D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い (ナナシの新人)
しおりを挟む
桜の妖精 ~cherry fairy~
我が子よ......よくお聞きなさい。
これからあなたに話すことは......とても大切なこと。
わたしたちが、ここから始める。
親から子へと、絶え間なく伝えてゆく。
長い長い......旅のお話なのですよ。
* * *
大型トラックの排気ガスと潮の匂いに包まれる。
煙たさに咳払いをして排気ガスの生温さに鬱陶しさを感じて目を閉じる。徐々に遠ざかる、エンジンの音。
「さむ......」
余韻に浸ることもなく、寒さに目を開ける。
視界に広がるのは、見知らぬ土地の冬景色。
吐く息は白く、凍えそうなほど空気も、風も冷たい。空を見上げる。今にも落ちてきそうな、どんよりとした灰色の分厚い雲が覆っていた。
「ふぅ......」
もう一度、周囲を確かめる。防波堤付近には、幾つか漁船とフェリー乗り場と掲げられた看板。どうやら、ここは港らしい。
「で。俺は、何でこんなところにいるんだ......」
寒さでかじかむ手に息を吹き付けながら記憶を探る。
「そうだ......。寒さしのぎにコンテナで寝てたところを運ばれたんだった」
漁港で荷降ろしを始めた運転手に見つかって下ろされたんだ。
これからどうするか思考を巡らせていると、ぐぅ~と腹の虫が鳴いた。
「腹へったな......。こんな寒い日には、やっぱラーメンだな」
時刻は昼下がり、昼食を摂るには遅い時間。昨日の夜から何も食べていない、腹が鳴るのも道理。そうだな、ラーメンと一緒に米と餃子があるとなおのこといい。
「ラーメンセットひとつ」
――ちがう。ここは、凍える潮風が吹く荒れる港。それも、寒空の下だ。自分自身で突っ込みを入れてしまうほど、空腹と寒さでうまく頭が回っていない。
そもそも、俺はそんな贅沢をできる金は持ち合わせていない。
「ふぅ......稼ぐか」
大きなタメ息を漏らし、空腹と寒さに堪えて歩く。道路を挟んで向かい側に、街の案内板を見つけた。地図上で人が集まりそうな場所を探す。見つかった候補は、二箇所。
「商店街か、公園だな」
とりあえず、ここから近い商店街を目指すことにした。重い足にムチを打って歩く。住宅街を越えた先に、
「ここ、
聞いたことのない地名だったが、特にそれは珍しい事じゃない。
全国を旅をしている俺にとって、こんな事は日常茶飯事。むしろ、知っている地名の方が遥かに少ない。
「さて......」
芸を披露するのに良い場所を探しながら商店街の中を散策していると、お
「よし......」
俺は、尻のポケットに手を伸ばし
* * *
初音島での初稼ぎの成果は、数百円。何とか飯にありつける金額だが、宿代には遠く及ばない。
「今日も、野宿だな......」
商店街のスーパーで、期限切れが近い割引価格のおにぎりと飲み物を購入して、寝床を探す。学校らしき建物の近くに、広い公園を見つけた。公園内を歩き、その先にあった高台のベンチにもたれ掛かる。
「で。なんなんだ? この島は......」
視界を包む異様な光景。
常識では決して起こり得ない風景が目の前に広がっていた。
この公園......いや、この島全体がおかしい。空腹で気に止めていなかったが、商店街も、住宅街も、ここと同じだった気がする。
「何で冬に、桜が咲いてるんだ?」
この初音島という島。島中の桜の木は、
「さてと、探すとするか」
多少気にはなったが、考えても意味がない。ベンチを立って、再び歩き出す。風避けを探しながら徐々に公園の奥へと進んでいく。そして、開けた場所に出た。
広場の中央には一際大きく咲き誇る桜の大木。何故か此処だけは、風が吹いておらず、気温も高台のベンチと比べるといささか暖かい。ここなら、凍死はしないか。今晩の寝床は決まった。荷物を置き、桜の幹に身体を預けて目を閉じる。
その直後――。
「ねぇ、キミ」
誰かに声を掛けられた。女の声。警察か? だとしたら厄介だ......。面倒だが、目を開く。
深々と、桜が舞っていた。
見渡す限りに舞い散る桜の花びら。
それは一面を色づけるように、白で塗りつぶされた世界を彩るように、ただゆったりと舞い踊っている。
「こんなところで寝てると、風邪引くよ?」
舞散る薄紅色の桜の花びらの中、綺麗な金色の髪をツーサイドアップに結び、青い瞳で透き通る様な白い肌の少女が立っていた。
その姿はまるで、背を預けている桜の妖精のように思えた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
団らん ~gatherings~
まるで雪の様に舞い散る桜の花のびら中、月明かりに照らされ映える金髪の少女。彼女は膝に手をついて俺に目線を合わせた。
「こんばんはー」
――なんだ、子どもか......。声の主が警官では無いこと確認出来たことに安心して、再び目を閉じる。
「うにゃっ、無視しないでよ! 起きてーっ」
視線が合ったにも関わらず、ガン無視を決められた少女は、俺の身体を大きく左右に揺さぶった。まったく、鬱陶しいことこの上ない。このまま放置してもおそらく埒があかないと感じたため、面倒だが目を開けた。
「......なんだよ? 迷子なら、交番へ行ってくれ......」
「キミ、さっき商店街で人形劇をしてたよね。見せてくれないかな?」
少女はやり返すように、俺の言葉を無視した。
「ちょっとだけで良いから......ねっ? おねがーいっ」
「疲れてるんだ、明日にしてくれ......」
ゴロン、と少女に背中を向けて横になる。直後、ぐぅ~と腹の虫が大きく鳴った。腹へった......。夕食は済ませたが、育ち盛りの身体には、おにぎりだけではとても足りない。だが、金がない。水道水で一時空腹を満たしても、後に待っているの地獄だ。
「にゃははっ、スゴい音、お腹空いてるんだねー」
「............」
「はい、どうぞ」
「あん......?」
振り向くと、少女の小さな手のひらに大きな和菓子が乗っかっていた。俺は、黙ったまま
どうするか葛藤している俺に、少女は不思議そうな
「もしかして、和菓子嫌い?」
「嫌いじゃない......じゃなくて、どういうつもりだ?」
「お代の代わりだよ。だから見せてよ」
少女は引きそうにない。俺は観念して人形を取り出した。
「ハァ、少しだけだぞ?」
人形を地面の上に置いて、触れるか触れないか位の距離で手をかざし、意識を集中する。すると、横たわっていた人形が立ち上り、トコトコと歩きだした。
触れることなく物を操る事をできる力。
俺は、この力で人形を操り、人形劇を生業にして稼ぎながら全国を旅して廻っている。
「スゴいねー。
少女は、魔法の部分を強調して賛辞を送った。どこか探るような感じに思えたが、そんなことはどうでもいい。今は、さっさと寝て明日に備えたい。
「見せてやったんだ、もう、いいだろ? 早く帰れ、親が心配するぞ」
「大丈夫だよ。ボク、子どもじゃないから」
「どうみても子どもだろ......」
そして、また腹が鳴る。大きな腹の虫の音を聞いて、少女はくすくすと笑った。
「ねぇ、送って行ってよ」
「はぁ......?」
* * *
俺は今、金髪で蒼い眼の少女と並んで住宅街を歩いている。
先ほどまで、自分は子どもじゃないと言い張っていた少女は、自分は子どもだから送って行けと言い出し、お礼に夕食をご馳走すると言って、俺の心と胃袋を揺さぶった。言っておくが、決して飯に惹かれた訳じゃないぞ? 夜道に小さな子どもを一人で帰すのは危ないからだ。自分に言い聞かせる。そうでもしないとやってられない。
歩きながら少女は、俺の一歩前に出て正面に立ち、そして思い出したように自己紹介を始めた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。ボクは、さくら、
「
「
「好きにしてくれ......」
しばらく歩いて、さくらは、とある一件の家の前で止まった。
「ここが、ボクの
二階建ての純和風造り。金髪で青い瞳のさくらとは、まったく真逆のイメージの住まいだった。
「......やっぱり戻る」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ~。みんな、いい子だから」
「お、おい、こらっ、押すなよ!」
俺の背中に回り込んださくらは、強引に敷地へ押し込み、横開きの玄関の吐を開けた。
「ただいま~っ!」
さくらの声に奥から、ぱたぱたと足音が近づいて来る。髪をアップにした少女が、おたまを片手にやって来た。
「ただいま、
「さくらさん、おかえりなさい。えっと、後ろの方は......?」
「
「あっ、そうでしたか。初めまして、
彼女に対し俺は、どうみても年下のさくらに敬語で話していることに違和感を感じながら、やや無愛想気味に返事を返す。
「ども......」
「挨拶はあとあと、さぁ遠慮しないで上がって、
「はい、大丈夫ですよ。用意しますね」
逃げそこなった......。二人の少女に押しきられた俺は、半ば諦めの境地だった。
さくらの先導される形で居間に通される。
畳張りの部屋の奥には、大型のテレビ。中央には
そしてもう一人、顔立ちの整った少年が
「おかえりなさい、さくらさん」
さくらに気づいた二人は、彼女に挨拶したあと
「彼は、
「お、オイ! さくらーッ!」
呼びかけも虚しく取り残された。三人の間に気まずい空気が流れる。当然だ、詳しい紹介もなしにいきなり放置したんだから。
「えっと......とりあえず、どうぞ。入ってください」
「あ、ああ、お邪魔します......」
「俺、お茶淹れてくる」
「どうぞ」
「悪いな」
湯気の立った湯飲みを受け取り、温かいお茶を啜る。
「うまい......」
凍えるような外気温に冷えた身体に染み渡る、
「おとーとくーんっ」
「ああ、今、行くよっ」
キッチンから呼ぶ声を聞いた
「テレビ、つけてもいいですか?」
「ああ、好きにしてくれ」
「ファンキーな爺さんだな、重火器ぶっ放して暴動を鎮圧してるぞ」
「他のにしましょう」
「待ってー!」
チャンネルを替えようとしたとこへ、着替えを済ませたさくらが止めに入った。さくらは時代劇物が好きらしく、
「お待たせ~」
「おお~っ!」
時代劇がクライマックスを迎えた頃、
全員が
「うまいっ!」
「よかった~。おかわりもたくさんありますから、いっぱい食べて下さいね」
「遠慮しないで食べてね~。うん、ほんと美味しいよ、
「えへへ~、ありがとうございます」
夕食を食べ終え、お茶で一服。
「
「年か? えっと、確か......」
「私と同い年なんだねー」
「私と兄さんにとっては先輩ですね」
「そうなのか?」
「俺も、気になっていることがあるんだ」
俺の気になっていること、それはこの初音島の矛盾だ。
「何で
「
「ああ、本島から来たんだ」
コンテナで寝てたところ運ばれた、なんて情けなくて言えないけどな。そしてさくらは、何故だか少し険しい
「そうなんだー、だから見覚えがないんだね。この島の桜はね――」
枯れない桜。
一年を通して枯れることのない桜。何年か前に、突如として起こり始めた現象。その理由は、島民の誰にも解らない。ただ、この初音島にとっては、貴重な観光資源になっているらしい。
「それとこの桜には伝説があるんです」
「伝説?」
「ああー、あれだろ。桜が、人の願いを叶えるってヤツ」
「へぇー、意外だなっ。兄さんは、その手の話に疎いと思ってたのに」
「
「人の願いを叶える魔法の桜ねぇ......」
俺の望みを叶えてくれれば手っ取り早いんだけどな......。湯飲みを起き、
「どうしたの?
「帰るんだよ」
掛け時計の針は、20時を指している。そろそろ親が帰ってきてもおかしくない時間だ。鉢合わせする前に出ていきたい。
「家に泊まっていきなよ」
「はぁ......、あのなあ」
軽く言うさくらに呆れてタメ息が漏れた。こいつには警戒心と
いう物が無いらしい。
「俺は、どこぞの馬の骨かもわからない男だぞ? そもそも親が許さないだろ」
「その心配は必要ないよ。この家の家主は、ボクだからねー」
「面白い冗談だな。子どもは早く寝ないと大きくならないぞ」
面白くもない戯れ言を鼻で笑い飛ばす。だが三人は、さくらの主張を肯定した。
「嘘じゃないですよ。さくらさんは、俺の保護者ですから」
「私たちの学校の学園長ですし。ね、お姉ちゃん」
「うん、そうだよ」
「はぁ......?」
呆気に取られた。だが四人揃って嘘を付く理由はない訳で――。
「そう言う訳だから泊まって行きなよ。
「はい、わかりました。客間でいいですよね?」
「私も手伝うよー」
「お、おい」
再び俺と
「諦めた方がいいですよ。ああなったら聞きませんから」
冷静にお茶を飲む、
どうやら俺は、また逃げ損ねたらしい。
「へぇ~、
「はい......」
戻ってきてから、話題は
「弟くんが主役なんですよっ」
「兄さんがあんなセリフをね......。あははっ、今思い出してもおかしー」
自分のことのように誇らしげな
「今日も一緒に練習しようねっ」
「いや、今日は、
「一緒に練習しようねっ」
「いや、だから......」
「一緒に練習しようねっ」
笑顔で意見を押し通そうとしている。その異様な主張を目の当たりにした俺は小声で、
「
「お姉ちゃんの特技のひとつで、『もう聞く耳持ちませんモード』です。笑顔で自分の主張を貫き通します。こうなると絶対に譲りません」
「こぇー......」
穏やかで優しそうな
「人形劇なら、
「えっ?」
突然提案したさくらに、
「
「へぇ~、意外ですね。でしたら是非、兄さんにレクチャーしてあげて下さい。本番でやらかすと妹として恥ずかしいですから」
「おい、こら、
「や、事実ですし」
「ボク、
「......仕方ないな」
一宿一飯の恩義から披露することにした。
渋々と尻のポケットから古ぼけた人形を取り出して、
「あっ、可愛いお人形」
「行くぞ?」
いつものように集中して念を送る。
「わぁっ!」
「立ったっ?」
人形は立ち上がり、トコトコと歩き出した。
「ていっ」
「あれ?」
「フッ......無駄だ」
「糸で吊ってる訳じゃないのか......」
「すごいねーっ」
三人は、感心して見ている。だが、しばらくして――。
「あの、これって、オチはないんですか?」
「――なぁっ!?」
「ゆ、
「や、歩くだけなのかなって思ったんで」
「そ、そんなことないよねっ。
「............」
その言葉に俺の動きが止まり、人形も糸が切れた様にパタリと倒れ込んだ。
「えっと......スゴいよねっ。兄さん!」
「あ、ああ、そうだなっ。ね、
「う、うんっ、スゴいよ、
優しさは時に人を傷付ける。
「......寝る」
相棒の人形をそのままにして客間に向かおうとする俺を、
「でも、本当に不思議ですね」
「そうだな、リモートで動かしてる訳でもないみたいだし......」
「うーん、正真正銘ただの人形だ」
「不思議だね~。まるで魔法みたい」
「
「えっ、さくらさんも?」
「うん、ボクも、
「そうなんですか。
「うん」
「私たちは、そろそろ帰るね」
「帰る?」
「ここは、私たちの家じゃないから」
「私たちの家は隣です」
そういえば自己紹介で
「ああ、そうなのか」
「じゃあさくらさん失礼します。弟くん、
「おやすみなさい」
朝倉姉妹は、俺たちに挨拶をして自宅へ帰った。居間には俺、さくら、
それを不思議に思い
「お前は、一緒の帰らないのか?」
「俺は、ここに住んでいるんですよ」
頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、簡単に説明をしてくれた。
訊いた事をまとめると、
そして今年、訳あって進級する際に芳乃家に移り住むことになったと言うことらしい。
「ふーん、しんどいな、お前ら」
「はい?」
「えっと......じゃあ俺も寝ます。おやすみなさい」
「うん、おやすみ、
それを待っていたかの様にさくらは少し真剣な声で訊いてきた。
「ねぇ、
「なんだ?」
「どうして、初音島に来たの? 旅行......じゃないよね、家出?」
確信した言葉だ。野宿する姿を見られてたんだから当然か。わざわざ隠す必要もない話すことした。
「旅をしてるんだ」
「自分探し?」
「そんなところかもな」
適当に答える俺に、さくらは小さくタメ息を付いた。
「まぁいいけどねー。ところでどうやって動かしてるの?」
「これか?」
ひょこっと立たせてみせる。
「うん、そうっ」
「『
「『
「ああ、簡単にいうと触れず物を自在に動かせる力だ。俺は、死んだ母親から、この力とこの人形を受け継いだんだ」
そして、もう一つ......。遠い約束も一緒に。
「子どもの頃から、人形劇《これ》を生業に旅をしている」
「そうなんだ。
「旅費が貯まるまでだな」
出来れば余裕を持って出たい。
「何処か人の集まる場所はないか?」
「う~ん......そうだねぇ」
さくらは、唇に人差し指を当てて考えてくれている。
「そうだっ。もうすぐ『クリパ』があるから、その時なら人が多く集まるよ」
「『クリパ』? ああ......
「うん、本島からも大勢人が来るから、『クリパ』で披露するといいよ」
「でもそれ、学園行事なんだろ? 部外者の俺が参加するのはマズいだろ」
「ボクが許可するよ。さっきも言ったけど、ボクは
「......それ、マジなのか?」
「マジもマジ、おおマジだよ」
そう言うと、さくらは名刺を見せたてきた。
そこには確かに、さくらの名前と風見学園学園長と記されている。まったく世も末だな。
「お金が貯まるまで、遠慮なく
「さくら......お前は、なんでそこまでするんだ? 俺たちは今日初めて会ったばかりの他人だろ?」
「言ったでしょ、ボクは
さくらの
「そうか、そういうことなら、ありがたく厄介になる」
「うん、ありがとう。じゃあボクも寝るね。おやすみ~」
「ああ」
さくらを見送った後、寝具を用意してくれた客間へ向かった。
「ひろ......」
だだ広い客間のド真ん中に一組の布団が敷かれていた。
枕元に荷物を置いて電灯を切り横になる。
「......ふっかふっかだなっ」
数ヵ月、いや数年振りの布団の魔力はすぐに俺を夢の世界へ連れていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雪月花 ~snow moon flower's~
朝、部屋に差し込む日差しの眩しさで意識が覚めた。
まだ重いまぶたを開けて、最初に視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。
「どこだ、ここ?」
身体に感じる心地よい温もりと重み、視線を落とす。毛布が身体を包んでいた。基本的に野宿が身の上の俺は、こんなの寝心地の良い毛布は持っていない。この不可解な現象を解き明かすため、まだ八割方寝ている脳を巡らせ、昨日の出来事を辿って思い返す。
「ああ、そうか。さくらの家に泊まったんだったな」
頭が起きていくにつれて思い出した。
無事疑問が解消されたところで、もう一度寝ようと思ったが何やら騒がしい。布団から這い出て、騒ぎの出どころであろう居間へ向かう。
「あっ、
「おはようございます。意外と早起きなんですね」
「ああ、おはよ......」
居間に居たのは、四人分の朝食を用意している
「何ですか? じろじろ見て」
「
謎の少女は
私服姿の
「
「えぇ~、かったるいよ」
「じゃあ、私が起こしてくるから。ご飯の準備しておいてね」
「行ってきまーす」
急いで立ち上がって居間を出ていった
「もう、
「お構い無く」
人類を堕落させる魔性の
「朝ご飯抜きでいいならいいよ?」
「......顔洗ってくる」
強力な魔力も、三大欲求の食欲には勝てなかった。洗面所で、顔洗う。蛇口から流れる刺すような冷たい水温のおかげで、一瞬で目が覚めた。顔を上げた目の前の鏡には、前髪が長めの少年が写っている。俺だ。鏡に映る自分の姿をまじまじ見るのも久々、だいぶ鬱陶しさもある。自分でカットでもしてみようかと思っていたところで、身体に異変を気がついた。
これは、きっとあれだな。昨夜久しぶりに、まともな食事と睡眠をとれたお陰だろう。顔色も良い様に感じるし、何だか身体が軽い気がする。軽く肩を回してみる。いつもならパキパキと骨が軋む音が鳴るが、今日はスムーズ回った。
「布団、すげー!」
改めて、文明のスゴさを実感。この素晴らしい感動を噛み締めつつ濡れた顔をタオルで拭って、朝食をいただくべく居間に戻る。すると、
「
「そろそろ来ると思いますよ」
いたずらっ子の様な笑顔を見せて言った、
「あ、弟くん、おはよー」
「おはよう、音姉。
「ああ、おはよ。どうしたんだ? 鼻が赤いぞ」
「
と、言われたため
「くそっ!」
悪態と大きなため息をついて、
「もう。弟くんも、
「あんな起こし方した、
「すぐに起きない兄さんが悪いんです。私は、何度も忠告しましたから」
いがみ合う二人。
「ごちそうさま」
「はやっ!」
「早食いは、身体に悪いですよ?」
「俺は悪くない。この飯が旨いのがいけないんだ」
「あははっ、おそまつさまー。ほら、
誰かもわからないバラエティ番組を観ながらお茶をすすっていると、洗い物を済ませて居間に戻ってきた
「
「ん? ああ、そうだな......」
することと言っても、島を散策しながら人形劇を披露するだけ。詳しい地元民に案内してもらった方が効率がいい。ここは素直に案内されることにした。
「頼めるか?」
「うん、任せてー」
「決まりですね。兄さんも早く食べてください」
「えっ? 俺も行くの?」
「当たり前です」
そんなわけで、始めに連れて来られたのは島の東側。
昨日、人形劇をした商店街。休日ということもあってか、カップルやら、親子連れなど大勢の人で賑わっている。休日は、財布の紐が緩みやすいから狙い目。今なら、そこそこ稼げそうだ。なんてよこしまなことを考えながら歩いていたら、朝倉姉妹と
「どこ行ったんだ? あいつら。まあ、いいか。さあ、楽しい人形劇の始まりだぞー! お代いは見てのお帰りだー!」
とある店先のベンチで相棒を動かしながら、同時に大きな声を出して客引きを行う。
「なんだなんだ?」
「あっ、見て! お人形が歩いてるっ」
何事かと人が寄ってきた。客入りは、まずまず。いつものように人形を歩かせ、途中でくるりっと方向転換させると「おお~」っと、若干歓声が上がった。何度か同じ事を繰り返すと、見飽きてきたようで「これだけなのか?」やら「なんか、地味ね」やら落胆の声が聞こえてきた。
――ふっ......認めよう。そう、確かに今までは地味だった。
薄々気づいてはいたが、面と向かって言われて己を見つめ直した。どうせ同じ町では一度きりの人形劇、その日のうちに別の町へ出る大道芸人だ。その日の食い扶持さえ稼げればいい、と割り切っていた。だが、今日は違う。
目の前を歩く相棒の人形に意識を集中。すると突然、歩いていた人形が何かに
* * *
「見たか、
突然大きな声を出した俺に、辺りの通行人が奇怪な視線を送ってくる。やや足早にその場を離れ、別の店先のベンチに座り、先ほど獲得した小銭の入った袋を確認。成果は、上場。念願のラーメンセットを二人前ほど食べられるくらいはある。
「さて。アイツら、どこ行ったんだ?」
「こんにちはーっ」
「あん?」
「さっきの人形劇スゴかったです」
「ほんとほんと~。ね、
茶髪とロングヘアの二人が人形劇を絶賛してくれて、
「そうね。糸で吊っていたら出来ない動きだったわ。どんな仕掛けか興味深いわね」
「なんだ、お前らも見てたのか?」
「ええ、見てたわ。あなたが店先を占拠して、見物客からお金を貰っていたところをね」
「......はあ?」
何やら雲行きが怪しくなった気がする。
「路上パフォーマンスには、警察と自治体の許可が必要よ」
「あ、
「あなたはちゃんと許可を取ったのかしら? いち、いち、ぜろ」
「何が目的だ?」
「ふふっ、察しがいいわね。そこのアイスでいいわ」
「くっ!」
背に腹はかえられん。稼ぎの中から、なけなしの小銭を数枚手渡す。
「毎度あり。
「はーい。
「ふぇっ!? ちょっと
――アイツ、まだ揺する気かよ。
思わずため息が出た。そんな俺の様子を見た
「あの、ごめんなさい......」
「いや......」
しばらくして、二人が帰ってきた。
「はい、
「わぁ~、ありがとー。
「はい。こっちは、あなたの分」
「はあ?」
差し出されたアイスと、アイスを差し出している彼女を交互に見る。カツアゲしておいてどういうつもりだ。
「要らないなら――」
「いや、食う」
アイスを受けとる。先にアイスを受け取った
「時間がかかってたみたいだけど、お店混んでたの?」
「いいえ、私たち以外のお客は居なかったわ。他のお店に寄っていたのよ」
「そういうことだよ~、
「見せるか」
「あら、そんな態度でいいのかしら?」
「ふふっ」
「傷付けるなよ。俺の命なんだ」
いや、マジで。
「思った通りね。
「うんっ。この
「あ、おい」
心配をよそに、受け取った人形を買い物袋の裁縫道具を駆使して手入れを始めた。手際はかなりいい。
「上手いな」
「でしょ?」
得意気な様子の
「う~ん、思ったよりも傷んでるね」
「ほんとだー。遠目じゃ気がつかなかったけど、
「長年の相棒だからな」
「これで......よしっ。はい、どうぞー」
「悪いな」
「いえいえっ」
「けど、どうして......」
「珍しい物を見せてくれたお礼よ」
「そうそうっ」
「じゃあ行きましょ、
「うん、さよなら~」
「ばいば~い」
「ちゃお」
個性的な三人娘は話しをしながら、商店街の奥へ歩いていった。彼女たちを見送ったあと、綺麗になった人形を定位置にしまう。
「ふぅ。で、アイツらは本当にどこへ行ったんだ?」
「へいっ、ラーメンセットお待ち!」
商店街のラーメン屋に居た。四人掛けのテーブルにひとりで座っている俺の目の前に置かれたラーメンと、半チャーハンと餃子。これぞ、まさに夢にまで見たラーメンセット。
どれから手をつけるか迷う。けど、やっぱ先ずはラーメンだよな。なんと言っても、ラーメンセットって冠がついてる訳だし。割り箸を割って、レンゲでスープを啜る。
「うっまい!」
冷えた身体に熱いスープが染みる。昔ながらの中華麺。チャーハンも、餃子も、奇をてらわず気取ってない。そうそう、こういうのでいいんだ。この、ちょっと油っぽさがあるメニュー表もどこか味わいを感じる。
「ああー、居たー!」
堪能していたところへ、聞き覚えのある声が聞こえた方向を見る。探していた、三人が居た。
「フゥフゥ、ずずー......」
「ちょっと無視しないでくださいっ!」
構わず箸を進めたところ、
眉尻を上げた彼女を先頭に、二人も店内に入ってきた。
「もう、何してるんですかっ?」
「ラーメンを食べてるんだよ」
「見ればわかりますっ!」
お前が聞いたんだろ。心の中でツッコミを入れておく。
「まあまあ、
「そうしてくれると助かる......」
どうやら、
「急にいなくなって心配したんだよ?」
「腹が減ったんだ、仕方ないだろ?」
「ひとこと言ってくれればいいじゃないですか」
「ほんと大変だったんですよ、俺が......」
「ごめんね」
「いや、いい......」
俺の両手には、
「不思議な力で動かせないんですか?」
「動かせなくはないが......。手で持った方が楽だ」
荷物を置いて、今度は島の西側へ向かう。
満開に咲き誇る桜並木、三人が通う学校、公園、海が望める高台。そして昨日、さくらと出会ったあの桜の大木を見て回ったあと、朝倉姉妹も含めて芳乃宅へと帰宅。
数日ぶりに湯船に浸かって、タオルを首に掛けたまま居間に入った途端に、食欲をそそるいい匂いがした。
「お腹すいた~」
「うん。私も、お腹すいたな~」
「俺も」
「いつもに比べてまだ早いだろ? 夕食には」
時計の針は、六時を少し回った辺り。だが、俺の胃袋は夕食を欲している。
「麺は消化が良すぎるんだ」
「や、
「しかも餃子も付いてた」
「そんな昔の事は忘れた。今は、カレーだ。カレーなんて食欲しかそそらない
「うん。それは、わかります」
「だね~」
「確かにそうだけど、あと一時間くらい待ちなさいってば。作りたてより、寝かした方が美味しいんだから」
「や、そんな変わんないって。食べたい時に食べるのが一番美味しいんです」
「
「あん? ああ、やっぱり少し小さいな」
「まあ、兄さんのだから仕方ないですね」
俺が今、着ている服は
「不潔です! 今すぐ入ってきて下さいっ!」
「服は俺のを貸しますよ。小さいと思いますけど」
「溜まってる服、全部出してね。洗濯しておくから」
と、こんな感じで有無を言わさず押しきられた。一張羅のズボンも洗濯中のため、ポケットから出しておいた人形を
「あれ? 綺麗になってる?」
「ホントだ、どうしたんですか?」
「お前たちと同じくらいの三人組の女に......」
言い掛けたところで、襖が開いた。入ってきたのは、もちろん
「こんばんはー。お邪魔しま......あれ?」
「お邪魔......あら」
「あっ、あ~っ!」
「お前ら」
来客は、昼間に会った三人組の少女たちだった。
「こんばんは。
「先輩方、こんばんは」
「みんなは、
不思議そうに首をかしげる
「へぇ~、そうだったんだね」
全員でテーブルを囲んで、
「おかわり」
「私も」
「はやっ! だけど、
「フッ......」
「むっ、なんですか? その人をバカにしたような笑いは?」
冷静を装っているが少しイラついたのが、俺にはわかる。そんな
「おばべば――」
「食べながら喋らないでくださいっ!」
「そうだよ、
姉妹に注意されてしまった。飲み込んで改めて勝利宣言をすると、
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
夕食後駄弁っていた中で、
「うん、そうだね~」
「
「お粗末さま。外まで送ってくる」
「どうだ? スゴいだろ? 楽しいだろ?」
「まあ、
「......ああ、出来るさ!」
「うわぁ~......」
「ほら、見てごらん。毛先の一本一本が独立して蠢いているね。まるで毛虫の様だね。そこの可愛いお嬢さん、触ってみるかい?」
「続けるんですか?」
「......寝る」
「ハァ、それにしても兄さん遅いですね」
時計を見る。四人が玄関へ行ってから二十分ほどが経っていた。確かに、遅い。洗い物を済ませた
「ただいまー」
そして帰ってきた
「ねぇ、エト」
「なんだい、シャル」
「エトは、クリスマスにサンタさん――」
* * *
暗闇の中、誰かが立っている。
周囲が徐々に明るくなってきた。人の後ろ姿だ。
――誰だ?
俺は、その誰かの背中に声を掛けた。
そして、次の瞬間、俺は......現実に引き戻された。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
歌姫 ~song princess~
「
「......
「大きい欠伸ですね。朝ご飯出来てますから顔を洗ってきてください」
「ああ......」
夢を見ていた気がするが、うまく思い出せない(まあいいか)。まだ寝ている頭を冷水で強引に起こし居間へ。
「あっおはよう。
「......おはよ」
「いただきます」
「その格好は、なんだ?」
「え? 何って」
「制服ですけど?」
「
「確かに、
「ちゃんと制服だよ。可愛いでしょ?」
「ああ、超かわいいな。可愛い
「ええ~、もう大げさだよ~」
嬉しそうに笑顔を見せる、
「だから、お代わりくれ」
「はぁ~......」
左隣の
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってきます」
「ああ。そう言えば、
玄関先まで二人を見送りに来たが、
「まあ、いつもの事ですから」
「起きたら遅刻しないように、って伝えてね」
「わかった」
「それからっ。買い物、お願いしますよ?」
「ああ、任せろ。
「あ、あはは......」
念を押す
「おはようございますっ、行ってきますっ!」
食パンだけを口に放り込むと、俺が返事を返す暇もなく出ていってしまった。さて、俺も行くか。TVと
「今日は......公園の方へ行ってみるか」
昨夜、
「こいつは、ありがたいな」
芳乃家を出て、桜並木を通り、
桜公園を拠点に辺りを歩き回る。
住宅街、島中に散らばる桜の花を焼却する施設、大病院、テーマパーク、小さい島だと思っていたが初音島には充実した施設や娯楽がある。
一度、桜公園に戻り、さくらと出会ったあの桜の大木に足を伸ばした。
「デカ......」
桜公園の奥にひっそりとそびえ立つ、桜の大木。
何故だか、この桜は島に咲く他の桜と違う妙なざわつきを、俺に感じさせた。
「とーちゃん見ろっ。スゴいぞー!」
「おおっ、ホントだな」
振り向くと親子連れが居た。
頭に帽子を反対に被りタオルを肩に書けた若い父親と四、五歳くらいの子ども、ショートカットだが服装から見て女の子。
その子どもが、桜の大木に向かって走って来た。
「こら、ゆず。走ると......」
思い切り躓いた。飛んで来た身体を片手で受け止める。ケガはなさそうだ。慌てて父親が駆け寄って来くる。
「すみません!」
「いや、いい......」
倒れかかった子どもを自力で立たせた。
「ほら、ゆずもお礼言って」
「にーちゃん、ありがとなっ」
「ああ、これから気をつけろよ」
「うんっ! あっ人形だぁ!」
受け止めた拍子に
「すみません、重ね重ね」
公園に戻りベンチに座ると父親が謝罪してきた。子どもは見える範囲で公園を駆け回っている。
二人の名前は
「
「いや、外から来た」
「そうか、じゃあ同じだね。俺たちも外から来たんだ。この島には伝説があるらしくて」
「ああ~......確か人の願いを叶えてくれる魔法の桜、とか云うやつだろ」
「君も知ってるんだ、やっぱり有名なんだね。俺は雑誌で小さなコラムを書いていて。いや~、この話は実に興味深い。もっと取材を――
初音島の魔法の桜について、一人でしばらく喋り続けたあと腕時計を見た。
「あっ、もうこんな時間だ。ゆず、行くよ。長い間付き合わせてごめんね」
「いや、奢ってもらったから」
ゆずを受け止めたお礼に奢ってもらったコーヒーの缶を持ち上げて見せる。
「ははは、じゃあね」
「あっ、一つ聞きたい。今何時だ?」
「11時30分だよ」
「......まずい......」
買い物を忘れてた。ベンチから立ち上がりお互い挨拶をして、俺は急ぎ足で商店街に向かう。
「えーと......」
「先ずは......野菜か」
八百屋でネギ、白菜、大根を買い、続いて豆腐、鶏肉にしらたき等を買って風見学園へ。
食材の入った買い物袋を持って校門をくぐり、来客用の玄関から校舎に入った。
「学園長に使いを頼まれたんだが」
「はい、うかがっています。学園長室へどうぞ」
「どうも」
許可を得てスリッパに履き替えて廊下を歩く。やがて中庭らしき場所に出てた、ここから道は二方向の別れている。
「場所を聞けばよかったな。おっ」
一方の廊下から、リボンは黄色だが、
「すまない」
「はい、なんですか?」
「学園長室の場所を教えて欲しいんだが」
「良いですよ。こっちです」
「いや、場所だけで......」
「大丈夫です、わたしの目的地も同じ方向ですから」
結局、彼女に案内してもらった。
「すごい荷物ですね」
「ああ、昼飯の材料なんだ。さくら......学園長に頼まれてな」
「そうなんですか。片方持ちますよ」
「いや、いい」
断った瞬間、女子生徒の手が俺の手に触れた。まあ、そんなことはどうでもいいが、こんな重い荷物を女に持たせられるか。仮に軽くても持たせないけど。女子生徒は手を込める。何て言ったて、この食材は俺の昼飯だからな。
「優しいんですね」
「はあ?」
「ふふっ」
彼女は、意味深に小さく笑った。
「はい、着きました、ここですよ」
「助かった」
「いえいえ、じゃあ、わたしこれでっ」
女子生徒は踵を返し、来た道を戻っていった。どうやら、わざわざ嘘を言ってまで案内してくれようだ。少女に感謝しつつ扉をノックすると、さくらの声が聞こえた。ドアを開ける。
「あっ、
さくらに急かされ室内に入る。
中は掛軸や花瓶、間接照明などが設置された純和風の空間、ちょうど俺が寝泊まりをしている客間の様な感じで、部屋の中央に
「
「ありがとう。
頼まれた食材を手渡して
それにしても、
「あんあん!」
「あん!」
「なんだ、コイツ......謎の宇宙生物か?」
「にゃはは、はりまおは、宇宙生物じゃないよ」
「はりまお?」
聞いたことの無い生物名だった。新種の生命体だろうか。
「はりまおは、この子の名前だよ」
さくらの話によると、この謎の白い生命体は犬に分類されるらしい。
「これ、犬なのか......桜といい、この島は摩訶不思議だな」
改めてそう思っていると
食材をこしらえた
「はい、弟くんっ」
「ありがとう。
「お姉ちゃん。おたま取って」
「はいはい」
「けど、いいのか? こんなところで鍋なんてして」
「いいんだよー。ボクが責任者なんだからね」
軽く言うとさくらは、はりまおにお裾分けをしていた。
まあ、学園長が問題無いと言っているんだから、いいんだろうけど。何とも緩い学校のようだ。通ったことはないけど。
「けど、
「女子生徒に案内してもらったんだ」
「へぇ~、そうなんだ。どんな子?」
「ん、ああ、確か......髪は長くて、二つ結びのお下げ髪だった」
特徴を思い出しながら話す。
「ななか、かな?」
「ななかって、
「うん、そう。
「よく刺されませんでしたね」
「何だ? この学校は、道案内されると刺される校風なのか?」
「そんなの無いよ」
「だけど、ななかだからな~」
「まぁ、白河先輩ですし」
どういう事かと思っていると、
案内してくれた女子生徒、
整った容姿もさることながら、気さくな性格とやや過剰なスキンシップから男子生徒を勘違いさせる事もしばしばあるらしい。
「あと、
「ふ~ん」
知らずに声を掛けた女子生徒が、そんな有名人だったなんてな。
「ん?
「あ、本当だ。今、注ぎ足すから――」
「あ、私がやります」
「えっ!?
「......どういう意味ですか、その反応?」
「まぁまぁ弟くん、だし汁を足すだけだし......」
「いや、だって!
よくわからないが、
「あたしだって、これくらい間違える事なんてないよっ」
「ゆ、
「醤油は摂りすぎると最悪死ぬんだぞ!?」
「だ、大丈夫だよ。お水で薄めれば......」
別の瓶の中身を流し込んだ。
「それは、酢だぞ」
「か、隠し味ですっ」
「隠れてないからっ!」
大量の醤油と酢が投入された鍋からは猛烈な酸味の匂いが立ち込めた。
「とりあえず喰うか」
「えっ!?」
驚いている三人を無視して箸を伸ばし、鶏肉と野菜と次々と放り込む。
「ど、どうですか?」
「ん? 普通に不味いぞ」
「よく食べれますね......」
「コツがあってな。舌が味を認識する前に飲み込むんだ」
「あはははっ」
若干引いている三人と俺の様子を見て、さくらは嬉しそうに笑っていた。
* * *
この日の夜も夢を見た。
昨夜の続きだ。
暗闇の中、一人佇む人の影。
そいつは『ごめんね......ごめんね』と許しを乞うように謝罪繰り返していた。
何に謝っているんだ? そう聞こうとした時、俺はまたこの世界から弾かれた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
白衣 ~white coat~
「お待たせ~じゃあ行こっか」
「うん」
「ああ......」
朝、
その頭を目覚めさせる北風が吹いた。
「さむ......」
「ですね......」
「もぉ~」
寒さに背中を丸めて歩く俺と
「ほらっ胸って」
「............」
確かに、胸を張って背筋を伸ばしていた。
「
「花びらが付いてるぞ」
「あっ、ありがとー」
「上手く誤魔化しましたね」
何やら
話ながら三人で桜並木を歩いていると、幾つもの視線を感じた。そちらを確かめて見る。
「どうしたんですか?」
「いや、
「弟くん?」
「うん?」
桜並木を抜けるとすぐに風見学園が現れた。校門を潜る。
「さて。俺は、こっちだ」
「そっか、来客用の玄関なんですね」
「ああ。生徒じゃないからな」
「保健室の場所はわかる?」
「......分かりたい」
「何ですか、それ? はぁ~......私が案内します。中庭は、わかりますか?」
「ああ、そこは昨日行ったからな」
「じゃあ、中庭で待ち合わせしましょう」
二人と別れ来客用の玄関から学園内に入る。廊下を進み、昨日来た中庭に出た。右から左へ流し見る。
「お待たせしました。こちらです」
隣を並んで歩き、案内してもらう。
「はい。ここです」
横開きの扉の上に「保健室」と書かれたプレートが掲げられている。
「サンキュ、助かった」
「いえ」
保健室の中には、椅子に腰を掛けた白衣を着た女性が一人。彼女は俺に気がつき立ち上がると、目の前までやって来て、小さく微笑んだ。
「キミが、
「世話になる。よろしくお願いします」
「いい返事ね。こちらとしても助かるわ。私は、風見学園の保健教師の
「いいえ」
確かに、
「なんだお前、居たのか」
「や、一応気になりますから。私、保健委員ですし」
「ふーん」
何が気になるのかは分からないが、適当に返事をしておく。
「
キレイに畳まれた白衣を受け取り、上着を脱いで袖を通す。
膝裏近くまである長い衣、胸ポケットには
「へぇー、意外と似合いますね」
「本当。
薬品を手に取りながら一つ一つ用途を丁寧に説明してくれる。
俺は、今日から風見学園で
何故そうなったかは昨夜の事だ。
テレビを見ながら夕食を囲んでいると、さくらが訊いてきた。
「
「どうもこうも人が少な過ぎる。商売をしようにも平日じゃ人が集まらないな」
気候もいいし、暮らすのは良いところだろう。だが、俺にとっては致命的に人口不足が否めない。
「休日なら、それなりに集まるんですけど」
「うん、だね」
「まぁ、田舎ですし」
「クリパの時には集まるのか?」
風見学園主催のクリスマスパーティ。
初音島内外から客が集まると言う話だが、にわかには信じられない。一応、保険を掛けて起きたいところだ。
「バイトでもするか......」
「バイトですか? この島、あまり求人無いですよ」
「マジか......」
どうやら、クリパに賭けるしか手はないらしい。
「じゃあ、
「......は?」
と言った、軽い感じの乗りで決まった。
さくらの話によると、風見学園の保健教師は
その話を聞いた俺は、ここで厄介になることにした。
「だいたいこんな感じだけど。わかったかしら?」
「ああ、なんとなくは。まぁ、何とかなるさ」
先ずは、用具ロッカーからモップを出して掃除を始める。掃除を終え、昼休みまでの四時間で五人の生徒が保健室にやって来た。授業中のケガ、気分が悪くなったなど理由は様々、初勤務の俺にとっては激動の午前中だった。
「はい、お疲れさま。お昼行ってらっしゃい」
「あんたは?」
「私は、
時計を見る。一時まで四十分程の時間があった。
昼飯を食べて戻って来るには十分な時間。
「わかった」
白衣を着たまま外に出る。一応さくらからは、学食を使って良いと許可をもらっている。
「とりあえず、学食に行ってみるか......で、学食ってどこだ?」
前途多難だ。
「あっ、おーい、
「ん? ああ、
中庭へ出る方の廊下から
「生徒会室、行こっ」
* * *
「キミが、
「ああ。あんたは?」
「私は、
「
「よろしくね」
「ああ」
「ささ、挨拶も済んだ事だしお昼にしよ」
「まだ、飯を買ってないんだが」
買いに行く前に、
「大丈夫、
「そいつはありがたい。いただきます」
手を合わせて、
「うまい!」
「ホント、美味しいよ。
「よかった~」
飯を食べながら雑談をしていると話題は、
「弟くん。今年は何を企んでるの?」
「何も企んでませんよっ」
「そうだよ、まゆき。弟くんはそんなことしないよ、ねっ?」
「ホントかにゃ~?」
ふざけた語尾で疑るまゆき。
「何の話だ?」
まゆきに訊くと、附属の三年は
先の体育祭では賭け事。文化祭では、他クラスへの妨害工作やキャバクラ紛いの事をしたらしく、常にその中心に居るのが
「いや、俺は
「そうだよ、まゆきっ。弟くんは人形劇で主役をするんだから、そんな悪さする暇はないよっ、ねっ、弟くんっ?」
「あ、ああ......。そうだね」
「ふぅ~ん、人形劇ね~」
何かを企んでいるような悪戯な笑顔。
「私も見に行こうかにゃ~?」
「いやいや、大した劇じゃ無いですから!」
「まっ、見回りで行けないんだけどね」
「ふぅ......」
「
「うんっ、任せてっ!」
「ごちそうさま」
「はやっ!」
「俺が早いんじゃない。お前たちが遅いんだ」
三人が談笑している間に俺は弁当を食べ終えた。蓋を閉めてハンカチで弁当箱を包む。
「
「おそまつさまですっ」
「ふーん」
「なんだ?」
「いや、ちょっとビックリしてさ。
「タメだし、
朝倉姉、朝倉妹なんて呼ぶのも面倒だ。
「お前を呼ぶ時は
「好きに呼んでくれていいよ。
「なら、まゆきだ。さて、そろそろ戻る。
「
「ああ。おい、そこの娘とも呼べないだろ? それに本人も別に良いって言ってたからな」
何故か三人とも驚いていた。まあコイツらにとっては教師な訳だし当然と言えば当然の反応か。
「じゃあな」
「う、うん。がんばってね」
「ああ、労働に励むさ」
生徒会室を出て、保健室へ戻る。
そう言えば......あの夢......。
足を止めて窓の外を見る。
青い空はどこまでも遠く続いていた。
いつか何処かで見たような、そんな気がする。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
少女と少年 ~machinery and human~
夜、芳乃宅。
「
「どうと言われても。まだ、初日だからな」
とは言え、十人弱の患者(内、教師が一人)が保健室を訪れ。一応、最初に一通りの説明を受けたのだが。初日と言うこともあり、
「......保健医の助手ってのもなかなか大変だ」
「にゃははっ、お疲れさま~」
「まったくだ」
患部によって、絆創膏のサイズや貼り方にも違いがあったりと、細かな見極めも重要だったりもする。
「にしても。あいつら、遅いな」
時刻は、夕食の時間を少し回ったところ。いつもなら、
「お待たせしました」
「おおっ!」
「ありがとー、
湯気の立つ、とても美味そうな匂いがする料理を大きなおぼんに乗せて、
「いえいえ、さあ食べましょう」
「うんっ」
「ん? 待ってなくていいのか?」
「ああ、
「ふーん」
いつも来ている訳じゃないのか。
料理を摘まみながら話を聞くと大半は、芳乃宅で一緒に食事をする事が多いが今日の様に実家で食べる事もあるらしい。まあ、それが普通なんだろうけど。俺には、家族在り方ってのはよく分からないが、そういうものなんだとは何となく思う。
「うまいな! この煮っころがし」
「ありがとうございます」
「
「ああ、そうだな」
「いやいや、誉めすぎですよ。て言うか、気も早すぎです」
「けど、大変でもあるな。ある意味で」
「うん、そうだねー」
「はあ?」
意味を理解出来なかったのか。
「おい、さくら。本人は、自覚が無いみたいだぞ?」
「そこが、
「あの。いったい、何の話ですか?」
「飯が美味いって話だ」
「うんうんっ、そうだよー。美味しいね~」
食後、
「どこか行くのか? こんな時間に」
「えっ!?」
驚いたのか、一瞬ビクッと身体が震え俺の方を向いた。
「あ、なんだ~......
