ベン・トーの世界に転生者がいたら (アキゾノ)
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プロローグ

他に書いている作品がシリアスすぎて筆休め的な感じで書いてます。
見ている人からしたら「ベン・トー」の素晴らしい作品を害してしまうかもしれませんので、それでもおkと言う方のみよろしくお願いします!!!


需要と供給、これら二つは商売における絶対の原則である。

この二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント…その前後に於いて必ず発生するかすかなズレ。

その僅かな領域に生きる者たちがいる。

己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩場とする者たち。

 

 

―――――人は彼らを狼と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の人生にわずかな違和感を覚えたのは自分の母親に当たる人間が実は本当の母親ではないと知った5歳の時だった。

施設の子、捨てられた子と指をさされ笑われたと母親(仮)に伝えたところ帰ってきた言葉は

 

「え、いまさら何言ってるの」

 

だった。

まぁ世間一般で言う大家族が13人ないしは20人くらいだとすれば、確かに僕の家族、というか一緒に生活する人間の数は30人を超えているから、多いなぁ・・・もしかしたらいつかTV局が来てうちも取材してくれるかもしれないと思ってた。

じゃなくって、どうやら僕は施設の子らしい。

いわゆる捨て子。

そんなに珍しくはない。

いくら日本は世界一平和な国だと言っても、あるところにはあるのだ、こういう話は。

見ないようにしているだけなのだ、そういう見たくないものを。

かくいう僕だって、あんまり不幸な話は好きではない。

いじめられるのだって好きじゃない。

僕を施設の子だと笑ってた子たちだってきっとそうに違いない。

他人を不幸だと笑うことで自分は幸せだとそう感じたいだけなのだ。

至極当然、この世は弱肉強食なのだ。

だから笑ってきたその子たちを武藤敬司よろしく、超低空ドロップキックをかまして泣きながら帰っていく姿を見て傷ついた心を癒したのは悪くない。

 

・・・また話がそれた。

施設の子、まぁそれは良い。

親だって人間だ。

きっと止むに止まれない事情があったのだ。

超大作ラブストーリーもびっくりな壮絶な理由が。

施設の母親、というか年齢的には60歳くらいなのでおばあちゃんに理由を聞いてみた(そもそもこんな年のいった女性が母親だと言われた時点で気づくべきだった)。

 

「あんたの両親は、徳川埋蔵金を探しに行くって言ってた」

 

開いた口がふさがらなかった。

なんでやねんと、生まれて初めて関西弁が出た。

徳川埋蔵金…どうやら僕の本当の両親は学がないらしい。

その遺伝子を受け継いでると思うと涙が出てくる。

部屋で一人泣いていると、同じ施設の子供たちが慰めてくれた。

優しい子たちだなと、それだけが救いだった。

だが両親、もし会うことがあればハンセンばりのラリアットをかましてやる。

 

さて、少しだけ僕の身の上話をさせてもらったが実は今話したことは地球の歴史でいう、ジュラ記とかその辺の話だ。

5歳の人間が何を言ってるんだってきっと思うことだろう。

僕だってそんなこと言う5歳児がいたら関わり合いになりたくはない。

しかし、これは本当の話だ。

5歳になってようやく理解した。

見たことない街の景色だけど、新しいと感じられたことはない。

他の子どもたちが目を輝かせるゲームやカードを僕はあらかじめ知っていた。

施設の子たちが回し読みをしている単行本コミックで、悟空はどうなるんだろうなどと言っている無邪気な言葉にもその先を知っている僕からしたら会話に混ざれなかった。

 

僕は転生者だった。

 




とりあえず簡単にプロローグを。
これからもどうかよろしくお願いします!


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プロローグ②

プロローグはこれで終了。
なるべく短い内容で更新していきたいです。


月日は立ち、今日から僕は高校生だ。

県でも進学校で有名な私立烏田高等学校になんとか滑り込むことができた。

それに伴い独り立ちを決意、今までお世話になった施設「宿り木」から出ることにした。

おばあちゃんは好きにしなと言ってくれた。

いまだに収入源が謎だった施設「宿り木」だったけど、返しても返せないくらいのオンがある。

だからこその独り立ちだ。

少しでもかかるお金を少なくしようと思い、けどそれを正直に言ったらおばあちゃんはきっと怒る。

怒るっていうか殴る。

 

餞別だと言い、携帯電話をもらった。

実を言うと高校生になるまでに僕の本当の両親から連絡を何度かもらっていてた。

しかしその内容と言うのが、ムー大陸を探しに行くとか、アトランティスを探すとか割と本気で病院での診察をお勧めするレベルの内容を報告するくらいのことだったのであえて返事はしなかった。

その両親の連絡先も一応、携帯に入っているらしい。

かけることは一生ないだろうなぁと思った。

そんな携帯を週に一回連絡を入れることを条件に、携帯代を出してくれるという。

さらに知り合いに頼んで格安で一人部屋を貸してくれることになった。

なんだか僕の心を見透かされたような気がした。

 

 

入学してから1週間がたった。

進学校ではあるが、当然普通の人間ばかりである。

良かった。

これでいきなり「殺し合いを始めてもらいます」なんて言われたり、命がけのだるまさんが転んだとか起きたらどうしようかと思った。

まぁ…転生はしたもののどうやら普通の世界みたいだ…まだ油断はできないが。

 

 

 

人はお腹が空くと突拍子もないことをする。

前世の話になるが僕は大手小売業、つまりはデパートに勤めていた。

その中でも過酷な食品部門、いわゆる食品売り場に配属された。

今思えば食品に配属された時点でブラックまっしぐらの運命のレールに乗っていたのだろう。

食品売り場に配属された同期300人はドラゴンボールのように各都道府県のデパートへと散り散りになった。

そしてとある店舗に僕を含めた8人が着任する。

鮮魚コーナー担当になった川原君は僕たち新入社員の中でもとびきりのメンタルが弱かった。

まぁ彼についてはいろいろ言いたいことはあるのだが、とりあえず新入社員だというのにろくに休憩をもらえなかった彼は一日ぶっ通し魚を切り続けた。

ある日、疲れがピークになったのか上司から

「遅い!もういいからお前はうろことっとけ!」

と怒声を浴びせられ、彼はうろこを取り続けていた。

休憩をくださいなんて言える雰囲気ではなかったらしく、僕がたまたま鮮魚コーナーの前を通りかかったとき、川原君はうろこ取り機で魚をすりおろしていた。

意味が分からなかった。

おそらくだが、うろこを取り終わったことに気付かず、その身までもうろこ取り機で削っていたのだった。

彼の眼はその魚のように死んでいた。

川原君のお腹からはぐうううと漫画のような空腹音が止まず、僕がどうしたらいいのか分からず立ち尽くしていたら川原君の上司が気づいたようで彼をバックへと引きずっていった。

 

なんでこんなことを僕は思い出しているのかというと、僕の現在の状況がそんな感じだからだ。

いや、死んだ魚の眼をしているとかじゃない。

お腹が空いたら突拍子もないことをするというところだ。

 

独り立ちをした僕は、はっきり言って無駄に使えるお金なんてない。

いやそもそも無駄に使えるお金なんてこの世にはないのだろうけど。

なんとかアルバイトを探して朝の新聞配達や夜中の警備のバイトとか見つけることはできたけどそれでもギリギリだ。

ギリギリ足りていない。

満足いく食事ができていないのだ。

昨日なんて飴だけだ。

なんだそれ、火垂るの墓か。

せっかく地獄の社畜人生から転生できたのに…美味しいものが食べたいのに。

そこで僕は思った。

前世、僕はどこで働いていた?

そうデパートの食品売り場だ。

なら、知っているはずだ。

日本のスーパーには、『半額』という神の与えた奇跡があるのを。

売り手側からしたら損以外の何物でもないんだけど。

というわけで僕は部屋から近いスーパーへと足を運んだ。

ドアをくぐるとそこにはなんだか懐かしい雰囲気を感じた。

いやまぁ、転生してから何度もスーパーによることはあったのだけど。

しかし、そこで僕はなんだか嫌な気配を感じた。

嫌と言うにはあまりに漠然としたものだけど、なんだか見られているような気がする。

それも多数方向から。

しかしそれはすぐになくなった。

まるで興味がないとばかりに。

何だったんだろうと思い、僕はお総菜コーナーへと向かう。

現在、30%off。

僕の経験からして、この鮮度ではもうそろそろ半額になるだろうなと考える。

これからたぶん、毎日お世話になるだろうので半額になる時間を覚えておかなければ。

さて、目的のお弁当だけど…なんだこれは。

僕が前世で働いていた店では良くも悪くも普通のお弁当ばかりだった。

でも、このお弁当は…

 

まず目についたのは

『漢の血となれ肉となれ!春のニンニク焼肉弁当』

真四角の容器に肉が一面に敷き詰められている。

蓋の上からでもわかるその脂ギッシュなテカりは男子高校生である僕の胃袋をギュッとつかんだ。

他にも

『来たれ新人よ!新しいステージへの第一歩はフライでYOU CAN FLY』とかいう平仮名とカタカナと漢字と英語が入り混じったカオス溢れる弁当なんかもあった。

弁当の中身は様々な種類のフライが入っている。

きっと作成者は揚げ物のフライとFLY(飛ぶ)をかけたのだろうけど意味が分からない。

第一歩って言ってるのに飛んでどうする。

ここの作成者は頭があれなのかもしれない。

春だしなぁと弁当片手に思っていると、また視線を感じる。

それも先ほどの視線とは比べ物にならない怒気を込められている。

なんだ…なんなんだ…まさかバトル物の世界だったのか!?

仮面をつけた化け物でも出たのか!?

それを死神が退治するのか!?

 

すると扉が開く。

それは従業員が出入りするときのドアで、一人の男が出てくる。

目の前まで来たその男は手に収まる機械でお弁当のバーコードをスキャンしては、その後に出てくるシールを弁当に貼っていく。

そう、『半額』シールだ。

先ほどの視線に疑問を持ちながらも、半額シールが貼られ終わった弁当を手に取ろうとする。

目の前にいた従業員はいつのまにか出てきたドアをくぐり、そのドアが閉まったのを見た。

そう、見たのだ。

閉められた直後、僕に迫る10を超える拳や蹴りを。

 

「ふぇ?」

 

とっさのことで意味が分からなくなったとき、僕の口から出たのは幼女のみが使うことを許された呪文だった。

大小さまざまな拳と蹴りをその身に受けた僕は当然吹っ飛び、鮮魚コーナーの冷ケースにぶつかることで勢いを殺す。

そして僕が見たものは、半額弁当を死に物狂いで奪い合う15人の人間の姿だった。

薄れゆく意識の中、僕は理解した。

 

ここはベン・トーの世界だ、と。

 

 

 



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物語開始

次から原作開始、やっと話が進む・・・


重すぎる瞼を何とかして上げると、そこには閉店間際のスーパーの光景があった。

地べたに這いつくばっている自分の姿が、磨かれてピカピカの冷ケースの装飾部分に映し出されて、ようやく現状を理解することができた。

そうだ、僕は半額弁当を手に入れようとして、何故か他のお客にしこたま殴られて気絶してたんだ。

うん、字だけ見たら意味わからんな。

でも、僕はこの状況を理解することができる。

なぜなら転生者だからだ。

前世で読んだことのあるライトノベル、『ベン・トー』という作品でまったく同じ状況があったからだ。

読んだことのない人のために簡単に説明しよう。

作品の内容として、主人公が節約のため半額弁当を手に入れようとすると、しこたま殴られて気絶する。

そこで半額弁当争奪戦という狩場があることを知る。

そして、その狩場を駆け抜ける誇り高き狼たちの存在も。

うん、まぁなんか簡単に言うと世界観は半額弁当を手に入れるために、他人をボッコボコにして勝ち取るということだ。

 

何故、半額弁当という普通の人からしたら残り物を本気で取り合うのか。

それは参加したものしかわからないいわゆる『達成感』による最高のスパイスにより半額弁当が最高級のディナーになるからだ。

並みいる狼達と拳を交え、時に共闘し、目当ての獲物を力で手に入れる。

そういて手に入れた弁当の味は何物にも代えることができない宝物となるのだ。

 

そこに雄も雌も関係ない。

強いものが糧を得ることができる、まさにこの世の縮図だ。

そして無法地帯に思えるこの戦場でも、順守されるべきルールはある。

その中の大きなものとして、『豚』は徹底的につぶされるということだ。

ルールを守り、正々堂々と戦うものは勝っても負けても『狼』と呼ばれ、誇り高い戦士であるとされる。

逆にルールを守らず、和を乱すような行為をするものは『豚』と呼ばれる。

例えば、お弁当に半額シールを張られる前から弁当を確保し、時間になったら店員に持っていき半額シールを張ってもらう。

こんなのは最悪だ。

悪質なクレーマーよりも狼たちからしたら質が悪い。

半額弁当争奪戦は半額シールを貼る半額神と呼ばれる存在(店長)がシールを貼り、バックルームへと戻るまで始めてはならないというルールがある。

それを厚顔無恥にも扉が閉まる前に手にしたり、シールが貼られるまでずっとお弁当コーナーでぺちゃくちゃと話してたりすると『豚』だ、駆逐されるべき豚と呼ばれるのだ。

 

 

 

つまるところ、先ほど僕がぶっ飛ばされたのはそういった理由があるわけだ。

なるほど、わからん。

何故、よりにもよってベン・トーの世界?

どうせならハーレムものの漫画に転生したかった。

正直、かなり昔に読んだ本だからほとんど覚えてない。

斬新な設定だったからそれだけは覚えてる。

 

しかし、こんな目にあってまでも半額弁当に拘るのはあほらしいな。

次からは栄養が偏るけど、100円マックとかで済ますか…いや待て。

僕は転生する前、なんて思っていた?

美味しいものが食べたい、だ。

もうカップラーメンは飽きたのだ、いや美味しいけど。

それでも僕は、新しい発見をしたい。

新しい感動に出会いたい。

そう思うと自然と握り拳を作り、歯を食いしばっていた。

おぉ…なんだこれは。

久しく忘れていた激情が腹の中をかき回す。

たった1年間の社畜人生だったが、それでも地獄だった。

日に日に何かを失っていくような思いの中、それでも何もできずに腐っていくだけだった。

大きな声で叫ぶことも、全力で走ることも、何かを食べておいしいと感動することもなかったあの日々。

 

正直、自分でも驚いている。

まさか、自分にまだこんな感情が残っていたなんて。

 

知らずのうちに笑顔になっていた僕は、半額弁当争奪戦に本格的に参加することを決めた。

幸いにして、5歳の時から体を鍛えていた。

そして、不思議なことにこの世界には僕がいた世界の漫画の多くが存在していない。

まだ作者が現れていないだけかもしれないが、それでも好都合だ。

憧れだった漫画のキャラクターの技を僕は死ぬ気で練習してきた。

もちろん、再現可能なレベルのものに限る。

ビーム?何それおいしいの?

とにかく、誰も知らない技を僕は扱うことができる、これは争奪戦に於いてかなり優位になるポイントのはずだ。

 

転生して、初めてこんなに気分が高ぶってきた。

やってやる、誰にも負けてやらない。

 

 

 

最後になるがこの世界における僕の名前は『新道心羽(シンバ)』。

見事にキラキラネームだった。

ライオンキングか。

 

 



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サバの味噌煮290円
1食目


やっとこさ大体の説明が終わった…。
次から戦闘パート!
どうか暇つぶし程度で読んでくださるとうれしいです!

指摘や感想なんかいただけると嬉しく思います。
読んでくださった方、ありがとうございます。
これからもどうかよろしくお願いします。


時刻は午後8時40分。

4月とはいえまだまだ寒さの残る季節であり、スーパーの外は別世界のように真っ暗だ。

唯一、看板だけが辺りを照らしてくれていて、さながら森に迷いこんだ旅人が集うたき火のようだ。

いや、これから弁当を得るために駆ける狼になるというのに旅人と言うのはなんだかおかしな話だ。

 

昨日ぶっ飛ばされて気絶して惨めにも敗北の味を噛みしめて、だけど胸に渦巻く熱い何かを思い出して今日、僕はまたスーパーへとやってきた。

結局昨日は金がなく、カップヌードルのシーフード味を食べた。

慣れ親しんだ味で胸が温かくなったのは良いけど…やはり米が食べたい。

肉が食べたい。

はっきり言って今日の僕は何か鬼気迫るものがある…はずだ。

きっと周りからは界王拳3倍くらいにははじけて見えるはず。

口でシュインシュインと効果音を立ててみる。

自分の中でやる気が上がった。

周りにいた茶髪の高校生が気味の悪いものを見るような眼をしていたが関係ない。

 

とりあえずは弁当コーナーへ足を向ける。

確か、半額になる前に商品を一瞥し、自分が食べたい獲物を見定め、そして弁当コーナーから離れる。

この一連の流れを行うことは『豚』ではなかったはずだ。

僕がお弁当と言う宝の山へ足を向けると昨日と同じくたくさんの視線を感じた。

同時に蔑むような視線も。

なるほどなるほど…。

確かに昨日、何も知らなかったとはいえ僕が行った行為は間違いなく『豚』だった。

その蔑視も甘んじて受けよう。

だが、今日は違う。

姿勢を正し、ワゴン内を見る。

その時僕は自分の目を疑った。

おぉ…色鮮やかな金銀財宝が…!

 

慌てて目をこする。

そこには昨日に比べて数は少ないものの、それでも品質はなんら変わらず、陳列も完璧であったワゴン内の景色があった。

今のはいったい何だったのだろう…。

落ち着いて一品、一品を見る。

焼肉弁当に天ぷら弁当、数あれど僕が今日食ってやると決めた弁当は

 

『括目せよ!春の祝い膳!鯛のありがタイ行楽弁当!』

 

だ。

相も変わらずテンションが最高にハイっていうネーミングセンスだ。

しかしそのテンションの高さも頷ける。

まず容器からして手の入りようが違う。

真四角のトレーなのだが木目、いわゆる高そうな木の弁当に入っている。

それだけでも目が行ってしまうのに、なんと鯛がまるごと1匹入っているのだ。

尾頭付き、思わず足を止めてしまいそうになるのをなんとかこらえて歩く。

鯛が丸ごと一匹…それに加えて卵焼きにかまぼこ、つくだ煮と言った和風味溢れる作品となったそれを見た瞬間、僕は冗談ではなくそれが金銀財宝に見えた。

そう、はじめにワゴン内を見たときに見た金銀財宝はこの弁当からあふれ出たイメージだったのだ。

他の弁当とは一線を画すこれはいったい…。

 

そして僕は邪魔にならないように調味料コーナーへと向かう。

ハバネロをデフォルメキャラに容器にプリントされている一味唐辛子を手に取りながら、頭にあるのはあの弁当のことだった。

 

いつのまにか隣には茶髪の女子高生がいた。

服の上からでもわかるそのたわわに実った二つの果実を携えた爆裂ボディの茶髪は、粒マスタードの瓶を手にしながら、こちらに視線はむけずに話しかけてきた。

 

「昨日あれだけ惨めな姿をさらしたのに今日も来たのね」

 

昨日…そうか、この人も昨日ここにいたのか。

 

「私も一撃いれたのだけど…根性あるわね」

 

ていうか僕を攻撃した一人だった。

 

「昨日は恥知らずの豚だったけど、今日はずいぶんと殊勝ね。狼の真似事までして」

 

「…生憎、昨日までこんな世界があるなんて知らなかった。豚だと言われても仕方ない」

 

そう、昨日までの僕は何も知らず、その結果が豚と呼ばれても仕方ないものだということは自分でも理解している。

そう、昨日までは。

 

「だけど、今日からは違う」

 

「あら、形だけ真似ても狼とは言えないわよ?」

 

「狼だとかそんなことは正直、どうでもいい。僕は美味しいものが食べたいだけなんだ。

ルールを守ることで、美味しさがあがるならそうするだけ」

 

「…ふふ、おもしろいわね」

 

今までの蔑むような視線を彼女から向けられなくなり、代わりに好奇の眼で見られる。

 

「確かにそうね、美味しいものが食べたい、それが全てよね」

 

何がおかしいのか、茶髪はそう言って笑う。

 

「ここの事は誰かから聞いたの?」

 

「いや…」

 

「そう、なら少しだけ手ほどきして上げる…とはいってもほとんど理解はできているようね?」

 

「…半額シールが貼られ、従業員がバックルームへ戻り、その扉が閉まるまでは取りに行ってはならない」

 

「そう、そんなことをすれば恥知らずな豚として処理される」

 

「昨日の僕みたいに?」

 

「そうね」

 

あっけらかんに言う。

 

「いろいろあるけれど、それだけ覚えていれば豚として扱われることはないわ」

 

他にも茶髪は色々なことをかいつまんで教えてくれた。

まとめるとこんな感じ。

・神(店員)が売り場から消える前に駆けることなかれ

・その夜に己が食す以上に狩るなかれ

・狩猟者でなきものに攻撃するなかれ

・獲物を獲った者襲うなかれ

・店に迷惑かけることなかれ

Etc.

 

思った以上に細かいルールがあった。

覚えられるかな。

まぁなんとかなるだろ。

前世ではそれなりに器用な部類だったし。

そして最後に茶髪は言った。

 

・礼儀を持ちて誇りを懸けよ

 

か、かっけぇ。

その爆裂ボディも相まって、きっとこの茶髪は原作でも名のあるキャラだったに違いない。

 

「あとは店によって半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)が違うというとこかしら」

 

半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)?」

 

「半額シールが貼られる時間帯ってこと。当然、地域や曜日、その日の売れ数によって前後はするけど大体はルーティーンがあるわ」

 

「なるほど…この店だったら8時50分くらい?」

 

「まぁそんなところね。ちなみにほかの店に行ったことは?」

 

「ない」

 

「…ていうことは昨日の今日で、この店しか知らないのにもうここまで理解してるってこと?」

 

…おっと、なかなか鋭い。

転生者であること、他の人に話したらどうなるのだろうか。

きっと精神病院をお勧めされるか、白い目で「ソウナンダ」と言われ、以降話すことは2度とないだろう。

なのでここはあえてしらを通す。

 

「なんとなく、わかるよ」

 

「…そう」

 

まぁ、こういった場では過度な詮索はしないだろう。

現にお互い自己紹介もしていないのだから。

スーパーだけのお付き合い。

それが狼だ。

 

 

その時、精肉コーナーから従業員が出てくる。

やたらと顔がテカテカしており、昨日近くにいたときはどことなく揚げ物の脂の匂いがした従業員だ。

 

「あの人はこの店の半額神、通称・あぶら神よ」

 

「半額神っていうと…」

 

「その名のとおり、半額を司る神にしてこの狩場の絶対的存在よ」

 

つまるところ店長かなんかか。

 

「あぶら神って…」

 

「あぶら神はデリカ…お総菜コーナー出身でこの店の最高責任者になってもまだ現役でお弁当作りに勤しむ半額神の中でも珍しい存在なの。

それゆえ揚げ物の匂いを漂わすことからそう呼ばれているわ」

 

「なんか…すごいね」

 

うん、なんかもうほんと何から何まですごいわ。

あぶら神とか小学生の時分なら軽いイジメみたいなあだ名だぞ。

絶対、油の匂いだけじゃない。

顔のテカり具合から来てるよそのあだ名。

ブタゴリラみたいな安直なそのネーミングセンスに軽い絶望を感じながらも、半額神が出てきたということはいよいよ始まるのか。

自然と力が入る。

その時、隣の茶髪が息をのむのが分かった。

 

「あ、あれは…!」

 

「なになに?」

 

あぶら神が弁当にシールを貼っていく中、僕が目をつけていたあの鯛のお弁当になにやらもう一枚のシールを貼るのが見えた。

 

「げ…月桂冠…!」

 

「げっけいかん?」

 

茶髪の気配が、いや店内のいたるところから尋常ではないオーラを感じる。

 

「月桂冠…半額神が認めた、その日の最高傑作の作品である証に貼られる特別なシール、それが月桂冠。

当然、そんな良い品はこの時間になるまでに定額で買われていることがほとんどなんだけど…あなた、ついてるわね」

 

不敵な笑みを漏らす茶髪。

 

「月桂冠を手にした者はその日、その狩場での絶対的勝者であることを意味するの」

 

「半額弁当なのに、最高傑作って…」

 

「あえて時間を置いたほうが、美味しくなることもあるのよ…さ、話は終わり。

ここからは敵同士よ、恨みっこなし。」

 

 

 

そしてあぶら神がバックルームへと入っていく。

扉が閉まるまでもう3秒もない。

はっきり言って興奮して落ち着かない。

心臓の音がバクバクと言っている。

けど、扉が閉まっていくにつれ、うるさいくらいの鼓動は聞こえなくなっていく。

もう閉まる、その思ったとき世界から音が消えた。

 

 

人生2度目の弁当争奪戦が始まった。

 

 

 

僕は抑えきれず呟く。

 

「燃えるぜ」

 

 

 

 

 




台詞「燃えるぜ」
漫画・喧嘩商売の工藤優作の台詞


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2食目

勢いで書きました。

感想等いただけたら、嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。
あと、おすすめの漫画の技とかありましたら教えてくださるとうれしいです。


一瞬の静寂のあと、それは起こった。

あぶら神が扉の向こうへ消えるや否や、どこにそんだけ居たんだっていうくらいの狼の群れが突如として沸いた。

ある者は坊主頭の男に飛び蹴りをくらわしていたり、またある者は茶髪へ殴りかかってはカウンターで掌底を受け飛んで行ったりしていた。

はたから見れば本当にカオスだな。

だが、これでこそだ。

この乱戦で戦い抜き、勝ち取り、食らう。

そうすることで僕はきっとこれまでにない感動を味わうはずだ。

思い出せ、あの大きな鯛を。

思い出せ、あの色鮮やかな漬物を。

腹が鳴る。

あぁ…本当に愚かだ僕は。

半額弁当にこんなにも胸を熱くさせているなんて。

早く食べたい…たべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたい

 

「おおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」

 

自然と湧き上がる声。

久しく忘れていた喉を震わす感触。

踏みしめる床。

体を丸め、そのまま地面に倒れるように傾ける。

そして、地面ぎりぎりというところで足を爆発させた。

これまでにないほどの加速。

体が置いて行かれそうになる。

だめだ。

それでも止まらない。

食べたい。

僕の行く手を阻む一頭の狼。

そいつは僕に蹴りを放つ。

間近で見るとなんて気迫だ。

これが狼の持つ、食欲の形。

僕を鎮めようとするその蹴りを、僕は更に踏み込むことで相手の蹴りを置き去りにし、そのまま抜き去る。

と、同時に左手をかぎ爪のようにし、狼の首に巻きつかせ勢いそのままにたたきつける。

ラリアット。

プロレスを知らない人でもきっと見たことがあるだろう。

ぷげぇ、という聞きなれない悲鳴を最後にその狼は沈んだ。

だが、僕は止まらない。

僕の存在に気付いた他の狼がタックルで止めに来た。

構うものか。

そんなものでは僕は止まらない。

止まれない。

腰めがけてくるそのタックルを、僕はカウンター気味に膝蹴りを相手の顔に叩き込む。

面白いくらいに決まった。

まるで吸い込まれるような流れだった。

なんだろう…こんなにも胸が熱く、興奮しているのに、どうして僕はこんなにも落ち着いているんだろう。

周りの光景がやけに遅く見える。

後ろの光景までもが手に取るようにわかる…ような気がする。

 

見かけぬ存在である僕が猛スピードで弁当へと迫る光景を目にした二頭の狼が迫る。

するとその二頭の狼のさらに後ろから茶髪が見えた。

視線が交わる。

頷きあった、気がした。

茶髪が後ろからベジータよろしく、両手を組みハンマーのようにした手で後頭部を強打する、のと同時に僕はもう一頭の狼の股の下を滑り込み、背中合わせになる。

瞬間、飛び上がりまわし蹴りを繰り出す。

一瞬で消えたように見えたであろう僕の姿を探す名も知れぬ狼にモロにそれは入った。

 

共闘、茶髪と僕はお互いに笑い、次の瞬間、拳と拳がぶつかる。

 

「やるじゃない」

 

「…あざす」

 

周りの狼はどんどん減っていく。

しかしまだ奪取の声を聴いていない。

現状、僕は弁当コーナーに背を向ける形となっている。

そして茶髪と対峙中だ。

これで弁当コーナーへ向かうのは至難の業だ。

茶髪に背後を取られる。

先ほどまでの動きを見るに茶髪はかなりの力量だ。

 

一息吸って、茶髪が動く。

拳の連打。

冷静に対処しなければ。

拳を見極めようと目を見開く。

線のようだった軌道が、はっきりと見える。

なぜ、こんなにもはっきり見えるのか。

思い当たるふしは一つある。

が、それを説明している暇は…ない!

見えてはいても、それに体がついてこない。

今の状態では、これが僕の限界のようだ。

十は繰り出された拳を、僕は6発しか防げなかった。

しかし鳩尾や顔への攻撃は何とか防げた。

 

鳩尾をやられれば、胃にもダメージがあり、食欲そのものが消えてしまうかもしれない。

口をやられれば、血の味がして同じく食欲が消えてなくなるだろう。

血の味で興奮する変態ではないから。

 

「的確に糸口へのダメージを防ぎきるなんて…あなた本当にデビュー戦?」

 

「…」

 

「【腹の虫の加護】、知ってるのね?」

 

狼は【腹の虫の加護】と呼ばれる、まぁ要は食欲を燃料に超人じみた戦闘を行える。

これが先ほど挙げたように胃や口にダメージが行くと、加護が減り、当然戦闘能力も下がる。

確か原作でも、胃を直接攻撃するような描写があったはずだ。

 

「本当に…おもしろい!」

 

茶髪が走る。

いまだ、体がついてこないが動きは読める。

 

だからわかる。

不味い!

慌てて距離を取ろうとするが、茶髪は僕が先ほどしたように無理やりステップを踏み、加速を行った。

来る!

苦し紛れに片手を伸ばす。

それをクルリと周り、僕の懐へ入る茶髪。

次の瞬間、衝撃が体を…いや、胃をピンポイントで貫いた。

 

肘鉄。

中国拳法でいう頂肘。

 

やられた!

一切よどみのない動き。

吸い込まれるように入るダメージは、僕の左手の上から胃へとダメージを与える。

ギリギリのところで、左手を胸の前でクロスさせ、衝撃を和らげることに成功した。

したが、それでもこの狩場に於いてその一瞬のゆるみは致命的だ。

 

茶髪は舌打ちをして、しかしチャンスとばかりに僕を抜き去り弁当へと向かう。

 

 

ここで僕の話を一つ。

僕は5歳から特訓をしてきた。

以前にも話したことのある、漫画に出てくる技の特訓である。

現在、15歳。

おおよそ10年をその特訓に捧げた。

その結果、確かになかなかの数の技を模倣することができた。

しかし、漫画の技は漫画の技でしかない。

どうしてもそんなイメージが先行してしまい、通常時に扱うことはできなかった。

考えてもみてほしい。

普通に生きていて、昇竜拳や通背拳を使う機会なんてまぁない。

日常生活では必要ないものなのだから。

だから、僕がこれら漫画の技を扱うにはある条件がいる。

それは枷を外すことである(厨二)

いや、枷と言っても詠唱したり包帯を外したりではない。

そんなんしてたら恥ずかしくて悶え死ぬわ。

 

僕の枷の外し方。

いたって簡単である。

その技の名前を口にすることである。

そうすることで僕は現実から漫画の世界を再現することができるのだ。

 

さきほどから周りがスローモーションに見えているのも小さいころから眼筋を自分なりに鍛えているからである。

さぁ行くぞ、僕の(元居た世界の漫画の)力を思い知れ!

 

 

「ゴキブリダッシュ」

 

 

 

 




・ゴキブリダッシュ
漫画・【範馬刃牙】で出てくる技。
主人公、刃牙の編み出した技。
初速から270㎞で走れる…らしい


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3食目

やっつけで書きました。
次回は食レポ…はなしで原作に絡めていきたい。

読んでくださってありがとうございます!
次回もどうかよろしくお願いします!


今宵の弁当争奪戦。

まさかこんなことになるなんて思わなかったと、茶髪と呼ばれる狼は一人胸の中でつぶやく。

始まりは昨夜、この時期には珍しくはない光景である狼の狩場に何も知らない者が迷い込んだところから始まる。

高校や大学の入学式があり、それまでの生活が変わる人間が多いこの時期は、スーパーに晩飯を求める者が出てくる。

その地域を駆け回る狼達からしたら迷惑な話にはなる。

何も知らないからこそ行われる行為、それは狼たちの間では豚と比喩される行い。

そんな豚をこの時期、何度も駆逐するのは一種の風物詩となっているのは彼らが協力して洗礼を加える姿からも察せられる。

 

だから茶髪は思った。

今日もまた、豚が紛れ込んできた、と。

案の定、それは現れた。

見た目は普通の男子学生。

黒の髪、大きな目、175㎝以上ある身長。

なんだかどこにでもいそうで、なんの特徴もないと、第一印象を持った。

クルクルな髪の毛以外は。

いわゆる天然パーマというのだろうか。

ハネたり、巻いてあったり、なんだか見ているだけで面白いそんな髪をしているその男子学生は弁当コーナーへ足を運んだ。

そして恥もなく、買いもしない弁当を触っては戻すことを繰り返す。

狼達のボルテージが上がっていくのを感じた茶髪は、哀れみの眼をもって迎えた。

きっと、彼は駆逐される。

そして二度と姿を見せないだろう。

今までの豚と同じように。

 

しかし、予想に反してその豚は次の日も来た。

それだけなら100歩譲ってまだわかる。

ドMなのかとも思ったがそんなことはどうでもいい。

驚いたのはその豚が、なんと狼の姿を模したかのようにふるまっているのだ。

 

なんだかその姿に親しみを覚えた。

たとえるなら…出来の悪い愛犬が、いつまでたっても芸を覚えないくせに、ある日突然TVを見ている時に何の前触れもなくその芸を披露したような。

そして茶髪は声をかけた。

その豚…いや男子高校生に。

そして気まぐれに、この場のルールを教えてやった。

普段の彼女ならこんなことはしない。

ここは戦場、出会いの場ではないのだから。

しかし、最近になって名うての狼である【氷結の魔女】が二頭の犬を囲ったと聞いた。

それに加えてこの時期は【アラシ】も多発する。

だから、だろうか。

茶髪も、一頭の犬を導く感覚で声をかけた。

最初は。

 

話していく中で、その男子高校生…茶髪はこの男を【天パ】と呼ぶことにした…は普通とは違うと感じた。

具体的に何が、どこがとは言えないがなんとなくそう思った。

 

そして現れた月桂冠、訪れた開戦の時。

狼達は駆ける。

獲物を求めて。

茶髪も牙をむく。

爪を立てる。

そして手を伸ばす。

 

その瞬間、あの【天パ】が素人らしからぬ姿で場を蹂躙していく。

ここで茶髪は改めて【天パ】への評価を改める。

走る姿は狼のそれ、敵を薙ぐ姿は鬼のようだ。

【天パ】と共闘した時など胸が躍った。

対峙した時など食われるかと体中の穴が開いたほどだ。

そして見つけた一瞬の勝機、その一点をこじ開け弁当へと駆ける。

 

獲った、そう思った。

 

 

 

【黒い悪魔】が目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

その場にふさわしい言葉とそうでない言葉っていうものが世の中にはある。

 

例えば、超高層ビルの屋上付近のレストラン、ガラスの外は星いっぱいの夜景。

「この夜景も君の瞳の美しさの前では霞んでしまう」や「月がきれいですね」なんて言うものはふさわしい言葉だ。

人生の勝ち組と言っても差し支えないだろう。

しかし逆に同じようなシチュエーションでも「…割り勘で良い?」や「今日から一週間は水と塩で過ごさなきゃ」なんかは最悪だ、人生の負け組だろう。

その場にふさわしい言葉、シチュエーションと言うのは本当に大事なことだ。

調和していなければどんな要素も場を乱すための格好の材料なりえない。

 

 

今この場でそうだ。

僕の繰り出した技。

その名も❝ゴキブリダッシュ❞

皆さんはゴキブリと聞いてどんな感情を持ちますか?

