女子高生と七人のジョーカー (ふぁいと犬)
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プロローグ

※注意事項

・この小説はR15指定です。

・グロシーンや暴力シーンが含まれる事があります。

・PSO2内の創作キャラクター達のお話しです。

・オリジナル設定、オリジナルの世界観があります。

・パロディ小説ですが、知らない人でも読めるように書いています。


 屑木星空《くずき かなた》

 17歳の彼女は学校内で、少し有名だった。

 

 ボランティアで幼稚園に足蹴なく通い、困った人がいれば学校内だろうと外であろうと親身に力になろうとする。

 その瞳は汚れる事も無く、優しい笑顔を浮かべる。

 最初はからかわれる彼女は、直ぐにその純粋さに好かれる。

 何処までも完璧な彼女は、恨まれる声すらも挙がらない。

 その姿は、物語に出てくるような完璧さを思わせ、『お嬢』とまで呼ばれる始末。

 彼女は多くの人達に慕われる。

 そんな彼女は、今日もボランティアで通う幼稚園を後にし、スキップ混じりで帰路についていた。

 夕日が照る中、彼女の鼻歌が誰もいない路地に響く。

 そんな子供がかった様子は、学校で憧れられているお嬢様とは程遠い。

 

 子供が大好きな彼女は可愛らしい笑顔を思い出して小さく微笑む。

 

「可愛かったなぁーやっぱり子供良いなぁー」

 上ずった可愛らしい声が思わず零れる。

 彼女が上機嫌だった理由はそれだけでは無い。

 今日の晩御飯はハンバーグだと朝学校に出る前に母が教えてくれた。

 母のご飯が楽しみで、無邪気に行動にまで出てしまっている。

 跳ねる度に、頭の両端に結んでいる小さな髪が可愛らしく跳ねる。

 

 上機嫌だった彼女の瞳が空の光を捉えた途端、別の色へと変わる。

 夕日が徐々に暗くなっている事に気づいていた。

 幾ら夕方だと言っても、それは少し早く感じる。

 空は黒い雲が掛かり始めていた。

 雨雲に見えるような暗さに、彼女の心が陰る。

 先ほどの楽しかった事が嘘のように不安が募っていた。

 

 少し、早足になる。

 

 家は街灯の少ない住宅街の中に存在していた。

 暗がりは、彼女を焦らせるには充分。

 光が失われつつある帰路を急ぐ。

 

 視線の中に公園の入り口が見えると、彼女は歩を緩めた。

 普段は回り込んでいるこの公園は、突っ切れば大きな近道になる事を知っている。

 大きいわけでも無いが、決して小さいものでもないこの公園。

 中に街灯が殆ど無い。

 しかし真っ直ぐ走れば直ぐに抜ける事は簡単だ。

 

 数歩躊躇った後、公園の中へと駆け出した。

 

 暗闇が彼女の体を飲み込んでいく。

 

 きゅっと唇をかみ締めて走る。

 何て事ない。

 何度も心に言い聞かせる。

 帰ったら大好きなハンバーグ。

 明日から、また友達と学校に行く。

 

 この一瞬の恐怖さえ凌げばまた幸せな日常が訪れるから。

 

 出口にある申し訳程度の小さな街灯が目に入る。

 その弱弱しい光が彼女の心を明るく照らす。

 表情が無意識に笑顔に変わる。

 

 

 不安の心が振り払われようとした。

 

 その瞬間。

 

 音が聞こえた。

 

 反射的に歩を止める。

 目の前でもうすぐ抜けられそうだと言う時に、耳に入る音は止めざるを得ない音をしていた。

 

 子供の泣き声。

 

 泣き声が響き渡る。

 時間で言えば七時頃。

 この時間に聞こえる筈の無い声に彼女の不安が再び膨れ上がる。

 

 しかし、同時に彼女の脳裏には別の事も浮かんでいた。

 迷子かもしれない、親と逸れたのかも知れない、遊びに夢中になって暗くなっている事に気づかなかったのかもしれない。

 

 優しい彼女の歩を止めるには十分な理由でしか無かった。

 一度だけ唾を飲み込むと、彼女は踵を返し暗闇の中へ、声の方へと走り出す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それが幸せの終わりである事を、彼女は知らない。 




毎日更新頑張って行きます!! 
良かったら感想、評価お待ちしています。




三人体制でやってます。




小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1

「小説家になろうでも投稿してます! よろしくね!」
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「まだ未熟な身の上ながらも頑張って行きますので、お手柔らかに」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「そのうち動画とかで曲お披露目しますので期待してて下さい!!」

http://www.nicovideo.jp/mylist/35049795


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Act.1 幸せの終焉

 暗がりにも大分目が慣れていた。

 声は近づくに連れて大きくなっていく。

 聞こえる先は、葛木 星空(くずき かなた)も小さな頃良く遊んでいた砂場から聞こえる。

 

 砂場に蹲っている小さな子供の背中が見えた。

 小さな背中は、十歳にも満たない見た目。

 上からフードを被っている、という部分以外は子供の容姿については解らなかった。

 

 肩で息をしながら小さな子供の背中に話しかける。

 

「だ、大丈夫? 親御さんと離れちゃったのかな?」

 出来るだけ優しく声を掛ける。

 暗がりは苦手だが、それでも子供に不安が伝染しないように必死に笑顔を作る。

 

「うえええええ……」

 カナタの言葉を無視して子供は泣き続ける。

 一瞬、聞こえていないんだろうか? と、考える。

 しゃがみ込んでいる子供の隣に同じように座り込む。

 

「どうしたの? ここは暗いから明るい所に行こう?」

 

 子供の泣き声が、彼女の言葉と共にピタリと止まる。

 徐々に泣き止む。では無く、文字通り止まる。

 再生している音楽を停止させるように突然。

 

 その不可思議な泣き止み方に、カナタの表情が一瞬固まる。

 

 俯いていた子供は。

 ぐりん、と勢い良く彼女に顔を向けた。

 

「っひ!?」

 短い悲鳴が零れる。

 人が行うような行動では無い速さに、カナタは気圧されるようにそのまま尻餅を付いていた。

 手や、スカートに砂が付く事も気にせず、子供を凝視してしまう。

 

 大きな瞳に、子供らしい前髪を揃えた髪型。

 女の子なのか、男の子なのか解り辛い中世的な顔立ち。

 

 それだけならば普通の子供にしか見えない。

 

 しかし。

 

 子供の容姿は少し違った。

 

 髪は薄い紫。

 寧ろピンクに近い紫色の髪。

 そして濃い紫色の瞳。

 

 カナタが普段見る見た目とは異なった色合いに困惑してしまう。

 子供は先程まで泣いていたとは思えない笑顔で顔を覗き込んで来る。

 

「驚いた? 驚いた?」

 そう言いながら紫色の子供は嬉しそうにクスクスと笑う。

 

 その不気味な様子にカナタは我に返る。

 子供の悪戯だと気づく。

 見た目は不思議に見えるも、子供は子供らしくあどけなく笑っていた。

 カナタも合せるように微笑む。

 

「も、もう、そんな事したら駄目だよ?」

 驚いていた事が恥ずかしくて、つい大人ぶった言い方になってしまう。

 砂を払って立ち上がるのを、子供は笑顔で待っている。

 嬉しそうに笑っていた子供はカナタの手を取る。

 そんな子供の可愛らしい仕草に、つい頬が緩んでしまう。

 

 子供は笑う、嬉しそうに笑う。

 無邪気な笑顔は携えながら。

 紫色の瞳から暗い物が見え隠れするのに、カナタは気づかない。

 

「ねえお姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 はしゃいでいる子供を見ながらカナタは少し困った顔をしてしまう。

 きっと遊んでいていつの間にか暗くなったのが正解なのだと考える。

 この子を取り合えず家まで送らないと。

 心優しい彼女の考え等知らず、子供は捲くし立てる。

 

「怖かった? 辛かった? 気持ち悪くなった? ねぇねぇ! 」

 その言葉に、カナタは表情を強張らせる。

 子供とは言え、その言い方に少し気分が悪くなってしまう。

 

「そんな事を言っちゃ駄」

 お姉さんらしく叱ろうと、そう思った、

 しかし、その言葉は遮られる。

 子供の言葉は続いていた。

 

 

「死にたくなった?」

 

 

「……え?」

 一瞬子供の言った言葉が理解出来なかった。

 それでも子供は続ける。

 

「お姉ちゃん! とぉってもぉ! 幸せそ! 幸せそ! だから! ね! ね! 死にたくなったらきっと楽しい! 楽しいよ! 楽しいよ! 楽しい楽しい!」

 それは、無邪気な笑顔で紡ぐ言葉。

 紫色の瞳は、爛々と暗く光る。

 無邪気な子供を見る目が変わる。

 

 握られていた手に、思わず視線が行く。

 小さな手すらも恐怖の対象へと変わる。

 無意識に握られている手を引いてしまう。

 

「…………!」

 離れない。

 

 その小さな掌からは想像出来ない機械に掴まれているような感覚。

 

「は、離して」

 零れる言葉に子供が耳を傾ける事は無い。

 不気味さは更に増す。

 暗い世界の筈なのに、子供の存在はハッキリと目に映る。

 異常な状態に、カナタは空いている手で引き離そうと手を伸ばす。

 

「汚しちゃおう!」

 空いている手が捕まれる。

 伸ばそうとした手が別の方向から掴まれる。

 

 誰に?

 

 視線が動いた先に、全く同じ姿の子供が手を握っていた。

 頭の理解が追いつかない。

 

 同じ顔が、同じ瞳が、同じ笑顔が、同じ笑い声が、彼女へと向けられる。

 

 二人の不気味な子供の瞳は残酷に爛々と輝く。

 最初に会った子供が喋った後に、その後を追いかけるようにもう一人の子供が言葉を続ける。

 紫色の、四つの瞳が彼女を見つめる。

 人としての光が見えない瞳は、吸い込まれるほどに暗い。

 

 

 

 

 

「一緒に幸せを、汚そうよ?」

 

 

 

 

 

「一緒に幸せを、穢そうよ?」

 

 

 

 

 

 短い悲鳴が暗い公園に響き渡る。。

 足元が、沈んでいた。

 どす黒い霧のような物と共に地面が雨細工のように溶けていく。

 それは現実的に有得る筈が無い異常な光景。

 

 状況を理解できていない彼女に、二つの同じ顔は割けるような笑みを向ける。

 

「離して! 離してよ!!」

 

 状況の理解何て出来るわけがない。

 それでも、この二人に自分の世界が、幸せが潰されようとしていることは理解できていた。

 どれだけあがいても、子供とは思えない力が離す様子は見せない。

 既に足は完全に飲み込まれていた。

 飲まれた足は異常に冷たい。

 氷につけられたような足は、徐々に感覚を失わせていく。

 その状態が、更に恐怖を駆り立てていた。

 唇が震える。有り得ない状況に頭がついてこない。

 悲鳴を、叫び声をあげる。

 暗闇の公園に、声が響き渡る。

 

 同じ顔の子供、その片方が突然笑みを止めていた。

 

「うるさーぃー」

 

 子犬を叱るような言い方。

 その言葉と共に、空いている方の手が彼女の前で振り切られた。

 混乱している彼女は何をされたか等、考える余裕などある筈も無く叫び続ける。

 

 叫び続けていた筈だった。

 

 金切り声を上げていた彼女の声が突然止む。

 変わりに空気を切るようなひゅーひゅーと吹き抜ける音。

 

「っ! っっっ!!」

 必死に声を出そうとするも、何故か声が出ない。

 変わりに口から何かが零れる。

 掌に冷たい感触がポタリと落ちる。

 視線の先に、赤い液体が付いていた。

 液体は立て続けにボタボタと零れ落ち、掌を染める。

 動かない思考は、行動で理解しようと視線が泳ぐ。

 

 手を握っている子供の逆の手。

 子供の手がある筈の場所には、赤い目と、ノコギリのような刃が羅列した黒く大きな顔。

 服の一部にも、手に被せた大きな人形にも見えたが、それが決して無機物では無い事を理解してしまう。

 手に付いている大きな顔は、赤い目を力強く見開き、忙しなく口が上下していた。

 ニチャニチャと何かを噛む租借音と共に、黒い顔の口から赤い液体が同じく零れる。

 

「モグモグー?」

 無邪気な子供の声と共に、黒く大きな顔が向けられる。

 せわしなく動いていた口は止まる。

 見せ付ける様に、大きく開かれていた。

 

 暗い筈の公園なのに、口の中はハッキリと目に映る。

 赤い肉片が口の中に転がっていた。

 その中には白く砕けた固体も。

 

 普段見る筈が無いが、存在を知っている物を見てしまう。

 

 震える手で喉を触る。

 

 しかし喉は触れない、更に手が奥に進んだ。

 水で薄めた油のような液体が手に触れる。

 触れた手は、赤い糸を引いてカナタの視線の先へと戻る。

 

 黒い顔の口は、勢い良く音を立てて閉じられる。

 

 同時に丸い喉仏が噛み潰される音が響いていた。

 

 喉が無い。

 

 カナタの顎より下の部分、喉が食いちぎられていた。

 

 痛みは感じない。 

 ボタボタと零れる血は止まらない。

 膨大な量の血は、専門的な知識が無い彼女でも助からない量だという事は解る。

 

 何で、何で、何で。

 

 悲鳴はただ口を開けるだけの動作でしか無くなる。

 叫べない言葉は心の中で紡がれる。

 垂れ流れる血を流しながら必死に暴れる。

 

 何故私がこんな目に。

 

 子供の泣き声が聞こえたから。

 そんな単純な、優しい理由。

 それだけで、世界が変わった。

 

 幸せだった。

 家族とも仲が良くて。学校に行けば友達も沢山居た。

 学業も運動もそつ無くこなして。

 誰にでも好かれていた。

 

 全てが上手くいっていて、きっと幸せな人生がずっと、ずっと続くと、思っていた。

 

 私が、何をしたと言うの。

 

 止まらない血と共に涙がボロボロと零れる。

 あまりにもの理不尽で。人生を突然奪われて。

 

 齢17の彼女は叫ぶ。

 声も出ずとも口を大きく開く。

 

 嫌だと叫ぶ、生きたいと叫ぶ、死にたくないと叫ぶ。

 

「あー! あー! つまみ食い! ズルイズルイズルイ!」

 

 もう片方の、子供の声と共にカナタの体の前で先程と同じ様に、大きく黒い顔が振り切られる。

 バクン、という音と共にカナタの胴体が食い千切られていた。

 

 噴出す血と共にカナタの瞳から光が消える。

 暴れていた体は一度二度、痙攣すると動く事を止めた。

 両手を握られたままの彼女は、人形のようにガクンっと、そのまま膝から黒い霧の中へと崩れ落ちていた。

 

 

「あれ? あれ?」

 

 

「あれれ? あれれ?」

 

 

 二人の子供は同時に右に首を傾げる。

 

 

「動かなくなっちゃった?」

 

 

「動けなくなっちゃった?」

 

 

 再び同じように左に首を傾げる。

 

 

「大丈夫かな?」

 

 

「大丈夫だよ?」

 

 

 動かなくなったカナタの体を、黒い霧は飲み込んで行く。

 それを見て二人は笑う。

 

 

「これから一緒に遊ぼうね?」

 

 

「これから一緒に壊そうね?」

 

 

 カナタの手を離すと、二人の子供は後ろに下がる。

 同時に二人の周りにも黒い霧のような物が現れていた。

 黒い霧が二人を瞬時に飲みこんで行く。

 

 二人の視線は消える間際でも飲み込まれていくカナタから離れない。

 輝く二人の瞳は、楽しい玩具を見つけた子供の目。

 

 

「「楽しい楽しい玩具箱で、遊ぼう遊ぼう!!」」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 重なる声と共に、二人と、一つの死体が公園から消え去る。

 

 その後に残る公園には。

 

 暴れた後も、大量の血も何も無い。

 まるで何も無かったように夜の公園には冷たい風が吹く。




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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「双子ちゃんは私が育てた」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「甘味ある」

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Act.2 ARKS

 熱い風が頬を撫でる。

 息をするのが苦しい。

 咳き込みながら、彼女は目覚めた。

 重い体をゆっくりと起き上がらせる。

 頭は、ぼぅっ……と、霧が掛かったような状態。
 その状態が考えさせる事をさせない。

 私は何を、していたのだっけ。

 熱い風と同時に、細かい砂の様な物が舞った。
 目に入る細かい異物に痛みが走る。
 霧が掛かっていた頭はようやく動き出した。
 慌てて目を擦る。

「こ、ここは、何……?」

 霞む瞳で辺りを見渡す。
 そこに広がっていたのは、大量の砂。

 カナタ自体始めて見るそれは、始めて見なくても知っている物。

「さ、砂漠?」

 異常な広さは先等見えず、金色の砂が広がる。
 カナタの暮らしていた都会に、こんな場所はある筈が無く。
 別次元の世界に目を丸くする。

 広大な世界。
 空に輝く暑苦しい太陽は目障りなまでに眩しい。
 噎せ返るような暑さも、紛れも無く本物で。

 カナタの知らない世界が広がっていた。


 終わらない砂漠を歩き続ける。

 何処かも解らない灼熱の世界はカナタの心を不安に駆り立てていた。

 締め付けられるような心細さが募る中でも、歩くしか方法は無い。

 真っ直ぐ進んでいるのか、この道があっているのかも解らないまま広大な砂漠を進む。

 

 どれくらい経ったのか解らない。

 それでも考えるには十分な時間は過ぎていた。

 

 確かに、夜の公園に居た筈だった。

 都会の住宅街。学校の帰り道の途中にある公園。

 砂場で泣いていた子供。

 同じ顔の二人の子供。

 

 その二人の異形な片腕に、カナタは食い千切られた。

 あの生々しい血も、肉片もハッキリと覚えている。

 食い千切られた喉元や、上半身の部分に触れる。

 そこには無くなった筈の部分は存在していた。

 

 夢では無かった。

 

 確かにカナタは死んだと思っていた。

 状況を理解出来る筈の無いカナタは、無心に歩く事しか出来なかった。

 暫く歩くと砂漠の山が目前に見える。

 決して上れないサイズでは無いが砂に足を取られ体力が限界であるカナタには心を折るには十分なサイズ。

 山の頂上からなら辺りも見渡せる、何か砂漠以外の物を見つける事が出来るかもしれない。

 自ら自分に言い聞かせながら小さくため息を零し、砂の斜面に足を踏み込んだ。

 

 数歩歩くと、足が砂に埋もれて顔から派手に転んでしまう。

 勢い良く埋もれた顔を慌てて引き抜く。

 っぺっぺ、と口に入る砂を吐き出し、ジワリと瞳に涙が溜まった。

 

 何でこんな目に……。

 

 カナタの心も限界が近づいていた。

 それでも泣き喚くわけにも行かず、再び砂の山に足を掛ける。

 

 石で切ったのか、斜面を進む度に膝に痛みが走る。

 黄色い砂に、ポタポタと血が零れていた。

 

 食い千切られた時には痛みは無かったのに、今は怪我に対して痛みを感じる。

 それが頬をつねったように夢で無い事を解らせる事が余計に心を締め付ける。

 

 砂漠の頂上にようやく到達すると、その場で座り込んだ。

 

 スカートに砂が付く事を気にする余裕も無く、カナタは蹲る。

 

「もう……なんなのよ……」

 

 零す言葉は誰に聞こえる事も無く風に乗せられ消えていく。

 頂上からなら何か見えるかもしれないという考えは幻想に終わり、どこまでも砂漠が続いているだけでしかない。

 

「何で私がこんな目に……」

 

 ずっと思っていた事がつい口に出る。

 数日後には友達に勉強を教える約束をしていた。

 帰ったら親にお小遣いについて話をしようと思っていた。

 当たり前の幸せが、もう霞んでいる。

 無意識的に零れる涙を必死で拭う。

 それでも零れ続ける涙に、もう彼女自身が限界でしか無かった。

 

 瞬間、彼女は慌てたように顔を上げる。

 音が聞こえた。

 

 それは人の声。

 

 低いその声に、カナタは慌てて視線を向ける。

 視線は頂上から下に向けて。

 奥しか見ていなかったカナタには気づけなかった。

 砂漠の山。

 下の少し先に声の主が居た。 

 遠くとも男性の背中である事が解る。

 背中に大きな鉄のような物を背負っていた。

 大きな剣にも見える気もするが、そんな事は今の彼女には関係が無い。

 それよりも人が居た事に安堵の笑みが零れる。

 

「良かった……良かった……!」

 

 不安で押し潰されていたカナタは慌てて立ち上がると駆け出していた。

 

「すいませぇーん!」

 ブンブンと手を振りながらカナタが大声を向ける。

 その声に背中の人物はビクッと肩を震わせ、慌てた様子で彼女の方を見上げるように振り向く。

 

 急いで向かおうとすると同時に、再び砂に足がもつれる。

 

「ウェッ!?」

 短い悲鳴と共に砂の頂上から思いっきり飛び込むようなダイブ。

 投げ出された体は斜面にぶつかると、そのまま二転、三転と勢い良く転がっていく。

 

「ひぃぃぃぃぃああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 間抜けな悲鳴を挙げながら砂煙を上げ斜面を転がる。

 ずざーっと、勢い良く音を立てて滑り込むように男性の目の前で砂煙は止まる。

 長い髪や、服を砂だらけにして間抜けな状態で転がっていた。

 

 一瞬の沈黙。

 

 その不可解な悲鳴と砂煙に、大剣の塚に手を掛けていた男性が、間抜けな様子に塚から手を放していた。

 

「ダーカーかと思ったじゃねーかよ……まーこんな間抜けなダーカーいるわけねぇーか」 

 

「ダ、ダーカー……?」

 男の言葉の意味を理解出来ず、砂まみれのままカナタは顔を挙げる。

 そこに、彼女、屑木星空くずき かなたに笑いかける男性が居た。

 

「大丈夫か嬢ちゃん。何処に敵が居るか解らない状態でこんな派手に登場するアークス何て始めて見たぜ」

 笑いながら男性は手を貸して立ち上がらせてくれる。

 

「あ、あの、ありがとうございます……」

 言葉の意味が解らず、立ち上がると取り合えず礼を零す。

 そこでようやく男性の全体が目に映る。

 男性は低い声とは裏腹に、見た目は若い青年。

 鎧と言うにはスレンダーで。未来的に見える姿。

 素人目でもそれが戦闘の為の物だと解る。

 背中に背負わされた身の丈程の大きな剣。

 そんな戦闘に特化した姿の割りに、青年は優しい笑みをカナタに向けてくれる。

 跳ねたツンツンの髪型は、見た目通りであれば活発な青年という印象を受けた。

 

「嬢ちゃん。名前は?」

 

 優しい言葉に、安堵しながらも落ち着いた様子で質問に答える。

 

「私は、屑木(くずき) 星空(かなた)です」

 彼女、カナタの言葉に青年は首を傾げる。

 

「クズキカナタ? 随分と長い名前だな? そんなに長い名前を聞いたのは六防均衡の小娘以来だ」

 やはり青年の言葉の意味が解らない。

 カナタの不思議そうにしている様子に青年は気づく。

 

「お前もしかして原生生物か? それにしては見た目は俺達と変わらねーし、フォトンの力も感じる」

 不思議そうにカナタを見つめる青年の視線は、カナタからすれば訝しく見られている様に感じた。

 やっと見つけた話せる人物に不安感を持たせたくないとカナタは慌てて口を開く。

 

「あ、あの私! 気づいたらココに居て何が何だか解らなくて、一体ココはどこなんですか!?」

 

 捲くし立てる言葉に、青年は少し困った表情をする。

 

「残念だが、それは俺にも答えられない」

 その言い方に、心が再び暗闇へと突き飛ばされた感覚に陥る。

 確かに突然現れた人間を警戒されても仕方が無いかもしれない。

 それでも縋るしか無いのだけれど。

 

「俺にも解らんからな!!」

 元気良く親指を立てて言われてしまう。

 

 ……縋り難い人だった。

 

 

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「オンライン・シャッフルも全く同じタイミングで別世界へ……幽霊娘も宜しく!」
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「森永のアイス、MOWの小豆味おいしかったです」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「僕の家の洗剤はダイオン」

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Act.3 D-Arkers

「取り合えずクズキカナタは記憶が混濁している感じか?」


 フルネームの呼ばれ方に妙なむず痒さを感じる。


「あ、あの、名前を呼ぶのは、どちらかにして欲しいんですけど……」
 カナタの言葉に、青年は再び首を傾げる。

「どちらか? 名前が二つあるのか?」

 カナタは直ぐに理解する。
 この青年と自身の感覚が違う事を。

「しかしアレだな。折角知り合ったんだから俺が名前付けるってのもどーだ?」
 何を言い出しているのだろう。
 最早感覚が違うとかそういう問題でも無いかもしれない。

「じゃがじゃが……ペンライトとかどうだろう……」

「カナタ! カナタでお願いします!」
 手をぶんぶんと振りながら慌てて訳の解らない事を言い出している彼を止める。
 友達からも良く下の名前で呼ばれていた。
 そちらの方があまり抵抗が無い、というか絶対に彼が言い出した事は嫌だ。
 カナタの言葉に青年はすんなりと受け止めてくれる。

「おしカナタ、取り合えず俺達のシップに行こう」

「し、しっぷ?」
 やはり何を言っているのか解らない。
 世界観の違いを感じる。
 それはつまり本当に日本では無いどこかである事を理解してしまう。
 話は通じているのだから日本語だと思っていたけれど。
 わけの解らない事がまた一つ増える。
 それがまた不安を積み重ねる。
 押し寄せて行く不安を振り払うようにブンブンと首を振ると、青年へと再び強い視線を向ける。

 今は、取り合えずこの青年に付いていくしかない。

「俺はロランだ! 宜しくな!」
 力強い言葉と共にロランは笑顔でカナタに手を差し伸べる。
 あまり男性に免疫が無いカナタはその笑顔に気圧されるようになりながらも、恐る恐る手を取る。

 大きな、男性の力強い掌。


 太陽の光が降り注ぐ。

 

 熱い。

 

 背中に滲む汗に気持ち悪い物を感じる。

 歩き出してからどれくらい経ったのだろうか。

 今が何時で何分なのかすらも解らない。

 携帯も時計も普段身に着けている物が全て無くなってしまっているカナタに判断材料は無い。

 元気にカナタの数歩先を歩くロランに向けて情けない声を向けてしまう。

 

「あ、あのぉ……シップというのはどれくらいで着くのでしょーか……」

 

「シップ? まだ向かわねーよ?」

 

「……は?」

 明るいロランの返しに思わず間抜けな声が出る。

 

「ど、どういう事ですか?」

 そんな説明を受けた覚えも無い。

 てっきり、そのシップという人が沢山居る所に連れて行ってくれているのだと。

 

「シップに帰るには今俺が組んでる女性を見つけないといけねーんだよ」

 

「女性?」

 

「おう。俺と彼女で視察に来てたんだがよぉ、はぐれちまってさ」

 話が見えない。

 カナタは頬を引きつらせる。

 まだ出会ってまもない彼に不安しか感じられない。

 

「まぁそこが可愛いんだけどさー」

 何を思い出しているのかロランはニヤニヤと笑みを浮かべながら嬉しそうに勝手に話始めている。

 

「綺麗な黒髪で、スラっとした体立ちで、笑うと天使みたいでよ?」

 

 勝手に嬉々として語られても何の話をされているのか。

 げんなりとした表情になってしまうも慌ててぶんぶんと再び頭を振る。

 助けて貰っているのに流石に失礼だと考え直す。

 

「えっと……つまり、ロランさんは」

 

「ロランでいーぜ」

 素早い返しに一瞬面食らうも直ぐに言い直す。

 

「ロラン……さん、も……道に迷っているって事ですか?」

 躊躇うも性格上つい付けてしまったがそのまま突き進む。

 話が戻っただろうか。

 

 正直薄々感づいていたが、そんなわけは無いと考えないようにしていた。

 カナタの言葉にロランが振り返りながら素敵な笑顔で親指を立てて見せる。

 

「そういう事だ!!」

 

 この人大丈夫だろうか。

 ロランに向けて目を細めてしまう。

 決して失礼な意味合いでそんな視線を送ったわけでは無い。筈。

 彼女的には太陽の光が眩しいからそんな目をしてしまったのだと自分自身に言い訳をしておく。

 

 熱い日差しを紛らわすようにロランとの対話を続けていた。

 カナタと違い涼しい顔のロランもカナタの質問に対して笑顔で答えてくれる。 

 

 彼。と言うより彼以外にも多くの人がそのシップという所に居るらしい。

 彼の話方ではアークスという職業? の集まり。

 カナタからすれば話の大半が理解し難い物だった。

 要約すると惑星を飛び交い、原生生物という惑星に生きる生物の研究、ないし交流を目的にしている。

 という事だそうだ。

 頭の中で整理してからカナタはやはり首を傾げてしまう。

 

 異文化交流……?

 

 星を跨いでしまえば異文化過ぎる気もするけれど。

 何て不思議に思ってしまう。

 ロランが背中に担いでいる巨大な剣を見るに、カナタの知っているような異文化交流よりも物騒な様だ。

 

 聞けば聞く程理解から遠ざかってしまい頭の上のハテナは増えるばかり。

 

 カナタの知っている世界でそんな事がある筈も無く、地球、という星以外に生きている生物が居る等と聞いた事が無い。

 しかし笑顔でSF染みた話をするロランは嘘を付くような風には見えない。

 少しでも状況を理解しようとしたカナタだったが、余計に混乱するだけに終わってしまう。

 

 わけが解らないの一言に尽きる。

 

 それでも漫画のような別世界に紛れ込んでしまっているのだと薄っすらと理解し始めて居た。

 

 カナタは自分が『殺された』事を覚えている。

 

 だからココが死後の世界なのかもしれない、という考えも頭の端にあった。

 

 太陽の照る世界の筈なのに、背筋がッス、と寒くなるのを感じた。

 死んだ、という事を認めようとした自分を否定するように慌ててロランに話掛ける。

 

「し、しかしその女性、見当たりませんね」

 

 紛らわす様にロランに向けて話題を振る。

 その言葉と共にキラキラした瞳でロランが再び振り向いた。

 無邪気にその女性の事を話すロランを少しめんどくさいと感じている自分も居るが、そんなロランの様子は少なからず心の不安を紛らわせてくれた。

 彼の事を全て知っているわけがない。

 それでも、その笑顔を見れば彼が優しい人である事だけは良く解った。

 

「本当会わねェなー! 早くカナタにも見せてあげたいんだけどな! すっごい綺麗なんだぜ! アイツ!」

 そんなロランの様子を微笑ましく笑いながら話を聞く事にした。

 照りつける太陽よりも熱くなりそうな惚気。

 

 世界は違えど恋愛という物は何処に行っても変わらない様子。

 本当に好きなんだと言う事が伝わる。

 話を聞いてみると、可憐な女性の様だ。

 こんな大きな砂漠では大変だろうし早く見つけてあげないと、とカナタは一人気合を入れる。

 人の事を構っている場合では無い筈のカナタだが、元来カナタのお人好しは昔から変わらない。

 

 突然だった。

 

 惚気話が止まった。

 会話が止まった。

 

 止まったと言うより捲くし立てていたロランが言葉を止めた。

 同時に進めていた歩も止まる。

 あまりにもいきなりでカナタは前を歩いていたロランとぶつかりそうになってしまう。

 慌てて止まると、突然寡黙になった背中に疑問符をぶつける。

 

「ロランさん?」

 ロランは答えない。

 動きを見せるような事はしない。

 背中しか見えていない彼の顔を見る事も出来ず、カナタはその場で立ち尽くすだけになってしまう。

 もう一度名前を呼ぼうとした瞬間。

 

 風が吹いた。

 太陽の照る熱い中なのに、熱風では無く酷く冷たい風。

 その風を、その寒さを。

 カナタは最近感じた事がある事を思い出す。 

 

 黒い霧に飲み込まれた時の寒さ。

 

 それはカナタに無意識に理解させ一歩、二歩後ろに下がる。

 

「カナタ、動くな」

 そんなカナタの様子を知ってか知らずか、ロランの低い声がカナタに届く。

 先程の様なふざけた高い声色では無い。

 

 ロランの手がゆっくりと背中の大剣に伸ばされていた。

 

 

 再び寒い風が砂を舞わせる。

 その冷たい風の正体を知っているのか、喋らないロランの背中から妙な威圧感を感じた。

 

 

「来るぞ」

 カナタとロランの周りの地面から、黒い霧が漏れる。

 見覚えのある黒い霧にカナタの表情は青ざめる。

 黒い霧は砂を舞わせながら、少しづつ姿を象り影のような物が表れていく。

 地面から、蠢くように黒い何かが這い上がってくる。

 

「カナタ、俺達の仕事にはもう一つある」

 こんな状況だと言うのにロランはカナタに語りかける。

 振るえているカナタと違い落ち着いた声色。

 

 そして、瞬間的に彼は吠える。

 

「ダーカーっつう、バケモンをぶっ殺す仕事だ!!」    




三人体制でやってます。

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「次回ロランさんの雄姿に、ご期待下さい」


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「僕の家の洗剤はライオンです」

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Act.4 フォトン

 

「下がってろカナタ!!」

 声を荒げ、高らかに叫ぶと大剣を構えた。

 同時に囲むように大量の黒い影が出現する。

 どれもがどす黒く、カナタには見た事の無い生物。

 いや、似たような物であれば見た事はある。

 しかし知っている生物とはサイズが違い過ぎる。

 クモの様に見えるそれは、人の胴程の高さはあるだろう。

 クモの風体と言うには6本では無く4本の足で立っていた。

 4本の足は巨大な爪のように鋭い。

 クモ特有の柔らかさは視線からは捕らえられず、どちらかと言えば甲殻類を思わせる鎧のような見た目。

 

 ギラギラと光る赤い目が、二人に向けられていた。

 

 大量のクモ達は気味の悪い声を上げながら爪を地面に突き刺す動作を見せていた。

 その黒板を引っかいたような不気味な鳴き声にカナタは思わず耳を塞ぐ。

 飛び掛る前準備の様な不気味さが広がる。

 見た事の無い化け物が大量に蠢く姿に、カナタはその場で固まり動けないで居た。

 

 救いを求める様に彼女はロランの方へと視線を向ける。

 

 そんなカナタとは違い、ロランの表情は勝気な笑みと、強い瞳の光を見せていた。

 彼の周りに青い光が舞っている事に気づいた。

 

 クモが飛び込む。

 

 高い跳躍力はロランに向けて。

 鋭い爪を空中で振り上げながらロランに襲い掛かる。

 

 悲鳴を挙げるカナタを他所に、ロランは強く青い光を纏う大剣を振り上げていた。

 青い光が瞬間的に強く輝く。

 ロランの全力投球の声が張り上げられる。

 その巨大な剣を。

 

 全力で縦に。

 

「オぉぉーーーバぁぁーー‼」

 

 振りぬかれた。                

 

「エーーーンドッ!!」

 

 振りぬいた瞬間に合わせるように青い光が巨大な剣を作り出す。

 地面を捲り上げる程の衝撃が一帯に強烈な風を引き起こす。

 大量のクモ達は衝撃に合わせ吹き飛ばされて行く、不気味な蜘蛛達は体を粉々の破片へと変えていく。

 その場、一帯に居た大量のクモは全て薙ぎ払われ消え去っていた。

 黒い破片だけが辺りに飛び散り、徐々に破片は黒い霧へと変わっていく。

 風と共に消えて行く。

 何も無かったかのように辺りは再び砂煙が舞う。

 

 残ったのは、ロランを中心とした数メートルもの大きなクレーター。

 

「ふぃー! あんな雑魚共一発よー! ワッハハ‼」

 汗を拭い爽やかな笑みを零す。

 一瞬の間の後、ロランは慌ててキョロキョロと辺りを見渡しだす。

 

「……あ」

 間抜けな声を零した後、カナタが居ない事に気づく。

 

「や! やべぇぇぇぇ! 」

 力を全力で振ったロランの衝撃に巻き込まれたのか、近くに居たカナタが見当たらない。

 慌てて地面を掘ってみるも見つかる筈も無く、ロランの顔からダラダラと嫌な汗が零れる。

 

「やややややややばいやばい一般人巻き込んだとかルーファにぶっ殺されちまううううう!!」

 ガチガチと歯を震わせながら目が泳ぐ。

 必死に視線を走らせると、クレーターで出来た砂の壁から足が生えていた。

 

「…………」

 壁から生えている足はスカートまで履いている。

 

「最近の怪奇現象はシャレオツだな!!」

 

「良いから助けて下さぁい!!」

 

「足が喋った!!」

 突然の声にビクッとロランは体を揺らす。

 足が生えている事よりも、喋った事に驚愕しているロランにカナタは泣きそうな声で言葉を繰り返す。

 

「は・や・く!!」

 

「解った解った」

 ケラケラと笑いながらカナタの足を持つ。

 

「……白か」

 

「何見てんですか変態!! 馬鹿ァ‼」

 

「ほぶぁっ!?」

 カナタが怒りに任せて動かした足は、顔面を見事に捕らえていた。

 

‐‐‐‐‐‐

 

 

「ほんっとーーに!! スマン!」

 両手を合わせて平謝りしているロランを、カナタはジトーっと見てしまう。

 

「まぁ……助けられたのは事実ですから……」

 体の砂を落としながらカナタは溜息を零し視線を落とす。

 

「許してくれるのか!?」

 

「許すも何も礼を言うのはこちらの方ですし」

 

「お! そうか! 存分に礼を言っていいぞ!」

 ニヤけた表情ですぐに先程の調子に戻るロランにカナタの頬が引きつる。

 もうちょっと顔蹴っておけば良かった。

 

「……それはそうと、さっきの青い光って何なのですか?」

 カナタはロランの周りに綺麗な青い光が舞っているのを目にしていた。

 青い光で形成された巨大な剣も、辺りに舞っていた粒子のような物も、見た事が無い。

 単純な興味。

 カナタの世界では見た事も無い物。

 

「ああ、本当に何も知らねーんだな、あれはフォトンってんだよ、俺達アークスがダーカーと戦う為に必要な力だ」

 簡潔に言われた言葉に、カナタはやはり首を傾げてしまう。

 理解するにはまだ時間が必要なのかもしれない。

 ようし凄いぞ漫画みたいだ! と取り敢えず自分の中で完結しておく。

 信じ難い部分も多々あるが、この妙な世界に来ている時点でそんな事も言ってられない。

 カナタからすれば、疑う拒否権すら奪われてしまった気分だ。 

 しかし漫画好きのカナタは取り敢えずポジティブに考える事にする。

 

「漫画みたいでかっこいいですね!」

 

「すげーバカみてーな事言ってんなカナタ」

 

「……短い間柄ですがロランさんにだけは言われたくないってのだけは解ります」

 

「そうかぁ? ま、良いや。取り合えず移動すっぞ! またダーカー来たらめんどくせぇ」

 

 ダーカー。

 先程の不気味な虫のような存在を思い出し、無意識に視線が落ちる。

 あんなものが居る世界で、自分が無事でいれるのだろうか。

 カナタの心に不安が過ぎる。

 

「カナタ」

 名前を呼ばれ、顔を挙げた。

 

「安心しろよ俺達アークスが守ってやる」

 屈託の無い優しい笑顔。

 元気付けてくれようとしている事を理解する。

 思わずカナタも自然と笑顔がこぼれる。

 

「……はい、ありがとうございますロランさん」

 最初の印象は不安を感じていた。

 今は違う。

 力強い自身のある言い方に頼もしさを感じる。

 本当に、優しい人なんだって。

 

「さん、はいらねェって!」

 そう言いながら豪快に笑うロランに合わせるようにカナタも笑う。

 最初に出会えたのがこの人で良かったかもしれない。

 そんな風にさえ思えた。

 

 こんな人に思ってもらえる女性は、きっと凄く素敵な人なんだろうな。何て考えてしまう。

 先程ロランが思わず零していた女性の名前。

 

 ルーファ、一体どんな女性なんだろう。

 

「しっかしやり過ぎたなーコレ、登るのめんどくせぇ」

 ロランがグルリと辺りを見渡し自分で作ったクレーター状の壁を見上げていた。

 

「自分でやったんじゃないですか」

 ロランにそう返すも、カナタ自身もその高い壁に少しげんなりとしてしまう。

 5メートル程のクレーターは決して大きすぎるわけでは無い。

 それもこの熱い中、嬉々として登ろうとは思わない。

 カナタは慌てて首を振る。

 先程元気付けられたばかりだ、気合入れないと。

 

「頑張りましょう! その女性も早く見つけてあげないとですからね!」

 自分にも言い聞かせるようにしながらも、後ろでだらけているロランの方を向く。

 

「は」

 思わず声が出た。

 続いて間抜けな声が続く。

 

「え?」

 

 目に映ったそれが理解出来ない。

 ロランの胸の部分に、空洞のような細長い歪な穴が出来ていた。

 そんな物は先程まで無かった。

 空洞からは赤い液体が滴り、ロランの口からも漏れるように赤い物が零れている。

 

「…………は……ァ………は?」

 ロランの口から漏れ出た言葉は疑問符のような物。

 共に漏れ出るのは赤い液体。

 それはロランすら状況を理解していないでいた。




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「お腹が空いた(物理)ロラン君」


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「ヤーレンローランローランほいっほいっ!!」

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Act.5 ルーファ

 

 

 

「な、何だ、これ……」

 

 理解が追いついていない驚愕の表情のまま崩れるようにロランはその場にヒザを着いていた。

 

「ロランさんッ!」

 慌ててカナタが駆け寄る。

 装甲を貫いている穴は栓が抜けたように血が噴出す。

 

「や、やだ! どうしよう! どうしよう!」

 うろたえたままカナタはオロオロと辺りを見渡す。

 何が起こったのか解らない。

 周りに何かがあるわけでもない。

 いきなり、ロランの体に穴が空いた。

 カナタは制服のポケットからハンカチを取り出すと、ロランの傷口に当てる。

 血を止める事を先に考えた。

 それぐらいしか、思いつかなかった。

 

「ロ、ロランさん! しっかりして下さい!」

 カナタの必死な声掛けに、脂汗を流しながらロランが引きつった笑みを向ける。

 

「全然余裕だっての! 風通し良くなって気持ち良いわボケナス!」

 

「何バカなこと言ってるんですか!! は、早く何とかしないと!!」

 慌ててるカナタとは別に、ロランは苦痛に表情を歪めるものの、冷静に頭を働かせていた。

 

 全く気配を感じる事が出来なかった。

 何処から攻撃されたか全く解らない。

 撃たれた感じでは無い。

 感覚的には何かに刺された様な感覚。

 

「アァ? 居ねえよわっけ解ンねェ……」

 ロランの視線が辺りを見渡す。

 砂ばかりが舞う中に、妙な物が一瞬目に映る。

 空中で小さなノイズが走った。

 小さなノイズは繰り返し何度か走る。

 

 そのノイズが、徐々に近づいていた。

 必死に目の前でロランの傷口を抑えているカナタの後ろに、ノイズが近づく。

 

「……ッ! どけカナタ!」

 叫ぶと同時にカナタを横に突き飛ばしていた。

 非力なカナタはアッサリと悲鳴を挙げながら宙へと飛ぶ。

 

 空を切る音と共に、カナタが居た場所。

 地面に小さな亀裂が走って居た。

 亀裂と言うより斬ったような後、再びノイズが走る。

 今度は先程よりも大きく。

 ノイズは形を取り、姿を見せ始めていた。

 

 カナタは目を見開く。

 姿を見せたソレは自身よりも、ロランよりも大きい。

 

 3メートルはある黒い体。

 先程のクモ達のような鎧のような甲殻。

 違うのは人の形をしていた。

 二本足で歩き、両の手は巨大な大鎌。その片方の鎌が地面に突き立てられていた。

 カナタが見た事のある印象で一番近いものはカマキリ。

 黒いカマキリはギョロギョロと赤い瞳を動かす。

 

「は、ハァ!? コ、コイツが!? ずっと見えねーなんて聞いた事ねーぞ!!」

 ロランの驚愕の声に反応したのか、巨大なカマキリは再びノイズと共に姿を消した。

 よろめきながらロランが立ち上がる。

 胸から血を流しながら大剣を構える。

 

「や、やべぇ……見えない敵なんてどうすんだよ」

 

 ロランの額から、だらだらと嫌な汗が流れ始めていた。

 

 知っている敵だ。当然何度も倒した事のある敵。

 しかし、『コイツは知らない』。

 強化された存在等、知らない。

 

 視線は横で尻餅を付いたまま震えているカナタへと動く。

 守り様が無い。

 

 困惑しているロランの大剣が横に弾かれる。

 遊ばれたように大剣を弾かれたのだとスグに理解した。

 よろめきながら、慌てて大剣を横に振るう。

 手応えを感じる事も無く大きな空を切る音が響く。

 胸の傷のせいで思うように体が動ききれて居ない。

 

 瞬時にロランは構え直す。

 大剣を頭上に掲げると同時に再び青い光が舞っていた。

 血が噴き出す、しかしその瞳の闘志は消えていない。

 

「見えねえんなら‼ 丸ごとぶっとばしゃーいいんだろうが‼」

 怒りの声を上げながら、青い光が集まる数秒。

 瞬間的に、青い光が更に強く輝いた。

 

 

 

 突然だった。

 

 

 踏み締めていた筈の地面が近づいていた。空が反転する感覚。

 

「あぇ?」

 間抜けな声が漏れる。

 カナタの悲鳴声がロランの耳に響く。

 視界に見える離れ行く下半身。

 そして、逆さまになっている視界は同時に自身の後ろを捉えていた。

 

 一瞬見えるノイズが、丁度巨大な鎌を振り切った化け物を見せる。

 

 頭が真っ白になっていくロランは気づく。

 

 見えない二匹目。

 

 

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 叫び声が響く。

 目の前で、胴と下が離れて行く人間を、カナタの人生で見た事がある筈が無い。

 グロテスクな世界が広がる。

 先程まで笑っていた人が。

 先程まで馬鹿していた人が。

 先程まで、守ってくれると言った人が。

 

 血飛沫を挙げて地面に落ちる。

 

「ロランさん!! ロランさん!!」

 震えながら駆け寄るカナタは必死にロランに声をかける。

 

「ガ、あ、カナ、タ、逃げろ。二匹、居る」

 

 口から血を吹き出しながらも、彼はカナタの事を心配していた。

 虚ろな瞳と、カナタの涙で濡れた瞳が交差する。

 

「そんな事!! 出来るわけない!!」

 恐ろしいと感じたのは一瞬、叫び声に硬直したのは一瞬。

 非力な少女はロランの太い腕を掴むと必死に引っ張る。

 ずるずると数センチ。

 

「おま、え」

 

 動いた小さな数センチ場所に、ヒュンッという風を斬る音と共に直線の切り傷が砂漠に刻まれていた。

 

 それはまだそこにいる。

 

「ヒィィ!!」

 悲鳴を上げるも、カナタの手はロランの腕から離れない。

 歯をガチガチと鳴らしながらも全力で引っ張る。

 

「見捨てるもんか! 見捨てるもんか!!」

 彼女は逃げない。

 策なんてあるわけじゃない、そうしたいから、そうする。

 恐怖とは別の信念がそうさせる。

 優しい優しい少女は逃げない。

 

 ずるずると引っ張られながら、虚ろな瞳はカナタを見上げる。

 その姿は、信念のままに行動するその姿は、ロランは、良く知っている人物と似ていた。

 

「なぁんだぁ……お前……ルーファにそっくりじゃねーか」

 

 零れる声は必死なカナタには聞こえるわけが無い。

 代わりに答えるのは二つの不気味な鳴き声。

 気味の悪い羽音のような声。

 

 

「こーんーにーちーはっ」

 

 

 そして、空から降る声。

 

 

 間延びした声。

 状況には不釣合いな高い声。

 無意識にカナタは声の先を見上げる。

 風に舞う緩やかな長い黒髪。

 

 白い肌。

 

 綺麗に整った顔立ちには少し不釣り合いに感じるような白いリボンが同じく黒髪と靡く。

 空の太陽を背にする彼女の表情は良くは見えていない。

 

 ただ一つ見える瞳は感情の籠らない瞳。

 彼女とカナタの瞳と絡み合う。

 

 涙で顔を染めるカナタとは正反対の、色の無い瞳と絡み合う。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




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「やめたげてよぉ!」
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「ローランwwwwwローランwwwwww
ドッコイショーwwwwドッコイショーwwwwwwwwwww」


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「斬鉄剣!!」


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Act.6 人では無い何か

 一瞬の砂煙の後、彼女がそこから消えたと思った瞬間、彼女は目の前に居た。

 いつのまに砂の山から降りたのかカナタには解る筈も無い。

 呆然とするカナタを他所に彼女は手に持つ帯刀を、揺ら揺らと遊ばせながら優雅に歩を進めていた。

 絶望的な状況である筈なのに、彼女の落ち着いた雰囲気は妙に不釣合いに感じる。

 

 赤い瞳はロランやカナタへと一瞬視線を動かすも、直ぐに視線は何も無い虚空へと動く。

 

 燐とした姿勢で、守る様にロラン、カナタ、二人の前に立つ。

 見えない敵に対して黒髪の彼女の瞳に恐怖は無い。

 

「ル……ルーファ……」

 空ろな瞳で彼女の背を見つめるロランの台詞で、彼女が誰なのかを理解した。

 探していた可憐な女性。天使のような笑顔の女性。

 聞いていたのとは程遠い無表情な女性は、女性とは思えない鋭い瞳を睨む様に向ける。

 

 

 彼女の姿は、カナタの心を揺らがせる。

 

 清楚に思わせる膝裏まで伸びる黒く長い髪は風に舞う。

 

 大和撫子を思わせる綺麗な顔立ちに赤色のセーラー服。

 可愛らしく揺れる大きな白いリボンが特徴的に感じる女性だ。

 スラッとした足や、整った体のライン。理解する美しい風体をしていた。

 そして腰に据えられた異様に黒い刀の鞘。

 その姿は、カナタが知っている世界の物に酷似していた。

 

 奇怪に思わせる未来と過去をごちゃ混ぜにしたような服装だが、間違いなく彼女がいた世界の姿をしていた。

 

 唯一、日本人らしからぬ赤い瞳が目を細める。

 

「新種……?」

 

 高い声が零れる。

 見た目の凛とした美しさに比べると、小さな違和感を感じる程度の高さ。

 彼女が言葉を零したのと、彼女が姿勢を後ろへと傾けるのは同時だった。

 大きく空を斬る音。

 彼女の髪が数本舞う。

 その後に瞬時にルーファは体を、くの字に曲げるように姿勢を曲げる。

 再び合わせるように聞こえる空を斬る音。

 

「二体」

 

 ぽつりと零す彼女は刀を横へと振るわれる。

 黒い刀身は姿を表していた。

 黒い塚と同じ程の漆黒の刃は、見えない何かを捉えるように衝撃を走らせる。

 鉄が鉄を叩くような金属音が響く。

 

 その瞬間、一瞬だけ見えた不気味なカマキリのような両手に刃が付く化け物がカナタにも見えていた。

 

「見、見えて、る?」

 

 思わず零すカナタの声にルーファが振り返らずに答える。

 

「見えているわけが無いでしょう」

 冷たい声でそう言いながらも、上半身だけを緩やかに揺らす彼女の目の前を悍ましい空音だけが響く。

 砂煙が上がる。

 二匹の化け物。四つの巨大な刃。

 見えていないそれ等の存在を彼女は紙一重で避け続けていた。

 

 二度、三度、何度も振るわれる鎌は柔らかなルーファの肢体に触れる事無く紙一重で避けられる。

 見えていなくてもその巨大な鎌が風を斬る感覚をルーファは肌にびりびりと感じていた。

 一度でも当たれば致命傷は避けられない巨大な鎌。

 それを知っていて、ルーファの表情は緊張も恐怖も見せる様子が無い。

 

 軽やかに避けながらも視線は左右に移動する。

 その視覚から、二体の存在を捉える事は出来ない。

 

 見えないという絶望的な状況に、ルーファの目の色が興味深げに光る。

 

「ふうん面白い」

 一言呟きながらも二体の見えない連撃を舞うように避け続ける。

 黒くしなやかな髪が靡く。

 その場で続けられる優雅なステップのような動きにカナタは思わず見惚れる。

 それ程のしなやかな動き。

 

「ここか、な?」

 

 バックステップと共にルーファの刀身が引き抜かれる。

 いつ抜いたのかも解らないまるで手品のような瞬間。

 そこに黒い鞘よりも、更に黒い刀身が表れていた。

 

 カナタの近くに音を立てて何かが突き刺さる。

 事態が読めていないカナタは突然の音に短い悲鳴を上げ、慌てて辺りを見渡す。

 

 砂の上に突き刺さったカマキリの腕がノイズのようなものを走らせその姿を写していた。

 音の正体がカナタの目に写り、黒い血を滴らせる腕に再度短い悲鳴を上げる。

 

 カナタには何が起こったのか理解出来る筈も無く、そして カマキリ自身すらも気づいていなかった。

 その姿は、数回のノイズと共に姿が見え隠れし、いつ斬られたのかも解らずに、カマキリは不思議そうに自身の無くなった腕を見つめていた。

 

 そんなカマキリの頭が容赦無く宙に飛ぶ。

 

 躊躇等見せないルーファの刀がアッサリと首を飛ばす。

 

 次に彼女は流れるように刀を下から弧を描くように振り上げる。

 黒い刀身は砂漠に触れる。

 そのままVの字に突き上げると共に砂がまき散らされていた。

 砂が舞う。

 茶色い砂が辺りに広がる。

 それは倒れゆく首の無いカマキリに降りかかり、そしてその直ぐ横の見えない何かに砂が纏わりついていた。

 冷たい瞳と共に、ルーファは横へと一閃。

 事務的な動きは、自身の鎌を振り上げていたカマキリの胴と下を切り離していた。

 スローモーションのような一瞬の出来事。

 呆然と見ていたカナタの瞳は、カマキリが砂を捲りあげて地面へと落ちた瞬間にようやく元の時間軸へと動きだす。

 

 二匹の化け物が倒れていた。

 

 一体は首から上を無くし不気味な血を垂れ流し、もう一体は上半身を、今も小刻みに動かしていた。

 

 そんな一体に近づくと、ルーファはゴミを見るような視線で見下ろす。

 

「見えないから手元が狂いましたね……苦しめるつもりはありませんでしたが……まぁ、見えないから、仕方無いですよね……?」

 

 ゆっくりと紡ぐ言葉は不気味なまでの殺意が込められてた。

 遠くから見ているカナタすらも、その異様な雰囲気に息を飲む。

 

「まさか……消えるだけでは、無いでしょう? 戦ってみなさいダーカー……」

 無様にのたうち回るカマキリをルーファは光の無い瞳で見つめる。

 耳をつんざく声をあげる上半身だけになったカマキリのその姿は、悲鳴をあげているようにさえ見えていた。

 

「つまらない」

 無機質な声と共に悲鳴が消える。

 音を出していたカマキリの首から上が飛んでいた

 振り子の様に、事務的に、ただ刀を振るう。

 そこに感情性は無く、一閃と共に、尖った黒い顔の部分が地面に転がる。

 躊躇いなど見せない。

 化け物を一瞬で刈り取る姿は、カナタの背筋に寒気を走らせる。

 カマキリの体は、黒い霧へと再び代わり、消えていく。

 同時に、ルーファに付いていた返り血も黒い霧へと変わり風に飛ばされていく。

 

 彼女は助けてくれた筈だ。

 

 ロランすらあっさりとやられてしまった二体を簡単に倒してしまう頼もしい人の筈だ。

 

 なのに何故だろう。

 

 その美しい横顔も、顔だちも、黒髪も、全てがカナタには恐ろしく見えていた。

 

 化け物がどっちだったのかと、見間違える程に。

 




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「二人がふざけても私は真面目にやるよ! 糞がァ」
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「ルーファはワシが育てた」


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「くうをきりさくくろかみのしょうじょはこうやをまういちりんのちょうのようだ」


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Act.7 「変身シーンを待つのはフィクションの世界だけでしょう」

 刀を鞘に収めると、ルーファの視線はカナタ達の方へと変わる。


 突然向けられた赤い瞳に、一部始終を見ていたカナタは硬直してしまう。
 先程のような残酷な笑みではなく、優しい笑みだが、その変貌ぶりにカナタは言葉を失い何も言えない。
 二人に近づくと、ルーファはロランの目の前でしゃがみ込む。

 膝枕をするようにロランの頭をそっと持ち上げ、優しく頬を撫でる。

「手酷く、やられましたね……」
 先程まで残酷な行為を行っていた人間とは思えない優しい声色。
 その言葉に、青白くなっているロランは震える唇を動かす。

「あ、ぁ……いてぇ、よぉ……俺、ここで死ぬのか、なぁ……折角アンタと戦えると思ったのに……やっと横並びで戦えると思ったのに……」
 ぽつぽつと話す言葉に力は無く、今にも消えてしまいそうな灯しさを感じた。

 その姿は先程まで元気に話しかけてくれていた人物とは同じとは思えず、カナタの目尻にも涙が溜まる。
 会ってまだ間もなくとも、不安で仕方なかったカナタをロランは十分救ってくれていた。
 彼がいなければ、遅かれ早かれカナタも同じ様な姿になっていただろう。

「ロラン……さん……」
 二人の横槍をしたくはなかった。それでもつい名前を呼んでしまった。
 ロランの視線はルーファからカナタに映ると、弱弱しい笑みを浮かべる。

「さん……は、いらねぇ…って」
 その笑みが心配させまいとしてくれているのが解ってしまう。

「ル、ルーファ……この子……保護して、くれ」
 震える言葉に対してルーファの表情は変わらない。

「嫌ですよ、いつから私に頼める程になったんです?」
 残酷な一言、カナタはついルーファの顔を見てしまう。
 ルーファの表情は優しいまま、そっとロランの手を取ると言葉を続ける。

「自分でやりなさい。自分の足でこの子を助けなさい……男の子でしょう? 弱気だなんて許しませんよ、貴方には似合いませんよロラン……何事も全力で一生懸命……そうでしょう? 」
 優しい声色に、ロランがまた笑う。
 今度はさっきよりも力強く、豪快に笑って見せる。

「やっぱ、アンタは……最高、だよ」
 無理矢理笑って見せる表情は痛々しく、それでも彼は笑う。

「……そうだよ、なァ、俺らしくねェ、よなァ……安心、してくれ、足の痛みが、消えてきたんだ、もうちょっとしたら歩ける、から、ちょっとだけ……待ってくれよ」
 そんな筈が無い。知識の無いカナタにだって解る。
 足は既に胴体から離れているのに、血を流し続けているのに、立てる筈等無いのに。
 痛みが消えている事が、最後が近いのだと考えてしまう。

「アンタと……一緒に……歩くって、決めてん、だか、ら」

 その言葉にルーファはクスリと小さく笑う。

「そんな事を言うのは物好きなアナタぐらいですよロラン。これでも私に付いて来ていたのは評価してたんですよ……ほら、また稽古付けてあげますから、さっさと帰りますよロラン……聞いていますか?」

 ルーファが数度名前を呼ぶ。 

「……ロラン?」  
 それに対し、ロランが応える事は無い。
 薄っすらと灯っていた目の光は消えていた。


【挿絵表示】



 熱い風が吹く。

 顔に掛かる砂をロランが払う事は二度と無い。
 項垂れるカナタと、まだ名前を呼ぶルーファだけがその場に存在していた。


 ルーファはロランの手を離す。

 持たれていた手は砂の上に倒れる。

 小さな砂煙を上げる乱雑なその姿に、カナタは思わず固まる。

 その瞳に、既に優しさは消えていた。

 カマキリを倒した時と同じ様に、興味を無くした色の無い瞳。

 

 ルーファは立ち上がると、視線をロランからカナタへと映す。

 

 見下すような瞳がカナタに向けられていた。

 光の無い、瞳。

 カナタの背筋に寒気が走る。

 

 ルーファは、手に持つ刀をゆっくりとカナタに向ける。

 

「で、貴方は何者ですか」

 ロランに向けていた声のトーンでは無い。

 どちらかと言えば挑発をするような、敵対するような言い方。

 

 涙が止まる。

 圧迫されるような、妙な威圧に唾を飲む。

 単純に、恐怖を感じた。

 

「……い」

 振り絞った声はそこで止まる。

 

「い?」

 カナタの零した言葉を繰り返しながらルーファが首を傾げる。

 綺麗な顔立ちから見せるその仕草は状況が状況で無ければ可愛いらしく感じたかもしれない。

 カナタの瞳には不気味にしか映らない。

 

 向ける黒い切っ先が、先程のカマキリを切った事を思い出させる。

 躊躇いのないルーファの動きは、十二分にカナタの心に恐怖を擦り付けていた。

 

 口が渇く。

 

 それでも。

 

 体が恐怖を感じても、彼女の意地が跳ねる。

 

 

「い、今は、それどころじゃないでしょう……! ロ、ロランさんを運んであげま……しょうよ!」

 

 声を震わせながらカナタはルーファを睨む。

 もっと悲しんであげろ、だなんて言わない。

 ここで唯俯いているわけで良い筈が無いのはカナタだって解っている。

 それでも、余韻を残す事無く、切り替える姿は我慢出来なかった。

 

 17歳の優しい女子高生。青く、甘い彼女だからこそ、ルーファの行動が許せなかった。

 

 一瞬だけキョトン、っとルーファの目が丸くなる。

 その後直ぐに溜息をつくように大きく息を吐いて見せていた。

 何故そんな風に出来るのか、カナタには理解出来るわけが無い。

 体を震わせ、意地を張るように彼女を睨む。

 

 カナタが叫んだ瞬間に、目に色が灯っていた。

 先程とは違う意味合いで、興味深げにカナタを見つめる。

 

「貴方……アークスじゃ、無いようですね」

 ポツリと零した後、ルーファは冷淡の声色のまま続ける。

 

「危険を増やす行為をしろと言うのですか?」

 

「は、は!? き、危険!?」

 カナタの瞳が見開く。

 先程までロランに声を掛けてくれていた人物だと思えない。

 思いたくなかった。

 真っ直ぐなカナタの瞳に、また小さな溜息をルーファは零す。

 

「貴方の言葉は、荷物を増やせと言っているのと同意でしょう」

 ルーファの言い方に、カナタが睨む視線は更に強くなる。

 カナタの青く若い瞳と、ルーファの色の灯らない瞳が交差する。

 

 対比する二人が見つめあう。

 

 暴力に屈し無いカナタの信念の瞳。

 感情に揺らされないルーファの瞳。

 

 先に瞳を逸らしたのはルーファ。

 

「死体にいつまでもピーピー言ってたら次に死ぬのは貴方ですよ?」

 

「ッ!! あ、貴方!!」

 言い返そうとする言葉はそこで止まった。

 それは、意識が別の方を向いたからだ。

 ルーファも同じ様に、カナタと同じ方向に視線が動く。

 

 それは突然の音。

 

 キリ。

 

 羽虫のような音。

 不愉快に感じる耳障りな音。

 音は直ぐ近くから聞こえていた。

 

 キリキリキリキリキリ。

 

 音は続く。

 音の先に、視線が動く。

 直ぐ後ろ。

 

「キリキリキリキリキリキリキリキリ」

 その音は。

 

 その声は。

 

 上半身を起き上がらせたロランの口から零れていた。

 

「え」

 声が零れる。

 理解が追いつかない。彼は確かに先程息を止めていた。

 ロランの瞳は空ろに、何処を見ているのか解らない。

 それでも不気味な声を溢す口は止まらずに動き続ける。

 

 

「……ロラン」

 ルーファの瞳が細まる。

 

 黒い霧がロランの周りに舞っていた。

 それはロランの斬られた部分から漏れている物。

 

 斬られた胴の部分からメキメキと不気味な音が零れていた。

 盛り上がるように、巨大な赤い芽が生える。

 

「何……何なの!?」 

 黒い霧はロランを覆う。

 霧は物体へ変わり、先ほどのカマキリのような甲殻がロランの体に張り付いていく。

 ロランの顔。半分が徐々に形を変えていた、赤黒く、不気味に。

 空ろな瞳が動く事は無い。確かに彼は死んでいるのだから。

 変わりにもう半分の顔。

 先程のカマキリのような横長な形状へと姿を変えている顔の目は、ギョロギョロと動きまわっていた。

 

「キリキリキリキリ」

 

 せわしなく動き回るロランだった瞳は動きを止める。

 見開かれた不気味な瞳は一点に、カナタを見つめていた。

 

 蛇に睨まれたカエルのようにカナタは動けない。

 それでも震える唇を何とか動かす。

 あんな姿になっても、それでも、助けてくれた人の姿をしているから。

 零れる言葉で声を掛ける。

 

「ロ、ロラン……さん」

 言葉に反応する様子は無い。

 それでも、生きているのだとしたら、何度でも。

 

「ロランさ」

 

 言葉はそこで止まった。

 目の前の光景に、言葉が続かなくなっていた。

 

 首が飛んでいた。

 

 ルーファが事務処理の様に。

 先程のカマキリの時の様に。

 アッサリと、簡単に、首を切り落としていた。

 

「変身シーンを待つのはフィクションの世界だけでしょう」

 

 首の飛んだロランの視線はまだカナタを見つめる。

 血を噴出させながら空中で舞う首。

 目の前で、人を殺す姿。

 そんなのを、少し前まで唯の女子高生だった彼女が見た事がある筈が無い。

 

 血の気が引くと共に、意識が遠のいていく。

 脳が理解処理を越えた。

 薄れ行く意識の中、刀を振り、血を飛ばしている彼女が見える。

 その表情は笑みを浮かべているわけでは無い。

 悲しんでいるわけでもない。

 

 唯々、無表情に首の無い死体を見つめていた。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1

「ロランはいい子」
http://mypage.syosetu.com/3821/


挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「パーフェクトジオング」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「入刀式」


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Act.8  ジョーカー《負の遺産》

「……首が飛んだくらいで気絶するだなんて、一体何処のお嬢様でしょう」
 小さくそう零した後、目を細め周りを見渡していた。

 その瞳に合わせるように、再び冷たい空気が流れる。

 黒い霧が周りに舞い出していた。
 数体では終わらない。
 数十という黒いダーカーが形を象っていく。
 虫の形をした様々なダーカー達は、ルーファ達を取り囲むように蠢く。
 その中には先程倒した人型のカマキリのような物も存在していた。
 虫達は、殺意を込めた赤黒い目をギラつかせ、鋭い爪をルーファ達に向ける。

 不気味なその光景を前に、ルーファは眉一つ動かす様子は無い。

「あの姿を消すダーカー……仲間を呼んでたわけですか」
 一人でうんうんと納得するように頷いている姿は状況には妙に不釣合いに映っていた。
 ダーカー達はルーファに向けて一斉に飛び掛る。

 一瞬のスロー。
 ルーファがゆっくりと姿勢を低くするのと同時。

 その細く白い指先が柄に触れた瞬間。

 空気を切り裂く音だけが辺りに響いていた。

 合わせる様に、ダーカー達の体が細切れへと変わっていく。
 彼女の異常な速さが成せる技は、刀の刀身すら見せる事をしなかった。

 先程戦っていた時とは、また違う色の灯らない瞳。
 それは彼女が知っている虫達ばかりでしか無く、彼女の興味に繋がる筈も無かった。
 
 風が舞うと共に、欠片が宙に舞う。
 同時に黒い霧へと変わっていき消えて行く。
 再び、何事も無かったように砂漠だけが広がる。

「つまらない……」
 落胆の声を零す。
 倒れたカナタや死体に見向きもせず彼女は背を向ける。
 何事も無かったかのように歩き出す彼女は、数歩進んた所で「あ」と、小さく声を零す。

 彼女の脳裏にロランの言葉が浮かぶ。

『この子……保護して、くれ』

 顔だけを振り返らせ、数メートル先で倒れているカナタに視線を向ける。
 カナタの直ぐ近くで首の無い死体の方にも目が動く。
 細まる瞳が、数秒見つめる。
 長い黒髪を揺らしながら彼女は踵を返す。

「最初で最後ですよ」
 溜息混じりに零す言葉は舞う砂と共に風の中へと消えて行く。 


 アークス達が最も撃退を目的とする、ダークファルスと呼ばれるダーカーを使役する巨悪の権化。

 

 

 

 ルーサー。

 

 

 

 ダークファルスが1人。

 

 

 

 

 

 敵対する筈のアークスに紛れ込み、ダークファルスにして人類の絶対的権力者として君臨していた。

 

 非人道な実験がルーサーにより秘密裏に繰り返され。

 

 人が。

 

 生物が。

 

 星が。

 

 多くのものが犠牲になっていた。

 

 そこに住む人達は、気づくこともなく、ゆっくりと破滅の道を辿っていた。

 

 そんな中、勇気ある者達が行動を示した。

 ルーサーの正体を見破り、そこに住む者たちの目を覚まさせた。

 正体を表したルーサーは、ダークファルスルーサー《敗者》としてシップ毎、全てを破壊しようとする。

 

 勇敢なアークス達は、力を合わせ、見事ルーサーを討ち取る事に成功する。

 

 ルーサー亡き後に、新たな平和が訪れていた。

 

 しかし。

 

 ルーサーが消え去ろうと数多くの実験が無かった事になる訳ではない。

 実験により生み出された、負の存在と言われた者達。

 

 一人一人が意思を持ち、巨大な力を持つ彼ら、彼女らは、新たな驚異として警戒される事になる。

 

 ルーサー討伐の際にも大きな力となり、他にも様々な危険な任務をこなしてきた彼等彼女等の実質的な貢献は大きく。

 

 そんな彼等、彼女等を無下に扱う事も出来ず、強過ぎる力に扱いあぐねていた。

 

 同じアークスであって、同じアークスでは無い。

 

 畏怖の存在として、差別の対象として。

 

 彼等、彼女等は。

 

 こう呼ばれる。

 

 

 ジョーカー《負の遺産》

 

 

 これは。

 

 ダークファルスルーサーが討伐されてから半年後の話。

 

 ルーサーの脅威は。

 

 まだ終わっていない。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 

「また、訳のわからないものを拾って来たな」

大きな楕円状の机。

 

 会議室を思わせる広い部屋、照らす上からの弱いライトが二人を照らす。

 

机を挟み相対している相手に、ルーファは視線を送る。

薄紫の長い髪が揺れる。

 髪の色より濃い青紫な瞳を眠たげに擦っていた。

 

 現在の時刻は、監視のアークスを除けば殆ど眠りについている時間だ。

大人びた女性は、呆れと焦燥の感じる瞳を向ける。

本人にその気はないが、その動作だけでも艶やかに見える美しい女性。

 そんな女性に、ルーファはつまらなさそうな瞳を向ける。

 その瞳に対し、女性は疲れたようなため息で返す。

 

「あんまりため息零すとシワが増えますよユラ」

 ルーファの言葉に、ユラと呼ばれた女性は怒りを向ける事もなく淡々と返す

 

「私を挑発して来る馬鹿者はお前ぐらいだルーファ」

 ゆっくりと立ち上がる。

 スラリと伸びた足、美しい曲線美を見せる綺麗な女性。

 ルーファとの並行していた視線は見る見ると上がっていく。

 2メートル強はある身長が、ルーファの肌を震わせる。

 

「ひねり潰すぞ小娘……」                 

 ドスの効いた低い声はルーファの心を揺らす。

 その威圧感を楽しむようにルーファ色の籠らない瞳が光る。

 重力を感じるような重苦しい殺意を放つユラに対し、ルーファの周りの空気も揺れる。

 ユラの殺意に対し、ルーファが放つ殺気は刃物を突き付けるような危なげな空気を漂わせる。

 

 不穏な空気が、会議室に立ち込めていた。

 

 暫くの無言の後、ユラが小さな溜息を零してみせた。

 

「さて、冗談はこの変にして、報告を」

 先程まで漂っていた重苦しい空気はあっさりと消え去る。

 ユラはどっかりと再び席に着くと、めんどくさそうに欠伸をして見せる。

 

「座標はシップから数時間先の所……未発見のダーカーを確認。姿を消すダーカー、ロランを失うも撃退」

 

 ユラは小さく「……そうか」と、声を零す。

 その声に少し暗がりが掛かる。

 

 

「ロランはいい奴だったんだがな」

 

 

「五月蝿いのが減っただけな気もしますけどね」

 

 

「……すまん、話が逸れたな。して、姿を消すダーカーとは?」

 

 

「見た目はプレディカーダ、姿の消し方はウォパルの惑星で見た事がありますね」

 

 

「ダーカーと別の星を組み合わせた例は既にこの星に来てから幾つか見ている」

 

 

「まぁ一番の情報は、これですけどネ」

 そう言うとルーファの手に持たれた黒い袋が長机の上に乗せられた。

 重苦しいゴトリと言う音の後、袋が開く。

 

「………」

 目の前に現れたものは、ユラもよく知っている物、いや者が居た。

 そこにロランの首が転がっていた。

 顔の半分は黒いダーカーへと変貌した姿のまま。

 それを見たユラの瞳は一瞬だけ強い光を見せる。

 しかしそれは一瞬に過ぎず、直ぐに冷たい視線へと変わる。

 

「ダーカーに侵食されているのか……いや同化していると言っても過言ではないな」

「唯一侵食を受けずにダーカーと戦えるのが私達の筈なのですがね」

 

「やはり、この星は何処か変だな……ご苦労だった。その首は……研究材料としてヴォイド《研究機関》の二人に渡しておいてくれ」

 

「……ええ」

 無表情のまま、ルーファは首を丁寧に布で隠す。

 

「さて、もう一人の件だが……」

 

「ああ……あの子供。私が来た時にはロランが保護していたようですし、どういう状況でこんな星のど真ん中に居たのかは謎です」

 

『子供』という言い方に「お前も同い年ぐらいでは無いか」とユラは小さく苦笑する。

 気にする素振りを見せない彼女にユラはそのまま続ける。

 

「あの者に関して検索を掛けても存在が出ない、つまりは我々側の人間ではないだろう……しかし、そういった人間の前例が無いわけではない、様子を見よう」

 以前にそういった女性が居たのをユラは知っている。

 そしてその者がルーサーとの戦いの際に、大きなキーパーソンになった事も。

 

「大丈夫ですよ……妙な動きがあれば私が殺す」

 そう言いながら、ルーファは細い指を自分の首元で斬るようなジェスチャーをして見せる。

 赤い瞳が残酷に光る。頼もしさと奇妙さを持つ彼女をユラは冷たい瞳で見つめる。

 

「……ご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ」

 

「おやすみユラ」と、簡単に言うとロランだった物を袋に戻す。

 それを手に持ち、別手でヒラヒラと手を仰ぎながら部屋を出る。

 

 取り残された部屋で、ユラは小さく溜息を零す。

 

 

 

「……仲間が死ぬというのは、慣れないものだな」

 

 大きな、大きな溜息が零れる。

 零す声は誰に言うでも無く、最高責任者の女性は、項垂れる。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1

「PSO2を知らないとダークファルスという単語はピンと来ないかもしれない!ぶっちゃけラスボスポジみたいな奴だよ! なんかそんなのがいっぱいいるよ!ちなみに挿絵担当の方が書いてくれました。今回の紫髪の女性はこんな感じです。
【挿絵表示】

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「フンバルト・ヘーデルって有名作曲者みたいな名前だけど
踏ん張ると屁ー出る人なんやな。」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「それでは湯葉と10回言ってみよう!!ゆばゆばゆばゆばゆばゆばゆばゆばゆばゆば
今回出てきた新キャラは?
ゆば!!!
-その後彼の行方を知るものは、誰もいなかった」


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Act.9 始まりの狼煙

 

部屋を出ると、薄暗い廊下が広がっていた。

 

 ルーファの視線は首を届ける先の廊下、では無く足元に向かっていた。

 視線の先に、ダッフルコートやマフラーを纏う妙に暑苦しい子供が倒れていた。

 すっぽりとかぶったフードから淡いピンク色の髪の毛が零れている。

 その少女の事をルーファは知っていた。

目を回して倒れている少女に冷たい視線を送る。

 

「この子は、何をやっているの」

 倒れている少女を心配する素振りも見せずにルーファはトゲのある声を向ける。

 少女が答える事は無い。

 代わりに別の方向から声が聞こえた。

 

「テメェ等の馬鹿みてェな殺気に充てられたんだろが」

 

 後ろから聞こえたガラの悪い声にルーファは振り向く。

 振り向いた先には白髪の少年がいた。

 黒く下に付きそうなマフラーに、その鋭い瞳には見た目とは違う雰囲気を醸し出していた。

 

「子供はもうとっくに寝る時間でしょう先生」

 

 ルーファの言葉に先生と言われた少年は憎々しげに舌打ちをする。

 

「ガキ扱いすんなって言ってんだろがクソガキ! お前よりも何倍も生きてんだよボケ!!」

 口の悪い少年は、色の違うオッドアイの瞳でルーファを睨む。

 少年の名前はホルン。

 見た目は子供にしか見えないが、実年齢はルーファも知らない。

 少なくともルーファがアークスになる為の学校に通っていた頃から、ホルンは子供の姿で教官をしていた。

 

 そして今も、その姿のまま。

 

「では大先輩の先生。私に何の用ですか?」

 首を傾げるルーファにホルンは直ぐに答える。

 

「何故ロランを死なせた」

 

「心外ですね。私が殺したみたいな言い方に聞こえますよ」

 

「戦闘を回避するなり、まずは治療を優先するなりあったんじゃねーのかって言ってんだよ!! 報告書を見なくても解る!! テメーはダーカーを殺す事を優先したんだろう!!」

 

 怒声を挙げるホルンに対し、ルーファは悪びれる様子もなく、ただ目を細める。

 

「…………死ぬと解っている者を最優先にするか、未確定の敵の解析を優先するか、果たしてどちらが正しいでしょう」

 

 ルーファの言葉に、ホルンは押黙る。

 間違っていない。感情的にではなく未来の事を踏まえた考え方。

 決して間違いではない。

 

 ホルンはゆっくりと重苦しい口を開く。

 

「……そいつを寄越せ」

 特に渋る様子も見せず、手に持つ袋をホルンへと差し出す。

 ひったくるようにそれを受け取ると、地面で伸びたままの少女を、ホルンはもう片方の腕で乱暴に服を掴み軽々と少女を担ぐ。

 

 ルーファに背を向け、ホルンは言葉を綴る。

 暗がりの通路の中、少年の声が響く。

 

「テメーの考え方は、間違ってねぇよ。教官としてなら誉めてやる所だ……けどよ、仲間として、てんなら……最低のクソ野郎だ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ホルンは振り向く事もせず暗い廊下へと消えていく。

 

 ルーファの表情に傷ついた様子は見えない。

 しかし、消え行くホルンの背中を無機質な瞳が見送っていた。

 見えなくなるのを確認した後、ルーファも暗闇の廊下を歩き出す。

 暫く歩いてから、ッス、と後ろを振り向いていた。

 音がしたからではない、気配を感じたからではない、唯無意識に振り向いていた。

何があるわけでもなく暗い廊下が続くだけ。

 

 ルーファは小さく首を傾げる。

 

 そして、気づく。

 

 いつもルーファの後ろにくっついていた大男がいない事に。

 いつもの様に、いつもどおりに、日常の一部だと振り向いていた。

 

 そこには誰もいない。

 

 大声を張り上げて笑いかける男はいない。努力家で、ルーファに憧れていた青年は。いない。

 

 暗い廊下は、ルーファ一人だけ。

 

 それが孤独感を更に強めていた。

 

「…………元の一人に戻っただけ、でしょう」

 零した言葉は誰に言うでも無く、まるで自らに言い聞かせているように。

 その場から慌てて離れる様に、彼女は小走りで廊下を後にする。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 少年の姿をしたホルンは、気絶した少女を元の部屋に乱暴に投げ込んだ後、白い布を手に持ち外に出ていた。

 巨大なシップから少し離れた場所。

白髪の髪が風に揺れる。

 

 月が空に上がっていた。ホルンはそれを見上げる。

 宇宙からこの星を見た限りでは、月のような惑星など確認されていない。

 その筈にも関わらず、月は嘲笑うようにホルンを照らしていた。

 

 ぼんやりと月を眺めた後、ホルンは手に持つ白い布を大きく揺らすと、下から空中へと投げた。

 

 白い布が舞う。

 仲間だった男の首が宙に舞う。

 ホルンが腰に手をかけると、青い玩具のような物が幾つかベルトに繋がれていた。

 そのどれもが、突起が激しい武器のような形をしている。

 その中の一つを見る事もなくホルンは取り外す。

 同時に青い玩具と、ホルンの周りに青いフォトンの光が舞った。

 玩具は大きく広がり、その姿を露見させる。

 小さなホルンよりも大きく、巨大な銃口を持つそれは、ランチャーと呼ばれる名前通りの武器。

 

 ホルンの頭以上のサイズの銃口は、空中に舞う首へと向けられていた。

 

「………アバヨ、馬鹿弟子」

 その一言と共に、銃口から青い光が放たれる。

 光線のように走る光は辺りを照らす。

 

 眠りについている静かなシップにも、その青い光に気づいた者達が居た。

 

先程まで気絶していたピンク色の髪の少女は虚ろな瞳を窓の外へ向ける。

 

 長い黒髪を束ね、ロランの首を斬ったであろう刀をぼうっと、見つめていたルーファの部屋からも、青い光は見える。

 

 最高責任者である一人の女性は寂しそうに光を見つめる。

 

「おー!でっけぇ!」

 能天気なガタイの良い男が豪快な笑い声を挙げていた。

 

 機械の体の者が小さな体の者が、様々な者達が様々な思いを胸に窓越しの青い光を見つめる。

 

 青い光は続く。

 

 始まりを予見する、狼煙のように。

 

 光が走った後にロランの首は見当たらず跡形も無く消滅していた。

 辺りは再び暗い闇が広がり、何事もなかったような静寂が続く。

 自分よりも大きな武器を器用に回転させると、ランチャーは再び小さな玩具の様なサイズへと変わる。

 腰の留め具へと再び収まった。

 黒いマフラーをたなびかせ、ホルンはシップへと足を運ぶ。

 左右の違う色の瞳に怒りを宿して。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
「子供先生、ホルンさん登場でございます。そんな目つきの悪い子供先生を挿絵担当さんが書いたのがこちら
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

「」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「」


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Act.10「寒い、寒い、寒い……」

 目を覚ますと、そこに天井がある。

 働かない頭は無意識にぼうっと考えていた。

「知らない天井だ……」なんて馬鹿な独り言を零してみる。

 頭はまだ動かない。呑気な脳裏はいつもの日常を思い浮かべる。

 

「あ……起きなきゃ、今日……日直じゃなかったっけ……」

 寝ぼけながら、ぼんやりと独り言を再び紡ぐ。

のっそりと起き上がると、低血圧の頭が少しづつ動きだした。

 

「あれ……私いつ寝たんだっけ……宿題やってない気がす…………る!?」

 ゆっくりと辺りを見渡していたカナタの頭がようやく回転を始めた。

 

 思い出す。

 

 自分が謎の黒い霧に飲まれた事、カマキリのような化物に襲われた事、ロランが殺された事。

 

 ……黒髪の少女が助けてくれた事。

 

 状況を確認しようともう一度辺りを見回す。

 10畳半くらいの大きな部屋。

 タンスや机に照明、生活感を感じる部屋だ。

 見覚えがあるとすればホテルのような印象。印象なだけでホテルにしては質素に感じる。

 物が少なく最低限の生活品という具合。

 そして自分の隣にはもう一つ白いベッドがあった。

 ゆっくりとベッドから出るとふわふわのカーペットに足が触れる。

 部屋を見回していると、部屋の隅に何かがいることに気づく。

 その何かはブルブルと微振動をしている白い物体。

 それが人であることをすぐに理解する。

 小さな体を更に縮こませるように蹲っている……子供?