別に、そんなつもりは無いんだけどな。
「どこ行くんだ?」
「う~ん......ちょっと散歩だよ。
「いや、湯冷めするから寝る」
「そう。じゃあ行ってくるね」
「気を付けろよ」
「はーい、おやすみ~」
笑顔で手を振ると、玄関を閉めて外に出ていった。
客間に戻って布団を被る。疲れからかすぐに睡魔が襲ってきた。
* * *
桜が舞っている。
深々とそれはまるで雪のようで......視界をさくら色に染めていった。
その中に一人佇む少女。
『まだ、大丈夫......』
そう、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
* * *
朝、自然と目が覚めた。
障子の隙間から日差しが漏れている。
「朝か......」
清々しい朝だ。
布団から出て、洗面所で顔を洗っているとガラッと玄関が開く音が聞こえた。
「おはよー」
「おはようございます」
聞き覚えのある二人の女の声。
この声は、
「あっ、
「おはようございます。早いですね」
「ああ、おはよ。目が覚めたんだ」
一度客間へ戻って着替えを済ませ、改めて居間に入る。すると、
「はい、
「悪いな」
茶碗を受け取り、三人で朝飯を食べていると
「弟くん。おはようっ」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。
「ああ、おはよ。早いな」
「今日から、朝練なんですよ」
「お前、部活してたのか?」
「いえ、違います。人形劇練習です。もう、
そう言うと急いで朝食をかっ込み、鞄を持って立ち上がった。
「
「はーい、いってらっしゃい」
「兄さんが真面目に練習なんて。今日は、雪が降るかもですねっ」
「うるせー、じゃあなっ」
空は、今にも鳴き出しそうな灰色の雲に覆われていた。
「
「ははは......」
「二人とも行くよーっ」
先を歩く
桜並木を三人で歩いていると、昨日と同じ様にやたらと視線を感じた。
「やっほー!
突然、後ろから声を掛けられた。
「おはよー、まゆき」
「おはようございます。
「ああ、お前か......」
昨日生徒会室で一緒に昼飯を食べた、まゆきだった。
彼女を含め四人で登校、視線はより強いモノに変わる。
校門を潜り、校舎付近で別れ、俺は一人保健室へ向かう。
「おはようございます......」
一応、確りと挨拶をして保健室の入る。
「いらっさ~い、今日もお願いね。
「ああ、シャカリキ労働するさ」
さっそく用具室からモップを出して掃除を始める。
床、窓、棚、新しいシーツを替えてベッドメイクまど一通りの掃除を終える。
「終わったぞ」
「はい、ごくろうさま。急ぎで悪いんだけど、お使いお願いできるかしら?」
「ん、ああ。別に、構わないぞ。何を買ってくればいいんだ?」
「ちょっと待ってね。今、書き出すから」
「全部、商店街で揃うから。場所は、わかる?」
「何度か行ったことがあるから、大丈夫だと思う」
「そう。じゃあお願いね」
業務用の財布を受け取り、商店街へ向かう。
ありがたい事にメモの順番と店の順番が同じだったため、買い物はスムーズに進んだ。
全ての店で領収書をもらい、最後のメモに書かれる店を訪れず。そこは、青果店だった。
「バナナ?」
これが経費で落ちるのかは甚だ疑問だが。とりあえず、一房購入して学園へ帰る。
「買ってきたぞ」
「ありがとう、助かるわ~」
領収書の入った財布と買い物袋を渡し、通常業務に戻る。
午前中は、怪我人も来ることなく平和だった。
昼休み、昨日と同様に先に昼飯を摂る。今日は、学食に行ってみる事にした。
「すげー人だな......」
学食は、本校と附属の生徒でごった返していた。
とりあえず食券機に列に並び、無難な日替わり定食の食券を買い求め、カウンターで料理に換え、空いている席を探す。
「あっ、
「ん? ああ、
「はい。よかったら、どうぞ」
四人掛けの席に一人で居た
「兄さんたちも居たんですけど。
「ふーん、そうなのか」
「それより聞いてくださいっ。兄さんてばっ......」
いつも問題ばかり起こして、妹としては......と。食べている間中、延々と愚痴を聞かされた。
「なぁ......」
「はい?」
「いつも、こんななのか?」
他のテーブルに目を向けると、サッと顔を逸らす生徒たち。男子だけはなく、女子もだ。
「何言ってるんですか、半分は
「俺? ああ~......この格好は目立つもんな」
腕を上げ、着ている白衣を見て思う
「私のクラスでも話題になってますよ。新しい保険医が来たって」
「ただの手伝いだけどな」
完全に珍獣扱いだな。珍獣枠なら、はりまおで事足りるだろうに。向けられる視線を無視して昼飯を食べ終え、保健室へ戻る。
「失礼します......」
昼休みも終わりに近付いた時、一人の女生徒がやって来た。
「あら、
「
「
「よっ」
軽く手を上げて見せる。
「あら、知り合い? なら、お姫様だっこね」
「はぁ?」
「どうして?」
「それが、この私が支配する
「意味不明だ」
「大丈夫です。自分で行けますから。あっ......」
歩き出した
考えるより先に動き、ふらついた体を支える。
「おっと」
「......あ、ありがと」
触れた
「これは、照れる......」
「やるわね。様になってるわよ」
「うるさい。さっさと診てやれ」
ベッドに寝かすと、さっそく診察が始まった。腹痛や頭痛は無い、おそらく疲れからくる突発的な発熱と、
先ほど買ってきた栄養ドリンクを飲ませ、念のため
そのため必然的に保健室は、俺一人で運用する事に......まあ、何とかなるかと思っていると、勢いよく扉が開いた。
「
慌てた様子で、
「
「えっ!? どこへ?」
「
「ええーっと......」
「はぁ......はぁ......」
「くそっ! どうすれば......」
「さ、さくらい......」
とりあえず、空いているベッドに寝かせて。デコに除熱シートを貼っておく。
「何で、こんなときに......」
「まあ、落ち着けよ。その内帰ってくる。バナナでも喰うか?」
買い物袋から、バナナを取って差し出す。
「バナナっ!? く、くださいっ!」
よほど腹が減っていたのか。勢いよく奪い取ると、皮を剥いて少女の口元に持っていった。どうやら、病人に食わせるためだったらしい。まあ、バナナだしいいか。
「ほら。
「あっ......ああ......」
バナナを一口食べると、すくっと身体を起こした。
ついでに機械音も止まったが、別の箇所から異常が見られた。
「もう、良いのか?」
「ああ、助かった。礼を言う」
「ホント、ありがとうございました!」
「いや、それは構わないんだが。ところで、それは何だ?」
少女の耳から出ている煙を指差す。
「えっ......あ、ああーっ!」
「何だっ
「その耳から煙が出ててんだよっ」
「なにーっ! ちっ、対処が遅かったか......」
「まぁ、何だ。バナナ喰うか?」
話を聞くと、女生徒の名前は
何と彼女は、精巧に造られたロボットらしい。
見た目は、本当に完全な女生徒。
「ふーん」
「あ、あれ? あまり興味無さそうですね......?」
「ん? いや、まあ実際ないしな」
「なにィ!? 貴様ァ、
腕を伸ばすが、何も起こらない。
「いや、付いてないだろ」
「そうだったー!」
「ハァ、
「ああ、別に話すことでもないからな」
安堵の
「貴様、ロボットが嫌いじゃないのか......?」
「あん?」
若干睨むような目付きで聞かれた。
「
「別に、いいんじゃないか?」
「......なに?」
「人間同士だって好き嫌いはある。親子や兄妹でいがみ合ってる家族だってある。別に、気にすることでもないだろ」
「
詳しい事情は解らないが、色々と有るみたいだ。
しかし、俺が知らない間に、科学はとてつもない発展をしているらしい。
まるで、浦島太郎になったような気分だった......。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
演技 ~actor~
帰りを待ちつつ掃除をしていたところ、保健室に着信音が鳴り響いた。モップを壁に立て掛けて、
液晶画面に表示されていた発信者は、水越病院。
「水越病院?」
確か、
「もしもし、こちら風見学園保健室。略して、こち――」
『あっ、
電話の相手は、やっぱり
『やっぱり、
「構わないが、保健室はいいのか?」
下校時間まで開けて置くのが通常らしいが、まだ少し時間がある。
『この時間に来るのは稀だから、廊下に救急箱を置いておけば大丈夫。じゃ、よろしくねっ』
「ああ、わかった」
掃除用具を片付けて、戸締まりを確認。棚の中から取り出した救急箱を、廊下に設置した椅子の上に置いておく。保健室の鍵を職員室に返して、校舎を出る。
「ん?」
校門に寄りかかるようにして、附属の制服を着た女子が佇んでいた。遠目でも分かる、あの特徴的な二つの団子結びには見覚えがあった。
「
「あっ、
「お前、何してるんだ。風邪引くぞ?」
「ただ、風に当たっているだけですよ」
「そうか。それは、そいつは有意義だな」
「
「こいつを、
ポケットに入れておいた
「あ、そうでしたか。大変ですね」
「ああ、じゃあな」
片手を上げて颯爽と風見学園を後にした俺は、軽やかな足取りで水越病院へ向かって歩いていた。そしてなぜか、先ほど出会った少女も並んで歩いている。
「で、何でお前は着いて来てるんだ?」
「や、案内しようかと思いまして」
何故か隣を歩く、
届け先の水越病院は、島を散策した際に場所は何となく覚えている程度、案内してもらえるのは正直ありがたいが。
「
「どうして、兄さんが出てくるんですか?」
「どうしてって、待ってたんだろ?」
「待ってません、風に当たってただけですっ」
ムキになって否定した。その態度の否定は、肯定しているようなものだぞ。まぁ、あえて口にはしないけど。
「そうか。なら頼む」
「最初から素直にそう言えばいいんですっ」
その言葉、お前にそっくりそのまま返してやりたいぞ。
「何ですか? まだ何か言いたい事があるんですか?」
「いや、ない」
目を細めてじとーと睨まれると、そう答えるしかないだろう。
「それで、どこに届けるんですか?」
「水越病院だ」
発信者にそう表示されてたしな。まあ、病院からかけられてるんだったら最悪職員に頼んでしまえば済む話し。
「水越病院でしたら、こっちの道を通った方が近道です」
大通りを一本逸れた横道を行くと、
「着きましたよ」
「さすが、地元民だな。じゃあ、行ってくる」
入口前の階段を数段上って、自動ドアをくぐる。
「で、何でお前も着いてくるんだよ?」
「や、外で待ってるのは寒いですし」
「寒空の中で風に当たるのが趣味じゃないのか?」
「そんな訳ないです。さあ、
冬空の下、顔が赤くなってたヤツが言っても説得力ないぞ、何てことを言っていても始まらない、とりあえず、受付で
「
「はい、聞いています。少々お待ちください」
受付担当の看護士は、受話器を上げて内線を掛ける。しばらくして――。
「あちらの待ち合い室でお待ち下さい」
「わかった」
指定された待ち合い室で
「どこ行くんですか?」
「トイレ。お前も一緒に行くか?」
「行きません! まったく、もう......」
何やら頬を膨らませてブツブツ言っているが、気にせず便所を探す。さすが大病院直ぐに見つかった。用を足して、待ち合い室に戻っていたところで、背中越しに声をかけられた。
「すみません」
「ん?」
「あの、小児科病棟は......あれ、
「あんたは確か......
「覚えててくれたんだね」
俺に声を掛けて来たのは、先日枯れない桜の前で出会った
「ここの医者だったんだね。あれ? でも確か......初音島の住人じゃないって」
「医者じゃない。事情があって、風見学園で手伝いをしているんだ。今は、用事でここに居るだけだ」
「それでなんだ。いや~、白衣を着てたから、ここの医者と間違えちゃったよ。はっはっはっ!」
片手を後頭部に持っていって豪快に笑うと案の定、看護士に怒られて何度も頭を下げて謝罪している。
「他の患者さんもいらっしゃいますから、お静かにお願いします」
「す、すみません、すみません......」
看護士が離れて行ったのを確認して、
「小児科とか言っていたけど、あんたは?」
「うん......実はね、ゆずは、ここに入院してたんだ。
それが最近になって、やや体調が芳しくなくなり、設備が整った病室に変わった、と。
「そうか、それは大変だな」
あの時は、元気に走り回っていたのに......。
先程の看護士とは違う、別の看護士が近くを通った。
「悪い。この人を病室まで案内してやってくれ」
「あっ、はい、わかりました」
白衣を着ているせいか、看護士はかしこまって返事をした。案外役に立つな、
「ありがとう、
「ああ、近いうちに顔を出す」
「ありがとう。じゃあまた。お願いします」
「はい、こちらです」
待ち合い室に戻る。既に、
「遅いです!」
最初に飛んできたのは、
「悪い。知り合いと話してた。ほら」
「ありがと、助かったわ~」
「さて、帰るか」
「はい。
「また明日。ちゃお」
病院を出ると外は日が傾き、夕と夜の間くらいになっていた。行きと同じく脇道を抜けて、通学路の桜並木を横切り、桜公園の敷地をショートカット。
「助かった。ありがとな」
「いえ、どういたしまして」
「腹へったな......」
「そうですね。もうすぐ晩ご飯の時間ですし」
「急ぐか......」
「ですね」
少し早足で、公園を歩く。
公園内の噴水がある広場に出た時「なあ、いいだろっ?」と、男の大きな声が聞こえた。
足を止めて見る。噴水の近く街灯の下で照らされた、風見学園の制服を着た男女がモメているみたいだ。
「あの人、
「
「ほら、
「ああ~......」
あの時の女生徒か。
「何か険悪な雰囲気ですね」
「だな」
端から見ると、男女のモメ事......と言うより、男の方が一方的に言い寄っている様に見える。男が、
「イタッ」
小さかったが、悲鳴の様な声が聞こえた。
あまり男女のモメ事には関わりたくないが、仕方ない。
「
「行くんですか?」
「借りがあるからな」
「なっ? いいだろ?
「ちょっと......離して......」
音を立てず、男の後ろに回る。
「お願いだよっ!」
「い、痛いよっ」
「おい、こら」
「んっ、だよ!」
肩に手を置くと、男が振り向くと肩がぶつかった。わざと大袈裟に倒れて、ゆっくりと立ち上がる。
「......痛かったぞ?」
「な、なんだよ? お前......」
思いきり睨み付けると、男は怯んだ。目付きの悪さには自信がある。
「お前に突き飛ばされた善良な一般市民だ」
「お、お前からぶつかって来たんだろ?」
確かにわざと距離を詰めた。だが、そんなの関係ない共犯者......もとい目撃者が居るからだ。
「そこの可愛い少女。君はどう思った?」
近くに居る、
「えっと、そちらの方が一方的にぶつかった様に見えました」
「――なっ!?」
男の方を指差した。ナイスフォローだ、
「だそうだ。んー? よく見たらお前、うちの生徒だな」
「えっ......?」
風見学園保健医助手と書かれたネームを見せつけると、男の態度が変わった。
「今謝れば、見逃してやるぞ?」
「......す、すみませんでした」
「仕方ねぇな。ほら、行け」
アゴで指示すると、そそくさと公園の外へ消えて行く。
「フゥ」
「お疲れさまでした」
「まったくだ」
少し可笑しそうに笑顔で労ってくれた。
「あ~あ、白衣汚れてますよ」
「マジか......乾くか、これ......」
帰ったら直ぐに洗濯だな。今日は、
「あの――」
「ん?」
「ありがとうございました」
「大丈夫でしたか?」
「ああ、わざとだからな。最優秀主演俳優賞物だったろ?」
「棒演技過ぎて逆に笑えましたっ」
「おい」
「ふふっ」
ぷぷっ、とバカにするような笑いの
「あっ、お姉ちゃんからメールだ。遅いって怒ってます......」
「マジか、帰るぞ」
「はい。先輩、失礼します」
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
「うん。ありがとうございましたっ」
公園を駆け抜ける前に、工作しておく。
芳乃宅の玄関を開けると、満面の笑顔で
「おかえり、
「ただいま、お姉ちゃん......」
「
「ただいま。ほら、みやげだ」
「え? おみやげ......クレープっ?」
公園で買っておいた、クレープを差し出す。
「ありがとう!」
「遅くなって悪かったな。
「そう、
「うん、ごめんなさい。気を付けます」
「はい、よろしい。じゃあ手を洗ってきてね」
なんとか乗りきったみたいだ。
今日は、色々あって疲れた......メシ食って、風呂に入って早めに寝るとするか。
* * *
また、あの夢。
舞散る桜の中、悲しげに立つ一人の少女。
灰色の空から雪が降って来た。
白と桃色の幻想的な風景。
彼女の頭に雪がうっすらと積もって白く染まって行く。
振り払う事もせずに、ただただ祈り続けていた。
お前は一体、俺に何を......見せようと云うんだ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
飴と鞭 -carrot and stick-
朝、いつもの様に朝倉姉妹と風見学園へ登校。歩いている間、相変わらず男子の視線を感じるがもう三日目、多少慣れてきた。
「なんだか賑やかだな」
校門を潜り、風見学園の敷地に入ると、屋台らしき骨組みが幾つか組まれていて、多くの生徒が慌ただしく作業をしていた。
「それはそうだよ」
「明後日から、クリパですから」
「マジか......」
クリパって明後日だったのか、知らなかった。
マズイな。クリパで披露する劇のネタを考えて無い、と言うかここ数日、人形劇をした記憶が無い。
足を止めて思い出す――
「どうしたの?」
「いや、何でもない......」
姉妹は、不思議そうな
止まっていた足を動かし、再び校舎を目指す。
「お前たちは、クリパで何をするんだ?」
「私は、生徒会に所属してるから見回りだよ。クラスにも殆ど顔は出せないかな」
「私も、お姉ちゃんと似たような感じです。保健委員ですので基本的に参加は出来ません。イベントになると無茶する生徒が多いですから。大変なんです」
「
「はい、筆頭です。ほんと兄さんはいつもいつも、妹としては恥ずかしいんですっ」
「あはは......」
いつもの別れる場所で、
「そうだっ。
「何だ?」
「お弁当作ってきたから、お昼ご飯一緒に食べよ?」
「ああっ、もちろん食べるぞっ」
「よかった~。じゃあ生徒会室で食べよー。迎えに行こうか?」
「いや、前に行ったから大丈夫だ」
たぶん。
「それじゃあ、またお昼に。
「な、なに?」
「ううんっ、何でもない。ばいばーい」
「
「さ、さぁ......。では私も教室に行きますっ」
何故か動揺している
これはあれだ、
「おはようございます......」
「おはよう、
昨日、水越病院まで届けた携帯の事だろう。保健室に入ると
「それで
「なんだ?」
掃除の支度をするため用具ロッカーに手を掛けた所で呼ばれた。振り返ると
「
「
「ほら、昨日
「ああ~、アイツか」
耳から煙を出してたヤツか。
「そいつがどうかしたのか?」
「
「ああ、そうらしいな」
「
「ない」
俺はろくにテレビすら見ない生活を送っているから、世間の事は正直よく分からない。
「そっ......。昔、いろいろあったのよ。今でも、ロボットを快く思っていない人は一定数いるし、中には過激な行動を取る人もいるわ。それで
「
「そう、
「ふーん」
昨日も
「そう言う訳だから、
「ああ、わかった」
「ありがと。はいこれ、
穏やかな
「昨夜嬉しそうに話してたのよ。『
自爆してるじゃないか、そのうち自分で正体をバラしそうだな。自業自得言え、
「あの娘なりの感謝の気持ちなのよ。時々気にかけてくれると嬉しいわ。あの子、基本的にひとりぼっちだから......」
「わかった、一応気に止めておく」
「ありがとう。さあ今日もお仕事よろしくね」
「ああ、シャカリキ働くさ」
あれ? 何かを忘れてる様な......まあいいか。
* * *
昼休み、
「はぁ......」
辺りを見回す。
おそらくクリパの装飾や出し物で使うであろう物が廊下の至るところ飾られている。それらを避けながら記憶を頼りに進んできたのだが。
「どこだ? ここ......」
前と校舎の様子が違い過ぎて、何処を通っているのか分からない。つまりあれだ、なんだ、完全に迷っていた(マズイな......)。このままだと昼飯にありつけない。あと
「さて、誰かに訊くか」
それが一番手っ取り早い。お誂え向きに近くの教室から女生徒が出てきた。後ろから声を掛ける。
「そこの子」
「はい? あっ」
「お前......確か、
振り向いた女生徒は、先日知り合った
「はい。
「生徒会室の場所を教えてくれ」
「
「俺は、ただの手伝いだ大した事はしてない」
ぶっちゃけ雑用が主な仕事だ。
「
前から
「あっ、ななか~っ」
「やっほ。って、あーっ!」
俺を見て指をさした。
「えっ? ななか、
「
どういう訳か、
「しらか......」
「ななかでいいですよ」
「そうか? それでななかと
「はい、親友です。ねぇー
ななかが、
「ちょ、ちょっと苦しいよー。ななか~っ」
「あははっ、
「先、行っていいか?」
と、言ったものの場所は分からん。結局、ななかの気が済むまで待つ羽目に。
「昨日は、ありがとうございましたっ」
「気にするな。前に助けて貰った礼だと思ってくれればいい」
「ななかと
不思議そうに
「うん。昨日、公園で助けてもらったの」
「ナンパされてた所をな」
「えぇーっ、またー? もうななかったら、ちゃんと自分で断らないとダメだよ」
「はぁ~い」
苦笑いをしてやり過ごそうとするななかに、
ここまで来ればもう分かる。
「ここでいい。助かった」
「そうですか? どういたしまして。じゃあ行こっか? ななか」
「うんっ、屋上行こー」
二人は振り返り話をしながら階段の方へ。
「ちょっと待て」
声を掛けて近づき、バナナを一本づつ渡す。
「案内してくれた礼だ。デザートにでも食ってくれ」
「ありがとうございます。いただきます」
「ありがとーっ」
「それから
「はい?」
「屋上は止めとけ。お前、体調悪いだろ」
「えっ......?」
まだ三日とは言え病人を何人か見てきた、なんとなくだが分かるようになった。
「じゃあな」
振り向き生徒会室を目指す。
生徒会室の前に辿りついた、一応ノックをしてから中に入る。
「よっ」
「あっ
「いらっしゃい。
中には、
「いただきます」
「はい、召し上がれ。まゆき、私たちも食べよ」
「うんっ。私、もうお腹ペコペコだよー」
相変わらず
クリパで
「そうだ、
「あ、うん。えっと......」
「あった。はい、
「なんだ?」
書類を受け取る。書かれている内容は、クリパに関する物だった。
「クリパでの営業許可と出店場所の書類。目を通して置いてね」
思い出した。そうだ、クリパだ、人形劇のネタを考えないといけなかったんだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない......。当日は、中庭を使って良いのか」
「うん、空き教室を探したんだけど空いてなくて、雨風は凌げるから」
「ああ、それで十分だ」
空き教室は、先に使用申請をされていて既にすべて埋まっているらしい。俺としては、スペースを与えてくれるだけでありがたい。あとは、俺の演技力次第って事だ、マジで考えないとな。
「
「弁当食い終わったらな」
* * *
夜、芳乃宅に戻ると
白衣を脱いでハンガーに掛ける。
「
「いえ......何でもないっす」
「ご飯出来たよーっ。
キッチンから
「
「なんだ?」
突っ伏した状態から顔だけを動かして俺を捉えた。
「
「はあ?」
訳が分からない。
「......舌が味を認識する前に飲み込む。俺には無理でした......」
そう言い残して再び下を向いてしまった。何か悪い物でも食べたんだろうか?
夕飯を食べ終えて人形劇の練習。
何度も
二人に付き合って貰い、夜が更けるまで練習を続けた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
桜、翼 ~cherry and wing~
また、あの夢だ。
少女が一人、桜前で佇んでいる。
『もう少し、もう少しだけ......夢を......』
続きを聞く前に、彼女は光に包まれた。
* * *
ふと、目が覚めた。
目覚まし時計は、午前1時を表示している。寝る前に飲んだ茶が祟ったのかもしれない。布団を這い出て、寒さに耐えながらトイレに向かう。用を足して戻ろうとすると、玄関に黒い影があった。ゆっくり近づいて、物影の正体を確かめる。
「さくらか?」
「うにゃっ!? ゆ、
黒い影は、芳乃家の家主さくらだった。居間に移動して、
「おコタはいいよねぇ~」
「まったくだ」
冬場の
「腹へったな......」
「にゃははっ」
「確か、戸棚に餅があったな。食うか?」
「うん、もらおうかなぁ~。きな粉でおねがーい、食器棚の中にあると思うよ」
「わかった。少し待ってろ」
餅をオーブントースターで焼いている間に、きな粉を用意する。俺は何にするかな、定番の醤油砂糖でいくか? 海苔をつけて磯辺も捨てがたい。長野で食った五平餅風に味噌ダレでいくか。悩んでいるとある事を思いついた。
「待たせたな」
「ありがと~って、スゴい量っ!」
「何にするか決められなかったんだ」
迷うなら、全部食えばいい。テーブルの上は、大量の焼き餅と調味料が入った小皿で埋め尽くされた。
「さて、食うか」
「うんっ、いただきまーす」
餅を食べながら、さくらに訊ねる。
「おいしいねぇ~」
「さくら。お前、何かしてるだろ?」
気丈に笑顔で食べてはいるが実際、餅一つの半分も進んでいない。
「あにゃ~、バレてるかぁ。実は最近、会議が多くて......」
「そうか、大変だな」
嘘だな。コイツの嘘は分かりやすい。わざとらしく無理に笑顔を見せて、安心させようとする。
「そうだっ。
「疲れてるなら寝ろよ」
「だいじょうぶ、だいじょ~ぶっ。息抜きも必要だよ。ねっ、いいでしょ? おねが~いっ」
手を合わせて、俺を拝み倒そうとしている。
――まあ、それで息抜きになるならいいか。
「仕方ないな、少しだけだぞ?」
「やったぁー! じゃあ準備するねー」
さくらは、居間を出て行った。茶を入れ直すか。給湯ポットのお湯を急須に落とし、空になった湯飲みに新しくお茶を淹れて一服していると、スーツから
「お待たせ~。セットするねー」
ディスクを再生機にセットして、テレビの電源を入れた。画面に、小綺麗な爺さんが映し出された。両手にサブマシンガンを構えている。
「相変わらず、ファンキーな爺さんだ」
「これがいいんだよ~。斬新だよね」
「江戸中期にマシンガンがあったかは甚だ疑問だけどな」
「もちろん無いよ。機関銃が日本に来たのは、幕末だからねー」
作り物の世界だから、何でもアリって事か。
一風変わった時代劇は、幕府の老中が悪代官と手下が市民を牛耳っている所を救うというありきたりな内容。物語は進み、いよいよクライマックスの乱戦シーンに突入。爺さんが、着物の下に忍ばせていたサブマシンガンを乱射し、次々と悪役の手下を仕留めていく。
「やるな、爺さん」
「でしょっ?」
相手は、白兵の刀。対する爺さんは、強力な現代兵器を操っている。理は明白だったのだが、途中から発破音ではなくカチッカチッと乾いた音に変わった。
「弾切れか?」
「大丈夫だよ。老中には、とっておきの秘密兵器があるんだ!」
「秘密兵器? 鈍器代わりにして殴るのか?」
弾が切れたマシンガンを放り投げた爺さんは胸元に手を突っ込み、取り出した何かを投げつけた。それは、敵陣の中心で大爆発を起こした。まさかの一撃で、悪代官は降参。これにて一見落着と高笑いしている。
「ね、大丈夫だったでしょ!」
「
「さあ、つぎつぎっ」
リモコンを操作して、エンディングロールを早回し。次の物語が始まるとほぼ同時に、居間の戸が開いた。顔を向ける。
「あっ、
「おかえりなさい、さくらさん。二人は、なにしてるんですか? こんな時間に」
「時代劇を見てるんだよー」
「あと、餅を食ってる。お前も食うか?」
皿には、あと三つほど残っている。
「えっと、じゃあ、いただきます」
「そういえば、気になってたんですけど」
「な~に~?」
「んー」
時代劇を見ている俺とさくらは、適当に生返事を返す。
「
「あん? なんだよ、唐突に」
「あ、それ、ボクも気になる。前は聞きそびれちゃったし。ねぇ、教えて」
まぁいいか、隠す話でもない。
この空の向こうには、翼を持った少女がいる。
それは、ずっと昔から。
そして今、この時も......同じ大気の中で翼を広げて、風を受け続けている。
「それ以上の詳しい話を聞く前に、母親は死んだ。それ以来俺の道連れは......」
人形をテーブルに置いて立たせる。
「空に居る翼を持つ少女の話と、この人形だけだ」
「
「一応な、他に目的もないし」
「う~ん......」
さくらは人差し指をアゴに当てながら、少し上に視線を向けて何かを考え込んでいる。
「どうした?」
「聞いたこと無いかな~って思って記憶を辿ってるんだけど、わかんないや」
「だろうな。けど、お前ら信じるのか?」
普通の人間なら、この手の話しを聞くとおかしな目で見るのが普通だが、二人は特にバカにする様子もない。
「ま、初音島ですし」
「ボクたちも、ちょっとだけ魔法が使えるからね」
「魔法?」
二人が、おかしな事を言い出した。
初音島に伝わる魔法の桜の話は聞いたが......。
「あっ、信じてないでしょ?」
「まーな」
俺の
「
「え? あ、はい。
「手のひらから和菓子を出せる。これが、俺の魔法です」
「手品じゃないのか?」
「
質問を質問で返してきた。
この返しで手品ではなく本当に魔法なんだと信用するには十分。空に居る翼を持つ少女の話しをバカにしなかった理由がわかった。
「さくらも使えるんだろ? すげぇーな、お前ら」
「俺には、
苦笑いは、
「他人の夢ね......」
もしかしたら、
「桜と少女が登場する夢を見たことはないか?」
「桜と少女、ですか? どんな感じの?」
「大きな桜の木の下で何かをひたすら謝ってる。そんな夢だ」
「うーん......ちょっとわからないですね」
「そうか」
やっぱり、俺だけか。ふと、さくらを見るとまた考え事をしているのか伏し目がちだった。
「さくら、どうした?」
「ん? う~ん、ちょっと眠くなってきちゃって」
「俺も、もう2時を回ってますし......」
「だな、寝るか」
食器を片付けて、それぞれ部屋に戻る。布団を被り目を閉じると、直ぐに睡魔に襲われた。この日、夢の続きは見なかった。
* * *
翌日の放課後、俺は一人保健室に居た。
ここの責任者の
「暇だ」
怪我人も病人も居ないのは良いことなのだが、如何せんやることがない。何か動かしてみるか。目に入ったペンを動かしてみる。
「動けっ!」
念じるとペンは空中を飛び回った。そして......。
「うおっ!?」
縦横無尽に飛び回っていたペンが前髪をかすめた。これは、危険だ。仮にハサミだったら死んでたかもしれない。ペンを拾って元の場所に戻して椅子に座る。ちょうど、扉がノックされた。
「失礼します。
「
入ってきたのは、
「いえ、今日は紹介したい奴いまして......」
「貴殿が、噂の
「噂は知らんが、
男子生徒は、
「これは失礼。俺は、
「そうか、で?」
「えっと、俺から説明します」
「噂では、貴殿は手を触れずとも人形を操れると聞いた。是非、見せて頂きたい!」
「すみません、お願いできますか?」
「ま、いいけど」
人形を取り出して、机に寝かせてから念を込めて起き上がらせ歩かせる。
「ほう、実に興味深い......」
「どうやって動かしているのか、皆目見当がつかない」
「もういいか?」
顔を遠ざけた。良いということなんだろう。
「いや~、実にいいものを見せてもらった。感謝する」
「いや、で?」
「うむ」
「翼を持つ少女と関連するかはわからないが、
「
「例えば、古代エジプトの壁画に書かれた神官、身体は人だが顔は鳥。日本にも、烏天狗などの
具体的な例を出して貰ったが、どちらもピンと来ない。なぜなら、どちらも
「俺も調べて見よう。何か分かったら貴殿に知らせる」
「いいのか?」
「なーに、良いもの見せてもらった礼と思ってくれればいい。では同士
踵を返して保健室を出て行った。
「
「ああ、手がかりになれば何でもいいさ」
「そうですか」
俺も、自力で探してみるか。
保健室を早めに閉め、
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
宴 ~party~
クリパ初日の朝。
結局、新しいネタは未完成のまま本番を迎える事になってしまった。洗面所で顔を洗い、眠気も一緒に洗い流してから居間に入ると、さくらと
「
「おはようございます」
「ああ、おはよ......。
「兄さんは、今日も朝練ですよ」
「今日が、本番なのにか?」
「はい。兄さんは、テスト前に慌てるタイプですから」
「ふーん、そいつはご苦労だな」
適当に返事を返して、いつもの場所に足を入れる。足の裏にむにゅっとした感触がした。なんだ? これは。もふもふしていて踏み心地がいい。
「あんっ!」
「ん? ああ、お前か」
「は、は......」
もう少しで思い出しそうだ。山形で見た樹氷がまるで針のよう連なる山々。針と山、そんなような名前だった気がする。そうか、思い出した。こいつの名前は――。
「蔵王」
「ああーんっ!」
残像が残って見えるほど、高速で首をブンブンっと横に振った。どうやら違ったらしい。
「もう~、はりまおだよ~」
「あん? そうだったか?」
「最初の『は』は、何だったんですか?」
「あんあんっ!」
二度と間違えるなと言いたげに、縦棒の様な眼が俺を捉えた。
こいつ犬なんだよな? 一応。未だ俺の中で、はりまおへの疑念は晴れない。
「お待ちどうさまー」
そうこうしているうちに
「いただきます」と、四人で手を合わせて朝飯をいただく。
「なんだ? お前も食いたいのか?」
「あんっ」
「よし、この卵焼きをやろう。旨いぞ」
「自分のをあげてくださいっ」
「......仕方ないな。ほら」
一個摘まんで口にやると勢いよくかぶり付いた。
食事を済ませて登校 。今朝は、さくらも一緒。桜並木の通学路も、ずいぶんと通い慣れた。冬に咲く桜に積もる雪が、何ともミスマッチで幻想的な風景。さくらは、はりまおと一緒に降り積もる雪にはしゃいでいる。幼い容姿も相まって子どもにしか見えない。背中を丸めた
そんなこんなで、風見学園に到着。朝倉姉妹と別れ、さくらと一緒に職員用の玄関から校舎に入る。
「じゃあ、また後でね~」
手を振って、学園長室に入っていった。
俺の方はいつも通り、保健室へ向かう。
「おはようございます」
「はろー、
「はりまお?」
足下を見ると、確かにはりまおがいた。てっきりさくらに着いて行ったと思っていたんだが、俺に着いて来たみたいだ。
「お前、何で居るんだ?」
「あんあんっ!」
何を言いたいのかさっぱり解らない。とりあえず、掃除を始める。掃除の間もはりまおはモップの上に乗ったりして、俺の近くで遊んでいた。
「終わったぞ」
「ごくろうさま。じゃあ、行きましょ」
「どこへ?」
「体育館よ」
体育館に到着。館内は、星や輪飾り、ツリーなどで装飾されていた。ここも、クリパ仕様という事だろう。
『――ということで、本日の14時からクリスマスパーティーが開催されます』
さくらが壇上に立ち、クリパの注意事項を述べていた。
『パーティーには一般のお客さんなど学園外からの――』
生徒は、気持ちが高ぶっているのかざわついている。そんなにスゴいイベントなのだろうか。
『風見学園の生徒として恥ずかしくない行動を心掛けてください』
さくらが壇上を降りた。どうやら今ので、挨拶は終わったらしい。「さあ、忙しくなるわよっ」と、
「そんなに忙しいのか?」
「ええ、それはもう。この手のイベントになるとやんちゃする子が多いから」
「今年は、
「時間貰えるんだろうな?」
「人形劇だったわよね。ちゃんと確保してるから安心して」
「なら、いい」
正直、このクリパでどれだけ稼げるかが勝負。大きなイベントとみたいだから、財布の紐が緩い事を期待するか。
そして、俺は――後悔した。
「すみませーん、ケガしましたぁー」
「またか。さっさとここに座れ!」
パーティーが始まっていないにも関わらず、患者が絶えない。準備時間もあと僅かということもあってか、突貫で最終調整をしているクラスが多いらしく、ケガ人も多数出ている。その殆どが擦り傷、切り傷の軽い患者なのが唯一の救い。
「はい、お大事に。
「なんだ?」
「その子の処置が終わったら、先にお昼行って来て」
「昼?」
時計を見る。既に正午を過ぎていた。嘘だろ? 俺の記憶では、ついさっきまで10時だった。クリパ前からこれか、始まったらどうなるんだ? 保健室のあの様子だとゆっくり食べている暇は無いと判断して学食は諦めて、売店でカツサンドとkEyコーヒーを買って、中庭のベンチに座る。
白衣のポケットから営業許可書を取り出して確認。畳一畳分のスペースが確保されていた。人形劇には十分過ぎる広さ。あとで、余っているダンボールを貰って舞台にするか。ちょうどいい下見になった。
「うまいな。これ」
右手に持った、カツサンド。普段は残っていない人気の惣菜パンなのだが、何故か今日は残っていた。パーティーの準備で昼飯を食う余裕もないのかしれない。絶品カツサンドを3分ほどで食べ終え、コーヒーで一服。この時だけは、慌ただしさ忘れる至福の瞬間だ。
あと五分したら戻ろう。そう考えていると、附属の校舎から女生徒が走ってきた。あの二つ結びの髪は――。
「ななか」
「えっ?」
目の前を横切った時に声をかける。ななかは、急ブレーキで止まった。バランスを崩さないところをみると、運動神経はいいみたいだ。
「あっ、
「急いでどうした?」
「えっと......」
「
ななかを呼ぶ数人の声。
「やばっ! すみませんっ!」
ななかは、本校の方へ身体を向けたがその動きが止まった。見ると本校の校舎からも数人の生徒がこちらに向かって来ていた。
「ど、どうしよ~っ?」
何か訳ありみたいだな。
「来い」
「えっ?」
「どこだ?」「確かこっちに......」と、附属と本校から来た生徒が合流して目に前で言い合っている。その中の一人と目が合った。
「あ、あの~」
「なんだ?」
「こちらに、
「
惚けてみせる。何故か、生徒たちがざわついた。話しかけて来た生徒は、ななかの特徴を説明。
「そんな女生徒なら、あっちに走って行ったぞ」
「特別校舎の方だっ! 行くぞっ!」
「ありがとうございましたっ!」
「
と、彼らは礼を述べ、校舎へと走っていった。
「もういいぞ」
背中の白衣に声を掛ける。ハラっと捲れて、ななかが出てきてた。
「ありがとうございましたー」
「いや、呼び止めた俺にも責任がある」
ななかは、そのまま隣に座った。
「なんで追われてるんだ?」
「えっと、実は......」
恥ずかしそうに
「ミスコン?」
「はい、出るつもりは無いって断ってるんですけど。しつこくって」
乾いた苦笑い。そういえば、学園のアイドルとか言われてるんだったな。人気者も大変みたいだ。ななかと別れて保健室へ戻り、
そして迎えた14時、いよいよクリパ開演。今から一時間、人形劇の時間をもらった。焼却炉行きのダンボールを一個拝借して、中庭で準備を始める。
「よっし。さぁ、楽しい人形劇の始まりだ! お代は見てのお帰りだぞーっ!」
客寄せをしてダンボールの上に、相棒をセット。ひょこっと立たせて歩かせる。一番最初に反応してくれた客は――。
「あんあんっ!?」
はりまおだった。
「なんだ?」
「ここでも人形劇?」
ひとりでに歩く人形を見て騒ぐはりまおがいい宣伝なって、客が集まって来た。歩く、側転、転ける程度の単純な芸だが、物珍しさからそれなりに反応がいい。一時間弱で、数千円の利益が出た。想像以上のデキだ。礼に、はりまおにフランクフルトを奢ってやる。
「ただいま」
「おかえり。成果はどうだった?」
患者の手当てをしながら訊いてきた。
「想像以上だ、クリパすげぇな」
「そう。ちょっと頼みがあるんだけど」
保健室へ戻った俺は、救急箱を持って再び廊下に立っていた。
「とりあえず、行くか」
当てもなく、附属の校舎に向かって歩く。各クラスの廊下はきらびやかな装飾が施されていて、正にパーティーの雰囲気を醸し出している。
階段を上り二年の廊下を歩いていると、見知った女生徒二人が前からこちらに向かって歩いて来た。
「あっ、
「おや、ほんとだ。おーい」
「お前ら、何してるんだ?」
「それは、こっちの台詞だよー」
「私らは、見回りだよ。あれ? 救急箱? ケガ人?」
まゆきが、持っていた救急箱を見つけた。
「出張保健医ってヤツだ」
「そうなんだ。そうだ、一緒に回ろうよ」
「スゴいね。私、びっくりしちゃったよ」
「そうか?」
救急箱道具を片していると、まゆきに誉められた。悪い気はしないな。
「さて、次が本命だよ。
「本命?」
「弟くんのクラスがある附属の三年を見回るの」
「
気合い入れるまゆき。人形劇で何か悪さが出来るのか? 疑問に思って歩いていると、ある教室から慌てて男子生徒が出てきた。あの後ろ姿は......。
「弟くんっ!」
「あっ、
「何かしたんじゃ......」
「違いますよ、まゆき先輩。
「あ、ああ」
「
人集りの中心に、
息苦しそうに呼吸している。頬も赤い。救急箱から体温計を出して、額に当てる。直ぐにピッと音がして、液晶に38℃と表示された。完全な発熱。デコに徐熱シートを貼り付ける。
「保健室に運ぶ。
「何をすればいいですか!?」
「決まってるだろ? おんぶ」
「えっ?」
教室内がざわついた。
「はい、俺が運びますっ!」
「ダメだよー。
「何でだよっ?」
「あんたからは、疚しさを感じるからよ」
「そうそうっ」
「そんなこと考えてねぇよっ」
三人は、やいやいと言い争っている。これじゃ埒があかないな。仕方ない。
「
「うんっ、まゆき、お願いっ!」
「はいよ。ほらほら、あんたたち道開けなさい!」
まゆきが先導して道を作ってくれた。ありがたい。
「待ってください、俺が運びます」
「そうか、任せる」
「いらっさーい。どうしたの?」
軽い感じで、
「この子を診てやってくれ。体温は、38℃」
「おっけー、
「はい」
「あの、
「完全に風邪ね。インフルエンザの症状じゃないけど、念のため病院に連れて行くわ。
「
入ってきたのは、
「いえ、お姉ちゃんから事情を聞いて手伝いに来ました。私、保健委員ですから」
「そうか、ありがたい」
外は既に日が落ちて、夜になっていた。
「寒いな......」
「そうですね。急いで帰りましょう」
「どうした?」
「裏門から帰りましょう」
校門を見る。
「いいのか?」
「なにがですか?」
「
名前を出すと
そして、小さな声で――兄さんが待ってるのは、私じゃないからと儚げに呟いた。
「
「えっ?」
「結構儲かったんだ。今日の礼に奢ってやるぞ」
「はぁ、別にいいですけど」
めんどくさそうな
俺には、どちらか一方を贔屓して応援してやることは出来ない。
まったく、しんどいな、こいつら。心の中の呟きは、夜風と一緒に流れていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
贈り物 ~acquisition~
クリパ初日が終わり、俺は
「温まるな」
「そうですね」
俺たちは、湯気の立ったおしるこを食べている。クレープを買ってすぐに帰るつもりだったが「温かいモノにしましょう」と
風見学園の生徒も通う店と云うこともあってか値段も良心的。実際注文したおしるこはクレープよりも安い。常に金欠と戦う俺にとっては正直、うれしい提案だった。
「あの、お訊きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「......。明日の予定は?」
「明日? そうだな......たぶん今日と同じだろう」
出張保健医の時間は延びるかも知れないけどな。
「お前は?」
「私も同じです。保健委員ですから。あっでも人形劇は観に行けたらなって思ってます」
ここでの人形劇は
ただ、一度も
「そうか。そう言えば、
ミスコンと聞いた
「出ませんっ、誰があんなはしたないイベントっ」
そのまま、じとーとした目で俺を見据える。
「
「いや特にない。ただ、昼にななかがしつこく勧誘されてたのを見たんだよ」
「ああ~......
ななかの名前を出した途端、納得した
「
「ふーん」
流石は学園のアイドルってやつだな。
「お前が
「えっ?」
俺も箸を動かし餅を口に運ぶ。実に美味い。餅が二つも入って(お茶付き)300円とは信じられんな。この価格でこの店はやっていけるのか心配になった。
「えっと......、それはどういう......」
「見てくれはいいからな」
照れなのか少し動揺していた
「性格はダメって事ですか?」
「美味いな、これ」
「誤魔化さないでくださいっ」
執拗に問い質してくる
公園を出て家路を歩き
「ごちそうさまでした」
「ああ、じゃあな」
「何処に行くんですか?」
うしろ声が聞こえた。振り向くと、ついさっき別れたハズの
「お前、帰ったんじゃないのか?」
「玄関にカギが掛かっていたんです」
「カギ持ってないのか?」
「や、持ってますけど、この時間にカギが掛かってるのは――」
灯りが点っている
「と、いう訳です。で
「商店街に行ってくる」
「えっ、今からですか? もう7時回ってますよ?」
「8時くらいまでなら空いてるだろ。じゃあな」
|背を向けて、片手を軽く上げ、颯爽とその場を去る。風見学園の正門前を通って商店街にやって来た。
「さて......」
着いたのはいいが、どうするか悩んでいる。5才くらいの子ども、それも女の子ときたもんだ。何を持っていけばいいのやら、さっぱり見当がつかない。
そこで俺は訊いた――
「どう思う?」
「そうですねー。無難に縫いぐるみはどうですか?」
クリスマスも兼ねて、と提案したきた。
確かに無難だな、値は張るけど。近くのおもちゃ屋に入り縫いぐるみの棚を見て回る。
「これなんてどうだ?」
アリクイの等身大縫いぐるみを担いで見せた。このつぶらで優しさを感じる瞳と全長2メートルを越す圧倒的な存在感。
「趣味悪すぎです」
完全否定されると流石にヘコむ、結構自信あったんだけどな......。北海道で
名残惜しく棚に戻すと
「これはどうですか?」
「殴ってストレス解消するのか」
「殴りませんっ! どうしたらそんな発想になるんですかっ?」
「いや、埼玉に行った時そんな内容のマンガが飯屋に」
「............」
言い訳するな、と言いたげに睨まれ
いくつか候補をあげて合格点を貰えた小さな熊の縫いぐるみを買い閉店間際の店を出る。
「ありがとな。
「いえ、どういたしまして」
商店街を歩いていると
「あら」
「あっやっほーっ。
「こんばんは。
「よう」
「ふふっ」
「ふぅ~ん」
「何ですか?」
「お邪魔しちゃったかな~って。ねー
「
「そっか、そうだねっ。二人のあっつ~い時間を――」
「もういいか?」
終わりそうにないからぶったぎる。二人は、不満気な
「つまらないわね」
「のり悪いですよー」
「俺も暇じゃないんだ」
帰って
治安の良い初音島とはいえ流石に危ないだろうと、帰る方角が同じだった事もあり送っていく事になった。
「お前たちは何をしてたんだ?」
「
「人形劇の装飾につかうんです」
「なんだ、それ?」
「そこのお店のプリンです」
目の前の洋菓子店を
「ここのプリンおいしいんですよ。あとケーキも」
「ふーん」
プリンか、確かに病人には持ってこいの見舞品だ。行くときにでも寄って買っていってやるか。
「で、実際
「はいはーいっ、私も気になりまーっす」
「俺もお前たちと同じだ。見舞の品を買っていた」
縫いぐるみがラッピングされた袋を見せる。
「
「違う。知り合いの子どもが水越病院に入院してるんだ」
「それで縫いぐるみなんですねー」
「ああ」
鬼の様に何度も
話ながら歩き
今回は、
「ただいま~」
「あんっ」
「おかえりなさい、さくらさん。今日は、はりまおも一緒なんですね」
「おい、なんだ?」
さくらの頭の上に居たはりまおが膝の上に乗ってきた。それを見てさくらが笑う。
「にゃははっ、気に入られてるみたいだねー」
「弟くんが帰ってきたらすぐに晩ごはんにします。少し待っていてくださいね」
三十分程で
割り下の絡んだ肉や焼き豆腐が実に美味い。
「うまい」
「ほんとだねー」
「そう言えば、
「ん? ああ......クリパが終わって次の日だ。港に行く前に寄ってくつもりだ」
「えっ? もう行っちゃうの」
驚く
正直、長居をし過ぎた。俺自身あまり同じ土地に留まりたくはない。情が生まれてしまう。
「
「どうして?」
「どうしてって、お給料日月末だから」
「......今月末じゃダメか?」
「年末だからね~」
「マジか......」
「うんっ。マジマジ大マジだよ~」
経理が間に合わないって事かよ......。
「ちょうどいいんじゃ無いですか?
