幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 (ちびっこロリ将軍)
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第1章 反董卓連合崩壊
0話 どうしてこうなった!


無謀にも恋姫長編に挑戦。けど、黄巾からだと完結させられそうにないので連合後スタート。稚拙な作品ですがお付き合いいただればと思います。

外伝でR18の方にエロシーンを投稿します。俺、華琳様を最終話でくっころするんだ(死亡フラグ)


 目の前には万を超える軍勢。

 

 巨大な河を挟みつつも、その士気の高さが窺える。総大将の名は孫策。黄巾の乱で名を挙げ、天下に武勇を轟かし、大陸で十指に入るであろうと言われる名将だった。

 

 二袁と呼ばれる二大勢力の内の一つ、袁術の最強の指揮官。江南の虎との異名を持つ勇将。なぜただの文官だった俺がそんな化け物と戦う羽目になっているのか?

 

 俺は、ちらりと下を見る。すると幼いと迷わず言える少女達が居た。諸葛亮と鳳統。稀代の大軍師……になると思われる才能溢れる少女達。

 

 少女の一人、諸葛亮が俺の視線に気が付いたのか、顔を此方に向けて微笑む。

 

「私は貴方の龍であり、帝を天に運ぶのが龍の役目です。この戦は天下を目指す上での避けては通れぬ道ならば、それを妨げる者あればそれを蹴散らし、道をゆく事が私の為すべきこと」

 

 お、おう。なんか難しい事を言っているけど意味が分からない。帝とか今、此処に居ないと心の中で突っ込みを入れつつ困惑をしていると、鳳統がこちらを見上げ、言葉を発した。

 

「なら、私は貴方の鳳凰として、聖の名を冠する者としての証明となりましょう」

 

 うん、どう答えればいいんだろうか? 

 

 何かを期待しているような目をしている。凄い純粋な目で見ている少女達の期待に応えるべきなのだろうが答えが出ない。沈黙に耐えきれず、言葉が漏れた。

 

「……二人の思いはよく分った。ならばその思いをここに証明して見せてくれ。敵は強大。十中八九勝ち目はない強敵だ。しかし、だからこそ、その勝利が証明になるだろう」

 

「「はい!」」

 

 ふぅ、なんとか正解を選べたようだ。しかし、一言だけ叫びたい。

 

 どうしてこうなった!!!!!

 

 

▲▽▲▽

 

 

 目が覚めたら、過去の中国に転生していた。

 

 何を言っているのかと思うだろう。だが、それ以外に表現出来ない。頭の良い人なら胡蝶の夢だのうんぬんとかで説明してくれるのだろうが、正直、小難しい理屈なんぞ知らん。

 

 まあ、葛藤とか色々無かったわけではないが、どうしようもないものはどうしようもないので諦めて、普通に働いて、普通な人生を送ろうと思ったわけだ。

 

 とりあえず、農家は除外した。実家が農家の為、農作業の大変さは嫌というほど知っていた。というより、農家が嫌で都会に出て就職したわけだし。古代の農業とかもうその比ではない。えっ? なに? 拷問? とか普通に思ってしまった。

 

 と、いう事で今度は公務員を目指すことにした。公務員って言い方でなく官吏だが、まあ一緒だ。親も公務員だったから、公務員を目指すことを推奨されたのも大きい。公務員か、商人か、農家か、奴隷という素晴らしい選択肢しかない古代中国。

 

 職業選択の自由をください。

 

 前世で社畜として、散々扱き使われ、酷い目にあった事もあるが、なによりこの時代の商人の社会的地位の無さと危険性を考えると、商人になるという選択肢は無かった。

 

 なんだかんだで、社畜として無休での一日十数時間の労働という苦痛に慣れていた為か、勉学は余り辛いものではなく、他の就職先が絶望的だった為、必死になって取り組んだ。成人するまで、毎日、必死に取り組んだ結果、国家公務員試験に受かったわけだ。

 

 前世で勉強をしないことによってブラックな会社にしか勤められなかった事を思い出すと勉強をやらないという選択肢は無かった。

 

 そんな努力が実ったのか、初めての任官は郎と呼ばれる近衛兵。次は県令、次は刺史、次は太守、そうして地方官僚として実績を積んだ後は尚書に召集されたりと、なんだかんだでエリートコースに乗った。

 

 すべてが順風満帆。そんな時だった。

 

 党錮の禁

 

 清流派と濁流派との対立が最悪の形で現れた事件だった。

 

 清流とは、正規の方法で公務員になった人間を指し、濁流はいわゆる裏口的なやり方。まあ、コネや金で公務員になったやつを指す。宦官や名門の豪族達が牛耳っている宮廷はその親族がはびこっているし、そいつらに媚びたり、賄賂を貰ったりした奴らが高い官位に就く。

 

 十数年と勉強して難しい試験に合格したのに、寒門出というだけで差別され、出世できない。それなのに上にはコネだけが取り柄の馬鹿ばかりならムカつくだろう。

 

 そんなエリート達の不満を上手く操作し、派閥を作っていた奴がいて、清流閥とか名乗っていた。そいつが宦官皆殺し作戦とか考えて失敗したらしい。

 

 宦官皆殺しにすれば、その地位が自分たちに来るぞ! っていう素晴らしい作戦だ。脳みそには綿でもつまっているのかな?

 

 清流閥が全滅して、これで少しは政争も落ち着くかな~。と思ったら、清流閥扱いされて、追われるようになった。

 

 意味が分からないと思うが俺も意味が分からなかった。

 

 どうにも太学と呼ばれる、いわゆる現代の東京大学みたいな所の学生三万人が天下の士の番付なんぞを行っていて、それに俺の名前を入れてやがったのだ。その番付のやつは清流閥の幹部が殆どだったらしい。

 

 たしかにリーダーの奴は太学の時代の同期だったし、飯を食いに行った事もある。なんかいつの間にか変な集会にも参加させられたが、俺はそんな閥に所属していないと声を上げる。

 

 俺はタダ飯タダ酒に釣られただけだ!

 

 しかし宦官には、「番付に載っているから清流閥幹部に違いない」という脳みそ湧いてるんじゃね? と思うような理論で清流閥の一員だと思われお尋ね者になったのだ。

 

 清流も濁流もみんな死ねばいいのに。

 

 公務員は安定して定年まで勤められるんじゃなかったのか!

 

 俺は嘆きながら大脱走した。船に飛び乗り、洛水を下って南方の荊州、揚州、益州、交州と色々駆けずり回った。

 

 そんな逃亡生活から解放されたのが二年ほど前。

 

 清流閥の後継者を自称する何進に招かれ、清流閥最後の生き残り扱いされた。清流閥は皆殺しにされたから真実は誰にも分からないからしょうがないのだ。という事で、伝説の士的な扱いをされて調子に乗っていた時、事は起こった。

 

 黄巾の乱

 

 三国志の始まりを告げる合図ともいえる農民反乱が勃発した。黄巾、何進、曹操、袁紹、董卓と次々と頭の中に言葉が思い浮かぶと同時に俺はようやく思い至る。

 

「あ! ここ、三国志の世界だ」

 

 この世に生を受けて三十年近く経って、やっとこの世界が何処であるかの答えにたどり着いた。

 



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1話 泥舟から降りられない

 

三国志世界だと気が付いてどれくらい経ったのか……

 

 俺は今、董卓の下に居ます!

 

 死亡フラグがビンビン立ってる気配がする。状況に流されていたら周りに置いて行かれたでござる。はっきり言って、まったく周りの行動の意味が分からなかったし、付いても行けなかった。

 

 始めは、何進が生きていれば乱世にならないんじゃね? 的な考えでいたのだが、そもそも何進がいつどうやって退場したのかも碌に知らないのに止めるも糞もなかった事に気が付いた。

 

 宦官に命を狙われています。とか周りがみんな言っていたのに、それでも殺されに行く自殺願望者なんぞをどうやって止めればいいのか!

 

 そんなこんなで何進がエクストリーム自殺を敢行し、ご退場した後のドサクサを眺めていたら、董卓が台頭して、旧何進閥を召し抱えてくれたので今に至る。

 

 まあ、旧何進閥って俺以外全員裏切ったんだけどね。というか、反董卓連合組んでるやつらが旧何進閥のメンバーである。今は袁紹を筆頭とした変なグループになっているので事情は知らない。

 

 董卓側の行動は理解できる。

 

 いきなり、地方の長官が中央の政治をしても上手くいかないのは目に見えている。特に今は、国家の危機。少しの判断ミスが命取りになるから、政権内をそっくりそのまま入れ替える事は出来ない。最大派閥である何進閥を重用して、政権の安定を試みたって所だろう。

 

 宦官も腐敗してようがなにしようが官僚だからな。敵対する閥の官僚を皆殺しにしたからポストなんか滅茶苦茶になってる。さらに、最大派閥の人材まで居なくなったら官僚が居なくなってしまう。政治的な混乱を最低限にする為の処置だったのだろう。

 

 まあ、全員裏切って、思惑なんぞ吹き飛んだわけだが。

 

 袁紹達が裏切った理由は付き合いがあるから大体わかる。何進が死んだ後、自分たちが牛耳ろうとしたけど、仲間割れしている内にそのポジション取られて気に入らないとかその辺だろう。

 

 あいつら頭おかしいからな。敵が居ないと纏まれないくせに、敵を皆殺しにしないと安心できないとか性質が悪い奴らだ。

 

 距離を置いていたら、その弊害か、董卓を裏切る際にも誰も誘ってくれなかったりして今があるのだが……

 

 しかし、あいつらは本当に理解できない。悪政うんぬん叫んでたけど。普通に庶民が阿蘇阿蘇とかいう意味不明技術で作られたファッション雑誌もどきを購読して、調味料豊富な料理食ってるとかいう意味不明なほど発達しているし、生活水準めっちゃ高い。史実より相当マシだろ。

 

 まあ、史実を良く知らんから比較しようもないんだけど。

 

 三国志とか日本だと竪穴式住居とかそこら辺じゃなかったっけ? そんな時にこんな文明を築いているとは……まあ、女性優位社会だったりするので、多分俺と違う世界だと思うが、それでも、生活水準の低い社会じゃなくてよかった。じゃないと適応できなかった。倫理観とかは糞だけどな。人をポンポン殺し過ぎる。十族皆殺しとかキチガイみたいな事してるし。

 

 そんな事を考えながら逃げ遅れた俺は必死で働いている。労働基準法の成立をここに提案する所存であるが、そんな事をしたら縛り首になるだろうから、何も言えない。

 

 董卓側からみれば俺もあの頭の中がお花畑の連中の仲間である。しかし、それと同時に中央で大派閥が消えた後に残った中堅弱小派閥の集まりを纏められる唯一のビッグネームだった俺は利用価値があったらしい。

 

 まあ、そのネームバリューそのものが嘘なんだけど。

 

 タダ飯を食いに行っただけで派閥に入っている扱いされたせいで酷い目にもあったが、その勘違いのおかげで生き延びているのは皮肉だ。

 

 タダより高いモノはないって本当だな~。そんな事を考えていると、董卓の所の軍師っぽい感じの賈駆が滅茶苦茶上から目線で命令してきた。

 

「死にたくなかったら、ボク達が連合を打ち倒すまで物資を供給し続けなさい」

 

 そんな大事な事、自分たちでやれよ。と声高々に叫びたい所だが、董卓の所には軍師は居ても政治家が居ないという酷い有様だった模様。

 

 なんで中央政界に乗り込んだんだ!

 

 正直、俺って荒廃した農地の復興とかそっち専門なわけで、本職じゃないんだけど……的な事を言ってやんわり抗議したが無視された。

 

 俺に中央の化物共と戦えるわけないだろ!

 

 俺のそんな訴えを他所に着々と連合との決戦の準備が進められている。軍事は董卓の子飼いがやっているから後方支援のみ。準備が粗方整うと仕事はあまりない。

 

 余裕が出てきたので董卓政権での有名どころを観察しておこう。

 

~董卓~

 

 銀髪ロリ幼女。豚みたいな容姿の悪役のテンプレ的な人物がどうしてこうなった。容姿もそうだが、董卓のイメージを全て真逆にしたような感じというのが正直な感想だ。

 

~呂布~

 

 一度、戦ってる所を見たけど……貴方だけ別ゲーやってませんか! と突っ込むレベル。野望シリーズをやっている中、一人だけ無双ゲーをやっている。こんなんが息をするように裏切るような裏切りマシーンになったら大陸中が大混乱待ったなしである。

 

~張遼~

 

 似非関西人っぽい感じ。演義より史実の方が強いとかいうバグみたいな存在。多分、一番将軍として有能なのはこいつだろう。というか董卓軍で真面に意思疎通が取れる将軍がこいつしか居ないんだが、大丈夫か?

 

~華雄~

 

 馬鹿

 

~賈駆~

 

 いつもヒステリーを患って、俺に無茶ぶりしてくる理不尽の塊。カルシウムが足りないに違いない。史実で何やったのか覚えてない。曹操の後継者争いでなんかやった以外なにやったんだ?

 

~陳宮~

 

 俺の監視役。呂布の下から派遣されてきた。副官とか自分の腹心を置くのが普通なのに強制的に決まっていた時点で隠す気ないだろ。縛り首怖い。

 

 ……将来に不安しかない。

 

 そんなこんなで董卓軍は動きが緩慢な連合に対して強襲作戦を実行する模様。まあ、連合なんて言っても頭がおかしい連中の集まりだから、絶賛仲間割れしていることだろう。

 

 徐栄と曹操の遭遇戦が起きて、夏候惇の目玉に矢が刺さったり、曹操がボロ雑巾になったような気がするが……まっ! 俺に出来る事はないな! 別に軍議に呼ばれるメンバーに入っているわけじゃないから意見を言う事も出来ない。根拠も証拠も無いし。

 

 久しぶりに熟睡しよう。

 

 



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2話 泥船は行くよどこまでも

 

 董卓軍と曹操軍の遭遇戦が勃発。曹操軍は敗れ、潰走した。しかし、それは董卓軍の勝利を意味しない。董卓の狙いはあくまでも連合であり、そこへの奇襲が失敗したという意味では敗北である。

 

 連合も無能ではない。奇襲を仕掛けてきそうだったという報告を受け、守りを固め、巡回を強化した。これでは今後、奇襲は成功しない。させるとするなら、よほどの策を練る必要があるだろう。

 

 立て直しを求められるのは董卓軍の方であった。洛陽は商業都市であり、それだけで自給自足をしているわけではない。食料、物資を各州から送られる税で賄っており、今は良くとも、貯蔵される物資が尽きてしまえば、戦力維持が困難なのだ。

 

 連合は軍事的な勝利こそ得ていないが、経済封鎖という縄で董卓軍を締め上げ続けている。

 

 長期戦になれば董卓軍は完全に不利である。洛陽周辺は人口数が多く、兵力の動員数こそ多いものの、それを維持する為の機能がない。正確には、経済封鎖によって他州からの物資の流通が止まってしまい、商業都市としての機能が停止状態になってしまっていたというのが正しい。

 

 このまま膠着状態が続けば、董卓軍は内部分裂を引き起こす。ならば、戦線を下げて、今の四方を囲まれている状況を改善する方が良いのではないか?

 

 賈駆の頭にはその考えが過る。

 

 長安は防衛に適した土地で、堅固な城もある。脆弱な洛陽とでは軍事拠点としての信頼度が違う。そもそも洛陽は防衛にまったく適していないのだ。

 

 しかし、洛陽を棄てるということは漢王朝の権威や劉協の正当性そのものを無くす。政治的な意味でのデメリットがありすぎる。

 

 決断できないでいる中、凶報が入る。

 

 『孫策軍、陽人を突破する』

 

 華雄は味方と諍いを起こした挙句戦死し、重要拠点である陽人を突破されるという最悪の状況を生み出した。

 

 賈駆は一つ決断をする。洛陽を棄てたのだ。

 

 ……という事らしい。いきなり、遷都するとか言ったかと思えば、洛陽の民を長安へ強制移動させろと言い出した。無理と言いたかったが、遷都に反対した奴らが獄に入れられたのを見て、そんな気はなくなった。

 

 恐怖政治反対!

 

 やばい、熟睡している内に逃げ時を失った。司馬家とかの有名どころの人たちが、奇襲失敗で董卓を見限って脱走した模様。そのせいで監視の目が強化されてしまった。袁紹の時といい、見限りのタイミングが早すぎる!

 

「さっさと、遷都の準備を進め、洛陽の市街地を燃やすわよ。邪魔な市街地を燃やして洛陽を純軍事拠点化すれば、まだ華中への圧力をかけつつ、連合の進撃を防ぐことができる」

 

 他の人が尻込みをするような事を平気で言う……賈駆先生は相変わらずです。

 

 たしかに、反董卓連合からみれば、長安へ撤退されたら追撃なんてしたくないだろう。あそこは大軍の利を活かせない地形だし、占拠している拠点から離れすぎる事は出来ない。

 

 元々、仲が良いとはいえない連中を背後に進撃ができないからこそ、今の膠着状態がある。

 

 ……だが、ちょっと故郷燃やされる立場とかも考慮に入れてほしい。決着がつかないと乱世突入していくんだけど。人口は国力だけど、移民させた人たちの食糧物資とかどう調達するつもりなんだ? 餓死とかさせたら、意味ないどころか反乱軍になるぞ。

 

「はぁ?それがあんたの仕事でしょ?」

 

 貴方軍師ですもんね。政治の事なんて知らないですよね~。と無茶ぶりにも慣れてきた今日、この頃。

 

「では、当面は、貯蔵された物資で食い繋ぎつつ、救荒作物を栽培しましょう。救荒作物で今の時期ですと蕎麦がよろしいかと。現在の気候、温度から考えるに寒さに強い作物でないと難しいですし、約三ヶ月で収穫まで行き着けます。長安の土地はかつて羌族の移民地として開拓した土地がありますので、そこを使えば、貯蔵された物資の消費は抑えられます」

 

 毎日蕎麦とか嫌だろうけど、背に腹はかえられない。物資が足りん。それでも10万人以上の食糧物資の確保は出来ない。税金が取れるようになるまで三年は最低でもかけなければいけないだろう。

 

「それだと時間がかかりすぎるわ。さっさと、長安周辺の治安及び、流通を回復させて物資をあつめさせればいいじゃない」

 

 経済封鎖受けている事分かってんのかな~この人。金はあっても買う先が無ければ意味が無いんだけど。戦場の中に物資を運んでくれるような挑戦者や商人なんて居ないとは言わないけど、万人規模の物資なんてどっから持ってくるんだよ。

 

「商人なんて、金があれば寄ってくるものよ」

 

 そういえば墓荒らしとかしていましたね。しかし、長安への物資運搬費って桁が違う。なんたって、前漢の時代に対匈奴戦の為に軍事物資を大量に集めたせいもあるが、二百億銭とかいう大金が毎年かかるほどだった。

 

 山に囲まれた攻めにくい土地は逆に物資の運搬には向かない。大量の船団でも持っているならともかく、陸路での長安への物資運搬は現実的じゃない。希少になった食料に運搬費。まともに運用したら、値段は数十倍に跳ね上がるだろう。

 

 どっから金を持ってくるつもりなんだ? 俺はドラえもんじゃないんだが……

 

「長安には、鋳造施設と銅山があるから、それで貨幣作ればいいでしょ?」

 

 なにそれ? どこのジンバブエ? 貨幣が無ければ作ればいいじゃない! ってハイパーインフレフラグしか見えません。

 

 ハイパーインフレ……長安……董卓……うっ!

 

 嫌な予感しかしない。しかし、あれか~。あれはヤバい。今までの行為とかと比べ物にならん。すっかり忘れていた。

 

 董卓銭

 

 中国史最悪の貨幣であり、世界の歴史上でも稀に見ない貨幣価値の暴落を引き起こし、数世紀に渡って古代中国の文化、経済を逆行させた悪魔の貨幣の名前だった。

 

 



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3話 喧嘩するほど仲がいい(強弁)

 

 かつて漢の首都として繁栄を欲しい儘にしていた洛陽。その洛陽は燃え、そして漢という国のあらゆるものも共に燃え尽きていた。

 

 長安遷都後、反董卓連合は分裂した。

 

 諍いの原因は豫州牧の死から始まる。州牧の死後、誰が後任を継ぐのかという問題が起き、袁紹は自分がその地位にふさわしいと主張した。袁家の当主である自分が豫州の代表であるはずだと。

 

 しかし、袁家の一分家に過ぎない袁紹は、当主の娘である袁術に血筋で及ばず、袁術は董卓軍を破り、長安へ撤退させるという大功を立てている。どちらが相応しいのかと聞けば、殆どの者が袁術を挙げるだろう。

 

 自称袁家の当主、連合を組織したのはいいがなにも出来ずに功を従妹に奪われる失態。周りは袁紹を見限り始めていた。袁紹はそれに激怒し、自分の派閥である周昕に豫州を強制占拠するように命じた。

 

 こうなると連合はまともに機能しなくなる。連合から次々と抜けていき、残る者は居なくなった。

 

 袁紹の暴走によって内部分裂に陥り、好機を得た董卓軍。その隙を付こうと賈駆は、奔走するも、うまくいかず、憤っていた。

 

「朱儁のやつ! よくも裏切ってくれたわね!」

 

 黄巾の乱で皇甫嵩に次ぐ功績を立てた名将である朱儁を洛陽に配置し、反董卓連合軍との最前線を任せた。しかし、朱儁は独立し、董卓打倒を宣言する。

 

 当時、孫策軍は物資の補給先としていた豫州を占拠された。背後から襲われ、物資の補給を断たれた形となった孫策は対董卓の前線から下がる事を余儀なくされ、豫州で丹陽太守周昕と戦っていた。

 

 袁紹が癇癪を起こし、勝手に内部分裂している隙に形勢逆転を狙うはずだった。袁紹と袁術の作った反董卓連合は、董卓に兵を向けるだけの余力がなかった状況である。二人が争う背後から襲えばひとたまりもなかっただろう。だが、朱儁は新たに自らを盟主とした反董卓連合を結成してしまった。

 

「賈駆っち、そうカリカリしたってしょうがないやろ。やられたならやり返す。取られたなら取り返す。袁紹と袁術が馬鹿やっとるうちに領土広げとくんやろ」

 

「霞……あんたわかってるんでしょうね。負けは許されないわよ!」

 

「相変わらず、無茶言ってくれるな。朱儁は黄巾の乱以前から戦ってきた英雄や。ぼんぼんの孫策や曹操とは違うからな。足手まといがいたら勝てへんちゅう事だけは覚えといてや」

 

「なにあんた。華雄の事言ってるの?」

 

「それ以外、なにがあるんや?」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

 賈駆は南方の守備に胡軫を送り込み、その副官として華雄を配置した。

 

 だが、華雄は胡軫の下に就くことも嫌だったが、慎重な胡軫の指揮に不満を覚え、孫策が背を向けて逃亡したという偽情報を流して攻撃させようとした。

 

 急な配置転換の為の強行軍で疲れ切っていたが、敵が逃亡しており、背後から攻撃するだけならば……と、軍を進めた先には、戦闘に備えた孫策軍がおり、疲れ切った軍が馬鹿正直に突撃してくるだけの軍はあっという間に崩壊し、華雄と胡軫が討死した。

 

 ……というのが陽人の戦いであった。

 

 華雄の暴走が無ければ、袁紹と袁術が勝手に暴走して勝てたであろう。それが一転して洛陽放棄にまで繋がってしまった。その人事は賈駆によって強行されたものだ。この戦いで張遼や呂布は圧倒的不利な状況を覆してきたが、それを賈駆の差配で何度も無意味にされている。

 

「しょ、しょうがないじゃない! あいつは派閥の兼ね合いで重用するしかないけど、洛陽に置いておくには危険すぎるし。暴走する可能性を考慮したら直接兵を持たせず副官みたいな職に就けとくしかなかったのよ」

 

「その結果がアレやろ」

 

「ぐっ……なによ、ボクのせいだって言う気?」

 

「そうやない。結局、あんまり強く反対できんかった奴らの責任もあるけど、兵の殆どが賈駆っちが華雄を無理やり送り込まなきゃ、うちか呂布を洛陽に派遣しとったら、もう勝てとった。そう思っとるっちゅう事は覚えといたほうでええで」

 

 張遼はそう言うと、立ち去る。

 

 袁術と袁紹の反董卓連合が勝手に崩壊した今、董卓を討とうとしているのは朱儁の反董卓連合だけ。当面の脅威は去るだろう。

 

 一人残された賈駆は呟く。

 

「どいつもこいつも好き放題言って……できる限りの事はしたわよ。どれもこれも袁紹のせいじゃない」

 

 自分が推薦した人物たちが次々と裏切り、そして失策を犯していく。そしてそれが原因で董卓の身が危なくなるのに苦しんでいるのは自分なのになぜ皆、自分を責めるように言うのかと。

 

 賈駆は限界だった。

 

 全てが上手くいかず、全てが裏目に出る。国家の存亡を担うには彼女は若すぎたし、周りも若く、支える事が出来なかった。

 

 ドロドロと心の中に泥が溜まっていく。

 

 そんな時だった。

 

「賈駆殿、劉表です。先の対策案についてお話があるのですが」

 

 扉の外から声がかかる。

 

 劉表

 

 清流閥の唯一の生き残りにして、現在、董卓政権で政治分野を一任している人物だった。漢王朝に忠誠を誓う者達を纏めあげ、政治分野に疎い董卓達が国家運営をまがりなりにも出来ているのも、劉表の尽力が大きかった。

 

 賈駆にとって、涼州からの付き合いの者以外で劉表は唯一の味方といえる存在であった。

 

 賈駆の政治判断は苛烈にして軍事に依りすぎる傾向にある。洛陽放棄がその最たる例で、軍事的視点の理屈のみで動いている。政治的視点を持つものからしてみればただの暴走でしかない。

 

 ゆえに、政治家は彼女を支持しない。軍という機関を抑えているからしぶしぶ従う者も居るが、多くの者は反対意見を述べ、協力する事を拒んだ。

 

 劉表は、そんな者達との間に立ち、取り持ち、賈駆の案を修正し、双方が妥協できるラインまで擦り寄らせ、政権の崩壊を防いでいる。

 

 唯一、反対をせず、対立せず、癇癪を起しても受け流してくれる存在は賈駆の支えとなっていた。いや、唯一甘えが許される存在だった。余裕が無い状況だからこそ、手元に置いておこうとしていた。

 

「いいわ。入ってきなさい」

 

 入室を許可し、部屋に招くと、劉表は真剣な面持ちで賈駆に話しかけた。

 

「単刀直入に申します。新貨幣の発行を止めませんか?」

 

 それは、賈駆の政策、ひいては戦略そのものを否定する行為だった。

 



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4話 船から蹴飛ばされた日

 

 董卓銭とは、190年以降に董卓によって作られた貨幣を指す。

 

 当時、後漢では五銖銭が流通しており、それを改鋳して作られた。それは余りにも小さく、軽く、薄い。そしてなによりも形はバラバラで模様も無く、まさに銅くずと呼ぶべきものであった。

 

 悪銭は良銭を駆逐するとは言われるが、董卓銭はそれを遥かに凌駕する勢いで、後漢の貨幣経済を破壊し尽した。魏において、いわゆる良銭は全体の4%にも満たない数しかなく、96%の貨幣が悪銭化し、徴税手段が物納に代わるほどだった。

 

 董卓がなぜそんなものを作り、そして流通させたのか? その理由は一つ。まともな貨幣を作れなかったのだ。

 

 董卓がその貨幣を作るに当たり、問題となったのが職人の不在である。

 

 長安は確かに前漢の首都であり、貨幣製造の為の施設こそあった。しかし、その地に貨幣を作る事が出来る職人は居ない。その技術者集団は董卓が洛陽を占拠した際に逃げ出している。

 

 そこで董卓はある書物を参考にした。それは貨幣の作り方についての漢王朝が残した貨幣の鋳造方法を示した書である。

 

 董卓銭は銅銭を作るにあたって必要な銅や鉄などの比率が書かれたその書を参考に作られた。問題はその書物には、貨幣を作るにあたって必要なある材料が欠けていた。

 

 その名は鉛。

 

 貨幣の形を安定化させるために僅かな量の鉛を加える。その過程がその書には欠けていたとされる。

 

 銅くずに成り果てた貨幣だが、洛陽中から集めた貨幣を鋳つぶして作ったのである。それを失敗しました。で捨てるわけにもいかない。董卓は市場に貨幣を流した。

 

 その後は、貨幣価値の大暴落が始まり。年率100000%のインフレが起こるほどの経済の崩壊が起こり田畑を持たない民は生き抜く術を失うことになった。

 

 長々と説明をしたが結局、どういう事かといえば……

 

 やばい、貨幣を改鋳するどころか、まともに貨幣が作れない。なんで! どうして! ちゃんと作り方を模倣したのに。焼きの温度か? 竈? なにが原因なの? どうすりゃいいんだ。誰か教えてくれ!

 

 現代知識を持とうが持つまいが関係なく、貨幣は長安では作れないということだ。なお、後漢書曰く、その職人集団は袁術に保護されている為、都合よく現れてくれる可能性は皆無である。

 

 通貨発行益で財政を再建しろと命令されてから十日。まったく、進展が無い。というよりも手詰まりである。しかし、それを賈駆が認めてくれるはずもない事は知っている。ただ、報告をするだけでは、いいからやれ! で終了すると思った劉表はある考えを思いつく。

 

(貨幣発行そのものが不利益だと思わせられれば、貨幣の改鋳自体が無くならないだろうか?)

 

 

 ▲▽▲▽

 

 

「単刀直入に申します。新貨幣の発行を止めませんか?」

 

 その言葉を聞いて、賈駆は一瞬呆然とし、そして激怒した。

 

「地方からの税収、物資が入ってこない今、軍事力維持の為に、貨幣作って給金を払う事の何が不満なのよ!! なに? あんたも、糞儒者みたいに、貨幣は人の欲の塊だから作るだけで徳が失われるとか言うつもり!?」

 

「そうではありません。今、長安は孤立しており、経済圏がとても狭い。そんな中で貨幣を大量に発行すれば、直に貨幣余りになります。ただでさえ、長安の市場に回る食糧が少ないのです。治安も悪く、益州や荊州の商人も食糧を売りに来るものもごくわずかともなれば、その少ない物資が高騰するのも必然。そのわずかな食糧に、従来では信じられないような貨幣を使い、競り落としているのが現状。さらに貨幣を作っても逆に価値が下がるだけでしょう。商業復興は外交での周囲との同盟なくして進めては取り返しのつかない事になります」

 

 貨幣作れませんとは言えず、あくまでも、政策自体の不備を突く。出来ませんは嘘なんです。とは言わないが、やれと命令した事は幾ら言い訳をしようとも無視して命令をする上司だと認識している劉表は、貨幣を作ろうとする前提条件を崩そうとしていた。

 

 つまり、まともな貨幣が作れないので、貨幣を作るという選択肢そのものを潰そうとしていた。しかし、戦略眼のまるで無い劉表は見落としていた。なぜ、賈駆がそんな事を言い出し始めたのかを。

 

「農家も、税金で払う以外に貨幣を使う機会はとても少ないのです。千銭もあれば数年は税の事を気にせず暮らして行けます。今は高騰にすぎませんが、じきに、多くの農家は幾ら貨幣を積まれようが食糧を売らず、蓄える事となるでしょう。その状況下で貨幣を発行しても、一銭は米粒並の価値しかありません」

 

「……物資を持つ者は絶対に市場に売らせるようにすればいいでしょ。市場に物資が回るようにすれば、貨幣の価値とやらも上がるんだから」

 

「強制売却をしても問題の先送りにしかなりません。物価の上昇は止まらないでしょう。一石百万銭などと売る気のない値段に変わるだけでしょう」

 

「だったら、強制的に安く売らせればいいでしょ!」

 

「そんな事をするくらいなら強制徴収をした方がマシです。嫌がらせ以外のなにものでもありません」

 

「……アンタの意見だと、このままでも駄目じゃない。反対ばっかり言ってんじゃないわよ。このまま停滞すれば死しかないのであれば進むしかないのよ」

 

「洛陽の流民に郿に集めた物資を供給し、開拓させましょう。集めた鉄を農具に加工し直せばいい。このままでは、洛陽は飢餓地獄となります。軍も長安へ下がった以上、そんなに必要ないでしょう。最低限の兵力以外を開拓事業へ回せば、来年には、食糧事情も改善されます。自給自足の体制を築いた後に経済規模に合わせて貨幣供給量を調整するほうがいいのではないでしょうか?」

 

 賈駆はその言葉で限界が来た。

 

 賈駆がここまでやってきた事を無駄にすることだからだ。

 

 今は乱世である。一年の停滞が命取りになる。特に董卓軍にとって、今は反董卓連合勢力同士が仲間割れをし、無防備な背中を晒し続けているという一世一代の機会である。

 

 ここで攻めなければ、董卓は終わる。どちらが勝っても、董卓の敵であることに変わりない。そして、反董卓勢力といつかは戦わなければならない。なら、今の機会を逃せない。それが分っているからこそ、董卓軍はまだ保てるのだ。

 

 ここで出撃しないという事は董卓にとって死を意味する。たらたらと、農地の開拓なんてしている暇などないのだ。

 

 劉表の意見はいわば、「お前たちの都合なんて知らない。死ね」と突き放したのと一緒だった。

 

 漢王朝は救われるかもしれないが、それでは董卓はもちろんその配下も皆殺しにされ、その一族の未来も悲惨な事になるだろう。民の為に死ねと言っているのも同然であり、それを許容できるほどの聖人でもなければ、狂人でもない。

 

「いいわ。だったら、その方針を取る為に必須の任務をアンタに与えてあげる」

 

 怒りで震える腕を抑えながら賈駆は言葉を発する。

 

「司空の任を解く。代わりに刺史の身分をあげるから、荊州へ赴き、袁術を荊州から追い出し、荊州の物資で開拓でも何でもしてなさい。もちろん、兵は自前で用意しなさいよ」

 

 それは二大勢力の一つを単身で落とせという常軌を逸した命令だった。

 

 

 

 



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5話 理屈と感情の狭間

(単身で荊州奪還とか……もう無理だ。重用どころか、殺しに来てる。逃げるしかない)

 

 荊州奪還及び、長安への物資輸送の任を受け、荊州刺史に命じられた劉表は逃げる事を決意する。

 

 劉表の董卓への忠誠心の99%は与えてくれた地位と給与に向けられている。

 

 劉表は董卓政権における大臣。一万石の給与を貰える高給取りな待遇にある。劉表の初めて付いた郎の給与、つまり初任給が三百石な事を考えれば、十数年前の年収の三十倍以上を稼いでいる。そう思えばこそ、ブラックな環境、ブラックな上司にもなんとか耐えられただけだった。別に漢王朝に忠誠心があるわけではない。むしろ自分を指名手配した漢王朝は嫌いだった。

 

 数年前まで劉表は国家から指名手配を受け、身一つで各地を転々とし、友達の所に居候をしていた。追っ手があると聞けば飛び出し、懇願し、将来的に報いるからと、将来にまったく見通しが立たないのに、そんな嘘を吐き続けて逃げてきた。だから、かつての恩を返す為に、高い地位が欲しかったし、お金も欲しかった。

 

 このまま、漢王朝が復興し、三公の地位を守れれば、世話になった家の子弟を自分の府に呼び、将来の面倒を見ることもできたし、かつて、匿う為に使った金銭を返すこともできる。

 

 泥船と分かっていながらも、結局残ってしまったのも、群雄割拠の中の勝者。つまり、曹操の下でやっていけないのを知っているから。だからせめて、かつて世話になった者への恩を返すまでは、地位を守ろうとし、懸命に働いた。

 

 そんな中、漢王朝の裏の支配者といえる賈駆に逆らわねばならないほど、董卓銭は恐ろしかった。下手に、文化、経済が発達しているだけに、その影響力がどれほど酷くなるかまったく試算が出来ないならばなおさら。

 

(やっぱり、俺には未来を変えるなんて無理だった。これからどうなるんだっけ? そもそも荊州って誰が治めてたんだっけ? 劉備はまだ、どこに居るのか分からないし)

 

 劉表は三国志の知識が乏しい。劉備や曹操、孫権、袁紹、袁術、董卓などの有名な人物しか把握していない。知識の空白が激しく、次の行動指針が正しいのかの判断がつかなくなっていた。

 

(そうだ。袁術に刺史の印を売ればいいんじゃないか? あっちは、正式な官位を持たないから、武力支配をしている荊州での統治に苦心しているはず。孫策に南陽太守、南郡太守を殺させているから二郡は特に不安定なはずだ。正式な刺史から地位を譲り受けた。そういう名目があれば統治をしやすいだろう。そうすれば……)

 

 そんな事を考えながら、執務室に戻ると小さな影が飛び込んできた。

 

「どうだったですか! あのカンシャク玉のやつをビシッと論破してやりましたか!?」

 

 来ると同時に抱き着いてきた少女の名は陳宮という。元々は呂布付きの軍師だったが、激戦が予想される戦場に連れて行く事を嫌がった呂布が後方に置いておこうとし、そして賈駆が、劉表付の丞(副官)にした少女だった。

 

 最初は対立が酷かったが、今では子犬のように懐いていた。劉表はその様子に苦笑する。

 

「駄目だったよ。やはり、朱儁征伐と、その後の豫州奪還は早期に行わなければ、拡大した袁紹もしくは袁術への対抗が出来なくなると考えているみたいだ」

 

 劉表からみれば、袁術は曹操に敗れて、揚州の一群雄に落ちぶれる事を知っているし、袁紹は華中争奪戦どころでは無くなるが、その証拠が無いし、その通りに進むかも分からない。

 

 今、まともな兵力のない曹操が数年で二大勢力の一つを散々に打ち破るなんて事は妄想の類であるほどに常識的にはあり得ないのだ。

 

「まったくあのメガネのいう事も分からなくはないです。ですが! それは全ての軍事行動が成功する事を前提に置いた作戦であって、さすがに恋殿でも少数で多数を打ち破る事を永遠に続ける事は不可能なのです。今は、長安周辺の安定化と外交によって時間を稼ぐことを優先すべきって事を分かってないのです!」

 

 作戦は、奪った物資で軍隊を動かし、軍隊を動かして物資を奪うという自転車操業のような策。もし、成功すれば……たしかに形勢は覆るかもしれない。しかし、それは賭けだった。

 

「まったく、しょうがないですね。おまえはしばらく大人しくしているです。ねねがビシッとあのメガネを論破してやるです。酷い顔してうろつかれたら、こっちの方が迷惑です!」

 

 いつもの事、こうして賈駆が癇癪を起した時、陳宮が乗り込んでいく。親しい者と喧嘩して、落ち着いて、そうして妥協案を出す。いつもの事。

 

 そう、いつもの事だった。

 

「もう無理だよ。音々音」

 

「えっ?」

 

「私は司空を解任される事になった。理由は、凶作が続いたから……になるようだ。後任は王允になる」

 