普通の人なら、まああまり良い感情は持たないと思います。

かくいう僕もそうです。

見ただけで叫びます、発狂します。

きっと食欲も減退してしまいます。

だから僕はこの技をあまり使いたくはなかった。

しかし恐るべきは茶髪。

僕を吹き飛ばし、その一瞬を狙って弁当奪取を狙う。

これはいまさら普通に走って追いつけるものではない。

月桂冠が…お宝がとられてしまう。

許せない、そんなこと。

それは僕のだ、僕が食べると誓ったのだ。

なりふり構っていられない。

使いたくなかろうが仕方がない。

 

僕はすぐ、技を使うために目を閉じる。

何故か、それはイメージをするためだ。

ゴキブリの素早さの秘訣。

それはゴキブリの筋肉は液状であるからだ。

…実際は知らない。

でも『範馬刃牙』でそういってたもん。

実際捕まえて確かめてみようなんて絶対に無理なのだから、それを信じるしかない。

ともかくゴキブリの筋肉が液状だというならそれに倣って、僕の筋肉もまた液状であるとイメージする。

いや、筋肉だけではない。

骨も、内臓も、皮も何もかも。

一切合切を液状であるとイメージする。

…イメージするのは常に最強の自分、痺れるね。

 

…だめだ…まだ硬い…硬すぎる…石みたいだ…早くしなければ取り返しがつかないことになる…月桂冠を奪われてしまう…奪われても全力を出したのだからいいじゃないか、なんて自分で許せない…そんな言葉を吐いて負けを受け入れるなんて絶対に嫌だ…まだ駄目だ…筋肉に力が入っている…まるで溶けていない…イメージは服だけを残してそのほかの部分が水になってしまうこと…液化…すべてを液化する…出来ないはずがない…不可能なことでもない…なぜなら前世から妄想もとい創造することだけが社畜に許された特技なのだから…!

 

 

ゴキブリは速度を旨とする生物の中で、その中で唯一初速からMAX、人間大なら270㎞を一歩目から出すことができる稀有な存在!

加速の必要がない…ッ!いきなりの最高速度ッ!

 

イメージが進む。

ゆるっ、と体の細胞が悲鳴を上げる。

まるで、手を取り合って繋がっていたものを切り離すように。

 

笑みが浮かぶ。

来た。

 

「ゴキブリダッシュ」

 

125万種以上の生命の炎が燃え盛るこの地球を生き抜いてきた【害虫の王】の力、括目せよッッッ!!!

 

瞬間、服だけを残し体全てが水となり流れ落ちる。

残された服だけがかろうじてそこに人間がいたということを証明するかのように立ち続けた。

否、それはイメージ。

しかし、イメージは完ぺきだった。

音もなく全てを追い抜き、ある者は悲鳴を上げ飛びのき、またある者は勇敢にも攻撃をしてくるがそれらすべてを速度に任せた突進ではじき返す。

いや…果たしてその攻撃は僕に当たったのか。

かすりすらしなかったのではないか。

どうでもいいか。

今は、どうでもいい。

この手にある確かな重量。

僕が生まれて初めて勝ち取った獲物。

見せつけるように、確かめるようにそれを掲げる。

 

あの顔色ばかり窺い、自分の声を出さなかった社畜時代からの決別。

僕は声を出して叫ぶ。

 

月桂冠『括目せよ!春の祝い膳!鯛のありがタイ行楽弁当!』

 

GETだぜ!

 

 

 




感想や私的などいただけたら幸いであります!
技の募集やオリキャラ、二つ名なども募集しております!
よろしくお願いします!


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4食目

今回もどうかよろしくお願いします!


あの味が忘れられない。

初めて半額弁当を手に入れたあの日、僕は我慢が出来ずに公園でその獲物にかぶりついた。

ホロホロと崩れていく鯛の身、しかし口に入れればしっとりとした柔らかな感触が確かに舌先を刺激した。

鼻から抜けていく和の匂い。

ご飯もたっぷりあり、無我夢中で食べて気づいたら空を見上げながら涙を流していた。

はっきり言おう。

うますぎる。

それしか表現ができない。

グルメリポーターではないのだから仕方ない。

本当にうまいものを食べたとき、やはり人間の口から出るのは「うまい」だ。

そこに建前はいらない。

言葉を飾ることに意味はない、と偉い人も言っていた。

久々に満ち足りるという感動を味わった。

初戦は小説の中の世界だと、どこか甘く見ていた。

誰かと競い合って、何かを勝ち取る。

それがこんなにも満たしてくれるなんて。

争奪戦に参加して本当に良かった。

 

 

 

烏田高校、教室にて僕は自分の目を疑った。

目を疑うなんて経験をする人は少なくないと思う。

しかしクラスメートが、落とした弁当を3秒ルールだと叫びすぐさま口に放り込む姿を見たときは嘘やんと思った。

そしてその口の端から覗く長い髪の毛がその異常さを一層掻き立てている。

 

「…お腹壊すで」

 

いかんいかん、あまりの光景につい話しかけてしまった。

それも前世の住んでた場所の方言で。

 

「えっと…誰?」

 

こっちのセリフだとは言えなかった。

 

「あー…新道心羽」

 

「なんか荒野の王様みたいな名前だな」

 

「よく言われるよ。それで誰のものとも知れない髪の毛を食べているあなたは誰?」

 

「佐藤洋」

 

ペっと髪の毛を吐き出す佐藤君。

佐藤と言えば日本全国どこにでもいるありふれた名前だ。

亜種として斉藤と田中がいる。

まぁそんなことはどうでもいいや。

 

「落ちたの食べると行儀悪いで」

 

「大丈夫、胃はそれなりに頑丈なほうだから。昔訓練だって言って親父の駐屯所に付き合わされて一週間山の中でサバイバルしたのが効いてるのかな」

 

いや、知らんがな。

駐屯所っていうと、佐藤君のお父さんは自衛隊かな?

 

「自慢のお父さんだね。国を守る仕事につ…」

 

ついているお父さんなんてか格好いい、と言い終わる前に佐藤君に肩を掴まれ、これ以上ないくらいの距離で

 

「そんなわけない」

 

と言われた。

目と目が触れ合うくらいの距離、はっきり言ってめっちゃ怖い。

目が血走っているところとか、瞬きを一切しないところとか。

 

そしてそのまま佐藤君はブツブツと自分の世界に入っていった。

時折、残尿によりブリーフを砂漠迷彩柄へ再変色させた親父とか意味が分からないことを口にしていた。

 

そしてここでもう一つ。

僕と佐藤君が話していると、視線を感じた。

クラスの外から、女の子がこちらを見ている。

知り合いかなと思ったけど、そういえば僕はまだこのクラスで友達と言える存在っていないなと思った。

泣けてくる。

弁当争奪戦の事ばかり考えていたからなぁ…。

頑張って友達を作ろう。

じゃなくって、じゃああの女の子は何でこっちを見ているんだろう。

あ、もしかして佐藤君の知り合いかな。

佐藤君とお昼を食べたいのかもしれない。

かわいい子だし、おとなしそうな子なので知らない存在である僕を見て警戒しているのかもしれない。

お邪魔だったな。

そう言って席を立つ。

 

その瞬間、女の子のほうから舌打ちが聞こえた。

そして

 

「サイトウ刑事の前に現れた謎の男…果たしてこの男は味方なのか…へっ、攻めですね」

 

意味が分からなかったけど、何故か体の震えが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

その夜、僕は昨日と同じくあぶら神の店に来ていた。

僕が店に入ったときいくつもの視線を感じた。

なんかもう慣れた。

けどいつもと少し違うような気がする。

たしか『ベン・トー』の世界では強い狼や目立つ狼、そして何か特徴的な狼には【二つ名】と呼ばれる呼称が与えられる。

それは見た目であったりその生き方であったり、まぁつまりはニックネームみたいなものだ。

しかしこれはただの呼称ではない。

【二つ名】は何故か知らないけど他県にまで轟くものらしい。

そしてそれは狼の誇りともいえる。

僕も【二つ名】ほしいなぁ。

厨二みたいなのは嫌だけど。

 

ざっと弁当を見る。

今回は金銀財宝のイメージはない。

この間のことを信じるなら、今日は月桂冠はなしかな。

それでも目を引く商品はあった。

『夏へ備えろ!肉を育てろ!スタミナドドドンドンドンブリ!!!』

 

相も変わらず素敵なネーミングセンスだ(棒)

頭がハッピーセットだぜ。

 

でも悔しいかな、惹かれてしまう自分がいる。

 

するととなりに茶髪が来た。

 

「ちゃお」

 

「ちゃおっす」

 

「今夜も来たわね」

 

「基本毎日来るよ。お金もそんなにないし、美味しいし」

 

「ふふ、素直ね。ところで昨日の弁当の味はどうだった?」

 

「最高でした。今日は月桂冠はないだろうけどそれでも楽しみで仕方ない」

 

「どうして月桂冠がないってわかるの?」

 

「天まで光り輝くお宝のイメージがなかったから。」

 

「ぷ、あはは。面白いわね【天パ】」

 

「て、【天パ】?」

 

なんだ、急に悪口を言われた。

 

「あ、気を悪くした?あなたが茶髪って呼ぶから私も【天パ】って呼ぼうかなって」

 

前かがみに、髪を耳に掛けながらそう言う茶髪の胸が揺れる。

僕の心も弾む

 

「ぜひそう呼んでください」

 

「ありがとう。それにしても昨日は驚いたわ。まさかあんな技を持っているなんて」

 

このわがままボディ、いったいどれくらいの数値を持つのだろう。

 

「なぁに?」

 

「いや…えっと、茶髪って何歳なの?」

 

「18歳。あなたの先輩にあたるわね」

 

不味い…けっこうため口でしゃべってる気がする。

 

「気にしないでいいわよ。ここでは誰もが平等なんだから」

 

「…うん、そうだね」

 

「【天パ】は今日の狙いは?」

 

なんだろう、あの名前を口にするのはちょっと抵抗があるな。

 

「…スタミナ丼」

 

「男の子ねぇ。私は豚の角煮弁当を狙うわ」

 

「ほむぅ…それもおいしそう」

 

「ここのはまた別格よ。一度獲ることができたのだけどトロットロでプリップリだった」

 

しらずのうちにゴクリと生唾を飲み込んでしまった。

いまからでもそちらに変更しようかな…。

 

その時、店内がざわついた。

いや本当に声が出たとかではない。

弁当を狙う狼たちが殺気立ったのだ。

どしたん?と茶髪に聞いた。

 

「【氷結の魔女】よ…」

 

「【氷結の魔女】…?」

 

「ここ、アブラ神の店とジジ様と呼ばれる半額神の店をなわばりにする狼よ」

 

ツンツンとシャギィの入った髪型。

鋭い眼光。

烏丸高校指定の制服に厚手の革で作られたごっついブーツ。

そして黒いタイツにスカートという好きな人からしたらたまらんであろう服装の女。

こいつがここら一帯をなわばりとする狼、【氷結の魔女】。

 

「なにその二つ名」

 

「どうやってついたかわからないけど、実力は一級品よ」

 

「茶髪よりも?」

 

「…負ける気はないわ」

 

「さすが、それでこそ」

 

 

【氷結の魔女】は弁当を一瞥しフリスクの前で立ち止まる。

目を閉じていることから精神統一しているのだろう。

 

「負けないよ、茶髪にも」

 

「えぇ、こちらこそ」

 

 

現れるアブラ神。

貼られる半額シール。

そして閉まりゆく扉。

 

 

好敵手、茶髪。

狼の数は12頭。

その中には二つ名持ちの、【氷結の魔女】。

きっと強いのだろう。

今回は弁当を手に入れることができないかもしれない。

ふざけるな。

それは僕のだ。

相手がだれであろうと関係ない。

誰が相手だろうと、僕が狩る側だ。

【氷結の魔女】、あなたを倒せばきっと今日の弁当の味は月桂冠に並ぶだろう。

倒させてもらう。

 

扉が閉まった。

24の足が一斉に大地を蹴った。

 

 




うちの主人公は、どちらかというと作中の【サラマンダー】よりな考え方です。

ちなみに今回の話の中で本来の主人公である佐藤君がブツブツいっていた内容が気になる方はすぐにベン・トー一巻を買うんだ!

感想、評価、技、二つ名、オリキャラ募集中です。
よろしくお願いします。


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5食目

勢いだけで書きました。
新しい技を出したい…。


弁当争奪戦と言う過酷な世界に身を投じてまだ日が浅い。

しかしこの世界に転生して15年以上が経過している。

そして二次創作の世界だということに気付いたのはつい最近のことだ。

だからこそ僕は甘く見ていた。

【二つ名】の強さを。

 

ここ最近になって原作のことを少しずつ思い出している僕だが今になって重要なことを思い出した。

【氷結の魔女】…主人公格やんけ。

いや、ヒロイン枠か?

これまたびっくりな話だが、あの教室で髪の毛を食ってたやつこと、佐藤洋。

かれこそこの世界の主人公だった。

【氷結の魔女】にしこたま蹴られてそんなことを思い出した。

たしか、茶髪が言ってた魔女が二匹の犬を囲ったという話。

あれこそ物語の始まりだったのだ。

魔女の一撃がきれいに顔面に入る。

ここから主人公の佐藤君は半額弁当争奪戦に身を投じ、最後には【二つ名】をもらっていた気がする。

また魔女の拳を食らう。

魔女と佐藤君は烏丸高校のなんとかっていう部に所属してるんだっけ。

なんか…半額弁当のためのよくわからない部活。

よくそんな部活の申請が通ったな。

ふざけてるとしか言いようのない活動内容なのに…はたから見たら。

首を掴まれ倒される。

なんとか慣性を利用してバク転気味に立ち上がる。

ていうか【氷結の魔女】まじでつええええええええええええええええ。

まだ一発も相手は被弾していない。

それに対してこっちはもう満身創痍。

ポケモンで言う赤ゲージ。

ピコンピコンうるさい。

目がかすんできてる。

うぅ…それでも、弁当がほしい。

 

見ればほとんどの狼が倒れている。

死屍累々。

それをなしたのが目の前の女、ここら一帯を縄張りとする狼だ。

息一つきらしていない、汗すらかいていない。

なんでや、常識的に考えてありえん。

10年間修業ばっかりしてた筋肉ムキムキマッチョマンの僕がこのざまだというのに。

すでに片手で数えられる狼の数。

そのどれもが一頭を除いていつ倒れてもおかしくない感じだ。

かくいう僕ももう地球にハグしたい。

けど、倒れることは許されない。

他ならない僕がそれを許さない。

たかが半額弁当、されど半額弁当。

普通においしい料理なんてたくさんあるけど、達成感、満足感、幸福感をこれほどまでに与えられる食べ物なんてこの場で得られる獲物だけだ。

そして僕はもう、それに魅了されてしまった。

 

考えろ、月桂冠のあの味を。

思い出せ、あの充実感を。

並みいる狼をなぎ倒し得た糧。

今回はそこに絶対強者がいる。

❝ゴキブリダッシュ❞を使えば、手に入れられるかもしれない。

かなり低い確率だがありえる。

 

「【天パ】、まだ行ける?」

 

茶髪が息も絶えたえに言う。

今更だけどスーパーで血を吐いてる人見るとなんか急に不安になってくる。

 

「うん、けどそろそろやばい」

 

「やっぱり【二つ名】持ちは強ぇな」

 

「中でも【氷結の魔女】は上から数えたほうが早い…っていうかぶっちゃけここらで最強だ」

 

顎鬚の狼と丸坊主の狼が言う。

 

「しゃーねぇ…ここは一つ共闘と行こうじゃねぇか」

 

「それしかないか」

 

顎鬚と坊主は構える。

この二人、できてぇる…じゃなくてコンビだと思ってた。

 

「…【天パ】はどうする?」

 

茶髪が言う。

どうでも良いけど、伺うような仕草をすると胸が揺れやがる…。

…じゃなくって!

顎鬚と坊主、茶髪はこの状況に共闘で向かおうと言う。

僕は…

 

「…そうだね。急戦奇襲奇策、時には凡策駄策、とにかく死力を尽くす。

勝つならそれからだ」

 

「決まりだな」

 

「4人もいりゃ、なんとかなるさ」

 

「あなたたち二人は心配だけど…【天パ】は頼りになりそうね」

 

「「どういう意味だよ!!」」

 

「そのままの意味よ」

 

「…もう始めていいか?」

 

3人の漫才のようなやり取りに【氷結の魔女】が言う。

案外、普通の人なのかもね。

まぁ、興味ないけれど。

 

「…作戦、なんかあるか?」

 

その言葉に僕は前に進む。

3人の視線が僕に集まる。

 

「決まってる。正面から行かせてもらう。それしか能がない」

 

某有沢重工の社長のセリフを拝借する。

けど、それしか能がない。

技を持っているとはいえ、それを扱う僕の頭は一般人でしかない。

漫画の世界のキャラクターたちのように、うまくはできない。

なら、できることは自分の力を信じ、キャラクター達を信じ、この腹の虫を信じるしかない。

奇襲奇策凡策駄策、それらすべてが僕にとってはこういうことなのだ。

なんでも全力でやる。

難しいことは考えない。

さぁ行くぞ。

 

「ゴキブリダッシュ」

 

体を液状化する。

昨日とは違い、すぐにイメージは完成する。

熟練度上がってるな。

 

目指すは弁当…ではなく、【氷結の魔女】めがけて僕は爆発する。

弁当に向かえば少ない確率ではあるが獲れたかもしれない。

けどそれを許せない。

今宵の弁当は、【氷結の魔女】を倒した先にある。

彼女を倒してこそ、弁当がうまいってもんだ。

 

―――誰もが目にしたことのあるゴキブリの爆発的なスピード。

その瞬発力は人間大のスケールに表すと、一歩目から270㎞~320㎞相当で走り出すことになる。

この足の速さは

 

「いっけ」

 

あらゆる生物の中で

 

「ッッッ!!」

 

最速であ(ドゴォ

 

「ふんっ」

 

な、なにが…?

痛、なんで鼻から血が?

なんで僕は後方に倒れて…?

わからないことだらけ…なんで【氷結の魔女】は膝を払っている?

 

「その動き、未完成に加えて気持ち悪いな。食を司るこの狩場で出すにはおぞましすぎる」

 

嘘だろう…あの速さに、この女は膝蹴りでカウンターを!?

見えてるのか!?

 

「確かに早い、けど直線的すぎだ私なら…いや、敵に言う言葉ではないな」

 

そして【氷結の魔女】は身をかがめ…あぁ、僕にとどめを刺すために力をためているのか。

すぐに来る、終わりが。

くそ、クソクソクソク!

負けたくない!

けど、体が…うごかねえええ!!

蹴りが…こない。

茶髪、顎鬚、坊主が【氷結の魔女】の攻撃を受け止めていた。

 

「しっかりしなさい【天パ】!」

 

「一人で勝手に飛び出しやがって!」

 

「作戦がパーだ!最初からなかったけどよ!」

 

僕が勝手なことをしたせいで彼女ら三人は予想外の防御を行い、本来なら受けなくてもよいダメージを負ってしまった。

ここは弱肉強食の世界。

僕が一人ででしゃばってやられたなら、見捨てて自分だけでも弁当を狙うべきなのに…なんで?

 

「なんで三人とも…」

 

「っへ。新米焚きつけといて、見捨てるなんてよぉ」

 

「ま、できないわな」

 

「かっこよかったわよ、【天パ】。だから私たち先輩の正面から行く姿、しっかり見てなさい」

 

「ま、待って」

 

「【天パ】っつったか。負ける気なんかねぇけどな、負けてもいい」

 

「だけど忘れんな、その悔しさを」

 

「そして何度でもアタックしなさい」

 

「「「牙を突き立てて戦っている限り、それは負けではないのだから」」」

 

茶髪、顎鬚、坊主の三人が【氷結の魔女】に向かっていく。

言いたいことはたくさんあった。

止めろ、無駄だ、わざわざやられに行くなんて、無視して弁当に。

けど言葉にしなかった。

できなかった。

それは僕が自分に課したことだった。

強敵を倒して、弁当を手に入れる。

そうしてこそ、うまくなる。

 

そしてその身を捧げ、僕に生き様を見せる三頭の狼の姿を目に焼き付けていたかったから。

 

 

案の定、やられてしまった。

きっと5秒も持たなかった。

けど、僕は一生忘れることはない。

誇り高い三頭の狼の姿を。

そして。

 

「最後は貴様か」

「この人たち、バカだよ。自分の事だけ考えてればいいのに」

 

僕は立つ。

すでに動かない三頭の狼を踏んでしまわぬように、気を付けて【氷結の魔女】の前に立つ。

 

「自分のことだけ考えて、僕がやられてる時に弁当を取りに行けばよかったんだ」

 

握り拳を作る。

 

「バカだよ…本当に大馬鹿だ」

 

「…それで?貴様はどうする?」

 

「…僕じゃ勝てない。僕じゃあなたには勝てない」

 

「だろうな。ならばどうする?しっぽを巻いて逃げるか?」

 

「勝てない…今は。」

 

「…ほう」

 

「悔しいけど、今の僕じゃあなたには勝てない、けど」

 

作った握り拳に力が入る。

爪を立てて血がにじむ。

忘れるな。

今日と言う日を。

 

「いつか、絶対に」

 

忘れるな。

この悔しさを。

 

「あなたを倒して」

 

忘れるな。

誇り高い狼の姿を。

 

「弁当を手に入れてやる」

 

忘れるな。

この涙を。

 

 

「…いいだろう」

 

ゴキゴキ、と指を鳴らす【氷結の魔女】。

そこに浮かぶ微笑の意味を僕は知らない。

あぁ…怖いなぁ。

これが負けるってことか。

悔しいなぁ。

こんな気持ち久しぶりだ。

 

「貴様が再び私の前に立つ日を楽しみにしている」

 

「…すぐだから、待ってろ」

 

精一杯の虚勢を張る。

震えた声がわらけてくる。

負け犬の遠吠えだ。

だけど、これくらいは許してほしい。

弱者の、精一杯の約束だ。

 

「改めて名乗ろう。【氷結の魔女】だ」

 

「…うぉぉおおおおおおお!!!」

 

僕は名乗らない。

名乗るのは、この女に勝ったときだ。

 

 

こうして僕は負けた。

指一本触れることすらできなかった。

あおむけに倒れながら次を考える。

とにかく修業あるのみだ。

技の完成度を。

戦い方を。

僕が習得できた技の本来の持ち主たちならきっとこんな無様な姿をさらしはしなかった。

修業あるのみだ。

いままでは技のみをイメージしてきていた。

それだけではだめだ。

戦い方を学ばなければ。

完膚なきまでに叩き潰されたというのに、次のことを考えている自分に笑ってしまう。

そうさ。

そうとも。

牙を立て続ける限り、負けではないのさ。

僕は、まだ負けていない。

勝っている途中なのだ。

 

 

 

「次は勝つ」

 

 

ここから、僕の本当の闘いが始まる。

 




ここから主人公の武者修行ならぬスーパー巡りが始まる。

ていうかあれだけ「誰が相手だろうが狩るのは自分だ」みたいなこと言っといて狩られました。

感想、指摘、技の募集しております。
どうかよろしくお願いします。


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6食目

今回は日常会と言うことで。
次からバトル&物語進めたいです。

次回もぜひよろしくお願いします!
あと、感想、指摘、技の募集、いただけましたら嬉しいです!



「佐藤さん、白粉さんとはどういう関係なんですか?」

 

お昼休み、あまり金銭的に余裕がない僕はいつも通り水道水と家庭科室から拝借した塩でしのごうと思って席を立とうとしたとき、そんな声を聴いた。

…見栄を張りました、全然余裕がないです。

昨日だって【氷結の魔女】に負けた後、生きていくために必要な労働を行うために夜間の工事現場の警備のアルバイトへ向かった。

はっきり言ってかなりしんどかったけど、働かなければ生き残れない!

まぁ光るライトセイバーみたいなのを片手に壊れた機械みたいに振るだけの簡単なお仕事なのでなんとかやっていけている。

が、それでもしんどいものはしんどい。

昨日は気持ち的に少しマイナスであったので時間が流れるのが長く感じられた。

 

まぁそんなことは置いといて。

佐藤、という苗字に反応してしまい後ろを振り返る。

見れば佐藤君がこれまた美人な女の子、えぇと、確か白梅とかいう生徒会長だったっけ。

一年生の時からすでに生徒会長だってさ。

うん、意味わからん。

なんかこの世界に来てから頭で理解できる範囲を超えている光景によく出会う。

昨、留守電に入ってた父親を名乗る人からのメッセージもそうだ。

坂本龍馬が生きていた証拠を探してくるから云々、仕送りができない云々…まぁたちの悪いいたずら電話だろう。

 

しかし、主人公とはいえ佐藤君は美人さんに縁があるなぁ。

【氷結の魔女】しかり生徒会長しかり。

あぁ、あと小柄な女の子。

僕と佐藤君が話していたとき、教室の外から見てたあの子もそうだ。

羨ましい…精神年齢が気づいたらぬ~べ~を超えてる僕だけど、今は花の高校生なので若いのだ。

肉体が精神を超越している。

 

「どうして白粉さんに半額弁当を漁らせているんですか?」

 

おぉ、もう佐藤君も半額弁当争奪戦を行っていたのか。

というか、白粉…白粉…どっかで聞いた名前だ。

何分、原作を読んだのがかなり昔だからもうほとんど話の流れを覚えていない。

 

「いや…白粉のやつが勝手についてきてるだけで…」

 

「…彼女自身が自分からあんな見窄ぼらしい行為をやっていると佐藤さんは言うわけですね?…怒っていいですか?」

 

「いや、だか」

 

バキぃ。

 

お、おぉぉ!

見えなかった!

佐藤君の顔面を白梅さんがコークスクリューで打ち抜いた。

彼女の体術には目を見張るものがあるかもしれない!

 

「つまり白粉さんは私といるよりもあなたといるほうが楽しいと、そう言ってるわけですか?

蹴っていいですか?」

 

「ちょ、ま――」

 

ドゴォ。

 

うぅむ、素晴らしい蹴りだ。

時代が時代ならあのけり一本で天下を取っていたかもしれない!

しかし、最後まで見れないのが残念だ。

僕は早く急いで水道水と塩を摂取しなければならない。

まぁ友達でも何でもないし、佐藤君、さようなら。

そう思ってクラスを出ようとする。

 

「は、話を聞いてくれ!あいつ、小説書いてるだろ!?それの取材みたいなもんで、人間観察というか、そういうののためにあの場にいるんだって!」

 

「彼女の作品にそんな下劣な表現はありません」

 

ギリギリと佐藤君の体に足を鎮めていく白梅さん。

空腹時にあんなことをされたら辛いなぁ。

 

「いや、そっちじゃなくて【筋肉刑事】のほうだよ!僕と新道がモデルになって男にいろいろ襲われるやつ!」

 

「ファ!?」

 

あまりのことに声を出してしまった。

人間、本気で驚いたとき、出る言葉は『ファ!?』という新たな発見ができたがそんなことはどうでも良い。

詳しく話を聞かなければ、と思うものの僕の野生の感が告げる。

『逃げろ』と。

急いで教室から出ようとするが何故か教室の前列と後列くらい離れていた僕と白梅さんの距離がなかったことにされている。

キングクリムゾン、ボスかっ!?

気づけば白梅さんに襟元を後ろからつかまれていた。

 

「えっと…何でしょうか?」

 

「あなたたちは二人してそんな嘘で白粉さんを侮辱するのですね?彼女の作品にそんな不快なタイトルはありません。

そうですか…怒っていいですよね?」

 

佐藤君が、手を合わせて僕を見ている。

ま、まさかこいつ!

少しでも自分への怒りの矛先を変えるために、たまたま見つけた僕を巻き込んだのか!?

 

「何を私を無視して二人見つめあっているんですか?

まさかあななたち、自分たちが同性愛であるということを隠すために白粉さんを巻き込んでいるのではないですよね?」

 

「そ、そんなわけあるか!」

 

僕は心の底から叫ぶ。

ありえるかそんなこと!

昔も今も生前も、女の子が好きだわ!

 

「では、どうしてあなたたちは仲良く手をつないでいるのですか?」

 

「…はい?」

 

何故か、佐藤君が僕の手を握っている。

そして佐藤君は僕の後ろに隠れるような位置にいる。

直感で分かった。

こいつ、僕を生贄にして逃げる気だ。

弁当争奪戦よろしく、僕がやられている隙に逃げる気だ。

 

「そうですか。

嘘までつきますか。

怒ります。」

 

さ、さ、さ、さとうううううううううううううううううう!!!!!!

 

 

 

 

しこたま殴られました。

まさか争奪戦以外でこんな目に合うなんて。

 

最後の意地で佐藤君の手だけは離さなかった。

絶対に逃がす気はなかった。

それが理由でクラスメイト全員から

『あんなにボコボコにされているのに、それでも手を放さなかった』

ということでめでたくホモカップルと噂されるようになった。

死にたい。

 

満身創痍の中、佐藤君がとどめを刺してきた。

白粉という女の子、あの時僕と佐藤君を見ていた女の子は本当に『筋肉刑事』なるホモ小説を書いているらしく、登場人物は僕と佐藤君が主役らしい。

すでに4作目まででており、少なく見積もっても4回は穢されていることになる。

女って怖い。

 

だけど、佐藤君、お前だけは許さない。

 

 

 

 

 

 



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7食目

ランキングに乗って嬉しいです!
どうかこれからもよろしくお願いします!!

感想、指摘、評価、技の募集、よかったらよろしくお願いします!


「どうしたんだ佐藤?」

 

ハーフプライサー同好会、通称HP同好会。

それは烏田高校に在籍する狼達が集うクラブ。

その名のとおり、半額弁当を手に入れるために日々研究をする同好会である。

そこに【氷結の魔女】こと、『槍水仙』が佐藤を迎え入れる。

佐藤と白粉は狼になってからまだ日が浅く、新道とキャリアは同じくらいだ。

 

「…クラスメイトにちょっと絡まれて」

 

多くは語るまい。

佐藤の顔がそう告げていた。

佐藤はあの騒動のあと、何故か新道に終始殺気を飛ばされ続けられたが、なぜそうなったのか理解はしていなかった。

それもそのはず、佐藤は新道のことをドがつくほどのマゾヒストであると常日頃感じていたからだ。

どこに育ち盛りの高校生が、毎日お昼ご飯を水と塩だけで済ませようなどと思うのか。

常識的に考えてあり得ない。

それに怪我をしており、夜は寝不足なのかクマを作っている。

髪の毛などストレスからか毛先がくるくると巻かれており圧倒的にキューティクルが足りていない。

一瞬、両親がすでに他界しており、貧乏学生なのかとも考えたがそれはないと一蹴した。

新道が以前、両親から電話だと言って、数秒無言のあとその携帯をたたきつけるかのように鞄に押し込んでいたのを見たことがあるからだ。

両親が健在ならいくらでもお金を仕送りしてもらうことができるはずだ。

ふと頭をよぎったのはうちのような家庭環境なのかもしれない…と言うことだったが佐藤家の両親みたいに、

食費を送ってくれという息子からの電話に対して

『セミって食えるんだぜ』と返してくるような人間のクズがこの世に何人もいてたまるかと思い、佐藤の中では新道は真正のドMであると結論が出た。

もう一人、内本君というドMがいる、いやいたが彼はオカルト研究部に連れていかれ現在は消息不明である。

そのドMに、白梅と言う女からの暴力を譲ってあげようとしたのになぜか恨まれる始末であると、佐藤は首をかしげていた。

 

「そうか…ん、白粉は今日は?」

 

「あ~…白粉は今日は来れないそうです。拉致されました」

 

白粉と呼ばれた少女も佐藤同様、HP同好会の新入部員であり駆け出しの狼である。

ちなみに余談だが、白粉は放課後におなりHP同好会に向かう途中、白梅に手をつながれ家へと連れ込まれた。

軽い軟禁状態にあると、白梅がトイレに行っている間にメールを佐藤へと送っていた。

苦笑する佐藤に首をかしげる槍水。

 

「まぁ休みなら仕方がない。白粉はいないが今日も勉強と行こうか」

 

そう、HP同好会の活動内容として挙げられるのはやはり半額弁当について。

ある時は弁当の内容について。

またある時は鮮度の見分け方。

槍水の機嫌がいい時などは今まで戦ってきた名うての狼の話も聞けたりする。

理由があり、現在この同好会の人数は槍水と佐藤、そして白粉の3人である。

唯一の二年生である槍水は後輩ができたことにより先輩風を吹かせながらいまだ犬である佐藤と白粉にレクチャーを続けてきた。

 

「今日は半額時間について話そうか」

 

そう言って壁に貼られた地図を指さす。

 

「この地図にはここら一帯のスーパーについて詳しく記されている。先人たちが調べ上げたものだ」

 

見れば、スーパー一軒一軒に赤色で丸印がつけられており、時間帯や【二つ名】が書きなぐられている。

 

「地図上に記されている時間帯、これがその店の半額時間だ。

ここで頭に入れておいてほしいのがあくまで通常の時間帯であるということ。

土日は前後されるし、イベントが近場で起こるとそれに伴っても前後する。

時には半額にならずすべての弁当がなくなることもある。

そういう時は空気を読むことを覚えろ」

 

そして槍水は二つの店を指さす。

 

「とりあえず私の勧める狩場はここだ」

 

「ここって確かアブラ神とジジ様の店…ですよね?」

 

「あぁそうだ。私の縄張りでもある。学校に近いこともありこの時期は新人も多い。

また寮やアパートも近いから弁当の絶対数が多い。

さらに一人暮らしの連中がやたら群れて激戦になりやすい。

その分、初心者が学ぶにはよい場所となっている」

 

「なるほど」

 

「そこで、私はしばらくこの狩場からは離れようと思う」

 

「え、何でですか?」

 

「忘れたわけではないだろうが、私たちHP同好会は争いあってはいけない決まりがあるな?

