さよなら、しれえ (坂下郁)
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I
第一話 さよなら、しれえ


 ケガから復帰した提督と、彼の不在の間に着任した雪風。二人の切なくも短い交流。

(20160816 一部改訂)


 真っ白な第二種軍装に身を包み、鎮守府の正門からやや離れた所に立つ一人の男、手で顔の前に庇を作り少しでも夏の太陽を遮ろうと無駄な努力をしながら、再び歩みを進める。

 

 この男は、この鎮守府の提督である。数週間前に負った大怪我から復帰を遂げた。

 

 

 

 なぜ後方で作戦指導に当たる提督が大怪我を負う羽目になったのかーー? 

 

 その答えは大本営の主導で行われた大規模な遣南作戦にある。ついに発見された深海棲艦の根拠地、大本営は自身の保有する近衛師団を中心に、各拠点の戦力を結集し一大艦隊決戦を挑んだ。結果的に深海棲艦に大打撃を与え、勝利と言ってもよい成果を上げた。ただその代償として、遣南作戦に参加した多くの艦娘が犠牲になり海へと還っていった。

 

 勝利とはいえ、敵を殲滅した訳ではなく、お返しとばかりに、残存の深海棲艦により各地の基地は強襲を受け大きな被害を被った。この提督が率いる鎮守府も例外ではなく、大規模な空襲により少なくない被害を受けながら、何とかこれを撃退した。提督はその際の戦傷で入院を余儀なくされていた。

 

 そして敵の反撃もそこまでだった。以後深海棲艦の活動は急速に鎮静化していった。もちろん、今でも散発的な攻撃はあるが、かつてに比べれば軽微なものに留まっている。

 

 

 誰もがこの戦争の行方を確信し始めていた。人類は、艦娘は、勝利すると。

 

 

 

 この鎮守府から遣南作戦に参加させた艦娘のうち、六名中五名までもが轟沈の憂き目にあった。その中には提督のケッコンカッコカリの相手である扶桑も含まれている。割り当てられた作戦は、いわば『()西村艦隊』というものだった。フィリピン東方を南下、レイテ湾に突入すると見せかけ、敵の前衛艦隊を誘引するというもの。

 

 提督は熟慮に熟慮を重ね、自分が最も信頼し、最も愛する扶桑を旗艦に据え、以下山城、最上、時雨、山雲、満潮から成る艦隊を出撃させた。十分な装備と練度をもって臨む以上、損害はあっても轟沈はない、そう自信を持って送り出したが、かつての戦いと同様に時雨だけが帰ってきた。

 

 

 

 帰らぬ扶桑を港で待ち続ける日々を送る提督。ある日、水平線に小さく艦影が見えた。

 

 「ふ、扶桑かっ!?」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫び、大きく手を振りながら全身で自分はここだぞ、早く帰ってこい、と扶桑の名を呼ぶ提督の目に、空にぽつぽつと黒い点が増えてゆくのが見えた。それらは急速に鎮守府に接近し、爆撃を開始した。

 

 轟音と爆風、破壊されたコンクリート片が飛び散る港で提督は呆然としていた。敵の艦載機に喜色満面で手を振っていたのかーー悔しさのあまり目眩がしてくる。汗か血か、とにかく顔を何かが伝うのを感じ右手で拭おうとしたが、肘から下が原型を留めずに裂けている。ああ、やられたか。不思議と痛みはなく、闘志が湧いてきた。こいつらが俺の嫁をーーーー鎮守府への道を何度も転びながら駆け戻り、血まみれの自分に悲鳴を上げ駆け寄る艦娘を押しのけ作戦司令室へと急ぐ。

 

 空襲は鎮守府の施設にも被害を与え始めている。自分が港でぼんやりしている間に初動が遅れてしまった。防空戦隊の出撃、対空砲の展開、艦娘の避難など矢継ぎ早に指示を出した。すでに自分の執務机は血まみれになっているが、そんなの構うか。扶桑はもっと痛かったに違いない、苦しかったに違いない。見てろよ、お前の仇は俺が絶対取るからな。不意に一機の艦載機が機銃掃射をしながら接近してくるのが窓越しに見えた。それが自分の覚えている最後の記憶となり、今に至るーーーー。

 

 

 

 

 思い返しても、あの時の自分は何と腑抜けていたのだろうか。扶桑を始めとする五人の轟沈、それに続く空襲での被害、おそらくそのことを艦娘達は許してくれないだろう。だが、せめて一言詫びねば。だが何と言えばいいのか。その逡巡が鎮守府へ向かう足を鈍らせ、行きつ止まりつしながらの足取りとなった。だがもう自分は今、鎮守府の正門まで目と鼻の先にいる。

 

 

 意を決し、正門を守る二名の衛兵ーー正確にはその役を務める龍田と天龍に敬礼を取り、声をかける。

 

 

 「夏も終わろうとしているな……長らくの不在、誠に申し訳なく思う。本日より現職に復帰する」

 

 だが答礼は得られなかった。それどころか彼らは固い表情を崩さず正面を見続け自分は無視されている。覚悟はしていたが、ここまでとは……。悄然としながら、正門をくぐろうとすると、唐突に声がした。正面を向いたまま龍田が、少しだけの柔らかさを声色に乗せ応えてくれ、自分の返事の前に天龍も応じてくれた。

 

 「そうねぇ……もう夏も終わるのねぇ」

 「そんな季節なんだなぁ」

 

 会話には乗り遅れたが、それでも、こちらの顔も思わずほころぶ。

 

 「あぁ、そうだな。まだまだ暑いから、君たちも体には気を付けるんだぞ」

 

 

 そのまま慣れた道を進み、鎮守府の内部へと足を進める。不思議なほどの静けさが、建物を支配している。長い廊下を進むと、六駆の四人が向こうから歩いてくる。ほんの数週間だが、ずいぶん懐かしく思える。にんまりする顔を押さえ多少は威儀を装い敬礼をする。廊下の中央を歩く自分を避けるように二手に分かれた四人も敬礼の姿勢を取る。

 

 久しぶりだな、と喉まで出かかったが、それは声にならなかった。彼女達はそのまま自分をやり過ごし歩き去って行ったからだ。思わず振り返ると、視線の先には廊下の中央に立つ長門と陸奥がいた。合流した六人の声が聞こえてくる。

 

 「お疲れ様なのです、長門さん。司令官のこと、どうしましょう?」

 「んー……まぁ、この期に及んでやってもらうこともあまりあるとは思えんが……。まぁ組織としてはいない訳にも行かぬからな」

 

 いたたまれなくなり、足早にその場を立ち去り、そのまま自分の部屋である作戦司令室へと向かう。

 

 

 「なんだこれは……」

 

 思わず声が出た。ドアには規制線を示す黄色と黒のテープが貼られ入室できないようになっていた。一体何がどうなっている、と思いながらドアノブに手を伸ばすと、唐突に高い声で呼び止められた。

 

 

 「そのお部屋は入室禁止ですよ」

 

 ワンピース様のセーラー服(怪しからんぐらい丈が短い。あとで指導しなければ……)にあどけない容姿、頭にはレンジファインダーを二つ、まるでげっ歯類の小動物の耳のように載せ、首には大きな双眼鏡を掛けている少女だ。

 

 これは……陽炎型駆逐艦八番艦の雪風か。だが自分の鎮守府にはいなかったはずだが……。こちらの疑問を見透かしたように、雪風が話しはじめる。

 

 「はいっ、雪風はつい先週転属になったばかりです。……それで、あなたは誰ですか?」

 

 「自分はこの鎮守府の提督で、数週間前に戦傷を負い入院していてね……。何とか今日めでたく現場復帰したという訳だ。まぁ……めでたいかどうかは別だが、な」

 

 そうなんですか、と驚き目を丸くし視線を気ぜわしく動かす姿は、リスとかハムスターを彷彿とさせる愛らしさだ。思わずクスっと笑ってしまった。

 

 「何が可笑しいんですか、しれえ?」

 

 そうか、この子は提督ではなく司令と呼ぶ方なんだな、と我ながらどうでもいい所に感心しつつ、イヤ悪い悪いと、軽く詫びる。頬を膨らませて抗議の意を示す雪風の口から出たのは、当然のことでもあり、そしてその可能性を考えていなかった自分の迂闊さを思い知らされるのに十分だった。

 

 

 「……でも、雪風が着任の時に挨拶した方も『しれえ』って言ってましたよ」

 

 数週間もの間、軍事施設に責任者不在という訳にはいくまい。きっと自分が復帰するまでの間の代行とかその類だろう。雪風に詳しいことを聞こうとするが、要領を得ない。

 

 「難しいことはよく分かりませんっ! しれえはしれえですからっ。しれえは、今の時間ならきっと食堂でみんなとおしゃべりしているはずです。雪風がご案内しますので、ついて来てくださいっ」

 

 いや、君よりはるかに長い事この鎮守府にいるんだがな。だがせっかくの好意を無碍にするのも悪いと思い、雪風の後を付いて食堂へと向かう。

 

 

 

 結果として、止めておけばよかった、そう思ったが手遅れだ。食堂の入り口で雪風と立ちつくし、目の前に広がる光景をただぼんやりと眺めることしかできなかった。

 

 おそらくは士官学校を出てからまださほど経っていないだろう若造が、艦娘達の輪の中心になり、皆と笑いさざめきあっている。さきほど廊下で自分を無視した六駆の四名も、満面の笑みを浮かべながらアイスを食べている。

 

 何か言おうとしたが、口がぱくぱく動くだけで言葉が出ない。すでにこの鎮守府は自分の居場所ではなくなっている、それを思い知るためだけに自分はこの場に帰ってきたのか。唇を噛み俯く自分に、雪風が優しい声で声をかけてくる。

 

 

 「……しれえ、行こう?」

 

 

 

 誰もいない中庭のベンチに、やや離れて座る自分と雪風。

 

 「……雪風はみんなの所に行かなくていいのか? 俺と居ても仕方ないだろう」

 

 やや拗ねたような俺の言葉を気に留めるようでもなく、雪風は首を二、三度横に振る。

 

 「雪風はヘンな子だと思われてるので、いいんですっ!」

 

 にぱっと音がしそうな笑顔でこちらを見返す雪風。だが表情と発言の内容が合ってないのが気になった。

 

 「ヘンな子ってなんだ?」

 

 最初は誤魔化そうとしたり話を逸らそうとしていた雪風だが、重ねて尋ねてゆくと、仕方なさそうに重い口を開き始めた。その内容は荒唐無稽とも衝撃的とも言え、人によっては確かに変人扱いするだろう、そう思わせるのに十分だった。

 

 

 「雪風は、戦没した魂が見えてしまうのです。……雪風も遣南作戦に参加しました。そしてほとんど轟沈寸前の重傷を負いましたが、何とか復帰できました。でも、それからです。哨戒や作戦で遭遇した深海棲艦に、二重写しになっているように艦娘の姿が見えるようになっちゃたのです。最初はびっくりしました。そして怖くなりました。いいえ、戦うことじゃないです、けれど仲間を撃てるわけないじゃないですかっ!! 何度も検査してもらいましたが、目に異常はなく、やがて雪風は壊れている、そう言われて元いた鎮守府で厄介者扱いされるようになっちゃいました。……そうですよね、鎮守府の中でも、それが見えるようになったんですから」

 

 「つまり轟沈した艦娘の姿が見える、ということか」

 

 「艦娘だけじゃないです、人間もです。雪風の経験でしかありませんが、深海棲艦と二重写しに見えるのは、轟沈したことを納得してなかったり、恨んでたりする艦娘のような気がします。すごく険悪で怖い空気をまとっていました。でも、鎮守府で見かける艦娘は、沈んだことには納得してても、何かそれ以外で心残りがあって彷徨っている感じがします。雪風にはみんなが生きていた時と変わらない姿で見えるので……その、他の人と区別がつかないのです。……しれえ、どうして雪風はこんな能力を突然身に付けちゃったんでしょう……?」

 

 彼女の問いには答えられない。だが、それが理由で気味悪がられ転属させられたのは容易に推測できる。自分のその指摘に、雪風はこくん、と頷いた。同時にこの話に不思議と興味が湧いた。この際人間はどうでもいい。自分の関心はただ一つ。雪風を正面から見据え、頭を下げて頼み込む。

 

 「なあ雪風、頼みがある。お前は艦娘の魂が見えるんだろ? なら、この鎮守府で扶桑を見かけなかったか? 俺の嫁なんだ。俺の不手際で、例の遣南作戦で轟沈させてしまった。大本営の連中はカッコカリなんてふざけたことを言ってたが、俺はこの戦争が終わったら、本気で扶桑と結婚するつもりだったんだ。なのに……。いや、扶桑だけじゃない、山城、最上、山雲、満潮、みんなはどうしている? この鎮守府にいるのか? なあ、教えてくれっ!!」

 

 

 雪風は自分の剣幕に怯えつつ、視線を彷徨わせながら口ごもっている。それでも何か言おうとしたその時、サイレンが鳴り響き、府内一斉放送が入った。

 

 

 「艦娘の諸君、たった今大本営から緊急電が入った! 心して聞くように! 本日ヒトフタマルマルをもって、帝国海軍は深海棲艦との戦争の終結を宣言するとのことだ!! 長い間の苦闘、まことにご苦労であった!! ついては、ヒトフタサンマルに中庭に集合せよ」

 

 

 中庭って……ここかっ! 集合時間まであと三〇分弱。自分と雪風は慌てて中庭の一角にある林の中に隠れる。

 

 

 

 集合時間を待たずに、ほどなく全ての艦娘が中庭に集合した。若造も時間より早く現れた。そして彼のスピーチが始まる。深海棲艦との戦争の始まり、人類の苦闘、艦娘の登場など、つらつらと話が続く。

 

 「……以上述べたように、ついにこの戦争を終結に導くことができた。知っての通り、自分は士官学校を出て間もない新米であり、本来であればこのような場に立つ資格はない」

 

 全くその通りだ。我ながら見苦しいと思うが、本来ならあの場に立っているのは自分だったはずだ。

 

 「数多の尊い犠牲の上に、私はたまたまこの場で皆に戦争の終結を宣する栄誉を与えられただけに過ぎない。本来であればこの栄光は、今は亡き先任提督にこそ相応しい」

 

 そうそう、分かっているじゃないか、この若造は。……ん? 今は亡き先任提督?

 

 「全員、慰霊碑まで進めっ。先任提督、愛妻の扶桑殿、山城殿、最上殿、山雲殿、満潮殿に黙祷っ!!」

 

 

 若造を先頭に全員が中庭のはずれに向かい歩いてゆく。そこには、忘れるはずもない、扶桑の髪飾りを模したような形の碑が建てられていた。全員がその前で目を閉じて祈りを捧げている。何分経っただろうか、若造……いや、司令官が解散の令を発しても、誰一人頭を上げず黙礼を続けている。その姿を悲しげに眺めながら、司令官は立ち去った。やがて、ぽつりぽつりと艦娘が口を開き始める。

 

 

 「提督、あの世で扶桑と仲良くやっているか? こちらのことはもう心配いらないからな。前世では戦えぬまま戦の終わりを迎えた私に、存分に活躍の場を与えてくれたこと、末代までの誇りとさせてもらうぞ」

 

 長門が目の端にうっすら涙をためながら、それでも誇らしげにしている。

 

 「……きっと貴様は今も悲しんでいるのだろうよ。だがな、扶桑達五人は、最後の瞬間まで貴様のために全力で戦い、胸を張って沈んでいったんだぞ。万全の状態で敵と撃ち合えること、戦船にとってそれがどれほどの幸せであるか、貴様に分かるまい。貴様はその晴れ舞台を扶桑達に与えてやったのだ。誇れよ」

 

 眼鏡を直しながら、超然とした風に武蔵が言う。

 

 「秋月は今でも、少し提督を恨んでいます。ごめんなさい、でも、どうしてあの時、私たちをもっと頼って下さらなかったんですか? 提督を、皆さんをお守りするためにこの姿に生まれ変わったのに、提督は私たちを退避させた。もしあの場に私が居たら、作戦司令室に機銃掃射なんてさせなかったのに……。作戦司令室は、いまもあの日のままです。誰もあそこには行こうとしないから……」

 

 そこまで言うのが限界だったのか、秋月はしゃがみ込んで泣きだした。

 

 「僕だけ生き残ってしまったけど……。ごめんね、許してくれるかい? 扶桑も山城も、他のみんなも本当に勇敢に戦ったんだ。もちろん君もだよ、提督。他の人が忘れてしまっても、僕だけは絶対に忘れないから。そのために生かされたんだと、僕は思うんだ。でなければ……」

 

 どこか遠くを見るように、時雨がつぶやく。

 

 

 

 その後も艦娘達の言葉が続くが、もう頭に入ってこない。

 

 

 

 

 「……雪風、俺は……死んでいるんだな」

 

 「はい。でも、最初は気づかなかったのです」

 

 気まずそうに雪風が答える。なるほどな、今の自分は魂だけの存在、ということか。そうか……あの空襲の日に、俺は機銃掃射をまともにくらったんだ……。龍田も天龍も、六駆の四人も長門も、俺を無視した訳じゃなく、雪風以外の目に映っていないんだな。

 

 「なぁ……自分も魂だけなら、どうして扶桑に会えないんだ? やっぱり彼女は……いや、彼女達は俺を恨んでいるんだろうな」

 「違いますっ、しれえ。扶桑さんは、ずっとしれえの傍にいますっ」

 「なら……どうして……」

 「それはしれえがご自分が死んだことを理解せず、扶桑さんに恨まれていると思い込んでいるので、見えないだけです。……しれえ、深呼吸をして、目を閉じてください」

 

 雪風が自分の言葉を遮るように、言葉を被せてくる。真剣な表情の彼女のいう通り、二、三度深呼吸をして目を閉じる。

 

 

 唇に柔らかい感触がして、思わず目を開けると、目の前には扶桑が立っていた。

 

 「やっと気づいてくれましたね、あなた。私があなたを恨むだなんて……ひどいわ……」

 

 泣き真似をする扶桑を慌てて宥めようとすると、すぐに笑顔を見せて小さく舌を出す。あぁ……何も変わっていないじゃないか! たまらずに扶桑を強く抱きしめる。柔らかい体も、抱きしめると自分を押し返すような豊かな胸のふくらみも、何も変わっていない。

 

 「あ、あなた……少し恥ずかしいです。みんなが見てますから」

 

 扶桑を抱きしめたままで振り返ると、ニヤニヤしながら山雲が、つまらなさそうに山城が、顔を赤くしながら満潮と最上が立っていた。

 

 「お、お前たち……俺を恨んでいないのか……?」

 

 声が震えているのが分かる。自分の命令で沈んでいった者に、その思いを聞くこと自体無思慮かも知れないが、聞かずにはいられなかった。

 

 「提督は……あれだけ多くのみんなに慕われ、僕たちに愛されているのに、一人で自分の殻に閉じこもっていて……。そこは反省してほしいところだよ」

 「あれだけ万全の装備にあれだけの練度で臨んだ戦いよ。やり切ったっていう充実感はあっても、悔やむことも恨むこともあるわけないでしょっ!!」

 

 最上と満潮がほぼ同時に声を上げる。

 

 

 あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだろう。扶桑を抱きしめる手を離し、空を見上げる。我慢しても涙があふれるのが止められない。その俺を、今度は扶桑が抱きしめる。

 

 「行きましょうあなた、これからはずっと一緒ですから」

 

 気がつけば、綺麗な光の泡にみんながつつまれ、足元から半透明に変わっている。俺は扶桑にちょっと待ってくれ、と言い、雪風へと歩み寄り、目線を合わせるため中腰になる。

 

 「ありがとうな、雪風。君のおかげで大切な人が傍にいることにやっと気が付いたよ。やっぱり君は『幸運艦』なのかも知れないな。だから、君に気付いてほしい魂が寄ってくるんだろう。けど、君一人で抱え込むことはないぞ。お礼と言っては何だが、提督として最後の仕事をさせてくれないか? 今君を頼ってきている連中は、俺達が一緒に連れて行くよ」

 

 

 

 不意に吹いた風に思わず目を閉じた雪風が目を開けた時には、目の前にはもう誰もいなかった。そして、自分の目には、すでに不可思議な存在が映っていないことにすぐ気が付いた。少しだけ寂しさを感じながら、雪風は鎮守府の中へと歩きはじめる。

 

 

 「さよなら、しれえ」



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第二話 スーパー北上

 終戦後に、小さな片田舎の町で出会った元提督と北上の、静かな生活。


 ぼんやりした街灯が点々とある細い田舎道。港というか、まぁ漁港程度だったかな、とにかくそこからとぼとぼ歩いて来たけど、夜は真っ暗だねぇ。あーもーやだ、これ以上歩けないや。てゆかね、なんか目の前がくらくらしてきたんですけど。

 

 ちょっとだけ休憩、そう言いながら私は、目に留まった建物に寄りかかるとずるずる腰を下ろして、立てかけてあった波々した錆びたトタン板で自分の前を覆って風除けにした。これで道路から私は見えないね、うん、安心。ところで、今寄りかかってるのって何の建物だろ、これ。よく分かんないけど、いいや。壁とか薄汚れてるし、窓も割れてるねぇ。今の私と同じかぁ。ふぁ……あ、だめだこれ、睡魔に連れてかれるパターン……。

 

 

 

 朝になっちゃったよ……眩しいよー……誰ぇ、風除けどけたのは? 冷たい風に体がぶるっと震えて気が付いた。体育座りのまま器用に寝てたんだねぇ、私。手を額の前にかざして朝日を遮りながら眠い目を無理に開けて前を見る。逆光でよく顔が見えないけど、男の人っぽいね。ああ、私?

 

 「アタシは……北上。まーよろしく」

 

 深海棲艦との戦争が終わった今、軽巡とか雷巡とか言っても、ねぇ? いくら人工的に造られた体に仮初めの魂を宿した存在っていっても、長い間一緒に人間と戦ってきた訳だし、戦後の事でそれなりの配慮があったのは嬉しかったなー。退職金も請求権がもらえて、希望者には住宅、進学・就職の斡旋も受けられたりとかね。いつの間にか身近な人間と、まぁ大体は提督だけどさ、カッコカリからケッコンカッコマジとかやっちゃう子もいたしね。

 

 

 でも私にはなにもない。大破した体の応急処置だけ済ませて外の世界に出ちゃった。

 

 

 戦後も意外とのんびりできなかった。気づけば酸素魚雷はほとんど降ろされて、クレーンが付いた工作船だった私。終戦直前に不覚にも空襲で大破しちゃってさー、応急修理しかしてないのに民間に貸与されたんだよ。いやー、働いたねぇ。でもその間に色んな手続きの申請とか請求の期限が過ぎててさー。気づいたら退職金も貰えずに退役の手続きが終わってた。いやー世間の風は冷たいねぇ。で、ここの物影が温かそうだったから、ちょっと間借りしてたんだよね。ダメ?

 

 あれ? 目の前のエプロン付けた男の人がぷるぷる震えてる。やべ、何か怒ってるみたい。あちゃー、私何か変な事言っちゃったかな? こ、ここは一つ場を和ませた方がいいよねぇ。

 

 「まぁなんて言うの? こんなこともあるよね」

 

 ……まずった。目の前の男の人がかんかんに怒ってる。

 

 男の人はエプロンのポケットから携帯を取り出すと、どこかに電話を始めた。うわー、凄い勢いで怒鳴ってるよ。体育座りのまましばらくその光景を見ていたけど、まだずーっと喋ってる、てゆうか怒鳴ってる。電話を切り、肩ではぁはぁ息をしてる。私はぽりぽりと頬を掻くと、片膝をつきよっこらせ、と掛け声を掛けて立ち上がる。潮時だねぇ、でも一晩夜露がしのげて助かったよ。

 

 あれ? 何でこの人がそんなに深々と頭を下げてる訳? ……え、元提督? へえ……こんな田舎町に元海軍関係者が二人も揃うなんて奇遇だねぇ。ん? ついて来いって? 私の返事を待たずに、元提督はエプロンのポッケから鍵を取り出し手の中で遊びながら、建物をぐるっと回って裏口に行くので、仕方なくついて行く。

 

 「おじゃましまーす。……うわぁ、よくこれで人を招こうなんて思ったね。掃除とかぜんぜんまだじゃーん……うひー……」

 

 てゆかね、元提督のエプロンさん、戦後のお仕事は家政夫なのかな。開封していない段ボール箱、使い込んだ感じのダッフルバッグ、家具らしい家具はミカン箱かぁ。着任……じゃなくて引っ越ししたばっかりみたいだね。足で乱暴に荷物をかき分け、空いたスペースに置いたぺったんこの座布団を私に勧める。地面よりはマシだね。あ、ども。缶コーヒー、嬉しいねぇ。

 

 

 なるほどなるほど。

 

 

 聞けば割と有名な泊地の元提督で、帰国して退職金でこのお店を買ったんだって。ここが故郷なんだ。そうかー、私ら艦娘にしたら母港みたいなもんか、そりゃぁ帰って来たくなるよね。へ? この小さなお店が築浅スーパーマーケット? どうみても大きめの駄菓子屋だよ、しかもおんぼろの。それ……騙されたんじゃないのかな? 俺もそう思う……って、笑ってるけど呑気な人だねぇ。そっか、じゃあ『店長』って呼ぶね。で、店長はさっきそんなに怒ってた訳? この話になった途端、店長が引き締まった顔に変わった。おぉ、戦う男の顔。

 

 「ふぅーん。いいとこあるね、店長!」

 

 応急処置だけ済ませ着の身着のまま外界に出た私のために、海軍のお偉いさん相手に色々掛け合ってくれたんだって。でもダメだった、と。あぁ、いやぁ、店長が頭を下げる事じゃないから。え? 元提督として当然の事? ほ、ほら、私もいろんな請求の締め切りの日とか、一日中爆睡してたし。でも……ありがとね、本当に嬉しいよ。私なんかのために一生懸命になってくれる人がいたなんてさ。

 

 あ、でも……ちょっとだけズルいこと言ってもいいかな。店長の罪悪感みたいなのに付け込むみたいでイヤなんだけど、私も当てもなくフラフラするのに疲れちゃったし。

 

 「いやー、あの……店長がさ、ちょっとぐらい私の事可哀そうとか思ってくれるなら、しばらくこのお店に置いてもらえたりすると嬉しいかなー、なんて、あははー。ほ、ほら、同じ元海軍の(よしみ)ってことでさー、私も住む所とかないと困るし……。お店なら手伝うからさ」

 

 店長がきょとんとした顔で私を見ている。何か大井っち以外にマジマジと見られたことなんかないから、ちょっとこれは……。空気を変えた方がいいね、うん、そうだ。

 

 「え? あたしのこと気になってんの~? そりゃあ趣味いいね、実にいいよ!」

 

 ……またまずった? 店長は笑いを堪えるようにして肩を大きく動かしている。え、いいの? ほんとに? いやー、助かるねえ。

 

 「や~、めでたいね~。改めてよろしくね~。さ、今日くらいはのんびりしなきゃだね~」

 

 店長は無言で私に箒と塵取りを渡してきた。あ、やっぱり掃除から。ソウデスヨネ、ハイ……。

 

 

 

 私が店長と一緒に暮らし始めて早いもので一年が経った。同じ時間が静かに流れる、田舎の小さな町で続く繰り返す日々。

 

 最初の頃はお店の掃除と修繕に追われたねぇ。まぁ元が古い建物だから新築みたいに綺麗にはならないけど、古いなりにいい感じになったよね。お店の屋根に掲げた手作りの看板には、微妙なヘタウマ文字で書かれた『スーパー北上』の文字。何かまるで私の店みたいなんだよねー。私は今でもどうかと思ってるんだけど、店長が気に入ってるから、まぁいいかぁ。

 

 お店とおうちが一緒になったこの建物の、通りに面した側がお店。木製の引き戸を開け朝日を店内に呼び込むところから一日が始まる。これは店長の仕事。私はほら、早寝遅起だから。通りから目に入るところに作った棚に日用品とか雑貨を並べて、縁台みたいなのを軒先に出してオモチャや駄菓子を並べ、夕方になったら仕舞う。こっちは私の仕事。店番は二人で。お店の中は、隣町の農家さんから仕入れる野菜と、おうちの隣に作った畑で取れる野菜、それに漁港から仕入れる魚とか貝。

 

 「毎度ありー」

 

 駄菓子を紙袋に詰め、駆け出してゆく子供の背に手を振りながら見送る。まぁ……あんまり売れないよね、正直な所。一日のお客さんは一〇組来るか来ないか。雨の日だとゼロってこともある。いわゆる過疎の町で、周りは農家か漁師しかいないからね。売れるのはこの辺の畑で作っていない野菜、あと日用品とか雑貨かな。でも一番の売れ筋は駄菓子。だけど客単価低くてねー、これで経営成り立つの……? と思っていたら、店長はいたって平気そう。え、提督の退職金ってそんなにあるんだ、すごいねぇ……。私がポカーンとした顔をしていると、艦娘の退職金はもっとすごいって教えてくれた。

 

 「うーん、でもさぁ、そんなにお金あっても使いきれないじゃない? 私はこのままの暮らしでも、けっこう気に入ってるんだけどなー」

 

 店長はこっちを見てにっこり笑う。私もつられてにへらっと笑う。この人とは時間の流れるペースが一緒。だからとても心地いい。

 

 いやぁ、何ていうの、私、この人の事好きだなぁ。

 

 こんだけ一緒にいて、すっごい自然っていうか、波長が合うんだよねー。店長がどう思ってるかは知らないけど。例えば、食事をするのにお皿や箸を並べるじゃない? 頼んだ訳じゃないのに、『そう、その位置』って所に並んでる。後は声かなー。大きすぎず小さすぎず、高すぎず低すぎず、何か眠気を誘う声なんだよー。

 

 

 

 この頃になると、私にもいい加減分かってきたことがある。

 

 うちのお店が繁盛しない理由。元海軍関係者がやってる小さなお店、しかも一人は艦娘ってことで、町の人に敬遠されているんだって。ふーん、じゃあしょうがないねぇ。無理矢理来てなんて言う気もないし、嫌なら買うな、べーっ! でもねぇ、私のせいで店長まで他の人間の人たちと溝ができるのは嫌だなぁ。それに店長も、いわゆる適齢期ってやつだし……。

 

 「ねー店長ー、晩御飯まだぁー? あとさー、結婚とかしたいと思わないわけー?」

 

 私は人間の女の人と、というつもりだった。いや、そりゃね、私は店長のこと好きだよ、うん。でもほら、艦娘だしさ。なんて言うの、その辺はわきまえた方がいいかなー、なんて……。あれ、店長顔怖いんですけど。久々にまずったかな。怖いってゆーか緊張だね、あの顔。店長は近づいてくると、私の左手をそっと取り、綺麗な銀の指輪を薬指にはめる。

 

 「わ、私、っていうか私たちこういうのガラじゃないってゆーか、あははー」

 

 やべ、声上ずってる、私。こういうの心臓に悪いよ〜。そ、それにほら、エプロンのポッケからそんなの取り出されても。あー、でも私も褞袍(どてら)着てるし、似た者同士だねぇ、本当に。

 

 「いいね〜、しびれるねー。……ありがとね、いい妻になるからさ♪」

 

 大真面目に、心からそう言った。だけど店長は、やっぱり前と同じように、笑いを堪えるようにして肩を大きく動かしていた。

 

 

 

 一緒に暮らし始めて五年、ケッコンしてから四年目になる今年、畑は諦めるしかないかー。

 

 何かね、以前に比べて体が自由に動かないってゆーか、まぁ……他にも色々あるんだけどさ。今までは店長に知られないようにしてたけど、ちょっともう無理、口元の吐いた血を拭い残すとか、私の大チョンボだねぇ。やっぱり応急処置だけだと無理があったって事かなぁ。

 

 店長は店長で薄々思う所はあったみたいだけど、正常性バイアスってゆーの? 私の誤魔化しを信じる事で自分を納得させちゃってたのを酷く酷く悔やんでる。そして今ならまだ艦娘用の施設や設備が残っているはずだから、と私を入渠させるために海軍に戻るって言い始めた。それって私のため、ってことだよね? やだなー、そういうこと言われると自惚れちゃうよぉ~。

 

 でもね。

 

 私はふるふると静かに首を横に振る。こんだけ一緒にいるとよく分かるんだよねー、店長は店長の方が合ってるよ。能力的なものなら間違いなく、すこぶる付きに優秀な提督だと思うよ。少し話せば十二分に伝わってくる。いやぁ、その……惚れたひいき目も入っちゃってるかもだけど。

 