「......もう少し世話になっていいか?」
「もちろんっ。大歓迎だよーっ。はりまおもなついてるみたいだしねー」
「あんあんっ」
膝の上で鳴くはりまお。妙なのに気に入られてしまったらしい。
「ところで弟くん」
「何?
「
「
「探し物?」
「話してもいいですか?」
「別にいいぞ」
特に隠す話でもない、むしろ何か手懸かりがあるかもしれない。
「空に居る翼を持つ女の子。う~ん......小説でも聞いたことないし、心当たりはないかな~、ゴメンね」
「私もありませんね。それにしてもっ意外とメルヘンなんですね」
「............」
バカにして笑っている
「もう~、からかっちゃダメだよ。
「はーい。って、あたしのお肉はっ?」
「に・い・さ・ん?」
「お、俺じゃないぞっ」
下からジーッと視線を感じた。
箸を口元に持っていって小声で話しかける。
「ほら、これやるから黙ってろ。いいな」
「あん」
はりまおは頷くと差し出された肉をがっついた。かっさらった
食べ終わり片付けを終えると朝倉姉妹は実家へ帰って行った。
俺は、
その深夜、ふと目が覚めた。玄関方で気配を感じたからだ。布団を出て玄関に向かう。誰かが扉を開けて出ていった。
あの後ろ姿は――さくらか。また散歩かと思ったが深夜1時を回っている。
俺は、急いで客間に戻り上着を羽織ってからさくらの後を追った。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
願い ~wish~
家の外は凍える様な寒さ。徐々に身体の熱を奪っていく。さくらは、こんな時間にどこへ行くんだ。
家を出てすぐにさくらを探したが見当たらない。ただ風見学園の方へ向かう道、その先に小さな動く影が見えた気がした。あの影がさくらである確証は無いが他に手懸かりは無い。
影の姿を追って風見学園の前までやってきた。校門は固く閉ざされている、入った気配は感じない。この先は桜公園。噴水付近のベンチにも人影は見当たらなかった。
「さむ......」
言葉と一緒に漏れた息が月明かりに照らされて真っ白に光る。
ベンチに座り、かじかんだ手で缶コーヒーを包む。(......生き返る。しかし、どこに行ったんだよ? あいつ)。あきらめかけてコーヒーを飲んでいると公園の奥に続く道が目に入った。
その道は、さくらと初めて出会った桜の大木――枯れない桜が咲く広場へ続く道。
俺は、何かに導かれる様に枯れない桜へと向かった。
桜公園の中心部にある噴水を少し外れた広場の真ん中に、鮮やかな薄紅色の花びらを風に舞わせる桜の大木が現れた。近くまで行って桜を見上げる。
願いを叶える魔法の桜。俺の願いも叶えてくれるのだろうか。手を伸ばして幹に触れ様とした時、側面の根元で黒いマントを羽織った金髪の少女が幹に背を預けて座っている事に気が付いた。
「おい」
「......うにゃ?」
声を掛けると、彼女はゆっくりこちらに顔を向けた。少女は――さくらだった。
「
「ああ、そうだ」
「こんな時間にこんなところで何してるの?」
「それは俺のセリフだ」
桜公園を出て、家路を歩く。アスファルトに映る影はひとつだが、俺の背中では、さくらが上機嫌に鼻唄を歌っている。
「そんな元気があるなら歩け」
「いいでしょー。ボク、子ども~」
「ったく......」
枯れない桜の木で見つけたさくらは、酷く疲れた様子でへたり込んでいた。このままでは体調を崩すと思い帰宅を提案したところ、おんぶしてくれたら帰ると言い出したため、仕方なしに運んでやっているという
「ねぇ、
「なんだ?」
背中から聞こえた呼び掛けは、さっきまでの能天気な声じゃない。
「年末が近くなったら、ボク、忙しくなりそうなんだ」
「そうか」
「うん......」
少しの間が開いた――いや、そう感じただけだったのかもしれない。
「それでね。
「............」
俺は、少し黙ってから返事を返す。
「情が生まれるから、あまり同じ土地には長居したくないんだ」
ギュッと握られたのか肩付近の上着がズレた。
「どうして、そこまで
「うん......そうだね」
そう言うとさくらは黙ってしまった。保護者と言えど、
「さくら。一応気に掛けておいてやる」
「......うんっ、ありがとーっ」
「声がデカイぞ」
「にゃははっ。さあ寝よー」
笑顔のさくらの後に続いて玄関を潜り、布団に入る。何をしていたのか訊きそびれた。まあいつでもいいか。目を瞑るとすぐに眠気が襲ってきた。
* * *
身体を揺すられている気がする。面倒だが目を開ける。制服の上からエプロンを着た
「おはよー、
「ああ......、おはよ。さむッ!?」
毛布を退かして体を起こした途端、今までに無い寒さで身体が震えた。速攻で布団を頭から被り直す。音姫《おとめ》が、を少し吊り上げた。
「ちゃんと起きなきゃダメだよっ」
「ああ......分かってる」
今日もクリパ。保健医助手の仕事と人形劇の準備があるから、早く起きなくちゃならない。けど、この低気温はもはや凶器だ。
「も~うっ。ほらっ」
「わかったから、手を放せ」
諦めて布団から出て、着替えを済ませ、洗面所で顔を洗ってから居間に入る。居間には、誰も居なかった。とりあえず
ほどなくして
「
「先に学校に行ったよ。はい、どうぞ」
「悪いな」
茶碗を受けとると
「いただきます」
「いただきます。あいつら早いんじゃないか?」
「こうやって、二人で歩くの初めてだねー」
「ん? ああ、そうだな」
確かに、言われてみればそうかも知れない。
「雪が降るかもな」
「ふふっ」
小さく笑うと
「でも、そうなるといいな~」
「雪、好きなのか?」
「うん? そうでも無いよ、やっぱり寒いから。でも今日はクリスマス。雪が降れば――」
「ホワイトクリスマスだよっ」
「ホワイトクリスマス、ねぇ......」
と言われても、俺にはよくわからない。クリスマスを意識する暇なんて今まで無かった。
立ち止まっていた
「ねぇ、
「サンタ?」
歩きながら考えてみる。俺みたいな
「さあな、わからん。お前はどう思うんだ?」
「私はね、いると思うよ。サンタさん」
「ふーん」
「あっ、子どもっぽいって思ったでしょ!」
中途半端な俺の反応が恥ずかしかったのか、頬をピンク色に染めて少し膨らませた。俺に言わせれば、こういう仕草が子どもっぽく見える。
「それで、実際にいたとして。
「え? 何がいいかな、う~ん......」
鞄を持っていない方の手を口元に持っていって、真面目に考え始めた。三十秒ほど経ったが、
「
「えっ?」
咄嗟に肩を掴んで引き寄せた直後、背後から自転車が
「あ、ありがと。
「いや、別にいい。けど、考え事しながら歩くのは危ないな」
「うん、そうだねっ。気をつけなきゃ」
一旦プレゼントから話題を変えて、クリスマスパーティーの話しをしながら桜並木を進む。
風見学園の校門に入ると
いつもと同じく校舎の前で別れて、俺は保健室へ向かう。ドアを軽くノックしてから中に入る。
「おはよ、
「おはようございます」
一応、確りと挨拶を返してから普段と変わらず掃除を始める。朝と下校前いつも掃除している甲斐があってか汚れは少ない。
「終わったぞ」
「ごくろうさま~。じゃあ一息ついたら、またお願いね」
淹れてくれたお茶を飲んで午前10時、救急箱を持って保健室を出る。予想通り、今日は朝から出張保健医の仕事だ。
一般公開最終日と云う事もあってか、初日の昨日よりも若干人が多い気がする。それは同時に、ケガのリスクも人数に比例て多くなる訳だ。
「よし。もういいぞ」
「ありがとうございました。助かりましたわ」
附属の女子は、立ち上がって頭を下げた。制服のリボンは赤。
「人が多い、気をつけろよ」
「ええ、では仕事がありますので失礼します」
歩いて近くの教室に入って行った。
さて、どうするかな。附属の方は一通り回り終わった。時計は十一時半を回ったところ、昼飯にはまだ少し時間がある。とりあえず見て回りながら保健室へ戻る事にした。三年の階段付近に差し掛かったとき下の階から大きな声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと......! やめてください!」
声は女の声か。聞き覚えがあるような気がして手すりから除き込む。他校男子生徒が、附属の女生徒に抱きついているのが見えた。
その女生徒の頭には特徴的なお団子が二つ、
「ダメですよ、かわしちゃ。検査なんですから」
「そんな検査あるか、ボケッ! んなもんで殴られたら、ケガするじゃねえかッ!」
いや、死ぬだろ。
「失敬な。れっきとした検査ですよ?
「あれ
「ホントだ。バカだね、あの他校生たち。
そしてこの騒ぎを聞き付けたらしく、もう一人見知った男子が一階の階段から上がってきた。
「ほう、これはこれは。
「うわっ!
そのまま一階に下りようと騒ぎに背を向けた時、背中にドンッと強めの衝撃が走った。とっさに手すりを掴み体勢を保つ。下手すれば、そのまま階段を転げ落ちるところだったぞ。その衝撃に原因を知るため振り向く。そこには騒ぎ中心にいた他校生二人が居た。
「いてぇーなっ!」
「どこ見てんだよっ!」
コイツらからぶつかって来たにも関わらず謝罪もなく事もあろうか難癖を付けてきた。
その態度にカチンと来る。眉をつり上げて、声にドスを効かせる。更に身長差も相まって見下す格好になった。
「ああ......?」
「うっ......」
目付きの悪さには自信がある、他校生二人は完全に怯んだ。そのまま睨み付けていると辺りがザワザワし出した。
「く、
俺と他校生の間に、
「お前らさっさと行けっ。この人を怒らせるな......!」
「ふむ。
「あの
「
憶測が飛び交い、ざわめきが大きくなった。
「お、おい、行こうぜ」
「あ、ああ......。す、すみせんでしたッ!」
ぶつかって来た方が深々と頭を下げて謝罪。そのまま勢いよく階段を駆け下りて行った。その様子を見て、
「ふぅ......」
「お前らなぁ」
「いやー、なかなかの演技だったぞ。
「ほんと、助かりました。しつこくって」
「
「
「や、別にいいんですけど」
「大丈夫だったか?」
「はい、お陰さまで。
ぺこっと頭を下げて丁寧にお礼を言った
「ちょっと! うちの生徒が暴れてるって本当なの!?」
「まったく、ホントこの学校は問題ばっかり!」
「げっ! 今の声は......!」
あの声は、まゆき。それと何処かで聞いた声、
「さらばだ、
一瞬で姿を消す
「ゆ、
「あっ、ちょ、ちょっと......!?
「俺は別にバレてもいい。さっさと行け」
事実、俺は何もしていない。それは
「はいっ。
「えっと、ありがとうございましたっ」
「あっ、ちょっと! 待ちなさい!!」
二人の姿消えるとほぼ同時に、まゆきと赤いリボンの附属女子が階段に到着。
「騒ぎの中心は誰!?」
野次馬に向かって投げ掛ける。その内の一人がもう居ないと告げると、二人は悔しそうな
「くっそー、逃げられたかー」
「逃げ足だけは早いですわねっ」
「ほら、あんたたちも散りなさいっ!」
「大変そうだな。まゆき」
「えっ?」
驚いた様子で俺を見る。今まで気づいていなかったらしい。白衣は目立つと思っていたが、よくみれば制服以外の格好をしている生徒も多かった。
「おや、
「あら、あなた......」
「ん? ああー、お前か」
「あれ? 二人は知り合いなの?」
「先ほど、ケガの手当てをしてくれたお方です」
さっきの一年、こいつも生徒会だったのか。
「へぇー、そうなの。ところで
「ああ、
正直に答える。
「はぁ~......! 行くよ、エリカ!」
「はいっ」
「ちょっと待て」
駆け出そうとしたまゆきたちを呼び止める。
「なに?」
「
なぜ、そうなったのか経緯を説明。まゆきは納得、一年は苛立ちの
「そう、妹くんをね。まあ、そう言う理由なら多目にみよっか」
「はい。ですがッ! 嫌がる女性に無理矢理抱きつくなんて......んて卑劣なっ! 見つけたら強制猥褻罪の現行犯で逮捕して上げますわっ」
「まあ、そう言う
「うん、またね」
二人に背を向けて階段を下りる。時計は戻るのにちょうどいい時間になっていた。
一度保健室に戻り、救急箱の中身(消毒液等)を補充してから昼飯。今日も、カツサンドをゲットする事が出来た。缶コーヒーを買って、昨日と同じ中庭のベンチ座ってカツサンドの封を切ると何処からともなく、謎の宇宙生物がやって来た。
「あんっ」
「ん? ああ、お前か」
謎の宇宙生物こと、はりまおはベンチに飛び乗って隣に座る。
「食うか?」
「あんっ」
「よーし、じゃあ今日も客引きを頼むぞ」
「あんっ!」
はりまおは、任せろと言わんばかりに元気な返事をして、カツサンドにかぶりついた。俺も食べる。うまい。kEyコーヒーを飲んで一服してから準備に取りかかる。
そして――13時。まだ客引きもしていないにも関わらずそこそこの人が集まっていた。相棒をダンボールに乗せて念じる。ひょこっと立ち上がった。「おおーっ、これが噂の!」と声が上がる、どうやら昨日の劇を観た客の口コミがあったらしい。実にありがたい。
「さぁ! 楽しい人形劇の始まりだ、お代は見てのお帰りだぞーっ!」
「あん! あん!」
人形を動かし始める。はりまおがはしゃぐ、それを見て客が集まって来た。
クリパ最後の人形劇――俺は今出来る芸を必死に見せる事に集中した。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
秘策 ~secret plan~
クリパ二日目。
俺は、見物客が引き疎らになった中庭で売り上げを確認していた。
一般公開最終日の売り上げは昨日以上の稼ぎを打ち出した。それは俺の一日の売り上げ最高記録を優に越える金額だ。おひねり入れの箱には、硬貨はもちろん何枚か札も見受けらた(あとピンバッチやキーホルダー等)。これだけあれば、しばらく食いっぱぐれる事もなさそうだ。
やりきった達成感に浸りながら片付けをしていると拍手が聞こえた。手を止めて顔を上げる。ピンク色のおさげ髪の少女ななかが、俺に向けて拍手を送っていた。
彼女は、拍手を止めて、背中に手を組み近づいてくる。
「こんにちはっ、
「ありがとう」
爽やかにお礼の言葉を返す。ななかは、そのままはりまおを挟んで俺が座るベンチに腰を下ろした。
「クラスで話題になってたんです。中庭で可愛い劇をしてるって。まさか
「そうか」
どうやら俺の人形劇の評判は風見学園中に響き渡っているらしい。今なら体育館でワンマンライブを出来るじゃないかと思える。
カーテンが閉じらた暗い体育館。そのステージ上に当たるスポットライトを浴びて、
俺は、マイクを持って観客に語りかける。
『みんなっ! 俺の人形劇でおおいに笑ってくれッ!』
『イヤッホォーゥッ! 国崎サイコーッ!』
『Everybody say!』
『国崎サイコーッ!』
『Love and Peace!』
『国崎サイコーッ!』
鳴り止まない大歓声。体育館は揺れる。そして――。
「あんっ」
そう。あん、だ(あん?)。妄想に浸っていると突然奇妙な声に遮られた。隣を見る。
はりまおが、ななかの膝の上で頭を撫でられて気持ち良さそうな
「この子の動きがすごく可愛いって評判なんですよ」
「............」
「どうしたんですか?」
「......何でもない」
ななかから語られた真実。
人気だったのは俺の人形劇じゃなくて、はりまおだった。今思えば、ななかは『劇』とは言ったが『人形劇』とは一言も言っていない。
あれだけ大勢の客を魅了したのが謎の宇宙生物と知り、ショックのあまり方針状態で一点を見つめる俺を見て、ななかは不思議そうな
「あっ!
「うわっ、やばっ!」
「ん?」
花壇で揺れる花を愛でていたが、何やら騒がしい。顔をあげて見ると、昨日ななかを探していた連中が数人、附属校舎から、俺たちがいる中庭に向かって走って来ている。
隣に座るななかは、逃げること無く、面倒そうにタメ息をついていた。
「
ななかの前に辿り着いた、男子生徒たちはななかの逃げ場をなくすようしてベンチを囲い込んだ。(コイツら......。女一人にここまでするのか?)。あまりに情けない行動に呆れて言葉も出ない。
言い換えれば、それだけななかに魅力があると言うことなのだろう。
「ミスコン......」
「えっ?」
目を合わせないように顔を下げて、はりまおを抱いているななかがぼそっと呟く。そのまま顔をあげて、正面に立つ男子生徒に向けて言った。
「出場考えておく」
「......本当ですかっ!? おいっ、連絡入れてくれっ」
「考えるだけだからね?」
あくまでも考えるだけと念を押し、開始一時間前に姿を見せなかったら諦めて欲しいと言ったななかに、十分ですっ! と頭を下げ、スマホを取りだし操作しながら校舎へ戻っていった。
「はぁ~......」
「大変だな。お前も」
「あはは......」
困った
「ほんとっ。毎回ああなんですよ」
「苦労するな。よし、これをやろう」
おひねり入れにあったキーホルダーをななかに差し出す。受け取ったななかは頭にハテナマークを浮かべている。
「これ、なんですか?」
「一応、ネコらしいぞ」
俺も分からなかったが、裏に『ドルジ(猫)』と書かれているのを見つけて驚いた。
とてもネコとは思えない程の丸くデカイフォルム。よく見れば背中の柄は虎模様に見えなくも無いが、初見では絶対にネコとは判別できないだろう。
「ネコですかー......ネコ? にゃーって鳴きそうにないんですけど」
「ああ。ぬおっ、って鳴きそうな見た目だよな」
ななかは、キーホルダーから目を外すと中庭内のある場所に目を移した。そちらを見る。そこにあったのはクレープを売っている露店だった。
「じぃ~」
「あん」
大きく青み掛かった綺麗な瞳と縦棒の視線が俺に訴える、クレープを食わせろと。チラッと箱を見る。俺にとっては今後の貴重な旅費だが、儲けははりまおのお陰。
「......仕方ないな」
「やったー」
「あんっ! あんっ!」
はしゃぐ少女と一匹を残してクレープ屋に向かう。
メニューは、デザート系と惣菜系クレープの二種類があった。店員のおすすめを頼むとそれぞれ一番人気のあるクレープをチョイスしてくれ、更に一つ分を
遠慮無く好意に甘えてベンチに戻る。同じ場所に座ってからデザートクレープを渡すと、ななかはさっそく小さな口に運んだ。
「ありがとうございますっ。はむっ......う~んっ! 中のチョコとろとろ~。おいし~いっ」
「そらよかったな」
惣菜クレープを半分に割って置くと、はりまおは尻尾をブンブン振り回しながら旨そうにがっつく。食べながら、ななかはさっきの連中についてを教えてくれた。
さっきの連中は手芸部。クリパのミスコン主催に関わっているらしい。そこで、ななかに自分たちが作ったドレスを着て参加してもらい手芸部の宣伝を兼ねようという魂胆のようだ。
「なるほどな」
「ごちそうさまでしたっ」
ななかは、ベンチを立ってクレープを包んでいた紙をゴミ箱に捨てに行く。背中に向かって訊く。
「で、出るのか?」
振り返ったななかは笑顔だった。
「ふふっ。気になるなら見に来てください。クレープ、ありがとうございましたっ」
そう言って、ななかは附属の校舎へと歩いていく。(見に来てくださいって、出るのかよ)。時計を見る、午後の仕事を始めるまであと十分。そろそろ準備をしないと間に合わない。
人形劇のステージ代わりに使ったダンボールを畳み、
「じゃあな、はりまお」
「あんっ」
はりまおは一吠えすると、校長室がある校舎へ。俺は、校舎裏の焼却炉へダンボールを片しに向かう。焼却炉前には見知った男子が居た。
「よう」
「ん? 約束時間は放課後のハズだぞ? 同士
俺の姿を確認した
「先程の人形劇拝見させていただいた。いやー、実に素晴らしい」
パチパチと拍手をくれた。
ななかの時と同じで、劇に集中していた俺は気がつかなかったが、
「どうでもいいが、その殿ってなんだ?」
「ふむ......。未だに人形劇のカラクリが解き明かせないでる俺なりの敬意の表現と思っていただければ」
「ふーん」
「おっと、忘れていた。例の少女について、少し情報を得た」
「ほんとかっ!?」
一歩
「ふふーん。なーに我々非公式新聞部の情報網に掛かればこれしきのこと――」
「
校舎の方から、数人の人影が
「
「お前、何かしたのか?」
「なーに。ちょっとしたサプライズ演出を企画しているとだけ。では、続きは近日中に――。さらばたっ!
止める間もなく、
「くっそ~、また逃げられたかー」
「ほんと、残念」
「二手に別れて捜索を続けて。一班は校内、二班は雑木林」
まゆきは、すぐに指示を出し
「さて、
まゆきは、俺に疑いの眼差しを向ける。どうやら面倒な事に巻き込まれたらしいが、誤魔化す必要は無い。素直に答える。
「探し物の話だ」
「探し物?」
「ああ、あの女の子の話ね。まゆき、
「どういう事?」
「なるほどね。確かに、あの
「それで何か分かったの?」
「お前らのお陰で聞きそびれた」
苦笑いのまゆきと、申し訳なさそうな
「私らも仕事だからさ」
「あははは......、ごめんねー。まゆき、そろそろ......」
「ああー。うん、行っといで」
「うん。ありがとう。
軽く手を叩き、白衣を整えるとまゆきが話しかけてきた。
「じゃあ私たちも行こっか」
「は? どこへ」
「今から校舎回るんでしょ? 今日も案内してあげるよ」
と云うわけで、俺はまゆきと校内を回ることになった。
始めに向かったのは部活動が入る校舎。自転車部の『空を飛ぶ予定の自転車』などけったいな物を作っている部活もあり生徒会は手を焼いているそうだ。
各部室を回り、俺は怪我人の手当てを、まゆきは危険が無いかを調べていく。一通りの部室を回り終えて附属校舎へ歩みを向けた。
「
まゆきは眉をひそめ、部室や廊下で見つけたスイッチらしき物を手に持って言う。その
「押してみたらわかるぞ」
「いや、そうだけど。とんでもないこと言うね」
「
隣を歩くまゆきが視界から消えた。振り向くと目を丸くして立ち止まっている。少しの間が開いてから、まゆきは目尻をつり上げ、もの凄い剣幕で詰め寄って来た。
「
「別にいいが。サプライズ演出って言ってただけだ」
「本当にそれだけっ?」
グイっと顔を近付けてくる。
「ああ。あと近い、話しづらいぞ」
「............」
まゆきは、無言のまま距離を取ってからタメ息をついた。有力な情報を得られず落胆している様に見えたが、それでも、まゆきはすぐにスマホを操作して生徒会と連絡を取り始めた。
終わるのを待って附属三年のフロア。
廊下の一画、とある教室の前に長蛇の列ができている。行列の一番前に大きなピンク色のリボンが圧倒的な存在感を放っていた。
「ありゃ
「あ、まゆき。
「どうしたの? もう始まってるんじゃ」
まゆきの言った始まっているの意味は、教室のプレートを見てわかった。ここは
だが、表にある看板に記された開演時間を5分程過ぎているにも関わらず入室していないところを見ると、何かトラブルが起こったのかも知れない。そして、そのトラブルになりかねる要因に心当たりがある。
俺は、行列を無視して暗幕が貼られ中の様子を伺えない教室の扉を開け放った。
* * *
教室の中は重苦しい空気が漂っていたが扉を開く音に気づき、その音を響かせた俺に視線が集まる。
「
「よう、
重苦しい雰囲気の要因はすぐに見つかった。教室の真ん中で苦しそうに倒れ込む一人の少女――
彼女の元へ向かい体温を測る。体温計を耳に近付けると、ピッと短い音が鳴った。液晶を見ると38℃を越える高熱。昨日倒れたにも関わらず、無理して午前の劇を行った事でぶり返しただろう。
「
「まゆき!」
「ん? どったの。って
扉が開き、まゆきが入ってる。まゆきは俺と同様、異変に気づき
「あちゃ~、そういうことかー」
「ああ、手伝ってくれ」
「はいよ。
まゆきが
「
「どうした?」
「それが......」
「私が説明するわ」
近くにいた
つまり
「あっ!
「......よ、よしゆき......」
弱々しい
「 まゆき先輩、
「ああ、任せろ。まゆき、
「え? うん」
列の先頭に居た
「
「ああ、すぐに保健室に行く。それより
「ん? なに?」
「まあ、がんばれ」
激励の言葉に、なんの事か理解出来ず首を傾げる
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
聖夜 ~white X'mas~
高熱で倒れた
「じゃあ、あとのことよろしくね」
「ああ、わかった」
遡ること数分前。
いつも
「よし、もういいぞ」
「ありがとうございましたー」
「浮かれすぎるなよ」
「はーい」
他校の女子生徒(廊下を走って転んだ)は間延びした返事をして、保健室の外で待っていた女子生徒と歩いていった。ったく、ほんとわかってるのかよ。お祭り気分で浮かれるのは解るが、ケガして苦労するのは、俺だ。あと、本人も痛いだろう。
「フゥ......」
タメ息を一つ付いて、背中を預ける形で背もたれ付きの椅子に座る。ふと、室内の壁にある掛け時計を見ると、
「たのもーっ」
「ん?」
時代錯誤の掛け声と共にドアが開き、附属の女子生徒が入ってきた。乳牛柄の帽子と、長い赤いマフラーが真っ先に目に入る。
「お前か」
「おおーっ、
久しぶりに会った
「どうした? ケガでもしたか」
「
そう言って
「見舞い?」
「ああ、
「
「そんなはずはない」
疑うように彼女は、ベッドに目をやった。
「......居ない」
「だろ。さっき一時的に無人だったから、家に帰ったのかも知れないな」
誰も居ないかったとはいえ、ベッドを使うほどじゃないなら大丈夫だろう。
「そうか。では
ビニール袋から棒を一本を引き抜いて差し出した。小分けされ透明の袋に入ったそれは、祭りなどの屋台でよく見る定番の食べ物。
「屋台で買ったチョコバナナだ。体調が悪い時は、栄養価の高いバナナに限る」
「わかった。渡しておく」
「頼む。ではな」
「ま、いいことなんだろうけど。さて......」
留守中に来室した患者の記録を日誌に書き記していると、
「ただいま~、留守番ごくろうさま」
「
「風邪が少し悪化しただけよ。昨日の熱が下がりきらないまま無理して、登校したのね」
出張保険医で校内を回っている時に知ったが、
「もう、こんな時間か。
「いいのか?」
時計を見る。針は16時を指していた。何時もよりも少し早い。
「ええ」
「じゃあ、日誌」
日誌を渡して、チョコバナナの入った袋持つ。
「はい、ごくろうさま。そうだ。明日は、自由にしてくれていいわ」
「わかった。そうさせてもらう」
保健室を出て、扉を閉める。
「さて、どうするかなー」
時間を貰ったのはいいが、
「んー......帰るか」
結局、特に見たい催し物はない。というより、出張保険医をしていた事で色々な露店、企画を見て回る事ができた。来客用の玄関で靴に履き替え、校舎を出ると太陽は傾き、西の空はオレンジ色、東の空には星空が見える。気温も昼と比べると、だいぶ下がっていた。手に持つ、チョコバナナを見る。
「この気温なら大丈夫か」
俺は、真っ直ぐ
* * *
「ありがとうございましたー」
商店街の洋菓子屋を出る。俺の右手には、小さな箱が二つ。箱の中はプリン。昨日、
商店街は夕暮れ時とあって、夕食の買い物客で賑わっている。人波みを避けながら家路についた。
風見学園と商店街のちょうど間にあたる住宅街の一画、居候させてもらっている
「で、どこだ」
目的の水越病院に着いたのはいいが、ゆずの病室が分からない。小さな島とはいえ、大病院。小児科だけでも病室の数はそこそこある。ひとつひとつ探すのは、骨が折れそうだ。とりあえず、小児科病棟に向かう事にした。エレベーターを降りて廊下に出ると、女性看護師が配膳の準備を始めていた。ちょうどいい、尋ねる。
「聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「
見舞いのプリンの箱を見せる。
「ゆずちゃんのお見舞いの方ですね。どうぞ、ご案内します」
看護師の後に続いて歩く。彼女は、とある病室の前で立ち止まり扉をノックした。どうやらここが、ゆずの病室みたいだ。
「はい。どうぞ」
男の返事が聞こえた。聞き覚えのある声、父親の
「ゆずちゃん、夕御飯の時間ですよ~。それと、お客さん」
「よう。元気か?」
看護師の後ろから顔を出す。
「んー? おおー、にーちゃんだーっ」
「やあ
ゆずは、一瞬首を傾げてから指を差して大声を上げた。看護師にやんわりと注意されたのは言うまでもないだろう。ゆずが夜飯を食べ終わるのを待ってから、見舞いの品を渡す。プリンはちょうど、デザートになった。
「にーちゃん、ありがとなっ」
「ゆず、ついてるよ」
プリンの欠片を頬につけて礼を言うゆずの顔を、
「とーちゃん、これよんでくれ」
「またこれかい? ゆずは好きだな~」
「さくらひめのでんせつ?」
「この島の桜、人の願いを叶える枯れない桜を舞台にした童話だよ」
「へぇー」
「ただ、一つ不可解な事があってね。この童話、作者が不明なんだよ」
「ん? それが不可解なのか?」
童話やおとぎ話なんてものは、作者が曖昧な物も多いだろう。特に不思議な事でもないと思う。
「少し調べてみたんだけど。この童話、其ほど昔に作られた物じゃないみたいなんだ。ここ百年位なら中世と違って技術も発達してるし、必ず形として何かが残ってると思うんだけどね」
そういわれればそうだ。数百年前なら不思議じゃないが文明が発達している現代で。それも初音島と云う小さな島で手懸かりが無いのは異様な事なのかも知れない。
「いやー、見つからないとなると、ライターとしての血が騒ぐよ。はっはっは!」
「とーちゃんっ!」
「ああー、ごめんごめん」
急かされて娘に平謝りの
「『さくらひめのでんせつ』枯れない桜の木の下に――」
さくらひめのでんせつ。
一人の少女が毎日毎日、枯れない桜の木の下で泣いていた。
桜の木は、彼女に問いかける。少女は、答えた。友達が虐めると。すると桜は微笑み、その枝で少女の頭を優しく撫でた。
そして、翌日。
「次の日。女の子を虐めていた男の子は――」
続きを聞く前に外の大きな破裂音で遮られた。窓の外を見る。
「ああ~っ、花火だー!」
夜空に、光り輝く大輪の花が咲いていた。
「本当だね。この島では、クリスマスに花火を上げる習慣があるのかな?」
「いや、違う。あれは――」
花火が上がっている方向は、風見学園。クリパの案内には花火の事は触れられていなかった。これが、
「へぇー、粋な演出だね」
「そうだな。さて、そろそろ帰る」
「ああ、うん。遅くまでありがとう」
「ええ~......また、きてくれるか?」
「ああ、今度は人形劇を見せてやるよ。じゃあな」
病院を出ると既に真っ暗だった。空は今にも落ちてきそうな分厚い雲に覆われている。少し早足で帰る。時間が時間だけに寒いし、何より腹が減った。
再び、
「おや、キミは......」
「
「うむ、渡しておく」
「それとこれは、俺からだ」
「ありがとう。ところでキミが、
「ああ。知ってるのか、俺のこと」
「もちろんだとも。どうだろう、少し上がって話を聞かせてくれないかい?」
* * *
ダイニングキッチンに通され、正面に座って話をする事になった。お互いの目の前には、店屋物のラーメンが湯気を立てている。
それと爺さんは、朝倉姉妹の祖父で
「ははは......」
「なんだ?」
爺さんが突然、愉快げに笑いだした。
「いや、すまない。孫娘が話していた通りなんで可笑しくてね。あの娘たちから、
「はあ?」
どんな言われ方をしているんだろうか。
「おじいちゃん、静かにしてよっ」
「悪い悪い」
「もうっ......って、
「俺が誘ったんだよ」
「おじいちゃんが? ああーっ、ラーメン取ってるっ。お姉ちゃんに怒られても知らないんだからっ」
また血圧が上がると
「まったく」
「ははは、
じとー、と目を細めて睨みつけるような視線を軽口を言った爺さんに向ける。しかし、元気じゃないか。心配する程でもなかったか。
「おお、そうだ。
「お見舞い?」
「お前、体調が悪かったんだろ?」
「えっ? あ、はい、そうでした」
妙に歯切れの悪い返事が気に掛かった。まるで今、思い出したかの様な言い方だ。
「あっ、あのお店のプリンっ」
「それは、
「ありがとうございます。えっと、こっちは――チョコバナナ?」
「
「
「ああ、そうしてやれ」
時計を見てから席を立つ。
「さむ!」
「うわっ、ホント!」
「確かに、今日は冷えるな」
セーターを着ている
「ここでいい。ごちそうさまでした」
「ああ、また話そう。おやすみ」
玄関先で見送られ、隣の
「兄さん、お腹すいたぁ~」
「開口一番がそれかよ......」
「
「病院に直行。インフルエンザじゃないそうだ。点滴を打ったそうだし、明日には下がるだろう」
「そっか~、よかった」
「お姉ちゃん、はやくー。
玄関の前で、
「はーい、今いくー。いこ」
「ああ」
「
「ん? あっ、
「なにー? 寒いんだけど」と若干抗議しながらも、玄関の雨よけから出てきた。
「雪......」
「道理で寒い訳だ」
「本当に降ったな、
「うん。ホワイトクリスマス......だね」
空から降る雪と庭で咲き誇る桜が舞い散る中、寒さを忘れ、俺たちはしばらく幻想的な風景を眺めていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
天使 ~wing human~
枕元の目覚まし時計を見る。
これが、習慣というやつなのだろうか。まだ一週間も経っていないのに、いつも起きる時間に自然と意識が覚醒した。クリパ後夜祭の今日は自由にしていいと、上司の
「
この声は、
「今日は、休みなんだ」
「何兄さんみたいなこと言ってるんですか? 早く起きてください」
若干、不機嫌そうな声色に変わった。そういえば、昨日話すのを忘れていた。睡魔も相まって説明するのも面倒、無視を決め込む。
「もー、兄さんといい、まったく......!」
ぶつぶつと文句が聞こえ、タメ息をついた
「素直に起きないと、朝倉家伝統の起こし方をしますよ。えっと~、さくらさんの部屋に行けば、辞書あるかなー?」
辞書という言葉に何故か本能的に危険を察知、素早く布団から顔を出す。
「事故が多いみたいだな。頻繁に起こるのか?」
「いいえ、普段はあまり。でも、最近ちょっと多い気がします」
「ま、師走ですから」と、
「
おぼんを持った
残りの料理を運びに
ほぼ同時に、白い謎の宇宙生物はりまおが、姉妹と入れ替わるようにして居間に入ってきた。はりまおは、テーブルの上で湯気を立てる朝飯の匂いに釣られたのか、
「さくらは、どうした? まだ寝てるのか」
「あお? あんっあんっ」
首らしき場所を動かして、顔だけを俺に向けて鳴いた。
「ふむふむ。今日は、朝から会議でもう学校へ行っているのか。って、何で俺たち普通に会話してるんだ?」
「あん?」
不思議そうに首を傾げる、はりまお。何故だか、妙に考えが分かる様になった。やはり
「サンタは来たか?」
「むぅ~、
少し頬を薄紅色に染めて、恥ずかしそうに目を背けた。どうやら、クリスマスにプレゼントを配ってまわる物好きな爺さんは来なかったらしい。
「私の所には来たよ」
「えっ? ほんと?」
「赤じゃなくて、白だったけど」
「白?」
白と聞いて、
「それで何を貰ったの?」
「フラワーズのプリンだよ」
フラワーズって、それ俺じゃないか。白って白衣の事かよ。フラワーズは、昨日見舞いのプリンを買った商店街の洋菓子店。正式には、ケーキ・ビフォア・フラワーズ。訳すると、花より団子。先日、
方向が真逆、和菓子と洋菓子と云うことで棲み分けが出来ているらしい。
「いいな~」
「お姉ちゃんも、お願いしたらきっとくれるよ。今日はクリスマスだし」
「そうかな?」
「そうだよ。ですよね、
「俺に振るなよ......」
玄関まで二人を見送り居間の
「おはようございます」
「ああ、おはよ。遅いな」
「
「ああ、そうか」
昨日は、
「
ラップされていた朝食を食べながら訊いてきた。
「今日は休みなんだ。好きにしていいっていわれてる」
「そうですか、じゃあ俺は行きますね」
「ああ」
「
「あ、はいっ。今行きます」
濡れた手をタオルで拭きながら、急ぎ足で戻って来た。画面を見た
「
テレビに目を戻すと、さっき見たのとは違う別の事故のニュースが流れたいた。幸いにも死者は出ていないが一日に二件。冗談じゃなく注意した方がいいのかも知れない。
「
「あん?」
「
翼を持つ少女、か。
「わかった。先に行っててくれ、着替えてから行く」
「いえ、図書室で話すそうなんで案内しますよ。どうせ暇だし」
客間に戻って着替える。(学校だし、白衣でいいか)。何時もの服に着替えて、俺たちは玄関で合流して風見学園へと向かった。
風見学園に到着。やはり後夜祭、
いつもの昇降口前で別れ、中庭で待ち合わせ、
「居ませんね」
「ああ」
まだ来ていないのか、ぱっと見図書室に人影は見当たらない。
「待っていた」
「うおっ!?」
突然死角から聞こえた声に驚いた
「居るなら返事しろよっ」
「はっはっはっ。こんな事では暗殺を回避できんな、常に警戒を怠らぬ事だぞ?
「誰に狙われてるんだよ、俺は.....」
呆れた
「で、何がわかったんだ?」
「うむ。こちらで説明する」
図書室の一番奥、入り口からも見えない四人掛けのテーブルに案内され、
「古来、神の使いと云われた者がいた。今は仮に
言い得て妙だが、翼を持つ人型の生物。天使という名称はうってつけだ。
「
「俺は、お前が何を言ってるのかさっぱり分からん」
「俺も......」
「ふむ。簡単に言うのなら、常人では有り得ない不思議な力を有し人々を導いていた存在。と言ったところだ」
「それはつまり......」
魔法使いの
「魔法使いの様なもんか?」
「まあ、その認識でもよかろう。日本では
「で、それが?」
「まあそう焦るな、ここからが本題だ」
焦らす様に、にやっと口角少し上げる。
「その存在――天使の姿は、肌は
「翼!?」
「これだ」
人の形をした者の背中から何かが延びている様に見える。
「正確な時代は分からないが、おそらく1000年以上前に書かれた絵と推察されている。そして、これが文献を元に我々非公式新聞部の精鋭が再現した画像だ」
「こ、これは――」
「って、化け物じゃないかっ!?」
「そう褒めるな、照れるではないか」
「いや、褒めてないからな?」
「まあ、これは比喩を再現した物だ。こっちが本命だ」
画面をスライド操作すると別の画像に切り替わった。正しく翼を持つ人間だ。
「見た目は普通だな」
「ですね。普通の人の背中に翼があるって感じ」
「だが所詮これも憶測に過ぎん。実際はどんな人物だったのか......皆目見当もつかん」
「さて、この天使の記述だが......。資料は少ないものの全国各地に伝承として残っている事が判明した。地域によって様々だが多くはこう呼ばれている――『
パンッと外で大きな破裂音の様なものが響いた。
「煙だっ!」
「何?」
「うむ......」
席を立ち外を見る。校門へ続く道の露店から煙が上がっていた。野次馬も集まって来ている。
「
「さすがは
「......たしかに......」
昨晩の打ち上げ花火の様な暗躍はするが、実被害が出るような事はしないって事か。
「とりあえず行ってくる」
「あっ、俺も行きます」
図書室を出て現場へ向かう。校舎の外に出てるとすぐに見知った顔を見つけた。
腕に生徒会の腕章を着けて野次馬の整理をしている
「
「弟くんっ。あれ?
「何があったの?
「露店のガスボンベが破裂したんだよ」
答えたのは
「ケガ人は?」
「こっち、着いてきて。弟くん、
「はい」
まゆきの後をついて生徒会のバリケートを越えた先の現場の露店前までやってきた。初期消火が早かったのか、被害は見た感じ
ケガ人は現場近くにいた女生徒と、消火を行った教師。幸いにも切り傷程度の軽いケガをしただけでさほど大事には至らなかったのが救いだった。
「お疲れさま」
「ああ。それで事故原因はなんだったんだ?」
「それが......」
「よく分からないのよ」
当時、店は無人。火も使っていなかった事が確認されている。ガスボンベはクリパに合わせて新調した物で使い回しではないらしい。
「にしても――。最近、こんなのばっかだね」
「ほんとね......。気をつけなくちゃダメだよ? 弟くん」
テレビでも事故が多いと報道されていたが、実際身近で起きると緊張感が違う。(けどな~......)。
「でも、先生も
「あの子って弟くんと同じ学年だよね」
「はい、隣のクラスです」
名前は、
ケガ人(
それは――
この『
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
夢 ~dream of beginning~
妙な寝苦しさで目が覚めた。視界は暗いままで何も見えない。手探りで、枕元の目覚まし時計探し時刻を確認すると午前二時を少し回った頃だった。
額には汗が浮かび、えらく喉が乾いている。眠気もあるが、気だるい体を起こし、喉の渇きを解消するためキッチンへ向かう。
キッチンへ行くため居間の襖に手を掛けると、隙間から光が漏れていた。誰かがいるのか、もしくは電気を消し忘れたか。
だが、そんな事どうでもいい。今は、この喉の渇きを解消する事が先決。
「お前ら、何してるんだ? こんな時間に......」
「あーっ、
「すみません、うるさかったですか?」
居間には先客がいた。さくらと
「どうぞ」
「ああ、ありがと」
何故、俺がこんならしくもない話しをしているのかというと、それは、目の前にいる二人が正に今、そう言った類いの話しをしていているからだ。
「それで、
「えっ?」
続けるんですか? と言いたげな
おそらく
だが、現実は非情だ。
例えば、人形劇が終わり稼ぎを数えている時に見つけた百円玉より大きな硬貨が、ゲーセンのコインだった時ぐらい非情だ。期待の大きさに比例して喪失感が半端じゃない。
「
「どうして
困惑する
「ほらだって、
まるでまゆきの様な言い方で
「べ、別に......そんな相手」
「動揺してるぞ」
「動揺してるね」
「し、してません!」
焦った様子で否定したが、実に怪しい。消費期限が四日過ぎた牛乳の様な怪しさだ。あれは地獄だったな......。乳製品の消費期限は洒落にならん事を学んだ夏だった。
「く、
「あん?」
何を思ったのか俺に振ってきたが――。
「気になる女子とか......」
「ここに来て二週間弱だぞ?」
「......ですよね~」
諦めた
その背中を、さくらは微笑んで見送っていた。
「ねぇ。
「なんだ」
「
「お兄ちゃんから聞いたけど――」
「お兄ちゃん? お前、兄弟がいたのか?」
さくらに、兄弟がいると言うのは初耳だった。何故か興味沸き、話しをぶったぎり質問で返す。
「そういえば話してなかったね~。ボクのお兄ちゃんは、
「
俺の頭に思い浮かんだ、一人の老人。まさか......。
「......
