魔法少女リリカルなのは~月光の鎮魂歌~ (心は永遠の中学二年生)
しおりを挟む

プロローグ

リリカル系は初めてですがよろしくお願いします!
魔法(魔砲?)はしばらくお待ちください。



 

全てが燃えていた。

大地も、空も、川も、海も、家も、民も、貴族も、奴隷も、家畜も、植物も、兵器も、城も、家も、石造も、町も、都も、国も、希望も、絶望も、世界も全てが燃えていた…。

そして………方舟も。

豪奢な飾りや煌びやかな装いとは無縁であろうとも、それでも王家の全てであった方舟は、燃えていた。

強固な外壁も、精密な魔導炉も、屈強な騎士も、歴戦の精兵も、命無き傀儡も、造られた破壊者も、敬虔な神官も、英知の学者も、高位の魔導師も、そして…彼の目の前に横たわる最後の王族も。

 

彼女はもう目を覚まさない。

明るく元気で、少々お転婆で、自身にないものを嘆くこともせずに笑っていた彼女。

彼と、彼女と彼女と、そして彼と笑い合っていた彼女はもう…決して目を覚ますことはない。

何故ならたった今、彼が彼女の心臓を貫いたから。

 

ゆっくりと、浮遊感を感じ始める。

どうでもいい。

炎が彼の身を舐め回している。

気にするほどではない。

むしろ冷たすぎる。

地獄の業火は、絶望の苦痛を味あわせるほど熱いのではなかったのか。

彼が奪ったものが、この程度というはずもない。

怒りも、憎しみも、悲しみも、その一部ですらも味あわせてもくれない。

失望とはまさにこのことだろう。

 

全てが色を失っていく。

全てが消えていく。

全てがなくなっていく。

 

かまわない。

なぜならこれは墓標だからだ。

あまりに…あまりにも長すぎる戦いの中で生き…そして死んでいった、彼らすべての墓標だ。

 

浮遊感が増していく。

いかに不死を与えられた彼であっても、今度という今度はさすがに死ぬだろう。

ここまでやればさすがに無理だ。

元は純白だったこの服もドス黒く変色し、彼の身は既に満身創痍という生易しい言葉ですら言い表せないほどに死にかけていた。

 

死。

 

それは彼の救済。

全ての命が等しく求める永劫の静寂。

万物に対して唯一与えられた平等の権利。

死の向こうには何もなく、神の国も次の生もない。

どこにもいない憎き神に確約された終末。

 

右手を見る。

たった今彼女を貫いた右手は、赤黒く生々しい不快な感触を脳に伝えている。

 

彼の中で去来する感情は、一体なんだったのだろうか。

 

死を求め続けていたはずの彼は、今まで一度もしようともしなかった祈りを捧げることにした。

最後の最後、今際の際に、彼は一言呟いた。

 

「すまなかった」

 

紅蓮の業火が彼らを飲み込み、戦乱という名の秩序を失った世界は、何千年か振りに暗黒の時代という平穏を手に入れた。

 

 

 




うん、イミフですね!
イメージとしては11eyesというゲームの序盤のところのイメージで書いてみましたww
感想とか待ってます!
でも私の心は非常に弱いので、お手柔らかにおねがいしますm(__)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

最初だから早めに書ける…


 

僕の名前はフォルテ・L・ブルックリン。

どこにでもいる普通の小学二年生だ。

特筆すべきところなんて、普段から長袖しか着ないことと、プールの授業には絶対に出ないことと、研究好きで色々(・・)研究していることと、身体をそこそこ(・・・・)鍛えていることくらいしかない普通の小学生だ。

ほんのちょっとした事情があって、今年から日本の海鳴市というところに伯父さんと二人暮らしをしている。

 

そんな普通の小学生では手に負えないことが結構ある。

おかしなことではないはずだ。

よくあることだ。

ただちょっと…ここまで常識の範囲から逸脱すると、僕のような子供でなくても対処に困だろう。

 

「はなせ!はなしなさいよ!!」

 

「ムグッ!ンッンーーッッ!!」

 

お使いのために、たまたま通りかかっただけなのだが…とても困った。

どう見ても僕と同い年の金髪少女と青髪少女が、100%悪党な黒服の男達に、これまた悪者の乗りそうな黒のワゴンに連れ込もうとしていた。ぶっちゃけて言うと、誘拐されそうになっていた。

とっさに身を隠したが、解決案につながりはしない。

 

携帯電話なんて持っていない…というか、あったら即行警察に電話している。

電話ボックスが減少している昨今、そんなものを探すくらいならどこかのスーパーにでも助けを求めに行った方が早い。

だが、今目を離せば絶対に彼らはこの場から雲隠れする。

明日のニュースで彼女達が被害者として報道されれば、僕は一生後悔するだろう。

 

覚悟を決めるしかない。

 

鞄の中身を確認する。

図工の授業があって本当に良かった。

豆功先生、今日あなたの授業を受けられて、僕は本当に幸せです!

そして伯父さん、あなたのずれた価値観には前々から言いたいことだらけでしたが、今日だけは許してあげます。

 

「待てぇぇぇいッ!!」

 

しっかり顔が隠れるようにア○パンマンのお面をつけて、ライダーポーズをとってみる。

 

うん、我ながら滑稽の極みだな!

 

「…おい」

 

「うっす」

 

リーダー格らしい男が、坊主頭の男に指示を出す。

まあ、この状況で他の指示を出すものなど誰もいまい。

すなわち、目の前の悪事にくだらない正義感で乗り込んできた馬鹿なガキの口を封じようと考えたのだ。

おそらく彼女達を一緒に連れて行って、一緒に処理(・・)する気だろう。

それを馬鹿なガキ(・・・・・)が計算に入れていなければ、間違いなく正しい選択だっただろう。

 

恐怖のあまり震えて動けないフリをする。

特別なことは何もない。

大の大人に迫られているという事実だけで、子供が震え上がるという反応を示すのは当然のことだからだ。

僕の攻撃の間合いにはいるよりも、間違いなくこの男の有効範囲に入ることは当然の帰結。

だが無力な子供と認識しているのに、油断するなという方が酷な話だ。

男の間合いに入った途端…正確には、後ろの彼らに自分が見えなくなる立ち位置に入ったタイミングで…僕は動いた。

大きく一歩踏み込んで…

 

「や、やぁ!!」

 

凄まじく気の抜けた子供っぽい掛け声と共に、男の急所(文字通りの意味)に本気の拳を叩き込む。

 

「ぐおっ!?」

 

………なんか、道端で犬の糞を踏んでしまった中年みたいな声を出して、坊主頭の男は倒れた。

当然僕はそんなものの確認なんてしない。

ただ前進する…トテトテと子供らしい速度で。

運転手込みで、あと6人。

 

今度は2人の男が迫ってきた。

どう見ても面倒臭いと顔に書いてある。

俗に言う、計画通りというやつだ。

 

「大人しくしやがれ!」

 

男が何か言っていたが、僕には何も関係ない。

関係あるとすれば降参くらいだ。

 

脚に()を少し流して瞬間的に強く踏み込む。

2人からしてみれば、僕が突然姿を消したか、見失ったようにしか見えないだろう。

まず一歩手前にいた右側の男の急所(文字通りの意味)にアッパーを打ち込む。

 

「げぁっ…!?」

 

酔っぱらいオヤジの嘔吐のような声と共に右にいた男の体が傾く。

当然そんなもの視界にも入れていない。

踏込足に更に()を流し込み、男の急所(文字通りの意味)に蹴りを放つ。

 

「お、ごぐぅ……」

 

………………息を引き取った気がするが気のせいだろう。

()、入れてたんだっけ?忘れてた。

 

さて、さすがに子供に対する油断は最初の三人だけだ。

あと4人…次はどうする?

ってちょっ!?

何全力で逃亡しようとしてんだよ!

それでも大人かっ!

 

もしもこのとき、男達がたとえ仲間を見捨てて逃げたとしても、僕は決して怒らなかっただろう。

トカゲの尻尾だったのかと、多少屍となった男達に憐憫の情を抱くだけだ。

でも女の子2人をちゃんと連れて行こうとするのはいただけない。

 

「つーわけで、ライダーキック!!」

 

金髪少女を連れていた男の側頭部に、ライダーキックというにはいささか実践的すぎる横蹴りを叩き込む。

昏倒してしばらくは動けないだろう。

途端に車が走り出す。

目的が青髪少女の方だったのか、あるいは状況的に撤退を選んだだけなのかは知らないが、逃げられるとでも思っているのだろうか?

 

豆功先生、本当に図工の授業、ありがとうございました。

今日は図工だから、カッターナイフを忘れないように言ってくれてどうもありがとう!

 

車のタイヤに全力(・・)でカッターナイフを投げる。

走り出しの車の速度は、実を言うと大した速度ではない。

問題はその刹那に追いつけるかどうかだけだ。

威力の方は問題ない。

安っぽいドラマの効果音のように、ひどくショボイブレーキ音とともに車が止まる。

当然そのまま放っておいたら徒歩で逃げ出すので、車に乗り込んで制圧(・・)した。

とりあえず男達を黙らせた後、怯えて声が出せないらしい青髪少女を確認する。

怪我をしていれば絆創膏くらいしかないが、対処がいる。

 

…見られた?

いや、瞬間的にしか使って(・・・)ないから肉眼で捉えられるわけないか。

せいぜい、ものすごく速く動いて殴り飛ばした、くらいだろう。

 

「怪我はない?」

 

「あ…はい、大丈夫、です…あ、あれ?」

 

縛られてはいなかったようだが、どうやら腰が抜けてしまったらしく立てないらしい。

 

「ちょっと失礼」

 

「え、えっえぇー!?」

 

青髪少女の膝下と肩に手をまわして抱き上げる。

 

なんか顔が赤いが、恐怖で顔って赤くなるものだっけ?

 

とりあえず、金髪少女のいたところにまで連れて行く。

なぜか金髪少女の方は手足が縛られていたらしく、動けなかったようだ。

 

「そこの金髪、怪我ない?」

 

「誰が金髪よ!私にはちゃんとアリサ・バニングスっていう名前があるの!あと怪我はないわよ、おかげさまでねッ!」

 

…はて?何か怒らせたらしいが、覚えがないな。

 

「悪かった。じゃ、あとは警察でも呼んでくるといい。僕は逃げるから」

 

「ちょ、なんでそうなるのよッ!?」

 

「………内緒。もし誰が助けたって聞かれたら、なんかすごくスマートな素敵ヴォイスの剣士がものすっごい速度でこいつらを倒して颯爽と去っていきました、って言っといて」

 

そんなやつ現代日本にいるわけないけどな!

面倒なことはこのへんにしてさっさと逃げよう!

 

足に()を流し込んで、全力でその場から逃げる。

この速度についてこれるはずもないし、視えるはずもない。

人間の動体視力じゃ突然消えたように見えたかもしれないけど…まあ、あの年頃の夢見がちな子供だ。妖精さんが助けてくれました並みの勘違いでもしてくれるだろう。

 

ちなみに、このとき買いに行ったシュークリームが美味しくて半ば常連になってしまったのだが、それはどうでもいいことだ。

翠屋か、生涯忘れん!

 

 

 




はい、誰のどういう場面かは皆さんの予想通りです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

ドン亀時間経過です。


 

なぜ日本には梅雨などという実に腹立たしい季節があるのか。

外で遊べないだろう!と、子供なら文句を言うだろう。

でも僕からすればそれは些細なことだ。

教室に居てもできることなんていろいろある。

本を読むとか、のんびり友達と話すとか。

 

冷静になれ、クールになるんだ。

そうだただちょっと…

 

「おーい、かくれんぼしようぜ!」

 

「教室でボール投げちゃダメなのに~先生に言いつけてや~ろう!」

 

「誰が先に階段上れるか勝負な!」

 

「……………………………し、静かにしてくれ(涙)」

 

教室内がうるさい。

なぜかって、そりゃ梅雨だからだ。

校庭に遊びに行けない子供がうるさいだけだ。

 

「あーもう!あんたたち、もうちょっと静かにしなさいよ!っていうか、暴れるなっ!」

 

「ア、アリサちゃん…」

 

「にゃはははははは…」

 

学級委員(だっけ?)とその愉快な仲間が頑張っているようだが、いまいち効果が出ていない。

子供には本当に困ったものだ。

僕のように静かに本でも読んでいろ。

面白いぞ、エネルギー工学って。

機械工学も勉強中だし、そのうちガ○ダム作ってみたい。

…二足歩行が難しいのは知ってるよ!

せめてガ○タンクだ!

 

とりあえず、しおりを挟んで本を閉じる。

多少の事なら目をつむるが、ボール遊びはいただけない。

 

注意しようと立ち上がった僕は、その時見た光景をおそらく一生涯忘れないだろう。

 

金髪の学級委員(だと思う)が走り回っている男の子に注意をしている最中である。

その後ろにいた月…月なんとかさんっていう女の子にボールが飛んでいくのが見えた。

瞬間、僕は足に()を流してこの後の結末を阻止しようと動く。

だが、ここは教室内でたくさんの生徒がいる。

どれだけの速度で動ける存在だろうと、周りに被害が及ばない速度となるとおのずと限界速度は決まる。

 

間に合わない…!

 

声を出しても喧噪で聞こえそうにもないし、仮に聞こえたとしても間に合わなかっただろう…本来なら。

 

月なんとかさんの向こう側に立っていた棚町さん(だっけ?)という女の子。

どう考えても彼女にはボールの接近が見えていなかったはずだ。

なのになぜ…彼女は今この瞬間ボールの阻止に動いている?

それも、おそらく初動は僕よりわずかに早い。

視線の向きから考えても、見えていた可能性はない。

ってちょっと待てやコラ!

なんで素手でソフトボール止めようとしてるんだよ!?

 

僕は右手に持っていた(思わず置いてき忘れた)【エネルギー工学の発展と展望】(市立図書館より貸与中)を思いっきり投げ、棚町さんの手にぶつかる前にボールを撃ち落とすことに成功した。

 

「怪我はない棚町さん!?」

 

「え?あ、うん大丈…って、助けてくれてありがとうだけど、棚町じゃなくて高町だよ!高町なのは!」

 

名前、間違えたか…よくあることだし気にしない。

 

「ちょっ何やってんのよあんたら!!」

 

あ、学級委員(だったと思う)が怒った。

 

「落ち着け、タルト・バーニング。まずは高町さんを保健室に連れて行くべきだろう?」

 

「そうだった!なのは、あんた怪我ない!?保健室行く?」

 

「アリサちゃん、大丈夫だから」

 

「………ダウト。高町さん、中指の先っぽが少し腫れてるね?ごめん、本投げるのが少し遅かったみたいだ」

 

慎重に、さっき彼女が伸ばしていた右手に注目して、ようやく気付けた。

 

彼女は演技の才能でもあるのだろうか?

 

自分の席に戻り、水筒から氷を取り出す。

それをハンカチでくるんで高町さんに渡した。

 

「とりあえず、これで冷やすと良い。保健室に行くよ?突き指してる可能性もあるからね」

 

「にゃ!?本当に大丈夫だよ!」

 

「素人診断で放っておいて中指が一か月使えません、とか言いたくないなら保健室だ。僕、保健委員だから連れてくよ?タルトさん、あとお願いね?」

 

「わかったわ。あとあんた、あたしの名前はアリサ・バニングスよ!タルト・バーニングなんて変な名前じゃないから!忘れんじゃないわよ!そもそもタルト焼いてどうすんのよ!?」

 

「…美味しいタルトの完成です?」

 

「うがーーーー!!って、こんなことしてる場合じゃなかった!そこの男子、正座!」

 

「わ、私もついて行きます!」

 

「ん?」

 

月なんとかさんが、同行を申し出た!

どうする?

 

→・連れて行く

 ・説得して置いて行く

 

手間を考えれば当然だよね!

 

「わかった、行こう」

 

「うん!なのはちゃん、ごめんね…」

 

「大丈夫だよ、すずかちゃん。フォルテくんが心配性なだけだよ…」

 

大きなお世話だ。

しかしそうか、月なんとかさんの名前は、「すずか」というのか。

忘れないように気を付けよう。

 

ちなみにこの後、教室内でのボール遊びは完全禁止として、僕の読書ライフはとてもしっかりと守られたのでした。

 

追記…

なぜかあれ以降、高町さんに懐かれて困っています。

あと、月なんとかさんに警戒されてるっぽいです。

「月村!月村すずかだよ!?」

 

 

 




はい、名前覚えられない系主人公フォルテでした。
当然のことながら日本人じゃありません。
…プロフィールってどこで書けばいいんだろう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

超が付くほどドン亀時系列です。
打ち切り臭がするとか言われそう…。
私なら、そう言う。



 

ソフトボール事件(勝手に命名)の翌日のことである。

梅雨という季節の最中にありながら、台風の目のごとく突発的に晴れた土曜日。

僕は酷く途方に暮れていた。

 

「なんであの時投げた本が行方不明になるんだ…」

 

うん、困った。

あれは図書館からの借りたものだし、返却日は今日だ。

あの後っていうか帰宅後、あの本の続きを読もうとして鞄の中に本が無いことに気が付いた。

私立聖祥大学付属小学校…っていうか日本は土曜日学校ないんだ…。

当然僕は翌日、つまり今日、事情を話して教室を開けてもらって探したんだけど、見つからなかった。

正直凹む。

過ぎたことは仕方がない。

図書館行って、延長のお願いして、見つからなければ謝ろう。

…鬱だけど。

 

「ん?」

 

ガシャッ、と自転車が倒れたような音が聞こえた。

 

…この角を曲がった先か。

図書館行くにも大した回り道にならないし、見に行くか。

 

誰かが自転車倒した程度に思っていた僕は、走ればよかったと後悔した。

そこには車椅子のタイヤが溝に落ちて困っている女の子がいたから。

急いで駆け寄って車椅子を引き上げる。

 

重いとか言わないよ。

デリカシーある紳士だからね!

でもちょっと、力は要ったかな?

ひ、引っかかってただけだよ!?

 

「大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。すいません助かりました、ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げてくる、なんというか日本語の発音がおかしい女の子。

よくよく見ると、僕と同い年くらいの女の子だ。

別の学校に通っているのか、それとも僕が例によって覚えていないだけか…。

…どっちでもいいか。

 

「気にしないで。困ったときはお皿洗い様だろ?」

 

「ぷっ…お皿洗い様ってなんや?それを言うならお互い様やろ?おもろいなぁ、お兄さん!」

 

うん、やっぱり日本語の発音おかしい。

僕と同じで日本の子じゃないのかな?

日本語間違えたことに気付いて訂正してくれるってことは、たぶん僕よりそれなりに前から日本に住んでるんだ。

 

「お兄さんって…どう見ても大して変わらないだろう?ちなみに僕は、先月8歳になったとこ」

 

「あ、同い年なんや!てっきり年上やと思とった!うちはホンマについこの間、8つになったところや!」

 

お?僕の見立て通りで合ってたか。

 

「僕はフォルテ。フォルテ・L・ブルックリン」

 

「あ、やっぱ外人さんか。うちは八神はやていいます、よろしゅうなフォルテくん」

 

世論?シュウナ?あ、シュウナって襲名って書くのか?

世論襲名フォルテくん?

…どういう意味?

フォルテは僕の元々の名前だし、新しくついた名前じゃない。

八神はやてか、顔立ちからしてもアジア圏ってことはわかるけど、アジア圏の名前ってイマイチよくわからない。

聖徳太子とか、曹操とか、第六天魔王とか、孔子とか、ペ・ヨンジュンとか、猿飛佐助とか、ガンジーとか………正直よくわからないけど、適当に合わせよう。

 

「よろしく八神さん。ところで時間大丈夫?梅雨の時期に珍しく晴れてるんだし、どっか行く予定だったんだろ?」

 

「あ、せやった!あぶないあぶない、忘れるとこやった。そっちもどっか行くとこやったんやろ?ごめんな?」

 

あ、催促とかしたつもりじゃなかったんだけど…日本語、難しい。

 

「そういうときは、『ありがとう』でいいらしいぞ?じゃ、僕は行くからまたタイヤ落ちないように気を付けてな!」

 

「うん、ありがとうな!」

 

………

………………

………………………………

 

「もしかしなくても、なんだがな八神さん…」

 

「うん、言わんでええよ。言いたいことはようわかるから…」

 

「だよな?ここまで並走しといて違いますとか言ったら、遠慮のし過ぎって言わなきゃいけない確率大だもんな?つーわけで確認、君の行き先も市立図書館?」

 

「正解や」

 

だよな?この道からって考えても、行き先なんて図書館くらいしかないし。

 

「…押すよ?」

 

「いやいや、ええって!そんなん気ぃ使わんでも!」

 

八神さんの後ろに回って車椅子を押そうとすると、なぜか全力で拒否されたんだが…解せぬ。

遠慮?でもそれは、いくらなんでもできない相談だぜ?

 

「じゃ質問。同じ目的地に向かって、同じ道を並走する二人の人がいます。見かけからしても歳は同じくらい。んで、片方は車椅子で女の子です。もう片方は男の子で鞄一個持ってるだけです。ちなみにこの先には、ゆるやかだけど上り坂とかあります。………どう見える?」

 

「…お手数おかけします」

 

だよな?どう見ても、お前押してやれよ!だもんな?

僕も同じことを言う。

 

「だから、“ありがとう”でいいはずだろ?日本にいる歴って意味じゃ先輩っぽいのに、妙なところで間違えるよな?」←発音から外国人だと思ってる

 

「あはは!せやな、ありがとう。先輩らしく、気ぃつけとくわ」←勘違いに気付いてない

 

微妙にすれ違った会話は遠くない将来、近年稀に見るほどの凄まじい大爆笑を生むことになるのだが、この時二人は全く気付いていなかった。

 

僕は車椅子を押しながら、八神さんといろんなことを話した。

八神さんが実は学校に行っていないこと。同じ学校で忘れてるわけじゃないことにホッとしたのは内緒だ。

八神さんは料理が得意なこと。僕も多少はできるので、それなりに盛り上がった…ごめんなさい嘘です超盛り上がりました!むしろ醤油という日本最強の調味料を使った料理について議論が白熱した!

八神さんの主治医の石田先生とかいう人のこと。美人でいい人なのになんで結婚しないのかと首を捻っていたから、絶対に石田先生って人には言わないように口止めした!!←超重要

そして…

 

「そっか、八神さんも親いないんだ?」

 

「そや、うちの小さいころに交通事故で。薄情やとは思うけど、もう思い出せることなんてないから、写真見て顔だけ覚えてるんよ。『も』ってことはフォルテくんも?」

 

「小さいころの話なんだし、薄情なんてことないんじゃないかな?僕の方も事故。んで今は伯父さんと二人暮らし」

 

「なるほど、日本に住んどった伯父さんのとこに引っ越してきたっちゅうわけか」

 

八神さんがうんうん頷いているけど一応訂正しておくか。

 

「違うよ。伯父さんの家も、職場も、全部向こうにあった」

 

「へ!?じゃあフォルテくんはなんで日本に来たん?言うたらあれやけど、遠かったやろ?なんか海鳴に縁でもあったん?」

 

聞きようによっては酷いことを言われているが、悪意がないのは分かっているので普通にスルーで。

 

「父さんの方のお婆ちゃんがここの出身だったんだよ。ちなみに、今一緒に住んでる伯父さんは母さんのお兄さん。本当はこういう場合、父さんの方の親戚に頼るべきなんだろうけど駄目だったんだ。日本に来たのは、お婆ちゃんがよく話してくれた海鳴で暮らしたいっていう僕のわがまま。こんなわがまま聞いてくれた伯父さんには、本当に頭が上がらないよ…。ジャパニーズ土下座したほうがいいかな?」

 

「されても困るだけやろし、全然意味違うで?そうか、なんや変な感じやな?国境越えてできた知り合いとの共通項目が『両親が事故で死んだ』やなんて。もうちょいマシなんが良かったわ…」

 

「確かに変な感じだな、ものすごく縁起悪いし。マシなのか…んー………王子様とお姫様みたいな?」

 

「へ!?い、いや…それはちょっと///」

 

確か女の子が好きなお話って、そういうものだって母さんが言ってたけど、なんで八神さん顔真っ赤にしてるんだ?

 

「聞いていいか悩んだけど、親が死んでるなんて突っ込んだ話題してるくらいだし、聞いちゃうけどさ…その脚、事故の後遺症?」

 

本当に聞いていいか悩んだけど、逆にここまで話して切り出さない方が、変に気を使ってるみたいで嫌な思いをさせそうだ。

 

「あー…これは怪我ちゃうよ、原因分かってへんねん。4歳か5歳くらいの頃から段々動かんようになって、今じゃもうこの有り様や」

 

「怪我ではないんだ?それってハイハイから歩けるようになって以降の話でしょ?段々ってことは…先天性にしては発症が遅すぎるから…でも後天性にしては普通に血色良さそう…パッと見た感じ姿勢が悪くて神経を圧迫してるっぽくないし…神経に異常があるか、あるいは脳?脳の確率が一番高そうだけど…」

 

医学か…多少は勉強してるけど、まだまだ先が長いからな。

医学を極め切った人間なんていないけど、僕の場合はそもそもの知識の絶対量が足りていないから全くわからない。

既に故人である八神さんの両親が隠していたわけでもない限り、怪我である可能性は低いはず。

とするとやっぱり単純に神経伝達に問題があると考えるのが自然なわけだから、腦か…いやいや、この判断は早計だ。

脊椎やそれより先の可能性もある。

じゃあ神経伝達経路から辿っていって、どこで信号が途絶えているかを………

 

「……………………………」

 

「っとと、ごめんごめんつい考え込んじゃった。どうかした?」

 

思考の海に潜っていると、八神さんが妙にホケッとした顔でこっちを見ていた。

 

しまった、会話の最中に考え事なんて失礼だ。

本当に気を付けないと、あの世で父さんに殺される。←確実

 

「いや、なんて言うたらええんか………ようそんなこと知っとるなーって思うて。フォルテくんの将来夢、医者?」

 

「いや、研究者っていうか科学者。ところにより一時テロリスト」

 

「なんでやねん!天気予報みたいにテロリストになったらあかんやろ!あんたその歳でそこまで知識あるのにテロやったら大事件やわ!」

 

失礼な。

真面目に人生設計したらそうなるだけだ。

ま、とりあえず大事なところを訂正しておこう。

 

「テロリストが僕であるとかないとかって事件の大小に関係なくない?はい到着」

 

というわけでやってまいりました市立図書館!

帰りたい!!←切実

 

「僕はカウンターに用があるから」

 

「うん、うちは奥の児童書コーナーに行くわ。押してくれて助かったわ、ありがとうな」

 

八神さんはそうお礼を言って笑顔になった。

その笑顔は、なんだかさっきまで話してた時とはまた違った笑顔で…

 

「………」

 

「どうかしたん?」

 

「…いや、なんて言えばいいか、よくわからないけど…うん。その…笑顔、可愛いなって思って」

 

「ちょ!?//////////」

 

瞬間的に八神さんの顔が赤くなった。

っていうかちょ!?

 

「え?ちょ、八神さん!?どうした、熱でもあるの!?あ、あれか!熱中症か!?み、水!水筒!無い!自販機どこだ!自販機来い!来ねぇ!って来るわけねぇー!井戸だ!井戸はどこだ!?」

 

「…っぷ、あはははは!なんやフォルテくん慌てすぎやわ、あはははは!ごめん、ごめんな、フォルテくん、うちは大丈夫やから」

 

僕が八神さんを心配して慌てて何とかしようとしたら、なんか…腹抱えて笑われた。

心外な気持ちだったけど、笑ってくれてるならいいか。

…別の意味で大丈夫か心配になったけど。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「うん、ほら!」

 

そう言って力こぶ出されても、その力こぶ、すごく頼りないんだが…。

………自己申告だけど、大丈夫ならいいか。

 

「そっか、んじゃ、あとでそっちに寄るよ」

 

「うん、わかった」

 

八神さんが角を曲がって見えなくなってから、僕はどんよりした足取りでカウンターに向かった。

 

あぁ~……なんていうか、月曜日真剣に学校中探そう。

 

「あ、いた。フォルテくーん!」

 

「ん?」

 

階段を急ぎ気味に降りてくる女の子がいた。

 

誰だっけ、あの青髪少女?

あ、クラスメイトだ。

確か名前は月…月なんとか!

そうだ、月沼だ!

 

「どうかした、月沼さん?」

 

「つ、月村だよ?月村すずかだよ?クラスメイトだよね?」

 

「ごめん、30人近い名前覚えるとか無理。クラスメイトなのは覚えてたから大丈夫!」

 

「それ大丈夫じゃないよ~!」

 

なんというか、すごく苦笑いの似合う娘だな。

真面目だけど将来絶対苦労するタイプだ。

 

「どうかしたの?」

 

「フォルテくんを探してたんだよ」

 

ん?僕を探していた??

僕、探されなきゃいけない理由なんてあったっけ?

そんなに親しいわけじゃないんだけど…。

 

「これ、フォルテくんのかな?」

 

「こ、これは…!?」

 

月村さんの手に握る本…僕が一生懸命探していた本、『エネルギー工学の発展と展望』(市立図書館より貸与中で返却日は今日)だ…!!!!

 

パッパラパ~!

フォルテハ月村サンカラ本ヲ受ケ取ッタ!

 

「昨日の放課後に教室で見つけたんだ。先生に渡しても良かったんだけど、返却日が今日みたいだったから、ここに居れば渡せるかと思って…」

 

「ありがとう!ものすごく助かったよ!」

 

いや本当にマジで!カウンターに行くのが憂鬱だったんだ!

…今日中に返せばいいから、十分に読み切れる!絶対に間に合う!

一冊にそんなに時間かけてられないしね!

 

「ううん、気にしないで。最悪そのまま返して月曜日に謝ろうと思ってたくらいだし…」

 

「え?なんで謝るの?超助かるじゃん?」

 

むしろ感謝しろっていうもんじゃないの?

 

「だって…返しちゃったら、次の人が借りて行っちゃうかもしれないでしょう?」

 

あー…なるほど、そういうところを気にしてたわけか。

でもいらない心配なんだよなー…。

 

「大丈夫だよ、この本あんまり人気ないみたいだから」

 

「あ、そうなんだ…よかった」

 

「僕は4階に他の本借りてくるつもりだけど、月村さんは?」

 

「私はこれからお稽古があるの」

 

なんと、ギリギリ到着が間に合ったのか!

あとちょっと遅かったら心臓に悪い思いをするところだった。

 

「4階って技術書とかばっかりだよね?フォルテくん、そういうの読むんだ?」

 

「うん、そのうち変身ベルト作るわ」

 

「変身ベルトはちょっと無理なんじゃないかな…」

 

うん、月村さんは本当に苦笑いが似合うな。

 

「じゃ、そろそろ時間だから」

 

「うん、この本ありがとな!」

 

月村さんを見送って、僕は今度こそ4階に向かった。

 

…やっぱり月村さんはどこか僕に警戒しているらしい。

僕から離れるときちょっと早足だったし、クラスメイト同士の会話にしては通常より半歩と少し距離が遠かったし、僕の一挙手一投足をしっかり見ていたし…。

嫌われるようなことなんて、していないはずなんだけどな…。

会話自体、今日が初めてと言っても過言じゃない程度の頻度だぜ?

 

この後、大量の本を持って行って八神さんにものすごく驚かれるという微妙なイベントが発生するのだけど、とてもどうでもいいほどに日常の一コマである。

 

そして帰り道、当然のことながら僕は八神さんの車椅子を押していた。

 

「にしてもホンマ驚いたわ。フォルテくんって本読むのん、めっちゃ速いんやね」

 

「…速いか?まあ熟読してたわけじゃないけど」

 

「いやいや!あんな速度でページめくってたら、流し読みしてるだけにしか見えへんからな!絶対内容読めてるとは思えんわ」

 

「そんなに速くないつもりなんだけどな…。まあ、技術書とかばっかりだし、ストーリーがあるネタバレ禁止なやつじゃないから、複数行同時に読んで進められるだけだよ」

 

「複数行同時って…普通はできんからな?しかもあの後、借りられる限界冊数まで借りて…そんなに本好きなん?」

 

「いや…単純に知りたいことがあるだけだよ」

 

談笑しつつも僕は今、必死でシミュレートしていた。

 

このまま直進だったk…違う!階段がある!迂回路にスロープがあったはずだ!

その次に抜け道…は使えないんだ。じゃあそのまま進んで左の道から進もう。

 

閉館時間ぎりぎりに図書館を出た後、特にこの後予定がないという八神さんに見せたいものがあると、ちょっと移動しているのだ。

当然、知っている道には階段や段差などいろいろバリアだらけだったので、問題ない道を全力シミュレートしつつ談笑という、地味に難易度が高いことをしている。

 

「八神さん、ちょっと目をつむっててもらえないか?」

 

「へ?ええけど、なんで?」

 

「あとでわかる」

 

こんな言葉であっさり目を閉じてしまうあたり、八神さんの人の好さがうかがえるが…正直心配になるレベルだ。

しばらく車椅子を押して右へ左へ…そして目的地へ到着すると、どうやら時間はちょうどだったようだ。

 

「よし、八神さん…ゆっくりだよ?ゆっくり目を開けて」

 

「うん…………………………っ!うわぁ~~~………!!」

 

そこは、小高い丘の上にある公園の…その一番奥。

海鳴を一望できる、僕オススメの絶景スポットだ。

ちょうど夕日が海鳴の町並みを夕焼け色に染めて最も綺麗な時間だけど、海と町がセットで見えるこの場所は、それだけで僕の秘密の場所だ。

 

「どう?春先に探検してて発見した、僕の一押しの絶景スポットだ!夕焼け以外の時も綺麗なんだけど、やっぱり夕焼けが一番だよ」

 

「うん…めっちゃ綺麗や…」

 

呆けたように呟く八神さん。

実際呆けているのだろう。

人は自身の器以上の感情があふれると、呆けてしまうらしいからな。

 

「フォルテくん…」

 

「ん?」

 

「今日はありがとうな。初めてや、こんなに楽しい一日は」

 

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 

八神さんはそう言うが、実際タイヤ落ちてるのを助けて、車椅子押して、一緒に本読んで、ここに連れてきただけだ。

本当に大したことはしていない。

 

「…また来たい」

 

「来よう、何度だって。いつかは脚を治して自分の脚でここまで来ると良い。駅から遠いから、待ち合わせ場所には向かないけどね。………………やっぱり治らないって思ってるな?」

 

「ばれたか」

 

脚の話をした途端、まるでどこかとても遠いところを見るような目をした八神さん。

指摘すると、八神さんは悪戯がばれた子供みたいにバツ悪く笑った。

でもその瞳には、出会った時からどうしようもないほどの諦めと癒しがたい疲れがにじみ出ていた。

 

「原因がわかってないから?」

 

「どんだけやっても、年々悪化して行ってるからや」

 

どれだけ努力しても、進行を遅らせることすらできない。

いや、遅らせているのか加速しているのかすらもわからないのだ。

何をどれだけやっても、どれがどう作用しているのかわからないのだから。

それは緩慢な死。

 

「……………………八神さん、ちょっと両手出して」

 

「今度は何?魔法でも使って治してくれるん?」

 

「あははは…なんか、八神さんの中での僕の評価が非常に気になるね」

 

さすがに八神さんのその言葉には疲れた…というより、その言葉が疲労感としてのしかかってきたみたいだ。

 

素直に出してくれた八神さんの両手を握る。

瞬間集中。

 

……………………………………これか?

 

生命力…とでもいうのだろうか?

人体に満ちている()

僕の知る限りにおいては、これは万人が持っているもので、健常者は必ず満ちているものだ。

そう、僕にはちょっとした()がある。

僕は『力』を使って、八神さんの中にある()を調べた。

そして八神さんのそれは、満ちていなかった。

むしろ枯渇が見えかけているような気がする。

あくまで視覚的に見えたりしている訳ではないが、ちょっと試してみたいことができた。

八神さんの両手から、僕の()を慎重に流し込むのだ。

あくまで微量に、絶対に流しすぎないように、最悪即座に引き戻せるように、薄い紙で出来た器に水を入れるかのごとく細心の注意を払って。

輸血のようにうまくいくものなのか、それもわかっていない。

もしかしたら僕は今、八神さんを殺そうとしているのかもしれない。

助かる他の道を閉ざしているのかもしれない。

それでも…僕は八神さんを助けたいと、そう思った。

八神さんの様子を見る。

 

「な、なんかちょっと暑いっちゅうか、くすぐったいな///////」

 

顔を赤くなっているように見えるが、おそらくは夕日のせいだろう。

健康に問題が発生しているようには見えない。

 

このまま満ちるまで続けるか…?

いや駄目だ!

今まで満ちていなかったものを突然満たせば、必ず不調が出る。

それでなくても、満たしていたものが急激に減ればそれでも不調になる可能性が高い。

そもそも、この()がどうやって作られ、どうやって補給されているのかわからないのだから、最悪補給の当てがなくなって毎日僕から()を注ぎ続けることになるかもしれない。

それ自体は別にいいけど、僕が何かの理由で注げなくなったり、あるいは枯渇したりしたら共倒れになる。

…ほんの少しだけにしよう。

あくまで、治療の目処が立つまで。

 

なんとなく、穴の開いたバケツに水を注いでいるような嫌な感じがしたけど、そんな不吉な感覚はいったん忘れることにした。

 

「おまじないだ。八神さんは、この景色が好きか?」

 

「好きやで。今まで見た中で最高や」

 

「またここに来たいか?」

 

「もちろんや」

 

「また、歩きたいか?」

 

「……………歩きたい」

 

「自分の脚でここに来たいか?」

 

「………来たい」

 

「なら大丈夫だ。僕が保証する。八神はやては、いつか自分の脚でここに来る。絶対、必ず」

 

「なんやそれ?」

 

苦笑いと共に八神さんはちょっとだけ呆れたような、どこか楽しそうな声で言った。

 

「なんか不思議やわ…フォルテくんが手ぇ握って、ちょっとしたら脚になんか感覚が戻ったみたいな…なんて言うたらええんかな?脚がこそばゆいみたいな不思議な感覚になってん」

 

「…………立てる?」

 

「ちょっと待ってな?………………………あかんわ、やっぱり無理や」

 

「そっか」

 

ちょっぴり残念だけど、正直想定内だ。

夜冷えする前に、八神さんを家に送るとしよう。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

八神さんを家に送った後、僕は帰ってすぐ部屋に戻り、本棚から一冊のノートを取り出す。

背表紙には『6/12~』とだけ書いてある。

本棚には他にも無数のノートがあり、どれもこれも使い古した感が出ている。

奇妙なことに、本棚に本はほとんどなく、代わりにノートがぎっしり並んでいるのだ。

 

「なんとしても、僕が生きているうちに完成させないとな」

 

小学生の分際で生意気なことを、と言われることだろう。

正直なところ、わからないのだ。

目処などつくはずもない。

それでも、僕は胸を張って「我輩の辞書に諦めという言葉は存在しない」と言わせてもらおう。

 

「新しいノート、要るな」

 

そう言って僕は本を片手に、ノートに書き込みを始めた。

そしてその内容は小学生…否、大学生でも書かないであろう程に複雑数奇、難解な数式だった。

 

 

 




私は純粋な日本人です。
外国だと土曜日に学校があるかとかは、実は知らないです。
どっかの国ならなくて、どっかの国だとあるんでしょう、くらいに気楽に設定してます。

ちなみに、はやてがチョロインな理由は…
長い通院生活、ずっと学校に行っていない、ゆえに同年代の友人もいないし、同年代の男の子と話すことすらほぼなかったので、交友関係に関して初心で男の子に対する免疫などないのです。

あと、なにげにはやては自分が一人暮らしであることを隠しました。
嘘は言ってないんですよ?
読み返していただけるとわかります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

時間経過がドン亀か神速(とらは)かは私の気分で変化します。


 

翠屋。

そこは女神がシュークリームを作っていると噂されている、世界最高の喫茶店だ。

他のメニューも格別で、日夜人目を忍んで天の国から神が降臨していると言われている現代のエデンなのだ!

 

「まさか高町さんが天使だったとは、知らなかったよ。あ、失礼いたしました高町様!わたくしのような下民が、天界の方に気安く話しかけてしまい誠に申し訳ございません!」

 

「にゃああああ!だからそれやめてってば!!」

 

「………あんた、そんなキャラだったわけ?」

 

「反応が面白いからに決まってるだろう?」←素

 

「フォ~ルぅ~テぇ~くぅ~ん~~~~?」

 

「よし、走ろう!ソルト・バーサークさん!」

 

「誰よそれ!?あたしはそんな、妙にカッコイイゲームキャラみたいな名前じゃない!アリサ・バニングスよ!!」

 

「ほら、月…………………ツッキーも走るよ?」

 

「今妥協したよね!?絶対月から先が出てこなかったから、適当にあだ名付けたよね!?月村だよ!?月村すずかだよ!?」

 

うん、苦笑いの似合う娘だ。

 

なぜ僕が放課後、高町さんとその他愉快な仲間達と一緒に居るかというと、それは今朝の「この間助けてくれたからお礼がしたい」という高町さんの言葉から始まった。

 

「お礼?助けた?何から?何を?どうして?」

 

「え…?覚えてないの?」

 

「…………………………記憶にございません」

 

「なんか、政治家さんみたいだね?」

 

仕方がないだろう?覚えてないものは覚えてないんだ!

 

「あんたこの間、なのはがボールにぶつかりそうになったのを助けてくれたでしょ?そのお礼よ。」

 

「………………………………………………………………………………あ、あれか」

 

ものすごくしっかりと、記憶の底に沈めていた。

当然生涯サルベージされる予定はなかった。

ちなみに、思い出せた理由はあの事件のせいで図書館の本を一時なくしたということが関連付けで思い出せたからである。

 

「ホントに覚えてなかったの!?」

 

「当たり前だろ?そんな細かいこと一々覚えてられるわけない」

 

本音だ。

 

「う~…でもでも!お母さんに言ったら、お礼したいから連れてきてって言ってたし!私もお礼したいって思ってたし!」

 

「いや別に…」

 

大したことはしていない、そう言葉を続けようとして…それが正しいのか悩んだ。

僕は普通ではない。決してとか断じてとかそういう言葉を頭につけても問題ないほどに。

普通の人にとって、これは“大したこと”なのだろうか?