 けれど……こんなに優しい人だから向き不向きで言えば……殺し合い向きじゃ絶対にない。深海棲艦との戦いが終わったって事はさ、次にもし海軍が動くなら……それはヒトとヒトの殺し合いじゃない? 店長にそんな事させらんないよー。私のためなんかにもう一度軍服を着るなんて……だめだよ、そんなの。

 

 何よりさ、自分の体って、ちゃんと分かるんだよねー。入渠でも無理。当分大丈夫だけど、でもいつまで保つか分かんないかなー。店長は気付いてやれなくてごめん、ただ黙って見ているのは辛い、ってはらはら涙を流し続けた。やだなぁ、そんなに泣かないでよ。

 

 「まぁ、なんてーの? そうねぇ……いい感じじゃん、私たち? まぁ、なんかそう思うんだよね、うん……まぁ、そんな感じ? だからこのままがいいんだよね」

 

 

 

 しばらくの間、『スーパー北上』は臨時休業で改装を始めた。

 

 店長は今まで野菜や魚を売っていた場所を潰して炉辺を作った。炉辺に並ぶように私たちは座り、おせんべいを焼く。店長が上新粉で団子を作り薄く延ばして天日で乾燥させる。いい感じに乾いたら炭火で焼き、程よく焼けたおせんべいを私の方に移す。私はそれに醤油だれを塗ってまた焼く。ぱちぱちと爆ぜる炭の音、菜箸でおせんべいを引っくり返す時に金網が小さく鳴る音、炭に垂れた醤油が焦げるじゅって音、焼きあがったおせんべいを一枚一枚紙袋に入れる時のかさかさとした音、それだけがお店の中で響き、私たちは無言。けれど安心するねー、こういうのって。

 

 ところで何でおせんべい? あ、そう……。私があんまり動かなくても済むように、それでいつも一緒にいられるから、ってまったくもー、そんな事言っても何もでないよー。でもね、これだけは言っておこうかな。

 

 「……ありがとね♪」

 

 

 

 新装開店したけど、店名は『スーパー北上』のまま。

 

 品揃えは日用品と雑貨と駄菓子、そしておせんべい。そんなある日、唐突に開店以来最高の売り上げを記録した。みんなそんなにおせんべいに飢えてたのかねぇ。何か知らないけど観光客みたいのが増えていた。誰かがブログに私たちのお店を紹介したみたい。へー。『シブい店長と元艦娘が息のあった作業で作る絶品せんべい』なんだって。まーいいけど。

 

 

 けど、お客さんが増えると、変なのも増える。

 

 ある夜、お店の前にどさっと何かを放り投げる音と急発進する車の音。店長がパジャマ姿のまま、おっかなびっくり菜箸を持ちながら外に出ていった。それで何しようってのさ? 私もよろよろと起き上がってパジャマに褞袍(どてら)を羽織りながら、店先まで出て行くと、店長が女の子の肩を抱きながら、家の中に連れてくる。しょんぼりした顔で地面に座り込んでたんだって。

 

 「卯月、だねぇ……。どうしたのさ、一体?」

 

 卯月は睦月型駆逐艦の四番艦。一緒の部隊になったことはないけど、顔くらいは知っている。店長が卯月の持っている小さなバッグのポケットに入ってる手紙みたいのを見つけ、卯月に断りを入れてから読み始め、読み終えてキレた。キレる、そうとしか表現できない怒り方で、卯月に矢継ぎ早に質問する。あー、そんなことしたら余計ビビっちゃうだけなんだけどなー。案の定泣きはじめた卯月。そりゃ店長が悪いって。店長が私にその手紙を渡す。どれどれ――。

 

 知り合いからもらったウチのおせんべいをすっかり気に入ったどこかのご夫婦。子供がいないから戦後に卯月を引き取ったけど、自分達の子供がひょっこり出来ちゃった。たまたまブログで見た店長と私には子供がいないのが分かった。艦娘の事は艦娘にお任せ、あとはよろしく。

 

 要約するとそういう意味の事を、いかに自分たちが悪くないか説明しようと長々と書かれた手紙。くしゃくしゃぽいー。

 

 「こんな人たちに食わせるせんべいはないねっ!」

 

 店長も深々と頷いているけど、いつの間にか私の傍に来てあたまをぽんぽんとしている。いやー、珍しく熱くなっちゃった。そして二人で深呼吸、それから卯月に向かって同時に手を伸ばしていた。やっぱり似た者同士だねー。

 

 

 その日は、三人で川の字になって眠った。しばらくの間卯月のすすり泣く声が続いていたけど、やがて小さな寝息に変わっていった。

 

 

 

 ずびしっ。

 

 「ちゃんと片づけなよ」

 

 痛い、と涙を浮かべ、頭を押さえながら卯月はジト目でこっちを見ている。そりゃそうだ、チョップしたからねぇ。それでも卯月はちゃんと床に落ちた食器を拾い上げ、汚れた卓袱台を拭いて、畳も拭いて、それからぷっぷくぷーと言いながら走って逃げてゆく。

 

 卯月が来てから結構な時間が経った。まー気持ちは分からない訳じゃないけどさー、卯月はすっかり拗ねちゃってる。親だと思っていた人間にあっさり捨てられて、見も知らぬ場所に連れてこられて、これまた知らない人と一緒に暮らすんだからねぇ、同情はするよ。でもね、それでも私たちは生きてるんだから生きていかなきゃならないの、分かるかなー?

 

 いい加減私たちとの食事になれてほしいよね。機嫌がいい時と悪い時の差が極端。機嫌悪い時はちょっとした事で両手で卓袱台の上を薙ぎ払っちゃうんだよ、これがまた。今日もそう。その度に、ずびしってオシオキする。片づけとかはいいのよ別に。普通にしてたって子供はこぼしたりするもんでしょ? でもさ、せっかく店長が作ったご飯を無駄にされると、何かこう勘弁できないってゆーの? 店長はいつも通り困ったように笑って、それでも卯月のためにお握りを何個か作りおかずをお皿に取り分けてラップしている。

 

 

 でも毎朝毎晩一緒に食卓に付いて、しょっちゅうケンカして、時々こっそり私たちの寝室に潜りこんでくる卯月。

 

 

 おっと、もうこんな時間? 私は店長に向かって両手を差し出す。前かがみになって近寄ってくる店長の首に抱きつき、膝の下に腕が通ったのを確認してから体重を預ける。居間からお店に移動するのに、お姫様抱っこで毎日運んでもらう。いやぁ、こういうのはいいもんだねぇ。まあ、その……何て言うのかな、最近本当に体を動かすのが辛くてね、ついつい店長に甘えてるんだけどさ。歩けない訳じゃないよー、でもね、簡単に言うと暇さえあれば眠っていたい。

 

 「ありがとね」

 

 私は指定席の右側に座る。店長は左側。そして炉辺でおせんべいを焼きはじめる。以前よりゆっくりしたペースで店長はおせんべいを焼くようになった。私に合わせてくれてるんだねぇ、嬉しいねぇ。私も自分にできるペースでゆっくり焼き上がったおせんべいに醤油を塗って、また網に戻して引っくり返す。いつの間にか卯月が私の横に来て、焼き上がったおせんべいを一つ一つ紙袋に入れてゆき、時々つまみ食いをする。

 

 ずびしっ。

 

 痛い……と言いまた涙目になった卯月は頭を押さえる。そんな私たちのやり取りを見て、店長は笑っている。つられて私もにへらっと笑う。卯月もつられて笑ってる。これだから駆逐艦は……ウザいんだ。いや、ウザ可愛い? 口には出さないけどね。

 

 

 ところでさ……なんか今日はあったかくて気持ちいいね、眠くなってきちゃった。

 

 

 「いろいろあったねぇ。でもさぁ、なんかそれも仕方なかったのかなぁってさ、今は思うんだ」

 

 こうやって、店長と一緒に笑い合えるのはいいもんだねぇ。ん? 来世? なんでもいいよー、でも最初からずっとこんな風に暮らせたらいいなーって思うねぇ。



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第三話 最後の言葉

 毎年同じ時期に、同じ夢を繰り返し見る飛龍。


 毎年この時期になると見る夢。

 

 航海から始まる一連の夢は、日を追うごとに、悪夢へと変わってゆく。激戦につぐ激戦、そして最後は必ずあの人が私に背を向けて立ち去ってゆく。振り向かずに、別れの挨拶のように右手を挙げる所で終わる。夢が終わるのは、酷く冷たい寝汗を書き、顔中ぐしゃぐしゃにして泣きながら目を覚ますから。同室の蒼龍は何も言わずにただ私を抱きしめてくれる。この体に生まれ変わってから数年、毎年変わらない光景。

 

 今年も、数日前からそれは始まった。

 

 

 それは、とても高い所から海原を見渡している私。目の前に広がるのは鈍色の海。荒い波、白く砕ける波頭、規則正しい波音にまぎれ、時折きしむような音を立てながら(フネ)は進む。

 

 

 それは、飛び立つ航空隊。発動機の音も高らかに、飛行甲板を蹴り力強く羽ばたいてゆく海鷲達。また一機、また一機と空へ舞いあがる。私は誇らしげに、少しだけ悲しく見送っている。きっとあのうちの何機かは、二度と戻ってこない。

 

 

 それは、雲下に回避した私の目に焼き付いて離れない光景。第八戦隊司令官から齎された、赤城さん、加賀さん、蒼龍が被弾炎上している事が嘘ではない証。朦々と立ち込める黒煙、紅蓮の炎。それでも不思議と絶望は感じなかった。

 

 

 「全機今ヨリ発進、敵空母ヲ撃滅セントス」

 

 ー-そうだよね、多聞丸っ! たとえ最後の一艦になっても、叩いて見せるからね!

 

 

 どぉよ! ヨークタウンはやっつけた、友永隊……本当にありがとうね。さぁ次はっ!?

 

 

 不覚だった、エンタープライズを見逃してたなんて。いくら私でも、爆弾四発は堪えるなあ……。

 

 

 月が綺麗……。巻雲と風雲、ごめんね。味方撃ちなんて嫌だよね。本当にごめん。でも……ありがとう。ね、多聞丸……見ててくれた? 私、頑張ったよ? ねぇ、なんで行っちゃうの? いやだよ、ねえ――。

 

 

 

 「置いてかないでっ!!」

 

 

 

 背中を蹴っ飛ばされたような勢いで、跳ね起きる。薄暗い部屋の中、自分の鼓動が鳴り響いているように思える。過呼吸寸前の荒々しい呼吸を何とか落ち着けながら、左手の甲で額をぬぐうと、冷たい滴でびっしょりになる。背中と言わず額と言わず滲んだ冷たい汗。ああ、今年もまたこの夢か……。

 

 右側から近づく影。誰か、なんて分かりきってるから聞かないし、聞くような気持ちの余裕もない。

 

 「飛龍、また()()夢を見たの……?」

 

 こくり、と頷く。蒼龍も赤城さんも加賀さんも、そして私も、あの戦いで轟沈し、南雲機動部隊の矜持も帝国海軍の栄光も、北太平洋の浪間に飲み込まれた。最後まで一人戦い抜き、ヨークタウンを道連れにした私でさえこれだけ繰り返し夢に見るのに、みんな……忘れちゃったのかなあ?

 

 私は自分の思いを思わず吐露する。苦い物でも食べたように苦しそうな表情に変わった蒼龍は、それでも言葉を継ぐ。

 

 「忘れる訳……ないでしょう? でも飛龍……私や赤城さん加賀さんが思っていることと、あなたが思っていることは、きっと違うよ。飛龍は、戦いに負けた事もそうだけど、山口提督を失った事の方が 大きいんじゃないかな」

 

 分かっていた事を、改めて他人から指摘されると素直になれない時がある。ましてや、両の手の平を上に向け肩をすくめながら、からかう様な口調で言う蒼龍の言葉ならなおさらだ。

 

 「飛龍はファザコンだからねー。こりゃ提督も大変だ」

 

 

 ぼすんっ!

 

 「もうっ! そんなじゃないんだからぁっ!!」

 

 蒼龍に枕の直撃弾。きゃーっと嘘の悲鳴を上げながら枕ごと蒼龍が部屋を逃げ出してゆく。え……私、枕が変わると眠れないんだけどな……。仕方ない、起きてシャワーでも浴びてすっきりしようかな。蒼龍が場の雰囲気を変えようとしてくれたのは分かるんだけど、私、ファザコンとかそんなんじゃないからねっ。

 

 

 -ー何度も見た夢、でも、多聞丸は一度も私の事を見てくれない。どうして……?

 

 

 毎年解けることのない疑問、それは残念だけど今年も積み重なっちゃった。

 

 

 

 毎年この時期の私は、荒れているらしい。そんなつもりはないんだけどな。

 

 「艦隊出撃! 徹底的に叩きましょう! 索敵も怠りなく!」

 

 今日は対外演習の日。旗艦の私と蒼龍を中心に、榛名さん利根さん筑摩さん長良さんからなる第一艦隊。飛行甲板に日の丸をあしらった鉢巻を閉め直し、遥か遠くの演習相手の艦隊を見据える。蒼龍は意外そうな表情で、ツインテールと大きな胸を揺らしながら話しかけてくる。胸当てくらいしなよ、ほんとにもう……。

 

 「徹底的って……演習だよ、飛龍?」

 「うん、そうだよ蒼龍。訓練を怠ったら多聞丸に叱られちゃうもん」

 

 演習相手は重巡と戦艦、直掩の軽空母から成る部隊。すぐさま妖精さんから連絡が入り、蒼龍も表情が変わる。

 

 「よしっ、友永隊、頼んだわよ!」

 「そうね、大物を狙って行きましょう!」

 

 敵の直掩機を相手取る零戦二一型は練度に不足無し。友永隊長率いる九七式艦攻隊は、海面スレスレを翔け抜け一気に敵艦隊に迫り、必中射点の占位を狙う。もちろん蒼龍の江草隊長率いる九九式艦爆隊も只者じゃない、私の航空隊と一糸乱れぬ動きの雷爆同時攻撃で次々と相手艦隊にダメージを与える。その状況を踏まえ、私達の護衛のため残る長良さんを除き、榛名さん率いる打撃部隊が前進を始め砲雷撃戦へと移行するのを見守る。この調子だと完全勝利も狙えそう……優位に推移する戦局なのに、注意力散漫になっていた。

 

 「飛龍っ!」

 

 蒼龍の悲鳴と同時に、殴られたような衝撃で下半身が動かなくなり、思わず海面にしゃがみ込んじゃった。振り返ると、長良さんが懸命に爆雷で水面下を攻撃している。そっか……相手は五人じゃなかったんだ、潜水艦がいたんだね。

 

 結局、演習相手は小破の旗艦と潜水艦を除いて撃沈判定を取ったけど、こっちも旗艦の私が中破したので、総合判定で辛うじて勝利した。こんなんじゃ多聞丸に顔向けできないよ……。

 

 

 

 「すまん、筑摩か利根の代わりに軽巡か駆逐艦を入れた編成にすればよかった。自分の編成ミスなのに、よく勝利をもぎ取ってくれた」

 

 演習の後は提督の執務室で戦闘詳報と勝敗原因の分析をするのが、私達のルール。でも、今日は開口一番謝罪つき分析が待っていた。生真面目な表情で頭を下げているのが、私達の提督。はぁ……気が重いや。砲撃戦で暴れ回った榛名さん、敵の攻撃を引き受ける囮として動き回ったのに小破未満なんだからすごい身のこなし。それに引き替え……油断して雷撃を喰らっちゃった私。

 

 ぼんやりとしている私を余所に、提督を一生懸命慰める榛名さん、吾輩に水上爆撃機を搭載すれば良かったのじゃ、と編成ではなく装備に言及する利根さん、自分がもっとしっかり護衛していればとしょんぼりしている長良さん。色んな声が飛び交う中、私は視線に気が付いた。提督が真っ赤な顔で私を見ている。

 

 「あー……コホン…ひ、飛龍は大丈夫か?」

 

 細身でひょろっとしていて、大柄でいかにも強そうだった多聞丸と比べると、頼りない感じがする若い提督。緻密で冷静な作戦指揮とか、いい線行ってる部分も多いんだけど、最後の一線を超えられない、そんな風に見えちゃう。

 

 少なくとも私が知る限りで大破進撃をしたとは聞いてない。そりゃ無謀な作戦はどうかと思うよ? でも、()()()みたいに、最後の一艦になっても攻撃続行させるかな? そう考えると疑問符が付く。この辺の事は、しょっちゅう蒼龍と議論する。もう一人の自分自身って思えるほど仲のいい蒼龍だけど、どうしても意見が合わない部分。

 

 「その、なんだ、入渠はしなくていいのか?」

 「提督? 演習は模擬弾ですから入渠は不要ですけど……」

 

 筑摩さんが呆れたような表情で指摘する。提督も挙動不審に軍帽を直しながら、そうか、と頷いている。ほんとそう。そりゃ模擬弾でも当れば痛いけどペイント弾だから真っ赤になるだけ。それを見ていた蒼龍がツインテールをぴこぴこ動かしながらにやりとしている。あ、あれはまた変な事考えてるサインだ。

 

 「提督、入渠は不要ですけど、ちょっと飛龍のメンテナンスをお願いしなきゃ。さあみんな、提督と飛龍を二人きりにしてあげないとっ!!」

 

 無理矢理みんなを執務室から追い出すようにした蒼龍は、最後に振り返りながら提督にウインクしている。確かに私も提督の事は気になっているけど、それは多聞丸みたいな立派な提督になってほしいから。だからいつも蒼龍と議論している訳で。それ以上の気持ち……? そんなの……分からないよ……。

 

 気まずい沈黙の中、私と提督は執務室に立ち尽くす羽目になっちゃった。今日はこの後予定もないし、かといって蒼龍のさっきの様子だと、部屋に戻っても無理矢理提督の所に連れてこられそうだし……。よぉし、いい機会だわ、多聞丸の話を教えてあげて、少しでも多聞丸に近づいてもらう様にしようっ!!

 

 ペイントで真っ赤になった脚のままだと恥ずかしいから、シャワーを浴びる時間を貰い、三〇分後に間宮さんの所で待ち合わせということにして、いったん執務室を後にした。

 

 

 

 「ごめんなさい、待たせちゃった……よね?」

 

 白く染めかれた『甘味処 間宮』の文字が鮮やかな紺の暖簾が目印、数寄屋造りの間宮さんのお店は私たちの鎮守府のオアシス。その入り口脇に置かれた竹製のベンチに腰かけていた提督は、私の姿を認めるとすいっと立ち上がる。

 

 あちゃー、三〇分なんてとっくに経っちゃったよ。蒼龍のせいだよ、ほんとにもうっ。香水を付けろとか化粧しろとか、デートじゃないんだからっ。……で、でーと!? 自分の頭に浮かんだ言葉に、我ながら動揺しちゃうのは何でなんだろう。

 

 「蒼龍も大分強引だが、自分も飛龍には話したい事があったから、丁度いいと言えば丁度良かった……。ところで、何の匂いだろう、すごくいい匂いがする……あぁ、飛龍からか……」

 

 顔が赤くなったのが自分でも分かる。くんくん……香水、付け過ぎたかな……。うぅ~、何で提督まで顔を赤くしてるのよっ。もっと恥ずかしいじゃない。こんな所多聞丸に見られたら……怒られちゃうよ。

 

 

 その頃間宮店内では、赤城と加賀の一航戦と蒼龍が店の入り口からは衝立で隠れる位置のテーブルに、こそこそと身を隠すようにしていた。

 

 「まったく……何で私までこんなことに付き合わされるのでしょう」

 

 抹茶を啜りながら、流れるように間宮羊羹を口に頬張る加賀がこぼす。

 

 「そんな事言わずに、ね。可愛い後輩のためですよ」

 

 こんもりと皿に盛られたみたらし団子を食べ続ける赤城が微笑む。

 

 「すいませんお二人とも。でも飛龍の大チャンスなんです。私と飛龍が二人で話す話題の五割は多聞丸ですけど、二割は提督の事ですからっ。その他は四方山話ですけど、あの飛龍が多聞丸以外に二割も考えている相手なんて、初めてですっ! きっと飛龍も提督の事が……。だから、きっと提督なら飛龍の目を、山口提督から……あの戦いから、前に向けられると思うんですっ!」

 

 あの戦い、その言葉に赤城と加賀の動きが止まる。

 

 飛龍を含めた一航戦二航戦にとって、あの戦いとは一つしかない。運命を決めた五分間、それで積み上げてきた全てが崩れ去った。自分たち三人が力尽きた後、独り飛龍が何を思い戦い続け、何を思い海へ消えたのか、それは誰にも分からない。かつてと戦う相手は変わり、鉄の巨艦から女性の体へと生まれ変わった今も、魂と思いは引き継がれている。でも、だからと言って、今の生き方まで縛られる必要はないはず――必死に蒼龍は訴え続ける。

 

 からんからん。

 

 横開きの扉が開き、提督と飛龍が入ってきた。なぜか二人とも少し頬を赤らめ、ぎこちない様子。とりあえずテーブル席についた二人はお品書きを眺め、二つ三つ甘味を注文したようだ。これは脈ありかも、と蒼龍のツインテールがぴくぴく動く。先ほどまでの落ち着いた様子と一転、赤城が衝立にかじりつくようにして覗き込む。最後まで羊羹を攻略する手を緩めなかった加賀も、気分が高揚します、と言いながら赤城に並ぶ。

 

 そして飛龍が話し始めたのはーーーー。

 

 

 山口多聞提督の武勇伝だった。

 

 航空畑出身ではないのに、航空機部隊の将官として相応しくなるよう重ねた弛まぬ学習と努力。ハワイ海戦やセイロン沖海戦の大勝利の後も、作戦研究会で日本航空艦隊の編成について新しい構想を提案する先見性。『人殺し多聞丸』と呼ばれた航空機部隊の鬼教官ぶり。あの戦いにおいて、最初の兵装転換命令に対して「敵空母出撃の算あり。考慮せられたし」と警告した戦術眼。二度目の兵装転換時には「現装備のまま攻撃隊直ちに発進せしむを正当と認む」と主張する決断力。事敗れ総員に退艦命令を下した後、指令室に戻り飛龍と最後と共にした最期。

 

 「……失礼を承知で言うね。提督、あなたが多聞丸のような敢闘精神を発揮すれば、もっともっといい提督になれると思うんだ。ううん、そうなってほしいの。……最期の時を一緒に迎えたい、そう思えるように」

 

 あまりのファザコンぶりに、衝立の陰で聞いていた赤城と加賀がため息を漏らすほど、飛龍は一気に話し続けた。唯一蒼龍は、飛龍の言葉に別なニュアンスが混じるのを捉えていた。

 

 -ー最期の時を一緒にって……てゆか飛龍、自分で自分の言ってる意味、分かってるのかな? 提督、ここがチャンスッ! 飛龍を……お願いっっ!

 

 ここまでずっと飛龍の話を頷きながら聞いていた提督が、初めて反応した。それは飛龍が望むようなものでも、蒼龍が期待するようなものでもなかった。

 

 「自分は、きっと山口提督より残酷だと思う。どんな状況でも、自分はお前を戦いの海に送り込み続ける。勝とうが負けようが関係ない、必ず自分の元に戻ってきて、何度でも戦い続けてくれ。そのためにも、自分は乾坤一擲のような指揮を、今後も取るつもりはない」

 

 飛龍の顔色が明らかに変わり、厳しい目で、目の前の提督を睨みつけている。

 

 「……多聞丸の指揮を、あの場にいなかった貴方なんかにケチを付けられたくないっ」

 

 提督も飛龍の視線を真正面から受け止め、負けずに言い返す。

 

 「……その場にいなかった自分が後知恵で先達の戦いを云々するのは非礼極まりない、その点は謝罪する。だが、これだけは言わせてもらう。自分は確かに山口提督に及ばないだろう。だがそれでも今を生きていて、お前と共に戦っているのだ。いつか深海棲艦との戦争に勝利する暁、自分の隣には……飛龍、お前にいてほしいのだっ」

 

 そう言い切った提督は立ち上がると、先に行く、と言いポケットから甘味の代金には過分な紙幣と、小さな箱をテーブルに置き、飛龍を残して足早に立ち去った。

 

 当の飛龍はこれ以上ないほど真っ赤な顔で完全に固まり切っている。目の前に置かれた小さなダークグレーの箱、その中に入っているだろう物も、その意味ももちろん知っている。ただ、その箱を開ける勇気がない。

 

 「「「きゃああああああーーーーっ!!!」」」

 

 我慢の限界を超え、衝立の向こうから赤城と蒼龍が雪崩を打って飛龍に殺到する。やや遅れて加賀も現れた。歴戦の艦娘とはいえ女子は女子、目の前で起きた公開プロポーズに、興奮を隠せる訳がない。

 

 その夜、部屋に戻っても騒ぎ続ける蒼龍に閉口し、さっさとベッドに潜りこみ寝たふりをした飛龍は、やがて本当に眠りに落ちてしまった。そして、夢を見るーーーー。

 

 

 

 「……話を聞いてっ」

 

 これは……夢? だけど自分がいる。そしてその自分は誰かに呼びかけている。

 

 「多聞丸(お父さん)ってば!!」

 

 えっ!?

 

 濃紺の第一種軍装に制帽を被った大柄で体格のいい男性。こんな人を私は一人しか知らない。多聞丸……やっと顔が見れたぁっ!! 静かな表情なんだけど、でもよく見ると少-し怒ってる? その右手が誰かの胸倉を掴みあげている。白い第二種軍装を着た、細身のひょろっとした男性。緊張したような表情で、それでも多聞丸のぎょろっとした目から視線を逸らさずハッキリと言葉を切り出す。

 

 ええっ!? て、提督っ!?

 

 「山口提督(お義父さん)っ! 自分はまだ青二才かもしれません。でも、何があっても飛龍と共に戦い続け生き延びて見せます。なので……認めてくださいっ」

 

 一瞬、提督の胸倉を掴む多聞丸の手に力が籠る。そしてそのまま私の方を振り向き、くいっと顎で自分の方に来るように示す。

 

 こわごわと、体の前で弓を持ちながら多聞丸のすぐそばまで行く。提督を無造作に離した右手は、そのまま私の頭に載せられ、わしゃわしゃと撫でられる。恐る恐る見上げた多聞丸の顔は、今まで見たどんな顔より優しく微笑んでいた。私は堪えきれず、わんわん泣き出してしまった。

 

 よっこらせ、と言いながら多聞丸は提督を助け起こすと私の横に連れてきた。そして、実に見事な海軍式の敬礼を見せ、にやっと笑い、提督に一言告げるとくるりと振り返り歩き出した。

 

 「――――――」

 

 えっ!? 何を言ったの、多聞丸? お願いっ、行かないでっ!!

 

 

 「お願いっ!!」

 

 自分の叫び声で目が覚め、跳ね起きる。薄暗い部屋の中、掛布団の上にある自分の左手がぼんやりと光っているのに気が付いた。え……薬指に指輪が……? どうしていいか分からずに、持ち帰ったものの机の引き出しにしまったはずなのに……。

 

 「もしかして多聞丸……背中を押してくれたの……? そっか……きっと、お別れなんだね……」

 

 そのまま朝が来るまで泣き続け眠れずに時間を過ごした私は、意を決して立ち上がり、部屋を後にする。

 

 

 

 〇七〇〇(マルナナマルマル)――。

 

 執務室のドアをノックして返事を待ってからドアを開ける。できるだけ自然に、明るく振る舞ってみる。そうしないと、私だって照れくさすぎるもん。驚いて口を開けたまま固まっている提督。そして私の左手の薬指に気付き、みるみる顔を赤らめる。

 

 「提督、朝ごはん作ったよー。簡単な和定食だけど、ごはん、たくさん食べてね。今度は……」

 

 きっと提督には意味不明だろうけど、でも言ってみよう。やっぱり私はがっちりして体格のいい人が好きだし、提督は、ちょっとひょろっとしてるから。

 

 「お父さんに負けないよう力付けてね」

 「お義父さんに負けないように力付けなきゃ」

 

 言葉が続かない。二人で唖然として顔を見合わせる。話をまとめると、二人とも同じ夢を見ていた。でも提督は、多聞丸が最後に何て言ったかだけは、絶対に教えてくれなかった。



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第四話 愛するということ

 扶桑と小さな男の子に訪れた束の間の日々。


 私が皆の目にどう映っているのか、考えない訳ではない。でも、仕方のない事だと割り切っている部分もある。

 

 「どうしたの、どっか痛いの?」

 

 自分の左手をしっかりと握る、たどたどしい声で自分を見上げる瞳の持ち主に、視線を落とし微笑みかける。さっきより強く左手が握られる。自分を見上げるその瞳の穢れなさに、思わず視線を逸らしてしまう。

 

 左側にいる男の子と手を繋ぎながら食堂へと向かう。どうも今日の私は元気が無いように映っているみたい。いけないわね……顔に出てしまうなんて。理由は……確かにある。けれど、それはこの子に関わりの無い事。

 

 左側には各種の部屋が連なり、右側には飛散防止用のテープが窓枠毎に米印に貼られた窓が続く廊下。もう少し進み左に曲がると食堂がある。

 

 「久しぶりでちね。ずーっとオリョールって所に行ってたでち……」

 「やあ、元気かい?」

 「こんにちは。これからお昼ご飯ですか? 今日の日替わりは……内緒です」

 

 すれ違う艦娘達が次々と話しかけ通り過ぎてゆく。みな笑顔を浮かべ、時にはしゃがみ込み男の子と視線を合わせ、頭を撫でたりしている。けれど、子供への挨拶とは裏腹に、私にちらりと送られる視線には、なんとも言えない色が薄らと滲んでいる。

 

 私が皆の目にどう映っているのか、考えない訳ではない。でも、考えないようにしている部分もある。

 

 

 

 「いらっしゃいませ。今日の日替わり定食はおろしから揚げですよ」

 

 鳳翔さんが私達に気付くと、わざわざ厨房から出て迎えてくれた。男の子と目線を合わせるためしゃがみ、にっこりとほほ笑みかける。鎮守府の厨房を預かる彼女の料理は、贔屓目無しに美味しいと思う。私の手を掴んで離さない子供も、よく分からない『から揚げの歌』を歌い今日の日替わりを歓迎している。今ご用意しますからね、と言い残し鳳翔さんは厨房へと戻って行った。

 

 「扶桑さんはどうされますか?」

 

 唐突に声がかかり、ぼんやりとした物思いから引き戻される。少しだけ考え、背後に出来た順番待ちの列も気になり、適当に選ぶ。何を食べてもどうせ同じ、全部美味しいんだし。

 

 「あの……私は……じゃぁ、日替わりでお願いします」

 

 微笑みだけで返事をした鳳翔さんが手際よく私の分も用意し、受け渡しのカウンターにトレイが二つならぶ。一つは少な目に盛られた子供用で、小さな別鉢で餡蜜まで用意されている。六歳の男の子に混み合う昼時の食堂でトレイを持たせるのは躊躇われ、自分で二つ持ちながら空いてる席を探す。

 

 「早く早くー」

 

 先を進んでいた男の子が素早く空席を見つけ、私を手招きする。ほどなく私も席に着くと、行儀よく待っていた男の子が手を合わせる。私もうっすら微笑みながら同じようにする。

 

 「「いただきまーす」」

 

 私の向かいには男の子。元気に食べながら喋る様子をぼんやり眺めながら、私は手を伸ばし男の子の口の端に触れる。

 

 「おしゃべりも楽しいですけど、ちゃんと食べないと、鶏さんと鳳翔さんが悲しみますよ」

 

 照れ笑いを浮かべる子供と、その口の端についていた米粒を自分の口に運ぶ私。

 

 ーー親子にでもなったつもりなのかしら。

 ーーどういうつもりなんだろう?

 

 そういうことは、この子がいない時に言ってもらえないかしら。少し心の内がざわめく。

 

 ーー提督の奥さんがあれだからって……。

 ーーだから、そういうつもりなんじゃないの?