 

 白いシーツのような物を上から被せているだけの物体。

 その中で蹲っている茶色い物体。

 茶色い物が、カナタの世界にもあった服装だと気づく。

 ダッフルコート。そして顔部分をすっぽりと覆っている赤いマフラー。

 紺色のスカートで少女だと解った。

 冬の女子高生のような服装だ。

 フードを顔の半分まですっぽりと被っており、表情はマフラーも相まって見えない。

 フードからピンク色の髪が溢れていた。

 

「寒い……寒い寒い……寒い寒い寒い……」

 

 少女のフードから、小さな可愛らしい声が紡がれていた。

 特に寒い部屋に感じないカナタは、少女の様子に首を傾げる。

 何にしても部屋の主だと思われる人物が少女だと考え、不安だった胸をなで下ろす。

 少女と同じ高さになるようにしゃがみ込む。

 勿論警戒させないように少し距離をあけて。

 

「あ、あの」

 

「っ!?」

 声を掛けた瞬間、震えていた少女は大袈裟に体を揺らした。

 

「ヒッ! ヒィッ!」

 悲鳴を上げ、そのまま、へたり込む少女は必死に距離を空けようと後ずさっていく。

 

「こ! こ! こ! 来ないで! 来ないで!」

 突然の全否定がカナタの心にグサッと刺さる。

 しかし、この世界で出会ってきた中では、まだまともそうな少女に必死に食らいつく。

 

「わ、私は怖い人間じゃないよ? ここが何処なのか教えて欲しいだけだよー?」

 

「ば、化物! 化物め! 」

 二発目である。

 心に思いっきりビンタを食らった気分。

 

「こんな小さな子に初対面で嫌われる私って……」

 子供好きのカナタの中では割と大きな事案になっていた。

 

「ご、ごめんね? いきなり話掛けられたら怖いもんね?」

 少女はブルブルと震えながらフードの奥から紫に近いピンク色の瞳をカナタに向けていた。

 恐怖に染まった瞳は大きく見開き、唇をガタガタと震わせる。

 

「嫌! 嫌々嫌! 寒い……寒い……寒い……」

 更に縮こまっていく彼女はフードからボロボロと涙が零れていた。

 その姿はあまりにも哀れで、カナタの心を強く強く締め付ける。声を掛け様と手を指し伸ばした瞬間。

 

 重たい機械的なドアが横にスライドされた。

 開いたドアの先に、黒髪の女性が居た。

 

「ル、ルーファさん」

 意識していなくともカナタの声は震える。

 情の無い非道な動きをした彼女は思い出してしまう。

 そんなカナタの事など知らず、彼女は無表情なままカナタへと視線を向ける。

 

「よく眠れましたか?」

 

「………はい」

「そんなに警戒しなくても何もしません、付いて来て下さい、歩きながらお話など如何でしょう」

機械的な様子でそんな風に誘われてもカナタが「喜んで!」などと言う訳もなく返答に困るように頬を引き攣らせていた。

話を変えるように彼女から視線をフードの少女へと向ける。

 

「あ、あの子は大丈夫なんですか?」

 震える少女は変わらずに隅で縮こまったままだ、彼女の様子が心配なのは変わらない。

 

「……………ええ、いつもの事ですから」

 ルーファもカナタと同じように少女を見る。その時、無機質だった瞳に色が灯る。

 少女に向けて、あまりにもの冷たい視線。

 それは、躊躇いも無く刀を振ったあの時と似ていた。

 

「まだそうやって震えているのですね貴女は」

 吐き捨てるようなルーファの言葉に怯える少女はただ悲鳴を零すだけ。

 座り込む彼女にルーファが近づくと、少女は更に体を縮こませ、これ以上下がる事が出来ないにも関わらず壁に体を寄せる。

 

「何か言ったらどうです」

 

「わ、わた、私、は、わた、わた、し……」

 ブルブルと震えながら振り絞った声は嗚咽が混じり、言葉にはならない。

 

「……貴女は、いつまでそうやって……!」

言葉を言い切る瞬間に声色が変わる。

 カナタの背筋に走る寒気が、殺気なのだと直ぐに理解する。

 

カナタは無意識に、間に割って入っていた。

 

「やめて下さい!! 怯えてるじゃないですか!! 」

 冷徹な瞳に対して、カナタも負けじと強く睨み返す。

簡単に命を消し去る彼女の瞳に気圧されるように震える手をギュッと握り締める。バレないように震えている手を後ろに回した。

 後ろにいる少女は、怯えながら目の前の小刻みに震える手を思わず見つめる。

 自身と同じように震えているのに、立ち向かっている知らない女性を見つめる。

何故そんなことが出来るのか解らずに、涙で濡れた瞳で見つめる。

 

「……私の用事は貴女を呼ぶ事でしたので 」

 

「解りました、い、行きましょう」

 ルーファはふん、と小さく鼻を鳴らすと、怯える少女に視線を向けること無く背を向けた。

 そんなルーファの後を慌てて追う。

 部屋を出る、一瞬。

 チラリと少女に視線を送る。

 フードの奥底からカナタを見つめていた瞳と目が合う。

 

 涙で輝く、紫に近いピンク色の瞳。綺麗な瞳が覗いていた。

 小さな口元が声を出さずに動く。

 

『ごめんなさい』

 

 何に対しての謝罪なのか解らない。

それでもカナタは少女に優しく微笑む。

 

「大丈夫だよ」

 

 ただ一言、そう言うとカナタは部屋を出る。

 一人残された少女は体を縮こませ、三角座りの状態で腕に顔を埋める。

 

「ご、ご、ごめん、な、さ、さ、……寒い、寒、い……」

 辿辿しい言葉が誰もいない部屋に響く。

 呻くように、少女は言葉を紡ぎ続けていた。

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
「間違えて11話を先にあげてしまっていました……大変申し訳ありません……
後書きに関してですが、毎回投稿する前に二人に入れる?って聞いてるので空欄の時は『返事無かったんだろうな……可哀想な奴だ……』ぐらいに思ってくれたらいいので」
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 




曲  黒紫            @kuroyukari0412



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Act.11 女子高生、見習い料理人へとジョブチェンジ

 広い廊下をルーファと歩く。
 横並びではなく後ろについて歩くような具合。

「ここはシップと言われる私たちがこの星を搜索する上で拠点にしている場所です、今から貴方には精密検査と事情聴取を受けてもらいます」

「は、はい」
 振り向かずに突然説明を始めるルーファにカナタは慌てて返事をする。
 広い廊下はカナタとルーファ以外にも様々な人が歩いていた。
 二足歩行する機械のような人や耳の長い人、左右の目の色が違う人。
新鮮で見た事がない世界にキョロキョロと辺りを見渡してしまう。

「そんなに珍しいですか?」
 そんなカナタの様子に気づいたのか、ルーファが呆れたような言葉を零す。

「こ、こんな近未来的な物、映画とかでしか見たことなくて……」

「……本当に何も知らないんですねぇ」

 ふと何故か歩いている人?達もカナタを見ている事に気づく。

「な、何か私、見られてます?」

「そりゃそうですよ、こんなダーカーしかいない星に突然あなたは現れたんですから、ダーカーだと思われても仕方ないですよ」
 ダーカー、それが前に見たカマキリのような者の事だとすぐに気づく。

「そ、そんな! 私はあんな化物じゃありません! ちゃんとした人間ですよ!」
 カナタの慌てている様子にルーファは、ふぅ。と小さく息を吐いて見せるだけ

「それを今から調べるんです、 安心しなさい。もしダーカーだとわかれば私が痛みなく消してあげます。」

「……何も大丈夫ではないのですけれど」
 一つの扉の前で彼女立ち止まると、カナタの方へと振り向く。

「ここから先は一人で行ってくださいね」

「私……一人で、ですか?」

「私は唯の貴女の監視役ですから」
 監視、という言葉に背筋が寒くなる。
 カナタは1度ルーファへとペコリと頭を下げると逃げる様に自動ドアの奥へと消えていく。

その後を見送るルーファの瞳に色は灯らない。
無機質な瞳が、カナタが行った先の、既に閉じているドアへ向けられていた。





 

 

「待ってた! 待ってたよ!」

 部屋に入るなり突然両腕をがっしりと掴まれていた。

 

「ひっ!?」

 短い悲鳴を挙げるカナタに手を握ったであろう少年はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

 

「うっわ! 良い声! 肌もスッベスベ!!」

 カナタの腕を摩る白衣の少年にカナタの背中にゾワゾワと寒い物が走る。

 

「止めなさい」

 

「ふんっげ!?」

 低めの女性の声と共に、白衣の男の頭に金槌が振り下ろされていた。

白衣の男はそのまま地面へと崩れる。

 ブルブルと震えているカナタに金槌を振り下ろしたであろう女性がニッコリと笑いかける。

 

「ごめんね? 大丈夫だった?」

 金槌を手で遊びながらポニーテールの女性が笑いかけてくれていた。

 倒れている少年と同じ様に白衣を着た女性。

 優しい目にカナタは胸を撫で下ろすとゆっくりと頷く。

 

「私達は虚空機関(ヴォイド)よろしくね? カナタちゃん?」

 

「う゛ぉいど?」

 

「話に聞いていた通り何も知らないのねぇ……ヴォイドって言うのは研究機関だと思って頂戴、何でも屋って言ったら通じるのかしら?」

 その言葉に何となくだがカナタはコクコクと頷く。ポニーテールの女性は優しく微笑む。

 

「私はレター、この子は弟のラックル。宜しくね?」

 

「よ、よ、よ、よろしくね! 君名前はカナタって言うんでしょ? 知ってるよ!」

 ラックルと言う名の少年、少年と言ってもカナタと年齢は変わらなさそうな見た目。

ラックルの銀縁眼鏡から除く瞳が食い入るようにカナタを見つめていた。

 

「よ、宜しくお願いします」

 興奮するラックルの様子に軽く頬を引きつらせてしまう。

 カナタのその様子を気にする事も無くラックルが手を強く握る。

 

「先に言っておくけれど、私達は貴方を調べないと行けないの」

 今度は少し困った表情でレターが「ごめんね」と小さく付け足す。

 

「仕方、無いですよね……」 

 

「だ、大丈夫だヨ!! 優しくするからね!! 痛くないようにするからね!!」

 レターには笑いかける事が出来たカナタだったが、妙な興奮をしながら捲くし立てるラックルの方を見る事は出来ないで居た。

 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 

「はい! これは! 何かな?」

 そう言いながらラックルが机に立てかけたB5サイズの分厚い紙に描かれたイラストを見せてくる。

 それはカナタにも良く知っている物だった。

 

「……タンス?」

 

「正解正解正解!!」

 大袈裟に騒ぐラックルに小さく溜息を付いてレターの方を見てしまう。

 何かを書き込みながらレターが申し訳なさそうに笑う。

 数十分掛けた様々な見た事の無い機械で身体検査をされた後。

 それからは椅子に座らされ、一時間以上も紙芝居のような事をされていた。

 未来的に見える文明であるにも関わらず、随分と古臭い。

 

「はい! 今度はこれ! これェ!」

 今度見せて来たのは毛皮に大きな鼻が特徴的な生物だった。

 教科書で見た事がある気がする。

 

「マンモス?」

 

「ブッブー!!」

 大袈裟に目の前でバッテンを作られてしまう。

 ……何か普通に悔しい。

 

「正解はマルモスっていう原生生物! じゃあコレが強くなったバージョンは?」

 その言葉に意気込んでカナタは身を乗り出して答える。

 

「スーパーマルモス!」

 

「残念! デ・マルモスでしたー!」

 

 再びのバッテンにカナタはがっくりと椅子に座る。

 

「なーんーでーですかぁー……もし少年漫画だったら絶対スーパーですよぉー?」

疲れきった声と共に相手が知らなさそうな言葉で抵抗して見せる。

 

「少年漫画!? そっちの世界の少年漫画はスーパーが付くのかい!?」

 若干伝わった上に興味をもたれてしまった。

 疲れきったように顔を傾けながら話ができそうなレターの方を向く。

 

「これいつまで続けるんですかァー?」

 カナタの泣きそうな声にレターが優しく答えてくれる。

 

「申し訳ないけれど今の所もう少し続けないと行けないかな? 貴方の知識ってどうも中途半端なようなの。 知っている事は知っているし、惜しかったりするし……かといってアークスやシップについての当たり前の知識は抜けてる……」

 それはカナタがどういった存在かを見定める為に知識の確認をしているようだった。

 しかし、カナタの世界と知っている物がこの世界と大きくズレている。

 

「ダーカーでは無いのは確かのようだけれど、正直未確認としか言えない状況ね」

 唯の高校生でしか無いカナタはまさかの未確認生物のような扱いに苦笑いをしてしまう。

 勿論、自身の世界の話もしていた。

 

「さっきも言いましたけど! 私はこんな世界じゃないとこに居てですね!」

 言いかけるカナタをレターが遮る。

 

「確かに私達が知らない別の惑星の可能性は有るけれど、チキュウ? だったかしら? それとはまた別で貴方の中にあるフォトンは私達のアークス達が宿す物と一緒なの、それは私達の種族にしか無いもの。……だから信じがたくてね?」

 困ったような言い方をされても、カナタは嘘をついているつもりは無い。 

 

「それに、知っている物も数多く存在している所を見ると単純な記憶の混濁や失墜の可能性の方が高い……」

 確かに置物や服装。

 名前まで同じ物が数多く存在している。

 自分が実は記憶喪失で記憶を勝手に改竄している……そう言われたら元も子も無いけれど。

 

「でも私この世界の字とか読めないですし」

 最初に見せられた良く解らない羅列された文字は読めるわけも無く。

 カナタの知っているローマ字に近い、と思った程度。

 

「そうなのよねぇー……」

 ボリボリと頭を搔いている様子を見るとよっぽど参っている様子。 

 何だか申し訳なくなってしまい体を縮こませる。

 その後、彼女が言った言葉の中に疑問を感じた。

 

「フォトンが有るって……私もロランさんやルーファさんみたいな力があるって事ですか?」

 

 カナタの言葉にレターは眉を寄せる。

 

「……ロランの力は、そうねフォトンの力なのだけれどね」

 妙な言い回しに首を傾げてしまう。

 それに気づいたのか慌ててレターは付け足してくれる。

「私達はフォトンを駆使してダーカー達を殲滅をするのだけれど、ルーファ、彼女は……いえ、彼女達は少し違うの。」

 余計に解らなくなってしまう。

 

 レターは困ったように言いあぐねていると、ラックルが興奮した様に口を開いた。

 

「あれはね! ジョーカーっていう化け物でね! 特別なんだよ!」

 その言葉に、ルーファが戦っていた姿を思わず思いだす。

 

「ちょ、ちょっとラックル!」

 慌てた様子のレター等お構いなしにラックルは続ける。

 

「アイツらはね! ダーカーを殺す為だけに作られた兵器で」

 

 ラックルの言葉は遮られる。

 それは、カナタの後ろにある重たいドアが音を立てて開いたからだ。

 合わせてカナタは振り向く。

 

 そこに、女性が立っていた。

 カツカツと音を立てて近づく彼女似合わせるようにカナタの視線は上がっていく。

 そのまま、椅子に座っているカナタは大きく見上げてしまう。

 それ程に巨大な身長。

 

 薄紫の長い髪、それよりも更に濃い瞳。

 紺色のスーツをぴしりと着ている綺麗な顔立ちの女性。

 その長い足から、大人びたスーツを着込む姿は、印象的にカッコイイ女性。というイメージを持つ  

 身長に違和感を感じさせない綺麗なスタイルの女性は、カナタに視線を送る。

 大人な女性の瞳に耐えられずカナタはつい視線を外してしまう。

 そんなカナタから、今度はラックルへと視線が移動する。

 

「ジョーカーの悪口とは……少し頂けないな」

 中世的な声。耳に心地良い優しい声にカナタは感じた。

 しかし、その言葉の中に棘の様な物も感じる。

 先程まで騒がしかったラックルは高身長の女性の視線から逃げるように机の影に隠れていた。

 体が半分以上見えている姿は妙に情けない。

 

 そんなラックルを無視して女性はにっこりとカナタへと笑いかける。

 

「私はこのシップの責任者、ユラと言う。疑うような事をしてすまないな」

 しゃがみ込みわざわざ視線を合わせてくれる。

 

「あ、ええと、こちらこそ?」

 子供の様に扱われているようでカナタは恥ずかしく感じてしまう。

 良く解らない返しをしてしまっているカナタに助け舟を出すようにレターが口を挟んでくれた。

 

「謎が多くて正直彼女の事は解らない事ばかりだけれど、無害なのは確かみたい」

 

「そうか、ご苦労」

 レターの方を見ずにユラは答える。

 視線は何故かカナタを見つめたまま。

 その視線に耐えられずにカナタは視線を外しながら零す。

 

「な、何でしょうか?」

  

「カナタ、趣味とかは無いかな?」

 

「へ!? あの、ええっと、料理、かな?」

 突然の質問に戸惑いながらも慌てて答える。

 

「ふむ、そうか、成程、ふむふむ」

 一人で何か頷きながらユラは立ち上がる。

 巨大な身長に見なくとも威圧感を感じてしまう。

 

「我々も慈善事業では無いのでな、シップに一人置いておくのもタダと言うわけにはいかん」

 

 上からビシッと指を向けるとユラは優しく笑う。

 

「見習い料理人として雇おう、精精頑張りたまえよ?」

 そう言い残すと豪快に笑いながらユラは踵を返す。

 

突然の事に呆然としていたカナタはハッと我に帰る。

 

「あ、あの!? ちょっと待っ!!」

 慌てて立ち上がるも、既にユラはドアを潜る所。丁度、機械的なドアが閉じる所であった。

 チラリとカナタへと視線が動く。

 見下ろす紫色の瞳が見つめていた。

威圧を感じるような、探るような。

 その瞳に何も言えずに居ると、機械的なドアに自動的に遮断されてしまう。

 

 

「良かったじゃない、これから宜しくね!」

 レターの優しい言葉に返す事も出来ずに、既に見えなくなった背中の変わりに分厚いドアを見つめてしまう。

 

「私の、意見は?」

 

 女子高生、カナタは見習い料理人へと転職する事になる。

 半ば無理矢理。

 薄々カナタ自身も感ずていた。

 出会う人に……話を聞いてくれる人が居ない。

 

「それじゃ後700枚! やっちゃうわよカナタ!!」

 

「最後まで一緒に仲良くやろうね! やらやろうね!!」

 

「え!? まだやるんですか!?」

 ここにも話を聞かないのが二人




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Act.12 カナタとルーファ

 

 

 部屋を出たのはそれから3時間後の事だった。

 不毛に続く馬鹿にされているとすら思われる紙芝居と、更についでにアークスの常識なるものまで叩き込まれてしまう始末。

 

 ……なんか頭痛い。

 

 げんなりとした表情で自動ドアを通ると、壁にもたれているルーファと目が合う。

 

「……後10分遅かったらドア切り刻んでましたよ」

 物騒な事を言うルーファに頬が引き攣る。

 

「ま、待っててくれたんですか?」

 不思議に聞くカナタにルーファは特に気にする様子も無く答える。

 

「……待っていると言いませんでしたか」

間違いなく言っていない。

 しかし、少し以外に感じてしまう。

あれ程の戦闘をする人が、あれ程冷徹に戦う人が、3時間もドアの前で待ってくれていた。

 

「ルーファさんって……良い人なんですか? 悪い人なんですか?」

 

「あら、お目が高い。宜しい高値で買いましょう」

 

「いや別に喧嘩売ってるわけじゃないですからね!?」

 

 珍しく微笑を浮かべるその威圧感に押されながら慌てて訂正をしておく。

 

「そうですか、では行きましょう」

 アッサリと引いてくれたルーファはさっさと歩き出す。

 何処に行くのか解らないが、ルーファの後を慌てて追う。

 

 自分よりも少し背の高い後姿の黒髪の女性を、マジマジと見てしまう。

 ラックルが言っていた言葉が脳裏に過ぎる。

 作られた存在。

 目の前の女性は、燐とした姿勢で歩く。

 その細い足や腕からは想像の出来ない戦いをカナタは目の当たりにしていた。

 知らない世界の嘘等解るわけも無い。

 それでもにわかに信じられない。

 

「口に出して言って頂いても宜しいですか?」

 

 振り向かずに言われた言葉に思わず変な声を出してしまう。

その後、足を止めルーファはくるりと振り返る。

 振り向いた表情は目を細め、不審そうに見つめて来る。

 

「そんな舐めるように見られたら誰でも気づきます」

 

 その瞳に気圧されて目を逸らす。

 ユラやレターの様子を見れば、あまり聞いていいものでは無いというイメージを持ってしまっていた。

 しかし、ルーファの瞳も逃がしてくれる様子は無い。

 

「あーえっと……ルーファさんがジョーカーだって話を聞いてですね」

 しどろもどろに零すカナタの言葉に、ルーファはそんな事か、と言うように軽く鼻を鳴らすと直ぐに視線を前へ戻し歩き出す。

慌てて着いていくカナタ等気にせずにルーファは淡々とした様子で口を開く。

 

「ええ、私はジョーカーの一人です」

 あまりにもアッサリとした回答に少し拍子抜けしてしまう。

 

「あの、あまり聞いて良い事では無いと思ってしまってつい見てしまっていたんですけど」

 

「見解は間違えていません。 自身の正体が他のアークスにバレる事を好ましく感じないジョーカーは多数居ますが、私はその程度の事一々気にしませんので」

 

「そんなに居るんですか?」

 アークスとしての一般常識はある程度教えて貰ったものの、ジョーカーに関しては一切触れられる事は無かった。やはり教えてもらえない部分だったのだとカナタは把握する。

 そんな言ってはいけないであろう事を、当たり前の様にルーファは語りだす。

 

「ジョーカーと言うのは、ルーサーが『興味』というふざけた理由で改造されたアークスや生まれる筈の無かった生命体達の事です」

 

 ルーサー。

 

 レター達からルーサーという存在の話も聞いていた。

 要約すれば、数体居るダーカーという敵の親玉が一人、ルーサーはアークスに混じり。内側から腐敗させ様とした存在だと聞いている。

 虚空機関(ヴォイド)という研究機関を作り出した一人だという事も、レターは教えてくれた。

 その時、視線を外したレターがどういう気持ちで教えてくれたのかは知らないが、現虚空機関(ヴォイド)の一人として思う所があるのかもしれない。

 最早、半年前の話。終わった話だとレターは言っていたが。

 

「それで……兵器」

 思わず出た言葉に、慌てて口元を押さえる。

 しかしルーファがその言葉で苛立つという様子は無いようであった。

 寧ろ吹き出すような声が前から聞こえた。

 

「……兵器、ですか。言い得て妙ですね。最後に残った強すぎる兵器を持ちあぐねているって言うのは、中々滑稽だと思いませんか」

 その表現に、ジョーカーとうい存在を理解する。

 強さも目の当たりにしている。

 自信の世界の『核』という巨大な存在が脳裏を過ぎる。

 制御し切れない程の強すぎる力……。

 それが今、人の形をしているのならば、『そう行った扱い』は必然のなのかもしれない。

 

 どの世界にも、差別という物はあるようだ。

 

 少し、寂しく感じる。

 

「……何を考えているか知りませんが、貴方の基準で私達ジョーカーを図らない方が宜しいですよ」

 

 ルーファさんを見てたら図るなんて出来ませんよ。という言葉を何とか飲み込む。

 

 心に思うのは、それでも、という感情。

 カナタという少女がそういう人間である以上、言葉を零してしまう。

 

「それでも、そんなの、何だか……可哀想です……」

 

 

 その言葉に彼女はピタリと足を止めた。

 

「……可哀想? 今、貴女は可哀想と言ったんですか?」

 

ルーファは再び振り返る。

 覗き込む二つの瞳は、面白い物を見るように、興味深げにカナタを覗き込む。

 

「久々に、そんな言葉を聞きました。しかもジョーカーに向かって?私達、化物に向かって? 負の遺産とまで言われた私達に? 」

 

口数が少ない方なんだと思っていた。

そんな彼女が、カナタに詰め寄りながら捲し立てる。

気圧されるカナタは仰け反りながら固まってしまう。

その覗かれる二つの瞳に、深淵のような暗い瞳から、目が離せない。

 

「優しいという一言で貴方を括るには、難しいでしょう。どれ程のぬるま湯の世界に居たのか知りませんが、貴女はこの世界を理解出来ていない。」

 

 彼女の言葉は止まらない。

 

「確かに、アークスとは違う。この世界とは違う。貴方と出会う他のジョーカー達はどういった反応をするのでしょうね」

 笑う。薄く笑う。

 あまり表情の変わらない人なのだと思っていた。

 興味深げに見つめる瞳がカナタから外れる。

 

「私はジョーカー、【最悪(エンド)】の【人間失格(ピリオド)】」

 それだけ言うと彼女は、自身を別の名で呼んだ彼女は、カナタへ背を向ける。

 

「自己紹介です。私たちジョーカーの自己紹介をしましょう。この船に居る兵器は、化物は、私を含めて『七人』。【最悪(エンド)】【最善(ガーデン)】【最強(スペシャル)】そして、【最害(サーカス)】に分類される七人。その甘さに、彼等彼女等がどういう風に反応するのか、楽しみですよ」

 

 理解が出来るわけも無いカナタを無視してルーファは後ろ手で手を振りながら歩き出す。

 

「甘ちゃんの貴方が、どこまでその性格を続けられるのか、楽しみです。」

 

 彼女の独り語りが終わり、そこに無音が訪れる。

 固まったままのカナタに、ル―ファの言葉等、理解出来るわけも無い。

 呆然としていたカナタは大きく息を吸い、そして吐き出す。

 

「な、何なんですか……」

 疲れ切ったカナタは辺りを見回し、そこで気づく。

 そこが自身の最初に寝ていた部屋のドアの前である事に。

 思わず廊下の先を見る。

 既に彼女は見えない。

 

「み、道案内をしてくれて、た……?」

 良い人なのか、悪い人なのか、ルーファという女性が読めない。

 出会った事の無いタイプの女性。

 

 ぐるぐると回る頭の中。

 ただ一言、彼女が言った言葉が鮮明に脳裏に残る。

 

「甘ちゃん……別に、私は……」

 優しい少女の言葉は、誰もいない廊下に薄っすらと響いていた。




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Act.13 ファラン

 ドアの前で一呼吸した後、ぶんぶんと首を振る。 

 

 ルーファの言葉の意味など考えても解るわけない。

 7人? ジョーカー? 知らなくてはいけない事かもしれない。

 でも、今は考えないようにしよう。

 

 気持ちを切り替えよう。

 

 部屋に居るもう一人の少女の事を勿論忘れていない。

 挙動も、あの瞳も。

 

 意を決して見せると一歩、ドアへと近づく。

 どういう原理になっているのかカナタには解らないがなにかの認証をしたであろうピーっと言う音と共にドアが開く。

 暗い部屋の中へと足を踏み入れる。

 部屋の電気は付いていない。これもどういう理屈なのか解らないが、暗い筈の部屋は若干の青い光のようなもので薄く照らされていた。何とか見える程度で暗い事には変わらないけれど。

 部屋を見渡すと、朝と同じ場所に彼女は一切動く様子もなくそこにいた。

 少しでも体を小さくしようと縮こまり、部屋の隅で三角座り。

 帰ってきたカナタに反応を使用する様子もなく―……いや、小刻みに震えている姿は帰っていることに気づいてはいるのだろう。

 

 それは出迎える相手ではなく、単に彼女が恐怖する相手が帰ってきたという受け取り方をしている様子。

 

 彼女の姿は。

 

 カナタには酷く惨めに、残酷なまでに可哀相に見えていた。

 

 脳裏によぎるのは先程のルーファの言葉。

 

 

『甘ちゃんの貴方が、どこまでその性格を続けられるのか、楽しみです。』

 

 

 思い出すその言葉に、首を絞められるような。そんな感覚を覚えた。

 それでもカナタはそれをかき消す様に首を振る。

 突然知らない所に飛ばされて、訳のわからない事だらけで、しかし、場所が変わっても彼女の生き方が変わることはない。

 

 彼女は頑固だ。

 

 だから手を伸ばす。

 

 目の前で震えている少女に手を伸ばす。

 

 カナタは優しく笑いかける。

 幼稚園のボランティアでもやっていた様に、子供をあやす様にゆっくりと話す。

 

「大丈夫、だからね? 私はね、カナタって言うんだ……貴方は?」

 

「……ヒ! ……ヒ!」

 小さな悲鳴を挙げる少女は口をパクパクと動かしている。

 暫く悲鳴を挙げる彼女が落ち着くのを待つ。

 5分、10分、どれぐらいが経っただろうか。

 彼女の怯える様子は変わらないが、覗き込む瞳が、ゆっくりとカナタを数回捉え出す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「うん、ゆっくりで良いからね。ゆっくり、ゆっくり……」

 

「……あ、……あ、う……」

 震えている少女とカナタは見つめ合う。

 母性のような優しさの瞳を見せるカナタに対して、少女は化け物を見る様な瞳でカナタを見る度に何度も視線を外す。

 視線を外せば殺されると言うように、しかし視線を合わせれば食われると言うように。

 

 それから更に数分が過ぎる。

 震えていた少女の身体は、徐々に、徐々に震えが収まって行く。

 そっとフードに触れると、少女は顔を露にさせていた。

 目は未だに恐怖で染まっているが、それでも何とかカナタを見つめる。

 白い肌に長いピンク色の髪。

 手入れをしていないのか、髪の先が小さく寝癖のようなカールをしている。

 大きな瞳は涙で輝き、一目で綺麗な、可愛らしい少女だと理解する。

 しかし、それを曇らせる程に眉を寄せ、口をへの字に曲げて瞳を恐怖に染める。

 

 怯える少女はへの字をパクパクと開け閉めを繰り返し、やっとの事で喉から言葉を搾り出す。

 

「ふぁ……ふぁ………」

 

「ん?」

 優しく小首を傾げて促す。

 決して無理矢理させるようにでは無く、威圧しないように笑い掛けながら。

 

「ふぁ、あ、あ、あ、あ」

 少女は突然言葉を止める。

 目を見開き、再び体の振るえが始まっていた。

 

「ああああああああ!!! 寒い!! 寒い!! 寒い!! 怖い怖い怖い怖い怖い!!」

 美しい顔を恐怖で歪め、彼女はあらん限りの言葉で叫び声を挙げていた。

 

「……ッ!? ご、ごめんね! 大丈夫!?」

 思わず謝罪の声が出ていた。

 差し出した手を強く弾かれる。

 

「ああああああ来るな来るな来るな来るな!!! 化け物め!! 化け物めェェェ!!

 彼女はしりもちをついたまま必死にカナタから離れようと後ずさる。

 

「ご、ごめんね! 本当にごめんね! こ、怖いなら近づかないからね!? ほら、私外で寝るから!!」

 

 謝罪の言葉を向けながら慌てて彼女から離れる。

 悲鳴を挙げ続ける彼女に何度も言葉を向けるも反応が返ってくる事は無く、嗚咽交じりに彼女は咽び泣く。

 

「あああああああ……寒い……寒い……寒い……寒い……」

 落ち着く様子を見せずに、彼女は壁際から離れようとせずに、何度も何度も消え入りそうな言葉が吐き出される。

 

「…………ごめんね」

 何度も謝罪の言葉を零すカナタの顔も、泣きそうに歪む。

 こんな小さな子を怖がらせてしまった事にずしりと心が重くなる。

 

「あ、あの、シーツだけ持って行く……ね? 流石に、寒いかもだから……」

 ぶつぶつと壁に「寒い」と言葉を続ける彼女にそれだけ言う。

 二つベッドの一つのシーツを手にすると、部屋を後にした。

 大きく、大きくため息を零すと、ドアに相対する様に目の前の壁に背中を預け、その場に座り込む。

 廊下は、冷たく、硬い。

 それでも上からシーツを被り三角座りのまま、腕に顔を埋める。

 目に溜まる涙を必死に堪え、目を瞑る。

 この世界でやっていけるのだろうか。こんな世界で、自分は生きていけるのだろうか。

 募り続けた不安は、暗い廊下のせいで更に膨れ上がっていた。

 小さくすんすんと鼻を鳴らす音だけが暗い廊下に響く。

 彼女は無理矢理に眠る。

 このわけの解らない世界から逃避するように。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

「わ、わ、わ、わ、わた、し、私の、なま、え」

 

 心地の良い高い声。たどたどしい声色に、薄く目が開く。

 

 硬い廊下で長時間座ったままだからなのか、体の節々が痛い。

 いつのまに眠っていたのかと、ぼんやりとしながら顔を挙げる。

 

 そこに、ピンク色の髪の少女が居た。

 

 俯いたまま、彼女は何度も何度も同じ言葉を続けていた。

 

「私の、なまえ、なま、え、なまえ! なまえ! は!」

 ふわふわとしている意識のまま彼女を見つめていると、彼女と目が合う。

 カナタと目が合うと突然硬直し、不安と恐怖が入り混じった表情へと変わる。

 昨日のままの姿だが、瞳に何処か申し訳なさそうな色が浮かべられていた。

 そこで自身が掛かっているシーツが増えている事に気づく。

 彼女は、いつからここに居たのか。

 何故、彼女が目の前にいるのか、寝惚けて回転の遅い頭は働かずにぐるぐると回る。

 右往左往と忙しく視線を動かす彼女をカナタは見つめる。

 彼女は意を決したようにカナタを見る、そして直ぐに俯く。

 俯いたまま、少女はパクパクと口を開け閉めを繰り返す。

 

「ごめ、ちが、あの、ありが、じゃ、なく、て、あの、あの、あの、」

 徐々に、繰り返す開閉に合わせて、彼女の口から言葉が零れる。

 ずっと起きていたからなのか、泣き続けたせいなのか、真っ赤に染まる瞳がカナタを見据える。

 

 怯える紫色の瞳と、震える唇を必死に動かし彼女は声を振り絞る。

 

「わ、私、ふぁ、ファラ……ン……わた、し、ファ、ラン……」

 

 言い切った後、彼女はきゅっと唇を締める。

 動かなかった頭が動き出す。

 止まりかけていた心が動き出す。

 

「……うん、うん!」

 カナタの表情が明るく輝き出していた。

 

「そう、なんだ! ファランちゃんって言うんだ!」

 視線を外しながらファランはコクリと頷く。

 心に暖かい物が広がる。

 一歩進んだ。

 ファランの警戒している様子は変わらない。

 それでも、それでも今の彼女の行動がうれしくて。

 自分の行動に一つ、正解を見つけられたような気がして。

 思わず起き上がると彼女に手をさし伸ばした。

 

 ファランはまだ小さく震えながらも、手とカナタを何度も交互に見る。

 まるで信じられない物を見るように。

 この子が何故そんな風になっているかカナタは知る筈も無い。

 ここが何処なのかも、まだ解らない事はいっぱいあるけれど、この子の味方で居たいと思えていた。

 

 いつまでも取らない手をこちから力強く握った。

 小さな悲鳴を挙げる彼女に、カナタは笑いかける。

 

「宜しくね!ファランちゃん!」

 

 大丈夫。私は私でいれる。

 

 彼女は心の中で意を決する。

 やるしかないのだ。

 

 この世界で、生きていくしかないのだ。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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「ロラン&ルーファのシーンを挿絵担当の方が書いてくれました! 」


【挿絵表示】




挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫            @kuroyukari0412



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Act.14 最初の一日

 ファランに起こされた時間は早朝だったよう。
 もっと交流を深めようと思っていたけれど、少女は直ぐに部屋に戻りいつもの定位置へ。
 何を話しかけても返事をしてくれる様子は無い。
 ただ埋めている顔は見えないけれど、真っ赤な耳に少しにやけてしまう。

 取り合えず、向かうように言われていた食堂へと向かう事にした。

 地図も貰っていたし、キョロキョロとしながら到達。
 厨房には、中年くらいの女性が立っていた。
 どうやら待ってくれていた様子。
 始めて敵意の無い笑顔を向けられていた。
 三角巾にエプロン、カナタの世界にもいそうなおばちゃん。

 まず何か好きに作ってご覧、と言われ少し考える。
 
「じゃあ……体を動かすようなので、カツ丼で!!」

「かつどん?」

 ……この世界のカツ丼は無いらしい。




 毛の生えている肉。
 何故調味料が光っているのだろう。
 良く解らない食材が並んでいた。

 と、取り敢えず、はい、置いてあるという事は、はい。
 た、食べれるのだろう。

 台所はまだカナタの世界のあるものと何ら変わらずホッとする。

 見よう見まねから作ったカツ丼。
 食材不明だけれど、カツ丼!
 胸を張ってそう言う事にする。

「まぁーいい匂いだねえ!」
 隣で笑顔でそう言ってくれるおばちゃんの言葉だけが救いだった。

 厨房と繋がっているホール上になっている大きな食堂が騒がしくなり始めていた。

 やれる事はやった!

 多分……。



「な、なんだアレ、かつどーん? かつどーんってなんだよ!?」

 

「お、おいなんだあのカラッとした感じの肉は」

 

「上に乗せられた茶色いドロドロとした液体も奇怪だ!」

 

「見ろよ! 肉の下に草が入ってるぞ! やっぱり俺達に毒を盛り込もうとしてるんじゃ……」

 

 そこら中から好き勝手に聞こえる言葉はカナタの心を強く傷つけていた。

 

「美味しそうに見えるけどねぇ」と後ろで言ってくれている声にだけは救われていた。

 

 三角巾にエプロンをつけているカナタは大きく溜息を吐く。

 こちらに向けられる視線は変わらない。

 恐怖や、奇怪な物を見るような視線。

 元来、あまり嫌われたこと無いカナタからすれば十分にダメージを食らってしまう。

 

 折角作ったのだけれど、と思いながら嫌な視線から逃げるように盆へと手を掛ける。

 

 食器を下げようと持ち上げる。

 

 その盆を、突然一人のアークスが逆側から掴んでいた。

 

「んぇ?」

 妙な声が漏れながらも顔を上げる。

 視線の先の人物はニッコリと笑いかけていた。

 

 ……ま、待って。待って待って。

 

 高い身長。ユラ程では無いが威圧感を与えられるぐらいには十分に高い。

 何よりも、その見た目は身長異常にも威圧感を与えていた。

 

 褐色の肌。

 サラサラでありながら、金色の派手な髪。

 茶色がかったレンズのサングラス。

 片耳につけているイヤリング。

 黒い背びろに赤いシャツ。

 カナタを見つめる色の違う瞳。

 

 そしてカナタが固まった最大の理由は片側に記された顔半分に施された入れ墨。

 

 

 その見た目はカナタの世界で見れば到底近づきたくない風体。

 

 ア、アークスの世界にも不良とか、そういう概念があると言う事なのだろうか。

 

 と、失礼な事を考えながらカナタはあんぐりと口を開けてしまう。

 そんな男性に突然目の前に立たれた女子高生。

 轟轟しい体つきの男は、固まったままのカナタから盆を受け取ると、全員が見つめる中、座った。

 まるで全員が見える位置に行くかのような大きな机へ。

 

「お、おい、レオン死ぬ気か!」

 

 どよめくギャラリーから悲痛な声が飛び出す。

 カツ丼で死んだ人なんて聞いたことありません。

 と、カナタは心の中で突っ込むがそんなことをアークスたちが知る由もない。

 

 レオンと呼ばれた男はギャラリーに向けてグッと親指を立てて見せていた。

 

「こんな可愛い子がよぉ! 作った料理で死ねるなら……本望ってもんだろう!野郎共!!」

 見た目通りの低く猛々しい声。

 

 

「か……可愛い?」

 突然の言葉にカナタは思わず視線を下に向ける。

 顔が熱くなったのが嫌でも解る。

 突然そんな事を言われれば女子高生は皆そんな反応をしてしまうだろう。多分。

 

「な、なんて男らしいんだ!馬鹿だけど!」

 

「ダーカーかもしれないのに可愛いが基準とか流石過ぎる!馬鹿だけど!」

 

「見ろよあいつの熱い瞳!死ぬ直前の瞳じゃねぇ!果てしなく馬鹿だけど!」

 

 レオンはざわめくギャラリーを左手で制する。

 まるで今から戦うのかと言うような真剣な面持ちにギャラリー達も思わず唾を飲み込む。

 震える手で食器を手にすると、上に乗っている肉をそっと持ち上げた。

 

 プルプルと震える肉をゆっくりと口元へと、運ぶ。

 

「ぐ、あ、ぁぁ……」

 決心が揺らいでいるのか口を開けながら真剣な表情で彼は固まっていた。

 カナタから見ればカツ丼の肉を、食おうか食うまいかを真剣な表情でしているのは滑稽にしか見えず頬が引き攣る。

 

 意を決したようにレオンが肉を口に放り込んだ。

 

「食った!食ったぞ!」

 

 再びどよめくギャラリー。

 なぜ自分の作ったものでここまで盛り上がっているのかと、一人蚊帳の外でカナタは泣きそうになる。

 

「ぐ! ぐうううう!?」

 呻くレオンにギャラリー達はどよめく。

 

「大丈夫かレオン!!」

 歓声に答えるようにレオンはプルプルと震えながら親指を立てて見せる。

 

「まだだ……まだちょこっとじゃわからねぇ!うおおおお!!」

 雄叫びをあげながらレオンはカツ丼を親の敵の様に乱暴にかきこんでいた。

 

「すげぇ!すげぇよ!あそこまで全力で飯食ってるやつ見たことねぇよ!」

 ……ああ、アークスでもこういう光景は普通見ないのね。

 ものの10秒で平らげると勝利宣言とでも言うよに丼を勢い良く机に置いた。

 

「どうだレオン!!」

 

「まだだ!! まだわからねぇ!もういっぱいだ!」

 コメ粒を口元に付けながらそう言うと、ビシィ!と力強くカナタを指差していた。

 

「え、あ、はい」

 終始現状を見ていたカナタは突然の矛先に適当な相槌を打ってしまう。

 

「レオン……お前ってやつは……」

 今度は感動的な雰囲気があたりを包む。

 ああ、アークスって愉快な人の集まりなんだな。と心の中で完結に理解した。

 

「あ、今度は肉更に増し増しで上に乗ってたドロドロしたのも多めに掛けてね」

             

 

「気に入ってるじゃないのっ!」

 

「イッテっ!」

 スパァン!というこ気味のいい音と共にレオンが思いっきり叩かれていた。

 

「女の子の料理で遊ぶんじゃないの!」

 

 レオンを殴った女性は優しくカナタに向けて微笑む。

 綺麗な女性だ。

 ルーファやユラとは違う、柔らかそうな美人、という風に受け止める。

 金色の髪に尖った耳。淡い金色の瞳は思わず見惚れてしまうような魅力を感じる。

 

 

「私にも、同じの貰える? 少なめにしてくれるとありがたいけれど」

 済んだ大人びた声に、惚けていたカナタは慌てて返事をすると厨房に引っ込む。

 

「てんめリース何すんだよ!!」

 

「はいはい、ほら横空けて私も頂くから」

 

 カナタはすぐに戻ってくると、リースの前に皿を置いた。

 今度は薄い円上の皿に小さく切り分けたカツと、サラダを分けて可愛らしく盛り付けていた。

 それを見たリースは、まぁまぁと口元に手を当てる仕草をする。

 

「あらあら、気を使わせたかな?ありがとう 」

 柔らかい物腰、見れば見るほどに清楚な様子に顔を赤らめ視線を落としてしまう。

 

「そ、そんな、エヘヘ……」

 不貞腐れた表情でリースを見ているレオンは、今は大人しい。

 二人がどういう関係なのか解らないが、大人しいのは隣で座っているリースが理由のようだ。

 

 優しくカナタに笑いかけた後、彼女は上品にナイフとフォークを使いゆっくりと口に入れる。

 目を瞑り吟味するように数秒。

 その後、強く目を見開いていた。

 

「あら、本当に美味しい……」

 上品な様子は変わらないが少しだけ食事のペースが速まる。

 

「おーおー誰かさんもがっついてますなァ」

 隣でレオンがリースに嫌な笑みを浮かべていた。

 それに気づいたのかリースは慌ててナイフとフォークを机に置く。

 他のアークスとは様子が違う彼女はナプキンで口元を吹いていた。

 先程の行動が失態だと思っているのか頬が薄っすらと赤い。

 

「お、俺も食ってみようかな……」

 二人の様子に一人のアークスがポツリと零す。

 その一言からギャラリー達はまたざわざわと騒ぎ出していた。

 思わず、と言った具合に一人のアークスが前に出る。

 

「カナタちゃん、だっけ? 俺もそれ1つ!」

 その言葉に呼応するようにほかのアークス達も口々に喋り出す。

 

「俺も!そのキャタ丼っての!」

 

「ばっかちげーよカベ丼だよ!」

 

「何その新しい愛が始まりそうな単語、カビゴンでしょ?」

 

「何でもいいからこっちにもそれ一つ!」

 

 突然のアークス達の様子にカナタは面食らってしまっていた。

固まっているカナタの肩をぽんっ、と優しく誰かが叩く。

 

「それじゃ、頑張ろうかねぇ!」

 豪快に笑うおばちゃんに、カナタも同じように笑顔を返した。

 

「はいっ!」

 パタパタと嬉しそうにカナタは食堂の奥へと消えていく。

 その様子を優しく見つめる二つの視線には気づかない。

 

 リースは悪戯っぽくレオンに笑いかける。

 

「お人好し」

 

「俺は可愛い子の味方だから仕方ねェーよな!」

 力強くリースに親指を立てて見せるも、リースはそれを、はいはい、と簡単にあしらう。

 

「っつーかてめえ等! 先におかわり頼んだのは俺だボケ!どけ!」

 食堂窓口に詰め寄り出したアークス達の大群の中にレオンも嬉々として飛び込んでいった。

 それを呆れた様子で見つめながら、皿に残る肉をリーフはまた口に運ぶ。

 肉の旨みと上に掛かっていた甘辛い液体が口の中で再び踊る。

 

「こんなに美味しいモノ作れるのがダーカーなわけないものね……」

 彼女はそう零すと、また優しく笑う。

 慌しく食堂奥で動いているカナタに暖かい瞳を向けていた。

 

 

 

 

 そんな慌ただしい様子を、遠くから見つめる色の違う瞳の少年。

 白髪の少年がジッと見つめる。

 

「気にくわねェガキだ」

 

「なーに言ってんのセーンセ! すーぐ悪口言っちゃメッでしょー?」

 その隣の能天気な女性。

 同じく白髪だが身長は白髪の少年よりも高い。

 明るい笑顔の似合う女性。

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
「リースとレオンの見た目はこんな感じなようです! 見た目にかなり考えてるので変わるかも?

【挿絵表示】

【挿絵表示】

ファラン挿絵も追加されてますー」
8/29※追記)下の挿絵が間違えていました本当に申し訳ございません汗
act13 ファラン に挿絵追加ですー!

【挿絵表示】

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 
「リースとレオンはワイが育てたわけちゃうで」

曲  黒紫            @kuroyukari0412
「うちの家のリンスはライオン製」


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Act.15 少しづつ

 ぐったりとしているカナタの肩を一人の女性が叩いた。


 振り向いた先に、中年の、三角巾の女性。
 豪快に笑うその人はカナタの肩を再度叩く。

「いやぁアンタやるじゃないか! あんな料理見たことなかったよ!」

「そ、それは、ありがとうございます」
 思いの外に力強いそれにカナタは頬を引き攣らせる。
 そんなカナタに対して、おばちゃんは優しい笑顔を浮かべる。

「大変だったねぇ……」
 その言葉は、色々なものが込められていた。
 カナタが別の世界から来たということ、ダーカーかもしれないと言われていること。他にも、含められたであろう意味合いに、カナタはコクりと頷く。


「はい……」

 暖かい気持ちが広がる。
 少しだけ、母親を思い出し目頭が熱くなる。
 母は豪快な人では無かったけれど、同じような優しい瞳をしていた事を思い出す。

「ほら、今は同じ部屋なんだろう?これ持って行っておやり」
 そう言って手渡されたのは茶色いバスケット。
 中を覗いてみると、鮮やかな種類が並ぶパンと、飲み物が入っていた。

「これって……」

「ファランの朝飯兼昼飯だよ」

「当たり前さ、あんたは知らないだろうけど、あの子もそれなりに有名なんだよ?」
 そう言っておばちゃんはまた笑う。
 今度の笑顔は、何処か寂しそうに。

「深夜に調理場を散らかす常習犯だったんだけどね……今はアタシがこうしてご飯を部屋に持って行っているのさ」

 たった一人で部屋から出る様子を見せない少女を思い出し、容易に想像出来てしまう。
 夜中に抜け出してまで人と関わるのを逃げる少女。
 少しだけ、自身の世界に居そうな優しいおばちゃんに、あの少女のことを気にかけてくれている人がいる事に、嬉しく感じてしまう。

「折角相部屋になったんなら仲良くしてやっておくれよ 」

「………はい!」
 その言葉に、カナタの心に暖かいものが広がる。
 ここに来て、ファランを気遣ってくれる人がいる事に、凄く、嬉しく感じていた。
 受け取ったバスケットをギュッと抱きしめる。

「………アークスじゃないアンタならあの子と仲良く出来ると思うんだ」

「それって?」

「ああ、いや、良いんだあの子と仲良くさえしてくれれば」
 その言葉の意味は解らなかったけれど、暖かい瞳を向けるこの人が、いい人だという事だけは理解った。


「ファーラーンーちゃん!」

 自分の部屋に入るなり大きな声で彼女の名前を呼ぶ。

 案の定部屋の隅で思いっきり飛び上がっていた。

 

「…………!!!!」

 フードから覗く涙で輝く瞳は、抗議の目をカナタに向けていた。

 その視線は直ぐにカナタの手に持つバスケットに映り、見事にギョッとしていた。

 

「そ、れ」

 

「うん! おばちゃんから貰ってきた! 一緒に食べよ?」

 

 明らかに動揺しているファランは被っているフードを更に深くまで被る。

 

「い、い、い、いらない!!」

 珍しく上がる大きな声。

 それと合わせるようにファランの腹部から呻き声のような物が聞こえた。

 

「ッ!?」

 

 その場でファランは顔を真っ赤にしながらブンブンと手を振る。

 

 

「こ、こ、これ、違う、から! これ! あの!」       

 

 

 ファランの抗議も虚しく立て続けにファランの腹が鳴る。

 

「ーーーーーッッ!!」

 声にならない声を上げ、ファランはぎゅっとフードを握り締め、顔が見えないように深く深く被る。

 

「何この可愛い生物……」

 ファランを抱き締めたくなる衝動を必死に押さえ込んでいた。

 フード越しにもブルブルと振るえてるのが解る。

 そんな彼女を怖がらせないように、優しくカナタは声を掛ける。

 

「食べよっか?」

 

 数秒の沈黙のあと、ファランの頭がこくりと動いた。

 バスケットに入っていたパンは子供が好きそうな菓子パンが多く入っていた。

 それはカナタの世界で言う所のドーナッツや、パイのような物。

 パンという概念はこの世界に存在しているようだ。

 

 バスケットの端に2本のビン。

 ビンを取り出し、バスケットをファランの前に置く。

 バスケットを挟むようにファランとカナタは相対していた。

 恐る恐る、カナタとバスケットを交互に見ながら四つん這いでバスケットをずりずりと自身に近づけていた。

 バスケットが開いた瞬間に、ファランの警戒していた表情は柔らかくなっていた。

 いそいそと中からパンを一つ取り出す。

 思い出したかのように警戒の視線がカナタの方を向く。

 自身に惹きつけていたバスケットを、再び元の位置へと押し返していた。

 

 小動物のように怯えながらも、カナタの取れる位置に戻している所を見て、カナタの頬がにやける。

 

 やっぱりこの子は、いい子だ。

 

 両手でドーナッツを掴みリスのように小さく齧るファランは、食べている時でも小さく縮こまったままだ。

 

「な、な、に?」

 見すぎていたのか震える視線がカナタに向けられる。

 その視線に対し、カナタはニッコリと正面から笑いかけていた。

 

「ファランちゃんって、パンが好きなの?」

 

 カナタの回答に対して、ファランは迷うように目が泳ぐ。

 そして、小さくこくりと頷いた。

 

「そっかそっかー! 私も好きなんだよねー! そうだ今度作ったげよっか! ファランちゃんが好きなの作るよ?」

 元気良く話しかけるも、ファランの警戒する視線は変わらず、数秒の沈黙が続く。

 

「ア、アハハ……そういうのは好きじゃなかったかな!」

 沈黙に耐えられず、思わず乾いた笑みを零してしまう。

 

「ほ、他に好きな物とかは無いのかな? 女の子だったら花とかが好きだったりするかなー」

 

「………」

 何とか話しかけた言葉に対し、ファランは答える事も無く睨むようにカナタの方に視線を向けるだけ。

 名前を聞けたとき、一歩進んだと感じていた。

 けれど、今の様子に進んだような感じは見えない。

 仲良くなりたいと思う反面、どうしていいか解らない自分もいた。

 

 しかし、意外にも次に沈黙を破ったのはファランの方だった。

 

「あな、た……は」

 

「え!? 何何!?」

 

 思わず大袈裟に食いつくカナタにファランは小さく悲鳴を上げてしまう。

 

「あ、ごめんね? うん、私が、どうしたのかな?」

 自分を抑え、優しく言い直す。

 涙目で怯えている彼女は震えながらも、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「あ、なた、は………な、な、何で……私なんかと、話そうと、す、するの?」

 本当に、それが疑問だと言うように、理解できないと言うような言い方。

 その言い方こそが、カナタは理解が出来ない。

 世界が違うければ大きなズレもあるだろう。

 カナタは、そのズレに自分を合わせるような事はしない。頑固な彼女は、そのズレのままでいることを望む。

 何も言わない彼女に対し、ファランは言葉を続ける。

 今度は、瞳に小さな怒りを宿しながら。

 

「わ、わ、私が、哀れに、惨め、に、見える、から? そんなの、は……い、いらない……」

 それだけ言うと、ファランは再び視線を落とす。

 

 拒絶する。

 

 これでまた一人になれる。澱んだ偽善など、必要が無いと、感じるから。

 彼女は。何処迄も人が嫌いだった。

 

「ファランちゃん」

 名前を呼ばれ、思わず顔を上げる。

 上げた先に、カナタの顔が、すぐ目の前にあった。

 

「っあ、え……?」

 自体が飲み込めずに固まっているファランに、カナタはニッコリと笑いかける。

 

「ファランちゃんと喋りたいからってのじゃ、理由にならない?」

 逃げるように後ずさろうとするも、既に背中は壁につけたままで、ファランはその場で少し動いただけで終わる。

 

「理由が欲しいんならねー……可愛い子とお喋りがしたい! それじゃダメ?」

 

「……は? かわ、いい?」

 フードの奥底で、彼女の顔が瞬時に赤くなる。

 

「そう! 私可愛い子大好き! ね、だから、理由なんて、そんなものなんだよ。直ぐに信用してくれなくていい、少しづつ、私と友達になってくれないかな、ファランちゃん」

 紫色の瞳は、驚きの色を浮かべたまま、彼女を見つめる。

 その程度で、そんな理由で、こんな話すのもままならない面倒くさい人間と仲良くなりたいと思うのだろうか。

 

 単純明快で、まっすぐな彼女の瞳が眩しい。

 

「す、す、すこ、し、づつ?」

 

「うん……それでいいんだよ、急がなくて良いから」

 

 惚けていた瞳を慌てて彼女から外す。小さく高鳴る胸の鼓動を、ファランは両手でぎゅっ、と抑える。

 物理的に抑えられるわけもない鼓動に、彼女は思わず眼を瞑った。

 

 彼女がアークスではないから?

 可愛いと言ってくれたから?

 

 何よりもこんな自分に、こんな人間に、真っ直ぐに言葉を向けられたから。

 その強い想いをファランは感じ取ってしまう。

 

『嘘ではない心からの気持ち』が解ってしまう。

 

 目に涙を溜め、真っ赤な顔をフードで必死に隠す。

 

「だからね、いっぱい知りたいな。ファランちゃんの事! 勿論私の事も知って欲しい!」

 

 

「……ヤ、ヤダ」

 上ずった声でそう答える。

 

「アッハハー! だよねー!」

 笑って見せる。

 彼女が警戒と解くまで、笑ってくれるまで、カナタは諦めない。

 頑固な彼女はお人良し。

 

 

「ねえファランちゃんって誕生日いつかな?」

 

「……」

 

「私はねぇー来月だったんだー。あれこの世界の日付ってどうなってんだろう?」

 

「……」

 

「ファランちゃんはどういったパンが好きなの? 私は惣菜パンとかも好きだけどやっぱりチョコパンには叶わないよねー? あんっまいの!」

 

「……わた、しも」

 

「え?」

 

「チョ……チョコ……す、す、す、好き、だ、よ……」

 

「……うん、うんっ!」

 

 少しづつ。

 一歩づつ。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
「下の二人が後書きのコメントを後悔してない様子が割と辛い。フード取りファランちゃんを挿絵担当さんが書いてくれましたー!」

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 
「芳醇っていう食パン。割とマジで芳醇だった。要潤では無いよ^^^^^^^」


曲  黒紫            @kuroyukari0412

「パンはパンでも食べれないパンは? フライパーン^p^」


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Act.16 「閃光の戦士!! ギャラクティカ☆マンダム!!!」

『聞こえるかな?』

「ひゃぁぁぁぁ!?!?」
 突然の空からの声にカナタが思いっきり声を上げる。


「ヒィィィィィィ!?」
 その声に合わせるように目の前の少女も同じく悲鳴を上げる。

『おっと驚かせてしまったかな? スマナイな。言い忘れていたよ棚の上にあるバイクは君の物だ。耳に付けてくれたまえ』
 凛とした声は間違いなくユラの言葉だろう。
 館内放送のような物だろうか。流石に艦全体の放送では無いだろう。無いと思いたい。

……今何て?

「バイク!? アークスは耳にバイク付けるんですか?」
 わけわからない放送に全力で声を上げるカナタに対して不思議そうな声が再び部屋に響く。

『何? そうか……君の世界では付けないのかバイク……便利なんだがな……』

「え、ええ? 耳元で騒音鳴らす感じですか? それ便利なんですか?」

『騒音とは頂けないな、人の声を煩わしく感じる事もあるかもしれんが意思疎通とは大切な事だぞ?』
 ア、アークスというのは本当に良く解らない。

 目がぐるぐるしているカナタの裾を引っ張る感覚に視線は引っ張られた先に向けられる。

 少女、ファランが困った表情で口元を動かす。

「あ、あれ、み、見て……」
 そう言った指さされた先へと視線を向けると、カナタの目の光が消える。
 考える事を辞めたような瞳と共に歩は棚の方へと進む。

 未だに人との繋がりの大切さを淡々と語る館内放送を無視して棚の上にあった物を手に取った。

「ユラさん、マイクですか? マ・イ・ク」
 小さな、簡単に取り付けれそうな片耳マイク。
インカムと言った方が解りやすいかもしれない。

『……ふむ、そうとも言うな。カナダ』

「何処の国ですか!!」


 通路を早足で歩く。

 

 今すぐトレーニングルーム、なる所に行けとの事。

 ファランから聞くと、どうも彼女、ユラは言い間違えの多い人らしい。

 

 ま、まぁ考えないようにしておこう。

 

 トレーニングルームの場所は、以前の研究室の直ぐ隣。

 大きなシップの地図は既に頭に入っていた。

 別世界に飛ばされていても、頭の良さが変わる様子は無い。

 

 ファランの前でお姉さんぶっていたカナタの顔が少し不安な様子を見せる。 

 未だに通路を歩く時の視線は気になる。

 料理の件のお陰か、以前よりは少しマシなようだが。

 それでも不安である事には変わらない。

 

 思わず早足でその場を後にしようとする。

 

 多くの視線の中、一つの視線に違和感を感じた。

 その視線は、前から感じる。

 誰もがカナタに隠れて視線を向けてくるのに対して。

 その視線は真っ直ぐにカナタを見据えていた。

 思わず前を向いた先に、その視線と交差する。

 

 壁際にもたれるその人物。

 赤い髪。

 まず印象に残ったのはその長いボサボサの髪だった。

 片方だけ隠れた赤い瞳は真っ直ぐにカナタを見つめ、割れるような笑みと共にその目は薄く笑みを作っていた。

 黒いネグリジェのような服装に裸足。

その下着のような姿に思わずギョッとしてしまう。

そして、彼女はそんな事を一切気にしている様子無く、ニタニタと笑を広げていた。

それが、余計に不気味さを感じてしまう。

 

 カナタの体全体を、舐めるように見るその視線にカナタは慌てて視線を外す。

 更に早足でその人物の前を通ろうとした。

 

「ねぇ」

 

 カナタが丁度目の前を通る瞬間に掛けられた言葉は、間違いなくカナタに向けられていた。

 

「……」

 カナタは顔をブンブンと振ると思い直す。

 もしかしたらカナタより先の人に話しかけたのかもしれない。

 で、あるのであれば、反応してしまっては危く恥ずかしい思いをする所であった。 

 うんうんと頷きながら早足のままカナタはそのまま立ち去る。

 

「ねぇってば」

 後ろから声が追いかけている気がする。

 気のせいだろう。

 

「聞こえてるんでしょ? 貴方だよ? 貴方だよ?」

 軽やかな声はついてくる。

 小馬鹿にするような含み笑いを込めながら声は続けられる。

 

「謎の女の子。ねぇ興味があるの、ねぇそこの髪の毛を横に小さく結んでいる黒髪の貴方だよ? もう一つ言えば中々大きいよね? ねえどれくらいのサイズなの? ねえねえいっぱい触って」

 

「何ですか!」

 

 強い口調と共に思わず振り向いてしまっていた。

 羞恥と怒りでカナタの顔は薄っすらと赤くなっていた。

 

 振り向いた先に、赤い髪の女性は直ぐ目の前に居た。

 思わず声が詰まる。

 瞳を覗き込む、と言うには数センチ目の前の距離は見る物も見えないだろう。

 しかし赤い髪の女性はその不気味な笑みを崩さない。

 固まったままのカナタを無視して女性は鼻をすんすんと動かす。

 

「あー! すごーい! いい匂いだー」

 

 目の前の突然の大声に小さな悲鳴を挙げてカナタは一歩二歩と後ろへ下がる。

 表情は既に怒りから驚愕へと変わっていた。

 

「な、何なんですか!?」

 

「『な、何なんですか!?』」

 女性はカナタの声色を真似しながら同じように仰け反って見せる。

 その後馬鹿にしたようにゲラゲラと笑い声を上げる。

 不気味な様子は、十分にカナタの心を遠ざけていた。

 

「何をしているのかも、解らない? あれあれあれ? フヒヒ、あれあれあれあれぇ? おかしいなァおーかーしーいーなー?」

 そう言いながら女性は再び徐々に近づいてくる。

 その動作は、ゾワゾワと背筋を冷たい物を走らせていた。

 

「や、止めて下さい!!」

 堪らず女性を両手で弱弱しく押し返してしまう。

 

「おおっと? おおとぉ? 女の子の弱弱しい力だ。これは参った参ったァ~」

 

 そう言いながら下卑た笑いを零す女性に、カナタは再び数歩後ずさる。

 

「あれあれ? 怖かったね? 最初は『ゆっくり少しづつ』ゥ……だもんねェ?」

 

「っ!?」

 誰かを真似た言い方。

 それは、少し前にカナタがファランに向けて発した言葉。

 怒りから驚愕へ、そして恐怖へと変わっていた表情は警戒へと切り替わる。

 

「……貴方、何なんですか」

 

 低く、冷たいカナタの言い回しに女性は怯む様子を見せない。

 楽しそうにその場で空を仰いで見せる。

 

「あーあー! 君は、知っている、筈だ? 私の事を、知っている筈だ? 知らないのかな? もっと知って欲しいなぁ私の事もっと見て欲しいなー」

 

「貴方なんて知りません!!」

 ピシャリと言ってのけた言葉に女性は宙を仰ぐ仕草を止める。

 その片目だけの目を大きく見開き、首を傾げて見せる。

 

「あれー嫌われた……? おかしいなぁおかしいなぁ……」

 うんうんと頷く仕草を見せながら女性はカナタに背中を向ける。

 そのまま女性は体を仰け反らせ、髪の毛が後ろにガバッと逆さづりになる。

 逆さの瞳はカナタを見据える形へなっていた。

 

「ねー名前はー?」

 

 気味の悪い仕草に、表情を引きつらせながら思わず答えてしまう。

 

「カ、カナタ」

 

 その名前を言った瞬間、女性が眼を見開いた。

 ガバッと姿勢を挙げ、つかつかとカナタに迫る。

 

「い、いいい!?」

 再び数センチ程の距離からマジマジとカナタの顔を見つめていた。

 ギョロギョロと動く片方の瞳。

 先程の楽しそうなトーンとは違った、妙に低い声が女性から発せられていた。

 

「……………名前はぁ。屑木(くずき) 星空(かなた)でしょ?………二度と間違えるなァ」

 

 何処で知ったのか解らない。

 ロランにしか言った事の無い名前。

 それを、知っていて当たり前のように女性は言う。

 

「……っひ」

 小さな悲鳴を零し、それ以上カナタは動けなくなってしまう。

 色々なアークスを見た、色々な変わった人達が居た。

 しかし、この女性は違う。

 変わっているだとか、そういう物では無く、『オカシイ』

 そう感じてしまっていた。

 震えながらも、喉から言葉を搾り出す。

 

「あ、貴方は、誰なんですか……!」

 強がった声は震える。

 何が面白いのか女性の笑みは再び割れる。

 その瞳がカナタを見据えながら数歩後ろへと飛ぶ。

 

「私の!! 名前は!!」

 大げさに両手を交差させる女性は赤い髪が舞う。

 

「閃光の戦士!! ギャラクティカ☆マンダム!!!」

 

 数秒の沈黙。

 カナタの脳が停止していた。

 決まった……というような顔のまま赤髪の女性は目を輝かせながらこちらの様子を伺っている。

 周りの通路を歩くアークス達は何も見えていないかのようにカナタと女性を無視して何人も素通りしていく。それは実にシュールに感じ、カナタは馬鹿らしいというように肩を落とした。

 

「もう私行っていいですか? 呼ばれてるんですよ……」

 どっと何か疲れを感じながら女性に背を向ける。

 背筋に感じた寒気も、不気味に感じていた恐怖も最早吹っ飛んで馬鹿らしくなっていた。

 

「ばいばーい! クズキカナター! またねー!」

 後ろからの元気の良い声とぶんぶんという風の切る音は手でも振っているのだろう。

 色々なアークスが居る中、絶対に関わらないようにしよう。と彼女は心に決めた。

 

 

 

 カナタの後ろ姿を見送った赤髪の女性は振っていた手を下ろす。

 その後ろ姿を舐めるように見つめ、また頬が割れる。

 

「なんて、なんて、なんて、可哀想? 死臭? 撒き散らす絶望? フフフフフ、クズキカナタ、クズキカナタ、とっても、とっても…………綺麗な子」

 

 呟く台詞は誰に聞こえているわけでも無く、唯紡がれる。

 赤髪の女性は、見えなくなっても、カナタが消えていった廊下の先を見つめていた。




三人体制でやってます。

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「ぶっ壊れユカリちゃん。ぶっ壊れキャラ……良いよね!」


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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 
「ユカリもいいけどポカリもいいよね」


曲  黒紫            @kuroyukari0412
「あぁ~^~ユカリ可愛い~^p^」


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Act.17 ホルンとシルカ

 鉄で出来た分厚いドアが自動で開く。

 その先にあった世界は、大きな円状に広がる空間になっていた。
 高い天井にカナタは思わず辺りを見渡してしまう。
 視線はぐるりと周り、幾人かの知った顔が居る事に気づく。

 壁際でもたれかかり、こちら側に笑顔で手を振るレオンの姿。
 その隣にいるリースも控えめに手を振って見せる。

 その二人から少し離れた場所に、高い身長の女性、ユラも居る。二人と違い視線を向ける事は無くキセルのような物を空へと吹かしている。

 三人に向けて軽く会釈をした後、二人、知らない人物に気づく。
 ドーム状の中央で腕組みをしている少年。
 コートにマフラーを着けた黒一色の厚着。その黒とは真逆な、白髪の少年。

 その後ろに立つ元気な笑みを浮かべる女性。
 少年と似た白髪。
 少年のような純白では無く若干に灰色みが掛かった色。
 短い髪を後ろでちょこんと飛び出るように結んでいる。

 ピンク色のパーカーに白い短パン。
 
 頭の上にニッコリ、という言葉が出そうな程の満面の笑み。

 その見た目だけで元気いっぱいである事を表現しているような見た目。
 カナタの世界で言えば体育が得意そう。だとか適当にカナタは解釈しておく事にした。

 そんな女性とは真逆の仏頂面の少年がカナタを睨んでいた。




「おっせーぞボケ‼︎ いつまで待たせる気だコラ!!」

 

 その小さな体からは想像も出来ない怒声にカナタは一瞬怯むも、すぐにその表情は笑顔へと変わる。

 

 何の警戒も見せずにカナタは少年まで近づくと、その白い髪に手を置いていた。

 カナタの行動に、怒りの表情を浮かべていた少年の目は点になる。

 

「遅れちゃってごめんねー? でも目上の方にそういう口の利き方をしたら駄目だよー?」

 元来子供好きのカナタはいつも通りの様子で少年の頭を撫でていた。

 

 その仕草に三人程の吹き出す音。

 

「ぶはっ‼︎ ギャッハッハッハッハ‼︎ カナタちゃん最高‼︎」

 腹を抱えて笑い転げているレオン。

 その横のリースは口元に両手を当てて必死で笑いを堪えている様子

 

 少し離れたユラは「確かに」と頷いている。

 

 そして一番大声で笑っている少年の後ろの女性。

 

「にゃっはっはっはっは!! セーンセその通りだよねー! 言ってる事なーんにも間違ってなーい!」

 

 何故こんなに笑われているのか、カナタが解るわけも無く少年の頭を優しく撫でながら首を傾げる。

 

「ま、まぁ、知らないから、し、仕方、無いよねっ!」

 最早目じりに涙まで浮かべている後ろの女性の言葉をカナタが理解出来るわけも無く向けていた視線をカナタは下へと、少年へ落とす。

 

 白髪の少年の固まっていた表情が、次に怒りの表情へと変わる。

 手の上に乗るカナタの手を強く弾くと少年は一歩後ろへ離れる。

 

「てんめクソガキ‼︎ 俺を誰だと思ってんだ‼︎」

 

「あ! 恥ずかしくても手弾いたりするのは、いけない事だよ!!」

 

 再び少年の目が点へと変わる。

 そんな二人の様子にバカ笑いを続けるレオンと後ろの女性。

 

 キセルを吹かしていたユラが白い息と共に溜息を零す。

 

「その方の名前はホルンと言う。多くのアークスを育て上げ、このシップにも沢山の教え子がいる……言うなれば我々の教官に当たる方だ 」

 

 ユラの言葉に今度はカナタの目が点へと変わる。

 

「こ、こんな小さな子が!?」

 笑っていた後ろの女性も、何故か自慢げに胸を張りながら口を開く。

 

「こんな姿してるけど、この人シップ内じゃ最年長なんだよカナタちゃん! 私はせんせーの助手をやってるシルカって言うんだ! よろしくね!」

 

「おい今こんな姿つったかコラ、聞きづてならねーぞボケシルカボケコラ!!」

 元気一杯なシルカに慌ててカナタもお辞儀をする。

 こちらまで元気になりそうな満面の笑み。

 まーまーまーまー、とホルンを窘めながらシルカはカナタに軽く手を振っている。

 

 ……器用な人だ。

 

 そして鋭い色の違う視線は再びカナタの方へと矛先が向く。

 

「そういう事だ馬鹿女!! 次舐めた事したらぶっ殺すぞ!!」

 

「で、でも、こんな可愛いのに」

 

「だから頭撫でようとするんじゃねー!!」

 その様子にシルカはまた笑い声を上げ、遠巻きのレオンはニヤニヤと動く頬を抑えられない様子。。

 

「ギャッハハ! 鬼教官もこれじゃ形無しだな! おい写真撮ろうぜ!!」

 

「や、止めなさいよレオン怒られるわよっ!」

 

「そう言いながらお前も顔真っ赤じゃねーかリース」

 

 ホルンの視線は二人の会話の方へとギロリと動く。主にレオンの方へ。

 その視線から慌てて目を逸らすとレオンは口笛へとシフト。

 

「レオン……それで誤魔化せてる人見たこと無いわよ私」

 隣のリースが呆れた様に顔を伏せていた。

 舌打ちをした後、ホルンの視線は直ぐにカナタへと戻る。

 

「述べろ。テメーが遅れた理由を簡潔に、且つ手短にだ」

 目の前の白い少年の雰囲気に気圧され、カナタは手を引っ込める。

 

「ええと……赤髪の女性に絡まれまして……」

 その言葉に、ホルンの表情は突然脱力した物へと変わる、大きなため息と共に視線はリースの方へ向かっていた。

 釣られてそちらに視線を向けると、ユラ、レオンも同じようにリースの方を見ていた。

 ユラの方は唯視線を向けた、という具合だがレオンの方の表情は何処か焦っている様な、というより気の毒に……という哀れみの視線が込められているような様子。

 その視線を向けられたリース自身の顔は真っ青に染まっていた。

 

「嘘でしょ!? 部屋に何重も鍵を掛けて、その上にプロテクトまで掛けてるのよ!?」

 

「あの女……また逃げ出してんのか……」

 呆れた声を零すレオンとは別に、リースは体を強張らせながらヨロヨロと一人出口へと歩を進める。

 

「ご、ごめんね……私ちょっと行って来るから……」

 

「ウム、私も居る。案ずるな」

 ユラの言葉にリースは、振り返らずに頷く。

 その背中の凄惨な様子は思わずカナタ自身声を掛けようとするが、分厚い自動ドアが丁度閉まる所であった。

 

「えっと……大丈夫……なんですか?」

 不安そうに消えていったドアを見つめるカナタに、後ろの女性、シルカが答えてくれる。

 

「リースさんはねぇ~ちょっとした部隊の纏め役をしてるんだよ? と言ってもリースさん含めて四人な上に、残りの三人は揃ってお子様だからね~? 察してあげて?」

 子供の面倒を見ていたカナタからすれば子供の相手がどれだけ大変か良く解っているつもりだ。

 しかしそれでも可愛いのが子供なのだが。

 そこまで考え、先程の見た目20台以上の赤髪の女性を思い出し、ああ……子供にも色々あるか、と考え直す。

 言葉の通り、消えていってしまったリースの心中をお察しする事にする。

 今度疲れの取れるハーブティーでも入れてあげよう……この世界の葉っぱが有害で無ければ。

 

「テメーは人の心配する暇あったら、自分の心配したらどうだ糞ガキ」

 そこで始めてホルンの表情に笑みが出来る。

 不安になるような、不適で、鋭い笑み。

 

「……な、何を、するんですか」

 

 カナタの表情が曇ったのが嬉しいのか、ホルンは馬鹿にしたように笑い声を上げる。

 

「ハッ! その表情だ、この俺を見る時はその目で見ろ、恐怖という感情を常に抱け糞ガキ」

 その言葉と共に、空から鋭い何かが幾つも地に突き刺さって行く。

 思わず尻餅を付いてしまう。

 目の前に広がるのは巨大な大剣、日本刀のような物、短い短刀、よく見れば突き刺さらずに転がっている物も存在していた。

 手に嵌める鉄製のメリケンサックのような物。

 杖のような物。

 物騒な重火器まで。

 果てはカナタが解るわけの無い形の物まで。

 しかし理解は出来なくとも、それ等が全て武器という物なのだと言う事は理解出来て居た。

 

 二つの瞳がカナタを見下ろす。

 

「武器を取れ、糞ガキ」




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「ホルンとシルカちゃんです。ホルンの画像は以前に載せさせて貰ったものと同じです。以前に画像を間違えて載せていました申し訳ないです(;'∀')」

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Act.18「私は、戦いなんて、したくない、です」

「ホルン、説明を省くな」

 

 ユラの言葉にホルンは大きく舌打ちをしてみせる。

 固まったままのカナタは思わずユラの方へと視線を向けてしまう。

 

「気にするなそいつは多少、バリぞっこん、が多いだけなのだ」

 

 ……福岡の人なのだろうか? 

 首を傾げているカナタを他所に、レオンが慌ててユラに耳打ちをしていた。

 

「ユラ……罵詈雑言、罵詈雑言」

 

「うむ、それだ」

 

 ああ、はい。

 深く考えないようにしておこう。

 

「聞け糞ガキ、大変遺憾でしちめんどくせーが、俺はドシロートとしか思えねーテメーを指導して邪魔にならねーようにしなきゃ行けねーんだ。だから今からテメーのタイプを調べる」

 

「え、ちょ、え?」

 未だに理解が追い付いていないカナタを無視してホルンは続ける。

 

「フォトン特性や武器のタイプを調べる為に適当な武器を取ってみろ」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい話の整理が……」

 ホルンの言葉の意味も解らずに首を傾げたまま、カナタに苛立ちの表情を向けて見せる。

 

「めんどくせぇ」

 ホルンはそう零し、視線が後ろの頭上を見る仕草へ変わる。

 後ろのシルカに視線で何かを伝えているのだろうけれど、カナタにはその動作が思わず可愛く見えてしまう。

 ……表情には出さないように過ぎった思いを胸へ仕舞う事にする。

 そんなカナタの様子等知る筈の無いシルカは、ホルンと違いゆっくりと説明をする。

 

「元々アークスっていうのは使う武器が決まっていてね? それは個人が決める事は出来ない才能のような物なのだけれど、まずカナタちゃんに合う武器を探して能力特性、引いては戦い方を今から決めるんだよ?」

 

 言葉の意味が解っていないわけでは無い。

 そこでは無い。

 カナタの感じている違和感はそこでは無い。

 

「戦い方……ですか?」

 

 戦う事を前提にする会話に、違和感しか感じられない。

 

 不安を込めるように零すカナタの言葉にホルンは鼻を鳴らして答える。

 

「当たり前だ。フォトンが使えるってのはそれだけで才能だ、使えない奴が居る中で、戦う事は義務だ」

 ホルンの言葉に、カナタは視線を横へと外す。

 それは、周りに転がる武器が見えないようにするように。

 

「私は、戦いなんて、したくない、です」

 カナタの居た世界で、武器とは誰かを傷つけるものだった。

 唯の女子高生だった彼女が、突然武器を握るというのが想像が出来ない。

 武器を持てと言われて、はいそうですか、と言える程、野蛮な人間でも無い。

 

 直ぐに上からまた荒い声が聞こえると思っていた。

 しかし、声が飛ばされる事も無く、暫しの沈黙が続いていた。

 

「女」

 その言葉に視線を向けてしまう。白い髪と似た灰色の瞳。

 瞳に怒りが宿っているわけでは無い。

 淀んでるわけでは無い、どちらかと言えば、酷く澄んだ瞳。

 

 その瞳のまま、ホルンは口を開く。

 

「なぁ、何故ロランは死んだ」

 その一言が、カナタの心を大きく揺さぶる。

 瞳はぶれる様子も無く、言葉を続ける。

 

「お前を守る為に死んだと聞いている。戦えないテメーのせいで、だ」

 その言葉に怒りが宿っているわけでは無い。

 しかし、それでもカナタを動揺させるには十分。

 

「そ、それ、は……」

 震える言葉を零すカナタに、ホルンは追い討ちを掛ける。

 

「テメーの世界がどんな物だったかしらねーよ、でもな、この世界はそういう世界だ。武器を取れ、これは殺す為の武器だ、身を守る為の武器だ、足手まといを無くす為の武器だ」

 

 小さな体から続けられる言葉にカナタの脳は揺れる。

 脳裏に浮かぶのはロランの笑顔。そして、ロランの首だけの姿。

 ぐわん、とよろめくカナタを、ホルンの瞳が見つめる。

 何処までも澄んだ瞳は吸い込まれそうで、カナタは必死に頭を振る。

 

「そ、それでも」

 振り絞る声は震える。

 

「それでも……私は、武器なんて、握れません……」

 その言葉に、ホルンは苛立つ様子も無く唯小さく、「そうか」と呟く。

 

「なら用はネェよ、ファランの元に戻ってやれ」

 何処までを知っているのか解らないが、最後の部分、ファランと言った言葉だけ、何処か声色が違うのにカナタは気づかない。

 

 小さくお辞儀をして見せ、肩を落としながらホルンに背を向けた。

 

「おい、女」

 カナタの背中に声が振る。

 力弱く振り向くカナタに、ホルンは続けようとした言葉を一度止める。

 表情に、初めて戸惑いのような表情が表れていた。

 

「ロランの最後は……どうだった」

 

 その言葉に、カナタは視線を一瞬外すも、直ぐにホルンを見据えると言葉を発した。

 

「笑っていました……素敵な笑顔で亡くなられ……ました」

 ホルンは一瞬目を見開くも、直ぐに視線が下を向く。

 

「そうか、笑って逝けたかよ……」

 先程まで荒い言葉を使ってた居たとは思えない、優しい表情を向けていた。

 カナタの瞳に移るホルンのその姿は、酷く、寂しい笑みに見えていた。

 見ては行けないような物を見てしまったような気がして、カナタは直ぐにその部屋を後にしていた。

 

 まだ脳裏には、ロランの事が過ぎっていた。

 

 

 

----------------------

 

 

 

「良かったのかよ師匠」

 座り込んでいるレオンへ、ホルンの視線が向く。

 

「良いわけネーだろボケ、だが戦う意思のネー奴に武器を持たした所で危険なだけだ」

 ユラはもたれながら小さくため息を零す。

 

「危険だとかそういう問題ではない、彼女は未だ正体不明なのだ……何の為に我々が集まったと思っている」

 

 ユラは、彼女の正体に対してまだ懸念を残していた。

 戦闘の訓練というのはウソでは無い、しかしそれだけでは無い。

 フォトン反応を示す物。

 無いし戦闘に持ち込む事で彼女の正体を図るつもりであった。

 艦長である彼女と、実力者であるレオンとホルン、そして実際であればリースの4人。

 敵だと判断した瞬間に全員で捕らえる。安全なのであれば、そのまま戦いの訓練をすればいいだけだと考えていた。

 

 ホルンは罰が悪そうにユラから視線を外す。

 

「……俺は教官だ、武器も持てない奴に用なんてねぇよ」

 

「だからその目的は二の次だと」

 二人の重苦しい会話にレオンは座り込みながら言葉を被らせる。

 

「良い子だと思うけどなー、あんな可愛い子がダーカーなわけねーじゃん」

 

「レオン、見た目で判断するな、言葉を話すダーカーであれば尋問も可能だ」

 

「うおお尋問とかこええ」

 

 二人の会話を他所に、ホルンは落ちている武器を拾い、ジッと見つめる。

 ホルンの脳裏には申し訳なさそうな彼女の、カナタの横顔が浮かべられていた。

 

「……フン」

 

 隣で同じように武器を拾うシルカは優しく笑う。

 

「私あの子好きだなー」

 

「は? 何言ってンだお前」

 罰が悪そうなホルンの顔を見て、シルカはにこーっと飛び切りの笑顔を浮かべる。

 

「だって私の大好きなセンセーと同じ匂いがするんだもんカナタちゃんってー」

 強い好意を寄せる表情に対して、ホルンは舌打ちをして視線を外す。

 

「唯の甘ちゃんだろうが……似てるわけねーだろ」

 

「うふふふ、先生は好かれるの嫌うもんねー?」

 睨むホルンに対してシルカは笑顔を向ける。

 その笑顔に対してホルンはため息を零して視線をドアの方へと向ける。

 

「まーた直ぐ視線逸らすー」

 シルカの言葉を無視してホルンは既に彼女が消えていったドアを見つめる。

 あの弱弱しい表情を、武器を握りたくないと言った彼女と何処が似ているのだろうかと、脳の片隅で考え、ポツリと言葉を紡ぐ。

 

「……似てねーよ」

 

 

 ホルンは拾った武器を見つめる。

 危なげに光る刀身を見つめる。

 そこに映る何処か疲れた顔。

 

 昔の事を思い出す。

 カナタに言った言葉、ロランにも同じ事を言った。

 

 

『武器を取れロラン、これは殺す為の武器だ、身を守る為の武器だ、足手まといを無くす為の武器だ』

 

 そして、と昔の自分は付け加えて、こう続けた。

 

「誰かを……守る為の武器だ……」

 

 ポツリと零した声は、誰かに向かって言った言葉では無い。

 

『まじかー! だったら俺! 守る為の武器になりてーな!!』

 

『なりたいって……お前俺の言葉の意味解ってんのか?』

 

『師匠ー! 幾ら俺でも解るってー! アレだろ? 何か正義の味方的な!!』

 

『……もうそれで良い』

 

『あ! 師匠今何かを諦めたな! 何かを諦めた気がするぞ!?』

 

 学生の頃から、ロランの瞳の輝きは変わらなかった。

 きっと、あの瞳のまま、そして、自身が言った通りに逝ったのだろう。

 刀身に移る自身の瞳に強い感情が表れた事に気づき、ホルンは目を瞑る。

 

「せーんせ……」

 掛けられた声にホルンは目を開ける。

 その瞳に既に感情は見えない。

 

 振り返らずにホルンはゆっくりと口を開く。

 その言葉は誰かに言うでも無く続ける。

 

「俺はジョーカーだ。化け物と甘ちゃんが似てるわけ……あるかよ」

 

 そう言った後にホルンは薄く笑う。

 自身の言葉に思わず、という具合に笑う。

 

 何がジョーカーだ。

 何が『最善(ガーデン)』だ。

 何が『犠牲義損(ターミガン)』だ。

 

 馬鹿にしたように笑う。

 それは、自身に対して。




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Act.19 ただの女子高生でしか無いから

 トボトボと廊下を歩く。

 自身の部屋へと向かう足取りは重い。

 

 今度は、向かって居た時よりも、他人の視線は気にならなかった。

 見られている感覚はあっても、そちらに気が向かない。

 頭に浮かぶのは、ホルンがカナタに向けた言葉だ。

 

 私のせい。

 私の……せい。

 

「そーう? 貴方のォ~~せいっ!」

 頭に浮かぶ言葉に返事が返ってきていた。

 空ろに顔を挙げた先、赤髪の女性がいつのまにか立っていた。

 不気味に浮かべる笑みは、まるで自身を嘲笑っている様にさえ感じた。

 

「なんですか……」

 

 光の無い瞳を浮かべる彼女とは別に、赤髪の女性の瞳は、キラキラと、爛々と輝いていた。

 

「苦悩? 焦り? 悲しみ? あれあれ? 後悔? ウフフフフフフ!! グルグルグルグルグルグルグルグルグル!! 気持ちがいっぱい!! 気持ちがいっぱい!! ねえ今度はどんな気持ち? どんな気持ちィ?」

 その嘲笑うような言葉の羅列に、カナタの瞳には薄っすらと怒りが宿る。

 

「なんなの、ですか貴方……!」

 睨む瞳に対し、赤髪の女性は怯む様子を見せない。

 

「さっきも言った!! さっきも言ったよね!?」

 そう言いながら再び右手を交差する。

 

「私の名前はァ!!」

 少し前に見たようなポーズ。

 

 そんな彼女に対し、カナタはずいっと前に出ていた。

 無意識に、怒りに身を任せて、思わず、叫んでいた。

 

「ふざけないで下さいッ!!!」

 

 彼女の怒りの声は廊下に響き渡り、目の前で笑顔だった赤髪の女性は表情を固まらせ、目をパチパチとしていた。

 その声に歩いていた何人かのアークス達の視線も集まる。

 そんな瞳を、彼女が気にする余裕は無い。

 

「私の、名前」

 

 思わず同じように呟く女性に対し、カナタは睨む事を止めない。

 

「私は名乗りました!! 名前を聞いておいて名前を出さないなんて!! 失礼です!!」

 

 目の前の大きな瞳。

 赤髪の女性はそのまま目をパチパチともう一度動かし、固まっていた。

 数秒の瞳の交差。

 先に視線を外したのは、赤髪の女性の方だった。

 小さく眉を寄せ、子供のように頬を膨らませる。

 

「ユカリ……私、ユカリ」

 

 テンションの高かった声のトーンは大きく下がっていた。

 いじけた子供のようなその仕草に、カナタはハッと我に返っていた。

 今の自分の行動に、自分で驚いてしまう。

 意地っ張りである事は認めていた。

 それでも、今の行動は。

 唯の八つ当たりだ……。

 視線を伏せ、ユカリと名乗った女性に慌てて頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい……ゆ、ゆかり、さん?」

 

 視線を上げた先に、ユカリは頬を膨らませたままカナタの方へと視線を向けない。

 

「あ、あの」

 再び言葉を続けようとした瞬間、その言葉は別の声に被せられていた。

 

「ゆーーーーかぁーーーーりーーーー……」

 通路に響く重苦しいような声。

 声の先は、ユカリの奥。

 軽く気づく程度の動作を見せたカナタに対して、目の前のユカリは大きく肩を揺らしていた。

 いじけていた表情は、今度は驚愕の表情へ、そしてダラダラと流れる冷や汗と共に青くなっていく。

 

「キャー、キャー、怖いよ怖いよぅ?」

 それでも薄ら笑いを浮かべるユカリの肩をがっしりと掴んでいる人物が居た。

 怒りが込められた瞳に、引きつった笑みのリース。

 

「お部屋にィ! 帰りましょうねぇ!?」

 肩を掴まれたユカリの身体が淡く光ったかと思うと、足先から青い粒子へと姿を変えていく。

「ッヒ!?」

 それを目の当たりにしたカナタは固まる。

 特に痛いという素振りも見せずにユカリは「あーあー……」とため息を零しながら徐々に消え去っていく自分の足を見つめていた。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 カナタの驚愕の声に対して、ユカリは、その大人びた顔で、妖艶に笑う。

 意味深に込められたその瞳に、思わずカナタは息を呑む。

 

「ねーぇっ? クズキ、カナタ? 困惑は、後悔は、結果論に過ぎない。それは無駄に終わる。意味合いなんて示さない。ならば必要は何かな? 何かなー?」

 既に腰まで青い粒子に変わっているにも関わらず、彼女はその笑みを浮かべたまま。

 何も言わないカナタに、ユカリは妖艶の笑みを止め、考えるように人差し指を顎に当てる。

 その後、直ぐに彼女の人差し指は移動する。

 両手の人差し指で自身の頬に触れると、くいっと上に上げた。

 それはまるで、無理やり笑みを作っているようにも、カナタには見えていた。

 

「笑う事だよぉ?」

 肩から下は既に消え去り、まるで浮いているようなユカリはカナタを見下げながらケラケラと笑っていた。

その不気味な笑みは消えさった後でも廊下に響き渡っていた。

 そこに残っているのは、呆然としているカナタと大きなため息を零しているリースだけだった。

 

「あら? カナタ?」

 呆然としているカナタに、リースは気づく。

少し、彼女の様子が妙な事に気づくリースは不安そうにカナタを覗き込んでいた。

 

「だ、大丈夫? もしかしてユカリに何か言われた? あの子の言葉は一々真に受けない方が……」

 

 パクパクと口を動かすカナタは何とかゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「あ、いえ、あの、人が、今、消え」

 

 そこでリースは「ああ」と気の抜けた声を零す。

 

「そっか、カナタは知らないものね、今のは消えたのじゃなくて転送しただけなの」

 

「て、転送?」

 カナタの知る転送、というのはメール等の電子的な者であって、物体……ましてや先程まで喋っていた人間を飛ばすなんていう事に理解が追いつかないでいた。

 

「……普通は大きな機械を使って転送をするのだけど、私のフォトンの力は少し変わってるから」

 カナタの世界では大きな機械を使っても不可能だった気がするが、 それよりもそのフォトンという物の多様性に驚いてしまう。

 

「戦う……ばかりの能力じゃ無いんですねフォトンって……」

 そう零し、カナタは思わず視線を落とす。

 その暗い表情に、リースの表情は再び心配するような表情へと変わる。

 

「何か、あったの?」

 

 一瞬、その優しい声に、全てを吐き出しそうになっていた。

 不安そうなリースに、無理に笑顔を作って見せる。

 

「いえ、大丈夫です……」

 リースが苦労している事は聞いた。

 これ以上、迷惑を掛ける事は出来ないと考えてしまっていた。

 

「そ、そう?」

 ふらふらとリースの横を通り抜けていく。

 その背中を心配そうに見つめるリースは、見えなくなるまでその背中を見送る。

 

 

-----------

 

 

 

 

 大きな溜息と共にドアを潜る。

 その瞬間にベッドの片方の膨らみが大きく揺れたのが視界に入った。

 恐る恐る、と行った具合にシーツからファランが顔を覗かせる。

 何処か間抜けにも見えてしまうその仕草は酷く愛おしく、カナタは優しく微笑む。

 

「ただいま……ファランちゃん……」

 いつもなら、恥ずかしそうに顔を隠すファランは、その時だけ何故か隠す事もせずにカナタの顔を凝視していた。

それは、思わず固まってしまった。という風に受け取れた。

 少し不思議に思うも、カナタは直ぐに洗面台の方へと歩を進める。

 心のモヤモヤを取ろうと、理由も無く顔をゆすいだ。

 顔を挙げた先の鏡。そこに映っている自分の顔を見て硬直した。

 その後、思わず笑ってしまう。

 

「酷い顔……」

 

 暗い、まるで死人のような顔。

 ファランに向けたのは笑顔のつもりだった。

 ちゃんと、笑えていなかったのかもしれない。

 視線を下に落とす。

 

「戦う、戦う……? 私が? ルーファさんのように? た、ただの人でしかない私が……?」

 ゾッとする。

 あの虫のような化け物と戦う。

 そして、ロランのように、死ぬ。

 始めてみた死体が、自分のせいで死んだ彼が、何度も何度も頭を過ぎる。

 

「う……うぇぇ……」

 胃からこみ上げる物を洗面台に吐き出す。

 

「げほ……げっほ……」

 思い出してしまった。

 今迄視線を逸らしていた物を思い出してしまった。

 元来の記憶力の良さが鮮明にあの時の瞬間を無意識に何度もループさせてしまう。

 何度も何度も、彼が死ぬ光景。

 彼女は決して心が弱いわけでは無い。それでも、唯の女子高生でしか無い。

 

 強くいなくては、この世界で耐えなければ。

 

 締め付ける胸を抑えながら、何度も何度も心の中で復唱する。

 ぐるぐると周る頭が整理をされる事は無い。

 唯ひたすらに、洗面台の前でカナタは心を揺さぶられていた。

 

 どれぐらいたったのだろうか。

 既に出せる物も無く、カナタの顔は最初よりも更に青くなっていた。

 

 寝よう……、もう何も、考えたくない。

 

 ふらふらと洗面台へ背を向けた。

 

「……」

 洗面所から出る先の部屋、薄っすらと開いているドアから覗く光が消えていた。

 部屋の先が暗くなっている事に気づく。

 それだけならばファランが消したのかもしれない、と簡単に考えられる。

 しかし暗いだけでは無い。暗がりの中に、淡く青い光が見え隠れしていた。

 不思議に思うも、その光の先へとドアを開いた。

 

 まず目に写ったのは、部屋の中で美しく舞う青い粒子。

 その粒子は、部屋いっぱいに広がっていた。

 青い光は、カナタには見覚えがあった。

 フォトンだと言われていた光。

 床に広がるのは様々な青い光を放つ花。

 青く煌く花畑。

 空に舞う粒子は集まると幾つもの、蝶へと形を変える。

 

 世界はあまりにも幻想的で、あまりにも美しく、カナタはそのまま呆けた様に固まっていた。

 

 その美しい光達の中央。

 

 赤いマフラーが揺らぐ。

 フードは取れ、靡くピンク色の髪が舞っていた。

 目を瞑り、中央に座る少女が目の前に重ねる手から青い粒子が漏れている事に気づく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「綺麗……」

 ポツリと零した声に、ファランの瞳が開く。

 呆然としているカナタを、見上げるように見つめる。

 周りの青い光にも負けずファランの頬が薄っすらと赤くなっていた。

 すぐに視線を外すと、唇がゆっくりと動いた。

 

「は、花が……好き、だって、言ったから」

 

 その言葉に、昼間彼女と話していた言葉を思い出す。

 別にカナタが花が好きだと言ったわけでは無い。

 女の子だったら、と言った適当な言葉だった。

 それを、ファランは聞き逃していなかったらしい。

 

 何にしても、その行動が意味する事は。

 

 カナタには一つしか浮かばない。

 

「元気付けようと……して、くれてる?」

 

 カナタの言葉に、彼女は長い桃色の髪を大きく揺らす。

 それから言葉を発する様子は無く、顔は更に赤くなるだけ。

 

 臆病な少女。

 怖がりで、とても、とても優しい……女の子。

 

 思わず飛び出していた。

 視線を外していたファランは、カナタの動きに対してワンテンポ遅れる。

 カナタは小さなファランの体に両手を回し、強く抱きしめていた。

 

「っぴ!?」

 

 良く解らない悲鳴を上げるファランはカナタの腕の中でジタバタと暴れる。

 それでもカナタはファランを離さない。

 目じりに涙を貯めて、ただ強く抱きしめる。

 

「ありがとう……ありがとう……」

 

「っぴ! っぴぃ! やぱ! やっ! うういぃ!!」

 カナタが零す謝礼の言葉にファランは反応を示す事も無く必死に暴れていた。

 

 二人の少女を抱きしめるように、戦う為のフォトンの力が美しく世界を照らしていた




三人体制でやってます。

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「更新時間を朝にしていたのですが次回から昼から午後、辺りを目安に投稿出来たらな、と思っています!」


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曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.20 エニグマ≪謎≫

 暗い部屋。

 

 

 照明を付けようともしない部屋の主は壁前に座り、ブツブツと独り言を零していた。   

 

「失礼? しーつーれーいー?  私? 私? 嫌われちゃったかなーやだなーやーだーなぁー……」

 赤い髪を揺らしながら何度も何度も壁に頭を小さく打ち付ける。

 

 勢いを込めているわけでも無いが、その動作は側からみれば酷く不気味に見えるだろう。

 ユカリの独り言と、コツ、コツ、と頭をぶつける音が部屋へ響く。

 暗がりの中に光が射す。

 何重にも掛けられたプロテクトは内側から開く事は無い。

 そんな分厚いドアが開く。

 それは、外から誰かが開けた事を意味していた。

 ピクリと動きを止めたユカリは、視線だけぎょろりと開くドアの方を向く。

 光の影になるドアを開けた人物。

 

 長い黒髪を靡かせ、赤い目を光らせる。

 

「……ルーファ」

 

 名前を呼ばれたルーファの表情は変わらない。

 先程まで頭を数度とぶつけていた女性とは思えない瞳の色を、ユカリは向けていた。

 それは濁った色合いでは無く、酷く澄んだ物だった。

 

 すっと立ち上がると、彼女は真っ直ぐにルーファへと歩を進める。

 その動きにブレは無く、普通の人間のように優しく微笑む。

 元々、そのきっかいな動きが無ければ綺麗な顔立ちをしていた女性だった。

 

 柔らかい物腰の女性は、先程まで頭をぶつけていた女性とは思えない、凛とした姿。

 

「久しぶりですね」

 無機質な表情ながらも、ルーファの瞳が優しい色合いへと変わる。

 整った二人の顔立ちが並ぶその姿は知らない人が見れば綺麗な女性が並んでいるだけにしか見えないだろう。

 

「……貴方も随分と大きくなっていたのね」

 

「お蔭様で」とルーファは肩を竦ませる。

 

「カナタに会ったんですって?」

 

 ルーファの言葉に、ユカリはやんわりとした笑みを浮かべる。

 

「ええ」

 瞳は思い出すように下へと俯く。

 

「酷く……脆く、そして力強い……何て綺麗な、真っ白な子……。奇跡の産物と言ってもいい程、儚い子……良く崩れずそのままの姿を保っていれる物です」

 

 柔らかい物腰のユカリの言葉にルーファはゆっくりと目を細める

 

「貴方なら、彼女が何者なのか知っているのでしょう。教えて下さい。彼女は、何者なの」

 

「彼女は……」

 俯いたままだった彼女はゆっくりと唇を開きながら顔を上げた。

 

 

「知るかよバァァァーカァ……」

 顔を上げたユカリの目は血走り、べろりとだらしなく舌がこぼれていた。

 

「ヒヒヒ!! ヒヒヒ!! ぐるぐる! ぐるぐるー! 周るよ周るよ! 狂った世界は血と贓物と手足が飛び散る世界の終わりに破滅の事なきを」

 大声で訳の解らない事を叫び続けるユカリに、ルーファは視線を落とし首を振る。

 

「奇跡はね! どこにでも! どこにでも!」

 不気味な笑みを浮かべるユカリの笑い声は突然ピタリと止まる。

 

「あー? あー! ルーファだぁ」

 まるで今気づいたかと言うようにユカリはルーファへ指を向けていた。

 俯いていたルーファは顔を挙げ、薄く目を細める。

 

「何しに来たの? 何で来たの? 何のようなのぉ?」

 ぐらんぐらんと揺れる頭に合わせる様に、ボサボサの長い髪が揺れる。

 ルーファより身長の高い彼女は態々下から覗き込むように腰を曲げる。

 ユカリの視線はぎょろりと上を向く。

 白目を向きそうな程の角度に、べろりとだらしなく口から舌が零れる。

 

「……この人殺しィ」

 舌を出しながらユカリは堪え切れないと言うように笑い声を上げる。

 

「ねェねェ首を斬るってどぉんな感じぃ? っぴょーんって飛んじゃう? ぴょーんって! ぴょんぴょーん!」

 

 挑発する言い方に対して、ルーファの表情が変わる事は無い。

 眉一つ動かさずにルーファは口を開く。

 

「貴方にも聞いておきましょう。 カナタに会ったでしょうユカリ」

 先程まで表情を崩さなかったルーファの顔は、ユカリに合わせるように頬が割れる。

 カナタの名前が出た途端、ユカリは姿勢を戻して嬉しそうにその場で手を叩く。

 

「うん! ねえ! あの子可愛いのぉ! そんで気持ち悪いい~! ん? あれ? きもかわぁ?」

 子供のように手を叩いた後、考え込むように人差し指を顎に当てる仕草をして見せ、首を傾げる。

 

「随分、気に入っているようですが……まだ『アレ』を傷つけさせるわけには行かないんですよ。こっちも約束があるので」

 

「『アレ?』 あー!アレアレアレアレ! レア?」

 

 首を左右にブンブンと振るユカリに対し、ルーファはくすくすと笑う。

 

「貴女、気に入ると壊しますから」

 

「ヒヒヒヒ!! どうしようかなー? どうしようかなー? ミディアムが好きィ。でもウェルダンはもっと好きぃぃ……真っ黒真っ黒真っ黒真っ黒ォ、ぎとぎとのぐちゃぐちゃにした方がぁ美味しいのォ。だって元は白かったんだよだよォォー?」

 

「あら? 私はレアでしょうか。黒く染まってない方が美味しいでしょう」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ……」

 

 

 暗い闇の中、二人の瞳が交差する。

 一人の目に色は灯らない。

 対するようにもう一人の目は爛々と輝く。

 

 二人の会話等、彼女は知る筈も無い。

 彼女はそれを知るわけも無い。

 

 舞う青い粒子の幻想と共に、幻想を抱いて眠る。

 

 彼女はまだ知らない。

 自身が来た世界の恐怖を、脅威を、狂騒を、凶報を。

 