「大せいか~いっ。ぱちぱちぱち~」
「......マジか?」
「マジだよ~」
嘘をついている雰囲気は感じない。(さくらは、何歳なんだよ?)。俺の中で、さくらへの謎は更に深まった。
「正確には、従兄弟なんだけどね~」
「へぇ......」
さくらと
「なあ」
「ん? な~に」
「実際、お前
訊いたとたん脳天に衝撃が走る。
「いてっ」
「こらっ。レディに年齢を訊くのは失礼だよっ」
さくらは、眉を吊り上げて批難の眼差しを向けてきた。どうやら年齢の話しは御法度らしい。
「罰として時代劇観賞に付き合って」
「......眠いんだが」
「明日から冬休みだよ? 一緒に夜更かししようよ~」
「お前、年末は忙しいって言ってたじゃないか」
「それとこれとは別だよっ。ねぇ、いいでしょ、おねが~いっ」
さくらの必死の懇願に、結局、俺は折れてしまったのだった。
* * *
誰かが、俺を呼んでいる。男なのか、女なのか、それすらも判別出来ない。ただ、妙に鼻をくすぐる良い香りがした。(誰だ?)。訊いても返事は返っては来ない。もしくは、俺の言葉が声になっていないのか。
声の、匂いの主を確認するために、重いまぶたをゆっくりと持ち上げる。気を抜くと閉じてしまいそうだ。気合いを入れて開く。
「あ、起きた。こんな所で寝てると風邪引いちゃうよ?」
「......ああ」
俺を呼んでいたのは、
「おはよう」
「......ああ」
「もうっ。朝は『おはようございます』だよ?」
「......おはよう、ございます......」
挨拶をして気がついた、身体が痛い。肩には掛け布団が掛かっていた。さくらの姿は無いどうやら、俺はあのまま
「朝ご飯用意してくるね」
「ああ、悪いな。ふんっ......」
「お待たせー」
おぼんを持った
ご飯、味噌汁、目玉焼き、ベーコンと定番の朝定食が
「
「お家だよ」
「あいつ冬休みだから、だらけて寝てるんですよ。まったく、俺が起こされてるってのに、あのぐうたらな妹は......」
「......誰が、ぐうたらですか?」
「げっ......」
「げっ、て随分な挨拶ですね。まったく......」
文句を言いながらも何時ものポジション、俺の正面に
「兄さん、お茶ちょうだーい」
「たまには自分で淹れろよ......」
そう言いながらも、お茶を淹れてやる
四人分の料理がテーブルに並び、用意してくれていた
「そう言えば、そろそろ準備しないとだね」
「うん、そうだね」
「何をだ?」
姉妹は何かを企画しているのだろうか。
「大掃除の準備だよ。少しずつ始めようと思って」
「そらご苦労だな」
固定の居住を持たない俺には縁の無いワードだ。
「他人事みたいに言わないでください。今年は、
「マジか......」
「おおマジです。と言うわけで、朝ご飯を済ませたら、兄さんと
* * *
「あっ、お姉ちゃん、あの服可愛いよ」
「どれ~? ほんとだ。これ
「そうかな?」
俺は、朝倉姉妹と共に商店街へ来ている。
「お前ら、大掃除の買い物はいいのかよ?」
「や、息抜きも必要ですから」
「うんうんっ、だねー」
そうは言っているが、姉妹は、商店街に着いてからショップを見て回るだけで、ホームセンターへ向かう気配は微塵も感じられないと言うより、さっきホームセンターの前を躊躇なく華麗にスルーしていた。
「やっほー。
「ん?」
背中から声を掛けられた。振り向いて見ると、まゆきとエリカが居た。
「お前らか」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。買い物か?」
「そだよ。エリカは、日本で初めての年越しだから、いろいろ手伝おうって」
「そうか」
「
女性物の服屋で目付きの悪い若者(男)が一人佇んでいる。確かに、端から見たら異様でしかない。
「女装癖があるとか」
「......そう、なんですの?」
「んなもんあるかっ」
若干エリカに引かれた気がする。
「お待たせ。って、まゆき? それにエリカちゃん?」
「おや、
「あ、おはようございます。
「はい、おはようございます。
バッタリと出くわした事も何かの縁というわけで、近くのカフェで一服する事になった。
「とても不思議ですわ。どうなっているのかしら?」
エリカは、テーブルの上でひとりでに動く人形を興味深そうに観察している。俺にとって、エリカの反応は新鮮だった。
何故なら、どこかの誰かと違ってオチを求めない。チラッ、と目だけを動かすと
「何ですか」
「別に何も言ってないぞ」
否定したにも関わらず、目を細目て疑いの眼差しを向け続けてくる、勘のいい女だ。
カフェを出て、五人で商店街を歩く。目的地が同じだったため、まゆきたちも一緒に行くことになった。
朝倉姉妹は大掃除の道具、まゆきとエリカは、年越しの準備をホームセンターで購入して、商店街の入り口で別れた。
「それじゃあ、また夜に行くね」
「荷物ありがとうございました」
「ああ、じゃあな」
朝倉家の前で姉妹と別れて、俺も帰宅。
ホームセンターで買ったカップ麺を昼飯に食べながらテレビを見る。(つまらんな......)。特に興味を引く番組は放送していなかった。
空になったカップ麺の容器を片付けて外に出る。今日は、気持ち暖かい。
「散歩にでも行くか」
俺は、桜公園へ向かい歩き出す。いつもの通学路を歩き、いつも潜る校門を通り過ぎて公園に到着。人は居るが、それほど多くない。(人形劇をするには少ないな)。それに年末年始は神社に集まるという話だ。
舞い散る桜を眺めながら、公園の奥の高台までやって来た。一番高い位置に設置されたベンチに腰を降ろして手摺の向こうに目をやると、冬の日差しに照らされ、キラキラ光る蒼い蒼い大海原が広がっていた。
島の為か、海を遮る物は無く、水平線が丸く見えて何処までも、何処までも続いていた。
忙しかった日々から解放され、久しぶりに穏やかな時間が流れる。冬にしては暖かい気温と空気を感じながら、しばらく海を眺める。
* * *
気がつくと見知らぬ通路に俺は立っていた。
少しずつ視界に映る景色が変わっていく。足下をみると床が動いていた。どうやらエスカレーターに乗っているようだ。
横を見ると、仕切りの無い巨大な窓があり外には青い空が拡がっていた。そのまま視線を落とすと、広大な海或いは湖か。その中心部に桃色に染まった島が浮かんでいた。徐々にその島が大きく見えることから近づいている事から、このエスカレーターは相当高い場所にあり下っているのだとわかる。
初音島のさくらの家で寝ていた俺が、何故見知らぬ土地にいるのか、その
何故なら、唐突に風景が切り替わったからだ。
今度は、目の前に建築物が現れた。見覚えの無い建物、その周りを囲む様に幾つもの桜の木が薄桃色の小さな花を満開に咲かせている。
そして、俺と同じ
俺の体は、自然と校舎へ向かい進んで行く。入り口を潜ると、まばゆい光に包まれた。あの少女の夢から覚める時と同じだ。
そう......。これは――夢だ。
初音島に来てから、何度も見てきた枯れない桜の木の下で謝罪を続ける少女の夢とは違う雰囲気の夢。
それはまるで――誰かが、俺に何かを伝えようとしていると、そう感じさせる夢だった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鬼 ~yume~
「ええ~っ!?」
年の瀬が近づく30日の夕食時、突然、
「よ、夜中に初詣~!?」
「そ、その後に肝試し~!?」
姉妹の
「な、なんでしょうか......?」
鬼気迫る二人の迫力に負けたのか、
「夜中に初詣に繰り出すなんて、不良です!」
「しかもその後に肝試しなんて、危険にもほどがあるよ!」
「ふ、不良? な、なにが危険なんでしょうか?」
姉妹は、たじたじの
「はんたいっ、はんた~いっ!」
わかりきっていた結論に俺は構うこと無く、箸を進める。相変わらず、美味い。
「なにゆえに?」
「夜中に肝試しなんてしたら蛇が出るよ。おへそ取られるよっ!」
「いや、それはなんか、子供だましのネタが色々混ざってるから......」
「不良です、不潔です、大人の階段登り過ぎです!」
「ただ、みんなで初詣に行くことの何が不潔なんだよ?」
「そ、それは......」
「と、とにかく不潔なんですっ! 兄さんのバカ、エッチ、変態、
「いや、意味わからんし。それから俺は、
一番どうでもいいところを否定した。前の三つは認めるんだな。何てどうでもいいことを思いながら箸を進めていると、茶碗がいつの間にか空になっていた。
「とにかく、弟くんと一緒にいられない大晦日なんて、そんなの大晦日じゃないのよー。お餅の入ってないお雑煮みたいなものなのー」
泣き落としに入る、
「じゃあ、年越し蕎麦も兼ねた晩ご飯をみんなで食べるって言うのはどうかしら?」
「あ、それいいね。ここで飯食って、みんなで一緒に初詣」
「うんうんっ!」
「賑やかになるね」
話の内容がいまいちわからないが、
「何の話だ?」
「
「
「お前らが良いなら良いんじゃないか」
反対する理由もないし、そもそも居候の俺には何の権限もない。再び箸を進める。
「わー、急に大変だー。なに作ろうかなぁ~?」
「俺も手伝うよ」
「私は、商店街でジュースとか買ってくるね。
「美味い。ん? ああ、別にいいけど」
「ありがとうございます」
明日の大晦日の晩飯の事で盛り上がっていると、居間の襖が開いて、さくらが帰ってきた。頭には、はりまおが乗っている。
「ただいまー。どうしたの? すごい盛り上がってる~」
「お帰りなさい、さくらさん」
「お帰りなさーい」
「お帰り」
三人が挨拶をするとほぼ同時に、はりまおはさくらの頭を飛び降り、俺の膝の上に乗っかってきた。
「なんだよ?」
「あん!」
「にゃははっ! はりまおは、
どうやら妙なのに好かれてしまったらしい。
「へぇー、そうなんだ、楽しそうだね。でも、あんまりはしゃぎ過ぎて怪我とかしないようにね?」
「大丈夫です、私がついてますからっ」
おぼんを持って戻ってきた
「そう言ってる
「え、うそー?」
「さすが、さくらさんです。よくわかってますね」
「あっはっは!」
* * *
翌朝、つまり大晦日の午前中。
「あ、あとこれもっ!」
重い物(ペットボトル)を次々と買い物カゴへ投入していく
俺は今、朝倉姉妹と
夕食には、
「
「これでいいか?」
腕を伸ばして、商品棚の一番高い棚にある調味料を取って、
「うん、ありがとー。じゃあ、次は~っと」
商品をカゴに入れてショッピングカートを引く。その様子を
「あの~、
「なんですか」
「私めも、カートを......」
「却下。私、入り口で持っていこうって言ったのに、
「あの時は、こんな大荷物になるなんて......」
『あれ? 兄さん、カート持っていかないの?』
『ああ、けっこう混んでるし、邪魔になりそうだから。それに、どうせ菓子とジュースだけだろ』
『私は、絶対持ってった方がいいと思うよ?』
『大丈夫だって。ほら、さっさと済ませようぜ』
『どうなっても知らないんだから』
確か、こんな感じだった。忠告を聞き入れなかった
「もー。
「だって、兄さんがー」
「カゴが壊れちゃったら、お店に迷惑が掛かるでしょ?」
「......はーい」
「た、助かった......」
「おもっ!」
元の場所に戻してからカートのカゴと持ち比べてみると、カゴの商品の数は
「ありゃ、
「あっ、まゆき~」
買い物カゴを下げた、まゆきが登場。
「おはようございます。
「よう」
「うん、おはよ。妹くん、
「うん、そうだよ。今夜、弟くんのお家でパーティーなのっ」
「へぇー、そりゃ楽しそうだねぇ」
「うんっ」
話しをしている間、
「あっ、そうだ。まゆきも一緒にどう?」
「いいねっ。って言いたいんだけど、もう年越しの準備が済んじゃってるんだよね」
「そっかぁ、残念」
「けど、私も二年参りに行くから、神社で逢えるかも。じゃ、行くね」
「うん、またね」
まゆきは、急ぎ足でレジの方へ向かって行った。それから間も無く、
「どこに行くんですか?」
「ん?」
玄関で靴を履いていると、後ろから
「下見に行くんだよ」
「下見? ああ、神社ですか。案内しますよ」
芳乃家を出て、まずは桜公園を目指す。
「結構な数の屋台が出るんだな」
「そうですね」
今準備を進めている屋台の全部が、俺の商売敵になるわけだ。暖簾を見た感じ食べ物系の露店ばかりで、出し物系が無いのが唯一救い。
「商売繁盛の祈願でもしたらどうですか?」
神頼みか。ポケットをまさぐる。お誂え向きに五円玉があった。参道を進んで賽銭箱に小銭を投げ入れて手を合わせる。
――カネ、カネ、カネ......よし、頼むぞ。
願掛けを終えて目を開けると、俺は見知らぬ場所に立っていた。
* * *
辺りを見回してみる。豪華な作りのホテルのロビーのみたいだ。前に高台で見た夢と同じ服を着た男女が大勢いた。
どうやら、俺はまた夢を見ているらしい。またかとうんざり。初音島に着てから度々訪れる意味不明の現象。俺は、何か奇病にでも掛かっているのだろうか。今度、
そんな事を思っていると、周囲のざわつきが大きくなっていた。
騒ぎの理由を知るべく耳を傾けると、思わず耳を疑ってしまった。このホテルにテロリストが爆弾を仕掛けたと騒ぎになっている。近くにいる長い銀髪の少女に詳しく訊ねる。
『どういう状況なんだ? それより、ここは何処だ?』
少女は返事をしない。無視というより、まるで俺が見えていない様な反応の無さ。
『おい、こら』
触れようと手を伸ばす。すると俺の右手は少女の身体をすり抜けた。少し驚いたが、まあ夢だ。俺には、このままあるがままに身を委ねるほかない。
そして――思った通り、場面が切り替わった。
今度は部屋。おそらくホテルの一室だろう。シングルベッドにもたれ掛かる様にして、男子生徒がヘンテコな壺を持って眠っている。近くで、ツインテールの女生徒とショートカットの女生徒が心配そうに男子を見ていた。
ショートカットの方は見覚えがある様な気がしたが、思い出す前に再び場面が切り替わった。
今度は、広いホール。図書館だろうか、四方八方見渡す限り数え切れない程の本がところ狭しと並んでいた。とりあえず、歩いて見て回る。歩きながら目を向けた本棚には、小難しい題名――というより全部英語のタイトルで意味不明。そのまま奥に進むと、ホテルで眠っていた男子が難しそうな
『何を読んでるんだ?』
どうせ反応は無いだろうが声を掛けた。
すると驚く事に男子は振り向いた。その瞬間――。
* * *
「
隣を見ると、
「どうした?」
「どうした? じゃないですっ。さっきから呼んでるのに、目を閉じたまま全然返事しないんですもんっ」
「ああ、そうか、悪い。......帰るか」
一呼吸おいてから、踵を返して参道を戻る。
「何を真剣にお願いしていたんですか?」
「ん? ああ、カネ」
冷めた目で見られた。
「お前は、何を願ったんだよ?」
「え? 教えませんよ。言ったら叶わないって言うじゃないですか」
「お前なぁ」
人には話させておいて、自分は言わないのかよ。しかも、この流れだと俺の願い叶わないって事じゃないか。
彼女の機嫌を損ねない様にしようと密かに誓った大晦日の午後になった。
「そうだ、帰りにコンビ二へ寄ってもいいですか? 紙コップを買うの忘れてました」
「ああ、好きにしてくれ」
コンビ二に寄ってから帰宅。玄関には、既に何人かの靴ある。
そして――全員が集まり午後六時。新年を迎えるパーティーが始まった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
緊張感 ~nervousness~
大晦日の夜。芳乃家の居間は、ただならぬ緊張感が漂っていた。
雀卓......ではなく、
現時刻は18時。つまり、これから新年までの六時間、どこの席に座るかまさに運命を決めるくじ引きだ。
そして遂に、くじを引く順番が回ってきた。
チラッと狙いの席に目をやってから、箱に手を入れる(どれだ? これか?)。右端の一枚を手にとる。いや......こっちか? これだっ!一度掴んだ紙を手放し別の紙を掴み、目を瞑って、ゆっくりと箱から腕を引き抜き四つ折りの紙を開く。記された数字を確認して席に腰を下ろした。
「納得いかねぇ!」
席順が決まり全員が
こいつの名前は――
帰宅して最初に
「もー、いきなり大声出さないでよ。
「そうよ、うるさいわ」
「何が不満なの?
「どうせ大した理由じゃないわ。聞くだけ無駄よ」
「うんうんだね~」
「ちょ、ちょっと二人ともー」
「お前らひでーなっ。優しいのは、
嬉しいのか、悲しいのか、目をうるうるさせている。そんな
「それで、結局何が不満なんだよ?」
「
バッと両手を広げた。その先には、
「ふむ、なるほどな」
「わかったのか?
「ああ。
「その通りだぜ!
「はっはっはっ。よせよせ照れるではないかっ」
しかし、
「言ってやってくれ、
「任せろ。つまり
なるほど、それは確かに納得いかない。食べたい料理をいちいち頼んで取ってもらうのは面倒だ。近い場所に居たいのは自然な発想だろう。
「おうっ! その通りだ......、ってちげーよっ!?」
「ん? 違ったか?」
「俺が、言ってるのは席についてだっ!」
料理の事じゃなかった。しかしベストポジションを確保しておきながら席に不満を持つとは贅沢な奴だ。
他の席はキッチン側と縁側の五人ずつで両隣に人がいる確率が高い。だが、下座は両隣に誰も居らず密着していない分スペースが広い。さらに干渉されずにゆっくりと食事ができかつ上座(普段さくらが座っているTV前)は無人のため正面のテレビを遮る物もない、正に食事を楽しむためのベストポジション。そこを引き当てておきながら、いったい何が不満なんだか。
「くじで決まった事を今さら言っても遅いわ。そもそも、これはあんたが言い出した事よ」
「そうだぞ、
「そ、そうだけどよー。ピンポイントで男に囲まれるのは想定してなかったんだよぉ~」
ついに涙を流し訴え出した。
席順は下座の
「
「やだよ」
間髪入れずに拒否された
「
「俺、個人としては構わんが」
「ダメよ」
「だそうだ。すまんなぁ」
これも失敗、
俺は、一度深く一呼吸をしてからあくまで冷静を装い、然り気無く、自然に名乗り出た。
「仕方ないな。俺が替わって――」
「ダメでーす」
「お、おい」
立ち上がろうとした俺の右腕を、ななかが掴んで阻止してきた。
ななかは、そのまま体重をかけて強引に俺を座らせる。結局、
「くぅー、うめぇ! ほら、
「もう十分食ってるよ」
「
「うむ、頂こう」
年越しパーティーが始まって数時間、文句を言っていた
かく言う俺も、そこそこ満喫している。唯一、誤算あると言えば、これだ。
「なんだこれはー! ど、どうなっているのだー!?」
「ほんと、スゴいよねぇ~」
俺の人形劇を初めて見る
「このお人形さん、どうやって動かしているんですか?」
「
「俺も興味がある」
「うぉっ!?」
いつの間にか、無人だった上座に
「す、
「はっはっはっ、細かい事は気にするな。して、どう言った技法を用いているのだ?」
「あ、ああ......。『
ななかと
「ほーじゅつ?」
「ああ、代々受け継いできた『力』だ。俺も母親からこの力を受け継いだ」
人形をくるりと右を向かせる。俺と向き合う形になった。
ご先祖様は、もっと色々出来たらしいが、俺が出来るのは物を動かす程度。この力を操る血は徐々に薄れてきてるし、どうやら俺には人を楽しませる才能もないらしい。この生業も俺の代で終わりだろう。人形への意識を切ると糸が切れた様に、ぱたっと力なく倒れこんだ。
「
「いや、なんでもない」
その様子を
「ふむ......。
「
「悪いな......、
「
「
「今だ!」
「ごっそさんでした!」
「あんた、覚えておきなさい。で、何? くだらない用件なら......」
「
「
「いや、そうではない。物体操作の手法の事だ」
「物体操作......」
「......記憶にないわ」
「そうか」
「その
「うむ。
「旅?」
そう言えば
「話しても?」
「ああ、別に構わない」
俺の旅の目的――空に居る翼を持つ少女を見つける手がかりになるのなら、それはむしろ大歓迎だ。
俺は、
「......
「ううん。私も聞いたことはないよ」
小さく首を横に振る
「なるほどね。で、
「何かしらの関係性があるのではないか、とだけ」
「ぶっちゃけ何も無いわけね」
「言い替えれば」
四人以外も各々話しをしているが、俺は妙な不可解さを感じていた。手から和菓子を出せる魔法を使える
「......嘘だと思わないのかよ」
ぼそっと溢れた俺の疑問を、
「確かに、非現実的でお伽噺みたいな話しですけど、俺は信じます」
「私も信じるよっ」
「まあ実際触れずにお人形も動いてますし」
「そうか。さて......」
「何処か行くんですか?」
「ああ、商売に行ってくる。そろそろ人が集まるだろ?」
「って
部屋を見渡す。謎の宇宙生物の姿が見当たらない。
「ちょっ! 何するんですかっ」
「く、
「
「なっ!?」
「ぱ、ぱん......」
頬を赤く染める姉妹なんてどうでもいい。今は、はりまおだ。客寄せのアイツが居なければ商売もクソもない、死活問題。
「えっと、はりまおなら、夕方にさくらさんと一緒に出掛けましたよ」
「マジか?」
「はい、
神社へ下見に行っていた時か、(しくじった......)。予めさくらに伝えておけばよかったと後悔。だが、行かない訳にはいかない。
「......行ってくる」
「あ、はい。俺たちも、あと行きますんで」
「ああ......」
生返事を返して、上着を羽織り外に出る。刺すような寒さが沈んだ気持ちに更に落としに来る。夜空を見上げると、雲一つない黒いキャンバスに星が煌めいていた。
「さむ......」
漏れた言葉と白い息。大きなため息を一つついて神社へ向けて歩き出した。
神社に着いてすぐ、人形劇が出来るスペースを探して回る。鳥居から社殿へ続く参道は既に屋台で埋まっていた。
「無いな......、仕方ない」
踵を返して来た道を戻っていると、鳥居横の焼きそばの屋台の近くで、大きな物音と共に積まれたダンボール箱が崩れ落ちた。
慌てた様子で店主のオッサンが散乱した袋めんの片付けに向かう。野次馬が集まって来た。
「手伝うよ」
「すまねぇーな、兄ちゃん」
どうせやることもない。俺と同じく手伝いを申し出た何人かと、散らばった袋めんをダンボールに摘め直して倒れない様に屋台の裏に積んでいく(ん、あれは......)。崩れた原因は、下に積んだ空のダンボール箱が重みでバランス崩したんだろう。
「助かったぜ、あんがとな。何か礼を......」
「いや、いい。それより、後でこの箱一つ貰っていいか? それと隣の空き地も使わせてもらいたいんだが」
「ああ、構わねぇけど、どうすんだ?」
「ちょっとな」
約束を取り付けてから屋台を離れ、桜公園へと向かった。
* * *
公園内に人の気配はしない。
それでも俺は、何かに導かれる様にさくらと初めて出会った、あの枯れない桜の木の下へ歩みを進めていた。街灯のない道を行き、どんどん桜公園の奥へと向かう。
片付けを手伝っていた時、金色の髪の毛が視界に入った。金髪の知り合いは他にもいる、だけど、あれはさくらだと直感的に感じた。
「さくら!」
枯れない桜の木がそびえ立つ広場に到着して声を掛けたが、さくらは姿を見せない。周りを探しながら枯れない桜の木の下まで来た。
前にさくらが座っていた根元にも誰も居ない。
桜を見上げる。
月明かりに照らされて、淡い桃色の花びら舞っていた。
それは、まるで雪のようで――。
このまま降り積もれば、俺の身体を覆ってしまうのではないのかと思える程の桜の花びら――。
「はぁ......」
うつむいてから息を吐く(気のせいだったか......)。顔を上げて振り返る。神社へ向けて数歩、歩みを進めた時だった。
「こんばんは」
「っ!?」
後ろから声を掛けられた。女の声。
あり得ない、根元にも周りにも人影はなかったんだ。誰も居るハズが無い。
最初のくじ引きとは比べものにならない程の緊張感。そして未知への恐怖からなのか、やけに汗が冷たく感じる。
俺は、警戒しながらゆっくりと振り返った。
そこには、輝くような綺麗な金色の髪の少女が優しい微笑みを浮かべて立っていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
記憶 ~fragments of memory~
最初に目に入ったのは、レンガ造りの街並み。現代の日本ではまず見られない景観だった。どうやら、ここは日本ではないらしい。
おそらく欧米。それも古い街並みの建築物が残る地域に絞れば、ここが何処なのかを断定することも可能かも知れない(まあ、夢の世界だ。実在する場所かどうかも怪しいけどな)。
しかしまた、あの夢だ――最初に見ていた少女の夢との繋がりを感じない夢。
そして風景が一変した。
それはまるでテレビのチャンネルが替わる様な一瞬の出来事(またか......で、何処だ? ここ)。初めは戸惑っていたが、流石にもう慣れた。前よりも冷静で観察を出来ている俺が居る。
次に写し出されたのは散らかった部屋。本や紙束が無造作に散乱していた。
だが、いわゆるゴミ屋敷という感じではなく、多忙で片付ける余裕がないといった様子の部屋に思える。
俺は、その部屋の奥の机の前に居た。
この部屋の
その中でも一番俺の興味を引いたのは――薄紅色の花が咲く、一枝の桜。
部屋の中にある異質な存在に手を伸ばすと、辺りが急に目の前が暗くなった。
今度は屋外、場所と同時に昼から夜に変わったらしい。広場の中心に大きな桜の大木が姿を現した。
俺が居た桜公園の奥に鎮座する、枯れない桜が咲き誇っている広場とは少し雰囲気が違って見える。
この表現が合っているかは分からないが、この桜の木は、枯れない桜よりも
* * *
「......っ!?」
「気がついたみたいね。おはよ」
俺は、枯れない桜の元へ戻ってきた。
目の前には、夢を見る前に見た金髪で青い瞳の少女。見た目は俺と同じくらいかやや下に見える。腰まで伸びる長い髪の毛を大小二種類の黒いリボンでに結び、前にここで会ったさくらと同じ様な黒いマントを羽織っていた。
その少女の凛とした顔立ちは、何処と無くさくらに似ている気がする。
どうやら化け物の類いでは無いらしいが、それでも警戒しながら観察をしていると、少女は微笑みを絶やさず優しい声で言った。
「安心しなさい。あなたは病気じゃないわよ」
「......はあ?」
少女は、俺に背を向けて枯れない桜の幹にそっと手を触れる。
「あなたが見ていた夢は――。桜が、キミだけに見せた記憶の欠片」
「記憶の、欠片?」
桜が見せた記憶の欠片。
俺にだけ見せたって、この桜に意思や思い出があるとでも云うのだろうか。
「この桜は、人の願いを叶える魔法の桜――」
「マジに本物なのか?」
「ええ、正真正銘、本物の魔法の桜よ。魔法は実在するわ。あなたの
「......っ!?」
初対面であるにも関わらず、何故、俺の名前を知っている? それに
俺が、この初音島で
以前、
枯れない桜を背に立つ少女、さくらと似ている少女。
この時、俺の頭の中で二つの可能性が浮かび上がった。
一つは、魔法の力でさくらが成長した姿。
二つ目は、未来のさくらが魔法で現代にやって来た。
いや、どっちもあり得ないだろ(何を考えているんだ、俺は......)。けど、俺の名前と
だとしたら、目の前のコイツは本当に――。
「......お前、
馬鹿げた事を言っている。けど、俺の心とは裏腹に少女の
「ふ~ん」
俺に近づき、横から覗いたりしてジロジロと観察を始めた。
「......何だよ?」
「結構いいカンしてる、て思っただけよ。これも
「知らん。......って、お前マジにさくらなのか?」
「ええ、まあ、その認識で間違ってはいないわ」
さくらを自称する少女はそう答えた。けど、違和感を感じていた。さくらとコイツは、話し方や仕草、立ち振舞い、声、雰囲気の全てが違いすぎて別人と話しているようにしか思えないからだ。
とりあえずさくらとの識別を兼ねて、コイツの事は『サクラ』と少し強めに呼ぶことにしておこう。
「で、なんか用か? 用があるから俺の前に姿を見せたんだろ?」
「......そうね。あなたに伝えておきたい事があるの」
「なんだ?」
微笑みは真剣な表情に変わり、声も重みのある声色になった。
「覚めない夢は無いわ。いつか必ず目覚めの時を迎える。その時を、キミに見届けて欲しい。そして、願わくばあの子たちの支えになってあげて」
「意味わからん。何の話だよ」
言葉の意味を理解できない。ただ、サクラが桜の魔法で未来から来たさくらだとしたら、これから何か重大なことが起こるという警告。いや、忠告に来たといったところだろうか。
「それは、私から話す事じゃないわ、当事者から聞いて......。いえ、違うわね、訊いてあげて。キミならきっと支えになれる」
「勝手に決めるなよ」
そもそも当事者って誰だよ。
「いいじゃない、どうせ暇でしょ?」
「暇じゃない」
いきなり失礼なヤツだ。俺だって忙しい。旅費を稼がなきゃならん。
そうだ、焼きそば屋のオッサンに所場を借りてるんだった(完全に忘れてた......。今何時だ?)。早く戻らないと参拝客が疎らになる。
「今から商売をしなきゃならないんだ」
「人形劇だっけ?」
「ああ、そうだ。じゃあな」
話を切り上げ、サクラに背を向けて颯爽と立ち去る。呼び止められると思ったが、
「ええ、いってらっしゃい。
「ん?」
振り向くと、サクラは口元に人差し指を当てながら微笑んで「またね」言った。すると無風だった広場に突然突風が吹き桜の花びらが舞い視界を薄紅色に染めた。
そして、風が止んだ時にはもう、サクラの姿は消えていた。
まるで、最初から存在していなかったかの様に――。
「......どうなってんだよ」
俺は、夢でも観ていたのだろうか。
頭上で悠然と佇む桜を見上げると、美しく咲き誇る満開の桜が、妙に妖艶に感じた。
* * *
「はぁ~......」
「兄ちゃん、そう落ち込むなって。ほら、焼きそば。オレの奢りだ」
「ああ、悪いな。ありがと......」
出来立ての焼きそばとオッサンの優しさが冷えきった俺の心と身体を温め慰めてくれる。
桜公園から神社に戻ってきた俺を待ち受けていたのは過酷な現実だった。
約束通り、空き箱と屋台横のスペースを借りて人形劇を始めた。参拝者も多く、足を止めてくれる客もいたが、後が続かない。ちょっと見てはすぐに本殿へと行ってしまう。一瞬で客の心を掴んだはりまおの偉大さを改めて痛感した。
「温かいな......って、熱いわっ! ふぅ......」
熱々の焼きそばを一先ず横に置いておいて、舞台上(ダンボール)で倒れ込んでいる
枯れない桜が俺にだけ見せる不可思議な夢。
さくらを自称する謎の少女サクラは――夢は記憶の欠片――と言っていた。
いったい誰の記憶なんだ(そもそも何の為に俺に見せる必要がある?)。俺の頭では、理解出来ない、意味不明だ。
そして、一番重要なサクラのあの言葉『その時が来たら、あの子たちを支えてあげて』俺の知り合いが窮地に立つ。そんな事を予告しているのだろうか......考えても仕方ないな。結局の処、成るようにしか成らないんだから。
「うぉっ」
目を閉じて大きく、深く、長いタメ息を吐くと、突然大きな歓声が上がった。何事かと思い顔を上げる。知らぬ間に大勢の人だかりが出来ていて、みんな俺に向けて大きな拍手をしていた。
「な、なんだ?」
「すげぇな、兄ちゃん!」
「いてっ!? いてぇーなっ!」
焼きそば屋のオッサンは『さっきより、ぜんぜん凄かったぜ!』と笑いながらバシバシと俺の背中を何度も叩き。見物客は、一言二言人形劇の感想を言いながら次々とお代入れの箱に金を入れてく。
そしてその箱は、あっという間にクリパに匹敵するんじゃないかと思うほどの大金で溢れかえった(ど、どうなってるんだ?)。はりまおの客寄せも無い、それに俺自身どんな劇を演技をしたかも覚えていない。
俺は、訳も解らず大金の入った箱を持ってボーッと眺める事しか出来なかった。
だが、それも少しの時間だ。俺は、ベンチで寒さで冷えてきった焼きそばを食べていた。
「冷えてても、うまいな」
オッサンやるな。心の中で賛辞を送る(おっと、飲み物を買い忘れた)。焼きそばのパックと箸を置いて立ち上がろうとすると、目の前に買おうと思っていた缶コーヒーが現れた。顔を上げる。二人組の女子が居た。
「お疲れさまっ。ほいっ」
「人形劇、とても素晴らしかったですわ」
「お前ら、見てたのか」
二人組は、まゆきとエリカだった。まゆきは缶コーヒーを、エリカは賛辞の言葉を贈ってくれた。
「サンキュ」
「ここ、いい?」
「ああ、好きにしてくれ」
真ん中から一人分移動して二人が座れるスペースを作る。
「お邪魔するね」
「失礼します」
二人は、ベンチに座るとさっそく話し出した。話題はもちろん人形劇についてだ。動きが可愛かった、本当に生きているみたい、と言ってくれたが、俺はどんな劇を演じたのかまったく覚えていない。
とにかく礼の言葉で誤魔化す事しか出来なかった。
「あ、
「ん? ああ、来たか」
「やっほ!
「あー、まゆき~。エリカちゃんも一緒なのね。明けましておめでとう」
「おめでとうございます。
各々と新年の挨拶をしてきた。気づかぬうちに新年を向かえていた、と言うことだ。「明けましておめでとうございます、と」俺も新年の挨拶を返す。
そのまま全員で本堂へと向かう。
その道中、
「人形劇は、どうでしたか?」
「どうせダメだったに決まってるよ」
「お、おい。
「......ふんだ」
「すみません......、まだ怒ってるんですよ」
「あん? ああ、アレか」
はりまおを探して
それに、
「何かとても失礼な事を考えていませんか?」
「......何も思ってないぞ」
心まで読むのかよ......。
問題解決へなかなか進展しない事を見かねた
「もぅー。
「あ、ああ......。悪かった、この通りだ、許してくれ」
手を合わせ謝罪の言葉と共に拝み倒す。
「
「......わかったよ。今度からは気をつけてくださいね?」
「ああ、わかった」
人で溢れかえる参道を進み、賽銭箱の前に到着。初詣を済ませて来た道を帰る。
「
みんな屋台で色々と買っていた。ここは一つ機嫌を取りに行くとする。
「いえ、特には」
「そっか」
機嫌取り失敗。さてどうするか。
「でも、まだ信じられません」
「何が?」
「
それは俺も信じられん。はりまお無しで大繁盛は想定外だった、と言うより若干諦めていた程だ。
「いったいどんな劇をしたんですか?」
「......さあな」
「何ですか? それ」
「必死だったんだよ。まあいいじゃないか、ほら綿あめが売ってるぞ」
綿あめを奢って誤魔化す。しばらく食べ歩きをしてから神社を出て、桜公園の噴水前で一度立ち止まった。
「うおっほん! それではただいまより風見学園へ移動します。みなさん準備はいいですかー?」
「では、元気よくまいりましょー!」
「
「俺はパス」
「ええーっ? ずるいよ~」
「人形劇で疲れたんだよ。それに肝試しはペアで行くんだろ? 俺が居なければちょうど偶数で別れられるじゃないか」
「そうだけど~」
乗り気じゃない返事をした
「仕方ないよ、お姉ちゃん」
「
「その代わり――」
前言撤回、矢は俺に刺さっていた。
「なんだよ?」
「明日一日、付き合ってください」
「............」
「嫌なら別に良いんですよ?」
俺に選択肢は無かった。
「わかったよ」
「はい、じゃあ決まりですね。みんなには話しておきますので。お姉ちゃん、行こ」
「うぅ~......」
疲れた言ったのは嘘じゃない。今日は、色々な事が有りすぎて限界に近かった。
その証拠に家に着いて、すぐ深い眠りについた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
声 ~guidance~
賑やかな声で目が覚めた。目を閉じているにも関わらず眩しい。きっと戸の隙間から漏れる日差しだろう(......朝か)。妙な夢を見ることも無く、朝まで熟睡出来たのは久しぶりだった。
身体を起こして軽く伸びをする。心なしか身体も軽い。布団を出て居間へ向かう。
「あ、
「おはよー」
「おはようございます」
「ああ、おはよ」
居間に入ると、さくら、
一ヶ所だけ空いているスペースに座って
「
「今日は朝から、何かやってるみたい」
「ふーん」
と言うことは、深夜にした約束は無くなったのか。まあ、俺としてはありがたい。朝飯を食ったら、テレビでも観てまったり過ごそう。
「そうだっ。聞いたよ、
「ん? ああ、そうみたいだな」
「うん?」
中途半端な返しに、さくらは不思議そうに小さく首を傾げた。
「
「あ、本当だ。ごちそうさまでした。じゃあ先に行くね」
「うん、食器は片付けておくから」
「ありがとー。弟くん」
「こんな朝っぱらから、何処か行くのか?」
「うんっ。神社で巫女さんの人手が足りないからって、バイトする事になってたの」
「そら大変だな」
まだ八時前。朝も早くからご苦労な事だ。
「そうなの。さあ
「は? どうして」
「おじいちゃんに呼んで来てって頼まれてるの」
「
「そうそう。だから一緒に行こ」
「ちょっと待て。まだ朝飯......」
腕を掴まれ
「行ってらっしゃーい。お兄ちゃんによろしくねっ」
「そうだ、
「それはいいけど。飯は?」
家で用意してくれる、と言う
とりあえず洗面所で顔を洗ってから上着を羽織り、家の外へ出る。
新年の冷気が容赦なく薄着の身体に突き刺ささった(暖冬って言ったヤツ誰だよ......)。気象予報士の予測を裏切る低気温、あまりの寒さに背中を丸めてゆっくりしか歩けない。
「そんなにゆっくり歩くと余計に冷えちゃうよ?」
先に朝倉家の玄関前に辿り着いている
「ただいまー。さあどうぞ上がって」
「お邪魔します......」
玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて家に上がる。階段前のダイニングキッチンへ続くドアノブに
「おや、
「ああ、邪魔してる。ちょうどよかった、用ってなんだ?」
「用?」
「ああ、そうだったな。
「う、うん。
「お待たせ。
「すまん、迷惑かけるなぁ」
「は?」
「いや、何でもない。じゃあ俺は出掛けてくるから」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「えっと、実は
「
「うん。明日、
昨日の一日付き合えってのはそう言う事か。
「そうか、わかった。で――」
ただ、先ほどから一つ大きな疑問が俺の頭を占拠していた。
「これはなんだ?」
「え、えっと......。あ、あははは......」
乾いた笑い、それに目が泳いでいる。
「............」
「......
無言のまま見詰めていると観念したのか理由を白状し始めた。
「お料理が苦手なの」
「だろうな」
予想はしていた。
それに、いつだったか学園長で囲んだ鍋を台無しにした記憶も新しい。全部食ったけど。
「もしかして......。クリパ前に
「たぶん
「......帰る」
「騒がしいと思ったら、何してるんですか?」
顔を出したのは話題の人物――
* * *
「ブーッ! ゴホッゲホッ......!」
目の前の料理を一口運ぶと、あまりにも不味すぎて思わず噴き出してしまった。人間の体ってのは危険を感知すると自然と防衛機能が働くんだな。人体ってのは偉大だ。
「だ、大丈夫ですか?」
料理を作った張本人が心配そうな
「――――っ!? ゴホッゴホッ......!」
大丈夫な訳あるかっ。と訴えたいが、喉を焼く様な強烈な刺激で言葉にならない。差し出されたコップの水を一気に流し込む。
「はぁはぁ......、ふぅ~......」
「落ち着きましたか?」
「ああ......なんとか、な......」
水を飲んだ事で、ようやく呼吸が整ってきた。しかし、どうやったらあんな
数分前。
「えっと、どうでしたか?」
「見て分からないのか?」
「ええー? おかしいなー」
おかしいのはお前だ。と言いそうになったがグッと堪える。
「そもそも――。これは何だ?」
皿の料理をスプーンですくって、
「何って、じゃがいものポタージュですけど」
「どうして、じゃがいものポタージュが
「だって、お姉ちゃんが作ったのも赤かったし」
台所にポタージュのパックと中華料理に使う豆板醤や粉末唐辛子の瓶がある。とりあえず赤い物をぶちこんだって感じだ。
そのまま温めれば良いものを......。料理においては素人のアレンジほど
「じゃ、じゃあこれはどうですかっ」
「............」
別の料理を差し出してきた。所々黒い。見るからにヤバそうな雰囲気を醸し出している。
「......味以前に火が通ってないぞ」
墨の正体は半生の唐揚げだった。鶏や豚の生は洒落にならない。
「や、流行りじゃないですか。
「お前は唐揚げを半生で食うのか」
「さあ次です。どんどん行きますよー」
俺の疑問を無視して次の料理に差し替えた。
その後も同じ事が続き限界を感じた始めた時だった。来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。
「あ。誰か来たみたい」
「ああ~......、たぶん
「そうですか、ちょっと出てきます」
昼に呼びに来るってのを伝えるのを忘れていた。
「これは......いける、か?」
最初は酷かったが、後になるに連れて食べられる物が増えてきた。
「やっぱり兄さんでした。さあ神社に行きますよ」
「俺も行くのか?」
出来ることなら帰って胃を休めたい。
「当たり前です。夕べの約束忘れてませんよね?」
何がどうして当たり前なのかは分からないが、仕方なく上着を羽織る。玄関で
「うーん......」
神社に着いたのはいいが、ごった返す人混みで
「おい、消火器持ってこい、消火器!」
数人の大人が人混みを掻き分け走っていく。その中の一人を呼び止めた。
「なんだ? そこの人」
「あん? おおっ、昨日の兄ちゃんじゃねぇかっ」
呼び止めたのは、焼きそば屋のオッサンだった。
「何かあったのか?」
「火事だよ、火事。テキ屋の段ボールから出火したんだ!」
「テキ屋?」
妙だ。テキ屋で火なんて使わない。
「兄ちゃんも手伝ってくれ!」
「あ、ああ」
数メートル間隔で設置されている消火器の一つを持って現場へ向かう。オッサンの言った通りテキ屋の裏手で炎が上がっていた。現場付近は軽いパニックになっている。
その中心に巫女姿の
「下がってください!」
「慌てず走らずに移動してくださーい」
三人は参拝客を誘導していた。俺は、焼きそば屋のオッサンたちと共に消化活動に当たった。
裏手に積んであったいくつかの景品は焼けてしまったが対応が早かった事もあり、なんとか大事には至らなかった。
「火の気が無いところからの出火......また放火かな」
「さあ、どうだろう」
「でも最近多いよね。火事とか、事故とか」
『――――』
「ん?」
設置されているベンチに座って話しをしていると誰かに呼ばれた気がした。
「どうしたの?
「いや、ちょっとな。......トイレに行ってくる。先に帰ってくれていいぞ」
察したのか、
桜公園の噴水前から声が聞こえる奥へと向かい歩く。
「また、ここか」
辿り着いた場所は――枯れない桜。
しかし、今までとは決定的な違いがあった。
桜の大木に手を添える金髪の人影。
幾度となく夢で見た光景が目の前に存在している。
俺は、何故か確信していた。
今ここに居るアイツは――夢の中の少女なのだ、と。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
理由 ~reason~
枯れない桜の前に佇む少女の元へ向かった。
彼女は集中しているのか、数メートルの位置まで近付いても俺の存在に気づかない。
「............」
枯れない桜に両手を添えながら何かを呟いている。小さな声で何を言っているのかは聞き取れないが、ただ真剣に真摯に心から祈りを捧げている、そんな風に感じた。
「おい」
「っ!?」
声を掛けると少女の体がビクッと震えた。恐る恐るといった感じでゆっくりと振り向く。髪の色や背格好から薄々そうじゃないかと思っていたが。やはり少女は――、俺の知っているさくらだった。
「えっ、ゆ、
青い瞳を大きく見開いて訊いてきた。どう答えるか一瞬悩んだ。けど、隠す必要もないと思い直し正直に答える事にする。
「呼ばれたんだ。サクラに――」
「ボク?」
ボクは呼んでないよ、と不思議そうに首を傾げた。
「お前じゃない。......桜だよ」
「桜?」
さくらの頭上で咲き誇る桜に目を向けて言う。我ながら苦しい言い訳だったが、さくらは笑顔になった。
「そっか~、桜かぁ~。にゃははっ、じゃあしょうがないねー」
「ああ、しょうがないな」
適当に頷いておく。
「お前は、何をしてるんだ?」
「ボク? ボクもね、
さくらは、俺に背を向けると枯れない桜にそっと手を添えた。その後ろ姿は、昨日のサクラの姿とダブって見えた。
「そっか」
「――うん」
肯定の返事は小さな声だった。
けど『この話しはもう終わり』そんな強い意思が込められている気がした。その証拠に、さくらは俺に背を向けたまま何も言わない。
「じゃあ、俺は――。ぐはーっ!?」
突然頭に衝撃が襲った(な、なんだっ?)。大した痛みじゃないが、反射的に頭を抱えて、その場に座り込んでしまう。
「大丈夫っ?」
顔を上げると、さくらが心配そうな
「ああ、大丈夫だ.....。たぶん、それが当たった」
「え? あっ、桜」
さくらの視線の先には枯れない桜の枝。あれが直撃したんだろう。にしても、先に帰ると言おうとした、絶妙なタイミングでピンポイントに脳天に......。
突然、無風だった広場に風が吹いた(あ、ああ......そう言う事かよ)。この時、俺はアイツの言っていた事を理解した。お前はまだ帰るなって、話しを聞けって、そう言いたいんだな。
「なあ、さくら」
「ん?」
立ち上がって枯れない桜に目を移す。
「この桜。人の願いを叶える魔法の木なんだろ?」
「さあどうだろう。そんな噂はあるみたいだけどね」
さくらは、表情を変えずに返事をした。相変わらず嘘が下手だ。
「もし仮に、そんな夢みたいな事が本当だとしても......。
* * *
「あっ、たい焼き屋さんだ」
「美味そうだな」
神社で場所を確保出来なかったのか、桜公園のクレープ屋の近くにたい焼きの屋台が出ていた。
屋台から漂う餡やクリームの甘い匂いが、俺の胃袋を揺さぶる。
「買ってくか」
「いいねっ、行こー」
「おいこら引っ張るなっ」
「にゃははっ。早く早くーっ」
さくらに手を取られ早足で屋台へ。
俺とさくら、
「ふんふんふ~ん」
「随分ごきげんだな」
先ほど迄の空元気から打って変わって、嬉しそうに笑顔で鼻唄を歌っている。
「だって
「まあ結構儲かったからな」
さくらは、立ち止まって空を見上げた。俺も同じ様に見上げる。雲一つ無い晴天。
朝は寒かったが、今は結構温かい。
日が傾きオレンジ色した西の空、明日もきっと晴れるだろう。
「明日は、吹雪かな」
「......お前の分は返品してくる」
「うにゃっ!? うそうそっ」
たい焼き屋に向かおうとする俺に、慌てて取り繕って来た(お前、俺のファンだ、って言ってたじゃないか......)。一つ大きなタメ息をついてから再び家路を歩く。
「ただいまー」
「お帰りなさーい。さくらさん、
玄関を潜ると出迎えてくれたのは、エプロン姿の
「さくらさん、お願いがあるんですけど」
「なーに?」
「実は――」
そう言えば今朝、
それともう1つ、最近物騒な事故や事件が頻繁に起きている事も理由の一つだそうだ。
「うん、もちろんいいよー」
「ありがとうございます。すぐ晩ご飯ですから、手を洗って来て下さいね」
昨夜の話しをしながら晩飯を食べていると
「
「ああ、そっか。客間は
「俺は、別に開けてもいいぞ」
野宿なんて日常茶飯事。駅や公園のベンチ、橋の下、納屋だろうが何処でだって寝れらる。一日くらい余裕だ。
「ダメダメっ。
「私たちは何処でも。ね、お姉ちゃん」
「うん」
「う~ん......。じゃあボクの部屋で寝ればいいよ」
「でもそれじゃあさくらさんは......?」
「ならさくらが、
「あっ、それいいね!」
「いやいやいや!」
乗り気のさくらと慌てて阻止しようとする
「なんでー? 前に泊まりに来たときは、一緒に寝てたのに~」
「そ、それは子どもの頃の話じゃないですかっ!」
『はいはい! それなら私がっ、弟くんと一緒に寝ますっ!』と
風呂上がり、客間から
「じゃあ電気消します」
「ああ、頼む」
部屋の電気が消え、カーテンから漏れる月明かりが差し込む。しばらくすると
けど、俺は寝付けないでいた。何時もなら直ぐに寝てしまうが今日は眠気が訪れない。その理由は俺自身分かっている。
枯れない桜で聞いた真実。あの話が俺の頭の中を支配しているからだ。
* * *
「
「......そう、だね」
さくらは、うつ向いたまま小さく頷いた。この反応、やはりサクラの言っていた当事者はさくらだ。
「お前は、この桜に何を願ったんだ?」
「......
「どういう意味だ?」
さくらは、俺に背を向けて話し始めた。すべての始まりの物語を――。
枯れない桜は、人の願いを叶える魔法の木。人が人を大切に想う力を集めて困っている人のために奇跡を起こす。
実際、その恩恵受けていた人が何人もいたらしい。
しかし五十年以上前にこの枯れない桜は二度散った。
そして枯れない桜が二度目の散りから、ここ数年前までは年中咲き誇ることなく春になると綺麗な薄紅色の花を咲かせる普通の桜の木だった。
だが、数年前この島の桜に何かが起きた。
そして現在起きている多くの事故や事件、その全ての原因は自分にあると、さくらは言った。
「枯れない桜には欠陥があったんだ。でもね、本当に困ってる人が幸せになれるなら、苦しみが減るのなら。そんな夢みたいな桜があっても良いんじゃないかって――。日本を離れて長い長い時間、ボクは一人、アメリカで研究をしていた。でも......」
枯れない桜を見上げていたさくらは目をふせた。
「桜の研究を進めている間、外の世界は進んでしまっていた。ボクの大好きな人たちは結婚して子供を作って幸せになっていった。ボクは、急に寂しくなってしまったんだ。このままずっと独りぼっちなのかなって......」
「そっか。それで?」
「......うん。ボクは、初音島に戻って......絶対にしてはいけない事をした。まだ未完成の枯れない桜の
さくらの願い。
それは――『ボクにも家族が欲しいです』。
「もしかしたらあったかもしれない可能性の未来を見せてください、ってそう願ったの......」
家族――。さくらの願いを聞き入れ、枯れない桜から生まれたたった一人の家族との出会いだった。
* * *
「ふぅ......」
結局寝付けず布団から起き上がる。ベットで寝ている
俺は、そのまま部屋に戻るずに居間の
「............」
頬杖をつく。さくらが言っていた枯れない桜の欠陥。それを完全に修正出来ずに咲かせてしまった代償。未完成の故の暴走。
人を幸せにするために植えた枯れない桜が初音島に悪影響を及ぼしてしまった。それが最近多発している原因不明の事故や事件を引き起こしている。
今までは、さくらがどうにか魔法で制御していたらしいが、日に日にそれも及ばなくなり始めているらしい。ただ元凶である枯れない桜を再び枯らせば問題は解決する。
「お前は、どうして俺を選んだんだよ......?」
俺の疑問は静かな居間に響くだけで、アイツには届かない。その代わりに背中にある襖が開いた。
「
「ん? ああ......