 

 あれだのそれだの、遠まわしにすれば分からないとでも思ってるのかしら? 心の内が波立つ。

 

 ばんっ。

 

 大きな音を立ててトレイが置かれた。その音がきっかけで、ひそひそと交わされていた陰口は収まったようだ。周囲を睨みながら、男の子の隣で私の向かいに座る騒音の主。

 

 「山城……そんな乱暴なのはよくないわよ。もっと静かにーー」

 「そうね、でも静かになったでしょ。まったく……どうして姉様があんな風に言われなきゃ……はあ……ふこ「山城さん、ため息をつくとね、幸せが逃げちゃうんだって。パパが言ってたよ」

 

 口癖を最後まで言えなかった山城はきょとんとしながら、男の子を見ている。やがて諦めたように笑い返すと、いただきます、と小さな声で言い、食事を始めた。時折私に物言いたげな視線を送りながら。

 

 

 

 昼食の後、男の子は中庭で七駆の四人と鬼ごっこをして走り回り、私と山城の部屋に汗だくで戻ってきた。シャワーを浴びさせた後、短い髪をタオルでよく拭きあげ着替えさせる。私達の部屋には、窓際には二畳ほどの小上りが設えられ、そこを挟むように左右の壁際に置かれた二台のベッドがある。和洋折衷のこの部屋が存外使いやすい。男の子は小上りに横になりお昼寝をしている。薄い肌掛けを掛けてあげ、ゆっくりと団扇で風を送り続ける。

 

 

 この子は、無論私の子供ではない。提督と彼の奥様の間の子供。

 

 

 提督が初めてこの子を鎮守府に連れてきた日、私達は単なる見学だと思い、また信頼し仕える上司の子でもあり、みなそれは楽しそうに連れ立ち、鎮守府を案内し一緒に遊んだりしていた。だが夜になり状況が一変した。

 

 私達は食堂に集められ、提督の奥様が亡くなった事、提督には頼るべき身寄りがすでにない事、息子を鎮守府に住まわせたい事……を打ち明けられた。

 

 皆に迷惑はかけない、息子の世話は自分がする、提督は私達に頭を下げ続けた。私達艦娘にとっても、まったく想像もしていなかった事態。いつ深海棲艦の攻撃を受けるとも知れない軍事施設に民間人、しかも子供を住まわせるなど言語道断、あれだけ激務の提督が子供の世話などできるはずがない、という至極全うな意見から、小さな子供は親の傍にいた方がいい、そういう事情なら仕方ない、という同情的な意見まで様々だったが、大多数は何とも言えない気持ちのまま口をつぐみ、その中には私も含まれていた。

 

 どうしていいか分からなかったから。

 

 私達艦娘は、ケッコンカッコカリという制度の元、提督と仮初めの縁を結ぶことができる。定年等で退任した提督がそのまま艦娘を生涯の伴侶に選んだ、などと伝え聞く話もあるが、それが事実なのか願望に基づく噂なのかはっきりしない。

 

 だが、事実上の夫婦として、どれだけ情を交わし体を重ねようと、私達艦娘と提督の間には子を成すことができない。詳しくは知らないが、見た目には人間の女性と全く同じ女の体でも、仕組みがそもそも違うらしい。仮に子を成せたとしても、私達は所詮兵器であり、お腹が大きくなった状態で戦場に赴けるはずがない。そんな私達に、自分の子のためと頼み込む提督。提督という役割ではなく、生身の男性であり父親、初めてその姿を見せられた私達は愈々困り果てた。

 

 目の前にいる、知らない場所で知らない人に囲まれ不安そうにしている子供に、何の落ち度もない。

 

 最終的には大本営が是なら、という事に落ち着いた。思考放棄と言われたらそうかも知れない。意外にも、この前例のない措置は、大本営にあっさり了承されたようだ。情報漏洩阻止のため外に出る事を禁じられ、かつこの鎮守府が戦闘に巻き込まれ不測の事態が子供に起きても、大本営は一切関知しない、そういう了承の元で。

 

 

 以来、彼は私達艦娘と暮らしている。籠の鳥、と誰かが言ったような気がする。

 

 

 

 いざ一緒に暮らし始めると、男の子はすぐに私達と打ち解けた。深海棲艦との戦闘しか知らなかった私達にとって新鮮な出来事が日々起き、当初漠然と感じていた不安はすぐに消え去った。けれど、私は遠くから見守っている事が多かった。あまりにも小さく、あまりにも柔らかな男の子に触れる事が怖く、屈託のない笑顔を向けられる度、一緒に遊ぶ事を期待するきらきらした目を向けられる度、私は目を逸らしその場を立ち去っていた。

 

 そんなある日、入渠上りの気だるい空気を纏い食堂でぼんやり時間を過ごしていた私は、男の子と出くわした。第二次改装まで終えている私だが、相変わらず火力偏重の航空戦艦。先の戦闘で不覚にも受けた雷撃であっさり中破してしまい、長々と入渠を済ませた後の事。珍しくその時の食堂には誰もおらず、張り詰めた静寂と差し込む夕日だけが空間を支配していた。小腹でも空いたのだろうか、ぱたぱたと小さな足音を立てて男の子が食堂に現れた。きょろきょろと誰かを探すように辺りを見回すと、私の元へ一目散に駆けつけてきた。手には何やら小さな木箱がある。

 

 「扶桑さんが怪我したって聞いたから……どこが痛いの? はいこれっ」

 両手で差し出してきたのは救急箱。不安そうな、それでいて何かを守ろうとするような目で、私をじっと見ている。その視線に耐えられず、私は目を逸らしながら訥々と言葉を返す。

 

 「私は艦娘だから、大丈夫よ、もうどこも痛くないのよ」

 

 無理に微笑み返した。できれば、そっとして置いてほしい、そんな気持ちも込めながら。だが伝わらなかったようだ。男の子は私に近づくと、頭をポンポンしながら、歌うように呪文のような言葉を繰り返す。

 

 「痛いの痛いの、飛んでいけー。お山の向こうまで飛んでいけー」

 

 しばらくされるがままにしていたが、男の子の手をそっと握り、問い返してみる。

 

 「ありがとう……でも、大丈夫って言ったでしょう? どうして……?」

 

 「扶桑さんの笑顔がね、ママが『大丈夫』って言った時のお顔とそっくりだったの。ママはね、『大丈夫、どこも痛くないよ』って言ってたのに……病院から帰ってこなかった。だから……だから……」

 

 そこまで言うと、男の子は肩を震わせながら泣き始めた。声を殺して涙だけを流し続ける、そんな悲しい泣き方。

 

 「ママに会いたいよ。ママのご飯が食べたいよ。おうちに帰りたい……。でもパパに言うと困ったお顔になるから、困らせちゃだめだから……」

 

 人の形をし、女の姿(なり)をしているが、私には提督の奥様のように想いを子供()として繋ぎ残す事ができない。ただ戦い続け、いずれ海に還る。私は、自分が望んでも得られない想いの結晶から目を逸らしていた事に気が付いた。こんなにも小さく、儚い光が堪えきれずに流す涙。私には、男の子が泣きやむまで抱きしめ続ける事しかできなかった。泣き疲れて眠ってしまった子を起こさないように抱き上げ、提督の執務室へと足を運んだ。

 

 

 

 驚いた表情で私を執務室に招き入れた提督は、息子さんを扉一枚隔てた隣の私室に連れて行き寝かしつけた。戻ってきた提督に私が簡潔に事情を伝えると、提督は心底苦しそうな表情になり、顔を両手で隠すように覆ってしまった。見れば執務机にはウイスキーの入ったグラスがある。

 

 提督は途切れ途切れの涙声で心情を吐露し始めた。家事も育児も任せきりにして単身赴任で着任、多忙を極める軍務に没頭していた事。妻の不調を知ったのは緊急搬送された病院からの連絡だった事。死に目にも会えなかった事。子供にこれほどの我慢を強いても他の手立てがない事。そのくせ自分の子供なのにどう接すればいいか正直よく分からない事……酔いのせいか涙のせいか、ただ真っ赤な目をした提督が、俺はどうすればいい? そう私に問いかける。

 

 私の目の前に既に提督はいなかった。ただ、亡き妻との在り方に後悔を重ね、自分の気持ちを押し殺す子供に涙し、それらに答を見つけられずにいる一人の男性がいるだけ。

 

 ーー俺はどうすればいい?

 

 私はその問いに答えられないけど、彼が提督でないなら、私も艦娘ではなく女として向き合おう。できるとすれば、例え一時でも忘れさせることだけ。私は自ら提督を誘い、執務室のソファで彼に全てを委ねた。何度も私を求めた彼は、やがて私から身を離すとソファに座り、先ほどとは違う種類の涙を流し続けていた。

 

 

 私の、秘めた淡い憧れは、提督の行き場のない気持ちを苗床に、実を結ぶことのない歪な花を咲かせた。

 

 

 その後も幾度か体を重ねたが、どちらとも無く距離を置くようになった。しばしば提督は寝言で奥様の名前を呼び、その度波立つ自分の心に慣れなかった事もあるが、私と彼は提督と艦娘、常に心の何処かに死の覚悟を住まわせる者同士、安らぎにはならなかった。

 

 その一方で、私と提督の微妙な距離感などお構いなしに、男の子は私との距離を縮め、何くれとなくまとわりついてくる。私もそれを拒まなくなり、気が付けば自然と、誰よりも一緒にいるようになった。提督は不自然なほど何も言わず、私達のしたいようにさせている。

 

 

 周囲の艦娘は、私と子供の間の空気感、あるいは提督の様子から何かを悟ったのか、私に何とも言えない目を向けるようになった。態のいい子守り、後妻狙い、遊ばれている……好意的な声は誰からも聞かれなかったように思う。山城でさえ……いいえ、山城だからこそ、なのかしら……思いの丈を視線に変え時折じぃっと私を見つめるが、寂しそうに目を伏せ言葉にはしない。いっそ言ってくれた方が……いいのに……。

 

 

 

 「ふう……思ったより難しいものね」

 

 手の甲で額の汗をぬぐう。目の前にあるのは、形は歪で大きさも不揃いなお握りと、贔屓目に見ても焼きすぎた卵焼き。改めて鳳翔さんは凄い、実際にこうやって料理してみると痛感する。簡単に見える事を簡単に行うのは、実は優れた技量が必要だということ。

 

 「初めてにしてはお上手だと思いますよ、扶桑さん」

 

 慰めなのだろうが、鳳翔さんはうんうんと頷きながら私の料理に及第点を与える。鳳翔さんに頼み込んで使わせてもらった厨房。そこから見える食堂では、男の子がきらきらした目で、でも大人しく椅子に座り私を待っている。

 

 ーーママのご飯が食べたいよ。

 

 あの日、あの子が泣きながら零した言葉。私にはあの子を母親に会わせる事も、家に帰してあげる事もできない。ならせめてーーーー。

 

 「ど、どうぞ……。あの……きっと美味しくないと思うけど……ごめんなさい」

 

 目を伏せ、どこか言い訳じみた言い方。こんな事……自分を守る必要なんてないのに。あの子を失望させたくない、そう思い先に必要のない予防線を張ってしまう。男の子は、そんな私の言葉など聞こえないように、お握りを口に運び、卵焼きを食べる。私の目がおかしくなければ、美味しそうに食べてくれているように見える。あっという間にお皿に盛られたお握りと卵焼きの多くは姿を消した。

 

 「色んな形のお握りがあって面白かったよ! とっても美味しかった。また作ってくれる?」

 

 気が付けば、次は男の子が好きなから揚げを作ることを約束していた。見ればお皿にはお握りが一つと卵焼きが一切れ残っている。目線で問うと、男の子は笑顔で頷く。私のために……取って置いてくれたの? 恐る恐るお握りを手に取り口に運ぶ。

 

 「…………美味しい」

 

 口元を手で隠しながら、自分で驚いてしまった。そんな私達を見守っていた鳳翔さんが初めて口を開いた。

 

 「お食事は大切な人と一緒に分け合って食べるのが一番美味しいんですよ」

 

 唐突に私は、自分の中にいつの頃からか芽生え、何と呼べばいいか分からずにいた気持ちに気が付いた。そして涙が零れるのを止められなかった。私は立ち上がり、向かいに座る男の子の背後まで進み、ふわっと抱きしめた。そうせずにはいられなかった。

 

 ぽたぽたと零れる涙に気が付いた男の子は不安げな様子で、どこか痛いの、と問いかけてくる。私は首を横に振りながら、できるだけ優しい声で応える。

 

 「嬉しくても、涙が出る時はあるのよ」

 

 

 だがーーーー鎮守府に鳴り響く警戒警報が私を現実に引き戻す。

 

 

 

 恐れていたことが現実となった。正規空母三戦艦一を主力とする深海棲艦の機動部隊が、私達の鎮守府を目指し進行中との情報が哨戒機から齎された。進行中の大規模作戦に多くの主力を参加させている私達の動向を掴んだ上での敵作戦かどうかは分からないが、いずれにせよ私達が不利な事には変わりない。敵は南東から接近を続けている、一刻も早く迎撃態勢を取らないと。

 

 すぐに作戦が決定され、鎮守府が騒然とする。とはいっても選択肢は多くない。残っている高火力艦や正規空母の多くは未だ育成途上、敵機動部隊と真っ向勝負できる練度ではなく支援攻撃を担当する。私と山城を主力に軽空母と軽巡を加えた編成が組まれた。劣勢の航空援護の下で敵機動部隊に肉薄し砲雷戦を挑む、それが役割。

 

 出撃ドックへと急ぐ私は、再び足を止める事になった。地下シェルターに避難してなかったの? 目の前には廊下を塞ぐように立つ男の子が、思いつめたような表情で私に約束を迫る。

 

 「……扶桑さんは、約束守って……くれるよね? ママみたいに……いなくなったりしないよね?」

 

 目を逸らさずに私の目を見つめ、小指を立てた右手をこちらに伸ばす。次はこの子の好物を作ると約束した。そして今、いなくならないという新しい約束を求められている。けれど私は不利を承知で戦場へと向かう。この子にとって私がどんな存在か、確かめるのが怖い。けれど私にははっきりしている。

 

 叶わないかも知れなくても、私は願わずにはいられない。

 嘘になるかも知れなくても、私は言わなければならない。

 

 柔らかく微笑み返しながら、男の子の小指に自分の小指を絡める。そして自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 「そうね……いい子にして待っててね。また一緒にご飯を食べましょう。今度は食べきれないくらい沢山作ってあげる」

 

 頭に巻いた白い鉢巻を解くと、黒髪が踊る。頭を軽く振り前髪を直してから、目線を合わせるため中腰になり、手に鉢巻を握らせる。こんなものでも、私の証を残したかった。そして男の子をきゅっと抱きしめる。例え何があっても、この温もりを忘れないように。

 

 

 私は、この子を悲しませてしまうかも知れない。

 

 けれど願わくば、生きて帰って来られるように。

 

 愛おしいって気持ちを教えてくれて、ありがとう。

 

 だから、胸に溢れるこの言葉を言わずにいられない。

 

 

 「愛してるわ」



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第五話 アルバムの続き

 大和の背中を押す提督。


   『クククク………アハハハハハ!!』

   『勘に触りますね、その声』

 

 

 新しい朝。微睡みながら昨夜の夢を思い出す。忘れていた、いいえ、忘れたい記憶の断片が、ガラスの破片がスローモーションで降るように頭の中にちくりと刺さる。

 

 むくりと頭を持ち上げると、栗色の長い髪が滑るように流れる。

 ベッドの上に座り直し、二度三度頭を振り、意識を覚醒させようとする。

 ゆっくり……急ぐことはない。やることは特にないのだから。

 

 それでものろのろとベッドから起き出し、薄手のシャツ一枚を素肌に羽織る。カーテンを開け寝室に光を導いてから、ダイニングキッチンへと向かう。やることは無くてもお腹は空くから。

 

 

 「……いただきます」

 

 小さな声で呟き、用意した朝ご飯を食べ始める。どこに出しても恥ずかしくない味だと自分でも思う。でも一人きりの食事はいつも味気ない。微かに鳴るカトラリーの音、もぐもぐと食べ物を()む小さな音。

 

 「……ごちそうさま」

 

 小さな声で呟き、食器をシンクに下げる。ダイニングテーブルに戻り、上体を投げ出すように倒す。いつしか結わなくなったポニーテール、長い髪がテーブルに広がる。いつもと同じ思い出に沈み込み、時間は無為に流れる。気が付けば窓から差し込む光は夕暮れへと変わっていた。

 

 

 

 

  『ククッ……アーッハッハッハ!!』

  『ごめんなさい、私がここまでやられるなんて……』

 

 

 それは、サーモン海北方を抜け中部太平洋へ進出を狙う私達と、是が非でもそれを阻止したい深海棲艦の間で繰り広げられた死闘。

 

 レ級エリートやフラヲ改を中心とする強力な、いいえ、凶悪な敵部隊が幾度も私達の挑戦を退け、戦線は膠着状態に陥っていた。何度ボロボロにされ大破撤退が続いても、艦隊の士気は依然高い。とはいえ艦娘の気力だけに頼る訳にいかない。文字通り提督と一体で泊地運営にあたる秘書艦の私も焦っていた。あと一撃(ラストダンス)、あと一撃でレ級の守りを突破できる、ここを逃せばまた敵は態勢を立て直してしまう。私の頭にはそれしかなく、翌月また次のチャンスを待とうと反対する提督を強引に説き伏せ出撃を指示した。

 

 疲れと焦りは正常な判断力を容易く奪い去る。無理な進軍、敵の攻撃を支えきれず徐々に落伍し退避する仲間達。大丈夫、みんなは既に安全圏に退避している。殿を務めた私は、ポニーテールを結び直し、覚悟を決める。荒い波がうねるサーモン海、空を圧する数の敵攻撃隊との対空戦闘は熾烈を極め、さらに気持ちの悪い笑みを浮かべたレ級エリートが近づいてくる。いいでしょう、世界に冠絶する四五口径四六センチ砲三基九門の威力、今度こそ叩き込んであげる――。

 

 

 -ーこの戦争が終わったら、大和は何がしたい?

 

 

 顔を洗う波が、途切れそうになる意識を引き戻す。波間を沈みつ浮きつ漂いながら見上げる空。思い出すのは提督の笑顔と答えられなかった問いかけ。ごめんなさい、恥ずかしくて、私は何も言えなかった。届かなくても、せめて言葉にしよう。パクパクと動かした口に海水が流れ込む。激しく咽ながら、水底へ引き込まれる様に意識が暗く落ちてゆく。

 

 

 『私は……大和は……小さなお部屋でもいいから、提督、あなたと二人で暮らしてゆきたいです』

 

 

 

 レ級に敗れ轟沈したと思った。けれど目が覚めると、この二DKの部屋だった。

 

 ベッドから跳ね起き、きょろきょろ周囲を見渡す。誰もいない。呼ぶ声に応える声もない。寝室を出て部屋の探索を始める。不思議と怖くなかった。小さな、本当にこじんまりとした部屋。ベッドが一台あるだけの寝室、何も家具のない洋間、ダイニングテーブルと冷蔵庫があるだけの、十分な広さのダイニングキッチン。あとはバスルームとトイレ、短い廊下の先には玄関。

 

 凍りついたように私の手はドアノブの前で固まっていた。ドアノブに手を掛け、鍵を回してドアを押す。それだけの動作ができない。そうできない事に疑問を抱かない自分に疑問を抱いたが、一瞬で忘れた。私はくるりとドアに背を向け部屋に戻った。

 

 軍艦色のカーテンを除けば白一色の部屋。カーテンを開け、思わず目を細める。眩しい光が部屋を照らし、外に広めのベランダが見える。窓を開け外に出てみる。ここはおそらく五階建て程度の建物の最上階、足元には鬱蒼と続く緑の森、遠くの先に見える光り輝く海。

 

 

 サーモン海での戦いはどうなったのか、そう思わない訳ではない。けれど今はそれよりも眠りたい。森と、その遥か先にある海に背を向け寝室に戻る。そして眠りに落ちる。

 

 

 

 以来、どれほどの時間が経っただろう。現実感のない、小さな二DKでの不思議な暮らし。

 

 ひょっとしたら自分はもう死んでいて、魂だけがふわふわしているのかな? 日々は変わらず、私も変わらず、ただ時間は過ぎてゆく。朝が来て目を覚ます。食べ物が常に補充される不思議な冷蔵庫に感謝しつつも疑問に思わず、三食を用意して食べ、日が暮れれば入浴して眠る、その繰り返し。

 

  戦争が終わったら提督と一緒に、そう望んでいた。でも、ここにいるのは私だけ。色の無い部屋で、私は提督が迎えに来てくれるのを待ち続けているのだろうか。そして今日も一日が終わりに向かう。

 

 

 

 がちゃり。

 

 

 

 突然の金属音に、反射的に音の方へと顔を向ける。足音がする。誰か……来たの? と言っても、小さな二DKの部屋、一〇歩もかからず玄関からダイニングに到着する。手には何か厚みのある本のような物を持っているこの人は……。

 

 がばっと上体を起こすと、栗色の長い髪が踊る。ダイニングの入り口に向かい直し、二度三度頭を振り、目の前の人に意識を集中する。こんなに早く動けたんだ、という速さで慌てて立ち上がる。

 

 「提督……提督っ!!」

 

 それ以上は言葉にならない。激しく嗚咽を続ける私に、提督はゆっくりと近づき、あやす様に私の髪を撫でる。その指先が、温もりが、私の嗚咽をさらに激しくする。どれほどの時間、そうしていただろう。提督は私を抱きしめ続け、髪を撫で続けていた。

 

 

 

 今までの固まっていた心が嘘のようにほどけ、気持ちが落ち着きましたが、同時に恥ずかしさがこみ上げてきました。やだ……髪も何もしていないし、お洋服だってシャツしか着てないのに……。慌てて提督の腕から逃れます。

 

 「私、こんな恰好で……恥ずかしい」

 

 桜の花びらをあしらった髪留めを口に咥え、髪をポニーテールに結わえようと、両手で髪を頭の高い位置にまとめようとしましたが、果たせませんでした。

 

 「あ……」

 

 再び大和は抱きすくめられます。どれくらいそうしていたでしょうか。このまま時が止まればいい、そう思ったりしましたが、それでも、何とか言葉を紡ぎます。

 

 「ダ、ダメですよ提督。ま、まだシャワー浴びてないし……」

 

 顎を支え少し強引に大和の顔を自分の方に向ける提督。唇が唇で塞がれ、言いたかったことは途中までしか言わせてもらえませんでした。

 

 

 

 目覚めはいつも悲しかった。伸ばした指の先に触れるシーツの感触が、貴方の不在を教えてくれるから。

 

 でも今日は違います。指先を伸ばす必要もありません。伸ばしたくても伸ばせません。私がいるのは、望んで焦がれていた貴方の腕の中だから。

 

 「へへへ……」

 

 提督の厚い胸板に顔を埋め、思わず笑みが漏れてしまいます。やっと……やっと大和が夢に描いた、二人の暮らしが始まります。提督が目を覚ます前に、朝ご飯の用意をしちゃいましょう! 提督を起こさないよう、そっと腕の中から抜け出します。

 

 キッチンにふわっと広がるコンソメスープの匂い、フライパンには焦げたバターの香りが立ち上る鮭のムニエル、季節の野菜のサラダに添えるのは、今作っているシーザードレッシング。これで完成、あとは提督が目を覚ましたら、トーストを焼くだけです。

 

 思いの外すぐに提督がダイニングへやってきました。あれ、早かったですね。少し気怠そうに椅子を引き腰掛け、テーブルに肘を置いて頬杖を付く、ちょっとお行儀の悪い私の提督。

 

 もう少しだけ朝ご飯の準備に時間がかかりそうです。私は急いで電気式のケトルのスイッチを入れお湯を沸かし、その間に、シンク上の収納庫から紅茶缶、ティーポット、ティーカップ、そしてミルクポット……紅茶を淹れるための道具を取り出します。ケトルからごぼごぼと湯玉のあがる音、沸騰しましたね。ティーカップを二つ準備してお湯を注ぎカップを温めます。大和特製のモーニングミルクティーで、心身ともに元気に目覚めてもらいましょう。

 

 「大和の特製紅茶を飲んで待っていてくださいね」

 

 寝起きはぼんやりしてる低血圧気味の人、だからミルクティーは少し甘めにしてあります。カリカリトーストが好きな提督のため、タイマーを六分にセットしたトースターにパンを入れ、その間に他のお皿の準備を整えます。

 

 がちょん、と音を立ててポップアップ式トースターからこんがり焼けたパンが跳び上がりました。このトースターは、焼き上がるとパン全体が飛び出してきます。慌てずにさっとお皿で受け止めます。

 

 「提督っ、見てましたかっ? ……って、新聞ですかぁ」

 

 大和の声に反応して、提督は新聞の陰から顔を覗かせます。ちょっとがっかりです。華麗なキャッチ、見てくれてなかったんですね。

 

 

 「食べ終わりましたか? そのままでいてください、大和が片付けますから」

 

 本当にささやかな、でも彩りに満ちた二DKのお部屋での暮らし。大和が欲しかったのは、こういう時間でした。

 

 洗い物をしていると、人影が左に立ちます。提督が無言で手を差し出しています。洗い終わったお皿を拭いてくれるつもりのようです。ふふっ、なんかこういうの、いいですね。

 

 蛇口からの水音と、かちゃかちゃとなる食器、時折鳴るきゅっという拭きあがったお皿の音。二人で洗い物をすると、あっという間に終わっちゃいます。あとは、今日のやることは……。

 

 「大和はこれからお洗濯と掃除機がけを始めますから、提督は向こうのお部屋でゆっくりしててくださいね」

 

 

 

 ぱんっ、と音を鳴らしてタオルの水気をとばし、物干し竿に干してゆきます。やっぱり洗濯物は天日干しが一番です。ベランダが洗濯物でいっぱいになり、風に揺れています。潮の匂いのしない、優しい風。大和の前髪も吹く風に揺れています。旗艦として艦隊を率いていた時、敵戦艦と正面から撃ち合った時、戦船として血が滾り、力が漲っていました。でもそれよりも、こうやって何気ない平和な時間を過ごす事の大切さを噛み締めています。

 

 「提督、こっちは終わりましたよ。何をしてるんですか――」

 

 窓を開け室内に戻ろうとすると、吹き込んだ風がレースのカーテンを大きく揺らします。一瞬提督の姿を見失い慌てましたが、カーテンが元の位置に戻った時には、提督が床に座り何かを見ていました。

 

 「……それは?」

 

 提督が見ていたのは一冊の古いアルバムでした。思わず興味津々で、提督の横にちょこんと座ります。

 

 「きゃあーっ、提督若いっ。ふふっ、随分可愛らしかったんですね」

 

 緊張した表情で肩に力が入りまくり、まだ身に着かない敬礼をする提督が、泊地正門の前に立つ写真。可愛らしい、という大和の言葉に不満そうな表情を見せる提督。その表情も可愛いですよ、と思いましたが口にはしませんでした。

 

 それからもページを繰ると、様々な写真が出てきます。最初の頃は駆逐艦や軽巡洋艦との写真が多く、途中から重巡、空母も交えた写真が増えてゆきます。当時大和は泊地にいませんでしたので、自分が写っている写真は一枚もありません。

 

 ぴくっ。

 

 思わずページをもったまま手が止まります。そんな大和の表情を見ている提督の表情が気まずいものへと変わります。

 

 それはとある艦娘と一緒に写っているもの。最初の頃の緊張したような表情ではなく、どこかにやけた顔で腕なんか組んじゃって。ふーん、金髪ロング巨乳が好キダッタンデスネー。あれ、何か棒読みっぽくなっちゃいました? 慌てて次のページへ行くよう繰り返し言う提督。はいはい、過去は過去ですからね。

 

 ぴたっ。

 

 再び手が止まりました。建造ドックの前、大和と提督が真ん中にいて、その後ろには、当時泊地にいた艦娘達が整列して全員が写っている写真です。

 

 「これって……」

 

 提督が頷きます。大型建造で生まれた大和が着任した時の写真です。心から嬉しそうな提督の表情。周りの艦娘のみんなも、懐かしいですねー。そこから先は、大和との写真ばかりでした。

 

 そして……何かを握り締めながら泣いている私の頭を照れくさそうに撫でている提督の写真。指輪を頂いた時の……てゆうか、何でこんな所が撮られてるんですか!? あぁ……なるほど……本当は芸能人みたいに二人で指輪をはめた手を見せながら写真を撮るつもりが、私がいつまで経っても泣き止まず、面白がった青葉さんがその光景をぱちり、という事ですか……。

 

 こてん、と提督の肩に頭を預けます。そっか……私、こんなに愛されてたんですね。胸の中に何とも言えない温かい気持ちが広がり、まるで自分が夢の中にいるような、ふわふわした感じがします。

 

 

 夢……!?

 

 

 自分の何気ない一言が、それまでの気持ちに冷や水を浴びせます。次のページの写真、それは出撃前の光景を写した一枚。サーモン海北方海域解放戦の頃のものですね。心臓がばくばくし、少し震える指で次のページを繰ります。

 

 

 

 ぱらり。

 

 

 ぱらり。

 

 

 ぱらり。

 

 

 

 一冊の古いアルバム、その先はすべて白紙のままでした。

 

 

 堪らずに振り返ると、提督は既に立ち上がり、大和に手を伸ばしています。一緒に行こう、ということでしょうか。立ちあがり、ゆっくりと手を伸ばし、震える指先で提督の手を掴みます。気付けば大和も制服を着ています。

 

 私は理解しました。これは私の夢なんだ。傷付き疲れた私が逃げ込んだ世界。夢なら、いつか目覚めなきゃならない。

 

 提督と手を繋ぎながら、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと玄関に向かい歩いてゆきます。前を行く白い制服の広い背中を見ていると、徐々に鼓動が高まります。このドアを開け外に出れば、私はきっと目を覚ます。そしていつ終わるとも知れない戦いの日々へと戻ることになります。

 

 ぴたり、と足が止まってしまいます。怖い……の? いいえ、戦う事は怖くない。でも、提督と二人で暮らす時間の愛おしさを知ってしまった今、この時間を失いたくない――。

 

 気付けば、優しく包む様な笑顔で提督が大和を見守っています。それは丁度建造ドックから出て最初に見たのと同じ、提督の笑顔。大きく深く頷いた提督は、綺麗な敬礼で大和に向けます。

 

 ーー君の力を待ち望んでいる人がいる。力なき民を、国を、深海棲艦の脅威から守るため、戦いの海に乗り出してくれ。不肖非才の身であるが、提督として全力で君を支えよう。

 

 大和が着任した時に送られた言葉が脳裏に甦ります。この国の古称を冠した艦娘として、大和が大和である限り、国を、銃後の民を守り続けなければなりません。

 

 提督に見守られながら、意を決しドアノブに手を掛けます。鍵を空けノブを回しドアを開け放つ。二人で静かに暮らすのは、戦争が終わってから。その日が来るまで、ううん、その日が来た後も、いつまでも一緒にいてくださいね――。

 

 

 そんな想いを裏切るように、強く突き飛ばされた背中。大和は、大きくつんのめりながら一人で部屋を出ました。

 

 

 そして閉まるドア。

 

 

 狂ったようにドアを叩き、涙ながらに提督の名を呼び叫んでも答えはありません。

 

 「どうして……」

 

 

 

 顔を上げると目に飛び込んできたのは、驚愕、それ以外の言葉で説明のできない表情の妖精さん達でした。

 

 きょろきょろと周りを見回すと……泊地の病室のようです。知らせを受けたのでしょう、艦娘のみんなが息急き切って駆け込んで来ます。懐かしい顔も初めての顔も、みな驚き、喜び、目に涙を浮かべています。でも一人足りない――。

 

 「提督はっ!? 提督はどこですかっ!?」

 

 よほど切羽詰った声だったのでしょう。一瞬にして病室に沈黙が訪れました。見渡しても誰も口を開こうとしません。皆一様に凍りつき困惑した表情に変わっています。沈黙が重くのしかかる中、意を決したように声が上がります。

 

 「大和、落ち着いて聞いて欲しい。お前の言う提督は――」

 

 

 

 「そう、だったんですね……」

 

 知らされた事実に、私は呆然としてしまいました。レ級との戦いから今日までの間、すでに何年もの時間が過ぎていたなんて。

 

 瀕死の重傷で発見された私は、緊急入渠で一命を繋いだものの意識が戻らなかったそうです。提督は、その後の指揮が守勢的なものになり、戦果を上げられず程なく更迭されたそうです。古いアルバム一冊と指輪だけを愛おしむ様に胸に抱き、何度も振り返りながら泊地を後にしたと聞き、私は涙を堪えられませんでした。

 

 ただ、その後の提督のお話、あの小さな二DKで過ごした時間が最後の温もりであり、今生の別れだったと私が知るのは、もっともっと後の事となります。今の私は、提督に託された思いを噛み締める事しか頭にありませんでした。

 

 

 -ー例え一人でも、私に艦娘であれ、貴方はそう言うのですね。

 

 

 あの小さな部屋は、夢であり私の心の中だったのでしょう。

 

 それがどれほど静かでも、目を伏せ心を閉ざした果ての時間。殺し殺され、傷つき傷つけられ、命からがら基地に戻ったら、高速修復剤(バケツ)を使ってまた戦場に駆け戻る……そんな血塗られた戦いの日々でも、私と提督は出会い、お互いを愛し、精いっぱい生きてきた。悔いの無いよう一瞬一瞬を積み重ねた、あの古いアルバムの中に切り取られた時間は、確かに輝いていた。

 

 だから私は立ち上がる。今度こそ負ける訳にはいかない。何度倒れても甦る。例え今は会えなくても、貴方の艦娘として誇り高くあり続ける。この戦争が終わった時に、胸を張って貴方に会いに行けるよう戦い続けるから、見守っていてくださいね。

 

 「提督、全ての戦いが終わり、大和の力を誰も必要としなくなった時、必ずあなたの元に帰ってきます。その時は……アルバムの続き、二人で埋めましょうね」



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第六話 うーちゃんのたからもの

 失くした後のぎこちなさ。俯いたままの店長を前に引っ張る卯月。

 ※このお話は、第二話『スーパー北上』の続編になります。先にそちらをご覧いただくと、より話が分かりやすいと思います。


 「行ってくるぴょん」

 

 廊下の奥に声を掛けても、返事はいつも同じだぴょん。行ってらっしゃい、の言葉。高くもなく低くもない抑揚のない声。お見送りなしかぁ……気分を切り替えて、気合入れるぴょんっ!