 そして饗宴が始まる。

 

 

―――

 

 

 あれから一週間。

 シップの生活にカナタも慣れつつあった。

 

 そして、アークス達の任務についても、ようやく理解する。

 

 彼等の本拠地は別にある

 

 ルーサーという強敵を倒した半年後、突如として巨大な惑星が姿を現していた。

 その惑星は、一定の距離を開けながらも、アークス達の拠点が動く度に、合わせるかのように不気味に動いていた。

 それは重力という概念すらも、他動的なエネルギーも見られない理解を超えた現状。

 

 調査に向かったアークスは誰一人帰ってくる事は無かった。

 

 

 謎の惑星。

 

 通称、『エニグマ』と呼ばれた惑星。

 

 新たに編成されたのは数人では無く軍隊。

 強さのみに特化された人種を問わないアークス達。

 人種を問わない。死んでもいい扱いのアークス達。

 

 そして、一人で圧倒的な力を発揮するジョーカーと呼ばれた化物が7名。

 

 惑星に着地してから二ヵ月。

 

 調査が進む様子は見られなかった。

 

 見えるのは惑星の上からは見える筈の無かった無数に広がる砂漠。

 ある筈の無い太陽。

 

 そして無数に表れるダーカー。

 

 そんな中、突如現れたのが、女子高生、屑木 星空(クズキ カナタ)だった。

 




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「しかし更新は夜だった!!」


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Act.21 カナタの1日①

 耳障りな電子音でカナタは目覚めた。

 

 ベッドと合体している時計に手をかざすと共に響きわたっていた音は止まる。

 全くどういう仕組みになっているのか未だに解らないが、1週間も経てばカナタが適応するには充分な時間であった。

 チラリと隣のベッドに目を向けると、小さな寝息を立てる少女がそこにいた。

 最初は部屋の端から動かなかったが、何とか今では隣のベッドで寝るくらいには警戒を解いてくれているようだ。

 茶色いダッフルコートに赤いマフラー。

 一体いつ着替えているのか解らないが、いつも同じのを着ている割りにとても綺麗に見える。

 いつも同じ色のジャージを寝巻きにしている自分も人の事言えないか、とまだ覚醒していない頭でぼうっと考える。

 のそりとベッドから出ると、洗面所へ向かう。

 世界を変えてもこういう所は変わらない。

 歯を磨きながら、壁から生えるように存在している機械に手に持つ歯ブラシとは逆の手を差し出す。

現れる電子の画面に、これにも最初は驚いた。

 今ではもう慣れた様子でスライドしていくと服を選ぶ。

 色々な服があるものの、極力、カナタの世界で良く見る服を着るようにしていた。

 

 何だろうこのとんでもない服のレパートリーは。

 用意してくれた服はこれでも少ない方らしい、なんかもうアークスって何でも有り。

 

 元々着ていた服によく似ているブレザーの服を選ぶと、決定のボタンを押す。

 それと共に服装は電子的な煌めきと共にジャージからブレザーへと姿を変える。

 自分の世界では考えられない機能だが、顔を洗ったり歯を磨いたり等は変わらないのは何でだろう、と適当に考えていた。

 

 髪の両端を結び鏡を見る。

 小さく「よしっ!」と零すと寝ぼけていた瞳を力強く見開く。

 準備を終えると時計を確認した。

 丁度午前5時。

 まだ寝息を立てているファランのベットへ起こさないようにゆっくりと近づく。

 いつも被っているフードが取れ、ピンク色の髪が漏れ出ていた。

 同姓から見ても、そのあどけない幼さが残る表情は小動物を見ているような可愛さを感じる。

 無防備な寝顔に思わず頬が緩んでしまう。

 

「ファランちゃんは、可愛いなぁ〜」

 上ずる声と共に思わず頭へと手が伸びてしまう。

 撫でようと伸ばした手が触れようとした瞬間、がばっと勢い良く布団が動き出した。

 そのまま白いシーツがファランの頭をスッポリと覆い隠してしまう。

 ファランの怯えるような視線がシーツの隙間から覗き込んでいた。

 その動作に、カナタは今日もダメかー、と肩を落とす。

 ファランは異常なまでに鋭い。カナタとしては女の子らしく触れ合うスキンシップでもして交流を深めようとしたいだけ。

 励ましてくれたあの日、美しい青い花の世界を見せてくれた時は、大きく彼女に近づいたのだと思っていたのだが……。

 

 

 少し寂しい気持ちが残るものの、気持ちを切り替えて外に出るドアへと歩を進める。

「行って来るね! ファランちゃん!」 

 

 元気良くそう言った後少しだけ待ってみる。

 特になんの反応も無いいつもの状態に軽く苦笑を零すと、自動ドアを潜った。

 

 カナタが部屋を出た数秒後、のそのそとファランはシーツから顔を覗かせる。

 出ていったドアをジッと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「いって……らっしゃい………カナ、タさん……」

 

 震える言葉をこぼした後、彼女は俯く。

 

「あ、明日、こそ言う、いって、らっしゃい……い、いってらっしゃい……」

 届くはずの無い言葉に、ピンク色の髪の少女は何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。

 

 

 

 

 節約の為か、廊下はまだ薄暗い。

 この暗闇も既に慣れたものだ。

 目的地へ向けて歩いていると、薄暗い廊下の先から人影が見えていた。

 ゆらゆらと動くそれは暗がりのせいで顔は良く見えない。

 

「後何人、殺す……?」

 耳に残るような妖艶な声を零す。

 薄暗い暗がりに目を凝らすと、そこにルーファが立っていた。

 いつもの制服では無く、カナタの世界で言う所のジャージ。

 しかも可愛らしいピンク色。

 そんなルーファに、カナタは脅える所か肩をすくめて見せる。

 これも慣れた物の一つ。

 

「またですかルーファさん……」

 つかつかと近づくと鼻ちょうちんをプラプラとさせているルーファの手を取る。

 

「ほら、ベッドに帰りますよー」

 

「私の眠気を妨げる奴は……むにゃむにゃ……ぶち殺しますゥ……」

 子供の用に前を先導して歩くと大人しく後ろをついてくる。

 

「お願いですから寝ぼけて外歩き回るのやめてくださいよ……最初死ぬほどびっくりしたんですからね……」

 

「善処……します……むにゃ」

 

「善処じゃなくて、止・め・て・下さい」

 寝ぼけながら可愛い声を零している彼女にため息を付く。

 どうせ後から聞いても覚えてないと言われる事を知っているカナタはそれ以上何も言わない。

 物騒な事をつぶやきながら徘徊する彼女をベッドに戻すのも最早日課になっていた。

 

「眠ィ……ぶち殺しますぅ……」

 

「はいはいそんな理不尽な理由で殺さないで下さいね」

 呆れながら彼女を部屋に連れていくとフラフラとベッドへと勢い良くぼふっと、倒れ込んでいた。

 暫く、その寝顔を見つめてみる。

 子供っぽくベッドにくるまる姿はジョーカーと恐れられた彼女とは程遠い。

 

「こうやって見たら、ファランちゃんと同じで可愛いのになぁ」

 

 思わず視線を落としてしまう。

 

「……ロ、ラ……ン」

 思わず視線をあげてしまった。ルーファの口から出た言葉に、その表情に固まる。

 

「まだ、まだ……甘い……ですねェ……」

 子供のような屈託の無い笑顔を零す寝顔に、心臓を掴まれたような感触を感じていた。

 それは見てはいけない物を見てしまったような、そんな感覚。

 

「行かなきゃ……」

 慌ててその場を離れる。

 ぼんやりとカナタは考える。

 ロランの死について、そういえば彼女の口から何かを聞いたことがないと。

 カナタを守って死んだ彼の事を聞いたことがない。

 恨んでいるのかと、聞いたことがない。

 

 モヤモヤと残る物を振り払うように頭を振って、足早に食堂へと向かった。

 




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Act.22 カナタの1日②

 午前八時。

 

 カナタは食堂の前に群がるアークス達に四苦八苦と動き回っていた。

 

「いやぁカナタちゃんも、エプロン姿が似合ってきたねェ」

 

「え、えへへ、そうですか?」

 頭に被る巾着を揺らしながらカナタは照れくさそうに笑った。

 カナタの世界でも見かけた事のある割烹着を着込む何処にでもいるような年配の女性。

 最初に会った時から、カナタを気にかけてくれていた。

 その優しさを返すようにカナタも全力で働く。

 

「カナタちゃーん! キャタ丼まだー!?」

 

「はーい! すぐ持っていきますー!」

 

 既に早朝から準備していたストックも切れかかっている。

 

「はい! カツ丼3つですよ!」

 

 ご飯の上に乗せたシャキシャキのキャベツ。

 そして丼から漏れるほどの茶色に揚がった肉、肉、肉。

 特性の甘辛ソースをふんだんに使ったカナタ特性のカツ丼。

 3人の男性アークスはそれを見て目をキラキラと輝かせる。

 

「キタキタキタキタ!こんのくっそ腹に残るような重そうな肉厚!!」

 

「朝っぱらから最高だぜキャタ丼ちゃん!」

 

 いそいそと受け取る3人にカナタは呆れた視線を向ける。

 

「もー何度も言ってるじゃないですか! この料理の名前はキャタ丼じゃなくてカツ丼ですってば!」

 

 3人は顔を見合わせると何が面白いのかニヤニヤと笑っている。

 

「だってなぁ? 名前からしてキャタ丼だよな?」

 

「そー!そー!キャタドンキャタドン!」

 3人は下品な笑い声を上げながらその場を後にする。

 その様子にカナタは思わず首をかしげてしまう。

 この世界についてまだ完全に知り尽くしていない彼女はキャタドランというモンスターがいる事を知らない。

 

「カナタちゃーん!こっちデザートのプリーンーガータ!」

 

「普通にプリンって言ってくださいよ! 解らないですけど絶対無理矢理言ってますよね!?」

 

 個性的なアークス達に今日も翻弄される。

 それから1時間後、アークス達のちょっとした朝の戦争も終わり、カナタはグッタリと椅子に座っていた。

 自分の作る料理を美味しい美味しいと言ってくれる事は嬉しいがあまりにもの量に毎度参ってしまう。

 

「お疲れ様」

 そう言っておばちゃんがカナタの横に缶ジュースをおいてくれる。

 

「ありがとうございます……」

 

 弱々しく返事をすると缶ジュースを受け取る。

 ジュースに描かれているブドウのマーク。カナタの世界でもよく見かけた炭酸ジュース。こんな所にまで足を伸ばしているとは流石は大手企業。なんて馬鹿らしい事を考えた後、口にする。

 口の中で広がる甘みと、パチパチと弾ける感触に疲れが取れるのを感じる。

 

「カナタちゃんのメニューは相変わらず大人気ねぇ?」

 

「ええ、私もビックリです」

 そう言いながら苦笑する。

 同じ物が多く存在する中、料理という概念に関しては勝手が違うようだった。

 似たような食材が多く見受けられる分、料理をするのは簡単だった上に、創作もし易かった。

 強いて言えば、毛が生えていたり、妙な鱗があったりする物などばかりと言う事ぐらいか。

 元の食材は考えないようにしていた。

 

「最初は皆おどおどしてたのにねぇ?」

 おばちゃんの悪戯っぽい言い方に、カナタはまた苦笑いをこぼしてしまう。

 

 ■

 

 ひしめき合っていた食堂は、今はがらんと大きな空間が広がっている。

 既に一緒に働いていた食堂のおばちゃんや従業員も撤収している。

 しかし食堂広間の中央。

 一人の女性と二人の子供が座っていた。

 そんな三人に、大きなおぼんを持ったカナタが近づく。

 両手で持つ腕には別で茶色いバスケットがぶらさげられていた。

「すいませんお待たせしちゃって!」

 

 机の上に4つの料理を並べ、自分の足元の部分へ茶色いバスケットを置いた。

 カナタに優しくリースは微笑む。

 

「いいのよー? 私達こそ毎回遅くに来ちゃってごめんね?」

 

「いいええ! 私も一緒に食べれる人いて楽しいです!」

 おぼんを机に置くと、カナタも笑顔で言葉を返す。

 他のアークス達とは別の仕事をしているらしいリース達は朝食を遅れてやって来る。

 なので、カナタは少し遅い朝食を彼女達といつも取ることにしていた。

 ちらりとリースの視線がバスケットへ行く。

 

「それはファランの?」

 

「はい! 今日はファランちゃんの好きなチョコパンです!」

 ファランの朝食を含めた昼食を持っていく事も日課だった。

 警戒で食が進まない様子から、残念ながら一緒に食べれたのは最初だけ。

 

「……そっか」

 何処か含んだような複雑な笑み。

 リースのその様子に軽く首を傾げてしまうも、二つの黄色い声に思考はそちら側を向いていた。

 二人の子供は目を爛々と輝かせてカナタの方を凝視する。

 

「カナちゃん! 食べていい!? ねぇ食べていーい!?」

 椅子の上でピョンピョンと跳ねている少女に合わせる様に、澄んだ白髪の髪が動く。

 フワフワと動く大きな束になっているツインテールは危なげに揺れていた。

 

「コーラ! アリスー! お行儀悪いよ!」

 嗜めるリースも気にせずアリスはオムライスとカナタを何度も交互に見ていた。

 子犬のような無邪気な様子にカナタの頬が自然と緩む。

 リースを挟んで逆の方にいる少女も、アスと呼ばれた少女程ではないが体を左右に揺らしながら嬉しさを表していた。

 

 その度にアリスとはまた違った金色の二つ結びが揺れる。

 アスとは違い後ろで長い髪をお下げの様に整え、先ほどの長いツインテールのアリスよりは几帳面な様子が伺えた。

 両頬に手を当て顔を赤らめる少女は鼻歌交じりに口ずさむ。

 

「こんなに美味しそうなのが食べれるサーシャは、とってもとっても幸せだなぁーって思うなぁ~」

 金髪の少女はサーシャ。

 光悦の表情で目の前のカレーを見つめ、可愛らしく足を揺らしていた。

 

「ほら、手を合わせて頂きます言ってからねー?」

二人を嗜めるリースにまるで保母さんだな、と苦笑しながらいそいそと手を合わせている子供二人と同じように手を合わせる。

 

 元気な「いただきます!」の声と共に少女二人は掻き込むようにがっついていた。

 アリスの頬についたソースをナプキンで拭いているリースをいつものように眺めながらカナタも食事を始める。

 

 特殊部隊。

 

『エスパーダ。』

 

 リースが中心になって束ねている部隊だと聞いていた。

 最初はどこの仮面軍団かと思ったが、実際の世界とは異なるこの世界なのだから、偶然でしか無いのだろう。

 仰々しい名前にしては、人数はリースを含めてたったの四人。

 しかも子供二人と大きな子供が一人、そしてそんな三人の面倒を見ているリースの四人。

 どういった部隊なのか等、特に聞いたわけでも無いカナタからすれば、リースが保母さんのように面倒を見ているだけにしか見えないで居た。

 案の定エスパーダの一人であるユカリの姿はそこには無い。

 子供二人に大人な子供もう一人では流石にリースの負担が大きいからなのか、基本ユカリの姿を見る事は無い。

 この1週間でカナタの前には現れているが、あまり良い記憶では無い。

 

 もう一人、良くリースと一緒に居る人物をカナタは知っていた。

 

「リースさん、レオンさんは今日は?」

 

「……別に毎日わたし達は一緒じゃないわよ?」

 カナタの言葉にリースは困ったような苦笑をして見せる。

 その様子に実際毎日一緒にいますよね? と言おうとした言葉を飲み込んだ。

 

「今日は遠くまで行ってるみたい……」

 リースの表情が少し不安そうな顔色へと変わる。

 この星の調査で来たアークス達の話は聞いていた。

 

 突如現れたこの星、『エニグマ』に、送られたアークスの部隊はことごとく行方不明になっていたとのこと。

 

 今居るこの大きな宇宙船は、謎の惑星攻略の為だけに厳選された特別な大隊らしい。

 その割に子供や女性が普通に居るのは見た目では実力は測れないという事なのかな、とカナタは簡単に考えていた。

 何より聞いている限りは危険な任務、という風に聞こえていたのだが、その割にアークス達は楽観的な人が多く、不安そうな表情を見せるのはリースぐらいしか見ていなかった。

 

カナタの疑問に、「それほどジョーカーという存在が大きいの」と、リースはどこか複雑な表情で答えてくれる。

 それ程頼りにされた巨大な力を持ったジョーカーと言われたアークス。

 

「私はルーファさんしか知らないですけど、後6人いるんですよね?」

 台詞を言った後、「あ」と続けて小さく「しまった」と思わずカナタは声を上げる。

 その言葉にリースも頬を引きつらせた。

 

「お姉様!?」

 突然アリスが勢い良く机を叩いていた。

 その衝撃に机の皿が揺れる。

 サーシャが可愛らしく驚いた声を上げていた。

 

「お姉様はね!! お姉様はね!! とってもカッコ良くてとっても綺麗でとっても可愛くてェェ!!!…クフフフ……」

 不気味な笑みをこぼしながら興奮したように捲くし立てるアスに、カナタも頬を引き攣らせる。

 

 目の前で笑っているリースの笑顔が怖い……。

 

 アリスという少女はルーファを異常なまでに溺愛していた。

 普通にしていれば無邪気な子供である筈の少女のそれは、愛というより崇拝に近い。

 子供がする筈の無い不気味な笑みと、濁った瞳。

 語りだす彼女を上の空で見つめながら始めて出会った事を思いだす。

 

 廊下で血だらけの男を引きずるアリス、というインパクト抜群の遭遇をしていた。

 目が合ってしまい、返り血で汚れた笑顔を向けられ、取り合えず引きつった笑みを返す。

「な、何をしてるのかな?」と言うカナタに対し「お姉様の悪口言ってたのー」と無邪気に返すアリスに意識が飛びそうな気分になる自分を必死に堪える。

 

「カナちゃんはお姉様の事どう思うー?」

 というニコやかな言葉に血を吐きそうになる気分で言葉が詰まってしまう。

 出会った事の無い少女に、既に愛称で呼ばれている時点で十分に末恐ろしいのだが、カナタからすれば言える言葉は一つしか無いわけで。

 

「と、とっても、ステキ、だと思うよ?」

 

 それから数時間のお姉様トークに付き合わされたのは苦い、嫌良い思い出である。

 まさかそのお姉様なる人物がルーファの事だと露知らず、ロランと言い滅茶苦茶な人間に好かれるのは類友と言う奴なのだろうか。

 と考えたが、口が裂けても彼女達の前では言わないと心の中で誓う。

 後に彼女の前でルーファの話しは良い方でも悪いほうでもタブーだとリースに知らされる。

 普通にしていれば可愛らしい少女のなのだが、変な所がある所は、やはりアークスらしい

 

 淀んだ瞳で空を見上げ、祈るように手を組むアリスの口ずさむ言葉は止まらない。

 頭を抱えるリースとカナタを他所に「アリちゃんは本当に好きなんだね~?」とほっこりしているサーシャは可愛らしくぱちぱちと手を叩いている。

 

 静かな広い空間、アリスの独り言が響く中。

 

 突然、サーシャが出入り口の大きな両扉に視線を向けていた。

 それに気づくと、もう一つ別の音にカナタも気づく。

 乱暴な足音。

 大きな両扉が力強く開かれた。

 

 その音にリースとアリスも扉の方へ視線を向ける。

 扉の先に居る人物達を見つめ、リースは少し目を細める。

 二人の見るからに柄の悪い男は乱暴な足音をそのままにカナタ達に近づいてくる。

 一人は身長の低い小太りの男、腰に据える細く長い刀はアークスである事を示していた。

 その男の後ろを歩く痩せ細った男。

 

 二人の男を、カナタは知っていた。 




三人体制でやってます。

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.23 カナタの1日③

先頭の小太りの男はカナタの前まで来ると立ち止まると、見下すような視線をカナタへと向ける。

 

「おい化け物、俺達の飯を作れ」

 見た目通りの乱暴な言い方にカナタの心にもやっとする物を感じる。

 化け物。この星に突然現れたカナタを認めていないアークスが居てもおかしくは、無い。

 それでも、はっきりと言われたのは始めてだった。

 後ろに居たもう一人の細い男は、回り込みカナタの肩に手を回す。

 

「そんな言い方したらカナタちゃん怖がっちゃうじゃないッスかァ……ねぇ? 怖かったねえ?」 

 嫌らしい肩の触り方にカナタの肩が震える。

 彼等は、アークス達の中でもカナタが苦手にするタイプの人間だった。

 大人数になれば、そういった人間が居るのは必然なのだが。

 そういった人間をカナタは好きにはなれない。

 無意識に、口が乾く。

 

「そ、そんな風に、言わなくても、言えば、つ、作りますよ……」

 小さな反抗を示すような言い方をするも、声が震えてしまう。

 その小さな抵抗は、小太りの男を苛立たせる。

 

「あ? お前俺が誰だか解ってんのか?」

 先頭の男のいら立った様子に合わせるように腰に据えられた大きな剣が揺れる。

 思わず視線を外す。

 彼が危険な人物だと言うのは聞いていた。

 だからこそ極力触れないようにしていた、食堂に姿を見せる事は無かったから今迄直接関わる事は無かった。

 ゆらゆらとこれ見よがしに見せる腰に点けられた大きなサーベルが仕舞われた鞘。

 

 外した視線の先に小太りの男は拳の甲を見せ付ける。

 甲に描かれる黒い入れ墨。

 

「俺がジョーカーだと解って言ってんの? お前?」

 

「ガルダさんはジョーカーの中でもねェかなりの危ない人だからさ! ね? カナタちゃんも気をつけようねェ~?」

 ガルダと呼ばれた小太りの男。

 黒い入れ墨の意味などカナタが解るわけも無い。

 それでも、ジョーカーという存在の大きさ。

 それはルーファから最初に聞いていた。

 

「ジョーカーである事をそんな事に利用するのは止めなさい」

 いつものやんわりとしたリースの言い方とは違う、低く冷たい言い方。

 リースのそんな表情も、そんな言い方も初めて耳にする。

 

「あ? 何お前俺に逆らうわけ? 殺されたいの? アア?」

 睨むガルダの視線に気圧される事も無くリースは冷たい視線を返す。

 二つの視線にカナタの肩を触っていた男が慌ててガルダの後ろへと隠れていた。

 アリスはそんな二人を交互に見ると、状況を理解していないのか首を傾げる。

 

「こいつ殺して良いのー?」

 ポツリと零す声はガルダ達には聞こえていなかったのか反応は見せない。

 

「アリス、座っていなさい」

 リースのぴしゃりとした言い方にアリスは、不貞腐れたように椅子に座る。

 

「女ァ誰か知らねーけどまだ死にたくねェだろ? 折角美人なんだから俺に媚売ってる方が良いんじゃねーのかァ? オイィ……」

 ガルダの視線は、リースのスレンダーな肢体を舐めるように動く。

 嫌らしく笑うガルダの手が、リースに伸びようとしていた。

 その時、カナタは意を決するように震える唇を動かす。

 

 

「止めてください! す、すぐ作りますから!!」 

 カナタは直ぐに立ち上がると髪の毛の後ろを結ぶ。

 

 空いたカナタの椅子にガレアがふんぞり返るように座った。

 机の上に足を乗せ、カナタの作った料理は飛び散る。

 その様子にカナタの胸に、グッと痛みを感じた。

 黙り込んだままのリースの冷たい視線は、飛び散る料理を見つめ、ゆっくりと瞳は座り始めていた。

 

 カナタは強く強く唇を締めると、台所へ動こうとした。

 瞬間。

 

「おいソイツ退けろ」

 ガルダが指差しもう一人の男に指図をした。

 男は、サーシャの上に乗っていた料理を手で横に薙ぎ払う。

 二人の男が現れても、気にせずに幸せそうな食事を黙々と続けていたサーシャに苛立ちを感じたのか、乱雑に料理が舞う。

 

「ひゃ……」

 突然の事に理解が及ばなかったのか、サーシャはスプーンを握り締めたまま小さく声を零す。

 床に転がるカレーを見つめ、少女は、ぽかんっと口を開けたまま固まっていた。

 まん丸に見開かれたサーシャの瞳が、淡く光る。

 

 目の前の現状に、カナタの震えは消えた。

 強く、大きく目を見開く。

 自分の事では無く、人の事を優先する彼女には、我慢の出来ない光景。

 無意識的に前のめりに体が動く。

 

「子供は関係無いでしょう!!! 何て事を!!」

 思わずガルダに食って掛かろうとするカナタの腕を、リースが慌てて掴む。

 

「止めなさいカナタ! 落ち着きなさい!!」

 

「テメェ化け物の分際でこの俺に何しようとしてやがる!!」

 躊躇無くガルダが握った拳が、カナタへと向けられた。

 

 その拳は、カナタに届く前に小さな掌で遮られていた。

 

 いつの間にか机の上に立っていたアリスが守る様に拳を受け止めていた。

 その屈強な拳を物ともせず受け止めたアリスの間延びした声が響く。

 

「ダァメー! カナちゃんはお姉様のお友達ィー」

 

「何だこのガキ!! おい!!」

 

「離れろ!! クソガキ!」

 ガルダの指図に、もう一人の男はアリスの首根っこを掴むと、乱暴に地面に振るう。

 器用にくるくると空中で回転するとアリスは簡単に着地していた。

 

「むー、邪魔ァ」

 

「止めなさいアリス! 止めなさい!!」

 必死に止めようとするリースの言葉も空しく、ガルダは腰に据えるサーベルのような剣を抜いていた。

 その姿にカナタは固まる。

 まさか、大の大人が、子供に対して武器を向けると思っておらず、更に頭に血が上がった。

 

「こんなのが……! ジョーカー!!」

 

「死ねェ!」

 アリスに向けて振り被られた剣。 

 動じる事も無く不敵な笑みを零すアリス、守る様に飛び出そうとするカナタ。

 リース自身も思わず掌を向けていた。

 

 

 振り下ろされた剣は。

 

 

 止まっていた。

 

 

 手を大きく広げていたカナタの目の前でサーベルは止まる。

 目の前の本物の剣の輝きに、おもわずカナタは唾を飲み込む。

 

 ガレアの剣だけで無く、リースも、アリスでさえも動きを止めていた。

 それは身体に纏わり付くような気味の悪い物を感じたからだ。

 身体を硬直させる程のそれは、刺々しい殺気なのだとカナタは理解する。

 

「お楽しみ中ですか」

 聞こえる声は零す度に体の中心にズンッと来るような重圧を感じる殺気。

 声は、ガルダを通り越して出入り口の大きな両扉側から。

 

 そこには同じくジョーカーである、ルーファの姿があった。

 

「わぁーお姉様ぁー!」

 アリスがキラキラとした瞳を向ける。

 優しく手を振りながらルーファはかつかつと音を立てて近づく。

 ガルダもルーファの事は知っているのか、怒り狂った表情が冷静に変わり、大きく舌打ちして見せる。

 

「確か、ガルダでしたか。貴方が威張り散らしている場所はもっとシップの端ではありませんでしたか」

 

「あ? 俺様が何処にいようが関係無いだろうがクソ女」

 ルーファの殺意に圧される様子も無くガルダは見下した視線を向ける。

 

「はい、アリスも落ち着いて」

 瞬間的に目つきの変わるアリスの首根っこをルーファは掴む。

 唸る少女をプラプラとさせながらルーファは空いている手で刀の柄を優しく撫でる。

 

「貴方とても勇敢ですね……大変素晴らしい。この私と戦いたがるバカがまだいてくれて嬉しく思いますよ。なにぶん血が騒ぐ戦い、最近していないもので」

 

 不穏な空気が流れる中、再び押しつぶされるような圧力がそこに居る人間を襲う。

 

 数秒の沈黙。

 

 沈黙を破ったのは高い声だった。

 

「もういい加減にして! ルーファも! 貴方も!」

 リースが机を強く叩き二人を睨みつける。

 ガルダはその瞳に対して、大きくを舌打ちをした。

 

「おい行くぞ」

 後ろでビクビクと震えている男に声を掛けるとルーファとすれ違いガルダは食堂から消える。

 細い男はルーファに近づかないように大回りをしながらガルダを追っていく。

 

 二人の男が消えた後、カナタとリースの溜息が同時に被る。

 

「お姉様ー! かっこ良かったよォー!」

 首根っこを掴まれたままアリスがキラキラとした瞳をルーファに向けていた。

 

「そうでしょう私はカッコイイんです」

 そんなあっけらかんとしている二人にリーフは二度目の溜息。

 

「シップ内で喧嘩何て簡便してよルーファ……」

 

「貴方も戦うつもりだったでしょうリース」

 

「……私だってジョーカー相手に戦う程無謀じゃないわよ」 

 

 話している二人の言葉はカナタには届かない。

 視線はある一点、椅子に座った状態で固まった少女しか見ていない。

 ふらりと動き出し、無言で台所へと走った。

 数分の後、直ぐ戻るカナタの手には皿が乗せられていた。

 未だ呆然としたまま動かないサーシャの前に置く。

 上に乗せられていたのは可愛らしい茶色いモンブラン。

 この世界でまだお披露目していない試作品。

 

「ごめんね……サーシャちゃん……」

 決してカナタが悪いわけが無い。

 それでも謝らずにいられなかった。

 幸せそうな少女の顔が、消えたのが本当に、嫌だった。

 

 サーシャは無言でフォークを手に取る。

 そっと小さくモンブランを切ると口の中に運ぶ。

 口に入れた後、サーシャはまた可愛らしくニッコリと笑った。

 

「甘くてふわふわぁ。 とってもとっても幸せ!」

 笑うサーシャに、カナタも釣られて笑う。

 笑ってくれる事が嬉しくて。

 

「良かったねカナタ」とリースは優しく声を掛けてくれていた。

「でも、ジョーカーに食って掛かろうとする何て常軌を逸してるわよカナタ!」

 突然の厳しい視線がカナタの方へと向く。

 思わず数歩後ろへ下がってしまう。

 

「貴方本当にバ……面白いですねカナタ」

 今度は後ろからの声。

 今何か言い掛けた気がするけれど気にしない方向にしておこう。

 怒るリースと無機質ながらも何処か楽しそうなルーファに板ばさみになるカナタは困ったような笑みを浮かべる。

 二人の言葉に、少し恥ずかしくなってしまう。

 思わず感情で動いてしまっていた。

 

「だ、だって良く解らない刺青見せてきて何が何だか」

 その言葉にルーファは目をパチパチとして見せると、そのまま手を口元に思わずという風に持っていく。

 小さな、吹き出すような音が聞こえた気がした。

 

「あ、あれの意味、解っていないカナタに、あのデブは自信満々に入れ墨を見せていた……と、な、成程成程」 

 何故ルーファの肩は小刻みに震えているのだろうか。

 

「カナタ……ジョーカーと言うのは、身体の何処かに黒い印があるのよ」

 

「私達は身体を弄られてる人間ですからね。言ってしまえば、実験動物に識別番号を付けるのと同じですよ」

 目に涙を貯めながらプルプルと震えているルーファも補足をしてくれる。

 そこまで笑う事も無いのでは無いだろうか、と少しムッとしてみせる。

 

「ルーファ……そんな言い方は無いでしょう」

 カナタの脳裏には、牛の耳に付けているような物が浮かぶ。

 それは家畜という表現が浮かんでしまい、慌てて首を振った。

 

「ジョーカーが気になるなら、刺青を探してみたら良いでしょう。貴方はやはり、ジョーカーに好かれ易いようですからね」

 そう言いながらルーファはくすくすと笑う。

 薄っすらとした微笑程度だが、こんな事でルーファの初笑顔を拝んだのが若干納得が行かない。

 

 

「……有難迷惑も良いとこです」

 ルーファとカナタだけが視線を絡ませる。

 彼女の事は未だに理解出来ていない。

 アークスという存在が、自分の居た世界の人間と一緒だという事をこの一週間で理解していた。

 人の為を思える者も居れば、怒る者も、笑う者も、先程の男のような性格の者も。

 それも踏まえて、そういう人間だと理解する。

 しかし、ルーファという女性は読めない。

 

 くるりとルーファは回転すると背を向ける。

 

「さて……残りジョーカー、全員出会えると良いですね」

 ルーファはその場を後にする。

 その後姿をカナタは見つめる。

 いつか、彼女の事が解る日が来るのだろうか。

 

「あのねぇサーシャそう思うよぉ」

 サーシャの言葉にカナタは振り向く。

 嬉しそうにモンブランをほお張りながらサーシャはニコニコと笑う。

 

「ジョーカーとか関係無くねぇー皆々カナちゃんが好きになるよぉーだってだぁってサーシャはカナちゃん大好きだもん」

 その屈託の無い笑顔が、カナタの心を優しく包む。

 

「うん、ありがとうサーシャちゃん……」

 子供らしい笑顔。

 カナタが好きな汚れの無い純粋な笑顔。

 サーシャの笑顔を見つめながら、ふと、部屋の同居人が脳裏を過ぎる。

 見たことがあるのは泣き顔と恐怖に歪む怯えた表情。 

 この子のように笑えたら、もっと可愛いだろうに……。

 

 

「あーー!! サーシャだけずるいずるいずるい!」

 先程まで手を振っていたアリスの言葉にカナタはビクリと肩を震わせる。

 すぐに台所に走ると手には小さなお皿。

 上には可愛らしいショートケーキ。

 

「カ、カナタ、な、なにかゴメンね」

 

「いいええ! 幼女の為なら! 幼女の為なら!」

 急いでくれたお陰で息が荒いのだろう、とリースは若干頬を引きつらせながらカナタを見つめる。

 

「ふっわぁぁぁー!! あっまいよォ! あっまーいあっまーい!」

 サーシャと並んでケーキを食べる二人の様子にカナタも、リースも微笑む。

 先程の事なんて無かったかのように、先程の事を忘れるように。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「って……この思いっきり汚されたの見て忘れられるわけないわよね」

 

「ルーファさん絶対に逃げましたよね」




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Act.24 ホルン&レオン 凸凹

 乾燥した空気、照りつく光が射す中、砂の上を二つの影が進む。

 一人は150足らずの少年。

 炎天下の中、黒のコートに同じように真っ黒なマフラー。

 にも関わらず少年は涼しい顔で黙々と歩いていた。

 

「あっぢぃ……あぢぃ……あぢぃぃーー……」

 その後ろを大きな身体の男が呻き声を上げながら続く。

 少年と違い、男、レオンは上半身は黒いアンダーウェア一枚を残し完全に脱ぎ捨てていた。

 脱皮のように脱いだ服が腰から垂れる。

 

「ちょ、師匠ー……しーしょーおー! どっかで休もうぜー! いい加減焼け死ぬってなぁー!」

 

 レオンの言葉に師匠と呼ばれた少年は振り向く。

 

「グダグダうっせーよ!暑い暑い言ってたらこっちまで気が滅入るわボケ!!!」

 少年、ホルンは青筋を立てながらレオンに怒りの声を向けていた。

 

「んな格好してる奴に言われたくねーよ!」

 

「テメーみてえにギャーギャー言ってねえから熱くねえんだよ!ちったぁ黙って進めタコ!!!」

 

「え、まじかよ黙ってたら熱くないのかよ」

 素直に驚いた表情を見せるレオンに、ホルンはふんっ!と強く鼻を鳴らすと再び前を向いた。

 再び炎天下の中を二人は黙々と進む。

 

 そして数秒後。

 

「やっぱあちぃって師匠!」 

 

「うるせぇぇぇ!!! 黙って歩けカス!! 」

 

 下らないやり取りは砂漠の中心で続く。

 言い合いを続けていると、二人の耳に付けているインカムから突然通信が繋がる。

 

『楽しそうにやってくれているようで何よりだ』

 聞こえる大人びた声に、ホルンはげんなりとした様子で答える。

 

「お陰様で気分も最高だクソが」

 

 インカムの先から豪快な笑い声が聞こえる。

『フッハハ! 喧嘩するほど仲違いと言うでは無いか!』

 

「それだと順調に距離離れてんじゃねーか……」

 

『む? 喧嘩するほどナカムラだったか?』

 

「誰だよ!」

 

『まぁ良いさ。3名の行方不明者の反応が無くなったのはその辺りだ』

 

 数日前。

 探索に向かった3名のアークスは帰ってきていない。

 何度かの交戦は確認されていたが、忽然とレーダーから三名共が同時に消えていた。

 行方をくらました3人は揃って戦闘能力の高い人物。

 中でも、うち一人はジョーカーを除けばアークス内でも、上から数えた方が早いような人物だった。

 そんな3人が揃って消える。

 その不可視の実態を確実に確認する為、絶対戦力の内である二人が向かっていた。

 

 ホルンは辺りを見渡す。

 

「……つっても砂漠以外何も見えねーぞ」 

 

『それを探索するのが貴様達の仕事だろう? それともう一つだ。今、探知機から聞き出した所だが、その辺りからダーカーの反応を確認している。しかもかなり大きい 』

 一言で言ってのけたユラの言葉に、ホルンは目を細める。

 それはダーカーがいる事に対して、では無く。

 ユラが零した探知機、という言葉に反応していた。

 

「探知機……か」

 そう零したホルンの表情は何処か暗い。

 何かを悟ったのか、ユラの冷たい台詞がインカムから響く。

 

『深く考えるな。今は目の前の敵に集中しろ』

 

 その言葉にホルンは「そうかよ……」とだけ答え後ろのレオンへ振り返る。

 

「おい、聞いたか 」

 

「おうナカムラって誰だろな」

 

「そういう事言ってんじゃね……?」

 

 言葉が止まる。

 空気が揺れたことに気付いた。

 熱い砂漠の上にいるにも関わらず冷たい風が吹く。

 100m程先、青い空の一部を黒い渦が覆う。

 黒い渦は、勢い良く収縮したかと思うと、弾けるように巨大な穴を作り出していた。

 青い空に浮かぶどこまでも黒い深淵の穴。

 

 その巨大な穴に合わせる程に、大きな何かが砂漠へと降り立つ。

 地響きと、めくれ上がる砂。

 照りつく甲冑に包まれたそれは、四本の巨大な足、そして二つの長く伸びる二つの爪を蠢かせる。

 見た目だけでいえば蜘蛛のようなそれは、あまりにも、巨大。

 

 遠くで眺めるレオンがポツリと零す。

 

「……なー師匠」

 

「なんだ」

 

「あれ、ダークラグネだよな?」

 

「ああ、そうだな」

 レオンの疑問にアッサリとホルンは答える。

 それはダークラグネと言われる蜘蛛のような姿をしているダーカー。

 どういった場所であろうと、何の前触れも無く突然現れ、アークス達の道を阻む巨大な化け物。

 無論レオンもホルンも、戦い撃退した事があるダーカー。

 言ってしまえば良く見る事があるダーカーは、その程度の敵でしか無い。

 

「俺が知ってる奴の二倍ぐらいあんだけど」

 

「いや、三倍ぐらいじゃないか」

 

 あまりにもの異例なサイズのダークラグネが耳障りな声を上げる。

 空気が揺れるほどの音波が響く。

 ビリビリと二人の肌にも振動が伝わる。

 

 巨大なダークラグネの赤く光る四つの複眼、その眼が二人を捕らえていた。

 

「うおっやっべ」

 暢気にレオンがそう零したのと同時、巨体は二人に対して動き出していた。その巨体からは想像の出来ない早さで大量の砂煙が舞って行く。

 

『もう遭遇済みか、それ以上シップに近づけずその場で撃退せよ』

 

「おいおいユラよぉーこっちは超絶イケメンな俺とちびっ子の二人だけだぜ?」

 

「誰がチビだ!! テメーからぶち殺すぞ!」

 

 インカムの先からユラの呆れたようなため息が零れる。

 

『ジョーカー同士でいがみ合っている場合では無いだろう……二人いれば順当だ。危なければ助っ人をよこすさ、健闘を祈る』

 

 それを事切りに、インカムからの通信はプツリと切れた。

 

「勝手言いやがる……」

 

「でかいつっても、ダークラグネ如きにジョーカー二人何て豪勢なもんだよなぁ」

 目の前の巨大な脅威が近づいているにも関わらず、レオンの暢気な様子は変わらない。

 レオンに視線を向けると、ホルンはその場でしゃがみ込む。

 

「……奥の手は必要ないだろ」

 ホルンは低い姿勢のまま、腰に付けているキーホルダーを1つ取り外すと、それを自身の黒い靴に触れる。

 瞬時に青い輝きを放ち、ホルンの黒い靴は形を変える。

 ホルンのサイズには不釣り合いな青白いブーツ。

 相手に被害を与えるための禍禍しい突起。

 靴の裏から展開されるフォトンの光がホルンの体を浮かせていた。

 

「なんだよ師匠やる気満々かよーこんな得体の知れねーの気持ち悪いってー」

 ぶつくさと零すレオンにホルンは黒いマフラーを靡かせながら冷たい視線を送る。

 

「得体の知れねー奴だからこそ速攻終わらせるぞ、俺が足止めする。テメーが最後を決めろ」

 

「……師匠に奥の手使わせたくねーし、良いぜそれで」

 レオンはめんどくさそうに背中に担ぐ槍を取り出す。

 その様子に、ホルンは珍しく笑う。

 

「素直じゃねーか」

 それだけ言うとホルンは空高く飛び上がった。




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Act.25 二人のジョーカー

 ダークラグネの頭上をホルンは軽やかに宙を飛んでいた。

 赤い四つの瞳が頭上のホルンへ向く。

 

 ダークラグネが再び吠える。

 空気に轟く振動に合わせ、辺りに赤い雷鳴が響き渡った。

 赤い落雷をホルンは空中で器用に旋回しながら紙一重でかわしていく。

 ホルンの手元が一瞬の光を灯した。

 青い光が消えると共に、その手に別の武器が握られていた。

 それはホルンの身長を超える青い大剣。

 展開されると共に、重力に従い下へと落ちて行く。

 狙いを定めた様に巨大な剣は、ダークラグネの前足の一つへと突き刺さっていた。

 耳障りな悲鳴が溢れる。

 ダークラグネの口元。長い二つの鋭い爪が、ホルンに向けて横に振るわれる。

 同時にホルンは大剣を離すと、その場で後ろへと弧を描くように飛んだ。

 飛び上がったホルンの下を巨大な爪が掠めていく。

 再びホルンの周りを青い光が舞い、次に手にしていたのは鞘へ収まる刀。

 着地すると共に、空を斬った無防備なその爪へと一閃。

 早すぎる抜刀は、敵が動き出す暇すら与えずに、ごとりと、砂の上に重量感のある爪を切り落とされていた。

 

 再び、耳障りな悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 その声を気にする様子も無く、逆の前足へと同じように地面に縫い付ける形で刀を突き刺す。

 先ほどの大剣と違い、突き刺したにも関わらず太い蜘蛛の腕はまだ動きを見せていた。

 

 頭上で砂煙を挙げて暴れているダークラグネを他所に、腕組みをしながらホルンは零す。

 

「流石に下が砂じゃぁ刀じゃ難しいか……」

 

 余裕を見せているホルンの背中に向けて、ダークラグネの口元が向く。

 その背中に向けて、赤い渦巻き状の物体が放たれていた。

 それは最初の赤い雷と同じようにバチバチと音を立て、当たればその姿を消し炭へと変える物。

 

 巨大な渦巻きが当たる瞬間。

 

 ホルンの体がゆるやかに空中へと舞っていた。

 いつの間にか手に持つ二つの剣。

 二つの剣を横に振りながら、遠心力に合わせた素早い回転。

 赤い渦巻きは、二つの剣の回転に巻き込まれ大きな音を立てて消し去られていた。

 

「でかくなっても戦い方が変わねーなら……雑魚と変わんねーよ」

 はき捨てるホルンは手に持つ二つの剣を、刀を突き刺した同じ部分へと突き立てる。

 そこで動き出そうとしていた腕は小刻みな震えを残し、ようやく止まった。

 前足二つが完全に身動きを見失っていた。

 

 瞬間的、たったの数分の出来事。

 

 巨大なダークラグネに対し、小さな身体のホルンはあっさりと身動きを止めて見せていた。 

 

 

 

 悲鳴をあげ続けるダークラグネを遠巻きにレオンが見つめる。

 

 

「おーおー相変わらず便利なこって」

 アークスは、自身に一番合う武器を持ち、フォトンの特性が違う別の武器を持つことはない。

 しかし、ホルンというアークスは唯一全ての武器を使う事が出来る存在。

 研究により現在のアークスも様々な武器の多様が進むようになっていたが、同時に同じ武器を扱えるのはまだホルンだけであった。

 

 ジョーカー。

 

 『最善(ガーデン)が一人』『犠牲義損(ターミガン)』

 

 ホルンが再び腰に手を沿えると、また別の武器が取り出される。

 現れたのは先端に青い突起が付いている二つの球体、その球体の二つは長く硬い鎖で繋げられていた。

 ワイヤードランスと呼ばれるその武器を、ホルンはダークラグネの四本の足の内、後ろの残り二本の片方へ。

 先の重さに合わせ遠心力で強く巻きつけられると、音を立てて突起の部分は足へと深く突き刺さる。

 片手でワイヤードランスの片方を引っ張りながら、もう片方の手は腰へと伸びる。

 取り出され、とたび展開されるは自身の身長を越える巨大な槍。

 槍にもう片方のワイヤードランスを乱暴に巻きつけ、ホルンはそのままダークラグネの下を走る。

 ジャラジャラと音を立てるワイヤーの音等気にせず、飛び上がった小さな身体は、残りの巨大な後ろ足へ、深く深く、地面ごと突き立てていた。

 

 前足の一つは大剣が刺さり、もう一つは刀と二つの剣が縫いとめる。

 後ろ足の一つはワイヤードランスが巻きつけられ、その先は自身のもう一つの足へと続いていた。

 

 知識で動いているわけではないダークラグネは、唯一動くワイヤーが巻きついた足を動かそうとする。

 連動され、槍が刺さる足が引っ張られるままに、砂煙を上げその場で崩れていた。

 何度も同じ動きをしようとするダークラグネはその場で何度でも崩れる。

 

 ダークラグネが完全にその場で動きを止めていた。

 

 足にフォトンの展開された靴を履き、空中から回転しながらホルンはレオンの隣へと戻っていた。

 その両手には、また別の武器が握られる。

 

 先程握っていた二つの剣よりも更に細い剣。

 その二つの剣から青い光を放つ綱の様なものが垂れていた。

 綱の先は今もその場で暴れているダークラグネに向けて続く。

 その場でホルンは回転する。

 武器達に紡がれたフォトンの綱は。

 二つの青い綱が引っ張られるようにピンッと強く張る。

突き刺していた武器達に巻きつけられたフォトンの綱は、引っ張られホルンに向けて宙を舞って戻って行く。まだ崩れたままのダークラグネに気づく様子は無く、崩れた身体の体制をまだ戻そうとしている所。

 

「やれ」

 戻ってくる武器を次々と受け取り収縮すると腰へ戻して行きながら、隣のレオンへと視線を向ける。

 

「言われなくてもやるっつー………の!」

 光はレオンの持つ黒い槍に、同じくおぞましい黒い光が収縮される。

 そのまま思いっきり槍を、上から下へと、ふり抜いた。

 

 砂が舞う。

 

振り抜いた衝撃は、赤黒く巨大な斬激となり砂を撒き散らし走る。

 十数メートル程の巨大な斬激。

 一直線に地面を割りながら飛ぶそれは、空気すらも大きく震撼させていた。

 ダークラグネよりも巨大なその斬撃は、硬い甲冑をものともせずに、綺麗に半分へと分断させていた。

 

「おー! おー! やっぱ動いてねーと綺麗に斬れるなぁ!」

 くるくると器用に煙の上がる槍を回転させながらレオンは肩へと担ぐ。

 ゲラゲラと笑うレオンに対し、ホルンは目を細める。

 ホルンのように器用な戦い方は全てに対して対応することが出来る。

 しかし、レオンにはそういった小細工を必要としない。

 

 それは全てを薙ぎ払うほどの圧倒的な攻撃力。

 

 ホルンには無い絶対攻撃力。

 

 ジョーカー。

 

『最強(スペシャル)が一人』『一人大隊(アルバトロス)』

 

 

 ジョーカーの中でも異例の威力を有する彼は、性格がもし悪い方へ進んでいれば、ダークファルスと並ぶ危険な存在へと成り下がっていただろう。

 見た目とは裏腹に、決して悪いほうへと転がる様子も無く、芯なる強い心を持つ彼は。

 ある種の特異性を示していた。

 

 馬鹿笑いをするレオンに「流石に過剰評価にも程があるか……」と小さく零すと、次は聞こえるように言葉を続ける。

 

「お前がバカで良かったよ」

 

「あ! 誰がバカだテメー! 師匠なんかクソガキじゃねーか!!!」

 

「だから俺はお前より年上だって言ってんだろが殺すぞ!!」

 

 二人の言い合いは直ぐに止まった。

 それは目前で二つになったダークラグネが奇怪な音を挙げだしていたからだ。

粘膜がすり合わされたような気味の悪い音。

その音の招待は、半分に切った部分から聞こえる。

 

「………おい、あれ戻ろうとしてないか」

半分に斬っていた部分から赤い肉のようなものが動き、糸を引いて分断された体を繋ごうと戻っていた。ホルンが突き刺した前足や後ろ足。切り落とした爪までも、元の姿へと戻そうとしていた。

 

「だったら……跡形もなくなるまでぶっ飛ばしてやるよ‼︎」

 レオンの目が暗い色を示しながら座る。

 それは屈辱か、苛立ちか、なんにしても感情的な彼の心を揺らしていた。

 

「待て!!」

 前に出ようとするレオンの背中にホルンの声が掛かる。

 振り向くレオンに対し、呼び止めたホルン自身は下を向いていた。

 その視線に合わせてレオンも下を向く。

 ホルンの視線が、とうにダークラグネも、レオンも見ていない意味に気づく。

 

 巨大なダークラグネを、近くにいるレオンとホルンも合わせて。

 

 囲むような、巨大な青い円が広がっていた。

 

その青い円の意味を、レオンとホルンは知っていた。

 

 知っているからこそ、顔が青ざめる。

 円の青い光は徐々に点滅を始める。なにかのカウントダウンを示すように。

 

「ば! バカかぁぁぁ!? 俺ら毎やる気かあのバカ!!!」

 

「叫んでる暇ねーぞ! 走れ!」

 巨大なダークラグネを覆う程の円は、その広さから走る二人から見ても円の外は遠い。

 とたび早くなる青い点滅にレオンが泣きそうな声を上げていた。

 

「し、師匠俺ァもうダメだァ! さっき力使った後だからさァ! 足に力がさぁ!」

 

「うるせぇ! 死ぬ気で走れタコ!! マジで死にたくねーならな!!」

 

 点滅は二人を急かすように早くなる。

 必死の形相で走る二人は、その点滅が自身等の命へと関わる事を知っている。

 

 全てを消しさる威力である事を知っている。

 

 点滅は最高潮の早さへと変わると。

 

 濃い青い色へと変色した。

 

 

 それと二人が青い円の外に足を踏み出したのは同時。

 

 

 少しでも離れようと飛び上がる二人と呼応するように、青い閃光が走った。

 先程までなぞっていた青い円を中心に超高圧的なフォトンの粒子が降り注ぐ。

 尻餅をついたままの二人は、その巨大な粒子を呆然と見つめていた。

 その巨大なダークラグネを覆い隠す程の巨大なビームは数秒続く。

 光の線を僅かに残しながらフォトンの塊は消え去って行った。

 光が消えた先に、あれほどの存在感を表していたダークラグネの姿は無い。

 代わりに残ったのは、黒く焼け焦げた巨大な空洞。

 その穴にサラサラと落ちる砂は音を立てることもなくどこまでも落ち続けていた。

 ポカンと口を開いたままになっているレオンの口がゆっくりと動く。

 

「ブレインの……サテライトカノン……」

 

「ブレイン何ざシップで一度も見てねーぞ……何であんなヤバイのまで来てんだよ!!」

 レオンより先に立ち上がり怒りの声を挙げるホルンのインカムから声がする。

 

『助っ人をよこすと、言っただろう?』

 

「馬鹿野郎あんなの居るなら先に言え!!」

 

 ホルンの怒声に怯む様子も無くインカムからユラの笑い声が聞こえる

 

『なに……彼も特別なのだ、居る事はダザイオサムで頼む』

 

「誰だよ。他言無用だろ」

 

『む、そうだったか』

ユラの言葉にホルンはそれ以上何も言わない。

 彼女にも、なにか考えがあるのは解っている。

 それでも、ユラの考えは全く読めないでいた。

 

「ブーレーイーン!!! テメェェェ!! 危うくダーカーと一緒におっ死ぬ所だったろうが!!! 何?小さすぎて見えなかった? そりゃあのちびっ子だけだろうが!!! 俺だったら普通に殺して良いみたいに言ってんじゃネェよ!!」

 

後ろでレオンは自身のインカムに怒鳴り散らしていた。

 どうやらブレインが単独で繋げたのだろう。ホルンにはその声は聞こえていない。

 苛立つレオンをからかうためだけに繋げた様子を見ると、ブレインという男も相変わらずらしくホルンは頭を抱える。

 

「……おい、あいつら喧嘩するほど仲違いしてんぞ」

 

『何を言っている。喧嘩するほど仲がいい、が正しいのだぞ。 教官である以上ある程度の教養をつけた方がいいのではないかホルン』

 憐れむような声が残るのと、ホルンがインカムを握り潰すのは同時であった。

 苛立ちが最高潮へと募るホルンを他所に、炎天下の中、レオンはまだブレインと言い合いをしていた。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.26 「……解ってんだよ」

 ホルンは何となしに空を仰いでいた。

 熱く輝く太陽に眼を細める。

 

「あいつ等何処行ったんだ?」

 

 巨大な敵は確認した。

 しかし、行方の知れない三人の姿は何処にも見えない。

 

「……?」

 見上げる空が歪んだ。冷たい風が舞う。

 

 疑問が過ぎるものの、ホルンは驚く様子も見せずに数歩後ろへと下がった。

 素早く臨戦態勢へと切り替える。

 

「レオン……何か来ンぞ」

 ホルンの鋭い言葉がレオンに飛ぶ。

 空気が揺れていた。揺れると言うより、大きく空間が歪んでいく。

 ホルンとレオンの目の前に広がる砂漠は、姿を変えていく。

 ゆらゆらと揺れる歪みから、徐々に茶色から濃い緑色へ。

 

 そこには、大きな森林が広がっていた。

 

「おいおいおい何だこりゃ気持ち悪ィ」

 目の前に突然現れた森林に、レオンは構えを解かずに眼を細める。

 視界に収まらない程の巨大な森。

 

 周囲を確認するレーダーに変わる様子はない。

 目の前に浮く端末を見つめながらホルンは眉をしかめる。

 森の木陰から見える黒い物体達が蠢いているのが見えていた。その数は一匹二匹では収まらない。

 武器を構えながら、目前の蠢く虫達に警戒を向けていた。

 睨む視線の先、ホルンは妙な物に気づく。

 太陽の光で、煌く壁のような物が見えていた。

 その透明の何かに向けて、恐る恐る伸ばした腕は、見えない壁に触れていた。

拒絶するようなその壁を、軽く叩く。

小さな波紋のような物が広がるも、それ以上の反応を見せない。

 また二歩程後ろへ下がる。

 

「レオンいけるか?」

 ホルンの一声と共にレオンは「あいよっ」と、簡単に答え赤黒い槍を下から上へと勢い良く振った。

 森に向けて、先程よりかは小さな斬激が飛ぶ。全てを両断する攻撃力は、森に当たる手前で白い壁に当たると、壁に大きな波紋を広げるだけで斬激は消え去っていた。

 

「……あぁ? んだそりゃ?」

 

 レオンは小さく舌打ちをする。

 

「舐めやがって」

 気に食わなかったのか、レオンの表情が険しい物へと変わる。

 青色を基本とするフォトンはレオンの周りで舞う。

 そして、手に持つ槍に合わせるように赤黒い色へと変わり始めて行った。

 隣に立つホルンは、レオンが展開したフォトンで巻上がる巨大な風に、揺れるマフラーを片手で抑える。

 

「おい止めとけバカ、森ごとぶっ壊す気か」

 

「解ってんよ、ちゃんと調整するって!」

 再び下から上へと振り上げる斬激。

 今度は白い衝撃波ではなく、より大きな赤黒い斬激。

 

 先ほどの数倍以上の威力を圧縮したそれは、透明な壁に当たると先程よりも大きく揺れた。

 その揺れは長く続くと、ピシリという音ともに空間に小さな割れ目が見えていた。

 しかし、その割れ目は直ぐに再生されるように消えて行く。

 

「ダメだな……こりゃ物理じゃ開かねーか」

 

「いやまて! 全力全開で!!!」

 

「何と戦ってんだよ! 俺毎殺す気……」

 ホルンの言葉は最後まで言い切る前に止まる。

 レオンに向けていた視線、その視線の端に、妙な物を見つけていた。

 その先、森林に目を向ける。森の中に、透明な壁を挟む先に、人が居た。

 その姿は見間違える事はない。

 血だらけで赤く染まっているが、それでもホルンは見間違えない。

 

「シルカ……!?」

 行方不明になっていた一人。体を鮮血で染めていたが、フラフラと倒れないようにバランスを取っている姿。

 

「シルカ!! 聞こえるか!? シルカ!!!」

 白い壁を叩き必死に声を掛けるホルンに対し、シルカは反応を見せない。

 後ろに下がると、辺りにホルンのフォトンが舞う。

 

「レオン退いてろ! 」

 

 ホルンの背中が黄色く光り出す。

 その光は服を透かせるほどに強く光り、背中を埋め尽くす禍々しい刺青が露見されていた。

 黄色い光に合わせるように青いフォトンが黄色へと変わっていく。

 

「この壁!!!ぶち壊す!!」

 

 吠えるホルンに応えるように、黄色い光がホルンの体を覆っていく。

「限界突(リミットブ)……」

 

叫び声を上げようとした瞬間に、ホルンの小さな体が持ち上がっていた。

レオンが服を掴み無理矢理に肩に担いでいた。

 

「だ!? てめェ!!!」

 

「はいはいー!そーこーまーでよー♪」

 歌うようにそう言うレオンは森林に背を向け歩き出す。

 輝いていた金色のフォトンは消えていた。

 

「ちょ……! てめ! なにしてんだ! 離せコラ!!」

 ジタバタとホルンは暴れるも、小さな体では意味をなせず動けないで居た。

 

「テメェ! 目の前に血だらけの仲間が居るのに助けねえつもりかよ!!!」

 

ホルンの怒りの声に、今度はレオンがため息をこぼしていた。

 

「師匠ー……顔が半分しか無いのに立ってる人間を生きてるなんて言わねーよぉ」

 シルカと呼ばれた女性。

 女性らしい少し低めの身長も、誰かの真似をしたような純白の髪も、肩までの優しいウェーブも。

 全てが彼女の姿だ。

 

 しかし、彼女を確定させる顔の半分がそこには無かった。

 だらんと上を向いて残った瞳の色は、淀んでいた。

 

「……解ってんだよ」

 ホルンはそう零す。

 小さく言葉を続ける。

「解ってるけどよ……」

 ホルンは口をつぐんだ。

 レオンも、それ以上何も言わない。

 誰よりも悪態をつく彼が、誰よりも教え子達を大切にしているのを知っていたからだ。

 

 担がれたまま、ホルンは顔を上げる。

 首の半分しかないシルカと思われる人間がゆっくりと離れていく。

 首から漏れる血で体を汚し、シルカの体は遠ざかるホルン達に向けられたまま。

 片方しかない瞳な筈なのに、ホルンには何かを訴えられているような、そんな視線を感じていた……。




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Act.27 カナタの1日④

 

 割れ落ちた大きな皿の破片を一つ一つチリトリに乗せていく

 

「こういう所は未来的じゃないんですねー」

 

 と、笑うカナタに対して箒で破片を集めるリースも、ニコリと優しく微笑む。

 

「カナタちゃんが居た世界は解らないけれど、綺麗にするのはいつでも人の手でやるべきよ?」

 その様子にサーシャはフォークを口に加えながら首を傾げていた。

 

「てつだうー?」

 ぴょこりと動く可愛らしい狐の用な耳に、カナタの心が強く跳ねる。

 可愛らしい少女の姿に思わず両手を頬に当ててしまう。

 

「サーシャちゃんはいいんだよぉー? 溶けちゃわないうちにケーキ食べちゃおうねー?」

 猫なで声でそう零すカナタに、サーシャは足をパタパタとさせながら頷く。

 

「うんー!」

 

 幸せそうにケーキを口に運び、その度に頭の獣のような耳が可愛らしく揺れている。

 一体どういう原理なのかカナタに理解出来る筈も無いが。

 

「あー! あー! サーシャ! サーシャ! 一口! ひーとーくーちー!」

 

 

 

「やぁー!アリスちゃんもう食べたでしょぉー!」

 

 

 そんな事は関係無く二人の無邪気な様子に、カナタはうっとりと見つめていた。

 

「あぁんもうアークスって変な人ばかりだけど、こんな可愛い子供のアークスは大歓迎♪」

 

 くねくねと不思議な動きをしているカナタに、リースは呆れるように目を細める。

 

「あなたも大概よカナタ……」

 

「そそそそ……そんな事無いじゃないですかー……アハハ」

 

 リースの指摘に思わず乾いた笑みをこぼしてしまう。

 幸せそうにしているサーシャを横目に落ちている皿を拾う。

 

「ファランちゃんもそんな風に笑ってくれたらいいな……」

 ポツリとこぼした声。

 それは、思わず出た言葉。

 まだ2週間。様々なアークス達と打ち解けて行っていた。

 それでも彼女とはまだまともな会話をした覚えはない。同じ部屋で、怯える彼女に、毎日のように手をさし伸ばしていた。

 

 そんなカナタの様子に、リースは困ったような小さな笑みを浮かべる。

 

「……もうここは良いから、あの子にご飯持って行ったあげたら?」

 

「や、だ、大丈夫ですよ!」

 

「良いから、行ってあげて」

 慌てて手をぶんぶんと振るカナタにリースは優しく微笑むと、言葉を続ける。

 

「ファランは……あの子は本当に貴方に救われていると思うの、誰に対しても拒絶を示す彼女が……今一緒の部屋で暮らしてるなんて、私は想像出来ないもの」

 何処か寂しそうな笑み。何かを思い出しているような、そんな印象を受ける表情を見せていた。

 その笑みの裏をカナタが知る事は無い。それは解らない。解らないけれど……。

 リースの言葉が心に響いていた。

 自分の行動を認めてくれる人が居た事に。

 自分の行動が無駄では無かったと言ってくれる人が居た事に。

 ぐっと込み上げる物を堪える。

 

「うん……うん! ありがとうございます!」

 大袈裟にカナタはお辞儀をした後、サーシャに「またね」と優しく笑い掛ける。

 足元のバスケットを手にして走り出す。

 その表情に堪えきれない笑みを作り、急いで彼女の元へと向かう。

 

 ■

 

 思わず早足になる。

 この世界に来て初めて感謝をされた。それが、自身がここにいていいんだよと、言ってくれているようで。とても嬉しくて、嬉しくて。

 また頑張ろうって思えたから。意気揚々と、ファランの待つ自身の部屋へと走る。

 

「ファランちゃーーーん!!! 今日のパンはチョコパンだよーー!!」

 

 元気な掛け声と共にドアを開けた。

 いつもの通り、ベッドの上か部屋の端で震えているファランが居る。

 そう思っていた。

 

 まずに目に映った光景に、カナタは固まった。

 

 いつも綺麗に片付けている筈の部屋は、酷く荒れていた。

 鮮やかな証明は倒れ、ファランが使っているベッドは切り裂かれた姿へと変わっていた。

それだけでは無い、部屋中に広がる沢山の切り刻まれたような跡。

一体何があったのか解らず、手に持っていたバスケットから手を離してしまう。

 足元でバスケットが開き中身が地面に投げ出される。

 そんなことを気にする暇など、カナタには無い。

 慌てて顔を左右へと向けた。

 まず最初に気にしたのは、ファランがいない事だった。

 

「ファランちゃん! ファランちゃん!!!」

 大声で彼女の名前を呼ぶ。

 返事は聞こえない。

 変わりに、嗚咽のようなものが聞こえている事に気づく。声は洗面所の方。

 洗面所のドアの先、部屋の隅に、彼女は居た。

 ガタガタと体を揺らし、何度も何度も嗚咽をこぼしていた。

上からシーツを被っている姿は、いつもの姿。

 その姿を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫? 何があったの?」

 彼女の顔を除き込み、優しく問い掛ける。

 その時、彼女の頬から血が流れていることに気づいた。

 薄く切ったような痕は、小さな刃物の痕のようにも感じた。

 頬に触れようとした瞬間、ファランの紫色の瞳がカナタを見据える。

 涙を流し、強く見開かれた瞳。恐怖に染まるその瞳には、もうひとつの感情が入り交じっている事に気づく。

 

 強い、怒り。

 

「触るなァァァァァァァァ!!!」

 

 伸ばされたカナタの腕に向けて、ファランは腕を思いっきり横へと振っていた。

 強く弾かれる音と共に、手に痛みが走る。

 

「っ痛(つ)!?」

 ファランの爪が、カナタの手の甲を大きく裂いていた。

 ポタポタと床へ落ちる赤い雫。

 普通ならば軽く切れる程度である筈のそれは、それ程までの拒絶。

 先程まで浮かれていたカナタの表情は暗い暗転へと転がる。

 怯えられる事はあった。それでも。ここまでの拒絶は無かった。

 リースが言うように、少しは力に慣れていると思っていた。

 その行動は、カナタの心を強く抉る。

 

「ファラ……ちゃ……」

 声が震える。ファランの怒りの視線に、眼が泳いでしまう。

 立ち上がり、フードから覗く紫色の瞳はカナタを睨む。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった表情からは、考えられない殺意を込められた瞳。

 

「また!! また裏切る!! わ、私!! を!! 裏切る!! 嫌いだ!! アークスは、嫌いだ!! 私に、近づくな!! 私に、触れるな!!」

 

 捲し立てるファランに、カナタは呆然としたままになってしまう。

 あの怯えていた少女は。今、荒い呼吸と共にその姿を変えていた。

 何をしてしまっただろう。何が、彼女をここまで怒らせているのだろう。

 頭のどこかでぼんやりと考える言葉に、答えが出る様子は無い。

 

「嘘つき!! 嘘つき!! 嘘つき!! みんな嫌いだ!! みんな、嫌いだ!!」

 頭を抱えながらブンブンと頭を振っている姿に、彼女の視線が、自分の後ろを見ている事に気づく。

 カナタでは無く、幻の様な別の何か。

 

 それが一体どんなものなのかは解らない。

 

 ぐっ、と、血が垂れた手を握り締める。

 

 力強く拳を固めた。

 

 

 

 抉られた心を無視するように。

 今カナタ自身がやるべき事は解っていた。

 ショックを受けて固まる事では無い。

 

 目の前の彼女を抱きしめる。

 力強く。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、ファランは困惑するように固まる。

 しかし、直ぐに表情はまた怒りの表情へと変わる。

 

「は! 離して! 離して! 化け物め! 化け物め!」

 捕縛されたと考えているのか、ファランはカナタの腕の中で暴れる。

 殴る、蹴る、引っ掻く。

 それでもカナタは離さない。彼女を抱きしめる。

 

「怖くないよ……大丈夫……」

 

 優しく囁くように言葉を続ける。

 その言葉は確かに彼女の耳に届くも、それは更にファランを逆上させる。

 

「何も!! 知らないくせに!! 何も知らないくせに!! 知った風な、口を!! 離して!! 離せェ!!」

 

 その言葉は、再びカナタの心を強く揺らす。

 カナタの後ろに居る見えない誰かでは無く、カナタに向けられた言葉。

 それでも手を離さない。

 何度も「離せ!」とファランは言葉を繰り返す。

 

 どれだけ手で押しても、どれだけ引っかいても、どれだけ殴っても、カナタの手はファランから離れない。

 暴れていたファランの動きは、徐々に動きを止めていっていた。

 そのまま、ファランに体を預けるように胸に縋り付く。

 嗚咽をこぼしながら、彼女はポロポロと涙を零していた。

 

「もう……嫌ァァ……寒い……寒い……痛いの嫌ァ……怖いのも……嫌ァ……」

 

 

「うん、うん、そうだね……」

 彼女の言葉に優しく同意しながら、胸の中で泣く彼女の背中を撫でる。

 どれぐらいが、経っただろう。

 腕の中で泣いていた少女からは、今は小さな寝息が聞こえていた。

 安心したのかな。と、考えながら涙で濡れたファランの頬を拭う。

 すぅすぅと可愛らしく声を上げる彼女に苦笑する。

 そのまま軽い彼女の体を持ち上げて、まだ無事である自分のベッドへと寝かせた。

 カナタの服を痛いほどに掴んでいた彼女の手を離すのに少しだけ苦戦する。

 臆病な彼女の、縋るような手を、起こさないようにゆっくりと解いていく。

 

 ……小さな手だ。

 

 カナタの世界ならば、こんな不安定内な子であれば、保護されるだろう。

 誰かが助けの手を差し出すだろう。

 

 この世界では……違う。

 

 自身の居た世界とはあまりにも違うこの世界に、唇を結ぶ。

 優しく、桃色の髪をゆっくりと撫でる。

 

「大丈夫だからね……」

 根拠なんて無い。それでも、少しでもこの子の心の圧迫を取り外したくてそう零す。

 自分が出来る事があるのなら全てを使ってでも、救ってあげたいと考えるのは傲慢だろうか。

 小さく苦笑する。

 優しく彼女を撫でていると、ドアの先から原始的なノックが聞こえた。

 

「カナタ? 大丈夫? 凄い声が聞こえたけど」

 後に続く声には聞き覚えがある。 ドアに近づくと自動で音を立てて開かれた。

 その先に、髪を下ろしたリースが居る。心配そうにカナタを見つめていた。

 

「ああ、リースさん、丁度良かったです」

 そう言ってカナタは小さく笑う。

 そんなカナタの様子に、リースは首を傾げた。

 

「部屋が荒らされてて……ファランちゃん怯えちゃったみたいで……」

 カナタの言葉にリースの表情が険しくなる。

 

「荒らされて!?」

 

「あ、いや、盗まれているとか、ファランちゃんが怪我をしている様子とかは無いんですけど」 

 突然のリースの変わりように思わず言い訳のような物を口ずさむ。

 しかし、その言葉はリースの耳に届いていない。

 

「貴方こそ怪我は無かったの!? 良く生きて……!!」

そこまで言った後、リースは慌てて口を閉じる。

 

「……生きてって、どういう事ですか」 

 カナタの言葉に、リースは視線を逸らす。

 その言い方は、まるで何が起こったのか知っているかのような言い方。

 その言葉をカナタは逃さない。

 リースは何も言わない。

 泳ぐリースの視線をカナタは追いかける。

 

「教えて下さい!! それって、ファランちゃんに関係しているんですか!?」

 

 リースは肩を竦める。

 諦めたような、そんな様子。

 

「……自分の命の事じゃ無くて、ファランの事を気にするのね」 

 

 リースがカナタに視線を向ける。

 瞳には申し訳なさそうな淡い色が輝いていた。




三人体制でやってます。

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Act.28 カナタの1日⑤

 廊下を早足で歩く。

 

 思わず歩幅が大きくなっていた。

 手の甲に巻かれた包帯の痛みを僅かに感じるも、彼女からすればそちらに意識が向く事は無かった。

 

 それは焦りなのか、何処か怒りが込められているのか、正直自身でも解っていない。

 向かっているのはユラの部屋

 脳裏には、手の甲に包帯を巻きながら話してくれたリースの言葉が繰り返されていた。

 

『……その部屋を荒らしたのはファラン自身よ。いえ……抵抗した、と言った方が正しいのかな、言える事は一つだけ……ファランをその状態にしているのは……』

 

ユラの部屋の前に来ると、強い視線をドアへと向ける。

その視線は、ドアの奥に居るであろう女性へ向けられる。

 

「ユラさん!! 話があります!! ユラさん!!」

 原始的にドアを何度も強く叩く。

 丈夫な硬い扉で手が赤くなる。それすらも気にせずに叩き続けていると、何度目かと同時に突然ドアは横へとスライドされていた。

 ふりかぶった腕は空を切ると勢いに任せて部屋へと流れ込んでいた。

 

 派手に顔を地面へとぶつける。

 少し涙目になりながらも、キッ! と力強く顔を挙げる。

 顔を挙げた先、あまり大きいわけでは無い部屋は、両端に大きな本棚。

 壁際の正面奥に茶色い椅子と一人用のフカフカのベッド。 

 何処か、テレビで見た事のあるような社長室を連想させてしまう。

 机の上に並ぶ大量の資料。

 

 しかし、彼女の姿は見えないでいた。

 

 あまり広くないその部屋は無理に探す必要も無く、隠れるような所も見当たら無い。

 ここまで小さくては自室は別にあるのだろうと思い、カナタは机や椅子に背を向けた。

 失礼だと理解していても、今すぐにでも話がしたかった。

 足早にドアへと向かう。

 

「へっぷし」

 

 可愛らしいくしゃみが聞こえた。

 思わず足を止め、声の先である後ろを振り返る。

 そこにはやはり誰も居ない。

 カナタはその場で首を傾げてしまう。

 声は確かに聞こえていた。

 しかも非常に可愛らしい声は可愛いもの好きのカナタが聞き逃すわけも無く。

 ドアでは無く、声が聞こえた机と椅子の方へと向かう。

 特に何となしに机の下を覗き込む。

 

 そこに小さな少女が居た。

 

「……やぁカナタ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 引きつった笑みを見せる小さな少女は、三角座りで隠れる様に座っていた。紫色の髪を後ろに束ねた少女は、少し上に向いた釣り眼をカナタに向ける。

 

 困ったような笑みには、何処か見覚えがあった。

 その目の下の泣きぼくろにも見覚えがある。

 もぞもぞと机の下から少女は出て来ると、カナタと相対する。

 サーシャやアリスよりも低い身長は少女と言うより、幼女の範疇に近い。

 上着だけのスーツは肩に掛け、身体に合わない大きなシャツは袖から手が出ていない。

 下は脱げてしまっているのか、シャツがスカートのようになっている。

 それがくしゃみの原因かもしれない。

 

 口に加えた細長く白いタバコのような物を器用に袖で掴むと、幼女はカナタへと笑いかけていた。

 

「やれやれ見つかってしまったか、この姿はダザイオサム……じゃなかった、他言無用で頼むよカナタ」

 

 プルプルと震える指先を思わず少女に向けてしまう。

 

「あ、貴方……」

 驚いている姿に、幼女は満足そうに笑う。

 

「如何にも、私がユ」

 

「子供がタバコなんて吸ったらダメでしょーー!!」

 幼女が零そうとした言葉はカナタの甲高い声にかき消される。それと同時に幼女の手からタバコがひったくられていた。

 

「……は?」

 自信で広がっていた笑みは、困惑な表情で再び引きつっていた。

 

 

「もぉーダメだよ? ここはユラさんの仕事場なんだから! かくれんぼは他所でやりなさい!」

 

「いやいや、待て待て、私だぞ、本当に解らないのか?」

 

 カナタは視線を合わせるようにしゃがみ込む。

 マジマジと幼女の顔を見つめ、ニッコリと優しく笑いかける。

 

「こんなに可愛い女の子会ったら忘れないよ私は? 私の名前は知っているみたいだけど……? でもまだこんな可愛い子供が居た何て……抱っこしてもいい?」

 

「待て、待て待て! 止めないか! 私のインゲンに関わる!!」

 

「豆さんは関係無いと思うよ? 威厳って言いたかったのかなー? 難しい言葉はまだちょっと解らないねー?」

 カナタの表情が無意識にニヤけていた。

 光悦とした表情で幼女の頭を撫でる。

 

「……カナタ、何か用事で来たのでは無かったのか?」

 うんざりとした表情で、撫でられたままになっている幼女の言葉にカナタはハッとする。

 

「そ、そうだ、こんな事してる場合じゃない! あのね、この部屋で、大きなお姉さん見なかった?」

 

 幼女は少し考える素振りを見せると、ニヤリと妙な笑みを向ける。

 

「私はユラと縁の近い物だ、私が案件を聞こう」

 

「え、でも」

 

「それが私の仕事だ、答えられるべき物は全て答えよう、安心して話してくれたまえ、そして離してくれたまえ」

 反射的に抱き寄せようと身体を掴んでいた手をカナタは慌てて離す。

 少女は器用に机の上に飛び乗ると、机の上に行儀悪く足を組んで座る。

 その姿に妙な威圧感をカナタは感じた。

 視点が近づいたからなのか、少女の雰囲気が妙に重苦しいものへと変わったからなのか、何故かは解らない。

 しかし押しつぶされるような重力を感じるプレッシャーは、何処かで感じた事があるもの。 

 

「では、話を聞こう」




三人体制でやってます。

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.29 カナタの1日⑥

 カナタは強く目を瞑る。

 自分が何の為に来たのかを再確認するためだ。

 ゆっくりと目を見開き、目の前の女の子を見据えた。

 

「ユラさんがファランちゃんに酷い事をしたと言うのは本当なの」

 

 強い視線を向けるカナタに幼女の表情は変わる事無く続けられる。

 

「……彼女がこのシップに乗っている以上、彼女にも役割がある。その役割を担わなかったから脅したまでだ」

 

 役割。

 

彼女が最初に言っていた言葉、この船に乗る以上は仕事をしてもらわないと困ると言っていた。

 確かにファランが何かをしているのは見た事が無い。

 

「彼女の探知能力は異常でね、数キロ先だろうと機械に感知出来ないものまで察知する事が出来る、その分、ファランが望まなくとも情報は逐一彼女に雪崩れ込むようだがね」

彼女の臆病である性質。その異常な感知能力は彼女の望まないものすらも肌で感じてしまう。だからこそ彼女は怯えていた。見えない敵に、そこら中に蔓延るダーカーに。

 何故彼女があれ程臆病なのか、何となく解ってしまい、カナタの心が強く締め付けられる。

 

「だからこそ力を使いたがらない、無理矢理使わせるわけだが、とたび彼女が抵抗する、というわけだ」

 ユラ自身の事情は解った。だけれど、だからと言って。

 

「そんな! 嫌がっているのを無理矢理にだなんて!」

 

「我々はお遊びでここに居るわけでは無い、カナタ」

 

 その小さな体からは想像の出来無い力強い視線にカナタは一瞬気圧される。

 小さな幼女の視線は一度下に向く。

 

「……良いか、ジョーカーという異例を含めて、このシップに居るもの達は欠陥品の集まりだ。この星に送られてきたのも、圧倒的攻撃力の制圧か、共倒れが本来のアークスシップでの目的だ」

 

 その言葉に、カナタは思わず目を見開く。

出会って来たアークスの人達は色々な人が居た。

 良い人もいれば悪い人も。それはカナタの世界でも同じだ。

 そんな様々が、揃って消えても良いだなんて、そんな事があっていいわけが無い。

 

「そんなの! 人は欠陥がある者でしょう!!」

 思わず声を上げてしまうカナタの言葉に、今度は幼女は目を丸くする。

 その後、直ぐに馬鹿にしたような笑い声を上げていた。

 子供らしからぬ大仰な笑いに、無意識にカナタは後ずさる。

 

「な、何がおかしいの……」

 

「く、フフフ、これが笑わぜずにいられるか? 全く、欠陥を肯定する等、何処まで甘い世界に居た? それとも欠陥を勘違いしているか? 欠陥とは我々アークスとして害を成す意味合いだ」

 

 害。

 簡単にそう言ってしまう。

 その小さな体はピタリと笑うのを止めた。

 再び気圧されるようなオーラを纏い幼女は口を開く。

 

「だから我々は失敗を許されない……ふざけた我侭で能力を使わない欠陥品等、ゴミでしか無い」

 

 幼女の言葉に、カナタの瞳の色合いが変わる。

 

「ゴミ? ファランちゃんを!! ゴミだって言うの!?」

 

「言った筈だ。誰しもに役目がある。その役目を行えないのであればゴミでしか無い。ゴミで無くさせる為に無理にでも能力を使わせるしか無いのだ」

 幼女はうつむく。

 何かから、目を逸らす様に。

 

「我々はゴミでは無い。ゴミなんかである筈が無いのだ。絶対に欠陥品等では終わらない……終わらせる物か……それが私の使命だ。このシップの者達を任せられた私の役目だ。その為ならば、多少の強引等しった事では無い」

 体に不釣合いな、鋭い瞳がカナタを見上げる。

 真っ直ぐな瞳は、カナタを見据える。

 嘘偽りの無い澄んだ瞳。強い信念を感じた。彼女が彼女で足らしめる役割。

 決して、間違っていない。上に立つ人間だから。多くのアークス達の命を背負う物だから。

 

 それは、カナタが好きな強い正義にも見える信念に感じた。

 

 彼女の信じる意思に対し、カナタ自身も視線を背ける事をしない。

 

「それでも、それでも私は」

 

 彼女が強い信念を持っている事は良く解った。

 「それでも」と続けるカナタにも信念がある。

 世界が変わっても、彼女の頑固さが変わる事は無い。

 それは信念と言うより、最早呪いに近い程の物。

 

 とても怖い世界に居ても、戦う力が無くとも、それが今、この世界で無駄な感情なのだとしても。

 

「あの子を助けたい」

 

 彼女は、何処までも愚直で、『やさしい』呪縛を進む者だった。

 

「……フフ」

 先程とは違う、呆れたような笑み。

 

「先程も言ったがファランは感知能力に長けた者だ。カナタ、君がダーカーだと解れば、臆病者のファランは仮にも戦う力を有するアークスだ。一瞬で君を殺す事など造作は無い、と踏んでいた。それを聞いても、助けたいと思うか?」

 

 その言葉に、リースが慌てふためき良く無事だった、と言っていた言葉を思い出す。

 1週間も経っているにも関わらず、まだ疑われている。

 ズシリとカナタの心に重みが乗る。

 衝撃の言葉に、数秒沈黙を続けた彼女はゆっくりと口を開く。

 

「思うよ……あの子は、助けを求めているもの」

 

「……本当にお優しい事だ」

 無機質に返す瞳は馬鹿にする様子などは見せない。

 唯ひたすらカナタを見つめる。

 

「それで、彼女を助けてどうする。欠陥品共の一人を助け、自己満足に浸るか? それとも、お優しいカナタは……全てを助けるか?」

 欠陥品だと言った。沢山の欠陥品。それは、言葉通り、救われていない者達。 

 

「……私は、手を差し伸べる人が居るなら、手を取ります」

 その言葉に、大きな瞳に色が付く。

 得体の知れない存在だった。まだ彼女という存在を警戒していた。

 カナタの言葉が、心に強く響いていた。

 始めて、ユラの中でカナタという存在の理解が進んだ。

 

「あぁ、欠陥品共には……最高の言葉だろう」

 ポツリと零す小さな声はカナタには聞きとれない。

 

 少女は机から飛び降りる。

 カナタに近づきながら、何も言わない彼女へ上目遣いの視線を向ける。

 

「……ファランは守ろうとした者達に裏切られ、『人を信じられなくなった』欠陥品だ。レオンは『人殺し』と言われた欠陥品だ。リースには『過去の記憶が無い』、ルーファは『深い闇』に飲まれ、ユカリは『心が壊れている』ホルンは永遠に『成長しない子供』のまま。アスやサーシャはあの年で欠陥品として『捨てられる』筈だった。君が出会って来た者達はまだまだ居るだろう、全て、全てを助ける気か? それが、現実的に可能だと、思うか?」

 ゆっくりとした言葉を紡ぐ。その言葉は攻めているわけでは無い。

 ふっと一度目を閉じると、少女はまたゆっくりと目を見開く。

 何処か、複雑な色を見せる淡い紫色の瞳は、カナタを見つめる。

 

 大してカナタは手を胸に当て、俯いていた視線を上げた。

 汚れを知らない彼女だからこそ。少女の目を真っ直ぐ見据える。

 

「私は……貴方達アークスとは違う。でも、人なんだよ! 人間なんだよ! だから困ってる人を助けなくちゃ行けない!」

 

「戦えない君が、何を助ける」

 

 ぴしゃりと即答される一言が、ずしりとカナタの心に沈む。

 幻想を求めるカナタに対し、現実を向けるユラ。

 その現実を、カナタは真っ直ぐと見ながら、ぎゅっと胸に当てていた手を握り締める。

 

「心を……信じて寄り添えば、必ず……!!」

 

 ユラは視線を落とす。

 

 ああ、なんて、甘い。

 まるでテレビに出てくるような幻想を求めるフィクションのような存在。

 それが、彼女なのだろう。傷だらけの欠陥品達が寄り添いたくなる理想像なのだろう。

 

 項垂れるユラの耳元で、突然、声が漏れていた。

 電子的な表示が空間に現れるそれは、何かの連絡のようなもの。

 それと同時、突然のアラート音が響いていた。

 耳をつんざく音に慌ててカナタは耳を塞ぐ。

 明りは赤い光へと変わり辺りを照らす。

 

「な、何!?」

 

『緊急事態発生、緊急時代発生』

 

 響く機会音声に少女は眉一つ動かさずカナタへと背を向けた。

 

「……失礼」

 耳に手を当てると何かをぼそぼそと言葉を綴る。

 

「……後処理が……だがな」

 ぽつぽつと聞こえる声から、何か通話をしているようなそんな印象を受けてしまう。

 

「……丁度良い、さ」

 最後に聞こえた言葉。

 その言葉の意味は解らないが、少女はクルリと体を回転させ、紫色の瞳を再びカナタへと向ける。

 

「さて、カナタ、君の言い分は良く解った。この姿を見ても、君の心がぶれないかを期待しよう」

 響くアラート音など気にせずに少女は空中に手を翳す。

 電子的な光と共に現れたのは砂漠が舞う外の画面。

 その画面に映るのは、良く知っている青年の姿。

 首筋に、注射針を刺すレオンの姿が映っていた。

 

「君の助けたい者達が、如何に化け物なのか、お見せしよう」

 




三人体制でやってます。

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「前回のAct27の挿絵を追加しています。」


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曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.30 ≪最強(スペシャル)≫のジョーカー 【一人大隊(アルバトロス)】

照りつける太陽は、既に半分まで消えかかり、その世界を夕日色に染めていた。

 

その赤い世界を、二人のアークスが歩みを速めていた。

 

 鬱陶しそうに足に掛かる砂を無理矢理に歩を進めながら二人は進む。

 一切の言葉を交わす様子を見せない。

 正確に言えば、重苦しい雰囲気のまま口を開かないのは、レオンの数歩後ろを歩くホルンに原因があった。ちらりと視線を後ろに向け、俯くホルンを見つめるレオンは小さく溜息を零していた。

 

「しーしょーぉー、イラついてんのはアンタだけじゃねーんだよー」

 

「……」

 レオンの言葉に対してホルンは何も言う様子を見せない。

 ホルンにとって、シルカという女性がどういう人物だったかをレオンは良く知っている。

 シルカは、レオンやリースと同じく学校でホルンの教えを受けていた同期生だった。

 当時からシルカはホルンに強い好意を寄せ、ホルンがあしらっていた事を良く覚えている。

 ホルンが人との馴れ合いを避ける傾向にある中、誰よりも仲間を重んじる事も知っていた。

 だからこそ生徒からの信頼も厚く、その中でもシルカの思いは強かった。

 

 教官としてのホルンの助手にまで上り詰め、欠陥品の集まりである筈のこのシップまで付いてきていた。

 彼女は、この星に向かった部隊の中でも数少ない欠陥品で無いアークス。

 自ら志願し、ホルンに付いて来た物好き……愛あっての事なのか、単純な尊敬の気持ちだったのか、今はもう解る術は無いだろう。

 今ホルンの心に渦巻く気持ちをレオンが解かる筈も無い。

 

 気まずい空気の中、シップが遠まきで見え始めていた。

 

 この空気から開放されるかと、レオンは心の中で、ほっとする。

 

 思わずレオンの歩を進める速度が速くなっていた。

 

 

 冷たい風が吹いていた。

 

 二人はその瞬間に、同時に歩を止めた。

 

「……師匠」

 

 振り向いた先、俯いたホルンも顔を上げていた。

 

「ああ……流石に大人しく返すつもりはネーみたいだな」

 

 視線の先に、空が割れていた。

 青い空から亀裂が生まれ、そこから見える濃い黒紫空間。

 視線に入るだけで背筋に冷たい物が走るのを感じた。

 そこからばらばらと落ちてくる黒い物体達。

 大小のサイズを関係無く、たった二人に大してならば異常な数。

 まばらに落ちる100体以上の数。その後、亀裂が更に大きく割れた。

 空の亀裂から無理矢理押し出されたのは三体の物体。

 その規格外のサイズは二人には見覚えがある。

 倒した筈の、数倍サイズのダークラグネ。

 回復機能まで備わった存在三体が、砂煙を上げて降り立った。

 

 茶色い砂漠が黒に染まる軍勢が一斉にホルン達へと向かっていた。

 それは黒い津波にも見える異常な量、その上を行く三体の巨大な物体。

 

「……おいおいあの森よっぽど見られたく無かったんじゃねーの?」

 

「ダーカーの事なんて、知るかよ」

 

 近づくその量に対しても二人が動揺を見せる事は無い。

 

「取り合えず援軍を呼ぶぞ」

 新しいインカムを耳に装着しようとするホルンに、レオンの疑問の声が飛ばされる。

 

「あ? いらねーよ」

 

「……あ?」

 軍勢に対して、呆気らかんと言うレオンに対してホルンの眉が寄る。

 ホルンの様子など気にせず勝手に自分のインカムでレオンは喋り出す。

 

「ユラー、今行けっか?」

 

 数秒後、レオンのインカムから重苦しい声が漏れる。

 

『取り組み中だ』

 

「いやいや今シップがピンチよ? めっちゃ敵来てるよ?」

 

『お陰でこちらも耳障りだ、敵を連れて来たな』

 

「悪かったってぇー俺一人で片付けるからいいっしょー?」

 

『……お前は後処理がめんどうなんだがな』

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!! 気をつけっから!!」

 

『気をつけられないから困っているんだが、まぁ良いだろう後処理は手配しておく、丁度良い、さ』

 ユラの最後の台詞が理解出来ずにレオンはその場で首を傾げる。

 

「まぁ良いや、ほいじゃー流れ弾行ったらぁよろしくぅー」

 それだけ言うと、レオンはインカムを切りホルンの方を向く。

 

「じゃ! 師匠は茶でも入れといてくれよ!!」

 悪戯交じりの笑みを向ける。

 鋭い瞳を向けていたホルンの目が一度閉じると、直ぐに開く。

 その笑みに合わせるように、柔らかい瞳へと変わっていた。

 

 情けない。

 

 こんな馬鹿に気を使われている事に。

 自分の今の現状に。

 師として、酷く情けないと感じていた。

 

「うるせーよ……クソ餓鬼」

 その一言だけ言うとホルンはレオンに背を向けた。

 今は、頭を冷やす時だと冷静に判断していた。

 

 レオンは満足気にその背中を見送った後、ホルンに背中を合わせるように振り替える。

 

 目前には百と連なる黒い軍団。

 それは茶色い砂を埋め尽くす黒い世界。

 一人に対し、その黒は留まる事を知らない量。

 迫るその量に対しても、レオンは表情を変える様子は無い。

 

 快活的な、彼らしい笑み。

 

「がっはっは! なんつー量だよ! 昔の戦争思い出すなオイ!!」

 

 その笑みのまま、レオンの掌が淡く光る。

 青白い光と共に空間から取り出されたのは、円状の筒のような物。

 頑丈に見えるそれは、表面上の円の中央に穴が空いていた。

 それは、強く押し付ける事で針が出される注射の扱いを行える物体。

 

「さぁーって!! 大掃除の開始!! ってなァ!!」

 

 レオンが首筋に逆手で思いっきり押し付ける。

 針状の透明な部分から赤黒い液体が流れ込む。

 流れ込む赤い物体に対し、刺した部分から痙攣をするように血管が浮かび上がっていた。

 

 赤い円状の光がレオンの周りを舞うと、光がレオンの体へ吸い付かれるように収縮した。

 

 体の隅まで急速的に流れるそれは、レオンの体に異様な激痛を走らせる。

 漏れ出るように、彼の体からは黒い粒子のような物が漏れ出始めていた。

 その黒は体中に巻きつき、手に持つ巨大な槍すらも飲み込んで行く。

 体を黒に染め、遠巻きにみればそれは人の形をしただけの黒い物体。

 

 

「げ、ぎ、ぎ、ぎぎぎ……」

 漏れる声は、既に声としては成り立たない音のような物を響かせていた。

 

 既に、その目に彼の光は無い。

 獰猛に鋭く、そして意思すらも確認される事の無い姿。

 

 それは唯の、獣でしか無い。

 

 獣に対して、百以上の黒いダーカー達は容赦無く迫る。

 鋭い視線は、ダーカー達を向いた。

 

「ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」

 獣の雄叫びを上げる。

 その獰猛な音と共に、同化したようにも見える槍が縦へと振るわれた。

 

 砂が捲り上がる。

 

 縦の斬激は左右に大きな砂の壁を作り、大量のダーカー達を巻き込んで行く。

 形すら残さずに破片が砕け散っていく。

 それだけでも勢いが止まらない衝撃は100メートル以上の亀裂を作りようやく止まる。

 

 彼の異常な攻撃力は彼自身を蝕む。

 だからこそジョーカーという異例にも関わらず戦い方が酷く単調なものだった。

 調整が難しく、無意識にブレーキを掛ける為、全力を出す事が出来ない。

 