ゆえに食べたい弁当が被ってしまいかねない。」

 

「はぁ…」

 

「…まぁ、それとは別にその二つの狩場にいると出会ってしまいそうだからな」

 

「誰とですか?」

 

「ン…いやなんでもない」

 

佐藤は知らぬことだが、槍水の懸念、それは新道との再戦。

あれだけ格好つけて名乗りを上げたのにその翌日にスーパーで出会うなんて顔から火がでるほどの羞恥だ。

 

「とにかく、その二つの狩場はいろんなやつと戦える。

きっと佐藤のこれからにも役に立つだろう」

 

「…わかりました。期待に沿えるように頑張ります」

 

「あぁ」

 

「ちなみに先輩から見て、強い狼っていますか?」

 

「…ここ二つを駆ける狼たちは準じてレベルが高い」

 

「まさか先輩みたいに【二つ名】持ちもいたりするんですか?」

 

「いや、ここは私の縄張りだからな。【二つ名】持ちはいない。

いないが…そうだな。楽しみな奴は多い」

 

「…」

 

「そんな顔をするな佐藤。お前も筋は良い。決して遅れは取らないさ」

 

「だといいんですが」

 

「なんだ、ゲームは好きなくせにこういった障害は苦手なのか?」

 

「いや、そういうわけではなんですが、先輩がそういうってことはかなりの強敵なんだろうなぁって思うと…」

 

「ふむ。まぁ負けてもいいさ、勝ちを諦めなければ負けではない」

 

そう言って、夕日を背に笑う槍水。

その姿に佐藤は改めて槍水への好意をあげる。

しかしそれは名もなき三頭の狼の言葉なのだがそれを佐藤が知る由はない。

 

「そうだ佐藤、一つ忠告だ」

 

「なんでしょう?」

 

指を一本立てて、槍水は言う。

 

「【アラシ】に気を付けろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

「さて…今日は負けない」

 

アブラ神の店の入り口にて、僕は深く自分に言い聞かせる。

昨日で分かったこと。

技だけでは勝てない。

気合いだけでも勝てない。

当たり前のことを言うようだけど、強くなくちゃ勝てない。

技を持つのは当たり前、強く想うことも当たり前。

僕に足りない部分、それは経験と戦い方だ。

これからはそこを意識して修業あるのみ。

 

店に入る。

もう既に慣れてしまっている、入店時の視線をどこ吹く風で弁当売り場へと進む。

今回も金銀財宝のイメージは見えない。

まぁそうそう出るものではないからね、月桂冠は。

一通り見た弁当の中で、今宵僕が得ると決めたのは『豚の角煮弁当』だ。

昨日、【氷結の魔女】が攫っていったもの。

真似ではない、断じて。

茶髪がその美味しさをリポートしたせいだ。

もう今日はそれしか胃が受け付けなくなっている。

 

「ちゃお」

 

「…ちゃおっす」

 

片手をあげ、茶髪が隣に来る。

正直、どんな顔をして会えばいいかわからなかった。

だってそうだろう、僕のせいで茶髪含む狼たちは土を噛んだのだから。

それを察したのか、茶髪は言う。

 

「生意気よ。私たちは、少なくとも私は自分で決めて魔女に立ち向かったの。誰のためでもない、私がそうしたいと思ったらよ」

 

少し怒りながら茶髪は僕を見た。

 

「【天パ】が自分のせいでなんて思っているならそれは大きな間違いだし、私に対する侮辱だわ。私は誇り高い狼、誰かに命令されて戦うんじゃない…わかってる?」

 

「…うん、そうだよね。僕がバカだった」

 

「わかればよろしい」

 

ふふっと、顔を崩す茶髪。

くそう…茶髪の一挙一動でその胸元のミサイルが動きやがる。

いっそ揉みしだいたろか。

 

「【天パ】は今日は何を?」

 

「…豚の角煮」

 

「…そう」

 

瞬間、空気が張り詰めた。

お互い理解した。

今宵、倒さなければならない相手を。

 

店の自動ドアが開く。

この気配、また狼が入店してきたみたいだ。

この感じは…二頭、なんだかまだ慣れていないような雰囲気がある。

ま、相手がだれであろうと僕が狩る側だ。

精神を集中させるために目を閉じる。

イメージだ、イメージが大切だ。

技だけではない。

考えて戦わなければならない。

ゴキブリダッシュを出したとして絶対の自信はすでになくなっている。

速い、しかしそれだけだ。

使い手たる僕自身がただまっすぐ進むだけで他には何もできなくなっている。

いや、たいていの相手にはそれで十分なんだが魔女みたく、進行上に拳や蹴りを置かれるだけでカウンターが決まってしまう。

初見殺しの技でしかない…今のところは。

この世界の住人は知らないだろう。

ゴキブリダッシュの本当の使い手ならそんなカウンターなど効かない。

だから僕はイメージする。

その使い手の動きを。

ふふ、今の僕はかなり集中しているぞ。

最近、集中力が上がっているな。

これならば近いうちに感謝の正拳突き1万回制覇も夢ではないかもしれないな。

いまなら茶髪が裸になっても動じない自信がある。

 

 

「あれ、新道?」

 

「さとうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

一瞬で集中が切れました。

佐藤君が目の前にいた。

さっき入店したのは佐藤君&白粉さんだったようだ。

 

「【天パ】、うるさいわよ」

 

「あ、ごめん…」

 

「新道もここいいるってことは狼だったんだ」

 

「…あ゛ぁ」

 

自分でも驚くほど低い声が出た。

 

「な、なんで新道はそんなに怒ってるの?」

 

「心当たり、あるやろ」

 

ダメだ、怒ったり焦ったりすると前世の方言がどうしても出てしまう。

けどそれほど冷静ではいられないという事だ。

 

「…ごめん、本当に心当たりがないんだけど…」

 

「……ッッッ!!!」

 

「【天パ】、すごい顔になってるわよ」

 

きっと般若のような顔になっているだろう、いや鬼だ。

悪鬼羅刹の顔だ。

マジでなんなんこいつ。

 

「…お前のせいで同性愛者だってことになったんだぞ!許せるか!ブッダだって助走つけて殴りかかるレベルやぞ!」

 

「いや、それは新道のせいだろうどう考えても!僕は被害者だ!」

 

「どの口が!」

 

「お前があの時手を放していれば少なくてもここまで被害は大きくならなかったんだ!

お前もあれか、白粉と同じ趣味なのか!さすがに同性から迫られるとまじで引くわ!」

 

「……プッチーン」

 

「なんだか穏やかな雰囲気じゃないけど…【天パ】とワンコは知り合いなの?」

 

茶髪が珍しくおどおどした感じで言う。

いつもと違うその姿になんだかかわいいなと思ってしまう。

これがギャップ萌っていうやつか。

 

「クラスメイト。ていうかワンコって?」

 

佐藤君を指さす。

なるほど、佐藤君のあだ名はワンコなのか。

 

「狼じゃないのか」

 

「む、そういう新道だってキャリアは僕たちとそう違わないだろ?」

 

「じゃかーしい、わしゃ月桂冠とったったわ!いぬっころと一緒にすな!」

 

どこぞの酔っ払いのような口調で煽る。

意趣返し。

 

「月桂冠って…嘘だろ!?」

 

「ほんとですー」

 

「【天パ】の言うことは本当よ。二回目の争奪戦で見事勝ち取ったわ」

 

「…」

 

ふははははははは。

佐藤君め、黙りおったわ。

はーっはっはっはっは…ん?

なんだか寒気が…?

見れば、後方のお菓子売り場の棚から邪な気配を感じる。

 

「ヒっ!」

 

悲鳴を上げてしまった。

なぜならそこには、この世のものとは思えないおぞましい笑顔でこちらを見ている女の顔があったからだ。

にちゃり、と音を立てて三日月のように開かれる口からは

攻めは新道…じゃなくってシドウで受けは佐藤…じゃなくってサイトウ…。

二人は些細なことからもめてしまい、潜入捜査中の銭湯で互いをののしりあう。

しかしサイトウは本来の受け気質からか押されてしまい、シドウの言葉攻めに黙ってしまうも快感を覚えてしまい、悔しいと心では感じながらも嫌がっていない自分がいることを再確認してしまう…フフフ、神が下りてきた。

 

などと、意味不明な言葉が聞こえた。

いや、わかった。

あれが白粉さんで、白梅さんが言ってた小説だな。

はっきり言おう、気持ち悪いわ!!!

いや人の趣味をどうのこうのいうつもりはない…表現の自由は認められてしかるべきだ。

それこそが現代日本なのだから。

しかし…しかし創作の中でとはいえ穢されてると知ってしまったらなんと怖気の走ることか。

せめて知らずにいたかった。

 

「おい佐藤君、君の連れが暴走してるで」

 

「はい?僕にツレなんていませんよ?」

 

こいつ、なかったことにしやがった。

 

「まぁいいや。むしむし。弁当を得ることだけを考えよう」

 

「…ここは僕たちの先輩の縄張りなんだ」

 

「…」

 

「茶髪にも、新道にも負けないから」

 

「…なんだ、そんな顔もできるのか」

 

それは弁当を求め駆ける戦士のそれだった。

少しだけ評価を改めよう、でも絶対に許しはしないけど。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

いつもの事ながら乱戦だ。

誰もかれもが死に物狂いだ。

普段、生活の中では見せることのない野生の顔。

今宵の勝利の数は五個。

対して狼の数は十六頭。

なんとも狭き門だ。

だが、その敗者の屍の上で獲物を食らう。

ほら、想像しただけで涎モノだ。

 

「ぐぇ」

 

佐藤君が一頭の狼を下した。

なるほど、さすが主人公。

基礎能力は上のようだ。

なにかスポーツでもやってたのかな。

もう一人…白粉はっと。

ん?

いない?

…いや、いる。

人ごみの中を器用に出たり入ったりして場を混乱させている。

不思議な足さばきだ。

あれは合気道かな。

合気道か、ふむふむ。

こういう場所で、自分と同じように技を使う人間を見ると比べたくなってしまうのは狼としては失格かもしれないが、やはり研いだ牙は競いたい。

それは誰もが持っている自分と言う個を形成する大切なものだ。

 

技だけではなく、まずはそのキャラを真似するところから始めよう。

 

 

白粉さんの後ろへ一気に詰め寄る。

背後からの一撃、卑怯とは言うまい。

ここは乱戦、弱肉強食の世界。

負けたやつが悪いのだから。

白粉さんを見る限り、まだまだこの争奪戦には慣れていないと見える。

まぁ僕も似たようなものだが修業のたまものか、こういう場での動き方っていうものがある。

白粉さんはトリッキーな動きで、自分へ攻撃させないことに重きを置いているのではないだろうか。

しかし、それに気を割いてしまっている。

しまいすぎている。

たしかに混戦ではそれを実現出来たら素晴らしい。

限りなく負けが少なくなる。

人数が少なくなるまで、ひたすらに人の周りをその独特な歩法で惑わし歩く。

白粉さんを攻撃しようと思ってももう既に近くにはおらず、白粉さんを探している最中に他の狼からの攻撃を食らってしまう。

それを繰り返す。

だが、一歩離れてみればその動きは丸わかりだ。

法則がある。

決まって2人以上の近くには寄らない。

白粉さん自身が危険に身を置くことになるからだ。

それを理解して入れば、ほら、ドンピシャだ。

 

 

僕は白粉さんの真後ろへ位置することができた。

今まではただひたすらに技を繰り出して、それだけで勝ってきたが頭を使うように心がければこのような戦い方があるということが分かってきた。

さて、白粉さん。

いまだ僕に気付いていない白粉さん。

僕を創作の世界でさんざん辱めてくれている白粉さん。

この攻撃、かわせるか?

 

 

「小さく前ならえ」

 

 




・小さく前ならえ
史上最強の弟子ケンイチの技。
詳しくは次回にて!


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8食目

たくさんの感想、評価、指摘、技の紹介ありがとうございます!
楽しんでもらえるように頑張っていきますのでどうかこれからもよろしくお願いします!




感想、評価、指摘、技の紹介してくださりますとうれしいです!


白粉花という少女はこれまでの人生でこれと言った感動に出会えたことはなかった。

幼少期からなぜか自分は他人と違うとどことなく感じており、それは成長するにつれ自覚へと至った。

普通の人間ではきっと持ちえない感情、それに気づいたのは中学校の時だった。

きっかけは祖父の合気道の道場でのこと。

護身と言う技術を修めるべく日々、精進を続ける男の姿を見た時だった。

何か一つに打ち込むそのひたむきさ、愚かしいまでの反芻される練習風景。

その額から流れる光の粒、すごいと思った。

愛おしいと思った。

人間一人にできることなど高が知れている。

人間一人に与えられた時間は決まっている。

だというのにここまで全てを懸けることができる。

そして人は至るのだ。

自分の目指していたステージへ。

 

白粉の場合もそうだ。

祖父からの勧めで合気道を学び、屈強な男たちに交じり練習へと励む。

同年代の人間と遊ぶことも少なくなっていた。

それが原因でいじめられもした。

しかし、それでいいと彼女は思っていた。

友情、努力、勝利、素晴らしい三原則だ。

青春をする人間には必要不可欠なものだ、しかしそれを白粉は得る機会を放棄してまで合気道の鍛錬に励んだ。

誰にとってのか友情、努力、勝利なのか。

それは本人にしかわからない。

白粉花という少女にとっての勝利とは、他の誰に理解されなくとも、この道こそが勝利なのだ。

 

長ったらしく語ったが、単に汗まみれでくんずほぐれつしている男たちを見て盛りのついた犬よろしく興奮していただけだった。

 

そして奇跡は起こる。

現実ではなかなか出会えない男たちの絡み、ホモがないなら作ればいいじゃないと言わんばかりに白粉は創作へと至った。

始めは道場のお兄さんたち。

次に門下生と祖父の絡み、高校入学前にはいよいよ架空の存在へ手を出した。

しかし様々なジャンルへと手を出した彼女はスランプへと陥っていた。

何か刺激がほしい、自分の創作意欲を掻き立てるような何かが…親友の白梅にも心配をかけてしまっていることに罪悪感を覚えてしまうほど彼女は追い詰められていた。

しかし、二度目の転機は高校入学時に訪れた。

佐藤洋との出会い。

スーパーで豚とののしられ、二人してボコボコにされたあの日から白粉は佐藤の有用性へ気づいていた。

引き締められた肉体、割れている腹筋。

そしてどことなくぬけている頭も都合がよかった。

新しい獲物を見つけた気分だった。

スーパーにいる坊主と顎鬚の狼達との絡みもよかった。

涎モノだった。

思わず舌なめずりをするほど。

 

そして、クラスメイトである新道と佐藤の出会い。

一目見て電流が走った。

この二人、間違いなくホモや、と。

実際には勘違いも甚だしいのだが、彼女の眼は曇っている、淀んでいる、濁っているため真実などどうでも良い。

素直になれないなら私が真実の愛を描いてやる。

そうして白粉は今日もPCを叩き続ける。

密かにネット上で公開している彼女のサイト『The novel of Four o’clock』にて『筋肉刑事』を更新し続けるために。

 

彼女のように、根も葉もない男同士の熱いパトスを心底愛してやまない存在、世間一般では少数であるとされているがその潜在能力は見るもの聞くものを畏怖させ、私の戦闘能力は53万ですと絶望を与える、恋に盲目の乙女たち。

人は彼女たちを『腐女子』と呼んだ。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

「小さく前ならえ」

 

白粉さんの小さな背中に両手のつま先を触れるかどうかくらいまで接敵させる。

そして一呼吸もしない、いや呼吸さえしないように僕は技を放つ。

 

「無拍子ッ!!」

 

回避は許さない。

合気道は相手の動きを見て、予測し、合わせ、無効化し、そのまま相手へ力を返すカウンターの極致。

当然、一朝一夕では習得などできない。

しかし白粉さんは足さばきだけ見ればかなりのものだと思った。

人ごみを擦り歩き、そこにいたかと思えば消えている。

おそらくは視線なども誘導しているのではないか。

このような乱戦の中で相手の意識をごく僅かではあるが誘導、掌握できるなんて…。

はっきり言ってしまえばこの場の誰よりもやりにくい相手である。

なぜなら、彼女に明確な敵はいないのだから。

視線を誘導し、意識を掌握し、狼達をすり抜け、弁当を奪取する。

敵と戦う必要などない。

白粉さんが経験を積み、この乱戦に慣れてしまえば弁当の奪取など簡単に行えてしまうだろう。

それだけの力量が彼女にはある。

そのことに気付いている人間は果たしてこの場にどのくらいいるか…。

ただうろちょろする犬であると認識してしまえば取り返しのつかない結果を生むことになるだろう。

いや、それさえも誘導しているのか?

恐ろしい才能だ、僕じゃなかったら見逃しちゃうね(死亡フラグ

だからこそ、勝負師新道心羽はここで宣戦布告としてジャブを一発入れておかなければならない。

僕のように、相手をたたきのめしたうえでの弁当奪取を目的とする狼には天敵と言ってもいい。

相手にされないのだから。

なのでこれは楔だ。

僕という存在を彼女の中に打ち込む。

深く、奥深くに、だ。

 

合気道でかわされないために、僕はこの技を放った。

無拍子。

前ならえの構えから繰り出されるこの技はいわゆる防御不可能の技だ。

超至近距離からノーモーションで繰り出され軌道を残すほどの素早い突き。

言ってしまえばそれだけなのだがこの技の肝は、ノーモーションにある。

ノーモーション、つまり溜がない。

予備動作がないため相手はその技に備えることができない。

ちいさく前ならえの構えから、気づいたら突きを食らっている。

そういう技なのだ。

しかも無防備なところに攻撃を受けるので、体に力を入れることも受け身を取ることさえ許さない。

しかし当然デメリットもある。

一つは接近していないと使えない点。

乱戦の中でたった一頭の狼を相手にする技ははっきり言ってしまえば危うい賭けである。

もしもこの隙に攻撃、または弁当へ向かわれでもしたら最悪だ。

だからこれはなかなか使いどころが難しい。

そしてもう一つは、『前ならえ』という日常の行為からいきなり攻撃へ移る故、どうしても手加減が生まれてしまうということだ。

 

以前にも少し話したが、日常生活で人を殴ったり蹴ったりするなんてまぁないだろう。

人は誰かを攻撃する時、ある程度ボルテージが上がっていないと手が出ない。

怒りだったり戦闘意欲だったりまちまちだが、普通に生きていて急に攻撃なんてできるわけがない。

顕著なのは笑ったりしている時に急に殴ることはできない。

故に、前ならえ、から攻撃なんて普通にしない。

できない。

 

この点も弱点と言える。

しかし、それは僕以外がこの技を使ったら、という弱点だ。

僕は前世の記憶からとある技を並行して行うことで、この前ならえからの無拍子を習得および、発動することができる。

 

その技の名前は今は昔、中条流から派生し富田勢源によってその名を広く広めた流派の奥義の一つ。

『無極』と言う。

自己暗示により痛みを和らげる現代で言うゲートコントロール理論。

脳のリミッターを外し火事場のバカ力を操り自身に肉体を100%操ることができる技だ。

普通の人間なら躊躇してしまうであろうどんな状況でも、僕は『無極』を使うことでどんな状況からでもいきなりMaxの威力で攻撃することができるのだ。

『富田流は爆笑した直後に人を殺せる』と、この技を扱う人は言った。

 

 

 

 

決まった。

手ごたえありだ。

拳から確かに突き抜けるこの感触は、白粉さんの背中から背骨、鳩尾を貫通した。

白粉さんが二頭の狼を巻き込んで青果コーナーへ転がっていく。

 

「白粉!」

 

佐藤君が叫ぶ。

駄目だ、仲間を思う気落ちは美しいがこの場に限ってそれは悪手だ。

一瞬でも目を離してしまえば…!

 

『→→P』

 

八極拳の秘門、❝活歩❞の歩法。

要はレバー入れダッシュ。

縮地ともいう。

ゴキブリダッシュの応用技。

一歩だけの爆裂加速。

上手くいった。

 

目を見開く佐藤君。

目の前に突然僕が現れたのだからそりゃそうなるわな。

だけど、ここまでだ。

佐藤君の今日の記憶はここで終わる。

 

佐藤君が迎撃しようと腕を振り上げようとするが時すでに遅し。

いまからの回避も防御も間に合うものか。

佐藤君は確か原作では異常なほどのタフネスを持っていた。

攻撃を食らっても食らっても立ち上がる。

根性論かもしれないがその耐久性には驚かされたと作中で誰かが言っていた…気がする。

というかこいつこそがドMなのではないか。

まぁどうでも良い。

そんな異常な耐久性がある佐藤君には一撃だ。

 

「金剛」

 

心臓の部分を殴る。

ただ殴るのではなく、押すイメージ。

年末、鐘を突くような感覚だ。

心臓を叩き、一瞬のうちに相手を昏倒させる。

 

「カハっ」

 

そして崩れ落ちる佐藤君。

何か言いたげだっだような気がするけどどうでもいい。

弱肉強食。

僕が狩る側だ。

 

白粉さんと佐藤君を葬った後、戦場には見慣れた面々が残っていた。

茶髪が顎鬚を叩き潰し、残りは4人となった。

この時点で弁当の数よりも狼の数が少なくなった。

確実に弁当を手に入れられる…譲り合えばの話だが。

生憎それは許さない。

僕は自分の食べたいものを食べたい。

並みいる狼を下して食べたいのだ。

むろん、この場にいるすべての狼も仲良しこよしで終わらせる気はないみたいだ。

素晴らしい、人間こそが獣だ。

さぁ、存分に喰らおう。

 

「バトルロワイヤルの鉄則、知ってるか新入り?」

 

一人の狼が僕に言った。

 

「…?」

 

「それはな、面倒くさい奴から袋にするんだよ!」

 

別の狼が背後から僕を襲う。

油断はしていない。

冷静に対処する、がすぐさままた後ろから攻撃される。

二人に挟まれる形となった。

卑怯、などとは言うまい。

 

「…素晴らしい判断だ。一匹では勝てないと思ったんだろう?あぁいいとも。武器でも人数でも揃えてこい!」

 

「調子に乗りやがって!」

 

「おい!お前も手伝え!」

 

茶髪に向かって二頭の狼が声をかける。

三対一。

悪くない。

この試練を乗り越えたら僕はまた強くなる。

そして弁当の味もうまくなる!

 

「燃えるぜ」

 

一匹の狼(以下A)が飛び蹴りを繰り出す。

バックステップで避ける。

囲まれた形になっていたので僕は蹴りを繰り出した狼とは別の狼(便宜上Bと呼ぶ)にもたれかかるように背を預ける。

当然、戦いのさなかに全体重をいきなりかけられたせいでBは戸惑い隙を晒す。

すかさず零距離からの肘鉄で『金剛』を決める。

音もなく崩れ落ちた狼B。

 

「てめぇ!」

 

「遅い」

 

前傾姿勢で相手にタックルをかましつつ右腕で顎を打つ。

タックル掌底。

その名も『卜辻』。

戦後、米兵が日本を取り締まるようになり荒んでいた暗黒の時代。

ステゴロで飯を食ってきた男の技だ。

顎を跳ね上げられ僕から視線を外された狼A。

すかさず後ろに回ってバックドロップをかました。

さぁ残りは茶髪だけだ。

 

「なんで攻撃してこなかったの?茶髪なら僕にダメージを与えられたと思うんだけど…」

 

「…罠でしょ?」

 

「まぁ、そうだね」

 

わざと攻撃を誘うように隙を作った。

なぜなら戦い方を学ぶためだ。

すぐに倒したらもったいない。

だからあえて窮地に陥るように動いた。

茶髪相手にそんな無茶を選ぶ。

だからこそきっと強くなれる。

侮りはない、すべてが本気だ。

 

「それに私も強くなりたいって思ってたから。狼としては失格かもしれないけど強力な【二つ名】持ちと戦えるようになるために【天パ】、あなたと一対一で戦いたいって思っただけ」

 

「なるほど…じゃ、はじめよっか」

 

などと軽口をたたくが、その実余裕はそんなにない。

【二つ名】持ちではないが茶髪のレベルは高い。

突出して優れている点があるわけではないけど、万能型であり多くの闘いの経験則こそが彼女の強みだ。

 

望むところだ。

その経験こそ僕の欲したものだ。

 

二頭の狼の影が交差する。

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

 

 

結局あの後、僕はボロボロになるまで茶髪と戦った。

たくさん技を使い、ゴキブリダッシュまで出したのだがそれは魔女と同じ方法で対処された。

『金剛』も胸の分厚い脂肪により阻まれたときは『ずるい!』と世界の貧乳淑女の声を代表して叫んどいた。

茶髪の闘い方は本当に参考になるものばかりで特に駆け引き、フェイクがうまかった。

こちらに全力の技を出させないように立ち回る茶髪、一瞬のスキを見計らって針のような蹴りを放ってくるのだから手に負えない。

結果、二人ボロボロになり同時に角煮弁当を掴んだことでドローとなった。

なのでこうして公園で角煮弁当と、チーズハンバーグ弁当を二人で買い、分け合うこととなった。

くそぅ…本当ならこの角煮弁当は全部僕の胃に入るはずだったのに…。

まぁチーズハンバーグも美味しかったからいいんだけどさ…。

 

茶髪には次は負けないと言っておいた。

向こうも笑って同じことを返す。

一応、女性の夜の一人歩きは危険という事で家の近くまで送っていくことに。

こっから夜のバイトの場所まで遠いなぁ、明日起きれるかなぁとか思ってると茶髪に頭を撫でられた。

ごくろう、【天パ】と。

まるで飼い犬だ。

でもなんだかこんなのも悪くはない。

前世では女っ気はなかったし、転生しても年齢=彼女いない歴だからこういう青春っぽいのもありかな。

でも次は負けない。

 

余談だが豚の角煮弁当、ファンになりました。

今度こそ全部食べてやる。

 

更に余談だが佐藤君と白粉さんはカップラーメンとソイジョイを買ってた。

栄養偏るでと言うとすごい変な顔をされた。

一口くれと言う佐藤君に死んでもいやと返すと白粉さんは鼻息を荒くして何かをメモしてた。

佐藤君が白粉さんの束ねられた髪を引っ張り「あぅ」とうめき声をあげる。

僕は小説の中の主人公たちと戦ったんだなぁと思うとなんだか灌漑深いものがあった。

これからこの二人も強くなっていくんだろうなぁ、負けてやるものか。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

「おい、聞いたか?」

 

「なになに?」

 

とあるスーパーにて。

争奪戦が行われた後、ある噂が広まっていた。

 

「例のあいつ、また弁当獲ったってよ」

 

「え、あいつ?」

 

「おう、ルーキーのくせにやるじゃねぇか」

 

「あいつって?」

 

「ほら、変な技出す奴。たしか…【ゴキブリ】だっけか?」

 

「なんだその【二つ名】…」

 

「なんでもゴキブリみたいな動きするんだってよ」

 

「…めっちゃ気になるwww」

 

「あそこって【氷結の魔女】の縄張りだろ?」

 

「あぁ、だが今魔女はいない」

 

「なんでまた?」

 

「HP同好会に二人新しいのが入ったろ?それとブッキングしないようにあえて縄張りを開けてるらしい」

 

「じゃぁ今チャンスってことか?」

 

「俺あそこの豚の角煮弁当好きなんだよな」

 

「ジジ様の店のほうのサバの味噌煮も久々に食いたい」

 

「あーやめとけ。この時期はあそこは【アラシ】が多発する。行くだけ無駄だ」

 

「あ~、そんな時期か。くそ、豚どもめ」

 

「…じゃあ、そのルーキーもそろそろ【アラシ】と出会うかもな」

 

「やめだやめだ、絶対弁当なんか獲れねぇ」

 

数人の狼は音もなく消えていく。

そして残った狼の口からこぼれる。

 

「この壁、どう乗り越える?」

 

 

 

いまだ争奪戦に参加している回数は少ないが、月桂冠を獲り、【氷結の魔女】に吠え、力を伸ばしているルーキーの狼。

本人の知らないところで噂は回る。

 

 

 



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9食目

仕事で忙しくて更新遅れました。
もうしわけありません!!!



「ふぇ?」

 

僕が人生二回目となる幼女専用の呪文を放ったのは佐藤君と戦い勝利した日から一週間が経ったころだった。

その一週間にいろいろあった。

ほとんどが無視していいことなのだが。

母親と名乗る知らない人から電話がかかってきてムー大陸を探すからまだ帰れないとかいういたずら電話があったり、内本君がオカルト研究部によって変なSF映画に出てきそうな装置を頭につけ、あばばばと小刻みに終始震えていたりなど…うん、どうでもいいな。

 

もちろんその間も夜ご飯はかかさず争奪戦に参加して半額弁当を食い漁ってきた。

最近は、夜のバイトのほうも慣れてきて卒業後はうちに就職しろと親方が言ってくれたりもした。

何度か視線を感じて振り向くと、見たこともない男がこっちを見てたりしたが…あれは何だったんだろう。

ふと、白粉さんの書く『筋肉刑事』が脳裏をよぎったが忘れることにする。

 

 

 

 

 

あんなおぞましい小説の事なんか思い出してなるものか。

 

そして今日も弁当を食べようと狩場に出てきたのだが…始まりは同じだった。

スーパーへ入店と同時に視線を感じる。

最近はその視線にどことなく違和感を感じるようになった。

そうか…常勝を続ける僕に畏怖と畏敬の眼差しを向けているのかとそう思った。

そしていつも通り茶髪と少し談笑、訪れる戦争の時まであと少し…という時にそれは起きた。

 

アブラ神が売り場点検に来て、商品を綺麗に陳列しなおしているところに一人のおばさんがカートを押しながら近寄ってきた。

 

なんだ…この嫌な感じは。

転生する前、同じ店舗で働いていた川原君がリクナビネクストに登録をしていた時のような嫌な予感を思い出した。

茶髪は声を出して嘆いていた。

 

そのおばさんは、こともあろうに半額シールを貼る前の弁当を5,6個カゴニ入に入れそれをあぶら神に持っていき、半額にしろと、そういったのだ。

 

「さっさとしなさいよ。こんな時間まで売れ残った弁当を買ってあげるんだから他にもサービスしてほしいもんだわ。これならコンビニのバイトの接客態度のほうがまだましよ」

 

そう捨てセリフを吐き、そのおばさんはアブラ神にわざとカートをあてて去っていった。

全ての半額弁当と共に。

 

ここでシーンは冒頭に戻る。

プレイバック、プレイバック。

 

間抜けな声を出した僕は何が起こったのか理解できなかった。

 

「…あれは【大猪】よ…」

 

悔しそうにつぶやく茶髪の口からこぼれたのは【二つ名】だった。

それを聞いたとき、僕は思い出した。

そうだ…この世界には奴らがいたのだった。

【大猪】。

個人をさす【二つ名】ではなく、不特定多数の豚のことを言う。

狼ではなく豚の一種とされるやつらは、主婦に多く見られる。

家族を持つ奴らは、その生活力からか弁当をほとんどかっさらっていく。

ベテラン主婦だけがもつその恥知らずな行動は、しかしそれでも太刀打ちできるものではなく、かといって対処することもできない。

自分で食すものではないものでさえ買い漁り、冷凍保存、翌日の朝食、さらには自分の家族に分け与える。

その戦闘力はすさまじく、タイプに差異はあれどそのほとんどがパワータイプ。

それも超ド級だ。

❝タンク❞と呼ばれる武器、まぁカートの事なんだけど、タンクを巧みに操り狼を薙ぎ払うことも珍しくない。

戦術は単純明快、タンクで体当たりし轢き潰す。

豚のように恥知らずで、かといって狼でさえ立ち向かうことができない。

故に【大猪】。

 

僕は今日、戦う前から負けたのだった。

 

「本来なら…半額神がシールを貼るまで何とかして時間を稼ぐんだけど…気づくのが遅れてしまった」

 

茶髪が言うには、シールが貼り終わりいざ争奪戦が始まったのなら勝機はあるという。

しかしその時間稼ぎは成功したことがないそうだ。

僕は、泣きながら帰った。

僕の『絶対殺すノート』に新たなる名前が載った瞬間だった。

ちなみに最初は【氷結の魔女】、二番目に佐藤君と白粉さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、昨日の鬱憤を晴らすべく僕は朝昼と食事をとらなかった。

お昼の塩でさえ舐めなかった。

なけなしの飴玉も今日は我慢した。

戦時中か。

欲しがりません、勝つまではを地で行くその姿は夜ご飯のためだった。

空腹に身を染め、気分はさながらバカボンドの宮本武蔵の吉岡70人切りよろしく、悪鬼羅刹のようであったことだろう。

入店時に、いつもの視線に加え軽い悲鳴さえいただくことになった。

 

茶髪と佐藤君が理由を聞いてきたけど、それすらも無視する。

腹の虫の加護のために無視をするなんていう冗談を言わないくらい、真剣だった。

 

今日の目当ては

『頑張れ!どうしてそこで諦めるんだ!いけるいけるまだイけるよ!カレー丼』

という最高に巣パーキングな弁当だ。

シンプルイズベストとはよく言ったもので、何の変哲もないカレーである…その量を除けば。

普通の弁当の2.5倍はあろうその量が僕の心をつかんで離さない。

今宵、僕は鬼となろう…。

 

ざわざわざわ。

 

店内が慌ただしくなる。

 

「…またあいつらが来たのか…」

 

佐藤君がつぶやく。

見ればガタイのいい男どもが十人単位で来店してきた。

顔に土をつけ、部活帰りだという事がうかがえる。

 

「【天パ】は遭うの初めてよね」

 

【アラシ】と、彼らはそう呼ばれる。

嵐、または荒らし。

その二つが込められた名を冠する彼らもまた、不特定多数存在する。

新入生を迎え入れた春の大会へ向けて練習を始めたラグビー部。

その特筆すべき点は彼らは狼ではないということ。

つまり【大猪】同様、狼のルールが通用しない。

もちろん【大猪】のように半額シールを貼るよう催促するような真似はしないが、部員の分を確保するために一人で何個も弁当を持っていく。

そして弁当を奪取したものを攻撃することはできない狼達の前に立ちふさがり、弁当をまだゲットしていない部員が奪取するまでの時間稼ぎをするフォーメーション、戦術を一連の流れのように行う。

 

「くそう…春の大会前の今しか来ないとはいえ…運がねぇよ」

 

一頭の狼が言う。

 

「やめだ…帰ろう」

 

ふざっけんな。

 

「【天パ】…あれは天災のようなものよ…」

 

「そうだぜ、怪我するだけだ。挑戦するだけ無駄なんだ」

 

顎鬚が言った。

 

「今夜は運がなかった…そう思え。これは負けじゃない、そもそも勝負になってないんだ」

 

坊主も言った。

 

「…」

 

僕は無言で彼らへ背を向ける。

もとから互いに顔を見合わせず、各々が調味料を物色してたりお菓子を眺めていたりしていたのでそもそも背中合わせだったのだがそういう事ではない。

 

背を向けたのは心で、だ。

 

「お腹が空いた」

 

その一言だけで、僕がこれからなにをしようか理解したようだ。

 

「お前…無茶だって」

 

「【アラシ】は一人で立ち向けるもんじゃない」

 

「なら狼全員で立ち向かえばいい」

 

「俺たちが組んだって付け焼刃にしかならない」

 

「…」

 

「諦めろ」

 

「なら…ならそうやって負け続けたらいい。

僕は勝ちに行く」

 

アブラ神が現れて、半額シールを貼っていく。

争奪戦が始まるまでもう時間がない。

 

「…ッ、好きにしろ。俺たちが指図することじゃなかったな。勝手にしろ」

 

顎鬚と坊主が去っていく足音が聞こえた。

茶髪は、動かない。

佐藤君も、動かない。

 

僕は一人でも戦う。

社会人になればそんなことは当たり前だった。

何も怖くなんかない。

殴られる痛さよりも、蹴られる苦しさよりも、僕はあの弁当を食べられないことのほうが怖い。

いいとも。

【アラシ】が十人いようとも、味方がいなくとも、僕は行く。

僕こそが新道心羽だ。

新たな道を心行くまで羽ばたく。

俺こそが新道心羽だ!