 天人相関説というものがこの当時、中国で流行っていた。皇帝の徳によって凶作、豊作、河の氾濫や、蝗害や反乱の有無。全てが皇帝の徳によって決まるとされる。そして、皇帝が反省をし、真に徳を積めば治まるという考えだ。

 

 そして、この時代において、臣下に悪徳の者が居るから……と言って皇帝の側近を追い落とすための道具に使われるようになった。皇帝に徳が無いとするよりも、その方が都合がよかったのだ。それを名目に劉表は排除された。

 

「これだけの長期の反乱に加え、長安遷都にまで陥ったからには現首脳陣の内の誰かが責任を取らないといけない。形だけだとしてもね。私はそれに選ばれたようだ」

 

「なっ! ありえないです! そんな事をしたら……」

 

「問題ない。恐らく、前々から準備をしていたんだろう。あまりに手が早すぎる。それか、元々、私が裏切ることを想定して、その対策をしてから私をこの地位に居させたのか……おそらく後者かな」

 

 劉表の言葉に陳宮は沈黙する。元々、陳宮が劉表の下に居たのは、監視の為。クーデターを企てていないかを調べることだった。

 

 反董卓連合は、外部と内部の同時決起により、混乱した洛陽を落とすというのが袁紹等が描いていた作戦だった。賈駆も自分が洛陽を落とすとするなら内外からの揺さぶりを利用するように動くだろう。と連合の策を見破り、対策を立てた。しかし、誰がそれを主導するのか分からない。残った旧何進派で、最も知名度が高い劉表を警戒するのも当然の事だった。

 

 結局、洛陽での決起を主導するはずだった者は別人であり、賈駆はその人物を突き止めて一網打尽にしている。しかし、董卓が洛陽を武力制圧してから高い地位につけた人物のほぼすべての裏切りに、董卓は心が折れてしまう。

 

 自分の屋敷に引きこもりがちになり、全ての仕事、責任が賈駆に集中する形となる。皇帝は幼く、宰相は引き籠る最悪の事態。さらに宦官の死によって崩壊した官僚機構の立て直しを図り奮闘してきたが、洛陽決起に関わった官僚を粛清した結果、全てが無駄になった。

 

 幸いというべきか、治める地域が司隷のみの為、州統治のシステムに近い形に切り替え、負担を減らしたが、それでも全軍の指揮をしながら、司隷を統治するなどできない。董卓の代わりに政治方面でのリーダーを決める必要があり、それは劉表しか候補が居なかった。

 

 だが、それは諸刃の剣。劉表が裏切れば統治機構が再度、機能しなくなる。その為、裏切れば排除できるように、陳宮に、劉表の行っている仕事の代用が出来る様になれと伝えている。

 

 劉表は陳宮に出来る限りのことを教えている。それは未来の知識もだ。それもあり、陳宮の能力は向上し、今まで劉表しか出来なかった仕事を、そこそこ優秀な官吏に陳宮という補佐を付ければ排除しても問題のないレベルにまでなっている。

 

 今までは排除する理由が無かった。しかし、排除するだけの理由が見つかった。形は違えど、思惑通りに進んでいる。もう限界だった。劉表は元々、董卓の派閥ではない。どちらも董卓の派閥で占める。これが本来の形であり、あくまでも劉表は代役に過ぎない。

 それが本来の形に戻った今、元宰相という影響力だけある人物を中央に残しておく利は無く、中途半端に高い官位につけておけば、害になる。外に出すのが適当だ。

 

 董卓閥の本来の形に戻った。それだけ。理屈だけなら正しいし、そうすべきであると思う。劉表の説明を受けて陳宮はそう思った。しかし、それでも陳宮は納得できなかった。

 

「ですが! 奴らは、連合は勲功に飢えているです! 官位だけ持つなんて事をすれば、董卓の元宰相なんて格好の餌になってしまうです! ねねが……ねねが、余計な事をしなければ」

 

 陳宮は、褒めて欲しさに、周りに自分が出来る事を正直に伝えた。それが、劉表切り捨ての判断に使われる事になるとも知らずに。

 

 ポロポロと涙を流しながら自責の念に駆られる陳宮をそっと抱きしめる。

 

「音々音、これは私が中途半端な事をしていた時のツケが来ただけの事だ。君が気にする事ではないよ」

 

「でも……」

 

「私は命を狙われるだろう。だが、簡単に死ぬつもりはない。袁術は孫策に南陽、南郡太守を殺害させ、兵士、物資を集めた。そこまではいい。しかし、荊州からは物資を奪うばかりでまともに統治していない。税は取って統治をしない袁術に対して不満を抱く豪族は多い。荊州刺史という官位を利用し、彼らを扇動して袁術と戦い、そして勝ってみせる」

 

「そんな事せずに、交州か益州に逃げればいいです。そんな命令に従う理由はないはずです」

 

 陳宮はポツリと呟く。

 

「決起までは上手くいっても孫策が出てくるに決まってるです。華雄は馬鹿ですが将としての実力は上位でした。それがまったく歯が立たないほどの相手です。おまえでは……」

 

「確かに、私では孫策に勝てないよ。逃げてしまった方が賢い。でも、そうしたくなくなったよ」

 

 劉表は陳宮の頭を撫でる。

 

「私には子が居ない。若い頃は学業に追われ、官吏となってからは仕事に傾倒し、逃亡者の頃は生き延びる事に必死だった。何進の下に居た頃は政戦に明け暮れていた。だから、それに憧れを抱きつつも手が届かないと諦めていた」

 

 でも……と続ける。

 

「今、思えば私は音々音の事を自分の子供みたいに思っていたのかもしれない。監視相手として警戒していた頃もあった。でも、それ以上に音々音の事が愛おしいと思うようになったんだ。私の勝手な思いだが、私は音々音が辛い思いをしているのを見たくない」

 

 劉表は陳宮の涙を拭う。

 

「おそらく、董卓軍は内部分裂で崩壊するだろう。そうなれば董卓閥の者は命を狙われる。音々音もその対象になる。その時、逃げられる場所を作っておこうと思う。もし、事が上手くいくのであれば、そこから漢王朝を復興させるのもいい」

 

「死なないですか?」

 

「私を誰だと思っているんだ? 国から指名手配を受けながら唯一生き残るほどの逃げ上手だぞ」

 

 その言葉に陳宮は苦笑する。

 

「逃げ上手ってそれは褒められる事でもないような気がするです」

 

「まあ、失敗して蜻蛉返りするかもしれないからその時はよろしく頼む」

 

「しょうがないやつです。どうせ、失敗して、ねねに泣いて乞う事になると思いますが、まあ、応援してやります。せいぜい、ねねの為に頑張りやがれです」

 

 そうして、二人は笑顔で別れ、劉表は単身、荊州へ飛び立った。

 

 陳宮は、心を新たにし、劉表が最後に纏めておいた対策案等を持ち、新たな司空である王允に、今までやってきたことなどをまとめ上げ、補佐役として引き継ぎをしようとした。だが……

 

「はっ! あのような孺子がやってきた政策など引き継ぐものかよ。私を誰だと思っているのだ。王佐の才を持つと謳われた王允だぞ。それを幼子の子守役なんぞできるか。去れ」

 

 王允は幼い陳宮の補佐など受ける気はなく、その助言の全てを無視し、みずから考えた政策を実行する。それは董卓銭の発行も含まれる。

 

 長安は地獄と化した。

 



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第2章 荊州争奪戦
6話 水鏡女学院


 

 

 荊州。そこは宗部と呼ばれる豪族達が跋扈し、四分五裂の状態であった。袁術が、董卓を討つ為に荊州一州から十万の軍と太守、県令を集めた結果、荊州中の武官と文官が消えた。兵は無限に湧くものではないし、兵を集めるには太守や県令を集める必要がある。

 

 袁術の下に太守や県令が、任地から徴兵、徴収し尽くし、南陽へ集結すれば、それ以外の土地に残るのは女子供や老人、そして豪族の荘園に居る私兵達である。豪族達は私兵を集め、兵士の居ない城を奪い、勢力を広げた。

 

 袁紹を盟主とした反董卓連合も同じような状況だ。董卓を討つと集めた太守達の領地では、賊が跋扈している。黒山賊百万を代表に、青州黄巾三十万、白波賊十万、南匈奴三万など、数千規模の賊に至っては数える事も難しいほど居る。それを全て放置して参戦している。後漢全土が無政府状態に近い。

 

 特に荊州は、洛陽と南陽宛城の道中、梁と呼ばれる地の東で起きた遭遇戦にて、孫策が呂布に敗れた際、多くの兵と共に太守や県令達が死亡したこともあり、郡や県の長の殆どが居なくなってしまった。

 

 荊州刺史と南陽郡太守、南郡太守は孫策によって謀殺され、武陵郡太守、桂陽郡太守は梁東の戦いで死亡。江夏郡太守は南陽に居たが、南陽太守を謀殺したことを恨んだ農民による反乱により死亡。長沙郡の孫策は袁術に豫州刺史に命じられたので豫州へ。零陵郡太守は孫策に殺される事を恐れ、逃亡してしまった。

 

 南郡に位置する宜城。

 

 ここもよくあるように、南郡太守が反董卓連合に県令達を連れて行った結果、県令が死に、無法地帯となっており、そこを水鏡女学院の女生徒達が己の身を守る為に占拠していた。

 

 乱世である。

 

 県が賊に襲われ、略奪を行い、身なりのいい少女達が賊に捕まりそうになり、慰み者にされそうになった。彼女達が普通の少女であればそういう未来だっただろう。しかし、その私塾の門下生は一味違っていた。

 

 諸葛亮・鳳統・徐庶・孟建・崔州平・尹黙・向朗・石韜・李言選

 

 その他にも将来を嘱望される少女達の群れである。この中で唯一武技の扱いに長ける徐庶が先陣を切り、若き軍師達、若き政治家達の卵は、残された男手を集め、策を練り、そして撃退し、城を取った。

 

 名目上は鳳徳公が責任者になっている。彼女は鳳統の叔母であり、水鏡女学院の出資者である。しかし、彼女はあくまでも名を貸しているだけに過ぎない。撃退し、その後も城を維持するべきと主張した二人が居り、その二人を中心にまとまっている。

 

 

 一人は諸葛亮。もう一人は鳳統。この二人が今後の方針を話し合っていた。

 

 

「朱里ちゃん、南陽、いや、荊州はどうなっちゃうのかな?」

 

 鳳統は、不安気に諸葛亮に問いかける。荊州の太守や県令が居なくなり、無政府状態が続いている状況の行方は『鳳雛』と呼ばれる鳳統すら打開策を見つける事が出来ないでいる。

 

「うん。揚州の丹陽太守である周昕さんは、袁紹さんと同盟を結んで、孫策さんの新たな本拠地で、袁氏の本来の本拠地である豫州を攻めた。反董卓連合を作った袁紹さんが董卓さんを追い詰めた孫策さんを攻撃している。……袁紹さんにとって反董卓連合は、董卓さんの首を取った者が袁家の代表となる権利を持つ戦いだった。そしてその戦いで負けそうになったから妨害した。それ以上の意味はなかったんだろうけど。これで諸侯同士が争う事は間違いないよ」

 

 董卓が洛陽を放棄した後、孫策が対董卓の前線である魯陽から離れざるを得なかったのも、袁紹による孫策軍への攻撃が原因だ。

 

 その後、董卓は空白地帯となった洛陽に朱儁を派遣している。もし朱儁が董卓を見限らなければ、孫策と周昕の争う豫州へ介入して、董卓が豫州を占領する事態になり兼ねない状況である。袁紹が董卓に与していると言われてもしょうがない暴挙だった。

 

 当時、反董卓連合内でも殺し合いが起きており、すでに反董卓連合が内部分裂に陥っていたが、それを収める袁紹が袁術に攻撃しているのだから、止めようがなかった。

 

「袁紹さんが侍御史の時、袁術さんは尚書の地位にあった。袁紹さんは袁術さんの下働きになるのが気に食わず、退職した事は有名な話だね。袁紹さんは、この反董卓連合でも自分ではなく袁術さんが董卓さんを洛陽から追い払った事が許せなかった。これから袁術さんの下風で屈する事が決まってしまうから。……でも、だからと言って、孫策さんを攻撃するなんて命令を出すのはおかしいよ。今は、みんなが一致団結する時なはず。それを自分が権力を握れないからと言って滅茶苦茶にするなんて」

 

 袁紹がこのような動きをしなければ、董卓を討ち取り、乱世にはならずに済んだかもしれない。袁紹もここで座していれば、袁家の私兵や財産が使えなくなる。そうなれば身の破滅である。袁紹個人が栄達するにあたって必要な決断だったと理解はできる。

 

 しかし、自己都合で多くの民を殺す袁紹を鳳統は好きになれなかった。

 

「雛里ちゃん、ここで文句を言っても始まらないよ」

 

「……うん、そうだね。私たちにできる事は限られてる。荊州はもちろん、南郡の状況も変えられないのが今の私たち。これから生き残る為には考えて行動しないと」

 

 二人は今後の方針を模索する。現在、荊州には誰一人として正式な太守がおらず、県令の多くが逃げるか殺されるかしていた。現在、豪族が独立都市国家のように、県城を占拠している。

 

 これは、太守が居ないこと、そして、袁術が豫州で起こった周昕との戦いを優先させている事が原因だった。

 

「私は袁術さんと孫策さんが荊州に兵を派遣する気が無い今、数年はこの状況は続くと思う」

 

 鳳統は諸葛亮にこのままの推移の予測を述べ、諸葛亮はそれに疑問を呈する。

 

「劉焉さんが董卓さんと組んで荊州へ派兵してくる可能性はないかな? 劉焉さんの手勢……東州兵って呼ばれているんだっけ? その東州兵はその名の通り、益州の東である荊州の人達だから故郷に帰りたいって人も居るんじゃないかな? 元々、劉焉さんは荊州の人だし」

 

「劉焉さんからしてみれば、袁術さんと組んで、洛陽と漢中で董卓さんを挟み撃ちにした方が都合が良いんじゃないかな。董卓さんを倒して陛下を得られるのが一番手っ取り早いし、董卓さんと組んでいると思われれば、反董卓連合に参加した諸侯を敵に回す事にも繋がるから危険が大きい。むしろ袁術さんと組む方が利になると思う」

 

「となると、現状、袁術さんを攻撃して利となる勢力が存在しないね。状況が動くのは二、三年後になるかもしれない」

 

「袁紹さん率いる反董卓連合が崩壊した今、袁術さんが優位。豫州での戦いは周氏の後継者争いも兼ねてるから、袁術さんが勝てば周瑜さんが周氏の実質的な後継者になる。そうなれば中原を取りに行く。逆に豫州を袁紹さんが取れば、荊州の地盤を固めて……豫州を奪還しにいくよね」 

 

 二人は荊州を取る勢力が袁術以外にあるかを検討するが、他の勢力としては田舎の荊州を取るより、中原の領土争いの方を優先させている。

 

 取ってもあまり兵力を集められない荊州は優先順位が低い。袁術がこのまま勢力を伸ばしても、豫州や司隷の攻略を優先し、荊州はこのまま数年は豪族同士の争いとなるし、袁紹に負けて豫州を取られても豫州を奪還に動き、荊州からさらに兵や物資を集め、豪族達を諌める事はないだろうと予測した。

 

 このまま袁術の下にいれば、荊州が豪族同士の争いで荒廃することは間違いないと判断できる。そして諸葛亮は袁術がこの戦略を続ける根拠を述べる。

 

「袁術さんの、南陽から北上し、別働隊を豫州に進める戦術は光武帝を踏襲しているね。だからこそ、それを変えるのは難しい。洛陽、長安を落とした前例があるのはこの戦術だけだから」

 

「前例があるのは大きいね」

 

「袁紹さんが豫州ではなく、河北へ行ったのは光武帝が更始帝のいる司隷から逃れて河北で力を蓄え天下を取った先例に準えてのこと。袁術さんが南陽郡へ行ったのは光武帝が更始帝から洛陽を奪った作戦がそのまま使えるのが大きい。光武帝の戦いを再現するというのは士気が上がるから」

 

「袁術さんの行動を見ると、考えれば考えるほど、荊州に関心が無い事が分かるから嫌になるね」

 

「本当だよ」

 

 二人はため息をつき、意見をまとめる。まず、鳳統が意見を出した。

 

「このまま座していれば、荊州が荒廃し、さらに袁術さんが負ければ、再度、軍を集める為に、酷い搾取が待っている。多くの私兵を抱えている蔡瑁さんとその客将の蒯越・蒯良さんと連合し、襄陽を抑えるべきだと思う」

 

「そうだね。今、袁術さんの軍の物資を支えているのは穀倉地帯である荊州南部。南陽との間にある南郡、特に洛陽へ繋がる洛水を抑える事で、袁術さんに南郡太守の地位を約束させて、統治する名目をもらえれば、荒廃を防げると思う」

 

 二人は策を話し、同盟を持ちかけ……そして失敗する。

 

 二人のみならず、水鏡女学院そのものが舐められたのだ。蒯越・蒯良は元々、県令を務めたエリートであり、蔡瑁も地元の大豪族。一学生など相手にしていられないと無視したのだ。

 

 そうして、ただ時間だけが過ぎていき、豪族達の領地の奪い合いは激化していく。彼女たちはただ自分の城の防衛をするのみで、有効な手立てを打てないうちに時間が過ぎていく。そこにこの状況を打開出来る人物が現れる。

 

「劉荊州刺史がお会いしたいそうですが、いかがいたしましょうか?」

 

 

 足りないピースがはまった音がした。

 



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7話 孔明の罠だ

 諸葛亮と劉表の出会いは数年前に遡る。

 

 当時、諸葛亮は幼くも両親を亡くし、叔母の諸葛玄の下に身を寄せていた。元々、徐州の生まれであったが、故郷を捨てて、養子となったのだ。

 

 そこでの生活は諸葛亮にとって余り幸せとは言えなかった。

 

 叔母は夫を既に亡くしていたが子供は居た。本当の子供と養子とでは扱いが違う。将来的に諸葛亮は、諸葛玄の息子の風下に立ち、補佐をする役目を担う。諸葛玄もその利の為に引き取った。両親が死んだ時、そういう立ち位置になる事に決まったのだ。

 

 歯痒かった。

 

 諸葛亮は自分の才能が管仲と楽毅に比類すると叫び、周りの人間に自分が立志するからと立場の改善を求めた。しかし、それは周りの大人の評価を大いに下げた。

 

 この時代は「孝」が重視された。簡単に言ってしまえば親孝行な子供が評価される。親が病死したときは、一度職を離れ、喪に服す事が当たり前であり、親が殺されたら、殺した一族に復讐をしなければ名声は地に落ちる。そんな時代だ。

 

 義理であれども親の言う事に逆らおうとする諸葛亮は「孝」に欠ける子という評価を受けた。

 

 後漢の地方官吏の人事は太守や郡丞といったごく一部の役職を除き、地元採用が基本である。県令や太守は地元の大豪族に功曹に命じ、官吏組織を作り上げる為、地元の評価が悪ければ、名声の高い者から人事を決定する功曹から登用してもらえず、官吏になる事すらも出来ない。

 

 幼い内に諸葛亮は官吏になる未来すらも失いかけ、将来はどこかの豪族と縁を結ぶための婚約を強制される運命にある。そんな時であった。

 

 宦官による清流派の弾圧から逃げる為に各地を転々としていた劉表がかつての部下であった諸葛玄の屋敷を訪ねてきたのは。

 

 

▽▲▽▲

 

 

 荊州へ行けという、殆ど死ねと言っているような命令を受けてから幾日か経ち、敵地に単騎で入って、兵士を集め、決起する為の準備を始めようとしたわけだ。そうして思いつくわけだ。

 

 どうやって?

 

 いや、やり方はアレだよ。袁術に反感を持っている豪族を焚き付けてあーだこーだして軍を作る。そして決起。しかし、更なる問題がある。

 

 袁術に反感を持っている豪族って誰よ?

 

 いや、不満を持っている奴は心当たりがあるんだ。しかし、反乱してまでの不満を持っている奴なんて分からない。

 

 結論 どうしよう?

 

 かっこつけておいて結局、少しの間ドキドキの旅行に行ってきただけでした。とか言ったら陳宮に怒られるか呆れられるかどっちだろう。後者だろうな。ゴミくずを見るみたいな目でこっちをにらんでくるに違いない。

 

 そんな事を考えながら、袁術の本拠地である南陽郡の茶屋で黄昏ていた俺の耳に、ある噂が入る。

 

 水鏡女学院の諸葛亮と鳳統が宜城を取った。

 

 水鏡女学院ってあの幼稚園か……太閤立志伝じゃないんだから幼少時から大の大人を無双するのはやめてもらいたい。幼稚園児が出来る事を出来ないみたいじゃないか……って、あれ? 諸葛亮? え? はっ? あれ~?

 

 ……もしかして朱里って本物の孔明さん? マリオの隠しブロックで有名なお方なの? えっ? まじで? 女体化してるし、ロリ幼女だし、羽毛扇持ってないし……はわわ、あわわとか言っている子が? まじで言ってんの? 歴史馬鹿にしすぎじゃね?

 

 とはいえ、正直、三国志でロリ時代でもそんな事しでかしそうなのは曹操と諸葛亮くらいのものだと思う。そっかー、曹操もなぜかレズになっているし、そんなもんなのかもしれない。

 

 元部下の娘が諸葛亮でしたってどんな偶然だよ。

 

 いや、しかし、これはアドバイスを貰わなくてはならないのではないだろうか? 知力100である。諸葛亮にのみ許された知力100。何度も言うが知力100。どっかの大陸で101匹で蹂躙するクリーチャーの猫耳軍師ではないのだから、的確なアドバイスをくれるに違いない。

 

 出会った時点で既に超有能すぎてドン引きしたくらいだし、歴史上のチート将軍とか軍師とかはそんなものなのかもしれないな。

 

 マジで孔明なら、さっさと洛陽に呼んでおけばよかった。宦官排除して、政権が落ち着いてから洛陽に来てもらって、太学でいい成績取ってもらって、郎中にして、それから引き抜くつもりだった。

 

 連合とか起きてそれどころではなくなり、さすがに泥舟に乗せるわけにはいかないと思ってやめたけど。

 

 いきなり押しかけてきた所を快く受け入れてくれて、散々世話になった部下の長女である。官吏として最上級の待遇でもてなしたいと思っていたのだが……孔明か、孔明なら勝手に出世していっただろうに。気にせずポンポンと出世させて部下にしておけばよかった。

 

 いや、しかし、逆に考えよう。今、気が付いたからこそ、このタイミングで城を取ってくれたのではないだろうか?

 

 これは神が与えたチャンスなのだ……まあ、神なんて宝くじとか引くときくらいしか信仰していないけど。

 

 迷惑になりそうだったら、蒯越・蒯良の所行こう。

 

 あいつら同期だし、知らないところの知らない奴についていくよりもマシだろう。あのノリツッコミは音楽性の違いを感じさせられたものだし、何進が宦官にぶっ殺される前に速攻で逃げ出しやがった奴らだが、優秀ってことは知っているし。

 

 とりあえず、朱里に会ってアドバイスを貰って、それから今後の事を考えよう。それがいい。仲良かったし、追い出さないでくれるだろう。……多分。

 

 



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8話 軍師にとって

 宜城

 

 かつて侯国楚の鄢邑を改めて名付けられた地であり、州都である新野の遥か南、南岸都市である襄陽の南東に位置する城である。さして重要な場所ではなく、本来、州の長官として命じられた劉表が居るべき場所ではない。

 

 その場所は地理的に重要な場所ではない。とするならば、ここに来たのは自分たちを求めてきてくれたからという事。

 

 自分たちは頼りにされている。

 

 そう理解すると二人は嬉しさがこみあげてきた。

 

「大きくなったな。朱里、雛里。荊州の様子はこちらに伝わってこなかったから心配したよ。よかった。無事でいてくれて。大変だったろう? 目に隈がある。眠れていないのではないか?」

 

 劉表が心配そうに見つめながら声をかける。その質問に諸葛亮が答えた。

 

「劉表さんもご無事で何よりです。手紙の方も何進さんがお亡くなりになってから無く、連合が開かれ、洛陽の情勢は中々、耳に入らなかったので心配しました。目の隈は……少し、今後の方針について議論が熱くなってしまいまして」

 

「それなら良いのだが……」

 

 同盟を断られた事に対しての口惜しさで眠れなかったと言えない鳳統は話題を変える。

 

「そ、そうだ。なんで劉表さんが刺史に? 司空に昇られたときいていましたけれど……」

 

「近年の凶作、それに加えて反乱の多発の責を受け、解任された。あくまで建前だがな」

 

 その言葉を聞くと二人はピクリと眉をひそめ、諸葛亮が劉表に己の憶測を述べた。

 

「もしや、政策等での対立が有られて、それが原因で責任をかぶせられたのではありませんか?」

 

「……朱里には嘘はつけないな。ああ、政策において董卓の利害を優先せずに意見を述べた。その結果、荊州の刺史として赴任する事になった」

 

 苦笑いをする劉表だったが、二人は董卓に対しての好意、同情が一切消えた。二人は劉表の性格を知っていた。劉表は積極的に行動するタイプではない。補佐を命じられれば、補佐に徹するだろう。

 

 劉表が進退を無視して直言して止めようとする事態ということは、相当な問題がある政策を強行しようとしたのだろうと当たりをつけた。

 

 そして、これはただの左遷ではなく、上手くいけば良し、失敗しても良しという扱いで荊州に行かせた。断るような性格でない事を利用して捨て駒にしたのだ。

 

 頭が沸騰しそうになった二人だったが、それを抑え、本題に入る為の言葉を吐いた。

 

「劉表さんはなぜ此方へ?」

 

 自分たちをただ心配してきてくれたわけではないのでしょう? という意味合いを込めて。

 世話になった所の子供を心配したのではなく、自分たちの智謀を求めてきてくれたのだと言ってほしくて。

 

 その意図が伝わったのか、劉表は頭を下げ、二人の幼い少女に懇願した。

 

「君達を古来の名軍師、名参謀に劣らぬ知恵者であることを見込んで頼みがある。荊州は宗賊が盛んで、残った兵士は私に味方しないだろう。むやみやたらに行動し、失敗すれば、袁術は私を殺しに来る。しかし、私は刺史として荊州を治めなければならない。どうすればいいのかを教えてほしい」

 

 二人は相槌をし、先に諸葛亮が策を述べた。

 

「民が付き従わぬのは、仁愛が、付き従いながらも収まらぬのは信義が不足していたからです。劉表さんが仁義の道を示されれば、人民は水が川下に流れていくかの如く、身を寄せるでしょう。多くの豪族を招き、兵を整え、南の江陵を占拠し、北は襄陽を守れば、荊州を掌握する事が出来るでしょう」

 

 諸葛亮の策は王道である。反袁術の者を集めて、洛水を沿う形で江陵から襄陽を占拠してしまえば孫策は持久戦にて撤退せざるを得ない。そうなれば南陽も維持できなくなり、荊州を掌握する事ができる。

 

 対して鳳統の意見は真逆だった。

 

「戦とは、兵力の多寡によって決まるものではありません。人物を配下に収める事が出来るかにかかっています。袁術さんは軍を持ちながらも仲間割れに苦心し、長沙郡の蘇代さんと南郡の貝羽さんは単なる武人に過ぎず、他の城を占拠している宗部の指導者達は貪欲で乱暴な者が多い。ならば、道に外れた者を処刑し、その者の兵を奪い、その兵力をもって孫策さんと戦う事を進言いたします」

 

 豪族達を集めるまでは一緒。だが、その場で豪族を皆殺しにしてしまい、その兵力を奪ってしまえばいいという意見だった。豪族単位での徴兵では部隊単位の統率が出来ない。千の私兵を持つ豪族も居れば数十人しかいない所もある。部隊の人数が違う状態の豪族連合では、陣形も何もない固まっての出撃しかできなくなってしまう。それでは孫策に勝てないと見込んだ結果だ。

 

 二人の意見は割れた。鳳統は言葉を続ける。

 

「戦争に勝てばこそ、国家は安泰で君主の身に危険が及ばなくなり、戦いは兵士を強くし、国威を輝かせるでしょう。信頼を失う事による害も今後出てくるでしょう。しかし、不確実な未来を心配するよりも目の前の戦いに勝つことこそ重要。万世の利は眼前の戦いにこそあるのです」

 

 劉表は諸葛亮に目を向ける。補足すべき所はあるかと。諸葛亮はその視線に答えるように言葉を発した。

 

「もし、獣を取りたいと思い、森に火をかけて狩りをすれば、その時は多くの獣が取れるでしょう。しかし、後は必ず獣が居なくなります。騙しごとで人を扱えば一時は上手くいくかもしれません。しかし、あとは必ず二度と繰り返すことは出来ないでしょう」

 

 意見が割れた。つまり、劉表がそれを決断しなくてはならないのだ。

 

 劉表は目を瞑り、深呼吸をした後に、言葉を発した。

 

「古は仁をもって政治を成し、義をもって国を治めた。これを正といい、正で治めきれない時に権を用いたそうだ」

 

「乱世では多くの英雄達がこのような事を言う。人を殺す事で万人の命を守る事が出来るのであれば人を殺してもいいと。他国を攻めてその国の民を慈しむ事が出来るのであれば攻めても良いと。戦う事で戦いを治められるのであれば戦いを起こしてよい。……全て権の行いだ。全てを仁義によるやり方で貫き通すのは不可能かもしれない。しかし、正の道を捨て、権に固執してしまえば、それはただの権力に囚われる者に成り果てる」

 

「袁術や孫策は権に生き、権を求める者だろう。そして、私は彼女等のように権を求めることが出来ないし、出来たとしてもそれは劣るものだろう。だから正道にて戦いたいと思う」

 

 劉表は諸葛亮の策を取った。それは策の優劣ではなく、信義にもとるものであり、鳳統は軍の編成に苦労するだろうことを予測しつつも納得した様子で頭を下げる。

 

 結論が出た。宜城に豪族を集めなければならない。

 

 最後に諸葛亮と鳳統は最も疑問であった事を聞くことにした。

 

「劉表さん」

 

「なんだい?」

 

「少し南へ行けば南郡の大豪族で、多くの私兵を持つ蔡瑁さんに加えて、二人揃えば天下が取れるとまで言われた蒯越・蒯良姉妹もいます。得ている城も兵力も名声も全てが彼女達に劣ります。劉表さんも蒯越・蒯良姉妹とお知り合いと聞いています。それでもなぜ、この宜城に……私達の所へ来てくれたんですか?」

 

 諸葛亮と鳳統は、もし自分たちに遠慮をしてくれたのであれば、すぐさま、ここに居たという事を隠ぺいし、直ぐにも蔡瑁の下に行かせようと考えていた。

 

 それが劉表の為になるのであれば、そちらの方が良いから。頼ってきてくれた。それだけで心は満たされるのだから。軍師としてこれ以上ないほどに嬉しい事は緊急時に頼ってきてくれる。最後の最後に頼りにしてもらえることだから。

 

 それに対して劉表は当たり前のように答えた。

 

「例え、蔡瑁が十万の兵力を持っていようとも彼らの下に私は行かないよ。私は君達がどれほど優秀なのか、どれほどの信念を持っているのか、どれほど信頼できるのかを知っているから。名声も財産も兵力も無くていい。朱里と雛里が味方であるほうがよっぽど助けになる」

 

 だから、共に戦ってくれないか? と、手を差し伸べられた二人はその言葉を聞いて感動で震えが止まらなかった。

 

 その何気ない一言がどんな金銀財宝を貰うよりもうれしかったから。

 

「「はい!!」」

 

 二人は思った。この人の下でこの乱世を生きようと。そして、天下をこの人に捧げたいと。

 



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9話 早すぎる来襲

 

 孫策は揚州呉郡の名家の子女として生まれた。前漢の時代には太守を輩出しており、功曹や督郵といった要職を歴任している家だ。さらに母である孫堅は、長年辿りつけなかった太守(大臣級)にまで上り詰めている。今、揚州で最も興隆している家と言えるだろう。

 

 だが、孫策はそれでは満足が出来なかった。家柄にも、才能にも、容姿にも恵まれ、友は大陸でも有数の軍師。天より与えられた才と友の力を使い、黄巾の乱でも大活躍をした。声望も手に入れた孫策だったが、それでは満足出来なかった。

 

 孫策はいつしかある目標を持つようになった。

 

 独立

 

 臣下としての地位ではなく、自らが王になる事を望んだのだ。そして彼女は確信していた。自分と周瑜の力があればそれが可能であると。

 

 袁術を利用して成り上がってやろうと。若き野心は、この反董卓連合を機に燃え上がった。自らの祖と崇める孫武のように。

 

 そんな孫策の野心を利用し、荊州の太守や刺史を暗殺させ、今もなおその軍事力を利用しようと考えていた者が居た。袁術軍の臣下の筆頭格である張勲である。

 

「そろそろ、利が少なくなってきましたね~」

 

 反董卓連合によって、流民は爆発的に増え始めている。反董卓連合の開かれた一年で、死んだ民は数百万人を超えるほどまでに陥っていた。豫州での死者は特に多く、連合が進軍した際の略奪と内紛によって州人口の半分が消えるほどだ。

 

 豫州は夏王朝が起こった場所である。春秋戦国時代に、宋、楚、蔡、魏が入り乱れて覇を競った四戦の地。袁術、袁紹の他にも独立勢力が乱立し、その地を奪う為の戦いが起こった。

 

 近代の軍隊になるまで、軍というのは略奪が基本である。そして当時の人口密度では、軍が一度略奪を開始すると、直ぐに食料が欠乏する。食料を失った民は流賊となり、爆発的にその数を増やした。

 

 度遼将軍の配下を除き、すべての常備軍を無くした漢王朝は辺境軍の力が強く、そして、地方を安定させるはずの地方軍が中央に集まり、地方の賊を放置して、中央で略奪を行うのである。

 

 地方から武器を持った兵士が押し入り、反董卓連合に参加する為にと物資を奪い、残された民は賊となる。地方では軍隊という抑止力が無い場所で賊が勢力を急拡大していく。

 

 豫州は特にその影響を受けた土地だ。略奪に次ぐ略奪によって民は、今なお、膨大な数を失い続けていた。

 

「豫州は確かに欲しいですが、ここまで荒れてしまうと他の土地からの支援なくしての統治は出来ないみたいなんですよね~。この辺りが限界ですか~」

 

 あっさりと、切り捨てる態度を露わにした張勲に周囲は唖然とするも、張勲はいつもと変わらず、力の抜ける様な声で命令を下した。

 

「周瑜さんを呼んでいただけますか? 今後について話をしておきたいので」

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

「雪蓮ではなく、わざわざ私に話とはなんだ?」

 

 周瑜は、また下らぬ企みでもしているのだろうとあたりを付け、内心で毒を吐きながら、自分を呼んだ経緯を聞こうとした。

 

「そうですね~。まずは祝辞から述べさせていただきましょうか~。周昂さんを討ち、見事にその才覚を示して周家の当主として認められたようですね。おめでとうございます」

 

「同族を殺して才覚もなにも無いのだがな。その言葉だけは受け取っておこう」

 

「いえいえ、長年袁家と助け合ってきた周家の当主が味方になってくれるのであればこれ以上、嬉しい事はありませんよ。それを支援していただいた袁術様への忠義も期待してよろしいのでしょうね~」

 

「……っ!」

 

「あれ? どうしました? 袁安様の時代より、袁家と周家は生涯において助け合う盟約を結んだ家です。乱世においてもそれは同じ事ですよね~。違いますか?」

 

「いや、その通りだ。袁術殿には感謝している。私も周家当主としての責は果たすつもりだ」

 

 この女狐が! と内心罵りながら周瑜は答える。袁家と周家は後漢初期からの付き合いが深い家で、ここまで数々の政戦を二家が協力して乗り越えてきた。それを裏切るとなれば、周家の当主として認められなくなる。

 

 ここで言質を取り、孫家と周家の分断をしようと呼び寄せたのか。と周瑜は警戒をするも、張勲はあっさりと話題を変えた。

 

「まあ、そのお話もいいのですが本題に入りましょう。荊州刺史として南郡に入っていた劉表が決起をしました。本営を襄陽に定めたようです」

 

「……定石だ。我らを脅かすならそこを取るのが一番だ。しかし、早いな。劉表が荊州へ来てひと月も経たないだろうに。この短い期間にこれほどまでに勢力を広げるとは。出来るな。あちらの軍師は」

 

「ええ、一応、大物が出てこないように間引きをしたはずでしたけどね。どうやら漏れがあったようです」

 

 周瑜は間引いたという言葉に反応しかかったが、こいつの事だ。事を起こしそうな豪族を暗殺したのだろうとあたりをつけ、話を続ける。

 

「これほど軍略に長けた者は荊州に五人と居まい。劉表に近いとなれば、さらに限られる。南郡には蒯越が逃れていると聞くが本当か?」

 

「ええ、蔡瑁さんの下に蒯良さんと一緒に逃れていたみたいですよ」

 

「なるほど。納得も得心もいった。蔡瑁の私兵に加え蒯越・蒯良が合わさればこの速さも頷ける。打った手は謀略か?」

 

「いえ、恭順です」

 

「ならば早い方がいい。謀略ならば持久戦の手も無くは無い。だが恭順であれば下手に時間を置くのは悪手だ。内部工作も行ったのだろう? それが上手くいっていないのであれば、先鋒は鄧城から兵を出し、こちらの手の者を排除しているに他ならない。敵は完全に持久戦の体制だ。それを崩さなければ攻略に時間がかかる。速攻で討ち滅ぼすほうがいいだろう」

 

「ええ、私も同じ意見です。敵に時間を与えてはなりません。なので、わが軍最強の将軍であられる孫策さんを荊州に送りたいと思っているのですが、袁家の盟友である周家当主の周瑜さんの意見を聞きたいと思いましてお呼びしました」

 

 張勲は周瑜に微笑みながら言葉を発した。

 



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10話 龍と鳳凰の目覚め

 孫策軍が豫州から兵を引き、南陽へ撤退したという報が劉表の下に齎される。今、孫策を下げる理由は一つしかない。荊州へ派兵するための準備という事だ。

 

 孫策軍の兵数は呂布によって蹴散らされ、かつて十万を超える軍から大きく数を減らしていたがそれでも約五万の兵を揃えていた。劉表が集めた兵数の約五倍である。集まった豪族達は、あまりに早い南下に唖然し、軍師の二名は、想定の範囲内であるが一番取ってほしくなかった手を打たれ、強敵である事を再認識した。

 

 しかし、劉表はそんな周りの心配を他所に超然としている。周りの者は「さすがは劉表殿よ。やはり暗黒期の政戦を生き抜いてきた男は違う。孫策など相手にならぬとお思いのようだ」と先ほどまで狼狽えていた事を恥じる。

 

 正確にはたった一人逃げ出した男であり、そんな事は毛ほども思っていない。

 

(やべぇよ。やべぇよ。なんでいきなりラスボス級来ちゃうの? 様子見とかして来てよ。なんかもっといただろ。噛ませキャラみたいなのがいっぱい。なんでいきなり孫策? 様子見とかしろよ! ばか!)