実際、あれの対処に()を使った上に、ぎりぎり間に合っていないのだから“大したこと”なのではないだろうか?

 

「大したことだけど、気にするな」

 

この対応で問題ないはず。

 

「大したことって認めてるじゃない!」

 

なぜかバニングスさんが、机をバンバン叩きながら怒っているんだけど…何故だ?

 

「大したことがイコール気にすることとは限らない。オッケー?」

 

「オッケー?じゃない!」

 

「お礼だけでも、ダメ…?」

 

高町さん、そんな涙目で見上げないでください。

月…………月原さんも悲しそうな顔しないでください。

クラス中の男子から殺気で殺されそうなんです。←ガチ

 

「…………わかった、受け取るよ。だからそんな泣きそうな顔しないでくれ、いやホントガチで頼むから切実に」

 

つい自然に、高町さんの頭を撫ででしまった。

それが原因だったんだろうと思う。

この日の体育でドッジボールをやった時に、割と真剣に僕をしつこく狙われたのは。

当然返り討ちにしてやったけど…そんなに撫でたきゃ自分らで脈作れよ。

 

「回想終了!」

 

「あんた何言ってんのよ?」

 

「いや別に?」

 

というか、高町さんも人が悪い。

なんでお礼の内容が翠屋だって教えてくれないんだ!

二つ返事でオッケーしたぜ?

 

「割と重要なことだけど、高町さんがあの翠屋の正統後継者だなんて知らなかったよ?」

 

「そんなすごくないよ!?」

 

「跡取りって、言えばいいんじゃないかな?」

 

「ホントあんたって変なところでエセ外国人よね」

 

「うるさい、アサリ・バルザック!」

 

「あんた絶対わざとやってるでしょう!?」

 

「気のせいだ。でも翠屋ってあの翠屋だろ?シュークリームが最高に美味しいよな?」

 

「他のメニューも美味しいよね!」

 

月……………月村さんが食いついた。

やっぱり女の子らしく甘いものには目がないようだ。

 

大通りの喫茶店、翠屋。

平日ということもあってか客足はまばらだ。

そんな中に、僕らは入っていく。

 

カランカラン

 

「ただいま!」

 

「おかえりなさい、なのは。そっちの子が?」

 

「うん、フォルテくんだよ!」

 

そんな満面の笑みで紹介しないでほしい。

本音では大したことしてないと思ってるんだ。

不必要に罪悪感が…!

 

「はじめまして、高町さんのお姉さん。フォルテ・L・ブルックリンといいます」

 

自己紹介ってなんで毎回毎回こうも緊張するんだろう?

僕は別に人見知りじゃないはずなんだけどな?

 

「あらあら♪ご丁寧にどうも。私はなのはの“お母さん”の桃子っていいます。気軽に桃子さんって呼んでね?」

 

「はぁ!?お母さん!?」

 

マジか、若作りとかそういう問題じゃなくないか?

まじめに信じられないんだが…。

 

「………昔はかなりヤンチャだった…とか?それともなのはのお父さん…まさか…」

 

中学生のできちゃった婚的な?

 

「言いたいことはわかるけど、なのはちゃんのお母さんだよ」

 

「高校生って紹介されても納得するぞ!?」

 

「あらあらお上手ね♪」

 

月村さんがフォローするも、信じられない。

あっちの地味っ子眼鏡のウエイトレスの方が、高町さんのお姉さんらしい。

 

……嘘だろ?全然似てない…………

 

注文を聞きに来たすらっとしたウエイターの方は、お兄さんだそうだ。

 

「あなたが高町さんのお兄さん?」

 

「そうだ」

 

「あなたは忍者ですか?侍ですか?」

 

「…二択なのか」

 

「二択です」

 

「影分身の術なんて使えないぞ」

 

「じゃあ侍です」

 

「侍なのか」

 

「侍です」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………シュークリームと日替わりコーヒー」

 

「…………わかった」

 

「…………………………………………え?何、今の会話?」

 

それは、会話に口をはさめなかった全員の想いの代弁だった。

なぜ注文に「忍者ですか?侍ですか?」というありきたりな外人の質問が入るのかとか、なぜ二択なんだとか、そもそも今その質問が必要なのかとか言いたいことは色々あったが、その全てを集約した言葉を高町さんが呟いたため、その場はそれで収まった。

 

友人とのくだらない談笑。

喫茶店のテラスに座っているその光景は、どこにでもあるこの国のありふれた平和な日常。

平和な時間を壊すかのように…あの感覚がやってきた。

 

ぞわり…

 

背筋に冷たいものを感じた。

それは体の動きを一瞬にして奪い取るほどに重いものだ。

この感覚を彼は、フォルテ・L・ブルックリンは知っていた。

 

―――――強者。

 

近くに、いる。

自身では対抗できない圧倒的な力を前に、人はただその力が去っていくのを息を殺して待つことしかない。

その感覚は一瞬だった。

だから彼は、小学二年生のままだった。

小学二年生であり続けられた。

 

「あんた聞いてるの?」

 

「ああ、飼い猫が可愛いんだろ?猫屋敷って…何匹いんの?」

 

「もう数えきれなくて…」

 

「つける薬なしだな…やれやれ」

 

もはや条件反射だった。

さっきの一瞬で強者がどこにいるのか、誰なのかごく自然に首を動かして確認した。

通りの向こうの路地裏。

しょうもないヤクザレベルから軍人くずれレベルの中に一人の強者。

人数的にはそれほどでもないが、他数カ所に点在しているようだ。

強者はあそこの一人だけらしい。

 

厄介事には、あんまり関わりたくないな…。

っていうか殺すぞ?

翠屋は僕にとって聖域なんだ。

汚物はどっか他所に消えろ。

 

内心苛立ちながらも、彼は動かなかった。

なぜならそれは、必要のないことだったから。

彼がコーヒーを飲み終わる頃には、路地裏を含めた付近の気配は消えてなくなっていた。

 

「…………………………………やっぱり侍だ」

 

空になったカップ越しに呟いた言葉は、誰の耳にも届かず談笑の中に消えて行ったはずだった。

 

「……………。」

 

一人、聞こえる力を持つ少女がいなければ。

 

「ごちそうさまでした、美味しかったです!」

 

最高の笑みで元気いっぱいに美味しかったと言うその姿は、どこからどう見てもほほえましい小学生の日常の光景だ。

 

「高町さんのお兄さん」

 

「なんだ?」

 

注意深く観察すれば感じられる、微かに苛立っているような…殺気立っているような声色。

それを微塵も気にすることなく、僕は爆弾を投下した。

 

「右膝、怪我でもしたんですか?歩き方が、なんかぎこちないですよ?」

 

途端に彼、高町恭也の表情が凍った。

 

「…昔ちょっとな」

 

彼は瞬時に仮面を被った。

それは家族である高町なのはでも、瞬時に見破ることが困難なほどに上手く被られていた。

だから、フォルテは何も言わなかった。

 

「…フィリス・矢沢という名前をご存知ですか?」

 

「誰だそれは?」

 

「僕の実家の方にいた医者です。今は海鳴総合病院にいますので、もし気が向いたら行ってみてください。腕は保証しますよ?」

 

「そうか、気が向いたら行ってみよう」

 

「前向きに考えてくださいよ?いい人ですから、“フォルテの紹介”って言ったら必ず見てくれます」

 

それだけ言うと僕は踵を返した。

お嬢様方がリムジンで送ってくれるらしい。

 

…リムジンだけでお礼になったんじゃね?

 

かなり本気の感想だったわけだが、言わぬが花という言葉を僕はちゃんと知っていた。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

「いや、本当にいいんだって!帰る!おうち帰る!!」

 

今日は本当にお礼の押し売りデーらしい。

曰く「さっきのはなのはちゃんのお礼」らしく、今から月村家でお茶をご馳走したいという。

「さっきコーヒーを飲んだばかりだからいい」と断ろうと思ったのだが、どうも切羽詰まっているような、追い詰められているような目を見てしぶしぶ了承したのだが、ここまでドデカいお屋敷だとは聞いていない!

 

ちなみにバニングスさんはピアノのお稽古、高町さんは塾らしい。

 

「…嫌?」

 

いやだからさ、君ら自分が美少女ってこと理解してる?

そんな泣きそうな顔で聞かれて「嫌です」って言える男いないよ?

 

「…ちょっと喉が乾いてきたし、ごちそうになろうかな」

 

パァっと花が咲いたように笑顔になる月村さんを見て僕は思った。

どうかこのまま育ってください、と。

 

ノエルさんとかいうメイドが紅茶を準備してくれている間に、飼い猫を紹介してもらった。

 

「あっちの白猫がネーナ、そこの黒猫はミルで、こっちの子はクーニャ、それから………」

 

な、長い…!

紹介開始からどれだけ立ったのかわからないが、まだ終わらないのだろうか?

まだ向こうの森(敷地内です)から何匹もぞろぞろと増えてきているようなのですが?

ログインとログアウトが激しい!

 

トリスが森に帰った。

ジョンがすり寄ってきた。

リンとクネが屋敷に向かった。

セリオとミョンがじゃれ合っている。

新たに7匹の猫が森から現れた。

ボーはいつの間にか昼寝している。

サパーは木で爪を研いでいる。

ジェミニはジェーン(子猫)にお乳をやっている。

新たに4匹の猫が屋敷から現れた。

 

………これ、暗記しなきゃいけないの?

なんてことだ、僕は地雷を踏んだようだ!

月村さんに猫の話題を振ると、全然終わらない…!

 

「…………………?」

 

1匹だけ、この群れから離れたところにいる猫がいた。

三毛猫だ。

どうも警戒心がマックスらしい。

……ちょっと近寄ってみる。

 

「にゃ~にゃ、にゃにゃ~?」

 

フシャー!ナーゴ、ナーナー!!

 

「にゃにゃ~?にゃんにゃにゃ~、なごにゃ?」

 

ナー!ニャゴナー!ニャニャーニャナーゴ!

 

「ごめん月村さん、怒られた」

 

「猫としゃべれるの!?」

 

「雄であることにコンプレックスがあるらしい」

 

「しゃべれるんだ!?」

 

「勘だけどな?」

 

「そこまで正確な勘、初めて見たよ!?」

 

ちなみに、雄であることは近寄った段階で気付いていたから、適当に合わせているだけである。

 

「お嬢様、準備が整いました」

 

「助かった!これで猫談義地獄から解放される!!(わかりました、すぐ行きます)」

 

「本音と建前が逆になってるよ~!?」

 

うん、バニングスさんだけじゃなく、彼女もツッコミ役として逸材らしい。

 

「………………………で、何か話があるんだろ?」

 

「……………ばれちゃってた?」

 

「あそこまで追い詰められた顔して、違いますっていうのは無理があり過ぎる」

 

無理、というより不可能だ。

 

「そのためにわざわざメイド下げて、二人っきりって状況作ったんだろ?」

 

緊張が走った気がした。

誰に、ではない。

この場に緊張が走ったのだ。

 

「フォルテくんに聞きたいことがあるの」

 

「何でも聞いてくれ、素直に答えるかは別だけどな?」

 

わざとおちゃらけて見せる意図を正確に感じ取ったらしい月村さんは、一瞬目を閉じて決意を固めたようだった。

 

「フォルテくん、あなたは――――――

 

 

 

 

―――――――――――――人間ですか?」

 

 

 




ども!
不思議系主人公フォルテの普通(?)な日常風景でしたww

魔法どこいったって?
まだです!
作品内時系列では一年後です!
でも作品内の時間は作者が勝手に早くしたり遅くしたりしますので、いつフェレットが出没するかは未定です!

コメント待ってます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

遅くなって申し訳ありません!
前もって言っておきます。私はとらいあんぐるハートの知識なんて持ってません。
SSだかFFだかの知識で適当に知っている程度です。
あんまり絡ませるつもりありません。
設定がおかしかったりすれば、笑ってそう言う世界観だと思ってください。
あと、ちょっと書き方変えました。



 

さて、月村邸に招かれた僕があの後どうなったのか知りたいかい?

まぁ、そのなんだ?

結果だけ言うと、だ…。

僕、フォルテ・L・ブルックリンは月村さん…もとい、すずかと親友になりました!

意味わからない?

わかる!わかるよ?気持ちものすごくよくわかるよ!?

僕自身よくわからないからね?

ただ言えることは、『秘密の共有』って人間関係の強化につながるってことだ。

できれば内密にしておきたかったが、当然翌日にはバニングスさんと高町さんにばれて(秘密の内容は死守)、アリサ、なのはと呼ぶことを強制された。

このことが原因でクラスの男子から私刑(ガチ)って事態になってしまったので、ちょっぴり返り討ちにしてみたんだけど、どこからもこの情報は洩れなかった。

いや、噂くらいにはなってるけどね?

そりゃまあクラスの男子全員で僕一人に負けて痛い思いしました、なんて先生にもクラスメイトにも家族にも言えないだろう。

本音言っていい?

 

 

 

ざ ま ぁ w w w w

 

 

 

さて、遂に一学期が終わり夏休みとなった。

夏休み…それは、学校が一か月ちょっとお休みになるという素敵なイベントです!

夏と言えばやることは一つでしょう?

そう、誰でも知っているだろう?ご存知『読書の夏』!!

夏休み中に市立図書館制覇してやるぜ☆

…………そう思っていた時期が、僕にもありました。

 

「………何故僕は今、山にいる?」

 

山。

平たく言うと、土を他よりちょっとだけ多目に盛っただけの土地。

遭難やら滑落やら色々事故が多発する場所に、なぜ人は好んで足を運ぼうというのか。

 

「ほら何やってんのよ、遊ぶわよ!」

 

「解せぬ…まぁ本はどこでも読めるし、いいかな?」

 

「良いわけないでしょう!遊ぶの!あんたが何して遊ぶか決めていいから!」

 

「読書だ」

 

「却下!!」

 

「じゃあテントの設営が「あんた最初からそっちに行く気なかったでしょうが!だいたい、鮫島もいるから問題ないわよ!」

 

「はい、お嬢様」

 

うん、適切なツッコミどうもありがとう。できればその洞察力を出発前に発揮して、僕が行きたくないことに気付いてほしかった。

何度か言ったけど、僕はどちらかと言えばインドア派だよ?

あと、鮫島さんどう見てもお年なんだから、酷使するのはよくないよ?

いや、鮫島さんが昔なんか武術的なことやってたのは動き見ればわかるけどさ…。

 

「フォルテ、我が愛しい甥っ子よぉ!子供の内はしっかりと遊んでおきなさい。なによりレディーからのお誘いを断るなど、紳士のすることでぇはぁない!!こっちはいいから、遊んできなさい、ほぉら可愛いレディーを待たせているぞ?」

 

「…伯父さんがそう言うなら」

 

紹介しよう。

今どこからともなく突然現れた、とてもガタイのいいこの人が僕の伯父さん、アレックス・ルイ・アームストロングさん。

文字通り脱いだらすごい人で、ことあるごとにマッスルポーズとりたがる筋肉オタク。

流石元軍人(少佐)!

問題はちょっと(?)暑苦しいところだ!

若干アリサ達も引いているが、遊びたかった彼女達(特にアリサ)としてはありがたい援軍だったらしく、特に何も言うことはなかった。

…言えなかったのか?

 

あと念のため言っておこう。

今すずかがなのはに耳打ちしているような「女の子と遊ぶのが恥ずかしかった」などということでは断じて!かつ!決して!ない!!

僕はインドア派だ!!

それに僕はそんなに子供じゃない!!←小学二年生

 

「決めた。アリサ、鬼ごっこをしよう!」

 

「…案外普通ね。こういう時は、何か山でしかできないことをするもんじゃないの?」

 

「そうか?山という不整地で木や丘や窪地やらが乱立する中で鬼ごっこすると、普段じゃありえない大どんでん返しがあるぞ?」

 

「なにしてるの!なのは、すずか、鬼ごっこするわよ!」

 

…アリサがチョロインな件、なんて言ったら面倒なことになりそうだから黙っていよう、そうしよう。

 

「じゃあ、じゃんけんしよ?」

 

「「「「じゃんけん…ポン!」」」」

 

…女の子って結束力高いな。

なのはが促したじゃんけんで、まさか僕の一人負けとは…。

しゃーない、サッサと数えて狩りに行きますか!

 

「アリサ発見!」

 

「逃げ切ってやるわー!」

 

「と、見せかけてなのはデン!」

 

「やられちゃった!12345678910!」

 

「全力退散!」

 

「フォルテくん、なんで木登り上手なの~!?枝から枝に飛び移るとか反則なの~!!」

 

「なんでやろなぁ?真面目にやってきたからよ!」

 

「引っ越しじゃないから!」

 

「気にするな、ルール上は問題ない!」

 

「ルール以前の問題だから!!」

 

「ちょ!フォルテくん、なんでわたしの方に来るかな!?」

 

「もちろん……生け贄だよ?」

 

「最っ低ー!」

 

まぁ遊びの提示を求められて、自分が不利なものを選ぶわけないよな?

僕は絶賛、不整地ならではの三次元機動で上へ下へ右へ左へ動き回って、最初以降は鬼にはならずに攪乱に徹している。

 

あ、今度はアリサを鬼にしよう、すずか疲れてきてるし距離的にちょうどいいし。ん?なんですずかさんキッと睨んでくるの?なんか、なのはとアリサが頷き合ってる?なんでだろう?ものすごく嫌な予感がするんだけど?

 

「ってちょっ!三人で結託して一人を追い回すとか、フォルテさん的にはさすがに卑怯だと思うんだけど!?」

 

「うっさい!黙って捕まれー!!」

 

「待てー!」

 

「待ってってばー!」

 

「待てと言われて待つ馬鹿はいない!」

 

「すずか、回り込みなさい!」

 

「しかし、更に回り込んでしまった!」

 

「ふぇぇ!?なんですぐ横通って手が届かないのぉ!?」

 

「3倍速だ!」

 

「赤くもないし、仮面も付けてないでしょうが!」

 

「君の父上がいけないのだよ!」

 

「パパは今アメリカよ!」

 

全力を出してみたが、さすがに3対1では追いつかれた。

頑張ったけどね?

女の子の団結力がちょっぴり怖くなったりもしたけど、ものすごく遊んだ。

いや、実は本気で怖かったけどな…?

それ込みにしても、何も考えずに全力で遊んだのはいつ振りだろう?

そのあとも色々内容を変えて遊んだ。

とにかく遊んだんだ。

本当に楽しかった。

でもそれは、もともと砂上の楼閣だということくらい僕にもわかっていた。

それでも僕は…この瞬間が永遠に続くことを願っていた。

それを願うのは罪深いのだろうか?

こんな僕が………いいや、よそう。

これは僕の胸の中に沈めておけばいい話だ。

これを聡い彼女達に知られるわけにもいかない。

 

どうか、刹那でも長くこの時間が続きますように。

 

この願いがいつか必ず踏み砕かれるとわかっていても、僕はそれを願わずにはいられなかったのだ。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side アレックス・ルイ・アームストロング

 

 

「…………この国にまでついてきたのか、人の口になんとやらだな。なんと言うのだったかな?日本語は難しいものだ」

 

溜息と共に、薄暗がりの中で佇む巨漢、アームストロングはゆっくり拳を解いた。

彼の目の前には、中肉中背の男が倒れていた。

目立った外傷はないが、人気もなく、近くに野営があるわけでもない上に真夏とはいえ軽装過ぎる半袖の服を見れば、男に何があってそこに倒れているのか考えるまでもない。

 

彼は懐の携帯電話から連絡を入れた。

こんな山奥で通じる段階で普通の携帯電話でないことは確定である。

 

「私だ。―――そうだ、例の件だ。毎度のことながらすまんな。―――ふむ、わかった約束しよう。―――む?そうか、また連絡しよう。なに、そう待たせはせんさ。―――ああ、わかっているとも。マスタング大佐に礼を伝えておいてくれ、ではな。…………………さて、見ていて楽しい催しができたとは思えませんが?」

 

短い会話の後、通話を切った彼は一瞬もの悲しそうな顔をしたが、そんなことはおくびにも出さずに背後に声をかけた。

木の影…と言っても夜なので影も何もないのだが、そこから一人の男が姿を現した。

上下共に黒い光を反射しにくい衣服に身を包んだ青年だ。

彼らは決して知らない仲ではなかった。否、先程まで一緒に温泉に浸かっていた仲だ。

 

彼は高町恭也………否、不破恭也だろうか?

世界の裏側で名の通っている戦闘者だ。

 

フォルテは侍だと言っていたが、どう見ても忍者なのだが…?

 

いや甥の、フォルテの判断にケチをつけようという気はないのだが。

闇夜に真っ黒な衣服、あまりに上手な気配の消し方といい、どう見ても忍者にしか見えないのは、決してアームストロングの偏見による主観的な理由だけではないと思うのだ。

 

「生憎と、催し物を見に来たわけではないのでな」

 

「では、夜道を散歩ですかな?今日は良い星空が見えますゆえ、良い散歩ができることでしょう」

 

「戯言に付き合うつもりはない。その男とあなたの目的を聞かせてもらいたい」

 

かつて恭也を指して「張りつめた弓弦」とファルテは言っていたが、言い得て妙だとアームストロングは思った。

若さゆえか、あるいは生来の性格によるものかもしれないが、彼の物言いには基本的に余裕というものがほとんど感じられない。

集中していると言えば聞こえはいいが、悪く言えば他が見えていない上に目標を見失えば途端に何もできなくなる。

 

これが、若さというものか…私も知らぬ間に老いたようだな。

 

自らの思考に苦笑しつつも、若干の不満を持って反論した。

 

「その言い方ですと、私とこの男の目的が同じように聞こえますので訂正させていただきたい。“私達”の目的はあくまで平和な生活であり、この男の目的はそれに相反するもの…それだけなのです。今回のことは、あなた方には関係のない出来事です」

 

「それはこちらが判断する」

 

取りつく島もないとはよく言ったものだ。

もしも相手が並大抵の人物なら、あるいは赤の他人であったなら彼はたとえ拷問されたとしても話すことはなかっただろう。

はぐらかすにしても、やりようはあった。

嘘をついていくらでも丸め込めた。

だが相手は世界でも有数の実力者で、大切なフォルテの友人の兄なのだ。

自分の血統やかつての所属の問題もある、ここは譲歩すべきところだろう

 

「…………………………………他言無用に願えるならば」

 

「内容による。確実に父さんには言うことにはなるだろうが…」

 

「それは君がここに来た段階で、半ば想定はしていたことだ。その他には…特に、なのはちゃん達には絶対に言わないでいただきたい。あの子達が“この件”に触れるというのは…子供を育てる一人の保護者として、できない相談なのです」

 

「………いいだろう、どの道子供に聞かせるような話であるとは思えん」

 

苦渋の決断。そう表現するに一切の躊躇いはない。

もしも話さずに済ませることのできる相手であったなら、彼は迷わずそうしたことだろう。

そして、話し終えたとき恭也は「約束は守る」とだけ言って再びその姿を闇に紛れさせた。

その背がどこか急いで見えたのは、おそらくは罪悪感。

知ってはいけない、本来なら踏み込むべきではない部分に踏み込んだことへの後ろめたさ。

若く純粋で優しすぎる青年だとアームストロングは思ったが、あえてそれを口にすることはしなかった。

ただ一言、恭也の消えた夜闇に向かって「ありがとう」とだけ言い、彼は倒れていた男を担いで歩き出した。

彼の言葉は暗い森に吸い込まれて消えて行ったが、なぜか彼にはその言葉が届いたという確信のようなものがあった。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side 八神はやて

 

 

雨が降っていた。

滝のような雨粒の一粒一粒が、強力は突破力を持つ銃弾のように強く大地に叩きつける。

風の勢いも凄まじいものだ。

妙に甲高い音と共に、雨粒がその威力のほどを叫んでいる。

こんな悪天候の中、少女、八神はやては当然のことながら自宅待機をしていた。

数日前から接近していた台風が、今猛威を振るっているのだ。

予定ではテレビでも見て時間を潰して、台風が通り過ぎるまで凌いでいるつもりだった。

しかし、今日は本当に運が悪い。

 

「アンテナになんかぶつかってテレビ見られへんようになるわ、停電するわ、懐中電灯の電池ないわ、あげく雨漏りかいな!イジメか?イジメなんか!?」

 

真っ暗な八神家の中で、彼女は蝋燭を片手に車椅子で駆けずり回る…といっても、彼女にできるのはせいぜいバケツでも置いて回ることくらいだ。

本格的な修理は台風が去った後、業者にでも頼むとしよう。

 

「にしてもホンマ、風強いなぁ」

 

さっきからあちこちでドンドンとうるさい。

風が雨水を叩きつける音、風向きが変わって窓が殴られているような音、言うなればそう…断続的に扉を叩くような音が聞こえるのだ。

正直、何度か玄関へ向かいそうになった。

 

「………あれ?」

 

今何か聞こえたような…?

 

気のせいだろう。

こんな雨の中、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえたような…そんな気がしたのだ。

 

「危ないにもほどがあるやろ!」

 

嵐の夜に自分を呼ぶ声がする…などと言えば、ホラーかミステリー、または感動モノの童話あたりだろう。

どの予測にしても、自分の命が危険になるパターンでしかない。

パ○ラッシュと「もう眠いんだ」と言って一緒に眠りにつく気はないのだ。

 

「気のせい気のせい!」

 

とにかく、まだどこで雨漏りをしている可能性があるのだ。

急がねばならない。

 

………

………………

………………………………

 

「ようやく終わったんかな?」

 

一通りバケツやら茶碗やらを並べたはやては、ようやくリビングで落ち着くことができたた。

残念ながら停電はまだ復旧しておらず、テレビもラジオ(コンセント式)もただの置物状態のまま。

電池がないのも変化がないので、明かりは相変わらず小さな蝋燭…これでは本も読めない。

いっそのこと寝てしまおうかとも思ったのだが、あまり不健康な生活をしてふ、ふと……ふ、と………のも、あまりよろしくはない。そ、そう、女の子として!相手が誰とかなんて想像もしていない!

 

「?……………………………………なんやろ?」

 

またどこからか、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がしたのだ。

停電のせいでテレビも電話もラジオも置物だし、目覚まし時計なんてセットしていないし、携帯電話はまだ持っていない。

 

「………うん、うちのどこにも音鳴るようなもん、ないはずやんな?」

 

となるとやはり気のせいか?

先程から、風が雨水を叩きつける音、風向きが変わって窓が殴られているような音…継続的に扉を叩くような音以外は何の音も聞こえないのだ。

 

念のために玄関を開けてみるべき?

 

ほんの少しだけそんな思考がよぎるが、あまり乗り気にはならない。

こんな雨の日に、誰が好き好んで扉を開けたがるというのか。

風がきついせいで、家の外へ出なくても濡れてしまう可能性が高い。

でも気になりは、する…。

 

好奇心に負けたはやては一度だけ外を覗くことにした。

決して恐怖心に負けたわけでも、怖いもの見たさでもない。

 

そしてはやては玄関を少し開ける。

車椅子に乗っている以上、のぞき窓には届かないのだ。

するとそこには鯉のぼりがいた。

…いや、冗談ではなく鯉のぼりだ。

電柱に上下の口の先をくっつけて舌を出した、やや短めの青い鯉のぼり。

風が強いおかげでバサバサと言いながら元気に低空を泳いでいる。

あ、風が弱くなって地面に落ちた。

ベチャッと妙に重い音と共に、鯉のぼりは地面に打ち上げられた。

 

「ようやく開けたな!」

 

鯉のぼり…ではなく青い合羽を着こんだフォルテは、ものすごく怒った顔で叫んだ。

 

………

………………

………………………………

 

「ガスが生きてて本当に助かった…」

 

ずぶ濡れになっていた鯉のぼり…改めフォルテは、持参していた服に着替えてのんびり髪を拭いていた。

シャワーというか、風呂は人類の英知の結晶である。

 

「フォルテくんの声、天気のせいか聞こえへんくてなぁ…気ぃつかんでホンマにごめんな?でもこれだけは言わしてほしいねん。こんな嵐の中でなんで鯉のぼりごっこしとるんや!?」

 

「誰が好き好んでそんな命懸けの遊びなんぞするか!!大体なんだその鯉のぼりごっこって!?そのままお空の向こうに昇ってっちゃうだろうがっ!?遊びに来ただけじゃんかよ!!」

 

「この嵐の中!?今台風が来てんねんで!?暴風警報出てたやろ!?」

 

「…なにそれ?」

 

「あかん…何かこう…根本的なところでなんかそう、あかんわ…」

 

とても真剣に何をしていたのかわからなかったはやてとしては、命懸けの謎の遊びをしていたと言われる方がまだ納得いったのだ。

自宅前の電柱で鯉のぼりになっている知り合いを見る、なんて奇抜な経験をする人間なんて、おそらく歴史上はやてが初めてだろう。

さすがに遊びに来たとか、暴風警報が出てるのを知らないとか、ちょっと予想外だが。

 

「つーかさ…家の人は?」

 

「あー…今仕事でイギリスに…」

 

「そっか、ならちょうど良かったかな?」

 

「なにが?」

 

ガサゴソとフォルテは持ってきたリュックサックを漁りだした。

登山にでも行くのかと聞きたくなるような大きなリュックの中から出てきたのは、ランタン(電池式)、ラジオ(電池式)、非常用食料、ガスバーナー、水、着替え、非常用毛布、タオル、トランプ等の玩具、無線機、小型端末以下よくわからない謎の機械複数。

 

「どんだけ入っとんねん!?四次元リュックか!?」

 

「いや…さすがにそれは作れなくね?科学技術的にはあと五百年は無理だよ?」

 

フォルテは呆れ顔でそう言うが、あきらかにリュックに入る総質量を超えている。

 

なんやねんその小型冷蔵庫らしい機械は?

発電機?ああ、確かに大事やな。今みたいに停電してるときには。

そっちの掃除機みたいな機械は?

濾過装置?ああ、確かに大事やな。水道が使われへんくなったらな。

 

「あんたが備えてんのはアルマゲドンか!?避難所行かんでもしばらく生きて行けるやんか!」

 

「失礼な、せめて防空壕でもないとさすがに僕でも死ぬ」

 

「それ以外に足りひんもんないやないか!!」

 

「あるぞ?具体的には軍事装備一式」

 

「立ち位置が軍人側かい!民間人ちゃうんかいな!?」

 

「アルマゲドンで生き残るには民間人じゃきつくない?」

 

なんて言うたらええんか…ボケ要員として逸材級とちゃう?

ホンマに日本に来て間もないんか!?

 

「もう一度言うけど、暇だったから遊びに来た」

 

「…嘘やろそれ、この嵐の中やで?そもそもその荷物が普通ちゃうし…」

 

「遊びたいもんは遊びたいんだ。この荷物のことなら心配性の伯父さんに言ってほしい。心配の方向性について激しく問い詰めたかったけど、『せめてこれだけは持っていきなさい』ってさ」

 

「…フォルテくんの伯父さん絶対おかしい」

 

「気が合う、僕もそう思ってた………筋肉フェチだし」

 

「凄まじいネタキャラなんは今の一言でようわかった、フォルテくんも苦労してるんやなぁ」

 

ホンマにちょっと泣けてきた。

フォルテくんはホンマにまともな家庭環境で暮らせてるんか?

伯父さんが筋肉フェチとか嫌やで!?

………グレアムおじさんはちゃうやんな?会ったことないから心配になってきてんけど?

 

「ひょっとして、実はフォルテくんもの凄く鍛えてたりするん?」

 

「筋肉達磨になる予定はないよ?技だけ…力を使わない柔術とかだけちょっとやってる」

 

「筋肉達磨って…うん、なんかごめんな?」

 

あかん、本格的に泣けてきた。

 

「さてと…八神さんはどうしたい?何して遊ぶ?」

 

そう言うと、フォルテくんはトランプやUNOなどの玩具を指さした。

なにか箱のような物体があったから聞いてみたところ、フランスの人生ゲームだそうだ。

 

「じゃあ、人生ゲームで…でもフランス語読まれへんで?」

 

「オッケー、翻訳するよ」

 

「どっか手作りっぽい感じするな…」

 

「かなり田舎で見つけたやつだからね。あの地方発祥の人生ゲームで、大枠のルールだけが決まっていて、細かいルールは自分達で作って遊ぶらしい。これは細かいルールも向こうで書いてもらってるやつだけど」

 

もの凄く面白そうな田舎だった。

しばらくルーレットを回して稼ぐことに専念する。

でも専念しすぎて………

 

「なんで小学生で5億稼ぐねん!?この人生ゲームおかしいやろ!」

 

「僕なんて、まだ幼稚園卒園してもいないのに100億の借金あるんだよ…?人生詰んでるだろ…どうやって挽回すればいいのこれ?」

 

更にルーレットを回して………

 

「何がどうなっとるんや…なんで無人島なんて強制で買わされなあかんねん!?なんで一晩で沈んでんな、20億の無人島~~~~!!!!」

 

「あ、あれ?やけになって買った株が、ものすごい額に跳ね上がっただ、と…?バブルなのかこれ?この国の経済、どうなってんだ…?なんで1万で買って80億になるんだ…?」

 

更に更にルーレットを回して………

 

「う、宇宙人が攻めてきたやて?しかもそのせいで油田が干上がったぁ?ちょ~~待ちいや!どんな人生や!?これ地球ちゃうんか!?」

 

「なぜだ………200兆の借金背負ったまま一国の大統領だと?この国の国民は本当に何を考えてるんだ!?この国本気で終了するぞっ!?」

 

更に更に更にルーレットを回して………

 

「よっしゃ!コロニー開発事業で大儲けや!もうこの世界について考えたらアカンな!そうしよ!そうせなアカンわ!」

 

「正気か…?国は破産寸前なのに近隣国に戦争しかけやがった…戦争の結果はルーレット回してっと………7?7だと…はぁ!?新兵器の開発に成功して勝利したぁっ!?近隣国どんだけ弱いんだよ!?この国もよく新兵器開発する余力あったな!兵士なんて一人も雇う余裕ないんだぞ!?」

 

更に更に更に更にルーレットを回して………

 

「………コロニー落し?え、うちのコロニー公社は…?壊滅?宇宙海賊に新事業の資源衛星も制圧された?………討伐軍編成や!フォルテくん、軍出して!資金はなんとでもなるわ!!」

 

「討伐軍は良いんだけど八神さん…ちょっと見てくれ。こっちにはコロニーが落ちてきたんだ。なのに僕の国、なぜかコロニーが落ちてきた星でバブル経済になっているんだけど…どうしよう?この国の国家事業がものすごく心配なんだけど…なにやってるんだろうな、僕の国?」

 

とてつもなくカオスな人生を送りつつも、二人してとても楽しく一日を過ごした。

 

…正直、こんな人生嫌やけどな?

カオスすぎるで…フランスの田舎って。

 

「さて…八神さん、いつものおまじないの時間だ」

 

「あー…ホンマに律儀というか、なんというか…正直恥ずかしいねんで?」

 

「気にしないで、僕は気にしない」

 

そういう問題ちゃうねんけどなぁ。

 

そんな想いを秘めつつも、フォルテと触れ合うことに抵抗があるわけでもないので素直に両手を差し出した。

若干顔が赤くなったことには運良く気づかれなかったようだ。

はやての両手を握り、フォルテはいつものように呪文を唱え始めた。

…英語でもおまじないは呪文、と誰に向けている訳でもない言い訳をしながら。

別に英語の意味がわからないとか、そういうのを気にしている訳では断じてない。

 

「………The feelings should always reinforce your body. I try to guarantee.…おしまい。」

 

「ふぅー…なんか、おまじないのたびに脚がこそばいような気がするんは、やっぱり気のせいとちゃうと思うんやけど…いっぺん、石田先生の前でこれやってみせてくれへん?」

 

「嫌」

 

ものすっっっごく、あっさりと拒否しおった。

これ、実際なんか知ってますって言うてるようなもんとちゃうか?

 

「他人の前で出来るほど肝は座ってない。あと、医者はあんまり好きじゃない」

 

「あー…」

 

納得。

恥ずかしいと思ってたんは意外やし、さっきの「気にしてない」発言との矛盾についても物言いたかったけど、「医者はあんまり好きじゃない」って言葉から意味がわかってもうた。

フォルテくんの親も事故で死んでる。

事故の内容までは聞いてないけど、事故の後の流れに医者は絶対いる。

搬送された病院で治療されても助からなかったのか、ひょっとしたら死亡確認しかしていないのかもしれない。

うちはもう覚えてることがほとんどないから共感できるとは言われへんけど、親を助けてくれなかった、あるいは何もしなかったのが医者、という印象から医者嫌いになるのは自然な流れ。

特に自分もそうなので人のことを言えはしないけど、まだ子供…8歳で親が既にいないというのはそれなりに大きい出来事に分類される。

親のことをほとんど覚えていない自分はまだしも、フォルテくんはしっかり覚えてるように見える。

…確認はしていないけど。

だから医者はあんまり好きじゃない、と。

 

「難儀な…ホンマにフォルテくん、ますます医者になったほうがええ気がしてくるわ」

 

「却下。僕の夢は科学者、ところにより一時テロリストだ」

 

「まだ言うとったんか…」

 

いつまでネタを引っ張る気なのかちょっと気になる。

 

この後もしばらく遊んで、夕方になるとフォルテくんは帰っていった。

本当に遊びに来ただけだったのか…とちょっと気が抜けたのは内緒だ。

 

 

 




まだちょっとだけ日常(?)回は続きます。
ユーノ?時系列的には来年です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話時点での人物紹介

今更ですが人物紹介です。
ちょっとだけツッコミどころ満載です。



原作登場人物

 

 

◎高町なのは

 

言わずと知れた原作砲撃魔主人公。

幼少時の出来事(高町士郎の事故による孤独)により、若干周囲から距離を置いていたが、アリサ・バニングス、月村すずかとのケンカを経て(ぶっ叩いて)友達になった。

本作では自身の得意としていた自分を隠す演技をあっさり見破って、自身を案じてくれたフォルテに懐いている様子。

のちの魔王で、ぶっ飛ばしてから話は聞いてやる…所謂『O☆HA☆NA☆SI』の第一人者として後世に語り継がれる存在。

 

 

◎アリサ・バニングス

 

言わずと知れたなのは好きの原作ツンデレ。

IQ200という化け物級の天才。理由は不明だが私立聖祥大学付属小学校に在学中。←大学に行け

大企業のご令嬢で、冗談じゃなく豪邸に住んでいる。なお、豪邸の中身は犬屋敷である。

ご令嬢にはよくある『被誘拐病』という奇病を発病しており、本作でも第一話段階で誘拐の危機に瀕していることから、既に病状はステージ3に達していると考えられる。

特筆すべきは類い稀なる『ツッコミ体質』である。本作における希少なツッコミ要員で、とても重宝される予定。

 

 

◎月村すずか

 

言わずと知れた原作×××。

世界有数のヤンデレの才能を持っている。

アリサ同様豪邸に住んでいる。なお、猫屋敷である。

アリサ同様『被誘拐病』を発病しており、第一話段階で誘拐の危機に瀕していることから、病状はステージ3に達していると考えられる。

本作主人公のフォルテとは『少々秘密を共有する仲』である。

 

 

◎八神はやて

 

言わずと知れた原作変態腹黒狸。

本作では予定外に早い段階でフォルテと接触。フォルテは彼女に何かしらの『処置』を施している模様。

石田先生の婚期についてあっさり触れそうになるなど、今段階では綺麗な小学生(不登校)。

なお、彼女の周りにいい感じの巨乳がいないため未覚醒状態である。

 

 

◎高町一族

 

言わずと知れた原作戦闘民族。

多分祖先は、るろうな作品とか出演してたり、服部な血統だったりしたんじゃないかなぁ。

多分子孫は、龍玉を集める宇宙最強のζ戦士だと思う。

この一族がどこかの国とか組織とかに全会一致で敵意を向けてしまわないことを心から願う。

本気ならフリーザさまくらい余裕で瞬殺しそうで恐ろしい。

 

 

◎ノエル&ファリン

 

言わずと知れた原作××メイド。

本当に××なのかと疑いたくなるほどにドジっ子メイド。

戦闘力は多分5000くらい。←テキトー

あんまり本編に出番はないかも?

 

 

◎鮫島

 

言わずと知れた原作執事。

東方不敗マスター執事を打倒してキングオブ執事の称号を継承した、第13回執事ファイトの優勝者。

別名、執事オブ執事。

実はどこぞの古流武術の免許皆伝な継承者らしい。

あと、リムジンの運転がとても上手。だいたい達人級くらい?

