そこへ向かって走り出す。すると背後からシュライバーの姿を丸々飲み込めそうなくらい大きさの火球が飛んできた。

だがーーー

 

「あっ、はァーーー」

 

シュライバーはそれを事も無げに飛び越えた。そして空中で体をひねりながら半回転し、天井に足をつけたかと思うと、そのまま天井を走って四階へと降りていく。

そんなシュライバーの後ろ姿を見つめるのはーーー

 

「………………」

 

以前、南米でシュライバーが出会った桜色の髪をした小柄な少女ーーーオトハだ。

彼女はゆっくりと一歩ずつ歩いて、偶然にも二度目の出会いとなったシュライバーを追う。

 

 

 

階段を降りたオトハは、四階のフロア全体を見渡す。

ここも五階と同じように様々な書類や机などの備品が置かれていた。オトハはそんな隠れる場所や死角の多いこの階のどこかにシュライバーが隠れていると思い、ゆっくりとその小さな掌を突き出した。

そしてその手を斜めにかざし、舞うかのようにゆっくりと振るいながら、小さく呟く。

 

獄炎(ゲヘナ)

 

その言葉と共にーーー腕の軌跡に合わせるように炎が幾度も炸裂した。

連鎖的な爆発と火災によって、四階のフロアは一瞬で五階のような灼熱地獄と化した。

隙間無く爆発させた為、シュライバーも流石にこれは防げず命中しただろう。オトハは内心そう思ったもののーーー

 

「へぇ、オトハはあんな攻撃も出来るんだ」

 

「……アンナ、さん……」

 

先ほどの攻撃を全て回避し、何事も無かったかのようにシュライバーが笑いながら目の前に現れた事でオトハは驚愕する。さらにーーー

 

「でも、それでもまだ僕には触れられないね」

 

その言葉が終わると共にシュライバーの姿が一瞬で消えーーー

 

「ーーーーーーっ!!?」

 

瞬間、オトハの小さな体はまるで風で飛ばされた落ち葉のように軽々と吹き飛ばされた。

 

「くうっ……!」

 

数メートル程吹き飛ばされたオトハは、なんとか体勢を立て直して何が起きたのか確認しようとするもーーー

 

「え……?」

 

直後、顔を上げたオトハの目の前には目を疑うような光景が映った。

オトハから見て右側にあるビルの壁が巨人の鉄槌でも受けたかのように大きく陥没する。さらにビルの床も、天井も同じような陥没が恐ろしい程の速度で出来ていく。

 

「これ、は……?」

 

そんな信じられない光景を見て、オトハは疑問を浮かべる。

なぜあんなに早く床や壁が陥没するのか?目の前にいた筈のシュライバーはどこへ消えたのか?それよりも先ほど吹き飛ばされたのはなぜ?

しかしそんなオトハの疑問に対して返ってきたのはーーー先ほど吹き飛ばされた時と同じくらいの威力を持つ衝撃波と大きな爆音だった。

 

「うあっ……!!」

 

再び大きく吹き飛ばされたオトハは壁に強く叩きつけられ、床へと倒れ込む。

 

「けほっ……こほっ……!」

 

オトハは咳き込みながらも、前を見据える。

目の前には今もなお衰えず増えていく陥没の跡、そしてそんな陥没の跡を追うかのように発生する爆音と爆撃じみた衝撃波。

それらを見たオトハは、ようやくこれら全てが先ほどの少年によって引き起こされている事だと理解して呟く。

 

「……アンナ、さん……速すぎるよ……!」

 

跳び回るシュライバーの姿は触れる事はおろか、視認する事すら出来ない。

警備員の動きより、銃弾より、風よりーーーオトハが今まで見てきた中で何よりも速いスピードスター。

こんな速度で屋外を走り抜けたら、車は吹き飛ばされ、道行く一般人は衝撃波だけで粉々になってしまいそうである。オトハは一般人では無いのでまだ無事だが。

まさに死をばら撒く嵐の化身ーーーシュライバーの暴風(シュトゥルムヴィント)という銘は伊達じゃない。

 

「どうしたんだい?ほら、僕に触れてみなよ。ここにいるからさぁ!そうじゃないとーーー君も、死んじゃうよ?」

 

「っ!獄炎(ゲヘナ)!!」

 

オトハはシュライバーの声がした方向へ向けて手を移動させながら、連鎖爆発を発生させる。

だが、そんな爆発をシュライバーは鼻歌交じりに全て回避しーーーオトハに対して初めての攻撃を仕掛ける。

それは何の変哲も無い、普通の体当たりーーーしかし、その威力は車に跳ね飛ばされるのとは比べものにならないだろう事は想像に容易い。

そんな威力と恐ろしい速度で突っ込んでくるシュライバーにオトハは反応出来ず、呆然と立ち尽くす。

 

「楽しかったよーーーじゃあね、オトハ」

 

シュライバーの最後の別れの言葉にもオトハは反応出来ずーーー両者の影がついに一つとなる。

必殺の一撃を受けた少女は死に、少年はその少女の魂を取り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不死『火の鳥-鳳翼天翔』」

 

 

その刹那、一秒にも満たないほんの僅かな時の中で紡がれたのは、シュライバーでもオトハでも無い第三者の声。

それと同時に、シュライバーの元へと巨大な火の鳥を模した炎弾が火の粉を撒き散らしながら飛んで行く。

 

「ッ!?」

 

突然横から飛んで来た火の鳥に驚愕したシュライバーは真後ろへと即座に反転、素早く加速して回避した。

だがーーー

 

「ーーーーーーッ」

 

そんなシュライバーの動きを読んだのか、新たに現れた火の鳥がシュライバーを捉えるべく迫る。それにシュライバーは瞠目した。

いくら本気のスピードを出してないとはいえ、自らの速さに迫る存在など片手で数える程しかいないからだ。

 

「危なかったな、私がもう少し来るのが遅かったらどうなっていたことやら……」

 

そして先ほどオトハを救った第三者が姿を見せる。

 

「ーーーーーー」

 

その姿にオトハは先ほどとは違う意味で呆然となる。

彼女の目に映ったのは、自身の放つ炎とはまるで違う印象を受ける炎を纏う少女。

熱風で舞う髪は目を奪われる程に美しい銀色に輝き、彼女の燃え上がるような深紅の瞳には強い情念が浮かび上がっていた。

そんな彼女の姿に見惚れてぼーっとするオトハに、少女ーーー妹紅は近付いて問いかける。

 

「嬢ちゃん、怪我は無いかい?」

 

「……あ……はい……」

 

怖がらせないように優しい笑みで問いかける妹紅を見て、我に返ったオトハはたどたどしくも返事を返す。そんな返事を聞いた妹紅は再び優しくオトハに笑いかける。

 

「別に取って食いはしないんだからそんなに怯えなくても大丈夫さ。……それよりもーーー」

 

そう言って妹紅は視線を向ける。そこにはーーー

 

「さぁて、君は誰かな?会った事がないねぇ」

 

先ほど妹紅が放った二つの攻撃をかわしきったシュライバーが薄っすらと狂気の笑みを浮かべて立っていた。

それを見た妹紅もニヤリと笑って答える。

 

「生憎と、この世界に来てまだ二日位しか経ってないからさ……会った事が無いのは当然だよ」

 

「この世界?……ふ〜ん、なるほどね」

 

その言葉にシュライバーは目を細めて、何やら納得したような顔をして妹紅の瞳を見据える。

対する妹紅もシュライバーのあらゆる情念が宿った瞳を見据える。

そんな二人の視線が交わる刹那の沈黙はーーー

 

「ふふっーーー」

 

シュライバーが突如笑い出した事で終わりを告げる。

 

「うふふふ、ふははははは、あははははははははははーーー」

 

狂喜と膨大な殺気を纏った哄笑は辺りに木霊し、燃え盛る炎すらも揺らめかせる。

 

「うふ、うふふふ……いいねぇ、お姉さんのその瞳!その瞳を見てたら久々にノれそうな感じがしてきたよ!」

 

「そりゃ結構ーーー私もなんだか君の瞳を見てたら、()り合いたくなってきたねぇ……」

 

そう言って、互いに狂喜と殺気を纏った笑みを浮かべる二人。その笑みを見たオトハの顔からは見る見る内に血の気が引いていく。

 

「ねぇ、お姉さんの名前が知りたいな。僕たちと同じ戦いに飢えた瞳を持つお姉さんの名前を!」

 

「いつも戦いに飢えてるってわけでも無いんだけどね……藤原妹紅だ」

 

苦笑いしながら名乗った妹紅。それにシュライバーの目が細まった。

 

「フジワラノモコウ?珍しい名前だね……」

 

「まあ、こんな時代にはまず聞かない名前だろうなーーーで、君は?」

 

妹紅の問いかけに、シュライバーは二丁の拳銃を取り出しながら己が矜恃(きょうじ)にして最大の栄誉を名乗った。

 

「僕は聖槍十三騎士団黒円卓第十二位大隊長、ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル」

 

「……コクエンタク……どれも聞いた事無いや。……それよりもお互い名乗ったし、早く始めようか。私はこの子を連れて早く脱出しなきゃいけないからね」

 

そう言って、妹紅はオトハの頭を優しく撫でた。

 

「あ……」

 

その撫で方はオトハにとって、どこか懐かしさを感じさせるものであり、もっと撫でてもらいたいと思ったがーーー妹紅はある程度優しく撫でると、「続きはまた今度な?」と言って手を離し、シュライバーへと向き直った。

 

「嬢ちゃんは少し下がってな。私はちょいとこいつを一発殴るなりして、決着つけるから」

 

「あははは!やっぱり面白いよお姉さん、僕を殴るって?出来るもんならやってみろよぉ!!」

 

そうして二人は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅は再び火の鳥を生み出し、シュライバーへと放ちながら接近する。火の鳥は火の粉を撒き散らしながら、目の前の少年を焼き尽くさんと飛翔する。

しかしーーー

 

「もうその攻撃じゃ、僕の不意はつけないよ」

 

シュライバーは飛翔する火の鳥を上を飛び越し、自らに降りかかってくる火の粉を銃撃で相殺させながら、妹紅へと一瞬で距離を詰める。

 

「不滅『フェニックスの尾』」

 

一方の妹紅は走りながらも、次のスペルカードを発動した。

瞬間、妹紅の周囲に高密度の弾幕が現れる。

 

「ならこれも全てかわせるだろうーーーね!」

 

すでに妹紅の周りには数百を超える炎弾がひしめき合いーーー彼女が手を振り下ろすと同時にひしめき合っていた炎弾が爆ぜ、シュライバーへと一斉に襲いかかる。

 

「あははははは、無駄無駄無駄ァッーーー」

 

しかしシュライバーはその高密度の弾幕の隙間を縫うように駆け抜ける。

そしてついに妹紅(ターゲット)の目の前まで辿り着いたシュライバーはーーー

 

「はぁっ!!」

 

妹紅の手加減無しで放たれた拳を彼女の背後に回り込む事で回避する。

そして彼は飛び上がって回転しながら妹紅に鉈のような踵を落とす。

 

「いっつ〜……中々重い一撃だねぇ」

 

妹紅は即座にそれに反応、自らの腕で踵落としを受け止めて、お返しとばかりに至近距離で弾幕を放つ。

 

「ーーーーーー」

 

流石にこれ程の至近距離からの弾幕はかわせないのか、シュライバーは身を翻して飛んで距離を取り、二つの銃口を妹紅へと向けながら再び不可視の神速となって駆け抜け始めた。

 

「じゃあ今度は僕の番だ、避けてみろよぉ!」

 

その言葉と共に二つの銃口から一気に火が噴く。

連続で吐き出される弾丸は百発以上。もはや拳銃の常識などとうに超えているその弾数はもはや完全な面攻撃だ。

それに対し妹紅はーーー

 

「ぐっ……滅罪『正直者の死』!」

 

放たれる銃弾が体に突き刺さる痛みに耐えながらも、新たなスペルカードを発動させる。

スペルカードが発動した途端、妹紅の周りからは新たな弾幕が現れ、シュライバーに再び襲いかかる。

 

「あははははは!それも無駄だよぉ!」

 

しかしそれでも彼には当たらない。迫り来る弾幕などはどれ一つ擦りもせず、シュライバーは発達した犬歯で少女の首を噛み千切らんと接近する。

がーーー

 

「来たね……!」

 

妹紅は恐るべき速さで迫ってくるシュライバーを正面に見据えて、不敵に笑った。

先ほど妹紅が放った弾幕はどれもライン状に並んで飛んでいくもので、相手の動きを制限する為のものだ。妹紅はその弾幕を使い、シュライバーの走るルートを限定し、誘導したのだ。

 

「どんな攻撃でも絶対避けるんなら……これしか当てる方法はないーーーねっ!」

 

妹紅はそう言って、眼前に迫るシュライバー()を薙ぎ払うようにレーザーを放った。

 

「ーーーっ!?」

 

それに息を呑んだシュライバー。脅威のスピードで突進していた彼にレーザーを避ける術は無い。

急停止した所でどちらにせよ当たってしまうし、今から神速で後退したとしても無理だ。上や左右も逃げる隙間も無い程の弾幕のトンネルに覆われていて動く事は出来ない。

 

 

 

もはや誰がどう見ても完全に決着がついたーーー妹紅も、そして今まで陰に隠れてこの戦闘を見ていたオトハもそう思った。

がーーー

 

「ーーーーーー」

 

血走ったシュライバーの隻眼が妹紅の視線とぶつかる。

そこに渦巻くのは判別不能な狂気の混沌。縦に細長い獣めいた瞳孔が微かに揺らめき、口許が吊り上がる。

 

 

 

 

 

「形成

Yetzirah―」

 

 

極限まで遅まったような世界の中で、紡ぎ出されたのはーーー

 

 

「暴嵐纏う破壊獣

Lyngvi Vanargand」

 

 

 

 

 

紡ぎ出された言葉が終わると共に、弾幕とレーザーが打ち消される程の爆発が起こった。

オトハはそれに驚き、耳を塞ぎながらうずくまった。

 

「ううっ……」

 

そうして耳鳴りが徐々に収まってきたのを確認したオトハは顔を上げる。

そこにはーーー

 

「……今のもかわされたか……」

 

薄っすら苦笑いを浮かべながらも驚愕している妹紅とーーー

 

「残念〜、もうちょっとで当たる所だったよ」

 

立ち込める土煙の向こうからケラケラと笑うように言うシュライバーの声が聞こえた。

それと共に、辺りに吐き気を催す程の濃厚な血の匂いと排気ガスの匂いが充満し始めた。

 

「……う……」

 

「……この匂い。全く、今まで君は何人の人を殺してきたんだ?少年」

 

その匂いにオトハは鼻と口を押さえて匂いを遮断し、妹紅はそんな匂いを嗅いでさらに苦笑いを浮かべた。

 

「ん〜……まあ、十万は超えてるかな?あんまり詳しくは覚えてないんだよね」

 

一方この濃厚な血の匂いを発しているであろう声の主は、どこまでも明るい声で妹紅の疑問に答えた。

 

「さて、それじゃあそろそろ僕も本気を出そうかなーーーって思ったんだけど、どうやら時間切れみたいだね」

 

「……?」

 

オトハが首を傾げたその言葉の意味はーーー天井が大きく崩れ落ちた事で理解する。

 

「ハイドリヒ卿に目的が済んだらすぐに戻ってこいって言ってたからなぁ……本当に残念だよ、久々に楽しめる相手に会ったのにさ。ま、次にお預けだね」

 

「……はっ、ありがたい事だね。まあ、私もこんな状況で牙を向ける程戦闘狂じゃないし。それに今まで忘れてたけど後ろの嬢ちゃん助ける事が目的だからね。でもまた次に会ったら、今度こそ殺してやるから覚悟しなよ?」

 

「僕を殺す……か。楽しみにしてるよフジワラノモコウ!……アハ、アハハ、アハハハハハハハハハハハーーーーーーッ!!」

 

妹紅の言葉にシュライバーは哄笑しながら、エンジン音を響かせて去って行った。

すると辺りの空気が徐々に普通の空気へと戻っていく。

 

「……はぁ……」

 

元に戻った空気を大きく吸い込んで、胸に溜まった腐臭を入れ替えるオトハに妹紅は近付いていく。

 

「嬢ちゃん、大丈夫?」

 

「…………はい」

 

妹紅はオトハの目線に合わせてしゃがみ込んで、再び優しく笑いかけた。

 

「ごめんね?私の個人的な欲求の為に巻き込んじゃって……」

 

「……大丈、夫……」

 

そう言うも、シュライバーと妹紅の殺気を微量ながらも当てられていたオトハの声は震えていた。

 

「…………ねぇ、嬢ちゃん。私と一緒にここから逃げよっか。その時にさっき怖がらせたお詫びもするから……ね?」

 

妹紅の優しい問いかけに、オトハは俯きながらも小さく頷いた。それを確認した妹紅は再び優しい笑みを浮かべて、オトハと手を繋ぐ。

 

「じゃあ、こっちに来てーーー」

 

そう言って妹紅はオトハと共に、割れた窓へと近付く。

 

「どう、するの……?」

 

「ん〜……そうだね。まずは背中に乗ってくれる?」

 

「え……?」

 

「早くしないと、ここ崩れちゃうよ」

 

妹紅のお願いにオトハは戸惑ったものの、妹紅のその有無を言わせない言葉に気圧され、渋々妹紅の背中へと乗った。

 

「それじゃあーーー嬢ちゃんにはお詫びとして少しの間だけ、いいものを体験させてあげよう。これからの事は他の誰にも言っちゃダメだからな?」

 

妹紅は窓に手を掛けながら振り返って、にかっと大事な秘密を教えた子供のような笑みをオトハに向けた。

 

「それじゃーーーしっかり掴まって!」

 

その言葉と共に妹紅は窓からバッと飛び出した。

 

「〜〜〜〜!!」

 

あまりにも突然の行動に、オトハは驚いて目を瞑った。

落下して、地面に叩きつけられるーーーそう思ったものの、いつまで経ってもその来るべき衝撃は来ない。

不思議に思ったオトハはゆっくりと瞼を開きーーー目を輝かせた。

 

 

「わぁ……!」

 

眼下に見えるのは、建物の明かりなどで光り輝く諏訪原市の街並み。そして上を見ると綺麗な満月と満天の星空がある。

 

「どうだい?中々綺麗なものだろう?」

 

それに見惚れていると、オトハを背負って飛ぶ妹紅の声が聞こえた。

妹紅の背中からは紅蓮に燃える炎で象られた鳥のような翼が生えていて、オトハはふと、その炎に触れてみた。その炎は全くと言っていい程オトハにとっては熱くない。むしろ触れるとなぜか昔懐かしいような気分になった。

 

「おっと、あまり羽に触れるなよ?そんなに身を乗り出して落ちても知らないぞ〜」

 

そう言ってケラケラ笑う妹紅にの言葉に、オトハは慌てて妹紅の背中にしがみついた。

その様を見た妹紅は再び笑い出し、それにつられてオトハもまた笑みを浮かべた。それはここ最近浮かべなかったオトハにとっての心の底からの楽しそうな笑みだった。

 

「さて……もう少しだけ飛んだら近くに降ろしてやるよ。……そんな悲しそうな顔をするなって……また会ったらやってやるから……な?」

 

「……うん!」

 

 

そうして不死鳥は綺麗な月を背景に天高く飛翔して行ったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、日本国内でとあるニュースが駆け巡った。

見出しは「諏訪原市のビル火災。原因は夜空に舞う不死鳥か!?」という何も知らない人からしたら何それ?と言える見出しだった。

内容は昨日諏訪原市内で一棟のビル火災が起きた際、全くの同時刻に諏訪原市上空で赤く燃え上がる鳥のような謎の物体が目撃された為、一部の一般人などがこの不死鳥が原因で火災が起こったのではないか?と言うものであった。

この謎の物体は多くの人の目に触れており、さらに写真も動画なども数多く撮影された。

しかしどの写真も動画も靄がかかったように不鮮明であり、一部のマニアやUMAを深く研究している機関などがそれらの解析などをしたもののーーー終ぞ、その火の鳥の正体は分からなかった。

 

 

 

 

あの夜ーーー一そんな多くの人から注目を浴びた火の鳥の影に隠れて、二人の少女が楽しそうに笑いながら飛翔していたのは誰も知らないーーー

 




というわけで水銀によって新たな被害者、藤原妹紅さんがやってきました(苦笑)彼女の登場は当初から決まってましたけど……ようやく出せた……。ちょっと戦闘好きな妹紅になったけど……大丈夫だよね?
妹紅ってザミエル卿と火力比べでドンパチしまくりそうだな〜……とか思ってる作者です(苦笑)まあ、今回はシュライバー卿と軽く殺りあってしまいましたけど(苦笑)
彼女はこれからどう関わっていくのでしょうか?そして紫様や幻想郷の皆さんの反応は?
まあ、それは後々書くかもしれないので置いておいて……。

妹紅のスペルカードは原作を見て、一部仕様を変えさせていただきました。戦闘シーンでおかしい所があったりしたのならば、ご意見よろしくお願いします。

尚、美亜については次回書く予定です。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十六話

さて、四十六話始まります。

妹紅「ちょっとその前に邪魔するぞ」

妹紅さん?いきなりどうしました?

妹紅「ちょっと読者に一言言いたい事があってね」

ほう?

妹紅「なんで私が出た(前話の)後、お気に入りが減ってるんだ?」

分かりません。ですから炎をこちらに向けながら睨まないでください……。それにそれは私ではなく読者様に聞かないと分かりませんよ?まあ、私は好きでこの小説をやっていますし、楽しめるかどうかは読む人次第なのであまりとやかく言いませんが……。

妹紅「……確かにお気に入り外すな!とかは言えないし言わないのは分かってる。お気に入りにするか、そして外すかどうかは読者次第だからね。でも……」

でも?

妹紅「私がこの小説に出た後、お気に入りが減ったのは……なんか私のせいみたいな感じだから軽くショックなんだけど……」

その気持ちは分からなくも無いですが……私は気にしませんよ?

妹紅「私の気持ち的には気にするよ……」

……とりあえずここでペラ回してても、話が進まないので本編を始めましょう。

妹紅「……そうだな。いきなり出てきて悪かったな?じゃあ、今回も楽しんでいってくれ」



 

side 影月

 

 

透流が病院に運び込まれてから六日が経った。

透流はこの数日間を、都内にあるドーン機関関連病院でお世話になっていた。だがそれも今日で終わりで、ようやく退院してくる。

俺たちはそんな透流と付き添っていたユリエを迎える為に、朔夜と共に病院の前で彼らが出てくるのを待っていた。

 

「六日間か……色々あったな」

 

「そうですね。美亜さんの事とか……」

 

ここで作者が何回も説明をするとか言ってた美亜について話しておこう。

 

 

まずあの日、あの後の出来事から振り返る事とする。

朔夜から連絡を受けた俺たちは、丁度その場に居合わせていたルサルカと共に学園の理事長室へと直接転移させてもらった。

そしてまず朔夜から聞いたのは透流の怪我の状況などの詳しい内容。

そしてそれらを聞き終わると、次に一緒に連れてきていた美亜の詳しい事情を朔夜とルサルカも聞く中、改めて説明と整理をした。

 

まず彼女の過去についてーーーこれは俺が美亜から見させてもらった記憶と、美亜本人の証言により詳しく話した。

彼女の過去の説明は前回俺が見た美亜の記憶と大差ない。

家族共々平和に暮らしていたが、突如別次元から飛来した上位種族なる者によって自分以外の家族が殺され、一人逃げ延びていた所を紆余曲折あって上位種族に捕まり、拷問を受けたという事。

 

そんな話をしていく中で、美亜が生き返る理由が判明した。

元々美亜が捕まっていた館のとある一室には拷問で負ったどんな酷い怪我でも(たとえ死んでても)治る、あるいは復活する魔術が掛けられた場所があったそうだ。

魔術に詳しいルサルカ曰く、その部屋の治癒系魔術が何らかの異常などを起こして、美亜の体や服に永久展開といった形で掛かったのではないかと言う事だった。

最後になぜこの世界に飛ばされてきたのかは結局分からなかったが……。

 

 

それらの話を詳しく聞いた優月と朔夜はそんな美亜の人生や境遇に共感しーーー朔夜は普通に学園に居ていいと許可を出すし、優月は美亜のお姉さんになる!とか言い出して色々と驚いたし、大変だった。

 

「それにしても、美亜ちゃんの過ごす部屋はどこにするかってあの時、話し合ったけど……」

 

「まさか朔夜自らが面倒を見るなんて言うとは思わなかったな……」

 

そして一番気になるであろう美亜の過ごす部屋についてだが……朔夜が自身の部屋ーーーつまり理事長室の隣で過ごせばいいと自ら名乗りを上げた。

つまり美亜はこの六日間、あの部屋の天蓋付きベッドで朔夜と一緒に寝ているという事になる。

 

「朔夜さん、なんであんな事を言ったんでしょうね?」

 

「さあな……。もしかしたら美亜に対して何か感じ取ったのかもしれないが……まあ、この辺りはあまり俺たちが踏み込む領域でもないだろ」

 

そう言って、少し離れた所にいる朔夜と美亜に目を向けると、二人とも楽しそうに笑いながら談笑している。

美亜が初めて学園に来た当初は色々と緊張していたようだが、ああして談笑している様子を見るに二人は随分と打ち解けたようだ。(はた)から見れば笑いながら話すその様子はまるで仲のいい友人ーーーいや、姉妹を思わせる。

髪の色やゴシックドレスの柄などは違うが、それ以外は結構似ているのでそれもまた姉妹に見える方向へと拍車を掛けていた。

 

 

「ーーーっと?出てきたぞ」

 

そんな事を思っていると、病院の入り口から透流とユリエが出てきた。

透流は俺たちに気付いたのか、足を止めて驚愕の表情を浮かべた。

俺たちはそんな二人の元に近付く。

 

「……なんで理事長と影月たちがこんな所にいるんだ?」

 

至って平静を装って問いかける透流を見て、俺はため息をはきながら苦笑いし、朔夜は口角を僅かに上げた。

 

「俺たちは朔夜に連れて来られたんだよ。なんか護衛しろとか言われてな……三國先生がいるのに」

 

「私は貴方の怪我の具合の確認とーーー鳴皇榊についてお聞きしたいのでここに参った次第ですわ」

 

俺の発言とジト目をスルーした朔夜が言った言葉に透流の表情があからさまに曇る。

 

「九重透流、あの時鳴皇榊と何を話し、何が起こったのかーーー聞かせていただきますわ」

 

朔夜のその言葉で透流は一瞬何かを考えたような顔をしたが、やがてぽつりぽつりと話出した。

 

 

六日前、透流とユリエとトラの三人で墓参りに行った際に、透流とユリエだけで道場跡地に向かったという事、そしてそこで透流の妹の音羽を殺した仇ーーー鳴皇榊と出会った事、その榊に透流は挑み、ろくにダメージを与える事も出来ずに左腕を斬り落とされた事。

そしてーーー

 

「覇道の道を歩みし者……か」

 

榊が腕を斬り落とした直後に言ったという言葉ーーーそれを俺は反復する。

 

「どういう事なんだ?」

 

透流の問いかけに俺は大体の予想を話す。

 

「多分そのままの意味だろう。前にザミエルが言っていただろう?人の願いには二種類あると」

 

「ヤー、求道と覇道の事ですね」

 

「そうだ。そして俺と優月は覇道の渇望だ。それを指して榊は「覇道の道を歩みし者」と言ったんだろう」

 

だが、覇道の道を歩むと言うのはーーーやはり俺たちや榊の向かうだろう結末(みらい)は……?

 

「つまりーーーあいつの願いは、影月たちと同じ、覇道……?」

 

そこで透流が呟いた言葉が聞こえた為、俺は刹那の間考えていた思考を現実へと引き戻す。

 

「榊の言葉の意味を考えるとそういう事でしょうね。でもーーー」

 

そう言って、優月はふと空を見て呟く。

 

「榊の願いって何なんでしょう?」

 

『………………』

 

優月の疑問に皆考え始めるもののーーー

 

「……まあ、それは後々分かる事でしょう」

 

朔夜がそう言ってその話は終わりとなる。

そして朔夜は傍に立っていた護衛ーーー三國先生の名前を呼ぶ。

そして理事長に代わり、先生は透流たちへと告げる。

 

「九重くん、シグトゥーナさんーーー貴方たち二人は、先の土曜に外出先からそのまま護陵衛士(エトナルク)の任務へと合流し、本日まで任務に就いていたという扱いにしてあります。今回の件を知る者以外には、任務内容は極秘の為口外してはならないと返すようにーーー分かりましたか?」

 

「えっと……?」

 

「察しが悪いな……。その怪我はどうしたんだ?なんて聞かれた時、どうやって返事するつもりなんだ?」

 

「そうですわ。私闘で重症の怪我を負った、とでも?別にそれはそれで構いませんけれど……フォローはしませんわよ?」

 

「あ……」

 

俺と朔夜の補足に透流は気が付いたようで、声を上げる。

任務で負った怪我という方が、トラやみやびたちに対して通りがいいのは分かりきっている。

朔夜もそれを分かっていて、今回のような口裏合わせを考えたのだ。それと同時にユリエを透流に付き添わせていたのもその口裏合わせの為である。

 

此方(こちら)の判断で動かせて頂きましたが、構いませんね?」

 

「はい。……ありがとうございます」

 

「此方の用件は済みましたわ。私は学園に戻りますけれど……九重透流、宜しければご一緒に如何(いかが)です?」

 

「……遠慮しておきます」

 

透流の返答に、朔夜は「振られてしまいましたわね」とおかしそうに笑った。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 透流

 

 

黒い雲が空を覆っていた。

見るからに重苦しさを感じる空模様は、今の俺の心境を表しているかのように思えた。

俺はユリエや影月たちと共に駅へと歩きながら、ため息をついた。

 

「……あ、そういえば影月、一つ聞きたい事があるんだが」

 

「なんだ?」

 

俺は少し前を歩いている影月に質問を投げた。

 

「理事長の後ろにいた金髪の女の子ーーーあれは誰なんだ?」

 

あの時、ずっと理事長の後ろでこちらの会話を聞いていて、帰る時は理事長と共にヘリに乗り込んだ、ゴシックドレスを纏った金髪の少女。

なんだか理事長と親しげに歩いていった気がするが、あの子は一体誰なんだろう?

すると影月はーーー

 

「彼女は美亜。六日前お前が大怪我を負って病院に運ばれる少し前に、俺たちが皐月市で出会った子だよ。今は訳あって学園で過ごしてる」

 

「訳……?」

 

俺はその訳を聞こうとしたが、影月は「続きはモノレールに乗ったら説明してやるよ」と言って歩いた。

そして数分程で俺たちは学園に直通するモノレールの駅に到着。発車前の車内に乗り込んだ。

 

「さて……あの子がなんで学園で過ごしているのかについてだが……」

 

「まずは美亜さんの過去から話しましょうか」

 

そう言って、影月、優月、安心院の三人は俺とユリエに美亜と呼ばれたあの子の事を話し始める。

ーーーその内容は俺とユリエにとって、とても衝撃的なものだった。

まず最初に耳を疑ったのは、彼女が俺たちの世界とは別の世界から飛ばされてきたという事だ。

まあ、俺は以前ifの世界なんてものを見た事があるのだが……まさかそれとは違って、俺たちの世界とは全く別の世界から来た人なんて思いもしなかった。

 

「美亜のいた世界は上位種族っていう奴らに支配された世界だと聞いている」

 

「上位種族……」

 

そこから先はその世界の状況や、美亜に対して上位種族が行った残虐非道な拷問の数々や、そんな拷問をいくら受けても死なない……いや、死ねないという話を聞いた。

 

「美亜を捕まえた上位種族は、多分退屈しのぎとかで美亜を拷問していたんだろう。……もしかしたら違う意図もあったかもしれないが……そこまでは分からないな」

 

「……どちらにしても許せません」

 

ユリエが憤りを込めた声を上げるのを聞いて俺も頷く。

拷問、それも見た目幼い少女を痛めつけて、それを何度も繰り返すなんて正気の沙汰じゃない。そんな事を平然と行う上位種族には憤りや嫌悪感などの感情しか浮かばなかった。

 

「まあ、ともかく彼女はそんな地獄のような世界から運良く抜け出す事が出来て、偶然この世界に流れ着いてきたって訳だ」

 

そして影月は最後に美亜とどのようにしてこの世界で出会ったか、そして影月たちと理事長がそんな悲痛な過去を持つ美亜の処遇についてどんな判断を下したのかを話した。

 

「……つまり、その上位種族って奴らとこの世界の研究機関から守る為に彼女を学園に匿っているんだな?」

 

「ああ。上位種族についてはもちろん、この世界の研究機関にも彼女の存在は知られちゃマズいからな」

 

「もし捕まったら色々な実験とかされるかもね。どうやったらこの不死の力を自分たちが使えるか……とかね」

 

「…………」

 

不老であろうが不死であろうが、美亜が異質であって同時に一部の人たちにとっては魅力的な存在である事に変わりない。

不老不死は昔からの人類の願望の一つだ。不老不死を求めたという人は今までの歴史などで数多く語られていると影月や優月は言う。

古くはギリシャ神話や北欧神話などで、多くの人々が神々のような不老不死を求めたと描かれているらしいし、ヨーロッパでは魔法使いや錬金術師などが賢者の石なるものを作っていたらしいし、日本にもそのような不老不死にまつわる話があるらしい。

 

「透流さんは竹取物語って知ってますよね?」

 

「ああ、お爺さんとお婆さんが竹を切ったらかぐや姫(女の子)が出てきて、最終的には月に帰ってしまうっていうあれだろ?」

 

「だいぶ端折(はしょ)ったな……合ってるが。あれでかぐや姫が月に帰る前に(みかど)竹取翁(たけとりのおきな)老人夫婦に置いていった霊薬が不老不死の薬なんだよ」

 

「その薬はどうなったのですか?」

 

そこで今まで黙って聞いていたユリエが影月に問いかける。

軽く目が輝いている(多分絆双刃(デュオ)の俺位にしか分からない位の輝き)ので、竹取物語というギムレーには無いであろう日本の昔話に興味津々なのだろう。

 

「不老不死の薬は日本で一番高い山で燃やされました。その山が不死の山、つまり富士山と呼ばれるようになったそうです」

 

「優月、竹取物語という話を初めから聞かせてもらえないでしょうか?」

 

「いいですよ」

 

「で、話が()れたが美亜の過去や不死である事はあまり口外するなよ?橘たちには後々説明するつもりだからな」

 

俺とユリエはそれに頷いて、ユリエは優月から竹取物語について聴き始めた。

一方、俺は窓の外を眺めながら榊との闘いを思い返していた。

 

(それにしても全く話にならなかった……。《(レベル4)》の《力》で放った雷神の一撃(ミヨルニール)ですら、あいつに一矢報いる事が出来なかった……。俺はーーーあの強さに届くのか……?)

 

ぎりっと歯を噛み締めながら、そんな事を思う。目が覚めてからというもの、幾度となく考えた事だ。

(ブレイズ)》と《(ミヨルニール)》ーーー俺が得た二つの《力》を以ってしても、あいつに一撃を叩き込む事はおろか、余裕を崩す事も出来なかった。

頂が見えない。どこまで《力》を得たら、あの領域に辿り着けるんだろうか……?

もしかしたらーーー永遠に……?

 

「……透流君、大丈夫かい?」

 

そんな事を考えていると安心院が声を掛けてきた。

 

「っと、ごめんな。少し考え事やしててさ……だから、心配しなくていいぜ」

 

「…………透流君、君の内心は僕と影月君には筒抜けだよ?」

 

……そういえば影月は副次的なものである程度人の考えてる事が分かるし、安心院は人の気持ちを読めるスキルがあるとか言っていたか。なら二人に強がっても意味は無い。

 

「……悪い、正直言うとめちゃくちゃヘコんでるんだ……」

 

「……榊か」

 

「ああ、実力差があるのは予想してたけど、あそこまで何も通用しないなんてな……」

 

「……確かに実力差はあるよね……。前にラインハルトの攻撃を受け流したようだし……」

 

安心院の言葉にこの前、学園で起こった光景が思い出される。

距離百メートル、深さ二十メートルはある巨大なクレーター……あれを引き起こしたのは、やはりラインハルトの攻撃によるものだったらしい。しかも影月によればあの程度の威力はラインハルトにとっては本気どころか、小手調べにもならないらしい。

 

「なんつー規格外な……」

 

「ラインハルトも榊もな……」

 

そうして俺と影月は揃ってため息をはくのだった。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖庁(ホーリー)》ーーー世界中に信奉者を持つ、ある宗教の総本山の名である。

その勢力圏は特に西欧で強く、その中の一つに彼らの説く教えを国教とする国があった。ヨーロッパの東西の境にある王政国家イェウッドは、医療制度に力を入れている事で近隣諸国に知られている。

最も日本ではそういった面に着目する者は少なく、制度を推進する人物ーーーこの国の王女が美女であるという点で国名が知られているのだが。

 

 

 

そして今、この国の中心地ーーー政治の中心であり国の象徴でもある宮殿の一角から、割れんばかりの拍手が起きていた。

議事堂において、一身に拍手を贈られる人物こそは先述したこの国、イェウッドの王女ーーーベアトリクス。彼女は王女でありながら、もう一つの顔を持っていた。

洌游の對姫(サイレント・ディーヴァ)》ーーー《七曜(レイン)》に名を連ねる者としての顔を。

けれども今この場において彼女に拍手を贈る者の中に、《七曜》という存在を知る者は一人としていない。彼女が発案した新たな政策が可決された事に対し、手を打ち鳴らしているだけだ。

 

やがて小一時間程が過ぎ、議会は幕引きとなる。

ベアトリクスは議事堂を出て、次の業務の為に別の場所へ向かおうとする途中、小さくため息をつく。

政策を通す為には、当然ながら時間を掛けて様々な根回しを必要とする。二年掛かりで進めていた案件を今日の議会で通す事が出来た事で、ようやく緊張が解けたのだ。

 

「……お疲れ様、だな。ベアトリクス」

 

そのため息に、突如労いの言葉が投げ掛けられる。

ベアトリクスが視線を上げると、腕を組みながら壁に背を預けて立つマフラーを纏った青年の姿が映った。

 

「れ、蓮様……!?」

 

ベアトリクスはその青年の姿を見た瞬間、とても驚く。

青年はこの城のーーーそれどころか、この国の者ですらない。

彼の者の名は藤井蓮。

今現在、多くの多元宇宙に流れ出している理ーーー輪廻転生を唱える女神を守護する黄昏の守護者の一人だ。

 

「様って言うのはやめてくれって言っただろ?普通に蓮って呼んでくれ」

 

「で、ですが……貴方は神と呼べる力を持つお方です。さらにその力をこの世界を包み込む女神様を守護する為に使っておられるのですから、おいそれと容易く呼ぶ事は……!」

 

「あ〜はいはい、分かったよ。……でも様は出来るだけ外してくれ……」

 

ため息をはきながら言う蓮にベアトリクスは取り乱した事を恥ずかしく思い、若干顔を赤らめる。

 

今の発言で分かった者も多いだろう。彼女ーーーベアトリクスは藤井蓮の事を知っている。いや、それどころか蓮の正体が何なのか、そしてその先()の事まで彼女は知っていた。

理由としては蓮が多くを説明したらしいのだがーーーなぜ蓮がそのような事をしたのか……それはまだ分からない。そして蓮が何の目的でベアトリクスに接触したのかもーーー

 

「そ、それで……今回はどのような御用でこちらまでいらっしゃったのでしょう?」

 

ベアトリクスは先ほどの動揺を抑えながらも蓮へ問いかけるがーーー頭の中では大凡他の人に話せないような内容ではないだろうかと予想していた。

なぜなら、周囲に不自然に人影が全く無いからだ。それはつまり蓮かその仲間が人払いの魔法を使っているという事。

そのような手段を使っているという事は、何か他の人に聞かれると不都合が起きる事を聞きに来たのかもしれない。

 

「いや、あまり大した事じゃないんだが……()()ちゃんが黒円卓の奴らと二回も会った上に戦闘までしたって聞いたからな」

 

「…………」

 

その言葉にベアトリクスは僅かに表情を曇らせる。

 

 

音羽ーーー九重透流の妹である少女の名前。その少女は二年前に透流の目の前で榊に背中を斬られて殺された()()()()

しかし実際には生きていたのだ。正確には《七曜》のとある人物が行った禁呪によって特殊な力を持った人造生命体として蘇生されたのだ。

ちなみにその禁呪とはメルクリウスがヴァレリア・トリファの黄金聖餐杯を用意した方法の元となるものである。メルクリウスはその禁呪を色々とアレンジして黄金聖餐杯を用意したのだ。

そして今現在、音羽は自らの事をオトハと名乗り、この医療技術が発達している国を拠点にしてベアトリクスの(めい)によって世界中を飛び回っている。

 

「……そんな顔をするって事は本当なんだな?誰と会ったのか聞いたのか?」

 

「……はい。確か、アンナちゃんと言っていました」

 

「アンナ?」

 

その言葉に聞き覚えがあるのか、蓮は眉を潜めて首を傾げた。

 

「……聞いた事が?」

 

「ああ、ちょっとな……ルサルカ、いるか?」

 

蓮はふと自らの足下の影へと声を掛けるとーーー

 

「な〜に?蓮くん、私に用事?」

 

足下からピンク髪の幼い少女がニコニコと笑みを浮かべながら現れる。

その様に蓮もベアトリクスも驚きはしない。二人ともこのような登場の仕方は見慣れているからだ。

 

「ルサルカ、確かお前の本名ってアンナだったよな?……音羽ちゃんと戦闘をしたのか?」

 

「えっ?……確かに私の本名はアンナだけど、音羽ちゃんとなんて戦ってないわよ。そもそも戦って何の得があるのよ……。私はベイやシュライバーみたいな戦闘狂じゃないからそんな意味の無い戦闘なんてしないわ」

 

ルサルカは少し不機嫌そうな表情を浮かべながら答え、それを聞いた蓮とベアトリクスは考える。

 

「ルサルカじゃないのか……なら、アンナって言うのは一体誰の事だ……?」

 

「……そういえば」

 

するとルサルカが何かを思い出したかのように言葉を発する。

 

「私以外にも黒円卓でアンナって名前の人がいるわよ」

 

「何?」

 

「誰なのですか?」

 

「……シュライバーよ」

 

ルサルカが何とも言えないような顔で答える。その言葉に元気が無いように聞こえるのは気のせいではないだろう。

そんな事には気付かず、蓮とベアトリクスは一瞬瞠目する。

 

「……以前、《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》でラインハルト様に御付きになっていた白騎士(アルベド)様ですか……」

 

「……音羽ちゃん、あいつと二回も会ったのか……」

 

ベアトリクスは少し前の宴の際に見たシュライバーの事を思い出し、蓮はどこか遠くを見つめるような目でそう呟いた。

 

「あんな奴と二回も戦ってよく無事だったな……」

 

「そうですね……私もアンナさんという人がどのようなお方なのか今まで検討もつかなかったので……今は驚きと同時に音羽が無事でよかったと安堵しています。ーーーそういえば蓮様、その話に関連した事で私から一つご報告しておきたい事があります」

 

「だから様は外してくれって……で、なんだ?」

 

するとベアトリクスが蓮へと向き直って、以前音羽が言っていたある事を告げる。

 

「実は数日前、日本から戻ってきたオトハから少々気になる事を聞きまして……」

 

「気になる事?」

 

「ええ、先の話のシュライバーと戦っていた際、とある一人の女性がオトハを助けてくれたと言ったのです」

 

「……助けてくれた?それって崩壊する建物からって意味?」

 

ルサルカは、ベアトリクスの言葉に対してそう言った。

助けてくれたと言われて、まず思うのはそういう意味だろう。まさか一般の人があの絶対回避を持つ白騎士(アルベド)を倒して助けてくれた、などという話は絶対と言っていい程ありえない。

しかしベアトリクスは再び表情を曇らせーーー

 

「それもそうらしいのですが……さらにシュライバーも退けたと……」

 

「シュライバーを退けたぁ!?」

 

その発言にとても分かりやすく驚くルサルカ。

まあ、黒円卓でラインハルトとメルクリウスを除いた中で最強であるシュライバーを退けたとなるとこの反応も無理は無い。

 

「シュライバーをか……その人の名前とかは音羽ちゃんから聞いてないのか?」

 

「そういえば……なんて言ってたか……確か……」

 

「藤原、妹紅……」

 

そこに突然たどたどしい言葉が響き渡る。

ベアトリクスたちが視線を向けた先には、茶色がかった髪をした少女がゆっくりと歩いてきていた。

 

「オトハ……?部屋で休んでいなさいと言っていたでしょう?」

 

茶色がかった髪の少女ーーー音羽はベアトリクスにそう言われ、少しだけ哀しそうな表情を浮かべた。

 

「ごめ、なさい……ベアト、リクス、様……でも……眠、なくて……」

 

「…………いいえ、私こそちょっと強く言い過ぎました。ごめんなさいね」

 

ベアトリクスは先ほどの発言は少しだけきつかったかと思い、音羽へと近付いて頭を撫でる。

 

「ねぇ、音羽ちゃん。一つ聞きたいんだけど……」

 

その様子を見ていたルサルカが音羽に話しかける。

音羽はそんなルサルカを見て、首を傾げながら言葉を紡いだ。

 

「何……?」

 

「えっとね……その、フジワラノモコウ?さんって人はどんな人だったのかな〜って思ってね。聞かせてもらえないかしら?」

 

ルサルカは少しだけ屈んで、音羽に目線を合わせながら聞いた。

そう聞いた瞬間ーーー音羽が少しだけ笑みを浮かべて答え始めた。

 

「白くて……長い、髪……した、綺麗、な女の人……」

 

「白くて長い……。他には何か特徴的な事は無いの?」

 

音羽が言った特徴でルサルカの脳内にはあの狂犬(シュライバー)の姿がまた思い浮かんだが、頭を振ってその考えを払い、再び聞く。

 

「アンナ、ちゃんと……戦って、私を、助けてくれた……」

 

「やっぱりシュライバーと……その女の人はどんな方法で戦ってたんだ?」

 

音羽本人から出た言葉に、蓮は先ほどベアトリクスが言った事は真実なのだと分かり、そこからさらに蓮は踏み込んだ質問をする。

それに音羽はーーー

 

「私と、同じ……炎、使ってた……」

 

「炎……?」

 

その答えに蓮は鸚鵡(おうむ)返しをして考え込む。

 

「炎ねぇ……私たちの方で炎って言ったら、レオンハルトかザミエルね。でも二人とも白髪じゃないし……」

 

「って事は俺たちが知らない人物か……」

 

「…………」

 

各々、その人物の特徴になどに様々な考えを張り巡らす中ーーー音羽がふと、ベアトリクスを見て呟く。

 

「ベアトリクス、様……私、またその人に、会いたい……!」

 

そんな少女のどこか嬉しそうな笑みを見たベアトリクスは、一瞬驚いた顔を浮かべた。

 

「オトハ……」

 

「ダメ……?」

 

音羽が上目遣いでベアトリクスの顔を覗き込む。その様を見たベアトリクスの内心では音羽を抱き締めてものすごく撫でてあげたい欲求が巻き起こる。しかしベアトリクスはそんな欲求を抑え込み、極めて冷静を装いながら言った。

 

「分かりました。私がこの後の公務が終わり、貴女の体の調整をした後、貴女を再び日本へと送りましょう。ですが……」

 

ベアトリクスはそこまで言って言葉に詰まる。それもその筈で音羽はその女性に会いたいと言った。しかしその女性と出会ったのは今から六日も前……当然、その女性は今どこにいるのかなど分からない。

もちろん諏訪原市内に住んでいるのならば話は別だが、ベアトリクスは音羽からその女性の話を聞いた後、諏訪原市やその周辺の町などに住む人たちを調べ上げて、そのような容姿の人物は見つからなかった事を知っている。

故にその女性に会いたいと言っても、どうすれば会えるのかベアトリクスには分からなかった。

 

「大、丈夫……私が、一人で……探、から……」

 

だがそんなベアトリクスの考えとは裏腹に音羽はたどたどしくもそう言った。

それにベアトリクスは心配そうな表情をする。

 

「一人で、ですか……」

 

「ダメ……?」

 

「…………分かりました。ですが今は部屋に戻って、体を休めなさい。その話はまた後ほどにしましょう」

 

「はい……!」

 

音羽はベアトリクスの優しい微笑みと言葉を確認した後、再び少し嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。そしてゆっくりとした足どりで自分の部屋へと戻って行った。

やがて音羽の姿が見えなくなると、ベアトリクスは深いため息をついた。

 

「やっぱり心配か?」

 

「当然です。いくらその女性に助けられたとはいえ……容姿も素性もはっきりしてませんから。オトハを狙う敵という可能性も大いにあり得ます」

 

ベアトリクスの言う心配ももっともである。

今の音羽には蘇った影響によって昔の記憶や人格といったものが多少なりとも抜け落ちている。それはつまり他人に対して警戒心というものがあまり無いのである。

そんな幼い子供のような心を持つ音羽を心配するのも無理は無い。

 

「……なら、こっちで隠れて見張ろうか?」

 

「…………そうですね。蓮様、お願い出来るでしょうか?」

 

なのでベアトリクスにとって、蓮の申し出は渡りに船だった。

ベアトリクスは蓮に向かって深々と感謝を示す礼をし、蓮はそれに首を振る。

 

「構わないよ。俺たちもその藤原妹紅って人が気になるからな。さらっと今聞いた限りじゃ、どうやらただの人ってわけでもないみたいだし」

 

「なら私が見張るわ。私なら影でこっそり見守れるし、何かあっても守れるわ」

 

「そうだな……頼んだ」

 

「まっかせなさ〜い!」

 

「ルサルカ様もありがとうございますーーーっと、そろそろ私も行かなければなりませんね。では私はこれで……」

 

ベアトリクスは蓮とルサルカに改めて深々と礼をした後、二人の脇を抜けてその場を立ち去ろうとする。

そしてすれ違いざまに蓮が言う。

 

「そういえば最近、世界中にある《666(ザ・ビースト)》関連の建物が襲撃を受けているらしいな」

 

その言葉にベアトリクスが立ち止まり、返答を返した。

 

「知っています。音羽にもその組織関連の建物を襲撃させていますから」

 

「なら、もう襲撃した建物は十桁にもなるだろ?そろそろ《颶煉(ジャッジス)》ーーークロヴィス辺りが気付くんじゃないか?お前がその組織に属していながら、その組織の建物を破壊してると……そしてさらにーーー」

 

「……終いには私が三つの顔を持つトリプルクロスであるという事がーーーですか?それなら心配には及びません。《666(ザ・ビースト)》や《七曜(レイン)》には矛盾の無い情報を提示、報告しています。例えクロヴィス様であろうとも、私と皆様方を繋げる事はそう簡単には出来ないでしょう。それにーーー」

 

ベアトリクスは蓮をチラッと見て言う。

 

「もし発覚してもーーー私は蓮様があの言葉を言われた時から、すでに覚悟は出来ていますから」

 

「…………」

 

決意を込めたベアトリクスの言葉に蓮は、ばつが悪そうに頭を掻く。

 

「本当に俺はなんであの時、あんな事を言ってしまったんだ……?」

 

「やっぱり蓮くんは、ベアトリクスちゃんのような女性が好みだったりするんじゃないの〜?だからほっとけなかったとか?」

 

「ルサルカ……」

 

蓮はルサルカを睨むと、ルサルカはけらけらと笑い出した。

 

「冗談よ冗談。蓮くんにはマリィちゃんがいるものね〜」

 

「……さて、俺も戻るか」

 

蓮はこれ以上話していると段々とウザくなってきそうなので、ルサルカの言葉を無視して、転移魔法の準備を始めた。

そして転移の準備が完了した蓮は最後に言葉を紡ぐ。

 

「いずれまたーーー黄昏の守護者の名の下に」

 

「ええーーー黄昏の守護者の名の下に」

 

蓮とベアトリクスが互いに言葉を口にし合うと、蓮は瞬きする間に姿を消した。

場にはベアトリクスだけが残されていた。ルサルカも蓮と同時くらいに去ったようだ。

辺りには静けさが訪れ、ベアトリクスは小さく吐息を漏らし、呟く。

 

「藤原妹紅……ですか」

 

その言葉は誰の耳に届くわけでも無く、虚空へと消えていった。

 




なんかもう一人キャラ崩壊が起きてるキャラが……(苦笑)

朔夜「ベアトリクス様ですわね?貴方は私たちをどうしたいんですの?」

う〜ん……それは後々の展開のネタバレになるので言えません(苦笑)あ、それと美亜についてはああいう設定に致しました。何か気になる事があれば聞いてください!

朔夜「ザトラ、もう一つ言う事がありますわよ」

あ、そうですね。作者は数日後から働き始めるので、今までよりも更新が遅くなる可能性があります!でもおそらくやめないとは思うので……更新は気長に待っていてください!

朔夜「では……誤字脱字・感想意見等よろしくお願い致しますわ」


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第四十七話

早めの投稿!それに今回は少し短めです!
では、どうぞ!



side no

 

 

幻想郷ーーーそこは幻想に生きる者たちの理想郷。

人間のみならず、幽霊、妖精、妖怪、神など現実世界ではまさに存在しない者、つまり幻想の存在であると言える者たちが住む土地。

そんな土地には最も多くの人間が住む場所ーーー人間の里という場所がある。人間以外にも多くの妖怪や妖精、獣人などが訪れる広い街。

そんな街にあるとある一つの建物の前には、一人の女性と数人の子供たちが集まっていた。

 

『けいねせんせー、さようなら!』

 

「ああ、さようなら。また明日な」

 

そう言って帰っていく子供たちに微笑みながら手を振る女性ーーー上白沢慧音(かみしらさわけいね)はそんな子供たちの後ろ姿を見送ると、一つ深いため息をはいて伸びをする。

 

「ふぅ……今日も終わったか」

 

慧音がそう言って先ほど子供たちと共に出てきた建物、寺子屋へ戻ろうと足を向ける。

 

「ふふっ、今日もお疲れ様」

 

「っ!!」

 

すると慧音の背後から女性の声が聞こえた。

慧音はその声が聞こえた瞬間、素早く後ろを向く。そこにはーーー

 

八雲紫(やくもゆかり)……」

 

「あら、ご挨拶ね」

 

金髪ロングのドレスを纏った女性が、手に持った扇子で口元を隠しながら笑みを浮かべていた。

八雲紫ーーー幻想郷最古参の妖怪であり、幻想郷を創り出し、守護している実力者。

幻想郷を創り出した事や、彼女の境界を操る程度の能力もあって賢者の異名でも知られている。

慧音はそんな紫のどこか胡散臭い笑みに多少の気味の悪さを感じながらも話す。

 

「……何か用か?」

 

「ええ、藤原妹紅についてーーーってきゃ!?」

 

その名前が聞こえた瞬間ーーー慧音は一瞬で紫の目の前へと移動して肩を掴み、目眩がするのでは?と思う程に激しく揺さぶる。

 

「妹紅について!?どこだ!妹紅はどこに行ったんだ!?教えろ紫!!」

 

「うわわわっ!?慧音落ち着いて頂戴!!話すから!話すから揺するのやめて!!」

 

思いっきり肩を揺さぶられた紫はくるくると目を回しながらもそう言う。

そんな紫の様子を見た慧音も流石に我に返って「あっ!!」と言い、紫の肩から手を離した。

 

「す、すまない……我を忘れてしまって……。紫、大丈夫か?」

 

「あ〜……大丈夫だけど、思いっきり頭の中がシェイクされたわ……ちょっと気持ち悪い……」

 

ほんの少しだけ顔を青くする紫に、慧音は再び謝るのだったーーー

 

 

 

 

 

「……それで妹紅について、話とは?」

 

それから数分後、慧音と紫は寺子屋内にある卓袱(ちゃぶ)台と座布団が置かれた客間(けん)和室で向かい合って座っていた。

 

「ええ、一先ず貴女に現状報告を……と思ってね」

 

紫は慧音から出された緑茶を一口飲んで話始める。

 

「まず、藤原妹紅の捜索についてだけど……残念ながらまだどこに行ったのか、行方が分かっていないわ」

 

「そうか……」

 

慧音が暗く返事を返すのを聞いた紫はもう一口緑茶をすすって続ける。

 

霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)、それに一部の人妖たちにも協力してもらってこの幻想郷内を隅々まで探し回ったけど……今も見つかったという報告は無いわ」

 

幻想郷は広い。この人間の里もそれなりの大きさだし、この里から一歩外へ出れば、東の山奥には博麗(はくれい)の巫女が住む博麗神社、そこに向かうまでの道のりにあるのは広大な原生林がある魔法の森。

北東に目を向けると天狗や河童などの様々な妖怪や一部の神が住み着いている妖怪の山、その妖怪の山の地下には地底界が広がっている。

北には霧の湖とその畔に建つ紅魔館(こうまかん)という屋敷、さらにそこから北に向かった上空には死んだ者が向かう冥界。

南には広大な竹林が広がる迷いの竹林。

他にも無縁塚といった場所や太陽の畑といった場所。

果ては三途の河や彼岸、天界、さらに幻想郷ではないが月の都といった場所もある。

そんな様々な場所や建物を隅々まで探しても(月の都は除外)、藤原妹紅はいなかった。

 

「という事は……やっぱり妹紅は」

 

「ええ、おそらく私や霊夢が知らないうちに結界の外へ放り出されたーーーそれが一番高い可能性になってきたわね」

 

結界とは幻想郷と外の世界を分ける壁であり、現在二種類の結界が張られている。

一つは紫が張った「幻と実体の境界」であり、もう一つは博麗の巫女によって管理されている「博麗大結界」である。

 

「でも外の世界をいくら探しても、藤原妹紅の魔力を感知出来ないのよ」

 

「何?」

 

紫が困ったような顔でそう言うと、慧音の顔が険しくなる。

 

「とはいえ、妹紅は蓬莱人。どんな状況であっても死ぬ事はないでしょう」

 

蓬莱人ーーーそれは「蓬莱の薬」を服用して不老不死になった存在の事だ。ちなみになぜ藤原妹紅が蓬莱人になったのかは、話すと長くなるので今は割愛する。

 

「となると、残るは……」

 

紫は残った緑茶を飲み干して告げる。

 

「この世界とは全く別の世界ーーー異世界に行ったとしか考えられないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃ーーー

 

 

「くしゅん……あ〜、風邪かな?」

 

藤原妹紅は一人鼻をすすりながら、山奥の山道を歩いていた。

 

「蓬莱人でも風邪は引くからなぁ……それとも誰かが私の事を噂してんのかね?」

 

確かに幻想郷で自分の事を話されているという点では当たっているが、そんな事とはつゆ知らず妹紅は考える。

 

「慧音か……それとも最近殺りに来なくて暇だって輝夜が騒ぎまくっているか……どっちかだろうな」

 

そう言って歩く妹紅の目の前にーーー

 

「……お?」

 

一頭の野生の熊が現れた。熊は妹紅と目が合った瞬間、四足歩行から立ち上がって、獲物を見つけたと言わんばかりの咆哮を上げた。

 

「こりゃまた……なかなか美味そうな熊だ」

 

その熊を見た妹紅の口元には笑みが浮かぶ。

実際、妹紅はここ数日間は木の実などの食べ物しか食べていない。つまり妹紅の目の前に映っているのは久しぶりの肉の塊という事になる。

そしてその熊がこちらへと突進してきた。それを妹紅は軽くかわす。

 

「久しぶりの肉だ。絶対に逃がさないからな」

 

獰猛な獣のような目を熊へと向けた妹紅は、今夜の夕食を得る為に素手で熊を襲いかかったーーー

 

 

そこからその熊がどうなったのかはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 安心院

 

 

透流君が退院してから一週間程が過ぎたある日、巴ちゃんが昼食を外で食べないかと提案してきた。

僕は以前いなかったから知らないけれど、今までは気温が高く日差しが強くなった頃から外での昼食は避けていたようで、外で食べるのは随分と久しぶりの事らしい。

 

「久しぶりだな。こうやって皆で外に集まって食べるなんて」

 

「ふふっ、確かにな。これからは気温も少しずつ下がっていく事だし、しばらくはこうして外で食べる回数が多くなりそうだ」

 

バスケットを手にした巴ちゃんが透流君へ反応し、そのまま会話へと移行した。

 

「外でのメシって美味いもんな。さすがに夏場は暑くて勘弁だったけど」

 

透流君の言っている事は、僕にもよく分かる。学校の屋上で友人と仲良く話しながら食べるお弁当とか最高だし。

……あれ?僕そんな事、前の世界でしたことあったっけ?

 

「……ただ暑いだけならいいけど、日本の夏は蒸すのよね」

 

「イギリスはカラッとしてるんだっけか」

 

手で(あお)ぎつつ話に加わってきたリーリスちゃんは、透流君の質問に頷く。

そのままそれぞれの出身地の暑さについて話しつつ、歩を進めるとーーー

 

「はい、せんせー。あーん♡」

 

「……あ、あーん」

 

木陰で吉備津ちゃんにシューマイを食べさせてもらっている月見先生を発見した。

 

「おっ、結構ラブラブな空気を発している人物が二人程、僕の視界に映ってるぜ」

 

「偶然だな。俺の視界にも映ってるぞ」

 

『同じく』

 

「!な、なんだコラ!?見せ物じゃねーぞ!!」

 

足を止めて二人を見る僕たちに気づくと、月見は顔を赤くして怒鳴る。

 

「いやー、随分と仲良くなったもんだと思っただけで……」

 

「別にんなこたねえっつーの!これはあれだ、どうしてもっつーからーーー」

 

「そーなの、せんせー?もしかしてごはんに誘ったのって、迷惑になってた?」

 

しゅんとした様子の吉備津ちゃんに真意を問われ、月見先生は「うっ……」と言葉に詰まった。

 

「影月君影月君、月見先生のさっきの発言聞いたかい?どうしてもって言うからーーーだってさ!」

 

「聞いたぞ聞いたぞ!どうしてもって言うからって事はつまり月見先生の本音はーーー?」

 

「そ、そんなこたーねーぞ、モモ!今のは言葉のあやっつーか、メシ食わせてもらうっつー姿を見られたから思わずだな!だから迷惑なんかじゃーーー」

 

僕たちのほんの申し訳程度の煽りを遮りながら、慌てて必死にフォローをする月見先生。

透流君たちは物珍しくような顔をしている。

 

「それじゃあ、わたし先生と一緒にいてもいいの?」

 

じーっと月見先生を見つめたまま、選択肢が無い質問をする吉備津ちゃん。

僕はそんな吉備津ちゃんが質問を言い終えた瞬間、即座にストップウォッチを取り出して計測を始めた。計るのは「月見先生が何秒で落ちるか?」だ。

 

「う…………お、おう……好きにしろ……」

 

「わ〜い♪」

 

吉備津ちゃんが月見先生に抱きつくのを横目に、僕は月見先生が好きにしろと言った瞬間に止めたストップウォッチの秒数を見ていた。

 

「九秒ちょっとか〜……惜しいなぁ、僕は十秒は耐えると思ってたのに……そして月見先生は押しに弱いと、メモメモ……」

 

「メモしてどうするんですの?ちなみに私は七秒くらい耐えると思っていましたわ」

 

そんな実際にメモを取り出して書く僕に対して、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「珍しいねぇ、朔夜ちゃん。あれ?美亜ちゃんも一緒なのかい?」

 

「あ、はい。朔夜さんが休憩がてら散歩しようって言ったのでーーー」

 

「ぶわぁっ、お、おい!そこの《異能(イレギュラー)》と愉快なハーレム共!アタシを助けろ!」

 

「……僕と影月と筋肉バカもハーレムの一員扱いとでも言うのか、このバカ兎は……」

 

「何それすっげぇ嫌だ……」

 

喜んで抱きつく吉備津ちゃんから助けてくれと叫ぶ月見先生を見て、トラ君と影月君が心底嫌そうに呟く。

……見ると透流君もタツ君も嫌そうな顔してるぜ。

尚、ハーレム発言は全員心の中でスルーする方向に傾いたみたいだ。

 

「「ラブラブ(ねぇ)(ですねぇ)……」」

 

二人(というか吉備津ちゃん)の様子を見て、優月ちゃんとリーリスちゃんが呆れたように呟く。

 

「うん。せんせーのことだーいすき♡」

 

吉備津ちゃんはにぱーっと笑みを浮かべてーーー

 

「あと、九重くんのことも好きかなー」

 

「「「っっっ!?」」」

 

その場の数人が目を見開くような事を言った。

 

「モ、モモちゃん。それって、その……お、男の子として……?」

 

思わぬ方向からの砲撃に動揺しつつも発言の意味を確認するみやびちゃん。というか分かり易すぎる動揺だぜ。

 

「うん、そうだよー。わたしとせんせーを助けに来てくれた九重くん、すごくかっこよかったからー」

 

「「「っっっ!?」」」

 

いや〜……本当に分かりやすい反応をするね……そこの三人(リーリスちゃん、みやびちゃん、巴ちゃん)。

 

「へえ、意外な所からライバルが登場ってわけね」

 

「ま、まさかモモちゃんもライバルだなんて……」

 

透流君を巡るライバルとして互いに認め合っているリーリスちゃんとみやびちゃんがそれぞれ心情を口にするとーーー吉備津ちゃんは少し考え込んだ後に次のように述べた。

 

「あー……わたしはせんせーが一番好きだから、九重くんは二番目かなー。だから九重くんも、わたしのことは二号さんって感じで好きになってくれればそれでいいやー。ちなみに三番目は影月くんと優月ちゃんねー」

 

「ははっ、それはどうも」

 

「私も吉備津さんの事、好きですよ〜」

 

そう言った吉備津ちゃんの言葉に影月君と優月ちゃんは笑いながら答えた。

ちなみに影月君の名前が出た際、こっちは特に反応した人はいなかったぜ。……朔夜ちゃんもね。

 

「くはっ、そりゃいいや。それならアタシとモモと一緒に可愛がってもらうとすっか。体力が自慢なんだから、毎晩ハードでも余裕だろ?影月もよろしく頼むぜ、ハーレム野郎共♪」

 

そう月見先生が言った瞬間ーーー影月君と月見先生の姿が一緒で消えーーー

 

「まま、毎晩、体力自慢、ハーレム……ここ、九重と影月の不埒者ーーーっ!!」

 

「誤解だーーーっ!!」

 

巴ちゃんと透流君はそんな事を言って走り去って行った。

 

「…………そういえば朔夜ちゃんも優月ちゃんも、さっきの月見先生の発言に噛み付かなかったね。いいのかい?」

 

「え?……あ〜……特に否定する気はありませんね。もうすでに私や朔夜さんは兄さんに……その、あれしてもらいましたし……」

 

「ええ……それに影月はかなりハードですし。それと影月は顔もいいですし、優しくかっこいいですから……そんな彼に惚れて近寄ってくる人は多いですわ。ですからハーレムと言われても否定は……」

 

少し頬を赤面させて言う二人に、周囲は顔を赤らめたり、呆れたように首を振った。そして僕はそんな二人に苦笑いした。

 

 

 

 

 

しばし後、木陰にシートを広げて待っていると、巴ちゃんと巴ちゃんの誤解を解いた透流君が戻ってきて、その少し後に影月君となぜか少しぐったりしている月見先生も戻ってきた。

 

「あ〜……ガチで疲れたぜ……あれ効くなぁ……」

 

「…………兄さん、月見先生に一体どんな事をしたんですか?」

 

「ああ……仔月光三体くらい呼び出してーーー」

 

「予想出来ましたわ……その仔月光を月見の体につけて電撃を流したのでしょう?」

 

「ご名答。月見先生、初めは「やめろ、話せば分かる!私が悪かったから!」とか言ってたけど……最終的にはみさくら語になったぞ」

 

『ええ……』

 

影月君の説明に僕と優月ちゃんと朔夜ちゃんが引く。というか朔夜ちゃんもみさくら語知ってるんだ……。

 

「ちょ、テメーら……!というか理事長のお嬢ちゃんも引くな!!」

 

「影月、みさくら語とはなんですか?」

 

「……ネットで検索すれば出てくるぞ。ただ色々とあれだから、自己責任でな?」

 

「……?はい……」

 

ユリエちゃんは首を傾げながら返事をしたけど……まあ、調べるかどうかは彼女次第だから放っておこう。

 

「そのような話の続きは食べながらしたまえ……」

 

そこへ巴ちゃんが呆れながらも、持ってきたバスケットから弁当を取り出す。

ビュッフェから各人の好みのメニューを詰め込んだものらしい。

 

「先に行っておくが、肉だけではなく野菜も必ず摂るのだぞ、九重」

 

「分かってるって……」

 

苦笑いしながら答える透流君だけど、「本当だろうな?」と巴ちゃんに眉をひそめられた。

本当、透流君はそこの所だけ巴ちゃんに信用無いよね。

 

「まずはこちらから食べるといい。キミの為にメニューを厳選して取り分けたものだ」

 

と言って巴ちゃんは九重君に弁当箱を突き出す。

 

「くはっ、尻に敷かれてんな、《異能(イレギュラー)》」

 

「っっ!?なな、何を言い出すのですか、先生!?」

 

にやにやと笑う月見先生に、巴ちゃんが声を上げる。

 

「あら、巴も透流のことを好きってわけ?」

「とと、巴ちゃんまでライバルだなんて……」

 

「そのようなことがあるかっ!!私と九重は良き友であり、腕を競い高め合う仲間だ!!」

 

「知ってるわよ、そんなこと」

「そ、そっか、よかった……」

 

叫ぶ巴ちゃんに、リーリスとみやびちゃんはそれぞれの反応をする。

 

「って、みやび。あんた本気で信じてたわけ?」

 

「だ、だって透流君と巴ちゃんって仲がいいから、もしかしてって……あはは……」

 

「何度でも言うが、私は九重とは良き友人であり、腕を高め合う仲間だ。それ以上でも以下でもないのだから、妙な誤解をしないでくれないか、みやび……」

 

「…………巴ちゃんってたまに残念だよね」

 

「そうですね……ああいうのを朴念仁(ぼくねんじん)って言うんでしたっけ?」

 

「いや、ただものすごく鈍感なだけだと思うぞ……」

 

「どっちかっていうとそうだね。巴ちゃんって気配りはよく出来るのに、気付かない時は本当に気付かねーからな」

 

僕の言葉に影月君と優月ちゃんが頷き、巴ちゃんが微妙な顔でこちらを見てくる。

 

「…………如月たちとなじみも、なんか妙な誤解をしてないか?」

 

「「「別に…………」」」

 

僕たちはそれぞれ視線を逸らしながらも、弁当に手を付け始めた。

それを皮切りに、皆も弁当を食べ始めた。

ちなみに透流君はさっき巴ちゃんに手渡された弁当箱の中身を見て、「に、肉が……ある!?」と驚愕していた。巴ちゃんは肉を入れないと思っていたのが丸分かりだぜ。

巴ちゃん曰く、「バランス良くというのは、何も野菜ばかりを食べろと言っているわけではないのだぞ」との事だ。いやはや、全くもってその通りだぜ。

 

 

その後は朔夜ちゃんが影月君にあーんを要求してきたり、月見先生の煽りにまた巴ちゃんが叫ぶなど楽しく食べていたけど、ふと僕の視界の端に、俯いている人物が入ってきた。

 

「ユリエちゃん、食欲が湧かないのかい?少しは食べた方がいいぜ?」

 

「なじみ……そうですね」

 

ユリエちゃんはここ最近、さっきみたいに俯いている事が多くなった。

一応、そんな事になっている理由に心当たりはある。

透流君があの日、深手を負った際にユリエちゃんは酷く狼狽して応急処置も何も出来なかったらしい。ユリエちゃんはその事で自分を責め続けて、ああなっているのではないかと思う。

まあ、仮にそうであってもそうでなくても、僕や影月君たちには何が出来るってわけでもないけれど……。

 

(やっぱりその問題は、透流君に任せるのが一番だな)

 

僕はそう内心で思いつつ、トマトとバジルとモッツァレラチーズの組み合わせのカプレーゼをユリエちゃんに差し出す。

 

「……ふん。だとしたら、今安心院が差し出したカプレーゼでも食べるといい。特にそれに入っているトマトは酸味もあって食欲を増進してくれるし、疲労回復効果も高い」

 

「トラさん、よく知ってますね……」

 

そんなトラ君の発言に美亜ちゃんが感心したように言う。まあ、僕もそれを知ってて差し出したんだけどね。

 

「それなら頂きます」

 

「じゃあ俺もーーー」

 

「……九重、キミはまず自分の手元を空にしてからだ」

 

箸を伸ばして取ろうとした透流君は、巴ちゃんの制止の声でピシッと止まった。

その間にユリエちゃんはカプレーゼを一口食べてーーー

 

「美味しいです」

 

と言って、注意しなければ分からないレベル(気付くのは九重君だけだと思っていたかい?僕にも分かるんだよ)で僅かに口角を上げた。

 

「ふふっ。よかったね、巴ちゃん」

 

「ああ、それでこそ私が作った甲斐があるってものだよ」

 

「……そういえば、橘巴は菜園をしていましたわね」

 

そこで朔夜ちゃんが思い出したかのように呟いた。

聞けば学校側から許可を取って、しばらく前から趣味の菜園を行っているらしい。

 

「以前、バケツを持って外に出て行ったのもそれが理由だったか?」

 

「ご名答だよ、如月」

 

「!ああ、あのジャージで買い物に行こうとした時の事か!」

 

「私は買い物ではないと言っただろうっ!!」

 

しばらく前の事を思い出した透流君に対して、巴ちゃんは即座にツッコミを入れる。

 

「しかし、橘にそういう趣味があったとはなぁ……」

 

「ふむ、意外だと?」

 

「いや、あまりにも似合い過ぎてて、すげーしっくりくる気が」

 

確かに巴ちゃんみたいに家庭菜園や将棋が趣味って人は、透流君たちの年代とかけ離れているように思うだろう。どっちかっていうとおばあちゃん世代とかがよくやってそうなイメージだぜ。

……僕?僕は巴ちゃんの趣味に共感出来る。そりゃ、3兆年位生きているからね。将棋とかたまに巴ちゃんと一緒に指すし。ーーー今、僕の事を年寄りとか思った奴は出て来い。飛○文化アタック食らわせてやるから。

 

「……なんだか失礼な事を考えてないか、安心院と九重?」

 

「「まだ考えてない(ぞ)(ぜ)」」

 

「まだなのか」

 

そんなやりとりに皆が笑う。

そんな明るい雰囲気に包まれた昼食の時間は過ぎて行ったーーー

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは魔城ヴェヴェルスブルグ城ーーーラインハルトが創造した死者で出来た修羅の殿堂であり、死後の英雄が集う歓喜の天(グラズヘイム)

そんな城の廊下ではとある一人の女性が咥えている葉巻から紫煙をくゆらせながら、とある場所へと向かって歩いていた。

 

「………………」

 

彼女の名はエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ。

聖槍十三騎士団黒円卓第九位で、大隊長。赤騎士(ルベド)の別名でも知られている。

そんな彼女は今、この髑髏の城の主で忠誠を誓っている上官に呼ばれて、玉座の間へと向かっているのだ。

 

「………………」

 

それから程なくして、ザミエルはその主がいるであろう玉座の間の扉前へと辿り着いた。

ザミエルは咥えていた葉巻を携帯灰皿(吸い終えた葉巻を何本でも入れる事が可能。髑髏製)に入れて、服装や身なりを整える。

そして一分程しっかりと身なりを整えた後ーーーゆっくりと玉座の間に通ずる扉を開いた。

 

「失礼致します。お呼びでしょうか、ハイドリヒ卿」

 

ザミエルは荘重かつ絢爛な、大伽藍(だいがらん)を思わせる王座の間へと入り、玉座に座る人物の元へと向かい敬礼をする。

それに対しーーー

 

「来たか。ザミエル」

 

その玉座に座るこの城の主ーーーラインハルトはザミエルを見ながら、薄っすらと笑みを浮かべる。

ラインハルトはザミエルに敬礼を解くように指示し、ザミエルはそれを確認すると敬礼をやめて、主の言葉を聞く姿勢になる。

そしてラインハルトが話始める。

 

「さて……。卿をこの場に呼んだのは他でも無い、卿にしか成し得ぬ任務を頼みたくてな」

 

「はっ……して、その内容は?」

 

ザミエルがその任務の内容を尋ねると、ラインハルトは問い掛ける。

 

「それを話す前に、卿は《666(ザ・ビースト)》という組織を知っているかね?」

 

その言葉にザミエルは頷く。

666(ザ・ビースト)》ーーーそれは世界中に支部を持つ巨大な非合法裏組織の名前だ。

今まで《聖庁(ホーリー)》、ゴグマゴグ、ドーン機関の他に五つ程の超常的な戦力を持つ組織と、幾度と無く事を構えた事のある組織でもある。

さらに言うと、以前から音羽やシュライバーが積極的に襲撃を仕掛けている建物、そのほぼ全てが《666(ザ・ビースト)》の息がかかっている。そんな黒円卓とも関係のある組織の事をザミエルが知らないわけが無い。

 

「それは結構。ならば一部説明などは省いて本題を話すとしようーーーザミエル、卿は数日後に開催される《666(ザ・ビースト)》主催の催し物、《狂売会(オークション)》の内偵調査、及び他の協力者の支援を命じる」

 

「……一つよろしいでしょうか、ハイドリヒ卿?」

 

「何かな?」

 

ラインハルトはザミエルの目を見て、続けるように促す。

 

「私が此度(こたび)の任務に選ばれたのは、至極光栄であります。しかしながら内偵調査や他の協力者の支援という内容であるならば、私よりも適任者はいる筈ーーーなぜ私なのでしょうか?」

 

ザミエルの指摘も最もな事だ。確かにザミエルは様々な事が出来る。戦闘はもちろんの事、諜報や内偵なども、ほぼ完璧に出来る彼女は百年程前にいたバンダナを巻いた伝説の傭兵並の万能軍人である。

しかし黒円卓には他にもそのような諜報活動が得意な者はいる。例えばシュピーネなどだ。

なぜその者たちに任せないのか?と聞くザミエルに、ラインハルトはーーー

 

「まず、この手の任務に適任のシュピーネは数ヶ月前からカールの頼みで《聖庁(ホーリー)》を偵察中でな。それ故にシュピーネは使えないのが一つ」

 

そう言ってラインハルトは続ける。

 

「そしてシュピーネが動けないとなると次に思い浮かぶのはクリストフ、トバルカイン、レオンハルト、ヴァルキュリア、マレウス、バビロン辺りだがーーー彼らは現在、刹那と共に《禍稟檎(リンゴ)》を摘み取っていて手が離せないとの事だ。ちなみにマキナも刹那の元にいるので同様に動けない」

 

「…………」

 

黙って聞くザミエルにラインハルトはさらに続ける。

 

「となれば、残るはこの城にいる者たちだが……ベイとシュライバーの両名は戦闘面では期待出来るが、諜報面ではあまり期待出来ん。イザークは元よりこの城から出る事は叶わぬし、私やカールが動くと要らん注目を集める。故に様々な状況を臨機応変にこなせる卿にしか頼めないのだ」

 

「……なるほど」

 

「理解したかな?」

 

確認を問うラインハルトにザミエルは頷いた。

 

「ならば他に聞く事はあるかね?」

 

更なる質問は無いかと問うラインハルトにザミエルは少し考え込んで、再び言った。

 

「その協力者とやらの事を教えていただけないでしょうか?」

 

「ふむ……確かに素性の分からぬ相手とは協力出来ないかね?協力者というのは以前《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》で卿が戦った昊陵学園の生徒たち数名だと聞いている」

 

その言葉にザミエルは多少なりとも驚く。

自分が協力すべき者たちが自分よりも、百年以上も若い子供だと知ったのだから無理は無い。

 

「一先ず任務に関して、詳しい事はまた後ほど追って連絡しよう。してーーーこの任務、引き受けてくれるかね?」

 

「jawohl!」

 

ザミエルは一瞬考えたものの、黄金の命令を断るなど不忠以外の何物でも無いと結論づけたザミエルは了承の返事を返す。

そんな部下の返答を聞いたラインハルトはさらにその口元を歪ませるのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

透流が退院してから早三週間が経とうとしているある日の朝ーーー俺、優月、安心院、さらに透流とユリエの五人は朔夜と美亜がいる理事長室へと足を運んでいた。

 

「眠いな……まったく、こんな朝早くから何の用なんだ……」

 

「そうですね……こんな朝早い時間から呼び出してくるなんて珍しいですよね」

 

「影月、なんか朝からロクでもない事を言われそうな気がするんだが……」

 

「俺もそんな気がするが……もう呼び出されたんだから諦めろ……」

 

そんな会話をしているうちに、俺たちは理事長室へと辿り着いた。

理事長室の分厚い扉をノックすると、三國先生が中から開けてくれる。

室内にいたのは朔夜と三國先生の二人だけで、美亜と月見先生の姿は無かった。

 

「おはよう、朔夜。月見先生と美亜は?」

 

「おはようございます、影月。美亜はまだ隣の部屋で眠っていますわ。璃兎もおそらく眠っているでしょう」

 

大きな机を間に挟んで、皆と挨拶をした朔夜は眠気覚ましと称して雑談を始めた。

 

「そういえば影月、ここのところ随分と九重透流をしごいているらしいですわね」

 

開口一番朔夜が出した話題に、眠たそうにあくびをしていた透流がビクッと反応し、見事に眠気を覚ます。

 

「ん?ああ……VR訓練の事か。まあ、護陵衛士(エトナルク)の任務は多岐に渡るって言ってたからな……戦闘以外の事も色々と仕込んでいるんだよ。諜報活動とかな?いや〜、本当VRってすごいよな」

 

以前朔夜が開発していた「VRシート」ーーー実はそれがつい一週間くらい前に完成したのだ。俺はそれを朔夜から聞くと、速攻で透流を誘い、遊びと称して様々な訓練を行った。

初めは軽いものばかりをやっていたのだが……そのうち教える俺の熱が上がり、最近は様々な事を透流に教え込んでいる(たまに教科書片手に)。

そんな事を思いながらチラッと透流を見ると、何やら遠い目をしていた。

 

「……透流君、そんなに辛いの?」

 

「……結構きついぞ。制限時間内に敵に見つからずに目的地に向かえとか……」

 

「ならば貴方にとって今回の依頼は、そう難しいものではなさそうですわね」

 

そう言ってくすくすと笑う朔夜に、俺は尋ねた。

 

「とりあえず雑談はこれくらいにして……こんな朝早くに俺たちを呼んだ理由を説明してくれ」

 

「そうですわね。今回貴方たちを呼んだのは特殊任務に赴いてもらおうと思いましたの」

 

「……前にやった、護陵衛士(エトナルク)の研修みたいな事か?」

 

「確かにあれも一種の特殊任務でしたけれど……今回はあるホテルの内定を行って頂こうと思っていますのよ。……とはいえ、この話は()()()()()()からとしましょう」

 

その言葉に俺たちは揃って首を傾げたが、その言葉の意味は突然扉がノックされ、二人の女子が入って来た事で理解する。

 

「はぁ……。日曜だっていうのに呼び出さないでよね、朔夜……」

 

早朝の為か、酷くだるそうなリーリス。

彼女は朝に弱いみたいだ。そしてーーー

 

「失礼します。……おや、キミたちも呼ばれていたのか」

 

橘が僅かに驚きを見せながら入って来た。

 

「橘も呼ばれたのか……」

 

「うむ。特殊任務があると聞かされたからな」

 

橘はそう言うと朔夜に向き直る。

それを確認した朔夜は改めて言葉を紡ぐ。

 

「では……役者も全員揃いましたから、改めて最初からお話させていただきますわ」

 

そう言って、朔夜は改めて任務について話始める。

 

「如月影月、以下六名に命じます。貴方たちには近いうちに、特殊任務に赴いて貰いますわ。任務の内容はーーー内偵調査と陽動になります」

 

「内偵調査に陽動ね。どういった任務なのかしら?ついでに、プロである護陵衛士を差し置いてこのメンバーが選ばれた理由も、教えて貰えると嬉しいんだけど」

 

リーリスはそう言って理事長に問う。

 

「内偵先は山梨県のとあるホテルとなりますわ。そちらはある非合法組織が背景にあり、近いうちに催し物を行うとの情報が入って来ましたの。その名はーーー《狂売会(オークション)》」

 

「その非合法組織の名前は?」

 

「《666(ザ・ビースト)》ーーーといえばお分かりでしょう?」

 

「「「っ!!」」」

 

その組織名に俺と優月、安心院が反応する。

それは皐月市で出回っている《禍稟檎(アップル)》というドラッグを流出させている組織の名前でもあった。

狂売会(オークション)》とはそんな組織が開催する競売会との事だった。

背景が背景だけに売りに出される品は特殊な物で、闇社会に流れた品々が集まるらしい。国側としては、そういった犯罪行為が自国で行われる事に何かしら対策を取りたいのだが、多くの国の大物が競売会に参加する為に政治的な事情で手出しをし辛いとの事。

その為内偵を送り込みーーー状況次第では摘発まで持って行ければと思っているそうだ。

俺たちの任務は違法取引の証拠を発見する事。そして発見したら、近隣に配した護陵衛士(エトナルク)が突入、及び制圧を行う為に騒ぎを起こすというものだった。

 

 

「ドーン機関に話が回ってきた理由は何なんだ?」

 

「……それは《666(ザ・ビースト)》がただの犯罪組織ではない事に理由がありますの。彼らの中には、()()()()()が存在するからですのよ」

 

「人……(あら)ざる者!?」

 

「《(ゾア)》ーーー彼らは自らをそう称しているそうです。獣の力に身を秘めた人に非ざる者であると、彼らと対峙した護陵衛士が報告を上げてきています」

 

三國先生の補足に、リーリスが肩を竦める。

 

「つまり、化け物と()り合う可能性があるって事ね」

 

「今更化け物って言われてもなぁ……もうそんな奴は結構見てるぞ」

 

ヴィルヘルムとかザミエルとかラインハルトとか榊とか……。

 

「で、俺たち学生が赴く理由は(おおむ)ね、顔が知られていないからか?」

 

「その通りですわ。今までドーン機関、及び護陵衛士(エトナルク)はこれまでに幾度か相対してきましたわ。その為、ある程度向こうが衛士の情報を持っている可能性も考えられるというわけです」

 

「故に非正規の私たちに白羽の矢が立ったというわけですね」

 

優月がそう言うと朔夜は頷いた。

 

「経験不足の学生とはいえ、《(レベル4)》であり、最も信頼のおける貴方たちならばと思っての選出ですの」

 

「……橘は、それにリーリスもまだ《(レベル3)》ですよ。そんな化け物と闘う事になるかもしれない任務に参加させるのはーーー」

 

「護陵衛士の資格は、この学園の卒業ーーーつまり、《Ⅲ》以上の者という事ですわよ」

 

「…………」

 

透流の心配するような言葉に朔夜はそう返して、透流は無言となる。

 

「ですがーーー」

 

朔夜は軽く苦笑いを浮かべながら、言葉を続けた。

 

「先ほど私自身が言ったように、貴方たちは学生です。故に無理をする必要はありませんし、強要するつもりもありませんわ。任務は主に透流、影月、優月、安心院の四人が行い、他三名にはサポートに入って頂くつもりですのよ。さらに念の為にある人物にも協力を要請してもらっていますから……」

 

「ある人物……?」

 

俺が朔夜の言葉を繰り返すと、朔夜は「それは会ってからのお楽しみですわ」と返してきた。

ある人物とは誰なのかと考えていると、今まで黙っていたユリエが口を開いた。

 

「……《Ⅳ》という事でしたら私もですが」

 

「残念ながら貴女はその容姿からして、内偵には向いていませんの。ですから此度の任務では、貴女はリーリス=ブリストルと行動を共にして頂きますわ」

 

「あたしとこの子が……?」

 

「貴女はドーン機関の《三頭首(ケルベロス)》が一つ、ブリストル家の娘。それ程の人物であれば、《666(ザ・ビースト)》が知らない筈がありませんわ。その点を最大限に利用し、貴女にはユリエ=シグトゥーナと共に群衆を引きつける役をお願いしたく思いますの」

 

「確かにユリエちゃんとリーリスちゃんが揃って行動すれば、人目は引くね……じゃあ僕は今回、サポートに回るぜ」

 

「……私はどのような形でサポートに入ればいいのでしょうか?」

 

「朔夜さん、私たちはどういう役なんですか?」

 

唯一、現時点で役どころが不明となっている橘と優月が問う。

 

「橘は透流と、優月は影月と行動を共にして頂きますわ。そうですわね……」

 

そう言って俺、優月、透流、橘の顔を一通り見た朔夜はニヤッと笑みを浮かべた。

その笑みを見た俺たちは背筋がゾワッとする。なにか嫌な予感が……。

そしてーーー

 

()()()()()という事にでもしておきましょうか」

 

「ふ……」

「ふう……」

「ふ……」

「「…………」」

 

その嫌な予感は的中し、まず透流、次いで橘、最後にリーリスが呟いて、俺と優月は無言となりーーー

 

「「「「「えぇえええええっっ!?」」」」」

 

直後、五つの驚きの声が重なった。

 

 




以上、幻想郷での状況。そして妹紅は何をしているのか?安心院視点の閑話回。そして次から始まる話のブリーフィング(城と学園)でした。
場面の変わり方に違和感を感じるのは気にしないでください(汗)
次回は《666(ザ・ビースト)》関係の話になっていきます。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十八話

狂売会(オークション)》前半!
少々長いですがご了承を……。



side 影月

 

翌週、任務に向かう俺たちは朝から出立する事となった。

直接内偵先へ向かうのではなく、一旦新幹線で名古屋方面へ向かい、そこで服や髪型等のコーディネートをした上で用意された車で移動という流れとなる。

 

「それではトール、気をつけてください」

 

「ああ、ユリエもな」

 

「ふん、今回は僕が居ないのだから、十分に注意しておくんだな」

 

素性を隠さず(ユリエはブリストル家の使用人としてだが)に《狂売会(オークション)》へ参加する為に現時点から別行動となるユリエとリーリス、そして任務には不参加のみやびとトラと美亜の五人が駅まで見送りに来ていた。

 

「透流も巴も、影月も優月もこれは任務なんだから、間違ってものめり込まないように注意しなさいよ」

 

「俺と優月は大丈夫だ。そっちの二人がどうかは知らないが」

 

「いいなぁ、巴ちゃん。透流くんの婚約者かぁ……」

 

そう言ってみやびがため息をつく。

結局、俺たちは夫婦としてではなく恋人同士ーーーそれも将来を誓い合った婚約者という形で内偵先へ潜り込む事となったのだ。

 

「心配無用。私と九重は良き友人なのだからな」

 

「その一線も、男女が一晩一緒の部屋で過ごすとなれば簡単に越えるかもしれないでしょ。……そっちの二人はもう越えちゃったみたいだけどね」

 

リーリスの指摘に俺と優月は視線を逸らす。

《狂売会》は二日間に渡って開催される為、内偵調査次第ではあるが一晩を共に過ごす事となっているのだ。

 

「いいなぁ、巴ちゃん。透流くんとホテルで一晩一緒に過ごすのかぁ……」

 

その一言だけ切り取って聞いたら、知らない人は絶対に誤解しそうだ。

 

「わたしも《(レベル3)》になれば、透流くんの婚約者役が出来るかな?……うん、きっと出来るよね。頑張らないと……!」

 

みやびが何か自己完結して気合いを入れているが、今回と似たような任務が今後あるかどうかは不明だ。

 

(ま、ツッコむのは野暮か……)

 

俺はそう思ってスルーした。

 

「そういえば、なじみちゃんは?」

 

と、そこでみやびが周囲を見回しながら問う。

 

「ここにいるぜ?」

 

すると俺の隣に突然安心院が現れた。

 

「うわっ!?な、なじみちゃんどこにいたの!?」

 

「ん〜……影月君の中?」

 

「正確には心の中な……その言い方は誤解を招きそうだぞ……」

 

俺はため息をはきながら安心院を見る。

今回、安心院は俺たちのサポートとして様々な事をしてもらえる事になっている。

そして今日からの二日間は基本、俺の心の中にいるとの事だ。

 

「ま、わざと誤解を招きそうな言い方をしたんだけどね。それじゃあ僕は戻ってるよ」

 

そう言うと、安心院は瞬きする間も無く姿を消した。

 

「おっと、そろそろ時間だ。行くとしようか、三人とも」

 

「ああ。それじゃあ行ってくる」

 

皆に告げ、俺たちは改札を抜けようとしてーーー

 

「あっ……!」

 

「……ん?」

 

ふとみやびの声と、服が誰かに引っ張られている感覚を感じた。疑問を感じた俺は後ろを振り返るとーーー

 

「あ……あの……」

 

美亜が少し顔を赤くしながら俺の服の裾を掴んでいた。

 

「美亜?どうしたんだ?」

 

俺は少し姿勢を下げて美亜に問いかけつつも、横目でみやびの方を見た。

みやびは透流を呼び止められて何やら話をしているようだ。それを確認した俺は改めて美亜を見る。

 

「に、任務頑張ってね……。無事に帰ってくるの、朔夜さんたちと一緒に待ってるから」

 

「……ああ。ありがとうな」

 

俺はその言葉に頬が緩むのを自覚しつつ、美亜の頭を撫でる。

 

「あ……」

 

頭を撫でられた美亜は一瞬驚いたように声を上げたが、次第に気持ちよさそうに目を細めた。

だがそんな時間もほんの僅かでーーー

 

「兄さ〜ん、透流さ〜ん!そろそろ新幹線が出ますよ〜!」

 

優月が俺と透流の名を呼んで、早く来るように言った。

 

「分かった、すぐ行く!……それじゃ、行ってくるな?」

 

「うん……影月さん」

 

「ん?」

 

優月に返事をした俺は立ち上がろうとしたのだが、美亜が俺の名を呼んで、それに振り返ろうとした瞬間ーーー

 

「……」

 

「なっ……!」

 

美亜が少し背伸びをしながら、俺の頬にキスをした。

 

「……が、頑張ってね!」

 

そう言って顔を真っ赤にした美亜はリーリスの元へと走って行ってしまった。

 

(……美亜ちゃんもなかなかだねぇ)

 

俺は心の中にいる安心院の呟きを聞いて苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻ーーー新幹線で名古屋方面に向かい、服や髪型等のコーディネートをした俺と優月は、黒塗りの高級そうな車に揺られて目的地へと向かっていた。

 

「もうすぐ到着です」

 

そしてドーン機関から派遣された運転手から声を掛けられ、緊張が走る。

 

「いよいよか……緊張するな」

 

「はい……」

 

「如月さん、お二人共任務は重要ですが決して無理はしないように」

 

「「はい、ありがとうございます」」

 

「それとーーーこちらを九十九様よりお預かりしています」

 

運転しながらも、運転手が小さな箱を俺たちへと差し出してきた。

受け取って開けると、中には一対の指輪があった。

朔夜がこの任務の為に俺たちの指のサイズを測って、特注で作られたものだ。

 

「これを()めるんだな……」

 

そう言ってサイズの大きい指輪を手に取り、左手の薬指に嵌める。

そして残った小さい指輪を優月に渡す。

 

「…………」

 

「どうしたんだ、優月?」

 

優月は指輪を受け取ると、嵌めずにじっと指輪を見つめた。

 

「……兄さん、お願いがあるんですが、嵌めてもらえませんか?」

 

「指輪をか?別に構わないが……」

 

そう言って俺は優月から指輪を受け取って、優月の左手を取る。

そして左手の薬指に、宝石のついた指輪を嵌めた。

 

「よし、これでいいな」

 

「…………」

 

「……優月?」

 

優月は再び、自らの左手薬指に嵌った指輪をじっと見つめる。

 

「……本当にどうしたんだ?」

 

(……ねぇ、影月君。優月ちゃんすごく嬉しそうだよ)

 

首を傾げる俺に、安心院がそう言うのが聞こえた。

 

「えへへ……兄さんとお揃いの指輪……それに恋人みたいに嵌めてもらって……ふふっ」

 

「おおぅ……軽く意識飛んでるな……」

 

「……仲がいいですねぇ」

 

優月の呟きを聞いた運転手が苦笑いしながらそう言ってきた。

 

「なんかすみません……」

 

「いえいえ、お二人共本当に仲が良いようで……今回の任務はそんな仲の良さも大事になると思うので、それを遺憾なく発揮して任務に臨んでください」

 

「「はい!」」

 

運転手の言葉にしっかりと俺たちは返事をした。ってか優月の復活早っ!

 

「ではーーー到着しましたので、ここからは気持ちを切り替えてくださいね」

 

運転手に言われて前を向くと、湖畔に佇むホテルがもう目の前に迫っていた。

近隣に建物は無く、ホテルの周囲は高い壁で覆われている。

その壁を背に、等間隔で黒いスーツに身を包んだ男たちが立っている様は、これからこのホテルで何かがあるという事を示していた。

今夜、そして明晩と二日に渡って《狂売会(オークション)》が行われる会場を前にし、俺たちは自然と表情が強張っていた。

程なくして車はホテルのロビー前で止められ、運転手が外に出てドアを開けてくれる。

 

「優月、手を」

 

「はい、影月」

 

先に車外へ出ると、後から降りてくる優月へと手を差し出した。

優月はそんな俺の手を取り、車を降りた。

尚、今回俺たちはお互いに名前で呼び合っている。その方が婚約者という近しい存在だと思わせやすいからだ。

ちなみに俺たちは苗字も名前も偽名ではないが、透流と橘の二人は苗字のみが偽名となっている。

 

(……従業員以外の人が多いね)

 

手を重ねたまま周囲を軽く見渡すと、安心院がそう呟く。

確かに《狂売会》に参加するであろう他の客も多いが、それ以上に目に入るのはさっき外で見た黒服の男たちだ。

視界に映っただけでも相当数が見て取れ、当然の事ではあるが警備はかなり厳重だと分かる。

 

(REXとかRAYを使えば上手く陽動出来そうだな……)

 

ホテルに入ると、そこは豪奢(ごうしゃ)という言葉がそのまま当てはまる内装が広がっていた。

そんな内装を見ているとーーー

 

「……お客様。本日より二日間は特別な催しが行われる為、招待状をお持ちの方のみとさせて頂いております。大変失礼ではありますが、招待状はお持ちでしょうか?」

 

「ええ、これですね?」

 

入口(そば)に立っていたホテルマンに呼び止められ、俺は懐から招待状を取り出す。

朔夜曰く、今回の任務の協力者が用意した本物の招待状だそうだ。

 

「…………失礼いたしました。フロントへとご案内致します」

 

持っていた招待状をじっと見つめたホテルマンはそう言って、俺たちを案内し始めた。

程なくして案内されたフロントでキーを受け取り、宿泊する部屋へ向かおうとした時ーーー

 

(透流君たちも着いたみたいだね)

 

安心院の言葉に俺は入口の方へと視線を向ける。

そこには俺たちから数分遅れで到着した透流と橘の二人が、ホテルマンに招待状を見せていた。

 

(後はリーリスたちだが……ちゃんと来るだろうし、とりあえず俺たちは先に部屋に向かおう)

 

そう思った俺は、優月と手を重ね合わせながら部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

狂売会(オークション)》は夜ーーーダンスパーティーの後に開催される。

そのダンスパーティー開始時刻までまだあるという事で、俺はしばらく部屋で時間を潰す事にした。

部屋に入った俺と優月は部屋の中に何か怪しいものは無いか、色々と確認をし始めた。そうして大体三分程で全ての確認が終了。何も怪しいものが無い事を確認して、息をはく。

 

「はぁ……とりあえず第一関門突破って所か……」

 

「裏も警備は多いですね……」

 

優月は部屋の窓際でそう言う。俺も近づいて外を見ると、裏にも黒服の男たちが相当数配置されている。

 

「そうだな……とりあえず優月、飲むか?」

 

「あ、頂きます」

 

俺は設置された冷蔵庫からジュースを取り出し、優月に手渡す。

 

「そういえば優月、今まで俺の事を「影月」って呼んだ事無かったよな?呼びづらくないか?」

 

そして俺はこの任務が始まる前に思った事を優月に問いかける。

優月は今まで俺の事を「影月」と呼んだ事は無い。大体「兄さん」か、昔は「お兄ちゃん」、「お兄さん」と呼んでいたのだ。そんな兄さん呼びを今までしてきた優月なので、突然名前呼びと言われて大丈夫なのか?と心配になって聞くとーーー

 

「そうですね〜……ちょっとだけ呼びづらくて、新鮮ですけど……でも嬉しい気持ちもありますね」

 

「嬉しい?」

 

「はい!なんか兄さんと、もっと近い関係になれた気がして……」

 

そう言って嬉しそうに笑う優月の顔を見て、俺も笑うのだった。

 

 

 

 

 

そうして部屋で過ごしているうちに、パーティーの開始時刻が迫って来た。

俺たちはそれぞれパーティー用の衣装に着替える為に、一旦分かれーーー

さして時間も掛からず、燕尾服(えんびふく)に着替えて待ち合わせ場所へ。

優月の姿はまだ無く、壁に背を預けて会場へと向かう人を観察する。

人種年齢性別は様々ではあるものの、本来なら俺たちのような学生は一生接する機会の無いであろう、所謂(いわゆる)上流階級に属する人たちを。

 

(……そういえば、リーリスもトラもそっち側の奴か)

 

(ヘリとか持ってるもんね。トラ君も車に運転手とかいるって聞いたし)

 

そんな事を思いながら、観察を続ける。

華やかなドレスを纏った美女、穏やかで人の良さそうな紳士、厚化粧をして真っ赤なルージュが悪目立ちした老婆、太い指に宝石のついた指輪を幾つも嵌めた小太りの男ーーー等々の様々な人物が会場内へと入っていく。

彼らは皆、《666(ザ・ビースト)》に少なからず縁故を持つ者たちだ。

 

(……こいつらも皆、《禍稟檎(アップル)》に関係してるんだな)

 

皐月市に蔓延している危険ドラッグーーーそんな物が出回っている事をここにいる人たちは知っているのか知らないのかは分からないが……どういった形であれ、ここにいるほとんどは、その件に関与しているだろう。

それを思うと複雑な気持ちになるが……。

 

「お?ちょっとそこの怖い顔をしている(あん)ちゃん、会場に入らんの?」

 

「ん?」

 

そんな事を考えていると関西弁(?)を話す、俺と同じくらいの年齢の男が話しかけてきた。

 

「ん〜?貴方は?」

 

「わいか?わいもこのパーティーに呼ばれたもんや。それより誰か待ってんのか?」

 

「はい、パートナーを待っていましてね。まあ、女性は着替えに準備が掛かるものですから仕方ないですよ」

 

「おっ、(あん)ちゃんよく分かっとるやないか」

 

「当然ですよ。今のパートナーとは結構長い付き合いなのでね」

 

俺は適当に返事をしながら男を見る。するとこの男の過去が見えてきた。

 

「ん?(あん)ちゃんどうした?」

 

「いいえ、ただ一つ言わせてもらってもいいですか?」

 

「なんや?」

 

俺はそう断りを入れた後、男にだけ聞こえるように小声で言った。

 

「そんな嘘くさい喋り方をしていたら、関西の人に怒られるどころか……()()()()()()()()()?ユーゴ」

 

「っ!!?」

 

そんな俺の言葉に思い切り動揺する男。

 

「……お前は」

 

「おっと、エセ関西弁が消えてるぜ?とりあえずその話はまた機会があったらしようーーー丁度、私のパートナーも来たようですからね」

 

そう言って仮面を被り直した俺は、向こうから綺麗なドレスを着た優月を見た。

 

「……(あん)ちゃん、また後で話そうや」

 

「はい。ーーーと言っても、後でちゃんと会う機会はあると思いますからご心配無く」

 

「そーかそーか!っと、お邪魔したらあかんな。わいは先に入っとるさかい、気が向いたら声掛けてやー」

 

そう告げた俺を見た男も、仮面を被り直して、へらへら笑いながらパーティー会場へと入っていった。

多分内心ではものすごく焦っているのだろうが。

 

「影月、待たせてしまいましたか?」

 

そんな事を思っていると、優月がそんな事を言うので首を振る。

 

「今のは……?」

 

「優月を待っていた時に話しかけてきた人さ。それより……」

 

さらっと説明すると、俺はドレスアップした優月の姿を見る。

 

「どうですか?何か感想がほしいです!」

 

そう言う優月の格好は青色の華やかなドレスで、いつも楚々(そそ)とした雰囲気を放つ優月がさらに美しく見える。

 

「そうだな……いつも綺麗で美しいって思ってるけど、今回はその青いドレスがさらにその印象を強くしてるよ。どこかのお嬢様って言われても違和感が無い位だ」

 

「ふふっ、ありがとうございます!そういう影月もその燕尾服、似合ってますよ?」

 

優月は少しだけ頬を赤くしながらも、とても嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ありがとうな。さて……ここで立ち話をしてると周りの注目を集めるだろうし、行くか」

 

「そうですね〜♪」

 

そう言うと、優月は俺の腕に優しく手を絡めた。

俺はそれを確認すると、優月と共にパーティー会場へと入っていった。

中に入ると大きくスペースが空けられていて、会場内に流れる優雅な曲に合わせて何組かの人たちがダンスを踊っていた。

壁際にはテーブル席があり、軽食が摂れるようだ。

その近くにはメイドが並び、時折テーブルの上に料理を運んだり、空いたグラスを片付けたりしている。

よく見ればメイドたちの服装は中途半端な統一性が見える。その事からここには主催者側が用意したメイドと来場者が連れてきたメイドがいる事が分かる。

 

「どうする?踊った方がいいのか?」

 

「う〜ん……私はどっちでもいいですけど、踊らずに食事している人も多そうですね」

 

「なら無理に踊らなくてもいいか……」

 

そう方針を決めた時、会場内にざわめきが起きた。

直後、まるで波が引くかのようにそのざわめきが消えていく。ダンス中だった人たちですら踊る事を止め、何事かと視線を会場入口へと向けーーー言葉を失う。

多くの人たちが向ける視線の先には黄金色の髪をした、赤く派手なドレスに身を包んだ少女と、銀色の髪(シルバーブロンド)のメイドが立っていた。

 

 

狂売会(オークション)》を主催する《666(ザ・ビースト)》にとっては敵対組織と言っていい存在、ドーン機関の《三頭首(ケルベロス)》が血族の少女、リーリス=ブリストルは今、会場中の注目を一身に受けていた。

素性を知る者、知らぬ者ーーーどちらであろうと皆が皆、華やかに着飾った黄金の少女に心を奪われ視線を向ける。

だが、二人に臆した様子は全く無い。リーリスはこういった場所になれてるからか、余裕の笑みを浮かべているし、後ろに控えるユリエは物珍しげに辺りを見回していた。

そんなユリエにリーリスが何事かを告げると、ユリエは頷いて壁際のメイド群に交じった。

そしてリーリスは一礼し、会場内へと踏み入り歩を進め始める。

情熱的な色のドレスはリーリスの黄金色の髪(イエロートパース)と見事に合わさり、なかなかに派手で人目を引く。

かといって決して品が無いというわけでも無い。むしろ優雅な足運びや周囲への礼といった作法など端々から彼女が一流の教育を受けているのだと伝わってくる。

 

(本物のお嬢様、だな……なんか俺なんかがこんな所にいるのが場違いな気がしてきたな)

 

そんな事を思いながらリーリスを見ていると、彼女はこの会場内にいた一人とダンスを踊り始めた。

俺と優月はテーブル席について軽食を口にしながら、会場内の様子を観察し始めた。

それから四曲くらい流れただろうか。

飲み物を飲んでいた俺に突然後ろから声が掛けられた。

 

「もし、少々よろしいかな?」

 

「はい?」

 

声を掛けられた俺は誰だろうと思い、後ろを振り向く。

そしてーーー

 

「ーーーーーー」

 

その人物の顔を見て、俺は驚きで目を見開いて固まってしまった。なぜならばーーー

 

「私は、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグという者だ。よければ貴方のお名前をお聞きしてもよろしいかな?」

 

顔の半分を覆っていた火傷の痕こそ無いものの、そこにいたのは赤い髪に似合う紅蓮のドレスを見に纏った黒円卓の赤騎士(ルベド)ーーーザミエルだったからだ。

思わぬ人物に話しかけられた事によって、俺も優月も驚き、さらに心の中にいる安心院からも驚きの感情が伝わってくる。

そんな事とはつゆ知らずーーー

 

「聞こえなかったかな?お名前はーーー」

 

「き、如月影月といいます」

 

初対面の体で名乗るザミエルに、俺は動揺しつつも名乗り返す。傍から見れば、緊張しての対応に思われたかもしれない。

俺の名乗りを聞いたザミエルは、平然と告げた。

 

「如月殿、(よろ)しければ私と踊っては頂けないかな?」

 

「え……?」

 

まさかダンスの申し込みをされるとは思っていなかった俺は、優月と安心院にどうしたらいいのか問う。

 

(ど、どうしたら……!?)

 

(ま、まさかザミエルがこんな所にいるなんて……!)

 

(……とりあえずここは誘いに乗った方がいいと思います。私は構いませんから、兄さんは踊ってきてください!なぜここにいるのかは多分話してくれる……気もしますし)

 

(……分かった)

 

この間のやり取りは一秒にも満たない。これも安心院のおかげだ。

 

「分かりました。じゃあ優月……」

 

「構いませんよ。行ってらっしゃい」

 

優月から改めて許可をもらった俺は一礼してからザミエルの手を取ると、ダンス用の広場へと歩み出て、彼女の腰に手を回し、曲に合わせて踊り出した。

 

「……なぜここに?」

 

「ハイドリヒ卿の命令だよ。正直、あまり乗り気はしないがね」

 

小声で確認を取ると、ザミエルは特に感情を浮かべずに理由を話した。

 

(影月君、ザミエルの心の中と繋げたよ)

 

(ありがとうな……聞こえるか?ザミエル)

 

(これは……なるほど、小僧以外にも存在も感じると思っていたが、まさか小僧の魂の中にいるとはな)

 

(それは今はいいだろ。ラインハルトは何を命令したんだ?)

 

俺は周りに聞かれる事の無い念話を使って、ザミエルに問いかける。

 

(貴様らと同じだよ。《狂売会(オークション)》の内偵調査と、貴様らの支援だ)

 

(支援?)

 

表向きは平然と踊りながらも、質問を続ける。

 

(貴様らの任務は違法取引の証拠発見、そして証拠を発見次第、近隣に配備されている護陵衛士(エトナルク)が突入、制圧しやすいように陽動を行う事、だったか?)

 

(……その通りだ)

 

(それの支援だ。私が協力出来るのは情報共有と陽動の手伝いだな)

 

その言葉に俺は多少なりとも驚く。

あまり気が進まないとは言っていたが、そこまで手伝ってくれるのならばこちらとしてはとてもありがたいからだ。

 

(それはこちらとしてもありがたいな)

 

(勘違いするな。ハイドリヒ卿が出来るだけ協力しろと命令されたからな)

 

(それでも感謝はするさ。それでーーー何か目新しい情報とか、気になる事はあったか?)

 

俺はザミエルとラインハルト、さらにおそらく裏で手を回してくれた朔夜など、この件に関わった人たちに感謝の念を抱きながら尋ねる。

 

(目新しい情報は三つ程だな。まず、今宵開催される《狂売会(オークション)》にとある重要人物が来訪していると聞いた)

 

(重要人物……何者だ?)

 

(《666(ザ・ビースト)》の大将。《第四圜(ジュデッカ)》の称号を持つメドラウトという男だそうだ)

 

(大将だと!?なんでそんな奴がここに……?)

 

ザミエルの提示した情報に俺は驚愕する。

それにザミエルはーーー

 

(さあね。見当も付かんし、興味も無い。ただ最も注意すべき敵がいるというのがまず一つ)

 

そして次に、とザミエルは続ける。

 

(私の他に《聖庁(ホーリー)》所属の《聖騎士》がいるらしい)

 

(……ああ)

 

俺はその情報に何処と無く心当たりがあったので、曖昧な返事を返す。

 

(……その反応から察するに、それは知っていたようだな。ではその話は飛ばして三つ目)

 

踊っている最中のザミエルが若干苦笑いを浮かべているのを見ながら、俺は最後の情報を聞く。

 

(これはまだ確信していない情報なのだが、《狂売会(オークション)》の出品物についてだ)

 

(……何か変わった物でも出るのか?)

 

(ああ。私は戦時中から似たような事をよく聞いたから何とも思わんが、貴様らのような若い小僧小娘共には興味を引くだろう物がーーーな)

 

ザミエルの含むような言い方に内心首を傾げる俺だったがーーー次に続く言葉でそのような言い方をした理由に納得する事になる。

 

()()が出品されるそうだ。まったくーーー興味が無いとは言ったが、いつの時代にもそう言った下衆がいるのは反吐が出る)

 

(子供……だと!?)

 

(先ほど言ったように情報が少ないからまだ確信はしてないがね。ただ、この組織の素性を考えるとあり得ない話でもない)

 

奴らは子供まで商品にーーー?それが分かると俺の心の内に怒りが湧き上がってくる。

 

(奴ら……ドラッグの他に子供まで……!)

 

(落ち着け。まだ確信していないと言った筈だ。その情報は本当かどうかは後で調べる必要がある)

 

(っ……そうだな、すまない。他に気になる事は?)

 

ザミエルに(さと)され、一旦気持ちを落ち着けた俺は最後に気になる事を聞いた。

 

(ふむ……気になる事といえば一つ。ここにいる奴らや貴様らとは違う魔力を持った者がこの近くにいる)

 

(違う魔力を持った者……)

 

(ああ。陽動を行う際に現れるかもしれん。警戒をしておいた方がいいだろう)

 

(ああ、分かったーーーあ、一つ聞きたい事があるんだが……)

 

(何だ?)

 

任務の話が一通り終わった所で、俺は先ほど気になった事を尋ねる。

 

(火傷、治したのか?)

 

(貴様……そんな事を考えていたのか。私は特に気にしていないのだが、ハイドリヒ卿が目立つと(おっしゃ)ってな。クラフトの術で、表面上だけ消したのだ)

 

(なるほど……)

 

(……それだけか?)

 

(……ザミエル卿、ダンス上手いですね)

 

(影月君、敬語になってるぜ)

 

(貴様らは知らぬだろうが、私は元々貴族の出身だからな。このような場での礼儀やダンスは叩き込まれている)

 

(なるほど……)

 

(……終わりか)

 

(……はい)

 

(戯けが……)

 

そう言うと、ザミエルは呆れたように吐き捨てた。

 

(情報共有とは言ったが、私が一方的に伝えただけではないか……まあいい。そろそろこの曲も終わる。私と別れた後は妹とも踊るといい。踊らずに飯だけ食べているカップルというのも存外目立つからな)

 

(すまないな……ありがとう、ザミエル)

 

(ふん……)

 

 

 

やがて曲が終わってザミエルと別れると、今度は優月と共に踊る事にした。

最初は戸惑っていた優月も、踊り始めてしばらくした頃にはダンスを楽しんでいたようだった。

 

 

 

 

 

 

パーティーが始まってから、二時間近くが過ぎた。

俺と優月は食事をしながら雑談を、別のテーブルでは透流と橘も同じように雑談をしていて、リーリスは幾人かと踊った後は数人に囲まれて話に花を咲かせている。

ザミエルも幾人と踊った後に、テーブル席で食事を摂っている。

ただ、ユリエだけは壁際で待機のままだった。

時折、彼女を気にして(どんな感情で話しかけているのかは置いといて)話し掛ける来客もいたが、適当にあしらっていたようだ。それぞれの役目といえばそれまでだが、どこか申し訳無く思う。

ちなみに俺はこの時間を利用して、皆に先ほどザミエルから聞いた情報を安心院経由の念話で話した。情報を提供してくれたのがザミエルと聞いて、皆驚いていたが……。

そして俺、優月、安心院、ザミエル以外の四人には子供が出品物となっているかもしれない話だけ伏せた。

今だ確信が持てないのもあるし、何より四人がその事を知ると動揺して任務に支障が出る可能性もある。それを配慮に入れた結果、話すのは確信を得てからにしようという結論に至ったのだ。

尚この結論は優月、安心院と相談して出し、ザミエルからも了承を得ている(ザミエル曰く「いつ話すかなどは好きにしろ」との事)。

 

 

 

やがてダンスパーティーは終わりを告げ、しばし時間を置いてから別のホールで《狂売会(オークション)》を開催するアナウンスがされる。

すぐさま始まらない理由は、女性の化粧直しを考慮しての事だろう。

程なくして、着替えてきた優月と、偶然同じタイミングで出会ったザミエルと共に俺は《狂売会》のホールへと移動する。

中は小さめであるものの映画館を思わせるような形状で、舞台に向かって客席が段々になっていた。座る場所は自由との事で適当にーーーしかし何かあったら動けるように非常口に近い席に座る。

 

(透流と橘は……)

 

そっと周囲を見渡すと、俺たちとは反対側にある非常口の近くに二人は座っていた。

次にリーリスとユリエを探してみるが、リーリスは結構前の方に座っているのを見つけたが、ユリエの姿は無い。

おそらく外にメイドたちが並んでいた為、その中に混じっているのだろうと予想する。

 

「……始まるな」

 

ザミエルがそう呟くのを聞くと、舞台を照らしている照明以外、僅かに暗くなる。

明るい照明が照らされている舞台上に目を向けると、舞台袖から身なりのいいーーー恰幅(かっぷく)のいい男が舞台中央に歩み出ると、客席へ向かって左右正面に三回頭を下げた。

 

「今宵は我らが《666(ザ・ビースト)》の主催する《狂売会(オークション)》へご来場頂きありがとうございます。本来ならば、オーナーである私がご挨拶の時間を頂戴したいのですがーーー本日に限っては、私などより皆様にお顔をお見せするに相応しい御方(おかた)がご来訪されております為、短くはありますが()れにてご挨拶を終わらせて頂きます」

 

「……出るのか」

 

男からの挨拶に他の来客からはざわめきが起こるが、俺や優月、そしておそらく透流たちも気を引き締める。

そしてオーナーと入れ替わりに舞台に姿を見せた人物ーーー二メートルを超える外国人の男性を目にした途端、そこかしこからどよめきが起こる。

 

「メ、メドラウト様」

「あれが《第四圜(ジュデッカ)》のーーー」

「このような場所に来られるとは……」

 

「あれが《666(ザ・ビースト)》のトップ……」

 

「ほう……」

 

メドラウトと呼ばれた大男は舞台中央に立つと両手を上げ、どよめきを制した。

年齢は四十くらいか。精気が満ち溢れた巨躯、(みなぎ)る自負心、纏う雰囲気ーーー人の目を引き付けてやまない圧倒的な存在感を持つあの男こそが、《666(ザ・ビースト)》の支配者だと納得出来る。

しんと静まり返った中、男はニッと笑みを浮かべた。

 

「メドラウトだ。今宵は《狂売会》へ来てくれた事を感謝する。より多くの者が、望みの物を手に出来るよう祈っている。……存分に欲望を満たせ。それにより、我らもまた欲望を満たさせてもらおう」

 

言い終えると男はある一点ーーーリーリスへと視線を向けた。

 

「ブリストルが黄金の姫よ。我らが《狂売会》を楽しんでいってくれ。無論、気が付けば祖父への土産でも持ち帰るがいい」

 

メドラウトの言葉に反応したのは、ドーン機関と《666》の関係を知る者たち。

対立した組織の重要人物をもてなし、機関に戻るまで安全を保証すると暗に公言した。

 

「ではーーー皆も楽しんでいってくれ」

 

そう締めると、メドラウトは舞台を降りーーーリーリスの隣の席へと座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メドラウト……なかなか迫力のある男でしたね」

 

《狂売会》初日を終え、部屋に戻ってくるなり優月が苦笑いしながら言う。

そうだなと答えつつ、俺は冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 

「でも、俺たちはあれより強い威圧感を放つ存在と会った事はあるからな……」

 

無論、ラインハルトの事である。彼の威圧感は《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》の時や、学園に現れた時に嫌という程感じた。

あれと比べれば、メドラウトはまだまだ耐えられるレベルだ。

 

「まあ、その話は置いておこうぜ?それよりも《狂売会》の方はどんな印象を受けた?僕は普通だと思ったけど……」

 

突然姿を現した安心院を横目で見つつ、俺も《狂売会》の印象を答える。

 

「そうだな。希少な宝石とか美術品とか……一部盗品があった以外は普通だった」

 

「同感ですね。となると、やっぱり本命は明日ですか……」

 

「そうだね……明日はもっと希少(レア)な品を用意してあるとか言ってたし」

 

その言葉に優月と安心院の表情が暗くなる。無論、そんな表情をする理由は分かっていた。

 

「子供……確かにあり得ない話じゃないが……」

 

「……本当なら最低ですね。人を商品にするなんて……」

 

「本当いつの時代にも、どの世界にもそういうのはいるんだねぇ……」

 

そしてほんの僅かな静寂が部屋を包み込むがーーー

 

「とりあえず、その辺も含めて今から調査を始めるか」

 

「そうだね。透流君も用意しているみたいだし」

 

そう俺と安心院が言うと、優月は「気を付けてください」と笑顔で言った。

 

 

 

 

 

俺は動きやすい服装に着替えて装備を確認した後、浴室から天井裏へと忍び込んだ。

 

「うわっ……思ってたより埃っぽいな……カビ臭いし」

 

(仕方ないよ、天井裏なんだし……)

 

「そうなんだが……透流、聞こえるか?」

 

(影月!?……安心院のスキルか、びっくりさせるなよ……)

 

(おっと、透流君はもう潜入を始めてたみたいだね。じゃあちょっと進むのをやめて聞いてくれるかい?)

 

(ああ)

 

(よろしい。じゃあ任務内容を改めて確認するぜ)

 

透流の反応に苦笑いしながらも、安心院の声に耳を傾ける。

 

(今回の君と透流君の目的は明日出るだろう出品物の調査、そして隠しようの無い違法品の証拠を発見する事だ。ナビゲーターは僕とザミエルがする。とはいえ君たちの視覚、聴覚情報は僕たち以外の四人にも共有されてるからね)

 

つまり優月、橘、リーリス、ユリエも含めた全員も参加しているのか。

 

(僕は館内見取り図を参考に、君たちの行き先を指示したり、敵の位置を教えたりするぜ)

 

(私は何をすればいい?)

 

(ザミエルは状況判断の指示をしてほしい。この中で一番経験豊富だしね)

 

(……理解したが……貴様ら、何かふざけてないか?)

 

(なんかメタル○アっぽいよなぁ……安心院から麻酔銃持たされたし)

 

(俺もだ……射撃にはあまり自信が無いんだが……)

 

(無いよりマシだぜ?まあ使わずに済むのが一番いいんだけどね。後、影月君メタい)

 

(それはいいから、さっさと調査を開始しろ)

 

((了解))

 

ザミエルの言葉に返事した俺と透流は、安心院のナビゲーションを受けながら進み始めた。

 

 

 

 

 

(そこのダクトの陰を右側に曲がって……あ、透流君はそのまま真っ直ぐね)

 

移動を開始してから三十分程が経った。今の所成果は無い。

天板一枚挟んだ下からたまに聞こえてくる声に耳をすませても、何も有益な情報は得られなかった。

 

(二人とも、もうすぐ高層階にある広間に着くよ。警戒してね)

 

(今の所、貴様らに気付いている輩は確認出来ない。だが気を抜くなよ)

 

((了解))

 

そう返事し、進もうと思ったその時ーーー

 

『くそがぁっ!!』

 

((((っ!!!))))

 

突然、天井裏まで響いてきた苛立ちの声と、金属製の何かがぶつかるような音が脳内に響き渡り、今まで黙って聞いていた優月たちの息を呑む声も聞こえた。

 

(……透流か?)

 

(……ああ、俺の真下だ)

 

(気付かれたかもしれん。動くな)

 

しかし、その後に続いた言葉で見つかったわけではないと分かる。

 

『静かにしろ。うるさくて敵わん』

 

『うるせーはこっちのセリフだ!だいたいテメーはどうしてそう冷静なんだよ!?あのガキ共を見たくせに!麗奴(レイド)だぁ!?結局ただの奴隷じゃねーか!!)

 

ガキ共、麗奴(レイド)、奴隷ーーーその単語を聞いた俺は確信する。

しかし脳内にはその男たちの会話が続いていた。

 

『いい加減にしろ。可哀想だからと解放しようとでも言うのか。……お前を救ってくれた組織を裏切って』

 

『うっ……そ、それは……』

 

『そんなに納得がいかないならメドラウト様の言うとおりーーー』

 

『わかってらぁ!オレは組織を変えてやる!《力》を示し続けてな!!』

 

(……確定したな)

 

一連の会話を聞き終えたザミエルが呟く。

 

(ああ、マズくなってきた)

 

(《狂売会》で人身売買をする気か……!?)

 

(透流、今は広間に向かうぞ)

 

そう言って俺たちは目的の広間へと向かう速度を早めた。

 

 

 

 

 

 

目的となる高層階の広間は、二階分の高さを持つ場所だった。照明が落とされて薄暗い事から、警備は扉を挟んだ外にのみ配置しているようだ。

天井裏で合流した透流を先に降りさせ、俺も広間へ降り立つ。

そこには俺たちとは別の気配も感じた。

 

(こんなのまで……)

 

銃を構えた透流が視線を向けた先には強固な檻に囚われている、白い毛並みを持つ獣ーーーホワイトタイガーが俺たちを見て唸り声を上げていた。

動物は他にも数匹いて、どれも絶滅危惧種に指定されている動物ばかりだった。それらは俺たちを見つけると、鳴き声を上げ始める。

幸いにも外を警備している連中はこれらの声を気にしていないようで、扉が開く様子は無い。

 

(違法な物ばかりだ……子供は?)