 

 「今日も一日ぃ~、がんばるぴょん!」

 

 左右を木立に囲まれた、学校までの細い田舎道をとてとて行くと、大きな木の下で待ってる第一町人……じゃなくて学校の友達を発見したぴょん。髪の毛をふわふわ揺らして、毛先をまとめているウサギの髪留めもゆらゆら揺らして走るぴょん。さ、一緒に学校にいくっぴょん。はしゃぎながら、でもふと空を見上げるのだ。

 

 

 ーーもうすぐ一年になるぴょん……。

 

 

 

 

 一年は、何かをするには短いけど、何かが変わるには十分に長いぴょん。

 

 

 今も昔も、うーちゃんにとって、北上さん(おかしゃん)店長(おとしゃん)は大事な家族だぴょん。ある冬の日、初めておかしゃんをおかしゃんと呼んだぴょん。いつも通り褞袍を着て炬燵でぬくぬくしてたおかしゃんは、一瞬きょとんとして、すぐににへらっと笑ってこう言ってたぴょん。

 

 「そうねぇ……言われてみると、そういうのも悪くないねぇ、うん。……もう一度、呼んでみ~、ほらほら~」

 

 わわっ、くすぐりっこなら負けないぴょん! 二人でけらけら笑いながら、一緒に炬燵で蜜柑食べたぴょん。でも恥ずかしいから、そう呼んで甘えるのは二人の時だけ。それに、この頃はもう、おかしゃんはいつも具合が悪かったぴょん……。おとしゃんをそう呼ぶのはもっと恥ずかしかったぴょん。だからまだちゃんと呼べてないのね。

 

 「そのうちさ~、みんなで旅にでも行きたいねぇ、うん。旅先でさ、おせんべい焼いて売るの」

 

 おとしゃんは炉辺持参での旅かぁ、と笑ってた。でも、そのうちは来なかったぴょん。だから、「そのうち」って言葉は嫌いぴょん。それから、おとしゃんはおせんべを焼かなくなった。

 

 店長(おとしゃん)は、心に蓋をしちゃった。泣くことも怒ることも笑うこともなくなったぴょん。遊んでくれないから、つまらないぴょーん……。お店も『臨時休業』の張り紙を出したまま。しばらくの間は、うちのおせんべを買いに来たのに買えなかったお客さんがぶーぶー言ってたけど、そのうち誰も来なくなって静かになったぴょん。

 

 ……でも、いつまで経ってもお店は再開しないぴょん。もう臨時じゃなくて常時休業。そうすると噂に尾ひれどころか羽まで生えて、好き勝手に飛んだり泳いだりするぴょん。親一人子一人さらにおとしゃん無職のおうちの子、それがこの地区でのうーちゃんの立ち位置。きっとそういうことにしたいんだろうな。ふん、そんなの関係ないぴょんっ! おとしゃんはねぇ~、たいしょくきんいっぱい持ってるんだぞぉ~。

 

 

 毎日は何かをするには短く、何かが変わるには長くて、『スーパー北上』の看板だけは、ずっとそのままだぴょん……。

 

 

 

 いつものように学校から帰ってくると、誰だろう、茶色い髪の女の人がお店の軒先に立ってるぴょん。じっくり観察するぴょん。

 

 「ここね……」

 

 林檎的なスマホの画面を指でしゃっしゃってしてるぴょん! おおー、できるオンナっぽいぴょん……と思ってたら雨戸をがんがん叩きだすとはっ!! おうち壊れるっ!!

 

 「や、やめるぴょん! いったいお前は誰ぴょんっ!? そこはうーちゃんのおうちだぞぉ~っ!!」

 「あら、あなた……卯月じゃない」

 

 できるオンナ、じゃなくてアブないオンナに大急ぎで駆けより、必死に乱暴しないよう止めに入るぴょん! 大きなサングラスを外したその顔を見て、うーちゃん、腰を抜かしそうになったぴょん。

 

 「ふぇえぇ! お、大井っちだぴょんっ!」

 「何がふぇえぇ! よっ。そっか、学校から帰ってくる時間だったのね。ちょうど良かったわ、早く鍵を開けてちょうだい。私はここの()()に用があるのよ」

 

 おとしゃんは提督じゃないもん、店長だぴょん。ふんすと胸を張る大井っちをジト目で見る。輸送護衛任務で何度も一緒になったことがあるぴょん。兵学校でも教官をする程の人だから、任務の途中でもうーちゃん達駆逐艦はシゴかれたぴょん……。ケッコンカッコカリのてーとくとそのまま結婚して外地でりっちまだむ的に暮らしてるとか噂を聞いたことがあるけど……。そういえば、おかしゃんはよく『うちのおせんべい、大井っちにも食べさせたいよねー』って言ってたっぴょん。

 

 たたっと駆け出し、お店の裏手に回り込んで玄関に向かうと、大井っちも付いてくるぴょん。

 

 

 

 「……お茶だぴょん」

 

 仕方がないのでおとしゃんがいる居間まで大井っちを案内したけど、空気が重くてイヤになるぴょん。おとしゃんはすごくびっくりしていたぴょん。でも久しぶりに、表情っぽい表情を見た気がするぴょん。でもって案の定、座卓を挟んで、おとしゃんと大井っちは向かい合う。でも何もしゃべらないぴょん。

 

 うーちゃんの淹れたお茶をずずっと飲んで黙っているおとしゃんに、痺れを切らした大井っちが口を開いた。

 

 「私がわざわざこんな片田舎まで来たのは、北上さんの言ってたことが本当か確かめるためよ。北上さんは時々手紙をくれたわ。メールとかじゃなく手書きの手紙なんて、いつの時代よ、とか思ったけど北上さんらしくて可愛かったわ……。北上さんは、あなたと卯月と暮らせて本当に幸せだって何度も何度も書いてた。この店のおせんべい、私にも食べてほしいって。送ってもいいけど味が落ちるから、帰国した時にお店に来てね、って」

 

 そこまで言うと、大井っちもずずっとお茶を飲み一息ついたぴょん。そして、急に怖い顔になって、おとしゃんに詰め寄り始めたぴょん。あまりにもすごい剣幕で、うーちゃん、思わずちびりそうになったっぴょん。

 

 「……なのに、北上さんは……。分かってる、不十分な修理のままだったのが良くなかったってことぐらい。でも…あなたも元提督なんでしょうっ!?  何でもっと早く北上さんの不調に気づかなかったのよっ!? 気づいたら何ですぐに手を打たなかったのよっ!? 北上さんは『せっかく平和になったしさ、店長を海軍と関わらせたくないんだよね~』なんて言ってたけど……ふざけないでっ!! 結婚したんでしょうっ!? どうして……どうして……」

 

 そこまで一気に言い募ると、両手で顔を覆い大井っちは肩を震わせて泣き出したぴょん。見てると、おかしゃんの事を思い出して、うーちゃんも泣けて……くるぅ……うわあぁぁぁぁぁん!!

 

 けっこうな時間が経って、大井っちはやっと泣き止んだぴょん。うーちゃんは……ぐす……おとしゃんが頭を撫でてくれたから平気……だぴょん……ぐすっ。

 

 「みっともない所を見せたわね、忘れてちょうだい。……ねえ、この店自慢のせんべいを出してくれる? 北上さんの言ってた『幸せな味』を、私は確かなきゃ。もしその通りの味なら、きっと北上さんは幸せだった、そう思うようにするわ。でも、もし違ったら……」

 

 ……おとしゃんはもう、おせんべ焼いてないぴょん。思わずおとしゃんの顔を見上げる。くしゃって顔を歪めてとっても辛そうぴょん。でも……口元が動いたぴょんーー。

 

 「はあっ!? もう焼かない? どういうことよ一体っ!?」

 

 そんな急に立ち上がるから、湯呑みが倒れたぴょんっ! おとしゃんはそれきり大井っちが何を言っても口を開かないぴょん。大井っちがどんどん怒ってるぅ~。どれだけ言っても何も言わないおとしゃんには呆れてるみたいだぴょん。

 

 「……分かったわ。今日は帰ってあげるけど、日本を離れる前にもう一度来るわ。その時までに用意しておきなさいよっ!!」

 

 怒りんぼの大井っちは、ぷりぷり怒りながら帰って行ったぴょん。怖かった……。おとしゃんは何も言わずにお片付けを始めたぴょん。その背中を見てると、何だか……。

 

 

 -ーほんとにこのままでいいの……?

 

 

 

 片田舎の学校の校門そばに横付けされた真っ赤な車、かっこいいぴょん! 車の顔の真ん中ら辺でお馬さんが跳ねてる、この辺でこんな車見た事ないぴょん、みんなわらわら群がってべたべた触ってる。ぃよお~し、うーちゃんもっ!

 

 「大きさの割に生徒は少なそうね。小中学校が一緒なの? あぁこらっ、触んないでよっ!」

 

 うぉぉぉぉっ! びっくりしたっ。車の反対側から大井っちがぬうっと出てきたぴょん。

 

 「……乗りなさいよ、家まで送ってあげる。少し、お話したいこともあってね」

 

 じとーっと大井っちを見る。またおうちに来ておとしゃんをいじめるつもりだなぁ~。うーちゃんの視線に気付いた大井っちは苦笑いを浮かべながら肩をすくめてるぴょん。

 

 「安心しなさい、用があるのは提督じゃなくてあなたよ」

 

 

 

 「うぉぉぉぉぉぉっ! い~けぇ~、いぃ~けぇ~っ!!」

 

 す、すごい速さだぴょんっ! ハンドルが左に付いてるっ! おうちの軽トラの荷台に乗るのと全然違うぴょん!

 

 「比べないでよね、そんなのと」

 

 大井っちはそう言いながらどこか楽しそうぴょん?

 

 「うちの人がね、そろそろ日本に帰ろうか、って言いだしてね。今回は住む所を探したり色々書類手続きをしたりしに来たのよ。卯月の家に寄ったのは、そのついで。……もちろん、北上さんがどんな暮らしをしてたのかにも興味はあったんだけど……」

 

 あっという間におうちに着いて、車の中で色々話をしたぴょん。おとしゃんと毎日何をしてるのか教えてあげたぴょん、えっへん! おとしゃんはねぇ~、おとしゃんはねぇ、朝ご飯を作ってくれて、お洗濯も掃除もしてくれて、宿題も教えてくれて、晩ご飯も作ってくれて、夜は一緒に寝てくれる。でも、そういえばおとしゃんの方からうーちゃんに話しかけてもらったのって……あれ、いつだっけ?

 

 じっとうーちゃんの話を聞いていた大井っちは、何か言いたそうにしているぴょん。

 

 「卯月……うちに来ない?」

 

 

 …………はい?

 

 

 うーちゃんの頭の中は、はてなマークでいっぱいだぴょん。よそに遊びに行く時は、おとしゃんに言わないとだめだぴょん。

 

 「そうじゃなくて、私と……家族として暮らさない? そう言ってるの。これ、何か分かる?」

 

 大井っちはそう言うと、バッグから手紙の束みたいのを取り出したぴょん。

 

 「これは全部北上さんから来た手紙。最後まであなたと……提督の事ばかり書いてあるの。北上さんが一番大事な時に、私は何もできなかった。ならせめて、私はあなたを幸せにしたい。そうすることが北上さんの気持ちに応える事だと思うから……」

 

 びっくりしすぎると固まって何も言えなくなるぴょん。ただじっと大井っちの目を見つめる。

 

 「北上さんはお母さん、でも提督は店長って呼んでるんでしょう? 今の暮らし、本当にあなたのためになるのかしら? あの提督……自分の殻に籠っちゃって。そりゃ北上さんがいなきゃ、誰でもああなるだろうけど、でも彼にはあなたもいるのよ? 北上さんもあんな男のどこがよかったんだか……」

 

 「おとしゃんを……悪く言う人は大嫌いだぴょん」

 

 絞り出すように、それだけやっと言ったぴょん。

 

 -ーまた一週間後に来るからその時に答を聞かせて。よく考えてね。

 

 そう言い残して大井っちは帰ったぴょん。最後にごめんね、と言いながらうーちゃんの頭を撫でてくれた手は、少しだけおかしゃんに似てた……。

 

 

 

 大井っちに言われた事、頭から煙が出そうになるくらい、一生懸命考えた。そして決めたぴょん。うーちゃんがどんだけ幸せか大井っちに見せるのでっす! そのためにはぁ〜。

 

 「よいしょ、よいしょ……意外と重たいぴょん。確かこれはこっちに置いてたような気がするぴょん」

 

 雨戸を開けて土間にお日様を入れて空気も入れ替え。それから、ずるずるざりざり、物置からコンクリートの土間に長くて分厚い板を二枚、短めの板を二枚、内側に置く金属製の炭入れと金網と……。あとは……あれ? 何か足りないような気がするぴょん? まあいいや、取りあえず組み立ててみるぴょんっ!

 

 

 ためになるって何?

 

 うーちゃん、よく分からないけど、このおうちでおかしゃんとおとしゃんと一緒にいた時間は、宝物だぴょん。左側におとしゃんが座って、おせんべを焼く。右側でおかしゃんがお醤油を塗って、焼いて、引っくり返して。それをうーちゃんが紙袋に入れる。あの時間、焦げたお醤油の匂いのする炉辺で、みんなでにへらって笑っていたぴょん。今はおとしゃんしかしないけど、でも……でも、おとしゃん全然笑わない。だから、うーちゃんがおかしゃんの代わりをして、おとしゃんに笑ってもらうのでぇす! びしっ!

 

 居間と土間を仕切ってる障子がすうっとあいたぴょん。こんな朝早くからがたがたやってたら、おとしゃん気付いちゃったぴょん。あれ、おとしゃん、顔が強張ってる……そんな怖い顔しないでほしいぴょん。あ、あのね……う、うーちゃん……。

 

 「うーちゃんと一緒におせんーー」

 

 冷たい声で遮られて、最後まで言わせてもらえなかったぴょん。うーちゃん、口がからからに乾いてきたぴょん。おとしゃんはくるりと背中を向けちゃった。待って、待ってよ、うーちゃんのお話、聞いて欲しいぴょん。

 

 「うーちゃん、おかしゃんの代わりに頑張るぴょんっ! だから……またおせんべ焼いてーー」

 

 おとしゃんの動きが止まったぴょん。もう一回くるりと振り返ったけど、泣くのを堪えてるような不思議な表情をしているぴょん。は? 今何て言ったっぴょん? ひどいっ、おとしゃんを放っておけるわけないぴょん!! おとしゃんが嬉しいと、うーちゃんも心がぴょんぴょんする。でもおとしゃんが悲しいと、うーちゃんも心がちくちくする。だって家族だぴょん。なのに……なのに……。

 

 「うぅ~……ばかぁ……ばかあぁ~~!!」

 

 泣きながらお店を飛び出した。大井っちの言った言葉が頭をぐるぐるして、とっても悲しくなったぴょん。

 

 

 

 朝から晴れてた空が、急に曇ってどしゃぶりになったぴょん、夏空のばかぁ。おうちを飛び出したのに、これじゃぁどこにも行けないぴょん……なので軒下にずるずる腰を下ろして、立てかけてあった波々した錆びたトタン板で自分の前を覆って雨除けにしたぴょん。これで道路からうーちゃんは見えないぴょん、うん、安心なのだぁ。

 

 たんたんたんと雨がトタン板を叩く音。雨と土の匂いに鼻がくしゅんってなったぴょん。誰ぴょん、風除けどけたのは?

 

 おとしゃんがずぶ濡れになって立っていたぴょん。髪もぺったり、服もぐっしょり、顔を雨がしたたってる。この雨の中、傘も差さずにうーちゃんを探してくれたの? 目の前の姿がみるみる歪むぴょん。

 

 「お……と……おと、しゃ……おとしゃぁ~んっ!!」

 

 涙声で鼻水たらしたまま、おとしゃんの胸に飛び込んだ。普通に、やっとおとしゃんって呼べた……自然に口から出たぴょん。あっという間にうーちゃんもびしょぬれぴょん。おとしゃんと二人で逃げるようにお店に戻る。

 

 ぽいぽいと濡れた制服を洗濯籠に入れてお洋服を着るうーちゃん、おとしゃんも着替えて、土間に集合だぴょん。二人並んで(あが)(かまち)に座ったら、わしゃわしゃとバスタオルで頭を拭いてもらう。くぅ~、きもちいいぴょん。そしておとしゃんがゆっくりと話しはじめたのはーー。

 

 いつも通りおせんべを焼こうとすると、いつも右側にいたおかしゃんがいないのを思い出して、それが辛くて悲しくて、炉辺に行きたくなくなったってお話。おとしゃん、おかしゃんのことほんとに好きだったぴょん……。

 

 「うーちゃんもおとしゃんの事、とってもとっても大切だぴょん。うーちゃんと一緒じゃ、おせんべ焼いてくれないぴょん?」

 

 おとしゃんはにっこり笑うと、うーちゃんの頭をぽんぽんして、それ以上何も言ってくれなかったぴょん。ダメなのかな……。その日の夜は考え事ばかりでよく眠れなかったぴょん……。

 

 次の朝、土間に炉辺が完成していた。え? え? もしかして……もしかしてっ!? 炉辺の陰にしゃがんでたおとしゃんが立ち上がって、にっこり笑ってるぴょん!

 

 

 『スーパー北上』に、炉辺が帰ってきたぴょん。

 

 

 

 「へえ~、おせんべいってそうやって作るのね。知らなかったわ」

 

 大井っちがまたやって来たぴょん。どおだぁ~、これがスーパー北上のおせんべいだぴょんっ!

 

 おとしゃんが上新粉で団子を作って、うーちゃんが薄く延ばして天日で乾燥させるぴょん。左側に座るおとしゃんがいい感じに乾いたら炭火で焼き、程よくおせんべが焼けたら、少し離れて右側に座るうーちゃんの出番っ。醤油だれを塗ってまた焼くぴょん。ぱちぱちと爆ぜる炭の音、菜箸でおせんべいを引っくり返す時に金網が小さく鳴る音、炭に垂れた醤油が焦げるじゅって音、美味しそうだぴょんっ♪

 

 ん? やだなーおとしゃん、急に頭をぽんぽんして~、恥ずかしいぴょん。おとしゃんの方を見ると、おせんべを焼いてて、うーちゃんの視線に気づいてこっちをみたぴょん。あれ? 確かに髪の毛に触れられた気がしたのに……? おとしゃんもうーちゃんの方を不思議そうに眺めてるぴょん。あの触り方……そういえば、おかしゃんにそっくりだったぴょん。

 

 目をぱちぱちさせ、大井っちが驚いたようにこっちをまじまじ見てるぴょん。どおしたのかな?

 

 「そっか……もう十分に分かったわ。店長、焼き立てを一〇枚ちょうだい。あ、そうだ卯月、こないだの話だけど……忘れなさい」

 

 一〇枚セットだとぉ~。紙箱を組み立てて、おせんべ入れて、ふたをして、手提げの紐をつけて……うーちゃん今忙しいぴょんっ! ん? 大井っち、何か言った?

 

 「何でもないわ。できた? ああ、お釣りはいらないわ。それじゃあね、()()とも」

 

 見えない誰かに話しかけるように、ひらひら手を振って大井っちは帰って行ったぴょん、変なの? でも、それでもいいぴょん。うーちゃんとおとしゃんの間に、いつものお下げ髪で褞袍を着たおかしゃんがにへらって笑ってるような気がするぴょん。きっと、止まっていた時間が動き出したから、そんな気がするだけ? でも今は、それでもいいぴょん。

 

 

 時間は短くて長くて、変わる事も変わらない事もあるぴょん。でもおとしゃんとおかしゃんと、スーパー北上は、ずーっとうーちゃんの宝物だぴょん。



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第七話 人魚姫

 春雨と、もう一人の彼女の、在り得たかも知れない物語。


  いつからだろう、こんなとこにいるのは?

  どうしてだろう、こんなことをしてるのは?

  誰だろう――――ワタシは?

  誰だろう――――アナタは?

 

 

 目が覚めたら、独り。ぽつりと海の上。

 

 水面に映る自分の姿を初めて見たとき、何の感慨も湧かなかった。蒼白い髪、白い肌、黒い帽子と制服。恐怖も嫌悪も愛着も好意も何もない。だって自分だから、それが自分のあるがままだから。不意に、水面に映る自分の姿が醜く顔を歪めて笑い始めた。

 

 ぽろり、ぽろり、ぽろぽろ。

 

 零れる涙は海へと還る瞬間に波紋を作り、私の姿を海に溶かしてゆく。ああ、私、泣いてる、の? どうしてかな? 考えても考えても考えても分からない。でも少しだけ覚えているかも。低空で急速接近してきた爆撃機から放たれた尾羽の無い爆弾が、猛烈な勢いで水面を跳ねるようにしてこちらに向かってきた光景。それと、少し照れたような表情で微笑む、白い制服を着た大柄の男性。

 

 

 それからも独り。ぽつりと海の上。でも、ある日から変わった。

 

 海上を走る女の子達。色とりどりの髪の色、可愛い制服、眩しい肌の色。

 

 ぎり、ぎりぎり。

 

 それが自分の歯噛みする音だと気付くのに時間はかからなかった。私、どうしちゃったんだろう? 気づけば左右に波を蹴立てて走り出していた。それは女の子達も同じだった。

 

 何かで撃たれた。それは砲。何かが水面の下を走り迫ってくる。それは魚雷。こちらに迫ってくる。それは艦娘。

 

 「イタイ……ジャナイ、カッ!」

 

 砲を撃ち返し、魚雷を射ち返す。なんだ、私も持ってたんだ。あちらに迫ってゆく。ワタシは深海の姫。

 

 あの子達がどうして私に酷いことをするのか、分からない。でも自分の事は気付いちゃった。どす黒く、体のうちから身を焼くようなこの気持ち――――嫉妬に。

 

 それからの日々は、それでも案外楽しい、かな。戦っている(遊んでる)間は、独りじゃないから。

 

 でも、戦いが終わるとやっぱり独り。そんな時は、決まって思い出す。白い制服を着た男の人の笑顔。

 

 

 それからの日々は、それでもやっぱり悲しい、かな。色んなことを少しずつ思い出したから。

 

 気付けば駆逐棲姫と呼ばれているって分かった。そんな名前じゃないのに。でも、私、誰だっけ?

 

 なんだろう、もう少しで大切なことが思い出せそうなんだけど、な。そんな気がするだけかも知れないけど。

 

 

 

 暗い海面は静かに波打ち、白い波頭が星明りをきらきら輝かせる。白と黒の水面を切り裂くように進む蒼白い夜光虫の灯り。仄暗い蒼がたどり着いた先には、赤と黄色の炎と白い閃光、夜よりも黒い煙。軋むような泣くような、悲鳴にも似た音と声を残し、海に浮かんでいた存在はあっという間に水底に呑み込まれてゆく。

 

 「馬鹿、ダネ……コンナ所ヲ僅カナ護衛ダケデ航行スルナンテ……」

 

 星明りを煌めかせる白い波頭が静かに波打つ暗い海面。月と星だけが見下す暗い水平線だけが目に映る。サイドテールにまとめた、月明かりを集めたように青白く、緩くウェーブがかかった長い髪を、黒いグローブをつけた手で抑える。ノースリーブの黒いセーラー服様の制服から覗く細い腕は色素が抜けたように白く、瞳の色も蒼と紫の間の色。広い海原には私だけ、ついっと顎を上げ空を見上げる。

 

 「月ガ、キレイ……」

 

 今夜の月を唐突に見失う。糸の切れた人形のように海面に倒れ込む。痛い……頭に一発、足に一発、ですね。しまった、ぼんやりしすぎたのかな。まだ艦娘、残ってたんだね。今日はもう遊ばないよ。だって私、もう動けなくて、潮に流されちゃってる。

 

 

 

 「あ、れ……?」

 

 波打ち際に伸びてる自分。上半身は陸地、下半身は水の中。そっか、私、爆撃を受けて漂流したんだ。体を起こそうとすると、ずきん、と痛む。えへへ、嬉しいな。痛いのは生きてる証拠。頭と言わず顔と言わず体と言わず、ぺたぺた触ってみる。お気に入りだった帽子は…ありません。きっとあの帽子が盾代わりになったのかな。足は…痛いけど、多分大丈夫、です。でも……一番問題なのは、目です。輪郭がぼんやり見えて、色が分かる程度にしか見えません。これは困りました。入渠でちゃんと治るでしょうか。

 

 匍匐前進の要領で、体を引き上げます。足が十分に動くようになるには少し時間がかかりそうです。いつまでも水の中に体を浸けておくのはよくないです。女の子は下半身を冷やすのはダメですから。手に触れる感触から、どうやらここは砂浜のようです。風が土と草の匂いを運んでくるので、多分奥には森が広がっているのかな。目はまだぼんやりだけど、頭はだんだんクリアになってきたような気がします。

 

 あの強行輸送作戦……いいえ、あんなのは作戦と呼べるものではありませんでしたけど、とにかくあの作戦で私、被弾しちゃったんだ。空も海も敵に圧倒されている中を、航空援護もなく駆逐艦隊で突入するなんて……司令官は強硬に反対していたけど、解任を盾に脅されて止む無く引き受けていた。私は秘書艦だったから、司令官の苦悩が痛いほど理解できました。だから、絶対成功させなきゃ、そう思って作戦に参加したんだけど……。

 

 くうぅ~。

 

 わわっ、けっこう大きい音。恥ずかしいっ。思わずお腹を押さながら、辺りを見渡しちゃいました。誰も聞いてないですよねっ。見渡した範囲にぼんやり見えたのは、地面にある白い塊。人……でしょうか? 私は痛む足を引きずりながら近づいてゆきます。近づけば、やっとぼんやりですが形が分かりました。白い服、第二種軍装のようなので、きっと軍人さんのようです。

 

 「あの……生きてますか……?」

 

 返事はありません。むう……仕方ないので、仰向けにしてみようと思います。よいしょっ。ぐぅっと低いうめき声を漏らしました。まだ生きてるようです。取りあえずゆっくりとヤシの木の根元に凭れさせるようにします。

 

 「だ、大丈夫ですかっ!? 私は――――基地所属、白露型駆逐艦五番艦の春雨ですっ! あの……生きてますか……?」

 

 私の声に反応して、辛そうに体を動かして顔を上げたこの男性は――――私の司令官、でした。

 

 そして私と同じように、司令官は目が見えないようでした。

 

 

 

 「そう……だったんですね。と、とにかく司令官が無事で良かったです、はいっ!」

 

 言いながら自分の声が熱を帯びて、涙声になってゆくのが分かりました。司令官の話によれば――敵機の爆撃を受け消息不明の私を探すため、司令官は自らPG艇に座乗して何度も海に出たそうです。何度目かの捜索の帰り、折悪しく遭遇した深海棲艦の攻撃を受けて、乗艇も護衛の艦娘(仲間)も沈められた。そして、この砂浜に打ち上げられたんですね。

 

 「ご、ごめんなさいっ!! 私が爆撃なんか受けなければ……。司令官をそんな目に合わせることもなかったのに……」

 

 目の前をぼんやりと白い影が揺れています。司令官が手を……動かしているの、かな? 自分でも頬が熱いのを感じながら、同じようにおぼろげに見えている目でその手を掴みます。司令官は一生懸命、何かを探す様に手を動かしています。わわっ、そ、そんな所触っちゃだめですっ! 司令官は慌てて謝ってくれましたが、でもやっぱり手は何かを探しています。やがて、私のサイドテールの髪に指が触れ、そのまま手は私の頭に載せられ、私の頭を撫でてくれます。

 

 「あ、ありがとう……ござい……ます」

 

 とにかく無事でいてくれてよかった、それだけを繰り返す司令官。私は嬉しさと有り難さと申し訳なさで胸がいっぱいになり、わんわん泣き出してしまいました。そんな私を、司令官はただ優しく抱きしめてくれました。

 

 どれくらいの間そうしていたでしょう。目に入る光量が落ちてきました。夕暮れ時、ですね。日が落ち切る前にやらなきゃならない事があります。ぼんやりしか見えない目と痛む足に耐えながら、私は何とか薪になりそうな木材などを集めてきました。司令官を遠ざけ、一発だけ砲撃。轟音と煙の後には、必要以上に激しい炎の熱を頬に感じ、やりすぎちゃいましたね、と笑い合いました。でも、目の利かない私たちにはそれ以上のことはできず、二人で空腹に耐えながら夜を明かしました。

 

 

 

 「かなりはっきり見えるようになりましたっ! 一時的な視覚障害だったようです、はい。良かった……」

 

 翌朝、昨日よりはマシですけど足は依然として痛みが引かず、ひょこひょこしか歩けませんが、視力はかなり回復しました。視界の周縁部はまだぼんやりしますが、それ以外ははっきり見えます。司令官はきっと疲れ果てているのでしょう、まだ眠っています。その顔をじーっと眺めていると、胸に秘めていたはずの、諦めていたはずの想いが甦ってきます。

 

 「……司令官」

 

 私はそっと眠っている司令官の顔を覗き込み、その距離を少しずつ近づけてゆきます。お互いの吐息がかかるような距離まで唇が近づいた時、唐突に司令官が一言、寝言を呟き私は固まってしまいました。そしてすぐに顔がにへらにへらと溶けてしまうのが我慢できなくなりました。

 

 「春雨って……私の名前を呼んでくれました、はい……」

 

 今のうちに朝ご飯になりそうな食べ物を手に入れましょう。想像した通り、小さな砂浜のすぐ奥にはジャングルが広がっています。あ、バナナがありますね。これだけあれば当分大丈夫かな。何度か試したのですが、通信機も壊れちゃってるようで、基地に連絡を取ることもできません。取りあえず、足がもう少し回復するまで待ってから、私が助けを呼びに海に出ることにしましょう。

 

 「入り江だから、貝とか小さなお魚とか、頑張れば獲れたりすると思うのです、はい」

 

 バナナだけでもいいんですけど、せっかく昨夜焚火を熾して火が使えるようになったので、例え簡単な物でも司令官のために用意したいのです。ふんふんと軽く鼻歌をしながら、ひょこひょこ波打ち際に向かってゆきます。

 

 「お魚さんはいますでしょう、か……?」

 

 

 覗き込んだ水面。そこに映っていたのは、薄桃色で緩くウェーブのかかった長い髪をサイドテールにしたセーラー服姿の艦娘……だったらどれだけよかったでしょう。蒼白い髪、白い肌、黒いノースリーブの制服。恐怖と嫌悪に支配され、慌てて周囲を見渡しますが、ここにいるのは私だけです。

 

 

 恐る恐るもう一度水面を覗き込んでも何も変わりません。だって自分だから、それが自分のあるがままだから。不意に、水面に映る自分の姿が醜く顔を歪めて泣き始める。

 

 ぽろり、ぽろり、ぽろぽろ。

 

 零れる涙は海へと還る瞬間に波紋を作り、私の姿を海に溶かしてゆく。ああ、私、泣いてる? どうしてかな? 考えなくても分かってしまった。少しだけ覚えていた事が、ようやく全部繋がった。低空で急速接近してきた爆撃機から放たれた尾羽の無い爆弾は、私を沈めたんだ。そして……深海棲艦として私は再び甦ったんだ。あの夜、私が沈めたのはかつての仲間で、しかも司令官が乗っている船まで……。

 

 絶叫が小さな砂浜に響き渡りました。私の声、獣のような、血を流すような声。

 

 その声に驚いたのでしょう、司令官が覚束ない足取りで波打ち際に向かって歩いてきます。すぐさま転びそうになった司令官に、私は……手を伸ばせませんでした。

 

 何の資格があると言うの、かな……私に。波打ち際にしゃがみ込み、狂ったように激しく頭を振り泣き続ける私。声を頼りに私の所までたどり着いた司令官は、何度も春雨と私の名を呼び続け、こんな私でも抱きしめてくれました。

 

 

 私は……この温もりを振りほどけるほどに強くはなかった。そして温もりに甘えて嘘をつき続けるほどに弱くは無かった。

 

 

 

 「では、行ってきますね。大丈夫です、すぐにみんなを連れて帰ってきますから」

 

 再び夕闇が迫る砂浜。波打ち際での狂乱が嘘のように、穏やかで優しい声で、私は司令官に言葉をかける。不安を隠さず私の手を離さない司令官を宥めるように、今度は私から抱きしめる。どれくらいそうしていたでしょう、どちらからともなく、唇を求め合う。長く甘い、最初で……きっと最後の口づけ。

 

 ぽろり、ぽろり、ぽろぽろ。

 

 頬を流れる涙に気付かれてはいけない。例え司令官に見えていなくても、精いっぱい、花が咲いたようだ、とあなたが言ってくれた笑顔を見せる。少しは面影くらい、残っているといいな。振り向かず、私は波打ち際へと向かう。途中、風に乗った囁きが耳に届き、私の足を止める。そっか、どんな姿でも春雨は春雨だ、そう言ってくれるんだ。いやだなぁ、司令官、いつから……気づいてたんだろう。

 

 

 

 潮風が蒼白い髪を躍らせ、私は海を駆ける。艦娘を……司令官の部下であり、私がかつて仲間と呼んだ子達を探し求めて。

 

 -ー私、あなたにもう一度会えて本当に嬉しかったんですよ。でも、あなたが私の名前を呼ぶ度に、全てが嘘になってしまう……そんな日が来るなんて……。

 

 

 痛む足をそのままに、出せる全力で加速する。どこにいるの? 肝心な時に姿を見せないなんて……。

 

 -ーあなたに私の想い、伝わっていたかな? でも、私は私だけど私じゃない。

 

 

 遠くに光る砲炎が目に止まった。やっぱりね。基地の子達が司令官を捜索しない訳がないから。

 

 -ーそれでも、あなたの名前を呼んでも、好きでいてもいいですか?