 そんな彼自身の無意識のストッパーを除外し、彼の異常な威力を、そのフォトンを纏わせる事で最大限の力を発揮させる事に成功していた。

 

『ブレイブスタンス』

 

 砂に埋もれた円状の筒に描かれた文字が光に照らされる。

 

 最強の力は、『一人大隊(アルバトロス)』とまで呼ばれたその力は、その変わり、彼自身の人間性を失わせる。

 

 彼の攻撃性が前面に出るそれは、直情的であり直線的である。

 

 目に映る全てを破壊する。

 

 7人のジョーカーが一人。

 

 攻撃力だけならば、最強とまで言われるアークスが一人。



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Act.31 レオンVS


横に振るうだけで、それに合わせるように大量のダーカー達が吹き飛ばされる。

個対多。

 あり得ない筈である物量を、その攻撃力だけで対等に渡り合う。
 いや、対等というにはあまりにも圧倒的にダーカー達は粉々に砕け散っていく。

 圧倒が、目の前に広がっていた。

 映像に映る黒い人型の存在は、辛うじて知っている人物の面影を残していた。

「れ、レオン、さん」

「これが、君が助けると言った化物達の姿だ。ジョーカーという例外であるが、我々アークスとは強大な力を有する、それをだ、カナタ、君程度が助けると言うのか?」 

 大量のダーカーを薙ぎ倒す彼の姿は、いつもの戯けた笑顔の姿は無い。
 自分の居た世界とは違う。
 それも解っていた。
 しかし、解っていても、目の前の純粋なシリアスだけが現実世界。

 一般人であるカナタには、十分過ぎる恐怖が心を震わせる。

「これが現実だ。カナタ」
 後押しする少女の言葉にカナタは言い返す言葉が見つからない。
 それ程までに、目の前の世界に飲まれていた




 俯く彼女に、幼女は小さく息を漏らす。
 虐め過ぎたか。
 しかし、それが現実だ。これが現実だ。

 フィクションも、ファンタジーも、夢も幻も、そして善という甘い存在が認められる程。

 肯定される程、優しい世界では無い。

「それでも」

 黙っていた少女が口を開く。
 それは押し殺したような、無理矢理吐き出したような言葉。

「わ、私は、誰かの敵じゃなくて、誰かの……味方で、いたい」    

 それでも、まだ、彼女の信念が、跳ねる。

 言葉を理解している。状況も、環境も。
 どれ程、理屈で来ても。

 それでも、彼女は、カナタは諦めない。

 駄々をこねる様に、魂に従う。


「……」

 何処か諦めたように幼女はッフっと小さく笑って見せる。
 何処までも、甘い。
 いや、甘いという言葉だけでは到底片付かない領域。

 これが、彼女なのだ。

 絶対にブレない、その芯こそが、彼女なのだ。

「……解った、やってみたら良い、ファランの事は一任しよう」

「え?」

 慌てて顔を挙げたカナタに対し、子供らしからぬ優しい笑みを浮かべていた。
 それは、困らしてしまったと感じてしまう笑み。

「何を驚いている……君がそこまで言うなら任せよう。無理矢理で無く、自ら力を使ってくれる方が効率が良いに決まっている。それを、そこまで自身満々で言えるのであれば、やってみると良い」

「ほ、本当!? ユラさん!!」
 嬉しそうに声を上げるカナタに呆れたように息を吐く。

「ああ、本当だと、も?」
 そこで何かに気づく。
 ん? という具合に首を傾げ、みるみるうちにその可愛らしい顔の眉間に皺が寄る。

「今なんと言った?」

 カナタはニッコリと満面の笑みを向ける。

「流石にそこまで話を聞いたらユラさんだって解るよー! 何でそうなってるか解らないけれど可愛いんでモーマンタイ!」
 カナタの笑顔とは裏腹に、小さな体でその場から崩れ落ちるユラは掠れた声を零す。

「他言無用で頼む……」

「可愛いのにー」

「私のイン……威厳に関わるのだ」







 部屋に戻ると、荒れていた部屋は元通りに戻っていた。


 ファランの上にはシーツが掛けられており、上下に動くそれが、安らかに眠っているのだと理解する。

「リースさんがやってくれたのかな……」
 ぽつりと独り言を零しながらファランの寝ているベッドへと腰掛ける。
 溢れる頭を撫でようと伸ばした手は止まる。

『人に裏切られた欠陥品』

 伸ばしていた手をゆっくりと引っ込める。
 手の甲に巻かれた包帯。
 彼女の引っかかれた傷を、包帯の上から撫でる。

 いつ戻れるのか、無事に元の世界に戻れるのか、はたまた……一生この世界にいるのか等解らない。
 解らないけれど。
 やる事は変わらない。困っている人がいれば助ける。
 だから、ファランちゃんの心を、絶対に、絶対に。


「さて、そろそろ頃合いか」

 ユラは机の上に飛び乗ると、その大きすぎる袖が出たままの腕を耳元へと持っていく。

 合わせるように、耳元で電子的な画面が展開される。

 

「後かたずけ開始だ、三人であの馬鹿を回収してくれ」

 

 電子の画面からは高い声が返される。

 

『えっ……と、今?』

 踏ん切りが付かないような高い声に、珍しいとユラは感じる。

 

「リース、何をしているか知らないが外で暴れているバカを優先だ、こちらに矛先が向く前に止めるんだ」

 

 数秒の沈黙の後、『了解』という短い声が返される。最後に付け足したように『ごめんね……』という声がマイクを拾っていた。

 特に気にする様子も無く、小さな体から発せられてるとは思えない凛とした声が響く。

 

「『エスパーダ』の出動を許可する。迅速にあのバカを回収して来るんだ」

 

 生きた災害とまで言われるジョーカー。

 

 無論、彼等が災害と言うのであれば、彼等を乗せるシップには、災害を止める力も存在していた。

 

 元々『彼女達』はジョーカーを作る際に偶発的に生まれた副産物。

 彼女達は結果的には失敗作という扱いにされていた。

 ジョーカーとは、ダーカー殲滅の為だけに人工的に作られた者達。

 失敗は死を意味し、非人道的な搾取によって生まれた者達。

 

 そんな中、死ななかった失敗作。

 

 偶発的に作られた彼女達が手にした力は、彼女達が手にした力は、ダーカーでは無く。アークスに対して力を発揮する物だった。

 偶然に生まれた彼女達は、数少ないジョーカーというアークスを止める事が出来るアークス。

 

 数少ない彼女達はエスパーダという部隊で結成された。

 

 対ダーカー専用のジョーカーに際し、対ジョーカー専用の部隊。

 

 

 ■

 

 

 ダーカーの死骸を踏み締める黒いレオンの数メートル後ろに青白い転送の光が舞っていた。

 光が消え去り、白く長い2つ結びの髪が風に舞う。

 少女らしからぬ裂けた笑みを浮かべる。

 手に持つのは彼女の小さな体には不釣り合いな巨大な。

 

 巨大な巨大なハサミ。

 

 自分のサイズをも超えるハサミを器用にその場でクルクルと回す。

 数回転と共に砂を巻き上げるようにハサミを突き

 

 キラキラと子供らしく目を輝かせ、その可愛らしい視線は目の前の黒い物体に向けられていた。

 レオンは禍々しく光る赤い目をアスへと向ける。

 粉々になり、既に砂に紛れた破片のようなダーカー達から、次の獲物を見つけたように、一歩ぎこちなくレオンは足を動かしていた。

 

「わーぁぁー! 黒レオちゃんだァ久しぶりィ」

 

 おどけた言葉を向けるアリスに、躊躇い無くレオンはその手に持つ巨大な赤黒い槍を振るう。

 小さなアリスの体に向けて、巨大な黒い斬激が飛ばされる。

 自身の数倍以上の脅威が、ダーカーすらも一撃で粉々にする高威力がアリスに放たれていた。

 地面を割り、けたたましい音を上げるそれにアリスは首を傾げるだけ。

 

 そんなアリスの耳に付けられたインカムから可愛らしい声が聞こえていた。

 

『横に二歩、後ろに三歩だよアーちゃんー』

 おっとりとした声に合わせるようにステップを踏むようにアリスは言われた通りに歩を動かす。

 後ろへの丁度三歩目に合わせる様に、禍々しい黒がアリスの直ぐ隣を通過して行く。

 アリスの白い髪が大きく揺れる程の風圧を感じているにも関わらず、アリスの表情が変わる事は無い。

 

「今度はこっちから! こっちから!」

 笑顔のまま地を蹴った。

 見た目からは想像出来ない異様な瞬発力に砂が巻き上がる。

 一瞬で距離を詰めるアリスに、レオンは槍を振おうと振り被る。

 

『横に大きく四歩、そのまま前に二歩ー』

 状況と不釣り合いなやんわりとした声に合わせてアリスは再びステップを踏む。

 振りかぶられた攻撃が紙一重の形でアリスを横切って行き、そこから後ろに強烈な衝撃波の砂埃を上げる。

 一度でも擦ればアリスの体は粉々の肉片と化す。

 アリス自身もそれを解っていた。

 解っている上で戦っていた。

 インカムの先の彼女への強い信頼がそうさせていた。

 戦闘型のアリスに対してインカムの先に居るサーシャは補助型の役割を担っていた。

 

 ファラン程の、広範囲の感知能力があるわけでは無いが、一体に対してならば行動を先読みする程の高い感知能力を担っていた。

 戦闘能力の高いジョーカーに対して、驚異的な身体能力のアリスとサーシャは二人で一人。

 

 その為のジョーカー、ないしアークス専用型とまで言われた二人。

 

 悪意あるアークスの削除等を続けてた『裏の仕事』が長い彼女達しか出来ないチームプレー。

 

 攻撃動作の大きいレオンへ、アリスはその場で回転しながら横腹へと巨大なハサミを無理矢理に振るう。

 ガパリと開いたハサミの巨大な刃がレオンへ触れると、鉄を叩くような音を響かせるだけでそれ以上に先へと進まない。

 

 同時に石に触れたような衝撃がビリビリとアリスの手に響いていた。

 

「にゃぁーーーん、手いったーいぃージョーカーってずるぃー」

 返す刀で振るわれる槍をインカムの指示で避けながらアリスは頬を膨らませる。

 瞬時に後ろへと二歩離れるとアリスはレオンの足元を抉るようにハサミを振るう。

 砂を大きく巻き上げながら、削られる地面に、ぐらりとレオンの体制が崩れる。

 

 アリスの表情が不気味に歪む。

 

 殺意が込められた瞳に躊躇い等は無い。

 

「ジョーカーでもねーェー? 首だったら死んじゃうですですぅー?」                   

 

 舞うように孤を描く動きは確実にレオンの首へとハサミを振るう。

 瞬間的にレオンは体制を後ろへと傾ける。

 始めての回避行動は、意識の無いレオンでも無意識に危険視する程の殺意がそうさせていた。

 首元へ振り切られた鎌は皮一枚斬りつけていた。

 浅い斬撃に首元 から軽く血が吹き出す。

 

 外れた事に舌打ちしながらも表情の笑みは変わらない。

 

「うややーんー! 血が出たらぁー殺せるねェー! わぁい……」

 

 よろめくレオンは瞬時に体制を立て直す。

 獰猛な瞳をそのままにレオンは後ろへ数歩飛んでいた。

 本能的に、レオンという人間が攻撃をする為に繰り返してきた動きが無意識にそうさせていた。

 

 先程よりも大きく、大きく、槍を頭上へ掲げる。

 禍々しく舞う黒いフォトンがレオンの槍へと集約されていく。

 振り切る動作は、一瞬の空気、音を無音にさせる程の駿撃。

 

 槍を、縦へ、振り被る。

 

 その動きは先程の大量のダーカー達を根こそぎ吹き飛ばした超威力。

 

 

 感覚が薄いアリスにも伝わる空気の揺れは既に遅いと直感的に理解していた。

 

 それは、小さな少女など、少女の並外れた運動神経で飛び出そうと、到底避けられる筈の無い巨大な殺意の塊。

 アリスに向かう禍々しい黒いフォトンの塊を前にしても、アリスは困ったような表情を浮かべるだけ。

 

「サーちゃーんどうしよー?」

 子供らしくインカムへ零す声に、やんわりとした声が返される。

 

『アーちゃん、ダメだよぉーどこに行っても当たっちゃうー 』

 他人事のような言葉にアリスは怒る様子も見せずに、ううん、と首を傾げる。

 

「どーしよー」

 

 狙いを定めた超火力は避ける範囲すら与えない大規模な領域。

 間抜けな声に合わせると共に小さな少女が飲み込まれる。

 

 数秒続く黒い衝撃波の跡。

 

 巻き上がる砂の中に少女がいない。

 小さな少女がまともに当たれば形すら残らないだろう。

 

 しかし、レオンの視線を周りを見渡す。

 

 アリスの独特のフォトンを、レオンの体が本能的に察知していた。

 まだ死んでいない事を、体が教えていた。

 不意にレオンの赤い瞳は頭上を向く。

 

 逆光から見えたのは、一つの大きな影。

 

 それが子供をぎゅっと抱き寄せている誰かなのだと、レオンが認識する事は無い。

 

 生きている。だから殺す。それだけが彼の行動原理。

 

「良かった間に合った……」

 ほぅと安堵のため息を零す女性は腕の中の少女にキッ!と強い視線を向ける。

 

「何で先に行くの!!」

 空中で金色の髪と白い髪の毛が舞う中、アリスはキョトンとしていた表情を満面の笑みへと輝かせる。

 

「りーちゃんだ!」

 腕の中でキャッキャと楽しそうにしているアリスに、インカムから聞こえる『りーちゃんないすぅー』というおっとりとした口調。

 二人の状況を理解していない様子にリースは呆れた笑みを浮かべてしまう




三人体制でやってます。

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「毎日更新出来ませんでした……とうとう綻びが……」


挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.32 『エスパーダ』

『りーちゃん、あーちゃん、大きいの来るよぅ』

 二人のインカムから聞こえる声に表情が変わる。

 

 リースがギュッとアリスを抱きしめる。

 同時に二人の姿が瞬く光と共に姿を消す。

 彼女達が消えた先に悍ましい黒い殺意の斬撃が通り過ぎていく。

 

 先程の場所よりも離れた部分に現れる二人へとレオンの視線は再び移動する。

 腕の中のアリスに視線を向ける。 

 

「アリス! 行くわよ!!」

 言葉と共に、腕の中のアリスは笑顔のまま親指を立てて見せる。

 そのまま光の粒子へと姿を変えるアリスの姿は巨大なハサミと共に消える。

 その粒子を見送った後、空中でリースはくるりと回転する。周りに光が舞う。

 

 光はリースの手元へ、白い光がそれを実態へと変える。

 

 弓。

 

 それは白く、光輝く弓。

 

 弦を引くと共に現れるのは、同じく輝く白い矢。

 

 金色の髪が舞う姿は見る人が見れば美しくも感じる瞬間。

 

 しなやかな指が離される。

 

 弧を描く純白の光が、瞬間的に拡散していた。

 レオンの体へと容赦なく大量の光が降り注ぐ。

 爆発のように捲り上がる砂煙。

 降り注ぐ矢は止まらない。

 

 着地と共にリースは片足を軸に回転する。

 空気に乗る砂がリースの頬を撫でる。

 

 砂煙が晴れる様子は無い。

 そして、彼女の動きもまだ止まっていなかった。

 

 ゆっくりと掲げる輝く弓は、一直線に砂煙に向けて。

 

 ふわりと、彼女の体が浮く。

 先程よりも多くの光が彼女が引く光の矢へと集約されていく。

 空気が揺れる。

 

 先程よりを中心に一瞬に円が集約する。

 合わせるように放たれた矢は、直線状の光線。

 きぃん、という金属音。

 その音を合図に、光の集約が止まる。

 放たれた光は地面を抉。

 

 砂煙を晴らす程の光の塊は、レーザービームのように中心へと穿(うが)たれる。

 

『ラストネメシス』

 

 高威力を発するアークスが持つ弓の最大攻撃力。

 

 光を放った彼女は荒い呼吸を繰り返す。

 攻撃力に相対するフォトンを体の芯から持っていかれていた。

 大型のダーカー殲滅に使われる必殺。

 一介のアークスが当たればひとたまりも無いだろう。

 それはレオンへと向ける本気の殺意。

 

 リースはぎゅっと唇を結ぶ。

 

 その意味は目前の現状から。

 

 光線は砂煙を貫く事は無かった。

 

 砂煙の中心。

 晴れた中心。

 腕を掲げるレオンの姿が見えていた。

 確かにその集約された光は直撃していた。

 白い煙を上げるレオンの掌が、あっさりと受け止めていた。

 

 リースが放つ最大の威力。

 

 アークス随一の超攻撃を放つレオンには届かない。

 

 一歩、後ろへ退くリースに合わせるように、レオンが一歩前へ踏み出す。

 リースが向けたものと同じ、レオンから向けられる明確な殺意。

 

 レオンの目にはリースという敵しか映っていない。

 

 その景色が遮られる。

 

 レオンの目に映るのは鉄、巨大なハサミ。

 

 一瞬固まるレオンを前にハサミの前にストンっと着地するアリス。

 にっこりと笑顔を向けるアリスの目は赤い。

 

 鮮血に、深紅に、茜色に、警戒色に。

 

 その色に、その瞳をレオンは思わず見入る。

 食い入るように、まるで目が離せないと言うように。

 

 殺意のみで動くレオンの瞳が飲まれていく。

 

「黒れおちゃーん! 見てぇ! じーっと! じーっと!」

 

 二つの赤い目が不気味に光る。

 呆然と見ていたレオンの体から力が抜けていく。

 だらん、と手が落ちる。

 手から黒い槍が離れていく。

 

 

「あらいんとらんす(夢に夢見し心地して)」

 

 アリスの歌ような声がレオンの芯に響く。

 舞う粒子と共に、だらんっ、としているレオンの前にリースが姿を現していた。

 呼吸は荒いまま、虚ろなレオンの頬へ、リースの手は伸びる。

 

 そっと触れるリースの手は、冷たい感触を感じる。

 

 苦しそうに、レオンの表情が歪んでいた。

 

 アリスが見せている別の世界。

 苦しく、おぞましい世界を見せるアリスの力。

 目を合わせるという条件で、幻覚を見せる。

 最も辛い過去すらも、呼び起こす。

 

  

「レオン……」

 思わず零す声と共にレオンの体が粒子へと変わっていく。

 リースの転移の力が、彼の姿を消し去っていく。

 

 そこにはまるで何も無かったかのように砂漠だけが広がる。

 リースと、アリスの二人だけ。

 

「うえぇ……お口に砂入ったー!」

 無邪気な様子のアリスに、リースは額から冷や汗を流しながら何とか笑いかける。

 同じく不可思議なその能力の連続は、リースの体力を大きく奪うものだった。

 その場にリースはへたり込む。

 

「りーちゃんー大丈夫ー?」

 除きこアリスに笑いかけながら大きく息を吐く。

 

「うん、上手く行って良かった……」

 微かにリースの手は震えていた。

 ジョーカーとの戦闘。

 エスパーダとしての役目なのは解っているが。

 一般のアークスとは比べ物にならない程の力を有する彼らを前にして生きているという事に毎回違和感を感じる。

 そして、殺意を向けてきていたレオン。

 方が無いのかもしれないが、少しだけリースの心が痛んでいた。

 

「レオンちゃんに私攻撃当てたよー! クフフフフ!! お姉さま褒めてくれるかなー? ナデナデしてくれるかなー!」

 白い大きな二つの髪を大きく揺らしながらぴょんぴょんと跳ねている姿にリースは苦笑する。

 小さく凹んでいる自分が馬鹿みたいだと、言うように。

 時々、彼女達が羨ましく感じてしまう。

 

 

 

 

 よろよろと体をふら付かせているレオンは黒い姿をそのままに荒い呼吸を繰り返す。

 

 レオンが居る場所。

 そには照りつく太陽も、砂漠も消えていた。

 周りは四方を鉄に囲ませた暗がり。

 暗がりの中、電子的な光だけが辺りを照らす。

 

 ふらふらと揺れるレオンの視線がぶれながらもゆっくりと視界が取り戻されていく。

 目に映ったのは、そんな大きな電子の前に可愛らしく座る少女。

 ピクリと頭の上の獣のような耳が動くと、少女は振り返る。

 ニッコリと、その金色の髪に似合う満面の笑みを、最強へと向ける。

 

 サーシャは、ぴょんっと飛び上がるように立ち上がると、とてとてとふらつくレオンへと歩を進める。

 

 小さな体を大きく見せるようにサーシャは両手を広げる。

 

 恐怖すら感じる事も無くサーシャは楽しそうに笑っていた。

 

「お疲れ様ぁー!」

 

 可愛い声が壁の中に響く。

 合わせるように、部屋に白い光が眩いていた。

 その光はサーシャを中心に数秒続く、ゆっくりと薄らぐ光の中、サーシャは笑顔を浮かべ、目の前の大男を見下ろす。

 黒い影の姿から、いつもの褐色の肌へと戻っていた。

 

 彼女もまた、特異な能力を手にしていた。

 多くのものを無くし、それを代償として。

 

 それでも少女は笑う事を止めない。

 自分が幸せである事を自負していた。

 

 たった一つの、異例の能力だけを手にして。

 

『エスパーダ』

 

 欠落品と呼ばれたアークス。




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「後からの追加にて二人の戦闘時の姿です」(※9/27日更新)


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Act.33 彼女は浮かれていた。 



「ゴメンね」




 笑顔で、彼女はそう言った。

 金色の髪が風にそよぐ。

 冷たい、背筋が凍るような風が頬を撫でる。
 その風が知らしめるのは、彼女の後ろに広がるいっぱいの黒。

 それは視界に留まる事を知らない黒の世界。

 蠢く黒は、煙を上げて彼女へと迫る。

 男は手を伸ばす。離れていく彼女に手を伸ばす。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 届かない、どれだけ手を伸ばしているのに何で届かない。

 弱いから。彼女より弱いから。力が無いから。

 何で彼女が一人で戦う。
 何で彼女を守れない。
 こんなにも強くなったのに、こんなにも力を手に入れたのに。

 過去は戻らない。

 彼女は戻らない。彼女を殺したのは紛れも無い。

 この俺だ。




 暖かい手の感触に、ゆっくりと瞼を開ける。

 状況が理解出来ず、レオンは歪む世界をぼぅ……と眺めていた。

 解るのは自分が寝ているという事だけ。

 目から雫が零れ、ようやくはっきりと世界が見え始めていた。

 夢の中で伸ばした手は、現実でも動いていたらしく。

 レオンの手は間抜けにまっすぐと伸びていた。

 その手を取る人物が居る事に気づく。

 ぼやけた視界は長い髪の毛を捉える。

 

「や、やっと、つ、捕まえ」

 寝ぼけたように零れた声は、視界がはっきりと捉えた事で止まる。

 そこに困った笑みを浮かべるカナタが居た。

 

「だ、大丈夫ですかレオンさん……?」

 まるで見ては行けない者を見てしまったようなカナタの表情に、レオンの頭ははっきりと動き出し始めていた。

 空いている手で目を擦った後、レオンは一度目を見開く。

 数秒の沈黙の後、レオンはニッコリとカナタに笑いかける。

 

「うっひょひょ! カナタちゃんの手あったかいわぁ!」

 レオンの悪戯っぽい声にカナタが慌てて手を離す。

 

「だ、だって涙流して手伸ばすから!!」

 顔を真っ赤にするカナタに対してレオンはゲラゲラと下品な笑い声を挙げていた。

 

「いっやぁ! すまんすまん! 力使うと嫌な夢見ちゃうの俺ー」

 

 力。

 多分あのジョーカーとしての姿の事だろう。

 急に表情が暗くなるカナタに、レオンは笑顔が歪んでいく。

 困ったように、やらかした、と言うように。

 

「あ……ちゃぁ、もしかして、昨日の俺の戦いっぷり見ちゃった感じー?」

 

「……は、はい」

 

 ボリボリと頭を掻く素振りをするレオンは困った笑みを再び浮かべる。

 

「あー……うん、ご存じ俺がジョーカー。最強(スペシャル)の一人だ。化け物の、一人だ」

 そう言いながら笑うレオンにカナタは慌てて顔を上げる。

 

「違います!! 化け物なんかじゃありません!! 貴方は人間です! 一人の人間なんです!!」

 

 レオンは目を見開く。

 目の前の少女に、驚いてしまう。

 そして同時に呆れてしまう。

 ジョーカーの中でも荒い戦い方をする方だろう。

 それは正に人間離れした動き、人とは掛け離れた姿。。

 それを見てしまっても尚且つ彼女は人間だと言ってくれる。

 無我夢中のように、必死なように、自身の中の何かが崩れるのを恐れているかのように。

 

 レオンは小さく笑う。

 

 いつもの豪快な彼らしくない小さな微笑。

 

「ハハ、こりゃ参った。まるでテレビから出てきた見てーなお人好しだな」

 

「な、何ですかそれ」

 

 顔に刻まれたジョーカーの証。

 それをレオンはなぞる。

 優しい瞳の奥に、暗い陰りを見せていた。

 

 

「い、嫌な夢って何ですか?」

 一瞬の沈黙すら耐えられずカナタが慌てて話を戻す。

 レオンは満面の笑顔を浮かべる。

 先程のやりとり等、無かったようないつもの彼らしい彼の笑顔で。

 

「おうよリースの馬鹿にひたすらぶたれる夢よ! カナタちゃんも気をつけろよー? あの女マジでゴリラだから」

 

「……」

 ぎぎぎ、と機械のようにカナタの視線がレオンから外れる。

 

「そ、そーなんですかァ……」

 レオンの言葉に何故かカナタの頬が引きつっていた。

 雰囲気を変えるつもりの、軽く笑わせるくらいだったレオンは思わず首を傾げてしまう。

 

「誰がゴリラ?」

 レオンの肩が大きく揺れる。

 ベッドというのは右と左があるわけで、視線は右側に居るカナタの方しか見ていなかった。

 今、逆側の方を見なくても解る。ダラダラと背中から冷や汗が現れる。

 

「レオン? 夢の続きをしましょう?」

 大変にロマンチックな言葉の筈である。

 状況が状況でなければレオンの表情はニヤケで止まらないだろう。

 今浮かべている表情は引きつった笑みしか浮かべられない。

 

「カナタちゃん……死ぬ前におっぱい揉ませて……」

 泣きそうな声でこの男は何を言っているんだろう。

 しかし冗談のような言葉だが顔は必死である。

 最後の願いがそんな物で良いのだろうか。

 当然そんな願いを適える筈も無くカナタは冷たい視線を送る。

 

「ああん! こんな状況じゃ無かったら最高の目ぷげぶらっ!?」

 悲痛の声と共に、寝ているベッドが割れる程の勢いに。

 鼻から血飛沫を上げるレオンの血から逃れる様にカナタは数歩下がり手を合わせる。

 

「エロは成仏です!! 南ー無!!」

 

 

 少し怒りながらもカナタはホッとする。

 昨日のレオンの悍ましい姿は既に無く、いつもの彼らしい彼で。

 彼が彼で居てくれた。

 

 

 

  ■

 

 

 

 ひとまずレオンの無事を確認してホッとする。

 ……今は既に無事では無いようだが。

 

 ここはカナタが最初に来た精密検査を受けた部屋。

 多くのベッドが並んでいる意味合いが医療室でもある事を今日知った。

 二人の研究員は今は見当たらない。

 広い実験室内の何処かにいるのだろう。

 

 朝、彼女が何時も通り起きると、まず自分のベッドで眠る彼女へと目を向けた。

 心無しか普段よりも深い眠りについているようで、安らかな眠り顔に何処か安堵する。

 何時もと違い、ファランにちょっかいを掛ける事も無く音を立てないように仕事へ向かった。

 

 朝、食堂での飯に飢えたアークス達との抗争も終え、リース達との昼食に近い朝食。

 そこで今だ目が覚めないレオンの話を聞き、リースと共にレオンの様子を見に来たのが今の現状。

 

 時間は既に午後辺り。

 

 二人のいちゃいちゃ、基ボカボカを邪魔するのもあれなので、実験室を後にしようと席を立つ。

 いつから居たのか、ドアの近くでもたれている人物を見つける。

 低い身長に整った顔立ち、白髪の間から見える不対象な色合いの瞳と目が合う。

 

「あー! ホルンさーん!」

 小さな子を見つけて目を輝かせてパタパタと近づくカナタに対して、ホルンは睨む様な視線を向ける。

 

「一々近づいてくんじゃねーぞ糞ガキ!! ぶっ飛ばすぞボケ!!」

 

「もう抱っこしようとしませんよー」

 見た目が見た目だが、一応年上らしいのでカナタも敬語を使う。

 ユラの時と同じく見た目のせいか敬語がぶれてしまうがそこらへんは本人も気づいていない。

 

「そういえば、シルカさんは?」

 いつも彼と居る彼女を最近見る事が無かった。

 思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。

 その言葉と共にホルンの肩が大きく揺れる。

 何故か沈黙を残すホルンに対してカナタは首を傾げる。

 

「……馬鹿が起きたんなら、ここに様はねーよ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ホルンはカナタに背を向け先にドアから出て行く。

 普段からぶっきらぼうな彼である事はカナタも十分に理解していた。

 それでも、少し妙な違和感を感じるが、その違和感が何なのかを理解するまでには至らない。

 深く考える事もせず、カナタは自身の部屋へ戻る事にする。

 

「シルカさんとまたお話ししたいなぁ!」

 ホルンに付きっきりで有りの彼女。

 シップに来て間もない頃に何度か一緒にお茶をしたり、女性達の集まりに呼んでくれたりと何度も気にかけてくれていた。

 優しく笑い掛けてくれる彼女には良い印象が強い。

 

 気にしなくても、同じシップにいればまた直ぐに会えるだろうと高を括り廊下を進む。

 次はクッキーやお茶菓子なんて作って用意してみようかな。

 きっと、楽しい。

 カナタは浮かれていた。ユラが任せたと言ってくれた事が嬉しくて、認めて貰えたのだと考えて。

 既にレオンとの事は考えていなかった。彼が彼で居てくれた事もまた、彼女を安心した要因の一つだった。

 彼女の白い心は浮かれるように跳ねていた。

 

 手の甲に巻かれた包帯の痛みも、彼女には既にささいなものでしか無い。




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Act.34「視線のエクスプロージョンやァァァ!!」

 ああ。

 まただ。

 また人を傷つけてしまった。

 だって、だって、だって、怖いから。

 いつもなら逃げていた。

 その化け物を見るような目から逃げる為に。

 今度は自分が傷つけられるのだと怯えて。

 寒い。寒い。寒い。

 いつも。いつも。いつも。

 目が覚めた時、慌てて辺りを見渡していた。

 誰かを必死に探していた。

 ああ、ああ、ああ、また、消えてしまったのだと、目頭が熱くなる。

 居なくなった事に、傷つけられる恐れに対する安堵よりも、先に心に浮かんだのは。

 謝りたいと思っている。

 私だった。


 部屋の自動ドアが開く。

 

 開いた先に、フードを被るファランが立っていた。

 不安そうに視線は下を向き、ドアの音に驚いたのかビクリと肩を震わせる。

 

「あれ? ファランちゃん?」

 少女が目の前に立っている事に首を傾げる。

 部屋を出る前にいつも以上に深い眠りの彼女は見送っていた。

 いつから立っていたのだろう?

 いつものように持ってきたバスケットを待っている、という様子は無い。

 

 彼女は目の前で俯き肩を震わせている。

 帰るのを、待っててくれた? 都合の良い解釈だろうか。

 俯いていた視線がチラリとカナタを見上げ、視線は次に彼女の手の甲へと向いていた。

 その紫色の瞳は薄っすらと赤まり、何度も必死で拭ったであろう頬が赤らんでいる事に気づく。

 瞳に、強い罪悪感の色がある事にカナタは、ようやく気づいた。

 スカートの裾をぎゅっと握る彼女の姿は、何かを必死に堪えているような、そんな様子に見えていた。

 

「だ、大丈夫だよ?」

 

 カナタの言葉を聞いても彼女の目に溜まる水は収まらず、今にも零れそうな程に潤いを見せていた。

 

「あ、の、わた、し、ごめ、んなさ、い……」

 

 たどたどしく続ける言葉と共に少女は俯く。

 ポロポロとこぼれる雫に対して、カナタの瞳は酷く優しい光を見せていた。

 

「うーん……どうしよっかなー?」

 いたずらっぽく、そういう彼女の言葉にファランは慌てて顔を挙げていた。

 不安が入り交じった少女に、カナタは笑顔を向ける。

 

「じゃー1個だけ、私のお願い、聞いてくれる?」

 その言葉にファランの視線は泳ぐ。

 右往左往としながらも、結局視線はすぐにカナタの方を向いた。

 やはりその表情から不安の色が消える事は無かったけれど、コクリと、カナタは小さく頷いていた。

 少し、卑怯かな、という言葉が脳裏を過ぎる。

 その気持ちを振り払う様に頭を振ると、笑顔を向ける。

 

「一緒に行きたい所が、あるの」

 

 手を繋ぎ一緒に部屋を出る。

 もっと抵抗をすると思ったけれど、ファランは思いのほか、素直に付いて来てくれていた。

 

 廊下を二人で歩く。

 

 引っ張られるように後ろから付いてくる彼女へ、チラリと視線だけ向ける。

 フードを深く被り、更に上から片手で強く押さえていた。

 まるで、自分が誰かと解れば、殺されるとまで言うかのように。

 廊下を一緒に歩く彼女の手は酷く冷たく、手に震えが伝わっていた。

 その震えを上から押さえる様に強く握る。

 

 今、彼女を動かしているのはカナタに対する罪悪感だろう。

 

 その罪悪感を利用しているのは解っている。

 それでも、第一歩を。

 そこまでしてでも、彼女と触れ合いたかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 大きなシップの中には勿論売店のような物もある。

 残念ながら人がいるようなしっかりとした物では無く、機械が並んでいるだけだけれど。

 

 その中でも端、あまり人が居ない所へと彼女を連れていく。

 

 少ない人の中、見知った人を見つけた。

 

「あれ? リースさん?」

 

「あらカナタ」

 

「どうしてこちらに?」

 

「新しい服が出たみたいだからね、ちょっとウインドウショッピングって感じ? って言ってもウインドウは無いんだけどね?」

 その言葉にカナタはクスクスと笑う。

 彼女達が元々住んでいたシップではしっかりと服等はウインドウで見れるらしい。

 そこらへんはカナタの世界とはあまり変わらないようだ。

 残念ながら今では電子的な表示の機械から服を見る、という具合のようだが。

 

 ええと、電子だからエレクトロショッピングとでも言うのだろうか?

 

 等と良く解らない思考に走っていると、後ろからボソリと震えた声が聞こえた。

 

「ふ……ふ、服?」

 

 高い声にリースはカナタに隠れている少女に気づく。

 そして、一目見て表情を強張らせる。

 

「ファ、ファラン!?」

 部屋から一切出ようとせず、人の目に触れる事を嫌がる彼女が目の前に居る事に驚いていた。

 名前を呼ばれたファランは小さな悲鳴を上げてその場で蹲ってしまう。

 

 蹲るファランの背中に優しく手を置き、カナタは笑う。

 

「大丈夫、大丈夫だからね。私が一緒にいるよ。大丈夫」

 優しい、母のような瞳。

 その瞳は直ぐに変わる。

 

「ムフ……ムフフ」

 

 ニヤリとした、嫌らしい笑みと共に。

 

「むっふっふっふ!! 私のお願いはぁ……ファランちゃんをォ……コーディネートさせてって事ォ!! それじゃあ可愛い可愛いファランちゃんを更に可愛くしましょうねェ!!」

 

「へ?」

 間抜けな声を零すファランのフードを掴むと優しくフードを剥がす。

 

「ほら、可愛い」

 にっこりと、笑う彼女の笑顔にファランは思わず目が開く。

 綺麗な、本当に綺麗な笑顔だった。

 そして、その笑顔を浮かべる頬が更に開く。

 

「っひ!?」

 突然の表情の変わりように思わずファランの口から悲鳴がこぼれていた。

 

「ちょカナタ!! ヨダレ拭きなさい凄い顔してるわよ!」

 

「ヨダレ何て出てないですよォうふふふふふふふ!! ほァ!? 涙目上目遣い!! いやん! いやんいやん! やばすぎ!!」

 女性にあるまじき声を上げたカナタに、リースは頬を引きつらせる。

 

「貴方そんなキャラだったっけ!?」

 リースは呆れた声も無視して固まっているファランを近くの椅子に座らせる。

 いそいそと何処から取り出したのか解らない櫛やブラシでファランの長いボサボサの髪を巧みに伸ばしていた。

 

「あー……やばい……やっばいわァ……ふわっふわだわァ髪ぃ……この綺麗な桃色の髪触りたかったのよねェ……うひょひょひょ……もう食べたいわぁ口の中放り込みたいわァ」

 気味の悪い笑い声を挙げる度に、座っているファランの表情は硬直する。

 

「ファランを連れ出したのは凄いけど、何やってんのよこの子」

 

「どゅふふふふふふ!! めんこいのう!! めんこいのう!!」

 カナタのハートになっている目は、誰かに似ているような気がした。

 スグにその気持ち悪い笑い声が脳裏に該当する。

 レオンのバカに悪影響でも受けたのだろうかと頭を抱える。一切話しを聞く様子の無いカナタから、視線はファランの方へ向いた。

 

「ファランも嫌なら嫌って言っていいのよ?」

 名前を呼ばれたファランは突然ピシリと背筋を伸ばす。

 

「は、う、わた、私」

 おどおどとした仕草のファランは視線が右往左往と泳ぐ。

 その後、紫色の瞳がリースの方を向いた。

 しっかりと、彼女を見る。

 リースを見る。

 

 久しぶりに、ファランの目を見た気がした。

 

「約束、だか、ら」

 そう言うとファランはぎゅっと目を瞑る。

 声を聞いたのは何時ぶり頃だろうか。

 彼女はもっと、生気の無い瞳をしていた筈だ。

 怯える姿は変わらない、唯少しだけ、瞳に色を見た気がした。

 

 その瞳に色を付けたのはきっと、彼女だ。

 

 ダラダラと涎を垂らす姿を見て、アレやっぱり勘違いだろうか、という言葉が頭を過ぎるが、……彼女にも、何か考えがあるのかもしれない。

 

 

 

 

「こことぉ! ここをぉ!? 結ぶでしょ!? ギャアアアアアア!!! ンがわいィィィィ!!! 視線のエクスプロージョンやァァァ!!」

 

 

 ピンク色の髪が後ろで二つ結びにされ、可愛らしくツインテールの形へと変わっていた。

 とんでもない悲鳴を挙げているカナタに対してリースはニヤリと笑う。

 

「ッフッフッフ!! 甘いわねカナタ!!」

 

「何!?」

 何故か不適な笑みを浮かべるリースに対してカナタが仰々しい反応を示している。

 

「え!? そ、そっち側!?」

 困惑するファランを置いてけぼりに、リースは電子版をばたばたと叩く。

 電子の粒子と共に、リースの手に物体が現れ、その手に握られた物がファランの頭に装着される。

 

 桃色の髪は後ろに綺麗な二つの束を作り、その頭の上には獣染みた三角の耳が並んでいた。

 

「猫……耳……!?」

 ふらりと一瞬頭が後ろへと動く。

 

「可愛すぎ!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「カナタ! 鼻血鼻血!!」

 ボタボタと地面を真っ赤に染める事も気にせずカナタはがっしりとファランの肩を掴む。

 

「っィ!?」

 優しかった筈の彼女の姿はそこには無く、鼻血と涎を垂らしながら荒い呼吸をする姿にファランの表情が引き攣る。

 

「つ、つ、つ、次は、ふ、服も変えましょうね!? お、お姉さんと更衣室行こうね!? ね!?」

 

「カ、カナタ乗った私も悪いけど凄く気持ち悪いわよ!!」

 

「気持ち悪くない!!」

 鼻血を飛ばしながら何を言っているんだろうこのムスメは。

 言葉を失うリースを無視して再び視線はファランの方を向く。

 

「ッ!?」

 再び大きくファランの肩が揺れる。

 

「だ、だ、大丈夫だからね! 優しくす」

 

 カナタが言葉を言い切る前に、ファランは我慢が出来なくなった、と言うように思いっきり立ち上がっていた。

 

「ピ! ィ! うう!」

 楽器のような謎の高音を口から飛び出させたかと思うと、ファランは悲鳴を挙げながら飛び出す。

 

「ヤァァァァァァァァァ!!!!!」

 

「あれ!? ファランちゃん!?」

 

「そりゃ逃げるでしょ……」

 呆れた声を零すリースの言葉等トリップ状態のカナタには聞こえていない。

 

「何!? 何!? 私とファランちゃんの逃避行!? よっしゃぁ背景に海用意しなさいよ! キャッキャウフフの追いかけっこの始まりよ!! 待て待てぇー! ふぉひょひょひょ!!」

 

「落ち着きなさい!!」

 

「ぎゃん!?」

 鼻血と涎をまき散らすカナタの頭上にリースの鉄拳が振り下ろされると、コミカルな音と共に、更にコミカルな音を口から零しながらカナタはその場で蹲る。

 

「痛いぃぃ……ッハ、私は何を!」

 

「そりゃ誰だって逃げるわよ、ほら鼻血拭いて」

 

「す、すみません」

 受け取るハンカチを一瞬汚してもいいのか悩んでしまうが、リースの呆れたような視線に大人しくそれを鼻に当てる。

 

「やりすぎよーカナタ」

 

 リースの言葉にカナタは申し訳ないと言うように笑う。

 

「ご、ごめんなさい……つい嬉しくて」

 

「嬉しくて?」

 

「彼女が一歩前に出てくれたのが嬉しかったんです。チャンスだと思ったんです……」




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Act.35「私は絶対に!! この子を裏切らない!!」

桃色の二つ結びが揺れる。

 

「げっほげほ!」

 

 走ったのは何時振りだろうか。

 壁に手を付いて咳き込む呼吸を整える。

 しかし、激しく跳ねる心臓は止まらない。

 顔が熱いのは、走ったからだろうか。それとも、『可愛い』と、言われたからだろうか。

 手の付いた壁。

 ガラスのような光沢を見せる綺麗な壁には、一人の少女が移っていた。

 整った髪を結び、頭に付けている特別製の同化型の猫耳。

 ピョコピョコと彼女の意識で動くそれは、元々感知能力を底上げする物。元から感知能力に長けた彼女にとってそれはプラスしたとして微々たる物でしか無く、唯のアクセサリーと化していた。

 

「か、わ、いい?」

 カナタが言っていた言葉を思い出す。

 両手を頬っぺたに当てその場で蹲る。

 赤く火照る顔を抑えようと触れた顔は、抑えられるわけもなく掌が熱くなるだけ。

 

「わ、わ、わた、し?」

 もう一度恐る恐る光沢の在る鏡を見る。

 まるで自分では無い少女が居るように、おどおどとした少女が見つめ返していた。

 少女の頬は、小さく上がっていた。

 慌てて視線を壁から外した。

 

 笑っていた。

 

 その事実が途端に恥ずかしくなる。

 

 ぎゅっと胸を両手で抑え、歩を進める。

 その光沢のある壁から逃げるように、その場から離れた。

 俯きながら思わず早足になる。

 何でドキドキする。

 こんなのは、始めてで。

 

 寒い、寒い、寒い。

 

 体の奥底から常に沸き起こる、黒くどす黒い冷たさが止まる事は無い。

 

 止まる事は、無い、けれど。

 

 今は。

 

 少しだけ、胸の端っこ。本当に、少しだけ。

 

 

 暖かい。

 

 

 クスリと無意識に頬が動いていた事に、ファランは気づかない。

 頬に貼られた絆創膏を優しく撫でる。

 あの人の、暖かい笑顔を思い出す。

 

「可愛い……可愛い……エヘ……エヘヘ」

 

 笑っている事に、彼女は気づかない。

 

 

 ■

 

「わぷっ!?」

 俯いていたファランは前方に気づかず顔をぶつける。

 そのまま尻餅を付いてしまうと、慌てて謝罪の言葉を口にする。

 

「ご、ごめんな、な」

 そこで言葉は止まる。

 ファランが顔を上げた先、表情が強張る。

 

「……あ?」

 

 低い声と共に、男は振り返る。

 濁った瞳が、ファランを見下ろしていた。

 

「……ヒ」

 

 まるで虫を見るような、汚物を見るような瞳に、ファランは小さく悲鳴の声を上げる。

 小太りの、身長の低い男。

 その男と対比するように隣に並んでいる細身の男も振り返る。

 同じく、汚い瞳。

 

 良い人間では無い事を意識的に感じ取る。

 

 それで無くてもこの男の事は知っていた。

 

 ガルダと言う名前のジョーカー。

 ジョーカーを枷に好き放題をしているという乱暴者。

 引きこもっているファランの耳にも聞こえてくる程に傍若無人。

 

「てめぇガキいぃ!!」

 上から降りかかる怒声に対してファランは悲鳴を挙げながら、反射的に顔を守るように両手を挙げてしまう。

 

「ご、ご、ご、ごめ」

 恐怖で言葉が覚束ないファランに、ガルダの青筋が増える。

 

「舐めてんのかガキィィ!! 俺を誰だと思ってやがる!!」

 乱暴に振り上げる蹴りはファランの横で振り上げられ、脅迫めいた動きは十分にファランの心を揺さぶる。隣のもう一人の男の下卑た笑い声が恐怖を加速させる。

 悲鳴を上げながら体を震わせながら縮こませる。

 いつもの様に、部屋の隅で震えていた時と同じ様に。

 

「ご、ご、ごめ、や、あ、あ、あ、う、い、や」

 言葉の羅列が出来ない。

黒い心の闇が彼女を覆う。

震えながら目が見開いていく。

無意識的に目頭が熱くなる。

 

怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 恐怖で震える少女の様子は二人の男の感情を加速させる。

 弱者に大して、ストレス解消道具を見つけたと言うように。

 

「俺はジョーカーだぞ!? この俺にぶつかっておいて何だその舐めた態度はよォ!!!」

 ジョーカーという言葉にファランはビクリと肩を震わせる。

 胸倉を捕まれ無理矢理立たされるファランの足は小鹿のようにガタガタと振るえ、目を見る事も出来ずに必死に視線を外す。ガチガチと音を立てる歯は言う事を聞かずに最早言葉すら発せられない。

 

「面白いぐらいにビビりますねコイツゥ」

 ガルダを調子付かせるように細身の男はまた下卑た笑いを挙げていた。

 ファランの小さな体は乱暴に地面に投げつけられる。

その勢いのまま、非力な彼女の体は冷たい床に投げ出される。

 悲鳴を上げるファランは、自分を守るように両手をぎゅっと体に巻く。

 ただひたすらに言葉を紡ぐ。

 

「寒い、寒い、寒い……」

 彼女の感情の上下で芯まで凍るような寒気が襲われる。

 空ろになっていく瞳は、徐々に思い出していく。

 

 どっぷりとはまる黒い闇。

 彼女にしか見えない暗い世界。

 何も信じられず、何もかもが絶望に染まる世界。

 

 ああ、そうだ。

 

 この広すぎる世界から逃げるように、恐怖しかない世界から怯える様に。

 

 寒い、寒い、寒い、寒い。

 

 嫌いだ、嫌いだ、アークスも、ダーカーも、生きている全ても、そして。

 

 私自身も。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「やめなさいっ!!!」

 遠くで声がした。

 知っている声。

 いつもは優しい筈の、黄色い声には、赤い怒りの色が入っていた。

 ファランは無意識に彼女という存在を察知する。

 誰でも無い、誰にもなれない綺麗な色を持つ彼女を。

 空ろな視線が振り返る先には、怒りに震えるカナタが居た。

 

 

 大股でカナタは近づくとファランとガルダの前に割って入る。

 睨む男に対して、カナタは一切動じる様子も見せずに睨み返す。

 

「ファランちゃんに触れないで!!」

 

 まただ。

 ファランの背中を見たのはこれで二度目だった。

 最初は始めて会った時、まだ名前も知らないファランをカナタは守ろうとした。

 そして今、ジョーカーと言われた生きる災害を前にしても、彼女は動じる事も無くファランの前に立つ。

 何故、この人は、ここまで出来るのだろう。

 強いわけでは無い。戦えるわけでは無い。なのに何故、この人は。

 

「あぁ!? またテメェか糞女!! 殺されてーか!!」

 苛立ちで怒りをあらわにするガルダに真っ向からカナタは睨みつける。

 

「野蛮な言葉を使わないで下さい!! この子が怯えるでしょう!!」

 

「この!! 化け物がァ!!」

 ガルダが容赦なくカナタへと横へ振った腕は、破裂音のような物を響かせる。

 

「っぁ!」

 目の前の現状に、ファランは思わず声を漏らす。

 カナタの顔が横に振られ頬が赤く染まる。

1歩。

彼女がその勢いに負けた1歩を横へとよろける。

 怒りの声を上げていたカナタは顔が横に振られたまま動かない。

 その様子にガルダの頬が裂ける。

 女に手を出さないとでも思ったのか、というような汚らしい笑み。

 戦えもしない女の癖に、手を挙げれば簡単に押し黙る。

 弱者はそうしていれば良い。

 隣の細身の男に同意を求めるように下劣な笑み向けていた。

 そのガルダの顔が突然歪む。

 

 横からの衝撃でガルダは間抜けに尻餅を付いていた。

 

 返す形と言うように、カナタが思いっきり張り手を振り切っていた。

 赤らめた頬も気にせずカナタの鋭い瞳はガルダを睨む。

 

「負けるもんか!子供に手を上げる貴方を私は許さない!!!!」

 

 一瞬ポカン、とするガルダの表情はみるみる怒りで震え出す。

 

「て、てめぇぇぇぇ!!! こ、この俺に!! この俺を誰だと思って!!!」

 

「誰だって良いです!!」

 ガルダの言葉を遮る様な大声を張り上げ、カナタはその場で両手を広げる。

 守るように、体全体で絶対に触らせないという気持ちをぶつけるように。

 

「誰だろうが彼女を傷つける事は許しません!! 私は絶対に!! この子を裏切らない!!」

 

 頬を叩かれている事など触れずに、カナタの真っ直ぐな瞳が睨む。

 

 それは唯、後ろに居る少女の為に。 

 

 その姿は。

 後ろで見つめるファランの目に色を灯す。

 何故他人の為にここまで出来るのだろう。

 こんなにも、最悪で最低の世界なのに。こんな、ゴミのような人間の、為に。

 

 何で。

 

『裏切らない』と言った、カナタの背中を少女は見つめる。

 

 臆病な少女の凍える心に、その言葉が染み渡る。

 

 怒りで顔を真っ赤にしていたガルダは不気味な笑みを浮かべ始めていた。

 その笑みのまま、ガルダの腰にさされた刀がゆっくりと引き抜かれていた。

 

「口では幾らでも言えるよなぁ……気持ち悪い女がよぉぉ……」

 

 その姿にカナタの肩が一瞬震える、それでも視線は外れない。

 広げた両手は下ろさない。

 

「今度は誰もいねぇぞォ? そのムカつく目ほじくっても同じ風に出来るか試してやるよォ」

 隣の男が「流石にそれは……」という焦った声を出すもそれも無視してガルダは一歩前に出る。

 

 一瞬だけ、真っ直ぐだったカナタの瞳がブレる。

 その一瞬をガルダは逃さない。

淀んだ瞳と、汚らしい笑みと共に刀が振り上げられていた。

 

「や、だ、止め……」

 震える、か細い声がファランの口から漏れる。

 嫌だという気持ちは強いのに、体が動かない。

 唯ぱくぱくと魚のように音にもならない開閉を続けるだけ。

 

 臆病者は動けない。

 

 何も出来ないまま、ガルダの刀は容赦無く振り下ろされていた。

 




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Act.36「待ってたって、良いじゃないですか」

 目前、目の前で刀はピタリと止まった。

「ッハ……ァ……」
 冷や汗と共に吐息が漏れる。
 目の前でギラつく刃が何故止まったのか、直前でガルダが止めたのか、カナタには解らない。

「おいコラ糞ガキ」
 低い声。
 その声はカナタの下から。
 視線を下ろす先に、黒いマフラーが舞うのが見えた、
 白い髪に黒一色の服。
 ガルダが振り下ろす太い腕を、下から小さな片手で止めていた。

 ホルンの手で止められていた。

 低い身長にも関わらず、その瞳から発せられる威圧がガルダへ向けられる。

「何だこのガキ!?」

「この俺を知らねー時点で、お里が知れるな若造が」

 後ろに数歩後ずさるガルダに対してホルンはその場で回転する。
 回転する黒いマフラーと共に腰から青い物体が取り出されていた。
 展開される青い光が舞う。
 その手に握られたのは二つの双剣。

「さて、最近調子に乗ってるガキってのはテメーだな? 俺の馬鹿共にまで手ェ出してるらしいじゃねーか」
 向けた青の切っ先に対してガルダは苛立ったように舌打ちをする。

「ガキの分際で俺が誰か解ってンのか? あァ!?」
 そう言ってガルダが手の甲をホルンへ向ける。 
 そこに刻まれたジョーカーの黒い刻印。
 ホルンは一瞬だけ片眉を上げて見せ、大きくため息を零した。

「ジョーカー……」

 ガルダの頬が上へと上がる。
 ジョーカーという存在、それを知れば誰もが恐怖に顔を歪めこびへつらう。
 それを知っている。
 このガキも直ぐにその表情を変える。

「呼び名は」

「は?」

「別名みてーなもんだ」

 重苦しい雰囲気を醸し出す目の前の低い身長の子供に対して、妙な威圧感を感じていた。

「な、なに言ってんだテメェ」

 ガルダの言葉にホルンは首を振りながら呆れたように溜息を零す。

「ああ……まぁ、仕方ねぇよ。テメーみてぇにジョーカーを勘違いしちまう奴もいるだろうよ」
 光る片方の切っ先を、ガルダに向ける。
 鋭い瞳が、ガルダを睨む。

「馬鹿を教育するのも俺の役目だ、構えろよピエロ野郎。歴戦を見せてやるよ」


 空気が凍る。
 唾を飲み込む音は、ガルダの後ろで震えているもう一人の男から。
 その小さな体からは考えられないような殺気が廊下を埋め尽くす。
 それは呆然と見ている戦闘スキルの無いカナタにも感じる程の威圧。

 一秒、一分、十分、はたまた一時間。

 時間の概念すら混乱する程の空気。
 五分足らずしか経っていない筈の世界は、その小さな彼が掌握していた。

 無音の終了を破ったのは、小太りの男だった。


「おい、行くぞ」
 ガルダは武器を仕舞うと、ホルンに背を向ける。
 慌てて男がガルダの背中を追いかけて消えていく。
 闇に消えていくガルダの顔は見えない。
 しかし、怒りで握りしめた拳が震えているのだけは、カナタには見えていた。


「あんなのが七人のうちの一人? ギャグにしても笑えねーよ」

 ホルンは去っていく男の背中を睨むように見送り、吐き捨てるように舌打ちをする。

 

「は…………はぁぁ~~~……」

 苛立ちの声を漏らすホルンの背中を見ていたカナタはその場で崩れ落ちていた。

 その後ろに居るファランは、崩れ落ちるカナタの手が震えている事に気づく。

 

「カ、カ、カナタ、さ」

 震える声を零しながら彼女の名前を呼ぼうとするも、ファランはそれ以上声を出す事も、動く事もできない。

 何もしなかった自分が、動いていいのか、そう言っているかのように。

 

 そんな二人に向けてホルンは振り返る。

 

 表情には、先程の怒り等は見当たらない。

 何処までも無表情で有り、二つのオッドアイの瞳はファランを冷たく見下ろしていた。

 カナタの隣に立つように歩を進め、ファランも見下ろすホルンに気づく。

 

「あ、う、あ……先、生」

 

「……まだ、俺を先生と……呼んでくれるかよ」

 ホルンのオッドアイは一切の感情を見せずに真っ直ぐにファランを見据えていた。

 

「いつまで、そうやって震えている気だ。誰かが救ってくれると思ってるのかよ、誰かが手を差し伸べると思ってるのかよ……そんな幻想が現れるまで、ずっとそうしてる気かよ」

 

「………」

 視線は落ちる。

 見たくない物から目を逸らすように。

 その動作はホルンを苛立たせる。

 都合の悪い事から視線を逸らす。

 いつまでも進歩しない糞餓鬼。

 

「救えねぇ」

 はき捨てる台詞にファランの肩がビクリと揺れた。

 また彼女の目から涙が落ちる。

 子供らしく、どうして良いか解らない少女から涙が止まる事は無い。

 すんすんと、少女の泣き声が響き、それを少女の師だった男が見下ろす。

 

「待ってたって、良いじゃないですか」

 

 泣き声を止めたのは、もう一人の高い声。

 頬を赤く腫らしながらも、その直線状の目だけは変わらない。

 ホルンは小さく苦笑してしまう。

 ユラが言っていた。

 まるでフィクションの少女だと笑っていた。

 

 先程まで震えていやがった癖に。

 

「助けてやった俺を睨むかよ」

 

「感謝しています。ですけどファランちゃんを苛めるのは許しません!」

 

 苛める? そんな簡単な物に見えたのか。

 全くふざけた女だ。

 ……成程。確かに『幻想』だ

 

 

 

 

「救いを求める事の何が行けないんですか! 自分でどうしようも無いから待ってたんじゃないんですか!!」

 カナタは疑問に思う。

 ファランを見てそう思うなら、何故彼は手を伸ばさないのか。

 彼女を見て解っているなら、何故そう思わないのか。

 心優しい少女には解らない。

 

「……そんな甘い事が通ると思っているのか」

 

「甘くて結構です!! そんな言葉!! 悪意ある人間が考えた言葉です!!」

 

 ぐっ、とカナタは自身の胸に手を当てる。

 

「貴方が救わないなら! 誰も救わないなら!! 私が救う!! 私が手を差し伸べる!!」

 

 ホルンは苦笑する。

 流石は武器を持つ事を拒んだ人間。

 馬鹿馬鹿しい。

 腸が煮えくり返る程だ。

 胃がもたれる程だ。

 吐き気がする程だ。

 

「……腐れ甘党馬鹿ガキ女、てめーが、ご熱心なのは良く解った。だがそれはこのビビリだって変わろうとしなきゃどうしようもねーだろ、何度、手を差し出そうとな」

 

「10回でも! 100回でも! 何度でも手を出せばいいじゃないですか!!」

 

 ホルンは目を細める。

 それは彼女を疑問視する瞳。

 傍から見れば、光に目を細めるような仕草にも見える動作。

 

 一度視線はカナタから離れる。

 視線はファランへ。

 俯いたままのファランは動く様子を見せず、その姿にホルンは小さくため息のような声を漏らす。

 

「……救えねーよ、そいつは臆病な糞ガキだ」

 

 踵を返し、ホルンはカナタ達へ背を向ける。

 まるでもう様が無いと言うように。

 カナタは小さな背中を睨みつける。

 

 その信念だけは変わらない。

 

 彼が彼で居る様に。

 

 彼女は彼女で居る為に。

 

「ふ……ぅぅぅ……」

 嗚咽の漏れる声に、カナタは直ぐに我に変える。

 慌てて振り返り、尻餅を付いたままのファランの前に座ると優しく声を掛けていた。

 

「大丈夫!? 怪我とかしてない?」

 

 ファランは顔を上げる。

 涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭こうともせず、ファランの手がカナタへ伸びる。

 叩かれたであろうカナタの頬に、ファランの冷たい手が触れる。

 

「ごめ、なさ……わた、私の、せい、で、わた、し、何も、出来なく、て」

 震える手を、カナタはゆっくりと両手で取る。

 それを胸元でぎゅっと握り、泣きじゃくるファランへと微笑む。

 

「うん、大丈夫だよ……」

 やっぱり、この子は、優しい子だ。

 

 泣きじゃくりながら、嗚咽を零しながら、ファランはゆっくりと言葉を綴る。

 

「……わた、し、変わ、り、だい」

 

 カナタは息を飲む。

 始めて、彼女から聞いた言葉。

 行動を示そうとする言葉。

 今も涙でぐちゃぐちゃになりながら言葉を必死に紡ごうとするファランを、そっと抱き寄せる。

 一瞬泣き声が強張ると、ファランは離れようと押し返していた。

 それはまるで汚いから、と言うように。

 負けじとカナタは強く抱きしめる。

 変わりたい、と言った言葉に答えるように。

 

 振り向く事もしないホルンの耳にも、廊下に響く少女の声が聞こえていた。

 ポツリと、彼女が口にした言葉を、自身でも口にする。

 

「変わりたい……か」

 

 変われないジョーカーが何を言う。

 体の中身をいじくられたジョーカーが、どうやって変われと言うのだろうか。

 幻想に取り付かれた弟子を、ホルンは止める事はしない。

 廊下で抱き合う二人に視線を向ける様子は無い。

 ホルンは歩を進め離れていく。

 自分がそこに居るべきでは無いと言うように、廊下の曲がり角から消えていく。

 

 カナタにも曲がり角に消える少年の背が見えていた。

 解っている。

 ホルンの言葉が全て悪意が込められているわけでは無いという事は……解っている。

 それでも彼女は止まらない。

 目の前で泣いている子が居るのに見て見ぬ振りなんて出来るわけが無い。

 

 暫く、ファランを抱きしめ続け、廊下に響く泣き声は少しづつ止んでいた。

 

「大丈夫?」

 手の力をゆっくりと緩め、優しく声を掛けるカナタに、ファランはコクリと胸の中で頷く。

 

「そっか……良かった」

 彼女の裏表が無い透き通った声がファランの耳元で囁かれる。

 優しい声色に、ファランは目を瞑る。

 ファランの中で冷たい物が無くなる事は無い。

 今も背筋に続く寒気は終わらない。

 それでも、カナタの温もりは、しっかりと感じられていた。

 

 

 

 

 

「…………それじゃあまだ服変えて無いから戻ろうか?」

 

 

 

「え?」

 見上げた先、先程まで優しかった筈のカナタの目が再び変わっていた。

 その目は、涎や鼻血で滅茶苦茶になっていたあの時、始めてファランがカナタに対して恐怖を感じた時の目。

 

「……カ、カナタさん、ほ、頬が、し、心配だか、ら、先にそっちを」

 

「ぬふふふふ……頬の痛みなんて可愛いの前には消し飛ぶのよ……まずは水着!! 水着よ!!」

 逃げようとするファランを抱き寄せたままカナタは駆けて行く。

 そんな二人を見送る二つの影が廊下の影から見つめていた。

 

 

 

 

「おい、あの甘党女キャラ変わってんぞ」

 げんなりとした表情のホルンは気持ち悪い物を見るように表情を歪める。

 その目はガッシリとファランを抱いたまま駆け出しているカナタの背に向けられていた。

 

「うむ、偶然私も通りかかっただけなのだが、これはとんでもない発見だな、正に『アツカン』という奴だ、気をつけねば……」

 ホルンの上からひょっこりと覗く巨大な身長の女性、ユラは「ううむ」とよく解らない呻きを零し思い出したかのようにブルリと震える。

 

「いや圧巻な? 何で酒一杯入れてんだよ。いやあの女入れてんのか?」

 

「して、ここで何をしているのだホルン」

 

「……何でも良いだろ」




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Act.37「おばちゃーん!! タレたっぷりのキャタ丼3つーー!! 勿論全部俺のなーー!!」

慌ただしい食堂の朝。

 

「おばちゃーん!! タレたっぷりのキャタ丼3つーー!! 勿論全部俺のなーー!!」

 数日前に救護室で寝ていたのが嘘のようにレオンはいつもの調子で台座に手を置きながら奥の食堂へと叫ぶ。

 

「毎回声が大きいのよアンタは!!」というおばちゃんの声がお返しで返ってくる。「アンタも十分デケーよ!!」という何時もの返しをしつつ身を乗り出してグルリと調理場内を見渡す。

いつもなら一声掛けてくるカナタが見当たらない事に気付いた。

まぁそういう事もあるだろうと特に考えずに次の注文をする人間の為に横にずれて気長に待つ。

 軽く肩を回すレオンは数度手を開け閉めしてみる。

 念のためにだという事で数日無理矢理寝させられていたがやはり動けないというのは性に合わない。

 

「本調子にもどさねーとなぁー」と独り言を零すレオンの背に、声が掛けられる。

 

「おま、たせ、しまし、た」

 辿々しい高い声に、レオンは振り返る。

 カナタ以外は味の利いた皺女しかいないと思っていたレオンは、当然カナタが話し掛けてきたのだと思っていた。

 しかし、見えた先は白い三角巾を巻いたであろう頭だけ。

 

「あんれカナタちゃん身長下がった?」等と有り得ない事を言いながら更にレオンの視線は下に落ちる。

 

 紫色の怯えた瞳とご対面。

 

 そこには、巨大などんぶりを乗せた盆を、プルプルと手を振るわせながら持っているファランが居た。

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「ファ、ファラァーーーーーーーーン!?」

 盛大なリアクションのレオンに合わせるように、ファランの目もぎょっと見開く。

 

「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィィ!!」

 思いっきり万歳の形になっているファランの手の上にあった盆と巨大なドンブリは宙に浮く。

 

「なァんだよお前ー! いつから部屋出れるようになったんだよ久しぶりだなオイー!!」

 

「すすすすす少し前からァァ……」

 満面の笑顔で近づいてくるレオンにファランは後ずさりながら何とかもごもごと答えようとしていた。

 

「お! なんだ! 相変わらずビビッてんのか! ギャッハッハ!! ダッフルコートにエプロンって相変わらず滅茶苦茶だなオイ!!」

 ゲラゲラと笑っているレオンは楽しそうに、懐かしむように笑顔を振り撒く。

 ファランはレオンと違い恐怖で顔を引きつらせ、必死にマフラーで少しでも顔を隠そうとしていた。

 笑いながら、レオンはその様子を懐かしむように、優しく目を輝かせる。

 そして、身なりが少し変わっている事にも気づいた。

 可愛らしくふるふると震えながら伏せられている獣耳と同じく体の震えに合わせる様に揺れる二つ結びの髪。

 

 ビクビクと体を震わせる姿は変わらないが、逃げ出そうとしていない事に気づく。

 

 何があったのかレオンには解らない。

 しかし、彼女が前に進んだという事は理解する。

 

「お、逃げねーのか! 何だ何だ~? 抱きついちゃうぞこの野郎!」

 ワキワキと手を動かすレオンの嫌らしい手つきにファランの表情が青ざめていく。

 

「ヒィィィ!?」

 昔となんら変わる様子の無い彼に対して、それが冗談では無いのはファランも良く解っていた。

 ヨロヨロと再び数歩後ずさり視線はキョロキョロと誰かを探すようにせわしなく動く。

 目の前まで近づくレオンの視線は年齢ながらに大きく膨らんでいるファランの胸を凝視していた。

 

「ほうれほうれぇ~逃げないと大変な事になっちゃうぞ~?」

 ゲヘヘヘと下劣な笑い声を上げるレオンの肩に、突然軽い重力を感じた。

 反射的に振り向いた先、肩には手が置かれていた。

 斜線的に下斜めから肩に置いたであろう人物はレオンよりもずっと小さい身長だった。

 低い身長の主は、上から下まで黒一色の姿。

 真っ白である筈の頭の上には巨大なドンブリが乗っかり、体中にぼたぼたと汁やご飯の粒がまんべんなく振りかけられていた。

 ドンブリから見えるニッコリとした笑みには暗みが掛かり、除く色違いのオッドアイがギラギラと輝いていた。

 それを見た瞬間のレオンのにやけ面は固まる。

 

「逃げないと……大変な事になっちゃうぞ?」                  

 

 誰かの声真似をしたであろう台詞は低く、見事にドスが利いていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「ち! 違うぞ師匠! それやったのはファランで」

 

「いーえ! レオンさんが自分でブン投げたんです!!」

 声がした先、レオンが再び前を見ると、ファランと同じ白いエプロンに三角巾を付けたカナタが立っていた。

 キッ! とレオンを睨むカナタは腰に手を置き仁王立ち状態の勇ましい姿。

 そんなカナタの後ろに隠れるようにファランが覗いていた。

 

「ファランちゃんに何しようとしてんですか!!」

 

「え、嫌、ちょ、違うって! ちょっと触……」

 慌てふためくレオンの脳天に強い衝撃が走り言葉はそこで止まる。

 ガイン! という間抜けな音はホルンが取り出した青白い槍によって思いっきり叩かれていた。

 見事に脳天直撃を食らったレオンは目に星を瞬かせその場に倒れていた。

 

 ホルンは強い舌打ちをした後、槍は元の小さな姿に戻り、腰へと収まる。

 頭のドンブリを外し、色違いの瞳をカナタ達に向けていた。

 

「何やってんだお前ら」

 冷たい言葉にカナタはニヤリと笑いながら後ろに立つファランを無理矢理に前へ押しやる。

 ワタワタとしているファランを無視してカナタは胸を張っていた。

 

「どうです!? 可愛くないですか!? やばく無いですか!? エプロンですよ!!」

 

「ンなもん見りゃ解るわボケ!!」

 

「あ、やっぱり解ります~? このピンクのエプロン選んだの私なんですよぉ~超似合いません!? 」

 

「ゲロ甘女ボケコラァ!! お前マジで頭おかしいんじゃねーのか!? そういう事言ってんじゃねーよボケェ!! 何で臆病女がそこに居ンだって言ってんだよ!!」

 

 ホルンの口の悪さにはカナタももう慣れていた。

 一々怒るつもりも無く、謎の自信に満ち溢れた笑顔を向ける。 

 

「うっふふ~! まずは出来る事から少しづつお仕事ってね! 一緒にお料理してるんです! ファランちゃん料理の覚え良いんですよ~?」

 

「……フン」

 

 視線は次にファランへ向かう。

 ホルンの目にファランはビクリと肩を揺らす。

 体を震わせながらも、目はホルンを見る。

 怯えながらも珍しく視線を逸らす様子を見せない。

 

「わた、し、あの……がんば……る」

 言い切ろうとする声は徐々に小さくなる。 

「……から」

 最後に付け足し、何とか言葉を言い切るも、その姿は後ろで胸を張っているカナタとは正反対で自信なさ気に見えていた。

 

 俯く臆病な少女を、ホルンは見つめる。

 彼女もまたホルンの弟子の一人だ。

 変わってしまった弟子の一人。

 

 二つの視線が交差し、数秒の沈黙。

 

 先に口を開いたのは大きな溜息を零したホルンだった。

 

「……ファラン、ハンバーグ定食くれ」

 

 その言葉に、ファランは顔を上げた。

 パーッと明るくなったファランの表情は見上げるように後ろのカナタにも向く。

 カナタも見下ろしながら笑顔で頷いてくれていた。

 

「ファランちゃん! じゃーゆっくり作ってみようか!」

 

「う、うん!」

 仲良さげに離れていく二人のエプロン姿を見送っていたホルンはもう一度大きなため息を吐き出した後、罰が悪そうにバリバリと頭を掻いていた。

 

「師匠ー……」

 声は下から、倒れているレオンは目を細めホルンを訝しげに見つめる。

 何か言いたげなレオンの視線にホルンは視線を逸らしぶっきらぼうな声を返していた。

 

「何だよ……」

 

「頭にカツ乗せて何カッコ付けてんの?」

 

「よぉーしそこ動くなよ狙いぶれるからな」

 

「待って師匠! ランチャーのゼロ距離ショットはマジで死んじゃうから!! 思い出してここ食堂だから!!」




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.38 三人のジョーカー

「さて、では始めようか」

 

 大きな楕円形のテーブル。

 その端に座るのは高い身長に、長い髪を後ろにくくるユラの姿があった。

 楕円形の机の左右に座るのは三人。

 

 

「絶対だぞ!! 勝ったらカナタちゃん達のシャワーの写真撮ってこいよ!!!」

 鼻息が荒いレオンの前に対象的に座っているのは無機質な赤い瞳を向ける黒髪の女性。

 

「ええ良いですよ。 変わりに私が勝ったら約束通りの金を置いて行きなさい」

 

 あれ? これカツアゲじゃね? という言葉がレオン脳裏に過ぎったが、それよりもスケベ魂がそれを掻き消す。

 あまりルーファにマイナスが無い辺りにも本人は気づいていない。

 

 互いの席から腕を差し出す二人は肘を付き手を絡める。

 白い肌に細い華奢に見えるルーファに対して、逞しく太く、褐色的なレオンの腕。

 その対照的な二人に対して、レオン側に座っている白髪の少年が大きな溜息を零していた。

 

「何で俺が……」

 

 腕相撲の形でスタンバイをしている二人の視線がホルンへ向く。

 

「良いからサッサと言えよ師匠ー師匠みたいに短くねーんだよこっちはー、あ、身長じゃなくて気の方ね?」

 

「こっちは金欠なんですよ先生。ちんけな事言ってないで始めて下さい。 ちんけと言うのはて小さいという意味です知ってましたか?」

 

「お前らマジで後で殺すからな!!」

 ドスの利いた声を荒げながら素直に二人の上に白髪の少年は手を置く。

 

「おら……スタートっ」

 適当な言い方にも関わらず鉄で出来ている机が合わせてみしぃっと音を立てる。

 

「おらぁぁ!!」

 エロパワー全快の体毎乗せた勢いを向けるレオンの大人気なさにホルンの表情は引きつる。

 みしみしと子気味の良い音を上げる机に対してルーファの細い腕はびくとも動く気配を見せない。

 馬鹿にするように目の前で欠伸をするルーファに、レオンは腕をプルプルとさせながらぎょっとしていた。

 

「て、ってめぇ……まさかフォトン使ってねぇだろうな……!!」

 

「何の事でしょう? 私はいたいけな女の子です」

 

「……誰の事だよ」

 ボソリと呟くホルンは呆れ気味に椅子に座る。

 そんなホルン等知らずにレオンの目が燃える。

 

「上等だコラァ!! 男の魂見せてやらァ!!」

 良く解らない雄叫びと共にレオンの太い腕に、更なる血管が浮かび上がる。

 徐々に、細いルーファの腕が押され始めていた。

 

「あら、すごいすごい」

 押されているにも関わらずにルーファは余裕そのままの表情。

 

「ったりめぇだボケ!! プルンプルンのナイスバディの為に俺は負けられねーんだよ!! てめーとは違ェんだよ!!!」

 

 子気味の良い木の枝が折れるような音。

 

 音は突発的に部屋に響いていた。

 体を乗せるように腕へ力を入れていたレオンはその音の正体が何なのか解らない。

 っす、と力が抜けるような感覚に視線は腕の方を向く。

 細く白い腕がレオンの太い腕を逆側へと抑えていた。

 鉄の机が、レオンの腕を中心に陥没していた。

 

「レオン、お前曲がっちゃいけねー方に逝ってんぞ……」

 うわぁ……という他人事の様なホルンの言葉とともにようやくレオンの腕に痛みが走り始めていた。

 

「ぎ、ぎゃああああああ!! 俺の腕がああああ!!!」

 

「誰が貧乳? ねぇ? 誰が貧乳?」

 暗い影が落ちている薄い微笑を浮かべる目の前の少女。

 

「そ! そこまで言ってねーだろ!?」

 

「そぉ? つまりそういう事? そういう事?」

 

 笑顔のまま。ガンガンガンガン!! と何度も掴まれたままの腕が机の上で跳ねる。

 

「アダダダダダダダ!!! 止めろぺったんこ!! あ! 嘘嘘嘘嘘!! スピード上げないで腕取れる取れるからぁぁぁぁぁ!!」

 

「取れた方がいいんじゃ無い? 世の女の子の為に、も……!?」

 言いきる前にルーファは反射的に手を離していた。

 突然机から飛び退いたルーファの行動が解っていないレオンの体が軽く震える。

 微振動をしているのは、自分だけでなく手を付いている机も震えている事に気づいた。

 

「げっはぁ!?」

 

 突然レオンと鉄の机が地面にへばり付くように崩れた。

 鉄の机はひしゃげその上にレオンが思いっきり突っ込む形になっていた。

 

 ひゅぅ、と軽く口笛を吹くルーファの視線は、腕組みをしているユラに向けられていた。

 怒りで空気が揺らぐ。

 二つの鋭い視線が地面に崩れたままのレオンと、ルーファに向けられていた。

 

「もう遊びは良いか?」

 

 低い声に従うようにルーファは残った椅子に座る。

 レオンもホルンに助けられながら椅子に座りなおしていた。

 

「おーイッテェ……俺じゃなきゃ死んでんぞ」

 ぶつぶつと零しながら頭を摩るレオンを無視してユラは続ける。

 

「レオンの復活に時間が掛かってしまったが、あの時の状況の説明を」

 視線を向けられたホルンが先に口を開く。

 

「前に報告した通りだ。こっから五キロ先に通常より二倍以上のダークラグネを確認した、そいつを倒した後に砂漠の上にでっけぇ森が出てきやがった」

 

「ふむ……報告書にある通りだな、妙な電波障害からか、こちらからは見えていなかったようだが」

 

「霧が晴れるように現われていた。それも倒した瞬間にだ。守っていたようにも感じるがな……探索しようにも、見えない壁で入れなかった、レオンの攻撃力でも壊せなかった壁だ。物理的に開けるのは不可能だろう」

 

「ふむ」とユラは声を漏らす。

 ダークラグネという引き金からの、守る様な壁。

 業とらしいぐらいに何かを隠しているように感じる。

 

「……森の中は視野で確認出来る感じは、惑星ナベリウスで見た事がある植物だな」

 惑星ナベリウス。

 木々や植物が生い茂る星。

 野性味の溢れる星だった場所。

 今ではダークファルスエルダーによって極寒の地に変わってしまった星。

 

「他には」

 

「原生生物らしい物は見えなかったな、代わりにウジャウジャと気持ち悪ぃダーカー共が見え隠れしてやがった。後……そうだな」

 

 一度視線が落ちる。

 

 それに合わせ、ホルンが顔を上げるより先にレオンが口を開く。

 

「行方不明になっていた三人の内一人を見つけた」

 

 ユラの鋭い瞳が一瞬煌く。

 優しさの篭る綺麗な淡い紫の輝き。

 輝きは直ぐに消えた。

 催促する瞳に対してレオンは続ける。

 

「顔が半分無いのに立ってやがった、垂れる血は乾いていたな……死んで結構経ってるだろうよ」

 

 ユラも合わせるように視線を落とす。

 次にホルンの方へと目が向けられた。

 まだ顔を挙げないホルンの様子と、行方不明の三人を重ねる。

 そのうちの一人はホルンと縁の深い物だと言う事をユラは知っていた。

 名前を出さないレオンの配慮に乗るように「そうか」とだけ一言呟く。

 

「それで? その後の大量のダーカーの行進ですか? まるで見られたくない物を見られたみたいな対応ですね」

 背もたれにふんぞり帰るようもたれているルーファの言葉が部屋に響く。

 ルーファの言葉の意図を、そこに居る三人は解っていた。

 

 惑星に来てからの不可思議な事件。

 それはアークスとしての常識すら覆す世界。

 

 不確定能力のダーカー。

 アークスの侵食。

 別の惑星に近い砂漠の世界に、はたまた別の世界の惑星の森。

 規格外のダーカー。

 そして死んだ人間。。

 

 様々な情報が生まれていた。

 しかし全体の重要性はそこでは無い。

 意思の無い筈のダーカー。ここまでの意識的な何かが関わっているのなら。

 

 ダークファルス。

 

 過去に何度もアークスを絶望へと追いやった闇。

 ダーカーのボス級。

 

 

 ユラは大きく溜息を零す。

 

「情報は本部へ送信する……しかし我々は元々捨て駒だ仲間の増援は期待できまい」

 ジョーカーという規格外を持ってしても、ダークファルスという化け物は強大だった。

 

 過去に行われた二回のダークファルス戦

 

 圧倒的な存在感に、アークス達が取った戦法は、数に物を言わせた物量戦。

 それも多大な被害を出しながらの、寸での勝利だ。

 

 今いる戦力では、厳しい。

 

「ふふ」

 無言の中で、不気味な笑い声が響いていた。

 笑い声の先に、視線を上げる。

 思わず、といった具合に、ルーファの口から声が漏れていた。

 

「……ダークファルスぐらい手応え無いと楽しく無いですからね」

 

 思わず呆れた瞳を向けてしまう。

 ルーファという人間はどこまでも変わらない。

 彼女に『勝てない』等と言う選択肢は無い。

 

「あ? 何言ってんだテメー! 出てきやがったら俺のだかンな!!」

 逆側の方からレオンが噛み付くように荒げた声を向けていた。

 

「貴方じゃ無理でしょう。 以前のダークファルス戦で力使いすぎてぶっ倒れたの忘れました?」

 

「いやいや! あれ本気じゃねーから!! 10%ぐれェしか出してねェから!! お前だってエルダーに一人で突っ込んで血だらけだったじゃねーか!!」

 

「あら。そのぶん腕は全部ぶった切りましたが。それにあの時は風邪引いてましたから、5%ぐらいしか力出してないから」

 

「あーそういえばアレだわ、俺あん時心臓病に掛かってたから3%ぐらいしか出せてねーや」

 

「あ、私あのとき両手足折れてました3%ぐらいしか出せてないから」

 

「両手足折れてたの!? ぴょんぴょん飛び回ってたじゃねーか嘘付くんじゃネーよ!!」

 

「いい加減にしろ脳筋バカに戦闘バカ!! ちなみに俺はあの時1%しか出してねーからな!!」

 

「テメーまで張り合ってんじゃねーチビ!! 能力使い過ぎてゲロ吐いてたじゃねーか!! この豆!!」

 

「ルーサー戦でも他の人庇って死に掛けたじゃないですかミジンコせんせ……間違えたゾウリムシ先生」

 

「どこも訂正出来てねーじゃねーか!! こんのクソ野郎共がァ!! 表出ろ教育し直してやらァ!!」

 

「上等だァ!! 表なんて言わずにココでケリ付けてやらァ!!」

 

「いい加減誰が一番強いか決めましょう。次から私の横歩く時は視線落として歩いて下さいね?」

 

 ギャーギャーと言い合っている目の前のジョーカー三人に、ユラは大きく溜息を零す。

 それでも、目の前の三人の姿は酷く頼もしい物だった。

 呆れながらも笑ってしまう。

 災害とまで言われるジョーカー。

 ダークファルスが脅威的であり、凶悪的なのは変わらない。

 それでも、彼等の頼もしい姿を見ていれば戦える気がしていた。

 

 心の不安を取り除く程の、明るい力を感じていた。

 

 それはまた別として。

 

「ここで暴れるなバカ共!! 場を若がえろ!!」

 ユラの大きな声に一瞬、シン……と場が静まり返る。

 三人のジョーカーの視線はユラへと集まる。

 

「それを言うなら『弁えろ』だろーがボケ!! 何だよ若がえろって!! 過去か!? 過去に戻る感じか!?」

 ホルンの怒りの声は今度はユラへと向く。

 

「む、そ、そうだったか?」

 たじろぐユラにジョーカー達が容赦する様子は無い。

 

「俺でも解るわ! ノッポ!! このデカ女!!」

 

「相変わらずボキャブラリーが貧相ですねこの褐色ゴリラは。あら? 前が見えませんねー。こんな所に壁なんてあったでしょうか?」

 

 ビキリとユラの頭に青筋が浮かぶ。

 

「壁は貴様だろーが!!」

 

「え? それどういう事です? え? 死にます? 死にます?」

 

 

 

 10分後。

 

 

 

 ボロボロになった4人は同じ椅子に座っていた。

 部屋のそこら中の壁はボコボコに凹み、ひしゃげていた机も既に形すら残っていない。

 

「…………ンで残りのジョーカーって誰なんだよ」

 顔を腫らせたレオンの言葉に、スーツの裾等が破れているユラが応える。

 

「ブレインだと言っただろう」

 

「いやチゲーよあの糞ボケと、誰なんだよ。しかもブレイン見当たンねーし」

 

「やっぱりあの人いないですよね」

 んー、と考える素振りをするルーファは脳裏を過ぎらせる。

 隠れる所など無い筈であるシップ内で結局彼を見る事は無かった。

 

「ま、何れ会えるだろ。それよりどのジョーカーか解らなきゃこの先の戦闘で困るだろ」

 ホルンの言葉に、ユラはいつもの口癖である「ふむ」という言葉と癖である動作をする。

 

「ジョーカーとは元々、一体で一隊だ。チームワークなど不可能な奴ばかりだろう」

 

「それとこれとは別です……隠す意図が解らないんですよ」

 ルーファの鋭い言葉に、ユラの目の色も変わる。

 鋭いその瞳は言葉を発さずに向けられるだけ。

 何かを『察しろ』と、言うような。

 

「……ま、言えない理由があるなら良いですけど」

 器用に椅子にもたれ、後ろの二本の足でバランスを保っているルーファの、ぶっきらぼうな台詞にユラは申し訳なさそうな笑みを向ける。

 

「何れ出会えるだろう。では、話はここまでだ。近いうちに森へのメンバーを編成する。解散だ」

 

 無言で3人は立ち上がる。

 互いに一瞬視線を交わし、そのまま部屋から出て行く。

 

 3人の後姿が消えるのを確認した後、ユラは「ふぅ」と小さく息を吐く。

 

「お疲れ気味だな」

 座っているユラの後ろに、何時の間にか一人の男が立っていた。

 ユラ程の身長では無いが、長身の男性。壁際の陰に居る男性の見た目はうっすらと見える黒い服装。

 同じく黒いふちの広い帽子を深く被っていた。

 顔は見えないが、口元に加えられたタバコの煙が天井へと伸びる。

 

「当たり前だ、ジョーカー等もともと馴れ合える物では無いだろう」

 

 男は口から煙を大きく吐くと、「ククク」と楽しそうに笑う。

 

「どうだかな、ジョーカー何て、あいつ等は考えていないさ」

 帽子から、片目だけ除く。

 ルビーのような輝く色合い。楽しそうに、瞳は輝いていた。

 思い出すような、優しい瞳。

 

「そうだな……」

 ユラも優しく声を漏らす。

 彼女自身も、彼等が嫌いなわけでは無い。

 それでも、上に立つ人間として全てを見据えなければならない。

 

 だからこそ、決断をしなければならない。

 

 信じているからこそ、何も言えない。

 

 裏切り者が居る可能性が在る等と。

 言えない。




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Act.39 カナタの能力


「……う、うん? 身体は良好なよう?」

 白衣の女性は口でそう言いながらも首を傾げる。
 カルテを見つめながら、何度も首を傾げていた。
 今、台の上で寝ている少女の健康状態は、決して良好になる筈は無い。
 精神的な心の闇は、消える事が無い。
 数週に一度の身体検査でしか部屋から出る事も無かった。

 しかし、以前よりも十分に精神的にも、身体的にも良好になっていた。
 最先端の技術でも治る事が無いとまで言われていた筈であった。

 首を傾げるレターに、服を着直している桃色髪の少女は、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

「あ、あ、あ、の……お願いが、ある、ん、です」
 覚束ない言葉を言いながら、ファランはレターに視線を向ける。

「あの……く、薬、頂いても、良い、ですか」
 ファランが指をさす台の上に乗っている青と白の錠剤。
 それはフォトンの力が暴走するようなアークスに対して、治療や実験によって暴発を防ぐ為の薬だった。
 無論、精神的不安定なファランもその錠剤を使っていた。
 それはフォトンを抑える、というわけでは無く、外へ危険の無い状態でフォトンを分子化して吐き出す物。
 言うなれば、一時的にフォトンが極めて0に近い状態を作り出す。
 暴走を抑える為にも使われる薬。

「何に使うの?」
 レターの言葉に、ファランはマフラーで口元を恥ずかしそうに隠す。

「傷、付け、たく、無い人が……居る、んです」
 それは、最近一緒にいると言われている、あの少女の事だと直ぐに気づいた。
 レターは優しい笑顔を向けると、数個の錠剤をファランの手へと渡す。
 びくりと一瞬硬直するも、その薬を大事そうにファランは胸元へと抱きしめる。

 彼女は、変わりたい。



「…………身体は良好」

 

 カルテを除く白衣の少年、ラックルは言葉とは裏腹に大きな溜息を零していた。

 その姿にいつもの高い興奮は見られない。

 

「別に良いことじゃないですか」

 少年の様子にカナタはムッとしながらも診察台から体を起こす。

 数日に一度検査を受けるように言われていた。

 夕飯の仕事も終わり、時刻は夕暮れ程だろうか。

 ファランと一緒に来たは良いが、あまりに扱いが酷い。

 

 ジロリとラッセルの視線が向けられる。

 その瞳には最初向けられていた嬉々とした様子は見られない。

 

「居る筈の無い、謎の女……一体どんなファンタスティックかと思ったのにが開いてみれば特に変わりようの無い唯のアークスじゃ面白身無いわけ! ああ~もうさァ新種のダーカーでも世界を滅ぼす悪でも良いから!! 何でも良いからいい加減正体見せてよ!」

 

 そんな声を荒げられても知った事では無い。

 

「もう! 毎回同じやり取りさせないで! 私は普通の女子高生なんです!! 正体なんて何も無いんだから!」

 

「そう、それ!」

 ラッセルは失礼に指をずびし、と向けてくる。

 

「君の言う別の世界! もしそれが合ったとしてもだ!! この世界に君が居る理由が解らない! フォトンというアークスにしか無い筈の力を持っている時点でダーカーという線は残念ながら霞む!!」

 

「残念がるんだ……」と、げんなりとした様子でポツリと零すカナタを無視して、少年は興奮するように続ける。

 

「構造はアークスに似ているがどぉーーも何かが違う! 何だ! 何だー? 解らない事はとっても楽しい! けれど全然進まないのはつまらない! あー解らない解らない!」

 ぶんぶんと頭を振る彼を他所にカナタは俯く。

 

「つまり……私はまだ元の世界に帰れないって事ですよね……」

 何も解らない。

 それはつまり、そういう事なのだろう。

 

 この世界に来てから、一月が経とうとしていた。

 17歳。

 しっかりとして見せようとする彼女の心は、まだ幼い。

 

 検診室を出た所で、マフラーで口元を隠す少女が壁にもたれて座っていた。

 

 少女の手元は青白い光を放っていた。

 薄く発光するそれは青い糸のような物。

 輝く輪を、両手で器用に弄ぶ動きは、カナタの世界にもあった遊び、あやとり。

 

 待っててくれていた。

 

 熱心に手元しか見ていない桃色の髪の少女。

 その揺れる髪に、カナタは優しく微笑み掛ける。

 先程の心の揺らぎを、忘れようとしているかのように。

 

 

 

「なーにやってんの?」

 

 少女、ファランに密着するように隣に座るカナタに、ファランは大きく肩を揺らすも逃げる素振りは見せない。

 

「あ、あの、あやと、り、です」

ファランの手には青く光る綱のような物が絡まっていた。

 糸というには酷く幻想的な光を放つそれにカナタは思わず目を奪われる。

 近くで見れば、その青い発光の美しさには何処か見覚えがある気がした。

 

「綺麗な糸だね?」

 

「フォ、フォトンで作った糸、なん、ですよ?」

覚束無いながらも何処か胸を張っているような様子にカナタは頬が緩む。

 フォトンでの形造の技術。

 威力としての特化よりも、形を作ると言う繊細な技術は難しい。

 しかし、そんな事はカナタには知った事では無い。

 それよりも、控えめながらも自慢げにチラチラと視線を向けて来るファランに頬が緩む。

 

「フォトンってそんな使い方も出来るんだねー」

 

 そういえば部屋に咲く満開の花と漂う蝶も青一色であった事を思い出す。

 ああ、その優しい色は、見たことがある色は、あの時の青だ。

 

「私も出来るのかなぁ」

 

「特性にも寄ります、けど、カナタ、さん、にもフォトンは、あります……奥底に、存在しているのは、確か、です……私に近ければ、きっと出来ます、よ?」

 

 フォトンとは戦う力だと聞いていた。

 もし、そんな風に使うだけなら、特別な力というのは良いかもしれない。

 あちらの世界では弟が集めていた漫画や雑誌は読んでいた。

 何となしに再び思い出した事をぶんぶんと首を振って掻き消す。

 

「その、特性?っていうのどうやったら解るの? ファランちゃんと一緒なら良いなー」

 

 カナタの言葉にファランは目を見開き、その後嬉しそうに細める。

 首元のマフラーで口元を隠しているが、その頬は解りやすい程に紅葉していた。

 

「そ、そうです、ね……せ、先生に、聞くの一番、です、けど……その特性を、やってみるのも、手……ですよ?」

 

 たどたどしい彼女の言葉にカナタは腕を組む。

 先生、と言うのはあのちびっ子の事だろう。

 本人の前では絶対言わないけれど。

 

「うーん、特性かぁ。皆どんな感じでフォトンを出しているんだろう? ファランちゃんはどんな感じなの?」

 

「わ、私、ですか? ええ、と……最初は……フォトンを手で握っているような……そんな、感覚で、出来た、かなぁ……」

 

「手で、握る」

 

「あ、あ、で、でも、私はあまり詳しくなく、て違う、かも」

ぶんぶんと慌てて手を振るファランにカナタはニッコリと笑うと、祈るように両手で手を組み目を瞑る。

 

「カナタさん……?」

 

 思わず首をかしげるファランを他所に、カナタは小さな声で、言葉を繰り返していた。

 

「握る……イメージ」

 

 ふわりと、カナタの髪が舞う。

 

 それは白い粒子。

 色は違えど、アークスのみが使えるフォトンの光。

 ファランは思わず固まる。

 アークスがフォトンを使えるようになるまで、長い訓練が必要だ。

 厳しい環境でのみ、更なる一握りに絞られるアークスの力。

 勿論、曖昧な説明如きで出来るわけが無い。

 