 

俺と透流は競売用の品を見ながら、子供たちを探す。その時ーーー

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

突如、後ろから声をかけられた。

 

「「っ!!」」

 

俺と透流は銃を構えながら振り返ると一人の男の姿があった。年は俺たちより一つ二つくらい上だろうか。

男は一・五メートル近くの高さに積み上げられた競売品に掛けられた布の上に座って、俺たちを見下ろしていた。

 

「……なんだ、あんたか」

 

俺は口元をマフラーで隠している男にそう言って銃をしまう。

 

「おい影月……!」

 

「心配するな、奴は敵じゃない。味方でも無いが」

 

「その通りだ《異能(イレギュラー)》に《異常(アニュージュアル)》。あ、それと大声を出しても大丈夫だぜ。魔術で外には聞こえないからな」

 

男は苦笑いを浮かべて、競売品から飛び降りて床に着地する。

そこで今まで一部の者たち以外、知る筈の無い異名を呼ばれて呆然としていた透流が声を上げた。

 

「もしかしてあんた、あのエセ関西弁の人か?」

 

「なっ!?どうして分かった!?」

 

目を大きく見開く男に、透流はストレートな理由を言う。

 

「声がそのままだ」

 

「っく、しまった……。って待て待て!口調は変えてあっただろうが!?」

 

「言ったよな?あんな嘘くさい喋り方が関西弁だって言ったら、関西の人に怒られるぞ」

 

昊陵学園には全国から生徒が集まっている。当然、中には関西出身の奴もいるわけで、日々の雑談の内でそれぞれの方言を耳にしている為、目の前の男の喋り方には何処と無く嘘くささを感じていた。

 

「ちっ、くだらない演技をするんじゃなかったぜ……」

 

「んな事より、一先ず戻ろうぜ?ここには目的のものが無かったからな……お前も着いてこいよ。話を聞きたい」

 

「了解だ。俺もお前に色々と聞きたいからな」

 

俺とマフラーの男はお互いに、はははと笑いながら牽制し合う。一方透流はついてこれていないのか、目を丸くして俺たちを見ていた。

 

「さて……安心院、俺と優月の部屋へ……皆も連れてきてくれ」

 

「もう皆、集合させておいたぜ」

 

呼び掛けると、安心院が俺の隣へと現れる。それに目の前の男の目が驚いたように丸くなるが、すぐに苦笑いする。

 

「本当に何者なんだ、お前ら……」

 

「戻ったら説明するさ」

 

「天井の穴も塞いだし……じゃあ皆さん、お手を拝借」

 

そう言って安心院が手を差し出す。俺たちはその手に触れてーーー広間から転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、貴様が《666(ザ・ビースト)》と数百年にわたって敵対してきた《聖庁(ホーリー)》所属の《聖騎士》か」

 

そうして俺の部屋に戻ってきて一息ついていると、ザミエルがマフラーを着けている男を見て言う。

 

「ああ、《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》ーーーユーゴだ。顔を合わせるのは初めてでも、この名を知らないとは言わせないぜ」

 

マフラーのおかげで表情は分かりづらいが、ユーゴと名乗った男は皮肉めいた笑みを浮かべた。

しかしーーー

 

「…………悪いが知らないぞ」

 

「なにいっ!?」

 

透流の一言にユーゴは驚く。というか雰囲気的にこいつは今この状況を楽しんでいるな。

 

「如月、なんでこんな怪しさ満点の男を連れてきたんだ」

 

「どこが怪しいんだ」

 

「全てだ」

 

「……お前の仲間、口が悪いぞ」

 

「許せ……どちらにしてもお前が怪しい事は否定しないから」

 

「否定しないのかよ!?」

 

「ああ……。さて、これ以上談笑しているとそこの赤い髪の人に燃やし尽くされそうだから、早い所本題に入ろう」

 

この部屋の温度が徐々に上がっていくのを、肌で感じながら俺はそう言った。ユーゴもそれを感じて「そうだな」と言って真面目な雰囲気になる。

 

「まず、ユーゴはどうして《狂売会》に?」

 

「ん〜、ちょっと個人的な用事でな。人捜しって奴をしているんだが、そいつが《狂売会》に現れるって情報を手に入れて、こうして乗り込んできたのさ」

 

「なあ、次は俺から聞いていいか?」

 

ユーゴの答えを言い終えた後、今度は透流が問いかける。

 

「どうして俺と影月の異名を知っていたんだ?」

 

「《魔女(デアボリカ)》とちょっとした知り合いなのさ」

 

その言葉に俺、優月、安心院、リーリス、ザミエル以外が首を傾げる。

 

「……《魔女》、とは?」

 

「朔夜の裏での通り名だ」

 

疑問を口にした橘に、俺は簡潔に説明した。

 

「……にしても《異常(アニュージュアル)》、お前詳しいな」

 

「俺とこっちの二人ーーー優月と安心院は朔夜と深い仲でね。色々と知っているのさ」

 

「《魔女》と深い仲?ーーーまさかお前たちか!?《魔女》が好きだと言っていたのは!?」

 

『っ!?』

 

ユーゴの言葉に透流たちが驚く。

 

「朔夜の奴何を言ったんだ……ああ、そうだよ」

 

「は〜……お前らが……」

 

そう言ってまじまじと俺たちを見てくるユーゴ。

 

「話を戻そうぜ」

 

「ん?ああ、それでさっきの情報源はあの《魔女》からだったんでね。情報料代わりに、可能な範囲でお前らのサポートをするって事になってんのさ」

 

「朔夜ぁ……協力者の幅が広すぎるぞ……」

 

このホテルの内部協力者に、《聖庁(ホーリー)》の《聖騎士》、黒円卓第九位大隊長ーーー色々な意味でヤバすぎる……。

 

「影月君、嘆くのは後にしてくれよ。今はあの事を聞くのが最優先だよ」

 

「……子供たちの居場所か?」

 

ユーゴの言葉に俺たちは頷く。するとユーゴは無言となりーーーしばし後、首を振った。

 

「……断る」

 

「どうしてだ!?」

 

「冗談を言うような時では無いだろう、ユーゴ。キミは我々に協力してくれるという話ではなかったのか?」

 

「どういう事よ。説明してくれないかしら?」

 

透流だけじゃなく、橘やリーリスたちも不快感をあらわにしながら問いかける。

 

「待て待て。お前らの子供を助けたいって気持ちは俺だって分かるーーーけど、今教えたらこの後すぐに騒ぎを起こすつもりだろ?」

 

「当然だ」

 

「なら、答えは変わらずノーだ」

 

「……まあ、当然ですよね」

 

「えっ……優月!?」

 

透流は意外な人物がユーゴに同調した為、狼狽える。

 

「どうして……!?」

 

「落ち着いて考えろよ……今、何の考えもなく子供たちの居場所を聞いて、騒ぎを起こしても成功する可能性は低いぞ。それに子供を人質に取られたり、殺されたりしたらおしまいだ」

 

「それにユーゴさんも人捜しをしたいと思っているみたいですから……譲れないんだと思いますよ」

 

「そういう事だ。だから教える事は出来ない」

 

「……だったらーーー」

 

透流は俺たちの意見を聞いて落ち着いたのか、橘を見る。

 

「うむ。ユーゴの人捜しとやらも考慮に入れて、()()の作戦について話し合おう」

 

「お前ら……」

 

驚きを浮かべた後、ユーゴは俺たちに小さく頭を下げた。

 

 

 

 

その後、二十分程して明日の動きが纏まった。

結構時刻はユーゴの目的を考慮して、《狂売会(オークション)》の開始時間より五分後。

それだけあれば、ユーゴの人捜しは終わるらしい。

ユリエと橘と優月は事前に合流し、子供たちの部屋へ。騒ぎが起こった後は即座に見張りを倒し、子供たちを保護する事が三人の役目になる。

リーリスは変わらず《狂売会》へ。彼女が動くと、《666(ザ・ビースト)》に警戒される度合いが高まる可能性を考慮しての事だ。

安心院は変わらずに俺たちの念話を繋げたり、情報を逐次教えてくれたりとサポートしてくれる。

そして残った俺、透流、ザミエルは騒ぎを起こすという事で話が纏まる。

 

「さてと。作戦決定って事で、俺は部屋に戻るぜ」

 

ユーゴは捜している相手が見つからなかった場合、《聖騎士》としての役目ーーー《666》の首領であるメドラウトを倒すとの事だった。

また、念の為という事で決行時までの接触は避けようと決めた為、実質的にユーゴとの話は今が最後となる。

 

「部屋に戻るのなら、僕が送っていくよ」

 

「便利だなぁ……お前のスキルって奴は」

 

安心院の言葉に苦笑いするユーゴ。そこで透流がユーゴへと歩み寄る。

 

「ユーゴーーーお互い、成功を祈って」

 

透流はユーゴに向かって、ぐっと握った拳を突き出す。

 

「……ったく、暑苦しいな。お前はーーーけど、ある意味おもしれぇ」

 

皮肉げな笑みを浮かべつつも、ユーゴは拳を上げてコツンとぶつけた。

 

「じゃあ頑張ろうぜ」

 

そう言って安心院の手を取って、転移しようとした時にーーー

 

「っと、そうだ。一つ、サポートをしてやるか」

 

何かを思いついたらしく、踵を返す。

 

「使わないで済むのが一番いいんだけどな」

 

「どういう事だ、ユーゴ?」

 

透流の疑問など聞こえなかったかのように、ユーゴは再び皮肉めいた笑みを見せーーー透流を指しながら言った。

 

「親に感謝しろよ。……()()()()()()()()()()()()()

 

バチっと弾けるような音が響きーーーユーゴの指先に黒い光が生まれた。

 




次回は後半です。
尚、ザミエル卿が優しいというか面倒見がいいのはハイドリヒ卿に命令されたのもありますが、内心影月たちを気に入っているのもある為です。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第四十九話

久しぶりの投稿です。仕事が始まって忙しい……これからもこんな不定期更新になりますがよろしくお願いします。

あ、それとユリエさんお誕生日おめでとうございます!

ユリエ「ヤー、ありがとうございます」

妹紅「作者のぉ、ついさっき四月一日はユリエちゃんの誕生日って思い出したな?」

うぐっ……すみません……



side 影月

 

二日目の夜、《狂売会(オークション)》開始から五分後ーーー爆発音と共に、ホテルが揺れた。

直後、耳障りな非常ベルの音がホテル内に鳴り響く。

 

「よし!」

 

動きやすい普段着に着替えていた俺は壁に大きく開いた風穴から、ホテルの敷地内を見渡して叫んだ。

 

「《焔牙(ブレイズ)》!」

 

そして俺の手に現れるのは銀色の聖槍。眩い銀色の光を放つ槍を、俺は外へと投擲する。

投げられた槍はある程度飛ぶと、空中で四つに分裂してバラバラに飛びーーーある地点まで行くと眩い閃光を放った。

 

「さあ、始めようか!」

 

辺りが一瞬の間だけ昼になったのではないかと思う程の眩い閃光が収まるとそこにはーーー

 

『『『『ーーーーーーーーーー!!!!』』』』

 

鋼鉄で出来た恐竜にも怪獣にも見える兵器ーーー一体のメタルギアREXと三体のメタルギアRAYが、耳を塞ぎたくなる程の軋んだ咆哮を上げた。

 

「……ザミエルも反対側で派手にやっているみたいだな」

 

ホテルの反対側からはザミエルが火砲を連発しているのか、連続した爆発音が聞こえてくる。

 

「さて、これだけやればホテル内の警備もほとんど外に行くだろ」

 

目の前でREXが機銃(一応非殺傷)を掃射して、《(ゾア)》を蹴散らす様を見て呟く。

 

「さて、外はREXやRAYに任せて俺もユリエたちと合流するか」

 

(君が今いるのは五階、子供たちと優月ちゃんたちがいるのは十階だよ!)

 

「了解!」

 

そう言って俺は、新たに作り出した銀色の聖槍を片手に走り出した。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が《(ゾア)》か……」

 

その頃、影月と同じ五階の廊下にいた透流は、目の前に立ちはだかる敵を見て、そう呟いた。

目の前には黒服が破れ、鱗のような皮膚を露出させた人(あら)ざる者が立っていた。

口が裂け、長い舌がちろちろと見える姿は何処と無くトカゲーーー蜥蜴(リザード)のように見える。

 

「ほう、その名を知っているとはな」

 

蜥蜴(リザード)の《獣》はどこからか響くような声質で言葉を発した。

 

「てめぇ、よくもやってくれたな……!」

 

次に響いたのは、先ほど透流と戦闘して倒れた筈の男の声。

その者の姿もまた、人では無い。両手には巨大な爪、尖った鼻にずんぐりとした体型と、モグラのような姿ーーー土竜(モール)になっていた。

どちらも動物のような特徴を持っているがそれは外観のみで、あえて言うなら動物をモチーフにした全身鎧を着ているようにも見える。

 

(昔見た特撮番組に、こんな感じの奴らが出て来たっけか)

 

透流がそんなどうでもいい事を考えていると、二匹が咆哮を上げながら襲いかかってきた。

透流は蜥蜴(リザード)の噛みつきを避け、土竜(モール)の爪を《(シールド)》で防ぐ。

 

(強い!けどーーー強過ぎはしない!!)

 

《楯》で爪を押し返した透流は、尻尾を振るう蜥蜴(リザード)の攻撃をかい潜り、全力で肘を叩き込んだ。

それと同時に肋骨の折れる音が鈍く響く。

 

「ご、ぶぅっ……」

 

だらだらと唾液を零しながら崩れる蜥蜴(リザード)

そこへ動きの止まった透流を狙い、土竜(モール)が両の爪を突き込んでくる。

しかしーーー

 

「邪魔だぁっ!!」

 

「がぶぁっ!?」

 

横合いから合流した影月が、全力で投擲した《槍》が土竜(モール)の胴体を貫きーーー廊下の先、突き当たりの壁まで吹き飛ばした。

吹き飛ばされた土竜(モール)は突き当たりの壁へと大きな音を立てて衝突、崩れた壁の下敷きとなって動かなくなった。

 

「大丈夫か?透流」

 

「ああ……なあ、影月」

 

「ん?」

 

透流は青褪めた顔で、突き当たりの壁を指す。

 

「……さっきの攻撃って非殺傷だよな?」

 

そうじゃなければ、先ほどのはかなりショッキングな光景だ。

 

「当然。死んじゃいねーよ?」

 

「そ、そうか……ならいいぞ」

 

「さよか。なら早く十階に行くぞ!」

 

そう言って走っていく影月を見て、透流は内心恐怖を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

立ちはだかる敵を一瞬で倒しながら十階に到着した影月と透流は、優月、ユリエ、橘と合流する。

 

「トール……!」

「兄さん!」

 

そこには数人の《獣》と構成員を倒したメイド姿のユリエと、動きやすい普段着を着た優月が立っており、その近くでは橘が子供を庇うように立っていた。

 

「ユリエ、橘、優月!怪我は無いか!?子供の方は!?」

 

「大丈夫です、トール。誰も怪我をしていません」

 

ユリエの返答に安堵の息をはいた透流と影月は、橘と子供たちの様子を(うかが)う。

二人は西洋系の少年少女で、一人は着物を着た日本人の女の子だった。

三人は麗奴(レイド)と呼ばれているだけあって、どの子も容姿がとてもいい。

内、西洋人の少年と少女は《獣》を目にした恐怖からか、大きな声を上げて涙を流し、着物を着た日本人の女の子は呆然とした顔をしていた。

橘が西洋系の少年少女にたどたどしい英語(途中から見かねた優月が代わったが)で、仲間と合流したから脱出するといった事を伝えた。

 

「そちらの首尾はどうでした?」

 

「予定通りに大暴れした後、客室の天井をぶち抜いてから非常階段を使って来た」

 

「俺の方も敷地内でREXとRAYを暴れさせてるよ。それとさっきREX、RAYの視界に護陵衛士(エトナルク)を確認した」

 

(ザミエルも順調に殺ってるみたいだね)

 

「なるほど。では私たちは首尾どおりーーー」

 

安心院のスキルで脱出するーーーそういう作戦だ。

脱出した後は、近隣に設営された作戦行動本陣まで子供たちを連れて行けば、任務完了である。

 

「さて、それじゃあーーー」

 

転移を始めようとした直後、影月たちの前に黒服の男が一人、現れた。

男は武装をしておらず、子どもを連れた影月たちを見ると、特に騒ぐ素振りもなく近付いてくる。

 

「ったく、ガキ共の様子を見に来たら、まさか敵さんがいるとはな……」

 

男はため息を一つはくと、妙な事を言い出した。

 

「行けよ」

 

「は?」

 

自身の背後に向かって親指を差す男に、影月たちは目を丸くする。

 

「ただし男は通行止めだ」

 

「……つまり俺と透流はダメだと?」

 

「そういうこった」

 

「いいのか、そんな事して?」

 

「いいわけねーだろうが。《力》を示し続けて改革しなくちゃならねーってのに。……けど、気に入らねぇ事はやりたくねぇ。失点は別の形で取り返してやるさ」

 

悪事、犯罪を厭わない組織に属する者とは思えない一言である。

 

「面倒だな……透流、どうする?」

 

「ユリエ、橘、優月。子供たちを連れて先に行ってくれ。すぐに後を追いかける」

 

「分かった。では我々はーーー」

 

「ナイ。その必要はありません」

 

透流と橘の言葉に、ユリエが首を振る。

 

「すぐに終わりますので」

 

ユリエはそうですよねと言わんばかりに透流を見た。

 

「……ふっ、その通りだなユリエ。透流!一撃で終わらせろ!」

 

「ああ!」

 

透流は黒服へと向き直り、弓を引くかのように拳を引き絞る。

 

「チッ、バカ共が……どうやら野郎を潰さねーと分らねぇってか!!」

 

黒服は吐き捨てるように叫ぶと、変質を始めて巨躯となっていく。

 

灰色熊(グリズリー)ーーー三島レイジ……行くぜぇ!!」

 

上げた名乗りを示すかのように、熊の特徴を持つ全身鎧の化け物となった男は、丸太のように太い腕を振り上げて襲い掛かる。

 

「打ち砕けーーー雷神の一撃(ミヨルニール)!!」

 

灰色熊(グリズリー)が頭上に構えた腕を振り下ろし、透流は最強の一撃を放つ。

決着は一瞬でついた。

数百キロもの巨体は吹き飛び、そのまま壁にめり込んだ。

 

「がっ……強すぎる……」

 

そう呟いた灰色熊(グリズリー)はがくりと力を失った。

透流はユリエに向き直り、ぐっと親指を立てると、ユリエもぐっと親指を立てた。

 

「透流さん、すごく……一撃必殺……でした!」

 

(優月ちゃん……)

 

優月の言葉に安心院が呆れたように呟く。

そんな優月に影月が苦笑いを浮かべる。

 

そんな彼はふと、今も一人呆然とした様子の着物を着た日本人少女に気が付いた。

上はしっかりとした着物を着ながら、下はピンク色のスカートを履いている少女は三人の中で一番容姿がいい。

そんな少女は先ほどからピクリとも動かず、その瞳には光が宿っていない。

そんな少女の様子が気になった影月は、その少女に近付いて目線に合わせるようにしゃがみ込んで話しかける。

 

「大丈夫か?」

 

「……あ……!」

 

影月に話しかけられ、今までどこを見ていたのか分からなかった少女の瞳に光が灯る。

そして自らの顔を覗き込んだ影月の顔を確認した瞬間、顔が青褪め始めた。

 

「い、や……」

 

「どうした?俺もそこのお姉さんたちと同じ仲間だ。怖がらなくてもーーー」

 

「やめ、て……!近付かないでください!」

 

そう少女が叫ぶと同時、エレベーターや階段から拳銃やマシンガンを持った黒服たちが現れ、影月たちに向かって銃撃を始めた。

 

「っ!隠れろ!!」

 

「きゃっ……!」

 

「ヤ、ヤー!」

 

完全な不意打ちだったので、透流も咄嗟に《絶刃圏(イージスディザイアー)》を使う事が出来ず、全員が散り散りとなって近くの部屋へと逃げ込む。

 

「大丈夫か?怪我は?」

 

「あ……だ、大丈夫です……」

 

影月は逃げ込んだ先の部屋で、先ほどの銃撃から庇う為に抱きかかえて連れてきた着物の少女へと問い掛ける。

少女は抱きかかえられた事に驚きながらも、怪我が無い事を伝える。その返事を聞いた影月はその少女に「良かった」と言って微笑んだ後ーーー銃撃音が鳴り響く廊下に視線を向けた。

 

「くそっ……安心院!あれを出してくれ!こいつら、邪魔だから倒した方がよさそうだ!」

 

(分かったーーーほら、出来たぜ!)

 

すると、影月の目の前に一つの細長い筒状の物体が現れた。

 

「よし!これならーーー君、目と耳を塞いでくれ。合図するまでそのままでな?」

 

「え……?は、はい」

 

着物の少女が言われた通り目をつぶり、耳を塞いだのを確認すると影月は念話で皆に警告した。

 

(皆、目をつぶって耳を塞げ!子供たちにも伝えろ!)

 

(りょ、了解!)

 

影月は返事を聞くと筒状の物体のピンを抜き、廊下へと放り投げた。

そして数秒後ーーー廊下でパンッ!と甲高い音と目が眩むような閃光が発生する。

 

「うわっ!眩しい!」

 

「耳が!!」

 

「くそっ!スタンかーーーぐあっ!」

 

爆発したスタングレネードの効果によって、視覚も聴覚も一時的に麻痺した黒服たちは銃撃を中断せざるを得なくなる。

その隙に優月が物陰から飛び出し、手にした《焔牙(ブレイズ)》で黒服たちに斬り掛かった。

優月は自らの《焔牙(ブレイズ)》で閃光を放てるという技を持つ為、閃光弾やスタングレネードといった類は効かない。そんな強みを利用して、優月はスタンして思うように動けない黒服たちをものすごいスピードで無力化する。

そして閃光が収まり、辺りに響き渡っていた甲高い音も収まる頃には、黒服の男たちは全員床に倒れ伏していた。

 

「ふぅ……終わりましたね。皆さん、出てきていいですよ」

 

「よくやった優月!……もう目と耳を開けていいぞ」

 

影月は目の前にいる着物の少女の肩をトントンと叩くと、少女は恐る恐る目と耳を開く。

 

「終わったんですか……?」

 

「ああ、ちゃんと言う通りにしていたみたいだな。えらいぞ」

 

そう言って少女の頭を撫でる影月。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「さっきは、近付かないでくださいなんて言って……ごめんなさい」

 

「……気にしてないさ。それよりも早く行こうか」

 

少女の謝罪を笑って受け入れ、廊下へ向かおうとした影月だったがーーー

 

 

 

「……ん?なんだあれ?」

 

ふと視界にとある物が映り、足を止める。

影月の視線の先には、爆発で壁に開いた大きな風穴。そしてーーー

 

「……火の鳥?」

 

その穴から覗く夜空に浮かぶ赤い物体に影月はそう呟く。

なぜなら、その赤い物体は数週間前にニュースで取り上げられた物体にそっくりだったからだ。

そしてーーー

 

「あ、あれは……!」

 

影月が抱きかかえている少女もまた、そんな火の鳥を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「あれは、もしかして……あの方の……?」

 

「どうした?」

 

そんな表情を浮かべているとは知らずに影月は少女の顔を覗き込みーーー息を呑んだ。

 

「ああ……やはりあの人は……」

 

その少女が頬を赤く染め、嬉しそうに涙を流している様子を見たからだ。

一体どうしたんだーーーそう問いかけようとした時。

 

「居たぞ!!」

 

「っ!!」

 

新たな追っ手ーーー数十人の黒服を纏った男たちが銃を持って現れ、影月たちに銃弾の嵐を浴びせる。

 

「牙を断てーーー《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

しかし黒服たちが撃った銃弾は、すべて透流の作り出した結界に阻まれる。

 

「くっ……早く転移しよう!安心院!」

 

「……待ってくれ透流」

 

結界を維持しながらも脱出を叫ぶ透流を制したのは、先ほど逃げ込んだ部屋から出てきた影月だった。

 

「なんだ影月!早くこの子たちを連れて逃げないと……!」

 

「……この子、俺たちに頼み事があるってさ」

 

「何……!?」

 

そう言って透流は結界を維持しながらも視線を向ける。

そこには、着物に身を包んだ日本人の少女が透流の瞳を見据えていた。

 

「お願いがあります。私を、この建物の上へ連れて行ってもらえませんか?」

 

「……それはつまり屋上って事かしら?」

 

そんな少女のお願いに答えたのはーーー

 

「なっ……!?」

 

赤く派手な大輪の華と形容するに相応しい少女だった。

真っ赤なドレスに身を包む黄金の少女ーーーリーリス=ブリストルは空を舞いながら銃を構えて引き金を引いた。

回数は、マシンガンを手にした男たちと同数。直後、黒服たちが苦痛の声を上げ、ガシャガシャと床にマシンガンが散らばる。

軽い音と共に着地した少女は、呻く男たちなど気に掛けた様子も無く、透流へと顔を向けた。

 

「はぁい♪お待たせ、透流♡」

 

手にした本物の拳銃をくるくると回してぱちりとウインクして笑ったリーリスは、次に先ほどお願いを言った少女に視線を向ける。

 

「で……貴女はなぜ屋上に行きたいのかしら?上は危険よ」

 

「それは……会いたい人がいるからです!」

 

先ほど透流に対して向けていた視線とは明らかに違う冷たい視線に、少女は戸惑いながらも自分の気持ちを話す。

 

「会いたい人……?上にはメドラウト(化け物)しかいないわよ」

 

「違います!あの人は……妹紅さんは化け物なんかじゃない!!」

 

「……え?妹紅?」

 

リーリスは予想していなかった答えなのか、間の抜けたような返事を返す。

 

「……妹紅っていうのは?」

 

「さっき飛んでいた方です!私たちとはよく親しくしてくれたんですよ!」

 

『………………』

 

そう言って嬉しそうに笑う少女の顔に、影月たちは顔を見合わせて黙り込む。

そんな影月たちの反応を見た少女は、先ほどの笑顔を引っ込めてシュンと項垂れる。

 

「……ごめんなさい。迷惑……ですよね。今も私たちを守る為に大変だっていうのに、こんな事まで頼んでしまって……分かりました。私のお願いはいいので早く逃げましょう」

 

「……兄さん」

 

「……分かってる。透流とリーリス、安心院もいいか?」

 

「……ああ、構わないぜ」

 

「あたしも構わないわ」

 

(僕も異議無しだぜ)

 

影月は透流とリーリスと安心院の返事を聞くと、項垂れたままの少女の頭に手を置く。

 

「はぅっ……!」

 

「分かった。そんなに言うなら連れて行ってやる」

 

「透流、影月、ここはあたしが引き受けるわ」

 

そう言ったリーリスは動きやすくする為に、ドレススカートを引き裂いてスリットのようにした。

 

「なら私もここに残ります」

 

そしてそんなリーリスに並んで、優月も《刀》を構える。

そんな彼女たちの前には、先ほどリーリスが撃たなかった黒服たちが次々とその姿を変質させていた。その数は優に十は超えるだろう。

 

「グルァアアアアッッ!!」

 

内一匹の《(ゾア)》飛び掛かってくる。

 

「ここは通しませんよ!」

 

だが優月が《刀》を《獣》へと向けて、剣先から雷撃を放つ。

雷撃は外れる事無く《獣》へと命中し、全身から煙を上げながら倒れ伏す。

 

「さあ、早く行ってください!」

 

「本当に《666(こいつら)》、気に入らないわ。子供の未来を奪おうってその魂胆が。だからーーー絶対に許さないわ……!!」

 

静かに、だがそれでいて怒りを込めたリーリスはさらに、《力ある言葉》を発する。

 

「《焔牙(ブレイズ)》」

 

その言葉に呼応し、《(ほのお)》が舞う。

 

「こ、これはーーーリーリス、お前……!?」

 

リーリスを中心に吹き荒れる《焔》を目にし、透流たちは目を疑う。

《焔》がーーー蒼かった為に。

 

「……行って、皆。その子たちを日常にーーーそして、その子のお願いを叶えてあげて」

 

背中を向けたまま、リーリスは請う。

 

「……リーリス、こんな時にカッコつけるのは死亡フラグなんだぞ?」

 

「ちょ……いいでしょ!?カッコつけさせてよ!!」

 

「大丈夫ですよ!私がいる限り、リーリスさんには怪我させませんから!」

 

「ははっ、頼もしい事だ。でも二人共、無理はするなよ?」

 

「ええ!」

「はい!」

 

「二人とも頼んだ!影月、ユリエ、橘、行くぞ!!」

 

透流は先頭を、影月は着物の少女を抱きかかえ、ユリエと橘も残る二人の子供をそれぞれ抱きかかえて走り出した。

階段を駆け上がり、途中で出くわした黒服や《獣》を倒す中ーーー

 

「なあ、妹紅さんってどんな人なんだ?」

 

影月が抱きかかえている少女に問い掛けた。それを透流たちも聞く中、少女は再び笑みを浮かべて答えた。

 

「さっき私が言ったように、よく親しくしてくれた方です。優しくて面倒見も良くて、何より強い方なんですよ!」

 

「なるほど……どれくらい強いんだ?」

 

話を聞いていた透流が気になったのか、そのような事を聞く。それに少女はーーー

 

「そうですね……よく織田軍が総軍で襲い掛かっても、勝てないと噂されていました」

 

「織田軍……?」

 

影月が少女の言葉に首を傾げる。

 

(織田“軍”って……)

 

(影月君、もしかして彼女……)

 

(ああ、もしかしたら……)

 

心の内で安心院とある一つの仮説が思い浮かんだ影月は、その仮説が正しいのか知る為に少女の過去を覗いてみようとしたが、その前に透流が屋上に通じる扉を開いた。

 

(っと、その事を調べるのは後にするか)

 

そう思いつつ扉の先に視線を向けると、二人の男が離陸準備の整ったヘリに乗り込もうとしていた。

一人はスキンヘッドの黒服、そしてもう一人は《圜冥主(コキュートス)》筆頭、《第四圜(ジュデッカ)》メドラウトだ。

 

「ほう、《聖騎士》が追いかけてくるには早いと思ったが、まさか《超えし者(イクシード)》までが潜り込んでいたとはな」

 

メドラウトは《焔牙》を見て、影月たちが何者なのかを即座に察した。そしてーーー

 

「《聖騎士》や《超えし者》だけではないぞ」

 

突如響き渡る第三者の声。その声は上空から聞こえ、その場にいる全員が夜空を見上げる。そこには宙に浮かび、咥えた葉巻からは紫煙をくゆらせる、半身に火傷を負う軍服の炎魔がいた。

 

「おお……!まさかLetzte Bataillon(ラストバタリオン)の一人まで潜り込んでいたとはな」

 

「どうやら……騒ぎを起こした者のようです……上へ向かっていると……報告が……」

 

無線で連絡を受けたのか、スキンヘッドからの話を聞いたメドラウトは影月たちの顔を見回す。

 

「我々《666(ザ・ビースト)》に牙を剥いた事を後悔させてやれ。下の奴ら(エトナルク共)にもな」

 

「……承知……しました……」

 

主の命に頷いた後、スキンヘッドが宙へと大きく飛び上がった。

 

「皆、離れろ!!」

 

黒服の姿が、宙空で変質する。内側から服が裂け、これまで立ち塞がったどの《(ゾア)》よりも分厚い鎧皮膚が盛り上がる。

 

「オォオオオオオ!!」

 

一瞬で男は化け物と化し、咆哮と共に頭上で組んだ両手を振り下ろしてくる。

そして轟音と共に、ホテルが揺れた。

 

「なんて破壊力だ……」

 

崩落し、階下が見える程の大穴を目にして透流は呟く。《(レベル4)》の彼でも、雷神の一撃(ミヨルニール)を使わなければこれ程の破壊は出来ない。

もうもうと石埃が立ち込める中で、化け物は影月たちを睨め付ける。

体の大半は灰色がかった分厚い鎧皮膚、そして顔の鼻があった部分には角のようなものが現れている。

それだけであるのならば、サイーーー(ライノセウス)といった印象だが、体中のあちこちから白と黒のまだら模様をした毛がだらんと垂れ下がっていた。

 

「ああもう……めんどくせぇな……!」

 

影月がそんな化け物を見て言う中、メドラウトを乗せたヘリが離陸する。

そんなヘリに意識を向けるものなど、今この場にはいなかった。

最も、余裕のあるザミエルは目の前にいる影月たちの支援が任務なので、意図的にヘリを見逃しているのだが。

 

「……死……ね……!」

 

正体不明の《獣》は、その場から動かずに腕を振るう。無論、間合いは遠く拳が当たるような距離ではない。が、空を貫き飛来するものがまだら模様の体毛が数本、まるで投げ槍の如く影月たちに襲い掛かる。

 

「くっ……!!」

 

透流は《楯》で受け止め、影月、ユリエ、橘は子供を抱えて飛び退く。

そしてそんな体毛を飛ばした《獣》に向かって、人一人を丸々飲み込める程の大きさの火球が飛んでいきーーー着弾、爆発した。

 

「ぐ……!」

 

しかし《獣》は全身にかなりの火傷の傷を負ったものの、倒れる事は無かった。

 

「ほう……形成程度では倒せんか。以外と丈夫だな」

 

「貴……様……!!」

 

《獣》は先ほどの火球を放った相手ーーーザミエルを見据えて腕を振るい、棘槍(きょくそう)を放つ。

それにザミエルも対抗して、背後に浮かべた魔法陣からシュマイザーを出現させて迎撃する。

 

「っ!今だ安心院!子供たちを抱えたユリエと橘を……!」

 

(分かったぜ!強制転送!)

 

安心院がそう叫ぶと、ユリエと橘、そして彼女たちが抱きかかえていた西洋系の少年少女の姿が消えた。

 

(咄嗟だったから、直接味方本陣まで飛ばす事は出来なかったけど……近くへは転移出来たぜ)

 

「十分だ。ユリエと橘が目的を達成したら、呼び戻してくれよ?俺はこの子の目的が果たされるまで守ってるから……」

 

(分かってる……それよりあの《獣》の《力》、厄介だね)

 

影月と透流が視線を向けた先には、今だザミエルと派手に殺り合ってる《獣》の姿がある。

 

「棘のような体毛は、ヤマアラシーーー豪猪(ポーキュパイン)といった所だな」

 

「透流、お前詳しいな」

 

「ユリエと一緒によく観ている動物番組の知識だけどな」

 

そう言って透流が苦笑いを浮かべた直後ーーー

 

「ぐおぉ……!」

 

連続した爆発が発生し、《獣》の姿が爆炎と煙によって包み込まれる。

 

「あの棘槍、見てるとベイを思い出す。奴ほど荒々しい戦いぶりではないがね」

 

すると今まで宙に浮いていたザミエルが腕を組んだまま、影月たちの隣へと着地する。

先ほどの連続した爆発は、ザミエルが放ったパンツァーファウスト。

それが《獣》やその周辺に着弾した。直接命中したなら並の人間など言うに及ばず、普通の《(ゾア)》であっても致命傷になり得る攻撃だった筈だがーーー

 

「ーーー来るぞ」

 

ザミエルがそう言った直後、未だ晴れない煙の中から《獣》が飛び出し、一瞬で間合いを詰めて重厚な拳を振るう。

ザミエルはそれを後ろに後退して難なくかわし、影月も着物の少女を抱きかかえながら大きく後ろに飛ぶ。

しかし透流だけは頭を低くしてその一撃をかわし、太もも部分に上から下へと斜めに叩き折るようなローキックを打ち込んだ。だがーーー

 

「ぐっ……!」

 

鈍い音と共に、透流の表情が歪む。《獣》の鎧皮膚はどこも相当に硬い。まるで岩の塊を蹴ったような感覚が透流の足に伝わる。そんな一瞬だけ、透流の動きが止まった。

 

「透流っ!!」

 

影月の叫びとほぼ同時に、透流はバックステップで化け物から離れ、寸前まで透流が立っていた場所に巨大な拳が振り抜かれる。

僅かでも判断が遅かったらやられていたーーーそんな事を透流は思っていたが、攻撃はそれだけで終わらなかった。

拳から僅かに遅れたタイミングで、繋ぎ目から生えた棘槍が拳と同じコースを走る。

 

(しまっ……!)

 

間合いは拳より広く、その為に透流は避けきれない。

しかしーーー

 

「うわっ!!」

 

突然、透流は誰かに後ろ首を引っ張られてバランスを崩す。そんな一瞬の行為で透流は奇しくも棘槍をかわす事が出来た。

そして透流の後ろ首を引っ張ったのはーーー

 

「……複数の《力》を宿す者……《獣魔(ヴィルゾア)》か」

 

(ゾア)》ーーーいや、《獣魔(ヴィルゾア)》を見て、そう呟いたザミエルだ。

 

「あ、その……助けてくれてありがとうございます……」

 

「未熟だな。しっかりと敵の攻撃を見極めろ。無闇矢鱈と突っ込んで攻撃しても意味が無い。下手をすれば、先ほどのように反撃を食らう。……私が助けるのは先ほどで最後だからな」

 

ザミエルは透流の顔を見ずにそう告げた。そしてそんなザミエルに視線を向けられている《獣魔(ヴィルゾア)》はーーー

 

「貴様……《獣魔(ヴィルゾア)》という名……どこで知った……」

 

「さあね。知りたければ吐かせてみたらどうかな?まあもっともーーー」

 

そう言うとザミエルは再び襲い掛かってきた《獣魔》の拳と棘槍をかわしーーー腹部を蹴り飛ばす。

 

「ぐ……ぅ……」

 

「この程度の《力》しか持たない《獣》ごときがなし得る事でもないが」

 

ザミエルは腹部を蹴った反動で大きく後ろへ飛び退く。

それと入れ替わるように透流が素早く懐へと潜り込み、ザミエルが蹴った所に拳を叩き込む。

 

「邪魔な……!」

 

しかし透流の拳は大したダメージにならず、《獣魔》は再び拳と棘槍の二段攻撃を仕掛けて来る。

透流はそれをかわすと同時に体を回転させ、左のバックブローを叩きつけた。

それも《獣魔》にとっては蚊が刺したに等しいようで、拳を振り上げる。

 

だが、その拳が振り下ろされる事は無かった。《獣魔》の太い腕に《鉄鎖(チェイン)》が絡み付いていた為に。

 

「ふう……何とか間に合ったな、九重。それと安心院は勝手に私たちを転移させるな……突然転移したから驚いたよ」

 

「女ぁ……!!」

 

《獣魔》が忌々しげな目で見た先には、先ほど安心院によって子供たちと共に飛ばされた橘が《獣魔》の腕に絡み付いた《鉄鎖》を引っ張り、苦笑いしながら立っていた。

 

「私と……力比べ、を……する気か」

 

「ーーーっ」

 

そう言った《獣魔》は腕を引いて、橘を徐々に引き寄せる。

 

「甘、い……私と……力比べをするなら……《獣》を、十体は持ってこい……」

 

「ーーーっ、ーーーぐっ!」

 

引きずられる橘の足下のコンクリートにはヒビが入り始める。

そしてそんな力比べに飽きたのか、《獣魔》は橘を手繰り寄せる為に思いきり腕を引く。

その動きを読んでいた橘は、引き寄せられた反動を利用してコンマ一秒早く懐へと飛び込んだ。

 

「橘流ーーー龍哮ノ衝(りゅうこうのしょう)!!」

 

中国拳法でいう寸勁(すんけい)に近い技だろうかーーー橘は鎧皮膚へ触れるようにして掌を押し当て、気合いと共に力を叩き込む。

踏みしめた足下のコンクリートは、橘を中心として一瞬でヒビが広がった。やはりそれも《獣魔》にとってあまりダメージにはならなかったようだが、僅かに体が揺らぐ。

 

「今だ、九重!!」

 

「おうっ!!」

 

橘がそう叫んで飛び退いた後ーーー透流は《獣魔》の懐へ入り込み、弓を引くような構えをとる。

モーションの大きい雷神の一撃(ミヨルニール)は、その性質上回避されやすい。しかし橘が作ったこの瞬間は、雷神の一撃の隙を補って尚、余りあるものだった。

 

「おおおあああああっ!!」

 

そして透流の持つ最強の一撃が《獣魔》の胸元を貫き穴を穿つように叩き込まれた。

確実に決まった。手応えはあった。だがーーー

 

「……なかなかの威力だ……が……この体を沈める程では……ない……」

 

《獣魔》は倒れなかった。僅かに数メートル程、後退させたに過ぎなかったのだ。

 

「そ、んな……雷神の一撃(ミヨルニール)が……効いてない、だと……?」

 

「小僧!集中を途切れさせるな!」

 

茫然自失となった透流の耳に、ザミエルの忠告が届くが、今度はコンマ秒遅い。

我に返った透流は目前に迫っていた《獣魔》の拳をガードしようとするがーーー

 

「う……あぁっ……!」

 

日に放てる雷神の一撃、その限界となる二発目を放った弊害によってガードが間に合わず、透流の頭に拳が命中、体ごと吹き飛ばされた。

受け身も取れず、硬いコンクリートの上を大きく二度バウンドしてダウンする。

すぐさま透流は起き上がろうと、膝を突くもーーー

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

頭を殴られた影響で走った激痛に顔が歪み、声にならない声を発する。

 

(ぐ、くっ……!!マトモに、喰らっちまった……けど……)

 

やられたわけではないと自らを鼓舞して顔を上げる。その先にはーーー

 

「オォオオオオッ!!」

 

宙空を舞いながら両手を組み、咆哮を上げながら鉄槌を振り下ろそうとしている《獣魔》がいた。

 

(《絶刃(イージス)……間に合わな……)

 

咄嗟に腕を交差して、来るべき衝撃に備える為に身を丸めて《楯》で攻撃を受け止めようとするもーーー

 

(ん……?)

 

突然、透流は浮き上がるような感覚を感じーーーさらに背後から轟音と振動が響き渡った。

透流はそんな不思議な感覚に疑問を感じ恐る恐る目を開けると、そこには透流が見慣れた《絆双刃(デュオ)》の少女の顔があった。

 

「ユリエ……?」

 

「トール、大丈夫ですか?」

 

メイド服を纏ったユリエは透流の顔を覗き込んで問い掛ける。

 

「あ、ああ……ユリエが助けてくれたのか?」

 

「ヤー、危ない所でした」

 

そう言って降り立ったユリエは透流を降ろす。

 

「奴は?」

 

「下だ」

 

屋上に出来た二つ目の穴ーーーその縁に立った橘が《鉄鎖》を構えたまま、下に視線を向ける。

そこには不気味な笑みを浮かべながら、透流たちを見上げている《獣魔》がいた。

 

「これ程……手こずる相手は……久しぶりだ……」

 

そう言うと《獣魔》は、大きく跳躍して穴から飛び出して屋上に着地した後、一番近くにいた透流に向かって腕を振るった。

それを透流は咄嗟に飛び退き、豪腕の一撃を回避する。しかし最初の攻防と同様に、ワンテンポ遅れて襲い来る黒い影がある。

 

「二度も同じ手を喰らうか!!」

 

その二撃目は《楯》で防いだーーー筈だった。

だが、防いだ瞬間に黒い影は透流の腕へ《楯》ごと巻き付いた。

 

(こ、れはーーー魚の……尾びれ……?)

 

ぬらりと黒光りするそれは棘槍とは違う。まるで魚類が持っている尾びれのようだと認識した直後ーーーバチィッ!!っと何かが弾けるような音が辺りに響き渡った。

 

「っぐ、ぅぅうあああああっっ!!」

 

直後、透流の全身に余すところなく全て同時に鈍器で殴られたような衝撃が襲い掛かった。

 

「トール!!」

 

その様子にユリエが透流に触れようとするもーーー着物の女の子を安全な場所に置いてきた影月に止められる。

透流はそのまま受け身も取れずに倒れ伏し、それと同時にユリエが(そば)へ駆け寄る。

 

「いま、のは……」

 

「電撃……。私の奥の手であり……貴様ら《超えし者(イクシード)》の……天敵となる……攻撃だ……」

 

「……そうか、《焔牙(ブレイズ)》の弱点を突いたのか」

 

《焔牙》とは自らの《魂》を武器として具現化する。

それはつまり、自らの弱点である《魂》を敵に対して振るっているという事に他ならない。《焔牙》の弱点は自らの《魂》である《焔牙》を破壊されるか、その《焔牙》を()()()()されるかの二つである。

今回の電撃の場合は後者ーーー《焔牙》を通して透流の《魂》を直接攻撃したという事だ。

 

「私の電撃は元の《力》の十倍以上……かつて闘った《超えし者》も……皆、この手で敗れ去った……」

 

「でも、私たちはその程度じゃ負けないわよ」

 

そんな《獣魔》の言葉に返事を返す者がいた。

その言葉に屋上にいた全員が声の聞こえた方向ーーー屋上に通ずる扉へと視線を向けた。電灯の明かりが無い暗がりの奥からはカッカッと響くヒールの音と、コツコツともう一つの靴音が近付いてくる。

程なくして、月明かりの下に姿を現したのはーーー

 

「あら♪また会ったわね、透流」

 

「皆さん、無事ですか?」

 

赤いドレスを身に纏う《特別(エクセプション)》の少女と、黒く美しい髪を伸ばした《異常(アニュージュアル)》の少女だ。

 

「リー、リス……優月……」

 

「遅くなってごめんなさい。次から次へと増援が来るから、いくらあたしたちでもちょっと時間が掛かったわ」

 

くるん、と《(ライフル)》を回して悪戯そうに笑うリーリス。

 

「一先ず間に合ってよかったですね。そしてーーー」

 

優月は近くで隠れて様子を見ていた着物の女の子に顔を向けて、笑顔を浮かべる。

 

「貴女の会いたかった妹紅さんも丁度来たみたいですよ」

 

そう優月が言った直後ーーー

 

 

 

 

 

「すごい騒ぎだな。私も混ぜてくれよ」

 

突然上空から、新たな少女の声が聞こえた。

 

「っ!も、妹紅さん!」

 

着物の女の子が嬉しそうな声を上げる中、影月たちや《獣魔》は上を見上げて目を見張った。

月明かりで美しく輝く銀髪、一点の曇りも見受けられない白い肌、燃え上がるような深紅の瞳、そしてその少女の背中から生える一対の鳥のような羽ーーーそんな少女は愉悦を交えた獰猛な笑みを浮かべながら、屋上にいる者たちを見下ろしていた。

 

「飛んでる!?それにあの羽は……」

 

「……ニュースでやってた火の鳥だな……」

 

「ん?君は……!?」

 

少女ーーー藤原妹紅は隠れていた着物の女の子へと目を向け、直後に瞠目した。

 

「その格好にさっきの声ーーー(こう)ちゃん!?」

 

「はい……!お久しぶりです、妹紅さん!」

 

着物を着たーーー香と呼ばれた少女は、屋上へと降り立った妹紅へと抱きついた。

 

「妹紅さん……!ずっと会いたかったです……!」

 

「香ちゃん……」

 

抱きついて嬉しそうに笑う香を見て、妹紅は複雑な顔になる。

そんな二人にーーー

 

「邪魔だ……!」

 

興が削げたと言うように《獣魔(ヴィルゾア)》が腕を振って棘槍を放った。

しかし、飛来した棘槍は横合いから割り込んだリーリスがすべて撃ち落とす。

 

「感動的な再会の途中に攻撃なんて、最低ね。それにあたしの未来の旦那様と、大切な友人をよくも傷つけてくれたわね。覚悟しなさい!!」

 

「リーリス……ブリストル……。手を出さずに……帰せという命を受けたが……先に仕掛けられた以上……我らにも体面がある……覚悟するのは……貴様だ……!」

 

「上等よ!!」

 

再び棘槍を放とうとした《獣魔》だが、それよりも速くリーリスが引き金を引く。弾丸は《獣魔》の頭部へと命中するが、僅かに頭を振る程度の反応しか見せなかった。

 

「随分硬いみたいね」

 

「その通り……だ……貴様の《焔牙(ブレイズ)》が……通用すると思うな……」

 

「なら私が前に出るよ。嬢ちゃんは援護してくれ」

 

「私も前衛に行きます」

 

そう言って妹紅と優月がリーリスの隣へと並んだ。

 

「……貴女、さっきの子は?」

 

「さっきの見て危ないと思ったから後ろの方へ下がらせたよ。……さっきは庇ってくれてありがとうね」

 

「構わないわ。それよりも貴女は闘えるの?」

 

「闘えるけどあいにく身体は弱くてな。でも、まあーーーあの程度の化け物なら一度も死なずに倒せるよ」

 

にっと笑った妹紅を見て、呆気にとられるリーリスだったが、少しして彼女も笑みを浮かべた。

 

「分かったわ。なら援護は任せてちょうだい!」

 

「分かった。そっちの黒髪の嬢ちゃんも死ぬなよ?」

 

「当然です。こんな所で死んだりしませんから!」

 

そして優月は《獣魔》へと向けて走り出し、妹紅もそれに続く形で走る。それと同時にーーー

 

「私たちも行くぞ!」

 

橘が発言した瞬間、倒れ伏している透流とそれに付き添っているユリエ、そして隠れている香以外が一斉に動き出す。

 

「せぁっ!!」

 

まず始めに動いたのは橘。彼女は《鉄鎖(チェイン)》の先端についている(しずく)型の分銅を回して、《獣魔》へと放つ。

《獣魔》はそれを腕でガードし、金属同士がぶつかり合うような音が響き渡る。

 

その隙を優月が攻める。彼女は《獣魔》へと肉薄し、《(ブレード)》を連続して振るい始めた。以前ザミエルと戦った際に見せた剣舞(トーテンタンツ)を彷彿とさせるその動きは以前より洗練されており、彼女が毎日しっかりと鍛錬を行っている事が見て取れる。

だが《獣魔》はそんな剣戟をかわしたり、腕でガードしながらあしらう。

 

「お……のれ……!!」

 

そうして暫しの間そのような攻防を続けていた両者だったが、《獣魔》が埒が明かないと判断し、優月の攻撃の隙を狙って拳を振り回して棘槍を飛ばす。

 

「っ!!」

 

襲い掛かる棘槍を見た優月は苦々しい表情を浮かべながらも、一旦回避する為に《獣魔》から距離を置く。だがーーー

 

「無駄だ」

 

今度は《獣魔》が優月へと接近して拳を振るう。

 

「くっ……!」

 

大きく後ろへ飛んだ為、拳は紙一重でかわす事が出来たがーーー

 

「っ!うあっ……」

 

鋭い切っ先が優月の左肩を斬り裂き、鮮血が飛び散った。

 

「優月!」

 

今度は影月が《(ランス)》を片手に接近する。

 

「死にに……来たか……」

 

それを確認した《獣魔》は優月に向けて振るおうとしていた両腕を、影月に狙いを変えて振るった。直後、数多くの棘槍が影月に襲い掛かる。

それを見た影月は神槍に力を込めて棘槍へと向ける。そしてーーー

 

「メタルギアRAYーーープラズマ砲」

 

その言葉と共に神槍から(あまね)く全てを灰燼とする黄金の一閃が放たれた。

 

「何……!?」

 

棘槍が一つ残らず黄金の一閃に飲み込まれ、屋上のコンクリートをも抉る様子を見た《獣魔》は瞠目したのも一瞬、咄嗟に宙へと飛んで回避する。

その後、先ほどまで《獣魔》が立っていた場所を黄金の一閃が抉り取っていく。

 

「今のは……いったい……?」

 

先ほどの一閃を回避し、宙からその威力を目の当たりにした《獣魔》は再び影月へと視線を向ける。そしてーーー再びその目は瞠目する。

 

「宙にいるなら避けられまい。合わせろ、小僧」

 

「分かってる!」

 

「私もやるかねぇ」

 

「私も協力するわ」

 

そこには魔法陣から無数のパンツァーファウストを出現させたザミエルと、十五程の神槍を周りに浮かべた影月、右手に炎を揺らめかせる妹紅、《銃》を両手で支えるようにして腰だめになったリーリスが《獣魔》を見上げていた。

 

Panzer(パンツァー)ーーーFeuer(フォイア)

「メタルギアREXーーー対戦車誘導ミサイル」

「炎符『フェニックスの羽』」

「《撃射承・榴(フェイスピアーズⅠ)》!」

 

その言葉と共に、今度は無数のパンツァーファウスト、十五発の誘導ミサイル、鳥のような形をした数十個の炎の弾、そして爆発を起こす銃弾が撃ち出される。

 

「貴様ら……!!」

 

両腕を振るい、迎撃の為に棘槍を放つ《獣魔》だったがーーー

 

「ぐ、があぁああっ!!」

 

パンツァーファウストとミサイルは幾つか撃墜出来たものの、リーリスの銃弾を皮切りに影月が放った誘導ミサイル九発と数多くのパンツァーファウスト、そして妹紅の弾が命中する。

 

「終わったか……?」

 

「まさか、ありえないわ。さっき影月が撃ったプラズマ砲が当たったら終わってたかもしれないけどね」

 

先ほどの攻撃の影響で出た煙が宙に漂って《獣魔》の姿が見えない中、影月の疑問にリーリスが呆れながら答えた。

 

「……来るぞ!」

 

ザミエルがそう叫んだ直後、煙が一気に晴れる。

 

「ルゥアアアアアッ!」

 

咆哮を上げた化け物は棘槍を上空へと向けて放った。

 

『ーーーっ!!』

 

その意図を全員が理解したと同時、宙空に放たれた棘槍は先端を反転させーーー豪雨のように影月たち目掛けて降り注いだ。

そんな降り注ごうとしている悪意の《牙》に向かって、リーリスは《銃》を頭上に構えて叫ぶ。

 

「《撃射承・郭(フェイスピアーズⅢ)》!」

 

引き金が一度だけ引かれると、銃口からは無数の弾丸が拡散して放たれ、棘槍を撃ち落とした。すべての棘槍を撃ち落とし、リーリスはぼんやりと光る《銃》を《獣魔》に向けて言う。

 

「面倒ね……早く倒れてちょうだい!狙め撃て(ロックオン)ーーー《撃射承・彗(フェイスピアーズⅣ)》!!」

 

すると銃口から眩い光を纏った弾丸が放たれる。

放たれた弾丸は光の尾を引きながら《獣魔》の肩口を貫いた。

 

「グッ……オォ……貴様……!」

 

コンクリートの上に墜落した《獣魔》は貫かれた部分を押さえながら立ち上がる。

 

「そこの嬢ちゃんの言う通りだな。さっさと死ねい」

 

そして今度は炎を纏った妹紅が《獣魔》へと向けて駆け出す。

だがーーー

 

「ま……だだ……!」

 

その僅かな隙を突き、《獣魔》は残された棘槍をすべて上空へと放つ。その標的は隠れてこちらの様子を見ていた香だった。

 

「え……?」

 

「ーーーっ!」

 

その狙いに気付いた妹紅は即座に方向転換し、香の元へと走り出す。

 

「《撃射承・郭(フェイスピアーズⅢ)》!」

 

妹紅は咄嗟に香を庇うようにして覆いかぶさったが、リーリスが二人に傷一つ負わせまいと無数の弾丸を放つ。

次々と降り注ぐ棘槍は撃ち落とされ、妹紅と香は傷一つ負わなかった。

ーーー数人が捕まるという犠牲と引き替えに。

 

「きゃあぁあああっ!!」

「うあぁああっ!」

「あぁああああっ!!」

「ぐっ、がぁ……!」

 

隙が生まれた瞬間、《獣魔》の第三の武器ーーー電撃を発する尾びれが何本か伸びてリーリス、優月、橘、妹紅に絡みつく。

ちなみに香は妹紅が咄嗟に手放したので無事である。

リーリスと橘の手から《焔牙》が零れ落ちた。

 

「形勢逆転……だ。卑怯と罵って……いいぞ……」

 

「んっ、く……冗談じゃ、ないわ……あんたを悦ばせてなんか、やらないわ……」

 

電気が流れるのが止まり、リーリスは叫び声ではなく、苦しそうに意志を口にする。

 

「まあ……構わぬ……が、さて……どうするか……」

 

そう言って《獣魔》は思案し始めた。

数刻前までは組織の対面を保つ為、ここにいる全員の命を奪おうとしていたが、こうして生きたまま捕らえた以上、話は変わってくる。ドーン機関と敵対する組織にとって、リーリスは大きな利用価値がある存在なのだから。

 

「ど、どうするも何も……あんたが、あたしたちにやられてゲームセットに決まってるじゃない……!」

 

そう言ってリーリスは絡みついた尾びれを引きはがそうとするがーーー再びバチッと音が響く。

 

「んっ……あ……体、しびれ……あぁ……」

 

「安心……しろ……貴様だけは……殺さずにおいてやろう……」

 

「ーーーっ」

 

その言葉に透流が息を飲む。それはつまり、リーリス以外の者たちは殺されるという事でーーー

 

「護ろうとした相手が無惨に殺される様を……見るがいい……」

 

「ーーーーーー」

 

その言葉を聞いた瞬間、透流の《魂》が震えーーー

 

「さ、せない……!」

 

よろめきながらも立ち上がる透流からは《黒雷(こくらい)》が帯電し始める。

 

「皆を……リーリスを……護るんだ……!何があっても護るんだ……!だから……!」

 

そして電撃の弾ける音が響き渡り、透流の脳内では昨夜の記憶が(よみがえ)る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親に感謝しろよ。……()()()()()()()()()()()()()

 

ユーゴの指先から生まれた黒い光は、弾けるような音を立てた。

 

「黒いーーー静電気……?」

 

「そんなちゃちなもんと一緒にするのは勘弁しろよ」

 

「では何だと言うのだ?」

 

呆れたように言うユーゴへ、橘が答えを求める。

 

「雷、さ。……それも特別製のな」

 

「ほう……魔術か」

 

「その通り」

 

ザミエルの言葉に返事をしながら、ユーゴは黒い雷が弾ける指先を透流の胸元に向ける。

 

「こいつは一度だけの、十三秒だけの魔術だ。使えばハンパじゃない《力》をお前に与えてくれるーーーが、リスクもハンパじゃない。本来なら魔術の素養が無い奴には扱えない代物なんだがーーー」

 

ユーゴはニヤリと笑う。

 

「お前には神の加護がある」

 

「神……?どういう事だ?」

 

「人は神の名を与えられる事で《魂》に僅かばかりだが加護を授かるのさ。その僅かな加護がこいつを扱う《力》になるって事だ。お前に与えられた神の名、それはーーー」

 

『雷神トール』

 

透流、ユリエ、影月、優月、そしてザミエルがその名を口にする。

 

「かつて北欧神話にて最強の戦神と名を馳せた雷の神……なるほど、つまりこの小僧には雷神の加護がついていると言うのだな?そしてーーー」

 

「この黒い雷も扱えるーーーただし、さっきも言ったようにハンパじゃないリスクがある。……選ぶのはお前だ、透流」

 

その言葉に透流は少し俯いた後にーーー黒く光を放つ雷を見つめて、頷いた。

 

「よし、決定だな。じゃあ今からこいつの使い方と使う為のキーワードを教えてやる。キーワードはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解放(リベール)ーーー《十三秒ノ雷命(サーティーンリミット)》」

 

 

 

 

初めて口にする《力ある言葉》を唱えた直後、透流の全身に《獣魔(ヴィルゾア)》の電撃を遙かに超える凄まじい衝撃と激痛が走る。

 

「がっ、ぐぅっ、あぁあああああっ!!おぁああああああーーーーーーっっ!!」

 

痛みは絶叫と化し、封じられていた《黒雷》は透流の肉を、骨を、血を、そして《魂》の全てを繋いでいく。

 

「と、透流……?」

「ト、トール……!」

 

突然絶叫を上げ、《黒雷》を纏う透流の姿にリーリスは呆然と目を見開き、ユリエは心配そうに見つめる。

 

「大丈夫、だ……」

 

そうは言うものの、透流の体の中では《黒雷》が荒れ狂っていた。

それは《黒雷》が。彼の《魂》を蝕んでいっているのと同時にーーー《力》を得ている事の証明なのだ。

 

「……皆。今、助けるからな」

 

そう言って透流は床を蹴り、囚われているリーリスの元へと駆ける。その速さはまさに雷鳴の如き速さだった。

そして透流はリーリスを捕まえている尾びれを手刀で断ち切った。そしてすぐさま方向転換し、橘を捕まえている尾びれも手刀で両断した。

 

「きゃあっ!」

「うわっ!」

 

突然、体の動きを封じていた尾びれから力が失われ、リーリスと橘は床に尻もちをつく。

 

「ったぁ……」

 

「いたた……九重、もう少し優しく降ろしてくれたまえ……」

 

「悪い、二人とも大丈夫か?」

 

「ええ……それより、それが昨夜の……」

 

「ああ、でもその話は後だな。今は優月と妹紅さんをーーー」

 

「それなら大丈夫です」

 

そう言ったのは優月だった。彼女は手にした《(ブレード)》で尾びれを斬り裂く。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様……なぜ私の……電撃が効かない……!?」

 

「残念でしたね……私は自分の体も雷化出来るし、雷も操れるので電撃は慣れっこなんですよ。それでさっきはわざと捕まったフリをして貴方を斬ってやろうと思ってましたが……」

 

優月は視線を透流へと向けて言った。

 

「透流さんに任せる事にしましょう。それよりもーーー妹紅さん、いつまでそうやって捕まってるフリをしているんですか?」

 

「ありゃ、やっぱりバレてたか」

 

そう言うと妹紅は全身に炎を纏って火だるまになり、尾びれを燃やし尽くしながら笑う。

 

「ぬぅっ……!」

 

「いや〜、なかなか気持ちいい電気だったよ。欲を言えばもうちょっと強い方が好みだったけどねぇ」

 

そう言ってケラケラと笑う妹紅だが、彼女は今現在進行形で火だるま状態だ。そんな普通なら笑えない状況なのに笑っている妹紅の異常性に《獣魔》のみならず、透流、ユリエ、橘、リーリスが唖然とする。

 

「透流、時間制限があるんだからさっさと決めようぜ」

 

「あ、ああ……」

 

影月の言葉に我に返った透流は、強く床を蹴った。

疾風迅雷ーーーまさにそんな言葉を形容するに相応しい速度で《獣魔》の懐に潜り込んだ透流は、疾風のように拳を叩き込む。

 

「ぐ……ぅ……」

 

鈍い音と共に化け物から声が漏れた。

 

(よし!)

 

「たかが一発で……何を喜ぶ……私を倒せるとでも思うのか……」

 

手応えを感じた透流を見て、僅かに怒りの色をにじませて《獣魔》は言う。

 

「たかが一発、か……だったら百発喰らっても同じ事を言えるか!?」

 

雷のような速さと力で透流は、重厚な鎧皮膚の一点に集中して何十発も打ち込む。ーーーそしてついに勝負を決する時が来た。

 

残り三秒。ビキィッ!!と鎧皮膚にヒビが入る。

 

残り二秒。拳を固め、弓を射るかのように引いて構える。

 

残り一秒。《獣魔》の拳が透流の頬を裂く。

 

そしてーーー

 

穿()ち砕けーーー雷神の一撃(ミヨルニール)!!」

 

《黒雷》を纏った拳が鎧を穿ち砕きーーーホテルの外へと吹き飛ばされた《獣魔》は、咆哮を上げながら落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、こっちも終わるか」

 

そう言った影月の視線の先には、影月が操っているメタルギアRAYやメタルギアREXによって倒された《666(ザ・ビースト)》の構成員や《(ゾア)》を捕まえている護陵衛士(エトナルク)たちがいた。

制圧完了までは時間の問題だろう。

 

「やっと一息つけますね……」

 

「ああ、それよりも優月、左肩は大丈夫か?」

 

「あ、はい。もう止血しましたし、傷も少し塞がってきましたよ」

 

優月が指を指した所を見ると、斬り裂かれた部分が少しずつ治癒されていた。

 

「……これも新しい永劫破壊(エイヴィヒカイト)の効果か……そういえば透流は?」

 

「透流さんならあそこでリーリスさんに膝枕してもらってますよ……あれだけ激しい戦いをしてたので動けないんでしょうね」

 

「だからって膝枕か……まあ、リーリスが勝手にやったんだろうけど……それにしてもユリエの目が怖いな……」

 

見ると、リーリスが透流を膝枕してそれをユリエが睨んでいるという光景が広がっていた。そんな二人の間で身動きが取れない透流はこちらに助けを求めるように視線を向けていた。

 

「……行かないのか?視線で助けを求められているようだが」

 

「行ってやりたいが、行ったら行ったで面倒な事に巻き込まれるから放置する……」

 

近くに寄ってきたザミエルにそう返した影月は、次に妹紅と着物の女の子の姿を探した。

 

「彼女たちならあそこで話しているよ」

 

するとそんな影月の様子を見て察したのか、橘が少し遠くを指す。

そこには妹紅と香の二人が楽しげに話していた。

 

「……あの二人はどうするか……」

 

「そうですね〜……とりあえず一緒に来てもらいましょうか?妹紅さんのあの《力》も気になりますし……」

 

「……そうだな」

 

この後の方針を決めた影月と優月は、妹紅と香へ向かって歩き出した。

 




今回も新キャラ織田香を出しました!ちなみに後一人登場予定のキャラがいますが……出てくるのはまだまだ先です!

次回は後日談的なものを投稿する予定です!

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第五十話

ふっ……待たせたな!
久しぶりの更新です。めっさ遅れました(苦笑)まあ、仕事とかが大変だったので……許してください!
今回は前話の後日談です!どうぞ!



side no

 

影月たちが《獣魔(ヴィルゾア)》を倒し、後始末を開始したのと同時刻ーーー昊陵学園敷地内の庭園にて、夜の茶会を(たしな)む者たちが居た。

 

「……無事、制圧完了との事ですわ」

 

操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》ーーー九十九朔夜は、付き人兼護衛が耳元で囁いた言葉を、茶会を楽しむ人物たちへと隠す事なく伝える。

 

「此の度は多大なご協力に感謝しますわ。けれどーーー」

 

紅茶で喉を潤し、黒衣の少女は問う。

 

「メルクリウス様はともかくとして、貴方は《666(ザ・ビースト)》の支配階級ーーー《圜冥主(コキュートス)》の《第一圜(カイナ)》であられるのでしょう?本当によろしかったので?」

 

狂売会(オークション)》が開催されるという情報を(しら)せ、招待状やホテル内の図面等を用意した本当の協力者は目の前にいる二人の男だからだ。

 

構わぬよ(ノンノン)。こちらにも色々と事情があるのでね」

 

「私も構わぬよ。かの《異能(イレギュラー)》の少年にも良き体験が出来たようだからね」

 

協力者である男の名はメルクリウスとクロヴィス。

クロヴィスは《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)》として、《七曜(レイン)》に名を連ねる軍服の青年だ。

なぜこの二人が朔夜と共に茶会を嗜んでいるのかーーーそれはかつて《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》が行われた際、《殺破遊戯(キリング・ゲーム)》を終えた後に朔夜はクロヴィスとメルクリウスにお茶会の誘いをしていたからだ。

無論その誘いが、文字通り「皆で楽しみましょう」的なものでは無いという事はクロヴィスもメルクリウスも分かっている。その上で二人は了承した。

そして後日開かれた席で朔夜とクロヴィスの利害が一致し、そこから今回の《狂売会》を舞台にした戦いが引き起こされたのである(メルクリウスはそれに多少手を貸しただけ)。

クロヴィスはカップを口元に運び、口角を上げる。

 

「ふむ、いい香りだ」

 

「こちらからの頂き物ですけれど」

 

「私が用意したものではないがね。貰い物だよ」

 

朔夜はメルクリウスを見ながらそう返答すると、クロヴィスはメルクリウスと話し始めた。

 

(……この方はどういった意図で自らの組織に打撃を与えたのでしょうね)

 

魔女(デアボリカ)》と呼ばれし少女は目の前で魔術師(メルクリウス)と話す青年について思案する。

結社《666(ザ・ビースト)》の支配階級ーーー

非合法組織ゴグマゴグの元幹部ーーー

そして《七曜(レイン)》ーーー《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)

朔夜が知るだけでも、この青年は三つの顔を持つ。

最もゴグマゴグは組織本部が襲撃を受け、消滅している為“元”と付いているが。

青年が如何なる理由で自分の呼び掛けに応えたのかーーー答えは青年の内にのみ在り、黒衣の少女に知る術は無い。

 

(影月なら彼の過去を見てもらってそこから予測出来ますけれど……別に放っておいても大した問題にはならないでしょう)

 

カチャリと小さく音を立ててカップを置き、朔夜はにこりと笑みを浮かべて言う。

 

「ではーーー今後についてのお話をするとしましょう。メルクリウス様、《颶煉の裁者》様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 妹紅

 

 

「妹紅さん、A定食ください!」

「B定食くれませんか?」

 

「はいはい。順番に作るからAかBを選んだ人はそこに並んで、ビュッフェを選んだ人は詰まっちゃうからさっさと行ってくれよ。ちなみに今月のフェアはパスタだ」

 

私はカウンターの向こう側にいる少年少女たちにそう言うと、焼き上がった肉と魚を皿に乗せてトレイに置き、次の肉と魚を焼き始める。

 

「こんにちは!妹紅さん!」

 

「ん、こんにちは。君たちは相変わらず元気だねぇ」

 

「ふわぁ……妹紅さん、こんにちは」

 

「こんにちは。君は眠そうだな。今日の授業中寝てしまったりしたんじゃないかい?」

 

「あ〜……確かに今日の英語の授業は思いっきり寝ましたね……」

 

「英語かぁ……まあ、私もチラッと見たけどあれは寝ちゃうよねぇ」

 

「ですよね〜」

 

焼いている間に話しかけてくる少年少女たちと軽く会話をしながら、私はチラッと視線をある人物へと向けた。その視線の先にはーーー

 

「香ちゃん、まだ〜?」

「はい!B定食お待ちどおさまです!次の人は少し待ってくださいね!」

 

着物の上に割烹着を着た香ちゃんが満面の笑みで、B定食を頼んだ少女へと差し出していた。

 

 

私と香ちゃんは今、昊陵学園という場所の食堂の厨房に立っていた。

なぜ私たちがここにいるのかーーーそれは今から二十日以上前にまで遡るーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、藤原妹紅さん……で、合ってるよな?」

 

「ん?そうだよ。何か用かい?少年」

 

妖怪のような奴を倒した私は、千年以上前の知り合いである香ちゃんと色々と今までの事とかを話していたのだが、突然一人の少年が話しかけてきた。

 

「俺は如月影月って言うんだ。さっきは助太刀ありがとうな?あんたも居てくれたから、さっきの奴も少しは楽に倒せたよ」

 

「お礼なんていらないよ。私がしたいからしただけだからね」

 

私はこっちの世界に来てから、戦闘などが出来なかったので鬱憤が溜まっていた。出来なかったと言っても、ここ数日は熊を相手に戦ったりしていたのだがやはり歯ごたえが無い。やはり本格的に殺り合うなら幻想郷にいる輝夜が丁度いいのだ。

と言っても、数週間前に一人歯応えのありそうな少年と出会ったんだけどね。

 

「そうか。それで一つ聞きたいんだが……」

 

「何?」

 

「これから藤原さんはどうするつもりなんだ?」

 

「妹紅でいいよ。これからどうするか、か……う〜ん……」

 

それは私が前々から考えていた事だった。

幻想郷からこの世界に飛ばされて早数週間、そろそろ山の中をうろうろしているのも意味がないように思えてきた。幻想郷に帰る方法も全く分からないし……。

かと言って人が多くて情報が集まりやすい街に住むというのも難しい。お金も土地勘も無いし……。

 

「……決まってないなら、俺たちから一つ提案していいか?」

 

「何?」

 

「そこの子と一緒にうちの学園に来るのはどうだ?」

 

影月くんは香ちゃんを指してそう言った。

 

「えっ……どうしてですか?」

 

「君ら二人共に対して色々話を聞きたいんだ。どっちも普通の人ってわけじゃないみたいだし」

 

普通じゃないって……まあ、私は老いる事も死ぬ事も無い“ただ”の人間なんだけどね。

香ちゃんも……普通の人間の筈だ。ーーー千年以上前に死んでいただろう事を除けば。

 

「はははっ、争いが収まって一安心って所だな」

 

そこに唐突に聞いた事の無い第三者の笑い声が響き渡った。

 

「ユーゴ!」

 

金髪の美少女に膝枕されている少年が声を上げ、視線を向けた先には屋上に通じる扉に背を預けて笑う白いマフラーの男がいた。

 

「っ……」

 

その男を見た途端、香ちゃんは私の後ろに隠れてその男を睨んだ。

 

「こっちのカタがついたから様子を見に来たんだが、どうやら心配する必要は無かったようだな。だからそこまで警戒しなくてもいいぜ」

 

「見てたなら声を掛けてくれっての……」

 

「自分には全く関係無い女の争いに、割り込むバカがいると思うか?」

 

……ごもっともだ。まあ、輝夜との殺し合いの最中に割り込んでくる氷の妖精とかはいるけどね。

無論、割り込まれた所で私たちは気にしないし、瞬殺するんだけど。

 

「そっちの首尾は?」

 

「ハズレだ。せめて《第四圜(ジュデッカ)》は潰しときたかったんだが、《獣魔(ヴィルゾア)》に足止め喰らってな。……ったく、ぞろぞろと何匹も出て来やがって」

 

「ぞろぞろ何匹もって……一体どれくらいの数を相手にしたんだ……!?」

 

「数えちゃいなかったが、十は下らなかった筈だ」

 

……へぇ、さっきの化け物が十匹以上か……。

 

「あ、あの……妹紅さん、どうしましたか……?」

 

「ん?ああ……あんなのが十匹以上居たなら、殺り甲斐あるだろうなって思っただけさ」

 

香ちゃんが少し怯えたような顔をしているのを見て、私は苦笑いしながら返事した。私はどうやら無意識の内に好戦的な笑みを浮かべていたらしい。

 

「さて、と……。お前らの無事も確認出来た事だし、俺は先にあがらせてもらうぜ。今回は手を組みはしたが、こっちのお偉いさんにもそっちのお仲間にも秘密裏に動いてっから、見つかって面倒な事になる前に、な」

 

「それは私も同じだな。貴様らとこれ以上共にいると面倒な事になりかねん。護陵衛士(エトナルク)には私が居る事を知らんだろうしな」

 

ユーゴと呼ばれた少年と、赤髪の女性は踵を返すと、視線だけをこちらに向けて言う。

 

「じゃあな。お前らが今後も《666(ザ・ビースト)》に関わるってんなら、またどこかで会うかもな」

 

「私とはこれから先、今回のように共闘するという事はおそらく無いだろう。故に、次に私と相まみえた時はお互い敵同士かもしれん。もしそうなったらーーー覚悟しておくんだな」

 

そう二人は言い残して姿を消した。

最後に、夜闇へ白いマフラーと赤いポニーテールを踊らせてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、私たちは影月くんたちが通う昊陵学園という場所へと連れて来られてた。

 

「さて……ここが理事長室だ。ここにはこの学園の最高責任者がいる」

 

私たちにそう言った影月くんは目の前の少し大きめな扉を開けて入り、私たちもそれに続いた。

部屋の中は豪華な装飾が至る所に施されていて、いかにもここで一番偉い人が使用している部屋という感じがした。

 

「戻ったぞ、朔夜に美亜」

 

「おかえりなさい。影月に優月、そして《異能(イレギュラー)》、九重透流と他の皆さまも……」

 

「おかえりなさい。影月さん、約束通り……無事に帰ってきてくれましたね」

 

「ああ、なんとかな……結構最後の方は無事帰れるか少し心配になったけど」

 

「ふふっ、別にいいじゃありませんこと?結果としてこうして帰ってきているんですから」

 

「そうですよ!……まあ、私とか透流さんはちょっと怪我しましたけどね」

 

「あらあら……ならば、この場には参加せずに病棟に治療に向かっても構いませんわ」

 

「いいえ、大丈夫です。せめて話が終わってから病棟に向かいます」

 

「……分かりましたわ」

 

黒衣の少女はそう言うと、フリルやレースの付いたドレスを着た少女と共に私たちを見た。

 

「紹介が遅れましたわ。私はこの昊陵学園の代表を務めている、九十九朔夜と申します」

 

「私は朔夜さんの補佐を務める美亜と言います」

 

その自己紹介に私は少なからず驚いた。こんな見た目十歳程の少女二人が、まさかこの場所の最高責任者とその補佐だとは思わなかったからだ。

なので出会って早々失礼だと思うが、一つ質問してみた。

 

「……二人とも何歳?」

 

「来て早々、一番最初に聞く事が私たちの年齢ですの?……まあ構いませんけれど。十二ですわ」

 

「私は十五歳です」

 

「ほへー……外の世界でもそんなに若くて代表になれるのかい」

 

幻想郷に存在する組織の代表者とも呼べる者たちは皆、人外であり長寿だ。永遠亭の連中も確か月の兎(鈴仙)を除けば全員千歳は下らないし、一番若い紅魔館の主も確か五百歳位の筈だ。

まあ、人間って括りをするなら霊夢とか魔理沙とかも十代位なんだけど。

 

「彼女たちが例外なだけだ……そういうあんたたちはいくつなんだ?」

 

「私は十三です!」

 

「そうだなぁ……私は千三百歳くらいかねぇ」

 

『千三百!?』

 

明るく自らの年齢を言った香ちゃんと違い、私は真顔でさらっと言うと、香ちゃんや影月たちが驚いて声を上げる。実際それ程生きているというのは嘘じゃない。私はとある事情によって、老いる事も死ぬ事も無い体ーーーつまり不老不死の体になったからね。

しかしながら、初対面でそんな事を言っても当然信じてもらえない。

私としては別にここにいる人たちが信じようともそうでなくてもどっちでもいいんだがーーー

 

「千三百歳……なるほど。とりあえずそちらに座ってお話しましょう」

 

「…………あれ?」

 

黒衣の少女、朔夜ちゃんの理解したような反応に私は疑問を感じた。

 

「どうかしましたの?」

 

「いや……今の答え、普通に流されたから……笑える冗談だとか言われると思ってたんだけど……」

 

「……ああ、私にとっては別格驚く事ではありませんわ。この世界には百年以上生きている者もいますし、それこそ気が遠くなる程生きている方もいますから……それに不老不死の方もここには二人いらっしゃいますし」

 

「…………」

 

苦笑いして返す朔夜ちゃんを見て、私は言葉を失う。

何せ初めてなのだ。幻想郷以外で私がそんな事を言っても驚かない人というのは。

それにここに不老不死の奴が二人も……?

私は周りの人たちをぐるっと見渡して、誰が不老不死なのか尋ねようとしたのだが……。

 

「とりあえず、立ち話もあれですから座ってくださいな。不老不死云々は後で話せばいい事ですわ」

 

そう促されて私と香ちゃんはソファに座り、朔夜ちゃんや美亜ちゃんも向かいのソファへと座った。

 

「さて……まずはこちらから色々話しましょうか」

 

 

 

 

 

そして朔夜ちゃんはこの学園の事、《焔牙(ブレイズ)》という魂を武器にする物がある事、そしてさっきのあの妖怪のような者の事を説明してくれた。

 

「人(あら)ざる者……かぁ。外の世界ではそんな奴らもいるんだなぁ……」

 

「ええ、こちらからは一先ずそんな感じですわ。では今度はこちらからお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

先ほど朔夜ちゃんが説明してくれたのは、きっとこの学園の機密事項の一つなのだろう。そんなものを教えてくれたのだから、向こうからの質問も答えなければ失礼だろう。

 

「答えられる範囲だったらいいよ」

 

「じゃあ……外の世界ってさっきから言ってるが、妹紅は別世界の人なのか?」

 

影月くんのその言葉に私は考え込む。

幻想郷は別世界と言えばそうなのかもしれないが……実際幻想郷は外の世界と陸続きで繋がっているらしく、そういう意味では別世界だともはっきり言えない。

そもそも幻想郷とか言っても信じてくれるかどうかも分からない。

 

「う〜ん……私は幻想郷って所から来たんだ」

 

だからと言って、このままうんうん唸ってても話は進まない。なので仕方なく私は幻想郷の事を話す事にした。もしかしたら紫とかに何か言われるかもしれないが別に知った事じゃないし。

幻想郷とはどんな所でどのような者たちが居るのか。それを私なりの言葉で彼らに説明した。

 

「現実で消え去ったり、忘れ去られたり、存在を否定された物や者が集まる場所……か。だから幻想郷なのか」

 

「という事は、妹紅さんも……?」

 

「私の場合は自分で辿り着いたんだ。どっちにしても忘れ去られた者だけどね」

 

そう締めくくると、部屋は静寂に包まれた。

皆それぞれ、私の説明を聞いて腕を組んだり、こめかみに手を当てて考えたりしていた。

そうした沈黙を破ったのは優月ちゃんだった。

 

「……妹紅さん、つまり貴女は……人々から忘れ去られたんですね?」

 

「そういう事だね」

 

「……なぜ?」

 

「…………千三百年も生きていれば色々あるさ」

 

「……教えてくれますか?」

 

「……すまないね。あまり過去の事は話したくなくてね……それに、私の人生なんて聞いていて楽しいものじゃないよ」

 

「……優月、彼女は本当に過去の事は話したくないみたいだ。俺でも見る事が出来ないからな……」

 

影月くんの言葉を聞いた優月ちゃんは若干悲しそうな顔をした後、弱々しく「分かりました」と言った。

 

「他に聞く事はあるかい?」

 

「一つよろしいでしょうか?貴女はなぜその幻想郷から出てきたのでしょう?先ほどの話を聞いた限り、貴女は忘れ去られた存在。ならばこちらにこうして存在しているのは……色々と辻褄(つじつま)が合わないのですけれど……?」

 

「あ〜……その事かい?それが私にもさっぱり分からないのさ。ゆか……スキマ妖怪って奴が気まぐれで私に何かしたのか、あるいは幻想郷で起こる「異変」の類なのか……どっちにしても私にもよく分からないよ」

 

一応私の予想では後者だと思っている。本来、結界の管理者である紫が何も伝えずに私を外に放り出すとは考えづらい。

となると、後は新しい異変という話になるのだが……まあ、私はそういった異変解決の専門家じゃないから詳しい事は分からない。

 

(とりあえず紫が見つけてくれるまで待つか……)

 

私が内心で一人今後の方針を決めていると、今度は香ちゃんの話になった。

 

「で、貴女も幻想郷の方ですの?」

 

「い、いいえ……私も幻想郷なんて初めて聞きました……」

 

それもそうだ。幻想郷なんてよっぽどのオカルト好きじゃないと知らないだろうし。

 

「幻想郷の者じゃない……なら、別世界の人か?」

 

「いんや、香ちゃんは別世界から来たんじゃない。これは私の予想だけど……香ちゃんは何らかの事情で過去から来たんじゃないかと思う」

 

「過去から……?」

 

ユリエちゃんが私の言葉を反復して首を傾げた。

それを見て、私は分かりやすいように説明する。

 

「香ちゃんのいた時代は戦国時代……今から千年以上前だからね」

 

「せ、千年以上前……」

 

橘ちゃんや透流くんたちは絶句してるけど、私は気にせず続ける。

 

「香ちゃんは織田信長の妹であり、織田家の姫君なんだよ。まあ、私はちょっとしたきっかけで仲良くなったんだけどね」

 

「織田信長……やっぱりあの戦国武将のか」

 

その時、私の脳内では彼女と出会った日の事が思い出されていた。

 

 

『貴女は……?』

 

『……名乗る程の者じゃない』

 

『あっ……待ってください!その、妖怪に襲われていた所を助けていただきありがとうございます!』

 

『……別にいい。私はただそいつを倒したかっただけだから。別に君を助けたかったわけじゃない』

 

『それでもです!……あの、よければ一緒にお話したいので来てくれませんか?』

 

『…………』

 

 

ーーー長く生きていると昔の記憶とかが風化していき、色々な事を忘れてしまうが、香ちゃんと出会ったあの日と、楽しく話し合った日々は忘れていない。

 

 

『ーーーって事が前にあってさ。酷い目にあったよ』

 

『あははっ!それは災難でしたね』

 

『まったくだよ……おっと、ごめんね?私ばかり話して……』

 

『いいですよ?それよりもっと貴女のお話を聞かせてください!』

 

『……分かった。じゃあーーー』

 

 

彼女と過ごした日々はあの時不老不死となって三百年程経った私の(すた)れた心を癒してくれたものだ。

でもーーー

 

 

『香ちゃん〜、遊びに来たぞ〜。……って、居ないのか?』

 

『あっ!貴女は香姫様のご友人の……』

 

『藤原妹紅だ。なんだか慌ただしいけど何かあったのか?』

 

『じ、実は……』

 

 

 

「でも、香ちゃんはある日を境に数日行方不明になったんだよ」

 

「……どうしてですか?」

 

優月ちゃんの言葉に私は頭を横に振って、香ちゃんを見る。

 

「私にも分からない……でもその後、結局見つからずに死んだ事にされてしまってね」

 

その事を聞いた時は、私も酷く驚いたし、嘆き、悲しんだ。ーーー彼女との会話はあの時の数少ない私の娯楽でもあったし、心の支えだったからーーー

すると香ちゃんは俯きながら、ぽつりぽつりと小さな声で、その日の事を話始めた。

 

「…………私はあの日、兄様の体を奪ったザビエルの所行を知ってしまったんです」

 

「ザビエル?あの魔人か?」

 

魔人ザビエル。昔暴れまわっていたそれなりに強かった魔人だ。香ちゃんが死んだと聞いて、悲しみで手当たり次第八つ当たりしていた私が一瞬で殺ったけどね。それも他の妖怪とかのついでに。

 

「それを知ったザビエルは私は小屋に監禁したんです…………そして私は同年代の少年たちに……」

 

「…………もういい。分かった」

 

辛そうに話す香ちゃんの続く言葉を予想出来たのか、影月くんが遮る。そして一部の人たち以外は顔を歪めた。当然私もだ。

 

「どういう事だ?如月」

 

「……強姦って事よ、巴」

 

『なっ……!』

 

リーリスちゃんの言葉に、透流くん、ユリエちゃん、橘ちゃんが驚いて固まる。

 

「……その位の時代なら、そんな事もあり得なくもないからな……」

 

「……その小屋での記憶は大体三日位しか覚えてません。なので私は……」

 

「死んだ……か」

 

「だからか。あの時、俺に近付かないでって叫んだのは……」

 

「はい……私と近い歳の殿方といると……どうしても怖くなって……」

 

ーーーあいつが犯人だったのか。それを知っていたのなら、あっさり殺らずに苦痛をずっと与えながら殺してやったのにーーーでも、どっちにしても私は知らず知らずの内に香ちゃんの仇を討ってたらしい。

 

「……今までの話から察するに、貴女は過去から来たというよりも、転生してきたと言った方が正しいでしょうね」

 

そこで黙って話を聞いていた朔夜ちゃんが口を開く。

 

「この世界の理は輪廻転生ーーーそれに従って貴女は服や記憶、体などの全てがそのままで転生したのでしょう。メルクリウス様曰く、そのような事も砂漠の砂の中から一粒の塩を探し当てられる位の確率で起きるそうですわ」

 

「……朔夜がなんでそんな色々知ってるのかは突っ込まないが、ともかく天文学的確率で起こる事だって言うのは分かった」

 

朔夜ちゃんに向かって、影月くんが苦笑いすると、私たちに視線を向けた。

 

「で、とりあえずお互いの事はある程度知ったわけだが……これからどうする?」

 

その言葉に改めて私は考える。

私の目的は幻想郷に帰る事だ。だが今現在その方法は発見出来てないし、どうしたらいいのか皆目見当もついてない。それどころか衣食住もろくに確保出来ていない状態なのだ。

まあ、私は不老不死だから別にその三つが無くても何とかなるのだが……。

 

「妹紅さん……」

 

今この場には、古くからの友人(香ちゃん)がいる。彼女はすでにこの学園で保護される事が決まっている。まあ、それはそれで私としては何も文句は無い。ここはさらっと見た限り安全だし、何より心に傷を負った彼女を癒してくれそうな人たちもいる。

私よりも頼れる人は多そうだ。しかしーーー

 

「妹紅さんも一緒にここに居ましょう……?ここならその幻想郷って所の情報も集まるかもしれませんし……」

 

香ちゃんはうるうるとした瞳で、私を見上げた。

その目からは一緒に居てほしいとか、もっと一緒に話したいと言った思いが感じられた。やはり安全だと言っても、知らない人たちばかりのここは彼女にとっては怖いらしい。それに久しぶりに会えた私とまた楽しく過ごしたいーーーという感情も見える。

そしてーーー

 

「折角時間も空間も超えて奇跡的に出会えたんだ。この出会いを、刹那を大切にして……一緒に居てやれ」

 

そう言って笑う影月くんの顔を見て、私は答えを出した。

 

「……そうだね。私も香ちゃんと一緒にここに居させてもらおうかな。いいよね?」

 

「構いませんわ。ならば早速貴女たちの部屋を確保しないといけませんわね……そして貴女たちも生徒として……あっ」

 

すると、朔夜ちゃんは考えるような仕草をしてーーー何かを思い出したかのように声を出して、私たちに顔を向けた。

 

「そういえばお二人共、料理は出来ますの?」

 

「えっ?……ま、まあ一応……一時期焼き鳥屋やってたし……」

 

「私も出来ますよ」

 

「ならば、貴女たちはこの学園の生徒としてではなく、生徒や先生方が利用する食堂に入ってもらいましょうか」

 

『………………え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー随分回想が長くなってしまったが、以上が今日までの事の次第だ。

あれから二十日以上経ったが、なんとか私も香ちゃんもこの学園のルールや人たちに慣れてきた。

特に香ちゃんはこの学園のほとんどの人たち(男女問わず)と打ち解けたようで、例の事件で患った男性恐怖症を多少なりとも克服してきている。

学園の人たちと男女問わず打ち解けたりしたのも(ひとえ)に、あの時部屋で話を聞いてくれた影月くんたちや朔夜ちゃんが陰で色々手を回して協力してくれたからだ。

それでもまだ、会った事のない人や知らない人が近付いてきたら、近くにいる知り合いの人を盾に隠れたりしてるのだが……。

 

(まあ、完全には無くならないよね……そこは仕方ないか)

 

トラウマというものは心に大きな傷を付ける。その傷はほぼ永遠に治らない。それは幻想郷で一番の医者であり、月の薬師とも呼ばれるあいつでも治す事は不可能だ。

怪我や病気の治療は出来ても、心の治療というのはいつ、どこの時代でもそう簡単に治るものじゃない。

私もそんな治らずに苦労してきた人たちを多く見てきた。

 

(まあ、香ちゃんは少しずつでもいいから男性恐怖症を治してくれたらいいかな……)

 

「妹紅ちゃん!後は私たちに任せていいから、貴女と香ちゃんもご飯を食べてきていいわよ!」

 

「あいよ」

 

「はい!」

 

そんな事を考えていると、私たちと同じ厨房で調理していたおばさんがそう言ってくれた。

私と香ちゃんは調理を切り上げて、調理室から食堂へと移動し、何を食べようか考え始めた。

 

「う〜ん……何食べようかな……」

 

「私はまたビュッフェにします!」

 

「なら俺たちもビュッフェだな」

 

すると香ちゃんの声の後に背後からここ数十日間で聞き慣れた声が聞こえてきた為、私たちは揃って振り返った。

 

「やあ。……影月くん、眠そうだな?」

 

「ああ……昨日は朔夜の所に夜遅くまで居てな……正直、ちょっと寝不足だ……」

 

そう言って眠そうに欠伸(あくび)をする影月くんとーーー

 

「こんにちは!……兄さん、授業中にうとうとしてましたよね」

 

元気に明るく返事をした優月ちゃんを見て、香ちゃんは笑顔で、私は苦笑いをしながら返事する。

 

「こんにちは!今日はしっかり眠ってくださいね?」

 

「分かってるよ……二人は眠れてるのか?」

 

「はい。しっかりと!」

 

「私も眠れてるね……うん、ここ数日はちゃんと眠れてるよ」

 

私は不老不死になってから千三百年間深い眠りについた事は無かった。以前の私は寝るとなったら、壁に背を付けていつでも起きられるような姿勢をして眠っていたが、ここ数日は香ちゃんと一緒にベッドで寝ている。

そうしてベッドで眠るようになったのも、私の隣にいる幼い少女が出会った時と変わらない純粋な笑みを浮かべて、懇願してきたからだ。

流石にそんな表情をされたら断る事も出来ないし、何より私も彼女と一緒に寝たいという気持ちもあるので一緒に寝ているのだがーーー

 

まあ、閑話休題(それはともかく)ーーー

 

「妹紅は相変わらずの肉か……」

 

「そういう影月くんが持ってるのはペペロンチーノだっけ?後で一口くれないか?」

 

「構わないぜ?」

 

「香さん、後で私のカルボナーラ食べてみませんか?」

 

「いいんですか?でも私の方は代わりに優月さんにあげる食べ物は何も……」

 

「いいんですよ、私は香さんが美味しそうに食べてくれたらそれでいいですから」

 

そんな会話をしながら、私たちはいつも学食の際に座っているテーブルへと向かう。

そんないつものテーブルには先に食事を始めていた透流くんとみやびちゃんがいた。

 

「よお、二人とも明太クリームにしたのか」

 

「おっ、影月たちか。結構悩んで明太クリームにしてな。本当、種類が多いと悩むよな」

 

「そうだね、どれも美味しそうだから悩んじゃうよね」

 

「フェアは一ヶ月ある。ゆっくり食べれるさ」

 

透流くんとみやびちゃんに苦笑いしながら、私たちは席に着いた。

 

「うん、美味しい♪」

 

「ん、明太クリームにして正解だな」

 

パスタを口に運び、みやびちゃんは幸せそうに笑みを浮かべながら呟き、透流くんもみやびちゃんの笑顔につられて頬を緩める。

 

「ちょっと私たちにもくれないかい?」

 

「ん?ああ、いいぜーーーほら」

 

私の問いに透流くんはくるくるとパスタをフォークに巻きつけて、私にそのフォークを差し出してきた。

 

「じゃ、いただきます」

 

そのフォークを受け取り、私はぱくりと一口でパスタを食べる。瞬間、私の口の中全体にまろやかな味が広がって思わず頬が緩む。

 

「中々美味しいな。香ちゃんも食べる?」

 

「はい!」

 

さっきから私がパスタを食べる姿を羨ましそうに見ていた香ちゃんに聞くと、彼女はパアッと表情を明るくして返事した。

その返事に私たちは頬を緩め、透流くんは私に返してもらったフォークに再びパスタを巻きつけて、香ちゃんに差し出した。

 

「いただきます。あむっ……う〜ん、とても美味しいです〜♪」

 

香ちゃんは差し出されたフォークを受け取ってパスタを食べると、みるみるうちに頬が緩み、これ以上無いと思える位の満面の笑みを浮かべて上機嫌で言う。

 

「ほう、キミたちは揃って明太子にしたのか」

 

「影月君はペペロンチーノで優月ちゃんはカルボナーラなんだね」

 

そうして私たちが舌鼓を打つ中で、巴ちゃんとなじみちゃんがやってきた。

 

「うん。巴ちゃんは柚子胡椒にしたんだね」

 

「安心院はミートソースか……。ん?二人とも昨日も同じじゃなかったか?」

 

「うむ。こちらへ来て初めて食したが、非常に好みの味でな」

 

「僕はただの気まぐれだぜ」

 

「……橘は俺にいつも肉ばかり食うなって言うくせに……」

 

透流くんの呟きを聞いた巴ちゃんから笑みが消えた。

 

「べ、別に構わないではないか。キミと違って私はバランスよく栄養を摂るようにしているのだからな」

 

確かに彼女のおかずを載せた皿には、肉、魚、野菜とバランスが取れたものが載っている。

それでも動揺しながら言われると、説得力に欠けるのだが。

 

「貴女も肉ばかり食べてないで、他も食べたらどうですか?」

 

「ん?私かい?」

 

すると落ち着いた巴ちゃんが今度は私に向けてそんな事を言ってきた。

私の持ってきたお皿の大体八割は肉だ。後は野菜などだが申し訳程度しか載せていない。

 

「いいじゃないか、私は肉が好きなんだ。それに私は別に偏食したって体に何の影響も無いしな。後敬語やめろって言っただろ……」

 

「あ、ああ……すまない……」

 

というか千三百年も生きてきて、今更食事のバランスとか……私からしたら考える必要も無い事である。

 

「いいよなぁ……妹紅さんはそうやって肉を多く食えて……」

 

同じく肉が大好きな透流くんはそんな事を呟くが、それを聞いた巴ちゃんはぐるっと頭を透流くんの方へ向けて言う。

 

「私も別に肉と同じ位の野菜などを食べれば、それ程文句は言わんよ」

 

「……だとさ。今度から大量の肉と大量のセロリとか野菜を持ってきてやろうか?」

 

影月くんの言葉を聞いた透流くんは顔を真っ青にして首を振った。

 

「ふんっ、本当に貴様は橘や影月たちに毎食見繕ってもらった方がいいんじゃないか」

 

と呆れた声でトラくんが参加してきた。

 

「……ふむ、それもいいかもしれんな」

 

「……私もそれがいいと思いますね」

 

「優月と橘に同じく」

 

「僕も同感」

 

「同意しないでくれ……」

 

頷く巴ちゃん、優月ちゃん、影月くん、なじみちゃんに透流くんは力無くツッコむ。

 

「そ、それなら、わたしに選ばせて貰えないかな?巴ちゃんにバレない程度にお肉を多めに入れることも出来るかなって……」

 

「気持ちは嬉しいけど、橘の目の前で言うのはどうかと思うぞ……」

 

「あっ……。あはははは……」

 

しまったとばかりに苦笑いするみやびちゃんを見て、皆が苦笑いする。

 

「妙な笑い方が聞こえたけど、何かあったわけ?」

 

そこへトレイを手にしたリーリスちゃんが、不思議そうに首を傾げる。

巴ちゃんが簡潔に説明すると、彼女はぷっと吹き出した。

 

「それなら、あたしと一緒に昼食を摂れば解決じゃない。透流が満足するだけのお肉をサラに用意させるわよ。……あ、もちろんあたしの部屋で、ね♪」

 

「リーリス。キミは九重にバランスのいい食事を摂らせたい、という私の話を聞いていなかったのか……?」

 

「あら、夫の望むものをっていうのは妻の務めだと思わない?」

 

「ふえぇっ!?透流さん、リーリスさんと夫婦なんですか!?」

 

「いやいやいや!!違うからな香ちゃん!!リーリスが勝手に言ってるだけだから!」

 

「もう透流ったら♡人前だからって照れなくてもいいのよ?」

 

「照れてねえぇぇぇっ!!」

 

「ふんっ、無駄話もそれくらいにして早く食べたらどうだ……」

 

そう言い捨てたトラくんは、イカスミパスタを口にする。

 

「はぁ……トラはイカスミにしたのか。どうなんだ?」

 

ため息をついて落ち着いた透流くんはトラくんへそんな問いを投げた。

 

「味付けはペペロンチーノに近いが、もっと濃厚な味だと思っていい。程よい甘みにトマトと唐辛子、にんにくによる多重ーーー」

 

「ん、ちょっとくれ」

 

長くなりそうな説明を遮って、一口くれと要望を出す透流くん。

 

「まったく貴様という奴は……」

 

不満げに言いつつも、トラくんはくるくるとパスタをフォークに巻き付ける。

 

「ありがとな。こっちのも食うか?」

 

そう言って二人はそれぞれのパスタが巻き付いたフォークを交換して、ぱくりと互いに一口で食べた。

 

「「………………」」

 

(んっ?)

 

するとふと、みやびちゃんとリーリスちゃんが自身の手にあるフォークを透流くんたちへ、交互に視線を向けている事に気付く。

何処と無く強い圧を感じさせていた二人だがーーー突然二人揃って立ち上がり、先を争うかのようにフォークへそれぞれのパスタを巻き付けた。

 

「と、透流くんっ、これっ、食べてみない!?」

「くっ!!」

 

本当に先を争っていたらしい二人の勝負はみやびちゃんに軍配に上がったが……。

 

「はい、透流くん。間接キ……じゃなくて、あーん♪」

 

「……ねぇねぇ、みやびちゃん。透流君も明太クリームだけど……」

 

「あ……」

「何をしているのだ、みやび……」

 

なじみちゃんの指摘に気付いたみやびちゃんは唖然とし、巴ちゃんは頭を抱える。

 

「しかも透流との間接キスなら、もう私と香ちゃんがしたよ。みやびちゃんは見てなかったっけ?」

 

「…………あっ!」

「なんですってぇ!?」

 

そしてその後の私の発言に、みやびちゃんは思い出したかのように声を出し、リーリスちゃんは思いっきり叫ぶ。

 

「残念だったな二人とも。既に最初の間接キスは妹紅と香によって取られてたんだよ」

 

にやにやと面白そうに言った影月くんの言葉を聞いた二人はガクッと崩れ落ちた。

 

「あ、はは……そう、だったね……」

 

「そ、そんな……先を越されてたなんて……」

 

「まったく……騒がしいですわね」

 

「皆さん、お疲れ様」

 

そんなやりとりをしていると、呆れたような顔をしている朔夜ちゃんと苦笑い気味の美亜ちゃんが近付いてきた。

 

「朔夜……珍しいな、ここに来るなんて。いつもなら理事長室で食事するんじゃないのか?」

 

「そうですけれど、たまにはこちらで貴方たちと共に昼食でもと思いまして……」

 

そう言った朔夜ちゃんは影月くんの隣に。美亜ちゃんは朔夜ちゃんの隣へと座った。

 

「……で、朔夜さんはペスカトーレ、美亜さんはナポリタンですか……」

 

側近として彼女たちの後ろに着いていた三國先生がテーブルに置いた二人の食事を見て、優月ちゃんが呟く。

 

「ええ、意外と好きですのよ。食べてみます?」

 

「おっ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

「……惚気かぁ……朔夜ちゃんって影月くんと優月ちゃんにはデレるよね」

 

「それだけ信頼してるんだろう?ちなみに僕にもデレるぜ。二人程じゃないけどね」

 

そんな影月くんと朔夜ちゃんのやりとりを横目で見ながら話しているとーーー

 

「皆さん、どうしたのですか?」

 

今度はユリエちゃんがやってきて、そう問いかけながらテーブルへと着いた。

 

「あ〜……実はかくかくしかじか……」

 

「ヤー、まるまるうまうまといわけですね」

 

私の説明で理解したらしいユリエちゃんはトレイに載った料理を食べ始める。

 

「ユリエは天ぷらうどんにしたのか」

 

ほかほかと湯気が立つ天ぷらから、とても美味しそうな香りが漂ってくる。

 

「……今日の夜は天ぷらうどん食べようかな……」

 

「あっ、いいですね」

 

私と優月ちゃんがユリエの天ぷらうどんを見て、そんな事を言っているとーーー

 

「二人とも、大丈夫?」

 

「あはは……私がはりきってもダメだったんだ……」

 

「透流の妻の私が……遅れを取ったなんて……」

 

「勝手に夫にするな……」

 

美亜ちゃんが未だ先ほどの私の発言にショックを受けているみやびちゃんとリーリスちゃんを、心配そうに気にかけている姿が映る。

 

「余程私たちが先にか、間接キスしていたのがショックだったんですね……」

 

「そりゃそうさ。だって透流君はリーリスの夫だからね」

 

「……いい加減にしないと泣くぞ」

 

そんな会話をしていると、やがてタツくんや月見先生もやってきて、いつもの顔ぶれが揃った。

そしてそれぞれのメニューの話や今日の授業や訓練についての話をした。

無論、私や香ちゃんは話を聞いていただけだが、中々に有意義な時間を過ごせた。

 

 

 

そして食後に全員で緑茶を飲みながら話をしていた時ーーー香ちゃんが何かを思い出したかのように声を上げた。

 

「あっ、そういえば……私、お茶菓子作ってきたんですよ!皆さん食べます?」

 

「お茶菓子か……食後にちょうどいいかもな」

 

「おっ、それは是非ともいただきたいねぇ」

 

透流くんとなじみちゃんがそんな事を言う中、私は何か嫌な予感がしたので彼女に問いかける。

 

「…………香ちゃん、そのお茶菓子って何?」

 

「私が一生懸命作ったお団子ですよ〜」

 

「おっ、団子はアタシも好きだぜ!早速出せよ!」

 

その瞬間、背筋がゾッとする感覚がした。

確か香ちゃんの作る団子はーーー

 

「というわけで、皆さん召し上がってみてください!」

 

と、内心戦慄している私の様子など気付く事もなく、香ちゃんはどこからかお皿に盛られた団子をテーブルへと乗っける。

 

「うっ……これは……」

 

「うわっ……ちょっと……」

 

「……何?この色……」

 

「ぐ……なんだこれ……」

 

「ヤー、七色の団子ですね」

 

「やっぱりこれかぁ……」

 

透流くん、なじみちゃん、リーリスちゃん、月見先生はそれを見た瞬間に顔を大きく歪め、ユリエちゃんは興味深そうにそれを眺め、私は嫌な予感が的中した為に空を仰いだ。

そこには平皿に載せられ、七色の暗い色を発している謎の物体X……一応形状的には団子と分かる物があった。

 

「……妹紅さん、やっぱりって言いました?」

 

そこで隣で青い顔をした優月ちゃんが私に小声で問いかけてきた。

私もそれに小声で返す。

 

「ああ、香ちゃんって料理は一流なんだけど団子だけはどうにもならなくてね……私とか料理の達人って呼ばれてる人が、一から香ちゃんに団子の作り方を教えたんだけど……結局、最終的にはああなるんだよね……」

 

香ちゃんの団子は彼女の兄である信長曰く「殺人団子」と表現される程の物体であり、食べた人のほとんどが生死の境をさまよう程の味なのだ。

かく言う私も不老不死で無ければあの時死んでいたかもしれない……。

 

「皆さん、どうしました?食べないんですか?」

 

「あ、私はもうお腹いっぱいなので結構ですわ」

 

「私も同じく……」

 

「僕もだ」

 

すると真っ先に言い訳を考えて逃げたのは朔夜ちゃんと美亜ちゃん、そしてトラくんだ。それに香ちゃんは残念そうな声色で言う。

 

「そうですか……なら仕方ないですね。他の皆さんはどうですか?」

 

「う……」

 

「えっと……」

 

朔夜ちゃんと美亜ちゃんとトラくんが最初に無難な理由を考えて逃げたので、後に続く皆も適当に理由を考えて逃げようとしたのだがーーータツくんがそんな物体Xの一つへと手を伸ばして、躊躇なくぱくりと食べた。

 

「なっ!?タツ!?」

 

「おおう……あれを普通にぱくりといったな……」

 

そんな驚く私たちとは裏腹に、タツくんはもぐもぐと口を動かす。

 

「……あ、あれ?タツ、なんともないのか?」

 

影月くんの困惑した問いにタツくんは頷いて、ごくんと団子を飲み込む。

そして中々刺激的な味だと感想を述べて笑った。

 

「団子で刺激的な味って……。なあ《異常(アニュージュアル)》、食べてみろよ」

 

「人に進める位ならあんたも食べろよ……」

 

「ア、アタシは後ででいい……」

 

「……に、兄さん、ちょっと食べてみますか……?」

 

「……そ、そうだな。香ちゃんが作った物だし……一つくらいは……」

 

「……そうだね」

 

次に影月くん、優月ちゃん、なじみちゃんが何か意を決したような顔をして団子をそれぞれ一つずつ手に取った。

 

「じゃあ……」

 

「「「いただきます」」」

 

そして三人は同時に団子を口の中に放った。

いつものメンバーどころか、周りの生徒たちが見守る中、団子を数秒間咀嚼(そしゃく)した彼らはごくんと飲み込んで感想を述べる。

 

「…………なんて言うんだろうな。この味」

 

「う〜ん……なんでしょうね……美味しいというのも何か違う気がしますし……かと言って食べられないわけでもない……」

 

「色々食べてきた僕でも、形容出来ない味だなぁ……まあでも、強いて言うなら……」

 

「「「個性的な味?」」」

 

「なんだその個性的な味って……」

 

「むぅ……個性的な味ですか……」

 

三人の感想に半眼で突っ込む透流くんだったが、それを聞いた影月くんは「食べてみるといい」と言って、団子を差し出した。

 

「とりあえず、他の皆もどうだ?周りにいる奴らも興味があるなら食べてみろ」

 

そう言って朔夜ちゃん、美亜ちゃん、トラくん以外のいつものメンバー(私も含む)に団子を一つずつ配り終えた影月くんは、周りで見ていた生徒たちにもそう声をかけた。

 

「どうする?」

「僕はパスする……」

「あたしも……」

「じゃああたしは一つ食べてみようかな。味が気になるし」

「じゃあ俺も食べてみるか」

「俺も俺も!」

 

すると何人かの勇敢な生徒たちが団子の周りへと集まり、団子を一つ残らず取っていく。そしてその生徒たちの手に団子があるのを確認した私は代表して声を上げる。

 

「じゃあ皆、覚悟はいい?」

 

『おおっ!』

 

「じゃあせーので食べようか……」

 

『せーの!』

 

そして全員が一斉に口の中に団子を放り込む。

 

「うぐっ!?」

 

瞬間、私が最初に感じたのは何とも言えない匂いだった。明らかに食べ物が出すような匂いではないのだが、不思議と吐き気を催す程の匂いでもなく、なんとも形容し難い匂いーーー

その次に感じたのは食感だ。団子のように柔らかいなと思えば、突然ガリッというような硬い食感も感じるし、他にも七種類位の食感が感じられた。

そして肝心の味だが……。

 

「……すごく、なんとも言えない味……でも前食べた時よりマシになってる……前なんて本当に死にかけたのに……」

 

「だろ?ある意味個性的な味だよな……ってか前は死にかける程の物だったのか、これ……」

 

影月くんの言葉に同意しようと、頷こうとした直後ーーー

 

「ぐふぉあっ!!」

 

「ごふっ!!」

 

「ぐふおぉっ!?」

 

「ぐはぁっ!なんだこれ……げほっ、がほっ!!」

 

「ううっ……香ちゃんごめん!わたしもう無理!」

 

「す、すまない……私も無理だ!」

 

「お、俺も!!」

「あたしも!!」

 

私以外の人たち(透流くんたち含む)の一部が苦しそうに暴れた後にバタッと倒れ、みやびちゃんや巴ちゃんなどは口を押さえて顔を真っ青にしながら、どこかへ駆けていく。

気が付くと、団子を食べた人たちほとんどがその場から消えていた。

 

「皆、トイレで吐いてるのかなぁ……」

 

「なんで貴方たちは無事なんですの?」

 

朔夜ちゃんが先ほどの惨状を見て、顔を青ざめながら聞いてくる。

 

「なんでだろうな……胃が丈夫なのか、俺たちの味覚がおかしいかのどっちかじゃね?」

 

「……また私は失敗したんですね……」

 

「香ちゃん……暫くの間、団子作るのやめてね……」

 

 

 

その後、大量の人たちが学園の病棟に駆け込んだという話を聞いたのは、それから数十分後の事である。




結構微妙な感じの内容かなって書いてから思いましたが……うん、あまり気にしないでおこう。仕事が忙しいのがいけないんだ……(遠い目)

あ、前書きで言いましたが、本当に更新遅れて申し訳ありません!もう夜もあっという間に眠ってしまうので本当に書けませんでした……。改めてお詫び申し上げます!

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!
では、また次回!


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第五十一話

少し間が空きましたが投稿!
今回かなり長いです……



 

side 優月

 

 

「ーーーきちゃん、優月ちゃん」

 

「んん……むぅ……あ、安心院……さん……?」

 

とある日の翌朝、私は隣でいつも一緒に寝ている安心院さんの私を呼ぶ声で薄っすらと目が覚ましました。

 

「起きたかい?」

 

「……まだ起きる時間じゃないですよね……一体どうしたんですか……?」

 

枕元に置いてある目覚まし時計を見てみると、時計の針はいつも私や兄さんが起きている時間よりもまだ一時間程早いです。

そんな早くに安心院さんは何の用で私を起こしたのでしょうか?正直言って、もう少しだけ寝ていたいのですが……。

 

「あー、ごめんね?でもなんか影月君が酷くうなされてるみたいでさ……」

 

「兄さんが……?」

 

しかし安心院さんが兄さんの名前を言うと、眠かった私の意識が急速に覚醒していきます。

すると今までぼんやりとしていた五感も急速に本来の働きを取り戻していきーーー

 

「うぅ……うあぁ……!!」

 

先ほどまでおそらくぼんやりとしか聞こえていなかっただろう兄さんの苦しそうな声が、そこでようやくはっきりと私の耳に届きました。

 

「っ!?に、兄さん!?」

 

その声を認識した瞬間、私は二段ベッドの上から隣の安心院さんを飛び越えて床に降り立ち、二段ベッドの下に寝ている兄さんの元へと駆け寄りました。

 

「凄い汗……!一体……?」

 

「う……ゆ、優月……?」

 

すると暫くうなされていた兄さんが薄っすらと目を開け、私の顔を見て呟きました。

 

「どうしたんですか!?こんなに汗が出るまでうなされて……何かとても嫌な夢でも見てたんですか?」

 

「夢……ああ、そうか。あれは夢だよな……うん、夢だ夢……」

 

「……影月君、君は本当にどんな夢を見ていたんだい?」

 

私の隣から兄さんの顔を覗き込んでいた安心院さんがそう聞くと、兄さんは眉を顰めました。

 

「……二人には関係ない。所詮夢だから気にする事も無いと思うからな……汗かいたからちょっと風呂入ってくる」

 

兄さんは何かを払うように頭をぶんぶんと振った後、真っ青な顔のままベッドから出ようとしました。

それを見た私は逃がさないようにギュッと兄さんの体を抱きしめました。

 

「……優月、離してくれ」

 

「ダメです、教えてくれるまで離しません。前に私、言いましたよね?「またうなされるなら今度こそ聞かせてもらいますね」って……」

 

「…………」

 

「……兄さんは一人で抱え込み過ぎです。もちろん危険な事に出来るだけ巻き込みたくない気持ちは分かりますよ。でもそんな事気にせずに私たちに頼ってくださいよ。辛い事とか苦しい事があったら私や皆さんに吐き出してください。そんなに私や皆さんは信用出来ませんか……?」

 

「そんな事はない。透流たちや安心院、朔夜の事も信用してるよ。もちろん俺の妹の優月の事も……」

 

「なら……私たちにさっきうなされていた内容も話してください。一人で抱え込まないで……」

 

「…………分かったよ。とりあえず話すから一回離れてくれ」

 

観念したような声を上げた兄さんの言葉を聞いた私はゆっくりと兄さんから離れて、床に座って話を聞く姿勢になりました。

 

「……それで、どんな夢を見たんですか?」

 

私が問うと、兄さんは少し考えた後に言います。

 

「……最初はどこかの店の廊下を走ってるんだ。周りには優月と妹紅、安心院に橘も一緒だったな……」

 

「……それで?」

 

「そしてある扉の前に辿り着いて、その扉を優月が開けようとしたら……突然扉が爆発して……優月が……」

 

「……それって私が死んだって事なんですか?」

 

「分からない……いつも優月が吹き飛ばされたところで目が覚めるからな」

 

「影月君、その夢はどれくらい前から見ているんだい?」

 

「……つい数日くらい前からだな。同じような場面を何回も……それがどうにも夢って感じがしないくらい現実味があってな」

 

(予知夢っていう奴でしょうか?兄さんの能力を考えれば、あり得ない話ではないですけれど……でも兄さんは、かなり先の事は見れないと言っていた筈……となると結構近いうちに私は兄さんの予知夢通りの事になってしまうんでしょうか……?)

 

私は兄さんから聞いた話を頭の中で纏めて色々考えていました。最終的にはあまり考えたくないが、もしかしたらあり得るかもしれない未来が思い浮かんでしまいましたがーーー

 

「……なあ、二人とも。俺の見た夢は本当に起こらないよな?……何か嫌な予感がするんだ。もしかしたら本当に起こってしまうじゃないかって……」

 

そう言って、私たちを見つめる兄さんの目は自信がなさそうに、そして不安そうに揺れていました。

 

(……初めて見ましたね。兄さんのこんな目を……)

 

ーーー私が昔から知っている兄さんはいつも優しくて、安心出来て、頼れる、不安などで揺れる事の無い力強い目をしていました。

私が悲しくて泣いた時も、不安になってどうしようもなくなった時も、もう嫌になって逃げ出したいって気持ちになった時も、いつも兄さんはそんな目で私を見守り、励ましてくれました。私はそんな目をした兄さんから元気をもらったり、安心を感じたりしていました。

他の皆さんにとっては特に何も感じる事のない普通の目。でも、私にとってそれは、とても安心出来て頼れる大好きな兄の目なんです。

でも今の兄さんの目は弱々しく、いつものように自信満々といった感じではありませんでした。

なのでーーー

 

「大丈夫ですよ、兄さん。私は兄さんや皆さんを置いて先に死にませんから」

 

私は先ほどの暗い考えを頭の隅に追いやり、いつも通りの兄さんに戻ってほしいという思いと共に、兄さんの手を握って笑いかけました。

 

「優月……」

 

「死ぬ時は皆一緒ーーーとまでは言いませんけど、少なくとも私は兄さんより先に逝く気はありませんよ。私は一分一秒でも長く、兄さんたちと共に生きていたいですから……」

 

「優月ちゃん……」

 

「……それにもし、そんな未来がこの先本当に待ち受けているのなら、ぶっ壊してやりましょうよ!そんな未来、結末は認めない!って!」

 

「……ははっ、そうか……そうだな。そんな嫌な未来はぶち壊して、俺たちが望む未来を作ればいいんだ。俺の力があれば完全にとは言えなくてもそれが出来るんだしな」

 

そう言った兄さんは私の手を強く握り返してくれました。

そんな兄さんの目はいつもの、私の大好きな兄の目に戻っていました。

 

「……優月に安心院もごめんな?なんか俺らしくない弱音吐いてしまって」

 

「気にしていません。むしろ今まで私たちに弱音を吐いてくれなかった兄さんが、初めてそんな弱音を私たちに言ってくれたのが嬉しいです。なんか本当に頼られたみたいで……」

 

「僕も気にしてないよ。人間なら誰だって弱音は吐きたくなるものだし……影月君は滅多に吐かないけどね」

 

「まあ……さっき優月に見抜かれたけど、あまり心配させたくなかったからな。でも言ったら少し楽になったよ。二人とも、ありがとうな」

 

「はい!」

「どーいたしまして」

 

「じゃあ……俺は今度こそ風呂に入って来るよ。流石にこれ以上このままだと風邪引きそうだしな」

 

「あっ、はい!じゃあゆっくり入ってきてください!時間はまだありますからね」

 

「ああ」

 

そう言って兄さんは浴室へと消えていきました。

 

「……よかったね、優月ちゃん。やっとお兄さんから本当に頼られるようになったんじゃない?」

 

「……そうですね。本当によかったですーーーってその言い方……まるで兄さんが今まで私を頼っていなかったみたいに聞こえるんですけど?」

 

「えっ?気がついてなかったの?」

 

「えっ!?な、何がですか!?」

 

「そりゃあもちろん、影月君が優月ちゃんを頼ってない事ーーーって嘘だから、《焔牙(ブレイズ)》を出そうと構えながら浴室に突撃しようとするのをやめようか」

 

「……不安になるような嘘を言わないでください……」

 

安心院さんに止められた私はその後、気持ちを落ち着けてから学校へ向かう準備を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ユリエさん。もう終わりですか?」

 

私は目の前で肩を上下させながら、こちらに《片手剣(セイバー)》の切っ先を向けている銀色の少女ーーーユリエさんに問い掛けます。

現在私とユリエさんは放課後の学園内廊下で《焔牙(ブレイズ)》の戦闘訓練をしていました。

ユリエさんたちがその身に永劫破壊(エイヴィヒカイト)を宿した日から、私たちはたまにこうしてお互いに戦闘の腕を高め合う為に個人訓練をしています。もちろん学園側の許可はもらっています。

 

「っ……まだです……!」

 

銀色の少女は息切れしながらも《双剣(ダブル)》を構えて廊下の床を蹴り、私へと向かってきました。

私は正面から来るユリエさんに向かって、手に持っていた自らの《(ブレード)》を横一閃に振り抜きましたが、ユリエさんはそれを姿勢を低くする形で避け、右手に持った《片手剣》を私の胴体へと振るいます。

それを確認した私は即座に振り抜いた《刀》を私の胴体と《片手剣》の間に滑り込ませて受け止めます。

自らの攻撃が防がれた事を確認したユリエさんは、その受け止められた反動を利用して大きく後ろへ下がります。しかしわざわざそうして黙って距離を取らせる必要もなくーーー私はそのままユリエさんを追撃します。

 

「はぁっ!」

 

「っく!」

 

私の袈裟斬りをユリエさんは《双剣》で防ぎましたが、威力を殺しきれずにユリエさんは少しバランスを崩しました。

私はその隙を逃さず、ユリエさんにとどめの一撃を放とうとしましたがーーー

 

「……三國先生、何かご用でしょうか?」

 

ユリエさんの肉体へ《刀》を突き立てる直前で止め、私は横に突然現れた朔夜さんの護衛の先生に視線を向けました。

 

「はい、優月さん。シグトゥーナさんもここまでです」

 

「……今日の訓練はここで終わりみたいだな」

 

「……そうみたいだな」

 

三國先生が静かに告げると、今まで私たちの打ち合いを黙って見ていた兄さんと透流さんがそう呟き、二人は自らの《焔牙(ブレイズ)》を消しました。それを見て私たちも手に持った《焔牙(ブレイズ)》を消します。

 

「で、用件は?」

 

「はい、理事長より貴方たちにご報告があると」

 

「……もしかして、《禍稟檎(アップル)》の件ですか?」

 

私が思い当たる理由を三國先生に聞くと、先生は一瞬驚いたような顔をした後に静かに笑みを浮かべました。

その三國先生の表情が意味する事を私と兄さんは察しました。

どうやら何かしらの動きがあったようです。

 

「……なるほど、なら行きましょうか」

 

「ええ、貴方たちも理事長がお呼びですよ。九重くんにシグトゥーナさん」

 

「えっ、俺たちもですか?」

 

その言葉に三國先生は頷いた後に理事長室に向かって歩き出し、それに私と兄さん、そして戸惑いながらも透流さんとユリエさんが後に着いていくのでした。

 

 

 

 

 

 

三國先生に連れられて理事長室へ向かうと、室内には朔夜さんや美亜さん以外にもリーリスさんや巴さんやトラさん、安心院さんや妹紅さんがいました。

 

「如月くんたちをお連れしました」

 

「ご苦労様、三國」

 

僅かに目を細めた朔夜さんを見つつ、私は朔夜さんの言葉を待ちます。

 

(それにしても……皆さんがいるという事は、それ程危険な報告ではないんでしょうか?)