 

 風を切り波を蹴立て、立ちあがる水柱の間を縫うようにして、ぐんぐん前に出る。痛っ! でも、もう少し……ここで大回頭。釣られた子達が私を追いかけてくる。あうっ、イタイ……じゃないカッ! ……いけない、引き離さず追いつかれず、入り江の入り口まで連れて行かなきゃ。そうすれば、焚火の灯りを彼女達は見つけてくれる。司令官には……帰る場所があるんです、はいっ!

 

 

 

  こんなとこにいるのは、あの時から。

  こんなことをしてるのは、どうしようもないから。

  誰であっても――――私はワタシ。

  どんなワタシでも――――アナタは?

 

 

 気が付けばやっぱり独り。ぽつりと海の上。

 

 蒼白い髪、白い肌、ぼろぼろの制服。撃たれ過ぎて足は原型を留めず、だけど絶対沈みたくないっ、そう思っていたら別な生き物みたいに変化しちゃった。それでも自分だから、それが自分のあるがままだから。何とか、艦娘達の追撃は振り切った。不意に、水面に映る自分の姿が醜く顔を歪めて微笑む。

 

 

 ぽろり、ぽろり、ぽろぽろ。

 

 

 零れる涙は海へと還る瞬間に波紋を作り、私の姿を海に溶かしてゆく。ああ、私、泣いてる。でも、決して忘れない。低空で急速接近してきた爆撃機から放たれた尾羽の無い爆弾が、猛烈な勢いで水面を跳ねるようにしてこちらに向かってきた光景。それと、少し照れたような表情で微笑む、白い制服を着た大柄の男。そして、その人が去りゆく私の背中に呟いた言葉。

 

 

 -ーいつかきっと迎えに行く。

 

 

 その言葉だけを胸に、蒼と紫の間の色をした瞳で滲む夜空を見上げる。

 

 「月ガ……キレイ…………」

 



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第八話 抜錨

 戦後まもない頃、人間不信に陥った鈴谷が出会った一人の人物。


 唐突に戦争が終わった日、鈴谷には何が起きたのか分からなかった。だって営倉に入れられてたんだよ! 今思い出しても……ほんとあったま来る。鈴谷のいた鎮守府の提督は、顔は確かにイケてた。でもね、だからって『割り切った関係』なんて冗談でしょ、キモッ! あんまりにもしつこいから、思わずビンタしちゃったら、即けんぺーさんが飛んできて営倉入り。ちょ、ちょっと、逮捕する相手間違ってるんですけどっ!!

 

 戦争が終わったら終わったで、外地からの復員、私達艦娘の武装解除と退役、関連するいろんな手続きとか、みんなが大混乱して大忙しの所にひょっこり帰ってきた訳で。

 

 事情が分からず呆然としてる私に、大本営から派遣された係員の人が慌てて駆け寄ってきて色々説明してくれたけど……ふーん、お腹すいたから間宮さんトコで何か食べながら教えてよ、って言ったら呆れた顔をしながら付き合ってくれた。

 

 

 間宮さんの所で餡蜜を突きながら、ふんふん、と生返事をして説明を聞いた結果、鈴谷の理解としては、私達にも選択の自由ってゆーのが与えられた、ってこと。でも多くのみんなは、やっぱり軍関係のお仕事を選んでるみたいだね。鈴谷だってどこにでもいけるし、何でもできる……はずだったのに。

 

 あんちくしょーっ!

 

 最後の嫌がらせに、鈴谷の事を不名誉除隊で退役処理するなんてっ!! だから顔だけ良くてもモテないんだよ、あのクズ提督。不名誉除隊じゃ退職金も艦娘年金も止められちゃうし、軍関係に再就職もできないしっ。痛い……あまりにも痛いぃ……! 係員の人によれば、不名誉除隊退役への異議申し立てはできるけど、結審まで時間がかかるって言うし、その間鈴谷無一文じゃん!

 

 行くとこもお金も無くて途方に暮れていた鈴谷に、係員の人は艦娘専用の退役後の相談デスクってゆーのがあって、何でも相談に乗ってくれるって教えてくれた。てかアンタは何もしてくれないんだね、ってジト目で見たら思いっきり目を逸らされた……。

 

 教えられた電話番号に掛けてみると……艦娘福祉事務所ってゆーんだ、ふーん。事務的な応対のあと、相談者殺到のため数日後の予約になります、とか言われた。相談日を待つ数日の間は今まで通り鎮守府で過ごして、それで終わり。悪い事ばかりじゃなかったけど、そんなにいい思い出もないこの鎮守府とお別れ。

 

 

 

 艦娘福祉事務所……なるほどなるほど、艦娘の社会化教育と自立支援を目的としたなんちゃらかんちゃら、か。何かよく分かんないけど、手を貸してくれるってことね。あのー、それよりもですね……マネー的な何かも相談に乗ってもらえるのかな、えへへ。いやー、退職金も年金もないもんで……。え? お給料は貯金してなかったのかって? 鈴谷、宵越しのお金は持たないタイプだしっ! そうキッパリ言ったら唖然とされた、どして?

 

 いろんな書類を書かされてサインして、取りあえず今日のホテルを予約してもらって、ホテル代込で当座のお金を貸してもらった。くれるんじゃないんだ、ちぇっ。でも返済は三か月後から毎月少しでもいいから必ず、って話だし、まーきっとなんとかなるっしょ。何でも相談してみるもんだねー。

 

 紹介されたホテルに向かう途中にあるカフェに立ち寄り一休み。オープンテラスの空いてる席に座って周りを見渡してみる。あの夫婦もあの家族連れもあのカップルも、みんな幸せそうだねー、にこにこしちゃって。そっか、これが戦争が終わったって事なんだねぇ。

 

 「つまりこれ鈴谷のお蔭ってことじゃねっ!?」

 

 思わず立ち上がってガッツポーズしちゃった。あ、すんませーん、うるさかったですよね。艦娘……? って小さな、けど聞き流すには嫌なニュアンスの籠った声が聞こえたような気がしたけど、気のせいだよね? 立ち上がったついでに、ぶるっと身体が震えた。ちょっとお手洗いに、えへへ。

 

 

 えっと………あれ?

 

 目をこしこし擦ってみるけど、ない。何度見ても……鈴谷のバッグがなーーーーいっ!!

 

 お手洗いから戻ってきたらオープンテラスにいたお客さんは誰もいなくて、鈴谷のテーブルにあるマグカップだけが残っていた。けれど足元に置いたバッグがなくなってる。え、うそ、なんで? あの中には着替えとかスマホとかお財布とか全部入ってたのに。手元にあるのは化粧ポーチだけ。とにかく慌ててオープンテラス中を探してみるけど、やっぱないものはない、よね……。やべ、ここの支払いどうしよう……。ごそごそスカートのぽっけを探ると、一〇〇〇円札が一枚入ってた。取りあえずこの場は何とかなるけど……はあ、どうしよ。

 

 お店の人に事情を話してけーさつに被害届を出そうとしたけど、何か困った顔してる。はあ? 手荷物から目を離した鈴谷が悪い? だからって人の物盗んでもいい訳ないじゃん! ………平和にはなったけど、長年の海上封鎖で物資が途絶えたせいでみんな暮らしに困ってる? もっと早く深海棲艦に勝ってれば? ()()()だって好きで盗んだ訳じゃない? ……ちょっと待って、今『あの子』って言った? てか見てたのに止めなかったって言う訳!? せっかく一生懸命戦って、痛くても怖くても戦い続けたのに……なんでこんな目に合わなきゃなんないのよっ!!

 

 悔しくて悲しくて泣きそうになったけど……絶対に泣いてる顔なんて見せてやるもんか。俯きながらすたすたと早足でお店を後にする。あーあ、せっかくおいしいカフェラテだったのに、もう来たくない。ぐいっと乱暴に拳で目を拭って、今来た道を引き返す。多分まだ艦娘福祉事務所は開いてるはず。いや、てか開いててくれないと困るっ!!

 

 ……事務所が開いてる事と、力を貸してもらえることは別だった。窓口の人に、荷物盗まれた事とかカフェの店員さんの態度とか、命懸けで戦ってきた鈴谷にみんなして酷い事する、って盛大に文句言って、もう一度お金を貸してもらおうと交渉。でも、鈴谷の話をちょっと悲しそうな顔で聞いていた窓口の人から、返済実績のない鈴谷にはこれ以上お金を貸せない、って言われちゃった。あ、あははー……泣いていい? それでも窓口の人は分厚いファイルで何か探して、どこかに電話している。電話が終わって鈴谷に説明を始めた。え、なになになに? 三食付で住み込みの仕事? 今からでもおk? やる、やりますっ、やらせてくださいっ!! え、もう細かい事はいいから、そもそも選択肢ないしっ!!

 

 

 

 福祉事務所でもらった地図を見ながら、目的地に辿り着いた頃にはもう夜になってた。お腹ペコペコだけど、三食付ってゆーし、それだけを頼りに歩き続けた。で、やっとの思いで到着した仕事場は……なんてゆーか結構な大きさの和風の家。でもこの時間なのに家の中は真っ暗で、人の気配がしない。え……お化け屋敷、とか? ごくり、と唾を飲みこんで、ちょっとだけ震える指先でインターホンを押す。あれ? もう一度。むむっ? 何度も連打するとようやく返事があった。うわ、不機嫌そうな声でちょっと待ってろ、だって……。 てか、鈴谷のちょっとはだいたい三〇秒くらいなんですけど? すでに三分くらいは待たされてる感じ。この寒空に女の子待たせるとかマジ意味分かんないんですけど……と思ったら、やっと玄関に灯りがついた。からからと音がして横開きの戸が開き、中年のオジサン的男性がひょこひょこ、危なっかしい足取りで杖を突きながらこっちへ向かってくる。

 

 あ、そゆこと、か……だから時間かかったんだ。悪いことしちゃったな。

 

 目の前で見るからに不機嫌そうなおじさんが、門を開け無言で顎をしゃくる。あれ? 鍵かかってなかったんだ。先を行く姿はやっぱり危なっかしい。よしっ、鈴谷に任せてちょーだい。すっと追いつき、おじさんをひょいっと小脇に抱えてすたすた家の中へと入る。なんかおじさんがぎゃーぎゃー騒いでるけど気にしない気にしない。楽でしょ。

 

 上がり框におじさんを置いて、鈴谷も靴を脱ぐ。そして怒られた。え、何で? へ、契約書を読んだのか? あー、確かに何か分厚い書類もらったけど……あーゆーの読むと鈴谷眠くなっちゃうんで、あははー。あ、そゆこと? インターホンで到着を知らせたら勝手に中に入ってよかったんだ。苦笑いしながら頭をぽりぽり掻く鈴谷を呆れた顔で見ていたおじさんは、要点を掻い摘んで教えてくれた。

 

 要するに鈴谷のお仕事は老人介護……ごちんっ! あいったーっ! グー禁止っ! 具体的にゆーと、ここの離れに住んで、買い物とか掃除とか家事全般と、三食ご飯を用意。そして一番大事なのが、リハビリのサポート。契約期間は三ヵ月間で働きぶりによって更新あり。でも何でそんな怪我した訳? へえ、おじさんって元提督、しかも元大将!? お偉いさんだったんだね。ん? そこって確か深海棲艦の猛攻を受けて、提督が重傷を負って基地を放棄しなきゃならなくなった泊地だっけ? 鈴谷が噂で聞いた泊地の顛末に触れると、おじさんは辛そうな悲しそうな、でもどこか懐かしそうな顔になった。

 

 「あの……それでですね、鈴谷、もうお腹ペコペコなんですけど……。お仕事は明日から、ということで、今日はご飯食べてお風呂入ってふかふかのベッドでお休みしたいなーって」

 

 ………え、鈴谷が作るのっ!? いやー、三食付って言うからてっきり……。鈴谷、料理なんてしたことないんですけど……。おじさんは頭を抱えながら、ゆっくりと壁伝いに台所の方へと進んで行った。いや、その……何かスミマセン……。

 

 よく話聞けばよかった。これじゃおじさん、鈴谷を雇ってくれなさそうだね。何とか頼み込んで今晩だけ宿を借りて、明日また福祉事務所に戻って別な仕事紹介してもらわなきゃ……。

 

 

 

 でもおじさんは不思議と鈴谷と正式に契約してくれた。なんで? ハッ!? 鈴谷に何か邪な目を向けている?……とか一瞬思ったけど、よく考えたらおじさんはそんなことできるような状態じゃないし、万が一そんなことになっても十分逃げられるから大丈夫か。おじさんも鈴谷がジト目で警戒してるのが分かったみたいで、苦笑いしながら()()には興味がない、とか言っちゃってくれた。ま、何はともあれ契約成立、ってことで。

 

 

 それ以来、いろいろ悪戦苦闘はしてるけど、何とかおじさんのお世話を続けて、もうどれくらい経っただろうか。

 

 

 「ねー、朝ご飯できたよー。食べたらまじ美味しくてぎゃふんって言うし」

 や、実際ぎゃふんなんて言う人は見たことないけど、まあそれくらい驚かせたいってこと。

 

 今日の朝ご飯は……市販品のコーンスープと、カットしたトマトと塩ゆでしたブロッコリーのサラダ。それにちょうど良くカリカリに焼けたトースト、それになんとジャムが二種類っ!! ……何よ、笑う所じゃないからね。鈴谷ね、お掃除とかお片付けはまじ好きなんだけど、どうしても料理は苦手っていうか、や、まだ本気出してないだけだし!! そうそう、テーブルにお皿を並べて、おじさんを迎えに行かなきゃ。とかやってるうちに、右手で杖を突きながら左手で壁を伝い、おじさんが現れた。

 

 「なんでー!? 待ってればいいじゃーん。そんなにお腹空いてたの?」

 

 慌てておじさんに駆け寄って体を支えて、手を取ってゆっくり引いてあげる。その度におじさんは何か言いたそうな表情になるけど、何も言わない。何だろ、言いたい事は言えばいいのに。もしかしてまだ遠慮してるのかな。そんなの気にすることないっしょ。今さらだよ、今さら。だってお風呂の時とか湯船の出入りで溺れたり事故があるとまずいからいつも一緒じゃん? もちろん、鈴谷は濡れてもいいようにお風呂専用のスウェットとか着てるし、そこっ、変な誤解しないっ!

 

 ま、それよりも冷めないうちに食べよ。いっただきまーす。

 

 

 にしても、おじさんが元提督でよかったよー。鎮守府の事とか、あの戦争がどんだけ大変だったか、やっぱ一緒の時間を過ごした者同士じゃないと分かり合えないとゆーか。おじさんが鈴谷の提督だったらよかったのになー、他の人間とは大違いだよ。他の人間なんてさ、もっと早く戦争に勝ってれば良かったとか、鈴谷の荷物盗んだり、セクハラした挙句に鈴谷を不名誉除隊にしたり、ほんっとロクでもない。買い物とか行ってもね、何かこう、誰もが余裕が無くて、人の事なんか構ってられない、って感じ。確かに物資は色々足りないよね。でもそれって鈴谷のせい? 色々微妙な目で見られてるのが良く分かるし。艦娘がそんなに気に入らない訳? そもそも誰が鈴谷達を作ったのさっ! 作っといて持て余すとか在りえないしっ!!

 

 いつも鈴谷がガーッと捲し立てる。割と鈴谷の話はループしがちで、でもおじさんは考え込む様な表情でいつも聞いてくれる。そして小さい子をあやす様に宥めてくれる。アメとか食べないしっ! でもおじさんは自分の事をあんまり話さない。昔の泊地のことは懐かしそうに教えてくれることもあるけど、ケッコンカッコカリの話になると黙っちゃう。今でも指輪をしているおじさん、でもこの広い家に鈴谷が来るまで独り暮らし。だから勝手に想像してる……多分、ペアの指輪の持ち主は、もう会えない場所に行っちゃったんだろうって…。

 

 

 

 長い事一緒にいると、そりゃいろいろ変な事ってゆーか、止めてほしいことも多いよ? Tシャツをパンツ(しかもズボンとか言うし)にインが基本とか、変なクシャミしたり、知らない歌の歌詞を適当に歌ったり、電話だと妙に偉そうだったり。もうほんとおじさん。でも、そういうのも慣れるってゆーか、や、でも嫌なのは嫌なんだけど、何てゆーか生温かく見られるようになった。でもこないだの電話は凄かったな。誰と喋ってたのか知らないけど、マジもんで怒鳴り散らしてた。

 

 おじさんと二人だけの小さな小さな鎮守府、いつしかそんな風に思うようになってた。毎日同じ事の繰り返しで、特に変わった事もない。戦争が終わった時、鈴谷は何がしたいって、どこに行きたいって思ってたんだっけ? ま、でも、いざ戦争終わったら嫌な思いしかしてない訳で、こうやって穏やかに過ごすのも悪くないかな。何度目かの契約更新が近づいて来たけど、もう自動更新でいいんじゃね……と思ってたら、おじさんは違ったみたい。

 

 

 

 庭に出たい、っておじさんが言いだした。いつも通り鈴谷が支えて縁側から庭に降りる。綺麗に手入れされた芝生の緑が鮮やかなお庭。や、手入れしてるのは鈴谷だけどね。で、おじさんは鈴谷に向こうに行けっていうの。この辺? じゃなくて? え、もっと遠くって、ほとんど庭の端じゃん。まぁいいけど……。

 

 な、ちょ、何してんのっ!? あり得ないんですけどっ!!

 

 おじさんが杖を捨てて鈴谷の方に歩いてこようとして……すぐに転んだ。立ち上がろうとしてるけど、なかなか上手く行かない。もうね、ダッシュで駆け寄ろうとして、思わず足が止まる。今まで聞いたこともない鋭い声で、そこで見てろ、って言われた。なによそれ……。何度転んでも、おじさんは諦めない。見てらんないよ、こんなの。え? 何? これが人間の姿だ……って意味わかんないし。やめてよ……もう、お願いだから。そんなことに何の意味があるのっ!?

 

 芝生の緑がこびりついた服、土で汚れた手と顔と両方の膝。それでも、どれだけの時間をかけたのか、おじさんは鈴谷の所までよろめきながらやって来た。ごめん、もう我慢できない。たっと駆け寄って抱きしめるようにしておじさんを支える。何でこんな事するのよっ、って怒鳴ろうとしたけど、先に言われちゃった。沁みるような優しい声。

 

 「お前の仕事は、俺のサポートをすることだ。先回りして俺を甘やかす事じゃない。何度転んでも、人間は常にやり直し立ち上がる。そりゃ間違う事も失敗することもあるが、居心地のいい場所にいることだけが全てじゃない。それを分かって欲しかったんだ。鈴谷、お前は守ってきたはずの人間に不当に扱われたと思い込んでいる。いや、事実そういう事もあったのだろう。だから人間全てをそういうものだと見ている。けどな、それが全てじゃないんだ」

 

 

 何よ、それ……鈴谷が悪いってゆうの? おじさんまでそんな事……。

 

 

 「俺のように艦娘と過ごした事のある人間なんて、全体からすれば少数派だ。みんな知らないだけなんだ。お前は明るくて優しい艦娘だ、まぁ多少ドジな所はあるが、な。狭くて広く、美しいが残酷……全部ひっくるめてそれが世界だ。俺の事はもういい、今までありがとうな。俺も懐かしくて、お前についつい甘えてしまった。お前との契約は今回で終わりだ。新しい世界を、お前が守った世界を、その目で見てこい」

 

 いやいやと無言で頭を振り続ける。涙が零れ落ちる。何で……何でそんなこと言うの? 嫌だよ……。

 

 

 

 何度話してもおじさんの決意は固く、その日の晩御飯は無言のまま時間が過ぎた。はあ……鈴谷、何か嫌われるような事しちゃったかな……? でも雇い主に契約終わりだって言われちゃったら……。考え事しながらお風呂に入ってたらのぼせそうになるくらい時間が経ってた。タオルで頭をわしゃわしゃしながら離れに戻る。どうしてもだめかな? 髪を乾かしたら、もう一度お願いに行こうかな……。部屋に戻ると、見慣れない物に気が付いた。

 

 

 え、なにこれ? 私のだけど、私のじゃないちょっと古びた制服と、手紙が置いてある。それはおじさんからの手紙で、今まで教えてくれなかった事が書かれていた。

 

 

 おじさんの泊地があった島は深海棲艦に急襲され、不意を突かれて泊地機能の多くを失い、おじさんも重傷を負った事。その島には多くの民間人も住んでいて、一刻も早い避難が必要だった事。避難民の護衛を担当する組と、全滅覚悟で泊地に敵を拘束する組に分かれた艦隊で、後者を率いていたのが、当時の秘書艦の()()()()()()()()()()()()()ーーおじさんのケッコンカッコカリの相手ーーは二度と帰る事は無かった事……。

 

 そして福祉事務所の人は電話でこんな風に言ってたって。

 

 『人間に不信感を抱いてしまった艦娘がいます。辛いのは承知と思いますが、提督なら、彼女の……鈴谷さんの心を開くことができるはずです。鈴谷さんを、新しい世界へ導いてください』

 

 

 もう、これ以上わがままは……言えなくなっちゃった、ね……。

 

 

 

 気付かれないうちに、そっと出て行こう。おじさんの顔を見たら、ぜったい気持ちが揺らいじゃう。きっといい提督だったんだろうな……。

 

 「忘れ物だ」

 

 その声に振り返ると、ぽんっと投げ渡された通帳。え……何この金額っ!? 意味分かんないし!  ……そゆことなんだ、いつかすごい剣幕で怒鳴ってたのは……。鈴谷の不名誉除隊は取り消され記録からも抹消、退職金も年金も支払われたって……てか、そんなことどうやって? 鈴谷の問いにおじさんは肩を竦めて、これでも元大将だからな、と気取って答える。な、なによ、TシャツINパンツのくせにっ。

 

 「じゃあね、おじさん……ううん、提督っ! 鈴谷、新しい世界を見に、抜錨しますっ!!」

 

 きっと自分史上一番ビシッと決まった敬礼で、おじさんに宣言する。これから何ができるのか、それは分からないけど、でもとにかく歩き出そう。そしていつの日か、また帰って来るよ。ここはもう、鈴谷の母港だから。

 



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第九話 家族の肖像

 深海棲艦の襲撃を受けた町に住民の救出に赴いた提督と摩耶を待っていた出会いが、二人の人生を変えてゆく。




 この頃、史上最大規模の反攻作戦が成功を収め、深海棲艦との戦争は終盤に向かっていた。作戦を境に深海棲艦の活動は急速に沈静化に向かい、今では海域哨戒や遠征途上での遭遇戦が多少起きている程度だが、それでも沿岸の町が襲われる時がある。反攻作戦の成功の裏側で多大な犠牲を払った海軍は、戦力を戦略拠点に集中配置する方針に切り替えていたたため、いざ今回のようなケースで救出に赴きたくても思うに任せない弊害も生んでしまった。

 

 移動に丸一日を費やし救援部隊が到着した島。上陸を果たした部隊が町に近づくに連れ、戦艦三体に砲撃を受けた町の惨状が明らかになってきた。誰もが立ち竦み戸惑う光景の中、一人指揮官と思しき男だけはどんどん市街地へと入ってゆく。

 

 「おい摩耶、お前らそんな所で固まってんじゃねーよ……って聞いてねーな。チッ、仕方ねーな、オラ、派遣部隊の新兵ども、さっさとついて来い」

 

 艦娘達と救援部隊の新兵の目の前に広がるのは、砲弾が地面で炸裂したときに何が起きるのか、人間が具体的にどう死ぬのかという事実。海戦と異なる、民間人を巻き込んだ対地攻撃の悲惨さに誰もが言葉を失った。人間といえば筋骨逞しく大柄な提督しか知らなかった艦娘にとって、年齢性別も様々な人間を目にすることも初めてであり、中でも子供の犠牲者を見つける度に嗚咽が零れるのを止められなかった。

 

 「誰かーっ! 生きてる方はいませんかーっ!!」

 「救助に来ましたよっ! 返事をしてくださーい!! お願いですからぁ……」

 

 必死の叫び声はやがて悲痛な涙声へと変わり、あっという間に声も嗄れてしまう。それでも艦娘達は必死に声を上げ続け、生存者を探し続ける。

 

 やがて遠くに見える摩耶と鳥海から連絡が入った。見れば鳥海が大きな瓦礫を持ち上げ、摩耶が地面にしゃがみこんで地下を覗き込んでいる。その光景が提督に訴える――地下の避難所か? 堪らず摩耶達のいる場所まで駆け出して追いついた。

 

 「おう提督……地下になんかありそうだぜ」

 「これは……地下壕か。避難民がいるかもしれん。摩耶、中を確認してこい。鳥海はバックアップしろ」

 

 やがて鳥海が先に地下壕から姿を現した。悄然としたその表情を見れば容易に地下壕内の様子を推測できた。提督は、唇だけで咥えていた煙草をペッと吐き出し、地面で乱暴に踏み消す。聞くことは聞かねばならない。

 

 「それで? 地下壕には何があった? 摩耶はどうした?」

 「そ、そうでした。それは――」

 「あ、あのよぉ、提督……。こいつ……あたしから離れようとしねーんだけど……どうすりゃいい?」

 

 鳥海が説明を始めようとした矢先に、困り果てた表情で摩耶が地上に上がってきた。両腕に一人子供を抱えている。

 

 「それで? 生存者はそいつだけか? 他には?」

 

 今度は摩耶と鳥海が泣きそうな表情に変わる番だった。願わくば、摩耶が抱えきれずに残してきた生存者がいてほしい、だが二人の表情が全てを物語っている。

 

 「あ、ああ……後三個、けど……生命反応は……その……」

 「……摩耶、人間はな、一人二人、って数えんだ、覚えとけ」

 

 やり場のない思いを抱え苦い表情の提督の耳に、鳥海の鋭い悲鳴が入ってきた。目にしたのは、恐らく六、七歳と思われる男の子が小さなナイフを構え、摩耶も鳥海も顔を見合わせどうすればいいか分からずにいる姿。地面には鳥海が渡そうとした口の空いたペットボトルが転がり、無為に水を地面に吸わせていた。

 

 提督は男の子に様子に目をすうっと細める。目に映る全てが敵に見える極限の精神状態から抜けきっていないように見える。あのままだと危ねぇな…提督は注意を自分に引くように無造作に男の子に近づき、ぽん、と大きな手を頭に載せる。男の子は反射的に虚ろな目で提督を見上げ、唐突に提督にナイフごと体当たりした。

 

 「つっ……痛ぇな、オイ。だが、お前の心はもっと痛ぇ思いをしたんだよな」

 

 その言葉に、男の子はぴくりと反応し、乾いてひび割れた唇を動かし、しゃべり始めた。

 

 「…………みんな、死んじゃった」

 「お前は……頑張ったよ」

 「お父さんもお母さんも、お隣さんもお向かいさんも、みんな……みんな……」

 「だがな、それでもお前は生きてんだ。もう、頑張んなくていいぞ、あとは俺達に任せろ」

 

 提督はナイフの柄から男の子の指をゆっくりと外してゆく。それを見ていた摩耶が、表情をきっと引き締めると男の子に近づき、目線を合わせるため地面に膝をつくと、薄汚れた破けた着衣や煤で黒く塗られた顔を気にすることなく、そのまま男の子をきつく抱きしめる。

 

 「あたし達は敵じゃない。心配すんな……もう、悪い夢は終わったんだ」

 

 男の子はそのまま摩耶の胸に顔を埋め、大声で泣き始めた。ほうっと安堵の溜息を零した摩耶は、眩しそうな目で提督を見上げ、普段の調子とは違い静かに呟いた。

 

 「お前……優しいとこ……あるんだな」

 

 よせよ、と唇を歪めた提督だが、がくりと膝を地面について動けなくなった。痩せ我慢も限界だった。鳥海が慌てて駆け寄り止血を始め応援を呼ぶ。この頃には僅かながら生存者が発見され始め、町の中心部には医療用テントがいくつか立てられていた。部隊は発見した生存者二六名に提督を加えた二七名が搬送に耐えられる状態に回復するまで約二週間、この町への駐留を余儀なくされた。

 

 その間に起きた変化は三つ。

 

 一つは、摩耶達が助けた男の子が、軽度の火傷と栄養失調、精神的なショック状態から順調に回復し、徐々にではあるが笑顔を取り戻し始めたこと。だが気持ちは依然不安定で、摩耶か提督がいないと取り乱すこともあった。

 

 もう一つは、提督の容態が思いのほか重症だったこと。刃の刺さった場所と角度が悪く出血が止まらず、なのに住民の手当てを優先させたことが状態の悪化に拍車をかけた。命は取り留めたものの、以前のようには動けないだろう、が軍医の見立てだった。

 

 

 そして最後に。

 

 

 部隊がこの町に駐留している間に、大本営は深海棲艦との戦争の終結を宣言した。

 

 

 

 戦争は終わった。そうなると事務方が殺人的に忙しくなる。国内外の輸送網再整備の一環として始まった輸送船の大量チャーターを皮切りに、戦後処理は慌ただしく進んでいる。外地に展開する残存の通常戦力の再配備、民間人の帰国、各地に集積した資材資源の輸送、そして艦娘たちの武装解除。

 

 「この基地にもずいぶん長くいたけど、終わる時ってのはあっという間だなぁ」

 

 甲板に立つ摩耶のショートヘアを潮風が撫でてゆく。髪型の乱れを気にするように右手で髪を抑えながら、少しおどけたように去りゆく基地を見送り、左手は男の子がきゅっと握りしめるのに任せている。

 

 提督と摩耶のいた基地は南方方面における前衛基地の一つで、後方の中核基地を守るための役割を担っていた。だが深海棲艦との戦争の終結を受け廃止が決定、所属していた艦娘達は武装解除を済ませ、基地の資材資源とともに内地への送還が進められていた。

 

 最後の輸送船に乗り込んだのは、提督と摩耶、そして例の町で保護した男の子。この子に限らず戦災孤児は各地に設けられた施設や養子縁組により養親に迎えられるなどしていたが、男の子は頑としてこれを拒み、提督と摩耶の元を離れようとしなかった。