 

 内心はこんなものだったが、動揺は外から見えないものだ。

 

(大丈夫かな? さすが孔明と言えど兵力差ありすぎじゃね?)

 

 と、心配になり、諸葛亮に声をかける。

 

「朱里、敵は豫州の軍団を向けてきた。周昂を討ったもののまだまだ独立勢力が乱立する土地だ。袁家の本拠地である豫州よりも荊州を優先した理由だが……分かるか?」

 

「はい、劉表様を恐れたからでしょう。襄陽城を取るのに三日。南の江陵を得るまでに二十日。実際、あと一月もあれば南陽郡を除く荊州全土を確保する事も可能な状況にありました。その状態で袁紹と手を組み、北と南を挟みこむ準備を進めていたのですが、それを読まれ、迅速に手を打たれたという事でしょう。強敵ですね」

 

 諸葛亮と鳳統の目は新しい獲物を狙う獣のごとく鋭く光る。

 

(いや、それ、俺の手腕じゃない。なんだよ。三日って。三国志の魏呉蜀が争った堅城をなんてやり方で落としてんだ)

 

 やる気満々の二人に対して、劉表は内心でそうツッコミを入れる。

 

 孫策等が荊州の兵士を引き抜いた結果、殆ど兵士の居ない襄陽城は、荊州江夏郡において勢力を拡大していた川賊の陳生と張虎によって占拠されていた。

 

 陳生は襄陽城には兵士の数は少ないが一人では落とせないと見て、同じ郷の出身である張虎に協力を依頼して以来の付き合いである。その日も陳生は張虎を労う為に宴会を開いていた。

 

 陳生と張虎の力関係は微妙だ。陳生は張虎を同盟相手ではなく配下として扱いたいが、張虎はあくまでも力を貸してやっているだけという認識があり、上手くいかない。陳生は贈り物を欠かさず、仲を深める為に飲食を共にする事にしていた。

 

 そんな中である。張虎の妻が陳生の振る舞った食事の中から丸薬が出てきたと言ってきたのは。

 

 張虎は自分を殺して、兵力を吸収するつもりではないかと常々心配していた。そして、その心配が現実のものとなったのだ。張虎はそれを毒だと確信し、その場では言わず、城に帰り、兵を集めて陳生を攻撃し、陳生は反撃をし、互いは殺し合いになった。

 

 諸葛亮は、両者が内部での争いをしている内に、襄陽付近で兵力を集めた軍を争っている二人の背後から攻撃させた。

 

 もちろん、陳生は毒など仕掛けていない。諸葛亮の謀略である。

 

 毒はどこから出てきたのかと言えば、張虎の妻からである。張虎は、陳生から妾として送られた女性に夢中になっていた。それに気を良くした張虎の姿を見て陳生は何人もの美女を送った。張虎の妻はそれに激怒した。自分の夫にではない。妾を送った陳生に。

 

 だから夫に陳生を殺させる謀略を企んだ。入れ知恵をしたのは諸葛亮によって買収されていた張虎の妻の奴隷である。

 

 さらに辛辣だったのが、鳳統の策である。背後から襲われた際、窮地故の団結をするかもしれない可能性を潰すため、両陣営に矢文を送った。

 

 陳生には張虎の頸を差し出せば降伏を許し配下にする。という文を。

 

 張虎には陳生の頸を差し出せば降伏を許し配下にする。という文を。

 

 こうして、互いに必死に戦う両者が疲弊しつくした時を狙い、総攻撃をかけたのだ。

 

 この時の劉表の兵力は二百程度である。対して陳生と張虎は千五百。兵力差七倍の状況下の城攻めで損害無しで討ち取る。

 

 そのあまりに異常な成果と荊州刺史という正当な官位を持った者が居るという状況。豪族達は勝ち馬に乗りたいものである。大義名分と軍事力を併せ持つ者が居るなら転ぶ。十日も経つ頃には南郡に劉表の武名は響き渡り、二十日が経つ頃には南の江陵を得るまでに至ったのだ。

 

(これが孔明と鳳統。ガチすぎる。天下取れるとか伊達に言われてないわ。むしろ、俺要らなくね?)

 

 襄陽城を取った時、劉表は口をぽかんとあけながらそんなことを思っていた。

 

 襄陽の惨状を語り、陳生と張虎は絶対に討つべきと主張し、前もって準備した策をもって打ち滅ぼした際、可愛らしい少女の軍師が忍者絶対殺すマンもビックリの盗賊スレイヤーと化したところを見て、少女といえど女か……やっぱり、女って怖い。と再認識した劉表。

 

 今もなお、自分要らなくないか? とか思いながら諸葛亮の話を聞いていた。

 

 諸葛亮は指を三つ立てる。

 

「今の状況で取れる手は三つ。下策は野戦。鄧城は野戦支援の為に建造された城ですが、兵数で圧倒されている事はもちろん、将の質、兵士の練度において、黄巾の乱から連戦を続ける孫策軍に敵いません。多少の地の利があった所で蹴散らされるでしょう」

 

 指を一つ折り、諸葛亮は話を続ける。

 

「中策は、樊城での防衛戦。樊城は襄陽を守る為に築かれた対岸都市であり、堅城でもあります。漢水を隔てた最後の防衛線になる場所ですし、陣を敷きたい所ですが、敵は元々洛陽を落とす為に編成された軍で城攻めの備えもあります。この兵力差では、孫策軍の持つ攻城兵器の量を鑑みて、防衛は難しいと言わざるを得ません」

 

 諸葛亮は二つ目の指を折る。

 

「上策は、襄陽での持久戦です。襄陽へ渡るには水軍は不可欠です。今まで南陽に居た孫策軍がそれほどの数の船を用意する事は難しいですし、攻城兵器を持ち込むことも困難。河を渡ろうとする孫策軍を各個撃破し、時間を稼ぎ、城に籠る軍と敵の補給路を破壊する軍の二つに分けて兵糧攻めを行い、撤退させます」

 

 城に籠っての持久戦か……

 

 兵力で劣る勢力の定石である。だが、それだけではないと劉表は確信していた。

 

(だって、諸葛亮と鳳統だぞ。そんな誰でも思いつくような手を打つはずがないだろ)

 

「……朱里、雛里、もったいぶらずに教えてくれ。上策ではあってもそれでは孫策には勝てない。ならば別の手があるのだろう?」

 

 その言葉に諸葛亮と鳳統は笑顔になる。

 

 そうだ。自分たちに求められているのはそんな平凡な手ではないと。十万の兵士と同等以上の働きをしなければこの人の期待以上の成果など出せないと。高揚する気持ちを抑えながら、答える。

 

「ええ、下策中の下策。敵を奇襲し、そのまま野戦に持ち込み孫策を討ちます」

 

 それは、兵力差十倍以上の敵の大将首を野戦で取ってくるという常軌を逸した策であった。

 



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11話 江東の虎

 諸葛亮と鳳統が己の策を語り、劉表はその為に集めた兵士の中でも特に練度の高い者を選抜し、奇襲部隊として運用する。

 

 指揮は総大将であるはずの劉表。その理由は、数千規模の軍の指揮をした事があるのが劉表しかいないという武将不足故の采配であった。

 

 そして……

 

(まだ奇襲もなにも無いはずなのに、こっちの部隊の場所がばれたんだけど! なんで? どうして!)

 

 劉表は内心慌てふためきながら軍を撤退させていた。

 

 劉表は奇襲を仕掛ける為に出陣したのだが、その奇襲がまるで分かっていたかの如く見破られ、矛を交わすこともなく撤退する状況に追い込まれたのだ。

 

 情報が洩れていたわけではない。

 

 それは、孫策の「勘」によるものであった。

 

「なんとなく、嫌な予感があっちからする。周泰をあっちに向かわせて」

 

 孫策からそんな言葉が出るとともに、孫策配下において諜報、偵察に最も優れた将である周泰が少数を率いて向かい、劉表の場所、作戦が見破られたのだ。

 

 見つかると同時に劉表はすぐさま、鄧城へ向けて撤退していく。その姿を見て、孫策は己の軍師である周瑜を見つめる。追わないのかという疑問を持ちながら。

 

 飢えた獣のような孫策にため息をつきながらその視線に答える。

 

「まあ、待て、雪蓮。敵の狙いが分らない。故に、まだ動けない。下手な罠にかかるわけにはいかないからな」

 

「狙い? 奇襲をして、こっちの戦意を削ごうっていう以外になにかあるの?」

 

「前にも説明したが劉表軍にはこちらに対する策が三つある」

 

「野戦に、樊城での防衛戦に、襄陽での持久戦の三つでしょ?」

 

「ああ、そして、何故下策である野戦を選んだのかだ。蒯越と蒯良の事は知っている。奴らは正統派の軍師だ。意味も無く危険ばかりが大きい下策中の下策である奇襲を総大将である劉表にやらせる事はまずない。何か狙いがあるはずだ」

 

「奇襲でこっちの足を止めようとしたとかじゃないの?」

 

「それこそあり得ない。襄陽は広い城だ。一定数以上の兵力が居なければその防衛機能を十全に引き出す事が出来ない。劉表が集められたであろう兵数は多くても一万と少しだろう。襄陽を守るには心もとない戦力だ。そんな虎の子の兵をただの時間稼ぎなどに使うものか。二千の兵を失えば、襄陽を守る事が困難になる。損得が釣りあわない」

 

「そう考えてみればそうね。だとすると、それだけの危険を冒してでも得られる利があると考えるのが妥当かしら?」

 

「ああ、今、それを調べさせている所だ」

 

 ギラギラとした目を隠そうともしない友に苦笑しつつも周瑜は軍の再編を進め、諜報の結果を待った。

 

 二日も経つと、各地から諜報が帰ってきて、周瑜に報告をしていく。その報告を聞くと周瑜は「やはりか……」と呟き、孫策を呼んだ。

 

「冥琳、敵の狙いが分かったって本当?」

 

「ああ、敵の狙いは持久戦だ。さきほどの奇襲はこちらの兵糧を欠乏させるための罠だろうな。上手くいってよし、上手くいかずとも、逃げきれれば目的を達成できる。そういう策だ」

 

 周瑜は孫策に敵の動きと今後の予測を述べる。

 

 周瑜が最も警戒していたのは補給線の分断である。荊州は巨大な州である。南北1000キロ、東西700キロ。黄河以北の八州を合計した大きさとほぼ同規模。州内の軍事行動でも河北であれば州を跨いだに等しい距離があり、補給線が伸びに伸びてしまう。近代以前の脆弱な補給路とはいえ、五万もの大軍を動かすとなると徴収という名の略奪だけでは賄いきれない。

 

 上策である襄陽防衛戦を想定していた周瑜が警戒したのは、劉表自ら囮となり、孫策軍をおびき寄せ、その隙に別動隊が補給路を分断するというものだった。

 

 しかし、その予想は外れる。

 

「敵は防衛力の弱い県城の民を樊城周辺に集めているようだ。物資ごとな」

 

 劉表軍は、補給路を断つ事はせず、略奪をさせない事で孫策軍の物資を欠乏させようと動いていた。劉表を何も考えずに追撃をしていたら、途中で兵糧不足に陥いる羽目になっただろう。軍は瓦解しないまでも、時間を稼がれる。

 

「面倒ね。これから物資の徴収をするには、それなりの兵力を持った所を落としていかなければならないってことでしょ? さすがに、そんな事を繰り返していたら、何ヶ月かかるのか分からないわね」

 

「とはいえ、劉表は荊州へ来てひと月ほどしか経っていない。恭順していない県の豪族もまだまだ居る。防衛力の低い所の多くは劉表の武力に頼って降伏をしているようだから数は少ないが。そこを中心に狙うしかないだろうな」

 

「どうするの? 今、袁紹が公孫賛と争っているからいいけど、どちらかに軍事力の天秤が傾けば華中地域も、今奪っておかないと厳しいんでしょ?」

 

「こちらが物資の徴収をしている所を狙われるのも面倒だ。足の速い部隊と足の遅い部隊を分け、足の速い部隊二万で劉表を追撃し、徴収の邪魔をさせないように動きを拘束し、残りは分隊として各地の食糧、物資を徴収していく」

 

「おそらく、樊城での戦いになるわね」

 

「ああ、さらに、負けたら焦土戦を仕掛けるだろうな。樊城に民だけを置いて物資を襄陽に移されれば、民は容易に賊になる。民に物資を渡せばこちらの食糧が欠乏するという策だろう」

 

 周瑜は舌打ちをする。劉表が荊州の襄陽を取った経緯を周瑜は聞いている。その事から察するに、劉表は謀略よりの人物であることが窺える。正統派軍師とみて予測していた策が外れた事を考えると、この手法は劉表によるものだろうと予測した。

 

(ちっ、あの時代の政戦を生き残った男が凡庸であるはずもないか。辛辣な手を平然と打ってくる。十族皆殺しなんてものが横行していた時代に比べれば緩いと言われればそうだが、こちらから見れば十分に化け物だぞ)

 

 ならば、次に取る手はこれしかないだろう。と確信する。やっかいだ。そう思った。そんな様子の周瑜の肩を孫策が叩く。

 

「勝っても焦土戦をされるってわけね」

 

「ああ、となれば一度引き帰して「冥琳!」……なんだ?」

 

 孫策が周瑜の言葉を遮る。

 

「大軍を率いるようになってから、特に呂布に負けてから手堅い策が多くなってきたわね。でも、ここは攻めてもいいんじゃないかしら? 教えてやろうじゃない。虎の前に上等の肉を置いて逃げ切れると思っているなら、それが大きな間違いだってことを!」

 

 獲物を狙う獰猛な顔を隠そうともせず、孫策は周瑜に告げた。

 

「本気か? おそらく、まだ敵は罠を仕掛けているはずだ」

 

「罠なら食い破ればいい。逆手にとってやればいい。……違う?」

 

 周瑜は思い出す。そもそも黄巾の乱の時や連合の時も必勝の戦いなどなかったと。今、呂布に破られ、敗戦を引き摺っている。

 

(負け癖がついているな。なら、この戦いでそれを払拭するまでの事)

 

「よし、ならば進撃だ! 劉表に見せつけてやろう! 江東の虎を相手にするとはどういう事かを!」

 

「ええ!」

 

 孫策と周瑜は進軍を再開した。

 




次も孫策と周瑜視点。奇襲も失敗して、友情パワーで罠すら食い破らんとする決意する強敵。これは敗北フラグですね(チラッ


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12話 馬陵の戦い

 

 漢代にはいわゆる携帯食料が殆ど実用化されていないとされている。

 

 三国志において、兵糧についての記述として代表的なものが桑の実を兵糧として差し出した人物に曹操が官位を与えているものと、袁術がどぶ貝を兵糧としているものの二つであり、そしてどちらも食料が欠乏した緊急時において食されたものであり、実際に運用がなされているものの記述が存在しない。

 

 当時の兵糧の常識は簡易な竈を作り、それで戦場で調理してから食して、腹を満たすものである。

 

 そして、調理をすれば痕跡が残るものである。軍事において、敵の姿を目視する以外に敵の軍勢の総数を概算で出すのに重要視されたのは、竈の量。一人辺りの食事の量は大体決まっている。竈の量によって、ある程度の兵数がいるのかが計算できた。

 

「ふむ、予想よりも遥かに少ないな」

 

 周瑜は劉表軍が残した竈の数を見て、感想を述べた。周泰によると、大体四千ほどという報告があったが、その四分の三である三千ほどの兵士に必要な竈の量になっている。

 

 劉表軍は荊州の防衛力の弱い県城から民を逃がした際に徴収したであろうから、四千人を三千人分の食糧で賄うという事をする理由が無い。食料を減らせば不満に繋がり、士気にも直結する。これから防衛戦をする上で最も重要な士気を下げないだろう。

 

 推測すると、一つ、答えが出てくる。

 

「脱走兵が出ているな」

 

 軍の総数そのものが減っていると結論付けた。その言葉に孫策が疑問を投げかける。

 

「どういう事? まだこっちと戦っていないけど」

 

「兵というものは憶病なものだ。自軍の十倍もの兵力の敵が追ってきていると知れば逃げ出す者も少なからず出てくる。特に、今回は奇襲に失敗している。もしかしたら情報が漏えいしているのではないか……などと捲し立てる者もいただろう。それを抑えきれなければ千の兵など簡単に逃げるものだ」

 

「随分と憶病なのね。荊州の兵士は」

 

「呉の兵が特別なだけだ。戦場には憶病な兵士と粗暴な兵士しか居ない。呉人は粗暴な輩が多いから逃亡する兵士は少ないが、その分、猪突猛進な進軍をしたり、規則が緩んだりしがちになる。憶病な兵士は不利になると簡単に逃げるが、規則が守られる。攻勢に長けるか守勢に長けるかの違いでしかない。一長一短だ」

 

「私は、攻勢が好きだから呉兵の方が好きね」

 

 呂布に敗れた際、荊州兵の多くが我先に逃げ出した事で、呉の兵への贔屓が強くなった友にため息をつきながら話を変える。

 

「はあ……わかった、わかった。話を戻すぞ。脱走兵が出ているという事は、劉表の奴は部隊の統率が上手くいっていないという事だ。さっきの劉表軍が残した跡と比較し、今後の兵士の減り方を予測するならば、こちらが追いつく頃には待ち伏せが出来る状態ではなくなるだろう」

 

「劉表が残している兵士が罠を張っているという可能性は?」

 

「おそらくは無いだろう。劉表が豪族達を集めた際に、我らの閥に属する豪族も参加している。そこから、劉表軍の大体の兵数の情報が流れてきた。今、劉表の軍勢は約千を残して部隊を展開している。そして、五千の兵士は南郡内部で、防衛力の低い城から民を連れ出す事に使っている事は間違いない」

 

 劉表軍の細かい作戦までは聞けなかったが、周瑜にとってそれだけで十分すぎる情報だった。

 

「つまり、相手は打つ手が無いって事?」

 

「細かいものならあるだろう。だが、虎が食い破れぬ策ではないだろう。城に到着するまで、劉表はまったくの無防備な背中を晒している。ここを狙わない手はない。今の劉表は逃げ惑う子兎のようなものだ」

 

 孫策は追撃の手を強めた。

 

 

▽▲▽▲

 

 

 それから、孫策軍は足の速い部隊を再度選び、昼夜兼行で追撃を開始した。劉表軍もそれに気が付いたのか、行軍の速度を速めたが、所詮、寄せ集めでしかない劉表よりも孫策軍の方が遥かに早い。

 

 そして……

 

「先行させていた周泰の部隊が劉表軍と接触した。数は約千五百にまですり減っているそうだ」

 

 江東の虎の牙が劉表の背中を捕えたのだ。

 

「それで? どうなの?」

 

「周泰は劉表の姿を捕えたが敵は連射する弩をいくつか用意していたらしく周泰は負傷した。軽傷だが、部隊も追撃と戦闘で疲れ果てているゆえ下がらせた。連射できる弩、連弩が劉表の奥の手だろう」

 

「じゃあ、敵は手の内を全て晒したってわけね」

 

「ああ、大将の眼前に敵が迫るような状態だ。そんな所で出し惜しみを出来るはずもない。ならば、あとは討ち取るだけだ」

 

 孫策の眼光が光る

 

「なら、次は私自ら行くわよ。孫賁の時のように功績を分けられるのは癪だしね」

 

 孫策は苦虫を噛み潰したような顔をする。かつて同族の孫賁が挙げた功績に対する褒美を、孫策軍そのものではなく、孫賁個人に渡された事があった。袁術は孫家というくくりではなく、個人に与えていく事で孫策軍を分裂させようとしている。

 

 それは、同族でなければより顕著になる。黄蓋は孫策軍の一武将ではなく、功績を称えると言って、中郎将の官位を渡され、独立させられてしまった。名誉な事である。部下の功績を妬むという悪評を流されていた状態では断る事が出来なかった。

 

 分割して 統治せよ

 

 袁術の、正確には張勲のやり方だった。

 

「構わない。今は、孫策という旗頭が必要な時だ。敵は既に万策尽きた。本陣を強襲されて動揺が走らないはずがない。兵数は千を切った。逃げ惑う兎に打つ手はない。仕掛けどきだ」

 

 翌日、孫策の直轄軍を主体とした編成に切り替え追撃を再開した。孫策自ら先行し、軍を率いるとあり、孫策軍の士気は一気に上がる。

 

 今日、もしくは明日には劉表を討つ! そんな状況だ。兵士の顔の色は疲れがありながらも明るい。勝利は眼前に迫っている。暗いはずがない。

 

 日が没してもなお、「もうすぐで終わる」そんな思いをもって追撃をしていた孫策だったが違和感に気が付く。

 

 道端の大木になにやら字が記されているのが見えたのだ。しかし、すでに辺りは暗く、その文字がよく見えない。そこで松明を持ってこさせ、火をつけて字を読む。そこにはこう書かれていた。

 

 孫策死于此樹之下(孫策この樹下に死す)

 

「なによこれ?」

 

 疑問を口に出した孫策。だが、その隣には怒りに震えている周瑜の姿があった。

 

「まさか、まさか、まさか……あり得ない。この私が!!!? あれも、これも……全て奴の手のひらの上だったというのか!? ふざけるな! こんな事があり得てたまるか!」

 

 周瑜はある有名すぎる戦いと酷似している状況である事に気が付いた。そして自分が嵌められた事も。そして敵が次に打つ行動も。

 

「雪蓮! 下がれ! 罠だ!」

 

「えっ?」

 

 周瑜が発した声の方へ孫策は顔を向ける。その瞬間だった。

 

「今です!」

 

 諸葛亮の号令が下ると同時に数千を超える矢が孫策の周囲を覆った。まるで雨のように降り注ぎ、孫策たちの命を狙う。

 

 それは増兵減竈の計と呼ばれた策を再現したかのような計略であったと後世で語られる事になる。そして、それはある戦いに酷似していた。

 

 馬陵の戦い

 

 孫武の子孫にして、孫武と並び孫子と呼ばれる兵法家である孫臏の名を世に知らしめた戦いであった。

 

 





桶狭間と予測された方が多かったですね。正解は馬陵の戦い。孫子の代名詞の計略で孫策を倒すというのをやりたかったからという酷い理由。
次回で0話のシーンに戻り、その後、話は荊州から大陸全土へ移行していきます。

ちなみに孫策はまだまだ出番があるので、くっころできないのです。


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13話 聖帝

 大地には死臭が漂っていた。

 

 孫策軍直轄部隊を中心に約三千の兵士の死体が横たわっており、その死体から装備をはぎ取っている者達が居た。劉表軍の率いていた兵士達である。

 

 孫策の直轄は赤備えと呼ばれる赤い染料を使った鎧を着た精鋭を率いており、その鎧は売れば少なくとも数千、状態が良ければ数万銭にもなる。その他にも高価な武具や銭貨なども持っていた。連合に参加するといって荊州から物資、食料を奪っていた袁術や孫策に対する鬱憤を晴らすように、奪われた財を奪い返そうとしていた。

 

「よろしいのですか?」

 

 諸葛亮は劉表に問いかける。潔癖なところがある諸葛亮は死者からの剥ぎ取り行為があまり好きではなかった。

 

「死地に送り込んでおきながらまともに褒美をあげることができない今、彼らを止める事は出来ないし、する権利はない」

 

 戦争に参加する者の目的は軍に所属する事で与えられる食料。そして勝利した際の略奪である。略奪を禁止するのであれば、それ相応の給料無くしてはありえない。

 

 さきほどまでの死地を乗り切った配下の奮闘を知っている諸葛亮は黙った。

 

 馬陵の戦いを再現するという傍からみたら手のひらで踊らせたような計略を成功させた劉表だったが、幾つもの綱渡りの結果だと考えると素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

 まず、第一手である奇襲を読まれた事。そこで全ての計画が狂った瞬間から綱渡りの連続だったのだ。

 

 この奇襲で少なくとも三日は稼ぐつもりだった劉表軍はその瞬間全滅の危機に陥っている。周瑜が手堅い手を打たず、ただ、足の速い部隊のみでの攻撃をしていれば、軍の殆どを失い敗走し、防衛戦どころでは無くなっていただろう。

 

 次に、敵の追撃速度が想定以上に早かった事である。揚州から涼州まで戦線を駆け廻っていた孫策軍の中核の軍は逃げる劉表軍よりも遥かに上の行軍速度を持ち、本来、用意していた罠の場所に辿りつけないという結果を齎した。

 

 その結果、ただ広い荒野で周泰の率いる部隊と交戦する羽目になり、劉表を討ち取られる寸前まで追い込まれていたのである。

 

 結果として諸葛亮の開発した連弩「諸葛弩」による殺し間を、劉表軍が敵将を討ち取る切り札としていると誤認した結果に過ぎない。それを見て、劉表の奥の手が連弩であると見越し、己の勘を杞憂であると切り捨て、功を欲するあまり、自ら先陣を率いるという行動をしていなければ、この策が上手くいったとしても、先発部隊を打ち落とすのみに留まっただろう。

 

 何故なら、劉表軍は出陣した周瑜の予測した通り四千から大きく兵を減らしており、たった一戦しかしていないのにもかかわらず二千五百にまですり減らされていた為、囲んだ所で大きな戦果を得ることは難しい状況であった。

 

 さらに屈強な若者を中心とした兵士の殆どは孫策が先に徴兵してしまっている為、歳を重ねた老兵を中心にした寄せ集め。その中から選んでも孫策配下の兵士の練度には遠く及ばない。

 

 孫策が先陣をきって追撃をしているという知らせを聞いた鳳統が機転を働かせて墨汁で孫策死すと書かせて、手のひらで踊っていたのだと思わせただけだ。

 

 実際に待ち伏せをした兵士の数は千程度。周泰の部隊とぶつかる前に軍を二手に分けただけに過ぎず、弓を射る際に兵士に滅茶苦茶でもいいからと、三つの矢を同時に射るように命令し、さらに大声で叫ぶようにさせる事で兵数を誤魔化したのだ。

 

 数を誤魔化す事が目的の、力の無い矢が降ってきても致命傷にならない者も多くいた。混乱し、孫策軍がパニックを起こしていなければ、立て直される可能性もあった。逆に孫策軍にとってこの場所で立て直しを図れていれば劉表を討ち取り、この戦いに勝利していただろう。

 

 この勝利は薄氷の上のものに過ぎない。運よく、孫策にとっても好機であった策だったからこそ、孫策の直感を上回れただけに過ぎないのだ。

 

 鳳統が現状把握を終わらせて、劉表に駆け寄ってくる。

 

「劉表様、さきほどの戦いで撃った弓矢で再利用出来るものに加え、孫策軍の残した弓矢の回収が終わりました。しかし、これからの防衛戦において使うには心もとなく、樊城での決戦は不利だと思います」

 

「そうか、荊州中の弓矢は袁術たちが片っ端から集めて行ったからな。豪族達の密造したものを集めても万が精々だろう。あとは、石などを使い、誤魔化しつつ、弓矢を生産して使うしかないな。なら、樊城での決戦は住民の避難が済み次第棄て、襄陽で耐え忍ぶしかない」

 

「はい……すみません。私達が住民の命の方を優先した結果、劉表様を危険に晒しただけではなく、今後の戦略も大きな変更をしなければならなくなりました」

 

 本来であれば、住民を使うべきなのだろう。最善手を取るなら、住民を樊城にとどめ置き、物資を全て奪えば勝てるだろう。しかし、それを口にだせなかった。

 

 盗賊などを相手には非情になれても、罪のない人を巻き込むような策を使えない。軍を勝たせる軍師としては二流である。我が儘を言って、勝利よりも住民の命を優先した結果、劉表を命の危機に陥れ、さらに孫策を討ち漏らした。そして、本来の戦略に大きな遅れを出してしまったのだ。

 

 切り捨てられてもおかしくないと覚悟を決めていた二人の頭を劉表はそっと撫でる。

 

「十分すぎるほどの成果だ。二人共、よくやった。このまま樊城に入り、住民の襄陽への移転を進めよう」

 

 突然、頭を撫でられて驚き、嬉しく思ったが、自分の情けなさの方が上回った。諸葛亮はしょぼんと落ち込んでいる様子を隠さずに言葉を告げる。

 

「劉表様、私達の我が儘のせいで、お命を危機にさらした挙句、孫策さんを討ち漏らしてしまいました。軍師失格です。今回の勝利も運に助けられたにすぎませんでした。軍師の任を解いてください」

 

 諸葛亮と鳳統は自分の力の無さが心苦しかった。そんな二人に劉表はやさしく言葉を発した。

 

「朱里、雛里。私は前にも言ったはずだ。権ではなく正道を歩みたいと。罪なき民の命を優先する事のなにがいけないんだ? 権の道を選んでいるのであれば確かに孫策を討ちとれたのかもしれない。しかし、それでは多くの群雄たちと同じになってしまう。私は、権を追い求めるばかりで、周りの者や関係の無い者達を巻き込み、命を奪う事になっても気にしないような者達が跋扈する場所に居た。反董卓連合に参加した者達がその代表といえるだろう。勝つことは出来る。しかし、その者達が齎す未来は多くの血が流れる地獄だ」

 

 劉表は二人の頭を撫でつつも語りかける。

 

「かつて光武帝は、赤眉賊を水計にて滅ぼす事を提案され断った事があった。それは水計をすれば田畑を破壊し、その周辺の住民の生活を脅かす事になるからだ。水計を取れば楽に勝てただろう。命を危険に晒す必要もなかった。しかし、それでも頑なにしなかった。それと同じだ。朱里と雛里は、聖帝と呼ばれた光武帝と同じ志を持っているんだ。そんな二人を誰が卑下できるというんだ? 自分を低く見積もらなくていい。自信を持って、今回の戦いは住民を略奪から守りつつも「馬陵の戦い」を再現するほどの余裕をもって撃退したと言ってやればいいんだ」

 

 二人の軍師は、その言葉に小さくこくりと頷いた。

 

 その後は劉表が主体となり、今回の戦いでの勝利を高々と宣言し、孫策恐るるに足らずと言い放ち、豪族達はその威風堂々とした姿と華々しい勝利に、今後劉表が優位に進むと見て、劉表の下に集った。

 

 荊州は旧楚の地域である。先祖は孫武に何度も苦渋を飲まされた。その子孫を名乗る孫策を、同じく孫武の子孫であり、孫武と同等の武名を持つ孫臏の策で破ったと聞いて、大喜びで来た者も居た。

 

 孫策は孫臏の子孫ではないが、楚人からしてみれば同族である。同族の者の代表的な策に敗れる姿は楚人にとっては痛快だったのだ。

 

 劉表の兵力は三万を超え、今もなお増え続けている。樊城で劉表自ら先頭に立ち、兵士を鼓舞し、住民を襄陽に移した後、樊城を捨て、その間に整えた襄陽へ軍を移した。戦略的に圧倒的に不利な状況をたった一つの勝利で引っ繰り返したのだ。

 

 諸葛亮と鳳統はその様子を見て一つの決意をした。劉表のような人が皇帝になってほしいと。

 

 対岸で孫策の軍と向き合う劉表の姿を見て、そう自然と思った。自分たちを光武帝に例えていたが、二人にとって、正道を行く劉表こそが光武帝のようであると確信し、諸葛亮は劉表に、自分の思いを告げた。

 

「私は貴方の龍であり、帝を天に運ぶのが龍の役目です。この戦は天下を目指す上での避けては通れぬ道ならば、それを妨げる者あればそれを蹴散らし、道をゆく事が私の為すべきこと」

 

 当時、後世に名を残すような才能を持ちながらも、世に出て来ていない人物を龍に喩えたが、それ以外にも意味がある。天帝の馬としての意味。皇帝を天に導く者。自分は貴方の龍となり、皇帝になるための助けになりたいという気持ちを込めて。

 

 それに続いて鳳統も続ける。

 

「なら、私は貴方の鳳凰として、聖の名を冠する者としての証明となりましょう」

 

 鳳凰は「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」瑞獣で、王家が徳を失えば新たな家系が天命により定まるという天人相関説と組み合わさり、徳を失った皇帝の代わりの者の所に現れる存在として信じられていた。自分は貴方が皇帝となる証明になるような存在になるという決意を表した。

 

 二人の言葉に少し驚いた様子を見せた劉表だったが、少しの間を置き、二人に語りかける。

 

「……二人の思いはよく分った。ならばその思いをここに証明して見せてくれ。敵は強大。十中八九勝ち目はない強敵だ。しかし、だからこそ、その勝利が証明になるだろう」

 

「「はい!」」

 

 二人の幼き軍師は声を合わせ、劉表の期待に応える為に全てを尽くす事を誓った。

 




次にくっころ回。ヒント諸葛亮たちの眼中に無かった人。


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14話 知名度

 

 死ぬかと思った。

 

 孫策への奇襲失敗から敗走。そして、馬陵の戦いを模した釣り野伏せもどきの作戦で窮地を脱した俺は安堵のため息を漏らした。

 

 逃げ遅れた兵士から、なぜ奇襲が分かったのか聞き出した所、勘で分かったと聞いて、そのあまりの理不尽さに「このくそチート野郎!」と怒鳴りたくなった。

 

 実際、女なわけだから、野郎はおかしいが理不尽な塊であることは間違いない。

 

 刻々と状況が悪くなり、死を覚悟したのも二度や三度ではなかった。部隊を統率する事で手一杯だった状況下で、朱里と雛里が時間稼ぎの策を幾つも授けてくれなかったら、既に命は無かっただろう。

 

 周泰が迫ってきた時、朱里がとっさに連弩による殺し間を作ってくれていなければ死んでいた。そういうギリギリの戦いだった。

 

 二人は自分の成果に対して満足していないのか落ち込んでいたが、値千金の働きをしてくれた。俺自身、民を犠牲にした焦土戦なんて嫌だし。そんなことをしたら、その地域に一生行けないだろう。そして、そんな勝ち方をした所で未来はない。

 

 この時代の戦は基本的に色塗りである。力のある豪族をいかに取り込み、自分の色に染めるのかが鍵となる。この一勝を大々的に宣伝し、孫策恐るるに足らずという事をアピールし、荊州を俺の色に塗り替える必要がある。それに関しては自信がないわけではない。でもそれだけではこの時代生き残れない。

 

 群雄割拠の前半期は多くの豪族を味方につける事が必要不可欠。だが、それだけでは後半は敗北の一途を辿るだろう。

 

 青州兵と呼ばれる直轄軍を主体に作り上げ、現代のラインアンドスタッフと呼ばれる組織構造に近い形での軍隊組織を形成し、曹操は群雄割拠の時代を制した。……とかいう内容の本を前世で読んだ記憶がある。数で押すのではなく、優秀な参謀を抱え、その作戦を確実に実行する手足となる軍隊の存在によって乱世の覇者となったという話だ。

 

 孫策は青州兵の代わりに山越と呼ばれる旧越の地域に住む民族を奴隷狩りによって獲得して、自分の子飼いの配下に配る事で君主権を確立したそうだが、正直、あまり好きな手法ではないし、俺は孫策と違って越人に恨みがあるわけでもない。

 

 その本の事を信じるなら、君主権とかうんぬんも今後考えなければいけないが、今を生き残らないと今後も糞もないから、今は豪族を自分の味方に呼び込むとしよう。

 

 そんな感じで今後の方針を纏めた所、俺の前で気絶していた女性が目を覚ました。 

 

 俺が詩人であれば、髪は烏の濡れ羽色とでも例えるだろう美しい黒髪に、きめ細やかな褐色の肌をしていた。

 

 この飢餓の横行する時代ゆえに必要な栄養が取れず、胸は小さいものが多いものなのだが、胸の大きさからいって、食に苦労していない身分だと分かる。そうでなくとも服装も雅であり、戦場に居たにも関わらず、武官というよりも大豪族の令嬢というのが似合うだろう。

 

 その女性は、目の前に居る俺に対する警戒を強くし、周囲を見渡し、流麗な眉を顰め、言葉を吐いた。

 

「くっ! 殺せ! 貴様等に話す事などない!」

 

 ……どうしようこの人。

 

▽▲▽▲

 

 周瑜

 

 軍師としてのイメージが強いが、中国七十二名将の一人として挙げられており、武功も軍師の働きというよりは武将の人だろう。

 

 俺が起官であった近衛兵の時代、大尉(防衛大臣のような職務)が周家の当主であった周忠さんで、周瑜の母である周異は洛陽令だったから覚えている。洛陽周辺の軍事力を掌握していたくらい興隆していて、それは少し前までも影響力が大きかった。周忠さんは名声高い名士であり、かつて大尉を務めた大物として董卓に求められた人物だった。

 

 まあ、その娘であった周暉が、親が親董卓側に付かざるを得ない状態で反董卓連合に私兵を率いて参加したいとかアホな事を言い出して、最悪な事にそれがバレて粛清されたんだけど。

 

 周氏本家の当主と次期党首を失った周家は自らの手勢を賄えないくらい落ちぶれる羽目になったと聞いていたが、どうにも、そんな状態の周家を助けたのが袁術らしい。孫家に対して恩のある周家を使って孫家をコントロールしたかったとかその辺だと思う。実際の所は知らないが。

 

 周氏の分家筋の娘を当主にして傀儡にするとかやりそうな奴が一人思い当たる。まあ、乱世にただの傀儡は要らないだろうから、実力もあるような人物を立てたのだろう。豫州争奪戦も袁紹派の周家と袁術派の周家で後継者争いやっていたらしいし。

 

 恩とか義理とかそんなもんで縛りつけてるんだろうな。あいつ性格悪いから。

 

 今は、それしか情報が無かったのだが、孫策と帯同していた事から周瑜が監軍をしていたのか、軍師をしていたのか分らないが、孫策と関係を密にしていたのは確かだろう。

 

 正直、捕虜として財宝かなにかと引き換えに渡すのが礼儀だろうが、正直、それは怖い。

 

 孫家の飛躍には常に周家の影があった。

 

 孫策が死んでから八年間、張昭が孫策に後を頼まれ孫権を励まし、孫策の死後の混乱をまとめた時、周瑜は呉郡に居座りまったく孫権の為に働かない。その期間は停滞期である。

 

 対して赤壁の戦いで孫権と周瑜の間で同盟が組まれた際、曹操の覇業を阻止し、江南の地盤を作ったという背景がある。

 

 後漢の軍師はニートでもしなきゃならんのかと思うが、周瑜も孫策死後、独立云々をやる気が無くなったんだと思う。

 

 仲の悪い二人でも手を組むととんでもない事になるのだ。孫策が生きていたらなんてIFを考えるとぞっとする。

 

 孫策に周瑜を返してみろ、虎に翼どころか空飛ぶティガー戦車みたいなもんだ。直感チートなんてもんを持ってるやつに頭脳なんてもんを与えたら、今度は間違いなく殺される。

 

 今回は運に恵まれたに過ぎない。もう四千で五万相手に逆転なんて出来ないだろう。

 

 問題はぜったいに味方に付かないであろう有能な敵の将軍か軍師である周瑜の扱いに困って相談したら、周瑜の知名度が無さすぎてふつうに返還すればいいとか言ってきた。

 

 悲報、周瑜、知名度が無い。

 

 正確には無いわけではないが、十万の敵を二千で破ったとか、そういう派手な武功を誇る奴が増産されたのが黄巾の乱であり、その一人。そしてその配下となれば、一学生が知っているレベルとしては優秀な人が居るらしいレベルなのだ。

 

 まあ、二人をはじめ、豪族連中は黄巾の乱なんて雑魚狩りだと思っているからしょうがない。実際そうだったし。

 

 その戦いで孫策自体の勲功が序列でいえば十二、三番目。そこの武将の軍師をしている数居る名門の数居る分家の長女の名前なんて出てこないのだろう。実力と名声は必ずしも一致しないものだから。

 

 あまりにも軽いので周瑜の脅威を説明すると「劉表様がそうおっしゃるのであれば、直ぐに殺しましょう」とか簡単に言い始めた。

 

 敵武将とか賊に対してはツンドラ並に厳しい。

 

 しかし、他の奴に相談したら、絶対に頸を晒して孫策煽ろうぜとか言い始めるに決まってる。この時代の中国の倫理観はいつまで経ってもなれないし、ちょっと付いていけない。

 

 ……という事で、おれは監禁して孫策を曹操辺りが倒してくれるのを待っている。そろそろ、袁術が荊州から追い出されるだろう時期だ。よく覚えてないが。

 

 孫策と戦って負ける際、周瑜の命と交換条件での助命とかしてくれないかな~とかいう打算もある。卑怯とか小賢しいとか言われようとも俺は俺とまわりの命より大切なものはないからしょうがない。

 

 しかし、めっちゃ睨んできてるんだけど、俺ってそんな悪い事したっけ? そっちから攻めてきて、それを防衛しただけだから別に恨まれる事はしていないと思うんだけど。

 



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15話 囚われの軍師

(こいつは何を考えているのだ?)