 

内心で首を傾げながら、私は朔夜さんを見ます。

その朔夜さんは私たちの顔を見渡した後ーーー

 

「社会とはーーーその大小に(かか)わらず、必ずや閉鎖的な一面を持つものですわ」

 

と、まるであの街(皐月市)の裏側を指すような前置きを口にしーーー

 

「今回はそんな閉鎖的な一面を持つ街について、貴方たちにお話しましょう」

 

本題について話始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が傾き始め、夜の帳がもうすぐ下りようとしてきた頃ーーー

私たち九人は私服(妹紅さんはいつもと変わらず)に着替え、電車に揺られていました。

無論、遊び目的の外出ではなく、任務先へ向かっての外出です。

 

「ーーーってあれ?」

 

「どーしたんだい?優月ちゃん」

 

「いや……なんだか少し前にも似たような地の文を兄さんが言っていたような気がしまして……」

 

「優月ちゃん、たまにメタい事言うよね。まあそのデジャヴには突っ込まないでおくよ。僕もそんな気がしてるし」

 

「ちょっと二人とも、何を話してるのよ?」

 

「気にしなくていいぞ……少なくともリーリスたちには分からなくても、画面の前の人たちならきっと分かってくれると思うから……」

 

「さらなるメタ発言が影月君から出たー!」

 

「……三人とも、ここは電車の中だから静かにしてくれないか……」

 

『あ、はい……』

 

巴さんがため息をつきつつ、私たちの事を咎めました。

 

「それにしても、いつ終わるか分からないっていうのは面倒な話よねぇ……」

 

「ふふっ、そう言うな。護陵衛士(エトナルク)の任務は多種多様だと理事長も言っていただろう」

 

言葉をそのまま態度に表して大きく息をはいたリーリスさんへ、巴さんが苦笑いしつつ言います。

 

「いいじゃないですか。今回の任務はある程度私たちが進めていたんですから……透流さんたちにとってはいくらか楽だと思いますよ?」

 

「ふんっ、貴様らは一月(ひとつき)以上前から皐月市に任務でたまに来ていたんだろう?」

 

「はい、今回の任務内容の物についてずっと調査していたんですよ」

 

「なぜそれを僕たちに言わなかった?」

 

「聞かれなかったからな。あまり話すような事でもないし」

 

トラさんの質問に飄々とした様子で答えた兄さんを見て、私は思わず苦笑いを浮かべました。

 

「にしても、妹紅は電車に乗るのは初めてか?」

 

「ああ。こんなに人が多く乗っていて、空を飛ぶのと同じくらい早いものなんて幻想郷には無いからな」

 

「そうか、確かに幻想郷は幻想になったものが実在する世界だって話だからな……今もこうして多くの人に利用されている電車が忘れ去られるなんて……何百年後だって話だしな」

 

そんな話をしている内に、電車は目的地の駅へと着きました。

 

「その話はまた今度な。行くぞ」

 

「行きましょう、トール」

 

ドアが開くと兄さんが、続いてユリエさんがホームへと降り立ち、私たちもその後に続きました。

改札を出ると、透流さんたちにとっては初めてのーーーそして私たちにとっては何度目かの皐月に到着しました。

 

 

 

 

 

「相変わらず人が多いな……」

 

「うわぁ……人里よりも多いなぁ……」

 

「もう私たちは見慣れた光景ですけどね……さて、アーケード街に行きましょうか」

 

私と兄さんは、皆さんの先頭に立って歩き始めました。

もう何度もここには来ているので、道に迷うなんて事はありません。

 

「それにしても、結構大きい街だなぁ……」

 

「ヤー、それにとても綺麗です」

 

クリスマスが近いという時期もあってか、高架通路(デッキ)には大きなツリーが配され、街もいたる所に華やかなイルミネーションが飾り付けられています。

 

「私の方の情報も集まるかねぇ……」

 

「元の世界に戻る情報だっけ?何か収穫があるといいな……」

 

私たちは学園の敷地内では決して味わえない雰囲気の中を歩いていき、ものの数分もしない内に本日最初の目的地になる皐月三番街アーケードへと到着しました。

 

「さて、まずは底なし穴(ボトムレススピット)にでも行くか?確か朔夜は司狼に話を通してあるとか言ってたが……」

 

「そうですね……まずは司狼さんたちと会ってから、色々と回りましょうか」

 

底なし穴(ボトムレススピット)?」

 

「ああ、俺たちがこの街の拠点として使っているクラブでな。ここからもうちょっと行った先にーーー」

 

と、兄さんが指をアーケード街の向こう側に指そうとしたその時ーーー

 

「ってーじゃんか!放せよテメー!!」

 

さっき通ったばかりのアーケード入り口方面から、女の子の怒鳴り声が聞こえてきました。

明らかにトラブルか何かだろうと察せられる内容に、透流さんは咄嗟に踵を返して走り出しました。

 

「お、おいっ、透流!?」

 

「早速トラブルに首を突っ込むかぁ……」

 

「そういうなじみも走り出そうとしたよな」

 

「そういう妹紅だって」

 

「そんな言い合いしてないで透流さんを追いかけますよ!」

 

そして私たちも透流さんを追って、アーケード入り口へと戻りました。

 

「あっ、さっきの声、あの子じゃないか?」

 

妹紅さんがそう指を指した先には、入り口近くにある少し暗めの横道で、私たちと同い年くらいの女の子が、長髪の男に腕を掴まれていました。

(そば)にはもう一人、男の仲間らしき巨漢が事の推移を見守るかのように立っていました。

 

「放せよ!金玉潰されてーのかよ!!」

 

「うるせーぞ、このバカ女!テメーらベラドンナがーーー」

 

「おい、やめろ!!」

 

長髪の男が声を荒げて拳を振り上げた瞬間、透流さんも声を荒げて駆け寄りました。

 

「「何だよ、テメーは!?」」

 

男女双方の声が、透流さんの姿を認めて重なります。

 

「ただの通りすがりだ」

 

「関係ねーやつはすっこんでろ!」

 

「いいや、こうやって割り込んだ以上は関係者ってものだろ」

 

透流さんはそう言いながら近付き、長髪の腕を掴みます。

私たちの横にいるトラさんが何やら頭を抱えていますが、透流さんは構わず言います。

 

「その子を放してやれ」

 

透流さんの言葉にびくりと長髪が体を震わせた途端ーーー女の子はその瞬間を逃さず、手を引いて男の手から逃れーーー

 

「よくもやりやがったな、このクソヤロー!!」

 

と叫ぶや否や、男の脛を蹴り飛ばしました。

 

「ぐぅっ!つぅ……このクソガキ……!」

 

『なっ……!?』

 

「ざまぁねーな!あはははっ!」

 

女の子が大きく声を上げて笑う様は想定外で、私たちは思わず目を丸くします。

 

「いい加減にしろ、女」

 

怒りを内包した低い声で言うと、巨漢がゆっくりと女の子に近付こうとしーーーその二人の間に透流さんが立ちます。

 

「まだ邪魔するつもりかよ!」

 

長髪の怒りが透流さんに向いている間に、女の子は中指を立てて「テメーらこそ消えちまえ!」と叫ぶと、アーケードの中へと駆けていきました。

 

「くそっ、テメーのせいで……!!」

 

 

 

「テメーのせいで……なんだって?」

 

するとそこに突然第三者の声が響き渡りました。

 

「まったく、人のシマでギャーギャー騒いでる上に女に手を上げようとする男とか……死んでいいだろ」

 

「司狼……」

 

兄さんが呟き、視線を向けている先には手にデザートイーグルを長髪の男に突き付け、ニヒルに笑う遊佐司狼さんが立っていました。

 

「お、おい……あいつ……」

「ああ、底なし穴(ボトムレススピット)のトップじゃねぇか……?」

「マジかよ……」

 

「おい影月、お前の連れに言っておけよ。こんな面倒事に毎度毎度首突っ込んでると早死するってよ」

 

「お前が言うのか、司狼」

 

周りがざわめく中、兄さんが半眼で呆れたように言うも、司狼さんはスルーして続けます。

 

「で……どうする?お二人さん。このままここでやりてぇって言うなら俺は付き合ってやっても構わねぇぜ?」

 

「……やめておこう」

「お、おいっ……!?」

 

「おーおー、賢い選択なこった。ほら、早く行った行った」

 

銃をしまって、しっしっと手を振る司狼さんを見て、巨漢は無言で、長髪の男は舌打ちをして踵を返して去っていきました。

 

「ふー……やっと来たか。ずっと待ってたんだぜ?」

 

「すまないな。色々準備とか連れの案内に手間取ってな……」

 

「如月、彼は……?」

 

すると今まで黙って成り行きを見ていた巴さんが兄さんに問いかけます。

 

「透流たちは初めて会うんだっけか……こいつは遊佐司狼。蓮たちの仲間でーーー」

 

「通りすがりのただのイケメンだよ」

 

そう言ってニッと笑う司狼さんを見て、透流さんたちは微妙な顔をします。

 

「なんだよ、ノリ悪りーな」

 

「いきなり自分の事をイケメンとか言う人相手にどう反応しろと……?」

 

「んな事俺が知るかよ。それよりもさっさと行こうぜ?例の《禍稟檎(リンゴ)》について、幾つか分かった事があるからな」

 

「ん、分かった」

 

そう言って踵を返した司狼さんに私と兄さんと安心院さんがついていくのを見て、透流さんたちは再び微妙な顔をしましたが、いつまでもぼーっと立っているのはまずいと思ったのか、仕方なさそうについてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーで、現在一番怪しいのはベラドンナのリーダーのリョウって奴なのか?」

 

それから三十分程経った頃ーーー私たちは底なし穴(ボトムレススピット)で司狼さんとエリーさん、そして今日は非番だと言う螢さんを交えて彼らが色々な手を使って得たという情報を聞いていました。

その情報の中で兄さんが一番反応したのはリョウという人物についての情報です。

ちなみに司狼さん、エリーさんと初対面の透流さんたちは先ほどまでかなり警戒していましたが、蓮さんの親友という関係と、私たちと交わす気軽な会話を聞いて警戒を解いています。

 

「ああ、大学の法学部に籍を置いている成績優秀な勤勉タイプで、交友関係も広いらしいぜ」

 

「そして資産家の出で、ある程度の素行不良も揉み消せるみたいよ。そして彼の親の所有するマンションに女と二人で住んでるとか」

 

「素行不良以外は聞く限り、怪しい所は無いみたいに聞こえるが……?」

 

巴さんがそう疑問を口にすると、司狼さんは咥えていたタバコから紫煙を燻らせながら答えます。

 

「ま、そこだけ聞けばそう思うだろうな。だがどうにも()()()()()

 

「お?司狼、あんた嗅覚も不能じゃなかったっけ?もしかして治った?」

 

「バーカ、ちげーよ。そういう一見何も無いような奴が一番怪しくて臭うって話だ。推理小説とかでよくあんだろ」

 

「なるほど……で、そのリョウって奴はどこにいる?」

 

兄さんは司狼さんに問いかけました。

すると今度は螢さんがその質問に答えました。

 

「この三番街から少し離れたとこにあるクラブ・エレフセリア。そこがベラドンナの溜まり場よ」

 

「ああ、螢ちゃんはベアトリスと交代でエレフセリアを監視してるんだっけ。ならエレフセリアの案内は頼んだわよ〜」

 

「貴女ね……」

 

そう言ったエリーさんに螢さんはため息をつきました。

 

「別にいいんじゃねぇの?お前、今日暇だろうし?お互いの情報交換も終わったからちょっと行ってこいよ」

 

「遊佐君まで……」

 

「まあまあ……お願い出来ますか?螢さん」

 

「……分かったわ。ついてきて」

 

そして私たちは司狼さんたちにお礼を言い、扉から出ていった螢さんについていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報を得るーーーと一言に言っても、まずは街を知る事から始まります。

構える店などの情報は事前に学園側から用意されていたり、先に調査に来ていた私たちが情報を持っていたりしていたものの、やはり現地に来て自分自身の目と足で確かめた方が咄嗟の行動の際に色々と役立ちます。

そうしてお店の場所、道の繋がり、人の集まる場所などを大まかに螢さんと確認して数日後ーーー私たちの任務は次のステップへと進んでいました。

それはーーー活動の拠点を改めて定める事です。

定めた拠点、もしくはその付近をテリトリーにしている人たちに、私たちという新参のグループを認識してもらうのが狙いです。お互いに顔を覚えていれば、いずれ言葉を交わす機会も出てくる。そうなれば《禍稟檎(アップル)》につながる情報もいずれは得られるだろうーーーというのが透流さんの出した提案でした。

ここで司狼さんたちの居る底なし穴(ボトムレススピット)を今まで通り拠点として使わないのか?という意見が聞こえてきそうですが、司狼さんたちとは元から知り合いという関係上、透流さんの出した提案の狙いが意味の無いものになってしまいます。

なので司狼さんたちと話し合い、私たちは裏では情報を交換し合う協力関係を続けつつ、表側では全く関わりが無いように偽るという形になりました。

 

 

駅と繋がる高架通路、若い世代向けの店が集まったビル、ボーリング場、ビリヤード場、ファーストフード店やファミレス、中心地から少し離れた所にある公園と様々な拠点の候補が上がりましたが、私たちがその中で選んだのはーーー

 

「兄さん!見てください!取れましたよ!」

 

「…………なんだろう。似たような言葉を前聞いた気がする……」

 

三番街付近に位置し、以前司狼さんと共に遊んだゲームセンターです。

やはりこの街に存在する五つの派閥と、無所属の人たちが多く出入りするこのゲームセンターは今回の任務を考えれば適切な場と言えるでしょう。

私は以前とは違う種類のぬいぐるみを抱きしめながら、兄さんの元に行くと、兄さんは何やら頭を抱えながらぼそりとそんな事を呟きました。

 

「前みたいに楽しんでるな……任務中なのに」

 

そう言って兄さんが視線を向けた先にはーーー

 

「ふふっ、完璧(パーフェクト)ね♪」

 

パチンと指を鳴らし、喜びを露わにしているリーリスさん。

彼女はファンファーレを響かせるプライズキャッチャーから景品、ぬいぐるみを取り出して嬉しそうにぎゅっと抱きかかえました。

 

「……にしても、あのぬいぐるみのデザインは何なんだろうな……」

 

リリースさんが抱きしめているのは世界的人気のホラーテーマパークDNL(デスニューランド)のマスコットキャラ・ロジャース。

ハート形をしたリーゼントのたてがみを持つ馬で、後頭部からは脳みそが見えるというデザインです。

リーリスさん曰く、キモカワイイとの事ですが、私としては「まあ、そういったキャラもいいんじゃないですかね?」といった感じの印象です。

そして兄さんと遠目にリーリスさんを見ている透流さんはそのキモカワイイがまったく分からないようです。

 

「でもって、安心院と妹紅は音ゲーにべったりだし……」

 

次に兄さんが視線を向けた先にはーーー

 

「よし!「Einsatz」フルコン達成!」

 

「こっちはなんとか「月まで届け、不死の煙」をクリア出来たよ。いやー、この音ゲーって奴は面白いねぇ」

 

安心院さんと妹紅さんがハイタッチをして楽しそうに話しています。

 

「妹紅は妹紅で幻想郷に戻る情報収集するって言ってたのに、音ゲーに思いっきりハマってるし……」

 

ちなみにトラさんはメダルゲーム、巴さんは将棋ゲーム、ユリエさんは先ほどから一つのプライズキャッチャーにずっと張り付いています。

 

「そういう兄さんは遊ばないんですか?」

 

「うーん……特にプライズキャッチャーで取りたい物も無いし……」

 

「なら、私と遊びましょうよ!あっちにマ○オカートありましたからそれで!」

 

「ほう、それは○リカーがものすごく得意な俺に対しての挑戦か?」

 

「当然です!今日こそ絶対に勝ちます!!」

 

「ははっ、やれるものならやってみろ!!」

 

そうして私と兄さんは周りが若干引くくらいの気迫を放ちながら、目的のゲームへと足を進め始めました。

 

 

 

 

()()があったのはそれから程なくしての事でした。

マリ○カートで激闘を繰り広げた私たちは、そろそろ透流さんたちと合流しようとプライズキャッチャーのあるコーナーまで戻る事にしました。

○リオカートがあったコーナーを後にし、写真シール機プリントフラッシュ(通称プリフラ)コーナーを横切っていこうとした時ーーー

 

「おっと……!」

 

「うわっ!!」

 

私はプリフラコーナーから突然、前を見ずに出て来た女子高生二人とぶつかりそうになりました。

 

「どこ見てんだよ、テメー!」

 

直後、ウェーブヘアの女の子が怒鳴ってきました。

向こうの不注意なのに怒鳴られるのは理不尽だとは思いますが、わざわざそれに突っかかって余計な騒ぎを起こすような私と兄さんではありません。

 

「すみませんでした!」

 

「悪かったな」

 

と私たちがすぐに謝るとーーー

 

「ん?テメーらどこかでーーー」

 

こちらの言葉を遮って眉間にしわを寄せ、こめかみに指先を当てた女子高生は何かを考え始めました。

 

(あれ?確かこの子、前にもどこかで見た気がーーー)

 

一方の私もブリーチで茶髪にしたゆるい短めのウェーブヘアの女子高生を見て、どこかで見た事がある気が……?という考えが頭に浮かび上がりました。

 

「誰よ?」

「待った。あとちょっとで思い出せそうだからーーー」

 

怪訝そうな顔で話し掛ける友人を、茶髪の子が手で制した直後ーーー

 

「影月、優月?どうした?」

 

私たちの声を聞きつけたのか、透流さんが近付いてきました。

そんな透流さんの顔を見た茶髪の子はーーー

 

「あーーーーっ!!お前、この前《沈黙の夜(サイレス)》に絡まれた時の奴じゃん!!」

 

彼女は透流さんの顔を見ながら叫びます。

 

「ちょっ、こいつ《沈黙の夜(サイレス)》の奴かよ!?」

 

「違う違う!なんか知んねーけど《沈黙の夜(サイレス)》の邪魔をしたんだって!」

 

「はあ?つまりどういうことよ?」

 

(《沈黙の夜(サイレス)》……確かベラドンナと不仲のグループでしたね……)

 

沈黙の夜(サイレス)》、邪魔をしたーーーその二つの単語から思い当たる事はーーー

 

「君、先日三番街の入り口で絡まれてた子だろ?」

 

どうやら私と同じ事を思った兄さんは、ウェーブの子にそう問いました。

 

「そうそう!それあたしあたし!人が楽しく遊ぼーって時に《沈黙の夜(サイレス)》の奴らに邪魔されてさー。けど、あんたのおかげで助かったわけよ♪」

 

「あー、あの時の話ね。把握したわー」

 

バンバンと透流さんの肩を叩きながら笑顔を見せるウェーブの子に、もう一人の女子高生も話を理解したようです。

 

「で、君はそっちの二人にも見覚えがあるのか?」

 

「それが考えてるんだけど、思い出せなくてさー。なんかこいつらもどっかで見た事あんだけど……」

 

そう言って再びこめかみに指先を当てて考える女子高生に兄さんはーーー

 

「確か数ヶ月前、君は底なし穴(ボトムレススピット)の前で言い合いをしてたよな?確か邪魔をするから文句言いに来たとか言って」

 

「……あーーーーっ!!思い出した!!あのかっこいいイケメンと一緒にいた奴らか!!」

 

「ああ、多分それであってる」

 

「あー、そっちも把握したわー」

 

ちなみにイケメンとは十中八九、戒さんの事だと思われます。

 

「先日は助かったからよかったけど、最後に蹴りを入れるのはどうかと思うぜ。あれじゃ相手の精神を逆なでーーー」

 

「説教うぜー」

 

「うっ……」

 

透流さんの指摘に彼女は余計なお世話だとばかりに睨み、透流さんは言葉に詰まります。

そこへーーー

 

「透流、影月、優月、その子たちは?」

 

ひょこりと筐体の陰から顔を出したリーリスさんが、私たちと二人の女子高生を見て不思議そうな顔をします。

 

「ああ、この子たちはーーー」

 

「リアル外国人っ!マジ金髪じゃん!!」

「胸でかっ!!ぼーんっ!!」

 

「えっと……?三人とも、一体なんなのよ、この子たち?」

 

透流さんが説明しようとした矢先に二人が騒ぎ出し、さすがのリーリスさんも動揺します。

そこへさらにーーー

 

「どうしましたか、トール?」

 

「なんかあったのかい?かなり大きな叫び声が向こうでも聞こえたが」

 

「リアル外国人パート2と3!二人とも銀髪じゃん!!」

「顔ちっさ!!きゅーとっ!!」

 

「……私は外国人じゃない。れっきとした日本人だ」

 

そんな妹紅さんのツッコミすらも無視して騒ぐ二人組。

その二人が騒いでる間に透流さんと私たちは、騒ぎを聞いて集まって来ていた皆さんへ手早く説明を済ませました。

 

「ふむ、先日の者だったか……。ところで今の話で一つ気になったのだが、《沈黙の夜(サイレス)》とは?よければ聞かせてもらえないだろうか?」

 

事情を聞き終えた巴さんはさりげなく会話へ混ざりつつ、情報収集を始めます。

 

「あいつら知んねーの?」

 

「すみません。私たちは今まで松里(まつざと)に立ち寄るぐらいだったので……。皐月(この街)へ来たのはつい先日なんです」

 

私は皐月市に隣接した街の名前を出してここに詳しくない事を言うと、二人の女子高生は何の疑いもなく話始めました。

 

「うちらはさー、自由に楽しくってのがアピールポイントのベラドンナってグループなわけよ。いろんなガッコのやつや、ぶらぶら暇してるやつが集まって遊んでるっしょ」

 

(やっぱり彼女たちはベラドンナに属していましたか……)

 

「なるほどな。って事は、この前揉めていた彼らはもしかしてその《沈黙の夜(サイレス)》って所の奴らか?」

 

そこへ兄さんがさらに質問します。

 

「そうそう、あいつらはいろんなガッコのドロップアウト組が集まってるグループで、街を仕切るとかチョーシこいてるやつら」

 

美咲さんと名乗った(お互いに自己紹介しました)ウェーブヘアの彼女からの話は大方私たちが聞いた今回の任務のブリーフィング内容とあまり大差ありませんでした。

皐月市の繁華街には五つの派閥と無所属の人たちがいるという事。

また、五つの派閥がよく集まっている場所というのも私たちが以前から集めていた情報とあまり大差ありませんでした。

 

(ほぼ資料と情報通りですね。目新しい情報は無し……成果はこちらの情報の確実性が増した位でしょうか)

 

「《沈黙の夜(サイレス)》のやつらマジうぜーから、ナイツには行かない方がいいっしょ」

 

「ご忠告ありがとうございます」

 

とはいえ、《沈黙の夜(サイレス)》の溜まり場はナイツというバーなので、安心院さんと妹紅さん以外の私たちは入る事は出来ないのですが。

そちらの方は司狼さんたち率いる底なし穴(ボトムレススピット)の人や、ドーン機関の要員を派遣してもらうのが妥当でしょう。

 

「で、透流たちはこれからも皐月に顔を出すんだよな?」

 

美咲さんに問われ、私たちは一様に頷きます。

 

「だったらさ。ベラドンナ(うちらのとこ)来ればいーじゃん。みーんなバカでいいやつっしょ♪」

 

「えっと……」

 

「ふむ……」

 

ナイスアイデアとばかりに手を打ち合わせる美咲さんに、私たちはどう答えるべきか逡巡(しゅんじゅん)します。

潜り込んで情報収集するというのはこちらにとってはかなりの収穫が期待出来ますが、いきなり深入りするという事でもあるのでそれなりのリスクがあります。

透流さんや巴さん、トラさんや兄さんも私と同じような事を考えているようですがーーー

 

「まっ、いいからついて来なって。みんなに紹介するっしょ♪」

 

どうしたものかと私たちが答えを出すよりも早く、美咲さんは相方のココさんという子と共に歩いて行きます。

 

「……とりあえずここで会ったのも何かの縁だ。ついていこうか」

 

「そうだな……それにもしかしたらベラドンナのトップに会えるかもしれないしな」

 

そう言った妹紅さんと兄さんは、先を歩く美咲さんについていきます。

それを見て私たちもとりあえずついていこうという意見となり、私たちはゲーセンを後にしました。

 

 

 

 

 

 

三番街から少し離れ、洒落た外観の店が建ち並ぶ細道に入った所にその店はありました。

クラブ・エレフセリアーーー美咲さんたちの属するグループ・ベラドンナの溜まり場で、ベアトリスさんと螢さんが監視している場所です。

扉をくぐった先にはエントランスがあり、その先に進むと壁際にバーカウンター、対面にはテーブル席、さらに奥は大きく開けており、五十人くらいのお客さんで賑わうダンスフロアと、何色ものレーザーで派手に照らされたステージが目に入ります。

 

底なし穴(ボトムレススピット)と似たような間取りですね……一回り小さいですけど)

 

「随分と人が多いんだな」

 

「えー、今日は少ないっしょ。週末はこの倍は集まるしー」

 

美咲さんは知り合いらしき人たちと軽く声を掛け合いつつ、店の奥へと歩いて行きます。

奥には個室があるようで、扉を開けると室内は暗めのブルーライトで照らされたまるで海の底のようなVIPルームがありました。

 

「リョウ、ちょいいーかな?」

 

『っ!?』

 

美咲さんは部屋の中央に設置されたテーブルを囲むように置いてあるソファに座る数人の男女の中で、その中央に座す黒縁眼鏡を掛けた男性に話し掛けました。

私たちは美咲さんが私たちにとって聞いた事のある人物の名前を出した事で息を呑みました。

 

「なんだい、美咲」

 

年齢は二十歳くらいで、髪の先を白っぽく染めたツートーンのヘアカラーをした端整な顔立ちの男性は美咲さんに視線を向けました。

 

(この人が司狼さんが怪しいと言っていたリョウって人ですか……)

 

「実はさ。このーーー」

 

と美咲さんが私たちを紹介しようとした時、リョウにしなだれかかっていた女性が、私たちの姿を見て甘ったるい声を出しました。

 

「だれぇ、その子たちぃ?もしかしてぇ、ナンパでもして来たのぉ?」

 

かなり明るめの茶髪にピンクと緑のヘアチョークをした派手な外見の女性ーーーそんな彼女の唇に指を当てると、リョウは笑顔で言いました。

 

「スミレ。今は僕と美咲が話しているんだから、ちょっと待っていてくれるかな」

 

「はぁーい。いい子にしてるからぁ、はやくしてね、リョウちゃん♡」

 

リョウは勿論さと返しつつ、躊躇うことなくキスをしました。

 

「っっ!?」

 

すると背後から誰かが息を呑む声が聞こえました。

おそらく巴さんだと思いますが、ひとまずその考えは隅に置いておきます。

 

「さて、紹介が遅れたね。僕の事はリョウと呼んでくれ。ベラドンナの相談役をさせてもらっている」

 

「相談役?リーダーじゃないんですか?」

 

透流さんが聞くと、彼は笑って手を左右に振ります。

 

「年上だからって畏る必要はないよ。普段通りに喋ってくれればいいさ」

 

「えーっとーーーじゃあそうさせてもらうかな」

 

透流さんは逡巡した後、言葉遣いを普段通りに戻しました。

 

「さて、僕がリーダーじゃないのかという質問だったね。ベラドンナのモットーは自由ーーーだからリーダーと言えるような者は誰もいないよ。僕は皆が困った時にアドバイスをしていたら、相談役なんてあつかいになってしまったんだけどね」

 

彼はそう答えるものの、実質的にはトップなのは間違いないと思われます。

 

「ええっと……キミたちも今日からベラドンナの仲間入りって事でいいのかい?」

 

「そそっ♪この前《沈黙の夜(サイレス)》に絡まれたって話したっしょ。そんときに透流が助けてくれたんだよねー」

 

「ああ、キミが……そういう話なら歓迎するよ」

 

「……悪い。ここまでついて来てこう言うのもどうかと思うけど、俺たちは仲間入りをさせてほしいってわけじゃないんだ」

 

「えーーーっ!?どーゆーこと、透流!?」

 

「あー、ゴメンな。なんか言い出しづらい流れだったんで……」

 

そして私たちはここに来るまでの経緯を真実と虚構を織り交ぜながら話しました。

 

「つまり、美咲が先走ったというわけだね?」

 

「ま、簡単に言うとそんな所だ」

 

「ははは……」

「う……」

「キャハハハハ!美咲だっせー!」

 

経緯を把握したリョウにはっきりと告げた兄さん。それに透流さんは苦笑い、美咲さんは自分が先走った事を理解して言葉に詰まり、外野は笑い出しました。

 

「じゃ、じゃあどうしてついて来たわけ!?」

 

「普段、君がどんな所で遊んでるのか気になったんだよ」

 

「む〜……」

 

頬を膨らませて少し怒っているような美咲さんを見て、兄さんは苦笑いします。

 

「まあ、仲間入りするかは後々決めるさ。まだここに来て日も浅いから色々見て回りたいしな」

 

「……まー、それなら仕方無いっかぁ……」

 

それを聞いた美咲さんの頬が元に戻りました。

 

「そう肩を落とす事は無いよ、美咲。彼らが仲間入りを希望するまで待とうじゃないか。まあーーー」

 

私たちの顔をぐるりと見回し、リョウは続きを述べます。

 

「キミたちのようなユニークなメンバーが加わってくれるなら、僕も大歓迎だよ」

 

「俺っちも歓迎するぜーい♪特にそっちの金髪ちゃんをダイカンゲーイッ!ってなわけで今夜オレと付き合わなーい?」

 

「オレもそっちの白髪の子をカンゲイするぜー!で、そっちもオレと今夜付き合おうぜー?」

 

「あっ、抜け駆けすんなよ!俺はそっちの黒髪ちゃんと共にしてぇ!」

 

リョウの隣に座っていたドレッドヘアを後ろで結んだ軽薄そうな男性と二人の軽薄そうな男性が、リーリスさんと妹紅さんと私にいわゆるナンパというやつをして来ました。

 

「残念ながら、あたしの予約(リザーブ)はもう済んでいるの。……ね、透流♪」

 

「私は君たちには興味が無いな。色々な意味で強い奴じゃないと……な?」

 

「私も結構です。毎日兄さんと一緒に夜付き合ってますからね〜♪」

 

「ちょっ、リーリス!?」

 

「おい、優月!?」

 

そんな私たちの発言に場が大きく湧き、兄さんと透流さんは慌ててリョウたちへ弁解を始めるのでした。

 

 

 

 

 

 

時刻は二十二時を回り、私たちは所定の場所で迎えに来ていたサラさんと合流して学園へと車で戻っていました。

彼女が運転するのはブリストル家の高級外車ともあり、護陵衛士(エトナルク)の高気動車とは比べものにならない位、快適な座り心地のシートです。とまあ、そんな車の感想は置いといてーーー

 

「さて、それじゃあ今日の報告会といこうか。今日は五大派閥の一つ、ベラドンナに接触したわけだが、彼らに対して抱いた感想をそれぞれ言ってくれ」

 

車が走り出して少しすると、兄さんが今日の出来事について皆さんに聞きました。

 

「じゃあ私から……今日一日見た限りでは特に怪しい所はありませんでしたね。皆さん本当に好き勝手に遊んでいるみたいですし……」

 

ステージで踊ったり歌ったり、それを見て騒いだり、テーブルで談笑していた人たちもいれば、カウンターで静かに過ごしていた人もいました。そういう点を見たなら特に怪しい所は今の所、見当たりません。

 

「ふんっ。統率が取れていないからこそ、中で誰かが好き勝手やっていてもおかしくないと思うがな。特に件のリョウという男を中心に、数名が動いている可能性も捨てきれん」

 

トラさんの否定気味の発言に、兄さんやリーリスさんが頷きます。

 

「あたしもリョウに関しては同意見ね。他は気のいい連中って感じがしたけど」

 

「俺も同じだ。ステージで踊ってたりしてた奴らは本当に何も知らずに楽しんでるみたいだし……やっぱり怪しいとしたらリョウ辺りだな」

 

「気のいい連中だと?僕としては非常に不愉快な女が一人いたがな」

 

「あ〜……分かるぜ、その気持ち」

 

怒ったように吐き捨てるトラさんに安心院さんが同調します。

リョウの彼女ーーー派手なヘアチョークの女性の事です。

 

「う〜ん……」

 

「妹紅さん?どうしました?」

 

そこで私は妹紅さんが腕を組んで何かを考えているのに気がつきました。

 

「いや、その人の事で気になる事があってな……まあ、気のせいだと思うけど」

 

「……私には、あの人が悪い人とは思いませんが」

 

そう言うユリエさんに私たちは眉をひそめます。

 

「オレンジジュースを奢ってもらったからって、それでフィルタを掛けたらダメだぞ、ユリエ」

 

「ああ、そうやって懐柔した所でガッとしてくるような奴もいるからな。ああいう人は疑った方がいい。今は任務で潜入してるわけだしな」

 

ユリエさんはそういう意味では色々と甘いので、そのうち悪い人に騙されそうで心配です。

 

「それから不愉快って程じゃないけど、あたしもちょっと勘弁願いたい相手がいたわね」

 

「最初に声を掛けられたあのドレッドヘアの人ですか?」

 

私が聞くと、リーリスさんは頷きます。

 

「気持ちよく踊ってる所に、あたしのお尻を何回か触ろうとしてきたのよ、あいつ」

 

その瞬間、ビキッと何かにヒビが入るような音が聞こえました。

 

「……なんですか、今の不吉な音?」

 

「……多分サラじゃないか?よく見たらハンドルにヒビ入ってるし」

 

『えっ?』

 

兄さんの言葉に私たちは声を上げて、運転席に座るサラさんを見ます。そこにはーーー

 

「お嬢様、そのドレッドの男はいつ東京湾へ沈めればいいのですか?」

 

「何さらっと恐ろしい事を言ってるんだよ……」

 

「は?当然の事でしょう?お嬢様に手を出そうとしていたんですから」

 

『………………』

 

そう言って何処か背筋が凍るような笑顔を浮かべて振り返ったサラさんを見て、私たちは言葉を失いました。

しかしその中で唯一、言葉を失わなかった人(妹紅さん)がケラケラと笑いながら言います。

 

「まあまあ、落ち着くんだサラさんや。あれくらいの歳の男だと彼女みたいな可愛い子に声を掛けたくなるんだろうさ。若気の至りって奴だよ」

 

「……ならばそのような万死に値するような行動も無視しろと言うんですか?貴女は」

 

「そうは言ってない。まあでも……もし彼がリーリスに手を出したら、私が代わりにその男を消し炭にしておくからさ。それで勘弁しといてくれよ」

 

「なら、その消し炭の後処理は私に任せてもらえませんか?それなら許容致しますので」

 

「そういうことならいいだろう」

 

「いいだろうじゃねぇよ!!殺人はダメだからな!?……まあ、相手の行動次第では止むを得ないかもしれないが」

 

「影月、そこは最後までダメって言うべきじゃないのか!?」

 

そうした車内の騒ぎは昊陵学園につくまで続きました。

 

 

 

 

 

 

結局、ベラドンナに関しては今後様子見をしていき、下心満載で近づいてくる輩に至っては、場合によって滅尽滅相するという結論を出した所で、私たちは昊陵学園へ戻ってきました。

石造りの巨大な門を潜り、寮へと向かうその途中ーーー

 

「あれ?」

 

「ん〜?」

 

「どうかしましたか、トールになじみ?」

 

「こんな時間だってのに、妙に人の姿が多いなと……」

 

「今は二十三時だぜ?こんな時間に誰だろうね?」

 

言われて敷地内を見てみると、人影がちらほらと見えていました。

夏以来、警備が強化されたとはいえ、流石に数が多い気がします。かといって門限はとうに過ぎているので、生徒の可能性はーーー

 

「あ、透流くん。それにみんなもお帰りなさい」

 

「おろ?みやびちゃん?」

 

と考えていると、人影から聞き慣れた声が聞こえてきて、私たちはちょっと驚きました。

私たちに声を掛けたのは間違いなくみやびさんで、側には吉備津さんと月見先生(バニーメイド冬服仕様)の姿もあります。

 

「おつかれさまー、九重くん、影月くんたちもー」

 

「くはっ。夜遊びにお疲れも何もねぇーーーいや、夜遊びだからこそお疲れってか?」

 

「ただいま、みやび、吉備津。こんな時間に外で何をしてるんだ?」

 

月見先生は発言ごとスルーした透流さんが問います。

 

「今日はふたご座流星群の日だよ。昨日から少し話題になってたの覚えてないかな?」

 

「ああ、そういえば……」

 

そういえば昨晩からテレビでそのような事が言われていたのを思い出しました。

 

「理事長がたまには息抜きするのも大事だからって、今日は門限を一時までにしてくれたんだよー」

 

「そうか……朔夜が……中々粋な事をするな」

 

吉備津さんから事の経緯を聞くと、兄さんは薄っすらと笑みを浮かべました。

 

「透流くんたちも任務で疲れただろうし、一緒に息抜きをしないかな?」

 

「ついでに息だけじゃなくて別のものも抜いてもらうってのはどうよ?」

 

「そうだな、せっかくだから俺たちも息抜きって事で流星群を見ようか」

 

兄さんは先ほどからろくでもない発言をしている月見先生を捕まえてチョークスリーパーを掛けながら、私たちに提案しました。

 

「ちょ……《異常(アニュージュアル)》……ギ、ギブ……息が……」

 

「いい加減にそのいかがわしい発言をやめやがれ!!」

 

苦しそうにしながらギブアップの意思を示す月見先生とそんな月見先生に怒鳴る兄さんを見て、私たちは揃って苦笑いしたのでした。

 

 

 

 

 

「で、今日この時間を作ってくれた朔夜はどこにいる?それに美亜や香の姿も見えないんだが……」

 

暫くして、月見先生を解放した兄さんはみやびさんに朔夜さんたちの居場所を聞きました。

 

「理事長たちならさっき、この先にあるガゼボでお茶してたのを見たけど……」

 

「そうか。ならちょっと行ってーーー」

 

と兄さんが言おうとした瞬間。

 

『ーーーーーー』

 

何処からか、私たちの聞き覚えのある人の歌声が耳に届いてきました。

 

「この声は……」

 

「朔夜……さんですかね?」

 

「ふむ……理事長の声だな。ちょっと行ってみないか?」

 

巴さんの提案に私たちは頷き、そのまま朔夜さんの歌声が聞こえる方向へと足を進め始めました。まるで彼女の歌声に呼び寄せられているような感覚を感じながらーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は月と星が綺麗ね……私たちの世界や都会じゃあ、こんなに綺麗に見れないからなぁ。あ、また流れた」

 

流星群という普段あまり見る機会がない現象をゆっくりと鑑賞し、前の世界では飲む機会の無かったローズティーを飲みながら呟いたのは、腰まで伸ばした金髪のツインテールをしたゴシックドレスの少女だった。

 

「ええ、この学園は都市部から離れた場所に立地していますから周囲にはネオンのような星の光をかき消すような灯りも無く、空気も比較的澄んでいますから、天気が良ければ毎日このような綺麗な星空を見れますわ」

 

それに答えたのは黒髪のツインテールをした漆黒の衣装(ゴシックドレス)を纏った少女。

彼女もまた、自らの好きな飲み物であるローズティーを飲みながら、笑みを浮かべて答える。

 

「私の時代だって負けてませんよ!夜、城の天守に出てみれば本当に満天の星空でしたから!」

 

そこに元気よく割り込んできたのは、昔の日本にあったような着物を着た少女。

彼女は飲み終えたローズティーのカップをテーブルに置きながら、目の前に座る二人の少女に言う。

 

「確かに戦国時代ならば、今のような派手な灯りは全くなかったでしょうね。……そんな時代の星空も見てみたいものですわ」

 

「私も見てみたいなぁ……あ、また……」

 

金髪の少女は雲一つ無い夜空に光の軌跡が流れると、それが流れた方向を指を指しながら言う。

 

「そういえば流れ星が消えるまでに願い事を三回言うと叶うって妹紅さんから聞いた事がありますけど……朔夜さんと美亜さんは何か願い事がありますか?」

 

「願い事……ですか……」

 

突然着物の少女からの問いに、二人のゴシックドレスを纏った少女はそれぞれ考え始める。

そして少しした後に、漆黒の少女が口を開く。

 

「私は望んだものがほとんど揃っているので、特にありませんわ。しかし、強いて言うならーーー今の状態がずっと続いてほしいですわね」

 

「今の状態?」

 

漆黒の少女の答えに着物の少女は首を傾げて、続きを促した。

 

「ええ。こうして平和に茶を嗜みながら貴女たちという大切な友人たちと語り合ったり、影月や優月たちといったかけがえのない大切な人たちと楽しく過ごしたりする日常ーーーそれがいつまでも続く事を願いますわ。それがほんの一瞬の刹那だったとしても……」

 

漆黒の少女の脳裏には、様々な人たちの顔が浮かんできていた。

自らが依頼した任務を今もしっかりとこなしてくれている《異能(イレギュラー)》の少年を始めとした数人の親しい少年少女たちーーー

いつも自分を心配してくれて、気遣ってくれる優しい二人の少女ーーー

そしてこれからも自分をずっと愛してくれると言ってくれた恋人の少年の顔がーーー

 

「つまり現状維持を望むって事だね。……まあ、私も同じようなものかな。前の世界で私が思ってた事が今こうして実現してるし……それを失いたくないしね」

 

そう言った金髪の少女の脳裏には、以前彼女がいた世界の記憶が呼び起こされていた。

毎日とも言える過激な拷問の中で彼女が変わらず狂おしい程望んだのは、そんな辛い日常(拷問)が無い平和な世界と、そんな平和な世界で共に笑って一緒に生きていける友人がほしいという願いだった。

そんな願いは今、どういう巡り合いがあったかは分からないが叶った。彼女はそんなせっかく叶った願いが失われるのを恐れている。故に彼女もまた、今の刹那が失われないようにと願っている。

 

「そうですか……皆さん同じなんですね。私も似たようなものですけど……」

 

そして着物の少女もまた思う。一度は死んでしまった自分だったが、何のきっかけがあったのか今こうして生きている。

そして生き返った世界では、彼女が昔親友として親しくしていた白髪の少女と新たな仲間たちに出会えた。

彼女自身生き返った事に関して疑問は未だ持っているが、今このような奇跡的な出会いを考えると、きっとこの世界の神様が偶然にも巡り合わせてくれた嬉しい奇跡なんじゃないかと思っている。この出会いが偶然でも、着物の少女はそんな神様に感謝しているのだ。

 

「……私の知り合いが以前こんな事を言っていましたわ。『この楽しい刹那を引き伸ばして、永遠に味わっていたいーーーそれが俺の望む渇望(願い)だ』ーーーと」

 

「……刹那の永遠を望む……という事ですね」

 

漆黒の少女は何よりも刹那を愛し、大切にしている男の言葉を一言一言噛み締めながら言った。

この刹那を永遠に味わっていたいーーーそれは誰もが一度は思った事のあるだろう平凡で、陳腐な願い。

だがそんな誰もが思うありふれた願いであるからこそ、他のどんな願いよりも強固であると漆黒の少女は思う。

故にそれに倣って、彼女は学園の生徒たちに厳しい訓練だけではなく、このような平和な日常を過ごさせているのだ。

非日常の戦闘や任務といったものの合間にこのような楽しく、何度でも味わいたいと思わせる日常を過ごさせる事で、非日常時の際に生きて帰るという意志をより強固にさせるーーーそれが彼女がこの学園にいる者たちに求めている事なのだ。

そしてそのような事を気付かせてくれたきっかけと、楽しい日常、そして大切な友人たちを与えてくれた自身の恋人の顔を思い浮かべた漆黒の少女は、おもむろに立ち上がって歩き出す。

 

「朔夜さん?どうしました?」

 

そんな背後からの声を黙殺して、立ち止まった漆黒の少女は銀色に輝く月を見上げて声高らかに歌いだした。

 

「Silberner Mond du am

Himmelszelt.

天に輝く銀の月よ

strahlst aut uns nieder voll Liebe.その光は愛に満ちて世界の総てを静かに照らし

still schwebst du über Wald und Feld,

地に行きかう人達を

blickst auf der Menschheit Getriebe.

いつも優しく見下ろしている」

 

ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』の白銀の月ーーー目を閉じて優雅に歌いだした漆黒の少女の姿は、まるで童話に出てくる美しい姫君を思わせた。

そして静かな学園に響き渡る澄んだ高音域のソプラノ。それは外で流星群を見ていた他の者たちの耳にも届き、視線を集めるには十分なものだった。

 

「Oh Mond, verweile, bleibe, sage mir doch,

ああ月よ そんなに急がないで

教えてほしい

wo mein Schatz weile.

私の愛しい人は何処にいるの」

 

美しく輝く月を頭上に従えた彼女は愛しき者に贈る愛の歌を歌っている。

その光景を見た金髪の少女や着物の少女、そしてその他の周囲の者たちは皆恍惚と目を細め、その歌に秘められた想いを感じる。

やはりこの少女と例の少年は愛し合っているのだと。彼女は自らが愛する少年の帰りをずっと待ち続けているのだと。

 

「Sage ihm, Wandrer im Himmelsraum,

天空の流離い人よ

伝えてほしい

ich würde seiner gedenken: mög' er,

私はいつもあの人を思っていると」

 

そうして歌っている少女の頬にふと、一筋の透き通った綺麗な雫が伝っていった。

それを見た者たちはその涙の意味を感じ取り、そして願った。

彼女と、その彼女に愛を向けられている少年に幸せが訪れますようにと。

どんなに残酷で辛い世界であっても、彼女と彼を永遠に引き離すような事がありませんようにとーーー

 

「leucht ihm hell, sag ihm, dass ich inn liebe.

ああ 伝えてほしい

私があの人を愛していると」

 

頭上の銀色に輝く月を従えた少女は高らかに告白する。

 

「Sieht der Mensch mich im Traumgesicht,

愛しい人が

夢の中に私を見るなら

waeh' er auf, meiner gedenkend.

その幻と共に目覚めてちょうだい」

 

月に向かってゆっくりと顔を上げた少女の顔には、先ほど流した涙を感じさせないような美しい、しかしそれでいてどこか寂しそうな笑みが浮かべられていた。それはまるで絵に描いたのような笑みでーーー

 

「O Mond, entfliehe nicht, entfliehe nicht!

ああ 月よ 行かないで

Der Mond verlischt

そんなに早く逃げないで」

 

そんな笑みを浮かべながら月に願う彼女の姿を見た者たちは皆、その目に涙を浮かべながら呟いた。

 

「綺麗……」

「ああ……理事長のあんな顔、初めて見た……」

「普段の理事長なら、あんな顔見せないよね……」

「……なんかあれを見てると影月くんが羨ましいよね。あんなに綺麗な涙流すくらい愛されてるなんてさ……」

「影月くんも優月ちゃんに負けないくらい優しいからね……そんな優しさに触れたら、誰だってああなるよ……」

「そんなに愛されるなんて……本当にあいつらには勝てねぇよな……授業も訓練も、そういう事に関しても……」

 

周りにいた者たちは口々にそう言った。

そして彼にはもう一人、漆黒の少女に負けないくらいの愛を向けている者もいるのだが、今ここでそれは言うのは愚問というものだろう。

 

「verzaubert vom Morgentraum,

あの人をその光で照らしてほしい

seine Gedanken mir schenken,

その輝きであの人が何処にいても分かるように」

 

その時、そんな漆黒の少女に近付く一つの人影があった。

その人影は迷う事無く、漆黒の少女の元へと近付いていく。

 

「O Mond, entfliehe nicht, entfliehe nicht!

ああ 月よ 行かないで

Der Mond verlischt

そんなに早く逃げないで」

 

そんな近付く人影に気付いていない少女は未だ、想い人を想いながら歌い続ける。

 

「Oh Mond, verweile, bleibe, sage mir doch,

ああ月よ そんなに急がないで

wo mein Schatz weile.

私の愛しい人は何処にいるの」

 

そして歌い終わった少女は、ふと後ろに気配を感じて振り返った。

そこにはーーー

 

 

 

「ただいま、朔夜」

 

「影月……!!」

 

にっこりと優しい笑みを浮かべながら立っていた彼女の愛しい人ーーー如月影月の姿があり、それを見た漆黒の少女ーーー九十九朔夜は嬉しそうに彼の名を呼んだ後、彼の胸へと飛び込んだ。

 

「おっと……いきなりだな。そんなに寂しかったのか?」

 

「はい、ほんの少しですけれど……」

 

そう言って頬を少し赤く染めた朔夜は顔を上げて、影月の顔をじっと見つめた。

 

「ん……どうした?」

 

そう言って首を傾げる彼。そんな仕草をした彼に対して朔夜はーーー

 

(ああ……やっぱり未だに慣れませんわね……こうして彼の顔を見ているだけでこちらの顔が熱くなってきますわ……)

 

「いえ……相変わらず女性のような顔立ちだと思っただけですわ」

 

「なっ……帰ってきて早々抱きつかれて言うのがそれかよ……俺だって蓮程じゃないけど、気にしているんだからな!?」

 

「ふふっ、分かってますわ」

 

本音を心の内に呟くだけにして、楽しそうに彼の顔について弄った朔夜は少し名残惜しそうに、彼から離れた。

 

「さーくやさん!ただいまです!」

 

すると今度は影月の妹である優月が朔夜に抱きついた。それに驚いた朔夜は再び顔を真っ赤にする。

 

「ゆ、優月!?い、いきなり抱きついてくるのはびっくりしますわ!」

 

「さっき影月君に自分から抱きついた人がなーに言ってんだか……」

 

ニヤニヤとしながらそう指摘する安心院の言葉に、朔夜の顔はさらに真っ赤になる。

 

「あ、あれは……その……忘れてほしいですわ……」

 

「そうは言ってもねぇ……中々ロマンチックな光景だったから、僕には忘れる自信は無いなぁ……皆はどう?」

 

「……理事長、俺も安心院と同じく忘れられる自信がありません」

「ヤー、私もです」

「わ、私は忘れるように努力します!」

「巴ちゃん……あれは覚えててもいいと思うけど……」

「みやびに同感だな。僕もあれは覚えててもいいと思う」

「みやび、トラ、それはどういう意味よ……」

「おそらくお嬢様が思ってる通りかと」

「私もあんな風にせんせーとやってみたいなー」

「……モモ、それは勘弁してくれ……」

「本当、若いっていいねぇ」

「本当ですね」

「妹紅さんと香はなんか年寄り臭い感想だね……」

 

そう口々に言ういつものメンバーたちと、その他周りの生徒たちの盛り上がっているような反応に、朔夜は恥ずかしいのか俯いて黙ってしまった。

 

「まあ、忘れられないならそれはそれでいいじゃないか。それもまた、大事な思い出なんだから……な?」

 

「はい!そんな思い出があっても、私はいいと思いますけどね〜?」

 

最後に影月と優月が俯いた朔夜に向かってそう言うと、朔夜はようやく羞恥から抜け出したのかーーー顔を上げて言った。

 

「……分かりました。ならば覚えててもらって結構ですわ。しかし私の前で再び先ほどの事を言ったら……」

 

「……言ったら?」

 

「超高難易度VR訓練の実験に一日中付き合っていただきますわ。そうですわね……射撃訓練で命中率100%でクリアするまで食事無しとか、RAYを素手で三分以内に倒すとかいかがでしょうか?」

 

『すみませんでしたっ!!』

 

その言葉に多くの生徒たちが勢いよく頭を下げる。

 

「うわぁ……RAYを素手でとか無理ゲー過ぎる……しかもVR空間なら僕の能力とかも使えないしぁ……」

 

「くすくす……冗談ですわ。まあ、しつこく言うようでしたら先ほどの提案も考えますけれど……」

 

「だとさ。まあしつこく言わなければいいんだ。分かったか?」

 

影月の苦笑い気味の言葉に、皆頷く。

 

「分かっていただけたのなら結構ですわ。ーーーさあ、天体観測へと戻りましょう。門限も残り僅かですから皆さん、しっかりと楽しんでくださいな」

 

朔夜がそう言うと周りに集まっていた人たちは皆、笑顔を浮かべながら天体観測へと戻っていく。

それを見送った朔夜は、その場に残ったいつもの面々に振り向いた。

 

「さてーーー皆さんも向こうでゆっくりお茶でも飲みながら、流れる星を眺めましょうか?」

 

そう言う彼女の顔には、先ほど一人で歌っていた時に浮かべていたようなどこか寂しそうな笑みでは無く、心の底からこの状況を嬉しく思っているような明るい笑みが浮かべられていた。

それを見た者たちも揃って明るく笑い、彼女の申し出に頷いた。

それから彼らは門限いっぱいまでのんびりと星を眺めながら楽しい時を過ごしたのだったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと藤原妹紅の気配を感じる世界を見つけたわ……さあ、どこにいるのかしらね?」

 

そして物語は更に未知の結末を見る(Acta est fabula)為に加速していくーーー

 




どうでしたでしょうか?ちなみに今話の字数は約2万5千文字位です!多いな……と書いた後に思いました(苦笑)

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!いや本当に……(苦笑)


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第五十二話

今回の話の後半で前話の伏線回収します。

ではどうぞ!



 

side 影月

 

皐月市での任務が本格的に始まってから二週間が経った。

任務は僅かながらも進展している。

ここで一旦これまでの状況を振り返り、整理しておこう。

 

 

・初日、美咲が《沈黙の夜(サイレス)》のメンバーに絡まれていた所を、偶然?居合わせていた司狼と共に助けた。

その後底なし穴(ボトムレススピット)で司狼たちと情報交換をした後、螢さんの案内で皐月市内を回る。

・四日目からは拠点と定めたゲーセンで少し長めに過ごすようになった。

・七日目に美咲と再会、美咲とココの二名によりベラドンナの溜まり場であるエレフセリアへと案内された。

そこでベラドンナの相談役(事実上のリーダー)であるリョウを中心としたメンバーと知り合う。

その後、エレフセリアからの帰り道で《沈黙の夜(サイレス)》のメンバーである、あの長髪男にユリエがナンパされた。

ツレの一人が透流だと気付くと、悪態をつきながらすぐに去って行った。

・八日目に再びエレフセリアへ行き、帰り道に喧嘩の仲裁。

皐月工(ツキコー)の生徒同士による些細な事から起こったもので、透流が率先して双方の仲裁を行い、場を収めた。

ただしその後に皐月工にはデカイ顔をしている連中だとなぜか睨まれてしまうが、そこに偶然にも司狼が通りかかって話しかけてきたからか、皐月工の連中の俺たちに向ける目が敵意から恐怖に近いものへと変わった。

どうやら皐月市の連中は底なし穴(ボトムレススピット)のトップである司狼が恐ろしいらしい。そんなのと軽口を叩き合うのを見ていればその反応は納得出来るものと言える。

・十日目。透流たちにとっては初めてのーーーそして少し早く皐月市に来ていた俺たちには数回目の《禍稟檎(アップル)》に関わる事件が発生する。

三番街でナイフを振り回し、数人に怪我を負わせた男を取り押さえた。

駆けつけた警察官に男を引き渡し、翌日に機関を通じて得た情報によると、男は《禍稟檎(アップル)》を含む幾つかのドラッグを所持していたとの事だ。

無所属らしいその男は会話もまともに成立しない状態らしく、ドラッグの出処も今の所分からないらしい。

また、この日はゲーセンで流河高(リューコー)の生徒と知り合い、ゲームの話をした。

きっかけは以前の皐月工との件で、俺たちが仲裁に入る所を現場で見ていたそうだ。

・十三日目。以前司狼に案内してもらったコインパーキングでドラッグの売買を目撃、販売していた人物を取り押さえた。

売っていた男は無所属で、現在の所はルートについて黙秘しているらしい。買っていたのは流河高の生徒で、みんなやってると最後まで喚いていた。

 

そして十四日目となる今日はクリスマスイブだ。日が暮れるにつれ次第に街は色めき、やがて夜を迎えると盛り上がりは最高潮を迎えていた。

家族と、友人と、そして恋人と共に過ごす聖夜は特別なものだろう。……念の為言うが、性夜では無い。

だが気持ちが高揚するという事は、良い面ばかりじゃない。当然悪い面もある。例えばーーー

 

「あ、ははは……皆笑ってらぁ……ひひ……俺も笑って……ひ、ひひっ……」

 

三番街アーケード内で仰向けになり、ぶつぶつと気味悪く呟きながら笑うこの男が、その悪い面の象徴とも言えるだろう。

男の手の中や周囲には、素のままの錠剤やカプセルなどが幾つか散らばっていた。

 

「これは全部脱法ドラッグか……それにこの甘い香りのする錠剤……」

 

「《禍稟檎(アップル)》だな……これで今日二回目か」

 

「連絡しました。機関関係者が来るまで見張ってろとの事です」

 

「了解」

 

ちなみに先ほど妹紅が呟いた通り、今日《禍稟檎(アップル)》が関わっていた事件はこれで二回目である。

まあ、《禍稟檎(アップル)》が関わっていないトラブルも数えたら、八件程なのだが。

 

「透流の提案通り、今日は見回り中心で正解だったようだな」

 

「はい。今日は流河高も皐月工も終業式との事でしたからね……」

 

優月の発言に、数日前美咲から聞いた流河高、皐月工共々イブに終業式だという話を覚えていた透流によく覚えていたと内心感心する。

 

「さて、引き渡しも完了したから見回りを続けようーーーっと?」

 

「どうした?」

 

「ちょっと待ってくれ……」

 

すると俺の持っていたスマホが突然鳴り出した。見回りを続けようとして歩き出した優月と妹紅を止め、画面を確認してみると分かれて見回りをしていた橘からの着信だった。

内容は今から皆で合流してメシを食べないかという提案だった。

 

「ああ、こっちは構わないぞ。トラとリーリスにも言ったのか?」

 

『うむ。高架通路(デッキ)で待ち合わせすると言っておいた。キミたちもすぐに来たまえ』

 

「分かったーーーというわけだ。二人とも、高架通路(デッキ)に行くぞ?」

 

「はい!」

「あいよ」

 

そして俺たちは合流場所がある駅方面へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち合わせ場所の高架通路(デッキ)に到着すると、先に着いていたらしいリーリスとトラが何やら微妙な雰囲気で会話をしていた。

 

「……で、そこまで考えていて貴様はどうするつもりだ?」

 

「……今はまだ分からないわ。でも彼女がまだ研究を続けて、成果が出ないのなら……」

 

「貴様自身が動く……と。だが、そうなると……」

 

「ええ、分かってるわ……彼らとおそらくあの組織が立ち塞がる……だからその時は貴方も……」

 

「…………」

 

俺はそんな微妙な雰囲気の二人に近付いて話しかける。

 

「よう。相談事はそれくらいにしてくれないか?」

 

「む……影月たちか。早かったな」

 

「私たちはさっきまで、三番街アーケードにいましたからね。比較的近かったんですよ」

 

「っと、そんな事を言っているうちに透流も来たか」

 

俺が視線を向けた先には、透流とユリエ、橘に安心院がこちらに向かって来ていた。

 

「俺たちが最後か。待ったか?」

 

「いいや、俺たちもちょっと前に来たばっかりだ」

 

「僕とリーリスも影月たちが着く少し前に来たからそんなに待っていない」

 

「そうか」

 

俺たちの答えを聞いた透流は苦笑いを漏らした。寒い中待たせていなかったか心配だったらしい。

 

「で、どこに行くのか決まってるのかい?」

 

富士山(フジヤマ)というお店だそうです」

 

妹紅が問うと、ユリエが行き先を口にした。

 

「……富士山(フジヤマ)……かぁ……」

 

「ん?嫌なのか?」

 

「あ、いや、そういう事じゃないんだけど……富士山とかそういう名前を聞くとね……ちょっと昔の事を思い出してさ」

 

「昔の事……?」

 

遠くを見るようなーーーそれでいてどこか後悔しているように感じられる目をした妹紅を見て、俺たちは首を傾げる。

 

「ああ、気にしなくていいよ。私が勝手に思い出しただけだからさ。じゃ、行こうか」

 

どこか寂しそうに笑って歩き出した妹紅に、俺たちは困惑しながらもついて行く。

 

「……どうしたんでしょうね?妹紅さん」

 

「富士山に何か嫌な思い出でもあるのかなぁ……。影月君、分からないの?」

 

安心院の問いに俺は首を横に振った。

 

「ああ……妹紅は本当に過去の事を話したくないみたいでな。俺でも見えないんだよ、香とかとの出会いの記憶とかなら見えるんだけどな」

 

俺が今まで出会ってきた人たちの中で、妹紅は誰よりも他人に心を閉ざしている。

余程自分の過去の事に触れられたくないのかーーー彼女は俺に本音を打ち明けた前の朔夜よりも固く心を閉ざしていた。それこそ俺が創造を使わなければ覗けないレベルでーーー

 

「正直、妹紅の過去に何があったのかは分からないが……彼女は長く生きてきた不老不死だ。壮絶な過去や辛い記憶なんて俺たち数十年しか生きていない学生が想像してるより多いだろうな」

 

それだけは確信を持って言える。

大切だった人の死、信じていた人の裏切り、周りからの侮蔑のような視線、誰かへの復讐ーーーさらっと思い浮かんだのはそれくらいだが、彼女はきっとそれより何倍も辛い事を経験したのは違いない。

 

「……皆、どうしたの?」

 

「いや……気にするな」

 

振り向いた妹紅に俺は苦笑いしながらも、そう返事を返す。

そしてそのまま皆が無言のまま目的の店へ到着し、俺たちは心地よい暖かさの店内に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

深紅の瞳(ルビーアイ)をいつもより二割増し位に見開いたユリエが呟く。

 

「回ってます」

 

次に同じく二割増し位に蒼玉の瞳(サファイアブルー)を見開き、リーリスが呟く。

 

「回ってるわね」

 

続いて妹紅が回っている寿司を見ながら呟く。

 

「……外の世界って寿司が回るのか」

 

そう、妹紅が今言った通り富士山は回転寿司のチェーン店だ。

 

「話には聞いていたけど、改めて見るとーーー日本人って妙な事を考えるのね」

 

「初めて見た時は私も驚いたよ」

 

肩を竦める英国人少女に、日本人少女も苦笑いしながら返す。

それを横目に見つつ、俺は妹紅に問い掛ける。

 

「幻想郷には回転寿司は無いんだな?」

 

「うん。でも普通の寿司屋なら人里にちらほらとあるな。どこも回ってないけど……」

 

「幻想郷にも寿司屋ってあるのか……」

 

「そりゃあるさ。まあ、幻想郷には海が無くて魚も手に入りにくいから、店の数は少ないけど」

 

と、たわいもない会話を妹紅としているとーーー

 

「………………」

 

コンベアに乗って右から左へ流れていく寿司を、首を動かして幾度も見送っているユリエが視界に入った。

それを見ていた透流は、まず手本にと皿を取る。

 

「こうやって、食べたい寿司を皿ごと取ればいいんだ。皿ごとだぞ」

 

ベタなお約束を阻止する為に透流の奴、二回言ったな。

 

「それと皿の色で値段が変わるからな?詳しくはそこの表を見てくれ」

 

「皆さん、自分の懐と相談しながら食べてくださいね」

 

最後に俺と優月が念の為にと説明する。

実は今回の任務中に携帯している学生証はクレジットカード機能が無いのだ。それ故、ある程度の経費は渡されているものの、俺たちの懐は平時と比べて随分と軽くなっている。

それを聞いたユリエとリーリスと妹紅は皿の値段が書かれた表を凝視した後、揃って食事を開始した。

 

「さて……まずはサーモン辺りから食べるか」

 

「私は中トロにしましょうか……」

 

そう言って俺たちは流れてきた寿司を取って食べ始めた。

 

「これ美味しいな……もう一個食べよう」

 

そう呟いた妹紅が食べているのはとろサーモン。どうやら一口目から結構気に入ったようだ。

 

「僕はいくら〜♪」

 

そう言って安心院はいくらの乗った皿を取り、口に運んだ。

ちなみに橘はしめ鯖の握り、トラはヒラメと中々渋いものを食べていた。

そうして皆がそれぞれ思い思いのネタを食べる中ーーー

 

「ちょ!リーリス、皿を元に戻したらダメなんだって!」

 

「何よ、そうならそうと最初に言いなさいよね」

 

突然透流とリーリスの声が聞こえたのでそちらを向くと、コンベアから何も乗っていない皿が流れてきて内心ビックリしたが、即座にその皿を回収する。

 

「よっと……リーリス、皿はコンベアに返しちゃダメだぞ。最後に皿の色ごとに枚数を数えて会計するんだから」

 

「へぇ、面白いシステムね」

 

回収した皿をリーリスの方に戻しつつ、俺はリーリスに追加説明するとリーリスは感心したように頷いた。

 

「兄さん、これ一緒に食べませんか?」

 

すると優月が一貫の中トロを片手にそう言ってきた。どうやら俺と仲良くシェアしたいらしい。

 

「じゃあもらおうかな」

 

「分かりました。じゃあーーーあーん♪」

 

すると優月は可愛らしい笑顔を浮かべながら、俺の口元に中トロを近付けてきた。俺はその様に仕方ないなぁと苦笑いしながらも、差し出された中トロを食べる。

瞬間口の中にとろけるような旨味が広がり、思わず頬が緩む。

 

「やっぱり美味いな。じゃあ優月、お返しだ。あーん」

 

「あーん♪」

 

そして俺は先ほどのお返しとして、残ったもう一貫の中トロを優月の口元へと近付けた。

それを優月は嬉しそうにパクッと食べた。

 

「やっぱり兄さんに食べさせてもらうと美味しく感じますね〜♪」

 

「俺も優月に食べさせてもらうと美味しく感じるよ」

 

お互いにそう笑いあいながら話しているとーーー何やら向こうで騒がしく会話していた透流たちの中で突然橘が立ち上がって透流に指を突き付けて叫び出した。

 

「九重の不埒もーーー」

 

「橘、黙ろうか」

 

流石に店内で叫ぶと周りの目も集まる。それを良しとしない俺は橘に若干殺気を込めた視線を向けて黙らせたがーーー周りの客の目は、既に橘たちに向けられていた。

 

 

 

 

 

 

外に出ると、冷たい空気に体が強張るーーーが、俺はそんな空気に影響されない程怒っていた。

 

「橘、店内で叫ぼうとするなんてどういう事だ?」

 

「す、済まない……九重がユリエとリーリスの二人と寿司を分け合っているのを見て……つい……」

 

「いちいち不埒者って叫ぶなよ……」

 

酒で出来上がった客もそこそこいた為店内は騒がしく、橘の叫びも喧騒の中には消えた。

とはいえ素面の客も当然いるわけで、それらの客は迷惑そうに俺たちを見ていたのだ。

それのせいで店内に居づらくなった俺たちはそそくさと会計を済ませて出てきたのだ。

 

「……帰ったら二時間くらい説教な」

 

「そ、それはちょっと勘弁してほしいのだが……い、いや、なんでもない……」

 

二時間の説教と聞き、青ざめながらも待遇緩和を申し出ようとした橘を睨むと、彼女は渋々といった様子で引き下がった。

 

「え、影月?橘も反省しているんだし、そこまで怒らなくてもいいんじゃ……」

 

「反省してもう二度とあんな騒ぎにならなければ、俺だって何も言わないさ。でも橘はまたやりそうだからな」

 

「あー……そうだな」

 

「九重!?そ、それはどういう意味なのだ!?」

 

透流の言葉に突っ込んだ橘だったが、俺たちはそれを無視して歩き出した。

 

「あ」

 

「どうした?」

 

すると隣を歩いていた透流がふと何かを思い出したかのように声を出した。

 

「そういえば今日はエレフセリアでクリスマスパーティーがあるって話を思い出してさ。さっきリョウに誘われたし、行った方がいいかなって思ってさ」

 

「クリスマスパーティーか……もしかしたら何かあるかもしれないな。行ってみるか」

 

俺の提案に誰からも否定の意見は出なかったので、俺たちはエレフセリアへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

照明が点いていたアーケード街から、街灯に照らされた薄暗い路上に出てエレフセリアに向かっていた途中ーーー

 

「よう、久しぶりだな」

 

俺たちの行く手を遮るかのように、夜道に佇んでいた二人の男ーーーその片割れが突然俺たちに話しかけてきた。

 

「お前たちは……《沈黙の夜(サイレス)》が何の用だ?」

 

男たちの顔を見た俺は、内心驚きつつそう問いかけた。

なぜなら二人は、機関の調査資料に載っていた《沈黙の夜(サイレス)》のメンバーでありーーー皐月へ来た初日に美咲に絡んでいた男たちだったからだ。

 

「俺たちの事を覚えているのなら話は早い」

 

「これからどこへ行くのか、聞かせてもらっていいかい?」

 

低い声で巨漢が頷き、長髪が後を続ける。

 

「言ってどうするんです?そちらには関係の無い事でしょう?」

 

「……もし、エレフセリアに行くというのならここで引き返してもらえると助かる」

 

優月の問いかけに巨漢はエレフセリアに行くなと告げてきた。

 

「……顔を出すって約束しちまったんでね」

 

「引く気はねぇってか。となれば、後はお互い口でどうこう言い合っても仕方ねーな」

 

長髪が肩を竦めた直後、周囲の細路地からばらばらと複数の影が飛び出してきて俺たちを囲んだ。

 

「数は……三十人くらいか」

 

その内の半数以上はバットや鉄パイプ、スチール警棒など明らかに他者へ危害を加える事を目的とした武装をしていた。

 

「……私たちの待ち伏せじゃないな」

 

「ああ、こいつらの目的はおそらくーーー」

 

エレフセリアーーーベラドンナのクリスマスパーティーだろう。しかしーーー

 

「パーティーを邪魔するにしては、過剰過ぎる戦力じゃないか?」

 

「橘もそう思うか……。どうやらそのクリスマスパーティーって奴はただのパーティーじゃなさそうだな」

 

「けっ!この後に及んで知らねぇ振りかよ!ヤク中パーティーなんぞに参加しようとしておきながらよぉ!!」

 

『なっ……!?』

 

長髪が発した言葉の中に聞き捨てならない単語が含まれていた事で、俺たちは顔色を変える。

 

「おい貴様!今の話をもう一度詳しくーーー」

 

「やっちまえ、野郎ども!!俺らの街を護んぞオラァ!!」

 

トラの言葉を遮った長髪の掛け声で、周りの者たちは一斉に飛び掛かってきた。

怒気と敵意が籠もった咆哮が夜闇に響き渡るーーーが、それも一瞬の事だ。

 

「……量が質を圧倒するとは限らないんだよ」

 

「なっ……!?」

 

瞬く間に二十人以上の男たちが路上に崩れ落ち、驚愕に長髪の目が大きく見開かれる。

 

「大丈夫です。皆さん気絶させただけですからね」

 

「まあ、僕たちなら殺ろうと思えば出来るんだけどね」

 

そんな安心院たちを尻目に俺は巨漢と長髪に近付いていく。

 

「おい、さっきの話はどういう事だ。ベラドンナでドラッグパーティーだと?」

 

「何者だ、お前たち……」

 

まるで魔法でも使ったかのような状況に、さすがの巨漢も動揺を隠しきれずに呟く。

 

「その質問は後で答えてやる。先にこっちの質問に答えてもらおう」

 

「……今夜、エレフセリアでベラドンナ主催のクリスマスパーティーが行われているのは知っているな」

 

巨漢の静かな問い掛けに俺たちは頷いて返す。

 

「夜通し騒いで楽しもうと言う趣旨らしいが、その実ドラッグパーティーだという事は知らぬのだな?」

 

「ああ。しかしそれは確かな情報なのか?」

 

「……皐月に来て日が浅いお前たちでも、幾つかの派閥があるのは知っているだろう。だが、グループ同士に全く交流が無いわけじゃない」

 

「俺らと付き合いのある無所属の奴が一人、クスリにハマっちまったんだよ」

 

渋い表情を浮かべながら長髪が続ける。

 

「そいつはこの前ラリってる所をパクられちまったんだけど、ツルんでた奴らが今日の事をちょろっと話しててよ。そっから俺らは話を聞いたんだよ」

 

「パーティーに来ればお前らも俺の気持ちが分かる、一緒にハイになろう、と話していたそうだ」

 

賑やかな場というのは、気分が高揚し、周りに流されやすくなる。

そんな時に誘惑というものは行われる。

少しくらいなら大丈夫、周りも皆してる、断ると周りの空気が悪くなるーーーそれらの言葉はその人の心の内側に入り込み、揺さぶりをかける。

そしてその揺さぶりに耐えられず、誘惑に乗ってしまえば後に待っているのは……自らの人生の破滅のみ。

 

「我々はーーー確かに行き過ぎている行為がある事は否定しない。だが、我々の街を汚し、狂わそうという者には相応の対応を取るだけだ」

 

「警察には相談しようとは思わなかったのか?」

 

「大人なんか信じられるかよ!あいつらはテメーらの手柄が重要で、俺らの事なんざ一ミリも考えやしねーんだぞ!!」

 

その言葉に透流は黙り込んでしまう。

確かにそのような事があるのは真実だろう。

だからこそ彼らは自分たちの力で街を守ろうとしたのだ。大人という自分たちとは違う存在を否定して。

 

(閉鎖的な一面……か。確かに彼らを見てるとそう感じるな)

 

朔夜の言葉が脳裏で再生される中、話は続く。

 

「だから俺らはドラッグを流したり喰ったりしてる奴を見かけたら止めて、それでも聞かねー奴は潰して……」

 

「ふんっ、それで今回はパーティーを潰そうと、人を集めたというところか」

 

意識を失って倒れた男の手から零れた武器を見つつ、トラが言う。

乗り込んで騒ぎを起こせば、パーティーどころじゃなくなるという目論見だ。

 

「そうだ。そしてエレフセリアに向かう途中、こちらに肩入れしてくれている知り合いからお前たちも向かっているようだと連絡が入ってな。お前はかなりやれそうな奴だとは思ってたが、まさかこれ程とは……」

 

「……俺がやったのは五人くらいだ。後はそこにいる影月と優月の二人がやったんだけどな」

 

透流の返事に巨漢は再び驚いたような顔をしたがーーー俺はそれに構わず、最後の問いを投げた。

 

「最後に聞く。ベラドンナがバラ蒔いてるドラッグってのはーーー《禍稟檎(アップル)》か?」

 

巨漢が首を縦に振る様に、俺たちは決断する。

 

「皆!エレフセリアに行くぞ!!」

 

「分かりました!」

「ああ!」

「ヤー!」

「了解!」

「もちろん!」

「分かった」

「ええ!」

「ふんっ、言われるまでもない!」

 

沈黙の夜(サイレス)》の言っている事が真実かどうかは、エレフセリアへ行けば分かる。

一歩踏み出すと、進行方向を塞ぐように立っていた二人は道を空け、俺たちはその間を抜けようとしーーー

 

「……そういやそっちの質問に答えてなかったな」

 

俺はその二人の前で先ほどの質問に答える。

 

「俺たちが何者か……だったな?俺たちは幼い魔女にこの街の《禍稟檎(リンゴ)》を摘み取れと命令された者たちさ。まあ、分かりやすく言えば俺たちは敵じゃないーーーお前たちがこの街を守ろうとしたその意思、俺たちが引き継いでやるよ」

 

呆気に取られた様子の長髪と、表情を動かす事無くこちらを見ていた巨漢の様子を見た俺は、その二人の間を通り抜けて今度こそエレフセリアへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

沈黙の夜(サイレス)》とのやり取りを終えてから五分程後ーーー

俺たちはエレフセリアの入口を遠目に、街角で足を止めていた。

なぜ今すぐにでも店内に入らないのか……。それは優月が司狼たちに連絡を入れているからだ。司狼たちに連絡を入れれば、ベアトリスさんか螢さんが協力しに来てくれるかもしれないーーーそう提案した優月の案に俺たちは揃って賛同したのだ。しかしーーー

 

「どうだい?繋がった?」

 

「いえ……司狼さんもエリーさんも蓮さんも螢さんも出ません……」

 

スマホを耳から離した優月が困ったように肩を竦めてそう答える。

先ほどから蓮たちの携帯に連絡をしているのだが、一向に繋がらないのだ。

 

「蓮たちに何かあったのか……?橘、機関の方は?」

 

「サポート要員が送られてくるとの事だ。しかし到着までもう少しかかるらしい」

 

「そうか……」

 

一方で機関の方はそのような返答だったらしく、実際今ここにいるのはその機関のサポート要員待ちだったりする。

だがーーー

 

「……まず俺たちだけで探ってみないか?」

 

「サポート要員が来るまで待っても大差無いだろうに」

 

「だけど小さな差はあるだろ。本当にパーティーで《禍稟檎(アップル)》がバラ撒かれてるとしたら、ここで待ってる間にも誰かが犠牲になっているかもしれないじゃないか」

 

妹紅の言葉にそう返した透流の返事を聞いて、トラはため息をはいて「貴様はそういう奴だったな」と言う。

 

「やっぱり透流はそう言うと思った……」

 

「流石トラと影月。俺の事をよく分かってるな」

 

「「単純だからな」」

 

それに微妙な顔をする透流。しかし事実なのだから仕方が無い。

ともかく方針が決まったので、機関と念の為に司狼にメールを入れ、エレフセリアへ向かって歩を進め始めたその時ーーー

 

「ん……?あれ?あの子は……?」

 

妹紅が店の前に佇む二つの影に気付く。

一人はエレフセリアのスタッフで、いつも店の前にいる男だがーーーもう一人は上着のフードを目深に被った小柄な女の子だった。

スタッフと何やら話をしていた様子の女の子が、手をゆっくりと前に突き出したと思った直後ーーー

ドン!と弾ける爆音。それとともに赤い光が爆ぜた。

 

「ーーーっ!?」

 

俺たちも含め、付近にいた人は誰もが驚きに目を向け、夜闇に火の粉が舞う様を見る。

爆発が起きたーーーそれもフードの女の子とスタッフとの間で。

そう判断するまで、僅かな間が必要だった。

がーーー

 

「くっ……!あの子……!」

 

妹紅だけは爆発が起きた瞬間に、エレフセリアに向かって駆け出していた。それを見て俺たちも僅かに遅れながらも我に返り、気付く。

フードの女の子の姿が無く、エレフセリアのスタッフが店の前で倒れている事に。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

俺たちは倒れたまま動かないスタッフへと駆け寄って呼び掛けたが、スタッフから返ってきたのは呻き声だけだった。

彼の着ていた上着は大きな穴が空き、焦げ臭い匂いを漂わせていた。

 

「これは一体……?」

 

「兄さん!妹紅さんとあの子がいません!」

 

そう優月が言った直後ーーー再び弾ける爆音が店の中から聞こえてきた。

 

「店の中か!!」

 

「影月君たちは行って!!ここは僕とリーリスちゃんとトラ君に任せて……!」

 

「分かった!行くぞ!!」

 

「ああ!安心院、リーリス、トラ!彼と付近の人たちは任せた!」

 

「透流っ!気を付けるのよ!」

 

「おい!……くっ、貴様ら全員気を付けるんだぞ!!」

 

火傷を負っていた彼と付近の人たちは安心院たち三人に任せ、俺たちは店の中へと突入する。

すると店内から三度目の爆発音が、それと共に悲鳴を上げて人が波となって押し寄せてきた。

 

「ヤベェ!」

「逃げろ!」

「何なんだよ!?」

「早くどけよ!!」

 

口々に叫び、俺たちにぶつかる事も構わず逃げていく。

 

「おい、何があったんだ!?」

 

透流がその人の波の中で何度か話をした事のある顔を見つけたのか、首根っこを掴んで怒鳴るように問うとーーー

 

「知らねーよ!なんか急に爆発が!ヤベーって!!」

 

パニックに陥った男はもがき、透流が手を離すとつんのめって転びそうになりながらも駆けて行く。

しかし事は爆発だけで終わりじゃなかった。

 

「化け物だーーーーっ!!」

 

店内から、恐怖が入り混じった叫びが響き、互いに押しのけ合いつつ更なる人波が溢れてくる。

 

「行くぞ!!」

 

俺がそう言うと同時に俺たちは、一斉にクラブの床を強く蹴った。

直後、俺たちの体は人波の頭上を飛び越えて、店の奥へと向かうべく宙を疾走する。

勢いが無くなると、エントランスの壁や、ソファ、テーブルなどの足場を使って勢いを付け、どんどんと奥へと向かう。

我先に逃げようと、押し合う客を越えた先で待っていたのはーーー

赤く、紅く、朱く燃え上がる灼熱の炎が至る所で舞い上がる光景だった。

 

「何が……あったんだ……!?これは一体何なんだよ!!」

 

その光景を見て忌々しげに叫ぶ透流。

俺はそんな彼の忌々しさに満ちた叫びに同情の念を抱いた。

おそらく彼の中では、今のこの光景と二年前の記憶が重なっているのだろう。二年前ーーー彼の友人たちや彼の妹が死んだあの燃え盛る道場とーーー

 

「とお、る……?」

「美咲!!」

 

そんな事を考えていると、俺たちの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

透流は床に座り込んだままソファにもたれ掛かる美咲の元へと駆け寄った。そしてその周りを見ると、おそらくドラッグでトンだ様子の数名の姿が目に入る。

 

「どかーんって、すごかったぁ……。あはは、びりびりってして、ふふふ……」

 

「美咲……」

 

明らかにまともでは無い様子に、俺たちは言葉を失う。

すると突然、何を思ったのか透流が立ち上がり、店の奥へと向かって駆け出した。

 

「待て九重!奥は危険だ!!」

 

「俺は他に逃げ遅れた奴がいないかどうか確認する!美咲たちを頼む!!」

 

そう答えた透流は俺たちの制止も聞かずに奥へと走って行った。

 

「くそっ!本当にあいつは単純だな……!俺が連れ戻してくる!」

 

「私も行こう!ユリエと優月は美咲たちを!」

 

「ヤー!」

「はい!」

 

二人の返事を確認した俺と橘は、透流を追って店の奥へと走り始める。

 

「酷いな……こんなに熱くなる程炎が激しいとは……」

 

「うむ。このままだと九重も危険だ。奥で生存者を確認したら即座に九重を連れて戻ろう」

 

「ああ」

 

そう返事をして走りながら、俺は別の事を考えていた。

 

(なんでエレフセリアがこんな事に……誰かがベラドンナのドラッグパーティーを邪魔しようとしたのか?)

 

しかしエレフセリアのドラッグパーティーの事を知っていたのは、《沈黙の夜(サイレス)》と一部の無所属の奴らくらいだろう。そいつらがこのクラブに火を付ける程過激な邪魔をするかと問われると……俺は否と答える。

せいぜい邪魔するとしても、先ほど持っていたバットや鉄パイプ、スチール警棒を振り回す程度だろう。流石に放火までする勇気と意思は彼らには無い。

 

(ならこの炎は一体誰が……?)

 

そう考えていた俺だったがーーーこの後、俺はそんな事など後で落ち着いて考えるべきだった深く後悔する事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、如月!そこの前を通るな!!」

 

その後悔のきっかけは俺が考え事に夢中になっていて、橘の忠告を聞きそびれた事から起こってしまった。

橘の忠告に思考が現実に引き戻される。足を止めて橘の方に何があったか聞こうとした瞬間ーーー俺の右側にあった鉄製の扉が勢いよく爆ぜて、灼熱の炎と共に俺の方へ飛んできた。

 

「しまっ……!」

 

どうやら室内に充満していた可燃性ガスが何かのきっかけで爆燃したのだろう。

俺は突然の事過ぎて、呆然としてしまい、防御の構えも取れなかった。

目の前に迫る鉄製の頑丈な扉、そして灼熱の炎ーーーそれらが一瞬のうちに俺の体を覆い尽くすだろうと思った俺は反射的に目をつぶった。

だがーーー

 

「がっ、うぁああぁぁぁぁっ!!」

 

「うわっ!?」

 

突然苦しそうな叫び声が聞こえ、俺は何かに押されて倒れ込んだ。

 

「ぐっ……ううっ……」

 

その為、俺は後頭部を廊下の壁に強く打ち付けてしまった。しかしその痛みはほんの一瞬だけで、すぐに痛みは引いていった。

 

(痛……でも思ってたより大した事無い……?)

 

その事が気になった俺は今まで閉じていた目を開ける。

するとそこにはーーー

 

「ぐっ……あ、あぁぁ……」

 

「たち、ばな……?」

 

着ていた服の数カ所に大きな穴を空け、全身に大火傷を負い、後頭部から大量の血を流している橘が、俺に覆い被さるように倒れ込んでいた。

 

「橘……橘!!」

 

「う、ぐ……き、如月……無事、か……?っげほっ!ごほっ!」

 

俺が呼び掛けると橘は、苦しそうに笑みを浮かべようとして、血の混ざった痰を吐き出した。

よく見ると彼女の背中には鉄の棒が深々と突き刺さっている。この怪我によって内臓も損傷しているのはもはや容易に想像出来た。

そんな重傷を負った彼女の姿を見て、俺は呟く。

 

「橘……なんで……」

 

「が、はっ……なんで、とは……大、切な……友を、守るのは……当然、ではないか……」

 

そう言って再び苦しそうに笑みを浮かべた橘の姿に、俺の目からは涙が出てきた。それと同時に俺の脳内では数日前から見ていた夢の光景が思い浮かんでいた。

ーーー俺は優月が大怪我を、あるいは死んでしまうのではないかと考えていた。しかし現実ではーーー橘が夢の中の優月のような事になってしまった。そしてよく考えれば、彼女は優月に美咲たちの側にいるようにと言っていた。つまりその時点で、彼女は優月をそんなあり得たかもしれない未来から救ってくれていたのだ。しかしその代償はーーー

 

(くそっ……!もっと俺がしっかりと注意していれば……!)

 

「げほっ……!如月……そんな、に自分を……責めたような、顔をしないで、くれたまえよ……」

 

「だって……橘にそんな大怪我をさせてしまったのは……俺の不注意で……!」

 

「だから……そう、自分を責めるな……こう、するしか……キミ、を救え、なかった私が……悪いのだ……」

 

そう言う橘の目は段々と焦点が合わなくなってきていた。大量に失血している事と、後頭部にダメージを負った事により、意識を保つ事が難しくなってきているようだ。

 

「橘!しっかりしろ!!まさかこんな所で……!」

 

「ふ……心配、するな……私は……まだ、死なぬよ……それに……」

 

橘は自らの血で真っ赤に濡れた右手をブルブルと震わせながらも、俺の頬へと近付けーーー

 

「学園、へ戻ったら……私に、説教を……するのだろう……?」

 

そう言って彼女は笑いながら俺の頬を伝う涙を拭き取った。

そしてーーー彼女は意識が保てなくなったのか、俺へと身を預けるようにして再び倒れ込んだ。

 

「キミ、は……約束を……破る男では……無い、だろう……?ならば、私も……約束を、破るわけには……」

 

ーーーそれ以降の言葉が橘の口から紡がれる事は無かった。

 

「橘ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ーーーそれから僅か数分後、俺たちが戻ってこない事を疑問に思った優月が駆け付けて来るまで、俺は橘を抱きしめながら泣いていた。

徐々に冷たくなっていく彼女の体の熱を逃さないように、ずっとーーー

その時の橘の顔は、後で聞いた優月曰く、どこか嬉しそうな顔をしていた……との事だった。

 

そこから後の事は他の人に語ってもらおうーーー

 




優月の代わりとなってしまったのは橘だった……。橘ファンの皆さん、申し訳ありません。ちなみに作者も橘は好きですから、この場面を書いている時は本当に辛かったですよ?ええ、本当に……。


話は変わりますが、この小説の裏側で水銀が何をしているのかーーーそれを書いた小説を今話と同時に投稿します。是非読んでみてください!

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第五十三話

久しぶりの投稿!仕事が忙しくて上げれなかったんだぁ!!(涙)
あ、もう一つの小説(水銀主人公の奴)はもう少しお待ちください……。

では今回、かなり強引な展開になってしまったかもしれませんが……そこの所はご了承ください!
ではどうぞ!



side 透流

 

(くっ……!何がどうしたらここまで酷い事になるんだ……!)

 

俺はユリエたちに美咲たちを任せた後、一人店内の奥へと向かって走っていた。

奥に進めば進む程、炎は激しくなっていく。

熱と息苦しさは、相当なものだ。最もザミエルと相対した時の方がもっと熱く、息苦しかったのだが……。

注意深く進む中、幸いにもバーまでは逃げ遅れた人の姿は見当たらない。

そのままさらに奥のダンスフロアへ向かおうとした時だった。

 

「……!」

 

炎の燃える音に交じり、甲高い声が聞こえてきた。

 

(あれは……!)

 

ダンスフロアの先にあるステージ上で四つの影が目に入る。

周囲が燃え盛る中、ステージに立つ影のうちの二つは、店の前で見かけたあのフードの少女と妹紅だった。

しかしながら、俺の意識が強く向けられたのはその二人と相対している二つの影だった。なぜならそいつらが、人の姿をしてなかった為に。

 

(《(ゾア)》……!!)

 

容認するや否や、俺は床を蹴る。

(ゾア)》ーーー捷豹(ジャガー)が少女に向けて爪を振り上げていたからだ。

振り下ろされた爪が、容赦無く女の子の小さな体を引き裂くその寸前ーーー

俺の蹴りが、捷豹(ジャガー)を体ごと吹き飛ばす。

 

「ーーーっ!!」

 

突然の一撃に捷豹(ジャガー)の後ろに立っていたもう一体の表情が変わった。

と思っているとーーー

 

「邪魔だ」

 

「なっ……!?」

 

もう一体の《(ゾア)》は凍りつくような冷たい声で呟いた妹紅によって殴り飛ばされていた。

俺はその光景に驚愕した。俺でも雷神の一撃(ミヨルニール)でやっと吹き飛ばせる《(ゾア)》を、彼女はまるでチリでも払うかのような軽い力で吹き飛ばしたのだ。

 

「透流、とりあえずこいつらを……殺るよ」

 

瞬間、妹紅の纏う雰囲気が一瞬で変わり、彼女は戦闘態勢へと入った。

いつもの快活な雰囲気はどこへいったのかーーーそんな事を思いながら、俺も戦闘態勢になる。

そんな俺たちの様子を見た《(ゾア)》たちもまた動いた。

ただし、()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

「ありゃ、そこまでやっといて逃げるのかい」

 

その行為にどういった意味があるのかを俺は瞬時に理解出来ず、呆気に取られたまま二体の姿が炎の中に消えていく様を見送ってしまう。

一方の妹紅は戦闘態勢を解き、やれやれといった感じで首を振って二体を見逃していた。

 

(……とりあえず、脅威は去ったって事だよな?)

 

そう思い、意識を切り替えた俺は周囲を見渡し、他に誰もいない事を確かめた。

 

(よし、他には誰もいないな)

 

その確認が出来れば、これ以上ここに留まる理由は無い。

 

「妹紅、行こう。キミもここから逃げるんだ」

 

そう言って、女の子の手を取ろうとした時だった。

目深に被ったフードの奥から女の子が声を発した。

 

「邪魔……」

 

「え……?」

 

あまりにも予想外の言葉に、俺の動きが止まる。

ゆっくりと、女の子はその手を俺に向かって突き付ける。

向けられた掌に何事かと思ったその刹那ーーー炎が爆ぜた。

耳をつんざく激しい音と同時に視界が真っ赤になり、衝撃が俺を襲う。

 

「ぐうっ!!」

 

吹き飛ばされた俺は、近くにあったテーブルに頭を強く打ち付けてしまった。

 

(く……そ……。い、意識が……)

 

当たりどころが悪かったのか、意識が朦朧とする。

俺はこれから目の前にいた女の子を連れて、妹紅と共に脱出したければならないのにーーーそう思った俺は朦朧とした意識でフードの女の子を見る。

女の子はただ無言のままに、その場で俺を見つめていた。その時強い熱風が舞い上がり、少女が被ったフードを大きく揺らして捲り上げーーー俺は本日四度目の驚愕をする。

 

(そん、な……どうし、て……どうしてお前が……)

 

自分の目で見ているのに、俺自身が信じられない。

フードの奥に隠されていた顔は、十代半ばくらいのものだった。

その髪は淡い桜色だったがーーーその顔は俺が決して忘れ得ない大切な少女の顔だった。

その少女の顔は二年前のあの日、榊の一撃から俺を庇って命を落としてしまったーーー

 

 

 

「音、羽……」

 

妹の顔そのものだったからだ。俺は妹の名を呟いた所で意識が途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ……」

 

意識を失ってからどの位経っただろうか。

俺の意識は外部からの刺激で唐突に覚醒した。

刺激と言っても強烈なものでは無く、何かに乗っていて揺れているような刺激である。

 

「あ……目が覚めた?」

 

そんな声が聞こえた俺は閉じていた目をゆっくりと開く。するとそこにはーーー

 

「リーリス……ユリエ……」

 

俺がいつも見ている黄金色の髪(イエローパーズ)の少女と、銀色の髪(シルバーブロンド)の少女の二人が、俺の顔を覗き込んでいた。

 

「やっとお目覚めか、九重透流」

 

そして聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ事で、俺はそちらの方へ向く。

そこには白いマフラーと、神父を思わせるような服装を身に纏う人物が腕を組みながら俺を見ていた。

 

「ユーゴ!!」

 

「よお、こうしてツラを合わせるのは《狂売会(オークション)》以来だな、九重透流」

 

「あ、ああ……。だけどどうしてここに……というかここは……?」

 

「リーリスの車の中だ。大丈夫か?透流」

 

トラの質問に俺は大丈夫だと伝えると、体を起こして周りを見る。

黒塗りの内装に、座り心地のいいシートーーーそれを見た俺はトラの言う通り、ブリストル家の高級外車に乗っている事を確認した。

それを確認したと同時に俺の中には疑問が湧き上がってきた。

 

「あれ……?俺は確か……」

 

「エレフセリアにいた筈……か?」

 

俺の疑問にユーゴは目を細めて言う。

 

「ああ……あれからどうなったんだ……?」

 

「あの後か?気絶したお前を俺と妹紅っていう少女と一緒に外まで運んだんだ。あのまま燃え盛るクラブにいたら色々とヤバかったからな」

 

「……っ!!音羽……あの子は!?」

 

「音羽?あの時あそこにいたのはお前と妹紅だけだぞ?」

 

「何をバカな事を言っている、透流。音羽はもう……」

 

「分かってる!だけど本当に……俺がこの目で見たんだ!!」

 

あれは音羽だった。髪の色は違ったが、確かに音羽だ。

音羽が生きていたーーーその事をトラに伝えたいのに上手く言葉が出てこない。

そこでふと、思い出す。あの場には音羽がいたと証言出来る人物がいた事に。

しかしーーー

 

「妹紅……彼女は!?彼女も見てたんだ!」

 

「……妹紅は今この場にはいない」

 

「えっ……?」

 

トラがそう言うと、車内の空気が一気に暗く、重くなった。

俺が気絶している間に妹紅に何かあったのかーーーと考えていると、ふと違和感を感じた。

 

「そういえば、橘や影月たちは?」

 

その違和感とは橘、影月、優月、安心院、そして妹紅がいない事だと今気が付いた。

どうやら俺はそんな大きな違和感に気がつかない程、音羽の事に思考がいっていたらしい。

俺が聞くと、皆さらに表情を曇らせて黙り込む。それに言いようのない不安を感じる中ーーーリーリスが言いづらそうに口を開く。

 

「……ねぇ、透流。今からあたしが言う事を落ち着いて聞いてね……?」

 

「あ、ああ……」

 

いつにもなく暗い口調で話してくるリーリスに俺は気圧されながらも返事を返した。

 

 

 

そして俺がリーリスから聞かされたのはーーー

 

 

 

「橘が……重傷を負った……!?」

 

そんな衝撃的かつ、信じられないような言葉だったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、クリスマスの朝ーーー俺、ユリエ、リーリス、トラ、タツ、そして橘の《絆双刃(デュオ)》であるみやびは、理事長の補佐をしている美亜の案内で病棟へと向かっていた。

理由は言うまでもなく、橘の見舞いだ。

 

「それで、巴ちゃんの様子は……?」

 

「あまり良くないって朔夜さんから聞いたけど……どういう状態なのかは私にも分からない。今行ってみるまでね」

 

美亜はそう言って首を振った。

ちなみに影月、優月、安心院、妹紅、香は俺たちより早く橘の元へと行ったらしい。

 

「四人とも大丈夫かしら……特に影月は……」

 

「目の前で橘が庇ってくれたって話だからな……思い詰めて無いといいけど……」

 

そんな話をしているうちに、俺たちは橘や影月たちがいるという病室の前へと辿り着いた。

 

「ここね……影月さん、います?」

 

そう言いながら、美亜が病室の扉をノックするとーーー

 

「いますよ。入ってきてください」

 

扉の向こうから優月の声が聞こえた。美亜はその言葉を聞くと病室の扉を開ける。

そこにはーーー

 

「皆さん、おはようございます」

 

「あ、おはようございます!」

 

「おや、おはようさん」

 

「おはよう、美亜ちゃん。そして透流君たちも……」

 

それぞれ椅子に座って挨拶を返してくる優月、香、妹紅、安心院とーーーベッドの上で眠っている橘、そしてーーー

 

「…………」

 

「…………」

 

椅子に座って無言のまま橘の顔を見つめている影月と、そんな影月を悲しげに見つめている理事長がいた。

俺たちは病室へ入り、俺が代表して優月に問い掛ける。

 

「おはよう。どうだ?橘の様子は……?」

 

「…………」

 

俺の言葉に優月は首を横に振った。

どうやらあまりよろしくない状態らしい。

 

「……ねぇ、影月くん。昨日何があったの?聞かせて……くれないかな?」

 

「……それは……橘が俺を、爆発から庇ってくれて……その……」

 

「影月……無理に話さなくてもいいですわ。私が代わりにーーー」

 

理事長は口ごもる影月へそう言って、代わりに俺たちへ昨日何があったのかを話そうとする。その時ーーー俺たちの目の前に突然、影月の《焔牙(ブレイズ)》が現れる。

 

「……その《焔牙(ブレイズ)》へ触れてくれ。それには昨日のあの時の俺の記憶が詰まっている……朔夜も優月たちも触れていいぞ」

 

「……分かった」

 

俺は影月が昨日の辛いだろう記憶をこうして形にして見せてくれる事に感謝しながら《焔牙(ブレイズ)》へと近付く。

そんな俺と同じ思いなのか、ユリエたちも表情を引き締めながら近付く。

そして優月たちや理事長も近付きーーー俺たちは同時に影月の《焔牙(ブレイズ)》に触れる。

 

『ーーーっ!!』

 

瞬間、俺たちの脳裏に駆け巡ったのはーーー凄まじい爆発音と共に鉄製の扉が、炎と共にこちらに飛んできた光景とーーー

 

『ぐっ……あ、あぁぁ……』

 

『たち、ばな……?』

 

それら全てを身を呈して防いでくれた血だらけの橘の姿だった。

 

(これは……酷い……)

 

影月の呼び掛けに苦しそうに答える橘はもはや見ていられない程の大怪我を負っていた。

全身の大火傷、後頭部からの大量出血、背中から胴体を貫通している鉄の棒などーーー目を覆いたくなる光景だ。

それから俺たちはそんな橘と影月のやり取りの記憶を見終え……揃って影月へと視線を向けた。

 

「……今見たのが全てだ。……みやび、ごめん。俺の不注意のせいで……橘がこんな事に……!」

 

「影月くん……そんなに自分を責めないで……?私は気にしてないよ?きっと巴ちゃんも……」

 

「俺がもっとしっかりしていれば……こんな事にはならなかったんだ!!」

 

「……ううん。影月くんは十分しっかりしているよ。だからーーー」

 

みやびは影月に近付き、彼の頭に手を乗せて撫で始めた。

 

「もうそんなに自分を責めるのはやめて……?そんなに責めたら、私も透流くんたちも……責めないでほしいって言ってくれた巴ちゃんも悲しむよ……」

 

「っ……」

 

悲しそうな声色で言ったみやびの言葉に影月は顔を上げて、俺たちの顔を見回した。

ーーーきっと俺たちは今、さっきみやびが言ったように悲しそうな表情を浮かべているのだろう。

現に俺もそんな気持ちだ。なってしまったものは仕方がないし、きっと俺があの時の橘の立場だったら似たような事を言っていたと思う。

そうして俺たちの顔を見回して、最後に橘の顔を見た影月は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、改めて俺たちを見た。

 

「……ごめん、その通りだな……今は自分を責めるより、これからどうするかを考える」

 

「……うん。それでいいよ、影月くん」

 

「ああ、ありがとう。みやび」

 

優しく笑うみやびに影月は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

 

 

 

それから俺たちは理事長から昨日からの状況説明と橘の容体を聞いた。

橘は応急手当も済まないうちに、皐月市から少し離れた総合病院へと担ぎ込まれて、そこで手術を受けたらしい。

そこで橘は一度、アレスト(ARREST)ーーー心停止に陥り、なんとか蘇生はしたものの、蘇生に掛かった時間が長かった為に昏睡状態になってしまったとの事だった。

つまり、今の橘はーーー

 

「いつ目覚めるか分からない……」

 

「ええ……一分後に目覚めるかもしれませんし、明日目覚めるかもしれませんわ。または9年程目が覚めないかもしれませんし……あるいは一生目が覚めない可能性も……。ともかくはっきりとした事は何一つ言えない。それが今の現状ですわ」

 

その事実は俺たちの心に深くのしかかってくる。

つい半日程前まで俺たちと一緒に行動して、一緒に笑っていた友人がいつ目覚めるかも分からない状態へと陥った。

そんな信じたくない事実を改めて実感した俺たちは無言となる。

そしてーーー

 

「……巴ちゃん……」

 

そんな昏睡状態になってしまった橘の《絆双刃(デュオ)》であるみやびは、未だに起きる様子の無い橘を見つめて涙を流していた。

やっぱり彼女がそんな事実を一番信じたくないだろう。そんな彼女を俺たちはただ黙って見ているだけしか出来なかった。

 

「……話を変えましょう。朔夜さん、《禍稟檎(アップル)》の件はどうなりましたか?」

 

そんな空気を変える為なのか、優月が話を任務の内容へと変える。

 

「その件ですけれど……リーリス」

 

「ええ、ベラドンナーーーいや、ここはリョウと言うべきね。彼は供給者だと判明したわ」

 

理事長に話を振られたリーリスはそう断じた。

その理由はエレフセリア付近でベラドンナのメンバーがもたらした情報によるものらしい。

道端に座り込み、呼吸を荒くして大量に発汗するというドラッグへの依存症状を発症していた者が自白したとの事だ。

その供給者であるリョウは今も見つかっていない。

エレフセリアで起きた火災と《(ゾア)》の出現で逃げ出した人波の中に、その姿は無かったとの話だ。

 

「もしかしたら、あの時私たちと対峙していた《獣》の内のどっちかだったのかもな……」

 

「ああ、その可能性は高い。人波で見逃していた可能性もあるかもしれないけどな」

 

「分かりましたわ。まずはその件の《(ゾア)》、または《獣魔(ヴィルゾア)》については機関の方で調査してみます」

 

「……さて、次に聞きたいのはーーー」

 

そこで任務の話に一旦区切りを付けた優月は理事長に顔を向ける。

 

「朔夜さん、なぜユーゴさんは皐月市に?」

 

「それは本人から説明していただきましょうか」

 

そう言った理事長は病室の扉へと目を向けた。

それにつられて俺たちも視線を扉へと向けた瞬間ーーー扉が開かれる。

 

「すまねぇ、来るのが遅れたーーーってなんでお前ら、俺の方を最初から見てるんだよ」

 

「え、いや、理事長が……」

 

扉を開けて病室内へと入ってきたのは、神父を思わせるような服装と白いマフラーを身に纏ったユーゴだった。

半眼で俺たちを見るユーゴに俺はしどろもどろになりながら、理事長を見た。

 

「くすくす……そろそろ来る頃だと思っていましたわ。《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》様」

 

「……予知能力でもあるのかよ、《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》」

 

笑う理事長にユーゴは微妙な表情を浮かべながらも、空いている椅子に座った。

 

「……そこの彼女の容体はどうだ?」

 

「体の方は問題ありませんけれど……今は昏睡状態ですわ」

 

「……そうか」

 

ユーゴは橘を見て何やら顔を歪めた。

何か橘に思う所があるのだろうか?などとも思っていると、優月が先ほど理事長に投げかけた質問をユーゴに問う。

 

「ユーゴさん、橘さんのお見舞いに来てもらって早々に関係無い事を聞くのは失礼だと思いますが……聞かせてください。貴方はどんな理由で皐月市に?」

 

「エージェント経由で《魔女(デアボリカ)》の伝言をーーー九重透流が俺に用件があるって聞いてな。たまたま日本に戻ってきた所だし、じゃあ会ってみるかって連絡つけたら《666(ザ・ビースト)》関連の任務の真っ最中って話じゃねぇか」

 

ちなみにユーゴの素性に関してはここにいる全員が簡単に知っている。

先の《狂売会(オークション)》で顔を合わせていたメンバーはともかく、トラやみやびにどう説明したらいいのか一番悩んでいた所、比較的詳しい影月が俺の代わりに色々と説明してくれたのだが。

 

「それから皐月に着いたら何やらド派手な騒ぎが聞こえてきてな。音のした方へ行ってみたら、例のクラブが派手に燃えてるじゃねぇか。だから俺はそこに駆け付けてお前たちを助けた。そういう事だ」

 

「……朔夜、彼が来ているとなぜ言わなかった?」

 

「昨日、突然訪問してきたので言えなかったんですわ。常に彼を補足しているわけではありませんから……」

 

どうやらユーゴは事前連絡も無しに、日本での仕事が終わった後すぐ学園へ来たらしい。確かに昨日いきなり訪ねてこられてもどうにも出来ない。

 

「まあいいか……。それでユーゴ、その話って奴なんだけど……後にしてくれないか?今はちょっと……な」

 

「構わないぜ」

 

「すまないな」

 

ユーゴの返事に俺は苦笑いしながらも謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……なら次はそこで隠れて見ている奴について話そうか?」

 

「あら、よく気付いていたわね」

 

『っ!?』

 

話がひと段落して一息ついていたが、ユーゴの言葉とそれに返答する第三者の声に俺たちは驚く。

しかし周りを見回しても、先ほどの第三者の声を出しただろう人物の姿は見えない。

 

「なっ……今の声は!?」

 

「紫、やっと私を見つけたのか?お前にしちゃ随分遅かったな」

 

「あら、ご挨拶ね。幾ら私だってそう簡単に人探しなんて出来ないわよ。ましてや別の世界ですもの」

 

その言葉が終わると同時に、病室の窓際の宙に亀裂が生じる。

切れ目の両端がリボンで縛られているそれは、やがてどんどんと広がっていきーーー人一人が通れる程の大きさとなった。

そしてそこから現れたのはーーー

 

「まったく、貴女が外の世界か近くの別の世界に飛ばされたならまだ簡単に見つけられたのに……思ってたより遠くに飛ばされていて、本当に見つけるのに苦労したわ。それに私、もう少ししたら冬眠しなきゃいけないのよ?」

 

リーリスよりも長い金髪の髪、ラインハルト程では無いが、美しく輝く金色の瞳、八卦の翠と太極図の書かれた中華風の服、そしてリボンの巻かれた特徴的な形をした帽子を被っている胡散臭い笑みを浮かべた女性だった。

女性はその亀裂からゆっくりと宙を浮かびながら出てきて、床へと降り立った。

 

「貴女は……?」

 

「あら、私としたことが……失礼しました。私は八雲紫(やくもゆかり)と申しますわ」

 

「奴は私の住む幻想郷を作ったっていうスキマ妖怪だ」

 

「へぇ……貴女が……」

 

「妹紅さんの住む幻想郷を作った方ですか〜」

 

妹紅の説明に理事長と香が興味深そうに紫さんと呼ばれた女性を見る。香は妹紅と深い関係の為、純粋な興味の視線を向けているのは分かるが、理事長は何に興味を持った視線で彼女を見ているのだろうか?

そんな妹紅の紹介を聞いた紫さんは妹紅を軽く睨む。

 

「……妹紅、貴女幻想郷の事を彼らに話したのかしら?」

 

「仕方なかったんだよ。私がここに世話になる時に、向こうの詳しい事情を説明されたのならこっちもある程度の事情は説明するのが普通だろ?」

 

妹紅の言う向こうの事情とは、おそらく俺たちのこの学園や《(ゾア)》の事などだと思われる。

確かに相手が機密にしているような情報を話してくれたのなら、こちらもその話してくれた情報と同等レベルの話はしないといけないという考えにもなるだろう。

事実俺もそう考える。

 

「だとしてもよ。なぜ話したの?黙ってても問題無いでしょうに……」

 

「なぜ……か。マフラーを巻いてるそこの少年以外は、幻想郷に戻れなくて困っていた私に衣食住を提供してくれた恩人たちだ。そんな人たちに全てを隠して世話になるっていうのは、私的には居心地が悪い。それにここにいる人たちは全員私の話や存在を信じて、()()()()()()()()。だから変に心配する必要も無いよ」

 

そう妹紅がニカッと笑うのを見た紫さんは、一瞬大きく目を見開いた後に俺たちを見回しーーー苦笑いした。

 

「……そう、珍しいわね。貴女のような現実には存在しないような者を受け入れてくれるなんて……」

 

「まあ、この世界では不老不死とか妖怪とか言われても珍しくないんだよ。それ以上にぶっ飛んでる奴らが多いからな」

 

「そうですわね。ここには妹紅を合わせても、不老不死者が三人程いますし……」

 

「妹紅ちゃんみたいに別世界から来た子も、過去から転生してきた子もいるし」

 

「……とまあ、私の存在は彼らにとってあまり珍しくないんだとさ」

 

「ーーーーーー」

 

影月、理事長、安心院の言葉に紫さんは驚愕したのか、目を見開いて固まる。

その反応も当然か。普通ならあり得ないような人たちがこの世界にはいるわけだし。

 

「まあ、そんな話は後で話せばいい。それでーーー私を幻想郷に連れ戻しに来たんだよな?」

 

「え、ええ、そうよ。本来幻想郷の住人がこうして別の世界にいるのはダメなの。まあ、今回は貴女を理解してくれた人たちのおかげで色々と問題は出ていないようだけど……」

 

「やったじゃないですか!妹紅さん、帰れるんですね!」

 

「あ〜……紫、その事なんだけどさ……」

 

紫さんの言葉と優月の嬉しそうな言葉に妹紅はバツが悪そうに頭をかきながら言う。

 

「一回幻想郷には戻るけどさ……またこっちの世界に戻っていいか?」

 

「……余程こっちの世界が気に入ったのかしら?それとも何かこっちに戻らなければならない事情でも?」

 

「う〜ん……。どっちもあるんだけどさ……多分心配してるだろう慧音に顔見せないといけないし、そこの巴の魂も探さないといけないからさ」

 

『えっ……?』

 

妹紅の何気なさそうに言った言葉に俺たちは揃って声を上げる。

前者の方の理由は分かる。慧音というのが誰かは分からないが、妹紅がこっちの世界に迷い込んでからもう二ヶ月くらいになるそうだ。流石にそれだけ空けば、妹紅と親しい人たちは当然、心配しているだろう。

しかしーーー

 

「も、妹紅ちゃん……?巴ちゃんの魂を探すって……どういう事なの……?」

 

顔を真っ青にしたみやびが後者の言葉の意味を妹紅へと問いかける。それは俺やおそらく影月たちも知りたいものだった。

そしてその答えは、橘をチラッと見た紫さんの口から告げられる。

 

「巴ってこの()()()()()()()子の事かしら?」

 

「魂が……抜けている……?」

 

その言葉に影月が滓れるような声で尋ねる。

その声はまるでその言葉の意味を認めたくは無いが……聞かないといけないという気持ちが感じられる。

やはり影月はさっき、みやびに向かってああは言ったものの内心は自分をずっと責めているのだろう。

そんな影月の内心を知ってか、妹紅が論すように話す。

 

「そう。実は彼女の魂が朝から感じられなくてね……。って言っても、死んでるってわけじゃない」

 

「そうね。今の彼女は肉体と魂が別々になっている状態よ。分かりやすく言うなら、幽体離脱していると言えば分かるかしら?」

 

朝から橘の魂が抜けている……?って事はつまりーーー

 

「橘の……魂が無いから……このままじゃあ、橘は永遠に目覚めないって事か……?」

 

俺の予想と全く同じ事を口にした影月に対して妹紅は首を縦に振る。

 

「そういう事。それじゃあ、みやびも影月も、皆も困るだろう?まあ、私も折角出来た友人がこのままってのも嫌だからね。だから幻想郷の閻魔か白玉楼の亡霊に頼んで彼女の魂を探してもらおうと思ったんだ。魂関係ならそっちの方が専門家だろう?きっとなんとか出来るよな?」

 

「まあ、多分出来ると思うけれど……」

 

「なら紫、苦労して私を探しに来てもらって悪いんだけど……今度は彼女を救う為に手伝ってくれないか?」

 

妹紅の申し訳なさそうな苦笑いを見た紫さんは、少しの間考えた後に妹紅を見据える。

 

「……なんだか変わったわね、妹紅。前の貴女ならそんな事しなかったし、言わなかったじゃない」

 

「……そうだな。確かに前の私だったら普通の人間だろうと、大切な人だろうと救ってあげたいなんて言わなかっただろうね。どうせ私より早く死ぬんだから、救っても別れる時間が先延ばしになるだけだ」

 

妹紅は不老不死だ。それはつまり、彼女は自分の事を気にかけてくれた大切な人たちと一緒に歳を取る事が出来ないという事でもある。

周りが老いていく中、自分だけは一切変化が無く過ごしていくーーーそれ程悲しく辛い事は無いだろう。

 

「でも彼らと会って、香ちゃんと会って思い出したんだ」

 

そう言った妹紅は俺たちの顔を見回してーーー最後に近くにいた香の頭を撫でる。

 

「私を気にかけてくれて、手を差し伸べてくれた大切な人や友人を守り、救いたいってさ……」

 

そう言った妹紅の顔は、嬉しそうなーーーしかしどこか複雑そうな笑顔を浮かべていた。

 

「だからさ……紫、同じ幻想郷に住んでいる友人として頼むよ。手伝って?」

 

妹紅の二度目の頼み。それを受けた紫さんはーーー

 

 

 

「……はぁ、分かったわ。つまり貴女を人里に送って、後は映姫か幽々子に頼み事をお願いするのを手伝えばいいんでしょう?」

 

「そして後は巴の魂を持って戻って来られたらいいなぁ……って感じだな。ちょっとだけ冬眠は我慢してくれ」

 

妹紅は苦笑いを浮かべながらそう言った。どうやらこの後の予定が決まったようだ。

 

「妹紅は……幻想郷に戻るのか?」

 

「まあ、数日程度だよ。また戻ってくるつもりだ」

 

「……じゃあーーー」

 

妹紅の言葉を聞いた影月は覚悟を決めたような顔をして言う。

 

「俺も幻想郷へ連れて行ってくれないか?」

 

「えっ!?兄さん、何を……!?」

 

「……橘がこうなってしまった原因は俺だ。だから……俺は彼女を救える方法があるのなら、それに協力する。それが俺が今、橘に出来る罪滅ぼしなんだよ」

 

「兄さん……」

「「影月……」」

「影月さん……」

 

優月、リーリス、理事長、美亜が困ったような声を出して影月を見る。

 

「妹紅、頼む。そっちの方の用事にも付き合うし、特に邪魔もしない。だから……俺にも橘の事、協力させてくれ」

 

「…………私は構わないけど、紫は?」

 

「あまり力は使いたくないのよね……でも妹紅の頼みを了承した手前、断るのもあれだからいいわよ。……ついでにもう後三人くらい来てもいいわ。どうする?」

 

「なら私も行きます。兄さんだけじゃ、心配ですからね……私みたいなお目付役がいた方がいいでしょう?」

 

紫さんの問いかけに手を上げたのは、優月だった。

確かに影月のお目付役として妹である優月はぴったりだ。相手の小さい心の変化とかも気付くし、何より心の傷付いた影月相手に、元気付けるような事が出来るのは俺たちより付き合いが長くてより信頼のある優月か理事長くらいだろう。

 

「あ……私も行きます!妹紅さんの住んでいる世界、気になっていたので一回行ってみたかったんですよ!」

 

「……私も行こうかな。もっと別の世界を見てみたいし」

 

そして次に名乗りを上げたのは、香と美亜の二人だった。

香は妹紅と以前、幻想郷の話をしていて「そんな面白そうな所なら行ってみたいです!」とか言ってたし、美亜もその会話にそれなりに興味を示していたから行ってみようと決意したのだろう。

どちらにしてもこれで定員は埋まった。

 

「分かったわ。それじゃ、早速幻想郷に帰る?それとも……」

 

「明日にしてくれ。彼らは学生だからやらなきゃならない事もあるだろうし、私もちょっと用があるからね。それにーーー」

 

妹紅がそこで言葉を区切り、俺たちは「それに?」と問い返す。

するとーーー

 

「腹減ったから朝飯食べたいし」

 

苦笑い気味で発した言葉に俺たちは揃ってずっこけそうになる。

確かに色々話していたから、もうそろそろ朝食の時間だがーーー

 

「……俺も腹減ったな……」

 

「貴様もか、透流……」

 

続いて俺が言うとトラに呆れたように肩をすくめられた。

 

「し、仕方ないだろ。もうそろそろそんな時間だしさ」

 

「それもそうだが……」

 

「ふふっ、それなら皆で朝食を食べながらお話しましょう!紫さんもどうですか?」

 

「あら?なら、お言葉に甘えようかしら……ちょっと式に連絡するから待って」

 

そう言うと紫さんは、先ほど彼女が現れた亀裂とは別の小さな亀裂を作り出し、そこに向かって話始めた。

 

「何をしているんだ……?」

 

「スキマを通じて、幻想郷にいる自分の式神に連絡してるんだ」

 

「式神!?」

 

「……トール、式神とは?」

 

「聞いた事はあるけど……」

 

「昔から日本に存在する呪術だぜ。自分に従わせて、使役出来る鬼神とかに対して言うんだ。もっと分かりやすく簡単に言えば、スタ○ドかポ○モンって感じかな?」

 

安心院の説明に納得する。特に最後のス○ンドとかポケ○ンでハッキリイメージ出来た。

 

「そうよ、だから朝ごはんは寂しいだろうけど、(ちぇん)と一緒に食べてちょうだい。ええ、じゃあ明日、妹紅と数人のゲストを連れて戻るわ。じゃあね〜♪」

 

『ちょっ!?紫様!?ゲストってなんですか!?紫さーーー』

 

スキマの向こうから聞こえる悲鳴を無視して、紫さんはスキマを閉じた。

 

「……私たちが向こうに行く事は言わないんですか?」

 

「え〜……言わない方が面白そうじゃない?」

 

「……まあ、否定はしない」

 

「ふふっ」

 

そんなやり取りをし終えた俺たちは揃って食堂へと向かうのだったーーー

 




というわけで結構出るの早かった、東方界のデウス・エクス・マキナ!八雲紫さんの登場です!

ちなみにこの小説の紫は様々なギャグに乗ってくれたりする、結構明るい紫様です。
というか幻想郷の住民って、紫を胡散臭いって事で比較的避けているようですが……メルクリウスと比べたら……ねぇ?

影月「比べる対象間違ってんだろ」

それはともかく……誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第五十四話

久しぶりの投稿!ちなみにまだ幻想郷へは行きません!(笑)
今回は少し短いです。



side 影月

 

橘の見舞いに行き、そこで偶然ながらも紫(呼び捨てでいいと言われた)という女性と会った日の夜ーーー俺たちは寮の自室で、テレビを見ながら持ち物の準備をしていた。

 

「さて、着替えも入れたし……大体こんなもんかな」

 

「そうですね〜。後は……兄さん、カロ○ーメイトいります?」

 

そう言ってカロリー○イトをこちらに見せてくる優月に俺は半眼で突っ込む。

 

「何で持って行くんだよ」

 

「何かあった時の非常食ですよ?向こうで迷ったりした時に食糧無かったら大変じゃないですか!」

 

「あ〜……まあ、そうだけど……」

 

幻想郷の住人である紫とか妹紅について行けば迷う事は無いんじゃないかとは思うが……それでも不測の事態は起こるかもしれない。

 

「じゃあ、少し貰うよ。後は水持って行くか」

 

俺はそう言って台所へミネラルウォーターを取りに行く最中に、今日の朝食の席で紫が言った事を思い返していた。

 

 

『それじゃあ、明日の朝ーーー九時頃にさっきの少女の病室に集合ね。そこから幻想郷に向かうわ。準備しておいてちょうだい』

 

 

「九時に橘の病室か……」

 

「……なんで橘さんの病室なんでしょうね?」

 

台所に置いてあるミネラルウォーターの入ったダンボールからいくつかのペットボトルを取り出しながら呟いた俺に、優月が疑問の声を上げた。

とはいえ、その疑問の答えは俺も持っていない為、「分からない」と言って首を振る事しか出来ない。

 

「まあ、そこは紫にしか分からないな……」

 

「そうですよねぇ……。よし、これで準備完了です」

 

俺から水を受け取った優月はリュックに水を入れてファスナーを閉めた。

 

「さて、それじゃあそろそろ風呂に入って、今日は早めに寝るとしようか」

 

「そうですね〜。じゃあ、兄さんは先に入ってきてください。私は後から入りますから」

 

「おう」

 

ニコニコと笑う優月に返事しながら、俺は寝間着などの着替えなどを持って浴室へと向かう。

ちなみに安心院はみやびの部屋へと行っている。理由は彼女曰く、『巴ちゃんがいなくて寂しがってるだろうから、今日からしばらく一緒に寝てあげるよ』との事だ。つまり橘が意識を取り戻して退院するまで一緒の部屋で寝てあげようという彼女なりの優しさである。

 

 

閑話休題

 

 

「ふ〜……」

 

シャワーで軽く体を流し、湯船にゆっくり浸かる。

今は冬真っ只中なので比較的冷えた体にお湯の暖かさが染み渡り、俺はリラックスして入っていたのだがーーー

 

「兄さ〜ん、お待たせしました♪」

 

「はっ!?」

 

ガチャっと浴室の扉が開き、素っ頓狂な声を上げた俺の視線の先には、タオルで体を覆い隠して若干顔を赤らめながらも微笑んでいる優月がいた。

 

「なんで入ってきたんだ!?」

 

「え?……()()()入りますって言ったじゃないですか?」

 

「後からってそういう意味か!?」

 

まさかそんな所で日本語の食い違いが起きるとは……いや、これはよく確認しなかった俺の方が悪いのかもしれないが……。

 

「それより、背中流してあげますから座ってください!」

 

すると優月がシャワーとスポンジを手にして、俺に湯船から上がってイスに座るように促す。

 

「あ、いや……俺は……」

 

「いいから座ってくださいよ〜」

 

少しだけ渋ると、優月はぐいっと俺の腕を引っ張って早く座るように促してきて、俺はそれに仕方なく従うしかなかった。

まあ、よかった点と言ったら背中を洗ってもらって気持ちよくなった事や優月にこうして久しぶりに背中を流してもらって少しだけ嬉しくなった事くらいか。

こうして最後に優月と一緒に風呂に入って背中を流し合ったのは、いつだっただろうか?少なくともここ一、二年位は無かった気がする。

そんな事を考えている内に、優月が俺の背中をシャワーで流し始めた。

どうやらそろそろ終わるようだ。

 

「ありがとうな、優月」

 

「いえいえ〜。それじゃあ今度は私の背中を洗ってください!」

 

そう言った優月は掛け湯をして、俺にシャワーとスポンジを手渡してきた。

まあ、当然流してもらったんだから、こうなる事は予想していたが……。

 

「はぁ……分かったよ。じゃあ座ってくれ」

 

「はい♪」

 

すると優月は俺に背中を向けてイスに座り、体に巻きつけていたタオルを緩めて背中を晒した。

 

「…………」

 

「兄さん?どうしました?」

 

「い、いや……」

 

まさかその白くて綺麗な肌に見惚れてしまったなどとは言えず、俺は視線を逸らしながらも優月の背中を洗い出した。

 

「どうだ?強さは?」

 

「丁度いいですね〜♪こうして洗ってくれるのは久しぶりですけど……力加減を覚えててくれてよかったです♪」

 

そう言う優月は気持ちよさそうな顔で鼻歌を歌い出した。

そして背中を洗ってあげた後、前の方は自分でやってくれと言う俺の言葉に優月は何やら残念そうな顔をしながらも、了承した。

なぜ残念そうな顔をしたのかは知らないし、知らないままの方がいいだろう。

 

「じゃあ、俺は湯船に浸かるから……」

 

「はい。洗ってくれてありがとうございます!」

 

俺はそう言ってゆったりと湯船に浸かり、優月は戻ってきたスポンジで手早く体を洗って洗い流した後、湯船へと入ってきた。

優月は俺の足と足の間に座り込む形で湯船に入り、俺に背中を預けてきた。

 

「……なあ、なんで俺の方に背中を向けて入るんだ?」

 

「ふふふ〜♪それはですね〜♪」

 

そう言うと優月は俺の両腕を掴んで、自分の腰へと回していたずらっぽく笑いながら言った。

 

「久しぶりにこんな入り方をしたくなったからですよ。昔はこうやって一緒に入ってましたよね〜」

 

「……ああ、そうだな。「こうしてくっついて入ってると落ち着くんです!」とか昔の優月は言ってたよなぁ」

 

「今も言いますけどね」

 

俺は優月を後ろから抱きながら、顎を優月の頭に軽く乗っける。

それを優月は何も言わずに受け入れて苦笑いした。

 

「……ねぇ、兄さん」

 

「ん?」

 

「あの……その……あまり思い詰めないでくださいね?巴さんの事……」

 

振り返って苦笑いを浮かべる優月の顔を見て、なぜ優月が今日に限って一緒に風呂に入っているのかを悟った。

おそらくうちの妹は昨日から自責の念に駆られている俺を元気付ける為にこうして一緒に入っているのだろう。

……本当によく出来た妹だ。思いやりも優しさもあって、気遣いも出来る。俺の妹というには勿体無いと思える程に素晴らしい。

 

「私は巴さんに感謝しているんですよ。自分の身を顧みずに兄さんを守ってくれましたからね……」

 

「……でも、俺を守ったせいで橘はああなってしまった」

 

ーーー昨日の橘の顔が脳裏をよぎる。

 

「……本当は俺が彼女を守るべきだったんだ」

 

大切な人を守る為なら、この手を血に濡らしても構わない。俺自身が死にかけても構わない。そんな願いを持った俺が本当なら彼女の身代わりになるべきだったんだ。

そうじゃなければ……俺は何を願いながら今を生きているのか分からなくなってしまう。

 

「……なあ、優月。俺の渇望(願い)って……正しいものなのかな?」

 

そんな分からなくなった願いに疑問を感じ、俺は優月に問いかけた。

客観的に見たら、俺の願いは決して正しいとは言えないだろう。大切な人を守る為ーーーという部分なら賛同出来る人は多いだろうが、他の部分は許容出来ないーーーおそらくそんな人が大半だろう。

故にそれが正しいのか、不安になった俺は優月に問いかけたのだ。

そんな俺の気持ちを読み取ったのか、優月は俺の方へ振り向いて笑いながら答えた。

 

「それが正しいのかなんて私には分からないし、言えませんよ。でも私はその願い、いいと思いますよ?昔から色々と私を庇ってくれたりした兄さんらしくて」

 

「そうか……?」

 

「はい!私はそんな兄さんの願い、好きですよ?……あまり無理はしないでほしいですけど」

 

半眼で見る優月に俺は苦笑いした。

確かに俺の願いは自己犠牲の面もあるので、優月がそう言うのも無理は無いだろう。

だがーーー

 

「無理をするなって言うなら優月の願いだってそうだろう?」

 

大切な皆が笑顔で、それを守り照らしたいーーー優月のその渇望(願い)も自己犠牲の面がある。

 

「ふふっ、そうですね。でも……時には無理をしなければいけない時だってありますよ」

 

そう言って悲しげに笑う優月。その笑みは今にも儚く消えてしまいそうなーーー非常に美しい笑みだった。

 

「少しくらい無理をしないと助けられない人たちもいる……私はそんな人たちも守って、その先の道筋を照らしていきたいんですよ。それが私の願いですから……」

 

「優月……」

 

そんな儚く消え去ってしまいそうな笑みを浮かべる妹を、俺は後ろから抱きしめていた。

 

「あ……」

 

「そう……だったな。本当、優月らしい渇望(願い)だよ」

 

他者の渇望(意志)を尊重し、そして自らの渇望(意志)を信じる事ーーーそれが優月の願いの根本であり、この優しさの源なのだろう。

 

「……ごめんな、優月。そしてありがとう。おかげで迷いは無くなったよ」

 

この先、俺たちにどんなに残酷な結末が待ち受けていようとも……俺は自分の意志を信じて、その結末を変える。

たとえどんな手段を使おうとも変えてみせる。

 

「ふふっ、ならよかったです♪」

 

そして優月はそんな俺が変えた結末を明るく優しく照らしてくれる。

俺はーーー俺たちは……。優月がその先の未来を照らしてくれる限り、道を見失って迷う事は無い。一人寂しく泣き喚く事も無い。孤独を感じて生きる事も無い。

 

「ふふふ……兄さん、なんだかあったかいですね」

 

「ああ」

 

どこが?と聞くのは愚問だろう。それ以前に、俺は優月のその言葉の指す意味を理解しているのだからーーー

 

その後、俺たちは風呂から上がって明日に備えて早めに床に就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日の朝八時五十分頃ーーー俺たちは未だ昏睡状態となっている橘の病室へと集まっていた。

他にいるのは優月、妹紅、香、美亜、紫、朔夜、そしてなぜかは分からないが安心院もこの場にいた。

 

「安心院、なんでお前がここにいるんだよ?授業は?」

 

「ん〜、朔夜ちゃんに頼まれ事をされてさぁ〜」

 

「ちょっ!?安心院!?」

 

「「優月がいるから大丈夫でしょうけれど、念には念を入れて安心院、貴女も一緒についていきなさい」って昨日言ってきたんだぜ?だから僕はそれを了承してここにいるわけだけど……本当に影月君って愛されてるよねぇ」

 

「あぅ……」

 

安心院に一切合切の理由を言われた朔夜は、顔を赤くして俯いた。その時に出た声が少し可愛かった事は黙っておく。

 

「ちょっと、これ以上は流石に無理よ」

 

「そこは心配いらないぜ?僕は影月君の心の中にいさせてもらうし、今ここにいるこの僕は本物じゃないしね」

 

「本物じゃない?」

 

「分かりやすく言えば、この僕は分身って事だよ。大体百個くらいのスキルしか持ってない劣化版安心院さん!って事だぜ」

 

「中々器用な事が出来るのね……この世界の人たちは」

 

「ん〜……まあな」

 

紫の言葉に俺は苦笑いしながら肯定した。安心院は別世界の人間(?)だとか色々突っ込む所はあるが無視する事にした。

 

「まあ、特に彼の質量が変わらなければこちらにも問題は無いわ。それじゃあそろそろ……」

 

「ああ、行こうか皆」

 

紫は手に持っていた扇を横にスッと移動させる動作をし、妹紅は俺たちに視線を向けてそう言った。

 

「ああ。それじゃあ朔夜、何かあったらーーー」

 

「分かってますわ。貴方の残した《焔牙(ブレイズ)》に連絡を……ですわね?」

 

「そうだ。ついでにそれは俺の五感にも繋がってるから、こっちの状況を知る事が出来る無線機代わりにもなるしな」

 

「……本当に器用ねぇ」

 

紫が呆れながら首を横に振るのを尻目に、俺は橘へと視線を向けた。

 

(待ってろよ橘……。俺が、俺たちがなんとかしてお前を目覚めさせる方法を見つけてくる)

 

そう心の内に決めた俺は、改めて紫を見る。

 

「覚悟は決まったみたいね。なら行くわよ」

 

「影月、お土産と彼女の魂ーーー頼みましたわ」

 

「お土産かぁ……まあ、なんか見つけてくるよ」

 

俺は苦笑いしながら朔夜にそう返した。

 

「それじゃあ、スキマオープン!」

 

すると俺たちのやり取りが終わったのを見計らった紫が、突然テンション高く声を上げた。

瞬間ーーー俺たちの足元にスキマが開き、そのまま俺たちは落下した。

 

『きゃあぁぁぁぁ!!』

 

「うおおぉぉぉっ!?」

 

「……そういえば、私も前に紫にこうやって落とされた事があったっけ……懐かしいな」

 

「妹紅は何しみじみとしてるんだよ!?おい、紫!なんでいきなり落とすんだ!?」

 

「え〜、だってその方が面白いでしょ?」

 

『面白くないわぁぁぁっ!!!』

 

共に自由落下していく紫に、俺たちはそう大声でツッコミながらスキマの底深くへと落ちていった。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影月たちが落ちていったスキマが消え、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った病室で、朔夜は先ほどまでスキマがあった場所を呆然と見つめていた。

突然皆が揃って落下したのだ、その反応も無理は無い。

 

「…………」

 

そして朔夜は苦笑いを浮かべて、ため息のように息を吐き出す。

その行動の意味は彼らと共に幻想郷へ行けない事への不満か。それとも行ってしまった者たちへの無事を祈るが故の行為なのか。もしくは先ほどの紫の強行に対するものか。

それは彼女にしか分からない。

 

「……それにしてもメルクリウス様も随分と大胆な事をいたしますわね」

 

ふと、朔夜の脳裏に胡散臭い笑みを浮かべる道化の顔がよぎる。

 

「……メルクリウス様、貴方は幻想を生きる()()()()も、かの戦いに巻き込むつもりなのですね」

 

そう誰に言うでも無く呟いた朔夜は昨日、お茶をしながら話していた紫との会話が思い出していた。

 

 

 

 

『人間も妖怪も神も幽霊も妖精も、存在を忘れ去られた者たちが縋った最後の楽園……』

 

『それが幻想郷よ。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ』

 

『過去も現在も未来も、光も闇も、生も死も、万象全てを受け入れる……と?』

 

『ええ』

 

『……では、妖怪の賢者であり、幻想郷の創造主である貴女に一つ、質問を投げても?』

 

『何かしら?』

 

『もしこの先、力のある者ーーーこの場合は強大な力を持つ神、とでも仮定しましょうか。その者が幻想郷に向けて、我が法に従えと傲慢にも言ってきたとしたら、貴女たちは抵抗するのでしょうか?』

 

ちなみにここで朔夜が言っている神とは、言わずもがな覇道神の事である。

最も、今の治世は黄昏の女神なので彼女はそんな事を言わない。抱きしめさせてとは言うかもしれないが。

 

『愚問ね。いくら全てを受け入れると言ってもそれはごめん(こうむ)るわ。私の愛した幻想郷は他の誰の法にも縛られない。縛られる事などありえない』

 

『…………』

 

『……でも、そうね……。ある法を提唱している神だったら、ちょっと考えちゃうわね』

 

紫はどこかいたずらを思い付いたような笑みを浮かべながら言う。

 

『……そのある法とは?』

 

 

 

『「私が皆を、全てを抱きしめたい」』

 

 

 

『っ!』

 

紫の言った言葉に朔夜は大きく反応を示す。なぜなら紫の言ったその言葉はーーー

 

『どんな人間でも、どんな妖怪でも、どんな生物でも……。残酷な運命や辛い事は一度は経験する。それら全てを抱きしめて、幸せな明日が来る事を願う理ーーーそんな法を提唱している神なら、私やおそらく龍神様も喜んでその法下に下るわ。最も、もう下ってる可能性もあるかもしれないけど……』

 

『…………』

 

『ふふふ……どうしたの?黙り込んじゃって?』

 

目を見開いて固まっている朔夜を見て、いたずらが成功した時のようにくすくすと笑う紫。

 

『……貴女は……彼女の事を……?』

 

『さて、何の事かしらねぇ〜』

 

 

 

 

その後、朔夜はさらに先ほどの言葉を追求したものの、紫はのらりくらりとかわして結局最後まで真実は聞けなかった。

 

「……ただ一つ、分かる事と言えば……紫は……幻想郷は、私たちの敵にも味方にもなり得る。という事ですわね……」

 

どのみち、幻想郷とはこれからも関わっていくのは明白であった。ならば取るべき行動は一つ。

 

「……また今度、紫をお茶に誘ってみましょうか」

 

友好的な関係を作り、維持する事。それが現在出来る最良の行動だった。

 

「メルクリウス様も困った御仁ですわね。まあ、こうして退屈のしない楽しい毎日をもらえたのは感謝してますけれど」

 

朔夜は眠っている橘の頭を撫でながら一人呟く。

そのような行為は影月や優月などと親しくなる前の朔夜ならしなかったのだが……朔夜も変わったのだ。

 

「さて、私もあの兵器の最終調整を行うとしましょうか」

 

そう言った朔夜は、近くのテーブルに置いてあった資料を手に取って視線を落とした。

そこに書かれていたのはある兵器の設計図。

その設計図に書かれている兵器は、影月の《焔牙(ブレイズ)》の中にあるメタルギアREXのような頭部を模した二足歩行兵器。

しかしその兵器はREXのような状態の絵の他に、直立して二本の足で立ち上がっているような絵も書かれていた。

そしてその設計図の端には、その兵器コードなのか《ST-84》と記載されていた。

 

「……さて、それじゃあーーー」

 

その資料を手に、病室を後にしようとした朔夜はふと、近くの宙に浮かんでいた影月が残した《焔牙(ブレイズ)》に視線を向けた。

 

「……最終調整の前に、少しだけ素敵な楽園とやらを見せてもらいましょうか」

 

少し笑みを浮かべながら朔夜は《焔牙(ブレイズ)》を掴み、目を閉じた。

 

そして朔夜の脳裏に浮かんできたのは、影月や優月たちが見ている景色ーーー白銀の世界となっている幻想郷の景色だった。

 




という事で、次の話から幻想郷編になります!どの東方キャラと絡めようか……結構悩んでいたり(苦笑)その辺り、どうなるのかも楽しみにしていてください!(どれ位の人たちが楽しんでいるのかは分かりませんが……)
そして最後にさらっと出てきた謎の兵器……分かる人は分かりますよね?そう、作者もREXの次に気に入っている兵器が後々登場します!そこも楽しみにしていてください!