 

扉が閉まる。

【アラシ】が弁当コーナーに走る。

 

ゴキブリダッシュで一瞬で【アラシ】の集団の後ろに張り付く。

 

「AAAAlalalalalaie!!!!!」

 

自分の食欲の強さを吐き出し、突進する。

握り拳から血がしたたり落ちる。

ゴキブリダッシュでただ追い抜く、のではない。

ゴキブリダッシュで得たスピードに、さらに力を乗せる。

それはスピードではない。

パワーだ。

皆さんに教えてあげよう。

 

握力×(かける)

 

「なんだこいつっ!」

 

体重×(かける)

 

「いつのまにこんなところっ」

 

スピード(イコール)

 

「こいつ【ゴキブリ】じゃっ」

 

破壊力であるということをッッッ!!

 

驚く【アラシ】ども。

しかし遅すぎる。

 

すぴーどはそのままに、背中をぶつけるようにタックルをかます。

その際、ただぶつかるのではなく体の中の気やらチャクラやらそう呼ばれるものも吐き出す。

この場合、腹の虫の加護と食欲の塊だ。

 

「鉄山靠」

 

瞬間、爆音とともに【アラシ】の最後尾だった3人が吹き飛んだ。

 



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10食目

仕事で忙しくて更新できませんでした…申し訳ありません!
次の更新は早くします!

今回もどうかよろしくお願いします!


❝鉄山靠❞。

八極拳を世に広めた有名すぎる技。

多くの人間がこの技に魅了され、真似をしたことだろう。

そしてその大部分が、背中を強打し怪我をするか、無理な体制により背中が攣ってしまい、

『おかぁさぁぁぁぁん!』と叫んだことだろう。

さらに言えばこの技はバーチャファイターと呼ばれるゲームのキャラクターが使う技でもあり、爆発的に知名度を上げていった。

そう、まさに爆発的。

その威力も、さながら大爆発。

 

「誰が相手でも」

 

吹っ飛んだ【アラシ】を踏み越え、僕は戦闘を目指す。

10人いた【アラシ】は3人が吹っ飛び、残りは7人。

そのうち3人が僕を抑えにくる。

 

「僕が狩る側だ!」

 

❝卜辻❞。

タックル掌底が一人に決まる。

すぐさま残り二人を片付けようとするが、後ろから僕を追い抜く影があった。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

佐藤君と茶髪が残りの2人を沈めた。

先ほどまで動かなかった2人が、僕と並び立っている。

 

「…どういう風の吹き回し?無茶なんじゃなかったっけ?」

 

「あれはあの2人が言ったことよ」

 

2人、とは顎鬚と坊主のことか。

 

「私は自分の意志でここにいるだけ。天災に立ち向かう、かっこいいじゃない?」

 

なんともまぁ。

そんな理由で【アラシ】に立ち向かう人がいるとは。

僕みたいに困難にあえて立ち向かい、なおかつ勝利したうえでの食事を願うもの好きがいるとは…佐藤君も同じ考えなのか?

まぁ…狼としては失格かもしれないけど、僕はその考え嫌いじゃないぜ。

 

「佐藤君も同じ感じ?」

 

「…当たり前だろ!同じセガ派、同士よ!ここは協力して勝利しよう!」

 

意気揚々と佐藤君は叫んだ。

なんかすごい気迫だ。

いつもの彼じゃない。

なんかオーラがほとばしってる。

きっと白粉さんがこの場にいれば涎モノだったことだろうなぁ。

 

「ごめんだけど、僕は生粋の任天堂派だから。セガ?なにそれ聞いたことない」

 

「殺す!」

 

赤い配管工には何度もお世話になりました。

そしていきなり佐藤君が攻撃してきた。

 

「あなたたち!集中しなさい!」

 

「いや、どう考えても佐藤君が悪いでしょ!」

 

急に錯乱した佐藤君は置いといて。

残りの【アラシ】は4人。

もう既に彼らと僕らの人数差はない。

数、故の強さ。

それはもう優位でもなんでもなくなっている。

うん、最初の鉄山靠が効いてますな。

あとはどうとでもなる。

…そう思ってた時期が僕にもありました。

 

店内に現れた新たな存在。

それは他の店で争奪戦を終えてやってきた【アラシ】だった。

きっと効率よく弁当を得るために2店舗に分かれてたラグビー部の大半数だろう。

その数、合わせて15匹。

そう、15匹だ。

15頭ではない。

やつらはしょせん狼でも何でもない。

天災だといっても、それは豚でしかないのだ。

【大猪】のような単体としての力はない。

群れて、身を寄せ合って、糧を得る。

それならばそれでいい。

弱者は弱者らしく、そのままでいればいい。

どんな手を使ってでも、勝ちたいというその意志は認めよう。

僕も持ちうる限りの手段を駆使して闘い、勝つ。

それで卑怯だなんだと言われても関係ない…いや、明らかな反則はしない。

あくまでも最低限のルールは守るけどね。

 

群れるのもいい。

相手は反則手も使えばいい。

そのことごとくを叩き潰そう。

 

「教えてやる」

 

それこそが僕の、僕にとっての価値ある勝利なのだから。

 

「八極とは、大爆発と言う意味だ」

 

2度目の鉄山靠。

先ほどのようにクリーンヒットはしなかったが、それでも大気を揺るがすのには十分だ。

空気が震える。

あいさつ代わり、ではないが僕の意志を見せつけた。

 

「You are ending for…」

 

佐藤君が構え、茶髪が拳を握る。

僕は中指を相手に立てて、2回ほど折り曲げる。

 

「C’mon Everybody」

 

挑発、だが人数で勝っている彼らには効いたみたいだ。

弁当奪取ではなく、僕らを叩き潰すため全員でかかってきた。

何だろう…筋肉言語でも発動したのかな。

『銃なんか捨ててかかってこい!』みたいな。

 

茶髪はさすがと言うべきか、乱戦に慣れているのかもう【アラシ】の攻撃をさばき始めている。

すごすぎワロタ。

絶対【二つ名】持ちになるわ賭けてもいい。

対して佐藤君はなんというか…もったいなさすぎる。

基礎能力は高いのにそれを生かすための技や戦い方がない。

ただの身体能力で戦っている。

ついこの間までの僕みたいだ。

いつか技や経験を積んだら厄介な敵になるかも。

その時を楽しみにしとこう。

…なんで余裕しゃくしゃくに解説をしているかって?

それは余裕だからさハニー。

四方八方を囲まれ、雨あられと攻撃の的にされているのだけど、僕はそれをかわし、防御し、カウンターを繰り出している。

 

それを行える秘密、動体視力である。

眼筋を鍛えに鍛え続けた僕の視力は常人のそれをはるかに凌駕する。

 

「散眼」

 

右目が右下を見て、左目は左上を見る。

同時にそれを行う。

右からくる蹴りを添えた手で左へ受け流しそれが【アラシ】の一人へ。

その【アラシ】の苦し紛れのパンチを首をひねることで後方の【アラシ】の鼻面へ吸い込まれるように入った。

なんでも見える。

この程度のレベルの相手ならスローモーションのようだ。

転生する前、競技カルタの漫画にはまっていたこともあり、動体視力は生前からよかったのも相まって、必殺技と呼べるレベルまで鍛えれそうだ。

その名も❝暗記時間❞。

競技カルタには試合が始まる前に札を覚える暗記時間が与えられる。

いわば観察。

並べられた札の位置を覚え、目をつぶっても頭の中にイメージができる。

そして一度試合がはじまればその動体視力により札を払う。

相手よりも早く、音よりも早く、何よりも早く。

…なんてね。

格好つけたけどただ眼がいいだけ。

しかし相手からすればなんで攻撃が当たらないか不思議なことだろう。

 

場はいまだ変わらず9対3。

佐藤君も茶髪も奮闘はしているものの、決定打はなく数は減っていない。

僕も避けてたまに攻撃を与えているだけ、大技は出せていない。

けど、❝暗記時間❞は終わりだ。

もう、覚えた。

【アラシ】共の攻撃パターンを。

 

さぁ、終わりにしよう。

 

 

 

その時、場に新たな気配が生まれた。

また【アラシ】が増えたのかとそう思ったが、違う。

圧倒的な存在感。

なんだこれは…。

 

それは、マントのようにコートを靡かせ、皮の手袋をはめさながらヒーローのように現れた。

 

「あ、あれは…!」

 

【アラシ】が声を上げる。

茶髪は目を見開いている。

どうやらこの場で現状を理解していないのは僕と佐藤君だけのようだ。

誰だろう、あのちょっと痛い恰好をしている男の人は。

 

その男は走り出すや否や、【アラシ】を踏みつけ飛び、天井を蹴って弁当コーナーの最前列へ降り立った。

店内の蛍光灯が彼を祝福しているかのように照らす。

 

「かかってこい豚共。今宵、お前たちにエサはない」

 

んんぅ…なんだろう。

急に現れてマントをばたつかせながら、決めセリフを吐く目の前の男を見て、なんだか僕はやるせない気持ちになった。

横を見れば茶髪は勝機を得たりと生気に満ちている。

佐藤君はただ単に驚いている。

店内の入り口からはマント男が現れたせいか、他の狼たちが戻ってきた。

顎鬚や坊主の姿も見れた。

数が互角になったけど…これもマント男の影響なんだろうか。

活気の戻った狼とは対照的に、【アラシ】は絶望的な顔をしている。

川原君を思い出した。

 

 

豚を殲滅戦と狼が走る。

その先頭には佐藤君とマント男が暴れている。

そして数は減り【アラシ】は弁当を一つも得ることなく惨めに駆逐された。

そして従来の狼たちの争奪戦。

マント男が取り、佐藤君と茶髪が取り…僕は取れなかった。

急激にやる気が失せたからだ。

 

【アラシ】を叩き潰せたことに、今だ熱気が収まらない店内から逃げるように去ろうとする僕に茶髪が声をかけてきた。

 

「【天パ】、どうして弁当を取らなかったの?」

 

「…いらなかったから」

 

「いらないって…なんで?」

 

「与えられるっていうのがなんだか違うってそう思ったから…から?」

 

自分でもよくわからないんだけど、今日の弁当は欲しくなかった。

お腹は空いている。

今までにないくらい空いているのに、あのマント男が現れてから急激に弁当がほしくなくなった。

 

「あのマント男、誰か知ってる?」

 

茶髪に聞いてみる。

きっと有名なんだろうなぁ。

 

「彼は【魔導士】(ウィザード)と呼ばれる狼で、最強の狼よ」

 

その言葉で僕は合点が行った。

そうか、そうだったのか。

あの男、【魔導士】は最強。

原作でも正真正銘の最強。

あの【氷結の魔女】よりも強く、誰も彼には勝てなかった。

その最強と共に共通の敵と立ち向かう。

そのせいだ。

【魔導士】(ウィザード)が来なくても、あのままなら僕たちなら勝ってた。

けど、【魔導士】(ウィザード)が来たおかげで勝ちが確定してしまった。

最強が来たせいで勝利が決まったモノになってしまった。

チート装備で雑魚を叩く。

そんなゲームは僕は嫌いじゃない。

しかしあくまでも自分の手に入れた力で、だ。

他人が「俺、レベル100だから手伝ってやる」とこっちの意志にお構いなく入ってきてそいつ一人で勝負が決まってしまう。

そんなのは大っ嫌いだ。

だから、今夜僕は弁当を取らなかった。

【魔導士】にお零れをもらうような気がしたからだ。

無論、向こうにそんな気はなかったのかもしれないけど僕からしたら同義だ。

 

茶髪は僕を見て、なんだか悲しそうな眼をしていた。

もう何も聞くことはない、そう思い背を向けて今度こそ店内を出る。

 

 

少し歩くと、オートバイにのったマント男がいた。

何も話すことはない。

そのまま横を通ろうとしたら声を懸けられた。

 

「【ゴキブリ】、お前はあの場に何を見る?」

 

初対面でしゃべったことのない奴に急にゴキブリ呼ばわりされた。

えっと…僕と戦争したいのかな?

 

「…沈黙か。お前の噂は聞いている。争奪戦の場に現れて日が浅い…だというのにいくつもの勝利を喰らってきた」

 

なんか喋ってはるけどこの人、マントのように羽織っていたコートはバイクの人が良く着る皮のコートだったのかとかそんなどうでも良いことを考えてしまう僕。

 

「【アラシ】との戦い方は基本的に先手必勝だ。いかに【アラシ】よりも早く弁当を手に入れるか、そのためにはフライング気味のスタートダッシュが効率的だがそれでは豚と揶揄されるだろう」

 

はっきり言ってお腹が空きすぎて早く帰りたい…いやその前にバイトがあるんだった。

最悪だ、死ぬかもしれないな。

現場監督に土下座して肉まんでも奢ってもらおう。

 

「だが俺は奇をてらった戦法よりも真正面から戦うことがあの場では何よりも誇らしいことだと思っている…たとえその末に負けても、だ」

 

本当にどうでも良い話だった。

だけれど、最後の言葉には少し思うところがあった。

負けてもいいだなんて、絶対に口にしてはいけない。

骨が折れても、牙を折られようとも、爪を砕かれようとも決して口にしてはいけない言葉がある。

 

「あなたがそう思うなら、そうなんだろう…あなたの中ではな」

 

だが、僕が何を言っても何も変わらない。

今宵弁当を取ることをしなかった僕には、これ以上何も言えなかった。

そして僕が【魔導士】(ウィザード)に持つ感情が変わった。

気に食わない。

ただその一点に尽きる。

最強を冠する癖に負けてもいいだなんて、僕を下に見ているからこそ出る発言だ。

最強という立場から、新人を教育するように高みからの言葉。

負けてもいいから、頑張れと。

目の前のこいつはそう言ってる。

今回弁当を取らなかった僕にそう言っているのだ。

君はまだまだ強くなれるよ、だからがんばれ、応援しているよ、と。

 

 

「…【ゴキブリ】、お前はあの狩場に何を見る?」

 

そして最初にされた質問と同じ質問を、今一度。

 

「強者を喰らい、糧を得る」

 

それ以外にない。

邪魔をするものは潰す。

誰が相手でも…僕が狩る側だ。

 

「願わくば、次はあなたと戦う側でありたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

別れた後、僕は思った。

 

 

あのマントっぽいコートや皮のごつい手袋。

長身痩躯で、切れ味の鋭い目つき…と言葉選び。

戦闘中に中二病発言されると途端に恥ずかしくなって食欲が失せてしまう。

これは一種の❝毒❞であるとわかった。

 

❝毒❞、それは限られた狼にしか使うことができない技の一種である。

その毒には種類がある。

単純な毒から、複雑怪奇な毒まで種類は多種多様であり、その用途や効果も千変万化だ。

確か…原作にいた毒を使う狼は2人だったかな。

忘れてるけど。

 

今回、【魔導士】(ウィザード)が使った毒が羞恥をあおるタイプの毒だったに違いない。

見事なまでに僕が食欲を抑えられた。

悔しさと共に、新しい戦い方を学んだ。

僕も、❝毒❞を使える。

それは羞恥を煽るタイプではない。

 

まずはそれを扱うために今一度、学ぶとしよう。

 

 

「Die yobbo」

 

絶対殺すノートに新たに名前が載った瞬間だった。

 

 

追伸、なんか僕の【二つ名】がゴキブリとかいう最悪な件について。

 




今回出てきた小ネタ

❝暗記時間❞
ねじまきカギューの犬塚紫乃の技。


「You are ending for…」
「C’mon Everybody」
「Die yobbo」
嘘喰いのカラカル


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11食目

ハーメルンの作品は面白いのが多い…ついつい読んでしまう。
すると更新が遅くなる。
けど読みたい。
言い訳ですね!


☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

一同、礼!

ありがとうございました!

 

今だ熱気のこもる烏田高校、剣道場にてその会話は行われている。

顧問である教師に礼をし、その日の部活動は終了となった。

ほとんどの部員が防具を外しながら会話をはじめる。

 

―――聞いたか?

―――あぁ、こち亀が終わる日が来るとはな

―――これから何を楽しみにジャンプを買えば…

―――いやその話じゃなくって…

―――あん?オカルト研究部の連中が最近手に入れた検体が1年の教室で暴れた話か?

―――なんでもエクソシストみたいな動きだったらしいぜ

―――ブリッジでせわしなく動いてたって

―――そう、まさにゴキブリみたいに

―――それ!その話がしたかったんだ

―――オカルト研究部に興味あったのか?

―――そっちじゃなくて。【ゴキブリ】のほうだ

―――…争奪戦の話か?

―――あぁ、最近デビューして連勝を重ねてる狼の話だ

―――なんていうかひどい【二つ名】だよな

―――いじめか

―――まぁ…なんでそんな【二つ名】がついたか知らないが、興味がある

―――ふぅん?

―――それとは別に気になるやつがいる。それと【魔導士】が【氷結の魔女】の縄張りに入ったらしい

 

それまで口々に話していた部員全員の手が止まった。

 

―――なんでも【アラシ】に【魔導士】含む狼どもが手を組んで対処したらしい

―――まさか、【氷結の魔女】もその場に?

―――いや…やはり現れなかったらしい

―――なるほど、やはりあの噂は本当なのかもな

―――【魔導士】が現れた後、一定期間は【氷結の魔女】はその店舗の周辺には現れない

―――らしいな

―――まさか…その空白を狙って【氷結の魔女】の縄張りを荒らそうってか?

―――いいね。ひさびさにジジ様の店のサバの味噌煮が喰いたかったんだ

―――あそこのサバはノルウェー産だが国産にはない脂がのってるからな

―――うん、まぁそれもいいが、ちょっと引き込みたいやつがいてね

 

ニィ、っと口を緩めた男。

この剣道部の部長でもあり全国大会に出場し結果を残すほどの剣豪である。

名を山原智明という。

爽やかなイケメンと称されるであろう風貌をしている。

黒髪、目元が出るように切りそろえられた前髪に首筋まである後ろ髪。

目元はすっきりとしており、人懐っこい笑顔が特徴的だ。

 

―――【魔導士】が一目置き、【氷結の魔女】が手元に置いた犬…今は犬だが頭角はすぐに表す

―――確かにそれは引き込んでおきたいな…だがそうなると【魔導士】が出てくるんじゃないか?

―――出たら出たでたまには相手にしてやろうかなと思ってる

―――この時期にやるってことは壇堂先生抜きなんだろう?

 

余談ではあるが彼らの顧問である壇堂という教師は彼らのリーダーである。

しかしその姿を争奪戦で見かけることは多くない。

というのも彼が争奪戦の場に現れるのは彼の財布の中が軽くなる時期のみである。

それまでは『ヒロちゃん』と呼ばれるラーメン屋に通いつめる食生活で過ごしている。

 

―――俺はやらんぞ。まだ給料が出たばかりだからな

 

案の定、壇堂は争奪戦には行かないと明言した。

それならそれでいい。

むしろそのほうがいい、と山原は心の中で笑った。

壇堂がいれば勝率は格段に上がる。

しかしそれはあくまで壇堂の勝率であって彼ら剣道部員は壇堂のために先行する駒でしかない。

その中で佐藤を勧誘するのは至難の業だ。

最悪、壇堂に尽くすやり方を警戒してしまうかもしれない。

壇堂が入ったときと、そうでないときの彼らの戦法は大きく変わる。

だからこれでいい。

 

―――しかし引き込めるのか?

―――いけるさ。誰だって弁当がほしい。僕たちと組めば勝率100%だ。【アラシ】だって相手にならない。それに…

 

山原は笑った。

 

―――しょせん、まだ犬だ。今のうちに教育をすればしっぽを振って仲間になるさ

 

 

 

烏田高校剣道部部員数27名。

そのうち実家暮らし18名を除いた9名の彼らは剣道部員としての顔だけではなくもう一つの顔があった。

闇夜を駆ける漆黒。

獲物を狙えば他者を押しのけ喰らいつく狩猟犬。

人は彼らを―――【ダンドーと猟犬群】と呼んだ。

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

「ぼ、僕の傍に近寄るなぁ―――――ッ!」

 

【魔導士】が出たおかげで昨日は僕はご飯を食べられなかった。

現場の監督がおにぎりをチキンを一個奢ってくれたけど全然足りてない。

だからだろうか…お腹空きすぎて変な幻覚が見えてるに違いない…絶対そうだ。

何故か僕の行動を一挙一動、メモしている女がいる。

それも話しかけたりするわけでもなく、こっちが話しかけようものなら幽霊のように消えている。

そしてどこからともなく耳に残る言葉が悪夢を見せてくる。

 

―――ちょっとしたことで喧嘩をしてしまったサト…サイトウとシンド…シドウは別行動をとることになり、各々で事件の解決を目指す。

しかしサト…サイトウは男を手なずける事に長けた魔術師と呼ばれる男と行動を共にするがその長い指に絡めとられ甘い蜜をその身から垂らし…グフ

 

「もうやめてくれぇぇぇええ!!」

 

これ以上聞いてしまうと今夜の争奪戦に影響が出てしまう!

佐藤君にも聞いたし、確か原作でも白粉さんは男同士の恋愛と言うか濡れ場が好きだった。

それはいい!

前も言ったがそういうのは個人の自由だ。

だけど…なぜそれを僕と佐藤君で妄想する!?

僕と佐藤君はそんなに仲がいいってわけでもないのに!

あ、でも白粉さんの中で【魔導士】が佐藤君のケツを狙うホモになったことが僕的にはざまぁ見ろって思った。

願わくばこれが大衆の眼に晒されて社会的地位を失墜されればいいのに。

あ、それだと僕も一緒に地の底に落ちるな。

ていうか白粉さん…ネット上で公開してるとか言ってたな。

死にたくなってきた。

 

 

 

 

白粉さんの❝毒❞から逃げ続けて今宵も争奪戦の場に。

今夜は珍しく知ってる顔は誰もいない…と思ったら顎鬚や坊主がいた。

関係ないけど、この2人も白粉さんの中の小説では佐藤君を襲う暴漢役で出てるんだっけ…。

知らないって幸せなんだなぁ…同情の気持ちで見ると気味悪そうに2人は僕から離れていった。

そういえば茶髪がいない。

佐藤君も白粉さんも【魔導士】もいない。

ジジ様の店のほうかな?

どっちかというとあっちが彼らのメインの狩場みたいに言ってたし。

僕は最初に来たこともありこのアブラ神の店がメインかなぁ。

多分よっぽどのことがなかったらここから移動することはない。

 

まぁ、それは置いといて…今日僕はルール違反ギリギリのことをする。

明確にはルール違反ではない…はずだが疎まれるようになるだろう。

しかし…それでも僕は修羅になる。

 

―――あえて弁当は見なかった。

 

半額神が現れ、シールを貼る。

 

―――あえて弁当は見なかった。

 

スタッフルームへ戻っていく半額神。

 

―――あえて弁当は見なかった。

 

始まった争奪戦。

狼は全部で八頭。

 

―――あえて弁当は見なかった。

なぜなら今宵、僕が全部弁当を喰うからだ。

 

乱戦が生まれる場所めがけて、❝ゴキブリダッシュ❞…ではなくあえてその乱戦の中めがけて跳ぶ。

そして爆心地に着地するや否や四方八方から攻撃を受ける。

それを僕は片足を軸にスケート選手よろしく高速で回ることでコマのように弾き飛ばす。

急に現れた僕に驚いたせいか一発の重さはそれほどでもなかった。

❝回天❞と呼ばれるこの技で全員の眼がこっちに向いた。

注目されることが目的だった。

そして❝毒❞を吐く。

 

「自分らほんま弱すぎ。遊びでやってるんならもう来んといて―や」

 

「なんだとぉ!?」

 

一人の狼が喰いつく。

言いたくないが僕にはなんか知らないがとてつもなく不快な【二つ名】がついている。

だがどんな【二つ名】だとは言え、つくこと自体が誇らしいことだとほとんどの狼が言う。

【二つ名】がつくには当然なんらかの行動が鍵となる。

その行動や叩き方、見た目で【二つ名】は変わってくる。

要は目立つことで認識されるのだ。

デビューしてまだ日が浅い僕が【二つ名】を持ち、この場にいる狼達に【二つ名】はいない。

きっと疎ましく思うことだろう。

だが、それでいい!

 

攻撃をよけながら口を動かす。

 

「ほんま何年ここにおるんか知らんけど、【二つ名】ついてへんとか…影薄いんと違う?モブキャラやん」

 

「テメェー!!ぶっ殺す!」

 

「できもしないことを言うと後で悲しくなるで」

 

全員のヘイトを稼ぐことに成功。

これで弁当奪取よりも僕を潰すことに専念することだろう。

さぁ、あとは全員ぶっ飛ばすだけだ。

 

今宵、この場に来たことを…僕がいたことを後悔しろ。

 

 

 

 

「ピィィィィィィィィィィィィイイイイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

佐藤は白粉と山原達、猟犬群たちとジジ様の店で交戦し、その結果何故か一緒に弁当を喰おうという話になった。

佐藤と白粉は弁当奪取ならず、山原達猟犬群は全員がその手に弁当を持っていた。

山原は佐藤に、自分たちと手を組めば弁当の奪取を約束しようと遠回しに言い、勧誘をしたことが今回の食事につながった。

そしてどうせならと【ゴキブリ】ならぬ新道も一緒にどうかと佐藤に言い、アブラ神の店まで一緒に来た。

そして店先でありえない光景を目にする。

 

 

店の駐車場、邪魔にならないところで新道が5個の弁当のカラを地面に置き最後の一個であろう容器を口に着けかき込んでいる姿がそこにはあった。

 

平衡感覚を失ったように、ふらふらした足取りで狼であろう男たちが新道を睨みながら帰っていった。

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

井上雄彦先生の剣豪漫画に出てくる聾唖の美男子剣豪よろしく、満身創痍の体で地べたに座り弁当を喰らう。

最後の弁当の照り焼き骨付きチキンを手で持ち、グチャリと噛みつくと佐藤君が居たので話しかけた。

 

「佐藤君じゃん、もう争奪戦は終わったよ」

 

「あ…うん…じゃなくてその弁当どうしたの?」

 

「どうしたって…獲ったんだよ、全部」

 

「全部って…弁当全部獲ったのか!?」

 

「ルール違反じゃないよ。

狼のルールでは、食す以外を獲るなかれ、だからね。全部食べたかったから全部取ったんだ」

 

「全員倒したのか?」

 

なんかしらない爽やかイケメンが話しかけてきた。

なんだろう、白粉さんが僕たちを見て顔を赤くしながらニヤニヤしてる。

あぁかわいそうに…あなたも標的にされてしまったな。

心の中で合掌しておく。

 

「そういうのに向いた技があったからね…ごめんなさいお腹いっぱいになったんで眠いです。バイトまで寝たいので失礼します」

 

と言うのは嘘で、白粉さんのクリーチャーみたいな顔が怖いので逃げることに。

佐藤君、そのイケメン君とどうぞ白粉さんの供物になってください。

 

しかし…さすがに食いすぎたな。

争奪戦では奇襲が成功しただけあったが、それでも全部相手にするのはさすがにきつすぎた。

しこたま殴られた。

綺麗にガードできたのは最初だけだったな。

それでも勝った。

最初に放った❝毒❞のおかげで狼たちはその力を半分も使えなかっただろう。

それでもこれだけダメージを受けた。

まだまだ足りない。

これじゃ【氷結の魔女】には届かない。

❝毒❞を使う戦い方をもっと学ぼう。

今回使った❝毒❞は本当に特殊なものだったので次は違う種類の毒を使おう。

盤外戦術、いいね。

 

 

 

 

 

 

 

―――聞いたか?

―――【ゴキブリ】が弁当を全部獲ったらしい

―――はぁ!?

―――しかも狼全部倒して…

―――わけわからん

―――そんなに強いのか?

―――なんでも❝毒❞を使うらしい

―――いよいよ【二つ名】通りになってきたな

―――どんな❝毒❞だ?

―――戦った狼たちの姿を見るとなんでも平衡感覚やらを失ったらしい

―――真相はどうあれ【二つ名】持ちが【ゴキブリ】に興味を持つだろうなぁ

―――荒れるな

―――アブラ神の店だろ?【氷結の魔女】は何してんだ?

―――それがよくわからん…噂だと魔女が避けてるらしい

―――【氷結の魔女】でも戦闘を避ける相手、か

―――最近…【ガブリエルラチェット】の連中がここ、西区でよく見かけると思ってたのは【ゴキブリ】の情報集めだったのか?

―――【ガブリエルラチェット】はこの時期は新人共の情報集めで西区だけじゃなくいろんなとこにいるだろ

―――にしても多いって

―――近々、侵攻してくるとかそんな噂もあるってよ

―――…あの醜い化物が、か

―――東区の最強を力づくで奪った化物…

 

 

 

 




いつも読んでくださってありがとうございます!

今回使われた❝毒❞、わかった人がいたらすごすぎです。
ちなみに、多対一で今回主人公が勝てた理由は、狼たちが弁当を狙わず主人公を排除することを優先したことが大きな敗因です。
普段からコンビとしている猟犬群や【アラシ】、オルトロスなら主人公が勝てたかわかりませんが、普段ソロプレイの人が急に手を組み一人を攻撃しようとすると逆に本来の力を出せずに自滅してしまいます。
更に今回使われた❝毒❞が最初にMaxで決まったことも大きいです。
まぁ、【氷結の魔女】とかその辺のクラスなら余裕で10頭くらいの狼を相手どれる…はずなので主人公が今回大立ち回り出来たのも変ではないのかなぁそんなにと思いたいです。

次回もどうかよろしくお願いします!


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12食目

今回は猟犬群視点多めです。
あと2~3話くらいで一巻を終われると思います。


どうかよろしくお願いします!


悪夢と言う言葉がある。

読んで字のごとく、悪い夢のことだ。

人間は悪夢を見る生き物である。

長い人生、当然楽しいことばかりではない。

だから神様と言う存在がいるのならば、「調子乗んな」と言う感覚でちょっとハッちゃけた人間に罰で悪夢を見せてるのかもしれない。

例を挙げるなら、注文書に4個と言う数字が書かれていたのを見間違えて千個注文するような感じだ。

まさに悪夢。

あいにくスピリチュアルな体験や心霊現象なんていうホラーな経験談も持ってないので何とも言えないが僕は今現在、悪夢を見ているにちがいない。

 

目の前にいる男、山原と名乗った男が元凶である。

確か猟犬群とかいう【二つ名】持ちのリーダー格だったはずだ。

この間、佐藤君と白粉さんといるのを見た。

まぁそれは別にいい。

けど「君の噂は聞いてるよ【ゴキブリ】」とにこやかな顔をしながら話しかけてきたときはぶん殴ったろかって思った僕は悪くない。

 

なんでも彼が言うには、争奪戦でチームを組まないか?という事だった。

メリットとしては弁当を必ずゲットできる、だそうだ。

なんかやり手のセールスマンみたく、あれこれメリットについて演説してる目の前の山原さんを見てせわしない人だなぁ、どうでもいいけど学校で人の事【ゴキブリ】呼ばわりすんなよなぁと思う。

いまだ口を閉じず、ペラペラ喋る山原さん…とは別に気配を感じた。

ゾクッ。

この擬音を考えた人は素晴らしい。

そんなことはどうでもよくって、この気配…白粉!貴様、見ているなッ!?

案の定、口を三日月のように釣り上げながら彼女はそこにいた。

にちゃあ…とクリーチャーのような音が聞こえた気がする。

顔を半分のぞかせながら彼女はつぶやく。

 

―――サト…サイトウ刑事に手を伸ばした男、狙った獲物は必ず集団で襲い喰らってきた猟犬たちの長はその毒牙をシン…シドウにも伸ばした。

サイトウはその甘く、甘美な密に絡めとられてしまったがシドウは抵抗するかのように…

 

耳が腐るぅぅぅぅぅ!!!!

一刻も早くここから脱出せねば!