 

 周瑜は計りかねていた。自分をこうして拘留している意味を。

 

(こうして、敵軍の大将自らの尋問となれば、私の素性は知れているという事は間違いない。だが、こうして自ら来る理由が無い)

 

 周瑜は自分の価値を理解している。

 

 周家そのものは二世三公の名門とはいっても、周瑜は数ある分家の長女でしかない。袁紹の所に属していた周家の代表を殺して、こうして周家の当主のような扱いを受けているが、それは袁術の後ろ盾があってこそのものである。

 

 そして、その後ろ盾も孫策という親友の軍事力を頼りにしたものであり、周瑜自体の価値は低い。家督争奪戦が終わったのなら、平凡な能力でも従順であれば袁術側に損はない。逆に統率が取れやすくなって良かったと喜ばれる事だろう。

 

 周瑜の持っていたものは能力であるが、その能力で得ていた名声も地に落ちた。

 

 友である孫策は自分が生きていると知れば、捕虜の返還を持ちかけるだろうが、それは群雄として死を意味する。

 

 今回の敗北は周瑜の名声を地に落とし、無能な軍師という烙印を押した。

 

 無能な軍師の命の為に巨額の金を動かせば、孫策自身の声望が無くなるし、その無能な軍師を未だに用いているとなれば、人を見る目がなく、未だに幼馴染というだけで無能を使い続ける暗君の誹りを受けるだろう。

 

(私は雪蓮と共にある事は出来ない。私が傍に居るだけで雪蓮にとって不利益となる存在にまであの戦いで落された。それはこの男が一番わかっているだろう)

 

 実態がどうであろうと、人というものはそういうものだ。特に名声が重要視されたこの時代において、こんな負け方をした軍師を重用する事は許されない。

 

 周瑜は忘れない。頭はふらつき、手足が動かず、地べたを這いずる事も出来なくなった状態で聞いた言葉を。

 

「あの人はもう脅威にならないでしょう」

 

 幼い声だった。そこには純然たる事実を提示しただけである事が窺える淡泊さと、周瑜に対しての憐みがあった。

 

 惨めだった。

 

 今の自分は、成人さえもしていないような子供に憐れまれるような生き恥を晒している。今後、なんの役にも立たないどころか足をひっぱり続けるような生き方しかできない。それがあの戦いの策にかかった瞬間に決まってしまった。

 

(だからこそ、あの時、死を選んだというのに。なぜこの男は私を生かす? なぜ死なせてくれなかった? 私の持っている情報か? そんなものは対して役に立たないだろう……やめてくれ、これ以上私を最低の人間にしないでくれ。友の足をこれ以上引っ張るような、苦痛から逃れたいがために友を売るような人間にしないでくれ。やめて……)

 

 これから行われる拷問への恐怖もある。だが、それ以上に友を売るような人間にはなりたくない。

 

 そんな気持ちを出せば付け込まれる。そう思った周瑜は劉表を睨み付け、自分は恐怖していないと示そうとする。手が震えるのを必死で抑えながら。

 

「どうした? 指揮は出来ても、女子供の頸すら取れぬ軟弱者なのか?」

 

 煽る周瑜に対して、劉表の態度は対照的だった。それはまるで、そんな事に興味がないように。

 

「周瑜殿。戦の後だ。気持ちが昂るのも分かるが、落ち着いてほしい。私は、貴女を害するつもりはないよ」

 

「はっ! ならば、私を解放でもしてくれるのか? そうなれば私は真っ先に貴様の頸を取る為に謀略を働かせることになるな。剛毅なものだ。態々、怨みを持つ相手を増やすのか」

 

「……残念ながら、君を解放する事は出来ない。君の体は矢が幾つも刺さっていた。出血も多いし、動かせば傷口も開くことになる。それに……右足はもう動かないだろう。そんな状態の君を動かすわけにはいかない。それに加え、君と敵対するのは怖いからね」

 

「っ……」

 

 君と戦うのが怖いという言葉を聞いて周瑜は激情が体の中を渦巻いたのを感じた。

 

 激情に駆られ「あんな戦いをしておいて何を言う!」と怒鳴りそうになったが、周瑜はそれを口に出せなかった。劉表にとっては、侵略者から身を守っただけの自衛行為であり、そんな事を言っても意味が無い。

 

(敵はこちらを智謀で弄んだ謀略家だ。ただ怒りを露わにしても弄ばれる。くそっ、名門の血筋でないのに高官に昇っている。しかも男であるのに……だ。化け物の類であると分かっていたはずなのに、油断した結果がこの様か……)

 

 周瑜は当たり前の事すらも忘れていた事に、己がいかに慢心をしていたのか振り返る。しかし、時は戻らない。後悔は先に立たないものであると、周瑜は今更ながら実感していた。

 

 この国は女性優位の社会である。これは、古来からではなく、漢代に入ってから顕著になった。

 

「男は田畑を継いだり、大工や兵士として生きていける。しかし、女は男に力で劣り、そういった職で生きていけない。ゆえに女にこそ学問が必要である」

 

 そんな言葉を誰かが言い始め、それが少しずつ広がり、いつしか複数人の教育が出来ない家はまずは長女を教育する事が多くなっていった。

 

 本来、後漢という国は識字率60%~70%と、古代王朝としては破格の数字を誇り、近代までこれ以上の識字率の国家は存在しない。

 

 しかし、この外史において、前漢を滅ぼした王莽が学門を推奨しなかった為、文字を書ける者がとても限られる。そして、文字を習う機会に乏しい社会に変容していた。文字を書ける貴重な人材の女性比率が上がれば、官吏になる者も女性が増えていく。官吏に女性が多ければ、自然と女性寄りの政策になっていく。少しずつ、少しずつ、社会が変わっていく。

 

 大きく変化したのは、後漢になってからだった。幼帝が続き、皇后が政治を執るようになる期間が多くなった。

 

 皇后は異性に顔を晒すのは禁止されており、女性と宦官以外に顔を晒せない。

 

 結果として、政治の中心は皇后となり、皇后の周りの女官と宦官が政治の実権を握るようになった。

 

 皇后は寵愛する自分の周りの人間を重用するようになり、宦官の握っていた職務以外の高官職は女性が占めるようになるのに時間は要らなかった。そんな中、高官として残っている男はよほどの名門か、代わりになる者が居ないほど能力が高いか。その二択しかない。

 

 劉表は十万人以上いる皇族の一人でしかなく、家柄も無い。ならばもっと警戒すべきだった。なにかしら化け物染みた能力があると。

 

 しかし、周瑜が自然と持っていた男に対しての侮蔑。それが思考の邪魔をした。

 

(そうだ、劉表は数少ない男の高官だった。それを慢心し、見逃すなんて……男……えっ? はっ?)

 

 そうして、ようやく思い至る。ここには男が居ると。敵の将であると同時に劉表は男であり、自分は軍師であると同時に女である。

 

「っ……」

 

 周瑜の脳裏にある言葉が浮かんだ。

 

 慰み者

 

 戦場で簡単に起こりえる行為であり、その現場を何度も見てきた。しかし、周瑜はそれが自分自身に降りかかってくるとは思っていなかった。

 

 今日、この日までは。

 




ここからは監禁、依存、寝とり等の人を選ぶ描写が入るので、「幼女を愛でつつ敵をくっころしてエロい事をするだけの話」というタイトルでR18禁小説として続きを掲載をしています。自分で書くと実用性があるのか分からないので、エロくなかったら申し訳ない。


上記の要素が苦手という方もしくは未成年の方は、くっころされたんだな~思っていただき、このまま読み進めていただけると助かります。もう一話今日、投稿しています。




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16話 激怒する虎

本日二話投稿しています。このページは二話目です。


 孫策は激怒していた。

 

 馬陵の戦いを再現され、両側から一斉射撃を受けた際、周瑜を守りきれず、周瑜を見捨てた事は孫策に後悔と憎悪、憤怒に加え、深い悲しみを残すことになった。

 

 一回目の一斉射撃の後、周瑜の足には深々と矢が刺さり、身動きが取れなくなってしまっていた。流れる血に動かない足。周瑜は覚悟を決め、孫策に逃げる様に伝えた。このまま自分を庇い続けたのでは両方死ぬ事になる。ならばお前は生きろ。と。

 

 孫策は剣を振り回し、雨のように降り注ぐ矢を防ぎながら説得をし続けるも、周瑜は頷かなかった。次々と矢が孫策の体をかすめていき、ついには腕に刺さり、このままでは死ぬ。そう思う所まで来た。

 

 長年、信じて来た勘がそれを訴え、体はその危険を感じ取り、いつものように危機から回避しようと動く準備を始めていた。

 

 そして孫策は逃げ出した。友を、幼馴染を、半身ともいえる存在を棄てて。

 

 どうすればよかったのかは孫策の中では答えが出なかった。あのまま二人で死んでいればよかったなどと思う気はない。ただ、友を見捨てた。見殺しにした。それが孫策の心を蝕んだ。

 

 その後の孫策は虎のように吠え、激情を振りかざし、自ら最前線に立ち、指揮をする。先ほどの戦いが無かったかのように。

 

 ただ、噂は広がり、襄陽を落とす頃には孫策への失望は広がっていく。

 

 孫武は揚州の人間にとっては英雄である。基本的に河南は未開拓の地域であり、まだ歴史に残るような人物が排出される事が少ない。都に行けば田舎者と揶揄され、蛮族の類と一緒の扱いを受けることも珍しくない。そんな中、揚州地域の出身者で数少ない誇れる人物の一人が孫武であった。

 

 その子孫を名乗りながら、孫武の名を汚した事は、孫策への信頼を揺るがした。

 

 そこに劉表軍の反撃が開始される。

 

 河を挟んで対陣していた劉表軍が水軍を用いての夜襲を行ったのだ。孫策軍は矢を惜しむことなく一斉に放ち、敵はその対処が出来ないのか、孫策に対してまともな反撃を出来ないとみた孫策は雨のように矢を降らした。

 

 だが、それは罠。

 

 劉表軍は船に案山子を乗せており、それに刺さった矢を回収していた。夜襲は案山子だと分からないようにするためのもの。孫策はその思惑通りに動かされたのだ。

 

 孫策軍は城攻めで重要な矢を多く失い。劉表軍は欠乏していた矢を大量に得た。兵こそは失っていないが、孫策の敗北であった。

 

 それ以外にも、劉表軍は僅かに、そして着実に孫策軍の牙をもいでいく。一つ一つの策による被害は小さい。だが、損害は少ないとはいえ、敗北を続けていく孫策に対する信頼は失墜していく。

 

 劉表軍は、孫策への対策として物資の面への攻撃を繰り返した。軍、孫策そのものへの攻撃を控え、搦め手で追い詰めていったのだ。

 

 戦場は停滞し、孫策軍の士気は失せ、攻略への見込みが無くなっていった時、袁術側から撤退命令が下った。その命令を持ってきた黄蓋へ孫策は皮肉で返した。

 

「祭はいつから袁術の狗に成り下がったのかしら? これは冥琳の弔い合戦。それを途中で止める? 冗談でも許さないわよ」

 

 黄蓋は一瞬、言葉に詰まるもこれを止めなければならないと決意を固めた。

 

「っ……策殿! 頭を冷やせ! このまま、攻め続ける事は不可能だという事が分からんか! 冥琳が居なくなってから、物資の徴収を担っている者を選任したのか? 戦費の方はどうなっておる? 敵への内応工作はしておるのか? 冥琳が襄陽はただ単に攻めて落ちる城ではないといっておったではないか! それすらも忘れたか!」

 

「物資や銭貨は荊州の城を攻め落として奪ってしまえばいい! 敵への内応? そんなの要らないわ。私が全て斬り殺す」

 

 孫策は己が持つ剣、南海覇王を突きつける。目の前の獲物しか見ることが出来なくなった荒れ狂う虎を思わせる様子に黄蓋は悲痛な面持ちで、現状を伝える。

 

 華中地域では大きな事件が起きていた。

 

「……兗州の曹操が青州兵三十万を取り込んだそうじゃ。これは噂ではない。実際に、曹操軍の兗州での戦闘は少しずつ鎮静化しておる」

 

 反董卓連合で呂布に敗れた曹操はその軍団の殆どを失う敗北をし、それからは袁紹の部下のような扱いを受けていた。

 

 部下は重傷を負い、軍の殆どを失い、群雄として脱落したかに見えた曹操だったが、青州黄巾三十万を支配下に置くと言う荒業をもって復活した。

 

 しかし、そんな事は孫策にとってどうでもいい事だった。

 

「だから?」

 

「これまで袁術は袁紹と公孫賛との戦いの間に華中、華南を制覇する戦略をとっていた。だが、公孫賛と戦う袁紹とは別に曹操という大勢力が華中に現れた」

 

「……で?」

 

「袁術軍はこれから兗州へ向けて出陣し、青州黄巾を掌握しきる前に曹操を討つ。それに参加しろという命令じゃ」

 

「だから、そんなことどうでもいいって言ってるのよ! なに? 冥琳の敵討ちよりも袁術を取れとでも言うつもり!?」

 

「わからんか? このままでは袁術は負けるじゃろう。その時、こちらに物資を寄越すはずもない。食料に物資、士気もなければ、策もない。そんな状態になればここに居る兵士は劉表に皆殺しにされる。いや、その前に策殿を売り渡して助命を乞うじゃろう。それでもやるというのであれば、ここで儂を殺してから逝け。堅殿の娘が、修羅に落ち、後世から愚かな将として名を刻み、仲間に売られ、殺されるところを儂は見たくない」

 

 悲痛な面持ちの黄蓋。黄蓋を斬るという選択肢は孫策にはない。手に持った剣を地面にたたきつけた。

 

「……軍を引くわ。樊城を棄て、南陽へ撤退する。冥琳の弔い合戦は、曹操を倒した後よ」

 

 孫策は呟くように命令を下し、黄蓋に縋るように問う。

 

「惨めね。友を失い、名誉を傷つけられ、兵を失い、そして得るものは何もない。敵討ちすらできない。特権階級の者ってこんなに息苦しいものなの?」

 

「それが上に立つものの義務……というやつじゃろう。それが出来なければ儂らが殺してきた者達と何も変わらん」

 

「……最悪な気分ね」

 

 そう呟く孫策の背中は小さかった。

 

 大陸は曹操という巨星の誕生によって大きく激変していく。曹操軍と袁術軍は共に会戦の準備を整えていた。この戦いに曹操が勝てば、袁紹閥は華中華北での広大な支配圏を獲得することになり、袁術は劉表に華南地域での支配圏を奪われた以上、後が無い。

 

 二袁の時代が終焉を迎えようとしていた。

 



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幕間 河北情勢

エロに時間がとんでもなくかかった件。
「幼女を愛でつつ敵をくっころしてエロい事をするだけの話」というタイトルで掲載しています。


 劉表と孫策の決戦の少し前、大陸の情勢は大きく変わろうとしていた。

 

 大陸の有力勢力はいくつかあるが、中でも強大な戦力が袁紹と袁術の二名である。四世三公の名門の出身で袁紹は冀州、袁術は荊州という豊かな州を本拠地とし、大軍を率いていた。名声と兵力が揃った勢力があれば敵対しようと思う者は少なく、周辺豪族を自軍に加えながら勢力を拡張していき、二袁と呼ばれる大勢力にまで成長した。

 

 しかし、二袁に次ぐ大勢力も存在する。益州牧の劉焉、青州刺史の焦和、兗州刺史の劉岱。そして、幽州刺史の公孫賛であった。

 

 その中でも特に有力なのが公孫賛だ。烏桓突騎と呼ばれる、敵陣に激しく突撃し、陣形を崩してしまうほどの練度を誇る騎兵集団を主力とする精鋭の軍。かつて光武帝を天下統一へと導いた騎兵を率いる公孫賛は袁紹と勝るとも劣らぬ勢力を築いていた。

 

 名門としての人脈を駆使して外交面において十歩も百歩も先をいった袁紹に対して公孫賛が戦えていた理由は大きく二つある。

 

 まず、一つ目は正式な官位である。

 

 公孫賛は、反董卓連合の際、董卓が悪政を布いているという噂が本当かどうか確かめる為、密偵を出したりしていたのだが、その間に袁紹からは「さっさとこっちにつけ」と手紙が来て、董卓からは「さっさと袁紹を攻撃しろ」と手紙が来る。そして迷いに迷った公孫賛は病欠といって中立をしていた背景があった。

 

 そんな状況になってしまったのはある人物のせいでもあるのだが、とにかく公孫賛はどっちつかずな態度を取り続けたせいで、連合解散後、袁紹に攻められる事になった。人望は、そこそこある公孫賛だが、相手が悪い。

 

 州刺史と言っても、太守の上司でもない。自分の私兵になれ! と言っても太守からしてみれば、自分より格下に命令されるなんて御免だと言って戦ってなどくれないだろう。それどころか勝手に袁紹に降伏してしまう者が出始めてしまう始末であった。

 

 幽州はたしかに精鋭の騎兵が居た。だが、幽州刺史という肩書だけでは命令できない上、纏められない。粛清をして自派閥で太守を埋めた袁紹のような強硬手段が取れない公孫賛は滅亡寸前にまでに追いやられていた。

 

「どうすればいいんだ……」

 

 公孫賛はどうしようもない状況に胃を痛めながらも文字通り必死になって行動するも、どうしようもない現状は変わらない。

 

「ああ、もうすぐ私は死ぬのか……ははは」

 

 そんな事を頻繁に言い出すくらい精神的に参っていた公孫賛の下にあるものが届いた。

 

「幽州刺史公孫賛を奮武将軍の地位及び幽州・冀州・青州・兗州の四州の刺史を統括する督四州に任ずる。なお、刺史・太守・県令の任命権を一時的に公孫賛に委任する」

 

 幽州を含め、四州の人事権を明け渡すという、あり得ないような漢王朝からの、正確には董卓政権からの申し出。さらに驚くのは、反董卓連合包囲網とも言える大規模な作戦内容だった。

 

 それは賈駆が苦心して築き上げた逆転の一手。

 

「現在、袁紹の本拠地である魏郡及び劉岱の治める東郡に、黒山賊の于毒・白繞・眭固等が率いる十万を超える軍が侵攻の準備を進めているわ。それに加えて、青州黄巾三十万と交を結び、焦和を攻撃させている。袁紹傘下の南匈奴の単于である於夫羅に離反させ、それと同時に河内太守の張楊も決起させる手筈になっている。その時、董卓軍は豫州奪還作戦を行う。あとはあんた次第。袁紹を倒して天下にその名を轟かすか、そこで死ぬかよ」

 

 公孫賛にとっても、この手に乗らない理由はない。ここで董卓に付かなければ袁紹に滅ぼされるのだ。こうして大戦略と正式な官位という武器を手に入れた。

 

 冀州刺史の袁紹、青州刺史の焦和、兗州刺史の劉岱は官位を剥奪された。これにより、三人は部下を統率する大義名分を失い、漢王朝に忠を尽くすという名目で幾人かの部下が独立し、その対処に奔走する羽目になる。

 

 そして、公孫賛には袁紹にはない武器がある。正式な官位と並ぶ公孫賛の強みは劉備の存在であった。

 

 黄巾の乱の功績によって県尉の地位に上り詰めた劉備であったが、賄賂を要求された事に激怒した関羽がその役人を半殺しにするという事件が起き、任地から脱走。公孫賛に匿われていた。

 

 独立して半年も経たない内に官位を失う友に唖然としつつも、公孫賛は劉備を世話してきた。

 

 ニートと化していた趙雲が「最近、太ももに贅肉が付いてきた」とか言い出したので、キレた公孫賛がメンマを取り上げて働かせたりする一幕があったりこそしたが、指名手配されている為、外に出せず、儒学をきちんと学んだわけではないので書類仕事をさせてもあまり役に立たない劉備、関羽、張飛、趙雲の四人のニート……もとい食客の世話に悩まされていた公孫賛だったが、乱世になると、これ以上頼もしい存在は居なかった。

 

 連合の際、董卓が悪政を敷いているという虚言をもって連合を組んだと分かると、劉備がそれに大反対して、その勢いにのまれて中立という立ち位置になってしまった結果、滅びかけたりしたが、それ以上に活躍をしていた。

 

「ぐすっ、よかった。ただの無駄飯喰らいじゃなかったんだな……」

 

 公孫賛が泣いてそんな事を言っていた事を知ると関羽が絶望した顔を見せたり、劉備が怒って反論していたりしたが、細かい事だ。

 

 平時だと無銭飲食をして捕まってしまい、引き取りにいかなければならなかった友が活躍する姿を見て、ようやく一人立ちしてくれた息子を見る母親のような気持ちになった公孫賛は悪くない。

 

 そんなこんなで軍師不在を補う大戦略に加えて、正式な官位、精強な騎兵、優秀な武将が揃った公孫賛は国力で圧倒的に劣る情勢において袁紹に匹敵する勢力を築き上げる事に成功した。

 

 劉備に関羽、張飛、趙雲と大陸でも有数の武将が配下に居るこれ以上ない最強の布陣である。そう、もう公孫賛は地味な地方の刺史ではない。立派な大陸有数の群雄なのだ。

 

 元々、妾の娘であった公孫賛は名門にコンプレックスを抱いていたが、それも払拭し、袁紹を倒すと意気込む。

 

 そして、時が来た。

 

 袁紹の本拠地である魏郡及び劉岱の治める東郡に、黒山賊の于毒・白繞・眭固等が率いる十万を超える軍が侵攻。それに加えて、青州黄巾三十万が青州刺史の焦和を攻撃し、袁紹傘下の南匈奴の単于である於夫羅が離反。それと同時に河内太守の張楊も決起した。

 

 加えて、董卓軍は呂布、張遼という切り札を切り、朱儁率いる洛陽周辺地域へ侵攻。戦況は優位な状況にあり、本来、孫策が勢力を広めつつあった豫州だが、荊州での劉表決起によって空同然な状況という好機である。

 

 そこに、公孫賛が加わり、袁紹の拠点である魏郡へ大軍を率いて侵攻した。

 

 さらに朗報が届く。

 

「なに! 曹操が居ないだって!?」

 

 黒山賊の于毒・白繞・眭固等が率いる十万の軍に対応する為、曹操が出陣したという知らせが届く。

 

 もっとも警戒していた袁紹閥最強の将軍の不在に公孫賛は歓喜する。

 

 公孫賛の冀州への侵攻に対応する為に出撃した袁紹軍だが、南匈奴の単于である於夫羅離反と黒山賊の侵攻に対応する為に、最大の武器である数の暴力は使えない。公孫賛軍全軍三万に対して、袁紹軍が四万。

 

 数では劣る。しかし、公孫賛には一騎で十の歩兵に匹敵するとまで呼ばれた烏桓突騎が八千。それに加え、烏桓突騎からさらに精鋭を選んだ白馬義従が二千。それを率いるのは趙雲。周りを支える将は関羽と張飛の二人。

 

 練度でも将の質でも圧倒している。

 

「勝てる。勝てるんだ!」

 

 公孫賛は勝利を確信した。

 

 

 界橋に袁紹軍と対陣した公孫賛は騎兵を囮にし、挑発を繰り返す。

 

 左右に足の速い騎兵を置き、右翼を関羽、左翼を張飛が率いている。挑発にのって突撃してくれば、足の速い騎兵で囲む作戦だ。

 

 堪え性のない袁紹なら乗ってくるだろうと、少数の騎兵でかき回す。

 

 そうしていると袁紹軍に動きがある。いつも通りの数を頼りにした突撃戦術。しかも三千ほどの部隊が先走って、突出してしまっていた。文醜の部隊である。

 

 よく先行してしまい、部隊を孤立させてしまう悪癖のある武将だ。

 

「よし! 飛び出てきた。趙雲をあの部隊に突撃させ、関羽と張飛に支援をさせろ!」

 

 趙雲は突騎を進め、関羽と張飛は左右から攻める。敵軍で顔良と共に二枚看板である文醜を討ち取れば、敵の士気は落ち、その後、包囲殲滅に持ち込める。

 

 突出してきた文醜の部隊を関羽と張飛、趙雲の三人が囲む。退路は無い。

 

「勝った!」

 

 公孫賛は勝利を確信した。その瞬間だった。

 

「……はっ?」

 

 前方で趙雲が率いていた白馬義従の部隊が壊滅していた。騎馬部隊の天敵である強弩兵による一斉斉射によって。

 

「弩兵? なんでそんな奴等が……あの部隊は矛兵だろ?」

 

 公孫賛は困惑する。文醜と言えば、近接武器による突撃の突破力が売りの部隊である。そして、それは今も変わらないはずだった。

 

 しかし、それは囮だった。文醜の部隊の裏に隠れるように弩兵を隠し、騎馬の突撃を確認するとともに斉射の準備を整え、突撃をしようとした趙雲の部隊を狙い撃った。

 

 文醜という突撃が売りの将軍の声望と先行しすぎてしまう悪癖があるという欠点を利用して、弩兵主体の部隊だと悟らせないようにしたのだ。

 

 客将であった趙雲の部隊の壊滅に混乱した公孫賛軍は士気が一気に壊滅状態にまで陥り、攻めくる袁紹軍にまともな対応も出来なくなり、敗走した。

 

 たしかに、曹操はおらず、名の通った将は顔良と文醜程度だった袁紹軍だったが、そこにはいつもは居ないはずの人物がいた事を公孫賛は知らなかった。

 

 袁紹軍には猫耳フードをかぶった軍師の姿があったと聞いたのは敗走した後の事だった。

 

 その後、続々と悲報が入る。董卓軍は朱儁を討ち取ったものの、劉焉によるクーデター計画が起きた事によって撤退。一世一代の機会を失った。さらに、黒山賊は曹操に討伐され、袁紹の後方を脅かす事が出来なくなり、於夫羅と張楊も討たれた。

 

「どうすればいいんだ……」

 

 逆侵攻をしてきた袁紹軍を撃退した公孫賛だったが、先行きは全く見えず、城の強化を命じる事しか出来なかった。

 




次からやっと群雄割拠編です。今回で逆転の目が詰んだ董卓軍。河北で伸長する袁紹に対抗する術を失った公孫賛。徐々に台頭する曹操。二大勢力から転落しつつある袁術。
そして天下に一番近い勢力の袁紹。色々と情勢が動いていきます。
黄巾がないと武将キャラの活躍が地味なのはどうにかしたいです。


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第3章 群雄割拠
17話 崩壊する結束


 長安には暗雲が立ち込めていた。

 

 董卓軍の大戦略であった反董卓連合包囲網は、公孫賛の敗北と劉焉の決起によって董卓軍が撤退を余儀なくされた事によって失敗した。

 

 長安に居た益州牧劉焉の娘二人と、西涼の馬騰が中心となって董卓軍に攻め込んだのだ。

 

 漢民族に臣従した異民族の兵士を「義従」と呼ぶが、その義従たちを総べていたのが馬騰であり、涼州方面の主戦力であった勢力と劉焉が手を組み、劉焉の娘二人が長安で内部から、馬騰が外部から攻めて董卓を殺そうとした。

 

 馬騰は偏将軍と呼ばれる将軍号を保持していた。前将軍の呂布、右将軍の張遼、左将軍の董旻、後将軍の趙謙の四将に次ぐ地位を与えられた重鎮であり、涼州の保持を任せられていた軍部の重鎮の裏切りに董卓政権は揺らいだ。

 

 四代に渡って高級武官を輩出した涼州の名門皇甫氏の皇甫嵩を排除した結果、董卓は涼州方面の人望が薄い。董卓にとって、涼州の架け橋ともいえた馬騰の裏切りは致命的であった。

 

 内通による早期発覚から、董卓を殺される事態は回避し、呂布らを長安へ戻して、馬騰を涼州へ押し戻したものの、状況は既に詰みの段階。西方の強力な味方が一気に強敵へと早変わりし、北方は白波賊、南は袁術、東に曹操と、董卓政権は四方を完全に包囲された状態になってしまった。

 

 さらに致命的であったのが経済政策の失敗である。

 

 霊帝は増税や売官といった搾取によって財政再建を図った結果、黄巾の乱や韓遂・辺章の乱といった大乱を引き起こした。その側近として財政再建を主導した宦官を排除した董卓である。

 

 配下は増税や売官による財政再建に反対していた者が多数を占める。課税強化や売官による財政再建など絶対に出来ない。

 

 故に董卓政権は貨幣の供給量を増やして財政再建を図るも、董卓銭があまりにも悪銭すぎた事もあり、一石あたり数十銭から百銭の穀物価格が数万銭になるまでになった。インフレ抑制に失敗してしまった。

 

 管子は、貨幣の流通を規制する九府の経済調節機関を設けるなど貨幣経済政策に意欲的であり、幾つか貨幣と市場の関係についても言葉を残している。市場をコントロールして物価の調整をしていき、商業と農業へのバランス調整をしたからこそ、管子は天下に名を轟かす宰相となった。

 

 ただし、一方的に貨幣量を弄る事で物価を調整する方法は取っていない。

 

 現存の貨幣の金属を削り、少ない金属で同額の貨幣価値を持たせようとした董卓銭の発想だが、中世ヨーロッパの中小国家間でも行われていた事である。ただし、そういった方法はあくまでも緊急手段であり、結果として貨幣価値を下げ、国家の利益を減少させた。

 

 董卓銭は、さらに貨幣の改鋳自体に失敗しており、現代の円で例えるなら約100円から200円程度で推移した貨幣価値を1円以下にまで下げてしまった。こうなってしまえば、殆どガラクタに近い。

 

 董卓銭は長安周辺経済を完全に破壊し、その余波は華中に広がりつつあった。

 

 董卓の最大の支持層であり、軍事力でもある軍隊に給金が払えなくなれば、求心力を失ってしまい身の破滅である。四方を敵に回している状態で軍隊を解体すれば滅ぼされるのは勿論だが、誰かが董卓の頸を取りに反旗を翻す事は目に見えている。歴代皇帝の陵墓を盗掘するなどしても誤魔化しきれない段階に来ていた。

 

「劉囂に命じて……親不孝な官吏や董卓様に忠実でない官吏、清廉でない官吏、兄や姉に従順でない弟や妹を挙げさせて。該当した者は財産没収よ」

 

 賈駆は震えを抑えながら呟くように司隷校尉の劉囂に命令を出す。もはや董卓軍には軍事力を背景にした暴政に傾倒するしかなかった。

 

 道徳に背く悪人というレッテル貼りをして、富豪から財産を没収しつつ、自らに敵対する官吏を追い出す事は皮肉にも民衆受けした。それが本当にそうなのかも分からないのにも関わらず、民衆は自分よりいい生活をしている者が下に落ちるのを歓迎したのだ。

 

 皮肉にもかつて袁紹たちが董卓を暴君というレッテルを貼って反董卓連合を組んだ時と一緒な事をしている。そう思うと吐き気が止まらなかった。

 

 董卓には、上手くいっている。もうすぐ逆転出来ると言って誤魔化していた。だが、もうそれも限界。上手くいく方法なんてもう何も残っていない状況で董卓を誤魔化す自信が賈駆にはない。

 

「もう、駄目。打つ手が無い」

 

 机の上に置かれた盤上には黒い駒に囲まれた白い駒があった。逆転どころか、勢力を保つ事すらも出来ないまでに追い込まれている盤上は、今の董卓軍の現状を表している。

 

 董卓の為に身を投げ出し、罵倒、中傷を一身に受けてきた賈駆も限界に近づいていく。最善手を打ち続けても悪くなっていき、自分の義心、誇りさえも捨て去ってなお足りない。何をしたらいいのかもわからず、誰にも相談出来ず、ただ詰まないように動くだけしか出来なくなっていった。

 

 人の悪意、害意に曝されすぎた賈駆に、もう常識という概念はなくなっていった。

 

 正義のために悪を排除する際、悪なる手段を使えば自らも悪になってしまうことがある。賈駆は悪と戦う為に悪の手段を使うようになっていった。それが自らを悪に染めてしまっているとも気が付かず。自分が怪物になっていく事にも気が付かない。

 

 なぜなら、彼女の周りは怪物達の巣窟なのだから。

 

 もはや真っ当な手段で勢力を保つ手段が無くなった賈駆は禁断の果実に手を出した。恐怖政治という果実に。

 

▽▲▽▲

 

「もう限界や。ウチはもう詠に付き合ってられん」

 

 長安に帰還した張遼は呂布に怒りを隠そうともせずに愚痴をもらす。

 

「……霞、詠は頑張ってる」

 

 呂布が諌めるも張遼の怒りはおさまらない。

 

「月の心が折れて一人で頑張っとるのは知っとる。けどな。やってええこととやったらあかんことがあるやろ!」

 

「……」

 

「ウチはもう無理や。この一年で何回戦ったのかもわからん。何人の兵士を犠牲にしてきたのかもわからん。逆賊の誹りを受けながらも戦うって言ってくれた奴等にどんな顔して地獄で会えばええんや?」

 

 そう言われてしまうと呂布は何も言う事が出来なかった。

 

「今のウチらはなんや? ありがたい官位を貰ってやってることは盗賊の手助けか?」

 

 今、長安が保たれているのは、呂布と張遼の武勇がずば抜けていて、高い軍事力を維持出来ている事が大きい。それゆえに悪政が行われているのは皮肉としか言いようがない。

 

「それに……ねねの現状を知っとるなら分かるやろ?」

 

「……」

 

 董卓銭による経済崩壊が起こり始めると、陳宮にその矛先が向いた。

 

 王允は「自分は反対したが、賈駆によって強行せざるを得なかった。陳宮の引き継ぎが不十分であった為、現状の正確な認識が不十分だった為起こったことだ」と言い広めた。

 

 劉表が貨幣の改鋳に対して危険性を意見し排除された事は知られている。その資料を王允自身が受けとっていないと言われてしまえば、誰にも分からない。

 

 賈駆がそんな資料を渡すはずがない。ならば、補佐としてつけられた陳宮もあえて黙っていたのではないかという噂が出てくるのも当然だった。

 

 それを否定した所で陳宮は宮中での発言権は無いに等しい。

 

 賈駆の報復が怖い宮中の者達は陳宮を責める事で間接的に賈駆を責める形をとった。かつて、皇帝の政策を否定する際、宦官を責めたのと同じ図式だ。濡れ衣だろうとなんだろうと、部下から潰していくのは常套手段である。

 

 意図的に情報を隠され、悪政を行う事を強制された不幸な王允という風評が広まるにつれて、陳宮の悪声が広まっていく。政治批判に傾倒している者達に代わり、陳宮はふらふらになりながらも仕事をしていたが、先日、倒れたのだ。

 

 もう宮中は軍事力で無理矢理押さえつけているだけで、董卓側の人間を排除したい者達で溢れかえっている。

 

「劉焉とその手先の奴らは排除した。せやけど、王允の奴に加えて護羌校尉の楊瓚、執金吾の士孫瑞辺りの奴等も露骨に怪しい動きをしとる」

 

 執金吾は近衛と呼べる皇帝を守る軍であり、護羌校尉は精強な羌族の騎兵を配下に収める軍である。それが手を組んでクーデターを起こそうとしたら……と考えればその脅威が分かる。

 

 董卓軍はもはや、敵と戦えるような状態ではない。先に待っているのは董卓暗殺からの旧董卓派の粛清の道か、外敵に滅ぼされるのかの二択である。

 

「ウチらの軍も連戦で疲れきっとる。もう戦ったら勝てん。一族全員皆殺しにされて晒し者にされるような悲惨な未来を仲間にさせとうない。ねねの奴を守りたいなら決断は早い方がええで」

 

 呂布は脳裏に目の下を真っ黒にした陳宮の姿を思い浮かべる。

 

「民を守る。そんな事、ウチはもう考えられん。ウチはウチの仲間を食わせていくだけで精いっぱいや。詠にもう一回ぶつかって駄目なら……ウチはもう付き合えん」

 

 顔を歪め、握りこぶしから血を流しながら出ていく張遼を呂布は止める事が出来なかった。

 

 後日、張遼の官位が剥奪され、張遼とその配下は長安からその姿を消した。

 

 もはや董卓軍は自らの手足を食べて生きているようなものであり、いつかその限界が来る。その時は着々と近づいていた。

 



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18話 経済戦争

 荊州の南郡の襄陽城。俺の本拠地であり、孫策をやっとこさ追い払ってようやく安全地帯になった城である。本来、州刺史の赴任地である場所は武陵郡の漢寿なのだが、敵の大軍が南陽に集結しているような状態で江南に居られるほどの余裕も無いので、襄陽を本拠地にしつつ、南陽に圧力をかけていた。

 

 そんな俺の元にある急報が齎された。身元不明の騎馬部隊が急に現れたというのだ。

 

 それからは袁術が攻めてきただのなんだのと大混乱。会戦すら覚悟して準備していた時、その身元不明の部隊からこちらに使者が来た。

 

「っちゅうわけで、ウチは泣く泣く、長安を離れてこうして頭を下げてるっちゅうわけや……おっ! これ旨いな。おかわり」

 

「あ、ああ」

 

 目の前で飯をがっつきながら、おかわりを要求する張遼。使者というか大将自らやってきて、食事くれと言ってきた。相変わらずマイペース過ぎる。

 

「曹操のところは連合の時に従姉だとかいう夏候惇の目を抉ってもうたし、劉焉も兵士はともかく娘たちも殺したから行けん。袁紹や袁術の所は嫌やから行きとうないしな。あとは遠いからあんたの所に来たんや」

 