「カナタさん、貴方は……」

 

 呆然とするファランを他所に、白い粒子が彼女の周りを舞う。

 粒子は一点に、カナタの握る手元に集まる。

 象る色は、美しい白の色合い。

 

 同時にカナタは目をゆっくりと開く。

 手元に握られていたのは、白い布。

 長く手元に垂れる二本の布。

 

 その布を、カナタはパチパチと動揺を隠せずに凝視する。

 

「で、出来た?」

 みるみるうちにカナタの顔が笑顔へと変わっていく。

 

「出来た!! 見て見てファランちゃん!! 私にも作れたよ!!」

 

 嬉しそうに見せるカナタとは違い、ファランは表情を強張らせたままその布を見つめていた。

 フォトンを造形させて戦うアークスはファラン以外にも多く存在する。

 しかし、彼女が手にしている布は、どう見ても『物体』。

 フォトンという粒子の塊では無い。『物』として存在していた。 

 

 そんな力等、彼女は見た事が無い。

 

「ファランちゃん? どうしたの?」

 在っていい筈の無い白い布を握りながら、カナタは首を傾げる。

 

「……カナタ、さん……この、力は、誰にも言わないで……」

 

 いつにも無い真剣な様子にカナタは首を傾げてしまう。

 その様子はいつもの怯えた様子では無い。

 

 説明なんて出来ない。

 直感のような物をファランは感じていた。

 この力は使っては行けない。

 

 きょとんとしていたカナタだったが、その表情は直ぐに笑顔へと変わっていた。

 

「うん解った! ファランちゃんが言うなら使わないよ!」

 

「……理由を、聞かない、んですか?」

 

「ファランちゃんが駄目だって言うなら、私は信じるよ」

 

 裏表の無い直線状の言葉。

 心に響く本心の言葉。

 悪く言えば天然、けれど、それこそがファランが好きな彼女の純粋さだった。

 

「でもこの布どうしよう……」

 ううん、と首を傾げるカナタにファランはハッと我に返る。

 

「う、うう、ん……どうしま、しょう」

 同じように首を傾げるファラン。

 誰にも言わないとするのであれば。証拠のように残ってしまった白く長い二つの布。

 消える様子も無く、出したカナタが消し方を知っているわけも無く。

 二人してうんうんと唸っていると、カナタが小さく「そうだ!」と声を挙げる。

 

「じゃあコレ、ファランちゃんにあげる!」

 

「え、あ、ええ!?」

 

 そう言いながら手渡された布を見た後、困ったような視線をカナタへと見つけていた。

 

「リボンに使おうよ! 今髪を止めてるのって只のゴムでしょ?」

 

 困惑するファランを他所にカナタは髪へと手を伸ばす。

 

「ほら! かわいい!!」

 白いリボンが左右にふわりと舞う。

 その言葉にファランの頬が一瞬で赤くなると思わず俯く。

 

「か、かわ、かわ……」

 

「やっぱフードで隠したら勿体無いよぉー! あーたまんねぇ」

 一瞬語尾が変わった気がするもファランはその事に気づかない程にカナタの言葉で頭がいっぱいになっていた。

 

「じゃあ帰ろ……って、ン?」

 カナタの耳元。

 仕事で付けたままになっていたインカムから高音の着信音が響いていた。

 目の前で開かれる電子の掲示には『ユラ』という文字が描かれている。

 不思議に首を傾げながらも通話を繋げるボタンを押す。

 

「もしもしー? ユラさーん?」

 

『カ、カ、カ、カ、カナタか!? 至急部屋に来てくれ!』

 いつもの低く落ち着いた様子とは違った声色。

 その必死な声の後に直ぐ通話は切れる。

 思わず首を傾げてしまう。

 

「んー……? ごめんねファランちゃん! ちょっと私呼ばれたから先に部屋に帰っててくれる?」

 

 俯きながらもファランはコクコクと頷いてみせる。

 ふわふわと揺れる左右の白いリボンにカナタは満足そうに笑うとファランに背を向けて早足で歩き出した。

 

 俯いていたファランは慌てて顔を上げた。

 思わずカナタの背中に手を伸ばす。

 

「あ、あ、カナ、タ、さ……」

 

 呼び掛ける声は、言い終わる前に聞き取れない距離まで離れていく。

 掲げた手をゆっくりと胸に戻すと、既にいない彼女に向けてファランは小さく言葉を続ける。

 

「あ、りが、とう……」

 いつも言えずにいる言葉。

 何度目か解らない伝わらない謝礼。

 

 何で、いつも、言えないのだろう。

 

 頭のリボンに思わず触れながら、ファランは再び俯く。

 

 

 

 

 

「のォーーーーろォーーーーまァーーーー!!」

 

 

 

「ッヒ!?」

 

 突然の後ろからの言葉にファランは慌てて飛びのく。

 振り向いた先に、逆さまになっているユカリがそこにいた。

 

 器用に天井近くのパイプに足を引っ掛けながらぶら下がっている。

 長い髪は、地面に付いているものの、彼女がそれを気にする様子はない。

 逆さまのまま淀んだ瞳をファランへと向けるユカリは、裂ける笑みのままゲラゲラと下卑た笑みを浮かべる。

 

 その笑みに対し、ファランは体を強張らせながら数歩後ろへと下がる。

 

 瞳に映る色は恐怖と、そして、大きな嫌悪感を示していた。

 異様で、異常な彼女の事をファランも良く知っていた。

 

 ユカリは器用に一回転して見せながら着地する。

 

「い、いつか、ら……」

 

「いつから? いつから? ? 昨日? 一昨日? 今? さぁ~どうだろ? ね? ね? ねえ? いつかなぁ? クズキカナタの手が光ってた時ぃ? あれあれ? いつだろ? 凄いねぇぇぇアレ凄いねぇぇぇ」

 不気味な笑い声を高らかに上げるユカリに恐怖の色を浮かべていたファランは、きゅっと目を瞑る。

 開いた瞳。

 紫色の瞳に、恐怖とは別の色が浮かんでいた。

 

「……わ、私、は、貴方が、嫌いだ」

 

「うへぇ?」

 小首を傾げるユカリに、ファランの瞳は鋭く向けられていた。

 

「気持ち悪い、貴方の、中身は、気持ちが、悪い」

 震えながらも、ファランの言葉は酷く冷たい。

 ユカリが異常で異様であれば、ファランもまた異常で異様な感覚を持っていた。

 無意識に数キロ以上先をも感知するその力は、引いては人の中身すらも感知してしまう。

 思考を読むわけでは無いが、怒っている事も、悲しんでいる事も、嘘をついている事すら解ってしまう。

 

 だから、人を信じるなんて言う事は不可能に近い物だった。

 だから、純粋なカナタの事が信じられた、裏表の無い言葉が染み渡っていた。

 だから、ユカリという女が嫌いだった。

 ユカリの中身はぐちゃぐちゃだった。感情も、感覚も、心も、全てが無茶苦茶だった。

 気持ち悪い、気持ち悪い。

 同じ人だと思えない程に、ファランが出会った生き物の中で最も不気味。

 

 そんな彼女を睨む。ファランの気弱な表情からも、精一杯の強い瞳が向けられる。

 

「カナタ、さんに、何かすれば……わた、私は、ゆる、ゆる、許さ、ない……」

 ファランもアークスとして、フォトンを操る端くれ。

 強い意志が、その瞳には込められていた。

 

 きょとんとしていたユカリの表情は再び割れるような亀裂な笑みを浮かべる。

 響き渡るゲラゲラとした汚い笑み。

 

「誰が? 誰が? 許さない? 誰に言ってるの? ああ! 私かぁ! 凄い凄い! とっても凄い! かっこいーなー! 惚れちゃうなァー!!」

 その場でパチパチと手を叩く喝采をしてみせるユカリはピタリと動きを止める。

 

 ファランに向けて、体を揺らしながら歩を進める。

 一瞬ビクリと体を震わせるファランを馬鹿にするように、ユカリは弧を描くように歩を進める。

 ファランの周りを、スキップをするように周り出す。

 

「ハミングバード♪ ハミングバード♪ 臆病物のハミングバード♪ ノロマで怖がりハミングバード♪ 飛べなくなったハミングバード♪ 飛べない鳥は怯えてろ♪ 空を見上げて震えてろ♪ いつか動けなくなるその日までェ♪ いっつかな? いっつかな?」

 

 歌うように紡がれる言葉。

 

 回る弧は徐々に小さくなる。

 それをゆっくりとファランへと近づいていく。

 体を震わせるファランの目の前、目と鼻の先。

 ユカリは止まるとべろりと長い舌を吐き出していた。

 馬鹿にするように、身長の低い彼女を見下す。

 

「明日? 明後日? ……今ァ?」

 

 見開く瞳のまま、ファランは数歩後ろへと後ずさる。

 

「ッヒ……ヒィ……」

 悲鳴と、無意識に零れる涙。

 不気味などす黒い殺意が彼女を襲う。

 そのまま尻餅を付く彼女は慌ててフードを深く被る。

 まるで頭の布を見せないと言う様に、せめて、それだけは見せないと言うように。

 そのまま彼女はブルブルと震えていた。

 下を向き、いつものように、唯、ひたすら震える。

 

 寒い、寒い、寒い。

 

「お空は広いよねぇ! 見上げるのは! 疲れたねぇー! 下向くのはとぉーっても楽だねぇーー!!」

 声は離れていく。不気味な笑い声と共に。

 ユカリが離れていくのが解っていても、ファランはその場で動けなかった。

 咽び泣く。

 何度も嗚咽を零しながら、誰に聞こえるわけでも無い言葉を紡ぐ。

 

「わ、私、は、か、か、か、変わる、んだ……変わる、んだ……」

 

 光輝く、あの人のように。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫          


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Act.40 「私は、ここに居ていいんでしょうか」

「あいだだだだだだだだ!!!」

「……何やってんですかユラさん」

「カ、カナタ! 助けてくれ!!」

 ユラの部屋に入った時、カナタの目に映ったのは涙目になっている巨大な女性。
 後ろへ束ねた長い紫色の髪が、二人の小さな少女に引っ張られていた。

「遊んで遊んで遊んで遊んで遊んで遊んでユラ姉ちゃん! ユラ姉ちゃァーん!!」

「ユーちゃんが遊んでくれるよ? 遊んでくれるよ? それってとってもとっても嬉しいな! 幸せだな!」

 美しい紫の長い髪は、二人に引っ張られ二つの枝分れのようになりボサボサになっていた。
 一応トップとして君臨している筈の部屋が、何故託児所のようになっているのだろう。
 あれ、本来の彼女の姿ならば間違っていないのだろうか? 等と妙な事を考えているカナタに悲痛な声が再び飛ぶ。

「早く助けてくれ!」

「わ、解りました! ちょっと待ってて下さいね!!」

「は! 早くしてくれ! く! 『背丈』になる!」

 確かにこれだけ背が高いと背丈になると言っても良いのだろうか。
 多分枝毛。









「いや……すまない助かったよ、リースに少し預かって欲しいと言われたのだが……難しいな子供の相手と言うのは」
 机で頬杖を付く彼女は大きく溜息を零しながらチラリと二人の少女に目を向ける。
 地べたに座り、今は大人しくカナタが持ってきたケーキをもむもむと食べているアリスとサーシャ。

「子供って自由ですから」

「あれに加えてユカリまで世話をしているリースは本当大したものだな……」

「あっちの姿だったら上手く行ったかもしれませんね?」
 ……無言で睨まれてしまった。

「ア、アハハー……」
 慌てて話を逸らす様に乾いた笑みを零すカナタに、ユラはまた小さく溜息をもらす。

「……まぁ良い。夜に騒いですまなかったな」

「もう良いんですか?」

「ああ、私はこれでも艦を任されたものだ! 子供二人ぐらい任せろ!」
 自身満々に不適な笑みを浮かべているが、それをリースにも向けたのだろうと言う事をカナタは容易に想像出来ていた。
 本人が大丈夫だと言うのなら大丈夫だろう。そう思い込む事にしておく。

「そうだな、カナタもここに来て随分と経つ。この星の空を見た事はあるか?」

「いいえ?」
 夜は危険だと言われて外に出る事は無かった。
 昼間ですらここに来てから出た事は無い。

「今の時間に外に出てみると良い、良い気晴らしになるんじゃないか?」

 この艦に来てから外に出る事は無かった。
 ここが危険である事は変わらないから。外に出る事が出来るのは戦えるものだけだと聞いていた。
 勿論カナタもそれに習った。

「危険なんじゃ無いんですか?」

「少しぐらいなら大丈夫さ……最近少し落ち込んでいただろう? 気晴らしをしてくると良い」
 そう言いながらユラは優しく微笑む。
 ……そんなに解り易かったのだろうか。
 艦を束ねる物、と言うのも伊達では無いらしい。

 良く見ている。



 電子的な扉はあっさりと開く。

 危険と言う割には危機感の無いとカナタは感じる。

 広い甲板への道が開き、先端へと歩を進める。

 久しぶりの外。

 

「寒い……」

 

 冷たい風に、カナタはぶるりと体を震わせる。

 視線から見えるのは何処までも続く砂の世界。

 ほう、と吐息は白色が風に乗せられ消えていく。

 

 照らされる満月は、不気味に赤く光っていた。

 

「うーん、見ようによっては……綺麗、かな?」

 軽く苦笑しながらもカナタは大きく伸びをしていた。 

 確かに、久しぶりの外は、気晴らしには良かった。

 

 この世界に来てから、一月が経とうとしていた。

 世界に慣れている自分が居た。アークスの人達とも楽しく話せるようになっていた。

 必要としてくれている人が居る。

 

 無論、元の世界にも必要としてくれている人は沢山居た。

 

 彼女、彼等は大丈夫だろうか。

 そこで、ふと思う。

 私が、元の世界に戻る事が出来たら、出来たのなら。

 

 こっちの世界の私を必要としてくれている人は、どうするのだろう。

 脳裏に浮かぶのは桃色の髪の少女。

 そして、食堂で笑顔を向けて料理を頼んでくれる人達。

 ルーファの事も脳裏に浮かぶが、彼女は、そういう風に思っていないだろうと、ぶんぶんと首を振る。

 

「私は、どうなるのだろう……」

 ポツリと零した声は冷たい風に乗る。

 誰が聞くでも無い彼女の声は夜の闇に消え去って行く。

 

 風が吹く。冷たい風が頬を撫でる。

 冷たい……。

 ぶるりと体を震わせる風に、別の匂いが鼻を燻る。

 あまり好きでは無い害悪な臭いに思わずその場で咽る。

 こちらに来てからあまり嗅ぐことの無かった臭い。

 突然の臭いに頭の中が疑問だらけの中、人の声が聞こえていた。

 声と言うよりは「クックック」というような含んだような笑い声。

 

 声の先に視線を向ける。いつの間に居たのか、甲板の中央に人が居た。高い身長の男性。

 すっぽりと被る鍔の広い帽子で顔は見えないが、口元が楽しそうに笑い、咥えているタバコが鼻を燻った物なのだと直ぐに気づいた。

 カナタの世界で良く見たようなオシャレ帽子な男性。

 

 髪を後ろに縛る男性の髪は赤い。

 

 紅い。

 

 まるで、血のように。

 

 それが、カナタが最初に強く感じた彼の印象。

 

 紅髪の男性は低い声を、夜風に乗せる。

 

「誰も居ないと思っていたのだがな……失礼」

 低くも、それでもまだ若さを感じる声に、20代後半ぐらいだろうかと推測する。

 しかし、こんな目立つ男性をカナタは見た事が無かった。

 軽く目を回しつつも会釈をして見せる。

 

 男は口から煙を空へと吐く。

 その様子は離れていても気遣いをしてくれているのだと感じた。

 

「ああ、君が噂の少女か……成程、綺麗な瞳だ」

 

「え、あ、あの、あ、ありがとう、です?」

 突然褒められたカナタは思わずかしこまってしまう。

 その様子に男はまた楽しそうに「くく」と笑う。

 

「これは何度も失礼した……そうだな、君で言う所のジョーカーの一人だと言ったら、納得はいくだろうか。私はブレイン、何処にでもいそうな名前だろう?」

 酷く落ち着いた声色は、離れていても芯に響くように感じていた。

 

 ジョーカー。それはカナタが知る限りの四人目。

 

「は、始めて会いました……私はカ、カナタと言います」

 何を言っていいか解らないカナタは思わずまごつく。

 

「知ってるさ」

 そう言いながらまた含むように笑う。

 その仕草に恥ずかしくなってしまい、思わずカナタは肩を縮こませる。

 

「ああ、そうだ」

 ポン、と業とらしく右手で掌を作りその上に縦のコブシを乗せる古臭い様子。

 

「私が居るのは秘密だった。この事は内密にお嬢さん」

 しぃーっと人差し指を唇に当てる仕草に、緊張していたカナタも思わずクスリと笑ってしまう。

 

「フフ……他のジョーカーの方々とは違って落ち着いた方なんですね」

 

「お褒めに預かり光栄だよ、まぁ奴等が個性豊かなだけな気もするがね」

 笑う揺れる動作で、帽子から片目が見える。

 濃い金色の瞳。

 暗がりの中でも輝く瞳は、優しくカナタを見つめていた。

 

「さて、お嬢さん……君はどうなるんだい?」

 

 その台詞に先程の言葉が聞かれていた事に突然恥ずかしくなる。

 顔を赤めるカナタに、男はまた笑う。

 

「お嬢さん。不安を零す事は、決して悪い事じゃあ無いんだ。恥ずかしがる事じゃあ無い……酷く人を助けるそうじゃないか。別の世界のお人好しさん。人を助ける事、それは素敵な事じゃあ無いか。ならば、君を助けるのは誰だろう、助けられる人間は助けられてはいけないなんて事は無いだろう?」

 ハッと言葉を区切るとブレインは片手で謝罪の形をしてみせる。

 

「あー……ああ、済まない。久しぶりに人と喋るんだ、つい饒舌になってしまったな」

 

「い! いえ! 良いんです! 凄く……興味深いです」

 まるで、全てを見透かすような言葉に聞き入っていた。

 自分の心を吐き出されているような、そんな違和感。

 

 カナタの言葉に男は「そうか、良かった」と笑いかけてくれる。

 

「さて、お嬢さん、私は本当は知られては行けない存在だ。たった一夜の幻想に、相談して見るのも一興じゃあ無いかね?」

 その低い声は、酷く落ち着く声。

 思わず、カナタの心は大きく揺れていた。

 

 距離を開けた二人の空間。

 そんな空間とは別に、心の距離を詰める様にカナタは真っ直ぐに男を見つめる。

 

 煙を吐くブレインに、カナタはゆっくりと口を開いた。

 

「……あの、ブレイン、さん」

 

「何だい、別の世界のお人良しさん」

 

「私は、ここに居ていいんでしょうか」




三人体制でやってます。

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「今回登場したブレインはこういう感じの人です挿絵担当さんが書いてくれました。」

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「そして戦闘シーンのリースとアリスのイメージ映像も書いて頂きました。」

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.41 ブレイン

 二本目に火をつけるブレインに、カナタはポツポツと言葉を続ける。

 

「私は、別の世界の人間、です……徐々に、この世界に慣れている自分に不安を感じて、しまうんです……。私は私であり続けようと思っていました。私は変わっては行けないと思って、元の世界の人達の為にも変わっては行けないと、思って、私で居続けました。でも……」

 

 思わず言葉を区切る。

 俯き、もう一度口を開く。

 

「そんな私の思いとは別に、この世界に居る事が嫌じゃなくなっている私が、居たんです。変、ですよね……元の世界に戻りたい筈なのに、その元の世界が、薄らいでいる私が、居るんです。何て、私は薄情だって……」

 

「酷く、利己的じゃあないかい」

 言葉は途中で差し込まれる。

 

「利己的、ですか?」

 

「元の世界には自分がいなくては生きて行けない人が大勢居たと、その人達を見捨てているようだと、利己的と言わず何と言うのだろうね……ああ、悪く言ってるんじゃ無いんだ。それが強い君の柱になっている物なのだと理解したよ。強い心だ。誰かの為に思える、素敵じゃあ無いか。でも、それは逆に言えば、元の世界の人達を信用していないのと、同じじゃあ、無いかね」

 

「そ、そんな事……は」

 

「言えないと、言えるかい」

 

 口を噤む。

 怒っているわけでは無い。言葉に一切の波も無くブレインは淡々としていた。

 

「お嬢さん。君の世界はどうも私達の世界と大きく違う様だ。誰もが助け合う素敵な世界。良い世界じゃないか、我々の世界とは大違いだ。こちらは自分の事で必死な人間ばかりだと言うのに」

 

「そこまで、は」 

 

「言ってないと、言えるかい」

 先程と同じようなトーンにまた、口を噤んでしまう。

 

「だからこそ、誰かを救う事を指針とする君は、この世界の方が居心地が良いんじゃあ……ないかな」

 

 泣いている人が居れば我慢が出来ない。

 困っている人が居れば手を差し伸べる。

 止まっている人が居れば後ろから押して上げる。

 それが、彼女の生き方だったから。

 

「ファンタジーとは良く言った物だ……お嬢さん、自分が何と呼ばれているか、知っているかい?」

ふるふると首を振る彼女に対してブレインは続ける。

 

「『幻想(ファンタジー)』『幻(ファントム)』……後そうだな、これは私が気に入っているのだが、『嘘(フィクション)』……これは勿論陰口では無い。アークス達には、そう映るのだろうさ、この世界には無い君の世界の平和だからこそ君という存在が出来たのかもしれないね」

 

「……私は、そんなつもりは」

 

「無いと、言えるだろう、無自覚と言うべきか、天然と言うべきか……嫌、違うな、それこそお嬢さん。貴方の根本だ。」

 また言葉を被せられる。

 先読みされる言い方は、一般人であればあまり好い気はしないだろう。

 しかし、カナタは違った。

 一言一言を淡々と饒舌に話す彼の喋り方は、今迄出会ってきたアークス達とは違う。

 

 毛色が違う。そう感じた。

 

「すまない話が逸れたかな。君がここに居ていいか、だったか……これは冒頭なんだ。もう少し、話をしても構わないかな?」

 タバコを加える煙が空に舞う。ゆるやかに流れる煙に視線を奪われながらもカナタは頷く。

 

「人の根本に直線状なのは、我々ジョーカーの特性だ。そういう強い思いのある者しかあの実験からは生き残れない。言うなれば……君はアークスというより、我々ジョーカーに近い」

 

「私が?」

 

「ああ、ジョーカー『ヒーロー(大量虐殺)』の様に夢見がちで、ジョーカー『ウッドペッカー(陥没墜落)』のように利己的で、ジョーカー『マッドマン(快活狂人)』のように明るい」

 

 ブレインの言葉にカナタは思わず首を傾げてしまう。

 それに気づいたブレインはまた直ぐに片手で謝罪をして見せる。

 

「ああ、すまない。別の世界から来たんだったね。ならば君の知っているジョーカー。我々の本拠地にもジョーカーというのは色々なのが居てね。本拠地で無く、ここにいるジョーカーで例えてみせよう」

 

「ううん……ルーファさんみたいなのがまだまだ居るんですか……」

 思い浮かべるだけで思わず身震いしてしまう。

 その本拠地なる所はちゃんと活動出来ているのだろうか。

 

 失礼な事を浮かべながら勝手に不安になっているカナタを他所に、彼も彼らしく勝手に話を進める。

 

「まず説明から始めた方が良いだろう。ジョーカーという存在が異端であり異常であり異例であり異様である事、差別の対象、災害、化物、その辺りの事は聞いているだろう、もう少し深みに入ってみようじゃないか」

 

暗闇の中、照らすのは赤い月。

居るのは2人だけ。

頷く少女に、赤髪の男は小さな微笑みを向ける。

 

「ジョーカーという害悪は四つの分類に分けられている。

【最強】【最悪】【最善】【最害】彼らの分類の仕方は名前の通りだと考えてくれて良いさ」

 

「絶対的な力を有する超攻撃特化型であり文字通り戦闘のスペシャリスト。【最強(スペシャル)】

アークスに牙を向いたことがある。もしくは向く可能性が高いと視野される【最悪(エンド)】

アークスへ敵意を向ける可能性が低い、もしくはアークス内でも研究や環境を大きく、向上、飛躍させる等重要な位置にも扱われる。【最善(ガーデン)】」

 

そこでブレインは言葉を区切ると、「まぁ最善(ガーデン)だろうとジョーカーには変わらない、マシ、という程度で嫌われ者には違いないがね」と含み笑いと共に続ける。

 

「ルーファさんが言ってたエンドって……そう言う事だったんですか……」

 

「何だ聞いていたのか、しかしまだ四つ目が残っている、話をさせてくれるかな」

 

元来がお喋りなのか頷くカナタにブレインは嬉しそうに微笑む。

 

「そして、手の付け様が無い処分を前提にされている【最害(サーカス)】さて、お次はこのシップにいるジョーカーの説明と行こうじゃないか」

 

「そんな事話してもいいのですか?」

 聞き入っていたカナタは思わず前に一歩出ながら再び話だそうとするブレインに言葉を割り込ませる。

 

「ああ、この距離で充分。しっかりと声は聞こえるし聞かせている。気持ちだけ頂いておこう。美しいお嬢様と並んでしまっては照れてしまうからね」

 

「は、はぐらかさないでください」

 

「ああすまない、赤いくなった顔もまた素敵だ。全く視線も向けられぬ程にね」

 そう言いながらブレインは体毎視線を外へ向ける。

 カナタから見れば横を向かれてしまう。

 

 思う。良くそんな恥ずかしい言葉が簡単に出てくるものだ。

 調子のいい人。

 

「おっと質問だったね。答えはイエスだ。君は知るべきだ。ここで過ごしてきた君はそろそろ知っていい。それにこんなに話をさせてくれているのに君の利益にならない事が少ないようでは勿体ない。もしこれが文脈であれば一人が喋り続ける拙い駄作でしか無いだろう。だから有益を与えるべきだ」

 

 まるでカナタが聞き出そうとしているかのような言い方にカナタは慌てて「そんな事は」と割って入ろうとするもブレインは直ぐにまた淡々と話し出す。

 流石のカナタでもそろそろムッとしてしまう。

 けれど、話は聞かなければ。

 

「例えばホルン……【最善(ガーデン)】の一人。周りからは『ターミガン(犠牲義損)』、『便利屋』、『染色白紙(パステル)』……何て呼ばれているな。ハハ、彼もまた沢山のあだ名を付けらているだろう? まだまだあるが今回の紹介は少しだけにしておこうか。アークスというのはどうも名前を付けるのが好きなようでね……彼は『未来』に固執している。誰かが前に進む事を羨望している。だからこそ足踏みをする人間を嫌う。嫌う癖にお節介を焼く。お嬢さんと、似ている所があると思わないかい」

 脳裏に浮かぶのは白髪の少年。

 自分と似ているだなんて思った事が無い口の悪い少年。

 自分とは正反対の武器を持ち、戦いを教える少年。

 

「例えばレオン……【最強(スペシャル)】の一人。『アルバトロス(一人大隊)』『壊し屋』『鋼刃(グロリア)』『絶対攻撃力』……くくく、アレは面白いよ。性格では無い。無様だからでは無い。滑稽だからでは無い。生き様だ。彼はホルンとは違う。『過去』を執拗としている。拭い切れない過去の贖罪をいつまでもその身に宿し、解り易い痕まで顔に遺し、何かを忘れないと言っているようじゃないか……昼行灯という言葉が良く似合う男さ、過去を思い浮かべている今の君と似ていると思わないかい」

 

 脳裏に浮かぶのは褐色の男性。明るく、ジョーカーだと言うのに誰にでも好かれ、いつも笑っている彼。

 その明るい姿はムードメーカー。逆に言えば、彼の暗い部分を見たのは、あの涙だけだった。

 

「例えばルーファ……【最悪(エンド)】の一人。『最速無敗』『殺し屋』『人間失格(ピリオド)』『狩人(イェーガー)』ジョーカーという例外の中でも更に例外の彼女は『戦い』に関して異様だ。異常と言っても過言では無い。彼女は戻れない。実力がそうさせる。強すぎる力が何処までも進み続ける。誰よりも血を流し、誰よりも深い戦闘へと身を寄せる彼女の心を削るには、十分だっただろう。実に、実に哀れな子だよ、本当はずっと優しい子な筈なんだがね」

 

 タバコを指先で空へと弾くように飛ばす。

 砂漠の先へと小さな光が遠のいていく。

 遠めにそれを見るカナタは思わず声を漏らす。

 

「哀れ……ですか」

 脳裏に浮かぶのは、目の前で簡単に仲間の首を斬った彼女の姿。

 哀れと言ったその言葉が、まるで自分にも向けられているようで。

 ……似ていると言うのであれば、そこなのかもしれない。

 

「例えば……ああ、『ハミングバード』や『クラウンクロウ』等々は、まだ知らないのかな」

 ブレインは、カナタの方にニヤリと笑って見せる。

 

「これからのお楽しみだ」

 

「うーん、お楽しみにしたく無いです」

 個性豊かなジョーカーを思い出し苦笑してしまう。

 そんなカナタに対してブレインも楽しそうに笑い声を上げる。

 

「ハッハッハ! さて……少し喋り過ぎたかな。寒い風は体には障るかもしれない、この辺りにしておこうか」

 そう言うとブレインはくるりと背を向けた。

 カナタは突然のその行動に思わず目を丸くしてしまう。

 

「あ、あの、私の相談……は?」

 散々喋り倒して、結果答えがあると思っていた上でその発言には面食らってしまう。

 帽子を抑えながらブレインは顔だけ振り返る。

 

「ん? ああ、そうだった。素敵に言うのであれば答えは君の中に、という所か。まあ実質もっと簡単な事だとは思うがね」

 

 彼は煙草を取り出すと、また鉄を鳴らす音と共に火をつける。

 言葉の意図が取れないカナタに、ブレインは、すぅっと煙草を吸い込み煙を吐くと「ああ、そう言えば」と言葉を続ける。

 

 片手で自身の胸に触れる仕草と共に、タバコを加える口元がにやりと笑う。

 

「例えばブレイン……【最強(スペシャル)】が一人。『レッドイーグル(見敵必殺)』『ノイズ』『バーディー』辺りの呼び名は気に入っている。……もっと可愛く『カナリア』だとか呼んで欲しい物さ、おっと『カナリア(饒舌多弁)』は既に居たか。失礼失礼」

 

 まだ何も言っていないのに勝手に理解している自身をブレインと呼んだ男は、直ぐに言葉を続ける。

 

「ああ、私はお喋りでね、酷く回りくどい人間だ。簡単な事までも深く考えてしまう。単調な彼らジョーカーの中では、ある種異質な一人でもあるのだろうね、勿論、君と私も似ている」

 

 どこだろう。

 出会ったばかりの彼の事をカナタは解らない。

饒舌だと言う事しか解らない。

 少し考える素振りを見せた後、自身なさげにカナタは答える。

 

「お喋りな、所、ですか?」

 

 ブレインは「くくく」と笑う。

 カナタに背中を向けながら、煙を空へ舞わせる。

 低い声色の筈なのに、声は澄んだ響き方をしていた。

 

「惜しいね、簡単な事までも深く考えてしまう所さ」

 

 小さな灯火を光らせながらブレインはまた笑う。

 何がそんなに面白いのか、楽しそうに笑う。

 

「楽しい暇つぶしだったよ、フィクション」

 

 カナタを『嘘』と呼ぶブレインは、再び背を向ける。

 今度は歩を進めていた。

 

「『ホームシック』にしては、壮大な話になってしまったがね」

 

「……は?」

 カナタは固まる。

 ホームシック。

 あそこまで大袈裟に話して、大仰に広げて、人の名前まで出して、散々喋って。

 

 最後に向けられたあまりにも短絡的な発言。

 

 簡単な事まで深く考えてしまう所。

 

 そこでやっと解る。

 からかわれているのだと、やっと気づいた。

 顔が赤くなる、思わず真剣に話しを聞いていた自分が恥ずかしくなる。

 簡単な事だと、ホームシックだと片付けられてしまえば、もう何も言えない。

 離れていく小さな灯火を見つめながら悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しいと思えて来てしまう。

 

 残ったのは鼻を燻る煙草の臭いと、肌寒い風。

 

 カナタは溜息という白い煙を吐く。

 

 

「やっぱりジョーカーって性格悪い……」

 

 




三人体制でやってます。

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.42 「…………………………………………………」


「だー!くっそ!全然みつかんねーじゃねーか!」

広い砂漠の中、苛立ちをぶつけるようにレオンは砂を蹴りあげていた。
砂をまき散らすレオンに対してホルンは呆れ気味なため息をこぼす。

「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーうるせーよボケ……昨日も見つかってねーんだから今に始まった事じゃねーだろ」

「師匠がそんなんだから見つかんねーんだよ! あー!俺あの壁に負けた見てージャーン! あー!むっかつく! マジで森毎吹っ飛ばしゃ良かったなー!」

恐ろしいことを平気で言うレオンを無視してホルンは一帯の砂漠を見渡す。
そこには何も無い。
当然と言うように森は無い。
当たり前と言うように、ブレインが作った大穴すらも『見当たらない』

場所は間違っていないはずだ。

あれから数日。

森の攻略の為に一度編成された部隊が送られていた。しかし、同じ座標には何もなく、
何かしらの条件があると考え、再び二人で座標に向かうも現れず。

二日連続と何の成果も無く二人は立ち尽くしているだけで終わっていた。

「…………シルカ」
思わず零した名前に自分でハッと我に返る。
ホルンはぶんぶんと首を振る、

「ピーピー言ってないで帰るぞボケ!」

「んだよ師匠!オメーもいらついんてんじゃねーか!」
八つ当たりのように叫ぶホルンにレオンも怒鳴り返す。

「だから背がみじけーんだよ!」

「それは関係ねーだろ!!」

「ああ、気が短いだった」

「どこぞのでけーの見たいなことしてんじゃねーよ!!」






「ファランちゃん! ファランちゃん!」

 気づいたのは目覚めて直ぐ。
 隣で眠る彼女の寝息は酷く荒い物だった。
 触れた額は熱い。
 慌てふためくカナタとは裏腹に、ファランは薄っすらと目を空ける。
 空ろな瞳のまま、少女は震える声を零す。

「手…………冷、たい……」



 

「ファランちゃん! 大丈夫!? どこか痛いとこ無い!? そ、そうだレターさん達に見て貰いに行こうよ! そ、その前に汗拭こうか!? 一回脱ぐ!? あ、甘いものとかどうかなケーキとかアイスとか食べたいもの無い!? それとも服脱ぐ!? 汗拭く!?」

 

「どんだけ脱がしたいのよ!」

 頭を叩かれ体が前のめりに揺れる。

 振り向いた先、呆れた表情のリースがそこに立っていた。

 

「リ、リースさん? 何で?」

 

「食堂のおばちゃんが時間になっても来ないからって言うから見に来たのよ……返事が無いから勝手に入らせてもらったわよ」

 思わずファランとリースを見比べる。

 その不安を浮かべる表情にリースの声色は優しい色へと変わる。

 

「……大丈夫。時々こうやって体調崩しちゃうの。この子の感知能力は無意識に体に流れ込んじゃうからね……誰かの殺気や悪意に充てられただけだろうから、今日はお休みして、安静にしていれば大丈夫だから」

 リースは続けて「この船に居る人は荒い人が多いからね」と、何処か申し訳なさそうに続ける。

 

「だったら私も!!」

 カナタの言葉はそこで止まる。

 ファランの呻き声で言葉を止めていた。

 

「私、大丈夫……です……カナタさんの、邪魔、したく、無い」

 震えながらも、ファランのはっきりとした言葉。

「でも」と言おうとした言葉はリースが肩に手を置く事で止められていた。

 

「甘いのと、優しいのとは……違うわよ」

 鋭いその言葉は、何処かカナタの心に突き刺さる。

 優しいカナタだからこそ、人をほうっておけないカナタだからこそ。

 その言葉に何も返す言葉が見つからない。

 

「……そう、です、ね」

 取りあえずという具合に言った言葉はそれ以上続か無い。

 

「ほらほら、行くわよカナタ!」

 無理矢理に背中を押されてカナタは部屋の外へと押し出されていく。

 顔を横に向け、二人をファランは横目で見送っていた。

 出て行った後、電子のドアが自動で閉まる。

 そして部屋の電気も自動で消える。

 

 ぎゅっと、目を瞑る。

 

 何かから目を逸らすように。

 

 暗い部屋。

 

 暗い。暗い。

 

 一人。

 

 無音。

 

「…………………………………………………」

 

 

 ……暗い。

 

 寒い。

 

 

 

 それは突然だった。

 瞬間的と言って良いほどに無音だった部屋に乱暴な音が響き渡っていた。

 同時にファランは布団の上で上半身を飛び上がらせていた。

 その音は先ほど閉まった自動ドアから。

 ドアが開く。

 そこに、カナタが立っていた。

 荒い呼吸を繰り返し、先程の音の原因だろうか頭に判り易いタンコブまで出来て。

 何を急いでいたのか、カナタの手にはバスケットが握られていた。

 

「ファ、ファラン、ちゃん……」

 

 荒い呼吸のままふらふらと部屋に入るとファランのベッドへと腰掛ける。

 

「く、果物貰ってきた! これ切るぐらいは良いでしょ!」

 そう良いながら、カナタはファランへと笑いかけていた。

 そんな事の為に、『自分』の為に急いでくれるこの人が。

 ファランは不思議だった。

 思わず見開く瞳はゆっくりと微笑みへと変わっていく。

 

「…………はい」

 何処か少しだけ上ずる声にカナタは気づかない。

 

 

 

 部屋に響くのはシャリシャリとした子気味の良い音。

 

「適当に取ってきちゃったから量結構あるんだァー……嫌いなものとか、ある?」

 

 ファランは無言で首を振る。

 

「そっかそっかー! あーでも斬り過ぎて食べれなかったら駄目かァー……んー……」

 

 考え込みながらも器用に手だけは果物の皮を向く彼女を、ファランは見つめる。

 

「……カナ、タさん」

 

「んー?」

 

 シャリシャリ。

 

「ジョーカー……て、どう、思います、か?」

 

 シャリ……。

 

 音はそこで止まる。

 

 差別の対象。災害。切り札。実験体。負の遺産。欠陥品。

 この世界の人間でない彼女には理解するのは難しい。

 それでも、目の前で見せられた圧倒を前にすれば、その心情も幾らかは動く。

 

「……」

 思わず口を噤む。

 彼らは独特で、変わっていて。

 

「……どちらかと言えば」

 

 そうどちらかと言えば。

 酷く曖昧。

 適当に零した声。

 

「苦手かな」

 そう言ってカナタはファランに笑いかける。

 何処か悪戯っぽくと言うぐらいの茶化した笑み。

 深い意味なんてあるわけが無い。

 やっぱり曖昧で、良く解っていない。

 良く解っていない癖に。

 

 そんな適当な言葉なのに。

 

「……え」

 

 ファランの口から弱い声が漏れていた。

 頬は火照った赤いまま、表情も変わっているわけでは無い。

 だけれど、眼の色が少し違っていた。

 何と言えばいいのだろう。

 驚いている色? 焦っている色? 何だろう。

 力が抜けているような。

 

「どうしたの? ファランちゃん?」

 思わず掛けた声に、ファランは慌てて首を振っていた。

 

「何でも、無いです……」

 

 そこからは、特に会話があるわけでは無かった。

 上半身を起こした状態で彼女は俯いたまま。

 カナタは黙々と果物を剥いていた。

 

 シャリシャリという音だけが響いていた。

 

 

「うん。こんなものでいいかな? じゃあ、また後でね? ファランちゃん」

 

 こくこくと頷くファランを他所にカナタは優しく笑いかけると、部屋を後にした。

 今度は、ファランの瞳がカナタの背中を追う事は無い。

 唯、うつむいたまま、色が消えた瞳を下に向けていた。



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Act.43 「え、少女の汗ですよ?」

「よし! 終わり! 仕事終わり!!」
 高らかにそう叫ぶカナタは翻るようにエプロンを外していた。

「どんだけ急いでるんだいアンタは……」

「どんだけでもです!!」
 不振な目を向けるおばちゃんにカナタは何故か自身満々な返しをしている。

「まぁやる事はやってくれてるから良いんだけどねェ……しかし本当に仲良くなってくれたんだねえ」
 バタバタと出て行こうとするカナタは振り向くと、年相応の屈託のない笑顔を向ける。

「はい! 仲良しです!」
 それだけ言うとカナタは食堂から慌しげに出て行く。
 その後ろ姿を、優しく見つめる。
 思わず、その動きに小さく笑い声を上げてしまっていた。

「あの子を見てると……危険な星に居る事を忘れちまうねえ……」







 あの子が最後に見せた目が気になっていた。
 最初に見た時も、そんな目をしていた気がする。
 色のない空虚な瞳。
 久々に、見た。
 
 早足で廊下を歩く彼女には、アークス達の視線が集まる。

「おー! カナタァ! またあれ手伝ってくれよー!」

「カナちゃん~またお菓子一緒に食べましょ~」

 歩くカナタに何人ものアークス達が声を掛けてくれる。
 向ける笑顔にはカナタに対して好意が見えるだろう。
 そんなアークス達にカナタは「また後でね!」「うん約束ですよ!」と同じく笑顔で返していく。

 彼女が来てからの時間。
 リースやシルカ等の気を使ってくれるアークスも勿論居る。
 しかし、それだけでは彼女に対する扱いは変わらないだろう。
 彼女の性格が大きく関わっていた。
 シップに来てからも彼女の行動は変わらない。
 困っているアークスがいれば、尻尾が生えていようが、ロボットであろうが、男女だろうが関係なく助けていた。
 自分に出来ない事だろうと、必死に共に考えて手伝おうとしていた。

 アークス達にとって、最初は違和感のあった彼女の熱心な様子は、距離が詰まるには十分な物だった。
 未だカナタを警戒するものはいる。
 それでも、少しづつ心を開いてくれる人が増えていくのはカナタにとって嬉しい事だった。 

 ファランも含めて。

 そして、別の意味合いでもファランを含めて、皆と笑いたい。



 カナタの視線の先に、見覚えのある黒髪が見えた。

 優雅に歩く少女。

 カナタと同じくらいの年にも関わらず、その姿はカナタのような子供らしい雰囲気は無く、鋭い印象を受ける女性。。

 何処か危険な雰囲気。

 腰に据える、揺れる純黒の刀。

 

 思わずカナタの表情は「げ」と言葉の一文字を吐き出したような顔つきになる。

 

 無機質な表情のルーファと目が合ってしまう。

 

 慌てて視線を外すと、速足だった足は更に早くなる。

 彼女の隣を通ろうとした真横の瞬間、がっしりと腕を掴まれていた。

 

「なんです? 人の顔見て喧嘩売ってるんですか?」

 思わず振り返った先のルーファの視線に彼女は焦る。

 敵意ばっちりに向けられてもカナタは視線を外すぐらいの事しか出来ない。

 

「売ってないですよ! 今はちょっと急いでます!」

 直ぐに前を向くと腕を振り払う。

 更に足の速度を速める。

 勿論このまま横をさささと抜けるつもり。

 

「待ちなさい偽善者バカ」

 勢いをそのままにすれ違う瞬間、カナタの首根っこをルーファが思いっきり掴んでいた。

「ぐえ」という解かり易い音と共にカナタはそのまま尻餅をついてしまう。

 勿論掴まれたまま。

 

「丁度良かったですねーちょぉーっと付き合いなさい」

 

「え!? ちょ! ちょ! ちょっと待って下さい! ルーファさん! ちょ! ひきづらないで!」

 尻餅をついているカナタの言葉などルーファは聞こえていないのか。

 そのままずるずると人間一人を片手で軽々と引っ張っていた。

 

「お尻痛いです! スカート捲れちゃいますから! 自分で歩きますから! 聞いてるんですかルーファさん!?」

 

「あら。カナタってば結構えっちぃですね」

 

「離して下さいってば! バカ! バカ! 変人! 刀好き! 戦闘狂!」

 

「何とでもどうぞ」

 

「子供体系!」

 

「……あ?」

 

「ななななんでそこで止まるんですか…………ご、ごめんなさい……」

 

 

 

 

 目の前に広がるのはドーム状の空間。

 カナタがここに来るのは二度目だった。

 始めて来た時は、ホルンと始めて出会った時。

 あれ以来ここに来る事は無かった。二度と自分が来る事は無いだろうと思っていたから。

 広いトレーニング場の空間には少女が二人。

 一人は壁に保たれた状態で三角座りの形になっていた。

 後ろで円状に二つの円を作る長い髪の少女。

 頭に付いている獣耳がピョコピョコと動くと同時に視線はカナタ達の方を向く。

 

 少女はカナタ達の方に気づくと嬉しそうに手を振っていた。

 

「カーナちゃんだぁ! ルーちゃんも居るねぇ!」

 可愛い。

 サーシャの屈託の無い笑顔にカナタは何故かぐっと強く拳を握り締めていた。

 そんなカナタの様子に冷たい視線を向けているルーファの事など知らずにカナタの視線はもう一人の少女に向いていた。

 

 同じく長く、色は白色の髪。

 普段キラキラと輝く真紅の瞳は今は閉じられ、その幼い顔立ちは空を仰ぐように見つめていた。

 サーシャとは違うケアがされていないようなボサボサの髪質。

 乱雑に左右に大きく結んでいる髪は、二つの束を形成していた。

 その身長とは裏腹に、片手にぶらさげるように持っているのは巨大なハサミ。

 少女は薄っすらと目を開く。

 普段の騒がしい様子とは違う落ち着いた仕草と共に、少女はゆっくりとカナタ達の方を向けられる。

 

「…………えへへぇ、お姉さまーカナちゃーん! 遅いよぉ」

 無邪気な笑顔。

 ハートを打ち抜かれるような感覚がカナタを襲っていた。

 

「……」

 特に発言をしないルーファにカナタは不思議に感じてしまう。

 何故こんな可愛い子に反応しないんだと不思議に思い、カナタは首根っこを掴まれた状態でルーファを見上げる。

 

 無機質だった表情。

 その筈だった表情が、口の端がひくひくと動いていた。

 何かを我慢しているようにしているその様子。

 無理矢理にこらえているのか中々の形相になっている。

 

「ちょ、ルーファさん、何かキモイ事になってますよ」

 

「まさか貴方にそれを言われる日が来るとは思わなかったですね……今死にます? 一分後に死にます?」

 

「それ選択肢って言わないですゴメンナサイ……」

 振るえ気味の声のままカナタは続ける。

 

「それで何で私は呼ばれたんですか?」

 

 カナタが聞こうとした言葉は二つの元気な声にかき消されてしまう。

 

「カーナちゃん! おっねえっさまー!」

「カーナちゃーん! るーぅちゃーん!」

 可愛らしくパタパタと近寄って来る2人の少女にカナタの頬が再び緩む。

 カナタは抱きついてくるサーシャを優しく受け止め、アリスの方はルーファに片手で頭を抑えられてしまい抱きつけなかったようだ。

 

「なんでなんでなんでなんで!!おねえさまなんでなんで!!」

 

 ぶんぶんとアリスが手を動かすもルーファには届かない。

 何か某お笑い舞台で見たことがある気がする。

 

「さっきトレーニングしてたでしょうアリス。服に汗付くじゃないですか」

 

「え、少女の汗ですよ?」

 

「……貴方は何で『何言ってるんだこいつは?』って目で見てんですかね。それは私が今あなたに向けるべき目よ、お人好しバカ」

 

「で、私はなんで呼ばれたんですか!」

 カナタはがっしりと手の中にサーシャを収めながら何故か強気な視線を向けてくる。

 呆れた目線を向けながらルーファはため息混じりに応える。

 

「ちょっとサーシャとトレーニングするからその間アリスの話相手になってて貰えます?」

 

「えっと、アリスちゃんじゃなくて、サーシャちゃん……ですか?」

 

「そうですよ。ってゆーか私達ジョーカーがトレーニングなんてしたら船沈めちゃいますからね、サーシャじゃないと、トレーニングも出来ないっつーわけ」

 

「ううん? 要点が掴めませんよルーファさん」

 

「あーそうでしたね。アナタ知らないんでしたね、サーシャは唯一全力を出しても良い相手なんですよ」

 

「こ、こんな小さな子に?」

 

 腕の中できゃっきゃと可愛らしく声を上げている少女に視線を向ける。

 ニッコリと向けられる満面の笑みに思わずこちらも頬が緩む。

 

「まあ見てりゃ解りますよ。サーシャ、良い?」

 

「うんー!」

 

 腕の中でピョンピョンと跳ねていたサーシャはカナタの手から離れトテトテと歩き出すと歩き出すルーファの後を追う。

 名残惜しそうにそんなサーシャの背中を見送っているとスカートの裾を引っ張られている事に気づく。

 足元の視線を向けると、上目遣いの少女と目が合う。

 

「カナちゃあん……汗臭い? アリスは臭いの?」

 何処か落ち込んだ様子の元気っ子。

 普段とのギャップが、堪らん。

 瞬間的に口の中に広がる唾液をカナタは慌てて拭っていた。

 

「そんなことないよー? 大好きなぺった……ルーファさんに言われてちょっと凹んじゃったのかなー? お姉さんと一緒にあっちでちょっと待ってよっかー?」

 

「カナちゃんハァハァしてるの? くるしーの?」

 

「いや寧ろ元気になっギャイン!?」

 カナタが言い終わる前に、頭に突然響く衝撃に顔が後ろへと下がる。

 涙目で当たったであろうソレに視線を向ける。

 カランと音を立てて転がったのは黒い鞘。

 

「次はこっち投げますよ、お人好しバカナタ」

 そう言いながら遠くから刀身をひゅんひゅんと空を切らせて見せていた。

 遠くから睨むルーファの視線にカナタは鼻を抑えながら思わず愛想笑いを向けてしまう。

 

「じょ、冗談ですよー……ア、アハ、アハハ」

 

 遠くからでも聞こえてくる巨大な舌打ちにカナタは思わず身震いする。

 そこでふとした疑問が脳裏を過ぎっていた。

 

「てゆーかルーファさーん! もしかして私はアリスちゃん見るためだけに呼んだんですかー?」

 

遠くのルーファに聞こえるように張り上げた声は、直ぐに同じ大きさで返ってくる。

 

「サーシャを借りちゃうとアリスが1人っきりになってしまうでしょう! あまり時間は掛けませんから! 頼みましたよー!」

 

 ははぁ。成程。

 その場で頷くカナタは理解する。

 

「そっけない態度取る癖にルーファさんも結構親バカですよねー」

 

「おやばかってなーにー? 」

 

「フフフ、ロリコンっことで……ごめんなさいごめんなさい!! お願いですから刀を槍みたいに振りかぶるのやめてください死んじゃいますから! 死んじゃいますからァァァ!!!」




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Act.44 ルーファとアリスの関係

 広いドーム状のトレーニングルーム。

 

 カナタが遠くから見つめる二人。

 ルーファとサーシャの距離は大体10メートル程。

 

 揺らりと構えるルーファに対してサーシャは楽しそうにふわふわと体を揺らすだけ。

 そんなサーシャに向けて、ルーファは瞬間的に低い姿勢へと切り替える。

 同時に聞こえたのは空を斬る高い音。

 いつのまに抜いたのか、速過ぎる瞬間速度から放たれる空気の斬撃。

 それに乗せる彼女のフォトンが斬撃の威力を後押しさせ、それがサーシャへと迫る。

 

 小さな体が喰らえば粉々になるであろう驚異が近づいているにも関わらず、サーシャは優しい笑顔を浮かべながら驚異に向けて左手を突き出していた。

 その左手が残激に触れるか触れないかの瞬間、斬撃は跡形もなく消え去っていた。

 サーシャの後ろで弧を描く長い二つ結びの髪が小さな衝撃波を残しフワリと髪を浮かせていた。

 

 もう数度目になるその光景は何度見ても肝が冷えてしまう。

 最初は思わず慌てて止めようとしたカナタだったが、「だいじょおぶだよぉー」という気の抜けた声と共に手を振るサーシャに止められてしまったわけだが。

 

「あのねぇーぇ? サーシャはねぇ! フォトンを消し去る事が出来るんだよー!すごいでしょ!すごいでしょおー!」

 

 自分の事のように自慢気なアスの頭を優しく撫でる。

 

「そうだねー? 凄いねー? でもそれって特別な事なの?」

 

「アリス知ってるよー? カナちゃんみたいな人ねぇ? お馬鹿って言うんだよー?」

 

「ウフフフフ! 少女の言葉は悪口でも心に響くわぁ」

 

 そう言えば、とカナタは言葉を続ける。

 

「リースさんは?」

 

「んとねぇーゆかりちゃんを捕まえに行ったのー」

 

「ああ……あの人かぁ」

 

「すぐ逃げちゃうからねぇーリーちゃん大変さんだね!」

 

「アリスちゃんはいっつも楽しそうだねー?」

 

「うん!うん!とっても楽しいよ!しあわせ!」

 少し拙い言葉に思わず頬が緩む。

 けれど、満面の笑みを向けてくる少女にカナタの瞳は少し曇ってしまう。

 

『欠落品』と呼ばれた少女。

 エスパーダ。

 不良品の集まり。

 この、目の前で笑う少女も。

 

「本当に、幸せ? 辛く……ない?」

 

「うんー!」

 

 自分は今どんな顔をしているのだろう。

 複雑で曖昧で。善人である彼女の心にモヤが広がる。

 

 アスは楽しそうに笑いながら、言葉を続けていた。

 

「あのねー昔はしあわせじゃなかったんだよー、いっぱい人を殺してたの」

 

「……え?」

 

「それがアリスの生きる意味だって言われてたのーそれ以外はねーなんのかちもないんだってー? 何もないんだってーアリスはねーぇ……」

 

 汚れの無い瞳は空を見つめる。

 

「大きな人にね? うらぎりもの、って人を殺せって毎日言われてたんだよー殺さないとご飯貰えなくてねーみぃーんな殺さないでーって言うんだけどねーアリスはごめんねーごめんねーって言ってからいっつも殺してたんだー。あ! ジョーカーも1回殺したんだよー? アリスは強いんだよー!」

 

 自慢げに胸を張る少女。

 

「……そうなんだ」

 目の前の無邪気な少女。

 罪悪の感性すら理解出来ていない少女もまた、力を持ったアークス。

 そんな少女の掌を優しく握る。

 

 小さな子はまた続ける。

 

「毎日毎日同じことばっかりで楽しくなかったなー。でもアリスは考えちゃダメだって言われてたから何も言わなかったんだー。とーっても暗くて寒い所がアリスの知っていい世界なの」

 

「……うん、それは嫌だね」

 何となく、想像してしまう。

 毎日武器を持ち、言われた通りに血しぶきを上げる少女。

 それはまるでただの兵器でしかない。

 使い終われば暗い所に閉じ込めて。

 個人の尊重なんてある筈も無い。

 

 ……こんな小さな子を。

 

 カナタはそっとアリスの頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細める少女。

 

「でもね!そんな時お姉様に会ったんだぁ!」

 

 嬉しそうに彼女は声を上げる。

 

「その時の『うらぎりもの』だったんだけどねー? もう全然歯が立たなくてね! それでね! それでね! お姉様はね! ご飯をいっぱい食べさせてくれたの!! それでねー大きな人も倒してくれたの! 暗い所からアリスを救ってくれたの!」

 

嬉しそうに話すアリスを見てカナタも嬉しくなる。

 また容易に想像出来る。

 ルーファがめんどくさそうに刀を振るう姿が想像出来る。

 

「そっか、だからルーファさんはアリスちゃんにとってヒーローなんだね」

 

「うん! 大好き! スープがね? 暖かいって事教えてくれたんだよ! 空は青いって教えてくれたんだよ!」

 

 ぐっ、とカナタの目頭が熱くなる。

 良かった。この子が今救われていて、良かった。

 ルーファという女性は少し苦手だけれど、アリスを助けてくれたのは心から感謝していた。

 

「後ね! カナちゃんも大好き!」

 

「ぐはっ!?」

 ぐらりとカナタが揺れる不意打ちのラブ直球。

 そんなカナタの様子等気にせずアリスは嬉しそうに続ける。

 

「リーちゃんも! サーちゃんも! ジョーカーのお兄ちゃんも! ユラちゃんも! せんせーも! みぃーんな! みぃーんな大好き!」

 

「…………アリスちゃんは、ここが好きなんだね」

 

 荒っぽい人もいるけど、このシップの人たちは優しい人も多かった。

 年端も行かないアリスやサーシャに優しい人も勿論いた。

 少女にとって、ここが居場所なんだ。

 

「うん!」

 

 アークスの世界が、酷く残酷であることは理解している。

 それでも……この子の笑顔がいつまでも続くこの小さな世界だけでもずっとそのままでいてほしい。

 

「さ、てと、それはそうと……」

 

「んー?」

 

「も、も、も、もう1回大好きって言っていいんだよ? ね? ね? おねーさん期待しちゃうなぁ!?」

 

「……やぁーカナちゃん怖いー」

 

「は!? いかんいかん!」

 慌てて垂れるヨダレを拭う。

 

「カナちゃんは時々変な人ー」

 

「……あ、あれ引かれているのかな、さ、流石に自重しようかな私」

 一人反省していた時、カナタの背筋に寒気が走る。

 それと共に、突然後ろからの奇声。

 

「ねぇ! ねぇねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ビクリと肩を揺らし後ろを振り返る。

 目に映るのは紫色の長い髪。

 

 裸足でピョンピョンと楽しそうに跳ねているグラマラスな大人な女性。

 

「私は!? ラーイク!? あーはぁぁぁぁぁん!? ラァーーブ?」

 見た目からは想像出来ない残念な様子で両手を広げているユカリ。

 

 ああ……またこの人か……。

 

 カナタの胃が勝手にキリキリと痛み出していた。

 

 

「うーんー!ゆかりちゃんも大好きだぁよー!」

 

「おーけー!おーけー!皆大好きゆかりちゃん!!ここに推☆参!!」

 謎ポーズを決めている。どこかで見たことがあるような。

 どこぞの特撮ほにゃららライダーのような休みの朝の日にやっている魔法少女モノのような。

 

「あなたの瞳にイソギンチャク♪」

 謎の投げキッスと共に謎の決めゼリフ。

 

「……リースさんが探してたみたいですけどー」

 

「おーけー!おーけー! 皆まで言うな! サインは事務所を通してね!」

 

「意味が到底解りませんよ!!」

 

 そこでふと気づく。 

 珍しく長い髪を後ろでまとめていたユカリの髪。

 長くしなやかなポニーテール。

 そこだけを見ればただの綺麗な姿でしかない。

 問題はそれを結っている白いシュシュ。

 見覚えのある柄に、カナタの顔がみるみる強ばっていく。

 

「わー!髪止めてるのかぁいーねー!」

 

「ムッフッフッ! 見えない所にも気を使いますから☆」

 

 そんなカナタの事など知らずに楽しそうに会話をしているユカリへと震える人差し指を思わず向ける。

 

「そ! それ私のパンツじゃないですかーーーーー!!!!」

 

「くっ、バレたか」

 

 しゅるりと外す髪留めは器用な螺旋から元の形へと戻る。

 白い女性用の下着。

 

「わぁー!ユカリちゃんすっごーい!」

 

「良いから返して下さい!! 何やってんですか!!!!」

 声を荒らげるカナタを他所にユカリは微笑を浮かべていた。

 

「確かに……正しい使い方をしなければ怒るのは無理もない……」

 何で穏やかになってるんだこのわけわからん人は。

 手の中にあるパンツをカナタは両手で掴むと、ゆっくりと頭上へと掲げる。

 優しく細めていたユカリの目が力強く見開かれていた。

 

「カナタ!! レプカーーーー!!!!」

 雄叫びと共に掲げていたパンツが勢いよく下ろされる。

 カナタの可愛らしい白色の下着はその伸縮性を最大限活用され、ユカリの頭へと装着されていた。

 

「ギャアアアアア!!!! 本当に何やってんですかーーー!!!!」 




三人体制でやってます。

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Act.45「オッス! オラユカリ! ムラムラすっぞ!」

 悲鳴を上げるカナタを他所に、ユカリは自信に満ち溢れた顔で胸を張るように体を弧へ描いていた。

 いつの間に手にしていたのか頭に付けていた下着と、お揃いの潔白のブラジャー。

 体の形をそのままに丁度ブラを指定通りの使い方でホックを締めるところであった。

 

「完☆全☆装☆備!!!!」

 

「わぁー!ユカリちゃんかぁっこいー!」

 

「返して! 下さい!」

 

 ユカリへと伸ばしたカナタの手はあっさりと躱される。

 ユカリは更に何時の間にか別の色のブラジャーを手に持ち、スナップを効かせるように自らの頭へと巻き付かせていた。

 

「ヘルメットオーケー! 追加装備完了! フル! アーマー!」

 

「どんだけ取ってんですかもおおおおお!!!!」

 

 若干涙目になりながらも同じようにユカリへと振りかぶる手はやはり空を切る。

 

「うま!うま!……効いてる! 味が効いてる!! 白米持ってきて誰か!」

 

「ぎいいいやああああああ!!!!それ以上喋らないでえええええ!!!!もうこの人いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 悲鳴を上げ続けるカナタの様子にサーシャとルーファが何事かと丁度戻っている所だった。

 ルーファの目に映る悲鳴を上げて泣き叫ぶカナタ。目をキラキラとさせて「すごーい!」を繰り返しているアリス。そして頭にパンツを被り、更に胸と頭にブラジャーを付けながら別のパンツを口に咥えている変態が1人。

 

「うわぁ」とルーファが思わず零した声に変態が振り返る。

 

「オッス! オラユカリ! ムラムラすっぞ!」

 

「むらむらー?」

 

「そこはワクワクしときなさいよ、っていうか本当何やってんですかユカリ」

 可愛らしく小首を傾げているサーシャをルーファは「アリスとあっちで待ってなさい」と素早くユカリから離れる様に誘導する。

 ナイスですルーファさん! と心のなかだけで親指を立てて見せる。見えないけれど。

 ユカリという非常に教育に悪い18禁へと、ルーファの呆れた視線は戻る。

 ため息混じりのルーファに何故かユカリはニヤリと笑う。

 

「フフフフフフ!私はお洒落さんだからな!他にも服はあるのだ!」

 

 そう言いながらいつの間にかカナタの手に握られた別の布。可愛らしいピンク色。

 

「あ、あれ? それは私のじゃない……」

 

 ブラジャーとは違った伸縮性を優先したような素材。所謂スポーツブラという物。

 困惑するカナタとは別に、ルーファの目元が引き攣っていた。

 

「な、何で私のまで……」

 

「え゛!あれルーファさんのですか!」

 カナタの頭の中でピンクなのか以外。

 というよく分からない思考が頭の隅で行われていた。

 

「い、いいでしょう別に! 好きなんですよあの色!」

 

 始めて見せた女性らしい仕草にカナタは思わず、この人は本当にルーファさんなのだろうかと目を細めてしまう。

 

「その目くり抜きますよ」

 

「私もピンクは大好きですから! アハハー!」

 

 冷や汗を流しながら慌てて愛想笑いを浮かべているカナタを訝しげに睨んでいたルーファの視線は再びユカリへと戻る。

 ユカリは丁度カナタのブラを上へとずらしている所だった。

 先程のように見せつけるように大きく胸を張っていた。

 そのまま腰を曲げ優雅な曲線を描きながらブラを体へと巻き付ける。

 

「これが伝説のルーファレプ……くっ!……ルーファレプ……」

 

「ちょ! 止めなさい!! 止めなさい馬鹿ユカリ!!」

 

 後ろ手に回すブラの先を必死に引っ張っているが明らかに届いていない。

 そのブラに入り切らないユカリの大きな胸元が苦しげに抑えられていた。

 

「ルー……ファ……レプ……ちっせぇ!!!」

 バチーン!という子気味いい音と共に叩きつけられるのと、ブチりという何かが切れる音は同時だった。

 

「……あーそーお? ん? ん? ん? じゃああれ? 入るようにその無駄な脂肪切り落とします? お? それともそのふざけた頭から切り落とします? 少しは血抜いたらその思考マシになりますよね?」

 

 いままでに見た事の無いような顔の血管の浮き具合。カナタはぎょっとしてしまう。

 ルーファの刀が、ゆるやかな放物線を描き、辺りに淡いフォトンの光が舞っていた。アークスをよく分かっていないカナタでも、何かまずいという事は理解出来ていた。

 

「なななな何やってんですか!! さっき自分で船沈めちゃうって言ってたじゃないですか!!」

必死にルーファの腰元にすがり付くもルーファは止まらない。

 

「うるっさいですよDカップボケコラァ!」

 

「でかい声で私のカップ数言うのやめて下さい!!ほら!着痩せ着痩せ!」

 

「貴方は着痩せするでしょうけど私は着痩せすら出来ないんですよンボケェェェェ!!!!」

 

「変わらない大切さ!!変わらない大切さがあるから!!裏表がない素敵な人……いやそういう意味じゃなくて!!」

 

「貴女止めたいのか怒らせたいのかどっちなんですか!?」

 

「いいから落ち着いてくださいAカップさん!!!」

 

「ふざけんな偽善者バカ!! Bはありますから !あるの!絶対あるから!!」

 

「あの変態を斬るのは賛成ですけど船まで沈める気ですか!!」

 

「あいつも殺して皆死ねェェ!!!」

 

「理不尽の権化じゃないですか!! やめて下さいってばぁぁ!!!」

 ぎゃーぎゃーとやり取りをしている2人を見てユカリは「ふぅ」と呆れたようにため息を吐いていた。

 

「ちなみに私はEカップでつ☆」

 テヘッという具合の小さな舌を出しながらのポージングに、ルーファの浮かび上がっていた血管は臨界点を超えた。体にすがりついているカナタを振り回しながら、水平に構えていた刀が思いっきり振り下ろされる。

 

「死ねェェェェェェェェ!!!!」

 

 瞬間的に光り輝くルーファのフォトンが巨大な刀を作り上げる。容赦なくユカリの脳天へと振り下ろされる巨大な刀。

 振り下ろされた刀が、ユカリに触れるか触れないかの刹那。

辺りに響いたのは残酷な潰れるような音。

 では無かった。

 パキン、というガラスが割れるような細やかな音。

 作り上げられた巨大な刀が音を立てて砕けていた。

 砕けたフォトンの欠片はそのまま青い粒子へと姿を変える。

 ルーファの眉が片眉だけ上がる。

 振り下ろしていた刀を瞬時にその場で回転させると、そのまま鞘へと収めていた。

 流れる華麗な動きと元に、ルーファの視線は砕けた先へと向けられる。

 

 そこにサーシャが立っていた。

 

 ユカリの前に立ち、小さな体を力いっぱい広げる少女。

 いつも笑顔の少女は珍しくムスッとした表情を向けていた。

 

「だぁーめー! 喧嘩はー! めぇー!」

 

 確かにフォトンを消し去る能力だと聞いていた。

 しかし、トレーニングの為に作られた筈の丈夫な床に出来た巨大な亀裂をみれば、どれ程異常な威力だったのかは理解出来るだろう。先程の訓練だと言っていたサイズの衝撃波どころでは無い。

 それをこんな少女が消し去る。

 船すらも両断できると言っていたルーファの力をアッサリと消し去っていた。

 

 アークスに対しての切り札。

 ジョーカー専用の部隊。

 

 見た目からは想像も出来ない名だが、その名に恥じぬ能力。

 ようやく、カナタにもその異様性が理解出来ていた。

 

「……まぁ、確かに大人気なかったようです」

 大きく溜息を零すルーファに「全くです……」といつもの余計な一言と共に睨まれるカナタ。

 

「うっんほーーー! んぁー! 怖かった! 怖かったー! ケラケラケラ……ケラ?」

 棒読みの笑い声は途中で止まる。

 がっしりと、後ろからユカリの頭を掴む者が居た。

 ゆっくりと後ろへと振り向く

 

「探したわよユカリィ!」

 

 いつの間にかユカリの後ろへと転移していたリースの青筋が立つ顔に、ユカリの笑顔が思わず引き攣る。

 

「お、おーす、お、おらユカリ」

 

「知ってるわよ!」

 がっしりと頭を掴まれながらガシガシと揺らされるユカリは揺られながらもヘラヘラと笑う。

 

「待ってて! って言ったでしょ! 何で約束破るのよ!」

 

「約束とは破る為にあるのだ……なんつって! なんつってー!」

 

「やっぱこの女1回斬った方がいーんじゃないですかね」

 

「止めなさいルーファ……誰が一番我慢してると思ってるの」

 

 青筋を立てるルーファとリースに挟まれるユカリは今もゲラゲラと笑い声を挙げたまま。

 同じように間に居た筈のサーシャは既にアスの方へとてとてと戻っている。

 

 反省の色を見せないユカリに、カナタの目付きが変わっていた。

 

「およよ? およよ? クズキカーナタ! 怒ってる? なになにその目? お? お?」

 

「……嫌いです」

 

「ふにゃん?」

 

不思議そうに首を傾げるユカリをカナタは思いっきり睨み付けていた。

 

「嫌いです!! 約束を破るなんて! 最低ですよ!」

 

 大声を上げるカナタにリースは目をパチパチと思わず動かす。

 ルーファも珍しい物を見るのようにカナタの方を見つめていた。

 

「き、嫌い?」

 カナタが言った言葉をユカリは思わずという様子に繰り返す。

 

「約束を破るなんて最低ですよ!」

 

「最低……?」

 

「そーです!ダメなんです!」

 先程のテンションは消え去りユカリの顔は一気に曇る。

 リースに捕まりながら顔を項垂れていた。

 

「どーなってんですかコレ。パンツより約束を破った事に怒ってますよ」

 

「ええと……取り敢えず大人しくはなったけれど……」

 

 まるで叱られた犬のように静かになるユカリを、リースは不審そうに顔を覗き込む。

 

「う、ううううーーー………」

 そこに大粒の涙をボロボロと零すユカリの顔。

 

「え、ええー……何なのよこの状況」

 

「私に聞かないで下さいよ」

 

 困惑する2人を他所にユカリの前へとカナタは近づく。

 

「いいですか! 約束を破るという事はその人の信頼を破っちゃう事なんです!」

 

「そぉなの……?」

 

「そぉなんです」

 

「約束破ったら最低? 嫌いになるの?」

 

 一瞬の沈黙の後、カナタの手がゆっくりと上がっていた。

 カナタは尖らせていた瞳を和らげ優しく笑いかける。

 ユカリの頭上に置かれた掌は優しく、髪を撫でるように流れる。

 

「嫌いになりたくないですから……約束破らないって、私との約束ですよ?」

 

顔の穴という穴から液体を流していたユカリの顔が瞬間的に表情を変える。

 子供のような満面の笑みを浮かべながらユカリは思いっきり両手を開いていた。

 

「ひぁぁぁぁぁぁぁん!! クズキカァナター!! しゅきしゅきだいしゅきーー!! 合体合体合体!!!」

 

「ひィィィィィ!?」

 

 突然の雄叫びにカナタがその場で硬直する。

 

「やめなさいっ!」

 慌ててリースが後ろからユカリの首根っこを引っ張っていた。

 伸びる手がカナタに触れるギリギリで止まるも、それでもカナタに近づこうと首が締まるのも忘れてユカリは前に出ようとしていた。

 

「あはは! あはは! 一緒に一緒に一緒に一緒に!!!」

 

「ああもう!」

 呆れた声を上げたリースの周りを青い光が舞う。

 その光は広がるように、同時にユカリを巻き込んでいた。

 

「もう連れていくわよ。アリスやサーシャもこっち!」

リースの言葉に二人の可愛らしい少女はトテトテと走って近づくと、リースのスカートにしがみつく様に手を広げていた。

 

「カナちゃん! ルーちゃん!またね!またね!」

 

「お姉様ー!また遊んでね!カナちゃんも!カナちゃんも!」

 

エスパーダの面々を包む淡い光にカナタは見覚えがあった。

 彼女の、リースの力だ。

 

「迷惑かけたわね二人共、ああ下着は洗って戻しておくから」

 

「そーしてください、全く下着まで持ち出したの初めて見ましたっての」

 

 苦笑しながらもリースは「教育しとくわよ」と笑う。

 

「お姉さま!! 今度は私にも修行付けてねーえ!」

 キャッキャしているアリスにルーファはしゃがみ込み視線をあわせる。

 優しい瞳で見つめるその姿はいつもの鋭い様子とは違う。

 

「ええ……私がいない時に、皆を守るのは貴方の役目よ? 頑張りなさい」

 その言葉にアリスの顔は満面の笑顔に変わる。

 

「うん! うん!」

 本当に、楽しそうに、嬉しそうに。

 思わずそれを見ているカナタも頬が緩む程に。

 

 転移で徐々に消える体に、ユカリも諦めたのかもう抵抗を見せていない。

 

「ねーえー……」

 

 ユカリの高い声に思わずカナタはびくりと身構え視線をユカリへと戻す。

 

「な、なんですか」

 

 子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら、撫でられた頭の名残を楽しんでいるように彼女は自身の手を頭に載せていた。

 その姿は、本当に子供のように、純粋な瞳をこちらに向けていた。

 

「また、撫でてねェ……」

 目から小さな雫をこぼしながら、その優しい笑顔と共にユカリは姿を消していた。

 

「……うん」

 もう誰もいないその場所に、聞こえない返事を返す。

 始めて、ユカリという女性の心が見えたような。そんな気がした。

 

「…………そっか、撫でるの好きでしたもんね」

 後ろから零したルーファの声に思わずカナタは苦笑してしまう。

 

「べ、別に私はそういうわけじゃ」

 

「貴方の話じゃないですよバーカ」

 素っ気無い態度のルーファにカナタはムッとしてしまう。

 

「そんな言い方ないじゃないですか!」

 

「そんな言い方される言葉吐きやがったの誰でしたかねー誰がAカップ? 誰がAカップ?」

 

「あ、私もうそろそろファランちゃんの所戻らないといけ無いですから」

 

「逃がしませんよバカナタ!!」

 

 

 

 ■

 

 

 

 暗い部屋。

 

「ふにゃふにゃふにゃぁぁ! 頭撫でられたよー頭撫でられたよー!」

 頭の上に自分の手を置きながら何度も同じ言葉を繰り返すユカリにリースは今日何度目から解らない溜息を零す。

 

「もう約束破らないでよユカリ……」

 

「破ったら嫌われちゃうからね!! 約束は、守る為にあるんだよ!? ゲラゲラ!!」

 

「言ってる事変わってるし……」

 

「はァー……ふふふーん……撫で撫で良いなァー……あの手良いなァーあの手欲しいなァー千切っちゃおうかなァーそしたらいつでも撫で撫で出来ちゃうもんなァー……あー良いかも良いかも……ゲラゲラ」

 

 既にリースの話は聞いていない。

 自分の世界に入っているユカリはグシャグシャと何度も何度も頭を掻き毟る。

 撫でているつもりなのか、綺麗な髪はただただ、乱雑になるだけ。

 

「ユカリ……私達の役目は忘れないでね……」

 視線を落とすリースの言葉にユカリの視線はギョロリと動く。

 

「役目? 役目? ああ、うんうん! それそれ! 美味しいよねー! おっかしいよねー!」

 

 意思疎通も出来ない彼女にリースは目を伏せると、ユカリに背を向ける。

 

「ええ……私達の存在理由は……残酷で、曖昧で、馬鹿馬鹿しい……」

 

 リースが暗がりの部屋から外へ出る瞬間に、ユカリの口からポツリと声色の違う声が零れていた。

 機械的な分厚いドアは、ユカリの声をリースへと届ける事は無かった。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.46 仮面(ペルソナ)β


 現在データでの参照。

 屑木 星空 (くずき かなた)。


 17歳。

 見た目、構造は人間の姿である事を確認。

 多少のフォトン反応を感じる事からアークスの可能性が大きい。

 それ以外に、何も無い。
 これといった未知も謎も無い。

 唯の、女の子。

 そんなわけが無い。

 ダーカーしかいないこの星に、突如現れた少女。
 自身を別の世界から来たと言う少女。

 何も無い筈が無い。

 頭を抱え机で突っ伏しているラックルにレターが呆れた声を向ける。

「そんなにデータ見た所で数値なんて変わらないわよ」

 突っ伏したままのラックルは、視線だけジロリと上げる。
 恨みがましい視線に、レターはまた溜息を溢す。

「全く……どんだけカナタちゃんに固執してるのよ」

「逆に何で気にならないの!? あれ程の謎を前にして、あれ程の不可思議を前にして、あれ程の未知を前にして、何故冷静でいられる!?」

「だって普通に女の子なのだもの……この星には何人もアークスが送り込まれて行方不明になっているのだから……そのうちの一人が記憶障害を起こしているだけだと思うけど……」

「バカ! 姉ちゃんはバカ!! 何かあるに決まってるだろう! 絶対に何かあるんだ……絶対に何かあるんだ……」

 苛立ったように爪を噛みながらブツブツと独り言を続けるラックルにはもう姉の姿すら映っていない。
 若い年齢ながらも、研究員として選ばれる程の実力は十分に持っていた。
 ただ、その執拗な執着心はラックル自身の身を滅ぼして来たのを、姉であるレターは良く見ていた。

「……解剖さえ出来れば、解剖さえ出来れば」
 不気味な言葉を繰り返す弟に少し声色の強い声を向ける。

「私達はもうヴォイドじゃないのよ。あの人は、もういないの。解剖なんて事もう言わないで……」


 俯く姉の姿などラックルには興味の対象にはならない。
 ただ、ブツブツと続ける独り言だけが響く。

 そんなラックルは突然顔を上げる。

 それは突然の部屋に響いた警報音に反応したからだ。

「これだ……」

 ぼそりと続ける声は、再度確認するように続けられる。


「これだ!!」
 今度は大声で。
 爛々と不気味に目が輝く。

 響く警報音は止まらない。


《緊急事態発生 緊急事態発生。近くに仮面β(ペルソナβ)を確認。

   無闇に近づかず編成を確認後撃退する。繰り返す無闇に近づく事を禁止する。》


 

 

《緊急事態発生 緊急事態発生。近くに仮面β(ペルソナβ)を確認。

          無闇に近づかず編成を確認後撃退する。繰り返す無闇に近づく事を禁止する。》

 

 広いドーム状、最早カナタとルーファしかいないその空間でも警報音は響いていた。

 

「ペルソナ?」

 

 その場で首をかしげるカナタ。

 

「ああ、貴方はまだ見たことなかったですね。ペルソナってのはダークファルスの1人のことですよ」

 

 簡単に言ってしまうルーファにカナタは表情を強張らせる。

 

「え、ええ!? それって確か敵の親玉なんじゃないんですか!? だ、大丈夫なんですか!?」

 

「βって言ってたでしょう? あれはこの星で発見された新種ですよ。まだ見つけたばかりですからね、見た目が似てるからそう読んでるだけです」

 

「ええと、じゃあその親玉さん並では無いって事ですか?」

 

 カナタの言葉にルーファは「うーん……」と少し考える素振りを見せる。

 

「まぁアイツ等程じゃないのは確かですけど、そのβ、ちょっと能力が変わっているんですよ……最初に対峙した相手の姿になるんです」

 

「……そっくりさんになっちゃうんですか?」

 

「それで終われば苦労はしないんですけどねぇ……その対峙した物の能力、戦い方までコピーするんですよ。流石に劣化版ですけどねー」

 

 成程、とカナタはそこで理解する。

 そんな王道な敵キャラクターは良く漫画で見たことがあるぞ! という謎の理解をして見せる。

 

「それで近づくなって警告が出されてるわけですね! 新しい能力の目覚めによって倒せるみたいな!」

 

「……? 貴方が何を言っているのかサッパリ解りませんが、最初にアレを見つけた時は大変だったんですよ? 知らずに近づいたレオンの馬鹿のお陰で大惨事でしたよ」

 

 思い浮かべる。

『アルバトロス(一人大隊)』『絶対攻撃力』

 壮大な異名を持つ彼、勿論その戦闘力もカナタは目にしている。

 幾ら劣化したと言っても、あの攻撃力がこちらに向かっていたと考えるだけで身震いしてしまう。

 良く無事だった物だと呆れてしまう。

 

「……良いストレス解消になりましたけどね」

 

 そう言いながらニヤリ、と珍しく小さくだが、不敵な笑みを浮かべるルーファを見て、うわぁ、とカナタの頬が引き攣る。

 口で言っているが大変だったと嘆いている顔には見えない。

 

「ま、こんなふうに突然現れるわけですが、特にジョーカーは相対する事を禁止されています。私は私と戦ってみたいんですけどねー」

 良くそんな事を簡単に言える物だと思いながら、ふと気になった事を聞いてみることにする。

 

「あれ? だったら近づけないですよね? どうやって倒すんですか?」

 

 素直な疑問に、ルーファが口を開こうとした時、突然訓練場の大きなドアが音を立てて開く。

 肩を揺らし、振り返るカナタの視線の先。

 そこにラックルが居た。

 走ってきたのだろうか、洗い呼吸と血走った瞳がカナタを食い入るように見つめ、不気味に笑みを広げていた。

 その異様さにカナタは思わず数歩後ろへ下がってしまう。

 そんなカナタの様子も顧みずにラックルはずかずかと距離を詰めてくると、その輝く瞳でカナタに詰め寄り。

 

「ま、待ってたんだこの時を! い、一緒に来てくれ!!」

 

「…………………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

「イーヤーデースー!!!」

 必死に抵抗して見せるカナタは両足に全力で力を込めていた。

 しかしその努力は無駄だと言うようにルーファが引っ張る片手にあっさりとひきずられ砂煙をあげていた。

 

「まだ言ってンですか? どっちにしてもぶっ殺さなきゃ行けないんですから弱いのが役に立っていいじゃないですか」

 

「自分とそっくりなのが実験に使われるとか殺されるとか嫌に決まってるじゃないですか!!!」

 

 

 つまる所。

 その仮面(ペルソナ)βなる物の倒し方は、一度コピーしてしまえば姿が変わる事はないので、一番弱い人物をコピーさせて後は倒してしまえばいい、という事らしい。

 そしてシップで今一番弱いと思われるカナタをラッセルが上で押し、あわよくばカナタの存在への研究の為に使いたいとか。

 

 何故話が通った!!