 

 

「だからさ、どうかな?僕たちと手を組まないか?悪い話じゃないと思うんだけど」

 

「いや…僕はいいです」

 

「…えっと、理由、聞いてもいいかな?」

 

「メリットないんで…というかデメリットしかないんで」

 

そう、彼らと組むという事はいよいよホモ疑惑が笑えないところまで来てしまうのだ。

佐藤君との一件があってから僕はクラスの男子から無視をされるという状況に陥ってしまっている。

唯一、ものすごい気持ち悪い笑顔で「君も白梅様のビンタもらったんだ!いいなぁ!いいなぁ!!」とはしゃいでいた小太りな内本君と話せたくらいなのだが彼はオカルト研究部に連れていかれ未だ意識が戻っていない。

実質、友達ゼロなのだ。

これで汗だくな剣道部員のこの人たちと行動を一緒にしてしまうともう笑えなくなってくる。

そしてなにより白粉さんだ。

いまでさえこんななのに…チームを組むと考えるとぞっとする。

デメリットしかないのだ。

それに。

 

「弁当なら自分で獲れますので」

 

これに尽きる。

何が悲しくて群れなきゃいけないのか。

僕の楽しみは強い奴を倒し、そのうえで弁当を喰うことなのだ。

それを邪魔するのは許せないな。

 

「…君、【氷結の魔女】に負けたんだろ?僕らといれば、魔女ともやりあえるよ?」

 

「…なんか面白なってきたわ。つまらんくない?そんなやり方」

 

目の前にいる男の人の考え方と僕の考え方はどうやら違うらしい。

 

「どういう意味?」

 

「んー…ポケモンとかやってて、強い敵が出てきたら友達のレベル100のポケモン借りるタイプ?」

 

「…」

 

「それがダメとは言わないですけど、少なくとも僕は違いますので。勝てない敵が現れたら…楽しくなります」

 

―――シドウは猟犬群の長の巧みな技の前についに口を割ってしまう。

自分はその身で勝てないガタイの屈強な男が現れると喜んでしまうドがつくほどのMであると。

それはもっと欲しいという感情の裏返しから来たものであろうか、だらしなく口を開けたシドウは恍惚の表情で…

 

「すいません!気分がすぐれないので失礼します!!」

 

本当に白粉さんは僕に何か恨みでもあるのか!?

 

走り去る僕の視界の隅に移ったものは、山原先輩の鬼のような顔と、固く握られた拳だった。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

山原は佐藤と白粉を連れ、争奪戦の場にいた。

自分の誘いを断り、あろうことか猟犬群のあり方をつまらないと言い切った新道とは別に、佐藤と白粉は釣れたのだがそれでも溜飲は下がらない。

今までにも誘いをかけ、断られてきたことは何度もあった。

しかも全員が同じ理由を返してきた。

気に入らなかった。

まるで自分たちが狼に劣っていると言われているみたいだった。

 

時刻は20時57分。

半額神が現れ、その作品にシールを貼っていく。

 

「流れはこの間と同じように。まぁ…あとは臨機応変にってことだけど、気楽に行こう。

大丈夫、サポートはするからさ!」

 

鬱屈な気持ちを表に出さず、佐藤と白粉に笑顔を向ける。

 

「大丈夫…そうとも。僕らといれば勝利は確実だ」

 

まるで誰かに言い聞かせるように、言葉を繰り返す。

 

そろそろだ、山原がそうつぶやき、ジジ様がバックルームへと戻っていく。

佐藤と白粉は顔を見合わせ、お互いの状態を確認する。

いまだ犬の域をでない新米の2人だが、猟犬群に目をつけられるだけあって最近は狼たちを驚かせる動きをすることも多い。

しかしいかんせん、やはり経験の違いからか弁当奪取は【魔導士】と組んだ時に手に入れた佐藤の月桂冠と、猟犬群と組んだ前回の弁当の計三個だった。

 

「な、なんか今までの一連のやり取り、相棒みたいな感じでしたね」

 

「…刑事ものの例えを出すのはやめてくれ…」

 

「さ、そろそろ行こうか」

 

扉が閉まり、瞬間、三人が走る。

山原が先頭を走り、その後ろを可能な限り距離を詰めて走る佐藤と白粉。

すると横の棚から他の猟犬群が姿を見せ彼らを追い越し弁当コーナーへ走る。

波状攻撃、これこそが猟犬群の闘い方である。

まず先行して弁当奪取、もしくは狼の足止めをする❝甲❞と、次に続く❝乙❞の2チームに分かれるスタイル。

今宵は良いスタートダッシュが取れたことから、甲のチームがそのまま弁当を奪取できそうだった。

しかし狼たちはそれを許さない。

スピードに自信のある狼数頭が猟犬群に並び奪取を計る。

 

山原が口笛をヒュッと吹くと、甲チームがくるりと向きを変え、狼にかみついた。

その隙に乙チームが網の目をくぐるように弁当コーナーの先頭にまで踊りでた。

未だ手付かずの弁当の山を前に佐藤と白粉は目を見開く。

綺麗に陳列された作品の数々。

前回と同じように、何度見ても美しいと思ってしまう。

 

「佐藤!早く!」

 

猟犬群の一人が叫び、我に返った佐藤は弁当へと手を伸ばす。

カレー弁当。

しかもカツ入りでチーズまでかかっており、ダメ押しに大盛だ。

指先にかかる確かな重量を感じながら佐藤はその場から離れる。

山原に教わった通りに他の猟犬群たちと入れ替わるようにして、だ。

他の乙チームも同時に離れ、狼の邪魔をしながらレジへ向かっていく。

狼達にはその邪魔を止めることはできない。

結果、甲チームも全員が弁当を獲り、その弁当コーナーからは何もかもがなくなっていた。

 

 

 

剣道部室。

 

「いやぁ、今日もスムーズに勝利出来て良かったよ。新入り2人に格好悪いところは見せられないからさ」

 

山原は笑顔で話しかけるが、佐藤はなにやら難しい顔をしながら考え事をしているし、白粉は

―――サト…サイトウは犯罪集団猟犬群に拉致され秘密基地に拘束されてしまい…

などと意味不明なことを繰り返しつぶやいているので、微妙な顔をしながら弁当を取り出す。

他の猟犬たちは本物の犬のように弁当を食い漁り、団欒をしている。

 

「食べながらでいいんだけどさ、例の話、どうかな?悪い話じゃないと思うんだけど」

 

「そう…ですね」

 

佐藤はどこか歯切れが悪く返す。

 

「そんなに難しく考えないでくれよ。毎回同じじゃなくって言い。争奪戦が被ったときだけ手を組もうってだけさ。」

 

はぁ、とやはり返事は返せない。

何がこんなにも自分は猟犬群に入ることを拒んでしまうのだろうか。

佐藤は考えてしまう。

そして返事を返せないことをごまかすようにカレーを掻き込む。

 

「組織を組んだほうが弁当を獲れる確率が上がる、協力者が多いほうが情報も手に入れやすい。【二つ名】持ちとも俺たちといれば互角以上に戦えるし【アラシ】にだって好きにはさせない…どうだい?」

 

「うーん…確かにそうなんですけど…」

 

―――サト…サイトウは押しに弱くしぶしぶ同意の上で、公衆の面前での痴態を晒すこと決意する

 

白粉がまた呪文をつぶやき始めるがそれを佐藤は彼女の後ろに束ねた髪を掴み引っ張ることで阻止する。

 

たかが口約束だし、メリットしかない。

だからこの場では良い返事をしていればいい。

気に入らなかったらあとからやっぱりやめたと、それだけで事足りるのに。

何故か佐藤は、これが大事な決断を迫られていると感じた。

ここで選択肢を間違えれば一気にDEAD ENDになるようなそんな気さえする。

 

「…断る理由なんてないんじゃないのかい?」

 

「そう、ですね…そうなんですけど…う~ん」

 

結局、佐藤はきちんとした返事を返せなかった。

白粉が弁当を食べ終わったあと、即座に立ち上がり、もう少し考えますと言って2人でその場を後にした。

剣道部員たちは顔をゆがめて山原に問いただす。

 

「おい、話が違うぜ。佐藤のやつ渋ってんじゃないか」

 

「そうですよ。主将、ありゃだめなんじゃないですか?」

 

他にも声には出さずとも、この場にいる人間は同じ気持ちだった。

一斉に山原に視線を向ける。

 

「大丈夫だ。まだ…あいつは、佐藤は自分がどうして渋ったのかわかっていない。今ならまだ大丈夫だ…金城、いや【魔導士】のようにはなっていない」

 

そう、佐藤はまだこちら側の人間だ。

以前、まだ【魔導士】と呼ばれる前だった金城にも山原は声をかけたのだがそれは断られた。

しかもこともあろうに、自分の、いや大多数の人間が頭を傾げるようなそんな理由でだ。

まっとうな計算ができる人間ならそんな判断は下さない、下せない。

だから、佐藤はまだ大丈夫だ。

狼などと呼ばれる連中の思想に染まっていない今だからこそ、だ。

剣道部の片づけを行う部員たち。

綺麗に磨かれた窓に映る自分の顔は醜く歪んでいた。

 

山原は負けることが大嫌いだった。

少年のころから誰にも負けたくない、負けたのなら次こそは勝ってやると復讐に燃えた。

それは今でもそうであり、争奪戦の場においても同じことだった。

猟犬群と言うシステムは彼にとって素晴らしいものに見えた。

 

狼は周り全員が敵であり、瞬間的に手を組むことはあれど基本は一人だ。

そこに訓練された群れが突っ込めば勝敗は目に見えており、たとえ猟犬群全員に弁当が行き渡らなくても、その場の弁当半数以上を手に入れられたらそれは客観的に見て自分たちの勝利であった。

だというのに狼たちはそれでも群れない。

弁当に拘るくせに、他の何よりも執着する癖にかたくなに一人で戦う。

敗北に涙を流す狼達を何人も見てきた。

ああはなりたくない、と何度も思った。

敗北感と、空腹感。

どちらも耐えられたものではない。

ならば絶対に勝てるシステム、負けにくいシステムを行使する。

山原は負けることが何よりも嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 



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13食目

[壁]_・)チラッ。。。。。。。゙(ノ・_・)ノスタスタッ。。。。。。チラッ(・_[壁]

今更の更新…申し訳ないです…まだ読んでくださってる方がいたらうれしいなぁ…

久々の投稿なのでクォリティは期待しないでくだちい…

よろしくお願いします!


今宵も争奪戦、奪い奪われた勝利という名の食。

僕はその手に弁当2つを持ち、レジを抜け出口に待っていた茶髪に話す。

 

「なんか最近、見られてる気がするんだよね」

 

開口一番にそういう。

もし僕が誰かにそう相談をされたならば、自意識過剰乙と切り捨てたことだろう。

事実、自分で言っていて何言ってんだと思った。

しかし最近、厳密にいうと弁当争奪戦に参加してからそう感じることが多くなった。

始めは豚だから蔑みで見られているのだと思った。

次に初めて弁当を獲り、不名誉だがなんか変な【二つ名】で呼ばれ始めたころからは悪目立ちかな?と思った。

しかしそれを抜きにしても見られている。

興味本位ではなく、なんていうんだろう…分析されているような…そんな変な視線を感じる。

極めつけはバイクに跨った変な人たちを争奪戦後によく見かける。

しかも不特定多数からだ。

決まって黒いライダースーツを身にまとってフルフェイス、体格から同一人物ではないとわかる。

なんか不気味だ…一瞬頭をよぎったのは、白粉さんの顔だった。

あのクリーチャー、自身の作品をネットにアップしているらしいので、熱烈なファンがそのモデルかなんかを探しているのではないか…などとありえない想像をしてしまった。

あんな作品にファンなんかいてたまるか、と自分の精神の均衡を保つために心の中で吐き捨てる。

 

「なにか心当たりあるの?」

 

「いや…特には」

 

「…もしかして」

 

茶髪が何かを考えるような仕草をする。

どうでも良いけど茶髪が何か動くたびにその胸に携えたミサイルがたゆんと動くのを間近で見ると何だろう…自然と手を合わせて祈ってしまいたくなる。

 

「【天パ】、こんな噂聞いたことないかしら」

 

茶髪曰く、ここら一帯のスーパーは東西の2つに分けられている。

と言っても明確に地図などで分けられているのではない。

あくまでも狼の中で、だ。

僕がいるこの店は西区に当たり、他にも【氷結の魔女】が縄張りにしている店なども西区だ。

逆に東区は僕はまだ行ったことがなく、茶髪や坊主、顎鬚も東区にはいかないらしい。

なんでも東区には化物がいる、と。

別にその化物がいるから東区に行かないわけではなく、ただ単に烏田高校から東区のスーパーに行くのには遠いし、時間がかかるため争奪戦に間に合わないことが多いかららしい。

そしてその化物なのだが、【魔導士】と同じレベルの強さらしい。

詳しくは茶髪も知らないらしく、ただ【魔導士】と化物の闘いの話だけが各地に伝わっているのだと。

勝者は【魔導士】、しかしその戦いは熾烈を極め満身創痍の中、命からがらもぎ取った弁当を、地に伏しながら食ったらしい。

 

ここまで聞いて思ったことは、行儀悪いという事だった。

寝転がったまま食べたってことでしょ?

まぁそうなるまでの激闘で、そんな体ながらも弁当を食べたいという意気込みは認めるけど…とか考えていたらこの間、スーパーの前で弁当5個を座りながら食ってた自分を思い出し、一人顔を赤くする。

 

そんな化物が東区におり、さらにその化物に心酔し手足のように動く狼の群れが存在するとのこと。

その名は【ガブリエルラチェット】、主に情報収集を得意とし、ありとあらゆる情報を自らの足で赴き、収集して主である化物に献上する集団。

そしてその情報をもとに東区を束ね、最強と呼ばれる【魔導士】に肩を並べた化物、狼達から【帝王】(モナーク)と恐れらている。

 

話が長くなったが茶髪が言いたいことはその【ガブリエルラチェット】なる組織は新年度になり、狼が増えるこの時期は情報収集のためあちこち動き回っては、目立つ狼をマークし情報収集に勤しんでいるそうだ。

あ~…原作を読んだとき、なんかそんな組織あったなぁと思い出した。

なるほど、これで最近の視線の正体に気付いた。

なんか肩の荷が下りた気分だ。

 

そうこうしているうちに、佐藤君が目の前にいた。

手には半額弁当を持っている。

はて…今日は佐藤君はあぶら神の店にはいなかったはずだが。

すると佐藤君は、僕に問いかけてきた。

 

「新道…僕、お前に聞きたいことがあるんだ」

 

お、おう。

急に改まってどうしたのだろうか。

佐藤君と話すことなんて、学校でももはや殆どないのに。

だって疑惑が…!

 

「最近…何か変なんだ」

 

ふむ…?

おかしいのは元からだろうに、と口にはしない。

 

「あんなにおいしかった半額弁当も、味気がなくて、争奪戦も何故か張り合いがなくて…」

 

「はぁ…」

 

「そこで、何が理由なのか考えてたんだ」

 

…何だろう、何か嫌な予感がする。

背筋に流れる一滴の汗。

この感覚は、なんかヤだな…某漫画で「今のはメラだ」と言われる前のような感覚。

 

「新道、お前がいなかったからだと思うんだ」

 

…What?

 

こいつ、今なんて言った?

僕の耳が腐ったり、地球がフォトンベルトに入っていないというのならばこの目の前の男は僕がいなかったから御飯がおいしくなかったと言った。

隣を見れば茶髪が一歩、後ずさっている。

更に周りを見れば、他の狼達も引いている。

あ、いつもの黒スーツのバイク野郎も何かをメモしている。

この瞬間、思ったことは「あ、終わった」だった。

 

 

 

 

 

アホなこと言った佐藤君の頭をひっぱたたき、首根っこ掴んで人目のないところに連れていく。

去り際に「やっぱり…グヘ」という幻聴を耳にしたが気のせいだ。

そして店から少し離れた所にある公園に着いた。

 

「言い訳を聞こう、それが貴様の口にする最後の言葉だ」

 

今こそ修業の成果を十全に発揮する時だ。

数ある殺人術を今ここで…!

 

「え、いや、さっきも言った通り、争奪戦が楽しくないんだ」

 

なんか神妙な顔をしながら言うのでとりあえず聞くことにする。

 

「楽しくない?」

 

「なんていうか…初めのころと違って今は弁当も手に入れられるようになってるのに、それに見合うだけの感動がないというか…」

 

ははぁ。

佐藤君が急にないを言い出すかと思えば。

僕はその答えをなんとなくわかる。

佐藤君も、こちら側だというだけの話だ。

難しく考える事ではない。

 

「理由、本当にわからないのか?」

 

「新道はわかるのか?!」

 

「まぁ…」

 

「教えてくれ!」

 

「え、やだ」

 

「なんでだ!」

 

ずるっとリアクションする佐藤君。

 

「こちとら佐藤君に迷惑しかかけられてないからな」

 

「迷惑かけてないだろう!」

 

「今さっきかけられたわ!」

 

そうだ!

今までの話でうやむやになりかけていたが、さっきの発言!

新道がいないと、と言ってたけどあれは多分僕がいたときはまだ猟犬群とつるんでいなかったからだろう。

一人で自由に戦っていたころのほうが楽しいと、究極的にはそういう事なのだ。

それを猟犬群というシステムの歯車となり、いわば楽して勝つかわりに深い感動はないそのやり方に、彼は楽しさを見いだせなくなっていただけの話だ。

しかしそれを教えてあげるつもりは毛頭ない。

なぜならさっきも言った通り佐藤君に対してあまり良い感情を持っていないという事と、自分で気づけと思ってるからだ。

仮にも、あの【氷結の魔女】の仲間であるのならば…。

 

「頼むよ新道…」

 

しかしこうまで弱ってる佐藤君を見るのは初めてだ。

時間が解決してくれるだろう問題だが…ううむ、突き放すのもなんだか忍びない。

こうして敵に頭を下げているのを無下にもできない。

 

「…争奪戦が楽しかった時のことを思い出してみたらいいんじゃないか?」

 

僕の言葉に顔を上げる佐藤君。

直接的な答えを言う気は、何度も言うが毛頭ない。

 

「自分の心に問いかけてばかりじゃなく…そうだな、一度深呼吸して、一歩引いてみて、頼りになる仲間に相談するのもいいと思うよ…そのための同好会だろ?」

 

そう言って僕はその場を後にする。

これで分からんようならもう知らなーい。

佐藤君と戦う機会はいままでそんなに無かったけど、あのがむしゃらさは見ていて好ましいし、できる事ならこれからも争奪戦で会いたい。

だから、早く戻ってきてほしいなと、少しだけ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

 

 

 

佐藤は新道に言われた言葉を反芻しながら部室にたどり着いた。

『争奪戦が楽しかったころを思い出せ』と新道はそういった。

佐藤にしてみれば争奪戦は、始めは食費を切り詰めるための行為でしかなかったのだが気づけば毎日あの場へ赴いていた。

何度殴られても、何度地に伏せようとも。

気づけば怪我をしていようが、半額弁当が手に入らずどん兵衛をすする日が続こうとも、あの場所へ向かっていたのだ。

 

想えばおかしな話だ、と佐藤はそう思った。

安く食費を切り詰めたいなら、他にも方法はあるはずなのに。

100円マックでも良いし、それこそどん兵衛でもいい。

なのに、何故だ。

何故その身は弁当を求める。

 

温めていた弁当がその声を上げたとき、目の前には先輩である【氷結の魔女】こと、槍水が座っていた。

 

「先輩…僕、答えが分からないんです」

 

以前から、佐藤は新道にした質問を槍水にもしていた。

その時、槍水はこう答えた。

 

「『俺はその販売方式を含めて半額弁当は最高の料理の一つだと思っている』、この意味が分かればおのずと答えは見えてくる」と。

 

佐藤はその意味を理解しようと考えたが、結局答えはわからずじまいだった。

 

テーブルをはさんで向かい合わせの二人。

時刻はすでに10時を回ってしまいそうだ。

槍水は口元に微笑を含めてあるファイルを取り出した。

 

「なんですかそれ」

 

佐藤が訪ねると槍水は誇らしげな顔をして答えた。

 

「宝物だ、私の…いや私たちの」

 

そういってファイルを開く。

そこには何ページにも渡ってとあるシールが貼られていた。

 

「これって…月桂冠のシール…」

 

「あぁ、そうだ」

 

誇らしげに、しかし少し寂し気にページをめくっていく。

 

「ここに貼られているシールたちはHP同好会に在籍していた狼たちの、勝利の思い出だ」

 

通常、HP同好会の狼たちは勝利した証に半額シールを部室の壁に貼っていく。

その昔、HP同好会がまだたくさんの部員がいたころその実力の高さから連日シールが貼られていった。

今は3人しかいないその部室に、壁いっぱいに貼られたシールたちは年季を感じさせた。

しかし月桂冠のシールだけはこうしてファイルに閉じられている。

それは特別な勝利であるからであり、特別な思い出であるからだ。

佐藤はめくられるページを、きれいな生き物の図鑑のように感じた。

様々な店の月桂冠シール。

一つとして同じ思い出を持たないそれぞれがオンリーワン。

そしてそのシールの下には名前が書き綴られていた。

その月桂冠を手にした狼の名前だろう。

見ればその大半を金城優、【魔導士】の名前で占められていた。

そしてさらに気づく。

ページがめくられていくにつれ日付が新しくなり【氷結の魔女】の名前が増えてきたことに。

 

「…この月桂冠は」

 

そう歌うように槍水は口にする。

 

「私が初めて【アラシ】と戦い手に入れた勝利だった。大雨が降っていてな、雨の中入店してきた【アラシ】の恐怖に足がすくんで動けなかった…でもそれ以上にこの月桂冠が食べたかった。気づいたら無我夢中で暴れまわってた…何回も何回も諦めそうになったが、それでも私は勝った」

 

ぺらり、とページがめくられる。

 

「これなんかどうだ?他県から【魔導士】の噂を聞き付けた【二つ名】持ちが10頭以上押し寄せてきたことがあった。当然、地元の私たちからしたら面白くない…私たちなんか眼中にないとそう言われてるように思えてな。だからHP同好会全員でその【二つ名】持ちとやりあった…【魔導士】抜きでだ。すごい戦いだった、今でも思い出せる。奇怪な技、ありえない戦法、そしてなによりその気迫。どれをとっても超がつくほどの一流だった。一人、また一人と倒れていく中、ついに私も意識が飛んでしまっていた・・・目が覚めたとき、立っていたのは私だけだった…」

 

槍水はそのシール一枚一枚を本当に楽しそうに話す。

きっと彼女の中でこれらは本当に宝物なのだ。

佐藤もその話を、ドキドキしながら聞いている。

そして槍水がページをめくると、真新しいページの中に一枚だけ月桂冠が貼られていた。

そのシールの名前の下には佐藤洋と。

 

「これって…」

 

「あぁ、お前が【魔導士】と共に【アラシ】に勝利した時のものだ」

 

その瞬間、佐藤の頭の中にあの夜の記憶がよみがえる。

次第に胸が、頭が熱くなってきた。

恐るべき敵の【アラシ】、それに立ち向かっていった動機である新道、さっそうと現れた【魔導士】、そして手にした月桂冠…どれもこれも昨日のことのように思い出せる。

 

その瞬間、佐藤は気づいた。

今まで出せなかった答えを。

 

「そうか…そうなんだ…たったそれだけの事じゃないか…僕は何を悩んでなんかいたんだ」

 

「お前は手のかかる後輩だな」

 

嬉しそうに見る槍水。

 

「すいません…バカなのは親の遺伝なんです」

 

槍水がファイルを閉じる。

その音とともに遅くなってしまった夕餉が始まる。

そこに迷いはなく、佐藤は自分の進むべき道を見出した。

 

 

 



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14食目

今回の話…某漫画の某セリフを改変、いや改悪したものが長々と…
そのまま載せるとアウトだったので食品風に変えたらこんな有様…文才がほしいと今年のサンタさんに頼むことにしました。

感想、励みになります!
いつもありがとうございます!

多分次回くらいで一巻完結です…多分

次回もよろしくお願いします!


良かったらもう一つのほうの作品も意見、ご指摘いただけたら嬉しく思います…


今日も今日とて、学校が終わりスーパーへと向かおうとする僕に、猟犬群のリーダーである爽やかイケメンの山原さんが僕に話しかけてきた。

どことなく僕を見る目がきつかったようだけどそんなのはどうでもいい。

クラス中から冷たい視線で見られている僕にその程度の睨みは痛くもかゆくもない。

 

「やあ、調子はどうだい?」

 

「まぁ…普通です」

 

「スーパーで連戦連勝しているみたいじゃないか」

 

「はぁ…」

 

「でもそろそろキツいんじゃないかな?」

 

「どういう意味です?」

 

「君は知らないだろうけど、【二つ名】持ちが君の噂を集めているらしい…近いうちにもの好きなんかは君にちょっかいをかけてくるだろうね。その時、君は果たして弁当を獲れるのかな?」

 

山原さんはニィっと悪そうな笑顔を浮かべた。

どうでも良いけどこういう厨二臭い仕草もイケメンなら許されるのって理不尽だ。

ニヒルなキャラ付けをしようと、何かのお礼をするたびにポケットから駄菓子をプレゼントしてたのはいいけど裏では誘拐魔とかいうあだ名をつけられていた川原君に謝罪すべきだ。

 

「…僕らならその【二つ名】から君を守ってあげられる、弁当を獲らせてあげられる」

 

「…」

 

「これが最後だ。猟犬群に入らないか?」

 

「結構です」

 

即答だ。

考えるまでもない。

ていうかもうなんかムカついてきた。

こともあろうに目の前のこの人は、弁当を恵んであげる、と言った。

この瞬間、僕の『絶対殺すノート』に名前が挙がった。

 

「そんなに自信があるんだね…ならこの誘いも断らないよね?」

 

そういって山原さんは僕を殺意ある眼で睨んで言った。

 

「今日、ジジ様の店で戦おうじゃないか。君が一人でも勝てるというのなら、僕たち猟犬群からでも弁当を獲れるという事だろう?」

 

「…もうここまでくるといっそ清々しいですね」

 

ふぅ、とため息をつき僕は笑った。

 

「でも、そういう誘いは嫌いじゃないです」

 

【ダンドーと猟犬群】、その強さの肝は連携にある。

そしてその弁当奪取率は【二つ名】にも劣らず、災害である【アラシ】すら寄せ付けない。

本来のリーダーである壇堂先生がいない【ダンドーと猟犬群】の闘い方こそが負けにくいシステムであるというのならそれを僕は真正面から正々堂々打ち破ってやろう。

 

「燃えるぜ」

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

山原の気分は高揚していた。

あの生意気な1年坊である【ゴキブリ】をこの手で潰してやれると思うと、今日の弁当の美味さも跳ね上がるだろう。

そして兼ねてより勧誘を続けていた佐藤も、今日で返事を貰えることになっている。

策は講じてきた。

負けにくいシステム、猟犬群フルメンバーでの参加、佐藤という新しい戦力の勧誘、そしてホームであるジジ様の店での戦い。

争奪戦の始まる前からできうる限りのことはやってきた。

 

―――山原は負けることが何よりも嫌いだった。

 

己が勝つ理論を一つ、また一つと積み上げていく。

そうすることで山原はいつものルーティーンのように弁当を手に入れてきた。

笑顔を絶やさず、猟犬たちを連れスーパーへ入店する。

その笑顔の裏には目も当てられないほどの憎悪と恐怖が込められていた。

自分たちの考えに賛同しなかった愚か者への憎悪と、万が一にもないが負けてしまう事への恐怖を携えて…。

 

―――山原は負けることが何よりも嫌いだった。

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

スーパーへ入店した山原達はそれぞれが訓練された犬のように流れるように分かれていった。

そして山原は目当ての人物を探し当て背中合わせになるように陣取る。

 

「佐藤君、どうだい調子は?」

 

昔ながらのスナック菓子を手にしながら山原は佐藤にそう尋ねた。

 

「まぁまぁです」

 

「そっかそっか…早速で悪いんだけどさ、返事聞かせてもらえるかな?」

 

顔はお互い見えない、のにきっと山原は笑っていることだろう。

返事のない佐藤に山原は畳みかける。

 

「何度も言うがそんなに深く考えないでくれ。僕たちは君に命令したり強制したりはしないよ。ただスーパーであったら一緒に行動しようと、そう言ってるだけさ」

 

山原の口は止まらない。

 

「オレ達としても佐藤君のような有望な人材と手を組めたら有利に事を運べるし…あ、もしかして自分はまだ未熟だとか思ってるのかい?だとしたら大丈夫さ、君は絶対に強くなれる、僕にはわかる。それにもし強くなれなくても心配はいらない、僕たちといれば弁当を獲らせてあげられる」

 

「…【ダンドーと猟犬群】…【二つ名】がつくほど弁当の奪取率が多いんですよね?」

 

その佐藤の問いに、山原は頬を吊り上げる。

喰いついた、と。

 

「そうだね…大体勝率9割ってところかな?もちろん【二つ名】持ち相手にだって負けない。残りの1割だって人数がいないときだったり、よせばいいのにオレや壇堂先生がいない時だったりだから実質10割さ」

 

得意げに山原は語る。

喰いついた、逃がさない。

 

「この争奪戦は狭き門だ。勝者はほんの一握りしかなれない。弱きものは飢え、強き者だけが腹を満たすことができる…まるでこの世界そのものを具現化したような場所だ。

よくTVなんかで言われているけど、人間は自然には勝てないとされている…けどオレはそうは思わない。むしろ今では人間のほうが自然を脅かしている状況だ。

そしてその人間というのは、得てして団体で行動している者たちだ。

社会では連携こそが強みで、はぐれ物は消えていく定めにある」

 

「つまり…【ダンドーと猟犬群】は勝つためのシステムだと?」

 

「その通り。どんな人間であっても群れに入ってしまえば強者になれる。

もちろん指導者がいて、ある程度の実力を持つものこそが望ましい。

佐藤君、君にはその資格がある…断る理由、ないよね?」

 

落としにかかった山原は勝利を確信した。

ここで佐藤を落とし、新道を潰す。

しかしその思惑は、他でもない佐藤の返事によって崩される。

 

「お断りします」

 

その言葉がわけのわからない外国語のように思え、山原は理解ができなかった。

きっと彼の顔は面白いくらいに崩れていたことだろう。

 

「せっかく誘ってくれていたのに、ここまで待ってくれていたのに断ってしまってすいません」

 

「理由…聞いてもいいかな」

 

何かを抑えるような声で問う。

その声は恐ろしいくらいに冷たいものだ。

 

「…今まで猟犬群に誘って、それを断った人って何人くらいいるんですか?」

 

「…あんまりいないよ。そもそも誰も彼にも声はかけていない」

 

「本当ですか?その人たちはなんて言って断りました?」

 

「…いろいろだ」

 

「いえ、多分ですけどみんな同じ理由で断ったんじゃないでしょうか?

『それじゃつまらない、面白くない』って」

 

佐藤は山原に顔を向ける。

それに気づいたのか、山原も佐藤を見る。

店に入って、二人は初めて向き合った。

体も、心も。

 

「確かに猟犬群というシステムはすごいものだと思います。みんなに弁当が行き渡るシステム、それのみに特化した戦い方に僕も最初は目が眩みました。

でもあの日、行動を共にして弁当を獲ったとき思ったんです。

普通の買い物だった。そこに試練も強敵手もいないただの買い物…食べた弁当も美味しかった…けどただそれだけだったんです。

【魔導士】たちと協力して獲った弁当のような感動がなかったんです」

 

黙って聞いてる山原の顔は笑顔だ。

ただその笑顔にひびが入ってきている。

佐藤の発する言葉にひびは決壊を迎えそうだ。

 

「僕は弁当がほしい…でもそれはただの売れ残った古臭い弁当じゃない。

自分の全てを懸けてまた相手も全てを懸けて戦い、その果てにある勝利のスパイスが入った弁当なんです」

 

そう、以前、佐藤に槍水が考えろと言った言葉。

『俺はその販売方式を含めて、半額弁当は最高の料理の一つだと思っている。』

そして新道の言った言葉。

『争奪戦が楽しかった時のことを思い出してみたらいいんじゃないか?』

その答えこそがこれなのだ。

 

ビギィ!