 普通に消去法で選ばれたとか言われた。

 

 嘘でも良いから、徳がうんぬんかんぬんとかさ! アンタなら背中を預けられるとか言ってくれよ! 社交辞令大事。本当に大事。

 

「そ、そうか……」

 

「冗談や、冗談。アンタなら悪いようにはせんと思って来たんや」

 

 ケラケラと笑う張遼にガクっと肩を落とす。またからかわれた。

 

「それで? アンタはこれからどうするつもりなんや?」

 

「どうするとは?」

 

「荊州に独力で割拠して、さらに孫策を倒して武名も轟くようになった。もう立派な群雄やろ? 袁紹辺りと同盟を組んで袁術と戦うんか? それとも王でも名乗るんか?」

 

 張遼の言葉に対して、正直反応に困る。正直、董卓が倒れた時の為の逃げ道の確保の為程度で先のビジョンは無い。

 

 それにしても張遼の意見は的外れだ。袁紹のアホと同盟を組んでなんの得になるのだろうか? あいつに力を貸した所で当たり前だと思われるだけだし、王を目指すとかも意味わからん。確かに俺は劉氏ではあるが、全国に十数万人規模居る劉氏の一人でしかない。劉邦の血を引くなんて言ったら何百万人居るかわからないような有様である。まあ、やることは無い事もない。

 

「私に命じられたのは袁術の支配下にある荊州を落とし、荊州で集めた物資で洛陽及び、長安の周辺住民を慰撫する事だ。南陽を陥落させ、長安と南陽を繋げ、経済政策を改善すれば、経済の損害も最低限に済むだろう」

 

 元々、そんな命令で来たわけだしな。経済政策の失敗は正直痛い。だが、中国最大の銅山を抱える江夏郡と洛陽から逃げてきた職人を手に入れた今、貨幣経済の回復も出来るだろう。董卓銭を回収して五銖銭と交換って手法でやる地道な方法だが。

 

 董卓銭と鋳造した五銖銭の交換をスムーズに済ませてしまえば、改鋳は董卓銭から回収した銅を原材料にするから、原材料費的な意味では大丈夫だろう。あとは市場の相場の調整だが、そっちは得意分野だ。糶糴斂散之法なんて言い方をしているが、現代の売りオペ、買いオペみたいなものだ。そこら辺の駆け引きでは負ける気はない。

 

 ただ、下落した貨幣価値を担保する方法が現代と違って限られているのが厳しい。

 

 貨幣価値を担保するのに一番簡単なのが蓄銭叙位だ。日本では大体西暦700年くらいに銭貨の流通促進と政府への貨幣還流を計って施行されて、一定量の銭貨を収めた者に位階を与えた。はじめは上手くいったのだが、結果的に銭貨の死蔵を招いてしまった政策として記されている。それをさすが中国というべきか……ついこの間失敗している。

 

 有名な霊帝の売官の当初の目的がこれだった。ただ、集めた金をアホな事に使いだしやがったせいで、結果的に腐敗以外の何物でもなくなった。その貨幣を後払いOKとかアホな事したせいで、太守になって搾取した後、その金を払うとかしやがったし。結果的に黄巾の乱が起きるきっかけになってしまった。

 

 日本で数ある失敗政策を致命的な失策にしてしまう中国クオリティーにはある意味感心するが、それをさせるわけにもいかないので、地道が一番だ。孫権みたいに1枚で銅貨5000枚分のスーパー貨幣造るぞとかやって失敗したら目も当てられない。

 

 洛陽が華北、華中、華南をつなぐ心臓なら、その心臓を壊してしまえば、代わりとなる江陵が経済の中心になる。そんな意図を感じる。

 

 多分、賈駆に入れ知恵した奴は袁術か劉焉の所の奴だな。

 

 江南に割拠した時、不利になるのは経済力だ。穀物や物資や人間は手に入っても江南では経済の発展が乏しいことが枷になる。だから、洛陽を中心とした経済を壊して、中華最大の鉱山が近くにあり、河南経済の中心地である江陵を疑似の首都にするつもりだったんだろう。

 

 やり方からして劉焉か。益州を得て袁術と組んで河南を中心とした王朝を築く。たしか、劉焉を推挙した奴って南陽で殺された劉祥だったはず。その繋がりか。張遼によると馬騰と組んで董卓を殺そうとしたらしいが、実際、どうなのか……あの糞婆なら皇帝ごと殺して、漢王朝は滅びたとか言って皇帝になりそうだ。

 

 蛮地として蔑まれていた地域を経済の中心にすることで、地元の豪族に利を与え、自分の本拠地である江夏にも利を齎す。

 

 しかも、劉祥の娘ってたしか、劉備銭作って蜀の国庫を潤したとか言われている劉巴だったはず。諸葛亮とか鳳統とかが幼いのにもかかわらず、知略がチート性能な事を考えると、こいつは経済チート臭い。

 

 こんなにも早く銅山の近くに貨幣鋳造の為の施設を作ってあるのもおかしいし、職人連中をこんなにも集めるのは絶対に偶然ではないだろう。なにか企んでるだろうなと思ったらとんでもない事考えてやがった。

 

 江南の人口は増加傾向にあり、特に荊州南部は前漢の時代に比べ5倍になるほどだ。対して河北人口は減少傾向にあり、前漢に比べると5分の1の州もあるほど。そして北方の異民族侵攻によって軍事費も膨大。ならば切り捨てるってわけか……

 

 益州、荊州、揚州を中心にした王朝を築く。蜀と呉が割拠した事を考えると上手くいきそうだ。ここに涼州が加わり、クーデターが成功すれば司隷と豫州が加わったわけだ。孫策をこっちにすぐに派遣した理由が分かった。この計画の肝は南郡だ。それを優先したのは当然だろう。

 

 曹操や呂布、諸葛亮、鳳統っていうチートのせいでその計画は上手くいっていないわけだが、それでもふざけている計画だ。

 

 そんな事を考えながら答えると、馬鹿を見るような目で見られた。失礼な。

 

「……恨んでないんか? 詠の事」

 

 詠……ああ、賈駆の事か。

 

「単独で荊州落とせ! と言われた時は恨んだ事もある。でも、あの状況下ならしょうがないと思う。周りは敵だらけ、私は元々袁紹達と同じ派閥となれば信頼できないのも当然だ。あんな状態で平静を取り繕えていられる方がおかしい」

 

 あんな頭の中がチーズみたいな穴だらけの奴に付き合えばおかしくもなるだろう。周りはキチガイみたいなやつらばかりだし。キチガイの中に居ると感覚まで色々とトチ狂うからな。俺もそこらへんを考慮してあげられなかった。

 

「張遼、君も賈駆がああなってしまった経緯は知っているだろう?」

 

「知っとるけどな……」

 

「結果的に私が長安に居なかったことで首の皮が繋がっているのだから、賈駆の采配は的中した。それでいいのではないか?」

 

 まあ、本当に計算していたのかもしれない。だって諸葛亮と鳳統がロリなのにチートなのだ。ロリじゃない賈駆が現時点でさらにチートなのかもしれない。俺の察しが悪すぎて、説明するのが億劫になったのかもしれないな。

 

 ただ感情のままに言ってしまったとしても、あれは酷い環境すぎたし同情している。超チート軍師だったら頼もしい限りである。別に恨むほどじゃない。

 

 張遼はしばらく考えたあとに「アホらし……」と呟いた。

 

「相変わらずやな。馬鹿なのか大物なのかウチにはわからん。……けどまあ、そういうの嫌いやないで」

 

 その言葉を聞くとようやく言ってほしかった言葉が出たと安堵しているように感じた。ああ、なんだ。そういう事か。

 

「相変わらずなのは君だろう。わざわざ、自分を追い出した人間の心配をするどころか。助けてくれそうな勢力を探しに行くなんて中々出来るものではないよ。世話好きなのはいいが、自分の身を労わった方が良いと思う。それは君の美点だけどね」

 

「……何言っとるんや? ウチはただ飯をたかりにきただけやけど」

 

「曹操は剛毅な女だ。夏候惇もそれを恨んでなにかするような人物ではないだろう。そして君も功績で黙らせる性質だ。実際に剣を交え、さらに勢力の拡張期にある曹操軍の方が君の言う面白い戦いができる可能性が高い事を考えれば、私よりも彼女を選ぶはずだ。だが、選ばなかったのは、曹操は董卓を殺す方向でしか動かないことが分かっていたから。そして、私なら味方になる可能性が高いと見たからだと思うのだが。違うかな?」

 

 張遼が恥ずかしい所を見られたかのように羞恥で顔を染め、そして観念した事を示すように両手を上げ、降参を示す。

 

「降参や。降参。ったく、ウチは根無し草の風来坊な気質で通ってるんやけどな。追い出された挙句、さらに尽くすなんて、駄目女みたいや。こんな事、部下に聞かれたらどんな事言われるかわかったもんやない」

 

「理不尽に追い出されても尽くすような忠臣って美談になると思うが」

 

「そんなもんいらん。ったく、一宿一飯の恩って事で綺麗に纏めようとしたのが台無しや」

 

 そんな予定知ったこっちゃない。しかし、これで武将不足も少しは改善されるかな。

 

「では、南陽を落とし、長安への道を切り開くまで共同戦線を敷くという事で構わないか?」

 

「おう!」

 

 そうして、俺と張遼は手を結び、共同戦線を敷くことを誓った。状況は最悪に近く、時間的制限も近い。それでも、新しい仲間が出来た事に喜びを感じずにはいられなかった。

 

 




劉焉と袁術陣営の「悪質な貨幣を作ってもらって華北と華中経済ずたぼろにして、貨幣を作る職人を全て掻っ攫って華南地域だけが貨幣の発行が出来るようになれば優位を築ける。華北、華中にはまともな銅山が殆どないからどうにもならないね」作戦。

 史実でも魏がまともに貨幣経済の回復が出来なかったのも、銅資源が無いという物理的な問題を抱えていた事なので、曹操様でもどうにもならない模様。

 張勲は天下とれるような悪知恵って事なので正統派なやり方でなく、嵌め技めいたやり方で天下を狙う感じに。まあ、ある馬鹿のせいで失敗して、正統派にガチンコバトルしなければならない羽目になっているわけですが。


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19話 駄目群雄と駄目軍師

 黄巾の乱、反董卓連合にてその武を轟かした張遼の参入は武将不足に悩む劉表軍にとって、まさに慈雨に等しい価値を持つ。諸葛亮と鳳統はそのことに関しては喜び、劉表が語る袁術と劉焉による政略に唖然とし、劉表がそれを見抜いた事に忠誠を新たにした。

 

 しかし、劉表の皇帝を迎え入れる案を聞いた瞬間、眉を潜ませる。

 

「今、皇帝陛下を迎え入れる事は出来ません」

 

 諸葛亮と鳳統にとって皇帝を迎えることによるリスクが高すぎる。劉表を皇帝にする為、いつかは手に入れる必要があるものであると思っていたが、時期が早すぎる。諸葛亮が劉表に説明する。

 

「皇室はその力を失いました。その結果、群雄と呼ばれる実力者が割拠し、漢から失われた天下を争っています。この争いの勝者こそが次代の覇者になるであろう事は劉表さんならお分かりだと思います。彼らはあくまでも漢臣として領土を拡張していますが、最後に皇帝に天下を返却するなどという事は万が一にもありません」

 

 その言葉に劉表は頷く。

 

「今、皇帝の側近たちもそれを分っています。それ故に皇帝という名の価値がある時にその力を使おうとするでしょう。迎え入れた群雄を漢王朝の臣下として使おうとするはず。その結果、起こるのは政戦です。もし起こらなくても皇帝の意志を尊重すれば劉表さんの権威が弱くなり、尊重しなければ逆臣扱いを受けるでしょう」

 

「それは反董卓連合と同じことが起きるという事か?」

 

「はい、皇帝の名を使って劉表さんが優位になるような詔勅を出すことは出来るでしょう。しかし、それは敵対勢力に皇帝を蔑ろにする者を討伐しろという大義名分を与え、結束させてしまう可能性が高いのです」

 

「なるほどな。反董卓連合ならぬ、反劉表連合が結成されるというわけか……」

 

「朝廷には海千山千を乗り越えてきた謀略家達が居て、劉表さんの権力基盤を乗っ取ろうとしてくるでしょう。劉表さんでさえ謀略家達の手にかかって荊州に単身でやってくるという事になりました、その者達を常に制御する事が出来る者が荊州にいません。外は連合を組んで襲ってくる敵対者、内は謀略家達の陰謀。二つの脅威を抱え込むことになります。董卓軍は間違いなく最強の軍事力を保持していた勢力でした。呂布さんと張遼さんという名将に精鋭たちが居て、それでもなお滅ぼされる。そんな劇薬なのです」

 

 史実で赤壁の戦いの大義名分が、「皇帝を蔑ろにする曹操を討つ」という詔勅を受けた劉備に協力するというもの。その大義名分を使う事で孫権は反対意見の多かった臣下を黙らせ決戦へ持ち込んでいる。劉備があれだけの勢力を築けたのも劉備個人の能力もあるが、皇帝から曹操を殺せと命令を下された事が大きい。それほどの力があるのが皇帝なのである。討ち漏らした残党ですらそれほどの力を発揮してしまう。まさに劇薬だった。

 

「皇帝に反逆する逆賊を討伐するという大義名分に本物の詔勅を使える利はあります。しかし、それ以上に害が多すぎるのです」

 

 諸葛亮の懸念は当たり前のものであり、鳳統は軍事的な面からも反対した。

 

「おそらく、詔勅を使っても従わない勢力はいくつもあります。まず劉焉さんは間違いなく従わないでしょう。劉表さんのお話を聞くに、劉焉さんは皇帝を目指して益州に入ったという事で間違いないでしょうし、そんな方が命令を聞くわけがありません。そして袁術さんも当然聞く事はありません。そして敵対する袁紹さんも同様でしょう」

 

「我々の当面の敵である二者の背後を突く者が居ないというわけか……」

 

「はい、もし組めるとするならば、徐州と幽州、揚州の勢力になります。それすら希望的観測でしかありませんが、それらが全て味方についてもあまり意味がありません」

 

 そしてなにより……と鳳統は前置きをする。

 

「洛陽を再建しようとしていた劉表さんを自らの命の為に棄てた董卓さんが信用できません」

 

 自分の命の為に劉表を切り捨てた者が、今度は切り捨てないと信じられるほど彼女達は子供ではなかった。

 

 その言葉に劉表の隣に帯同していた張遼は何も言えなかった。なぜなら、董卓の友は、董卓の命と引き換えなら劉表を必ず切り捨てるだろうと思ったから。

 

「……そうか、百害あって一利があるかどうかというところか。朱里、雛里。君達の見識はやはり頼りになる。甘い考えのまま重大な決定をしてしまう所だった」

 

 その言葉に二人は説得できたと安堵の声を漏らした。しかし、その安堵した二人に対して劉表は首を振って否定した。

 

「それでも、私は長安へ向かおうと思う」

 

「なぜですか!」

 

 諸葛亮は激情をもてあまし立ち上がって疑問を声に出し、劉表は答える。

 

「たしかに皇帝を手にする事は害が大きい。そして二人はあえて言わなかったのだろうが、このままただ待てば、華北と華中の経済は崩壊し、貨幣経済そのものが数百年の間衰退する事になる。その時、劉焉と袁術の戦略を乗っ取り、華南を中心とした経済を作り上げれば労せずして華南に割拠できる。天下を望めなくとも、地方で王として名を刻める」

 

「はい、袁術さんの南陽を奪えばそれが可能です」

 

 鳳統がそれに肯定する。

 

 南陽郡には戦国七雄と呼ばれた「楚」が作りあげた楚の長城が存在する。楚の長城は宛を中心として桐柏山脈に継ぎ足すような形で東の南陽盆地を囲い、西部は森林地帯が垣根となり、自然の防壁と成している。いわば南方の万里の長城である。

 

 これは北方の群雄から守る為に楚が長い年月をかけて作りあげた首都のある南陽盆地を守る為の壁である。他の六雄の作り上げた長城は破壊されたものの、この楚の長城は残っている。

 

 二人は南下政策を進言するつもりであった。

 

 楚は南部に自らに匹敵する勢力がなかった。その為、楚の長城は南部からの攻撃に弱い。想定していないのだから当然だ。そもそも後漢になってからなのだ。荊州南部の人口が増大したのは。

 

 前漢のものに比べて華南人口が五倍になったのは三十年以上昔の話である。それから三十年経ち、南増北減傾向は進んでいる。南方からの攻撃に弱い南陽郡を奪う事は直ぐには難しくとも、勢力が整えば可能と考えていた。

 

 南陽を取ってしまえば華北と華中の脅威を怯えずに済むほどの地の利ができる。

 

 楚の長城を擁する南陽と隣接する潁川郡には南陽からの勢力侵攻を防ぐ術が大軍を置いて迎撃するしかないにも関わらず、南陽郡は長城を使った防衛戦に徹すれば容易に勢力の侵攻を防げる点にある。南陽を得て、華南地域を統一すれば、あとは機を待てばいい。

 

 防城戦ならば華北の精強な騎馬軍団も役に立たず、さらに揚州の防衛ラインを長江の水軍によるものにしてしまえば華南での割拠は難しくないのだ。

 

 それに加えて経済の中心を華南に移すというとんでもない方法で、華南の王朝を作り上げようとした張勲。戦略とも戦術とも違う政略の使い手であり、平気で数百万規模の人間が死ぬ計略を躊躇いもなく実行できる謀略家。割拠だけではなく天下を狙える手に昇華させてしまう智謀をもつような怪物だ。しかし、その怪物の策の肝を偶然にも抑えたのであるのなら、それを利用してしまえばいい。

 

 二人はそう思っていた。しかし、それは華北と華中の人間がどうなるのかという事を考えなければという話。だが気づかなかったふりをすれば、天下は転がってくるのだ。

 

「私は賈駆を止められなかった」

 

 劉表は呟くように言葉を発した。

 

「私なら気が付けたはず、いや、私にしか気が付けない事だった。そして止めきれなかったのは自分の命が惜しかったからだ。私の無能によって、そしてわが身惜しさに逃げた結果、数十万、数百万の人間が死ぬことになってしまう」

 

 それに……と言葉を続ける。

 

「賈駆が限界であった事に気が付かなかった。あのような裏切りの連続の最中に居て、頼りになる者も居ない中、見捨てたも同然の事を言った私を信用できなくなるのも当然の事だ。彼女にも失敗はあったかもしれない。しかし、それ以上に年長者でありながらそれを受け止められなかったのだ」

 

 劉表は、諸葛亮と鳳統に謝罪の言葉を告げる。

 

「すまない。私には数百万人の人間を見捨ててまで天下を得ようと思えない。そして、私の過失によって起こってしまった事は私が責任を取らなければならない。長安には私が置いてきてしまった娘のような子も居る。今なら間に合う。しかし、時が経ち過ぎれば死に果てるだろう」

 

 劉表は気づかなかった事にすればいいだけの事ができなかった。

 

「頼む。私に手を貸してはくれないだろうか? 私は失敗ばかりだ。そんな事が出来る力はないのかもしれない。しかし、目の前で多くの人が苦しんでいるのに、見て見ぬふりをすることはしたくないのだ」

 

 群雄としては失格な考えだ。血に濡れた手でしかつかめないものが天下だ。もし軍師を名乗る者が目の前の劉表の姿を見れば百人の内九十九人は見捨てるだろう。凡庸な人間であると言って。

 

「劉表さんは馬鹿ですね……」

 

「本当にお馬鹿です」

 

 諸葛亮はため息と共に呟き、鳳統もそれに続く。そして二人は笑って劉表の手の上に自分の手を重ねた。

 

「……でも、私達も馬鹿になっちゃったみたいです」

 

 理屈ではない。理屈ではなく感情で物事を決めるなど軍師失格だ。しかし、群雄失格な駄目な主君には駄目な軍師で十分なのではないだろうか? そんな事を考えてしまう親友と共に二人は笑う。

 

その時だった。

 

「劉表様! 緊急の報告が!」

 

 扉の向こう側から焦っている様子が伝わってくる声が聞えてくる。劉表は入るように促すと、顔面を蒼白にしながら劉表に伝える。

 

「袁術軍が兗州へ侵攻。曹操軍と交戦に入り……大敗。曹操軍本体は袁術軍の退路を断ち、攻撃を加え続け、袁術軍は揚州方面へ追いやられています。さらに本拠地である宛城は曹操軍の分隊が攻撃を加えており、陥落まで猶予はないだろうとの事です」

 

 二大勢力の一角とまで言われた袁術軍の余りにも早い滅亡に大陸はどよめく。大陸は二袁の時代の終焉を迎え、そして英雄たちが立ち上がろうとしていた。

 




次話へのフラグを書き忘れていました。曹操様登場回フラグを忘れるとか死刑になってしまう。


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20話 生まれながらの将

エロい事をするだけの2話目周瑜編の続を更新しています


 孫策は兗州へ軍を進める中、張勲の言葉を思い出していた。

 

「曹操さんとはまともにやり合ってはいけません」

 

 いつもの軽薄な雰囲気はなく、真剣さが感じられていた。

 

「曹操さんは生まれながらにして漢王朝を背負う将軍となる事を期待され、英才教育を受けてきた天才。最大軍閥であった西北列将の後裔です。先代の皇帝の粛清によって勢力こそ失っていますが、軍閥の影響力は高く、親族の者もまた将としての才を磨かれた者で構成されています」

 

 後漢王朝七代目の皇帝である安帝から順帝、沖帝、質帝、桓帝、霊帝と六人の皇帝の時代を生き抜いてきた男の作り上げた大軍閥。三公になった者も少なくなく、曹一族が霊帝の皇后の一族と婚姻関係をも結ぶほどにまで興隆した曹家の名は全国規模の知名度を誇る。

 

 将軍になるべくして生まれた天才に期待して、反董卓連合の際には太守が自らの兵士の指揮権を全て曹操に委任する者までいた。霊帝もその才能に期待し、自らの近衛騎兵を曹操に預け黄巾の乱の征伐を任せるほどに。

 

 連合での敗北はあったが、逆にそれを糧とし忠臣としての地位を確固たるものにしている。足りないのは兵。だが、黄巾の兵を吸収した。足りなかったものを補った曹操は、張勲からしてみれば袁紹よりも厄介な存在として認識されていた。

 

「孫策さんは陳留の北東に位置する匤亭からに布陣し、こちらが陳瑠郡攻略を進めている間に攻撃を加えるであろう曹操軍の足止めをしてください。幸い、曹操さんは本来の東郡の治所である濮陽にはいません。匤亭から約四百八十里(約200キロ)の甄城から駆け付ける。そこを狙います」

 

「へぇ、どうするつもりなの? それだけじゃないでしょ?」

 

「私達が封丘に布陣し、陳瑠攻略を進めれば、曹操さんは動くしかありません。その為には匤亭に居る孫策さんを無視できません。曹操さんは孫策さんに攻撃を加えるはずです。孫策さんが曹操軍を抑えている間に私達が回り込み、曹操軍を挟撃します」

 

「……随分とそちらに都合の良い作戦ね。二頭の虎が一つの餌を食い争っているとき、餌を盗む狐役になりたいという事かしら?」

 

 挟撃するタイミングは張勲の采配にかかっている。つまり、孫策と曹操が疲弊してから戦えば、孫策の兵力を削りつつ、自らは安全に曹操軍を攻撃できるというわけだ。

 

 睨み付ける孫策に、張勲はくすりと笑う。

 

「何を言っているんですか~。私達は味方同士じゃないですか。もちろん、出来るだけ早く駆け付けるつもりです。友軍の兵を態々減らすようなことはしませんよ~」

 

「どうだか!」

 

「心外ですね~。なら、これ以外に策があるのなら言ってみてほしいですね~」

 

 煽るように言う張勲に孫策は自分の激情をぶつけそうになったが無理矢理押さえつける。

 

 こんな時、周瑜が居てくれれば……と思うが、将軍ではあっても軍師ではない孫策にとって戦略面では張勲に二枚も三枚も劣る。

 

「本当はこういう正攻法なやり方は周瑜さんの方にお任せするつもりだったんですけど、亡くなってしまったのであれば私がするしかない。そうじゃありませんか?」

 

 その言葉に反論することはできなかった。反論は出来ずとも感情は納得が出来ないのが人間というもの。

 

 そんな孫策の姿を見て、張勲はため息をつきながら話かける。

 

「本当にそんな事をする気はありませんよ。信用しろとは言いませんけど、利にならない状況でするほど馬鹿に見えます?」

 

「利にならない? どういう事かしら」

 

「この戦いに負ければ、私達は曹操と劉表に挟撃されることになり、滅亡するでしょう。そして勝ったとしても孫策さんに劉表討伐はお任せする事になります。これから必須の兵力をすり減らすなんて事はしませんし、する意味もわかりません。欲しいのであれば揚州は全部差し上げますからどうぞ」

 

 孫策はその言葉に唖然とした。

 

「別に私は天下とかどうでもいいんですよ。お嬢様を可愛がれればそれで。別に滅びようとどうなろうと興味ないんです」

 

「……最低な事言っていることは置いておくけど、それで」

 

「さっさと安全地帯を作って、お嬢様が馬鹿笑いできる状況にしたいんです。この状態が続けば何年後になるのかわかりませんから」

 

 孫策が思い出すのは、一族の死体が並んでいるのを見てカタカタと震える袁術。

 

 袁術の下には反董卓連合の際に処刑された一族の死体が次々と来ていた。袁紹の裏切りに加え、袁隗とその一族も董卓を裏切り、暗殺を敢行し、失敗。それが逆鱗に触れたのだ。

 

 董卓が中央で政治を行う上で袁家の協力は必要不可欠だった。袁家は持ち前の政治力を使い、董卓をスケープゴートにしつつも権力の拡大ができる立場を手にしていた。董卓政権は董卓の独裁と思われているが正確には、袁家の当主である袁隗との二頭政治体制になっていたのだ。

 

 董卓が軍事を、袁隗が政治を担う形こそが、董卓の初期の構想であり、董卓も賈駆もそれを許容した。彼女達の目的はあくまでも漢王朝の復興であり、自らの栄達ではなかったのだから。

 

 袁紹の暴走がなければ上手くいっていただろう。

 

 しかし、袁紹の裏切りによって袁隗と董卓の密月のような関係は終焉を迎え、袁隗は乱の早期終結の為に董卓を切り捨てようとした。袁紹と組んで董卓を殺そうとしたのだ。

 

 張勲は計画の失敗を予期して袁術を逃がしたが、それ以外の洛陽に居た一族は殺され、その死体は恩顧の官吏たちが手土産代わりに、袁術の下に持ち帰ってきた。理由は簡単だ。近くて、親族の死体を持って帰れば手厚い保護が受けられるだろうという打算。

 

 何人も、何人も、何人も、ついさっきまで生きていた親戚たちが物言わぬ死体となって帰ってくる。

 

 それに怒りを覚えるよりも先に死への恐怖が出てしまうのも当然と言えた。

 

「七乃……妾は死ぬのかや」

 

 カタカタと震え、布団の中に蹲る少女に言えるのは、大丈夫と何度も言う事だけだった。

 

「……わかったわよ。信じるわ」

 

 孫策は張勲に対してそう言うしかなかった。その後、孫策は顔を合わせずに出陣し、匤亭した。

 

「匤亭から約四百八十里。決戦まで二か月くらいか」

 

 軍の一日の行軍は三十里。一日で進む距離を一舎と言い。計算すると三十六日。報告にかかる時間を考えても四十日かかる計算である。しかし、それは訓練した兵士の話である。黄巾の残党と聞いて思い浮かぶのは、黄巾の乱の時戦った脆弱な兵士。その倍かかっても不思議ではない。曹操が自分に匹敵する武将であったとしてもそれくらいかかるだろうという計算の下、答えを導き出した。

 

「各地で徴収を開始しなさい。決戦まで時間が無いわよ」

 

 南陽郡は豊な郡とはいえども限界がある。補給は脆弱であり、孫策は軍を分け、兗州での徴収を開始した。

 

 それが曹操の手のひらの上とも知らずに。

 



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21話 不屈の女

最近、キャラの口調が分からなくなってきてしまった。趙雲を書こうとするとロジカル語法になってしまうくらい末期です。あと、今日は2話更新でこれが1話目です。



 兗州東郡東部に位置する甄城

 

 本来の州都から東に離れた地にて部屋の上を見上げている女性が居た。名を曹操といい、袁紹によって東郡太守に命じられ、黒山賊の討伐と青州黄巾征伐によって兗州最大勢力に上り詰めていた。

 

「ようやくここまで来たわね」

 

 ここまでの苦難の道のりを思い出すと感慨深さも感じる。それほどまでに曹操は追い詰められていた。

 

 反董卓連合にて、呂布・張遼の両者率いる軍との遭遇戦にて敗れた曹操は、本拠地を失い、兵を失い、ただの無官にまで落ちぶれ、連合後の群雄割拠の時代をただ見ている事しか出来なくなった。黄巾の乱から乱世の到来を予測し、動いてきた。それが全て失われたのだ。

 

 曹操は袁紹へ頭を下げ、官位を貰う立場に甘んじるしかなかった。

 

 袁紹は皇帝の影響力が関東に届かないと見ると、自らが皇帝のように振る舞うようになり、官位や爵位をばら撒いていた。名目上は皇帝から代理で受け取った勅旨に則って、官位を渡しているだけというものだが誰も信じていない。だが、袁紹の配下ではなく、漢王朝の臣下であるいう名目の欲しい者は、その嘘を追及しないでありがたく受け取り、土地の支配を強めていた。

 

 もし、都合が悪くなれば、袁紹が虚言にて自分を騙したと逃げるつもりの者達だが、袁紹の力が強い時は爵位や官位を与えてくれた袁紹の意向には逆らえなくなる。こうして弱い支配だが、袁紹は次々と勢力を拡大していく。

 

 そんな中、曹操が目を付けていたのは東郡。東郡は兗州刺史の劉岱が、反董卓連合の折、東郡太守の橋瑁を殺害し、自分の勢力圏に組み込んだものの、東郡へ侵入してきた青州黄巾に敗れ戦死し、その配下であった王肱が割拠していたが、乱入してきた黒山賊に敗れ空白となっている地域であった。

 

 兗州刺史劉岱の死によって支配の安定しない兗州を自らの手中に収め、ゆくゆくは華中を統一し、華北を制するであろう袁紹と戦い、己の覇業を成す為に。

 

 袁紹の軍師たちもその野心を見抜いている。ゆえに袁術にぶつける事で互いに削り合わせ、華北を制した後においしい所だけを奪おうとしていた。袁紹軍にとって曹操は袁術への肉壁役でしかない。

 

 そして、曹操も袁術を早期に倒さなければその策は現実のものになるだろうとも予測していた。袁紹は馬鹿だが、多くの名士が集まっている。曹操が袁紹を傀儡とする事を許すほど甘くは無い。

 

(地方の一太守にすぎない私が、華北を袁紹が制する前に華中をまとめ上げ、華南勢力を無力化させる……無理だと思っているのでしょうけれど甘いわ)

 

 だが、それは曹操でなければの話。

 

 野に解き放たれた曹操は、兗州に侵攻していた黒山賊を瞬く間に鎮定し、三十万もの青州黄巾を屈服させる事に成功し、東郡に加え、陳留、斉北、斉陰にまで影響力を広げつつあった。

 

▽▲▽▲

 

 袁術軍の兗州侵攻の報を聞き、曹操は早急に軍議を開いた。

 

 傍には己の側近であり、親族衆でもある夏候惇と夏侯淵。そして、軍師の荀彧に加え、新たに程昱と郭嘉が参加していた。

 

 程昱と郭嘉は、先の黒山征伐で参謀としての任に就いていたが、他を隔絶するほどの功を挙げ、一参謀から軍師へ引き上げられていた。曹操は新しく見出した軍師の力量を対袁術との戦いをもって計ろうとしていた。

 

「来たるべき戦が来たわ。この戦いをもって我らは地に伏した龍から脱し、天昇る龍となるでしょう。ここから先は愚昧な賊との戦いではなく、真の敵が現れる。その時の為、新たな軍師を取り立てたわけだけれど……」

 

 曹操は二人を探るような目で見つめる。

 

 気負いすぎるわけでもなく、落ちついている。感情を底に隠し、曹操からの問いに備えていた。

 

(悪くないわね)

 

 曹操は二人への評価を上げる。

 

「現在、袁術軍は兗州西部の陳留郡へ向けて、軍を二つに分けて進軍している。主将は張勲で別働部隊は孫策でしょう。孫策が陳留郡東部への行路を進んでいるわけだれけど、程昱はこの狙いが分かるかしら?」

 

「張勲さんの狙いですが、孫策さんを攻撃する我らを挟撃する為の布石でしょうね~。陳留郡は甄城の南西に位置する場所にあります。その間に孫策さんを配置すれば陳留攻略の間の壁役にするとこちらが読む。実際は陳留の攻略は片手間に、こちらの軍が孫策軍とぶつかる事を確認した後攻撃を加えたいというのがあちらの策でしょう」

 

「敵が挟撃をするという根拠は?」

 

「南方の劉表さんの存在によってそれ以外の方法がないからですね~。穀倉地帯である華南の心臓部を抑えられてしまっていては、いかに南陽盆地を保持している袁術軍でも物資が足りません。早期の決着をして、劉表征伐に向かいたいというのがあちらとしての本音でしょう。長々と対陣を続ければ私達と共倒れになってしまいます。それを良しとするほど張勲さんは愚昧ではないでしょう。故に早期決着を図るはず。謀略によって背後を付く等の嫌がらせもしてくるでしょうけど、基本的には孫策軍を囮にし、本軍が回り込み、軍事力の無力化を狙う方向で動くと思います」

 

「なるほどね」

 

 相手視点から物事を考えられており、戦術級にとどまらず、戦略面の考え方が出来ている。曹操は夏候惇や夏侯淵率いる方面軍の指揮を任せられると発言から察した。

 

 兗州は多くの州と隣接する地域故、軍を最低でも三つ以上に分けなければならないだろうと見越していた曹操にとって、戦略眼のある軍師は天恵に等しい。

 

「なので、下策として、陳留の城に入り防衛戦を行う事。中策として袁術軍が回り込む前に敵を倒す事。上策として劉表軍との同盟を結びこちらが挟撃する事を提案します」

 

「同盟?」

 

「はい。陳留の城に入れば防衛戦となり、こちらの弱点である兵糧問題が噴出します。青州兵の加入によって国力に見合わぬ兵力を持っている今、領地の拡大は急務です。のんびりと構えていると自壊してしまいます。袁術軍が回り込む前に敵を倒すというのも難しいですね~。孫策さんは歴戦の武将で、防衛に回られた際に少ない時間で勝てるかどうかは分かりません。故に、劉表さんと南陽を分け合うと約束して、挟撃をかければ宛が手に入ります。宛を奪えば、南部からの攻撃の備えとして十分かと」

 

 程昱の策は、華中に覇を唱える為に邪魔になる劉表に対しては宛城の防御力を頼りにして対処してしまおうというものだった。豊かな南陽は惜しいが、それ以上に目の前の敵を重視した策である。

 

 まさしく正統派の軍師の意見であった。曹操は程昱の力量のほどは十分だと思い、もう一人の軍師に視線を向ける。

 

「貴方の意見は分ったわ。では郭嘉。貴方の意見を聞かせてちょうだい」

 

「はっ! 私としましては、孫策軍を倒した後、袁術を討つ事を提案いたします」

 

 その策は曹操を驚愕させるものだった。

 

▽▲▽▲

 

 孫策が布陣してから一ヶ月が経とうとしていた。

 

 孫策は劉表軍に負けた教訓からか諜報方面に重きを置くようになる。いかに精強な兵であっても混乱した所を一方的に攻められれば、練度を発揮する間もなく敗れる事を認識した為だ。

 

 孫策が率いている兵数の内半分を各地の徴収に向かわせている。これは情報を取る上でも分散させていた方が広域の情報を取れ、食料も同じ地域から多く取れば反乱が起こる事を考え、少ない量を多くの地域から取ることで補おうとしていたからだ。

 

 周瑜不在が響く。

 

 各地に割拠している弱小勢力との交渉を任せていた周瑜の不在は後方の仕事の質を大幅に落としていた。能力で周瑜に次ぐ者は居ても、周家という看板を持っていない。名声と家柄、能力を兼ね備えた周瑜の不在は孫策にとって苦手な分野を浮き彫りにしていた。

 

 軍事力を盾に脅して物資を供給させる力技でなんとかしていても、反発する者も多く出てくる。妹の孫権を中心に纏めているが周瑜には遠く及ばない。

 

(物資の徴収が予定よりも遅れているわね。張勲からもらった地図だけど、度々、不備があるし)

 

 詳細な地図は漢王朝の機密である。それを奪ってきた張勲だったが、最新のものはさすがに手に入れられなかった。三十年前のものを流用したものゆえに使えない道も少なくない上、黄巾の乱で打ち捨てられた郷も少なくなかった。

 

(それでも、二ヶ月には間に合う。母様だって反乱軍を使えるようにするのに二ヶ月以上かかった。曹操が同等の能力を持っていたとしても……)

 

 ひと月でここまで進軍できるわけがない。そう、心の中で言いかけた瞬間だった。

 

「曹操軍が北方約十二里先にて出現しました。兵数は約四万。」

 

 曹操軍が陳留郡の郡境を越え、目の前に迫っていた。

 

「なんですって!?」

 

 孫策は驚愕の表情を隠せなかった。

 



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22話 匤亭の戦い

 陳留郡の北東部にある平原にて両軍が対陣していた。

 

 孫策軍の兵力は約二万。残りの一万五千は徴収へ向かわせた先から戻って来なかった。物資の徴収を優先した結果、兵数で約二万の遅れを取る結果になってしまっていた。

 

「どういうことじゃ? 曹操軍の本軍ならまだ分かる。じゃがあの数ならば黄巾の残党共も混ざっておるじゃろう。なのになぜこんなにも早い?」

 

 黄蓋は孫策軍が皆思っている事をあえて口に出した。誰も並の軍と比較しても早い進軍速度を出す方法が見つからない。強行軍で無理矢理連れて来たのか?と思うも、ならばこうやってすぐさま対陣しているわけがないと自分の考えを否定する。

 

「……分からないわ」

 

 分からない。強行軍なのか? それとも袁術軍の侵攻を予期して、陳留に兵士を隠していたのか? 孫策には目算が付かなかった。

 

「でも、目の前に私達の倍近い兵が居るのも事実。率いている曹操は名将であっても率いている兵士は雑魚よ。曹操を討ち取ってしまえば、いや、討ち取らずとも、陣が崩れれば、直ぐに脱落していくはず。今の状態で防衛は難しい以上、敵の疲れがたまっている今、崩さなければ、数の圧に耐えられないでしょう。あちらが動く前に攻める」

 

 孫策は自ら前線に立つ事で兵士を奮い立たせる。勘が警鐘を鳴らしているが、その対策をどう取ればいいのかが分からない。

 

 守勢は孫策がというよりも呉の兵士が不得手とする所。命知らずとも言われる性質は、攻勢に強いが守勢に弱い。馬防柵なども用意を進めてはいたが、中途半端で防御力は心もとない。それならば、あえて攻勢に出た方がマシだ。

 

(冥琳が居てくれれば……)

 

 孫策はそう思わずには居られなかったが、自分の頬を叩き、気合を入れなおす。まずは目の前の敵をどうにかしなければならないのだから。

 

「精鋭たちよ。敵は多勢だが恐れる事はない! 敵は黄巾の残党の寄せ集め。数年前、五倍の兵力差があっても相手にならなかった事は覚えているはず! その時を思い出し、そしてその時と同じように蹂躙しなさい! ……突撃ぃ!!!!」

 

 自ら前線に立ち剣を掲げ、全軍に進軍を命じる。

 

 量で劣るなら質で補うのみ。所詮は数を頼りにしただけの軍。倍程度ならば十分崩せるとばかりに孫策は兵を進めていく。

 

 横並びの陣形が、孫策率いる中央軍の突撃に引き摺られる形で偃月に変わっていく。黄蓋が放った鏑矢が曹操軍の上空で音響を生じさせながら空気を引き裂き、一人の兵士を撃ち殺した。その瞬間、孫策軍の弓兵たちは鏑矢めがけて一斉に弓を射る。

 

 冒頓単于が、親衛隊に鏑矢の向けられた先を一斉に射るよう厳命し訓練をほどこし、匈奴を大帝国に発展させた事は有名な話だが、孫策もそれを参考にし、調練を行っていた。

 

 曹操軍の弓兵もすかさず応射を行うが勢いは孫策にある。

 

 矢を雨のように降らせ、敵陣を崩すと、弓兵は下がり、矛兵が前に出てくる。

 

「無駄よ!」

 

 剣を振るうと鮮血が飛び散り、絶叫が上がる。

 

 兵士同士が矛を交えあうと金属と金属をぶつけ合う時に生じる独特の音が響き、叫び声、雄叫び、悲鳴が所々で起きる。

 

 僅かに少しずつ、孫策に戦況が傾いていく。曹操軍の中央は押し込まれるように凹んでいっている。

 

(勝てる!)