 

 「それよりも摩耶、お前はいいのか? 戦争は終わった、お前は何にだってなれるし好きな所へ行けるんだぞ? ケッコンって言ってもカッコカリだ。お前が縛られる必要はどこにもない」

 

 同じように甲板で基地を見送っていた提督がくるりと振り返り、冷静に言葉を繋ぐ。ちょっと待ってろよ、と言うと男の子の手を放した摩耶は、ずんずんと提督に近づいてゆく。提督より頭一つ身長の低い摩耶だが、形の良い大きな胸を突き出すようにして提督に突っかかり始める。不機嫌を通り越して明らかに怒りの表情である。

 

 「カッコカリとかそんなのはどうでもいい。今更出て行けだぁ? ぶっ殺されてぇかぁ?」

 

 顔を真っ赤にしながら、満面に不平を浮かべた摩耶は提督に食って掛かり、遠くでは男の子が不安そうな瞳でこちらを見つめている。提督も流石に切り口上すぎたか、と狼狽え始めたが後の祭りで、摩耶に押し切られる。

 

 「いや、俺はだな…この先々お前を縛り付けるのが――」

 「お前ちょっと、ウザい! 縛り付けるぅ? バカにしてんのか? あたしはお前の所有物じゃない、自分でお前といるって決めたんだ!! 大体男の子(アイツ)だってどーすんだよ? それに……今のお前ときたら、()()以来すっかり弱っちくなったじゃねーか。危なっかしくて放っておけるかよ。いいか、お前ら全員まとめてこの摩耶様が守ってやるからなっ」

 

 ふんす、と鼻息も荒く、ドヤ顔で高らかに宣言した摩耶。あまりの勢いに言葉を挟めずに唖然としていた提督だが、唇を歪め、それでも楽しそうに笑い始めた。

 

 「ったく、どっちが男かわかんねーな。分かったよ、俺もぐだぐだ言い過ぎたな。いいだろう、俺のそばに一生いる事を許可してやる。励めよ、昼も夜も」

 「ばっ! ば、馬鹿野郎っ! な、なに恥ずかしいコト言ってやがる!? お前こそ、あたしのそばに一生いさせてやるからな! ……昼も夜も」

 

 握った左拳同士を、少しずらして軽くぶつけ合う二人。かちり、と微かに指輪同士が触れ合う音がし、提督と摩耶は同時にニヤリと笑う。そして二人を不安そうに見つめ続けていた男の子の元へ歩いてゆき、再びニヤリと笑いかける。不安に彩られていた彼の表情は、すぐに満面の笑みへと変わり、二人へと抱き着いてきた。

 

 提督と摩耶の間に男の子、三人は手を繋いで甲板を進み船室へ戻ろうとする。道すがら、ふと提督が摩耶を照れさせようといたずらっぽく話しかける。

 

 「お前、いい母親になるぜ、きっと」

 

 きょとん、とした表情の摩耶だが、すぐに提督の言ってる意味に気づいたようだが、誇らしげに胸を張ると、へへん、という表情に変わる。提督の目論見は失敗に終わったようだ。

 

 「当ったり前だろ? あたしは摩耶様だぜ!」

 

 

 

 日本に帰り着いた一人の男と一人の艦娘と、戦災孤児の男の子は、ぎこちなく、少しずつ分かり合い、家族の肖像は描かれ続ける。

 

 XX月YY日――。

 

 「やったなぁ!」

 

 えへへ、と満面に笑みを浮かべた摩耶が、一枚の写真を飽きることなく眺めている。手前に男の子、後ろからその肩に手を掛ける摩耶と寄り添うように立つ提督……正確には元提督の姿。

 

 帰国して三年が経った今日、提督が手に入れたマイホームに引っ越しを済ませた。住んでいる街の中心街から離れた場所にある、山裾に立つ大きな一軒家の玄関前の広いアプローチに三人勢揃いして記念撮影。

 

 「どーだ! 参ったか!?」

 

 男の子は摩耶の腕にしがみ付く様にして写真を覗き込み、摩耶と写真を見比べながら写真の方が奇麗かな、とからかい始める。言ったなーと、摩耶は怒ったふりをしながら男の子のわき腹をくすぐり始め、彼も嬉しそうにくすぐり返し、二人はじゃれ始める。

 

 自分で仕掛けておいて摩耶は忘れていた。くすぐられるのには滅法弱い。提督相手なら、ベッドの中でいつまでも途切れることなく嬌声を上げさせられ続ける。要するに感じやすい摩耶はすぐに涙目になり、男の子に降参してしまった。年月を経ても、ある意味で摩耶のあどけなさに変化はなく、提督は苦笑いを浮かべながら二人を眺めていた。

 

 温かく見守る提督の視線に気づき、男の子はつい目を逸らしてしまう。提督の右足は自由に動かない。三年前のあの日……深海棲艦の襲撃で住んでいた町が壊滅し、地下壕に閉じ込められた。自分を助けてくれた相手なのに、恐慌状態のまま手にしていたナイフで提督の脚を刺してしまい、その傷と後遺症は今も提督に残る。戦争さえなければ……そう思わない日はない。けれど戦争があって全てを失ったから、提督と摩耶に会った。

 

 その負い目が、どうしても彼を素直にさせられず、心の中でどれだけ思っていても、提督を父と呼ぶことができない。摩耶も同様で母と呼べていない。ただこちらは摩耶の見た目があまりにも若々しく、そう呼ぶのに妙な抵抗を覚えるためである。

 

 

 XY月YZ日――。

 

 大きな家の広いリビングの壁に貼られた一枚のコルクボードには、何枚もの写真が飾られている。

 

 「思い出が増えるたび、ここに写真を貼っていこうな!」

 

 という摩耶の発案で作られた一角に、新たな写真が加わった。以前と同じように、玄関前で撮られた写真には、黒い学生服を着て背が伸びた男の子がぎこちない笑顔で笑っている。提督は痩せたようで、髪の毛は白いものが目立つようになってきた。そして摩耶は数年前と何も変わらない、弾ける様な笑顔でVサインをしている。

 

 「おう提督、今日は仕事しないのか? だったら……アイツは学校に行っちゃったし……その……何だ……ああもうっ! お前はあたしにもう興味ないのかよっ!?」

 

 帰国後しばらくの間、提督は軍関係の仕事をしていた。だが引っ越しを契機に、文筆業、つまり物書きとして軍時代の話などを書き始めた。流行作家とまでは言えないが、一定のニーズがあり、提督は書斎でいつも何かを書いている。もっとも、元提督と元艦娘の夫婦であり、二人の退職金を合わせれば、食うに困らないどころか豪遊しても一生生きていける額を手にしている。それよりも摩耶が喜んでいるのは、提督が常に家にいる事の方である。

 

 -ー昼も夜も一生そばにいるんだろ?

 

 他愛もない軽口だったが、摩耶は本気だったようだ。せっかく子供が学校に行ったのに、回数が以前より減ってきた、とぷりぷり怒る摩耶に、提督は苦笑いを浮かべながら先に寝室に行ってろ、と促す。その言葉に表情を一転させた摩耶は、早く来いよな、と言い残し軽い足取りで階段を上がってゆく。

 

 「とは言っても……流石に堪えるようになってきたな。俺は老けてきて、あいつは何も変わらない。やっぱ別な生き物だよな……」

 

 椅子の背もたれを利用してぐいっと背中を伸ばす提督は、偽らざる思いを口にする。人間は加齢とともに老化し、感覚器や生理機能が衰えてゆく。だが相手は無尽蔵の体力を持ち老化プロセスが人間より緩慢な艦娘である。気持ちはともかく体力面での差は開く一方である。

 

 「さて、と……。腰が悲鳴を上げない程度に頑張ってくるか……」

 

 ぎいっと椅子を鳴らして立ち上がった提督は、ゆっくりとした足取りで書斎を出ると階段を上がってゆく。

 

 

 ZX月ZZ日――。

 

 「あったまきた! そいつらの家に案内しな、ぶっとばしてやるっ!!」

 

 怒り心頭、艤装があったら直ちに一斉砲撃を加えそうな勢いで摩耶が男の子を問い詰めている。すでに高校に進学した彼の、ブレザーに変わった制服が泥だらけである。顔には殴られた跡がはっきりと残っている。彼はしぶしぶ何が起きたのかを語り始めたが、その内容に摩耶の怒りがさらに増してゆく。

 

 彼は、仲が良いと思っていた相手に家族構成をぽろっと話してしまった。両親はすでに亡く、元提督と元艦娘の夫婦に引き取られた、それは事実だ。生死の境近くまで追い詰められた自分を救い出してくれ、その後も養親として混じり気のない愛情を注いでくれる二人……誇る事はあっても恥じる事など何もない。

 

 だが、世の中にはそう思わない相手もいる、と想像できるほどに彼は成熟していなかった。すぐにその話は周囲に広まり、クラスで何となく孤立し始めた。あるいは彼の整った容姿への嫉妬もあったのだろう。提督も摩耶も、男の子の様子が違う事に気が付いていたが、本人が何も言わないのでどうすべきか焦れていた。そしてある日、口汚く艦娘を罵る相手に我慢の限界を超え、殴り合いの喧嘩になってしまったという。

 

 いよいよ怒りが収まらず家を飛び出して突撃態勢に入ろうとした時、提督が摩耶の肩を強く掴んで引き留める。現役の艦娘時代と変わらない鋭い眼光で振り返った摩耶に対し、静かに首を横に振る提督。摩耶を落ち着かせソファに座らせると、摩耶はジト目で提督に不満をぶつける。隣には男の子が俯いて座っている。

 

 「なあ……どうして人間ってのは、同じ仲間にひどい事ができるんだ? あたしには……理解できない。それに、仲間どころか家族がやられたってのに、どうして反撃しちゃいけないんだ? あたしらはこいつを守ってやらなきゃ」

 

 何一つ間違いではない。同族相手に徹底して残酷になれるのは人間の特徴である。それでも力が正義だった時代は過ぎ去った、まして元艦娘と人間の間で暴力沙汰など起きれば、窮地に立たされるのは摩耶である。隔絶した力だからこそ振るうことができない現実を、摩耶は理解してない。提督もまた、久しぶりに見せる鋭い眼光で、摩耶に思いの丈を打ち明け始める。

 

 「元艦娘と人間の夫婦を快く思わない連中なんて山ほどいる。残念だが、それが俺達を取り巻く現実だ。俺もお前も男の子(こいつ)も、どんなに理不尽でもその中で生きてくしかない。俺達自身がそれを選んだんだからな。ただ、これだけは言っておく。子供が何でも抱え込むな。自分の手に負えない、と思った時はすぐに言うんだ。そん時ゃ海軍動かしてでも戦ってやる」

 

 あたしよりひでーよ、と摩耶が泣き笑いの表情に変わるが、男の子は依然として俯いたままだった。涙がこぼれるのを見られたくない、その一心で下を向き続けていた。

 

 

 YZ月XW日――。

 

 春――家の玄関には白い制服を着た男の子が立ち、上がり框には提督が立っている。老境に入ってきた提督は、最近では体調を崩す事も増えてきた。高校を卒業した男の子……と呼ぶのは流石にもう失礼だろう、彼はがっしりとした体躯で若き日の提督と変わらない背丈まで成長した。整った容姿と合わせ、顔立ちは摩耶(母親)似、体型は提督(父親)似、と事情を知らない人は口を揃える。表情には出さないが、そう言われる度彼はいつも嬉しかった。

 

 この春、彼がかねてよりの夢だった海軍兵学校への進学を果たしたことで喜びに沸き返った。最初は「やったなぁ!」と素直に喜びを爆発させていた摩耶だが、入学後の生活に話が及ぶと、彼が家を離れて入寮生活を四年間送ることが分かり、大きなショックを受けてしまった。

 

 「な、なんでだよ! どうしてこの家を出ていくんだ? あたし達家族じゃないか、どんな時も一緒にいなくちゃだろ? なあ提督も何とか言ってくれよ?」

 

 いやいやと頭を激しく振って泣きじゃくる摩耶は、それ以来彼と口を利かなくなった。そして彼が出発する今日、摩耶は朝から姿を見せず、仕方なく提督だけで見送ることにした。男親と息子の会話は、得てして盛り上がらない。提督と彼も例外ではなく、意味のない世間話もすぐに話題が尽き、彼は言うなら今しかない、と長年心に秘めていた本心を口にし始める。

 

 「俺は……ずっと憧れていたんだ。貴方のように何かを守れる強さが欲しかった。貴方が戦い続けて取り返してくれた平和な海……俺はその海を守るために、海軍に入るって決めたんだ。今まで育ててくれて、本当にありがとう……貴方のお陰で、俺は前を向けたんだ」

 

 提督は満足そうに微笑み、静かに言葉を掛ける。

 

 「戦争ってのは理不尽なもんだ。突然後ろからぶん殴られたみたいに全て奪われる。お前もそうだったよな。俺達の生き様にどうしたって影を落としてる。でもな、物事が上手くいかない時、あの戦争がなければ、って考えずに、今の自分と向き合って前に進めた時、そいつの戦争が本当に終わる時だと、俺は思ってる。お前は自分の道を自分の努力で勝ち取った。もう、お前を縛るものは何もない。……俺の脚の事なんざ気にすんな。年喰えば勝手に動かなくなるもんだ。まぁ…あん時()()()()()やられてたらキレてたかもな」

 

 若き日と同じように唇を歪めて笑うと、提督は右の拳を差し出した。同じように右拳を差し出した彼は、こつんと拳を合わせ、制帽を目深に被ると照れくさそうに一言残してドアを開け旅立った。

 

 「それじゃ父さん、行ってくる」

 

 ドアが閉まるまで見守っていた提督は、ふぅっと深い溜息をつくと体を支えられないように壁に寄りかかると、ずるずると座り込んだ。そしてただ静かに微笑む。

 

 「父さん、か……。お前こそ俺の自慢の息子だよ。……これで俺の戦争も、やっと終わったのかねぇ。なんか、気が抜けちまったなぁ……」

 

 

 

 「……よ、よお」

 

 玄関を出ると左右に庭の広がるアプローチを過ぎ、家の門がある。いつか分かってもらうようにしよう……今は摩耶に会えずとも仕方ないと思い歩みを進めた先、門扉に身を隠すように摩耶が立っていた。ぎくしゃくと門を塞ぐように進み出て、しゅたっと右手を上げる。

 

 そんな振る舞いの摩耶を見ながら、彼は摩耶と初めて会った一〇年以上前のことを思い出していた。

 

 薄暗く異臭で満たされた地下壕から光の射す場所へと連れ出してくれた人。どんな時も喜怒哀楽を素直に現し、見ているだけで明るい気持ちにさせてくれた人。荒っぽい言動と裏腹に家事全般は完璧超人と言っても言い過ぎではない人。どれだけ年月が経っても、まっすぐにていと……父さんを見つめて愛し続けている人。だから……初恋と失恋を同時に教えてくれた人でもある。でも、これは一生秘密にしよう。

 

 出会った時と全く何も変わらない、茶色のショートボブに勝気な青い瞳の摩耶。見上げていたその顔は、いつしか隣り合い、今では自分が見下ろしている。人間と艦娘の間で、何がどれだけ違うのか、彼は技術的な事は知る由もない。ただ、変わらない事の良し悪しはきっとあるんだろう、両親(提督と摩耶)を見て感じていた。

 

 「提督に怒られたよ……。あたしらはさ、母港なんだって。行く船の邪魔をする港があるか、だって。確かにその通りだよな。だから心配せず抜錨して、いつでも安心して帰投しろよ。あたし達はずっと待ってるからな。気を付けて……胸張って行ってこいっ! お前はあたしらの自慢の息子だからなっ!」

 

 にかっと音が出そうなくらいの眩しい笑顔で、摩耶(母さん)は見事な海軍式の敬礼を見せる。目頭が熱くなるのを感じたけど、堪えなきゃ。見よう見まねで敬礼を返すと……笑われた。

 

 「なんだよその敬礼はぁ、なっちゃねーな。まぁいいさ、兵学校でしっかり鍛えてもらえよな」

 「はい、そのつもりです。母さんが僕に命をくれ、父さんは俺の目標になった。俺は二人の息子として、胸を張って生きてゆきます。では、行ってきますっ」

 

 

 「……ずるいぞ、お前……。今になって突然……そんな風に呼ぶなんて……」

 「今まで呼べなくて……ごめん、母さん」

 

 摩耶はしゃがみこむと両手で顔を覆うと激しく泣き出してしまったために、彼は摩耶が泣き止むまで出発できず、危うくバスに乗り遅れそうになった。

 

 緩やかな坂を下りてゆく息子の姿が見えなくなるまで見送っていた摩耶は、大きく深呼吸をして頬をぺしぺして気持ちを切り替える。

 

 「……あいつ、行っちまったなぁ。でも……あたしの事、母さんだってよ……へっ、悪い気はしないっつーか……へへっ。で、でも、これで提督と二人っきりかぁ……。水入らずってのも悪くない、か」



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第十話 Sara Smile

 終戦を目前にして、自分たちだけではどうにもできない流れに、それでも向き合おうとするサラトガと提督。


 彼岸花(Spider Lily)のような赤く逆立った髪形の深海棲艦の姫を中核とする敵の連合艦隊との戦いは熾烈を極めました。激しい空襲、立ちはだかる強敵に次ぐ強敵を相手に、何度も撤退を余儀なくされましたが、それでも私たちは挫けずに挑み続けました。

 

 迎えた最終決戦(ラストダンス)、もうこりごりっていうほどひどくやられちゃいましたけど、装甲空母(Mk.II Mod.2)の名に恥じず発艦させた戦爆連合が敵旗艦に会心の一撃を加え大破に追い込みました。後に続く第二艦隊の夜戦で、私たちはついに勝ったんです!

 

 長い夜を超え辿り着いた暁の水平線、周りを見回せば損害を受けていない艦娘なんかいなくて、みんなボロボロ。でも眩しいくらいに輝いた、晴れがましい笑顔で一心に母港を目指します。やがて鎮守府の管理海域に到着、有視界でも母港が見える範囲に入ると最初に目に飛び込んできたのは、突堤の先端に立ち双眼鏡を覗き込む一人の男性。

 

 白い制服に制帽、大柄でがっしりとした男らしい体型の私たちの提督……そして、My hubby(私の夫)……。突堤脇のラッタルを昇り終え、後は敬礼をして帰投を報告するだけ。そこまで近づいて提督と目が合った瞬間にへなへなと力が抜け、膝立ちで体を支えるのが精いっぱいになってしまった。安心しすぎて膝に力が入らない。訳もなく涙が零れ落ちるのを止められず、子供のような泣き顔でポニーテールを揺らしながらただ提督の名を繰り返し呼ぶ。そんな私を、長門(ナガート)や酒匂が近づいてきて、慰めてくれました。

 

 戦船であると同時に女性、それが艦娘という今の在り方。出で立ちがどうであっても戦場に出る以上、死の覚悟はできています。でもそれは死を受け入れているわけではない。強烈な生への渇望があるから、逆説的に死を可能性の一つとして理解できているだけ。勝利や栄光、ステーツの名誉……色々なものが肩に載っていたけど、いつしか気付けば心にあったのは、ただこの場に生きて帰ってくること……生まれ故郷を遠く離れたこの極東の地を、私はいつの間にかとても愛おしく思うようになっていた。そう思わせてくれた存在が、提督……あなただった。エンゲージリングの重さと美しさ、冷たい金属のもつ温かさを教えてくれた人。

 

 気配を感じて顔を上げると、いつの間にか提督がすぐ目の前に立っていて、手を差し出していました。ダークネイビーのワンピースは……ほぼ原形を留めてない。辛うじて胸部や腰回りにそれが着衣だった名残を残すだけの、勝利の代償と呼ぶにはかなり恥ずかしい格好。おすおずと手を伸ばして提督の手を取ると、思いっきり自分の方に引き寄せて、胸で窒息させるような強さで抱きしめます。

 

 「はい、サラはここに……あなたの元に……帰ってきました……」

 

 レキシントン級正規空母二番艦CV-3サラトガ……いいえ、サラの戦いは、こうして勝利のうちに幕を下ろしました。

 

 

 

 行き交う砲弾と立ち上がる水柱、迫り来る艦載機から放たれる爆雷撃、荒れる波と吹きすさぶ風の中それらを必死に躱し、艤装のガングリップを握りしめる。

 

 「サラの子たち、いい? Attack!」

 

 何度そう叫んで艦載機を空に放ったでしょう。一瞬の油断がそれまで積み重ねてきた勝利を台無しにする理不尽なまでに残酷な鋼鉄の暴力。死に物狂いで勝ち取るのは、勝利ではなく命。死の恐怖を超えた先にある、生きること自体がもたらす快感。

 

 でも、そんなひりひりとした、肌を焼くような時間は静かに終わりを告げていたのかも知れません。

 

 前回の大規模作戦が終了して以来、目に見えて出撃の機会は減りました。噂では深海棲艦との戦争が終結に向かっているとか……。でも公式には何の発表もないので、私達艦娘は表面上平静を保ちながら、日々を同じように過ごしています。前回の戦いの後、Mk.IIに再改装されたサラは、秘書艦を仰せつかっている事もあり、出撃が減ったどころかゼロ、nothingです……。

 

 代わりに、ただただ甘く、怠惰な日々が続いています。昼間は艦隊の練度向上のための演習や資源獲得のために遠征、出撃系以外の各種任務の手配、資材管理etc etc……。あと、大事なのは、ブレックファスト、ランチ、ディナー、そしてデザートを提督のためにご用意して、一緒に食べる時間。 それと、夫婦の営みの時間……改めて言葉にすると、照れますね。

 

 演習の結果報告で長門が執務室にやってきました。背中から覆いかぶさるようにして提督に抱きついているサラを見て、肩を竦めて苦笑いを浮かべた長門に、ほどほどにな、と言われちゃった。Why? 夫婦ですもの、常に一緒にいるのは当たり前でしょ? 日本の艦娘から見ると、私はあまりにも提督と一緒にいすぎなんですって。提督は少しバツが悪そうな表情で、サラに離れるように仕草で伝えてきました。ええっ、スキンシップが足りないと、愛は色あせ始めるのよ? サラは不満そうな表情を隠さず、それでも顎に支えて小首をかしげると、長門の言う事を少し考えてみました。

 

 サラは慎みを失わず、いつも淑女として提督に接してるんだけど? 長門はやれやれ、という表情で、小さな駆逐艦娘達には刺激が強すぎるんだ、と言い残して執務室を去っていきました。

 

 愛し愛される喜び。Mk.IIでもMod.2でも、サラは提督の腕の中で途切れることなく嬌声を上げ、貪るように激しく動きます。だって無意識ですから、しょうがないです。何度目かのHeavenを見た後、さすがに少し疲れてサラも提督もベッドに身を預けます。荒い息を整えながら、ふと昼間に長門に言われたことを唐突に思い出しました。真っ白で、それでいて激しく波立つシーツの海で心地よく疲れた体を横たえ、提督に腕枕をされながら聞いてみます。

 

 「提督……もしかして、サラの声……ちょっとだけ大きいですか?」

 

 提督の答えに、サラは自分でも分かるくらい顔が真っ赤になりました。そ、そんなに……? 夢中になりすぎて淑女のサラはどっかに行っちゃってたみたい。提督の顔を見ることができず、恥ずかしさを隠すように、彼の厚い胸板にぎゅうっと顔を埋めました。だがそれがいい、と言って、提督はサラを抱きしめ返してくれました。そのまま二人で抱き合いながら眠りに落ちる。朝になっても、必ずどちらかがどちらかを抱きしめたまま、目覚めを迎える。それがサラと提督の一日の終わりと始まり。

 

 

 「7 o'clock。サラ、モーニングを用意します。卵はスクランブルでよかったですよね?」

 

 カーテンを開け、朝日を寝室に呼び込むと、眩しさを避けるようにしてブランケットを頭まですっぽりと被る提督。すん、と鼻をひくつかせる……濃密な匂いが籠る部屋……う~ん、窓も開けないと。フレッシュエアを取り入れて換気しないと……。今日も天気がいいですね、お洗濯日和です。ゴネる提督をベッドから追い出して、ベッド周りも全部洗っちゃいます。

 

 ぱんっ、と音を立ててシーツを振り水気を飛ばし、物干し場にシーツを掛けます。

 

 「ふう……ステーツでは全部オートメーションで、自分で干したりしなかったけど……。日の光で乾かすのは、とても気持ちいい……こういうのも、悪くないですね。でも……いつまでこうしていられるのかしら……」

 

 ランドリーバスケットと物干し竿の間を往復するのに何度も折り曲げて、少しだけ凝った状態を反らすように伸ばして、空を見上げる。きらきらと光る太陽の雫を見て目を細めながら、未だに提督に言えずにいることがあるのを思い出していました。

 

 

 

 カーテンの隙間から漏れる月明かりだけがぼんやりと照らす深夜の寝室。いつものように愛を確かめ合った後、提督が眠りに落ちるまでは眠ったふりをしてました。そのまま眠りに落ちれれば、そう思っていたけど、ダメみたい。提督を起こさないようにそっと腕から抜け出し、ベッドの上で膝を抱え、ぼんやりとしています。

 

 いずれ……ううん、遠くないうちに戦争は終わる……。終わったら……ステーツに帰らきゃならない。艦娘として、命令に従うのは当然の事。でも……本当に、それでいいの……サラ? 増え始めたステーツからの接触。秘匿回線経由でやりとりされるそれは、サラに帰国の意思を遠回しに問うものから始まり、最近では露骨に帰国許可を提督に申請を求めるものへと変わってきました。

 

 日本で建造された組と異なり、サラのように海外で生まれた艦娘の場合、所有権は戦時限定かつ条件付きで日本海軍に移転されました。条件とは、所属基地の責任者の同意があれば元の国に所有権が返還される事。日本海軍を矢面に立たせながら、艦娘の運用ノウハウを吸い上げようとする諸外国の思惑に関わりなく、日本の艦娘と彼女たちを指揮する提督は、勇敢に戦い続けました。彼らの仲間になれたのが誇らしく、サラが男らしい提督に心を奪われるのに時間はかかりませんでした。

 

 乱れた心のまま夜の帳を見つめていると、視線を感じます。提督がサラを見ています。

 

 「I’m sorry……起こしてしまいましたか?」

 

 柔らかく微笑みながら提督も体を起こし、サラを背中から包むように抱きしめてくれます。その温もりを嬉しく感じてると、わずかに強く提督の腕に力が籠り、サラの耳元で、予想していた事と予想を超える事の両方が囁かれ始めました。

 

 

 深海棲艦との戦争の終結宣言が、正式に発表されるって。うん、これは予想の範囲。前回の作戦終了から今までの作戦活動を見れば、誰でも想像ができる。そして同時に……提督が解任される……って? え、えぇっ!?

 

 

 「Oh my god……一体どういうことですか? あなたのように優秀な提督を解任するなんて……いくら戦争終結間近と言っても……そんな……」

 

 戦争終結宣言と提督の解任は明後日、その翌日には新たな提督が着任? 驚きながらも、サラの中でばらばらに動いていた話が、きれいにつながりました。深海棲艦との戦争が終わろうとする今、各国が日本海軍だけに艦娘の独占を許すはずもなく、ステーツはサラの返還を強行に迫り、日本政府や日本海軍にも圧力がかかったことでしょう。でもきっと提督はサラを手放そうとしなかった。だから提督は解任され、だから聞き分けのいい後任者が必要――。

 

 こんな日が来るのを想像していなかった訳じゃない。だから、私たちは時間を惜しんで愛し合っていた。別れへの怯えを心に隠しながら、少しでもお互いの心にお互いを刻めるように。

 

 

 平和な海を取り戻す、その日のために戦ってきたはずなのに。サラの心は不安に波立ったまま落ち着いてくれません。

 

 

 限られた時間しか残されていない、サラと提督。私たちの間には見えない壁ができたようにぎこちなく、目が合ってお互い何か言いたそうな表情になっても、言葉にすることができませんでした。正式に発表された様々な情報は皆を驚かせるのに十分なものでしたが、何より皆を驚かせたのは、深海棲艦との戦争終結や新たな提督の着任ではなく、提督の離任とサラの帰国。

 

 一人きりの執務室、デスクに軽く腰掛けながら、サラは今日届いた指令書をぼんやりと眺めています。そこには、予定より一日早く私を迎えにニミッツ級の空母CVN-76が入港する、と書いてあります。わざわざ空母を派遣してこなくても、サラなら自分で航行できるのに……その疑問は、別な角度からの説明で納得できました。深海棲艦との戦争が終わりを迎える今、アメリカ海軍の強大さを再度日本政府に理解させる必要がある、って……。深海棲艦との戦争が終わったら、今度は人間同士で争うの……? その時サラは……どうすれば……。

 

 

 

 「ふう……こんな所かしら。これで大丈夫だと思うけど……」

 

 細長く狭いウォークインクローゼットを見渡し、サラは小さな溜息を零します。狭いと言っても大人二人が余裕をもって並ぶことのできる通路を挟んだ両側に広がる収納スペース、右側には大型ハンガーブース、左側には壁に組み込まれた大小様々にいくつもの引き出しが連なってます。自分の荷物をスーツケースに詰めたサラは、同じように提督のため荷造りをします。

 

 「Oh my god……こんなところにこんなのを入れてたのね……」

 

 それは、提督の靴下を仕舞っている引き出しから出てきたミュージックプレーヤー。音楽が好きな提督は、暇があればイヤホンで音楽を聴いてました。サラとのコミュニケーションより音楽の方が大切なんですか、と涙目で提督に迫ったら、その日から提督はプレイヤーをどこかにしまい込んだ。ほんと、素直な人。でも、こんなところにしまっていたんですね。一瞬だけ考えて、ミュージックプレーヤーを胸のポケットにしまいます。一つくらい、提督との思い出を連れて行っても、いいですよね?