入ってきたのは淡いグリーン色の寝巻き着た
「どうしたの? こんな時間に」
「中々寝れなくてな。お前は?」
「私も同じ、ちょっと眠れなくて。飲み物淹れてくるね」
「甘酒以外で頼む」
「もぅ~、いじわるだよ~」
「はい」
「悪いな」
湯飲みを受け取ると、
「もう酔いは醒めたか?」
「さ、最初から、よ、酔ってなんてないよっ。甘酒は子どもでも飲めちゃうんだからっ」
「ふーん」
よく云うな。あれだけ暴走してたってのに。
夕食後、買ってきたたい焼きをつまみながら温めた甘酒を飲んだんだが
甘酒で酔うヤツなんているんだなあ、とある意味で関心している俺がいた。
「はぁ~......おいしい」
「だな」
お茶を啜りながら話しをしていると僅かだが異変を感じ取った。
この異変は覚えがある。保健室で何度も同じ症状見てきた。近しい人だと
「
「えっ? そう言えば、少し寒気がするような......」
「なら、もう寝た方がいい。年始じゃ病院も開いてないだろ?」
「そうだね。じゃあ寝るね。心配してくれてありがとう。おやすみ」
* * *
翌日の昼。俺は、
真面目に選ぼうとしない
さて俺はどうするか考えていると突然
「
「どうした?」
声のした方を見ると、
「
「完全に熱だな」
今日は、1月2日。水越病院の救急なら開いているが幾分遠い。近く診療所はおそらく休館だろう。
「
「えっと、どうだろう。帰って見ないと......」
「そうか、じゃあお前は
「はい、わかりました。お願いします」
俺は、市販の風邪薬(保健室にあるのと同じ薬)を購入してドラッグストアを出る。
夕暮れ時の商店街を歩いていると以前プリンを買いに立ち寄ったカフェを見つけた(確か、
「あ、お帰りなさい」
「二人は?」
出迎えてくれたエプロン姿の
「家です。自分の部屋の方が落ち着けると思って」
「ああ、それもそうだな。風邪薬を渡してくる」
朝倉家に移動して呼び鈴を鳴らす。対応しに出てきた
居間に入ると電気の消えた部屋でぽつんと一人、
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
電気をつける。
「これ、全部一人で作ったのか?」
「まあ、一応。昨日のうちにある程度仕込みを済ませていましたから。............」
やっぱり無駄になっちゃった......。と僅かに聞き取れた。まったく世話が焼ける姉妹だ。
「さて、片付けないと。手伝っていただけますか?」
「任せろ」
ドカっと座る。目の前の料理に手を伸ばし口に放り込んだ。
「ちょっ! 何してるんですかっ?」
「......うまいな。
惚けている
「............」
「
「......はいっ」
箸を受け取って片っ端から食べる。形は幾分イマイチ、けど味は昨日とは段違いだった。その努力の証しがふと目に入る、指に貼られた絆創膏が物語っていた。
「ごちそうさま、でした」
「ほんとに食べちゃった......スゴいですね」
一時間程でほぼ全ての料理を平らげた。若干飽きれ気味に言われた気がするが気のせいだろう。
「ふぅ~......。そうだ、これ」
「何ですか? プリン?」
「ああ、誕生日プレゼントだ」
「ありがとうございます」
「食べないのか?」
「もう入らないから明日いただきます」
「そっか。さて」
「ちょっと待ってください」
風呂に入るため、立ち上がろうとしたところを止められた。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「何だ?」
「えっと、人形劇を見せてくれますか?」
どういう風の吹き回しかは分からない。もしかしたら
「あはは......。やっぱり、つまらないですねっ」
「ほっとけっ」
前言撤回だ。
ただ最後に『ありがとうございました』と小さくお礼の言葉を言ってくれた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
決意 ~determination~
二週間余りの冬休みも終わり、新学期。
俺は白衣を纏い、風見学園の保健室に居た。冬休み以降保健医助手を続ける予定は無かったのだが、どうせ給料が出る月末までは初音島を離れられないし、
何やら最近研究所の方でトラブルが立て続けに起きているらしい。こんな事は今までに無かった事だそうだ。
もしかしたら枯れない桜の悪影響を受けているのかも知れない。
そして何より――、俺自身がこのまま初音島を去る気になれないのが一番の理由だ。
「ふぅ......」
背もたれにもたれ掛かるとキィーッと甲高い鉄の軋む音が静かな保健室に響いた。頭の後ろで手を組んで窓の外に目をやる。
どこのクラスか分からないが校庭のグラウンドで体操服姿の女生徒たちが寒そうにトラックを走っている。
「寒空の下ご苦労なこった。さて」
昼休みまであと二十分ほど。今のうちに午前中に訪れた患者の記録(人数、病名、患部、要因等)を診療録に書き記す。クリパの時ほどではないが、十人近い生徒がケガや体調不良を訴えて保健室にやって来た。
ここ
「......昼飯、行くか」
診療録を片付け、保健室を閉めて学食へ向かう。学食は既に大勢の生徒で賑わっていた。
カウンターで食券を定食に替えて、空いている席に座る。黙々と箸を進めていると、
「相席いいですか?」
「ああ、好きにしてくれ」
「さくらさん、最近帰り遅いですね」
「ん? ああ、そう言えばそうだな」
「昨日も夜中に帰ってきたみたいで、顔色も優れなくて......」
「そっか。なら元気が出る美味い
「......そうですね。気合い入れて作ってみます」
「ああ、そうしてやれ」
再び箸を進めてしばらく......。
「おとーとく~ん!」
聞き覚えのある声と、花柄の刺繍がほどここされた大きなピンク色のリボンが視界に入った。
彼女は、生徒会長と云う立場もあってか注目を浴びながら(主に男子生徒から)、急ぎ足でこちらに向かって来る。
「あっ、
「ああ」
「それでどうしたの?
「そうそう。これ見て弟くんっ」
「これ、新聞記事?」
「うん。図書室の奥に保管されてたのをコピー取ったの。それでね、この記事なんだけど――」
二人は、何やら小難しい話を始めた。俺はその間に定食の残りを平らげるとしよう。
「ごちそうさまでした、と」
箸を置く。食べ終わっても二人は話し続けていた。
「お前たち、さっきからなんの話してるんだ?」
「ちょっと枯れない桜について調べているんですよ」
「ここ最近の事件に関係有るんじゃないかと思って。この記事によると五十年くらい前にも一時的に原因不明の事件が頻発したんだって」
こいつら、そんなことを調べてたのか。まあいい、今はさっさっとこの話題を切る事が先決だ。
「ふーん。ところで
「はい? うわっ!」
「お、俺の昼飯が......」
「あ、あははは......」
昼飯を失い呆然とする
午後の授業を終え、下校時間をもって一日の勤めを終えて帰宅。玄関を開けると晩飯を作っているのか良い匂いが漂ってきた。洗面所で手を洗って客間に戻り着替えを済ませてから居間に入る。居間には誰も居なかった。
とりあえず
「あ、お帰りなさい。
「ああ、ただいま」
キッチンへの襖が開き姿を見せたのは風見学園の制服の上にエプロンを着た
「
「はい、お姉ちゃんもまだ帰ってないみたいです」
「そっか」
「では、私は戻ります」
「おかえり」
「ただいま~」
「鞄を置いたら、すぐに夕飯作ります」
「
「えっ!?
不安と予想外が混ざった様な声。襖が開いた。笑顔の
「私がキッチンに立つことに何か問題があるんですか? 兄さん」
「い、いや。俺が作ろうと思ってたから......」
「もう出来ましたから明日にしてくださいっ」
「けど、どういう風の吹きまわしなんだ?
「や、私もそろそろ料理くらい作れる様にならないと、て思って」
「ふーん......(明日は吹雪だな)」
「何か言いましたか? に・い・さ・ん?」
ぼそっと呟いたのを
夕食を終えると姉妹は帰っていき
「さくらさん。今日も遅いですね」
「そうだな。明日はごちそうを作るから早く帰ってこい、って手紙でも書いたらどうだ?」
「そうですね。寝る前に
「ああ。じゃあ俺は散歩に出てくる。さすがに食い過ぎた......。風呂は先に入ってくれ」
「はい、じゃあお先に」
「ああ。そうだ、バナナ貰っていいか?」
「どうぞ」
許可を貰ってバナナを持って外に出る。途端に吐く息が白に変わった。夜空には雲もなく星が瞬いている。さて、行くか。俺は目的地へ向かい歩き出した。
桜公園の奥に立つ枯れない桜へやって来た。
「よう」
「――うにゃ......。
幹の影からさくらが姿を見せた。さくらの顔色は優れない浮浪困憊と云った様子だ。
「お前、ちゃんと飯は食ってるか? 聞くだけ無駄だな。ほら、バナナだ」
「うん......ありがと」
バナナを受け取ったさくらは、幹に体を預けて座った。日に日に顔色が悪くなっていくのがわかる。
「桜はどうだ?」
「うん。大丈夫だよ」
真っ青な
「悪いが、俺はお前の『大丈夫』は信じない事にしたんだ」
さくらは困った様に無理矢理笑顔を作った。
「明日、
「
「ああ、でっかい買い物袋を下げ帰ってきたぞ。だから――、明日は帰ってこい。お前の家に」
「......うん。がんばってみるね。よーしっ! じゅうでんじゅうで~んっ」
バナナを食べ始めた。あとどれだけの時間が残されているのだろう? 魔法を使えない俺には見当もつかなかった。
* * *
翌日、大きな事件が起きた。
風見学園の校門に車が激突し壁が崩れた。幸いにも怪我人は出なかったが、枯れない桜の悪影響が強まっている事が伺える。
そして、夕食時になってもさくらは帰って来なかった。
「ちょっと探しに行ってくる」
「俺も行きます」
「いや、
「......わかりました。お願いします」
上着を着て家の外へ出ると雪が舞っていた。道にうっすらと降り積もっている。
「......急ぐか」
玄関に傘があったが俺は、構わずに桜公園へ走って向かった。枯れない桜の前に人がいた。頭と肩に雪が積もり白くなっている。
「さくらっ!」
「......
雪を払う。
「さくら、お前......」
「ごめんね。もう難しいかも知れない」
「ああ、そんな気がした。昼間、風見学園に車が突っ込んだんだ」
「うん......知ってる。間に合わなかったんだ」
さくらは、うつ向き肩が震えていた。その頭に手を乗せる。金色に輝く綺麗な髪は、まるで空から舞い落ちるこの雪の様に冷たくなっていた。
「......さくらさん、今の話し」
うしろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと制服姿の
「
「お前、どうしてここに」
「事件の事を調べていたら、この枯れない桜に手がかりがあるんじゃないかと思って調べに来たの。それよりさっきの話し......どういう意味ですか?」
「さくら」
「ありがとう、
さくらは、ゆっくりと話し始めた。
この人の願い叶える枯れない桜の真実を――。
「
「......えっ?」
「目が覚めても、本当の夢を見る事の出きる様に......。この枯れない桜は......そう思って作った魔法の木なんだ」
「魔法の木?」
「
「はい......。やっぱり枯れない桜と何か関係があるんですか?」
「関係というより、今まで起きた事は全部この木が原因なんだ。この魔法の木が不完全だったから......、今まではボクが制御していたんだけど。でも、ボクの力じゃ、だんだん制御出来なくなって......」
「なんとか......ならないんですか?」
だから――俺が代わりに言った。
「また桜を枯らせばいい」
「
「どういう事?
「初音島で起きている事件は、この枯れない桜が原因だ。だから元を断てば全てが
そう元に戻るんだ。桜が咲き誇る前の普通の初音島に。
「本当なんですか? さくらさん」
「............」
さくらは、黙ったまま小さく頷いた。
「だったら――桜を枯らしてください。危険な事件がいくつも。今日だって、校門で交通事故が――」
「知ってる。
「それならっ」
「でも、桜を枯らすわけにはいかないんだ」
言葉を遮り拒否した。
「何で、ですかっ?」
「それは......」
「落ち着け、
「
「ああ、知ってる。この桜に掛けられた願いも、な」
枯れない桜を見上げる。いつもと変わらず満開の桜。薄紅色の花弁が雪と共に舞い落ちる。
「願い?」
「さくら、いいよな?」
「............うん」
「
さくらが枯れない桜に願った。可能性から産まれた家族――。
「そんな......弟くんが......」
「ごめんね......
枯れない桜と
「――大丈夫だよ、
「さくらさん......」
安心させる様に笑顔を見せる。
「ねっ?」
「......はい」
「うんっ。ほらほら、こんなところにずっと居ると風邪引いちゃうよ? 今日はボクもここまでにするから一緒に帰ろ?
「さくら、お前......」
さくらの目から強い決意を感じる。
「わかった。
「う、うん。ありがと......」
手を差し出し、
「さて、帰るか」
「だね~。そう言えば、今日はご馳走なんだよねっ?」
「ああ、気合い入れて作ってたぞ」
「にゃははっ、楽しみだね~」
三人で家路を歩く。終始暗い
このままでは結局、サクラの云った未来へ進んでしまうのかも知れない。
夢が目覚めるその時、俺に何が出きるのか。
今の俺には何も分からなかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
枯れない桜 ~cherry tree that doesn't wither~
「兄さん、はやくー」
「わかってるって」
玄関先で
「それじゃあ、さくらさん。いってきます」
「いってきまーす」
「いってらっしゃ~い。気を付けてねー」
寝間着のままのさくらに見送られ、二人は風見学園へ登校して行く。俺はというと玄関の戸が閉じられ二人の影が見えなくなってから、さくらと向き合う。
「お前は、行かなくていいのか?」
「うん、ちょっと体調が優れなくって。今日はお休みなんだ。にゃはは」
憔悴とまではいかないが相当キツそうな笑顔。
俺は――この時、すべてを悟った。
さくらは、もう限界なんだと。それでも俺は......いや、だからこそ普段と変わらない態度でさくらに接した。
「そっか。じゃあ行ってくる。大人しく寝てろよ」
「うん、ありがとう。いってらっしゃい」
玄関を出て風見学園へ向かう。通学路の桜並木の桜は今日もいつもと変わらず満開に咲き誇っていた。
初音島に来て一月弱。最初は綺麗だと思っていたが、真実を知った今この異質な光景に
「くそ......。どうしろってんだよ......?」
俺の声は、風に舞い散る薄紅色の花弁と共に空に消えた。タメ息を付いて止まっていた足を進める。風見学園の正門を潜り保健室に着くといつも通り掃除を済ませた。
二時限目が始まって数分後――。
「おはよん。
「ん? ああ、
新学期になってから午前中に
「研究所の方はいいのか?」
「ええ、目処は立ったから。
「そうか......」
大したことはしていないが役に立てたらしい。
「
「
「悪いな。じゃあ午前で上がらせてもらう」
「さくらっ!」
家には誰も居ない。居間の
今朝の予感は的中していた。
「くそっ、あいつ......。ん?」
もう一枚手紙があった『追伸。
「......バカ」
手紙を握り潰す。俺の給料なんかより心配する事なんて幾らでもあるだろ。
「何処に行ったんだよ......」
商店街、住宅街、団地、桜公園、高台。そして枯れない桜にもさくらの姿は見当たらない。陽も傾き始め、諦めそうになったその時だった。
「あんっ!」
「お前、はりまおじゃないか」
謎の宇宙生物『はりまお』は俺の足下で鳴いた。膝を曲げてはりまおに目線を合わせる。
「お前、ご主人様がどこに居るかわかるか?」
「あお?」
はりまおは首らしき場所を傾げた(分かるわけないか)。姿勢を戻すと突如にはりまおが駆け出した。
「あ、おいっ」
「あんあんっ!」
付いてこいと言いたいのか振り返って俺に向かって鳴く。はりまお以上に頼れるヤツは居ない。俺は、はりまおの後を追った。
「はぁはぁ......ここか?」
「くぅ~ん」
枯れない桜から休みなく走って十分弱。とある家の前ではりまおは立ち止まった。見覚えのある家、俺が世話になっている隣の
ここから先は俺に行けって事なのか、はりまおは塀を見上げた後、尻尾を下げて歩いて行ってしまった。玄関の前に立つ。インターフォンに手を伸ばした時、男女の話し声が聞こえた。
「この声......」
中庭へ回ると桜の木の前に二つの人影が見えた。一つは、
その姿を見て、俺は大笑いをしてしまった。
「あっはっはっ!」
「もう、いきなり笑うなんて失礼だよーっ!」
「いや、笑うだろ? 今のお前、俺の知ってる5才の子どもと同じシルエットだぞ」
「うにゃ! 5才っ!? むぅ~、ていっ」
「ぐは......」
金髪ショートヘアの子ども、もとい、さくらは椅子から勢いよく立ち上がって、俺の頭にチョップを叩き込んだ。
「言うに事欠いて5才だなんて......。失礼にも程があるよっ。ね、お兄ちゃんっ?」
「ははは......。そうだな、さくらんぼ」
「お兄ちゃんまで!?」
「さくらんぼ?」
殴られたところを擦りながら訊く。
「ああ、昔のアダ名だよ。今と変わらずちんちくりんだったから桜の子供で『さくらんぼ』ってな具合にな」
「そう呼んでたのはお兄ちゃんだけだよっ」
抗議の声を上げた。まあ、それは置いておいて、俺はさくらの劇的に変化したことについて訊いた。
「で、お前何で髪を切ったんだ?」
「うん? うーん、そうだねー。覚悟って言うか、決意の表れ感じかなー?」
「ふーん」
「そう言う
いつもより早いね? と首を傾げる。
「
「そっか、
「それと――」
さくらの横を通り枯れない桜に触れる。
「今日一緒に居ないと後悔する気がした」
さくらに目を戻すと目を伏せていた(当たりだな)。確信を持った。さくらは、先日
「
「にゃはは......。そだね」
さくらは頷き困ったように笑って、庭に咲く桜を見上げた。
「枯れない桜の魔力はどんどん高まってる。もう外からじゃ制御仕切れないないんだ。だから――ボクが桜と一つになって暴走を食い止める」
「一つにって......。それじゃあお前はっ!」
「......
「何だよ......?」
俺に向き直したさくらの表情からは、とても穏やかで優しさを感じる。
「ボクの家族を......。
「さくら......」
「お兄ちゃん、あとの事はね――」
「ああ、わかってる。どんな結果になろうともあとの事は、任せてくれていい。ただ、こんな老いぼれの力が必要無いことを祈っているよ」
「お兄ちゃん......。ボクの話を聞いてくれてありがとう。
お礼を言ったさくらは『行ってきます』と俺たちの横を通り枯れない桜の元へ向かった。
この物語りの幕を引くために――。
* * *
日は暮れて黒く染まった空に金色の月と煌めく星々が彩り、今にも落ちて来そうな星の代わりに薄紅色の花弁が深々と降り続けている。
このまま居続ければ飲み込まれてしまうのでは無いかと錯覚してしまうほどの鮮やかで妖艶な桜の大木。
「......綺麗だね、本当に......」
「ああ、そうだな。まるで――」
「あの時と同じ、だね」
「だな」
隣にいるショートヘアの少女。さくらとの出会いもこんな風にゆったりと桜が舞い散る夜だった。
「訊いてもいいか?」
「ん? なーに?」
枯れない桜から、さくらへ目を移す。
「あの日、どうして俺を......?」
「商店街でね、
枯れない桜の幹に触れた。
「この枯れない桜の願いを叶える魔法がキミに人形を動かす力を与えているんだと思って。それで話をしたかったんだ」
桜の幹に背を預けて体育座りをしたさくらは、俺にも座れと言うようにポンポンと隣の地面を叩いた。同じ様にして、桜の幹を背中を預けて座る。
「ここでもう一度、動いている人形を見て気づいた。
俺からも人形からもさくらや
――それはそうだ、俺は魔法使いじゃなんだから。
そしてさくらは、自分の知らない俺の持つ
「
「ああ」
「それでね。だから調べてみたんだよ。ボクの魔法とは違う
さくらはわざとらしく無駄に含みを入れる。教えて欲しい、と言えと催促されているみたいで癪に障った。
「知らん。それより腹が減った飯が先だ」
「ええーっ! 訊いてよ~」
ここに来る前にコンビニで買った弁当を開封して食べ始めると、さくらは俺の肩をしつこく揺さぶる。振動で箸がぶれて非常に食べにくい。
「うるさいな......何だよ? 言いたいなら早くしてくれ」
「むぅ~、まあいいや。えっとね、
「あん? どういうことだよ?」
実際に俺は、
「遥か昔、位の高い僧侶の中でも一部の僧侶だけが扱うことの出来た秘術があったんだって。それが、方角の『
「
読みは同じでも字が違う力。俺の力と何か関係があるのだろうか? さくらは「ここから先は、ボクの憶測になるんだけど」と一つ付け加えてから見解を話し始めた。
「
さくらが言うには、一口に
「きっとボクたちの魔法は、
「じゃあ、俺の
「たぶんだけど、魔法へ派生されることなく
さくらの憶測が正しければ、俺が使う特化型の
「お前、よく調べられたな。どこで知ったんだ?」
さくらに、普段から桜の制御をしていた。調べものする時間は限られていたハズだ。得意気に胸を張った。
「ボクは、魔法使いだからねー」
「何だそれ? 答えになってないぞ」
「にゃははっ」
笑顔を見せると勢いよく立ち上がった。身を翻し、右手を伸ばしてそっと桜に触れた。
「じゃあ、そろそろ始めるね。夜は夢が深くなるから......」
俺も立ち上がり、コンビニの袋からおにぎりを差し出す。
「飯は? 食わないと力出ないぞ?」
「お兄ちゃんにとっても美味しいお饅頭を貰ったから大丈夫だよっ」
「そっか」
「うん、心配してくれてありがとう。
「いや......。俺は居てもいいのか?」
うん、と小さく頷いた。数歩下がって見届ける――さくらが成そうとしていることを。さくらは、大きな桜の木に、寄りかかるようにして、そっと抱きついた。
「......ボクは、
願いを叶え、束の間の幸せな日々を送らせてくれた桜へのお礼を述べたさくらは一歩後ろに下がり、両手で桜の木に触れた。
「さあ――。始めようか」
と、言った次の瞬間――枯れない桜がざわついた。
これは......ヤバイ。ただの直感なのか、それとも
「うっ、くぅ............」
「さくら!?」
枯れない桜の制御を試みていたさくらは呻き声の様な悲鳴を上げて、身体がダラリと崩れ落ちていく。身体は頭で考えるより先に動いていた。
「
地面に倒れ込む寸前、さくらを抱き止めた。
その時――。
「さくら......?」
抱き止めたハズの俺の腕の中には――何も存在していなかった。
目の前に舞う桜の花弁。頭上を見上げると普段と変わらず、枯れない桜の大木が悠然と咲き誇っていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
返事 ~confess feelings~
「――朝か......」
東の空に太陽が顔を覗かせた。徐々に昇っていくにつれて暗かった視界を明るくしていく。
さくらが姿を消してから一晩中桜公園をくまなく探し回ったが。
結局、さくらの姿はおろか手懸かりさえも見つける事は出来なかった。このまま捜索を続けたいところだが、昨日同様今日も平日学校がある。仮に休むにしても
帰る前に枯れない桜へ立ち寄り、昨夜コンビニで買った日持ちする菓子を置いておく。
さくらが、腹を空かして戻ってきた時のために――。
因みにさくらが食べなかった賞味期限ギリギリのオニギリはきっちり回収し、既に俺の腹の中に収まっている。食料を無駄にするようなマネはしない。
「お帰り、
「
帰宅すると朝倉家の前で
「うむ。どうやら上手くいかなかった様だな」
「分かるのか?」
「まあ俺も魔法使いの端くれだからね」
――出来損ないだけどな。と付け加えて自虐的に笑った
「何処へ行くんだ?」
俺の問い掛けに足が止まる。
「ちょっと幼馴染みの尻拭いにな」
「植え主のさくらに出来なかった事を、あんたに出来るのか?」
芳乃家の垣根の向こうに見える大きな桜を見ながら、
「......まあ無理だろうな」
「なら――」
「だが」
俺の言葉を強めに遮り、向き直した
「責任は大人が取らないなければならない。あの娘に背負わせるのは残酷過ぎるだろう。......まあ、そう言う事だ。じゃあ俺は行く......あの子
あの娘って誰だ? 訊く前に
覚悟を決めた背中に、俺は何も言えなかったがアイツの言葉を思い出していた(あの子たちを支えろ、だったか)。まったく、さくらも
――......そうだ、アイツなら......。
「待て」
覚悟を決めた背中から哀愁を漂わせる爺さんを呼び止めた。
「勝手なことを言うな。せめて、今日一日だけでも考えさせろ」
呼び掛けに立ち止まる。二、三度頭を掻いて振り向き、手を顎に添えて納得した様子で頷いた。
「うむ、確かに。俺もキミと同じ立場ならそう言うだろうな。......すまないが、明日の朝までに答えを出してくれ」
――決断を先伸ばしにすれば、その分被害も増える。そう懸念を述べる
通学路は普段より一時間以上早い時間だけあって、いつも通学する生徒で賑わう桜並木も同じ場所では無いのではないかと感じるほど静かで穏やかだった。
宿直の教師に鍵を借りて、保健室の掃除をしていると
「おはよー、
「ああ、ちょっと寝付けなかったんだ」
実際は寝付けないどころか一睡もしていない。もちろん一晩中歩き回った身体はずっしりと重い。疲労は確実に溜まっているハズにも関わらずいっさい眠気は襲ってこない。
「そう。
「どうやら
何が可笑しいのか、
「あの人、働き過ぎだったから、ちょうどいい休暇になりそうね。じゃあ今日も早く上がって看病してあげて」
「いいのか?」
「ええ、キミも疲れてるでしょ?」
嘘をついた手前、若干の罪悪感はあるがありがたく
「あちゃ~、やっちゃった」
「どうした?」
「違う資料を間違えて持ってきちゃったのよ」
机の上には幾つかのファイルが置いてある。開かれたファイルに挟んであった資料がチラッと見えた。
「カルテか?」
「そ。来る前に一度病院に寄ったから。その時、間違えて重ねちゃったみたい」
「ふーん。ん? そのカルテ......」
「どうしたの?」
カルテはドイツ語で書かれている。病名や症状はさっぱり解らないけど患者の名前はわかった。
記載されている患者の名前は――
「その患者――。ゆずの病気は重いのか?」
「
「ああ、何度か見舞いにも行ってる。ゆずの父親の
「そう......」
困った
「知ってると思うけど医師には守秘義務があるの。だから、知り合いでも患者の個人情報は教えられないわ」
そう言うって事は軽くは無いんだな。ただ検査入院とか子どもの特有の比較的軽い症状ならここまで真面目な回答はしないだろう。
「そっか。一つだけ教えてくれ、手術は必要なのか?」
話聞いてた? と言いたげな
「
「約束?」
「ああ」
尻ポケットの人形をファイルが積まれている机の上に寝かせるて念を込める。ひょこっと立ち上がり
「今度見舞いに行った時は、人形劇を見せてやるってな」
「はあ~......」
昼休み。午後以降いつでも帰っていいと許可は貰ってはいるが、俺はまだ保健室にいる。
枯れない桜の魔力が暴走している今、とりあえず一安心だ。
だが、やはり将来的には手術を受ける必要があるらしい。そうなれば、やはり現在初音島で不可解な事件、事故、火事を引き起こしている枯れない桜の暴走を食い止めなければ不測の事態が起こりかねない。
結局のところ――あの枯れない桜をどうにかするしかないって事か......。なら今、俺に出来ることは一つだけだ。
「ん?」
考え事をしていたら扉が開いた(......早いな)。
「失礼します。あ、いた」
「
「どうした、じゃないです。昨日の夜も、今日の朝も、いないんですもん」
――用事があったのに。と少し拗ねて口を尖らせた。そう言われても俺だって暇じゃない。何て口答えをしたら不機嫌になりそうだから止めておく。
「ああ、悪かったな。で、何だ?」
「まあいいです。えっと、これ......」
「弁当?」
「はい。味見をして頂けたらと思いまして」
「何で、俺に?」
「や、
「............」
俺は毒味係りかよ......。まったく失礼なヤツだ、まあ食うけど。とりあえず蓋を開ける。弁当箱の中には色とりどりのおかずが綺麗に並んでいた。
「見た目は美味そうだな。よし......」
先ずは、元日に洗礼をくらった唐揚げに箸を伸ばし口に運ぶ。今回は生焼けじゃない、しっかり中まで火が通ってるし、味付けも悪くない。
「普通に美味いぞ」
「そうですか。じゃあ次は――」
よかった、と胸を撫で下ろすと今度はタンブラーの中身を紙コップに注ぎだした。見覚えのある赤い色の液体がコップの中で血の池地獄の如く揺れている。
「これです。どうぞ」
「............おっと、はりまおにエサをやる時間だ」
地獄からの離脱を試みようと机に両手をついた直後、ガッと肩を掴まれた。
「はりまおなら、さっき兄さんにドラ焼を貰ってました。さあ召し上がって下さい」
「......殺す気かよ」
「今度のは大丈夫ですって!」
「その根拠の無い自信は何処から来るんだよ......」
先日の夜飯、今日の弁当と、元日とは確かに比べ物に成らないほど上手くはなってるのは認める、けど、このコップに並々と注がれたこの赤い液体は別だ。俺に強烈なトラウマを与えている。
チラッと
「じぃ~......」
――実際に声出してやがる......くそっ。
逃げ場を失った俺は意を決して紙コップと対峙、ドロリとした深紅の液体を口に運んだ。
「......あれ? 辛くないぞ?」
「でしょっ。実は、あの赤い色の正体は『パプリカパウダー』なんです」
得意気に胸を張る
「パプリカ? ああ~......カラフルなピーマンか」
「そうです。それで味の方ですけど......」
今度は一転、少し不安げな
「ああ、美味かった。前のとは雲泥の差だ」
「そうですか、よかったです」
「お待たせ~!
これは――面倒だ。
保健室に男女が二人きり、机には彼女の手作りと思われるファンシーな弁当が拡げられている。
「お邪魔しましたー。ごゆっくり~」
「おい、ちょっと待て!」
静かに扉を閉め退散しようとする
「なんだ~、そうだったの」
「すみません、保健室をお借りしちゃって」
「いいのよ。――つまんないわね」
最後にボソッと戯れ言を言ったが誤解はすぐに解けた。
「じゃあ私はそろそろ失礼します」
「ああ、じゃあな。
「ええ、お疲れさま。学園長によろしくね」
一緒に保健室を出る。廊下を歩きながら
「どこに行くんですか?」
「帰るんだよ。ちょっとやることがあってな」
「もしかして、枯れない桜の事ですか?」
いきなりいい当てられた。あまりの的確さに動揺して聞き返してしまった。
「どうして、そう思うんだ?」
「兄さんとお姉ちゃんも調べてるみたいなんで。聞き返すってことは当たりですね」
「まあ、な......」
廊下少し行った先の分かれ道。
「あのっ――」
後ろから、
「どうした?」
「枯れない桜は......。あの、その......今、頻発している事件に関係あるんですか?」
否定して欲しい、そう訴えるようなすがるような
俺は、彼女の質問には答えず、逆に問いかけた。
「なあ、
――
少し躊躇しながらも
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
由夢 ~foresight dream~
風見学園を後にした俺は、水越病院小児病棟のとある病室の前に居た。扉横にある患者名を確認してからノックすると、大人の女性の返事が聞こえた。少ししてドアが開らいて中から顔を出したのは、この病院の看護師。
「ゆずちゃんのお見舞いの方ですか?」
「ああ。取り込み中だったか?」
「いえ。ゆずちゃん、ちょっと待っててね」
病室に居るゆずに声を掛けた看護師は、廊下に出ると扉を閉めた。彼女は、どこか浮かない
「ゆずに、何かあったのか?」
「それが、ゆずちゃん、落ち込んでまして」
「あん?」
――どう言うことだ? と、看護師に詳しく尋ねる。
昨日、よく見舞いに来てくれている友だちと言い合いの喧嘩してしまったらしく、その影響で少し発熱したらしい。だが、もう下がって心配はない。とりあえず、病気が悪化したとかではないみたいだ。
「それで今も、落ち込んるのか?」
「ええ、とても仲のよかったお友だちだったので」
「そうか」
なら、俺の出番だな。いつもの定位置、尻ポケットにある人形を軽く叩く。――頼むぞ、相棒。
「見舞いは出来るのか?」
「あ、はい。もうすぐ定時診察がありますので、20分程になりますけど」
「十分だ」
俺は、病室の扉を開けて中に入った。ベッドの上にも病室にもゆずの姿が見当たらないが。代わりに、布団がこんもり膨らんでいた。実に分かりやすい落ち込み方だった。
「おい、ゆず。起きろ」
膨らんでいる部分を揺さぶると、ゆずは顔を出した。
「よう」
「あ、にいちゃんだ」
看護師の言った通り、相当落ち込んでいるみたいだ。表情も、声にも、いつもの様な
「友だちと喧嘩したんだってな」
「――――なんて、きらいだ......」
ゆずは、また布団被ってしまった。喧嘩相手の名前は聞き取れなかったが、嫌いと言った声に本気の嫌悪感は感じない。たぶん、その場の流れとか、勢いで仲違いしてしまったんだろう。
「ゆず、元気だせ。ほら、人形も元気出せって言ってるぞ~?」
ポケットの人形をベットに立たせて枕元へ歩かせる。ゆずは、少しだけ掛け布団から顔を出した。
「......人形? あっ!」
お辞儀をさせる。ゆずは大きく反応した。よし、食い付いた。とりあえず適当に動かしてみる。
「あははーっ! まてまてーっ!」
動き回る人形を捕まえようとするゆずの手を間一髪でかわし、ベッドの上で鬼ごっこ。どうやら、元気になったみたいだ。さっきまでの落ち込んで沈んだ
それにしても、子どもが全員ゆずみたいだったら、俺の商売も繁盛するんだけどな。
「あらあら、元気になったみたいね。ゆずちゃん」
「あん?」
「あっ!?」
笑顔で人形を追い回していたゆずは、いつの間にか病室に入ってきていた看護師を見ると、再び布団の中に隠れてしまった。
「どうした?」
「すみません。そろそろ、診察の方を......」
「悪い。気が付かなかった」
「いいえ。私も、ゆずちゃんの笑い声が聞けて嬉しかったですから」
時計を見ると、俺が病室に入って30分近く経過していた。既に診察の予定時刻を10分近く過ぎていたが。看護師は、ゆず笑い声を聞いて長めに時間を取ってくれたみたいだ。
「さて、ゆずちゃーん。診察のお時間ですよ~?」
「ゆず、呼んでるぞ」
顔を見せない、ゆず。看護師は、掛け布団を剥ぎ取った。
「う~......いやだっ。看護師さんは、ゆずのキライなことするんだぞっ」
さっきとは違って「嫌い」が強めだった。今度は、本気で嫌みたいだ。まあ、大人でも診察が好きなヤツなんて滅多にいないだろう。
「嫌いなことじゃないよ。ゆずちゃんは元気かな? って調べる大切な事なんだから、ね?」
「うぅ~......」
看護師は説得を試みるも、ゆずはテコでも動きそうにない。仕方ないな。
「ゆず、この前のプリン、美味かったか?」
「うん、うまかったっ」
「そうか。じゃあ今度来る時は、また買ってきてやる」
「ほんとかっ!?」
「ああ、だから
ゆずは、少し悩んで布団から出た。
「うーん......わかったっ。やくそくだぞ、にーちゃんっ!」
「ああ、約束だ」
ゆずとまた見舞いに来る約束をして病室を出た、今度はプリンを持っていく約束をして。水越病院を出た俺は、そのまま帰宅する事なく桜公園に立つ枯れない桜へ向けて歩みを進めた。
「相変わらずデカイな......」
島中に咲く普通の桜の木も、枯れない桜も一時も途絶える様子も無く、ただ優雅にその薄紅色の花びらを辺りに積もらせていく。まるで草の緑色の大地に、ピンク色の絨毯を敷いたように美しい風景。だが、この枯れない桜の真実を知り、目の前でさくらが姿を消したのを目でみた俺は、若干の恐怖に近い感覚を覚える。
「ふぅ、来てない、か」
大木を支える根本に置いていったコンビニの袋は今も健在、誰かが手をつけた様子はない。
「そりゃそうだよな」
最初から期待して来た訳じゃない。それに、今日ここの来たのは別の理由がある。
俺は――、アイツに会いに来たんだ。
「サクラッ! 出てこいッ! ここに居るんだろッ?」
枯れない桜の向けて、大声で呼び掛ける。サクラは、さくらが消える事を含めて最初から全部知っていた。でなければ、何かが起こる前に予言した様に俺に「支えろ」何てことは言えないだろう。
だから、アイツ。サクラなら、この枯れない桜の暴走を食い止める手段を知っているハズだ。
返事は――無い。
聞こえてくるのは、ざわざわと木々が揺れる音だけ。続けて二度呼び掛けるも、やはり返事は返って来なかった。空振り。諦めて、枯れない桜に背を向け、歩き出そうとした時、背後に気配を感じた。
「......お前」
「ん~?」
サクラが、そこに居た。
しかも俺が置いていったコンビニ袋の中にあった桜餅を、
「ん~んっ、なかなか美味しいわね。ねぇ、お茶はないの?」
「その袋の中に、ボトルがあるだろ」
「ええ~、これ冷たいじゃない。わたしは、あったか~いお茶が飲みたいのっ」
抗議の声をあげた。我が儘なヤツだ、てそんなこと今はどうでもいい。
「それより、お前――」
「何を驚いてるのよ? キミが呼んだんじゃない」
――まあ、そうだけど。呼んだ時は姿が見えないのに突然背後に現れたら誰だって驚くと思うぞ? 神出鬼没もいいところだ。
「で、なーに? わたしに用事があるんでしょ?」
「あ、ああ......」
気を取り直してサクラと向き合う。俺は、サクラと目を合わせ真剣に訊いた。
「さくらが、消えた。信じられないかも知れないけど、俺の目の前で唐突に消えてしまった」
「知ってるわ。あの子が何処へ消えてしまったのかも、ね」
「さくらは、どこにいるんだッ!?」
「さくらがした事は、キミも知ってるでしょ。それを考えれば大体の見当は付くと思うけど?」
俺は、サクラの問い掛けに黙り込んでしまった。
昨夜、姿を消したさくらを探し回っている間、さくらが言っていた、あの言葉の意味をずっと考えていた。
――ボクが桜とひとつになって、枯れない桜の暴走を食い止める。
いや、だだ認めたくなかっただけで最初から思っていた。だけど、もし、それを認めてしまったら。もう二度と、さくらとは会えない。そんな嫌な予感がしていた。
「......居るのか? そこに――」
「確かめてみなさい」
サクラは一歩横に移動して、枯れない桜への道を作った。
桜の前に立ち、桜の幹に手を触れて目を閉じる。
「どうかしら?」
確かに感じた、さくらの気配。それと――。
「......あいつ、夢を見ているのか?」
「そうよ。人の願いを叶える魔法の木。この桜が、どうやって人の願いを叶えているか知ってる?」
「魔法なんだろ?」
さくらも、目の前で枯れない桜を見上げているサクラも、魔法と言っていた。が、「魔法の木の仕組みの事よ」と付け加えた。正直に「知らん」と答える。
「そう、さくらから聞いてないのね。この桜はね。『人のためになれば』と、ある魔法使いによって植えられた魔法の木」
サクラは、幹の手を触れたまま俺に語り始めた。この枯れない桜を植えた魔法使いによって込められた思いを。
「本物の夢を見せよう。花は枯れず、奇跡が起きる夢を......。人が人を大切に想うことが世界を変える力になる。そんな世界を夢見てた。それが、枯れない桜」
落ちてきた花びらをそっと手に乗せ、俺に見えるように指で摘まんだ。
「初音島中に舞う桜の花びらや花粉を通して、人の夢を、無意識の想う願いを集めて、困っている人に集める
――よく分からんが、困ってる奴に力を貸す魔法ってことか。さくらは、未完成だったとか言ってた。
「で、そのシステムに問題があったから、桜は暴走したのか?」
「元々欠陥があったのは確かよ。それでも、何とかさくらが自分の魔力で補って修正していた。でも――」
サクラの顔つきが険しいもの変わった。
「ある異変が、この枯れない桜に起こったのよ」
「異変?」
「ええ。そして、ある出来事を切っ掛けに桜の魔力が膨張し暴走を始めた」
「何があったんだよ?」
サクラはひとつ呼吸間を開けて言った。
枯れない桜が暴走を始めた原因、それは――。
「羽根よ」
「......はぁ?」
予想外の単語に思わずアホっぽい声が出てしまった。少し恥ずかしそうにして、もう一度強めに言う。
「だから、羽根よ! 羽根! は~ねっ!」
「いや、意味が分からん。はしょりすぎだ」
「要するに強力な力を持った
サクラが言うには、その強力な力を持つ『羽根』とやらが、枯れない桜の魔力と合間って暴走してしまったらしい。なら、原因になってる羽根を取り除けば解決するんじゃないのか? と尋ねると、既に桜と結合してしまっていて、原因の羽根だけを取り除くことは不可能だという。
「どうすればいい。なあ、どうすれば桜の暴走を止められるんだよ?」
「......枯らすしかないわね」
「......だよな」
結局、結論はそこに辿り着いてしまう。
しかし、それは同時に
それに――あいつらが......。顔を上げてサクラを見ると、どうしてか申し訳なさそうな
「ところで、
「あん? なんだよ」
「時間、大丈夫?」
「......は?」
――なんの事だ? と首をかしげると、サクラは空を指差した。見上げて見る。金色に輝く満月と満天の星空が暗い夜空に広がっていた。まずい......完全に
「非常にヤバイ。正直、シャレにならん」
「まったく、ほら急いで行ってあげて」
「あ、ああ......」
身を翻し数歩走ってから違和感に気が付き振り返る。枯れない桜の前に居るサクラに呼び掛けた。
「お前、何で知ってるんだよっ?」
「さあ~、どうしてかしら?」
「あ、おいっ!」
突然強風が吹いた。サクラは、前と同じ様に桜が巻い散る中「ふふっ、またねっ♪」と微笑んで姿を消した。
「どうなってんだよ......?」
俺の中でサクラへの疑問は深まるばかりだった。
* * *
夜飯は諦めて朝倉家の呼び鈴を鳴らす。対応してくれたのは風見学園を出る前に約束をした、
「どうしたんですか? 汗すごいですよ」
「ちょっと運動してきたんだ」
「はあ? まあ、どうぞ上がってください」
「邪魔させてもらう」
「で、話ってなんだよ?」
「はい。可笑しなことを聞きますけど、真面目に聞いてくれますか?」
「ああ」
言いにくい事なのだろうか。
「
「ん? ああ、そりゃ見るぞ」
――
「私は......夢を見ないんです。いえ、正確には未来を夢で見るんです」
「それは、つまり......
「はい、私の見る夢は必ず当たります」
「......マジでか?」
「これは?」
「予知夢で見た事を書いてあるんです」
手帳には、夢を見た日付と内容が書かれている。一見ただの日記帳に見えるが、俺が遭遇したクリパで他校生に絡まれた日付など細かい部分でズレが生じている。
「信じていただけますか?」
「うーん......正直、まだ半々だ。正夢ってのもある」
「じゃあ、これでどうですか?」
ページを捲り一番最後のページを見せた。書かれていた内容は、
「このページ、あまり長い時間見たくないんです......」
「わかった。もういい、悪かった」
「......いえ」
手帳の最後のページに書かれていたには――
「それで、どうして俺に話したんだ?」
「......私の夢。どの夢の中にも
「えっ?」
「私が、クリパで他校の男子に絡まれたの覚えてますか?」
ああ......。と頷いて答える。手帳を読んで目についるから、今はより詳細に思い出せる。
「夢の中で助けてくれたのは、兄さんと
「そっか」
「はい。だから......」
顔を上げた
そして、すがるような涙声で俺に訊いた。
「私の予知夢は......当たらない、よね?」
「......ああ、当たらねえよ」
「......ですよねっ」
俺は、そんな
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
背中 ~trust~
「顔を洗ってきます。ちょっと待っててください」
「ん? ああ」
部屋を出て一階へ降りると、
だが、魔法は使えず、
「はあ......」
「お待たせしました」
大きなタメ息をつくとほぼ同時に戻ってきた
「タメ息なんてついて、どうしたんですか?」
「......腹へった」
「はあ~......」
まったく心配して損した、と
立ち上がり、玄関で靴を履き替えドアを開け家の外へ出るとはらはらと雪が舞っていた。
「寒いな......」
「ですね。早く行きましょう」
「だな」
白衣のポケットに両手を突っ込んで背中を丸めて敷地の外へ出る。その直後、俺は立ち止まった。一瞬遅れて背中に衝撃が走る。
「いたっ......急に立ち止まらないでくださいっ! って、お姉ちゃん?」
「......
「よう。今帰りか?」
「うん......」
会話が終わってしまった。気まずい空気が俺と
あの日。枯れない桜の真実を知られてしまったあの日以来、
「お姉ちゃん、ご飯食べた? 私たちこれから――」
「ごめんね、ちょっと体調がよくなくて......。遅くならない様に帰って来てね」
沈黙に耐えられなくなった
「
「......ごめんなさい」
俺の呼び掛けに
「............」
「行きましょう。
「ああ......そうだな」
垣根越しに見える
「兄さーん、お腹すいたぁーっ」
「お前なあ......開口一番がそれかよ......」
「だってまだ夕飯食べてないんだもん」
「まったく......。お帰りなさい、
「ただいま。ああ、サンキュ、頼む」
家に上がり、洗面所で手を洗って、白衣を客間のハンガーにかけて居間へ入る。
「お前も食べてなかったのか?」
「ええ、ちょっと部屋で本を読んでたら知らない間に時間が......」
「ふーん」
時間と空腹を忘れるほど読書に熱中する様なキャラには見えなかったが、
「
「お前の方が近いじゃないか」
「や、あたし両手ともふさがってますし」
右手の箸と左手に持った茶碗をわざとらしく上げて見せつけた(どっちかを下ろせばいいじゃないか......)。助けを求めすっと目を
「ほら......」
「あ、ついでにお豆腐にかけてください」
「仕方ないな......って、それくらい自分でかけろっ」
ガンッ、と音が鳴る勢いで醤油差しを
「ええ~、かったるいなー」
ちょっとかけてくれるだけでいいのに。などとぶつぶつ文句をいいながら
夕飯を食べ終わると
「ほら」
「ありがとうございます」
淹れたて茶をすすりながら、
「
「ああ、そうだな......」
「さくらさん、最近食欲もなかったみたいですし......大丈夫かな」
「............、
「あ、はい」
伏し目がちだった
「
「え......ええっ!? と、突然何ですか!?」
「いいから答えろ」
何の脈絡も無い突然の質問に動揺を隠せない
「......好きですよ」
「それは――家族として、
「そ、それは......」
「えっと――」
「もういい、わかった」
「......ええーっ!?」
聞いておいてそれですかっ? と言いたそうだが、
「さて、そろそろ寝るか」
「......そうですね」
真っ暗な部屋の天井を見ながら考えを巡らせいると、いつの間にか眠っていた。
* * *
目が覚めた。辺りを見回して見ても何も見えない、まだ視界は暗闇。枕元の目覚まし時計を見ると時刻は午前5時を少し過ぎた頃だった。普段より一時間以上早い目覚め(まだ早いな......)。もう一度目を閉じる。だが眠気は襲ってこない。どうやら完全に目が冴えてしまっているようだ。
仕方なく布団から出て、朝の空気を吸いに家の外へ出る。登り始めた朝日が空をオレンジ色に染めていく。
大きく深呼吸をして、朝の空気を胚一杯に吸い込む。冷たく爽やかな空気が身体中を巡り重かった気分を少し晴らしてくれた。
ふと隣を見ると家の前に二つの人影。その影の一つが俺に気づいた。
「おはよう、
「ああ、おはよ。
それと――、もう一つの影。風見学園の制服を着た女生徒。
「
「うん......おはよう、
「ああ、おはよう」
挨拶を済ませ、
「答えは出たようだね」
「ああ、どうせ止めても無駄なんだろ?」
「ははは......」
何が面白いのか
「勝算はあるのか?」
「まあ、時間稼ぎくらいにはなるだろう」
自分では桜の暴走を止められないことも、無駄死になることも、全てを覚悟の上での発言に思えた。そのことに、
「おじいちゃん......」
「
「でも......」
「なーに、もしもの時は、
「......俺に振るなよ」
「はっはっはっ」
空気を読まずに一人で声を出して笑った(ったく、この爺さん......)。どこまで本気なんだか。呆れてタメ息が出そうになった。
「でもっ! 私......私は......」
「ふむ......。こらこら、こんな爽やかな朝にそんな湿った顔をするな。女の子は、笑顔が一番だよ」
身体を震わせる
「......キミもそう思うだろう?