 

山原の顔はついに壊れ、その本性が顔に浮かび上がる。

 

「…必ず弁当が喰えるのに?」

 

「それでも、僕は戦います。戦って時には負けて、泣きながら生きていきたいです」

 

「理解に苦しむよ」

 

山原は佐藤のこの目に【魔導士】こと金城を、今まで誘いを断ってきた狼どもを思い出した。

どいつもこいつも猟犬群のシステムを半笑いで断っていった。

理解ができない…が何人にも断られ続け、そして【魔導士】に言われてなんとなくわかったこともある。

こいつら狼と呼ばれる連中は、負けすらも楽しみながら戦っているのだ。

安定して与えられるドッグフードよりも生臭い血肉に食を見出しているのだ。

山原には理解ができなかった。

負けを楽しむという行為をただの破滅願望だと感じて、山原こそが狼を嗤った。

…どこか羨ましそうに、卑屈そうな顔で。

 

「おい山原!不味いことになった、弁当の残りが少ない。争奪戦が始まる前に全員分残るかわからないぞ」

 

剣道部の一人が山原にそう伝えた。

それに山原は返す。

 

「いや…そこから2個は考えなくていい」

 

「どういう意味…あぁそういうことか」

 

瞬間、その剣道部員も目が鋭くなる。

それを皮切りに猟犬群全体から佐藤と白粉に対する目が厳しくなった。

 

「…後悔はないかい?」

 

「えぇ」

 

「そうか…敵は少ないほうがいい」

 

「…潰しますか、僕を?」

 

「君が選んだ道だ」

 

そして山原はその場を離れ、群れを集めた。

今までのやり取りを、白粉はその横でかぁこいいと呟きながらメモを取り黙って聞いていた。

 

「…白粉、何でお前ここにいるの?」

 

「お、俺がいないと困るだろう!?」

 

探偵もののキャラを作りながら白粉は答える。

その探偵ものとは何を指すのか察した佐藤は、食欲が失せそうな気がしそうだったのであえて触れなかった。

 

「でも…白粉にも悪かった」

 

「へ?」

 

「一緒に争奪戦に参加してきたのに、僕のせいで振り回しちゃって」

 

「あ、いえ、気にしないでください。なんだかこういうのも、えっと、楽しいというか…良いインスピレーションが沸くというか…」

 

「お、おう」

 

その時、店内が少しざわついた。

見ればスーパーの入り口から青果コーナーに向けて歩いている顔見知りがいた。

新道心羽。

思えば白粉と同じく、佐藤の中で同時期に争奪戦に参加をした同期だ。

【ゴキブリ】とかいう本人もわけのわからない【二つ名】をつけられているかわいそうな奴ではあるがその実力は本物だ。

店内がざわついたのもそれが理由だろう。

 

「おい…あれって【ゴキブリ】じゃないか?」

「マジか…とことんついてねーよ」

「【ダンドーと猟犬群】に【ゴキブリ】、しかも弁当少ないし」

 

 

「新道」

 

佐藤は新道に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

「新道」

 

佐藤君に声をかけられた。

今さっき茶髪から話を聞いたのだが、佐藤君も猟犬群の誘いを断ったらしい。

まぁそうだろうなとは思ってたので特に驚きはなかった。

むしろ、誘いを断ったことにより佐藤君も吹っ切れて実力を発揮できるだろうという事と、断られた【ダンドーと猟犬群】が本気を出すことが僕の胸を躍らせた。

今夜の弁当は、きっと感動的なものになることだろう。

 

「新道にもお礼を言っとく…アドバイスありがとう」

 

「別に気にしてないからいいよ」

 

「ん、じゃあ今日は負けないから」

 

「それは無理かな」

 

店内を見渡していう。

 

「誰が相手だろうと、僕が狩る側で、相手が狩られる側だ」

 

今日も僕は弁当を見なかった。

金銀財宝のイメージがなかったことだけは確認している。

月桂冠は今宵なし、それだけわかっていれば後はどうでも良い。

何でも食べる。

何でも食べたい。

 

この店の半額神が出てきた。

さあ、戦いが始まる。

 

ジジ様が9つの弁当に全てにシールを貼り終え、バックルームへ戻っていく。

扉が閉まり、息苦しいほどの緊張感と焦燥感に抑えきれず一斉に狼が駆けだした。

今宵の勝利は9つ。

対して店内を駆ける獣は数えきれない。

 

先頭を二頭の狼が駆ける。

スピードも中々のものでこのままだと弁当コーナーにたどり着き奪取されてしまいそうだ。

しかしそれを他の狼が許すわけもなく、追いつき跳び蹴りや足払いをかけすぐに混戦となった。

そこに山原さんが口笛を吹き、その合図に合わせ猟犬群が必勝ともいえるパターンのために動き始めた。

第一陣である❝甲❞が乱戦の場に突っ込み、半ば力任せに道を作り続く第二陣の❝乙❞がその場に突っ込み弁当奪取を計る。

きっとこのまま何も起こらなければ、彼らはいつもの通り弁当を獲った❝乙❞が壁となり、❝甲❞も弁当を攫って行くだろう。

そう、いつもならば…。

しかし今日はそうはいかない。

何故なら僕がいるからだ。

僕の目の前で弁当を持っていこうとするなんて…許せないことだ。

それは僕のだなんで持っていこうとする僕のだ僕のだ僕のだそれは僕のだ!

 

「ピィィィィィィィィィイイイイイイ!!!」

 

先ほどの山原さんの口笛とは比べ物にならないほどの大きさの音が鳴り響く。

無論、僕の技である。

瞬間、周りにいた狼はもちろん、最前線にいた猟犬群にも効果があった。

以前にも使用した技でありその詳細は尾張忍者の末裔を自称する尾形小路という一人の男の奇術。

繊細な音を高低差を操り、人間の耳の中に存在する三半規管を刺激し、狂わせる技。

人間の外側を攻撃するものではなく、内にあるバランスそのものを破壊する業だ。

作品内に出てくるラスボスにすら効果的であったこの技は、このように対多数でも効果的だ。

ふらふらと足取り悪く、なぜこのようなことになっているのかもきっとわからないことだろう。

僕には人の心の中を読むなんて言う超能力はないが、きっとここにいる人たちの現在の視界はおそらくとても面白いことになってるに違いない。

明らかに動きに精彩を欠いている今、ゴキブリダッシュを使えば余裕で弁当を獲れるだろう。

しかし、そうじゃない。

こんなのはまだまだだ。

まだ足りない。

戦い、勝つ。

相手の全力を受け止め、それすらも自分の全力で打ち破る。

そうして得た弁当こそが僕の求めるものだ。

だから…。

弁当コーナーへ、それこそ横断歩道を渡るように近づき、弁当に背を向ける。

そしていまだふらつき、わけのわからない顔をしている狼と猟犬たちに言い放つ。

 

「諸君、僕は半額弁当が好きだ」

 

「諸君、僕は半額弁当が好きだ」

 

「諸君、僕は半額弁当が大好きだ」

 

「豚の角煮弁当が好きだ

サバの味噌煮弁当が好きだ

4種のチーズハンバーグ弁当が好きだ

チキン南蛮弁当が好きだ

唐揚げ弁当が好きだ

日の丸弁当が好きだ

 

コンビニで、スーパーで

デパ地下で、遊園地で

水族館で、動物園で

空港で、新幹線で

ファーストフード店で、定食屋で

 

この地上で作られるありとあらゆる弁当と半額弁当が大好きだ

 

整列をされた鮭の切身が海苔とともに白米に乗っているのが好きだ

小骨に悩まされながら米を飲み込んだ時など心が躍る

 

工場の操るスライサーの厚さ2㎜の牛小間切れが好きだ

悲鳴を上げて熱気のこもった電子レンジから取り出した牛丼弁当を掻き込んだ時など胸がすくような気持だった

 

足先を揃えたげその天ぷらの入った天ぷら弁当が好きだ

衣しかなくて恐慌状態になりながら、何度も衣以外を探そうと箸を突き立てる様など感動を覚える

 

企業の思惑に乗せられ、季節限定企画もの弁当に滅茶苦茶にされるのが好きだ

必死に守るはずだった財布の紐が蹂躙され、野口(千円)が消えていく様はとてもとても悲しいものだ

外国の物量だけは多い弁当に胃を押しつぶされて殲滅されるのが好きだ

ご当地限定弁当のために追い回されて害虫のように地べたを這い回るのは屈辱の極みだ

 

諸君、僕は半額弁当を戦争のような半額弁当を望んでいる

諸君、僕と戦う覚悟のある狼猟犬豚諸君

君たちは一体何を望んでいる?

 

更なる半額弁当を望むか?

情け容赦のない極狭の地での戦争を望むか?

悪逆非道の限りを尽くし三千世界の狼を殺す嵐のような闘争を望むか?」

 

僕の言葉に少し回復したのか、狼、猟犬群全員が僕を睨む。

あぁ…これだ。

この胸の高鳴りこそが…!

 

「よろしい、ならば戦争(クリーク)だ」

 

「我々は満身の力を込めて今まさにカットしようとするステーキナイフだ

だが食品偽装や衛生管理問題という暗い問題が起こる現代で耐え忍んできた我々にはもはやただの戦争では足りない、払拭できない

大戦争を!

一心不乱の大戦争を!」

 

場のボルテージが上がっていくのを感じる。

数メートルは離れている最後尾の狼の鼓動でさえ聞こえてきそうなくらい激しい動悸だ。

 

「我らはわずか20にも満たない狼の群れ

【二つ名】も持たぬ狼に過ぎない

 

だが諸君は一騎当千の狼だと僕は信仰している

ならば僕と諸君らで総力20万と1人の戦争となる

ここに一騎当千万夫不当の英傑共の戦場を!

征くぞ諸君」

 

場はカオスとなり、おそらく今までの争奪戦歴史上かつてないほどのボルテージが弾け、ここに戦争は開始された。

 




少佐、大好きな方、申し訳ない・・・


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15食目

今回で一応、一巻分終了です。
読んでくださった皆々様には感謝感激です。
お気に入り登録してくださったり、誤字報告してくださった方たちにも本当に感謝してもしたりません。
そして感想を書いてくださった方たちには…何度言っても足りないですがここに最大級の感謝と謝罪をさせていただきます!

仕事が結構、忙しくなってきて更新が出来なかったときが続いたのですが、それでも応援してくれたり、久々に更新できたときに「待ってました」とそんな温かい言葉をかけていただけ、柄にもなく更新せねば!と使命感にかられここまで来れました。
しかしあまり時間が取れず一気に書き上げたものですので、多分いつか書き直したりすると思います。

次から2巻目に入りたいのですが、更新速度が気になるところです…。
が、もしもよろしければこれからも細々と続けていくので、お付き合いしていただけたら嬉しいなぁと思います。

これからもどうかよろしくお願いします!





響き渡る怒号。

本能をむき出しに、恥も外見もなく。

この場の秩序は崩壊した。

誰もかれもが必死に手を伸ばす。

邪魔をするものは叩き潰す。

それが先ほどまでは共闘をしていた相手だとしても。

 

「…は、はは、はははははははは!」

 

そうだ。

それでこそだ。

これこそが僕の望んでいた戦い、渇望していた争奪戦だ!

 

「もらった!」

 

名も知らない狼が弁当を手にしようとする。

それを❝暗記時間❞で完璧にカウンターを合わせることで鎮める。

先ほどの演説が効いたのか、尾張忍者の秘儀を喰らってもなお、この場の狼たちは持てる力をもって食らいついてきた。

まだ誰も弁当を奪取できていない。

乱戦の中、僕はとある相手だけは見逃さないように常に視野に入れていた。

白粉である。

彼女はこういう乱戦でこそ輝く能力を持つ。

今も、するりするりと合間を縫って最前線へ来ようとしている。

しかしあと一歩のところで踵を返し、また乱戦の中へ戻っていく。

 

僕が見ていることに気付いている…わけではないようだ。

きっと佐藤君の手助けをしようとしているのだろう。

佐藤君と猟犬群との確執に、同じHP同好会の彼女は協力してあげたいとそう考えているのだろう。

 

ならその前に、僕は僕で邪魔な狼達を駆逐する。

 

「楽しいなぁ、おい!」

 

そう言い、狼の頭を掴み、地面に叩きつける。

 

「くそが!」

 

最前線、しかも弁当に背を向け向かってくる狼達を迎撃する僕を心底憎いという目で睨んでくる狼達。

その後ろから一頭の雌狼が回転蹴りで不意を打つ。

茶髪だった。

茶髪の攻撃がクリーンヒットし、また狼が沈む。

その瞬間を狙って僕は茶髪に❝卜辻❞を試みるがバックスウェーで躱され、その上バックしながら蹴りを入れられた。

やはり茶髪、強し。

 

「弁当がすぐそこにあるのに…獲らずに攻撃してくるなんてね」

 

「それが僕の闘いだからね。全員倒したうえで食べる」

 

「私がとって、泣かないでよ?」

 

「…むしろそれを望むよ」

 

僕と真正面から戦ってくれて、しかもその上で打倒を果たしてくれる強者の存在を僕は望んでいる。

負けるつもりはさらさらない、けど越えられないような強敵こそが僕の望む敵だ。

拳と拳がぶつかり合う事数十回。

もはや衝撃波さえ出ているのではないかというほど大気を揺るがすその攻防に、周りの狼も巻き込む。

 

「楽しい!」

 

思わず叫ぶ。

茶髪も笑っている。

あぁ、もっと、もっとだ!

この時間よ、永遠に続いてくれ。

 

しかし、そうはいかない。

茶髪は僕よりも強かだった。

再度拳がぶつかり合うというところで、急に下がった茶髪を見て怪訝に思う僕だったが、その意図に気付いたとき、背筋を嫌な汗が伝った。

 

ここにきて猟犬群の第一陣が他の狼を押しのけ最前線へやってきた。

それだけならまだいい。

しかし、僕は見てしまった。

僕の苦手とするタイプ、天敵ともいえる白粉さんが、その間をまるで宙を舞う木の葉のように縫って入り込んできたのを見た。

やられた!

その感情だけが僕の心を支配する。

 

猟犬群を利用し、僕とぶつけさせ、その間に白粉さんは弁当を獲っていった。

一度も攻撃を仕掛けてこず、一度も攻撃を受けずに。

 

歯がきしむほど、体全体に力が入った。

圧倒的、敗北。

ちゃんと見ていたはずなのに、茶髪との攻防の一瞬の隙をとられた。

そして、気づく。

茶髪は!?

 

僕を浮遊感が襲う。

投げられた。

遠くに、ではなく宙にだ。

軽く、きっと時間にしたら1秒も浮いていられないくらいの軽い投げ。

しかしそれだけで十分だった。

茶髪が弁当を獲るには。

 

空中で身動きが取れないぼくは茶髪が弁当を獲る姿をただ見ているだけしかできなかった。

 

「ちゃお」

 

手を軽く振る茶髪…くそ、悔しいが絵になってる。

再び地面に立った僕は残る猟犬群たちを鉄山靠で吹き飛ばす。

残る弁当は7個。

この時点で僕と佐藤君、そして猟犬群全員が取れる可能性はなくなった。

どうする…僕も取るべきか?

いや、まだだ。

まだ足りない。

茶髪と白粉さんにしてやられた分のこのフラストレーションをどうにかしなければ弁当を食べたとしてもそれは勝利ではない。

そのためにも…佐藤君と猟犬群を倒す。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

佐藤はこの争奪戦が始まってから山原にずっと張り付かれ、前線へ行くことが出来ていない。

そこまで山原は佐藤に執着しており、それはこの争奪戦の場において悪手とされている。

しかし、それは狼にとって、であるという事を忘れてはいけない。

猟犬群は全員が弁当を獲れるシステム。

突出した力を持つ相手をマークしている間に弁当を奪取することも戦術の一つであり、山原が佐藤をマークするのは私怨を抜きにしてもあながち間違ってはいない。

…その場に佐藤以上にマークすべき狼が居なかったら、とすればの話だが。

 

爆音とともに猟犬が吹き飛ぶ。

最前線でまるで弁当を獲りに来たものを試すかのように立ちはだかる【ゴキブリ】。

山原は、自分がマークすべきは佐藤ではなくこの相手であったのではないかと心の中で思った。

しかし、それでも許せなかった。

山原は負けることが何よりも嫌いだった。

自分の誘いを、考えを否定した新道を、佐藤を潰す。

新道はまだ一人でも戦える力があるので誘いを断ったことに理解はできる。

解せないのは佐藤だ。

弱いくせに。

【魔導士】に目をかけられているとはいえまだまだ初心者の域を出ない。

今日、初めて狼となったと言ってもいい。

そんな奴に否定されたことが、何よりも気に入らない。

だから潰すのは佐藤からだ。

予定が狂ったがそれが優先事項だ。

 

必死で食らいついてくる佐藤を、山原は前蹴りで牽制し、よろめいたところを足払いをかけ踏みつける。

佐藤がくぐもった声を上げ、もがく。

 

「こっちに来れば、こんな思いをせず楽に弁当を喰えたというのに」

 

精一杯、侮蔑を込めて言う。

この地べたに這いつくばっている愚かな狼を山原は理解できない…理解したくない。

 

「これでも、まだ楽しいって…」

 

認めたら、理解してしまったら自分の何かが変わってしまう気がしたからだ。

 

「言えるのかよっ!!」

 

まるでサッカーボールを蹴るかのように佐藤の頭めがけて足を振りぬく。

 

「言えるさ!」

 

何とか身をよじり、息もたえたえに佐藤は吐き出す。

手をつき、ふらつく足を叱咤し立ち上がる。

嘘ではない。

佐藤は今、楽しんでいる。

【魔導士】は言った。

誰しもに負けると思われている勝負を覆す、それが楽しいと。

佐藤も同じ気持ちだ。

 

「山原!弁当がとられた!」

 

「【ゴキブリ】か!?」

 

「いや、名無しの狼と…白粉だ!」

 

「なんだと!?」

 

その言葉に佐藤もまた驚いた。

白粉が獲ったことに、そして猟犬群がまだとっておらず、新道もまた獲っていないことに。

乱戦の向こう側、新道が立ちはだかり、死屍累々の弁当コーナー。

立っている猟犬たちも残りわずか。

その時、新道と佐藤の眼があった気がした。

震える足に力が入る。

 

「…っ、俺にかまうな!全員で弁当を獲れ!新道にだけは獲らせるな!」

 

この瞬間、今宵の【ダンドーと猟犬群】の勝利条件は佐藤と新道に弁当を獲らせないことになった。

しかし猟犬たちのリーダーである山原は佐藤につきっきりで、残る猟犬は片手で数えるに足るまでに減っていた。

ここまで来たらもはや団体としての連携も何もなく、個としての力が求められる。

しかし…彼らはあくまで猟犬でしかない。

命令があり、仲間がおり、チームワークがあって初めて戦える。

この時点で山原を除く猟犬たちは今宵、弁当を獲れないことを悟った。

目の前にいる、黒い悪魔が嗤った。

 

「そら、どうした、かかってこい。

弁当がほしいんだろう?ここにあるんだ、はやくかかってこいよ。

さぁ、早く(ハリー)早く(ハリー)!」

 

逃げることはせず、立ち向かっただけ彼らは勇敢だったに違いない。

ここに猟犬たちは壊滅された。

 

山原は茫然とそれを見ていた。

自問する、なんだこれは、と。

今日、朝起きたときには、こんなことになるなんて思いもしなかった。

いつも通り、部活をしてシャワーを浴びて、佐藤を仲間にし、威張るだけで弱い狼達を駆逐して、弁当を喰う。

そうなるはずだったのに。

なんなんだこれは。

たった一頭の狼に、自分を除くすべての猟犬がやられるなんて…。

壇堂先生を除くすべての猟犬と、自分たちの勝手知ったるフィールドでの戦い、勝つための要素を積み上げてきた。

だというのにこの惨状は何なんだ。

何が足りなかった?

何がいけなかった?

何が原因だ?

 

…佐藤と新道のせいだ、と山原は悟った。

自分の誘いを断り、敵となったこの二頭の狼。

前者は直前で仲間になると思われていたのに裏切られ、後者はその奇怪な技により狩場を荒らす。

とりわけ後者が居なければ少なくともいくつかは弁当が取れていたに違いない。

そうか…すべては黒い悪魔に、害虫の王に、【ゴキブリ】に出会ったからか。

 

その思考の中、山原は佐藤の姿を見失う。

一瞬の隙をつかれ佐藤もまた弁当のため最前線を目指す。

山原もそれを逃がすまいと追いかける。

すでにこの場に狼は五頭。

弁当の数も7個。

分け合えばいい、そう山原は思った。

しかし、伸ばした手は弾かれその瞬間、体を雨のように攻撃が襲う。

わからない、理解できない。

山原は次々に倒れていく狼を目にしながら、その中心である【ゴキブリ】をある感情を持ちながら見る。

恐怖と――――。

 

「❝金剛❞」

 

薄れゆく視界の中、最後に見たのはどうしても食べたかった弁当だった。

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

「あとは佐藤君だけだ」

 

「そう・・・だな」

 

「でも、山原さんに結構やられてたね」

 

「ボッコボコだよ」

 

「…まだ、いける?」

 

「もちろん」

 

「よかった。不完全燃焼だったんだ」

 

「…こんだけやっといて?」

 

「白粉さんと茶髪にやられて溜まってたんだ」

 

「そのセリフ、白粉の前で言うなよ?」

 

「…ごめん、不用心だった」

 

「…こんな時だけど、最後に言っとく。今日から僕も狼だ」

 

「知ってるよ。前からそうだったじゃない」

 

「いや…今日から狼だ」

 

「ふ~ん…」

 

「感謝、してる」

 

「さっきも聞いたよ」

 

「うん、でもなんか言っときたくて」

 

「これから弁当なくなるのに?」

 

「それだけは譲れないな」

 

「ははは」

 

「あ、そういえば最初に出したあの技、なんなんだ?」

 

「聞くバカがどこにいるのさ、言うバカもいるとでも?」

 

「まぁ…そうだよな」

 

「でも僕は自慢しちゃう!」

 

「言うのかよ!」

 

「弁当喰いながらな、もちろん佐藤君はいつも通りどん兵衛だけど」

 

「そっくりそのまま返すさ」

 

「うん…」

 

ここはどこにでもあるスーパー。

売れ残った半額弁当を本気で取り合う、見る者が見たらバカな人間の集う場所である。

 

「じゃあ、そろそろ」

 

しかし、半額弁当は本当に売れ残った古臭い弁当でしかないのか?

少なくともこの場にいる人間はそう思っていない。

限られた勝利を他者を押しのけ、奪い合い、手を伸ばす。

 

「あぁ」

 

並みいる強敵と戦い、時に手を組んで打倒し、またある時は打倒され。

そうして手に入れた弁当にはこの世のどこにも売ってない調味料が加えられ、それは完成される。

いくらお金を積まれようと用意できない、どんなに豪華な食事にもない調味料。

 

「「うぉぉぉぉおおおおお!」」

 

勝利と達成感という名の隠し味。

それこそが半額弁当である。

 

与えられるものではない。

望んでも、手を伸ばしても、掴むことが出来ないことのほうが多いこの極狭領域。

 

 

 

 

需要と供給、これら二つは商売における絶対の原則である。

この二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント…その前後に於いて必ず発生するかすかなズレ。

その僅かな領域に生きる者たちがいる。

己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩場とする者たち。

 

 

―――――人は彼らを狼と呼んだ。

そしてこれは、そんな世界に身を投じた二頭の狼のお話である。

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆



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ザンギ弁当295円
1食目


お久しぶりです。

こんな小説を待ってくださってる方がいるかどうかわかりませんが、久々の投稿です。
今回から2巻目になります。
もしもよろしければまたお付き合いください!

更新が遅れた理由?
会社内で異動があり、違う土地に来ててんやわんやしてたのです。
再開した理由?
知らない土地で寂しいので、誰かと繋がっていたいからです。



そこはスーパーと呼ぶには小さく、かといってコンビニと呼ぶにもまた大きすぎた。

チェーン店ではなく個人で経営しているであろうその店には、すべてが揃えられていた。

お菓子も、酒も、弁当も。

当然、それらを値引きする(半値印証時刻)《ハーフプライスラベリングタイム》も…存在した。

 

弁当コーナーは、やはり通常のスーパーよりも小さくここでの戦い方も通常のそれとは勝手が違い、特別なスキルや技が必要とされる。

故にこの場に集う狼は新規のものはほとんど姿を見せず、古くから存在する古参、限られた狼しか訪れることはない。

極まれに、その中でもとりわけ古くから争奪戦に参加し、すでに一線を退いた【古狼】と呼ばれる狼たちが現れることで有名でもあった。

 

いつも通りならもうそろそろ半額神が現れ、半額という神の奇跡をお与えになる時刻だと、大学生や40手前の狼は身構え、その時をただ待った。

 

その時だった。

立てつけの悪い自動ドアを通り抜けて入店してくるものがいた。

その場にいた狼は残らずその来訪者に目を奪われた。

 

寝起きなのか、ボサボサの長髪に眼鏡、汚れが目立つスニーカー、そして何よりも頭の悪いヤンキーの染めた金髪とは根本的に違う、ナチュラルな黄金の髪を靡かせる一人の娘。

狼達は、その娘から威圧感を感じた…わけではなく、ここ最近ある噂を聞いていたが故に身構える。

 

―――曰く、ここ一ヶ月で頭角を現した雌狼がいる。

―――曰く、眩しいくらいの黄金の髪をしている。

―――曰く、外国人の美しい娘である。

 

彼女は、軽い足取りで30%オフのシールが張られた弁当コーナーに歩いていき、ざっと一瞥し、頭をぽりぽりとかき、駄菓子コーナーへと向かった。

 

バックルームから一人の男が現れる。

この店の半額神だ。

彼はジャンパーからシールを取り出し、弁当にシールを貼っていく。

新顔である彼女を一瞥し、バックルームに戻っていった。

その瞬間、争奪戦が始まった。

 

 

 

数分後、彼女は外していた眼鏡をかけなおし、弁当を片手に帰路に就く。

通常とは違う戦いの場で、初の争奪戦だというのに弁当を獲ることが出来たことは、偉業と言っても差し支えはない。

力がついてきたことに、彼女はむふふと一人笑う。

風が彼女の髪を撫でていった、のと同時に声が響く。

 

「あなた宛てに、言付けを預かっております」

 

男の声に、立ち止まる。

場所は駐車場から聞こえてくるがその場には誰もいない。

あるのは何台かの車とバイクだけ。

声の主を探そうと辺りを見回すが、その姿どころか影さえも見つけられない。

 

「今宵、丸富大学部室棟最上階にある庶民経済研究部室に来られたし、とのことです」

 

「誰?そこにいるの」

 

彼女は問いかけるが、答えはない。

しかし、だからこそ彼女にはその正体に心当たりがあった。

 

―――影のように暗躍する諜報部隊。

 

「なるほどね。噂には聞いてた。空に吠えたてるもの…【ガブリエルラチェット】か」

 

その正体に当たりをつけ、再度問いかける。

 

「という事はその言付けは【帝王】(モナーク)から?」

 

「…ご名答」

 

「そこに行けば、何か面白いことがあるの?」

 

「【二つ名】持ちの狼ならば、損はないかと」

 

その言葉を最後に、かすかに感じていた存在感は霧散し辺りには静寂だけが残っていた。

 

フム、と彼女は頭をかく。

ここ最近、自分の実力も上がってきており、弁当もそれなりに撮れるようになってる。

【二つ名】もつけられた。

ここらで更なるステップアップを目指すために、この誘いに乗ってみるか、と考える。

どこにでもいる狼達とではなく、【二つ名】を与えられた強者との闘いが出来れば面白い、と彼女は思った。

 

今回の誘いは渡りに船だ。

噂でしかないが、ここら東区だけではなく西区、果ては県外の狼たちの情報を集める組織の本拠地が丸富大学にある、庶民経済研究部であるときいたことがある。

もしそうならば、自分の望む戦い、望む強者がどこにいるか、教えてもらえるかもしれない。

 

そう思うと、先ほどよりもいっそう足取りが軽くなり、ついにはスキップまでしてしまった。

 

 

 

―――彼女は面白いことが好きだった。

面白いことが大好きだった。

面白いことのためなら多少の面倒ごとや壁も苦にはならず、むしろそれを乗り越える事にも楽しみを見出していた。

そして彼女は一か月前、争奪戦に出会った。

一部の貧しいものを除き、そこを駆ける狼たちは全力で手を伸ばす文字通り命がけの競争。

自分もまたその場に魅了され、すっかり入り浸ってしまっている。

美味しい食事と、それ以外の楽しみを。

 

彼女は丸富大学付属高等学校一年、著莪あやめ。

興趣にただただ貪欲な娘にして、厳しき極狭領域を駆ける、新たに台頭した一匹の狼。

またの名を―――【湖の麗人】(みずうみのれいじん)と言った。

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

「ちょっと…これすごくない?」

 

僕こと、新道心羽は誰に問いかけるでもなく、思わずそう零してしまった。

もはや日課となってる争奪戦に赴き、弁当コーナーを物色してる時にそれは起こった。

金銀財宝のイメージ。

思わず走り寄ってその弁当を見る。

 

『これを食せず、漢を名乗るな!限界に挑戦、これぞ究極の親子丼Ⅲ』

 

楕円形のトレー容器のそれは弁当コーナーの中でもとりわけ異色を放っている。

間違いない…これは月桂冠だ!

ご丁寧に『午後から加工しました』シールが貼られている。

金銀財宝のイメージはこの弁当からだったのだ。

そして何がすごいって、親子丼と書いてあるのにどう見てもオムライスだという事。

しかもそれだけではない。

オムライスの横に、我もまた主役たらん!と爆弾のような唐揚げがある。

鶏肉と卵で親子丼という事なのだろうが、どうにもここの半額神のネーミングセンス力は53万あるみたいだ。

さらに言えば、ナンバリングが3という事は試行錯誤を繰り返してここにたどり着いたという事か。

いや、もしかしたらここもまだ通過点なのかもしれない。

ゴールはまだ先、そう考えるとここでこの弁当を食べておかなければ、続編の弁当を心から楽しむことが出来ない。

まぁそれを抜きにしても、月桂冠だ。

狙わない理由はない。

 

周りを見渡すと、今日はあんまり知った顔はいない。

印象に残る狼がいない。

茶髪も今日はジジ様のほうの店に行ってるのかな。

顎鬚や坊主、佐藤君もいない。

せっかくの月桂冠、強敵を倒して食べたいのだが、雑魚狩りになってしまいそうだ。

特に佐藤君にはリベンジをしたかったのだが。

この間、【ダンドーと猟犬群】を駆逐した後、一騎打ちをしたのだが、他の狼たちは残らず意識を刈り取ったのだが佐藤君は最後の最後まで意識を保っていた。

次会ったときは、完膚なきまでの敗北を…と思ってたのだが残念だ。

 

 

「お前が【ゴキブリ】か?」

 

…いい加減、僕にこんな不名誉な【二つ名】をつけた愚か者を探したい。

探偵でも雇ったら探してくれるのだろうか、いや駄目だお金がなかった。

悲しい、この世は資本主義だ。

 

「人違いです」

 

「いや、お前だ、写真で見た顔だ」

 

「は?」

 

写真と言ったか?

僕の写真が出回っている…恐ろしすぎる。

いつから日本は肖像権という法律がなくなったのだ。

むしろなくなったのならなんで僕は知らない?

肖像権がなくなったのなら…○○○なことや○○○な画像が…!

いや、やっぱりだめだ。

白粉というクリーチャーが水を得た魚のように活発になる恐れがある。

まぁ、そんなことは置いといて。

 

「どういう意味?」

 

「知る必要はねぇよ。お前はここで脱落するんだ」

 

不敵に笑うのは嫌に長身痩躯な男だった。

髪は短く刈り揃えられいわゆる五輪カット、金髪、というよりかは黄色に染められた色。

 

「悪いけど、意味が分からないんですけど…」

 

「何度も言わせんな、知る必要はねぇ…が知りたいなら俺を倒してみな。この【ヘカトンケイル】を」

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

争奪戦が始まってから誰一人として弁当を獲ることが出来ていない。

それはひとえに目の前の男、【ヘカトンケイル】と名乗った狼による妨害のおかげだ。

ヘカトンケイル、かのギリシャ神話に登場する巨人の神であり、百の腕を持つ異形の存在。

これが【二つ名】だと聞いたとき、厨二くせwwwwと思ったがよくよく考えてみれば【ゴキブリ】なんかより億倍良い。

改めて涙が出てきそうになっていたが、そんなことはどうでもよくって、この【二つ名】、言い得て妙だと思った。

この男、手足が異常に長い。

人の倍は制空権がありそうで、そんなわけだから近寄った瞬間に攻撃される。

しかもその攻撃も中々えげつない。

ピンポイントで胃を攻撃してくるし、拳が触れる瞬間、捩じるように抉ってくるので一発一発が重い。

まるで弾丸のような攻撃に何匹もの狼が沈んでいった。

そしてそれ以上に厄介なことが…。

 

「オラオラオラァ!どうした雑魚どもぉ!西区の狼はこんなもんかぁ!?」

 

叫び、挑発する狼を僕たちは大きく見上げながら立ち向かう。

【ヘカトンケイル】は…あり得ないと目を疑ったのだがどう見ても天井から逆さまになり攻撃してきていた。

な、何を言ってるかわからねーと思うが、おれも何を言ってるかわからなかった…とか言ってる場合じゃなく、この敵はあろうことか天井付近の棚の上に陣取り、上空から攻撃してきているのだった。

ご丁寧に商品棚の商品には靴の先も触れずに器用に立ち回っているあたり、一応、店の商品を足蹴にしないという最低限の常識は持っているようだった。

まぁ、はっきり言って商品棚の上から奇声を上げながら攻撃してくるなんて、それなんてヤーナム?と首をかしげたくなるのだが。

 

「あらかた雑魚は片付いたか。にしても【ゴキブリ】…てめーは期待外れだな。

こんなことなら【氷結の魔女】のほうに行けばよかったか?」

 

やれやれ、と言った感じで首を振る【ヘカトンケイル】。

争奪戦に於いて、視線を相手から外すなんて言うのは自殺行為も甚だしいのだが、それを可能にするのが彼の間合いの長さ。

いや、単に余裕アピールなのかもしれないが。

 

「…さっきから、本当に僕のわからないことを好きかって言ってるけど、小学校の道徳で習わなかったのかな、人とお話しする時はきちんと目を合わせて、相手に伝わるように話しましょうって」

 

「っは!口だけは達者だな。いや、お前のそれが❝毒❞か?確か情報にあったな、つたないながらも❝毒❞を使うと」

 

「情報…」

 

なんかよくわからないけど、この人の言った言葉を整理すると、なんか西区じゃない狼さんが誰かから情報を聞いて西区に遊びに来てる、って感じかな?

そういえば前に茶髪が東区にそういう情報の収集をする団体さんがいるとか言ってたような…。

ふむふむ、つまるところ、僕がいるとわかってて来たという事か。

僕を相手にして、弁当を獲れると、そう思ったわけか。

それだけの自信が…あるというわけか。

 

「燃えるぜ」

 

僕がすることは変わらず一つ。

完膚なきまでに叩き潰すこと。

 

「まぁいいか。どうせ本番はもう少し先なんだ。今日はつまみ食いしに来ただけだしな」

 

「そんなつれないこと言わずに、たくさん喰っていけよ」

 

「あ?」

 

ゴキブリダッシュ。

一瞬で加速し、相手の間合いに入る。

さすが【二つ名】持ちというべきか、即座に反応し、すぐさま突き放すように拳を放ってくる。

が、それはもう見た。

❝暗記時間❞。

確かに天井から攻撃してくるのは想像だにしていなかったが、要はそれだけである。

その長く細い腕で遠巻きにチクチク攻撃してくる特異な技でもないその攻撃は、すでに覚えた。

❝暗記時間❞で覚えたそれを半身をひるがえすことですり抜け爆速的なダッシュで一気に【ヘカトンケイル】の足元…この場合は逆さまになってるから頭上?に辿り着く。

 

「テメっ」

 

焦った顔が目の前にある。

ここまで接近されたらその長い手足は逆に邪魔にしかならないだろうと当たりをつけたのだが、どうやら正解のようだ。

ていうかゴキブリダッシュが応用効きすぎて笑える。

【ヘカトンケイル】は宙づりで、手を伸ばした先の上空にいる。

ならば、出す技は決めていた。

 

自分も飛び上がり、【ヘカトンケイル】の足を払い、自由落下に身を任せる。

そして落ちてきた相手を逆さまのまま、両足を両手でつかみ、再度飛び上がる。

今度はより高く、もっと高く。

 

「な、何をする気だ!?」

 

「光栄に思ってくれ…今からお前にかける技はプリンス・カメハメの48の殺人技の一つなのだから」

 

何がどうなるのかわかっていない【ヘカトンケイル】はなんとか逃げ出そうともがくが、相手の顔を自分の首でフックをかけて逃げ出さないようにする。

ここまで来たらもう終わりだ。

あとは瞬きをする速さで、こいつは終わる。

 

この技は、プリンス・カメハメの誇る48の殺人技の一つ。

かの有名なキン肉マンの代名詞ともいえる技。

実際のプロレス技にもあり、ラ・マテマティカと呼ばれている。

空高く舞い上がり、相手をロックし、着地の衝撃で首折り、股裂き、背骨折りを同時に行う別名「五所蹂躙絡み」と呼ばれる相手を顧みないまさに必殺の技。

その名も―――。

 

「喰らえ…!」

 

❝筋肉バスター❞!!!