 

 

 

 

オリジナル登場人物

 

◎フォルテ・L・ブルックリン

 

本作の主人公。

容姿は、血のように紅い髪、鋭い目で瞳は深い青。基本的に夏場でも長袖長ズボンを着用し、色は黒、あるいは紺色などともかく濃いめの色を好む。

出身は欧州であるが、両親の事故死をきっかけに祖母の故郷である日本に移住。現在は伯父と二人で暮らしている。日本で暮らしたいというわがままを聞いてもらった手前、伯父には引け目を感じているらしい。

「将来の夢は科学者、ところにより一時テロリスト」と断言しており、小学二年生という現時点で既に何かしらの研究(?)を行っているようだ。

本人曰く、普通とは言い難い『力』を持っているらしいが………。

速読を得意とし、夏休みの目標に「市立図書館(4F)を制覇する」と言っていることからかなりの読書家であることが読み取れる。

日本語はまだ若干怪しいながらも、日常生活に支障がない程度には学習している。

なお、人物名を覚えるのが苦手である。あとプールが嫌い。

 

 

◎アレックス・ルイ・アームストロング

 

本作主人公の伯父。

容姿は、ぶっちゃけフルメタなアルケミの腕強い少佐。

欧州の貴族筋の当主で、元軍人(少佐)。フォルテのわがままを聞き入れて軍を退役、共に日本に移住している。なお血統的な役割を放棄したわけではないので、日本でもかなり色々とやっている。

物理的に超強い。車を持ち上げたり普通にする。趣味は筋トレとマッスルポーズ。

なお、彼の妹がフォルテの母にあたる。

 

 




次は早めに更新します…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

時間の流れが速すぎる?スマヌ…
今回は殺意が湧く回です、多分R15としてれば大丈夫なはず…
説明が少々面倒…?
専門的なところは、作者はド素人ですのでそういうものかと生暖かく見守ってください



Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

日本の冬は欧州に比べると比較的暖かい。

緯度を比較すれば、欧州という括りの中に日本より緯度の低い、つまり比較的赤道に近い場所は存在するが、フォルテの故郷は北方に位置するので冬は本当に殺人的に寒い。

同じ時期に気温を比較してみると日本の方が暖かいのだ。

もちろん比較した場合の話であり、主観的に寒いということに変化はない。

殺人的な寒さでなくても、寒いものは寒いのだ。

でもちょっとだけ良いこともある。

ここ数か月、なぜか猫に尾行されていたようなのだが、さすがに冬は寒さのおかげで猫はどこかのコタツで丸くなっているらしい。

すずかの猫好きの匂いが移ったのかな?

…ファ○リーズ買っといたほうがいいかもしれない。

 

「雪、降ってきたな…日本で言うところの初雪だっけ?向こうじゃ雪解けの方が待ち遠しいってのに…」

 

いつも手元にないものを欲しがるのは人間の性か…などと子供らしくもない考察をしつつも、ついにやってきた冬休みに内心小躍りするほど喜んでいる事実は、彼もまだまだ子供であることを証明していた。

 

ちなみに、なぜこんな寒い日に外出しているかというと、市立図書館に新しい本が入荷する日だからだ。

秋に市立図書館の4Fは完全に制覇したのだが、その事実を知った館長が「若いというのに良い心がけだ!君のような若者が増えたら未来は安泰だ!よし、もっと蔵書を増やそう!」と、宝物を見つけた子供みたいな笑顔で肩をバンバン叩いてくるもんだからさあ大変。

館長が希望する本を聞いてきたから、片っ端から書き出してジャンルの指定までして分厚いレポートで提出してみたら、館長が本当に大人げないほど人脈やらなんやらを駆使してほとんど揃えてしまったものだから、市立図書館の技術書の充実感がキチガって、全く関係のない付近の大学関係者からものすごく感謝された。

気持ちはとてもわかる!

僕も思わず、館長に後光がさして見えたもんな!

増えた蔵書が本当に高いものばかりだし、ブックオ○じゃ取り扱わないような次元の本ばかりなので、お財布的にとても助かるのだ。

 

「この時間なら開館のギリギリ前に着きそうだな!うん、早起きは三冊の得だ!」

 

ちなみに、今回は覚え間違いでもなんでもない。

いつもより早起きして、およそ三冊読む分の時間を本当に得しているのだ。

 

世間はクリスマス一色だが、彼だけは一足早くサンタクロースが来た気分だ。

何度かサンタクロースが風船を配っていたが、横目に見ることもしない可愛げのないところも彼らしさと言えるだろう。

サンタクロースが笑みを崩さなかったことは、正直賞賛に値することだったと、彼は大人になってから気付くのだが。

 

そこに一台の車が通りかかる。

 

「うわっ!?」

 

よそ見をしていたわけでも、気が抜けていたわけでもないし、歩道がないとは言っても道が狭いわけでもない。当然道路の真ん中を歩いていたわけでもない。

ただ、脇を歩いていても、すれ違っただけで子供が思わず尻餅をついてしまう程の速度で車が走り去っていっただけだ。

 

「………………マナーって知らないのか?」

 

思わずため息が出る。

良くて酔っ払いか若者が調子に乗って速度を出している、悪ければ…何かの悪事を行った逃走車。

とはいえ、別段彼には関係ない。

誰かが通報くらいするだろうと、そんな風にとても他人事として考えていた。

 

「…………………………………僕は不幸の星の下に生まれたような気がする」

 

角を曲がった先…先程車が出てきた先で、見覚えのあるカチューシャを見つけるまでは。

 

 

 

 

Side 月村すずか

 

 

こんなはずじゃなかった。

 

後悔なんて意味がない。

だって、後から悔いても、もう今は本当にどうしようもないから。

後悔って言葉は、先がある人にしか意味のない言葉だと思う。

少なくとも私には…私たちにはない。

 

今日は塾の日だった。

冬休みなので午前中にも塾がある。

いつもアリサちゃんやなのはちゃんと待ち合わせをして一緒に行くけど、今日なのはちゃんは家の用事で来られないらしい。

なのはちゃんがいないのはちょっぴり寂しいけど、逆に言えばそれだけだった。

ただそれだけの…普通の冬休みの一日だった。

 

なのになんで?

どうして私たちだけが、こんな目に合わなくちゃいけないの?

ダメなの…?

私みたいな×××が幸せになっちゃ、いけないの…?

 

人通りのない道に差し掛かった途端、私たちは襲われた。

突然知らない人たちに囲まれて、何かを嗅がされて…そこからは、なんとなくしかわからない。

辛うじて意識を保てた私も抵抗をできるほどの力は出なくて、アリサちゃんと一緒に車に乗せられた。

 

首元に押しつけられた冷たい感触。

そこからチクっと微かな痛みを感じて、途端に首元を中心に感じる熱。

 

熱い…

熱い……!

熱いっ………!!

熱いぃぃぃっっっ!!!!

 

体中に溶けた鉄を流し込まれたような…熱が体中に広がっていく感覚。

 

でも感覚は遠くて…

悲鳴を上げたいのに声が出なくて…

目を開けることすらできなくて…

それが……………

 

 

それが何よりもどかしくて……!!

 

 

アリサちゃんが縛られていく。

それを見た私は…それでなくても悔し涙がにじみ出る。

 

怖い。

苦しい。

辛い。

哀しい。

 

どうして…?

アリサちゃんは関係ないじゃない…!

どうして私だけじゃないの!?

アリサちゃんが何かしたのっ!?

わかってる、私と一緒に居たからだ…。

私のせいだ…私の………。

ごめん、アリサちゃん……ごめんっ…ごめんなさいっ…!!

 

時間の感覚は、多分狂っている。

一瞬にも一年にも感じた車での移動は唐突に終わった。

 

そこから私は、米俵でも担ぐかのように運ばれて、コンクリートの地面に下ろされる。

どこかの倉庫みたいだ。

視線を動かすと隣にはアリサちゃんがいた。

 

良かった…怪我はないみたい。

 

今はまだ、という状態なのはわかっている。

それでも私は、アリサちゃんがそこにいることに安心して…すぐに自己嫌悪した。

 

私、なんでまだアリサちゃんに頼っているの…?

最低だ…自分が巻き込んだのに…。

最低……最悪だ………。

 

猿轡を噛まされたアリサちゃんが、必死に私を励まそうとしてくれている。

それが私には正直…辛い。

申し訳ない、という言葉ではとても足りない。

どんな言葉でも言い表せない罪悪感。

でもアリサちゃんを心配させたままなのは嫌だから、私はちょっと無理してでも笑顔を浮かべた。

上手くいった自信はないけど、一応意図は伝わったらしい。

 

あの人たちの目的はわかってる。

今まで何度か同じことがあったから。

目的は私だ。

正確には私じゃない。

×××の私だ。

 

何をされるのか、想像もつかない。

本当に何をされてもおかしくないから。

だって私は×××だから…。

 

向こうであの人たちが何か言ってる…。

ここからはよく聞こえないし、感覚もおかしいままだから何を言っているのかよくわからないけど…発音からして日本語じゃない。

多分英語か、それに準じる言葉。

暗号とかもあるだろうから、確実とは言えないけど…。

 

アリサちゃんが必死に何か言おうとしている。

でも「んーっ!んんーー!!」と聞こえるだけで、言葉としての意味はよくわからない。

ひょっとしたら、アリサちゃんにはあの人たちが何を言っているのかわかったのかもしれない。

 

あの人たちがこっちに来た。

なんだかニヤニヤというかニタニタと気持ち悪く笑って、私たちを…いや違う。

アリサちゃんを見ている。

 

やめて…アリサちゃんに手を出さないで…!

 

体が熱いのも気にならない。

今にも死んでしまいたいほどの気持ちが、私の中で暴れまわっている。

 

どうして………

どうして私は…こんな時まで声が出ないのっ…!

 

一人の男がアリサちゃんの後ろに回って、猿轡を外した。

 

まずい…!

 

次の瞬間、私が想像した通りの最悪の事態が発生した。

 

「ちょっとアンタ達なんなのよっ!こんなことして、タタじゃおかないんだから!!自分が何してるかわかってるのっ!?こんなずさんな誘拐、すぐに捕まるわよ!!」

 

だめ…!

刺激しちゃだめ…!

その人たちは、アリサちゃんを殺す気なんだよ…!!

 

声にならない声は…音にすらも届かずに、吐息として空気に虚しく溶けていった。

 

「言いたいことは、それだけかいお嬢ちゃん?」

 

真ん中に立っていた金髪の男の人が、アリサちゃんの髪をつかんでニタニタした顔の目の前に引っ張った。

 

「痛いじゃない!何すんのよ!!」

 

「おーおー、活きのいいお嬢ちゃんだこと♪ん~、いい顔してるねぇ~?後せめて十年したら俺の奴隷にくらいはしてやったのに…ごめんな~?でも子供は可愛くてもヤリ捨てする派なんだわ~俺らww」

 

今、なんて言った…?

今いったい…なんて言ったの…?

嘘、でしょう……?

嘘だって…嘘だって言って!!

 

「あ、アンタ…馬ッ鹿じゃないの!?あたしら子供よ!?変態!女の敵!ロリコン!変質者!クズ男!」

 

「え~?俺ら馬鹿だからぁ、聞こえなぁ~い。それに安心しなよ?そっちの娘には手を出さないよ、大事な商品だしねぇ~す・ず・かちゃ~ん?」

 

ゾゾゾゾゾッ!!

 

体は熱いままなのに、全身に鳥肌が立った。

見ず知らずの人から名前を呼ばれるのが、こんなにも気持ち悪いだなんて知らなかった。

 

「…………ぅに…」

 

「あ゙?」

 

「本当に…すずかには、手を出さないんでしょうね!?」

 

涙目になったアリサちゃんは、それでも力強く男を睨んだ。

 

「ぷっ…ぎゃはははははははは!あははははははははは!!ああ、大丈夫だぜ安心しなよ!そっちの娘には手を出さねぇように『お客様』から注文来てるから!」

 

大笑いした男の人につられたのか、周りにいた人たちも同じように笑い出した。

 

「お、お客…?なによそれ…そいつ、すずかになんか恨みでもあるわけッ!?」

 

「あ、やっぱ知らない?大事なすずかちゃんが狙われるワケ…友達なのに知らないの~?」

 

アリサちゃんの表情が、こっちからは見えないのに…わかる。

きっと悔しい顔をしてるはずだ。

アリサちゃんは、そういう人だから。

 

「ぁ…ぁぇ……」

 

駄目だ。

頑張って声は出せたけど、ろくに言葉にならない。

 

「教えてあげてもいいけどぉ~、それは遊びながらで良いでしょ!」

 

「いやぁぁぁあああああああ!!!!」

 

ビリビリと嫌な音を立てて、アリサちゃんのお気に入りのお洋服が破られた。

アリサちゃんのパパが、今年は一緒にクリスマスを祝えないからって先に貰ったプレゼント。

大事にしてるって言っていた、アリサちゃんの宝物。

それが今………初めて会った悪い人の手で、破られた。

私の中で、抑えきれないほどの黒い感情が溢れ出す。

それでも私は動けなくて…それが無性に悔しくて、悲しくて、腹が立った。

 

「ゆ…ぅ……さ……n…ぃッ…!!」

 

でも私が爆発するよりも早く…アリサちゃんがどうしようもない傷を負ってしまうよりも早く、状況は動いた。

 

ドォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!!!!

 

一つの爆音によって。

 

そこで私は、ある奇妙な既視感を抱いた。

全然似ていない。

あの時よりも最悪で、最低で、絶望的で………でも…それでも、抱いた既視感は拭えなくて。

 

そう、今回だけじゃない。

前に一度、アリサちゃんを巻き込んでしまったことがある。

そして………怖かったあの人に、私たちは、助けられた。

 

「よくヒーローは遅れてやってくるって言うけどさ…おかしいと思わないか?」

 

その声はいつも通りで………

 

「ヒーローが間に合わなくてどうするんだよ?」

 

何故だか少し感情が読めなくて………

 

「ヒーローは間に合うように頑張るべきだよな?」

 

それでも、なぜだかすごく安心できて………

 

「でももしも、ヒーローが頑張っても間に合わないっていうならさ…」

 

立ち上る砂煙の向こうから、小さな人影が徐々に姿を現した。

心に生まれた暗い願いが溶けていって、代わりにとても温かい想いが広がっていく。

 

「例えば慌てん坊のサンタクロースとかなら…ひょっとしたら間に合うんじゃないか?って思うわけだ」

 

ああ、私は………

 

「この仮説は正しくはなかったみたいだけど…」

 

私は彼を………

 

「手遅れってところまでは…行ってないな?」

 

彼は…サンタクロースは、いつか違って全くの自然体で…慣れているように違和感なく彼らに対峙した。

 

「遅くなったな、見ての通りサンタクロースだ。クリスマスの前に…クリスマスプレゼントを届けに来たぞ?」

 

初雪が降ったこの日…人生最悪の日だと思っていたこの日、私は生まれて初めて感じたこの想いを、素直に受け入れた。

 

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

滑稽だと、僕は思った。

僕がここに辿り着いたのがついさっき。

すずかのカチューシャを拾わなければ、ここに辿り着くこともできなかった。

本来なら、警察を呼ぶなりなんなり手段はあったし、一人で行くにしても状況を把握してから動くべきだった。

最善手は、間違いなく他にあって…でもできなかった。

 

中の様子を窺ったとき…アリサの悲鳴が聞こえてしまったから。

アリサのお気に入りの服が破られるのが見えたから。

すずかの頬を伝うものが、見えたから。

 

そして…そしてその瞬間、

  一瞬の激しい頭痛ト、共ニ、見、エ タ  ビ   ジョ     ン      ガ

 

 

 

    ―――――此処ではない何処か、今ではない何時か…

 

        ―――――綺麗な黄金の少女が無残に引き裂かれ…

 

  ―――――汚らしい液体にまみれた吐き気を催す光景…

 

             ―――――泣いても喚いても誰にも助けてもらえなくて…

 

 ―――――どうしてッあたしは何も悪いことしてないじゃないッ…

 

                  ―――――魂は救われることなくそこに在り続け…

 

      ―――――死んで初めてで来た友達に泣いてもらって…

 

                ―――――それで少女の魂はようやく天に還った…

 

―――――それが救いだと…これが運命だと………?

 

            フ        ザ      ケ   ル ナッ!!!!

 

 

 

僕の理性は限界を超え、気が付いたときにはもう、僕の体は動いていた。

目の前の邪魔な鉄塊を、破壊していたんだ。

頭痛はもうない。

今さっきまで僕の頭の中を支配していた何かのビジョンは、まるで霞のように実体を掴めなくなり、数秒後には、僕の記憶から消えてなくなっていた。

それに関する何かが消えてなくなった代わりに、僕の中で冷静な思考が戻ってくる。

 

今、何が…?

…頭痛が無くなって?

頭痛なんてあったか………?

……………………いや、今は目の前に集中しよう。

 

クールダウンした僕の思考は、現状をまだ問題ないと告げている。

 

鋼鉄の扉を叩き壊した僕は、なるべく平静を装って、圧倒的強者のごとく戯言をほざいた。

効果は覿面…奴らの注目を一身に集め、かつ、奴らは冷静な思考ができていないようだ。

 

確かに伯父さんには、危険なことをしてはいけないと言われている。

僕の将来にも影響を与えるからって。

僕の場合は問題が大きくなりすぎるから、正しいと思う。

僕だけの問題じゃなく、伯父さんや、周りの人に迷惑をかける。

なにより、僕の『仲間』の未来にまで迷惑をかけてしまう。

でも伯父さんは、こうも言ったはずだ。

男には、絶対に引いてはいけない瞬間があるものだって。

母さんは言っていた。

女を泣かせることは、男がやってはいけない最も大きな罪の一つだって。

父さんは言っていた。

大切な人のために、立ち上がれる男になれって。

なら僕は、今ここで絶対に引いちゃいけない。

僕は一人の男として、引くようなことはできないし、この選択に後悔はない。

 

辛うじてできたことは、いつも伯父さんに渡されているお面(今回はサンタクロース)を着けることだけだった。

いや…意外と冷静なのかもしれない。

僕自身意外なのだけど、頭に血が上っているはずなのに、中身は驚くほどにクールなままだ。

鉄製の重たい扉を本能のまま力任せに叩き壊したはずだが、扉が二人にぶつからないように、ちゃんと地面に向かって叩きつけたらしい。

目の前にいる戦力の分析も最低限できた。

 

目の前にいる、すずかを囲っているクズが七匹。

アリサの目の前にいる、アリサのお気に入りの服を破いた汚物が一つ。

 

「……ここはお子様の来るところじゃねぇぜ?」

 

汚物が何か音を鳴らした。

驚くべきことに、この汚物は日本語によく似た音を鳴らすようだ。

醜い顔のような形をしている部分が、更に醜く変化した。

とても不愉快だ。

 

周りに立っているクズ達が、徐々に間合いを詰めてくる。

すごく愚かしいことだ。

 

「…そっちの二人、僕と同い歳だけど?子供っていうなら、そっちもここを出て行かないとな?なんなら僕が送っていくよ?」

 

ただの戯れに、会話しているかのような声を返してやる。

アリサとすずかには、僕が石ころに向かって話しているように見えないか、すごく心配だ。

 

「いらねぇよ。俺らぁこの娘らに用があるワケ、おわかりぃ~?やっちまえッ!」

 

クズども四匹が一斉に飛びかかってきた。

正しい判断だ。

おそらく上等なチンピラからヤクザ崩れくらいの戦闘力だ。

未知の相手とケンカする場合、相手の動きを制限するのは正しく、数で圧し潰すのが理想的だ。

 

「でもそれは…退路を塞いでから、かつ敵戦力が想定を超えないことが前提だ」

 

まず右手のクズが一番早いから、その腕を掴んで中の骨だけ握り潰す。

肉が飛び出したら、二人のトラウマになってしまうから。

それに反応する間も与えずにその腕を、もう一つ隣のクズの首に叩きつける。

窒息には時間がかかり過ぎるから、当然、巻きつけるような窒息が目的じゃない。

喉は生物にとって最も無防備な急所だから、喉に何かがぶつかることに、生物は根源的な嫌悪がある。

では、喉に何かがぶつかった、あるいはぶつかりそうな生物は、この後どうするのか?

それを排除しようとする。

必然その他が無防備になるので、その無防備になった脚に触れ………

 

「≪雷光(バルカ)≫!!」

 

バンッ!

 

爆竹のような軽い音と共に、『力』を使う。

『力』を使えるということは、少し特別なことだ。

『力』は非常に純粋なエネルギーで、何にでも染められる。

今回はそれを電力に変換した。

スタンガンに毛が生えた程度だから、気絶しただけで殺してなんていない。

 

反対側にいた二匹は、今のを見て足を止めた。

もちろんそんな隙を僕が見逃してやる理由もない。

倉庫突入の段階から全身に廻らせていた『力』を、脚に集中する。

クズ達には僕の影が動いたようにしか見えなかったのだろう。

 

「≪雷光(バルカ)≫!!」

 

バンッ!

 

再び響いた軽い音。

その音が合図となって、先程に二匹も合わせた四匹のクズは倒れた。

 

「は…?」

 

誰かの酷く間の抜けた声が、静寂が帰ってきた倉庫内に響いた。

 

「お前ら、素手でかかってくるとか馬鹿?今僕が鉄の扉壊したの、見てなかった?物理的に超強いとか、普通じゃない何かがあるってなんで気付けない?」

 

僕には理解できない。

凡人に天才の考えはわからないらしいけど…愚人の考えも、人間には理解できないようだ。

人間の理解はなんというか…上限と下限の制限が厳しいことで…。

 

「ガキテメェ…ただもんじゃねぇな、ナニモンだよ!?」

 

汚物がまた音を鳴らした。

うるさい限りだ。

 

「見て分からないのか?サンタクロースだ」

 

「ふざけんなよ!どこがどうサンタなんだよ!?」

 

汚物め…人様が対応してやっているのになんだその態度は。

廃棄決定だ。

 

「見てもわからないのか……慌てん坊のサンタクロースが、クリスマスの前にやってきたんだよ…天罰(クリスマスプレゼント)下し(届け)に、な?」

 

本当はここで殺気を叩きつけたかったが、二人も巻き込んでしまうので、なんとか自制した。

我ながらよく耐えたと褒めてやりたい。

 

「…じゃあサンタクロースさまよぉ、これ何か見えるか?」

 

そう言って汚物はとても自慢げに、その黒光りする玩具を取り出した。

 

「マカロフPM…グラッチの前の化石か」

 

「お~お~、よく知ってるねぇ~?じゃあ正解したいい子には、特別に教えてあげるよ~~……一歩でも動いたらこの金髪の頭ザクロだぞ?」

 

そう言って汚物は、アリサの頭にマカロフを押し付けた。

 

…訂正、汚物じゃなかった。

これは有害物質だ。

ここに在ることそのものが害悪だ。

 

アリサはこの状況で口を出さない方がいいと判断したようで、さっきから一言も口を開いていない。

恐怖で声が出ないのか?

すずかは多分薬にやられてるのみたいだ…さっさと掃除しよう。

 

「おいテメェら!さっさと商品運べ!」

 

「「「へ、へいっ!!」」」

 

…こいつら、質が低すぎるな。

僕だったら頼まれても部下にしない。

ところで商品って、すずかのことを言ったのか?

よっぽど殺されたいのか…ドM確定だ。

 

「動くんじゃねぇぞ?」

 

安心しろよ、今はこっちの都合的にも動けない。

 

「ついてくるなよ?」

 

ちょっとずつ後ずさっていく有害物質。

クズがすずかを持ち上げたが、まだだ。

まだ早い。

故に、アリサとすずかに触れるという極罪を、今この瞬間だけ黙っててやる。

 

「……なんとか言えよッ!!」

 

ガンッ!

 

業を煮やした有害物質が近くにあったドラム缶を蹴りつけた。

 

まだだ。

まだあと、もうちょっとなんだ。

 

「……………なんとか」

 

わざと挑発するようなことを言う僕。

有害物質は、僕が何も言わなかったことに何かの罠を想像したはずだ。

でも僕は有害物質の言うとおりに、一歩も動いていない。

有害物質は脅しがちゃんと効いているのか、もしくは罠があってその為に何も言わなかったのか判断に迷った。

だから僕はここであえて挑発という行為を入れることで、脅しが成功しているという安堵と、その精神的空白に怒りというものを滑り込ませ、感情が安堵から怒りにシフトする…意識の空白を強制的に発生させたわけだ。

そしてこの瞬間が最大の好機となる。

 

「テメェわかってn「≪超電磁砲(レールガン)≫!!」

 

有害物質が一際うるさい音を鳴らそうとした瞬間、僕は既に有害物質の目の前にいた。

 

ドッ!!!!!!

 

とても重く、低い音がして、有害物質は数メートル向こうにあった壁に激突した。

あれで十分意識は飛ばせたことだろう。

有害物質が持っていたマカロフPMは吹っ飛ぶ前に接収し、握り潰した。

銃口を潰すだけで、銃は無効化できる。

 

アリサに掠らないように、ちょっと離れたところに着地した僕は、クズ三匹に狙いを定める。

三匹は未だ状況に理解できていない模様…いや、気付いてすらいないのか?

頭悪そうだし、ありえる。

 

「≪超電磁砲(レールガン)≫!!」

 

再度弾丸と化した僕は、瞬時に三匹に一撃を決めて下がる。

体に負担が大きいけど、気にしている場合じゃない。

ちょっと殴った右腕の『中身』にダメージがあったり、両脚の『中身』がちょっと切れかかっていたり、お腹の『中身』がちょっとダメージを受けて口の中に鉄錆の味が広がっているだけだ。

大丈夫だ、何も問題ない。

でも…鉄分たっぷりだな、ほうれん草…しばらく食べるのは御免こうむりたい。

 

三匹の体が傾くタイミングを逃さず、すずかを奪取してミッションコンプリートだ。

 

「す、すずかぁ~!」

 

「おおっと!?」

 

アリサが突撃してきて、さすがにちょっとのけ反る。

というか、ちょっと待ってほしい。

 

「今降ろすから、ちょっと離れて」

 

「あ…うん」

 

…素直なアリサか、ちょっと珍しいものを見られた(・・・・)な。

っと、危ない危ない…もうちょっとでアリサに殺されるところだった。

 

僕はすずかを近くのコンテナに寄りかからせて、着ていた上着をアリサに差し出した。

伯父さんがこういう事態を想定していたとは思わないけれど、大き目の服を買ってくれて感謝しています。

 

「私よりすずかに差し出しなさいよ!すずかは「ストップ」

 

アリサは自分の状態に気付いてない様子。

女の子なんだから、その辺は気を使うべきだろう…まぁ、今回は場合が場合だけに何も言わないけど。

 

「いい?ゆっくり視線を下げてみよう?ちなみに僕は何も見てないよ?」

 

「はぁ?視線?見てないって…………………………………上着貸しなさいッ!!!!!!」

 

「だから差し出してるじゃん?」

 

どういうことかと言えば、先程有害物質に破かれた服から、まぁなんというか………まだ未発達ながら、女の子的にちょっと見えちゃいけない部分が、ね?

僕らの歳ではその意味わからないけど…あと五年か十年くらいしたらわかるんだっけ?

先生が言うにはそうだし、本でもそう書いていた。

 

「何を注射された?意識ある?声出せる?」

 

「…ぅ……ぃ…」

 

「無理、と…呂律は回らない、麻痺系?麻酔…眠気はある?イエスなら『あー』、ノーなら『うー』って言って」

 

「…ぅー……」

 

このコミュニケーションで正しいらしい。

八神さんの関係で、医学関係の本を読む率が前より上がっていたおかげだ。

 

「身体は動く?」

 

「…ぅー……」

 

「身体が熱いとか寒いとかの異常はある?」

 

「ぁぁーーー………」

 

「寒い?」

 

「ぅ~~……」

 

「熱い?」

 

「ぁ~……」

 

しばらく問診を重ねてわかったことは、即効性が高く、おそらく長時間にわたって効果が持続するタイプの麻痺系の薬であるということ。

薬そのものは、どこかの誰かが作ったオリジナルのものだろう。僕でも「月村すずかに薬を投入する」というのなら、目的問わず普通の人向けの薬を選択しない。

憶測だが高確率で、専用の解毒剤が必要だ。

この場合なら、まず間違いなくオリジナルの、即効性と効果は高いが解毒剤があれば必ず治るものであると推察される。

ただ、なにかしらの処置がないと、死に至るものである可能性は高い。

万が一取り戻されても、解毒剤は向こうにあるから結局引き渡すしかないという保険…腰抜けなゴミの考えなら、そんなところだろう。

 

「………『応急処置』した方がいいかな?」

 

「できるのっ!?」

 

問診の間ずっと静かにしていたアリサは、目を向いて食いついた。

正直恐い。

 

「………誰にも言わないことが条件だ」

 

「え…?」

 

「誰にも言わないことが条件」

 

意味が伝わらなかったようなので二回言った。

アリサには悪いけど、これは誰にも知られるわけにはいかない。

 

「わ、わかったわ、誰にも、言わない!」

 

僕の声に真剣さを感じ取ってくれたようで、真っ直ぐ目を見て頷いてくれた。

…サンタクロースのお面をつけているのが若干アレだけど。

 

「まずはじめに謝る。とある大事なものをもらう必要がある。それは場合によっては地球より重いそうだ。でもこのままだと、解毒剤が何かわからないから治るかどうかわからない、最悪の場合も考えられる…でもひょっとしたら医者があっさり解決策を見つけて、治る可能性もある…月村すずか、あなたはどうしたいですか?僕の応急処置を、望みますか?」

 

極力感情は省いて、心の篭らない声で説明をした。

でないと僕は、無理矢理応急処置をしてしまいそうだから。

ちょっぴり強引だったけど、彼女は僕の、この国でできた初めての親友だから。

親友が死ぬかもしれないのを放っておくなんて、僕は絶対にできないだろうから。

 

「ぁぁぁぁーーーー…………」

 

「…ありがとう、信じてくれて」

 

精一杯力強く声を出してくれたことに、僕は心から感謝した。

 

「あ、あたしにも手伝えることない!?すずかを助けるためなら何でもするわよ!?」

 

「…手伝ってもらえるならありがたいけど、いいの?同じものを…いや、健康な分、それ以外にも大事なものを貰うことになるよ?」

 

「上等!すずかだけ何か無くなるより、あたしも一緒に無くした方がマシよ!」

 

本当に、何をって聞かないでよくそんなことを言えるな。

言えない僕が言うべきじゃないんだろうけど。

 

「…わかった」

 

僕はお面を外した。

そこには、僕の晒した素顔に驚愕する二人の顔が…………!!

 

「…………………………………………やっぱり正体バレてたよね?」

 

「あれで隠してたつもりだったの!?」

 

「ぁぁぁぁ~~~~~~……………」

 

二人とも酷い。

早く指摘してほしかった。

 

「これは伯父さんが『いざというときはこれで正体を隠しなさい』って、いつも持たされてたからなんだよ!?やっぱり隠せるわけないとは思ってたけどね!!」

 

心の中でジャパニーズ男泣きをする僕は、間違っていないと思う。

正体がバレるのは確かにまずいけど、あのお面はないとか、面積的に隠せているようには見えないとか、いっそ覆面の方がマシかもしれないとかとか思っていたけど、今以上にまずいのを持って来られたらと思うと、どうしても二の足を踏んでしまった僕の落ち度と割り切る。

 

「……じゃあアリサ、ちょっと目を閉じてくれ」

 

「え…?こう?」

 

一切の疑いもなく、普通に目を閉じるアリサ。

ちょっと罪悪感が加速度的に上昇するけど、今は必要なんだ。

 

「そのままちょっと顎を突き出して…そう、そんな感じ。そのまま何があっても動かないで」

 

「わかったわ…」

 

若干緊張しているようだけど、それを解くほどの余裕は、実を言うと僕にもない。

さっきから緊張で喉がカラカラだし、息もちょっと苦しい。

 

僕はアリサの顔に手を添えて、ゆっくり近づき…………

 

「――――――――ッッッ!?!?!?」

 

僕らの距離は、ゼロになった。

 

 

 

 

Side アリサ・バニングス

 

 

誰でもいい!

誰でもいいから、あたしが今どうなっているのか教えて!!

ホントに全く意味がわからないからッ!!

 

あたしは確かに、すずかを助けるためなら何でもすると言った。

あたしの何か大切なものを貰うとも言っていた。

でもこれはさすがに想定外だ。

 

「~~~っ―――――っッ~~~~~~~~~~ッッッ////////////」

 

あたしの声にならない乙女の叫びを尻目に、フォルテは何かを貪り食うかのようにしゃぶりつく。

まずい速度で、あたしの大事なものが奪われていく。

焦って思考が空回っているあたしは、抵抗するとか逃げ出すとか何にも思いつかず、結果あたしは、フォルテの唇をただ受け入れ続けるしかできなかった。

 

「―――――ッ?」

 

どれだけの時間そうしていたのかわからないけど、僅かに落ち着きを取り戻したあたしは違和感に気付いた。

おかしい、体から力が抜けていく…。

キスで体から力が抜けていくというのは、漫画で読んだ。

けどこれは違う。

これは漫画に載っていたような夢のように甘く蕩けるような温かさではなくて、もっとこう…現実的でとても苦くて冷たい何かの感覚。

例えるなら、温水でもない冬の屋外プールに体を沈める感覚とでも言えばいいのだろうか?

寒いというのか冷たいというのかよくわからない感覚が、手足の先からちょっとずつ広がっていって、それが本能的に危険だと、あたしは気付いた。

 

あ…これ、このまま広がりきったらあたし…死ぬんだ。

 

驚くほど自然にあっさりと、まるで手の平の雪が解けるように簡単に、あたしはその事実を理解した。

 

あたしを抱きしめるフォルテの力が若干強くなる。

正直ちょっと痛い。

でも今唯一感じられる温もりが暖かくて、それを手放したくない。

 

その感覚こそが、彼女の中に芽生えつつあった、とても小さく確かな感情から派生したものだと、彼女は知らない。

そして、今アリサの感じているであろう苦しみがせめて少しでも緩和されることを願って、それを強いているフォルテが腕に力を込めたことを彼女は知らない。

 

永遠にも似た数秒…もしかしたら数分かそれ以上だったかもしれない。

ようやくフォルテは、あたしを解放した。

でもあたしは動けなくて、フォルテがすずかの隣に座らせてくれた。

 

…離れていくフォルテにちょっと手を伸ばしかけてしまったのは、寒かったせいということにする。

 

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

正直、とても申し訳ないことを知っている自覚はあった。

何をしているのか説明できない以上、今のアリサには何も言えないのだ。

 

「………アリサ、説明は後で必ずする。納得いかなかったら、殴ってくれてもいい。でも今は、すずかの処置を優先する…それでいい?」

 

「……わかったわ。ちゃんとやりなさいよ?/////」

 

アリサはちょっと赤くなりつつも、そう言ってそっぽ向いた。

典型的なツンデレをするアリサに、ちょっと心臓が跳ねたのは内緒だ。

 

「すずか、今見てた通りのことをする。最終確n「ぁぁぁーーーー………」………ありがとう」

 

確認の言葉を言い切る前に、すずかの辛そうな声がそれを遮った。

女の子にここまでさせて、男の僕が躊躇うわけにもいかない。

僕の唇とすずかの唇が静かに重なり、瞬間、僕の中で膨大な測定と計算が成される。

 

僕がやっていること、それは八神さんにやっていることの亜種だ。

 

すずかの体を巡る『力』の流れを視る。

甘く見過ぎていたかもしれない、と一瞬弱気になった僕を心の中で殴りつける。

僕が今やらなくちゃいけないことは、そんなことじゃない。

 

すずかの体は普通じゃない。

それでも確実に、普通の人間と同じ形をしていて、普通の人間の遺伝子を使用し、普通の人間と同じ形態で生息し、普通の人間と同じ生殖を行う地球出身の生命体だ。

そして、生命体の体というのは実に合理的なのだ。

一見、非合理的に見える身体構造や、用途のよくわからない器官など、人間の視点では未だ理解できない範囲も多いが、バックアップ等に意味も含めて必ずそれらは必要なのだ。

でなければ、人間などという構造的に無駄の多すぎるように見える直立二足歩行の生命体が、進化の過程で淘汰されていないのは矛盾する。

 

生命体の構造が合理的であるという前提の上で…

現在薬品に犯されているすずかの体で非合理的な部分(・・・・・・・)があれば、それは薬品に犯された結果なのではないか?

という仮説が成り立つ。

 

条件として、生体構造内に元々あった人間の主観的に非合理的に見える部分と、薬品によって変質された非合理的な部分の区別ができなければならない。

だからそのための、先程のアリサの協力だ。

 

アリサとキスをした際に、アリサの体中の『力』の流れを事細かに調べ、これらを記憶した。

これにより、人間の健康な女の子の正常な『力』の流れを知ることができた。

これを元に、すずかの中にある非合理的な部分…歪みとでもいうべき部分を探り当てる。

繰り返すが、月村すずかがいかに普通と違うとはいえ、大分すればホモサピエンス。

多少の差異があろうとも、そこまで大きな問題にはならない。

実際今視ている中に、普通は存在しない未知の器官の存在をいくつか確認している。

でもその部分の『力』の流れは自然に視える。

そもそも、すずかをどう扱うつもりであったにせよ、普通ではないすずかの体の、普通ではない部分に影響する可能性のある薬を投薬するはずがないということは、あらかじめ想定していた。

それこそ、投薬を指示した者の意図に反して影響が出た場合を除き、自分達で制御できない事態を望むわけがない。

 

しばらくすずかの『力』の流れの歪んでいる部分を正すことに終始し、『力』が足りなければ補完する。

これもアリサに手伝ってもらった結果だ。

実はあの時、アリサから『力』を少し抜かせてもらったのだ。

僕の観測した限り、『力』は生命活動を続けるうえで必須のものだけど、多少消費されても、生命活動を続けるうちに少しずつ回復する、血液と同じようなものであると研究で明らかにしてある。

 

投薬によって、すずかの『力』は少なからず歪められ、是正のためには『力』が必要になる。

必要とするのは是正される側のすずかが消費する『力』と、是正する側の僕が(・・)消費する『力』だ。

僕の分くらいは自分で何とかしたかったけど、さっきの戦闘でちょっと心許無いので、そこは勝手ながらアリサに甘えさせてもらった。

 

数秒か数分か、あるいは数時間かの時間の後、僕はすずかから唇を離した。

 

「すずか…どう?」

 

僕はすずかに目を覗き込む。

どこかボーっとしているのは、まだ薬が抜けきっていないからだろうか?

一応体内の薬はうまいこと段階分けして分解したつもりだ。

 

「すずか…?」

 

隣のアリサも心配げに見守る。

途端に、すずかの顔が真っ赤になった。

 

「ちょっ!?すずかっ!大丈夫かッ!?」

 

「すずかッ!?どうしたのッ!傷は深いわよッ!!」

 

「それ患者に言っちゃいけないセリフだからッ!!」

 

なんてことを言うんだアリサ!

これをもし病院で医者が言ったら、即刻クビになるレベルだぞ!?

 

「だ、大丈夫…だよ!うん、大丈夫!/////////」

 

「いや、なんか、でm「大丈夫だから!!」……まあ、そういうなら…」

 

よくわからないけど、すずかがそう言うなら問題ないのだろう。

実際、さっきまで話せなかったはずなのに、ここまでしっかり発音できているなら問題ないだろう。

 

「速くここを離れましょう!あ…あたし、動けないんだっけ…えっと…」

 

「大丈夫だよ、ここに来る前に月村とバニングスに連絡しといたから、多分そろそろ鮫島さんたちが迎えに…――――ッ≪星盾(アイギス)≫!!」

 

背後に感じた危機感に逆らわず、僕は空気中に盾を展開する。

展開された盾は、空中に光の五芒星の魔法陣として可視化された。

盾に感じた衝撃。

その向こうで…有害物質がふらつく体を支えながら、マカロフを構えている。

予備の銃があったのか。

 

「驚いたな…あれで動けたのか?軽トラに撥ねられた程度のダメージはあったと思うけど?」

 

有害物質は息も絶え絶えに、焦点の合っていない目でこちらを睨んでいた。

もしもゾンビというものが実在すれば、こう言う目をしていることだろう。

 

「ば………………化け物ッ!!」

 

「…………うん、そうだな…それで?」

 

特段否定する理由もない事実を突き付けられたところで、当たり前だが痛くも痒くもないのだ。

 

「テメェもか!テメェもなのか!テメェもその化け物と同じなのかッ!!」

 

「…お前、何を言っている?」

 

…………………………………まさか、こいつ知ってるのか?この末端くさい有害物質風情が?

 

「よく聞け金髪ッ!その月村って女はなぁ!!吸k「≪雷光(バルカ)≫!!」…つ、き…」

 

その言葉を最後に、有害物質は今度こそ沈黙した。

場を静寂が支配する。

有害物質は、最後の最後で非常に不愉快な害を残していった。

殺さなかったのは、単純にこいつの持っている情報が必要になるだろうと思ったからギリギリ踏みとどまっただけだ。

正直今も…殺したい。

でも…それよりも今は優先すべきことがある。

 

「…………アリサ、君には選択肢がある」

 

僕は感情を排して彼女に選択肢を提示する。

 

「一つ、今見たこと、聞いたことを全てなかったものとして今まで通り過ごすこと。

 二つ、僕たちと完全に決別し、二度と会わないこと。この場合も今見たことや聞いたことに関して、口をつぐんでもらうことになる。

 三つ……真実を受け止めること。断言する。これが間違いなく一番危険で、一番重たい選択だ。最悪生涯全てに影響しかねない問題だ……強制はしない、が…どの選択でも誰にも今のことを含めた全てを秘密にしてもらう。もしも誰かにこれを話した場合………僕は君を殺す」

 

ゴクリと、誰かが唾を飲む音が、静かになった倉庫に響いた。

 

「………………フォルテくん、あの「今は黙っていろ、すずか」

 

今、すずかが何を言おうとし、何を背負おうとしたのか、僕は知っている。

でもそれは駄目だ。

そんなものを、君が背負うべきじゃない。

その十字架は重すぎる…生涯そんなものに苦しめられるなんて論外だ。

大丈夫だ、悪には僕がなる。

僕はテロリスト(・・・・・)だからな。

 

「………フォルテ、あんた…あたしの事、なめてるでしょ?」

 

想定よりもはるかに短い沈黙の後、アリサは怒りの形相で僕のことを睨んでいた。

 

「あたしは!すずかとフォルテの親友なの!あんたたちが何を背負っていて、どんな思いをしているのかは知らないけど!あたしはそんなことで!親友を!辞めたり!しないッ!話したくないなら無理強いはしないけど…あたしは何があっても、月村すずかとフォルテ・L・ブルックリンの親友よッ!!」

 

「…………わかった、僕は話す。ごめんな、アリサ。すずか…君はどうする?」

 

「…………………」

 

「念のために言っとくけど、強制なんてしないし、もしもアリサが無理矢理聞き出そうとしたら…「しないって言ってるでしょ!」……もしもって言ったよね?聞いてよ…」

 

アリサのボルテージが異常に上がっている模様。

どうも今の有害物質の発言が、アリサの何かに火を点けてしまったらしい。

やっぱり殺しておくべきだったかな?