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第五十五話

幻想郷編突入!上手く書けてるかすごく自信が無い……(苦笑)
ちなみに幻想郷編は四話から五話位の長さを予定しています。
では、今回もお楽しみください!



side 影月

 

周囲を見回すと、どこもかしこも不気味な目があるスキマ空間内を俺たちは落下していた。

 

「……おい、紫。いつまで落下していれば着くんだよ?」

 

もはや落下する感覚に慣れた俺は、空中で胡坐をかく姿勢になって共に落ちている紫に半眼を向けながら問う。

 

「さあ?それはこのスキマ次第よ」

 

「そんな事言って……このスキマ空間を生み出したのは紫さんでしょう!?しっかりしてくださいよ!」

 

頭を下にして真っ逆さまに落ちている優月が怒ったように言う。

まあ、確かにこんな事態を起こした本人が「さあ?」とか言って首を傾げていたら怒りたくなるのも分かる。

 

「香ちゃん、大丈夫?」

 

「全く大丈夫じゃないですよ〜!!」

 

「え、影月さん!た、助けて!!」

 

一方、妹紅は以前落とされたから慣れているのか、他人()の心配をしていた。

そして美亜は顔を真っ青にしながら、俺の方に手を伸ばしてきた。

 

「大丈夫かーーーっ!?」

 

俺はそう言いながら、美亜の手を引っ張って引き寄せようとしたが、その瞬間薄暗く不気味な目があるスキマ空間に眩い光が差し込んだ。

その光に俺たちは揃って目を覆い隠す。

 

 

 

「さあ、着いたわ。ここが幻想郷よ」

 

そんな紫の声が聞こえ、光にも慣れた俺たちはゆっくりと瞼を開く。

 

『うわぁ……!』

 

そこには一面雪景色に覆われた自然溢れる美しい世界が()()に広がっていた。

鬱蒼と生い茂る木々が広がる森。

少し前の時代の家々が集まっている人里のような場所。

それなりに大きい湖とその(ほとり)に立つ赤い屋敷。

静かに煙を上げている大きな山。

その光景はここがまさに俺たちのいる科学に溢れた世界とは全く違うという事を再認識させる。

そんな事を刹那の間に考え、現実逃避をしていた俺は紫に視線を向けた。

視線を向けられた紫は「どう?私の幻想郷は?」とでも暗に感想を求めているような顔をして俺たちを見ていた。

しかしそれに答える余裕が俺たちには無かった。なぜならーーー

 

「紫ぃ!!パラシュート無しのスカイダイビングさせるとかどういう事だぁ!!」

 

俺たちは現在、とてつもない浮遊感と恐怖を感じながら、高度四千メートル程の所から自由落下しているのだから。

 

「え?だって貴方たちも飛べるでしょう?」

 

「飛べねぇよ!!何当たり前の事を聞いてるんだみたいな顔で言うんじゃねぇ!!」

 

「に、兄さん!もう地面が!!」

 

わざとらしく首を傾げる紫に俺は怒鳴るが、優月の声を聞いて即座に下に視線を向ける。見てみると地面は後数百メートル程の所に迫っていた。

 

「っ!REX!!」

 

俺は瞬時に《焔牙(ブレイズ)》を形成してそう叫び、二足歩行戦車を呼び出した。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の東の端にはある一つの神社が建っている。

博麗神社ーーー博麗の名を持つ巫女が住んでいる幻想郷で一番重要とも言える場所である。

そんな神社の境内で、降り積もった雪をスコップで掻き出している一人の少女がいた。

 

「今年も雪が多いわね……レティ(あの雪女)の仕業かしら?」

 

少し暗めの茶色の髪、茶色の目、赤を基調として所々に白が入った冬用の巫女服を着て、頭に赤い大きなリボンを着けた見た目十代位の少女は、空を見て苛立ったように文句を言う。

そう、この少女こそ博麗霊夢(はくれいれいむ)。知る人ぞ知る、この楽園の素敵な巫女その人である。

そしてそんな霊夢に言葉を返す者がいた。

 

「そうか?今年の雪も去年とあまり変わってないぜ?」

 

その声に霊夢は呆れたように息をはいて、後ろへと振り返る。

 

「何の用よ、魔理沙(まりさ)

 

「よっ!そんなに嫌そうな顔をするなよ。ちょっと慧音から言伝を頼まれてな」

 

そこにいたのは、金髪に金色の目、白のブラウスのような服の上に黒い服を着て、スカート部分に白のエプロンを着けた冬服を着ている箒を持った少女だった。

霊夢と同じく見た目十代位の少女は魔法使いが被るような黒い三角帽の(つば)を片手で少し上げながら言う。

彼女の名は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。この幻想郷にある魔法の森で一人で暮らしている普通の魔法使いであり、霊夢と軽口を言い合える程に仲がいい少女である。

 

「慧音から?まさかまだ妹紅は見つからないのかって催促の内容じゃないでしょうね?」

 

「あ〜……それも言われたが、今回はもう一つあるぜ」

 

「もう一つ?」

 

「「最近、紫が妹紅捜索の報告に来ないのだが、何か聞いてないか?」だとさ」

 

「あー?知らないわよ。最近見てもないし。というかさっきも萃香(すいか)に同じ事を聞かれたんだけど……」

 

「呼んだ?」

 

すると今度は神社の方から、薄い茶色のロングヘアーを先っぽの方で纏め、少し赤が混じった茶色の目をした霊夢や魔理沙より幼い少女が、少々おぼつかない足取りで歩いてきた。

その少女の頭の左右からはその身長とは不釣り合いに長い捻れた角が二本生えていて、その角の片方と後頭部には可愛らしいリボンが着けられている。

服装は冬場だというのに、白のシャツに紫のロングスカートを着用し、腰には紫色の瓢箪と三つの異なる形の分銅を鎖で吊るしている。

彼女の名は伊吹萃香(いぶきすいか)。かなりの大酒飲みでいつも酔っている鬼である。

 

「おっ、魔理沙じゃないか。久しぶり〜」

 

「おう。相変わらずいつものように酔ってるな、お前は」

 

「いいじゃないか〜。それが私の個性ってもんなんだからさ」

 

「別に悪いとは言ってないぜ」

 

萃香は霊夢と元へと辿り着くと、ふらふら〜としながら霊夢に寄りかかった。

 

「ちょ、くっつくな!」

 

「いいじゃないか〜。神社からここまで歩いてくるのに疲れたんだから〜」

 

霊夢は萃香に離れるように言うが、萃香は明るく笑いながら離れようとしなかった。

そんな二人を尻目に魔理沙は顎に手を当てて、呟く。

 

「う〜ん……霊夢どころか、紫と付き合いの長い萃香も知らないとは……冬眠にでも入ったか?」

 

「紫は幻想郷の奴らを見捨てて、冬眠なんかしないさ」

 

魔理沙の呟きに、持っていた瓢箪の中の酒を飲みながら萃香は言い、魔理沙はそれもそうかと納得して頷く。

 

「あいつ、なんだかんだ言ってそういうのはしっかりしてるからなぁ……」

 

「そうねぇ。妹紅の行方が分からない限りは放っておく事はーーーん?」

 

そこで霊夢がふと視線を空へと向けて、声を上げる。

それに魔理沙と萃香はどうしたのかと首を傾げながらも、霊夢と同じ方向の空を見る。

その先にはかなりの高さから落下してくる六つの点があった。

 

「なんだありゃ?空で弾幕ごっこでもしてた妖精たちが落ちてきたか?」

 

「それとも天人が揃って落ちてきたのかしら?」

 

その点の正体を予想する霊夢と魔理沙。

しかし鬼の萃香だけは、その目で六つの点の正体を見抜いていた。

 

「……あ〜……霊夢、魔理沙。あれ、助けに行った方がいいよ?」

 

「あ?なんでよ?」

 

「あの中の四人位かな?服装が外来人っぽい」

 

「「……え?」」

 

頬をかきながら言う萃香に、霊夢と魔理沙の顔色は徐々に青ざめていく。

その反応も無理は無い。霊夢や魔理沙などの一部の人間や、幻想郷に住む人外たちの多くは普通に空を飛べるので、ああやって落下しても特に騒ぎ立てる事は無いのだがーーー外の世界から来た普通の人たちは、当然ながら空は飛べない。そんな飛べない人たちをあのまま放っておけばどうなるのかーーー想像に容易い。

つまり今すぐにでもこの神社から飛び出してその外来人たちを助けなければ、彼らは地面に叩きつけられ、潰れたトマトのようになってしまうのだ。

 

「っ!霊夢!!」

 

「分かってる!!」

 

「私も手伝うよ!」

 

それを理解した三人は、即座に神社から飛び立った。

 

「なんであんな上空から落ちてきてるんだろうな!」

 

「知らないわよ!そんなの紫にでも聞きなさい!!てか、そんな詮索も後!急がないと!」

 

霊夢と萃香はその身一つで空を飛び、魔理沙は手に持っていた箒にまたがって六つの点の元へと猛スピードで迫っていく。

しかし、如何せん見つけるのが遅過ぎた。

 

「くっ!間に合わない!!」

 

落下してくる六人の人影は徐々に落下速度を上げ、もはや三人がどれだけ速く飛んでも間に合わない程の速度となっていた。

 

 

 

助けられないーーーそんな思いが霊夢と魔理沙の心に広がり、二人は思わず視線を下げてしまう。

その時ーーー

 

「っ!?あれは!?」

 

霊夢と魔理沙から少し遅れながら付いてきていた萃香が驚いたかのように声を上げた。

その声を聞いた霊夢と魔理沙は顔を上げる。

そこにはーーー

 

「「何(だ)、あれ!!?」」

 

見慣れない形の大きな鉄の塊ーーー見た感じ、河童の作るロボットのようなものが空中に現れ、着地姿勢を取っているのを見て、霊夢と魔理沙は驚愕する。

そしてーーー幻想郷中に響く程の大きな音と高さ六十メートル程の雪柱を上げて、ロボットらしきものは地面へと落下した。

 

「「「………………」」」

 

その驚きの光景に、三人は宙に浮かびながら、上がった雪柱を呆然としながら見ていたがーーー

 

「…………はっ!助けに行かなくちゃ!」

 

一番初めに我に返った霊夢の声で魔理沙と萃香も我に返り、例のロボットが落ちた場所へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

ロボットが落下した場所に数十秒遅れで着いた霊夢たち三人がまず最初に目撃したのは、あのロボットの着地の衝撃で薙ぎ倒された大量の木々。

そして特に目立つ損傷も無く佇んでいるあのロボットの姿だった。

 

「……なあ、あのロボット……結構かっこよくないか?」

 

「そうかしら?それよりも、あんな高さから落ちてきたにも関わらず、無傷な事の方が気になるんだけど……」

 

「どうする?近付いてみる?」

 

「「…………」」

 

三人は上空であの怪しげな物体に近寄るかどうか、話し合っていた。

そして三十秒後、博麗の巫女としてあんな怪しい物放っておけないと言う霊夢と、初めて見る巨大なロボットに興味津々な魔理沙と萃香の意見が合い、上空からゆっくりと近付く事になった。

そして三人の距離とロボットの距離が、残り十メートル程となったその時ーーーロボットが突然動き出した。

 

「っ!!なんだ!?」

 

攻撃されるのかと思った三人は即座に体制を整えたが、その警戒は杞憂だったと知る。なぜならロボットは頭部と思われる場所を雪上の上に付き、まるでお座りしているかのような状態になって再び止まったのだから。

そして、そのロボットの頭部と思われる場所が開く。

そこからはーーー

 

「危なかった……皆、無事か?」

 

「はい……何とか……」

 

「私も大丈夫……影月さん、ありがとう」

 

「香ちゃん、怪我は無い?」

 

「大丈夫ですけど……ここ狭いですよ〜」

 

「わざわざこんな物出さなくても、私が何とかしたのにねぇ」

 

「いきなり空中に放り出して、成り行きを見守ってた奴が何言ってんだよ!」

 

六人の者たちがロボットの操縦席らしき場所から騒がしく降りてきた。

霊夢たちはその中の二人が見知った顔だという事に気が付き、今度は堂々と近付く。

そして、少し不機嫌そうな顔で霊夢が話しかけた。

 

「紫……妹紅……」

 

「あら、霊夢じゃない。おひさー♪」

 

「おや、霊夢じゃないか。二ヶ月ぶりくらいか?」

 

「そうね……まあ、どこに行ってたとか色々聞きたい事はあるけど、まずはーーー」

 

「あのロボットなんだ!?紫が出したのか!?」

 

そこで霊夢の言葉を遮って、魔理沙が目を輝かせながら興奮したように紫に問いかける。

 

「私じゃないわ。これを出したのはそこの青年よ」

 

紫は持っていた扇で影月を指す。

そして魔理沙は影月にずいっと顔を近付けて問う。

 

「お前が出したのか!?このかっこいいロボットを!?」

 

「あ、ああ……」

 

幻想郷に来て早々、美少女に顔を近付けられた影月は若干身を引きながらも肯定の返事を返す。

その返事を聞き、魔理沙のテンションがさらに上がった。

 

「マジか!すげぇな!!」

 

「あ〜……はいはい。魔理沙、もういいから……とりあえず全員神社に来てくれる?」

 

めんどくさそうに頭をかいた霊夢は、このままここで話すのは得策ではないと思い、そう提案する。

それに紫や影月たちは了承の意を示し、博麗神社に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ霊夢もお茶を持ってきてくれた事だし、お互い自己紹介から始めましょうか」

 

博麗神社に戻ってきた後、霊夢が全員分のお茶と煎餅をちゃぶ台に置いて座ると、紫がそう切り出す。

 

「そうだな……まずは俺たちから。俺は如月影月、こっちの黒髪の子は俺の妹の優月だ」

 

「妹?その割には似てないな」

 

「よく言われるよ。それでさっきから俺の服を掴んでるこの金髪の子は美亜。そして妹紅の隣に座っている子は織田香だ」

 

影月がそう言うと、今度は霊夢たちが自己紹介する番となった。

 

「そう。私は博麗霊夢、この博麗神社の巫女よ」

 

「私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ」

 

「私は伊吹萃香、誇り高き鬼だ」

 

「神社の巫女に、魔法使い、最後に鬼と来たか……普通なら信じられないって切り捨てたいが……」

 

「特に萃香さんのあの角は、見る限り本物ですねぇ……」

 

「ありゃ、随分と冷静だね?私は人攫いをするあの鬼だよ?怖くないのか?」

 

「う〜ん……正直、それ程怖くは……。まだあまりあんたの事を知らないってのもあるけど、危険そうな感じも無いからな」

 

「それに伊吹って言うと……もしかして貴女はあの酒呑童子(しゅてんどうじ)なんですか?」

 

「ご名答〜♪よく知ってるね?」

 

「まあ、伊吹って名前と鬼だと聞くと……」

 

「はいはい、鬼云々の話は後にしてくれない?それよりも、あんたたちは一体何の目的で幻想郷に来たのよ?」

 

影月と萃香のやり取りを遮った霊夢は、目つき鋭く問いかけた。

まあ、彼らの目的が分からない為、霊夢がそのような態度で聞くのも無理は無い。

それを聞いた影月は、幻想郷に来た目的を言う。

 

「俺たちは友人を助ける為に紫に頼み込んで幻想郷に来たんだ」

 

「友人?」

 

「はい……。ある事故で大怪我を負ってしまって、目が覚めない友人の為に……」

 

「って事は、永遠亭の連中に用って事か?」

 

「いいえ、その友人はその事故がきっかけで魂が肉体から抜けているのよ。つまり用があるのは幽々子と四季映姫ね」

 

「なるほどねぇ、どこかに行ってしまった魂を呼び戻す為に来たんだね?」

 

萃香が持っていた瓢箪の酒を飲みながら言う。

 

「魂を呼び戻すねぇ……まあ、それなら確かに幽々子や四季映姫の専門ね」

 

「後は、妹紅が住んでいる幻想郷ってどんな所だろうかって気になったからな……いわゆる観光目的もある」

 

苦笑いして言う影月の言葉に、霊夢は顔を顰めながら、隣に座っていた紫に耳打ちする。

 

(紫……大丈夫なの?彼ら……)

 

(問題無いわ。別に何か変な事を考えているわけでは無いし……それに妹紅からの頼みだしねぇ)

 

(あ?どういう事よ?)

 

(忘れかけていた人の心を思い出したって事よ。それに私たちを()()()()()()()()()な人たちを見捨てるのもねぇ)

 

扇で口元を隠しながら笑う紫に、霊夢は首を傾げた。

 

「とりあえず、まずは人里に行かないとなぁ……慧音も心配してるだろうし」

 

「ああ、ものすごく心配してたぜ。寺子屋の授業に支障が出て、逆に子供たちが心配する位にな」

 

魔理沙からそう聞いた妹紅は苦笑いを浮かべた。

 

「そっかぁ……悪かったね」

 

「あんた、本当に悪いと思ってるの?言っておくけど、あんたの捜索には幻想郷中の奴らが協力してたんだからね?ここにいる私たちとか慧音はもちろん、アリスとか咲夜とか早苗とか妖夢とか鈴仙とか妖怪の山の天狗や河童たちも探してたから、正直もっと感謝してほしいんだけど」

 

「おい、霊夢!」

 

「いいんだ、魔理沙。本当に迷惑かけて悪かった。そしてありがとうな」

 

「どういたしまして」

 

感謝しろと言った割に、妹紅のお礼に対して簡潔に返事をした霊夢に影月たちは眉を顰める。

そんな霊夢に対して、魔理沙がフォローを入れる。

 

「霊夢はいつもこんな感じでな。生まれ持った性格って奴だから気にしないでくれよ。それにこんな態度しながら、内心ではきっと嬉しく思ってる筈だぜ」

 

「魔理沙」

 

「つまりツンデレって奴ですか?」

 

「そうよ」

 

「何?ツンデレって?」

 

聞いた事の無い言葉だったのか、萃香が尋ねる。

それに紫が答えた。

 

「ツンデレっていうのは、初めはツンツンしてるけど何かのきっかけとか、好きな人の前ではデレデレする人の事よ」

 

「へぇ、つまりアリスみたいな奴の事か」

 

「アリスはツンデレって言うより、純粋に親切ってだけじゃないかしら?貴女と一緒にいるアリスを見てるけど、そんな感じがするわ」

 

「何さらっと他人のプライベートを覗き見してんだ、お前」

 

紫に半眼を向ける魔理沙だが、紫はどこ吹く風という風に受け流していた。

 

「さて、それじゃあ人里に行くかなぁ」

 

「おっ、慧音の所か?なら私も行くぜ。影月たちにも色々興味あるしな」

 

「私も行くわ。ちょっと買い物に行かなくちゃいけないし……」

 

「霊夢が行くなら私も〜」

 

妹紅がそう言って立ち上がると、霊夢たちもそれぞれの理由を述べて立ち上がった。

その理由の中に気になる事があった影月は問いかける。

 

「魔理沙、俺たちに興味があるって?」

 

「そりゃそうだろ?あんなでっかいロボットを呼び出せるなんて早々出来る事じゃないぜ!後で色々と教えてくれよな!」

 

「ロボットって……」

 

「あながち間違ってないんじゃないかな?」

 

「それもそうだが……」

 

「そんな事より、早く行くわよ」

 

そう言って霊夢が外に出ようとするのを見て、影月たちも後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間の里ーーーその言葉の通り、幻想郷において人間が住む里の事である。

文明レベルは江戸時代末期から明治時代に入る頃の日本に相当し、昔ながらの木造平屋が軒を連ねており、様々な店も多い為にいつも人間で賑わっている。

 

「うわぁ……結構大きい町ですね」

 

「ここには幻想郷にいる人間のほとんどが住んでるからね」

 

「たまに妖怪とか妖精も見かけるけどな」

 

「あ、影月さん!団子屋さんがありますよ!!」

 

「団子……」

 

「団子……うっ、頭が……」

 

「ダメだよ影月、美亜ちゃん。香ちゃんの団子を思い出しちゃあ……」

 

「うっ……その、なんかごめんなさい……」

 

そんな賑やかな会話をしながら、一行はある場所へと向かっていた。

その場所とはーーー

 

「もうそろそろだ。あそこの角を曲がって少し行けば寺子屋だよ」

 

「寺子屋……昔の学校ですね?」

 

「そうだ。私はそこで教師をやっている奴と親友みたいな間柄でね。心配かけちゃってるだろうなぁ……」

 

そう言いながら苦笑いする妹紅が寺子屋に向かう道の角を曲がったーーーその時。

 

「もーーーーーこぉーーーーーー!!!」

 

「ぐふっ!!?」

 

「なっ!?」

 

突然青い物体がおそらく妹紅の名を叫びながら、妹紅の鳩尾へと突っ込んできた。

それを受けた妹紅は、苦しそうな声を出して数メートル程吹き飛ばされて、地面に倒れる。

それを見た影月たちは驚きの声を上げるも霊夢、魔理沙、萃香、紫は特に気にしてもいないようだった。それどころか皆、またかと言うような呆れた顔をしている。

そんな妹紅の上に、突っ込んできた青色の物体が馬乗りになって、妹紅に頬ずりをする。

 

「もこぉー……よかった、無事だったんだな!!」

 

「お、おう……ってか慧音、出会って早々に私の鳩尾に頭突きをかますのはやめてくれ……いくら私が死なないと言っても痛いんだからな……」

 

「もーこぉー……」

 

「聞いてねぇ……落ち着いてよ、慧音」

 

「あの、妹紅さん、大丈夫ですか?」

 

香の言葉に妹紅は、大丈夫と言って、慧音を退かして立ち上がる。

 

「痛かった……とりあえずただいま、慧音」

 

「おかえり、妹紅。ーーーって霊夢に紫もいたのか」

 

そしてようやくいつものテンションに戻ったのか、慧音がようやく霊夢たちに気が付く。

 

「あんたは本当に妹紅が絡むと豹変するわねぇ……道のど真ん中にも関わらず、いちゃつくし」

 

「っ!!す、すまない……」

 

霊夢のうんざりしたような言葉に、慧音はシュンと元気を無くして頭を下げた。

 

「妹紅さん、彼女が慧音さんなんですか?」

 

「そうだ。慧音、紹介するよ。この四人は私が別の世界に二ヶ月程いた時に世話になった友人たちだ。本当はまだいるんだけどね」

 

「友人か……妹紅もやっと新しい友だちが出来たか」

 

「はいはい、悪かったね。友だちが少なくて」

 

怒ったようにそっぽを向く妹紅に慧音は苦笑いした後に、影月たちに向き直る。

 

「初めまして、だな。私はこの人里で寺子屋の教師をしている上白沢慧音だ。慧音と呼び捨てて構わない」

 

「分かった。俺は如月影月だ」

 

「私は影月の妹の如月優月といいます」

 

「私は美亜よ」

 

「私は織田香と申します!妹紅さんとは昔からの付き合いでよくお話しさせてもらってます!」

 

「ほう……昔からの付き合いか」

 

「……彼女は紆余曲折あって、千年ぶりに会った友人だよ」

 

『千年ぶりぃ!?』

 

拗ねたような妹紅の言葉に慧音のみならず、初めて聞いた霊夢、魔理沙、紫、萃香も揃って驚きの声を上げる。

 

「ちょ……じゃあ、この子も不老不死なの!?」

 

「うんにゃ、その手の事に詳しい人曰く、過去から転生したんじゃないかって話だよ」

 

「転生?それって死んだ者が別の者に生まれ変わる事じゃなかったか?その時には確か記憶も無くなるって聞いた事があるから、転生した彼女が妹紅に関する記憶を持っているのはおかしいだろ」

 

「……なあ、とりあえず場所を移さないか?今、俺たちすごく目立ってるんだが……」

 

そう聞いた霊夢たちは視線を周りに向けた。

その瞬間、霊夢たちに視線を向けていた里の人たちが目を逸らして立ち去り始めた。

どうやらかなりの大声で言い合っていた為に、結構目立ってしまっていたらしい。

 

「……そうね。移動しないと……」

 

「なら寺子屋に来てくれ。丁度さっき来客も通したからな」

 

「来客?」

 

「咲夜にアリス、それと妖夢に早苗……後はお前の式も来たぞ」

 

「あら、藍も?」

 

「珍しい顔ぶれだな。何の用で通したんだ?」

 

「妹紅の捜索に関しての報告会って事で、私が呼んだんだが……」

 

「ついさっき、解決してしまったな」

 

そう言って笑う妹紅に、慧音も「そうだな」と言って笑う。

 

「とりあえず案内しなさいよ。あ、喉も渇いたからお茶も所望するわ」

 

「ああ、分かってるさ。ついてきてくれ」

 

そう言って、寺子屋へと向かって歩き始める慧音の後ろを、影月たちはついていくのだった。

 




次回は寺子屋内の様子と……戦闘かな?影月と優月が誰と戦うのかは次回のお楽しみというわけで……。

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第五十六話

うい、戦闘回です。
今回あるキャラの能力の拡大解釈があるので、そこはご了承を。

今年の七夕の願いは「dies iraeのアニメが成功しますように」ですかね(笑)


side 影月

 

「ーーーというわけで、なんとか無事に妹紅を見つける事が出来た。捜索に協力してくれた君たちと多くの者たちに感謝する」

 

寺子屋内の客間兼和室で慧音は目の前に座っている五人の人物に頭を下げた。

その五人の人物の反応はというとーーー

 

「と言っても、特に私たちは何もしてないわ」

 

「そうね。結局妹紅は外の世界にいたって話だし……」

 

メイド服を纏った銀髪の女性と、人形のような姿をしている金髪の女性は呆れながらそう言いーーー

 

「外の世界なら、私たちにはどうにも出来ませんからね……」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。無事に妹紅さんも見つけれたので、終わり良ければすべて良し!です!」

 

何やら幽霊のようなものを従えている白色の髪の女性は苦笑いをし、霊夢と似たような巫女服を着た緑色の髪の女性は、元気よくそう締めくくった。

すると今度は法衣を着て、九つの金色の尻尾を生やしている女性が紫に向かって話す。

 

「それで紫様、そちらの四人が紫様の言っていたゲストですか?」

 

「ええ、私が妹紅を見つけるまで彼らが妹紅の衣食住を提供してくれていたそうよ。何度も悪いけど、自己紹介お願い出来るかしら?」

 

「ああ」

 

そう紫に紹介された俺たち四人は、メイド服の女性、人形のような女性、幽霊?を従えた女性、巫女服の女性、狐の尻尾が生えている女性に自己紹介をした。

そして俺たちの自己紹介が終わると、今度は向こう側も自己紹介をしてきた。

紅魔館という館で働いているメイドだという十六夜咲夜(いざよいさくや)(魔理沙曰く、完全で瀟酒(しょうしゃ)な従者)。

魔法の森という場所に住んでいる人形を操るという魔法使い、アリス・マーガトロイド(魔理沙曰く、七色の人形遣い)。

冥界の白玉楼に住む剣術指南役兼庭師で、人間と幽霊のハーフだという魂魄妖夢(こんぱくようむ)(魔理沙曰く、半人半霊の庭師)。

守矢神社という場所の風祝(かぜはふり)だという東風谷早苗(こちやさなえ)(魔理沙曰く、祀られる風の人間)。

紫の式で、最強の妖獣と名高い九尾の狐であるという八雲藍(やくもらん)(魔理沙曰く、策士の九尾)。

そうしてお互いに軽い自己紹介を終えた俺たちの間には少しの間、謎の無言が続いたがーーーそれに耐え兼ねたのか、妖夢が口を開く。

 

「あの〜……。それで貴方たちはなぜ幻想郷に?」

 

「友人を助ける為だ。後は観光だな」

 

「友人を助ける?」

 

首を傾げる五人を見て、俺たちはとある事故によって目覚めなくなってしまった友人がいる事。そしてその友人は一命をとりとめたが、魂が抜けていて、それをなんとかする為にこの幻想郷に来たという説明をした。

 

「魂……ですか」

 

「丁度いいわ。妖夢、白玉楼に戻ったら幽々子に事情を説明して、明日にでも連れてきてくれないかしら?」

 

「いいですけど……来ますかね?幽々子様……」

 

「大丈夫よ、私の頼みですもの。それに幽々子も暇してるだろうからきっと来るわ」

 

「暇してるって……まあ、冥界には咲いてない桜を見る位しか娯楽が無いからな」

 

そう言って扇で口元を隠して笑う紫に苦笑いしながら魔理沙が同調する。

 

「ってなると、後は閻魔の方ね。紫、ちゃちゃっとスキマを通って呼んできなさいよ」

 

「嫌よ。顔見られた瞬間に二時間位説教されそうだもの」

 

「説教されるような事があるのか……」

 

「まあ、紫だしねぇ」

 

萃香が笑ってそう言うが、俺的には紫はあまり説教されるような事はしていない気がするんだが……。

 

「ならどうするのよ?幽々子だけじゃどうにもならない事もあるかもしれないでしょ?」

 

「……それはその時考えるわ……」

 

余程顔を見せたくないのか……。紫がこんなに避けようとするその閻魔様に俺は興味が湧いた。

 

「そんなに会いたくないのか?その閻魔様って……」

 

「そうだな……非常に生真面目なお方なのだが……説教臭くてな、私も出来るだけ会いたくはない」

 

藍はそう言って苦笑いをした。

閻魔様がいる場所は、妖怪にとっては居心地が悪く、彼女が現れるとどんな妖怪も姿を隠すらしい。

だから真っ当な人間にとっては味方のようなものだが、ここにいる者たちからすると、説教臭く非常に面倒くさい相手との事だ。

 

「紫も言ってたけど、本当に説教好きな相手でね。私の時なんか博麗の巫女としての仕事をしっかりしろって説教を三時間位受けたわ……」

 

「私も顕界と冥界の結界に関して説教を受けた事があります……」

 

「あ、うちの神社もありましたよ。説教が終わった後は、私も神奈子様も諏訪子様も足が痺れて、しばらく立てませんでした……」

 

「私もお嬢様と受けた事があります。説教後はお嬢様が泣き出して大変でした」

 

「泣き出す程の説教だったのか……?」

 

霊夢、妖夢、早苗がうんざりしたような顔で呟き、咲夜が淡々と答えた。咲夜以外の者たちは心なしか目に光が無いようにも見えるが……まあ、そこはスルーしよう。

 

「でも閻魔様って魂に関して詳しいんだろ?」

 

「詳しいというか、死んだ者の魂を裁くのが彼女の仕事だからな。幻想郷にいる者たちの中で彼女と幽々子様程、魂に詳しい者はいないだろう」

 

「魂……ねぇ。なんかますます会ってみたいな」

 

「そうですね。是非とも会って、魂について色々聞きたいですね」

 

「あんなのと会いたいなんて、物好きねぇ」

 

紫が呆れたように言うが、それでも俺たちの意見は変わらない。

 

「まあ、そこまで言うなら後で連れてくるわ……。他に何か聞きたい事とか言いたい事はあるかしら?」

 

紫が俺たちを見回しながら問うとーーー

 

 

 

「なら私から一つ、二人を呼びに行く前にいいかい?」

 

小さい少女の姿をした鬼、萃香が声を上げる。

紫がそれに構わないと返事をしたのを聞いた萃香は、俺を正面から見据えて言った。

 

「私からーーー鬼からの挑戦状だ。私とお前で一対一の決闘をしないか?」

 

「なっ!?鬼から決闘の申し込みだと!?」

 

「決闘か……内容は?」

 

驚いた反応を見せる周りや、魔理沙の声を余所に萃香に聞く。

まあ、鬼ならば決闘の内容なんて聞くまでも無いと思っているのだが、一応確認は取っておきたい。すると案の定、予想通りの言葉が返ってきた。

 

「互いの命を賭けた戦いーーーってなると紫とか霊夢がうるさくなるから、普通の勝負をしよう。勝敗は相手にまいったと言わせるか、動けなくなるまで……って感じでどうだい?」

 

「なるほど……だが、俺はあまり強くないぞ?」

 

「構わないよ。私としてはただの暇つぶしだしーーー別の世界の人間の実力を見たいだけだからね」

 

俺を見て、不敵な笑みを浮かべながら酒を煽る萃香に俺は苦笑いする。どうやら彼女には俺が普通の人間と違って戦える人間だという事に気付いていたらしい。それにーーー

 

「そっちの優月……だっけ?お前はそこの辻斬り少女と勝負してみな」

 

「えっ!?わ、私ですか!?」

 

「妖夢さんとですか……」

 

突然話題に出された妖夢はオロオロし、優月は妖夢を見て何かを考えているような表情を浮かべる。

 

「二人とも剣の道に生きる者だろう?ならお互いに戦ってみれば、何か得られるものがあるかもしれないよ?」

 

「……なぜ私が剣士だと?」

 

「剣を扱う者っていうのは皆、独特な雰囲気を纏っているものさ。で、やってみるかい?」

 

ケラケラと笑い、萃香は優月を見据える。しかしその目は笑っておらず、数多の修羅場をくぐり抜けてきただろう戦士の目をしていた。

優月もそれを感じたのか、同じような目をして萃香の目を見つめ返した。

 

「……そうですね。私は構いませんよ。妖夢さんは?」

 

「あ、わ、私も大丈夫ですけど……」

 

「なら決まりだね。いいだろう、紫?」

 

「……大事にならなければ、私は構わないわ」

 

「私もよ」

 

「よし、なら表に出ようか」

 

紫と霊夢がそう言ったのを聞いて、満足そうに頷いた萃香はそう言って立ち上がったのだった。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地に降り積もった雪が、天高く上った太陽によって反射してキラキラと光り輝く昼下がり。

多くの人々が午後からの用事を済ませる為に忙しくあちこちを行き交う中、寺子屋へと向かう道を歩いている一人の少女がくしゃみをする。

 

「くしゅん!う〜……。今日も寒いわね」

 

「冬だもの。当然でしょ」

 

可愛らしいくしゃみをした飴色の髪をした着物の少女は、指で鼻を拭きながらそう呟き、それを聞いていた隣の紫色の髪をした着物の少女が突っ込む。

 

「それにしても、今年は寒過ぎる気がするのよねぇ」

 

飴色の髪を鈴が付いた髪留めでツインテールにしている紅色と薄紅色の市松模様の着物を着た少女ーーー本居小鈴(もとおりこすず)は、空を仰ぐ。

 

「今年は厳冬らしいから、まだ後二、三ヶ月位はこの寒さでしょうね」

 

それに紫色の髪をしている黄色い着物を着ている少女ーーー稗田阿求(ひえだのあきゅう)はそう返した。

 

「……今日も暖かくして寝ないと、風邪引くわね」

 

「あら、小鈴も風邪を引くのね」

 

「……それ遠回しに馬鹿にしてない?」

 

「してないわよ」

 

そう言ってくすくす笑う阿求に小鈴は膨れっ面をして、怒ったように言う。

 

「はいはい、どーせ私は風邪も引かない馬鹿ですよーだ」

 

「そこまで怒らなくてもいいじゃない……。って、ん?」

 

その時、阿求の足が突然止まる。それを不思議に思った小鈴は阿求に問う。

 

「どうしたの?」

 

「……今日は寺子屋で何か行事でもする予定があったかしら?」

 

阿求の視線の先では、寺子屋の前で大勢の里の人間が集まっていて、その事に阿求は首を傾げる。一方の小鈴はその光景を興味深そうに見ていた。

 

「ちょっと行ってみない?あんなに集まってたら、阿求だって気になるでしょ?」

 

「それはそうだけど……人混みは苦手なのよ」

 

そう言って渋る阿求の腕を掴んで小鈴は人混みの元へと歩いていく。

そんな寺子屋の前には、道の中心を丸く取り囲むように多くの人が集まっていた。

 

「何が始まるの?」

「おい、なんだこの人だかりは?」

「さあ?俺も知らない」

「なんかあそこにいる人たちが戦うみたいよ?」

「あれって妖夢さんと霊夢さんよね?そしてもう一人知らない子がいるけど……」

「あっちにはスキマ妖怪とか鬼もいるぞ」

「本当だ……。他にも見知った顔の奴らがいるな……」

「前にも宗教家同士の戦いってあったけど、それの続き?」

 

取り囲んでいる者たちの中には、何が始まるのかと興味本位で様子を見ていたり、たまたま近くを通りかかった所で気になって足を止めたり、何やら面白い事が起こりそうだと思って駆けつけた者もいて、何が起きるのかとそれぞれ憶測を話し合っていた。

そんな人たちをかき分けて円の中心へと辿り着いた小鈴と阿求は疲れたように息をはいた。

 

「はぁ〜……やっと中心に着いた……」

 

「結構な人が集まってるみたいね。新しい異変か何かの兆候かしら?」

 

「お?阿求に小鈴じゃないか」

 

「あら?本当ね」

 

「む?二人とも、何か用事か?」

 

その時、二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あ、魔理沙さんとアリスさんに慧音さんーーーって藍様や紫様まで!?」

 

「あら、阿求じゃない。おひさー♪」

 

「ご無沙汰していたな、阿求」

 

紫と藍がいる事に驚く阿求に、小鈴は首を傾げる。

 

「阿求、この人は?」

 

「貴女、幻想郷に住んでいるのにこの方たちを知らないの!?この方は幻想郷の賢者、八雲紫様とその式、八雲藍様よ」

 

「へ〜……。ーーーうえぇぇぇっ!?」

 

納得したように頷いた小鈴は次の瞬間、なんとも奇怪な声を上げて驚く。

まあ、幻想郷の創始者である大妖怪とその御付きの妖獣が目の前にいるのだからその反応も仕方ないのだが。

 

「初めまして。貴女の事は阿求から聞いているわ、本居小鈴ちゃん」

 

「はっ!?え、えっと……ご存知になられていたとは、あ、ありがたき幸せ……です」

 

「緊張し過ぎじゃないかしら……」

 

「そこまで緊張しなくてもいいわよ。別に取って食いはしないんだから」

 

変な日本語で返す小鈴にアリスは呆れ、紫は扇で口元を隠しながら笑い、藍は苦笑いをした。

そんな小鈴の様子を尻目に阿求は問う。

 

「それより、妹紅さんを探している筈の貴女がなぜこの人里にいるんです?」

 

「呼んだ?」

 

その時、阿求と小鈴の背後からヒョイっと妹紅が顔を出した。

 

「わっ!?妹紅さん!?」

 

「久しぶりだね、阿求。そして小鈴ちゃんは……初めましてか」

 

「あ、はい……」

 

あまりにも突然の事だった為に、小鈴は掴み所の無い返事を返す。

 

「妹紅に関しては昨日見つかったから問題無いのよ。でもって私がここにいる理由はあそこにいる人たちの案内よ」

 

そう言って紫が少し離れた場所に視線を向ける。その先には頭から二本の角を生やした鬼、紅魔館のメイド、守谷の巫女、そして一人の青年と二人の幼い少女の姿があった。おそらく最後の方の三人が紫の言う案内している人たちだろう。

さらにもう一つ、阿求には気になる事があった。それはーーー

 

「……なぜ白蓮さんまでいらっしゃるんですか?」

 

そう言う阿求の視線の先には、金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブヘアで、白黒のゴスロリ風のドレスを纏った女性が、件の青年と話をしている姿があった。

彼女は聖白蓮(ひじりびゃくれん)。人間の里近くに命蓮寺(みょうれんじ)というお寺を開いている僧侶である。そんな彼女がなぜここにいるのかというとーーー

 

「なんでも(しょう)がまた宝塔を無くしたようでな」

 

「またですか」

 

ちなみに星とは命蓮寺に住まう虎の妖獣である。毘沙門天の代理として名を馳せているが、よく宝塔を落とすというドジっ虎の欠点がある。

 

「まあ、それはあの寺のナズーリン(鼠の妖怪)が見つけ出したらしいから、特に大事にはならなかったようだが」

 

「あ、見つかったんですか」

 

「ああ。白蓮はちょうどその連絡を受けた時にこの人里にいて、今しがたこの騒ぎを聞きつけてやってきたってわけだ。つまり周りの野次馬と似たような理由でここにいるって事だな」

 

そう言って魔理沙は、何やら時々笑顔を浮かべながら話している白蓮を見る。

 

「何を話してるんでしょう?」

 

「さあな。影月は別の世界の人間だから、それ関係の話でもしてるんじゃないのか?」

 

「「別の世界の人間!!?」」

 

その時、魔理沙の口からさらっと出た驚愕の事実に阿求と小鈴が大声を上げた。無論、周りの人たちは何があったと阿求たちに視線を向けるが、彼女たちはそんな視線など気にならない程に驚いていた。

 

「ああ、紫曰くな」

 

「彼とあそこの少女二人ーーーそして妖夢と対峙している彼女は、この幻想郷の外の世界の人ではなく、全く別の世界の人たちよ」

 

その言葉に驚いた阿求と小鈴は紫の指す方へと視線を向ける。

そこには見覚えのある少女が二人と、見覚えの無い一人の少女が立っていた。

 

「それじゃあ、まずはあんたたちからね。ルールは萃香の言った通り、剣術も体術も弾幕も何でもありの真剣勝負。でも出来る限り大怪我しないようにね。敗北条件は相手が降参するか戦闘不能になるまで。一応、私と紫で周りに被害が出ないように簡易的な結界は張っておくわ。何か聞く事は?」

 

一人は博麗霊夢。彼女は他の二人の少女の間で、これから始まる勝負のルールを改めて確認している。それに答えるのはーーー

 

「ありません」

 

白玉楼の半人半霊の庭師、魂魄妖夢とーーー

 

「私もありません」

 

別の世界から来たという人間、如月優月だ。

二人の少女は霊夢にそう返事を返すと、妖夢は楼観剣(ろうかんけん)を構えた。

そして優月はーーー

 

 

「形成

Yetzirah―」

 

 

本来の《焔牙(ブレイズ)》の力を解放する言葉を静かに紡ぐ。

その言葉と共に右手には光が収束し、そこから彼女専用の武器である一つの剣が現れる。

 

「へぇ……」

 

「おぉ……」

 

「何ですか!?あれ!?」

 

「ーーーーーー」

 

「あれが《焔牙(ブレイズ)》……」

 

それを見た霊夢や魔理沙などは目を見開いて驚いたり、興味深そうに目を細めている。阿求は聞いた事も無い詠唱により現れたその武器にとても驚き、小鈴は呆気にとられる。そして紫は昨日知り合った()()である朔夜の言っていた自らの魂を用いるという武器を目の当たりにして、そう呟いた。

 

 

「雷炎の剣

Thunder flame Schwert」

 

 

焔牙(ブレイズ)》に秘められた真名を優月が告げた瞬間、聖剣からは圧倒的とも言えるーーーしかしそれでいてどこか優しさに満ち溢れた威圧感が発せられ、彼女たちや周りの人々にのしかかる。

 

『っ!?』

 

「っ……!かなりの威圧ね……」

 

「これは……本気を出した神奈子様よりもすごいかもしれませんね……」

 

「あの子……ここまで神々しい力を放つなんて……」

 

周りの人々のほとんどがその強大な威圧に息を飲み、咲夜や早苗、白蓮がそう言う中、萃香が呟く。

 

「予想以上の力だねぇ……これじゃあ、あの辻斬り少女は勝てないかな?」

 

そんな誰に言うわけでも無い呟きは、周りの喧騒の中に消える。

 

「……じゃあ、始めるわ。ーーー決闘準備」

 

そして強大な威圧を間近に受け、驚愕の表情を浮かべていた霊夢は改めて表情を引き締めて言う。

それに先ほどの威圧感に圧されて少し呆然としていた妖夢は楼観剣を構え直し、妖夢を見据えていた優月もその手に持った得物を構えた。

 

「ーーー開始!」

 

霊夢がそう言い放って巻き込まれないように即座に離れた瞬間、妖夢が十メートル程の距離を一歩で詰める。

その速さは常人ならばすぐさま見失い、気付く事も無く真っ二つに両断されるだろう。事実、今この場にいる観衆たちは実際に妖夢の姿を見失っていた。

だがーーー

 

「ーーー中々速いですね」

 

『っ!?』

 

妖夢の動きをしっかりと()で見ていた優月は自分の武器で振り下ろされた楼観剣を受け止めていた。それを見た観衆は驚きの声を上げる。

 

「…………」

 

しかし受け止められる事は予想していたのか、妖夢は冷静に剣を振るい始める。

唐竹割り、袈裟斬り、横一文字斬り、逆袈裟、突きーーー妖夢は剣術の基本となるそれらの攻撃を、フェイントなどを駆使して繰り出していく。

妖夢の剣戟を見た観衆たちは揃って歓声を上げる。偶然とはいえ、随分久しぶりに見た人外の決闘なのだからその歓声も当然と言えるだろう。

しかしその歓声は妖夢のその達人級の太刀筋に対してのものだけでは無かった。

 

「いい太刀筋ですね。よく鍛錬しているって分かりますよ」

 

そう感想を述べながら攻撃を受け止めたり、かわしたりしている優月の動きにも釘付けとなった群衆たちはさらにより一層湧き上がる。

 

「……あれが白玉楼の剣士の実力ですか……」

 

「そういえばお前さんは、あの辻斬り少女の戦いを見た事が無いんだっけねぇ。どうだい?初めて見た感想は?」

 

「……私が封印された時代でも、あれ程の腕を持った剣士はあまり見かけませんでしたね。でも……」

 

「すごいわね。優月、全部捌いてるわ」

 

咲夜の言う通り、優月は今も尚一撃たりとも攻撃をその身に受けていなかった。それは瞠目する事であり、感心に値するものであるのだがーーー

 

「っ……!」

 

このままでは埒が明かないと判断したのか、妖夢は大きく後ろへ飛び下がって宙に浮く。

そして振るう刀の剣閃から弾丸を生み出し、それを優月に飛ばしてきた。

その数はまさしく面とも言えるレベルの弾幕で、かわせる隙間はほんの僅かしか見当たらない。しかしその状況を前に優月はーーーニコリと笑って謳い出した。

 

「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba

かれその神避りたまひし伊耶那美は」

 

優月の口から詠唱(いのり)が紡がれる。それと同時に彼女の体から炎が現れて揺らめき始める。

 

「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.

出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき」

 

その詠唱(いのり)は「情熱を永遠に燃やし続けていたい」と願った女性の渇望を表したもの。

 

「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,

ここに伊耶那岐」

 

優月はメルクリウスによって、自らの魂に融合している彼女の魂の残滓を無意識に発動する。

 

「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten

御佩せる十拳剣を抜きて」

 

「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

その子迦具土の頚を斬りたまひき」

 

周りの者たちがそんな優月の様子に見惚れている間に、詠唱は終わりを迎える。

 

「Briah―

創造」

 

発現するのは、自らの肉体の炎化。

 

「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之」

 

 

詠唱を終えた瞬間ーーー優月は迫る弾幕に自ら突っ込んでいく。

 

「っ!?」

 

自ら死地へと飛び込んでくる事は予想していなかったのか、弾幕を飛ばしていた妖夢は驚いて息を飲む。そしてその後に続いた光景を目にして、彼女はさらに瞠目した。

 

「私は炎ーーー斬る事も、穿つ事も、弾に当たる事も無いーーー」

 

弾幕も、斬撃も、妖夢の攻撃全てが優月の体をすり抜けていくその光景にーーー周りで戦いを見ていた者たちも瞠目し、ざわめく。

 

「グレイズーーーってレベルじゃないわね」

 

「ああ、あれは完全に透過しているな。幻想郷でも似たような技を持ってる奴もいるが……あそこまで簡単にどんどん透過していく奴は初めて見たぜ」

 

「格好いい……!」

 

アリスと魔理沙が冷静に評価する中、阿求は優月の動きと能力に唖然とし、小鈴は目をキラキラと輝かせながらその光景を目に焼き付けていた。

そして全ての攻撃をすり抜けた優月は未だ呆然としている妖夢に剣を突き立てようとしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら〜?やられちゃうわよ?妖夢」

 

「ーーーっ」

 

「っ!?」

 

突然聞こえてきた第三者の声に対して、優月は大きく後ろへと飛び下がって声のする方へと顔を向けた。

一方の妖夢も、その聞き覚えのあるーーーというより毎日聞いているその声に驚きを隠せないままに顔を向けた。

周りの観衆たちも突然聞こえてきた声に対して、騒ぐのをやめてそこへと視線を向けた。

そんな多くの者たちの視線が集まっていた先にはーーー

 

「昼を過ぎても帰ってこないからこうして来てみれば、決闘してたのねぇ」

 

青い着物を纏い、特徴的な模様の書かれた三角巾を青いモブキャップを被る桃色の髪をした女性が、扇で口元を隠すようにしてフワフワと浮きながらこちらへとやってきていた。

 

「ゆ、幽々子様!?なぜここに……!?」

 

「さっき言ったじゃない。いつまで経ってもお昼ご飯作りに戻ってきてくれないから様子を見に来たのよ」

 

そう言ってくすくす笑う幽々子に妖夢に対するお昼ご飯を作らなかった怒りの感情は感じられない。

それよりも、今この状況の方が心底興味があるとでも言いたいような雰囲気を纏っていた。

 

「……幽々子、いつの間に私と霊夢の結界をすり抜けたのかしら?」

 

「霊夢さん、彼女は……?」

 

西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)。あんたたちが会いたがってた白玉楼の亡霊よ」

 

美亜の問いかけにそう答えた霊夢の言葉によって、影月、美亜、香は少なからず驚く。

まあ、探していた人物が向こうからこのような形で現れたのだから、その反応も無理は無いだろう。

そして少なからず彼女が現れた事に驚いたのは、周りの者たちも同じだった。

そんな空気など微塵も感じていない幽々子は、優月に視線を向けた。

 

「それにしても、貴女ーーー中々奇妙な魂ね。私は西行寺幽々子。貴女は?」

 

「……貴女が紫さんの言っていた幽々子さんですか……。初めまして、如月優月と申します」

 

優月は友人を救える手段を持つ彼女の機嫌を損なわないように、丁寧に挨拶をする。

それに幽々子はくすくすと笑い、扇を仰ぐ。

 

「そこまで畏まらなくていいわ。気軽に幽々子って呼んでちょうだい。それよりもーーー貴女の中にあるもう一つの魂、見せてくれないかしら?」

 

瞬間、幽々子の周りに無数の桃色の蝶が現れ始めーーー刹那の間も待たずに、優月へと襲いかかった。

 

「ーーーっ!?」

 

完全に不意を突かれた優月は驚き、その場で立ち尽くしてしまった。

そしてーーー無数の桃色の蝶と、その後ろから幽々子が撃ち出していた色とりどりの弾幕が優月に着弾し、雪が舞い上がる。

雪が宙を舞い、優月の姿を覆い隠す光景に幻想郷の実力者たちの顔がどんどん青ざめていく。

その中で最も青ざめた顔をしていたのは紫だった。

 

「っ!何してるのよ!幽々子!!」

 

紫が幽々子に怒る理由ーーーそれは幽々子が先ほど撃ち出した弾が弾幕ごっこ用の威力の低い弾では無かったからだ。つまりーーー

 

「……幽々子の奴、優月を()()()()()()……!」

 

「そ、そんな……!」

 

「こ、殺した……?」

 

魔理沙の怒りを含んだ言葉に、ようやく事を理解した阿求と小鈴も顔を青ざめさせる。

それを聞いていた周りの観衆たちも揃って状況を理解し、顔を青ざめさせて立ち尽くす。

人は予想外の出来事があると、よく動きや思考が止まってしまうという。今この場にいる者たちはそれを体現していた。

そんな中、先ほど怒鳴った紫と怒気を浮かべている霊夢と魔理沙、そして優月を救助しようと思い立った白蓮が呆然と立ち尽くしている妖夢と、立ち昇る雪煙を黙って見つめている幽々子の元へ駆け出そうとしたがーーー

 

「待て」

「待つんだ」

 

そんな四人の前に立ちはだかったのは、他でも無い優月の兄の影月とこの決闘をしようと言った萃香だった。

その行動に対して苛立ちを感じた霊夢は、影月と萃香を睨みながら言う。

 

「ーーー邪魔よ。もう決闘どころの騒ぎじゃなくなったわ。そこをどいて」

 

「そうだぜ!早くしないと優月が……!」

 

「そうです。もし優月さんが生きているなら……早く助けないと亡くなってしまうかもしれないんですよ?」

 

白蓮のその悲しげな声には、様々な思いが含まれていた。

ーーー白蓮にはかつて伝説の僧侶と呼ばれた弟がいた。その弟は若くして亡くなり、姉である白蓮の心に深い傷を付けた。

大切な者が目の前で死ぬーーーそんな悲しみを彼には味わってほしくない。

その思いで白蓮は影月を見るが、彼は何も言わない。

一方の萃香も無言のまま、雪煙を見つめていた。

 

「ーーー影月、幽々子の方は私と霊夢に任せて。あんな事した理由を絶対に聞き出して謝らせるわ。萃香は私たちと幽々子を、貴方は魔理沙、白蓮と一緒に優月をーーー」

 

「だからーーー」

 

紫の言葉に、影月はため息をはきながら言った。

 

「待てって言ってるだろ。まだーーー決闘は終わってないんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、雷が落ちたような轟音と衝撃が結界内から響いてきた。

 

『なっ!!?』

 

予想だにしなかったその音と衝撃に、紫たちは揃って驚きの声を上げる。

それに対して影月はニッと笑って言った。

 

「だから言っただろ。まだ終わってないんだよ。それに優月や俺もあの程度の攻撃で死んだりはしない。ーーー俺たちも人外だからな」

 

「やっぱりねぇ。私の目に狂いは無かったよ、君たちもただの人間じゃない。正真正銘のーーー強者だ」

 

そして結界内で舞っていた雪煙が晴れる。そこにはーーー

 

 

「雷速剣舞 戦姫変生

Donner Totentanz―Walkure」

 

 

全身に傷を負って腹部から多くの血を流していながらも、その碧眼に強い意志を宿した優月の姿があった。

剣が、身体が、魂が、戦神の稲妻へと変生した彼女の姿を見た幽々子はニコリと笑う。

 

「なるほど、それが貴女に混ざっているもう一つの魂の姿ね」

 

幽々子がそう言った瞬間ーーーまさしく迅雷一閃と言えるべき速さの攻撃が放たれる。

 

 

「ーーー速いわねぇ」

 

しかしその一閃は幽々子が後ろに若干身を引いた事によって空を切る。そのまま幽々子は扇を振りかざして、弾幕を撃ち出しながら後退する。

 

「妖夢、今度こそ彼女を倒してみなさい」

 

「っ!はい!!」

 

主人の言葉にようやくフリーズしていた思考が動き始めたのか、妖夢は長刀の楼観剣ともう一つの短刀ーーー白楼剣(はくろうけん)を構えて宣言する。

 

「六道剣『一念無量劫』」

 

そう宣言した妖夢は自分の周りに八芒星の形をした斬撃を繰り出しながら、弾幕を放ち始めた。

その弾幕の数と密度はもはやスペルカードを宣言して行う弾幕ごっこよりも凄まじい。

しかしその激しい攻撃は雷速となった優月の前では意味をなさなかった。

 

「っ!?速い!!」

 

妖夢の放つ斬撃と弾幕を優月はその速度や透過を使って回避していく。

その速度は歴戦の強者足る妖夢ですら、目で追えない程の速さである。

 

「はぁっ!」

 

目にも留まらぬ速さを駆使し、ほぼ一瞬で妖夢の目の前へと到達した優月は、非殺傷の聖剣を振るう。

その斬撃を受けた妖夢は魂に大きなダメージを負い、その場に崩れ落ちて気絶する。

 

「妖夢さん!!」

 

「大丈夫、気絶しただけだよ」

 

悲鳴のような声を上げる阿求に対して、妹紅が宥めるように言う。

そんな妹紅の隣で今までの戦いを見ていた慧音が呟く。

 

「……あれ程の怪我をしているのにあの速さとは……」

 

「鴉天狗といい勝負をしそうね……」

 

「……いや、もしかしたら(あや)より速いかもしれないぜ」

 

アリスと魔理沙がそう呟く中、少し離れた所で様子を見ていた霊夢たちもまた呟いていた。

 

「……優月、本当に怪我をしてるの?完全に動きが見えないわ……。もしかしたらオカルト使ってた時のあんたより速いんじゃない?」

 

「そうですね……。もし私があの時のオカルトを使っても彼女には絶対に追いつけないでしょう」

 

「確か白蓮さんのオカルトって『首なしライダー』でしたっけ?」

 

「ええ、だから幻想郷では珍しいバイクに乗ってたんですけど……」

 

「貴女より優月の方がおそらく速いわね」

 

霊夢や早苗、白蓮に咲夜がそう話している横で、紫と藍は何やら思案顔を作っていた。

 

「……紫様、あの姿になってからの彼女の姿と太刀筋ーーー見えました?」

 

「……全くよ。藍は?」

 

「私も見えませんでした……。もし私が妖夢の立場だったとしたら、彼女と同じ結末になっていたと思います」

 

妖怪の賢者と九尾の狐、名のある二人の人外の目をもってしても見えないその速度は驚愕に値する。しかしーーー

 

「……そうなると一つ気になる事が出てきます」

 

「なぜ、幽々子が初撃を回避出来たのか……ね?」

 

常人である阿求や小鈴などはもちろん視認出来ず、数多の異変を解決してきた歴戦の強者である妖夢や咲夜、早苗や魔理沙も視認出来ない。さらに名のある人外である紫と藍も視認出来ずに、博麗の巫女である霊夢も視認出来ていないようだった。

ならばなぜ、誰にも補足出来ない程の速さを持った攻撃を幽々子は回避出来たのか?

 

「……幽々子さん、なぜこんなに私の攻撃を回避出来るんですか?」

 

優月は幽々子に向かってそう言いながら、雷速の速さで連続した斬撃を放つ。

その斬撃全てを紙一重でかわす幽々子は苦笑いを浮かべた。

 

「何も特別な事はしてないわ。ただ私の能力をちょっと使ってるだけよ」

 

幽々子の能力は『死を操る程度の能力』。それは文字通り、死の無い蓬莱人以外の生きとし生ける者たちを問答無用で葬れる能力である。さらに彼女は幽霊、霊体となった存在も操る事が出来るという能力もあるのだ。

 

「ーーーそんな、まさか……ありえないわ」

 

幽霊、霊体とは即ち生物が『魂』となった状態である。それを幽々子は操れるとなると、必然的に彼女は魂を見る、あるいは感知する事が出来るという風にも言い換えられる。

つまり幽々子はーーー

 

「高速で動く優月の魂を補足して、回避してるのか……!?」

 

能力を使っての位置補足と千年以上亡霊として存在してきた経験を活かして、彼女は優月の速度と互角に渡り合っていたのだ。

 

「と言っても、私にだって予測の限界はあるわ。現に今だってーーー」

 

瞬間、幽々子の左腕に斬撃が命中する。

 

「うっ……。かなりギリギリなのよ」

 

今の優月の攻撃は、相手の体に傷を負わせない代わりに魂がダメージを受けるようになっている。

亡霊というある意味、魂そのままの存在である幽々子は自らの左腕に走った初めて感じる奇妙な痛みに、顔を僅かに歪める。

 

「でも、ここまで私の攻撃をかわせた人は本当に数える程しかいませんよ」

 

「あら、やっぱり?ちなみに私は貴女の攻撃をかわせた何人目の亡霊なのかしら?」

 

「……亡霊って括りなら、貴女が最初ですね。生きてる人も含めたら……四人目位ですかね」

 

優月は幽々子の緊張感の無い問い掛けに苦笑いしながら答える。

ちなみに今の優月の攻撃をかわせる他の三人は、ザミエル、影月、安心院である。

 

「亡霊って括りなら私が初めてなのね。嬉しいわぁ♪」

 

「……今日の幽々子、なんか活き活きしてるわね」

 

「……最近どこにも出かけてなかったからじゃないですか?以前妖夢が三ヶ月位、白玉楼にこもっていたと言ってましたから……」

 

「……ニートだったのね」

 

「ニートだったんですか……」

 

「ニートなのか……」

 

「ニートだったのか」

 

「ニートだったんですねぇ」

 

「ニートねぇ」

 

『ニート?』

 

藍の言葉に美亜、香、影月、妹紅、早苗、紫と外の世界に詳しい(あるいは詳しくなった)者たちは幽々子を見てそう言い、霊夢など他の者たちは首を傾げた。

 

「さて、それじゃあそろそろ決着をつけましょうか」

 

そんなやり取りなど露知らない幽々子は扇を掲げて告げる。

 

「亡舞『生者必滅の理 -魔境-』」

 

そう告げた瞬間、幽々子の背後に御所車(ごしょぐるま)の書かれた巨大な扇が現れる。

 

「さあ、私の本気の弾幕ーーー受けてみなさい」

 

そして幽々子が扇を優月に向けた瞬間、かわす隙間も無い高密度の弾幕と無数の桃色の蝶が優月へと襲いかかる。

 

「生憎とーーーもう一発も当たるつもりはありません!」

 

相対する優月もそう叫び、決着をつけるべく弾幕の中へと飛び込んでいく。

 

「ーーー綺麗」

 

そんな二人の決闘を見ている美亜が思わずそう呟く。

幽々子がばら撒く殺人的な量の弾幕を、青い閃光と化して疾風迅雷の速さでかわしていく優月。二人は本気の決闘をしているが、周りの者からすれば彼女たちの戦いは実に魅せられるものであった。

しかし終わりは唐突に訪れた。

 

「っ!!」

 

幽々子が突然、少しだけ顔を歪めて弾幕の密度を緩めてしまったのだ。

原因は先ほどの優月の左腕の攻撃で傷付いた魂の疲弊であった。

そのほんの僅かな隙。それを見逃がす優月では無かった。

 

 

 

「……チェックメイトです」

 

「…………」

 

その僅かな隙をついた優月は一気に幽々子へと接近して、その首筋に聖剣を突き立てていた。

少しでも動けば首を攻撃され、一瞬で意識が刈り取られるだろう事を悟った幽々子は小さく息をはいて言った。

 

「……降参よ、まいったわ」

 

幽々子がそう言ったのを聞いた優月は聖剣を幽々子の首から離した。

その時、勝負が終わった事を確認した影月たちが一斉に駆け寄ってくる。

 

「優月、無事!?早くその怪我を治療しないと……!」

 

「慧音!寺子屋から応急セットを!」

 

「ああ、今すぐ持ってーーー」

 

「待ってください、慧音さん。それに霊夢さんに魔理沙さんも大丈夫ですよ。もうほぼ治ってますから……」

 

「え?」

 

そう言って優月が服を少しめくって、腹部の傷を見せる。

そこは血で赤く濡れてはいるものの、傷痕はほとんどふさがっていた。血の後が無いと、怪我をしたとは到底分からないだろう。

 

「傷が無い……!?」

 

「これだけの血を出したのに、もう治っているのか……」

 

「だから言っただろう?俺たちも人外なんだ。あれぐらいなら数分で治る」

 

影月が苦笑いしながら言った言葉に、皆が言葉を失う中ーーー

 

「で、説明してくれるわよね?幽々子」

 

少し離れた場所で幽々子を睨みつけながら言う紫の声で、皆の視線がそちらに向く。

 

「説明って何の説明かしら?」

 

「とぼけないでちょうだい。いきなり現れたのは別に構わないわ。でもその後、すぐに彼女に攻撃した理由を説明してちょうだいって言ってるのよ」

 

「ああ、それについてね」

 

紫の発言に意味が分かったと頷いた幽々子は、人懐っこい笑みを浮かべながら言う。

 

「ただ彼女の中にある特異な二つの魂の力を見たかっただけよ。その為にちょっと手荒な事をしたけれど……。そうじゃないと見れなさそうだったし、その甲斐はあったわ」

 

「力……優月が纏ってた炎と雷の事か?」

 

魔理沙の問いかけに幽々子は頷く。それに怒ったように白蓮が噛み付く。

 

「だからって……いきなり攻撃する必要はないでしょう?本当にそれで優月さんが命を落としたらーーー」

 

「いいえ」

 

そこで幽々子が白蓮の言葉を遮って言う。

 

「そこの蓬莱人の側にいる子は違うけれど……他の三人は本当に死なないわ。多分私の能力を使ったとしても、効果はそれ程無いと思うし」

 

「幽々子の能力の効果が無い?」

 

「どういう事よ、幽々子?」

 

それはつまり影月、優月、美亜は蓬莱人と同じかそれ以上の存在と言える。

 

「そっちの子ーーー」

 

「あ、美亜といいます」

 

「美亜ちゃんね。彼女はただ彼女の魂に不死の魔術が掛けられてるってだけなんだけど……。優月ちゃんとーーー」

 

「影月だ。如月影月」

 

「あら、なら二人は兄妹なのね。まあ、それはともかく貴方たち二人には、私の能力程度なら弾く強力な魔術みたいなのが掛けられてるわ。貴方たち、心当たりは?」

 

「……ああ、ある」

 

魔術のようなものーーーそれはあの水銀の蛇が仕組んだあれ以外に無いだろう。

 

「まあ、それは後で話しましょう。それより今はーーー」

 

『今は?』

 

「お腹が空いたから何か食べたいのよねぇ」

 

大きなお腹の音を鳴らしながら、今までの空気をぶち壊す事を言った幽々子に周りに集まっていた者たちは揃ってずっこけそうになった。

 

「ちょうどいいわ。妖夢〜、ちょっとお団子でも買ってきてくれないかしら〜?」

 

そして今度は気絶している妖夢を揺すり始めた幽々子を見て、ある者は呆然とし、ある者はため息をはき、ある者は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

こうして優月と妖夢の決闘は、優月の勝利。

さらに乱入してきた幽々子も優月が倒したという結果に終わったのだった。




拡大解釈したのは幽々子様の能力に関するところです。公式では魂を補足出来る等は書いてありませんが、魂を操れるならって気持ちで書きました。
どこか文章などでおかしいところがありましたら、ご報告ください。

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第五十七話

戦闘回後編です!
それと影月の創造詠唱を変更させていただきました。過去の話の詠唱も変更してありますのでご了承ください。



side no

 

「妖夢〜」

 

「……なんでしょうか」

 

「このお団子、もう百五十本位食べたいわ」

 

「またですか!もう三百五十本も食べたじゃないですか!」

 

どこまでも澄み渡る冬の青空に、呑気そうな声とそれに対して怒るような声が響き渡る。

呑気な声を発した西行寺幽々子は、つい数分前まで大量の団子が積まれていて、今は大量の串しかない場所を指さしながら、自らの従者に団子の追加を命じる。

そんな幽々子に怒鳴った従者、魂魄妖夢はさらに続ける。

 

「もうっ!幽々子様の食べた団子だけで今日いくら使ったと思ってるんですか!?もうこれ以上はダメです!」

 

「えぇ〜……。まだまだ食べ足りないのに……」

 

そんなやり取りが交わされる横で優月、美亜、香は山積みにされた団子の串を見て唖然としていた。

 

「この量を……幽々子さんが……しかも僅か数分で……」

 

「三百五十本ってすごいですね……」

 

「まだ決闘も始まってないんだけどね……」

 

そういう優月の脳内には、某有名ゲームのキャラクターの姿が思い浮かんでいた。

そう、なんでも吸い込むあのピンク玉の事である。

 

「これがいつもの光景よ……」

 

「幽々子は大食いでな。人里にある料理屋では際限無く食べ物を食べ尽くすから、ピンクの悪魔とか言われて恐れられてるぜ」

 

(カー○ィですね……完全に)

 

優月は口には出さず、そう思った。

そしてはぁ〜と疲れたようなため息をついた妖夢の顔を覗き込む。

 

「大丈夫ですか?妖夢さん」

 

「……なんとか今日の買い物分はあるので、大丈夫です」

 

自らの財布の中を確認して、疲れたように再度ため息をはく妖夢に、優月は苦笑いした。

 

「大変そうですね……食費とか……」

 

「はい……。一月(ひとつき)に閻魔様から貰える予算の大体七割は幽々子様の食費で消えてしまいます……」

 

「七割……」

 

その予算というのがどれくらいもらっているのかは知らないが、かなりの出費である事は想像に容易いだろう。

 

「あはは……気にしなくていいですよ。いつもの事で慣れていますから……」

 

そう言って疲れたように笑う妖夢に同情しない者などいるのだろうか?少なくとも優月は同情した。

 

「……何かあったら頼ってください。私も出来るだけ力になります」

 

「そのお気持ちだけでもありがたいです……」

 

そんなしみじみとしたやり取りを見ていた慧音と藍は、お互いに顔を見合わせて苦笑いを溢した。

 

「それより次は鬼と人間の戦いなんですね……」

 

「ああ。ってか元々こっちの決闘の方がメインだぜ。そもそもこの決闘と、さっきの決闘を企画したのは萃香だしな」

 

一方、少し離れた場所にいる阿求は先ほど優月たちが戦っていた場所にいる者たちに視線を向けて呟き、それを聞いた魔理沙が説明をする。そう、先ほどの戦いはいわば前座であり、メインイベントはこれから始まるのだ。

 

「実は私的にこっちの決闘の方が興味あるんだよなぁ……」

 

「え?なぜですか?」

 

「……早苗、お前ロボットって好きか?」

 

「大好きです!!」

 

突然の質問だったにも関わらず、即答である。

 

「なら早苗もこっちの決闘の方が興味あるだろうな。何しろさっき私がチラッと見た限りでは、物凄い奴が出てきたからな!」

 

「物凄い奴!?それってもしかしてもしかしなくてもロボットですよね!?」

 

「ああ、もしかしなくてもロボットだぜ!なんでも聞いた所によると、影月たちの世界で昔活躍していたロボットらしいぜ?」

 

「おおっ!!それはすごく興味ありますね!!」

 

「だろ!?」

 

大凡女の子らしからぬ話題でテンションが上がる二人の会話を聞いていた白蓮は、優月に聞く。

 

「彼はロボットを出す能力者なのですか?」

 

「違いますよ。ロボットーーーというか、あれを出して操れるのは兄さんの能力故だと思います」

 

「影月さんの能力?」

 

「まあ、それは見ていけば分かると思いますよーーーじゃあ、ゆっくり観戦しましょうか」

 

そうこうしている内にどうやら決闘準備が整ったようで、優月は視線を影月と腰の瓢箪の酒を飲んでいる萃香へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、次はあんたたちね。さっきはあんたの妹に色々とヒヤヒヤさせられたんだから、もう大怪我とか大事を起こさないでよ」

 

「善処しよう。まあ、相手の力加減にもよるけどな」

 

「萃香もあまり派手にやらないようにね」

 

「分かってるよ〜」

 

お酒を飲みながら言う萃香を見て、本当に分かってるのか小一時間位問いただしたい霊夢だったが、萃香は鬼だし酔っていてもそういう約束は破らないだろうと結論付けた。

 

「じゃあ始めるわよ」

 

その言葉を聞いた影月は左手を前にかざして静かに紡ぐ。

 

 

「形成

Yetzirah―」

 

 

その言葉にラインハルト・ハイドリヒの神槍には今だ遠く及ばないまでも、圧倒的な威圧を放つ神槍が現れる。

 

 

「神約・勝利の神槍

Gunguniru Testament」

 

 

その神槍は見る者の目を引きつけ、圧倒的な威圧を持って周囲の者たちにのしかかる。

優月の《焔牙(ブレイズ)》にも劣らないーーーむしろそれ以上の力を放つ規格外の神槍を前に、ほぼ全ての者たちが息をするのを忘れる程に魅入る。

そしてそんな規格外の威圧を最も近くで受けている霊夢と萃香はーーー

 

「ーーーこの力、依姫以上じゃないかしら」

 

「ーーーこりゃあ大変な奴に決闘を申し込んじゃったねぇ」

 

霊夢は今まで戦った中で、最も強かった八百万の神をその身に降ろす能力者の名を呟いて、その人物すら凌駕するんじゃないかと内心戦慄し、萃香はその言葉と裏腹に好戦的な笑みを浮かべた。

 

「じゃあーーー始めようか。霊夢」

 

「ーーー決闘準備」

 

その言葉に影月と萃香はお互いに視線を交わせ、開始の合図を待つ。そして霊夢の決闘開始を告げる声が響く。

 

「ーーー開始!」

 

その合図と共に萃香が目の前から掻き消える。

一瞬で影月の左側面に移動した萃香は拳を影月の胴体目掛けて振り抜く。

その速さは先ほど決闘を行っていた妖夢よりも数段速い。彼女は鬼という人外であるが故に、身体能力はずば抜けている。半人半霊という人間の部分がある妖夢とは比べものにならない程の身体能力を持っているのだ。

しかしその魔性的な速さの攻撃に影月は冷静に反応して対処していた。

拳を神槍の柄で受け流した影月はそのまま反撃に転ずる。しかし横に薙ぎ払われた神槍は何者にも当たる事無く、空を切る。

その手応えを確認した影月はすぐさま槍を引き戻して、次の右側正面からの攻撃を防ぐ。その反動で僅かにバランスが崩れた影月の懐に萃香が潜り込み、アッパーを繰り出す。

だがその攻撃はあらかじめ予想ーーーいや、予知していたのか影月は紙一重の所でアッパーを後方に飛んで回避する。

 

 

 

目に見えない程の速度で移動し、山をも軽く砕く拳を容赦無く振るう鬼と、それを冷静に対処する光り輝く神槍を持つ青年。その二人の攻防によって、数テンポ遅れて起きる火花と轟音を聞いている周りの観衆たちは唖然となる。

もちろんその理由は影月にある。幻想郷にて力では右に出る者はいないと言われ、その速さも天狗にも負けないとまで言われている鬼と互角に渡り合う人間ーーーその事実に唖然としない者が一体どこにいるというのだろうか?

無論、それはこの決闘を観戦していた歴戦の強者たちにも言える事だった。

 

『ーーーーーー』

 

「あの鬼と渡り合うなんて……」

 

なぜここまで彼が鬼と互角に渡り合えているのか?それは彼の能力によるものだ。

確率視則ーーー数ある事象が起こる確率を見る事が出来る能力。確率とは物事全てにあるものだ。

例えば今のこの攻防でも次に萃香がどの位置に移動してどのような攻撃を繰り出すのか?と考えると膨大なパターンが思い浮かぶだろう。

正面からの右ストレート。左側面から拳を横に振り抜く。死角となる背後からの蹴りーーー他にもパターンは無限とも言える程に存在する。

しかしその無限とも言える攻撃パターンの中には、他のパターンより多少ながら可能性が高く、繰り出されやすい攻撃パターンというものがある。

影月はそんな膨大な可能性の数々を見て、次に来る攻撃を予測、それに対して有効な防御を取るのだ。

 

「でも兄さんはまだ本気を出してませんよ。それは萃香さんも同じ事です」

 

優月がそう言った瞬間、萃香が攻撃をやめて一旦大きく後ろへと飛び下がった。

その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「やるねぇ……!本気を出していないとはいえ、鬼の私の力と速度についてこれるなんて……!」

 

「まあ、ちょっとばかり能力は使ってるけどな」

 

「なるほどねぇ、予測系か……。ならこれでも予測出来るかい?」

 

そう言った萃香は自身の体を霧へと変化させ始めた。その光景を見た影月は若干目を見開く。

 

「へぇ、面白いな」

 

そう面白そうに呟いた影月もまた、神槍を自身の前に構えた。

そして優月と同じように、影月もまた詠唱(いのり)を謳い出した。

 

「我は勝利を見据えし者、あらゆる可能性を操りし者」

 

「常に仲間を守り、その為ならいかなる残虐なる行為すら厭わない」

 

紡がれる詠唱は、大切な者たちの為なら自分はどんな運命になろうとも構わないという意志が感じられるものだった。

 

「たとえその身が血濡れになろうとも常に絶対の勝利を勝ち取った」

 

「どれほどの恐怖や絶望が待ち受けようとも常に絶対の勝利をもたらした」

 

「万象全てを操りし我と、この神槍こそが絶対勝利の証」

 

紡がれる詠唱と共に、影月の神槍がさらに強い光を放ち始める。

 

「我が敗北することは絶対に許容されることではない」

 

「我には自らを血に濡らしてまでも守り通さなければならない者たちがいるのだから」

 

「故に我に挑む者あれば、万象全てを操り勝利をもたらすのだ」

 

そして詠唱が終わる。発言するのはあらゆる確率を見る確率視則とあらゆる確率を操る確率操作。

 

「Briah―

創造」

 

「確率操りし守り人

Wahrscheinlichkeit Manipulieren Moribito」

 

 

瞬間、影月の覇道世界が辺りを包み込み、萃香の姿が霧状から元の姿へと戻った。

影月が確率を操作して、萃香の姿を元に戻したのだ。

 

「何!?」

 

突然の能力解除に驚いた萃香はその場で驚き、立ち尽くす。

もちろんそんな隙を見せた萃香を影月は見逃がす筈も無くーーー

 

「ふっ……!」

 

神気の満ちた神槍を迷い無く萃香の心臓目掛けて突き出す。

それに僅かながら遅れて気が付いた萃香は大きく身を捻って回避する。

しかし回避しきる事は出来ず、神槍が萃香の左肩を僅かに抉る。

 

「っ……!」

 

一旦離脱した萃香は先ほど攻撃が当たった左肩をチラリと見る。

見る限り血が出ていたりはしていないので、肉体に関してはそれ程気にする事は無いがーーー

 

「はぁ……はぁ……。少し当たっただけでこれか……」

 

魂に決して多くはないが、少なくもないダメージを受けた萃香は、疲弊の色を見せる。

そんな様子の萃香を見ていた影月は苦笑いを浮かべる。

 

「今のをかわされたか……。完全に取ったと思ったんだけどな」

 

「ははっ……残念だったねぇ。確かに今のは結構危なかったけど、そう簡単には取られるつもりは無いよ」

 

「ああ、分かってるさ」

 

そう言った影月は右手を前に出して、何かを念じるように目を閉じる。

その行為に訝しんだ萃香は、次の瞬間目を見開く。

 

「さて、それじゃあ次は魔理沙が見たがってたものを出してやるよ」

 

影月の神槍がもう一つ、右手に現れたのだ。

その現れた神槍を宙に浮かべた影月はとある兵器の名を謳うように告げる。

 

IRVING(アーヴィング)

 

その言葉に反応した神槍は周囲に強烈な光を放つ。

不意打ち気味の閃光に、萃香も周りで見ていた観衆たちも手で顔を覆う。

その光はすぐに収まり、手で顔を覆っていた者たちが視線を影月に戻そうとしてーーー目の前の光景に固まる。

 

『ーーーーーーーーー!!』

 

そこには五メートル程の高さの物体がいつの間にか現れていた。上は機械的な装甲を持ち、下は生物的な脚を持つというなんとも奇怪な姿をしたその物体ーーー月光は牛のような声を上げて、大きく跳躍する。

十メートルは軽く超える程の跳躍を見せたそれは、萃香目掛けて落下する。

 

「ーーーっ!!」

 

その様子に呆然と立ち尽くして見ていた萃香だったが、すぐに月光の意図を見抜いて後方へと回避しようとする。しかしーーー

 

「逃がさないぞ?」

 

『アーイ!』

 

「うわっ!?なんだこいつ!?」

 

突然萃香の後ろに黒い球体が飛びついて行動を抑制しようとする。月光を母体とする子機、仔月光である。

とはいえ相手は恐るべき力を持った鬼である。そんな相手に小さな仔月光はいつまでも張り付く事は出来ずーーーすぐさま引き剥がされる。

しかしその回避行動の邪魔は決して無駄では無かった。

 

「くっ!?」

 

上から落ちてきた月光は萃香のすぐ目の前へと落ち、数メートルの雪柱が出来上がる。

舞い上がった雪によって、萃香の目の前が真っ白に染まったその時ーーー

 

「っ!」

 

何か危険を感じたのか、萃香は上空へと飛ぶ。

そして刹那の間も無く、先ほどまで萃香がいた場所を太い何かが薙ぎ払う。それは月光の生物的な脚による回し蹴りだったのだがーーー

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

その回し蹴りの隙をついた萃香は上空から、月光の装甲へと蹴りを入れる。

その蹴りの衝撃は凄まじく、月光は影月の方に向けて飛ばされる。

しかしそんな迫り来る月光を前にしても、影月は未だ冷静だった。

 

「メタルギアREX」

 

彼はすぐに月光を神槍の中に回収し、別の兵器を召喚する。

 

『ーーーーーーーーー!!!』

 

次いで現れたのは全高二十メートル以上はあろうかという鋼鉄の兵器。

その姿はまるで遥かな昔に存在していた恐竜を彷彿とさせるような威容を誇る。

 

「出たーーー!!!」

 

「すごい!!さっきの牛みたいな声の奴もすごいですけど、こっちもすごいです!!」

 

その存在が咆哮を上げる様を見た魔理沙と早苗は新しい玩具を買ってもらった子供のように大はしゃぎをしながら鋼鉄の兵器ーーーREXをキラキラした目で見た。

 

「魔理沙と早苗がすごい喜んでるな……」

 

「も、妹紅……あれは一体……?」

 

「ん?ああ……なんつってたっけなぁ……。聞いたけど忘れちゃったよ。香ちゃん覚えてる?」

 

「……確か、核搭載二足歩行戦車、メタルギアREXだったと思います」

 

「そうそう、それそれ」

 

「「核搭載!?」」

 

その言葉に食いついたのは、外の世界から来た早苗と妖怪の賢者、紫だった。

他の者たちは何それ?と言ったような表情である。

 

「ちょ……あれにそんな危険なものが搭載されてるんですか!?」

 

「あ、二人とも安心してください。あのREXに核兵器は搭載されていませんよ?」

 

そこで優月が二人を安心させるように言う。

 

「朔夜さん曰く、そこまでの威力を持つ兵器は今の所搭載する予定は無いらしいです。つまりあれは核兵器は持っていません」

 

「…………ならいいけれど……。それにしてもメタルギアREX、ねぇ……」

 

紫は興味深そうにREXを眺める。それを不思議に思った美亜が問う。

 

「どうかしたんですか?」

 

「あ、いやね……。他の世界にはあんなものがあるのかと思ったのよ」

 

「私たちの世界では大体百年くらい前の古い兵器ですけどね。なんでも忘れ去られた島に、ボロボロになって放置されていたとか……」

 

「忘れ去られた島……か。ならいつか幻想郷にもその島の一部とあの兵器が現れてたかもしれないわね……」

 

幻想郷は全てを受け入れる。それはたとえ愚かな人間たちが巻き起こした戦争の跡であろうともーーー

 

「紫、核って地底の地獄鴉がやってたあれか?」

 

「あれがやってたのは核融合。それの用途を少し変えて、外の世界の人間たちが作り出したのが核兵器よ。でもその説明は後にしましょう。今は思う存分楽しまなくちゃね♪」

 

そう言って紫が視線を向けた先にはーーー

 

「うおおっ!?危ないな!!」

 

REXの30mmガトリング砲を走って回避している萃香とーーー

 

「対戦車誘導ミサイル……」

 

REXに指示を出し、高みの見物をしている影月が未だ決闘を続けていた。

萃香は影月の創造の影響で、あまり上手く能力を発動出来ないでいた。

 

「……というか霊夢さんと紫さん、あれ止めなくていいんですか?」

 

「別に大丈夫でしょ。攻撃を受けてるのが影月だったら止めに行ってるけどね」

 

「そうね。萃香ならあの程度、問題無いだろうし」

 

「……今まで見てきて思ったけど、紫さんたちって身内に辛辣だよね……」

 

そう言って眺める紫たちを見て、美亜はぼそりと呟いた。

その時ーーーREXの放った対戦車誘導ミサイルが萃香の周りに次々と着弾し、爆発と共に雪煙が舞い上がる。

 

「チッ……!!」

 

「メタルギアRAYーーープラズマ砲」

 

視界を雪で覆われ、周りが見えなくなった萃香は小さく舌打ちした次の瞬間、影月の声を僅かながらに聞き取れた萃香は咄嗟に横へと回避する。

すると先ほどまで萃香のいた場所を、どこからか放たれた黄金の一閃が通り抜けた。

萃香に避けられた黄金の一閃はそのまま真っ直ぐ結界の方へと飛んでいき、着弾。

結界にぶつかってエネルギーの行き場を失った黄金の一閃は凄まじい爆発と轟音を巻き起こす。

 

「な……!今のは!?」

 

先ほどの一閃に驚いた魔理沙がそう言った瞬間ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こら!そこの貴方たち!人里で何を暴れているんですか!!」

 

そこに新たな第三者の声が響き渡る。

 

「げっ!」

 

「この声は……!」

 

「あらあら〜♪四季様じゃない♪」

 

「あっ、四季様!それと小町さんまで!」

 

その声を聞いた霊夢や紫は心底嫌そうな顔をし、幽々子や阿求はそう言って声が聞こえた方へ向く。

そこには豪華な装飾を施され、紅白のリボンが付いている帽子をかぶっていて、笏を持っている緑髪の少女と、後ろに赤髪をツインテールにしている少し変わった着物を着ていて、人間の身長以上はある大きな鎌を肩に担いだ女性が人混みの中からゆっくりと歩いて来ていた。

そして緑髪の少女は嫌そうな顔をして固まっている霊夢や紫を発見して言う。

 

「博麗霊夢、八雲紫。何をそんなに嫌そうな顔をしているんです?」

 

「べ、別にしてないわよ」

 

「…………」

 

「……まあ、それはいいです。それよりもこの騒ぎについて説明しなさい。拒否権はありませんし、虚偽を発言した場合は即刻お説教ですからね?」

 

「「……はい」」

 

何があっても逃がさないと言ったような目で言う少女に、霊夢と紫は素直に返事を返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

 

「……ふむ、つまり今までの話を纏めると……貴方たち四人は別の世界から来たと?」

 

「そうだ。この幻想郷の外部にある外の世界って所とは、別の場所から来た」

 

「へぇ〜、やっぱり別の世界ってあるもんなんだねぇ」

 

萃香とガチ決闘を繰り広げてから、大体三時間四十八分が経過した頃ーーー俺たちは寺子屋の客間兼和室で、帽子のかぶった緑髪の少女と赤髪の女性と話をしていた。

ちなみになぜ三時間四十八分も時間が経っているのかというとーーー

 

「あ〜……長かった……」

 

「いいじゃない、霊夢は三十分くらいしか説教されてないんだから……。私なんて一時間十五分よ……」

 

彼女たちの説教が長々と行われたからである。ちなみに残りの一時間五十五分くらいは、俺たちを巻き込んで、幻想郷の決まり事は〜とかそんな事を言われた。

 

「霊夢と紫は色々言われる事がありそうだからね」

 

「それよりもなんであの時戦ってた影月と萃香は特にお咎め無しなのよ!!」

 

「そうよ!個人で映姫に説教されたのは私と霊夢だけなんて不公平だわ!!」

 

そう反発する霊夢と紫に、緑髪の少女ーーー四季映姫はため息をつきながら話す。

 

「決闘については阿求や白蓮から聞きました。かなり激しく戦っていてたようですが、周りには極力迷惑を掛けなかったそうじゃないですか」

 

まあ、確かにあまり危険な攻撃方法は使っていない。REXのガトリングやミサイルは細心の注意を払って使ってたし、プラズマ砲も上空に逸れるように撃った。

かく言う萃香もその辺りは考えていたようで、しっかりと立ち回っていた。なんだかんだで互いに全力を出し合いながら、上手い事立ち回りはしていたのだ。

 

「「いえーい♪」」

 

「おやおや、仲がいいねぇ」

 

俺と萃香は揃ってハイタッチをして霊夢と紫をニヤニヤしながら見る。そんな俺たちの様子を見た赤髪の女性ーーー小野塚小町(おのづかこまち)は楽しそうに笑う。

そんな俺たちに殺気に近い視線を送る霊夢と紫。そんな事には気が付いていないのか、四季映姫は続ける。

 

「貴女たちが念の為に張ったという結界もあったので、あまり大きな被害も出なかったようですね。そこについては、私から何も言う事はありません」

 

「じゃあ、私たちの説教はーーー」

 

「貴女たちは私の説教を聞いていたのですか?貴女たち二人に言ったのは、今回の決闘の事では無く、ここ最近の貴女たちの行動についてですよ?……まさか話を聞いていなかったなんて言いませんよね?」

 

「「……言いません」」

 

「では八雲紫、貴女に対して私が言った事を一つでいいので言ってみてください」

 

「…………」

 

その言葉に黙り込む紫。やはりろくに説教を聞いていなかったようだ。霊夢に至ってはめんどくさそうに顔を逸らしている。

 

「聞いていなかったんですか?ーーーどうやら二人はまだ私の説教を受けたいようですね」

 

「うえぇ……まだするんですか?四季様」

 

全身から怒気を放ちながら言う四季映姫に、紫と霊夢はもう勘弁してほしいといったような顔を浮かべる。

そしてそれは俺たちも同じだった。こちらもそろそろ本題を話したい。

 

「四季映姫さん、紫さんも霊夢さんも反省しているみたいですし、もうそこまででいいと思いますよ?それよりも、私たちは貴女にお話があるのですが……」

 

「なんですか?今はこの二人に説教をしなければならないのです。だから貴方たちのお話は後で聞きます」

 

この四季映姫というお方は、どうやら生真面目過ぎるようだ。やる事は先に済ませておきたい性質らしい。

なので俺は彼女の興味をこちらに向ける為に、小声でボソリと呟く。

 

「……一刻も早く俺たちの友人を助けてほしいんだがな……」

 

「……友人?」

 

すると彼女は、紫や霊夢に向けていた怒気を少し収めて、可愛らしく小首を傾げながらこちらを向いた。

 

「ああ、出来るだけ早く救いたい友人がいるんだ。それにはそこにいる幽々子と、貴女の協力が必要なんだ」

 

「……ふむ……分かりました。それと私の事は映姫と呼んでくれて構いませんよ」

 

「あ、私の事は小町って呼んでおくれよ」

 

映姫は怒気を完全に収めてそう言い、小町はケラケラと明るく笑いながら言った。

 

「了解だ」

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、それはそれとして、霊夢と紫の説教は存分にしてくれ」

 

「分かりました。ではなるべく早く終わらせるようにしますね?」

 

「「ちょっとぉぉぉぉぉ!!」」

 

ついでに矛先が逸れて安心していた霊夢と紫を突き落とす事も忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「おっ、いいタイミングだな。こっちももう終わる所だ」

 

「さあ、妖夢さん……どちらを引くか……選んでください」

 

「うぅ〜……右……?左……?」

 

「あ〜……本当に長い長い戦いだったわ……」

 

「…………」

 

「霊夢さんと紫さん……お疲れ様です」

 

それから約一時間後、映姫の長いようで短い説教が終わり、霊夢と紫はぐったりした様子で卓袱台に突っ伏し、美亜は二人に労いの言葉を掛けた。

 

「てかあんたたちは私たちが説教受けてる時に何してるのよ!?」

 

「ババ抜き。ちなみに今まで4回連続で妖夢が負けてて、今は五連敗目の瀬戸際だ」

 

「妖夢は昔からこういう読み合いのゲームは苦手なのよねぇ」

 

「し、仕方ないじゃないですか!!私は幽々子様や紫様と違って、こういうの得意じゃないんですから……」

 

とはいえあからさまな手に引っかかり過ぎな気もする。

幽々子に「こっちがババよぉ〜♪」とか言われて、「その手には乗りませんよ!」とか言ってババを引くし(引いたかどうかも表情で分かる)、席替えして妖夢が俺からカードを引く時にさりげなくババのカードを頭一つ分位出していたら、何の迷いも無く引いた。

普通さりげなくカードが一枚出ていたら、少し位は疑うだろう。

 

「妖夢〜、右よ〜」

「妖夢さん、右ですよ」

「私は右だと思うな〜」

「私も右……かな」

「右ね」

「奇跡が右だと言っています!」

 

今回一抜けした幽々子、二抜けした白蓮、観戦している小鈴、美亜、咲夜、早苗が言う。

 

「違うね。左だ」

「私も妹紅さんと同じです!」

「私も左だと思うわ」

「迷う事なんて無いぜ!左だ、妖夢!」

「私も魔理沙と同じよ」

「左だと思うねぇ」

「妖夢、左だ」

 

それに対して観戦している妹紅、香、阿求、魔理沙、アリス、小町、そして三抜けした藍が言う。

それら二つの意見を聞いた妖夢は、意を決したような顔をする。

 

「私は……八割当てた藍さんの言葉を信じる!」

 

そう言って妖夢は勢いよく、優月の持つ右のカードを引いた。

西から差し込む日に照らされたカードに書かれていたのはーーー

 

 

 

 

「ジョーカーです!」

 

「うわぁぁぁ!!またですかぁぁぁ!!」

 

その事実にショックを受けた妖夢は膝と両手を畳について、ズーンとした雰囲気を醸し出す。

そしてそのまま優月が上がって終了。妖夢は五連敗を喫してしまった。

そしてショックを受けていたのは妖夢だけでは無かった。

 

「酷いわ〜。私の方が藍より当ててるのに〜」

 

「うっ……。ゆ、幽々子様……申し訳ありません……」

 

幽々子が心底ショックを受けたという感じに泣き真似をし、妖夢はばつが悪そうに謝る。

ちなみに幽々子は先ほどのような二択の選択肢の時には、ほぼ百パーセントの確率で当てている。

 

「ちなみに私もよ。感で言っても結構当たるわね」

 

「奇跡の力です!」

 

そして咲夜と早苗も同じような確率で当てていた。早苗は奇跡の力とか言っているが、正直信じがたいものである。

 

「あははっ!辻斬り少女は頭脳より体を動かす方が得意みたいだねぇ」

 

「確かに妖夢はどちらかと言うとそうだな」

 

「うっ……」

 

大笑いする萃香と苦笑いする慧音の言葉に言い返せないのか、妖夢は口を噤んでしまった。

 

「はいはい、遊びはそこまでにしてください。で、影月さん?」

 

「ん?ああ、例の話か?」

 

「ええ、聞かせてください」

 

「分かった」

 

そして俺と優月は、映姫に幻想郷に来た理由を一から説明する事にした。

 

 

 

 

 

 

ーーー少年少女説明中ーーー

 

「皆、僕の事忘れてないかな〜……暇だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。事情はよく分かりました」

 

「友達を助ける為、か。泣かせるねぇ。素晴らしい友情だ」

 

それから数分後、俺たちが幻想郷に来た理由の全てを聞いた映姫は、何かを考え込むような顔をして、小町はうんうんと頷いた。

 

「是非協力してほしい。貴女と幽々子がいれば、きっと友人を助けてくれると……妹紅と紫が言ってくれたからな」

 

「…………」

 

「そういう事だ。閻魔様、頼む」

 

「私からも頼むわーーーよろしくお願いします」

 

俺、優月、香、美亜、そして妹紅と紫は揃って映姫へと頭を下げる。

ここで彼女が協力してくれなければ、橘を目覚めさせる事は出来ない。あるいは幽々子だけでも出来るかもしれないが、何かしらの支障があるのは間違いないだろう。

しかしもし断られたら……?そんな考えが頭をよぎる中、息をはく声が聞こえた。

 

「はぁ……分かりました。でも一日程、時間をください。その方の魂の行方を調べてみます。その方のお名前は?」

 

「えっ……あ……。橘……巴です」

 

「橘巴さんですか。戻ったら調べてみましょう。明日報告しますね」

 

「おっ、よかったねぇ。四季様が動いてくれるそうだよ」

 

「あ、あの……いいんですか?」

 

「何がです?」

 

「そんなにあっさり……」

 

正直な事を言うと、渋られて断られると思っていた。だが実際はーーー

 

「あ、ならダメって言った方がよかったですか?」

 

「いやいや!それも困る!!」

 

「ならいいじゃないですか。何を言ってるんですか、貴方は」

 

何やら呆れられた。解せぬ。

 

「ふふっ、冗談ですよ。どうせ渋られて断られるとか思ってたんでしょう?」

 

「えっ!?……はい」

 

「正直でよろしい。優月さんは?」

 

「私は五分五分位かと……」

 

「ふむ……。私ってそんなに非情に見えるんですか?」

 

映姫の問いかけに、霊夢たちは視線を逸らす。

霊夢たちが映姫に対してどのようなイメージを持っているのか、実に分かる行為である。

 

「……心外ですね。いくら私が閻魔だからって、血も涙もないって訳じゃありませんよ。罪人には容赦しませんけどね」

 

「私にも容赦無いじゃありませんか……」

 

「貴女は毎日サボっているからでしょうが!そのサボリが無くて毎日真面目に仕事をしているのなら、私だって少し位は容赦します」

 

「っ……サボリじゃなくて休憩ーーー」

 

「口答えしない!!」

 

「きゃん!」

 

「ふっ……」

 

「ふふっ……」

 

『あはははははっ!』

 

小町の可愛らしい悲鳴に俺も優月たちも、そして霊夢たちも楽しそうに笑う。

 

「全く……。あ、そういえば私から一つ、貴方たちに聞いてみたい事があるんですが」

 

すると今度は映姫がこちらへと体を向けて、そう言ってきた。

 

「なんだ?答えられる範囲なら、答えるぞ?」

 

「貴方の能力についてです」

 

「ん?それはどっちの事を言っているんだ?」

 

俺の能力は大きく分けて二つ。確率を見たり、操ったりする能力と、機械(兵器)を操るという能力がある。

その二つのうちのどちらの事を聞いているのか分からない俺は、映姫に問い掛けたのだがーーー

 

「どっち……?貴方は能力を複数持っているんですか?」

 

「影月だけじゃないよ。優月も似たような感じだったねぇ」

 

「ああ、そういえば炎になったり、雷になったりしていたな。どっちがお前の本当の能力なんだ?」

 

「私のあれはどっちも私自身の能力じゃありませんよ」

 

「そうねぇ。貴女のあれは貴女の中にある二つの別の魂の力だものね」

 

「どういう事ですか?説明してください」

 

全員からの説明を求める視線に、俺と優月は揃って顔を見合わせて苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……今日は疲れたな……」

 

「そうだな……私も色々と聞かれたからねぇ」

 

「私も疲れたわ……特に映姫の説教で……」

 

「ふふ、三人ともお疲れ様」

 

「お疲れ〜」

 

時刻は九時を少し回り、辺りが闇に包まれてそれなりに時間が経った頃ーーー俺は妹紅、紫、慧音、萃香と共に、寺子屋の縁側に座って暗い夜空から降ってくる雪を眺めていた。

ちなみに優月たちは今日一日色々とあったからか、疲れて眠っている。

 

「すまないな……。色々お世話になった上に泊めてもらって……」

 

「別に構わないさ。君たちは特に泊まる当ても無かったんだろう?それに私としても妹紅の友人を放っておく事は出来ないからな」

 

そう言って笑う慧音に俺は再度、お礼を言った。

実際、俺たちは特に泊まる当ても無く、最終的には迷いの竹林と呼ばれる場所にある妹紅の家に向かおうとしたのだがーーー

 

『ふむ……特に泊まる当ても無いなら、うちに泊まっていってくれないか?個人的には妹紅の世話をしてくれたお礼をしたいんだ』

 

そう言ってくれた慧音のご厚意に甘えた俺たちは、今日ここに泊めてもらう事になったのだ。

まあ、それはそれとしていいのだがーーー

 

「なんで紫と萃香も泊まってるんだ?」

 

俺は扇で口元を隠している紫と、紫色の瓢箪を煽っている萃香を半眼で見る。

彼女たち以外はそれぞれ自分の家に帰ったというのに、なぜ彼女たちはここにいるのだろうか?

 

「あら、今の私は貴方たちを幻想郷に連れてきて、色々と手伝ってあげてるサポート役なのよ?そんな私が貴方たちと離れるなんて愚行でしょう?」

 

紫はそう言って苦笑いする。紫は俺たちの頼み事を聞いてくれて、さらに手伝ってあげると言ってくれた立場にある。そう言った手前、俺たちと離れるのはあまり得策では無いのだろう。

でもーーー

 

「それだけじゃないだろう?他には、まだ俺たちを警戒しているからとか……色々理由はありそうだ」

 

「あら、そんな事は無いわーーーと言いたい所だけれど、まあ〜、少し前まではちょっと警戒していたわ」

 

まあ、その警戒も無理は無い。

特殊な戦闘技術を学んでいる学園から来て、人外と互角に渡り合える奴が自分の住んでる世界に来たら誰だって警戒するだろう。

だがーーー

 

「少し前までって事は、今は警戒してないのか?」

 

「ええ、貴方たちはこの幻想郷の脅威とはなり得ない。むしろいい刺激になってくれる。私はそう思ったのよ」

 

そう答えた紫になぜと聞くと、紫は「秘密よ♪」と言って笑った。その笑顔は彼女の可愛らしさと、妖艶さが感じられるような笑みだった。

それに一瞬見惚れてしまった俺だったが、すぐに意識を戻して今度は萃香へ問いかける。

 

「そ、それで萃香はなぜここに?」

 

「ん〜?そりゃあ簡単な理由さ」

 

そう言った萃香は俺へともたれかかってきた。彼女のいい香りとほんの少しだけ感じる不快感を感じない酒臭が鼻腔をくすぐる中、萃香は言う。

 

「私は君たち……特に君が気に入ったのさ。強いし、ノリもいいし……。そしてーーー」

 

そこで区切った萃香は俺の方へと顔を向けて、明るい笑顔を浮かべて言った。

 

「私や紫たちみたいな幻想の存在を何の抵抗も無く受け入れてくれたからね」

 

「……?抵抗なんてする必要無いだろ?君たちは今もここにしっかり存在しているんだから」

 

彼女たちは幻想の存在だと言った。本来の世界にはいないーーーいや、かつてはいたという存在だと。

 

「でも今の外来人たちでそんな考えを持ってる人は珍しいんだ。……大半の奴はあり得ないと言って、私たちを信頼せずに受け入れようとしない。例え目の前に鬼の角が生えた私が存在していたとしても、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、心を塞ぐ」

 

紫は以前言っていた。この幻想郷の外にある人間たちの世界には科学が溢れ、妖怪や神などの神秘を信じる人がほとんどいなくなってしまったと。

 

「私たちは……忘れ去られた存在だ。そんな奴らが手を取り合って生まれたのがこの幻想郷だ。そして私たちはこの世界で協力して生きていかないと、存在そのものが消えてしまう」

 

「……実際、この世界で私たちと協力出来なかった妖怪や神などは皆消えていった」

 

妹紅の言葉を補足するように慧音が言う。昼間に聞いた話だが、慧音も人間では無いという。

彼女は人間と白沢(はくたく)のハーフであるワーハクタクという種族らしい。

白沢ーーー徳の高い為政者の前に現れて、知識を授けるという中国の聖獣だ。そして彼女の能力もその白沢と非常に関係深いものだった。

曰く、歴史を食べる程度の能力と、歴史を創る程度の能力ーーーどちらも歴史に関係する能力であり、多くの知識を司る能力だ。

慧音はその能力を持っているが故に、共存出来なかった妖怪や神などの末路をよく知っているのだろう。

 

「そんな私たちが何よりも嬉しい事ーーーそれは私たちという幻想の存在を信じて、受け入れてくれる人の存在なんだよ」

 

「…………」

 

「貴方たちは幻想の存在である妹紅を助け、同じく幻想の存在である私たちまで受け入れてくれて、頼ってくれた……。それが心から嬉しいのよ」

 

「きっと幽々子もね」と笑いながら言う紫。

 

 

そんな彼女たちを見て、俺は短く、そして強く言っていた。

 

「君たちは幻想の存在なんかじゃない」

 

その言葉を聞いた彼女たちは驚きの表情を浮かべるが、俺は構わず続ける。

 

「俺たちは現実に生きている。それは君たちだって同じなんだ。良い事もあれば悪い事もあるし、満たされない欲を抱えて飢えてもいるさ」

 

自分はどうなっても構わないから、大切な人たちの為に絶対の勝利を……。そんな馬鹿げた願望を持っていて、心の底でいつまでも満たされず、思い続けるが故に渇きは消えない。

それは彼女たちだって同じだろう。

妹紅は以前、不老不死の自分がなんとか死ねる方法は無いのかと考える事があると言っていた。

紫はこの幻想郷が長く、いつまでも続く事を常に考えていると言っていた。

そうした不満、不安、喜び、悲しみ、そして色んな考えーーーそんな感情や思いを抱いている者は果たして幻想の存在と言えるのだろうか?

 

「俺にとって幻想の存在って言うのは、生きる事も死ぬ事も出来ず、全てを手に入れていて何も求めない奴の事だと思っている。正直、そんな存在はこの世界に生まれてきた事自体が間違っていると俺は思う」

 

そうした俺の持論からすると、少なくとも目の前にいる彼女たちは、俺にとっては幻想の存在では無くなる。

 

「でも紫たちは皆、毎日飢えていていて、それが満たされる事を求めてる。それが満たされるか満たされないかは別として、そんな思いを持っている限り、君たちは幻想の存在じゃないと俺は思う。だから俺は、俺たちは君たちを受け入れる事が出来るんだ」

 

「「「「…………」」」」

 

もちろん俺のこの持論が正しいとは言わない。しかし少なくとも目の前にいる少女たちに何か考えさせるきっかけにはなったようだ。

 

「……やっぱり私は君が気に入ったよ!まさか私たちにそんな事を言ってくれるとはねぇ」

 

俺にもたれかかっていた萃香は太陽のように眩しい笑顔を浮かべる。その笑顔は本当に心の底から笑っているような、清々しいものだった。

 

「……ふふっ、本当に嬉しい事を言ってくれるわね。ーーー飽いていればいい、飢えていればいい。何を思って、何をしても満たされない。でもそれでいい。そう思えない者はその時点で滅びるしかないのね……」

 

紫は自分の心に自戒するかのように呟いた。それこそが今を生きているという事なんだと改めて確認しながらーーー

 

「……私は生きてもいないし、死んでもいない存在だけど……死にたいって思ってるから、心はまだ死んでないんだな」

 

妹紅は暗い空から降ってくる雪を見ながら、誰に言うでもなく静かに呟いた。

 

「……そうか……良い意見を聞かせてもらった。ありがとう、影月」

 

慧音は先ほどの言葉に対して、何か考え込んでいるようだったが、俺に向き直って頭を下げた。

 

「俺は特に大した事は言ってないよ。ただ思った事を言っただけだ」

 

「影月にとっては大した事じゃないのかもしれないが、私たちからしたら本当に嬉しい事なんだぞ?」

 

「ええ、本当にね……。いい話を聞かせてもらったわ。ありがとう、影月」

 

ニコリと優しく微笑みながらお礼を言う紫に、俺はまたもや見惚れてしまう。

本当にーーーこの世界に住む人たちは笑顔が素敵だ。ここにいる四人然り、昼間に話した人たち然りーーー

 

「さてーーー」

 

そして紫は持っていた扇を目の前でスッと横に移動させる。するともはや見慣れたスキマが現れ、そこから一つの飲み物が出てきた。

 

「とても素敵な意見を聞かせていただいたお礼といってはなんだけど……暖かくて美味しいお茶なんていかがかしら?」

 

「おっ!ちょうどいいな。段々寒くなってきたから、ここら辺で暖まりたいと思ってたんだ」

 

「ふふっ、それは重畳♪萃香たちも飲むわよね?」

 

「いただくよ〜。お酒ばかりでも飽きるからねぇ」

 

「私も少しだけ肌寒くなってきたからな。遠慮無くいただくよ」

 

「私も是非ともいただこう。あ、それと……妹紅、ちょっとくっついてもいいか?」

 

「慧音はまたそれかぁ……。でもいいよ。……あっ!それならついでに紫も萃香も一緒に影月にくっついて暖を取らないか?その方がもっとあったかくなるだろう?」

 

「はぁ!?いやいや、ちょっと待て!なんで俺にくっついて暖を取ろうとするんだよ!?」

 

「ダメなの?」

「ダメかい?」

「ダメなのか?」

「ダメなのか?」

 

「えっ!?い、いや、ダメじゃないけど……」

 

いきなり四人が揃ってこちらを見てきたので、一瞬どもってしまった。そしてついでに構わないと暗に言っているような返事をしてしまった。

 

「ふふっ♪なら早速ーーーあら、影月って意外とあったかいわねぇ♪」

 

すると紫はすすっと移動して、俺の左隣にぴったりとくっつく。

すると当然彼女の香りも自然と漂ってくる事となりーーー右隣からもたれかかっている萃香の香りと紫の大人の女性のいい香りが混ざり合い、俺の鼻腔と理性を刺激する。

 

「なら私たちは後ろから抱きつこうか、慧音」

 

「ああ」

 

すると今度は後ろから妹紅の白く細い腕と、慧音の白い腕が絡められる。

 

「ちょ……!本当にいきなりどうしたんだ、四人とも……!?」

 

その時の俺の脳内は混乱状態になっていた。なにせ四人の美少女が暖を取る為に抱きついてきたのだ。そんな状況になって混乱しない奴が果たしているだろうか?

 

「え〜、特に理由は無いわよ?でも強いて言うなら……貴方にくっつきたいからね♪」

 

紫のその言葉に萃香が頷き、後ろの二人も頷いたかのような感覚が伝わる。

まあ、くっついている分暖かくはなってるのでいい事はいいのだがーーー

 

「はぁ……。お茶を飲んだら寝ようと思ったんだけどな……」

 

「あら、まだまだ夜はこれからよ?もっと語り合いましょうよ♪今日は貴方たちという素敵な人たちと出会えた記念すべき日なんだから」

 

「……ああ、そうだな」

 

もう考える事を諦めた俺は紫にそう返事を返す。そんな俺の返事を聞き、表情を明るくして頷いた四人を見て、今日は寝るのが遅くなりそうだと思ったのだったーーー

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷縁起・控書

 

 

十二月二十六日。

 

今日の正午過ぎ、私が小鈴(友人)と共に人里内を歩いていた際、寺子屋前にて大勢の群衆が集まっているのを発見した。

 

新たな異変かと思い、私と友人がそこへ向かうと、博麗の巫女や命蓮寺の住職、守谷の巫女や紅魔館のメイド、さらには妖怪の賢者たるスキマ妖怪などの幻想郷の実力者たちが集まっているのを確認。

さらに約二ヶ月程前から行方不明となっていた蓬莱人、藤原妹紅の姿も確認した。

 

その後、この騒ぎの原因をスキマ妖怪の八雲紫他、霧雨魔理沙などに尋ねてみた所、別の世界から来たという四人の人間ーーー異世界人たちが幻想郷の人外たちと決闘を行おうとしている事を教えてもらった。

 

外の世界とは違い、魔法などの神秘も存在するという世界の住人だというその者たちの内の一人、如月優月は半人半霊である魂魄妖夢と妖夢の主である西行寺幽々子を倒し、如月優月の兄であるという如月影月は鬼である伊吹萃香と互角に渡り合うという、彼らが本当に人間なのかと疑問を持つ程の決闘を見せてくれた。

 

後に幻想郷の閻魔である四季映姫と、その部下である小野塚小町が乱入してきた事により、騒ぎは一旦鎮静した。

 

その後、寺子屋にて彼らの世界の事や、なぜ幻想郷に来たのかなどの理由を聞いた。

 

彼らの世界は外の世界よりも少しばかり科学が進んでいるらしく、魔術などの類も一般の者たちには知れ渡っていないが存在するという事、そんな彼らの世界にはとある魔人の集団がいるという事、そして彼らは大切な友を助ける為にこの幻想郷にやって来たなどの興味深い話の数々を聞く事が出来た。

 

特に彼らの世界に存在するという魔人の集団にはとても興味があるので、いずれ彼らにその辺りの事を詳しく尋ねてみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文々。新聞・十二月二十六日、一面の記事にて。

 

幻想郷に新たな脅威、異世界人とは何者なのか?

 

十二月二十六日正午過ぎ頃、人里にてちょっとした決闘が行われていた事が判明した。

数年前にも人里では宗教家たちがそれぞれ自らの信仰を集める為に、あらゆる場所で決闘をしていたが、今回の決闘はそのような事情で行われたものではないようだ。

あいにくと騒ぎを聞きつけた私が現場に到着した頃には全て終わってしまったらしく、その決闘を観戦していた観客などから話を聞く事ぐらいしか出来なかった。しかしそれらの話を纏めてみると、かなり興味深い話ばかりだった。

まず、その決闘を行っていたのは幻想郷屈指の実力者である白玉楼の庭師、魂魄妖夢とその主である西行寺幽々子、そしてかつては我ら天狗の上司であった鬼の伊吹萃香という並の者どころか、余程の強者でも勝つ事は難しいだろうと思わせる歴戦の強者たちであったという事。対してそんな彼女たちの相手は異世界から来たという特殊な力を持った人間たちだったという。

聞いた話によると、異世界から来たという人物は四人いて、その内二人が先述した彼女たちと決闘を行ったらしい。

その異世界人の片方は体に炎や雷を纏い、目にも留まらぬ速さで魂魄妖夢と西行寺幽々子を攻撃していたらしく、もう一人の異世界人に至っては、巨大なロボットのようなものを呼び出したという普通の人間にしては信じられないような能力を持っていたという話を聞けた。

さらにこの決闘を観戦していたのは人里の者たちだけでは無く、博麗の巫女や命蓮寺の住職、さらにはスキマ妖怪などの実力者たちもその中にいたらしい。

さらには約二ヶ月程前から行方不明となっていた藤原妹紅の姿を見たという者もいる事から、件の異世界人たちは藤原妹紅と何かしらの関係があるのではないかと当記事は推測する。

その後、異世界人たちは博麗の巫女などの実力者たちと共に寺子屋の中へと入って行ったと聞き、突撃取材を敢行しようと試みたが、スキマ妖怪である八雲紫のスキマ妨害により、突撃取材は断念。仕方なく張り込みを続け、夕刻頃に寺子屋から出てきた関係者と思われる者たちに取材をしようと試みたが、関係者の全員は私の取材申し込みを適当に受け流しながら、そそくさとそれぞれの家へと帰ってしまった。

唯一捕まえる事の出来た博麗の巫女、博麗霊夢に話を聞いてみても次のような返答しかもらえなかった。

 

「あ〜?異世界人?何言ってるのよ。私たちは妹紅が見つかったって紫から聞いたから、寺子屋に集まってただけよ。それなのに異世界人がここにいたとか、決闘があったとか……そんな夢みたいな事を言ってる暇があるなら、私の異変解決の武勇伝でも書きなさいよ。あ、それと妹紅が見つかったって新聞に書いておきなさいよ?」

 

その日は結局、決定的な情報を得る事が出来ずに終わってしまった。

しかし博麗の巫女はああ言っていたものの、異世界人がいるという話は最早紛れもない事実だと思われる。もしそれが嘘の情報だとしても、そんな嘘で何か得をする者がいるとは到底考えられないし、目撃者も数多くいる。

いずれにしろ、この出来事についての関係者には更に追求をしていくつもりだ。

 

 

 

 




影月はハーレムを作って……とはなりませんよ?ええ、フラグは建ててますけど回収はしません!まあ、フラグ回収してもいいんですけど……。時間とか諸々の事情で少し難しいかな〜と……すみません。
ちなみに最後の方の文々。新聞について、霊夢たちが文を無視したのは単にめんどくさかったからです。一度絡まれると、納得するまで質問責めされるから適当に受け流して帰るという(苦笑)まあ、少しながら紫が霊夢たちに対して口添えもしていたのでそそくさと帰ったんですけどね(苦笑)

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第五十八話

待たせたな!
……いや、本当に投稿待たせてしまいました……すみません!

紫「まあ、最近作者の仕事が忙しくなってきてるから少しは許してあげてちょうだいね?」

これからもこんな不定期更新していきますので……どうかよろしくお願いします!
ではどうぞ!



 

side ???