 

「まっ――」

 

ガコン!と鈍い音が響ききれいに磨かれた床が陥没したのかというほどの衝撃が轟く。

 

他の狼たちは見ていた。

流れるような一連の技を。

そして、見た。

あの【ヘカトンケイル】が、ただの一撃で泡を吹き、曲がってはいけないような方向にいろんな箇所が上がっているのを。

 

訪れる静寂。

誰も向ってこないことを確認し、小さく舌打ちをして僕は弁当を獲る。

月桂冠、だというのに何だか不完全燃焼だ。

【ヘカトンケイル】、確かに強かったが、相性が悪かったんだろうなと思いながらレジを通過する。

僕のようにスピードのある技を持つ狼や、白粉さんのような狼とは相性がよくないのだろう。

しかし、それでも【二つ名】だ。

燃える相手だったはずなのに、最後の最後で台無しだ。

他の狼たちが戦意をなくし、こちらを遠巻きに見るしかなくなった。

あの光景のせいで、心にもやもやが残るなぁ…。

明日は茶髪とか佐藤君、こっちに来てくれないかなぁ。

そしたら❝筋肉バスタ―❞かけてやろ。

…いや、あの技は女子にかけてはいけないな。

多分、捕まる。

そんなことを考えながら帰路に就く。

…はぁ、なんか退屈だ。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

―――えぇ、【ヘカトンケイル】がやられました

―――作戦開始の前に、大事な戦力が…

―――先走るからだ…命令に従えないなら浮いた駒だ

―――その通り、それよりもどうだ?【湖の麗人】は【変態】に接触できたか?

―――はい、確認しました

―――そこには【氷結の魔女】もいました

―――ならばよい。大事な作戦だ…【湖の麗人】にはしっかりと漏らしてもらわないとな

 

 

新道が争奪戦を終え、また佐藤たちHP同好会も【湖の麗人】と戦い、顔合わせを済ませたという情報をやり取りする者たちがいた。

【ガブリエルラチェット】…その情報はすぐさま全体に共有され、主である【帝王】(モナーク)に献上された。

【帝王】(モナーク)はほくそ笑んだ。

もう少しだ…もう少しで最強の名は自分のものに…!

 

夜の月に、一匹の獣が慟哭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2食目

今回は原作沿いのお話を。次は早めの更新を予定しております。


新道が【ヘカトンケイル】と戦い勝利した夜、同時刻別の場所でHP同好会の白粉と佐藤は頭を抱えていた。

というのも彼らがいるのは新道とは別のスーパー、狼達からはジジ様の店として呼ばれる店であり、【半値印証時刻】がここら一帯のスーパーで比較的夜遅い時間帯に訪れる、いわば最後の砦的な店なのだがそれは他の店で負けてきた狼達が集う場所であり、当然後がない故、腹の虫が極限まで高められた激戦必須の店として有名である。

佐藤と白粉はここをホームとし、日々糧を得ている。

そのほとんどがどん兵衛なのは言うに及ばず。

そんな彼らが頭を抱えているのにはわけがあった。

今宵、残された勝利の数が4つといういつも以上に厳しい戦いが予想されることと、先輩である【氷結の魔女】こと、槍水仙までもがこの場に来たという事である。

 

―――まじか…【氷結の魔女】まで来やがった

―――もう弁当4つしか残ってないのに…

―――やめた、今日は無理だ

―――お腹空いた…

―――勘弁してくれ…

 

こんな悲鳴染みた声がどこからともなく浮かんでは消えていく。

佐藤たちからしたら頼れる先輩の登場ではあるが、HP同好会には「部員同士争ってはいけない」という掟があり、故に選べる弁当が狭まれるという事と、先輩の手前、格好悪いところは見せられないというプレッシャーに頭を悩ませているのだった。

…白粉が頭を抱えている理由は単に彼女が書いている小説のネタがイき詰ってるに他ならないのだがそんなことはどうでもよくって、今宵、この場は荒れるだろう。

 

「佐藤たちもここだったか…こんなことなら早い時間に違うところで獲っておくんだったな…」

 

ダーク系のアイシャドウ、刺々しい雰囲気をまとう髪の毛、カルバンクライの香りを漂わせそして黒いストッキングと言い退化したようなトレンドマークと言ってもいいブーツを鳴らし、槍水は佐藤たちのもとへ歩いてきた。

 

「珍しいですね、先輩がここに来るなんて」

 

「あぁ…友人たちと話し込んでいたらこんな時間になってしまってな…」

 

どことなく申し訳なさそうに言う槍水に、佐藤は苦笑しながら、首を振る。

 

「今夜はサバはなしか…なら私は『五目あんかけやきそば』を狙う」

 

暗にその弁当に手は出すな、という事なのだが佐藤からしたら申し訳なさそうにした次の瞬間にいきなり強引な態度の先輩に若干押されながらも、先輩らしいとまた一人、苦笑した。

そして槍水はそのまま腕を組み、目を閉じて精神を集中させる。

佐藤も精神を集中させようとし、ふとある顔を思い出す。

それは新道という、同時期に狼として歩み始めたライバルであり、リベンジを誓った相手のことである。

弁当を食べるために、その場にいる全員を倒すという狼としてはある種、異質な性質を持つ彼は、強く【二つ名】持ちだった。

【ゴキブリ】という冗談かいじめのような名前だがそれでも【二つ名】があることが羨ましかった。

リベンジを果たすためにも、今日は槍水の力を見て自分のものにするいいチャンスであると考え、それはそれとして、弁当への思いを張り巡らせる。

 

その時、バックルームのドアが開いた。

そこに現れたるはこの店の半額神、ジジ様だ。

彼は一礼をし、精肉コーナーを陳列させ、その足で弁当コーナーへ向かう。

さぁ、ここから喰らい、喰らわれる戦いが始まる。

周りの狼達も今か今かと身構えるが、ジジ様は弁当の前で足を止めたまま動かない。

いつもなら淀みない動きで、弁当へ半額シールを貼っていくのだが今日はその芸術的なまでの動きがない。

 

場が騒然としだした。

BGMのお魚天国だけが軽快に響く。

 

まさか…そんな考えが全ての狼の頭によぎった。

じわりとした嫌な汗が背中を伝う。

今宵残された弁当は4つ。

現在の30%引きの商品でも、もしかしたら誰かが買うかもしれない。

そうジジ様は思ったのか、弁当を綺麗に整列させてバックルームへと戻っていってしまった。

…え、嘘だろ!?まさか、冗談だよね!?

そんな心の声が聞こえてくるのが手に取るようにわかるほど、この場の狼たちは慌てふためいた。

槍水は目をつぶり、腕を組んだままただ黙しているのみ。

1分、また1分と無常に時が進んでいく中、一人の男が弁当コーナーへと吸い込まれるように歩いて行った。

無論、弁当は30%のままである。

 

「…不味いな」

 

槍水がそう呟く。

そう、男は狼であり、今宵半額弁当争奪戦に赴いた気高い餓狼なのだが、この空気に耐えられず、30%の弁当に手を伸ばそうとしていた。

その場にいる狼すべてが固唾をのんで見守った。

 

男は弁当を前に、俯いていた。

手を伸ばせばもう届く位置にそれはあり、恐る恐る、弁当に触れようとしていた。

 

あぁ、止めろ!

全員が心の中で叫んだ。

 

弁当が欲しい、だけどそれは競い合ったうえでの半額弁当だ!

お前だって、勝利のスパイスが入った弁当を望んだからここにいるんじゃないのか!?

その気持ちが伝わったかのか、彼の手は面白いほど震えている。

ドクン、ドクンと胸の鼓動が聞こえる。

それは一匹の狼を見守る全員の鼓動だったかもしれないし、今まさに決断を迫られている一匹の餓狼の鼓動だったかもしれない。

名も知らぬ、どんな狼かも知らない。

だけど、ここにいる皆は気持ちは同じはずだ、一つのはずだ!

批判ではなく、応援を送る。

心の弱さに負けるな、【半値印証時刻】は必ず来る!

だから…だから頑張ってくれ!

彼の震えは指先から体全体へと伝わっていった。

 

「…諦めるな」

 

BGMにかき消されそうなその声は、誰が発したものかわからない。

だがそれでもその思いは全員のものだ。

負けるな…負けるな…負けるな!

 

そして男は天井を見上げ、額に手を当てた。

結論が出たのだろう。

大きく息を吐き、弁当に触れることなくその場を離れていった。

その歩みはなんとも力強く、見るものを鼓舞せんとする大きな一歩だった。

彼はあきらめなかった。

【半値印証時刻】になって、半額弁当になっても確実に手に入るわけではない。

それでも、彼はそれを選んだ。

この瞬間、彼は勝敗を超えた誇り高い狼になったのだ。

新たな戦士の誕生に、その場にいた狼たちは心の中で最大級の称賛を送った。

 

「頑張ったな、あの男。あそこまで行って引き返すのにはかなり勇気がいることだろう」

 

槍水の言葉に、佐藤は笑みを浮かべながらえぇ、と答えた。

 

「今宵集いし狼たちの中からはもう脱落者は出ないだろう。あとは時間を待つだけだ。

あんなものを見せられたらジジ様も半額にしないわけにはいかんだろうしな」

 

そう言う槍水の顔もまた、微笑を携えたものだった。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

あのやり取りのあと、仕方ないなぁという顔でジジ様が弁当に半額シールを貼っていった。

その瞬間、勝負は始まった。

あの弁当コーナーから引き返した男は宙を舞っている。

絞られた雑巾のようにグルングルンときりもみ飛行しながらである。

しかも地面に叩きつけられた後に、負け犬は邪魔だと言わんばかりに他の狼に蹴り飛ばされお菓子コーナーを転がっていった。

現実とはあぁ無常だ。

彼が今後また、争奪戦の場に現れることを切に願う。

 

 

 

 

 

結果から言うと今夜の勝負は、【氷結の魔女】、茶髪、そして名もない狼が勝利を得て終わった。

 

佐藤がどん兵衛を買い、レジを抜け槍水と高校へ戻る途中、フルフェイスを被ったライダーに目が行った。

一瞬、最強と名高い【魔導士】かと思われたが体格もバイクの種類も違った。

 

「あっちゃ、終わってんじゃん…あそこの情報もあんまりあてになんないなぁ」

 

フルフェイスのせいか、くぐもった女性の声に、佐藤はどこかで聞いたことある声だと思ったのだが槍水が早く行こうと言い、袖を引っ張るので佐藤は思考を放棄した。

 

烏田高校に戻った槍水と佐藤はHP同好会がある5階まで階段で登る修業のような道のりを経てドアノブを回す。

するとそこには一匹のクリーチャーがいた。

 

「『もう俺のケツは限界だ、頼む、許してくれ…サト…サイトウはそう泣きながら許しを請うが』…ここらへんで一発出しといたほうがいいかなうん、よし、そうしよう」

 

一気に食欲の失せた佐藤だった。

 



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3食目

遅くなってすいません…まだ見てくれてる人がいたら感謝!
しかし今回の話は原作の垂れ流し…オリジナル要素無し。
すぐに次の話か来ますのでどうかご容赦を…
今日中に更新できたら…


佐藤は困惑していた。

目の前に従妹がいたからだ。

別にいること自体がおかしいのではなく、何故、佐藤と同じ高校の制服を着て高校の前にいるのか…ということに困惑していた。

著莪あやめ。

佐藤洋の従妹であり、丸富大学付属高等学校1年生である。

なのに何故、烏田高校の制服を着ているのか。

先日、佐藤は著莪から連絡があり女生徒の制服一式を佐藤に調達するように頼んでいた。

何に使うのかわからなかったし、制服一式を調達するために白粉から「着るんですか?受けなんですねわかります」と非常に意味不明な言葉を投げつけられるという二次被害が出たのだがそんなことはどうでもよくって、どうやら著莪は烏田高校に潜入するために制服を必要としていたみたいだ。

 

「なんだよ、学校間違えたのか?」

 

「んなわけないじゃん。わざわざ従妹が遊びに来てやったっていうのに…しかも不法侵入までして、どっきりさせてやろうと思って連絡もあえてしなかったっていうのに」

 

「わかったわかった…で、本当は何しに来たんだ?」

 

「…【氷結の魔女】に会いに」

 

その瞬間、佐藤の顔に初めて驚愕が浮かんだ。

 

「まさか…お前も狼なのか!?」

 

「アンタと同じく…ね」

 

著莪はそう言い、ニット帽を脱ぐ。

露わになった黄金の髪が背景の夕暮れと同化し、黄昏空が一層際立つ。

さらに逆行故か制服が透けてボディラインがくっきりと象られ、まるで水に濡れているかのようだと佐藤は感じた。

湖の上に佇む精霊のような…。

 

「3日前、魔女の縄張りに行ったんだけど、聞かされてた【半値印証時刻】が実際と違っててさ、面倒くさいから今日直接来たってわけ。そのほうが面白いっしょ?」

 

「なぜ、会う?」

 

「決まってるじゃん【二つ名】持ち同士が同じ縄張りに現れたとき、それは戦う以外にない」

 

「お前、【二つ名】持ちなのか!?」

 

ニヤリ、と笑みを返すことで返事をする著莪は、HP同好会の扉を開け放つ。

そこに広がっていたものは…槍水が白粉にキャメルクラッチをかけてマッサージをしている光景だった。

その際に白粉が「あうっあうっあうっ」とオットセイのような声を上げているなんとも形容しがたい光景だった。

佐藤は、「なんでこのタイミングでこんなことをしているんだ、空気読めよ」と目を抑え、著莪は自分の目がおかしくなったのか、ここはHP同好会ではなくプロレス同好会ではないのかと目薬を必要としていた。

結局このあと、佐藤は今宵の争奪戦の時間帯と場所を著莪に連絡するから今は帰ってくれと懇願し、著莪も何とも言えない顔で了承した。

 

 

ジジ様の店。

佐藤は著莪のことを槍水に話し、今宵の争奪戦の場に赴いていた。

開演の時は今か今かとボルテージが静かに上がる店内、そこで槍水は著莪と乾物コーナーにて背中を合わせていた。

 

「噂は聞いている…争奪戦に参加して日が浅いのに、頭角を現し【二つ名】を与えられた狼が東区にいると」

 

槍水の脳裏にふと、ある男の顔が浮かんだ。

それは後輩である佐藤と同時期に狼となり、【二つ名】を与えられた男だった。

佐藤と部室でゲームをするときの顔とはまた違う、狼のそれは痛いほどに空気を張り詰める。

しかしそれに著莪は飄々と返す。

 

「どうも。今日は何を?」

 

「サバの味噌煮だ。うまいぞ、ここのは」

 

「聞いてる。絶品だってね」

 

「やはり、後ろにだれかいるというわけか。最近また動き出したガブリエルラチェットか?」

 

「情報を聞いただけだ。ここに来たのはアタシ自身の意志。他の用事もあったしね、ちょうど良かった」

 

そして著莪は佐藤を見る。

“大丈夫、心配するな、守ってあげる”と、微笑を浮かべて。

その顔に、佐藤は心当たりなどなく内心首をかしげる。

 

「奴らは今何をしている?目的はなんだ?そもそも何故今になって…」

 

「余計なこと考えてたら弁当獲り損ねちゃうんじゃない?」

 

槍水の言葉を遮り、著莪は笑った。

睨み、再び場の空気が重くなる。

 

「佐藤、お前の狙いはなんだ?」

 

一転して、槍水が佐藤に問う。

今までの重い雰囲気から普段の口調に戻ったそのギャップに女性って怖いなぁと思った佐藤だが答える。

 

「和風ハンバーグを狙おうかと」

 

「あ、美味しそうじゃん。獲ったらアタシにも半分くれ。アタシのサバも一口あげるから」

 

著莪もまた普段の雰囲気に戻っており佐藤は安心した。

けどそれ以上に。

 

「割合おかしくないか?」

 

「あっはっはっは」

 

不機嫌そうな顔をした槍水はそれっきり黙ってしまった。

そして開かれるスタッフルーム。

歩き、出てくるジジ様に緊張感が高まる。

 

不意に著莪は佐藤の手を取ってその場から離れる。

 

「ねぇ…魔女っていつもあんな感じなの?」

 

「いや…僕もあんな先輩初めて見る。【二つ名】持ちと戦うときはあんな感じなのかもしれないけど」

 

「…【二つ名】を与えられてからまだ一年くらいだって聞いてたから何とかなると思ったんだけど、厳しいな…アレに勝つのは相当厳しい」

 

「やめといたら?掌底で吹っ飛ばされるよ?」

 

「お生憎様。アタシ、トライ&エラーを要求される状況って嫌いじゃないんだよね」

 

「お前はそういうやつだよ」

 

正しくはトライアル&エラー。

要は試行錯誤の意味である。

挑戦して失敗して学んでいく。

大半の人間はそこで諦めてしまうのだが、ここにいる著莪という人間は失敗も楽しみ、いつか訪れる成功の時まで根気強く歩いて行ける人間だ。

そして、それは佐藤もよく知っていた。

 

「今回は勝てないかもしれない…でも何か掴んでやる。あ、佐藤は弁当獲れよ?そんでアタシに一口くれ。ハグしてあげるから」

 

いや別にいい、という前に著莪は狼の顔になった。

佐藤はその佇まいに息を呑む。

 

【湖の麗人】

かの有名なアーサー王伝説にて登場する精霊。

力を願ったアーサー王を導くために、聖剣を渡したとして有名である。

 

争奪戦を初めて二か月。

確かな実力を携えて今日ここに、魔女に挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乱戦が形成される。

さして広くもないスペースに十の狼が団子となる。

そこに著莪はいた。

四方から繰り出される攻撃を最低限の動きだけで受け流す。

何かを待っているように。

考えるまでもない。

その瞬間、大きな影がその場の狼を包んだ。

大柄な狼が頭上から大の字で降ってきたのだ。

誰がやったのか?

それも考える必要もない。

慌ててその場から全員が飛びのき、一瞬の静寂が生まれる。

屍となったその狼の上に、羽のように舞い降りたのは【氷結の魔女】。

誰よりも高い位置からただ一言―――来い、と。

 

著莪は走り出した。

向かうは弁当、ではなく【氷結の魔女】だった。

狼ならば弁当に向かう。

しかし、著莪はそれでも目の前の相手を打倒したかった。

その思いが強かったのか弱かったのか、わからない。

しかし、それだけでは届かなかった。

 

風のように走る【湖の麗人】。

十分に速度の乗った拳を槍水に向ける。

それを一瞥し、魔女はその場から動かず片手で払った。

驚愕に満ちた声は誰のものだったのか、魔女は一発の蹴りで必死に距離を詰めた著莪をスタート地点に吹っ飛ばした。

しかし著莪も強者だ。

素早く手を交差させたことでガードを成功させた。

ほぅ…と感嘆の声を漏らす魔女。

しかしその次の瞬間には魔女は著莪のすぐ横におり、瞬きの間に著莪に攻撃をしこたまぶち込んだ。

今度はそのまま弁当コーナーに弾き飛ばされた著莪は失いそうになる意識をなんとか保ち、弁当に背を向けたまま再び魔女にかみつく。

 

「まだまだだ小娘。豚を相手にするわけでもないのに個に執着する。

私にばかり執着し、本質を見失っている。この場で本当に思うべきは弁当だ。

弁当への思いこそがこの場での絶対的なルールだ…故にお前は負ける」

 

「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

氷のような冷たさを持つ魔女とは対照的に、【湖の麗人】は叫んだ。

いや、吠えた。

誰が見てもわかる、風前の灯火。

最後の一撃。

 

「まぁ、嫌いではないがな」

 

何かを思い出しながらつぶやく槍水の言葉。

著莪の攻撃を片手で受け止め、掌底をくらわせる。

地べたを転がりながら吹っ飛んでいく著莪を見ず、乱れた髪を抑えながらレジへと向かう。

その手にはいつのまにか弁当が収められていた。

 

ここに【二つ名】同士の戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

争奪戦後、著莪と佐藤は公園にいた。

いつも通り部室で食べようとする佐藤に、著莪は怒り、なぜ怒ったのかもわからないまま、そして槍水に言われるがまま著莪を追いかけ今に至る。

 

著莪は怒っていた。

槍水に負けたことも、なにも察してくれない馬鹿な従弟のことにも。

争奪戦後に弁当を一口くれと言っていたのに…普通ならそっちから言ってくるのが筋じゃないのか?と横暴なことを思いイライラは募る。

 

「…佐藤、じゃんけんしよう。負けたほうは謝る。何が何でも謝る。いいって言うまで謝る。アタシはグーを出す」

 

息つく暇もなし、じゃんけんを開始した著莪に慌てて佐藤はチョキを出した。

これは昔からこの二人の中で行われてきた一種の仲直りの方法だった。

とは言うものの、著莪が怒り、佐藤は言われるがままわざと負けてきたのだが。

 

そして負けた佐藤は謝り続けた。

五回謝れと言われたらごめんなさいと五回言い、さらに十回謝れと言われたらごめんなさいと十回言った。

 

「…弁当少しくれ、そしたら許す」

 

しぶしぶ弁当を渡す佐藤。

和風ハンバーグ弁当。

従来のデミグラスソースのかかったいわゆる一般的なハンバーグと違うところはソースではなく玉ねぎや大根をすりおろしたソースが特徴であるというところだ。

腹に響くソースではなく、あっさりとした優しい風味を楽しみながら著莪は一気に半分近くハンバーグに嚙り付いた。

悲鳴を上げた佐藤はすぐさま弁当を獲り返し、もうやらんとすぐにかきこんだ。

 

「じゃあ約束通りハグしてやる」

 

「いや、別にいいって」

 

従妹とは言え、年頃の男女。

しかも著莪はスタイルもよく、外国人の母譲りの美貌をしっかりと受け継いでいる。

照れないわけがない。

しかしここで変に意識するとまた面白おかしくイジられるかもしれないからという言い訳をして、佐藤はされるがままを選択した。

 

 

 

著莪が東区に来たわけは、魔女に挑みに来たため。

そしてもう一つは従弟に会うためだった。

何故か。

それはある男の計画を潰してやるためだった。

弁当も一口貰ったし、ちゃんと謝ったし、その誠意に答えて教えてやろう。

あの気に入らない計画を。

 

 

「あのさ、良いこと教えてやろっか?」

 

「なんだよ」

 

その時だった。

ハグをした肩越しに慣れない香水の匂いを感じた。

佐藤の体に付着した、魔女の匂い。

昔から何をするにも一緒だった。

実の兄弟よりも仲が良く、親友よりももっと近しい存在。

まるでもう一人の自分のように、お互いのことを理解していた。

それが、少し目を離しただけで、自分から離れて行ってしまったような感覚を覚えた。

 

…それを佐藤が感じていないことにも怒りが沸いた。

 

佐藤はバカだからしょうがない。

著莪はため息をついて、ただ、なんでもない、と一言いい、自分の匂いを残すため力いっぱい抱きしめた。

 

 

 



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4食目

今回は戦争の導入部分を。
短くて申し訳ない。
ここから本格的に戦いが始まりますのでどうかご容赦を。



「なんで勝てねぇ!!」

 

僕の目の前でそう叫ぶのは、以前東区から来た金髪の兄ちゃん、【ヘカトンケイル】さんだった。

キン肉バスターをかけたのだがそれ以降、何度もアブラ神の店に来ては僕に戦いを挑んでくる。

来るのだが、今のところ僕の全勝だ。

しまいには茶髪にも負け越している。

最初のころは雰囲気の悪いヤンキーというイメージだったのだが、大学生の気のいいお兄さん的なイメージが強くなってきている。

というのも、勝負のあと根に持つようなことはせず何度でも挑戦してくるし、好きな弁当の話とか東区の話とかもよく教えてくれる。

最近では一緒に弁当を食べる仲にまでなった。

 

「まぁ、相性というのもあるし」

 

「相性なんか関係あるか!全敗だぞ、全敗!っていうかお前は戦いの度にどうしてそんなに新技を引っ提げてくるんだ!」

 

「ふ、僕の技は108式まであるぞ?」

 

嘘である。

実際は世界中のキャラクターの数だけある。

 

「ぐ…次は勝つからな!」

 

【ヘカトンケイル】こと五所瓦 風明のことを、新道は好ましく思っていた。

新道と戦ったもの、戦うものは諦めに似た眼差しを向けてきた。

どうせ勝てない、自分なんかと。

強者と戦い、勝ち、喰らってこそ弁当はうまいと思う新道はそういう狼どもが何よりも許せなかった。

だからこそ何度叩き潰しても向ってくる【ヘカトンケイル】が好きだった。

 

そこからはいつも通りの流れとなり、公園にて弁当を喰らう。

【ヘカトンケイル】と一緒にだ。

 

「あー、そういやお前に伝えとく。近々東区の狼どもが西区に攻めてくる。詳しい目的は知らんし興味もないが、先導するのは【帝王】だ」

 

「【帝王】?」

 

「東区最強の狼で、化物だ。その強さも、生き様も」

 

「…?」

 

「あぁ、お前は争奪戦に参加して日が浅いんだっけか。昔、東区には一匹の雌狼がいた。

彼女は最強だったと聞く。それこそ西区の【魔導士】と同じくらいに。

【オオカバマダラ】、その【二つ名】を持つ狼はある時【魔導士】に戦いを申し込んだ。

凄まじい戦いだったと聞く。お互いが満身創痍、なんとか勝ったのは【魔導士】で倒れ伏しながらも弁当を喰らった。歴史の一ページだ。」

 

「あぁ、なんか聞いたことある。その【オオカバマダラ】が攻めてくるわけ?」

 

「いや…今の東区を仕切ってるのはその【オオカバマダラ】から【帝王】という最強の称号を奪い取った【パッドフット】と呼ばれた狼だ。」

 

「へぇ…強いんだ?」

 

「確かに強い…けど俺は嫌いだ。あの野郎は【魔導士】との戦いでボロボロになった【オオカバマダラ】に勝負を挑み奪い取った卑怯な奴だ。それに奴の頭にあるのは最強という称号だけ。今回の作戦も【魔導士】から最強の称号を得るためのもの。どんだけ犠牲を払おうとも自分の目的を果たすためだけのもの。俺たちは捨て駒だ」

 

「ほむぅ…僕はそういう考え、嫌いじゃないけどね。勝つためならどんな手も使う。戦ってかつ、争奪戦の場において誠実な生き方だと思うよ…ルールは破っちゃいけないけどね」

 

「ま、そうなんだがよ。とにかくそ

の【帝王】主導による東区の全【二つ名】持ちの西区侵攻作戦、これが全貌だ。話だけなら面白そうだろ?」

 

「確かに。お祭りみたいだ」

 

「おう!俺もそう思って参加したクチなんだがよ、はっきり言って作戦の成功を本気で考えてるやつなんざ【帝王】と【ガブリエルラチェット】くらいのもんだ。後の【二つ名】持ちどもは俺たちみたいにお祭り感覚ってところだな」

 

「なるほど…楽しみだ」

 

「ついでにこれも渡しておく」

 

そう言って手渡されたのは一枚の紙。

見れば西区のスーパーの名前にランキング形式で弁当の名前が書かれてある。

 

「…なるほど。東区の狼たちが優先的に狙う弁当、一位を取られたら負けってことか」

 

「おう、お前の縄張りのアブラ神の一位は豚の角煮弁当になってるな」

 

「別にそれが一番ってことじゃないと思うんだけど…あと僕の縄張りじゃないよ」

 

「あぁ、【氷結の魔女】の縄張りだったんだっけか?」

 

「らしいね」

 

「お前と魔女の確執は知らんが、今はお前の縄張りという認識が東区では強い。この店の一位はお前がとらんとな」

 

「おいおい、結構付き合いが長いっていうのに僕っていう存在をまだ認識してないのか?

一位だけじゃない、全部僕が獲る」

 

ニィ、と笑う。

それに【ヘカトンケイル】も同じように笑う。

 

「おう、それでこそだ。作戦当日、俺はこの店に来るぜ。その時こそ、お前に勝って見せる」

 

楽しみにしてるよ、そうお互いにかわし来るべき日を待ち望んだ。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

ところ変わって東区のとある店。

 

著莪は佐藤を誘い、この店にいた。

 

「ここら一帯は【帝王】の縄張りなんだ」

 

「…前から思ってたけど東区の【二つ名】って仰々しくないか?西区なんて【ゴキブリ】とかいるんだぞ?」

 

「あー、聞いた。なんでも多種多様な技を使い、弁当を残らずかっさらっていく災害みたいな狼だって」

 

「あー…まぁ、そうね」

 

「そいつとも戦ってみたいんだけど、魔女と戦うために時間が合わないんだよね」

 

「ま、いつか戦えるさ」

 

「楽しみだ。話は戻るけど、【帝王】ははっきり言って別枠。東区最強の狼。あの【魔導士】とも互角だって。」

 

その言葉を聞いて佐藤は、不味いところに来てしまったんじゃないかと思った。

下手すれば先輩である槍水よりも…。

 

「…来る」

 

著莪がそう言い、店内の雰囲気が変わった。

 

「逃げるなよ佐藤、一緒に【帝王】を倒して最強を名乗ろうぜ」

 

「…面白い、やってやるさ」

 

そして息を呑む。

これほどのプレッシャー、感じたこともない。

肌を刺す空気。

重くなる場。

そこに現れたのは…先輩である【氷結の魔女】だった。

 

「…先輩?」

 

「佐藤…なんだその恰好は?」

 

余談ではあるが今の佐藤の格好は女子制服に身を包んだ状態。

しかもスカートの下からはトランクスが見えており何とも中途半端で最高にハイな状態だ。

著莪に呼び出され、著莪の高校に赴き、その際に警備員につかまり身体チェックをされトランクス一丁になり、危うくケツに単一電池を捩じりこまれそうになり、命からがら逃げだしたものの、着る服は没収されたままであり、仕方なく著莪の友人である井上あせびから制服の替えを借りたという、冗談にもほどがある経緯を経てこの場にいた。

詳しくは原作を読もう!(ステマ)

 

槍水の後ろからは親指を立てた白粉が、それはそれは良い笑顔を浮かべていたそうだ。

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

 

―――魔女が現れた?

―――はい、現在著莪及びその従弟と接触中。魔女のもう一匹のペットもおります

―――ついてるな。向こうから乗り込んでくるとは。よし、俺が出よう。まだ間に合う。おそらく今夜を境に状況は大きく動く。【ガブリエルラチェット】全員に伝えろ。忙しくなるぞ

―――了解しております

―――お前は今、店内か?

―――はい、現在監視のため店内に

―――そのまま監視を続けろ。仮に【半値印証時刻】を迎えようとも手は出すな。俺がやる

―――は、魔女のペットもですか?

―――そうだ、なんとか間に合わせる

 

 

通話は途切れ、【ガブリエルラチェット】の頭目、二階戸は自身の首を、自分の手で絞めつけた。

まるで、罪を罰するように。

 

戦いのときは近い。

 



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5食目

未だにこのしょうもない小説を待ち続けてくれてる方がいる…。
感謝するぜ、これまでの全て(の読者)に!


やっと転職が落ち着いて転勤も落ち着いて時間が取れたのでリハビリがてら投稿…。
ただ今回はほとんど原作沿いです。
うちの主人公出てこないです。
次からは絡めていきたいです!
もしまだ見てくれてる方がいれば次もよろしくお願いします!


