【とうらぶ×GS美神】胎児の夢【女審神者+長谷部&蛍丸】 (駒由李)
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胎児の夢

20世紀末のある会話

 

 

 異能は吸血鬼。しかし、昼間でも歩ける体。それに興味を持ったのは偶々だ。

「貴方は、ダンピールなのね」

「えぇ、母が人間でして」

 女性の問いかけには、勿論きちんと答える。イタリア男性らしい。ピートと呼ばれている青年は、笑んで答えた。嫌味のないそれには、牙が光る。今は昼下がり。太陽が空を陣取っていた。彼は、苦笑する。

「とはいっても、ほとんど吸血鬼としての人生を送っていますがね。母も疾うにありませんし」

「……私がもし、彼と結ばれたら、貴方のような子が生まれるのかしら」

 何とはなしに、腹を押さえる。ヒトの形に似せているから、恐らく生まれるのはここからだ。

 古来、異類婚姻など珍しくもない。あのオカルトGメンもいっていたではないか。

 「彼」は成人していない。「彼」と本当に添い遂げられるのは、数年の後の事だろう。その時が、今から、とても楽しみなのだ。

 けれど、この青年のように、人間の片親は先に亡くなる。それが寂しかった。特に、「彼」が傍にいなくなるのは。それに想いを馳せると、ピートは優しく笑んだ。

「まだ、先の話ですよ。ずっと、先の話です。案外、ヒトと付き合っていると、時間は長く感じるんです。それに、僕達みたいなモノの特権がありますよ」

 彼はいった。

「これからの皆を、そして彼らに縁が続く人達を、ずっと見守っていられるんですから。ルシオラさん」

「……そうね、有難う」

 自身は、笑った。日が、西に傾きかけている。横島は、いつ帰ってくるだろう。

 

 

 

 

 

 

2199年、その後 東京旧市街地区

 

 

 不意に、それが頭に引っ掛かったのは彼らが消え去ったからだ。それにひどく後悔した。だから慌ててデバイスを取り出した自身に、部下が戸惑いの声を上げる。

「ブラドー大佐、どうなさったんです」

「問題ない。……忘れ物をしていたんだ」

 いいながら、日本政府に交渉する。日本には戸籍制度がある。

 運が良ければ、「彼」の子孫を辿れる筈だ。あっさりと了承を貰い、200年分の「彼」の家の戸籍を取る。そこそこの料金は取られたが、構いはしない。多岐に渡るそれらを篩にかけていく。

 「彼」が生きているうち、彼の子や孫、曾孫に、「彼女」が生まれる事はなかった。誰も、本人ですらそれに触れた事はない。ただ、名前の候補に、「彼女」に由来するものがあった事を、自身は知っていた。

『彼の子供や孫に転生する可能性は高い』

 しかし可能性は可能性でしかなかった。同世代の者達は密かに落胆し、「彼女」に関わる魔族も神族も、次第に離れていった。自身もオカルトGメンとなり、あれから200年の人生を歩んでいるうち、「彼ら」とは離れてしまった。

 けれど、この事件が偶然とは思えなかった。

「……あった」

 部下に見咎められないよう、呟く。

 知っている中では、「彼」の家はあちこちを転々としていた。東京から大阪、ロンドン、ロシア、パリ――ばらばらになった中で、「直系」に当たる家の住所が記載されていた。

 「横島家」が。

 

 

 

 

2199年 九州某所

 

 

 生まれた時から、ホタルは友達だった。気がつけば、日が暮れればホタルと戯れる我が子を、両親はどんな思いで見ていただろう。思い至ったのは、熱帯と化し雪が降らなくなった九州の田舎といえど、時節問わず常にホタルが付きまとうという事に気付いてからだ。名前からして悪い。これではホタルに懐かれても致し方ない。それが魔性の妖だとしても。

 ホタルはいつでも、自身を守ってくれた。導いてくれた。宵闇に紛れて迷子になれば、その灯火で道を教えてくれた。迷子になった友の元に導いてくれた事もある。時に、治安の悪い時世。悪漢に大勢で群がる様に恐怖を覚えた事もある。それからは、何かがあれば、自身の幻を作って逃がしてくれた。

「先祖が異類婚姻でもしたのかね」

 日が暮れて、縁側でホタルと戯れる娘に、母は不思議そうに首を傾げた。先祖はゴーストスイーパーの家系だったらしい。今はただの霊感が強い程度の体質だが、そうでなくとも異類婚姻は珍しい話ではなかったそうだ。