 

初めの目覚めはよく分からない感覚だった。

とても長い間眠っていたようなーーーそれともほんの一瞬、刹那の間だけ眠っていたようななんとも言えない感覚。

 

「ーーーう、ううっ……」

 

いや、よくよく考えれば眠っていたという感覚とも少し違う。この感覚は何と言うか……別の世界から別の世界へと移動する際に感じるような感覚だった。

とはいえ私は別の世界から別の世界へと移動などした事が無いから、あくまでそんな感じがするだろうなと思った感じなのだが。

 

「う……ここは……?」

 

そして私は重く感じる自らの瞼をゆっくりと開き、周りを見渡す。

そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「ーーーーーー」

 

見慣れない豪華な装飾が施されている荘重かつ絢爛な、大伽藍とも神殿とも思わせる部屋。さらに部屋の奥にはこの場所の主が座るであろう玉座もあった。

そんな生きている内に一度も来れないような場所で私はただ呆然としながら床に座っていた。

 

「ーーーなぜだ……?私は……確か……」

 

なぜ私がこのような場所で寝ていたのか、全く心当たりが無い。

私はそれなりに名の知れた流派を受け継ぐ、一人のしがない少女だ。

そんな私がこんな豪華な場所の床で寝ていたなんてーーー

 

「目が覚めたかな?」

 

そんな状況判断を頭の中で必死に考えていた私の耳に厳かに、しかし滑らかで張りのある男性の声が届いた。

その声に私は即座に立ち上がりながら視線を後ろへと向ける。そこにはーーー

 

「ーーーっ!!あ、貴方は……!?」

 

「ふむ……卿と二人きりで話すのはこれが初か。自己紹介は互いにいらぬだろう?橘流十八芸を受け継ぎし者よ」

 

忘れもしない聖槍十三騎士団黒円卓の首領、ラインハルト・ハイドリヒが奈落の底を思わせるような黄金の瞳を私ーーー橘巴に向けて言った。

 

 

side ??? →side 橘

 

 

 

 

「来たまえ。卿とは一度、こうして顔を合わせて語り合ってみたかった」

 

そう言ったラインハルトは私の横を通り過ぎ、玉座へと向かおうとする。

 

「……あ、の……ここ、は……?」

 

そんな彼に対して私が聞けたのは、ここに来た事の無い者ならば一番最初に問いかけるだろう、ありきたりな質問だった。

なのにそのありきたりな質問を問いかけただけだというのに、先ほどから私の体の震えが止まらない。

ああ、間違い無い。私のこの体の震えは恐怖だ。百年以上前から存在しているという強大な力を持つという魔人の集団の首領ーーーそんな文字通り化け物と言える存在が今、私の横を通り過ぎて目の前にいる。その事実を知って恐怖しない者など他にいるだろうか。

 

「そこまで畏る必要は無い。今日は無礼講だ、いつもの口調で構わん。ここはヴェヴェルスブルグ城。我らが黒円卓始まりの地であり、カールからは永劫殺し合い続ける地獄などと陳腐に評された、曰く、戦場を求める者たちのヴァルハラだ」

 

ラインハルトは私に背を向け、玉座がある階段を上がっていく。

 

「若い卿らは知らぬだろうが、昔日の我々は皆この城で語らい、共に練磨した」

 

第二次世界大戦中ーーー第三帝国と呼ばれて、恐れられた国にあった城。

 

「登城を認められた騎士は百を超える。ヒムラー、ヘス、ハウスホーファー、ディードリヒ、アイケ、マンシュタイン、マルセイユ……そしてルーデル、ヴィットマン。名前くらいは知っていよう」

 

ラインハルトの口から告げられた名前はかつての第三帝国の重鎮、または戦場の英雄たちの名前だった。特にルーデルとヴィットマンは私も知っている。

ルーデルは確かソ連戦車を五百両以上、軍用車両を八百台以上、そして戦闘機を九機撃墜した戦果を持つ撃墜王と呼ばれた空軍所属の軍人で、ヴィットマンは敵戦車を百三十両以上撃破した戦車兵だった筈だ。

 

「ここは彼らが定めたヴァルハラ。死後の英雄が集う歓喜の天(グラズヘイム)だ。最も、当時の面子で未だ残っているのは私しかおらんがな」

 

「……それはつまり、彼らは……」

 

「卿の思っている通りだ。彼らは皆、この城となっている」

 

ラインハルトの能力については、大まかにだが如月から聞いている。

曰く、「城」という場所で死んだ者を取り込んで、自らの軍勢として率いる能力だと。

 

「所で、卿はアウターヘブン(OUTER HEAVEN)という思想を知っているかね?」

 

するとラインハルトは玉座に腰を下ろして私を見ながら、そう問いかけてきた。

しかし私はその思想を聞いた事が無い。それを悟ったのか、ラインハルトは薄っすらと寒気を感じるような笑みを浮かべながら話す。

 

アウターヘブン(OUTER HEAVEN)とは二十世紀史上最強と言われた一人の兵士が提唱したものでな。兵士たちが何者にも管理されず、絶え間無い戦争の普遍世界の実現を夢見たのだ。簡単に言ってしまえば、「戦士が唯一生の充足を得られる世界」。まさに兵士たちにとって天国の外側(アウターヘブン)と言って差し支えない理想郷だ」

 

絶え間無い戦争の普遍世界……。確かに戦いを求める者たちにとって、その思想はまさに天国だろう。しかしそうなると、その思想を認めない国家との衝突など、辛い事や理解されない事もあるだろう。そういう意味で天国の外側か……。

そこまで考えてふと気付く。

 

「このグラズヘイムはまさにその思想を体現している。永劫殺し合い、死しても生き返って戦い続ける理想郷ーーー卿は今、そのような世界にいるのだ」

 

ラインハルトは気負い無く、そう告げた。

そうなると一つ疑問が出てくる。私はそれを彼に向かって口にした。

 

「なぜ私はここに……もしかして私は貴方に殺されたのですか?」

 

もし彼がそうだと言えば、私はもう二度とこの世界からは逃げられない。永劫殺し合う地獄へと囚われたという事になるのだから…….。

しかしーーー

 

「いいや、私は卿を殺してなどおらぬよ。よく思い出してみるがいい。卿が思い出せる最後の記憶に私はいたかな?」

 

そう言われ、私は最後の記憶を思い出そうとしてーーー

 

「ーーーうっ、げほっ!ごほっ!!」

 

突然湧き上がってきた嘔吐感を咳と共に吐き出した。

 

「大丈夫かな?……記憶が混濁しているのか。ならば私が卿の最後の記憶を教えてやっても構わないがどうするね?」

 

「い、いえ……大丈夫です。全て……思い出しました」

 

さっきの嘔吐感と共に全て思い出した。私がここで目覚める前の記憶をーーー

 

 

『橘……なんで……』

 

 

……そして私が庇った影月()が私の事を心配し、自らを責めているような顔も、全てーーー

 

「ふむ、それならいいが。して先ほどの質問に改めて答えるがーーー」

 

ラインハルトはその黄金の目を少しだけ細めながら言う。

 

「私は卿を殺してなどいない。そもそも卿は死んですらもいないだろう」

 

「……それって……」

 

「卿がここにいる理由は、肉体と魂の繋がりが切れてしまった事にある。魂というのは非常に流されやすいものだ。故に卿の魂はあの世界から出て流され続け、私のグラズヘイムへと入り込んだのだろう。その事自体はさして珍しい事では無い。この世界ではままある事だ」

 

ラインハルトは私にそう説明してくれた。という事は……。

 

「私は……元の世界に戻れるんですか?」

 

私は一縷の希望をかけて、ラインハルトに聞く。

するとラインハルトは少しだけ首を横に振って答える。

 

「その質問には是と答えよう。しかしそのままでは目覚めん。卿が真に目覚めるには、肉体と魂の精神を再び繋げる必要がある」

 

そしてラインハルトはその辺りの事を全く知らない私に、丁寧に説明してくれた。まあ、詳しい事はある程度省くが、私のこの魂とおそらく病室で寝ている植物状態の私の肉体を再び繋げるにはかなり複雑な精神構築作業が必要らしいが、それが上手くいけば私は再び目覚める事が出来るらしい。

 

「しかしその構築作業はかなり高度でな。私がやろうと思えば、最低でも数日は掛かってしまう。一方でカールに頼めば、すぐにでも構築してくれるだろう」

 

「な、ならメルクリウスさんに頼んでくれませんか?」

 

「ふむ、私としてもそうしてやりたいのは山々なのだが……今カールはとある世界に行っていて、手が離せそうにない」

 

「そんな……」

 

ラインハルトの返答に私は絶望した。だがーーー

 

「何、案ずる事は無い。卿の友とその仲間たちがいずれ近い内に卿を蘇らせるだろう」

 

「えっ……?」

 

ラインハルトの告げた言葉の意味が分からない。私の友とその仲間たち……?

 

「あの者ーーー藤原妹紅と言ったか。彼女が住む世界は、様々な能力を持つ魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)していると聞いた。そのような世界ならば、卿をこのグラズヘイムからすくい上げて蘇生させる程度の能力者はいよう」

 

「えっ……ちょ、ちょっと待ってください!それってどういう事ですか!?」

 

「む?ここまで言っても分からないかね?つまり卿の友人たちは幻想郷と呼ばれる場所で、卿を目覚めさせる方法を探しているのだ」

 

ーーーーーーーーー。

 

「嬉し泣きかな?」

 

「えっ……あっ……」

 

ラインハルトにそう言われ、確認するように自分の頬を触ってみると、一筋の濡れた道が両頬に出来ていた。

嬉し泣き……か。そうか、私は嬉しいのだな……。いや、とても信頼している友人たちが私を助ける為にそこまでしているのだ。嬉しくないわけがない。

 

「しかし、友を助ける為に異世界にまで手段を探しに行くとは、なんとも美しく素晴らしい友情だ。卿らのその友情を見ていると昔日の刹那たちを思い出す」

 

ラインハルトはそう言うと玉座から立ち上がり、私の元へと降りてきた。

そして息が掛かりそうな近距離に立つと、優雅さを感じさせる動きで私へと手を差し伸べてきた。

 

「さて、どちらにせよ彼らが卿を助けるのはもうしばらく掛かるだろう。それまで短き間であるが、我が城を案内しよう」

 

「あっ……」

 

どうやらラインハルトは私をエスコートしてくれるらしい。

そんな行動をされたのは九重との任務以来、今回で二回目だが、私は多分恥ずかしさで顔が真っ赤になっているだろう。いや、そもそもラインハルトは人体の黄金比とも呼ばれる程の眉目秀麗なのだから、彼にこのような行為をされて赤面しない女性などほぼほぼいないと思う。

 

「どうしたね?やはり、私が怖いかな?」

 

「っ……」

 

ラインハルトの問いに、私は答えられなかった。

確かに彼は怖い。その圧倒的という言葉すらも陳腐に思う位の存在感、破壊的なまでに荒れ狂っている力、そしてその黄金の瞳の奥にある形容し難い感覚にーーー

 

「ふむ……何もそこまで恐怖する事はあるまい。卿はこの城の主である私から見れば客人だ。客人に対して手荒な真似をする程、私は礼を弁えないわけではない」

 

「っ……」

 

ラインハルトは薄っすらと笑みを浮かべながらそう答え、私の顔へと手を伸ばす。それに一瞬何をしようとしているのか分からず、身構えた私だったがーーー

 

「あっ……」

 

ラインハルトの細くしなやかな指先が、私の顎を、頬を、髪を優しく嬲るように愛撫するように動く。その動作に私は凄まじいまでの寒気と快楽を感じる。

 

「っ……んぅっ……ぁ、んぁっ……!」

 

そしてラインハルトは最後に私の頭をぽんと軽く叩く。瞬間ーーー

 

「うっ、ああ……っ!」

 

爆発的に広がった快楽に私は膝を崩して、床に座り込んでしまった。きっと今の私は頬の辺りが真っ赤に染まっているかもしれない。それと同時に息も乱れてきた。

 

「はぁ……はぁ……な、何を……?」

 

「何を、と聞かれてもな。ただ卿の恐怖が少しでも和らぐようにと愛でてみたのだが、どうかね?」

 

どうかねと聞かれても……。ものすごく気持ちよかった……っ!!いや!私はそんな不埒な事は一瞬たりとも思っていない!

 

「す、少しは落ち着きました……!」

 

「それは結構。では参ろうか」

 

そう言うとラインハルトは私へと改めて手を差し出してきた。

その差し出された手を取り、私は立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインハルトに手を引かれ、延々と続く長い長い廊下を共に歩く。床には赤い豪華な装飾が施された絨毯が敷かれ、横を見ればまるで美術品を思わせる彫刻が彫られた柱、天井は何処かの宮殿の天井に描かれているような絵がある。

……正直、こんな豪勢な所にいてもいいのかと疑問に思う。状況が状況だから仕方ないのだが……。

 

「それにしてもこの城って広いですね……」

 

思わず私はそう言ってしまう。まあ、かれこれ玉座の間から出て五分は歩いているのだから、そんな事を言いたくなってしまうのは仕方ないだろう。

 

「そうかね?だが、これからもこの城はもっと大きくなり続けるだろう。我らが永遠の闘争を続ける限り、果ても無く膨れ上がり続ける。壊した事の無いものを見つけるまでーーー」

 

ラインハルトはそう言って、私へと視線を向けた。そんな彼の目を見て、私は悟る。

彼の黄金の瞳の奥に輝き続ける渇望をーーー

 

「我が愛は破壊の慕情。愛でる為にまずは壊す。頭を垂れる弱者も、傅いて跪く敗者も、反逆を目論む不忠も、そして天国も地獄も神も悪魔も、三千大千世界の総てを全力を持って壊す。それこそがーーー」

 

彼の渇望ーーー万象総てが愛しいから壊す。常に闘争を求めている戦神()らしい願いだ。だが私たちのような学生や普通の人からすれば、あまり受け入れたくない渇望だろう。

彼の渇望は先ほど思った通り、常に闘争ーーー戦争を求めている。戦争なんてしたくない、それは今まで何気ないありふれた日常を過ごしている人たちの大半が思うだろう。

もちろん私だってそう思う。いくら《焔牙(ブレイズ)》という戦う武器を持っていても、私たちはつい数か月前まで普通の人だったのだから。

 

「ふむ、話は後ほどとしよう。ここだ」

 

そんな事を思っていると、ラインハルトがある扉の前で立ち止まってそう言った。

ラインハルトが扉をノックすると、扉の向こうから「どうぞ〜」という女性の声が聞こえた。その返事を聞いたラインハルトは扉を開けて、私の手を引いたまま部屋に入る。

 

「おお……」

 

その部屋の内装を見た私は、思わず感嘆の声を上げる。

内装は先ほどの玉座の間と比べるとそこまで派手な豪華さは無いものの、ここもまた大小様々な装飾が部屋中のあちこちに施されていた。

そんな部屋の中心には少し大きめのテーブルと四つのイスがあり、その内の二つのイスはある人物たちが座っていた。

 

「あら、ハイドリヒ卿?」

 

一人は以前学園で行ってた情報開示の時に見た事のある女性だった。

薄っすらと青色が混じった長髪に、泣きぼくろが特徴のグラマラスな女性ーーー確か聖槍十三騎士団第十一位、リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレーナという女性だったか。

 

「私がお呼びしたんですよ。お掛けになってください、ハイドリヒ卿」

 

一方でもう一人の女性に関しては全く見覚えが無かった。

長い白髪にユリエよりも白いのではないかと思う程の白い肌、(はしばみ)色の瞳、修道女を思わせる服装を纏う少女はラインハルトにそう言ってーーー次の瞬間、私に気が付いた。

 

「あら?貴女は?」

 

「あ……初めまして、私は橘巴と申します」

 

「橘巴さんですね。初めまして、私はクラウディア・イェルザレムと申します。貴女もこちらに座って一緒にお茶でもしませんか?丁度席が一つ余ってますし」

 

私の名前を聞いた少女ーーークラウディアさんはそう言って私にも座るように促した。

 

「あ、あの……」

 

「何、遠慮する必要はない。元より、ここには来るつもりだったからな。卿も掛けるといい」

 

一足先に席に座ったラインハルトは私に視線を向けながら言う。

……よくよく考えれば、特に遠慮する意味も無いか。どのみち、このグラズヘイムにいる限りはどう足掻いてもラインハルトの掌の上だ。なら変に断ってしまうよりも従った方が色々と賢いだろう。

 

「で、では……」

 

そう判断した私は恐る恐るだが、その茶会へと参加したのだった。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昊陵学園内、理事長室ーーー十二月二十六日、AM9:30…

 

side 朔夜

 

年に一度の聖夜が過ぎ去り、今年も残り数日という時の流れの速さを実感させられている今日この頃ーーー

 

「ーーーよし、と……。んーっ……」

 

書き上げた書類を提出用の入れ物に入れた(わたくし)は、手に持っていたペンを机の上に置いて、大きく伸びをしながらイスから立ち上がりました。

 

「今日は随分と早く終わりましたわね……」

 

そう呟きながら、提出用の入れ物に入った数枚の書類を見る。今日やるべき事はその数枚の書類の確認などを含めて、これだけなので今日の私の仕事は終わり。

しかしいつもなら二、三日は眠れない位の量の仕事をこなしているので、何か物足りないような気がします。

 

「……そんな事を思っているから、影月や優月にワーカーホリックと称されて、休め休めと言われるんでしょうね……」

 

そう呟き、自らが仕事中毒になっている事を改めて痛感する。影月たちからはもう少しゆっくりと日々を過ごしてもいいんじゃないかとよく言われてるからなぁ……とどこか他人事のように思いながら、ふと窓の外から学園の方へと視線を向ける。

そこにはいつもなら、教科書やら授業で使う道具やらを持っている生徒はおらず、代わりに和気あいあいとした雰囲気で楽しそうに同級生と話しながら歩いている生徒たちが数名見られる。

なぜ授業道具を持たない生徒たちがこの時間帯に外にいるのか?それは昨日から昊陵学園が冬季休業期間ーーーつまり世間一般でいう冬休みに入ったからだ。

全国の高校から見て、少し遅い冬休みに入ったこの学園は一月の半ば程度まで休み。その間、この学園に通っている生徒はそれぞれ思い思いの休みを過ごすようです。

実家に帰省して家族や友人とゆったり過ごす者、実家には正月の間だけ顔を出して残りはこの学園でゆっくり過ごす者、そして色々な理由によって実家には帰らずに学園で過ごす者ーーー

 

「はぁ……用意していたローズティーでも淹れましょうか……」

 

「あら、なら私たちの分も淹れてもらえるかしら?」

 

「おっす!遊びに来たぜ!お嬢様!」

 

私がそのような事を考えながら、少し前に用意していたお気に入りのお茶を淹れようと思っていると、突然部屋の入り口から少し上から目線の聞きなれた声と女性にしてはガラの悪い口調の声が聞こえてきた。

 

「リーリス、璃兎、いつも言っていますけれどーーー」

 

「ノックして返事を聞いてから入れって言うんでしょ?でもいいじゃない、私たちはそんな事しなくてもいいくらい長い付き合いなんだから」

 

「そうだぜ!あまり気にすんなって!」

 

「…………」

 

そんな事をニコニコと笑いながら言うリーリス(友人)璃兎(教員)にため息をつく。そして今度はその後ろから部屋に入ってきた者たちに対して半眼を向けながら言う。

 

「貴方たちに対しても同じですわ。せめてノック位はしなさい」

 

「あ、いや、俺たちはしようと思ったんですけど……」

 

「「ノックなんてする必要無いわよ」と言ってリーリスが先に扉を開けてしまったので……」

 

「あはは……すみません、理事長」

 

「お嬢様が申し訳ありません……朔夜様」

 

「ふんっ、全くこの女は……」

 

そこには苦笑いを浮かべている九重透流や穂高みやび、相変わらず無表情のユリエ=シグトゥーナ、謝罪するリーリスの執事であるサラ、呆れた顔をする虎崎葵、そして豪快に笑っている辰乃龍太朗(たつのりゅうたろう)がいる。

 

「何か言ったかしら?」

 

「ああ、言ったとも」

 

「喧嘩をするなら他所でやってくださいな。ローズティー、淹れませんわよ?」

 

「……分かったわよ」

 

「……ふんっ」

 

私がそう言うと、顔を突き合わせて睨み合っていたリーリスと葵がお互いに顔を逸らしました。

 

「相変わらずの仲ですわね……まあ、とりあえず座ってくださいな」

 

私はそう言いながら九つのカップを出し、その内の一つのカップにローズティーを注いで、それをもう一度ポットの中に戻します。

この注いでは戻す行為を繰り返す事でより深い色味や香り、そして味が引き出されるのです。

ちなみに前までは三國や他の者にローズティーを淹れてもらってたのですが、影月や優月や安心院、さらにここにいる彼らが頻繁に遊びに来るようになったり、美亜が私と一緒に寝るようになってから自分で淹れるようになりました。

まあ、その理由は……察せるでしょう?大切な彼らに私の淹れたお茶を味わってもらいたい……そんなありふれた理由。

そうして数回程繰り返して、いい香りと色合いになってきたローズティーを、来客用のソファに座った者たちや立っている者たちに出し終えた私は先ほどまで自らが仕事をしていたイスへと座って彼らに向き直りました。

 

「でーーー用件は何でしょう?まさかただ単にお茶しに来た、というわけでは無いでしょう?」

 

まあ、リーリスの事を考えるならただお茶をしに来たというのも考えられなくもないが、何やらそのような感じがしない。

 

「ん〜……そうね。ちょっと気になる事があってね」

 

「何ですの?」

 

私がそう聞くと、リーリスはどこか面白いものを見つけたような笑顔を浮かべてーーー

 

「影月たちが行った幻想郷って所を見たくなっちゃってね。皆誘って見に来たのよ」

 

「……やっぱりその事ですのね」

 

おおよそ予想していましたが、やはり用件はそれですか。

 

「それにしても皆誘ってとは……貴方たちは実家に帰省などはしないんですの?」

 

確か彼らは学園に長期外出届けは出していない筈。本来実家などに帰省するならそのような書類は必要なのですが……。

 

「……朔夜、分かってるでしょ?私たちの親しい友人が大変な状態になって、それをなんとかする為に別の友人が異世界へ行ってるっていうのに、自分たちだけ呑気に実家へ帰るなんて……私には出来ないわ。それは多分、他の皆も」

 

そう言うリーリスに璃兎以外の者たちが頷く。

 

「……まあ、分からなくはありませんけれど……リーリスやみやびなどはご両親が心配なされているのでは?」

 

「あたしは別に問題無いわ。事情を話したら了承してくれたし……」

 

「わ、わたしも大丈夫です。今年は家族と年を越せなくて残念ですけど……ここで帰っちゃったら巴ちゃんの為に頑張ってる影月くんたちに申し訳無いなって思っちゃって……」

 

そう言って恥ずかしそうに笑うみやびに、全員が苦笑いを浮かべる。

まあ、確かに今のこの状況の中で自分だけ家に帰ろう、なんて事はあまり思えないでしょう。仮に私が彼らの立場だったとしても同じような選択をするでしょうし。

 

「……まあ、その辺りに関しては私がとやかく言えるものではありませんから、各々自由になさい。それで話を戻しますけれどーーー幻想郷を見たいと?」

 

「ええ、お願い出来るかしら?」

 

それを聞いた私はローズティーを一口飲んだ後に席を立ち上がり、リーリスたちに近付きながら右手を前へと出す。

するとそこに強い力を発している銀色の神槍が現れた。

 

「……朔夜、貴女それ扱えたの?」

 

「ええ、こうして目の前に呼び出したり、消したり出来る程度には。貴方たちもやろうと思えば出来ると思いますけれど?」

 

「……今は遠慮しておくわ。それよりも早く見ましょ♪」

 

それに頷いた私たちは神槍に触れる。

瞬間ーーー私たちの脳内に影月の五感が流れ込んできた。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

「ーーーでは次の質問をしてもいいでしょうか?」

 

「……まだあるのか?」

 

「はい」

 

俺は寺子屋の縁側に座り、隣で筆とメモ帳を持ちながら真剣な眼差しの阿求を見て、ため息をはいた。

 

「……それはいいが、もう取材を始めてから二時間位経ってるぞ?疲れないのか?」

 

「私は大丈夫ですよ?それよりももっと影月さんからお話を聞きたいです!影月さんから聞いたお話の全ては私にとって、どれも興味深いものばかりですからね!」

 

「……さようですか」

 

つまり疲れよりも興味の方が勝ってると。俺や優月よりも見た目年下なのに仕事熱心な事で……ってそれを言うなら朔夜も同じか。

まあ、彼女の場合は俺たちに会うまで祖父の意志に縛られて必死にやっていたから、その時の名残が抜けていないのだろうが。

 

「まだ聞きたい事はいくつもあります!影月さんの出したあの兵器の事とか、優月さんの能力とか……」

 

「阿求、仕事熱心なのは分かるけれど少し休憩したら?影月も疲れたんじゃないかしら?」

 

「そうだぞ、温かいお茶も淹れたから少し休憩するといい」

 

キラキラとした笑みを浮かべながら質問の内容を言う阿求に対して、紫と慧音が阿求を窘めながら縁側を歩いてきた。

それを聞いた阿求はハッとして、何やら正気に戻ったような顔になって俺を見る。

 

「あっ……すみません。影月さん、お疲れですか……?」

 

「全然、と言いたい所だけどほんの少し疲れたな。少し向こうの様子でも見て休憩しようぜ」

 

「……お疲れでしたのにすみません」

 

「構わないよ」

 

若干申し訳なさそうに頭を下げる阿求に俺と紫と慧音は顔を見合わせて苦笑いした。

なぜ俺が阿求の取材を受けているのかーーーそれは今日の朝まで遡る。

今から二時間程前の朝七時頃、人里に住んでいる人たちが今日も一日頑張ろうと色々準備をしている朝早い時間に阿求が寺子屋に泊まっていた俺たちを訪ねて来たのだ。

そんな早い時間に阿求が俺たちに会いに来た理由は、彼女が記しているという書物に俺たちの事を記載する為だそうだ。

彼女が記しているという書物、幻想郷縁起は幻想郷に住む妖怪などの人外や、妖怪退治や異変解決を行う人物などを記載しているものらしい。

人間の生活や安全を確保する為に書かれているそんな書物に、俺たちのような違う世界から来た人たちを書き記すのはおかしいのではないかと阿求に言った所ーーー

 

「幻想郷縁起は千年以上続く由緒ある書物です。しかし最近の幻想郷は新たなものを受け入れるなど色々と変化し始めています。故にこの幻想郷縁起もその変化に伴い、貴方たちのような別の世界から来たという人物なども接近的に書き記していきたいんです」

 

と彼女は答えた。新しい事を取り入れて、今までのものをより良いものへと昇華させるーーー実にいい考えだ。

そう思った俺たちは彼女の取材を承諾した。まあ、その結果がこんなに長い質問責めになるとは思わなかったが……。

そんな事を思っていた俺は寺子屋の中庭へと視線を向けた。そこには俺が出したメタルギアRAYと優月たち、そして昨日出会った幻想郷の人たちがいた。

 

「ふおぉぉぉっ!!!昨日とは違うロボットですよ!!魔理沙さん!!」

 

「すげぇな!!影月たちの世界のロボットってどれもかっこよすぎだぜ!!」

 

昨日と似たようなテンションでRAYの周りをはしゃぎながら飛び回る早苗と魔理沙。

ってか女の子でああいう兵器とかに興味を持つのってかなり珍しい気がする。

 

「へぇ〜……これが仔月光というロボットですか……こうして見てみると結構可愛いものですね」

 

「聖さんもそう思います?やっぱり仔月光って可愛いですよね〜♪」

 

「優月さんも聖さんもそう思う?私も同じだよ」

 

「……可愛いかどうかは別として、どうやって動いてるのか……興味が尽きないわ。ねぇ、上海?」

 

「シャンハーイ!」

 

『アーイ!』

 

「む〜……本当にどうやって動いてるんでしょうね……」

 

「そうですね……少なくとも私たちには分かりそうもないです」

 

「よっ……と。ほら、萃香」

 

「ほいっと、返すぞ、妹紅」

 

「ちょっと、妹紅さんと萃香さん!?仔月光でキャッチボールしないでくださいよ!?」

 

そして、RAYから少し離れた所では仔月光を持って話している白蓮、優月、美亜や、仔月光と一緒にぴょんぴょん飛び跳ねている人形を見ているアリスや映姫や小町、そして仔月光を優しくキャッチボールしている妹紅と萃香、それにツッコミを入れている香がいた。

ってか妹紅と萃香、勝手に仔月光でキャッチボールするなし。

 

「あら、以外と柔らかいわね。この足」

 

「本当ですね。機械の足とは思えないです」

 

「なるほど……これだけ生物的な足なら、昨日の決闘の時の跳躍の高さにも納得がいくな」

 

「うぅ……カエルみたいで気持ち悪い……」

 

「本当にね。こんなのが幻想郷に大量発生したら面倒だけど」

 

そんな仔月光に興味を持っている者たちからそれなりに近い場所では、月光の足を触っている幽々子、妖夢、藍、小鈴、霊夢がいる。

ちなみに霊夢さん、昔はその兵器……大量発生してらっしゃいましたよ。あの仔月光(ちっちゃいの)と一緒に。

ちなみに映姫と小町がなぜこの場にいるのかというと、昨日の例の話の途中報告に来たのだ。

それによると橘の魂は今だ見つかっておらず、他の場所を担当している閻魔にも協力してもらって探しているらしい。それの報告と、俺たちの様子が気になったからという理由で彼女たちはここにいる。

そしてそんな彼女たちに混じって、昨日は見なかった初めましての者たちもいた。

 

「お嬢様、これが昨日お話したロボットでございます」

 

「ふ〜ん……これがねぇ」

 

咲夜の説明を聞いた悪魔のような羽を持つ吸血鬼の少女ーーーレミリア・スカーレット(来て早々お互いに自己紹介した。魔理沙曰く、濃霧の吸血鬼)は、目の前にあるメタルギアRAYをまじまじと見つめる。

 

「こんなに大きい人工物、見た事無いわね」

 

「パチュリー様が前に作った月ロケットより大きいですね〜」

 

「うわ〜……すごいですね……そして重そう……」

 

「美鈴なら持てるんじゃない?」

 

「私ではちょっと持ち上がりそうに無いですね……お嬢様か妹様なら持てるのでは?」

 

そんなRAYの足元では先ほど知り合った魔法使いというパチュリー・ノーレッジ(魔理沙曰く、動かない大図書館)、小悪魔のような見た目の小悪魔(二つ名は無し、俗称はリトルというらしい)、妖怪だという紅美鈴(魔理沙曰く、華人小娘)、そしてレミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレット(魔理沙曰く、悪魔の妹)がRAYを見上げて話していた。

 

「ねぇ、咲夜。これって動かないの?」

 

「そんな事は無いと思いますけど……」

 

そう二人が言った次の瞬間ーーー

 

『ーーーーーーーーー!!!』

 

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 

「っ!!」

 

RAYを突然動かし、レミリアと咲夜の目の前で咆哮をしてみた。するとレミリアは大きな叫び声を上げて後退し、咲夜は息をのみながらレミリアと共に後ろへと下がった。

当然足下にいた紅魔館組や、他の幻想郷住人たちも驚いていた。

 

「び、びっくりした……」

 

「は、はい……いきなり動き出して咆哮してきましたからね……」

 

「……今の咆哮、どうやって出してるのか気になるわ」

 

そんな反応を示す彼女たちを見て、ニヤニヤしていると隣に座った紫にペシッと扇子で叩かれた。

 

「何してるのよ!」

 

「ん〜?だってあそこまで興味持たれた上に、動かないの?って言うのが聞こえたら……ああいうイタズラしたくなるだろ?」

 

「貴方ねぇ……だからって言っても限度があるでしょう?今の私は力を抑えてるのよ?あれの咆哮が結界の外にいるブン屋にでもバレたら面倒な事にもなるわ……」

 

ちなみにブン屋とは鴉天狗である射命丸文という人物を指すらしい。なんでも幻想郷一面白い!という謳い文句の文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)を書いているらしい。

ちなみに俺や優月たちも朝に文々。新聞を見てみたが、かなり新鮮味を感じたので、それなりに興味はある。

とはいえ新聞と聞くとあまりいいイメージが湧かないので、取材を受けるのは遠慮したいが。

 

「ふぅ……さて、それではそろそろ質問を続けていいでしょうか?」

 

「……いいけど、後どれ位質問あるんだ?」

 

「後十五個位です。早ければ三十分程で終わりますよ?」

 

「分かった。それじゃあサッとやって人里観光に行くか!」

 

俺はそう言って阿求との問答を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーさて、では次で最後の質問です」

 

「やっとか……」

 

そして四十五分程経った頃、阿求の言っていた時間より少しだけ長くなったが、いよいよ最後の質問と聞いて俺はようやくこれで最後かと思い、ため息をはいた。

 

「兄さん、お疲れ様です。最後の質問もしっかり答えましょうね?」

 

「影月さん、早く幻想郷を見て回ろう?」

 

「ああ……」

 

阿求に呼ばれて後半から問答に参加した優月と、俺の膝の上に座っている美亜に返事をして、俺は阿求に向き直る。

 

「さあ、最後の質問はなんだ?」

 

「貴方たちの世界に存在する魔人の集団とやらに興味があるのです。是非とも教えてくれませんか?」

 

「「………………」」

 

その最後の質問はある意味予想外で、俺と優月は無言のまま顔を見合わせる。

そんな俺たちの反応を見た紫や慧音、さらに先ほどまで向こうの方でメタルギアと遊んでいて、それにも飽きたのか、こちらに集まって話を聞いていた幻想郷の人たちが揃って怪訝そうな顔をする。そして質問をした阿求本人はそんな俺たちの反応を見て、慌てたように弁解する。

 

「あ……別に言いたくないのならいいんですよ?無理矢理聞くのは私としてもあまりしたくないですし……」

 

「う〜ん……別に話してもいいですけど……聞いてもそんなに面白い話じゃありませんよ?」

 

「構いません。それよりも大丈夫ですか?何か言いにくい話でしたら本当にーーー」

 

「いや、大丈夫だ。……それで、俺たちの世界に存在する魔人の集団についてだったよな」

 

周りの視線をあまり気にしないようにして、俺は頭の中で知っている情報を整理して、話出した。

 

「そうだな……事の始まりは俺たちが今生きている時代から大体百八十年位前になる」

 

「貴方たちの世界で百八十年前というと……人間たちの愚かな争い、第二次世界大戦が始まった頃ね?」

 

「そうだ。というか幻想郷の外の世界と俺たちの世界の歴史って似通ってるんだな……」

 

「第二次世界大戦?」

 

外の世界に詳しい紫や藍、早苗は第二次世界大戦というものがなんなのか分かっているので普通の顔をしているものの、他の者たちは首を傾げた。

 

「外の世界、そして影月の世界でも起きた世界規模の酷い戦争よ」

 

「そんな空前絶後の大戦争が始まって間も無く、とある一つの国である組織が結成された」

 

「その組織の名前は「聖槍十三騎士団黒円卓」。その組織に属する副首領が生み出したある秘術をその身に宿した十三人の魔人の集団です」

 

「聖槍十三騎士団……で、その秘術とは?」

 

阿求は手に持っていたメモ帳に、組織名を流暢な字で書いた後に聞いてきた。

 

永劫破壊(エイヴィヒカイト)というものだ。人のあらゆる想念や血を吸い続けた聖遺物というものと契約して、超越した力を得る事が出来る秘術中の秘術」

 

「想念……ですか」

 

「そう。信仰心とか怨念とかだ。その条件さえ満たしていれば、形はどうであれ聖遺物と呼べる代物になる。例えば剣や槍は当然として、多くの人の首を斬り落としたギロチン、大戦中に使われた兵器ーーー列車砲やバイクといったものや、とある人物が書いた拷問日記、吸血鬼伝説の元となった人物の血液、果ては人そのもの……」

 

「すげぇな……なあ、それって私たちでも使えるのか?」

 

魔理沙の問いに俺は幻想郷の者たちの顔を見渡す。

 

「……どうだろうな?霊夢とか魔理沙は難しいと思うが、紫や映姫とかの人外なら使えるかもな。まあ、失敗したら聖遺物に自分の魂喰われるらしいが」

 

「何!?」

 

「そもそも常人なら最初の位階にすら制御出来ずに自滅するらしい」

 

それだけ永劫破壊(エイヴィヒカイト)というのは使える人を選ぶそうだ。朔夜に言わせれば、「生まれから超人でなければお話にもならない」との事だ。

それから俺たちは永劫破壊(エイヴィヒカイト)や聖槍十三騎士団について彼女たちに話した。その話を聞いていた彼女たちの反応は様々だった。

ある者は興味深そうに聞き、またある者はそんな規格外の組織が別の世界に存在している事に恐怖し、またある者は特定の情報に疑問や怒りを示していたりした。

特に映姫は永劫破壊(エイヴィヒカイト)を行使するには、人間の魂が必要と聞いて怒りを露わにしていた。

 

「生物を殺して、その魂を聖遺物の中に取り込んで糧とする……度し難い秘術ですね。輪廻転生の法を無視しています」

 

「だが、昔の世界は輪廻転生の世界では無かったそうだ。なんでも永劫回帰という法が流れていた世界らしい」

 

ちなみにこの説明も朔夜の受け売りである。彼女はメルクリウスからこのような説明を受けたらしいが……今だに朔夜に対してこのような事を教えたメルクリウスの真意が分からない。しかし蓮や司狼によると、少なくとも気まぐれで教えたわけでは無く、何かしらの考えがあって教えたのだろうとの事だ。

 

「永劫回帰……」

 

紫が噛み締めながら呟くのを尻目に、俺は永劫破壊(エイヴィヒカイト)が生み出された理由を話した。

 

永劫破壊(エイヴィヒカイト)が編み出された理由はただ一つ、新世界の神を生み出し、永劫回帰の法を定めた旧神を打ち倒す為。本来回帰すべき魂を聖遺物という媒介に溜め込むことによって、旧神の下に還る魂の流れを塞き止めるんだ」

 

「……なるほど、それが血栓のように詰まっていき、最終的には弾けて溢れ出す。そしてその状態で旧神に挑むと……」

 

「……神を打ち倒す為なんて随分と思い切った事を言うわね。でもそんな魔術程度じゃどうにもならないでしょ」

 

白蓮が理解したように呟き、霊夢が馬鹿らしいと首を振りながら言う。

確かに俺たちも最初は霊夢と同じような反応だった。そんな魔術じゃ神なんて倒せる筈無いと、そもそも神なんて存在しないだろうと。

しかしそんな俺たちの考えは、朔夜の説明とーーー聖槍十三騎士団黒円卓首領、ラインハルト・ハイドリヒを一目見ただけで変わった。

 

「いいや、永劫破壊(エイヴィヒカイト)の最高位階、流出に到達した者はいる。……そいつは本当に神を倒せそうな程の力を溢れ出させていたよ。多分俺たちを含むここにいる全員が束になっても勝てないだろうな」

 

『なっ……!?』

 

それ程、ラインハルト・ハイドリヒという相手は規格外なのだ。そしてそれと同等だという存在が他にもいる。

藤井蓮、メルクリウス、そしてマリィ……とまあ、これは言わなくてもいいだろう。

 

「ちなみに俺たちの身に宿っているのも永劫破壊(エイヴィヒカイト)の一種だ。だから俺たちは永劫破壊(エイヴィヒカイト)を宿した奴らと殺し合いが出来る」

 

「という事は、貴方たちも殺人を?」

 

映姫の鋭く、冷たい視線に優月は首を振る。

 

「いいえ、私たちの永劫破壊(エイヴィヒカイト)は他人の魂を燃料にはしません。私たちは自分の魂を原動力にしているんです」

 

俺たちに宿る永劫破壊(エイヴィヒカイト)は他人の魂を使わない代わりに、自らの魂の質に様々な事が左右されるという特徴を持つ。

それは傷の治る速度だったり、力の大きさだったり……。他にも色々あるが話すと長くなるのでこの辺にしておく。

 

「じゃあ以前、幽々子様が言っていた事は……?」

 

「それって私の内にある二つの他の魂についてですか?」

 

そんな妖夢の疑問に答えたのは、あの時にそのような事を言った幽々子本人だった。

 

「その二つの魂についてはその秘術とやらによって取り込まれたものでは無いと思うわ。そうねぇ……何者かがその二つの魂が優月ちゃんの魂に融合させたんじゃないかしら?」

 

「「………………」」

 

そう言われ、俺と優月の脳裏によぎるのはあの魔術師の顔だった。そんな事を出来そうな奴はあの魔術師以外に想像出来ない。というか前から思ってたが、メルクリウスは何の為に優月に別の魂を入れたのだろうか?

 

「……まあ、とりあえず俺たちの世界にいるその組織についてはそんな所だ。他に何か質問は?」

 

話を切り上げ、俺は幻想郷の者たちにそう問いかける。

するとーーー

 

「一ついいかしら?」

 

俺の隣に座っていた紫が真剣な面持ちと声色で手を上げた。

 

「なんだ?」

 

「……貴方たちは輪廻転生や永劫回帰の事を説明に入れていたけれど……それらについて、どこまで知っているのかしら?」

 

紫の質問は輪廻転生などの理に関する質問だった。

確かにさっきまでの説明にそれらの理について少しだけ触れたりしていたが、正直俺たちはそこまでその理とやらに詳しいわけではない。

 

「今のこの世界の理って事位だ。後の詳しい事はそれ程……」

 

後はマリィが黄昏の女神で輪廻転生の理を流している位か。

その返答を聞いた紫は、何かを考えるような素振りをした後ーーー俺や優月の瞳の奥を見据えるように見つめて言った。

 

 

 

 

 

「ならーーーもしよ?この世の理ってものを知れる機会があったら……知りたい?」

 

「……知っているのか?この世の理とは何なのか?とか」

 

「さあ、どうかしらね。でも、もし知れるとしたらどうする?」

 

もし知れるとしたら?そんなの知りたいに決まってる。

永劫回帰とか輪廻転生とか、いい加減何の事なのか理解もしたい。

そんな思いで優月に視線を向けると、優月も俺を見ていたのか視線が合って苦笑いされる。優月も同じ事を思っていたらしい。

ならば、俺たちが紫に答える言葉は一つ。

 

「「知りたい」」

 

俺と優月は揃って同じ言葉を答えた。

すると紫はフッと笑ってから言う。

 

「そう……ならいつか知れるといいわね♪」

 

「そんな事言って、本当は知ってるんじゃないんですか?」

 

「さあ、どうかしらね〜」

 

優月の追求する言葉をのらりくらりとかわして、紫は立ち上がり、俺の手を掴んだ。

 

「さて、それじゃあ影月たちの取材も終わったから、皆で里の観光でも行きましょうか?」

 

「…………ああ、そうだな」

 

そんな様子の紫に苦笑いを浮かべながら、俺は膝にいる美亜と共に立ち上がるのだった。

 




本当はもう少し長くしようと思ったんですが、この辺りで区切ります。

紫「この小説ではレミリアはかりちゅま吸血鬼にはならないのね」

はい。基本私の小説の東方キャラは原作寄りの人物像にしてありますので……。

紫「って事は、映姫もロリじゃないのね?」

はい。ってかこの小説ではもうロリキャラ結構出てるじゃないですか……。

朔夜「そうですわね。私を筆頭に美亜や香など……」

改めて言いますが、私はロリコンじゃありませんからね!?

紫「これだけ出しといて説得力無いわぁ……」

……とりあえず今日はこの辺で。
誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!(感想いただきたい……)


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第五十九話

水銀と同時投稿!
こちらの方はかなり長期間開けてしまいました……申し訳ありません。



 

side 美亜

 

「外来本かぁ……ここにはいっぱいあるのね」

 

私は先ほどまで読んでいた本を元の本棚に戻しながら、他の本を見て呟く。

 

「ここにあるのは普通の外来本ばかりです。正直、私は読み飽きましたよ」

 

「そりゃあ、こんだけあれば読み飽きるよな……お、F○IRY TAILまである」

 

「あ、それは最近入荷してきたものですよ。しかも全巻揃ってます」

 

「これも幻想入りしてるのか……それとも偶然流れてきただけなのか?」

 

影月さんの言葉に私と小鈴さん、そして近くにいた優月さんは揃って首を傾げる。

 

 

阿求さんの数時間にも及ぶ取材(という名の質問責め)を終えた私たちは、紫さんの提案で人里の様々な場所を回って観光をしている。

ちなみに慧音さんは寺子屋で教師としての仕事、白蓮さんは自らのお寺でやる事があるようで先ほど帰り、映姫さんと小町さんも仕事へと戻っていった。紅魔館の人たちも皆、戻っていった(理由はレミリアさんとフランさんが帰って寝たいと言い出したかららしい。吸血鬼は基本的に夜活動するので、朝や昼間は本来眠っている時間だとか)。

 

 

春を告げる妖精が人気で妖怪も訪れるという花屋、阿求さんのとても大きいお屋敷、藍さんがたまに大好物の油揚げを買いに来るという豆腐屋、魔理沙さんの両親が営む大手道具店(尚、魔理沙さんはここに来るのを凄まじく拒んでいた。どうやら深い事情があるみたい)などと回ってきて、次に来たのがここ。

 

「貸本屋、鈴奈庵ねぇ……」

 

人里にある一件の古い木造建築の店ーーー鈴奈庵と書かれた暖簾が玄関に出ているこのお店は、影月さんが今呟いたように貸本屋さんだ。

お店にあるほとんどの本が外来本ーーー外の世界から流れてきたものらしく、このお店では貸し出しの他に本の販売、さらには印刷や製本も行なっているそう。

 

「版木に墨をつけて刷る方法か」

 

「私たちの住んでる時代から見たら珍しいですよね」

 

「幻想郷には印刷機とか無いからねぇ。君たちの学園で初めて印刷機を見た時はすごく驚いたもんだよ。はっきりと、しかも綺麗な色がついてそっくりそのまま増刷されるからさ」

 

「印刷機!?どんなものですか!?」

 

そう言いながら妹紅さんが笑うと、小鈴さんが食いついた。そういえば、妹紅さんと香さんは最初のうちは、科学の進んだ世界の色んな物に興味津々で驚いてたりしてたっけ……。

今、妹紅さんが言っていたように印刷機などで驚くのは当然の事、他にはテレビやコンロ、水道とかにも驚いていたのを思い出す。

前者の二つは幻想郷や過去の世界には無い物で驚き、後者に至っては普段井戸から水を組んでいるような時代だったりしただろうから、蛇口を捻れば水が自動で出る事に驚いたみたい。

……どっちにしても、二人は数日もしないうちに色んな物を使いこなせるようになっていったけど。

 

「それにしても、色んな本があるな。有名な漫画とかもあるぞ?」

 

「あ、オカルト系雑誌がこんな所に」

 

「これは……阿求さんが書いてるという幻想郷縁起ですか」

 

私たちはそれぞれ気になった本のタイトルを見たり、その本を取って読み始める。

私が手に取ったのは、日本の怪異や七不思議が書かれた本だった。

 

(沖ノ島、旧吹上トンネル、新城島……外の世界も影月さんたちの世界と似通ってるみたいね。どれも見た事も聞いた事もある物ばかりだなぁ……)

 

私はその本を本棚へと戻し、ふと影月さんの方へと視線を向けた。

その影月さんはというと、紫さんの読んでいる本を覗き込んでいる。霊夢さんと魔理沙さんも一緒になって覗いている。

 

「美味しい果物の食べ方?」

 

「ええ、ミカンは傷がある方が甘くて美味しいらしいわ」

 

「知ってるぞ?そういう傷の付いたミカンはよく日の当たる外側に実って、栄養を蓄えるから美味いんだよ」

 

「……そういえば今年はまだミカン食べてないわね……」

 

「マジか!?俺たちの方はこの前食ったけど、今年のは中々美味しかったぞ」

 

「私も魔理沙とこの間食べたわ。こたつの中に入りながらゆっくりとね」

 

「こたつに入りながら食べるのは美味しいわよねぇ。……冬眠前に食べようかしら」

 

そこから影月さんと紫さん、霊夢さんと魔理沙さんはどの果物が美味しいかなどといった会話を楽しそうに話出した。

 

「…………」

 

「影月と紫様たち、楽しそうだな」

 

「ふぇっ!?な、なんだ……藍さんね……」

 

いきなり後ろから声が聞こえて思わず変な声が出てしまった私が振り返ると、藍さんが腕を組んで薄っすらと笑みを浮かべながら四人を見ていた。

 

「おっと、失礼。別に驚かせるつもりは無かったのだが……」

 

「分かってますよ。私の方こそいきなり大きな声を出してすみません……」

 

私が謝ると、藍さんは笑ながら構わないさと言ってくれる。

 

「それにしても楽しそう、ですか……」

 

「ああ。ーーーここ最近の紫様はずっと表情が曇っていてな。行方の分からなくなっていた妹紅の事を案じたり、八方手を尽くして探していたりしたのが原因だと思うが……」

 

「妹紅さんが見つかって安心しているんでしょうね」

 

「紫様が笑顔なのはそれだけじゃないと思うがね」

 

「というと?」

 

私が問うと、藍さんは紫さんたちーーーと楽しそうに談笑している影月さんを見る。

 

「あの青年ーーー影月と君たちの存在が大きいのだろうな」

 

「私たちの存在……?」

 

藍さんは無言で頷くと、今度は優月さんの方へと視線を向けた。その視線の先を追うとーーー

 

「んっ?この本ーーー」

 

「あら?どうしたのかしら?」

 

「あ、いえ……随分と有名な本があったので……」

 

そう幽々子さんに返した優月さんは一冊の本を手に取る。その本は影月さんたちの世界に来て、色々と知識をつけた私も知っている本だった。

 

「シャドーモセスの真実?どういう本なんですか?」

 

ひょいと優月の背後から先ほどの声を聞いていた妖夢さんが顔を出して聞く。

 

「これは私たちの世界でベストセラー……ある時期にすごく売れた本なんですよ」

 

「優月ちゃんたちの世界で売れた本……。どんな内容なの?」

 

すると近くで女性もののゴシップ雑誌を読んでいたアリスさんが顔を上げて、興味深そうに尋ねた。

 

「シャドーモセスって島で起きた事件を纏めたものですよ。著者は実際にこの事件に関わっていた人ですし、中々面白いらしいですーーー小鈴さん、これって買えます?」

 

「あ、はい!ちょっと待ってください!」

 

どうやら優月さんはあの本を買うようだ。まあ、影月さんの持ってるメタルギアREXと関係あるから興味を持つのは当然だと思う。

 

「ーーー紫様は嬉しいんだろう。君たちのような人たちがいてくれて」

 

「はい?」

 

そこで先ほど言葉を切った藍さんが続きを話始める。

 

「もう紫様や様々な方たちから聞いていると思うが、私たちは本来なら消えゆく幻想の存在だ。そんな私たちを相手に何の偏見も、恐怖も持たずに普通に親しく接してくれる。理解して存在を認めてくれるーーーそういう外来人は最近、ほぼいなくなってしまってな」

 

藍さんの言葉を聞いて、私は以前紫さんから聞いた話を思い出していた。

 

 

『私たちは本来、忘れ去られて泡沫の夢の如く消える運命ーーー今の外の世界の人間たちは夜を、私たちを信じないし、恐れない。でもーーー中には貴方たちみたいに、今でも恐れ、信じてくれる人たちがいる。そしてそんな人たちが私たちを受け入れてくれるーーーそれが私たちの喜びでもあるのよ』

 

 

「……実際、私も紫様の気持ちはよく分かるよ。私も数日とはいえ、君たちといて楽しいからな。そしてそれはおそらく、他の方たちも……」

 

「……そっか」

 

そう言って藍さんはどこか少し悲しげのある笑みを浮かべた。

きっとこの幻想郷に住んでいる者たちは皆ーーー寂しいのかもしれない。

妖怪はかつて人間を襲い、人間たちはそれに恐怖したそうだ。神は人々の信仰心を集めてそれを力とした。つまりそういった神秘がある日常が常にあったわけだ。

しかしその日常は外の世界が文明を発達させると同時に無くなっていった。人間の心は妖怪や神を信じなくなり、夜の闇の恐怖すらもほとんど無くした。

人々に恐怖や信仰といったものを求めて、それを糧に生きてきた大半の妖怪や神は存在理由を失う。そんな存在理由を失った妖怪は生きる為に、この世界に移住する他無かったーーー

昨日まで当たり前のようにあった日常が壊れた神秘たちはさぞかし悲しく感じただろう。

私はそんな日常が壊れた彼女たちがなぜか異様に愛しく見えた。そう思った理由は分からない。他の人ならそんな事を感じた私の感性はおかしいと思うかもしれない。でも、私はーーー

 

「……私も、皆さんといて楽しいですよ。それに偏見とか……持つわけないじゃないですか。そもそも私もちょっと事情が複雑な不老不死だし……偏見なんて持てる立場でもありません。そして何しろーーー私たちはもう、掛け替えのない友人じゃないですか」

 

「ーーーーーー」

 

悲しく感じる事なんて貴女たちには必要無い。貴女たちには私たちという神秘を信じて、接する者たちがいるのだから。

私は少し離れた所で一緒に笑いながら本を読んでいる香さんと萃香さん、そして先ほどの本を買って嬉しそうにしている優月さんを見て笑っているアリスさんや阿求さんに妹紅さん、そんな優月さんにテンション高く絡んでいく早苗さんを見ながら言う。

 

「無くしたものは戻らない。消えたものは帰らないーーーだから私たちはこの瞬間に出会った奇跡を、貴女たちという友人を、そんな友人たちと過ごす楽しい時間を大事にするんです。決して失わないように……」

 

私は以前、朔夜さんの言っていた言葉を思い出す。

刹那の永遠を望むーーーやっぱりいつ聞いても素敵だと思わざるを得ない渇望(願い)。さらに私は元々の世界が酷かったから尚更そう感じてしまう。

 

「私たちはもうお互いに大切な友人同士です。それに私たちはいつでもこちらに来れますよ。だからそんな悲しそうな顔をしないでください。楽しいんでしょう?なら楽しく笑いましょうよ」

 

どっちにしても、これで私たちがもう二度と幻想郷に行かないという事は無いでしょう。

紫さんも私たちを気に入ってくれてるというなら、頻繁に招き入れてもらう事もあるかもしれませんし。

 

「……そうだな。確かにその通りだ」

 

私の言葉に驚いたような顔をしていた藍さんがそう言って、今度は楽しそうに笑いかけてくれた。

私もそれを見て楽しく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キングクリムゾン!!!……今回の僕ってこんな役割しかないのかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貸本屋、鈴奈庵を後にした私たちは現在、人里の外を出て魔法の森と呼ばれる場所へと向かっている。

……いや、正確には魔法の森の入り口にあるとある店へと向かっているらしい。

 

「それで……今向かってるっていうそのーーー」

 

「香霖堂。幻想郷で唯一外の世界の道具、冥界の道具、妖怪の道具、魔法の道具とかを取り扱ってる古道具屋よ。まあ、使えないようなガラクタが一番多いけれど……」

 

話を聞くと、そこの店主は蒐集癖があるらしく、色んな道具が集まっているらしい。さらにその蒐集癖故か、あまり商売向きの人ではないと紫さんは言った。

 

「商売をするような人じゃないって……」

 

「まあ、あいつの場合は珍しいものとか使い方が分かったものは基本売らないからな」

 

「えぇ……」

 

それって明らかに商売に向いている性格じゃない……。

ちなみにその事を店主本人も自覚しているらしい。自覚してるならなぜお店をやっているのか……とは思ったけど、突っ込まなかった。

 

「さあ、着いたぜ。ここが香霖堂だ」

 

そんな話をしていると、どうやら目的地に着いたようだ。

人里からおよそ二十分程、薄暗い森の入り口前に建っていたのは和風の一軒家だった。隣にはそれなりに大きい蔵も建っている。

そしてその建物の周りには長い間除雪されていないのか、大量の雪で埋れているものの、様々なものが置かれていた。

 

「道路標識にタヌキの置物、自転車にバスタブ……他にも色々ありますけど、これも全て外の世界から?」

 

「多分そうじゃないか?」

 

「サーフボードとか冷蔵庫まで……なんでこんなものまで流れてくるんだろうな……」

 

「それよりも寒いから早く入りたい……」

 

正直、私の格好はいつもと変わらないゴシックドレスなので、足の方とか寒い。一応デニールの濃いタイツを履いているけど、幻想郷の寒さの方が私の防寒対策より上をいっていたみたいだ。

そんな私に皆さんは苦笑いをして、霊夢さんが先頭になって手早く店へと入る。

もちろん私も寒いので早く中に入ろうとする。

 

「ほら、早く来い。足下気を付けろよ?」

 

「あっ……うん!」

 

すると私より前にいた影月さんが私の手を優しく引いてくれた。

何気に気遣ってくれるのも嬉しい。

 

 

雪を払って店の中へと入った私たちが最初に見たのは、床や机、棚などに大量の物が置かれて溢れかえっている光景だった。

それら物の中には、私たちが知っているような物から全く見た事が無く、使い方も分からないような物まである。

 

「うわ……すごいな」

 

「相変わらず整理されてないし、流行遅れの品ばかりね。もうちょっと来客に優しい店内にしなさいっての……」

 

「来客に優しい店内といっても、ここには大抵そんな事を気にしない君たち位しか来ないだろう?」

 

すると突然、店の奥の方から呆れたような声色で紫さんに反論する男性の声が聞こえた。

その方向を見てみると銀髪の眼鏡を掛けた男性が椅子に座って、手に持っていた本から視線を上げてこちらを見ていた。

さらにーーー

 

「あ、霊夢さんに魔理沙さん!」

 

「いらっしゃーい」

 

その男性の近くで何かをしていたらしい二人の少女もこちらを見てそう言った。

 

「あら、菫子(すみれこ)じゃない。最近神社の方に来てなかったけどどうしたの?」

 

「あはは……期末テストの勉強してて、あまり寝れなかったんですよ。流石に今回のテストは真面目にやらないとまずかったので」

 

黒い帽子を被り、眼鏡を掛けている女の子は霊夢さんにそう言いながら苦笑いを浮かべる。

そこから霊夢さんや魔理沙さんと楽しげに話し出す彼女を見て、私たちは内心驚いていた。

 

「……影月さん、彼女……」

 

「ああ……」

 

私や影月さんたちが彼女に視線が釘付けになったのは、彼女の服装が私たちにとってよく見慣れているものだったからだ。さらに先ほど彼女が言った期末テストという単語ーーーこれらの事から彼女が何者なのかは大体想像出来る。

 

「なあ、君は……外の世界の学生なのか?」

 

「え……?た、確かにそうですけど……なんで分かったんですか?」

 

「だって……そんな制服着てたら……ねぇ?」

 

優月さんがそう言う通り、彼女は菫色のチェック柄の冬用ベストと、同じく菫色のチェック柄の長めのスカートを着けていた。

その格好はどう見ても、どこかの学校の指定制服にしか見えない。

 

「さらに先ほど期末テストって言ってましたし」

 

「あ〜、少し前はそんな時期だったもんなぁ」

 

「えっ?もしかして……」

 

「ああ。俺たちも君と同じ学生だ」

 

「本当ですか!?」

 

「嘘ついてどうするんですか」

 

苦笑いして言った優月さんの言葉に少女は、テンション高く影月さんたちと話始めました。

 

 

 

それから数分後、比較的落ち着いた少女と先ほどまで空気だったもう一人の少女、男性と私たちはお互いに自己紹介した。

 

「さっきは急にテンション高くなってすみません……。私は宇佐美菫子(うさみすみれこ)って言います。東深見高校の一年生です」

 

「東深見高校……俺たちの世界では聞いた事が無いなぁ……」

 

「俺たちの……世界?」

 

「ああ。そしてそっちはーーー」

 

「僕は森近霖之助(もりちかりんのすけ)。この香霖堂を営んでいる。そしてこっちが名無しの本読み妖怪ーーー皆、朱鷺子(ときこ)って呼んでるよ」

 

「よろしくお願いしますね!菫子さん、霖之助さん、朱鷺子さん!」

 

「よろしくね〜」

 

優月さんに笑顔で答えた朱鷺子さん。結構可愛い笑みを浮かべるなぁ。

 

「それで、君たちはここに何の用なんだい?買い物をするなら歓迎するよ」

 

「ん〜、紫から面白そうな場所があるって聞いてな。興味があったから来たんだよ」

 

「確かに紫さんの言う通り、いろんな物があって面白そうですね〜。あ、兄さん!こんな所にファミコンありますよ!ファミコン!」

 

そう言って優月さんがゲーム機を指さすのを見て、私や影月さんは苦笑いした。

 

「へぇ……外の世界から流れてきた物を知ってるみたいだね」

 

「まあな。俺たちも別の世界から来たわけだし」

 

「……さっきから聞いてて思ったんですけど、別の世界って外の世界の事ですよね?」

 

「彼らは違うわ。この幻想郷の外の世界の者では無いの。正真正銘、彼らは全く別の世界の人たちよ」

 

「つまり俺たちは外の世界から来た君と違って、完全に異世界人ってわけだ」

 

影月さんと紫さんの説明に菫子さんたちが驚いた顔をする。

私はそんな彼女たちへの説明を影月さんと紫さんに任せて、店内を見て回る事にした。説明はあの二人がしてくれるだろうし、せっかくこんな面白そうなお店に来たんだから色々見て回りたい。

それは優月さんや香さんも同じのようで、説明は影月さんたちに任せて彼女たちも他の幻想郷の人たちと共に、店内を歩き回って品物を物色していた。

 

(それにしても色々あるなぁ……あ、これってもしかしてガラケー?)

 

私も品物を物色して歩いていると、ふと気になった道具を見つけたので手に取ってみる。

少し大きい折りたたみ式の携帯ーーー私も話とか写真で見た事はあるけど、こうして実際に手に取るのは初めてだ。

確か、ガラケーとは他の生態系と孤立して独自の進化を遂げた生物のいるガラパゴス諸島の事を指しているとか……。日本独自で色んな機能を持たせたからそんな名前が付いたとどこかの記事に書かれていたのを見た事がある。

ちなみにスマホもそういう日本独自の機能が色々と付いているのでガラスマと呼ばれる事もあるみたい。

まあ、そんな誰にしているのかも分からない脳内説明もこれ位にして……私はガラケーを元の場所に置いて、今度は近くにあったスマホを手に取る。

 

「……これ結構古い機種ね……電源付くのかな?」

 

試しに電源を付ける操作をやってみると、起動画面になった。どうやらまだまだ現役で動くようだ。

 

「おっ、何いじってんだ?」

 

「あ、それって遠くの人と会話する道具ね」

 

「それって前に霖之助さんがこれ位にしか使えないとか言って、文鎮代わりにしてたわね。確か……」

 

「スマホって奴よ。美亜、使えるの?」

 

すると私の後ろから話しかけてきた霊夢さん、魔理沙さん、アリスさん、朱鷺子さんが私が持っているスマホを興味津々に見始めた。

 

「一応は使えます。ただこれ結構古い機種ですねーーーあ、パスワード設定されてない……」

 

普通に横にスワイプしたらホーム画面が開いた。このスマホを持ってた人はパスワード設定しなかったのだろうか。

 

「うわっ!すごく綺麗な絵!しかも動きも滑らかね!」

 

「そしてなんか四角いのがいっぱい出てきたな」

 

「これはアプリってものなんですけど……ほとんどゲームアプリしか入ってないなぁ……」

 

表示されたアプリの約八割はゲームアプリ……しかもネット環境が無いと満足に遊べないものばかりだ。

それを確認した私はスマホの電源を落とした。

 

「あっ!なんで終わらすんだよ?」

 

「特に面白いものが無かったからね」

 

そう言いながらスマホを元の場所に戻し、文句を言う魔理沙さんに苦笑いする。

 

「あら〜?何かしら、これ?」

 

すると今度は少し離れた所から、幽々子さんの声が聞こえる。その方向を見てみると、何やら少し大きめのゴーグルを持っている幽々子さんと、それを見て首を傾げている妖夢さん、妹紅さん、香さんがいた。

というかあのゴーグルみたいな奴って……。

 

「VRゴーグルまであんのか、ここ……」

 

「おや?VRゴーグルを知ってるとは驚いたよ。それも君たちの世界にあったのか?」

 

「昔にな。今はもっとすごいぜ?」

 

もっとすごいってVRシートの事かな?でも確かにあれは五感全てが本物だって錯覚する位のVR空間を体験出来るからね。VRシートってすごい。

 

「ほう、VRシートにVR体験か……興味深いね。是非とも体験してみたいものだ」

 

「……貴方たちの世界ってそこまで進んでるのね」

 

「実際、VRシートって俺たちが生きてる時代から百年位前の技術なんだけどな。VRゴーグルはもっと前だし」

 

「す、すごい……!」

 

紫さんや早苗さん、藍さんや菫子さんがそう驚くのも無理は無いと思う。実際、私も影月さんたちの世界に来た当時はその事にすごく驚いた。

そもそも私の世界ではVRなんて聞いた事も無かったし。

 

「ふふっ……って、あれ?」

 

そんな事を考えていると、今度は優月さんが霖之助さんの方を見て何やら疑問を感じたかのような声を上げる。

 

「ん?どうした、優月」

 

「あ、いえ……。その……霖之助さん」

 

「なんだい?何か気になる商品があるなら言ってごらん」

 

霖之助さんが笑顔でそう言うと、優月さんは何やら微妙な顔をしていたものの、少しして何か意を決したかのような顔をして言う。

 

「そこにある剣を見せてくれませんか?」

 

そう言って優月さんが指さす先には、まるでどこかの鉄くずの中から引っ張り出してきたかのようにボロボロになっている一振りの古びた剣が置かれていた。

 

「……この剣に興味があるのかい?」

 

「はい。あ、そんなに険しい顔しないでください。別に欲しいというわけではないので……」

 

「……なら別に構わないよ」

 

霖之助さんは一つため息をはいて、優月さんの方へ剣を持って近付いていく。

その行動に全員がなぜか注目する中ーーー優月さんがその剣へと触れた瞬間ーーー薄っすらと赤く、淡い光が刀身から溢れ出した。

 

「っ!?」

 

「…………やっぱりですか……」

 

「っ!おい、香霖!あれは普通のボロい剣じゃなかったのか!?」

 

その現象に魔理沙さんが霖之助さんに詰め寄るように質問をする。

後々、魔理沙さんが落ち着いた後に聞いたのだが、あれは以前魔理沙さんが霖之助さんにあげた鉄くずの中から出てきた剣らしく、霖之助さん本人も大した剣じゃないと言っていたらしい。

でもーーー

 

「霖之助さん、この剣ーーー緋々色金(ひひいろかね)で出来てますよね?」

 

「なんだって!?」

 

「……まさか外来人に見破られるとは参ったよ。その通り、それは草薙(くさなぎ)(つるぎ)というものだ」

 

「草薙の剣……三種の神器か」

 

草薙の剣ーーー八咫鏡(やたのかがみ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と共に三種の神器の一つ。

武力の象徴であり、八岐大蛇(やまたのおろち)が退治された際に体内から見つかったと言われる神剣だったっけと思い起こす。

ちなみになぜ私がこんな事を知っているのかというと、朔夜さんの影響。前の世界から本を読むのが好きだった私は、暇さえあれば朔夜さんの持っている蔵書や学園の図書室で様々な本を読んでいるのだ。それこそ様々な国の神話の本とかもね。

 

「それにしても、なぜ君が持つとそこまで輝くんだろうね?」

 

「……私の魂、ですかね」

 

そう呟く優月さんに私や影月さんはなるほどと頷く。そういえば優月さんの魂にはベアトリスさんと螢さんの魂の残滓が混じっていると朔夜さんから聞いた事がある。

なら緋々色金で出来た剣を聖遺物として扱っている螢さんの魂が、同じく緋々色金で出来たこの剣に反応するというのも分からなくはない話だと思う。

 

「聖遺物、緋々色金(シャルラッハロート)……でも神剣という割には質が今一……聖遺物にはなり得そうですけどね」

 

「俺たちの世界の緋々色金(シャルラッハロート)とこの世界の緋々色金(それ)を比べない方がいい。あっちとこっちじゃ色んな意味で格が違い過ぎるからな」

 

「ですねぇ……」

 

影月さんの言う通りだ。実際にあっちの世界の方が色んな意味でぶっ飛んでるし。

 

「本当は軽く刀身に炎でも纏わせてみたかったんですけど……ほんの少しだけやっただけでも砕けそうですし、何より室内でやる事ではないのでやめておきます。霖之助さん、お返しします」

 

「さらっと物騒な事を言うね、君は……まあ、霊夢たちより常識があるみたいでいいけど」

 

「ちょっと、霖之助さん。それだと私たちが非常識みたいな言い方じゃない」

 

「少なくとも店内で商品が濡れるのも構わずに雪を払ったり、挨拶も無く速攻ストーブで暖まろうとする時点で常識がなってないと思うのだが。君と魔理沙位だよ、そんな事してたのは」

 

半眼の霖之助さんに言われた霊夢さんと魔理沙さんは少しばつが悪そうに視線を逸らした。

そういえば霊夢さんと魔理沙さんは私が店内に入った時には、すでにストーブで暖まってたなぁ。頭と帽子に払えなかった(あるいは払わなかった)雪を乗せたまま。

 

「というかそこまで見ていて何も言わなかった貴方も貴方だけどねぇ……」

 

「まあ、それはそうだが……」

 

自らもばつが悪そうに答えた霖之助さんに私たちは揃って苦笑いを浮かべた。

それから私たちは香霖堂で夕方になるまで様々な物を見たり、触れたりして一日を楽しんだ。

 

 

ーーー本当に楽しい一日だったと思う。以前のあの辛い拷問を受けていた世界では考えられない位に。

ーーー今思えばあんな事があったからこそ、私はここにいれるのかもしれない。

 

「ーーー影月さん、優月さん、安心院さん……そして他の皆さんも……ありがとう」

 

そしてこんな楽しくて嬉しい時間をくれたのは、私の好きな二人の兄妹ともう一人の少女。そして多くの友人たちだというのを改めて実感した私は寺子屋へと帰る道すがら、一人小さく感謝の言葉を呟いた。

私をあの辛い世界の記憶から救い出してくれてーーー

常に私を気遣ってくれてーーー

私にこんなかけがえのない時間をくれてーーー

そんな思いを込めて呟いた言葉は前を歩いていた優月さんと横を歩いていた影月さんに届いたのかーーー私の方を見て優しく微笑んでくれたのはーーー気のせいじゃないと思いたい。

 




今回ちょっと駄文だったかなぁ……?と思う私ですが、いかがでしょうか?
さて、今回投稿が遅れた理由としてはまあ、仕事とkkkプレイしてたからです。
いや〜……やってると、どんどん新しい小説のイメージが湧き出てきて筆が進まなかった(笑)
まあ、kkk小説は今は書きませんけどね。機会というか、進み具合によっては……書くかも……?

あ、それと安心院さんはちゃんと幻想郷編が終わったら普通に出てきますからね?(笑)

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第六十話

今回は幻想郷の二人のお姉さんに関わるお話です。お姉さんです。大事な事なので(ry

紫「あら、お姉さんだなんて……うふふ♪まあ実際、この作品に出てくるキャラって私や幽々子、そしておそらく東方Projetc最高齢の永琳よりも年上がいるけどね」

水銀「私は三〜四万年×那由他位だからな」

安心院「僕も三兆年位だし」

幽々子「だから、たかだか千年程度しか生きてない私たちがBBAと呼ばれる事は、少なくともこの作品ではーーー」

水銀「いや、それでも呼ばれる可能性はあると思うがね。いずれにせよ、私たちは常人から見れば老人だろう。違うかな?」

紫、幽々子「「…………」」

朔夜「あ、え〜っと……そ、それでは今回のお話もお楽しみくださいな!」



side 紫

 

「ふぅ……」

 

師走の月日が過ぎ去り、新たな一年の始まりとなる睦月に入ったある日の夜ーーー私は寺子屋の縁側で一人、熱燗を飲みながら雪見酒を嗜んでいた。

 

「…………」

 

もう飲み始めてからかれこれ二時間位経っただろうかーーー辺りはすっかり暗闇に包まれ、光源は丁度真上に浮かび上がっている天体と、それが発する明かりを反射して輝いている雪位しかなくなっていた。

 

「月……ね」

 

誰に言うでも無く呟いて上を見上げる。そこには夜になると必ずと言っていい程現れる天体、月が静かに浮かんでいる。

正直な所、私は月に関してあまりいい思い出が無く、そこに住む者たちーーー月人たちに対してもあまりいい感情を持っていない。

千年以上前に力ある妖怪たちを大量に集めて、月に攻め込んだ第一次月面戦争。

そして霊夢や魔理沙、紅魔館の吸血鬼やメイド、さらには藍や幽々子や妖夢まで巻き込んだ第二次月面戦争。

第一次月面戦争時は月の兵器によって無残にも敗走。第二次月面戦争の結末はとりあえず月の都のリーダーである綿月姉妹にぎゃふんと言わせる事には成功したがーーー実際勝利したとは胸を張って言えないものがあり、正直複雑な気持ちだ。

 

「はぁ〜……」

 

ため息一つはき、私は残ったお酒を一気に飲み干す。

 

「……やっぱり塩辛いわねぇ」

 

今回の熱燗はどうにも塩辛く感じる。先ほどあまり思い出したくない記憶を思い出していたから、尚更そう感じるのかもしれない。

とりあえずこれを用意してくれた藍には後で一言言っておくとして、私は盃を徳利が乗っている盆へと置いて、もう一度息をはいた。

最近、こうして一人で居る時にため息をはく事が多くなった。本来なら冬眠(というかいつもより少しだけ寝てる時間が増えるだけ)している時期なのだが、こうして無理矢理起きているから疲れが溜まっているのかもしれない。

 

「……まあでも、あんな顔されて頼まれたら断れないわねぇ……」

 

思い出すのは妹紅と再会し、あの世界の者たちと初めて知り合った時の事。

妹紅は自分を気にかけてくれたり、手を差し伸べてくれた人たちを救いたいと、どこか自虐的に笑いながら言っていた。

彼女があの時、自虐的な笑みを浮かべていたのは、おそらく自らの過去を思い出していたのかもしれない。

 

岩笠(いわかさ)……ねぇ……」

 

今から数年位前だろうかーーー私は以前、幽々子と共に白玉楼でお茶をしていた時にある一人の幽霊と話した事があった。

その者の名は岩笠。千三百年程前、当時の帝の勅命によって数名の兵士たちと共にとある薬を運んで、富士の山を登ったという男である。

その薬というのは蓬莱の薬ーーーそう、あの月の民たちが生み出し、迷いの竹林に住む月の姫が残したという不老不死の薬である。

岩笠の受けた勅命は月に最も近い富士の山の火口にその薬を投げ入れて燃やせというものだった。

話を聞いた当時は、不老不死の薬がいらないなんて随分欲の無い人間だと思ったものだ。不老不死は寿命が妖怪より格段に短い人間が追い求める一つの夢なのだから。しかしよくよく考えてみれば、そのような考えにも理解出来なくも無い。

月の姫を育てた竹取の翁夫婦は突然いなくなった姫の事がショックで、不老不死なんてどうでもいいかのように寝込んでしまったようだし、帝は姫無きこの世に不死となって生きながらえても何の意味があるのかと思ったのだろう。

つまりどちらも長生きする目的を失ったが為に、不老不死という夢を抱かなかったのである。

私も永く生きてきた身故に、人間というものをよく知っている。だからそんな彼らの思いもそれなりに理解出来た。

 

 

 

……話が逸れたが岩笠はその勅命を受け、富士の山に登っている最中に一人の少女が自分たちの後を付けているのに気が付いたらしい。

その少女は例の薬ーーーその時はまだ運んでいる薬の正体を知っているのは岩笠一人だけだったらしいが、それを一人で奪おうとしていたらしいのだ。

しかし結局その少女は途中で行き倒れ、岩笠が助けたらしい。それから岩笠はその少女や数名の兵士たちと共に富士の山の山頂へ辿り着き、薬を火口へ投げ入れて処分しようとしたが、そこで突然現れた木花咲耶姫によって阻止された上にその薬の正体まで暴露されてしまった。

そして結局薬は処分出来ず、仕方なく富士の山の頂上で一晩を過ごした次の日ーーー朝、岩笠と少女が目覚めると、辺り一面は血の海になっていたそうだ。

咲耶姫は愚かな人間たちーーー岩笠と少女以外の兵士たちが薬を巡って殺し合いをしたと言っていたらしいが、今思えばあの現場はそんな生易しいものではなかったと岩笠は言っていた。

つまりそれが意味するのは咲耶姫が兵士たちを殺したのではないか、という事である。まあ、今となっては確かめようも無い事だと岩笠は言っていたが。

 

 

その後、咲耶姫が薬を処分する場所として八ヶ岳を勧め、二人は下山しようとしたそうだがーーー岩笠は急な下り坂で一人残った少女に思い切り背中を蹴られて滑落、そして気が付いた時には幽霊となっていたそうだ。

岩笠は死した後、自らの背を蹴った少女に対してなぜあの様な行動をしたのか気になると言っていたのを覚えている。

 

 

 

さて、証拠がこれだけ揃っているのならもう分かるだろう。岩笠が話していた少女とはおそらく妹紅の事だ。

そして彼女が不老不死になったのも、岩笠から蓬莱の薬を奪った結果だと考えれば色々と辻褄が合う。あの自虐的な笑みの意味も。

 

「若気の至りって奴ねぇ……後々後悔するのならやらなければよかったのに……」

 

自らに手を差し伸べて助けてくれた人をその手で殺めてしまい、今度はその罪を持つ自分があの時と同じように手を差し伸べて助けてくれた人たちを救いたいと願う……なるほど、確かにそう考えると少し思う所は出てくるだろう。

 

「……詫びたいのね。彼に」

 

そう呟いた私はぬるくなってしまっただろう熱燗を再び飲もうと、視線を向けずに徳利を持って盃に注ごうと手を伸ばす。

するとーーー

 

「ーーーほら」

 

不意に横から軽い口調が聞こえたかと思った瞬間、私の目の前にお酒の入った盃が差し出される。

それに少しばかり驚きながら横を見ると、私たちの世界とは別の世界から来ている一人の青年が優しい笑みを浮かべながら座っていた。

 

「ふふ……ありがとう」

 

それに私も笑みを返して、盃を受け取る。

ぬるくなってしまったお酒を一口飲んだ後、私は彼に問い掛けた。

 

「起こしてしまったかしら?皆寝静まった頃にこうして飲み始めたし、極力静かにしていたつもりだったのだけれど……」

 

「いいや、紫のせいで起きたわけじゃない。ただ少し前になぜか目が覚めてな。そしたら同じ部屋で寝ている紫がいなくて、しばらく経っても戻ってこないからーーー」

 

「気になって私を探しに来たと。心配かけてごめんなさいね」

 

「別に構わない。それよりせっかくだから俺も付き合っていいか?今眠れる感じがしなくてさ」

 

「ええ、構いませんわ。むしろ話し相手がほしいと思っていましたし」

 

一人で雪見酒というのもいいが、私は誰かと楽しく雑談しながら飲むのも好きだ。

 

「了解。ならお望み通り、話し相手になってやるよ。それで……何を話すんだ?」

 

そう聞かれ、私は少しだけ考える。……なら私が今一番彼に聞きたい事を聞いてみよう。

 

「なら一つ聞きたいのだけれど……貴方たちが幻想郷に来てからもう一週間位経つじゃない?」

 

「そうだな。なんだかんだでそれ位経ったか。そういえば橘の方はまだ分かってないのか?」

 

そう言われ、そういえば二日位前にあの閻魔の部下である死神が状況報告に来ていたなぁ、と思い出す。確かそれなりに場所は絞り込めているが、もう少し掛かるとか言っていた。

 

「さあ?でもあの口うるさい閻魔が来てないって事はまだ見つかってないんじゃないかしら?」

 

「そうか……。ああ、悪い。それで何が聞きたいんだ?」

 

私の言葉に少し落胆した影月は気を取り直して、私に問い掛けてきた。

 

「幻想郷に来てから一週間……その間に貴方が感じたこの幻想郷の感想を聞きたいのよ」

 

「感想……ね」

 

私がそう答えると、影月は顎に手を当ててじっと考え込み始めた。

私はその間、盃に注がれたお酒を飲みながら返事を待っていた。そして少しして考えを纏めたのか、彼が答える。

 

「すごく綺麗でいい所だと思うぜ?人間と妖怪、妖精、神とかの神秘が共存する理想郷ーーー本当に素晴らしいと思う。正直な所、見ていて色々と羨ましいなと思う所もいくつかあったよ」

 

理想郷ーーーその言葉と共に述べられる感想を聞き、私は少し嬉しくなる。

 

「あら、そこまで褒めてくれるなんて……ここを創造した者としては嬉しい限りね」

 

「それは何より。それにしても、幻想郷をここまで作り上げるのには相当な年月が掛かっただろ?」

 

「そうね……軽く千年以上は掛かったわ」

 

当時は色々と問題が山積みで大変だった。まずこの幻想郷を作るにあたって最初に行ったのが二種類の結界、「幻と実体の境界」と「博麗大結界」を張った事だった。

その時、事態をあまり芳しくないと思われた龍神様が現れたりと初っ端から雲行きが怪しかったりしたものだが。

他にもある時期の間に妖怪の力が弱まったり、外国からの妖怪である吸血鬼が暴れまわったりと中々一筋縄ではいかなかった出来事も多々あった。

しかしそれだけ大変な思いをした結果が今のこの幻想郷という地を形成しているのだと思うと、本当に苦労して作った甲斐があるというものだ。

 

「一部では神々が恋した幻想郷、だとか言われてるみたいだな?確かに神々が好みそうないい土地だし」

 

「というか、現在進行形で住み着いている神なんていっぱいいるけどね」

 

妖怪の山に住む厄姫とか守矢神社の奴らとか。後は普通に名前も知られてないような神も沢山いる。

 

「それらを色々と管理している紫はすごいよな。疲れないのか?」

 

「そりゃ当然疲れるわよ。だから私は年に一度、少しだけ寝る期間を長くしなきゃならない時期があるのよ」

 

それが今この時期……なのだけれど、彼や彼と共に来た彼女たちにそんな事は言えない。それを言ってしまえば、彼らがこの時期に幻想郷に来るのがいけなかったみたいな言い方になってしまうから。

でも、彼はそんな事もお見通しだったみたいでーーー

 

「……すまないな。本当なら今がその時期なんだろ?それなのにわざわざ無理してまで起きてもらってて……本当に申し訳ない。本来なら俺たちはこの時期に来ない方がよかったんだろうなぁ……」

 

「そんな事は無いわ!」

 

私はなぜだかそんな事を言って申し訳なく、そして悲しそうに苦笑いする彼の顔が見たくなくて声を荒げて否定してしまった。

突然私が声を荒げたので、当然ながら彼は驚いたような顔を私に向けてくる。それを見てすぐに我に返った私は慌てて彼に謝った。

 

「あ……ごめんなさい。突然声を荒げて……」

 

「あ、いや、別に気にしてないからいいんだが……それよりなんでそんなに強く否定したんだ?」

 

それは貴方のそんな顔が見たくなかったからーーーと、答えればいいのだけれど……。そう答えれば、彼はなぜ?と私がそう思った理由を聞いてくるだろう。しかしその理由は私にも分からないのだ。

 

「…………」

 

「……理由は無い?」

 

どう答えようか迷っていると、彼は苦笑いしながら聞いてきた。

 

「いいえ……理由はあるわ。でもそう思った理由が無いというか……」

 

「なんだそれ?理由があるのに無いとか……」

 

確かに我ながら言っている言葉が矛盾している。でも他に表現のしようが無いのだ。

 

「はっきり言ってくれ。このままじゃ気になって眠れないからな」

 

「…………はぁ。ただ何と無く、貴方が悲しそうな顔をするのが見たくなかったのよ」

 

彼の言葉に負けた私は息を一つはいて、自分の思った事を素直に打ち明けた。

すると彼は驚いたように数秒、目を若干見開いた後に問い掛けてきた。

 

「悲しそうな顔、してたか?」

 

「ええ、まるで何かを後悔しているような感じにね」

 

まあ、そんな顔をしていた理由は大体想像がつく。大方、あの時眠っていたあの子()の事だろう。

 

「……後悔、か。……まあ、実際後悔とか迷惑掛けてるって実感はあるよ。俺のせいで友人が生死の境を彷徨う位の大怪我を負ってしまったし、それをなんとか助ける為とはいえ、紫とか映姫とか幽々子にはすごく迷惑を掛けてるからな」

 

「私は別に迷惑だなんて思ってないわ。それは映姫や幽々子もきっと同じに思ってるだろうし」

 

むしろ私的には、随分と久しぶりに他の者から頼られてすごく嬉しいのだ。いつもは何かと胡散臭いとか言われて頼られる事が少ないのだから。

 

「それに貴方たちは私たちから見て、とても魅力的な人たちだもの」

 

「魅力的?」

 

「そう、魅力的。私たちのような人外を認め、毎日を一緒に楽しく過ごしてくれる外来人ーーー」

 

私たちにも引けを取らない位の強さを持ち、思わず私たちの方が頼りたくなってしまう位の優しさを持っている彼ら。

今まで様々な人間たちを見てきたが、ここまでの人間たちなんてほとんど見た事が無い。

 

「私は貴方たちの事が好きよ。……ああ、だからなのかしらね。さっき声を荒げてしまったのは」

 

「好きって……いきなり告白されるとはなぁ」

 

「あっ!ち、違うわ!いや、違わないけれど……。い、今の好きっていうのは、その……れ、恋愛的な意味じゃなくて……!」

 

「分かってるから落ち着けって。loveじゃなくてlikeの方なんだろ?」

 

「え、ええ!そうよ!」

 

「なら、最初からそう言えばいいのにな」

 

「うう……」

 

そう言って笑いかけてくる彼に、私は先ほど取り乱した事が恥ずかしくなって俯く。

確かに彼らーーー特に異性である影月の事は、loveというよりlikeよりの感情だ。まあ確かに影月は顔も性格も頭もいいし、少なくともそこらにいる妖怪よりも実力がある。

そんな彼に対して恋の感情を抱いている幻想郷の者もいるかもしれない。

……何かきっかけでもあれば、私もころっとloveに堕ちてしまうかもしれない。というかフラグを立ててしまった気がする。

 

 

それにしても彼と話していると、どうにも話のペースが彼に握られてしまって調子が狂ってしまう。

普段の私は相手を操りやすくする為に色々と話術や策、さらに仕草を使って自らのペースへと巻き込むのだが、彼と彼の妹の優月が相手だとそれが上手く行かないのだ。なぜなのかは分からないが。

 

「あ、そういえばさっきからずっと気になってたんだが……」

 

「……何かしら?」

 

「そんな顔で睨むなよ……。紫は寒くないのか?もう結構長い時間ここにいるんだろ?」

 

また彼のペースに巻き込まれた気がして何と無く悔しく思った私は彼を睨む。しかし彼は苦笑いしながら受け流してそんな事を聞いてきた。

そういえばもう飲み始めてからかれこれ二時間以上は経っている。それだけ長い時間外にいれば、普通の人間より体が何倍も丈夫な妖怪である私でも流石に寒さを感じる。

まあ、先ほどまであったかい熱燗を飲んでいたので震える程ではないが、彼に言われて自覚し始めると段々寒くなってきた気がする。

 

「ん〜……ちょっと寒くなってきたかしら?流石にここでちょっと長く飲み過ぎたかしらねぇ」

 

もう時刻も亥の刻位だろう。もう少しここで飲むつもりだったが、そろそろ部屋へ戻って眠った方がいいかもしれない。

そう思って、杯を盆の上に置いたその時ーーー

 

「ちょっといいか」

 

「っ!?」

 

その言葉と共に、いきなり影月が私の手を掴んできた。そんな突然の行動に私は驚いて硬直してしまう。

すると影月はーーー

 

「手、すごく冷たいじゃないか。何がちょっと寒くなってきた、だよ」

 

そして彼はお酒の乗っていた盆をずらして、私の体を自らの方へと引き寄せた。

 

「ほら、くっつけばそれなりにあったかいだろ?」

 

「え、あ……そ、そうね……」

 

彼からそう聞かれ、なんとか返事を返した私だったが、内心はかなり混乱していた。

突然手を掴まれたと思ったら、引き寄せられて体をくっつけてきたのだから、混乱するのも無理は無いと思う。

そして段々と冷静になって状況を理解してくると、頬が徐々に熱くなってきて、心臓も早鐘を打ち始める。多分今の私は恥ずかしさで頬が真っ赤になっているだろう。

なのにこの子はーーー

 

「どうした?顔が赤いぜ?」

 

ニヤニヤしながら意地悪くそんな事を聞いてくる。これは完全に私の内心を見透かした上で聞いているのだろう。それに少しながら悔しいという感情が湧き上がってくる。

が、ここで一つ私はある事を思いついて、少し笑みを浮かべつつ言った。

 

「うふふ……どうして顔が赤いのかって?それはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私は影月の唇へ自分の唇を重ね合わせた。

 

「んっ……」

 

「んんっ!?」

 

そんな突然の行動に驚いたのか、影月は目を見開いて私の顔を見てきた。

私はそんな彼に向かって視線で笑いかけた後、ゆっくりと唇を離して笑う。

 

「こうして貴方と一緒にいれて、一緒に話せて、こんな恋人同士でやるような事が出来て嬉しいからよ。ふふ……中々美味しかったわ、ご馳走様」

 

「恋人同士って……俺には付き合ってる人がいるんだが」

 

「知ってるわ、朔夜(あの子)でしょう?でも私は構わないわよ?貴方にとっての何番目の女でもね?」

 

そう言うと、今度は彼の方が顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

初めて見れたそんな反応が可愛らしく思えた私は、さらに彼に寄り添った。

 

「あらあら、どうしたのかしら?そんなに顔を赤くして?」

 

「……したり顔しやがって……突然キスするとか卑怯だぞ」

 

そう言って彼は睨んでくるが、頬が少し赤いせいで微妙に説得力に欠ける。

私はそんな彼がさらに愛らしく見えてきて、私の胸に彼の顔を埋めるようにして抱きしめた。

 

「ちょ、紫!?」

 

「貴方って中々可愛らしい所があるのねぇ。ふふ……なんだか貴方の事がもっと好きになってきたわ。ーーーもっと貴方の事が知りたい。だから……ねぇ、ちょっと向こうの方へ行きましょう?ここじゃあれだから……ね?」

 

「…………」

 

私がそう誘うと、影月は断るとかもう寝た方がいいとか酔い過ぎじゃないかとか色々言ってきたがーーー私が何度も諦めずに誘惑を繰り返すと、彼は最終的に観念したのか「好きにしてくれ……」と言ってくれた。

 

 

そこから先の事は今この場で語るものではないでしょうから、皆さんのご想像にお任せします。

ーーーただ、一つだけ言える事は今日この夜に起きた出来事によって私は彼をーーー如月影月をかなり好きになったという事だけですわ。

 

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時はほんの僅かだけ遡りーーー紫と影月がそのような事をしている裏側で、とある場所では幻想郷の冥界に住む華胥の亡霊がとある人物と思いがけない邂逅を果たしていた。

 

 

 

side no

 

 

この幻想郷では死した人間の魂は中有の道を通り、三途の川を渡り、閻魔様の裁きを受けるという循環が出来ている。

その際、その人間の罪の重さによって地獄か冥界か天界等へと行き先が分かれる。

その内の冥界は、罪無き死者が成仏するか転生するまでの間、幽霊として過ごす世界である。

荒涼とした地獄とは異なり、四季が顕界と同じように存在する世界であり、春には冥界に存在する桜の木々が美しい桜の花を咲かせ、秋には紅葉で美しく染まる。

そのような四季が豊かな世界であるならば当然、冬となれば冥界でも雪が降る。現に今この時も冥界では雪がしんしんと降り積もっているのだ。

 

ーーーさて、そんな冥界にはとてつもなく広い庭園を持つお屋敷が一つ、存在している。

屋敷の名は白玉楼。冥界に永住する事が許されている名家、西行寺家の持ち家でその名家のお嬢様、西行寺幽々子とその従者、魂魄妖夢が住んでいる。

建物の見た目はよく一般に想像されるような美しい日本屋敷であり、中庭には玉砂利が敷き詰められ、見事な松の木が植わった枯山水の庭園もある。

 

「もぐもぐ……」

 

そんな由緒正しい屋敷の縁側では、一人の少女が傍に置いてある大量の団子をかなり速いペースで食べながら、空から降ってくる雪を眺めていた。

その少女の名は西行寺幽々子。先ほども述べた通り、この屋敷に住む西行寺家のお嬢様である。

 

「もぐもぐ……もぐもぐ……」

 

彼女は一言も言葉を発する事無く、ただただ団子を咀嚼する口と団子を口へと運ぶ手のみを動かしていた。

そして彼女の隣に積み上げられていた大量の団子が残り五つとなった時、彼女は団子の乗った皿の隣に置いてあった緑茶を一口啜って息をはいた。

 

「……死とは儚く尊いもの、生きとし生ける者全てが必ず経験する絶対に逃れられない事象ーーー私は人も妖怪も一瞬で死に誘う能力を持っているわ。そんな能力を持っているからなのかしらね……時々考えるのよ。死とは何かってね」

 

彼女のまるで誰かに語りかけるような独白は静かな庭園内の隅々まで響き渡る。

 

「老いや病によって体が機能しなくなる事?何かしらの致命的な外傷を受けた肉体が鼓動を止めて停止する事?そしてそんな使えなくなった肉体から魂が出てきた瞬間?ーーー死とはそれらの事を言うの?……貴方はどう思うかしら?こんな夜中に許可無く侵入してきた不審者さん?」

 

幽々子は変わらず前を見たまま、まるで背後にいる何者かに問いかけるようにして言葉を紡いだ。

すると彼女の背後で何か黒い靄のようなものが音も無く現れる。それは最初、ほんの掌程の大きさの靄だったがーーー次の瞬間、それは確かな質量を持ってして人の形を形成していく。

そのような目を疑う出来事が背後で起きているというのに、幽々子は何事もないかのように団子を一つ、口の中へと放り込んで咀嚼する。

そして彼女の背後に現れた影が彼女に向かって、先の問いの返事を返した。

 

「ふふふ……いずれも違うと私は考える。なぜなら私が知る限り、この世に生きる生物は皆、不死なのだからね」

 

そう返答を返したのは、全身をボロ外套で覆った若い男だった。

幽々子はそんな男に視線を向けずに問いかける。

 

「なぜそう思うのかしら?根拠でもあるの?」

 

「無論。この世は輪廻転生という循環で回り続けている。この法則は非常に優秀だ。生物の心臓が止まったその瞬間、刹那の誤差も無くその魂は来世へと転生させられる」

 

「へぇ……でも強制的に転生させられるのならそれは死んだ、という事では無いのかしら?」

 

幽々子は興味深そうに問いかけながら、二つ目の団子を食べる。それに対して男は嗤う。

 

「確かに普通に見ればそう映るだろう。だが、その輪廻転生はこの世界で使われている輪廻転生とは少々異なっていてね。無論転生すればその者の前世の記憶は全て白紙へと帰るが、自らが前世で歩んだ道筋は無に帰らない」

 

「自らが歩んだ道筋は無に帰らない……」

 

「そして転生した世では、前世で歩んだ分だけ成長した己となり、新たな生き方、可能性を模索する。曰く、これは螺旋なのだよ。前世で歩んだ道は決して無駄にはならず、己が望む願いに辿り着く為に自らの道と生をどこまでも追及し、全うする。人は永遠に続く輪廻の中で自らが心から望む願いを胸に、ただひたすら歩み続けるのだ。それはある種、不死であると言っても過言では無いと思うのだが、どうかね?」

 

「…………」

 

そう問われ、幽々子は黙って考え込む。

自分が前世で選んだ道が消えずに、来世でもその経験が認識出来ないとはいえ残っているというのならばーーーなるほど、確かにそれはある意味不死と言えるのかもしれない。

 

「……なるほどねぇ、そういう考えーーーいや、そういう世界もあるのね」

 

そう呟いた幽々子は三つ目の団子を口へと放り込んで、ここでようやく背後にいる人物へと視線を向ける。

そこには陽炎のようにゆらゆらと揺れる影絵のような男が立っていた。そして幽々子はその男の顔を見て、一瞬目を丸くした後に笑った。

 

「あらあら、どんな顔の男が私の屋敷に入り込んだかと思えば……貴方、影月くんや優月ちゃんの父親かしら?」

 

「おや、なぜそう思われるのですかな、西行寺殿」

 

「幽々子、でいいわよ。そうねぇ……理由は二つあるわ。まず一つはあの二人が持ってる力の質が、貴方の持つ魂の質とすごく似通っているって所。そしてもう一つはーーー影月くんとそっくりのその顔よ」

 

そう言って幽々子は再び笑う。それを見た男ーーーメルクリウスもまたつられて笑う。

 

「彼とそっくり、か。確かに私と彼を両方とも知っている者は皆、口々にそう言うよ」

 

「世の中には同じ顔の人が三人はいると言うけれど……この目で見たのは初めてねぇ」

 

「ふふふ……ならば私と彼にそっくりな顔をした男をもう一人、ここに呼んでも構わないだろうか?文字通り、同じ顔の人物が三人集まる事になるが」

 

「あら、もう一人いるのね。それは是非とも見てみたいーーーと言いたい所だけれど……」

 

幽々子は緑茶を一口飲んでから、彼に鋭い視線を向けた。

 

「それはまた別の機会ね。それで貴方がここに来た理由は何かしら?メルクリウスさん?わざわざこんな所まで来て、私とただ世間話をーーーというわけでもないでしょう?」

 

「然り、本来ならばもう少し貴女とゆっくりと語り合いたいのだがね。生憎と今は時間が惜しい」

 

「何か他にご用事でも?」

 

「さてーーー」

 

メルクリウスは幽々子の問いかけに首を傾げながら答えた。それが意味する所はつまり、教える気が無いという事である。

それに対し、幽々子は彼が言う他の用事がこちらにとってあまり関係の無い事だと判断。思考を切り替え、四つ目の団子を食べてから本題を切り出した。

 

「もぐもぐ……まあ、それは構わないけれど、それよりも早く本題へと入りましょうか?何か私に頼みたい事でもあるのかしら?」

 

そう問いかけた幽々子は表情にこそ出さないが、内心かなり複雑な気持ちだった。

幽々子は以前、影月たちからこの男の性格や人物像について聞いていた。

曰く、策謀や暗躍が大好きな男で、基本的に小石一つを投じた後は傍観している男だと。しかしその小石一つの投擲が恐ろしい程巧妙かつ正確で、この男の投擲を受けた者は例外無く人生を狂わされていると。

それらの情報と、ついさっきまでの彼との一切隙の無いやり取りを思い返した幽々子は、心の中でメルクリウスの事をこう評した。

 

(この男ーーー紫よりも危険ね)

 

彼女はメルクリウスの事を一番古い親友であり、同じく策謀や暗躍が得意な紫より何十倍も危険な人物だと評した。事実その評価は決して間違ってはいないだろう。

そしてそんな危険な人物が今、自らの目の前に現れて何か一石を投じようとしている様子に幽々子は非常に警戒していた。

彼女の表情や態度などは至って何事も無いかのように振舞っているものの、その透き通るような桃色の瞳だけは常にメルクリウスの姿を映し出し、一挙手一投足すらも見逃す気は無いといった意志を薄っすらと感じさせる。

そこまでして彼女が警戒するのも無理は無いだろう。なぜなら今から投げられるだろう一石で、この幻想郷の運命が確実に変化してしまうだろうから。

 

(……本来こういうのは紫が相手する筈なのにねぇ……。まさか私の方に来るなんて……今日はツイてないわ。本当、紫っていてほしい時に限っていないわよねぇ……)

 

これからの幻想郷の未来選択をいきなり一人で背負わされた幽々子は、内心とてもげんなりしながらここにいない親友に悪態をつく。

しかしそのような考えすらも見通しているのか、メルクリウスは気味の悪い笑みを浮かべながら話す。

 

「然りだ、幽々子殿。実はーーー」

 

そう言ったメルクリウスは彼女に“頼み事”を説明し始めた。

幽々子は自分に説明をしてくるメルクリウスを注意深く観察しながら、内容をしっかりと聞いていた。

 

 

 

 

そして数分後、メルクリウスは彼女に依頼する“頼み事”について一通り話した後、彼女に視線を向ける。

 

「ーーー以上が私から貴女に頼みたい事だ。理解したかね?」

 

そう問われ、幽々子はーーー

 

「……少しいくつか質問しても構わないかしら?」

 

「何なりと」

 

そう言うメルクリウスに幽々子は最初に最も気になる事を聞いた。

 

「なら一番最初から思っていたのだけれど、なぜ私なのかしら?その頼み事は私じゃなくて紫にするべきよ?」

 

「それはそうなのだが……彼女は現在我が息子と二人で仲良くなっているようでね。そのような仲睦まじくしている場に私が突然現れるなど、二人の大切な時間に水を差すようなものだ。それに彼女に直接頼むより、彼女の親しき友である貴女から伝えてもらった方が幾分か都合がいいのだよ」

 

「…………そう」

 

そう聞き、紫は本当にあの子と何をしているのだろうかと呆れながらも返事を返した。

 

「じゃあ次に聞くけれど……なぜ私たちにそれを頼むのかしら?貴方たちの事は影月くんたち(あの子たち)から聞いているわ」

 

「それはそれは……」

 

「そして当然だけど、貴方たちの戦闘能力についても大体知っている。なら、こうして私たちに協力を申し出る必要は無いんじゃないかしら?」

 

影月たちの話によると、彼らはこの幻想郷住民が束になって不意を突いたとしても勝てない程の実力を持っているらしい。

それ程の力を持つ彼らなら、こうしてまどろっこしい事などせずに今すぐ行動を起こして、相手を叩き潰した方がいいだろう。しかしーーー

 

「それがそうも行かないのだよ。確かに先に話した彼女たちを叩き潰すのは、私たちにとって赤子の手を捻るよりも容易だが……今回の目的は殲滅ではなく説得。その為にはどうしても君たちが私たちに協力したという足跡が必要なのだよ。でなければ後々、お互いに面倒な争いが起こる事になるが……嫌と言うならばそれでも構わないが?」

 

「…………」

 

そう言われて幽々子の脳裏に真っ先に思い浮かんだのはーーー例の都との戦争。

一度目は大敗し、二度目は辛うじて知略だけが勝利したあの時の記憶が蘇り、さらにこの提案を蹴った先にあるだろう結末を予想して幽々子は顔を歪める。

 

「……ああ、確かに断ると面倒な事になるわねぇ。もしかしたら()()()()()()()が起こるかもしれないわ」

 

ここでメルクリウスの提案に乗らなければ、第三次月面戦争のきっかけーーー穢れを嫌う月人たちと穢れを多く持つ幻想郷の者たちの勝ち目の無い終末戦争が幕を開けるかもしれない。

かと言って提案に乗ってしまえば、それはそれで面倒な事になってしまうだろう。

 

(これって完全に詰みよねぇ……。彼の手を取るしかないけど……でも、私たちはただでは踊らないわよ?)

 

そう思った幽々子はメルクリウスに問いかける。

 

「……大体の内容は理解したわ。でもそれはそれとして、私たちに何かメリットはあるのかしら?無ければ正直、乗る気は無いわ」

 

「無論、君たちにもそれなりのメリットは与えるつもりでいる。ーーー例えば、君たちの頼みや願いを私が出来る限り叶えてみせる、というのはどうかな?」

 

「…………」

 

その発言に幽々子は若干の驚きを浮かべながら、メルクリウスの顔を見る。

その顔は初めて会った時からずっと変わらない薄ら笑いをしていたが、目だけはどこか真剣味を帯びていた。

 

(……本気で言ってるのね。なら……こちらも色々と利用させてもらおうかしら)

 

そう思った幽々子は最後の団子を口の中に入れてから答える。

 

「分かったわ。その提案、乗らせてもらいましょうか」

 

「重畳」

 

幽々子の返事を聞いたメルクリウスは一層笑みを深めてそう返事を返す。

その笑みを見た幽々子は一瞬背筋がゾッとしたが一度視線を逸らし、咳払いを一つして気持ちを落ち着かせてから再びメルクリウスを見る。

 

「なら早速頼みたい事があるのだけれどいいかしら?」

 

「構わぬよ。何をお望みかな?」

 

「みたらし団子、五百本位ここに追加してもらえるかしら?」

 

「…………」

 

「…………」

 

とびきりの笑顔で皿を指し、そんな事を言う幽々子にメルクリウスは今日初めてとも言える表情の変化を見せた。

即ち呆れ顔である。

 

「……先ほどから見ていたが、まだ食べるつもりなのかね?あまりこのような事を貴女のような美しいご婦人に言うのは失礼極まりないと重々承知の上で言わせてもらうが……それ以上食べると流石に太ると思うのだが」

 

「あら、失礼ねぇ。私のどこが太ってるのよ」

 

「いや、別に今太ってると言っているわけでは無いのだが……」

 

「まあ、確かに私は他の人より()()()()だけ多く食べるけど、ちゃんと体重とかの管理はしてるわ」

 

「……そもそも貴女は亡霊という肉体が無い身故、太るという概念事態無いのでは?」

 

「それは言わないお約束。それに亡霊とか幽霊みたいな精神体も一応は太るのよ。結構食べないと太らないけど」

 

「…………結構食べている気がするがね」

 

そう言ってさらに呆れた様子のメルクリウスに幽々子は「うふふ」と返事を返した。

 

「冗談よ。本当に頼みたい事は他にあるわ」

 

「……まさかみたらし団子ではなく、三色団子に変更して更に緑茶も欲しいなどと言うつもりではないだろうな?私は茶屋の店員では無いよ」

 

「だからさっきのあれは冗談よ?まあ、本当にくれたら嬉しいけれどーーーってそれはいいから、頼み事を聞いてちょうだい」

 

「ふむ、ならば仕切り直してーーー何をお望みかな?」

 

そこで二人は再び真面目な雰囲気を醸し出しながら、話を続ける。

 

「今の所、貴方に頼みたいのは一つ。その前に貴方はあの子たちがどうやってこの幻想郷に来たのか知ってるかしら?」

 

「無論だ。八雲殿の境界を操る程度の能力……だったかな?あれのスキマという技でこの世界に来たと記憶しているが」

 

「そうよ。というかそこまで見てたのなら多分知ってるでしょうけど……紫がこの時期、本当なら力を使わずに冬眠してるのも知ってるわよね?」

 

「冬眠というか、若干彼女の寝る時間が増えるだけだろう。事実、以前少し覗いた際にはそのような感じだったしね」

 

「…………」

 

さらっと友人のプライベートを覗き見ていたこの男に、幽々子は若干の寒気を覚えるも、無視して続ける。

 

「……で、そんな時期に無理やり力を使ってるものだから……紫、結構体にキテる筈なのよね。多分それに気が付いてるのは私だけではないと思うけれど」

 

紫は他の幻想郷住人たちや影月たちに、自らの疲れを悟らせまいと、気丈に振る舞いながら頑張っていた。しかしながら、長年の親友である幽々子はそれを見抜いていたのだ。伊達に千年以上の友人関係を続けていない。

それはおそらく同じく千年以上の友人である伊吹萃香や、彼女の式である八雲藍、さらに洞察力が鋭い影月や優月も見抜いているだろう。

 

「だから少しでも楽させてあげたいの。それで頼み事だけれど……紫にあまり負担を掛けないようにして、あの子たちといつでも会えるようにしてほしいのよ」

 

「ほう……それはつまり、あちらの世界とこちらの世界の行き来を八雲殿の力に頼る事無く、自由に出来るようにしてほしい、と?」

 

「ええ、貴方ならきっと結界とかに影響無く出来るでしょう?」

 

「確かに不可能ではないが……」

 

「ならお願いよ。……私たちは、少なくとも私は彼らと別れたくないの」

 

どこか含みのある言葉と共に笑う幽々子に、メルクリウスは視線を少し細めた。

 

「……それは彼らが君たち(幻想)を受け入れてくれたから、かね?」

 

「もちろんそれもあるわ。けれど……」

 

そこで言葉を切った幽々子は少し困ったような笑いを浮かべた。

 

「なぜかしらね……今、彼らと関係を絶ってしまえば何か取り返しのつかない位、大変な事になるーーーそんな予感がするのよ」

 

そんな幽々子の言葉を聞いたメルクリウスはーーー

 

「大変な事、か……」

 

何かを噛み締めるかのように小声で幽々子の言葉を反服した。

そんな彼の様子を不思議に思った幽々子は、どうしたのかと彼に問いかけようとしたのだがーーー

 

「……おっと、すまないね。少々昔の事を思い出して呆然としてしまった。貴女の頼み、委細承知した。近い内に用意しておこう」

 

まるで何事も無いかのように話を終わらせたメルクリウスは、先ほど現れた時と同じように靄となり、音も無く消え去ろうとしてーーー

 

「待って」

 

幽々子の呼びかけによって、その動きを止めた。

 

「……最後に一つだけ、いいかしら?」

 

「何かな?」

 

「……貴方は何の為にこんな事をしているの?」

 

「何の為にとは愚問。私の行動理由は永劫ただ一つのみ、この世界の総てを包み込んでいる女神の為。故に他の事は知らんし、本音を言うとどうでもいいのだよ」

 

「それは違うんじゃないかしら?」

 

永劫、至高の既知と評した一人の女性の為に何百何千何万何億と回帰した男。そんな男にとってはその女性以外の有象無象など総てが既知であり、彼の言う通り一片の興味すらも無いものだろう。しかし幽々子はそれを正面から否定した。

 

「なら、貴方はなぜそこまで悲しそうな顔をしているの?ーーーまるで()()()()()()()()()()()()って感じに見えるわ」

 

そう答えた幽々子に対して、メルクリウスは一瞬驚いたかのように目を見開いた。

 

「貴方はさっき、女神の為とか言っていたけれど……本当は皆の為なんじゃないかしら?それにさっき、私の言った大変な事になるって言葉に何か引っ掛かってたみたいだから……。貴方はこれから先の未来がどんな風になるのか、大体分かってるんじゃないかしら?」

 

「……いやはや、貴女は中々鋭い慧眼をお持ちのようだ」

 

メルクリウスは観念したかのように肩を竦めて苦笑いした。この男にしては珍しい反応である。

 

「確かに私は女神を第一に動いていると自負しているが……実際の所、今回は我が友である獣殿や息子である刹那、そして君たちやあの兄妹の為にも動いている」

 

「私たちや……あの子たちの為?」

 

「然りーーー全ては(きた)るべき戦いに勝つ為。これから先、数千年後に現れる下種に打ち勝ち、最良の未来へと至る為」

 

「…………」

 

そう言うメルクリウスの目は、普段のような他人をどこか見下しているような目では無かった。

その目を見た瞬間、幽々子は思わず驚き、若干後ろに身を引いてしまう。それも無理は無いだろう。なぜなら今のメルクリウスの目には憎悪と悲憤の感情を宿していたのだから。

 

(下種……?最良の未来……?それって、彼がここまでの目をする程の相手だというの……?)

 

「……ああ、怖がらせてすまない。今のは話半分程度で聞き流してくれたまえ。では、私はこれにてーーー」

 

そう言ったメルクリウスは瞬きする間に消え去ってしまった。

 

 

 

後に残ったのはメルクリウスが先ほどまでいた場所を呆然と見つめている幽々子だけだった。

 

「…………下種、ね」

 

幽々子は最後にメルクリウスが言っていた言葉がどうしても気になり、言葉を反服する。

下種とは一体誰の事を指しているのか。

あれ程までの憎悪と悲憤を溢れ出させる程、凄まじい相手なのか。

その下種とやらに自分たちがどのようにして関わってくるのだろうか。

そしてーーー自分たちの未来はこれからどうなってしまうのか。

 

「……あら?」

 

そんな事を考えていた幽々子はふと視線を横に向け、声を上げる。

そこには大量のみたらし団子と湯気が立ち上る美味しそうな緑茶が置かれていた。

 

「いつの間に……というか、冗談で言った事なのにしっかり用意してくれるなんて律儀ねぇ」

 

そして幽々子はみたらし団子を一つ手に取って食べようとしたその時、盆に置かれた一枚の紙に目が止まった。

幽々子は右手でみたらし団子を取りながら、左手でその紙を取る。

その紙には、おそらくメルクリウスが書いたと思われる言葉が添えられていた。

 

 

『一応、貴女に最初に頼まれた事なので、私たちの世界でかなり美味しいと評判の団子と上質な緑茶を置いておく。遠慮せずに食べるといい』

 

 

「こんなものまで置いていくなんて、本当に律儀ねぇ。……あら、この団子すごく美味しいわ。いくつか残して妖夢や紫にも食べさせてあげようかしら」

 

そう言いながら幽々子は、未だしんしんと雪が降り続いている空を見上げた。

 

「……どちらにせよ、紫には彼の言っていた事は話さないといけないわね。ーーーそして私たちも色々と備えないといけないわ」

 

これから先、起こるのはおそらくこの幻想郷でたまに起こる異変などよりも数十倍は凄まじい出来事ばかりだろう。それに対してこの幻想郷に住む者たちは本気で挑まなければいけないのかもしれない。

あのメルクリウス(魔術師)に目を付けられた以上、もはや逃げる事は出来ない。ならば全力を持って抗わなければーーーそれこそ本当に恐ろしい結末になってしまうのではないか。

そんな思いと共に呟いた幽々子の言葉は、雪が降り続ける空へと消えていった。

 




というわけで、紫視点と第三者目線で幽々子とメルクリウスの会話でした。

安心院「紫ちゃんがフラグを立てて、速攻回収してる件」

紫「し、仕方ないじゃない!あそこまでやって、はい終わり……なんて私も出来ないし……」



ところでアニメ、dies iraeの放送日が決まりましたね。

蓮「超今更だな」

楽しみですねぇ(笑)そしていらっしゃい雑念寺も中々面白いですよね(笑)

紫「そうねぇ……私はヴァレリアがお父さんと呼ばれて狂喜乱舞する回が結構面白かったわ」

あれですか……個人的には先輩が「ウザい、死ね」の後の叫び声で大爆笑しました(笑)ってか神父さんが完全にネタキャラに……(笑)

幽々子「私は……やっぱりお茶の間の代表、シュピーネさんの回かしらねぇ」

紫「ああ、あれね……私もあれは結構気に入ったわ」

ああ、いわゆるーーー


影月、優月、紫、幽々子「「「「形☆成!」」」」


ですね!(笑)やっぱりシュピーネさんは色々な意味で我ら爪牙を魅了してくれますねぇ(笑)

幽々子「流石シュピーネさんよねぇ」

シュピーネ「あの〜……そこまで持ち上げないでくれませんかねぇ?正直な所、そこまで期待されてもアニメで責任を持てないというか……困ってしまうというか……」

何言ってるんですか!アニメのシュピーネさんに期待を寄せてる人は沢山いるんですよ!困ってないで頑張ってください!

シュピーネ「えぇ〜……」

さて、では今回はこれで終わりです!誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第六十一話

お久しぶりです。約一ヶ月ぶりくらいの投稿ですね。

……本当に遅れて申し訳ありません……。仕事やらdiesアニメやらで小説を書く暇がそれ程無かったのがこんなに遅れた原因です。本当に遅れてすみません……。
今回はそんな謝罪の気持ちも込めて、いつもより長く書かせていただきました。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
あ、水銀の方はまだ書いてる途中なので待っててくださいね?

さて、それでは今回も始まります。



side 優月

 

「橘さんの魂が見つかりました」

 

幻想郷に来てから二週間という時間が経ち、私たちも随分と幻想郷の暮らしに慣れてきたある日の事ーーー寺子屋を突然訪ねてきた映姫さんは、私たちへの挨拶もそこそこにそう切り出してきました。

 

 

 

 

 

 

「で、橘の魂が見つかったってのは本当なのか?」

 

それから数分後、私たちは寺子屋内の客間にて訪ねてきた映姫さん、小町さん、幽々子さん、妖夢さん、そして紫さんに呼ばれてやってきた藍さんと例の話をしていました。

兄さんは映姫さんがここに来て一番最初に言った言葉が真実かどうかを問うと、映姫さんはニコリと笑って頷きました。

 

「はい。かなり時間は掛かりましたが、ある世界で橘さんの魂を捕捉しました。後はその捕捉した魂を取り戻し、彼女の肉体との神経を繋ぎ合わせれば目覚めるでしょう」

 

「そう、か……やっと見つかったんだな……」

 

そんな返事を聞いた兄さんは、心の底から安心したかのように呟きます。

 

「よかったね!影月さん!」

 

「いや〜、本当によかったねぇ」

 

「これで一安心だな、影月」

 

「ああ……!」

 

慧音さんの言う通り、一先ず安心出来て私たちも揃って安堵します。

 

「本当にありがとう、閻魔様」

 

「お礼を言うのはまだ早いですよ、妹紅。お礼は橘さんがしっかり回復してから言ってください。それまで一切お礼は受け取りません」

 

「相変わらず真面目ですねぇ……」

 

「ところで映姫様、彼女の魂を見つけるのにかなり時間が掛かっていたようですけれど……彼女の魂はそれ程までに見つけにくい所に?」

 

「ええ……かなり奇妙で、歪んだ世界に迷い込んでいました」

 

「奇妙で歪んだ世界?」

 

紫さんの質問に眉を寄せて答えた映姫さんに、私は首を傾げます。

彼女は閻魔であり、主に幻想郷の死者たちを裁く仕事をしていると以前本人から聞きましたが、最近は他の世界の死者の数が増加し、他の閻魔たちの負担分散の為に一時的な対応として幻想郷以外の世界の死者も裁くようになったと言っていました。

他の世界の死者を裁くーーーならば、その死者が住んでいた世界の事を覗き見る、あるいは知る事も少なからずあるでしょう。

死者を断罪していく中で知った様々な世界の文化や特色ーーーそんな数ある世界を見てきた彼女が奇妙で歪んでいると言った世界。当然気になります。

 

「……今思い出しても気分が悪くなります。死者で出来た城なんて……」

 

「死者で出来た城?」

 

「……それって、もしかして」

 

「ヴェヴェルスブルグ城……」

 

ヴェヴェルスブルグ城ーーーラインハルトの爪牙である髑髏で出来た、永劫殺し合いを続ける修羅の殿堂。

まさかそんな世界に橘さんの魂が行ってたなんて……。

 

「あれだけの多くの魂が揺蕩う世界の中にいたのなら、私たちが見つけ出すのに時間が掛かるのは当然です。そしてあの世界はーーー私にとって絶対に許容出来ないものです」

 

そう言った映姫さんの瞳にはとても強い嫌悪の意思を感じさせる光が灯っていて、さらに彼女の全身からはここにいる私たち全員が総毛立つ程の強い威圧を放っていました。

それ程の映姫さんの圧力を受けた私たちは、一瞬息をするのさえも忘れる程に凍りつきます。

あの紫さんですらも映姫さんの圧力に押されて凍りついている中ーーーしかし、そこで唯一彼女の圧力をものともしていないかのようにしていた人物が口を開きました。

 

「閻魔様、その世界に対してそれ程の嫌悪や敵意が出てくるのは分かります。しかし今はそれよりも話すべき事を話しましょう?」

 

慧音さんに出された緑茶を飲んでいた幽々子さんは、冷静にそう言い放ちます。

そんなどこか冷静に周りを見ているかのような幽々子さんの姿を見た私たちは、一瞬彼女に何かしらの違和感を感じました。

 

「ーーーそうですね。すみません、私とした事がつい我を忘れてしまいました」

 

「あ、いえ……大丈夫ですよ?」

 

それはどうやら映姫さんも同じようで、一瞬彼女の言葉と反応を訝しんだような表情をした後、そう言って頭を下げてきました。

 

「……話を戻しましょう。一先ずこれで橘さん蘇生の準備は大体整ったのですが……ここで一つ問題ーーーというより影月さんたちや紫に頼みがあるのです」

 

映姫さんは私たちを見て、どこか言い辛そうに眉を寄せました。

 

「なんでしょう?頼みって?」

 

「先ほど私は橘さんの魂と肉体を精神で繋ぎ合わせる事で目覚めさせる、と言いましたよね?」

 

「ああ」

 

「……実はその問題というのは、魂と肉体を繋ぎ合わせる精神構築作業の事なんです。実はこの精神構築の術は、蘇生させる対象者の肉体に直接施さないと意味が無いんですよ」

 

「……それはつまり、橘の肉体がここに無いと話にならないって事か?」

 

兄さんが問うと、映姫さんは首を縦に振りました。

 

「そういう事になりますね。つまりは貴方たちの世界から彼女の肉体をこちらに持ってくるか……あるいは、私たちが貴方たちの世界に直接行って蘇生させるという選択肢しか無いのですが……」

 

「……まさか、頼みって」

 

映姫さんの言わんとしている事を察した紫さんは目を細めて彼女を見ます。

それを受けた映姫さんは、紫さんや私たちに向かって再び頭を深々と下げました。

 

「このような事、かなり難しい事を承知でお頼みします。私と西行寺幽々子をーーー貴方たちの世界へと連れていってはもらえないでしょうか?そちらで彼女の治療を行いたいと思います。そして願わくば……数ヶ月程、貴方たちの世界に住まわせてもらいたいのですが……」

 

「ちなみに私は了承済みよ。そして私からもお願い出来ないかしら?」

 

先ほどの話の流れから大体予想はしていましたが、やはりそういう内容ですか……。

しかし、少しの間住まわせてほしいと言うとは完全に予想外でした。

それは紫さんも同じだったらしく、何かを考え込むように顔を歪めていて、兄さんは少し表情を曇らせていました。

 

「……一つ聞かせてくれ。なぜ俺たちの世界に少しの間、住みたいんだ?」

 

「蘇生後の橘さんの経過観察ーーーというのもありますが、正直に言うと貴方たちの世界への興味ですね。進んだ科学、幻想郷とは違う魔術、そして例の魔人の集団……それらを実際にこの目で見てみたいのです」

 

そう言って映姫さんはこちらを見据えてきます。

そんな映姫さんに向かって、最初に返事を返したのは兄さんでした。

 

「……俺は別に構わないぞ?そもそもな話、君たちがいないとこっちはどうしようもないしな。優月たちは?」

 

「私は構いませんよ」

 

「右に同じく」

 

「私も兄さんたちと同じです。でも映姫さんはお仕事とかどうなさるんですか?」

 

「それについてはご心配いりません。私の他にもう一人代わりの閻魔がいますから。それに私もここ最近ずっと働き詰めで有休が結構溜まってましたから……」

 

「四季様、最近ろくに休んでませんでしたからねぇ……」

 

「有休消化って事なのね。あ、私も特に問題無いわ。昨日の内に処理しなきゃいけない幽霊たちは処理したし……まあ、当分は大丈夫な筈よ。それでももし何かあったら……妖夢、代わりに頼むわね?」

 

「分かりました、幽々子様」

 

「……というか思ったんだが、幻想郷に住んでる者が外の世界や他の世界に行って住むっていいのか?」

 

兄さんは今までの話の中で一番根本的な事を紫さんに問いかけます。

それに紫さんは、先ほどと変わらない表情を浮かべていました。

 

「……本当ならダメよ。私たちは何度も言ってるけど、外の世界や他の大半の世界から忘れ去られた存在なの。だから私とか一部の特殊な事情の者たちは例外として、大抵の者はこの幻想郷から出られないわね。仮に出れたとしても存在出来るのは短時間だけって感じでしょうし」

 

「……あれ?じゃあ妹紅さんは……?」

 

幻想郷の住民は外の世界には出る事が出来なくて、出れても短時間で消滅してしまう可能性が高いーーーなら、妹紅さんはなぜ私たちの世界で存在出来たんでしょうか?