「来たぞ佐藤、あれがこの店の半額神だ」

 

著莪の言葉に佐藤が目を向けると、そこには若い女性店員が売り場を綺麗に手直ししながら弁当コーナーに向かっていくのが見えた。

 

「女…?しかも若い…」

 

今まで佐藤が見てきた半額神は年配の男性がほとんどだったため、新鮮な驚きがあった。

白いエプロンを身にまとい、頭に巻いたバンダナから伸びるややラフなポニーテール。

不思議な色合いの髪色で、ポニーテールは黄褐色なのだがまとめている部分から黒色になっている。

おそらくは染めた髪をそのまま伸ばしたのだろうがそこに不潔さやずぼらさは感じられず美しいとさえ表現できる。

そう…まるで綺麗な蝶のような色合いだった。

 

そして霧雨が降り注ぐかのように、優しく弁当に半額シールを貼っていく。

バックルームへ戻っていく際、一礼をしここに争奪戦は開始された。

 

 

走り出す狼。

先頭を走るのは【氷結の魔女】。

西区の狼、しかも【二つ名】が来ているとあって店内はある種、異様な興奮に包まれていた。

意地からか、槍水が弁当を奪取するのをある狼が文字通り死守する。

その隙を逃さず著莪が加えて魔女へ攻撃するが、それを難なくかわし、そしてまた著莪に別の狼が攻撃を加える。

いつもと変わらない乱戦。

瞬間、著莪が横合いから掌底で一メートルほど飛ばされた。

槍水の攻撃だった。

しかしそこは【二つ名】持ちの著莪、すぐさま体制を整えて再び槍水へと攻撃を仕掛けようとしてその手は止まる。

 

すでに槍水は弁当を奪取していたのだった。

佐藤はその一部シーンを見ていた

槍水の掌底によって著莪もろとも周りの狼をよろめかせ、弁当へと手を伸ばすスペース、時間を作り出し、あっけなく手に入れていたのを。

 

弁当を奪取したものを攻撃してはならない。

それは絶対のルールであり、ここに【二つ名】同士の戦いはまたもや槍水の勝利で終わった。

 

そして著莪は見た。

巻きまれた乱戦にて、一人の少女がまるで実体のない幻影のようにその乱戦の中を縫うように最前線までたどり着き、弁当を奪取していったのを。

 

白粉だった。

著莪は自分の見たものを夢とでも疑うかのように、しかし確実に起こった現象に度肝を抜かれた。

 

「佐藤、逃げろ!!」

 

その魔女らしからぬ悲鳴にも似た叫び声に、著莪は佐藤を見る。

愛すべきバカの従弟が大きな白い影のようなものにむちゃくちゃに叩きつけられては放り投げられていた。

著莪はその存在を知っていた。

この東区ならば誰もが知っていた。

 

佐藤は今自分がどうなっているのかわかっていない。

ただ、体中をかけめぐる痛みだけが自分がまだ気絶していないということを伝えている。

膝をつき、手をついて立ち上がろうとするがその大きな白い影に胸元を掴まれ強引に持ち上げられる。

そこで佐藤はやっと気づいた。

この大きな白い影は、白いコートを羽織った長身の男であるという事に。

そして、東区最強の【帝王】であるということに。

【魔導士】とはまた違った、禍々しい強者のオーラ。

 

「魔女に飼われし犬か」

 

犬と言われ、佐藤の体に力が戻る。

怒りに任せた拳は【帝王】の顔に吸い込まれるように入った。

しかし、渾身の怒りを目の前の男は微動だにせず受け止めてみせ、その顔つきが凄惨な笑顔へと変わった。

 

「威勢がいい」

 

そしてその拳を握られ、万力のような握力によって引きはがすこともできず、【帝王】は無防備な佐藤の顔、腹を重点的に殴り続けた。

その一発一発が必殺の拳であり、受けるたびに佐藤は血と吐瀉物をまき散らし、いっそこのまま倒れてしまおうと考えたが握られた手がそれを許さず、佐藤の意識は手放された。

 

「やめろぉ!」

 

著莪が【帝王】の手を思い切り蹴り上げ、ようやく佐藤は床に沈んだ。

 

「喜べ犬。今宵、貴様は歴史に名を刻むこととなる」

 

著莪を意に介さず、虫でも追い払うかのように他の狼ともどもたったの一振りの腕で弁当コーナーの最前列には佐藤と【帝王】しかいなくなった。

 

「その血でもって開戦の狼煙となれ」

 

すでにほぼ意識のない佐藤に、とどめを刺すかのようにつま先がめり込む。

薄れゆく意識の中、佐藤が見たものはピアスをした一頭の狼が佐藤を庇うかのように【帝王】の前に立ちふさがり、その狼を巻き込んで吹き飛ばされていく風景だった。

死というおおよそスーパーマーケットでは感じることのない今日をその身に刻まれながら今宵の争奪戦は終了した。

 

 

 

 

 

 

「貴様っ!」

 

槍水がレジを通過してきた【帝王】に噛みつく。

 

「うるさいぞ魔女、店に迷惑がかかるではないか」

 

ニヤニヤと心底楽しそうに男は言った。

 

「何故あそこまでやった!?貴様の攻撃は過剰に―――」

 

「犬のように声を荒げるなという…礼儀を用いて誇りを懸けよ。それが我々の掟ではないか…見すぼらしい真似はするな」

 

どっちがだ、と槍水は声を上げようとするが目の前の【帝王】こと、遠藤忠明に首を絞められ持ち上げられてしまう。

 

「その反抗的な目は良いのだが、それは争奪戦の時だけにしておけ。終わった今ではお前はただの小娘だ」

 

手を離した拍子に槍水は尻餅をついてしまう。

それを抱き起そうと著莪が近づいてきて、【帝王】を憎悪のこもった眼で見る。

 

「麗人、何だその目は?魔女のペットを潰すという事にはお前も了承していたではないか」

 

その言葉を受けて槍水は著莪の手を突き飛ばすようにして距離をとる。

 

「ち、違う!あたしは了承なんか…!」

 

していない、とは言い切れなかった。

著莪はこの作戦を知っていたからだ。

東区による西区侵攻作戦。

【魔導士】を叩くための重要なファクターであるHP同好会の殲滅。

そう、知っていたのだ。

それを佐藤に伝えようとした。

けれど著莪はそれをしなかった。

自分の、わがまま故に。

 

著莪は慌てて何かを言おうとするも、動くのは口だけで声が出なかった。

 

「よくも…よくもそれで佐藤とじゃれあっていられたものだな!」

 

槍水の言葉が胸に突き刺さる。

【帝王】の笑い声が響く。

 

「その辺にしといてやれ魔女。麗人は【二つ名】を有してはいるが所詮は未熟な犬なのだ」

 

その言葉に著莪は目を見開いた。

【帝王】は続ける。

 

「そうだろう?お前はこの場を何かの遊び場だと思っていただろうが。まるでゲームの世界だとでも。馬鹿が。愚か者め。この場は世界の縮図を体現した弱肉強食の世界だ。誰もが命を懸ける場所なのだ。勝つという事は他者を殺すという事なのだ。その果てにこそ、勝者には栄光と半額弁当が、敗者には屈辱と震えんばかりの空腹が与えられる。真剣にこの場にいるものであれば、数日前にHP同好会を潰すと言ったときに気付けたはずだ、それがどういう意味なのかを。だがお前はそうじゃなかった。お前は所詮、見てくれから【二つ名】をつけられただけの…犬だ」

 

【帝王】は歩き出す。

著莪とすれ違う際、著莪の頭に手を置きくしゃりと撫でた。

 

「…まったく手をかけさせる、駄犬が。大人しく俺の手の上で踊っていろ」

 

そしていよいよ著莪はうつむいてしまい、【帝王】は笑いながら店を出る。

 

「これから面白くなるぞ。変革の時はすぐそこだ!」

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

 

佐藤が目を覚ますと、そこはスーパーのスタッフルームだった。

争奪戦で傷を負い、意識を失った際に半額神が閉店作業の邪魔になるからと、狼たちの避難場所としてよく運ばれるのがここ、スタッフルームだ。

そして目の前にいる女性こそ、この店の半額神だったと佐藤は痛む体をさすりながら思い出す。

 

「そうか…僕は負けたのか」

 

「大丈夫?かなり酷い怪我だったから心配したよ」

 

目の前の女店長、半額神である女性は多くの狼達から「まっちゃん」という愛称で呼ばれている。

痛む体を抑え、佐藤は何が起こったのかを思い出そうとするがよく思い出せない。

まるで思い出すのを頭が拒んでいるような感覚がした。

 

「頭が痛い…なんだ、何が…?」

 

「…覚えてないのも無理ないわ。あれだけひどい目に遭ったんだもの。

あなたは【帝王】と交戦し、負けたの。その傷は【帝王】からの洗礼…」

 

「【帝王】…」

 

佐藤は頭を抱える。

(違う…それじゃない…僕は何かを忘れている。)

【帝王】は恐ろしかった。

今まで戦ってきた狼達の誰よりも恐ろしく強かった。

【魔導士】と互角の化物、その評判通りだ。

下手すると【氷結の魔女】よりも…という考えが頭をよぎるが、今はそれよりももっと思い出さなければならないことが佐藤にはあった。

 

「そうだ…僕がやられたとき、ピアスの狼が僕を庇ったような気がして…」

 

「!!…っそう…あの子はまだ…」

 

半額神の顔に影が曇る。

 

「ピアスの彼なら、さっき意識を取り戻して帰ったわ」

 

どこか寂し気に告げる半額神に佐藤は納得をし、痛む体をさすりながら立とうとする。

しかし、ダメージは大きくどうにも力が入らない。

 

「無理はしないで。君が目が覚めたこと伝えてくるわ」

 

これ使って、と男性用に服を渡された。

旦那さんの服をセーラー服の佐藤に渡し、そう言って半額神はバックルームから出て行った。

 

「…あれが【帝王】…」

 

少しづつ記憶が蘇るり、苛烈な攻撃を繰り出す【帝王】に戦慄を覚える佐藤。

一撃が重く、鈍器で殴られているかのように思えた。

そしてなによりもその凶暴性。

相手が倒れてもお構いなしに攻撃を続ける。

弁当よりも何故か自分を攻撃してきたように思えるその行動に、佐藤は脳裏に【二つ名】を持つ同級生を思い浮かべる。

しかし、彼とも違った。

新道も弁当よりも相手の殲滅に重きを置いている。

しかしそれは根底に弁当をよりおいしく食べたいが故の戦闘だったが【帝王】にはそれが感じられなかった。

もっと低俗で、だけど渇きを覚えるような意思だった。

狼として正しいのかはわからないが、強い。

それだけは確かだった。

考えたいことは沢山あった。

 

まずは痛む体のこと。

次に、いい加減に服を着替えたいという事(佐藤は現在、セーラー服姿)。

そして、何故か硬くなっている自身の体の一部…もとい息子をどうして鎮めるかという事。

佐藤の名誉のために言うと、殴られて興奮したからこのような状況にあるわけではない、夜間陰茎勃起現であるだけである。

 

まぁ、最後の問題は今誰もいないし、落ち着くまで座っていようと思い、服を脱ぎ半額神から渡された旦那さんの服を着ようと立ち上がる。

 

「目が覚めたか、佐藤」

 

槍水が著莪を連れ佐藤のもとへ来る。

佐藤は大人しく座りなおす。

背中に嫌な汗を流しながら。

 

「あばば」

 

人間というのは、予想外の事が起こると得てして誤作動を起こす。

佐藤は着替えようとしていたので、現在下着を残してすべての衣服を脱いでいる。

薄暗いバックルーム、床には脱ぎ棄てたセーラー服。

痛みのせいで思うように動かない体。

そして槍水という憧れの女性、しかも先輩という立場。

息子が自己主張を始めた。

…立てるわけがない。

ある意味では勃ってるとかやかましいわ。

 

「…どうした佐藤?立てないのか?」

 

心配そうにのぞき込む槍水。

 

「いや、さっき立ってたじゃん。何?急に甘えようとしてるわけ?」

 

著莪が不機嫌な顔をして佐藤に近寄る。

 

「いや…あの…恥ずかしいのでお二人には出て行ってほしいというか…」

 

「さっきまでのアンタの格好のほうが恥ずかしいわ。さっさと着替えちゃいなよ。マっちゃんが車で送って行ってくれるって言ってんだから早くしなよ」

 

「いや、待て。まずは傷の手当てだ。スカートで戦っていたのだから足のほうも傷があるだろう」

 

絆創膏を取り出しながら槍水が佐藤の足を触ろうとする。

 

佐藤は思案する。

どうしたものか、と。

憧れの先輩に傷の手当てをしてもらえる。

そのシチュエーションは素晴らしい。

しかし今に限ってはそうではない。

しゃがみこんで佐藤の足首を触る槍水の少し上では鼻高々とそそり立つ凶器が布一枚越しに存在している。

何も知らずにいる槍水、バレない様にと緊張と非日常間に襲われながら佐藤は混乱する。

 

「なんか挙動不審だぞ佐藤…ん?…あれ?うそ、ちょ、まじ?佐藤、まさかお前…」」

さすがは従妹というべきか、著莪はこの状況をいち早く理解し、悪魔のような笑みを浮かべおもむろにその凶器に手を伸ばす。

 

「うわぁ!ひでぇ!なんで!?」

心底嬉しそうにナニを掴んでくる著莪と、それを手で払いのける佐藤。

 

「…仲間外れか?」

 

と、拗ねる槍水に佐藤はいっそ、立ち上がり最高にハイってやつだとでも叫ぼうかと思ったが、なけなしの理性がそれを留める。

その間にも著莪は手でもみくちゃにしてくるし、槍水になんと説明したらよいかわからずあたふたしてると、ドアが開き白粉が入ってくる。

 

「白粉、これは、その、ちがうんだ」

 

ここにきて白粉にまで面倒くさい誤解をされたらもう学校でいきていけないとおもったのだが

 

「…全員男にすれば使えるかな」

 

と呟きながらメモを取る白粉を見て、こいつに限っては特に心配することはなかったと思う佐藤だった。

 



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6食目

ゴールデンウィーク、休みなしの17連勤目(白目)
この土日を乗り切れば、3連休が待ってるんだ…
今回もほとんど原作沿いです…許してくれメンス…
次の話から創作に戻れるはず…
よろしくお願いします!


その男の名前は、二階堂と言った。

【帝王】から佐藤を庇い、ダウンしバックルームに運ばれたものの佐藤が目を覚ます前に去っていった狼…いや、犬だ。

【ガブリエルラチェット】の頭目。

それが彼の犬としての姿だった。

二階堂を含め、その場にはすべての【ガブリエルラチェット】が招集されていた。

そして目線の先には、彼らが使える【帝王】が勝利の証を手から下げて、夜道を歩いてゆく。

 

「いささか危なかったが、これで予定通りに事が進む」

 

その言葉には確かな重みが感じられた。

事実、あと少し【帝王】自身の到着が遅れていれば、HP同好会の面々は弁当を獲り、争奪戦から消えていた。

 

「しかしあれだけ佐藤洋を痛めつけてしまえば、麗人は向こうについてしまうのでは?いくら実力ではなく見てくれからついた【二つ名】とはいえ、戦力は少しでも…」

 

二階堂は唸るが、【帝王】は一蹴する。

 

「構うものか。元より向こうに着くことが前提の計画だったろう」

 

「しかし今の状況となっては少しでも…【ヘカトンケイル】も連絡がつかなくなっていることで…」

 

先頭を行く【帝王】が立ち止まり、二階堂を見る。

 

「ふん、それでか?…馬鹿が。くだらん。いいか、もう一度言う。この計画では勝つことが全てだ。他でどれだけの被害が出ようとかまわん。お前は余計なことを考えるな。犬の考えなど浅はかなのだ…それとも、まだ、喰らうか?」

 

殺気を放つ【帝王】に二階堂は思う。

この男の眼には自身しか映っていない、そんな奴が東区を統治する最強の座にいることに吐き気がする。

自身のことを第一に考える、それ自体は間違っていない。

それでこそ狼としての姿だ。

それでこそ、あの場を走る者として正しい姿だ。

他者を押しのけ、自らの牙で獲物を勝ち取る。

しかし、ならば…そうであるならば…一頭の獣として駆けるべきなのだ。

組織の頂点にふんぞり返ってる存在が狼なわけがない。

二階堂はもうこの場で何もかも投げ捨ててしまいたい気分だった。

 

「ルールを守り、掟に順守する…問題あるまい?」

 

二階堂は自身の手で首を絞める。

そうでもしなければ目の前の男に飛び掛かってしまいそうだった。

こんな男が、あんな作戦を立てる男が、彼女から卑怯な手を使い最強を奪った男がルールを語る。

吐き気がする。

 

狼はその昔、騎士と呼ばれていた。

その騎士たちが長い歴史をかけ、暗黙の了解を作り、礎を築いていった。

決して侵してはならぬ魂の約束。

それをこの男は自分の良いように解釈して捻じ曲げている。

騎士はやがて狼と名前を変えたが、決して畜生に堕ちたわけではない。

だが…我々は…と二階堂は…。

 

「仰る…通りです」

 

二階堂はこらえた。

狼としての誇りを押さえつけ、犬としての自身を実行する。

我は犬、主に仕えし忠犬。

目の前の男に鎖を預ける。

 

(…今更、変えようもないじゃないか)

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

僕たちは、バックルームにて弁当を食べていた。

半額神であるまっちゃんが、送っていく前に時間も時間なので、食事を先に済ませてしまえとの事だ。

槍水が半額神である、まっちゃんについて話してくれる。

なんでも彼女は約半年前までは東区最強の狼だったらしい。

 

「それって、【魔導士】よりもですか?」

 

「いや、あくまで東区内でだな。

彼女がスーパーから姿を消す前、ついに頂上決戦があぶら神の店で行われた。

ただそこの麗人のように、どちらかが挑戦してきたのではなく、偶発的に起こったそうだ。

昔から、彼女はそういう性格だったらしい。特定の縄張りを持たず、ふらっと遠方に現れてはそこの縄張りの主を倒す…美学なのだろう。

【二つ名】を有する名うての戦士ではなく、一頭の狼としてあろうとした。

当時を知るものはそう語る」

 

「それで対決はどうなったんですか?」

 

白粉が興奮気味に聞く。

 

「残念ながら私はその場にはいなかった…が、凄まじかったとだけ聞く。

平常時の争奪戦ならそうはならなかったんだろうが、その夜は月桂冠が出た。

当然誰しもがそれを狙う。ここに頂上決戦が行われたのだ。

どのような戦いだったかはわからない。【魔導士】も彼女も、その場に居合わせた誰もかれもが、今に至っても口を閉ざす。

まるで自分たちだけの宝物のように、訪ねれば凄かったと笑みを返す。

月桂冠は【魔導士】が獲った…だが、その夜、【魔導士】が路上で倒れている所を発見された。そのすぐ横には空の弁当の容器だけ落ちていたらしい」

 

「はい?」

 

「これは【魔導士】本人から聞いた話になるが、どうも家に帰るだけの力がなかったらしく、しかし弁当だけは残すまいと路上で倒れたまま食べ切ったらしい」

 

想像もつかない。

あの【魔導士】がそこまでになるなんて。

 

「そしてその戦いの後…まあ、色々あってな。学生結婚をした彼女は一線を退き、新設されたこのスーパーで店長を任されることになった。そして彼女の作ったザンギ弁当、これが大ヒットし、一躍有名となった」

 

「なんですか、そのザンギって」

 

「濃い目に下味をつけた鶏のから揚げの事。私の生まれは北海道なんだけど、そこではメジャー料理なのよね。良かったら今度狙ってみなさい」

 

声のするほうを見れば、まっちゃんがいた。

 

「いつも最後まで残ってないじゃん。残ってても基本、月桂冠だし…」

 

著莪が言う。

 

「頑張んなさい。さ、そろそろ送るわ。若いんだから夜は早く寝なきゃだめよ?」

 

僕らは言われるがまま車に乗り込み、そして出発した。

ふと疑問に思ったことを僕は尋ねた。

 

「まっちゃんって、【二つ名】から来てるんですか?」

 

「うーん…そうと言えばそうだし、もともとの名前からも来てるのかな。旧姓が松本で今が松葉なの」

 

「【二つ名】はなんていうんですか?」

 

槍水先輩がなにか言おうとしたが、まっちゃんが制して口を開く。

 

「【オオカバマダラ】。カナダからメキシコに異動する蝶の名前よ。私って特定の店にいつかなくってさ。あっちにフラフラこっちにフラフラしてたら着いたの。髪も見てのとおり斑模様でしょ?その辺から来たみたい」

 

「なんで縄張りを持たなかったんですか?」

 

「私、束縛って嫌いなのよね。するのもされるのも。だから自由に好き勝手やってた」

 

彼女の話を白粉は必死にメモしている。

 

「男に変換すれば…特定の相手を作らず、その日ごとに…それで今夜の獲物はサト、サイトウとシドウに…」

 

と不可思議な専門用語を口にしていた。

とりあえず彼女の後ろ髪を引っ張っておく。

 

「まぁ…今のあの子たちを見てると、ちょっと、自由すぎたかな」

 

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

車で送られた後、僕は著莪と二人駅まで歩いた。

著莪が何か話したいことがありそうな顔をしていたから。

子供のころから一緒だったから、こういうのは何でかすぐわかる。

 

「ちょっと待って…今テンション切り替えるから…」

 

そう言った著莪は、おちゃらけた雰囲気から【湖の麗人】の顔へと変わった。

 

「東区全【二つ名】持ちによる西区への侵攻、制圧作戦…主導者は【帝王】」

 

「…は?」

 

「もちろん私もその参加者。魔女の縄張りの担当になってる」

 

そういえば【帝王】が僕の胸ぐらをつかみ、その血でもって開戦の狼煙となれ、とか言ってたな。

それがこの事?

侵攻?

制圧?

どういうことだ?

 

「本当は機密事項なんだけどさ。簡単に言えば明日、一夜限りの西区に東区の狼達で攻め入ろう、っていうお祭りさ。これだけ聞いたらおもしろそうじゃない?」

 

確かにそれだけ聞くと楽しそうだ。

主導者が【帝王】じゃなかったらだけど。

 

「【帝王】の飼ってる【ガブリエルラチェット】っていう連中が西区の狼の情報を調べ上げて、相性のいい狼を送ろうって話。

とはいってもアタシは捨て駒だったけどね。アタシじゃ…というか普通の【二つ名】じゃ魔女には勝てない。やってみて分かった。新人のアタシは頭数揃えるため、建前上の対抗馬」

 

そういった著莪の顔はなんだかさみしそうだった。

 

「なんでそれを僕に?機密事項なんだろ?」

 

「【帝王】が嫌な奴だから。そんな作戦に乗ったことが嫌になったのさ」

 

…半分は事実なんだろう。

だけどそれだけじゃないって感じた。

 

「…あとは、リストにあんたの名前が載ってたからさ。リストってのは優先して潰すっていう意味ね。というかHP同好会の名前は全部載ってた。だから、その、注意くらいしといてやろうかなってさ」

 

そう言ってほほ笑んだ彼女はやっぱり昔と変わらない、僕の従妹だった。

 

「魔女にも言っといて」

 

抱き着いてきた著莪は、僕にそうささやいた。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

僕は今茶髪に迫られている。

これだけ聞くと、ハーレムルート突入待ったなしなのだが、現実はそう甘くない。

 

「あの…茶髪?ちょっと離れてくれない?」

 

「あなたがその紙を見せればね」

 

横を見れば【ヘカトンケイル】が何とも言えない顔をしている。

今夜も争奪戦で【ヘカトンケイル】と戦った後、話を持ち掛けてきた。

何でもいよいよ明日、侵攻作戦が行われるらしい。

明日も負けないぜ!とか、【帝王】と戦ってみたいな!とか談笑していると茶髪に話を聞かれてた。

ある程度の話を聞かれていたみたいで、怒ってるみたいだ。

まあ、自分たちは何も知らされずに頭の上を飛び越えて物事が進むといい気はしないよね。

ただ、僕も男だ!

そして茶髪が見たいと言ったのは僕が手にしているこの紙。

【ヘカトンケイル】からもらったこの紙には東区の【ガブリエルラチェット】が作ったランキングが載っている。つまるところ1位の弁当を獲ったやつが勝ちという事だ。

この紙が見たかったらそれなりの誠意を見せてもらわないと――

「見・せ・な・さ・い」

あ、はい。

 

両手で差し出す。

そして握りしめた紙がくしゃくしゃになっていく。

あぁ…怒ってるなぁ。

 

「別にあなたたちに怒ってるわけじゃないわよ。無視した連中に怒ってるの。なによこのランキングは!」

 

アブラ神の店のランキング1位、そこに書いてある弁当の名前は『一番長い名前の弁当』だった。

 

「いや、この店の弁当は半額神の気分によって変わるからよ…名物っていう名物がないっていう理由で」

 

「黙りなさい」

 

言い終わる前に【ヘカトンケイル】を睨み黙らせる茶髪。

 

「この紙は、他の狼にも渡させてもらうわ…いいわね?」

 

「「あ、はい」」

 

ズンズンと歩いていく茶髪。

それを見送る僕らは何とも言えない気分となった。

 

「じゃぁ…また明日な」

 

「…うん、なんかごめんなさい」

 

「気にしてねぇよ…」

 

…何とも言えない気分になった。

 

「あ、一つ聞きたいんだけど」

 

僕は聞いておかなければならないことを【ヘカトンケイル】に聞くことにした。

 

「【帝王】ってどこの店に現れるの?」

 

 

 

 

 



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7食目

今回もほぼ原作沿い…でもこのシーンはいれたかったんじゃぁ
2巻分は10話までで終われそう!


ここは丸富大学、庶民経済研究部部室。

その部屋の主は、電気もつけず、闇の中一人震えていた。

 

「ようやくだ…」

 

「はっ」

 

そしてその声に追従するかのように、【ガブリエルラチェット】頭目、二階堂が声を出す。

ここ半年ほど、彼以外の【ガブリエルラチェット】のメンバーはこの部室に近寄らなくなっていた。

 

「麗人が従弟であるHP同好会に情報を漏らしたことを確認、計画通りに進んでおります」

 

そして二階堂はキーボードをたたく。

その音を合図に、スクリーンに地図が浮かび上がり、いくつもの矢印が時間帯と共に東から西へと向かう。

 

「いくつか状況は変わりましたが、再度編成を改め、準備は滞りなく進んでおります…が、何名かの【二つ名】持ちがこの作戦から離脱、急遽、犬で埋め合わせてる狩場もあります」

 

「構わん、好きにしろ。どれだけ負けようと、俺が勝てばいい」

 

声の主は震える。

この作戦が終わるとき、名実ともに自身が最強となるのだと確信しているからだ。

…思えばどれだけの刻を過ごしてきただろう。

幾たびもの戦場を超えてきた。

勝利も敗北も、数えきれないくらい喰らってきた。

そのすべてがこの時のためであった。

彼は、多くの狼とは違っていた。

弁当を喰らうのは、ただ空腹を凌ぐ為でしかなく、彼が求めたのはそれ以上のものだった。

一代目【帝王】。

彼女の生き様を、戦う姿を見て、その強さに美しさに憧れた。

自身もそうありたいと思った。

だから彼は持てる力全てを使い、彼女を叩き潰し、彼女にとって代わった。

周りからどれだけ蔑まれようとも、勝った者こそが勝者なのだ。

憧れた【帝王】の称号を手にし、その配下である【ガブリエルラチェット】を従え、東区の王となった。

その時はたまらない快感で目指した者の全てを犯したように思えた。

しかし、何かが足りない、そう感じるようになった。

かつての【帝王】と自分。

何が足りない?

答えはすぐに出た。

かつての【帝王】は、その帝王が君臨する庶民経済研究部は、その庶民経済研究部を有する東区は最強であった。

しかし、最強同士の戦いの末、軍配が上がったのは西区最強の【魔導士】だった。

すなわち、帝王の名に、庶民経済研究部に、東区に傷がつけられたのだ。

であればこそ、その傷をつけた張本人を叩き潰すことで、かつての【帝王】すらも超える最強の存在に至れる。

モニターでは東区から西区へ延びる矢印は数を増やしていき、やがてスクリーンは真っ赤になった。

興奮は止めどなく。

獣は吠えた。

 

「15時間後、計画を実行する。この計画に中止はない」

 

真の帝王となるときがやってきた。

 

「西区の狼に宣戦を布告せよ…歴史を作るぞ」

 

彼は丸富大学経済学部経済学科、遠藤忠明。

最強の座を目指し、東区の狼を統括する存在へと至った白き獣。

かつては【パッドフット】と呼ばれし化物は【ガブリエルラチェット】を従え、東区最強となった。

荒く猛々しく、エゴの塊である彼を、人は【帝王】と呼んだ。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

午前5時。

霧がかかる公園に佐藤及びHP同好会がそろっていた。

佐藤と白粉は理由も知らず槍水に誘われてこの場にいるのだが、本人である槍水は口を堅く閉ざし、何かを待つように目を閉じている。

寝起きで髪もボサボサ、ゾンビのような白粉を見ながら佐藤は青春は甘くないという事を強く想った。

 

「そろそろ時間だな…」

 

その槍水のつぶやきと共に周囲に無数の気配が湧き上がる。

深い霧の向こうから幾人もの男女の声が反響した。

 

―――気配の消し方もわからん若いのがいるようだが?―――

―――いいじゃないか、誰でも最初はそうさ―――

―――魔女の仲間か?―――

―――どうでもいい、要件を済ませよう―――

―――魔女よ、この情報は確かか?―――

 

公園の中、まるで深い森の中にいるかのように、声が反響して誰がどこにいるかもわからない。

 

「あぁ、その情報を流したのは私だ。狩場以外でこうして集まるという異例のこととはいえ、かなりの数が集まってくれたことをまずは礼を言う。

【帝王】の計画を知り合いに流し、腕利きを招集できたのだが…」

 

―――まるで自分がリーダーのような言い草だな―――

―――構わんさ―――

―――いいから早くしろ、この後バイトがあるんだ―――

―――世知辛いことを言うな、テンションが下がる―――

―――せっかくの祭りだ、楽しめよ―――

―――しかし【帝王】か…パッドフットが出世したものだ―――

―――化物が大きく出たな―――

―――哀れだ―――

―――見苦しい―――

―――腕利きの狼を動員したところでなんだというのだ―――

―――最近、東区からの遠征組を見かけたが、それで西区の狩場の何たるかを理解できたとは到底思えんのだが―――

―――向こうもそれは理解しているだろう―――

―――では今回の騒動に何の意味が?―――

―――意味などないさ―――

―――東区の連中は祭りに参加しているだけさ―――

―――俺も含めて狼はこの手のイベントが大好きだからな―――

―――あたしのような若い連中はこういうイベントは初めてだからね、そのせいもあるのさ―――

―――それだけじゃない、東区には変に統括組織なんてものがあるから狼どもは変な息苦しさを感じてるんだろう―――

 

「統括組織?」

 

佐藤の声に若いな、とでもいうように答えが返ってくる。

 

―――丸富大学に存在する庶民経済研究部というサークルだ。詳しくは誰も知らん―――

―――だが誰もがその名を知っている―――

―――かつて東区は無法地帯だったのさ―――

―――《豚》が多すぎた―――

―――養豚場のようだったと聞く―――

―――通常であればその場にいた狼で対処するのだけど、数が多すぎて《豚》が群れ始めたのよ―――

―――情けなくも手に負えなくなった―――

―――その時、単独行動を常とする狼達をまとめ上げ組織だって行動する者たちが現れた―――

―――組織的に、そして戦略的に《豚》を駆逐して回ったらしい―――

―――当時のメンバーは《豚》さえ駆逐できればよかったのだろうが、皮肉にも上位組織としての色合いが強くなってしまったらしい―――

―――いつしかそのトップに一匹の狼が就任した―――

―――初代【帝王】―――

―――彼女の生きざまは狼達でさえ憧れるものであり、そして【ガブリエルラチェット】のような諜報組織が自然と彼女のもとに集う事となった―――

―――パッドフットもそのメンバーだったのだろう?―――

―――知らんよ、興味もない―――

―――暴れ者として有名だったらしい―――

―――そして初代【帝王】は西区最強の存在と戦った―――

―――歴史の一頁だ―――

―――激しい戦いだったと聞く―――

―――そして【帝王】は敗れた―――

―――その直後、パッドフットが【帝王】に勝負を仕掛け、こちらもまた【帝王】を打ち負かした―――

―――【帝王】は【魔導士】との戦いの傷が癒えてなかったのだろう?―――

―――姑息だな―――

―――豚だ―――

 

「話がそれているな、どうする、皆で昔を懐かしむか?」

 

―――その通りだ。俺はこの後バイトが―――

―――お前ちょっと黙れ―――

―――しかし…何を話すというのだ―――

 

「昨夜、私が皆に招集をかけたのと同時くらいに【ガブリエルラチェット】からメールが届いているはずだが…受けていない者はいるか?」

 

キョトンとする佐藤と白粉に、槍水はプリントアウトされた1枚の紙を渡す。

そこには複数のスーパーの名前と、1~5までの数字、そしてその横に弁当の名前が記されていた。

 

―――宣戦布告のメニュー表か―――

―――ふん、一応人気順にはなっているが、舐められたものだ―――

―――だが、明確な勝敗があったほうが後腐れがなくていい―――

―――これって1位の弁当を獲ったやつが勝ちという事でいいんだよな?―――

―――やばいな、俺の縄張り、嫌いな弁当が1位になってやがる―――

―――ならば負けろ―――

―――負けて縄張りを明け渡せ―――

―――なるほど、そのための招集か。1位の弁当が嫌いな奴がいたら変わりそこに誰か行け、という事だな?―――

―――くだらん、好き嫌いするやつが愚かなのだ。うまいものはうまい、それを享受できないやつはクズだ―――

―――哀れだ―――

―――見苦しい―――

―――小学校の給食で何を学んだ―――

 

「お前たちはおしゃべりでいけない。話を戻す、招集の目的は当日何らかの用事があって狩場に行けない者、もしくは自分の縄張りの1位の弁当が苦手なものは代わりにだれかそこに向かってほしい。向こうに逃げたと思われたくない」

 

―――俺、その日バイトが―――

―――お前もう帰れよ!―――

―――なら私がそこを受け持つわ。どうせあたしの縄張り、今日も【ダンドーと猟犬群】が来て弁当根こそぎ持ってかれちゃうだろうし―――

―――ダンドーが動いている?―――

―――おかしい、まだそんな時期ではないだろう―――

―――どうも昔の教え子が一ヶ月で2組も結婚したらしくてな、半個小隊の諭吉が出撃したまま未帰還だそうだ―――

―――帰還されても困るけどな―――

 

「あの~、僕らみたいに縄張りを持ってない狼はどうしたらいいですかね」

 

「お前たちには私の縄張りの一つ、アブラ神の店を受け持ってもらおうと思っている」

 

微笑みながら言う槍水に周りの狼たちは苦笑する。

 

―――魔女の縄張りを、か。大きく出たな―――

―――大役だ、務まるのか―――

 

「かまわんさ」

 

―――待て、アブラ神の店はお前の縄張りなのか?―――

―――確かに、今や【ゴキブリ】が主だと大半のものが思っている―――

 

【ゴキブリ】という【二つ名】にその場にいたものが反応する。

 

「ヤツに縄張りなぞないさ」

 

いつもの仏頂面で、しかしどことなく声が弾んでいるような気がしたと、槍水は自身で思う。

 

「さて、これで話は終わりだ。この場にいる者同士もぶつかることがあるだろうが、手加減抜きだ。遠慮せず楽しもう。言うまでもないことだがな」

 

槍水がそう締めくくると、ひときわ大きな気配がその場を支配する。

見れば、公園の奥深く。

霧が立ち込める噴水の前に人影がある。

槍水が目を見開き、佐藤もまた見覚えのある姿に反応する。

 

「勝利とは何か…面白半分でやってくる連中を追い返したところでパッドフットは意にも介さないだろう」

 

―――【魔導士】…―――

―――来ていたのか―――

―――何が言いたいのだ?―――

 

「俺に守るべき縄張りはない」

 

放つ言葉にそれだけで身を引き裂かれるようなプレッシャーがある。

 

「今回の一件も…いい加減彼女の名を奴に預けておくのも不愉快だ。俺が引導を渡してやる」

 

そう言い放ち、姿を消した【魔導士】。

ここにいる者たちはそれぞれが強者だ。

しかし、たった一人に呑まれてしまうほど、最強の称号は大きく遠かった。

 

 

 

「あれが最強の【魔導士】?なんだか思ってたよりも筋肉が少ない…あ、でもそういうやせ型の人にサト、サイトウが襲われたほうがシチュエーション的には燃えるかな。ドMのサト、サイトウ的にも、悔しい、でも感じちゃうっていうかつてない快感が…あぅ」

 

ただ一人のクリーチャーを除いて。

 

 



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