 

 黄巾のような有象無象を集めた軍は一度崩れると弱い。そして今、あと少しで崩れるような状態だ。

 

 孫策はさらに苛烈に攻めようとし……その瞬間、先陣を任せていた将の身体が馬からドサリと崩れるように落ちた。

 

 それに続くように次々と弩から発射される矢が孫策の中央軍を削っていく。孫策は放たれる矢を切り伏せながらも、前に進む事が出来なくなってしまう。中央の勢いが無くなると、曹操軍の両翼を率いている夏候惇と夏侯淵が少しずつ、だが確実に中央への圧力を強めていく。

 

 このままでは孤立する!

 

 そう確信した孫策は兵を引くように命令を出す。

 

「なんで!? 黄巾の残党がそんなに弩なんて持っているのよ!!!」

 

 弩は漢王朝が製造施設を独占している。農民でも持てば精鋭に匹敵する戦闘力を持つようにしてしまう弩は、密造すれば死刑になる兵器ゆえに数が少ない。劉表軍も持っていたが、その数は少なかった。

 

 今、襲い掛かる弩兵の数は密造していた豪族から取り上げただけは絶対に足りない量だ。

 

 曹操は数か月前まで、太守ですらなかった。弩をそんなに用意することなどできないはず。袁紹も騎馬対策に必要不可欠な貴重な弩をそんなに貸し与えるはずがない。数年前に戦った黄巾は鍬で戦うような有様だった。それがなぜ弩などという高度な兵器を持ち、そしてなぜそんなにも練度が高くなっているのか?

 

 混乱している孫策へ向けて、曹操は自ら育てた切り札「虎豹騎」に追撃を命じる。敗走した孫策が追撃から逃げ切る頃には兵士は千以下にまですり減らされていた。

 

 

▽▲▽▲

 

 

「貴女の読み通りね。郭嘉」

 

 潰走する孫策軍に追撃を命じた後、曹操は郭嘉を労っていた。郭嘉はその言葉に喜びを露わにしてしまいそうなのを隠そうと早口で誤魔化そうとした。

 

「張勲は優れた謀略家であり、政略家ではありますが軍師ではありません。軍事方面の歴史には疎い。賊軍とて、何年も戦えば経験を積み精鋭になり、装備も敵から奪う事で宮中の近衛にも負けないようにまでなっていく事を分かっていないと思いました。戦乱の後期には精鋭となっていた赤眉をかつてのような弱兵であると侮った為、鄧禹や馮異のみならず、劉嘉や来歙までも苦汁を飲む事になりました」

 

 将の鍛練も兵士を精鋭にするが、百の鍛練よりも一の実戦の方が得られる物が多いのもまた事実。何十と戦を繰り返し、ついには群雄の一人を殺すに至った賊が弱いわけがない。

 

 練度は孫策軍にも劣らないまでになり、装備では上回っていた。弩の製造施設を奪い、装備を一新した青州黄巾に正面から突っ込んだのだ。

 

 勝てるはずもなかった。

 

 その後、曹操軍は強行軍で戦場に駆け付けようとしていた袁術軍の本隊の進軍経路に伏兵を用いて一方的に打ち破った。

 

 曹操は二度と華中へ来られないようにと揚州まで執拗に追撃を続け、補給が続かないという理由で切り上げたが、袁術はもう荊州の土を踏むために戻る兵力すらもとっくに失っていた。

 

(さて、もう後戻りはできないわね)

 

 曹操は袁術への肉壁として使われてきた。袁術を殺せば、袁紹が兗州や豫州に自分を残す理由は無い。だが、曹操は黙って領土を明け渡す気はない。ならば戦うしかない。

 

 元々、臣下として生きる気は無かったが、その道はこの戦いで失われた。ならばもう覇者になるしかない。

 

 乱世で勝ち抜く事を覚悟した曹操が戻った時、夏侯淵に任せていた宛城攻略は既に完了していた。

 

 大勝だ。あとは袁術の居ない空白の南陽を制圧するだけ。

 

 そう思っていると、夏侯淵が頭を下げた。

 

「申し訳ありません。華琳様」

 

「どうしたの? 秋蘭?」

 

「劉表軍が旧州都である新野まで進出。……すでに南陽の四分の三を掌握され、さらに孫策軍、袁術軍の敗残兵を吸収されてしまいました」

 

 群雄割拠の行く末を決める戦いが始まろうとしていた。



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23話 博望坡の戦い

 時は少し遡る。

 

 袁術無き宛城を落とそうと攻撃を加えている報告を受けた劉表は、予め用意していた軍を率いて北上していた。

 

 宛と襄陽は洛水と呼ばれる河に沿う形で作られた都市であり、河に沿って進軍をすれば直ぐにたどり着くことが出来る。元々、穀倉地帯を抱える荊南からの物資や税を集める為に洛水を利用していた事もあり、道も整備されている。大軍を動かす事に不慣れであっても、整備された道に、補給を容易にする水軍を利用可能な環境は、急な軍事行動を可能にした。

 

 袁術が敗れ、混乱する南陽郡の諸城を劉表は瞬く間に攻略していく。

 

「張遼、騎兵は全て預ける。日和見を決め込もうとする奴等に剣をもって問え。降伏か死か選べとな」

 

「おっしゃ、任せとき。小難しい交渉なんかはいらんっちゅう事やな」

 

「ああ、今、そんな判断をする奴に合理などありはしない。ただ剣で脅し、それでも渋るようなら死んでもらうしかない」

 

 調略していた者を動かし、日和見を決めこもうとした県令を脅迫し、動かぬなら斬る。苛烈とも言えるような行動だったが、それに臆した者が多く降ってきた。

 

 多くの城を無血開城していく。劉表の指示は袁術軍の内部事情を隅から知り尽くしたかのように的確に急所を抉っていった。張遼率いる軍に帯同している鳳統に代わり、劉表の下に残った諸葛亮はただ感嘆し、言葉を漏らす。

 

「凄い」

 

 事前に打っていた手の意図が次々と明瞭になっていく。

 

 幕僚の統括や庶事に加え、補給などの仕事を抱えつつも、軍師としての仕事もしていた諸葛亮だったが、その仕事も苦にならない。なぜなら、城を攻略し、食料の提出をさせ、落とした城から兵力を出し、事前準備し、調略していた者を動かす。これだけで城は落ち、兵力を増強し、策の幅は広がっていく。

 

 城の攻略は劉表指導のものだったが、自分と同等かそれ以上の実力を感じ取る。

 

「頑張らないと」

 

 諸葛亮は呟くと、仕事に奔走した。

 

 今後、劉表が天下を取る為には宛城は必須。その最大の理由は袁紹。華北争奪戦で勝利した袁紹は数年で華北を統一してくる。その為にも袁紹の配下(・・)である曹操に時間を取られてはいけないのだ。

 

 曹操は袁紹の先兵であり、曹操の領土は袁紹の色に染まっているに等しい。実際、曹操はそういう立場であり、まだ(・・)袁紹の配下である。曹操は袁紹の配下に留まらない事を知っている者なら、まだ乱世は続くと見える。

 

 しかし、諸葛亮や鳳統といった者達にとってみれば、華北は統一寸前、華中は配下の曹操が手を伸ばしつつあり、華南の覇者であった袁術は滅亡寸前にまで追い込まれている状態であり、天下統一まで時間の問題。それを引っ繰り返すには、袁紹が華北を統一する前に華南を統一するしかないと見ている。その為に必要不可欠である宛を取られれば滅亡は必至と見ていた。

 

 この戦いに負ければ天下への道筋は消えてしまう。まさに天下分け目の決戦ともいえる。

 

 そんな最中、劉表軍が恐れていた報が入って来た。

 

「曹操軍が宛を落としました。曹操率いる本軍は揚州へ流れて行った袁術軍を追撃しているようですが、宛を攻略した夏侯淵は約一万五千の兵を率いて、城の守りを固めている模様です」

 

 主力の軍は曹操が率いており、宛城攻略をしていた将の名前がここにきてようやく分かる。

 

「間に合わなかったか……」

 

 劉表は呟く。新野城まで迫っていた。ここから宛に籠っていた将と連携して曹操軍を挟撃する案は失敗に終わった。あまりに早い孫策軍の壊滅。それに連鎖する形で袁術を破り、曹操はさらに劉表との決戦を見越して宛を一気に陥落させた。

 

 大胆不敵にして、目の前の勝利に留まらず、先の戦略を考えて動く。姿を見ずとも、剣を交えずとも実力の程が分かる。

 

「それと……」

 

 使者は言いよどみながら告げる。

 

「鳳統様からの伝言です。これから張遼隊は堵陽、そして葉を目指し進軍する。支援を願う……との事です」

 

 いち早く宛に向けて進軍していた張遼軍の暴走ともいえる行動。「堵陽」は宛城のさらに北に位置し、「葉」は豫州潁川郡で荊州ですらない。そんな所へ行くなんて戦略は立てていない。

 

 使者もなぜそのような行動をとるのか分らず、疑問をもちながらも報告し、周りの者も疑問を投げかけるも、「それだけでいい」と言われたと使者の者はたじろぐ。そんな中、諸葛亮のみが正答が分かった。

 

(さすが雛里ちゃん。なら、私達がやるべき事は……)

 

「劉表様。新野から兵を動かしたいと思います」

 

「……分かった。どこにだ?」

 

「宛城の北部にある博望へ」

 

 

▽▲▽▲

 

 南陽郡宛城にて、夏候淵が城の守りを固めていた。曹操との合流までに南陽郡を出来るだけ掌握しておくのが夏候淵の受けた命令だった。

 

 もちろん、夏候淵は武将であり、政治家ではない。豪族との駆け引きなどは、軍師兼南陽太守に命じられた荀彧が主に行っていたが、状況は芳しくない。

 

「くそっ、なんなのよ。あいつ。あっちが軍を整えて南陽に進出してくるまでは想定していたけど早すぎる。あの馬鹿袁術は馬鹿ばっかり配置してたみたいね。内部情報が洩れまくりじゃない!」

 

 荀彧は愚痴を漏らす。それほどまでに劉表軍の動きは早かった。張遼率いる騎兵が先行していたが、袁術が追い出されたと報告が入ると直ぐに劉表が攻めてきた事に驚いた豪族達や袁術の命じた県令たちが一斉に降伏してしまった。

 

 袁術無き南陽を漁夫の利で次々と自領としていく劉表は忌々しい。そして、郭嘉の策によって、宛城まで早期の攻略をしていなければどうなっていたかも分らなかったと思うと、頭が沸騰しそうになるほど悔しかった。

 

「このままだと新野まで奪われるわね。でも、華琳様が来るまでの話。そこからひっくり返して襄陽まで戦線を下げさせる。宛周辺を守りきれば私達の勝ちよ」

 

 袁術の頸があれば、南陽を掌握する事は容易い。出来なくても劉表軍には曹操軍を正面から受け止めるだけの軍隊がない。ならば防衛戦になるだろう。襄陽まで引かせれば、袁紹との戦いの際に邪魔にならないように動かせる。

 

 ならば……と、荀彧は宛中心に軍隊を展開しようと命令を下そうとすると、部下が劉表軍の使者を捕えたという知らせが入る。今後の劉表の動きをしれるかもしれないと、荀彧は足を運ぶ。

 

 そこには夏侯淵が居た。

 

「で、どうなったの? 詳しい事情は吐いたの?」

 

 荀彧は、少し怪訝な表情をしていた夏侯淵に話しかける。

 

「桂花か。それが狙いがよく分らず、攪乱ではないかとも思えるほど行動の意味がわからない」

 

「へぇ、どんなの?」

 

「これから張遼軍は堵陽、そして葉を目指し進軍する。支援を願う。という内容だ。どのように支援するのか、場所はどこかも分からないらしい」

 

 はぁ? 何よそれ……と言いかけるが、荀彧は堵陽と葉という地名を聞いて、思い至る事があった。先を予測した荀彧は顔面が蒼白になった。

 

「あいつら! まさか!」

 

「どうした? 何が分ったんだ?」

 

「くそっ、あいつ、華琳様を狙うつもりよ!」

 

「なんだと!?」

 

「葉は旧楚の長城が崩れている箇所で、軍が荊州に入るには「葉」周辺を通らなくちゃいけない。「葉」を奪えば、袁術を追撃して疲弊している華琳様を待ち伏せできるって考えでしょうね。さすがに華琳様でも宛を奪った後、宛城を無視して北上してくるなんて思わないはず。奇襲になるわ」

 

「奇襲……反董卓連合の時と一緒か。まずいな。華琳様の率いる本隊は反董卓連合の際の生き残りの者が多い。その時の大敗の記憶は新しい。一気に軍隊が崩壊する可能性がある」

 

「奇襲によって足が鈍るだけでも厳しいわね。それを聞いた豪族が何を起こすか分からないわ」

 

 夏侯淵は拳を強く握りしめる。

 

 反董卓連合は群雄割拠の時の為に用意していた策、軍、人脈など全てが吹き飛んだ戦いだった。姉は片目を失い、曹操は袁紹に頭を下げるまでに落ちぶれるほどに追い詰められた。苦い記憶だ。

 

(また、我らの前に立ち塞がるか! 張遼!)

 

 夏侯淵は救援に向かわなければと荀彧を見つめる。

 

「わかってる! 秋蘭、あんたは真桜を連れて張遼を追いなさい。兵数は……八千って所か、それ以上、持ってかれると宛が劉表軍に包囲された時にどうしようも無くなるわ。足の速い部隊を中心に再編。深追いすると伏兵がいるかもしれないから真桜の部隊を後方に置き、いつでも救援に来られるようにしなさいよ。相手は孫策の五倍の兵力差を破っている。また伏兵によって討ち取る方向で動くかもしれない」

 

「凪と沙和だけで大丈夫か?」

 

「当然! 私を誰だと思っているのよ。劉表軍如き、軽く捌いてやるわ!」

 

「愚問だったな。分かった」

 

 夏侯淵は軍を再編し、張遼の堵陽へ向けて出撃した。

 

▽▲▽▲

 

 夏候淵が堵陽へ至ると、そこには張遼軍の姿があった。

 

 ただし、それは、北部へ向けて兵を進めるのではなく、逆に南下しようとしていた。堵陽で補給は済ませているはず。兵糧不足になって撤退するわけでもない。

 

「どういうことだ?」

 

 夏侯淵は疑問を口に出した。何の意味もなく進撃するわけがない。ならば何か意図があったはず。それを果たした? 何を? まるで、自分がここに来た事で目的を果たしたような……

 

「っ! まさか! 華琳様を攻める姿勢は囮で、本命は宛か!」

 

 夏侯淵は狙いが曹操ではない事に思い至った。

 

 夏侯淵軍一万五千が籠る宛を落とす事は出来ないだろう。荀彧が七千の兵で守る宛も短期で落す事は難しい。しかし、自分が敗れたという噂が流れれば、そして張遼を倒す為に出撃した夏侯淵よりも先に張遼が到着すれば違う。

 

 張遼の姿を宛の兵が見れば、夏侯淵が敗れたと思うのだろう。そうなれば宛は落ちる。大混乱するであろう内部を収める事は出来ない。

 

「追撃だ! 奴等を宛城に寄せ付けるな!」

 

 宛が落とされる。そんな危機感が夏侯淵を襲った。夏侯淵は宛との中間地点にある博望に向けて引いていく張遼軍を追撃する。

 

▽▲▽▲

 

 博望坡の左には豫山と呼ばれる山があり、右には安林と呼ばれる林があった。

 

 諸葛亮はその地に兵馬を潜ませていた。目の前には夏侯淵の軍が張遼軍を追撃する形で兵を進めている。

 

 弓に力を入れた配下の武将が見えると諸葛亮は小声で諌める。

 

「そのまま通過させてください。私達の狙いは輜重や食糧、秣です。輜重や食糧、秣は必ず後方に配置されているもの。ここで伏兵を出しても討ち取れる兵は僅かです」

 

 弓から力を抜いた武将の姿を見て、ほっと、胸を撫で下ろす。

 

(夏侯淵さん。噂には聞いていたけど、行軍速度が速すぎる。配下は元黄巾と聞いていたけど練度は孫策軍に匹敵するかもしれない)

 

 本来、四千の兵士を潜ませる予定だったが、夏侯淵の行軍速度が予測を遥かに上回る速度だった。半分の二千の兵士を博望坡に配置する事が精々だった諸葛亮は狙いを夏侯淵から輜重や食糧に切り替えた。

 

「諸葛亮様、南から火の手が上がりました」

 

「機ですね。全軍! 火矢をもって夏侯淵軍の輜重部隊を焼き払ってください」

 

 諸葛亮の声と共に火矢が夏侯淵の輜重部隊を襲い、食料や物資が燃えていき、大きな火の塊を作る。火は天に向けて煙を流し、夏侯淵軍の行軍が止まる

 

 すると、それと同時に夏侯淵の先鋒部隊の先が火に包まれた。前もって、輜重部隊を攻撃するのを確認すると同時に火計を仕掛けて欲しいと諸葛亮は劉表に告げていた。

 

「さすが劉表さん、これで四千くらい削れるといいけど」

 

 前方、後方を挟むように火をつけた状態での奇襲。本来なら討ち取れても可笑しくないが、簡単に討ち取らせてくれるほど甘くはないだろうと諸葛亮は思った。

 

(強敵ですね)

 

 軍師から引き離せば……と思ったが配下の武将でもここまで戦略を読んでくる。勝利する事は出来ても討ち取るまで行けない。曹操本軍が加わればどうなるのかと考えると弱気になりかけたが、諸葛亮は首を振り、その不安を振り払った。

 

 この勝利をもって劉表軍は襄陽から新野までの経路のみならず、新野以南の豪族、県令たちを掌握する事に成功する。

 

 これによって曹操軍は引くことが出来なくなった。宛は南陽盆地に位置する城であり、経済の中心でもある。道は整備されており、交通の便が良い事は軍事的に攻める側としていいが、守るには適さない。特に旧楚の長城という壁から北の地域から兵を送る事が出来なくなると容易に孤立してしまう。

 

 孤立した城は脆い。特に曹操の右腕である夏侯淵が大敗した後となれば、内応する者は絶えないだろう。

 

 ここで軍を引けば、宛は奪われる事は目に見えている。この後、袁紹からの決起を予定している曹操からしてみれば、引いて、袁紹と劉表に挟まれるような事があれば天下への道を失う事になりかねない。なによりも袁紹から決起する際に、劉表に勝てなかったどころか大敗したとなれば、曹操に付こうという者が居なくなってしまう。

 

 劉表軍から見ても、ここで曹操を討ちとり、袁紹の先兵を打ち破らなければ、荊州豪族の支持を失うであろうと予測できた。

 

 互いに引けない戦い。

 

 劉表が新野城へ集結させた兵力は四万。対して曹操軍は三万四千。数では劉表軍が勝っているが、将や兵士の練度、装備の質では曹操が勝る。

 

 互いに攻城戦は避けたいが、膠着状態は好ましくない。

 

 両者は野戦での決着を求めた。

 

 




 地形とかそこらへんの関係が分りにくかったと思うので補足します。

○他の作者の方みたいに地図を作ることが出来ない作者の作る地図もどき。

□□□□□□□□□□□□葉□□□□□□□□
■■■■■■■■■■■□□■■■■■■■■旧楚長城とか山とか林で通れない所
□□□□□□□□堵陽□□□□□□□□□□□
□□□□博望□□□□□□□□□□□□□□□
宛□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
新野□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




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24話 新野の戦い

 劉表は洛水を左に見ながら、南方から宛に北上する途中で曹操軍を発見する。

 

 南陽は元敵地であり、大軍を動かす際に迷わないように分かりやすい道を使わなくてはならない。軍が決戦の地に辿り着く前に迷子になってしまい、間に合わないなどという事にならないように曹操が考慮した結果、劉表軍との遭遇になった。

 

 河に沿う事で補給がしやすい為、万規模の行軍の経験をした者が少ない事などの事情もある。

 

 洛陽遷都で洛陽の民衆の移動を指揮した事や、董卓軍の後方の一手に担っていた事、元々、荒廃地域の復興を担っていた太守であった事、三公の業務を兼任するなどの数々の経験によって万規模の人間の統率や補給に関して劉表に敵う者は大陸に居ない。軍の指揮はともかく、人を目的地に持っていく能力については曹操を含めても敵わない。

 

 三国志にて諸葛亮や司馬懿が将軍として一流の能力を示す事が出来たのも、後方幕僚としての経験を通じて大軍の指揮のやり方を学べた事が大きい。これは代々、将軍を育成する為の方法であり、後方幕僚としての経験を誰よりも積んでいる劉表の長所である。

 

 その長所を河川が帳消しにしてくれる事も曹操軍が河川沿いの進軍を進める根拠となる。

 

 曹操としては、ただ最短経路であることが最も大きな理由であったが。

 

 会戦をするなら河川のない地域で、大軍指揮の経験に乏しい弱点をついた方が劉表軍にとって優位だ。それでも、諸葛亮と鳳統が河川沿いでの決戦を望んだのは理由があった。

 

「敵左翼を迅速に破壊し、河川を利用する事で敵軍を包囲状態に持ち込みます」

 

 同数での包囲殲滅戦を行う為にこの地を選んだと鳳統は告げる。

 

 敵対する戦力が自軍と同程度で圧勝するには、包囲する事で敵に遊兵を作らせる必要がある。右翼に戦力を集中させる事で敵左翼を撃破。その後、敵本隊を右翼から押し込んでいく事で実質的に三方包囲の形を作る。

 

 一様な戦力配置で精鋭揃いの曹操軍の左翼を破壊する事は困難である。それゆえの戦力の一点集中によって部分的な勝利を得て、それを戦局全体への勝利へ傾けるようにする作戦。

 

「ですが、あちらの軍師の方が極端に片翼に兵力を偏らせた陣を見れば直ぐに見破り、兵を一度下げ、左右の戦力比率を調整してきます」

 

 最低限の戦力のみを配置し、右翼を極端に厚くすれば警戒され、対策される。それを防ぐ為には策を弄した。

 

「なので、兵科を偏らせる事で、右翼を固める形で持ち込みたいと思います」

 

 鳳統は目の前の盤上の兵科を右翼に張遼の騎兵と連弩兵、弩兵で固めた。中央と左翼は歩兵が中心に組まれている。

 

「連弩兵と騎兵を右翼に偏らせるのか?」

 

 劉表は余りに極端な兵科配置に疑問を投げかけ、それに諸葛亮が答える。

 

「あの孫策軍を正面から破った事から、大陸でも五指に入る練度である事は間違いありません。その軍を打ち破るには瞬間火力で圧倒し、速攻で勝負を付けなければなりません。会戦は大凡、二の傾向に分ける事が出来き、最初から方針を確立し、一挙に迅速に決戦を求める方法と、先ず敵の兵力を減らす事を努力し、機を見て決戦を行う方法で、曹操さんに戦場での読み合いで私達は勝てません。曹操さんが動く前に決着をつけます」

 

 諸葛亮と鳳統は自分が黄巾の乱の前から活躍して経験を積んでいる曹操には戦場での読み合いでは敵わないと見ていた。その為にフリードリヒ大王などの好んだ決戦主義的戦術理論を多用していた。

 

 鳳統は盤上の駒を動かしながら説明する。

 

「この方法の長所は、短期決戦を始めから想定しているため、火力の出し惜しみをせず、予備を含めた全火力を前面に展開し、矢の残存数を考えずに発射できる事です。同数の敵でも火力はこちらの方が上になります。三日の会戦を予定しているなら、その三分の一しか使えません。しかし、始めから一日の会戦と分っているのであれば、その一日に全力を出せる分だけ有利というだけなのですが、大軍の指揮ではその分の軌道修正に時間がかかり、効果は大きくなる。そこを狙います」

 

 左翼部隊はあくまで敵右翼の攻撃を支えるのに終始して、前進せず、敵の右翼を牽制して時間を稼ぐ事。そしてその間に右翼の弩兵が敵の陣を崩すと共に張遼率いる騎兵を前進させる。矢を撃ち尽くす勢いで騎兵の突撃を火力支援する事で敵左翼部隊を破壊する旨を加えて劉表に伝える。

 

 敵左翼を突破し、弩兵はそのまま、前方部隊に横から攻撃を加え、騎兵は後方に控えた曹操率いる本軍めがけて突撃。そのまま西側に敵歩兵を圧迫し、洮水に追い落としていく。コの字の形に布陣が変化させていく事で三方包囲に持ち込む。

 

 そうなってしまえば、敵右翼を率いるであろう夏侯淵か夏候惇は身動きが取れなくなり、遊兵化し、前方の大多数の軍もまともに機能しなくなるだろう。張遼がそのまま曹操を討ち取る事ができれば一気に曹操軍を吸収し、大勢力化できる。

 

 中央に戦力を集中させる事もできるが、それでは孫策の二の舞になる可能性が高いと見た諸葛亮と鳳統は片翼に戦力を集中させる事を提案する。

 

 そもそも、孫策が包囲、殲滅された背景には孫策軍の中核を担っていた赤備え兵を悉く討ち取られていた為、中央の突破力が著しく鈍っていた事も原因にあるのだが、それでも曹操自身の武勇もあるため、張遼の突破力を頼りにした中央突破は避けた形だ。

 

 これは正答であった。中央にはまだ知られていないが武勇に長ける許緒や典韋が居り、張遼でも二人に加え、曹操を相手にして瞬殺する事が出来ない以上、張遼が討ち取られていただろう。しかし、混戦に持ち込む形ならば勝機はある。

 

 劉表が戦略的にも戦術的にも勝利を得られる唯一の方法とも言えた。

 

 劉表は二人の説明に頷く。

 

「ならば良し。洛水に沿う形で進軍。のちに包囲殲滅戦にて曹操を討ち取る!」

 

 こうして両者の思惑もあり、宛と新野を挟む地にて、両軍は遭対した。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 両軍が向かい合う。

 

 それと同時に右翼の火力部隊である弩兵と連弩兵が前進し、その後方に隠すように張遼率いる騎兵部隊が続く。

 

 諸葛亮は緊張の面持ちで、兵を進める事を進言する。

 

(この時の為に準備してきた。勝たなきゃ!絶対)

 

 この作戦に必要な弩製造の為に劉表は多くの政治改革をしていた。その傍にずっと居たのが諸葛亮だ。

 

 まずは司法の改革である。罪人の審判基準を明確化し、罪無き者を罰した場合に対しての罰を求めた。これは始めは大反対を受けた。

 

 自分が罰せられるのも嫌だが、それ以上に自分の給料である粟や米が脱穀しないで支払われるのではないかと恐れたためだ。

 

 この時代の脱穀方法は全て人力で、二人一組をつくり、杵で臼の中の籾もみを突く。

 

 非効率的なそれゆえに人海戦術が必要になる。その労働力に一般民衆を使えば怨嗟の声が挙がる事は間違い無い。しかし、微罪で罪人を作ってしまい、その罪人に刑罰として脱穀作業を押し付ける事ができる。必要に応じて、自分たちの給与である粟や米を脱穀させる事は常識である。微罪の罪を作る事で役人は脱穀した穀物を得られる。

 

 脱穀していない穀物を脱穀させる人を雇う事になれば減給に等しい。特に下級官吏が大反対する事は間違いない。

 

 劉表は、それを脱穀機を使う事で解決させた。

 

 千歯こきや千石通しと命名されたそれは、今まで非効率だった脱穀を容易にした。それによって、脱穀する人数が足りなくなるたびに微罪によって捕まる者を減らしつつ、足りなく袁術から奪った貨幣鋳造施設と職人を使って作った貨幣を給料として渡すような仕組みを作った。新貨幣の流通を促進しつつ、微罪で捕まる者を減らす。そして、今まで自分の家庭で作った穀物を脱穀する作業をしていた者に、弩の製造をする仕事を作ったのだ。

 

 

 弩は政府管理の武器として厳格に管理されており許可無き保有は罰せられ、その製造・整備は政府直轄の工房で行われており、その製造には高度な技術が必要だったが、劉表は元々、董卓政権における宰相であり、三公であった。その仕組みについては熟知している。

 

 部品の規格化により、製造、修理を簡便化させており、作る部品を地域によって振り分ける事によって窃盗や機密漏洩のリスクを大きく減らし、単純作業にする事によって生産性を飛躍的に上げていた。

 

 新貨幣の流通を促進しつつ、弩の製造量を増やし、微罪を作られ罪人にされる人を減らす。その他にも多くの政治面での改革を進めてきた結果、出来る作戦だ。

 

 戦争に勝つ為に庶民に重税や苦しい労役を敷いてはならない。

 

 そんな理想論だと馬鹿にされていたそれを成し遂げて今があるのだ。負けられない。負けてはならない。そんな理想を実現させていくためにも。

 

(勝つ。絶対に。自らの栄達の為に乱世を引き起こした人たちには絶対に負けない!負けられない!)

 

 諸葛亮と鳳統は反董卓連合の経緯を劉表から知らされている。董卓は清流と呼ばれる人士を採用し、自分の身内には一切高い官位を与えなかった事も聞いている。袁隗に政治を任せ、自分は軍事面の改革に終始していたことも。袁紹が裏切った後も、戦乱後、自分が政治の世界から引くと宣言し、その後継者として司馬朗を育成して、そして裏切られた事も。引き立てた人物たちが裏切り、暗殺しようとしていたことも。

 

 その身の破綻である。裏切りに裏切りを重ねられ、何もかもが上手くいかなくなり、坂道を下るように落ちて行ったのが董卓であった。

 

 清廉だった。自分の栄達など考えていない。そんな人物たちを裏切ったのだ。官位も与えられ、太守などの高官すらも与えられてなお、満足できず、さらなる栄華を望んだ。目の前の曹操や先に戦った孫策。そして首魁である袁紹は。

 

 自分の栄達の為に数百万人、数千万人を殺すような策を実行した人物を諸葛亮は許す事が出来なかった。

 

 絶対に勝つ。そんな意気込みを込めた計略。

 

 しかし、幾ら高潔な心を持とうとも、強者が踏みつぶすのが戦場であった。

 

 劉表軍右翼を進め、通常ではありえないような圧で降り注ぐ矢を見て曹操は呟く。

 

「あら、奇遇ね。こちらと同じ手を打ってくるなんて」

 

 曹操軍も劉表軍と同じ策をとっており、曹操は左翼に兵力を集中させていた。

 

 夏侯淵、夏候惇、楽進、于禁、李典等が曹操軍の左翼に配置されている。劉表が兵科による戦力の集中を図ったのに対して、曹操は将と練度を偏らせたのだ。

 

「では、知略合戦は終わり。なら、ここからは互いの剣比べの時間よ。曹純に敵弩兵を蹂躙するように伝えなさい。虎豹騎を先頭に敵右翼を突破する!」

 

 曹操の号令が戦場に響いた。

 

 




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■洛水(河)
◆劉表軍
◇曹操軍

凄い分りにくいですが、大体こんな感じ。劉表軍は斜行陣を敷き、片翼に連弩兵や張遼の騎兵隊を置くことで、敵左翼を早期撃破し、曹操率いる本隊を攻撃して、洛水側に押し込むことで、実質的な三方面包囲した状態を作ろうして……曹操側も同じことしようとしてきた為、戦局が拮抗していまい、さらに曹操は切り札をきってきました。



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25話 互いの秘策

 戦場では矢が雨のように降り注いでいた

 

 劉表軍の右翼と曹操軍の左翼は共に弩兵を主にした編成をしており互いに早期での決着を狙い、出し惜しむ事なく弩を射る。互いに六石弩と呼ばれる弓の射程の四倍の矢の応酬である。

 

 もし歩兵がそこに踏み込めば多大な被害が出るだろう。

 

 だが、互いに弩兵を主にした部隊。矢を打ち終わるまで消耗戦になり、戦況は停滞するだろうと夏侯淵は思った。しかし、それを鳳統の策は覆す。

 

「次、張弩兵の方に斉射の命令を」

 

 鳳統は弩兵を率いる文聘に進言し、文聘は頷き、斉射の合図である太鼓を鳴らす様に命令を出した。

 

 鳳統の策とは、弩兵の二列縦隊の輪番打ち

 

 前面に「発弩兵」と呼ばれる兵を並べ、その後方二列に並ぶ「張弩兵」を置く。その後ろに「鼓」が居り、太鼓の合図で弩を交互に撃たせる。

 

 輪番打ちは、北方の獅子王と呼ばれたグスタフ=アドルフが好んだ戦術であり、当時マウリッツによって一世を風靡したカウンターマーチにはない長所があった。その長所とは、銃を撃ちながら前進できること。

 

 銃と弩の違いはあれども、この戦術によって弩を撃ちながら前進する事が可能になった。

 

 鳳統の場合、即席軍でも撃つタイミングを合わせる為に太鼓を使って斉射の合図とした。

 

「そちらも同じ手段を取るのも想定の範囲内です。でも、弩兵の輪番打ちによる面制圧をしながらの前進ならば、練度や将の質を補う事ができます」

 

 それは先の戦いで証明している。孫策でも弩の雨の前では逃げるしかなかった。周泰も十字砲火による面制圧で軽傷とはいえ傷を負わせ、撤退させることに成功した。

 

 面制圧は圧倒的な武勇を誇る者にも有効という経験をした鳳統が来たるべき時の為に用意した秘策である。

 

 弩の弱点は装填の時間が掛り過ぎる事である。約280メートルという射程を持ちながら、馬が突撃してくると、二射目を放つ事が出来ない。

 

 そんな弱点を補いつつ、弾幕を張り続け、さらに前進する事が出来る劉表軍の弩部隊に曹操軍の弩兵が押し込まれていく。

 

 本来であれば八世紀以降に誕生した戦術である。何がどうなっているのか?それを理解出来る者は曹操軍には居ない。弾幕を張り続ける劉表軍に曹操軍の左翼は崩れ始める。

 

 劉表の領土の荊州は旧楚の地域であり、銅山資源が豊富な為、弩の鏃に青銅を使う事が出来た。兵数はともかく、連戦を続けてきた曹操軍よりも物資が豊かであり、本拠地が近い為に補給が届きやすい。

 

 夏侯淵の補給部隊を潰したことも大きい。食料を焼き払う事で士気を下げ、籠城戦をする為の物資を失わせた。長期戦という選択肢が取れない様にしたのだ。

 

 鳳統はこの新戦術に自信を持っていた。

 

 曹操軍の弩兵を破り、曹操軍の左翼を潰走させる。その瞬間は目の前である。弩兵を指揮していた夏侯淵も有効な対応策を思いつく事は出来ておらず、混乱を収めることに終始している。

 

 劉表軍の弩兵が進むごとに、その混乱は大きくなっていく。

 

 その時だった。甲冑を着た騎兵が表れたのは。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「太平御覧」に引く「魏武軍策令」にあるものが登場する。それは馬鎧。

 

 

 曹操は、幽州騎兵を破った袁紹の強弩部隊を警戒し、それに対抗する為の兵科を模索した。その答えこそが重装騎兵。馬に鎧を纏わせての突撃はテルシオの登場まで一世を風靡し、百年戦争まで戦争の中心になる。

 

 そのテルシオも、一度崩されれば重装騎兵の餌食となる。重装騎兵の価値が暴落していくのは、鉄砲の存在と、それを生かした戦術が確立されてからの事になる。それは遥か千年以上先の話である。

 

 正面決戦において、この時代最高峰の兵科。それを曹操は勝負所に使う戦力として運用しており、その部隊を虎彪騎と名付け、切り札として運用していた。

 

 その虎彪騎が、劉表軍の右翼の弩兵部隊に向かって突撃してくる。

 

 雨のように降り注ぐ中を突進し、そして駆け抜けてくる騎馬部隊がある。そんな報告を受けた鳳統はある部隊の斉射準備をさせる。

 

「連弩隊に伝達!一斉射にて敵騎兵の前に弾幕を!」

 

 連弩は約60メートルと射程こそ短いものの、一度に十の矢を射る事が出来る。矢の雨を降らし、それでもなお接近する部隊を突き放す為に組織された連弩兵。

 

 だが、それは悪手だった。

 

「えっ!」

 

 金属が金属を弾く音が戦場に鳴る。

 

 連弩の弱点は、その威力が低い事。鉄の鎧を貫通する威力は無い。中世ヨーロッパで弩の運用が少ないのも、この重装騎兵の存在が大きい。鎧を貫くような威力にすると、矢を射るまでの時間が比例して上がり、その部隊は騎兵に特化させた常備兵にならざるを得ない。そして、この時代にはそれだけの威力を持つ弩が作れない。

 

 前漢では騎兵相手に使っても効果がないと言われた弩を、対騎兵部隊に必須の武器に押し上げた六石弩すら、三十年前に生まれたばかりなのだ。

 

 対騎馬民族なら過剰火力になるようなものを漢王朝が作る理由すらもなかった。曹操の部隊は漢民族の部隊に特化した戦力である。それに対する部隊など存在しない。

 