「えっ......」
「
振り返ると
「お、おはようございます。玄関が開く音が聞こえて......。もしかして、大事な話の最中でした?」
「いや、話はもう終わったよ。それに、ちょうど良かった、
「はい、何でしょう?」
「さて、俺はちょっと散歩に行ってくる」
「そうかい? ああ、そうだ、
俺は、差し出された小銭を受け取り散歩へ出掛けた。コンビニに着く頃には、オレンジ色だった空が青に変わり、静かだった街に今日一日の始まりを告げる様に、鳥のさえずりや人の声が聞こえるようになった。
コンビニに入って時間を潰す。10分ほどで
「ほう、美味いな」
「だろ?」
「年を重ねるにつれてもっぱらお茶になったが、これは美味い」
どうやら
「さて、そろそろ行くとするか」
「
「なんだい?」
俺は、サクラから聞いた羽根の存在を
「羽根、か」
「ああ、その羽根が枯れない桜の魔力を増幅させ暴走の原因になっている。だから......」
「俺かさくらが、内部から羽根を取り除く事が出来れば桜は元に戻る可能性がある、と言う訳だね」
だが、それは
「悪い......」
「いや、謝る事はない。むしろ僅かながら希望が生まれた」
――ありがとう。と
「しかし、その情報はどこで?」
「ん? 枯れない桜で、さくらに似た女が教えてくれた」
「さくらに似た......」
目を閉じて考え込む。心当たりがあったのか少し口角を上げた。
「その女性は、さくらと雰囲気や話し方、佇まいに多少の差違がなかったかい?」
「ああ、あった。知ってるのか?」
「ふむ......。おそらく『ばあちゃん』だろう」
「ばあちゃん?」
さくらと同様に魔女だったらしく。
しかし、だとしたら分からない事が二つある。
一つは容姿。確かにさくらと似てはいるが瓜二つではない。身体や顔付きも違うしやっぱり別人だと俺は思う。
二つ目は――。
「俺が会ったのがその婆さんだったとしても、なんで赤の他人の俺に?」
「さあ......だが、キミに姿を見せたということは何か意味があるんだろう」
「意味ねえ......」
考えても分からん。本人に訊くのが一番てっとり早いか。大きく息を吐いた
「さて、そろそろ幼馴染みの尻拭いに行くとするか」
「ああ、さくらに伝えてくれ。『さっさと起きろ。遅刻するぞ』って」
「ああ、伝えておく。孫娘を頼む......」
俺は、その小さくも頼もしい背中が見えなくなるまで見送ってから桜公園を後にした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
音姫 ~witch of justice~
風見学園へ続く桜並木を歩きながら隣にいる
「お前が、予知夢を見始めたのは枯れない桜が咲いてからか?」
「違いますよ。桜が咲く前に、兄さんが
――
まあ
「じゃあ
「う~ん......どうかな? 私は、ときどき受動的に予知夢を見るだけですし」
意識して見ようと思っても見れません。と付け加えた。知りたい未来を自由に見れる訳ではなく、
「あっ、でも私のお母さんは
「マジか?」
「マジです。小さい頃に見せてもらいました」
――魔法を使える魔法使い、ね。言葉としてはおかしく感じるけど、
今俺の頭に浮かんだ考えが当たっているのなら、
「――
「お姉ちゃんですか? う~ん......言っちゃってもいいのかなー? まあ
風見学園が近づくにつれて増えてきた生徒の耳を避けるように、通学路を少し外れた公園のベンチに座ると、
「お姉ちゃんもお母さんと同じで魔法を使える魔法使いです」
やはり俺の考えは当たっていた。
さくらが消えた翌朝、
「
「
さくらが
「おじいちゃん
――二人とも秘密にしてますけど......。と、面白くなさそうに呟いた。
「さあ行きましょう。遅刻しちゃいます」
反動をつけてベンチから立ち上がり、俺に向かって身を翻した。
頷いて通学路に戻り数分、風見学園の正門前に到着。聞き覚えのある声が、わざと俺たちに聞こえるトーンで背中から聞こえてきた。
「
「ふふっ、当然アレよ」
「アレだよね~」
そんな
「学校帰りに商店街でお買い物してたり、前から怪しいと思ってたけどぉ~」
「ええ、あの時より一歩距離が近いわ。二人の仲は、既に深い男女関係......日本海溝よりも深い関係へ発展しているわね。夜になると同居人の目を盗んで......」
「いやぁ~んっ」
好き勝手言っている二人のアホトークを無視して、付属昇降口の前に到着。いつもと同じくここで
「じゃあな、
「はい。あ、そうだ、兄さんに会ったら伝えてください。今朝の件は今夜ゆっくり聞かせてもらいます、って」
「伝えておく」
――今朝の件、とは。桜公園から帰って朝飯を食べている時に「
その行動が更に
「もぅ~っ! 構ってよーっ!」
背中から抗議の声。無視を決め込んでいたのを忘れてた。後からネチネチ言われるのも面倒だ、仕方なく相手をしてやることに。
「ん? なんだ、お前ら居たのか」
「居たのか? じゃないですよーっ」
「ふふっ、違うわ、
「ん~?」
「狙いは、私たちを無視し続けた時の反応よ。つまり放置プレイを楽しんでいたのよ」
――違う。
しかも
「
「おはよー、
「おはよ」
「私、日直ですので失礼します」
危険を察知したのか
「さて、俺も
片手を上げて、颯爽とこの場を離脱。
「あっ、逃げた~!」
「逃げたわね。仕方ないわ、
「ふぇっ!?」
「
「いきなり、なに!?」
「その反応は黒ね」
「ち、ちがうよーっ」
「じゃあ紫? もう
「そんなの穿かないよっ。今日はっ......。言わないもんっ」
俺は、生け贄になった
普段通り掃除を済ませて救急箱の補充をしていると、学園中に非常ベルが鳴り響いた。
「なんだ? 避難訓練か?」
「そんな予定はないハズだけど。ちょっと確認してくるわ」
状況を把握するため保健室を出て行って間も無く非常ベルが鳴り止む。直後、
「大変よ、理科の実験中に火が上がったみたいっ」
「マジかよ」
怪我人の有無はまだわからないが、俺たちは救急箱を持って現場へと向かった。事故が起きた場所は、保健室と同じ特別校舎棟内の理科室。
出入り口のドア付近には、ここで授業を受けていたであろう付属の生徒を本校の生徒会役員が誘導していた。その生徒たちの中に、今朝一緒に登校した女生徒と見覚えのある牛柄帽子の女生徒を見つけ、彼女たちの元へ。
「
「あっ、
「おおっ、
見た感じ二人に怪我は無さそうだが、念のため確認しておく。
「お前たち、ケガはないか?」
「はい、大丈夫です」
「
「そっか。授業は、お前たちのクラスなのか?」
「はい、理科の実験中に突然アルコールランプが割れて、それで火が......」
閉じられたドアの小窓から理科室の中を見る。
消火器を持った数人の教師が火が上がった机を囲む様に確認作業をしていた。火の手が上がったと思われる机の真上には火災報知器が設置されている。どうやら火の熱か煙があれに反応したみたいだ。
「あの、これも枯れない桜が......?」
「さあな、わからん」
考えたくないが劣化などが無く突然割れたのなら可能性は高いだろう。やはり
「ほら、あんたら教室に戻りなさいっ」
「
理科室の近くで話しをしていた俺たちに声をかけてきたのは、生徒会副会長のまゆきだった。
「あれ、妹くん? 妹くんのクラスだったの?」
「はい」
「まゆき、
「
残った生徒も
「
「ありがと、だってさ。さあ妹くんと
「ああ、
「はい、失礼します」
「お前は、教室へ帰らなくていいのか?」
「
「なんだ?」
「最近、
真剣な目と声色。まゆきもここ数日の
「家に飯を食べに来なくなった」
「ありゃ~......そりゃまた重症だ。あの
「
まゆきの声からは、どこか確信があるように聞こえた。どうして
「
「そりゃ、気になるな」
「そうでしょ。こんなこと今までに一度も無かったから、ちょっと心配で......」
『
理科室から、まゆきを呼ぶ教師の声。
「はい。じゃあ行くね」
「ああ。まゆき、それとなく探ってみる」
「うんっ。ありがと」
まゆきを見送り、俺は保健室へ戻る。
俺より後に戻って来た
肝心のアルコールランプは、新学期に合わせて新しく新調した物であることが判明。火がついた状態で唐突に割れたらしく、落としたりぶつけたり等の強い衝撃を加えた訳では無いそうだ。
最初からヒビや亀裂が入っていたか等は不明で原因は調査中らしいが、おそらく結論は出ないだろう。
だから、俺は――枯れない桜へと向かった。
放課後、風見学園を出て桜公園へ着いた時には、東の空に幾つか星が見え始めた。徐々に暗くなる足下に注意して公園の奥へ奥へと進んでいく。
枯れない桜の前に風見学園本校の制服を着たポニーテールの女生徒が桜を見上げていた。
「よう」
背中に声をかけると彼女の身体がビクっと震えた。彼女は恐る恐るゆっくりと振り向く。
振り向いた女生徒――
「
「何してるんだよ? こんなところで」
「............」
体の前で手を組んだまま何も答えない。
俺は、
「......
「っ!? わかる......の?」
絞り出す様な震える声。
「ああ......、何となくな」
「そう、なんだ......。
公園内のベンチに座って
「今朝、おじいちゃんにお願いされた。もし自分が失敗したら、桜を頼む――。って」
俺が、今朝二人に会う前。もしくは先に桜公園へ行った後の話しか。
「信じられないと思うけど、わたし、魔法使いなの」
「そっか」
予め
「うん、だから、この島の異変を止めないといけないの。だって、私は――『正義の魔法使い』だから」
「『正義の魔法使い』?」
「正義の魔法使いはね、困っている人を助ける正義の味方なのっ」
得意気に胸を張った。だが、それは一瞬ですぐに顔を伏せた。
「でも、どうすればいいか分からなくて......。どうして、どっちかしか選べないの......? わかってるんだよっ? この桜は初音島のみんなをっ。今日だって
足下に涙の粒が幾つも落ち、アスファルトを滲ませていく。
「桜を枯らしたら......弟くんが......。私の大好きな人が......」
顔も上げた
――わたしは......どうすればいいの?
俺は、その問いかけに答える事が出来なかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
義之 ~lojical choice~
「じゃあな、ちゃんと夜飯食って、ちゃんと寝ろよ?」
「......おやすみなさい」
――結局、俺には何も出来ないのか......。
見上げた夜空に瞬く満天の星々が憎らしく思えてしまうほど、今の俺の心は穏やかじゃない。
その
『くそっ......』
頭を掻いて、世話になっている隣の芳乃家へ帰る。
白衣のポケットに両手を突っ込み、若干俯きながら敷地の門を潜った時だった。
『おわっ!』
小学生くらいの二人の子ども(男女)が、中庭の方から飛び出して来た。ぶつかりそうだったのを寸でのところでかわす。
『おい待て、こらっ!』
呼び止めたが、子どもたちは完全に俺の存在を無視して敷地の外へ走って行った。
『なんだ、アイツら......』
こんな夜に、小学生くらいの子どもが二人、しかも他人の家の庭から何をしてたんだ。まあ、いい。考えるのも面倒だ。少し立ち止まったが、気を取り直して、玄関の戸に手をかける。
『ん?』
戸には鍵が掛かっていた。帰りが不規則なさくらや、朝倉姉妹が夕食を食べに来ることから、
珍しいな、と思いつつ呼び鈴を鳴らすも。しばらく経っても中から反応は返って来ない。その代わりに、子どもたちが出てきた中庭から声が聞こえた。
『こんにちは』
『ども』
中庭へ回ると、落ち着いた色の着物を着た気品のある婆さん縁側に座っていた。その婆さんは、俺に座るように促す。若干戸惑いながらも、隣に用意された座布団に座る。
『いい天気ね』
『はあ?』
日も出てないのにいい天気も何も――って、嘘だろ? 俺は、自分の目を疑った。
見上げた空には、ついさっきまで瞬いていた星々が消え。その代わりにまばゆい太陽が輝き、降り注ぐ穏やかな日差しと、心地よい風が縁側を吹き抜けていく。
『......夢か?』
『へぇ~、いいカンしてるのね。そう、これは夢』
――夢? 俺は、いつの間に寝たんだ。それとも、枯れない桜の前で見た夢と同じで、枯れない桜が何らかの意図をもって、俺に夢を見せているのだろうか。
『それで、あんたは誰だ?』
『あら? わからないの?』
そう言われても、俺に婆さんの知り合いは居ない。完全に初対面のハズだ。
とりあえず、婆さんの顔を観察する。白髪混じりの長い金色の髪をかんざしでまとめ、さくらやサクラと同じ綺麗な蒼い目をしていた。
どことなく、さくらよりもサクラに似た容姿に思えた。
『まさか、サクラか?』
『サクラ? ああ~、あのすごーくかわいい美少女の事ね!』
何故か、サクラの容姿をべた褒めしているような気がするが気のせいだろうか。
婆さんは、否定もしないが肯定せずに黙っている俺を見てつまらなそうな表情で言った。
『でも残念外れ、あの娘と私は別人。私は、さっきあなたが見た子ども......さくらと
『さくらと
言われてみれば、すれ違った女の子の方は髪型がツインテールだったものの姿形は、俺の知っているさくらそのものだった。雰囲気は子どもだったけど。
『私の可愛い孫たち。あの子、さくらね、昔虐められてたのよ。だから、孫娘のためにと思って植えた桜が、
最初の枯れない桜は、この婆さんが植えた桜。
『あなたにも、迷惑をかけちゃってるし』
『いや、俺は別に......って、わかるのか? あんた、死んでるんだろ?』
『ええ、私はもう、この世には居ない。死んでいるわ』
『じゃあ、どうして――』
『説明するのもかったるいわね。そうねぇ、あ、ほら、私魔女だから』
『で、その魔女様が、俺に何の用だよ』
『謝罪とお礼。それから、こうして話すことがあの娘たちの......あなたへの助力になると思って。ずっと悩んでいるでしょ?』
『......ああ』
全部お見通しな訳か。
少し悔しいが、婆さんの言うことは的を射てる、俺には、枯れない桜のことを常時相談出来る相手が一人もいない。
『実際問題俺にだって、どうすればいいかなんてわからない。いっそのこと、このまま逃げ出そうとか頭を過るさ』
『それは、しょうがないことよ。誰だって傷つきたくないもの。みんな同じ』
『何か、策は無いか?』
『策、ね。無いこともないわよ』
婆さんは、人差し指を口元に当てて微笑んだ。
その仕草と笑顔に、サクラの姿がダブって見えた。
『あんた......』
『ん、なーに?』
『いや、何でもない。それで、その策ってのは?』
『いちから説明するのは時間がかかるし、かったるいわね。要点だけ簡単に言うと、コインの裏と表。それと同じ様に、物事の原因と解決策は案外近い位置にあったりするものよ』
婆さんは、めんどくさそうに答えると俺の背中に手を添える。
『なんだよ?』
『枯れない桜に原因があるなら、答えも枯れない桜にあるかもってことよ。じゃあ、あの子たちのこと頼んだわ、よろしくね~』
『あん? なっ!?』
背中の添えた手に力を入れて縁側から突き落とした。地面にぶつかると思った瞬間、地面は消え去り、俺は眩しい光の中へ落ちて行った――。
* * *
「――って、殺す気かッ!?」
「わぁっ」
女の声。さっきまで話していた婆さんとは違う声が、近くで聞こえた。
「もう、脅かさないでくださいっ」
「ハァハァ......。
荒れている呼吸を整えながら、声の主に目をやる。
「落ち着きましたか?」
「......ここは――」
辺りを見回す、見覚えのある部屋。俺が世話になっている芳乃家の客間だった。どうやら俺は、客間に敷かれている布団の上で寝ていたようだ。
「スゴい汗。ちょっと動かないでください」
「あ、ああ......」
枕元にあるタオルで額から滴るほどの汗を拭ってくれる。
「お姉ちゃん呼んできます。横になっててください」
俺は言われた通り横になり頭の後ろで両手組み、婆さんとのやり取りを思い返していた。
――原因と解決策は案外近くにある......か。
あの言葉を聞いた俺は、枯れない桜に関係していることを
そう、それが、すべての始まりだった。
さくらからは、枯れない桜の真実。
そして、桜に込められた願いと贖罪を聞いた。
次は――サクラだ。
サクラは、まさに神出鬼没。唐突に現れては訳のわからないことを言って、気付けば姿を消してしまう。まるで夢のような存在。
そして何より、あの言葉――。
『覚めない夢は無いわ。いつか必ず目覚めの時を 迎える。その時を、キミに見届けて欲しい。そして願わくば、あの子たちの支えになってあげて』
そうだ。サクラは、未来に起こるを常に予言していた。サクラの言葉が全て正しく必ず歩む未来だとしたら......。
「覚めない夢は無い、目覚めの時を――」
サクラの言葉を前提にした場合、あることに気がついた。ガバッと勢いよく身体を起こし、考えをまとめる。
「......桜が枯れることは、どうあっても避けることの出来ない規定事項で。それに、支えてあげてってことは......」
桜が枯れ、夢が覚めた先に何をするか何が出来るかは、全て俺次第ってことか。もしかしたら打開策を見つけることが出来るかもしれない、そう思ったとき襖が開いた。
客間に入ってきたのは、
「もう平気なの? どこも痛くない?」
「はあ? 何が」
「覚えていないんですか?」
よくわからないが、
「
自覚はまったくない。ただ気がついたらいつもの客間で寝ていた。違和感があるとすれば、
「家に入ってすぐ外から物音が聞こえて、玄関を出たら......」
塀にもたれる形で意識を失っていた。
「きっと疲れていたんですよ。前にも上の空だったことあったし」
「......ごめんね」
「どうして、お前が謝るんだよ」
まるで自分の責任と言わんばかりに申し訳なさそうに謝る
「だって、送ってくれた直後だから......」
桜公園で弱音を吐いて困らせた、とでも思っているんだろか。
「大袈裟だな。寝てたっていっても一時間そこそこだろ」
目覚まし時計の針は、八時過ぎを表示している。冬場で日が沈むのも早い。
「なに言ってるんですか、違いますよ」
「ん、朝の八時か? それにしちゃあ暗いけど」
雨戸でも閉めているんだろうか、客間には照明が灯っている。
「ううん、今は、夜の八時だよ」
「どこまで惚けるんですか。
「昨日の夜? ってことは......丸一日?」
「そうです。まったく、なかなか起きないから兄さんも心配していましたし。お姉ちゃんなんて、学校を休んで付きっきりだったんですから」
「......そっか。悪かったな、
と、言ったタイミングで腹の虫が豪快に鳴いた。
「腹へった......」
「はぁ~......もう大丈夫みたいだよ。お姉ちゃん」
「あ、あはは、そうだね。用意するね」
――仕方ないだろ、三食も飯を食い損ねたんだ。
襖をあけると
その言葉の真意は、姉妹が帰った後に判明した。
「
「なんだよ」
「今朝、さくらさんに会いました」
「さくらっ!?」
反射的に思わず聞き返した。自分でも驚く程の大きな声で。
「はい。て、言っても夢の中でです」
「......夢かよ」
取り乱して損した気分だったが、
「俺、他人の夢を見ることがあるって前に話しましたよね。その夢で、さくらさんに会ったんです。それで全部聞きました。枯れない桜の事も、俺のことも......」
親子の絆とでも言うのだろうか。
はからずも今、さくらは枯れない桜の中で夢を見ている。その夢と
「俺、明日、枯れない桜のところへ行ってきます」
「......まさか、お前!」
「はい。桜を枯らします。それが正しい選択だと思うから......」
* * *
翌朝俺は、普段もよりも二時間以上も早く起きた。
着替えを済ませ、居間に入る。隣の台所では既に起きていた
因みに今日の朝飯も豪華。
「じゃあ、行ってきます」
「まだ、いいじゃないか。せめて――」
――あいつらが来てからでも......、と言おうとしたら、
映し出された番組は地元ニュース。初音島では昨夜もまた原因不明事故が発生したとアナウンサーが現場の中継を挟んで報道している。
「今は、まだ軽いケガだけですんでますけど。もう時間はないです」
「決意は変わらない、か」
俺は、まだ何も打開策を見出だす事が出来ていない。俺は無力だ。そんな俺に今出来る事があると言うのなら、それは見届ける事だけだろう。
玄関を出て鍵を掛ける。いつもの通学路を歩き風見学園の正門前で一度足を止めた。
「......よし、行きましょう」
「もういいのか?」
「はい」
再び歩き出す。
少しして桜公園へ到着。公園の奥へ進み枯れない桜がそびえ立つ広場へ。
枯れない桜の前に思わぬ先客が居た。
「弟くん......」
風見学園本校の制服を着た少女――
「
「何となく弟くんがここに来るような気がしたの」
「そっか。......
「ダメっ!」
「
「来ないでっ! それ以上、そばに来ないで......」
「
顔を伏せて懇願する
俺には、何を言っているのか聞こえないが耳元で何かを囁いているように見える。
「弟くん、ずるいよ。ほんと......ずるい」
「ごめん」
「............っ」
「
「ダメだ!
「えっ......?」
「くそっ!」
突然の事に固まる
「
「はあ......はあ......うぅ......っ」
呼吸は乱れ、顔も青ざめている。あと一瞬遅かったら危なかった事を物語っていた。
「
「たぶん、あの日のさくらと同じように枯れない桜に取り込まれそうになったんだ」
「そんな、どうしてっ!?」
――もしかしたら、覚悟を決めるのが遅すぎたのかもしれない。制御はもちろんのこと枯らすことすら出来ないほど、枯れない桜の魔力は増大しているのか。
「わからん。だが、決断するのが遅すぎたのかもしれない」
「......
「
「おい、止めろ!」
「大丈夫です。
――......今まで、ありがとう。
それを合図に枯れない桜の花びらは全て散り果て――枯れない桜は枯れた。
そして――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
羽根 ~plume~
あの日から、三日が過ぎた。
長年枯れることなく、年中咲き誇っていた初音島の桜は、桜公園のひときわ大きな桜の木――枯れない桜が枯れると同時に花は散り、葉も無く、冬枯れの木――全て普通の桜へと戻った。
この重大な出来事に新聞やテレビのニュースは連日この話題で持ちきり。年中咲き誇る桜を売りにしてきた観光業界には衝撃が走り、地元経済への影響、中には天変地異の前触れではないかと心配する声も上がるほど。
だが、この話題と反比例して、初音島で頻発していた原因不明の火事、事故、不可解な事件はすっかり鳴りを潜めた。
「何してるんですかー、おいて行きますよっ」
「ああ、悪い。今行く」
休日を挟んで、最初の月曜日。
一緒に家を出た
「今晩は、ハンバーグに挑戦してみようと思うんです。それも煮込みです」
「そりゃまた凝った料理だな」
「はい。ですので、放課後買い物に付き合ってください」
――わかった、と
午後の授業が終わり、約束の放課後。
保健医助手の仕事を終えて、正門へ向かうと。
「
「あっ、
「奇遇って、待ち合わせしたじゃないか」
「そうですけど、世の中に絶対なんてないですから――よっと。じゃあ行きましょう」
身を翻して、一歩先に商店街へ向かい歩き出した。
大晦日に買い物をした商店街のスーパーで夕飯の買い物を済ませて、家へ帰る。玄関の鍵を開け、
「じゃあ俺は散歩に行ってくる」
「またですか?」
疑いの眼差しを向けて来た。
「お前の飯を食べるために腹を空かせてくるんだよ」
「まあ、そういう事にしておいてあげます。六時までには帰って来てください」
「ああ。大盛りで頼む」
「はいはい」
一応誤魔化せたらしい。家に入っていった
散歩の目的地は、桜公園内の枯れない桜。
「サクラ!」
冬枯れの大木になった枯れない桜へ向かって呼び掛けるも、返事は返ってこない。桜が枯れ、
枯れない桜を離れ、海を見渡せる高台のベンチに腰を下ろす。
「お前までどこいっちまったんだよ......?」
オレンジ色に染まった空へ問い掛けても、当然、返事は返ってこない。
「はぁ......」
返事の代わりに、近くで小さなタメ息が聞こえた。空から顔を戻して、タメ息の出所を見る。
長い髪を黄色のリボンで二つに結んだ、風見学園の制服に袖を通した女生徒――ななかが、浮かな
「どうした? 悩みごとか」
「えっ? あ、
最初は躊躇していたが、やがてゆっくりと話しだした。
数日前、友達とケンカをしていまい、今も仲違いが続いている。聞いた感じ、前に親友と言っていた
「私、何を言ってあげればいいか......。あの子が望んでいる言葉が分からなくなっちゃって......」
「そっか。大切な友達なんだな」
「――うん。とても大切で、大好きなお友だち......なのに、私は......」
「もう一回話してみろよ、その友達と。今度は、その友達がどんな言葉を望んでるかじゃなくて。お前がどう思っているかを素直な気持ちで、な」
「......でも」
「人間なんて、いつ居なくなるか分からないんだ。会えるときに、話せるときに話しておかないと後悔するぞ」
俺の話を聞いた後うつ向いていたななかは、顔を上げてベンチを立った。
「......私、もう一度話してみます。ありがとうございました」
――何を偉そうなこと言ってるんだ、俺は? 何も出来なかったじゃないか。
「いやー、なかなか説得力のある助言であったな。まるで自身に経験があるかのような」
「あん? ああ、お前か」
空から海へ沈んでいく夕日を眺めながら、自己嫌悪に苛んでいたところへ、どこからから現れた
「何か用か?」
「うむ。あったと言えばあったのだが。今の
「腑抜け、ね」
――俺の心境を的確に突いてきやがる。
「まぁ、参考までに教えておこう。貴殿のいう、空に居る少女についての話しだ」
「マジか......?」
俺の反応を楽しむように、ニヤリと不敵に笑みを浮かべる
「多少やる気が出たようだな。だが、ここから先を知りたければ――成すべきことを成すのだな」
「なんだよ、それ?」
「既に貴殿の中で答えは出ているのではないか? では、さらばだ!」
そう告げると、
俺は、
目を閉じて、耳を澄ます。浜風の音の先に波の音が聴こえて来た。
* * *
『思えば通じる。思いは通じるから』
波の音に混ざって人の声が聞こえる。
――誰だ......? 何処かで聞いたことのある懐かしい声。
『
いつ? 何処で? 思い出そうとしても靄がかかったように上手く思い出せない。
それでも懐かしさを感じる声は、確かに聞こえている。
『思いだけじゃ動かないよ。動かしたい思いの、その先の願いに触れて、人形は動き出すんだから――』
思えば通じる、思いは通じる。
その思いの先の願いに触れて......。
それは、まるで――枯れない桜じゃないか。
* * *
「――ッ!?」
気が付くと、辺りは真っ暗だった。
夜空には、月が輝き、無数の星々が瞬いている。
「......ヤバい」
天体観測をしている余裕などない。
ベンチから飛び起き、走って高台を後にする。家に帰る途中、桜公園の時計を見ると、
俺は、無我夢中で走った。
世界記録を狙えるんじゃないかと思うほどの短時間で、
「あ、いらっしゃい。時間ぴったりですね」
「あ、ああ、お邪魔します......」
どうやら間に合ったらしい。さっそく家に上がらせてもらう。
「
「自分の部屋です。まだ食欲がないみたいで......」
あの日から殆ど食べていないと、
ちゃんと食べなければ善くなるものも善くならない、大丈夫なのだろうか。
「でも。今日は、お腹が空いたら食べるって言ってくれました」
「そっか。なら、先に食うか」
「はい。もう出来てますから、手を洗ってきてください」
洗面所で手を洗って、食卓に着く。
夕食は今朝の予告通り、煮込みハンバーグだった。味は、桜を枯らす前夜、
夕食を食べ終え、
玄関先に黒い影があった。恐る恐る近付き、影の正体を確かめる。
「くぅ~ん」
「なんだ、はりまおじゃないか」
謎の影は、これまた謎の宇宙生物、はりまおだった。いつもなら帰っている時間だが、今日は隣に居たため閉め出しを喰らっていたみたいだ。
「悪かったな。すぐに飯をやるからな」
鍵を回して、戸を開ける。
はりまおは、俺より先に上がって台所のへ方へと駆けていった。余程腹が減っていたらしい。
「あん! あん!」
「ちょっと待て」
台所の戸棚を開ける。はりまおの晩飯になるような物を探すが、何も見つからない。
「何もないな。仕方ない、はりまお......」
ものスゴいプレッシャーを放つ縦線の目が、俺をロックオンしている。今日はガンマしろ、と言える雰囲気ではない。
「わかったよ、探せばいいんだろ?」
「あんっ!」
とは言ったものも無いものは無い。
俺が、
台所を出て、さくらの部屋に入る。
テーブルの上には、茶封筒があるだけで、他には何も無い。だが後ろの引き戸を開けると、思った通り、饅頭の箱を発見。
「ほら、あったぞ。はりまお」
「あん! あん!」
包装紙を剥がして置くと、はりまおは一心不乱にがっついた。
はりまおが、食べ終わるのを待つ間、改めて部屋を見回す。床は全面畳、部屋の中央には一枚板のテーブル、掛け軸に生け花とさくららしい純和風の部屋。
「ん?」
生け花の近くに、見覚えのある物が丁寧に置かれていた。
それを手に取る。
「これ、さくらが持ってたのか。って、おい、嘘だろ......」
持った瞬間、俺は有り得ない事に気が付いた。
「はりまお! 留守番頼むぞ!」
「あお?」
首らしき箇所を傾げるはりまおを残してさくらの部屋を出て、大急ぎで準備を済ませて、家を飛び出した。隣の家の呼び鈴を連続で鳴らす。
「もうっ! 誰ですかっ! 何度もなんど――」
「
むくれて抗議をする
「
「そうか、上がらせてもらうぞ」
階段をかけ上がり、
「だれ?」
部屋の中に数段の階段がある一風変わった部屋のベッドで横になっていた
「
「体調は、どうだ?」
「うん。もう、大丈夫だよ」
だが、顔色は優れない。けど体調が良かろうが悪かろうが、今はどっちでもいい。パジャマ姿の
「
「えっ?」
一足遅れて、
「ちょっと、なんなんですかっ? ちゃんと説明してくださいっ」
「
「お望み通り着替えて来ましたけど、これでいいんですか?」
「ああ。じゃあ行くぞ」
「
数歩歩いてから振り返り、
「桜公園」
三人で、夜道を歩く。
「それにしても、どうしたの? 急に、桜公園へ行こうだなんて」
「ちょっと、お前たちに頼み事があるんだ」
「頼みって、何ですか?」
「着いてから話す」
風見学園の前を通り過ぎ、桜公園。
そのまま桜公園の奥へと進んでいく。不意に、
「どうしたの? お姉ちゃん」
「
「悪いが一緒に来てくれ。お前が、お前と
「ほんとに枯れちゃったんですね」
枯れない桜がそびえ立つ広場に到着。
「よし......。
「あの、
「ん? ああ、これだ」
客間で用意してきた袋から、さくらの部屋で見つけたある物を出す。
それを見た二人の表情が劇的に変化した。目を丸くして動揺している。さっきの俺も、きっと今のこいつらと同じ
「ど、どうして......?」
「それ、本物なんですか?」
「ああ、本物だ。正真正銘、本物の桜の枝だよ」
さくらの部屋で見つけたのは――桜の枝。。
初音島の桜は、全て普通の桜に戻ったにもかかわらず、この桜の枝は、小さな薄紅色の花を満開に咲かせている。
「この枝はな。この枯れない桜の枝だ」
正月、ここでさくらと話しをした時、俺の頭を直撃した枝。
何故、この枝だけ花を咲かせているのかはわからない。だが、今咲いているのは確かだ。
「
二人に向き合う。
「
まったく想像していなかったんだろう。二人ともかなり動揺している。
「弟くんを......迎えに......?」
「で、でも、どうやってっ?」
「大丈夫だ、心配するな。まだ、桜は咲いているんだからな――」
目を閉じて手に持った桜に願いをかける。
俺は、先ほど聞いた言葉を思い出していた。
『思えば通じる。思いは通じる。思いの先の願いに触れて人形は動き出す』
――お前が、本当に人の願いを叶える魔法の木なら、俺の思いを願い聞いてくれ......。
「あっ......」
どちらかはわからないが声が聞こえた。目を開ける。
俺の手にあった桜の枝は消え去り、代わりに純白の美しい羽根が手元にあった。
「桜が羽根になった?」
「うそ......、どうなってるんですか?」
「俺にだってわからない」
この羽根が、サクラの言っていた強力な力を持つ羽根か? 暴走は羽根が原因と言っていたが、俺にはさほど嫌な感じはしない。それどころか妙な懐かしさを感じる。
「
一度、取り込まれかけている
枯れない桜の根本、二人の間に、そっと羽根を置き、二人の背中に手を添える。
「目をつむれ」
「......はい」
「......うん」
二人とも小さく頷いた。
俺も目を閉じる。
――俺に、
真摯に願いを込める。
二人の笑顔を見せてくれ、と......。
あの羽根が、俺の思いの先の願いを叶えてくれたのか。
目を閉じて真っ暗だった視界が目映い光に包まれた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
空 ~AIR~
深々と、桜が舞っていた。
見渡す限りに舞い散る桜の花びら。
それは一面を色づけるように、白で塗りつぶされた世界を彩るように、ただゆったりと舞い踊っ ている。
俺の目の前には、枯れてしまったハズの枯れない桜の大木が満開の花を咲かせていた。
すぐに理解した。あいつの夢の中へ来れたんだ、と。
桜に寄り添うように少女が膝を抱えて座っている。さっそく居るじゃないか。普通に声をかけてもつままらないな。気づかれないよう極力足音を殺して慎重に近づき、真後ろに移動して耳元で声をかけた。
「おい」
「うにゃっ!? い、イタイ......」
俺の声に驚いてビクっと身体を震わせた少女はバランスを崩し、桜の幹に後頭部をぶつけた。ゴツっと鈍い音が響く。これは予定外。とりあえず何事も無かったように、金色ショートヘアの少女に話しかける。
「よう、久しぶりだな」
「え? ゆ、
少女こと――さくらは、目を丸くして後頭部をさすっている。更に涙で瞳が潤んでいる非常に痛そうだった。
さくらの隣に腰を降ろして質問に答える。
「お前を迎えに来たんだ」
「ボクを......迎えに? でも、どうやって?」
「
俺の
「そうだったね。じゃあ
「いや、俺にそんな力はない」
「どういうこと?」と、さくらは首をかしげる。正直なところ、俺にだってよくわからない。
「たぶん、羽根が導いてくれたんだろな」
「羽根? それって、お兄ちゃんが言ってた枯れない桜を暴走させる原因になったっていう羽根のこと?」
「ああ」
さくらの部屋にあった桜の枝が羽根に変化した事を伝えると、さくらは――ん~......。と口元に人差し指を添えて考え込む仕草を見せ、そして何かを納得した様に頷いた。
「うんうん、そっか~」
「なんだよ?」
「うん。ボクが思うに、その羽根の落とし主が
俺と少女は、どこかで繋がっている。さくらはそう言ったが――。まあ、今はそれは置いておこう。まず優先させるべきことは、この夢の世界から連れ戻すこと。
立ち上がって、さくらに手を差し出す。
「さあ、帰るぞ」
さくらは、俺の手を取らずに黙ったまま少し困ったような表情をした。
「どうした?」
「ボクには、まだやらないといけないことがあるんだ」
「なにを?」
さっき取らなかった俺の手を掴んで立ち上がったさくらは、二度ほどスカートを叩き埃を落としてから桜を見上げる。
「夢......。ううん、希望を届けなきゃならないんだ」
俺に向き直して、にっこりと微笑んだ。
「ボクは、枯れない桜の中でボクの役目を知った。
「なんだよ、それ......。おい、さくら、お前!」
突如、さくらの身体が宙に浮き上がり光り輝き出した。
「いつになるかわからないけど、必ず帰ってきます――って。
次の瞬間――さくらは、俺の目の前から消え去ってしまった。けど、桜に取り込まれた時とは違い。さくらが笑顔だったのが、とても印象的だった。
「......これも最初から決まっていたことなのか?」
「ええ、そうよ」
背中から聞こえた声。今さら驚きはしない。俺は最初から、この声の主に訊いたんだから。振り向いて、そいつと向き合う。
「お前は、最初から全部知ってたんだな、サクラ」
「ご明察。そう、わたしは全てを観てきた。この枯れない桜にまつわる物語の全てを――ね」
「どうして黙ってたんだよ?」
申し訳なさそうな
「わたしにはね、
「俺が居る世界......?」
――何を言っているんだ? こいつは。
まるで俺が居ない世界が存在するかのような言い方だ。
「どういう意味だ?」
「言葉通りよ。世界はひとつじゃないわ。幾重にも広がり繰り返される世界。そう......まるでダ・カーポのように、ね」
風が吹いて、舞い落ちる花びらを更に踊らせ夢の世界を更に幻想的に彩る中で、俺はサクラの言葉の真意を理解出来ず、ただただ呆然と立ち尽くしてしまう。
何が面白いのかサクラは、混乱して固まっている俺を見て微笑む。馬鹿にされているみたいで癪にさわるが、まあ実際はそんな事はなく、俺に分かるように丁寧に説明してくれた。
この世界は、何度も同じ季節を繰り返している。だが、その全てが同じ時を刻む訳ではなく、微妙に差異が存在した。一番わかりやすい例は、くしくも
別世界の
そして、全ての世界で共通して起こる出来事がある。
それは――枯れない桜が枯れる、ということだ。
「
――
「なぁ、どうしてお前は、そんな事がわかるんだ?」
「ん? なに言ってるの?
不思議そうに首を傾げるサクラ。
俺が、最初に言ったこと......。サクラとの出会いを思い返す。
未来を言い当てるサクラの存在に疑問を感じた俺は、サクラは、未来のさくらじゃないかと思った。けど、それは違うと今は確信を持って言える。目の前に居る『サクラ』と消えてしまった『さくら』は明らかに別人だ。
それらと俺が、サクラに投げ掛けた言葉。それらを考えると、とても馬鹿げた結論に辿り着いてしまった。
「まさか......。お前――
躊躇しながら言った言葉にサクラは、ニコッと今日一番の笑顔を見せる。どうやら当たってしまったらしい。
「正解! そう、わたしは、桜。この枯れない桜そのものよ」
背に立つ桜を一度見上げてからサクラに目を戻す。......人畜無害にみえるけどな。目の前のサクラは、とても暴走して無差別に願いを叶え事故を引き起こすような
「なーに?」
「いや、案外軽い性格なんだなって」
「むっ......。これは
口を尖らせて詰めよって来た。さくらの姿でも良かったらしいが違う方が、俺が話しやすいと考えて今の姿にしたらしい。
サクラの姿のオリジナルは、さくらの祖母。つまり夢の婆さんの若い頃の姿と性格を模している。あの婆さんが、妙にサクラの容姿を絶賛していた理由が判明、要するに自画自賛。けど、道理でさくらにも婆さんとも似てる訳だ。
「さて、と。じゃあそろそろ行くわ」
「どこへ?」
「空。羽根を返しに行くのよ。空に居る女の子に、ね」
背に両手を回して隣に並んだサクラは、俺を見上げた。どこか清々しい
「そっか。俺は、お前の期待に答えられたのか?」
「ええ、十分過ぎるわ。
「......ああ、わかった」
俺が頷くと、サクラは一歩後ろに下がって距離を置いた。すると徐々に俺の身体が透けていく、おそらく夢から覚めるんだろう。
「そうだ。さくらと
「
「羽根って。そんなことしたら、また暴走すんじゃないのか?」
あの羽根は暴走の原因。
枯れない桜と結合し暴走の原因になったと、
「あの羽根は本来悪いものじゃないのよ。ただ、人の想いに敏感に反応してしまっただけ。暴走を押さえられなかったは、わたしの責任よ。けど、悪いことばかりじゃあなかったわ。わたしが意識を持って、
「そうなのか? なあ、お前は、また初音島の願いを叶えるのか?」
俺の問い掛けに、サクラは首を振る。
「ううん。今までみたいに願いを叶える力はもうないわ。まあ、さくらが帰ってくるまで
――じゃあ、またね! と、ウインクしながら言ったサクラの声を合図に世界が白に染まった。
次、気がついた時には、サクラと枯れない桜の姿はどこにも無く、代わりに瞳に涙を溜めた
そして、消えてしまった
* * *
「世話になった」
「こちらこそ助かったわ。今日までお疲れさま」
月末最後の登校日。俺の保健医助手としての仕事は、今日で終わりを迎える。
保健室を後にし、校舎を出て帰宅の途につく。芳乃家へと続く、枯れ木の並木道。この
最後の一週間は、さまざまなことがあった。
先ずは、
それを見る
あとは、ゆずだ。ゆずがケンカをした友達ってのは、ななかだった。
二人のケンカの
一時的に仲違いしてしまったが、今は仲直りをして、ゆずは手術を受ける決心を固めた。難しい手術という話しも聞いたが、水越病院でも随一の医師が執刀を行うことが決まった。桜も枯れたし、悪影響を受ける事はないだろう。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。買い物に行ってたのか? 重そうだな」
芳乃家の門前で、俺と反対側からペットボトルやら菓子やらが大量に入った買い物袋を持った
「なにいってるんですか。今夜は
「そうだっけ?」
そう言われれば、朝飯を食べている時に聞いたような気がしなくもない。まあ何にせよ美味い飯が食えるなら何でもいい。
玄関には多くの靴が並んでいた。とりあえず家に上がる。
すると、――待ってました! と言わんばかりに箸をマイクに見立てて、
「うおっほん! ええー。それでは我らが風見学園の保健医であられました
「前置きはいいから早くしなさい。せっかくの料理が冷えるわ」
「そうだぞ、
豪華な飯を食べ話をしながらしばらくすると、席の移動が始まり
「なんだよ」
「いやー、実に見事に復活したと思ってなっ。では、約束通り空に居る少女についての情報を伝えよう。まあ実際には少女ではなく、
「それでも構わない」
「うむ。では話そう。俺が得た情報によると、
「書物?」
腕を組んで頷く
「その書物の名は、
「
「わからん!」
「そうか、わからんのか......って、おい!」
「千年近く前の事だ、仕方なかろう。まあ、
悪びれる様子は微塵も見せない。期待させておいて、肝心なところはわからず終いか。けどまあ、核心とまではいかなかったが当面の目的は決まった。
今までは皆無だった空に居る少女の手がかりを掴めたのかもしれない。
「面白そうな話をしてるわね」
「
俺の右隣のエリカを挟んで、二つ隣に座っていた
「聞かせてもらていたわ。おかげで卒パ(卒業パーティー)の出し物が決まったわ」
「ちょっと
「問題を起こすことは我々生徒会が許しませんっ」
まゆきとエリカが
そのやり取りを
「何をするつもりなんだ?」
「知りたい?」
「別に......」
「ふふっ、無理しちゃって」
「巻き込まれたくないだけだ」
「嘘ね。本当は期待してるクセに」
「そ、そんなことないぞ......?」
図星を突かれたらしく顔を逸らした。しかも疑問系で返事を返した。これは、間違いなく黒だろう。それを物語るように、
「弟くん......?」
「あ、いや、その~......、すみません」
見事に尻に敷かれている
「演劇です」
「演劇?」
「
語られる講演予定の物語り。
1000年前、屋敷に囚われた
その演目の名は――『AIR』。
* * *
翌朝、日も上がらないうちに俺は家を出た。
外は暗く、町はまだ眠り、静寂に包まれていた。大きく深呼吸をして冬の冷たくも月明かりと街灯を頼りに港を目指す。
「ふぅ......」
フェリー乗り場の横のベンチに座って始発の船を待つ。
東の空から日が上りオレンジ色から徐々にスミレ色の空に変わる頃、本島から来た船が港に着岸した。すぐに折り返し本島行きの船になる。
数人の乗客が降りるのを待ち、荷物を持ってベンチを立つ。
「あー! やっぱり居たー!」
「
「あん?」
船に乗り込もうとした時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り返る。パジャマ姿の
「よかった、間に合った~」
「もうっ。お昼に出るって言ったじゃないですかっ」
「悪いな、気が変わったんだ」
そう言ったが湿っぽい別れは好きじゃない。
特に
「はい、これおじいちゃんから。缶コーヒーだって」
受け取ったコンビニ袋の中身は
「ありがたい。
「うん、伝えておくね。それと
「うん。はい、どうぞ」
「お姉ちゃんと一緒に作ったお弁当です」
「ああ、朝飯にさせてもらう。ありがと」
「いえ、困ります。それ私のお弁当箱ですから」
「あん?」
本島へ折り返しの出港の時間が迫っている。今ここで食べる時間はさすがにない。
「どうすればいいんだよ?」
「いつになってもいいです。無事に旅を終えたら返しに来てください。
まっすぐ真剣な目で俺を見る
「......わかった。必ず返しに行く」
「約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
「わっ、やめてくださいっ。痛いです」
そんなに強くしたつもりはないが、嫌がる
「帰ってきた時には、子どもの一人や二人見せろよ? 俺の人形劇で笑わせてやるからな」
「いや、つまらないじゃないですか。クリパだって、はりまおのお陰だったんでしょ?」
昨夜、ななかに聞いたらしい。余計なことを......。だが、俺には他に実績がある。正月に神社で儲けた実績が! ......どんな劇をしたのかまったく覚えてないけど。
まあ、今までもどうにか生きてこられたんだ。なるようになるだろう。
「ふん、言ってろ。ところで
「そ、そんな。まだ、学生だし......。でもでも......」
なぜか頬を赤く染めてぶつぶつ独り言を呟やている。
「なあ、
「知りません」
目を細めて、めんどくさそうに答えた。
船員が乗船口から出航時間が迫っていることを伝えてきた。姉妹と別れの挨拶、改めて約束をさせられフェリーに乗り込む。乗り込むと、すぐに汽笛が鳴り、船は対岸を離れた。
目指すは本島、関西近畿地方。
甲板の手すりに寄りかかり、尻のポケットから人形を取り出す。昨夜、裁縫が得意な
「また一つ、約束が増えちまったな......。なあ相棒?」
潮風を感じながら、雲一つない青い空を見上げる。
どこまでも続く青。
今も、この空のどこかで風を受け続ける少女。
彼女を見つけ、旅を終えたら、初音島に戻って。また、あいつらと暮らすのも悪くない。そんな考えが頭をよぎる。
甲板に設置されているベンチに座って弁当をいただく。ピンク色の二段重ねの弁当箱の底に手紙が入っていた。
その手紙を手に取り俺は改めて思う。
――いつの日か、必ず返しに行く......。
そう、空へ誓った。
本編はこれで終わりとなりますが、後日エピローグと後書きを更新いたします。
エピローグは、時間が飛びAIRのラストから続く形になる予定ですのでAIRを知っている方が分かりやすいです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
約束 ~epilogue~
僕は、空を見ていた。
いつも悲しみの色をたたえていた空。
どこまでも、どこまでも限りなく続く蒼......。
この果てなき空の向こうにいる少女。
僕は、彼女に届けなくてはならない。
人の夢や願い......。穏やかで、ささやかな幸せな
いつの日か、新しい始まりの時を迎えるために。
この大空を
体は、どんどん空高くへと昇って行く。
さあ行こう――。この空の向こう側へ......。
果てなき旅が始まった。
* * *
どれだけの時がたっただろう。
空を、大気を、風を切って飛んでいた体は地上へ向かって落ちていく......。休むことなく飛び続けた体は悲鳴を上げ、もう動かない。
徐々に空が遠くなっていき、自然と目が閉じられていく。
――僕の旅は、ここで終わってしまうのだろうか。
そう思った時、落下していた体は地上へ叩きつけられることなく止まった。
柔らかくて、温かい何かが僕の体を包んでくれている。
優しい匂い。懐かしい匂い。いつかどこかで感じた匂いがした。
『長き時を越えての働き、まことに大儀であった。お主こそ、真に忠臣。
女の子の声。こんな空の上で? 誰だろう。
疲れきっていて重いまぶたを力を振り絞って持ち上げる。
僕は、青い瞳の少女に抱かれていた。
『これで、ようやく翼を休めることが出来る。お主のお陰だ、礼を言うぞ』
――翼......? 瞳を動かすと、白く輝く美しい翼が少女の背から生えていた。
そうか......。
いつの間にか辿り着いていたんだ。これで役目を終えることが出来た。僕の旅もここで終わる。
『
少女は空の更にその先を見ていた。
暗闇の中、無限に煌めく輝きは彼女の翼と同じくらい綺麗だった。
『お主は、これからお主自身の
少女に抱かれていた腕からすり抜けた。
彼女は上へ、僕は下へと徐々に離れていく。
僕は、少女へ向かい必死に手を伸ばした。だが、無情にもその距離は縮まるどころか広がっていく。
意識が遠退いていく中、少女は微笑んで僕に言った。
――お主の
* * *
僕は、どうなったんだろう。
空に居る少女を探す旅は終わったのだろうか。
僕を呼ぶ声が聞こえた(誰だ?)。目を開ける。
「くっ......」
眩しさで目が眩む。手で光を抑え薄目で徐々に慣らす。少しして見えるようになってきた。
視界は薄紅色だった。
その正体は落ちてくる無数の花びら。スミレ色の空と相まって幻想的な風景を演出している。
「............」
「こんばんは」
少女の声。遠い昔、どこかで聞いたことのある声だ。
「こんなところで寝てると風邪引くよ」
顔を上げる。綺麗な金色のショートカットの青い瞳に透きと通るような白い肌の少女が立っていた。
少女は膝に手をついて、古い友人に再会した時のように懐かしむような表情で僕を見ていた。
「キミは......」
僕は、彼女を知っている。
背中に顔を向けると大きな桜の木が満開の花を咲かせていた。
そうだ、僕は......俺は――。
「あはは......」
「どうしたの?」
顔を伏せ。ある意図を持って少女へ言う。
「迷子なら交番へ行ってくれ」
少女は察したのか、「ふふっ」と小さく笑った。
「商店街で人形劇してたよね。見たいな。ボク、キミの大ファンなんだ」
「そうだな......。じゃあ和菓子をくれないか?」
「はい、どうぞ」
開いた少女の手の上には、大きな大福餅が乗っていた。
「お前も帰ってきたんだな」
少女は、とびっきりの笑顔を見せた。
「うん、ただいまっ。
「ああ......ただいま。さくら」
――そうか。俺は帰ってきたんだ。この
感傷に浸っていると、さくらは俺に手を差し出した。
「帰ろ。ボクたちの
「ああ、そうだな。ん?」
「あっ......」
伸ばした俺とさくらの間に羽根が落ちてきた。
その羽根は、ゆらゆらと舞いながら俺の手のひら触れ、直後、光輝き形を変える。光が収まると羽根は思い入れのある古びた人形になっていた。
人形からは、俺に生きろと言っているような、そんな強い意思を感じた。
いつもの定位置に
「帰るか」
「うん、帰ろう」
並んで家路を歩く。
久しぶりに見る町並みに懐かしさ覚えながら昔世話になっていた家に到着。
「ただいまーっ」
先に家に入るさくらの後に続く。奥から足音が近づいてきた。
「おかえりなさい、さくらさん。もうすぐ夕食......」
「よう」
俺を見て固まっている青年――
「ゆ、
「もう~、何ですか? 油使ってるのに。あっ......」
「俺、
久しぶりに見た
「久しぶりだな。元気だったか?」
「あ、はい。お久しぶりです......」
「二人とも挨拶はあとあと。さあ上がって~」
さくらに促されて上がり居間へ。
「おとーとく~んっ!」
「今の声......