 

 クローゼットの中が次第に空になり、ハンガーブースが空になり、二人の気配が薄れてゆきます。終わりって案外呆気ないのね……胸の奥が痛みます。あとは……まだ片づけていない引き出しには、提督のシャツが入っています。

 

 「…………」

 

 取り出した一枚のシャツを、宝物を抱えるように両手で胸に抱きしめ、白い壁にもたれ掛かると、こつんと頭を壁にぶつけ天井を見上げゆっくりと目を閉じました。

 

 「ステーツに帰ると……きっともう日本には……提督……Good-bye……」

 

 ライトグレーのノースリーブのワンピースのスカートが、しゃがみこんだ拍子にふわりと持ち上がる。両手で顔を覆い、提督のシャツに顔を埋めて声を殺しながら肩を震わせて泣くしかできなかった。揺れる肩に合わせ茶色のポニーテールが嫌々をするように左右に揺れています。

 

 

 

 「サラよりもはるかに大きいフネ……」

 

 ライトグレーのワンピースを着て港で迎えを待つサラ。周りには名残惜しそうに見送ってくれる仲間の輪ができていますが、サラの目は港湾管理線を超え進入してきた、巨大なCVN-76に釘付けになってます。これが迎えのフネ……広大な飛行甲板を発艦したヘリが、港のヘリポートに着陸するのをぼんやりと見ているしかできませんでした。別に予定より順調な航海じゃなくてよかったのに……。

 

 あのフネに乗り込み、港湾管理線を超えた瞬間から、サラは日本の艦娘ではなくなってしまう。

 

 それにしても、CVN-76 を見ているとつくづく思う。サラが沈んでから何十年も経つ間に、空母はこれほどまでに大きくなったのね……。うん? そういえば、サラはどうして沈んだんだっけ? なぜでしょう、思わずぶるっと身震いがします。なんだろう……思い出したくない……? 得体の知れない恐怖に怯え、思わず両手で自分を抱きしめると、ふと指先が塊に触れました。

 

 「あ、これ……」

 

 提督から(黙って)もらったミュージックプレイヤーが胸のポケットに入っていました。乗艦までまだ時間がありそうですし……。潮風にポニーテールを遊ばせながら、イヤホンを耳にはめ、プレイボタンを押します。

 

 「この曲、So beautiful……いいですね。サラ、好きです」

 

 最新のポップミュージックとは違う、切なげな音色のギターソロから始まる、ゆったりとしたメロディのEvergreen song(色あせない名曲)。R&Bやソウルがベースになっているのかしら、男性デュオの声が耳に心地いい。

 

 素直な想いを歌う一途なlove songは、自然と提督の事を思い出すのに十分でした。このまま聞いていたら、気持ちが揺らいじゃう……そう思って慌ててイヤホンを外そうとしたとき、Climax(サビ)の部分に差し掛かりました。サビと言っても、静かなメロディに載せた囁くように切ない声。

 

 

   ―――― Sara Smile

 

 

 両手で口を押え必死に声を殺しても、瞳から涙が零れ落ちるのは止められません。思い出した、ううん、何で忘れていたんだろう。提督は言っていた。どうしてもサラにプロポーズする勇気が出なくて、自分を励ますために、私と同じ名前の女性に思いを寄せるこの歌をずっと聞いていたって。全てが色鮮やかに蘇り、サラはもう居ても立ってもいられなくなり、気が付いたら駆け出していました。

 

 

 こんな歌……ずるい……。まだ間に合う、この先どうするべきか、サラには分かりません。でも、こんな気持ちのままで提督、あなたから離れるなんてできない――。

 

 

 提督に会いたい……くるりと振り返り司令部へ駆け出そうとしたサラの背中に激しい衝撃が加えられました。イヤホンが耳から外れ、音楽が途切れます。地面に倒れ込み転げながら、必死にポケットを確認します。よかった……プレーヤー、壊れてない。

 

 振り返ると、ヘリから下りてきた完全武装の兵士がこっちに向かってきます。手にしているのはショットガンに似た暴徒鎮圧用銃(ライオットガン)の艦娘用? 体がしびれて動かせません。サラを巡って、追いつこうとする兵士達と守ろうとする仲間の間で小競り合いが起きています。混乱を抜け出して来た一人の兵士に、ぐいっと乱暴にポニーテールを掴まれて無理やり身体を起こされました。何が何でもステーツに連れ帰る、強い意志の現れのような無表情でサラを連行しようとする兵士を、やり場のない怒りと悲しみを込めながら精一杯睨み上げました。

 

 

 突如として、鎮守府の港に轟音が響き渡ります。これは……戦艦の主砲の一斉射撃!? 停泊中のCVN-76 の周囲に巨大な水柱がいくつも立ち上がっているのが見えました。ナガートが指揮を執る連合艦隊が急速接近し、ステーツの空母の包囲をあっという間に完成させました。……oh my god……みんな……。呆然としている兵士の手を払いのけ、まだ痺れの残る体を無理やり動かして立ち上がり、艤装を展開して対峙します。

 

 一瞬だけざざっと雑音が混じり、スピーカーから凛とした、提督の声が港に響き渡ります。

 

 今も有効な、国を問わず守らねばならない共通のルールーー事前通告があった場合、艦娘運用基地は各国の海軍艦艇の入港を受け入れ、指定する場所への停泊を許可する。そして入港を認められた艦艇は、各拠点の管理海域内での一切の武力行使を禁止される――。

 

 ステーツのmistakes……一つはサラがCVN-76に乗艦して管理海域を出る前に暴力をふるったこと。所有権の移転が完了する前のサラ、つまり日本の艦娘にステーツの艦とその乗員が危害を加えた以上、鎮守府の艦娘達は戦える。もう一つは、予定より早く入港した事。私の提督が提督でいる間に、そんな理不尽が許されるはずがありません。

 

 致命的な失敗を犯したステーツの空母は、左右から喫水線に砲を向けたサラの仲間たちにエスコートされ、鎮守府の管理海域から強制退去させられました。サラに近づいてくる、白い制服に制帽、大柄でがっしりとした男らしい体型の私の提督……。目が合った瞬間、駆け出して彼の胸に飛び込みました。サラの髪を優しく撫でながら、提督は優しく語り掛けます。

 

 「僕は明日から提督じゃなくなる。それでも君と一緒にいたいんだ」

 

 ぐっと唇を噛み締めて涙が零れるのを堪え、精一杯、柔らかく、全てを包むように微笑み返します。この先、私たちがどうなるのか、それは分かりません。きっと楽なことなんか何一ないと思います。So what(それが何)? サラが言える事は一つだけです。

 

 「It's you and me, forever……」



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第十一話 サイドテールの結び方

 託された思いに応えようとしてきた加賀。


 「……今頃はきっと披露宴の真っ最中でしょうか。豪勢なお料理が……いえ、それはいいとして。大丈夫、心配いらないわ。あれだけ大勢の人達から祝福されるあの子は、きっと幸せに……」

 

 よく言えば整理整頓が行き届いた、はっきり言えば殺風景な1LDKのマンションで、ぼんやりと壁に寄りかかり、誰に言うともなく呟く。意外なほど響いた声に、一人の部屋の広さを感じてしまうわね。

 

 今更元艦娘、元正規空母娘の加賀です、と名乗った所で、微妙な顔をされるのが関の山。それほどまでに流れた時。私達艦娘が命懸けで戦い勝ち取った、目の前の日常が明日も続くと、今日隣にいる大切な人が明日も必ず隣にいると、誰もが疑わない時間。世の中はまさしく平和になった。戦時中の困窮した生活も、海を護る艦娘の活躍も、深海棲艦の禍々しさも、戦後の混乱も、全て過去のもの。

 

 窓越しに見える高く澄み切った青空と、空を掴むように伸ばした手。広げた左手の指の隙間で、どれだけ時が経っても外せない薬指のリングに反射してきらきらと輝く光。宝物のように左手をぎゅうっと握り、握りしめた光を逃がさないよう背中を丸める。僅かに肩が震える。しばらくそうしていましたが、顔を上げます。誇ってもいい……きっと。

 

 

 「私の任務は、終了……我ながらよくやったと思うわ。深海棲艦と戦うより、はるかに大仕事でした。……私は、託された思いに応えられたでしょうか……?」

 

 

 今日、どこかで執り行われている一組の盛大な結婚式。主役は、深海棲艦との長く続いた戦争を終わらせるきっかけを作り命を落とした、悲劇の名将と謳われた提督の一人娘と、訪れた平和な海を護る新生海軍で将来を嘱望される若手士官。若すぎる二人、との声もあるが周囲は温かく見守ってくれた。

 

 「泊地を後にしてから、何年たったのでしょうか……。今でも、昨日のことのように思い出せることばかり……」

 

 

 ドアベルが鳴ってますね。……しつこいです。私は今、物思いに耽りたい気分なんです――。

 

 

 

 それは終わりの始まりだった。

 

 日本と南方を繋ぐ輸送網のハブにして、本土を守る盾だった私達の泊地に危機が迫っていた。敵に大攻勢の予兆が見られ、長期化した防衛戦で疲弊した私達は、おそらくはね返し切れないだろう。

 

 戦後、戦争の分水嶺となったと言われるこの戦いは、熾烈であり過酷なものだった。私達の泊地は結果的に壊滅したが、大本営の想定以上に遥かに長く敵を拘束し大損害を与え、慌てた敵の増援部隊を本土防衛用の近衛艦隊が打ち破り、終戦への端緒を開いたのだ。

 

 けれどそれは全て歴史が物語る結果論。当時の私達は、南西方面から本土を窺う深海棲艦の有力な機動部隊群と激戦を続けていた。敵は私達の泊地が頑強かつ巧妙に張った防衛線を突破できず焦燥を深めたようだ。後に『鋼鉄の暴風』と呼ばれ、地形を変え地図の書き直しを余儀なくされるほどの猛烈な艦砲射撃や猛爆撃を加えてきた。

 

 私達艦娘も甚大な被害を受けながらも戦い続け、敵に多大な出血を強要し続け、本土への道を明け渡さなかった。けれど、櫛の歯が抜けるように一人また一人と欠けてゆく仲間たち。組織的な出撃はあと何回できるのか、という段階になり、私は提督から特命を受けた。

 

 

 「……いくら貴方でも、大概にしてほしいものね。言っていい事と悪い事があるわ。それくらい分からないの」

 

 

 声に怒りが籠る。それくらい恥知らずなことを……仮初めとはいえ縁を結んだ提督に言われる日が来るとは思ってもいなかった。栄光の一航戦、今も泊地の機動部隊の一翼を担う私に敵前逃亡しろ、貴方はそう言ってるの?

 

 「軍人失格、身勝手もここに極まれり、ですね。それでも守りたいものがあるんです。この泊地に……自分に万が一の事があれば、この子を守り本土へ逃げ延びてください。お願いします」

 

 あの日、寄せる波がきらきらと白く輝き、全部をオレンジ色に染め上げられた夕暮れの港。等間隔に設けられた係留柱(ピット)に腰掛ける貴方と私、その間できょろきょろする貴方の娘。

 

 泊地で暮らすこの子の事を、私達は可愛がっていた。私は不愛想でしたが、私なりに相手をしていました。生にあって常に死を思う私達と違い、未来だけを見ている瞳の持ち主。信頼を、想いを寄せる提督と歩み、何があっても離れる事のない絆とともに一緒に成長してゆけるこの子に、誰もが自分たちを重ねていた。

 

 ただどうして幼い子が戦地で暮らす事になったのか……。身分差ゆえの周囲の反対を押し切って結婚した提督と奥様……いえ、この子の母親は体が弱く、出産を境にいよいよ体調が優れず、娘さんと共に実家へと半ば強引に引き取られた。けれどその実家が空襲で半壊すると、子供の面倒を見切れないと貴方の所に返された……と寝物語で聞いた事がある。

 

 自らの死を規定事項のように割り切って、さっぱりとした笑顔の貴方を見ていると、胸が痛む。どうして……一緒に死のう、そう言ってくれないの?

 

 

 「自分は加賀さんを誰よりも知ってるつもりです。無口で不愛想でとっつきにくいけれど、でも、心の中は誰よりも愛情豊かだってことも。ただ、表現が下手なだけで」

 

 

 ……頭にきました。提督に言い返そうと口を開きかけた。でも、続く言葉に再び口を閉ざしてしまった。

 

 

 「自分は栄光に彩られた死よりも、泥に塗れた生を貴女に望むような男です。それに、自分がどう生きてどう死んだのか、正しく娘に教えてくれるのは、自分を一番よく知っている加賀さんしかいませんから。後を……託されてください」

 

 見上げた夕焼けの空は、茜色の輪郭が滲んでぼやけていった。

 

 

 

 あれから数日、提督の願いを胸に秘めながら、悩みに悩み抜いた。他のことなら一も二もなく頷いただろう。けれど、戦船として、艦娘としての誇りを全て捨て、あの子を守るため泊地を後にする……そんな事が許されるのか。答えのない問いに痺れを切らしたように、いよいよ敵の大攻勢が開始され、泊地には空襲警報が鳴り響いた。

 

 心は迷いに乱れていても、体は勝手に動く。気付けばあの子の元へと駆け出していた。紐を緩め大きく隙間を作った胸当てと身体の間に、無我夢中であの子を押し込める。私の胸に圧迫され窮屈そうにしながらも、不安そうに私を見上げる一人の幼い子。奇行とも言える私の行動に、一瞬面食らった仲間たちだが、すぐに何かを悟ったようだ。何も言わず笑顔で私達を送り出し、いち早く直掩隊を展開してくれた。

 

 ひゅん、と鋭い音とともに空気を切り裂き突き進む幾筋かの矢は、光ともに烈風に姿を変える。逆ガルの翼の大半を占める補助翼が動き風を掴むと、鋭く旋回し迫る敵機を迎え撃つ。一機たりとも近づけるものか。

 

 「ここは……絶対に譲れません!!」

 

 ごめんなさい、もう少し辛抱して。あと少しで、敵の攻撃隊を振り切れるから。そうしたら、もう少しで本土に辿り着くから。一航戦の誇りは……捨てる事になりましたが、あなたはだけは……必ず守る。

 

「みんな……提督……ごめんなさい……」

 

 そして私たちの泊地は、今も称えられる栄光とともに壊滅した。生存者ゼロ。唯一のMIA(戦闘中行方不明)、それが私。

 

 

 多大な犠牲と引き換えに、大本営は勝利宣言を高らかに発した。ほどなくして迎えた戦後、私は無事復員を果たすことが出来た。いち早く提督が、私をMIAとして大本営に報告していたからだ。ただ一人仲間を見捨てて逃げ出した艦娘、などと心無い非難や汚名を受けないよう、泊地があの状況にあっても提督は心を砕いてくれていた。型通りの書類手続きを経て、私は除隊することになった。ただ、退職金は受け取らなかった。その資格があるとは到底思えなかったから。

 

 

 

 内地に引き上げた私達は、静かに暮らし始めた。

 

 それはどこにでもある二人暮らし。

 

 差し出した手は、小さな手にぎゅうっと握りしめられ、連れ立って洗面所へと向かう。鏡に映るのは私と……両手を上げてぴょんぴょん跳ねている黒髪の頭。左側には小さなサイドテール。仕方ありませんね……左の前腕で腰を抱くようにして抱っこすると、細い両腕が私の首に巻き付いてくる。もうちょっと離れてくれるかしら。あーんと開いた口に子供用の小さな歯ブラシを入れてしゃこしゃこ歯磨き。一本一本上の歯も下の歯も、前歯も奥歯も丁寧に。くすぐったそうにしながらも、決して嫌がらない。いい子ね。これでもう少し愛想があれば、誰かも好かれる子になるでしょうに。コップの水を含ませて、がらがらぺー。よくできましたね。真面目な顔で二人して向かい合い、頷き合う。

 

 

 この子なりに感じる所はあったのだろう。暮らし始めた当初は、それこそおはようからおやすみまで、ほとんどの時間を一緒に過ごしていた。とにかく、私から離れようとしない。朝目が覚めた時に一人だと泣き出してしまう。あるいは、夜中に悪夢に魘されたように飛び起き、二重のぱっちりとした黒目がちの瞳から涙を流し続ける。声を出さずに肩を震わせる、悲しい泣き方。

 

 最初の内は何が起きたのか分からず、泣き続けるこの子を抱きかかえて病院に駆け込んだりもした。原因が体ではなく心にあると気付いてからは、ただ何も言わずに抱きしめてあげるしか、私はこの子の涙を止める方法を知らなかった。

 

 いつしか、この子なりに現実を受け止め、咀嚼したのだろう。夜泣きの回数は減り落ち着きを取り戻した。その代わり、何というか、年頃の割には不愛想というか、表情の変化が分かりにくい子供になっていった。

 

 

 

 どこにでもある二人暮らしにも、季節は訪れる。

 

 

 夏になると終戦記念番組がテレビで特集される。決まって取り上げられるのは、私達の泊地。いかに激しく、いかに壮烈に戦い本土を守り、終戦に繋がる道を作ったのか。決して間違いではない。事実私達……いいえ、私以外の仲間は戦って戦って戦い抜き、そして散華した……はずだった。ある年の番組で、同じ泊地にいた赤城さんが奇跡的に生還を遂げていることが報じられ、流石の私も顔色を変えて驚いた。

 

 

 毎年、この子は終戦記念番組を飽きることなく、食い入るように見続けている。この子にとっては、数少ない思い出の中の父親が、画面を通して他人の口から語られる季節。私達を指揮した提督は、英雄として報じられている。

 

 ーーああ、だからなのね。

 

 二人暮らしにも随分と慣れ、私自身気持ちの整理がつき始めたある年の夏、毎年恒例の終戦記念番組で貴方と私達の泊地の特集を見ながら、唐突に理解した。これは貴方ではない、と。貴方をモデルにした、誰かにとって都合のよい創作なんだと。

 

 『自分がどう生きてどう死んだのか、それを正しく娘に教えてくれるのは、自分を一番よく知っている加賀さんしかいませんから』

 

 ごめんなさい、今になってこんな大切なことを思い出すなんて。私は、偶像としての貴方ではなく、生身の貴方をこの子に教えてあげないと。勝利のため身を捧げた英雄……そんなのは貴方ではない。

 

 この子を守るのは貴方に託された戦い、この子を守り続けるのは、私が決めた私の戦い。でもそれだけでは足りないのだ。小さな子供を守る事を、より大きな物を守る事でしか果たせなかった、不器用で勇敢な男性(ひと)。その姿を正しくこの子に伝えなければならない。それが貴方に託された私の大切な任務。

 

 

 あの頃の事を口にすると、嫌でも仲間を残し一人泊地を後にした事を思い出す。だから、痛みと共に思い出そう、それがこの子にとって大切な、貴方の真実を知る機会なら。だから、痛みと共に思い出そう、自分が何を選び、何を選ばなかったのかを忘れないために。

 

 

 

 どこにでもある二人暮らしにも、季節は訪れ、時間は過ぎてゆく。あの子の制服はいつしか中学校の物へと変わり、高校の物へと変わった。

 

 じっとその子が私を見つめ、黒いゴムと黒の細いリボンを差し出す。整った顔立ちに大人びたクールな眼差し。華奢な骨格と反比例するように制服を内側から押し上げる大きな胸、かなり可愛らしく成長したわね。何もせずじっと見つめ返す私を、不思議そうに小首を傾げて見返してくる。あぁ……ごめんなさい、学校に間に合わなくなるわね。それにしても、サイドテールくらい自分でできるでしょう――。

 

 ……そんなに嬉しいのかしら。相変わらず不愛想にも見える表情の中で、唇の端が少しだけ上に持ち上げる。鏡の前から離れようとせず、左側に結んであげたサイドテールを角度を変えながら飽きもせず眺め続けるその子を、今度は私が不思議そうに眺めるしかできなかった。

 

 「加賀さんに結んでもらった、お揃いの髪型が嬉しいんですよ。こうやって見ると、本当にそっくりですね。クールビューティーも悪くないですけど、この子位の年頃なら笑顔の方がいいんですが。やっぱり良くも悪くも加賀さんに似ちゃったんですね」

 

 奇跡的に生き残った赤城さんと再会することができた。以来、彼女は何くれとなく私達の支えになってくれる。本当にありがたい事。昨夜から私たちの住まいに泊まりがけで遊びに来ている赤城さんは、のんびりと一番遅くに寝室から現れた。そのくせ非科学的な事を言って私を混乱させる。何を言ってるの、遺伝子的になんの繋がりもない私とこの子が似てきたなんて、そんな……まったく。

 

 けれど、赤城さんの言葉を聞いて、珍しく分かりやすい笑顔を浮かべて、あの子が嬉しそうに笑っている。

 

 

 

 どこにでもある二人暮らしにも、やがて終わりは訪れる。

 

 

 「それよりも加賀さん、頼まれていた件ですけど……でも、本当にいいんですか?」

 

 赤城さんが真剣な表情で私に問いかける。受け取ったファイルをぱらぱらとめくり、一つ頷くと仕舞いこむ。いつかこんな日が来ても不思議はなかった。大学を卒業して一年、会ってほしい男性(ひと)がいる、と真剣な表情であの子が頼んできた。

 

 

 曖昧に返事をしながらも、きっと私は上手に微笑んでいた、そう信じたい。本当はもっと早くにこうしておくべきだった。ついにそうする時が来た、ただそれだけのこと……。

 

 私は、この子の母親を赤城さんの助力のもと探し当てた。幸い今も存命で、向こうは向こうで私達の泊地の顛末を知り絶望していたようだが、それでも諦めきれず一縷の望みを捨てず長年あの子を探し続けていたらしい。けれど民間人の調査には限界がある。そんな中で赤城さんからの逆探知は、双方にとって渡りに船、という事になったようね。

 

 提督(あの人)の面影をふとした表情に見せるあの子の成長を、見ていたかった。私は、どこまでも勝手な女なんだと思う。それでも……もう少しだけ、あと少しだけ……そう思いながら日々を重ねてきた。

 

 血筋なのか奇縁なのか。写真を見せてもらった。あの子が選んだのは、どことなく貴方に似た雰囲気を漂わせる若い海軍士官。艦娘が命を賭けて取り返した海を守り、彼女達と、そして共に戦った提督の思いを後世に伝えること、それがあの人の使命、なんだって……と、相変わらず不愛想にも見える表情を僅かに綻ばせ、頬を赤らめながら訥々と語るこの子の姿を見ていると、肩の荷が下りたように思う。

 

 

 ーーこの子は、貴方に似た人を人生の伴侶に選び、自分の人生を歩みだす。これからはその人が、私に代わってあの子を守ってくれる。私は……貴方の思いを繋ぐことができたかしら……。

 

 

 世間的にあの子を客観的に見てみましょう。深海棲艦との戦争を終結に導くきっかけを作った英雄の忘れ形見、そして長年生き別れていた母親と再会する。そして、愛する人の元へと嫁いでゆく。私は……この子にとって、波待ちの港。ただ、思いの他長くフネが停泊していただけ。進むフネは、ただ静かに見送る――そう、それだけ……。

 

 

 後ろ髪を引かれたくない。諸々の書類手続きを済ませると、二人で暮らしていた住まいを後にした。

 

 

 これでいいの、きっと……。

 

 

 

 そして私はドアベルの鳴る音で現実に引き戻される――。

 

 

 「……しつこいですね。頭に来ました」

 

 すっと立ち上がり、ドアスコープから外を覗き見て、比喩ではなく驚いて飛び上がった。どうして……そんな……。

 

 これだけドタバタすれば今更居留守なんて使えなさそうね。ドアベルの押し主も部屋の中の気配に気づいたようで、ぴんぽんぴんぽん鳴らし続けている。溜息と共に鍵を開け、ドアを開く。

 

 

 そうね、上出来だわ。思っていた以上にとってもよく似合っている。純白のウェディングドレスに白いベールを被ったあの子の姿。

 

 

 相変わらず不愛想にも見える表情。だけど、目に涙をいっぱいに溜め、精一杯泣き出すのを堪えている。でもどうしてここが……そう、赤城さんから……まったく、あの人も……。

 

 

 けれど、次の行動は予想できなかった。あの子は、被っていたベールを乱暴に外すと、せっかく奇麗にセットされたアップの髪をぐしゃぐしゃにして、背中の中ほどまである黒髪を解き放つ。そしてずいっと黒いゴムと細い黒のリボンを差し出してきた。

 

 「私……その……今まで言えなかった、けど……ずっと幸せだったよ。でも……一番見て欲しい人がいなきゃ……。それに、まだ……サイドテールの結び方、教わってない。……じゃなくて……これからも……やってよ……お願い……」

 

 そのまましゃがみ込み、昔と変わらず声を殺して泣き出した。そんな時は、やっぱり昔と変わらず、ただ何も言わずに抱きしめてあげるしか、私はこの子の涙を止める方法を知らない。



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第十二話 金剛パンチ

 「……今までどこにいたんだ?」

 「ずっといたのデース。テートク、隣、イイデスカ?」

 

 月明かりは重く居座った雲に遮られ、石灯籠や庭木に色濃い陰影が映る和風の庭。縁側に座る和服姿の男性は柱に寄りかかり、声の主を振り返らず空を見上げている。返事を待たずに足音を立てず隣へと進み、少し距離を空けて座る白い影。巫女服を模したような上着に黒いミニスカート、編み込みを丸めたお団子(フレンチクルーラー)が目立つ長い茶髪……金剛型戦艦一番艦の金剛も、同じように夜空を見上げる。

 

 二人の間のぎこちない緊張に、先に耐えられなくなったのは金剛で、まっすぐ前を向いたまま口を開く。

 

 「……こうやって改まるとキンチョーするのデース。何か言ってくだサイ……」

 「昔……明治時代の話らしいが、その頃はI Love Youの代わりに『月が奇麗ですね』って言えば伝わったらしいんだ。お前も艦歴を考えれば……いや、失言だ、頼むから気配で人を威嚇するな」

 「ロクな事を言いやがりまセーン。いい女は永遠にいい女なのデース」

 「……お前だって、自分でよく言うよ……」

 

 「それとも……もう、いい女じゃなくなっちゃった?」

 「……月が奇麗だな」

 「死んでもイイのデース!」

 「おいおい……」

 

 金剛の表情が満面の笑みに変わり、男の表情からもようやく緊張が解けたようだ。依然としてお互いを見ることなく、空を見上げる二人。再び沈黙が場を支配し、そよぐ夜風が金剛の髪を静かに靡かせた頃、再び男が口を開く。

 

 「そういえば、お前が着任したのは四姉妹の中で一番最後だったよな」

 「そうですネ、建造でしたネー。ドックの扉を開けたら、眩しい光で一瞬ホワイトアウト……そして目の前に立っていたのが、テートク、貴方デシタ……浦風と腕を組んだままの」

 

 金剛がジト目に変わり、男は気まずそうに頭をガリガリと掻き始めた。

 

 「お前もいきなりケンカ吹っ掛けてたよな。『提督のハートを掴むのは、私デース!』とか大見得切って艤装まで展開して」

 「自己アピールは大切デース。……やっぱり浦風とそういう関係だったノ?」

 「……今だから言うけど、お前の着任がもう少し遅かったら……やっぱり何もなってなかっただろうな。いくら手足が伸びきって発育がいいったって、駆逐艦だしなぁ……」

 「テートクがヘタレ〇ラ(臆病者)でよかったのデース」

 「真顔でなんてこと言うんだよお前は」

 

 

 「それで、どうなんですカ? 私は……テートクのハート、掴めましたカ?」

 「これ以上掴む気か? あとは握り潰すくらいしかやる事ないぞ」

 

 んふふー、と満足そうに微笑む金剛と、照れくさそうに頬をぽりぽりと掻く男。風に揺れる庭の木々の葉がさわさわと音を立てる。自分で言っておきながら恥ずかしいことを言わせやがって、と仕返しとばかりに男は昔の話を蒸し返す。

 

 「潰すと言えば、お前の初陣を思い出したよ」

 「うー……どうでもいいことを……」

 「見事な射撃だった。止める間もなく『撃ちます! Fire~』って、三五.六cm砲を全門斉射。見事命中したのはいいけど、泊地に戻るのに皆が目印にしてた岩礁を吹き飛ばして、お陰で海図を書き直す羽目になったよな」

 「イ級が口を開けた姿にそっくりな岩が悪いのデス」

 「岩が気の毒だよ……」

 

 ぷうっと頬を膨らませてぷいっと横を向いて拗ねてるアピールの金剛。ちらりと肩越し男を盗み見ていた金剛は、僅かに男の方に体をずらす。

 

 「けどなぁ、気の毒っていえば……」

 「いえば……?」

 「飛行場姫だろうなぁ……。俺は中継の映像を見ただけだが、あの真っ白な髪や体が炎の中で揺らめいてる様は恐ろしくもあり美しくもあった。夜間艦砲射撃で火の海になった鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)、榛名も凛々しかったが、あの時のお前には惚れ惚れしたよ」

 「……イイコトを教えてあげるネ。女の子を褒めるのに他の女の子の名前を出すのは、No! なんだからネ!」

 「他の女って……深海棲艦とお前の妹だろうが……それでもかよ?」

 「それでもデース!」

 

 ふんすと鼻息も荒い金剛と、思わぬ機雷に接触してしまい、皺が深く刻まれた顔に苦い表情を載せる男。さぁっと、一際強い風が一瞬吹き抜け、木々のざわめきが大きくなる。空では雲が徐々に流れ、月が僅かに姿を見せ始める。その間に金剛が、月明かりを避けるように少しだけ距離を詰める。男は気付いているが、何も言わず金剛のしたいようにさせている。

 

 「前から聞きたかったんデス。テートクが、私のコト好きになったキッカケは何だったんですか?」

 「今更聞くかね、そんなこと。忘れちまったな、もう……」

 「…………テートク?」

 

 

 何も言わず縁側で形のよい脚をぶらぶらさせながら、金剛は沈黙を楽しむようにニコニコしている。雄弁は銀、沈黙は……この場合役に立たないと悟った男は、軽くため息を吐きながら、思い出すように訥々と言葉を重ね始める。

 

 「…………お茶会、きっとあの時からだろうな。お前の、紅茶を入れるときの手の動きとか指先とか、すごく奇麗でさ。それに……紅茶を淹れて他愛もない話をしている時のお前の表情が、バーニングして俺に迫ってくる時とも、演習とか戦場とかも違って、柔らかくて自然で……気が付けばお前ばかり目で追っていた。……分かっていたんだろう、お前だって?」

 

 そっか、と一言だけ金剛は言い、赤く染まった頬をぱたぱたと手で扇ぎ始める。

 

 「自分から聞いておいて変ですネー」

 

 おそらくは男の目と心を奪った時と同じ微笑みを浮かべ、へへへ、と小首を傾げる仕草。そしてまた反撃を受ける。

 

 「お前はどうなんだよ?」

 

 びくっと身体を震わせて金剛が固まる。あー……と言いながら、困ったように頬をぽりぽりと掻き、それでもはっきりとした口調で自分の思いを口にする。

 

 「金剛型が自分の直属の上官に惹かれやすいのは確かだと思いマス。でも、それだけじゃありまセーン。お茶会……きっとあの時からデス。私の淹れた紅茶を、すごく奇麗な所作で飲んでくれマシタ。それに……お茶会で他愛もない話をしている時のテートクの表情が、バーニングした私に迫られた時とも、演習とか指揮中とも違って、柔らかくて自然で……気が付けばテートクばかり目で追ってマシタ。……分かっていたんでしょう、テートクだって?」

 

 

 「俺の言った事真似すんじゃねえよ」

 「テートクこそ、私の真似しないでクダサーイ」

 

 

 「ま、なんだ……つまり」

 「テートクが私にFallin’ Loooveしたんですねー」

 「この流れでそう言い切るかね」

 「求められるからいい女なんデース」

 

 

 二人にとって心地よい沈黙が流れ、金剛がさらに少しだけ距離を詰める。男は気付いているが、何も言わず金剛のしたいようにさせている。

 

 

 「戦って、入渠して、お茶会して……そんな日々の繰り返しだったな。お前は、いつも最前線に立って戦い続けてくれたけど……途中から危なっかしくて見てられなかった」

 「敵もどんどん強力になって、どうしても最後の一撃が撃ち抜けない、あと一歩が届かない事が増えたヨ……。でも、食らいついたら離さないって、言ったデース!」

 

 んーっと金剛は背筋を伸ばし、形の良いお尻から細い腰、滑らかな背中が描くカーブが強調される。その表情から笑みは消え、寂しそうに目を伏せる金剛だが、男はその言葉に何も答えず、誤魔化すように首に掛けたネックレスに触れるだけ。軽い金属音だけが二人の間に微かに響く。

 

 空母機動部隊に随伴可能な高速性能の反面、改修に改修を重ね何とか一線級の性能を維持した金剛型戦艦は拡張性に限界があり、搭載可能砲に制約があった。一定以上の大口径砲による射撃では命中精度が大きく低下し、さらにその重量から肝心の速度性能にも悪影響を及ぼした。だから金剛が選んだのは別な方法だった。

 

 「あんな無茶な戦い方があるかよ。いっつもボロボロになって帰ってきやがって……」

 「? ああ、金剛パンチのことですカー? 目一杯接近して、思いっきりhit! 私のBurning Looove! があれば、怖い物なんてないヨ」

 「そんな物理的なバーニングラブでやられた相手もたまらんかっただろうな」

 

 金剛は肩をすくめてぺろっと舌を出し、男は肩を竦めて首を横に振る。中破や大破で帰って来ることが明らかに増えた。入渠すればすぐに元通りになるのは分っている、それでもそんな姿を見たくなかった。何度言っても金剛は戦い方を変えようとしない。何をそんなに焦っている……そう思い何度も話をした。その場では分カリマシターと、いつにも増して棒読み気味の返事が返ってくるが、結果は同じ。

 

 風が庭を渡り雲が流れ、顔を出し始めた月が二人を淡く照らす。男は少し疲れたように、柱に深く寄りかかる。

 

 

 「……だから……あんなことになっちまったんだろうが……バカが……」

 「…………Sorryネ。でも、どうしても、届きたかったネ……」

 

 

 ざぁっ。

 

 風が強く吹き渡り、雲を月の周りから追い払う。銀の糸を集めたような、冴えた光が柔らかく庭を照らす。きらきらと輝く金剛の姿は水晶に半透明の色を載せたようで、月の光が透けている。半透明に近い、触れれば消えてしまいそうな儚い姿。男が初めて金剛を正面から見据え、その拍子に男が首に掛けたネックレスが揺れる。ペンダントヘッド-ー銀のペアリングが月の光を鈍く反射し、ちらりと指輪を見た金剛は、顔を伏せたまま肩を震わせている。

 

 

 「お前は……なんであんなバカなこ――「バカなコトじゃないネッ!!」」

 

 男の言葉を遮り、金剛が鋭く叫ぶ。

 

 「絆をカタチにしたいのが、そんなにバカな事デスかっ!? 私は……どうしても指輪が欲しかった……」

 