 

「私は……………………うん、話す。ううん、話さなきゃいけないから」

 

「それは、義務感?それとも、これに巻き込んだっていう罪悪感?」

 

「そうかもしれないけど…よくわからない………………でも私も……アリサちゃんと、親友でいたいから!」

 

「…………そっか」

 

余計な確認だったかもしれない。

いや…それでも悪人が必要だった。

意地悪く確認してやる嫌味なやつが…。

一生を左右する問題である以上、そのくらいは軽く引き受けるべきだ。

 

「なら、説明………は、後日な?」

 

「「へ…?」」

 

「いや…鮫島さんたち着いたみたいだし」

 

もの凄い速度でリムジンが倉庫の前に止まる。

驚くべきことに、あれだけの速度を出しながら、車体をほとんど揺らすことなく停車している。

その向こうからさらにもう一台のリムジン。

こちらの運転は少々荒く、強いブレーキ音を立てながら止まった。

中から人が降りてくる。

 

…………どうしよう?

逃げられる状況じゃないし。

 

アリサとすずかが家族と(執事やメイドも家族です!)熱い抱擁を交わしている間、僕はどうしたものかと頭を抱えていた。

逃げるタイミングを完全に失った。

僕が何かをやったということくらい、状況から見て即バレする。

説明のしようもないし、公にされると非常にまずい。

 

しかしその問題は、意外とあっさり解決することになる。

リムジンから最後に降りてきた人物によって。

 

「お………おお、伯父さん…?きょ、今日はたしか、かかか会議で遅くなるのでは…!?」

 

冷や汗を流す僕の前に、無言で立ちはだかる伯父さん。

 

まずい。

まずいまずいまずいまずいまずい!!

 

伯父さんには『力』に関して一切話していない。

この惨状で言い逃れするのは不可能!

このままでは…「アームストロング家に伝わる代々芸術的尋問術」にかけられてしまうッ!!

し、死ぬ…!

あ、いや!「アームストロング家に代々伝わる芸術的健康術」で筋肉達磨にされる方がありうるか!?

(社会的に)し、死ぬ…!!

なにより、普段は温厚で暑苦しい伯父さんの、この沈黙が一番怖い!!

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「………………………………………何をしているのだ、フォルテ?」

 

「………………………………………『男には、絶対に引いてはいけない瞬間がある』らしいから、実践していました」

 

正直、泣きたい気持ちだった。

だけど、僕は真っ直ぐ胸を張って言い切った。

僕は絶対に間違ってないって。

何も後ろ暗いことはないって。

 

「………………………………………………そうか、よろしい。で、あれは…お前の友達か?」

 

思いの外…いや、異常なほどにあっさりとそれを認めた伯父さんは、それよりもと何かを指し示した。

その先には、先程のしたはずのクズの一匹が、そそくさと逃げ出そうとしていた。

 

「いいえ、あれは違います。あれは、ただの唾棄すべき人間のクズです。断じて、知り合いとかじゃ、ありません」

 

僕はキッパリ断言する。

あんなものと友達とか、冗談でも言われた側にはたまったものじゃない。

怒りのあまり、中学生の和訳した英文のようになってしまったのは目を瞑ってほしい。

 

伯父さんは黙って頷くと、転がっていたドラム缶を拾って、クズの方に歩いて行った。

………………………ドラム缶?

 

「君、少し尋ねたいことがあるのだが…構わないかね?」

 

そう言いながら、伯父さんはあろうことかドラム缶をアルミ缶のように潰し始めた。

ギキッギーッと微妙な金属音を上げながら体積を減らしていくドラム缶が、僕らには信じられなかったのだけれど、鮫島さんだけは「お若いのによく鍛えてらっしゃいますな」とものすごく自然に受け入れていた。

………鮫島さん?あなたひょっとして、向こう側なんですか?

 

「なぁに、時間は取らせませんゆえ…何卒どうか!お願いできますかな?」

 

言葉だけ聞けば、間違いなく懇切丁寧に、失礼なことも何もなく紳士的にお願いしているはずなのに、表情と声色、そしてハンドボール大にまで圧縮された元ドラム缶がそれら全てを否定していた。

 

「ひゃ……ひゃいぃぃぃぃっ!!!!」

 

腰の抜けたクズに、ちょっぴりだけ同情した。

このあと「アームストロング家に代々伝わる芸術的拷問術」が待っているだろうから。

僕もその中身までは知らないけど、間違いなく芸術的な拷問術だ。

 

「フォルテ」

 

「は、はい…!」

 

あ、来た。

どうしよう…言い訳とか何にも思いつかない。

どうしよう…どうすればいい!?

 

「………よくやった。一人の男として、正しい行動だ。胸を張っていい!ただ…ここから先は大人の仕事だ。今日はもう、帰ってゆっくりしなさい」

 

「へ…?」

 

思わず僕の喉から出た声は、あまりに間抜けで、あまりに僕の心境を表していた。

 

「そうですね…私達が来るまでリムジンでお送り致します」

 

「すずか、今日はうちでゆっくりしましょう?ファリン、後をお願いね?」

 

「かしこまりました」

 

「アリサお嬢様も、今日はゆっくりご静養ください」

 

「「「………………はい」」」

 

大人達にここまで言われてしまっては、子供としてそれに逆らうことはできない。

僕はすずかのお姉さんに(応急処置の辺りはぼかして)投薬されたことを話し、すずかは必ず検査してほしいとお願いした。

 

リムジンに乗せてもらうとき、後始末をするという伯父さんに頭を下げて僕らはそれぞれの家に帰った。

ひょっとしたら、もう二度と帰って来れなかったかもしれない家に。

なお、クズと有害物質がどうなったかなんて知りたがる暇人は、僕らの中にはいない。

今年の初雪の日に起きた誘拐事件は、こうして幕を閉じた。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

あの誘拐事件から数日後、僕は結局勇気を出せずに伯父さんに真実を告げられていない。

多分…いや、間違いなくおおよそのあたりくらいはつけているんだと思う。

そもそも、この歳の子供が電子顕微鏡が欲しいとか言うのを、普通に受け止めて用意する大人が一体この世界に何人いるというのか。

不義理だと思う。

だけど僕は、勇気が足りなかった僕は、一歩だけ…本当に微かな一歩だけ前に進むことにした。

僕はあの日、伯父さんに言ったのだ。

あれは僕がやったと、でもまだそれについて話すのは待ってほしいと、僕はそんな身勝手なことを言った。

 

「わかった。いつの日か、それを話してくれる日を楽しみにしている」

 

そう言って朗らかに笑った伯父さんの顔を、僕は生涯忘れないだろう。

本当に、僕なんかには過ぎた伯父さんだと思う。

その時僕は思った。

これが一つの大人の完成形かもしれないと、そう思ったのだ。

いつか僕も子供ができたら伯父さんのような大人になりたいと、素直にそう思った。

決して父さんへの背信行為ではない。

そして…ごめんなさい、筋肉達磨になりたいわけでもありません。

 

あの日から数日。

年末を前に僕らは月村邸に集まった。

申し訳ないけど、なのはには遠慮願った、と言ってもなのはの予定が入っている日に合わせただけだけど。

やっぱり申し訳ない気持ちだ。

テラスで無言のまま紅茶を飲む僕、アリサ、すずか。

葬式のような妙に破り難い沈黙であるが、この後の会話を思うと仕方がない…特にすずかの心情的に。

…ここは僕が、当たり障りのないところから先陣を切るべきか。

 

「すずか、その後はどう?えっと…体調的な意味で」

 

「う、うん。『お医者さん』が言うには、もう大丈夫だろうって。一応しばらくは様子を見るって言ってたけど、応急処置が良かったって…応急……応、急………~~~~ッッッ////////」

 

「~~~~~~~~~~~ッッッ」

 

し、しまった!盛大に自爆したッ!

 

気恥ずかしげに顔を覆って恥ずかしがるすずかと、そっぽを向いてチラチラこちらを窺いながら、時折確かめるように唇を撫でるアリサ………ヤバイ、僕もかなり混乱してきた。

どれだけ真面目に話そうと考えても、自然と彼女らの唇に視線が行き、あの時のことを思い出してしまう。

 

女の子の唇って、意外と柔らかかったな…って違う!そう、あれは医療行為だ!医療行為で…アリサって意外と華奢だったな…キスの後の赤くなった顔もまた…いやいや違う!ちょっと『力』を分けてもらっただけで、すずかにしたって…すずか……すずか………すずかってちょっといい匂いしたな…若干緊張した様子がもう…ってそうじゃなくて!!

あ゙~~~~~~~~~~~もう!話始まらない!!

 

「ア、アリサ!すずか!」

 

「「は、はいっ!」」

 

ドキッとした顔をしないでほしい。僕の理性を殺す気ですか…?

 

「まずは僕らの話をしよう!この話はその…そう!話が終わってからにしよう!」

 

「う、うん。そうだよね!そうしよう、アリサちゃん!」

 

「わ、わかったわよ…後で絶対説明してもらうわよ!」

 

よ、よし…ようやく話が進められる…。

 

一も二もなく賛成した二人よりも、安堵しているのは僕かもしれない。

とはいえ、この後の話は十分鬱なのだけれど。

 

「えーっと…まずはじめに、これから話すことは他言無用だ。大枠の部分については、僕とすずかは随分前から情報共有している。」

 

「そうなの?」

 

「う、うん…ごめんね、アリサちゃん…」

 

「べ、別に怒ってるわけじゃないから!」

 

ちょっとしょんぼりしたすずかに、たどたどしくもフォローするアリサ。

この先もこの関係が続くように、僕はこの後の話を慎重に進めなくてはならない。

 

「話し、続けるよ?まず前提として…僕は普通の人間じゃない、これはいい?」

 

「……ええ、あんな意味わかんない戦い方、普通じゃできないものね。目で追えないのもあったし…」

 

「その認識で正しい。多分、目で追えなかったのは≪超電磁砲(レールガン)≫の事だろうね」

 

「あの…フォルテくん、私もあのレールガンっていうのは初めて見たんだけど、あれは何?」

 

あ…そういえば、すずかにも概要までしか話してなかったっけ?

 

「まず骨子のところから話そう。アリサには初めて聞く話だけど、似たような概念とかで補完できる内容は適当に補完してほしい。僕もまだ研究中だし……すずかも、復習がてら聞いてほしい。質問があったら、随時受け付けるから」

 

「うん」

 

「?研究って?」

 

アリサがさっそく疑問を持ってしまったらしい。

先生って本当に大変な職業なんだな…話が一向に進まないし。

 

「アリサ、それはこの後話すからちょっとだけ待って…」

 

ここで僕は一瞬瞳を閉じ、これまでの生涯を振り返るように考えをまとめる。

これは…多分試練だ。

ここで躓くようじゃ、この先には行けない。

ここから先に、これと同じ道を歩むというなら、今ここで越えなくてはいけない。

 

「まず僕ではなく、僕を説明するのに必要な概念から………人間を始めとした全て生命体には、その体内に必ず『ある力』が血液のように循環している。僕はこれを『生命エネルギー』と名付けた」

 

「生命エネルギー?」

 

「そう。もっとも、現段階ではまだ仮称のままなんだけどね…」

 

これにはちょっと苦笑い。

この歳で決めた名前は、他の学問などで既に使われている名称もいくつか見つけてしまっているので、いずれは改名する運命にあるのだ。

 

「僕は、幼い頃からこの生命エネルギーを視ることができた。それが普通の事ではないことにすぐに気付いたのは、幸運だったのか不幸だったのかはわからないけど…僕は幸運だったということにした。僕は昔から生命エネルギーについて調べ、研究し、独自に理論を確立してきたんだ。つい最近になってからわかったことだけど、空気や水、岩なんかの無機物にでも微量の生命エネルギーが存在するらしくて、研究がものすごく大変になことになってる」

 

そう言って更に苦笑いしながら、僕は鞄から数冊のノートを取り出した。

 

「これは…?」

 

「僕の研究ノ-ト」

 

アリサとすずかはそれぞれ一冊ずつノートを手に取って開いた。

 

「………なにこれ?何のグラフ?横軸は時間として、縦軸は?P[f/s]ってなんのパワー?」

 

「こっちは難しい数式ばっかり……幾何学模様の魔法陣?みたいなのが書いてあるけど……」

 

予想通り、アリサとすずかは目の前のノートがチンプンカンプンらしい。

 

「それが僕の研究成果。アリサが見ているグラフは、僕が計測した生命エネルギーの瞬間出力の推移、f/sは一秒間における生命エネルギーの出力…生命エネルギーの単位fはフォルテって僕の名前を付けてるんだ。それから、すずかが見ている数式は、生命エネルギーの制御に関する基礎理論部分」

 

「「ええっ!?」」

 

そこまで驚かなくても…と思うんだけど、やっぱり驚くんだろうな。

同年代というものを僕もそれなりに見てきたけど、僕みたいな同年代、見たことないもの。

でも当時はただの好奇心だったから、そういう意味では十分子供だとは思う。

 

「続けるよ?生命エネルギーの存在に気付いた幼い僕は、いろいろ調べながら、まず最優先で仲間を探した。僕以外にも、僕と同じように生命エネルギーが視える人間がいるのか?それとも…僕は唯一種の孤独な突然変異なのか…」

 

「フォルテ………」

 

アリサが同情するような目で僕を見ていた。

でもそれは、ちょっと気が早すぎる。

 

「結果はすぐにわかった…遊びに行くなんて言いながら、近場から仲間を探していた僕は、公園で遊んでいた子供の一人が仲間であることに気付いた」

 

「ちょっと待って…フォルテくん、それって見分けがつくものなの?」

 

「すずかの疑問ももっともだ。外見じゃ無理だ。わかるわけない。だけど、僕が自分を調べて、一般の人間のデータを見た時に、僕にだけある奇妙な器官があることに気付いたんだ」

 

「奇妙な器官…?」

 

「そう…生命エネルギーが体内に循環しているって話したよね?生命エネルギーは血液と共に巡回している。血液と癒着しているのか、血液と同じ経路を使用しているだけなのかはまだ研究中だけど…一般の人の場合、生命エネルギーを循環させるための器官は心臓、あるいは心臓内部にある僕も知らない未知の器官だ。対して僕は、生命エネルギーの中心が心臓から少し外れていた…心臓とは別に、僕が『第二の心臓』と呼んでいる謎の器官が脈動していて、心臓の動きと連動しているけど、どうみても外部にある器官だった…僕はこれを、見分けに使う最初の手掛かりにした」

 

そう、そして出会った。

 

「僕は公園で出会ったその子と友達になった。正直、同種を仲間にしたかった、なんていう下心満載の僕に嫌気が差さなくもなかったけど…それでも、その子もどうやら、自分が他と違うことに気付いていたらしい。秘密は墓まで持っていくつもりだったみたいだけど、僕が打ち明けて見せると、あっちもすぐ打ち明けてくれた」

 

懐かしい日々だ。

本音のところで言えば、当時の僕は探偵と天才に同時になったような…そんな酔った考え方を持っていたように思う。

我ながら、愚かしいことこの上ない。

 

「それから、父さんの仕事の関係で欧州のあちこちに行く機会があったから、その先々で仲間を探した。そしてわかった。仲間は決して存在しないわけではないけど、非常に少数で、現状では若い…それこそ、最年長者でも僕より8~9歳ほど上の人までしかいなかった。それから導き出されることは…」

 

「あっ……………『新人類(ネクストジェネレーション)』?」

 

「もしくは『突然変異(ミュータント)』」

 

アリサの気付いた答えに、僕はあえて冷酷な選択肢も追加した。

突然変異…つまり、進化の新たな道を模索した現存種族からの変異種。

生存競争に敗北する可能性もあり、多くの場合、弾圧に負けて滅びる種族。

上手くいけば、一種族として確立できるか、最良ならそのまま現存種族…今存在する人類が僕らと同じものに進化する。でも現状の人類を見る限りにおいて、旧人類と新人類の戦争なんて可能性も視野に言えれなければならない。………いや、非常に高い確率でそうなるだろう。

それゆえ僕はテロリストになるしかないんだ。

ほぼ間違いないだろう未来の予想…新人類を旧人類が認めない場合、テロリストとして旧人類が主軸である現行政府に反旗を翻す必要がある。

すずかはともかく、アリサはまだ、その答えには至ることはないだろう。

いかに天才とは言えども、まだ8歳の子供だ。

 

「それが『新人類(ネクストジェネレーション)』であろうと『突然変異(ミュータント)』であろうと、僕にとっては自分の所属する種族ということになるし、少なくない友達が同じ括りの中にいる。じゃあ僕ができることはなんだろうって考えて…こうして研究を続けているわけだ」

 

「はー……あんた、ものすごく将来について考えてたのね…」

 

「私はフォルテくんの能力の概要までしか聞いてなかったけど、そうだったんだ…」

 

アリサとすずかに感心されて悪い気はしないけど、ちょっと居心地が悪いというか、こそばゆいというか…。

 

「ちなみに、アリサとすずかを助けに行ったときに使った力…あれが生命エネルギーの有効利用方法というか、僕の研究成果の一端だ」

 

「確か…アイギスとレールガンとバル…バ、バルル…「≪雷光(バルカ)≫だよ」そう、それよ!あれってなんなの?」

 

雷光(バルカ)≫って言いにくいんだろうか?

必死に考えたのに………英雄ハンニバル・バルカから名前を貰ったのに!!

カルタゴの雷光なんて呼ばれてた歴史上最強クラスの天才だぞ!?

 

「≪星盾(アイギス)≫っていうのは神話から名前だけ借りたんだけど、空気中に存在する微量な生命エネルギーに働きかけて、空気を圧縮した壁を形成したものだ。これの亜種に≪大地の女神(ガイア)≫っていうのがあって、空気じゃなく土に働きかけて土を自在に操る…現状使えないわけじゃないけど、ぶっちゃけまだ未完成の…欠陥だらけの技術。≪大地の女神(ガイア)≫がいつか技術的に確立したら、建築技術が数段階飛躍するし、土砂災害における対策・救助技術も上がる………未完成だけど」

 

「あんた凄いわね!?」

 

アリサに褒められた。

うん、こんな美少女に褒められるのは、やっぱり悪い気はしない。

 

「≪超電磁砲(レールガン)≫の説明には、先に≪雷光(バルカ)≫の説明をした方がいいね。≪雷光(バルカ)≫は生命エネルギーそのものを変質させて電気エネルギーにしたものだ。生命エネルギーは非常に純粋なエネルギーだから、他への変換効率がいいんだ、これも長じれば、自然に優しい超クリーンな電気エネルギーになる。≪超電磁砲(レールガン)≫は文字通りの意味だよ?電磁石で金属を撃ち出す簡単に見えて高度な技術。現状、人類の技術では未だ実用に到達していない。リニアモーターカーの兵器版って言ったらわかる?…………どれもものすごく面倒な計算をしなきゃいけないから、そのうち外部演算装置…試作四号までは設計してるけど、パソコンもどきを使うことになると思う」

 

「レールガンって、あの瞬間フォルテくんの姿が見えなくなったけど…」

 

すずか…切り込むね。

せっかく、あっさり流して「パソコン作ってるの!?」にしようとしたのに…。

…………………………………いや、すずかにだけ辛い思いをさせるわけにはいかない、か。

 

「簡単なことだよ?≪大地の女神(ガイア)≫使って服の下にばれないように砂鉄を巻きつけて、≪雷光(バルカ)≫使って自分を射出…自分の速度は測ってないけど、たしか5900m/sの試作レールガンが1960年代には開発されてたはずだから、それよりは遅いくらいかな?」

 

「…………………フォルテ、ちょっといい?」

 

アリサが何か決意めいたものを秘めた目で睨んでいた。

やっぱり気付くか、アリサ・バニングス。

 

「………何かな?」

 

「砂鉄を服の下に巻きつけたって言ったわよね?」

 

「言ったね」

 

「レールガンの技術は、あたしたちの知ってるレールガンと同じ技術の上で成り立ってるように聞こえたんだけど、これは正しい?」

 

「正しい。エネルギー源とその変換方法が違うだけだよ」

 

「じゃあ、あんたの体に巻きついてた砂鉄は、通電した分加熱してたはずよね?」

 

「そうだね」

 

アリサ、君は天才過ぎる…。

僕はその才を称賛することを一切惜しまない。

ただ惜しむらくは………

 

「だったらあんた、あの日体中に大火傷負ってたはずよね!?」

 

「!?そんな…」

 

君が善良な心を持つ、優しい人間であるということだ。

 

「あんたが言った通りの力の使い方をしていたら、あんた今頃大火傷で入院してるはずでしょう!どういうことなの!?やせ我慢してていいもんじゃないでしょう!?」

 

本当に…この場で席を蹴られてもおかしくなかったのに、アリサが僕の言った全てを嘘だと断じてそれっきりの関係になる可能性もあったのに…アリサは一向に席を立つ気配がない。

どうしてそこまで信じてくれるのだろう…?

 

「アリサは…どうしてそこまで僕を信じてくれるんだ?」

 

僕は思った疑問をそのままぶつけた。

 

「火傷の件でおかしいと思ったなら、僕が嘘をついている可能性についても、当然わかってるはずだろう?『フォルテは火傷をしていないから、今までの話は嘘だったんじゃないか』ってさ。なのになんで…僕が嘘をついてるって言わないの?」

 

「なめんなッ!!」

 

アリサはテーブルに両手を叩きつけて立ち上がった。

 

「あたしが親友を信じられないとでも思ってるわけ!?あたしは相手が嘘ついてるかなんてわかんないけど、本当のことを言ってるかどうか位はわかるつもりよッ!!」

 

『嘘吐きは何考えてるかわからんが…本当のことを言ってるやつは、その瞳に必ず魂がのる』

 

かつて、父さんが言った言葉だ。

まさか遠い異郷の地で、実践している人がいたなんてな…。

 

「………………わかった、見せよう。そのほうが早そうだ…」

 

僕は鞄からライターを取り出した。

どこにでも売っている安っぽい百円ライターだ。

僕はライターに火を点け……………………………躊躇うことなく左手を炙りだした。

 

「ちょっ!やめなさいよ!!すずか、氷水貰ってきて!!」

 

「わかt「必要ない!」

 

僕は大騒ぎするアリサとすずかを止めるように左手を見せた。

 

「え…?なにこれ…?」

 

「火傷が…ない…?」

 

「そうだ。見ての通り、僕は生来火傷を負わない体質らしいんだ。多分、僕という新種の特徴…なんだと思う。まあ、冗談でも他の人に試してもらうとかできないから、僕だけかもしれないけど」

 

そう、僕の最大の秘密を解き明かすほんの一部(・・・・・)

僕に至る秘密の最大の鍵。

今回話す理由はなく、必要もないから、この先の秘密(・・・・・・)については避けさせてもらった。

いつか話せる日が来るのだろうかと、僕は内心首を傾げながらもアリサへの説明を終わらせることを優先する。

 

「僕からの説明はおしまい、かな?」

 

「……私の番、だね」

 

すずかが決意の表情でアリサに向かい合う。

なんとなく果たし合いのように見えたのは何故だろう?

 

「私は…月村すずかは………『夜の一族』と呼ばれる一族の人間なの」

 

「『夜の一族』???」

 

まぁ、そうなるよな。

聞いたことがあるような反応されたら、それはそれで困る。

 

「私たち、月村家を本家とする、亜人の一族………それが、『夜の一族』。月村家は吸血鬼の一族なの」

 

「………え?今、昼よね?」

 

「アリサの反応もわからなくはないけど、今はすずかの話を聞いてあげるといい。それと、フィクションに出てくる吸血鬼と、現実に目の前にいる吸血鬼が同じものであるとは思わない方がいい」

 

アリサの疑問にフォローしておく。

すずかから吸血鬼告白されたあの時に、すずかが説明とか苦手なタイプであるのはよくわかったし、今すずかはとても大きな試練に挑んでいるんだ。

ちょっとくらい手を貸したところで罰は当たらないだろう?

 

「えっと、フォルテくんの言ってくれた通りで、フィクションに出てくる吸血鬼と違って、太陽が苦手とかいうわけでもないし、銀が駄目っていうわけでもないの…ただ、人間と違って定期的に血液を摂取しないといけないから、私たちは自分を吸血鬼って言ってる…あ、今は輸血用血液があるから、私は人から飲んだことはないよ!?」

 

「大丈夫よ、そのくらいわかってるから、そこまで全力で否定しなくてもいいわよ…」

 

両手をあわあわと振って必死に釈明するすずか、腕を組んで憮然とするアリサの二人の姿にちょっと苦笑い。

普通はアリサのような反応はできない。

それに、話の内容を無視すれば、普通の友達の会話の空気にしか見えないのだ。

 

「月村家に残ってる伝承では、ご先祖様はもともと人間だったんだけど、ある日現れた妖怪と戦って吸血鬼に目覚めたんだって…」

 

「妖怪…?」

 

「フォローすると、当時は明治維新以前だから、意味不明な化け物や、新種・珍種の動物、外国人までも含めて理解できない気味の悪い何か…総じて化け物とか妖怪って言葉で、ひとまとめにしていたんだ…だからって本物の妖怪がいなかったかどうかはわからないんだけど………伝説の勇者とかジャ○プの主人公みたいなご先祖様だよね?」

 

「……………言わないで」

 

すずか自身も若干そう思っていたのか、否定の言葉は返って来なかった。

ご先祖様が厨二病を患ってましたって記録が出てきても、そりゃ嬉しくはないもんね。

 

「ジャ○プ主人公なご先祖様って……すずか、あんたも辛かったのね………」

 

アリサ、その追撃は間違いなくオーバーキルだ。

言い出しっぺの僕が言うべきではないんだろうけど、せめてここは、吸血鬼としてのすずかの苦労について同情してやれよ。

見ろ、すずかのやつ、真っ赤になって俯いてるぜ?

 

「すずか、気持ちはわかるけど…吸血鬼と人間の違いについて、まだ終わってないぞ?」

 

「誰のせいだと……はぁぁぁーーーー…」

 

そんなに溜息つくと、幸せが逃げてくぞ?

ただでさえ、苦笑いが板についてきて、幸薄そうなんだから。

 

「吸血鬼は文字通り血を飲む種族なんだけど、身体能力にも違いがあって、元々人間の数倍の筋力があるの。吸血状態だと更に身体能力が上がって、怪我や病気もあっという間に治ったりもするし」

 

「ちなみに、僕と吸血前のすずかが本気で追いかけっこした場合、僕が『力』で身体能力を強化してようやく互角か、僅差で僕が勝てるくらい…普通にケンカなんてしたらまず確定で負けるし、吸血状態なんてことになったら…考えたくもないな……………すずかが喧嘩っ早くなくてよかった」

 

ん?アリサ、なんで顔真っ青になってるの?

あ…そういえば、アリサとすずかとなのはが友達になった原因って、アリサがすずかに嫌がらせしてたのが原因なんだっけ?

それを思い出して、ようやく死の危険にあったことに気付いたのか。

……………あえてつつかないでおこう。蛇どころか虎が出てきそうだ。

 

「ん?ってことはこの間注射されたとき、あたしたちの血を飲ませてたらそれでよかったわけ!?」

 

「んー…それはどうかな?私もどれくらい飲んだらいいのかわからないし、お姉ちゃんが言うには、人間から吸血すると止め時がわからなくなっちゃうんだって。ご先祖様の中には、血の匂いを嗅いだだけでも理性をなくす人もいたみたいだし…」

 

「アリサの血だけじゃ足りなかった可能性もあるってこと。ちなみに…僕の血液は絶対に摂取させないからね?」

 

「まあ、他人の判断に口出しする気はないk「は~いストップ。何言おうとしたのかよく分かったから最後まで聞いてね?」

 

アリサの気持ちはわかるけど、無理なものは無理なんだよ。

 

「アリサ、さっきの僕の話覚えてる?僕は『新人類(ネクストジェネレーション)』か『突然変異(ミュータント)』っていう、普通の人間とは違う存在なんだよ?言ってみれば、普通の食用の豚から肌の青い豚が生まれたようなもの…普通の豚は間違いなく食べれる。蒼い豚を生んだ親は…ちょっと微妙だけど、特性としては普通の豚のはずだから大丈夫かもしれない。でも青い豚は?青い豚を人間が食べて大丈夫なものかもわからない。なのに食べるとかありえないでしょ?青い豚がどういう特性を持っているのか、誰も知らないんだからさ…」

 

「そうだったの、ごめんなさい………そっか、だから血で治す方法が取れなかったのね?」

 

「私は人から血を飲んだことがないから、止まらなくなったら困るし…」

 

「結果的にアリサから吸血してないし、すずかも暴走してない!すずかが本気でトチ狂ってたら、僕が止めたから気にしないの!」

 

落ち込むすずかをすかさずフォロー。

身体能力だけならまだしも、電撃で気絶させるなり、土で抑え込むなり、やり様はいくらでもあったから問題ない。

実はこっそり吸血を代理案として考えていたんだけど、それは言うまい。

 

「ちなみに、これはそのまますずかの『応急処置』の話にもつながって、すずかの体は普通の人間と違って吸血鬼の体だから、通常の薬を投与される可能性は低い…でも必ず解毒剤は存在していて、治せるものだから、僕の生命エネルギーの調整で治すことができたんだ」

 

「「生命エネルギーの調整?」」

 

…お前ら本当に…本っ当に、仲がいいな?

ここまで綺麗には持って首を傾げられると、いっそ清々しいぞ?

 

「また面倒臭い説明だけど、本的に生命体の体には基生命エネルギーが滞りなく循環していて、それは満ちているもの…つまりこれが健康状態にある生命体だ。逆に生命エネルギーが滞っていたり、満ちていなかったりすると、体調を崩していたりする…という統計があるから、そこからの逆算。生命エネルギーの流れが歪んでいたりするところを修正すれば、健康状態に戻せることになる。僕自身で確かめたから間違いないよ?まあ、つまりあの時、すずかの生命エネルギーの歪みを矯正しつつ、不足していた生命エネルギーを輸血よろしく補填していたんだ。その補填には、アリサから献血よろしく回収させてもらった生命エネルギーを当てさせてもらった。」

 

ちなみに、あの誘拐事件の後にも僕自身の治療はそれをやった。

もう腕とか脚とか内臓とか、エライことになってたから。

医者にはお見せできない事態だったなんて、あの伯父さんが知ったとしたら…「アームストロング家に代々伝わる芸術的処刑術」が炸裂するところだった。

いや、別にその炸裂先に問題があるワケじゃないんだけど、あの伯父さんが血濡れになるのは…正直忌避感が強すぎる。

 

「………あんた、絶対おかしい」

 

「実は僕もそう思ってる…この歳でやることじゃないもんな?」

 

「「自分で言うの!?」」

 

本当に息が合った二人だ。

難しい話と重い話というオブラートで包んで、ちゃっかりキスの件をさらっと流す作戦は大成功みたいだけど、そろそろまとめに入ろうか。

 

「まとめると…僕は新しく現れた人類の亜種。すずかは数世代前に現れた人類の亜種の末裔ってことだ。ぶっちゃけ、僕らの中で普通の人間ってアリサだけなんだよね…何度も言うけど、絶対に秘密な?」

 

あくまで予想だけど、すずかのご先祖様は進化し切れなかったんだと思う。

よほど人間に未練があったのかもしれないけど、子孫への影響も考えてやってほしかった。

なんせ種族的に欠点ばっかり多いし。

一応毎回人間と吸血鬼のハーフ…つまり片親は必ず人間なのに、子供は吸血鬼らしいから、普通の人間のよりは優性遺伝子であることは間違いないけど…。

代々生まれてくる子はほとんど女の子だから血統の繁栄には向かないし、定期的に吸血が必要だけど、人間のもの限定で吸血鬼同士での吸血は不可…動物による代用も同じくってことは、吸血鬼の存続には、人間の存続が前提条件なわけで…一個の種族として見ようとしたとき、これはあまりに大きすぎる問題だ。

まあ、他人の事言えるかどうかは、まだわからないけど…。

 

「わ、わかってるわよ!こんな重要なこと、誰かに言うわけないでしょ!」

 

相手に信じてもらえるかどうか以前に、情報が漏れるということそのものが既に問題だ。

特段説明していなかったが、『月村』がどこかの勢力から狙われているということと、吸血鬼であることの関連付けくらい、アリサなら余裕すぎる…天才だし。

 

「ありがとう、アリサちゃん」

 

「感謝する、アテヌ・バーストストリーム」

 

「誰の事よ!?千年前のパズルなんて持ってないし、白龍なんて従えてるわけないでしょ!っていうか、そのネタ久しぶりね!!」

 

うん、一度身内認定したら名前を忘れることはないんだ。

内緒だけどね?

面白いから、親友アリサ・バニングスだけは、これからもこのネタで楽しむとしよう。

 

本人に聞かれれば、間違いなく絞め殺されるようなことを内心思いながら、僕はこの光景がいつまでも続くことを願った。

そして…………………………いつかその願いが砕ける日が来ようとも、彼女達は守ると、この日僕は、密かに誓ったのだ。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

春。

出会いと別れの季節と呼ばれるこの時期、僕の運命は大きく動き出そうとしていた。

 

 

―――――――――もしも人生に分岐点というものが本当に存在するなら

 

「ん?」

 

―――――――――これが間違いなく、それだったのだろう

 

「気のせいか?」

 

―――――――――もし仮に分岐点を作る神様なんてものがいるのなら

 

「今何か、光った…?」

 

―――――――――この分岐点を作った神様は、最低なクズ野郎だと思う

 

「…何か落ちてる?」

 

―――――――――だって僕は…………

 

「なんだこれ…?」

 

―――――――――ただ俺は…………

 

「青い…石?」

 

―――――――――道端に落ちていた石を、拾っただけなのだから

 

 

 

 

 

       そ   し   て   物   語   は   始   ま   る

 

 

 

 




長文失礼しました
ちなみに、アリサとすずかの二人が昔経験した誘拐(第一話参照)の件でフォルテに後日お礼を言いましたが、「記憶にございません」だそうで、また一悶着あったそうですが、お気になさらずにww
さらに蛇足ですが、有害物質がどこかの誰かと連絡していたときに、アリサが漏れ聞いた内容は、R18な内容です!彼女の判断で闇に葬られたのでしたww
遂に無印がスタートします!
原作と多々違うところが出てきそうですが、生暖かく見守ってください
コメント、お待ちしております!!

ひとりごと…なんで人物紹介をこの後に持ってくるようにしなかったのだ、私は!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 無印編 目覚め

遂に無印スタートです!
ところで…なぜ本編よりも人物紹介のほうが人気なのでしょうか??
読まれてる回数見れるから確認したら、最新話になるほど減っていく数字が、人物紹介だけ第四話以降より読まれている…
解せぬ…
そして………どんどん本編から外れていく(涙)



Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

「将来かぁ…三人はもう決まってるんだよね」

 

それは、ある晴れた日の昼休みのこと。

なのはは、どこか愁いを帯びた表情で、隣に座る親友達に問いかけた。

 

「でもふんわりとした感じよ?いっぱい勉強して、パパとママの会社経営のあとを継がなきゃ…ってくらい」

 

さらっと答えるアリサ。

その言葉に躊躇いの色はない。

 

アリサは分かっているのだろうか?

それのどこも、まったくふんわり(・・・・)していないことに。

もの凄くしっかり決まってるじゃないか。

 

「…私は、機械系が好きだから…工学系で専門職がいいなって思ってるけど」

 

普段は主張することを控えているすずかは、アリサに続くように言葉を紡ぐ。

去年の暮れの誘拐事件以降、彼女は少し吹っ切れたように笑うようになった。

それは今までと比較してであるが、実は本人以外全員気付いている。

言えばせっかくのそれを隠してしまいかねないので、何も知らないはずのなのはまでもが無言のナイス連携プレーで言い出さないのだ。

 

「賭けてもいい。普通の小学三年生はそこまで考えて生きてない」

 

なんなら僕の研究成果を賭けよう。

大丈夫だ、勝率は99%だ。

欧州を渡り歩いてきた僕の経験は伊達ではないのだ。

 

「そういうフォルテくんが一番考えてると思うな…」

 

とても似合う苦笑いですずかが言った。

 

「そうよ!あんたは将来「テロリスト」そうそうテロリsって違うでしょ!科学者はどうしたのよ、科学者は!」

 

「こまけぇこたぁいいんだよぉ~(棒)」

 

「全然っ細かくっないっ!」

 

いつも通り、すずかの指摘、僕のボケ、アリサのツッコミの流れで漫才。

最近、ちょっと以上に面倒な“異物”のせいで、研究が滞っているストレスの緩和に貢献してもらっている。

ちょっと癖になりそうだという本音は、言ったら最後、アリサにドツキ殺されるのは目に見えていたので、僕の心の中だけにしまっておく。

 

「にゃはは……そっかー…二人ともすごいよね…」

 

「さらっと僕を省いたな…」

 

酷い…って、ボケた僕が悪いんだけど。

 

なのはが最近ちょっと僕にそっけないのは、なんとなく気付いているのかもしれない。

アリサとすずか、そして僕が秘密を共有しているということに…その首謀者がおそらく僕であるという予測がついているのだろう。

なのはをのけ者にしたいわけではないが、内容が内容だけに言えないのだ。

特に高町(・・)には。

僕はそのあたりをあんまり知らないけど、簡単に話して良い内容と相手でないことだけは確定だ。

 

「なのはは喫茶翠屋の二代目じゃないの?ものすごい人気店だし!」

 

「翠屋のシュークリームとコーヒー、すごく美味しくて私好き!」

 

「むしろ二号店作って店主になると思ってたよ?あの一号店はお兄さんかお姉さんに任せて」

 

僕としては是非そうしてほしい。

本音で言うと、そのうち僕の国にも店を出してほしい。

じゃないと、向こうに戻らなくちゃいけなくなった時、毎回日本まで買いに来ないといけない。

さすがに旅費がとんでもない値段になる……買いに来るだろうけど。

 

「うん…それも、将来のビジョンのひとつではあるんだけど」

 

そこで一度箸を置き、彼女は今まで口にしたことのない悩みを口にした。

 

「やりたいことは何かあるような気もするんだけど……まだ、それがなんなのか…はっきりしていないんだ」

 

なのははどこか遠くを見るように、空の向こうを見るように目を細めてそう言った。

 

「……私、特技も取り柄も特にないし」

 

直後、おちゃらけて見せた彼女の姿を、僕らはそれぞれの想いで見ていた。

 

ぺちんっ

 

「あうっ」

 

「……ばかちん!自分からそーゆーこと言うんじゃないの」

 

アリサはなのはにオレンジのスライスを投げて、怒った。

親友の弱音に。

ちなみに、オレンジはなのはの頬に直撃した。

 

「そうだよ。なのはちゃんにしかできないこと……きっとあるよ」

 

すずかはいつにも増して心配そうな表情で、親友の気持ちを思いやった。

彼女にとって不安とは、いつもすぐそばにあるものであるがゆえに。

 

「気長に探せばいいだろう、だってまだ小学生だよ?」

 

僕は…僕だけは、誤魔化した。

僕だけが知っている彼女の秘密、そのあまりに次元の違う才能を。

誰にも言えない、彼女の人生を狂わせるその()を。

 

「アリサちゃん…すずかちゃん…フォルテくん…」

 

なのはは感極まったような、泣きそうな顔をしていた。

もしこのまま放置していれば、間違いなくなのはは泣いていたことだろう。

親友に笑いながら、涙を隠して。

だが…彼女がいる限りそうはならない。

 

「だいたいあんた、理数系の成績はこのあたしよりいーじゃないの!それで取り柄がないとかどの口が言うわけ、あー!?」

 

「にゃああああ!だ、だって文系苦手だし、体育も苦手だし~!」

 

アリサは、なのはのよく伸びるほっぺたを思いっきり引っ張って、とても愉快な幻術品を創造していた。

 

命名、ネコ伸びなのは

 

「どうでもいいけど、女の子が女の子に馬乗りって…しかも屋上で人もそれなりに……………ま、いっか。すずか、そういえば昨日言ってた本のことなんだけど…」

 

「え!?フォルテくん、この状況を流すの!?」

 

仕方ないだろう、解決策が思いつかないんだ。

 

なお、このあと特に何のわだかまりもなく、二人は仲直りしていた。

そもそも、あれがケンカと言えたかどうかは微妙である。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

なのはのちょっとした人生相談の日の放課後。

塾に行く三人と別れた僕は真っ直ぐ帰宅し、ここ最近僕を悩ませる“異物”の調査を再開した。

………既に暗礁に乗り上げかけているのだが。

 

「現状わかっていることを並べてみるか」

 

そう言いながら、僕は親指ほどの小さな青い石…僕が“異物”と呼んでいる物体を取り出した。

 

「まず、これは人工創造物である」

 

これは間違いない、と僕は断じる。

なだらかな曲線を描く造形、左右対称の物体というものは普通自然界で発生するものではない。

そもそもそんな考察などなくとも、どの角度から見ても石の中に数字の“Ⅳ”らしきものが見える段階で、自然界のものと考える方が無理がある。

青く見えている部分も、何かしらの透明な物質でできた容器の中に青い液体、または気体を満たしているように見える。

 

「これは地球人類が作ったものではない」

 

これに関しては、僕の知らない未知の研究機関等の可能性を考慮してもなお、信憑性は90%程度とした。

理由は単純にして明快。

この“異物”の表面を構成している物質を調べようとしたときに、少量だけ表面物質を削り取ったのだ。

だが少し目を離した隙に、この削り取った欠片の行方がわからなくなった。

不審に思ったので再度削り取り、今度は目を離さないように数分程観察し続けたところ、なんと削り取った欠片が勝手に“異物”に張り付き、傷跡も残さずに自己修復してしまったのだ。

現状、地球人類に自己修復機能を持たせた人工物質は、クローニング技術等の生体技術に関する分野のみで、それすらも未完成で生命力頼り。

そして、鉱物等の無機物は全くと言っていいほど手付かずなのだ。

形状記憶云々といったものがないわけではないが、形が元に戻るだけで、壊して治るわけではないのだ。

 

「これには高純度の生命エネルギーが詰め込まれている」

 

これにはさすがに驚いた。

現状の科学技術で調べられる範囲で、僕の所持している数多の計測機器などを用いての調査が一通り終わった時、暗礁に乗り上げた調査の一環として、現状地球人類でほぼ唯一生命エネルギーの精密操作が可能であるという利点を生かして新たな道を切り開こうとしたのだ。

結果は想像を遥かに超えた結果となった。

確かに、あらゆるものに生命エネルギーは宿っている。

それでも、ここまで高エネルギーだとは想像を遥かに超えている。

現状、手元にある計測機器でわかりうる限界の範囲で計測したところ、“異物”の中に含まれている生命エネルギーは、最低でも原子力発電所一つ分以上ということがわかった。

 

「これ、作ろうと思ったら、現状の地球人類の科学力と僕の研究の完成とか含めても最低………五百年は無理だ」

 

これにより、当該物質“異物”が地球外物質であることが、ほぼ確定となる。

もちろん、世界のどこかに未知の研究機関があって、そこで開発されたという可能性もゼロではないが…。

 

「以上考察終わり!手段が無いわけじゃないけど、これだけ時間かけて、この程度しかわからないっていう、ね…」

 

疲れた溜息を吐いた僕は、ついこの間買ってもらったばかりの携帯電話の存在を思い出した。

研究室には携帯電話の持ち込みなど論外なので、一定時間に一度、自室に戻って着信の確認をするのだ。

 

「……?伯父さんから?」

 

非常に珍しいことに、最近忙しいはずの伯父さんから不在着信が入っていた。

さっそく折り返し電話をする。

 

『フォルテか?』

 

「伯父さん、そうだよフォルテ。何かあった?着信があったから折り返したんだけど…」

 

『緊急で確認したいことができた』

 

「…穏やかじゃないね、何があったの?」

 

いつもは必ず余裕を見せるようにしている伯父さんが、緊急という言葉を使った段階で、それは速やかに対処しなきゃいけない事態ってことだろう。

 

『昨晩、三丁目の公園で艀とボートが壊されていた…何か知っているか?』

 

「いや…知らない。僕のことで秘密にしていることはあるけど、周りに迷惑がかかる場合かどうかくらいは気を付けるよ。わざわざ電話をかけてきたってことは…」

 

『そうだ、普通の壊され方ではない…大砲のようなものでも打ち込まれたような、そんな壊され方だった。大砲あった場合、砲弾は30mm前後であると予想されるが、奇妙なことにそれだけの破壊が成されていても、近隣住民は誰も気付かず、艀にもボートにも焼け焦げなどはなかったし、砲弾も発見されなかった』

 

それはつまり、小型キャノン並みの破壊が成されても無音でかつ、火薬を用いていないということだ。

なるほど、緊急だ。

もはや新兵器の存在を疑う事態…軍どころか、伯父さんの古巣(・・)が出張りかねない。

 

「確かに奇妙だけど…僕は公園の件、今初めて聞いたよ?」

 

『確かだな?』

 

「ブルックリンの家の名前を賭けるよ」

 

ブルックリン家はアームストロング家と比肩しうるほどの名家だから、僕の本気度が伝わって信じてもらえるはずだ。

 

『わかった、手間を取らせたな…』

 

「いやいや!伯父さんに迷惑ばっかりかけてるし、このくらいなんでもないよ!…今日は帰ってくる?晩御飯は?」

 

『今日は戻れそうにない、また明日………この約束も守れなくなってきたな』

 

「それが社会で生きるってことでしょ?」

 

『生意気を言うようになりおって…では、寂しくないように、我がアームストロング家に代々つt「切るよ」

 

容赦なく僕は電話を切った。

昔このパターンで最後まで聞いたら五時間ぐらいずっと通話状態で大変だったので、もう色々諦めたのだ。

 

「………謎の新兵器、あるいは能力者…僕の仲間?それなら可能だけど…僕ほどでなくてもそれなりに研究してないと…研究?まさか……“異物”が関係してたり………………………ものすごく、ありえるんだけど、どうしよう?」

 

つい最近発見した、超技術で作られた“異物”。

つい昨日起きた、謎の破壊兵器…あるいは能力。

兵器の場合、火薬を用いなかった…つまり砲弾が加熱しない方法で射出可能で、無音で、砲弾も発見されていないことから、弾が残らないものかもしれない。

わざわざ日本で使用した上で隠蔽もしていないという矛盾…暗殺武器としては恐ろしいものになるだろうが、意味がわからないとしか言いようもないので、兵器のテストという線は消える。

当然死体もないから目標の抹殺という線もない。

となると……………………………………………

 

「やーめたっ」

 

まったく、なんでこんなことを考察しているのやら…これは警察や軍の仕事だ。

断じて小学生の仕事じゃない。

仮にこの“異物”が関係していたとしても、その時になってから提出すれば問題ない。

「綺麗な石なんで気になりました」って言えば何の問題もなく丸く収まる。

 

ピリリリリ…ピリリリリ…

 

「メール?アリサから?」

 

件名:募集中!