「あれ? 確か、明日って......。兄さん」
「ちょっと見てくる」
そして、そこで俺が寝ていた。
さくらの話しを聞いていると、
最初からサプライズで今夜に帰ってくる予定だったらしく。俺が帰って来たこと
「久しぶりだね。
「ああ、ただいま。お前、魔法学校に留学してるんだってな」
「うん、そうなの。でね――」
風呂上がり、縁側で春の夜風を受けて火照った体を涼ませる。
「ふぅ......」
「なに物思いにふけてるんですか?」
「ん?」
顔を向けると、パジャマ姿の
「おじいちゃんみたいですよ。はい」
「ああ、悪いな。夜桜を見てたんだよ」
「ほんとおじいちゃんみたい」
「ほっとけっ」
コップに注がれた麦茶を一気に飲み干す。コップを置くのを待っていたのか話し掛けてきた。
「あの。
「ああ、終わった......」
そう旅の目的は果たした。かわりに新しい目的が出来けどな。
「そうですか。じゃあ、はい」
「わぁっ、なにするんですかっ!」
「なんだ、頭を撫でてほしかったんじゃないのか?」
「違いますっ。お弁当箱! 約束したでしょっ」
――......そう言えば、そんな約束していたような。
初音島を離れた時のことを思い返す。弁当と一緒に入っていた手紙、『返さないと......わかってますよね?』と、とても威圧感を感じる文章だった気がする。
「............」
無言のまま、チラッと
「......なくしたんでしょ?」
「そ、そんなわけないだろ......?」
「あ~っ。やっぱり無くしたんだっ」
むーっと頬を膨らませる
枯れない桜の近くに荷物は見当たらなかった。もちろん金もない。俺に残された手段はただ一つ。
「人形劇で稼いで新しいの買ってやる」
「別にいいですよ」
――どうせ無理だし、と冷めた表情でボソっと呟きやがった。くそ......馬鹿にしてやがるな。
「ふっ......侮るなよ? 長年の旅でコツを掴んだんだ」
「どうだか」
「......見せてやるよ。
「はいはい」
横に寝かせていた
「ボクにも見せてー」
「は......?」
「えっ......?」
さくら、
笑顔のさくら。ばつが悪そうな
「えっと、すみません......」
「お邪魔しちゃった、かな?」
どうやら盗み見していたみたいだ。
まったく、何を考えてるんだか。
「兄さん、趣味悪すぎですっ」
「お、俺だけ?」
「あはは......」
「それより
「あん! あん!」
「ったく、仕方ないな」
まずは、こいつらを笑顔にしよう。
そして、いつの日か――。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ! お代は見てのお帰りだぞー!」
fin.
あとがき+設定。
連載開始から八ヶ月弱。
今回の更新を持ちまして完結となります。
別の作品の完結を優先させるなど不定期でゆっくりな更新でしたが、呆れもせず最後までお付き合いくださりありがとうございました!
○主人公。
連載のきっかけは、夏といえば『AIR』でしょう。とまあ実に軽いノリでした。
そこで最初に考えたのが舞台をどうするか、です。原作の『AIR』にオリ主を入れるとても難しく感じ、主人公で旅人の
○D.C.Ⅱ~ダ・カーポⅡ~を舞台に選んだ理由。
魔法と法術。二つの似た要素と何より『枯れない桜』の存在。
原作(D.C.ⅡP.S.)にて。さくらが制御出来なくなった理由が曖昧だったため、これはいけると思い『AIR』で重要な役割を果たしていた『羽根』を暴走の要因として使いました。
○ヒロインについて。
連載開始当初から特定のヒロインは決めていません。終盤に進むにつれて、
○タイトルについて。
お気づきの方も多いと思いますが。
今作の『D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い』の『K.S』は『
参考資料
○AIR(原作PS2)
○AIR(アニメ)
○D.C.Ⅱ.P.S~ダ・カーポⅡ~プラスシチュエーション
○D.C.P.S~ダ・カーポ~プラスシチュエーション
○D.CⅢ+~ダ・カーポⅢ~プラス
○Visual Art's/Key
○Circus
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
~After story~
新生活 ~transition~
その他にも『D.C.Ⅲ』の葛木姫乃ルートのネタバレが多く含まれますのでご注意・ご了承ください。
春眠暁を覚えず――。
春の夜は短く、過ごしやすい気候に、ついつい寝過ごしてしまうこと言う。
そんな言葉があることを知ったのは、6年前の初夏のこと。そして今、俺は畳の上に敷かれた布団の上で文字通り絶賛春眠暁を覚えず状態だ。
心地よい春の陽気、小鳥のさえずり、い草の薫りに微かに紛れる桜の匂い。いつまで目を閉じて感じていたい。そんな思いとは裏腹に、目覚めの時はいつも唐突に訪れるモノだ。
「ぐはっ......!?」
気持ちよく寝ていたところで腹部に衝撃が走る。思わず声が出た。目を開けて腹部を圧迫しているモノの正体を確かめる。そこには、かつてのゆずを思わせるショートカットの小さな子ども(女)が、俺の腹の上で座っていた。
「おきた?」
「見ればわかるだろ......」
「んぅー?」
少女は小さく首をかしげ、頭にハテナマークを浮かべている。俺は諦めて小さくタメ息を漏らし、すっかり目覚めてしまった身体を起こす。
「おはよー」
俺の腹から降り、隣に座り直して、やや舌足らずな挨拶をしてきた。
「ああ、おはよ。俺は顔洗ってから行くから、先にママのところへ行ってな」
挨拶を返しながら軽く頭撫でてやると「うんっ」と、笑顔でうなづいて部屋を出ていった。
「さてと......」
軽くのびをして布団を畳む。着替えを済ませて、洗面所で顔を洗い、居間に入る。居間にはこたつに入ってお茶をすするさくらと、こたつテーブルの上では五人分の朝食の準備が進んでいた。
「お姉ちゃん、お醤油取って」
「はい、お醤油。
「はーいっ」
キッチンからは
「おはよー、
「おはよ。
「
「ふーん、そらご苦労なこったな」
まあ
俺は、さくらの正面いつものポジションに座って、こたつに足を突っ込む。もう春とはいえ、こたつの温さは目を閉じると、すぐに夢の世界へと連れていこうとする魔性のアイテムだ。
「どう
「うん、おいしい~」
「うんっ、可愛いねーっ」
俺の隣で満面の笑顔の
「おい、暑苦しいぞ」
しかも、返事が噛み合っていないし。
「......なんですか? 嫌なら私と場所を変わってくださいっ」
抗議した俺に
「ゆきとさん、おにんぎょうみせてー」
「ボクも見たいなー」
朝飯を食べ終えたところで、二人の子ども(さくらと
「......仕方ないな、ちょっとだけだぞ」
「やったねー、
「うんー!」
いつもの定位置、尻のポケットにある
「にゃははっ、すごいすごーい! ね、
「うん、とってもかわいい~」
相棒と適当な小物を組み合わせた劇を見せていると、洗い物を終えた
「初めて見せてくれた頃よりも、ずいぶん劇の雰囲気変わったね」
「ほんと。最初は歩くだけだったもん」
「フッ......。何せ、この芸一本で長年旅をして来たからな!」
目を閉じると......。
「諦めが悪いってスゴいですね」
「......お前、それ褒めてるつもりか?」
「や、褒めてますよ。一応」
『一応』と付け加えるところが、
「いってきまーすっ」
「いってらっしゃい」
幼稚園の正門を元気よくくぐり抜け走っていく愛娘を
「さてと、俺も行くとするか」
「大丈夫? 送っていこうか?」
「俺は子どもか!」
――ふふっ。といたずらっぽく笑う
「あら、ずいぶん板についてきたわね」
「一人で一年もやっていれば、誰だって慣れるだろ。な?」
「あん!」
風見学園の保健室。朝、家に居なかったはりまおも、たまに姿を見せては人形劇や菓子をねだりに来る。
なぜ俺が風見学園の保健室に居るかと言うと、正式な養護教諭としてここで世話になっているからだ。
何故こうなるに到ったかは、さかのぼること今から、6年前の夏の話だ――。
* * *
「さて、どこへ行くかな......?」
数年ぶりに初音島に戻った俺は、以前と同じくさくらの家に厄介になっていた。違うことと言えば、あの頃よりも人形劇で金を稼ぐことができている。週末になると旅の終わりに身につけた新しい人形劇を毎週商店街で披露して、旅の資金を稼いだ。
「うーん......。やっぱり、先ずは――」
トントン、と軽く襖を叩く音。返事をすると滑らかに襖がスライドした。
「
「俺に客?」
――誰だ? 皆目見当もつかない。
「やっほ、
さくらの後ろから顔を覗かせたのは、以前世話になった
俺が使っている部屋は、元々、客間ということもあって押し入れにしまってある、折り畳みテーブルを部屋の中央に設置して、話を聞くことになった。
「どうぞ、粗茶ですけど」
「ありがと、
お茶と茶菓子を用意してくれた
「つまり......
「ええ、その通り」
「なんで、俺が......」
「初音島にもそれなりに人は居るけど、本島と比べるとやっぱり人材不足は否めないのよ。好き好んで離島へ来る保健医も少ないし、そこで、実務経験のある
「ボクは、大賛成だよー」
「じゃあ決まりですね。
「おい、ちょっと待て! 本人そっちのけで勝手に決めるなッ。そもそも俺は教員免許はおろか、まともな教育すら受けて来なかったただ旅人だぞ......! そんな人間に頼むか、普通」
ここまで言えば
「勉強なら、ボクが教えてあげるよー」
「私も教えられると思います。安心してください」
「教員免許、博士号を幾つも保有している
「はい、任せてくださいっ」
「にゃははっ。ボクは元学園長だよー」
いつの間にか事態は最悪の方向へ向かっていた。俺は必死で阻止にかかる。
「だから待てって!?」
「いいじゃないですか、別に悪い話じゃないと思いますよ。
「......あん?」
「もし人形劇が出来ないほどの病気になったら? 大ケガをしたら? 誰か頼れる身内の方は居ますか?」
「それは......」
痛いところを突かれた。父親は、物心ついた頃から居なかった。母親も俺に願いを託し、子どもの頃に人形に力を封じ込めて消えてしまった。
「............」
「黙る、と言うことは居ないんですね?」
俺に頼れる身寄りなんて――無いんだ。
翌日から、さくらと
保健教師は、正式には養護教諭と言うらしく、バイトの時と違い常勤となると免許が必要になるらしい。
そんな訳で、旅の計画は白紙撤廃無期限の延期となった。
更に勉強に集中するため、人形劇も週末の限られた短い時間のみ営業に......。
七月、八月と夏が過ぎ、九月に入ると、ロンドンの魔法学校を卒業した
そして、俺が高卒認定試験を受ける数ヵ月前――。
ここでひとつ注意しておかなければならないことが増えた。
その頃俺は、
そして、専門学校を卒業した翌年からは、非常勤養護教諭として風見学園に在籍し、
* * *
「あら、もうこんな時間。駐車場で
「ああ、じゃあな」
「おい、ウソだろ......!? はりまお、あとは頼む」
「あお? あんあんっ!」
俺は、はりまおに保健室を任せて飛び出した。
「
「あ、
正門付近でへたれこんでいる
「あ、ありがとう......」
「いや。それより、お前......」
「ちょっと立ちくらみしただけだから......大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
この時の俺は、まだ知らなかったんだ――。
気丈に振る舞う
アフターストーリー第一話ご拝読ありがとうございました!
※ヒロインは
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
家族 ~memories~
うだるような暑さの夏も過ぎ去り、肌寒さを感じるようになった秋の中頃。俺は毛布に包まれ、至福の時を過していた。
今日は休日だ、昼までゆっくり寝ていよう。
昨夜からそう思っていたが、外から聞こえてくる賑やかな声で目が覚めてしまった。掛け布団を羽織り直して寝返りを打つとほぼ同時に腹の虫が鳴いた。
「......起きるか」
睡眠欲も食欲には勝てなかった。
いつもと同じように布団を出て、顔を洗い、居間へ入る。居間には誰も居なかった。いつもは誰かしら居るが珍しいこともあるんだなと、そう思いながらテーブルに用意されているラップされた朝食をいただく。
――この味付けは......
初音島へ戻ってくる前は、殺人級の料理だったが。今では、
「あ、
「さくらか、どうしたんだ?」
普段外出する時は洋服が多いさくらだが、今日は珍しく着物を着ていた。
「今から、みんなで神社に行くんだよ。今日は
* * *
今俺は、
俺も二度ほど会ったことがある、確か――。
「じぃ~......」
「なんだよ?」
気がつくと、
「どうして白衣を着てるんですか?」
「私服は洗濯機。スーツはクリーニング中なんだ」
「はぁ~......、こまめに洗濯しないから」
「今日は、ゆっくりと英気を養う予定だったんだよ......」
「モノは言いようですね。結局、ぐうたらするつもりだったんでしょ?」
「お、そこにコンビニがあるじゃないか、食後のコーヒーでも買って行くか」
都合良くコンビニを見つけた俺は、
「久しぶりに入ったけど、最近のコンビニはなかなか侮れないな」
「ああ、惣菜なんかも本格的だぞ」
弁当も惣菜も種類豊富で学食に飽きた時なんかに利用するありがたい存在だ。何より登校前に寄れるのがいい、時間的に開店してるスーパーもないから便利だ。
「コンビニのお弁当ばかりじゃあ栄養偏りますよ?」
「仕方ないだろ? 自分で作る暇なんてないんだ」
俺は常にあと十分、あと五分と布団の中で時計と格闘している。仮に、極稀にすんなり起きたとしても自分で作る気は起きない。そもそも弁当箱もないからな。
「それなら
「ええ~、かったるーい。それにお弁当箱なくされそうだしぃ~」
「あ、おばあちゃーんっ」
島の北側、俺が初めて初音島に降り立った港。その船着き場に接岸したフェリーから、女性が手を振りながらゆっくりとタラップを降りて、初音島へ上陸した。
「お帰りなさい」
「ただいま、
「ああ、しばらく」
朝倉姉妹の祖母、そして
俺が彼女と会ったのは、
しかし、相変わらず品の良い婆さんだ。
「ただいま、兄さん」
「ああ......お帰り、
微笑みながら、いとおしそうに
* * *
「そう。
「うん、なんか祈祷とか色々することがあるんだって」
「そう言えば
三人が懐かしそうに家族の思い出話をしている一歩後ろを、俺は着いて歩く。これが家族と云うモノなのだろか、会話は途切れることなく続く。その話の最中、突然
「大丈夫? 重くないかな?」
「ん? ああ、大丈夫だ。気にするな」
右手に持つ紙袋と肩にかけている
「それより前を見てないと転けるぞ」
「そうだね、ありがとう」
注意をうながすと
「なんだ?」
「や、持つの手伝おうと思いまして。そっちの紙袋貸してください」
返事を待たずに右手に持つ紙袋を奪い取った
家族との日常を知らない、俺のために――。
神社で写真撮影をした後、俺と
「これで全部か?」
「はい、カレーの方は全部揃いました。あとは付け合わせの......」
「トンカツだな」
「......福神漬け」
付け合わせの福神漬けを探しに漬け物コーナーへ行く。ぬか漬け、浅漬け、梅干し、らっきょうと豊富な漬け物が並ぶ中、目当ての福神漬けを見つけた。
「あ、あった。普通の赤い福神漬け以外にもカレー用があるみたいですね、どっちにしますか?」
「もちろん赤だろ」
初音島を離れてから、兵庫県の野球場近くで食べたカレーに添えられた真っ赤な福神漬けを今でもよく覚えている。俺の中では、あれこそがザ・カレーだ。
「どうしたんですか?」
振り向いた
「ちょっと寄っていく。先に帰ってくれていいぞ」
「わかりました。じゃあ荷物持ちますよ」
「ああ、悪いな」
突然白衣の男がひとりで入店したせいか、注目を浴びてしまった。だが、こんなことで俺は動じない。普段から白衣で行動することが多いからもう慣れたもんだ。
ショーケースに色とりどりの洋菓子の中から、適当に見繕ってもらい、家へ帰る。
「あっ! く、
「
朝倉家の門前に出ていた
「なんだよ? おい......」
「いいから早く来て! お姉ちゃんがっ!」
「
ただならぬ様子の
「こっちです!」
とにかく二階へ上がり、家を出るまで使っていた
「
「あ、ああ......」
「何があったんだ?」
「急に気分が悪くなったみたいなの。熱はないから風邪じゃないみたいだけど。
「......あんたの方が経験豊富だろ?」
「原因がはっきりしない時は、複数人で診断するのが医療の基本でしょ」
「......わかった」
医療関係の仕事で世界中を飛び回っているんだから、いち養護教諭の俺なんかとは経験値が段違いだ。そんな
「
「あはは、みんな心配しすぎだよ~。ちょっと立ち眩みしただけなのに。ねぇー
そう言って
起き上がってベットを降りた
「
「うん、平気だよ、げんきげんき~。それより夕御飯のお買い物は?」
「あっ! 玄関に置きっぱなしで冷蔵庫に入れるの忘れてた......」
「もぅ弟くんってば、ちゃんと入れないと今の季節食中毒とか怖いんだからねっ?」
「今すぐ行ってくる!」
部屋を出ていった
最後まで部屋に残ったのは俺と
「どう
「まず妊娠はないな、隠す理由がない」
そんなめでたいことなら真っ先に
「たぶん、出産後の体質の変化とかじゃないか。よくあるんだよな?」
「ええ、個人差はあるけどね。
「私は、ずっとそばには居てあげられないから。
遥か年下の俺に丁寧に頭を下げる
* * *
「
「ゆきとさん、おかえりなさーいっ」
「あんあん!」
「
七五三の祝いから二ヶ月が経った十二月の中頃、風見学園から帰ってきたら居間のコタツでさくらと、さくらの膝の上に乗っかった
「どうして
「ちょっとね......。
「うんー」
膝から降りた
「
「そうか。なあ、一度医者に診てもらった方がいいんじゃないか? 今年に入ってもう三度目だぞ」
「それは
いつも
「さくらさん、ご迷惑かけてごめんなさい」
「にゃはは。全然、迷惑なんかじゃないよー。気をつけて帰ってね。
「はいはい、わかってますって。それじゃ、お休みなさい」
「うん、おやすみ~。
「ばいばーいっ」
帰宅した
「じゃあ私も帰ります」
少し遅れて玄関から出てきた
「うん。
「いえ、お粗末様です」
「
「は? 歩いて十歩だぞ」
「や、別に送ってもらわなくていいですよ。すぐそこですし」
「ダメダメ。女の子が、一人で夜道を歩くのは、とっても危険なんだからね! ほら、
さくらは、俺の背中をぐいっと勢いよく押し出すと、家の中に入ってしまった。直後――カチャッ! と金属音が鳴った。
「カギ掛けやがった!?」
『ちゃんと開けてあげるよ。
――意味不明だ。閉ざされた扉を見たまま俺は立ち尽くしてしまう。
「はぁ......、行きましょう。帰ればで済むんですから急いでください。それに、ちょうど話しておきたいこともありましたし......」
「は?」
「いいから早く来てください。寒いですっ」
くるっと背中を向けて歩き出した
「どうぞ」
「ああ、邪魔する」
――リビングで待っていてくださいと、
「お待たせしました」
リビングに入ってきた
「私とお姉ちゃんのアルバムです」
「ふーん、で?」
「......もう少し興味持てないんですか? はぁ~、まあいいです」
「お母さんです」
「だろうな。お前らに似てる」
それにしても、この部屋の雰囲気には見覚えがある。数年前の研修で幾度となく出入りをした部屋だ。
「病室、だよな?」
「......はい。お母さんは、水越病院に入院していました。ここから先はあまり思い出したくないんですけど......」
言い難そうに躊躇しながらも
新しい出会いと、辛い別れを経験した、小さな子どもの頃の話を――。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
宿命 ~breakthrough~
芳乃宅へ帰ってきた俺は、暗い部屋の布団の中で、うっすらと見える天井の木目を眺めながら、
『私のお母さんは、私が小さな子どもの頃に亡くなりました』
朝倉姉妹の母親の名前は――
そんな
そうまるで、今の
病院で検査を受け出された診断結果はよく聞く名の流行り病。しかし、処方された薬を飲んでも体調は回復せずそれどころか彼女の身体は徐々に蝕まれ衰弱していった。
そして、ある春の日、帰らぬ人となった。
「俺に、どうしろってんだよ......?」
思わず弱音が漏れた。
――だけど......、俺に何が出来るんだろうか?
布団から出て、洗面所で顔を流す。刺すように冷たい水で一気に目が覚めた。
十年以上前と比べたら医学は格段に進歩している。今なら別の要因がわかるかもしれないな。よし、明日話してみるか。
ただ、一つだけ気がかりなことがある。さくらの態度だ。......まあ、明日になればわかるだろう。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
* * *
深々と、桜が舞っていた。
冬にも関わらず舞う桜に違和感を感じつつ目を落とすと、地面を薄紅色に染めるほどの無数の花びらが降り積もり足元を覆っていた。
顔を上げる。目の前には、桜の大木が満開の花を咲かせていた。
――......いるのか? と俺は桜に問い掛けた。
すると、一瞬桜はざわついて静寂が訪れる、そして。
「やっほ、
背中越しから沈黙を破る軽い感じの挨拶。振り返る。
透き通るような白い肌に青く大きな瞳。腰まで伸びる綺麗なブロンドの長い髪の毛を大小二種類の黒いリボンで結って。まるで、おとぎ話の魔女を連想させる黒いマントを羽織った少女が、初めて出会った時と変わらない同じ姿で微笑んでいた。
「お前なぁ......。いつも唐突過ぎるんだよ」
「なによー、キミが呼んだんじゃない」
口を尖らせながら軽く頬を膨らませる。でもそれはすぐに戻って、懐かしそうに目を細めた。
「久しぶりね、
「ああ、そうだな、サクラ」
俺たちは短く再会の挨拶を交わして。さっそく本題に入った。
「キミがわたしに訊きたいことは
「ああ、話が早くて助かる。
「............」
黙ったまま、どこか険しい
「サクラ?」
「
「呪い? なんだよ、それ......」
「正直なところわたしが知ってるのは
「お役目?」
「そ。ずーっと昔からあるみたいだけど詳しいことは分からないわ」
「そうか......」
『呪い』に『お役目』か、これだけじゃ全体像が見えて来ないけど。サクラの話を聞く限り、医学でどうにかなる問題じゃなさそうだな。
「それにしてもお前にも分からないことがあるんだな」
「わたしだって、そんな昔から生きてるワケじゃないのよ。枯れて力を失ってた時期もあったんだから」
「それだよ。お前今、枯れてるよな?」
桜公園の枯れない桜は枯れて、ただの冬枯れの大木になっているハズだ。サクラは桜の前に移動して振り返る。
「それは、ここがキミの夢の中だから。あ、そろそろ時間ね」
サクラの姿がだんだんと透けていく。
「あ、おい! 結局、どうすればいいんだ!?」
「キミに任せるわ。
最後に一言言い残したサクラは光り輝き。俺の視界は白に包まれた。
「サクラッ!」
「わぁっ!」
小さな悲鳴と共に
ひとりと一匹を先に行かせ、布団をたたみ、顔を洗ってから居間へ向かう。こたつテーブルの上には、まるでパーティーのような色とりどりの豪華な料理が並んでいた。
「あ、おはよー。
「ああ、おはよ。すげぇー豪華な昼飯だな」
「昨日のお礼をしようと思って。えへへ~、ちょっとはりきりすぎっちゃった」
エプロン姿で取り皿を並べている
「なあ、
「ん? なにかな」
「......いや。箸取ってくれるか?」
「まだ全部出来てないよ? みんなも来てないし」
「朝飯食ってないんだよ」
「もう~、お休みだからってちゃんと起きないとダメなんだからね」
生活の乱れは心の乱れ......みたいなことを、人差し指をピンッと立てて説教を始めた。それでも箸を渡してくれるからありがたい。
――呪いか......。
本当に
* * *
「ここが
「うん、そうみたいだね」
12月下旬。俺とさくらは初音島を出て朝倉姉妹の母、
まるで寺の入り口にありそうな山門を潜ると純日本家屋の屋敷へと続く姿を石畳の通路が姿を現した。
「デカイな......」
「さすが古来から続く魔法使いの名家だね~」
なぜ俺たちが朝倉姉妹の母親の実家に来ているのかと言うと、
玄関横の呼び鈴を鳴らす。一呼吸おいて着物を着た家政婦が応対してくれた。彼女の後に続いて縁側歩く。広い中庭は隅々まで手入れが行き届き、池には鯉が泳いでいた。
「こちらです。お客様がおいでくださいました」
家政婦は、膝を下ろし障子戸の声をかける「ありがとう。通してくれ」と中から年老いた男の返事。障子戸を開いた家政婦は頭を下げ、俺たちに入るよう促した。
「お邪魔します」
「邪魔する」
「いらっしゃい。遠路はるばるよくお越しくださいました」
俺たちが客間へ入ると、
「
「にゃはは、全然迷惑なんかじゃないよー」
さくらに深々と頭を下げた爺さんは――姉妹の母親
「なにかあったのか?」
「うん、ちょっとねぇー。
「ああ、そうだったな」
俺は
「この娘が
「うん。
「......そうですか」
爺さんはアルバムを閉じると噛み締めるようにしばらくの間、目を閉じていた。
「それで私に訊きたいこととは
「ああ、そうだ。教えてくれ」
* * *
葛木の生家を後にした俺とさくらは、最寄りの駅のベンチに座って電車が到着するのを待っている。
「結局、解決策は見つからなかったな」
「うん、そうだね......。ボクが考えていた以上に強固で根深い問題だよ」
爺さんから聞いた『
葛木家は古来から日本各地に存在する自然的力の暴走を監視する、監視者の家柄だった。
元々は、ひとつの土地に留まらない旅の巫女で問題の起こった地域で不思議な力を使い問題を収めてきた。
ある日、強大な力を持つ邪悪な『鬼』が村を襲い封印した。その鬼が復活しないようにその地に留まったのが、今の葛木の生家。
そして、その鬼を封じ込めた先が巫女の身体だった。
その後、鬼は、代々『お役目』と呼ばれる葛城一族の正当後継者(女性)の身体を
鬼の力は憑依した宿主に強大な力を貸し与え、引き換えに徐々に身体を蝕んでいく。けど、それは宿主本人の魔力でのみ抑え込むことが出来るらしいのだが――。
「......おとぎ話もいいところだな。だけど、マジなんだろ......?」
「......うん。ボクたち魔法使いの魔力の源は思いの力。魔法は愛情が芽生えると少しずつ魔力が弱まっていくんだ」
巫女と言っても一歩役目を離れれば普通の人だ、当然恋もする。好きな人が出来て、結婚して、子どもを授かれば自身の命と引き換えになると知りながらも自然と愛情を注いでしまう。
その結果400年以上も途切れることなくお役目は引き継がれ、災いをもたらす邪悪な鬼とやらは解き放たれることなく封じられたままでいた、皮肉な話だ。
「なにか方法ないのか?」
さくらは首を横に振った。まあ、あればすぐにでもやってるよな。解決策がないから
――それじゃあまるで、
「え?」
「いや、なんでもない......」
無意識に声に出してしまったらしい。
俺はいつの間にか
アイツも自分の宿命を受け入れ最期の時まで強く生きた。俺に出来たことは、ただ最期まで見届けることだけだった。
「さくら。お前は先に帰ってろ」
「
俺は
* * *
インターフォンを押すと反応はすぐあった。アパートの一室の玄関が開いて、
「どちらさま......って、
「よう。
年末。一週間ぶりに初音島へ帰ってきた俺は世話になっている芳乃家には戻らず、
「
「ああ、あとで話す。それより『
「......そっか、知ってるんだね。全部......」
「今のまま鬼を身体に宿し続ければそう遠くない未来に、お前は死ぬんだろ?」
「――
今まで口に出そうとしなかった『死』と言う言葉を聞き、血相を変えて間に入ろうとした
「後悔はないのか?」
「......後悔はないよ。覚悟もしてる、自分たちで選んだ未来だから......」
ずれたタオルケットをかけ直し、気持ち良さそうに眠る
「結婚、妊娠、出産、
「
「弟くん......」
「感傷に浸っているところ悪いが、俺はお前を死なせるつもりはないぞ」
「え?」
「......
「これを見ろ」
蛇に睨まれた蛙のように固まった二人を尻目に俺は、見るからに脆く古ぼけた二冊の古文書をテーブルに置いた。
「......よ、読めない。
「どれ? えーっと、つばさ、ひと......」
「
「
「
俺は頷いて答え、付箋をしておいたページを開いて読み上げる。
「このページのこの行にはこう書いてある。『現世で生きる最期の
「身体を蝕む?
もう一つの方は関係ないから飛ばし、もう一冊の古文書を開いて置いた。
「ここからが重要だ。いいか良く聞け」
「『
本を閉じて、
「
「そうだよ、
もう一度愛娘の
「......私に出来るのかな?」
「ああ、絶対に出来るさ。だってお前は『正義の魔法使い』なんだろ?」
「......うん、うんっ。私、がんばってみるよっ」
* * *
「弟くん、おじいちゃん、
フェリー乗り場で二人に頭を下げた
「さくらさん、
「ボクたちに任せてー」
「わかってる。もし新学期までに俺が帰って来なかったら」
「はい、保健室は任せてください。私、保健委員でしたし」
「ああ、頼むな」
いつかと同じように頭に手を置く。
「ちょっと髪乱れるじゃないですかっ」
「にゃははっ。
手を退けると
「さくら、
一足先にタラップまで行っている
「だってよ。ほら、行くぞ」
「ええ~っ、まだ撫でてもらってないよ~」
さくらをスルーして
乗客が全員乗船するとフェリーは汽笛を鳴らして、定刻通り港から少しずつ離れて行く。
「ママ~っ、いってらっしゃーい」
「行ってきまーす!」
「私も
客室に戻ってきた
「俺なんてまだまだだぞ。俺の母親は楽器を弾きながら、三体以上の人形と幾つもの小道具を同時に動かして人形劇をしてたからな」
「それはスゴいねっ」
「ところで
「ああ、そうだな......」
リュックから地図を取り出す。
「初音島はここだろ」
「うん」
「本島の港からバスに乗って、今度は電車でまたバス。で最後に山道を5キロくらい歩く。そうだな、夕方前に着ければ御の字だな」
「結構かかるんだね。
「はい、大丈夫ですよ。それに私、実はわくわくしてるんです。風見学園を卒業して魔法学校に留学する時みたいで......」
そう言うと
「好奇心や探求心だね」
「はいっ」
「どうでもいいけど、休める時に休んでおけよ。先は長いんだからな」
持ってきたタオルを枕に俺は横になった。
正直、これで
――大丈夫だ、必ず上手くいく。
そう自分に言い聞かせて、俺は目を閉じた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
帰宅 ~resolution~
初音島に帰ってきた俺の目の前には、異様な光景が広がっていた。放課後の風見学園の廊下には一部を覆い尽くすように黒い固まりが列をなし、妙な熱気と湿気が漂っている。それらを避けるように歩いて行くと、黒い固まりの出所は目的地の保健室へと続いていた。列をなす反対側のドアをスライドさせて、保健室の中に入る。
「はい、もういいですよ。気をつけてくださいね」
「うッス、ありがとうございますッ!」
丸椅子から立ち上がった一人の男子生徒は姿勢を正し、床と平行に90度頭を下げ、ギクシャクした歩き方で保健室を出て行った。奇妙に思いながらも頭を下げた先にいた白衣姿の女性――
「おい」
「ちょっと待って......って、
下校時間を待って商店街へ移動。
「じゃあ、お姉ちゃんとさくらさんはまだ、お寺で修行しているんですね」
「ああ、俺が教えられることもないし。修行中の世話してくれる巫女さんも5、6人居るから大丈夫だってさ」
ひと月の間、代理で保健医を務めてくれた
* * *
今から一月と数日前――。
初音島からフェリー、バス、電車と乗り継いでスマホの地図アプリを頼りに山道を二時間ほど歩き。オレンジ色の日が沈みきる前に目的地の山寺――
「悪いな、住職。またしばらく厄介になる」
「うむ、話は聞いておる。我々も及ばずながら助力しよう」
住職は畳の上で膝を畳んで落ち着け、
「よく、お越しくださいました。見ての通り不便なところで申し訳ないですが」
「いえ、そんな。私たちの方こそ宿泊させていただけるだけで......」
その後俺たちは、それぞれの部屋へ案内してもらってから早めの夕食を済ませた。先日と同じく精進料理かと思いきや、
「
「ああ、この寺は俺がガキの頃に世話になっていた寺なんだ」
物心がついた頃にはもう、この寺で生活していた。数年後、母を名乗る女性が迎えに来た。
そして彼女に着いていくことを決めた俺の長い旅が始まった。母との旅は一年ほどの短い期間だったが、空に居る少女の話、
「子どもの頃は知らなかったけど、この寺には俺たちが寝泊まりする寺以外に、もう一つ古い社があったんだ」
部屋を出た俺たちは靴に履き替えて、寺の裏側へ回る。すると更に山の中へと続く道が現れた。入り口には柵があり、番人をしている僧侶が身構えろ。
「......
「ああ、コイツを早めに戻しておきたいんだ」
二冊の翼人伝を見せると「そうですか、わかりました。ご案内致します」と僧侶は頷いて、先導してくれる。
十年前、初音島を離れ翼人の手がかりを探していた俺は、この寺に辿り着いた。俗に言う灯台もと暗しってヤツだった。
「
「うん」
「このくらいだいじょ~......うにゃっ!? い、いたい......」
「ったく、言ったそばからかよ」
「さ、さくらさんっ、大丈夫ですかっ?」
茂みに足を取られたさくらが盛大にずっこけた。手を貸して起こし先へ進む。五分ほど石段を上ると開けた場所に出た。
そこに鎮座する今は使われていない
「こちらへ。強風が吹くと瓦などが落ちることがあります故」
僧侶に従い古社を迂回して裏手へ回ると石段の先に洞窟が現れた。僧侶は数歩横へ移動し道を開けた。
「それでは私は、こちらでお待ちしております......」
「いや、大丈夫だ」
それぞれ持参した懐中電灯を見せる。僧侶は「そうですか。それではお気をつけ下さい」と頭を下げ来た道を戻っていた。
俺たちは懐中電灯を点して、雲ひとつない夜空に輝く月の光さえも届かない暗闇の洞窟へ向かって歩きだした。
「真っ暗だね~」
「幽霊が出るかもな」
「......うぅっ!? く、くく、くに、
――自分で連呼してるじゃないか。
慌てふためく
「着いたぞ」
「ここ......。
「なにも感じません! なにも見えません!」
「目をつむってるからだろ」
とりあえずツッコミを入れてからランタン型の懐中電灯を点し、
しばらくして落ち着きを取り戻した
「ここ......、スゴい力を感じます」
「うん、きっとスゴい力を持った人が生活してたんだと思う」
「その通りです」突然聞こえた俺たち以外の声。警戒しながら懐中電灯を向けると、声の主は住職だった。
「なんだ爺さんか、脅かすなよ......」
「びっくりしたよ~」
「驚かせて申し訳ない。あなた方が
住職は奥の収納棚にある小型パイプ椅子四つ用意して座るように促した。俺とさくらは座ったが、
「
不思議に思ったさくらが目の前で手を数回動かしても、
「う~ん、気絶してるみたいだね」
「おい、爺さん」
「いや、本当に申し訳ない」
「キミは、どう感じるかね?」
「
数年前、そして先日と、翼人伝を取りにここへ来た時も同じ感覚を持った。魔法使いのさくらたちとも俺の方術ともまったく違う力を感じる。けど、ただ強力な力と云うわけではなく、とても純粋で清らかな感じだ。
「うむ、やはりいい感性を持っている。そう、この洞窟に
「
「はい、その通りです。これをご覧ください」
人の姿を安易に型どった白い紙を大きめな石の上に置いた住職は、紙人形を軽く指で触れるとすっと立ち上がって石の上を歩き出した。
「
「はい、少しだけ。私には
住職は拾い上げた紙人形を
「あっ......」
「この紙人形は少なからず方術を使える者が触れると動く仕組みとなっております。しかし、これほど滑らかに動くことは稀です。
翌朝から始まった修業は、座禅・瞑想を始めとした普通の禅修業のように思えたが、こういった地道なことが重要になるらしい。
地道な修業からひと月。初めて紙人形――式紙を使っての修業に
「あの調子でいけば、たぶん、あと半年も掛からないんじゃないか」
「そうですか。それでお姉ちゃん、体調の方は......?」
修業のことより、むしろこっちが本命だろうな。
「体調不良にはならなかったぞ。さくらの考えだと、あの土地の強力な霊力で鬼の呪いを封じ込めてるんじゃないかってさ」
「そっか、よかった......」
400年苦しみを与え続けてきた鬼も、1000年を優に越える歴史を持つ翼人の力には敵わないってことかもな。少し強ばっていた
「おお、そうだ。土産があったんだよ、ほら」
「ありがとうございます。なんですか、これ?」
「名物の鬼殺し饅頭だ、縁起良いだろ」
「......もう少し気の利いたお土産なかったんですか?」
せっかく買ってきてやったのに贅沢な奴だ。本島のフェリー乗り場で買ったヤツだけど。
「じゃあ、なにが良かったんだよ? アホみたいに高いモノじゃなければ買ってやるぞ」
なにか目当ての店でもあったのか
「なんだ?」
「な、なんでもないですっ、ごちそうさまでしたっ。さあ帰りましょう!」
慌てて席を立った
* * *
そして、季節は巡り春。
新しい出会いと別れの季節。
始まりを告げる季節、初音島にも一年ぶりに桜が咲いた、そんな四月の始めのこと。寺での修業を終えた
「ママーっ!」
「ただいま、
フェリーから降りてきた
「
「あっ、弟くんっ」
「どう? 大丈夫なの?」
「見ててね」
ベンチに寝かせた人形がひょこっと立ち上がり歩き出した。しかも、ただ歩くだけじゃない。ギミックの刀を抜き
「わっ、お姉ちゃんすごいね。ねぇ、
「うんっ、かっこいい~」
「えへへ~」
妹と愛娘に褒められて得意気に胸を張った。その様子に
「さくら、どうなんだ......?」
「バッチリだよーっ。鬼の呪いは
「それ大丈夫か?」
さくらは笑った。
あの地域、特にあの洞窟は翼人が住んでいたからなのか、自然と強力な霊力が集まるらしく。あと100年もすれば封じ込めた鬼も完全に力を失い自然消滅する見込みと言う話だ。
「でも、
「え、そうなのか?」
「うん、正確には“和菓子を出す魔法”以外をだけどね」
鬼は命を蝕む反面、宿主に魔力を与えてくれていた。その鬼を封じ込めたため恩恵の方も受けられなくなったらしい。和菓子の方は『お役目』を継ぐ前から使えたから影響が無かったそうだが。
――まあ、何はともあれ......。
「これで終わったんだな」
「うん。でも念には念を入れて、大きくなったら
「まあ、それが正解なんだろうけど......」
心からの笑顔で話している
これから先、例えなにが起きたとしても
そして、俺の中で、ある家族の姿が思い浮かんだ――。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
旅 ~whereabouts~
穏やかな春が過ぎ、長雨が続くじめじめした梅雨の季節の六月末日。俺はいつも通り風見学園の保健室で机に向かい、備品や薬品の在庫を確認しながら発注書をチェックしているのだが......。
「もうすぐ七夕だね」
「ああ~、そう言えばそうね」
「一年に一度だけ愛する人との再会出来る日なんて、ロマンチックだよねー」
背中から聞こえてくる女子の話し声。ふた月ほど前新年度四月の終わり頃から、昼休みになると付属の新入生の女子二人が頻繁に保健室へ来るようになった。ペンを置いて、足で床を軽く蹴り椅子を彼女たちへ回転させて二人に顔を向ける。
「お前らなぁ、昼飯食い終わったなら教室に戻れよ」
「いいじゃないですかー。ここでしかゆっくり出来ないんですもん」
「あはは、
「それはあなたもでしょ、シャルル」
そして、
初めてコイツを見た時驚愕したことをよく覚えている。青く済んだ大きな目、整った顔立ち、背中まで伸びるブロンドヘアーを大小二つのリボンで結った姿は、俺がよく知る人物、サクラの容姿と瓜二つだったからだ。だが、
「仕方ないな、予鈴が鳴るまでだぞ」
「はーいっ」
二人揃っての元気な返事が返ってきた。机に向き直して、ノートパソコンを立ち上げる。配布物を作るためキーボードを叩いて文章を打っていると、シャルルが覗き込んで来た。
「今は、何を作ってるんですか?」
「プリント、夏場恒例の食中毒に気をつけろってヤツ」
「へぇー、保健の先生ってこういうのも作るんですね」
「まーな」
と、言ったものの。ほとんどが前任の
「それと前から気になってたんですけど、このお人形は?」
「それ、わたしも気になってたわ。先生のキャラと合ってないし」
「平安時代のお姫様って感じだよね」
「コイツか」
「わぁっ、立った!」
机に座らせてある人形に意識を送り、舞いを踊らせる。
シャルルが人形を見て言った平安時代のお姫様――。俺の人形はシンプルな物だったが今年の春、
きっかけは、
長い髪に小さな鈴付きの髪飾り。衣装は巫女装束の上に桃色の着物と豪華な作りで背中の翼も体ほど大きく真っ白な物に取り替えられていた。さすがにやり過ぎだろうと元に戻そうとしたが、
「えいっ! あ、あれ?」
ひとりでに動く人形の頭に手をかざした
「不思議。仕掛けはないみたい。どうやって動いてたんだろう?」
「フッ......、それはな――」
「魔法よ!」
教えてやろうと思ったところで、
「やっぱり、魔法はあったんだわ! 前世の記憶も本物なのよ!」
「おーい、りっかー、帰ってこーい」
可哀想な物を見るような目で
「運命の恋人ねー」
「なによ~」
「別にぃ~、あたしにはタカくんが居るしっ」
「タカくんって、その子弟なんでしょ?」
「愛し合う二人には些細なことなんですー」
姉弟の禁断の関係かと思いきや、実際はシャルルの従姉弟らしい。お互いの恋愛観を言い合っていた二人が突如、示し会わせたように同時に俺を見る。何か嫌な予感がした直後、昼休みの終わりをチャイムが鳴り響いた。
「ほら、予鈴鳴ったぞ」
「ええ~っ、先生の恋ばな聞きたかったのに~っ」
「ざんね~ん、追求はまた今度だね。行こう
「はいはーい。じゃあ、
シャルルと
それにしても『恋ばな』ね。最近の子どもはませてるな。そんなことを思いながらプリントの作成に戻った。
* * *
七月七日、七夕の夜。
芳乃家では、七夕パーティが開かれていた。ななかや
「日本酒は、飲めるかい?」
「何でもいけるぞ」
「ははは、それはよかった」
リビングで酒が注がれたグラスを合わせる。ぶつかり合ったグラスがガラス特有の小気味良い音を奏でた。ひとくち口へ運ぶと、今までに呑んだことのない味と香りが口の中一杯に広がって抜けていく。
「......うまい。これ高いんじゃないか?」
「ふふっ、とっておきの一本さ」
「いいのかよ?」
「お、おい......!」
「改めてと礼を言わせて欲しい、
「止めろよ、
俺だって、
まあ、そんなことを説いても納得しそうにない。だから俺は、まだ半分ほど残っている
「じゃあ、酒に付き合ってくれ。身近に飲めるヤツがいないんだ」
実際酒の付き合いがあるのは、
「
「飲まないなら、俺が全部飲んじまうぞ? このとっておきを」
瓶を持ち上げる。
「ふぅ......。よし、今日は朝まで飲もう」
「おいおい、
「知らん! さあ
グラスが空になる度酒を酌み交わし。小一時間ほどが経った午後9時過ぎ廊下にある電話が鳴った。「ちょっと出てくる」と
「どうした?」
戻ってきた
「......
電話の相手は、
「ただの流行病らしいが、俺たちも歳だからな」
もの悲しそうな表情、哀愁さえ感じる。
「なあ、
「しかし、な......」
顔を上げた先には朝倉家の家族写真が幾つも飾られていた。その内の一つ、
「大丈夫だ、あいつは......