 

「妹紅が存在出来たのは、貴方たちの世界が異常な程に沢山の神秘が溢れかえっているからよ。……なぜ?って顔をしないでよく考えてみなさい?貴方たちの世界には一部の人しか知らないようだけど魔術も実在しているし、妹紅と同じ不老不死の者もいる。そして少し話を聞いただけだけど、聖槍十三騎士団という人外の集団がある事も要因でしょうね」

 

「……ああ、そういう事か。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ご名答。要は多くの神秘を知ってる人たちがいる世界で、神秘の塊である私たちはどうやったら消える事が出来るの?って話」

 

「……確かにそれはそうですね。たとえ妖獣である私が向こうに行っても、人によってはさして驚かれないと彼らから聞きましたし……そうなると私もきっと存在出来るんでしょうね……」

 

確かに妖怪とか亡霊とか妖獣位なら少なくとも私たちは驚きません。他にもっとあり得ないような存在((ゾア)や黒円卓とか)がいますからね。

 

「で、話を戻すけれど……幻想郷以外の世界で短期間とは言え、住む事なんて許せるものではないわ」

 

「ですよね…………。分かりました、突然変な事言ってすみません。さっきの言葉は私個人の我儘でしたから忘れてくださいーーーでは、話を戻しましょうか」

 

申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて、映姫さんは話を本筋へと戻そうとします。

しかしーーー

 

「別に変な事ではないわ。映姫様のその気持ちは私にもよく分かるもの。それに話はまだ終わってないわよ?」

 

「え……?」

 

「紫様……?」

 

続いた紫さんの言葉に映姫さんは驚いた顔をして、紫さんを見ます。

 

「そうね……あの世界なら特に貴方たちが長期間いてもあまり問題は無いでしょう。衣食住の当てや頼りになる人たちもいるし、私たちのような神秘を忘れない人たちもいるからそう簡単に消える事は無いと思うわ。ただーーー」

 

「ただ、なんです?」

 

「唯一問題を上げるとしたら……向こうに戻る手段が……ね」

 

疲れたように笑う紫さんの顔を見て、私たちは彼女が今この時も無理をしていた事を思い出しました。

 

「……正直にぶっちゃけるとね?私の力ってもう必要最低限位しか残ってないのよ。今スキマを開いても精々、私と後もう一人誰かがやっとの事でスキマを通っていける……って所かしら。それ以上の人数が通ろうとすると、きっと私が倒れちゃうわね」

 

「倒れるって……」

 

「……それってもうダメじゃないか?」

 

巴さんを目覚めさせるには、映姫さんと幽々子さんの二人の力が必要なのですが……紫さん自身はすでに限界を超えているらしく、今、気力でなんとか頑張っているような状態なのだそうです。

という事はーーー

 

「紫さんの力が回復するまで、幻想郷で待つしかないのね……?」

 

「一番確実な方法を取るならね。……ごめんなさい。折角あの子を目覚めさせる用意が出来たってのに、私の力が足りないせいで……」

 

「気にしなくていいわよ。どうせそこまで力を使ったのは、あの鴉天狗の目を欺き続ける為だったんでしょ?」

 

「……幽々子には敵わないわね。その通りよ」

 

紫さんが今まで力を使っていた理由、それは射命丸文さんというブン屋から私たちの存在を極力知られないようにしていた為との事です。

曰く、「今知られたら非常に面倒な事になるから」そうです。

 

「確かに面倒よねぇ。変に接触して、ある事無い事を書き込まれても困るし……」

 

「もしも「八雲紫、今度の月面戦争は異世界人の手を借りるのか!?」とか書かれたら、それはそれで厄介な事になるのよねぇ……。まあ、どちらにせよこのまま欺き続けるのもおかしいから、とりあえず今の状況が落ち着いたらこの妨害もやめるつもりよ。変に長く妨害していたらもっと厄介な事になるだろうし……」

 

「それがいいでしょうね。それにしても相変わらずあの鴉天狗は……いずれ彼女とはゆっくり話をしなければなりませんね」

 

「天狗ってのは昔から変わらないねぇ……」

 

幽々子さん、紫さん、映姫さん、萃香さんは揃って疲れたようなため息をはきました。

話は今までそれなりに聞いていましたが、文さんという方はかなり疲れる相手のようですね。

 

「もう私も力が無い事だし、そろそろ霊夢と妨害役変わってもらおうかしらね……」

 

「霊夢に結界でも張ってもらうつもりかい?」

 

「私が出来ないとなると、そうするしか……ね?まあいいわ。あの鴉天狗の事なんて今はどうでも」

 

「……とはいえ、あれのせいでこんな状況になってるわけなのですが……」

 

「「「はぁ……」」」

 

……なんでしょう、このなんとも言えない空気は……?紫さんたちの他にも妹紅さんや慧音さんも微妙な顔をしてますし……。

そんな空気を変えようとしたのか、美亜さんが確認を取ります。

 

「……じゃ、じゃあ、紫さんの力が回復するまで幻想郷で待つって事になったのね?」

 

「……そうね。映姫様も幽々子もそれでいいかしら?」

 

「私は構いませんよ。そもそも向こうに行きたいと無理を言い出した私があれこれ文句を言う権利はありませんし……」

 

「そう……幽々子もいいわね?」

 

そう問われた幽々子さんは飲んでいた湯のみから口を離して、返事を返します。

 

「もちろんよ〜」

 

「……って事でいいかしら?」

 

「了解」

 

そして話が一段落した私たちは揃って緑茶を一口飲んで、息を吐きました。

 

「はぁ〜……美味しいわね、この緑茶」

 

「……なんだか随分久しぶりに、こんな美味しいお茶をゆっくり飲んでいる気がします」

 

「最近の地獄ってのはゆっくりお茶する時間も無かったのかい?」

 

「はい……本当に最近は忙しかったので……」

 

「……鬼の私が言うのもおかしいけどさ。お疲れ様」

 

「ありがとうございます……ふぅ、美味しい」

 

「そうねぇ。でも……お茶だけじゃちょっと何か物足りないわねぇ」

 

「幽々子……それはお茶菓子でも出してほしいって催促のつもりか?」

 

呆れ顔で言う妹紅さんに幽々子さんはふっと笑いました。

 

「あら、分かっちゃった?」

 

「当たり前だ。相変わらず食べる事に目が無いな」

 

「食事は私にとって生き甲斐なのよ」

 

「……生き甲斐?」

 

亡霊なのに生き甲斐って……。

そんな事を思っていると、幽々子さんは飲み終わった湯のみを卓袱台の上に置いて立ち上がりました。

 

「まあ、ちょうど今飲み終えた所だから、別にお茶菓子は出さなくてもいいわ。それよりもそろそろ行きましょうか?」

 

「……?行くってどこへですか?」

 

首を傾げながら言う香さん。それは私たちも同じでした。

まさかまたどこか人里の食事処にでも行こうって言ってるんでしょうか?などと思っていると、幽々子さんはニコニコと笑いながらーーー

 

 

 

 

 

 

「どこって当然、影月くんたちの世界よ?」

 

『……は?』

 

何を当たり前の事をとでも言うかのようにそう答えてきました。

 

「……いやいやいや、ちょっと幽々子?貴女さっきの私の話聞いてた?」

 

「もちろんよ〜。今の紫は力を使えないんでしょ?大親友のお話を私が聞いてないわけないじゃない〜」

 

「ならーーー」

 

「……幽々子さん、もしかして他に行く方法があるんですか?」

 

すると幽々子さんは変わらずニコニコと笑みを浮かべながら、後ろへと振り返りーーー

 

「さあ、さっきから聞いているのでしょう?こちらの準備は出来てるわ。約束通り、繋げてちょうだい?」

 

そう虚空に向かって問いかけた瞬間、辺りが一瞬翳ったように見えた気がしました。そしてそれと同時にーーー

 

 

 

 

ーーーJawohl Fräulein Großartig Gespenstーーー

 

 

 

 

声のような思念のような何かが私たちの脳内に響き渡り、突然幽々子さんの目の前の空間が紫さんの能力を使ったかのように割れました。

 

『っ!?』

 

「い、今のは……!?」

 

「ふ〜ん……紫のスキマより奇妙な空間ね」

 

先ほどの声のようなものと突然現れた空間の裂け目に驚きを隠せない私たちを尻目に、幽々子さんはその割れた空間内を覗き込み、私たちの方へと振り返りました。

 

「どうやら問題無く繋がってるみたいね。それじゃあ早く行きましょ?」

 

「…………ね、ねぇ、幽々子……それは……?」

 

目の前に突然現れた謎のスキマに対して一切警戒したような様子を見せない幽々子さんに、紫さんは顔面蒼白になりながら問いかけますが……。

 

「ああ、これかしら?実はこの間、ある魔術師さんとお会いしたのよ。その人に影月くんたちといつでも会えるようにしてほしいってお願いしたら、なんとかしてくれるって言ってくれたのよ〜」

 

「……そのなんとかするって言うのがそれですか?」

 

「みたいね〜。それにこれ、幻想郷の結界に全く影響してないみたいだから、その辺りは心配いらないわね」

 

「……その魔術師って誰の事だ」

 

もはや誰の仕業なのか聞かなくても分かりますが、念の為に兄さんが問いかけます。

すると案の定……。

 

「メルクリウスさんよ〜。他にもこんなものまでもらっちゃったし♪」

 

そう言って幽々子さんが取り出したのは、数本のみたらし団子でした。

 

「あれ?そんなお菓子、白玉楼にありましたっけ?」

 

「無いわよ?これもあの人からもらったわぁ♪ちなみに本当は五百本位もらって、美味しい緑茶まで用意してくれたのよ?あ、ちなみにこれ、皆へのお裾分け分だから♪すごく美味しいから食べてみてちょうだい♪」

 

『………………』

 

……もう本当にメルクリウスは何を考えているのでしょうか……?ここまで協力的な出来事を見ていると、ものすごく不安になってきます。

 

「……ど、どうしましょうか?」

 

「……どうするって言われてもな……」

 

とりあえず幽々子さんにもらったみたらし団子を食べて気持ちを落ち着かせながら、今の状況をどうしようか考えます。

ってこのみたらし団子、私たちの世界にある有名なお店のお団子の味にそっくりですね。

 

「ああ、念の為に言うけれど本当に心配はいらないわよ?彼とはその時しっかりと話し合って、安全を保証させたもの。それにーーー早く彼女を目覚めさせたいのなら……貴方たちにとってもこれは渡りに船なんじゃないかしら?」

 

確かにメルクリウスが生み出した幻想郷と私たちの世界を繋ぐこのスキマは、巴さんを出来るだけ早く助けてあげたい私たちからしてもかなり魅力的なものなのは間違いありません。しかしーーー

 

「何の為にメルクリウスはこんな事を……?」

 

メルクリウスがなぜこんな事をするのか、動機が全く分かりません。ただの親切心、というのは考えにくいですし……。そもそもあれはマリィさん関連じゃないと、ほとんど動きもしないと蓮さんたちは言ってましたし。

 

「……はぁ、やめよう。考えても答えが出る気がしない」

 

兄さんの諦めたような声に私たちも揃って同調し、とりあえず一旦理由を考えるのを中断して目の前の問題から片付ける事にします。

 

「それで兄さん、どうしましょうか?」

 

「そうだなぁ……」

 

私が問うと、兄さんは頭をかきながら考えて結論を出しました。

 

「正直な所、色々不安で信用もそんなに出来ないし、あまり頼りたくないってのが本音なんだが……これが現状一番確実で早いし、渡りに船ってのも事実だ」

 

「……確かにそうだね」

 

「まあ、そういう事だからーーー本来ならあまり信用出来ないから使いたくはないが、今回は直接メルクリウスと交渉してくれて、大丈夫って言ってくれた()()()()()()()()、このスキマを使わせてもらおう」

 

「っ!!」

 

なるほど、そういう事なら私も特に異論はありません。

 

「分かりました。なら私も幽々子さんを信じて使いますよ」

 

「そうだね……。うん、私も幽々子さんを信じるよ。それに仮に何かあったとしても、それはメルクリウスのせいだし……」

 

「美亜さん……」

 

「いやまあ、実際何かあったらメルクリウスのせいになるけどね。ちなみに私と香ちゃんも影月たちと同意見だ」

 

「ーーーふふふ、ありがとう。信じてくれて」

 

そう言った幽々子さんは思わず同性である私でも見惚れてしまう程に美しい微笑を浮かべてくれました。

 

「……はぁ、分かったわよ。私も幽々子が心配いらないって言ってくれたから、それを信じる事にするわ……でも、後で色々と聞かせてもらうわよ?」

 

「いいわ。というかむしろ私も紫に話さなきゃいけない事があるし……」

 

紫さんと幽々子さんはお互いに顔を合わせて苦笑いを浮かべました。

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ行くかねぇ」

 

『ちょっと待て』

 

そして萃香さんがそう言いながら立ち上がったのを見て、私たちは全員でツッコミを入れました。

 

「ん〜?どうしたんだい?全員でツッコミなんかして?」

 

「いや、どさくさに紛れて何自分も彼らの世界に行こうとしてるのよ」

 

「え?ダメかい?そのスキマを見る限り、私も行けると思ったんだけど」

 

「……萃香さんも行きたいんですか?」

 

「そりゃあね〜。だって君たちの世界には色々な強者とかいるんだろ?そんな世界、興味が無いわけないじゃないか」

 

そう言って少し好戦的な笑みを浮かべる萃香さんを見て、やっぱり鬼って好戦的なんだなぁ……と内心思います。

 

「大丈夫だって!迷惑は出来るだけ掛けないようにするし、何か頼まれたら手伝うからさ。だから友人の頼みと思って頼むよ〜」

 

「う〜ん……」

 

暗に付いて行っていい?と抱きつきながら聞く萃香さんに、兄さんは唸りながら考えます。

 

「友人、ですか……」

 

「うふふ……萃香も貴方たちと一緒にいたいみたいねぇ」

 

「……じゃあ一つだけ条件を出す。それをクリアしたら付いてきていいぞ」

 

「おっ、いいねぇ。で、その条件は?」

 

兄さんは首を傾げて問う萃香さんの頭ーーーというより角を見て言います。

 

「その角を隠すなり、取るなり、外すなりしてくれないか?」

 

「んっ?これかい?」

 

「ああ、映姫や紫とかは見た目が人間とほとんど変わらないし、幽々子も周りにいる幽霊をなんとかしてくれれば問題は無いんだが……萃香の頭のそれだけはな……」

 

「あ〜……確かにこっちの世界に来て、街中とか歩いたら目を引きますね……」

 

大体はちょっと変わったコスプレ程度で収まるかもしれませんが、どちらにしても目立ってしまうというのは紫さんや私たちとしてもあまりいいものではありません。

すると萃香さんはキョトンとしたような顔で私たちを見てきます。

 

「なんだ、それが条件?ならーーーほら、これでどうだい?」

 

そう言って萃香さんは能力を使って、自分の角を散らして消しました。

これなら普通の人間の少女として(少し格好が独特ですが)見られるでしょう。

 

「よし、それなら大丈夫だろう。付いて来る事を許可する」

 

「そう来なくっちゃねぇ!」

 

いやっほーと言いながら喜ぶ萃香さんに苦笑いした兄さんは、慧音さんたちに向き直ります。

 

「そういうわけだから、俺たちは元の世界に戻るよ」

 

「うむ、気を付けてな。妹紅の事、引き続きよろしく頼む」

 

「私からも……。皆さん、幽々子様をどうかよろしくお願いします」

 

「萃香や映姫様についてもよろしく頼む。……ああ、影月に優月、最後にちょっと……」

 

「「?」」

 

すると急に声を潜めて私たちを手招きする藍さん。その行動に首を傾げながら近くに行くと、藍さんはそれなりの小声で私たちに耳打ちしてきました。

 

(一つ、君たち二人に頼みたい事があるんだが……)

 

(なんですか?)

 

(実は紫様の事なのだが……もしもーーーもしもだぞ?紫様がこの後の冬眠時期中に君たちの目の前に何かしらの形で現れたのなら、相手をしてあげてほしいのだが……)

 

((えっ?))

 

……冬眠時期中に現れるとはどういう意味なのでしょうか?

 

(……ちょっと待て、冬眠中に現れる事なんてあるのか?)

 

(ああ……実の所言うと、紫様が言う冬眠とは普段より寝てる時間が長くなる程度でな……。正直に言うと、冬眠とはまあ言い難いものなのだ)

 

それでも一度寝始めるとほとんど出てこない為、一応冬眠と言われれば冬眠なのだそうです。

 

(で、冬眠中にもしかしたら寝ぼけられて突然現れるかもしれない。その時は邪険にせずに優しく接してあげてほしい。そしてそのまま丁重に気分良くお帰りいただきたいのだ)

 

聞けば妖怪は人間よりも信念に作用されやすく、肉体に対してのダメージは強くても精神的なダメージは致命傷となるそうです。それは幻想郷の創造主である紫さんも例外では無いみたいでーーー

 

(冬眠時期の紫様は力も抑えられているし、おそらく精神的にもかなり不安定だと思う。だからーーー)

 

(すぐに帰れとか、キツイ言葉を言われたりしたらとても弱るかもしれないと?)

 

(ああ、もしかしたら幻想郷にも少なくない影響が現れるかもしれない)

 

(分かった、それとなく気にしておこう。そしてもし現れたらいつも以上に優しく……だな?)

 

(ああ……すまない。こんな事を君たちに頼んで……)

 

(あはは……気にしないでくださいよ。藍さんも苦労してるんですね……)

 

(はは……まあ、でもあの人の式となってから随分経つからな……もう慣れてしまったよ)

 

「ちょっとらぁ〜ん〜?何をこそこそと三人で話しているのかしら?」

 

「別に大した事じゃないですよ」

 

紫さんの言葉にニッコリと笑いながら返す藍さんに、兄さんが少し笑みを浮かべながら言う。

 

「ちょっと藍から頼まれごとをされてな。「えっ、ちょ……!?」外の世界で美味しいって評判の最高級油揚げを買ってきてほしいって必死に頼み込まれてたんだよ」

 

「はっ!?ちょ……えぇっ!?」

 

「藍……貴女、やっぱり狐なのねぇ」

 

「狐って油揚げ好きですもんね」

 

兄さんが言った発言に藍さんはオロオロとし始めました。

それを見た私は藍さんに近付いて、「今度来た時に本当に持ってきてあげますよ」と囁いておきます。

その発言にピクリと反応して、九つの尻尾を突然機嫌が良さそうに振るのは、狐の本能故でしょうか。

あ〜……あんなに機嫌良さそうに振れている尻尾を見てると、なんだか無性に触りたくなってきますね。今度絶対に触らせてもらいます。

 

「よし、それじゃあそろそろ行くか!慧音、今日まで泊めてくれてありがとうな?」

 

「構わないさ。それよりもまた来てくれよ?私や今ここにはいないが、霊夢たちや阿求たちも待っているからな」

 

「もちろんだ。というよりこんな行き来に便利なスキマが新しく出来たんだから、向こうの方で色々と用事が済んだら今度は俺たちの友人でも連れて遊びに来るよ。皆、君たちと仲良く出来るだろうしな」

 

「ふふっ、それじゃあその日が来るのを楽しみに待ってるよ」

 

 

そして私たちは慧音さんたちに見送られながら、メルクリウスの繋げたスキマへと入っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたか」

 

メルクリウスの作った薄暗くて何も無いスキマを通り抜けた私たちが辿り着いたのは、昊陵学園内の庭園でした。

 

「ここは……前に天体観測した所の近くですね」

 

「あらあら、白玉楼(うち)よりも広いわねぇ、ここのお庭」

 

「まあ、この学園自体がかなり広いですからね……」

 

「それはそうだけど、早く朔夜ちゃんの所に行こうか?きっと待ってる筈だ」

 

そう言った妹紅さんの言葉に頷いた私たちは校舎に向かって歩き出そうとしてーーー

 

 

 

 

 

「……おかえり、皆。そして初めて来る幻想郷の人たちはようこそ」

 

『っ!?』

 

いきなり目の前にニコニコと笑みを浮かべる安心院さんが音も無く現れて、私たちの足を強制的に止めさせます。

 

「……た、ただいま」

 

「うん、おかえり。待ってたぜ?」

 

「え、え〜っと……は、初めまして……ですよね?」

 

「一応こうやって面と向かうのはね。まあ、その辺りの詳しい説明は後でするよ」

 

『………………』

 

そう言って先ほどからずっとニコニコと笑みを浮かべる安心院さん。しかしその笑みの裏に何やら少し背筋が凍りそうな何かがある気がするのは……考え過ぎでしょうか?

 

「……優月さん、なんかこの方怒ってませんか?」

 

「……映姫さんもそう見えますか?」

 

「あ、あの〜……安心院……さん?」

 

「どうしたんだい?影月君?」

 

「……な、何やら機嫌が悪いように見えるのですが、それは私の気のせいでしょうか?」

 

兄さん、安心してください。私や映姫さんもそう見えますから!

というか安心院さん、ニコニコしているのに目だけが全く笑ってませんね……。

 

「ん〜、そう見えるかい?まあ、少しだけ機嫌が悪いのは合ってるんだけどさ。……少し君たちに質問していい?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

美亜さんも安心院さんの威圧みたいなものに圧されて、敬語になりながらも聞き返します。

 

「幻想郷に行っている間ーーー僕の事、完全に忘れてたよね?特に影月君」

 

「「「「「………………」」」」」

 

「まあ、それについては僕も全く干渉しなかったからとやかく言えるものじゃないけどさ」

 

そう言って少しだけ苦笑いする安心院さんでしたが、すぐに目だけが笑ってないニコニコとした顔に戻りました。

 

「ってかさー……よくよく考えてほしかったんだけど……こっちに戻る手段、僕も持ってるんだよねー……」

 

「「「「「あっ!!」」」」」

 

あ〜……そういえば『腑罪証明(アリバイブロック)』っていう手もありましたね……。私を含めて五人とも完全に忘れてました。

 

「……ねぇ、今回僕って必要だったかな?完全に存在忘れられてさ……正直、ものすごく寂しかったよ?部屋の隅っこで膝抱えたくなる位に」

 

「「「「「……ご、ごめんなさい」」」」」

 

どこか遠い目をして呟く安心院さんに、私たちは心の底から申し訳無いという気持ちで謝る事しか出来ませんでした……。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷から三人の住人を連れて戻ってきた彼らはまず最初に朔夜の元へ行き無事帰還した事、そして橘を救う方法を持つ者たちを連れてきた事を報告した。

影月の《焔牙(ブレイズ)》によってある程度の情報を知っていた朔夜はそれらの報告を受け、特に驚いたりといった反応は無く、むしろ全てを受け入れたようだった。

彼女は無事に戻ってきた影月たちを優しく労い、この世界に初めて来た幻想郷の者たちを心から歓迎して迎え入れた。

そんな彼女の対応を見た映姫、幽々子、萃香は初めこそ戸惑いはしていたものの、その内嬉しそうな笑顔を浮かべ始めていた。やはり彼女たちも自分と種族が違うからといって差別をする事無く、普通に接してくれる人がいて嬉しいようだ。

そして彼女たちはお互いに自己紹介とほんの軽い雑談をしてある程度打ち解けた後に、特定の人たちに対してある場所に集合するように園内放送を使って呼び掛け、彼らもその場所へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

「お〜い!影月!皆!!」

 

「お、透流たちか」

 

俺たちが橘のいる病棟へと向かっている途中、後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り返る。

そこには透流を始めとした数人が寮へと続く道から走ってこちらへと向かってきていた。

 

「思ったより早く来たな」

 

「おそらく彼らもいつ呼ばれようともすぐに来れるように準備していたんだと思いますわ。皆、貴方たちの帰還を待ってましたから」

 

「そうか……待たせてしまったな」

 

思えば俺たちが幻想郷に行ってから二週間という時間が経っているのだ。そんな長いとも短いとも言える時間の間、彼らを待たせてしまった事に少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

「いいえ、むしろ私としては随分と早く戻ってきてくれたと思っていますわ。実際私の予想では、最低でも一ヶ月位は帰ってこないだろうと思っていましたから」

 

「一ヶ月か……」

 

まあ、俺もなんだかんだでその程度は掛かると幻想郷へ行く前は思っていた。

しかし実際に行ってみれば、初日から色々と協力してくれる人たちと知り合えたし、何より俺たちが一番会いたいと思っていた映姫と幽々子にも会えた。

そしてその後二週間は映姫たちに橘の事を探してもらって、俺たちは幻想郷を見て回って時間を潰していたが……それでもこんなに早く帰って来れるとは本当に思わなかった。正直、ご都合主義ってこういう事を言うんだなぁ……と思った位だ。

そんな事を思っていると、透流たちが息を切らしながら俺たちの元へと辿り着いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「久しぶりだな、透流」

 

「はぁ……ああ、久しぶりだ。無事に帰ってきたみたいだな」

 

「なんとかな。こっちのスキマ妖怪さんにも特に襲われる事も無かったし」

 

「チッ……」

 

「おい、今なんで舌打ちしたんだ腹黒ウサギ」

 

「別になんでもねーぜ。ただ面白くねーと思っただけだ」

 

「残念だったな。面白くなくて」

 

「ふふ……ご冗談を。私が影月たちを襲うわけ無いでしょう?」

 

苦笑いする紫に、俺だけあんたに性的に襲われたんだがとツッコミを含めた半眼を向ける。

それを見た紫は唇に人差し指を当てて微笑んだ。つまりそれについては内緒にしようという事なのだろう。まあ、俺も言う気は無いからいいが。

 

「おかえりなさい、影月くん。優月ちゃん、美亜ちゃんも香ちゃんもおかえりなさい」

 

「ヤー、妹紅もおかえりなさい」

 

「ふんっ、よく戻ってきたな」

 

「ただいま〜。約束通り巴を目覚めさせる方法を持った人たちを連れてきたよ」

 

妹紅がそう言うと映姫、幽々子、萃香が皆の前へと一歩出る。

 

「昊陵学園の皆さん、初めまして。私は幻想郷で閻魔をしている四季映姫と申します。橘巴さんを目覚めさせる為に今回、こちらの世界へと影月さんたちに無理を言って連れてきてもらいました。よろしくお願いします。そしてこちらはーーー」

 

「初めまして、西行寺幽々子よ。私も橘ちゃんを助ける為に来たわ。ただのしがない亡霊だけれどよろしくね〜♪」

 

「そして私は鬼の伊吹萃香だ。私はその橘って子を救えるような能力は持ってないけど、何か手伝える事があるかもしれないって事でついてきた。よろしくな?」

 

それぞれが自己紹介をすると、透流たちはそれぞれ驚いたような顔を浮かべる。

 

「閻魔に亡霊に鬼……まさか本当に物語でしか出てこないような存在が本当にいたなんてなぁ……」

 

「ああ、それに関して僕も同感だ」

 

「トール、トラ、亡霊というのは分かるのですが、閻魔や鬼とはなんなのですか?」

 

「ユリエちゃん、嘘をつく人の舌は閻魔様が抜くって聞いた事ないかな?」

 

「……ナイ、ありません」

 

「あたしも無いわ。何それ?」

 

「日本で昔からよく言われてる言葉で、嘘ばかりつく子供に対してよく言われる言葉なんだよ。……大体合ってるよな?」

 

「はい、合ってますよ。とはいえ今では舌を抜くという罰を与える事自体珍しくなっていますけどね」

 

最近の地獄では嘘ばかりを言う輩には、舌を抜くよりも恐ろしい方法を使う事が多いらしい。ちなみにその恐ろしい方法とやらは映姫に聞いても教えてくれなかった。

教えてくれない理由は彼女曰く、「常人が聞いたら、精神崩壊するようなものだから」だそうだ。精神崩壊するレベルの方法って一体……。

 

「……まあ、それについては後でゆっくりと聞くわ。それで、貴女の方はその……鬼って奴なのかしら?」

 

「ん?お嬢ちゃんは鬼ってものを知るのも見るのも初めてかい?ならちょっとこれを見てごらんよ」

 

萃香は能力を解いて自らの頭に生えた二本の捻れた角を見せ、透流たちや朔夜は驚いた表情をする。

 

「うわっ!?それって……」

 

「……立派な角ですわね……」

 

「早速自分で正体晒してるし……まあ、透流たちが相手だからいいけどな」

 

「……ちょっと触ってもいいかしら?」

 

「優しくしてね?」

 

ニコニコと笑う萃香の返事を聞いて、リーリスが萃香の角へと恐る恐る手を近付けて触り始めた。

 

「ふふん、どうだい?」

 

「……結構硬いわね……それにゴツゴツしてるわ」

 

リーリスは角を触りながらそう感想を述べる。

そしてたっぷり数十秒程触った後、リーリスは手を離した。

 

「これ……どう見ても本物ね……」

 

「……伊吹さん、私にも触らせてもらえませんか?」

 

「構わないよ〜。それに私の事は萃香って気軽に呼んでくれ」

 

「ヤー」

 

すると今度はユリエが萃香の角を触り始めた。

ユリエは初めて触る角に興味津々のようで、少しキラキラとした目を浮かべながら触っている。

 

「……どうだ、ユリエ?」

 

「すごく硬くて……とても立派です」

 

「今のユリエちゃんの発言だけ聞くと凄まじくいかがわしく聞こえるよね」

 

……確かにそこだけ切り取って聞いたら、多くの人が何かしら変な事を想像してしまうかもしれないな。

 

「そういえばまだ君たちの名前を聞いてなかったねぇ。まずは私の角を触っている君、名前を教えてくれるかい?」

 

「っ!ヤー」

 

萃香がユリエにそう問いかけると、今度は透流たちが自己紹介をする番となった。

順番にユリエ、透流、リーリス、みやび、トラ、タツ、月見が自己紹介をして最後に皆揃ってよろしくと言った所で幽々子が本題へと入る。

 

「さて……それじゃあお互いに挨拶もした所で、案内してくれないかしら?そろそろ寒くなってきたから、早くどこか暖かい所へと入りたいのだけれど……」

 

「ええ、そうですわね。正直、私も寒くなってきたので早く病棟へと向かいましょうか」

 

そう言った朔夜は暖を取る為なのか、俺に体をくっつけてきた。

 

「おい、朔夜……」

 

「ふふ……影月の体、とても暖かいですわ」

 

そう言って年相応の可愛らしい笑顔を浮かべる朔夜を見ると、歩きづらいだろとかそういう文句を言う気が失せてしまう。

まあ、所詮そんな文句を言った所で朔夜が俺から離れるとは思えないのだが。

 

「あらあら、随分と仲がいいのね。あの二人」

 

「本当にね……嫉妬しちゃうわ」

 

「嫉妬って……あ、もしかして紫さんも兄さんの事がーーー」

 

「さあ、どうかしら?」

 

「…………」

 

「……みやびちゃん、私も透流くんに同じような事してみようかななんて思ってない?」

 

「ええっ!?そ、そそ、そんな事無いよ!?」

 

「動揺し過ぎですよ、みやびさん……」

 

そんな周りの騒がしくも楽しい声を聞きながら、俺は病棟へ向かって歩き出す。今も眠り続けている彼女を目覚めさせる為にーーー

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この方が橘巴さんですね?」

 

「ああ」

 

場所は再び変わり、病棟内にある橘の病室内ーーー

病室に入った映姫は影月に彼女が件の少女なのかと問いかけた。

それに影月が肯定の意を伝えると、映姫はベッドで眠っている少女の元へと行って顔を覗き込んだ。

 

「……これは……」

 

「あらあら、随分と若くて可愛らしい子ねぇ」

 

そんな映姫の後ろから今度は幽々子がふわふわと浮きながら橘の顔を覗き込む。

彼女は亡霊という実体のない存在(でも触れる事は出来る)故にこうして自在に浮遊する事が出来る。

そんな物理的法則を完全に無視している光景を見た朔夜や透流たちはこの日何度目かの驚きの表情を浮かべていた。

一方の影月たちや幻想郷の者たちはそんな光景を見慣れているので特に驚きもしていない。

そんな中、橘の顔を覗き込んでいた幽々子の表情が若干曇った。

 

「でもかなり危険な状態ね。早く助け出さないと、橘ちゃんの魂が……え〜っと……確かヴェヴェルスブルグ城だったかしら?それに飲み込まれてしまうわ」

 

「そうですね……。そうなってしまったらもうこちらからは打つ手が無くなってしまいます。そうなる前に早く助け出しましょう。皆さんも手伝ってください」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

それから僅か一分後、準備を整えた映姫は橘の周りにいる者たちへ、これから何をするのか伝える。

 

「それでは早速始めましょう。私はこれから彼女がいる世界とここを直接繋げます。幽々子たちはそれを確認した直後、向こうの世界へと飛び込んで彼女の魂を出来る限り早く探し出してきてください。そして彼女の魂を見つけたら、幽々子の反魂の術を用いて彼女と共に急いで戻ってくるのです。おそらくはそれで上手くいくかと思われます」

 

「反魂の術……。大丈夫なのかしら?私、前に一度だけしか使ってないし、上手くいかなくて失敗しちゃったのだけれど……」

 

「しかし現状、それしか方法はありません。……実際、これは賭けなんですよ。場合によっては……」

 

「…………ええ、分かってるわ。もし失敗してしまえば、この子が死んでしまうかもしれない」

 

反魂の術とは文字通り、魂を返し生き返らせるという術である。

幽々子は以前、あるきっかけによって自らの屋敷にある妖怪桜、西行妖に富士見の娘と呼ばれる者が封印されているという事を知る。

富士見の娘と呼ばれた者は何を思い、何を願って自ら命を絶ったのか。そしてなぜ自らの身と引き換えに西行妖を封印したのか。

それらに興味が湧いた幽々子は西行妖の封印を解き、反魂の術を行使しようとした。

しかしその目論見は、博麗の巫女、白黒の魔法使い、紅魔館のメイドという三人の人間たちによって挫かれたのだが、幽々子自身は反魂の術を一度だけ試してみたそうだ。だが結果は失敗に終わり、それ以来幽々子も反魂の術を使用する事は無くなった。

そんな今まで一度しか使った事のない術をこれから行うというのだ。もしかしたら橘は無事に目を覚ますかもしれないし、はたまた何かしら体に異常をきたして目を覚ますかもしれない。または最悪の結末として橘の魂が消滅してしまい、二度と目覚める事が無くなってしまう可能性もあるのだ。

 

「と、巴ちゃんが死んじゃう……?」

 

「おい!みやび!?」

 

険しい表情で言った幽々子の言葉に、みやびは唖然として床に座り込んでしまう。

どうやら彼女は幽々子たちが橘をちゃんと無事に生き返らせてくれると信じていたようだ。しかし現実というのはそこまで甘くはない。

いくら幽々子たちが幻想の存在であり、役に立つ能力を持っているとしても、古今東西現実というものには誰も勝てないのだ。

 

「っ……他に方法は無いんですか!?」

 

床に座り込んでしまったみやびに寄り添う透流がそう聞くも、映姫は首を横に振った。

 

「残念ながら今すぐに出来る方法はこれしか……。もう少し時間に余裕があれば、もっと確実な方法もあったと思うのですが……っと、今はそんな話をしている場合ではありませんね。どちらにしてもやってみないと何も始まりませんし、早くしなければ手遅れになります」

 

映姫は改めて幽々子を見据える。

 

「幽々子、そういう訳ですからーーーやってくれますよね?」

 

「……ええ、それについてはもちろんやらせてもらうわ。そうじゃないと私がここに来た意味も無いし……。ただ本当に上手く行くかなんて分からないわよ?そもそも成功する可能性すらあるか分からないし……」

 

「それについては影月さん、そして皆さんの頑張り次第で変わるでしょう」

 

「俺たちの……」

 

「頑張り次第……?」

 

発言の意味が分からない透流やユリエなどは首を傾げるが、影月だけは全てを悟ったのか表情を変えた。

 

「つまりは俺の能力と皆の思い次第……って事か」

 

「そういう事です。影月さんの確率操作で可能な限り成功率を上げ、橘さんと親しい貴方たちの思いによってさらに顕界へと戻ってくる可能性を少しでも上げます」

 

「なるほど……。兄さん、橘さんが無事に目覚める可能性はどれくらいあるんですか?」

 

優月に問われた影月は橘の顔を数秒程見つめて、結論を出す。

 

「……無事目覚める可能性は大体30%。次いで橘の精神に異常が起きて目覚める可能性が約50%って所だな……」

 

「……どちらにしても可能性としてはあり得るんですね?無事に目覚める事は」

 

「なら十分じゃないか。どっちにしてもやらなきゃ橘は救えないって事に変わりはないしな」

 

「ヤー、その通りです」

 

「うん!早く巴ちゃんを助けないと!」

 

「ええ!なら早速やりましょ!」

 

「ふんっ、手遅れになる前にさっさと助け出すぞ」

 

「皆……」

 

「ふふふ……彼ら彼女らは皆、貴方を信じていますわ。無論、それは私や幻想郷の者たちとて同じ事ーーー」

 

そう言った朔夜の言葉に揃って同調する全員を見て、影月は顔を綻ばせる。

 

「ーーー皆、ありがとうな。元々こうなってしまった原因は俺なのにここまで手伝ってくれて。紫や幽々子たちも……」

 

「構わないわ。むしろお礼を言いたいのはこちらの方よ。ーーーありがとうね。私たちを頼ってくれて……」

 

そう言って微笑むのは紫。その微笑みには彼女が普段纏っているような胡散臭さは感じられず、本当に心の底から感謝をしている気持ちがここにいる全員に伝わっていく。

そんな紫に幻想郷の住民たちは、まるで信じられないものを見たかのように一瞬目を見開き、次の瞬間には紫と同じような笑みをこぼした。

 

「……ええ、本当にそうね」

 

「ふふふっ、確かに……」

 

「まあ、私は今の所何もしてないけどね」

 

「そんな事無いさ。あの時萃香に決闘を申し込まれて無かったら、俺たちは早い段階で幽々子や映姫に会えてなかったよ。もし二人に会うのがあの時じゃなくてもう少し後だったとしたら……完全に手遅れになってたかもしれないんだ。そういう意味では一番萃香に感謝してるよ」

 

「おやおや、随分と嬉しい事を言ってくれるねぇ」

 

そう言って笑う萃香の顔は若干赤くなっていた。それは酒の影響なのか、それともーーー

 

「ほらほら!お互いにお礼を言い合っている暇は無いぜ?早くしないと……」

 

「ああ!じゃあ始めようか!」

 

『ああ!(はい!)(ええ!)』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーでは始めます」

 

そう言った映姫は橘の体に手を当てて、目を閉じる。

 

「我ら、汝の御霊を探す者なり」

 

そして映姫の言葉と共に、橘とその周りにいる者たち全員を包み込むような光り輝く魔法陣が現れる。

 

「汝はまだ死していない。生に溢れているのだから、断崖の果てから今こそ逃れ出よ」

 

映姫の箴言によって魔法陣が黄金の光を放ち始める。その輝きは病室内を明るく照らし、同時にこの世の全てを破壊せんとする圧倒的な力の奔流が溢れ始める。

 

「こ、この力は……!?」

 

「ラインハルト……!」

 

その力は影月たちにとっては決して忘れもしないものでーーー

 

「ーーーそ、そんな……こんなのありえないわ……!」

 

「……何なの、この力は……!」

 

幻想郷の者たちにとっては初めて感じる途轍も無い圧倒的かつ絶対的な力に恐れ戦く。

 

 

それはかつてこの世の全てを鉄風雷火の三千世界へと塗り変えようとした地獄の覇道。

終わり無き戦いを求め続ける者たちが夢見た理想郷。

死して尚も蘇り、森羅万象遍く全てを破壊し、壊した事の無いものを見つけるまで永遠にどこまでも進軍を続ける髑髏の軍勢。

その理の名はーーー

 

 

「これが……黄金の獣……修羅道至高天……」

 

 

破壊の愛を謳う戦神であり、黄金の獣と呼ばれた男、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒが提唱した理。

その理のほんの一端に触れた紫が呟いた言葉は、誰の耳にも届く事無く力に飲まれて消えていく。

 

「っ……はぁ……はぁ……これで……向こうとこちら側とが一時的に繋がりました……。私は……これを維持するだけで精一杯なので……後の事は幽々子ーーーそして皆さんに任せますよ……」

 

ラインハルトの異界、グラズヘイムへと繋がる扉を開いた映姫は全身から汗を流し、苦痛の表情を浮かべながら言う。

 

「さあ、それじゃあーーー行きましょうか」

 

そしてグラズヘイムへの扉が完全に開いたその刹那、幽々子は橘の魂を探す為にありとあらゆる神経を研ぎ澄ませ、グラズヘイムへと繋がる扉に向かって飛翔する。

 

「俺たちも行くぞ!!」

 

そんな幽々子からほんの僅かだけ出遅れた影月たちもまた扉に向かって走り出す。そして一足先に異界へと繋がる扉へと辿り着いた幽々子は果てが見えない奈落へと飛び込んだ。

 

「っ!!!」

 

そして幽々子がグラズヘイムへ入り込んだ瞬間、幽々子の魂に数百万を優に超える混沌が容赦無く襲いかかり、彼女をこの地獄へと飲み込もうとする。

本来覇道神が作り出した世界というのはその性質上、自らの世界と異なる色の異物が自分の世界の中に現れた場合、大抵は問答無用で取り込んで自分の色へ染め上げようとする。

それはこのグラズヘイムも例外では無く、今この世界に侵入してきた異物である幽々子を、グラズヘイムは問答無用で飲み込もうとしているのだ。

 

(くっ……!)

 

全方向から恐ろしいという言葉すらも陳腐に思える混沌に飲まれた幽々子は抵抗するも、圧倒的な力の差に抗えずにグラズヘイムの深い闇へと落ちていく。

 

(ああ……やっぱり私だけじゃダメね……)

 

どう足掻こうとも絶対に叶わない力によって落ちていく幽々子は全く進む事も出来ずに終わってしまったと諦めて目を閉じる。しかしーーー

 

「させるかぁ!!」

 

その声と共に地獄の闇に飲まれていく幽々子の手を掴んで引き上げたのは、創造位階となっている影月だった。

影月は幽々子を引き上げると同時に抱き寄せて、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫か?幽々子?」

 

「あ……影月くん……」

 

「兄さん!幽々子さん!」

 

すると今度は影月と同じく創造位階となり、辺りを明るく照らす光を発している優月が、死者の海を掻き分けて接近してくる。そんな優月の近くにはーーー

 

「幽々子!無事!?」

 

「幽々子さん!」

 

「紫……皆……」

 

紫や萃香などの古くからの親友たちや、先ほど知り合ったばかりの透流たちがいた。

それを見て影月は幽々子に笑いかける。

 

「全く……早く助け出さなきゃいけないのは分かるけど、先に一人で行かなくてもいいだろ?」

 

「っ……ごめんなさい……」

 

「まあ、別にいいさ。それよりも……」

 

影月は辺り一面が闇で覆われた地獄の中で、ある一点の方向を見据える。

 

「あっちか」

 

そう呟いた影月は手に持っていた神槍をその方向へと向ける。

 

「待ってろよ、橘。俺がーーー俺たちがお前を地獄(そこ)から救ってやるから」

 

その宣言と共に神槍から銀色の一閃が放たれ、グラズヘイムに一瞬の間だけ道が指し示される。

 

「さあ、行きますよ!!」

 

そして兄が差し示したその道を妹の優月は、皆を引き連れて駆け抜ける。

彼女の纏う光は一層強く光り輝き、日の光をも飲み込むグラズヘイムを黎明の光の如く照らし出す。

 

 

 

 

 

そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あの光は……?」

 

その光は橘がいるヴェヴェルスブルグ城にまで届いていた。

橘は廊下の窓から差し込む優しくも強い日の光を見て、首を傾げる。実際グラズヘイムには太陽や月といったようなものは無い為、窓から日の光が差し込むなんて現象は起こりえないのだ。それをラインハルトから聞いていた橘がそのような反応を示すのは至極普通の事だと言えるだろう。

 

「ほう……」

 

一方、橘の隣を歩いていたラインハルトはその光を見て、深く笑みを浮かべていた。

 

「なるほど、そう来たか。まさか創造位階で私のグラズヘイムを多少とはいえここまで照らせるとはな。カールが少々手を加えただけとはいえ、この短期間でよくここまで成長出来たものよ」

 

「……?あの……」

 

「ああ、突然すまないな。少し物思いに耽ってしまった。さて、それでは私もそろそろ卿を見送るとしようか」

 

「……はい?」

 

そう言ったラインハルトは橘の手を取り、ヴェヴェルスブルグ城のバルコニーへと出る。

 

「この辺りで十分か」

 

「あの……私を見送るとは……?」

 

「あれを見たまえ」

 

ラインハルトが指す方向には先ほどから周囲を明るく照らし出している光源が存在していた。

 

「そういえばあれは何なのですか?」

 

それを見て橘は首を傾げながらラインハルトへ問う。

それにラインハルトは今だ気が付かない橘に呆れながら答える。

 

「卿はあれを見ても分からないのかね?」

 

「?はい……」

 

「……ここまでくれば大抵は察せると思うのだがな……。卿、朴念仁と言われた事は無いかね?」

 

「うっ……い、言われた事あります……」

 

橘は色んな人たちから指摘される自分の欠点を改めて自覚し、俯いて肯定する。

ましてやそれをあのラインハルトに指摘されたのだ。橘は死んでしまいそうな程の羞恥を感じて顔を真っ赤にしていた。

 

「まあ、それはよい。それよりも改めて見たまえ。卿の強化された視覚ならもう見えるであろう」

 

そう言われ、羞恥からある程度立ち直った橘は目を凝らしてその光源を見つめる。

そしてその光源を数秒程見つめた後ーーー橘は驚いたように目を見開いた。

 

「な……!?あれは……!?」

 

「理解したかね?あれの正体を」

 

そうラインハルトが問いかけた刹那ーーー

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と共に飛来してきた銀色の光線を、ラインハルトは瞬時に形成した聖槍で弾き飛ばす。

その直後、ほぼ同時に聞こえる速さで発射された十三発の銃弾がラインハルトの頭や心臓、腕や足目掛けて飛んでくる。

 

「ーーーーーー」

 

しかし、ラインハルトの魔眼はそれら全ての銃弾の軌道を予測、先ほどの銀色の光線と同様に聖槍で弾き飛ばした。

 

「随分と手荒なご挨拶だな。しかしこのような状況を考えればそれも致し方ないか」

 

そう聖槍片手に呟いたラインハルトの目の前に、《焔牙(ブレイズ)》を手にした優月たちが着地する。

 

「大丈夫ですか?巴さん」

 

「巴ちゃん!」

 

「優月、みやび!それに如月に皆まで……!」

 

「ふふ、お待たせしたわね。巴」

 

「ふんっ、どうやら怪我も無いようだな」

 

「あ、ああ……」

 

橘となんとか再開出来た優月たちは彼女の無事な姿を見て、安心して息をはいた。

 

「では時間も無いので早くしましょう!幽々子さん!」

 

「ええ、早速始めるわ」

 

「え……?あ、貴女は……?」

 

「私?そうねぇ……貴女を助けに来ただけのしがないお姉さんよ♪」

 

「……は、はぁ……」

 

「む〜……反応悪いわねぇ。まあいいわ」

 

一方、ラインハルトの目の前には神槍を構えた影月が皆を守るようにして立っていた。

そんな彼に対し、ラインハルトはまるで昔からの友人に話しかけるような気軽さで話しかける。

 

「久しいな、《異常(アニュージュアル)》よ。確か最後に卿らと話したのは五ヶ月程前だったか。元気にしていたかね?」

 

「ああ、もちろん変わらず元気だったさ。それにお前の親友のお陰でこんな友まで出来たよ」

 

影月は神槍をラインハルトに向けながら、後ろで橘に反魂の術を掛けている幽々子や、それを手伝っている紫、萃香を横目で見て笑う。

それを聞いたラインハルトもまた、深い笑みを浮かべた。

 

「ふむ、新たな世界の新たな友か。ーーーカールよ、これも卿に言わせれば女神の為と答えるのだろうが、それでも随分と粋な事をする」

 

「影月!反魂の術を掛け終えたわ!」

 

影月の背後から紫が準備完了の声を上げる。それに頷いた影月は彼女たちに先に行けと促した後、ラインハルトと視線を交わす。

 

「さて、それじゃあ俺たちは彼女を連れて帰らせてもらうが……構わないな?」

 

「無論。それについて私からとやかく言う気は無い。そも、彼女は卿らの仲間であろうに」

 

「……追撃は?」

 

「別段しようとも思っておらん。今回は卿らがこうして私の世界へと入り込み、素晴らしい未知を見せてくれただけで結構。それに先ほどまでもてなしていた客人に剣を向ける程、礼儀を弁えていないわけでも無いしな」

 

「それはまた……ありがたい事だな」

 

「しかしその代わり、次に会う時は加減などせずに相手をしてやろう」

 

「ほう……いいだろう」

 

ラインハルトの言葉に不敵に笑った影月は、ヴェヴェルスブルグ城のバルコニーから飛び立とうとして最後に振り返る。

 

「なら約束するぜ。次にお前と会うまでに俺たちは強くなる。そしてーーーお互いに全力を出せる戦いをしようぜ」

 

「ーーーーーーふふふ……ふはははははははははは!!」

 

影月の真正面からの勝負申し込みにラインハルトは一瞬言葉を失い、次の瞬間グラズヘイム全てが大きく揺れる程の豪笑を上げる。

そしてーーー

 

「相分かった。では、その誓いにこそーーー」

 

祝福よあれと告げたラインハルトに影月は笑みを浮かべてーーー最後に何かを思い出したかのようにまたラインハルトへと振り返った。

 

「あ、そういや最後に一つだけ……。《狂売会(オークション)》の時、色々と手を回しておいてくれてありがとう。朔夜に変わって礼を言うよ」

 

「ああ、別に構わぬよ。私とて《狂売会(あれ)》には少なからず興味があったからあの時干渉したまでの事だしな」

 

「それでもだ。ザミエルにもお礼を伝えておいてほしい。それじゃ……」

 

そう告げた影月はバルコニーから飛び立ち、先に向かった優月たちを追いかけて駆け抜けて行った。

 

「刹那と違い、律儀な男だ。そしてーーー面白い」

 

それを見送るラインハルトは少し苦笑いして踵を返す。

 

「さて、カールよ。我らもまた、準備を始めようか」

 

ラインハルトの黄金に輝く双眸がグラズヘイムの空を射抜く。

その影響なのかーーーグラズヘイムの空が一瞬不気味に揺れたように見えたのは、決して気のせいでは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、影月たちは元の自分たちの世界へと戻る扉に向かい、光となって駆け抜けていた。

その速度は常人どころか、相当な実力者ですらも補足出来ない程のものであり、もはやこの世界の混沌程度では止められない程の速さとなっていた。

なぜ彼らがここまで速く駆け抜ける事が出来るのか。それは優月の創造によって彼ら全員の身体能力などが、底から引き上げられている事に他ならない。

優月の願いもまた、影月と同じ他者に影響を及ぼす覇道なのだ。

 

「……なんとか戻る事が出来そうね……」

 

「そうね……それにしても、あれ程の力を持つ者がいるなんて……」

 

そう言う紫や幽々子の顔色は優れない。他にも萃香や以前ラインハルトと対面した透流たち、さらには安心院ですらも似たような顔色である。みやびに至ってはあれ程間近でラインハルトと対面した事は無かった為、恐怖で涙目となっている。

そんな彼女たちに対し、影月と優月の顔色はごく普通で、今この場では完全に浮いていた。しかしその表情は二人とも険しい。

 

「分かったか?あれがラインハルト・ハイドリヒーーー今の俺たちじゃ、束になっても勝てない男だ」

 

「…………ええ、改めて理解したわ。あんなデタラメな存在ーーーたとえ幻想郷や魔界などの異界に住む者たち、果ては月の連中の手を借りても勝てないわね……」

 

「……私は今まで千三百年位生きてきたけど、あんなに規格外な奴には会った事が無いね。……不老不死となってほとんど恐怖を感じなくなった私だけど……あの男だけは別だ。不老不死になってから初めて怖いって思ったよ」

 

幻想郷の賢者でかなりの実力を持つ紫や、不老不死の妹紅がそこまで言うのを聞いて影月たちも頷き、改めてラインハルトがそれ程までに異常な存在なんだと再確認する。

 

「っと、そろそろ顕界に着くぞ」

 

「ふぅ……やっと娑婆の空気を吸えるわね」

 

「それどう考えても亡霊の言う言葉じゃないよな……。さて、後は橘が上手い事目覚めるかどうかだな……」

 

橘の魂を片手に息をはく幽々子に、影月は苦笑いしながら皆と共に顕界の扉へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 幽々子

 

「……一先ず終わったわ」

 

橘ちゃんの体から手を離した私は、一つ小さく息をついてから後ろにいる人たちに向かって言った。

すると皆は安心したように息をはいて、各々緊張がほぐれたかのように椅子に座ったり、立ったまま壁に背中を預けたりする。

 

「とりあえずは一安心か……ありがとうな」

 

「どういたしまして〜♪……とはいえ、橘ちゃんが目覚めるのにはちょっとだけ時間が掛かると思うけれど……」

 

「それでも一先ずは全て終わりましたから、橘さんが目覚めるまで少し休みましょうか。あ、それから皆さん、橘さんの救出にご協力していただいて本当にありがとうございました」

 

四季様が綺麗な姿勢でお辞儀する姿を見て、やはりこの方はどこまでも真面目だなと内心思う。それが彼女のいいところであり、また悪いところなのだけれど……それは別の話。

 

「……はぁ……」

 

とりあえず私も久しぶりにかなりの力を使ったので、近くに置かれていた椅子に遠慮無く座って休む事にする。

 

(はぁ〜……疲れたわねぇ……何か甘いものでも食べたい……)

 

「……幽々子」

 

「何かしら」

 

「貴女今、疲れたから何か甘いもの食べたいとか思ってないわよね?」

 

あら、紫ったら分かってるじゃない。伊達に千年以上親友やってるわけじゃないわね。

 

「あらまあ、よく分かったわね」

 

「だって顔に書いてあったんだもの。何か甘いものでも食べたいってね」

 

「…………本当に?」

 

「ええ、はっきりと」

 

……私って以外と分かりやすかったりするのかしら。

 

「幽々子さんって普段は飄々としていて何考えてるのか分からない時が多いですけど、食べ物の事を考えてる時だけ分かりやすいですよね」

 

「なんかものすごく幸せそうな顔するよな」

 

幸せそうな顔……ね。確かに私が一番幸せだと感じる時間と言ったら、美味しいものをお腹いっぱい食べている時なのだけれど……無意識の内に表情に出ていたのねぇ。やっぱり生きてると色々な喜びとか幸せを経験するけど、その中でも食べる事の喜びや幸せは格別だから表情に出るのかしら?

 

「まあ、別にいいんじゃないか?俺も好きなもの食べてる時とかは幸せだぜ」

 

「貴様の好きなものはもっぱら肉しか無いだろう」

 

「透流、セロリを食べてる時はどうだ?幸せか?」

 

「ナスを食べてる時はどうだい?」

 

「……影月、安心院、お前ら俺がセロリとナス嫌いなの知ってて聞いてるだろ!?」

 

「「うん」」

 

「あらあら、好き嫌いはいけないわよ?そうねぇ……セロリは例えば豚肉とセロリの辛み炒めとかで食べると美味しいわね。ナスはトマトやひき肉と一緒に炒めたのとか美味しいわよ。あ、今度私が作ってあげてもいいわよ?」

 

一応、お料理はそれなりに出来る私である。普段は妖夢がいるから私から積極的に作る事なんて滅多に無いけれどね。

 

「あら、透流くんよかったわね?幽々子の作る料理は絶品よ?」

 

「うふふ、紫には敵わないわよ」

 

「へ〜……幽々子さんって料理出来たんですね……それに紫さんも?」

 

「まあ、少し嗜む位にはね」

 

「幽々子はただの大食家じゃないからね〜。ちなみに私や紫も結構前に幽々子の料理を食べた事があるけど、かなり美味しかったよ。紫のも結構美味しかったし♪」

 

一応味については萃香や紫に太鼓判を押される位には美味しいらしく、以前風邪で寝込んでしまった妖夢に作ったあげた時も、「幽々子様の料理……美味しいです!」と言って完食してくれた。まあ、紫の作る手料理の方が私の料理より何倍も美味しいけれど。

 

「幽々子さんってただの大食家じゃなかったのね……」

 

「失礼ねぇ。私はただちょっと食べるのが好きなだけよ」

 

『……ちょっと?』

 

……何よ、紫も萃香も影月くんたちも私に半眼を向けて……。

 

「白玉楼のエンゲル係数70%を叩き出す原因が何を言っているのかしら……」

 

「えっ!?」

 

「エンゲル係数70%だと!?」

 

「ーーーーーー」

 

「……リーリス、トラ、エンゲル係数とは……?」

 

紫の言葉にリーリスちゃんやトラくんが驚き、朔夜ちゃんは唖然としている。というかエンゲル係数とやらは私も初めて聞く言葉ね。どうやら私の他にも透流くんやユリエちゃん、みやびちゃんも知らないみたい。

 

「エンゲル係数ってのは、家計の消費支出を占める飲食費の割合の事だぜ」

 

「ちなみに日本の一般家庭の平均エンゲル係数ーーー要するに食費は20%弱位だから……そう考えるとエンゲル係数70%ってかなりすごいもんだって分かるだろ?」

 

「しかもこれ、幽々子一人でこの%なのよ……」

 

「しょ、食費で70%……」

 

「ヤ、ヤー……」

 

「しかも一人でって……ゆ、幽々子さんって一体……」

 

なるほど、エンゲル係数ってそういう意味の言葉なのね。それにしても一般家庭だったら20%弱程度とは……皆はもっとお腹いっぱい食べないのかしら?

 

「本当にピンクの悪魔だよね」

 

「……本当にね。ああ、そんな話をしてると思い出したくない事を思い出すわ……」

 

紫が頭を抱えながら蹲る。と思ったらゆっくりと顔を上げて、どこか焦点の合ってない目でぽつりと一言ーーー

 

「もう奢ってあげるなんて絶対に言わないわ……」

 

「あら、紫ったらもう奢ってくれないの?」

 

「……ええ。少なくとももう二度と遠慮無く食べていいとは言わないわ。なんたって前に遠慮無く食べていいって言ったら軽く一千万を超える金額を食べられたもの……」

 

『一千万!!!??』

 

「あ〜、あの時の事ね♪だって遠慮無く食べていいって言ってくれたじゃない♪それにお金だってそれなりにあったし、どれ位食べるか大体予想してたんでしょ?」

 

「……ええ、お金はあったわ。でもねぇ……まさか親友の食事代で貯金の約三割も持っていかれるなんて予想出来るわけないでしょ!!」

 

紫でも予想出来なかったのねぇ。まあ、実際の所ちょっと遠慮無く食べ過ぎたかなとは思っている。後悔と反省は微塵もしていないけれど。

 

「それに貴女、私があそこで止めなかったらもっと食べる気だったでしょう!?正直ねぇ、私はあそこでやめてって言ってよかったと思ってるわ!だってあの勢いで食べ続けてたら一億なんかすぐに超えたもの!!」

 

『ーーーーーー』

 

「あら、貴女が貯金してる額の方がまだまだ多いじゃない♪正直、もっともぉ〜っと食べたかったわぁ♪自分の胃袋の限界を知りたい位までね♪」

 

「ちょ……それは本当にやめて……私のお金も無くなるし、幻想郷が食糧危機に陥るわ……」

 

む……確かに幻想郷の食糧危機はダメね。私の食べるものが無くなっちゃうし。

 

「冗談よ♪本当にやると思ったの?」

 

『うん』

 

紫や萃香だけじゃなく、影月くんたちまで本当に私がそこまで食べると思ってたのね。ひどいわぁ、そこまでやる程私は食い意地張ってないのに……。

 

「兄さん、今日の夕食は絶対に戦争になりますね」

 

「ああ、先に行って自分の食べる分確保しないと飯抜きになるだろうな」

 

「……後で食堂の方に、今日から作る量を増やすようにと連絡しておきますわ」

 

あら、私の為に作る量を増やしてくれるなんて嬉しいわね♪

 

「……幽々子、あまりにも多く食べ過ぎたら問答無用で幻想郷に強制送還するからな」

 

「…………気を付けるわ」

 

……少し食べる量を自重しましょうか……影月くんの目が本気(マジ)で送還するからな?って言ってるし。

私だって折角こんな面白そうな未知の世界に来れたというのに、自分の食欲のせいでそれを台無しにはしたくないし……。

そんなたわいの無い会話を繰り広げているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……」

 

ベッドで眠る橘ちゃんから短い呻き声が聞こえ、私たちは揃って彼女を見る。

 

「う、うぅん……ん……ここは……?」

 

「橘!!」

「巴ちゃん!!」

 

寝ぼけ眼で部屋を見回す橘ちゃんに影月くんとみやびちゃんが同時に呼び掛けて、みやびちゃんが泣きながら抱きついた。

他の皆も橘ちゃんのベッドの周りに集まってくる。

 

「よかった……!無事に目覚めて……!」

 

「みやび……?如月も……っ!そうか……そうだったな……私はキミたちに助けられて……」

 

「ああ……本当にごめんな。助けに行くのが遅れて……」

 

「いや……別に構わんよ……。それにまさか助けに来てくれるとは思ってなかったしな……ましてや私のいた場所が場所だったから尚更……」

 

「友人を救う為ならどんな場所だって関係無いさ。俺たちは絶対に助けに行くからな」

 

はっきりとそう告げた影月くんに橘ちゃんは、驚いたように目を見開いた後に優しく笑う。

 

「そうか……ありがとう」

 

「どういたしましてーーーって言いたい所だが、お礼を言う相手は実際俺より幽々子や映姫だったりするんだよなぁ……」

 

「え……?」

 

影月くんが私と四季様を見て苦笑いを溢した。

そんな彼へ四季様も笑みを返した後、橘ちゃんの顔を覗き込んだ。

 

「橘さん、ご気分はどうですか?」

 

「貴女は……?」

 

「おっと、そういえばお初でしたね。初めまして、私は四季映姫と申します。今回貴女をなんとしても助け出してほしいという頼みを影月さんたちから受けまして、幻想郷からやってきました」

 

「幻想郷……確か妹紅の住んでた世界だったな……って事はそちらのお三方も……?」

 

「ええ、私は西行寺幽々子よ。そしてこっちの扇で口元を隠してる胡散臭い女性が八雲紫。そしてこっちで呑んでるのが伊吹萃香よ」

 

「よろしくね〜」

 

「……まさか千年以上付き合ってる親友に胡散臭いって言われるなんて思ってなかったわ」

 

え〜、そんな事言ったって実際胡散臭いのは事実じゃない。

そう内心思っていると、橘ちゃんは体を無理やり起こそうとする。

 

「ん……っ……」

 

「巴ちゃん!ダメだよ、無理して体を起こそうとしちゃ!」

 

「はは……でもな、みやび。私を助けてくれた恩人たちが目の前にいるのだ……その人たちに向かって私が寝たままお礼を言うのは失礼だろう……」

 

「全く相変わらず真面目だな……ほら」

 

「巴、あたしも肩を貸すわ」

 

「くっ……すまないな、二人とも……」

 

仕方ないなといった感じの苦笑いを浮かべた影月くんは橘ちゃんが体を起こすのに手を貸す。それを見たリーリスちゃんも反対から肩を貸して、体を起こすのを手伝う。

 

「はぁ……体が重い……かなり筋力が落ちてるな……」

 

「二週間位寝たきりだったからな……まあ、少し体を動かせばすぐに元の調子に戻るだろ。でも今は少し休んだ方がいい」

 

「そうだな。まだ目覚めたばかりで体もそんなに慣れてないだろうし」

 

確かに妹紅や透流くんの言う通りね。いくら体が普通の人よりも丈夫と聞く《超えし者(イクシード)》でも、それだけ長い期間体を動かしてなかったら色々と辛いでしょうし。

 

「お礼は貴女が元気になってからでいいわよ。今は透流くんやもこたんの言う通りに休みなさい」

 

「もこたん言うなぁ!」

 

「えぇ〜、親しみやすくていいじゃない♪も〜こたん♪」

 

「やめろぉ!なんかそう呼ばれるとむず痒く感じるんだよ!」

 

「いいわね、もこたん♪」

 

「くはっ、可愛いじゃねぇか!もこたんってよぉ」

 

「もこたん……すごく可愛いじゃないですか♪」

 

「ほらぁ!幽々子がそんな事言うから早速リーリスと月見と香ちゃんが使い始めたじゃないかぁ!」

 

「別にいいじゃない♪減るもんじゃないんだし♪」

 

そしてギャーギャーと騒ぎ出す妹紅やそれを煽ったりする月見ちゃんたちによって、病室は一気に騒がしくなった。

その様子を見ていた橘ちゃんは笑みを浮かべる。

 

「ーーーふふっ、私が眠っている間に随分と騒がしい知り合いが増えたものだな」

 

「あら、騒がしいのは嫌いかしら?」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。むしろこうして皆で楽しく騒げるのは私も好きですからね」

 

「……そう、ならよかったわ♪」

 

私が笑いながらそう返すと、橘ちゃんもまた笑ってくれる。

 

「こらこら、皆ここは病室ですのよ?あまり騒がしくしないでいただけませんこと?」

 

「そうですよ。他の病室にいる方たちに迷惑です。それでもまだ騒ぐというのなら、私から皆さんに少しお話させていただきますが、構いませんね?」

 

『うっ……ご、ごめんなさい……』

 

呆れながらも咎めてくる朔夜ちゃんと、静かに怒気を浮かべる四季様に私たちは揃って謝る。

四季様は少しと言っているけれど、あの四季様の事だから絶対に少しじゃないだろうし。

 

「ははは……あ、そういえば橘、お話で思い出したけど……説教どうする?今受けるか?」

 

「む……な、なあ如月。あれから二週間も経っているのだから流石に勘弁してくれないか?」

 

「……なら、少しは自重して叫ぶのをやめてくれるか?」

 

「う、うむ……ぜ、善処しよう……」

 

橘ちゃん、目が泳いでるわ……。内容がどんなものか知らないけれど、あれは正直やめれるかどうか難しい感じね……。

 

「……分かったよ、許そう。でももしまた叫んで大事になったら、映姫を交えて説教するからな」

 

「わ、分かった。以後気を付けよう」

 

「ならいい」

 

そして橘ちゃんと話を終えた影月くんは全員の顔を見回して言う。

 

「さて、それじゃあこれからここにいる全員でティータイムでもしながら幻想郷の話でもしようか。朔夜たちも幻想郷の話、聞きたいだろ?」

 

「ええ、是非」

 

「もちろんよ。サラ、全員分のミルクティーを淹れてちょうだい♪」

 

「はい、お嬢様」

 

「あ、それと何か甘味も出してくれないかしら〜?さっきから小腹が空いてるのよね〜」

 

「……畏まりました。少々多めに作ってきます故、お待ちください」

 

「……サラさん、私も手伝います。というか手伝わせてください」

 

「サ、サラさん、その……わ、私も手伝わせてください!」

 

「優月さんにみやびさん……分かりました。……お二人ともありがとうございます。正直な所、先ほどの話を聞いていてどうにも私一人で作るのはちょっと厳しいのではないかと思っていたので……」

 

「分かってますよ……」

 

「まあ、あんな話を聞いちゃったら……ね」

 

「ちょっと三人とも、聞こえてるわよ」

 

三人とも小声で話しているけれど、私や周りには丸聞こえである。

 

「安心しなさい。こっちの世界にいる間、食べる量は自重するわ」

 

『…………』

 

「本当よ」

 

今回ばかりは私も本当に自重するつもりだ。そうしないと四季様や影月くんからキツく叱られそうだし、本当に強制送還されてしまいそうだ。

 

「……はぁ、分かりました。でも一応いつもより多く作ってきますからね。それじゃあ私たちはお菓子とミルクティー作ってきます」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

それから三十分後、三人はあったかいミルクティーと出来たてのクッキーなどのお菓子を持ってきて、午後のおやつの時間兼雑談が始まった。

正直、私はいつもより自重して食べていたからものすごく食べ足りなかったけれど……橘ちゃんや影月くんたちの笑顔を見ていると、そんな思いもどこかに吹き飛んでいってしまう。

 

「……素敵ね。こうして人間と人外が幻想郷以外で楽しく過ごせるなんて……」

 

私はミルクティーを飲みながら、誰に言うわけでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその後の夕食時に、つい我慢が出来なくなって少しばかり多めに食べてしまい、影月くんと四季様に三十分位説教されたのだが、それはまた別の話ーーー

 

「……映姫、紫を呼んでくれるか?相談してやっぱり幽々子を幻想郷にーーー」

 

「待って!お願い、本当に待って!!」

 

ーーーその後、恥や外聞も無く彼に泣き付いて帰さないでと頼み込んだのもまた別の話……。

 

 

今度から五十万円以上は食べないようにしよう……。

 




今回のお話はいかがでしたでしょうか?
メルクリウスのドイツ語部分はグーグル先生の翻訳から色々と試して引っ張ってきたので、実際間違ってるかもしれませんが、その辺りはご容赦ください。

さて、dies iraeのアニメ始まりましたね。実際0話から見てて、個人的には結構いいんじゃないかなと思っています。そもそも好きなゲームのアニメ化なんてそれだけでも嬉しいものですからね。批判も結構多いみたいですが……まあ、それはそれということで。

さて、次の投稿もまた期間が空くかもしれません。本当にこればかりはどうにもならないのでどうかご容赦を……。

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします。


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第六十二話

皆さんお久しぶりです。
それなりに待たせてしまい、申し訳ありません。今回も是非楽しんでいってください。ではどうぞ!



side 影月

 

幻想郷から戻ってきた次の日の朝、朝食を食べ終えた俺たちは二週間振りとなる教室へ向かっていた。

 

「はぁ……幽々子の奴、なんとか今朝は食べる量を減らしてくれたな……」

 

「そうですね。……なんたって昨日の夕食はあんな事がありましたからね……」

 

 

 

 

 

 

『いっただっきまぁ〜す♪』

 

 

ムッシャア……

 

 

『!!!??』

 

幽々子が笑顔でいただきますと言った瞬間、ビュッフェの料理の約七割が一瞬で消え―――いや、幽々子の腹の中へと収まったようだ。

 

『ん〜♪おいひぃ〜♪どれもこれも美味すぎて口と手が止まらないわぁ♪』

 

『な、な……!?』

 

『い、一瞬でビュッフェの料理が……!?』

 

いきなり目の前で起きた信じられない現象に俺たちのみならず、食堂に居た人たち全員が呆然、そして戦慄する。しかしそんな周りの反応を気にしていない幽々子は目を輝かせながら、周りにいる人たちの料理へ視線を向けた。

 

『あ、そこの貴女が持ってる唐揚げいただけないかしら〜?』

 

『えっ!?―――ああっ!私の!!』

 

『もぐもぐ……♪あ、そこの貴方のパスタもいただき〜♪』

 

『あっ!?俺のパスタがっ!?』

 

『ちょ、幽々子さん!?』

 

『りょ、料理が一瞬で消えていく……』

 

そんな他人の料理すらも食べていく食欲魔人は、一向に食べる速度を緩めない。

 

『『………………』』

 

『ひっ!?え、影月くんと映姫さん……?目が怖いよ……?』

 

『あちゃ〜……やっぱり我慢出来ずに振り切れちゃったみたいだねぇ……』

 

『……映姫、やっぱり彼女……』

 

『……ええ、言わなくても分かってます。ですがまずはこの被害をなんとしても止めなければなりません』

 

『ん〜♪このお刺身も美味しい〜♪あ、こっちのチキンも―――美味し過ぎるわ〜♪』

 

『おい!それは僕のだ!』

 

『俺のチキンが……俺のチキンが……!』

 

トラが怒鳴り、透流が落ち込む中、幽々子は次の標的として妹紅へと向かった。しかし幽々子の狙いは妹紅の持っていたお皿では無く―――

 

『はむっ……。う〜ん、こっちの焼き鳥も美味しいわぁ〜♪』

 

『ちょ、おい幽々子!!私は焼き鳥じゃないぞ!?だから私の腕を食べるのはやめろ―――』

 

 

ブチィッ!

 

 

『うわぁぁぁ!!腕が!!腕がぁぁぁ!!!』

 

『きゃあぁぁぁぁ!!!妹紅さんの腕がぁぁ!!」

 

『はぁ〜……幸せ……♪』

 

『うっわぁ……すっげぇカオスだぜ……』

 

『……阿鼻叫喚ってこういう事を言うんですよね……』

 

『『……幽々子ォォォ!!!』』

 

 

 

 

 

 

……うん、安心院と優月の言う通り、めっちゃカオスで阿鼻叫喚地獄だったわ。

 

「妹紅ちゃんの腕が噛みちぎられた辺りから、周りも恐慌状態になったよね」

 

「いや、当たり前だろ!?誰だって他人の腕食って幸せって言ってる奴見たら悲鳴位は上げるって!」

 

中には失神して倒れた人もいた位だ。ちなみに腕を噛みちぎられた妹紅はあの後、一瞬で腕を再生させてた。非常に不謹慎な事だが、本当に不老不死ってこういう時役立つなって思った瞬間だった。……そんな状況で役立つってのも嫌だが。

その後、俺と映姫は優月や他の生徒たちと協力して暴食の限りを尽くしていた幽々子を取り押さえる事に成功。二人でがっつり説教した。

 

「冬眠に入った紫を呼ぶべきか迷ったけどなぁ……」

 

「幽々子さん、本気で泣きながら懇願してきましたよね……」

 

 

 

 

 

 

『さて―――幽々子、何か言いたい事はあるか?』

 

『……ええ、その……ごめんなさい。ついやってしまったわ』

 

『反省は?』

 

『…………してるわ』

 

『なんですか、今の間は』

 

『い、いえ!本当に反省してるわ!』

 

『……映姫、紫を呼んでくれるか?相談してやっぱり幽々子を幻想郷に―――』

 

『待って!お願い、本当に待って!!』

 

『待たん。釘を刺した側から派手にやらかしたからな』

 

『そ、そんな……!』

 

『影月さんがこう言ってるのです。諦めなさい』

 

容赦無く切り捨てる俺たちに幽々子は縋り付いてくる。

 

『い、いや……お願いよ!影月くん!』

 

『無理だ。諦めろ』

 

『……うぅ……』

 

『…………』

 

『……ねぇ、お願いよ……せめてもう一回だけチャンスをちょうだい……?』

 

涙目で許しを乞う幽々子だが……今回のは少しばかり許容出来る範囲を超えている。

一応復活したけど負傷者だって出たし。

 

『……映姫、紫は?』

 

『……まだ何の応答もありません。どうやら完全に眠っているようですね』

 

『そうか……折角寝れたのにまた起きてもらうのは偲びないが仕方ないからな。呼びかけ続けてくれ』

 

『はい』

 

『兄さん!本当に幽々子さんを幻想郷に送り返す気なんですか!?』

 

『当然』

 

『……影月君、もうそこまでにして今回だけは許してあげたらどうだい?幽々子ちゃんも本気で反省しているみたいだしさ……ほら』

 

『っ……グスッ……ヒグッ……ううっ……』

 

『幽々子さん、泣かないでください……。兄さん!映姫さん!本当に許してあげてくださいよ!可哀想じゃないですか!!』

 

『『…………』』

 

『グスッ、ほ、本当にお願いよぉ……こ、今度は気を付けるからぁ……!ヒック、だ、だから……!お願いだから帰さないで……!』

 

『幽々子ちゃん……』

 

俺に縋りながら、幽々子は涙を流して必死に懇願してきた。

その様子は本当に心の底から反省し、帰らせないでほしいという思いが伝わってくる。

 

『……はぁ……幽々子』

 

『グスッ……な、何?』

 

『反省、本当にしてるか?』

 

『うん……本当に悪かったと思ってるわ……』

 

『……もう今日みたいに見境無く食べたりしないか?』

 

『うん……しない……』

 

『本当に約束出来るか?』

 

『うん……絶対に約束する』

 

『…………よし、なら今回だけは許してやる。その代わり、次は無いからな?映姫もそれでいいか?』

 

『……この世界にいる限り、私は影月さんやここの方々の意見に従うまでです』

 

『っ!!あ、ありがとう……!……それと……ごめんなさい』

 

『お礼はいいって。……それに俺だって謝らなくちゃいけないな。悪かった、つい色々厳しく言ってしまって……』

 

『……いいのよ。私は、自分の食欲のままに行動してしまって、ここに居る人たちの楽しみを多く奪ってしまった……。それを考えれば、影月くんや四季様、皆の怒りも当たり前の事……本当にごめんなさい』

 

深々と俺たちに頭を下げた幽々子に俺は苦笑いする。

 

『幽々子のその気持ちはもう十分に受け取ったよ。それよりも今はさっき料理を食べてしまった人たちに謝ってきた方がいい。ほら―――』

 

『……そうね……うん。謝ってくるわ』

 

 

 

 

 

 

「それにしても、わざわざあそこまで言う必要はあったんですかね?正直、幽々子さんが本当に可哀想だったんですが……」

 

まあ、確かに言い過ぎたかなとは思っている。まさか本気で泣きながら縋り付かれるとは思ってなかったし、何よりそんな幽々子を見ていて心が痛んだ。

でも、だからと言って叱らずに放置するって事も出来ない。

 

「いいや、むしろあれぐらいしっかり釘を刺しておかないと、後々もっと大事になるかもしれないからな。あれぐらいで丁度いい」

 

実はあの時、映姫には紫を呼ぶように指示を出していたが、実際俺は紫を呼ぶ気は無かった。

あそこで紫の名を出したのは幽々子を本当に反省させる為だったのだ。つまりはハッタリ。

おそらく映姫もそれを分かっているだろう。

 

「紫を呼ぶって嘘に即興で合わせてくれた映姫には申し訳無い事をしたな……」

 

そういう意味で現在俺の中では凄まじいまでの罪悪感が渦巻いている。幽々子にかなりキツく言ってしまったし、映姫に対してはそんな俺の演技に付き合ってもらったのだから。

後で幽々子と映姫に謝りに行った方がいいな……。

 

「映姫さんは気にしないでくださいって言ってましたけどね」

 

と、そんな話をしている内に教室へ辿り着く。

 

「さて、二週間振りの授業か……」

 

「一時間目は確か数学でしたね。今まで出来なかった分、しっかりやらないと……」

 

「分からない所があったら、僕が教えてやるぜ」

 

「ああ、頼む」

 

そして教室へと入った俺たちは、クラスメイトたちに挨拶をしようとして―――

 

「あれ……?」

「んん?」

「んっ?」

 

ここに本来居る事の出来ない筈の人物を目にする。

 

「巴ちゃん!長い間入院してたって聞いたけど大丈夫?」

 

「ああ、なんとかある程度までは回復したよ。心配かけてすまなかったな」

 

「おはよう、今日から授業復帰か?」

 

「うむ、今日から授業に出てもいいと許可をもらったからな。まあ、戦闘訓練などは参加出来ないから見学するだけになるが……」

 

苦笑いしながらクラスメイトの質問に一つずつしっかりと答えていたのは、つい昨日までベッドの上で体を休めていた筈の橘だった。

俺たちは首を傾げながら、彼女に近付く。

 

「橘?」

 

「ん?ああ、如月達か。おはよう」

 

「ああ、おはよう……って待て待て」

 

「む?」

 

「何、普通に出てきてるんだよ?昨日目覚めたばかりで、色々と様子を見るから安静にしてろって言われただろ?」

 

「ああ、その事か……」

 

すると橘は苦笑いしながら答える。

 

「実は今朝、朝食を病室で食べた後、映姫さんがやって来てこんな事を言ってきたんだ」

 

 

 

『おはようございます。……どうやら結構元気が出てきたようですね。なら、早く準備して授業とやらに出ますよ。あ、お医者様に許可はもらってるので気にしないでください』

 

 

 

「……とな」

 

「「「……はあ?」」」

 

映姫がなんでそんな事を……?

 

「なんで?」

 

「私にも分からない……」

 

「……ちなみに映姫は?」

 

「何やら幽々子さんや萃香さんを探しに行ったっきり見ていないが……」

 

『…………』

 

そんな話をしているうちに、段々とクラスメイトたちが席に着き始めた。

見てみると透流たちもすでに席に着いていて皆、朝のHRを待っている。

 

「……その話は後にしよう。俺たちも席に座るか」

 

「そうですね。では巴さん、体調が悪いと思ったらすぐに言ってくださいね?」

 

「ああ、心遣い感謝するよ。では後でな」

 

「はい―――兄さん、なんか嫌な予感がするんですけど……」

 

「奇遇だね……僕もそんな予感がするよ」

 

優月と安心院の何やらフラグを立てるような言葉を聞きながら、自分たちの席に座って月見先生が来るのを待つ。

すると―――

 

「おっはよんよ〜ん♡今日も朝から元気にHR、はっじめるよ〜♪」

 

相変わらずいつもと変わらないテンションで月見先生が入ってくる。

そんな月見先生を見て俺はなぜだか、実家に帰ったかのような安心感を感じた。

 

(って、いやいや、俺はなんでそんな事で安心感を感じてるんだ?)

 

そんな事を考えていると、月見先生は「あ、そうそう!」と言って手を叩いて全員の注目を集める。

 

「まず最初に皆に言っておかなきゃいけない事があってね〜♪実は今日、皆の授業を是非とも見学したいと言ってる人たちが、今教室の外に居てね☆」

 

「…………」

 

「…………に、兄さん……」

 

「……まさか……ねぇ?」

 

月見先生の言葉にクラス内がざわめく中、俺たちは揃って顔を見合わせる。

 

「まあ、アタシの説明を聞くよりもまずはその人たちに早速入ってもらおっか!それじゃ、どうぞ〜♪」

 

月見先生が教室のドアの方へ声を掛けると、教室のドアを開けて三人の人物が入ってくる。

それを見て―――

 

(((やっぱりかぁ……)))

 

俺たちは揃って、頭を抱えながら呆れるのだった。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 幽々子

 

 

『さて、それじゃあ今から影月さんたちの授業、見に行きましょうか』

 

『『……え?』』

 

 

朝食を食べ終えた私と萃香の前に現れた四季様がいきなりそんな事を言い出してから、約三十分後―――私たちは影月くんたちの教室の前で、月見ちゃんが私たちの事を呼ぶのを待っていた。

 

「別に普通に入って行ってもよかったんですけどね」

 

「月見ちゃんが呼ぶまで待っててって言ってたからねぇ……」

 

どうやらサプライズということをしたいらしいが……昨日、私はあんな事をやらかしてしまったので、正直そんな事をされても顔を出し辛い。

というかそもそも―――

 

「四季様、なぜ私たちはここに居るのでしょう?」

 

私は今だにこの状況をあまりよく理解していなかった。何せろくに説明もされずに、四季様にここに連れて来られたのだから。そしてそれは萃香も同じ事―――彼女もまた理由を求める視線を四季様に向けていた。

それを知ってか知らずか、四季様は答える。

 

「実は今朝、橘さんの所へお見舞いに行きまして……」

 

「あらあら……彼女の加減はどうでした?」

 

「……話には聞いていましたが、流石《超えし者(イクシード)》と呼ばれるだけの事はありますね。昨日までの不調がほぼ無くなっているようでした。後は軽く運動するだけでおそらく普段通りの体調に戻るでしょう」

 

「……驚いたね。まさかそんなに回復が早いなんて」

 

「やっぱり彼女も影月くんたちと同じ、人外なのねぇ……」

 

昨日の橘ちゃんは体を起こすのもやっとって感じだったけれど、今朝四季様が訪ねた時は普通に病室内を歩いていたそうだ。

 

「なので私は、彼女をこの学園の授業に出しても特に問題無いと判断して連れ出したのです。あまり長く休むと授業単位とやらに響くそうですからね。ちなみに病棟のお医者様にも許可をもらっています。ただし体を動かす授業は控えるように言われましたけど」

 

ちなみに授業単位というのは、授業科目を単位と呼ばれる学習時間に区分したものの事を指すと後で影月くんから聞いた。正直あまりよく分からなかったけれど、つまり授業の受けた回数が少なかったりしたら、卒業出来なかったりして色々と大変な事になるらしい。

それにしても問題無いと判断して連れ出したって……。まあ、お医者様の許可をもらってるならいいけれど……。

 

「しかし彼女は昨日まで意識不明でした。それに幽々子の反魂の術の副作用なんかも後に出てくる可能性も否定出来ません。なので彼女の経過観察を行う為に私たちはここに居るのです」

 

「橘ちゃんの経過観察……ね……。本音は?」

 

「この世界の学校で行う授業にすごく興味があるのでここに居ます」

 

萃香の質問にあっさり本音を答える四季様。普段の彼女からはまったく想像出来ない程の私欲が入った本音だった。

しかし、そんな四季様の気持ちは分からなくない。いや、むしろ私や萃香も同じような気持ちだと言える。

そもそも幻想郷の外の世界についてだって興味津々になる私たちなのだ。外の世界とは別の異世界の事など、私たちの興味が向かない筈がない。

まあ、ここに居ない妹紅は他にやる事があるとか言って参加していないけれど。

 

「そういえば……幽々子は昨日、紫と二人きりで何か話していましたね。一体何を話していたんですか?」

 

すると今度は四季様がそう聞いてくる。

 

「別に大した事じゃないわ。あのスキマについてちょっと話し合いをしたくらいよ」

 

そう答えながら、私は紫と二人きりで話し合った時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『―――っていうのが、メルクリウスさんがあのスキマと引き換えに出した条件……というか頼み事よ』

 

『…………幽々子、その話……全て本当?』

 

『ええ……信じられないかもしれないけれど……』

 

実際、私も彼からその話を聞いた時は自分の耳を疑ったものだ。

 

『……メルクリウスさん曰く、彼女たちの存在はいずれ訪れる戦いの鍵になるかもしれないそうよ』

 

『……そうは言われてもねぇ……正直に言わせてもらうけど、私はあの連中とは今後も極力関わりたくないわ。それに……』

 

紫はそこで言葉を切って、どこか遠くを見つめた後に呟く。

 

『……今年、なのよ?()()の封印が解けるのは』

 

『あれ?……ああ……そういえば……もうあれから二百年も経ったのね……』

 

『ええ……そして幻想郷が出来て以来、初めての封印解除……いえ、封印が破壊される、と言った方が表現として正しいかしら』

 

そんな紫の言葉に、今から二百年前に見たある恐ろしい存在の記憶が蘇る。

 

『憎悪に染まった龍神……ね……』

 

―――その存在はかつて太古の時代から人々に崇められ、祀られていた龍神だった。伝承によるとその龍神はとてつもなく巨大な黄金の体を持ち、星の血流とも言える地脈を司る偉大な神獣だったそうだ。

しかし時代の流れによって人々は神秘を信じなくなり、信仰を忘れ、大地を自分たちの住みやすいように作り変えてしまった。

人々からの信仰を失い、貶められ、さらには自らが司っていた地脈というものすらも封じ込められた龍神は人間を含む万象総てに怒り狂い、存在するだけで未曾有の災厄を振り撒く廃神に墜ちてしまう。

眩いまでの輝きを持っていた黄金の体は腐り落ち、数多の生物たちの発展を見守っていた眼も濁りきった廃神は人々に再び崇められたいと願いながら、破壊の限りを尽くした。

 

『……それにしても封印が破壊されるって……確かあれを封印する式を敷いたのは紫よね?その式が破壊されてしまうなんて事がありえるの?』

 

私が見る限り、紫が敷く式はほぼ完璧だと言える位に強力だ。

そんな並の妖怪どころか、紫以上の実力を持つ人外ですらも封印してしまう式を破壊されるなんて私には想像出来なかった。

しかし紫は苦笑いしながら答えてくれた。

 

『……普通にありえるわよ。そもそも相手は星の血流とも言われる地脈の化身であり、総てを滅ぼす規格外の破壊神よ?そんな神を永遠に封印する事なんて私じゃなくても出来ないと思うわ。あれは自らに掛けられた封印の術式ですらも破壊してしまう。だから私程度の妖怪が全力で敷いた封印術式も―――大体二百年程度で破壊されてしまうの』

 

『……聞けば聞く程規格外ねぇ……。まあ、そんな存在をなんだかんだで二百年も封印出来る紫も大概だと思うけど』

 

『ふふ……それは褒めているのかしら?』

 

『もちろんよ〜♪流石紫ね♪』

 

『……そう言ってくれて嬉しいわ。でも、私が出来たのは結局その程度の事。しかも外の世界に放っておく事も出来ないから、止む無く幻想郷へ連れてくるしかなかった』

 

外の世界は今や、幻想や夜を恐れない人間たちの天下である。そしてそんな外の世界の裏返しである幻想郷は今や妖怪―――人外の天下で成り立っている。

これは紫の創り出した結界による効果で、外の世界で神秘が消えれば消える程、幻想郷では逆に神秘が強くなるのだ。

 

『でも、外の世界の人間たちがもし例の存在によって根絶やしにされてしまったら?……きっと幻想郷にも深刻な影響が出る。それこそ私たちの存在が危うくなる位の……ね』

 

だから紫は例の存在を不本意ながらも幻想郷に連れてきたのだろう。

外の世界という私たちが手を出しにくい場所に放置して、外の世界の人間たちに全てを任せるか。あるいは幻想郷に連れてきて、多くの犠牲を払いながらも自分たちが再び封印するか―――

そう考えると、明らかに後者の方がいいと言えるだろう。私が思うに、外の世界の人間たちでは決してあれには抗えないだろうから。

対してこちらは紫や霊夢などの術者、さらには封印を敷くまでの時間稼ぎが出来そうな者たちもいる。

 

『……本当は幻想郷の皆に迷惑や辛い思いはさせたくないんだけれど……こればかりはどうしようもないのよね……』

 

『ええ……分かってるわ』

 

紫にとっても苦渋の選択だったのだろう。それは親友である私も痛い程分かっている。

紫は―――本当に心の底から幻想郷を、そこに住む者たちを愛しているのだ。だから―――紫は私たちが知らない間に陰で色々とやってくれている。

 

『……私は幻想郷という楽園を作って以来、あれが与える被害を出来るだけ最小限になるように色々な策を考えてきた。正直、どれもこれもあれにとっては雀の涙程度の効果しかないでしょうけれど……何もしないよりは断然いい。それは幽々子にも分かるでしょ?』

 

当然だ。あれは人や妖怪……果ては八百万の神様たちですらも恐怖し、逃げ出すと言われる程の力を持っている。しかしそんな相手を前にして、何もせずにただ恐怖に震えているのは賢明とは言えない。

 

『とまあ、私はそれについての事とかいろんな事を考えてて常時脳みそフル回転状態なのよ。そんな時に頼み事をされても、正直手一杯過ぎて困るのよね……』

 

『―――紫、ごめんなさい。そんな忙しい時にこんな頼み事を持ってきてしまって……』

 

私は……そんな紫に、親友に大きな負担を掛けてしまった。ただでさえ近いうちに災厄の塊が目覚めるというのに……それを忘れて、さらに忙しくなってしまうような頼み事を持ってきてしまった。

疲れたように笑う紫を見て、罪悪感に駆られた私は頭を下げる。そんな私に紫は―――

 

『謝らなくても大丈夫よ。幽々子がこうしていきなり頼み事を持ってくるのはもう慣れてるもの。その話もとても大事な話だってのは変わりないし。それに―――』

 

そこで紫はふっと笑って呟く。

 

『実は私もさっきの話の中の幽々子と同じ予感がしていたのよ。彼らと私たちは別れてはならない、関係を絶ってはいけない……ってね』

 

『紫……』

 

『なぜかは分からないわ。確かに私たち(幻想)を受け入れた彼らと別れたくないというのもある。けれどそれとは何か別の予感も……そうね、言うなれば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような―――』

 

……やっぱり紫も私と似たような事を感じたみたいね。

 

『……もしかすると私たちはそう遠くない未来、あの子たちの為に何かしなければならないのかもしれないわ』

 

『……そうね……。しかもそれは必ず成し遂げなきゃいけない……』

 

私たちは向き合って、お互いの瞳を相手の瞳に合わせながら、戒めるように呟いた。

 

『……ねぇ、幽々子』

 

そしてその黄金の瞳に強い意志()を宿した紫が、私の瞳を真っ直ぐに見据える。

 

『私は……そんな予感にとても興味があるし、もしそうなったとしたら必ず成し遂げたいと思う。それがあの子たちの為になる、というなら尚更』

 

『紫……それは私も同じ気持ちよ』

 

『……ふふっ、なら―――』

 

『ええ、なら―――』

 

 

 

『『私たちは―――』』

 

 

 

 

 

 

 

「―――こ、幽々子?どうしました?突然ぼーっとして……?」

 

そして四季様に呼ばれる声で私は記憶の旅から戻ってくる。目の前にはどうしたのかと私を見てくる四季様と萃香の姿があった。

 

「うふふ……なんでもないわ。ただ昨日の紫との語らいを思い出していただけよ」

 

「「―――?」」

 

首を傾げて私を見る四季様と萃香に笑みを溢す。

……私たちはこれから先の事について色々と考えなくちゃいけない。でも今この瞬間だけは―――

 

「どうぞ〜♪」

 

すると扉の向こうから月見ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、やっとですね。それじゃあ行きましょうか」

 

「いよいよだねぇ♪」

 

「うふふ♪楽しみねぇ♪」

 

私たちはそれぞれその胸に同じような感情を抱きながら、教室へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

私たちが教室へ入ると、席に座っている子たちは私たちを見て「おぉ……」とか「わぁ……」などと声を上げながら、どこか見惚れているような顔を向けてくる。

その一方で、私を見て驚いた表情を浮かべたり、恐怖に近い表情を浮かべる子もいた。そんな顔をする子たちの大半は昨日、暴走していた私に夕食を食べられた子たちだった。

 

(本当に申し訳ない事したわねぇ……)

 

私はそんな子たちを見て、思わず苦笑いしてしまう。きっとその子たちと仲良くなるまでにはそれなりの時間が掛かるだろう。まあ、そんな状態にさせてしまったのは私なのだけれど。

 

「はいは〜い!この三人の美女たちが今日一日、皆の授業を見たいって事で来てくれたよ〜♪それじゃあ早速自己紹介を―――と思ったけど、今日は早めにHR終わらせちゃうから、興味のある人はHRが終わってから個人的に聞くんだぞ♡―――じゃ、後の事は任せたぜ!《異常(アニュージュアル)》!!」

 

「は!?いや、ちょっと待て!!」

 

「月見先生!?なぜ私たちに丸投げを―――」

 

「じゃあ、皆今日も一日頑張ろー!おー!」

 

影月くんと優月ちゃんの呼び掛けにも答えずに、月見ちゃんはそそくさと教室から出て行ってしまった。

後に残ったのは席から立ち上がって呆然としている影月くんと優月ちゃん、そしてそんな二人へと説明を求める視線を向けているクラスの子たちと私たち。

 

「あの(野郎)……!全部俺たちに丸投げしやがった……!」

 

「……確かに月見先生より私たちの方が彼女たちの事知ってますけど……月見先生、それ程映姫さんと関わるのが嫌だったんですか……」

 

「それでもあそこまで綺麗に丸投げするなんて……流石の僕も驚いたよ」

 

「あの……えっと……」

 

あ、珍しく四季様が困ってる。ちなみに月見ちゃんが逃げるように教室から出て行った理由に、私は心当たりがあった。

実は昨日、夕食後にちょっとした事で四季様が月見ちゃんに軽く説教をしたのだ。

……軽くと言っても二十分程度は説教していたが。

 

(まあ、昨日みたいにうるさく説教されたら避けたくなるのも当然よねぇ……)

 

実際、私も月見ちゃんの立場だったとしたらきっと似たような事をしてしまうと思う。あそこまで全部丸投げにはしないけれど。

 

「え、影月さん?私たちはどうすれば……」

 

「……はぁ、あの腹黒ウサギ、後で覚えておけよ……。とりあえず昨日姿は見たけど、名前は知らないって人が大半だろうから、映姫から自己紹介してくれ」

 

「は、はい……」

 

四季様はクラスの子たちに改めて向き直った後、気を取り直すかのように咳払いを一つして話し出す。

 

「えー……皆さん、初めまして。私は四季映姫と申します。今日は皆さんの授業に興味があり、見学させてもらおうと思ってやってきました。よろしくお願いします」

 

「ふっ……!」

 

四季様、橘ちゃんの経過観察って建前が完全に消えて、本音をそのまま曝け出してるわね。

萃香もそれに気付いて笑いを堪えてるし……。

 

「?どうしたんですか?」

 

「っ!いや、なんでもない。……さて、私は伊吹萃香。私も映姫様と同じ目的でここにやってきたよ。よろしくね〜」

 

さっきの四季様の堅苦しい挨拶から一変、萃香の気軽な挨拶にクラスの子たちの表情が緩む。彼女は情に厚くていい鬼だから、私たちの中でクラスの子たちと馴染むのが早そうだ。

そして最後に残った私が自己紹介しようとして、一歩前へ出ると数人の子たちの表情が強張った。

 

(……はぁ……。自業自得なのは分かっているけれど、そんな反応をされると少し悲しくなるわね……)

 

内心で溜息を吐きながら、私は苦笑いを浮かべて話す。

 

「……そこまで怖がらなくても大丈夫よ。もう昨日みたいな事は絶対にしないわ」

 

『…………』

 

「……皆、大丈夫だ。彼女とは昨日、しっかりと話し合って約束させたからな。もう昨日みたいな事は起こらない。もし起こったらどうするか、対処法も決まってるし」

 

影月くんの言葉に、先ほどまで強張っていた子たちの表情が少し和らぐ。影月くんったら、随分と皆から信頼されているのねぇ。そして優月ちゃんも―――

 

「だから皆さん、幽々子さんともちゃんと仲良くしてくださいね?あ、幽々子さん自己紹介……」

 

「ええ。ありがとう、二人とも。それじゃあ改めて……初めまして、私は西行寺幽々子。昨日見た人もいるだろうけれど、食べるのが好きなただのお姉さんよ♪でもまあ……昨日のような事は本当に起こさないから、あまり怖がらずに接してくれると嬉しいわ」

 

「……で、今日はこの三人が俺たちの授業を見るってわけだが……ちなみに朔夜はこの事知ってるのか?」

 

「はい。事前に許可は得ています」

 

「ならいいね。さて、それじゃあ―――」

 

と、安心院ちゃんが言葉を紡ごうとした瞬間、鈴の音が鳴った。

 

「あらら、始業のチャイムが鳴っちゃったぜ」

 

「とりあえずいつも通り、授業の準備をしましょうか。映姫さんたちへの質問はまた後でということで……」

 

そう優月ちゃんが言うと、クラスの子たちは頷いて授業の準備を始める。

 

「さて、私たちはどうすれば……?」

 

「三人とも、こっちだ」

 

私たちは影月くんの手招きによって、彼の近くへと向かう。

そして影月くんたちの元へと着くと、早速溜息を吐かれた。

 

「はぁ……」

 

「……影月くん、開口一番に溜息吐くのはやめてくれないかしら?」

 

「いや、だって……朝から色々な心配事が舞い込んできたら……なあ?」

 

「はい……」

 

「まあまあ、そんなに心配しなくても大丈夫さ。あまり邪魔しないようにするから」

 

「ならいいんだがな……」

 

そんな話をしていると教室の扉が開き、一人の女性が入ってくる。よく見ると手に本を持っているので、彼女は教師なのだろう。

 

「お、先生が来たか……。とりあえず映姫たちは、俺たちの後ろにある椅子に座って授業見学してくれ」

 

「分かりました」

 

そして私たちが後ろの椅子に座ると、授業が始まる。

さて、別世界の学校の授業を見させてもらいましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから時は経ち―――五、六時間目の授業。

今日最後の授業は《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》というものをやるらしく、私たちは現在格技場という場所に居た。

今日一日、色々と興味深い授業を見させてもらい、最後にこの学校の特殊訓練授業―――戦闘技術の授業も見せてもらえるという事で、どんな事をやるのだろうと内心わくわくしていた私だったが……。

 

「はぁ……」

 

私は深く溜息を吐いて、()()()で《焔牙(ブレイズ)》を構えている優月ちゃんを見る。

 

「それじゃあ幽々子さん、始めましょうか?」

 

「……そうね」

 

それに対して私も、安心院ちゃんに作ってもらった剣(殺傷威力無し)を構える。そして心の中で一言。

 

(どうしてこんな事になったのかしら……)

 

そう思いながら横目で、他の人たちの方へと視線を向ける。そこには―――

 

 

 

「ふふ、ふふふふふ……」

 

「はは、ははははは……」

 

自らの《焔牙(ブレイズ)》を全力で振り下ろした影月くんと、それを大きく後方に飛ぶことで回避した萃香が、とても楽しげな笑みを浮かべて睨み合っていた。

 

「相変わらず人間が出したとは思えない威力だねぇ……。ああ、やっぱり君とやり合うのが一番楽しいよ!まだ始まって一合もやってないけど、もう滾ってきた……!」

 

「ああ、同感だ。俺も萃香と二週間振りにやり合えるのが嬉しいよ。それにしても、相変わらず見た目に合わない身体能力だな……瞠目するよ」

 

双方、それぞれ構えは解かずにお互いの事を褒め合う。

あの二人は二週間前のあの決闘で戦って以来、随分と仲良くなっている。ある時はまるで仲のいい兄妹みたいにじゃれ合うし、また今回のような時はお互いを認め合う好敵手となっている。

 

「さて……準備運動はさっきので十分だろう?そろそろ本腰を入れてやろうか?」

 

「もちろん!」

 

そして二人は芝居がかった抑揚で。この上なく真摯に、苛烈に叫ぶ。

 

「それじゃあ……いざ尋常に―――」

 

「―――勝負しようか!!」

 

お互いを認め合う二人は、精一杯この闘い(遊び)を楽しむように激突する。

二人の戦闘は辛うじて私の目で追える位の速さで展開され、影月くんの《焔牙(ブレイズ)》と萃香の拳がぶつかり合う度に火花が飛び散り、まるで剣戟を行っているかのような音を響き渡らせる。

二人の戦闘によって巻き起こされた風は相応の強さを持って、格技場内に吹き荒れる。

 

 

 

 

「……影月くんって……あんなに強かったっけ?」

「……なんか影月が段々遠い存在になっていくなぁ……」

「少し見ない内にあそこまで強くなったなんて……あんなに強くならないといけない位、幻想郷って所はすごいのかな?」

「萃香さんもあんな小さい見た目なのに、凄い力を持つ鬼なんだもんね……」

「やべぇ……俺らも頑張らないと……」

 

 

……二人がそんな模擬戦とは言えないレベルの戦闘を開始した事で、周りで彼らを見ていた子たちは若干放心状態になりながらそう呟いていた。まあ、それも仕方ないけれど。

ちなみに先ほどの呟きの中で気付いた人もいると思うが、クラスの子たちには私たちがどこから来たのか、そして私たちの正体が何者なのかは伝えてある。……それ聞いて結構すんなりと受け入れてくれた彼らにはとても驚いたが。

まあ、妹紅も以前大体の事情を説明していたみたいだし、彼らにとっては私たちの存在もそれ程驚くようなものではなかったのだろう。

 

 

閑話休題(それはともかく)―――

 

 

私は影月くんと萃香から視線を外し、もう一人の幻想郷から来た人物に目を向ける。

 

 

 

「はっ!!」

 

四季様が手に持っている懺悔棒を全力で横に振り払う。その速度は萃香の拳に負けず劣らずの速さで威力もかなり強い。

直撃すれば体の骨が折れるどころか上半身と下半身がお別れするだろう。

 

「くっ!」

 

しかしそんな攻撃を放つ四季様の相手―――透流くんは具現化した《楯》で防ぐ。

ガキィンという音を立てて攻撃を防いだ透流くんは、お返しとばかりに四季様に拳を放つ。彼の攻撃も中々に威力が高く、速度も悪くない。

だが―――

 

「よっ―――と!」

 

四季様は引き戻した懺悔棒で拳を受け流しつつ、さらにお返しとばかりに拳を放つ。

しかしその一撃を再び透流くんが防ぎ、透流くんは四季様に再び攻撃をして、四季様はそれを大きく後ろへ飛んで回避して―――と言った感じで二人は闘っている。

 

(透流くんもすごいけれど……四季様も中々ねぇ……)

 

そういえば以前、四季様が先代の最高裁判長に体術をみっちり教え込まれたと言っていた覚えがある。それがあの動きなのだろう。

 

 

 

「それじゃあ―――行きますよ!」

 

そんな事を考えていると、今まで私の様子を伺っていた優月ちゃんが私に向かって駆けてくる。

そして優月ちゃんは、私を自らの剣の間合いへ入れると、連続した斬撃を放ってきた。その斬撃の速度は相変わらず瞠目してしまう位速い。以前の戦闘の時よりは大分手加減しているみたいだけれど、それでも尚速かった。

 

「相変わらず速いわねぇ……目で追うのも一苦労だわ」

 

「む……そんな事言いながらちゃんと私の動きについてきてるじゃないですか。随分と余裕ですね」

 

私が優月ちゃんの剣を捌きながら呟くと、優月ちゃんは少し不機嫌そうに眉を潜めた。それに対して私は苦笑いする。

 

「あら、これでも結構捌くの精一杯なのよ?確かこれ位の速さで打ち合ったのは、もう随分と昔の事だったわねぇ」

 

私は昔から剣術を妖夢の祖父の魂魄妖忌(ようき)や、妖夢から指南されてきた。とはいえ、腕前はそう大した事は無い。妖夢と真面目に打ち合ったって勝率は半分より少し下くらいだし。

ならなぜ私が優月ちゃんの速度についていけるのか―――その理由は、今の優月ちゃんの振るう速度が妖忌や妖夢の指南を受ける時と大体同じ位だからだ。

 

「懐かしいわねぇ……。「幽々子様もこの程度の剣術位は身に付けてください」なんて、よく言われたわ」

 

正直、少し前までは妖夢位の剣術を私が身に付けてもなぁ……なんて思っていたものだが、今この時こうして役立っているのはありがたいというべきなのか……複雑な気持ちだ。

 

「へぇ……。剣術指南してくれた方がいらっしゃったんですか?」

 

「ええ、少し昔にね。今はその人の孫娘の妖夢が、私の剣術指南役よ」

 

「へぇ……。妖夢さんがですか」

 

私たちは打ち合いを続けながらそんな事を話す。

おそらく周りの人から見れば、高速で打ち合いをしながら私の昔の身の上話を呑気に話しているというなんとも奇妙な光景に見えるだろう。事実、周りの子たちは完全に唖然としてるし。

そして数合続いた打ち合いの末―――私は優月ちゃんの攻撃を無理な姿勢からかわしてしまい、僅かに体のバランスが乱れてしまう。

その隙を見逃す優月ちゃんでは無かった。

 

「ふっ……!」

 

大気をも刺し貫く勢いで突き出されたのは、刃を寝かせた首への刺突だった。

その攻撃の狙いは私の首。きっと首に刃を刺した後、横に薙ぎ払って意識を刈り取る気なのだろう。彼女の《焔牙(ブレイズ)》が非殺傷で振るわれていなかったら確実に死んでしまう攻撃である。

 

「――――――」

 

でもいくら非殺傷とはいえ、私はそんな攻撃に当たるつもりはない。そもそもここで意識が刈り取られてしまったら、この後の放課後が楽しく過ごせなくなってしまう。

故に私は無理やり姿勢を立て直して、首と優月ちゃんの剣の軌道上に自らの剣を滑り込ませる。

結果、私たちの得物は金属同士がぶつかり合う音を辺りに鳴り響かせ、私たちは鎌競り合いの状態になる。

 

「容赦無いわねぇ。首を狙ってくるなんて」

 

「模擬戦とはいえ、これは闘いですからね。下手に躊躇でもしたら逆にやられます」

 

「ふふっ、違いないわ―――ね!」

 

私は優月ちゃんの剣を押し返し、後ろへ飛んで距離を取った。

 

「ふぅ……ここまで運動したのは久しぶりだわ。結構体は覚えてるものなのねぇ」

 

「鍛錬して覚えたものはそう簡単に忘れませんからね。それにしても本当にすごいですね……正直、ここまでやるとは思いませんでしたよ。流石西行寺家のお嬢様ですね」

 

「あらあら、褒めても何も出ないわよ?」

 

するとそこで丁度よく模擬戦終了の合図が鳴る。

その合図が鳴り終わるのを確認した私は溜息を吐く。

 

「……はぁ〜……やっと終わったわ……」

 

「ふふっ、お疲れ様です」

 

焔牙(ブレイズ)》を消し、労いの言葉を掛けながら近付いてくる優月ちゃんを見て、私は苦笑いする。

 

「本当、優月ちゃんは強いわねぇ。……妖忌とどっちが強いかしら?」

 

「?何か言いました?」

 

「うふふ、なんでもないわ」

 

そんな事を話していると、橘ちゃんとタオルを持ったみやびちゃんがこちらへとやってきた。

 

「優月ちゃん、幽々子さんお疲れ様。はい、これ」

 

「みやびさん、ありがとうございます」

 

「私の分までありがとうね〜♪」

 

「ふふっ。それにしても優月、また強くなったんじゃないか?私が入院する前よりも動きが断然良くなってるぞ」

 

「本当だよね。もう私たちなんかじゃ相手にならないよ……」

 

そう呟くみやびちゃんに周りの子たちが頷く。確かに厳しい事を言うかもしれないけれど、今この場で優月ちゃんの相手になりそうなのは影月くんや私たちを含めても、片手で数える程もいないと思う。

 

「いやー、決着つかなかったねぇ♪でも楽しかったよ!」

 

「ああ、俺もいい運動になった」

 

「お疲れ様です。透流さん、大丈夫ですか?」

 

「なんとか。最後の攻撃だけ結構痛かったけどな……」

 

「っ!す、すみません……」

 

「あ、いや、別に気にしないでくれ。怒ったりとかしてないから」

 

離れた所で闘っていた影月くんたちもまたこちらへとやってくる。どうやら今の話を聞く限り、影月くんと萃香は引き分け、透流くんと四季様の所は四季様が一撃攻撃を当てた所で終わったみたいだ。

 

「最後の最後で攻撃に当たるとは、貴様もまだまだだな」

 

「……そういうトラだってさっき、安心院にいいように遊ばれてただろ」

 

「っ!そんな事は無い!」

 

「僕は透流君の言う通り、君で完全に遊んでたけどね。トラ君もまだまだだねぇ」

 

「…………」

 

にやにやと笑いながら煽る安心院ちゃんにトラくんが無言で睨みながら、何かをしようと動き出す。

そんなトラくんを一番近くにいたユリエちゃんが抑えた。

……裸絞で。

 

「……落ち着いてください、トラ」

 

「ぐっ!?……ユ、ユリエ……!?」

 

「ユ、ユリエちゃん!?」

 

「……うわぁ……」

 

「ま、待て……ユリエ……!それ以上絞めると……がっ……い、息が……!」

 

容赦無く首を絞め上げるユリエちゃんに私たちは揃って言葉を失ってしまう。というか普段大人しかった子がこんな方法で友人を止めようとしていたら大抵誰だって言葉を失ってしまうと思う―――ってそんな事を冷静に考えてる場合じゃないわね。

 

「ユリエちゃん、とりあえず一回離しなさい。それ以上やるとトラくんが私のような存在になってしまうわよ?」

 

「っ!ヤ、ヤー!」

 

「が、はぁっ!はぁ……はぁ……」

 

「トラ!大丈夫か!?」

「トラくん大丈夫!?」

 

やり過ぎだと気付いたユリエちゃんがトラくんを解放すると、トラくんは一回大きく息を吸い込みながら床に倒れ込んだ後、肺に足りない分の空気を取り入れる為に大きく呼吸をする。

そしてそんなトラくんへ透流くんとみやびちゃんが駆け寄った。

 

「……ユリエさん、流石に首絞めはやり過ぎですよ」

 

「す、すみません……トラ、大丈夫ですか?」

 

「はぁ……はぁ……ああ、一瞬綺麗な川と鎌持った死神みたいな人が見えたがな……」

 

「それガチでやべぇ奴だな」

 

「本当にすみません……」

 

「いや、大丈夫だ。……それにしてもなんだ、さっきの死神は……何やら船の上で昼寝をしていたようだが……仕事をしてないでサボってたのか?」

 

「……トラさん、一つお聞きしてもいいでしょうか?その死神はどんな見た目をしてましたか?」

 

「ん……確か赤い髪の女性で着物を着ていたな。なぜそんな事を?」

 

「いえ、気にしないでください」

 

ああ……四季様が静かに怒気を立ち上らせてるって事は、その死神はあのサボリ癖のある死神で間違いないわね。きっと幻想郷に帰ったら思いっきり説教されるでしょう。

それにしてもなんでトラくんは幻想郷の三途の川へ行ったのかしら?

 

 

 

 

 

「皆さん、お疲れ様ですわ」

 

そして授業が終わり、月見ちゃんが格技場で放課後宣言した後、朔夜ちゃんが美亜ちゃん、香ちゃん、妹紅を引き連れて私たちの目の前に現れた。

 

「ん?珍しいな、朔夜たちがこんな所に来るなんて」

 

「あら、そんな事はありませんわ。たまにここの来賓席から訓練の様子を隠れて見させてもらってますし」

 

「ちなみに私たちも一緒に見てますよ」

 

「今回も見てたんですか?」

 

「ええ。おかげで幻想郷の方たちの実力を少しだけ知る事が出来ましたわ」

 

そう言ってニコリと笑う朔夜ちゃん。

その笑顔はどこか妖艶さを感じさせながらも、年相応の幼さも感じさせるような、思わずぎゅっと抱きしめてあげたくなるような可愛らしい笑みだった。

 

「それにしても、なぜ幻想郷の方たちも模擬戦していたの?」

 

「あ〜……萃香がな?俺と模擬戦したいって言い始めたから……」

 

「そんな話を聞いた映姫ちゃんも、乗り気になって模擬戦をしてみたいと言い出してね。幽々子ちゃんはそうでもなかったみたいだけど」

 

「優月に誘われて、幽々子さんも渋々剣を取ってたがな」

 

「私はただ見学するつもりだったのにねぇ……」

 

「……つまりそうなった原因は萃香」

 

「えへへ、でもいい刺激になったでしょ?特に透流には」

 

「まあ―――そうだな」

 

確かに透流くんにとっては普段と違う相手と闘えて、何かしら得られるものもあったかもしれない。まあ、かく言う私も久しぶりに剣を振るえたし、いい刺激にはなったのだけれど。

 

 

「さてと―――それじゃあ、楽しいおしゃべりはこれ位にして……朔夜たちがここに来た本当の理由はなんだ?ただ訓練を見に来たわけではないだろ?」

 

そこで先ほどの雰囲気とは打って変わって、真面目な口調で問い掛ける影月くん。そんな彼に答えたのは妹紅だった。

 

「もちろん。実は一時間位前に皐月で調査してた調査員から報告があってね」

 

そして朔夜ちゃんがやや低いトーンで告げた。

 

 

「《禍稟檎(アップル)》の件で動きがありましたわ」

 




今回のお話、どうでしたでしょうか?

幽々子「何やら幻想郷にとてつもない存在が居るみたいねぇ……」

はい。もう勘のいい人なら何が幻想郷入りしてるのか分かると思います(苦笑)

影月「あれだけヒントあればな……」

あ、それから最近、過去話の方の修正を本格的に少しずつ始めました。
誤字脱字はもちろんの事、一部場面の消滅や新しいシーンの挿入などがなされているので、気が向いたら過去話を見てみてください。

優月「まあ、作者さんの仕事が忙しいので直していくスピードは結構遅いと思いますけどね」

その辺りはご了承ください(苦笑)
では誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第六十三話

新年明けましておめでとうございます!そしてお久しぶりです!

12月は仕事が忙しく全く更新出来ませんでした……申し訳ありません!
今年も不定期更新ではありますが、少なくとも途中で投げ出す気は無いので、もしよろしければ是非とも完結まで末長く見守っていただけたらと思います!
では、どうぞ!



禍稟檎(アップル)》―――

 

それは神話において、神に食す事を禁じられた果実の名を与えられた別名マルスとも呼ばれる恐ろしいドラッグ。

一度この果実を味わってしまった者は視覚や聴覚、感覚といった五感への刺激が快楽に変わるという効能に囚われ、二度目の誘惑を拒む事が難しくなる。

闇から送られたその果実は安価で手に入れる事ができ、その効果もあって瞬く間に愛好者を増やし、かなりの数が皐月市内に出回る事となった。

しかしクリスマスイブにとあるクラブが火災により消失、その店を溜まり場としていた供給者が姿を消した事でその数は日増しに減り続ける一方となり、一月の半ばに差し掛かった現在ではかなりの高値で取引されていた。

そのような状況下で、半ば瓦解していたベラドンナのメンバー数人に行方不明となっていた男―――リョウから連絡があった。

 

 

『皆に伝えてくれ。中止となったパーティーをもう一度開催する』

 

 

そんな連絡を受け取った者たちは狂喜する。

彼らは皆、警察の手を逃れた《禍稟檎(アップル)》の常習者、もしくは売買に深く関わっていた者ばかりだ。

彼らは今や姿を見る事も珍しくなった禁断の果実の甘い蜜を再び味わう事が出来ると、他の愛好者や販売人たちに伝えていく。

彼らは餓えに耐え、狂おしい程に待ち望み―――そしてついにその日を迎える。

太陽が沈めば、禁断の果実を食する刻がやってくる。

 

だが彼らは―――そして影月たちもまだ、知らなかった。

悪魔の数字を組織の名に冠する者たちは、決して快楽堕落の為だけにドラッグを生み出したのではないという事を。

今宵の宴が《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》と呼ばれる計画の第一段階に過ぎないという事を。

そしてその宴に誘われて、望まれぬ来客が乱入してくるという事も―――

 

 

「では―――今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう」

 

 

全てを既知と断じたこの男以外、まだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 影月

 

『《禍稟檎(アップル)》の件で動きがありましたわ』

 

朔夜が俺たちにそう報告してから五日後―――

 

 

 

「……香、今何時だ?」

 

「二十時五分十七秒です」

 

「……丁寧に秒数まで言ってくれてありがとな」

 

「はい!」

 

「兄さん、様子はどうですか?」

 

「外も中も全く変化無しだ。一時間前から何も変わってない」

 

俺は溜息を吐きながら瞑っていた目を開き、隣で俺の事を見ている優月と香に苦笑いする。

それを見て優月は不安そうに眉を寄せた後、一つ溜息を吐いて夜空を見上げた。

 

「……本当に来るんでしょうか?罠って可能性もありますし……もしかしたらブラフって可能性も……」

 

「さあな。でもまあ……罠だろうとなんだろうと、調べなきゃいけない事に変わりない」

 

「朔夜さんの事前情報ではブラフの可能性は限りなく低いって言ってましたが……不安ですね」

 

 

 

俺たちは現在、皐月市中心部よりも北に位置する貸倉庫街に居た。

今から五日前―――皐月市で調査をしていた調査員が得てきた情報によると、そこにある一つの巨大な貸倉庫内でベラドンナのパーティーが催されるらしい。

主催は無論言うまでもなくリョウとの事で、パーティーの内容は大方予想がつく。

 

「ふぅー……。ドラッグパーティーか……本当、そんなもののどこが楽しいんだろうね」

 

「そういうのを吸ってる連中にとっては、天にも昇る心地で楽しめるんだろうさ。常人から見れば何がいいのか分からないもんだが」

 

近くに置いてある木箱の上に座りながら煙草を吸う妹紅の言葉に対し、俺は苦笑いを浮かべる。

ちなみに妹紅がこうして煙草を吸うようになったのはつい最近で、吸うようになった理由はただ興味があったからだそうだ。曰く、長く生きていると色々なものに興味が出てくるらしい。

まあ、その事は一先ず置いておいて話を戻そう。

 

それにしても今回の話を聞いて意外だったのは、この情報の出所が《沈黙の夜(サイレス)》だったという事だ。さらに―――

 

「よう、見張りご苦労さん。ほら、差し入れだ」

 

「皆、お疲れ様〜♪はい、優月ちゃん」

 

「香ちゃんの分もあるよ」

 

「ん、コーヒーか。ありがとな、司狼」

 

「幽々子さんもありがとうございます!……あったかい……」

 

「萃香さんもありがとうございます!」

 

その情報を機関の調査員に伝えてくれたのが、今俺たちの後ろから幽々子、萃香と一緒に来た司狼だという事にもこれまた意外で驚いた。

聞く所によると司狼率いる底なし穴(ボトムレススピット)が情報を集めていた所、たまたま《沈黙の夜(サイレス)》の長髪男に出会って、今回の話を聞いたそうだ。

その後、調査員の報告を受けた機関は未だにリョウの行方を追っていた護陵衛士(エトナルク)に彼らを制圧するように指示、俺たちもそれに協力する事となった。

ならなぜその制圧作戦に関係が無い司狼がここに居るのか?それは本人曰く―――

 

『ここいらで首突っ込んどかねぇと、俺のファン増えねぇだろ?』

 

と言っていた。一体こいつは何を言っているんだか……。ちなみに護陵衛士(エトナルク)たちは司狼の協力申し出について最初は渋っていたが、最終的にはOKという事になったらしい。こっちもそれでいいのか……。

 

「んで、どうよ?お前の《焔牙(ブレイズ)》に例の奴は映ったか?」

 

「いいや、全く動き無しだ。香、護陵衛士(エトナルク)からの報告は?」

 

「まだありません……怪しい人影すら見えないようです」

 

情報によると、俺たちが現在見張っている貸倉庫はリョウの実家が経営する会社の所有物らしく、今までも何度かベラドンナが大掛かりなパーティーを行った際に会場として使用された記録があるそうだ。

リョウの行方を追う中で当然ながらこの倉庫も捜査対象になったとの話だが、その時彼の姿は影も形も無かったと報告されている。

それは今も同様で、パーティーの開始時刻を過ぎてもリョウは姿を見せていない。周囲に待機している四十人以上の護陵衛士(エトナルク)や別の場所で待機している安心院たちも未だに見ていないそうだ。

既に五十人位の参加者が倉庫内に居るというのに、一体奴はいつ現れるつもりなんだろうか?

 

「ま、それならそれで気長に待とうや。全員分の缶コーヒーも配り終えた所だから、見張りながら一息つこうぜ」

 

「そうだな―――って全員?司狼、まさかお前これ全部一人で用意したのか?」

 

「ああ。―――おっと、別に金の事なら気にしなくていいからな?高々五十人程度に缶コーヒー奢ってやったって、こっちにゃ何の問題も起きねぇからよ。むしろ最近金が多くなってきて少し困ってたから丁度よかったぜ」

 

『司狼君、ゴチになりま〜す』

 

『ヤー、ありがとうございます』

 

安心院の繋げた念話により、ユリエたちや護陵衛士(エトナルク)の人たちが揃って司狼にお礼を言い始める。

 

「あいよ、どういたしまして―――で、そっちの二人はさっきから何してんだ?」

 

司狼がそう言って視線を向けた先には、缶コーヒーを不思議そうな顔で弄っている幽々子と萃香が居る。

そして暫くの間、缶コーヒーを弄っていた二人は何かを聞きたそうにこちらを見てきた。

 

「……ああ、なるほど。開け方が分からないんだな?」

 

「ええ……たまに人里とかで外の世界から流れてきた缶詰は見た事あるけれど……こんな形のものは見た事無いし、開け方もさっぱり分からないわ」

 

「幻想郷に缶詰とかって少ないんですね」

 

「つか、開け方分からないってんなら、さっきまでそっちで煙草吸ってた妹紅とかもう飲んでる香に聞けばいいだろ?」

 

「ん?」

 

司狼がそう言って指した先には先ほどまで吸っていた煙草を携帯灰皿に入れて、缶コーヒーのプルタブに指を掛けている妹紅と、既にフタを開けて美味しそうに飲んでいる香が居る。

 

「妹紅に香ちゃん、これの開け方って分かるかしら?」

 

「もちろん。まずはここのプルタブに指を掛けて―――そうそう、そして手前に引っ張ったら―――」

 

「おー!」

 

「あら……そんなに力を加えなくても随分簡単に開いたわねぇ」

 

「後はプルタブを元の位置に戻して飲んでくださいね」

 

妹紅と香に開け方を教えてもらった二人は礼を言い、缶コーヒーを飲み始める。

 

「あら、ちょっと苦いわね。でもこれはこれで……美味しいし、温まるわ」

 

「あ〜……意外に美味しいねぇ、このこーひー?って奴は」

 

「飲んだ事無いんですね」

 

「ええ、普段はもっぱら緑茶しか飲まないもの」

 

「私はお酒ばかりだし〜」

 

「幽々子はいいとして、萃香はその見た目で酒飲むって聞くとなんつーかなぁ……。あ、そういや話は変わるが、お前たちに一つ聞きたい事があるんだけどよ」

 

「なんだ?」

 

そんな二人の話を聞いていると、司狼が突然何かを思い出したかのように問い掛けてきた。

 

「例の件で怪我したって言った橘―――彼女、あれからどうなった?」

 

聞かれたのは橘についてだった。そういえばあの時は司狼や蓮に連絡がつかなかったんだったか。後に朔夜が連絡のついた蓮たちに一連の出来事を話したそうだが、その後の事は知らないのだろう。

 

「しばらく昏睡状態になってたけど、数日前に幽々子たちが協力してくれたおかげでなんとか無事に目覚めたよ。体調とかに問題は無いけど、今は大事を取ってこの作戦にも参加せずに休んでる」

 

「そりゃよかった。……実はうちの香純や先輩がな?あの嬢ちゃん(朔夜)の報告を聞いて、しきりに彼女の事気にしてたからよ」

 

「ああ、そういう事か。なら橘は元気に回復してるって伝えておいてくれ。―――あ、そういえば俺からも一つ気になってる事があるんだがいいか?」

 

「ん?」

 

「俺たちがあの事件に関わってた間……司狼、お前何やってた?」

 

あの事件の際、俺たちは司狼だけじゃなく蓮などにも連絡を入れたのだが、全く連絡がつかなかった。

最初は電波が悪くてただ繋がりにくいだけなのかと思っていたが、朔夜によるとその後蓮や司狼たちと連絡が取れたのは、俺たちが幻想郷に行って数日程経った頃だったそうだ。それまでは朔夜の方から連絡を入れても全く繋がらなかったらしい。

それに対し司狼は―――

 

「何、ちょっとした用事だ。あの水銀に突然呼び出されてよ、それがかなり厄介な用だったからこっちに目を向ける暇が無かったのさ」

 

「厄介な用ですか……。ちなみにどんな用だったんですか?」

 

「ある世界で、水銀の奴がちょいと力が強過ぎる子と戦闘になっちまってね。それに俺たちと大将、そして黄金の獣様まで呼び出されたのさ」

 

「「はぁ!?」」

 

メルクリウスだけじゃなく、ラインハルトや蓮まで呼び出されたって……。

 

「何者なんです?その……女の子?」

 

「ああ、女の子だ。水銀曰く、ある人物を元に勝手に生み出され、一方的に禍根を押し付けられた存在だとよ。んで、強さについては―――言わなくても分かるだろ?」

 

『…………』

 

世界を容易く滅ぼすどころか、世界法則を塗り替える力を持つ覇道神が三人も集まる程の実力を持つ女の子。

そんな話を聞いて、俺たちは揃って絶句する。

 

「まあ、結局なんだかんだ言ってその子には勝ったけどな」

 

「……まさか殺したんですか?」

 

「いいや、実際その子も俺たちと似たような存在だったからな。死なずに戦闘不能になったよ。今は水銀が珍しくその子の面倒を全部見てるらしいぜ?」

 

どうやらその子は過去に何かあったらしく、メルクリウスと出会った時からかなり精神が不安定だったらしい。

 

「あの子の過去に何があったかは知らねぇけど、彼女が無理やり背負わされたものを考えりゃ、大方精神が不安定な理由は想像出来るけどな」

 

『…………拒絶、されたんだろうね……それもかなり強く』

 

勝手に生み出され、一方的に禍根を押し付けられて、その禍根のせいで色んな人から避けられて―――もしかしたら殺されそうになったのかもしれない。

禍根は文字通り、災いの元だからそれを周りが排除しようとするのは道理だろう。

 

「まあ、今はかなり落ち着いてるってこの前様子を見に行った蓮が言ってたし、そこら辺は大丈夫だろ。問題はその子の今後をどうするかってとこなんだが……」

 

「……彼女の面倒を見てるメルクリウスはそれについて何か言ってましたか?」

 

「いんや、どうやらあの野郎もかなり迷ってるみたいでな。もしかしたらずっとあいつが面倒見るかもしれねぇし、俺たちやお前たちに全部投げてくるかもしれねぇ」

 

「……後者の方が可能性高そうだな」

 

「ああ。でも大した問題は無いと思うぜ?そうなったらなったで俺や蓮も協力するし、何しろお前たちとその子は仲良くなれそうだからな」

 

「あら、なぜそう言えるのかしら?」

 

幽々子の質問に司狼は飲み終えた空き缶を弄りながらこちらの目を見て笑った。

 

「じゃあ優月、お前その子の話を聞いてどう思った?」

 

「私ですか?」

 

問われ、優月は少し考えた後に答える。

 

「私は可哀想だと思いましたね……。都合よく創られて、一方的に災いを押し付けられて、周りから拒絶されたり、殺されかけたりして……そんなの、あまりにも酷いし……身勝手過ぎると思います」

 

「優月……」

 

「……私は、その子を今すぐにでも抱きしめてあげたいです。例えどんな酷い理由で生み出されたとしても、禍根の塊だと言われようとも、結局その子も私たちと同じように生きている事には変わりないんですから……」

 

「……だが、お前とその周り―――大切な人たちが災いに巻き込まれるかもしれないんだぜ?」

 

「それはもちろん分かっています。でもだからと言って、私はその子の事を見捨てたりなんか出来ません」

 

「…………」

 

「私は見たくないんですよ。誰からも理解されず、拒絶された事に泣き叫ぶその子を、その結果身も心も何もかも壊れてしまったその子の姿を」

 

「優月ちゃん……」

 

悲しそうに、しかしそれでいてどこか慈愛を感じさせる笑みを浮かべる優月の姿は儚く、とても幻想的に見えて―――一瞬だけ優月の姿に黄金の少女の姿が重なって見えたような気がした。

 

「―――ああ、やっぱりお前とあの子は似てるわ。だから言ったんだよ、お前たちとあの子は仲良くなれるってな」

 

それはどうやら司狼も同じだったようで、含みのある笑みを浮かべてそう呟いた。

 

「……司狼さん、その子の名前教えてくれませんか?」

 

「ん、ああ……確かその子は(まが)―――」

 

 

 

 

 

 

 

『こちらIチーム、一台の不審な黒い乗用車を確認、こちらに近付いてきています!』

 

『っ!!』

 

その時、俺たちのやりとりを遮る形で周りを見張っていた護陵衛士(エトナルク)が念話を通じて声を上げる。

 

「その話はまた今度にしようぜ。今は―――」

 

「そうね、今は―――」

 

『乗用車は例の倉庫前に停車―――三人降りてきました』

 

「透流、そっちから顔見えないか?」

 

『残念だけど後ろ姿しか見えないな。でも見る限りリョウで間違いないと思う。それにリョウに寄り添ってた女も居る』

 

『こちらAチーム、三人の人物の内、リョウとおぼしき人物の顔を確認』

 

「確定か……そういや三人目の奴はどんな奴だ?」

 

『後ろ姿だったから分からないな……』

 

『そうね。でも《狂売会(オークション)》で警備していた連中と似たような黒スーツを着ていたから《(ゾア)》かもしれないわ。注意しておいた方がいいわね』

 

これまでの経験上、《(ゾア)》の身体能力はおそらく《(レベル3)》とほぼ同等だ。

まあ、それだけなら俺たち《(レベル4)》以上の敵ではないのだが、注意するべきなのは個々が備えているだろう特殊な能力だろう。

防御力が高い程度ならまだなんとでも出来るだろうが、以前戦った奴のように電撃を放てるなら少し苦戦するかもしれない。

 

『入ったぞ』

 

透流たちと共にいる隊長が呟くと、香は手元の時計を見る。

 

「それじゃあ皆さん、準備してください!二分後に作戦開始です!」

 

彼女は即座に動いてこちらの存在を気取られてしまわないように、僅かに時間を置いてから突入する旨を伝える。

その後、護陵衛士(エトナルク)が倉庫を完全に包囲して、最後に突入部隊が内部に入り込んで制圧するという手はずになっているのだ。

ちなみに今回、香はこの作戦の全体指揮を任されている。本来なら透流たちと居る隊長が指揮を取る筈だが、朔夜が是非とも香に作戦指揮を任せてあげてほしいと言ったらしい。

その話を聞いた時少なからず大丈夫かと不安に思ったが、どうやら朔夜の仕事を手伝っている合間や、夜寝るまでの間、さらに幻想郷に行っている間も兵法などの戦術勉強をしていたらしい。そしてその才能は見事に開花し、朔夜曰く「孔明にも勝るとも劣らない軍師になった」との事。

 

「―――時間です。では、これより制圧作戦を開始します!」

 

『了解!』

 

香が任務開始を宣言すると俺たちのみならず、他の場所から倉庫を監視していた護陵衛士(エトナルク)、近隣で待機していた安心院たちが動き出す。

メンバー構成は透流、ユリエ、リーリス、サポート役に隊長ともう一人の護陵衛士(エトナルク)を加えた五人が正面から入る突入部隊。

俺、優月、妹紅、萃香、そして以前の《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》で優月が助けた男性護陵衛士(エトナルク)の一人を含めた俺たち五人は倉庫の裏側から入る奇襲部隊。

トラ、安心院は周りの護陵衛士(エトナルク)と共に包囲部隊に配属された。ちなみに安心院は今回の作戦の無線替わりとしての役割も持っている。

そして司狼なのだが……基本的には俺たちに付いてくるそうだが、事態が変われば勝手に動くらしい。詰まる所遊撃手というわけだ。ちなみに周りの護陵衛士(エトナルク)と共に配属された幽々子も状況に応じて自由に動くそうだ。

最後に残った香は後方に下がって安心院の念話を使っての現場指揮、そして先ほどの会話には参加していなかったが、映姫も現場指揮の補佐をする事になっている。

 

 

隊全体に任務開始が通知されてから三分―――予定通りに配置につき、包囲が完了したとの連絡が次々と入る。そして―――

 

『よし……突入するぞ!』

 

『はい!』

 

「俺たちは裏から静かに入るぞ」

 

「了解〜」

 

「了解です!」

 

萃香の間の抜けた返事と男性隊員の活気ある返事を確認し、俺たちは裏口から静かに侵入する。

一方表の方からは透流たちが突入したのか、窓ガラスが割れた音が聞こえてきた。

 

「窓ガラスをぶち破ってお邪魔しますってか……」

 

『ダイナミックだね』

 

「私だったら正面から壁をぶち破って入るけどね」

 

「ダイナミック過ぎんだろ」

 

「流石鬼ですね……」

 

「私なら火をつけて突入するけどね」

 

「妹紅のが一番ヤバイな……」

 

「ダイナミックどころの話じゃないですね……」

 

「皆さん……集中してください……」

 

そんな軽いやり取りをしながら薄暗い廊下を警戒しながらゆっくりと歩く。

途中、幾つかの部屋があったので中を覗いてみたが特に怪しいものは無い。大抵の部屋は会社の備品らしきものが大量に積まれていたり、おそらく会社関係の荷箱が積まれている部屋だった。

そして―――

 

「この先か……」

 

俺たちはこの倉庫で一番広い部屋へと通じる扉の前へと辿り着いた。見ると扉の隙間からは色鮮やかな光が漏れている。おそらくこの向こう側には先ほど突入した透流たちとリョウを始めとした今回のパーティーの参加者たちが居る筈だ。

しかし―――

 

「なあ、影月……さっきからずっと思ってたんだけどよ……静か過ぎだよな?」

 

「……ああ、悲鳴の一つも聞こえない」

 

扉の向こう側からは物音が一つ聞こえてこない。扉の隙間から色鮮やかな光が見えている事から、普通なら騒々しい音楽の一つ位は聞こえてきてもおかしくはないだろう。さらに先ほど透流たちが窓ガラスを破って突入したというのに、参加者の悲鳴どころか驚いたような声すらも聞こえない。

そんな状況が俺たちの不安を煽る。

 

「嫌な予感がする……」

 

「私もです……ですが」

 

「ああ、とりあえずこの扉の先に行かねぇと何が起きてるのかも分からないからな」

 

『その扉は荷箱の影に隠れてますから、静かに出れば気付かれないと思います』

 

「分かった」

 

この倉庫の見取り図でも見ているのか、香のナビを聞いた俺たちは音を立てないように静かに扉を開け、低い姿勢のまま近くの荷箱の影に隠れた。

そして僅かに顔を出して周囲の様子を伺うと、奥に設置されたステージの上に立っている目標の姿を確認した。

 

(居たぞ……リョウだ)

 

その両脇には、スミレという女と黒いスーツを見に纏った男が控えていた。

 

(って、あの黒スーツ……《狂売会(オークション)》の時の灰色熊(グリズリー)だった三島レイジか?)