 

 最初に話を聞いた時でも否定の声を上げ続けたが完全に無視される始末。

 それでも食い下がるカナタは上(ユラ)に通話を繋げ直談判。

 

『安心しろ、外に出る事になるがルーファがいれば安全だ。よっぽどの事が無ければ彼女が負けるような事は無い』

 

「そういう事じゃ無くてですね!!」

 必死に捲し立てるも完全に聞くつもりが無いらしくアッサリと話は可決されそれでも嫌がるカナタを無理矢理引きづるルーファ。

 それが現在の状況。

 

 

「だ、大丈夫だってば! 君じゃなくてペルソナβを解剖するだけだから! 君には何の損害も無いから!」

 何を嬉しそうに言ってるのだろうこのメガネは。という気持ちいっぱいにひきずられながらカナタはラックルを睨む。

 

「そういう問題じゃないんですよ!! とにかく嫌なんです!! 私は早くファランちゃんの所に行きたいの!! イーーーーーーーヤーーーー!!!」

 

 

「はいはい、もう目の前ですから、いい加減に腹決めなさい甘ちゃん馬鹿」

 

「へ?」

 

 思わず顔を上げた。

 目の前に広がるは広大な砂漠。

 いつ以来かの茶色に近い金色の世界。

 そこにいる一人。

 たった一人の人の形をしている者が存在していた。

 身長は高いわけでも低いわけでもない。

 体は太いわけでも細いわけでもない。

 黒一色の服に、顔には仰々しい覆面のような物が被っていた。

 

 一瞬呆けるカナタは、背を押され思わず数歩前に出る。

 

「これ以上近づいたら私がコピーされちゃいますからね、後は見た目変わったら後ろ下がりゃ私が殺ります」

 

「ぼ、僕はもっと離れておくから」

 

 後ろの二人の言葉を聴きながらも、カナタは身動きが取れないでいた。

 この人にしか見えない存在が化け物であると、ダーカーという存在だと言うのだろうか。

 

 何故かは解らない。

 

 カナタは食い入る様に、『彼女』を見ていた。

 

 吹いたのは風。

 心の底が震える程の紫色の風が吹いていた。

 それは『彼女』を中心に螺旋を描き、風が吹いた後。

 

 そこに仰々しい被り物は無くなっていた。

 

 黒く長い髪。 澄んだ瞳。

 左右に小さく結んでいる髪は無くとも、目の前の存在に一瞬鏡を前にしているような錯覚に陥る。

 

 見つめる。

 

 自分を見つめる。

 

 相手も、鏡もカナタを見つめる。

 

 冷たい瞳がカナタを見つめる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ほ、本当に私、みたい……でも、私こんなに冷たい目かなぁ」

 等と苦笑してしまうカナタとは違い、仮面(ペルソナ)βは一切微動だにしない。

 その不気味な様子にカナタは思わず視線を後ろへと向ける。

 

「もう! これで好いんですか!! 私帰って良いですか!!」

 あきれ気味、それと少し怒り気味の声を発するカナタの目に最初に映ったのは、手をさし伸ばすルーファの姿だった。

 突然の、目の前に現れた彼女にカナタの思考回路は固まる。

 ルーファの目は大きく見開かれ、険しい表情のままカナタに向けて思いっきり飛び込んでいる形なのだと頭の端で理解する。

 

「伏せなさい!!」

 飛び込んたルーファの両手がカナタを抱きしめるように捕まえると、そのまま砂漠の砂の中へとダイブして行く。

 倒れて行くカナタの目にルーファの後ろの光景が見えていた。

 

 自分が居た場所に、巨大な斬激が通過している所であった。

 目に入りきらない程の巨大な紫。

 衝撃で強烈な風が回りの砂すらも吹き飛ばす。

 地面にルーファ毎倒れて2度3度地面を跳ねていた。

 痛みで思わずうめき声が漏れる。

 それでも慌てて上半身を起き上がらせる。

 どこまでも続く巨大な亀裂が目の前に存在していた。

 思わず亀裂を目で追ってしまう。

 その先に、亀裂を挟むように立っているラッセルが目に映った。

 間抜けに口を空けていたラッセルの体が、その亀裂に合わせるように『ずるり』と体の軸がずれる。

 一つだったラッセルの体は二つになり、左右へぼとりと倒れる。

 砂煙を上げて倒れる。

 血しぶきを上げて倒れる。

 重たいものが落ちる音を二つさせて倒れる。

 

 

 

 楽しかった時間が終わる音をさせて倒れる。

 

 

 

 

「え、え、え、え? ラ、ラ、ラ、ラッセ、ル……さ、ん?」

 

 震える声を零すカナタの耳元にルーファが囁く。

 

「…………走りなさい、絶対に振り向いてはダメ。亀裂側に向けて、走りなさい」

 鋭い声。

 いつもと様子が違う事を直ぐに理解する。

 

「で、も、ラッセルさん、が……」

 

「…………言い直しましょう。今あなたが居たら邪魔です。巻き込まれたくなかったら逃げなさい、防衛本能に従い逃げなさい。その命がまだ必要なら逃げなさい。貴方が死ねば悲しむ人がいるなら……逃げなさい!」

 弾かれたようにカナタは立ち上がっていた。

 振り向く躊躇を一瞬見せるも、直ぐに亀裂へ向けて走り出す。

 人としての姿を無くしたラッセルの方を見ないように必死に視線を前へ向けて。

 

 戦いという概念から遠い筈のカナタでも解った。

 

 背中に感じる異常に冷たい冷気のようなもの。

 心の芯まで凍える様な、吐き気を催すような物。

 

 カナタはそれを知っていた。

 

 この世界に来る前。

 

 飲み込まれた時に感じた、死の感触。

 

 

 

 ■

 

 

 

 離れていく少女を視線が見送る。

 彼女が遠くに見えるシップの方に走っているのを確認する。

 今は大きな煙を上げ、目の前の誰かと同じように、亀裂に従い真っ二つになったシップ。

 自身の住まう船を破壊されたにも関わらずルーファの表情は変わらない。

 脳は冷静に処理をする。

 それは『絶対攻撃力』を彷彿する程の威力。

 

 ルーファは振り返る。

 

 視線の先に居るのはカナタの顔をした仮面(ペルソナ)β。

 しかし先程と違うのは、ひきずるように片手に持つ巨大な大剣。

 濃い紫一色。剣というには酷く乱雑な歪曲をした大剣。

 

「あのクソ馬鹿偽善者雑魚女のコピーで? なんで、そうなるわけですか?」

 

 仮面(ペルソナ)βはカナタの顔のまま、無表情に大剣を振り上げる。

 体のサイズを有に超える不釣合いな大剣は、ルーファの方に向けられていた。

 

 その巨大な大剣をルーファは良く知っていた。

 

 

 禍王 ファルス・ヒューナル。

 

 ダークファルスが一人。

 

 アークスを震撼させた化け物。

 

 絶望の脅威が使っていた伝説の大剣。




三人体制でやってます。

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Act.47 ルーファVS仮面β ①

 深い森の中。
 生茂る木々。
 二つの影が対峙していた。

 片方は二メートル強の大男。 
 巨大な体は、黒と紫で彩られた鎧のような物を身につけていた。
 その体程の巨大な歪曲された大剣を携えた化け物は、豪快に笑っていた。
 笑い声だけでその場の空気が震撼する。

 禍王ファルス・ヒューナル。

 ダークファルスと対峙するもう一人の影。

 ファルス・ヒューナルより小さな体。
 笑い声の振動により揺れる長い髪。
 動じる様子も無く少女は手に持つ刀を空へと放り投げていた。
 多量の刃こぼれを起こし、既に刀としての機能を失った鉄クズは数度の回転と共に少女の後ろの地面へと突き刺さる。

 20本目。

 後ろに連なるのは様々な刀だった物。
 並ぶ刀の墓場。振り返る事もせずに少女、ルーファは溜息混じりの言葉を零す。

「……何食ったらそんな硬くなるわけ?」

 ルーファの言葉にファルス・ヒューナルはまた孟だけしく笑う。

「ガッハッハッハ!! 軽く遊びに来たつもりだったが良い掘り出し物では無いか! アークス無勢にもここまで出来る物が居たか!! 滾る! 滾るぞアークス!!」

「こっちは試し斬りで来ただけ何ですけどねー」

「だがどれ程実力があろうが!! その程度の獲物ではこの我には傷一つ付けられんぞ!! さぁ、どうするアークス!! 我をもっと楽しませろ!!」

 ピクリとルーファの眉が動く。

「……はぁー?」
 ゆらりと顔を横に向けるルーファの手元が輝いていた。
 青い転送の粒子の後に、手に握られていたのは、少し長さのある刀。
 黒い刀。
 黒い鞘から抜かれた刀の刀身すら黒い。

 純白ならぬ純黒。

 真っ白と言う程の真っ黒。

 白妙なまでに漆黒。

 ひゅん、と空を斬る音と共に、ずしんと重い物が落ちる音が響いていた。 
 豪快に笑っていたファルス・ヒューナルの笑い声が止まる。
 落ちた自身の巨大な腕に、視線は思わず動く。

「やっぱりこれじゃないと……綺麗に斬れないですねェ」

 黒い刀身の切っ先が、ファルス・ヒューナルに向けられていた。

「楽しませるのは、貴方でしょう? 玩具は貴方。遊ぶのは私」

 ルーファはにっこりと笑う。
 屈託なく、年相応に可愛らしく。


「ダークファルス無勢が」



 幾年程か前の話。

 

 

 数時間の決闘の最中。

「呼ばれた」、と一言残し、本当に残念そうにファルス・ヒューナルは消え去り決着が着く事は無かった。

 

 

 その化け物が持っていた武器。

 

 

「またお目にかかれるとは思いませんでしたが……何故」

 

カナタと同じ顔で、ゆっくりと顔を傾ける。

 表情は、無感情なまま変わらない。

 

「……? 頭の中は空っぽですか? それともお話は嫌い?」

皮肉のように自身の頭を軽く指で突くような素振りを見せるカナタに対して、仮面βは巨大な捻じ曲がった剣を軽々と振るう。

 合わせる様に先程よりはまだ小さいが、それでも巨大な紫色の斬撃が砂をまいながらルーファへと走る。

 

「あら、お怒りですか?」

 近づく斬撃に対し、ルーファの表情が変わる事は無い。

 ルーファの姿勢は低く低く下がる。

 斬撃がルーファへと確実に伸びる最中、ルーファの手が黒い柄へと伸びていた。

 刀の柄に触れたのは一瞬、刀身を見せない瞬速が、空を切る音だけを残し紫色の斬撃へと放たれる。

 

 縦に走る紫色の斬撃に対し、横に切り裂いた斬撃は一瞬だけ十の形を見せた。

 その十は僅かな時間均衡させる。

 しかし、紫色の斬撃は多少の威力を衰えさせたものの止まらない。

 

 最早目と鼻の先。

 

 それでもルーファの表情は変わらない。少しだけ、方眉だけを上げて見せる。

 

 先程よりも早い居合。

 音すらも置き去りにする早さは、ほぼ同時とも言える斬撃と共に縦に一度。左右斜めに二度。

 仮面の斬激に上から乗せられた威力。

 僅かなズレと共に三度ほどの置いていかれた空を切る音が響きわたる。

 紫色の斬撃は、跡形もなく消え去っていた。

 

「力馬鹿はレオンだけで間に合ってますよぉ」

 ルーファに対して、仮面βはゆらりと、別の動きを見せていた。

 仮面の足元の砂煙が舞う。

 ルーファの視線が最後に捉えたのは仮面が地面を蹴った瞬間。

 僅か数メートルの距離、刹那の早さで距離を潰されていた。

 巨大な歪曲した大剣は、ルーファの頭蓋に向けて振り下ろされる。

 

 立ち込めるのは金属がぶつかり合う音。

 大剣と鍔迫り合いをする形で、黒い刀は抜かれていた。

 

 空気が揺れる。

 

 二つの巨大な力は、互いが譲る事も無く力の行き場を失った二つの力は空気へと伝わり、その場で小さな衝撃波を、二人の足元に大きな窪みを作っていた。

 

 未だ表情を変えない仮面に対し、ルーファの無機質だった表情は変わり始めていた。

 目が爛々と輝く。

 

「私と早さで殺り合うつもり?  負けたら首貰っちゃいますよ?」

 歌うように言葉を紡ぐルーファは、突き放すように相手を押し返す。

 互いが一瞬腕を上げる形になると、互いが同時に動く。

 回転しながら二発目の攻撃を向けるのは同じタイミング。

 二度目の衝撃波がその場を襲う。

 しかし、二度目の鍔迫り合いが起こることは無い。

 刀身を仕舞う事も忘れ、ルーファがその場で地面を蹴った。体ごと、力任せに横へ振るう斬撃に、仮面βが辛うじてそれを受けると二歩三歩と後ろによろける。

 

 それに対しルーファは距離を詰め刀を振るう。

 

 二度、三度、四度。

 

 続く連激を、その巨大な剣で器用に受け止めていく仮面β、しかし、衝撃は受け止められず確実に数歩後ろへと下がらせる。

 

 ルーファの連激速度は上がっていく。

 

 僅かながらに。

 少しづつ。

 圧倒的に。

 

 スピードの差が出始める。

 エンジンがかかり始めたルーファの連激は、仮面が受ける暇もなく服を掠めるように捉え始めていた。

 状況が不利と感じたのか、仮面は大きく数メートル後ろへと飛ぶ。

 スピードに物を言わせた弾道のようにルーファはそれを一直線に追う。

 突き刺すように、刀の先端を仮面の首筋へと向ける。

 カナタと同じ顔に、躊躇なく走った。

 

 空中に飛び上がっている状態のルーファは確信する。

 後ろに飛んだ仮面βは、僅かながらに大剣のせいか姿勢が傾いている。

 バランスが取れていない状態の仮面に受け止める事も、避ける余地も無い。

 

「首もらい」

 あっさりとした言葉とは裏腹に、残酷な一突きは、最短距離を走る。

 残り数センチ。

 勝ちを確信する中、背筋に走る瞬間的な寒気。

 気づいたのは、目の端に偶然捉えた今、瞬間だった。

 

 ルーファには、今の状況が、スローモーションのように感じられていた。

 

仮面βが大剣を握っていない逆の手を、体制を崩しながら、掌を見せる様に向けていた。

 

 空中に滞空するルーファは、その掌から赤黒い光の収縮を確認する。

 何処かで見覚えのある光の収縮。

 もしそれがそうなのであれば、今空中に居る自身こそが。

 

 避けられない事を悟る。

 

 背中に走る寒気が。

 ルーファの野生的本能が。

 次の行動を無意識に起こさせる。

 両手で握っていた刀。

 突きに全身全霊を掲げた勢いをそのままに片手を離す。

 固定を失った刀はガクリと重力に従い地面へと向きを変える。

 それに引っ張られる形で体制が傾くルーファの頬を、赤黒い閃光が掠ませて行く。

 

 仮面の掌から放たれた閃光は首を狙うルーファと同じように、先程まで頭があった場所を光が走る。

 そのままルーファの体を砂漠の中へ叩きつけていた。

 

 その場で大きな砂煙が舞う。

 僅かコンマ数秒の出来事。

 

 ごろごろと転がるルーファは瞬時に回転と共に立ち上がる。

 頬から鮮血を垂れ流しながらも、その瞳に輝く爛々とした赤い瞳は変わらない。

 

 外れた光線は、地面に当たり音を立ててその場の砂を凍らせていた。

 暑い砂漠の中、冷たい冷気が白い煙を上げる。

 視線の端にその現状を捉える。

 放たれた光線がルーファの知る技だと確信していた。

 

 興味というより、単純な疑問がルーファの中で拡がる。

 

 見覚えのある技。

 別のダーカーがその技を使うことを知っていた。

 

 

 ダークファルスエルダー。

 

 

 数年前、アークスを震撼させたダーカーの親玉が1人。

 ダークファルスの剣に技。

 無論、ダーカーの頂点に立つ存在と同じ技が使える別のダーカーなど、ルーファは知らない。

 

 答える様子もなく、表情を変えない仮面は、かくん、と首を傾げる。

 その不気味な姿にルーファは瞬時に身構えていた。

 

 次の攻撃が来る前にこちらから飛び込む。

 受身になる事を考えない彼女は彼女らしく地面を蹴るため、足に力を溜める。

 そのまま、勢い良く飛び出す。

 

 思っていた。

 

「…………?」

 

 足が動かない。

 それが腕も、胴も、首を動かす事すらも出来ないでいた。

 驚愕よりも、再び疑問が先に浮かぶ。

 

 それも、知っていた。

 

 その技を行う唯一の敵も、知っていた。

 

 背中に冷たい汗が流れる。

 唯一動く視線は仮面へと向ける。

 仮面の背にうっすらと見える等身大程の時計。

 

 半年前の敵。

 

 ジョーカーという存在を作り出した張本人。

 

 ダークファルスルーサー[敗者]

 

 同じくダーカーの頂点。

 そのダーカーの特徴的とも言える時を止める大技。

 相手の時間すらも、その場の世界を変える大規模な必殺。

 

 何とか動こうと力を振り絞るも、体は数ミリの動きを見せるだけで完全に動く様子を見せない。

 そんはルーファを嘲笑うかのように、仮面は再びルーファに片手をかざしていた。

 先程よりも時間を掛けた数秒。その数秒で、等身大以上の黒い収縮が仮面のかざす掌の前で起こっていた。

 

 先程の小さな光線ではない。ダークファルスエルダーの放っていた本物の巨大な光線。

 過去の強者。アークス達を苦しめた、二つの強力な技が、動けないルーファに向けて躊躇いなく。

 

放たれた。

 

 迫り来る光線を前に、僅かにルーファの口元が動く。

 

「素晴……らしい……!!!」

 

 絶望ではなく、薄っすらと微笑む笑み。

 まるで何年も出会う事が出来なかった恋人に出会えたかのような、美しい笑顔。

 ルーファの体は、自身の体の数倍以上の光線に飲み込まれていった。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.48 手遅れ(バッドエンド)

 艦内で響き渡る警報。
 そのサイレンに負けない程の声が飛び交っていた。

「多大な損害!! 船が!! 丸ごと真っ二つに……!」

「遠くから大きな反応が幾つも!! ダーカーの群れです!!」

「バ、バーストバリアーが起動しません!!」

「艦内も混乱しています! まともに出撃出来るアークスがいません!!」

 若干の斜めの傾きに変わった指令室で慌てふためき動き回る者達の中、一人の高い長身の女性だけは腕を組んで立っていた。

 ユラは巨大な砂煙によって完全に見えなくなっている大きなモニターを睨んでいた。
 ルーファとカナタ、そしてラックルの存在も現状では完全に位置が感知出来なくなっている。目視に関しても見ての通り。

「ある程度の衝撃には耐えられる筈なんだがな……真っ二つとは……どこの馬鹿だ? レオンぐらいしかこんな真似出来ない筈だが……」
 必死に電子的な画面を叩く一人が、中央で呑気な事を零すユラに焦りの表情を向けていた。

「ど、どうしましょう! このままでは一方的にこの艦は大量のダーカーに嬲り殺しにされますよ!!」

「……ふん、ホルンやレオン、ルーファがいないこのタイミングで来るか……少し出来過ぎ、か」
 溜息交じりにユラはそう零すと組んでいた腕を崩す。

「私が行こう」

 その一言と共にユラは長い紫色の髪を翻し背を向ける。
 司令官として、艦を収める者として、直々に出向くという行為に一瞬空気が凍る。
 その空気を無視するようにユラは手袋をぎゅっと強く引っ張り脅威が迫る先へと歩を進める。

「私が持ち堪えている間に落ち着いたアークスから出撃を開始させてくれ」

「は、はい……」
 有無を言わせずに話を続けるユラは淡々とした様子で司令室を出て行く。
 落ち着いた様子に何も言えなくなるオペレーター達はユラの背中を見送っていた。

「……あ、あの人って、戦えるのか?」


 砂煙と共に、降り立つ長身の女性は鋭い視線を向ける。

 1km先程だろうか多量の砂煙が舞い上がっていた。

 それは横一列に未だ膨れる茶色。

 徐々に近づく砂煙こそが、脅威が迫っている事をしらしめていた。

 

 煙から除くのは、紫や黒を主張するおぞましい虫のような姿。

 玩具のようなふざけた姿。

 

 様々な化け物達を見ても、ユラは眉一つ動かす素振りを見せない。

 懐から取り出すキセルを咥える。

 火を付けて、一呼吸。

 空に向けて白い息を吐き出していた。

 

 近づいてくる死よりも、舞い上がる煙をユラは、ぼぅ……と見つめていた。

 

 ゆらゆらと揺れる灰色は空気に消えていく。 

 鼻に付く、煙と、薬のような匂い。

 

 脳裏に浮かぶのは、皆で騒いでいた時間。

 

 フッとユラは目を瞑り小さく笑う。

 

「戦うさ……それが私の存在する意味だ……」

 開いた瞳は鋭い。

 目前をはっきり視野に入れ、キセルを加えたままユラは向かう脅威達に向けて、なぞるように腕を横へ振った。

 

 その瞬間、砂煙が吹き飛ばされる。存在を顕にした蠢く化物達。

 しかし化物達が前に進む様子は見せない。

 まるで上から何かに抑えられているように、動きは歯車のようにぎちぎちとした動きをしていた。

 果てしない横並びが、大量のダーカーが。

 

 動きを止めていた。

 

「10分は保つだろう。どうだ行けそうか?」

 

『は、はい。バリアの復旧はまだ掛かりますが既に幾人かのアークスは戦闘準備に入りはじめています!』

 

「流石だな、クズ集団と言っても戦闘特化の集まりは伊達ではないようだ擬態しているぞ」

 

『……それを言うなら期待です』

 

「………うむ、まぁ、そうとも言うな」

 

 軽口を叩く余裕はあった。

 そんなユラの耳元のインカムから大きなノイズが響いていた。

 思わずユラは耳元を抑える。

 

「っ……!! なんだ?」

 

「なんだ? だって? 相変わらず感知に関しては鈍すぎるな『存在否定(ダウナー)』」

 

 声は後ろから。

 ユラが振り向くのと、周りの砂が巻き上がるのは同時だった。

 生えるように現れた赤黒いそれは円上に広がっていくと、ドーム状にユラともう1人を囲んでいた。

 ユラの表情に驚きの色は無い。

 その現象を知っていた。ダーカー達が起こす囲い。

 囲い込み中から多量のダーカーを生み出す罠。

 自然災害に近い筈の物が、意図的に現れた様に感じた事に対してユラの心に疑問が浮かぶ。

 

「ふむ」と辺りを見渡すユラの視線は再びもう一人に戻る。

 

「お久しぶりだライド」

 ユラがライドと呼んだ先に居たのは巨大な体格をした機械

 高い身長のユラをも超える高身長。

 ごてごてとした身体は鉄で覆われ、足がシンプルに細く上の身体は大きい。妙なバランスの体付きながらも頭から伸びる一角のような角が中心のラインになっているかのように機械の身体はバランスを保たれていた。

 

 白を強調した姿は洗練されたものを感じる。

 

 体の半分が赤黒い触手のような物で覆われていなければ。

 

「……この星に探索に来てから消息が行方不明になった一人だと聞いていたが……『グロリア(栄光)』とまで呼ばれていた貴方が何故そのような姿に……」

 

 ユラのセリフに大してライドは機械らしい音声で笑い声を響かせる。

 

「違うな。これが、この姿こそが私だ。思考回路は酷くスッキリとしているよ。昔はダーカーを殺す事ばかりだった。脳のショートが常に焼かれるような気分だった。だが今はどうだ。ダーカーと同化してから清清しい気分なんだ……見えていない世界が見え始めた様に、視界がいつまでもクリアで、洗練された美しい世界だ」

 

 空ろに空中を見つめるライドに、ユラは煙を吐きながら首を振るう。

 

「……ダーカーに侵食されているのか。侵食をされないからこそのアークスの筈が……一体何が起こっている」

 

「答える必要は無い、必要等皆無だ。不必要だ。理解等必要無い。貴様ら如きが知る等おこがましいと知れ」

 酷く冷たい機械音声。

 ユラの知る彼とは懸け離れた姿。

 

「酷く饒舌になった物だ。貴方は寡黙だった筈だが……誰よりも慕われ、誰よりも功績を残し、六棒均衡に選ばれる可能性まで見出していた……そしてジョーカーに近いとまで言われた実力。貴方程の方が……」

 

「そうそれだ」

 顔の部分が機械的動作でユラへと向けられる。

 

「だから私はここにいる。貴様らと近しい実力を持つからここにいる。『あの人』の為にここにいる。貴様という『化物』を足止めする為にここにいる」

 

「化け物、ねぇ……」

 

「貴様の事だ、ユラ、嫌違うな……『最悪(エンド)』よ、『ラストジョーカー』『クロウ・クラウン』『存在否定』『鮮健の紫』後なんと呼ばれていたか、ゴミの分際で良くもまぁ大それた名前を付けられた物だな。何にしても、ジョーカーを化け物と言って何が悪い?」

 

「悪くは無いさ、ああ、悪くは無い。しかし今の貴方と比べると、どちらが化け物だろうと思ってだね」

 

「御託は良い。ラストジョーカー……時間稼ぎのつもりか? 」

 平静を保っていたユラの持つキセルの煙が、一瞬揺れる。

 

「勘違いするなよ『最後の遺産』。私が乗ってやっているのだ時間稼ぎと言う小さな抵抗に乗ってやっているのだ。」

 ユラの視線はチラリと後ろへと向けられる。

 触手上の赤黒いドームの隙間から、動きを止めていたダーカー達は、徐々にだが、動き始めようとしていた。

 

 -まずいな。

 

 原理は理解していないが、ドームに囲まれた瞬間にユラの力が弱まったのを感じていた。

 直ぐに視線はライドの方へと向けられる。

 

「それはありがたい。ならばもう少し時間稼ぎに付き合ってもらえないか英雄殿?」

 皮肉混じりなユラの言葉にライドは再び機械的な音声を上げる。

 

「いいや駄目だ。ここで終焉だ。貴様等さえ足止めすれば、後は唯の雑魚の集まりだろうが」

 

「貴様等……か」とユラは零す。その一言で理解する。

 他のジョーカーにも敵が迫っている事が、今のこの状況が仕組まれている、という事が。

 考える筈の無いダーカーが策を有している。

 それはダークファルスが影で動いている事を比喩していた。

 

「アークスであった時点でジョーカーに近しいとまで言われていた私だ……最早今の私は貴様らと同等かそれ以上」

 

 ライドの足元がゆっくりと浮き始める。

 周りに赤黒い粒子が纏いだす。

 体の半分に纏い付く触手が不気味な脈動を始める。

 

「遊ぼうじゃないか、ジョーカー」

 

 フン、とユラは鼻を鳴らすと、煙を吐き出した後ユラはその場で右足を上げる。。

 

「どーん」

 妙にコミカルな声を吐きながら。

 体重に従うように。

 小さな砂煙を上げる自然摂理に従い。

 足を下ろした。

 

 カエルが潰されるような音が響く。

 

 その足が地面に触れるのと同時に、ぐしゃりと言う音が響き渡っていた。

 ユラの冷たい視線の先に、血溜まりが広がっていた。

 陥没したようにその場だけ大きく砂が弾け、その真上、ドーム状の天井には大きな穴が空けられていた。

 ダーカーの罠は、その穴からゆっくりと広がり赤い粒子となりドームが消えていく。

 そんな事も気にせずにユラは白い煙を吐き出す。

 

「確かに、貴方は我々ジョーカーに近い実力を持っていたアークスだ。本当に見事だ。」

 飛び散った鉄クズに向けられている言葉は何も答えない。

 

「しかし、何だ……失礼だが1が2になったぐらいで、それが3になった程度で……我々100に近づいていようが、敵うと考えているなら……哀れだよ、グロリア(栄光)」

 

 一度ユラは伸びをすると、くるりと鉄クズに背を向ける。

 

「ふん、我々を分けるのならば狙いは部隊の全滅か? 何にしても……あのダーカー達は私が相手をした方がよさそうだな」

 

 そう独り言を零すユラが一歩前に出る。

 それが合図だったかのように、再び地面から赤黒い触手が伸び始めていた。

 触手は素早い動きで再びドームを形成し始める。

 

「……どうあっても私を足止めしたいようだな」

 

 苛立ったような独り言を零すユラは、再び右足を上げようと体重を左に掛ける。

 

「そういうこった」

 

 唯の独り言に、返事が返ってきていた。

 思わずユラは上げていた足を下ろす。 その声に聞き覚えがあった。

 声は、目の前から。

 

 目の前の。2メートル程の広がる闇から。

 穴にも見えるそこには、確かに人の形が見えていた。

 しかし、その姿はユラの視線では確認が出来ない。

 

 それでも、その声だけでユラには存在が理解されていた。

 

 

「よぉ『化物』」

 闇が答える。

 

「やぁ『災害』」

 ユラも答える。 

 

「久しぶりだな『害悪』」

 

「貴様を7人のうちに入れた覚えは無いのだがな『切り札』」

 

 ユラの落ち着いた声は、それでも先程よりも強い敵意が向けられていた。

 敵意を向けられた闇は、げらげらと下品な笑い声を響かせる。

 

「ああ、入れられた覚えは無ェーよ。俺ってばカジノしてた筈なのにいつのまにかココに居るわけ、しかも聞いてくれよ『不良品』俺はおめぇを足止めしなきゃいけねーの。おめぇの能力苦手なんだよ。ああメンドクセェ全く手遅れだぜ」

 陽気な話し方をする闇に、ユラの敵意は変わらない。

 

「……貴様が敵ならば確かに、足止めとしては打ってつけだろう『ジョーカー』」

 

「全くだ、ああ手遅れだ、『ジョーカー』」

 

 互いが互いを理解していた。

 

 強すぎる災害が。

 一級の害悪が。

 最悪の化物が。

 不良ない欠陥品が。

 

 最強の切り札が。

 

 唯一戦えるのは、エスパーダと呼ばれた特異種のみ。

 それはアークスが戦えば一瞬で消され、ジョーカー同士で戦えば周りの被害が甚大で無いからだ。

 

 ユラは咥えていたキセルを一呼吸吸うと、口で咥え手で持つ事を止める。

 余裕を見せる相手では無くなった。

 げらげらとまた闇は笑い声を上げる。

 

「通らせて貰うぞ」

 

「おいおい、いつも見てェーに言い間違えないのか? 今はシリアスな気分かよ? 残念だがもう遅え、全然おっせぇぜ『存在否定(ダウナー)』もう手遅れだ、みぃーんなここでおっ死ぬって寸法よ、ああ手遅れだぜ」

 

「……ジョーカーのよしみだとか、同じエンドのグループの縁だとか、全て今の私の気持ちには霞む。私はアイツ等のトップだ。私がアイツ等の存在を、認めてやらねば誰が認める。だから手遅れになどさせん。『バッドエンド』……貴様の存在を否定してやろう」

 

「ぎゃっはっはっは!! ああ最高だ! 最高に最悪で最低で最強だ! だけど残念、俺を相手にする時点で」

 そこで闇の影が薄れる。

 

 ゆっくりと、その姿を露にし出していた。

 

「『手遅れ』だ」

 

 

 ルーファ、ユラに並ぶ、最悪(エンド)のジョーカーが一人。      

 

 

 『手遅れ(バッドエンド)』  




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Act.49 ホルンVS ・・・・・ 1⃣

 二人の人影が砂煙を上げて走る。

 

 力強い脚力で人が到底出せない速度で走る大男と、一歩一歩を蹴り上げて飛ぶ様に大男と併走する小柄な少年

 

「なんだってんだよ!! さっきのでっけぇのはよぉ!!!」

 いつにない険しい表情でレオンが吠える。

 遠くからでもその異様な威力は目視出来ていた。

 その方向の先、考えるよりも二人は先に走り出していた。

 

「ユラ!! おいこら! クソ!! 誰でも良い応答しろ‼」

 触れるインカムからは一切の反応は無くホルンは大きな舌打ちをしていた。

 

「師匠! 前見ろ! あれ!!」

 ホルンが視線を上げる。

 

 奥の奥、視線の先。

 どこまでも広がっている筈の砂漠の色が変わっていた。

 茶色から黒へ、大量の蠢く黒へ。

 その一部だけ広がっている大きな砂煙、所々見え隠れする紫と青。

 

 そして手前に砂煙で見づらくなっているシップが薄く見える。

 半分が形を崩し、もげるようなずれ方をしているそれが。

 

 遠目から見ても状況は瞬時に理解出来ていた。

 

「このタイミングでダーカーってタイミング良すぎだろ!!」

 

「……全くだ」

 頷くホルンは何故かレオンよりも一歩前へ先に出る。

 そのままホルンは空中に飛び上がり体を横へと回転させていた。

 遠心力のついたホルンの体はそのままレオンの横っ面に蹴りを食えわえていた。

 

「おぼはぁーー!?」

 奇怪な声をあげながらレオンはそのまま擦り下ろされるように砂漠の海へ飛び込んでいた。

 

 瞬間、丁度レオンがいた場所から砂が巻き上がり巨大な赤い壁

 現れていた。赤黒い触手のような物が纏わりつく壁。

 ホルンはその壁にも見覚えがあった。

 

 ダーカーウォール。

 

 アークスの行く手を阻む強力な分厚い壁。

 ダーカーの攻撃だけを通す絶対的なアークス拒絶の壁。

 突然、まるでレオンとホルンを分けるような現れ方。

 

「偶然にしちゃぁ、出来すぎじゃねーか」

 

「て! てめぇ! このミジンコ何しゃ……うお!! ダーカーウォール!? どういうことだよこれミドリムシ!!」

 赤い壁の向こう側で起き上がるレオンにホルンは一度ため息を零す。

 

「せめて微細胞か単細胞か決めろクソ馬鹿!!」

 

「うるせー!!! 何がどうなってんだよ! こんな壁ぶっ壊してやらァ!!」

 構えようとするレオンを、ホルンは片手で静止する。

 

「馬鹿かお前本当馬鹿か! バーカバーカ!!」

 

「言い過ぎじゃね!?」

 

「態々船側に蹴ってやったんだ!! 急げ! こんなのに時間掛けてる場合じゃねーだろ殺すぞ!!」

 

 一瞬躊躇うも、直ぐにレオンは踵を返す。

 一度も振り返る事もせずに真っ直ぐ走る。

 何処までも真っ直ぐな男。

 

「それでいい」

 人前で出す事の無い柔らかい独り言を零すと、ホルンは見渡す。

 壁は横に長く伸びていた。

 回りこむには時間が掛かる。見上げた先も、視線が続く先まで壁は続いていた。

 どういう構造なのか理解に苦しむが、きっちりと分断されてしまっている。

 

「やはり、時間が掛かるが壊すのが得策か? ……あまりにも用意周到過ぎンな。他に何かありそうだが」

 

「その通りだよ? せーんせ!」

 

 思わず俯いていた表情をあげた。

 目が見開く。

 その声は良く聞いていた声。

 近くで、何度も、何度も。

 

 一瞬、全てを忘れて振り向いてしまう。

 

 

 誰かの真似をしたような白い髪。

 ショートカット。

 169センチ。

 屈託の無い笑顔が特徴。

 ホルンと違い、誰にでも優しい声を掛けられる。

 レオンやリースと同い年。

 エリートとして進める実力を持ちながら、態々ホルンに付いてきた物好き。

 

「シ、ルカ」

 

「せーんせ、久しぶりだね。せーんせ……」

 屈託な笑顔も変わらない。

 白い髪も変わらない。

 胸の部分に不気味輝く目玉のような赤いコアを除けば。

 

「お、前、何で、ど、どうし、て」

 いつもの仏頂面はそこには無い。

 いつもの不機嫌そうな様子はそこには無い。

 

 口の中が乾く。 走馬灯のように続くのはシルカとの思い出。

 どれだけ突き放しても付いて来た彼女との思い出。

 

 

「……せーんせ、大好き。ずっと、ね? 一緒に、久しぶり、せーんせ……せーんせ……」

 空ろな瞳は何処を見ているのか解らない。

 うわ言のように繰り返す言葉に意思疎通が出来るとは思えない。

 それでも、それでもホルンは震える声を向ける。

 

「来るな!! やめろ!! クソ!! クソ!! ふざけんな!! ふざけんなよ!!」

 

 必死なホルンの声が聞こえる様子は無い。

 フラフラと、その歩を進める。

 

 音が聞こえる程に強く歯を食い縛る。

 

「私の……大事な、大事な、あれ? 何が?」

 その場で首を傾げるシルカは笑顔のまま、再びホルンへと顔を向ける。

 

「せんせー、何が、大事?」

 

「シルカ……」

 

 ちきしょう。

 心の中で何度でも悪態を付く。

 何度も、何度でも。

 その中で一つだけ別の感情も動く。

 

 見事だ。

 

 怒りの中で小さく賞賛する。

 これが足止めだとするならば、あまりにも効果的すぎる。

 

 ジョーカー。

 

 最強であり最悪であり災害である化け物集団。

 まともに相対して勝てる存在では無い。

 

 倒す方法。

 エスパーダという無力化専門の部隊。

 その実力すらも掻き消す戦略。作戦。

 そしてジョーカーの唯一の人間性の部分を攻める。

 

 何にしても正攻法で勝てる存在では無い。

 

 何処の誰だか解らないが、それを知っている。

 ジョーカーの事を知っている。

 

「っは、裏切り者がいるってのはマジかよ」

 吐き捨てるように叫ぶと、ホルンの視線は真っ直ぐにシルカを見つめる。

 

「…………ちきしょう」




三人体制でやってます。

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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫            @kuroyukari0412


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Act.50 レオンVS ・・・ 【1】

 
 それは突然だった。

 最初に気づいたのは、リースと手を繋いでいたサーシャ。

「来る」

 ポツリと零す彼女にリースが不思議な視線を送るのとそれは同時だった。

 突然の地響き。
 ぐらりと地面が揺れた。
 咄嗟にリースは目の前のサーシャとアリスを抱きしめるように手を広げた。

 体が跳ねる。
 傾く廊下に合わせる様にリースの体は二人を抱きしめながら強く壁へと背中を打ち付ける。

「はっ、が……!!」
 嗚咽と共にリースの口から息が漏れる。
 合わせる様にけたたましく響く警報。

『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 大量のダーカーが向かっています!! 出れるアークスは直ぐに出てください!!』
 いつもの録音された音声では無い焦りの声。
 その意味が、現在の状況を否応なしに知らしめる。

 腕の中の二人へと視線を向ける。

 パチパチと目を開ているアリスとは別に、サーシャの顔色が悪くなっているのに直ぐに気づいた。
 慌てて優しくその場に寝かせると頬を叩く。

「サーシャ!しっかりしなさいサーシャ!」
顔を酷く赤らめるサーシャの頬をリースは優しく叩く。
 しかし彼女は洗い息を繰り返すだけで反応を示さない。


「ねぇ何でサーちゃん苦しそうですか……?」
 落ちた声と共に後ろからリースのスカートを引っ張るアリスに、直ぐにリースは振り返る。。
 いつもな天津万欄な表情はなく、そこには不安の暗い顔が浮かんでいた。

「安心して、大丈夫……サーシャも感知型だから……今大量に向かっているダーカーが原因だろうから、直ぐにジョーカーや皆が倒してくれる。だからそんな顔しないでアリス」

 そこでハッとする。
 ファランも高熱を出していたのを思い出していた。
 あの時には既にダーカーはシップに向かっていた……?
 いや、それよりもあの時点で高熱が出ていた。
 だったらすぐ目の前にダーカーがいる今の状態なら、もっと危ないのではないか?

 リースはぐっと唇を噛み締める。

 駄目だ。サーシャがこの状態では動かす事は出来ないし、放っておけない。

「アリス……お願いファランの事を見て来て貰えない?」

 返事は無い。
 不審に思うリースの視線はもう一度アリスの方を向いた。

 アリスは既にリースの方を見ていなかった。
 大きく目を見開き、その表情には、その瞳には怒りの色が写っていた。

 その異様な雰囲気は、リースを心配させるには十分だった。

「ア、アリス、何を考えているの? アリス?」

 返事はやはり帰ってこない。

 代わりに警報が再び鳴る。

『早く! 早くしてください! 今艦長が足止めに!! ジョーカーが今いない状態です!! 直ぐに出動して下さい!!』

 響く声と共に、アリスに、何かのスイッチが入ったように見えた。

「……お姉様に、任せるって、言われたんだよ……アリスが! 皆皆ぶっ殺して!解決!! お姉さまの代わりに!!! サーちゃんを!! 皆を助けなきゃ!!」

 弾けるようにアリスは走り出していた。

「待ちなさい! アリス! アリ……!?」
 止めようと立ち上がろうとしたリースはそのまま膝を着く。
 思っていた以上に体を打ち付けていたダメージが体に響いていた。

 身軽な彼女は既にリースの声が届かない距離へ。

 遠くからでも走り彼女の手の先が淡く光り出すのが見える。
 徐々に現れ出す二つの刀身。交差されたそれは巨大な鋏。



 背中に担ぐ自身よりも大きな鋏を重荷とも感じない軽やかな走りでアスはシップのドアを次々と潜っていた。
 大事な友人を苦しめる化物に、怒りを込めながら鋏の柄を握りしめる。


 ■



 暗い部屋が揺れる。
 部屋の住人は揺れに対して楽しそうにキャッキャっと笑う。
 うつろな視線はグリン、と不気味に上を向く。その視線の先は天井を通り越し『何か』を見ていた。

「すっげぇーー……やっぶぇぇぇーー……」
 長い黒髪を揺らしながら、ユカリはその場でまた大声で笑う。

「えーとぉ? うんうんうん、いーちーにーぃーさーんー? んんんー? いっぱいいんなぁ? お? こいつやっぶぇぇー! うお! こいつもかぁ! んぎゃ!? こいつも気持ち悪いー力持ってんなーーー!すっごーい! 凄い凄い凄い! ぱねぇーーー!」

 腹を抱えながら、身体をよじりながら、硬い床である事も無視してユカリは転がりながら笑い続けていた。

 ぴたりと、笑い声は止まる。

「さぁどーするジョーカー、それにクズキカナタ。このままじゃ全員死んじゃうぜ」



 走るレオンの脳裏に浮かぶ。

 過去の記憶、何故今こんな事を思い出しているのか、レオンにも解っていない。

 

 

「だぁーーー!! また負けた!!」

 レオンが叫び声をあげながら頭を抱えていた。

 遊戯室の角で、二人の男が机を挟む。

 

 奇声を上げるレオンをおかしそうに見つめる目の前の男。

 

「ハハ、レオンは勝負し過ぎなんだよ、確立の問題だ」

 手持ちのトランプを組みながら男は笑う。

 

「うるっせぇ! サバン!! 男がちまちまと確立なんて考えるかよ!!」

 

「さっすがはジョーカー様だ、言う事が違うねぇ」

 

 そう言いながらサバンと呼ばれた男は切っていたトランプを配る。

 

「いいかい? レオン。ブラックジャックは21を揃えるゲームだ。元のトランプの数は52枚、そこから確立の逆算だって出来るだろう? もっとも高い確率を考えるのさ。最低でも30%は確立が無いとね」

 得意げに言いながらサバンは自分にも枚数を置く。

 配られたカードを乱暴に手に取ると、レオンはニヤリと笑う。

 

「もう一枚!」

 

「僕ももう一枚だ」

 

 互いに一枚づつトランプが配られる。

 

「もういっちょぉ!」

 

「僕はこれでストップだ」

 

 レオンにだけもう一枚。

 

「もう一回!」

 自信満々な彼の言葉にサバンは呆れた視線を送る。

 

「レオンさぁ、僕の話聞いてた? 全ては確率論だってば」

 

「シラネーよ。勝負ってのは勝つか負けるかだろ? だったら確立なんてねーよ。1か0だ」

 

「はいはい」と言いながらレオンに最後の一枚を配る。

 

「さぁてそれじゃあお披露目だ」

 

 サバンが見せた数字は19。

 

 レオンが見せた数字は24。

 21を超えた時点で、レオンの負け。

 

「がああ! まぁーた負けた!!」

 サバンはレオンの枚数を見つめる。

 3、4、7、2、3。そして最後に引いた5。

 途中まではサバンと同じ19。

 最後を引かなければ同点で終わっていた。

 

 サバンは思わず笑ってしまう。

 

「っく……あはは! 馬鹿だ! 馬鹿がいる!」

 

「ああ!? 何笑ってやがる! 次だ次!」

 

「これだから……ジョーカーだってのに嫌いになれないんだ」

 

「ああ? 何か言ったかよサバン」

 

 ポツリと零した声に、訝しい声を挙げるレオン。

 そんなレオンに、サバンは笑いかける。

 

「いいや? 掛け金は今ので2倍だ。次で3倍、ああ楽しいねレオン」

 

「…………やっぱもうやめよーぜ」

 

「おっと男なら確立なんて考えないんだろ? 自分の言った信念を曲げるのかい?」

 

「じょーとうだ!! さっさと次配れ!!」

 

「アッハッハッハ! いやぁ丁度欲しい服あってさぁ!!」

 

 

 

 仲間との楽しい楽しい思い出。

 何で今それが浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい……おいおいおいおい何だよコレ!!!」

 

 辿り着いた先にレオンが見た風景は、ダーカーとアークスとの戦争。

 なんていう物では無い。

 戦争になっていない。戦いにすらなっていない。

 

 逃げ惑うアークス達。

 最初は戦うつもりだったのであろう武器達はそこらじゅうに転がっていた。

 戦い倒したであろうダーカーの死体も転がっている。

 しかし、押されている筈のアークスの死体がどこにも転がっていなかった。

 その謎は直ぐに理解する。

 

 戦うダーカーとは別に、アークスを集めているダーカーが存在していた。

 突き刺し引きずる様に。巨大な腕で捕まえて。囲いになっている体に取り込んだり。

 死体や生きていようと関係無く、回収していた。

 

「レオン!! レオン!!」

 呆然とするレオンに駆け寄る一人のアークス。

 ハッと我に返るレオンは声の方を向いた。

 

 血相を変えた様子の男はレオンの親しい友人だった。

 ジョーカーという概念をあまり考えない優しい男。

 

「おいどうなってやがる!! 何だよこれ!! ユラやルーファの馬鹿はどうした!!」

 

「艦長もルーファも応答しねーんだよ! ただのダーカーだけなら俺達でも戦えるさ! だ、だがそれだけじゃねーんだよ!!」

 

 がっしりと肩を掴むレオンに男はビクリと肩を揺らす。

 

「落ち着け! 全員俺がぶっ飛ばしてやるからよ!! だから落ち着いて話せ!!」

 

 震えながらも、その真っ直ぐな瞳に男はたどたどしく口を開く。

 

「し、自然災害だと思ってたんだ……偶然的に、現れる災害だと、思ってたんだ、な、なのに、それは狙ったように俺達に追撃されていた。か、勝てるわけ無い。」

 

「ああ? 自然災害? もしかしてダーカーウォールとかの事か!?」

 

 それに答える事も無く男は続ける。

 

「そ、それに、アイツ等が、い、生きてたんだ、生きてたのに、何で俺た」

 

 そこで男の言葉は止まった。最後に口が「ち」の形で目が見開く。

 視線はゆっくりと、下に落ちていた。

 合わせる様にレオンも下に視線が動く。

 男の腹から、生えるように剣が現れていた。

 ぼたぼたと落ちる血の量から、それが突き破っているのだと直ぐに理解する。

 

 男の瞳はまた上がる。

 わなわなと震えながらも、レオンの方を見つめていた。

 

「レ、レ、レオン、に、逃げろ」

 その言葉を事きりに腹に刺された剣が引き抜かれる。

 ずるずると男が倒れ込むと、後ろにいる存在がレオンの目に入る事になる。

 後ろに居た男は笑顔でレオンを見つめる。

 

「確立の問題だ、レオン」

 

 どこかで聞いた台詞。

 目の前の男は血がついた銃剣をレオンの方に向けながらまた笑う。

 

「幾ら君が強かろうと、この状況じゃ君が力を発揮するのは難しい。そうだろう? レオン」

 

「サバン……お前……」

 かつての友が目の前に居た。

 シルカと共に消えた三人の内の一人。

 笑顔は変わらない。

 口癖も変わらない。

 背中から生える様に浮き出る巨大な腫瘍のような赤黒いコア。

 そこから蠢く数本の触手が不気味に動いていた。

 

「『一人大隊(アルバトロス)』その名の通り、大人数に対して発揮される力は裏を返せば味方が入れば巻きこんでしまう程の威力というわけだ。『絶対攻撃力』とまで言われた破壊力は伊達じゃない。流石は『最強(スペシャル)』の一人だ、しかし、しかしどうだ? この状況なら君は唯の多少強いアークスって程度だろう? これじゃ勝率は激減。せめて30%は無いとね」 

 懐かしい饒舌な様子にレオンは表情を変えずに答える。

 

「男が、ちまちまと確立なんて……考えるかよ」

 思わずどこかで言った事のあるような言葉が出てしまう。

 

「流石ジョーカー様だ」

 

 レオンはその場で大きく深呼吸をすると、足元に転がっている元友人の死体に目をやる。

 そして、視線を再び前へ向けた。

 

「お前、お前、そうか、お前……敵かよ」

 低い声には驚愕の色から、敵意のある色へと変わっていた。

 

「そういう事さ。さて、君の勝ち目は0.1%ぐらいしか無いわけだが」

 

「……あぁ? 0.1%だァ?」

 ひゅん、と一度槍をその場で回すと両手で黒い槍を持ち直した。

 サバンへ、友へ真っ直ぐと槍の切っ先を向ける。

 

「宝くじ買うよりマシじゃねぇか、それだけありゃあ十分だ」

 

 何処までもブレないレオンの視線。

 サバンはまた笑う。

 笑い声を上げて、レオンに合わせるように銃口を向けていた。

 

「これだから嫌い何だよ……ずっと前から!!」

 

「うぉ! マジか!! 普通に凹む!!」




三人体制でやってます。

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Act.51 人間失格(ピリオド) ②

 光線は、砂漠を冷たい結晶へと変えた道を作り、周りは砂煙が覆う。

 その凄惨な道は砂塵と、作り出される氷の白煙と交じり合う、先に彼女の姿形は見えない。 

 仮面βはゆっくりと掌を下ろす。

 視線を砂煙から、シップの方へと向けられる。

 それは既に跡形も消えた残骸に興味等有る筈が無いと言う事。 

 表情が動く事は無く、冷たい視線だけが静かに動く。

 身体の向きを変え、歩を進める。

 

 

 

 ……………か?

 

 

 

 仮面の動きが止まる。

 声が聞こえた。

 感情がともらない瞳は、声が聞こえた方へと再び動く。

 

 茶と白が入り混じる煙の中、無数の微細が舞う砂煙にも、揺れ漂う冷たい白煙とも違う色が見える。

 

 赤い二つの光。

 

 二つの色とは違うそれは禍々しい瞳。

 

 その瞳は砂煙の中、酷く残酷に、美しく。

 

 爛々と輝いていた。

 

 

 

「何処に、行く、つもり、ですかァ?」

 

 幾つ物白い直線が、円を中心にするように辺りに走る。

 円状に見える程の何十もの一閃。

 瞬間的に放たれた斬激である事は、仮面βには解りようも無く茶と白が混じる砂煙の煙幕は晴れる。

 

 赤色のセーラー服は所々破けた姿へと変わるも、白く長いリボンも、ルビーのような美しい赤眼も。

 その姿は変わっていない。

 しかし、大きく変わっている部分も多く存在していた。

 

 黒く長い髪は純白の姿へと変わっていた。

 そして、彼女の周りを覆うように、紫色の光を纏っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 無機質だった彼女の表情。

 口元が笑みを作る。

 楽しそうに「くすくす」と綴る声が風に舞う。

 

「私にコレを使わせて置いて……何処に行くつもりだって……言ってるんですけれど」

 

 その姿を見た仮面βの表情は変わらない。

 一切の感情を見せる事も無い。

 

 仮面βは手を掲げる。

  

 同時に、先程と同じ巨大な時計が仮面βの後ろに薄っすらと現れていた。

 

 

 合わせる様に、ルーファの身体に再び硬直のような感覚。

 ルーファは抵抗すら出来ず、その不気味な笑顔もそのままにまた固まる。

 紫色のフォトンだけがゆらゆらと揺れていた。

 

 仮面は先程と同じ様に、作業をするだけだと言うように翳す掌に巨大な黒い収縮がまた始まっていた。

 

 

「それで?」

 

 

 動かない筈のルーファの口は、悠長に開いていた。

 ルーファの様子に、無表情であった仮面βの肩眉だけが上がる。

 彼女の言葉に答えるように、合わせる様に仮面の上空に幾つ物黒い穴が開く。

 穴から現れたのは、巨大な赤黒い大剣。

 別の穴からは赤い隕石のような形をした同じく巨大で、尖った岩。

 

 

 ルーファの身長の三倍以上ある大きな二つの物体は、空に開く大量の穴から、次々と現れる。

 空の隙間を埋めていく増え続ける殺意は、静止した状態で全ての切っ先を動けないルーファへと向ける。

 それは全て、ルーファたった一人を殺す為だけに向けられた大袈裟な殺意。

 動けない状況下に関わらず、ルーファの瞳は更に強く、キラキラと輝いていた。

 

「はァ……殺す事に躊躇いの無いこのどす黒さ……」

 歌うように、嬉しそうに声を漏らす彼女に、大量の殺意が飛ばされた。

 たった一人の少女に向けて、何十もの切っ先が空を走る。

 ワンテンポ遅れて仮面の手からも巨大な閃光が放たれる。

 避ける隙間すら無い程に敷き詰められた攻撃。

 

 それを待っていたと言うように、ルーファは当たり前のように動き出す。

 ギチギチと奇怪な音を上げ、ルーファの身体を縛ろうとする何か。

 しかし、そんな事はお構いなしに、ルーファの姿勢が低く低く下がって行く。

 

 仮面βが起こしたソレは、確実に彼女の身体の動きを縛る物だった。

 それが消えているわけでは無い、それ以上を超える規格外を、彼女、ルーファが起こしていた。

 単純な腕力が、その異様な姿によるものなのか、僅かに動きをぎこちなくさせているだけで終わっていた。

 

 迫りくる驚異に対して、ルーファが動く。

 

 

 刀を引き抜く。

 

 

 横に一閃。

 

 

 唯それだけ。

 

 

 

 紫色のフォトンを纏った刀は、その一閃の後を追うようにその場で光の腺が引かれる。

 

 同時にルーファに向けられた殺意達に、白く、そして巨大な斬激が走る。

 幾つもの空に瞬く閃光のような数々の一閃達が巨大な剣を、巨大な岩達へ走る。

 

 届く筈の無い空中、彼女は刀を振りぬいただけ。

 

 フォトンによる能力の底上げの時にのみ使える彼女の剣技。

 

 次元すらも切り裂き、対象にした存在を切り刻む。

 

 

 何十もの光の線が巨大な岩や大剣達に向けて走り続け。

 

 一瞬の静止の後、全てが粉々の破片へと切り刻まれていた。

 閃光はその衝撃だけで消え去り、反動で仮面が後ろへ弾き飛ばされる。

 

 切り刻まれた岩達は、自然の摂理に従い小さな岩へと変わり風に舞い、砂漠の砂に沈む。

 同じく刻まれた大剣達は、金属の破片を空中に舞わせる。

 

 太陽に当てられ、それらが空を美しく瞬かせていた。

 

 絶望が広がる空は、避ける事の出来ない死の世界は。

 一瞬にして姿を消していた。

 まるで何事も無かったかのように、ルーファは優しい笑みを零す。

 

 すんっ、と彼女は一度深呼吸をすると、ゆっくりと吐き出す。

 その仕草は唯の少女でしか無く。

 

 そして、開いた瞳と共に、少女の面影は消える。

 輝く紅い瞳は、光が舞う中でルーファは仮面βを見下ろす。

 紫色のフォトンは彼女を覆うように、更に大きく広がっていた。

 

 上ずった声で、ルーファの口から言葉が吐き出された。

 

 

「次はァー……何ですかァ?」

 

 

 鮮やかに煌く空。

 美しい純白の髪の少女。

 笑顔は仮面βへ向けられる。

 仮面βに感情があれば美しいと感じる事が出来たかもしれないその幻想的な空間。

 人形の様に感情を見せない仮面にそんな動きはある筈も無く、ルーファの異常な攻撃力にも表情を変える事も無く大剣を構える。

 

 怯む事もしない仮面βを、ルーファは愛おしそうに頬を染めて見つめる。

 

「ああぁ……貴方……最高です、この、この私が、本気を出していい何て……夢を見ているようです」

 

 仮面βに習う様に、ルーファも姿勢を低くする。

 

 歌うように綴る言葉は止まらない。

 感情を強く出す事が少ない彼女は割れる笑みと共に噴出したかのように続ける。

 

「ジョーカーとして私に本気を出させた事を、誇りに思いなさい……沢山沢山沢山沢山楽しみましょう? 足を、首を、腕を、耳を、目玉を、鼻を、耳を、贓物の一つだって全身全霊で動かしなさい……この私に食らいつけ。飽きさせないでね? 飽きさせないでね? 時間いっぱい、一時間でも、一分でも、一秒でも長く、ながぁぁぁく……遊びましょう? そして……そしてェェ……」

 

 彼女はただ、一点を見つめる。

 全てを忘れ、仮面βだけを見つめる。

 頭の脳内麻薬は止まらずに彼女の高揚は止まらない。

 興奮からか、鼻から零れる鼻血を拭う事もせずに眼を見開いていた。

 瞳孔が開く。呼吸が荒くなる。神経がジリジリと擦り減る程に、それは研ぎ澄まされていく刃のように。

 

 

 

「死ねェ」

 

 

 

 

 全力でルーファが足元を蹴るだけで地面の砂漠は、その場を大きく陥没させる。

 

 ルーファの姿は既にそこには無い。

 眼で追えない速さは消えたようにも見える異常性を示していた。

 

 彼女は止まらない。

 自身の身体が壊れるか、目標がこの世から消え去るかしなければ。

 

 彼女が止まる事は有り得ない。

 

 

 

 

 

 最悪(エンド)の人間失格(ピリオド)

 

 

 人を止めた存在。人でいられなくなった存在。人でない存在。人である事を、諦めた存在。

 

 

 人間失格。

 

 

 人の終着点。

 

 

 彼女はピリオド。

 

 

 史上最悪のアークス。




三人体制でやってます。

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Act.52 最悪VS最悪 ⑴

 一心不乱に走っていた。

 現実で起こった事がまだ信じられなくて。
 脳裏に浮かぶのは目の前で真っ二つになった人間。
 先程まで喋っていた筈の存在。

 好き、というわけでは無かった。

 しかし嫌いというには日付が既に薄れさせていた。
 3ヶ月という時間は愛着すら持たせていただろう。しかし、彼はもういない。

 彼はもういない。
 彼はもういない。
 二つになって。二つになって。


 今はそれどころではない、早く走らなくては、誰か、誰か呼ばないと。


 ブンブンと頭を振り顔を上げる。

 顔を上げた先、黒い物体が目に映る。
 それはサイズで言えば米俵ほどの大きさはあるだろうか、カナタへと向けて飛んできたそれを、思わず両手を広げて受け止めようとしてしまう。

 尻餅をつくようにカナタはそれを受け止めていた。

 思わず抱きしめたそれは、柔らかい。

「やれやれ、どうも君とはシメジがあるようだなカナタ」

「いえ、それを言うなら縁(えにし)ですユラさん」

「……シメジが好きなのだ」

 良くわからない言い訳をしているのは幼女姿のユラ。なぜ飛んできたのか、なぜこんな所にいるのかカナタには解らない。しかし取り敢えずもう一度抱き締めておく事にした。


「お、親方空から女の子が……!」

 

「誰だ親方って。シリアルに戻るべきだと思うがカナタ」

 

「シリアスですね、なんでジャンクフードになるんですか」

 

「…………」

 

 二人して無言になる中、目前から砂を踏む音が聞こえていた。

 

「おいおいおいおいなんだお前ら? やる気あんのか? ネーんだろうな俺はちなみに到底あるわきゃーねぇ、詰まる所手遅れなわけだ」

 

 顔を上げた先に、黒い闇がそこにあった。

 それは3メートル強の円状の闇。

 声はそこから聞こえていた。

 

「……カナタ、逃げろ」

 

 その幼い声からは想像も出来ない鋭い声は跳ねるようにカナタの手から飛び出す。

 カナタを守るように立つユラの姿に現状が危険である事をカナタも察する。

 

「ったく何だその女ぁ? 知らねーぜおい、全くわかりゃしねー」

 ゆっくりと、それは闇から姿を現す。

 

「俺だってめんどくせーけどシリアスしてやってるわけよ、おーけぃ? だから今はギャグパートなんてしてる場合じゃねーのよ、解る? 学生のねーちゃん」

 

 問いかける闇はカナタの方を向いていた。

 

 ようやく、闇から現れるそれを目で象る事が出来ていた。

 

 身長は180後半、黒いズボンはヨレヨレでだらんと垂れているように見えるがそれは使い古しているというよりもファッションの領域だろう。

 更に黒いブイネックの長袖は二の腕まで捲り上から茶色いベスト。

 服装はカナタが見てきた中で、アークスというよりも現代日本で見た事があるような服装だった。

 カナタとはあまり接点は持つことがないような強面な服装。

 

「まぁ今更仕方ねぇたまんねぇよおい手遅れだってな」

 

 そして首から上の姿はアンバランスな大きなパンダの顔が被せられていた。

 

 一瞬カナタの脳裏がハテナで埋まる。

 

 カナタも見た事がある。

 遊園地の着ぐるみの首の部分である。

 

「自分が1番シリアスしてないじゃないですかーーーーー!!!!」

 

 咄嗟に叫ぶカナタにパンダの男が吹き出す。

 

「ギャッハハ!!! ナーイス! 良いリアクションしやがるじゃあねぇーかぁ! 言ってんじゃねーか手遅れってな!」

 

 大きなパンダの頭をグラグラと揺らしながら男は楽しそうに笑う。

 

「なんなんですかあの人!」

 

「………私とルーファに並ぶ『最悪(エンド)』のジョーカーだ」

 

「じょ、じょーかー!? 7人のうちの1人の!?」

 

「いいや違う、奴は7人の1人ではない」

 

 ユラの言葉にカナタは余計に混乱してしまう。

 

「さてな、何故奴が今ここに居るか私自身も解らん」

 

 その表情は酷く険しい。

 

「で、でも、ジョーカーって事は味方って事、ですよね?」

 不安そうに零すカナタに、ユラよりも先にパンダ男が言葉を紡ぐ。

 

「あーあ~面白ぇ~! まぁ殺すけど」

 

 パンダ頭の男が手を翳す。

 それに合わせるように、瞬間的に男の周りに黒い光が集まっていた。

 歪な形を作り、禍々しい巨大な手のような形にもカナタは感じた。

 

 巨大な掌は黒い光の痕を刻み、カナタへと放たれていた。

 

 呆然と反応も出来ないカナタを、ユラが小さな体で無理矢理押し退けていた。

 ユラと共に倒れこんだ直ぐ上を黒い手が掠めていく。

 行き場を失った黒い手はそのまま直ぐ後ろにあった岩へと当たる。

 見送るカナタの目の前で、岩が『消えた』

 全てが消えたわけでは無い。歪な形をした手の形通りにその場所が消えていた。

 不気味な空洞になるソレをカナタは思わず見つめる。

 

 パンパンと砂を払いながらユラはゆっくりと立ち上がる。

 

「メギド系のフォトン使い。そのフォトンに付加される奴の能力は『消滅』」

 

 メギド。

 

 アークス達の使う力のフォトンの一種。

 闇を凝縮させる能力なのだと聞いていた。

 強い威力を発揮する力。

 

 炎や風、光、そういった物もあるらしく、ざっくりとカナタの漫画知識で魔法使いという職業、程度に受け取る事にしていた。

 

 その闇の力とは、とても強力だとは聞いていたけれど。

 消滅。跡形もなく消し去る等とまでは聞いた事が無い。

 

 そんな物は、強いだとか弱いだとかそういう次元では無い。

 

 当たったらゲームオーバー。

 

 滅茶苦茶だ。 

 

「な、何で、こ、攻撃してくるんですか、味方じゃ……」

 ジョーカーは。

 アークスは、味方なんだって。

 

 男を睨みながらユラは口を開く。

 

「あの男が誰かの味方になる事は無い。誰かの敵であり続ける存在だ。顔も、元の名前すら解らない全てが手遅れの男。奴を人はバッドエンド(手遅れ)と呼んでいる」

 

「はいはーいクールで素敵に紹介どーもどーも俺が噂の手遅れさんだ。頭が残ってりゃあ覚えとくといーぜぇ」

 

 ジョーカー。

 

 最強で最悪で最善で最害のアークス。

 それが今、目の前で対峙していた。

 そんな震える手を、ユラは優しく触れる。

 

「案ずるな」

 

 高く慰める声とともにユラはカナタの前に立ち化物と対峙する。

 

「この私もジョーカー。化物同士の殺し合い。遅れを取ることはあるまいよ」

 

 小さな身体が、その背中が大きく見える。

 

「吹っ飛ばされた割にゃあカッコつけすぎじゃーねぇ? ダウナーさんよぉ」

 

「さて、守る物が出来たのでな、カッコぐらい付けさせてくれ。タイミング良く……いや私から言えば悪くか? 燃料がきれてしまっただけだ。もう少し遊ぼうじゃないか! 今度は貴様が踊る番だ!!」

 

 ユラが不気味に笑う。

 水平に伸びる手はゆっくりと口元へと動いていた。

 

「………む?」

 

 先程の凛とした声とは違う可愛らしい声が漏れていた。

 キョロキョロと愛らしい様子で辺りを見渡す。

 その動作は徐々に焦るように素早くなっていた。

 

「ど、どうしたんですかユラさん」

 

 堪らず声を掛けるカナタの声に小さな体は何故かビクリと肩を揺らす。

 振り向いた顔が引きつっていた。

 

「キセル……落としちゃった」

 

 そう言えばいつも咥えているキセルが見当たらない事に気づく。

 

「ええと……それって……?」

 

「あれは私専用の薬だ。薬が切れればこの姿に戻ってしまう……無論能力は普通のフォトン程度ならまだしもジョーカーの力など使えるわけもない」

 

 何を胸を張って説明しているのか、その言葉にカナタの表情が青ざめていく。

 そんな2人は手の叩く音に反応し、同時に同じ方へと向いた。

 注目と言うようにパンパンと鳴らすパンダ男は、そのおどけた姿とは真逆な、低い声を漏らしていた。

 

「ギャグ路線は終わりつったろ? ギャグ漫画宜しくな次のコマで復活なんて有り得ねえ。勿論ヒーロー者宜しくな変身前を待つなんてフィクションももっとあり得ねぇ! ああ残念だぜ手遅れだ!」

 

 パンダ男が駆け出すのと黒い幾つもの手が彼の周りを中心に彼女達に伸びるのは同時だった。

 

「いやぁこれは参った」等と呑気な声を零すユラをカナタは慌てて抱き抱え再び逆の方へと走り出す。

 

 カナタ達がいた所に降り注ぐ黒い手はぼっかりと不気味な穴を作り出していた。

後ろ目で見やるその現状にカナタの背筋を寒気が走らせる。

 

「どどどどうするんですかぁ!」

 泣きそうになっているカナタを他所にブラブラと垂れた袖を降るユラは「ふむ」と他人事の様に小さく零していた。

 

「ジョーカー能力さえあればどうにでもなるのだが……いかんせん最初の不意打ちがまずかったな」

 

 今も降り注ぐ黒い手から逃れながら必死に走るカナタは声を荒らげていた

 

「どこで落としたとか解らないんですか!?」

 

「ううーむ……それがいつの間にか手から離れていてなぁ……手放した事は無かったのだが」

 

「無くした人はみんなそう言うんですー!」

 

 黒い手が足元を掠める。

 ぼっかりと無くなる足元の地面に瞬間的無重力がカナタの身体をぐらりと揺する。

 抱き抱えるユラから思わず手が離れていた。

 放り出すような形から、カナタは砂漠の海へと顔から思いっきり滑り出していた。

 

 そんなカナタとは裏腹に、放り投げられたユラは小さな体を器用に回転させながら猫のように柔らかに着地していた。

 

「ま、前も私、こんな事があったような……」

 

 始めてここに来た時の事を思い出しながらカナタは口の中に入る砂を何度も吐き出していた。

 

「おーっとぉ! 鬼ごっこは終了ってか? ほいじゃお遊びもここらでバイバイで、おーけぇい?」

 

 後ろから聞こえる残酷な声にカナタは思わず肩を揺らす。

 振り向く先にはふざけたパンダ男。

 そして、パンダ男の前に立つ、小さな体。

 

「ユ、ユラさん!!」

 

「行けカナタ、船の方へ走れ。可能であればブレインを連れて来い。あやつならばこの男を倒せる」

 

「で、でも……」

 

 たじろぐカナタにユラは軽く振り向くと優しく微笑む。

 その幼女のような姿には似つかわしくない大人びた微笑み。

 

「案ずるな……これでも『最後のジョーカー』と言われた私だ。最新が昔の作品に遅れなどとらん」

 

 その微笑みが全てを伝えていた。

 自身がいる事が足で纏である事も、十分に理解出来る程度には。

 

「……ゴメン!!」

 

 そう言いながらカナタは砂を蹴り上げる。

 離れていく背中を優しい瞳が見送る。

 一人で逃げれば良いものを一般人の癖に。

 ユラの視線は男へと戻る。

 

「お話終わったかよチビスケ」

 

「ふん……待ってくれるのはフィクションだけでは無かったか」

 

「ぎゃっはっは! ちぃと気になっててよう。なぁ『存在否定(ダウナー)』……ありゃあ何だ?」

 

「……ああ、変わったやつだろう。ジョーカーの私を助け、心配するような変わり者さ」

 

 手遅れはつまらなさそうにパンダの被り物をボリボリと書くような意味がなさそう行動を見せる。

 

「ちっがうんだよなーそういう事聞いてんじゃねーの。もっかい聞くぜ存在否定。『ありゃ、何だ』」

 

「……どういう事だ」

 先程よりも強い口調にユラが思わず聞き返す。

 

「アークスじゃねぇダーカーでもねぇ原生生物でもねぇ。ならありゃ何だ? 人間の形をしているあれは、ナンダ?」

 

 押し黙るユラに、手遅れは呆れたように首を振る。

 流れる沈黙を破ったのは、ユラの方だった。

 

「そういうお前はどうなんだバッドエンドよ」

 

「あ? 俺か?」

 

「お前は本当に『最悪(エンド)』のバッドエンドか? 史上悪烈な化物か?」

 

 揺れていた手遅れの巨大な頭がピタリと止まる。

 

「どういう事だ」

 

「力を無くした瞬間の私すら倒せず、素人の逃走を後ろから迎撃する事も出来ていない。そして、対峙した私がまだ生きている。そんな事があるか? 同じ『最悪(エンド)』とは思えない。もう一度言ってやろう。お前は本当に、あのバッドエンド(最悪)か?」

 

 ユラの小さな体が、嘲るような言葉が、言葉を言い切った瞬間に、辺りの空気が変わる。

 それは目の前の男から発せられる黒い闇が広がっていたからだ。

 触手のような不気味な動きを見せながらゆっくりと広がる闇。

 

「………あー、おーけーおーけーそっちをご所望かよダウナー。くだんねえ挑発だ。堪んねえなお前、おめえの言う俺ってのはアレかい? こんな感じかよおい? 乗ってやんぜ。ご注文通りだぜコラ。やってやるよオイ。ジョーカーらしく最悪最強最善最害っぽくよぉ」

 

 声色が変わる。

 

 肌に感じる憎悪と殺意。

 

 小さなユラの体の背筋に寒気が走る。

 今も広がり続け、その姿が元々の長身な自分の数倍になっても、それでも子供とは思えない強い笑みを浮かべる。

 

 それは無理矢理に作った笑み。

 

 冷や汗は止まらない。

 

 

「10分、30分……保つか……? いや、やるしか無い……!!」

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながらカナタは走っていた。

 その瞳はまっすぐを見据え、がむしゃらに走っているわけではない。

 かなりの大回りになっていた。

 それでも照りつく太陽の位置、遠くに見える割れた艦隊。

 

 それだけで十分。

 

 カナタが居た場所。

 それはユラを受け止めた場所だった。

 必死に艦隊まで走ったとしても30分弱。そこから見つかるかもわからないブレインを探してユラの所へと戻る。

 最低でも一時間から2時間以上。

 それだけの時間を、幼い姿のままなユラが持ち堪えるとは考え辛かった。

 彼女は言っていた、到底ジョーカーに及ぶ力では無いと。

 

 ならば、カナタがやる事は一つ。

 

 キセルを探す事だ。

 

 彼女がジョーカーとしての力を取り戻す方が早い。

 

 放物線状に飛んできた彼女の事は記憶している。

 ビデオの録画のように頭の中で何度も繰り返される弧の動きはカナタが逆算する事など造作も無い。

 

 飛ばされた距離は約20M程だ。

 

 約20メートル程。

 

 その前までは戦闘をしていたのなら落ちているとしたらその範囲。

 重さ的に風で煽られる事も無いだろう。

 垂直に落としているとして飛ばされた辺りからここまでの距離にあるはず。

 

 問題は埋もれている可能性。

 軽い風でも砂は舞う。

 深い位置に行く事は無いにしても目視出来ないというのは厳しい。

 

 広大な砂漠を前にしても彼女は怯まない。

 熱い砂漠に膝を付き、堪えながらも必死に砂を掻き分ける。

 

 速くしないと、速くしないと。

 

 脳裏には自分のせいで死んだロランが浮かぶ。

 次に真っ二つになったラッセルが浮かぶ。

 最悪の状態を無理矢理忘れようと、ぶんぶんと首を振る。

 

 急げ、急げ!!!




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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「今回からの登場、手遅れさんです。
【挿絵表示】
こういう覆面とか被り物キャラ好きです(∩´∀`)∩
 御多分もれずルースンさんが書いてくれましたこんな感じの方です。」

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫   


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Act.53「ああ……ちきしょう」【2】

「ほらどうしたレオン!! お得意の絶対攻撃!! 見せてみろよ!!」

 

 遠距離からレオンに向けて飛び交う赤黒い閃光のような弾丸を避けながらレオンは大きく舌打ちをする。

 

「ウゼェなオイコラ!! ちまちまちまちまちま攻撃しやがって!! お前は小姑か!!」

 距離を詰めようとするレオンに対しサバンは一定の距離を保つように後ろへと飛ぶ。

 遠距離での威力も大したことが無い攻撃。まるで馬鹿にされているような感覚にレオンの苛立ちは湧き上がる。

 

「ぶっ殺す!!」

 

 自身の異常なまでの身体能力。

運動神経に物を言わせたレオンは砂漠を蹴り上げ一気にその距離を0へと変えていく。

 

 空中で槍を水平に構え直す。

 

 その瞬間敵な爆発力。

 

 迫力のある勢いにサバンが怯む様子は無い。

 迫る脅威に対して、サバンは銃口を下ろしレオンへと笑い掛けていた。

 

「ほぉら釣れた」

 

 砂煙を上げながらサバンはその場で回転する。

 周りに撒かれる黒い弾倉。レオンが丁度飛び込んできていた場。

 瞬間的に後ろへと大きく飛びながらサバンの手に持つ銃剣から黒い光が飛ばされた。

 的確に撃ち抜かれた弾倉は連鎖反応を起こしながら爆発し、それは中央のレオンを巻き込んでいく。

 激しく響く爆発音に、目の前で火柱が上がる。

 

 数秒と続く火柱が消えた後、黒い煙が風で過ぎ去る。

 

「いってぇぇぇーーー!! あーイッテ!! マジイッテ!! 仕舞いにゃケツ毛燃えるわボケ!!」

 煙が過ぎた先に、レオンは当たり前の様にそこにいた。

 多少服に焦げた跡が付いた程度でしか無いレオンにサバンは呆れた様に首を振る。

 

「普通は痛いじゃ済まないんだけどね……一体君の皮膚は何で出来てるわけ?」

 

「うるせーぼけ!毎食きっちり食って快便してりゃー誰でもこうなるわ!」

 

「健康第一で君みたいな化物になったら泣けるよ……もう病気の領域だね君の馬鹿は」

 

「うっせぇってんだろ!」

 苛立つ声を上げるレオンは前へと踏み出すとサバンへと槍を振るう。

 器用に当たらない範囲までバックステップをするサバンは嘲るような笑みを浮かべる。

 

「まぁ普段の高火力が出せないんじゃ、ちょっと丈夫で動きの良いアークスでしかないよ君は」

そう言いながら視線を辺りへと向けるサバンに合わせるように、レオンの視線も動く。

 今も近くでダーカーと戦い敗れていく仲間達。

 舌打ちをしながらも、レオンの表情は曇る。

 

 レオンの圧倒的高火力。

 

 それは調整しようとも辺りを巻き込む広範囲型。

それは「多」に対してかなりのアドバンテージを持つが、周りに味方がいない事が前提でしかない。

 ジョーカーの中でも戦闘特化でありながらも、それは大きな弱点でもあった。

 

 強過ぎる力は、簡単に殺してしまう。

 味方すらも。

 

「ジョーカーと対でやり合うのに準備がないと思ったかい? それこそ愚策だ、確率を上げる方法なんて幾らでもあるさ、君はここで少しづついたぶられて終わるのさ、仲間がどんどん死ぬ中でな」

 

 伏せていたレオンの視線はゆっくりと上がる。そこには諦めの色があるわけでもなく、であればいつものような能天気な目をしている訳では無い。

 冷たい瞳。彼らしない、酷く冷えきった瞳がサバンを見つめていた。

 サバンの背中を冷たいものが走る。

 アークスだった頃の勘が、瞬時にサバンの脳内に激しいアラート音を響かせていた。

 慌ててその場からサバンが飛び上がるのと、レオンが槍を思いっきり地面へ叩きつけるのは同時だった。

 

 ワンテンポ早く飛んだ筈のサバンの体に、荒れ狂う様に砂や石が飛び散る。

 飛び散る小石がサバンの皮膚に食い込む程の勢い。

 

「ば、馬鹿力が!!」

 悪態を付きながら視線は周りへと動く。

消え入る様子の無い砂煙。

 こんな物は唯の目くらましに過ぎない。 狙うは左右からか、背後からか。

 それとも正面か。

 考える必要は無い、先程のようにサバンは回転して見せる。先程と同じように辺りへと撒かれる弾倉。

 見えた瞬間先程と同じように爆発させてやれば良い。

 

 1秒ほどの静けさ。

 

 瞬間、サバンは頭上へと顔を上げた。

 

「上か!!」

 

 黒いフォトンを纏うドス黒い槍が落下していた。

 回転が砂煙を蹴散らしながら、サバンへと一直線。

 一瞬だけ目を疑う。レオンの巨大なフォトンを身に纏ったその槍が落ちれば辺り一帯が消し飛ぶ。

 

 サバンも、ダーカーも、アークスも、全てが消し去られる。

 

 見上げて固まった一秒、サバンは気づかない。

 頭上だけで無く、砂煙を纏いながら現れる男に気づかない。

 思いっきり土を踏み込む音でサバンの視線は前を向く。

 振り被っているレオンの拳。

 唯振り抜くという単純な行動は力任せな分避ける余裕も無く、サバンの顔面を捉えていた。

 

「へぁっぶ!?」

 間抜けな声と共に、顔半分にめり込まれた拳はミシミシと子気味の良い音を立てる。

 顔面の骨を粉砕させ、最大級の力任せを諸に食らったサバンの体は宙へと浮いていた。

 数メートルの滞空時間。

 

 レオンは振りかぶった拳をそのままに遠心力に合わせて体をその場で回転させる。

 丁度真上から落ちる槍をレオンの右手が捕まえていた。

 

 異常なその威力を踏まえた槍を受け止めた右手の皮が捲れる。

 捲れるというよりは抉れるように噴出す血。

 

「いっ!!」

 

 肉が潰れる音も無視して歯を食い縛り、回転を生かしたまま、受け止めた槍を再び放つ。

 

「っでぇぇぇぇぇ!!!」

 吼えながら垂直へ飛ばされる槍は、黒いフォトンを纏い、ロケット発射のような爆発を見せながら宙に浮くサバンの肩へと減り込む。

 

「っが!!!」

 突き刺さる槍はフォトンを爆発させながら威力を増していく。

 サバンの体は引っ張られるように更に空中を飛ぶ。

 数十メートル先でようやく落下し始める槍は、砂漠に降り立つと共に、サバンを中心に爆発する様な黒いフォトンが円上に広がっていた。

絶対攻撃力がその一帯を飲み込む。目で見て取れる異常性。

舌打ちをしながらレオンは血だらけの手を振るう。

ビチャリと飛び散る血を無視してレオンはヨロヨロと視線の先へと向かう。

 

「あー! くっそ! マージ痛ェ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわお前スゲーな、アレ食らってまだ原型保ってんのかよ」

 右腕を庇いながらレオンは地面に突き刺さったままのサバンを見下ろしていた。

 槍が突き刺さったであろう肩の部分から腹の部分までごっそりと肉が抉れていた。

 血が出る様子は無く、抉れた所から焦げたように黒ずみ、顔の部分は威力で半分が形を崩していた。

 それでも、まだレオンの攻撃力に触れて人型の原型を保てている、それだけでも恐ろしい強化をされているのだと理解していた。

 

「だ、だか、ら、君に、近、づいたって、言った、ろ」

 中身は既に生き物として機能する部分は少ないのだろう。

 異様で異常な威力が槍が触れていなくとも、衝撃だけで人体の全てを破壊していた。

 たどたどしい口調がそれを物語る。

 

 足元のサバンへしゃがみ込むと、レオンは何時もどおりの口調で話し掛ける。

 

「あのなーお前オレに勝てるわきゃねーだろ、何か強くなってンのか知らねーけどよォ」

 

 乾いた笑みを零すサバンの口から、黒い血が漏れる。

 人とは懸け離れたドス黒い色。

 

「ハ、ハハ……さ、流石に、0.1%じゃ、か、か、勝てない、か」

 

「やっぱ自分の事かよ、最低でも30%は確立無いとダメなんじゃねーのかよ」

 

「な、何度も、言わせ、るな、よ、君に、ちか、ちか……近づいたんだ、て、ば」

 

「俺はそんな体の半分削れてねーよ」

 

「き、君がやったんだ、ろ……それより、あ、あんなの、う、受け取れなかったら、どうする気……だったんだ、よ」

 最大威力のフォトンを帯びた槍。

 結果的にレオンが受け止め、その威力を力任せに横へ流していたが、彼自身も傷つく自らの異常な力。

 受け止めそこねれば、その場の全てを消し去っていた可能性すらあった。

 

「しらねーよ。出来たからいーだろ。あーイッテェ」

 そこでサバンはまた頬を緩ませる。

 1か0。確立論では無い男には失敗する世界等見えていなかったのだろう。

 

「……んで、テメェは、何でこんな事したんだよ」

 

「さぁ、ね、気づいた、ら、僕は、もう敵、だった。君と戦う敵、だった……」

 

「そうかよ」

 あっさりと、シンプルにそれだけを言うレオン。

 サバンはまた笑う。力を振り絞ったような声が小さく毀れる。

 

「な、なんだよ、そんな顔、すんなよ、ジョーカー、別に嫌じゃ、無かった。僕は、強くなった、んだ……君と同じ目線が見たかった、肩を並べ、て、見えている世界を、見たかっ、た……何の、事は、無いもんだった、けどね」

 

 共に遊ぶ目の前の男は最強と呼ばれた男。

 片や自身は唯のアークスに過ぎなくて。

 何が違うのだろう。

 まるで生きている世界が違う。

 こんな自分如きが、彼と並んでいる事が。

 

 何処か醜悪で、何故かモヤモヤして。

 

 釣り合わない。

 

 その癖、いつも通りに人の気など知らずに、笑うこの男が嫌いだった。

 

 

 

「……つまんねー景色だろ」

 そこで一度言葉を区切るレオンは、言葉を続ける。

 

「俺は別にテメーが強かろうが弱かろうがジョーカーだろうが、無かろうがよ」

 槍を引き抜き、レオンは笑う。

 いつものように思いっきりの笑顔を向けてやる。

 

「友達だったよ」

 

 目を見開くサバンの瞳は、レオンを見つめていた。

 優しい、金色の瞳。こんな時でも、いつもと変わらない。

 

「は、こ、こんな姿に、化物になった僕に、友達だ、何て……君ほんとに、馬鹿、だ、だよね」

 

「……だったら俺っつー『化物』と一緒に居てくれたテメーも、大馬鹿だよ……バーカ」

 

 

 馬鹿な癖に、馬鹿をして見せる癖に。

 

「あ、ああ……ああ、だ、だか、ら……」

 

 サバンの瞳はゆっくりと細まる。

 

「き、君の事が嫌いなんだ」

 

 風が舞う。

 暑苦しい筈の砂漠の上を、冷たい風が吹く。

 その風に合わせてサバンの体は崩れていた。

 黒い砂のように、煙のようにゆっくりと形を変えて。

 

 ひび割れ始める顔が、口元が、何とか言葉を紡ぐ。

 

「ば、馬鹿な君に、さ、最後にアドバイス、だ。災害のように、偶発的に現れる筈のダーカーが……い、意図的に、現れて、いる。そ、それはつまり、偶発では、無く、操っている誰かが要るって、こ、事だ。」

 

「何を根拠に言ってんだよ」

 

 そこでサバンは残る口元で笑ってみせる。

 いつもの悪戯っぽい笑みだ。

 いつもの通り、いつもの様子で、いつもの口調で彼は言葉を続けた。

 

「確立の、問題だ、よ……」

 

 その言葉と共に彼の顔が崩れ落ちる。

 砂に舞う、その場の砂に混じり、消えていく。

 夥しい血すら残さずに、彼が居た筈の場所は全て消えていた。

 残るのは黒い跡のような部分だけ。

 

 

 その場に落ちる自身の槍を拾い上げその場で突き立てる。

 槍に持たれるようにレオンは、顔を伏せる。

 

「嫌いとか目の前で言うなよ普通に凹むわマジでよぉ~あー! 腹立つわー!!」

 

 いつもそうだ。

 掌で覆う。

 手の中の物を守る為に、強く、強く掌の物を握りしめる。

 そうして壊して、また繰り返して。

 

 大きくため息を付くレオンは直ぐに顔を挙げる

 

「ああ……ちきしょう」

 

 残る黒い跡に目を向ける事も無く踵を返す。

 一点の曇りも無い瞳は、前だけを見つめていた。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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以前のカツ丼シーンを書いてくれました。

【挿絵表示】

あ、男の方です^p^

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫  


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Act.54 「諦めるなと教えて来た俺が!! 諦められるわけがねーだろーがァァァ!!!」2⃣

「おい! ふざけんな!てめぇ!ふざけんなよ!」

白髪の青年は、何度も声を荒らげる。
腕の中で、事切れそうになる少女に向けて必死に。
横腹からたれ流れる血が止まる様子は無い。血で汚れることも気にせず青年は必死に出続ける傷口を抑えようとしていた。
そんな青年の様子とは裏腹に、少女の表情は穏やかで、潤う色違いの瞳を優しく見据えていた。

「あ、あ……き、れい……」

ぽつぽつとこぼす少女は嗚咽と共に赤い液体を吐き出しながら震える手を青年に向ける。
青年の頬に触れた手は、冷たい。

ゆっくり、閉じようとする瞳。

「お、おい! 目を開けろ!! やめろ! 死ぬな! 死ぬな!」
 ボロボロと瞳から流れる雫は少女の頬に当たる。
 少女は、それを心地よさそうに、受け入れるように目を閉じていった。
 
「なぁ!起きろよ!なぁ!馬鹿野郎!馬鹿野郎!馬鹿野郎!!!」

 青年の言葉に、少女が応える事は無い。
 腕の中で、突然ずしりと重みが増した気がした。

 それは、死の、重り。

「馬鹿野郎ォォォォォォォォォォォ!!!!」

 青年は少女に顔を埋めながら叫ぶ。
 嗚咽混じりに叫ぶ。

「ホルン……」

 後ろから聞こえる低い声に、反応するように青年は口を閉じる。
 食いしばる歯の音が辺りに響く。
 青年は震えながらも少女を優しく地面へと寝かせた。
 血で汚れた体を気にする事もなく、流れる涙を拭うこともせず振り返る。
 怒りで染まる色の違う瞳はその人物を睨む。

「何人だ!! あと何人死ぬ奴を見なきゃ行けねぇ!!」

 身長差の大きな二人がそこに居た。

 一人は髪の長い少年。
 その小さな身長をゆうに超える刀を地面に垂らすように持つ少年は、ホルンの目から逃げる様に視線を外す。
 そしてもう一人。白を主体にした機械的な体。スラリと伸びる鋼鉄の足。二つの機械的な光を放つ目が、ホルンの瞳から逃げずに見据える。

「応えろレギアス!!!!」

 機械的な体を持つ男、レギアスが数度首を振るう仕草を見せる。

「誰も死なない世界……か、理想論だな」

 堪らず立ち上がる彼の身長はレギアスの身長よりも変わらない。

「そんなこと聞いてんじゃねぇんだよぉぉぉぉぉ!!! 30年!! 何人も死んでいくアークスを見てきた!! なんでアークスってのはこんなに脆いんだよ!!! なんでこんな弱い奴ら闘わせるんだよ!! 」

 詰め寄るホルンに対して、レギアスは動じることも無く淡々と続ける。

「……私やお前のように特別では無いのだ、無論、いくら強くても、少ない特別だけで彼等全員を守るのは不可能なのだ」

 濡れる瞳は、レギアスを睨む。

 アークスのトップ、最強を睨む。

 六芒均衡、一の数字の男を睨む。

 アークスを纏める長に対して、対等なまでの怒りの視線を向ける。

「だったら!! 俺が特別を作ってやる!! 誰も死なねぇ! 誰も死なせねえ強さを!! それでも死ぬなら俺がもっと特別になってやる!! もっと強くなってやる!!! アイツらが戦わなくていいように!! その理想論って奴を!!!」




 あれから何年経ったのか。
 未だにアークスが戦う事は終わらない。それでも死亡数はあの時代よりかは大きく変わっていた。
 ホルンからすれば数が出る時点で理想とはかけ離れていた。時間が経ち、ただ大切な物が増えていった。

 いつからだろうか、その長い生命時間の中、彼の心は徐々に壊れ始めていた。

 見た目では解らない。本人すらも解っていない。

 死んでいく仲間達の中、自分だけが生きている事に。

 彼の心は、疲れていた。




 

「せんせ、せーんせ」

 呟く彼女の胸下で不気味に輝く黒い光。

 蠢く触手は彼女の体を纏わり、ゆっくりと腕の方へと移動されていく。

 

 腕に纏わりつく赤黒い触手。

 彼女が元々使っていたのは青い光を放つ武器だった。

 それをホルンは知っていた。

 

 ワイヤー状の青いフォトンで形成された鞭のようにしなる彼女の武器は、そのフォトンが続く限り何処までも伸びる一級品。

 

 その技を教えたのは、その才能を引き出したのはホルン自身。

 

「きったねぇ色しやがって……バカが」

 

 目を伏せるホルンは手に持つ両剣を鞘に仕舞うような動作。

 そして青い粒子と共に姿を消すと、同時に腰のキーホルダーから取り出したのは彼女と同じ系統のワイヤー型の武器。

 両手に持つのは二つの青い取っ手。

 それに繋がる同じく青く輝く鎌状の先端。

 鎖鎌を両手に持つような形のホルン。

 今も不気味に蠢く触手を腕に纏わせるシルカ。

 

 二人が腕を同時に交差する。

 

 奇しくも全く同じ動く。ホルンが教えた動き。

 

 広げられる腕にあわせる様に、二つのワイヤーが孤を描き空中へと伸びる。

 片方は青く光る優しい光の跡を残しながら、片方は黒く跡すらも残さず不気味な脈を鳴らしながら伸びる。

 まるで個人の意識を持つかのように二人の間でワイヤー同士が激しい火花を散らしながら連続の擬音を響き渡らせる。

 二人の間で、円状に広がる目で追う事も出来ない二つの殺意は、空中に飛ぶ石や、砂煙すら切り裂いて行く。

 

 舞うのは黒と青。

 

 煌びやかな空中の光は、徐々に青が押し始めていた。

 

「偽者なら良かったんだけどよぉ! やっぱおめえはシルカだ!」

 叫ぶホルンは素早く動かし続けていた両手の取っ手を後ろへと大きく引いた。

 同時に乱舞に舞っていた青は黒の触手へと器用にまとわりつく。

 突然の急停止、そして引っ張られたシルカが思わず前へとたたらを踏んでいた。

 

「シルカァ! 癖は抜けねェなぁ!!」

 何度彼女と戦った。何度彼女に苦渋を飲ませた。それでも彼女は付いてきた。

 彼女の戦い方は、誰よりもホルンが知っていた。

 引っ張った取っ手を放すと瞬時にホルンは再び腰へと手を伸ばす。

 先ほど取り出した二つの剣を展開。

 そのまま両剣を空中に舞う二つの取っ手の穴へと突き刺す。

 砂漠の砂を突き抜ける勢いは、そのまま剣の柄が取っ手に引っかかる形で固定させていた。

 立ち上がるシルカは体に繋がる触手を引っ張るも、ホルンのワイヤーが外れる様子を見せない。

 

 ホルンは瞬時に地面を蹴る。

 

 腰から取り出すのは青い刀。

 

 伸びる触手の真横をホルンは駆け抜ける。

 駆け抜けた後に、伸びる触手に切れ目の様な物が入っていた。

 砂煙を上げて速度を上げるホルンよりも速い斬激が斬った事すら置き去りにしていた。

 

 瞬時に詰めた距離、早すぎる速度を、シルカの視線がしっかりと追っていた。

 不気味に笑う目の前のシルカに対し、ホルンは大きく舌打ちする。

 

「きったねェ笑顔になりやがってボケ! 帰ったら説教だからなアホ! 馬鹿弟子がァァ!!」

 

 瞬間的な居合が振るわれる。

 一度しか振っていないような速度は的確に三度、シルカへと伸びる。

 胸に付いている赤く光る核の目を丁度切り抜くような三角の切れ目。

 核は血を噴出しながらギョロギョロと動いたかと思うと、そのまま地面にぼとりと落ちる。

 

 未だ地面で蠢く目玉をホルンの足が踏み潰していた。

 

 鋭い視線は直ぐにシルカに向けられる。

 笑っていた笑顔が崩れ、その視線がホルンを見つめていた。

 空ろだった瞳に、明るい彼女らしい青色が戻っていた。

 

 

「戻って来い!! 殺してなんかやるものか!! 俺の弟子だ!! 俺のもんだ!!!」

 叫ぶホルンに、シルカの瞳が揺らぐ。

 青色が揺れる。

 

「せ、ん、せ……」

 片目から、頬を伝うのは赤い真紅の雫。

 

「シルカ!!」

 

 シルカの唇が反応するように震えていた。

 

「痛い、よ。せん、せ。助け、て、助けて……」

 

「大丈夫だ!! 直ぐにシップに連れてってやる! ラッセルやレターが何とかしてくれる!!」

 小刻みに揺れるシルカの腕を取ろうと、ホルンの手が伸びる。

 

「安心しろ! 絶対に助けてやる!! 俺が、お前の師匠が絶対に助けてやる!!」

 

 伸びたホルンの手が、妙な擬音と共に思わずピタリと止まる。

 ぐちゃり、とした音。何か肉を突き破るような不気味な音が広がっていた。

 そのままの勢いでシルカの頭が思わず上を向く。

 天に伸びるのは赤黒い触手。

 体の体積以上に伸びるそれをホルンは呆然と眺めてしまう。

 

 肉を突き破る音は一つでは終わらない。

 

 横腹から、内側から穴を広げるように赤黒い触手が飛び出す。

 斬り取った筈の胸から、顔から、腹から。

 枝分かれするように次々と伸びるそれは、シルカの体に纏わりつく。

 触手から次々と開いていく目玉が、ギョロギョロと見渡すように動き回る。

 そして、一斉にホルンの方へと向けられていた。

 それに合せる様に、上げていた顔がゆっくりとホルンの方へと向けられる。

 流れる血涙をそのままに、割れるような笑み。

 

 その姿は、人と呼ぶにはあまりにも不気味で、あまりにも残酷で、あまりにも化け物で。

 

 大量の視線に対して、ホルンは顔を伏せる。

 彼の心に押し寄せるは嗚咽が零れる程の闇。

 ずっとホルンの近くに居た彼女。信頼を寄せてくれた彼女。

 その彼女の変わり果てた姿は、目を伏せていても目に焼きついていた。

 心臓をえぐられたかのような、苦しみがホルンに押し寄せる

 

「ああ、クソ、クソ、クソ……」

 続ける言葉は悪態。

 何度も、同じ言葉を繰り返す。

 

 シルカにその言葉は届いていない、二度三度、首を傾けるような仕草の後、蠢いていた触手がピタリと止まる。

 彼女から生える触手達は、一斉にホルンへと伸びる。

 

 突き刺そうと鋭く形を変える何十もの触手に、ホルンはゆっくりと視線を上げた。

 

「ざけんなよ」

 

 ギラリと光る色の違う瞳。

 赤色の片目が怒りの様に燃え上がり、金色の片目が力強い光を浮かべる。

 

 諦めの色は、浮かばない。

 

 小さな体から巨大な殺気が膨れ上がる。

 伸びる触手達に対してホルンが引く様子は見せない。

 腰に手を当てると共に展開されるは巨大な大剣。

 体に似合わないサイズの青い大剣が触手達へと振るわれていた。

 その一度の剣圧で数十の触手が動きを止める。

 

「諦めるかよ!! 誰が諦めるかよ!! てめーは絶対に連れて帰る!! 諦めるなと教えて来た俺が!!!! 諦められるわけがねーだろーがァァァァ!!!」

 

 振るわれた大剣を器用に回すホルンは、そのまま地面へと突き刺した。

 

 叫ぶ声は続けられる。彼の信念がそうさせる。

 

「手足もいででも連れて帰るぞ!!」

 

 信念に答える様に、ホルンの周りに金色の光が舞いだす。

 彼の特徴的な色合いのフォトンはホルンを中心に弧を描き色合いを濃く仕出していた。

 最も輝くのは、彼の背中。

 

 彼の背中いっぱいに刻まれた巨大な入れ墨。

 彼がジョーカーである印。

 彼が背負った大きさ。

 彼が背負った重さ。

 

 彼が、戦う理由。

 

「限界突破(リミットブレイク)!!!」 

 

 ホルンの叫び声と共に、その姿は金色に覆われていく。

 舞う金色と共に姿が消えたのは一瞬。

 髪も、白いマフラーも、その幼い容姿も変わらない。

 

 しかし、腰に据える小さな武器の色が変わっていた。

 優しい青から禍々しい紫へ。

 

 ホルン。『ターミガン(犠牲義損)』

 

 唯一弱体化したと言われたジョーカー。

 

 その莫大な力を戻す方法の一つが、限界突破(リミットブレイク)

 彼の中のフォトンを継続的に爆発させ続ける事で当時の力の欠片を戻す彼の必殺。

 しかし、それには大きな欠点が付いてきていた。

 

 フォトンの消費量が異常であり、短い時間でしか使えない事。

 そのせいか、限界突破を使えばその日彼が戦う事は難しい。

 そして、莫大な力は彼の今の小さな体では耐え切れず、身体の一部が機能停止をする事。

 

 どこが機能停止をするのか、彼自身も解らない諸刃の剣。

 

 

 今回動かないのは、左腕。

 

 自身のだらりと垂れる左腕を見てホルンは舌打ちをする。

 

「……こういう時に限って目じゃねーのかよ。あんな姿見ながら戦うの何ざ胸糞悪いっつの」

 

 彼の周りに舞う金色のフォトンが揺らぐように舞う。

 対照的にヘラヘラと笑う目の前の愛弟子は不気味に触手が揺らいでいた。

 

 腰から取り出したのは大剣。

 禍々しく紫に光る武器をホルンは器用に肩で担ぐように持ち直す。

 揺れる腕をバカにするように、まるで余裕を見せる様に前に出す。

 

「さぁ指導してやろうこのバカ女!! お勉強の時間だ! お説教の時間だ! 殺さず死なせずぶっとばす!!もっかい一から指導し直しだ馬鹿弟子がぁ!!!!!」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 幾年前。

 それは酷い荒野だった。

 辺り一面に伸びる石柱達の中、白髪の青年は、高い石柱の一つからその世界を見下ろしていた。

 

 色の違う瞳は、ただ視線を向けているだけで、心に見えているのは未だ死んだ者達。

 

「ターミガンさん」

 後ろからの声に青年は振り返る。

 そこには少年が居た。

 優しい瞳が青年、ホルンを見つめていた。

 腰に据える刀を揺らしながらホルンの隣へと来る少年。

 かなりの身長差がある程の少年は見た目通り幼く、刀が不釣り合いに映る程。

 

「……ピリオド、何だ」

 

 冷たいホルンの台詞に少年は子供らしくない大人びた笑みを浮かべる。

 

「僕も賛成です」

 

 可愛らしい声にも関わらず、少年の言葉には妙な重圧があった。

 既にその子供らしくない様子にホルンも慣れていた。

 

「……」

 

 何も言わないホルンを気にせずにピリオドと呼ばれた少年は続ける。

 

「誰も死なない世界。もし……もしそんな世界が作れるなら、僕は最後まで守り続ける。全てを守り続ける。この命が続く限り」

 済んだ声が辺りに響く。

 ゆらりと腰から引き抜かれる刀を前に突き出す。

 

「この刀が届く範囲は、全て、僕が守る」

 

「かっこいーねェクソガキ」

 

「勿論ターミガンさんだって、僕の守る人の一人ですよ?」

 そういいながら、少年は隣で突き出した刀を揺らしながら笑う。

 

「……フハ、言うじゃねえか最悪(エンド)」

 

「そっちの名前は嫌いなんです最善(ガーデン)さん」

 

「奇遇だな俺もそっちの名前は嫌いだ」

 

 二人は小さく笑う。

 何処か寂しげに、無理に笑うように。

 

 前を見る。

 今度は、しっかりとホルンは前を見据える。

 

 少年の言葉は素直に嬉しかった。

 それでも、限界があるのは知っていた。

 レギアスの言葉は真実。

 それも解っていた。

 

 自らを守る力を付けさせる。

 そして、誰かを守る力を付けさせる。

 

 いつになるのか解らないだろう。

 

 それでも、守る必要が無い世界の為に。

 理想の世界の為に、未来の為に、ホルンは前を見据える。

 

 まだ、彼の心が壊れていない頃。

 彼が狂っていない頃。




三人体制でやってます。

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「ぐぎぎぎぎこの忙しいのさえ乗り越えれば!もっと早く更新できるのに!(言い訳)」


挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫  


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Act.55 見敵必殺(レッドイーグル)

 

 乱立するは赤い壁、不気味な羽を象った赤黒い物体、迸る黒い雷撃。

 

 くらげのようにフワフワと浮く爆弾。

 

 アークスを吸い込むように消し去っていく黒い円状に渦のような物体。巨大なレーザーを吐き出す黒い塔。

 

 幾つものダーカー兵器。

 

 そして、ひしめき合う不気味な姿をしたダーカー。

 

 立ち向かうアークスの叫び声がそこら中で響き渡っていた。

 それは奮い立たせる雄叫びでもあれば、悲痛を叫ぶ悲鳴も含まれる。

 

 立ち込める砂煙はアークスの血と、ダーカーが舞わせる黒い粒子が入り混じり、不気味な変色を漂わせていた。

 

 その中央、巨大に膨れ上がっている黒い球体が存在していた。

 玉を形成しているであろう、うぞうぞと動く触手は地面から何かを吸い出すような収縮を繰り返していた。

 

 同じく、前に立つたった一人のアークス。

 

 騒がしい周りに比べると、彼の姿は酷く落ち着いていた。

 咥えるタバコから吐き出される白い煙が宙に舞う。

 

「ベイゼ……とも少し違う、か」

 

 帽子の鍔に触れると視線を上げる。

 金色の瞳が巨大に膨れる塊を見透かす様に見つめていた。

 

「ダーカー兵器……自然災害に近しい物だ……操るとすればダークファルス、しかしそんな巨大な気配は感じ得ない。さぁて、このベイゼを中心に災害は広がっているわけだが、原因は君かな?」

 

 独り言を続けるブレインは状況とは不似合いに、「くっくっ」と含む笑い声を響かせる。

 

「ダーカーが答えるわけが無いか」

 

「おい、馬鹿、なにやってんだテメー馬鹿コラ馬鹿」

 楽しそうに一人笑うブレインの背に、声を掛ける者が居た。

 後ろからの声にブレインは振り返る事もせずに頬を緩ませる。

 

「自己紹介にしては、少し卑下し過ぎじゃないかな、強く生きるべきだ」

 

「お前マジでぶっ殺すぞ! ダーカーに話しかけてる変態が何言ってやがる!!」

 

 物騒なセリフと共にブレインの隣に立つのは褐色の男。

 腹ただしげに視線を向けるレオンに対し、ブレインが視線を向けることは無い。

 ただただ目の前の不気味な玉へ視線を向けていた。

 

「……テメーが居るってことは間違いじゃねー見てーだな」

 

「馬鹿にしては……言い判断だ」

 

 ブレインの言葉にレオンは「言ってろ」と吐き捨て、担いでいる槍を片手で器用に回し、地面に突き立てる。

 

「さっさと終わらせんぞブレイン、油断すんじゃねーぞ!!」

 

 くく、と馬鹿にするようにブレインは笑うと、手に持つタバコを、指で弾く。

 宙に舞う灯火に目をやりながら、ブレインは大きく白煙を吐き出していた。

 背に担ぐ長方形のアタッシュケースを下ろすと重々しい音と共に垂直に立ち辺りを砂が舞う。

 

「油断、油断ね、いい言葉だ、最高の言い訳になる」

 

 アタッシュケースから蒸気のような煙が上がる。

 高音の、煙の零れる音と共に開かれる中には黒い長銃。

 彼の為に作られ、持ち運びの為の軽量も出来ないほどに、攻撃に特化した武器。

 その銃を肩に担ぐと、重いであろう銃を慣れた具合に頬と肩だけで支える。

 

 空いた両手で二本目のタバコを取り出していた。

 その仕草は目の前に敵がいるとは思えないゆるやかな仕草。

 加えたタバコに火をつけ、白い煙を吐きながら、ジョーカー『レッドイーグル(見敵必殺)』は文字通り白煙を撒きながら言葉を綴る。

 

「言い訳させてくれる程の相手だと期待しているよ」

 

 その様子にレオンは苛立だしげに舌打ちをしてみせる。

 

「キザ野郎が……」

 

 レオンはこの男が嫌いだった。

 のらりくらりとした仕草も。

 常に人を馬鹿にしている態度も。

 自身と同じく秀でた力を持っていることも。

 

 レッドイーグル(見敵必殺)。

 

 その名の通り、彼の視線に入った物が生きて帰る事は無い。

 

 

 

 

 

 

「さっきからベラベラべラベラベラベラ!! バッカじゃないのアンタ!!」

 

 

 

 

 

 

 突然響いた高い声に二人は瞬時に身構える。

 

 同時に目の前の玉が音を立てて内側から音を立てて弾ける。

 舞う破片が四散して行く中、ベイゼがあった場所へ、宙に浮く女性が現れていた。

 腕組みをしながら睨むように二人を見下ろす女性に、レオンはぽかんと口を開けてしまう。

 首元にチェックのマフラー、肌が見える危なげな服装。

 黒のショートパンツ、羽織ように上着を肩に掛けたグラマラスな女性。

 紫の短い髪。

 色の違う瞳。

 身長は低いようだが、大人びた雰囲気の女性。

 しなやかな足と服の裾、そして頬から首部分に見える触手のような刺青が特徴的だった。

 

 

 

 

「お、女!?」

 

「何よ!! 文句あるわけ糞アークス!! ぶっ殺すわよ!!」

キッと上がる鋭い瞳はレオンに向けられていた。

 ふわりと地面に着地すると、彼女はずかずかとレオンへと大股で近づく。

 

「女だからって舐めてたら承知しないわよボケ!」

 声を荒らげながら目の前の女性はレオンへと手を翳す。

 同時に、レオンの頭上にバチリと電流の音が挙がる。

 瞬時に後ろへと飛んだレオンが居た場所に黒い落雷が落下していた。

 砂が焦げる匂い。

 

 ダーカー兵器、間違いなく彼女が今狙ったであろう瞬間。

 

「コイツが操ってんのか!!」

 槍を構えるレオンの方を見向きもせずに女性の視線は次にブレインへ向けられる。

 

「それにアンタよ!! さっきから気持ち悪いのよ! 何そのキザったらしい感じ! 本当不愉快! あんたムカつく事自覚してるわけ!?」

 敵と思われる女性は一切の警戒なくブレインに詰め寄り怒りの声を向けていた。

 手を伸ばせば簡単に届く距離。

 女性の猫のような鋭い見上げる視線と、目を細め見下ろすブレインの視線が交差する。

 

 先に視線を外したのはブレイン。

 小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「この俺にここまで言えるとは、なかなか面白い小娘だ」

 

 そこで、警戒をしていたレオンの表情が瞬時に青くなっていた。

 

「おいバカ!! 落ち着け!」

 その声はブレインの耳には届いていない。

 外した視線は直ぐに女へと戻る。

 金色の瞳が殺意で染まる。

 狙いを定めたように金色の瞳が淡く光る。

 ブレインはクールにタバコを指で取ると不適な笑みを浮かべていた。

 

「……フン、ダーカーの人型か。相手にとって不足は無オロロロロロロロロロロロロ!!!」

 

「キャァァァ!? 何いきなり吐いてんのよきったないわね!!」

 

「あー……まぁそうなるよなァ」

 四つんばいで未だ嗚咽を繰り返すブレインに近づき彼の背中を摩りながらレオンは溜息を零す。

 ふらふらと立ち上がるブレインは、震えながらも口元に新たなタバコを運ぶ。

 

「フ、フフ……俺に一撃を加えるとはやるじゃないか……楽しませてくれそうだ」

 

「いや私何もしてないわよ」

 

「おーい馬鹿、馬鹿帽子、お前それタバコ逆だぞ」

 火を付けた瞬間に普段と違う煙の様子に、瞬時に表情が怖ばっていた。

 

「むっげ!? げっほげっほ!!」

 瞬間、再び目の前の女が視線へと入っていた。

そのまま再びスローモーションのように崩れていく。

 

「お、おえええええええええええ!!」

 

「だから何なのよこの男は!! 人の顔見てゲロ吐くって失礼にも程があるでしょ!! 信じらンない!!」

 

「いや違うんだよダーカーの姉ちゃんコイツさー普段かっこつけてんだけどさー……」

 

 天才的アークスにして才能の塊とまで言われた男。

 常勝無敗。『最強(スペシャル)のジョーカー』が一人。

 

 

 

 弱点、大人の女性。

 

 

 

「お前そのせいでアプレンティス逃したの覚えてンの? いい加減にしろよテメー」

 

「あ、案ずるな……この程度丁度良いハン、オロロロロロロロ……」

 

「まぁ何でも良いわよギャグ担当の馬鹿共、アークスは全員ブチ殺すか持って帰るってワケだし」

 

 ゆらりと、女の足元が宙に浮く。

 合わせるように女の周りを黒い雷撃がバチバチと舞っていた。

 彼女を中心に、ダーカー兵器が次々と現れる。

 そして音を上げるのは地面をめくりあげながら高く高く上がるおぞましい赤黒い触手。

 何本も現れるそれは円上に空に上がりら一瞬で絡み合い、そして、半径5m程の触手で囲んだドーム。

 

 

 逃がす気など無い。

 

 女が不気味に笑う。

 

「私は『ミソラ』。ここまで来れたんだからそれぐらい教えて上げる。でもあんた達は所詮クソアークス、アタシ達に遊ばれる玩具ってわけ。玩具らしく私を楽しませなさい!!!!」

 

 レオンは背中を摩りながらちらりと自身のもう片方の腕を見る。

 先程の、自身の攻撃力で潰れた腕は未だ動く様子は無い。

 

 

 

「……割りとやべーな」

 

 




三人体制でやってます。

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今回初登場のミソラちゃん。立ち絵を書いてくれました!↓


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曲  黒紫  


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Act.56.最悪VS最悪(2)

 20分は経過していた。

 遠くからの爆音や騒音は止まらない。
 一体何が起こっているのか、ルーファは無事なのか、ユラはまだ生きていてくれているのか。
 焦りだけがカナタを襲う。

 もう何往復しているか解らない。

 見当たらない。計算は間違いな筈が無い。
 想定以上に埋もれている?
 大きな衝撃で場所がずれている?