本文:今日塾の帰りに怪我をしたフェレットをなのはが見つけたの。

   飼い主がいるかもわかんないけど、もしいなかったらフォルテの家で飼えない?

   あたしとすずかの家はなんというか…捕食の危険が、ね?

   なのはは一応聞いてみるって言ってたけど、家が食べ物を扱ってるし…。

   動物アレルギーとかあったりする?

 

「…………いや無いけど、この家の方が危険だと思う」

 

犬猫レベルでなく、近隣の家が吹っ飛ぶ。

冗談でなく化学薬品や色々な研究機器を置いているので、もしもの時の被害総額は目が眩むことになる。

研究機器の値段は笑えないし、もし薬品の化学反応で危険な大爆発でも起きれば、いくらなんでも引越しでは済まないだろう。

 

「アレルギーはともかく、近隣の家が二、三個消し飛ぶかもしれないから無理、っと送信!」

 

ピリリリリ…ピリリリリ…

 

「電話?アリサから?早くね?」

 

まだ二十秒経ってないと思う。

 

「もしもし?」

 

『あんたん家は火薬庫かなんかかぁぁぁっ!』

 

「アリサは相変わらず元気だねぇー…」

 

安定のツッコミ体質に、さすがの僕も苦笑を禁じ得ないよ。

 

「前にも言ったと思うけど、僕は科学者なんだから、いろいろ触るとまずい機械とかあるし、薬品とかもあるんだよ。あ、フェレットが“混ぜるな危険”とか読めるなら問題ないよ?」

 

『それで、家が二、三個消し飛ぶのね…』

 

「わかっていただけて何よりです」

 

まあ、もし家に来たとしても、このセキュリティを無傷で突破するフェレットなんていたら、それこそ見てみたいけど。

 

『わかったわ、なのはとすずかにもあんたん家が無理なのは伝えとくわ』

 

「ありがとう、助かるよ」

 

この調子だと多分、すぐにメールの嵐だろうしな…。

正直、“異物”調べの最終手段を使うつもりなので、あんまり時間を取りたくない。

 

『と、ところで、なんだけど…』

 

「ん?」

 

アリサが何か言いにくそうに切り出した。

 

『あんたってその…クッキー、好き?』

 

「え?クッキー?」

 

何だ?

Cookieの話?

いや、不自然だろう…この場合、食べ物のクッキーのことか?

 

『いやあの!今度ちょっと作ってみようかと思って味見役が欲しいと思っただけよ!ええそうよ!特に他意なんてないわよ!ただ単純に味見役が欲しかっただけよ!ええそうよそれだけよ!それだけなんだからね!勘違いしないように!』

 

「ちょ、落ち着いて?」

 

突然アリサが混乱し始めたぞ?

なにかあったのか?

 

「えっと、僕は好きだよ(クッキーのこと)」

 

『―――――――ッッッ//////////////』

 

なんと言っても母さんの得意料理だったし。

…あれ?クッキーは得意料理(・・)なのか?

 

「ん?アリサ、どうかした?」

 

『な、なんえもにゃいわ!!』

 

「………………わかった」

 

なんだかよくわからないけど、なんでもないと言うならなんでもないんだろう。

藪をつついて虎が出てくるのは僕も避けたい。

 

この後しばらく話してから、電話を切った。

今度クッキーをご馳走になる約束ができた。

ところで、この間すずかからも「良い紅茶が手に入ったから」とお茶に誘われたりしたけど、なんで二人からはこうも絶妙にズレた時期に、しかも高確率で交互にお誘いが来るのだろうか?

それも、必ず二人っきりになるように。

秘密の話をするわけでもないし、なのはも呼んで、四人でもいいはずなんだけど…。

そのせいか、なのはが若干ボッチだし、アリサとすずかも微かに険悪っぽい雰囲気を発することがあるんだけど、何故だ?

 

割と普通の日常的な疑問を頭の隅に追いやって、また“異物”の研究を再開する。

 

「と言っても、これが本当に最終手段だ」

 

最終手段。

“異物”の生命エネルギーには若干の揺らぎ(・・・)がある。

どこか寝息のようにも感じるそれが、なぜか僕は非常に気になる。

具体的に何がどう、というわけではなく、ただなぜか気になるのだ。

この揺らぎ(・・・)声を掛けたらどうなる(・・・・・・・・・・)

あくまで感覚に過ぎないけど、この“異物”が眠っているように僕は感じるのだ。

まるでそう…暗い部屋の片隅で膝を抱えている一人ぼっちの誰かのような…。

なぜこうまで放っておけないような気持ちになるのだろう?

 

NGST-4(ネグストフォー)、シェルターを。耐熱、耐衝撃、耐音ほか、全障壁レベル最大値にて展開」

 

『イエス、マイロード』

 

NGST-4(ネグストフォー)、僕の開発した新人類能力補助用自己成長型演算装置の試作型。

Next Generation Support system Type-4

全部で36種類試して生き残った唯一のもので、名前などはまだ決めていないので、NGST-4(ネグストフォー)と呼んでいる、世界最初の生命エネルギーを扱うことを前提とした装置だ。

ちょっとした業務用掃除機のような形状ではあるから、あまり見かけはよろしくないが、それでもスーパーコンピューターあたりを除けば、現状地球で最高クラスの演算能力を与えているつもりだ。

“異物”の調査にも少々役立ってもらっている。

これでもし携帯して動くとか言い出したら、幽霊バスターズのような姿になることが避けられないのが目下最大の問題だ。

それこそ、伝説級の化石、初代携帯電話のような事態になる。

それはさておき…

 

「これで、戦術級核爆弾くらいなら耐えられる」

 

実は僕が今いる研究室、地下に造られていて、シェルターにもなる。

もっとも、普通のシェルターと違って、内側からの衝撃にも耐えられるように作ってあるのは、科学者としての僕なりのマナーだ。

シェルターを閉鎖してある限り、内側で核爆弾を使用しても、外へ被害が行かないようになっている。

 

NGST-4(ネグストフォー)、可能な限り記録を」

 

『イエス、マイロード』

 

僕の足元に五芒星の魔法陣が展開される。

最近気づいたんだけど、術式発動段階で、あらかじめどこかに基本公式…この五芒星を展開しておいた方が、複雑な術式も組みやすいし、発動までの時間魔短縮できるようだ。

ほんの少しだけ、生命エネルギーの消費が激しくなるけど、許容できるレベルである。

僕の意思を、生命エネルギーに乗せて少しずつ“異物”に送る。

最悪、増幅した生命エネルギーが暴発するけど、シェルターは耐えられるはずだ。

 

「…………………僕はあなたに問います、あなたは何者ですか?」

 

―――揺らぎに変化はない。

 

「…………………僕の問いに答えてください、あなたは一体何者ですか?」

 

―――揺らぎに変化はない。

 

「…………………僕の名前はフォルテ」

 

―――揺らぎに変化はない。

 

「…………………僕はあなたに問います、あなたの望みはなんですか?」

 

―――っ!微かに、揺らいだ。

 

「…………………僕は今一度あなたに問います、あなたは何者ですか?」

 

『I……p…ay…………o…e……………………ワ…………シ…ハ……… 』

 

―――ッ!?

 

無音の衝撃が僕を襲った。

吹き飛ばされた僕は、積み上げられて研究資料の山に叩きつけられる。

舞い散る資料の向こうで、“異物”は青い光を纏って浮いているのを見て、ようやく僕は“異物”に吹き飛ばされたことを悟った。

 

『ワタ、シ、ハ…………………………………ワタシ』

 

「…個の概念がない、のか?いや…」

 

いや、そもそも無機物(?)にこの概念どころか、意思がある段階で既に色々前提となる常識が役に立たない。

個の概念云々は一度置いておこう。

 

あちこちぶつけたものの、ちゃんと受け身をとれたらしく、軽い打ち身だけで済んだ。

これだけならと、僕は普通に立ち上がる。

 

………………いやちょっとまて。

今、“異物”は何語で話した?

英語でもフランス語でもアラビア語でも中国語でもなんでもなく、日本語で話してないか?

そもそも最初の言葉は英語らしきものだったのに、なぜ?

…違う!これは日本語でもない!

僕の脳に直接意思を投げかけている?

でないと僕の中でこんなにあっさりと言葉を受け入れられるわけがないし、耳から聞こえている感じがしない。

多少片言に聞こえる、もとい感じるのは…仕様か?

 

『ワタシハ、アナタニトウ…アナタハダレ?』

 

「僕の名前は、フォルテ。フォルテ・L・ブルックリン」

 

『フォルテエルブルックリン、ニンシキ』

 

「…あなたの名前は?」

 

『ナマエ………………ナマエ?』

 

「そう、名前。言い回しを変えると、個体名称、認識コードなどとも言える」

 

個の概念がなさそうな段階で気付いていたが、名前の概念も知らないのか。

 

『………ワタシハ、ネガイカナエル、モノ…ガンボウキ、ソウ、ヨバレテイタ』

 

「願い叶える者?ガンボウキ…願望器、か?」

 

魔法かよ、願いを叶えるって考えることは誰だってするだろうけど、個別の願いに対応するんじゃなくて、願いそのものを叶える?

見事に狂ってるな。

そんなことしたら、世界があっという間に滅びるぞ?

教会とか流れ星とか七夕に留めとけよ…。

 

軽く湧いてきた嫌悪感を何とか押し殺す。

“異物”そのものに罪はない、そもそも語りかけたのは僕の方だし、“異物”はただそうあるだけだ。

 

「では願望器さん、あなたはどこから来たのですか?」

 

間違いなく、地球じゃない。

最低でも、現在の技術水準ではどうしようもない次元ということは、最大限に譲歩しても異星、異世界か異時間あたりが妥当だろうか。

 

『…………………………………………………ワカラナイ、クライ、フカイ、サムイ、ヒロイセマイドコカ』

 

「…最悪な環境だな」

 

想定よりも酷い答えだった。

気のせいかもしれないけど、ほんの僅かに“異物”…いや、願望器の声は、どこか暗く、冷たく、弱々しく、無力感を感じた。

研究施設としては正しいかもしれないけど、今こうして意思疎通が取れる存在がそんなところにいたと思うと、あまり良い感情は浮かんでこない。

 

「………我、フォルテ・L・ブルックリンは願いを叶える者、願望器に問う。汝の願いは何か?」

 

僕は、居住まいを正し、かつての過去に学んだ作法を元に、願望器に問うことにした。

ブルックリン家の、子爵の家系の長男として学んだ僕の姿。

 

『ワ、タシノ…ネガ、イ?』

 

「願いを叶えるの者よ、果たして汝は自身の願いを本当に持たぬのか?」

 

僕は感じた。

願望器の、微かな渇望を。

 

『ネ、ガ…イ………』

 

「我が願いは、汝の願いを知ることなり」

 

僕にはわからない。

願望器が、一体どれだけの何を持っているのか。

 

「我は汝に問う」

 

だから答えろ。

答えてくれ!

 

「汝の願いは、何か?」

 

『ワ、タシ、ハ……………………』

 

躊躇うかのような沈黙。

僕は促すことはせず、ただ、答えを待つ。

 

『ワタ、シハ…………………………………………サ、ム、イ………アタ、タカイ…ヲ、ネガ、ウ』

 

その言葉を聞き届けた瞬間、大気が震えたような錯覚を覚えた。

 

『エマージェンシー、エマージェンシー、生命エネルギー増大、生命エネルギー増大、シェルター許容レベル突破、危険レベルオーバーS、脱出を推奨します』

 

願望器のデータを取っていたNGST-4(ネグストフォー)が警告を発した。

 

シェルター許容レベル突破ってことは、核兵器を超える力があったというわけだ。

僕の総力を使えば、さすがに日本が無くなるなんて事態は回避できるだろう。

確実に死ぬけど。

それを承知の上で…僕は諦めるつもりなど、ないっ!

 

ズキッ…

 

一瞬の激しい頭痛。

 

僕自身、なぜそう考えたのかわからなかったけど、それでもなんとなく、やり方がわかった。

僕はただ手を伸ばせばいいだけだって。

 

僕は願望器に手を伸ばす。

途端にやってくる水面に手を沈めるような、前に手を伸ばしているのに手前に押し返されるような浮遊感という違和感。

次に感じたのは冷たさ。

まるで真冬の分厚い氷の張った湖の氷を穿ち、そこに手を入れたような言いようもない冷たさ。

その冷たさは、死を直視するに等しい冷たさだ。

だが、そこまでだった。

それ以上手を伸ばすことができなかったのだ。

 

「届かない…?」

 

不可視の壁があるというわけでもなく、核兵器を超えるエネルギーの奔流に押し返されるにしてはそれほどでもない。

だが言うなれば、潜水しようとして自身の浮力を制御できずに浮いてしまうような感覚が非常に強くなったような感じだ。

 

「水みたいだね………水は、嫌いなんだっ…!」

 

いつだって、必要なときにそこにないから大嫌いだ!

 

だから僕の中の反発心は、より強く反発する。

僕は生命エネルギーを指先に集中する。

指先が蒼く、激しく輝く。

更に集束していく生命エネルギーが更に輝かせていく。

徐々に光量を増していく指先が、何か薄い、しかし固い膜のようなものに触れる。

 

「と・ど・けええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

 

クポン…

 

水面から手を出したような感覚と、そこにある何か(・・)に触れる感触。

僕は考えるまもなくそれを掴み、引っ張る。

手を引いた途端、今度は水風船を割って中から水が吐き出されるかのように、僕と何か(・・)は壁に向かって吹き飛ばされた。

 

舐めるな!

 

僕は意地で、何か(・・)を抱きかかえて壁から守る。

 

「ぐっ!」

 

それなりの衝撃が背中を襲い、一瞬息が止まる。

何か(・・)が鳩尾に衝撃を与えたことも影響して、目の奥がちかちかしたが、なんとか浅い呼吸から深呼吸をしていって徐々に自身を落ち着かせる。

 

落ち着け、欠片も甚大なダメージじゃない。

そう、背中もぶつけただけだ。

鳩尾も、ぶつけただけ…そう、ちょっとぶつけただけだ。

死ぬ目にあったけど。

 

「大丈夫かい、願ぼ、う…き………?」

 

「は、い、大丈、夫、です…?」

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はっ、フリーズしてる場合じゃない!!

 

「えっと、願望器、さん…?」

 

「あ、えっと…はい………」

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「お…」

 

「お?」

 

「女の子ぉぉぉおおおおおおおおおおおっっ!?!?」

 

僕が抱きかかえていた何か(・・)(願望器…?)は真っ白な雪のような肢体と、特徴的な濃い緑の髪、そして、僕より若干紫がかった青い瞳の、どう見ても僕と同世代の人間の、全裸の女の子(・・・・・・)だった。

 

薄い胸や、僕らに有って女の子に無いとか、そういう違いについて普通に気になるんだけど、全然それどころではない!

こっちが恥ずかしいんだ!

ちょっとは隠せよ!!

 

「服!そう白衣だ!服はなくても白衣は予備を常備してたはずだ!どこだっけ!?」

 

『資料棚の引き出し、右側です』

 

NGST-4(ネグストフォー)が律儀に保管場所を教えてくれる。

その声に、若干呆れのような感情を感じたのは、僕の気のせいだ、間違いない、NGST-4(ネグストフォー)にそんな機能はないし!

 

「あ、あった!願b…いやいい!とりあえずこれ着て!僕はあっち向いてるから!」

 

「あ、はい…」

 

なんだかとても不思議なものを見たような顔で、彼女は白衣を受け取る。

衣擦れの音が妙に室内に響く。

数秒が数時間に感じるような錯覚の中、彼女からようやく声がかかった。

 

「着ました」

 

「よし、じゃあ…ってなんで前閉めてないんだ!?閉めてよ!見えてるよ!?余計状況が悪化してるよっ!?」

 

いや、可愛らしく首を傾げられても…。

僕は心を無に…いや、マリアにしつつ菩薩にしつつ、ボタンを留めてやる。

ただ僕は忘れられないだろう、裸に白衣でボタンを留めないって気恥ずかしさ(破壊力)が異常だって。

いくら小学生が性的ないろいろを知らないって言っても、さすがにショッキングなことくらいは覚えてるよ?

 

やむを得ずボタンを閉めてやって研究室を出る。

若干サイズが不安だけど、僕のお古が部屋にあったはずだ。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

「さて、じゃあ話を聞かせてもらいたいんだけど、何から聞けばいいかな…」

 

運よくサイズの合った服が見つかり、願望器さんはジーパンにTシャツとオーソドックスな格好に落ち着いた。

僕の精神衛生的には一緒にいるとちょっときついけど、なんというか起こした(?)以上責任は全うしようと考えたわけだ。

 

「改めまして自己紹介から、フォルテ・L・ブルックリン、今は一般的な民間人の小学生をやっている」

 

もしもここにアリサがいたら、「どこが一般的な民間人よ!?」と派手なツッコミをくれたことだろう。

はやてなら、もうちょっとひねるだろうか?

とにかく、どっちもいないからその絶大な勘違いは修正されなかった。

 

「えっと…願望器、です…?名前なのかよくわかりません…」

 

何とも申し訳なさそうに名乗る願望器さん。

自己紹介だけで申し訳ない気持ちになる日が来るとは、正直なところ、夢にも思わなかった。

 

「願望器は名前じゃないんじゃないかな…今は名前のことは置いておこう」

 

そう、今は、ね。

 

「君は…この世界の出身かな?どう考えても、今のこの世界の技術じゃ君を再現不可能なんだけど」

 

「あの……この世界はなんという名前なのでしょう?」

 

「あ、そこからか…」

 

異世界を前提としながらなんという失態…。

異世界人(?)ならこの世界のことなんて知らないのが当然か、知っていても他の異世界と判別がつかないのだろう。

 

「とはいえ、僕はこの世界に名前がついているなんて聞いたこともないからなぁー…」

 

思わず考える人になる僕。

困った、何をどう説明したらいい?

 

「えーっと…まず、この惑星の名称は地球です」

 

「あ、地球知ってます」

 

「地球知ってんの!?マジでっ!?」

 

思わず高速ツッコミをしてしまった。

 

知らなかった…地球って異世界にも名前知られてたんだ…。

もっとドマイナーな辺境だと思ってた。←地球人類に超失礼

 

「はい、確か…第46未開拓世界でしたよね?」

 

「未開拓…未開、拓…?」

 

おもわずorzになる僕。

 

知らなかった…僕自身が辺境じゃないかと思っていても、実際異世界人(?)に未開拓なんて言われると、ものすごいショックだったんだ…。

 

「あの…大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫…ちょっと、ダメージが大きかっただけ…生きてるよ」

 

本当はまだちょっと回復しがたいダメージが残っているけど。

 

「君の世界は…なんていうところ?」

 

名前なんか聞いても知らないのだけど、名前というのは大事なのだ。

 

「私の、世界…?えっと…………ユージスブレイド…私がいた世界は第34植民世界ユージスブレイド、だったと思い、ます…」

 

「植民、世界ね…」

 

嫌な言葉を聞いた。

どこの世界でも人間(?)の考えることは一緒だということか…。

 

「割としっかり色々覚えてるじゃん…」

 

本気でそう思う。

個の概念どうたらこうたらで悩んでいたのが遠い過去のようだ。

 

「でもあの…すいません、他に覚えてることって…」

 

「んー…じゃあ、いろいろ質問するから、それに答えてくれる?」

 

それが一番かもしれない。

というか、前提知識が全く違うんだから、どんな情報も修正できないんだけど。

 

「名前、はわからないんだよね…どうして“異物”…あの石の中に?」

 

もの凄く純粋な疑問だ。

 

「石、ですか…?」

 

小首を傾げて何を言っているのかわからないと言いたげな姿に、ちょっと頭を抱えたくなった。

 

NGST-4(ネグストフォー)、ちょっと画面に“異物”を表示してくれる?」

 

『イエス、マイロード』

 

ササッとテレビにNGST-4(ネグストフォー)を繋いで最初に撮影した“異物”の映像を出す。

 

「あの、これって…?」

 

「僕がたまたま拾った綺麗な青い石、“異物”と呼んでいた物体だね。それで君がこの中から出てきたんだ」

 

「この中から、ですか…?」

 

驚いている、のか?

ちょっと無表情すぎてよくわからない。

 

「正確には、なんというか…引っ張ったら出てきた感じ?NGST-4(ネグストフォー)、さっき記録を…あ、数値とかはいい。今は映像記録を」

 

『イエス、マイロード』

 

するとNGST-4(ネグストフォー)は先程の光景を映し出す。

 

うん、なんというか…すごく恥ずかしいものを見ている気分になるな。

なんでだろう?

別段おかしなことなんてしてないはずなのに…。←異常なことはしています

 

「私、あれ、知らないです…」

 

「……………………………そうか」

 

困った、まさかの行き詰まりだ。

 

「家族構成とか、そういうのはどうだろう?もう片っ端から質問だ!」

 

「家族…………姉妹が、いたような気も、しますけど…すみません、なんだか靄がかかったみたいに思い出せなくて…」

 

「そのくらい仕方がないって!“異物”なんて謎の石から出てきて会話ができる段階で奇跡なんてとっくに通り越してるから!次は…そうだ、ユージスブレイドってどんなところ?」

 

これはかなり純粋に好奇心で聞いている。

異世界の知識なんて普通は手に入らない。

 

「どんなところ…どんなところでしょう?私が覚えているのは暗くて、寒くて、狭いか広いかわからないどこかにいたことくらいで…」

 

「それ…多分“異物”の中でのことだと思う…」

 

実際さっき“異物”の中にいた時に言っていたことだし。

 

「それ以前とか…ぶっちゃけ知識以外の記憶ってある?」

 

さっきからどうも気にかかっていたことである。

世界の名前や自身がどういう存在かという内容は、記憶ではなく知識なのだ。

姉妹がいた可能性というのは、記憶と言えば記憶なのだが、はっきりしていない内容だし、先程までいた“異物”の中での記憶は記憶というより、つい先ほど体験したことだから忘れていたらその方が困る。

 

「知識以外の記憶、ですか…」

 

うーん、と長考に走ってしまったが、必要な時間だと急かすことなく待ち続ける。

 

「第1世界ベルカ…知識ですね………魔法…知識です………皇歴…何年かわかりませんし、これも知識です………………騎士……………知識ばっかり、です………」

 

「お、落ち込まないで?」

 

思わず慰める。

こんな涙目で、慰めない選択肢の方が存在しない。

 

というか、なぜ魔法?

ファンタジーすぎるだろうと思うけど、異世界とか既にSFだから正しいのかもしれない。

魔法+騎士=剣と魔法の世界?

…生命エネルギーを詰め込んだ超技術持って中世の街並み?

何かのギャグか?

第1世界ってことはユージスブレイドを支配していた世界か?

ベルカめ、いつか滅ぼそう。

 

「あっ………………………………記憶じゃなくて知識の方ですけど、聞いてもいいでしょうか?」

 

「もちろんだよ?何が聞きたい?」

 

知識のすり合わせはあとでやるつもりだったけど、まあ気にしない。

疑問があるなら、そこから何か、ヒントが出るかもしれない。

 

「ブルックリンさんの使っていた魔法って、“ベルカ式”じゃありませんでしたよね?この世界に伝わる“異端魔法”でしょうか?」

 

「は、い…?」

 

はて?彼女は一体何を言っているのやら?

 

「僕が魔法?何言ってんの?さっきからどう見ても科学技術しか使ってないじゃん?あ、魔法って言葉の定義が違うとか!?」

 

あ、ありえる…科学技術を指して魔法って言葉で表現している可能性…。

 

「???さっき、石から私を出すときに足元に魔法陣が出てました」

 

「あれのことっ!?」

 

驚愕!僕は知らない内に魔法使いになっていた!?

 

「いや待て!あれは体内に流れる生命エネルギーを利用した、ぶっちゃけ超能力の方が近い能力だぞ!?しかも膨大な演算とか普通に必要になるし!」

 

「魔法って、そういうものです」

 

「はいぃぃっ!?いやいや、箒に跨って空を飛んだりできないぞ!?」

 

「えっと…飛べない魔導師もいます」

 

「魔導師!?魔法使いじゃねぇのっ!?」

 

「あ、魔法使いって言葉もあります。でも、魔導師と意味は同じです」

 

「マジかよ…いやちょ!?待った!そう、体内に血流とほぼ同じ経路で流れているエネルギーがある!それを君は知っているかい!?」

 

「え…?あの…魔力、ですよね?」

 

「マジでっ!?こ、これだよ?≪アイギス≫!」

 

空中に小さめの≪アイギス≫を展開する。

厳密には空気を圧縮したものなんだけど、その中にある生命エネルギーの密度は高いので、言い方を変えれば生命エネルギーを圧縮して盾にしていると言えなくもない。

実際、生命エネルギーだけで形成しようとした場合との違いは、強度や弾力、燃費の違いだけで、術式を変更する必要すらなかった。

最大の特徴は、使用する生命エネルギーの最小値が少なくて済むところだけど。

 

「これは盾…でしょうか?はい、間違いないと思います。これは魔力で形成された盾です。魔法の詳しい知識まではありませんが、これは間違いなく魔法だと思います」

 

緊急!いつか僕や仲間の力が世間に出たら中世の魔女裁判再びって事態になると思ってたら、事実“魔女”裁判だった件!!

全力の抵抗で生命エネルギーについて聞いたら、魔力って即答された件!!

 

「なんてこった…orz」

 

「あの…」

 

なんか彼女がオロオロしているが、僕はちょっとそれどころではない。

常識ブレイクは結構きついのだ。

でもいつまでも落ち込むなんて無様な姿を見せるのもシャクなんで、無理矢理にでも立て直す。

 

「えっとね、まずごめんね?これ、魔法だったなんて知らなくてさ…そうか、この技術魔法だったんだ…作った僕も知らなかったよ…」

 

「作ったんですか…?ブルックリンさんはひょっとして、“始まりの魔導師”なんですか?」

 

「“始まりの魔導師”って何?」

 

いや、なんとなく意味は予測できなくもないんだけど…岩に剣を突き刺して「抜けた者が勇者」とかいう言葉を遺す人とかにはなりたくないなぁ…。

 

「本当に魔法についてご存じないんですね………“始まりの魔導師”というのは、世界において最初に魔法を生み出した人のことです。ベルカが生み出して広めた魔法術式、通称“ベルカ式”が魔法を使う多くの世界で使われていて、ごく一部で遠い昔に生まれた魔法術式、“アルハザード式”が使われています。稀に、ベルカから遠い世界で独自に生まれる魔法体系があって、それを指して“異端魔法”と呼ばれるのですが…」

 

そこで彼女は期待と不安、そして少々度の過ぎた憧れに満ちた目で僕を見つめた。

いや、相変わらず無表情だけど。

 

「ブルックリンさんが他の次元世界の存在を知らず、魔法の存在も、知識も何も知らないまま、一からその魔法を生み出したのだとしたら…これは“異端魔法”ということになり、あなたはこの世界、地球の“始まりの魔導師”だということに、なります」

 

無表情のまま、どこか興奮したように一気に言い切る彼女。

でも気持ちがわからないわけでもない。

多分、この世界で最初に歌を歌った人、この世界で最初に火を扱った人、この世界で最初に集団を作った人、この世界で最初に農業を始めた人…歴史に名前を残していない、でも世界のその後に明らかに大きすぎる影響を残した無名の偉人達。彼らと同じく、この世界で最初に魔法という術式を組み上げた人が目の前にいるのだ。言い方を変えれば、歴史的に記録に残らなかったかもしれない偉人に出会うような奇跡だと思っているのだろう。実際僕も、そんな状況なら興奮するだろう………それが僕自身でなければ!

なんというか、身体のあちこちがくすぐったい!

 

「あ~…恥ずかしいからあんまり見ないでほしいかな?」

 

ちょっと女の子っぽい言い回しになってしまったけど、正直な気持ちだ。

 

「あ、すみません…思わず興奮してしまって…」

 

「だ、大丈夫。なんとなく、言いたいことはわかるから…」

 

そう、覚悟していた。

でもそれは、生命エネルギー…もとい、魔力を研究するにあたって、その第一人者としてやり玉に挙げられて袋叩きになる覚悟だ。

この世界で僕の仲間…魔導師達が存在を認められる可能性は限りなく低い。

だから、その最先端にいる僕は、詐欺師かマッドサイエンティストとして世界中から非難されたり命を狙われたりするだろうと予測していた。

でも蓋を開ければ、こんなに恥ずかしい思いをするとは欠片も思っていなかった!

 

「本当に、なんて言ったらいいk――ッ!?≪閉鎖結界(フィールド)≫!」

「≪アイギス≫!!」

 

ドォォォォォンッ!!

 

一瞬の悪寒と刹那の判断。

僕は彼女を守るように≪アイギス≫を展開し、彼女は何かの魔法(?)を発動した…と同時に何か(・・)が壁を突き破って突っ込んできた。

 

腕にかかる強い衝撃。

咄嗟の機転で≪アイギス≫の展開角度をやや斜めにして衝撃を受け流し、何か(・・)と正面から押し合う状態だけは回避する。

何か(・・)はそのままリビングを横切り、キッチンに突っ込んで瓦礫や食器の山に埋もれた。

 

「よくわからないけど逃げよう!NGST-4(ネグストフォー)!」

 

「はい…!」

 

『イエス、マイロード』

 

大急ぎで家から飛び出す。

あれが何なのかとか、どうしてとか、色々考えたいことはあるがひとまず逃走を図る。

 

ここで説明しておこう。

NGST-4(ネグストフォー)は円筒状の業務用掃除機のような形状だが、こう言う万が一に備えて、研究データのバックアップ等を詰め込んだNGST-4(ネグストフォー)にはリュックのごとく背負えるように肩紐をちゃんとつけてあるのだ。

ただし、多少重いのが欠点である。

 

「うわっ…なにこれ?」

 

外に出ると、そこには見慣れた町並みがなぜか灰色に染まった光景が広がっていた。

完全な灰色というわけではなく、普段の色に灰色を混ぜたような色と言った方が正しいだろうか。

地面だけでなく、夜空の星や月までもそうなのだから、広範囲で何かが起きていることになる。

当然そんなことで足を止めるわけにもいかなかったのだが、ある程度離れたところで何か(・・)から目を離さないで済む距離で止まった。

 

『周囲に存在する物質の組成に異常はありません。しかし、各物質に内包されている生命エネルギーが希薄です』

 

「希薄?そう簡単に増減することはないはずなんだけど…」

 

NGST-4(ネグストフォー)の報告に僕は首を傾げる。

物質内包される魔力…いや、魔力とは分けて考えた方がいいか?それは外部から何かしらの魔力的な干渉がない限り摩耗しない。

石や水、空気に内包される魔力と、生命体の中で循環している魔力と同じではないのだ。

生命体は体調を崩すだけで内包している魔力量も変化するため、ここは要検証だ。

今はまだ未確認だが、予測では元素あたりに秘密があるのではないかと睨んでいる。

 

「これは私が展開した魔法です。≪閉鎖結界(フィールド)≫といって、効果範囲内をコピーした疑似空間を形成しています。中で物が壊されても≪閉鎖結界(フィールド)≫を解除したら外では壊れていない状態になり、魔法戦闘において被害を拡散させないための技術です」

 

「…この魔法、今度頑張って作ろう」

 

深く心に刻んだ。

これあったら地下の研究室のシェルター強度が超越する。

 

「で、君はあれ、何か知ってる?」

 

それはキッチンのあったあたりでモゾモゾ動く黒っぽい塊…黒マリモとでも言えばいいのか、なんというかそういう感じの何か(・・)

既に僕の家…もどき?は普通に全壊認定を受ける事態になっていた。

多分中型のトラックが、そこそこの速度で突っ込んだら、ちょうどあんな感じになるんだと思う。

 

「えっと…すみません…なんと言えばいいか、すごく怖い感じがしたので咄嗟に≪閉鎖結界(フィールド)≫を展開しただけなんで…」

 

「こっちで言う第六感的な?君の判断は正しいよ」

 

咄嗟にやった内容が、周囲に被害を出さないことだということが結構好きだ。

実際、ものすごく感激だったりする。

ちょっとは自分の命も優先した魔法とか使ってほしいけど、そもそもそんな魔法があるかわからないから何も言えない。

 

『計測の結果、あの正体不明の生命体には高濃度の生命エネルギーが内包されています』

 

「高濃度ってどのくらい?」

 

『正確なデータが取れたわけではありませんが、“異物”とほぼ同レベルです』

 

「ってことは、関係者?」

 

彼女は首を傾げているが、まあ当然だろう。

記憶がないのだから、見たことがあっても思い出せまい。

 

「あ、起き上がった」

 

モゾモゾと蠢いていた黒マリモは触手のような二本の長い手(?)で自分の体を瓦礫から引っこ抜き、微妙に浮いた状態で回転、こちらを見た。

 

「うわぁ~…目が合っちゃったよ…逃げられそうにないよね?」

 

『先程リビングに突っ込んできたときの速度から想定できる限りでは、仮に立ち止まらずに走り続けていたとしても撤退成功率は非常に低いと言わざるを得ません』

 

グォォォォォォォォッ!!

 

黒マリモが形容しようもない雄叫びを上げ、突っ込んできた。

 

「≪アイギス≫ッ!だよね!ふざけんなって!正体不明の生命体に襲われるいわれはない、のに、さっ!」

 

突っ込んできた黒マリモを今度は斜め上に突き上げるように弾き飛ばす、黒マリモは割とあっさりと空中で反転し近所の篁さん家の屋根に着地した(接地しているとは言っていない)。

様子見でもしているのだろうか、警戒は怠らずにこちらを睨んでいる。

実際は、目の形状がそう見えるだけで、睨んではいないかもしれないが。

 

グォォォォォォォォッ!!

 

黒マリモが再び雄たけびを上げる…が、今回はそれだけで襲ってこなかった。

代わりにどこか、凄まじい高音が三半規管を刺激するような、そんな脳の芯を刺激するような頭痛が僕達を襲った。

 

「ぐっ!」

 

「あ、うぅ…!」

 

『生命エネルギーの高出力衝撃波を確認』

 

NGST-4(ネグストフォー)が何か言っているが、僕達はそれどころじゃない。

僕は辛うじて立っているが、彼女の方は耳を塞ぎながらうずくまっている。

いや………

 

「おい!君、大丈夫か!?」

 

「…………………」

 

彼女からの応えはない。

最悪の想定は、なぜか高確率で的中する。

彼女は意識を失っていたのだ。

 

このままだとまずい。

 

それがわかっていても、動けない彼女を背負って黒マリモに背中から…なんて事態は絶望的にまずい。

 

黒マリモは何を思ったのか、こちらに両手(?)を伸ばした。

そう、比喩ではなく伸ばした(・・・・)のだ。

漫画に出てくる触手のように、それは限界がないかのように伸びてくる。

その速度は、まるでパイルバンカーでも見ているようだ。

 

―――やるしかない。

 

僕はズボンに仕込んでおいた二本の軍事用ナイフを逆手に引き抜き、跳躍。

突っ込んでくる二本の触手を、切り払いながら突っ込む。

 

新人類連合(ガーディアンズ)次席司令官兼特別技術主任、ブルックリン家現当主、フォルテ・L・ブルックリン…バトルスタートだ!」

 

グォォォォォォォォッ!!

 

僕の声に応えるように、黒マリモは咆哮しながら更に数本の触手を伸ばしてきた。

 

「≪アイギス≫!」

 

僕は≪アイギス≫を展開するが、防御のためじゃない。

 

僕の足がどんなに早くても、空を飛んでいる黒マリモと相対するにはあまりに分が悪い。

人類の主力が戦車でなく戦闘機であることからも、制空権というものがどれほど重要なものであるのかわかろうというものだ。

では空を飛べばいいのか?

簡単に言ってくれる。

人間が空を飛ぶということは、あまりに多くの課題をクリアしなければいけないのだ。

飛行機やヘリコプターが人に近い形をしているだろうか?

否。

鳥や蝶が人に近い形をしているだろうか?

否。

まず第一に、人の体は空気抵抗が激しいのだ。

人間だけではなく、空を飛べない生物はほぼ全てがそうなのだ。

その上、人間に羽などは生えていないし、姿勢制御や重力制御、あらゆる観点から人間は飛ぶに適していない。

不可能ではない。

だが、歴史に名だたる偉人をしてなお、飛行機やヘリコプターといった外部装置に頼って飛ぶことを選択したのだ。

そして、魔力という新たな力を手に入れ、研究を続けている僕もまた、飛行における研究を続けていても、未だ完成していない技術だ。

では、易々と黒マリモに制空権を渡したまま戦うのか?