 しかし、ホタルとの異類婚姻とは、一体どういう経緯でそうなったのか。不思議だった。

 

「ICPO、オカルトGメンのブラドー大佐です」

 

 

 

 

 

*****

 

 

2205年 肥後国No.●●●●●● 部隊名「横島」

 

 着任して早々に、試してみたオール999レシピ。2番目の鍛刀でやって来たのは、あまりにも自身に縁深すぎる名を持つ刀剣男士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胎児の夢

 

 

 

 

 

 この景趣は、頓に気に入っているという。ゆえに、この本丸の季節は常に夏だった。今日も日が暮れると、ホタルが舞いはじめた。

 その辺りから摘んだホタルブクロに、やって来た1匹のホタルを入れる。すると、その灯りは大きく点った。夜道を照らす、小さな提灯だ。それに、いつもと同じように眼を奪われる。

 まぼろしの火だ。ホタルブクロに集まってきた淡い光の群れに、自身は語りかけた。

「主と蛍丸のところに、連れて行ってくれないか」

 すると、ホタル達はふわりと滑空する。ついていけば、ホタル達は庭の奥へと導いていく。それに、密かに嘆息した。

 また、主はあの川辺にいる。近侍の蛍丸を連れているのはいい。問題は、決まって、そこにいる彼女は、いつもより深刻に落ち込んでいるという事だった。

 ホタルのたまり場。故郷でも、彼女は好んでそこにいたという。それは彼女の魂の起源に由来すると、応対した客人は、深刻そうにいっていた。今日の客人は、いつもの外つ国の青年。それに、異類の、赤毛の女性だった。

 青年は、この審神者の後見人。女性は、審神者の「姉」だという。青年は穏やかな雰囲気を纏っていたが、女性はあまりにも重い空気を背負っていた。帰すのに、苦労をしたほどに。

「長谷部。有難う、お疲れ様」

「――主。蛍丸は寝ているのですか」

「うん。怒らないであげてね。遠征から帰ってきたばかりだったこの子を連れてきたのは私だから」

 既に暗い川辺に、足を浸けたまま座る女性。その膝には、見た目は幼気な大太刀の付喪神が寝息を立てている。そうしていれば本当にあどけない子供なのだ。戦場での鬼神ぶりは全くわからない。

 それをいえば、この主はただ人にしか見えなかった――ホタルブクロを勝手に破ったホタルが、彼女の元に舞い戻る。円舞するホタルは、彼らを守っているようだ。否、実際、守っているという。蛍火に照らされる彼女は、いつもよりも憂鬱そうだ。

「それで、今日のお客様は、納得して帰ってくれた。ブラドー大佐が抑えきれなかったっていっていたけど」

「……また来る、といっていました」

 彼女の髪の毛には、奇妙な癖がある。2本の細い角のように、髪の毛が立っているのだ。そこだけは、あの赤毛の女性と似ていた。

「『妹』が顔を見せてくれるまでは、軍の非番の隙を見て、何度でも来ると。……ご安心を、主。俺は、主の命に従います」

「……有難う。御免ね。いつも、こんな主で」

 不安そうな瞳を揺らがせたから、自身は咄嗟に答える。主は、蛍丸の頭を撫でた。

「でも、私の前世のお姉さんや妹なんて、どうしてもわからないの。それに応えようとするのに、もう疲れちゃった」

 だからブラドー大佐というあの青年は、彼女を政府に引き入れたという――ICPOでも、歴史修正主義者の対応には忙しい。日本政府でも同様だ。その為の人材として、彼女を保護してくれたと、彼女自身が語った。

 自身がこの部隊に着任して直ぐの事だ。妹と名乗る少女が、この本丸に乗り込んできたのは。跡を追ってきたブラドー大佐が抑えたものの、笑顔を見せていた審神者が見る間に青ざめたのは、あれがはじめてだった。

 彼女の前世は、魔族――200年前、世界の命運と、恋人の為に身を擲ったホタルの化身だったという。

『体は間違いなく人間なのですが、彼女の魂は元は魔族のものです。……200年という時間は、寧ろ早い方だったというべきでしょうね。1000年かけて生まれ変わった人達もいますから』