 馬鎧を纏った虎彪騎に対応する策は鳳統の率いる部隊に存在しない。馬鎧を貫くような弩を開発するか、パイクのような対重装騎兵用の槍を作るか、重装騎兵を運用させない地形で戦うなどが重装騎兵の代表的な対策として上がるが、それを戦場で行うことなど出来ない。

 

 虎彪騎は瞬く間に、劉表軍の右翼にて猛威を振るっていた弩兵部隊を崩した。武名高い武将が居ない劉表軍の弩兵は立て直しを図る事も出来ず、ばらばらに潰走していく。

 

 劉表軍の戦略が破綻した瞬間だった。

 

▽▲▽▲▽▲

 

 前方の弩兵部隊が潰走していくのを見て、張遼はその支援に向かう。

 

「ちぃ!なんや、あの部隊は!」

 

 重装騎兵は、皇帝の近衛のごくわずかに控えるだけだった。あくまでも式典用のものであり、部隊で運用することなどなかった。騎馬民族に、そんなものをぶつけても無駄で、華南の異民族には使えない。

 

 対漢民族特化の部隊を用意してきた曹操に、張遼は戦慄を隠せないでいた。

 

「華中であれだけの重装騎兵が集められる……何か種があるんやろな!くそっ」

 

 愚痴を溢しつつも張遼は、曹操の重装騎兵の弱点を見抜き、軍に正面から受け止めないように指揮をした。あの重装備では突撃以外では留まっての防御は不得手だろうという事。もし包囲されれば下馬戦闘に徹するしかなくなることを見抜いた。

 

 突撃をいなして側面から崩せば勝機はある。

 

 曹操は重装騎兵を用意した。しかし、兵士たちの練度はそれほど高い様に見えない。騎兵の兵士は熟練の専門職である。それを北方の者以外が運用しているのは驚嘆に値するが、張遼からしてみればまだまだ未熟な面がみえる。

 

 張遼は自ら指揮する騎兵をV字に部隊を受け止める態勢を築こうとすると、劉表本軍から、精鋭の槍兵がフォローに周ってくるのを見て、とっさにV字の先端部分を任せた。

 

「さっすが!動きがはやいな!」

 

 騎馬は先が尖っているものをみると怯える習性がある。曹操が馬に対して調教する時間も技術もないとみた。ならば槍部隊を揃え、槍を突きだす事によって突撃を食い止められる。

 

 その思惑は当たる。虎彪騎の部隊は、槍兵が前面に出て、槍を突きだしているとみると足が止まった。それを側面から崩していく。

 

 対騎馬民族の経験に長けた張遼の指揮で戦況を立て直したものの、曹操軍の後方部隊も黙っていない。

 

 精鋭の歩兵部隊が迫ってくると、V字の形を崩されてしまい、虎彪騎をその隙に逃がしてしまう。弱点も多い虎の子部隊だったが、これから練度を積まれればどんな凶悪な部隊になるのか分らない為、討ち取っておきたかった張遼は舌打ちをする。

 

 右翼は完全な混戦に陥っていた。

 

 曹操軍の左翼の弩部隊はつい先程まで崩壊寸前までいっていた。それを立て直す為に、夏侯淵は動けない、しかし、立て直されれば一気に持って行かれる。鳳統も立て直そうとしているが、あそこまで崩されれば難しいだろう。これは将としての経験が生きるものだ。出来たとしても夏侯淵の方が早いだろう。その前に、左翼の指揮官を殺して敵の士気を削らなければならないと張遼は踏んだ。

 

「ったく、敵の指揮官はどこや!ウチはここに居るで!!怯えとらんで出て来い!」

 

 華雄のような馬鹿なら出てくるだろうが、それはないだろうと思った張遼だったが、試しとばかりに声を張り上げる。

 

 すると、大声を張り上げる者が居た。

 

「張遼!!!!!」

 

 夏候惇だった。反董卓連合で片目を潰したことによって、眼帯を付けていたが、その姿には見覚えがある。

 

 かつての強敵が安い挑発に乗ってしまった残念さと、機に喜ぶ気持ちが合わさり、張遼は微妙な気持ちになる。

 

「おったわ。馬鹿」

 

 しかし、夏候惇が相手ならば、他の将の相手は出来ない。他の将は止められないだろうとも同時に思う。騎兵は突破力や機動力はあっても防衛には向いていないのだ。

 

「ウチが夏候惇を討ち取るのが早いか、敵さんが劉表を討ち取るのが早いか……勝負やな」

 

 張遼は飛龍偃月刀を強く握りしめた。

 








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26話 一騎打ち

 

 曹操軍左翼と劉表軍右翼は互いの秘策によって崩れ、混戦状態に陥っていた。

 

 そんな最中、二人の将が刀と刀を交じり合わせ、ガチガチと金属同士が擦れる音を出しながら獰猛な笑みを浮かべあう。

 

 夏候惇と張遼の二人は戦場にて互いを目視するやいなや距離を詰めると即座に殺し合いを開始し、幾度も常人には決して到達する事の出来ぬような超技を繰り返す。そして、ついには鍔迫り合いになった。

 

「待ちかねたぞ!張遼!この目の礼をしてやろう!」

 

 夏候惇は張遼に怒号を飛ばす。張遼はそれを挑発で返す。

 

「はっ!負け犬が吠えとるわ!何度やってもウチの方が強い事には変わらんで!」

 

「貴様~~!!!」

 

 激怒した夏候惇は七星餓狼を振りかぶり、轟音を立てつつ空気を切り裂いた。

 

 激情に駆られてもなお、歪みない太刀筋に、これ以上の挑発は無意味かと張遼は口を紡ぎ、迫りくる剛剣のいなし、躱していく。

 

(片目を失った事で弱くなっとるかと思ったけど……)

 

 剛剣の合間をぬって首や胴、額、意表をつく形で放ったものも、死角を狙った斬撃も打ち払われる。それどころか引き戻しの狙った一撃が首の皮膚を掠めると稲妻が走ったかのような痺れを感じた。

 

「簡単にはいかんな!」

 

 張遼は獰猛な笑みを深め、飛龍偃月刀を夏候惇の顔面目掛けて突き刺す。

 

「ぐっ!」

 

 夏候惇は鋭い突きに反応し、弾いた。だが、それこそが張遼の狙いだった。

 

「こっちが本命や!」

 

 張遼は跳ね返った勢いを利用し、刀を反転させ、そのまま強打する。かろうじて防御が間に合うも、不安定な体勢で受けたことで身体が流れる。

 

 そこを張遼が狙わないわけがない。

 

「でりゃぁぁぁ!!!」

 

 敵の命を断つ為に訓練を重ねた渾身の一撃。だが……

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 それを夏候惇は振りかぶった刀で張遼渾身の一撃を地面に押しつける。張遼は驚くと共に、次の攻撃に備えて後方へ跳んだ。

 

 互いに手札を晒しあい、敵の力量を再認識する。じりじりと距離を詰め、緊張と思考の時間を経て、再度、命の取り合いを始める。

 

 二度、三度、五度、十度……

 

 幾度も繰り返された金属の交錯音と共に、互いの腕には鈍い痛みが蓄積されるも、そんなことを構わず、刀を振り抜く。

 

 一拍の間に何度も行き交い、交錯し、弾く。一度の駆け引きをするたびに一刻戦ったと感じるような濃密さを互いに感じ合い、はぁはぁと息を切らす。

 

 張遼がちらりと横を見ると、劉表軍本隊へ向かう三つの旗が見える。

 

(曹操のところの三羽烏とか呼ばれとる奴等か!くそ!さっさと片つけんと……)

 

「よそ見とは余裕だな!張遼!」

 

 夏候惇が張遼目掛けて刀を振り抜く。

 

「ちっ!」

 

 張遼はそれをいなすと猛攻を躱し距離を取り、そして、夏候惇目掛けて刀を振った。

 

 再度、二振りの名刀が火花を散らし、互いの命を狙う。

 

 まさに天上の戦い。

 

 天に愛されたかのような才能を持ちながらも研磨を怠らず、敵を殺す術を極限にまで高めた二人の戦いは常人の入る余地すらも無かった。

 

(すまんな、劉表。やっぱ簡単にはいかん。それどころか心配する余裕もなさそうや)

 

 張遼は心の中で劉表に詫びると、頭の中を目の前の敵を討ち取る事のみに絞り、夏候惇に向かって疾走した。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「駄目です!右翼崩れます!」

 

 諸葛亮の悲鳴のような声が陣に響く。

 

「敵左翼の方が立て直すのが早いか……このまま、右翼から包囲されれば、左翼が押されるように河へ押され、溺死の未来しかないな。朱里、なにか策はあるか?」

 

 劉表の問いかけに諸葛亮は首を横に振る。

 

 ここまで片翼が崩れてしまえば出来る手段は限られている。立て直す策は無い。

 

 そうか、と呟くと劉表の判断は早かった。

 

「撤退する。中央の右翼寄りの軍を引き離し、左翼、中央軍の右翼よりを優先に撤退。その間、中央の右翼寄りの軍は敵左翼及び、敵中央軍を抑えた後に新野城へ引く!蔡瑁に伝えよ!ここから攻城戦を仕掛けてくるだろう。先に新野に入った後、迎撃の準備を怠るなと」

 

 言葉を発すると共に、劉表は中央の右翼に対して指示を飛ばす。そんな様子の劉表に諸葛亮は制止しようとする。

 

「劉表さん!殿の部隊の指揮を自ら取るおつもりですか!?」

 

「無論。今、ここで部隊を指揮できるのは私だけだ。私は朱里のように軍略に優れた才能は無いが、人を統率することは君よりも遥かに経験している。今、この状態で大将である私が逃げれば、軍全体が混乱し、全滅する」

 

 劉表軍は所詮寄せ集めの集団だ。漢王朝で官位を持っていた者、名の知れた武人等を集め、指揮させてこそいるが、従軍経験の豊富な者が少なすぎた。大将である劉表の知名度と名声によって統率できているが、劉表が居なければ崩壊してしまう。

 

 劉表が逃走すれば楔が無くなり、軍の士気は崩壊するだろう。ここで生き延びても先が無い。曹操以上に君主に依存している組織が劉表軍だ。

 

 ならばこそ、劉表はここで最も危険な場所に居なければならない。それを乗り越え、兵士に絶対に見捨てないと信じこませなければいけないのだ。

 

「……っ、ですが、あまりに危険です」

 

「危険を乗り越えずして曹操と戦う事は出来ないだろう。曹操は本物の軍略の天才。士気の落ちた軍などあっという間に滅ぼされる。まだ曹操本軍が動かぬ内になんとかしなければならない。朱里、敵は三羽烏などと呼ばれる者達で、強敵だが夏候姉妹には一歩も二歩も劣る。一人でいい、討ち取れば時間が稼げる」

 

 劉表は腰にかけていた百錬鋼の剣を抜く。

 

 敵は自らの武勇の程を知っている。ならば、最も強力な手である武力の強い武将による首狩り戦術を行う。劉表が剣を抜いたという事はそれに備えた事に他ならない。

 

 つまりは、「突っ込ませろ。敵将の相手は自分がする」と言っているのだ。

 

 主君の覚悟を知り、これを認めないわけにはいかない。諸葛亮は感情を抑え、理性を働かせ、その頭脳をもって敵将を討ち取る手を考える。

 

「わかりました!敵将達の身体能力は他を隔絶しています。下手に兵を固めても無意味、ならば、鶴翼の陣を敷き、敵を双撃します」

 

 古来より、天然道士などと呼ばれる者が居り、異常な身体能力を持つ者が居たとされる。はるか昔の殷の時代から仙人についての記述は消えうせたが、異常な身体能力を持つ者は少ないが発見されていた。時代を経るごとにその能力は落ちていったが、それでも常人と比べるのがおこがましいだけの差がある。

 

 曹操や孫策もその一人として知られており、曹操が恐れられるのも、天然道士としての能力と、天然道士を集め、将として運用している事が大きい。天然道士には常人では勝てない。万規模の戦いであれば凡百の将になってしまうが、少数での自らが最前線にたった時の突破力は、名将と呼ばれる知恵者よりも上だ。

 

 募兵で集められた兵士の士気を砕く事は容易い。まだまだ、迷信が信じられた時代である。常人の遥か上を行く将が最前線に立てば恐れるし、味方にそんな者が居れば士気は瞬く間に上がる。

 

 これを敵が狙わないわけが無い。

 

 敵将が最前線に立つなら、長蛇の陣になる。将を抑え、突破を阻み、横から崩せばいい。それには鶴翼の陣が最適であると諸葛亮は考える。

 

(機会は一瞬。逃せば一方的に敗れるかもしれない。それ以前に、敵将の突破を止めなければならない。でも、どうやって、いや、ここは劉表さんを信じるしかない)

 

「鶴翼の陣を敷け!敵将を挟み込むぞ!」

 

 劉表の号令に軍は陣を組み、崩れた右翼から流れ込むように敵がやってきた。もう引けない。引くことが出来ない状況に変化していく。

 

 三つの旗の一つが劉表を目掛けて猛烈な勢いで突き進む。旗は「楽」。三羽烏で最も武闘派と呼ばれる楽進の部隊だった。

 



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27話 深紅の牙門旗

 重装騎兵は前漢に生まれたとされている。

 

 前漢の文帝より信任を得て、匈奴対策を立案していた晁錯は「匈奴の武具よりも漢の武具の方が遥かに高い」と述べており、実際、漢人の兵士一人で五人の胡兵と戦えるほどの差があったとされている。

 

 当時、漢では既に高炉が発明されていた。欧州で1300年後に生まれる発明によって大量の良質な鉄を手にしていた漢王朝は鉄の武器、鉄の防具を量産することを可能にしており、世界最高の装備をした軍団が誕生していた。

 

 当時の匈奴は独自に鉄を作っていた記録こそあるが普及していなかった。もしくは、作れる数は少なかったのかもしれない。武器に動物の骨を使っていたという事もあったという。

 

 そんな装備では鉄製の武器、防具を持った漢の兵士に正面で勝つことができず、平原では漢軍が優位であると断言されるほどの差ができるのも必然であった。

 

 ゆえに当時の騎馬民族は軽騎による攪乱戦法を取り、漢軍との正面での決戦を避け、敵の側面や背後を取る戦術に長けるようになっていった。武帝によって騎兵の練度が飛躍的に上がり、さらに鉄製武具を手にした事によって一大軍事国家となったのが前漢という国であった。

 

 そんな時である。精強な騎兵と質の高い武具を組み合わせれば……と考えついた者が現れたのは。騎馬民族の貿易地である上谷郡と、華北最大の鉄生産地であった漁陽郡が近くにあった事は運命だったのかもしれない。

 

 こうして、漢王朝に鉄製装備を纏った精強な騎兵が生まれた。その騎兵部隊は預言書にて、天下を治める者と書かれた青年と出会う。その青年の名を劉秀。

 

 その部隊は、漢王朝を再興し、後漢という国家を作り上げる男の覇道を支えていく事になる。

 

 異民族の部隊でありながら漢王朝の武具を持つ異色の部隊の名を烏桓突騎といった。

 

▽▲▽▲▽▲

 

「光武帝を天下統一に導いた烏桓突騎。その天下の精鋭を率いた公孫賛も袁紹に、いや、貴女の計略に敗れた。かつての栄光を掻き消すような無様な姿で。将は一流、指揮が悪かったわけでもない。その理由はわかるかしら?」

 

 曹操は荀彧に問うと、荀彧は答えた。

 

「弩の技術の向上ですね」

 

「ええ。かつて、烏桓突騎が最強と言われた時代の弩兵の標準装備は三石弩。鉤牙・懸刀・牛の部分が弩本体に取り付けられていたのを銅郭に組み込んだ事によって高い強度を持つようになり、六石弩へと変化した」

 

 後漢では、烏桓突騎のように騎馬民族が突騎によって攻撃することが珍しくなくなっていく。その原因として、騎馬民族は漢民族と手を組み、鉄の装備を自らも手に入れる事が出来る様になった為というのがある。

 

 騎馬は弱い弩の矢では怯まず突っ込む事ができた。そして後漢は一部を除いては常備軍を解体し、募兵を主にしていた。その為、戦いなれていない者は迫りくる馬というものに恐怖し、逃げてしまい、突騎が大きな効果を生むようになる。これは桓帝の時代まで続く。

 

「桓帝の時代に強弩による突騎対策が作られると、漢王朝は拡大政策に入る。半農の文化を持つ羌族は居住地域を他の部族と違って動かせないから狙われたわ。記録では十万の死体をつくりだすまで効力を発揮したそうよ」

 

 桓帝の桓は領土を拡大した皇帝に与えられるものであり、それを成す原動力になったのが強弩兵であった。公孫賛の敗北は、その強弩兵対策と警戒が甘かった事にある。それはある意味仕方のないことでもあった。味方である漢民族の戦術と戦う事など、公孫賛は想定していなかったし、したくもなかった。

 

 それゆえに負けた。だからこそ曹操は考えなければならなかった。次の手を。

 

「だから、馬鎧を付けた部隊の運用を考えたのよ。新たな技術には新たな技術で対抗しなければならない。同じ手を打っていれば、国力で劣る勢力が負けるだけ」

 

 後漢初期にある人物がいた。南陽県の県令に任命された杜詩。杜詩は爆風炉を発明した。これは簡単に言えば、水力を動力とした自動のふいご装置。彼を皮切りに後漢の鍛鉄技術は大きく向上していく。

 

 欧州の産業革命前に匹敵する製鉄技術、発明もあって武器にも変化が表れていく。鉄の精度が低く細身の武器が作れなかった為、重さで叩き斬るような戟や刀などの武器が主流だったが、細身の武器が武器足りえる様になるほど、鍛鉄技術はさらに上がっていた。

 

 正確には、高温によって炭素を焼き切り、炭素濃度が極端に低くなると鋼と呼ばれる物質になる為、鋼の装備と言っていい。この頃になってようやく、槍が戦場で直ぐに壊れないような武器に変化した結果、三国志で諸葛亮の槍部隊の創設に繋がっていく事になる。後漢はそれほど大きな変化が起こった時代でもあった。

 

 高い強度を誇るようになった鋼の武器や防具を活用すれば、強弩兵に対抗できる。その結果は目の前に効力を発揮した。

 

 しかし、この戦いで多くの弱点を見つけたのも事実だった。

 

「やはり、相当の練度がなければ突撃という点でしか使えないのは痛いわね。いや、あれは張遼の指揮がさすがというべきかしら」

 

 あんなに簡単に殲滅されそうになっては厳しいと曹操は思う。そこに捕捉するように荀彧が言葉を発した。

 

「あとは、軍事費の問題です。今回は黒山賊から奪った馬を運用していますが、華中地域では、馬を集めるには買うしかなく、現在、維持は袁紹からの支援に依存しています。并州は石炭が豊富で、鉄の生産地である漁陽郡に近い事から作り上げる事ができましたが、数を増やすには相当な資金を投入しなくてはいけません」

 

「……そうね。これから独立すれば、いえ、力が増すようになればこちらの軍事力を削ぐ為に支援なんて無くなる。運用は難しく、維持費は膨大。それでも、袁紹と戦う為には必要になる」

 

 鉄を多く手に入れられたのは公孫賛の状況によるものが大きい。曹操は、袁紹に敗れた後の公孫賛に接触し、「時期が来たら袁紹に対して蜂起する」と言い、支援を望んだ。公孫賛としては袁紹が背後に敵を作ってくれれば、その隙に軍を立て直す事が出来ると踏み、承諾した。

 

 曹操は、袁紹の金と軍で黒山賊を討伐し、その戦利品である馬や武器で騎兵を組織し、それを公孫賛から受け取った鉄の武器で武装化し、それを袁紹の金で維持していた。騎兵に拘ったのは、歩兵は張三姉妹を使えば、上質の歩兵を手に入れることができるという打算から。

 

 実際に、それは現実となった。漢王朝の武具を奪い、経験を積んだ大陸でも五指に入る精鋭軍団を手に入れた曹操は一大勢力だ。足りない国力に目を瞑ればだが。

 

 だが、これから独立するのであれば、鉄資源に加えて馬の調達、飼葉なども自分で手に入れる必要がある。そう考えると頭痛がするのを感じていた。黄巾残党である青州黄巾ですら手に余っている。ならば軍事力を生かして領土を拡大していくしかない。

 

 まるで自転車操業のようなやり方。止まれば自分の軍隊の大きさにつぶされる。反董卓連合での敗北によって曹操は軍事力の基盤を失った。軍は離散し、袁紹から与えられた官位によってようやく拠点を手に入れられた。

 

 このまま袁紹に従っていれば天下統一は目の前だろう。乱世も早期に終わる。こんな不安定な状況を心配する必要もなくなる。それでも、曹操は満足出来なかった。袁紹の天下を認められなかった。自分が頂点に立ちたかった。

 

「さて、欲しかった騎兵指揮官も手に入りそうだし、南陽を得れば足りなかった国力も補える。さあ、天下の趨勢はこの一戦にあると知りなさい!天下取りに行くわよ!」

 

 曹操は戦場で吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

「曹操様!」

 

 曹操の陣に雪崩れ込むように指揮官の一人が駆け込んできた。ひゅーひゅーと息を漏らしている。曹操は水を渡すように部下に指示をだし、指揮官はその水を駆けこむように流し込むと、顔を青くしながら、報告をあげた。

 

「我が軍の後方に万の敵影あり!こちらに向けて進撃してきています。宛の曹仁様が妨害の為に兵を向かわせましたが一蹴されました」

 

 その報告を聞くと荀彧が怒鳴る。

 

「なっ!そんな軍、どこから来たのよ!北は袁紹が居るはずよ。そこを抜けてきたっていうの?まさか袁紹がこっちを裏切ったっていうの!?」

 

 まだ、袁紹は味方だ。袁術は倒し、後方に敵は居ない。だからこそ、劉表征伐に力を注ぎ、宛の防衛は最小限で済ませた。そんな万の軍を率いた軍などどこから沸いて出てきたというのか。

 

 いきなり、敵が現れたという報に混乱する。そんな中、曹操は駆け込んできた指揮官に問う。

 

「旗は?」

 

「真紅の呂旗……おそらくは呂布軍かと思われます。そして、先行する部隊とは別に、北部から宛に向けて接近する軍もあります」

 

 その言葉に曹操の周辺は唖然とし、曹操は先ほどまでの余裕の表情を崩した。

 

「……まさか、読まれていたというの?ならばこの戦いそのものが囮!?」

 

 問いかけに答える者は居ない。分っているのは、こちらに向けて呂布軍が迫ってきており、宛にも大軍が迫ってきているという情報がある。それだけだった。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

 

「ったく、相変わらずあいつは放っておくと勝手に死にそうで困るです」

 

 緑色の髪の少女はため息をつきながら呟いた。その少女の頭を赤い髪をした少女が撫でる。その様子はまるで仲の良い姉妹のようだ。

 

 しかし、眼前に見える曹操軍を見ると共に、目から温かみが消える。

 

「……ねね。みんなを助けにいく。策を」

 

「はいですぞ!狙いは敵軍左翼部隊!左翼を蹂躙し、霞と合流、連携し曹操軍を包囲するです!」

 

 

 

 深紅の呂旗が戦場ではためき、方天画戟が曹操軍へ向けられた。

 

 

 








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28話 曹操の誤算

 

 

 呂布軍の出現。それは曹操軍に激震を齎した。

 

 その脅威はただ単に大陸最強の武将の出現に留まらない。呂布が動いたという事は董卓が動いた事と同義なのだから。

 

 曹操が得ている南陽郡の宛城は元々、洛陽と華南地域を結ぶ都市として発達した場所であり、黄巾党がはじめに抑え、反董卓連合にて袁術が拠点に選んだ地域でもあった。

 

 理由は、旧楚の長城もある。しかし、最大の理由は、宛から洛陽への道は防衛力が弱く進撃のしやすい点。

 

 宛から葉、そして梁に至れば洛陽は直ぐ。孫策と曹操も洛陽が南部から弱い事を知り、連合の際にそこから進撃している。曹操は劉表を倒した後は、洛陽と長安、そして皇帝を手に入れる手筈になっていた。皇帝を傀儡にすることは曹操が天下を取るに至っての必須条件とも言える。

 

 袁紹に負けない軍事力はもちろん、袁紹以上の大義名分を手に入れる事で、袁紹派の切り崩しを行う布石である。その為に、董卓周辺にて、自らの手の者を忍ばせている。

 

 今まで張勲や劉焉、袁紹などの勢力が、洛陽を内部から切り崩そうと工作をしてきたのと同じく曹操も自らの手の者を洛陽に置き、董卓の動きを知らせ、自軍の進撃の際に内部で決起させるつもりで動いていた。元漢王朝最大軍閥の後継者である曹操を支持する者は少なくない。

 

 四世三公の袁家や元三公にして皇族である劉焉には劣るが、それに次ぐだけの家格と勢力を持っている。宮中での工作には荀家の当主である荀彧が動いており、準備は着々と進められていた。

 

 董卓軍は動けない。

 

 賈駆は董卓周辺を固める事に必死だ。切り札であるはずの呂布軍を動かすわけがない。そして劉表との連携が取れていない事も知っている。今、出てくるはずもないのだ。だからこそ、荀彧は袁術と劉表への対策として、将を分散させることなく、集中運用することを曹操に進言した。

 

 あり得ない状況に荀彧が驚愕の表情を見せた。

 

「なっ! 董卓と劉表が手を組むと厄介だから引き離すように工作したはず! 信頼関係なんて築けるはずもないわ! その証拠に劉表は単身で荊州に飛ばされているじゃない!」

 

 政治工作をした荀彧がそれを一番分っている。劉表と董卓軍は連携が取れていない。そして張遼も追い出された事は裏付けが取れている。

 

 そんな勢力を助ける為に動く? 意味が分からない。それなら連携を取るなり、再度の臣従を誓わせるなりする方がいい。荀彧の頭脳をもってしても行動の一貫性の無さの理由が思い当らなかった。

 

 それでも、現実に呂布軍は長安から洛陽へ、洛陽から宛へと進撃している。そして、宛の北部に大軍が進撃しているという報告が上がっていている。

 

 董卓が全軍を用いての賭けに出たという可能性は否定できない。ならば、宛を奪われれば、補給が潰され、劉表を倒しても自壊の未来が待っているだろう。

 

 最悪の未来を想像してか緊張が走る曹操軍の陣内。そんな中、一人、余裕の表情を見せる曹操の姿があった。

 

 曹操は動揺を見せる陣内の者達に笑みを浮かべながら語りかける。

 

「落ち着きなさい! ……呂布が来た? 好都合よ。大陸最強の武将が手に入る。呂布軍はこちらの背後を突いてくるでしょうけど、問題ないわ。この時の為に対策は練っている。それを出せば勝てる」

 

 背後からの奇襲を大した事がないと豪語し、勝って当たり前とでも言う態度を崩さない曹操の姿を見て、曹操の陣内は落ち着きを取り戻す。

 

「敵は呂布の武勇を頼りにしてこちらへ攻勢を仕掛けてくるはず。この陣を崩しても構わない。中央軍の一部をこちらに回しなさい。そして季衣と流琉を私の所へ。敵は私の頸を取りに来るはずよ!」

 

 後方から迫ってくる呂布軍の狙いを曹操は読む。敵将の背後を突いたのだ。一騎当千の武を持つ呂布ならば敵将の頸を取りに来る。

 

 劉表と董卓の和解は成立していないと曹操は考える。良くて同盟。ただ袁術と曹操軍が共倒れした所で豫州を奪うための派兵と見る方がいいだろう。

 

 たとえ同盟であっても、今後の力関係を決める為にも、劉表が追い詰められた所を敵将の頸を取ることで救うだろう。命の危機を救われたのであれば、同等の立場では居られない。

 

 頸狩り戦術は呂布が最も得意とするものだ。今後の力関係の為にも呂布軍は曹操本陣への強襲を選択する。曹操はそう確信した。

 

 許緒と典韋、そして曹操の武を合わせても呂布には及ばない。それを理解していた曹操は次の手を打つ。

 

「秋蘭に伝令をだしなさい! 左翼の指揮を一時、韓浩に任せ、こちらに向かうように伝えなさい。私と季衣と流琉の三人かかりであれば、簡単にやられたりはしない。秋蘭の到着まで粘り、呂布を捕えるわよ!」

 

 三人の突出した武を持つ人間で抑え、四本目の矢にて討ち取る。対呂布の為の布陣。

 

 曹操軍は後方から迫りくるであろう呂布軍に対抗する為に、すぐさま陣を作り直し、騎馬の突撃に備えた。

 

(来なさい! 呂布! この前とは違うって所、見せてあげるわ)

 

 即興で対呂布の為の陣を作り上げる曹操の指揮は素晴らしく、名将としての力量を見せた。

 

 しかし、それは次に入って来た報によって崩される

 

「呂布軍、こちらの本陣を狙わず、左翼に向けて進軍しています。敵の狙いは左翼です!」

 

 敵軍大将を無視し、左翼を狙った呂布の動きに曹操さえも動揺を示した。

 

「なんですって!」

 

 曹操は、敵将を討ち取る最大の機会を棄てて、かつての仲間の救援を優先する。そんな指揮をする将軍と軍師が存在するなど曹操は知らなかったし、想像も出来ない。

 

 曹操は呂布を最強の将軍と認めていた。その最強の将軍がそんな愚かな判断を下すなど、考え付かない。

 

 呂布や陳宮の策や行動は愚行だ。

 

 董卓軍の将であれば、曹操の頸を取り、命を救ったという恩で劉表をしばりつけ、配下として使える様にすべきである。かつて仲が良かったからと言って優先するなど、将としての器の無さを示すようなものである。

 

 だが、その愚行が曹操の裏をかく結果となる。

 

 曹操が夏侯淵を本陣に戻した結果、左翼の立て直しは遅れた。そして中央に位置する軍の一部を崩し、対呂布の陣を築いたことによって、中央の進軍速度が弱まり、劉表の中央軍を押しつぶすだけの力を失ってしまう。

 

 中央の突破力の低下に左翼は崩れかけの状態。そんな中、呂布の軍が左翼を目掛けて飛び込んだ。

 

▽▲▽▲▽▲

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

 楽進の蹴りが劉表軍の兵士の骨を砕き、肉を引き裂いた。目の前の圧倒的な武勇を持つ将の存在に劉表軍の兵士の士気は落ち、楽進率いる兵士たちの士気は上がる。

 

 その圧倒的な武勇によって、楽進は劉表軍の右翼を突破し、劉表のいる本陣へと着々と近づいていた。

 

「劉表の位置特定はまだか!」

 

 楽進は副官に聞く。今、劉表軍は混乱状態にある。陣を立て直す前に攻め落したい。そしてこれから取り込もうと考えている軍である。敵将が打ち取れるのであれば、なるべく劉表の兵を殺したくはない。その為にも敵将を討ち取り、早期の決着を望んでいた。

 

「はっ! 今、情報が入りました。南西方向に劉表が居ます。ただ、陣を整えつつあるそうです」

 

「……やはり動きが早い。華琳様が警戒しろというだけはあるな」

 

「どうしますか? 于禁様、李典様の合流を待ちますか?」

 

 出来るなら三人で連携を取り万全の態勢を築いた方がいいだろう。だが、そうしている内に敵の陣形を完全に立て直されてしまう事、また逃がせる兵士が十分だと思い、劉表が逃げる可能性もある。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。大きな成功をする為には危険に飛び込まなくてはならない時もある。私が攻め入る際、孤立しないようにしてもらうだけでいい」

 

「わかりました。では……」

 

「狙いは敵大将の劉表! 劉表を討ち取り、この戦いに決着をつける! 楽進隊は私に続け!」

 

 楽進は劉表の牙門旗を目指して、疾走した。

 

 そんな楽進の姿を確認すると共に于禁と李典の部隊が支援を開始する。互いの動きに即座に反応し、狙いを共有、そして協力して事に当たる。複数の部隊の連携という意味において、この三人以上の者は大陸に居ない。

 

 二人の支援によって、築いていた鶴翼の陣が楽進隊を双撃する手がわずかに緩む。そのわずかな緩みで十分だった。

 

 築いたⅤ字の左右が閉じられなければ、無人の野を行くようなもの。

 

 楽進は中央の劉表本陣を見つけ、自ら先頭に立ち、兵士を鼓舞しながら進む。中央に居た兵士を蹴り殺し、劉表の本陣を瞬く間に崩した。

 

 そして、ついに劉表の姿を目視する。

 

「見つけたぞ! 劉表! その頸貰った!!」

 

 楽進は幾人もの兵士の命を奪ってきた蹴りを劉表に向かって放つ。当たれば人間を肉塊に変える理不尽な威力の蹴りが劉表に迫る。

 

 互いに負けられない戦い。しかし、その戦いも決着の時が近づいていた。

 

 



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29話 かつて天才と呼ばれた者

 

 世の中には天才と呼ばれる者達が居る。反董卓連合の三十数年ほど前に兗州の地にも天才と呼ばれる者が生まれていた。

 

 その者は物心がつく頃にはその聡明さを示し、智謀の巡りは成人を思わせるかのような少年だったと言われる。「倉頡篇」を四歳で学び、算術や地理志も瞬く間に治めた。六歳の頃には「孝経」や「論語」、「尚書」を暗譜し、八歳になる頃には「五経」、「七略」すらも学び終える。

 

 現代で例えるのであれば同世代の者が小学校に行き始める前に、国家公務員試験に受かるだけの勉強を終えてしまったようなものだ。わずか八歳でそれを成した少年の風評は県を越え、郡を越え、州を越えるまでにその声望は広まり、やがて宮中にも届くようになるまで時間はかからなかった。

 

 青年と呼ばれる年齢になる頃には自身の研究の成果を献上し、その成果を認められると最高学府である太学に特例で入る事を許可された。その後も才覚を発揮し、十指に入る成績を上げ、郎中となり、議郎へ至ることになる。

 

 寒門出でありながらも次代の朝廷を取り仕切る事を期待された青年は近衛の任をこなしつつ、士大夫としての英才教育を受け、瞬く間に宮中剣術を修め、武人としても高い能力を持つようになる。

 

 「出でては将、入りては相」という士大夫の理想的人物として名を轟かし、名声に見合うだけの実績を積み、次代の宰相、次代の将軍として期待された青年。

 

 その名を劉表と言った。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「劉表! その頸貰った!!」

 

 楽進が劉表の陣に切り込むと、劉表の頸を取らんと単騎で突き進み、劉表目掛けて蹴りを放つ。

 

 当たれば人間を肉塊に変える一撃。そして劉表は逃げられない。手に持った剣で身を守ろうが、剣を砕き折り、そのまま蹴り殺すだけ。楽進は一秒後の未来に、肉塊となった劉表の姿を見る。

 

 当たれば、そうなっていただろう。

 

 だが……

 

「っ!!!」

 

 楽進の前には劉表の剣が迫っていた。

 

 劉表は楽進が蹴りを放つ瞬間、劉表もまた、楽進の頸を取らんと、剣を抜き、突きを放つ。狙いは首の中央部にある廉泉。

 

 廉泉に向かって放たれた突きは楽進の命を断たんと迫っていた。

 

(くっ! このままでは相討ちになる……)

 

 このまま蹴りを放てば、劉表は殺せるかもしれないが、自分も死ぬ事を確信した楽進は、蹴りを当てることよりも避けることを優先し、体勢が崩れる事を構いもせず、その突きを躱した。

 

 予備動作が無く繰り出されていた突きは、来る時を掴ませず、いつの間にか命を狙っていた。

 

 楽進は包囲、殲滅の可能性から一撃での決着を望んだ。その結果、真っ直ぐ、劉表に向かい、大振りとなった蹴りが読まれていた。そして、来ると思わなかった反撃に虚を突かれる形となってしまった。

 

 楽進は首から痛みを感じる。

 

 首からは剣が掠った傷から僅かにだが血が零れていた。

 

(危なかった……っ!!!)

 

 紙一重で躱せた事への安堵と痛みに気をとられていると、追撃が迫る。

 

 無理やり体を捻り蹴りの向きを変えた為に倒れ伏した楽進。

 

 心臓を目掛けて来た剣を両腕に装着した手甲【閻王】で弾くと、金属と金属がぶつかり合う重厚な音が戦場に鳴り響いた。

 

 手甲と剣で競り合いになると、体勢が悪いにも関わらず、楽進が腕力のみで剣を押し返し、わずかに出来た空間を利用して蹴りを放つ。

 

 力の乗らない姿勢だ。倒れた時の蹴りなど威力は大したことはない。鎧で受けて、そのまま命を取る。普通であればそれで決着はつく。劉表はそう確信し、剣を振り下ろす。

 

 しかし、楽進は普通ではなかった。

 

「ぐぅ!!」

 

 力の乗らないはずの蹴りは着込んでいた鎧に罅を入れた。蹴りの勢いで劉表の体が流れ、鈍い痛みが後から襲い、劉表の気が一瞬逸れる。その隙をついて楽進は距離を取った。

 

 はぁはぁと息を乱しながらも、絶対絶命の窮地を乗り越えた楽進は劉表を睨み付け、拳を振るう。

 

 閻王と百錬鋼の剣がぶつかり合った。

 

 劉表が楽進の拳を躱し斬り付ければ、楽進は剣を手甲で受け、蹴りを放つ。蹴りを剣で受け流すと、その勢いのままに胴を切り裂こうと剣を振るう。

 

 その様は一進一退に見えた。

 

 武具の質は楽進の物が圧倒的に勝り、身体能力、反応速度でも楽進の方が劉表の遥か上をいく。劉表は楽進に勝負の駆け引きと剣の技術で勝っているが、それでも補いきれないほどの力の差がある。

 

 天性の才能。

 

 その一点において、楽進と劉表の間には比べる事すらも烏滸がましいほどの差がある。本来なら勝ち目などない。

 

 それにも拘わらず、劉表は今、現在、生きている。その理由を計ろうと楽進は斬りつけようと迫る劉表を観察する。

 

 打ち付けられる剣は変幻自在で、速く、無駄が無い。予備動作が極限にまで減らされ、襲い来る剣は急所を確実に狙ってくる。駆け引きでは相手にならず、何度も虚実に引っ掛かり、優位な状況を作られる。

 

 斬る動作の隙を突こうと思えば、剣に身を隠す様にして構え、その構えのまま突きを放ってくるようになる。

 

 弾かれないように突きを主体とした攻撃に移行し、円を描くように立ち位置を何度も変え、剣と拳のリーチの差を生かして一方的に攻撃を仕掛けてくる。

 

 まるで剣術の教本と戦っているかのようだと思った。

 

 だが、それだけだ。

 

 本当の意味で選ばれた人間である楽進にとって、駆け引きも、技の練度も関係ない。それほどまでに二人の生まれ持った才能の差は隔絶していた。

 

 その動体視力は、劉表の動きを捉えきり、隔絶する腕力により、渾身の力を込めた一撃を簡単に受け止め、直感は読み合いに負けても致命的に不利な状態から逃れる事を容易にした。持っているものが違う。才能が違う。装備が違う。劉表が勝っているのは剣の技術のみ。

 

 それでも……

 

(勝ちきれない)

 

 圧倒的に性能で勝っているにも関わらず勝てない。その答えを見出さずして勝機は無い。

 

 そう思った楽進は落ち着く為に、距離を置き、思考を整理する。

 

(強くはない。だが、常に相討ちしそうな場面で躊躇をせず迫って来る。いや、あれは相討ちを狙っているのか。大将なのに平気で捨て身の攻撃を仕掛けてくることに驚き、つい、後手に回ってしまった。苦戦しているのは相手を舐めていたせいだ。無傷での勝利を求めたからだ。ならば……)

 

 楽進は大きく息を吸い込み、吐き、目を見据える。その目には覚悟が宿った。

 

 刻々と時間は過ぎ、劉表の戦っている間、指揮を執っていた少女が築いた楽進の部隊に対する包囲は完成しつつある。

 

(私の突撃をこらえ、その内に包囲、殲滅する気か……時間はかけられない。ある程度の傷は覚悟しよう……だが、対価に命を貰う)

 

 その気概を示す言葉があるとするならば、「肉を切らせて骨を断つ」という言葉がふさわしい。包囲殲滅される前に目の前の大将を討ち取らなければならないと判断した。

 

 楽進は劉表の懐に飛び込んだ。

 



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30話 嘘の言葉

 楽進が飛び込むと同時に劉表は構えを変える。

 

 剣先を楽進に向けながら腕を引き、軸足に力が籠る。劉表の選択は迎撃。渾身の突きをカウンターで放ち、楽進を討ち取ろうという意志がありありと見える。何よりもその構えは、この一騎打ちで始めに放った突きと同じものだった。

 

 (突きで迎撃するつもりか!ならば急所を避けることのみに専念し、劉表を討つ!)