それは当然、否。

そのために≪アイギス≫を利用するのだ。

 

大きく空中に足を掛けるように踏み出した僕は、その足の裏に≪アイギス≫を展開した。

そこを軸足に、今度は反対の足を踏み出し、同様に≪アイギス≫を展開する。

さながら、階段を上るように空中に駆け上がった僕を無数の触手が追随する。

 

良かった、黒マリモの興味はこっちに引けたらしい。

 

迫ってくる触手の内、攻撃範囲内に入った数本を切り払いながら、僕は少し頬を釣り上げた。

 

僕は脚に魔力を流して、その速度を上げながら、追随する触手を切り払って、黒マリモを焦らすように空中を疾走する。

さすがに脚では触手を振り切るほどの速度は出ないし、黒マリモから必要以上に離れるわけにもいかない。

黒マリモが彼女に襲いかかるかもしれないし、この≪閉鎖結界(フィールド)≫というものがどこまで広がっているのかわからない以上、あまり遠くへ行ってしまうわけにもいかない。

 

幾度が触手を切り払っていると、ついに焦れたのか、黒マリモが突撃をかけてきた。

 

「って速い!?」

 

先程よりも速く、言うなれば野球選手の剛速球を見た時のような速度だ。

おそらく、時速100kmは超えていると思われる。

 

「僕はキャッチャーじゃない、よっ!」

 

足元に展開していた≪アイギス≫の角度を修正し、咄嗟にその場から飛び退く。

さすがに、次の着地地点に≪アイギス≫を展開する暇がなさそうなので、近所の長沼さん家の屋根に飛び降りた。

姿勢を低くして通り過ぎたのを確認すると、そこには勢いのままどこかの家に突っ込んで…いない黒マリモがいた。

どうやら、空中で器用に反転したらしい。

 

「避けるだけじゃ…勝てないよな?」

 

『アンノーンと戦闘する上で重荷となっている、私をパージすることを提案いたします』

 

「その提案は却下する」

 

再び突っ込んできた黒マリモを、今度は回避しつつ切りつける。

しかし傷は浅く、瞬きする間に傷跡を確認できなくなった。

おそらく隠したのではなく、回復したのではないかと思われる。

 

『しかし、重量の問題、そして私がいることで使用できない術式が多数あるなど、デメリットが目立ちます』

 

「お前がいないことで術式発動速度が低下するデメリットの方が大きい!」

 

NGST-4(ネグストフォー)の言っていることは間違っていない。

NGST-4(ネグストフォー)はまだ未完成と言える状態なのだ。

耐熱、耐電機構を搭載した新しい()に移し替える予定が、いろいろあって遅れているため、≪バルカ≫をはじめとする電撃攻撃など、使えなくなっている術式は多い。

また、NGST-4(ネグストフォー)自身の重量も戦闘においては無視できないレベルのものだ。

だが先程も言ったように、NGST-4(ネグストフォー)の演算能力は非常に高いのだ。

それこそ、先に挙げたデメリットを帳消しにするほどに。

 

飛んできた触手を切り払いながら、次の手を考える。

通常の切断で触手は対処可能だが、本体には即座に回復されてしまう。

 

「≪原初の光(フォトンボール)≫!!」

 

原初の光(フォトンボール)≫とは、誘導型の魔力集束弾だ。

大きさは任意に変更できるが、術式を一般化前提で開発しているので、手頃であると思われる手のひらサイズを統一規格にしてある。

人の集中力や思考能力によるが、2~4個ほどが同時に出現させられる平均値らしい。

魔力の制御や思考能力向上に適しているので、最優先で開発した術式だ。

 

4個の蒼い光弾形成され、3個が触手を迎撃し、1個が本体を牽制した。

 

「んっ!?NGST-4(ネグストフォー)、今のどう思う?」

 

『本体に一発かすりましたが、先程の斬撃よりも回復が遅かったようです』

 

「なるほど、納得した」

 

そもそも高濃度の魔力を有していて、彼女と同じか近しい何かである黒マリモに魔力攻撃が有効なのは当然の帰結。

なら有効とされる魔力攻撃を中心にすれば危なげなく勝てるだろう。

問題は一点。

彼女の体力が持つかだ。

彼女が倒れている現状、できるだけ早く彼女を安全なところで休ませたいが、≪閉鎖結界(フィールド)≫を展開してもらっている以上、黒マリモが彼女から離れているという程度では彼女を休ませるという目的を達せているとは言い難い。

ならば、なるべく早期で片づけるべきだ。

 

黒マリモはどうやら、さっきの≪原初の光(フォトンボール)≫に怒ったらしい。

空中で口を大きく開いて、そこに黒紫の三角を基調とした魔法陣が現れ、暗い色の魔力が収束していく。

 

「魔力弾…魔力砲か?なら…NGST-4(ネグストフォー)、≪ソード(・・・)≫をやるぞ!!」

 

『イエス、マイロード』

 

≪ソード≫とは、未だに名前すら決まっていない術式の仮称だ。

実体にある剣などに魔力を纏わせ、簡易的な魔力刃を形成する。

なお、魔力の濃度の上限はまだわかっていないために未完成でもあるが、現状使用可能な術式の中で、最高クラスの攻撃力を誇る術式だ。

反面、高度な演算も必要となるため、僕の頭脳とNGST-4(ネグストフォー)の演算能力を以ってしても、≪アイギス≫の展開を維持したままの発動することは難しい。

着陸し、徐々に蒼く輝きだす両手のナイフをクロスするように構えて、僕は黒マリモと真っ向から対峙する。

 

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!!!!!!」

 

『魔力充填率、下限規定値の580%突破』

 

黒マリモの魔力弾らしきものは、既に直径1mを超えている。

 

『魔力充填率、下限規定値の760%突破』

 

後のことは考えるな!

今はこの一撃に全てを賭けるッ!

集中だ、全てを集中するッ!!

 

『魔力充填率、下限規定値の890%突破』

 

集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

『魔力充填率、下限規定値の1000%突破』

 

黒マリモの魔力弾らしきものが一瞬小さくなった。

 

「今だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!」

 

僕は、黒マリモが魔力弾を発射する刹那にナイフを振るった。

魔力弾が小さくなったということは、あれは臨界点を迎えたと考えられる。

なら、精密演算を求められる臨界点に乱数を叩き込めばどうなるか?

その答えが今目の前で始まる。

 

グォォォォォォォォォォォォォッ!!!!

 

まるで逆十字(リバースクロス)のように交差する二本の魔力刃が黒マリモに向かう。

それは、黒マリモが発射する直前の魔力弾に(・・・・)ぶつかった。

想定外のイレギュラーな角度から切り付けられた魔力弾は、まるで壊れた蒸気機関のように暴発。

魔力刃によって魔力弾の暴発エネルギーは志向され、全てのエネルギーが黒マリモを襲ったのだ。

 

「少々エゲツナイかもしれないけど、相手が悪かったと思って諦めて?」

 

蒼と黒紫の凄まじい閃光をまき散らしながら、黒マリモは跡形もなく消し飛んだ。

後に残ったのは戦闘で破壊された町並みと、静寂だけだった。

 

「≪ソード≫の記録はとったか?上限値のデータのサンプルとして貴重なものだぞ?」

 

『先程の一撃は下限規定値の1000%まででした』

 

「それでも暴発しなかったか…」

 

どうやら、≪ソード≫の上限値はまだ先らしいが、考察は後にして、僕は彼女を迎えに行くことにした。

 

彼女は先程の暴発に巻き込まれなかったらしい。

当然角度的に計算はしていたから、巻き込まれるなら僕の方が先に被害を受けることはわかっていたけど、直接見て安心するのとわかっているのとではやはり違うのだ。

 

「おい、起きろ。こんなところで寝てると風邪ひくぞ?」

 

「ん…んんっ…?」

 

軽く揺すると彼女は薄目を開けて起き上がった。

 

「んー…ここ、は…?」

 

「寝ぼけてるのか?おい、起きてって!立てる?」

 

「あ…!化け物、黒いボール…!!」

 

どうやら状況認識が一拍以上遅れているらしい。

それにしても、僕と大差ないあだ名をつけられた黒マリモ、哀れ…。

 

「大丈夫だ、もう倒したから」

 

「あわ、わ、わ…」

 

慌てている彼女の頭をワシャワシャと撫でてやる。

初めは慌てていた彼女も、次第に落ち着いてきたらしく、目を細めて気持ちよさそうにしていた。

 

「落ち着いた?」

 

「は、はい。あの、えっと…すみません、お手数おかけして…」

 

「ありがとう」

 

「え?」

 

「こういう時は、ありがとうで良いらしい…この国の、風習?なんだってさ」

 

「あ、ありがとう…ですか?」

 

「そう」

 

「…ありがとうございます、フォルテさん」

 

「どういたしまして、これからよろしく、ピアノ(・・・)

 

「ピアノ?」

 

美少女が可愛らしく首を傾げている光景は、それなりに見ていて好きな光景ではあるけど、それはそれだ。

 

「僕が無理矢理起こした(?)んだし、記憶がないってことは頼るあてもない。当然この世界には世界を渡る技術なんてものはない。このままじゃ野宿になってしまう…でもそんなの僕が認めない。幸い僕の家は裕福だし、人一人養うくらいなんでもない。名前もないのは不便だろ?それとも、ピアノって名前、嫌?」

 

「い、いえそんなことは、ありませんが…」

 

「ならピアノだ。ピアノ、僕の義妹になるといい。面倒は全部僕が見てやる…どうだ?」

 

僕がそう言うと、彼女、ピアノは悩みこんでしまった。

無理もない。

普通に考えて義妹になれ、なんておかしい。

必要無ければ僕も言わなかった。

だが、この世界での戸籍を持たずに生活するには、ピアノはまだ幼く、また“異物”にしても、拾った場所が人気のない未開の地とかならともかく、普通にこの町の一角だ。

なら、“異物”を持ち込んだ何者かが存在する。

そしてそれは、胸糞の悪いことに人体実験の疑いのある存在だ。

最有力容疑者はベルカの人間、またはそれに組する者だ。

高濃度の魔力で願望器というなら、兵器運用か…仮に平和的利用を目的としていても、中に人間を組み込んでいる段階で狂っている。

ピアノが人間であるかどうかはともかく、ピアノはおそらくこの先、多くの何者か達に狙われる。

なら、ピアノの存在を理解し、守れる力があるのはおそらく現状僕か、あるいは僕の仲間の所属する組織、新人類連合(ガーディアンズ)だけだ。

だが新人類連合(ガーディアンズ)は未だ設立して間もないから、そこまでの組織的余裕はない。

それになにより、これは僕の責任だ。

責任を取らない男は最低だって、母さんが言っていたし!←意味はわかっていない

 

「あの…ご迷惑ではありませんか?」

 

しばらく考え込んでいたピアノは、おずおずと聞き難そうに聞いてきた。

 

「ない。僕の責任だし、家族が増えるのは嬉しい」

 

なら僕は断言するだけだ。

ピアノに不安を与えないように。

 

「改めまして、僕の名前はフォルテ・L・ブルックリンだ」

 

「私は…私は、ピアノ…私の名前は、ピアノ、です…!」

 

勇気を限界まで振り絞って、ピアノは名乗ってくれた。

なら僕は、それを受け止めるだけだ。

 

「よろしくピアノ、僕の義妹!」

 

「はい、よろしくお願いします、義兄さん」

 

多分これは、普通の出会いでも、普通の関係でもないのだろう。

だけどこれだけは言える。

僕はこの春…もう増えないと思っていた家族が増えた。

名前はピアノ。

僕の義妹だ。

 

音もなく、周囲の気配が変わる。

 

「あ、≪閉鎖結界(フィールド)≫を解除しました」

 

「そっか、じゃあ戻ろうか?帰ったら、これ(・・)のことも調べないといけないし」

 

そう言って僕が取り出したものに、ピアノが息をのんだ。

 

僕の手の中にあったもの、それは黒マリモの体内から出てきたと思われるもの――――――

 

 

 

 

―――――――――――――“異物”。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

同時刻。

 

「風は空に、星は天に…」

 

この町で、

 

「不屈の(こころ)はこの胸に!」

 

最も目覚めてほしくなかった少女が目覚め、

 

「この手に魔法を…!」

 

もう一つの物語が、

 

「レイジングハート、セットアップ!」

 

静かに始まりを告げていたことを、

 

『Standby ready setup.』

 

僕らはまだ、

 

「なんて魔力だ…!それにあの娘…砲撃型ッ!?」

 

知らなかったのだ。

 

 

 




まさかの本編スタートがアナザー√!!
感想、お待ちしてます!
投稿、遅くならない用に気をつけないと…
お待たせしてしまって…申し訳ありませんでした!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 無印編 嵐のあとの静寂

一か月…お待たせして申し訳ないです!
さて、今回はちょっぴり布石回
どこが布石かわかってもらえるかも微妙…



Side 高町なのは

 

 

私、高町なのはは、私立聖翔大付属小学校に通う普通の小学三年生!だったんですが…異世界からやってきたフェレットさん、ユーノくんと出会ったあの日、なんと、私は魔法少女になってしまったのです!

びっくりです!

ユーノくんは、事故でこの世界に落ちてしまった小さな宝石、ジュエルシードを回収するためにやってきたそうです。

ジュエルシードっていうのは、本来は願い事を叶えるものなんだけど、暴走して暴れたり、とっても危険なの!

私はたまたま魔法の資質があったので、魔法の杖・レイジングハートを預かって、ユーノくんのお手伝い。

出会ったあの日に封印したのが3個。

ユーノくんが封印したのが1個。

見つかってないジュエルシードはあと17個。

どこに落ちてるのかわからないし、とっても大変かもだけど、リリカルマジカルがんばります!

 

(さすがに道端には落ちてないね…)

 

(いや、地球のこの地域に落ちたことしかわかってないから、道端に落ちていることもあり得るよ。とはいえ、確かに道端じゃ、誰かが拾っていってしまうかもしれないね)

 

私の肩に乗っているフェレットさんがユーノくん。

普通のフェレットさんはお話できないから、お話は念話っていうテレパシーみたいなものでお話してます。

 

(もうちょっと歩いて、商店街から離れて…神社の方に行ってみよっか)

 

(うん、ごめんねなのは。僕の魔力が回復してれば、もう少し探しやすかったのに…)

 

(大丈夫!ユーノくんとお散歩してるみたいで楽しいし!ユーノくんこそ、まだ怪我が治ってないんでしょ?)

 

(僕はもう全然…)

 

(ダメだよ、無理しちゃ)

 

むー、気を付けないと一人で探しに行きそう…。

ユーノくんに無理させないためにも、私ががんばらなくちゃ!

 

「あれ?なのは?」

 

「あ、フォルテくん?」

 

角を曲がったところでばったり会ったのは、クラスメイトのフォルテくん。

アリサちゃん、すずかちゃんと並んで私の仲良しさんなの。

 

「どうした?ボーっと歩いてたら危ないぞ?」

 

「にゃはははは…はーい、気を付けます」

 

「よろしい…って僕は保護者か!」

 

「言い出したのフォルテくんなのに!?」

 

ちょっとひどいと思うの。

フォルテくんは優しそうな見かけと違ってちょっぴり意地悪さんなのです。

あと、外国人さんらしく、たまに日本語とか常識とかがすごく怪しいです。

 

「あれ?フォルテくん、お顔どうしたの?」

 

フォルテくんのほっぺたに青い痣ができていました。

フォルテくんはとっても強いし、体育の成績もいいからあんまり怪我とかしなさそうなんだけど、どうしたんだろう?

 

「あー…あれだ、伯父さんと喧嘩した」

 

「えぇー!?」

 

びっくりなの!

フォルテくんとアームストロングさんって、とっても仲良しさんだったのに。

 

「そこまで驚かなくても…ちょっと隠し事してたのを打ち明けたら、全力パンチが飛んできただけ…だけ………だ、け……………………死ぬかと思った!」

 

「えっと…ご愁傷様なの…」

 

アームストロングさんって、ものすごく体を鍛えてるから、殴られるととっても痛そうなの。

フォルテくん、半泣きで震えてるし。

 

「そうだ、紹介しておこう。ほら、隠れてないでこっちにおいで?」

 

今気が付いたけど、フォルテくんの後ろに誰かが隠れていました。

覗きこんだらびっくり!

緑の髪の綺麗な女の子だったの!

黒色のゴスロリの服がとっても似合ってる!

 

「ほらほら、ピアノ、自己紹介やってみよう?」

 

「え、えっと…ピアノ・F・ブルックリンです…」

 

「あ、はじめまして、高町なのはです!なのはって呼んでください!」

 

「なのは、さんですか…」

 

「はい!よろしくね、ピアノちゃん!」

 

あ、フォルテくんの後ろに隠れちゃった………ちょっとショックかも…。

 

「あ、あはははは…ごめん、人見知りの激しい子なんだ」

 

「しかたないよ…」

 

うぅ…ちょっと傷付くけど、なのはは強い女の子だから負けません!

 

「ピアノちゃんって、フォルテくんの親戚?」

 

ブルックリンって言ってたし、観光案内かな?

 

「義妹だよ、ついこの間こっちに来たばっかりなんだ。こっちの言葉や常識は、あんまり知らないから色々教えてるところ。」

 

「え?フォルテくん、妹がいたの?」

 

これはちょっとびっくりなの。

 

「血は繋がってないけどね。ところで………なのはの肩に乗ってるのが、アリサの言ってたフェレット?」

 

「あ、うん、そうなのユーノくん!」

 

キュゥ!

 

ユーノくんは私たちの言葉以外にも、フェレットさんの言葉も話せるから、こうして鳴き声もやってくれるの。

ちゃんと片手も上げてご挨拶。

 

「あ、片手を上げました」

 

「ピアノ、あれは前足って表現するんだ」

 

フォルテくん、それは細かいと思うの。

 

「なのは、このフェレットってなんて種類?」

 

「種類?」

 

「そ、種類。犬だったらチワワとかブルドックとかいるじゃん?このフェレットはなんて種類かと思って」

 

これは…地味にピンチなの?

種類って、異世界だし…スクライアって適当に応えれば………。

 

「毛並みはいいね、毛の質は細いし柔らかいし、なによりこの色…天然じゃなく人為的な交配によるもの?だとすると僕の知ってる中にはないから、かなり最近現れた新種かな?自然界じゃまずありえないし。いや、ありえなくはないけど、ここ二年以内に発見された新種ってことに………ん?なのは、どうした?なんで汗かいてるんだ?顔色も悪いぞ?ユーノもなんか小刻みに震えてるみたいだけど?」

 

それは意外と追いつめられてるからなの!

フォルテくんの物知りが、今はとっても恨めしいの!

 

「な、なんでもないよ!?」

 

(な、なのは、このフォルテって人、かなりまずいと思う!)

 

(うん、フォルテくん物知りさんだから…)

 

ユーノくんから切羽詰まった念話が届くけど、どうすればいいんだろう?

 

「えーっと…あ、フォルテくんその荷物はっ?どこかへお出かけするのっ?」

 

こういう時は、強引に話題を変えるしかないと思うの!

でもそれ抜きでも、フォルテくんが背負ってるおっきなリュックは気になる…。

 

「これ?…三日分の水と食料と常備薬と防災ずきんと衣服と懐中電灯と携帯ラジオと電池と発電機と濾過装置」

 

「どこに何しに行く気なの!?」

 

アリサちゃんじゃないけど、これは黙っていられないの!

 

「突然空からミサイルが落ちてきたらどうするんだ!」

 

「それどういう状況!?一巻の終わりだと思うの!」

 

「マ○リックス的に回避すればいいんだよ!」

 

「できないの!普通そんなことできないの!!」

 

…お兄ちゃんならできそうとか、そんなこと思ってない、よ?

 

「まあ真面目な話、小学生くらいの子供は秘密基地を作るものらしいから、ちょうどいい立地条件を探している真っ最中だ」

 

「…フォルテくん、真面目って言葉の意味間違えてる」

 

そうじゃなかったら絶対おかしい。

 

「あれ?ピアノちゃんの案内は…?」

 

「………秘密基地を作りながら?」

 

「嘘ならもうちょっとマシな嘘を考えて!」

 

適当すぎると思うの!

フォルテくんは真顔で嘘がつける人なのかな?

悪い人にならないように、気を付けなくっちゃ!

 

「義兄さん…」

 

「あーはいはい、ごめんなのは、ピアノが待ちきれないっぽいから…」

 

「あ、そっかごめんねピアノちゃん」

 

「大丈夫、です…」

 

あぅ…また隠れられた…。

でも、答えてもらえたから一歩前進なの。

 

「なのははこれからどうする予定?」

 

「私はこれから山の方に行こうと思ってるの」

 

「ユーノくんのお散歩、ですか…?」

 

「うん!」

 

「肩に乗っているのに、ですか…?」

 

「ピアノ、それは言ってはいけないことだ」

 

ピアノちゃん、その一言はちょっと厳しいの…。

 

「あんまり引き止めるのも悪いから、僕らはそろそろ行くよ」

 

「あの、それでは…」

 

「うん、また学校でね」

 

フォルテくんたちと別れて、私たちはジュエルシード探しを再開しました。

なんとなく、フォルテくんの雰囲気が怖かったのと、ピアノちゃんからおかしな気配みたいなのを感じたけれど…気のせいだよね。

 

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

やれやれ…本当に面倒なことになったな。

僕はなのはと別れた後、こっそり溜息を吐いた。

いつかはと、その覚悟を決めていたとはいえ早すぎる。

というか、今全力で最悪を天元突破している気分だ。

 

「ピアノ、なのはを見てどう思った?」

 

「悪い人ではないと、思います…」

 

「そうだな、悪い人ではない」

 

だがそれは決して善人と断言できるわけではない。

そう考える自分は歪んでいるのだろうとフォルテは思った。

 

「なのはは、友達になれそうか?」

 

「………わかりません」

 

「そうか」

 

ならばあえて何も言うまい。

なのはとピアノ、二人が友達になるのをフォルテは止めようとは思わない。

本音で言えば、フォルテはなのはを敵に回したくはないが、同時に味方にしたくもないのだ。

だがそれでもフォルテは何も言わない。

なぜならそれは、ピアノに友達ができるメリットの方が大きいと思ったからだ。

例えなのはと敵対する可能性があったとしても。

例え高町(・・)と敵対する可能性があったとしても。

 

「しばらくは異物捜索だ。ピアノは異物を感じ取れるんだったな?」

 

「はい」

 

ピアノが言うには、近くにある異物にはどこかシンパシーのようなものを感じるらしい。

黒マリモの中から出てきた異物に対して、ピアノはそう言った。

 

あの夜、黒マリモの中から出てきた異物を調べた限りでは、ピアノが出てきた異物と大差ない存在であることまでしかわからなかった。

即ち、願望器である。

特筆すべき違いは、ピアノの異物にあった揺らぎが感じられないことと、異物の中に浮き上がる文字が“Ⅶ”であったということだ。

揺らぎに関しては時間帯などが関係している可能性もあり、また、そもそも揺らぎが感じられないとピアノの時のように中から出すこともできなそうだったので、そこに関しては一時保留。

数字に関しては、おそらく通し番号的なものだろうと考えられる。

ピアノが“Ⅳ”、黒マリモが“Ⅶ”ということは、最低でもⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅴ、Ⅵがどこかに存在していると考えるべきだろう。

黒マリモの一件から、異物は今、何かしらの理由で製作者、あるいは保有者の手から離れている状態なのではないかと思われる。

ピアノの分だけなら、まだ落とし物レベルで考えることもできたが、黒マリモが現れた段階でその考えは破棄。

同時に先日の公園での破壊活動に黒マリモ、もとい異物が関与していた可能性が現実味を帯びてきた。

ただそうなると不自然な点がある。

なぜ異物関係者は公園の件を隠蔽しなかったのか?

どう考えても表沙汰にできない、異物という存在が関与した破壊活動を隠蔽しないはずがない。

それこそ、適当な奴に金を払って「酔っぱらってバットで壊して回った」と自首させるだけで隠蔽としては問題ない。

多少不自然なところがあっても、犯人が出頭していれば警察という組織はそれ以上に調べようとはしないものだ。

未開拓だからって見下されてる?調べられてもどうせ辿り着けないとか思われてる?

ベルカマジ滅ぼす!

 

「あの、義兄さん…あれは、なんという生き物ですか?」

 

「あれは猫という生き物だ。猫というのはあの生き物の総称で、細かい種類は色々あるが、そこまで詳しく知らなくても多くの人はそのまま不自由なく暮らしている」

 

「あっちも猫ですか?大きい気がしますが…」

 

「あれは犬だ。猫と同様に犬というのも総称で、猫同様種類も多く、知らなくても特に問題ない」

 

現在ピアノと一緒に歩いているのは、異物捜索という一面もあるが、ピアノの社会見学という一面の方が大きい。

勝手に起こした(?)とはいえ、この世界で生きていくにはどうしてもいろいろ常識が足りていない。

ならば勉強させるしかない。

幸いピアノの学習能力は高く、真綿が水を吸うが如くという言葉がしっくりくるほどなので、実地でいろいろ見て感じてもらった方がいいと思ったのだ。

 

「あれは家ですか、それともお城…ですか?」

 

「いいえ、あれは月村邸です。ああいうそれなりを超えるレベルのお家を邸宅とか豪邸とか言います」

 

思わず説明口調で懇切丁寧に否定するのは仕方がないだろう?

お城かと聞かれたら違うと断言できるけど、この月村邸を普通の家と表現すると、それは世界の多くの一般家庭の皆様に対して宣戦布告するに等しい。

どう見ても豪邸じゃん?

敷地内に森があるとかなんだよそれ?

しかもセキュリティー超高い!

僕もここに侵入できる自信ないよ?

魔法使っても失敗しそう…。

 

「まあ、目的地の一つだ。知り合いを紹介しよう……………………訂正、親友だった」

 

「………親友、なんですか?」

 

「親友だ」

 

ピアノは何か言いたそうな顔をしていたが無視した。

うん、言いたいことはわかる。

顔に書いてあるもん。

言わなくても伝わっているよ。

 

チャイムを鳴らし、僕たちは中庭のテラスに案内される。

そこには先に到着していたらしいアリサがすずかと紅茶を飲んでいた。

 

「あ、来たわね」

 

「いらっしゃい、フォルテくん。えっと…?」

 

「お待たせ、ピアノ、挨拶を」

 

「………」

 

ピアノを促すも、無言で後ろに隠れられた。

小動物とか、そういう弱々しい何かに頼られるような気持ちになりながら、苦笑する。

これ、毎回同じようなこと繰り返すの?などと思っていると、アリサが回り込んできた。

 

「ピアノ、っていうのかしら?あたしはアリサよ、アリサ・バニングス。間違ってもアンコ・バクダンズでもアラシ・フェスティバルでもないわよ?」

 

「なんだそれ?」

 

「あんたが昔あたしに言ったのよっ」

 

はて?そんな記憶も無きにしも非ず?

もうアリサの名前は百超えてるんじゃないかなぁ?

全部覚えきれるはずがない。

 

「あはははは…私は、月村すずかだよ。すずかって呼んでね?」

 

「わ、私は…ピアノ・F・ブルックリン、です…」

 

「「ブルックリン?」」

 

さすがだな、アリサもすずかも息ぴったりだ。

 

「ぶっちゃけ、“我々”の色々で義理の妹という立場にしたんだよ」

 

“我々”というのは、アリサとすずかにだけわかるようにした僕の仲間…つまり、魔導師たちのことを指す言葉だ。

日本で説明しているのはこの二人だけだから、わざわざ考えてみた。

そのうち魔導師云々についても説明しないと…って、ピアノのこと秘密にしないといけない段階で無理か。

 

「ってことは、ピアノも?」

 

アリサは持ち前の性格で、ズバッと確信をついてきた。

でもちょっと違うんだよな。

 

「まあ、いろいろあるけど…そうだね、“我々”の仲間だよ」

 

嘘は言っていない。

魔導師としては仲間だし?

軽く調べた限りじゃ、生物学的に大きな差異もなかったし?

 

「あの、義兄さん?この人たちは…?」

 

「あ、うん。この二人は僕の親友で、種族的な説明はある程度してあるんだ。色々…本当に色々…あって、ね…」

 

本当に色々あったな…。

誘拐事件とかもう二度と遭遇しないぞ!←フラグ

もしもあったら今度は無視してやる!←フラグ

って、そうそう何度も遭遇するはずもないか。←フラグ

 

「なんだかよくわかりませんが…大変だったんですね…」

 

「いや、気にするようなもんじゃないし」

 

ピアノは同情の視線を向けているが、正直な話、大変というか気疲れの方だから、ちょっぴり的外れだ。

 

「あ!フォルテくん、その荷物は?随分大きなリュックだけど…」

 

話しが重い方に流れそうだったのを敏感に察知したらしいすずかが、先程から気になっていたことを切り出した。

 

「これ?三日分の水と食料と常備薬と防災ずきんと衣服と懐中電灯と携帯ラジオと電池と発電機と濾過装置」

 

「「どこに何しに行く気なの!?」」

 

「ふっ…アリサもすずかもまだまだだな!そのツッコミはなのはと重複している!」

 

「別に芸人になりたいわけじゃないんだからいいでしょ!」

 

おおう…さすがツッコミ要因アリサだ。

速攻で切り返しが来るとは思わなかったぞ。

カウンターツッコマーアリサと呼ぼう。

 

「変な名前を付けるなっ」

 

「心を読まれたっ!?」

 

こいつ、新型か…!

 

「…義兄さん、表情に出てます」

 

「………義妹よ、こういうくだらないギャグは軽く流すか軽く乗るんだ」

 

やっぱりこういうのは、経験が必要だという判断は間違っていなかったらしい。

本を読むだけでは、知識ばっかりの未経験者になる。

耳年増っていうんだっけ?←意味わかってない

 

「えっと…ピアノちゃん、純粋だね?」

 

さすがにすずかは、世間知らずとまでは言えないらしい。

最近積極的になってきた気はするけど、そういうところを残すのはありだと思う。

 

「まあ、ね…。そうだ、いい加減こいつも紹介してやらないとへそを曲げるかもしれない…NGST-4、自己紹介だ」

 

僕はリュックから、NGST-4を出してやる。

新しい器に急ピッチで入れ替えたため、相変わらず見た目はまだアレだけど、ガ○ダムのランドセルくらいにはマシな見た目になった。

いや、飛べないけどさ。

 

『はじめまして、新人類能力補助用自己成長型演算装置試作四号機、仮称NGST-4です、見た目通りへそはありませんので曲げることはできません』

 

…なかなかに手厳しいなNGST-4よ。

へそがないってことを突っ込むとは、レベルを上げたな。

 

「しゃべった!?」

 

「わ~…すごい技術だね!」

 

アリサは予想通り驚愕の表情で固まったが、すずかはとても感心したように頷いてNGST-4を隅々まで観察している。

…白々しいとは言わない。

たとえ?僕らにも内緒にしている?明らかにオーバーテクな?メカメイドがいたとしても?別に嫌味だとは思わないよ?彼女たちのプライバシーにも関わるし?言えないのはいいよ?でもそれとこれとは別だよ?何が言いたいかというと?僻んでんだよ!ちくしょう!こちとら蓄積技術なんてないから一から作ったんだよ!!

こちらの想いが伝わったのか、すずかはちょっと微妙な苦笑いのあと、スーッと身を引いた。

正直すまん、大人気なかった…。←小学三年生

 

「フォルテ、NGST-4だっけ?何のための機械なのよ?」

 

「んー…ピアノの件も含めてちょっとだけ話すよ」

 

「あ、じゃあ紅茶飲む?」

 

「ありがとう。ピアノは…猫と戯れ中だね」

 

さて、どれだけ話したものか…。

とりあえず、“異物”のことは伏せて、ピアノはちょっと追われてるかもしれない立場という説明でいいか。

魔力って呼び名とかは、ピアノの発案ってことにしよう。

NGST-4は、そのままの説明でいいだろう。

 

………

………………

………………………………

 

「ってわけだ。詳しくは話せなくてごめん。でも、ピアノがもしも助けを求めてきたら友達の義妹(・・・・・)として助けてやってほしいんだ」

 

こういう理由であれば、万が一の事態が発生してもこの二人はただ一般的な善意(・・)で行動したことになり、そこには一定の信憑性ができる。

つまり最悪、この二人には累は及ばない…はずだ。

この予防線がどの程度役に立つかはわからないけど、張っておいて損することはないだろう。

 

「うん。もしもなんて、無い方がいいけどね…」

 

「そうね、でもあんたもちゃんと助けを求めなさいよ?」

 

この二人の才能は並ではない。

今のちょっとした言い回しで真意に辿り着いたようだ。

もっとも、アリサは不本意と顔に書いてあるが。

アリサとしては、そういうのも一切抜きに人を見捨てるという選択肢を持たないし、そもそもこういう予防線は好きではないだろう。

 

「わかってるよ、僕だって自殺志願者とかじゃない。勝算があるか、退けない状況でもない限り無茶はしないよ」

 

「そもそも無茶するなって言ってんのよ!」

 

「すみません、気を付けます…」

 

なにか、アリサの琴線に触れてしまったらしい。

僕は知らなかったことだが、アリサは年末の誘拐事件で僕が≪レールガン≫を使った時、火傷を負わない体質でも、熱いものは熱いという事実には気付いていた。

そんな無茶をさせてしまった事実に気付いたのは、かなり後になってからだったので、謝る機会もなく、少しため込んでいたのだ。

 

「あの…義兄さん、これも猫、ですか?ちょっと熱いです…」

 

全く気が付かなかったが、いつの間にかピアノは、ものすごい数の猫の群れに埋まっていた。

…いや比喩でもなんでもなく埋まっている。

漫画か何かで吹雪の中で立っていた人みたいな感じで猫達磨が出来上がっている。

その数の生き物に囲まれていれば、それは当然熱いだろう。

 

「そうだね、猫だね、できればもうちょっと早く声を掛けてくれれば助けやすかったかな?」

 

とは言っても、助けない選択肢はない。

僕らは三人がかりでピアノにくっつく猫たちを引きはがした。

なお、すずかが引きはがすたびに毎回、グイード、ケーニヒ、ガノフ、パリロなどと名前を呼びながらだったので、僕はほんのちょっとだけその記憶力の高さに引いた。

間違いなく敷地内には三桁以上の猫がいますよ?

 

「ごめんねピアノちゃん。うち猫がちょっと多いから…」

 

「ピアノ、すずかの家にいる猫の数はちょっと多いのではなく、本気で多いから間違えないように」

 

細かいことだが訂正しておかないと、ピアノの多いの基準がおかしくなる。

 

「とりあえず、お風呂入る?服も髪も毛だらけになっちゃったし…」

 

「大丈夫、ですよ?」

 

「すずかは落ち込み過ぎだと思う」

 

「あんたはちょっとデリカシーないと思うわよ?女の子が髪と服を傷つけられたら怒るのと同じで、それだけすずかは落ち込んでるのよ」

 

アリサにそう言われても困る。

女心を理解するのは、自然界の真理を解き明かすよりも難しいと思う。

 

ピカッ…

 

「え…?」

 

ピアノから発せられた一瞬の光。

その光が晴れて現れたピアノには、先程まで体中についていた猫の毛は一切ついていなかった。

 

「…………………ピアノ、ごめん。僕が悪かった。この二人が事情を知ってるっていうのは、決してこの二人の前なら何の気兼ねもなく魔法を使っていいというわけじゃないんだよ。ごめん、ちゃんと説明すべきだった…ホント、ごめん………」

 

僕が頬を掻きながら謝るのと、ピアノの足元の薄緑色の三角の魔法陣が消えるのは同時だった。

ピアノが言うには、三角の魔法陣は“ベルカ式”というもので、異世界では最もポピュラーな魔法体系らしい。

 

「今の…ひょっとして見ちゃまずかった?」

 

「気にしなくていい…とまでは言えないけど、忘れてくれると嬉しいかな?」

 

思わず苦笑い。

そもそも他言無用な内容に忘却を掛け合わせるなど、面白すぎる冗談だ。

 

「―――ッ!?義兄さん!同時に二か所!片方はここから北にしばらく行ったところ、片方はあの森です!」

 

「…両方一気は無理だ。森から片付ける。二人とも、悪いけどちょっと待ってて。ピアノ、行くぞ!」

 

「ちょ、フォルテ!?」

 

「フォルテくんっ!?」

 

突然のことについて行けない二人を無視して、僕らは森に向かって走った。

 

森の中(何度も言うが敷地内です)をしばらく進むと、そこには全高3mほどの巨大な子猫がいた。

…………いや、巨大な子猫って日本語がおかしいけど、今は正しいだろう。

実際とても大きい。

でも、どう見ても子猫だ。

 

「ピアノ、これはどう思う?」

 

「…“異物”は、願望器。子猫の大きくなりたいという、願いを叶えた結果では、ないかと…」

 

「いや、正しいけどさ…間違ってるだろ」

 

ちなみに、この時点で僕らは知らなかったことだが、今回のこれは正しく願いを叶えた(・・・・・・・・・)数少ない事例だったりする。

しかし、そのことに気付くのはだいぶ先のことである。

 

「で、この子猫をズタボロにリンチするの?」

 

「………嫌、ですね」

 

例えるなら、手術だとわかっていても、子供を切ることに躊躇う医者の気持ちだろうか?

正しいけど、理解していても、納得もしているのに、理屈でもなんでもないところで否定の感情が湧いてくる。

どう言い訳しても、子猫をボコボコにすることには変わりないわけだし。

 

「…どうしよう?」

 

「すずか、あんたん家は猫育てすぎじゃない?」

 

「さすがに育てるってレベルじゃないと思うよ…」

 

………?

あれれ~、おかしいよ?

此処には僕とピアノの二人しかいないはずなのに、他にも声が聞こえるんだ。

と、見た目は子供で頭脳は大人な自称名探偵の子供のふりして女風呂に入るムッツリ変態高校生のモノマネを脳内でするという、ありていに言えば現実逃避から気力で復帰して振り返る。

そこには、先程ついてこないように言ったはずのアリサとすずかの姿があった。

 

「…………………待ってるように言ったよね?」

 

「待ってるとは言ってないわよ?」

 

「揚げ足を取るな」

 

「ここは私の家だから、私がどこにいても問題はないはずだよ?」

 

「それ以前の問題だ!これは知ってはいけない情報に分類されるんだぞ!?」

 

冗談じゃない!…どうしよう?

“異物”に首を突っ込んだ馬鹿な子供の、事情を全く知らない友人という立場でないと、万が一の時に関係者として“異物”の本来の所有者に消されかねない。

あ、揉み消せば何とかなる?

むしろ関係者が口を開かなきゃ問題ない…かな?

幸いここ敷地内だけど人気のない森だし。

あとでしっかり、言い聞かせれば(・・・・・・・)いけるか?

…仕方ない、気乗りしないけど言い聞かせよう(・・・・・・・)

よし、それでいこう!問題解決っていうか、それ以外選択肢が残ってないっていうか…ぶっちゃけ目撃者だって知られたらアウトじゃね?って思うわけで。

となると直近の問題として、もう一つ北に“異物”があるということを考えないといけない。

そこであの黒マリモが暴れている可能性がある。

目の前の子猫を迅速に対応する必要があるから…だから迅速にこの子猫を袋叩きにする?

…ごめん、それ論外!

 

ニャッ!

 

「ッ!散開ッ!!」

 

こっちがごちゃごちゃしているうちに、巨大子猫は飼い主であるすずかが遊んでくれると勘違いしたのか、前足で猫パンチ(必殺級)を繰り出してきた。

もの凄い風切り音が聞こえたが、そこにいるのは基本的に天才や才媛、あるいは異質。

誰も彼もが平均を超えた反射神経を持っている。

アリサとピアノは素早くその場を飛び退き、すずかは自身の身体能力を活用して木の上に飛び乗り、僕は身体能力を強化して巨大子猫の懐に入った。

 

「ピアノ!」

「≪フィールド≫!」

 

僕がピアノを呼ぶのと、ピアノが≪フィールド≫を発動するのは同時だった。

その瞬間、空気が変わる。

先程まで感じていた風が突然なくなり、鳥の囀りや虫の息遣いなど、およそ生命の息吹と呼ばれるそれらが失われる。

代わりに感じる空虚。

視界に広がる灰色のそれが、≪フィールド≫の発動を僕に教えた。

 

「少しオイタが過ぎるかな?」

 

僕は少し良心が咎める中、巨大子猫に触れる。

なるべく衝撃は一瞬にするように心がけて≪バルカ≫を発動する。

 

『バルカ、イグニッション』

 

「≪バルk――ッ!っておいこら!なんで僕は餌認定なんだよッ!?」

 

巨大子猫のもう片方の前足に触れて電撃を流そうとした瞬間、巨大子猫があろうことか顔を近付けてガブッとやろうとしたのだ。

有り体に言うと食べられそうになった。

納得しかねる!!

全力でその場を飛び退いた僕は、≪アイギス≫で空に駆け上る。

 

「まったくもう…!どうしたもんかね?ピアノ、代案ある?」

 

「…私が接触して直に封印すれば、可能性はあります」

 

「採用!」

 

それ、もうちょっと早く言ってほしかった。

たとえ1%の可能性でも、子猫いたぶる選択肢でないならまだマシだろう。

子猫の気分は変わりやすいのか、僕に向いていた意識は今、自身の顔を洗うことに向けられていた。

とは言っても、さすがに近付けば気付かれて猫パンチ(必殺級)されるだろう。

 

「じゃ、囮作戦だ。僕が餌(文字通りの意味)やるから、ピアノは気付かれないようにそっと近づいて子猫と接触してくれ」

 

「はい…!」

 

「あたしたちはどうする?ピアノの援護した方がいい?」

 

「そうだね、そうしてくれると嬉s………………………………………」

 

ピアノと顔を見合わせる。

僕たちはテレパシーとか使えないけど目線だけで語り合った。

お前か?

いいえ違います。

じゃ、誰?

誰でしょう?

振り返る?

怖い気が…。

心を強く持とう?

…はい。

はい、それじゃ…そーっと振り返って………

 

「なんでアリサもすずかも居んだよ!≪フィールド≫で僕ら以外居なくなったはずだろ!?むしろ≪フィールド≫の意味なくなったよ!!二人とも僕たちの側じゃないよね!?」

 

「吸血鬼だからじゃないかなぁ」

 

「すずか、変わったなぁ…」

 

まさかここまでオープンに吸血鬼の話題を持ち出すようになるとは…これが月村すずかか!