 別の日、改めてやって来た彼は、そう語った。そして今の彼女があれ程に憔悴しているのは「自身が原因」だとも、彼はいった。

「6年前に、突然やって来た大佐はね。どうしても確かめたい、っていっててね。両親と一緒にだったし、費用も向こう持ちだったけど。魂を調べさせて欲しいっていわれた。……そこから、漏れたらしくてね。200年前の私の関係者だったっていう人達が、嬉しそうな顔で、九州の実家を訪ねてくるようになったんだ。最初は、他人事だったよ」

 今の自身の境遇を振り返り、彼女は語る。ホタルが舞う。時折、自身の方にもホタルがやって来た。彼女の様子がわかる程に、その蛍火は明るい。

 聴けば、200年前。前世の彼女は、自身を助けて死にかけた恋人に、自身の体のパーツを分け与えるような真似をしたという。そして、彼女は散った。「破片」はかき集めても、どうしても「彼女」には足りなかった。

『でも、彼女の体の多くが残された恋人の彼が子をなせば、子供や孫に転生してくるかも知れない』

「……それが、200年も未来じゃどうしようもない。そのご先祖も、21世紀の末には死んじゃってるらしいし。仮にどこかに生まれ変わっていたとしても、屹度、恋心なんて持てないと思う」

「文字通り、命懸けの恋でしたでしょうにね」

 それは、文字通り。世界を天秤に掛けた恋だったのだろう。今の彼女からは、そんな情熱は見当たらない。この女性は、既に疲れ切っていた。蛍丸の頭を撫でてやる手も、姉よりも母や祖母。そういった様子だ。

 それだけで、察する。だから、長谷部は、少しだけ苦しい。あの世というものがあるならば、ついていきたかった。――もし、生まれ変わりなどがいれば、自身はどうするだろう。それを考えれば。

 まだ浅い宵。さらさらと流れる川。足が冷えないのだろうか。川に浸したままの足元を、蛍火が照らした。彼女の、苦笑した顔も。

「……パピリオ、っていってたかな。あの子が妹っていうのは嬉しいよ、かわいいもん。でも、それだけ。あの子は『魔族にとって、死別も転生も本当のお別れじゃない』っていってた」

「……そういうものです。俺達刀剣男士も、『オリジナル』がいますから。でも」

「でも、そう。今の私は、人間なんだよ」

 撫でていた手を、止める。俯く彼女は、触覚を思わせる癖毛を揺らす。

「だって、恋人だったっていう先祖は、人間だったんだから。私が魔性に由来するものだとわかるのは、石切丸とかにっかりとか、それにまんばとか。それぐらいだよ。長谷部だって、今でも全然わからないんでしょう」

 口を噤む。それが答えだった。

 魔性のモノにとって、死別も転生も、絶対の別れではない。それは刀剣の付喪神である自分達もそうだ。化生ゆえ、神と呼ばれようと、本質は同じようなものだ。

 俯く彼女の、顔がよく見えない。ホタルが呼応したように、彼女の顔から離れていった。泣いているのだろうか、そうとすら思えた。

「私はルシオラ。200年前に生まれて死んだ、ホタルの化身。姉妹がいて、世界を征服しようとして、その中で恋人と出会った。彼の為に、体すら譲った」

 顔を手で覆う、その様は見えた。――膝の蛍丸は見えているだろうか。寝息が聞こえなかった。

「これらの事実は、周りから教えられたの。全部、全部」

 主は静かに咽ぶ。

「ねぇ、なんでそんな、大事な一生を欠片も覚えていない私が、200年前から私の事を想ってくれていた人達に期待を返せるのかな」

 だから、会う義理がないと彼女はいう。

「あの人達は、私が今の私じゃなくて、200年前の名残を少しでも見せてくれる事を期待してる。それを悪いとは思わない。私だって屹度期待する。でも、私は、本当に何も覚えてないの。どうやって探っても、目の前に突きつけられても、全然思い出せなかった。昨日見た夢の全てを思い出せないように。私を構成してきたものを思い出せない」

 不意に、顔を上げる。それに驚いて、見返した。審神者の顔を見た。

 真っ新な顔だ。

「今の私は、もう『ルシオラ』じゃない。『横島●●』でしかない。同じ魂を持った赤の他人だ。どうすれば、あの人達に、この大事な事を伝えられるんだろう」

「……俺は、どんな主でも、お支えしたいと願っています」

「私も、あの人達に、そんな風にいえたらよかった」

 濡れた足を引き揚げる。ホタルの灯りの中でも、審神者の脚は血色を保ったままだった。

「私は、私だって」

 