 垂れる汗と、暑さで歪む思考を必死に振り払う。

 銀色のキセル。
 持つ部分は茶色い。うるしのような薄らとした光を放ち先端の銀は派手さよりかは上品さを思わせる程度の光。

 見た目は十分理解している。なぜ見つからない。早く、早く、早く!!!!




 

 闇が触れた部分、掠れた服は所々肌を露出させていた。

 垂れていた袖の片方は大きく削がれ小さな手を顕にさせる。

 その小さな体で跳ねるように男から伸びる闇を辛うじて避けていたが、それは全て、すんでで避けれているに過ぎない。

 

 呼吸が乱れ始めていた。

 

 高い運動能力があるにしても、その姿はユラの能力値を全て大幅に下げさせていた。

 

「っはは、流石はダウナー様だぜ。そこらへんのアークスなら100回は殺してる筈なんだがよ」

 

 闇が笑う。

 

 黒い塊のような闇からうぞうぞと不気味に動く何本もの触手や小刻みに微振動をさせる同じく何本も生える歪な手の形。

 それはダーカー兵器にも似たアークスらしく無い姿。

 

「ああ、相変わらずめんどくさい能力だな」

 

 全てを消滅させるバッドエンドの能力。

 それを理解した上で体を覆う巨大な闇を展開させる。

 それは最大の防御であり、最大の威力を誇る手遅れならではの力。

 しかしユラの予想と外れていたのは、膨大なフォトンを使う能力は長く継続はされない。

 下手をすれば自身を囲う闇に飲まれてしまうだろう。

 

 もう30分はその姿が継続されていた。

 

「あーもしかしてアレか? ガス欠狙ってんのお前? そりゃ止めとけ何か絶好調だからよ俺様」

 

 人の思考を読み取るように嘲る声にユラの頬に汗が垂れる。

 何処かつまらなさそうな溜息が闇から零れる。

 

「もういーだろぉー? お前の言う通りに挑発にも乗ってやったんだからよぉーさっさと死のうぜー? ダーウナァー? あれだろー? あのガキ逃がす為の囮なんしょー? 負け戦なんて最初から解ってんだろー? 俺も忙しいわけよーなぁー早く死ねよー」

 

 ふざけた言葉に、ユラの表情が揺れる事は無い。

 

「……私の死はここでは無い」

 その小さな容姿からは想像も出来ない鋭い視線。

 

「まだ私の存在には意味がある。理由がある。私の背には沢山のバカ共が乗っている。だから負けるわけには行かない。 死ぬ事が決まり切っていた奴らを、存在を否定されたバカ共が存在する意味を!! 私はまだ作れていない!!」

 

 響く声、その沈黙を破るのは闇。

 

「かぁっこいーぜェー。なァーにが存在否定(ダウナー)だ、名前と被ってねーんだよぉ。いーなー俺もかっこよく叫んでみてーよぉー、まー手遅れだけど」

 

 闇が消える。

 そこに居るのはパンダ頭のふざけた男。

 数秒の沈黙の中、被り物の暗い目の部分がユラを見つめる。

 

「……目ん玉きらっきらしやがって、まぁだ諦めてねェ。ドMかお前は、何がそこまでさせる。『最後のジョーカー』」

 

 籠る声はのらりくらり。

 真意なのか、虚偽なのか、その言葉の意味等解る筈も無く。

 

「全てを否定する貴様には解らんだろう、まだ手足が動く、それだけで理由は十二分。運命の捻じ曲がるその瞬間まで、私は私を貫く」

 

 その小さな体が自身の胸をたたく。

 彼女は諦めない。

 何があろうと、その信念を胸に貫く。

 

 瞬間的に、声が響いていた。 

 

 

「ユ・ラ!!!! さぁぁーーん!!!!」

 

 

 聞こえたのはダウナーより更に後ろから。

 見上げた瞬間に、淡い光をユラの目が捉える。

 それはバッドエンドの頭上より遥かうえ、弧を描くそれは高く高く上がる。

 

「あぁ?」

 

 バッドエンドが声の先にへと振り向いていた。

 意識が後ろを向いているのだと確信する。

 小さな足が、砂漠の砂を蹴りあげる。

 弧を描き、落ちてくる光に向けて。

 小さな手が伸びる。

 

 淡い光を放つそれを手に取った瞬間、ユラはそのまま縦に回転しながら砂漠へと降り立っていた。

 

 ユラの体積以上の砂がめくれ上がり、辺りに砂煙が舞う。

 

 バッドエンドの後ろへと現れた少女は荒い息のままへたりと砂の上へと座り込んでいた。

 

「と、届いた、のかな、ゼェ……体力測定でも……ゼェ……砲丸投げだけ……女子の高校記録超えなかったし……ゼェ……」

 

 

「学生の女ぁ、逃げんたんじゃねーのかよ」

 

 ゆらりと揺れるパンダ男がカナタの方を向こうとする瞬間。

 

「どこに行く気だバッドエンド」

 

 踵を返そうとしていた動きは止まる。

 バッドエンドの視線の先、大きく広がる砂煙の中に、瑠璃色の二つの光が浮かび上がっていた。

 ゆっくりと晴れる砂煙の中、一線の白煙が交じる。

 背の高いバッドエンドをも見下ろす2つの瑠璃色の瞳。

 スラリと伸びた長身の足。

 右足の横にある足首から膝に掛けたジョーカーとしての細長い刺青。

 ボロボロになった上着は片方の袖は消え去り長い腕が見えていた。

 それも気にせずにユラは噛み締めるようにキセルから口を離し煙を吐き出す。

 

「あーん? 戻りやがったのかテメー痴女見てーな格好しやがって」

 

「なかなか涼しいものだがね、さて時間もないんだ続きと行こうかバッドエンド」

 

 

 諦めない信念が、運命が変わる。

 

 

 ■

 

 

 ようやく呼吸が落ち着いてきていたカナタはユラの姿を見て大きく大きく、安心したように息を吐いていた。

 ユラの視線がチラリとカナタの方を向く。

 へへへ、とカナタは屈託な笑みを浮かべながらピースをして見せていた。

 ユラは小さくフッと笑みを見せると、視線はすぐにバッドエンドの方を向く。

 思わず、その鋭い視線に息を呑む。

 

 ジョーカー同士の戦い。

 

 レオンやルーファ、二人の戦いぶりを見た事があるカナタにはそれがどういう事なのか十分に理解していた。

 そしてバッドエンドの恐ろしい力も。

 不安と二人の異様な威圧に、カナタは大きく息を呑む。

 

 その中、先に動き出したのはユラ。

 ふわりと一歩、前に踏み出す。

 

 砂が舞う。

 辺りに散る砂がカナタの頬を撫でる。

 

 その緊張の瞬間の中、カナタは無意識に瞼を動かす。生理現象でしかないそれは一秒にも、コンマにも満たない物でしかない。

 

「は……え?」

 

 開く瞳は。

 目の前の現状にまず理解する事に頭が付いてきていなかった。

 

 2人が立ち据えていた筈だった。

 

 まるで場面がまるごと変わったようにバッドエンドがいつの間にか倒れていた。

 身体中から鮮血を垂れ流し、遠目から見るカナタの目には切り刻まれているような、そんな姿に見えていた。

 ふざけていたパンダ頭は無残な刻まれ方をされ、更に不気味にその姿を写す。

 

 何故、そんな姿に。

 

 最後に見たのは手を翳すユラの姿だけ。

 

 自身でも無意識でしかない瞼の動きに気づくわけもなく。

 その刹那の暗闇の瞬間に何が起こっていたのか。

 

 対峙していた瞬間の、二人の姿の方が嘘だというように、場面が突然切り替わったように。

 困惑を続けるカナタを他所にユラは白い煙を吐き出す。

 

「さて、最強の矛同士が立ち向かうと言うのは、均等した戦いが続く事ではない。それとは真逆だろう。互いが化物であれば決着が付くのは矛が届いた方……特に我々の能力では、な」

 

 一度間を空けてカナタは砂を踏み鳴らし歩を進める。

 

「もう一度言おう。貴様は本当にバッドエンドか、最悪(エンド)の名を持つ化物の1人か、弱っている私を倒し損ねる等、最悪の矛の一角か」

 

 倒れるバッドエンドを見下ろす瑠璃色の瞳は、怒りを見せている訳では無い。寧ろ、切なそうな色。

 

「この私相手に、手加減をしたとでも言うのか 史上劣悪よ」

 

 ごぽごぽと、水の中で空気が零れたような音と共に被り物の首の隙間から鮮血が垂れる。

 夥しい量にも関わらず、それが垂れた理由が、バッドエンドが笑っていたからだと掠れた笑い声に理解する。

 

「ゲ、ハハ……だから嫌いなんだよオメーの力よぉ、ずるく、ね?」

 

 その台詞は、ユラの質問に答える様子は無い。ただひたすら乾いた笑だけが響く。

 

「そうか、答えるつもりが無いならそれも良いだろう。」

 

 ゆっくりと、ユラの手が上がる。

 

「エンドのよしみだ……一瞬で殺してやろう」

 

 空気が凍る。

 その殺意は、殺気というおぞましさにも関わらず、何処か優しさが残っていた。

 再び血を吐き出す音と共に「お優しい事で」と同じく吐き捨てる言葉。

 

 そのまま言葉は続く。

 

「お名前通りにしちゃあ、き、綺麗な終わりだぜ……あぁ糞がボケ……いってぇ……こんな、事なりゃ、金全部ギャンブルに突っ込んでりゃ……ま、いいか、手遅、れだ」

 

 連なる言葉は独り言だろう。

 言葉の羅列にはアッサリとした諦めが込められていた。

 

 ジョーカーらしいその姿にユラは小さく微笑み、その上げた手を重力に任せるように。

 

 

「待って! 待ってください!」

 

 その言葉にユラの手がピタリと止まる。

 転がり込むように、カナタがユラの前に飛び出していた。

 

「も、もしかして殺す気なんですか!? 」

 

「……当たり前だろう」

 

「もうこの人戦えないじゃないですか!!!そこまでする必要なんて無いじゃないですか!」

 

 それは明らかに見せるユラの瞳。

 呆れが入り混じる瞳は細まる。

 ユラは溜息を零す。

 

「お前は、何を言っているのか、解っているのか」

 

「……ごめんなさい。これはきっと、私が間違えてる。助けてもらったことも感謝しています。それでも……それでも……!」

 

 胸に当てる手をぎゅっと握る、服のシワが残るほどに、赤い後が出来るほどに握りしめる。

 甘く、優しく、彼女の信念。

 先ほどのユラが見せた信念と同じか、もしくはそれ以上か。

 彼女がぶれることは無い。幸せな世界にいたからこその、呪いのような、フィクションのような愛が彼女を行動させる。

 

「ここでこの人を私が庇わなければ、私は私でいられなくなってしまう、から!」

 

「そいつは、『ジョーカー』だ」

 

「この人は『人』です」

 

 二人の会話に吹き出す声が挟まる。

 それは彼女の後ろから。

 

「た、たまんねえなオイ!!! なんだこの甘くせえガキは! 最高に手遅れだ! 最悪に下劣に劣悪だ!」

 

 振り返るカナタの視線の先、血をぼたぼたと零しながら立ち上がる男の姿があった。

 

「う、動かないで! 酷い怪我なんですよ!!」

 

慌てて近づこうとするカナタに向けて、男は掌を向け、カナタは静止させる。

 

「嬢ちゃん……名前は」

 

「カ、カナタ……」

 

「がはは、名前までムカつくぜ」

 

 軽くあざ笑うバッドエンドは身体を揺らす。

 

「お、俺はな、好き勝手に生きてきたんだ、殺しだって盗みだって、何だってやっていいんだぜこの俺は、だからなぁ、死んじまっていいんだ、解るか女、バッドエンド、それが結果なんだよ」

 

 ボタボタと流れる血を無視しながらバッドエンドは言葉を紡ぐ。

 おかしそうに笑いながら。

 彼に対して、カナタは真逆だと言うように笑わない。

 真摯な瞳が彼を見つめる。

 

「貴方がどれほどの悪党なのだろうと、ならば生きて償うべきです、殺めた分だけ人に尽くせばいいじゃないですか、盗んだぶんだけ人に優しくすればいいじゃないですか、手遅れだなんて言わせません。手遅れなんてものはありません」

 

 彼女は笑う。

 優しく、慈しむように。

 

「人は、いつからでも始められるんです、だから」

 手を刺し伸ばす。

 純粋無垢な優しくて柔らかい掌。

 

 ひゅっ、と息を飲む音と共にバッドエンドの笑い声が消える。

 

「………………っあ。あ? お、俺に言ってんのか? それを? この最悪に? お、お、お、お前本当に頭、おかしいのか? この俺に人に優しくしろって? ハ、ハハ、爺の肩でも揉むか? 花でも埋めてやろうか? たまんねえよ、やべえ、やべえやべえやべえ」

 言葉を言い切った後に、バッドエンドは大きなパンダの被り物がぐらりと揺れる。

 俯いているように見える仕草のまま、カナタは手を伸ばしたまま。

 

 数秒の沈黙。

 

 瞬間的に、砂煙が上がった。

 

「この俺を!!! 舐めるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 踏み出した加速と共にバッドエンドが飛び出す。

 血を辺りに撒き散らしながらカナタへと距離をつめる。

 

「カナタ逃げろ!!!!」

 

 後ろからカナタを呼ぶ声、後ろからも地面を蹴る音が聞こえていた。

 バッドエンドの身体の周りにまた黒い闇が舞っていた。消滅の闇。

 それを纏う中、バッドエンドは怒り狂ったように手をおもいっきり伸ばす。

 目の前の現状が、女の行動が、彼をそうさせていた。

 

 そんなバッドエンドに対して。

 

 カナタは、前に出ていた。

 

 両手を広げる。傷ついた男に向けて。

 

 受け入れるように。

 

 瞳に、恐怖はない。

 

 映る瞳はどこまでも真っ直ぐに優しい光が輝いていた。

 

 伸ばしたバッドエンドの手は、両手を広げるカナタの手を当たり前のように通り過ぎ、交差する。

 

 

「……あぁ、ちきしょう。そう言うのが1番来るぜボケナス」

 

 カナタの体が宙へ浮く。

 

「カナタ!!」

 後ろから自分を呼ぶ血相を変える声が聞こえる。

 衝撃と共にカナタは後ろからユラに抱き止められていた。

 身体に痛い所は無い。

 ただ突き飛ばされていた。

 まるで壊れないように優しく。

 呆然とするカナタの瞳にバッドエンドが映る。

 

「……やべぇよお前、やべぇやべえ」

 

 篭っていた声はいつのまにか済んだ声色に変わっていた。大きな着ぐるみの頭は取れていた。

 見上げるカナタには太陽の光が交差して彼をはっきりと視野に入れることは出来ない。

 

「おめぇ俺よりずっと手遅れだぜ……」

 

 太陽の光が消えた。

 それは覆いきれない闇の塊が覆っていたから。

 突き飛ばして僅か数秒。

 

 その闇の閃光は、バッドエンドを上から大きく飲み込んでいた。

 最後にカナタが見たのは、白い髪と、不敵に笑う口元だけだった。

 

 闇の閃光が消えた先に、最早何も存在していなかった。

 その円状の空から落ちてきた形に砂の部分は消え去り、その何処までも続く暗がりの中にさらさらと周りの砂が落ちる。

 

 

「……馬鹿な、あの男が? 助けたというのか? 」

 

 呆然とするカナタよりも、ユラは驚愕の声を思わず上げていた。

 先程までカナタがいた所は、バッドエンドもろとも消え去り垂直の穴のような物が出来ていた。

 サラサラと穴から落ちる砂は地に落ちる音をさせることもなくひたすらに落ち続けていた。

 

「……ありがとう、ござい、ます」

 カナタは気の抜けた礼をユラへとするとフラフラと立ち上がる。

 その視線は消え去った穴へと向けられていた。

 

「……さっきのは?」

 

「我々の、味方側の攻撃だろう……見覚えがある」

 

 見覚えがあると言っていた闇の光は、どちらかと言えば先程まで戦っていた。

 バッドエンドの能力のようにも彼女は見えていた。

 

「……あの人、死んじゃったんですか」

 

「さぁな……昔から死んでいるのか生きているのか解らない男だったからな」

 

 ユラのその台詞にカナタは目を伏せる。

 慰めてくれている、という分けでは無いだろう。本当にそういう人だったのだろう。

 

 バッドエンド。史上劣悪。手遅れ。

 

 あの人は何故、最後に私を助けたのだろう。

 

「ありが、とう……」

 

 出会ったのも最悪で、それでも思わず零す。

 まるで最初からいなかったように、彼を示すものすら残らないただポッカリと空いている穴に向けて。

 

 空を見上げる。

 

 先程のような、大量の黒い閃光が広がるように弧を描いていた。

 遠くから聞こえていた騒がしい喧騒がいつの間にか消えている事にカナタは気づく。

 

 地獄が終わった事を知るのは、同じく見上げるユラのみ。

 

「派手にやったなユカリめ……」

 

 呆れた声と共に白い煙を吐き出す。

 ふと、ポケットに手を入れる。

 触れたのは固く、冷たい物体。

 不思議に思いながら取り出したソレは、銀色のキセル。

 

「…………は?」

 

 その存在は唯一無二の存在。

 ユラの為だけに作られたキセル。

 それが今、目の前に二つ存在していた。

 まじまじと交互に見つめた後、視線は空を見上げるカナタの方を向く。

 

 

 

「お前は、一体……」

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 

曲  黒紫  


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Act.57 戦いの終焉 3⃣【3】

 ドーム状に広がる壁は、触手と連なり、その触手は徐々に数を増やし狭い空間を埋め始めていた。

 その様子も無視して、四つん這いのままになっているブレインの背中を摩るレオンは、呆れたため息を零す。

 

「あ、案ずるな、戦える」

 

「いや案ずらざるおえねーだろ大っ嫌いなお前の心配なんかしたくねーけど今の状況解ってんのお前?」

 

「ふふ……貴様にしては頭を使った発言じゃないか」

 

「いつもの覇気がねーんじゃこっちが怒鳴り返せ……ねーよっ!!」

 

 ふらふらのブレインを思いっきり蹴り飛ばすのと、そこに落雷が落ちるのは同時。

 

「あっぶね!! しっかりしろボケナス!!」

 レオンが叫ぶと共に慌てて走る。

 その背を追いかけるのは赤く羽の生えた球体。

 転がるように横へ飛ぶレオンが居た場所を通過していく、赤い光を残して走るダーカー兵器。

 

 ゲル・ブルフ

 

「まじかよ!! こんな狭いとこであんなの出すんじゃねーよ!」

 触れた瞬間にその命を毟り取る追尾型。

 一般のアークスでは破壊する事は出来ない物質的な要素が無い兵器。

 それは絶対攻撃力と言われたレオンにも言える事だった。

 物理的な破壊の概念を持つレオンには天敵とも言える存在。

 

 片腕をぶらつかせながら転がり込むように避けるレオンに容赦無く触手が胴へとめり込んでいた。

 

「おっえ゛!!」

 

 無理矢理に息を吐き出され、思わず体がくの字に曲がる。

 苦痛に顔を歪めるレオンに、再びゲル・ブルフが襲う。

 

 瞬時に飛び、辛うじて避けた所に再び触手。

 

「いってぇぇ!! てっめ! このクッソ女!! あっちの吐きまくってる奴狙えよバカ!!!」

 

 

「あんなのスグぶっ殺せるからアンタが優先よ、嫌ならサッサと死になさいよ」

 ふわふわと浮くミソラは不気味な笑みを向けるだけ。

 

「アタシも忙しいのよ! お仕事も途中なのよカス!!」

 彼女の後ろで球体が膨らんでいた。

 赤黒い不気味な球体。

 地面へと触手を伸ばし、何かを吸う様に膨らむと、合わせる様に球体が小さく膨らんでいた。

 

 それもダーカー兵器。

 

 ありとあらゆるエネルギーを吸い取り膨張を続け、最後に破裂した時、辺りに毒の雨を降らせるベイゼと呼ばれた爆弾。

 

「丁度良い感じにクソアークスもそこらじゅうで死んでるでしょうしぃ? いっぱいに血を吸ったこの砂漠は栄養だらけ♪ 後は死にかけのアンタ等にダメ押しってわ・け♪」

 楽しそうにケラケラと笑うミソラをレオンの鋭い瞳が睨む。

 

「最高に良い体してんのに最高にタチワリィなおい!!」

 

「言ってなさいよ栄養源。あんた等なんかアタシから見れば捕食対象なワケ。食物連鎖の上がアタシよ。さっさと食べられなさいよ」

 バカにしたように舌を見せるミソラは割れる笑みを浮かべたまま。

 今も後ろの球体は徐々に膨らむ中。

 

 低い声が響く。

 

「成程、ならばさせるわけには行かんな」

その声に、ミソラの視線が動く。

タバコを加え直すブレインの姿がそこにあった。

 

「あらアンタ、具合はいいわけ?」

 

「ご心配痛み入るね、完全では無いが…レディーとのステップを踏むぐらいなら充分さ」

 

「何言ってんだアイツは……」

 走り回るレオンは、その台詞にアホらしいというように小さく零す

 

「さっきまで馬鹿みたいに這いずり回ってた奴が何言ってんのよ!!」

 

 ブレインは小さく笑う。

「過去では無く、先を見るべきだ、前を見るべきだ。勿論、君と俺のこれからを」

 構える銃は空に向けられていた。

 

「しかしダンスを踊るにしては聊か狭くるしいようだが……」

 ポツリと零しながら引き金を引く。

 一度引くのに対して飛び出したのは大量の弾。

 散弾として宙へと大きな音を立てて飛び出す。

 

 三回目の引き金を引いたと共に銃は直ぐに下ろされていた。

 

「キャハハ! はぁ!? やっぱり調子悪いなら寝てればぁ!? 何処に撃ってんのよバァカ!」

 嘲る言葉が響く中、加えていた煙草を指で弾き次の煙草を取り出す所。

 気に留める様子の無いブレインに、ミソラは苛立った表情を浮かべる。

 

「すかしてんじゃ無」

 

 そこで言葉は止まる。

 ミソラの瞳に映ったのは弧を描くようにドーム内で降り注ぐ雨。

 その鋭い雨は一発足りとも地面に落ちていない。

 全てが、蠢く触手へと落ちていた。

 落下と共に蠢く触手に狙いを定めたかのように、一発一発が生き物のように追いかける。

 

 一瞬の後に、ブレインがかざす煙草の先に最後の一発が掠める。

 火の付いた煙草を加える男はニヤリと笑ってみせる。

 ドーム上を埋め尽くそうとまでしていた細い触手達が全て消え去っていた。

 

「ふむ、少しは広くなったな」

 呆然と見ていたミソラは我に返ったように声を荒げる。

 

「な、な、な、何なのよアンタ!!」

 

「おや、俺とした事が自己紹介を頂いたのに、返していなかったようだな失礼した」

 嘲るように、紳士的な大げさな礼。

 片手で縦に持つライフルとは別の手を丁寧に前に回しながらブレインは言葉を続ける。

 

「最強(スペシャル)のジョーカー。まぁ色々言われているが、この俺を示すには二つ伝えれば十二分。『見敵必殺(レッドイーグル)』『絶対命中』、俺はブレイン、以後お見知りおきを」

 

 顔を挙げた瞳は強く輝く、大きく開く口角、満面の笑みはミソラへ向けて。

 それは、最強(スペシャル)らしい戦闘に対しての高揚。

 ジョーカー内の戦闘狂集団。

 

 

「って馬鹿! こら馬鹿ブレイン! ゲルブルフも何とかしろ!! 俺ずっと追いかけられてんじゃねーか!!!」

 

「アルバトロス、十分何処かで遊んで来たろう、そこらへんでランニングに勤しんでいたらいい」

 

「あぁぁぁ!? お前マジで殺すからな!! お前ほんっと! ほんっと性格悪いなお前!!」

 

「おっと照れるね。こちらもお返しして置こう。君の頭の軽さについては本当に尊敬していてね……私も君のように何も考えずに発言出来ればと常々……」

 

「クソボケェェェェェ!!!!」

 走り回るレオンとぎゃあぎゃあと言い合いをしているのを他所に、ミソラの表情が無表情へと変わっていた。

 

「あ、っそ」

 ミソラが手を翳す。

 

「アンタ危ない感じなの、っふーん。だったら手加減抜きよクソアークス!!」

 同時にドームの中に現れるのは幾つものクラゲのような赤い物体。

 そして、ドームの外。

 縦と横に下から生える様に現れた高い塔。

 どちらもに赤黒い触手がまとわり付き、そして塔にはドームへと向けられた禍々しい粒子が集まる発射口。

 

 ダーカー粒子砲台。

 

 巨大な閃光を溜めて撃つそれは、一発であろうとアークスの作る兵器など簡単に破壊する代物。

 それは人体であれば欠片すら残さない。

 

「塵一つ残ると思うな!!!」

 

「ほう、ドームで動き辛い上に触れるだけで爆発するダーカー兵器で更に動きを封じ、それを十分な広範囲を上下に設置、その上から丸ごと攻撃、という具合か成程成程」

 一人でうんうんと頷くブレインに恐怖の影は無い。

 2つの塔それぞれの一点に集まっていく赤黒い粒子は止まらない。

 

「てんめー! どうすんだよ! お前が調子乗ったからこうなったんだろボケ!!」

 円状にぐるぐる周っているレオンに、ブレインは呆れた笑みを向けている。

 

「何を遊んでいるバターになるぞ」

 

「だったら助けろボケェ!」

 

「まぁ良いさ、敵地を理解した上で、準備も無く来る筈が無いだろう?」

 

 その言葉と共に、ハッとレオンの視線は下に。

 淡く光る地面。

 

 それには、見覚えがある。

 以前程では無い。しかしその輪は、十分に囲っている。

 外の塔も、ミソラも、ミソラの目の前に広がり続ける禍々しい玉も。

 

 

「死! ねェ!」

 ミソラの翳す手が振り下ろされるのと、巨大な二つの赤黒い閃光が放たれるのは同時。

 ブレインが煙草の煙を吐くのもまた、同時。

 

 その塔も、全てを飲み込む青い光の塊が空から降り注ぐ。

 遠くから見れば、巨大な青い塔にも見えるだろうそれは全てを飲み込んでいた。

 

 青い粒子が消え去っていく。

 

 そこに残るのは中央に立つブレインと、知りもちを付いているレオン。

 

 そして、目を見開き、空中で浮いたままのミソラ。

 

「な、は……は?」

 思わずミソラの口からこぼれる声は、まだ現状を理解出来て居ない。

 全てが消えていた。

 作り出したドームも、生み出した二つの塔も、大量の爆弾も、そして、目の前でゆっくりと膨れ上がっていた筈の禍々しい玉ですらも。

 

 まるで何も無かったように砂漠の砂だけが辺りに舞っていた。

 

 呆然としているミソラを他所に、ブレインは笑い声を挙げる。

 

「絶対命中、俺が外す事は有り得ない。それが出来るという事は、『当てない』事も可能なわけだ」

 

 それは全てを消し去る無慈悲な攻撃力であるにも関わらず、まるでフォトンの高威力ビーム自身が避けたように、穴ぼこを作ったようにそれ以外に命中をさせていた。

 

 ミソラさえも外させていた。

 

「さて、これだけ広ければ踊るには持ってこいだろう」

 レッドイーグルが笑う。

 

「何を呆けている、まだ踊れるだろう? まだ、これからだ」

 銃を構えるブレインの目が光る。

 浮いていたミソラの瞳にもまた、色が点る。

 

「………………上っっっっっ等」

 ミソラの額の千切れそうな勢いの青筋と共に瞳は釣りあがっていた。

 

 ふざけやがって。

 ふざけやがってふざけやかってふざけやがって。

 またコケにしやがった。

 

 肌に刺さるような殺気を向けているミソラに、レオンは座り込んだまま哀れな視線を向けていた。

 

「解るわァ……コイツ本当にムカつくよなァ」

 

 そう零すレオンをミソラが見る事は無い。

 最早ミソラの瞳には入っていない。

 睨む先はブレインしか映らない。

 

 殺す。

 

 この男を絶対に殺す。

 ミソラの周りに禍々しい粒子がまた纏わり出す。

 

 一瞬の静寂。

 

 身構えるブレイン。

 直ぐに立ち上がるレオン。

 そして、ミソラ。

 

 三人が同時に顔を挙げた。

 三人の視野に映ったのは、放物線。

 空には弧を描いた大量な不気味な黒い曲線が円状に広がっていた。

 

 沈黙を破ったのは、大きな、大きな舌打ち。

 

「クッソがァ……」

 ミソラが纏っていた禍々しい粒子は彼女の後ろへと集約する。

 その粒子が作り出したのは、渦上のダーカー兵器。

 ファンジと呼ばれたそれは、本来であればアークスを捕まえるまで追跡し、瞬間移動させる物。

 しかし、そのファンジが動く様子は見せない。

 寧ろ作り出したミソラを飲み込もうとしていた。

 

 ミソラが指さす先はブレインへ。

 

「覚えたわよ、ブレイン、『見敵必殺(レッドイーグル)』……この私を扱けにしたお前を絶対に許さない……ッ私が殺す、絶対に殺す、完膚なきまでに殺す。」

 

 ブレインは鼻で笑う。

 憎憎しげに睨む瞳と、嘲笑うような瞳が交差する。

 先に視線を外したのは後者の瞳。

 やれやれ、という具合に金色の瞳は首を振る。

 

「返事を聞く前に去ろうとするとは……とんだ純情娘だ」

 

 煙草を指で取ると、ブレインはミソラへとそれを向ける。

 

「『絶対命中』の名の通り、獲物を逃す気は毛頭無い。勿論答えはYESだ、語り合おう、リードはお任せを、お嬢さん」

 

 渦の中に消え行く彼女が腕を真っ直ぐに伸ばす。

 おぞましい殺気の瞳と、最後に彼女が見せたのは彼女の気持ちいっぱいに込めた、中指だった。

 

 そして渦は消える。

 

 そこには、まるで最初から誰もいなかったように砂が舞う。

 

 ブレインは薄く笑っていた。

 

「熱いアプローチだ、照れるね」

 

 彼女が消えた先に、視線を向けながら佇む。

 金色の瞳がゆっくりと視線を落としていた。

 

 

 そのまま、崩れるようにブレインは四つん這いへと倒れていた。

 

「………あー、うん、まぁ、うん、そうだな……女と見つめ合って気分悪かったんだな……踏ん張ってたのな……うんうん頑張ってカッコつけたカッコつけた……」

 

 レオンはブレインの背中を摩りながら空を見上げる。

 黒い放物線は既に消えていた。

 

 それを彼は知っている。

 ようやく、終わったのだろうという事を、レオンも理解していた。

 

 

 

 

  ■

 

 

 

 

 白髪の少年は荒い呼吸を繰り返す。

 目の前の部下だった何かは虚ろな瞳のまま、佇んでいた。

 

 体中から不気味な触手を決して弱いわけでは無い。

 しかし、限界突破(リミットブレイク)のホルンなれば敵では無い。

 

 敵では、無い。

 

 何度攻撃をしても、何度触手を破壊しても、その体積以上の触手が体からまた生える。

 その体を抹消させる事もホルンには出来るが、彼は諦めていない。

 そして、限界突破(リミットブレイク)の限界が来ている事も気づいていた。

 

 諦めねェ‼

 

 考えろ、考えろ、考えろ‼‼

 

 鋭い瞳を向けるホルンと、ニタニタと笑うシルカ。

 二人が対峙するその一瞬、辺りで声が響いていた。

 

「おーい帰んぞー目的は達成したぜオイ」

 

 ホルンは声の方へとバッと顔を上げる。

 シルカの丁度頭上。

 そこにあったのは暗い闇の塊のような物。

 闇の塊からひょっこり現れた存在に、ホルンの表情は思わずぎょっとしていた。

 見間違える筈がない。

 ひどくボロボロになっているが、あのふざけたパンダ頭を忘れるわけが無い。

 

「ば、バッドエンド!? 」

 

 闇から現れたバッドエンドもおなじく大袈裟に身体を揺らす。

 

「ンゲッ!? ホルンじゃねーか!! 」

 

「て、テメー何でこんな所に!!」

 

「あーいい、いいから、その下りさっきやったから。っつーかシルカが居るならコイツも居るかぁ、んぁ? 逆か? ま、手遅れだからどっちでもいーけどよ」

 

「御託は良い! 何でテメーがいるかって聞いてんだよ!!」

 

「あーあー冗談通じねーでやんの。たまんねーぜオイ。ま、良いやクソやっべえの飛んで来てっから急ぐぜ」

 

 闇が深まる。

 膨れるように広がる闇は、シルカとバッドエンドをゆっくりと飲みこみ始めていた。

 

「テメェ逃がすかよ!」

 

「はいはい逃がすんだよ戦闘シーンはここまでってな。お家に帰ってハンカチでも噛んでろバーカ」

 

 瞬間的に投げる槍は闇に埋もれたかと思うと貫通するようにバッドエンド達の後ろを出ていく。

 

「ったく……1日にジョーカー2人も相手してたらゲロ吐くわ、手遅れだわありえねー」

 

 最後に見えたのは、何とか原型を保つシルカの顔。

 

「先、生」

 

 その一言と共に、小さく丸まるように、渦が消えていた。

 

「……くそが」

 舌打ちをするホルンは憎々しげに消えた闇の先を睨む。

 

「諦めるかよ……諦めてやるものか……俺が、俺が……」

 ぶつぶつと呟く声は砂に舞う。

 誰に言うでもない無意識に零す声は、彼自身も発した事を気づいていない。

 

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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「更新頻度がかなり遅れてしまい本当に申し訳ありません……PCの故障、リアルの忙しさが相まってしまい、滞てしまいました……何とかPCも新たに手に入ったので、もうすぐ更新頻度も復活できますゆえ!! 次回も遅くなる可能性もありますが今週さえ……今週さえ乗り切れれば元に戻れる気が! 多分! 多分!」

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!
 第一話出してくれています!!!
 顎クイシーンを何回も見ちゃう……

http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843


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Act.58 それは少し前に遡る

 それは少し前に遡る。

 どれほど戦っていたのか、もう何体ダーカーを倒したかも解らない。
 白髪の少女は荒い呼吸を繰り返しながら大きなハサミを砂へと突き刺す。

 大きく息を吸い、そして吐き出す。

 吹き出す汗を拭う腕すらもべちゃりと汗が逆に額に付くだけ。
 辺りには、アリスと同じく戦うアークス達の喧騒が響いている。
 その中で、アリスの直ぐ近くで悲鳴が聞こえた。
 そして続けざまの何かが突き刺さる音。
 慌てて振り返るアリスの視線の中で、ダーカーの鋭い足が胸へ貫かれている処であった。

「……ッ!!」
 ハサミを引き抜き瞬時に飛び出す。
 同時に、大きく横へと振り切った。
 巨大な風斬り音と共に、ダーカーの胴を真っ二つへと切り離す。
 黒い霧へと姿を変えていくダーカーになど目も繰れず、慌てて向けた視線の先。
 砂漠に伏せたアークスの目から色は既に消えていた。

 ぐっと目を顰めるアリスは、すぐに走り出す。
 次の悲鳴に向かって走る。
 聞こえる度にアリスは走った。
 その数はもう覚えていない。
 強いて言うなれば、化物じみた少女の体力を削る程。
 徐々に悲鳴の数に追いつけなくなっていた。
 もう何人倒されているのか。
 砂煙で状況等判るわけも無く、闇雲に走る。
 アリスは。
 大切なあの人が言っていた言葉を一心に守ろうとしていた。
 荒い呼吸のままアリスは自身の数倍を更に構え直し走る。
 その小さな体には似付かわしくない鋭い瞳を、喧騒の中ぎらぎらと光らせる。

 戦う。

 大切な友達の為に。
 大切なあの人が、代わりに『守って』と言ったこの場所を人達を。
 彼女の居場所を守る為に。




 

 

 

 歴戦のアークス達。

 場所を追われた戦いにのみ場を許された捨てられた者達。

 そんな彼らが、押されていた。

 

 ジョーカー程で無くとも、アリス程で無くとも、名の知れた者達。

 

 その筈。

 

 決して弱いわけがない。弱い筈が無い。

 反復のように倒し続けていたダーカー達、今戦っているダーカー達は何かが違う。

 そして、小さな違和感とは違う、もう一つの大きな違和感。

 それをアリスも戦いながら薄々感じていた。

 

 多量に舞う砂の中に、不気味な異物の感覚を、アリスは肌に感じていた。

 

 感知を全てサーシャに託す程に鈍いアリスですら感じる感覚。

 この戦争の中に、アークスとも、ダーカーとも似付かわしくない何かが居る。

 砂煙の中、駆け回るアリスの足が急ブレーキと共に止まる。

 肌に感じていた不快感が、がより一層に濃くなったのを感じた。

 

 ダーカーとアークスが犇めき合う戦争の中、それははっきりとその存在感を醸し出していた。

 

 目の前。

 

 アリスの数メートル先だろうか。

 『それ』は、捲り上がる砂煙毎、巨大な大剣を横へ振るった。

 風を斬る、というよりも団扇を振るったような風の音と共にアリスの目の前でアークスが、ダーカーが、まとめて綺麗に真っ二つへと斬り落とされていた。

 一瞬で血の海に変わった目の前の現状に、アリスの理解が追いつくよりも先に、目の前の『それ』は消えた砂煙と共に姿を現す。

 

「いやー参った参った。まぁーた殺しちゃったよ! 難しいなおい! もう退けよぉ~俺が攻撃する時にタイミング見計らって場所開けてくれよー! まぁた怒られちまう! ん? 怒られ? 誰にだ?」

 

 目の前で首を傾げている巨大な男。

 ツンツンの頭は適当に伸ばしたような様子が伺えるだろう。

 あまり頼りにしていなさそうな軽装の鎧。

 酷く淀んだ黒と紫の淵で彩られた不気味な大剣。

 そして、『それ』は仮面を被っていた。

 何故か仮面としての概要の意味をしていない半分だけの仮面。

 

 残りの露わになっている男は「まーいっか! しゃーねぇしゃーねぇ!」と、ケラケラと笑っていた。

 

 その男性を、アリスは良く知っていた。

 

「ろ、ろらん……」

 アリスの言葉に仮面の男が反応する。

 

「お? 何だ? お前俺の事知ってんの? んん? いや待て何かテメー知ってる気がすんなー……んん? まぁ良いや死んだら解んだろ」

 首を傾げなら独り言を続けたかと思うと、躊躇い無く大剣が縦へ振り被られていた。

 それに合わせるように、大剣の周りを黒い粒子が纏わり付く。

 粒子は大剣に合わせて形を変え、その姿を膨れ上がらせる。

 その距離を無視する程の巨大な剣が、彼女へと迫る。

 

 慌てて横へと飛んだ彼女のすぐ横を脅威が過ぎ去る。

 

 砂が捲り上がる。

 直線状に巨大な亀裂を作るそれは、アリス程の小さな体であれば一瞬で消し飛んでいた事が冥利に理解させる。

 

 少女の瞳が、ロランを睨む。

 共に戦った事がある彼を睨む。

 今、アリスを攻撃した彼を睨む。

 

「お前なんかいなくなってせーせーしてたのに、何で生きてるのォ……」

 

 コイツがあの人に近づくのが気に入らなかった。

 コイツがあの人と話すのが気に入らなかった。

 あの人も、コイツとは楽しそうに話していたのがまた、癪に障った。

 

「何だお前ちっせぇなオイ、ここはガキが来る所じゃねーだろ」

 

 ロランの言葉にアリスはぐっと言葉を詰まらせるように唇を噛む。

 

 コイツとはいつも喧嘩していた。

 いつもあの人を取り合っていた。

 殴って、蹴って、コイツも容赦が無くて。

 対等に取り合っていた。

 

 感情の昂ぶりは、止まらない。

 

「……何で、忘れちゃってるんだ!! 何でそんな剣持ってるんだ!!」

 叫び、指さすのは禍々しいダーカー粒子を帯びた大剣。

 

「あ? これか? 気づいたら持ってたんだよ。何だお前逃げねーなら殺すぞ? ん? 殺していいのか? あ? ああ殺して持って帰る? うんそうそう怒られちまう。誰に? まあいいや。」

 喋る旅に右往左往と動く片方だけの眼球は、ギョロギョロと不気味に動く。

 

 その不気味さに負けず、アリスの赤い瞳は真っすぐロランを睨む。

 

 ……死んだと聞いて、手を叩いて喜んでやった。

 これで独り占め出来ると笑ってやった。

 喧嘩をする時間を、あの人とくっついていれると考えていた。

 空いた時間が出来ただけだった。

 

 少女は巨大なハサミを構え直す。

 

 その剣を向けるという意味。

 

「なんでそんな事!! するの!! お姉さまに剣を向けてるのと一緒なんだよ!!」

 

「あ? おねえさま? 何言ってんだ」

 

 その言葉がスイッチになる。

 赤い瞳を全力で開き全力で地面を蹴った。

 振り切る剛力をロランの禍々しい剣が簡単に受け止める。

 

「わお、お前すっげえ! ちょーつええ!」

 

 軽く唇を吹くロランの言葉など既にアリスには届いていない。

 連続でハサミが振られる。

 

「お前! お前ェ!!! 何で! 何で! あの人を忘れて!! あんなにあの人の事考えてて!! だから嫌いだった!! あの人がお前に向ける目も!!」

 

 その場で回転する。

 遠心力を乗せたハサミは開くと共にアリスの懇親がロランへと放たれる。

 

「大嫌いだった!!!」

 

 強烈な金属音が響く。

 大剣で堪えていたロランは溜らず数度後ろへとたたらを踏む。

 

「なぁーに怒ってんだよおい、笑えよ女の子は笑ってる時が一番なんだぜー?」

 そう言いながら業とらしく頬を上げる素振りを見せるその姿は、アリスには不気味に映る。

 

「……私が、私がもっかい殺してやる。お姉さまが悲しむから!! 今のお前なんか会わせるものか!!」

 

「まぁ良いじゃねーか落ち着いて死ねよ」

 

 たたらを踏んだ分離れた距離から振るわれる大剣。

 届く筈が無い距離は、再び現れる黒い粒子でその距離が殺される。

 慌てて横払いに合わせるようにアリスはハサミを立てる。

 

 そして。

 

 金属音がしない。

 

 感知が弱くとも、反射で生きるアリスが気づくのは早かった。

 構えたハサミは、既に半分を超えて『斬り込まれていた』。

 瞬間的に後ろへとアリスは飛んでいた。

 無理矢理な体制からのデタラメな足の力による、コンマの世界。

 目の前を、黒い粒子で出来た剣が通過していく。

 

「んぉ? まぁーじぃ? どんな反射神経してんだテメー普通気づかねーって」

 

 着地したアリスの手に握られていたハサミは、音を立てて半分が地面へと落ちる。

 そこにあるのは片方になってしまった元ハサミ。

 その見た目は、持ち手に大きな穴が開いている変わった大きな剣にしか受け取れないだろう。

 

 巨大なハサミの頑丈さは誰よりも知っていた。

 アリスの剛腕に耐えられる最大級の硬度。

 それを、まるで豆腐に刃先を通しただけのように、受けているアリスにすら衝撃を感じなかった。

 衝撃すら与えずに切れ目が入っていた。

 

「いやーすげーの。もうめっちゃ簡単に斬れてこれ超楽だわぁ」

 

 ケラケラと笑っているロランにその恐ろしさは理解できているとは思えない。

 それは、防げない恐怖。

 頬に汗が伝う。

 それでもアリスは残ったハサミの片方を両手で持ち直す。

 この男を、あの人に会わせるわけに行かない。

 ここで、彼を、ロランを。

 同じ好きな人を思い続けた自分が。

 

 殺す。

 

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/

「まずは更新頻度が極めて遅くなってしまった事のお詫びをさせて頂きます申し訳ありません……パソコンの故障や現実での忙しさが相まってしまいこのような事になってしまいました……しかし!! それもようやく落ち着いてきたので!! パソコンも新品になったので!! また更新を開始したいと思っています! またこれからも何卒お願いします!」

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!
 第一話出してくれています!!!
 顎クイシーンを何回も見ちゃう……

http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843


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Act.59 やくそく

暗い廊下の中、リースはがくりと膝を着く。
姿を黒い霧に変えていくダーカー達に視線を向ける事もなく俯き、荒い呼吸を繰り返していた。
どこから入っているのか、何体入ってきているのか、ようやく一息。
チラリと向けた先、壁にもたれ今も苦しそうに呼吸をするサーシャに、リースの瞳は不安で染まる。
守りながらの戦い、次また大量に現れた時、守れると、言い切れない。
アリスの事も気がかりだ。
この船に乗り込んでいる以上、戦況は芳しくないだろう。
ぐっと唇を噛む。

迷っている暇は、無い。

震える指が空間をなぞる。
 同時に現れる空中に浮遊する電子的な画面。
 それはまだ電子的な機能は生きている事を示していた。

 リースは電子画面を触れていく。
 画面に写るは警報のマーク。
 それでもリースは電子の画面を触れていく。
 そして行き着くのは『ユカリ』という文字が綴られた画面。

 一瞬の躊躇の後にリースはゆっくりと言葉を続ける。

「ユカリ……」

 画面越しに声は聞こえない。
 それでもリースは言葉を続ける。
 
「……緊急事態よ。約束は三つまで。……戦って。」
画面から返事は無い。
 代わりに、笑い声が画面越しに聞こえた。
 その笑い声は普段の彼女の馬鹿笑いとは違った。
 凛とした、それでいて清楚で、優しく、気品に溢れた、クスクスとした笑い声。

 それはリースがいつも聞いていたぶっとんだ彼女とはかけ離れており、自身が掛けた相手を間違えたかと一瞬面食らう。
 画面は消える。
それはあちら側が一方的に切ったのだと理解する。

 呆然としたリースはその場で手を合わせる。
 サーシャを置いてリースは動けない。リースが思う最大限の手段。
 頼るしかない。祈るしかない。みんなの無事を、アリスの無事を……。



 

 

 恐ろしいまでの速さの斬撃。

 中距離からの脅威を持ち前の反射神経でアリスは飛び跳ねるように器用に避ける。

 徐々に上がる速さに、アリスの大きな二束が避け切れず削られる。

 

「うっはーすげぇ! よく避けられるなお前ー!」

 体を微動だにせず、手だけ異常な速さで動いている様子は、手元だけ早送りをしているような不気味さ。

 明るいロランの様子にアリスは大きく舌打ちをして見せる。

 触れればそのまま持っていかれる。

 そして距離の概念が無い。

 アリスも知っているその伸びる剣は、フォトンで形成されるオーバーエンドと言われる技である事もアリスは解っていた。

 もし、その技なのであれば、フォトン量を多く使う必殺は連撃は出来る物では無い。

 しかし今展開し続けている禍々しい粒子で象った剣は消える様子が無い。

 

 ダーカーらしい理不尽さ。

 

 戦闘に特化したアリスの経験が現状の厳しさを解らせる。

 避けながらもアリスはそれでも勝ちを拾う方法を模索する。

 諦めない。

 フォトンが無くとも、戦闘能力であればアリスはそこいらのアークスよりも、当時のロランよりも。

 

 引いてはジョーカーと並べるだけの戦闘力を持つ。

 

 瞬間を逃さない。

 

 チャンスを逃さない。

 

 ジリジリと距離を詰める。

 暴風雨のように振るわれる大剣とは思えない連撃を、同じく人間離れした少女が紙一重でそれをかわしていく。

 

 恐ろしい速さであるが、ロランの目はこちらを見ている様子も無く、唯立ち尽くしているだけ。

 言動の様子からも正気には見えず、アリスの集中は、チャンスをそこに見出す。

 

 少女の瞳はただ1点。

 ロランへの殺意。

 殺しを止めてから長い。

 それでも彼女の本能が、元々の暴力性が、深淵の野生が消える事は無い。

 そうやって生きてきた。

 そうやって教育されてきた。

 

 少女が姉だと慕う人物に会うまで続けていた日々。

 

 少女、アリスが変わった所で染み付いた習慣はおいそれと消えない。

 

 殺す。

 

 ただ1点において握り締める片方になった刃を握る。

 

「ちょっこまかと!! 虫かテメーは!!」

 苛立つ声と共に膨れていた黒い大剣が更に膨れ上がる。

 単純明快な、大きければ当たるという子供のような発想。

 アリスの脳の片隅に、「らしいな」という言葉が一瞬浮かぶも、それは野生とはかけ離れた理性でしか無い。上から下への真っ直ぐな巨大な振り下ろし。

 合わせるように横への大きなサイドステップ。

 アリスのいた所に文字通り割れるような轟音が響く。

 

 舞う砂煙と共に現れたのは剣で作ったとは思えないような、最早亀裂といっても過言ではない割れ目。

 

 アリスがそちらに目を向ける事は無い。

 そんな暇など無い。

 振り上げたタイミングのサイドステップからの。

 下ろした時には2歩目を踏み出していた。

 小さな体が弾丸のように飛び出す。

 体を回転させながら、直線上の巨大な剣をなぞる様に距離を詰める。

 そして剣を上げようとしたタイミングでの3歩目。

 砂煙も相まってか、その人間離れした小さな体をロランが目で追うことは出来ていない。

 胴の部分へと、すれ違いざまの一閃。

 少女の踏み出したデタラメな脚力と、腕力にものを言わせた一撃はロランの胴の半分以上を捉えていた。

 

 振り切る。

 

 回転の螺旋を地面に描きながら、ロランを超えた先での急ブレーキ・

 茶煙を挙げながらアリスは振り返りざまに剣を降ると、ふんだんなくまとわりついた黒い血が斜線上に茶色い砂の中へと飛び散っていた。

 

 確かな、手応え。

 

 ぐらりと、ロランの体がバランスを崩している所だった。

 片方の重力に引っ張られるように、体の半分以上を斬った部分が浮く。

 

「お? おお? なんだ? 世界が傾いてんぞ?」

間抜けな声を零すロランの背に、少女は声を荒らげる。

 

「せめてものおんじょーって奴です……! お姉様には何も言わないでおいてやる! お姉様がわざわざ手に掛けてまで守ったお前の、お前の大事な物を!! 」

1人が、1人の信念を守ろうとした。

だから少女は2人の信念を守る。

 

 

 

「だから何なんだよ。その『おねーさま』って」

 

 

 低い声が響く。

 

「……え?」

 

 斬った部分。

 浮いていた部分。

 崩れていたバランスが、重力に従いびたりと止まっていた。

 それは、糸を引いているだけだと思っていた傷口に見える縦の線が、上半身を引張っていた。

 

 それは、小刻みに動く黒く細い何本もの触手。

 ぐちゅぐちゅと耳障りな粘膜の擦り合わせる音。

 それは何本も傷口から生えるよえに増えていくと、傷口に沿うようにまとわりつく。

 たったの数秒。まるで何も無かったように、傷口が消えていく。

 

「いっやー! すっげーだろォ!? これ!!」

 ケラケラと笑うロランは斬られた所をバシバシと叩きながら軽快に笑う。

 

「さっきもよ? なかなかスゲーのと戦っててよ? 腕持ってかれて、あーやべーなーとか思ってたらこうやってくっついちまうのよ! いやソイツその瞬間『ジョーカーを呼べ!』とか『レオンを探すんだ!』とか言っててよー逃がしちまったんだけどよぉやっぱすげぇよなぁ? アイツってば相変わらず判断くっそはえーの! っつーかレオンって誰だよ最強の一角とか戦いたくねーってのジョーカーって何だよ化け物揃いとか知らねーよ知らねーの? あれ ?知らねーや最悪とか知らねえ知らねえ」

 

 語りかけているように見えていたロランの言葉は脈絡も無く、ただぶつぶつと独り言を繰り返し空を仰ぐ。

 

 その姿が、その容子が、そして現実が、アリスの背筋を凍らせる。

 元々ロランは攻撃特化型であり、防衛や避けるという概念は薄いアークスではあった。

 しかし、それにしては緩すぎるとアリスも感じていた。

 その理由を理解する。

 攻撃を食らってもいいのだ。

 ただただ真っ直ぐ歩いて異常な切れ味を振っていればいいのだ。

 そんなのは滅茶苦茶だとしか言えない。

 攻撃をする為のアリスのカードが、戦い方が、今迄の経験が意味をなさない。

 

 避けなくていい。

 防がなくていい。

 1度でも攻撃が当たれば勝ち。

 

 それは、熱く、努力家であったロランにはあるまじき戦闘法。

 

 呆然としていたアリスに、突然の耳を劈くような絶叫が聞こえた。

 ハッ、と我に帰るアリスが身構えるのと、虚ろにつぶやいていたロランが前を向くのは同時。

 

 砂煙を掻き分けながらロランの前へ飛び込んでくる者が居た。

 小太りのその男は泣き叫ぶ声を挙げながら砂煙を舞わせ転がり込む。

 

「ヒイイイイイイ!!!!」

 男の手の甲にあるのは紋様のような刺青。

 その男の事をアリスは知っていた。

 ガルダと言う自身をジョーカーだと言っていたあの男。

 

「ん? ん? ん? あー、あ? 何だおいおい増えてんじゃねーよめんどっちくなっちゃうじゃねーか」

ロランの言葉に呼応するようにアリスも叫ぶ。

 

「な、何して!! 早く退いて……!!」

 

 しかしアリスの言葉が届いていないのか、アリスの方を見ようとはしない。

 その表情は青白く真っ青なまま。

 ガルダはばたばたと慌てふためきながら立ち上がると、ロランの方へと向いていた。

 

「は!? ぁぁぁぁ!? 何だテメー何だよテメェェェ!! どいつもこいつも俺を誰だと思ってやがる! 俺はジョーカーだぞ!? クソ! クソ! お前俺を助けろ!俺様はジョーカーだぞ!!」

 

 

 ロランは、首を傾げる。

 

 荒らげる男を不思議そうに見つめる。

 

 

「バ……!!」

 アリスが地面を蹴った。

 ロランが大剣を水平に構える。

 それは数秒とも、コンマとも言える一瞬。

 アリスの脳裏にあるのは大切な約束だけ。

 あの人との大切な約束だけ。

 

 殺意の野生を、上回る。

 

 殺意に身を任せていた昔とは違う。

 

 少女はちゃんと変わっていた。

『欠落品』と言われていた少女は、前に進んでいた。

 第一に優先されるのは。

 

 大好きな姉との約束。

 

 

 

 



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Act.60 止んだ

 ずぅん……と、重苦しい音が響く。

 方片になったハサミが、砂煙を上げて砂漠へ沈む。

 

 咳き込むように、口から血が溢れる。

 ぼたぼたと地面へと垂れる鮮血は、止まることを知らず、ゴポゴポと空気と入り混じるように口から漏れ出していた。

 

 それは小さな少女の口から溢れ、体を容易に染め上げる。

 

「あ゛……ぁぁ……ぅ、ぅ……」

 嗚咽が漏れる。

 突き飛ばされたガルダは呆然と尻餅をついたまま少女を見上げていた。

 少女の体に突き刺さっているのは巨大な大剣。

 胸から、ヘソに掛けて縦に貫かれた小さな体。

 

 アリスの目が、点滅するように一瞬光を失う。

 そんな自身を奮いたたせるように、彼女はぐっ、と唇を噛んだ。

 

「は゛や、く、に、逃げ、で」

 未だに口から漏れる血が邪魔してなのか、言葉がぶれる。

 それでも、その辛うじて残る強い光はへたりこむガルダを睨む。

 

「ひ、ひぃぃ!!!」

 悲鳴を上げるガルダは慌てて四つん這いのまま、数度転けながらも無様に立ち上がり走り出す。

 最早体の向きを変えることもできないアリスの目端に、砂煙の中消えていく男を最後に、アリスは小さくホッ、と微笑む。

 

 

 脳裏に浮かぶのは大好きなあの人の言葉。

 

 

『私がいない時に、皆を守るのは貴方の役目よ? 頑張りなさい』

 

 

 アリスの表情は、血反吐を吐きながらも、優しく微笑んでいた。

 

「お姉、さま、ちゃんと約束守、てるでしょー……え、偉い、で、しょお……」

 

 1度目を瞑る瞳は、すぐに開く。

 穏やかな瞳から一転した強い瞳がロランへと向いた。

 

「なぁんだお前すっげー早かったなお前ー! アイツ見てぇ! 誰だっけ! っつーか串刺しで生きてるお前マジでスゲー! スーパーすげぇ!!」

 

 興奮する声を出す男へ向かって、1歩進む。

 ずぐりと、大剣に血の痕を残しさらに奥へ。

 

「……ろ、ろらん、バカ……バ、カァ……」

 

「んぁ? お前顔色悪ぃなーおいー!ついでにお前頭悪いわけ? 前に進んだら抜けねーつっーの! 面白過ぎかよ!」

 

 ゲラゲラと笑うロランを無視して更に1歩。

 

「お、お前なんか、だ、大、嫌い、」

 

「ガハハ! 初対面で嫌いとかひっでー奴!」

 

 そこで、淡かった光が、少しだけ光が強くなる。

 

「な、なんで、ぞんな、事ォ! 言う、の゛ぉ!」

 赤い瞳から溢れる一縷の雫。

 

「お、お前、なんか、大っ嫌い、だけど! 一緒に! あの人の側に! いたよぉ! いっぱい! いっぱいいっぱい喧嘩したも゛ん! お姉様の隣は私だっで喧嘩した、もん!!」

 

 また、1歩。

 

「お、おおお? 泣くなよ……俺が悪いみてーじゃん……怒られちまう……」

 

「うるざぁい!!」

 血反吐を吐きながら、アリスは吠える。

 強い子だった。

 戦いが全てだった。

 だから苦に思う事も無い。泣く必要も無い。

 始めての涙。

 

「何で! 何でぇ! 忘れない、でよぉ! そんなお前な゛んか見たくながっだもん! 嫌い! 嫌い! 嫌いだもん! お姉様を忘れてるお前なんて!!! お前なんでぇ!!!」

 

 最初は弱い癖にお姉様に媚びる男だと思っていた。

 すぐに離れると思っていた。

 それなのに、ただのアークスの癖に。

 必死で食らいついていた。必死で努力をしていた。

 ジョーカーしか受けられない死と同義の依頼まで付いてきていた。

 途中から慌てて引き離そうとしてやった。

 それなのに離れなかった。

 

 アリスと、ロランと、ルーファの3人で、訓練を続ける事が増えた。

 

「……あーガキがウルセェなぁ! 止めろよ! 叫ぶなよ! 怒られちゃうだろォ!!!」

 子供じみたように声を荒らげるロランへ、もう1歩。

 

 ようやく目の前。

 

 黒く巨大な剣の付け根。

 血をボタボタと流しながら、涙をボロボロと流しながら。

 足元はふらついていた。既に小さな体の体積と釣り合っているのかと疑う程の血が広がっていた。

 不幸中の幸いなのか、最早立てているのは、串刺しにされた剣に支えられているようにも見えるだろう。

 

 それでも、少女はロランへと向ける目を止めない。

 

「な、なんだよ! なんなんだよお前!!」

 

 見下ろすロランの服を、震える両手が掴む。

 振り絞るように、ギュッと、力いっぱい掴む。

 

「思い、出ぜぇ゛!!!! バガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

 アリスの鮮血ような赤い瞳が、ロランの片方だけの瞳と絡み合う。

 涙で濡れた赤い瞳が強く光り出す。

 ロランは目を離せない。

 その必死な瞳を。

 彼女が振り絞った能力を。

 

 ダーカーには効かないのは立証済みだった。

 

 アークス、引いてはジョーカー専用のエスパーダ。

 目から目へと放たれるそれは相手の脳へと直接、幻覚を、幻影を叩き込む。

 

「……がっあ!?」

 

 ロランの頭から爪先に電流が走る。

 何よりもキャパオーバーのように脳へと流れ込むのは、『思い出』。

 脳を焼き切る程の勢いで流れてくるそれに、ロランの脳は揺れる。

 

 普段は仏頂面の癖に、その表情は小さくだが確実に変わる人。

 他人が思っている以上に感情豊かな人。

 楽しそうで、嬉しそうで、時に悲しそうに、時に笑って、やっぱり仏頂面で、その癖ほっとけないお節介で。

 

 下から見上げるような視線は、小さな子供の視点だろう。

 

 見下ろす瞳は、とても優しくて。

 

 特に映るのは。

 いつも繋いでいた手と。

 アイツの顔。

 

 あの人。

 

 

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 獣のような雄叫びと共にロランは力任せに大剣を振るっていた。

 必死に掴んでいたアリスは勢いに負けた破けた服の裾を握りながら、砂漠へと二度三度跳ねながら転がる。

 小さな体は、その体以上の大きな石に体を止められ、びちゃりと勢いをそのままに血が石へと広がっていた。

 

「なんだよおおおおおおお止めろよおおおおおお!!!! ァァァァァァァァァァ!!!! ルーファなんて知らねェェェェェよォォォォ!!! アリィィィィス!!!!」

 

 叫び声を上げながらロランは地面を蹴る。

 あわせるように、アリスも無理矢理に立ち上がっていた。

 左右に数度傾く体を必死に抑えながらも、何とか立ち上がる。

 点滅のように光が消えるのと灯るのを繰り返すも、その瞳は、まだ死んでいない。

 

 小さな体を、自身の血で染めながら。

 

 それでも、彼女は立ち上がる。

 

「わた、わた、しが、止める、もん……お、お前が! お前が今お姉様に会ったら!! お姉様泣いちゃ、うもん! そんなの、やだ! や、だァァァァァァァァ!!!」

 ふらつきながらも、少女は前へ出る。

 

 満身創痍。

 

 本当なら死んでいてもおかしく無いだろう。

 普通であれば立ち上がる事は出来ないだろう。

 どれだけの人としての機能がもう使えないのか、胃が、肝臓が、肺が、臓物が。

 

 それでも、彼女は今立っている。

 

 彼女を支えるもう一つの強い思いが、その小さな体をそうさせる。

 

 両手を前に差し出す。

 怒りの形相で向かってくる男へ向けて。

 傍から見れば、抱き着こうとしても見えるだろうそれは。

 

 半分憎くて半分好きで、間違いでは無いかもしれない。

 

 しかしその手は再び服を掴む為。

 

 今度こそ、離れない。

 この力を最後に、せめて、せめてこの力で、無理矢理にでも思い出させる。

 

 立ち上がるだけで力を振り絞り、歩を進めるは一歩が限界。

 アリスには大剣を構え突っ込んでくるのは好都合。

 

 石で打った頭から流れる血が、赤い瞳を更に赤へと染める。

 それでも彼女は目を瞑らない。

 最後のタイミング。

 砂煙をあげるロランに、もう1歩。

 

 10メートル。

 

 5メートル。

 

 1メートル。

 

 70.40.50……

 

 抱きしめるように両手を振るう。

 

 その手は空を切っていた。

 

「は、ぇ」

 

 急ブレーキをしたロランは、先ほどまで叫んでいたとは思えない冷徹な表情で、アリスを見下ろしていた。

 

 大剣が振るわれる。

 

 同時に飛んだのは、少女の2本の腕。

 

 血飛沫を挙げて舞う両手がボタリと落下する。

 

「は、や、や、だ……」

 

 嗚咽を零しアリスは崩れるように、そのまま膝を着いていた。

 

 

 一瞬沈黙の後、ロランの唇が震えながら開く。

 

「……あ、アリス、を、俺が、俺が、おれが? な、何で?」

 

 ロランの冷め切っていた表情はみるみる強ばり始めていた。

 

「お、俺が何でこんな事しなきゃいけねーんだよ!? な、なんでだよ! 答えろよ! アリス! アリス!」

 

 俯く少女は答えない。

 

「うわ、うわ、うわ!!! 嫌だ! 嫌だ! 何で! 俺はアークスで! ルーファの相棒で!!」

 ロランの表情が絶望に染まっていく。

 片方だけの目が、右往左往と不気味に動く、震える唇は言葉を繰り返す。

 

「違う! 違う! 違う! あっあっあっあっ!!! 殺さなきゃダメなんだ! せめて! 俺の手でお前らを! 何で!? あぁぁぁ!! 消えるな! 消えるな! 折角思い出したのに!!! 止めろ!消えるな! 止めろ! 止めろ! 止めて止めて止めて止めてヤダヤダヤダヤダヤダ!!!」

 頭を搔きむしりながら上下に体を振るうロランの叫び声は辺りへと響く。

 数分の悲鳴の後、ピタリと、機械の停止でも見るかのように突然に体の動きが止まる。

 ロランは抑えていた頭を離すと、ぼんやりと空を見つめていた。

 

「……あぁ、もう行かないと、怒られちまう。誰にだっけ。誰でも、いいや……」

 その瞳に既に目の前のアリスは映っていない。

 黒い大剣を引きずり、ロランはその場から去っていく。

 

 未だ辺りの喧騒は続いていた。

 戦争の最中、その中央で両手の無い少女は膝を着いたまま俯いていた。

 赤い瞳は既に何処かを見ている、という様子は無い。

 乱暴に結んでいた両端の髪は解け、白髪の長い髪が靡いていた。

 

 アリスは、小さく微笑んでいた。

 

「お、ねえ様ー……あ、あの、ねぇ、アリス頑張ったよぉ……うん、そう、いっぱい倒した、もんね、ぇ、が、頑張った、ご、褒美に……カ、カナちゃんが、ねぇ、お姉様、とぉ、アリスの分、ケーキ、つ、つ、つ、作ってくれる、てぇ…あ、甘く、て、ふわ、ふわぁ……」

 

 ぶつぶつと呟く言葉は、騒がしい辺りに掻き消える程の小ささ。

 けれど、誰かと話している本人にはそうは感じていなかった。寧ろ、酷く静かだと、感じていた。

 

 言葉を紡ぎながら、少女は顔を上げる。

 

「行、こう」

 

 そう零すと、両手を上げる。

 二の腕より先がない腕は前で数度間抜けに揺れるだけで終わる。

 

「あ、れぇ……あれぇ、あれぇ……あれ……ぇ……」

 

 光が薄い瞳に、雫が零れる。

 

「も、もう、お、手て、に、に、に、握れない、よ……」

 

 両の腕がだらりと落ちた。

 

 がくん、と、まるで上から吊るされていた糸が切れたかのように、上げていた顔が落ちる。

 子供らしい泣きじゃくる声と共に、ポタポタと、砂漠へと涙が落ちる。

 

 喧騒は止んでいない。

 荒々しい戦いの中、ただ1人だけ、少女がそこにいる。

 

 何度もしゃくり上げながら、少女の嗚咽が薄く響く。

 その姿は唯の小さな子供でしか無くて、砂漠の中でたった独り。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 泣きじゃくる声が止んだ。



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Act 61 狂いと狂い

 暑い風が頬を撫でる。

 紫色の髪が顔に掛かるのも気にせず、1人の女性が船の先に立っていた。

長い髪は片方の目を隠してしまう程。

黒く薄いネグリジェ1枚に、裸足のいつも通りの姿。

いつもと違うのは、肩にもう1枚掛ける揺れている物程度だろうか。

肩にかけた艶やかな桃色の羽衣が美しくゆらめいていた。

その幻想的な羽衣とは真逆のギラギラと光る瞳は、砂煙を上げる喧騒を見下ろす。

 しなる白く美しい指が、血と煙が舞い上がる眼下をなぞるように、まるで指揮棒のようにリズミカルに動く。

 

 鼻歌交じりのその仕草を、もう何度も繰り返していた。

 

 楽しそうな彼女は、誰かの必死も知らずに、誰かの決死も知らずに、誰かの勝利すら知らずに。

 

 指を向けるような動作をしながら、彼女はその地獄絵図の中、歌うように言葉を綴る。

 

「いっちーにーィー~サァァーンー! ギャッハハ! ヤバイのまだまだいっぱい生き残ってんじゃぁーん!」

 

 ケラケラと愉快そうに嗤うユカリにしか見えない砂と血の入り混じった煙幕の先。

 仲間や敵という概念は彼女には無く、彼女にとって、その二つは同じ物でしか無い。

揺らす体に合わせて長い髪が舞う。

 

 楽しそうに笑いながらユラユラと揺れていた体は突然ピタリと止ま

まる。

 

 

「さ、て」

 

 ゆっくりと立ち上がる彼女の頬が割れる。

 不気味な笑みが、その顔面いっぱいに、満面に広がる。

 

「ぜーんぶまっちろにしましょうねぇー? 戦っていいって言われたしぃ? めんどっちいのも外れてるしぃ? やーん! 体とっても軽いよぉ!? よぉぉーし! おじさん張り切って皆皆ぐちゃぐちゃにしちゃうぞぉー! みぃーんな混ざればなっかよし! だぁ! ギャハハ! ギャハハ!」

 

 大きな大きな独り言は木霊する。

 彼女の言葉に虚言は無く、どこを見ているか解らない濁った瞳は不気味に光る。

 

 高らかな笑い声をあげていたユカリは、先ほどと同じように機械のようにビタリと動きを止めた。

 何かを思い出したかのように、硬直すると、次に肩をすくませるような仕草へ。

彼女は俯く。

 

「あー……約束守らないとォー……最低……最低最低最低サイテー……ううん、最低ヤダァ……また嫌いって言われちゃうよーう」

 上がりっぱなしだったテンションは途端に下がる。

 しかし、その顔は直ぐに上がる。

 表情は再び笑顔へと戻っていた。

 

「じゃあー! 三つだけ!! 三つだけェ! 約束守るもんね! とってもとってもイイ子だからぁー!」

 体に纏わり付いていた桃色の羽衣をユカリは引っ張るように振り回したかと思うと、体を大きく回転させる。

 釣られた桃色の羽衣は一回転と共に帰ってくると、その姿を変えていた。色は不気味な赤黒い一色へ変わり、形は細長い棒へ。

そして同じくどす黒く、禍々しく切っ先が光る突起。

 

 その槍は、誰かの槍によく似ていた。

 

「アイツこんな感じだよねェー! うーんと、うーんと」

 姿を変えた巨大な槍を器用に振り回しながらユカリは考えるように頭を揺らす。

 大きく揺らす髪に合わせて彼女の隠れていた左の髪が広がる。

 そこにある筈の瞳の部分。

 それは眼球というよりも、球体のような物体がそこにあった。

 青い光りを放つそれは水晶体のような色合いも、硝子体としての白い部分も角膜のような黒点も見当たらない。

 本当に、ただの硝子玉を埋め込まれたようなそれには一つの紋様が浮かんでいた。

 

『絶対攻撃力』レオンの顔に刻まれた紋様。

 

 

「広範囲型でしょぉぉー? んっとねー! 後めんどくっちゃいから一発でぶっ殺せるのがいいなー!」

 

 目に浮かぶ紋様は別の紋様へと切り替わる。

 

それは『最悪』のジョーカー、『手遅れ(バッドエンド)』の紋様。

 

「後アイツアイツ‼︎ 絶対当たる奴‼︎ 」

 

 再び紋様は変わる。

 『レッドイーグル』『絶対命中』と言われた最強。

 

 

「これでぇー‼︎ 狙いはぁー糞ダーカーだけって所で‼︎」

 

 槍の形をした羽衣だった物が、紫色の光りを放ち始める。

 それを高らかに構えながらユカリは笑い声を木霊させる。

 

 徐々に切っ先へと光は集約されていく。

 膨らんでいく光に、ユカリの瞳は楽しそうに、まるで子供が玩具を見るように目を光らせる。

 

 

「ン名付けてェー……」

 

 振り被る。

 

 高く響いていた声が色を変えるように低く低く残酷な色へと変わっていた。

 

 

「ゼルドレディア」

 

 高威力のフォトンが放たれる。

 それは空中へと舞い上がる。

 紫色の破壊は天へ登ると、それは拡散するように空中で円状に広がるように分かれて行く。

 大量の線となって流星のように空から降り注ぐそれはダーカーへと降り立つ。

 その光りに触れた部分に、まるで削られたかのように丸い円状にダーカーの体が抉れていた。

 抉れたというには何か機械を使ったようなまでに綺麗な丸みを帯びていた。

 次々と一瞬で死に至り倒れていくダーカー達。

 それを彼女は楽しそうに見つめていた。

 大声で下品な笑い声を上げていた。

 

「ざっこ!! ざっこざっこぉ!!!ギャハハハハハ!!!」

 

 エスパーダの4人目。

 元々のハイセンスにジョーカーの能力を無理矢理詰め込まれた欠落品。

 大量生産の不良品。

 

 ダーカーに対しての切り札がジョーカーであれば、アークス全般に対しての切り札がエスパーダ。

 その中でもジョーカーに対して比類無き力を持つと言われたユカリ。

 弱化されるも、ジョーカー達の能力を兼ね揃えれる特異性。

 異常に欠落し過ぎた精神状態からかなり危険視されるも、その貴重な能力から監視され続けた不完全。

 

 最悪の最凶。

 

 今も落下を続ける禍々しい光をキャーキャーと子供のようにはしゃぎながらユカリは見つめていた。

 手に持っていた槍は既に元の姿に戻り、彼女の肩でゆらゆらと無機質に揺れる。

 

「おっさかーな!おっさかーな!」

 

 桃色の羽衣を揺らし、その場でピョンピョンと跳ねるユカリは楽しそうに、子供のように無邪気に歌っていた。

 

「おっ」

 

 ユカリの言葉は、突然ピタリと止まっていた。

それは一瞬彼女の体に現れた振動と共に。

 

「はへ?」

 

 間抜けな漏れる声と共に見上げていた視線は下を向く。

 腹から何故か巨大な切っ先のような物が生えていた。

 ゆかりは首を傾げながら、口から赤い物を吹き出す。

 次に視線は後ろを向く。

 

 そこには男がいた。

 

 ユカリの体を大剣で貫いている男がいた。

 

 片方を歪な黒い仮面で隠し、見える瞳がユカリを見つめる。

 男の瞳は、何処か必死な様子で、ユカリを睨む。

 

「おおおおお俺は誰だっけなぁおいお前殺すぞ殺されたくなけりゃ教えてくれよ教えてよ怒られちまう俺は誰に怒られるんだ教えろよ誰だ俺は誰だロランって誰だ」

 錯乱するように叫び声を上げながらロランは巨大な大剣を引き抜いていた。

 吹き出す血と共にユカリの体が崩れる。

 引き抜かれると共に、大剣は瞬時に横へと持ち直していた。

 ロランの力任せの横のスイングへと切り替わる。

 

 タイミングよく崩れるユカリの首元を通過していく。

 延髄を、首の骨を、スッパリと切り落とす。膝を着くのと首が落ちるのは同時。

 

 数秒間の血の吹き出しと共に、ごとり、と重たい物が船の上に転がった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そうだ!お、俺は!!ロランだ!!ルーファの相棒で!!! ずっと戦ってきたロランだ! 俺が!!俺が!! アリスを!! 違う! 俺は悪くない! 違う! 違う! 違う……う? あああああまた忘れちゃった忘れちゃった忘れちゃった怒られる怒られる怒られる」

 

 血の海とかしたその場でロランは叫び声を上げ続ける。

 まるで何かから逃げるように。

 よろよろと死体に背を向けロランは歩き出す。

 血走った瞳は彼らしくない形相を浮かべて。

 

 

                              

 

 

 

 

「やっちまったぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 ロランは足を止める。

 

 そして、声の方へと振り返る。

 そこに、先程まで膝をついていた筈の死体が立ち上がっていた。

 首のないそれは、よたよたと動き、首を拾う。

 

 その不気味な姿に対してもロランは眉一つ動かさない。

 

 首を元の定位置に戻すも、その体は首からぼたぼたと垂れる血で真っ赤に染まり、そして首の視線はロランを見つめていた

 輝く瞳。禍々しく光る瞳。

 なんとか元に戻したであろうユカリは血だらけな姿のまま馬鹿にしたように長い舌を出す。

 

 その瞳の片方は淡く輝く。

 

 紋様を再び変えて。

 

『ピーカブー』『絶対回復』『自殺趣味(ループ)』『血死決死(ブラッドデッド)』そして『最悪殺し(エンドレス)』

 名の多いジョーカーの1人。

 『最強』のジョーカーが1人の能力。

 

 

「四つ使っちゃったぁー……どうすんだよぉぉー……嫌われちゃうじゃぁぁーん……」

 血だらけのまま、突然めそめそと泣き出すユカリは首を切られた事よりも別の事しか考えていない。

 

「何だよおまえ……誰だよ誰なんだよ教えろよ!首切って生きてる奴なんざ知らねえ知らねえ知らねえ知っててたまるかよ!!!!」

 大剣を構えるロランはユカリの方へ向けて地面を蹴る。

 

「あ!そっか! 成程成程! お前殺してなかったことにしよう!そうしよう!」

 

すぐに表情を切り替えるユカリは残酷な笑みを広げていた。

 

血だらけで高らかに、不気味な笑い声とも獣のようなおぞましさとも取れる声を上げるユカリ。

 片や、悲痛の悲鳴とも、やはり獣染みた雄叫びとも取れる声を上げるロラン。

 

 狂いと狂いの瞳は互いを直視しているわけでは無い。

 イカレとイカレは唯ひたすらに身を傷つけ相手を傷つけ、それだけが存在意義。

 

 船の上。

 

 二人の獣が力を振るう。

 

 理由を必要としない不協和音の発狂が響く。

 

 

 船の下。

 砂漠の煙がようやく少しづつ晴れようとしている頃。

 理由のある戦いをしていた彼らの戦いが終わる、少し前の出来事。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

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Act.62 戦いが終わり……

 煙が舞う。

 喧騒が続いていた世界は、今は既に静けさに満ちていた。
 広がるのは夥しい血。
 そして、多くの武器や防具が転げ落ちていた。
 朽ち果てた存在が広がる。

 頭がゆれるような死の匂い。

 しかしそれを発する存在は何処にもいない、足も、腕も、指一本も残らずに人の形をしている物は存在していない。

 戦い続けていたアークス達が態々戦死者を片付けるような事はしない。

 ただただ、まるで何も無かった様に砂が舞う。


 割れた船の側。

 

 船の欠損は酷く、辺りに人のサイズをゆうに超える瓦礫がそこらじゅうに広がっていた。

 

 

 今はその周りを見えない壁のようなものが覆っていた。

 その壁の中を慌しく動き回るアークスの中、一人カナタだけが呆然と立ち尽くしていた。

 

 唇が震える。

 力が抜けたように、砂の上へと膝を付く。

 

「お、ば……ちゃ、ん」

 

 少し前まで、楽しく喋っていて、食堂でいつも優しくしてくれて、それで、それで。

 

 それで。

 

 目の前で瓦礫に潰れている人間が、瓦礫の下から広がっている血が、その人の。

 その人の筈が無くて。

 瓦礫から出ている上半身が無ければそういう風に錯覚出来た筈だ。

 

 頭にいつもつけている三角巾。

 似たような色を最初にくれた三角巾。

 あの子をお願いと言ってくれたあの人。

 苦痛の顔で、苦しそうで、それで、それで、それで。

 

 帰って来たら、また楽しい生活に戻れるんだって、

 食堂でおばちゃんと話ながら働いて、茶化すレオンやその友達をあしらって、

 終わったらリースやアリスや、サーシャとご飯を食べて、

 ムスッとしたホルンにそれとは正反対に笑いかけてくれるシルカが居て、

 少しだけ怖いルーファとそれとなく話てみたりして。

 

 それで、それで。

 

 ファランは最近熱心にお菓子の勉強をしていて。

 

 そこでふと顔を挙げる。

 

「ファラ、ン、ちゃん……」

 震えながらその場からふらりと動き出す。。

 逃げるように、状況の理解に頭が及ばず、妙にゆっくりと、歩を進める。

 

 その歩は徐々に早まる。

 

「ファランちゃん ファランちゃん! ファランちゃん!!」

 ぼそぼそと零れていた声は、徐々に大きくなる。

 まるで悲鳴を上げるように、声を上げながらカナタは走る。

 亀裂で開いた穴から船に入り、傾いた通路を走る。

 自分の部屋に向かって必死に走る。

 

 痛い、痛い、胸が痛い。

 

 心臓が鳴る。

 

 吐きそうになる不安は無理矢理に足を走らせる。

 ようやく付いた自分の部屋の前で、息を切らしながら手を翳す。

 いつもなら開く自動ドアが開く様子は無い。

 慌ててカナタはドアにしがみついてた。

 がちゃがちゃと繰り返し、何度も何度も思いっきり横へと開こうと力を込める。

 

「いや! いや! やだ! やだ!!」

 悲鳴の声色は広がる。

 ようやく開く隙間に無理矢理指を入れてドアを開く。

 もはや指が痛い事も感じない。

 

 何かが外れたように勢いよくドアが開いた。

 

 突然に広がる光景。

 

 目の前に広がる光景が、脳へと訴える。

 思わず数歩後ろへと下がっていた。

 部屋に広がる赤。

 

 赤。

 

 赤。

 

 紅。

 

 

 辺りの壁には、いつか見たであろう大量の切り傷が部屋中に広がっていた。

 そしてそれを被せるように埋め尽くすようなべっとりと広がる血。

 特に、彼女が眠っていた筈のベッドが鮮血と言う以上に、夥しい血の量で染まっていた。

 

 その血の主はいない。どこにもいない。何もいない。誰もいない。

 

 

 ファランはそこにいない。

 

 

 その場でへたりこむカナタは、目を外す事すら出来ない。

 口が渇く。

 痛い、胸が痛い。

 腹からの煮え返るような吐き気に、思わず両手で口を覆う。

 脳が何度も嘘だと言葉を繰り返す。

 

 彼女の世界が、善の世界が、楽しかった日々が、終わりを告げた。

 

 噎せ返る死の匂いが、18歳の少女を襲う。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 慌ただしく走り回るアークス達の中、少し離れた場所で立ち尽くしている人物達が居た。

 円を作るように立ち並ぶ5人は、互いに視線を交わす。

 女性が二人、男性が5人。

 女性の二人は長い黒髪を揺らす物と濃い紫の大きな束を揺らす物。

 片や男性の三人は一人は頭一つ分小さな少年の姿に、一人は長く黒い槍を持つ男。

 そして、もう一人はタバコを優雅に空へと吐いている所だった。

 

「……ぶふっ!」

 

 視線を交わしている中、一人が噴出したような声を出していた。

 そのうちの一人が思わず噴出していた。

 

「ちょっとレオン……貴方血だらけじゃないですかその腕どうしたんですか? 最高に面白い化粧して来ないで下さいよ笑っちゃうじゃないですか」

 

 まるでケガをしているのが有り得ないというような言い方に、レオンの表情がムッとしていた。

 

「てんめぇも血だらけじゃねーかボケ!!」

 

「コーディネートです、お洒落です。」

 

「最先端行き過ぎだろ!!」

 

 言い合いをしているジョーカー二人を見てユラが頭を抱える。

 

「参った……全くやられたもんだ。未知数の敵が多すぎた。嫌、私が出たのが何よりの敗因か」

 

 二人とは違いシリアスをしているユラにタバコの灰を落としながらブレインが答える。

 

「仕方がないさ、我々は最も出来る戦いをした。落ち度など見当たらない。最善の策だった……そう気に病むな」

 

「っつーか!! てっめーがサッサと出てきて全部サテライトかましときゃ話はもっと早く済んだんだよ!! 何隠れてかっこつけてんだテメー!! バーカ! この女恐怖症! ヘタレ!」

 

「ハハ……照れてしまう、止めてくれ」

 

「逆に何処を褒められたと思ったのか教えてくれねぇ!?」

 

「いえ、でも本当アナタ何をしてたんですか? 隠れてコソコソと……そんなに会いたくなかったのですか?」

 

「嫌……その……ハハハ、止めてくれピリオド態々俺に近づこうとする動作は必要が無いだろう十分この距離で聞こえるだろう止めてくれ頼む」

 

 ルーファの無機質だった表情に悪戯染みた笑みが見えたユラは呆れたように手を翳す。

「ブレインで遊ぶのは後にしろルーファ……先に現状の報告から始めよう」

 

「……ダウナー止めてくれたのはありがたいのだがその言い方であると俺が後から大変になってしまう可能性が存在するのだがその点において論理的な話し合いを」

 

「解りましたよ、では始めましょう」

 

「だな」

 

「待て何故誰も話を聞いてくれないのだ。フフ、レッドイーグルとまで言われた俺が小鳥の囀りの扱いをされるとは……」

 

「いやお前どんだけ良い感じに捉えてんだよポジティブか」

 

「ハハ、まだ生きているお前程ポジティブでは無いよアルバトロス」

 

「ああ!? 誰が自殺しなきゃ行けないレベル!? 顔か!? 性格か!? どっちだろうがぶっ殺すぞテメー!!」

 

 呆れたようにため息を零し顔に手を尽くユラを他所に言い合いを続けているジョーカー達の最中、白髪の少年、ホルンだけが俯きながら押し黙っていた。

 その色の違う瞳が、ジッと地面だけを見つめ、何かを考えていた。

 




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Act.63 「大丈夫……皆、い、い、生きてる、大丈夫」

 

 現状の報告を終えた四人のアークスは、誰とも言わずに唸る。

 

「……ふむ、カナタをコピーしたペルソナβ……侵食されたアークス、それにダーカー兵器を操る少女、そして居る筈の無いジョーカー、か」

 

『鴉の王(クラウンクロウ)』『存在否定(ダウナー)』『最後のジョーカー(ラスト・ワン)』

 

 流石にズボンは新しく履いてきたのか、上下の汚れ差が妙に目立つ。

 最悪(エンド)のジョーカーが一人にして、船を任された責任者の一人。

 ユラは額に手を当て頭痛に苦しむようにため息を零す。

 

「ンンだよぉ! お腹いっぱいになるわ!! どんだけ詰め合わせ大サービスだよ!」

 声を荒げるは最強(スペシャル)のジョーカーが一人。

 

 『一人大隊(アルバトロス)』『壊し屋』『鋼刃(グロリア)』『絶対攻撃力』

 

 最大級の攻撃力を持つ男は子供のように頭を掻きながら苛立った様子を見せていた。

 

「こぞって全員逃してる時点で余計に頭が痛くなるな……それでもジョーカーか貴様ら」

 

 心外だ、と言うかのように長身のユラを見上げる視線が一つ。

 

「私は殺したと思ったら霧みたいに消えちゃっただけなのですけれど、ちゃんと殺したと思うんですけどねェ……いやーでも強かったですねーあのレベルは久しぶりでしたよー」

 等と、赤い目をキラキラとさせなが空を見つめる黒髪長髪の女性。

 白いリボンをたなびかせる鞘まで黒い刀を腰に携える少女。

 

『最速無敗』『殺し屋』『人間失格(ピリオド)』『狩人(イェーガー)』

 

 齢18にして最悪(エンド)のジョーカーが一人へと連なる少女、戦闘を重きに置く彼女の様子にユラはまたも呆れたように首を振るう。

 

「ちっげーよ! この馬鹿が一人ポンプしたり格好付けてたりしてなきゃ倒せたっつーの!」

 

「ッフ……うまいこと言うじゃあないか、褒めてやろう」

 

「いらねーよボケ!!」

 

 レオンの雑言を楽しそうに聞いている悪びれる様子すら見せない男は黒い帽子を揺らす。

 全身を覆うコートまで黒い暑苦しい姿の男は、涼しい顔のまま。

 

 『見敵必殺(レッドイーグル)』『ノイズ』『バーディー』『絶対命中』

 

 最強(スペシャル)が一人。天才と言われた5人目のジョーカー。 

 

 協調という物が一切無いジョーカー達を「解った解った」とユラは両手を上げるように収める。

 

「……ホルンの話を聞く限りでは、私もバッドエンドを逃してしまったようだからな、何も言えないがね」

 その名前を聞いたレオンが気味悪がるように舌を出す仕草をして見せていた。

 

「……よりにもよってアイツかよー相変わらず意味解んねェーな」

 

「何故奴がいたのかは解らないが、他のジョーカーも居る可能性も考えねばな」

 

「それだけなら良いんですけどー次またカナタのニセモノ出てきたらメンドクサイですからねー」

 

「いやあの女がやべぇよダーカー兵器操れるなんざ下手すら全員やられンぞ」

 

「連れ去られたアークス達も気掛かりではあるがね……侵食の件と関わっているのであれば、早急な救出を考えるべきかもしれぬがな」

 

「問題は山積みだな……」

 

 沈黙が流れる。

 

 そして、その沈黙を破ったのは唯一一言も喋っていなかった男から

 

『犠牲義損(ターミガン)』『便利屋』『染色白紙(パステル)』

 

「……あの偽善者バカは大丈夫か」

 

 

 

 

 

 

  ■

 

 

 

 

 

 

 

 死ね。死ね。死ね。

 

 胸の中の憎悪が止まらない。

 

 何だこれは。何だこれは。こんなものは知らない。

 黒い物が押し寄せる。

 生きてきた中で、これまでに世界を呪う事があっただろうか。

 自身が悪いのか、世界が悪いのか、誰かが悪いのか。

 悪いものがあるのであれば、それさえ壊せば、この黒い物は無くなるのだろうか。

 そうすれば、大好きな善がそこに、大好きな平和がまた、大好きな世界が戻る。

 

 壊せ。壊せ。壊せ。

 

 

「カナ、タ?」

 ハッと我に返り顔を挙げる。

 そこには心配そうに覗き込んでいるリースがいた。

 

「……リースさん」

 

 スカートが砂に汚れる事も気にせず座り込み、壁にもたれたままのカナタの隣へとリースも座る。

 

「とっても怖い顔してたから、最初は解らなかったよ」

 そういって笑うリースの表情は、無理矢理笑っていた。

 目元が赤くなっている事に気づく。

 

「無事で良かった」

 

「……はい」

 上の空のような返事をしてしまう。

 

 暫くの無言が二人の間に続く。

 ポツリと最初に言葉を零したのはリース。

 

「……アリスを、見なかった?」

 

 無言でカナタは首を振る。

 

「そう……どこにもいないの、あの子、今頃震えてないかな……大丈夫、かな……」

 いつものリースとは違う気弱な姿。

 必死で探し回ったのだろう。

 蹲るリースの姿に、いつもの覇気は見えない。

 

 カナタの心が動く。

 

 彼女が、彼女らしくある為に、彼女は……カナタは無意識に言葉を綴る。

 

「だ、大丈夫ですよ! アリスちゃんは生きてますよ! 一緒に、さ、探しましょう!」

 無理に作った笑顔。リースが求めていた通りの言葉。

 この子なら、そう言ってくれると信じていた。

 誰かにそう言って貰いたかった。心が折れそうになっていた、リースの苦肉でありながら、らしくない行動。

 

「うん、ごめんね……」

 その罪悪感を理解した上でリースは謝る。

 

「そう、うん、うん、うん、そう、大丈夫……皆、い、い、生きてる。大丈夫」

 

 リースは気づかない。

 カナタの目の色がいつもと違う事に。

 

 純粋で、善に熱い少女。

 その善に対する愛は、最早呪いに近い。

 




三人体制でやってます。

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「大変更新遅くなり申し訳無いです……現状の忙しさが落ち着いて行けば更新速度をまた少しづつ上げていけたらと考えています。」


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Act.64 醜い

 立ち上がるリースとカナタに立ち上がるもう一人の影が近づく。
 血相を変えてカナタ達に駆け寄るのは白衣の女性。
 
「カナタ! 怪我はない!?」

「だ、大丈夫ですよ! ユラさんが守ってくれましたから!」
 詰め寄る彼女、レターにカナタは慌てて手を振る。

「ならいいんだけど……もうこっちは一人で走り回って大変なの! ラッセルを見てない!?」

 彼女の言葉にカナタの表情が暗く落ちる。

「…………さん」

「ん?」

「ラ、ラッセル、さん、は……」













 

 

 

「そう……」

 

 慌ただしかった彼女の顔が曇る。

 あれだけ悪口を言っていても、彼が弟だった現実は変わりようはないだろう。

 

「この船に乗っていたのだから……あの子だって、いつ死んでもいい覚悟はしていたでしょう……それは、勿論私も……」

 ぎゅっと胸を掴む仕草をする彼女の声は僅かに震える。

 

「でも、先にあの子が死んじゃうなんてね……決していい子では無かったけれど……弟である事は変わらないわね」

 

 俯く彼女に、カナタは声を掛けようと前に出る。

 出るだけで、言葉は出てこない。

 ぱくぱくと魚のように動くだけの口は言葉を発さない。

 何も、言えない。

 目の前で、一瞬で殺された。

 何もしてない何もできなかった。

 

 見殺しに、した。

 

 思わず上げていた手が落ちる。

 

 彼女の中で、何かがピシリと音を立てる。

 

『何かが』

 

 突然の肩の重力に、カナタはビクリと体を揺らした。

 彼女がカナタの肩に手を置いていた。それは、気遣うような優しい手の暖かさ。彼女は微笑む。

 

「あの子の最後に、居てくれてありがとう……誰もいない所で死ぬのが当たり前の世界で、最後を見届けてくれてありがとう……」

 

「レターさん、私……」

 

 カナタの言葉はそこで止まる。

 それは彼女自身が止めたわけでは無い。

 

 

 意図的に止められた。

 

 

 

「……はっ、ぁ?」

 

 

 

 何で倒れている?