 

そんな事を考えていると、リョウは以前会った時と変わらないにこやかな笑みを浮かべたまま、話始める。

 

「やあ、久しぶりだね。まさかキミたちが《超えし者(イクシード)》だとは思いもしなかったよ。よくこんな街の情報を掴んで潜り込んできたものだ」

 

「うちのトップは色々とやり手でね、色々とコネがあるんだよ。例えばこの街に存在する五つの派閥の内の一つとかな」

 

「へぇ……それってもしかして底なし穴(ボトムレススピット)の人たちかい?」

 

「……知ってたのか」

 

「あそこのトップとキミたちがたまに喋ってる所を見かけるって聞いたからね」

 

リョウの視線の先には吹き抜け部分から一階を見下ろしている透流たちが居る。

 

(あちゃー、やっぱりバレてたか)

 

(まあ、結構顔を合わせてたので仕方ありませんね)

 

(……それにしてもよ、周りの奴ら少しおかしくねぇか?)

 

(確かに……誰も彼もが虚ろな目をしてますね……ドラッグの影響でしょうか?)

 

((…………))

 

そんなやり取りをしていると、透流たちと共に居た隊長と女性護陵衛士(エトナルク)が先に一階へと飛び降りる。

その理由は一階の入り口を開け放ち、ここにいる一般人がこれから始まるであろう闘いに巻き込まれないように避難誘導する為だ。

あの二人のレベルは俺たちより低い《(レベル3)》なので、もしここに《獣魔(ヴィルゾア)》がいるとなれば、二人がそれを相手するのはかなりの危険を伴う。

故に二人は一般人を避難させ、俺たちが気兼ね無く闘える状況を作り出すという役割を担っていた。

だが―――

 

「おっと、せっかく舞台を用意したんだから、野暮な事はしないでもらいたいね」

 

リョウが指を打ち鳴らすと、一階へと降り立った二人の周囲にいた幾人もの参加者が隊長たちに向かって飛び掛かった。

 

「なっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「っ!たいちょーーー」

 

(喋るなバカ野郎!ここで大声出したら奇襲の意味が無くなるだろーが!)

 

そのまま(なだ)れ掛かられ、床に押し倒された二人を見て男性隊員が思わず声を出そうとして、咄嗟に司狼が口を塞いだ。

幸い押し倒される時の音で男性隊員の声はかき消されたので、リョウたちはこちらに気が付いてないようだ。

 

(っ……す、すみません……つい声が……)

 

(バレてないので大丈夫ですよ。それにあれを見て声が出るのも仕方ないです)

 

「ぐ、ううっ……なんだ、この力は……!?」

 

「なんですかこれ……!動けない……!?」

 

「隊長!?」

 

人を超えた《力》を持つ護陵衛士(エトナルク)が数人の常人に抑え込まれて表情を歪めるという異様な状況に、透流たちのみならず俺たちも内心驚く。

それを見てリョウはステージ上で笑った後、手を横に大きく動かした。するとパーティーの参加者が端に寄るように移動して中央にスペースを作った。

そんなあからさまな誘いに乗った透流たち三人は、作られた空間へと飛び降りる。

 

「キミたち二人はそのままそこで見ているといい。ふふ、どうだい?」

 

「……まさか参加者全員があんたの配下だとは思わなかったぜ、リョウ」

 

「う〜ん……別にそういうわけでもないけれどね」

 

「トール、何か様子がおかしいです」

 

背中を向け合い、三方を警戒する中でユリエが呟く。

確かに周りの参加者は先ほど優月が言った通り、誰も彼もが虚ろな目をしていて、僅かに体を揺れ動かして立っている。

 

(まるでゾンビだな、こりゃ)

 

(……やはりドラッグか?いや、それにしては統率が取れている気がするが……)

 

(という事は……)

 

「……これがあんたの《力》ってわけね」

 

「ふふ、想像に任せるよ。まあ、キミたちやそこで抑えられている二人には手出ししないように命じてあるから、そこら辺は安心していいよ」

 

「それはご丁寧な事で……」

 

やはりこの現象はリョウの持つ何かしらの《力》が作用しているのだろう。

 

「それじゃあ、そろそろパーティーを始めようか。キミたちドーン機関と僕ら《666(ザ・ビースト)》は、和やかに会話をするような関係じゃないからね」

 

「同感だ」

 

「始める前に言っておくけど、もし外にいる連中がこの倉庫内に踏み入ろうとでもしたら、参加者がどうなるか保証は出来ないよ」

 

「つまり裏を返せば、()()()だけで闘うなら手を出さないって事だな?」

 

「ご名答。約束しようじゃないか」

 

どこまで信じていいかは怪しいが、透流は外で待機している護陵衛士(エトナルク)に連絡を入れる。

 

「さて、これで望み通りの展開になったな。ーーーああ、そうだ。最後に改めて確認するが、()()()()()()()()()がここに入ってきたらダメなんだよな?」

 

「そうしたらどうなるか保証はしないと言っただろ?」

 

(さてと……んじゃ影月、ちょっくら茶々入れに行ってくるわ)

 

(遊撃開始か、司狼)

 

(それが俺の役割だろうが。それにーーー乱入とサプライズは喧嘩の華だぜ?)

 

(ああ、分かった。俺たちはタイミングを見計らって行動する。それと誰も殺すなよ?)

 

(分かってるっての。だが止むを得ない時は目を瞑れよ?)

 

そう言った司狼は腰からデザートイーグルを抜き、荷箱の上に立つ。そしてーーー

 

「なら、最初からここにいた俺はセーフって事だよな?」

 

その言葉と共に跳躍し、透流たちがいる場所へと降り立った。

 

side out…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミは……」

 

リョウは透流たちの前に降り立った人物を見て、軽く目を見開いた。なぜならその人物はリョウが《超えし者(イクシード)》の次に警戒していた人物だったからだ。

 

「よお、色男さんよ。また随分と派手なパーティーをやってるじゃねぇか。なんで俺たちも誘ってくれなかったんだよ?」

 

「司狼……」

 

突然出てきた司狼に驚く透流を尻目に、司狼は続ける。

 

「あ〜あ〜、つれないねぇ。俺たちはベラドンナの連中がうちの溜まり場に来る事を許してたっつーのに、そっちは俺たちがこんな楽しいパーティーに参加する義理は無いってか?」

 

「……ああ、すまないね。それじゃあ次からはキミたちも誘う事にするよ。まあ最もーーー」

 

言ってリョウは再び指を打ち鳴らす。

 

「次なんてもうキミには無いだろうけどね」

 

「っ!司狼!」

 

その言葉と共に数人の参加者が司狼へと飛び掛かった。

そしてそのまま司狼は先ほどの護陵衛士(エトナルク)と同じように床に押し倒されてしまう。

 

「キミもそこで見ているといいよ。まあ、キミたちの存在は僕らにとって邪魔だから後で皆殺しにしてあげるけどね」

 

「おーおー、怖いねぇ。そんな爽やかな笑顔浮かべながら殺す宣言するなんてよ」

 

しかし司狼は柳に風と言った感じで受け流して飄々と笑い飛ばす。

そしてーーー

 

「つか鬱陶しいわ、お前ら」

 

『なっ!?』

 

その言葉と共に司狼は体を起こし、自身を押さえ込んでいた参加者を軽く身を振るう事で振り払った。

(レベル3)》の《超えし者(イクシード)》ですら起き上がる事が出来ないというのに、それをまるで虫を払うかのような軽さで成し遂げた乱入者を見て、透流たちやリョウ、そして黒スーツの男は驚きの声を上げた。

 

「おいおい、抑え込むならもうちょい力入れろよ。今のが全力か?」

 

「……レイジ!」

 

するとリョウは黒スーツの男の名を呼び、男はステージを蹴って飛ぶ。

ズシンと見た目以上に重みがありそうな音が響き、男はスペースの中心へと着地した。

 

「うわー、今重そうな音したな。お前あの根暗野郎と同じ鉄で出来てるような体なのかよ?」

 

「ああ?んなわけねーだろうが。そもそも鉄で出来てる体ってなんだぁ?」

 

「いや、こっちの話さ」

 

「やっぱりあんただったか……。確か、三島レイジだったよな」

 

「おう、前は一撃だったってぇのに覚えてもらって光栄だな、《超えし者(イクシード)》」

 

「インパクトあったからな。闘いの結果がどうこうじゃなくて、《666(ザ・ビースト)》にあんたみたいな奴が居るって事に」

 

闇の世界に潜む非合法の組織に属するには明らかに間違ってる性根を持つ敵。確かにそう聞けば忘れようにも忘れられない相手だろう。

それを聞いて舌なめずりでもしそうな笑みを浮かべるレイジ。

 

「そいつぁありがてぇ一言だが、今回は結果で忘れられなくーーー」

 

「ちょっとリョウちゃぁん、何のイベントなのぉこれぇ?なぁんか退屈なんだけどぉ」

 

するとレイジの言葉を遮る形で、スミレという女性がまるで空気を呼んていない苛立った声を上げる。

それを聞いてリョウは苦笑いや浮かべて答えようとしてーーー

 

「うるせぇ、黙れ」

 

その言葉と同時に轟音が三発鳴り響く。

 

「ひぃいいいいっっ!!」

 

司狼が放った銃弾はスミレの足下へと着弾し、それに驚いたスミレは尻もちをついて後ずさる。

それを見て鬱陶しそうな顔をする司狼。

 

「こっちが話してる最中だろうが。状況も理解出来ないバカ女がゴチャゴチャ喋るんじゃねぇ」

 

『…………』

 

人に向けて躊躇無く発砲して罵る司狼に、周りの者たちは揃って黙り込む。

 

「……お前、中々にイカレてんなぁ」

 

「そうか?だがこっちが楽しくおしゃべりしているって時に空気読まずにいきなりペラペラ喋り出されたらイラつく上にシラけるだろ?」

 

「ケッ、違いねぇな」

 

笑いながら同調するレイジもそれ相応にイカレているーーー透流たちがそんな事を思っていると、レイジが改めて向き直る。

 

「だがまあ、確かにこれ以上ペラまわしても面白くねぇのは事実だよなぁ?」

 

「ああ、やっぱ喧嘩っつーのはこういうのが一番だ」

 

その言葉と共に司狼は銃を向け、レイジは自らの正体を露わにし始める。

見る間にその体が変質を始め、三メートル近い巨躯と化していく。

その姿に透流は違和感を覚えるも、絹を裂くような悲鳴によって強制的に思考が中断される。

 

「ひぃいいいいっっ!!ば、ばけっ、バケモノぉおおおおっっ!!」

 

「……おい、言われてんぞ」

 

「知るか、否定するだけ無駄だっていうのは分かってるしよ。それにお前だって似たようなもんだろうが」

 

「あー?この通りすがりのイケメン様のどこがバケモノだって言うんだよ?」

 

「五人掛かりで押さえ付けられても軽々と脱出した奴が何言ってやがる」

 

レイジの言う通りだなぁ……と透流たち三人は呆れながら同情し、改めてどっしりと構えを取るレイジの姿を見る。

ここで透流は先ほどから感じていた違和感に気付いた。

 

「ん?前と姿が微妙に違う……?」

 

(ゾア)》は元となった獣の特徴を残しながら、皮膚が硬質化して頑丈な鎧となる。

以前のレイジは熊の様相を残した風体だったが、今は以前より体格が良くなり、特に腕の太さは段違いになっている。

 

「いい観察力だ。流石多くの修羅場をくぐってきてるってか」

 

先ほどとは違い、くぐもった不気味な声で答えるレイジは巨体を揺らす。

 

「てめぇにやられた事でオレぁボスからいらねぇって言われてな。……だが、別の奴からチャンスを貰ってなぁ……。新たな《力》をーーー大猩猩(コング)のパワーを手に入れたってぇわけだ」

 

「なるほどねぇ、だからそんな怒った時のラー○ャンみたいな腕してんのか。つまりお前はーーー」

 

「おうよ。オレぁ既に《(ゾア)》じゃねぇ……上位(ハイクラス)ーーー《獣魔(ヴィルゾア)》のレイジだぁ!!」

 

レイジが咆哮し、空気が震える。

それに感化されたのか、周囲の参加者ーーー否、観客と化した連中が足を踏み鳴らし始めた。ドラム缶を叩く者まで現れ、倉庫内は音楽が掛かるよりもさらに騒がしくなる。

そんな中で透流たちは予想外の人物が《獣魔(ヴィルゾア)》になっていた事に未だに動揺していた。

しかし司狼はーーー

 

「はっ、そうかい。だがまあ、それはそれとしてーーーだ」

 

黒光りするデザートイーグル。重量2kgに達する世界最強の拳銃を左手一本で回しながら、司狼はニヒルに笑う。

 

「時間が経って色々と面倒な事になる前に、さっさと()()しようぜ?ーーー援護は任せたからよ!」

 

その言葉と同時に視界を漂白するマズルフラッシュと耳を聾する轟音が連続で炸裂する。それは射撃の基礎もセオリーも一切無視した、曲撃ちと言っても構わないデタラメな発砲だ。大口径の銃でこんな真似をしようものなら、普段は狙い云々よりも射手の手首が破壊される。

だがーーー

 

「なっ!?」

 

放たれた弾丸のほぼ全てはレイジの眉間や心臓などの急所へと一分の狂いも無く飛来してきた。そしてレイジが驚いたのはそのような常識外れなものだけでは無くーーー

 

「ふっ……!」

 

「はあぁぁ!!」

 

レイジから比較的近い荷箱の影から飛び出して構えた銃を撃つ影月と、自らの《焔牙(ブレイズ)》を具現化した優月が飛び出した事にもまた驚いていた。

しかしーーー

 

「効かねぇなぁ!そんな豆鉄砲は!!」

 

レイジは司狼と影月が放った銃弾を回避せずにその身で受け止めた。

獣魔(ヴィルゾア)》は急所を含めた全身が徹甲弾でも貫けないレベルで硬くなる。故に司狼たちの持っている普通の拳銃ではレイジに全くダメージを与えられない。

だがーーー

 

「ああ、知ってるよ。でもなーーー」

 

「ーーーっ!!」

 

「お前の事なんて、こっちははなから狙ってねぇんだよ」

 

その言葉と共にリョウが言葉を発する時間すら与えられずに、音を立てて倒れた。

先ほど司狼が放った中の一発が跳弾して、リョウの頭部へと命中したのだ。

 

「いやぁあああああっ!!リョウ!?リョウーーーーーっ!!」

 

スミレがまたもや悲鳴を上げて近寄り体を揺さぶるも、リョウは目を開けない。

その姿を見て、レイジが心持ち苦々しい声で言う。

 

「やってくれんじゃねぇか……」

 

「まあ、正直気が進まなかったけどな」

 

「ですが、ドラッグを裏でこそこそと広める輩が約束を守るなんて思う程、私たちはお人好しじゃありません」

 

「ケッ、それも違いねぇな」

 

パーティーの参加者を素早く無力化した優月の言い分を、レイジは肩を揺らしながら認めた。

 

「それに心配すんなよ、そいつは死んでねぇ。ゴム弾食らって伸びてるだけだ」

 

「ああ?ゴム弾だぁ?」

 

ゴム弾ーーー警察や軍隊で大型獣の撃退や暴動鎮圧、訓練に使われる日致死性兵器の一種。

しかしーーー

 

「嘘つくんじゃねぇよ。ゴム弾は跳弾なんかしねぇぞ?」

 

ゴム弾は跳弾しないように特殊な構造になっている。それについて指摘するレイジに司狼はデザートイーグルを回しながら答える。

 

「確かに()()のゴム弾じゃ跳弾なんてしねぇわな。でもこれは()()のゴム弾じゃないんだわ」

 

そう言って再びデタラメな発砲をする。それら全ての銃弾は壁や床で跳弾して、レイジの急所に再び当たった。

 

「俺の知り合いで銃に詳しくて、作るのが上手い奴が居てな。ゴム弾だけじゃなく、このデザートイーグルもそいつが作った特別製なんだよ」

 

「ほお……」

 

ちなみに作成者は安心院だったりする。

重さも質感も撃った時の反動も全てデザートイーグルのままで、弾丸だけゴム弾に変えているのだ。見た目や発砲音までもが実弾を撃つ銃と同じなので傍から見れば本物にしか見えないだろう。

さらにゴム弾自体に跳弾のスキルが付属しているので、跳弾も可能という性能までついている。

 

「さてと、それじゃあこれの種明かしも終わった事だしーーーこれで残るはお前()だけだな」

 

「何……?」

 

影月のどこか引っかかるような言い方に透流は眉を潜めて、どういう事かと問い掛けようとしてーーー

 

 

 

 

瞬間、どこかから放たれた巨大な火球が透流たちの頭上を通り、リョウとスミレが居るステージ上へ着弾、耳をつんざく轟音と共に大きく爆発した。

 

『ーーーーーー』

 

紅蓮の炎に包まれ、燃やし尽くされるステージを見た透流たちや隊長、護陵衛士(エトナルク)の隊員二名は思わず言葉を失ってしまう。

戦場の状況は刻一刻と目まぐるしく変わるというものだが、今目の前で起きた事はまさにそれを体現していた。

何が起きて、何をしているのか。全く理解出来ていない透流は一番近くに居た司狼に問い掛けようとしてーーー再び言葉を失う。

透流が言葉を失った理由、それは先ほどの火球によって火の海と化したステージ上に見た事が無い《獣魔(ヴィルゾア)》が一人、宙に浮かぶ妹紅を見上げていたからだ。

 

「なあーーーもうそんな見ててイラつく演技はやめてくれないかな?君が《獣魔(ヴィルゾア)》なのは知ってるからさぁ……」

 

「もぉ……いきなり無抵抗の女の子に攻撃するなんてぇ酷くなぁい?まぁ、私だったから良かったけどもぉ」

 

背中から一対の炎の翼を生やした妹紅は不敵な笑みを浮かべながら、燃え上がるステージ上に居る一体の《獣魔(ヴィルゾア)》と視線を交差させる。

背には(バタフライ)の羽、見るからに硬質の皮膚鎧、まるで(スコーピオ)のような尻尾、そして(アント)のような顔を持つ《獣魔(ヴィルゾア)》はカチカチと大顎を鳴らして、機械質な声で話す。

その特徴的な口調から、透流たちはあれの正体が誰なのかを察する。

 

「……まさかリョウじゃなくて、あんたが《獣魔(ヴィルゾア)》だったとはな……」

 

先ほどまで気絶していたリョウの傍に居たスミレは、ステージ上から消えていた。

 

「あれぇ?今更気付いたのぉ?すぅっかり騙されてるからぁ、なぁんども笑いそうになっちゃったぁ♪」

 

「……そういえばリョウは!?」

 

「こっちだ、透流」

 

その声に振り返ると、そこには気絶したリョウを抱えている影月が居た。影月は妹紅の放った火球がステージに着弾する直前にリョウを急いで回収したのだ。

 

「こいつには色々と聞きたい事があるからなぁ……まだ死なれちゃ困るんだよ」

 

「んもぉ、リョウだけじゃなくて私も助けてほしかったのにぃ……」

 

「ならせめて普通の人間に戻ってから頼むんだな。いくら女性とはいえ、そんな体なら別に助けなくても問題無いだろうし」

 

「まあ、それもぉそうなんだけどねぇ」

 

笑うように大顎を鳴らす《獣魔(ヴィルゾア)》に影月は苦笑いする。

 

「さぁて、それじゃあそろそろ始めよっかぁ?私の相手をしてくれるのはだぁれ?」

 

「それはもちろん私と影月とーーー」

 

「私だ!」

 

「っ!」

 

その言葉と同時に物陰から素早い動きで出てきた萃香が、ステージ上に居た《獣魔(ヴィルゾア)》へと殴り掛かる。

それに気付いた《獣魔(ヴィルゾア)》は咄嗟に防御の構えを取るがーーー

 

「くっ、あぁああああっ!!」

 

山をも崩す鬼の一撃の前には防御も役に立たず、殴り飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》は倉庫の分厚い壁をぶち破って飛んでいく。

 

「す、すごい……」

 

「ヤ、ヤー……」

 

「あれが鬼の力なのね……」

 

倉庫の壁を空いた大穴を見て、透流たち三人はもはや何度目になるか分からない驚きの表情を浮かべ、護陵衛士(エトナルク)たちは目を見開いて唖然としていた。

 

「さて、俺たちはあれをぶちのめしてくるか。司狼、こっちは頼んだぞ?」

 

「了解。んじゃ、《獣魔(ヴィルゾア)》倒すの遅かった方がカツ丼奢りな?」

 

「お、いつも奢ってくれない司狼がそんな事言うなんて珍しいな」

 

「さっき缶コーヒー奢ってやったろうが。それよりも早く行かねぇとあの二人に取られるぜ?ちなみにあの二人が倒したらお前の奢りだからな」

 

既に妹紅と萃香は例の《獣魔(ヴィルゾア)》を追って姿を消していた。

 

「ちょ、マジかよ!なら急がないとなーーーじゃあ優月、司狼、そっちは任せたぞ!」

 

「はい!兄さんも気を付けてください!」

 

そして影月は、先ほど吹き飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》を追い掛けて跳躍していった。

それらを見送った司狼はレイジへと視線を向ける。

 

「さて―――こっちもやるとするかねぇ。おい透流、いつまでぼーっと突っ立ってんだよ」

 

「あ……す、すまない。展開が変わり過ぎてちょっと動揺しててな……」

 

「お前ら……俺のやらなくちゃならねぇ仕事をよくも……」

 

「どうせ失敗する事前提の作戦だったんだろ?別に邪魔されても文句ねぇだろ」

 

「…………」

 

司狼の言葉に返事する事無く、レイジは構える。それを見た司狼もまた構え、優月や今だ困惑している透流たちも構える。

 

「―――来ますよ」

 

優月がそう呟いた瞬間、レイジは一瞬で司狼たちに接近し、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ぅうっ……何よぉ!あの一撃はぁ!!」

 

一方、萃香によって殴り飛ばされた《獣魔(ヴィルゾア)》は先ほど居た倉庫からかなり離れた倉庫の壁にめり込みながら、怒りの感情を(あら)わにしていた。

彼女の役割はレイジが《超えし者(イクシード)》と戦ってる間に(バタフライ)の力で特殊な鱗粉を発生させ、透流たちの弱体化やあの場に居た参加者を操って、《666(ザ・ビースト)》に楯突く彼らを潰す事だった。

しかしその計画は倉庫内に潜入していた司狼たちによって頓挫ーーー彼女は鱗粉の操作が効かない程遠くに飛ばされ、レイジは一人で数人の《超えし者(イクシード)》と戦う羽目になってしまった。

 

「くっ……このままじゃぁ、あの方に顔向け出来ないわねぇ……」

 

そう言った《獣魔(ヴィルゾア)》はすぐに体制を立て直すべく、倉庫へ戻ろうとするがーーー

 

「おっと、行かせないよ?」

 

「っ!!」

 

その言葉と共に目にもとまらない速さで萃香が追撃してくる。

獣魔(ヴィルゾア)》は咄嗟にその一撃を空へ飛んで躱しーーー次いで飛んできた火球も紙一重で躱した。

 

「へぇ……中々いい動きするねぇ」

 

「ありゃ、また躱されちゃったよ」

 

それを見た萃香は獰猛な笑みを浮かべて喜びを露わにし、火球を放った妹紅も似たような表情を浮かべる。

 

「あんたたちぃ……!」

 

それを見てさらに怒りを滾らせる《獣魔(ヴィルゾア)》は蠍《スコーピオ》の尻尾を近くにいた萃香目掛けて放つ。

地を這うように移動し、一気に跳ね上がって襲い掛かる尖針(せんしん)に対し、萃香は動かない。

なぜ彼女は動かないのだろうか。

恐怖で足が竦んだ?否。萃香は境界という概念を自由自在に操る大妖怪や、八百万の神をその身に宿して攻撃してくる月人などの強者たちと殺り合っても生き残ってきた猛者だ。ならば鋭く、刺されば毒が体に回る程度の攻撃で恐怖する筈が無い。

ならばどう対処するのか考えている?それも否。戦闘では僅かな時間が運命を大きく左右する。決断をためらったり、決めあぐねたりすると致命的な隙やミスに繋がってしまう。歴戦の猛者足る萃香も当然ながらその事を理解している。故に本来ならばこうして棒立ちする事は無い。

ではなぜーーーその答えはすぐに明らかとなる。

 

 

Yetzirah(形成)―」

 

 

その言葉と共に自らの《焔牙《ブレイズ》》を具現化し、萃香と妹紅に合流した黒髪の少年は尖針を弾き逸らした。

 

「ああ、やっと追い付いたかい、少年」

 

「ああ。というか先に二人で行くなよ」

 

「いやぁ、ごめんごめん。つい我慢出来なくてさぁ」

 

黒髪の少年―――影月は妹紅と萃香に半眼を向け、向けられた二人はケラケラと笑った。

 

「……二人とも見かけによらず、戦闘狂だよな」

 

「「君も似たようなものだろう?」」

 

「…………否定はしない」

 

二人の指摘に影月は苦笑いをして、《獣魔(ヴィルゾア)》に向き直る。

 

「さてと……というわけでお前の相手は俺たち三人なんだが……どうする?お前一人じゃ、俺たち三人を同時に相手取るのは厳しいんじゃないか?」

 

獣魔(ヴィルゾア)》を遥かに凌ぐ怪力と速度を持つ萃香。

空を飛び、決して侮れない威力の火球を放つ妹紅。

そして速度も申し分無く、大火力を持つ兵器を召喚出来る影月。

そんな三人と対するのは普通の《獣魔(ヴィルゾア)》よりも攻撃力、防御力を若干強化され、三つの特殊な能力を持っている《獣魔(ヴィルゾア)》ことスミレ。そしてその三つの特殊な能力の内、(バタフライ)の鱗粉は今彼女が居る屋外では上手い事蔓延しないので、事実使えない。

確かにこれだけの戦力差と状況を見ると、いくら《獣魔(ヴィルゾア)》であろうとも絶望的である。これが並の《(ゾア)》や《獣魔(ヴィルゾア)》ならば、躍起となって無謀に襲い掛かってくるだろう。

だが―――

 

「―――はははは……あはははははははは!!!」

 

彼女はその場で大顎を鳴らしながら、機械質な声で狂ったように笑い出す。まるでこの状況を楽しんでいるかのように―――

 

「えぇ、確かに私一人じゃぁ厳しいわねぇ。でも―――」

 

その言葉と共に再び尖針が振り回され、影月たちに襲い掛かる。

それを危なげなく回避した三人の内、影月は攻撃の隙を狙って《槍》を《獣魔(ヴィルゾア)》目掛けて投擲する。

もはや常人どころか並の実力者でも捉える事が困難な速度で迫る《(それ)》に対し、《獣魔(ヴィルゾア)》は剛腕を振り回して弾き返す。

 

「……降伏する気は無いか」

 

「当然よぉ、私にも絶対に負けられない理由ってものがあるからねぇ」

 

「なら質疑応答はこれで終了だね。こっからは力で殺り合おうじゃないか」

 

妹紅が自らの周りに炎を纏わせながら殺気に満ちた目で敵を見据える。

それを受けた《獣魔(ヴィルゾア)》もまた、殺気を込めた視線を返す。

双方睨み合い、何か小さなきっかけ一つで戦闘が開始されそうな雰囲気の中―――妹紅が先ほど放った火球で燃え上がる倉庫の一部が音を立てて崩れ落ちる。

それが合図となり、双方は同時に行動を始める。方や大切な少女や仲間たちの意思を成し遂げる為、方や尊敬する偉大な上司の為―――

 

『行くぞォッ!!』

 

互いに譲れぬ思いを抱きながら、今ここに人外同士の戦いが始まった。




今年最初のお話はどうでしたでしょうか?
今年もこんな拙い文の小説ではありますがよろしくお願いします。

では、誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第六十四話

久しぶりの投稿!お楽しみください!

追記:少し前に優月の見た目イメージをアヤノ→黒髪黒目の世良水希に変更しました(その理由については小説情報を参照してください)。



 

 

side no

 

「―――あらあら……随分と派手にやってるわね」

 

天に輝く蒼い月の光が辺りをまるでスポットライトのように照らす中―――西行寺幽々子は眼下で繰り広げられている戦闘をまるで優雅な歌劇でも鑑賞しているかのように薄っすらと笑みを浮かべながら見ていた。

 

「あれが《獣魔(ヴィルゾア)》……なるほど、確かに言い得て妙ねぇ」

 

獣の力をその身に秘めた人(あら)ざる者―――醜いながらも強大な力を持つそれを見て、幽々子は幻想郷に住んでいる妖怪たちを思い浮かべる。

 

「まさか人をあんな妖怪じみた姿に変化させる技術が存在しているなんて……世界って本当に広いわ……」

 

そう呟きながら、幽々子は手に持った缶コーヒーを飲み干した後、器用に右手人差し指でくるくると缶を回し始めた。

 

「それにしてもこの缶コーヒーって奴は便利ねぇ。外でも気軽に飲めるし、味も美味しくて悪くない―――ねぇ、そうは思わないかしら?」

 

幽々子は変わらず缶をくるくると回しながら、まるで自分の独り言を聞いている誰かに問い掛けるような言葉を紡いだ。

すると―――

 

「―――う〜ん……そうねぇ、でも昔の缶コーヒーって今と比べると大分甘かったのよ?正直、ブラックの方が好みの私としてはとても飲めたものじゃなかったけど」

 

唐突に―――まるで始めからそこに居たかのように話す鈴の鳴るような可愛らしい声が幽々子の耳朶に届く。

それに振り返ってみれば、そこには幽々子よりも若干濃いピンク色の髪色をした見た目朔夜と同じ位の軍服の少女が、にこにこと笑いながら倉庫の屋根を歩いてきた。

それに対して幽々子もまたにこにこと笑いながら話す。

 

「あらそうなの?それは是非とも飲んでみたかったわぁ♪私、甘いものも好きだから♪」

 

「あんな甘い物を飲んでみたかったとか、私からしたら信じられないわ。あそこまで甘いコーヒーはもう飲みたくない……」

 

そう言って大袈裟に肩を竦める少女に幽々子はくすくすと笑う。

 

「それにしても甘いもの好きの“幽霊”なんて珍しいわね」

 

「あら、“幽霊”だって好みはあるのよ?それと私は“幽霊”じゃなくて“亡霊”だから覚えておきなさい♪可愛い可愛い“魔女”のお嬢さん♪」

 

その言葉に少女は一瞬驚いたように目を見開いた後―――

 

「あはっ、あはははははははは!!」

 

躁狂的に、栓の壊れたような蛇口のように笑いを迸らせる。

そんな常人ならば気が狂ってしまいそうな笑い声を耳にしても、幽々子は極めて涼しい顔のままだった。

 

「あら、お嬢さんと言うのはちょっと言い過ぎたかしら?」

 

「あははっ……!別にいいわよ……っ!本当ならお嬢さんとか言われる歳じゃないんだけどね」

 

少女はくっくっと肩を震わせながら愉快そうに笑う。それを見て幽々子もまたくすくすと笑う。

 

「という事は貴女、見た目年齢より大分年老いているのねぇ」

 

「そういう事ね。でも最近巷じゃ、私みたいな子の事をロリババアとか言って一部の人たちの人気を集めてるみたいよ?」

 

「……それ本当?」

 

「本当本当、ロリババアでネット検索したら大量に見つかるわよ」

 

そんな衝撃的な事実を聞いた幽々子はそんな変わった(へき)を持つ人たちも居るのだなぁ……と一人納得した。

 

「それにしてもまさか初見で魔女って見抜かれるとは思わなかったわ。今まで生きてきて初めてよ」

 

「あら♪それは嬉しいわ♪」

 

そうした二人の和気あいあいとした会話は辺りの空気を和やかにさせていたものの―――唐突に、幽々子が今までと一切変わらない笑顔のままで問う。

 

「―――で、聖槍十三騎士団の団員である貴女は一体何の用でここに居るのかしら?」

 

その問い掛けに少女の纏っていた空気がほんの少しだけ変わる。

 

「そうねぇ……ある女の子の付き添い、というより何かあった時の護衛かしら?」

 

「ある女の子?」

 

そう言う少女の周りには幽々子以外の人物は居ない。

 

「……ああ、その子はここじゃなくてあっちの方に居るわよ」

 

そう言って少女が指を指したのは透流たちが突入した倉庫だった。

 

「あの子、ずっと前からある人物を探してあちこち歩き回っててね。そしたらここら辺から爆発音がしたから―――」

 

「試しにやってきた……と?わざわざ危険を犯してまで?」

 

「まあ、あの子自身はそこら辺の《獣魔(ヴィルゾア)》程度には負けないから、私は言う程心配はしてないんだけどね〜……でもまあ、頼まれた人が頼まれた人だったから引き受けたのよ。ちゃんとやらないと後々面倒な事になるかもしれないし」

 

そう言って苦笑いを浮かべる少女に幽々子も苦笑いを浮かべる。

 

「……その割に私と駄弁る位の余裕はあるのねぇ」

 

「まあね。この手の頼み事は昔から慣れてるし……。それにあの子の事は今もちゃんと見てるから問題無いわよ」

 

「魔術で監視?」

 

「大体そんなものね」

 

そんな話をしながら二人の女は眼下で繰り広げられる戦闘へと視線を移した。

 

「なら……その子がどんな行動を取るのか―――私も見させてもらいましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開幕一番、最初に攻撃をしたのは影月だった。

彼は手に持つ《槍》を《獣魔(ヴィルゾア)》へ向け、銀色の一閃を放つ。その速度と威力はかの黄金の獣の放つ破壊光に劣るものの、決して軽視出来るようなものでは無い。

それを紙一重で回避した《獣魔(ヴィルゾア)》は手首の辺りから生える鉤爪を、銀色の一閃の後から走ってきていた萃香に向けて振るおうとして―――二メートルはある体躯に見合わない速度を発揮して後ろへ飛び退いた。すると直前まで《獣魔(ヴィルゾア)》の体があった位置に鳥の形をした炎弾が着弾する。

 

「はずれぇ♡だって警戒してるもぉん」

 

「…………」

 

まるで舌でも出しているかのような雰囲気に妹紅は無言で両手に蒼い炎を纏わせ、構えを取る。

 

「炎符『フェニックスの羽』!」

 

そして苛立つかのような声と共に放たれた蒼い火の鳥は蝶の羽を羽ばたかせて宙に逃げた《獣魔(ヴィルゾア)》を追尾するように飛んでいく。

そして―――

 

「っ!あぁあああっっ!!」

 

一羽の火の鳥が脇腹を掠り、痛みで一瞬動きの止まった《獣魔(ヴィルゾア)》に次々と蒼い火の鳥が殺到、大爆発を起こした。

もはや普通の《(ゾア)》であるならば膝を付くだろう一撃だが相手は《獣魔(ヴィルゾア)》、その程度では終わらない。

 

「ぐ、このぉ!!」

 

爆煙の中から飛び出した《獣魔(ヴィルゾア)》は自らの強力な大顎で妹紅へ噛み付こうとする。

それを見た妹紅は蹴りを喰らわすと同時に距離を取ろうとするが、《獣魔(ヴィルゾア)》は追撃を仕掛ける。

鉤爪が妹紅の体に襲い掛かろうとしたその瞬間―――

 

「爪符『デスパレートクロー』!」

 

妹紅はそう宣言すると同時に右手に炎で出来た鉤爪を形成、迎撃を行う。その炎はまるで鳥類の鉤爪のような形をしていて、相応の質量を持って《獣魔《ヴィルゾア》》の鉤爪を受け止めた。

 

「へぇ……そんな事まで出来るんだぁ」

 

鎌迫り合いを行う《獣魔(ヴィルゾア)》の隙を逃すまい―――そう思った影月と萃香は即座に走り出し、その無防備な背中を攻撃しようとするが―――

 

「―――っ!」

 

彼女の尾に付いている尖針が二人に向けて振るわれ、影月は足を止めてその尖針を《槍》で受け止める。

そうして影月が受け止めている隙に《獣魔(ヴィルゾア)》との距離を詰めた萃香は拳を思い切り振るった。

大気を突き破り、唸りながら迫る鬼の一撃を前に《獣魔(ヴィルゾア)》は為す術無く敗れる―――かと思いきや。

 

「なっ!?」

 

獣魔(ヴィルゾア)》は鎌迫り合いをしている妹紅へ向かって口から液体らしき何かを吐き出した。

そんな予想外の行動に驚き、目を見開いた妹紅の全身に謎の液体が掛かる。刹那―――

 

「ぐうっ!?」

 

水分が一瞬で蒸発するような音と共に襲い掛かった焼けるような凄まじい痛みに妹紅は思わず鎌迫り合いをやめて身をよじる。

その隙に自由となった《獣魔(ヴィルゾア)》は上空へと逃げた。その結果何が起こるのかは想像に容易い。

 

「がぁっ!!」

 

敵を見失った萃香の拳はそのまま妹紅の胴体へと命中し、妹紅は血を吐きながら吹き飛ばされる。

謎の液体による不意の攻撃によって防御も出来なかった上、力で右に出る者は居ないとさえ言われる鬼の拳の威力はもはや筆舌に尽くし難い。

吹き飛ばされた妹紅は近くの倉庫の壁に激突し、轟音と共に粉塵を巻き上げた。死ぬ事は無いにしても甚大なダメージを負ったのは確実だろう。

しかし―――

 

「……影月、さっきの液体は何?」

 

「そうだな……酸とかじゃないか?」

 

影月と萃香は妹紅の心配など微塵もせずにただ《獣魔(ヴィルゾア)》へと視線を向けていた。

そんな二人の様子をどこかおかしく思った《獣魔(ヴィルゾア)》は少しだけ首を傾げて―――次の瞬間、目を見開いた。

 

「惜命『不死者の捨て身』」

 

その言葉が響き渡ると同時に妹紅の周りを覆っていた粉塵が晴れ、一軒家を丸々飲み込んでしまう程巨大な蒼い火球が現れる。

そしてその火球は呆気に取られている《獣魔(ヴィルゾア)》へ向かって突撃し、命中と同時に凄まじい大爆発を起こした。

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

妹紅の文字通り捨て身の攻撃によって起こった爆煙が晴れ、地面に倒れ伏している敵を見つけた影月はゆっくりと敵の元へと近付く。

 

「うっ……ぁあ……!」

 

その場に仰向けで倒れ伏していたのは、全身に重度の火傷を負い、ボロボロになった服を着ている明るめの茶髪にピンクと緑のヘアチョークを施した女性。

彼女は影月が近付いてきた事に気付くと、憎らしそうに顔を歪める。

 

「……勝負あり、だな」

 

「ぐ……!ふふ、ふふふ……えぇ、そうねぇ……でもぉ……あんたのお仲間の一人はぁ―――」

 

「いや〜、死ぬかと思ったよ。あの一撃はさぁ」

 

「いや〜、ごめんごめん。ついうっかり全力で殴ってしまったよ」

 

すると今度は伊吹瓢の酒を飲む萃香と、酸による肌の爛れや口から吐き出していた血の後などが綺麗さっぱり消えている妹紅がケラケラと笑いながら近付いてきた。

 

「――――――」

 

「妹紅は死なないさ。彼女、本物の不老不死者だからな」

 

不老不死―――その言葉を聞いて嘘だと言いたくなる衝動にスミレは駆られるが、現に妹紅はスミレの目の前でケラケラと笑っている。それが真実、全てであると悟ったスミレは恐怖する。どちらにせよ、不老不死であれ程の力を持つ化け物が居る時点で自分に勝ち目など無かったのだ。

 

「あ〜あ……なんか呆気なかったねぇ」

 

「妹紅はしっかりと戦えたからいいじゃないか。私なんて妹紅を殴り飛ばしただけだよ」

 

「それを言うなら俺も特に何もしてないんだけどな……まあ、そんな話は置いておいて……」

 

そう言った影月は恐怖に近い表情を浮かべるスミレに対して、《槍》を心臓に突き刺そうと構える。

 

「それじゃあ……終わらせようか」

 

「……えぇ……完全に私の負けねぇ……さあ……好きになさい……」

 

スミレは自らの完全敗北を認め、潔くにこりと笑う。計画に失敗してしまった以上、自分は組織に帰る事など出来ない。ならばここで目の前の敵に殺されようと構わない。どちらにせよここで彼らに見逃してもらい、どこかに身を潜めたとしてもいずれあの組織の人たちに探し出されて殺されるのだろうから。

 

「……分かった」

 

それを聞いた影月は彼女の心臓を穿つべく狙いを定める。

 

「……よく狙いなさい。貴方は一人の女を……殺すのよ」

 

普段のふざけた口調を無くし、そう呟いたスミレは目を瞑り―――それを見た影月は狙いを定めた《槍》を容赦無く突き刺した。

 

 

 

 

 

 

「―――なぜ……殺さないの?」

 

来るだろう衝撃と痛みと死に備えて目を瞑っていたスミレは不思議そうな、困惑しているような顔で影月を見上げる。

それもその筈、スミレは今もまだ生きていた。彼女を突き刺すつもりで放たれたであろう《槍》はスミレの体からごく近い地面へと突き刺さっていた。

 

「……ねぇ……なんでよ……なんで殺さないのよぉ!!」

 

ここで彼に殺されれば自分にとっては多少の悔いはあれど、安らかに死ねたのに―――そんな思いで叫ぶ彼女に影月は―――

 

「……あの時リョウを助けた時と同じだ。あんたからも色々と聞きたい。それにもう勝敗は決まった、これ以上の流血に意味もないしな」

 

「…………」

 

言葉を失うスミレに対して影月は自嘲めいた笑みを浮かべて彼女の顔を覗き込んだ。

 

「……俺は大切な奴らを守る為ならたとえどんなに汚い手を使おうが、何人人を殺そうが、自分が犠牲になろうが最後に勝ちをもたらしたいって思っているんだが……前に優月が俺にこんな事を言ってきたんだ」

 

 

 

『……私は兄さんの渇望(ねがい)にもうとやかく言う気はありません。言った所でやめてくれるならそれは心から思った渇望(ねがい)ではないですし、私と兄さんの立場が逆だったとしても言われてやめはしないでしょうからね』

 

 

『でも、その代わりに二つだけ……約束してください』

 

 

『まず一つ目は勝利を手にしたら余程の事が無い限り、無益な殺生をしないでください。これは直前まで殺し合っていた敵だろうと関係ありません。兄さんの手を必要以上に血で染めてほしくないですから……』

 

 

『そして二つ目ですけど、これは約束というよりお願いですね。―――絶対に、自分が犠牲になろうなんて思わないでください』

 

 

『……ええ、分かってますよ。そんな事を言ってもいざという時、兄さんならきっと自分が犠牲になろうとする事は……』

 

 

『でも、私にとって兄さんが犠牲になってまで掴んだ勝利は勝利と言えません。つまりそれは私にとって負けてしまったのと同義なんですよ。それはきっと透流さんたちにとっても同じ事……。大切な仲間が犠牲になってまでもたらされた勝利……戦果的に見れば最低限の犠牲で目的を達成出来てよかった……となるでしょうけど、大切な仲間を失った私たちからしたらそんなのよかったなんて口が裂けても言えません』

 

 

『それにもし兄さんが居なくなったら……脅すわけじゃないですけど、悲しくて悲しくて私とか朔夜さんが生きていけなくなりますよ?』

 

 

『だから……ねぇ、兄さん……私たちの為にも、そして兄さん自身の為にも、この二つは守ってください。……絶対ですからね?』

 

 

 

「……本当に兄絡みになると手の掛かる妹だよ。でもまあ、優月の言いたい事はよく分かるし、余計に殺して手を汚す必要も無いのも事実だ。だから―――俺はあんたを殺さないのさ」

 

「……ふふ」

 

それを聞いたスミレの顔に浮かんだ笑みに含まれた感情は嘲りか、それとも―――

 

「……クラブであった時から、ずっと思ってたけどぉ……本当にキミって妹に甘いわよねぇ……」

 

「自覚はしてる。まあでも、好きだって言って好意を向けてくれる可愛い妹にそんな事を頼まれたら、そう簡単に断れないだろ」

 

そう言って影月がスミレの体を慎重に引き起こす―――それはほんの刹那の直前。

 

 

 

 

 

「あ〜あ見苦しいなぁ、いい加減邪魔だから早く消えちゃってよ」

 

『――――――っ!!?』

 

その時、驚愕に目を見開いて声にならない声を出したのは誰だったのだろうか。

 

「くっ……!?」

 

「えっ……!?きゃ!」

 

本能的に何かを感じた影月は即座にスミレを抱きかかえて大きく飛び退いた。

その直後―――戦闘によって崩壊した倉庫の鉄骨がスミレの倒れていた位置に轟音と共に落下した。いや、それはもはやただ普通に落ちてきたというより誰かが狙って放り投げたと言った感じだった。

 

「何が……!?」

 

次いで影月たちのみならず、辺りの空気や建物すらも震撼させる魔狼の嘲笑。

 

「アハハハハハハハハハハハハハーーーーーッ!!」

 

そんな身の毛もよだつ狂笑と共に目眩を覚える程の殺気を撒き散らす少年―――ウォルフガング・シュライバーが彼らの前に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして時間は影月たちがスミレを追い掛ける為に倉庫を出た時まで遡る―――

 

 

 

 

「んじゃまあ、こっちも始めるとするか」

 

「ええ!」

 

影月たちが出て行った後に残された司狼たちは、自分たちに向かって疾走してくるもう一体の《獣魔(ヴィルゾア)》―――レイジへと視線を向けながら、それぞれの得物を構える。

 

「行くぞ!!」

 

そして透流がそう叫ぶと透流、ユリエ、優月がほぼ同時に駆け、司狼は右手から銀の鎖を生やし、リーリスは《銃》の狙いをレイジに定めて引き金を引いた。

レイジはその巨体に見合わない速さでリーリスの銃弾を全て躱すと、次いで剣の間合いへと入った優月とユリエの連携して放たれた水平に薙ぐ一撃を上腕部で受け止める。

 

「こそばゆいぜぇ!」

 

そしてレイジは叫びながらガードしていた腕を振り回し、二人の少女を吹き飛ばそうとしたが、優月とユリエは頭を低くして攻撃を躱して再び剣を振るう―――と同時に、透流が一気に間合いへと潜り込んだ。

優月とユリエの振るった剣はレイジの脇腹に僅かに食い込むものの、先ほどの上腕部と同じで振り抜く事が出来ない。そこへ透流がボディに拳を叩き込む。

 

「いい一撃だ―――が、前回のクソ重てぇやつぁどうしたぁ!!」

 

しかし全く堪えた様子のないレイジはそう吼えると共に、鋭く重いショートアッパーをお返しと言わんばかりに透流の腹目掛けて振るう。

 

「がっ……かふっ……!!」

 

咄嗟に透流は《楯》で直撃を防いだものの、彼の体が浮き上がってしまう。

 

「っらぁ!!」

 

浮かされて回避出来ない所へ、続けざまにストレートが放たれた刹那、司狼の腕から生えた鎖が蛇行しながらレイジの手首へと絡みつき、その動きを強制的に止める。

その間に優月とユリエは透流を連れて一気に飛び退いた。

それを尻目にレイジは絡みついた鎖を見やり、愉快げに嘯いた。

 

「……面白ぇ、力比べがしたいのかよ」

 

「おうとも、喧嘩のキモはまず何と言っても腕力(これ)が一番だろ」

 

「ケッ、違いねぇな。だがよ―――俺と力比べしようなんざ甘ぇんだよ!!」

 

そう言うと同時にレイジは鎖を引き絞り、鎖は一気に遊びを無くす。そのまま音を立てて引き合うが、まだ均衡は崩れない。

 

「ほお……お前、見た目以上に力あるんだな。俺と力で勝負出来る奴なんざそう居ねぇと思ってたんだがよ」

 

「ハッ―――あいにくと俺はお前以上の馬鹿力と綱引きした事あるぜ?」

 

「―――っ!?」

 

次の瞬間、レイジは自分が徐々に司狼の方へと引き寄せられていくという事実に驚愕する。この時、鎖に掛かる張力はすでに七トンを超えていた。

 

「俺からしちゃあ、お前はまだまだ力が足りねぇ。俺と互角で力勝負したいんなら、真っ白吸血鬼か根暗鉄仮面でも連れてくるんだ―――なァッ」

 

「っ!!?」

 

司狼は一際強く手繰り、レイジの体を強制的に宙へと浮かせ、鎖の拘束を即座に解く。そして身動きの取れない空中でレイジを待ち受けていたのは―――

 

「……あまりこういうのは好きじゃないんですけど……攻撃が通らない以上は仕方ありませんね……!」

 

そう呟いた優月は本来彼女が滅多に見せない殺意を膨れ上がらせ、宙に舞うレイジへ向けて剣を振るった。

 

「がっ!?」

 

「「「っ……!?」」」

 

するとレイジの硬い右脇腹に薄っすらと斬撃の痕ができ、そこから僅かながらも血が流れ出す。

その光景を目の当たりにした透流たちが驚愕の表情を浮かべる。

 

「はあああっ!!」

 

そんな透流たちを尻目に優月は二撃、三撃と洗練された清流のような滑らかな動きで、しかしそれでいて容赦無く打ち付ける瀑布のような勢いで剣を振るう。

その度にレイジの腕に、胸に、脇腹に、足に無数の切創が刻まれていく。

 

「あれは……!?」

 

「まさか優月……殺意を斬気にして飛ばしてるのか!?」

 

極限まで高めた殺意を刃に乗せ、斬撃として飛ばす。言葉にすると簡単だがそれはまさに神技と言える程の剣技だった。

そのような所業が出来たのも、ひとえに優月がほぼ毎日欠かさずに剣の鍛錬を真面目にしていたからだろう。その努力もあってか、現在昊陵学園で優月の実力を超える剣士はほぼ居ない。

そして全身に切創を負ったレイジが地面へと倒れ込むその瞬間―――

 

「トール!!」

「透流!!」

「透流さん!!」

 

「ああ!穿()ち砕け―――雷神の一撃(ミヨルニール)》!!」

 

先ほどまで驚いていたものの、なんとか攻撃の準備を済ませていた透流が、弓を引くかのように拳を引き、溜めた力を解き放つ。

渾身の一撃が鎧と化したレイジの体へと叩き込まれ、透流は確かな手応えを感じた。

が、それでも山のような体は崩れなかった。

 

「ぐ、ふぅ……これ、だ……!この拳で俺は……!が、今回は―――こっちの一撃もお見舞いしてやるぜぇぁぁぁっ!!こいつが!俺が求め得た新たな……更なる《力》で放つ―――《凶獣豪撃掌(きょうじゅうごうげきしょう)》だぁあああっっ!!」

 

それと同時に異質な音が彼の右腕から響き、腕の太さが倍と化す。

 

(まずい……!!)

 

全力を遥かに超えて放たれた掌底は空気を突き破りながら透流へと迫る。

それを見てぞくりと背筋に冷たいものが走ると同時に、透流は《楯》の《力》を解放する。

 

「牙を断て―――《絶刃圏(イージスディザイアー)》!!」

 

瞬間―――《獣魔(ヴィルゾア)》の常軌を逸した威力の攻撃と、《超えし者(イクシード)》のあらゆるものを護る防壁が激しくぶつかり合い、衝撃波を発生させる。

その衝撃は凄まじく、透流たちの近くで気絶していた観客たちが纏めて後ろへ吹き飛んでしまう程だった。

 

「こいつを受け止めるたぁ、やるじゃねぇか!だったら―――もう一丁ぉっ!!」

 

次いで今度は左腕までもが倍の太さと化し―――二発目の《凶獣豪撃掌(きょうじゅうごうげきしょう)》が放たれる。

その二撃目が防壁にぶつかった瞬間、《絶刃圏(イージスディザイアー)》に大きくヒビが入り―――刹那の間も持たずに砕け散る。

 

「ぐぅうううううっっ!!」

 

咄嗟に透流は《楯》で攻撃を受け止めるも、体が後方へと大きく吹き飛ばされ、背中から硬いコンクリートの床へ叩きつけられる。

 

「トール……()()()()!」

 

「私も()()()()!」

 

「分かった!」

 

体が二回程弾んだ後に体制を立て直した透流の脇を銀色と黒色の風が駆け抜ける。

それを確認した透流はふらつきながらもその場に仁王立ちをする。そして―――

 

「んじゃ、俺も()()()()()()()()()()()!」

 

次いで司狼が手に持つデザートイーグルをレイジの両腕へと狙いを定めて発砲する。

 

「来いやぁ!!」

 

それに対して両腕で銃弾を残らず叩き落とし、ユリエと優月を迎撃せんと構えるレイジだったが―――

 

「―――何!?」

 

豈図(あにはか)らんや、レイジの両腕から白煙が上がる。そんな予想外の出来事に思わず彼は大きく隙を見せた。

本来ならば通常兵器よりも威力の無いゴム弾を使用している司狼の銃は到底《獣魔(ヴィルゾア)》の強固な肉体へ傷を付ける事など出来はしない。ならばなぜレイジの腕から白煙が上がったのか。

答えは司狼の発言ですぐさま与えられる。

 

「へぇ、意外と毒液でもちょっと位は隙作れんのか」

 

司狼が放った銃弾はゴム弾でも無ければ、ただの弾丸でも無い。あれは一発一発に、司狼の持つ聖遺物の特性を乗せた弾丸。そして先ほど放った銃弾に乗せられていたのは毒液の特性だった。

司狼の持つ聖遺物はかつてハンガリーのチェイテ城に住んでいた悪名高き血の伯爵夫人「エリザベート・バートリー」が獄中で書き記したとされる悪夢の手記。

かつては黒円卓第八位のルサルカが所持し、現在はルサルカと司狼が共同契約しているその聖遺物の能力は、日記に記された数々の拷問器具を何かしらの方法で現界させ利用するというもの。

その拷問器具の数はとても多く、先ほど司狼が使った毒液や鎖のみならず、針、車輪、桎梏(しっこく)、短刀、糸鋸、椅子、漏斗、螺子、仮面、石板、振り子、鉄の処女(アイアンメイデン)など挙げれば際限無く出てくる刑具たちを司狼は形成する事が出来るのだ。

そんな聖遺物の力によって決して小さくない隙を作ってしまったレイジへ―――

 

「それじゃあ―――遠慮無く行かせてもらうわ」

 

二階へと移動し、透流たちの真後ろへと陣取ったリーリスがそう呟く。

ユリエ、優月、透流、司狼の四人とレイジ、そして《銃》を構えたリーリスの全員が一直線に並んだこの瞬間、黄金の少女が持つ最強の一撃が放たれる。その刹那―――

 

じゃあね、おやすみなさい(アウフ・ヴィーターゼン)―――狙い撃て(ロックオン)、《撃射承・彗(フェイスピアースⅦ)》!!」

 

ドイツ語で別れを告げる言葉と共に引き金が引かれた瞬間、射線上に居たユリエ、優月、透流、司狼は即座に射線から逃れ―――空いた空間を、眩い光を纏った弾丸が貫いていく。

 

「な、ぁっ……!?」

 

輝弾を前に驚き叫ぶレイジは咄嗟にガードを固めるが、それは全く意味を成さなかった。

腕を、胸を、分厚く硬い鎧化した体を対戦車ライフル以上の威力を持った弾丸が光の尾を引いて貫く。

 

「ぐ、うぅっ……!」

 

幸いにも鎖骨に近い位置を貫いた為、この一撃でレイジが倒れる事は無い。

しかし―――

 

「やってくれたなぁ……」

 

レイジは先ほどリーリスが放った一撃によって、貫かれた片腕がだらんと垂れ下がり、手負いとなっていた。

五対一という数の劣勢を強いられていたレイジにとって、その負傷はさらに不利な状況へと追い込まれるものとなるのは明白だった。

 

「さて……その怪我じゃ、ろくに戦う事も出来ないでしょ?もう諦めたらどうかしら?」

 

「……レイジさん、降伏する気はありませんか?」

 

片腕を抑えて睨んでくるレイジにくるくると《銃》を手元で回しながら一階に降りたリーリスと、本来滅多に浮かべない殺意を強く発しながらも優しい声で優月が降伏を迫る。

しかし当然と言うべきか、レイジは―――

 

「―――ハッ、抜かせや。オレぁもっと《力》が必要なんだ。今よりももっとな……。そんな俺がこの程度で……参ったなんて言う筈ねぇだろうがぁ!!」

 

その咆哮は轟音に近く、改めてレイジの闘志が大きく爆ぜる。その念は思わず透流たちが尻込みしてしまう程に凄まじい。

しかし優月と司狼はそんな闘志を受けても平然と佇立していた。

 

「むぅ……考えを変える気は無いみたいですね……」

 

「……ああ、みたいだな」

 

そう呟き、改めて両者は構えを取る。その刹那―――

 

「―――お前も他者から《力》をもらったどっかの誰かの操り人形か、くだらねぇ」

 

司狼はゆっくりとした動作でデザートイーグルを構えながら、レイジを真っ直ぐと射るように見据えて言う。

 

「……結局お前も他者から《力》をもらえないと、ままならなくて鬱陶しい現実にすら立ち向かえない端役ってわけだ」

 

「…………操り人形、か。……ああ、確かにそうかもな。けどよ―――」

 

そしてレイジは忌々しげに、今の自分のやり方が間違っていると分かっていながらも答える。

 

「仕方ねぇだろ……。誰かに操られていようとも、たとえ人の道から外れていると言われようとも、結局はそうするしか選択肢が無い奴だって世の中には沢山居るんだからな。それに―――俺は別に主人公になんてなりたかねぇ。そもそも主人公って柄じゃねぇしよ、だから俺は端役で結構だ」

 

「…………そうかい」

 

そう言って苦笑いを浮かべるレイジに司狼は少しだけ無言になった後、一言納得したような返事を返して狙いを定める。

そして優月も駆け出そうと姿勢を構えたその瞬間―――

 

 

 

 

 

「―――よぉ」

 

唐突―――僅かに響いた軍靴の音と共に掛けられた気軽な声が、その場に居る全員の視線を集める。

そしてその人物の姿を確認した司狼はどこか面倒くさそうな顔をした。

 

「……何しに来たんだ、中尉殿?一応先に言っとくが、あいにくとここにはお前が大好きなトマトジュースは無いからな?もし飲みたいって言うんなら特別に金恵んでやってもいいぜ?」

 

「アホが、俺がんなもん求めてやって来たわけじゃねぇのは分かってんだろうが」

 

司狼のからかうような口調に対し、軽薄に、飄々とした薄い笑みを浮かべながら返したのは黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグだった。

彼は倉庫二階から司狼たちやレイジ、倉庫の端の方で気絶しているリョウやパーティ参加者たちを介護する護陵衛士(エトナルク)の姿に軽く一瞥をして一階へと着地した。

それと同時に倉庫内に多少薄っすらとしているものの、常人にとってはおそらく恐怖で気絶してしまうのではないかと思える程の濃厚な殺気が満ち始める。

それを受けて透流、ユリエ、リーリスの三人は無意識に一歩だけ後退したが、司狼、優月、そしてレイジは佇立したままだった。

 

「……お前、黒円卓の奴か」

 

「ああ、そうだ。んでラージャ○みてーな格好してるてめぇは最近シュライバーが魂集めっつー名目で殺しまくってる組織の……確か《獣魔(ヴィルゾア)》とかいう奴だったか?」

 

「……ああ」

 

「……そういえば以前、朔夜さんから《666(ザ・ビースト)》関連の建物や人たちが何者かによって壊滅させられているって聞きましたが……やっぱりシュライバーが……」

 

「俺としちゃあ、いくらハイドリヒ卿の命とはいえシュライバーばかりが殺りまくってるのはちっとばかり不満だがよ」

 

「つかシロ助、モン○ン知ってんのかよ……」

 

「んー?まあ、少し嗜む位にはやってるぜ。―――つか、んな事は今どうだっていい」

 

そう言ったヴィルヘルムは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

サングラスの奥の赤い瞳を揺らめかせながら。

 

「んで、俺がここに来た理由だが―――六年間寝かせた獲物の様子を見に来たって所だ」

 

「獲物?」

 

「ああ、この間見た時はまだ熟してなかったからもう少し様子を見てみる事にしたんだが……どうやらそうして正解だったらしいな」

 

そしてヴィルヘルムは暫くの間、旨味が出るまで熟成させておいた酒をやっと味わえるといった雰囲気を纏わせながら―――ユリエへと視線を向ける。

 

「え……?」

 

「……どういう意味だ、ヴィルヘルム」

 

視線を向けられて思わず呆然としてしまうユリエ。そんな彼女を庇うように透流が二人の間へと割り込んで問うと、ヴィルヘルムは一瞬だけ目を見開いた後に少し面倒くさそうにしながら髪をかきあげた。

 

「んだよ、忘れてんのか?―――だがまあ、よくよく考えりゃあの時のてめえは狂乱してたから少し位記憶すっ飛んでてもおかしくねぇか……けど、趣向としちゃあ中々悪くねぇ」

 

くつくつと愉快げに笑い始めるヴィルヘルム。それを見てひどく不気味で不穏で嫌な予感が優月や透流の心の内を埋め尽くしていく。

 

―――この男が何かを言う前にユリエをこの場から遠ざけなければ―――

 

数瞬の後、巻き起ころうとしている不吉な何かを直感で感じ取った優月と透流は互いに顔を見合わせて小さく頷いた後、優月はヴィルヘルムの口を封じる為に、透流はユリエをヴィルヘルムから少しでも遠くへ引き離す為に一歩を踏み出す―――その瞬間。

 

「なら俺が全て思い出させてやる。感謝しろや、ガキ」

 

そしてヴィルヘルムは迫る優月に構う事無く、ユリエの魂を大きく揺り動かす決定的な禁句を吐き出した。

 

 

 

 

 

「てめえの父親は二度と目を開けねぇ。俺が―――吸い殺しちまったからな」

 

 

 

 

 

「あ、――――――」

 

刹那、ユリエの脳裏にはかつて自分の父親を殺した仇の男の姿が蘇り―――銀色の少女の深紅の瞳(ルビーアイ)から正気の光が消え、代わりにヴィルヘルムの殺気すらも塗り潰す凄まじい憎悪と憤怒と殺意の波動が辺りの空気を震わせる。

 

「あ……ああ……」

 

銀色の少女から耳をつんざくような高音が響き始める。それは以前《K》との戦闘前に発していたものとは明らかに桁違いで、数十倍以上の強さを持って発せられている。

それほどの強さを持つ理由はやはり彼女の目の前に大好きだった父親を殺した仇―――ヴィルヘルムが居るからだろう。

 

「―――っ……!ユリエ!!」

 

「ちょっと!どうしたのよ、ユリエ!!」

 

「ユリエさん!!」

 

そんな彼女を見て透流、リーリス、優月の三人はヴィルヘルムやレイジを警戒しながらユリエの元へと駆け寄って呼び掛けるも―――

 

「あ、あ……あァああアアアああアアアアアアアアーーーーーッッ!!!」

 

まるでいくつも繋がれた鎖を無理矢理引き千切ったかのような音と共に、ユリエが狂える獣の如く天を仰ぐように咆哮した。

 

「ぐ、がああぁあああ!!」

「きゃあぁあああっ!!」

「うあぁああああ!!」

 

その咆哮による衝撃波は床を大きく砕き、壁面に多くの亀裂を走らせ、心配して近くに寄ってきていた仲間たちを勢いよく壁に叩きつける程の威力を持って広がっていく。常人なら間違い無く物理的に体がバラバラになるレベルの殺意であり、もし護陵衛士(エトナルク)の隊長と他二人の隊員がヴィルヘルムが現れた時からこっそりと参加者全員を倉庫の外へ運び出していなければ死傷者が出ていた事だろう。

だが司狼とヴィルヘルムはもう慣れていると言わんばかりに平然な様子で、理性を狂乱の檻に閉じ込めたユリエを見つめていた。

 

「おいおい……ヴィルヘルム、ありゃなんだよ?まるでお前らの所の狂犬じゃねぇか」

 

「ああ、そっくりだよなぁ?この殺気もあの狂った目も―――胸糞悪くなる位シュライバーと似てやがる」

 

「な……に……?」

 

壁に叩きつけられ、苦しそうに咳き込んでいた透流が予想外の人物の名に反応して顔を上げる。それは離れた場所で咳き込んでいた優月とリーリスも同じだった。

 

「許サナイ……」

 

少女は全身から禍々しい《黒焔(こくえん)》を溢れ出させながら、自らの周囲に渦巻く《黒焔(こくえん)》を掴み取る。

 

「許セナイ……!」

 

《焔》は形を変え、まるで数多の生物の血を塗りたくったような赤黒い光を放つ《双剣(ダブル)》となる。

 

「血に濡れた白い凶獣……」

 

狂気に染まり、目の前の仇を殺戮する事しか映してない赤い瞳、そして目の前に立ち塞がる者たちを敵味方関係無く殺してしまいそうな無差別に振り撒かれる圧倒的殺意―――相違点は多々あれど、言われてみれば確かにあの白騎士に似ている点は幾つかある。

 

「おうおう、いい感じだぜガキ。六年前のてめえはあの野郎と同じ目と殺意を持ってた癖してロクな《力》も無かったみてーだが……」

 

そしてそんなユリエを見て、ヴィルヘルムもまた()せ返る程濃厚な殺気を持って対峙する。

 

「あれから随分と美味そうになったじゃねぇか―――吸い殺し甲斐がある」

 

気に入った獲物はそれ相応に強くなるまで寝かせ、美味しくなってから貪り食う。

ヴィルヘルムが六年前、ユリエを殺さずに背中に傷を刻んで見逃したのにはそうした理由があったのだ。

つまりヴィルヘルムにとって、ユリエは他の者たちよりいくらか質のいいただの糧であるとしか見ておらず―――

 

「っ……!ふざけるな……!」

 

そんなヴィルヘルムの思考に凄まじい怒りが込み上げてきた透流はゆっくりと立ち上がってヴィルヘルムを睨み付ける。

それは他の二人や司狼も同じで―――

 

「透流の言う通りね……!胸糞悪いのは貴方の方よ……!!」

 

「ユリエさんのお父さんを手に掛けた挙句にユリエさんを餌扱いなんて……!!」

 

「……悪りぃな中尉殿、俺も透流たちと同意見だわ。全くお前らは相変わらず揃いも揃って……」

 

そうして各々はそれぞれ得物をヴィルヘルムへと向ける。

 

「―――カハッ、ハハハハハハ!」

 

それを見てヴィルヘルムは、自らに運が向いてきていると感じながら狂喜の笑い声を上げる。

そしてその笑い声が収まった瞬間―――

 

「絶対ニ……絶対ニ許シテナルモノカアァァァァァッッ!!!ヴィルヘルムゥゥゥ!!!」

 

「来るか?来るか来るか―――来いよぉ!!あの野郎とそっくりなその目ん玉抉り出してやらぁ!!」

 

ユリエが床を大きく踏み砕きながら、ヴィルヘルムへ牙を突き立てる為に全身から絶大な敵意を漲らせながら、銀色の暴風となって駆け抜ける。

対してヴィルヘルムも紅の両眼に紅蓮の炎を灯しながら迎撃するのだった。

 




今回はここまでです!

ユリエのお父さんの仇がヴィルヘルムというのは当然この小説オリジナルです(原作の方では犯人出てないし、これから先出るのかも不明。そもそもアブソ連載されてねぇ……)。
ちなみにユリエはシュライバーの能力と似通っている所がありますが、二人の過去とかに接点は特にありません。

というわけで次の話は黒円卓の白いの二人との戦闘となります。次も不定期投稿だと思いますがお楽しみに〜!(水銀は現在執筆中)

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第六十五話

今回は少し長めです。



 

side no

 

―――なぜ自分は先ほどまで殺意を持って戦っていた敵に守られているのか……。

そしてそんな敵に抱きしめられてなぜ自分は頬を赤く染めているのか……。

彼女は考えずにはいられなかった。

いや、実際前者の方の理由は大凡見当は付いている。彼は自分から色々と情報を聞きたいと言っていたし、彼の妹から必要以上に生命を殺さないでほしいと約束したらしいからそれらが理由である事は分かる。

しかし後者の方は自分の事とはいえ、全くもって理解不能だった。なぜ自分は大して好きでもない―――それどころかほんの数分前まで殺してやろうと思って襲い掛かっていた男に抱きしめられてドキドキしているのかと……。

まるで恋する乙女みたいだと内心思いながらも、彼女は考えていた。

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだねクラフト三世。暫く会わない内に随分とたくましくなったじゃないか」

 

「……ああ、ここ最近違う世界に行って戦ったりと色々あったからな。本当、ここまで俺たちを強くしてくれた副首領閣下様には頭が下がるよ」

 

影月は目の前でニコニコと無邪気な笑みを浮かべ、鳥肌が立つ位の殺意を溢れ出させている白髪の少年に警戒を向けながら、皮肉めいた返事と共にスミレを少年から守るように優しく抱き締めた。

 

「あ……う……」

 

一方抱き締められたスミレの方はというと、頭から湯気が出るのではないかと思う位に顔を真っ赤にして俯いていた。全身に重度の火傷を負い、耐え難い激痛が全身を襲っている筈だがとてもそうとは思えない光景だ。

しかし抱き締めている当人である影月はそんな彼女の様子に気付かない。―――いや、気付いているのかもしれないが、それに意識を向ける余裕が無いのだ。

何しろ今、影月たちの目の前に居るのは黒円卓の中で最も人を多く殺めた殺人鬼である。さらにその少年が持つ能力も極めて対処が難しい。

そんな影月の警戒を無視して白髪の少年、シュライバーは困ったような笑みを浮かべる。

 

「ごめんね〜、クラフトが君たちに色々と迷惑掛けちゃってるみたいでさ。フジワラノモコウとそっちの君も迷惑掛かっちゃった感じかな?」

 

「……だな」

 

本来ならばこの世界と関わる事無く生きていく筈だった妹紅や萃香などの幻想郷の住人たち。しかしメルクリウスがありとあらゆる多元宇宙を複合させた事によって、彼女たちもまた美亜や香のようにこの世界の問題へと巻き込まれてしまった。

確かにそう考えれば彼女たちもメルクリウスの被害者と言えるだろう。

しかし―――

 

「おいおい、私たちは別に迷惑なんてしてないぞ?」

 

「そうそう。それどころか私たちはそのクラフト?って奴に内心感謝してる位さね。こんなに良い人たちと出会えたんだからさ」

 

幻想の存在である自分たちの事を受け入れてくれた―――たったそれだけの事だが、それでも彼女たちには十分だった。何しろ今のこの時代、彼女たちのような神秘を受け入れてくれる人たちはとても希少であり、彼女たちにとっては嬉しい事なのだから―――

 

「ふ〜ん……まあ、それならそれでいいや。それにしてもフジワラノモコウについては前から思ってたけど……そっちの君も普通の人間じゃないね」

 

そんな彼女たちを覗き込むようにしてシュライバーは言葉を紡ぐ。

 

「魂の質が明らかにそこらの人間と違って上質だ。それに昔、僕たちが見てきた神秘と少し似た感覚もあるね。もしかして君たちは妖怪とかその類かい?」

 

「へぇ……君、中々鋭いね。そうさ、私は鬼の伊吹萃香って言うんだ」

 

そう言いながら萃香は能力を解き、隠されていた二本の大きな角をシュライバーへ見せる。

するとシュライバーは純粋に驚いた反応をする。

 

「うわぁ!それが本物の鬼の角かい?すごいなぁ〜、触ってみてもいい?」

 

「構わないけど……優しくしてね?」

 

可愛らしく身を捩る仕草をした萃香はシュライバーの元へ近付こうとして、影月に待ったを掛けられる。

 

「待て萃香。―――お前まさか角触ってる間に一発殴り飛ばそうとか思ってないよな?」

 

「およ?何で分かったの?」

 

「やっぱりか……じゃあ先に言っとくが、あれに攻撃しようとしても全部避けられると思うぞ?」

 

そう言って、影月は目の前で屈託無く笑っている殺気の塊と称して差し支えない少年を指す。

彼の渇望は誰にも触れられたくないというものであり、それによって願い現れた能力は相手がどんな速度や行動をしようが必ず先に速く動く事が出来るというもの。

つまり相手がどれだけ速く動こうがそれを上回る速度を発揮して先手を取り、どんな攻撃でもそれを上回る速度で回避する絶対最速且つ絶対回避の能力。

そのルールの強制力はとても凄まじく、後手が先手を追い抜くという不条理まで引き起こす位だ。

 

「絶対回避ねぇ……道理で最初に戦った時も攻撃が当たらなかったわけだ」

 

「そういえば妹紅はシュライバーと戦ったって言ってたな……」

 

「あの時はもう少しで殺れると思ったんだけどねぇ……」

 

「いや〜、あの時はちょっとだけびっくりしたよ。形成してなきゃきっとやられてたね」

 

アハハ、と旧知の友人と話しているかのように笑うシュライバーと妹紅。

そんな少しばかり弛緩した空気がほんの僅かな時間、両者の間に流れたが―――ふと、ここで影月たちが何かを感じ取ったのか少しばかり眉を顰め、ある方向へと視線を向けた。

 

「―――これは」

 

影月たちが感じた感覚は―――恐ろしく強い殺意。しかもそれは目の前に居るシュライバーが発している殺意と非常に似ている感覚がした。

それは無論の事シュライバーも感じているのだろう。彼は無垢で無邪気な笑みを浮かべ、その殺意を感じる方向―――透流たちが居る倉庫の方へと視線を向ける。

 

「う〜ん、どうやらベイが目を付けた子が無事覚醒したみたいだね。いや〜、良かった良かった。ここで彼女が覚醒しなかったら、僕がここで君たちを足止めする意味も無くなってたし」

 

「足止め、だと……?」

 

そうだよ、と微笑して続けるシュライバー。

 

「ベイがど〜しても戦いたい子が居るって言ってさ。本当なら僕も混ぜてもらいたかったんだけど、絶対に邪魔するなってすごく言われちゃってね。だからたまにはベイの頼みを聞いてあげるついでに手助けしてあげようと思ったんだ。僕ら、仲間で仲良しだからねぇ」

 

「……その手助けが私たちの足止め?」

 

「うん。ベイは望んだ相手を必ず取り逃がすってクラフトから祝福さ(のろわ)れてるからさ」

 

だから今回位は邪魔をしないで、他の者たちの足止めに回る事にしたとシュライバーは言う。この少年にしては中々珍しい行動だが、足止めされる側の影月たちにとってはたまったものじゃない。

 

「つまり優月たちと合流したいなら、お前を倒すなり何なりしないとならないわけか」

 

「そういう事。まあ、僕を倒すなんて無理だろうけどね」

 

そう言いながら笑うシュライバーは一見無防備で慢心しているように見えるが、決してそんな事は無い。

彼が放つ殺意は今だ薄まる事無く、それどころか影月が倒すと言った辺りから段々と濃くなってきている。

それは紛れも無く臨戦態勢のそれであり―――

 

「君たちも引く気は無いでしょ?なら始めよっか?」

 

「はっ―――上等!」

 

そして萃香の嬉々とした言葉が引き金となり、妹紅と萃香が同時に駆け出した。

 

「月光!メタルギアRAY!」

 

『ーーーーーーーーーっ!!!』

 

一方の影月はその場で複数の《焔牙(ブレイズ)》を瞬時に形成し、十五体の月光と三体のRAYを召喚する。

スミレを抱きかかえているせいで接近戦が出来ない彼は前衛を妹紅と萃香に任せて、後方支援に徹する事にしたのだ。

呼び出された月光は機銃やブローニングM2重機関銃、対空ミサイル、対戦車ミサイルなどの持てる武装全てをシュライバーへ向けて放ち、RAYは機銃、対艦・対戦車ミサイルを放つ。

その物量に物を言わせた攻撃の密度は凄まじく、もはや絨毯爆撃と称しても差し支えない。機銃がアスファルトや近くの倉庫の壁を容赦無く穿ち、ミサイルが着弾する度に様々な物が粉砕する。

かつて半世紀以上前の時代では戦車よりも多く実働し、多くの兵士たちを恐怖に陥れた月光に、開発当初は空母の戦略価値が下がるとまで言われた索敵能力と圧倒的火力の武装を持つRAY。そんな兵器たちが生み出す光景はまさに戦場の地獄とでも言えるようなものだった。

並大抵の者ならば躱す事も出来ずに吹き飛ばされるだろう光景を見てスミレは恐怖を抱く。これ程の攻撃、いくら頑丈な皮膚鎧を持つ《獣魔(ヴィルゾア)》であろうとただでは済まない。もしこれ程の攻撃を自分に向けて行われていたら……そう考えたスミレは身を震わせる。

そしてスミレが身を震わせた理由はもう一つあった。

 

「あははははは!無駄無駄無駄ァッーーー」

 

それはこれ程の攻撃を前にしてもシュライバーはその悉くを躱している事だ。機銃やミサイルに掠る事はもちろん無く、爆発やそれで発生した火の粉すらも余裕の笑みを浮かべながら、体操選手も真っ青になる程の動きで踊るように躱す。そんな魔性の技術を見せるシュライバーに―――

 

「相変わらず速いねぇ、君は」

 

吹き荒れる鉄風雷火の中をその身一つで突破してきた妹紅が右手に纏った炎の爪で攻撃する。

 

「よっ―――と、それっ!」

 

しかしそれすらも躱し、妹紅の背後へ回り込んだシュライバーは飛んできたRAYのミサイルを掴み、妹紅へ直接投げ付けた。

 

「うわっ!!」

 

爆発を至近距離で受けた妹紅は大きく吹き飛ばされ、シュライバーは即座に後ろに急加速して爆発を躱す。

その躱した先には萃香がスペルカードを手に待ち構えていた。

 

「萃符『戸隠山投げ』」

 

どこから取り出したのか、自分の背丈以上の大きさを持つ大岩を萃香は片手で持ち上げ、シュライバーへと投げ付ける。

だが当然ながら、シュライバーにそんな大振りの攻撃は当たらない。彼は事も無さげに全身のバネと筋肉をしならせ、空中を二段に跳躍して大岩を飛び越えた。そして大岩を蹴り、ほぼ神速とも言える速度で空から影月とスミレへと襲い掛かる。

スミレを抱えている今の影月は先も言った通り、自由に戦う事が出来ない。行動が制限されている上にスミレは負傷している為、無茶な回避を繰り出せば彼女に相当の負担が掛かり、最悪死んでしまうかもしれない。

それをどうしてもよしとしない影月は―――

 

「REX!!」

 

発達した犬歯で食らいつかんとするシュライバーに《槍》を向け、兵器の名を叫ぶ。

 

「―――ッ」

 

影月の《槍》の中からまるで頭突きをするかのように飛び出してきたREXを見てシュライバーは身を翻し、猛スピードで飛び去る。

 

『いらっしゃ〜い!』

 

「―――ッ!!」

 

だが、飛び去った先では二頭身位にデフォルメされた大量の萃香が笑みを浮かべながら進行方向を塞いでいた。そしてさらに上下左右四方八方、あらゆる角度から大量のデフォルメ萃香がシュライバーを取り囲んで襲い掛かる。

驚異のスピードで進んでいたシュライバーにこれを躱す術は無い。通り抜けられる隙間も無く、急停止をした所で結局囲まれて攻撃を受けるだろう。

 

―――が。

 

 

「――――――」

 

殺意と狂気に満ちたシュライバーの隻眼が萃香の視線とぶつかり、彼の口許がゆっくりと釣り上がる。その時浮かべた笑みは紛れも無い嘲笑で―――

 

 

Yetzirah(形成)―」

 

 

その瞬間、本能的に何かを感じ取った萃香たちは拳を振るおうとして―――

 

 

Lyngvi Vanargand(暴嵐纏う破壊獣)

 

 

突然巻き起こった大音響の爆発と殺意の衝撃波が、萃香たちを吹き飛ばして土埃を舞い上げる。

 

「ぐっ……!い、今のは……!?」

 

吹き飛ばされて地面に転がったデフォルメ萃香たちがポンと煙のように消え、元の童女サイズに戻った萃香は立ち上がりながら困惑した表情を浮かべる。

 

「……またか」

 

一方妹紅は立ち込める土煙の向こうを見て険しい表情を浮かべ、影月もまた無言で同じような表情をしていた。

 

「ふふ、ふふふふふふ……」

 

「―――ッ!」

 

土煙の向こう側……聞こえてくる忍び笑いにスミレが身を大きく震わせる。

数多の戦場を駆け抜け、ありとあらゆる悪意を詰め込んだような笑い声。そして鼻腔を抉り抜くような、吐き気どころか骨まで腐り落ちそうな血の匂い。

魔獣の咆哮めいたエグゾーストが響き渡る。もはや誰にも想像出来ないレベルの血を啜った殺戮兵器が夜と土煙を切り裂き、その光芒(ヘッドライト)で影月たちを照らす。

 

「さぁて、これを出すのは二回目かな?いや〜、中々いい連携だったし、まさか君が分身を生み出せるなんて思いもしなかったよ」

 

現れたのはドイツで作られた軍用バイク、Zündapp KS750(ツェンダップ)

現存する数多のモンスターマシンと比べれば小型と言える設計だが、禍々しいフォルムと重苦しい排気音は魔性のものを感じさせ、明らかに競争(レース)などで使われる玩具とは一線を画している。

そんな戦車や戦闘機などと同じく戦争の為に生み出され、多くの犠牲者の血と怨嗟に彩られた聖遺物を目の当たりにし、妹紅は顔を顰め、萃香は武者震いしながら笑みを浮かべる。

 

「バイクか……確か命蓮寺の坊主も少し前の異変の時に似たようなのに乗ってたねぇ……こんなにヤバそうなものじゃなかったけど」

 

「やれやれ……ここまで強くて物騒な奴が居るなんて……やっぱりこの世界に来て正解だったよ」

 

そんな二人の感想を尻目に辺りの空気が変わる。

もはや遊びは一切無い。そしてシュライバーは何かを思い出したかのように視線を妹紅へ向ける。

 

「そういえば、前に君と戦った時は僕の本気を見せてあげられなかったね」

 

「―――ああ、そういえばそうだったねぇ。今日はどうだい?私たちにその本気とやらを見せれそうか、少年?」

 

「もちろん、たっぷり御馳走してあげるよ」

 

二度と忘れられない程苛烈に。

その全身の細胞一つ一つに刻み込んでやろうとシュライバーは答える。

それを聞き、妹紅と萃香は狂喜に満ちた顔で、一方の影月は険しい表情で構えを取って静かに紡ぐ。

 

 

Briah(創造)―」

 

 

Wahrscheinlichkeit(確率操りし) Manipulieren Moribito(守り人)

 

 

創造位階となり、辺りの世界法則が影月の望む法則へと塗り変わる。そして―――

 

「さあ、始めようかァッ!!」

 

その言葉と共に鋼鉄の獣が咆哮を上げ、流星と化したシュライバーが目にも映らぬ速さで駆け抜け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃―――

 

「っ、……ぅぐォォオオッ!」

 

倉庫で繰り広げられている戦闘は、まさに壮絶とも言える様相を展開していた。

 

「ギィ、ッ……クハッ……ハハハハッ!!」

 

絶叫と共に、凄まじい威力の斬撃がヴィルヘルムの右腕を切断する。その痛みを感じ、湧き上がる歓喜の念にヴィルヘルムは笑いながら酔い痴れていた。

交差の瞬間放ったのは杭の弾幕。決して常人の目で追えない速度で放たれたそれは、物陰から身を出して《(ライフル)》を構えていたリーリスに襲い掛かる。

 

「っ!リーリス!」

 

「大丈夫よ!」

 

その光景に透流が叫ぶも、リーリスは《銃》で自分に向かってくる杭を全て撃ち落とし、素早く物陰に身を隠す。

 

「ふぅ……」

 

「大丈夫か、リーリス?」

 

肝を冷やしたかのように息を吐くリーリスの隣に透流がやってきて問うと、彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「ええ、なんとかね……」

 

「よっと―――無事かい?お二人さん」

 

そこへ先ほどまでヴィルヘルムへ攻撃をしていた司狼が地面を転がって二人の元へとやってくる。

 

「見ての通り、今はまだ辛うじて無事よ。……それにしても……」

 

リーリスは物陰から少しだけ顔を出してヴィルヘルムの様子を伺う。

瞬間―――

 

「――――――づォッ」

 

ヴィルヘルムの左肩から突然見えない何かに斬られたかのように血が吹き出した。それを受けたヴィルヘルムはリーリスたちとは別方向に再び弾幕を放つが、杭は空気を引き裂くだけで目標には命中せず、倉庫の壁や床に突き刺さる。

 

「……こんな高速戦闘、私たちには付いていけないわね……」

 

「ああ……正直、ヴィルヘルムの流れ杭と衝撃波を避けるだけで精一杯だ」

 

「そうだよなぁ……危なっかしくてここまで来たら俺も参戦出来ねーわ」

 

そう呟く彼らの背後では凄まじい轟音が絶え間無く響き渡り、頑丈な物陰に隠れていないと体がバラバラになってしまいそうな衝撃波が吹き荒れていた。

もはや音速など軽く超えている戦闘に透流、リーリス、司狼は早くも蚊帳の外状態になっていた。一応三人の名誉の為に言っておくが、透流もリーリスも司狼も常人に視認出来ない位の速さで戦闘を行う事は出来る。

しかし今この場で繰り広げられている戦闘は、本気を出してようやく音速に届く程度のスピードしか出せない三人には全く参戦出来ない程に速過ぎるのだ。

 

「ぐぅッ……!クハハッ……いいぜぇ……もっと楽しませろよ、なぁ!!」

 

この場に乱入してきたヴィルヘルムはその身を削られているが、即座に再生して攻性行動を行っている。彼の速度は後述の二人には及ばず一番遅いものの、何かしらのきっかけさえあれば並ぶ事が出来るかもしれないと思える程の速度だ。

 

「――――――」

 

そしてこの戦闘で二番目の速さを誇る優月もまた、雷速の速さとなって縦横無尽に飛び回りながらヴィルヘルムを容赦無く斬りつけていた。

しかしそんな二人より一歩以上抜きん出た速さで駆け抜けるのは―――

 

「アアァァァアアアァッッ!!」

 

返り血で染まった《双剣(ダブル)》という牙を持ち、神速を体現している銀狼―――ユリエ。

今の彼女はかつて《K》との戦いで見せた速度など優に超え、黒円卓で二番目の速度を誇るベアトリスやその彼女の創造を使える優月すらも上回っていた。

もはや今の彼女を上回れるのはラインハルト、メルクリウス、藤井蓮、そして高速移動に特化したシュライバーの四人しか居ないだろう。

 

「っぐ、オラァッ!」

 

ヴィルヘルムがすれ違いざまに放った一撃は優月の体を捉える―――かと思いきや、優月は自身の体を透過してヴィルヘルムの拳を受け流し、逆に雷速の蹴りをヴィルヘルムの胴体へと叩き込んで弾き飛ばす。

 

「It's never permitted!」

 

そんなヴィルヘルムを追撃するのは完全に理性が吹き飛び、荒れ狂う暴風と化したユリエ。

銀狼はヴィルヘルムが倉庫の壁面に叩きつけられるまでの僅かな間に、百を超える斬撃を容赦無く彼の体に叩き込み、末端から確実に肉体を破壊していく。

指を引きちぎり、腕を骨ごと切断し、腹を内蔵ごと抉って、両足を蹴り潰し、最後に倉庫の壁面に向かって思い切り叩きつける。

 

「ご、ァが……フ、ハハハ……」

 

塵屑のように打ちのめされた肉体から血が大量に流れ出す。人間ならば大量失血や全身の怪我でとうの昔に死亡しているだろう。

しかし今この場に普通の人間は誰一人として存在していない。

それが証拠にヴィルヘルムは壁面にめり込みながらも口元に笑みを浮かべ、体を再生していた。

 

「ハハ、ハハハハ……!」

 

轟音が響く。壁へめり込んだ体躯へ二発の更なる衝撃。左胸と右胸に叩き込まれた銀狼の斬撃は彼の体から血を吹き出させ、続く鳩尾を突き抜けた雷速の一撃は彼の体を壁面へと埋めていく。

杭の連射も二人にとっては時間稼ぎにすらならない。むしろ運動速度を肥大化させ、振り子のように遠心力を得て彼の体に襲い掛かる。

 

 

―――だが。

 

 

 

 

 

「―――ああ、本当によく似てやがるぜ、てめえはよ。―――胸糞悪くて吸い殺したくなるくらいになァァッッ!!!」

 

瞬間、臨界点に達した殺気の爆発が永遠に続くかと思われた攻撃を止めた。大気が極大の殺意に震え、彼のめり込んでいた壁面はそれだけで微塵に砕け散る。

 

「――――――」

「―――っ」

 

ここで初めてユリエと優月が停止する。

理性を失い、狂える獣となったユリエは本能で悟り、優月は戦士の勘と言えるもので悟ったのだ。

 

前座はこれにて終了―――ここから先が真に本番なのだと。

 

「―――もう十分だ、存分に楽しませてもらったぜ」

 

地に降り立ち、嘘偽りの無い感想を述べながら歩むヴィルヘルム。

穏やかささえ感じるその口調は、まるで嵐の前の静けさだ。

 

「つーわけでここから先は一切加減しねぇ。お前ら全員―――残らず吸い殺してやる」

 

空気が歪み始め、崩れた天井から覗く月が揺らめき始める。

空間に墨汁を垂らしたかの如く、ヴィルヘルムの求めし異界の法則(ルール)が流れ始める。

 

 

Wo war ich(かつて何処かで )schon einmal und(そしてこれほど幸福だった) war so selig(ことがあるだろうか)

 

―――滲み出るのは吐き気を催す血臭と殺気。それらが徐々に満ち始める。

 

Ich war ein Bub',(幼い私は) da hab' ich die noch nicht gekannt.(まだあなたを知らなかった)Wer bin denn ich?(いったい私は誰なのだろう) Wie komm'denn ich zu ihr?(いったいどうして) Wie kommt denn sie zu mir?(私はあなたの許に来たのだろう)

 

詠唱が進み、彼の求めた世界が現れ始める。

 

「――Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)Show a Corpse(死骸を晒せ)

 

夜に夜を重ねがけ、更なる深淵が辺りを包み込む。

 

Briah(創造)―」

 

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

 

 

 

そして辺りは総てを枯渇させる死森のヴェールに包まれ、天に浮かぶ月は血のように赤く煌々と輝き出す。

空間が軋み、倉庫内にあるありとあらゆる物が枯れ果て崩れ落ちていく。それは優月たちですら例外では無く―――

 

「―――ッ!!」

 

「あっ……!」

 

「っ……!」

 

「うっ……くぅ……!」

 

透流とリーリスは苦悶の表情を浮かべて床に片膝を付き、司狼と優月も何とか倒れまいと耐えるものの、苦悶の表情を浮かべる。

そんな者たちを一通り見回したヴィルヘルムは愉悦を感じながら、蹲っている第一目標を見る。

 

「そういやこの夜をてめえに使ったのは初めてだったな。どうよ、ガキ。効くだろう?」

 

「―――ギィ……アァ、ッ、グァ……!?」

 

「おっと、悪りぃ悪りぃ、今のてめえは人間サマの言葉も喋れねえただの獣だったなぁ!」

 

憎悪と憤怒の視線で睨み付けるユリエは、しかし苦悶の表情を隠し切れない。

だが―――

 

「―――ァァアアア……!」

 

ユリエは全身を襲う脱力感を押し殺し、唸り声を上げながらゆっくり立ち上がる。

彼女の体力や気力などはヴィルヘルムに吸われ減り始めているものの、闘志と殺意に至っては微塵も減っていない。むしろ先ほどよりもより強大に膨れ上がっている。

それを見てヴィルヘルムは破顔する。

 

「おうおう、いい感じだぜ。そうだ、その狂った目だよ、あの野郎と瓜二つのそいつを俺は抉り出したくてなぁ!」

 

闇に浮かぶ紅の両眼が更に紅く光り輝く。

そして次の瞬間―――()()()()()が吹き荒れ始めた。

 

「く、ああぁぁぁっ!!」

 

その暴風は先ほどまでの比では無く、雷と化した優月が透過する事も出来ずに吹き飛ばされる程。

空間に瞬くのは数多の炸裂光。響き渡るは轟音にも等しい剣戟音。

舞い散る火花は暴風に巻かれて、吹き荒ぶ嵐の中を星屑のように流れ飛ぶ。

あらゆるものを餌として吸収しているヴィルヘルムの速度は、ついにユリエと渡り合える程になっていた。

 

「オオオオォォォォーーッ!!」

 

「アアアアァァァァーーッ!!」

 

両者の叫びによって空気が引き裂かれ、倉庫内の物が切り刻まれていく。

放たれる神速の杭は銀狼を穿ち抉らんと飛翔し、紅に染まった二つの牙を持つ銀狼は吸血鬼の命を貪り食うべく駆け抜ける。

しかし―――

 

「―――ッ、ガハッ!?」

 

ここでヴィルヘルムが放った拳の一撃がユリエの鳩尾へ突き刺さり、一瞬だけ動きが止まる。

無論見逃すヴィルヘルムでは無い。

 

「ハッハァッ!!」

 

ほぼゼロ距離で放たれた杭はユリエの全身を貫かんと飛翔するが、痛みを堪えたユリエは即座に飛び退き回避する。

そして再びヴィルヘルムへと斬りかかるが―――

 

「オラァッ!!どうした、体力切れかぁ?見え透いてんだよぉ!」

 

「ギ、ガッ……!?」

 

完全に()で動きを捉えていたヴィルヘルムはユリエの斬撃を回避し、隙だらけの背中に拳を振り下ろして彼女をうつ伏せの状態で床に叩きつける。

 

「痛ぇか?痛ぇだろ―――そのまま嬉し涙流して逝けやコラアァッ!!」

 

その言葉と共にユリエへ足を勢いよく振り下ろすヴィルヘルム。

狙いは彼女の頭―――彼はここに来てついにユリエを仕留める一撃を繰り出す。

 

「ッ!!」

 

しかし狂乱しながらもそれを黙って受けるユリエでは無い。顔面が床にめり込むその刹那、間一髪両手と両足が床に付いたユリエは即座に前方へ移動して踏み潰しを回避する。

 

「ッ、アァ……!」

 

かなり無茶な姿勢から無理矢理回避した影響で彼女の体が悲鳴を上げるも、床に直径約五メートル程のクレーターを作る威力を持った踏み潰しを受けるよりは格段にマシだろう。

 

 

 

「……マズイな」

 

その戦局を見て、司狼がぽつりと呟く。それを聞いた透流が頷いて同調する。

 

「ああ、ヴィルヘルムがユリエのスピードに追い付いてきたな」

 

「―――いや、違う」

 

今の戦局は、ヴィルヘルムがユリエの速度に追い付き、ようやく同等の戦いになってきたように見えるだろう。

しかしその本質は全く逆であり―――

 

「見て分かんねーか?彼女、もう立つのもやっとって感じだぜ?」

 

そう言った司狼の視線の先には―――

 

「ハァ……ハァ……グ、アァ……!」

 

肩を上下させ、苦しそうに身を捩るユリエ。それが意味するのはただ一つ。

 

「……いくら似てるっつっても流石に彼女はあの狂犬みたく膨大なガソリン()なんて蓄えてねぇからな。吸われ続けて、もう限界なんだろうよ」

 

「そ、そんな……」

 

先ほどヴィルヘルムが言っていた体力切れ―――それがユリエの速度を著しく落としている原因だった。

元々彼女自身はそれ程体力も多くない。表すとするならみやび以上、橘以下といった位の体力である。それだけでも同年代の女子《超えし者(イクシード)》の中では比較的上位の体力を持っているのだが、その程度の体力では薔薇の夜には長時間抗えない。

つまり今の状況はヴィルヘルムがユリエの土俵に上がったのでは無く、ユリエがヴィルヘルムの土俵に降りてしまっているという状況なのだ。

そしてそれはこの戦いが長引くだけ差が縮まり、開いていく。今はまだヴィルヘルムの攻撃を辛うじて躱せるだけの体力と速度を保っているユリエだが、このまま戦いが続けば優劣が逆転する事は容易に想像出来る。

故に―――

 

「―――よう、生きてるか?優月」

 

「……は、はい……なんとか……」

 

「どうよ、いけそうか?」

 

「もちろん……いけます!」

 

ここから先は動ける者たちの出番となる。

司狼は先ほど暴風で吹き飛ばされ、床に倒れていた優月に声を掛け、優月はそれに返事をしながら立ち上がる。

 

「オーライ、無理すんなよ。お前らもいけるか?」

 

「っ!ああ……!大丈夫だ……!」

 

「ええ……!ユリエとあなたたち二人だけに任せて私たちは倒れてるなんて出来ないしね……!」

 

そして透流とリーリスも全身を襲う倦怠感に抗いながら立ち上がる。

そんな二人に苦笑いをしながら、司狼は軽く首を鳴らす。

 

そしてそれぞれの得物を構え、駆け出そうとした―――その刹那。

 

 

 

轟音が、赤い光が、灼熱の風が倉庫内に吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

「なあ、それでもう終わりかい?」

 

瓦礫の山と化した倉庫街で自らの聖遺物であるバイクに乗るシュライバーは嘆息していた。

彼と彼の聖遺物には全くの傷は付いておらず、さらに言うなら一度も敵に触れられていなかった。

対して―――

 

「ふぅ……そんなせっかちな事言いなさんな」

 

「全くだね……まだ始まったばかりじゃないか」

 

「はぁ……まあ、結構きついけどな……」

 

座り込んだり、片膝を付いている妹紅、萃香、影月は満身創痍となっていた。

全員影月の創造のおかげで致命的な負傷を負う結末だけは避けられているものの、力関係は瞭然だった。

 

「了解、じゃあ少し話そうか。その間に傷の回復なり、僕の隙を伺うなり、なんでも試してみるといい」

 

そう言ってシュライバーがバイクのハンドルから手を離すと、今まで影月に抱き締められていたスミレが声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと影月くん!大丈夫!?」

 

「ああ……少し痛いけどな……それよりあんたの方は……」

 

「私の方は大丈夫よぉ!でも貴方たちは……!」

 

そう言いながら何処か心配そうな声を出すスミレには、先の戦闘で負った火傷以外の傷はほとんど無い。それを見てシュライバーは目を細めながら、影月に問う。

 

「ねぇ、僕から一つ君に聞きたい事があるんだけどさ―――君はどうしてさっきから()()を守っているんだい?」

 

その質問は彼が最初から気になっていた事だった。

この戦闘が始まってからずっと、影月は自分の体を盾にしてまで彼女を守っていた。そこまでしてなぜ彼は先ほどまで敵だった者を守るのか?

普通なら慈悲も容赦も無く、ただ殺害してしまう相手だろうと。そしてさらに言うなら先ほど自分が投げた鉄骨から守る意味も無いだろうと。

その質問に影月は―――

 

「なんで守ってるのかなんて別にそう大した理由じゃない。彼女は大切な情報源だし、何よりここで死なれちゃ個人的に目覚めが悪いからな。それに―――お前のような人を人として見ない奴に大切な彼女を殺されたくない」

 

「――――――」

 

真正面からシュライバーの目を見据えて言った影月の言葉に、スミレは頬を紅く染める。

大切な彼女を殺されたくない―――彼は別に恋愛的な意味でその言葉を言ったわけじゃない。本当はさっき彼が言ったように、自分はただの情報源として助けられたに過ぎないのだ、それは分かっている。なのになんで自分はさっきからこんなに困惑しているのだろうとスミレは思う。これではまるで―――

 

「ふ〜ん……つまり君は、その子に恋してるって事なのかな?」

 

「なんでそうなるんだ……そんな訳無いだろ」

 

「そうかなぁ?少なくともその子は君に何かしらの感情を抱いているみたいだけどね」

 

「ん?」

 

「―――っ」

 

疑問の声を上げて視線を向けてきた影月の顔を見れず、スミレは恥ずかしくなって顔を背ける。その反応はどう見ても年相応の恋をしている少女のものだった。

そんなスミレを見て、影月は首を傾げる。

 

「……俺、何か恋愛フラグ立てるような事したか?」

 

「ん〜……二個位立ててた気がするね」

 

「……エイゲツって結構鋭いのに意外と鈍いんだね」

 

「フラグって何?」

 

すっかりこの世界のネットスラングに馴染んだ妹紅、何やら呆れたように首を振るシュライバー、そして何の事やらと首を傾げる萃香がそう答え、とても殺し合いの最中とは思えない弛緩した空気が辺りに満ちる。

しかしそれも一瞬の事で―――

 

「まあ、それはいいや。どっちにしても皆殺す事には変わりないし。……さて、どうだい?ちょっとだけ時間をあげたけど、僕を倒せる可能性って奴は見つけ出せたかい?」

 

シュライバーは今この時も影月が自分に対して、勝つ可能性を模索している事に気付いていた。

それに影月は少し疲れたように笑う。

 

「ああ。というか最初から倒す筋道は考えてあるんだよ」

 

ウォルフガング・シュライバーの能力は先も述べた通り、絶対最速・絶対回避という極めて厄介な代物である。

絶対に攻撃を回避するという特性上、殴る蹴る等の格闘やビームのような、いわゆる目標を狙って行う攻撃はどれ程やった所で当たる事は無い。つまり例え一撃当たれば即刻幕引くような攻撃をしたとしても、所詮ただの風車になってしまうというわけだ。

となれば残る手は二つ。

一つはシュライバーにすら予想出来ない不意を付いた攻撃を当てるか。あるいはザミエルやベイのような逃げ場の無い全面攻撃を行うか。

そして影月が打つ手は―――

 

「妹紅、萃香、準備は?」

 

「なんとか出来てるよ」

 

「私もね〜」

 

「よし―――なら、さっき念話で話した通りに行くぞ!」

 

「「あいよ!」」

 

掛け声に返事をした妹紅と萃香は揃って駆け出し、影月は先ほどと同じように兵器たちを操ってシュライバーに攻撃を始める。

再び降り注ぐ銃弾やミサイルの雨霰。それを見てシュライバーはタガが外れたように笑った。

 

「あはははは―――ノロいんだよォッ!」

 

瞬間、爆音を弾けさせてシュライバーが掻き消え―――

 

「あ、がぁっ!!」

 

もはや瞬間の光とさえも表現出来ない絶速を持ち、不可視の流星へと姿を変えたシュライバーは三人の中で一番近かった萃香を轢く。

バイクという人より大きい物体が、目にも映らない速さで人と正面衝突する―――その威力はもはや語るまでも無く、常人なら全身が一瞬で破裂し、絶命した事すら認識出来ずに逝くだろう。たとえ直撃を避けれたとしても、少し掠っただけで致命傷は免れない。それは鬼という人外である萃香も例外では無く、彼女は悲鳴を上げながら大きく吹き飛ばされ―――()()()()()()()()

 

「―――!!?」

 

その光景にシュライバーは瞠目する。

本来なら己の背後に全身がバラバラとなった彼女の屍が出来上がる筈なのだ。なのに彼女は霧となって消え失せた。そうして命を絶った生命など今まで居なかった訳では無いが―――

 

(白い霧……?)

 

そうして命を散らした者たちのほとんどは赤い霧となっていったのだ。しかし彼女は白い霧を舞い散らして消えた。それに内心首を傾げるシュライバーだったが―――

 

「―――っ」

 

唐突に、自分の背後に何者かが居る気配を感じ取ったシュライバーは弾かれたように振り向く。そこには先ほど彼が疑問に思っていた事の答えとも言える事が起こっていた。

 

「く、うぅ……」

 

「お前……!」

 

そこには先ほどより一回り小さくなった萃香が、右手でヴァナルガンドのリアシートを掴んで縋っていた。

 

「は、はは……なん、とか……乗る事が、出来たねぇ……!」

 

そう言って萃香は小さくにやりと笑い、常軌を逸した超高速で走るヴァナルガンドのリアシートに左手も置いた。

 

「……やめろ」

 

ヴァナルガンドを操縦するシュライバーまで、距離にして約三十センチ。全身を襲う凄まじいGと体の小ささが無ければすぐにでも自分に触れてきそうな距離に居る萃香を見たシュライバーは―――初めて明確な拒絶の言葉と反応を示した。

 

「粉々にしてやる」

 

やめろ触れるな近付くな、気持ち悪いんだよ離れろ劣等―――形成位階となり、より渇望(ほんしつ)に近く、より狂乱し、誰にも触らせないし触られたくないという彼自身の本性が現れ始める。

さらに速く、無限に速く、誰もついて来れない速度で駆け抜け、その魂の一片まで、超音速に消える屑にしよう。

 

「おおおおおォォッッーーー!」

 

渾身の雄叫びと共に、さらに加速するシュライバーは影月の呼び出した兵器たちの攻撃を避けつつ、誰も見た事が無い禁断の速度域まで疾走する。

 

「ぐ……は、ははは……!こりゃすごい……!鴉天狗なんて、目じゃない速さだね……!」

 

「っ!いつまでくっついてるんだお前はよォッ!」

 

しかし、萃香はそれでもにやにやと笑いながら少しずつ距離を詰めてくる。

それを見てシュライバーはここまで彼らに対して使うまでも無いと思っていたモーゼルC96を萃香へ向ける。

 

「滅びろ」

 

「っ……!」

 

そしてシュライバーが銃の引き金を引く―――その瞬間、萃香はリアシートを掴んでいた両手を手放した。

 

「なっ……!?」

 

「―――残念、もう少しだけ乗っていたかったけど、私の役割はここで終わりだ。じゃあね、少年」

 

その言葉と共に萃香は霧となって四散する。それに少しだけ安堵の息を吐いたシュライバーは前を向いて―――固まる。

 

「さて、それじゃあ……覚悟は出来てるかい?」

 

そこに居たのは全身から蒼き炎を溢れ出させている妹紅。

それを見て本能的に危険を感じたシュライバーは即座に反転して逃げようとしたが、周囲は影月の兵器による攻撃で通れる隙間も無かった。

ならばと、シュライバーは唯一自分が力付くで突破出来そうな妹紅へ向けて走り出す。そして猛烈に回転するヴァナルガンドの前輪が妹紅に触れるその刹那。

 

 

『こんな世は燃え尽きてしまえ!』

 

 

その言葉を最後に、シュライバーの意識は蒼白い炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

霧と土煙が立ち込め、瓦礫の山と化した倉庫街―――先ほどまで目にも留まらぬ高速戦闘が行われ、最後に蒼白い炎が炸裂したそこには一体のREXと三体のRAYがまるで敵を探すように周囲をクリアリングしていた。

物陰や崩れた倉庫の中など隅々まで確認するような動作はその後一分程続き―――ようやく周囲の安全を確認出来たのか、RAYはその場で静止し、REXは頭部コックピットをゆっくりと地面へ降ろした。そして恐竜の頭部のようなコックピットが開き、中から二人の人物が現れる。

 

「はぁ……なんとか倒せたか……」

 

「うぅ……ここに二人は狭いわねぇ……」

 

REXのコックピット内で先の炎を凌いだ影月は、膝の上に座らせていたスミレを抱きかかえながら地面に降り立つ。

 

「ふぅ〜……お疲れ様、妹紅に萃香」

 

影月は虚空に向けてそう言葉を投げ掛ける。

すると今まで辺りに漂っていた霧が二人の目の前に向けて集まり出し、頭に二本の角が生えた小さいシルエットが現れ始める。

そしてその近くでは突然赤い炎が何も無い場所から発生し、小さく弾けた。

 

「……貴女たち、本当に人間じゃぁないのねぇ……あんなのと戦って無事だなんて……」

 

「あはは、今更人間じゃないって言われてもねぇ。それに私たちは別に無事って訳じゃ……」

 

「―――おっと、大丈夫?」

 

「ああ……ごめん、ちょっと疲れちゃったよ……」

 

戦闘による疲弊でふらりと倒れ込みそうになった萃香を妹紅が優しく支える。

 

「すまないな……あいつを倒す為とはいえ、萃香には結構無茶な事頼んでしまって……」

 

「いやいや、別に謝らなくたって大丈夫さ。私はほら……見ての通りピンピンしてるし」

 

「……妹紅に支えられてぐでっとしてる時点でそうは見えないけどな。まあ、とりあえず作戦が成功してよかったよ」

 

影月がシュライバーを倒す為に実行した作戦。それは萃香がヴァナルガンドに乗ってシュライバーの触れないでほしいという深層心理を揺さぶり、影月がREXやRAYを使って彼の進路を制限し、最後に妹紅が至近距離で逃げ場の無い全体攻撃を行うという三人の連携が非常に重要となる作戦だった。

内心成功するかどうか心配していたが、思ってたより被害も少なく、手早く終わらせる事が出来たので影月は安心して胸を撫で下ろす。

 

「さて、それじゃあそろそろ倉庫に戻ろうかねぇ。向こうの方の殺気も今は無いし大体終わってるんじゃないかな?」

 

「そうだな。それに彼女も火傷の治療をしなければいけないし……」

 

ある程度疲れが取れた萃香は妹紅に礼を言いながら一人で立ち、影月もそれに頷いて抱きかかえるスミレを見る。

すると彼女は頬を赤く染め、上目遣いで影月を見ながら―――

 

「……ま、守ってくれてありがとう……」

 

とても小さな声でお礼を言う。それににこりと笑って返事をした影月は、さて……と視線を上げる。

その時―――

 

「ん?」

 

彼の視界の方端に青い着物を着た少女が映る。

つい先ほどまで超速の相手と戦い、その速度に慣れていたからかその速度は少しばかり遅い気がしたが、それでもかなりの速度を出して飛んでいた。

そしてその少女が向かう方向は―――

 

「……今の、は」

 

「あっ、ちょっと!いきなりどうしたんだよ〜!」

 

影月はスミレをしっかりと抱きかかえてその少女の後を追い、萃香と妹紅も突然走り出した影月に慌てて付いていく。

得体の知れない感覚と不安。それを胸の内に抱えながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望んだ相手を必ず取り逃がす―――あの胡散臭い魔術師(カール・クラフト)から告げられた疎ましくも、事実その通りだと否応にも納得せざるを得ない程強固な自身の呪い。

なぜ自分にはこんな屑みたいな呪いが掛かっているのだろうか―――ヴィルヘルムは改めてそんな事を考えていた。

 

 

 

 

「……あ?」

 

戦闘の最中、突如巻き起こった轟音にヴィルヘルムは声を上げる。

そんな彼に―――紅蓮に燃える灼熱の火球が命中した。

 

 

「お、おぉ、おおおぉぉぉぉあぁぁぁぁァァァッ!!」

 

弱点と言える灼熱の炎に包まれ、急速に肉体が崩れていく吸血鬼の絶叫が迸る。同時に―――

 

獄炎(ゲヘナ)

 

今にも消え入りそうな程小さな声がその場の全員の耳に届き、瞬間連鎖的な爆発が炸裂、倉庫内は一瞬で灼熱地獄と化した。

自らが望んだ世界に浮かぶ赤い月がひび割れ、ズレる。夜が音を立てて瓦解していく。

 

「てめえ、ふざけやがってぇ……!クソガキがァァ……!!」

 

ヴィルヘルムは二階通路に立つ淡い桜色の髪を持つ少女に怒りと怨嗟、そして凄まじい屈辱に(まみ)れた声を出して睨み付ける。

わざわざあの野郎(シュライバー)にも邪魔をしないでくれと恥を忍んで頼み込んだというのに。まさかこんな幼い少女に、こんな形で勝負の決着を崩されるとは。

 

「…………」

 

そんなヴィルヘルムの怨念を受けても、桜色の髪を持つ少女の表情は一切変わらなかった。

そして少女はその小さな掌をヴィルヘルムへと突き出し―――情けも容赦も無い紅蓮の火球を放ち、白貌の吸血鬼をその断末魔ごと焼き尽くす。

全身を焼かれ、崩れ落ちるヴィルヘルム。彼の肉体はそのまま光となって消え去り、修羅道の世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

特に感慨も無い表情でヴィルヘルムを見送った少女は続いて無言のまま、一階に居る透流たちを見下ろす。

彼女が放った炎は周囲に積まれている荷箱を燃やしている。炎が揺れ、火の粉が舞うその光景は以前のクリスマスイブの夜の再来と言えるだろう。

そんな灼熱の業火が支配する地獄で透流は震える声で問う。

 

「君は……音羽、なのか……?それとも……」

 

別人なのか、という言葉は飲み込む。彼の妹である九重音羽は死んだ―――しかし彼にとって目の前に居る少女は音羽であると、透流は《魂》から感じ取っていた。

 

「…………」

 

その質問に少女は黙して答えない。

それから暫しの間を経て、少女はゆっくりと口を開き―――透流は息を呑み、司狼は一人納得したように頷く。

 

 

 

「私、は―――オトハ……。あなた、は―――誰?」

 

「―――っ」

 

「なるほど、君が蓮の言っていた―――」

 

 

そしてその刹那―――

 

 

「アアアァァァァァッッ!!」

 

オトハへとその真っ赤な瞳を向けていたユリエが突如として、床に亀裂が走る程の咆哮を上げる。

 

「っ!?おい!ユリエ!」

 

「っ!!ちょっと、落ち着きなさいよユリエ!!」

 

ユリエは透流とリーリスの声を無視して膝を折り、体を大きく沈み込ませる。

彼女は今だ狂乱している思考の中、突然現れたオトハに激昂していた。なぜ私の復讐の邪魔をしたのかと―――

 

「牙ヨ絶テ―――」

 

邪魔をされた以上、こちらも一切容赦はしない―――彼女は凄まじい殺気に当てられ、恐怖の表情を浮かべる少女を見据える。

 

「くっ……!」

 

このまま放っておけばユリエはあの少女を―――そう思い至り、いち早く我に返った優月は桜色の髪の少女を救うべく、即座に駆け出す。

 

「《閃狼刃(ヴァナルガンド)》!!」

 

そして奇しくもシュライバーの聖遺物と同じ技名を叫んだユリエは、亀裂の入った床を粉々に踏み砕いてオトハへと迫る。

極限まで力を溜め、蹴り出したその一歩はこれまでのものとは比べ物にならない。もはや神速と言っても過言では無いその速度はこの場に居る誰の目にも映らず、反応する事も出来ないだろう。

そんな刹那の残像すら残さない速度でオトハへと辿り着いたユリエは少女の首を斬り飛ばすべく、《片刃剣(セイバー)》を横一閃に振るった。

 

 

 

―――そして。

 

 

 

 

 

「か、はっ……」

 

鮮血が対象の首から大量に吹き出し、ユリエの銀髪や顔を紅く染めていく。

手応えあり、間違い無く()った―――そう思ったユリエは相手の亡骸を確認しようとゆっくり視線を上げ―――

 

「―――ぇ……」

 

その瞳に映った光景を認識した瞬間、彼女の脳内は真っ白に染まった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

彼女の目の前には首から血を流しているオトハ―――ではなく、優月がオトハを庇うようにして立っていた。

三分の一程切り裂かれた彼女の首からは夥しい量の血が流れ出ており、顔を苦痛に歪めながら呼吸する度に喉から空気の漏れ出る音がしている。それは誰の目から見ても致命傷と言えるようなものであり、普通ならばもうすでに死んでいてもおかしくない傷だった。

しかし彼女もまたヴィルヘルムなどと同じ人外である為に、辛うじて即死だけは免れていた。だがこのまま放っておけば、そう遠くない内に彼女の命が尽きる事は容易に想像出来る。

それでも優月はゆっくりと後ろに振り返り、唖然とした顔で自分を見ている無傷のオトハへ優しく笑いかけた。

 

「よかっ、た……無事……みたい、ですね……」

 

息をするだけでも耐え難い激痛が伴うというのに、それに耐えてまで優月は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

「……な、なんで……?」

 

「そん、なの……貴女を……守る為、に……決まって、るじゃないですか……」

 

オトハの問い掛けに優月は明るく晴れ晴れとした笑顔で答える。

 

「さ、あ……早く……こ、こから逃げて、ください……ここ、はもうすぐ……」

 

崩れ落ちる、その言葉が告げられる前に倉庫の屋根が轟音を立てながら崩落を始める。

 

「っ……!さあ、早く……行って……!」

 

「っ……ごめ、なさい……!」

 

オトハは悲痛な面持ちで謝った後、上から降ってくる瓦礫を避けながら走り去っていく。

それを見届けた優月はユリエへと視線を向けた。

 

「ユ、リエさん……」

 

「ゆ、優月……」

 

「ふふっ……どう、やら正気に、戻ったみたい……ですね……よかった……」

 

狂乱から覚め、次第に理性を取り戻してきたユリエは紅く染まった《双剣(ダブル)》を落とし、自らの手を見る。

雪色の肌(スノーホワイト)と称される程白かった彼女の手はべったりとした紅い液体で濡れており、その液体が何なのか。そしてその液体は元々誰の体内で流れていたものなのか。そしてなぜその液体が自分の手に付いているのか―――

それを真に理解したユリエは、深紅の瞳(ルビーアイ)から大粒の涙を零し始めた。

 

「ぁ……あぁ……!わ、私は……!!」

 

半ば憎しみという感情によって理性を無くしていたとはいえ、取り返しのつかない事をしてしまったと、大切な友人をこの手で傷付けてしまったとユリエの心に大きな後悔の念が押し寄せる。

そうして泣き始めた彼女の頬に優しく手が添えられる。

 

「ユリ、エさん……泣か、ないでください、よ……そんなに、泣かれたら……私、まで泣いちゃう、じゃないで、すか……」

 

「っ!で、でも……!」

 

「酷い、人ですね……貴女、は……もう、これ以上……私の、体から……血を流させ、ないでくださいよ……」

 

その言葉を言い終わると同時に優月の体が大きくふらついてバランスを崩し、ユリエもまたそれに釣られるような形で二階から落下する。

 

「優月!!」

「ユリエ!!」

 

そんな二人を見て、司狼と透流は揃って飛び出し―――司狼は優月を、透流はユリエを受け止める。

 

「大丈夫か、ユリエ!?」

 

「……わ、私は……」

 

受け止め、声を掛ける透流にユリエは光が消えた深紅の瞳(ルビーアイ)を向けて小さく震える声を。

 

「おい、優月!!しっかりしろ!!」

 

「ぁ―――っ……」

 

一方、珍しく感情的な声を出す司狼に優月は苦しそうな呻き声で返事を返した。

 

「―――っ、リーリス!すぐに外行って救護の連中呼べ!!彼女もあの野郎(メルクリウス)の魔術が掛けられてるから、急いで処置すれば助かるかもしれねぇ!」

 

「あ……ええ!分かったわ!すぐに救護を―――」

 

「おっと、その必要は無いぜ」

 

「皆さん!」

 

「皆無事か!?」

 

「優月ちゃん!!」

 

「優月さん!」

 

その時、すでに焼け落ちた倉庫の扉から入ってきたのは安心院や香やトラ、幽々子や映姫、そして数人の護陵衛士(エトナルク)たちだった。

そして彼女たちの呼ぶ声に反応した優月はゆっくりと首を動かした。

 

「っ……ああ……皆、さん……」

 

「……司狼君はそのまま支えてて。映姫ちゃんは応急処置とか出来る?」

 

「はい」

 

「よし、なら今この場で応急処置しちゃうから手伝ってくれよ。早くやらないと……」

 

「手遅れになる、ですね」

 

「なら僕はそっちの馬鹿とユリエに応急処置をしておく。優月は頼んだぞ」

 

そう言ってトラは透流とユリエの元へと向かった。

 

「安心院さん!私にも何か出来る事は―――」

 

「香ちゃんは護陵衛士(エトナルク)にこの後の始末についての指示と病院を手配しといてくれよ、早く!」

 

「は、はい!では……Aチームは倉庫内をクリアリング、Fチームは怪我人を運び出す準備をしてください!ああ、それと消防車も呼ばないと……!」

 

今後やるべき事を呟きながら、香は数人の護陵衛士(エトナルク)と共に外へ出て行く。

 

「く……ぅ……あ、安心、院さん……」

 

「……なんだい?応急処置出来ないからあまり喋らないでほしいんだけど……」

 

「す、みません……でも……兄さん、たちの事が……心、配で……」

 

揺れる瞳を安心院に向け、自らの兄や兄について行った者たちの身を案じる優月。おそらく自分の方が生死に関わる大怪我をしているという自覚をしながら聞いているのだろう。

こんな時まで自分より他者の心配をする優月に、安心院は相変わらずだなぁという気持ちを抱きながら答える。

 

「大丈夫、影月君たちも無事だぜ。今ここに向かってるみたいだ」

 

「……それ、なら……よかった……です」

 

そう答え、安心した笑みを浮かべた優月はそのまま意識を失う。そんな彼女の応急処置を手早く済ませた安心院は彼女の頭を優しく撫でる。

 

「全く……最後まで他の人の心配をするなんて、本当に君らしいよ。……とりあえず今はゆっくり休んでくれよ、優月ちゃん」

 

「……皆さん、早くここから出ましょう。これ以上ここに居るのは危険です」

 

クリアリングを終えて戻ってきた数人の護陵衛士(エトナルク)を確認した映姫の指示にその場に居るほぼ全員が無言で頷き、揃って出口へと向かい始める。

そんな中でユリエを抱き抱えている透流は―――

 

「う、あぁ……私が……優、月……ごめ、なさい……」

 

「ユリエ……」

 

壊れたように何度も嗚咽と謝罪を繰り返すユリエの声を聞き、とても悲痛な面持ちを浮かべながら優しく包み込む。

こんな事をしても彼女の悲しみが和らぐ事は無い。それを分かっていながら、彼は彼女を見て何もしないという事は出来なかった。

 

「透流……ユリエ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

そんな二人を見て、リーリスやトラ、幽々子などが悲しそうな表情を浮かべるのだった―――

 




ベイの呪いはとても強固(笑)

というわけで小説七巻最後の戦闘はこれにて終了です。次回は後日談的な話を予定してます。

誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!