 

 

 

2199年 政府の一角

 

 

 まるで覚えていないが、200年前。自身は前世とやらでこの人と話した事があるという。ダンピールだという彼は、漸く放してくれた両親に見送られる自身に、ひどく申し訳なさそうに語った。

「実は先日、貴女の恋人だった男性の幽霊……正確には残留思念ですね。彼と会ったんです」

「じゃあ、私が今からその人に会えば」

「残念ながら、彼らは成仏してしまいまして。……この際は残念、というべきか」

「ちょっと見てみたかったなぁ。実感がわかないし」

 魂の検査をするという部屋。そこに連れて行かれながら、見下ろしてくる彼に、自身は答えた。

「命懸けの恋をした自分なんて、まだ想像がつかなくて。顔を見れば実感がわくかなって」

 それに、彼は苦笑したまま、答えたなかった。

 まだ、子供だった。吸血鬼の彼と比べれば赤子にも等しかった。

 

 

 

 

 

2205年 夏の夜

 

 

 

 主は私室に引き取った。負ぶっていたその子供がいい加減重くなり、部屋に着く前に囁く。

「おい、蛍丸。とっくに起きているんだろう。下りろ」

「……だって気まずいじゃん」

 返る答えは、背なの少年。審神者の近侍のものだ。悪びれない彼は、それでもしゃがんだ自身から素直に下りる。そしてそのまま、自室へと向かう縁側を一緒に歩いていく。

 起きているのはわかっていた。そもそも、自身が客人を相手にしていた時、傍についてやっていたのはこの蛍丸なのだ。同じホタルに纏わる者同士、奇妙な共鳴を示す彼らだ。

 腰の位置にある頭を見下ろす。帽子を脱いで頭をかき回す彼は、欠伸混じりにいう。

「主、ずーっと静かでさ。いつもそうだけど、今日はより一層ひどかった気がする。もう関わらせない方が、主の心の安寧になると思う。どうせ、主の恋人だったっていうヒトは、結局まだ見つかってないんでしょ」

「200年前に死んだ主に対して、100年以上前に死んだ恋人だからな。生まれ変わりというものはわからんが、この時代にいるとは思えん」

「主って、律儀なんだよね。無い袖は振れない。なのに一々応えようとするから、あんなに憔悴しちゃってるんだ。心の手入れは難しいよ」

 帽子を被り直し、蛍丸はいう。長谷部を斜めに見上げた。

「長谷部は、どう思う」

「……今の1番は、主だ」

「俺もだよ。昔の主の事も知らないし。……報われない話だよねって、主が自嘲してたよ」

 語る声は、いつも通りに静かだった。あのホタルの舞のように。

「200年前に自分が死んだせいで、世界は救われたけど関係者は皆傷付いた。生まれ変わる可能性に賭けて心を慰めた。なのに何も持たずに生まれ変わってしまったから、自分は200年経っても誰の心も慰められない。ふがいない奴だって」

 声を詰まらせる。蛍丸は来派部屋を向こうに見ながらいった。

「主はここで今、保護されている。でも、今迎えているのは、また世界の危機とやらだ。主に変な事を考えさせないようにしないとね」

「変な事」

「『同じ事の繰り返し』」

 世界を救う為に、自分の命を投げ出す。嘗ての彼女は、恋人の為に行った。しかし、今の彼女は。

「長谷部。そうならないように、ちゃんとお前も見守ってあげてね。昔は魔族とやらでも、今の主は人間だから」

「わかっている」

 言い聞かせるように、長谷部は俯く。

「……わかっている。主は今生は、絶対に死なせない。お守りし通す」

 刀の柄を握った。

「死なせない事が、主があれ程に気を病まれている『彼ら』への期待に応える事だろうからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

21××年 ???

 

 

 

 自身に、名はまだない。

 ……宿った魂には、深く名が刻まれている。しかし、これが自身の名に由来する事はあっても、同じ名を与えられる事はないだろう。

 そして生まれた自分は、今知った、嘗ての数奇な運命を全てこの中に置き去っていくだろう。

 それでいい。それでいいのだ。

 自身がそのままに生まれれば、200年。200年も待っていた人達も、自分が覚えていなければ、きっといつか諦めて離れていく。

 彼らが、解放されるだろうから。

 

 

 そうしてまた、夢を見る。淡い淡い光を、その水の中で見る。

 ホタルの夢だった。

 

 

 

 

 



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