 

 だが、それに臆する楽進ではない。始めに放たれた突きは通常のものよりも速く鋭いものだ。それを完全に躱すことは難しい。だが、急所から外れて受け、返しに攻撃を仕掛ければ劉表は躱せない。

 

 楽進は速度を弱める事なく、さらに加速し、劉表を討ちとろうとする。今までの様子見とは違う。全力疾走での特攻。

 

 躊躇の無い楽進の突撃に対して焦ったのか劉表は早すぎるタイミングで突きを放つ動作が始まる。動き出せば大きく狙いを変えられない。それどころか、楽進が劉表の下に辿り着く前に腕が伸び切り、無防備な姿を晒すだろう。

 

(焦ったか!甘い!)

 

 楽進はこれならば突きを受けずとも完全に躱す事が出来ると確信できるほど、その突きのタイミングは悪かった。

 

 勝負は一瞬で片が付くことは間違いなかっただろう。

 

 

 ……ただ、それは本当に突きであったらの話。

 

 

 

 楽進を目掛けて剣が飛んで来た

 

 

 

 

 (なっ!!??剣が飛んで!!?)

 

 楽進が早すぎるタイミングの突きだと思ったものは投剣。突きと同じ動作で行われた投剣に対して取った楽進の反応はあまりに遅い。

 

 楽進の反応は遅く、そして驚愕した事によって身体が硬直し、遅れた反応に加え、硬直した思考はさらに事態を悪化させた。始めに見せつけられた突きの動作と違わぬもの。ゆえに、そこから剣を飛ばしてくるなどという想像はつかない。

 

 初期動作で出してくる攻撃が分かる突きを意識させてからの投剣術。

 

 硬直した身体と思考は動きを鈍らせ、目の前に迫った剣に対して躱すという行動を封じられた。

 

 楽進に残された手は自らの手甲で剣を受けることだった。

 

 顔を目掛けて投げつけられた剣を楽進は手甲で受けることを選択した。それは自然と顔を守るように顔の前に腕を置く事になり、目の前に迫る剣と自らの腕で目の前が覆われた。

 

 (ぐぅ!!!!)

 

 投剣を手甲で受けた楽進は、腕の痺れを感じながらも、その剣を受け切った。

 

(だが……)

 

 仕込んだ布石を利用した技を防ぎ切った。あとは武器を失った劉表を討ち取ればいいだけ……と、勝利を確信した楽進だったが、目の間に劉表の姿が無い。

 

 

 ぞくり

 

 

 己の右側に殺気を感じた楽進は、とっさに殺気の向く方向を見る。

 

 そこには己の命を絶たんと短剣を振り切った劉表の姿があった。

 

「なっ!!」

 

 瞬きに合わせて死角に潜り込むことによって敵に消えたと思わせる技術。劉表はそこに手を加え、投剣によって敵の視界を塞ぎ、死角に入った。

 

 楽進の動体視力及び、反応速度はずば抜けているが、それも見えなければ意味をなさない。死角に入り、隠し持っていた短剣で襲い掛かる。

 

 鮮血が舞うと楽進の絶叫が響く。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 殺気に反応した為に致命傷こそ避けた楽進であったが、短剣は楽進の腹を裂き、血が滲み出した。

 

 尋常ではない事態を感じ取った楽進の身体はとっさにこの窮地から脱しようと、背後へ大きく跳んだ。だが、着地する前に劉表が迫り、楽進の命を狙う。

 

 楽進は剣を手甲で受けるも、着地の瞬間を狙われた身体は容易に吹き飛んだ。

 

 近距離での殺し合い

 

 本来であれば楽進に分がある勝負。体勢を崩されていたとしても。

 

 だが、今の楽進は目の前の恐怖に逃げ惑う獲物でしかない。勝てると思い込んだ瞬間からの死地の連続。逃げ切ったと思った瞬間には既に追撃が成されている。そんな事が何度も何度も繰り返される。

 

 隙を見つけて攻撃するも、それは罠であり、窮地に追い込まれ、それに逃げるも、逃げきれず追撃され、その合間の隙を付こうとするとそれもまた罠で……

 

 そこまで追い込まれてしまったのは、自らの拳や蹴りが単調になってしまったからなのだが、それに気づくこともできない。

 

 流れ出る血、そして激痛に苦しみながら蹴りを放つも当たらない。

 

(くそっ、何で当たらない。なんで終わらない。 ……なんで逃げ切れない)

 

 思考を立て直す暇も与えられない連撃に楽進は余裕を失っていた。相討ちの覚悟が溶け、海中を沈み、呼吸をしようともがき、苦しんでいる子供を思わせる必死さを感じさせる。

 

(劉表は数年前に華琳様の家庭教師をしていた際、春蘭様や秋蘭様に惨敗したはず……なのになんでこんな……)

 

 まだ、武を鍛え始めて数年程度の未熟な時期であった夏候惇や夏侯淵にも勝てなかったという話を聞き、劉表の力量を計っていた楽進にとって、こうも一方的に攻められているのは想定外だ。

 

 動揺し、心が乱れる。

 

 攻撃は単調で思考のままならない状態であるにも関わらず、勝利できないほどの力量の差があることにも気づくことが動揺によって出来なくなった。

 

 動揺すればするほど、動きは読まれ、単調になる。

 

 劉表は今が好機と確信し、勝負手を打つ。

 

 劉表は短剣にて斬りかかり、楽進はそれを躱した。だが、避けきったと思った剣は突如として剣筋を変える。

 

 (なんで……剣が追って……)

 

 避けようとするも、その動きを嘲笑うかのように楽進の右腕の手甲で守られていない部分を狙い斬った。

 

「ぐう゛……あ゛ぁぁ……っ」

 

 楽進は痛烈な痛みに声を上げる

 

 劉表が繰り出したのは敵の避ける方向を誘導して、予め剣筋を変える動きを仕込む技。その予測した方向に誘導された敵は、追尾してくるように感じるものである。

 

 強力だが、無理矢理剣筋を変える為、一撃でも放てば手首を痛め、症状が悪化すれば数日は腕が使い物にならなくなる欠陥技。

 

 互いに片腕を奪われた形でどちらが優位に立てたわけでもないのだが、楽進にそれは分らない。劉表の攻撃がこれから追尾型の剣技に切り替えたと思い込んだ楽進はこれまで以上に劉表の攻撃を警戒し、大きく避け、隙を広げていく。

 

 それを躱さずに受ければ、劉表は剣を落とすことにも気が付かない。気が付かせない。

 

 もはや剣の動き以外に目を配れなくなった楽進は、足元への警戒を怠っていた。

 

 剣による攻撃を仕掛ける最中、劉表は足を払う事で楽進を転ばせ、さらに剣を突き刺そうとする動作をしたところに

 

 傷口を目掛けて蹴りが放たれた

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!……あ゛ぁぁぁ……ぁぁ……」

 

 激痛が走ると、楽進は声にならない悲鳴を上げ……そして、気絶した。

 

 はぁはぁと、息は乱れ、滝のように流れる汗が余裕の無さを示している。息をつく暇も無く攻めていたのか顔は青白く、死人のような色をしている。利き腕の手首は紫色になり、力を入れるこそさえも億劫な有様。とても勝者には見えない。

 

 だが、それでも立っていたのは劉表だった。劉表は大声で叫ぶ。

 

「敵将討ち取った!!!!」

 

 

****

 

 

「敵将討ち取った!!!!」

 

 俺が大声で叫ぶと、自軍が呼応するように歓喜の叫びを発した。これで自軍の士気が上がれば儲けもの。これで突撃を躊躇するようになってくれれば撤退する時間が稼げる。

 

 勝てた安堵のせいか痛めた腕から短剣が落ちる。もう剣を握る握力もないか。まったく、命の取り合いの経験が少ない奴で助かった。強くなる前に叩けた点では運がいい。あと数年したらどれだけ強くなったんだか……これだから天才って奴は怖い。

 

 武官なんぞ止めて文官に転身してよかったと改めて思う。このレベルの将と張り合うなんて命が幾つあっても足りない。

 

 大きく息を吸い込むとようやく落ち着いてきた。

 

 阿瞞……いや、曹操の奴。俺の事よほど侮っていたと見える。慢心癖は相変わらずだな。才能がずば抜けている本人は良いが、部下にその慢心をもたせちゃ駄目だろ。上司が侮れば部下もまた侮るものだ。

 

 まあ、そのおかげで助かったわけだが。

  

「さすが劉表さん!!やりましたね!!」

 

 朱里が駆け寄ってくる。楽進の率いていた部隊を壊滅状態にもっていった手腕はさすがとしか言いようがない。楽進の居ない部隊は一瞬で士気が崩壊し、逃げ惑う。

 

 ……しかし、格上を倒したのにあんまり驚いてくれない。俺ってどんだけ化け物に見られているのだろうか?

 

「劉表さん、包囲に穴を作り、楽進部隊を後方に逃がしたいと思います」

 

「曹操軍とて自軍の兵士を討つ事には戸惑うだろう。楽進隊を盾に撤退するか……」

 

「はい、これで時間を稼げば、引き分けという形に持ち込めます」

 

 戦後の事を考えれば痛み分けの方がやりやすい。幸いだが、まともに戦闘したのは右翼部隊のみで全体の被害は少ない。敵将の一人を討ち取ったが、犠牲になった兵士の数は多かったという形に収められれば、豪族の一斉離反は防げるか……まだ、勢力としてやり直せる。

 

「よし、一度のみ、楽進隊を攻撃し、その後、全力で撤退をする。撤退の鼓の鳴らす機は任せる」

 

 軽く追撃して、このまま反撃……と見せかけて撤退した方がいいだろう。敵も迎え撃つ形の方を望むだろうし、その望む方向に動けば受け身になるだろう。このまま逃げれば追撃を受ける。

 

 腕の事を考えると三羽烏の一人と戦う事も難しい。

 

 多分、肋骨も折れているか罅が入っている。アドレナリンで傷み自体は軽いがあと少ししたら地獄みたいな傷みに襲われるだろう。その時点で楽進級が来たら詰みかねない。

 

「はい!!」

 

 ここで敵将を討ち取った大将が攻める事で士気が上がる。攻勢を強めれば敵は攻め込もうとしていると感じるだろう。息を大きく吸い、大声で激を飛ばす。

 

 「総員突撃! 一気に敵軍を押し込める!私に続け!!」

 

 何人か斬りつけるとそれに続くように自軍が攻勢を強めていく。

 

 片腕は使えないが、将軍級であれば問題ない。雄叫びと共に突き進む様は、楽進の突撃で崩壊寸前にまで追い込まれたとは思えないほど頼りになる。

 

 しかし、いまだに戦場の流れが読めない事だけが気になる。

 

 楽進隊に対して後方を除いて包囲しているとはいえ、敵両部隊はそれをさらに包み込む形で軍を展開している。残りの二人にとって、望む展開のはず……なのになぜ、それに対する対策がない。包囲殲滅の絶好の機会を与えているはずだ。

 

 それなのに包囲の機会に対して両方共に動きが無い。

 

 こちらの攻勢が虚だと分かっていたとしても楽進隊を押しつぶさずに攻めるのに囲うようにするはず。

 

 戸惑っている?何に?それとも何か別の手があるのか……分らない。分らない以上、敵軍が思った以上に混乱していると見るのが妥当だ。だが、なにかがおかしい。

 

「朱里」

 

「はい、明らかにおかしいです」

 

「……下手に欲張らない方がいいな。嫌な予感がする」

 

「では」

 

「撤退する。虚偽の攻勢はこれまでだ」

 

「わかりました。撤退の合図を鳴らします」

 

 ドンドンドンと撤退の合図を鳴らす。その太鼓が鳴ると共に波を引くように撤退してく。

散々痛めつけた事で楽進の部隊は追撃が出来ない。肉壁にしつつ、撤退する。

 

 これでいいはず……これで逃げ切れる。

 

 安堵のため息とともにそう思った瞬間だった。

 

 于禁、李典の隊が楽進の隊を押しつぶす様に攻めてきたのは……

 

「は、はわわ!なんで今になって……」

 

 朱里が疑問を口にする。

 

 やるならば楽進が倒れた瞬間にやるべきだ。そうすれば楽進隊を肉壁にして、自分の隊の損害を最小限にしてこちらを攻めることが出来た。その方がこっちもよほど嫌だった。

 

 なぜ、このタイミングで……しかも、時間が過ぎた事で楽進軍の大半は戦意喪失状態にある。それでは、自軍温存の為の肉壁にすることもできない。おかしい。

 

「くそっ、まさかこいつら」

 

 楽進が討たれたというのが誤報かなにかだと思って、俺の激を楽進隊のものだと勘違いしていたのか?それで後から気が付いて攻めてきた?

 

 ……いや、楽進が俺を侮っていた事は戦闘で分かる。警戒なんて全然せずに大振りな蹴りを放ってきたから。それを三人共、持っていたってことか。

 

 そして、このタイミングで楽進隊を潰して攻めてくるって事は明らかに理で動いていない。ならば情か……

 

 軍の動きをみると敵将が感情のままに攻めてきていると言った感じだ。軍が歪んでいる。

 

 恐らく、敵将が先陣きって攻めてきているんだろう。あっちの左翼部隊の最強の武人は楽進だった。その楽進がやられたとなれば警戒して、単騎駆けなんて真似は出来ないと思ったのだが、おそらく敵討ちをしようと頭に血が上ってそんな事を考えていない。

 

 それか楽進なら少なくともけがを負わせているだろうという信頼か。俺はもう正直、あのクラスと戦える体力なんてない。この手は、俺が本当に楽進より強い武人であれば最悪な手なのに、今の状況なら最善手になっている。連携してくるのであれば、合流するまでにかかる時間をついて撤退できていたというのに。

 

……詰んだな

 

 動きを見ても俺を狙ってきているのが分かる。二つの隊が俺を目掛けてきている。鎧を棄てて、兵士に紛れて逃げようものなら軍の士気が崩壊してしまう。

 

 打開する手が無い。戦略でも、戦術でもない。戦闘レベルにまで落ちてしまえば、朱里といえどどうしようもない。

 

 やっぱり、こんな展開になったか。天才複数人のスペックによるごり押し。だが、それに対する手立てはない。俺の知る現代知識で、こんな天才に対する策は無い。政治と違って自分で対策を考えなければいけない軍事は現代知識が役に立たないから等身大の実力しか出せない。

 

 ならば……出来る事は一つだな。

 

「朱里」

 

「は、はわわ、なんで……どうすれば……」

 

「朱里!!」

 

「はっ、はい!」

 

「敵将がほぼ単騎で攻めてきている。これは好機だ」

 

 朱里がえっ?という顔をする。俺が朱里の立場だったら「何言ってんだ?このキチガイ」と言ってしまう所だ。

 

 だが、朱里は武人の力量を知らないし、俺の事をおそらく夏侯淵達くらい強いと思っている。なら、もし彼女達級の実力を持つ者なら正解の答えを言う。

 

「先に来た方を速攻で殺して、次の奴も殺すだけだ。敵は感情に任せて攻撃をしてきている。ならば連携は取れない。各個撃破の好機を逃す手はない」

 

 各個撃破……出来たらいいな。出来る気がしないけど。

 

「楽進以下ならば問題ない。一撃で片をつけるだけで済む」

 

 できればカッコいいだろうな。出来ないけど。

 

「三人の将を討ち取ることはできる。しかし、問題は曹操軍本隊の動きだ。これ以上残れば追撃戦で地獄を見る事になる。朱里に撤退の指示を任せ、私は親衛隊のみを残し、三羽烏の残りを討ち取り、その後、撤退する。騎馬部隊のみならば追撃の手を躱す事は難しくない」

 

 そう言って、軍配団扇を渡す。本来であれば剣でも渡した方がいいのだろうが、この後の事を考えると渡せないからこんな時が起こりそうだと予測し、代わりのものを用意していた。

 

「難しい任務だ。だが、これは敵将を討ち取る好機。逃がすわけにはいかない。信じているぞ!朱里!」

 

「はい!!お任せください!」

 

 渡した扇を誇らしげに受け取る朱里をみて、安堵する。この子が武人の目利きが出来なくてよかった。出来ているのであれば、残ると言い始めかねない。

 

「本当に……」

 

「んっ?」

 

「本当に大丈夫ですよね?」

 

 心配そうに覗きこむ瞳に対して、俺は自信満々に答える。

 

「勿論だ。君の叔母から聞かなかったのか?私はかつて大陸最強と呼ばれていた時期もある。呂布の台頭でその名は無くなったが、名の無い将に負けるほど落ちぶれた覚えはないな。私が嘘を言ったことはないだろう?」

 

 その言葉を聞くと朱里は安心したように軍配団扇を握りしめて、撤退の指揮を執った。

 

 あとは、俺が時間を稼ぐだけで終わる。

 



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31話 越えられない壁

 指揮を任せ、朱里が遠ざかるのを見ると、ため息が漏れる。

 

 「この世界は優しくなんてない。そして不公平だ」

 

 子供の三分の一が八歳未満で死ぬ。農民なら三十半ばまで生きられれば御の字。もし強欲な役人が任に付けば、土地を奪われ流民となり餓死するか、異民族と戦って死ぬかの二択。

 

 分けるほどの農地を持たない家では土地を巡って兄弟姉妹の殺し合い。勝ち取っても、原始的な農業技術は土地の維持するための労力は馬鹿にならなず、天災で全てを失う事もある。そんな中、次代に備えて開拓出来なければ次の世代でも兄弟姉妹の殺し合いが起き、暗殺稼業が流行る始末だった。

 

 商人は難癖をつけられ、財産を没収されることもあれば、強盗に押し入られ、命すらも奪われることも多い。

 

 そんな生活から抜け出す為に特権階級である役人になる必要がある。だが、役人になる為には一定の財産が必要で、その額は下級役人の初任給十年分。農民が簡単に稼げる額では無く、努力だけでは抜け出せない壁がある。

 

 下級役人、つまり寒門出の人間は、役人でいる為の最低保有資産を維持する為に横領をしたりする。財産が牛や羊なら死ぬのだから当然目減りする。それを補う為に、疲れた体に鞭を打ち、草鞋を編んだりする日々。

 

 俺の家は役人の家だったが、最低保有資産ギリギリしかなく、毎日、疲れ果てた身体を無理やり動かし、死んだ目で草鞋を編む両親の姿が当たり前のようにあった。

 

 あそこに行きたくない。…そう思ってしまった。役人である父は生涯、上級職に上がれない事が決まっている。名門と呼ばれる子弟がまず任官する郎官にすらなることが出来ない。そういう仕組みをしている。特定の一族が繁栄する為に作り上げられた官僚機構。

 

 かつての自分の姿をそこに見た。新しい世界、新しい人生は、普通に暮らしていたら、前世と同じことを繰り返すだけになる。そう確信した。そしてそれだけはあってはならない。そうありたくないと思った俺は必死で努力をした。

 

 そうだ。出来る事は全てやった。それでも辿りつけない壁があった。

 

 郎官となった俺は宮中では十指にはいる武人と言われていた。

 

 当時、大陸最強と言われていた孫堅は死に、高名な武人として黄蓋や黄忠、厳顔などが居たが、皆、遠距離武器の使い手であり、武術の大会や手合せには参加していなかったから実力を知る事が出来なかったのも大きいだろう。他の十指に入る武人は知っていて、勝ったこともある。

 

 家柄の優れない俺は、伝手も無ければ金も無く、文官としては出世出来ないだろうと思い、武官としての出世を願っていた。自信もあった。幼い事から真剣に学び、現代の訓練などを取り込みながら鍛えてきたし、才能もあるとも思っていた。経験を積めばまだまだ強くなれるとも確信していた。

 

だが、そんな自信は一蹴された。

 

 実績を積んで、宮中剣術を学び、宮中最強なんて呼ばれるようになった頃、皇帝が新しい玩具を手に入れたと大はしゃぎをしていた。その玩具の名前は呂布。幼いながら、圧倒的な武を持つ少女だった。皇帝はそれを確かめようと近衛を集めて、戦わせた。

 

 俺を含め、近衛はまったく相手にならずに、齢一桁の少女に惨敗した。持ったのは五合。 

 

 百人を超える人数を相手にしても息も乱さずに勝利する。紙を引き千切るかのように容易に近衛兵を蹂躙する。

 

 その姿を見て生涯をかけてもその境地に至れない事を悟ってしまった。努力なんてものが意味を成さない圧倒的な才能を見てしまった。

 

 皇帝は、新しく手に入れた玩具に頬擦りし、古くなった玩具を棄てた。

 

 俺を含めて、呂布の当て馬になった近衛兵は中央に居られなくなり、地方に飛ばされた。寒門出の人間も出世は出来るが、失敗したら破滅は早い。

 

 運よく、蝗の発生した地域で、蝗駆除の方法を現代知識で知っていた為、その実績で県令の地位に落ち着けたが、そうでなければ責任を取らされて死んでいただろう。

 

 皇帝の徳によって、天候不順や飢饉が起きると信じられている国家で、蝗対策や穀物の育成方法の知識で収穫量を増やす方法を知っていた俺は重用されていく事になるのはある意味皮肉だろう。俺は、身分が低いからと諦めた道に無理矢理行かされ、自分が選んだ道を追い出した皇帝の不徳の尻拭い役として出世していった。

 

 俺を追い出した事など皇帝は覚えていないし、興味も無かった。

 

 呂布の武名が広がるごとに、宮中での敗北は失態ではなくなっていき、周りは呂布を別格だと認識されていき、手のひらを返すように俺を文武両道の天才だと持て囃した。だが、武は才能ある少女に敗れる程度でしかなく、知は現代知識でなんとかしている凡人にすぎない事は自分がよく分っている。

 

 あれから呂布は伝説を幾つも作っている。俺には到底出来ない事を易々とこなす。それと比べて、自分が才人と思える事なんてできない。

 

 曹操、諸葛亮、鳳統という少女達の成長をみる度に自信は失われていった。地位も金も手に入ったが、本当に欲しかったものは……自分に自信を持てるだけの力は手に入らない。

 

 後方で指揮を執る少女を見る。この世界に来て、あの年齢の頃に俺は何ができた?朱里のように、出来たか?出来るわけがない。二度目で効率よく生きて行っても本当の天才には敵わない。

 

「貴方は巨人の肩の上に乗った小人ね」

 

 かつて、上司の娘であった阿瞞……いや、曹操の家庭教師をしていた頃にかけられた言葉だ。それは的を射ている。俺は現代の積み重なった知識の上から物事を見ている。だから、普通の人は俺を賢者と見る。だが、それは俺自身が賢人になれたわけではないのだ。

 

 それを完全に見抜かれていた。本来であれば曹操に付くのが知識の使い方として正しいのだろうが、俺は曹操に重用されない。されたとしても一瞬だ。情報を吐かされてお終い。彼女の下に集う天才たちに知識を渡してそれ以上の成果を出す。それで役割は終わりだ。

 

 幾らやり直そうが、本当の天才には勝てない。現代知識というメッキが剥がれれば、ただの凡人が立っているだろう。あと数年でそれは現実となる。俺に残った知識は数少ない。それを教えれば、俺だけの武器は全て失われ、地力での差が顕著になる。

 

 袁紹のような名門の家に生まれたわけでもなく、朱里や雛里のように圧倒的才能を持つわけでもない。曹操のように名門出であり、才能にも恵まれた存在でもない。ただの秀才でしかない俺の限界だったのかもしれない。

 

 朱里も雛里もその才能を見込まれて曹操に重用されるだろう。拡大期にある曹操が地元豪族を粛清するなんてこともないだろうから、現状維持を望むはずだ。組織を再編する余裕なんて曹操にはない。

 

 ならば、妥当なのが俺を殺して、夏侯淵辺りを南郡の太守にし、物資の補給をさせつつ華中統一に向かう。ここで負けることで天下の統一が早まり、平和になるのが早まるならここで負けてもいい。

 

 朱里や雛里が重用されれば、俺の閥も悪いようにはならない。何と言っても天下統一に貢献する参謀の配下だ。数人程度なら太守の地位も貰えるだろう。

 

 最低限の義理は果たせた。今まで迷惑をかけた分を補えたとは言えないが、俺ではここが限界のようだ。

 

 朱里と雛里なら最低限の犠牲にとどめる事も可能だろう。ならばいい。ここが俺の死に場所だ。あとは時間を出来るだけ稼ぐだけに専念すればいい。

 

 目を瞑り、耳を澄ますと馬蹄の音が近づいてくる。

 

 機だと思った。馬上戦では技量がものを言う。身体能力の差を埋める事が出来る。

 

 鉄が肉や骨を切り裂く音がする。

 

 楽進軍を切り裂く音だ。味方を殺す事に慣れている者は少ない。味方殺しという異常事態で、それを指揮していた将が倒れれば、容易に混乱するだろう。将を討てば混乱を狙える。

 

 先行してきた将の姿が見える。

 

 目の前に迫ってくる将は涙を流し、激情を隠そうともしない。

 

 ああ、やはり、仲間以上の関係だったのか……

 

 手には巨大な槍。馬上戦の槍ならランスやパイクが有名だが常識はずれの大きさと質量。その脅威は目で見ただけで分かる。形状からなにかがありそうだが、それが何かは分らない。

 

 見るからにその槍をパイクのように使ってくるようだ。騎馬の突進力に加えて、あの質量。手持ちの武器は上質でこそあるが、あれほどのものではない。下手に受ければ武器を壊されるだろう。だが、馬上戦で細かい技術を使う余裕もこちらには無い。

 

 本来ならば距離を取って戦うべきだが距離を取ろうとしても、機動力で負けている。

 

 敵将が乗っている馬は北方の良馬だろう。こちらは出来るだけいい馬を手に入れたつもりだが、それでも南部のものだ。北方のものには敵わない。

 

 逃げるどころか距離を取る事が出来なくなった俺に向けられた槍は回避不能の一撃と化す。馬上戦で馬の能力の差は大きい。ならば敵の突きの側面を弾き、そのまま攻撃するしかない。

 

 大きく息を吸い。吐く。

 

 楽進のように駆け引きを行う暇はない。ここで勝てなければ、もう一人の将が乱入してくる事は目に見えている。勝負は一瞬で片をつける。

 

 敵が馬を使い潰すかのように全速力でこちらを狙う。後の事など考えてないだろう。だが、こちらもそれは同じ事。体力温存や腕が痛いなんて事を考えている余裕はない。

 

 敵の攻撃のタイミングを計る。馬の速度および、敵の槍の突く瞬間の初動を見逃さずにいけ。

 

 敵が槍を構え、突きを突く瞬間、狙い先を見切ってその側面を剣で叩く。少しでもズレれば死ぬが、それはいつもの事。命を賭さずに格上に勝てるわけがない。

 

 敵が槍を引く……狙いは俺の腸。攻撃速度は……思ったよりも速い。間に合え、間に合え!

 

 そんな思いが通じたのかは知らないが、槍の先端部分の少し横。理想的ともいえる位置に剣が向かう。力では勝負にならないが、側面から弾き落とすことならできる。

 

 腕が壊れてもいい。激突する一瞬に全力を込める。弾き落としたら、返しの剣で敵を討ち取る。

 

 想定通りに事は進んだ。あとは全力で叩きつけるのみ。そして、俺の剣が槍を側面から弾きだそうとした事に気が付いたのか、敵将が吠えた。

 

「でりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 力比べ。だが、側面から弾く場面だ。俺の方が優位……と思った。その轟音が鳴り響くまでは。

 

 轟音と共に敵の槍が回転し始めた。

 

「なっ?!」

 

 槍はまるで前世の電動ドライバーの音を数十倍にしたかのような轟音とともに回転を始めた。あれはまずい……だが、今からでは剣を止められないし、止めれば貫かれるのみ。振り切るしかない。

 

 激突

 

 その瞬間、金属が削れる音と火花が肌を焦がし、一瞬の間にも関わらず、俺の剣は弾かれた。とはいえ、衝撃を殺しきる事は出来なかったのか、槍……いや、螺旋は俺を討ち取ることは出来ずに外れた。

 

 しかし、打ち付けた槍は俺の馬の肉を抉り取る。馬は暴れて、俺は地面に叩きつけられる。

 

 距離を取ろうとするも、敵は迫ってくる。叩きつけられた際、足を痛めたせいか、痺れが残り、動けない。馬の脚を斬り落として、機動力を奪うことに成功するも、その隙を付かれた。

 

 避け切れない状況から受けに入るも、完全に受けながすは出来ない。金属が削れる音とともに剣が折られ、その衝撃で身体が吹き飛ぶ。

 

「くそっ……」

 

 まるで勝負にならなかった。時間稼ぎにもなっていない。技術の差を武器で埋められ、強制的に力勝負に持って行かれた。距離を取ろうとしても足の痺れで動けない。

 

 足音が近づいてくる。

 

 止まっていた轟音が再び鳴り出す。あらゆる手を模索するが、現実には足が動かず、片腕は使いものにならない。残った片腕には武器が無い。

 

「凪の仇や……死ね」

 

 螺旋する槍が放たれた。

 

 

 



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32話 決着の時

 

「凪の仇や……死ね」

 

 轟音と共に繰り出される槍を躱す手立てはない。走馬灯が頭の中を駆け巡り、自分を慕ってくれた少女達の姿が思い出される。

 

 悪いな、朱里。最後に騙して。ごめんな、雛里。危険な目に遭わせて

 

 折角、俺の為に色々やってくれたのに無駄にしてしまった。将来、自分の下で働いてくれると言ってくれた少女達の献身を無駄にしてしまった。

 

 そして……

 

 音々音。約束守れなくてごめん

 

 朱里や雛里のような天才ではない。でも、音々音は諦めた事は無かった。自分の力が天才たちに劣るものと知りながらも、宮中の政治の怪物たちに馬鹿にされようとも、逃げずに立ち向かい、主君である呂布の為に尽くす姿は眩しかった。

 

 俺は、あらゆるものを捨てて逃げた。夢も理想も、自信も誇りも棄てた。残ったのはちっぽけな自尊心と、自分の身の可愛さに逃げる癖ができた事だけ。

 

 そんな俺が今更、かつての夢を語って、かつてありたかった姿を真似て、無謀と逃げるべきところで踏みとどまり、かつて逃げた壁に向かい合った結果がこれ。

 

 慣れない事をして、自滅か……中途半端な俺の末路には相応しいのかもしれないな。

 

 せめて、あの子達だけは救われてほしいと思う。

 

 あの子達の事を思うとわずかながらに身体に力が戻った。袖に隠していた暗器を取り出せる。敵はこちらを殺す事で頭がいっぱいだ。この槍が当たる瞬間に合わせて目を狙おう。目を失えばこれ以上の追撃は出来ないだろう。

 

 最後の一撃。命と引き換えの攻撃。

 

 槍が迫ると袖口を暗器が流れ、掌に収まった。振りかぶる余裕は無い。指の力のみで弾くだけだ。敵がこちらを殺した瞬間の隙を付く。

 

 まだ……まだ……まだ……迫りくる槍が遅く見える。これが死ぬ前に周りがスローモーションに見えるという現象か。これなら簡単に狙えるな。

 

 敵は動かないこちらを戦意が喪失したものと思い、攻めてくる。

 

 暗器を指で押し出す形を取る。死ぬ間際に打ち出せる準備は整った。

 

 そうして、暗器が手が離れようとしたその瞬間……

 

 

 戦場に爆音が響いた。

 

 

「なっ!!!」

 

 敵将が爆音のする方に気を取られた。

 

 顔を逸らされ、目は狙えない。指の力のみの暗器では威力がなく、当たっても致命傷にはならない。ならば、敵も俺の予測していなかった事態から、状況が好転する可能性を取った。

 

 俺は片足に力を込めて、後ろに跳ぶ。なにか分らないが、窮地から逃げられる機会だった。

 

 そうして距離を取る事に成功した後、落ちていた槍を拾い、立てないまでも膝を着く形で構えた。それでも未だ、敵将は爆音の先を見ている。俺が敵将が見つめる先の事を確認すると……人が吹き飛んでいた。

 

「はっ!?」

 

 比喩ではなく、本当に吹き飛んでいた。まるで台風の時の紙のような有様。そして、再び、爆音が起き、土煙と共に人が空を舞い、砂埃と共に強風が迫ってくる。それとともに敵将がつぶやく。

 

「な、なんや?これ……」

 

 敵将が呟いた事と同じことを俺の頭の中を埋め尽くした。なんだあれは……と。

 

 そんな事を考えている間にも爆発音が戦場に響く。爆弾なんてものがあるはずもない時代に、なんでこんな音がするのか……

 

 大きな群れが動き、動きが止まると爆発音と共に、人が吹き飛ぶ。人を吹き飛ばした後、その群れは別の場所に移動して、どんどんこちらに近づいてくる。

 

 そして、女性の甲高い悲鳴が戦場に響くと敵将は叫ぶ。

 

「沙和!!!!」

 

 敵将が一瞬、こちらに睨みつつも、なにかに葛藤し、そして、悲鳴がした方向へ向かっていた。俺はその姿を眺めている事しか出来なかった。

 

 そして、敵将が爆発音のする方へ向かった後、再び、音が響き、叫び声とともにあの奇怪な武器が空中に舞った。あれだけの将をもってしても歯が立たない相手など一人しかいない。

 

 暫く、群れの動きを見ていると、ガンガンと鐘の音が鳴った。それは曹操軍の退却の合図だった。曹操軍の左翼部隊と共に全軍が引いていく。それとともに爆音が止んだ。

 

 暴れまわっていた群れがこちらに近づいてくる。

 

 先頭にいたのは呂布だった。あの時と……あの模擬戦で戦った時と同じく、まるで機械のように無機質な瞳をしていた。そこからはなにも感情を読む事が出来ない。

 

 拳に力が入る。助かったと安堵もある。でも、それ以上に口惜しさが勝る。あれから何年経った?あれからどれだけやってきたのか分からない。それでも差は広がるだけ。俺がまるで歯が立たなかった相手を一蹴し、曹操軍の左翼部隊を崩した。ここに居るという事はそういう事なのだろう。

 

「助かりました。呂布殿。このご恩はいずれ」

 

 それでも、ここはそんな感情を押し殺し頭を下げる。命の恩人に無礼であってはならないし、なにより相手の狙いが何なのかすらも分かっていない。誰の命令で動いているのか。そんなことを考えていると呂布は困ったような悲しいような顔を垣間見せたように見え、自らの後ろに居た小さな影に話かける。

 

「……ねね、終わった」

 

「うー、まだ耳がじんじんするですぅ」

 

 呂布にしがみついていた小さな影には……両耳を押さえた音々音が居た。

 

「……音々音」

 

 肩から力が抜けるのを感じる。

 

 張遼の話では倒れたと聞いていた。政治的に槍玉に上がるつらさは知っている。あの幼い体で人からの悪意を受けきることは多大なストレスがかかるだろう。責任感も強すぎる点もあり心配だった。壊れてしまうのではないかと……音々音はこちらに気が付くと、つかつかと足音を鳴らしながらこちらに向かってくる。ずっとしがみついていたせいなのか、疲れが見える。長安から来たのならかなりの距離だ。疲労は相当なはず。

 

 手足がまともに動けばこちらから近づくのだが、安堵からか張りつめていた糸が切れたように体が言う事を聞かなかった。

 

 眼の前に音々音が立つ。膝を着いている為、いつもよりも近く感じる。

 

 音々音の唇が震えを押さえながらも言葉を紡ぐ。

 

「こ、この……」

 

「この?」

 

 なんだろうか?この??

 

「この馬鹿!!!!」

 

 罵倒の言葉と共に頬に痛みを感じた。

 

「えっ?」

 

「なにをやってるですか!孫策を相手に野戦を仕掛けた挙句、曹操とまで?しかも撤退戦で殿?お前の事は馬鹿だとは思っていましたが!ここまで馬鹿だとは思わなかったです!!このぉ!!」

 

 頬を叩くのに止まらず、俺の胸を叩き始める。強く握られた拳。わずかにだが、血がにじんでいる。

 

「ね、ねね……」

 

「お前は恋殿とは違うのです。お前も言っていたではないですか、無茶はしないと!命が一番大切だからと!敵わないから逃げると!それがなんですか!」

 

「ご、ごめ……」

 

「ごめんじゃないです!なぜねねを信じなかったのですか?孫策を退けて、さらに曹操を相手にするなんて無茶をして!」

 

 胸を叩く拳の力がすこしずつ弱くなっていく。そして地面には涙の後がぽたぽたと残っていた。

 

「それで死ぬつもりだったですか?ねねとの約束を破って!」

 

 はぁ、はぁ、と息を乱しながら、頬には涙が流れ、握りこぶしには血が付いている。

 

「わかっているですか……あと少しで死ぬところだったのです。助けられたのは運が良かっただけ。ねねは間に合わなかったのです」

 

 敵将がもし、俺を殺すことに専念していれば……仲間を救う前に俺を殺そうとしていたら死んでいた。それで良いと思っていた。でも……音々音の今の姿を見て、それは俺の独りよがりに過ぎなかったことだと分からされる。もし、敵将が呂布に向かう前に俺を殺していれば、音々音は一生、このことを悔やむのだろう。一生消えない傷を与えてしまうかもしれなかった。

 

「死んじゃやだ」

 

 その言葉とともに胸板に倒れこんでくる音々音を抱きしめた。小さいにしても軽すぎる体だ。どれほどの苦労したのか、どれほど心配をかけて来たのかわからない。

 

「ごめん」

 

 強く、離さないように抱きしめる。もう離さないように……

 

 

 

 

 

 



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