普通に反応されてしまったが、アリサとすずかがなぜか≪フィールド≫内にいる。

あの夜、ピアノから使える魔法について説明を受けたけど、どう考えても魔導師以外が入れる理論じゃなかったはず…。

どこか理論に穴があったか、あるいは二人は特異体質?

確かにすずかは可能性もあるけど、アリサだけはありえない。

結論、時間ねぇしお手上げだから今は考えなくてよくね?

むしろ目撃されない今の状況だけで満足すれば丸く収まらね?

二人に被害が行かないように気を付ければいいだけだし。

 

「………仕方ない、ここでのことは他言無用な?それと、後でお話があります」

 

はい、二人ともいい笑顔。

ちょっと腹立つけど。

いいや、言い聞かせる(・・・・・・)予定だし。

 

「アリサ、ぶっちゃけて悪いけど、君はこの中で一番弱い。だからなるべく僕より後ろに下がっていてほしい。最悪、≪アイギス≫で守ったり、場合によっちゃ抱えて逃げるから。すずか、君は司令塔だ。足元に≪アイギス≫を展開するから、それを足場に安全な高さまで上がってきて。基本僕が餌(文字通りの意味)をやるから、子猫が興奮しすぎてそうとか、飼い主としてのアドバイスをしてほしい」

 

「仕方ないわね」

 

「うん」

 

二人から了承を得て、再び子猫に向き直る。

いつの間にか、顔洗いから毛づくろいに変わっている。

マジ猫の行動予測できぬ。

 

「それでは…そーっと近付きます…」

 

集団心理的なものだろうか?

ピアノが近付いて行くのを、なるべく音を立てないように見守る。

息まで殺す必要はないはずなのに、全員で息を殺している。

僕は辛うじて子猫の手(前足)が届きそうな高さまで、ゆっくり慎重に降りる。

 

ニャァ?

 

あ、気付かれた?

ピアノは子猫と目が合ってしまった。

まずい、この後何が起きるかすごく想像できるぞ?

 

「こっちだ!」

 

僕は想像した事態が現実にならないように、子猫の目の前をぶらぶら走り回る。

 

「あ、フォルテくんダメ!」

 

『エマージェンシー』

 

「へ?」

 

すずかの叫びに、思わず立ち止まった僕が見たものは、視界いっぱいに広がる猫ハンドだった。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

「酷い目にあった…」

 

太陽が傾き、大地を赤く染め上げた頃、帰宅ラッシュ状態の町を横目に、僕たちは人知れず空中を疾走していた。

ピアノの張った小型移動式の≪フィールド≫の効果で、僕たちの姿は誰にも見えない。

正確には、僕がピアノを抱えているので、僕一人で走っているのだけど。

背中にはリュックのNGST-4、両手にはお姫様抱っこのピアノ。

≪アイギス≫の演算も少し慣れてきたのか、NGST-4が勝手に計算してくれている。

 

「あの、義兄さん、大丈夫、ですか…?」

 

「決して大丈夫とは言えないけど、大丈夫だ…」

 

あのあと、巨大子猫(ドルバーというらしい)に捕獲された僕は、全身がベタベタになるほどに舐め倒された。

ピアノが魔法で何とかしてくれなければ、今頃体中ベタベタで空中を全力疾走するという地獄を見たことだろう。

…考えたくもないな。

 

「でも、よかったです。“異物”も取り出せました」

 

“異物”は、僕が餌(文字通りの意味)をやっている間に、ピアノの魔法ですごくあっさりと取り出せた。

精密検査してみないと何とも言えないが、子猫は何の影響もなく元通りに見える。

あ、最低限だけど“異物”は危険物であることと、絶対に関わらないでほしいこっち(・・・)の案件であることだけは言ってある。

当然これだけだと不安だから、後で時間を取って言い聞かせる(・・・・・・)つもり。

 

「でもまさか…想定してなかったわけじゃないけど、“Ⅹ”か………」

 

子猫から出てきた“異物”に書かれた数字は“Ⅹ”。

ピアノの“Ⅳ”、黒マリモの“Ⅶ”、子猫の“Ⅹ”。

つまり、最低でもあと7個の“異物”が存在していて、そのどれもこれもが核爆弾と同等か、それ以上のエネルギー量を持っている。

町中に、見かけじゃ誰にもそうだとはわからない核爆弾が7個転がってると言えば、僕の全力疾走するほどの焦りも理解してもらえるだろうか?

しかも、“異物”は暴走する。

起動シークエンスは不明。

子猫でも起動できるらしい。

しかも願望器とか狂った設定つき。

破滅願望者が拾ったら、どう考えても日本終了のお知らせじゃね?

 

「でも、この先に1個はあって、残り6個になります」

 

「それ、“Ⅹ”が最大数っていう前提の上でな?」

 

ぶっちゃけ100個とかあっても不思議じゃない。

だって異世界の技術とか物量ってわからないし。

でもこの先に1個はあるので、また何かしらのヒントにはなるだろう。

 

「この先の“異物”の反応…少し前から感じられなくなっています」

 

「…休眠状態に入ったかな?」

 

勤めておチャラけた感じに言う。

残念ながら、空回ったようだ。

多分ピアノも想定はしているだろう。

自然な休眠でなく、誰かが意図的に休眠させた(・・・・・・・・・・・・)可能性がある。

その場合、誰が(・・)というのが問題なんじゃない。

誰かが関与している(・・・・・・・・・)ということが、そもそも問題なのだ。

相手がベルカだろうが、他の世界だろうが、この世界の人間だろうが、話の分かる相手とは限らないし、どう考えても揉め事の種になる“異物”が中心にいるのだ。

最悪、僕をこの世界のために切り捨てることも、視野に入れないといけないな。

 

「でも………道端…月村邸…この先っていうと神社の建ってる山か?それとも神社そのもの?」

 

ピアノの“Ⅳ”は道端に落ちていた。

黒マリモの“Ⅶ”は勝手に来たので、どこにあったか不明。

子猫の“Ⅹ”は言わずもがな月村邸の敷地内。

この先にあるはずの“異物”はおそらく神社か、あるいは神社のある山のどこか。

すずかが言うには、あの子猫はまだ拾ったばかりらしく、当然子猫に持ち物などない。

敷地の外へは出られないはずなので、外から子猫や他の猫が持ってきた可能性は低いと見ていいだろう。

他の可能性だと、鳥が持ってきて落したとかは………いや、僕はただ否定したいだけだ。

すずかが関わっている可能性を、否定したいだけなんだ。

月村邸のセキュリティーは決して低くない。

そんな中に、わざわざ“異物”を落とすだろうか?

“異物”の持ち主、あるいはばら撒いた誰かの意図が見えない。

だがもし、“異物”が月村の関係物(・・・・・・)なら、敷地内にある理由がある程度説明できる。

僕はもしも万が一、すずかの与り知らぬところで、彼女の一族が関与していたらと考えるのが恐ろしいのだ。

正直、親友になった経緯や、その後のゴタゴタもどうでもいい。

あまり認めたくはないけど、僕は彼女たちに救われたのだから。

 

「あれか…?」

 

名前も知らない神社のある山。

そこが宗教的意図のある場所だったりするかもしれないし、避難所的な意図で建てられたものかもしれない。

だが、当然僕たちの世代にとってはただの遊び場でしかなく、山の名前も“神社山”などと適当な名前を付けられているほどだ。

正式名称など、小学生が気にするはずもない。

僕はアリサに一度引っ張って来られたことがあるから、存在だけ知っているのだが。

神社の境内の影になっているところに僕たちは降りた。

念のため、周りに人影がないのは確認している。

 

「だいぶ日も傾いてきた…急ぐぞ」

 

「はい」

 

『イエス、マイロード』

 

相も変わらず無表情なピアノと、いつも通りのNGST-4が、今はとても心強い。

いや、僕が勝手に不安になっているだけか。

降りるときに見たが、境内は特に異常がなかったようだ。

そうなると山の方に入っていくことになるが、これがまた厄介だ。

もうすぐ日が暮れる。

日の暮れた真っ暗な山の中で、たった一つの小石大の“異物”を見つけ出すのは至難の業だと言っていい。

しかも、ここにあった“異物”は先程からピアノのセンサーに引っかからない。

…もうここに無い、とは考えない。

考えたくない。

 

「手分けして探すのが定石だけど、もうすぐ暗くなる。迷子の方が困るから一緒に探そう」

 

「はい…!」

 

僕はピアノの手を取って、真っ暗な山道に足を踏み入れた。

 

………

………………

………………………………

 

行けども行けども、何の手がかりもない。

僕たちは、最悪ここに誰かいる可能性も考えて、なるべく何もしゃべらずに、黙々と“異物”の捜索を続けていた。

 

「…」

 

「…」

 

『…』

 

一応光物だから、落し物という枠の中では比較的探しやすいもののはずだ。

鍵や硬貨だと、見つけるどころか諦める確率の方が高いし。

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………』

 

パキッ

 

「…………………」

 

『…………………』

 

「…………………ごめん」

 

小枝を踏んでしまった。

焦り過ぎているかもしれない。

普段歩く分には、モノを踏まないように注意しているのに。

そうだ、気分を入れ替えよう。

考えも凝り固まっている。

首をゆっくり回してリラックスする。

そして、あちこち見まわすうちに、とんでもない見落としがあることに気付いたのだ。

 

「…なあ、なんか焦臭くないか?」

 

「…?」

 

『前方12m地点に不自然な熱源多数。生命体の大きさや熱量ではありません』

 

「………行こう」

 

「はい」

 

ピアノの手をしっかり握り直して、慎重に足を進める。

山の中と言っても、ここは滅多に人が来なさそうな道だ。

そして、この焦げ臭さ。

 

「これは…」

 

さっきの場所から12m地点。

相変わらずただの森だが、不自然なことに数本の木が黒く焦げている。

一部はなにか、砲弾ででも貫いたような穴まである。

もしも、今日が曇りだったとしたら、落雷だと楽観的に見ることができただろうが、残念ながら快晴だ。

 

「厄介事の予感だ…」

 

思わず小声で呟いてしまった。

この状況、明らかに人工的に作られたものだ。

なぜかと言えば、穴が開いた木に注目すればわかることだ。

 

「NGST-4、僕の気のせいの可能性も考慮したいから一応聞くぞ?あの木の穴、全部同じ角度から撃ち込まれてるよな(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

『現在発見しているものに限定されますが、全ての穴の角度が、ここから東北に26m、上空に7mの空間で集束されます』

 

NGST-4も同意見のようだ。

穴の開き方は言うまでもなく不自然だが、なによりこの穴の角度が、ほぼ一定角を指し示すのだ。

ここから東北に26m、上空に7mの空間。

そこからこの地点に向かって隊列でも組み、数人がかりで一斉射撃でもすれば、こんな形にもなるだろう。

銃にしては、木が焦げすぎな気がする。

爆発物にしては、被害が小さすぎる。

ではなにか?

火にしては延焼していない。

消火したような形跡もない。

瞬間的に高熱に炙られたような…そう例えば、落雷のように瞬間的に高熱が通り過ぎたら、おそらくこんな状態になるだろう。

………≪バルカ≫か?

いや、≪バルカ≫はまだ放電までしかできない。

ガーディアンズの全員が習得できているわけでもないし、一番上手いはずの僕でもNGST-4の助けがあってようやく5mほど飛ばせるだけだ。

発射したと思われる空間から、ここまでの直線距離はおよそ27m。

現実的な数字じゃない。

 

「あの…どういうことでしょう?」

 

まだわかっていないらしいピアノが首を傾げている。

 

「つまり、空からここに電撃系攻撃があったってことだ」

 

「―――!?」

 

ピアノは無表情ながらも驚いているようだ。

当然だろう、最悪の可能性がこれで証明されたのだから。

 

「ここで誰かが電撃系の魔法を使った。そして、さっきから感じられない“異物”の気配…ここから導き出される答えは?」

 

「誰かが、どこかの魔導師が、ここで戦闘を行った?それで“異物”を持って行った…?」

 

「正解」

 

おそらく何者かは魔導師だろう。

魔導師は“異物”と戦闘になり、そしておそらく勝利した。

それは、“異物”の反応が消えたことが証明している。

そこから導き出されること、それは、ここで戦闘した魔導師と戦闘になる可能性があるということ。

平和的に済む可能性は低いだろう。

僕個人としては、なるべく穏便に済ませたいんだけどな。

 

『ここから西南西に55mの地点に生体反応、人間です』

 

僕が思考の海に沈んでいると、NGST-4が突然声を上げた。

 

「ピアノはここに…いや、先に帰っていてくれ。場合によっては降伏してでも生きる道を模索して」

 

スイッチを切り替える。

ピアノは心配そうだったが、戦闘能力の低い自分では足手まといになると思ったのか、どこか辛そうに離れていった。

ごめん、と心の中で謝る。

この先にいる誰かが迷い込んだ子供や、焦げ臭いのに気付いて様子を見に来た大人とかなら、それはまだいい。

問題は魔導師の場合、ここは戦場になるだろうということだ。

そして、それはおそらく避けられない。

最低でも27mの射程を持つ魔導師だ。

勝てないまでも苦戦は確実。

ピアノは帰宅できれば可能性がある。

ブルックリン家、アームストロング家はブリタニア皇族とそれなりの繋がりもある。

両家に加えて、ブリタニア皇族まで敵に回してピアノを手に入れるのは、さぞ骨が折れることだろう。

僕個人の繋がりを持つ皇族は、割と身内贔屓だから、僕が死んだと言えば絶対報復に出る。

それこそ、英国軍を動かし、ガーディアンズにも働きかけるだろう。

いや、ガーディアンズは勝手に報復を始めるか?

あの主席指揮官(馬鹿)、普段は冷静で理想的な指導者なのに、仲間のことになると途端に熱くなるからな。

どちらにしても、最低限の事情を知る伯父さんが生きている以上、ピアノの安全は確約されたも同じだ…帰り着ければ。

そのためにも、僕はなんとしても時間を稼がなくてはいけない。

これが今回の最低勝利条件。

最上は相手魔導師と和解。

次に相手に悟られずに情報だけ収集して素早く逃げる、かな?

 

「……――――は……………―――のは、しっかり!」

 

誰かの声が聞こえてきた。

声からの性別判断は不可能。

中性的な声だ。

どうやら、誰かに声を掛けているらしい。

誰かは怪我でもしているのか?

 

「NGST-4、何人だ?」

 

『反応は一人です。しかし、周囲に野生の小動物の反応があり、100%とは言えません』

 

「十分だ」

 

僕は小声で確認した後、更に足を進める。

 

「…―――のは……ぅしよう?治癒魔法が使えたら…」

 

大分声が近付いてきた。

相変わらず、声からの性別判断は不可能。

ただ、それなりに幼い声だ。

年齢は僕と同じか、あるいはその前後くらい。

そして、“治癒魔法”という言葉から、無関係の他人である可能性を除外。

極めて敵性確率の高いアンノーンに認識を変更。

接近を続行する。

 

「誰か助けを呼ぶ?駄目だ、この姿で人を呼んでも信じてもらえない…どうしたら…」

 

茂みに隠れて、そっと様子を窺う。

最初に見えたのは白。

白い塊がある。

次に目についたのは赤。

白い塊のところどころに赤い色がついている。

次に金色。

とても小さい何かの色。

それは唐突に向きを変えた。

 

「あなたは!?いや、今はそれどころじゃない!お願いします!彼女を助けてください!彼女は怪我をしているんです!」

 

それが何かを言っていたが、僕は聞こえなかった。

僕は…その白を知っていた。

それが何なのか、僕は知っていたのだ。

そしてようやく理解する。

僕は今、とてつもないものに足を突っ込んでいるという自覚と共に、目の前に事態を理解する。

なぜならそれは、つい昼過ぎにも会ったのだから。

 

「なのは…?」

 

その白の名は、高町なのは。

そこにあったのは、僕の親友である少女の、血まみれで倒れ伏した姿だった。

 

 

 




はい、速攻で本編に合流しちゃいました。
白い魔王に何があったのか、金色の何かとはなんなのか…(棒)
日常回というか、戦闘回というか…すごく微妙な回でした!
次回から、正式に後の魔王とお話します!
『O☆HA☆NA☆SHI』じゃありません…よ?多分ね?
やっぱり人物紹介が一番読まれてるんだけど…なんで?おかしくないよね??


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 無印編 始まりと不屈と

言い忘れていましたが、ピアノちゃんのパーティー加入により…
生命エネルギー→魔力
第二の心臓→リンカーコア
と、各種名称が変更されました!
ところで、小説書いてて思う………無印って、こんなにツッコミどころ多かったんだ…。
本編に合流した終わりが見えないんだが!?(涙)



Side 高町なのは

 

温かい。

なんだか頭がボーっとする。

私は今、真っ白などこかに浮かんでいる。

体がフワフワして、どこまでも飛んで行ってしまえそう。

でも…温かくてフワフワしてるけど、私の心の中はとっても冷たかった。

 

ごめんね、負けちゃった…。

 

別に天狗になっていたつもりはない。

でも心のどこかで、ユーノくんを襲っていた化け物に勝てたから…なんて思っていたのかもしれない。

ううん、かもしれないなんて不確かなものじゃなくて、間違いなく慢心していたんだと思う。

お父さんやお兄ちゃんがいつも言っていたことだ。

油断こそが戦場最大の敵だって。

でも私のは、油断どころか慢心。

別に二人から剣道を習っていたわけでもないけど、それでもあれだけ近くでいつも聞いていて、私はそれを生かせなかった。

 

ごめんなさい…。

 

声が出ていないのは、なんとなくわかる。

それでも私は謝り続ける。

心が重い。

心が苦しい。

心が痛い。

心が冷たい。

でも私は泣かない。

泣いちゃいけない。

だって私は、いい子じゃないといけないから。

いい子は、泣いちゃいけないものだから。

 

『こんな時までいい子やって、どうする気だよ?』

 

どこかから…とっても遠くて、すっごく近いどこかから…誰かの声が聞こえた気がした。

違う…この声は聞いたことがある。

この言葉は去年、私がドジして指を怪我したときのだ。

 

『つまんねー意地張ってる暇があったら、子供らしく玩具売り場であれ買ってこれ買ってって泣き喚いてダダこねてろ、よっぽど実りあるぞ?』

 

懐かしいなぁ。

それは実りがあるの?って思わず聞き返しちゃったっけ。

 

『そんなつまんねー顔して意地張ってるよりは』

 

思わず笑っちゃった。

 

『頭も打ったのか?』

 

大きなお世話なの。

でも当然だよね、私たち子供だもん。

 

『ま、痛かったり辛かったら泣いて、嬉しかったり楽しけりゃ笑えばいいんじゃね?ということで…今この状況のどこが嬉しかったり楽しかったりしたんだ?』

 

うん、この後思いっきりほっぺた引っ張ったよね。

段々腹立ってきた。

すずかちゃんが止めてくれたけど、結構痛かったんだよ?

 

あ…。

 

真っ白だった視界が少しだけ開けて、そこには彼がいた。

私の手を引いている彼。

 

そうだ、こんな顔してたんだっけ。

 

面倒臭そうな、どこか申し訳なさそうな、努めて明るくしているような、どこか虚ろな、そんな顔。

それを見て私は気付いたんだ。

同じだって。

私と同じ顔してる。

それは仮面。

本当は構ってほしい。

本当はおはようって笑いかけてほしい。

本当はいってらっしゃいって言ってほしい。

本当は一緒に遊んでほしい。

本当は車に気を付けつように注意してほしい。

本当は迎えに来てほしい。

本当はみんなでご飯を食べたい。

本当は背中を流してあげたい。

本当は寝るときに絵本を読んでほしい。

本当は辛い。

本当は泣きたい。

本当は笑っていたくなんてない。

本当は痛い。

本当は悲しい。

本当は苦しい。

本当は…一人は、嫌だ…。

本当は……助けてほしい…………。

 

でも、私が我が儘を言えばみんなが困る。

今は大変な時だから、家族みんなが頑張らないといけない時だから。

だから私は、一人でいた。

ずっとずっと、一人ぼっちでいた。

一人で起きて幼稚園に行って、一人で公園に行って遊んで、一人で帰ってきて、一人でご飯を温めて、一人で食べて、一人でお風呂に入って、一人でお布団で寝て、そしてまた、一人ぼっちの朝が来る。

お友達はいた。

一人とは言わなかったのかもしれない。

でも…それでも私は苦しかった。

言えば、構ってもらえたかもしれない。

うちの家族はみんな優しいから、どれだけ疲れていても私の我が儘を叶えようとしてしまう。

我が儘かもしれないけど、それも嫌だ。

みんなに迷惑を掛けたくない。

みんなに面倒臭いって思われたくない。

みんなに、嫌われたくない…。

 

『お前、やせ我慢上手過ぎ』

 

えっ…?

 

『痛いの我慢する必要ないだろ?さっきのはボール遊びやってたアホ共が悪い』

 

あぁ…さっきの続きか。

フォルテくんって、まるで私の心の中でも読んでるみたい。

 

『お前の友達って、痛いのを痛いって言う程度であっさり切れる程度のもんなの?なぁ…えっと、あー…………あれだ!鈴鹿!どう思う?』

 

『どう思うって…そんなあっさり切れたりしないよ。それと…私はすずかだよっ、鈴鹿じゃないよっ!合ってるけど、それ違うからね!?』

 

『合ってるじゃん?』

 

『違うからね!?月村だよ?月村すずかだよ!?』

 

『そっか、保健室前では静かにな?』

 

『ご、ごめんなs…ってフォルテくんのせいだよね?』

 

………この後のことも覚えてる。

ちょうど保健の先生がいなくて、フォルテくんが職員室に先生呼びに行ってくれた。

本当に大げさだったけど、突き指は気を付けないとだめって先生にも言われた。

 

また真っ白になる。

さっきより、なんだか体が軽くなった気がした。

 

『前を、向きなさい』

 

またどこかから、声が聞こえる。

これは、いつだったかな…?

ううん、そもそも、誰だったのかな…?

知らないようで知っている。

知っているようで知らない、どこかの誰かの声。

 

『俯いていたら、何にも見えない』

 

何にも、見えない…。

 

『足元には何にもない。少なくとも、君が求めているものは、足元に落ちているものではないだろう?』

 

足元には、落ちていない…。

 

『それは君自身が、自分の足で取りに行くものではないか?』

 

取りに、行く。

 

『さぁ、前を向いて。安心していい。答えは大抵の場合、目の前にある、とても簡単で、単純なものだ』

 

簡単で単純なもの。

 

それが何かはわからない。

でも多分、それはここにいてわかるものじゃない。

少しずつ、明るくなっていく。

消える。

誰かの声が、気配が。

もう何もない。

私はどこかもわからないところから、小さく一歩、足を踏み出した。

 

「おはようなのは、目は覚めた?」

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

フォルテ・L・ブルックリンの朝は意外と早い。

まだ太陽が昇る前には起き出して、参考書を詰めたリュックを背負ってランニングに出る。

参考書はちょうどいい重りになる上に、参考書を読みながら体を鍛えられるので一石二鳥、いや、ラジオを聞きながらなので一石三鳥になるのだ。

帰ってきてからは、短時間だけ研究に入る。

研究と言っても、朝から本格的な実験をやるわけではない。

走っている間に思い付いたアイディアを書き出したり、前日の研究成果をおさらいして矛盾点や問題点を洗い出す。

これが中々重要な時間だったりする。

前日に苦労して組み上げた術式を翌朝見返すと、とんでもない勘違いの上に成り立っていたことがあったのだ。

それらを書き出して、一通り頭に詰め込んだら、朝食の準備に取り掛かる。

下ごしらえは前日のうちに済ませてあり、あとは軽く焼いたりするだけだ。

その間も彼は思考を止めない。

否。

彼が思考を止めるのは睡眠時間だけだ。

授業中も、休み時間も、遊んでいるときも、食事していても、入浴中でも思考は止めない。

原因は彼の中の、ある考えによるものだ。

 

僕の生涯を全て使っても、魔法体系の基礎は完成しない可能性がある。

 

それは、一種の脅迫概念と言ってもいいだろう。

彼が今現在研究を続けている新たな魔法体系は、間違いなく地球に生まれた魔導師たちの未来を守る上で必要不可欠なものだ。

そして彼は、“守る”という言葉に一際思い入れがある。

彼の仲間…後に“魔法族”と呼ばれる存在の未来の為に、彼は魔法体系の基礎だけはなにがなんでも存命中に完成させたいと考えている。

しかし、何事にも例外はある。

たとえどれだけ冷静を心掛けて、どれだけ思考を重ね続けようとも、彼はまだ8歳の少年だ。

一つの方向に集中して思考し続けられない瞬間というものは、厳然と存在している。

それは突発的な事件に直面した場合しかり、突然の親友の負傷しかりである。

 

 

 

血塗れのなのはを拾った夜、僕は眠ることができなかった。

正確には、寝ずに看病を続けていたというわけなのだが。

人語を話す謎の珍獣、ユーノくんの魔法治療の甲斐あってか、なのははすぐに治った。

出血が派手だっただけで、傷そのものは浅かったようだ。

ただ、外傷は消えても出血や疲労が祟って、その晩なのはは目を覚まさなかった。

最悪の場合に備えて、アリサにアリバイ工作の協力を依頼して正解だった。

なのははユーノくんの散歩のあと、アリサの家でお泊りしたことになっている。

治療の最中、ユーノくんから今回の件のあらましを聞いた。

 

とある世界の遺跡からジュエルシード、僕たちが“異物”と呼んでいた石が発掘された。

それが過去の遺失物(ロストロギア)と呼ばれる、地球で言うところのアトランティスの超兵器などの危険なオーパーツであることが判明。

“管理局”なる過去の遺失物(ロストロギア)を管理する組織に引き渡そうとするも、輸送中に事故が起き、ジュエルシードは地球に落ちてしまった…ということらしい。

ユーノくんはジュエルシードの発掘者の一人で、なぜか、本当にな・ぜ・か、事故に責任を感じ、単身地球へジュエルシードの回収へやってきた。

しかし、ジュエルシードのいくつかは既に起動しており、ジュエルシードの異相体、僕が黒マリモと呼んでいたものと戦闘中にユーノくんは負傷、なのはに拾われ、魔導師として絶大な才能を持つなのはにジュエルシード回収の手伝いを求めた。

ここまでが前提。

そして昨日、ジュエルシードの捜索を行っていたなのはが神社でその気配を察知。

しかし、ジュエルシードを封印しようとしたところ、謎の黒い魔導師の襲撃を受けて負傷。

黒い魔導師はそのままジュエルシードを回収して逃亡。

僕がなのはを発見して現在に至る。

 

「…これ、どこのSF?」

 

当然の反応だと思う。

まあ、自分も人のことは確かに言えないが、それでも異世界や古代の超兵器よりはマシなはずだ。

というか、ベルカどこ行った?

異世界の中心について聞くと、ミッドチルダなんて知らない単語が出てきた。

なんだそれ?

だからと言って、ベルカという単語を使って質問するわけにもいかない。

念のために、ピアノのことを伏せているのだ。

そもそも、こっちから積極的に話す必要なんて今のところ、本当に欠片もない。

君主危うきに近寄らず…というには既に完全な危険地帯にいる気がしないでもないが、わざわざ確実に落ちるとわかっている橋を全力走破する気には到底なれない。

 

いつもはランニングに出る時間になったが、今日はパスした。

ユーノくんから聞いたことを整理したかったし、なにより、なのはを一人にできなかった。

怪我自体はもう治ったと言っていいけど、目を覚ますまで安心はできない。

ユーノくんも深夜遅くまで起きていたが、さすがに貫徹はきついのか、今はタオルを敷き詰めた机で丸くなっている。

まあ、フェレットはどう見ても体力的に余裕がありそうな種族じゃないし、戦闘になったらしいから疲れているだろう。

 

太陽が昇ってきた。

眩しい。

しかし、そう感じたのは僕だけではなかったらしい。

 

「…ぅぅ、ん………」

 

「なのはっ…!?」

 

…いや、違う。

これは僕らしくない。

いつもの僕はこう、もうちょっと余裕な姿勢でいる。

アリサもすずかも、もちろんなのはも、僕を一つ上に近所のお兄さんのようにちょっとした心のよりどころにしている。

本音のところを言うなれば、正直面倒だし億劫だ。

だがだからと言って、彼女たちが抱いている幻想をあっさり打ち砕くべきじゃない。

意外と彼女たちは、色々と背負いすぎているようだし。

だから僕は仮面を被る。

これまで通り、これからも。

 

「おはようなのは、目は覚めた?」

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side ピアノ・F・ブルックリン

 

 

怪我が完治して目を覚ましたなのはさんと、寝ないで看病を続けていた義兄さんは、学校に行ってしまいました。

人に言えない理由では、学校を休めないそうです。

ちょっぴり、寂しいです。

 

「どうかしたの?」

 

「いいえ、なんでも、ありません…」

 

彼の名前は、ユーノくんというそうです。

人の言葉を話す動物です。

義兄さんがくれた、動物図鑑まじか☆マジデカ小動物篇第一巻に200ページくらいかけて書いていたフェレットという生き物とそっくりです。

…不思議な生き物だと思いますが、私も他人の事は言えないので何も言いません。

詳しい話は、放課後に全員で集まってするということです。

それまでは、ただの戦災孤児ということにしておくように言われています。

ユーノくんにもそう伝えた上で、昔の記憶がないということにしてあるそうです。

私を守ってくれるためにそう説明したんだと思います。

…ちょっと、うれしいです。

 

「あの…ユーノくん、あなたは寂しくないですか…?」

 

私は何を聞いているのでしょう?

寂しいわけありません。

ユーノくんは故郷に家族がいます。

飼い主のなのはさんもいます。

寂しいはず、ありません。

 

「…寂しくはない、かな?」

 

やっぱりです。

ユーノくんは寂しくなんてありません。

私が勝手に寂しがっているだけです。

 

「だって、今ピアノちゃんがいるからね」

 

「は、い…?」

 

何を言っているのでしょう?

私がいるから?

家族や飼い主のなのはさんではなく?

 

「僕だって、一人ぼっちは寂しいよ。でも、今はピアノちゃんがここにいるじゃないか」

 

そう言ってユーノくんは笑います。

ごく自然に、私の寂しさを流してしまうように。

なんででしょう?

さっきより寂しくありません。

 

「…訂正を、要求します」

 

「え…?」

 

ユーノくんが何か驚いたような顔をしていますが、私にとっては大事なことです。

 

「僕だって…と言いましたが、私は寂しいなんて、言っていません」

 

ユーノくんが苦笑いしているのがなぜかちょっぴり腹が立ちますが、それはまあ、いいです。

それより、せっかく一人じゃないんです。

一人ではできないことをしましょう。

差し当たって、この間義兄さんがくれたオロセ?セオロ?とかいうもので遊ぶとしましょう。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

放課後、追求してこなかったアリサに心の中で感謝して、一端なのはの家に寄ってから自宅へ急ぐ。

さすがに外泊した翌日に家にも帰らず遊びに行くなんて、確実なアウトフラグだからだ。

最低でも、僕と伯父さんの関係だったら死亡フラグだ。

あの筋肉な肉体から放たれる殺人パンチは、普通に電離層を突破可能な威力なので、人間如きで耐えられるはずがない。

ユーノくんと二人っきりにしたピアノのことも心配だ。

別にユーノくんを疑っている訳ではないけど、ピアノはまだいろいろ常識を知らないから不安なのだ。

だが、そんな不安はあっさり裏切られた。

帰宅した僕たちが見たものは、オセロ盤の前で白熱した試合を続けるピアノとユーノくんの姿だった。

 

「ピアノちゃん、僕の勝ちだ…!」

 

「いいえ、まだです」

 

「待つだぁぁぁぁっ!!どこを打っている!?打て!早く違うところを打て!!」

 

「おかしなテンションで言っても、私がここに打つことは、変わりません」

 

「バナナ!粉バナナ!」

 

どこかで聞いたことがある新世界の神な会話をしてらっしゃるが、忘れよう。

はい、このシーンはカットですね。

なんだか、心配していたのが馬鹿みたいだ。

ともかくオセロの終わりを待って、ようやく話が始められた…と言っても、昨日ユーノくんからされた話と大差はない。

おさらいに近いものだ。

ピアノも同席させているが、「彼女も関係者だ」という一言で封殺。

嘘は言ってない。

遺跡から発掘された過去の遺失物(ロストロギア)、ジュエルシード、なのはとユーノくんの出会い、レイジングハート、そして黒い魔導師。

 

「なのは…君、よく生きてたね?普通無理だよ?ぽっと出の民間人が訓練なしで実戦投入とか、ありえないよ?生き残るだけでも奇跡で、勝つとかありえないからね?君はどこの化け物ですか?」

 

「にゃ!?ひ、酷い…」

 

「いや欠片も酷くないから…レイジングハートさんの能力かもしれないけど、正気の沙汰じゃない」

 

『私はマスターをサポートしただけです』

 

「謙虚だね…」

 

レイジングハートの補正込みでも、どう考えてもおかしい。

例えば、伝説の武将・呂布が子供のころから最強だったかと言えば違うだろう。

子供の呂布が、大の大人に勝てるかと言えば…まあ、民間人が相手ならという但し書きつきで勝てたかもしれない。

つまりはそういうことだ。

本当に正規の訓練を受けた軍人を相手にできる子供が、そうそういるわけがない。

魔法というメルヘン補正がかかっているとは言っても、相手も同じものを使うのだから補正なんてあってないようなものだ。

つまり、なのはの純粋な才能というわけだ。

なのはは、運動神経ゼロの、運動音痴という言葉が霞むレベルの非才…いや才能が逆方向に進んでいるんじゃないかと思うくらい酷いのだ。

 

「これが、高町か…」

 

「え?私は高町だけど、まさかまた忘れてたの!?」

 

「違う。でもまさか…目覚めちゃったとはね………いや、気付いてなかったかっていうと、そうでもないけど…」

 

高町なのはの資質、魔導師としての稀代の才能。

それは、欧州を渡り歩いた僕だからわかる、異次元の才能。

欧州で見つけた仲間たちの魔力量の中央値を10とすると、僕が80で、なのはは470となる。

 

ふざけるな、馬鹿げている、冗談ではない。

 

いくら仲間たちの資質のムラがあるとはいえ、大多数は僕の1/8前後、現状最強クラスの首席指揮官や幹部級、上位能力者(イレギュラーズ)と比べても、魔力量だけで見れば間違いなく地球人類最強だろう。

もし戦乱の時代に生まれ、そしてその上で運用を見誤らなければ、なのは一人で世界を統べることも可能な力量だ。

海鳴でなのはの資質を見抜いたとき、何の冗談かと本気で思ったものだ。

 

「気付くって?それと、僕は君達の話をまだ聞いてないんだけど…」

 

「あーごめん、話を戻そう」

 

ユーノくんに促されて、今度は僕たちの方の話をする。

ピアノのことは伏せておくため、すずかの猫のジュエルシードを道端で拾ったことにして話す。

そもそも、すずかたちを関わらせるつもりもない。

新人類かもしれない出自、欧州での仲間探し、設立したガーディアンズ、組み上げた術式、開発したNGST-4、拾った青い石、黒マリモ、神社へ向かったこと。

 

「待って!それって、君がこの世界の始まりの魔導師ってことなのかい!?」

 

とても驚いた様子のユーノくんを見ながら、ピアノも同じ反応していたことをのんびり思い出していた。

気持ちはわかるけど、そんな反応されるとこっちはなんというか、こそばゆいぞ?

 

「ユーノくん、始まりの魔導師って?」

 

なのはの質問に、ユーノくんが興奮しながら説明するのを横目に、僕は思案を重ねる。

 

果たして、このユーノくんという生き物は信用できるかどうか。

 

悪いとは思うが、僕は相手を無条件で信じるほどお人好しじゃない。

身内認定した相手ならともかく、このユーノくんはまだそんな関係じゃない。

ただ、確実なこともある。

ユーノくんは最低でも、組織に所属してはいない。

組織に所属して、ジュエルシードを集めようとしている場合、他者との接触は避けるべきだし、なによりユーノくんの本当の戦闘力がどうであったとしても、現地の民間人に協力を求めるようでは組織人として失格だ。

どんな組織でも、世界一つから小さな石ころを拾ってくる仕事を、ユーノくん一人に任せはしないだろう。

ではユーノくんがここにいる理由は?

ベルカという単語が出てこないことといい、おかしな点は多々あるが、最もしっくりくる理由が、発掘者としての責任感、あるいは矜持と言い換えてもいいそれだけなのだ。

どれだけ穿った考え方をしてみても、ユーノくんが犯罪者…後ろ暗いことをしているとは考えられない。

………待てよ?遺跡から発掘って言っていたよな?

ユーノくんがジュエルシードを発掘した遺跡があったころと、今現在の世界情勢が変わっているとしたら?

それこそ、ベルカはミッドチルダに改名しているかもしれない。

つまり、ジュエルシードの中から出てきたピアノの言葉は、ユーノくんのジュエルシードを発掘した遺跡が遺跡になる前の情報で、それは考古学的にはともかく、今現在の世界情勢を推察する情報としての価値は限りなく失われる。

つまり、ユーノくんの言っていることはかなりの信憑性を持つことになる。

…これから次第ではあるけど、ある程度なら信じてみてもいいかもしれない。

 

「フォルテくんって、すごい人だったの!?」

 

「え…?あ、あぁうん、そうだね…」

 

あ、しまった…話しをほとんど聞いてなかった。

でもこの反応…多分、始まりの魔導師って言葉の意味を説明されたっぽいな。

 

「あの…ユーノくん、質問があります」

 

「なんだい?」

 

ピアノがおずおずと手を挙げる。

かなり消極的な性格をしているピアノとしては珍しい行動だ。

いや当然か。

ジュエルシード本人と言っても過言じゃないもんな、ピアノって。

 

「ジュエルシードについて、ですが…何か判明してること、なんて、ありませんか…?」

 

「判明していること?そうだな…遺跡にはかつて願望器として作られたって書いてあったけど、失敗したらしい。理由は書いてなかったよ…ひょっとしたら、あの後も継続している遺跡調査で何か出てきてるかもしれないけど…」

 

「そう、ですか…」

 

明らかに気落ちしたピアノ。

ピアノの言わんとしていることはわかる。

ピアノには記憶がない。

だからピアノの土台は僕とNGST-4のいた研究室から始まった、たった数日間の記憶だ。

…守らないと。

僕が守らないと…。

もう僕は、××を××たくない…×××××に××××××から………。

 

「…僕の方で調べた限りだと、まずジュエルシードは自己修復機能があるらしいこと、内包するエネルギー量が最低でも核爆弾と同等…いや、確実にそれ以上であるということ、起動方法もわからないから、誰が起動してもおかしくない…くらいかな?そこらへんはどうだ、ユーノくんに挨拶の機会を飛ばされてしまったNGST-4?」

 

『私の呼びかけにその前置きは不必要です。問題ないと思われます。付け加えるならば、未確認黒色ゲル状生物には通常の物理兵器での攻撃がほとんど効かず、魔法攻撃が現状最も有効であるということが挙げられます』

 

「…NGST-4、確かに僕の黒マリモって呼び方も悪かったが、未確認黒色ゲル状生物って覚えにくい。ユーノくんがせっかく“異相体”なんて正式名称を教えてくれたんだから、そっちで呼んでくれ…覚えにくいから」

 

『イエス、マイロード』

 

僕の隣に置いてあったNGST-4が突然声を上げたことに二人は驚き、ユーノくんは自分のせいで自己紹介を邪魔してしまったことに気付いて謝罪した。

もっとも、NGST-4は気にすることもなく、『問題ありません』と言ったのだが、それが素っ気なく聞こえたらしく、余計にユーノくんを困らせていた。

 

「さて、本題に入ろうか?」

 

こちらの真剣な空気を読み取ったのか、居住まいを正す二人。

ピアノは相変わらず無表情だが、若干不安そうな気配を感じる。

 

「まず一つ、ユーノくん、ジュエルシードといったね?それは何個ある?」

 

「ジュエルシードは合計21個で、全てこの世界の、この地域に落ちたはずです」

 

「…いや、敬語じゃなくてもかまわないよ?ユーノくんが1個、なのはが3個、僕が2個、黒い魔導師が最低1個…残りが最大で14個ってことかな?」

 

「そうです」

 

「では…ジュエルシードが万が一発見できない場合は?」

 

「時間がどのくらいかかるかはわかりませんが、“管理局”にジュエルシードの提出の話を通してあるので、そう遠くなく彼らが回収に来ることになります。彼らはその道のスペシャリストですから、見つからないということは…」

 

「そうか…じゃあ、この世界の人間が保有していた場合は?」

 

「頭を下げてお願いするか“管理局”が処理することになるかと…」

 

「なるほど、それで君たちは…いや、君はどうする、なのは?さっきも言ったけど、なのはが初陣を生き残ったのは偶然だと思うし、黒い魔導師が次も見逃してくれるとは限らないが…」

 

なのはの表情が目に見えて曇る。

いや、仕方がないことだ。

自分が命のやり取りをするような場所にいたことを自覚したのだから。

本当は戦場に立つ前にその手の覚悟はすべきだし、初陣で死の恐怖と戦場の空気を感じて、生き残ったという慢心を戒める上官や、退役を勧める同期が本来なら必要なのだ、軍隊ならばそれがある。

だが、なのはは民間人であり、訓練校に行ったわけでも、勝負の世界にいたわけでもない。

あの家(・・・)にいて、よくまあまともに育ったものだと余計なことを考えてしまう。

 

「念のために言う。なのは、これ以上は………死ぬよ」

 

「――――っ!?」

 

最低だと思う。

僕は最低の偽善者だ。

そんなことは知っている、知っているのに…。

ったく、痛いなぁー…。

 

「君がもしも、この街の平和のために…とか、自分しかいない…とか言うなら、それは問題ないよ。これでも僕は、ユーノくんの言うところの始まりの魔導師だ。ジュエルシードをある程度研究できるくらいには技術があるし、戦闘技術も多少は実家で学んだ。これ以上なのはが命を懸ける必要は、ない」

 

僕は心を鬼にして、なのはに言い含めるように告げる。

それはもう必要ないと。

それは危険だと。

暗に問う。

代わりがいるのに命を懸けてまで戦う理由があるのかと。

そしてなのはは気付かない。

それは暗に、僕には代わりがいても戦う理由があると断言していることに。

卑怯でいい。

罵ってくれてもいい。

それでも、なのはが戦場から遠ざかってくれるなら、そのほうがいい。

 

「なのは………君は一体どうしたい?」

 

「………………」

 

………答えられない、か。

いや、仕方のないことだろう。

まだ小学三年生の女の子に、命のやり取りをする戦場に行くかと問われて即答できるはずもないのだから。

僕がなのはから視線を外そうとした瞬間、なのはは顔を上げた。

そしてその顔は、残念なことに、決意に満ちたものだった。

 

「私は………あの子とお話がしたい」

 

「話?」

 

少し想定外な言葉だ。

それどころか、ここで答えが返ってき事が、既に驚愕に値する。

 

「なんでジュエルシードを集めてるの、とか…なんでそんなに悲しそうな目をしてるの、とか…」

 

「…それに答えが返ってくる可能性は「わかってる!でも、何にもわからないまま喧嘩になっちゃうのは嫌だ!」

 

僕の言葉を遮り、なのはははっきり断言する。

それは多分、高町なのはという少女の中にある根っこの部分。

矜持と言われるそれ。

絶対に引けない、譲れない一線。

 

「…たったそれだけで、命のやり取りをする戦場に立つ気か?」

 

「それだけじゃない…それに死なないし、死なせないから!」

 

「具体的にはどうする気?」

 

「どうするかなんて、まだわからないけど…それでも、力を合わせれば…!」

 

「それはウィットに富んだとても面白い冗談かい?日本語は難しいな?力を合わせるとかそれ以前の話だよ?普通に考えて、殺す殺されるの覚悟がない奴が戦場に立ってもただの的だ。それ以前に、目の前に立ってる人間の話をのんびり聞くような奴が、戦場に立つはずがないし、君を撃墜するはずもない」

 

「なんで会ったこともないフォルテくんがそんなこと言えるのっ?」

 

なのはは険しい顔をしているが、正直言って、子供の我が儘にしか見えない。

いや、現に子供の我が儘だろう。

話し合いですべてが解決できると、まだ信仰しているのだろうか?