 男は悔しそうに唇を噛み、首を横に振る。基隆沖台湾海峡――奇しくもかつての戦争と同じ場所で、金剛は沈んだ。敵を深追いし過ぎて受けた損傷は、潜水棲姫率いる深海棲艦の潜水艦隊の襲撃を躱すことを金剛に許さなかった。だが、帰ってくることまでを妨げられたわけではなかった。気づけば金剛は、いつもと何も変わらず執務室にいた。カタチのない白い影のような姿。

 

 「あの日は……本当に大騒ぎだったネー。艦隊から連絡を受けた時のテートクの顔は、今でも忘れられナイ……。絶望が形になったら、こういうフェイスなのかな、って表情。隣で私がどれだけ一生懸命呼んでも全然聞こえてませんデシタネ。分かったのは、私は誰の目にも映らなくて、誰も私の声を聞くことができない……」

 

 艦娘が沈んだらどうなるか、ある種のタブーだがそれでも気になる。たまに艦娘同士の話題に上ったこともあるが、分かるはずがない。一度沈めば誰も帰ってこないのだから。何より――――。

 

 「テートクの戦歴で唯一の喪失艦、それが私ですカラ……」

 

 男は項垂れる。ただ項垂れ身じろぎ一つしない。

 

 「あれからテートクの姿をずっと見ていたヨ。あれからテートクの声をずっと聞いていたヨ。みんなの前では凛々しく振舞って、夜寝室で声を殺して泣き続ける姿を。どれだけ私はここデース、って叫んだと思いマスカ? 何度もテートクを抱きしめようとしたんデスヨ。戦争が終わって何年……何年こうしていると思ってるのデスカッ! ずっと、ずーっとそばにいます。でも、何一つ届きませんデシタ……」

 

 「俺の命令を無視してまでやることだったのか? あんな無茶なことしなくたって、遅かれ早かれ練度上限に届いただろう?」

 「私、知ってたヨ? あの時、戦争は終わりに向かっていたっテ」

 

 あの時、深海棲艦の活動は急速に低下の一途を辿っていたのは事実だった。戦後大綱なる施策令が各拠点に出回り、軍の上層部は出口戦略、つまり戦後経営に向けた方針を提示し始めた。

 

 「テートクの机の上の書類……見たんだヨ、私……。だから、あの時練度上限に届かなきゃ、届く時なんてなかったヨ。私達は戦争を通して出会ったヨネ。でも、その指輪があれば、戦争が無くても一緒に居られるんじゃないかなって……指輪は、艦娘にとって消えない絆の証ナンダヨ」

 

 終わる見込みがあることと終わったことは違う。戦後大綱のせいで弛緩の兆候を見せた拠点もあり、実際に戦争が終わるまでには、金剛が目にした書類にあった予想時期よりも長い時間がかかった。それでも戦争が終わるまでに金剛の練度が上限に達したかどうかは、五分五分といった所だった。

 

 

 「俺がっ」

 

 

 男が突然声を上げ、金剛がびくっと身を竦める。

 

 「指輪があろうがなかろうが、戦中だろうが戦後だろうが、俺が……どんな気持ちで今まで過ごしていたと思う? 分かってくれていると思っていた、いたんだが……形にしなかった俺が、お前を追い詰めたのか……」

 「分かっていまシタヨ、モチロン。それでも想いが届いたカタチも欲しかった……いい女は欲張りなのデース。でも…てんw欲張りすぎちゃった、カナ……」

 

 充実した戦力とは言えない、規模も大きくない泊地を率いていた佐官だが、喪失艦一だけで長い戦争を乗り切った戦歴は十分評価され、軍に残れば出世が確実視されていた。だが戦後処理を済ませた後、男は誘いを断り独りで暮らしていた。生き残ったかつての同僚は、莫大な退職金を元に事業を始める者や軍に残り栄達を果たす者など様々だが、男の選択は理解されなかった。

 

 かつての部下-ー艦娘達は男の元を代わる代わる訪ね、身の回りの世話をしたり、思い出話をしたり、時には皆で集まり宴会になったりと、付かず離れず時を重ねている。絆は、上司部下、あるいは戦友からいつしか友人へと形を変えながら途切れる事なく続いていた。唯一、男と似ていて異なる喪失感を抱えた榛名だけは、思慕へと想いの形を変え募らせたが、男に受け入れられることはなかった。

 

 「……榛名なら、テートクを任せてもよかったのに……オコトワリしちゃうなんて、想定外デシタヨ」

 「俺が受け入れるとお前が思っていたことが想定外だよ……」

 

 再び風が流れ、月に雲がかかり、男は唐突に理解した。金剛はあれからの長い時間、ずっと男のそばにいると言った。けれど、男はその姿を見ることも、その声を聞くこともなかった。なのに今、男は金剛を目に映し、声に耳を躍らせ、久しぶりの会話に心を躍らせている。その意味するところは――。

 

 「金剛……俺を、迎えに来たのか……」

 

 呼びかけに答はない。それでも金剛は顔を上げ、涙で濡れた頬をそのままに、精一杯の笑顔を見せる。すっと腰を動かし、男との距離をぐっと詰め肩が触れ合う距離で隣り合う。深い皺の刻まれた顔をくしゃりと歪め渋く笑った男は、細く枯れた腕を伸ばす。見た目以上に力強く肩を抱かれ引き寄せられた金剛は、小さくあっ……と声をあげるが、男にそのまま身を預ける。注がれる視線に金剛は上目遣いで男を見上げる。奇麗な形の唇が塞がれるのを待つように僅かに開かれる。男の吐息が金剛の唇に届く。

 

 

 「時間と場所をわきまえなヨ……」

 

 

 顔を伏せ気味に背けた金剛は、唇と唇の間に細い指を差し込み口づけを遮る。男の唇は金剛のそれに届くことなく、指の手前で押しとどめられた。戸惑う男に、華やかな、それでいて悲し気な色を瞳の端に宿した笑みを揺らしながら、すっと金剛は立ち上がる。

 

 「Follow me……ついて来て下さいネ」

 

 一言そう告げると、金剛は振り返らず、後ろ手でスカートを押さえるようにして、ゆっくりと縁側を進んでゆく。月明かりを纏うその姿、ぼんやりと向こうがうっすらと透けて見える。操られるように男もゆらりと立ち上がる。和服姿の男は目で金剛を追い、細すぎる体を軋ませながらついてゆく。

 

 よく考えればもっと早く気付けた、と男は肩を竦める。金剛がどこに男を連れてゆくつもりなのか、分からないが構わない。迎えが来たということは、そういうことなのだろう。今生(こんじょう)での役割を終えたのだ、と一人納得した。

 

 男は人生の大半を軍で過ごした。深海棲艦と呼ばれる謎の存在との戦いは過酷だったが、その中で戦後の今も続く絆を結べる艦娘(仲間)と出会えた。幸せだった、と言っていい。死にあって生を実感する、異常だと言われればそうかもしれない。ならば戦争という行為自体が異常なのだ。異常な季節で生まれた、激しく、命を燃やし続けたからこそ生まれた魔力に、男は囚われ続けていた。

 

 「平和な時間を二人で愛おしんで生きてゆきましょう」

 

 逆プロポーズまでさせたのに、榛名の想いに応える事ができなかった。いくら平和だと言われてもピンとこず、砂を噛むような色褪せた日々が続いていた。ガラス越しに物を見て、ラップ越しの物を食べる、そんな感覚。

 

 だがなぜだ? 男はふっ、とほろ苦く笑う。そんなの分かり切っている。愛する金剛()は、戦争(幸せ)の頂点とも言える時に、帰ってこなかった。男の時はそこで止まっている。

 

 お互いに向けていた想いは同じだが、あと一歩、届かなかった。今、季節は再び動き出した。

 

 男は気が付いた。この縁側がこんなに長いはずがない。それに前を行く金剛との距離が離れてしまった。茶色の髪が揺らし金剛が縁側を曲がり姿を消す。頼む、届け、と手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 「提督っ! 良かったっ!! もうだめかと……」

 

 伸ばした手は、きつく固く握りしめられた。言葉にならなかったのだろう、榛名が空間を抉るような勢いで抱き付き、激しく身を震わせて泣いている。ベッドを中心にして左右には見知った顔……叢雲、浦風、磯風、矢矧、阿賀野、霧島、長門、他にもまだまだいて、病室が艦娘でぎゅうぎゅう詰め。みな涙と鼻水で奇麗な顔をぐしゃぐしゃにしている。

 

 「どうして……」

 

 誰も知らない言葉の意味。どうして金剛は俺を連れて行ってくれなかったのか。男は呆然とする。

 

 「金剛お姉様が……」

 

 誰も知らないはずの言葉の意味。どうして榛名が知っているんだ。男は唖然とする。

 

 「金剛が夢に出てきたんだ。貴様の家に行けと、必死の形相で訴えてな。私や榛名だけじゃない、ここいる皆はもちろんだが、今こっちに向かってる連中も含め、貴様の元部下全員の所に、だ」

 

 男は長門の言葉が途中までしか耳に入っていなかった。ぐすぐす泣きながら抱き着いて離れない榛名を押しのけ、両手で顔を覆い、人目も憚らず泣いてしまった。没してなお男を守る金剛の想いの深さへ向けた涙、男以外のこの部屋の誰しもがそう理解していた。男は、男だけにしか分からない想いで、感情の奔流を止められずにいた。

 

 連れてゆくためではなく、追い返すためーー金剛は男を連れていってくれなかった。この世界で、それでも生きてゆく、それが金剛の望むことなのか。落ち着きを取り戻し項垂れる男の目の端に、ベッドサイドにあるワゴンが目に留まった。高雄がてきぱきとした口調で説明を始める。

 

 「貴重品とか着替えは全てそちらのワゴンにあります。一刻を争う状態でしたので、手近な物を取り敢えず持ってきました。足りないものがあったら仰ってくださいね」

 

 時計、携帯、財布、鍵、そしてネックレス。ペンダントヘッドにしていた銀のペアリングは、一つに減っていた。

 

 

 「あまり無理はしないで欲しいデース、ホントに……。一緒に逝ってもよかったんだケド……これで良かったのデース。やっぱりムードとタイミングはわきまえないと、ネ……。いつか、一緒に紅茶が飲める日が来るまで、私、待ってますカラ」

 

 男の枕元に立つ金剛は、目の端に涙を浮かべ病室を眺めていた。届かないと知りながら、愛おしそうに男の髪を撫でようと伸ばした左手、その薬指には鈍く光る銀色のリングが輝いていた。



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第十三話 約束

 戦後の甘味処間宮。


 商店街の奥まった所にある、小さな甘味処。通りに面した壁の上半分はガラス窓で、奥に四名用の座卓が二組並ぶ小上りのある店内が見渡せる。生クリームの白が眩しいショートケーキ、ダークブラウンが魅惑的なザッハトルテ、色鮮やかな季節の果物で飾られたフルーツタルト、小豆と黒蜜の光沢が光るあんみつが収められる冷蔵ショーケース、壁に沿って作られた棚にはクッキーや羊羹、お饅頭、道明寺餅、柏餅、サツマイモの練り羊羹が並んでいる。いずれも美しい出来映えだが、品揃えには一貫性を欠いているようだ。

 

 戦争が終わって数年が経った。深海棲艦との殺し合いの日々は遠く、艦娘達が救国の英雄として熱狂的な歓迎を受けたのも今は昔。勝利の狂騒はすぐに去り、むしろ長い戦争で受けた被害から立ち直るという現実的な関心事に人間の心は埋められた。

 

 兵器として認知されていた艦娘と人間の共生に少なからず混乱があったのも事実だが、文字通り命を賭け自分達を守り救ってくれた相手を、徐々にでも受け入れ共に歩む存在と認識する程度に、長い戦争は人間に悟性を与えたのかも知れない。多くの艦娘が戦陣に倒れ海に還ったが、生き残った艦娘への戦後保障についても、莫大な退職金の請求権が与えられ、希望者には住宅、進学・就職の斡旋も行われた。多くの場合は提督が相手だが、いつの間にか身近な人間と恋に落ちケッコンする艦娘も多かった。

 

 

 この店は給糧艦の間宮が戦後に始めた甘味処。だが客足は疎ら、遠慮なく言えば不人気である。

 

 戦中は全海軍で甘味処といえば間宮、と謳われた和菓子作りの名手の彼女が開いた店にしては意外過ぎる結果だが、当の間宮はあまり気にしていない様子。元艦娘が営む店として敬遠されたり差別されたり、ということではない。理由は別な所にある。彼女自身も分かっていて、けれど分かっていてもどうしようもないこと。

 

 間宮はぼんやりと外を眺めている。すっきりと晴れた秋晴れの空の下、窓の外を行きすぎる人並の中で、地元のカップルと思われる若い男女が店の前で足を止める。二人を見ていると、おおよそどんな会話をしているか見当は付く。男はここでいいんじゃない、と気軽に言う。本音はどこでもよく、歩くのから解放されたい、と言う感じ。対する女は、顔の前で手を横に振り、だめだめ、とでも言っているようだ。

 

 -ー甘すぎるの、このお店。

 

 女の口の動きをよく見るとそう言っている。結局そのカップルは立ち去り、その後も客足は増えず夕方に近い時間になった。

 

 間宮の店が流行らない理由、それは味付けが甘すぎる事。お菓子だから甘くて当然とか世の中健康志向とか、そういう話ではなく、とにかく甘い。店を開いてしばらく経ったある日、とあるお客さんから指摘され間宮も気が付いた。戦争という極限の肉体労働、そして嗜好品に飢えていた艦娘達は、強烈なまでの甘さを欲しがっていた。その当時の基準のまま、自分は甘味を作り続けていた。変えようと思えばいつでも変えられるが、理解し納得して、そのままにしている。この店にある品ぞろえは、他の誰のためでもないーーーー。

 

 自分の腕を枕にしてカウンターに上体を投げ出す様に座る間宮は、在りし日へと思いを深く沈めてゆく。

 

 

 

 「負け戦程つまらないものはない、そう思わないか?」

 と、緑色の髪をした駆逐艦娘が、怒るでも嘆くでもなく、ただ淡々と言う。手には収穫した作物を抱え、運搬用のリアカーに近づいてゆく。

 

 「こんな配属先で運が悪かったな。それでも死んでないだけマシというものだ」

 と、銀色の髪をした駆逐艦娘が、相手の話に乗るでも乗らないでもなく、ただ淡々と言う。同じように手には収穫した作物を抱え、こちらも運搬用のリアカーに近づいてゆく。

 

 「「せーのっ」」

 

 二人同時に作物を抱えていた手を離し、どさどさどさと音を立てサトウキビが載せられる。リアカーを前から引く長月と後ろから押す菊月は、司令部へと続くでこぼこ道を引き返してゆく。

 

 ソロモン海に位置するこの小さな島に設けられた拠点には、もともと島の住人だった鳥や獣や昆虫、降り注ぐ陽光とあまり肥沃とは言えない土地に自生する野菜や果物、艦娘が今は十数名、妖精さんがほどほど、司令官、そして給糧艦ーー間宮がいた。

 

 思えば遠くに来たもんだ、とは誰の言葉だったか。最前線の小さなこの基地をスキップして、敵は後方の基地に猛攻撃を仕掛け陥落させた。次に狙われたのは、防備を強化したその隣の基地ではなく、隣の隣の基地。縦深的に連なる基地群は、分断され連携を取る事が出来ず無力化された。そして個別に挟撃され殲滅される運命が待ち受けている。度重なる戦力抽出命令を受け、戦艦や正規空母等の有力な艦娘から引き抜かれたこの島で、深海棲艦の気分一つでいつでも終わる不自然な凪の時間を、残された艦娘達は過ごしている。

 

 本来は各拠点を巡回して生鮮食品を補給し、一定期間滞在して甘味処を現地で開き艦娘達を狂喜乱舞させた後に次の拠点へと向かうのが間宮の役割だが、敵の飛び石的侵攻があまりにも早く、退避すべき後方拠点が激戦地の有様。非武装低速の給糧艦を単独退避させられず、さりとて総勢十数名の艦娘しかいなくなったこの基地では護衛に戦力も割けず、結果として間宮はこの基地に取り残される羽目になり、どれくらい経ったのかーーーー。

 

 

 

 「いつもありがとうございます」

 

 胸の前で両手をぽんと合わせ満面の笑みを浮かべ、間宮は帰ってきた長月と菊月を出迎える。トレードマークの割烹着に赤いリボンはそのままでに、ぱたぱたと軽い足音を立てて、リアカーと二人の元へ駆け寄ってゆく。

 

 「まぁ、サトウキビをこんなに」

 「これくらいお安い御用だ」

 「だから、いつも通りに、な」

 

 こんな状況でも間宮はいつも朗らかだ。サトウキビを両手で抱えると小首を傾げてにっこりと微笑む。

 

 「はい、任せてくださいね。それじゃ、お手伝いしてもらえますか?」

 

 ぱぁぁっと満面の笑みを浮かべた長月と菊月は、同時にガッツポーズを見せると、間宮と共に甘味処へと向かい小走りに走り出す。

 

 甘味処と呼んではいるが要するに食堂である。鳳翔や祥鳳、あるいは龍鳳など料理上手な軽空母がいないこの拠点では、間宮が食事の世話を一手に引き受けている。けれども間宮が営んでいる以上、やっぱり甘味処と呼ばれている。

 

 「さて、と……。今日の甘味に取り掛かる前に、こちらの仕込みを先に済ませちゃいたいんですけれど、お手伝いしてもらえますか?」

 気合を入れるように割烹着の袖を捲ると、傍らにあった鉈を手に取ろうとする間宮に慌てて駆逐艦達が駆け寄る。一人が鉈を受け取り、もう一人がぐいぐいと台所へと間宮の背中を押す。

 

 「間宮さん、そういうのは三日月がやりますからっ」

 「弥生も、これなら……」

 

 まともな補給を最後に受けたのはいつだったか思い出せないような拠点である。満足な食料や調味料があるはずもない。生命維持に必須の塩はもちろん、菓子作りに必要な砂糖もすでに使い果たしている。だから足りないものはみんなで協力して自前で賄う。塩は海水を蒸留して作る。主食であり生命線でもあるタロイモの栽培やココナッツの収穫と加工、バナナやマンゴーはドライフルーツにする、釣りや底引き網で獲れた魚は保存食にするなど、いつしか小さな拠点は集落、いや、肩を寄せ合い助け合い暮らす家族のようになっていた。

 

 そして砂糖はーーサトウキビに含まれるショ糖分を結晶化したものだが、白砂糖に至るまでは様々な工程を経る。ショ糖は時間の経過とともに含有量が低下するため、サトウキビを収穫したらすぐに作業に取り掛かる。三日月と弥生は鉈でサトウキビをざくざくと細かく刻み大きなざるに移してゆく。十分な量になった頃合い、二人はざるを抱えて甘味処の隅にある小さな手作りの設備へと向かう。

 

 「いきますよ、弥生ちゃん」

 「いつでも……いいよ」

 「ボクもお手伝いするから、まっかせてよ!」

 

 最初の工程は圧搾、水を加えながらサトウキビからショ糖を絞り出すのに、大きな石を利用した擦り機の隙間にサトウキビを入れる。三日月と弥生は息の合った動きで石を回転させ、破砕したサトウキビを皐月が手際よく入れ水を加えてゆく。ごりごりと不器用な音を立てながら、搾り汁が用意されたバケツに滴り落ちる。これに石灰を加え不純物を沈殿させ、上澄み液を掬って煮詰めて残る黒い塊、つまり黒砂糖が手に入る。本来ならこれを原料糖とし、不純物を取り除くいくつもの精製工程を経て純白の精製糖にするのだが、この拠点では黒砂糖を作るまでが限界。

 

 「さて、何を作りましょうか?」

 

 頬に手を当てながら、うーんと間宮は考え込む。考えた所で答は限られている。和洋問わずお菓子作りには、この島で手に入らない材料を多用する。あんみつも、お団子もお饅頭も、代名詞の羊羹も無理、ケーキやクッキーなどの洋菓子は夢のまた夢。現地で手に入るタロイモやマンゴー、バナナなどを使い、雑味の強いくどい甘さの黒糖を組み合わせた甘味、それがこの島での甘味処間宮の定番メニュー。

 

 タロイモを茹でて潰し、黒砂糖を混ぜて餡を作る。今度は乾燥させたタロイモを挽いた粉に水を混ぜ芋餡を包む皮を作る。出来上がった皮で芋餡を包み、オーブン代わりの石窯で三〇分程度焼き上げる。

 

 「みなさん、できましたよー」

 

 その声が終わる前に、すでに基地に居る全員が甘味処間宮に集まり、目をきらきらに輝かせている。司令官も列の最後に並んでいるのを見ると、間宮も思わずくすっと笑ってしまう。石窯の扉を開け取り出したのは芋頭酥、台湾のタロイモパイケーキである……材料さえ揃っていれば、だが。あえて言うならソロモン風タロイモの焼き菓子、とでもいうべきか。焼き上がりにもムラがあり、食感もいいとは言えない。味も黒糖のくどさが目立つ、間宮の名を冠するにはいただけない仕上がりだが、それでもみな満面の笑みを浮かべ、奪い合うようにお代わりしてくれるのを見ると、嬉しくなってしまう。

 

 人はパンのみに生きるにあらず、艦娘も資材のみで動くにあらず。人間と同様の生理機能を持つ艦娘は、お腹が空けば力が出ず、好きな物を食べると戦意高揚(キラキラ)する。日々悪化する状況に心身ともに押しつぶされそうになる中で、ほんのひと時でも何も考えず夢中になって貪るように味わい、遠くなった日常に自分を繋ぎとめてくれる僅かな光。それが勲章よりも戦果よりも重要な、間宮の甘味。

 

 「ふぅ……おいしかったぁ~」

 

 口の周りに食べかすを付けた皐月が満足そうに言い、多くの駆逐艦娘が頷く。

 

 「贅沢なのは分ってる……けれどやっぱりあんみつが食べたいな」

 

 この拠点のまとめ役の一人、矢矧がぽつりと呟く。

 

 「いつか食べたチョコレートケーキもおいしかったです」

 

 少し恥ずかしそうな表情で、神通が続く。二人の発言をきっかけにして、何がおいしかったとか、これを食べたいとか、わいわいと果てる事なく盛り上がりが続いている。

 

 「確かに羊羹は、とてもおいしかったなぁ」

 

 司令官が何気なくつぶやいた言葉をきっかけに、間宮は暗い表情になり俯いてしまった。しまった……と司令官と艦娘達はこれ以上ないほど慌ててしまった。ロクに材料がない中で苦心して日々の食事はもちろん、こうやって甘味を作ってくれているのに不平を零した、と思われてしまったのかと。もちろんそんなつもりはなく、ただ在りし日を懐かしんだだけだったのだが、間宮に謝ったり慰めたりと大忙しなった。

 

 

 ーーごめんなさい、みなさん。

 

 

 心の内で繰り返しそう詫びる間宮の心は誰にも分からなかった。

 

 

 

 結局、何も分かっていなかったのだと思う。誰もいなくなった甘味処の台所でことこととタロイモがゆであがるのを待ちながら、間宮はぼんやりと考える。

 

 それまで訪れた先は、非武装の低速艦の自分でも、駆逐艦娘一人か二人を護衛に伴う程度で航海を無事に続けられていたのだ。だが南方は、この海は地獄だった。護衛してくれた艦娘は目の前で沈められた。この拠点の艦娘達が救援に駆け付けてくれなかったら、自分も後を追っていただろう。けれど、それ以来この拠点から出られなくなった。それほどに急速で苛烈な敵の攻勢。猫の手でも借りたい戦況にあって、自分はただの足手纏いでしかない。けれど、司令官は真面目な顔で、視線を逸らさずにはっきりと言ったのだ。

 

 「間宮さんは特別なんです」

 

 そう言われて思わずドキッとした。けれど司令官の表情は真剣なままだった。

 

 「今はこんな時代で、戦争に必要なものだけが必要とされています。けれど間宮さんが作る甘味は……当たり前の事を当たり前に楽しめた日々の、平和の象徴なんです。艦娘のみんなにとっても、自分たちがちょっとした何かを喜んだり楽しんだりできる存在なんだと、理屈じゃなく分からせてくれるんです。あなたは、自分たちだけじゃなく、全ての艦娘に必要とされている特別な人です。今はこの基地から動けませんが、時が来れば必ず、間宮さんを安全な場所までお送りします」

 

 それから司令官が私にとって特別な存在になるのに時間はかからなかった

 

 ーーだからって、これは……ないよね。

 

 視線を足元の棚に送る。中に隠すようにしまってあるのは、僅かに残った白砂糖が入った小さな壺。この拠点で物資の在庫が切れる前に、職人の本能で思わず確保していた。甘味づくりに欠かせない小さな白い魔法。未精製の黒砂糖ではできない、素材の味を邪魔せず、甘みとコクを与えられる。

 

 司令官は自分の事を艦娘達が必要とする特別な存在だと言ってくれた。甘味を通して、忘れてはいけない日常や小さなことを喜ぶ感動を伝えられる、と。けれど今自分がしているのは、皆にとっての特別よりも、自分が誰かの特別になれると気付かせてくれた特別な人にだけ、自分の特別を見せようとしている。

 

 ーー私は……特別な存在などではありません。それでも、今の私にできる特別なことを、司令官、貴方に……。本当の……間宮の味には程遠いけど……それでも……。

 

 羊羹が好きだといったあの人のために、小豆が手に入らない今できるのは、芋羊羹、それもタロイモ。サツマイモと違い、里芋で代用できるように粘りが強い反面甘みはない。固める役割の寒天も、テングサが手に入らず、オゴノリの仲間の海藻から作るしかない。全てが代用品の中で、唯一、隠し持っていた純白の砂糖だけが偽りのないもの。

 

 『哨戒中の秋津洲より入電、敵艦隊が接近しているそうだ。ついにきたか……上の指示なんて待ってられるか、ただちに撤退戦に入るぞっ。せめて間宮さんだけは無事に退避してもらう、いいなっ』

 

 一斉放送で知らされた敵の襲来。慌てて迎えに来た駆逐艦娘に手を引かれ、作りかけの芋羊羹をそのままに、私は台所を後にした。

 

 

 

 

 この海はやっぱり地獄だった。

 

 

 敵の進行を食い止めるために殿(しんがり)をたった二人で務めた利根さんと神通さんとも、二式大艇で前路警戒にあたっていた秋津洲さんとも連絡が取れなくなりました。無事で……無事でいてください。その後も後方の拠点を目指して私達の逃走は続きます。母艦に座乗する司令官と私と矢矧さん、取り囲むように輪形陣を組む六人の駆逐艦、前衛と後衛にはそれぞれ軽巡が二人ずつ。

 

 「全員に告ぐ。目の前のこの島さえ越えれば、味方の艦隊と合流ができる。問題は島を北回りで行くか南回りで行くか、だが……北回りを選ぼうと思う」

 

 司令官の言葉に、全員が黙り込む。北回り航路には、秋津洲が発見した敵の重水雷戦隊が待ち構えていると報告が入っている。

 

 「そうだ……これ見よがしなまでに、な。だから南には伏兵がいるはずだ。おそらくは潜水艦」

 

 結果論で言えば司令官の読みは当たっていました。南回り航路に入るには、一度狭い水道を通過せねばならず、その出口に潜水艦隊が待ち構えていたらしいのです。当時の私達にはそれを判断する材料はなく、目に見える危機にあえて進む勇気を振り絞るしかありませんでした。

 

 「……約束」

 

 誰かが一言呟きました。

 

 「間宮さん、必ずショートケーキを作ってね!」

 「ずるいっ! 私はシフォンケーキがいいっ」

 「道明寺餅と柏餅、ご所望」

 

 次々と、皆が自分の食べたい甘味の名を上げます。艦橋では矢矧さんが準備体操を終え、出撃デッキに向かおうと歩き始めました。ふと立ち止まり、こちらを振り返ります。どうして、そんないい笑顔を見せるのです?

 

 「さて、と……。私も出るとするか。ここに居ても甘ったるくて胸やけしそうだからな。……間宮さん、私はやっぱり……あんみつがいいな、うん」

 

 言われてようやく気付きましたが、私は司令官にぴったりと寄り添うように立ち、指と指を絡めるように必死に手を握り合っていました。

 

 最大戦速まで加速し、前面に待ち構える敵を遮二無二突破しようと突撃が始まりました。砲煙が渦巻き、轟音が響く海に次々と立ち上がる水柱。怒りと恐怖と、決意と諦めが綯交ぜになった叫び声がひっきりなしにスピーカーから響き、やがてその数が減ってゆく。通常艦艇の母艦も被弾し、後部甲板では火災が起き、傾斜はみるみる増してゆきます。艦橋の窓ガラスはすでに吹き飛んでいて、次の着弾の衝撃で、気が付けば海に投げ出されていました。

 

 

 それからのことは覚えていません。目が覚めた私は、どこかの基地で入渠させてもらっている途中でした。救援に駆けつけた部隊の方が、気を失って漂流していた私を助けてくれたそうです。

 

 

 傷が癒えるのを待ってトラック泊地経由で内地送還された私は、南方に戻る機会を与えられませんでした。激化する戦闘は、私のような非武装の低速艦の長距離航行を許さなくなっていたからです。本土を中心とする近海の沿岸航路で、外地向けの輸送拠点に物資運搬を気が遠くなるくらい繰り返しているうちに、戦争は唐突に、あっけないほどあっさりと終わりました。

 

 

 司令官とも、矢矧さんとも秋津洲さんとも、長月ちゃんとも菊月ちゃんとも、あの基地にいたみんなとは、その後も会えないまま、月日だけが流れてゆきました。

 

 

 

 「はっ!? いけないっ! いくらお店が暇だからって、居眠りなんて……恥ずかしい」

 

 からからから。

 

 横開きの扉が開きます。お客様、ですか……珍しい、って私が思っちゃだめですね。お客様の姿は見えませんが、入り口の前がざわざわしています。団体でしょうか。背の高いすらっとしたお嬢さんが先頭で入ってきました。

 

 「……久しぶり、ですね。間宮さん、約束通りあんみつを……お願いしたいの」

 

 自分の目を疑います。目の前でしゅたっと手を上げているのは……矢矧さんです。ひょこひょこっと、背後から顔を出したのは長月ちゃんや菊月ちゃん、皐月ちゃん、三日月ちゃん。

 

 「もっと中に入ってほしいかも~。秋津洲、お店に入れないかも~」

 「ほう、思ったよりこじんまりとしておるが、いい店じゃな」

 

 みんな……無事、だったの? 驚きすぎると、人は声が出なくなるものなんですね。でも、こんなに嬉しい事は……ありません。お席を用意している私に、みんな興奮気味に一斉に話始めるのには閉口しました。

 

 ですが、そうだったんですね……。

 

 秋津洲ちゃんの二式大艇に誘導され急行した味方の艦隊が皆さんの救助にあたってくださった。けれど、独断での撤退が問題視され、司令官は抗命罪で収監された。その判決を受けて皆も営倉入り、その後は分散して各地の拠点に配属されていた。終戦での恩赦を経て、伝手を辿って辿って、一人また一人と探し当てた……なんてことでしょう。

 

 「間宮さんの甘味をもう一度食べるまで、絶対死なないって決めてましたからっ!」

 

 三日月ちゃんが誇らしげに微笑み、そして一人の男性ー司令官が、駆逐艦娘に背中を押されるように、よろけながら私の前までやってきました。

 

 「間宮さん、これから私のために羊羹を作ってもらいたいのですが、いいでしょうか?」

 

 さっき散々練習してたでしょ、と皐月ちゃんから声が上がります。他のみんなもにやにやと笑っています。

 

 「そ、それでですね。お代は……これで……」

 

 差し出されたのは、きれいな銀の指輪でした。そんな……こんな高価なお代をいただいたら、一生お作りしなきゃなりませんね。ちゃんと答えられたでしょうか。視界がみるみるぼやけてゆきます

 

 

 

 

 「あれ、また満員だ……リニューアル前が嘘みたいに流行ってるね」

 「なんかね、店長さんがケッコンして、味がすごく優しい甘さに変わったんだって」

 

 賑わう店内を恨めし気に眺めていたカップルは、またこよっか、と言い合い、甘味処間宮を後にした。




 二年とちょっと不定期で続けてきたこのシリーズですが、今回のこのお話をもって、いったん区切りとしようと思います。話の性質上続けようと思えば続けられる可能性もあるにはありますが、思う所感じる所がありまして、完結という形にさせていただこうと思います。ストックしていた時雨、初月&五十鈴、榛名、高雄、鳳翔などの物語は別な形で書くかもしれません。それはさておき、長らくお付き合いいただきまして、読者の皆様には感謝の言葉しかございません。ありがとうございました。


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