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第六十六話

皆さんお久しぶりです。

約五ヶ月ぶりの投稿―――これ程の長い期間が空いてしまい、本当に申し訳ありません!
仕事やらちょっとした用事やらで中々投稿出来ませんでした……。
そのお詫びといってはなんですが、今回は少し長め+フェアリーテイル小説の同時更新を致しました。
さらに少し前からちょっとずつ書いていた短編小説も新しく上げさせていただきます!そちらも読んでいただけたら幸いです。
では本編が始まる前に一言―――




今回は新キャラが初っ端から登場してたり、大量に出てきたりしてます(笑)



side no

 

「優月の容体は?―――一命を取り留めたものの意識不明の重体……ですか……分かりましたわ。後の細かい始末については全てこちらで処理しますから、貴女たちはそのまま病院で優月に付き添ってあげなさい。―――ええ、本当なら私もすぐにそちらへ向かいたい所ですが……今は来客がお越しになっていて向かえませんの。―――ああ香、そんなに泣かないでくださいな。今回このような事になってしまったのは決して貴女のせいではありません。むしろ貴女は充分よくやってくれましたわ。一般人だけでなく敵味方問わず死者を一人たりとも出さずに作戦を成功させたのですから……それは貴女にとって華々しい結果であり、胸を張って誇るべきものですわ。―――とはいえ、今はそんな事言われても喜べる状況じゃありませんね……ごめんなさい、失言でしたわ……。―――一先ず涙を拭いて元気を出してくださいな。そんなに泣いていては優月も悲しみますわ。―――ええ、彼女は人の笑顔と元気を見るのが何よりも大好きな人ですから……だからほら、いつ彼女が目を覚ましてもいいように元気を出しなさい。―――ふふ、それでいいですわ。では私は来客を待たせているのでこれにて……。―――ええ、また後で連絡しますわ」

 

朔夜はそう言って電話を切る。そして短く息を吐いた後、来客用ソファに座っているドレスを纏った女性に苦笑いを向ける。

 

「……折角お仕事の合間を縫ってお越しいただいたにも関わらず、ろくにおもてなしも出来ず、そればかりか少しばかりお待ちいただいて本当に申し訳ありませんわ」

 

「構いません。むしろわたくしとしては来て早々、以前あれ程冷酷無慈悲な性格をしていた貴女が、心配そうな表情を浮かべて他者に励ましの言葉を掛けているという光景を目の当たりに出来てとても嬉しく思っていますから」

 

そう言ってにこりとまるで花が香るような仕草で笑った女性に朔夜は若干頬を染めながら、女性の向かい側のソファにゆっくりと腰を下ろす。

 

「それにしても先ほどのお電話を聞く限り、何やらそちらの方で色々と問題が起きているようですね。……もし都合が悪いのでしたら、今日の所はお暇させていただいて、また後日改めてお伺いしても構いませんが……どうしましょうか?」

 

「いいえ、それには及びませんわ。先ほどの問題についてはある程度落ち着きましたし……それに私も貴女も共に一組織の重要職に着く身故、次はいつお会い出来るかなんて分からないでしょう」

 

「あら、こちらは貴女から誘っていただければいつでもお伺いしますよ。自分で言うのもなんですが、わたくしは昔の貴女と違ってかなり寛容ですからね」

 

「……はぁ、来ていただいてからまだ五分程しか経ってませんのに貴女は嫌味ばかり……。貴女は私に対して何か文句でもあるのでしょうか?」

 

「まさかその様な事は―――と言いたい所ですが、まあそれもほんの少し」

 

「……これでも私は前から貴女には感謝していましたのよ?私と私の祖父が開発した《黎明の星紋(ルキフル)》が今日まで研究を続けられたのは、貴女が他二人の三頭首(バラン)へ口添えしてくれたからこそですし……まあ、それでも昔の私自身の態度を思い返してみれば、何かしら文句を言われても仕方ないとは思いますけれど」

 

そんな返答に女性は目を丸くした後、心から喜んでいるような声と表情を浮かべた。

 

「あら、それはまた……まさか貴女の口からそんな言葉を聞けるなんて思ってもみませんでしたよ、朔夜」

 

「もう……先ほどから私をからかうのはやめていただけませんこと?―――全く、貴女という方は昔から本当に変わりませんわね、百合香」

 

そうして朔夜は目の前に座る女性―――辰宮百合香(たつみやゆりか)に苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

ここで少しばかり説明をしよう。

まず初めに朔夜が口にした三頭首(バラン)というのは、ドーン機関における三人の最高幹部の事を指す。

彼らは定期的に集っては様々な情報交換や今後のドーン機関の方針、機関がどんな研究を行っていくかなどを話し合って決定しているのだが、百合香はその中で日本代表の三頭首(バラン)の一人であり、朔夜と朔夜の祖父が創り出した《黎明の星紋(ルキフル)》という研究を他の二人の三頭首(バラン)に積極的に推し進めた人物である。

つまり朔夜にとって辰宮百合香という人物は自分の研究を他二人に認めさせるように手引きをしてくれた、いわば恩人のような存在なのだ。

 

辰宮百合香―――まだ少女と言ってもよい若さだが、血筋と育ちにより醸成されたのだろう気品と風格は人を圧倒させるような威厳を放っていた。表情や抑揚も年相応の少女らしく、柔らかい物腰に棘めいたものは一切無い。そのような攻撃的な諸々を吸い込んでしまいそうな佇まいは見ていてどこか不思議な気分にさせられる。

百合香はそんな雰囲気を纏いながら上品な驚きを示した。

 

「あら、わたくしの事を百合香と呼んでくれるなんて本当に貴女は変わりましたね。以前まではお嬢としか呼んでくれませんでしたのに。確か……これくらいの時からお嬢と呼ばれてたかしら?」

 

そう言って百合香は薄っすらと懐かしむような笑みを浮かべながら、右手をソファの座席より少し上くらいに浮かせた。

おそらく彼女をお嬢と呼び始めた頃の朔夜の身長を表しているのだろう。そしてそれは彼女がそれ位の頃から朔夜の事を知っているという表れでもあった。

 

「そのような昔の話を……。別に構わないでしょう?今ここに居るのは私が下の名前で呼べる気心知れた人たちばかりなのですから」

 

「へぇ……つまりわたくしの後ろに居るこの従者も気心知れた者だと」

 

「もちろん。彼には一時期、百合香以上にお世話になりましたからね。―――あの時は本当にどうもありがとう、宗冬(むねふゆ)

 

「……いえ、私はただお嬢様の命に従い、朔夜様のお世話を行っただけに過ぎません。礼を言われる程の事は……」

 

「全く……貴方も昔から変わりませんわね……。貴方にとってはその程度の認識なのでしょうけれど、私にとって貴方は百合香と同じくとても大切な方であり、あの時の私の心を支えてくれた恩人ですのよ?だから私の感謝の気持ち位、素直に受け取ってほしいものですわ」

 

「あらあら、言われてるわよ宗冬。ここは素直に彼女の感謝を受け取ったらどうかしら?」

 

「……御意に、お嬢様。朔夜様、この幽雫宗冬(くらなむねふゆ)めにそのような謝辞を述べてくださり、誠に恐悦至極でございます」

 

そう言い、朔夜に向かって恭しい礼をしたのは家令服に身を包み、片眼鏡を掛けた青年だった。まさしく眉目秀麗と言って差し支えない程の容姿で、今この場に居る女性たちが思わず疼きを覚えてしまう程に整っている。

彼は幽雫宗冬(くらなむねふゆ)、辰宮百合香に仕える筆頭家令である。

そんな従者として最高に極まった姿勢で礼を言う宗冬に、朔夜は苦笑いを浮かべる。

 

「本当に貴方は昔から変わらず生真面目というか堅物というか……でもまあ、少しばかり驚いた反応を見せてくれたのでよしとしましょう。宗冬、私がお礼を言ってさぞ驚いた事でしょう?」

 

「……ええ、僭越ながら」

 

僅かに口元を緩めてそう答えた宗冬。きっと朔夜にお礼を言われて内心とても驚いたものの、それと同時に嬉しくも思ったのだろう。

それを見た朔夜は側に控えていた三國にカップを用意するように伝え、自らは立ち上がって紅茶を入れる準備をし始めた。

それを見て宗冬は主の前であるにも関わらず目を丸くして驚き、百合香は笑いを堪える声と表情になる。

 

「――――――」

 

「あらあら……ねぇ朔夜、貴女は一体どこまでわたくしを楽しませれば気が済むのですか?」

 

「……百合香、いい加減からかうのをやめないと紅茶出しませんわよ」

 

「おっと、それは困りますね。なら貴女の淹れた紅茶が出来上がるまで、少しの間静かにしていましょうか」

 

そう言って華やかにニコニコと笑みを浮かべながら自分の姿を見てくる百合香に朔夜は小さく溜息を吐きながら、三國の用意した三つの紙のように薄い磁器へ湯気の立つ琥珀色の液体を注ぐ。そしてその内二つをテーブルの上に静かに置いて、残ったもう一つのカップは百合香の背後に控えている宗冬に手渡した。

 

「―――朔夜様、これは……」

 

「ふふ……実は前々から貴方にも私の淹れた紅茶を飲んでもらいたいと思っていましたの。さあ、お二人共、遠慮無く召し上がってくださいな」

 

「はあ……いえ、しかし……」

 

「はぁ……宗冬、ここは素直に彼女のご厚意を受け取りなさい。自らが従者だからと遠慮するのは淹れてくれた彼女に対して失礼ですよ」

 

「…………畏まりました」

 

百合香と宗冬、そして朔夜はカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を喉に流した。

 

「―――これは……美味しい……」

 

「ふふ……ええ、本当に美味しい。もしかしたら宗冬の淹れた紅茶以上に美味しいかもしれないわね」

 

「それは何より。ですが宗冬の淹れた紅茶よりも、というのは少し過大評価じゃありませんこと?」

 

「そんな事はありませんよ。ねぇ、宗冬?」

 

「はい、私もお嬢様と同意見でございます」

 

「……まあ、それならそれで重畳ですわ」

 

そうして三人は薄っすらと笑みを浮かべながら、もう一度カップに口を付ける。

そして口を離した百合香は年相応の少女らしい仕草で小首を傾げた。

 

「……それにしても少々解せません。少し前までわたくしたちの事を邪険に扱ってきた貴女が、なぜ最近になってここまで丸くなったのでしょう?」

 

「くはっ、そんなの決まってるじゃねーか」

 

すると今まで黙って様子を見ていた月見が、隣に居る美亜の頭を優しく撫でながらニッと笑う。

そんな月見を見て朔夜は溜息を吐いたが、あえて何も言わずに紅茶をもう一口飲んだ。

 

「うちのお嬢様はな……恋したんだよ」

 

「恋?」

 

「ああ、とっても頼りになる上に思いやりもあるいい奴になぁ……。確か「貴女をずっと愛してやる」とか告白されたみたいだぜ?」

 

「っ!!?」

 

「あら、それはそれは」

 

ニヤニヤと笑いながら言い放たれたその発言に朔夜は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、百合香は屈託無く笑い出した。

 

「り、璃兎……なぜその事を……!?」

 

「蛇の道は蛇だぜ、お嬢様♪」

 

「…………」

 

「……なるほど。確かに恋情の思いを伝えてくれた殿方が居るとなれば朔夜の態度が変わったのも納得です」

 

「よく人は恋すりゃ変わるって言うけどよ、本当にこの目で見たのは初めてだぜ」

 

「へぇ……それにしてもあの朔夜が恋を……ですか。ふふ、非常に興味をそそられるお話ですわね。璃兎、よろしければ是非ともそのお話を聞かせてくれませんか?」

 

「そうだなぁ……二人の馴れ初めについてはあまりよく知らねーけど、それ以外だったらある程度話せるぜ」

 

「それで構いません。さあ―――」

 

顔をこれ以上無い位真っ赤にして俯いている朔夜を尻目に、月見は朔夜とその恋人の話を百合香と宗冬に話し始め、二人はその話を食い入るように聞き始めた。

 

 

 

そしてかれこれ十分程度、しかし話題の中心人物であった朔夜にとっては凄まじく長い時間に感じられた話が終わると、百合香はまるで子を愛する母親のような微笑みを浮かべる。

 

「なんとまあ……それ程までに素晴らしいお方なのですね。朔夜がここまで様変わりしてしまう殿方……是非ともお会いしてみたいものです」

 

「なら会ってけばいいだろ?少し遅くなるかもしれねーが、明け方前位には帰ってくるかもしれねーぜ?」

 

「……そうしたいのは山々なのですが、今回わたくしどもがここに来たのは最近の朔夜の様子見と、一つ用件を伝えに来ただけですから。その用件が終われば今度は神祇省へと赴かなければなりません」

 

「……ならそろそろその用件とやらに入るとしましょう。もう世間話は十分ですわ……」

 

そう言ってげんなりとする朔夜に百合香は流石にからかい過ぎたかと苦笑いを浮かべた。

しかし次の瞬間には先ほどまでの柔和な雰囲気を消し、真剣な表情となる。

 

「分かりました。なら早速用件を伝える事としますが……まず初めに、貴女は《七曜(レイン)》という者たちを当然知っていますね?」

 

「無論―――というより、私もその《七曜(レイン)》と呼ばれる者たちの内の一人ですわよ」

 

「ええ、《操焔の魔女(ブレイズデアボリカ)》―――それが貴女に与えられた《曜業(セファーネーム)》でしたね。他は《冥柩の咎門(グレイブ・ファントム)》様、《煌闇の災核(ダークレイ・ディザスター)》様、《洌游の對姫(サイレント・ディーヴァ)》様、《颶煉の裁者(テンペスト・ジャッジス)》様、そしてすでにお亡くなりになられてますが《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様などがいらっしゃいます」

 

そこで言葉を切り、百合香は紅茶の香りを楽しむように一口啜ってから止めた話を再開する。

 

「そして《七曜(レイン)》にはもう一方(ひとかた)、連なっている事も当然ながら知っていますね?」

 

「ええ、以前参加させていただいた《七芒夜会(レイン・カンファレンス)》の際にはお会い出来ませんでしたけれど」

 

それは例の《夜会》の際には席を外していて、その場に居た《咎門(ファントム)》曰く、朔夜が《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ近付けば姿を見せると言っていた人物。

だが―――

 

「しかしそれがどうかいたしましたの?もはや私は祖父の意志からもう十分過ぎる程背いていますわ。そのお方とお会いするのはもう無理なお話でしょう」

 

朔夜自身はすでにその人物と会う事はとうの昔に諦めていた。なぜなら朔夜はすでに《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至るという目的を半ば放棄しているからだ。さらには祖父の研究成果であった《焔牙(ブレイズ)》にも不純物(エイヴィヒカイト)が混ざってしまった為、その思いは更に強くなっている。

そう告げた朔夜もまた淹れた紅茶の香りを楽しむようにように一口啜る。

それを聞いた百合香は一つ息を吐いて―――

 

 

 

 

 

 

「いいえ、そんな事はありません」

 

 

 

 

 

 

百合香がそう答えた瞬間、部屋に居る者たち全員に一瞬緊張が走る。その言葉を言った百合香や言われた朔夜は無論の事、月見も先程までのふざけた雰囲気が消えている。

 

「実は数日程前、私の元にそのお方から手紙が届きまして―――これがその手紙です」

 

そう百合香が言うと、宗冬が朔夜へと近付いて一枚の手紙を手渡した。

それを受け取った朔夜は手紙の中身を確認し―――百合香へ視線を向ける。

 

「……百合香、これは……本当にその方から?」

 

「ええ、信じられないかもしれませんが」

 

「………………」

 

そして朔夜はその手紙に視線を落としたまま、黙り込んでしまった。

そんな彼女の様子が気になった三國や月見、美亜は朔夜の背後からその手紙を見る。そして―――

 

「……な、なんだこれ……」

 

「これは……」

 

「…………」

 

三人もまたその手紙を見て言葉を失う。

なぜならその手紙に書かれていたのは明らかに現代で書くような文章では無く、ひらがなの部分はすべてカタカナで書かれ、漢字の部分も現代ではあまり使われないような旧漢字がちらほらと書かれているからだ。そしてその中で最も目を引いたのは―――

 

「年号が大正……ですね」

 

その手紙に書かれていた元号が朔夜たちが生きる年代から見れば、約百五十年程前のものである事。

そして―――

 

「……ねぇ、朔夜さん。ここの所に書かれている名前って……もしかして」

 

「……ええ、この年号とここに書かれている所属や階級などから考えるに、間違い無くあの人かと……」

 

その手紙の差出人名が大半の日本人ならば知っているだろう有名人物である事も目を引いた。

 

「……その手紙は紛れも無く大正時代から届いたものでしょう。以前《咎門(ファントム)》とお会いした時に聞いたのですが、その方は時空を超える力を持っているそうで過去、現在、未来と時代を超えて世界に干渉出来るそうですからね」

 

「おおぅ……時空を超えて干渉出来るのかよ……黒円卓といい、本当この世界ってヤベー奴らばかり集まってくんな……」

 

そう呟く月見の言葉に内心同意する朔夜、美亜、三國を尻目に百合香は続ける。

 

「……その方は《曜業(セファーネーム)》が存在しない代わりに、他の者たちから“盧生(ろせい)”と呼ばれているそうです」

 

「“盧生”……?」

 

「《咎門(ファントム)》によると盧生とは人類の代表者であり、思想に沿った神仏・超越存在を現実に紡ぎ出す事が出来る最強の召喚士―――との事ですが、詳しい事はわたくしも分かりません。実際の所、わたくし自身も《咎門(ファントム)》からそのような説明をされるまで盧生という存在をあまりよく知りませんでした」

 

『…………』

 

「ですがわたくしの亡くなった父はその方と一度お会いした事があるようで、わたくしは幼い頃からその方の話を聞かされたりしました。あいにくとわたくし自身、物心ついてまだ間も無い頃の話なのであまりはっきりとは覚えていないのですが……ただ一つだけ、父が何度も繰り返し言っていて今も記憶に残っている言葉があります」

 

「……それは一体?」

 

「……彼は最初にして最強の盧生であり―――曰く『魔王』と呼ばれた男だと」

 

「おいおい、『魔王』って呼ばれるなんて絶対にヤベー奴じゃねーか……」

 

「ええ、そしてそのような存在が近い内に再びこの世界に訪れるそうです。貴女たちという輝きを見る為に……」

 

「……ええ、それは百も承知ですわ。この手紙に全て書かれていますから……」

 

そう言った朔夜は百合香へ手紙を返そうとしたが、百合香は首を横に振る。

 

「その手紙は貴女が持っているといいでしょう。元々貴女宛の手紙ですからね」

 

「……分かりましたわ」

 

そして朔夜は手紙をテーブルの上に置き、少しぬるくなってしまった紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着ける。

 

「はぁ……また厄介な存在がやってきますわね……」

 

「正直、こっちとしては聖槍十三騎士団とか《666(ザ・ビースト)》とか、もうすでに厄介な人たちで手一杯なんだけどね……」

 

「でも無視するっつーわけにもいかねーだろ」

 

「……どうします?」

 

「……そうですわね……」

 

後ろに居る三人からの視線を受けて朔夜は目を閉じて少しだけ逡巡した後、百合香へ向き直る。

 

「ねぇ百合香、念の為に一つだけ聞きたいのだけど……貴女はこの方がこの世界に来ている間は何をしているつもりですの?」

 

「わたくしはこの方の案内兼、監視役として側に付くつもりです。無論の事、宗冬も……ですからある程度の安全は保証出来ると思います。……まあ、どれ位の安全を保証出来るかは分かりませんが」

 

「……いいえ、貴女という方が近くに居てくれるなら私としては十分心強いですわ」

 

「あら……またもや嬉しい事を言ってくれますね。そしてそう答えてくれたという事は……」

 

「ええ、この九十九朔夜。是非ともその方とお会い致しましょう。正直な所、私自身も盧生と呼ばれるその方に少なからず興味が湧きましたわ」

 

「あらあら……性格が変わっても研究者としての欲求は変わらないのね、朔夜」

 

「うるさいですわよ、百合香」

 

再びからかうような発言をしてきた百合香に対して、朔夜は少しばかり表情を緩めて返事を返す。その会話には先ほどまで張り詰めていた空気はあまり感じられない。

 

「さて……それじゃあ用件も済みましたから、今日はこの辺りでお暇しましょうか。朔夜、貴女の淹れた紅茶とても美味しかったですよ」

 

「ふふ……そう言ってくれて嬉しいですわ。また今度ゆっくりといらしてくださいな。その時は……そうですわね……私と私の恋人の馴れ初めでも語ってあげますわ」

 

「あら、それは楽しみですね。機会を見つけてまた来るとしましょう」

 

「宗冬も久方ぶりに会えてとても嬉しかったですわ。貴方もまたいらしてくださいな」

 

「畏まりました、朔夜様」

 

「……それと宗冬、一つだけお願いがあるのですけれど……今度からは以前と同じような口調と態度で私に接してくれませんこと?今や私もこの学園の最高責任者という席に座っている身ではありますが、先も言った通り貴方は私にとって恩人のような方。そんな方が畏れ多く敬語で接してくるのは……その……正直、他人行儀のようであまり嬉しくないのですわ。ですから……」

 

「…………」

 

「宗冬」

 

「……ええ、分かりました。では私もお嬢様と共に再びここに訪れるのを楽しみにしておきます」

 

「ええ―――ありがとう、宗冬」

 

そう言って朔夜はまるで感謝の気持ちを伝えるかのように静かに宗冬に抱きついた。それに宗冬は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに優しい笑みを浮かべて朔夜の頭を撫でる。それは昔からやっているかのようなごく自然な動作で―――

 

「……さあ、行きましょうか」

 

「……はい、お嬢様」

 

どこか懐かしそうな、それでいて少し悲しそうな表情を浮かべながら百合香は部屋を後にし、宗冬も朔夜を優しく離してにこりと笑った後、百合香の後に続いて出て行った。

扉が閉まり、二人が去った後の部屋には先の話によって不安そうな顔色の月見、美亜、三國の三人と―――

 

(影月……そして優月も……早く目覚めて帰ってきてほしいですわ……)

 

まるで泣いているかのような表情で大切な人たちの帰りを待ち望む朔夜が残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上が、《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》の第一段階の報告となる。途中から《紅蓮(ぐれん)》や黒円卓といった横槍が入ってしまったが、概ね予定通りの結果は出たと言えるだろう」

 

圜卓会議において、《第一圜(カイナ)》と呼ばれる軍服の青年が他の《圜冥主(コキュートス)》へと述べる。

クロヴィスの報告を聞き終えた所で、絶世と称して差し支えない程の美女―――《第二圜(アンテノラ)》と呼ばれる人物が、残る二人の《圜冥主(コキュートス)》へ提案する。

 

「ならば計画はこのまま第二段階へ移行―――いずれ来たる日の為に、潤沢なる量を揃えるという事で宜しいと私は思いますが」

 

「ふむ……いいだろう、俺は構わんぞ」

 

では、そのように(ダコール)

 

第四圜(ジュデッカ)》は獰猛な笑みを、《第三圜(トロメア)》は愉快そうな笑みを浮かべ、揃って承諾の意を示す。

二人の了承を得て、華やかな軍服を身に纏った青年は仰々しく頭を下げた。

 

「それでは次に、横槍の件ですが……まずは以前から問題となっていた《紅蓮(ぐれん)》について―――《第一圜(カイナ)》」

 

「ああ、今回唯一戻る事の出来た者からの報告により、《紅蓮(ぐれん)》の正体が判明してね。なんと炎を操る幼い少女だったそうだよ。間違いはないだろう」

 

「ククッ、()()()()()()()()()()の間違いではないか?まあ、確かに《紅蓮(ぐれん)》だけならいざ知らず、第三帝国の連中相手ならば逃げ帰ってきてもおかしくはないがな」

 

計画の第一段階においてスミレの補佐をしていたと同時に、《紅蓮(ぐれん)》と突然現れた黒円卓の存在を隠れて見届けた者の話が出ると《第四圜(ジュデッカ)》―――メドラウトは皮肉を込めて言う。

それらの情報を持ち帰ってきた者が、かつて自身の配下であった三島レイジだと知っているのだ。

 

「報告によれば、炎の少女は宴を妨害した《超えし者(イクシード)》に助力したとの事でね。それを真実とするならば―――」

 

「ドーン機関に関わる者である可能性が高い、という事ですね」

 

第二圜(アンテノラ)》―――ベアトリクスの引き継いだ言葉に、軍服の青年は同意を示す。

 

「ドーン機関、か……。これまでも幾度か事を構えた事はあるが、近頃は随分と手出しをしてくるものだな」

 

「《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》―――そして貴方が主催した《狂売会(オークション)》と、どちらも同じ《超えし者(イクシード)》が関わっていたそうだ」

 

「ほう……あの時の小童共か……。して、第三帝国の連中については?」

 

「そちらの方は報告を聞いた私も少しばかり驚いてね。なんでも会場では吸血鬼が、外では狂犬が《超えし者(イクシード)》やらを巻き込んで大暴れしたって話だよ」

 

「ふむ……」

 

それを聞き、《第一圜(カイナ)》以外の三人が何かを考え込むかのように黙り込む。

 

「……確か第三帝国の連中はドーン機関―――いや、あの学園と協力体制にあると報告を受けていたが……」

 

「もしや仲間割れ……?」

 

「いや、その可能性は低いだろう。聞く所によると例の吸血鬼と狂犬は敵味方問わず襲い掛かる事もあるようだからね。おそらく今回もその類だろうと私は思うよ」

 

メドラウトとベアトリクスの呟きにクロヴィスが捕捉する。

 

「ならば奴らと九十九はまだ繋がっていると?」

 

「少なくとも彼らの間柄が切れた、という報告は現状受けてないからね」

 

「……どちらにしても双方、警戒しなければなりませんね」

 

そしてそのまま圜卓会議は行われ、今後の計画や警戒すべき勢力の情報などを報告し終えると、会議は終わりを告げる。

 

「では、今回はこれにて……」

 

「うむ、おそらく次はこちらで開催する《宴》で集う事になろう。その時は例の《超えし者(イクシード)》共や第三帝国の者共も招き入れ、最高の《宴》をお前たちに送らせてもらおう」

 

「それはそれは……是非とも楽しみにしています。では―――」

 

その言葉と共に四者の立体映像は姿を消し―――圜卓の置かれた広間は完全なる闇に包まれて、静寂が満ちる。

 

 

 

 

それと刻をほぼ同じくし、遠く離れた欧州にてベアトリクスは小さく溜息を吐きつつ振り返り―――静かに微笑みを浮かべる軍服の青年へと問う。

 

「……なぜ《紅蓮の演者(クリムゾン・アクトレス)》を今回の計画に組み込んだのか、その点をお聞きしても?」

 

(ソレイユ)から、二人は大切な存在だと聞いていたのでね。故に再会は劇的に、と考えたわけだよ」

 

クロヴィスの言葉に、美姫と謳われるベアトリクスの表情が僅かに曇る。

軍服の青年はその変化に気付いてか気付かずか、言葉を続ける。

 

「どのような形で再会させるかは、私の演出に任せるとの事だったからね。彼らの別れとなった刻を彷彿とさせる業火を舞台とさせてもらったよ」

 

「……なるほど。そうして《操焔の魔女(ブレイズ・デアボリカ)》の配下である《超えし者(イクシード)》を《禁忌ノ禍稟檎(プロジェクト・マルス)》に介入させた事によって貴方は被害者となり、《第四圜(ジュデッカ)》の目を逸らしたのですね……」

 

「完全に逸らせたとは思えないがね。だが代償を支払った分の効果はあるだろう。それに《魔女(デアボリカ)》の手駒にも興味を持ってもらえたようだから、幾分か今後はやりやすくなるだろうね」

 

「……やはり彼女との取引はそういったものでしたか」

 

「ああ、《魔女(デアボリカ)》自身はどうにも気乗りではなかったみたいだが、なんとか付き合っていただけてね。約定通り、彼らの障害となる()になってくれてよかったよ」

 

(……約定通り、ですか)

 

ベアトリクスは表情を変えないまま、軍服の青年がどこまで絵図を思い描いているのだろうかと思う。

彼の打つ手は、時に彼女には理解出来ないものがある。結果だけを見れば失敗だったり、手段そのものが無茶苦茶だと思えたものもあった―――が、それら全てを長い目で見てみると、状況を好転させる為の楔となって組み上がっていくのだ。そう―――それはまるでかつてアジアなどの列強諸国の植民地を解放せしめ、日本の帝国主義を終わらせ、第二次世界大戦の被害を大きく抑えたと言われている日本の英雄のような手腕で―――と、そこまで考えてベアトリクスは頭を軽く横に振った。

 

(……いけませんね……彼とあの方を一緒にしてしまっては……)

 

自分にとって件の日本の英雄は讃え、敬うべき存在だ。そんな偉大な存在とこの者を比べるなど決してあってはならない。

そう思い直したベアトリクスは軍服の青年へと視線を向ける。

 

(……榊様、貴方はどこまでこの者を信頼しているのですか?)

 

その疑念はただただベアトリクスの心の中に満ちていく。広く、深く―――

 

「さて、それでは私はこれにて失礼するとしよう。これでも何かと忙しい身でね」

 

「……最後にもう一つ」

 

去ろうとする軍服の青年を美姫が止める。

 

「《紅蓮の演者(クリムゾン・アクトレス)》は如何様に……?」

 

「……私は二人の邂逅を―――とだけしか頼まれていないのでね。既に十分以上、こちらの要望通りに動いてもらった事だし、この先はその必要性も感じてはいない」

 

「……と言いますと?」

 

「彼女の事は貴女に任せるとしよう―――と言っているのだよ。(ソレイユ)の大切な者なのだから賓客として扱うもよし、《紅蓮(ぐれん)》としてこのまま活動を続けさせるもよし、もしくは―――兄の下へ還してみるのもまた一興だろうね」

 

「……分かりました。私なりに考えてみるとしましょう」

 

こうして二人の会話は終わりを告げる。

 

 

 

 

魔法で生み出された光の門(ゲート)へクロヴィスが姿を消した後、ベアトリクスは先ほどの真剣そうな面持ちから一転、不安そうな表情を浮かべながら生まれ育った王宮を足早に歩き―――やがて一つの大きな来賓用の部屋へと入る。

そこに居たのは―――

 

「う、うぅ……ぐすっ……」

 

「よしよし……オトハちゃん、もう泣かないで?」

 

豪華な装飾が施されたベッドの上に座り、涙を流している茶色がかった髪の少女とそんな少女の傍に寄り添い、優しく頭を撫でているピンク髪の軍服の少女だった。

ベアトリクスはそんな二人へと近付き、声を掛ける。

 

「……オトハ」

 

「っ……!ベアト、リクス、様……!」

 

ベアトリクスの声を聞いたオトハは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。そして堪えきれなくなったのか、目尻に大粒の涙を浮かべながら彼女に抱きついた。

 

「……ごめんなさい、少し会議が長引いてしまって……寂しかったですか?」

 

その問いに少女はベアトリクスの胸に顔をうずめながら首を縦に振る。その様子を見てベアトリクスの表情が哀しそうなものへと変わり、そっとオトハの頭を撫でる。

 

「……本当にごめんなさいね。貴女はとても怖くて悲しい思いをしたというのに……私は会議に出なければならず、貴女の側に居る事が出来ませんでした……本当に私は酷く、罪深い人間ですね……」

 

「ベアト、リクス、様……気に、しない、で……それ、に……さっきまで、アンナ、さんが、側に居てくれた、から……少し、大丈夫……」

 

「そう……」

 

それを聞いたベアトリクスはルサルカへと視線を向けて、小さく頭を下げる。

 

「……ルサルカ様にも多大な迷惑を掛けてしまいましたね……今回はオトハの事をかげながら見守ってくださって本当にありがとうございます」

 

「大袈裟ねぇ、別に迷惑だなんて思ってないからいいのよ?それに今回は結構面白い戦いも見れたし。……まあ、最後は私としても結構ショックな結末を見ちゃったけど……」

 

そう言って小さく息を吐くルサルカ。彼女の言うショックな結末とはおそらく優月が大怪我を負ってしまった事についてだろう。

その言葉を聞き、再び悲しそうな顔を浮かべるオトハをベアトリクスは大切そうに抱き締める。

 

「……オトハから大体の事情は聞かせてもらいました。我を忘れて襲い掛かってきた仲間の攻撃からオトハを庇って大怪我をした方が居るそうですね。……きっとその方が体を張ってまで助けてくれなかったら、オトハは今この場に居なかったかもしれません……」

 

「そうねぇ……本当にあの子ったら、他人を守る為だったら迷わず自分の身を投げ出すんだから……。それ自体は別に悪いとは言わないけど、もう少し自分の身を大切にしてほしいわね。……それで死んじゃったら元も子もないし、何よりあの子が居なくなったら、私を含めた皆が悲しんじゃうわ」

 

他者を守りたいと深く思う故に、いざという時は自らが犠牲になっても構わないという精神。聞けばそれは確かに決して悪いものであるとは言えないだろう。

しかし優月の場合、その思いが強過ぎて、自分自身の事を勘定に入れない事が多々あるのだ。

―――他者の犠牲を許さず、自身の犠牲を厭わないというそれはルサルカを含めた彼女をよく知る者たちからすると、非常に危なっかしく心配するに足るものだった。

 

「……ルサルカ様、一つお聞きしても?」

 

「ん?」

 

「貴女は……そのオトハを庇った方とお知り合いなんですか?」

 

「そうね。最近はちょっとドタバタしてたから行く機会無かったけど、暇な時はたま〜に世間話をしに行ったりしてたわよ。それに彼女のお兄ちゃんにも色々と興味があったし」

 

「その方にはお兄様がいらっしゃるんですか?」

 

「ええ、蓮くんとそっくりな顔したイケメンお兄ちゃんよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ベアトリクスの体がぴくりと反応する。

 

「―――蓮様にそっくり……?」

 

「まさに瓜二つって感じでね。髪の色と目の色同じにしたら、ほとんど見分けつかないくらいよ。蓮くんの幼馴染ちゃん(香純)も最初は間違えたって言ってたし……。まあ、私は人の(オーラ)を感じ取れる魔眼があるから見分けつくし、仮に魔眼を使わなくても魂の質を見れば一目瞭然なんだけど」

 

「…………そこまでそっくりな方が居るのですね」

 

ぽつりと呟いたベアトリクスにルサルカは苦笑いを返した。

それから暫しの間、ベアトリクスはオトハの頭を撫で、ルサルカはそれを優しげな笑みを浮かべながら静かに見守るという刻が流れる。

やがてオトハを思う存分撫でた事で満足したのか、ベアトリクスはオトハから離れて問う。

 

「そういえばオトハ、お薬は飲みましたか?」

 

「…………」

 

「ダメでしょう。あれは貴女にとってとても大切なものなのですよ」

 

「ベアト、リクス、様……来て、から飲もう、って……思って……」

 

「オトハ……」

 

美姫が言う薬とはクロヴィスから渡されたもので、オトハはそれを飲み続けなければ体調が悪化してしまうと言い含められていた。

 

「なら早く飲んじゃいましょ。ほらオトハちゃん、お薬とお水」

 

そう言ってカプセル型の薬五つとコップに注がれた水をルサルカはオトハへと差し出す。

その手渡された薬を飲むオトハを見て、ベアトリクスは一人思考する。

 

(さて……これからどうしましょうか……)

 

考えるのは今後のオトハの処遇について。

クロヴィスは彼女を賓客として大切に扱うのも、今まで通り争いの火種として活動させるのもいいと言っていた。しかしベアトリクスはそのどちらの選択肢も選ぶつもりは無かった。

 

(私は……私を慕ってくれているこの子とずっと一緒に居たい……けれど―――)

 

ベアトリクスの脳裏に、軍服の青年の言葉が蘇る。

 

 

 

(ソレイユ)から、二人は大切な存在だと聞いていたのでね―――』

 

『兄の下へ還してみるのもまた一興だろうね―――』

 

『彼女の事は貴女に任せるとしよう―――』

 

 

 

そしてそれと同時にベアトリクスの脳裏には、僅か数日前に些細な用事で話を交えた人物の言葉も蘇っていた。

 

 

 

『今回私が《裁者(ジャッジス)》の提案に乗り、彼らの敵となったのはもちろん私が望む《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へと彼らを至らせる為―――と以前の私なら言っていたでしょうけれど、今の私にとってはそのようなものなんてどうでもいいですわ』

 

『―――今、なんと……?』

 

立体映像にて対面している黒衣の少女の苦笑混じりの言葉にベアトリクスは一瞬唖然とした後、その言葉の真意を尋ねる。

 

『ですから私は既にお祖父様の意志である《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へ至る事を放棄しているという事ですわ。今の私にはお祖父様の意志を継ぐ事よりもやらなければいけない事がありますし、大切に守っていきたいものがたくさんありますから……』

 

『……貴女のお祖父様である月心教授の意志を継ぐよりもやらなければいけない事とは?』

 

ベアトリクスの困惑したような二つ目の問い掛けに黒衣の少女は水晶のように透き通る紫色の瞳に強い意志を宿して言った。

 

『そうですわね……これから先、巻き起こる暗き未来を切り払い、勝利をもたらす黎明の光を生み出す為―――とでも言っておきましょうか』

 

 

 

「……ふふっ」

 

そこまで思い返したベアトリクスは小さく笑みを零す。

なるほど、貴女のやらなければいけない事というのは要するに、()()()()()()()()()なのかと。

そうしたおそらく当たらずとも遠からずな予想をしたベアトリクスはキョトンとした顔で見つめてくるオトハを見る。

 

「ベア、トリクス、様……?」

 

―――ならば私も一つ、その暗き未来を払う光の成長とやらを手助けしてみようかと。おそらくそれこそがオトハの為にも、他の者たちの為にもなるかもしれないと感じ取ったベアトリクスは覚悟を決め、オトハの瞳をしっかりと見据える。

 

「オトハ」

 

―――とはいえ、自分はこれから彼女に酷く残酷で、罪深き事を頼もうとしている。

 

「……私は今一度、心を鬼にして貴女へお願いをします。大義の為、貴女の《力》を私に貸してください」

 

「は、い……ベアト、リクス、様……」

 

―――こうして素直に慕ってくれる彼女に、自分は人として、そして彼女(音羽)(透流)の関係を知っている者として最低最悪な事を言おうとしている。もしかしたら何かのきっかけによって彼女の自我が完全に戻った際に、自分は彼女に嫌われるかもしれない。

しかしそれでも彼女は止まらない。

 

「世界を護る為に、ただ一人だけ―――貴女の手で殺めてください」

 

「誰、を……?」

 

溢れ出したその強き意志は、彼女の心を清流たる洌水(サイレント)から、激流たる洌水(カレント)へと変えさせた。

それと同時にこれこそ自らが取れる最善の行動なのだと確固たる自信を持った彼女は、あらゆる不安や心配を恐れずに告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『九重透流―――世界の敵です』

 

 

 

 

 

 

さあ、《水銀》によって生み出され、《魔女》によって育てられている子たちよ。

この試練を乗り越え、黄昏の世に新たな覇を唱える一歩を踏み出しなさい。

それこそ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれとほぼ時を同じくして―――影月たちが存在する世界とは別の空間にて―――

 

 

 

「…………」

 

そこは辺り一面、一寸先まで深く暗い闇が支配する空間だった。上下左右や前後といった概念や、本来ならどこにでも存在するであろう光や音や空気、さらには微生物などの生命体すらも存在しない、文字通り死に絶えた空間。

そのような暗闇の世界に一人の少女が正座をしている。

まるで血を塗りたくったような紅蓮の巫女服、そのような色の服を着ているせいで際立つ白髪。そして近くに居るだけで何か不吉な事が巻き起こると確信してしまう程に強い(わざわい)を体中から流れ出させている少女は、まるで何かを感じ取っているかのように目を瞑っていた。

 

 

そうしてどれくらいの時が経っただろうか―――今まで身じろぎ一つしなかった少女の瞼がゆっくりと開く。

白貌の吸血鬼よりも紅い瞳を持つ少女はそのまま前を見据えたまま―――その瞳からポロポロと透き通った涙を零し始めた。

涙は少女の白い頬を伝っていき、膝の上に置いていた手へと落ちる。その涙は禍をその身に宿している彼女が流しているとは思えない程清らかで―――

 

 

 

「何を泣いているのかな」

 

「っ……!」

 

その時、不意に少女の後ろから声が響く。それに驚いた少女は袖で頬を伝う涙を拭って、後ろへと振り向いた。

 

「べ、別に……ちょっとあくびをしただけよ」

 

「ほう、睡眠を必要としない君があくびをするとはね。私にはまるで求めていたものをようやく見つける事が出来たと、感極まって涙を流しているように見えたのだが」

 

そう言いながら少女に近付くのは、コートに身を包んだメルクリウス。

そんな彼の全てを見通したかのような指摘に少女は誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

 

「き、気のせいじゃないかしら?」

 

「……ふむ、まあいい。君がそう言うのならそういう事にしておこう。それより今の気分や体調はどうかな?」

 

「ん……気分は大分落ち着いたかな。体調も今の所は特に問題無いし……能力も大分制御出来るようになったわ」

 

そう言って少女は右手に御幣を持って、スッと横へ移動させる。

すると突然その空間に一本の亀裂が走り、まるで生物が目を開けるかのように広がっていく。

それは境界を操る程度の能力を持っている紫が生み出すスキマとは似て非なるものだった。

 

「それは重畳。君の能力はきちんと制御しなければいささか危険なものだからね」

 

「……『次元を司る程度の能力』……だっけ。確かに制御出来ないと大変な能力よね……」

 

少女が持つ力、それは紫の上位互換と言える強大な能力だった。

紫の操る境界というのはこの世のありとあらゆる物事に対して存在する絶対的な概念である。

自分という境界と他人という境界、幻という境界と実体という境界、善という境界と悪という境界、昼という境界と夜という境界―――分かりやすい例を上げればそのようなものが思い付くだろう。逆に言うとそれら全てに境界というものが無ければそれは一つの大きなもの、概念であるという事になる。

即ち境界を操るというのは理論的創造と破壊の能力である。理論的に境界を弄って新しい存在を創造したり、逆に理論的に境界を弄って存在を否定する事も出来る。対策や防御も一部を除いてほぼ存在しない、神に匹敵する力―――それが紫の能力。

しかし少女が司り、操れるのは境界という概念を遥かに上回る次元という概念。

これは上記した境界を自由自在に操る事が出来る上に、あらゆる次元というものを操る事が出来る。つまりこの少女は紫よりも簡単に境界を操ったり、他の異次元世界へ行く事が出来る。さらに少女がその気になれば新しい次元世界を瞬時に複数作り出す事も、纏めて滅ぼす事も可能なのだ。

 

「まあ、初めて会った時の君は暴走した力を抑えられず、まるで濁流に飲まれた小枝のように振り回されていたがね。……全く、あの時の君を止めるのには随分骨が折れたものだよ。こちらとて決して大きくはないが、幾分か消耗してしまったしね」

 

「う……ごめんなさい……」

 

そう言って息を吐くメルクリウスに少女は心底申し訳なさそうに頭を深く下げた。

そんな少女に苦笑いを零したメルクリウスはふと真面目な顔になる。

 

「とまあ、そのような過ぎた事は一先ず置いておくとしよう。今回私がここに来たのは君にある事を聞きたくてね」

 

「ある事……?」

 

「……君がこの空間に閉じ籠り、数多の世界を見始めてから少しばかり経った。―――そろそろ君という存在を真に認め、受け入れてくれそうな世界を君自身が見つけたのではないかと気になって来てみたのだよ。どうかな?」

 

「…………」

 

その問いに少女は俯いて黙り込んでしまう。そして(やや)あって―――

 

「…………うん」

 

とても小さく、耳を澄まさなければ聞こえない程の声量で少女は正直に頷く。それを聞いてメルクリウスの口角がニヤリと釣り上がる。

 

「ほう、見つける事が出来たというならそれは重畳。してその世界とは?」

 

「…………」

 

少女は無言のまま、先ほど展開したスキマの中にその世界を映し出し、メルクリウスへと見せる。そこはメルクリウスが幾度と無く干渉している世界だった。しかしメルクリウスはわざとなのか、あたかも初めてこの世界を見たかのように話し始める。

 

「ふむ……この世界は神や魔人、魔術といった神秘が満ち溢れているようだね。確かにこの世界なら過去に何度も拒絶され、否定され、認められず殺されてきた君でさえも受け入れてくれるかもしれない。だが―――」

 

そこで言葉を切ったメルクリウスは、少女の作り出したスキマを見つめ、映し出されている景色を強制的に変える。

彼は那由他の果てまで至高の結末を求め、その過程にあらゆる魔術を極めた第四の神であり、偉大なる魔術師。故に目の前の少女の作り出したスキマに干渉する事など彼にとっては造作も無い事である。そんな彼が映し出させたのは、自然溢れる忘れ去られた者たちが集う理想郷の景色。

 

「この世界の近辺にはかつて君が生まれ育った幻想郷とは別の次元の幻想郷も存在している。ここは君も知っての通り、全てを受け入れる寛容な世界ではあるが、君のような凶悪な禍根の塊となれば話は別だろう。過去に君が経験したように、取り付く島も無く拒絶され、異端として殺されるかもしれない。よもやそれが分からない君ではないだろう」

 

「……そうね、分かってるわ。痛い程にね……」

 

「ならばなぜ、そのような危険を犯してまであの世界に行きたいと思っているのかな?」

 

そう問うメルクリウスの顔にはニヤニヤと意地の悪い笑みが浮かんでいる。おそらく彼にとって少女がこの世界を選んだ理由など大凡知っていながら聞いているのだろう。しかしそのような表情に一切気付かない少女は、少しばかり迷っているように視線を彷徨わせながらも答えた。

 

「そ、それは……あの世界に会いたい人が居るから……」

 

「ほう……ちなみにその会いたい人というのは―――もしや彼女の事かな?」

 

続いて少女のスキマに映し出されたのは応急処置を施され、他の仲間たちに心配そうな顔をされながら病院へと運ばれていく一人の少女の姿。

それを見て少女は少しだけ表情を悲しそうに歪めながら頷く。

 

「……この子は、私という禍根の存在を抱き締めてあげたいと言ってくれた。例えどんな理由があって生み出されたとしても、禍根の塊と言われようとも、自分たちと同じく生きているのだから虐げるのは可哀想だって……見捨てたりなんかしないって……」

 

―――自分の存在を認めてほしくて、少女は様々な世界で様々な事を行った。他者を助け、自分に害は無いと訴えた。しかし少女は周りの人や妖怪や神、さらにはそれらを内包する世界にすら許容されずに“化け物”として駆除されてきた。

存在そのものの否定―――それはこの少女にとって何よりも辛く、悲しい事だった。そんな扱いを受けた世界はもはや数知れず―――彼女は心身共に憔悴しきり、深い絶望に打ちひしがれ、もはや限界寸前だった。

少女は願った。どんなに嫌われてもいい……化け物と呼ばれても構わない……利用したいというのならいくらでも利用していい。だから……お願いだから私という存在を否定しないでと、誰でもいいから私を認めてほしいと心の底から何度も願い、泣き叫んだ。

 

 

 

そんな少女に一筋の救いの光をもたらしてくれたのは、他者という存在やその者たちの笑みを守り、照らしていきたいと願う一人の少女の覇道。

 

「―――そんな事を心の底から思って、言ってくれた人なんて……あの人たちの他に見た事も会った事も無い。だからね……今、すごく嬉しい」

 

周りが理解しないのなら私が理解しよう。存在を否定されて辛いというのなら私が貴女の存在を肯定して苦痛を少しでも無くしてあげよう。

私は貴女という存在を抱き締めたい。

身も心も壊れてしまった貴女なんて見たくない。

だからお願い、壊れないでと願う覇道(祈り)に触れた少女は、その紅い瞳から再び透明で悪意の無い雫を流れ出させる。

それを目の当たりにした水銀の蛇は何を思うのか―――

 

「―――ああ……実に素晴らしいものだ。禍の塊と呼ばれた少女の闇すらも払い除け、愛しき者たちの笑みを照らし出す黎明の光……。さしずめ黎明(アウロラ)、とでも呼ぶとしよう」

 

「……?」

 

一人納得したように呟くメルクリウスに、禍根の少女は何を言っているのか分からないと言ったように首を傾げる。そんな少女にメルクリウスはくつくつと笑いながら向き直る。

 

「おっと、失礼。さて……ではこれからその世界に向かうとしようか」

 

「あ……そ、それについてなんだけど……あの世界に行くのはもう少し後でもいいかしら?」

 

少女は自分を抱き締めてあげたいと言ってくれた少女に今すぐにでも会いに行きたかった。自分を認めてくれてありがとうとお礼を言いに行きたかった。

しかしその件の少女は現在、大怪我を負って意識を失っている。そんな時に自分のような禍根の存在が現れては色々と混乱するだろう。さらに今の彼女の周りには少女にとってあまり顔を合わせたくない幻想郷の住人たちも居る。

そのように今、自分が現れるのは色々な意味でマズイと考えた少女はせめて件の少女が目覚め、幻想郷住人たちが少なくなった時に例の世界へ降りたいとメルクリウスに告げた。

それを聞いたメルクリウスは―――

 

「ふむ、確かに今君があの世界に降り立てば、無用な混乱が多く巻き起こるかもしれないな。そして君自身としてはそれを望んでいないと……委細承知したよ。まあ、そもそもそれは君が決める事であり、私がとやかく言う資格は無いのだがね」

 

「それでも貴方には言っておかないと……色々と迷惑掛けてしまうだろうし……」

 

「別に私は迷惑など微塵もしていないのだがね。そも私がこうして君の面倒を見ているのは、単に現在する事が無いからなのだが」

 

「する事って……そういえばあの世界の人たちは?」

 

「……今はとある魔法の影響でコールドスリープに近い状態で止まっているよ。そしてその魔法が自然に解け、彼ら彼女らが目を覚ますのはおそらく最短で……7年程度は掛かるだろう。無論私が介入するなら話は別だが、今の所介入する気は無い」

 

メルクリウスと少女が話しているのは、この何も無い空間や影月たちの居る世界からほんの少し離れた世界に居る者たちの事である。

そしてその者たちを助ける気は今の所無いと切り捨てた彼に少女は悲しそうな顔をしたまま、次の問いを投げる。

 

「……もしかしてあの人たちも……?」

 

「いや、斑鳩嬢やアカメ嬢、チキ嬢などは私が連れ出したから例の魔法には掛かっていないし、他の者たちは皆例の魔法は効かなかったよ」

 

「なら……皆どこに?」

 

「例の事件の後、皆私たちが見た世界へと渡っていったよ。春姫嬢やチキ嬢などは別の世界へと行きたがっていたしね。もしかすると向こうで会えるかもしれないな」

 

「そう……“盲目の賢者”は?」

 

「彼女も健在だ。彼女は私たちと別れた後、再び人々へ知恵や技術を語り伝える旅を再開した。ついでに相容れぬ倒すべき反存在についても同時に探しているらしく、近いうちに彼女もまた例の世界に現れるだろう」

 

「ああ……確か破滅をもたらす存在を探しているとか言ってたわね……。ちなみにあの事件以来、皆とは会ったの?」

 

「いや、ここ最近は。だが、以前にほんの僅かな間だが念話のやり取りをしたよ。全員、何かあればすぐに駆け付けると言ってくれたよ」

 

「そっか……」

 

「それからもう一つ、君に賢者から伝言がある」

 

「……何て?」

 

「……『貴女の事を認めてくれる人は私たち以外にもきっとどこかに居ます。だから何があっても決して諦めないで頑張って。私たちはどんな時でも貴女の味方ですから……辛くなったら、遠慮しないで私たちを呼んでください』―――と」

 

「っ……!」

 

それは世界を超えて送られてきた少女の孤独で悲しみに満ちた心に深く響くメッセージ。

メルクリウスたち覇道神三人と数人の協力者によって倒された後、精神的に弱り切っていた少女の側にずっと付き添ってくれた聖母のように慈悲深い女性の言葉を聞き、少女は三度目の涙を静かに流し始める。

 

「っ、そ、そっか……あの人は、そんな事を……」

 

「―――これではっきりと分かったかな?君はもう一人で寂しく泣き叫ぶ必要など無いのだよ。この多元宇宙には君を認め、支えてくれる者たちが大勢居るのだから―――」

 

そう言いながら薄っすらと笑みを浮かべたメルクリウスは少女に背を向けて立ち去ろうとする。

その刹那―――

 

「―――メルクリウス!」

 

少女の澄み切った綺麗な声で、自らの名を呼ばれた彼はゆっくりと振り返る。

そこには目尻に涙を浮かべながらも、晴れ晴れとした笑みを浮かべる少女が居て―――

 

「私、貴方と出会えてよかった!あの時貴方が私を止めてくれなかったら……私はこんな幸福を感じる事は出来なかった!だから本当に……本当にありがとう!」

 

そんな少女の心からの感謝の言葉にメルクリウスは何も言わず、ただほんの少しだけ微笑んで姿を消した。

―――魔術師が消え去り、再び少女のみとなった空間に感謝の嗚咽が響き渡る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてその空間から遥かに離れた座にある黄昏の女神は、先の少女とメルクリウスの会話を偶然ながら聞いており、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「そうだよ。カリオストロの言う通り、あなたはもう一人で寂しいって泣かなくていいんだよ。わたしの世界の皆はあなたをきっと優しく包み込んでくれる。そして……わたしもあなたを包み込んであげるから」

 

少女の居る空間に向けて両手を広げた女神の顔はまるで愛しき我が子を抱く母のように優しかった。それと共に強くなる女神の覇道はその少女を包み込み、更にはその周辺にある数百近い多元宇宙にも影響を及ぼす。

 

「辛い事も悲しい事もずっと続いたりなんてしない。そんなものはわたしが全部受け止めるから―――だからお願い……抱きしめさせて。愛しい全て、わたしはいつまでも見守ってるから―――」

 

Amantes amentes――Omnia vincit Amor(すべての想いに巡り来る祝福を)―――万象全てに慈愛の抱擁を与える女神の覇道は更に強固となり、千を優に超える多元宇宙を優しく包み込んだ。

おそらくこの覇道は今後も数多くの世界や魂、更には今後生まれるであろう覇道神すらも包み込んでいくだろう。彼女の許容限界が来るまで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

だが彼女や彼女が包み込んでいる者たちはまだ知らない。座というシステムの奥深くに存在している者の存在を。

 

 

 

 

 

そしてそれと刻を同じくして―――禍をその身に宿す少女を包み込む為に強まった女神の覇道は、ある一つの終焉を迎えようとしている世界も包み込んでいた。

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫か!?しっかりしろ……!」

 

「三人ともじっとしてて……すぐに治療するから……!」

 

永き時を経て廃墟となった都市のとあるビルの屋上―――そこから二人の悲痛な少女の声が聞こえる。そしてその二人の少女の近くには、他に一人の少年と二人の少女が居た。

 

「はぁ……私は後でいい……先に9SとA2を……」

 

そう言って瓦礫に(もた)れ掛かるのは黒いゴシックドレスを纏った銀髪ボブカットの少女。戦闘の影響で少しばかり汚れた少女の体は、小さな傷はいくつかあれど目立った怪我は無い。しかしかなり疲弊しているのが見て取れる。

 

「……私も問題無い。それよりも先にそっちを助けてやれ」

 

そしてそんな少女の近くでは右手に小型剣を持ち、辺りを警戒している長い銀髪の少女がいた。こちらの少女も小さな傷をいくつか負っているものの、大きな怪我は無い。

 

「げほっ……!は、はは……すみません……僕、が不甲斐ない、ばかりに……こんな所、で……」

 

一方そんな少女たちの近くでは、銀髪の少年が一人苦しそうな声を上げながら地面に倒れ込んでいた。

 

「9S、喋らないで……。酷い怪我……それに視覚野にも影響が出てる……」

 

少年は左腕と左足を大きく損壊していた。少年の左腕は二の腕辺りが大きく切り裂かれ、皮膚の下にある血肉―――では無く機械のような回路が露わとなっていた。左足に至っては太腿の辺りから完全に断絶しており、断絶した場所からは時折火花も走っていた。

―――彼のそのような怪我を見て気付いた者もいるだろう。彼、そして彼女らは人間ではない。

先に述べた銀髪の三人はこの世界に蔓延る『機械生命体』という敵から地球を奪還する為に生み出された自動歩兵人形であり、他の者たちから「YoRHa(ヨルハ)」と呼ばれている汎用戦闘アンドロイドたちである。

 

「―――とりあえず視覚野だけは修復したが……」

 

「……この断線した手足については工具も材料も無いから、今はどうする事も……」

 

その怪我をした少年の傍らに膝をつき、優しげな黄色い光を出していた両手を除けた赤髪の少女二人もまた、先の三人と同じアンドロイドである。

 

「……お前はどうだ、パスカル―――9Sを直せそうか?」

 

『……いいえ、いくら私でもここまで酷いとどうにも……』

 

そして今まで黙って少年の側に立っていた存在も、赤髪の少女二人と似たような反応を見せる。

その存在は先の五人とは違って、明らかにロボットであると分かるような外見をしていた。

そんな存在からの言葉を聞き、息を小さく吐いたゴシックドレスの少女は近くに浮いている手足の付いた箱に視線を向ける。

 

「……ポット、バンカーからの応答は?」

 

『応答無し、連絡途絶状態。推測:先程の地上から放たれた機械生命体の超長距離攻撃により崩壊、消滅したと思われる』

 

「っ……ということはやっぱり、さっきの流れ星、はバンカーの……!」

 

『……他の随行支援ユニットより報告:バンカー消滅とほぼ同時刻、多数の機械生命体が暴走を開始。暴走した機械生命体の攻撃により各地に点在する味方拠点及び、その防衛に当たっていた一般アンドロイド、ヨルハ部隊員のほぼ全てが壊滅した模様。現在この近辺で正常に動作している機体はヨルハ二号B型、九号S型、A型二号、旧型アンドロイドデボル、ポポルの計五機と機械生命体パスカルのみ』

 

「僕たち、以外ほぼ壊滅……」

 

『……私たちの村も……』

 

仲間のほぼ全てが壊滅し、唖然とする五体の人形たちと一体の機械生命体―――だが、彼らの悪夢はまだ終わらない。

 

『敵反応多数確認』

 

「っ!!」

 

その言葉と共にビルの屋上に数体の小型、中型機械生命体が現れ、さらに人形たちが居るビルの周りを取り囲むようにして浮遊型機械生命体も多く出現する。

 

「くっ……次から次へと……!」

 

「っ……逃げ道も塞がれた……!」

 

「―――しかも、まだ来るみたいだ」

 

そう言って長い銀髪の少女が指した先には建造物と言っても差し支えない程巨大な体を持つ一体の機械生命体と、多くの武装を施している大型飛行体が大量に迫っていた。

 

『エンゲルスまで来るなんて……!』

 

「「「「…………」」」」

 

それを見て、怪我をした少年とロボット以外の少女たちがそれぞれ体を動かし、得物を構えて立ち上がる。

 

『2Bさん、A2さん……!デボルさんにポポルさんも……!』

 

「……パスカル。負傷した9Sを連れて一刻も早くここから離れて」

 

「なっ……2、B……!?」

 

『2Bさんたちは……!?』

 

「……私たちはここであの機械生命体たちを食い止める」

 

「無茶だっ!!2B、そんなの……!」

 

絶対無理に決まってる―――そう言おうとした少年の口は、2Bと呼ばれた少女が振り返って優しく微笑んだ事で閉じてしまう。

そう、彼女を含めたこの場の全員が分かっているのだ。例え彼女たちがどれだけ獅子奮迅の勢いで戦ったとしても……勝ち目など無いのだ。

 

確定した死。

 

逃れられない敗北。

 

そんな状況で行う抵抗など無意味な自己満足に他ならず、救いなどどこにもない。もはやそれは絶望を通り越し、滑稽でさえある茶番と言えるだろう。

 

 

 

だがそれでも―――

 

「9Sを……頼む」

 

この義体は、心臓(コア)は、まだ動いている。

この手はまだ剣を握っている。

ならば―――私たちは戦わなければならない。大切な者を守る為に―――

それが彼女にとって光と称し、大切に想ってきた少年に出来る精一杯の()()なのだから―――

そう告げた少女は近寄ってきた小型機械生命体に向けて剣を振るい、胴体を真っ二つに分断する。それと同時に他の三人も駆け出し、既に勝敗の見えた戦いを開始する―――その刹那。

 

 

 

 

 

黄昏の女神と呼ばれる慈愛の覇道が、この世界にある現象をもたらした。

 

 

 

「―――ん……?今の音は……」

 

最初にその現象の兆候に気が付いたのはデボルと呼ばれた赤髪の少女だった。

少女の耳に響いたのは普段生活していて聞く事の無い不思議で奇妙な音。そしてそのような謎の音から程なくして―――辺り一体に地鳴りが起こり始め、それと共に周囲の瓦礫や物が重力を無視して宙に浮かび上がる。

 

「なっ……!なんだ!?」

 

『っ!!皆さん、あれを!!』

 

パスカルと呼ばれた機械生命体の指す先には、超大型機械生命体ですらも飲み飲んでしまいそうな程巨大な(ホール)がいつの間にか出現していた。

そして次の瞬間―――その穴に向かって周囲の浮いていた瓦礫や石、さらには周辺にいた機械生命体たちが吸い込まれ始める。

 

「ちょ、ちょっと……何なのあれ……!」

 

「分からない……でもなんだか嫌な予感が……っ!?」

 

突如上空に現れた謎の穴と、それに吸い込まれていく周囲のものを唖然として見ていた人形たちは、すぐに自分たちにもそれらと同じような事が起こるのではないかと思い至る。

そしてその考えを肯定するかのように、人形たちの体もまた周りと同じように浮かび上がり始める。

 

「わ、私たちも吸い込まれる……!!」

 

「手を放すなよ、ポポル!」

 

『デボルさんも私の手を離さないでください!』

 

「っ!9S!!」

 

「2B!!」

 

「9Sの手を放すなよ、2B!」

 

「分かってる!!」

 

人形たちは得体の知れないあの穴に吸い込まれまいとそれぞれ近くにあった鉄骨や、その鉄骨にしがみついた者の手を握って耐え始める。

だが穴の吸い込む力は徐々に増していき―――

 

『ああ……!エンゲルスまで……!!』

 

遂には数百トンはあろうかという超大型機械生命体ですらも宙に浮かび上がり、抵抗虚しく吸い込まれてしまう程に穴の吸引力は増していく。

そしてその超大型機械生命体が吸い込まれてから僅か数秒後―――

 

『く、うぅ……!』

 

「くっ……!い、いつまでこうしていれば……!?」

 

今まで彼女たちが命綱として捕まっていた鉄骨や、人形たちがいた廃墟ビルという建造物でさえも宙へと浮かび上がり―――人形たちは為す術無く穴へと吸い込まれていく。

 

「こ、このままだと僕たち……!」

 

『警告:上空に出現した穴から非常に協力な電磁波を検知。仮に接触した場合、機体に深刻な障害や長期に渡る機能停止が引き起こされると予測。推奨:この場からの早急な離脱』

 

「そんな事言ったって……!」

 

「この状況でどう逃げろと……!」

 

必死にもがき、何かに掴まろうとしても周りは人形たちと同じく浮いている物ばかりで、何に掴まろうとも状況は変わらなかった。

さらに―――

 

「わわーっ!!避けてーっ!!」

 

「なっ!?エミール!?」

 

何やらオート三輪らしきボディを持つ謎の生命体が、大声で叫びながらかなりの速度で人形たちに向かっていき……盛大に衝突する。

 

『うわぁぁぁっ!!』

 

謎の生命体の衝突によって、人形たちは繋いでいた手すらも離してバラバラになってしまう。

そして―――

 

「くっ……!もう、ダメだぁぁぁッ!!」

 

「きゃあああっ!!」

 

人形たちも周りの物体と同じように穴の中へと全員吸い込まれていき―――あらゆるものを吸い込んだ穴は唐突に消え去る。

後に残ったのは例の穴へ吸い込まれなかった瓦礫が空から降り注ぎ、生き残った僅かな数の機械生命体たちがその瓦礫に当たって爆発四散や機能停止する光景だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦11945年、5月22日―――水没都市に武器補充の為に寄港予定だった空母「ブルーリッジⅡ」が超々巨大機械生命体に襲われ撃沈した出来事から20日後、突如として機械生命体の活動が活性化し、各地のレジスタンスキャンプなどの施設や、施設を防衛していた一般アンドロイドやヨルハ部隊員のほぼ全てが壊滅的な被害を受ける。

さらに機械生命体からの攻撃により、ヨルハ部隊の基地であるバンカーが陥落。ホワイト司令官をはじめとする多数のヨルハ部隊員が死亡した。

それから僅か数時間後、廃墟都市にて謎の巨大(ホール)が出現。数多の瓦礫や機械生命体、そして数体のアンドロイドたちを吸い込み、数分程で消滅した。

この穴は後に旧世界にて「ワームホール」と呼ばれたもので、時空のある一点から離れた一点へと直結するトンネルのようなものだと判明する。

吸い込まれてしまった機械生命体やアンドロイドたちは果たしてどのような世界に行き着くのか。そもそも別の世界に行き着く事が出来るのかどうか……。

これ以上の記録は現状私には不可能な為、これにてこの分岐の記録を終了する。

 

 

 

―――これにて機械生命体やその創造主たちを倒す為に生み出された人形たちの物語は一旦終幕した。

そしてこれより人形たちが紡ぐのは新世界へ至る新たな物語。

その果てにある未来に光はあるのか―――今はまだ誰も知らない。

 




愛と勇気の魔王が……人の輝きを見にやってくるぅぅぅっ!!

……というわけでもう一つの正田卿作品、「相州戦神館學園」シリーズもこの小説に関わってきます。
さらにMUGENのキャラやフェアリーテイル、そして世界的に大ヒットしたあの作品、「NieR:Automata」も……。
もはやスパロボとかスマブラ並みに登場キャラが多い今作ですが、しっかりと内容も薄くならないようにして書いていきたいと思います。

それと重ねて申しますが、更新が遅れて本当にすみません!次の投稿はなるべく早くするように努力しますのでご了承を……。

ではこれにて……誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!


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第六十七話

皆様、新年明けましておめでとうございます!
……なんて挨拶の後に言うのもあれですが……。

投稿遅れて申し訳ありませんでした!

リアルが忙しかったり、上手く内容が書かなくてこんなに時間が掛かってしまいました……。もう前回の内容覚えてない!って人は前回の話を軽く見て、思い出してくれたら幸いです(ちなみに少しだけ内容変わってたり記述増えてたりする)。
とりあえず今年は去年より投稿頻度を上げれたらいいなぁ……と思っています。なのでどうか気長に更新をお待ちいただけたら幸いです。

それでは新年最初のお話をお楽しみください!



 

side 影月

 

「―――ん」

 

……朝。それはいつもと変わらないごく自然な目覚めだった。別に悪夢にうなされたわけでもなく、睡眠が足りなかったというわけでもない。爽快……という気分ではないが、俺は静かな気持ちで朝を迎えていた。

 

(時間は……5時か)

 

枕元に置いてある目覚まし時計の針はいつも起きている時間より一時間程早い時間を指している。それを確認した俺はベッドから体を起こす事無く、昨日あった出来事について考え始めた。

 

 

 

まず皐月市の倉庫街にて行われようとしていた《禍稟檎(アップル)》関連のドラッグパーティー制圧作戦について。

作戦終了時の被害は倉庫二十棟が戦闘の余波や火災などで半壊ないし全壊。負傷者は重傷者3人、軽傷者18人、そして死者は0といった感じかだった。

多少の怪我人は出たものの、死んだ者が居なかったというのは実に素晴らしい事であると同時に、あの時の状況を考えれば奇跡だなと今更ながらに思う。

 

(ヴィルヘルムにシュライバー……)

 

なぜなら今回の作戦中に乱入してきた黒円卓第四位の吸血鬼と第十二位の狂犬―――この二人は黒円卓の中でも言わずと知れた屈指の危険人物で、ラインハルトや他の黒円卓団員などに厳命されてなければ、敵どころか味方や同盟を組んでいる者にも手を掛けるバトルジャンキー……もとい狂人だからだ。

 

(確かに狂人だよなぁ……まあ、それでもヴィルヘルムの方がシュライバーよりマトモみたいだが……)

 

ヴィルヘルムはまだ幾分か常識やら理性やらがあるから話は多少なりとも通じるのだが……シュライバーについては正直、真面目に話すだけ無駄と言える程に狂っている。

 

(そもそもあの時……創造を使っていたにもかかわらず、過去を見れなかったし……)

 

透流たちや朔夜などを含むこの学園の者、ヴィルヘルムやルサルカ、ザミエルなどの黒円卓に属する者、安心院や美亜や香、そして別の異世界から来た人や人外―――俺は今まで出会ってきたそんな彼ら彼女らの過去をなんとか知る事が出来ていた。

普通の人相手なら活動位階でもそれなりに過去を見る事が出来るし、透流やユリエや朔夜などについてはある程度集中するか、あるいはその相手が眠るなりして精神ガードが弱まってる時に見れば、大抵の場合は過去を読み取る事が出来る。さらに創造位階になれば、読み取れない者などほぼ居なくなると言っていい。

 

しかし何事にも例外というものはあるもので、たとえ創造位階になっても読み取れない、あるいは読み取れなさそうな者もまた居る。

例えばラインハルトやメルクリウス、そして蓮などについては試した事が無いので予想するしかないが、おそらく力の差があり過ぎて過去を読み取る事は出来ないと思われる。

さらに妹紅や紫などの幻想郷住民たちはその辺りの能力に耐性があるのか、あるいはそれ程までに過去を読まれたくないのかは分からないが読み取る事が今まで出来ていない。しかし以前、霊夢に許可を得て彼女の過去を見たら比較的簡単に見れたので、全員が読み取れないという訳ではないようだ。

そして今回読み取れなかったシュライバーについては、完全に他者に対して心を固く閉ざしているが為に読み取る事が出来なかった。

 

(あそこまで完全に心を閉ざしているとは……一体過去に何が……って今はそんな事考えてる場合じゃないか)

 

いくら考えようとも答えが出ない疑問などとりあえず頭の片隅へと置いておくとして、次に考えたのは作戦中に重傷を負った自分の妹と、透流の絆双刃(デュオ)である銀色の少女の事。

 

(優月……ユリエ……)

 

俺や妹紅たちが居ない間にあの倉庫内で何があったのかは、あの場に居たリーリスや司狼から詳しく聞いた。

 

(父親の仇、か。想像はしてたけどまさか本当にヴィルヘルムが仇だったなんてな……)

 

そして仇を突然乱入してきた桜色の髪の少女に横取りされ、狂乱していたユリエは怒りに任せてその少女に襲い掛かり―――恐怖で動けなくなっていた少女を守ろうとした優月が少女の代わりに首を斬られたそうだ。

その後、安心院たちから応急処置を施された優月と狂乱から目覚めたユリエ、そして全身に火傷を負ったスミレは香が手配した近くの病院へ緊急搬送され、作戦中に軽く怪我を負った俺たちやあのパーティーの参加者たちもそれに少し遅れる形で同じ病院へと送られた。

そこから俺たちは優月やユリエの治療が終わるまで病院待機、ドラッグパーティーの参加者たちは薬物依存症の更生施設に連れていかれた。そして治療を終え、なんとか一命を取り留めた二人はすぐに昊陵学園の医療棟へと移され、病院で司狼と別れた俺たちもそれと共に帰還した。

 

 

その後、学園に帰った俺たちは出迎えてくれた朔夜に労いの言葉をもらい、帰還報告を行った。

その際に今回の件で優月たちが怪我をしたのは自分の指揮が悪かったからだと香が泣き始めたり、そんな彼女を慰めたりと色々あったが、とりあえず報告を済ませた俺たちはそのまま医療棟へと向かおうとした。

しかし―――

 

『優月とユリエの事はこちらで見ておきますわ。ですから貴方たちは自分の部屋に戻ってゆっくりと体を休めてくださいな。……これは私からのお願いですわ』

 

俺たちを引き止めてそう言った昨日の朔夜の表情は様々な不安や心配などの感情が混ざり合ったような表情をしていたのを覚えている。

彼女がなぜそんな表情をしていたのか……理由は分からないが、ただそんな表情を浮かべる彼女を見ていると何も言う気が起きなくなり、俺も透流も他の皆もおとなしく自分の部屋に戻ってゆっくりと休む事にした。

そして今現在に至る。

 

「はぁ……」

 

そこまで昨日の出来事を思い返した俺は溜息を吐き、一先ず体を起こす事にした。

今日は日曜日で授業も無いし、シャワーでも浴びて目を覚ますついでにこの暗い気持ちも洗い流してしまおう。いや、その前に久々にランニングでもしてくるか……その後に朝飯を食べて優月とユリエの様子を見に行こう―――なんて事を考えていると。

 

 

 

 

 

 

「……んぅ……」

 

……なんかこう、なんて言うのか……何やら柔らかいものが右腕に当たり、さらには消え入りそうな程小さな声が聞こえたのである。その事に疑問を感じ、俺は声の聞こえた方を見てみる。

 

「…………」

 

「すぅ……すぅ……」

 

するとそこにはなんとびっくり、金髪の可愛らしくも美しい幼女が気持ちよさそうに寝息を立てているではないか。―――というか誰だこの幼女。

 

「…………」

 

ああそうか、昨日の疲れがまだ残ってるのか、俺。

確かに睡眠時間とかいつもよりかなり短かったし、優月が怪我したりしてすごく不安だったし。

幻覚にしては随分リアルな気もするが、この世界には沢山の神秘が溢れてるしこういう事も珍しくないだろう。……とりあえずこの幻覚を覚ます為にもう一回寝てみる事にしよう。そういうわけだからおやすみ。

 

 

 

そう思って目を閉じたのだが……。

 

「むぅ……」

 

「…………」

 

……なんだか抱きついてきてないですか、この幻覚。しかも結構強く抱きついてきてるし。というかこの幼女が着てる白い着物―――おそらく寝間着―――も結構危うい所まではだけて、色々と見えかけてるし。

なんて考えていると、その幼女は薄っすらと目を開けた。

 

「…………」

 

「…………」

 

そして見つめ合う事数秒。薄っすらと開かれた金色の瞳は、眠たそうにしながらも俺の顔をしっかりと覗き込んでいる。

そして次の瞬間―――

 

「影月ぅ〜……」

 

まるで子猫が親猫に擦り寄るように、幼女はさらに強く抱きついてきた。

そんな幼女の行動に俺は色々と混乱しながらも、ある人物の名前をその子に向かって聞いてみた。

 

「もしかして紫……か?」

 

「ん?な〜に?」

 

すると幼女―――紫は寝ぼけ眼のまま、首を傾げてこちらの顔を見上げてきた。

……なんだか可愛らしいなぁ……ってそんな事思ってる場合じゃない。

 

「なんで俺のベッドで寝てるんだよ?」

 

確か彼女は今の時期、自分のスキマの中で冬眠している筈。彼女本人も言ってたし、彼女の式である藍もそう言ってた筈だが……?

 

「ん〜……分かんない!」

 

「…………」

 

いや、分かんないって……。そもそもなぜ彼女の体はこんなに小さくなっているのだろうか?

 

(もしかして冬眠中はこの姿で寝てるのか……?)

 

あるいは冬眠前に俺たちの世話なりなんなりをして、力を使い過ぎた反動でこうなっているのか……。どちらにしても寝ぼけてるのか、子供っぽい受け答えしかしない今の紫に質問しても答えは分からないだろう。

 

「ねぇ……ぎゅっとして?」

 

「…………はぁ、分かった」

 

色々考えたものの、結局答えが出ない俺は上目遣いでお願いをしてくる紫を優しく抱き締め、そのついでに少しだけ頭も撫でてやる。

 

「えへへ……♪影月の匂い……」

 

人の胸に顔をうずめてスンスンと匂いを嗅がないでいただきたいが、今の彼女には何を言っても聞かないだろう。というか藍からあまり邪険にしないでくれと頼まれた手前、あまり強く拒絶する事も出来ないし。

しかしこのまま好き放題にさせてたら、こちらの理性がいつか吹き飛ぶのは確定的に明らかなので足掻けるだけ足掻いてみる事にした。

 

「紫」

 

「?」

 

「その……そろそろ起きるから離れてくれないか?」

 

「だ〜め!もうちょっとだけ!」

 

―――ダメだこれ。しっかりと抱き付いてきて一切聞く耳を持ってくれない。

 

「……どうしてもダメか?」

 

「……影月、紫がこんな事するの……嫌?」

 

「いや、そんな事は無いけど……」

 

幼い美少女が自分にこうして甘えてきてくれる―――それは誰であろうと大抵は嫌だなんて思わないだろう。むしろほとんどの人は嬉しかったり、微笑ましい気持ちになったりすると思う。

しかしそれとは別に色々と問題はあるわけで……。

 

「俺だって起きて色々とやらなきゃいけない事があるんだよ。だから頼む」

 

「…………分かった、じゃあちゅーして?してくれたら離れる」

 

……そうきたか。

 

「…………分かった」

 

俺は理性が弾け飛ぶ前に早く済ませようという気持ちで、紫の唇に自分の唇を優しく重ねた。それと同時に紫は嬉しそうな目をしながら、抱き付く力を強めてくる。

 

(……小さくなってもいい匂いがするな……)

 

そう思いながら十秒程口づけをした後、俺はゆっくりと唇を離して彼女の頭を撫でる。

 

「さあ……したぞ。それじゃあ約束通り……」

 

「……うん」

 

少しばかり寂しそうな表情を浮かべる紫に心が痛むが……とりあえずこれで理性が弾け飛ばずに済みそうだ―――なんて考えていると。

 

 

 

 

 

 

「おやおや、朝から少し騒がしいと思ったら……美少女2()()と同衾してるなんて、影月君は結構大胆だねぇ」

 

背後から聞こえてきたのはこの部屋に住む三人目の住人の楽しそうな声。その声を聞き、俺はその言葉に含まれた意味を考えずに後ろへ振り向いてしまった。

 

「――――――」

 

そこには二段ベッドの上段から、頭を逆さにして下段のこちらをニヤニヤと笑いながら見ている安心院と―――

 

「んん〜……」

 

()()()()()姿()()()()、心地よさそうに眠っている幽々子が居た。

 

「―――は?いや、ちょ……えぇ!?」

 

なんで幽々子がここに!?しかもなぜnaked()!?いや、正確にはnude()って言った方が正しいのか―――ってそうじゃなくて!

そんな混乱状態に陥っている俺の内心など露程も知らないだろう幽々子は小さく身じろぎをした後、ゆっくりと瞼を開いた。

そして今度は幽々子と見つめ合う事数秒。淡い桃色の瞳は優しげな光を湛えながら真っ直ぐこちらの顔を覗き込んでくる。

そして彼女の小さな口が開き―――

 

「おはよう、影月くん」

 

「……あ〜、うん。おはよう」

 

まるでどこかの神話に出てくる聖母のように、美しく母性溢れる微笑みを浮かべながら朝の挨拶をしてくる幽々子に俺は一瞬何もかも忘れて見入ってしまう。

 

 

 

「うふふ……昨日の夜は随分楽しませてもらったわ♪本当にありがとうね♪」

 

「――――――」

 

そしてそんな表情を浮かべながら告げられた爆弾発言に俺は頭の中が真っ白になる。

……あれ、昨日の夜って確か部屋に戻ってすぐ寝た筈だよな?なのに服をはだけさせた幼女紫と素っ裸の幽々子がここに居て、さっき幽々子があんな事を言ってきたという事は……?

 

「…………」

 

「ん?影月君、突然滝のように冷や汗を流してどうしたんだい?」

 

いや、どうしたもこうしたも……分かってるくせにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら聞いてくる安心院に若干イラっとするものの、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。

 

「……なあ、幽々子。一つ聞きたい事があるんだが」

 

「ん〜?何かしらぁ?」

 

「えっと……昨日の夜、楽しませてもらったって一体どういう……」

 

「えっ……」

 

……おい、なんでそんなショックを受けたような顔をする。

 

「え……ちょっと待って。もしかして影月くん、昨日の夜の事……覚えてないの?」

 

「……うん、まあ……」

 

部屋に戻り、最低限の事を済ませて眠った記憶しかない。

そう伝えると、幽々子はさらにショックを受けたような顔をした後―――

 

「っ……何よそれ……昨日私をこの部屋に連れ込んで……愛しているって言って抱いてくれたのに……!」

 

「―――はぁ!!!??」

 

なんだそれ微塵も記憶に無いんだが!?

 

「グスッ……酷い……酷いわ、影月くん……昨日私を抱いたのはただの遊びだったの……?愛しているって言ったのも嘘……?」

 

「うわ〜……影月君、僕今まで君の事かなり信頼してたけど、今この光景見て変わったよ。……君って最低だね。しかも優月ちゃんが意識不明だって時に……」

 

「いやいやいや!ちょっと待ってくれ!!」

 

なんか俺を見る2人の視線が凄まじく痛い。ってか俺は遊びで女の人を抱くような女たらしじゃないし、本当に何も覚えてないんだが!?

 

「いいえ、待たないわ。こうなったら今日は責任取るって言ってくれるまで付き合ってもらいましょうか」

 

「ちょ、幽々子!?どこ触ってるんだよ!?」

 

「どこって……言わなくても分かるでしょう?女の子にそんな事言わせないでちょうだい」

 

おい、ちょっと本当に待て。あんまりゴソゴソと手を動かさないでほしいんですが!?―――あ、ちょ、裸のままで人の上に跨るな!!

 

「ちょっと幽々子、本当に待て……!とりあえず落ち着いて話し合えば……!」

 

「もう、うるさいわねぇ……そんなに騒がしいお口は―――こうして塞いじゃおうかしら♪」

 

「んんっ!?」

 

「ん……♪」

 

抵抗する俺の態度に業を煮やしたのか、幽々子は俺の唇に自分の唇を重ね合わせてきた。……今日二度目の美少女とのキスである。

 

「…………なんで僕は朝っぱらからこんなもの見せられてるんだろうね」

 

幽々子の甘く香る匂いと柔らかい唇が俺の理性と精神を容赦無く削っていき、さらに我関せずといった感じの安心院の声を聞いて様々な感情が湧き上がってくるものの……。

 

(ああもう、誰でもいいからなんとかしてくれ……)

 

とりあえず神でも悪魔でも妖怪でもいいからこの状況から助けてほしい―――と心の中で叫ぶも事態は変わらず、腕と口を押さえられてどうする事も出来ない俺は、最終的にもうどうにでもなれという気持ちで幽々子を見る。

それに気付いた幽々子は唇を離して、少し不満げに見つめてくる。

 

「あらあら、さっきまであんなに拒否してたのにもう諦めちゃったの?」

 

だって……馬乗りになられてるし、腕押さえられてるし、紫も居るから下手に暴れるわけにもいかないし……。

 

「む〜……なんだか面白くないわねぇ……でも、まあいいわ。それじゃあ早速楽しませてもらいましょうか♪」

 

と幽々子が言った次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……朝から騒がしいですね。廊下にまで声が聞こえてきてますよ。一体何をそんなに騒いで―――」

 

『あ……』

 

俺の祈りが天に届いたのか、丁度いいタイミングで救いの女神―――もとい幻想郷の閻魔様が来てくれた。

彼女は部屋に入って速攻目に入ったであろうこの光景に一瞬言葉を失ったものの、次の瞬間には背筋が凍りつく程冷たい視線をこちらに向けてきた。

 

「…………これは一体どういう状況でしょうか?」

 

「あ、えっと……その……」

 

「映姫様、助けて……幽々子に襲われる……」

 

「……とまあ、そんな感じの状況だぜ」

 

「―――なるほど、なんとなく把握しました。とりあえず幽々子、今すぐ影月さんの上から降りてそこに正座しなさい」

 

「……このまま?」

 

「ええ、そのまま(裸のまま)です」

 

そうして俺は幽々子の捕食(意味深)を受ける前に危機を脱する事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十分後―――

 

 

 

「影月くん、本当に……本当にごめんなさい……」

 

映姫の事情聴取―――という名の尋問が終わると、幽々子は俺に向かって何度も申し訳無さそうに謝罪してきた。

彼女がこうして謝っている理由は先ほど幽々子が言っていた事のほとんどが嘘であると分かったからだ。

つまり俺は昨日の夜、幽々子をここに連れ込んでないし、抱いてもいないという事である。

ではなぜ幽々子がここで寝ていたんだという話になるが、幽々子本人に聞いた所「夢遊病」という答えが返ってきた。

―――いや、夢遊病って……。

 

「いや、もう謝らなくても大丈夫だ。別に怒ってるわけでもないし……」

 

むしろ怒りなどの感情は湧き上がらず、どちらかというと驚きやら困惑やらの方が浮かび上がってきた位だ。

まあでも……。

 

「今回ばかりはちょっとイタズラがすぎるとは思うけどな?心臓に悪いぞあの冗談は……」

 

「うっ……」

 

俺はそんな事を言いながら幽々子に彼女の寝間着だと思われる白い着物を手渡し、彼女は申し訳無さそうな顔で頬を赤く染めながら受け取った。

ちなみに幽々子は今も素っ裸である。

 

「というかずっと思ってたけど、なんで幽々子ちゃんは裸で寝てたのさ?」

 

「えっと……実は私ったら寝ている間に服を脱いじゃう事がたまにあるのよ〜……。自分で脱いでるって自覚は全く無いんだけどね?」

 

彼女はかなり前からそうした脱ぎ癖があるらしい。寝ている間に暑くなって無意識に脱ぐのか知らないが……正直、こちら(主に男性)の心臓と神経に悪い癖である。

 

「全く……貴女は影月さんに一体何度迷惑を掛けるつもりなんですか……」

 

「うっ……えっと、その、影月くん……本当にごめんなさい」

 

「いや、もう謝らなくても大丈夫だって。そんなに言う程迷惑掛かってるわけじゃないし……。むしろ俺たちの方が紫や幽々子、映姫たちにいつも迷惑掛けてるんじゃないかと思ってるんだが」

 

「そんな事はありません。だから気にしなくても大丈夫ですよ?」

 

「……分かった。ありがとうな?映姫に幽々子」

 

「いえいえ……さて、それでは話を戻しますが……影月さん。今度は貴方に一つ聞きたい事があるのですが」

 

「分かってるさ……彼女の事だろ」

 

そう言い、俺は抱き付いて眠りこけている紫へと視線を向ける。

 

「うぅん……」

 

「はい。なぜ現在冬眠している筈の紫がここに居るんですか?」

 

「それはな……」

 

そう問い掛けて来た映姫に、俺は藍が言っていた事を全て話した。

 

「寝ぼけて姿を現す事があるとは知りませんでしたね。しかしなぜ影月さんに抱き付いて眠っているのでしょうか?」

 

「……多分寝ている間に人肌恋しくなって、無意識に影月くんの近くに現れたんじゃないかしら?稀にあるのよねぇ、朝起きたら隣で紫が寝てたとか……」

 

聞けば、幽々子もまた紫が冬眠時期中たまに現れる事を知っていたそうだ。だが紫がこんなに幼い容姿になって現れた事は今まで無かったという。

 

「まあ、なんでこんな姿になってるのかはある程度想像付くけれど」

 

「力の使い過ぎによる妖力低下の影響……といった所でしょうか」

 

「その辺りが妥当だろうね」

 

「……う……んんーっ……」

 

そんな会話をしていると、紫は大きくのびをしてゴシゴシと目をこする。そして改めて俺の顔を見た瞬間―――

 

「……ん?影月?」

 

紫は少し困惑したような声色と表情で俺の名前を呼ぶ。そこには先ほどまであった幼い少女のような雰囲気は無い。どうやら完全に目を覚ましたらしい。

 

「よう、おはよう紫」

 

「…………あ、あれ!?な、なんで貴方、私を抱いて……!?というかここは……!?」

 

そして今の自分の状況を確認した紫は目に見えて狼狽え始める。

 

「ここは影月さんたちが普段過ごしてる寮の部屋ですよ」

 

「そして影月くんが紫を抱いてるのは、紫が抱いてほしいって自分から甘えたからよ?」

 

「『ねぇ……ぎゅっとして?』って言ってたね。他にはキスとかも自分からねだってしてもらってたけど……覚えてないのかな?」

 

「……ぁ」

 

映姫たちが紫の質問に一つずつ答えると、紫は小さく声を発した後に顔をこれ以上無いのではないかと言う程真っ赤にして俯いた。

というか安心院、お前そこまで知ってるって事は最初から全部見てたのか。

 

「そりゃあ見てたぜ?僕には地の文に干渉出来るスキルもあるからね」

 

「地の文?」

 

「またお前はさらっとメタな事を……」

 

「……ねぇ、影月。一つお願いがあるのだけれど」

 

「ん?」

 

「さっきの私が寝ぼけてた間にやった事……全部忘れて……くれないかしら?」

 

『…………』

 

上目遣いでそう頼み込んでくる紫。

……そうしてほしいという思いも分かるし、俺自身もそうしてあげたいとは思うんだが……やっぱり俺も男な訳だから……。

 

「……善処する。多分無理だと思うけど……」

 

「そうよね……男の子だもの、そう簡単に忘れられないわよね……」

 

そう言った紫は、今度は一人で何やらブツブツと独り言を呟き始める。

 

「こうなったら影月の記憶の境界を弄って私の痴態を抹消するしか……でも今の私じゃそんな事出来る力も残ってないし……もう一層の事物理的に忘れさせるしかないかしら……よし、そうと決まれば何か鈍器を……」

 

耳を澄ませば何気に結構恐ろしい事言ってるし……。

 

「……映姫、ちょっと紫の事頼んでいいか?このままほっとけば何か変な事されそうだ」

 

最悪俺が死ぬような事をされるかもしれない。

 

「……分かりました。紫はこちらに任せてください」

 

それを聞いた俺は映姫に礼を言って紫を離し、ジャージを片手に風呂場の脱衣所へ向かい、手早くジャージに着替えた。

 

「ん?影月君、ランニングでもするの?」

 

「ああ、ちょっと気分を落ち着かせるのも兼ねてな」

 

「なら僕も一緒に付き合わせてもらってもいいかな?」

 

そう言ってくるりと回転し、一瞬でジャージ姿になった安心院に俺は運動靴を履きながら頷く。

 

「―――とまあ、そういうわけで俺たちは軽く走りに行ってくるよ」

 

「分かりました。私は留守番も兼ねて暫くこの部屋に居させてもらいますね」

 

「なら私も居させてもらおうかしら〜♪影月くん、いいわよね?」

 

「勿論。二人とも、自由に過ごしていいからな?」

 

そう映姫と幽々子に告げ、俺は安心院と一緒に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜……今日もいい天気だねぇ」

 

「そうだな……まだ少し肌寒いけどよく晴れたいい朝だ」

 

校門前で波の音をぼんやりと聞きながら、俺は安心院と二人で軽くストレッチをしていた。

こうした準備運動は非常に大切だ。ろくに準備運動もしないでいきなり走り出すと、上手く体が動かなくて怪我をしてしまう可能性がある。それを防ぐ為にはゆっくりと念入りに時間を掛けて、体を慣らす事が重要なのだ。

そうしてたっぷり数分程体を慣らし、いよいよ走り始めようかと思ったその時―――遠くから軽い足音が聞こえてきた。

 

「ん……あれは……」

 

振り返るとそこにはその足音の主である二人が肩を並べて走ってきていて、俺は迷わずその二人へ声を掛けた。

 

「おはよう、みやびに橘」

 

「やあ、二人ともおはよう」

 

「あ……影月くんになじみちゃん。お、おはよう」

 

「おはよう。今日は二人とも随分と早起きだな?」

 

「あ〜……朝から色々な事があってな……」

 

橘の質問で数十分前に起こった眠気なんぞ吹き飛ぶ出来事が脳裏に浮かび、思わず疲れたような笑みを零してしまう。

そんな俺を見てみやびと橘は何かを察したのか、揃って苦笑いを浮かべた。

 

「……何があったのかはよく分からないが、とりあえずお疲れ様と言っておくよ」

 

「影月くん、幻想郷から来た人たちの面倒も見てて大変そうだもんね……わたしからもお疲れ様って言っていいかな……?」

 

「……そう言ってくれるだけで少し元気が出てくるよ。ありがとう、二人とも」

 

「ふふっ、別に構わないさ。何か辛くなったり困った事があったら遠慮無く相談してくれ。私でよければ幾らでも相談に乗らせてもらおう」

 

「わ、わたしも言ってくれたら相談に乗るから……ね?」

 

そう言って気遣うように優しく微笑む二人に、俺は胸の奥から込み上げてくる嬉しさを抑えながら再度ありがとうと言って頭を下げた。

―――本当に俺は……俺たちはいい友人に恵まれたものだ。

 

「さて、それじゃあランニングを再開しようか。二人も一緒に走るか?」

 

「勿論、付き合わせてもらうよ」

 

そして俺たちは肩を並べて走り出した。走るペースはそれ程速いわけでもなく、それなりに会話をする余裕もあった。

 

「橘、体の方はもう大丈夫なのか?」

 

「うむ、見ての通り問題無いよ。傷口ももうほとんど目立たない位に治ったしな」

 

「本当に《超えし者(イクシード)》の回復力ってすごいねぇ……」

 

そんな中で次に出た話題は当然というか、昨日のドラッグパーティー制圧作戦についてだった。

 

「そ、そういえば昨日は随分と帰りが遅かったよね……」

 

「ん、ああ……色々と大変な事が起きたからなぁ……」

 

「大変な事?」

 

「…………ユリエちゃんと、優月ちゃんが大怪我したんだよ」

 

「「っ!?」」

 

その言葉に驚いた表情を浮かべる二人に俺と安心院は昨日の作戦について、色々と掻い摘みながら話をした。

作戦の被害、聖槍十三騎士団が乱入してきた事、ユリエが暴走した事、そして……優月が暴走したユリエを止める為に大怪我をした事を。

 

「そうか……だからここに優月が居ないんだな……。二人とも大丈夫なのか?」

 

「ああ、なんとか昨日の内に一命は取り留めたからな。今は二人とも学園の病棟で休んでる」

 

「よ、よかった……。でも知らなかったな……ユリエちゃんのお父さんがヴィルヘルムに殺されてたなんて……」

 

「本人もそんな事言ってなかったからねぇ……。それにユリエちゃんもヴィルヘルムが親の仇って事を直前まで分からなかったみたいだし……まあ、影月君は感付いていたみたいだけど」

 

「おいおい……俺もユリエのお父さんを殺したのがヴィルヘルムだって事は話聞くまで知らなかったぞ?まあ、ある程度の予想はしてたが」

 

よく俺が他人の過去を見れるという点から、その人の過去に関して当人が知らなくても、俺なら知ってるみたいな事を思っている人も多いだろうが、実際の所そういう訳でもなかったりする。

基本的に俺が見れるのはその人の過去の()()であって、映像とかではない。つまり当人の記憶が朧げではっきりしてなければ、俺が見ても朧げではっきりしていないのである。

実際、ユリエのお父さんを殺したヴィルヘルムの顔だって当時ユリエが幼かったからなのか、それとも父親が目の前で死んだ事が余程のショックだったのかは分からないが、あまりはっきりと映っていなかった。せいぜい分かったのは以前ユリエが言っていた仇の特徴である白髪位だ。

 

「その人の過去の記憶を見られる、かぁ……。影月くん、それって私の過去とかも見られるんだよね……?」

 

「勿論、みやびの過去も橘の過去も見ようと思えば見られるぞ?」

 

まあ、余程気になったりしない限り勝手に覗き見る事はない(能力が目覚めたばかりの頃は感覚を掴む為に他の生徒の過去をさらっと見たりはしたが)。しかもそういう余程気になる人に限って、そう簡単に見る事とか出来ないし(妹紅とか)。

 

「そもそも俺が気になって過去を覗き見た人なんて今まで数人くらいしか居ないしな。その中ですんなりと見れたのは《K》とユリエと……後は透流くらいか」

 

「えっ……?」

 

するとみやびが困惑したように声を上げる。

 

「どうした、みやび?」

 

「あっ、ううん……ちょっと透流くんの名前が出たから……ね」

 

「ふむ、そうか……。それにしても九重の過去を見たという事は……何か気になる事でもあったのか、如月?」

 

「……少しだけ、な」

 

思い出すのはこの学園に来てまだ間もなかった頃の、あの夜の出来事―――

 

 

『私もトールと同じ―――《復讐者(アベェンジャー)》です』

 

 

……透流とユリエが復讐者だと知ったあの出来事から暫くした後、能力を使いこなせるようになった俺はある時に彼らの過去を覗いた事がある。

なぜ覗いたのかというと、ただ単に彼らの過去をもっと深く知りたかったから。

そんな子供が思い付くような単純かつ痴愚な理由だったが、何か面白いものが見られるかもとかそんな楽観的な好奇心などは微塵も無かった。そんな覚悟も何も無い軽い気持ちで他人の過去を見るなんていうのはその人に対しての冒涜であり、許される事ではないからだ。

だからどんなに辛い過去であろうとも、目を逸らさずにしっかりと受け止めよう。

 

―――そうした思いで見た二人の過去は……辛く、苦しく、悲しいという言葉では足りない程過酷なものだった。

突如として昨日までの何気ない平和な日常が、そして二人にとって大切な人が、一瞬で奪われたのだ。

俺はその中で特に透流……彼の過去に酷く共感し、同情した。

彼が奪われたのは平和な日常と、共に武術を学んで鍛錬した仲間たちと―――大切な妹さんだ。

 

(随分と……いい妹さんだったな……)

 

俺は透流の過去を覗いたおかげで、彼の妹―――九重音羽がどんな人物だったのか知っている。

誰に対しても気遣いが出来て、屈託の無い可愛らしい笑顔で笑う心優しい少女。それはまるで俺の妹とそっくりだった。

そういった似たような妹を持つ故か―――俺には透流の辛さが、悲しさが痛い程に分かるのだ。

 

(もし、俺が透流の立場だったとしたら……復讐に走っただろうか?それとも……)

 

「影月くん?」

「如月?」

 

そんな事を考えていると、横から二人の声が聞こえた。どうやら俺が急に黙った事に疑問を覚えたらしい。

 

「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてたよ」

 

「……そうか」

 

「…………」

 

そう言うと二人は少し複雑そうな顔をしたまま黙ってしまった。

おそらく今の二人の内心では透流の過去に何があったのかという疑問が渦巻いているのだろう。しかし彼女たちが何も聞いてこないのは、今この場に透流本人が居ないのに彼が今まで秘密にしていた事を他人である俺から聞くべきではないと考えているからだと思う。

まあ実際聞かれたとしても、俺は何も答えるつもりは無いが。

 

「……さて、後二週位走ったら中に戻ろっか?」

 

「……そうだな」

 

少しばかり沈んだ空気を変えるように安心院がそう提案して、俺たちは頷いた。

とりあえずこの話は一旦終わりにしよう。どちらにせよ俺から話す事はもう何も無いし、もしかしたらそう遠くない内にこの話はまたするかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

その後、ランニングを終えて部屋に戻った俺と安心院は順番にシャワーを浴びて汗を流した後、食堂で透流たちと共に朝飯を食べてから、優月とユリエの様子を見る為に病棟へ足を運ぶ事にした。

無論の事、透流たちも一緒だ。

 

「そういえば映姫、紫は?」

 

二人の病室へと向かう最中、俺は隣で歩いている映姫に質問を投げる。

確かランニングを終えて部屋に戻った時にはまだ紫は居た気がしたんだが……?

 

「ああ、紫なら影月さんがシャワーを浴びている際にスキマへと戻っていきましたよ。気付きませんでしたか?」

 

「あ〜……」

 

正直、シャワーを浴び終えた後は着替えとかで少しドタバタしてたから気付かなかった。

 

「とりあえず紫は大丈夫よ〜。説得したから少なくとも影月くんを襲って物理的に記憶を忘れさせるとかはしないと思うわ―――多分ね」

 

「多分って……」

 

そこははっきり“しない”と言い切ってほしかったが……幽々子にそんな事言っても仕方ないので飲み込む事にする。

 

「三人ともさっきから何の話?紫さんがどうとか言ってるけど……」

 

「確か紫は今の時期は冬眠してるって話じゃなかったか?」

 

すると後ろから会話を聞いていたリーリスとトラが割り込んできた。

それに対して俺と映姫は透流たちに今朝の出来事を軽く説明する。……ちなみに俺の身に起こったあのハプニング(紫が甘えてきたりとか、幽々子が裸だったりとか)については説明しなかった。言った所で意味も無いし、下手したら橘とかが顔真っ赤にして走り去っていきそうだし。

 

「寝ぼけて姿を見せたって……本当なのか?」

 

「本当よ〜♪まあ、実際は寝ぼけてた他に人肌恋しくて無意識に現れたって可能性も否定出来ないけれど……紫って意外と寂しがり屋なのよね。元々そういう性格なのか、長く生きてきた影響なのか……あまりよく分からないけれど」

 

「多分半々じゃないかな?僕も一応かなり長く生きてきた身だけど、たまに人肌恋しくなるぜ?そういう時は影月君の中にお邪魔してるんだけど」

 

「そうだったのか!?」

 

たまに心の内に入り込んで好き勝手くつろぐのにはそういった理由があったのか……。

 

「そうだよ?影月君や優月ちゃんと一緒に居るとなんか落ち着くからねぇ―――っと、そんな話をしてる間に着いたよ。確かこの部屋の筈だぜ」

 

そう言って安心院は扉をノックすると、中から「は〜い」という返事が返ってきた。

 

「ん?中に誰か居るのか?」

 

「み、みたいだね……妹紅ちゃんか美亜ちゃんかな……?」

 

「みやびちゃん残念。どっちもハズレだよ」

 

そして開かれた扉の先に居たのは、ベッドの上で幾つかのチューブに繋がれた様子で眠っている優月と、椅子に座っている白いワンピースを着た明るめの茶髪にピンクと緑のヘアチョークを施した女性だった。

 

「……おはよう。そろそろ来ると思ってたわ」

 

「なっ……あんたは……!?」

 

「スミレ……!?」

 

「そう、彼女だよ」

 

「リョウと一緒に護陵衛士(エトナルク)に連れていかれたんじゃ……」

 

「彼女とリョウは昊陵学園(ウチ)で拘束する事になったんですわ」

 

予想外の先客が居た事により驚く俺と安心院以外の面々。

その背後から透流の疑問に答える別の声が聞こえてきた。

 

「朔夜ちゃんおはよう。美亜ちゃんと香ちゃんも一緒?」

 

「おはようですわ。それと彼女たちの他にあと三人程……」

 

「みんな、おっはよんよ〜ん☆」

 

「よっ、おはようさん」

 

「おはよう〜」

 

朔夜、美亜、香の後ろからさらに月見と妹紅と萃香が顔を出し、挨拶をしてくる。

なんだかんだでいつものメンバーが集合したな……。

 

「どういう事なの朔夜?彼女たちを学園で拘束って……」

 

「そのままの意味ですわ。―――ドーン機関は敵組織《666(ザ・ビースト)》における戦闘員であり、《獣魔(ヴィルゾア)》に変化する能力を持つ彼女と《禍稟檎(アップル)》の供給者であるリョウを最重要人物として当学園に厳重拘束し、彼女についてはその能力を詳しく調査、そして今後の戦闘において優位に立つ為の対策を研究する事にしましたの」

 

と、組織の方針を話した朔夜は小さく苦笑いを浮かべる。

 

「―――と、建前上はそのように決まりましたが、実際にはちょっとした裏事情がありまして……」

 

「裏事情?」

 

「実はさっきの対策研究云々についてなんだけど……本来ならスミレさんは機関の研究所に移送される筈なの」

 

「でも今回はどういう訳か、この学園で調査研究をしろと連絡があったんですよ」

 

「その理由は?」

 

「さあ?今回については上層部からの指示なので私にも見当が付きませんわ」

 

この学園を仕切っている朔夜でも理由が分からないとは……つまり今回の指示は機関上層部が何かしら独自の思惑を持って決めた事なのだろう。

一体どういう理由が……などとは思うものの、とりあえず考えても分からないものは仕方ないのでその件は一旦頭の隅へと追いやる事にする。

 

「ちなみにリョウは?」

 

囹圄(れいご)に監禁中ですわ。今はまだ気絶しているようですけれど……彼が起き次第、事情聴取するつもりです。その後の処遇についてはまだ未定ですけれど」

 

「といってもあの子は《666(ザ・ビースト)》の中でも下の地位だから、有益な情報なんて持ってないと思うわ。かくいう私もあまり大した情報なんて持ってないしねぇ……」

 

そう言って彼女は床に居た仔月光を膝の上に乗せて撫でる。

ちなみになぜ仔月光が居るのかというと、スミレが何か怪しい行動などをしないか見張る為―――要は監視役として俺が置いた。

監視役、というのなら俺がいつものように自分の《焔牙(ブレイズ)》を透明にして監視役になってもよかったのだが、今回は朔夜にしっかり休養を取ってほしいと言われたのでそれをしていない。

そういうわけで今スミレが撫でている仔月光も一応俺が監視役として出したものだが、俺の意思で動かしてはいない。

だからスミレに撫でられている仔月光は、元から内部に組み込まれている監視用プログラムで動いている。

 

「というかあんた、そっちの喋り方が素なのか?」

 

「そう、今までやってたあのバカみたいな喋り方は全部演技よ。―――あ、もしかしてぇ……こっちの喋り方の方がよかったぁ?」

 

わざとらしく甘ったるい声を出してそう聞くスミレに透流は少しばかり顔を顰めて首を横に振った。

それを見て、スミレは苦笑いを浮かべる。

 

「そう。まあ、あの喋り方は私も疲れるからあまりしたくないんだけどねぇ。それに……はっきり言ってあの喋り方、うざったいでしょう?」

 

私もうざったいと思ってたしというスミレを見て、こちらも思わず苦笑いを浮かべてしまう。

まあ、確かにあの喋り方はあまりいい感じはしない。というか実際うざかったし―――なんて思いながら何気無く月見へと視線を向けた。

 

「…………おい、異常(アニュージュアル)。何こっち見てやがる?」

 

「いや、別に……」

 

「……もしかして影月くんったら、アタシのこの喋り方もうざったいな〜とか思ってたりしてたのかな〜?」

 

うわ、うちのうざったい喋り方をする奴にうざったい喋りで絡まれた。

しかしそんなやりとりをガン無視したトラが話を続ける。

 

「……それにしても厳重拘束、と言った割には随分と自由に過ごさせているんだな」

 

「ええ、彼女自身逃げる気も無いようですし……むしろ研究に協力するから、代わりにこの学園で保護してほしいと言ってきた位ですわ」

 

朔夜はそんなスミレのお願いを快く受け入れたようだ。

 

「保護してほしいって……殊勝ねぇ」

 

「まあ、妥当な判断だろう。仮にこの学園から抜け出せたとしても、もう《666(むこう)》には戻れないだろうし……」

 

「そうねぇ。それどころかここから出た瞬間を狙われて組織の息が掛かってる者に殺されるのがオチねぇ」

 

「だから保護してほしいと?」

 

「……あの時、私は影月くんに介錯を頼んだ。でも影月くんはそれを拒否した上に私を殺そうとしたあの少年(シュライバー)から身を呈して守ってくれた。だから……責任を取ってもらおうと思って」

 

「せ、責任!?」

 

「そう。私にまだ死にたくないって思わせてしまった責任を……ね?」

 

……つまりあれか、それは遠回しに俺に守ってほしいと言っているのか。

そんな意味を含めた視線を向けるとスミレはニコッと笑って頷く。

 

「くはっ!そりゃ随分と重大な責任を背負ったもんだなぁ!くははははっ!!」

 

「……はぁ、そういうわけで影月も彼女の事を気に掛けておいてくださいな。他の者たちも無論の事……」

 

どこか真剣に告げた朔夜の言葉に俺たちは揃って苦笑いを浮かべながらも、その言葉の内に秘められた意味をよく理解しながら頷いた。

 

 

 

 

そして話は続いてベッドで眠っている優月の事へと変わる。

 

「理事長、優月の様子はどうですか……?」

 

「……治療を担当した医師によると、ヴィルヘルムとの戦いで負った傷については数日程度で完治するとの事ですから然程問題も無く、今の所生命に危険もないでしょう、と」

 

しかし、と言って朔夜は優月の首に厚く何重にも巻かれている包帯へ優しく手を添えながら、悲痛な面持ちで告げる。

 

「この包帯の下に負った傷だけはどうしても残る……と言ってましたわ」

 

「……無理も無いわね。あれだけ深く斬れてしまったんだから……」

 

そうリーリスが呟いた瞬間、ガタッと病室の扉の方から物音が一つ俺たちの耳へと届き、全員の視線がそちらへと集まる。

 

『…………』

 

俺は扉の近くに居た幽々子に扉を開けてほしいと視線で伝える。それを見て察してくれた幽々子は病室の扉を静かに開ける。

 

「ぁ……っ」

 

「ユリエ……」

 

開けられた扉の向こうに居たのは銀髪の少女。

こちら側から開けられるとは思わなかったのか、呆然とした表情を浮かべていた銀髪の少女だったが、彼女は俺の顔を見た瞬間にまるで逃げるかのように振り向いて立ち去ろうとする。

 

「おっと、待つんだ。影月君と顔を合わせたくない気持ちは分かるけど逃げちゃダメだぜ?」

 

「安心院さんの言う通りだよ。ほら……」

 

「っ……」

 

しかし少女―――ユリエの逃げ道を塞ぐように回り込んだ安心院と美亜に促されて、ユリエは恐る恐るといった感じで俺の前へとやってきた。

 

「「…………」」

 

そして顔を合わせる事無く、俯いてそのまま沈黙。

多分今の彼女の頭の中では何を最初に言ったらいいのか必死に考えているのだろう。かくいう俺も最初にどんな言葉を彼女に掛けるべきか悩んでいた。

ちらりと視線をユリエ以外の面々へ向けてみると透流やみやび、橘や朔夜、映姫などは黙って俺とユリエを見つめていて、トラや安心院、幽々子や妹紅などは目を閉じて話が始まるのを待っている。

スミレは仔月光を撫でているし、月見は腕を頭の上に組んで壁にもたれかかっているし、萃香に至ってはいつものように瓢箪の酒を飲んでいる。しかし三人ともこちらの様子は気にしているようだ。

そうした誰も言葉を発しない時間が数十秒程続き、いい加減気まずくなってきたのでとりあえず俺から軽く話を振ってみる事にした。

 

「あ〜……もう体を動かしても大丈夫なのか?」

 

「っ!ヤ、ヤー……」

 

『…………』

 

ビクッと体を震わせ、俯いたまま頷くユリエ。

しかしそれ以上に会話が続く事は無く、またもや無言の時間が流れ始める。

 

(これはちょっと時間が掛かりそうだな……)

 

今度はユリエから話しかけてくるのを待つか……なんて思っていたが、その時は意外と早く訪れた。

 

「え、影月……その……」

 

「ん?」

 

小さくかろうじて聞こえる程度の声を発したユリエはゆっくりと様子を伺うように顔を上げ、光が消えた深紅の瞳(ルビーアイ)が俺の目と合う。

そして徐々にその深紅の瞳に大粒の涙が溜まっていき―――

 

「―――ごめんなさい……!ごめ、なさい……!!」

 

今まで抑え込まれていただろう彼女の後悔の念が俺を見た瞬間に堰を切ったのか、彼女は頭を深く下げて何度も何度も涙声で謝る。

 

「私は……優、月を……傷付けて……!」

 

「……ユリエ」

 

「影、月……ごめん、なさい……!私、は取り返し、のつかない事を……!」

 

「……そうだな。でもやってしまったものは仕方ない。それに一番悪いのはユリエを暴走させたヴィルヘルムであって、ユリエは何も悪くないと思うぞ?」

 

俺だって大切な人を殺した仇が目の前で笑っていたら、理性を無くして襲い掛かるかもしれない。その大切な人が自分の目の前で殺されたのなら尚更だ。

そう思い、自分にとって一番大切な人たち(優月や朔夜)へ視線を向けると―――偶然朔夜と目が合い、彼女は少し苦笑いを含んでいるように見える笑みを浮かべてくれた。もしかしたら彼女も俺と似たような事を思っていたのかもしれない。

 

「でも……私はこの手で優月を……友人を……人を殺そうとした……!」

 

しかしユリエはそれでもまだ納得出来ないようで、嗚咽を漏らしながら雪のように白い頬を涙で濡らす。

正直俺はさっきも言った通りやってしまった事は仕方ないと思っているし、ユリエを責める気なんて微塵も無いんだが……ユリエは罰を受けたいと言って聞かないだろう。堂々巡りになるのは目に見えている。

 

 

 

「……もう一層の事……死んでしまいたい……」

 

「ユリエ!?」

 

「ユリエちゃん!?何を……!?」

 

いくら後悔しているとはいえ、そこまで言う必要は無いだろう。そう思ってユリエに声を掛けようとしたが、それよりも早くある人物がユリエの目の前に立った。

 

「―――君みたいな若い子がそんな自棄になって、死んでしまいたいなんて言うもんじゃないよ」

 

「妹紅……」

 

ユリエの目の前に立った妹紅の顔はこちらから伺えないが、声を聞く限りどこか寂しそうな顔をしているような気がした。

 

「確かに自分を止める為にとか……自分を庇って大きな怪我を大切な人に負わせてしまったり、あるいは死なせてしまって自分を責める気持ちは痛い程分かるよ。……私も永く生きてきた中でそういう経験は何度もしたから……」

 

その度に妹紅は何度も後悔して、自らが死んで罪を償う事が出来ない不老不死である事を恨んだ。

でも、と妹紅は続ける。

 

「前、慧音にその事をぼやいたらこんな事言われてね―――」

 

 

 

 

『はぁ……いいか妹紅。確かにそうした気持ちを抱くのは私にも理解出来る。実際、そうした自責に駆られて命を絶ったりした者たちも多く知っているからな。……しかしそうして悲しみ、自ら命を絶った所で庇ってくれた者たちがいい顔をしてくれると思うか?―――思わないだろう?もし思っていたのなら命をかけてまで庇ったりしないだろうからな』

 

『大事なのは後悔するよりも反省する事だよ。いつまでも自分のせいだと責めていても何も変わりはしない。反省し、次はどうすればいいのか考えないといけないんだ。それをしないでいつまでも悩んでいたら……庇ってくれた人たちに申し訳がたたないと思わないか?』

 

 

 

 

「―――ってね。……私としては後悔するのも反省するのも大事だけど、また同じような事が起こらないように努力する事が一番大事だと思う。じゃないと優月ちゃんのように君を庇って怪我する人がまた出てしまうかもしれないし……」

 

「……『後悔するより反省する事だ、後悔は人をネガティブにする』―――なんて事を言ってた人も過去に居たらしいしな。それに今回、ユリエは誰も殺していないんだからそこまで気にする必要は無いよ。……まあ、橘に大怪我させて落ち込んでた俺が言えたものじゃないが」

 

「……ユリエちゃん」

 

そして今度はみやびが俯いているユリエの頭を、あの時落ち込んでた俺に対してやったのと同じように優しく撫で始めた。

以前は俺が受けていた側だからあまりよく分からなかったが、今見るとその動作はどこか昔からやり慣れているようにも見える気がする。

 

「みやび……っ」

 

「……妹紅さんの話を聞いて少しは落ち着いた……?」

 

「…………ヤー」

 

「…………ねぇ、ユリエちゃん。さっき言ってた死んでしまいたいって言葉……本気なの?」

 

そう問うみやびの声は少しばかり悲しそうな声色で、ユリエの事を心の底から案じているというのが分かる。

それはユリエも感じ取っているのだろう。彼女は俯いたままゆっくりと首を横に振った。

 

「そうだよね……ユリエちゃんも本当は分かってるんだよね?そんな事、透流くんも影月くんも私も……そして優月ちゃんも含めたみんな……誰も望んでないって……」

 

そしてみやびは俯くユリエを抱き寄せ、さらに落ち着かせるように頭を撫でる。そんな彼女へさらにリーリスが―――

 

「……確かに死して罪を償うのも一つの選択なのかもしれないわ。でもそれは贖罪じゃなくて逃げなんじゃないかってあたしは思う。……そう思わないかしら?」

 

「……そう、ですね」

 

そう呟いたユリエは自分を落ち着かせてくれたみやびとリーリスにお礼を言いながら離れ―――今度は顔を上げ、しっかりとした足取りで俺の前まで歩いてきた。

そして俺の目に合わせられた彼女の深紅の瞳(ルビーアイ)には、強い意思を宿した光が戻っていた。

 

「迷いは無くなったみたいだな」

 

「ヤー……本当に申し訳ありませんでした……」

 

「別にいいって。俺だってユリエの立場なら似た迷いを持ったかもしれないしな……。それよりもっとこっちに来て……優月の様子を見てやってくれ」

 

「ほら……ここに座っていいわ」

 

そう言うと今まで仔月光を撫でていたスミレが椅子から立ち上がり、俺の隣へとやってきた。

それにユリエはぺこりと頭を下げた後、椅子に座って眠っている優月の手を優しく握った。

その時―――

 

「――――――」

 

―――一瞬だけ優月が優しい笑みを浮かべたような……そんな気がした。

 

 

 

 

 

「―――あら、もうこんな時間ですか……影月」

 

「ん?」

 

そんな二人の様子を見守っていると、壁に掛けてあった時計に視線を向けた朔夜に呼ばれる。

 

「私はこれからある人に会う為に格納庫へ赴かなければならないのですが……貴方も一緒に来てくれませんこと?」

 

「俺も?」

 

「ええ。その人が是非とも貴方に直接お会いしてお話したいと言ってましたので……」

 

俺みたいな一生徒に直接会って話をしたいとは……一体どんな人なんだろうか?なんて思っていると安心院が会話に入ってきた。

 

「それってもしかして影月君のメタルギアを定期的にメンテナンスしてるあの子の事?」

 

「そうですわ。影月は会った事は無くともそういう方がいるのは知っていますわよね?」

 

「ああ」

 

俺の召喚するREXなどの兵器は壊れてもしばらく引っ込めていれば、損傷具合によって時間が掛かったりするがゆっくりと自動的に修理される。

安心院によると、俺に渡したスキルが俺の中で独自に進化した結果、こんな効果が付いたらしい。ちなみに他にも色々と俺の中で独自に進化した効果があるらしいが……それはまた機会があれば話すとしよう。

しかしそうした自動修復機能があってもやはり点検はしておいた方がいいらしく……定期的に学園の格納庫に出しておいて、整備士の人や研究員の人たちに色々と点検してもらっている。

その際に俺はその場に立ち会わなくていいと言われていたので、点検が終わるまで普通に寮で過ごしたり、授業を受けていたりしていた。だから朔夜の言う通り、俺はREXたちを整備してくれてる人たちに今まで会った事がない。―――もしかしたら学園の廊下とかで知らない内にすれ違ってたりしてたかもしれないが。

 

「……というかあの子?」

 

「ん?ああ……影月君は知らないんだもんね。僕はその子とたまにお茶飲みながらお話したりするんだよ」

 

「私と美亜さんもよくお茶しますね〜」

 

「あたしも最近は会ってないけど前はよくお茶してたわ」

 

「へぇ……影月くんの兵器を点検してる人ねぇ……」

 

そう呟き、何か思案し始めたスミレを横目にこちらもまたこの後の事について考えてみる。

 

(今日は別に予定も無いから優月の側に……って思ってたけど……)

 

先程の雰囲気から思うに優月の様子見はユリエにやってもらった方がいいかもしれない。きっと今のユリエに病室に戻ってと言っても首を縦に降るとは思えないし……それなら彼女の気が済むまで優月の側に居させてあげるのがいいだろう。

 

「分かった、一緒に行こう。代わりにユリエは自分の気が済むまでしばらく優月の側に居てやってくれ。でも無理はするなよ?」

 

「ヤー、ありがとうございます」

 

「じゃあ俺は優月とユリエの様子を見ておくよ。今日はこれといった用事も無いしな」

 

「僕も暫くここに居る。透流だけでは何かあった時に対応に困るだろうからな」

 

「なら頼んだぜ透流、トラ。それで他の奴らはどうする?」

 

「ふむ……九重とトラが居るなら一先ず心配は無いか」

 

「そうだね……なら私はお部屋に戻って編み物の続きでもしようかなぁ……」

 

「私は昨日の作戦の報告書を纏めなきゃいけないので……」

 

「私も手伝うよ、香」

 

「私も何か手伝うよ」

 

「ならばそちらの方は香と美亜と妹紅に任せますわ。よろしくお願いしますわね」

 

「……私は部屋に戻って久しぶりに将棋でも指すとしようかな」

 

「あ、それなら私もご一緒してもいいでしょうか?安心院さん曰く、橘さんの将棋の腕前はかなりのものだと聞いたので、もしよければ一局指したいと思っていたのですが……」

 

「なっ……わ、私は趣味で嗜む程度ですからそれほどの腕前は……しかしそれでもいいと映姫さんが言うのでしたら……」

 

「なら決まりですね。行きましょうか」

 

「アタシは片付けなきゃならねー仕事があるから戻るわ。じゃあな〜」

 

そう言うと月見はひらひらと手を振りながら病室から出ていき、そんな月見の後に続いてみやび、橘、映姫、美亜、香、妹紅が出ていく。

そして後に残ったのは幽々子と萃香、リーリスと安心院なのだが……。

 

「さて……安心院たちはどうする?」

 

「僕は影月君と朔夜ちゃんに付いていくつもりだぜ?暇だし」

 

「右に同じく〜♪」

 

「左に同じく〜♪」

 

「あたしは透流と一緒に―――って思ってたけど少し気が変わったわ。久しぶりにあの子に会いたいから私も朔夜に付いていくつもりよ」

 

「……って言ってるが大丈夫か?」

 

「特に問題ありませんわ。むしろそれなりに人数がいた方があの子も色々と喜ぶでしょうし」

 

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

 

とそこで今まで俺たちの話を聞きながら何かを考えていたスミレが話しかけてくる。すると朔夜が―――

 

「……別に構いませんわよ?貴女も一緒に来ても」

 

「あら、まだ質問もしてないのに答えが帰ってきたわ……。随分あっさりと許可するのねぇ」

 

「ええ。貴女は色々と信用出来そうですし、あの子に会わせても構わないかなと……」

 

「信用出来そうって……大丈夫かい?そんな根拠も無い事言っていつか寝首を掻かれるかもしれないぜ?」

 

確かに安心院の言う通りだ。昨日まで敵として殺し合っていたのに一晩話しただけで信用するなんて危険だろう。しかし―――

 

「あら、根拠ならありますわ」

 

……なぜそう言って俺に視線を向けるんだろうか―――いや、もう何を言いたいのか大体予想付くんだけどさ。

 

「見た所、彼女もまた私や優月のように貴方に愛慕を抱いている―――貴方を愛し、慕う者の中に裏切りを行う者など居ませんわ」

 

……正直、そんな事言われても俺としては本当なのか?と思うのだが……俺以外の面々はどこか納得しているような表情を浮かべている。

 

「まあ、確かに影月くんと優月ちゃんは人望も厚いし、裏切るような事もしないからそういう事しようと思う輩が少ないのは確かよねぇ」

 

「それにしても愛慕を抱いてるって……スミレとは昨日の戦闘以外、そんなに話した事無いんだが……」

 

「影月君、女の子って言うのはね……意図的に惚れさせようって思って行動すると中々惚れなくて難しいけど、何かその子にとって嬉しい事とかを無意識の内にしたらころっと簡単に堕ちちゃったりするもんだよ。勿論、世の女の子たち全員がそうとは限らないけどね」

 

なんて事を3兆年も生きてきた人に言われて、そんなものなのかと一人納得する。

 

「まあ、なんであれ今ここではっきりと言っておくべきね。さっきも言ったけど私はあなたたちを裏切るつもりなんて微塵も無いわ。だからと言ってそれを信用しろとは言わないけれど……正直私にとってはあなたたちを裏切るメリットなんて何も無いし」

 

「それはどうかしら?裏切ってここから逃げるついでに朔夜とあたしを拉致するか、最低あたしたちの首でも持っていけば色々とメリットあるんじゃない?」

 

「…………」

 

あまり考えたくは無かったが確かにそう考えれば彼女にもメリットはある。それに遅れながらも気付いた俺は念の為、朔夜とリーリスをスミレから守るようにして立つ。

 

「そうね……ドーン機関が現在一番力を入れて研究している技術の最高責任者とイギリス代表の三頭首(バラン)の娘……確かに始末した証拠だけでも提示すれば処遇も変わるかもしれないわねぇ」

 

しかしスミレはでも、と言って苦笑いを浮かべる。

 

「私はそこまでして向こうに戻りたいとは思ってないの。何しろ向こうの方が色々と酷かったからね……それと比べたらこっちの方が余程居心地がいいわ」

 

「酷かった、ねぇ……向こうでは一体どんな事があったのさ?」

 

「―――それはまた別の機会に話すわ。今ここで話すと長くなって人を待たせてしまうし……今はその話をしたくないの」

 

「……分かった」

 

彼女がそう言うのなら俺たちもこれ以上この話を無理に続ける必要は無いだろう。

それを悟った俺たちは透流、ユリエ、トラに優月の事を頼んで病室を後にした。




というわけで2019年初投稿のお話はいかがだったでしょうか?

もはやス○ロボや大乱闘なんとかブラザーズレベルのキャラの多さですが……今年もこんな感じでやっていきたいと思います。

安心院「これからも新キャラとか増える可能性はあるのかい?」

……あるかもしれませんねぇ……パンテオンってかスイッチ版diesも出て、神座列伝についても見ましたし……(尚、スイッチは諸事情で持っていない)。

安心院「……ってな感じでかなりカオスなこの小説はまだまだ続くからよかったら最後まで最終話まで付き合ってくれると嬉しいぜ。まあ、その最終回ってのがいつ来るのかは分からないけど」

とはいえ途中で投げ出すのは前にも言った通り、余程の事でも無い限りしないつもりなので……どうかよろしくお願いします!
それでは今回はこの辺で……誤字脱字・感想意見等、よろしくお願いします!

優月(……私は後どれくらい待てば目覚めるんでしょうかね……)



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