自虐的に笑って見せる。
「何してるんだ?」
「いや、アメリカ行きの航空券に空きがないかと思ってね」
「そっか......」
翌朝、
「お兄ちゃん......」
「そんな
「......うんっ、ボクに任せて! ね、はりまおっ?」
「あんあん!」
さくらと話をしている間に出航の時間が迫ってきた。スーツケースを転がしてタラップへ歩いていた足が止まって、俺を呼んだ。
「すまない、スーツケースを持ち上げるのを手伝ってくれるかい?」
「ああ、いいぞ」
隣へ行ってスーツケースをフェリーに乗せる。降りようとした時、
「ひいおじいちゃん、いつかえってくるの?」
「お正月にみんなで帰って来るって。だから良い子にしてようね、
「うんー」
海を行くフェリーが見えなくなったところで、
「行っちゃいましたね」
「そうだな。さあ帰るぞ、朝飯食ったら今日も学校だ」
「あっ、待ってくださいよっ」
さくらたちにも声を掛けて家路を歩く。
「おじいちゃんと、なにを話していたんですか?」
「ああー、正月に帰ってきたら雪見酒で一杯やろうってな」
「はぁ~......、まったくっ」
――飲み過ぎて血圧上がっても知らないんだから! とブツブツ小言を言う
俺は本当の話を教えなかった。この時は何となく話さない方がいいんじゃないかって思ったんだ。
* * *
八月中旬。俺はまた、港に居た。
今回は、
「
「うん。私、用事があるから」
「俺も休み中にしておきたいことがある。お前たちで楽しんでこい」
「そう」
「
「ママーっ」
「はーいっ」
先にデッキに上がった
「
「ちょっとな。お前こそどうなんだよ?」
「や、別に無いですよ」
「は?」
「まあ、強いて言うなら
「そ、そんなことないぞ......?」
――.行動パターンが読まれてる。顔を背けて変に疑問系で返した俺に、
「ハァ、図星ですね。ほら、夕食の買い物していきますよ!」
「あ、おい、ちょっと待て......!」
強引に腕を引っ張られ連行されてしまった。結局、商店街でショップを見て回り(振り回された)昼は外食で済ませ、スーパーで夜飯の食材を買って家へ帰った。
「ごちそうさまでした......」
「おそまつさまです。じゃあ私は食器を片付けてきます」
「悪いな」
俺は居間を出て部屋に戻る。真夏と云うことでまだ外は明るい。でも調べものをするには少々心もとない、部屋の明かりをつけて棚から目当ての地図を取りだし。組み立てた簡易テーブルの上に広げる。
「あれから、七年か......」
七年前、初音島に帰ってきた年の夏。
「ここからだと、フェリーで本島まで行って......」
「
「ん? どうした」
軽いノックあと、返事も聞かずに
「スマホ、テーブルに置きっぱなしでしたよ。はい」
「サンキュー、ちょうど使いたいところだったんだ」
受け取ったスマホで時刻表を調べる。朝一で出れば昼過ぎには着けるか。メモに、船・電車・バスの時刻を書き込んでいると視線を感じた。顔を上げる。
俺と向かい合う形で座っている
「どこか行くんですか?」
「ああ、ちょっとな」
「ふーん」
「別に遊びに行くわけじゃないぞ」
「や、別に私には関係ないですからっ」
そう言ったわりには、思いきり不機嫌そうにぷいっと顔を背けた。ま、長い盆休みをひとりで過ごせってのも酷か。それにあの時の借りを返す機会でもある。
「お前も、一緒に行くか?」
「――えっ?」
「予め言っておくが、本当に楽しい
翌朝、家の戸締まりをしっかりと確認してから敷地を出る。隣の家の玄関で待っていた
「
「そんなに慌てなくても、まだ十分間に合う」
朝一の便に乗るため朝飯はコンビニで調達して、港へ向かう。フェリーの中で朝飯を済ませ、俺たちは本島へ降り立った。
家を出た時はまだ低い位置にあった太陽も高く登り、焼くような陽射しを地上へ降り注ぎ、アスファルトに反射した熱で陽炎が揺れている。
――もう夏だな......。
「
「ああ、大丈夫だ。さあ、行くぞ」
ぽんっと、
そして、俺たちは歩き出した。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
終着点 ~reunion~
「それで、どこへ行くんですか?」
「ここ」
菓子を食べながら訊いてきた
「特別観光地って訳じゃないんですね」
「普通の田舎だ。だから言っただろ? 面白くないって」
肘掛けに肘を置いて頬杖を突き車窓へ顔を向ける。都会、地方都市、郊外、市街地と進む度に少しずつ姿を変えていく景色を眺める。
昼前に乗り換えの駅に到着。電車は乗り換えずに駅周辺の食事処で少し早い昼飯を食べることにした。
「うまい!」
「あっ、ほんとおいしい~っ」
「やっぱ違う土地へ来たら地元の物を食う。これが旅の醍醐味だよな」
「ですね。ところで、あとどのくらいかかるんですか?」
「そうだな......」
箸を置いてメモしておいた電車とバスの時刻、待ち時間を計算しておおよその到着時刻を割り出し、今の時刻を照らし合わせて逆算する。
「あと二、三時間ってところだな」
「思ったよりもかかるんですね」
「ローカル線だから鈍行しか運行してないんだよ」
事前に調べたけど、目的地へは快速や特急が走ってる反対方向から目指すことも出来る。だが一度、大都市を経由することになるため移動距離的にはかなり遠回りになる。それにどっちを通っても結局、到着時刻はどっこいどっこいだった。
「や、別に不満とかじゃですよ。景色もキレイで飽きないし」
「そうかよ。発車までしばらく時間もあるし、これ食い終わったら、商店街で買い物でもしていくか?」
「あ、はい。この辺りの銘菓ってなんだろう?」
食事処を出てた俺たちは、しばし商店街で買い物をして発車時刻に合わせて駅へと向かう。ここからはまた長い電車移動だ。
電車に乗ってしばらく人通りのある住宅街を移動していた車窓の景色は、やがて田園風景に変わった。均一に区切られた升目の田んぼで鮮やかな緑の葉が風に吹かれ揺れている。
空にいる少女を探して旅をしていた頃によく見た懐かしい風景。
「
「すぅすぅ......」
突然、肩に感じた重み。
朝からテンションが高かったから疲れたのか隣に座っていた
「しょうがないなヤツだな。ほら、風邪引くぞ......」
夏場とはいえ電車内は冷房が効いていささか肌寒い。起こさないように荷物から上着を出して、
* * *
「あっ!
「別に珍しくもないだろ」
終点で電車からバスに乗り換えての移動。
バス停を出て山道を走っていた市営バスは海沿いの道へ出た。真夏の太陽が青い海をより青く見せる。波間に反射した日差しに照らされ、海はまるで宝石を散りばめたかの様にキラキラと白く輝きを放っていた。だが、そんな
「もう~、わかってないなー。出掛けた先で見るからいいんじゃないですか」
「どこで見ても同じだろ」
「全然違います! それにどこでじゃなくて......」
『後乗車ありがとうございます。次は――』
何かを言いかけた
「なんだよ?」
「はぁ、なんでもないです。ほら、次のバス停で降りるんでしょ? 荷物持ってくださいっ」
停車ボタンを押した
「ど田舎だ......」
地面に降り立つと思わず心の声が溢れた。
遠ざかってゆくバスのエンジン音、蝉時雨、浜風に乗って微かに香る潮の匂い。バス停横に植えられたいくつもの向日葵は大輪の花は太陽に向かって咲いている。
青く澄んだ空、どこまでも続く青空に一筋の飛行機雲が白いラインを描いていた。
高台にあるバス停から見下ろす町並み。
目の前には、記憶の中と変わらない景色が広がっている。
――あの日と同じだ......。
「あつーい......」
いや、今日は
一瞬見入ってしまいそうになったところで、足元に置いたバックから商店街で買っておいた日傘を開いて差し出す。
「ほら、日傘」
「ありがとうございます。あの、そろそろ教えてくれませんか?」
「この町はな、俺の――」
――永遠のように思えた。長い、長い旅の終着点。
荷物を持って、バス停から町へと続く階段を一歩一歩踏み外さないように降りる。
「それで、どうするんですか?」
「先ずは、商店街に行く。買いたいものがあるんだ」
真っ昼間にも関わらず車通りも疎らな商店街。それでも、スーパーを始めたとした食料品店、飲食店、本屋、診療所もある。都会暮らしをしている奴には物足りないかもしれないが、普通に暮らすには十分な町だ。
「ありがとうございましたーっ」
「
「はい、いいですよ」
花屋で買った花束を
「ちょっと待ってくれ」
一緒に歩く
「何ですか? そのジュース」
「どろり濃厚ピーチ味だ」
「......おいしいんですか?」
普通の清涼飲料ではありえない前代未聞の『果汁400%』と記載されているジュースに怪訝な眼差しを向けている。
「そうだな、一言で言うなら......カネを貰っても飲まん」
「なんで、そんなジュースを......?」
「世の中には変わったヤツが居るのさ。さあ行くぞ、もう少しだ」
お喋りを止めて、海から真っ直ぐ延びる坂道を上る。
そして――。
「ここだ」
ある平屋建ての一軒家の前で立ち止まった俺は表札を確認してから敷地に入り、玄関の前でいったん持っている荷物を下ろす。
「ここが
「ああ、この
ひとつ大きく深呼吸をして呼び鈴を鳴らす。少しの間があってから「はーい、ちょっと待ってやー」と返事が聞こえた。玄関の曇りガラスに人影が写る。
そして、横開きの玄関が開いて。
長い髪を頭の後ろで束ねた喪服姿の女性が出てきた。
「どちらさん――あんた......!?」
「よう、久しぶりだな。
「......立ち話もなんや、とりあえず上がり」と、この家の家主――
――遅くなって悪かったな......。
目を閉じて、心の中で話しかける。
「挨拶は済んだか?」
ちょうど報告を終えたところに、背後から
「そうか......。ほな、飲もかっ!」
「は?」
「え?」
台詞の前後半で人が変わったかのようなハイテンションな声に思わず俺たちは振り向いた。すると、短パンに白いキャミソールと涼しげな部屋着に着替えた
「この酒、旨いなぁ。あんたも気ぃ効くようなったんやな~」
しみじみ言いながら、なみなみに注がれた酒を一気に飲み干す。これで四杯目だ
「飲みすぎると身体に毒だぞ」
「あほぅ。こんな旨いもん飲まん方が身体に毒やっ。ほら居候、あんたも飲まんかいっ」
「おい、溢れただろ」
危うくテーブルに置いてあるスマホが水没するところだった。
「そない細かいこと気にすんなやっ、男やろ? 付いとるんやろ!?」
「......何してるんですか?」
白い目で見られた。
「はぁ~......。はい、晩ごはんとおつまみ出来ました、テーブル片してください」
冷たい声に俺と
「ごっつうまっ! こない旨い酒ひさびさやー。ほらあんたも飲みぃ、うちの奢りや」
「えっと、私たちそろそろ......」
「なんや、もう帰るんか?」
「宿を探さないといけないんだ」
酒に付き合っていたおかげで外はもう日暮れだ。長居しすぎたため日帰りには難しい時間だ。この町に民宿でもあればいいが、無かったら大きな街まで戻る必要がある。
「なんやそんなことかいな。そんなん
「勝手にやってろ」
「あ、あはは......」
絶好調な家主が主導権を握り夜は更けていった。
「居候だったあんたが医者とはなぁ......」
「医者じゃない。ただの養護教師だ」
「どっちも似たようなもんやないか。世の中分からんもんやな」
時刻は午前1時を回り
「あんた、どこで
「......俺は、ずっと見ていた。あんたと
「はぁ? 見てたってあんた、うちが帰ってきた時には居なくなってやないか?」
「あの時の俺は、カラスだったからな」
七年前の夏。この港町にたどり着いた俺は、この神尾の家で厄介になっていた。
そして、
母親から聞いた少女の特徴「昔へと遡る夢を見る」「全てを忘れていく」「あるはずの無い痛みを感じるようになる」「最後の夢を見終わった朝、その子は死んでしまう」
でも。どうすることも出来ない自分の無力さ知った俺は、せめて最後まで見届けると誓った。
その時だ――。
ずっと一緒に旅をしてきた人形が、まばゆい輝きを放った。そして次の瞬間どういう訳かカラスに姿を変えた俺は、
そして、最期の時を見届け。空に想いを届けた俺は、初音島の枯れない桜で目を覚ました。
「......
二人しか知り得ない話を聞いた
「って、うちの目ぇ突いたんはお前かー! 危うく失明するとこやったやないか!」
「ちゃんと詫びを持ってきたじゃないか」
持ってきた酒を、
「まぁ、ええわ。この旨い酒に免じて許したる。ほな、湿っぽい話しぃはここまでにしよ。さあ、続きいくでー! 次は本日のメインコーナー、エロティックな思い出告白のコーナーやー! 飲むのと話すのどっちがええ?」
「どっちも嫌だ、一人でやってろ」
「なら全裸で裏庭行って『マスター・オブ・裏庭』退治して来んかーい!」
「飲む......」
「あんたイヤらしいな~、うちのエロティックな話し聞きたいねんなぁ、男はみーんなケダモノやー。ほな始めるでー」
聞きたくも無い話を永遠と聞かされ続け、外も明るくなり始めた午前4時過ぎ。
「ところで居候。あんた、あの子と一緒になるんか?」
「あの子?
「せや、
「あの子、あんたのこと好きやで。それもここ最近の話しやないな。きっと何年も前からや」
「......どうして、そんなことわかるんだよ?」
「あほぅ。うちも女や、そないなことくらいわかる。健気なところがうちにそっくりやっ」
「ウソつけ」
無言のまま睨み合う。
「えらい遠くからこんな
「............」
「黙るゆーことは、あんたもまんざらやなんやろ。あんな気立ての良い子そうそうおらへん。ちゃんと答え出したらな――」
このあと
初音島に戻ってからそのほとんどの時間を、俺は
長い時間を思い返していたんだ――。
* * *
「お世話になりました」
「ええねん、また遊びにきぃや。いつでも歓迎するで」
「はい、ありがとうございます」
あの後、すぐ寝てしまった俺は昼前に目を覚ました。テーブルに朝飯が用意されていただけで、
とりあえず飯を食べて待っていると二人が帰ってきた。二人は商店街で土産を選んでいたらしい。
「じゃあな
「わかっとるわい。そや、ちょっと待っとき」
「これ、あんたのやろ?」
「ああ、俺のバッグだ。取っておいてくれたのか......」
「せや、いつ戻って来るか分からへんかったけどな。感謝しいや」
「ああ、ありがとな」
肩にかけて礼を言う。
「けど、あんたの人形どっかいってしもうて......。堪忍な、ごめんやでっ」
申し訳なさそうに手を合わせて謝る
「いや、いいんだ。ほら」
「なんや新しいのあったんかいな。しかも、ずいぶんと可愛らしいなぁ。似合わへんで」
「ほっとけ!」
そんなの自分でもよくわかってる。
「あはは! ウソやウソ、冗談や!」
大笑いをしていた
「うち、男を見る目はあるつもりや。初めてあんた見たときは、ようわからんヤツやったけど。あんた、ええ男になったわ」
「
――幸せにならなアカンで......。
最後にそう言って送り出してくれた
そして見えなくなるまで手を振って見送ってくれた
――また会いに来る、と俺は約束をした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
夜空 ~propose~
「豪快な
「ああ、相変わらずだ。それより土産は何にしたんだ?」
「えっ? あ、はい......実は、ピンっと来る物が見つからなかったんで、他で買おうかと」
「そうなのか」
「はい、そうなんですっ」
受け答えに若干の違和感を感じたが、まあいいか。
昨日来た道を逆に辿り、高台のバス停のベンチに座って、バスが来るのを待つ。
すると、そこへ見覚えのある生命体がやって来た。
「ぴこぴこ~」
「な、なに? この子......? 毛玉?」
「お前は......まだ生きてたのか......!」
「
「あ、ああ......。コイツは、犬なんだ。一応」
「いぬっ!? この子、犬なんですかっ?」
ぱっと見て、とても犬とは思えないデフォルメされた縫いぐるみのような白い生命体に驚く
「コイツの名前は『ポテト』。はりまおと良い勝負だろ?」
「さくらさんに言っちゃいますよ?」
「止めてくれ......」
「ぴこ、ぴこ、ぴーこぴこ」
後ろ足で器用に立ち上がったポテトは、以前と同じく何かをせがむようにぎくしゃくと動き出した。
「なんだお前、また人形劇が見たいのか?」
「ぴっこり」
「わっ、うなづいた」
座り直してうなづいたポテトに、
「コイツ、人の言葉が分かるみたいなんだ。よーし、久しぶりに見せてやるか」
「ぴこぴこー!」
人形を地面に置いて、着物の中に収納してある小道具の扇子を持たせて踊らせる。ポテトは、人形の回りを興奮したようすで飛び跳ね回った。暴れまわる騒がしい珍獣に、山あいにある学校のプールから帰宅途中の子どもや、バスを利用するためバス停に来た高齢者たちが集まって来た。
バスが到着するまで、子どもたちのリクエストに答えながら演技して過ごす。バスが到着したところで演技を止めると「兄ちゃん、スゴいね! どうやってるの?」と寄ってきた子ども達に「手品なんだ」と誤魔化して到着したバスに乗った。
後ろから二番目の席に座り、窓を開けて、ベンチに座ってこっちを見ているポテトに声をかける。
「じゃあな、ポテト。長生きしろよ」
「ぴーこぴこっ」
「ばいばーいっ」
「ぴこぴこ~っ」
ポテトの声を合図にした様に、バスはゆっくりと走り出した。
海岸線を通って街へと向かうバスの車中、
そして、一番底に何か固い感触の物が指先に触れた。わざわざ外に出さなくても、それが何かはすぐにわかった。紐を閉め直して床に置き、そのまま隣に目を移す。
窓際に座る
「キレイだな」
「そうですね......って、どうしたんですかっ?」
思い切り驚かれた。
「う~ん......熱はないみたい。あっ、まだお酒が残ってるんでしょ。もぅ、朝方まで飲んでるからですよ。お水飲みますか?」
「別に酔ってないぞ」
「はいはい。酔ってる人は、みんなそう言うんです。バス酔いしても知りませんよ」
まったく失礼なヤツだ。それじゃあまるで、酔っぱらって戯言を言ってるみたいじゃないか。まあもらうけど。
とりあえずペットボトルを受け取って口に運ぶ。そこで異変に気がついた。
「ん? これ......」
「どうかしましたか?」
「いや、飲みやすいと思って、口当たりが優しいって言うか」
「わかりますか? それ、この地方限定の超軟水なんだって。お昼ご飯の買い物に行ったスーパーで『酒が抜けん時は、これが一番や』って、
「へぇー......」
本当は、気がついた異変はそんなことじゃない。このペットボトルの中身が減っていたことだ。
「でも、ほんと、キレー......」
再び窓の外へ、
開けられた窓から流れ込む、僅かに香る潮の匂い。浜風に吹かれ、肩ほどまでの艶やかな髪がなびいている。
「......なあ、
「ん? なんですか?」
「どこか寄っていくか?」
「――えっ?」
「遠くまで付き合わせたからな。どこでもいい、
「えっと、じゃあここ......」
一瞬目を伏せてから顔を上げた
「わかった、行くか」
「......はいっ。私、ここの花火大会一度行ってみたかったんですっ、四万発以上の花火が上がるんだって!」
スマホで去年の映像を見てはしゃぐ
* * *
「
「ちょっと待ってくださいよーっ」
スマホを片手に、人混みを避けながら俺の後ろを早足で追ってくる。仕方ないな。俺は
「あっ、ありがとうございます」
「別にいい。それより行くぞ、もう少しだ」
「はいっ」
行きの経路とは違う大都市を経由するルートを使って、在来線から花火大会が行われる甲信越地方方面行きの最新型特急電車に乗り換えた。
切符で座席を確認しながら指定席に腰を落ち着けると、間も無く列車は走り出した。
「ふぅ......、なんとか間に合ったな」
「疲れた~」
乗車直前に売店で買った飲み物を渡して、さっきからスマホとにらめっこしている
「さっきから何をやってるんだ?」
「や、ちょっと......。まあ大事な用事です」
「そっか」
――大事なことか、それなら邪魔するの悪いな。後ろの席に誰も座っていないことを確認して、リクライニングを倒し目を閉じた。しかし目を閉じてすぐ、
「
「......
「どうしたじゃないです。もうすぐ着きますよ」
「は?」
「もしかして寝てたか?」
「はい、ぐっすりでしたよ。やっぱり疲れてるんじゃないんですか......?」
「いや大丈夫だ、ちょっと寝れたしな。それより腹が減った、会場へ行く前にどこか入るか」
「そんな時間ないですよ、ギリギリなんですから」
「マジかよ......」
一気にテンションがガタ落ちした。そんな俺に、
満員の在来線に乗り換え最寄りで降りる。俺たちと同じく、九割以上の上客がこの駅で降りた。どうやら、かなりの大人数が同じ目的地を目指しているみたいだ。
俺と
* * *
「スゲー人だな」
さすが日本有数の花火大会だけあって会場内は、日本中の人がここに集まっているのでは無いかと思えるほど、大勢の人で溢れかえっていた。
「あっちに屋台があるみたいですよ」
「おっ! じゃあさっそく行くかっ。
「んー......そうですね、何がいいかなー?」
口元に人差し指を添えながら悩んでいる。結局、何があるかもわからないことから、とりあえず出店を見て回りながら考えることにした。
定番の焼きそば・たこ焼き等に加えて、地元名物のソースカツ丼などの変わり種の屋台も出展してる。適当にいくつか食べ物と自販機で飲み物を購入して、30分ほど歩き回って、ようやく見つけたスペースにタオルを敷いて腰を落ち着ける。
「運良く座れて、良かったな」
「ほんと、ラッキーでしたね。はい、お箸」
「サンキュー」
打ち上げ開始まで後10分弱、晩飯を食べながら話をして始まりの時を待った。
そして――。
花火大会運営のアナウンスが流れ、最初の花火が打ち上がった。発光しながら上空へ光の玉が昇っていく。その光が消えると同時に身体の芯にまで響く発破音が鳴り響き、光輝く大輪の華が夜空に咲き誇った。この一発を皮切りに花火は次々と打ち上がり、色とりどりの無数の華が開いては散ってゆく。
そんな幻想的な光景を見ながら「キレイ......」と、隣で呟いた
艶やかな髪、大きな目、長いまつげ......、整った顔立ち。初めて出会った頃より、少し大人びた容姿、改めて見るとかなりの美人だ。
――って、
「ん、どうしたんですか?」
「いや......、何でもない」
「そうですか? あっ、また上がりましたよっ」
額に手をやってうつむいていたのに気づかれ、不思議そうに訊いてきた
* * *
スケジュールごとに割り振られたプログラムは、大きなトラブルもなく順調に消化されて行き、最後の花火が散って終了の時を迎えた。夜空に残る煙と火薬の匂いが、どこか寂しさを感じさせる。
そして、ひとつ重大な事に気がついてしまった。
「......さて、どうするか」
目の前には、電車・バス・タクシーを待つ大勢の人だかりで歩くことすらままならない。開始時間に間に合うかだけを考えていたから帰りのことはまったく考えていなかった。
臨時列車が運行しているとはいえこれだけの人だ。ま、電車に乗れても初音島に戻るフェリーはもう終ってるけどな。
それにきっと、近くの旅館やホテルも予約客で満室だろう。
「仕方ない、都市へ出てホテルを探すか」
「大丈夫ですよ、こっちです」
「あん?」
大丈夫と言う
「ここで、どうするんだ?」
「えっと......。あっ、来ましたっ」
「
「あ、ああ......」
「はい、
戸惑う俺の代わりに
「去年は大雨で大変でしたけど、今日は天候に恵まれましたね。花火の方は綺麗に見れましたか?」
「はい、とっても綺麗に見れましたっ」
「そうですか、それはそれは――」
最初はいまいち状況を把握出来なかったが。どうやら
旅館の玄関前で送迎車は止まる。
車を降りる。瓦屋根の綺麗な旅館、玄関の両サイドを二つの提灯の柔らかな灯りが照らし、植木の手入れも行き届いている。老舗旅館といった感じの旅館だ。
送迎してくれた運転手旅館の支配人が大きな荷物を運んでくれた。
「さ、こちらになります」
「いらっしゃいませ」と、旅館の女将と仲居さんが頭を下げて出迎えてくれた。女将の挨拶が終わるとそのまま部屋へ案内してくれる。部屋の前に到着すると仲居は頭を下げて戻っていく。
「ちょっと待て!」
「え? 何ですか?」
「何ですか、じゃない。どうして同じ部屋なんだよ?」
「だって仕方ないじゃないですか。急だったから、ひと部屋しか取れなかったんだもん」
「そもそも、急に言い出した
「ほら早く入ってください。ケンカして追い出したみたいに思われるじゃないですかっ」
「わ、わかった、こけるだろ......」
強引に手を引っ張られて部屋に入る。部屋は十畳の和室で、床の間には掛け軸に生け花中央には一枚板のテーブルがあり部屋の奥にはテラスもある。部屋の隅に手荷物を置いて座蒲団に座ると、
「何か探し物か?」
「着替えですけど。あった、これで全部。
「......行く」
海の潮風、屋台の油、人混み、汗と、このまま寝るにはさすがに辛いものがある。俺も着替えを用意して露天風呂に向かった。時間が時間だけあって他の客は誰も居らず、露天風呂は貸し切り状態。思いきり足を伸ばして、溜まった疲れを汗と一緒に洗い流して、部屋に戻る。
「マジかよ......」
部屋に戻ると明かりは消え、薄暗い間接照明だけが点っていた。他にもテーブルが隅に追いやれていて代わりに、二組の布団が真ん中に並んで敷かれている。
「あれ? 早いですね。はい、どうぞ」
「ああ......、ありがと」
「あの、訊いてもいいですか......?」
「ん、何だよ?」
どこか言い難そうにしながらも、意を決したように俺を見据えて言う。
「
「
何を言うかと思えば、
「そうだな......、一言で言うと変な奴だったな」
「変?」
「ああ、初対面でいきなり窒息させられそうになった」
「えっ!? いったい何をしたんですかっ」
「俺は何もしてない、ただ防波堤で昼寝をしてただけだ」
実際昼寝をしていて、起きたら
「恐ろしいジュースですね......。それ、本当にジュースなんですか?」
「さあな、アイツは旨そうに飲んでたけどな」
必ず冷蔵庫にストックされていたくらいだ。
それから
「......そうだったんですね。でも、どうして初音島で目を覚ましたんだろう?」
「たぶん、お前が居たからだろうな」
「へっ!? や、ちょっ、なにいって......!?」
――ちょっと待っててくれ、と言って慌てている
「あっ、これ私のお弁当箱......」
「ああ、返すの遅くなって悪かったな。あの弁当、旨かった。ありがとう」
「......ちゃんと持っててくれたんですね」
返すのに十年以上も掛かったけど。
ああ、そうか......俺は――。
「なあ、
声をかけると、
旅を終えて、初音島に戻って、
商店街での人形劇、試験勉強、
――そうだ......。どんな時でも俺の一番近くに居てくれたのは、
『あの子、あんたのこと好きやで。それもここ最近の話しやないな、きっと何年も前からや。ちゃんと答え出したらなアカンで』
不意に、
そうだな、もう認めよう。
――俺は、何年も前から
「また作ってくれないか......?」
「お弁当?」
「いや、弁当もだけど」
くそ......、柄にもなく緊張するぞ。
大きく深く息を吐いて落ち着かせる。
「これからもずっと俺の隣に居てくれ」
月と星がだけが浮かぶ雲ひとつない夜空の下、沈黙が気まずい空気を作り出す。
「えっと、それはつまり......。そういうことですよね......?」
実際は一分にも満たない短い時間だったが、俺には永遠のように長いと感じた沈黙。それを破ってようやく顔を上げてくれた
「ああ、お前が思ってくれていることで間違ってない」
「――っ!? だ、大事な行程ぜんぶ飛ばして。い、いきなりプロポーズって......!」
「プロポーズ?」
確かに、言われてみれば完全に
「なんですか、そういうつもりじゃなか......」
「いや、それでいい。結婚を前提で付き合ってくれ」
食い気味に答える。
でも今度は一瞬のことですぐに顔を上げて、小さな声で――。
それでもはっきりと言葉にしてくれた。
......お願いします、と。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
告白 ~answer~
1月1日。
世間的にいえば正月、賀正新年。他にも元旦・元日とさまざまな呼び方があるが、どれも新しい年を迎えためでたい日を祝う言葉。
思い返せばこの一年、いろいろなことがあった。
そして、
「できたよー。弟くん、テーブルあけて」
「了解」
芳乃宅の台所から、白い湯気と食欲をそそる良い匂いがする料理が盛り付けられた大皿を持った
「それじゃあ、いただきます」
十二時ぴったり、昼飯にありつけた。味付けは相変わらず旨い、
「
「えっとね、二時だよ」
「じゃあ、まだ時間あるね。お茶淹れるよ」
「私が淹れるよ」
「ううん、いいよ。座ってて」
七夕にした約束通り正月休みに合わせて、
「どこかへ行くんですか?」
お茶が出る前に席を立った俺に、
「散歩がてら、酒屋に行ってくる。
「ハァ、ほどほどにしてくださいよ。おじいちゃんたち、もう若くないんだから」
「ああ、わかってる。一本だけにするつもりだ」
上着をはおって家の外に出ると、冷たい北風が頬を撫でた。吐く息も白く、温かかった身体を容赦なく冷ましていく。さすがに寒空の下で長居はしたくない、それに予定の時間も迫ってる。
――行くか......。寒さでかじかむ両手をうわぎのポケットに突っ込んで、重い足を一歩を踏み出し、商店街へ向かい早足で歩きだした。
* * *
買い物を終えた時には芳乃家に戻る時間もなく俺は、直接港へ向かったのだが。すでにフェリーは港に着岸していた。
「あっ、遅いですよーっ」
「悪い遅れた」
俺に気がついた
ちょっと商店街の買い物に少し時間がかかりすぎた。予め連絡を入れておいたとはいえ不満や抗議の声を受けるのは致し方がないだろう。
その聞き流しながら
「
「オレからも礼を言わせて欲しい。ありがとう......!」
「
さっきから、
「
――喜んでくれるといいんだけど、と
* * *
「それじゃあ、かんぱ~いっ!」
さくらのハイテンションな音頭を合図にコップを合わせる。積もる話をしながら夕食を終えたあと、俺が使わせてもらっている芳乃家の客間で、元々あった一枚板のテーブルと座布団、ストーブを設置して。俺、さくら、
「うむ、この酒は旨いね」
「だな。知り合いに教えてもらったんだ」
去年の夏、
『これ、うちのとっておきやねん』
『そうなのか』
『なんや? そのコップ』
『くれないのか?』
『あほぅ、とっておきやゆーうたやないかっ。特別な日に空けるんや!』
『特別って、どんな日だよ?』
『せやな。あんたが子どもでも連れてきたったら空けたってもええな。いつになるんやろな~』
と、まあこんな感じで自慢された。銘柄を覚えていたから商店街の酒屋を何軒か探し回って、ようやく一本だけ見つけることが出来た代物だ。
「
さくらが、新しいコップを差し出して来た。
「子どもが飲むものじゃないぞ」
「ボク、大人だよ! 大きくなったもんっ」
「まだ身体は未成年だろうが」
身体の成長を止める魔法を使わなくなったさくらは、たしかに成長した。でも元が小学校低学年くらいの見た目だったんだ。それが附属くらいになったからって、身体の機能自体はそう変わらないだろう。
「
「もう少しデカくなったら、いくらでも付き合ってやる」
「......約束だよっ?」
――ああ、約束だ。と、さくらを納得させ再び飲み出す。もちろんさくらは、ジュース。
「みてみて~!」
居間で
背負っているランドセルは、
「かわいいでしょっ!」
何故か本人以上に得意気な
「
「早いものですね。我々も年を取るわけですな」
「まったく......」
「まさか、
「もう恥ずかしいな。このくらいのことで大げさすぎだって」
時の流れを憂い、感慨深く、しみじみ飲む老人二人。父親の方は
残っていた酒をぐいっと飲み干してコップを置いた
「ところで二人は、いつ籍を入れるんだい?」
突然のことで言葉の意味が上手く理解出来ず、俺たちは固まってしまった。先に自分を取り戻したのは
「お、おじいちゃん、何で急にそんな話するのっ!?」
「ん? さくらから届いたメールじゃ、そろそろじゃないかって感じだったんだが」
「お前、何を書いたんだよ......?」
「え? ボクはただ、
なるほど、受け止め方によってはそう思われても仕方がない文章だ。
「
「当時は色々と想うところもあったが
「ええ、お互い長生きはするものですね」
爺さん同士の共感に場の空気がしんみりした。
「まあ子どもを一番に抱くのは、
「ダメダメ! 二人の子どもを一番に抱くのは、ボクなんだからね!」
「ダメです!
「むぅ~......」
にらみ合いのあと話は結婚どころか更に先の舞台にまで突き抜けて大盛り上がり、終いには子どもの性別や名前にまで議論が及んでいた。
それにしても、こう言う話は一筋縄ではいかないと相場決まっている物だと思っていたけど、まったく反対する素振りもみせず。それどころか姉妹の父親が一番乗り気だったのが意外だった。
お陰で、決心がついた――。
* * *
時計は、午前0時を回り宴会はお開きになった。
そんな訳で俺は、
部屋に入ると、
「あっ、もう消していいよ」
「そうか」
電気を消して俺も布団に入る。すると暗闇の中
「あのね、おばあちゃんに教えてもらったんだけど。お父さんとお母さん、駆け落ちだったんだって」
「マジか? やるな」
「うん、私もビックリしたよ」
姉妹の母親
それに当時の二人は、まだ二十歳そこそこと若かったこともあって勢いに任せていた節もあった。
結局さくらに、
「どうりでさくらに頭が上がらない訳だな」
「うん、そういうことがあって私やお姉ちゃんが結婚するって言っても反対出来ないみたい。する理由もないって言ってたけど......」
「そっか......」
「うん......」
結婚と言うワードが出たところで会話が止まってしまった。
どちらも言葉を発することなく部屋は静寂に包まれた。カーテンの隙間から月の光が漏れる。妙に明るい今夜は満月かもしれない。そのおかげでこちらを向いている
俺は、布団を出て枕元のバッグを漁った。
「何してるんですか?」
「ちょっとな」
手に触れる固い感触。目当ての物はすぐに見つかった。
「
「カーテン? これでいい?」
思った通り夜空には、銀色の光を放つ丸い月と無数の星々の煌めきが彩っている。満月を見ながら心を落ち着かせて俺は、話を切り出した。
――よし......。
「誕生日おめでとう」
「あ、そっか、もう十二時回ったんだ。ありがとうございます」
今日は1月2日、
俺は、誕生日プレゼントを用意出来なかった。目当ての物は予め用意出来たけど、昼間酒屋を探し回るのに時間がかかりすぎたからだ。
「誕生日プレゼント、何がいい?」
「それ今聞くんですか......?」
目を細めてタメ息をついた。
事前に用意しておけ感が伝わってくる。
「思い浮かばなかったんだ。代わりと言っちゃなんだが、これならある」
「何ですか?」
自分の身体が影になってよく見えないらしく顔を近づけて来る。俺は見える様に、差し出した正方形の小箱の蓋を開けた。
小箱の中央で月明かりに照らされ光る指輪。
それを見た
「こ、これっ......!」
「――ああ、受け取ってくれるか?」
付き合い始めてまだ半年、変わったことといえば敬語で話すことが減ったことと。俺を下の名前で呼ぶようになったことくらいだ。
結婚を決めるには少し早い気もしたが、恋人として一緒に過ごすうちに改めて
恐る恐る指輪を手に取った
つまり、あとは
「どうですか?」
「ああ、似合ってるぞ。それで返事は......?」
「分からないの? ちゃんと見てくださいっ」
顔の横で手の甲をこちらに向ける。指輪は左手の薬指で光っていた、つまりそう言うことだ。
「そもそも結婚を前提って言ったの
ああ......そうか、そうだったな。
最初から、そのつもりで受け入れていたんだな。
「
「は、はい」
俺は、改めて
――俺と結婚してくれ。
――はいっ。ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
未来 ~dream which tells the beginning~
まどろみの中、起床時間を告げるアラームが枕元で鳴り響いている。それでも今の俺は、テコでも動かないだろう。冬場の毛布は、もはや寝具というジャンルを超越した神の領域、云うなれば神具だ。
「ぐはっ......!?」
二度寝に興じようと寝返りを打とうとしたとき、突如、腹部に衝撃が走った。清らかな安眠を妨げるモノの正体を拝んでやろうと目を開ける。すると腹の上で
「おきた?」
「......ああ、お陰さまでな。おはよ、
「うん、おはよー。もうすぐあさごはんできるから早くきてね」
「ああ、わかった」
腹の上から降りて先にリビングへ向かう
ドアを開けてすぐのダイニングキッチンでは、エプロン姿の
「悪いな、
「ううん、私も
「そっか、助かる。お前は無理するなよ、
「はいはい、わかってるって。ほんと心配性なんだから」
そう言いながらも、どこか嬉しそうに
あれから二年――。
俺と
なぜ、そうなったかは二年前の正月の事だ。
二日連続で
その時、落ち着いたら芳乃の家を出るつもりだと話すと、
ありがたい申し出ではあったが、さすがにそう言う訳にはいかない。丁重に断ろうと思っていたのだが「住宅は人が住まなくなると、すぐに廃れてしまうものだ」と頼まれてしまい断ることも出来ず。
三月の末。籍を入れて、長年世話になった芳乃の家から隣の朝倉家への引っ越しとは言っても、俺の荷物はスポーツバッグひとつで十分だったから楽だったけどな。
それから月日は流れ、
予定日まであと二週間ほど、昨日の夜から
「そう言えば、兄さんは?」
「弟くんのことも、
「おはよーっ」
「......おはよ」
戸が開いて、昨日の夜から芳乃の家で寝泊まりしている
「
「や、別に。私は朝倉家に伝わる先祖代々の起こし方を教えてあげただけだけど?」
「教えてるじゃないかッ!」
「まあまあ弟くん、早く席に着いて朝ごはんにしよ。お仕事遅刻しちゃうよ?」
「そうだぞ、義弟」
「いや、法律的には俺が義兄な訳で......」
「弟くんは、弟くんなんだよ?」
「そうですよ、早く座ってください。義弟さん」
「
「パパ、みんなのおとうとなの?」
「いや、違うからっ。
しかし義弟さんって、世界で一番他人行儀に思える呼び方だな。
五人でテーブルを囲んで朝飯をいただき、歯磨きをして家を出る。隣の芳乃家の玄関から出てきた、頭にはりまおを乗っけた状態のさくらも一緒に歩く。すっかり冬枯れの木になった桜並木を歩いての通勤。
「ふんふーんっ」
「お前、最近よく散歩してるよな」
「ん? んー、そうだね。朝の散歩って気持ち良いから。それに今日は、みんなも一緒だからねー。ね、はりまお」
「あんあん!」
主人の頭で、はりまおが鳴く。風見学園現学園長が、いつ復帰するか毎日のように聞いてくると伝えると「気が向いたらね~」とさくら笑った。
どうやら今のところ復帰するつもりはないみたいだ。
風見学園の正門前で三人と別れて俺は、一人校舎へ入り、いつも通り職員室で支度を済ませてから保健室へと向かった。
「それでね、今度の記事のここなんだけど」
「あたしとしては、やっぱり......」
「お前らな......」
昼休み。キーボードを打つ手を止めて床を蹴り、回転座椅子を騒がしい二人の付属女子生徒、
「何度も言うが、ここは学食でも会議室でもないんだ。昼飯と打ち合せは教室か部室でしろよ」
「ええ~っ、ちょっとぐらい良いじゃないですかー」
「ほぼ毎日じゃないか......」
「だって教室も部室も寒いんだもんっ」
「
「そうそうっ。それに日頃の感謝もちゃんとしてるじゃないですかー」
そう言って
今日は、2月14日。俺にとっては特にどうということのないただの平日なのだが、世間では俗にいうバレンタインデーってやつだ。さっき貰ったあの紙袋は、二人からの贈り物(賄賂)ということだった。
「返す」
「ブブーっ、返品は一切受け付けておりませーんっ」
シャルルが、両手の人差し指を重ねてバツマークを作った。
「悪徳商法かよ、クーリングオフ制度は習っただろ」
「クーリングオフは商品に対してで、感謝の気持ちには適応外でーす」
「はぁ、もう好きにしてくれ......」
「やったねっ、
「乙女の勝利ねっ」
何を言っても無駄だと判断した俺は、再び床を蹴り作業に戻った。
「ねぇ、せんせぇー」
「何だ?」
手を止めずに
「昔は、一年中桜が咲いてたんですよね?」
「ああ、今から十年以上も前だ。お前らが幼稚園にも上がっていない、赤ん坊の頃にな」
「
「まったく覚えてないわ。物心ついた頃には、もう普通の桜だったし。そもそも赤ちゃんの頃のことなんて覚えてる訳ないでしょ?」
「それもそっかぁ」
「何だよお前ら、枯れない桜を調べているのか?」
一旦手を止めて二人へ向き直す。
「はい、今度の新聞の記事で魔法を特集するんですっ」
「またスゲーの選んだな」
「話し半分で聞き流してください。いつものを拗らせてるだけですから。それにまだ決定じゃないですし」
「おーい、シャルル。聞こえてるぞー?」
小声で言ったシャルルの言葉を
「あ、あはは......」
「もうっ、魔法は絶対在るんだから! 前世の記憶も本物なの!」
――前世の記憶、か......。
「まあがんばれ。ああ、そうだ、ひとつ教えてやるよ。枯れない桜にはな、和菓子に目がない妖精がいるんだぞ」
「......ちょっと、
「えっ? わ、わたしのせいにしないでよっ! 先生カッコいいけどちょっと目付き怖いしっ、元からちょっと変わってるしっ」
――コイツら......自分で魔法とか前世とか言っておきながらこれかよ。教えてやる気が失せるぞ。黙ったままでいると二人は、慌てて取り繕いに走る。
「いや、信じてない訳じゃないですから! わたしには前世の記憶があるし! 妖精が居ても不思議じゃないっていうかっ。聞いたことないけど......」
「そうそうっ、意外とメルヘンなんだって思っただけですよぉ! お人形もかわいいしっ。似合わないけど......」
二人して最後にボソっと付け加えてやがって......。出禁にでもしてやろうか。なんて思っていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ありがとうございましたーっ」と、小さく手を振って保健室を出ていく二人を見送り俺は、三度パソコンとにらめっこを始めた。
* * *
下校時間が近づき、青かった空がオレンジ色に染まり始めた真冬の放課後。冷たい北風が容赦なく身に突き刺さる。普段開けている白衣のボタンを閉めて、やや身体を丸め歩く。やっとの思いで正門に着くと、
その中の一人、貧血やケガをしてよく保健室に来る
「あっ、
「まだ残ってたのか」
「今から取材に行くんですよ」
公式新聞部唯一の男子生徒付属二年の
「ふーん、取材ね。まさか魔法だったりしてな」
「はい、当たりです」
「先生、スゴいですっ」
付属二年の
葛木の姓と姫がつく名前に最初は驚いた。今のところ俺の知っている葛木との関係は不明。まあ仮に渡り巫女の末裔葛木の分家だとしても、もう鬼は居ないから大丈夫だろう。
「みんな行くよー」
「ほら、喋ってないで早く来なさい」
先に正門を潜っていた
5人の女子に囲まれ、積極的なスキンシップを受ける
朝倉の家へと続く桜並木に設置されているベンチで見知った顔を二つ見つけた。
「
「
「やっほー、
「何してるんだ、こんなところで?」
「ただの散歩だよ」
「おいおい、風邪引くぞ」
「や、大丈夫ですって。少しは動いた方がいいって
水越病院の敏腕看護師が言うのなら大丈夫だろう。
「さくらも散歩か?」
「ううん、今からちょっと用事があるんだ。じゃあちょっと行ってくるねー。
「ああ、分かってる。もうじき暗くなる気をつけろよ」
「はーいっ」
俺が来た道をさくらは逆に辿って行った。現理事長から色々と相談事を受けているから、もしかすると風見学園に用事があるのかも知れない。
「座らないの?」
「帰らないのか?」
反対に聞き返す。
「もう少し空を見ていこうと思って。スゴく綺麗だから......」
空を分断するかのように、一機の飛行機が一筋の飛行機雲を描きながら夕焼け空へ消えて行く。
「やっぱり誰と見るかが重要なんだね。さっきよりもずっと綺麗に感じるよ」
「......そうだな。何か温かい飲み物買ってくる」
「大丈夫だよ、夕日が沈んだら帰るから」そう言うと
少しづつ太陽は沈み、オレンジ色だった空が徐々にスミレ色に姿を変え、東の空には白く瞬く星が見え始めた。
「そろそろ帰るぞ。
「うん、ありがと」
先にベンチを立ち、
「あっ!
「これは......」
冬枯れの木だった桜並木の桜たちが一斉に芽吹き、小さな花を咲かせ始めた。
突然の出来事に上手く事態が把握出来ずに呆然としていると、視界はあっという間に薄紅色に包まれた。
「桜が咲いた?」
「だな」
枯れない桜が枯れて、初音島の桜が普通の桜に戻って、もう十年以上。今まで冬に咲くことはなかった桜――。
またねっ、か。お前はこうなることを知っていたのか......?
「夢でも観てるのかな......? あ、動いたっ」
「マジか?」
「この子も、何か感じてるのかな?」
「そうかもな」
まるで奇跡のような憧憬。
いにしえの方術使いと魔法使いの血を引いているんだ、何かを感じ取っていても不思議じゃない。
「......決めましたっ」
「何だよ? 突然」
「この子の名前ですっ」
性別が女と分かってから幾つも候補を上げても、これと言った名前とは巡り会えず。出産予定間際となっても未だ決められないでいた。
満開の桜葉にそっと触れて、
「
――なあ、サクラ。
お前はもう一度、この初音島に奇跡を、夢を見せてくれるのか。
また枯れない桜の物語を紡いでいくのか......?
桜は、俺の質問に答えるかの様に。
桜並木の木々の枝に咲く、薄紅色の小さな花たちは、北風に吹かれて枝同士が触れ合い、ざわめき合い。無数の花びらたちを空へと巻き上げ、足下へ降り積もっていく様子は、まるで雪のようだった。
「そう言えば、
「うん。明後日のお昼に空港に到着するから、夕方のフェリーで初音島に着く予定だって」
「明後日? また、ずいぶんと早いな。予定日まで5日もあるじゃないか」
「私も、気が早すぎるって言ったんだけどね」と、
「お父さんなんて、10日間も有給取って帰って来るんだよ。『絶対に一番に抱くんだ!』って息巻いてるみたい」
「スゲー根性だな」
「プレッシャーがハンパないよ......」
予定日に必ず産まれるとは限らないからな。そもそも初産の
因みに
「それに、この子を最初に抱くのは
空いている方の手でさすりながら、お腹の子に話しかけた。
「一番はお前だろ。もっと言えば助産師だな」
「や、それはそうだけど......」
「俺は別に何番でもいい。お前と子どもが無事ならそれだけでいい」
「はぁ......、ズルいな~」
「あん?」
「なんでもないですっ。さあ早く帰りましょ、お腹空いちゃったっ」
突然上機嫌になった
今まで、いろいろなことがあった。
正直楽しいことより、辛いことや、苦しいことが多かった人生だ。
きっと、この先も、いろいろなことが起こるだろう。
それでも、いつの日か
俺の
この手に感じる
これから産まれてくる新しい命を守りながら、一歩一歩ゆっくり歩いて、大切に生きていこう。
D.C.2.K.S 流離いの人形使い ~after story~
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
原作とは、時系列や設定に差異が多々ありますが多目に見てやっていただけると幸いです。
少しだけafterstoryの設定を公開します。
○
『AIR~summer編~』の登場人物から。
○山寺について。
○38話アフターストーリー7話の裏設定。
冒頭で
他にも内部で細かい設定が幾つかありますが、全部書くと長くなりますので、この辺で――。
プロローグからアフターストーリー完結まで全40話。
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
目次 感想へのリンク しおりを挟む