 

「なのは、そんな幻想捨ててしまえ」

 

「え…?」

 

「話し合いですべてが解決できるなら、世界はとっくに平和になっている。でも見ろ…この世界一つですらも完全な平和の時代は来たことがない。半世紀と少し前には世界大戦があったな?あれで推定2000万人以上が死んだことになっているが、誰も話し合いで解決できなかったという証明だ。こう言うと、自称賢人は“あの出来事から学んだ”とか“もう過ちは繰り返さない”とか“我々は進化した”とかくだらない戯言をほざくけど………断言する、何にも変わっていない。十数年前にもイシュバール戦争があったし、ここ数年でもテロの脅威は消えていないし、今も世界の1/5は戦争を続けている」

 

そして、ピアノの出身地ということにしているドラスヴェニアは、500年間内戦が続いていて、形だけの国境線の中で延々意味もない混沌の革命を繰り返している。

さすがにそれは卑怯だと思ったから言わなかったが、それでもなのはの言葉を折るには十分だ。

 

「それでも…」

 

「ん…?」

 

「それでも、何にもわからないまま喧嘩になるなんて…私は、嫌だ」

 

…ここまで言ってなおも折れない、か。

君の中にあるそれは、随分強靭だね。

本当に小学生かって思うよ。

なのはの眩しいほどの決意を前に、僕が返す言葉なんてない。

 

「わかった、そんなに言うなら絶対に死なずに、死なせずにな?」

 

「えっ…あ、うん………って、それだけ!?」

 

「え?不満?」

 

何を期待されてたの?

え、止めてほしかったのか…?

 

「だって、私がいるのは反対だって…!」

 

「…………………………………………………言った?」

 

言ってないよな?

 

「言って、ないね…」

 

「だろ?」

 

僕は最初からどうするかとしか聞いていない。

何を勝手に否定された気になっているんだ。

僕はなのはに何かを強制するような関係でもないし、なのはの矜持を否定する理由もない。

本当なら、戦場から離れて安全なところにいてほしいから説得や誘導くらいはするけど、僕はなのはの保護者というわけじゃない。

彼女の覚悟をわざわざへし折るのは僕のやっていいことじゃないし、そもそもできそうにない。

極論、覚悟があるなら、それでいいのだ。

 

「なのははそれでいいとして…ユーノくんにも伝えておく、君が戦う必要はないよ?」

 

「………僕には発掘者として、あれを管理局に届ける義務があると思っています。それに…現地の人に迷惑だけかけて、それを知らん振りすることは僕にはできない」

 

「それが君の戦う理由?」

 

「はい」

 

迷いなく答えるユーノくんに、若干…いや、凄まじい罪悪感を抱く。

僕はピアノを渡す気はない。

交渉の切り札はいくつかあるとはいえ、まだこっちが圧倒的に不利なのだ。

 

「わかった、僕はこの世界の人間としてジュエルシードを集めよう。君たちがこの世界に敵対したり、僕の身内に手を出したりしない限り(・・・・・・・・・・・・・・・・)は、僕は敵にはならない」

 

―――布石。

最低だな…碌な大人にならないだろう。

いや、そもそも碌な人間でもないんだ。

忘れてなんて、いない。

 

「ありがとう」

 

「…近所にそれと分からない核爆弾が、文字通りゴロゴロ落ちてるのが困るだけだよ」

 

僕の若干白々しい言い訳は、どうもズレた方向に解釈されたらしく、二人の視線が暖かくなってしまったが、さすがに心中溜息を吐くだけに留める。

こうして、僕たちの微妙にズレた共闘関係が始まりを告げた。

どう見ても脆弱な共闘関係が吉と出るか凶と出るか、それは今の段階では誰にもわからないことだった。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side 八神はやて

 

 

久しぶりにフォルテくんが遊びに来る。

先週はゴタゴタしていたせいで来れないと連絡があったけど、それでもやっぱりほぼ毎週遊びに来る唯一の友達が来ない期間というのは、正直寂しい。

春休みと違って、平日に遊びに来れないのはわかっているし、フォルテくんにも都合があるのもわかっているつもりだ。

それでも、寂しいものは寂しい。

自分はこんなに寂しがり屋だったろうかと悩むも、そもそも知り合いの数が数なので、そんなことわかりっこない。

いつもはどこかで待ち合わせをしたりするのだが、時たま…それこそ月一以下の頻度でだが、“家に”遊びに来るのだ。

ちなみに、フォルテくんの家には行ったことがない。

何故と聞かれれば、なんとなくとしか言いようもない。

なによりフォルテくんが連れ回すことの方が多いから、行き先に口出しする機会があまりなかったという方が正しい。

不満があるじゃないけど…。

ともあれ、久しぶりに友達が遊びに“家に”来るのだ。

今日は誰か知り合いを連れてくるらしいけど…。

部屋のあちこちを確認するのはおんn………と、友達として!当然だと思う。

掃除は行き届いている、出しっぱなしの新聞や本などもない、お菓子やジュースもちゃんと買ってあるし、出かけることになっても問題ないようにちゃんと着替えてある。

服装は、ちょっとおめかししつつ、それでも動きやすく。

なんせフォルテくんは、車椅子のことは気にかけてくれるのに、遊ぶという行為については、躊躇いなく体を使った遊びも考慮に入れているのだ。

キャッチボールをやった時は、フォルテくんがつまらないのではないかと心配になったものの、それでも正直言うとものすごく楽しかった。

初めてのキャッチボールだっただけに、野球中継のように上手くいかないことはわかっていたけど、まさかうちがあそこまでノーコンだったとは…。

あっちへこっちへ…それこそ面白いようにおかしな方向に飛んでいくボールを、なぜか着地前に獲ろうと「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」と叫びながら全力で走るフォルテくんの姿は、なんというか…見ていてものすごく面白かった。

多分…わざとピエロをやったんだろう。

わざわざ楽しませるために始めたのだろうそれは、どうもフォルテくん自身もどこからか本気になっていたらしく、何度目かの時に着地前の弾を拾えたことを、まるで子供のように飛び跳ねながらはしゃいでいた。

…まあ、子供なのだけど。

なぜか外で剣玉をやろうと言い出した時もそうだ。

一見、どこでやってもあまり変わらない剣玉だが、臨海公園でやると途端に難易度がエクストリームになる。

あそこは海風もあるので、その影響をもろに受けるのだ。

足が動かないことで体を動かす遊びというものをほとんどしてこなかった自分にとって、どんなよくある子供の遊びでも、十分に魅力的なものになった。

いつか足が治ったら、鬼ごっこやかくれんぼ…他にもしたいことがたくさんできた。

 

「こんな前向きになったんはフォルテくんのおかげやろなぁ…」

 

思わず呟いた言葉に、誰もいないリビングを慌てて見回す。

当然誰もいないが、その当然が生まれて初めて安堵という感情をもたらした。

あぶないあぶない…ひとりごとには注意しないと…。

 

ピンポーンっ♪

 

「はーいっ」

 

自分の声が弾んでいることを自覚するが、これだけはどうしようもないし、どうしたくもない。

去年、壊れていた呼び鈴を修理してくれたのはフォルテくんだ。

まさか機械に詳しいとは…いや、図書館で読んでいた大量の本から予測くらいはしていたが、まさか呼び鈴を修理できるとは思わなかった。

今日はどんな遊びをするのだろうとワクワクしながら玄関を開けると、そこにはフォルテくんと…見知らぬ可愛い女の子がいた。

 

「オッス、オラフォルテ!よろしくな!!」

 

「悟空か!!」

 

会って早々ボケとツッコミから始まる…漫才ではないし、たまにあるのだが、このノリは意外と楽しかったりする。

とはいえ、遊びに来てくれたのに立ち話をする必要もない。

フォルテくんと女の子をリビングへあげて、私はお菓子とジュースを持っていく。

最初の頃はなにかと運ぶ作業を手伝いたがったフォルテくんだが、さすがにそこまで行くと家政婦のような関係になってしまいそうで嫌だったので、家の中のことは自分でやりたいと話すと納得してくれた。

気を使われ過ぎるのも疲れると、フォルテくんも知っていたのかもしれない。

 

「さてと、はじめましてやね?うちは八神はやていいます」

 

女の子に頭をぺこりと下げると、なぜか慌てたようにフォルテくんの後ろに隠れてしまった。

はて?何か間違えたかな?

 

「あーごめん、人見知りが激しいんだ。ピアノ、自己紹介だ」

 

「あ、あの…ピ、ピアノ・F・ブルックリン、です…よろしく、おねがい、します…」

 

途切れ途切れに一生懸命名乗るピアノちゃんを、なぜか頭を撫でたくなる衝動が湧きあがった。

表情が硬い…というか無表情なのだが、それもまた可愛い。

 

「ピアノちゃんか…可愛い名前やね」

 

微笑みかけるとピアノちゃんも安心したのか、あるいは名前を褒められたのが嬉しかったのか、小さく頷いてくれた。

その間も、フォルテくんの服をちょんとつまんだまま、相変わらず無表情だけど若干の好奇心と心配が入り混じっているのか、上目づかいで様子を窺うピアノちゃん…。

あかん!なんやこの可愛い生き物は!めっちゃくちゃ撫でまわしたい!!

 

「はやて、もう撫でてるから…」

 

「え?」

 

あ…ありのまま、今、起こったことを話すで!

うちはピアノちゃんのことを撫でまわしたいと思ったら、いつの間にか抱き着いて撫でまわしてた。

な…何を言っているのかわからんと思うけど、うちも何をしたのかわからんかった…。

頭がどうにかなりそうやった…イラックマやとかシヴァーニャンやとか、そんなチャチなもんとは断じてちゃう!

もっと恐ろしいものの片鱗を、味わったわ…。

ってなんやこの銀戦車男現象は!?

でもこれ抱き心地良すぎ!

小柄な体格が程よくフィットする!!

しかもピアノちゃんは無表情のままなのに、抵抗することなく…むしろ受け入れてくれてるっ!!

あかん!これは…手放せん!!

 

「落ち着け」

 

「うぁいたー!」

 

スパーン♪という小気味のいい音と共にフォルテくんのチョップが炸裂する。

なんということでしょう!フォルテくん()の細やかなツッコミ(心遣い)がこんなところにも!

 

「ってちゃうやろ!フォルテくんツッコミできたんか!?ちゅーか今、斜め45度で叩いたやろ!」

 

「日本古来の宗教に則ってみた」

 

「宗教!?」

 

「あれ、違った?あれだよ、壊れたものを斜め45度で殴ると………付喪神が壊れたものを直してバージョンアップしてくれるっていうやつ」

 

「八神さんは、今回の更新で…Ver.1.9からVer.1.9.1に更新されました」

 

「Why!?なんやそれは、聞いたことないわ!付喪神高性能すぎるやろ!あれか!日本の発信の高性能家電はメイドイン付喪神やったっちゅうことか!?Ver.1.9.1ってバージョンアップが微妙にせこっ!もうVer.2.0出せや!っていうかピアノちゃんも案外ノリええなっ!?」

 

なんという飛躍した理論…偏見コワイ。

ピアノちゃんのキャラって、綾●レイちゃうかったんか…。

 

「違うの?」

 

「違うわ!」

 

心を込めて全力で言い返すと、フォルテくんは肩を落として落ち込んでしまった。

言いすぎただろうか?

 

「なんてことだ…つまりはやてはアップグレードしていない、オールドタイプはやてのままか…!」

 

「八神さんの更新は、失敗しました…現在のバージョンは、Ver.1.9です」

 

「失礼なやっちゃな…」

 

前言撤回。

どうも、言いすぎではなく言い足りなかったらしい。

地味にピアノちゃんの言葉の方がダメージ大きいんは…どういうこっちゃ?

 

ちなみに、結局この日は一日、テレビゲームをすることになった。

毎度のことやけど、フォルテくんってテレビゲーム弱すぎる…。

初心者のピアノちゃんに負けるって酷過ぎるやろ…。

そんなに難しいんかな、バイオカートって?

亀の死体を投げつけたり、生ごみでバイオ攻撃をしたり、突然空から謎の雷が落ちてくる程度の簡単な普通の、土管工事の専門家さんのレースゲームやねんけどなぁ。

大闘争ジェノサイドブラザーズも苦手みたいやし…パズル系は逆に強すぎるから、面白くなくなって困ったもんや。

ポケットサイズ・モンスターズ・ハンターズ5Dが一番まともになったくらいか。

初心者のピアノちゃんが、必殺技の10テラボルトを回避して進撃のババルートを倒した時は、さすがにフォルテくんと二人でorzしたけど。

ピアノちゃんのアレ、初期装備やねんけどなぁ…。

この後もしばらくゲームをして、ピアノちゃんが席を外している間に例のおまじないもして、時間になったらフォルテくん達は帰っていった。

そういえば、フォルテくん妙なこと言うてたな…。

たしか、もし万が一青い綺麗な石を見かけたら絶対に触らずに見つけた場所をすぐ連絡してほしい、やっけ?

宝石かな?

落し物って言うてたけど、触らんようにってところがようわからん。

まあ、ええか…もし万が一って話やし、積極的に探すとかせんようにって釘刺されてもうし、気にせんほうが得策やな。

今日はピアノちゃんっていう新しい友達ができたし、いい夢見れそうや。

 

 

 




同盟回でした!
冗長に書きすぎた…。
本編に合流するようで…する気はほとんどなかったりww
黒い魔導師、貴様一体何者なんだぁー(棒)
オリキャラ、まだあと何人か出したいなぁ~…。
たまにネタがストーリー中にあるけど、イシュバールの民とか出演しないよ?
黄金の鉄の塊の錬金術師もいません!←名前を呼ぶときは「さんを付けろよデコ助野郎!」
万が一キャラクターが現れても、本編には何にも関係ないネタで済むレベルだから。
本格的にストーリーに出演はしないから。
もしどっかで現れても、「あ、この世界にこいついるんだ~」くらいに留めといてくれれば万事問題なし!
言い忘れてましたが、「◇□◇□◇□」って本編の中でやってますが、あれは場面が変わるときに使っています。
翌日になったり、場所が大きく変わったりしたときですので、視点が切り替わるくらいならそのまま「Side~」ってなります。
それと…今回は連投する!………ように努力中。
具体的にはまた明日?………現在完成度35%なんだけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 無印編 歩きはじめるもの

申し訳ないぎりぎり間に合わなかった!!
それと忘れてました!
あけましておめでとうございました!!←1/16ですし…
今回は、日常回(?)です。
日常ってなんだっけ?
短編集っぽくなってしまっている…。



Side ???

 

暦の上で春とされる時期であっても、陽が落ちればさすがに冷え込む。

それは極東の島国において、常識とされる範囲の事象であり、過去のデータを紐解くまでもない周知の事実である。

それでもなお人々は暖かい春を幻視し、実体のないそれに僅かばかりの希望を抱く。

だがそれは逃避であり、間違いなく、ただ目の前のそれを認めない盲目の徒に成り下がっているということを意味する。

かつて盲目の神が、悪神の口車に乗せられて実の兄を殺めてしまったように…。

こうまで持って回った言い回しの末に一体何を言いたいのかと言えば………たとえ天気予報で「明日は一日穏やかな過ぎしやすい気温となりそうです」という言葉があったとしても、夜になれば冷えるのだから、薄着は控えましょうということだ。

 

「くしゅんっ」

 

たとえば今、可愛らしいクシャミをした少女のように。

いくら昼間が暖かいとはいえ、季節は春先である。

薄いワンピースで夜まで出かけるというのは、いささか無謀としか言いようがないだろう。

黒は確かに熱を集めやすい色だが、半袖ではそれほどの効果は期待できない。

綺麗な金髪を流すそよ風が、少女から熱を奪っていく。

腕をさすって簡易的な暖を取りながら、この服装を後悔するも、それでも彼女はこの時間まで外にいたことは正解だったとポケットの中にある探し物のことを思う。

正直、これが何であろうと彼女には関係なかったが、なんであるのか興味を抱かないということとイコールではない。

彼女の歳で、好奇心が枯れ果てるなどということはないし、今彼女がやっていることを思えば、知りたい気持ちが大きくなるのも無理からぬことであった。

だが同時に、それを聞いても教えてもらえないだろうことは予想できたし、そこに意味がないこともわかっていた。

すべては、大切なあの人のために…。

 

「おまたせー、待ったかい?」

 

しばらくすると、少女というにはいささかグラマラスな長身の女性が、茜色の長い髪をたなびかせてやってきた。

良く言えば健康的、悪く言えば野性的ともとれるジーパンに、微妙にサイズが合わずにへそ出し状態になっているキャミソールという出で立ちは、言うまでもなく日々多くの男をあしらう苦労を窺わせていた。

キャミソールの胸元には、彼女にとって大切な少女の頭文字“F”が大きくプリントされている。

その文字は、大切な少女とのつながりとして気に入っただけの事なのだが…どう考えても別の意味にしか見えない。

日々のナンパも、これのせいなのではなかろうか?

…いや、仮につなぎを着ていたとしても、彼女の苦労が無くなるとは思えないのだが。

 

「ううん、今来たところだよ」

 

会話だけ聞けば、どこの初々しいカップルだと某車椅子少女なら突っ込んだだろうが、残念ながら彼女は今、自宅で読書タイムを満喫していた。

 

「どうだった?私はさっき、発動前のを一つ見つけたんだ」

 

少女はそう言うと、ポケットから青い石を取り出した。

綺麗なその石は、奇妙なことに中から“Ⅵ”という数字が浮かび上がっている。

 

「そっかそっか、あたしも発動前のが一個。一週間とちょっとで三個集まるなんて、幸先いいねぇ~」

 

そう言って彼女もポケットから青い石を取り出した。

“Ⅱ”と浮かび上がっている、自然界には存在しない、無機質な輝きを放つそれを前に、彼女達は無邪気に笑う。

まるで砂浜で拾った綺麗な貝殻でも見せ合うように。

 

「あと18個…早く見つけたら、母さんに喜んでもらえるかな」

 

「―――ッ…大丈夫だよ、この短期間でこんなに見つけたんだからさ」

 

少女が先の長さと、そして僅かな期待を込めた呟きに、何かがひび割れるような感覚に陥ったが、それを取り繕って彼女は笑う。

その期待が、ほぼ間違いなく砕かれるとわかっていても。

 

「絶対…褒めてもらえるさ!」

 

それが…何より残酷な嘘だとわかっていても、彼女はそう言うのだ。

どこにいるとも知れない神が、その懇願にも似た祈りを、叶えてくれることを信じて。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

時間は早朝。

朝日が辺りを照らした頃、まだ人気のない臨海公園に二人の子供と一匹のフェレットがいた。

一人は黒い服を着た少年。

全身を黒で染め上げた幼さを感じさせる赤髪の少年は、口を開くことなく静かにそこに佇んでいた。

もう一人は白い服を着た少女。

栗色のツインテールを僅かに揺らしながら、テレビアニメに出てくる魔法少女が持っているような杖を構えて、さながら魔法少女のように少年と対峙している。

…………事実魔法少女なのだが。

そしてベンチには、二人の様子をじっと見つめる一匹のフェレットがいた。

言わずと知れた、“始まりの魔導師”フォルテ・L・ブルックリン、“不屈の少女”高町なのは、そして“人語を解す異世界の珍獣”ユーノ・スクライアだ。

 

「―――っ!」

 

風が弱まった一瞬、なのはは動いた。

長物の長所であるリーチを最大限に利用した、打撃という原始的な攻撃。

思い切りのいい一撃が、フォルテに頭上に振り下ろされ、それが吸い込まれる様をなのはは見た………つもりだった。

しかし、腕に手応えは伝わってこない。

 

「終わりだ」

 

たった一言。

それが、渾身の一撃を空振りに終えた高町なのはの首元にあたる、たった一本のボールペンを使った模擬戦の結末だった。

 

 

 

「なのは、前に言ったことを、あえてもう一度言わせてくれ…君、よく生きてたね?」

 

「うぅ…」

 

フォルテの呆れと共に吐き出されたとても素直な感想に、言われたなのはは身を小さくする他ない。

早朝や空き時間に魔法の訓練を始めたという話は、同盟の翌日に聞いたことだ。

いっしょに訓練を、という話も当然その時に出たのだが、フォルテは当初、これに難色を示した。

ある意味では当然のことなのだが、フォルテはあくまで技術者であり科学者なのだ。

その彼の矜持や信念、あるいは誇りや驕りともいうべきものにとって、ある意味では完成した(・・・・)ミッドチルダ式を見てしまうというのは、“犯人はヤス”どころの騒ぎではなく、断じて許容できない技術の簒奪だ。

名誉など豚にでも食わせてしまえ、という気概でガーディアンズを設立したり、人類との戦争の矢面に立つ程度の覚悟はあるフォルテでも、自身の内にあるものまでは騙すことができない。

「バリアジャケット?ハァ?ナニソレ?オイシイノ?んなもん僕の後継者が作るんだよ!息子とか孫とかかもしれないけど地球で独自に作るんだよ!余計なもん見せてんじゃねぇよっ!!」とはさすがに言えはしないが、胸中はそのものズバリだ。

だが、どうしてもと頼まれてなおも足蹴にできるほど、彼は非常になりきれなかったし、命がかかわる以上、多少の妥協は必要となる。

結果、早朝だけという条件付きでなのはの訓練に付き合ったわけなのだが………

 

「なのは…こんなこと言いたくないよ?でもね、近接戦どころか運動能力が低すぎるのは問題だからね?」

 

「うぅっ…!」

 

学校の体育でわかっていたことではあるのだが、なのはの運動神経が文字通りに、神経を疑うレベルなのだ。

臨海公園に着くまでに三回も転んだ?

何もないところで三回も?

思わず聞き返しても仕方があるまい。

集まってからは時間の許す限り魔法の訓練に充て、それぞれ個々に動き回る。

これはある意味仕方のないことだ。

魔術体系が絶対的に違う上に、その差異について擦り合わせなど、年単位で時間がかかるのだから、あるわけがない。

互いの戦闘スタイルについてもわかっていない。

いや、口頭では伝え合ってはいても、実際に目にしないと伝わらないものが多すぎるのだ。

なにせ、両者共に戦闘は本職ではない…一応カテゴリーは非戦闘要員たる民間人なのだからやむを得ないのだが、片や砲撃特化の天才素人、片や基礎魔法技術開発者…立ち位置がかけ離れすぎている。

ミッドチルダ版の≪フォトンボール≫、もとい≪アクセルシューター≫で空き缶をひたすら打ち上げる様は開いた口が塞がらなかったが…。

訓練の締めは体術の訓練とした。

本当に最後の方に少しだけなのだが、それでも意味があるとフォルテが強引に捻じ込んだ結果だ。

それが、レイジングハートを持ったなのはと、ボールペンを持ったフォルテの模擬戦だった。

 

「あの黒い魔導師、レイジングハートさんからデータ見せてもらったけど、どう見ても近接型だ。最低限の体術も合わせて身につけた方がいい」

 

一緒に訓練する上で、体術を捻じ込んだ言い分がこれだ。

戦闘データを確認すると、黒い魔導師の補助機…もといデバイスは半月斧型で、途中で変形して大鎌型になったのだ。

その一事を取ってしても、近接戦に特化したタイプの魔導師であることが見て取れたし、加えて黒い魔導師の行った射撃ウェポンも、その判断を裏付けるようであった。

 

「どう考えても、コントロール性が悪そう」

 

なのはの≪アクセルシューター≫を引き合いに出せばわかることだが、≪アクセルシューター≫はその軌道を自在に操ることができるのだ。

前に向かって真っすぐ飛ばそうが、カーブをかけて飛ばそうが自由自在だし、飛んで行った後もコントロールで軌道変更が可能なのだ。

扱いが難しいことを除けば、ある意味これだけで世界のパワーバランスをひっくり返しかねないのだが、まだ魔導師として経験の浅いなのはのコントロールの限界は2個。

ユーノくん曰く、十分すぎる上達速度らしい。

その意見にはフォルテも同意せざるを得ない。

ガーディアンズにおける、≪フォトンボール≫の習得期間と習得率、そして修業性を考えれば、一週間程度で2個もコントロールしているなのはの異常性が際立つものだ。

なんせ≪フォトンボール≫は、習得に多少のムラはあれど、発現に一週間、安定に一か月、コントロールに三ヵ月の時間が平均でかかっている。

≪フォトンボール≫の技術成立が二年前だから、最長記録はまだ伸びていくだろうが、これは1個のコントロールまでにかかる時間だ。

2個目以降はかなりのムラがでて、早ければ一週間で一気に4個まで行くこともあるが、この速度は流石にイレギュラーだ。

2個目に到達しない場合もある。

最も多いパターンは、1個目をコントロール後、半年から一年で2個目の形成、もしくはコントロールとなる。

コントロールは確かにコツを掴めばなんとかなる話だが、思考能力の限界なのか、4個以上形成し、かつその全てをコントロールできる人物はそれほど多くない。

それらに対して、黒い魔導師の≪スマッシャー≫と呼ばれる≪フォトンボール≫もどきは端的に言えば直射型なのだ。

軌道をほとんど操作できない反面、威力と速度、および形成できる数は≪アクセルシューター≫のそれを上回る。

拙速は巧遅に勝るとは有名な言葉だが、黒い魔導師はそれを実践しているようだ。

あえてコントロール性を捨て、速度に重視した射撃ウェポン。

ユーノくんとレイジングハートさんの統一見解として、速度の為に威力まで犠牲にしているらしい。

速度に対する威力が、通常の≪スマッシャー≫より低すぎるということらしい。

それでも、十分≪アクセルシューター≫よりも高威力なのだが、当たらない攻撃をする理由は、牽制か誘導、あるいは別の戦略的意図のためだと考えるべきであり、つまりその攻撃で決着をつけるつもりはない、ということだ。

空間制圧射撃をやれるならそれもありだが、消費魔力量から連射は現実性が低く、仮にやるとしても最後の一撃としてしか役に立たないだろう。

無論、近付いて攻撃できない場合には使われるだろうが、戦闘データを見るに近接戦に持ち込むための牽制や誘導といった使い方が主になるだろうことは想像に難くない。

少なくとも、彼はそうする。

いくらなのはが砲撃型で、そもそもが接近を許さないタイプだとしても、接近された場合の対処法もなく対峙するのは危険すぎる。

 

「かなりハードなスケジュールになるけど、魔法の訓練以外にも体を鍛えた方がいい」

 

「うぅっ!で、でもでも!相手も魔法を使うわけだし、魔法の訓練に力を入れた方がいいと思うの!」

 

「フォルテ、僕が言うのもなんだけど、なのはは魔法の才能の方が高いんだから、そっちを優先してあげた方がいいんじゃないかな?」

 

半ば逃避ともとれるなのはの言葉にユーノくんが追随する。

その考えは間違いではない。

天才的な野球のセンスを持つ人物に、わざわざ将棋で世界一を目指させる必要などない。

その時間をピッチングに充てた方が、何倍もの効果が期待できるだろう。

 

「それは短期的な見方だ」

 

だがフォルテはそれを否定する。

一つのことに特化するのは決して間違いではない。

間違いではないが、汎用や万能の適応力を求められる人間という存在には、いささか不適当だ。

一つのことに特化し、それであらゆることを解決できてしまうと、それに頼ることが常になり、他を頼ることが無くなる。

つまり、それが無くなった瞬間に、無力なカカシに成り下がることを意味する。

それゆえに、一つのことに特化するという歪な成長をフォルテは認めない。

 

「砲撃魔法を軸にするのは構わないけど、砲撃魔法に頼る戦い方はいずれ破綻する。少なくとも、ガーディアンズには対砲撃戦に強そうなのが何人かいるし」

 

未だに規模も小さく未熟な組織に、数人もの該当者がいるのだ。

そして、黒い魔導師がそうでないとは限らない。

 

「現に、なのはは神社で懐に入られたんだろ?じゃあ駄目じゃん?最低限の身のこなしくらいは身に着けよう?せめて、何もないところで転ばない程度に…」

 

さすがにそれを言われては反論の目がないと悟ったのか、なのはもユーノくんもバツが悪そうに俯いた。

なのはのは、若干別の要素も入っているが、それは特に気にされることもなかった。

 

「でもまあ、なのはの魔法センスは間違いなく地球最強だから安心していいよ」

 

「ふぇっ!?さ、最強って…」

 

突然あたふたし始めるなのはだが、それも本来なら当然の反応だ。

女の子に最強と言う称号は、人気とは言い難い上に、優れているという評価自体に慣れていないのだ。

もっとも、フォルテとしては口がちょっと滑っただけで、増長の心配からまだ伝えていなかったのだが。

 

「まあ、センスだけなら僕でも十分に倒せるけどね?…ボールペンで」

 

だからこうして上げて落す。

なのはが肩をがっくりと落しているが、それ自体はどうでもいいことだ。

なのはの素質については、どこかで落ち込んでいるときに励ましの材料としてでも使おうと、こっそり胸中で決めた瞬間だった。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

Side ピアノ・F・ブルックリン

 

 

温泉です。

………いえ、温泉に行きたいとか、そういう催促ではなく、現在位置が、です。

なのはさんに、誘われました。

なのはさんから、誘われたとき、義兄さんは「高町…温泉…高町…温泉…高町…温泉…」と呟きながら、なぜか、何かの花びらを、むしり取っていました。

何かの、おまじないでしょうか?

十本以上の花を、犠牲にした、義兄さんは、とても怖い顔で、「行く…」と返事をしました。

何か、怖いのでしょうか?

後から、義兄さんに聞いたのですが、答えてくれません。

義兄さんが、言うには、「この世の中には知らない方がいいことも…割とたくさんある」ということです。

…よく、わかりません。

 

「ほらピアノ、こっちよ!卓球やるわよ!」

 

「はい、アルク・バクダンマさん」

 

「違うわよ!アリサ・バニングス!変なところだけ似るなーっ!」

 

「アリサちゃんが、ものすごく危険人物になっちゃったね…」

 

アルクさん…じゃなくて、アリサさんが怒って、あの、えっと、紫の……………酢豚さん、でしたか、苦笑いしています。

間違えてしまったようです。

 

「あの…義兄さんは?」

 

「お父さんたちが先に連れて行っちゃった…ごめんね?」

 

「いえ、お構い、なく………」

 

義兄さんは、恭也さんたちと、一緒みたいです。

向こうも、卓球らしいです。

でも、借りられた台が、別の部屋にあるので、別行動です。

…別に、寂しくなんて、ありません。

 

「ピアノちゃんは卓球、知ってる?」

 

「いえ、知りません」

 

なのはさんが、親切に、聞いてくれますが、聞いたこともありません。

酢豚さんが、一通りのルールを、説明してくれました。

念のために、他の人のを、見学してから、やることにします。

隣の台では、他のお客さんが、プレイしていたので、それを、見せてもらいます。

恭也さんくらいの、お兄さんと、同じくらいの、眼帯のお兄さんのチーム。

相手は、無精髭の、30歳くらいのおじさんと、顔に傷のある、40歳くらいのおじさんのチーム。

審判に、金髪の、お兄さんです。

 

「狙い撃つ!狙い撃つ!狙い撃つぜーっ!!」

 

「ところがギッチョン!ギッチョン!チョォンッ!!」

 

「スペシャルで!二千回で!模擬戦なんだよーっ!!」

 

「羽ばたけ!アジアン!ビューティーッ!!」

 

「ふむ、素晴らしい試合だ。ここまでラリーが続けられるとはな…乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられないなッ!」

 

………………………………………。

なぜでしょう…絶対に、参考にしては、いけない気がします。

皆さんと一緒に、そっと、移動します。

ちょっと、疲れた気が、しますが、大丈夫です。

 

「…そうよ、温泉に来たらゲーセンよね!」

 

良いことを、思いついたのか、アリサさんが、ゲーセンなるものに、連れて行ってくれました。

 

「このワニを、叩けばいいのですか?」

 

ルールは、簡単でした。

でも、腕が足りるでしょうか?

 

「ユーノくん、手伝ってください」

 

「ピアノちゃん、それ、反則だから…」

 

「大体、フェレットにそれを言ってもわからないと思うわよ?」

 

酢豚さんに、注意…されて、しまいました。

アリサさん、ユーノくんが話せること、知らないんでしょうか?

 

(ピアノちゃん、ごめん、手伝っちゃまずそうだから…)

 

ユーノくんから、謝罪の声が、聞こえます。

とりあえず、ユーノくんの頭を、撫でることにしました。

これは、念話と言うそうです。

義兄さんが、「テレパシー…テレパシーか…何年かかるかな…」と言いながら、遠い目を、していました。

よく、わかりません。

 

「…えい」

 

ピコッ♪

ワニッ♪

 

「…えいえい」

 

ピコピコッ♪

ワニワニッ♪

 

パララタッタタ~♪

 

「…189点です」

 

「ピアノちゃん、凄すぎるよ…」

 

パーフェクト…というのが、200点だそうです。

よく、わかりません。

でも、もう一度、やりたいです。

順番は、守らないといけないので、皆さんが、終わるのを、待ちます。

 

「だ~~~~~~っ!!なんであたしが127点で最下位なのよっ!?」

 

「お、落ち着いて…私は148点だけど…」

 

「あ、私が二位だ。174点!」

 

「「「ピアノちゃん強っ!」」」

 

皆さんに見つめられて、ちょっと、怖いです。

 

「あー…お嬢ちゃん達?終わったんなら、代わってもらってもいいか?」

 

あ、後ろに、並んでる人が、いました。

美由紀さんより、年下の、私たちより、年上の、褐色のお兄さんです

 

「あ、すいません!ほら、行こ!」

 

酢豚さんが、私の手を、引いてくれます。

後ろから、「グゥレイト!数だけは多いぜッ!!」という声が、聞こえましたが、私たちは、他のゲームをします。

アリサさんが言うには、この温泉宿は「温泉以外がちょっと充実しすぎ」だそうです。

基準が、わかりません。

しばらくゲームをしたら、温泉です。

義兄さんはいませんでしたが、皆さんといると、楽しかったです。

今度は、義兄さんも、一緒がいいです。

 

 

 

 

Side フォルテ・L・ブルックリン

 

 

卓球でかいた汗を流した一行は、既に部屋で酒盛りを始めていた。

もちろん、長湯を最初から宣言していた女湯からの参加者はいない。

即ち、士郎さん、恭也さん、伯父さんだ。

酒が飲めない約一名の哀れな生贄子羊は、一心不乱に給仕に徹する。

 

「お~いフォルふぇ~…ビールが足りんぞ~~」

 

「はい、ただいま」

 

「何か甘いものはないかい?」

 

「持ってきていますので、少々お待ちください」

 

「…フォルテくん、すまない」

 

「気に、しないでください……恭也さん」

 

哀れな子羊の仕事と考えなければ、心が折れる…とはさすがに言えないが、さすがに酔っぱらいの相手をさせられる小学生の気持ちというものを、もう少々考えてほしい。

そう考えるのは傲慢だろうか?

お世話になっているからと言って、これは意外ときつい。

なにより、話しかけられるたびに酒の匂いがダメージを加速させる。

辛い…。

 

「ビールのおかわりと、甘めのオツマミです」

 

「おぉ~ありがとう」

 

「おや、そういえばチョコレートがあったんだったね。すっかり忘れていたよ」

 

「…父さん、それ、母さんが作ったんだぞ?」

 

「心して食べるよ…」

 

恭也さんの、釘…と言うにはいささか威力過多な一撃で、士郎さんは大人しくチョコレートを食べ始めた。

正直、心から助かる。

 

「む~ん…」

 

「………」

 

伯父さんの方は駄目らしい。

昔聞いた話だと、ちゃんとした席ではしっかりしたまま酒を飲めるらしいが、こう言う私的な席だとすぐに酔っぱらって、しかも酔ってからの方が時間が長いという、とても悪質な酔っ払いになるらしい。

父さんは、それでとても苦労したそうです。

僕は今、とても苦労しています。

日本で言うところのインガ@オーホーだったか、恐ろしい。

 

「ん?あれ、スルメが無くなった?買いに行った方がいいかな…」

 

確か誰だったか忘れたけど、あれが好物だって何かの時に聞いた気がする。

 

「それは美由紀の好物だな、俺が買いに…」

 

「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと行ってくるだけなんで…正直、ちょっと外の空気を吸いたい…」

 

「…すまん」

 

ちょっと本音が出てしまったが、なんとか室内から脱出。

軽く遠回りしてゆっくりと戻るとしよう。

 

「…売店ってどこだっけ?」

 

受付に行けばわかるか。

中庭を回って、渡り廊下を抜けた方が遠回りになる。

 

「…厄介事だ」

 

どうやらなのはたちが、他の客に絡まれているらしい。

長身の女性に話しかけられて、あわあわ状態になっているのが遠目にもわかる。

 

「介入確定ってことで…おーい、皆どうした?遅いから伯父さんたち、先に酒盛り始めちゃったよ?」

 

険悪とまではいかないが、微妙に緊張した空気はこれで晴れたようだ。

こういう空気は、外から風を入れてやるだけで割とあっさり入れ替え可能だ。

 

「…風呂の場所を聞いてただけだよ、ごめんね?」

 

長身の女性は振り返ると、軽く手を合わせてそのまま行ってしまった。

…本当に道を聞いていただけか?

 

(あんまりおいた(・・・)が過ぎると、ガブッとやっちゃうよ?)

 

―――ッ!?

 

辛うじて…本当に、辛うじて、不審げな視線から動揺を見せずに済むことができた。

念話、だったか?

あれは黒い魔導師の仲間か、それとも…どちらにしても友好的な相手ではなさそうだ。

 

「皆、大丈夫だった?アリサ、勝気なのはいいけど、あんまり前に出過ぎるなよ?」

 

「仕方ないじゃない?あっちがなんか絡んできたんだから…」

 

「それが心配なんだって…」

 

ごく当たり前の、当たり障りのない普通の会話で胸中の張りつめた空気を覆い隠す。

横目でなのはとピアノの様子を窺う。

人としてどうかと思うが、一応こっちの意図に気付いて上辺だけでも取り繕えたようだ。

いや…すずかにはバレたかもしれない。

すずかは感情の機微に人一倍敏感だ。

…すずかなら他言しないか。

 

「まあとにかく、ちょっと早目に戻ろう?…酔っぱらいの相手を僕一人ではきついし」

 

「本音はそれね?気持ちはわからなくないけど…」

 

「お父さん…フォルテくんに迷惑かけちゃだめだよぅ…」

 

む~っと頬を膨らませるなのはを見て、皆が笑う。

そんな中で、僕はうまく空気が入れ替わったことを感じ取っていた。

なのはが隠し切れたとしても、ピアノは隠し事が得意かどうかはわからない。

ピアノに直接声を掛ければ、ぼろが出る可能性がある以上、全体の空気を入れ替えるしかない。

…兄って、こんなに大変なのか。

別に嫌というわけではないけど。

 

「ほら、サッサと戻るよアクヲ・コラシメール」

 

「どこの正義の味方よっ!?」

 

「早く行きましょう、酢豚さん」

 

「すずかだよ!月村すずかだよ!!その間違いは酷過ぎるからねっ!!」

 

ごめんピアノ…さすがにそれはフォローできない。

その後、ワーギャー言いながら皆で部屋に戻った僕は、スルメを買い忘れたことを思い出すのだが、それは部屋の前まで戻った後だった。

 

 

 




申し訳ない!ぎりぎり間に合わなかった!!
m(__)m
次回戦闘回です!
っていうか、今回の予定だったのに、間に合わないから端折ってしまった…。
ギリギリ日常回ってことで勘弁してください…。
戦闘回…ちょっと頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。