 

 頭に走った衝撃と共に倒れていた。呆然としているカナタの目が赤く染まる。

 

 ドロリとした液体が覆っていた。

 震える手が頭に触れる。

 ベッタリと手に着く紅。

 

 何で? どうして?

 

 呆然としながらも、ゆっくりと顔を上げる。

 

 視線が合う。

 

 沢山の視線と合う。その視線は憎しみや憎悪、殺意までも感じる視線。

 

 それも一つではない。幾つもの視線がカナタへと向けられていた。

 

「カナタ!!! 血が!!!」

 

 慌てて駆け寄るリースの様子も気にせずカナタの視線は動く。

 血がついた大きめの石が転がっていた。

 頭が揺れる程の痛みを無視してカナタは必死に状況を理解しようと辺りを見渡す。

 まるでカナタを囲むように、逃がさないと言うように、アークス達に囲まれていた。

 

 膝をついたままのカナタの目の前に白衣が過ぎる。

 レターは囲むアークスを睨み返すように見渡していた。

 

「…………何をしているの貴方達」

 

 レターの低い声に一人のアークスが叫ぶように応える。

 

「どけレター!! そいつはダーカーだ!!!この船をやったのはそいつだ!!!」

 

「何を馬鹿な!事を!!」

 

「映像も残ってんだよ!! 突然大量に現れたダーカーもそいつが手引きしてたに決まっている!!」

 

 

 

 私が、この、私が?

 

 

 囲む視線。

 

 笑顔で食事を頼んでくれる人もいた。

 

 話しかけてくれる人もいた。

 

 彼等、彼女等が武器を向ける。

 

 銃口を。

 

 切先を。

 

 殺す為の武器を向ける。

 

 殺意の視線を向ける。

 

 

 カナタ1人に。

 

 

 

「この子がただの人間であることは私が保証したでしょう!」

 

「黙れ! 貴様もヴォイドの生き残りだろうが!! ルーサーの部下など最初から信用出来るものか!!!」

 

「な!? こっちは弟が死んでるのよ!?」

 

「ちょ、ちょっと! 皆落ち着いてよ!」

 

「貴方もよリース! ジョーカーになりきれなかった欠陥品が!」

 

「そ、それは今は関係ないでしょ!?」

 

「この女のせいで皆死んだ! 連れていかれた! 殺せ! 殺せ!」

 

 怒鳴り声が交差する。

 罵詈雑言の嵐の中、カナタだけはがっくりと下を向き固まっていた。

 

 何で、何故、どうして。どうして……?

 

 またどこかで音がする。

 ピシリと響く、酷く小さな音。

 しかしそれは、ゆっくりと広がっていた。

 

 思わずカナタは乾いた笑みを浮かべていた。

 

 こんな風に簡単に、信用が砕けるのか。

 善に走る彼女には始めての経験。

 嫌われる事。

 殺意を向けられる側。

 

 あぁ、痛い、痛い、これは。辛い。

 

「ハ、ハハ、私なわけ無いじゃないですか……私が、そんな事するわけ」

 

 立ち上がり、ふらつく足が、思わず前に出る。

 カナタの挙動に合わせるようにアークス達は武器を構えなおす。

 鋭い視線と共に突然の沈黙が広がる。

 

 カナタは気づく。

 

 彼らの視線の中に、畏怖が含まれている事が。

 

 また音がする。ピシリ。ピシリ。ピシリ。

 

「私じゃない!違う! 違うの!!」

 目頭が熱くなる。始めて向けられた差別の瞳に、カナタの心は耐えきれない。

 

「動くなダーカーが!! 次動けば殺すぞ!!!」

 

「なんで! なんで! 何でこんなことになるの!? 昨日まで普通だったじゃないですか!」

 必死に、必死に零れだしそうなそれを堪え叫ぶ。

 訴えるように、彼女は前に出た。

 

「私は! 私はただの人間だもの! 何で信じてくれないの!? 何で私がこんな目に!!」

 

 更に前に出るカナタに合わせるようにアークス達が武器を上げる。

 重々しい音と共に銃が、剣が、その標準は全て彼女へ向けて。

 

「カナタ! 止まって!」

 

「駄目よカナタ!コイツら本気よ!」

 

「おい殺せ! 殺せ!」

 

「馬鹿か! ジョーカー達を待て!! ダークファルス扱かもしれんぞ!!」

 

「待つまでも無いわよ!! 撃って! 撃って! この人数で掛かれば殺せる!!!」

 

 異様なその空間の中、レターは必死に声を荒げる。

 

「いい加減にしなさい貴方達!! 今は仲間割れしてる場合じゃないでしょう!?」

 

 しかしその声は届かない。

 渦巻く殺意は止まらない。

 

 

「よく狙え!!! そこの女2人も纏めて殺せ!」

 

 目の前の光が消えていく。

 カナタの瞳に輝く瞳がゆっくりと消えていく。

 堪えているのが馬鹿らしいというように、何故自分が我慢しているのかも解らずに。

 

 

 ああ。

 

 

 あああ。

 

 

 何で、何で、何で。

 

 

 

 

 ……………何て。

 

 

 

 醜い。

 

 

 

 カナタの瞳から、光が消える。

 

 

 その瞳は前を見つめる。

 目の前の黒髪の女性を見つめる。

 

「ルー、ファ、さん……?」

 

 

 振り向くリース、レターも驚きで彼女の名前を思わず呼んでいた。

 そちらを向く事も無く、澄んだ瞳は、一直線にカナタを見つめていた。

 

「酷い顔ですね、正義の味方さん……」

 

 ポツリと零す声と共に、周りを囲んでいたアークス達の武器がバラバラの姿へと変える。

 まるで一線を通すような美しい斬り口。

 いつ抜いたかも解らない。いつ目の前に現れたかも解らない。

 目の前の最速のジョーカーは、一度刀を空で振ると鞘へと仕舞う。

 油のような黒い液体が空中に飛んだのは、ランチャーや銃を切ったからだろうか。

 

 バラバラになった武器を呆然と見ていたアークスが我に返ったように声を荒げる。

 

「ジョ、ジョーカー!! 邪魔をするな!! そいつはダークファルスだぞ!!」

 

 ルーファの視線がゆっくりと、ゆっくりと声の方へ、後ろを向く。

 真紅の瞳が、鮮血の色がどす黒い歪みを見せていた。

 

 

 

「……………………口を開くな」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 普段のトーンとは違う、めんどくさそうな声色はそこには無い。

 低く、芯に響くような声色。

 その場にいるアークス達全員の背筋が凍る。

 動く事が出来ない。

 その瞳に、蛇に睨まれた蛙のように動く事が出来ない。

 おぞましい殺気を一身に注がれた先程の一人のアークスは、パクパクと魚のように口を開いていた。

 

 視線は再びカナタへと戻る。

 

 赤い瞳は、カナタを見つめる。

 

 現状に絶望する彼女を見つめる。

 

「これが……貴方の信じる『人』よ、カナタ……」

 

 カナタは始めてその声を聞く。

 いや、始めて、そんな声色を向けられたと言うべきなのか。

 

 同情のような、哀れみのような。

 

 それでも、優しい、声色。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

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Act.65 彼女は手を伸ばさない。

 戻るルーファにユラが声をかける。

 

「で、カナタの様子は」

 

 ユラの言葉にルーファは目を閉じると肩をすくめる。

 

「……今は寝てますよ。レター達の研究室は幸い無事だったらしいですから、今はそこで寝てますよ、相当精神的に来たんじゃないですか?」

 

「そうか」とユラは端的に零す。

 

「馬っ鹿じゃねーの? 映像が残ってようがあんなガキが出来る代物じゃねーよ、まずは疑う所から入るもんなんじゃねーの?」

 

 レオンの言葉に、隣のブレインが吹き出したように笑う。

 

「何笑ってんだコラ」

 

「ハハ、失礼。精神的ストレスは一定を超えれば、まず解消の手段を無意識に探るだろう。それも集団的であれば1点の弱者を探し始める……どこまでも優しく、弱い彼女はうってつけだろうさ、ハハハ……屈強なるアークスがか弱い少女に依存してるとは、最高に可笑しいと、思わないかい?」

 

「笑えねーよボケ」

 

「鳥頭には少し高度なジョークだったかな失礼」

 

「……あぁ?」

 

「止めろ馬鹿者。貴様達まで争ってどうする。カナタが未知数である事は今に始まった事ではない、未知数より出来る事を考えろ」

 

「まぁー出来る事って言うんなら」

 そう言いながらルーファは指を三つ立てる。

 

「1つは場所の移動、船が直り次第拠点を切り替える事、但し直るまでに次が来たら面倒臭いでしょうね」

 

 一つ目の指が折りたたまれる。

 

「2つ目は仲間の奪還。森に行方不明者がいた事から可能性としては高いんじゃないですか? 少数精鋭で挑めば良い。正し私達ジョーカーが別れる形になるのは、相手の思う壷ですね」

 

 二つ目が折りたたまれる。

 

「そして三つ目、こちらから今の全勢力でぶっ殺す」

 

「……おま、最後面倒臭くなってんじゃねーか」

 

「事実ですから。寧ろ私達なら最後が一番楽でしょ、まぁー敵の現状も解らない状態なんですから私達は兎も角残りは死ぬんじゃないんですか?」

 

 ユラは「ふむ」と小さく零す。

 彼女は思考するように目を閉じていた。

 数秒の後、開く瑠璃色の瞳は1人だけ喋らない者に向けられる。

 

「ホルン、貴様はどう思う」

 

 ユラの視線を鬱陶しそうにホルンは視線を外す。

 

「……………二つ目だ」

 

「それぞれに役割がある。船を動かす物も含めてな。人が減るってのはそういう事だ。それを補うのは別の奴等が減ったぶんを代用する事になんだよ。人員補充なんざこんな所で当てになるかよ。短期間で崩れるだけだ、先程の異常な心理状態も含めてな」

 

 一つ目にしても、三つ目にしても、人がいない事はユラも解っていた。

 それでも、目の前の少年の言葉の正論の裏、言葉の裏に、私情が入っている事は聞かなくても解る。

 誰よりも理解が深い彼は、何処までも1点がぶれる事は無い。

 

 仲間が彼の最優先事項なのだ。

 

「……決まりだな、直ぐにメンバーの編成を行う。ルーファ、レオン、お前達は確定だ」

 

 対一、に対して圧倒的な力を誇るルーファ、対多、に対して殲滅力に特化したレオン。

「おーよ!」と景気良く答えるレオンに対し、ルーファは面倒臭そうに視線を逸らす。

 

「べっつにいーですけど」

 その後思い出したようにルーファは言葉を続ける。

 

「あ、後カナタのバカは連れてきますよ。足手纏いだろうがファランを見つけた時に暴走してたら面倒臭いですし精神安定剤くらいにゃなるでしょう」

 

 ルーファの言葉に吹き出す音が響き渡る。

 

「ハッハッハ!! ピリオド! 本当の理由は何だ? 全くお優しい事だ!」

 

「…………あらブレイン肩に糸くず付いてますよ取ってあげます」

 

「け、結構だ」

 

 ワキワキと両手を動かすルーファと逃げる体制で中腰になっているブレイン。

 2人を牽制するような様子にユラはため息を付く。

 

「後でやれ馬鹿共……」

 

「オラァー! 逃がさねーぞコラァ!」

 

「ナイスですよぉー! 鳥頭!」

 後ろからガッチリと羽交い締めにするレオンにルーファが親指を立てる。

 

「ふふ……参ったな。モテル男は辛い」

 

「おい気取ってタバコに火付けてっけど手震えてんぞ馬鹿」

 

「後でやれって言ってるだろ馬鹿共ォォォォォォ!!!」

 

 

 瞬間的に反応が早かったのは二人。

 黙っていたホルンがッバ! と顔を挙げた。

 その次に遅れて反応したのはルーファ。

 ルーファはブレインを離し慌てた様に視線を向ける。

 

 二人の視線は今も修理を続けられている船へ。

 

 その視線は、船の奥底へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

   ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 辺りには誰もいない。

 暗い個室のような部屋。

 頭が揺れる。

 痛い。

 上げた手は包帯のような物に触れていた。

 

 ゆっくりと手が降りる

 

「…………」

 

 言葉は出ない。

 というよりも、声が出ない。

 

「………………」

 少女はベットから降りる。

 ふらふらと、歩き出す。

 頭はズキズキと痛むが、それでも歩を進める。

 ドアはあっさりと反応し、横へとスライドされる。

 暗い廊下がその先に続いていた。

 

「………………………………」

 

 歩き続ける。

 ここに来てから、何度も通った道。

 間違える事は無いだろう道。

 やや傾いて、電気など付いている様子も無く、何かで引き裂いたような痕が所々にあろうとも。

 やはりその道は知っている道。

 

 ふらふらと歩き続け、そこへと行きつく。

 ドアは開けたまま。

 

 一面の血だらけ。

 

 あの子と住んでいた部屋の面影など微塵も見えない程の鮮血。

 

「…………………………………………………」

 

 やっぱり、見た物は変わらない。

 

 

 血だらけの部屋の中、三角座りの形でカナタは、その場に座り込む。

 

 

 

 寒い。

 

 

 

 顔を上げる。

 

 

 目の前に先程まで無かった物が存在していた。

 

 

 赤と黒が蠢く不気味な渦。

 カナタの瞳は虚ろにその渦を見つめる。

 続くアクシデントのせいか、既に疲労困憊なのか。

 最早驚く事すらカナタには出来ない。

 目の前の渦から、薄らと冷気のような物が漂っている事に気づく。

 カナタの背筋を冷たい物が走る。

 その寒気を知っている。

 忘れるわけがないあの衝撃の瞬間を。

 

 謎の双子に殺されて、その後の飲み込まれていく闇の世界。

 

 ゆっくりと、立ち上がる。

 

 その渦に、手を伸ばしていた。

 直感していた。

 この渦に飛び込めば、ここ以外の何処かに行けると。

 

 何処でも良い。

 ここ以外の何処かへ。

 

 

 手を伸ばした。

 

 

 帰して。帰して。帰して。

 

 

 返して。

 

 

 渦に触れるか触れないかの瞬間、後ろからけたたましい音が響いていた。

 

「カナタァァァァァァァァ!!!」

 

 急ブレーキと共に歪んだ形のドアを無理矢理に蹴破り、再度ルーファが地面を蹴る。

 思いっきりカナタへと手を伸ばす。

 一瞬振り向くカナタの瞳と目が合っていた。

 彼女らしく無い、色の無い不気味な瞳。

 そこに、生気に溢れる光は無い。

 

 

 彼女は手を伸ばさない。

 

 

 伸ばした手は空を切る。

 瞬間的に広がる禍々しい渦はカナタの体を飲み込んでいた。

 

 目前で消え去り、そこに無音が広がる。

 

 掴み切れなかったその手をルーファは悔し気に、睨むように見つめながら拳を作る。

 

「連れて……行かれた……!! 約束したのに……!!!」 




三人体制でやってます。

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Act.66 「約束、守れなくて、ごめんね」

 帰って来たら、また楽しい生活に戻れるんだって。

 食堂でおばちゃんと話ながら働いて。

 茶化すレオンやその友達をあしらって。

 終わったらリースやアリスや、サーシャとご飯を食べて。

 ムスッとしたホルンにそれとは正反対に笑いかけてくれるシルカが居て。

 少しだけ怖いルーファとそれとなく話てみたりして。

 それで、それで。

 ファランは最近熱心にお菓子の勉強をしていて。



 あぁ、辛い。

 辛い……。


 こんな扱いをされた事などあるわけが無い。
 多少の敵意があろうとも、それでも彼女は突き進んで来た。
 何れ解ってくれる。
 心を通わせれる。そう信じて前に進んでいた。
 実際そうだった。
 彼女の曇の無い1点は、多くの人を救ってきていた。
 平和なあの世界では。

 命が関わるこの世界の異常な闇。

 明らかに向けられた敵意以上の悪意、殺意。

 これが、これがジョーカーという存在が向けられ続けた憎悪。

 体をさらに縮こませるカナタは止まらない涙を拭う。

 帰りたい。辛い。辛い。辛い。

 それは彼女がこの世界に来て見せる始めての弱味。
 
 強くいようと、毅然としていようと気を張り続けた彼女の綻び。


「う、うう……」

 

 

 呻き声が漏れる。

 

 頭が痛い、思いっきり頭を回されたような感覚に眩暈が止まらない。

 吐きそうになるのを必死に堪えながら拳を握り締める。

 力任せに握った拳はなぞるように冷たくも、柔らかい何かを握る。

 妙に冷たいそれをぼんやりとする瞳が見つめる。

 

 それは黒に近い茶色。

 

「は、え……え?」

 

 嗚咽は疑問符のような声に変わる。

 この世界に来て始めてそれを見ていた。

 思えば今寝転がっている場所も妙に冷たい。

 熱い太陽の光は無い。

 地面は冷たい。靡く風は涼しい。

 辺りから聞こえるのは鳥や動物達の声と葉のせせらぎ。

 よろよろとしながら立ち上がり辺りを見渡す。

 カナタの世界にもあった。

 しかし少し違う。

 

 森とジャングルを合わせたような広い空間。

 

 目に映るのは、美しい自然だった。

 

 

「こ、ここ、は?」

 

 揺れる思考はゆっくりと動き始める。

 

 一言で言うのであれば、その世界は『森林』

 

 

 

 ■

 

 

 見渡して見えるのは生い茂る木々、大量の緑。

 時々聞こえる猛獣のような獰猛な鳴き声に心臓が跳ねる。

 落ち着けと、必死に自分に言い聞かせながら早鐘の様に鳴る心臓を、胸を抑えるようにしながら堪える。

 

 必死なカナタの瞳に、ふと、妙な物が見える。

 それは生い茂る緑の中にある妙に不釣り合いなピンク。

 猫の耳のようになっているそれは、装着する物に合わせてサイズすら変えるアークスの所有物。人工的であり、可愛らしさが残るそれは感知能力を底上げする物だと言う事を聞いた覚えがある。

 

 何よりも、それの所有物を知っていた。

 

「な、なんで、これが?」

 

 思わず溢れる独り言と共にフラフラと歩が進む。

 先程よりも心臓が大きく跳ねていた。

 

 手に取るそれは、べっとりとした血が付着していた。

 既に乾いているそれは、更に道のように続いていた。

 生い茂る雑草の中、ポタポタと落ちる小さな丸い赤。

 血の後を追いかけるカナタの歩は徐々に早足になる。

 

 もしかして、もしかして!!

 

 期待と不安が入り交じる思いは足を早める。

 数分ばかしの後に見えたのは大人が3人ほど横ばいに歩ける程の洞窟。

 高さは3メートル程だろうか。

 緑を染めていた赤色の点は薄暗い洞窟の中へと続いていた。

 その不気味な暗闇にカナタの表情が一瞬強ばる。

 しかしすぐに意を決したように中へと歩を進めた。

 明るい外と違いゆっくりと暗くなる世界はカナタの心を締め付ける。

 手に持つ桃色の猫耳を思わず強く握る。

 

 何度目か解らない自分を言い聞かせる大丈夫という言葉を呟きながら進んでいた。

 

 ぐにゃぐにゃと歪曲する薄暗い通路が続く中、暗闇に慣れつつある瞳が光を見つける。

 ぼんやりとした光は洞窟を薄らと照らし遠くからでも形を見せていた。

 それは遠くからでも何か広い所に出るのだと理解する。

 思わず胸をなで下ろし壁伝いで歩いていたカナタの歩を早める。

 

 光がある。

 

 見える。

 

 見えてしまう。

 

 出たのはポッカリと円上に広がる広間のような場所。

 天井も大きく広がり、その天井から広場よりかは小さい円上の穴が光を照らしている様だ。

 

 6畳半ば、一般のリビング程度の広さ。

 

 そんな事は、カナタの見えていない情報。

 

 目を見開くカナタの目に映るのは中央に存在する物体にだけ。

 道標のように血痕はそこで止まる。

 暗がりが続いていれば見えなかっただろうに。

 茶色いダッフルコートはべっとりと赤に染まっていた。

 動きを見せることも無くうつ伏せで倒れたそれは、最早物体と言っても間違いではないのかもしれない。

 

 足側がカナタの方を向いていた『それ』は顔は見えなくとも、そのピクリとも動かない様子が解らせる。

 血だらけの部屋だけなら、まだ疑えた、疑う事が出来た。

 数歩たたらを踏むように後ろへと下がるカナタはそのまま尻餅をついてしまう。

 

 唇が震える。

 

 数度左右に降る首は目の前の現状を否定したくて。

 

 

「ファラン、ちゃん…! 嘘、嘘、嘘……!!!」

 

 何故。何故自分ばかりがこんな目に合わなければ。

 親しくしていたおばちゃんが死んで、信頼されたと思っていた人達から殺意を向けられ、死体まで見せつけられて。

 

 大切な子が、今、2度死んだ。

 

 体の力が抜けていくのが解る。

 彼女の瞳からゆっくりと光が消える。

 だらんと、無様に座ったままカナタは動かない。動けない。

 

 

 私が何をしたと言うの。

 

 

 こんな、こんな、こんな。

 

 

 こんな世界。

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぎっ…………ぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 思わず顔を上げた。

 漏れた声を聞き逃す筈がない。

 弾かれるように立ち上がるカナタは慌てたまま1度転んでしまう。

 それでも必死に立ち上がり目の前の倒れている存在へと駆け寄る。

 

「ファランちゃん!ファランちゃん!」

 

 抱き寄せる彼女の身体は軽く、頬に触れると酷く冷たい。

 それでも彼女の口元が小さく動いていた。それを見ただけでも、カナタの表情が一気に明るくなる。

 しかしそれも一瞬。

 カナタの人差し指と中指が彼女の手首へと触れる。

 酷く弱い脈。

 青白い顔、呼吸は小刻み。

 

「弱ってる……このままじゃ……!!」

 

 血で赤く染まる服を脱がせようとする所で気づく。

 血は既に乾いていた。それ以上の漏れ出る様子も見られない。

 この量の血を止血出来るとは思えない。考えられるのは、彼女の血では無い、という事。

 

 返り血……?

 

 慌ててカナタはぶんぶんと頭を振る。

 今は、それどころじゃない!

 脱がせようとした手を止めると自身のブレザーを脱ぎ上から被せる。

 それだけで彼女の唇の震えが止まるわけもない。

 

「火を炊かないと!! ああもう! そんな道具あるわけ無い! もっと温かい場所、人を探しに行く? そんな時間は無い!どうする!どうする!」

 

 焦りに焦りが積み重なり自身でも気づかない大きなる独り言。

 グルグルと周っていた頭は、ファランの顔を見て止まる。

 一つだけ思い出す。

 

「……ごめんね」

 乾いた声が溢れる。

 ファランを抱きしめたまま、手を前へと翳す。

 

「約束、守れなくて、ごめんね」

 

 彼女の周りが光る。

 その手を起点に広がるのは青白い光。

 

 この力が、役に立つのなら、助ける事が出来るなら!!

 

 光はゆっくりと集まると、形を作り出していく。

 

 造形は2m強。

 

 ピンと端まで引っ張られたシーツ。

 大きなベッド。

 それは、カナタとファランの部屋にあった物と寸分違わない。

 洞窟に似つかわしくない洋風のベッドがそこに存在していた。

 

「や、やった!」

 

 正直こんなに簡単に出来るとは思っていなかった。この力があれば、この子を助ける事が出来る。

 

「ア、ハハ! こんな簡単に出来るなら天涯付きにすれば良かっ………」

 

 言葉はそこで止まる。

 カナタの鼻から垂れる鮮血がファランの頬へと落ちる。

 

「………た?」

 間抜けな声と共に視線は血が落ちた先に落ちる。

 同時に、突然の脳内への衝撃。

 横からハンマーで殴られたような勢い。ぐわんと揺れる頭に、目の前で星が散る。

 本当に殴られた訳ではない。それ程の衝撃。

 

「う……ぐっぇ……!!!!」

 胃から沸き起こる嗚咽。

 必死でそれに耐えるも揺れる脳は変わらない。意識が持っていかれる。

 薄れゆく意識の中、頭の端を言葉が過ぎる。

 

『フォトンを鍛錬も無しに使うのは自殺行為』

 

 アークスという物が、学校を経てようやくなる事が出来る存在である事は聞いていた。

 

 以前作ったものは小さかった。

 フォトンの制御など出来るはずが無いカナタの身体から、突然に搾り取られたフォトンは彼女の生命を脅かす程だった。

 

 抱き寄せていたファランの身体は力の抜けたカナタの手からずれ落ちていく。

 

「しっかり!!!! しろ!!!!」

 

 ファランの身体を、もう一度力強く抱きしめる。

 意識を保つ為、目を覚まそうと、噛み切った唇から血がこぼれる。

 

「寝ていられるわけない!! 助ける!絶対に助ける!」

 

 ガンガンと揺れる頭を無視してファランの体をベットの上へと何とか移動させる。

 シーツを被せると、数度自分の頬を両手で叩く。

 

「死なせるものか! 死なせるものか!」

 

 もう2度と誰かが死ぬのは嫌だ。




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Act.67 私は絶対






「あ、れ……ここ……」




 


 紫色の瞳が辺りを見渡す。
 同じく左右で結んだ長い桃色の髪が揺れる。
 周りが真っ白な世界。
 手を見つめる。
 いつもの小さな手、震えが止まらない手。
 赤いマフラーも、茶色いダッフルコートも、いつもと変わらない。

 いつもの姿。
 しかし妙なリアルな中だとしても、それが実際にある物で無い事を彼女は知っていた。

 これは夢だ。

 時々、感知能力のせいで、妙な世界に漂う事がある。
 自身でも制御出来ない範囲は無意識に影響を受ける時がある。
 誰かの思いなのか、心なのか、果たして知っている人なのか、知らない人なのか。

 今度は、誰の影響を受けているのだろう。

「ふぁぁぁ~……ふぁぁぁぁ~~……」

 白い世界に声が響く。
 幼い、可愛らしい声。
 声の先、振り向くとそこに声の主が居た。
 蹲る小さな女の子。
 10歳にも満たないだろう幼い少女が泣いていた。

 子供が、泣いてる。

 …………泣いてる。

「ど、ど、どうした、の?」
 取り敢えず声を掛けてみる。
 黒髪の少女は顔を上げる。
 大きな瞳から大粒の涙を流す少女は、ファランを見上げた後も、再び泣き出してしまう。

「わ、わ、わ、どうし、よ」
 思わずオロオロとしてしまうファランは少女の周りをぐるぐると回ってしまう。
 幼い少女とあまり面識を持つような生き方はして来なかった。
 子供に慣れていないファランはどうすれば良いか解らない。

「ええと、ええと、あの、あの」

 あの人ならどうするだろう。
 ファランの脳裏に過ぎるのはずっと側にいてくれたあの人。ずっと語りかけてくれていたあの人。



「ごん゛な゛に゛………がんばっでる゛の゛に゛……ごん゛な゛に゛ーーーーー!!!!」

 あの人ならどうするだろう。

 あの人なら、どうするだろう。

 ファランは少女の前で屈む。
 伸ばす手は一瞬躊躇するも、ゆっくりと少女の頭へと伸びていた。

「頑張っ…………た、ね? 偉い、ね?」

 サラサラの黒髪を撫でる。
 あれ気持ちいい。等と始めて行う行為に適当な事を考えてしまう。
 撫でたがるあの人はいつもこんな気分だったのかな。

 ピタリと、少女の涙が止まる。何故か驚いたように見開く瞳が再びファランを見つめる。

 おお、止まった。流石は、カナタさん。

 あの人なら次にどうするだろう。
 きっと笑いかける。優しく笑う。

「よしよし……だ、大丈夫……私は、絶対に、裏切らない、から」

 その言葉はファランが言われて1番嬉しかった言葉。
 状況と合っているかどうかは怪しい言葉、不釣り合いな言葉かもしれないけれど。
 泣き止んで貰うためにあの人の真似をする。

 見開いていた少女の瞳がぐっと細まる。

「あ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」

 より一層に泣き出す少女にファランは目を丸くしてしまう。

「え、ええ!? お、おかしい、な! な、泣かないで!泣かない、で!」

 優しく頭を撫でながらオロオロとしてしまうファランは気づかない。
 小さな少女がぎゅっとファランのダッフルコートの裾を握っている事に。
 子供の身体でも力強く、縋るように必死に。
 服に皺が残るのも気にせず少女は握り締める。


 もう手放さないと言うように。


 

 

 荒い息を繰り返しながらカナタは手に持つ青光するスチール型の水筒を水面へと移動させる。

 決して大きい訳では無い水筒。それを3つ。

 

 洞窟の近くに水辺があってくれて良かった。

 既に日はかなり傾き始め、暗くなる中には不気味な猛獣の声が響いていた。

 その場から、慌ててカナタは逃げるように移動する。

 

 もう何度目の往復になるのか解らない洞窟の通路を走る。

 

 ベッドへ寝かせてから、もう数時間は経っているかもしれない。

 両腕で抱三つを抱きしめようにしながら暗い洞窟内を走る。

 ファランのいる広い場所へと出ると、そこは、ただの洞窟の広場では無くなっていた。

 

 ファランが眠るベッドの左右には焚き火が2つ。

 ふらふらとしながらもカナタは近くの桶へと2つの水筒の水を移す。

 カナタの手元が再び青く輝く。

 光の集まりと共に現れたのは小さなタオル。

 それを水につけ絞るとファランの頭へと乗せた。

 

 カナタは、何となく自身の力を理解し始めていた。

 

 ベッドの後に最初に作り出そうとしたのは広場を温める為の火だった。

 しかし、光が展開されるだけでそこに炎が生まれる事は無かった。

 同じ様に作り出そうとした水もダメだった。

 

 しかし火を作り出すマッチは生み出すことが出来ていた。

 家の台所にあったウサギのマークのマッチ。

 

 次に落ち葉を作り出そうとするも再び現れない。新聞紙という概念も作れなかった。

 

 色々と試して行く内に、曖昧な物や概念的に広い物がダメなのだと理解し始めていた。

 水や火などの自然的な物、新聞紙と言っても種類がある。

 

『カナタの記憶にある物、造形がハッキリとしている物』

 

『そして両手で持てる物、それ以上だと身体が保たない』

 

 それが現在の知る限りの条件だった。

 

 それだけ別れば充分。

 しかし力を使い過ぎて倒れてしまえば元も子もない。マッチは作り出したけれど、それ以外は必死に動き回り森の中から落ち葉や小枝を集めた。。

 ライターも最初考えたがオイルが無い器だけになるだろうと断念。

 

 ファランの表情は未だに青白いまま。

 

 既に毒見済みの水筒をファランの口元へと傾ける。

 数回喉が動くも、その後は大きな咳き込みと共に吐き出してしまう。

 

「ぁぁ……」と、強張るような嗚咽を零したのと、ぐわん。と再び頭が揺れるのは同時だった。

 

 最早、限界に来ていた。

 

 手足には痺れを感じる。

 使い方が解ったと言っても、連続で使って良い力では無いという事はカナタ自身が一番理解している。

 そして、今日何度も何度も走り回り、おぞましい光景をその目に何度も何度も目に焼き付け。

 彼女の精神力も、体力も、一般のそれを遥かに凌駕し削られていた。

 少しでも気を抜けば、糸の切れた人形のように崩れるだろう。

 

 それ程の苦しい一日。それ程の長く、最悪な一日。

 

 その中で見つけた、たった一つの一縷の光。

 

 

 虚ろになりつつある瞳と、揺れる頭を、無理矢理に唇を噛んで踏みとどまる。

 ファランの手をカナタは必死に握る。

 それは、力づける等という物では無い。

 縋るように握っていた。

 カナタが今出来る事は全てやった。

 

「お願、い……!お願い……!」

 

 切れた唇から血を流しながら、必死に懇願するカナタの脳裏に、ふと、殺意を向けてきたアークス達が浮かんでいた。

 もし、もし助かったとして、ファランが同じ様にする可能性だってある。

 ファランにそんな事をされれば、次こそカナタの心は壊れる。そんな気がしていた。

 

 嫌だ、嫌だ、この子に嫌われるのは嫌だ。

 

 だけど逃げるわけには行かない。

 この子を助けなきゃ、嫌われるのは嫌だけど、この子が死ぬのはもっと、嫌だ……!!

 

 膝をついた状態で、強く握り締める手を祈るように頭をつけていた。

 

 満身創痍。

 

 もう、心も体も、彼女の限界はとうにとうに、超えていた。

 鏡の無いそこで自身の血の気の引いた顔など見えるわけも無い。

 すれすれの意識が繋ぎ止めるのは、ただ少女の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だい、じょ……ぶ」

 

 

 

 

 

 

 はっと顔を上げていた。

 身体を横に向けたファランが、薄らと目を開けていた。

 目に力はない。それでも、その瞳はカナタを見つめていた。

 

「ファランちゃん!!!」

 

 もう片方のファランの手がゆっくりとカナタへと伸びる。

 手は震えていた。

 それでも、その弱弱しい手を伸ばして。

 カナタの頭へと小さな手が置かれる。

 

「よ、く、頑張った……ね、頑張っ、た……ね」

 優しく撫でる手と共に、たどたどしい言葉が続けられる。

 

「わた、し、は……絶対、に……裏切、ら、ない」

 空ろな瞳は、カナタへと向けられていた。

 けれど、その瞳はカナタよりも奥を見つめる。

 彼女に何が見えているかなど、カナタには解るわけがない。

 

 震える手は、優しくカナタの頭を撫でる。

 

 誰かの為に、生きてきた。

 困っている人は見過ごせなくて。

 好意が返ってこない事なんて当たり前だった。

 

 倦怠感を忘れる程に一気に思いが込み上げる、

 

 込み上げる。

 じわりと、目頭が熱くなる。

 声が上ずる。

 じん、と鼻の奥が痺れる。

 

「あ……ああ……ああああ……!!」

 

 

 ボロボロと涙が零れていた。

 

 求めていた分けでは無かった。

 その言葉は、どこかで聴いた事のある言葉だった。

 

「ファラ、ン、ちゃん……ファラン……ちゃん!!!」

 

 ずっと我慢していた物が、塞き止めていた物が、零れる。

 止まらない雫は頬を伝う。

 ぼろぼろぼろぼろぼろぼろと、星の瞬きのような煌びやかな涙は零れ続ける。

 

 暖かい掌が、認めてくれているこの掌が。

 受け止めてくれた言葉が。

 

 人の心を助け続けていた彼女が。

 

 始めて助けられた瞬間だった。

 

「ううう……うううう~~~~!!」

 ぎゅっと握り締める手を抱き抱えるように嗚咽を零す。

 

「泣か、ない、で……良い子……良い……子」

 

 嫌わないでくれる。

 

 この子は、裏切らないと、言ってくれる。

 

 彼女が、一番欲しかった言葉。

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
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挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

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Act.68 いつもどーり

「カナ、タ、さん……カナタ、さん……起き、て」


 ゆさゆさと体を揺すられる。
 相手を気遣うようなゆっくりとした揺らされ方。
 カナタは薄らと目を開ける。
 いつの間に寝ていたのか、ベッドにつっ伏すように眠っていた。

 心配そうに見つめる彼女と目が合う。
 ぼうっとしたのも一瞬。

「ファランちゃん!!!!」
 今迄の思いをぶつけるように全力でファランへと飛びついていた。
 抱きつくカナタに困惑しながら、ファランは何処にやればいいのか解らない手を横でバタバタと動かす。

「ピ!? ピィ!? 」

「良かった!! 良かった!! ファランちゃん! ファランちゃん!」

 もう離さ無いというように、強く強く抱き締める。
 手から溢れた彼女を、今度こそ絶対に。



 

「あ、あの、カナタさん……こ、ここは何処ですか? それにこのベッドも……周りにある物にも変な違和感が……あ、あります」

 

 カナタはベッドに頬杖を着いたまま張り付いたようなニヤニヤ顔をファランへと向けたまま。

 

「………あの、聞いて、ます?」

 

「んー? 聞いてるよー? ンフフフフフフフ……」

 カナタが人懐っこい人である、という事をファランも知っていたが、それにしても。

 様子がおかしい。

 

「ええ、と……状況が読めなく、て?」

 

「ねぇファランちゃんって好きな人いる?」

 

「へ!? 」

遮られた言葉は想定していない言葉。

 思わず顔が赤くなるファランはまたパタパタと両手が舞う。

 

「な、な、な、な、そ、そういう、のは、えっと、あの……」

 

 ゴニョゴニョとしているファランをカナタの優しい瞳が見つめていた。

 

「そっかー変な事聞いちゃったかなーウフフフフ!」

 

 何故かは解らないけれど、妙にテンションが、高い?

 

「そ、そんな、の……カ、カナタさんは、どうなんですか……」

 耳まで真っ赤になっているファランは視線をベッドに向けていた。

 しかしその視線はチラチラとカナタのほうへ何度も動いてしまう。

 バレていないと思っているのかその挙動にカナタはまたクスクスと嬉しそうに笑う。

 

「ファランちゃんかなー」

 

「へぁ!?」

 

「ちょっと何処ぞの惑星の人みたいな声でてるよファランちゃん」

 

「ひやゃゃゃゃゃゃ!!! わ、わた、私おおおお女の子だしあのあのあのあの!!! 嫌じゃなくて寧ろ嬉しくてえとえとえとえと!!!」

 

「冗談だよー! ンフフフフフフ!!」

 

「……じょ、冗談、なのですか」

 

 大きくため息を零してしまう。

 そんなファランの様子にカナタは嬉しそうにニコニコと笑顔のまま。

 嬉しそうなカナタの笑顔は、見ているだけでファランも嬉しい。

 嬉しい。けれど……少し、違和感を感じる。

 

「きょ、今日のカナタさん……へ、変です……」

 

「んーなんていうのかなー今ねぇ……こう……ほら猫って愛らし過ぎて食べちゃいたくなるじゃん?」

 

「よくわからないです……」

 

 呆れた表情のファランに、カナタは思わず情けない笑みを浮かべていた。

 

「嬉しかったんだぁ……あんな風に言葉にしてもらえるの初めてで……聞いた事ある気がしたけどけねぇ~……」

 へへへ、と笑うカナタにファランはまたも首をかしげてしまう。

 何かをうんうんと考えていたファランは、ハッと顔を上げた。

 

「……………………ゆーかい」

 

「……ん?」

 

「ゆ、誘拐!! 誘拐! で、ですね!?」

 

「は?」

 

「が、合点が行きました!! 人目の付かなそうな洞窟に、ふ、不釣り合いなベッド! 用意されたよ、ような準備!!」

 

「ちょちょちょちょっと! 落ち着いてファランちゃん!」

 

「ピィィィィィィ!! 食べないで! 食べないで!」

 

「誤解の招くような言い方止めてくれる!?」

 

「…………違うんですか?」

 

「食事の礼節はまず服を脱ぎます」

 

「ピィィィィィ!!!!」

 

「じょじょじょ冗談だってば! じょーーだん!」

 

 

 

  ■

 

 

 

 暫くシーツに蹲っていたファランを引っ張り出すのに10数分後。

 ようやく状況の説明を始めていた。

 

 

「そう、ですか……能力を……」

 

「うん、約束、守れなくてごめんね」

 

「い、いいん、です……私は、助けて貰えました……ただ、練習も無しに、む、無理に使えば、反動が返ってきちゃいます、から……」

 

「それと」とファランは付け加える。

 

「その、渦はダーカー兵器、ファンジと、言われてる、もの、です……ダーカーの巣窟へ無理矢理に転移させるのですが……良く、無事でしたね……」

 

 ファランの言葉にカナタは首を傾げる。

 

「う、うーん……? えーっと……あの時の事あんまり覚えてないんだよね……なんとなーく覚えてるんだけど……最後に何故かルーファさんが居たんだけど……うん? あれ? 私なんでそんな明らかに危なそうな所に入ったの?」

 

「き、聞いてるのは私なのですが……」

 首を何度も傾げているカナタにファランは不安そうな瞳を向ける。

 取り合えずカナタと同じように首を傾げてみるも特に何か思いつくわけも無い。

 

「んーまぁ私はそんな感じだよ」

 無意識なのか、意識的なのか、石を投げられた事は話していない。

 話を変えるようにカナタは首を傾げながら再び口を開く。

 

「それで、ファランちゃんは何故ここに? その血だらけの姿もだけど」

 

 真似をしていたファランは、カナタの言葉に、視線を外す。

 

「…………私も、ファンジに飲まれて、その後の事は覚えていま、せん……」

 

 明らかに避けるような話し方。

 血だらけの姿に関して、あの部屋の凄惨な状態に関して言うつもりは無いのだろう。

 そんなはっきりとしたラインを引かれた気がした。

 

「…………」

 無言が続く中、ファランのおどおどとした視線は右往左往していた。

 隠し事をしているのが丸わかりの動作にカナタは優しく微笑んでしまう。

 

「そっか、うん、解った! じゃあまずはそのコート洗っちゃおうか?」

 

「え、あの……」

 

「言いたくなったら言ってくれれば良いんだよ。大丈夫、私は信じてるから」

 

「………はい」

 優しい優しい、いつもの彼女。

 それが、またファランの心にチクリと罪悪感を残す。

 

「さてさてさてさて!! ンフフフ!! 脱ぎ脱ぎしましょうねぇぇぇ」

 

 先程の罪悪感が吹っ飛んだ所でファランは慌てて自身を守るように手を交差していた。

 

「じ、自分で脱げますから!!」

 

「まぁまぁファランちゃんはまだ安静にしてていいんだよぉぉ!!」

 

 ワキワキと動くカナタの手に、ファランの背筋に寒気が走る。

 

「ヒ、ヒィィィィィィ!!!」

 

「えーやんけえーやんけ!! ワシに任しとったらええねんでオヒョヒョ!!」

 

 

 再び10数分後。

 

 

「そ、そんなに、凹まないで、く、下さ、いよ」

 

「いやー良いんっすよ自分……ファランちゃんにマジで『嫌!!』って言われると思わなかっただけなんすよー……あ、自分そこらへんに落ちてる馬糞みたいなもんなんで……うっす着替え頑張ってっす……」

 

「バ、バーフン……? よ、良く解りません、けれど、もう終わりました、から!」

 

「え!? 私まだ覗いて無いよ!?」

 

「え? ご、ごめんな、さい? …………って私悪く、無いですよ、ね!?」

 

「ファランちゃんが突っ込みを!? バカな! 早すぎる!!」

 

「…………カナ、タ、さん」

 

「はいごめんなさいでしたー」




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Act.69 その時が来るまで

 いつも通りの茶色いダッフルコート。

 

 後ろを向いている内に、あの一瞬で一体どうやって着替えたのか、そもそも着替えているわけでは無く汚れを取り除く機能でもあるのだろうか。

 それとも漫画のように同じ服を何枚も持っているパターンだろうか。

 またアークスの謎便利機能だろう程度に考えながら慌ただしげなファランの背中を見つめていた。

 

 手を翳すと同時にファランの周りに幾つもの電子的な画面が現れて居た。

 しかし映る画面は暗くなっていたりバッテンの表示がされていたり。

 その度に新しい画面を展開しているが結果は同じばかり。

 

「通信系は、どれも、だ、ダメ……プ、プログラム系統まで、反応を示さ、ない、なんて……」

 

「電波が届いていない所って事?」

 

「平たく言えば……そ、そういう事、です……外は、森だったと、お聞きして、ます」

 

「うん」

 

 頷くカナタにファランは「ううん……」と唸る様子を見せると展開している画面が消えていく。

 

「私達、の、船から、とても離れてる、みたい、です……よ、弱りました……どうしま、しょう」

 

 不安そうなファランとは裏原に、カナタの表情にそういった色は見えていなかった。

 下を向いて考えているファランと違い、上をぼんやりと見つめるカナタ。

 

 数分後の沈黙。

 

 その沈黙を破ったのは、『くぅ』という妙に可愛いらしい音。

 その音が洞窟内に薄っすら響く。

 

 カナタの視線が上から降りると、音の主の方へと視線を向けていた。

 視線を向けられたファランは大きく目を見開き、耳まで真っ赤にしていた。

 動物なら毛が先立つような様子にカナタは思わず頬が緩む。

 

 そしてまた音が鳴る。

 

「みゅッ!?」

 

 今度はファランのお腹だけで無く口からも妙に高い悲鳴がこぼれていた。

 

「はや、や、えと、あの、こ、これは、ちが、ちがくて」

 

 緊張感の無いそのわたわたとした仕草にカナタはクスリと笑ってしまう。

 

「うん! まずは! 腹ごしらえってね!」

 

「ど、どうや……て? ここには、な、何も、無い、ですよ?」

 

 自慢げにフフン、と鼻を鳴らしてみせるカナタは胸を張る。

 

「最近の現代っ子のサバイバル知識舐めたらダメだよファランちゃん!」

 

「ゲ、ゲンダイッコ?」

 

「私にドーンと任せてよ!!」

 

 

 

 ■

 

 

 

 30分後。

 

「ダメだったーーー!」

 

 森のど真ん中で四つん這いでカナタは最大限にダメだった事を体で示していた。

 顔にはずぅん、という解り易い影が乗る。

 

「う、うう……忘れてた……この世界、私の世界とは違うんだった……」

 

 目の前で天使の羽のような物でふよふよと通過していくシメジに、カナタは横目で溜息を零す。

 サバイバルにおいても広い知識を持っていたと思っていたが知らない物ばかり……似ている物はあるにはある。

 見つけた池には……目が多いメダカや、蛇のようなサイズだが見た目が明らかに竜であったり、仰々しい同じく見た事があるような無いような魚達がウヨウヨ。

 

 これではどれが食べれる物なのか解るわけもない。

 そういえば食堂で調理をしていた時も謎な食品が多かった事を思い出す。

 

「かっこいい所、見せれると思ったんだけどなぁ……」

 

 はぁぁ……とため息を零すカナタの後ろ。落ち葉を踏む音に振り替える。

 桃色の二つ結びが揺れていた。

 

「カ、カナタ、さん」

 

 弱弱しい声にカナタは慌てて振り返る。

 

「ファランちゃん!? 歩いて大丈夫なの?」

 

「わ、私も、何かお手伝い、させてくだ、さい」

 

 おどおどとした様子は未だ少しふらついていた。

 単にお腹が減っている。というだけのふらつきでは無いだろう。

 そんなファランに不安の視線を向けてしまう。

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「はい……わた、しも、役に立ちたい……です」

 そう良いながら弱弱しげに、だが彼女は笑う。

 その思いがカナタは嬉しい。

 無下に出来るわけが、無い。

 

「そ、それで、あの、その目の前の、食べれる物です……」

 

「……詳しいの? 」

 

 ふわふわ浮いているシメジを思わず指さしてしまう。

 

「く、詳しいわけではないのですが、わた、私は『悪い要素』が、解るんです」

 

 リースが言っていた異常な感知能力。

 ユラが言っていた彼女が船に居る理由。

 その能力は、無意識に自身を苦しめる彼女が常に怯えている理由。

 見えすぎる才能。

 

「……苦しくない? 大丈夫?」

「うん……カナタさんの、役に立て、るなら、私、嬉しい」

 

 また笑う。

 自分から見せる笑顔は、珍しい気がする。

 カナタも釣られるように笑う。

 

「一緒に探そう!」

 

「う、ん!」

 

 

 

 ■

 

 

 

 生い茂るジャングルの中、二人で彷徨う。

 気温は熱すぎる様子も無く森林をそよぐ風が涼しいと思う程。

 

 

「ファファファランちゃん‼ なな何あれ‼ おっきい猫! おっきい猫!」

 

「ア、アレはファングパンサーって言う、んです、よ……! お、お、お願いですから……静かにしてくだ、さい……! こ、殺されちゃいます、よ‼」

 

「ありゃりゃゴメンゴメン」

 

 二人だけの森林探索。

 

「カ、カ、カ、カ、ナタさん! あ、あぶ! 危ない!! です、よ!」

 

「大丈夫ー! 私だって木登りくらい出来るんだよー!」

 

「そ、そ、そ、そうじゃなくて、下着が! あの! えと……」

 

「ファランちゃんしかいないんだから大丈夫だよー!」

 

「そういう問題じゃ、な、な、無いです、よ!」

 

 妙にテンションが高いカナタと、それをハラハラとしながらも、何処か楽し気なファラン。

 知らない事、一つ一つに一喜一憂するカナタ。その度にファランはたどたどしいながらも、丁寧にゆっくりと教えて、少し自慢気。

 

 一緒に歩いて、一緒に走って、一緒に考えて、一緒に笑って、一緒に驚いて、一緒に、一緒に……。

 

「も、もう、服の裾こんなに皺だらけ、じゃないですかっ」

 木から降りてきたカナタに駆け寄るファランは慌ててカナタの服に付いた木の枝や、この葉を落とす。

 屈みながら服の裾を伸ばしたり、細かい砂まで払ったりしている少女の頭をカナタは思わず優しく撫でる。

 

「な、な、なんで、すか……?」

 

 何処か気恥ずかしそうに、困ったように見上げるファランにカナタは優しく笑う。

 

「……ううん、何でもないよ」

 

 ファランちゃん。

 少し硬い子で、結構几帳面だなんて事。

 知らなかった。

 

 また一つ、心を開いてくれたような気がした。

 

 これから何があるのか解らない。

 こんな得体の知れない森で、安全があるとは到底思えない。

 それでも、今は楽しいと思える。

 この子と、歩けるのが楽しい。

 

 仲良く二人で。

 日が暮れるまで、木の皮で作った手編みの籠がいっぱいになるまで。

 笑いながら。

 

 何かから逃げるように、何かを忘れるように。

 

 

 ■ 

 

 

 暗い筈の洞窟は二つの焚き火で明るく照らされていた。

 洞窟内を香ばしい匂いが立ち込める。

 

「っじゃーん! 流石わったし! 木の実で作ったスープに新鮮サラダ! 肉を使わないハンバーグ風味に特製デミグラスソース‼」

 

 目の前の湯気が立つ料理。

 しっかりと洗われた葉に乗せられたそれらの数々に、ファランが目を丸くする。

 

「お、お肉も無し、に? こ、こんな事出来る、ですか?」

 

「ムフフフフー‼ 最早精進料理の領域になっちゃったけど、現代日本じゃベジタリアン専用の料理なんてザラにあるからね~!!」

 

「ショージン? 二ホン? ベ、ベジタリアン? な、何を仰ってるか解らない、です、けど……こ、香辛料とか、調味料、とか、は?」

 

「調味料の無い所でこれ程の料理を……なんちてその場で作った! イェイ!」

 親指を見せてくるカナタにファランは頬を引きつらせる。

 

「カ、カナタさんって結構、す、凄い人だった、んですね」

 

「いやいやそんな事はー!! ……あれ私どんな風に見えてた?」

 

 困った表情を浮かべてしまうファランの脳裏に浮かぶのは、だらしない笑顔で子供や自身に引っ付こうとする彼女のイメージ。

 

 作られた小さなちゃぶ台のような机も、彼女が作った物だった。

 本当に器用な彼女。

 銀のスプーンやフォークは、彼女が能力で作り出した物。

 

 恐る恐るながらも、ファランは料理を口へと運ぶ。

 口に入れた瞬間、大きく目を見開く。

 疲労と空腹でふらついていた体が一気に染み渡っていく。

 本当に肉の味。一体どうすればこんな事が出来るんだろう。

 彼女の手で作られた物。

 とても、とても美味しい。

 本当に、凄く美味しい。

 

 ……暖かい。

 

 チラリと視線を上げると、目の前のカナタが満面の笑みで見つめていた。

 思わず視線を落とすファランは、目が泳ぐ。

 

「美味しー?」

 慌ててコクコクと頷くファランにカナタの顔が輝く。

 

「パ、パンとかもあったら、う、嬉しい、な……なんて……な、なんて……」

 

「コーラ! 好き嫌いしちゃダメだよー!」

 

「エ、エヘヘ……」

 

「じゃあ明日はパンね~」

 

「え、ええ!? 作れる、ですか!?」

 

「ジャパニーズ料理スキル~! あっちの世界じゃ手が温かい特殊スキルがアレばどこでも作れるのがジャパ……いやうん何でも無い」

 

「あ、アハハ……きょ、今日は、カナタさんの、世界の、お、話し、良く出ます、ね」

 

 思わず「あ」とカナタの口から乾いた声が漏れる。

 普段そこまで話をする事は無い。

 カナタも、今の自分の様子に気づく。

 

 それは、まるで懐かしむように。

 

「……ゴメン」

 

「いい、んです……そ、それより、もう明日に、そ、備えま、しょう……」

 もう外は既に日が落ちてから大分経っていた。

 残念ながら時間すら妙な表記で解らない状況。

 体感的には深夜なのだろうか、というぐらいにしかカナタには解らない。

 ふとルーファ達の事が脳裏に過るも、カナタはその瞬間を脳内の奥底へと仕舞う。

 

「……うん、そうだね! 明日はもっとこの森の事とか知りたいし、もっと外に出てみない? もしかしたら森から出れるかもしれないし!」

「そ、そう、ですね、あの、木から見た限りでは、な、何も見えなかったんです、か?」

 

「ううん更に大きい木達ばっかりで何も見えなかったかな……」

 

「そう、です、か……で、では、寝ま、す? お疲れ、でしょう?」

 

「んーだねー」

 

「あのあの、わた、私はもう大丈夫です、からカナタさんベッド使って、くだ、さい」

 

 そう言いながらファランは両手でおずおずと差し出すような仕草をして見せる。

 そんなファランの動作に、カナタは突き返すような動作でお返しする。

 

「ダァーメ!ファランちゃんはまだ安静にしなきゃでしょー!」

 

「で、でも、それだと、カナタ、さんが」

 

「私はいいの!」

 

「でも……」

 ファランの視線が落ちる。

 少しの間の後、ファランの視線がちらりと上がる。

 

「じ、じゃぁ……あの、い、一緒に、ね、寝ませんか……?」

 

「……え?」

 口元を隠すファランのモゴモゴとした言い方にカナタは1度聞き直してしまう。

 

「……」

 ファランがその後に言葉を返す様子は無い。

 顔を真っ赤にしながら視線は合わせないようにされるだけ。

 触れられるのが嫌いな子である事を知っていた。

 そんな子から、彼女から、そんな風に提案してくるとは思っていなくて。

 

「大丈夫、なの?」

 

 思わず聞いてしまった言葉に、何も言わずに彼女はこくりと頷く。

 カナタの心にぐっと込み上げる物があった。

 最初に出会った時は怯えさせてしまっていた。

 そんな彼女に近づけた事が嬉しくて。

 

 気恥ずかしそうに先にもぞもぞとベッドへ入っていくファランは上からシーツを被り、隙間からカナタを見つめていた。

 そこまで恥ずかしそうにされてはカナタまで何かむず痒くなってしまう。

 直ぐに視線を外す彼女は、慌てて枕を顔に埋めるようにして表情を見せようとしない。

 そして、再び枕越しにチラリとこちらを伺う始末。

 

 ……カナタの心に悪戯心が浮かんでしまう。

 

「ファーラーンーっちゃん!」

 

 ベッドに飛び込むと、枕ごと彼女をギュッと抱き締める。

 最後の小さな壁を覆うように優しく抱き締める。

 びくりと大きく体を揺らせるファランだったが、抵抗を見せる様子は無い。

 

「あ、あう、あう」

 

「んーっ!この愛い奴め愛い奴めー!」

 

 よく解らない鳴き声の様な物が聞こえるが気にせずにカナタは頬ずりをしている。

 目の前の子が愛おしくて大切で、大切で。

 

 

 

 ■

 

 

 

 たき火の火は小さく灯ったまま。

 洞窟内を薄っすらと照らし、穏やかな暖かさが二人を包む。

 先程までじゃれ合っていた……と言うよりカナタが一方的に抱きしめていただけだが、今は二人して洞窟の天井を見つめていた。

 

「………」

 

「………」

 

 沈黙が流れていた。

 その沈黙は、カナタも嫌いじゃない。

 隣にいる暖かい少女も、きっとそう思ってくれていると信じている。

 

「……ね、ぇ……カナタ、さん」

 

 ポツリと、ファランが零す。

 

「うん……?」

 

「ね、寝付けない……から、お話……して?」

 

 カナタが横を向けると、少女も体を横にして、カナタの方を向いていた。

 暖かいマフラーで口元は隠れたまま、視線はカナタの方を見つめる。

 その瞳はいつもの怯えた震えた瞳。

 それでもカナタを見つめる。

 

「……あの、ね、私、もっと、カナタさん、の……世界の、お話、し、き、聞きたい、な」

 

「……」

 

 少しだけ間を空けてしまう。

 その後、カナタは小さく「うん」と答える。

 

 促されるようにカナタは口を開く。

 ため込んでいた何かを、ゆっくりと吐き出すように。

 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 ファランへとカナタは語る。

 優しい自分の世界を、綺麗で美しい世界を、皆が幸福でいれる世界を。

 思い出しながら。

 

 抑えながら話すカナタだが、微笑んでいるファランには解る。

 嬉しそうに、彼女が話している事が解る。

 

 カナタも、薄っすらとは気づいている。

 

 心の奥底を、カナタの浮かんでいる今の思いを。

 口に出しては行けない何かを察せられているような。

 

 

 ■

 

 

 話す事も無くなる程に、時間は過ぎ去る。

 少しづつ言葉が減っていく。

 もうどれだけの時間が経っているのか。

 

 燻んでいた火は消えていた。

 もう残るのは、洞窟の天井へと吸い込まれる、緩やかな曲線の煙だけ。

 

「カナタ……さん……」

 

 か細い声が零れる。

 

 彼女の手が、カナタの裾を握っている事に気づく。

 控えめながらも、力強く握られている手は震えていた。

 その手をカナタは包む。両手でぎゅっと握る。

 震えの止まらない手を温めるように優しく、包む。

 

「い、行かないで……」

 

 震えた声。

 まるで我が儘な子供のような、駄々を捏ねるような。

 彼女にしては珍しい雰囲気だった。

 その言葉にカナタは優しく撫でていた手を止める。

 

 うん。

 

 瞬間的に出そうになった承諾の言葉を飲み込む。

 あの夜のブレインとの会話が浮かぶ。

 

『まるで信用していないようじゃないか』

 

 ……なんて答えれば良いのだろう。

 躊躇したのは一瞬。

 ファランの耳元で優しく言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫だよ……ファランちゃんは、強い子だから……大丈夫だからね」

 

 胸元で握る手が、また強くなった気がする。

 

「…………うん」

 

「そうだ……ファランちゃん、今度はこっちの世界においで……美味しいパン屋さん周ろうよ」

 

「……うん」

 

「素敵なお洋服屋さんも周ろう?」

 

「……うん」

 

「遊園地も、動物園とかどうかな……もう怯えなくて良いんだよ……いっぱいいっぱい笑いあえる日々が続くから……」

 

「………………う、ん」

 

「それとね……? それと、それと……」

 

 叶うわけの無い都合の良い話。

 まずこの謎の森から出れるかも解らない。

 それでも、優しい問答が続く。

 

 ベッドの中、2人の少女は抱き合うように眠る。

 何かを忘れるように、互いが何かを見ないようにするように。

 刻刻と時が過ぎる。

 

「私、最低だ……ずるい、な……」

 

 片方の少女が零した声は誰に聞こえることも無い。

 寝息を立てるもう1人に聞こえる事は無い。

 

 

 

 

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  ■

 

 

 

 

 

 朝日の光が刺す。

 薄らと開ける瞳は、今も横ですぅすぅと眠るカナタに思わず目を細めてしまう。

 

「カーナタさん……」

 

 思わず名前を呼んでしまう。

 別に用事があるわけではない。

 ただ、呼びたいと思った。

 

 ふと気づく。

 

 カナタにいつのまにか握られていた掌。

 

 手が震えていなかった。

 

 目頭が熱くなる。

 

 握られていた掌を、もう片方の手でカナタの手を覆う。

 

 抱きしめるように覆う。

 

 暖かい。暖かい。暖かい……。

 

 もう少しだけ、その時間の終わりが来るまで、いつか別れが来るまで。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 一帯に広がる砂漠の中、そこに存在する森は異様で不釣り合いな世界。

 

 その世界を見下ろす二人の視線。四つの瞳。

 紫色のその瞳は、楽しそうに目を細め、不気味な口角を上げる二人。

 

 2人は目を合わせる。

 

「いい感じ?」

 

「いい感じ!」

 

 クスクスと笑う楽しそうな子供は再び視線を森林へと落とす。

 

「もっともっと!」

 

「もっともぉっと!」

 

「「遊ぼう遊ぼう!」」



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Act.70.聞こえる。聞こえている。その音すら、遠のく。

 優しく彼女の掌を解く。
 余程疲れていたのか彼女は起きない。
 無理もない、まともにフォトンを使ったのは昨日が始めて。
 ファランはベッドから降りると、手を数度開け閉めしてみせる。

 震えが止まったのはあの時だけ、今も小刻みに震えは続く。
 その掌を無理矢理に握りしめる。
 大丈夫、動ける。

 今度は私が、役に立つ番。

 せめて食事の素材ぐらいなら、集められる。

 洞窟の広場へと歩を進めようとした足を上げると。


 その足は歩を進めずに元の位置へ戻る。


 小さく震えていたファランの掌が、更に大きく震える。
 じっとりと汗が浮かぶ。
 無意識に唇が、歯が震える。

 彼女の体が知らせる。

 危険を、脅威を、無意識に体へと流れ込む。

 洞窟の先。

 闇の中に何かが居る。

 アレは何だ?

 何だ?

 違う。 誰だ? 人? 動物? ダーカー? 物体? 物質?

 アレは、何?

 二つの不気味な瞳が洞窟の暗がりで光る。
 鮮血の光。

「あ……うっ……あ……」


 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中に不気味に光るのは二つの瞳。

 赤い光。

 目に突き刺さるような強調の強い赤。

 しかし、綺麗の印象とは違う何か別の物が混じってしまったような警戒させるような色。

 

 ファランは動けない。

 

 蛇に睨まれたカエルのように動けない。

 

 ゆらりと、二つの光が揺れる。

 暗がりの何かが動いたようだ。

 

 その揺れと共に、ファランの肌に一気に鳥肌が立つ。

 空気が変わった。

 何が変わったのかわかってはいない。周りは冷たい空洞である事は変わらない。

 しかし確実に変わっていた。

 

 緊張感が走る中、ふっ、と二つの瞳が闇の中へと消える。

 

 不気味な存在が消えた事に、ファランは、ほっと胸をなでおろす。

 

 

 瞬間、笛の音が聞こえた。

 

 

 甲高い音にファランは思わずビクリと肩を揺らし後ろへと視線を向ける。

 そこに誰かがいる様子は無い。

 

 また笛の音が響く。

 

「ヒっ!!」

 

 悲鳴の声を上げながらファランは慌てて辺りを見渡す。

 

 その笛の音は知っている。

 誰よりも知っている。

 何で今その音が、頭の中から聞こえるのか解らない。

 

 音は止まらない。響く笛の音は大きくなっていく。

 

「あ、あ、あ! あ、あ、あ、あ!!」

 

 頭を抑えても止まらない。

 頭を掻きむしっても止まらない。

 笛の音が止まらない。

 

「ああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 ファランの悲鳴が響き渡る。

 彼女の目に映るのは、居るはずはない、今は亡き友人達の姿。

 見たくもない。昔の自分。

 

 

 

 

 ■

 

 

 獣のような悲鳴にカナタは飛び跳ねるように起き上がる。

 慌てて見渡した視線は直ぐに悲鳴の主へと視線が行きつく。

 外へと出る入口で空を仰ぐように悲鳴を上げるファランが居た。

 髪を掻き乱し、何度も何度も頭を振るう彼女へとカナタは靴も履かずにベッドから降りると走り出す。

 ファランを覆うように抱きしめる。

 

「ファランちゃんどうしたの!? 落ち着いて! どうしたの!!」

 

「あああああああああああ! 止めて! 止めて! 触るな触るな触るな触るなァァァァァ!!!!」 

 抱き寄せたファランは腕の中で暴れまわり、カナタの腕にファランの爪が食い込む。

 思わずファランを離してしまうカナタは数歩後ろへとたたらを踏んでしまう。

 腕から垂れて落ちる血に、カナタは一瞬呆然としてしまう。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! け゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」

 

 最早人の声では無い。

 引き絞られるような叫び声。数度の嗚咽を何度も繰り返しながら何度も続けられる響き渡る声。

 ハッと我に返るカナタは慌てて少女をもう一度抱きしめようとする。

 しかし暴れまわる彼女に力負けするように尻もちをついてしまう。

 それは、いつもの弱弱しい彼女の力では無い。

 

 再び呆然としてしまうも、カナタは直ぐに立ち上がる。

 

「待ってて!! 待っててね! 水を汲んで来るから!!」

 

 直ぐ立ち上がり、水筒を一つ引っ掴み転けそうになりながらもカナタはファランを他所に走り出す。

 暗い洞窟の道を必死に走る。

 今も聞こえる彼女の悲鳴。

 怯えてしまう彼女が悲痛の叫び声を上げる事は幾度か目にしていた。

 しかし、今迄の姿とは比べ物にならない姿はだった。

 怯えている何て物では無い。

 カナタが見えていない。何も見えてない。別の何かに吸い寄せられるように彼女にしか見えない何かを見ていた。

 

 悔しいがカナタも解っている。

 非力な自分で、今のファランは止められない。

 あの姿は異常だ。自身が止められる範疇を超えてしまった。

 誰かを、誰かを探さないと、止めてくれる誰かを。

 居る確率など限りなく0に近いのも解っている。

 それでも、今出来る最善はそれだと思った。

 

 水を汲んで来るなんていう適当な配慮など今の彼女には理解できているわけが無いだろう。

 それでもこれ以上傷つけたくないと、優しいカナタが出た言葉。

 

 獣のような叫び声は洞窟の通路を走るカナタの耳に今も届く程の声量。

 その声がまたカナタの背中を強く押す。

 急ぐ思いを乗せて、光指す外へと足を踏み出していた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 間の抜けた声が思わず零れた。

 

 最初に目に映ったのは森林に生い茂る緑、の筈だった。

 

 黒。

 

 緑を隠すほどの黒。

 一体一体の黒から放たれる不気味な赤い目玉はギョロギョロと動き回る。

 空すらも羽音を木霊せながら黒が埋める。

 

 辺りを埋め尽くすは、大小問わずひしめき合うダーカー。

 

 動き回っていた目玉が、呆然と立ち尽くし洞窟から現れたカナタへと視点が集まる。

 ぞくりと背筋に走る寒気に合わせるようにカナタは慌てて踵を返す。

 

 それがスタートだと言うように、ダーカー達は不気味な爪音を響かせながら動き始める。

 後ろを見なくとも後ろからの異形が迫ってくるのがカナタは解る。

 

「な、なんで! なんで!? き、昨日はいなかったのに!! 何で突然!!!」

 

 このタイミングで、図ったように現れる化物達。

 洞窟に響く化物達の鉤爪が追われてる事を嫌でも理解させる。

 止まらない寒気に悲鳴を上げながらカナタは必死に足を動かす。

 

 そして、鉤爪に負けない、もう一つの彼女の悲鳴。

 その声が、カナタの蒼白だった表情に色をつける。

 

 

 このままでは。

 化物達をあの子の所に連れて来てしまう。

 

 

 走りながら考える頭は無意識に独り言をこぼさせる。

 

「道は直線上、今私がこのまま間は知り続ければ着くのに5分も掛からない……」

 

 一瞬だけ見せる人としての躊躇の表情。

 そして次に見せるは意を決して見せる力強い瞳。

 

 急ブレーキと共にカナタは振り返る。

 

 縦四メートル程しかない洞窟を押し合いながらひしめき合い蠢く化物達を視線が捉える。

 その気持ち悪い虫型の化物達に、生理的な寒気がカナタを襲う。

 慌てて数度首を振るカナタは仁王立ちで化物達を見据える。

 

 化物達との距離は10メートル。

 

 

 青白い光の粒子がカナタの周りを舞う。

 

 7メートル。

 

 

 両手で祈るように目を瞑るカナタに合わせるように光は更に広がる。

 

「大丈夫、出来る……出来る……」

 

 5メートル。

 

 化物達は既に目と鼻の先。

 

 3メートル。

 

 カナタの瞳が大きく開く、翳す両手に合わせるよう、光は瞬間的に、収縮するように集まる。

 

 光が集まり、その光が拡散して消える瞬間。

 彼女とダーカーを遮るように現れる巨大なコンクリートの壁。

 精密に天井ぴったりの寸分、分厚さも充分。

 それは精密機械で作ったかのような製鋼さで凸凹も見当たらない。

 

 突然、一瞬で、人工物が目の前に。

 

「で、出来た……サイズまで緻密に計算、すれば、概念的な物でも、か、可能!!」

 

 壁の先から引っ掻くような音、何度も体をぶつけるような音。

 その音がへたりこむカナタを焦らせる。

 

「は、早く、ここから離れないと、あの子の所に」

 立ち上がり振り返ると同時によろめく足元。

 そのまま壁にもたれるようにズルズルと再び尻餅を付いてしまう。

 思わず漏れる咳に無意識に手が口元を隠す。

 べチャリと手に残る生暖かい感触。

 

「……え?」

 

 次にぼたぼたと溢れる鼻血が自身の服を染める。

 始めて、最初に作ったベッド以上のサイズ。

 慣れもしないフォトン能力を、一気に蛇口を捻った彼女の体は負担に付いていけない。

 呆然としながらも再び立ち上がるも、同じように壁にもたれた身体がズルズルと崩れていく。

 

「ま、待って。行かなきゃ、あの子の、元、に」

 

 今も響き続ける悲鳴に応えるようにカナタは壁に手を付きながら立ち上がろうともがく。

 力が入らない手足は言う事を聞かずに立ち上がらない。

 

 ぐわん、と頭が揺れる。

 息を無理矢理に吐き切った後にような眩暈が続く。

 

「こ、怖いもんね……大丈夫だから、ね、私が行くから、私が助けるから……」

 遠のこうとする意識は、一点の強い心が無理矢理に繋ぎ止める。

 

「待ってて、待ってて、大丈夫、私を、助けてくれたあの子を、絶対に、わた、しが」

 洞窟の地面が冷たいという感覚すら薄れていく。

 

「ファ、ラ」

 強い思いをあざ笑うように、力が抜けていく。

 咳き込むと同時に零れる血も、鼻血も止まらない。

 

 前からの悲鳴と、後ろからの壊すような音が聞こえる。

 

 聞こえる。

 

 聞こえている。

 

 その音すら、遠のく。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 



曲  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843


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Act.71 四年前

 

 それは、まだ彼女がそんな姿になる前の事。

 ストレートの桃色の髪。

 アイロンを掛けたようにシワ一つ無い制服を身に纏い、首から下げられたのは大きめの白い笛。

 腕に付けられた腕章は豪華な金色の刺繍がされていた。

 

 4年前。12歳。

 

 吊り上がった瞳は不機嫌そうに見上げる。

 紫の瞳は、大柄な男二人を睨みつける。

 

「なんだテメー……ガキィ」

 

 ドスの効いた声に少女は怯む様子など見せない。

 腕組みをしたままだった少女、過去のファランは手を解くと、首から下げた笛を握る。

 

 二度、笛の音が響く。

 

「減点1、言葉遣い。減点2、身なりの汚さ」

 

 冷たい声は吐き捨てるように二人の男に向けられる。

 

「私の未来の仲間達に危害を加えたゴミクズというのは貴方達でしょう? お噂通りのようですね。見ているだけで吐き気を催します。気持ち悪い」

 ファランの台詞に、男どもの額に青筋が浮かぶ。

 

「あぁ!? なんだテメェ糞ガキ! ぶち殺すぞ!!」

 

 うんざりとした表情を見せるファランは下げずんだ瞳を男達へと向ける。

 

「あぁ……全く酷く汚らしい台詞ですね、風紀に反します。未来に必要も無い害悪に他なりません。デカイのは態度だけですか? それとも私のような糞ガキに好き勝手言われて黙っていられる程には殊勝でしょうか?」

 

 ファランが言葉を言い終わるか言い終わらないか、二人の男が限界を超えていた。

 その大きな体を全力で振り被り、その拳を体格事一層小さな少女のファランへと振り被られていた。

 長い髪を弄るファランは視線すら向けずにため息を零す。

 拳が近づく最中、少女に焦りは無い。

 

「そんな汚い見た目でよく恥ずかしげも無く生きていれますね……嫌いです本当」

 

 虫を見るような視線が、ゆっくりと見上げる。

 

「嫌いです」

 

 

 ■

 

 

「凄い! 流石ファランさんですよ!」

 規律的に、一寸のリズムを崩す事も無くファランが歩を進める。

 そんな小さな彼女の周りを囲うように数名の男女。

 

「お陰であいつらも暫くは大人しくしてくれますよ!」

 

明らかにファランよりも年上の制服男女が、敬語で少女に話しかけている違和感のある空間。

その違和感を満足そうに彼等へと視線を向けるファラン。

 

「ええ、貴方が言うように大変下劣な言葉を使うアークスでした。十分な粛清もしています。全く本当にアークス学校を卒業したとは思えません」

 

 気取ら無いようにしているのか、それでもファランの口元は生意気な微笑を浮かべる。

 

「本当にファランさんがいれば何も怖く無いですよ! アークスまで簡単に倒してしまう何て!! 流石は特例政アークス学校の生徒! しかも飛び級の天才!!」

 

 一人の高らかな声に乗り上げるように別の人間がまた声を上げる。

 

「ただの一般アークス学校の生徒の私達に指導までして頂いて本当に光栄です!! 仲間に入れて頂いて私達は本当に幸せよ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らすファランは歩を止める。

 

「当たり前です。貴方達は未来の私の部下になるんですから、それよりも貴方」

 ファランを煽てる一人の方を向くと笛が鳴らされる。

 

「服の裾が皺になってるんじゃないですか。減点1です。私の傍にいたいのであればそれぐらいどうにか出来ないのですか?」

 冷たい紫色の瞳に、そのファランの瞳に乗るように残りの者達も1人へと視線を浴びせる。

 

「おい正気かお前? よくそんなだらしない姿でいられるな」

 

「信じられない……」

 まるで聞こえるように他の者達がボソボソと言葉を交わす。

 それをファランは止める様子は見せない。唯、うろたえる女性を冷たい目が見つめる。

 慌てて服の裾を直すように引っ張る女性は消え入るような声を零した。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 そんな女性にファランはため息を零す。

 ツカツカと女性に近づき、しゃがみ込むとスカートの裾へと手を翳していた。

 青白い光が広がると共に彼女が皺の上で手をスライドさせると、皺が消え去っていた。

 

「フォトンの軽い熱で行った簡単な処置です。折角女性なんですから、綺麗に清潔でいる事は当然の義務です」

 

「あ、ありがとうございます!」

 スっと立ち上がるファランの背中にまた賞賛の声が挙げられる。

 それはファランが当たり前に浴びる賞賛の声。幼少期から言われ続けた天才の声。

 

 突然、そんな彼女を呼ぶ声が遠くからも聞こえた。

 

「おーーーーい!ふぁーらぁーーん!」

 

 振り向かなくてもファランは解る。

 自分よりも年上なのにしっかりしていない人間が嫌いだ。

 規律を守らない人間が嫌いだ。

 汚らしい人間が嫌いだ。

 

 ジョーカーが嫌いだ。

 

 そんな全てを兼ね揃えた男の声。

 ファランの周りにいた男女達も表情を青くする。

 

「そ、それでは、私達はこれで」

 

 そういいながらそそくさと散り散りになる彼等をファランは止めない。

 この男が近づくのを嬉々として喜ぶものはいないだろう。

 

 振り向いた先に、180半ばの男。

 金色の髪に顔に入れたジョーカーの証(イレズミ)。ニヤニヤとした人を小馬鹿にするような様子。

 

「なんですか」

 

「んーだよ。お前さー本当つれねーなー昔そんなんだったか?」

 

「当たり前ですジョーカーの癖に話し掛けないで下さい気持ち悪い」

 

「うっわーこのガキ本当まじでいつか剥いてやるからな」

 

「汚らわしい言葉を使わないで下さい!」

 

 ピシャリと言ったファランの言葉にレオンは「へーへーすいませんでしたー」と悪びれる様子は無い。

 

「ご要件は?」

 

「あーあれあれ、お前最近よぉ意味も無くアークスのしてるってマジ?」

 

ファランは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「意味が無いわけないでしょう。アレは粛清です」

 

「粛清?」

 目を細めるレオンに対し、ファランはその見た目らしい子供らしく胸を張る。

 

「ええ、昨今のアークス達には秩序が行き届いていない様子を見せます。そういったアークスに考えを改めて貰っているのです」

 

「……ああ? そんな事が理由か? まだ学生のお前がか?」

 

「それは天才であり、若いからこそ出来る私だけの特権です」

 

「……特権ねぇ」

 呆れたように視線を外すレオンに、ファランの冷たい視線が向けられる。

 

「それは……貴方も入っているのですよジョーカー……何れこの私が全員粛清します」

 

 ファランの殺意ある視線にレオンは動じる様子は見せない。

 

「ファランよぉ。いっくらテメーが強くてもそりゃ無理な事くらい解ってんだろ?」

 最強(スペシャル)のジョーカー。

 一人大隊(アルバトロス)。

 その異常性をファランも理解していた。

 理解している上で、ファランは自信を持って言っていた。

天才の自分であれば、必ず殺せる。

 しかし、それはまだその時では無いだけ。

 彼女は本気でそう考えていた。

 

「その程度の用事なら私はもう行きます、というかジョーカーのくせに一々話しかけないで下さい」

 

「あ! 何だその言い方テメー! ばい菌扱いするんじゃねーよ!」

 

「同じような物でしょう! 近づかないで下さい!!」

 

「あー待てコラ、それとだな! てめー師匠が渡したマフラー使えよー! 口に出してねーけどぜってー寂しがってんぞ!」

 

「……先生には感謝していますがジョーカーが渡した物なんて使えるわけないでしょう」

 

 ふん! と鼻を鳴らすファランはレオンに背中を向ける。

 歩き出そうとする瞬間、背筋に、強い寒気が走る。

 慌てて振り向いた視線の先にレオンはいない。その更なる下、しゃがみ込むレオンの頭部が見えていた。

 

 瞬時に体毎振り向いたファランの小さな身体がめいいっぱい開いた瞬間、歳不はった発達した胸の横に、人差し指が、むにりと食いこんでいた。

 その形のまま固まるファラン。

 

「おっひょひょ! いやぁ俺の目に狂いは無かったなオイー! いい感じに成長しやがってー! げっへっへー!」

 飲み込まれるようにファランの胸に食いこんだ人差し指を見ながらケラケラとレオンは笑い声を挙げる。

 慌てて後ろへと下がるファランは胸元を隠すように自身を抱きしめていた。

 

「こ、こ、こ、この!! ジョ、ジョーカーの分際で!!!」

 真っ赤に染まって行くファランの表情にレオンはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そっちの顔のが充分可愛いぜー? ファーラーン」

 レオンの言葉など既にファランの耳には届いていない。

 乱雑に首から下げる笛が何度も鳴らされる。

 

「汚らわしい! 汚らわしい! 汚らわしい! ハレンチ! 変態!! 粛清!! 粛清!! 粛清!! 殺してやる!!」

 涙目のまま向けられた殺意の視線に、レオンが怯む様子は見せない。

 

「ガハハ! 天才つっても所詮は子供だなおい」

 

 また、場面が変わる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 青い芝生が風に吹かれ緩やかに揺れる。

 穏やかな日が刺す静かな公園。

 そんな中、ベンチに腰掛けすぅすぅと寝息を立てるあどけない幼さが残る女性。

 緩やかに舞う黒髪と、白いリボンが風でたゆたう。

 その一角だけ世界が違うような、そんな錯覚を覚える程に綺麗な女性。

 ふと、その瞳がパチリと開く。

 気持ちの良い昼寝を邪魔された女性は、その半目を訴えるようにその人物へと向けていた。

 

「………何」

 短い疑問に、すぐに言葉が返ってくる。

 

「こんな所に居たのですか? ジョーカーは緊急出動の任務が出ているでしょう?」

 ぴしりとしたファランの言葉に彼女、ルーファは欠伸をしながらひらひらと手を振る。

 

「んんー……べっつに私の手を借りなくても他のジョーカーがいれば十分でしょー」

 

 気の抜けた言い方に、ファランは苛立ったように頬を引くつかせる。

 

「そんな勝手に……!! ジョーカーは強制出動が定められているでしょう!! ジョーカーとして制度に従うのが貴方達の義務でしょう!! だから貴方達は嫌いなんですよ『最悪(エンド)』!!」

 悪意のある言い方にファランの表情が変わる様子は無い。

 

「……貴方だって、この時間は学校でしょうユートーセー様がサボりですかー」

 

「今日は休みです。貴方の言う通り優等生の私がサボり等というジョーカーみたいな事するわけないでしょう。学校を辞めた貴方は日付も解らない程に、お暇な用ですが?」

 

 皮肉を込めたファランの言葉に、ルーファが大きく反応を見せる様子は無い。

 ぼうっと空を見上げる。

 心ここにあらず、という具合のルーファにファランは不敵な笑みから苛立ったような表情へ。

 

「学校を辞めてから毎日毎日毎日毎日庭でぼーっとして! これだからジョーカーは!!」

 

「ジョーカーは関係無いと思いますけどー」

 気の抜けた言葉の後に、再び小さな間が開く。

 二人の少女の間を風が吹く。

 揺らぐ風の中、先に口を開いたのはルーファだった。

 

「……エメットは元気ですか」

 

「ええー元気も元気!! 私の言う事ぜんっぜん聞きませんし! 毎日ギャーギャー騒がしいにも程がありますよ!」

 

「そーですか」

 

 ルーファは目線を合わせない。

 ぼうっと空を見る。

 

「……貴方、気になるなら覗きにくれば良いでしょう? 自主退学したのですから後ろめたさは無いでしょう。ルーファ、いけ好かない『最悪(エンド)』ですが、エメットさんを黙らせてくれるならこの私が許可をしてあげましょう」

 

「……元気そうならいーんですよ」

 【あの事件】から、ルーファという化け物は時折上の空でココに居る。

 その赤い瞳は何かを思い出すように見つめている。見上げる空の奥底、雲を見透かし何かを見つめる。

 楽しかった学生生活を思い出しているのか、【あの事件】を思い出しているのか。

 ファランには解るわけも無い。

 

「……あんな小さな事件、クラスメートがケガをした位で大袈裟なんですよ」

 薄い反応しか見せないルーファにファランは少し不貞腐れるように頬を膨らませる。

 

「そう、その通り。ケガをしたのは一人だけ、小さな小さなあの事件。退院ももうすぐ……エメットと二人で、あの子をクラスで出迎えるのは宜しくお願いしますよ……臆病ですから、あの子は……」

 

「あら聞こえていたんですか? ふん、私はそんなジョーカーの戯言を聞きに態々ココに足を運んだわけではありません」

 

 そこでようやく、ルーファが視線を向けた。

 面倒臭そうな赤い半目の瞳。

 溜息と共にルーファは口を開く。

 

「じゃー何の様なんですか……そういえば昨日レオンの馬鹿に喧嘩売ったんですって? 何やってんですかアナタ」

 

 ようやく振り向いた事に思わずニヤついたファランだが、付けたされた台詞に表情は直ぐに変わる。昨日の事を思い出し思わず解り易い青筋が浮かぶ。

 

「一般アークスの分際で良くやりますねぇ……」

 

 ルーファのその言い方は結果など聞かなくても解っているというような言い方。

 実質、ルーファの想像通りであるが、思い出してしまった昨日の事を、ブンブンと頭を振って忘れようとする。

 

「……六房均衡が止めに来なければ……わ、私が勝っていました」

 

 明らかな強がった言い方に、ルーファは何かを言うつもりは無い。

 すぐに話を切り替える。

 

「貴方、他にも面白い事してるらしーですねーファラン」

 横目で向けられる感情を込めない赤い瞳。

 それを見据えるファランはニヤリと笑う。

 

「ええ、改革です。私が軸に友だ……仲間を増やしています」

 

「仲間ねぇ……」

興味無さそうにルーファは言葉を紡ぐ。

そんなルーファを無視してファランは話を進める。

 

「アナタが我が特例政アークス志願学校を退学する事になったあの小さな事件。あれから僅かに見えたオラクルの裏。私は今のオラクルに違和感を感じています。しかもその違和感は日に日に強くなっている」

 

「それで? 特例学校の人間が、普通のアークス候補生を我が物顔で連れ回し、好き勝手に指導しているのとどういう関係が?」

 

「言ったでしょう改革です。特例学校の連中等、未来のオラクルには本来必要性の無い者達でしょう。本当のアークス達こそ教育に値します。この、天才の私が指導し、そして直属を作り府抜けとオラクルのガンを根絶やしにします。」

 

「……っは」

 思わず、という具合にルーファは鼻で笑う。

 

「大層な野望じゃないですか。どこぞの白いちっちゃいのの真似事ですか? 六房均衡にでも言えば敬虔(けいけん)だと頭を撫でてくれるのでは?」

 

「ふん……あの人達も怪しいから別で仲間を増やしているんでしょう」

 

「確証的な言い方をするのね」

 ルーファの、だらけていた声色が変わる。

 間の抜けた敬語から、突然の切り替わり。

 危うい鋭さに対してもファランは下がる様子も見せずに子供らしくない馬鹿にした笑みを浮かべる。

 

「さぁ? そう感じるだけですし、私は私が住みやすい世界を作るのです。規律と正義に彩られた世界を、新たなアークスの方向性を」

 

「お子様の戯言ですねぇ、誰がそんな事を望んでいるので?」

 

「そんなの皆に決まっているでしょう? 上の者が言わなくても、この『私がそう思っているのですから』そうに決まっています」

 

「……」

 

 自信満々に胸を張る彼女に、ルーファがそれ以上を聞く様子を見せない。

 何処で何に触発されたのか。そのキラキラと輝く目の光は歪んでいた。

 【例の事件】からルーファが特例学校を自主的に辞めてから数週間。

 その間に何があったのか等知らない。

 

 子供で高飛車でプライドが高い天才飛び級候補生

 

 小さな溜息と共に呆れた視線を向ける。

 

「……そんな貴女様が、何故その話を私に?」

 

「仲間になってください。今現在の大きなガン……問題はジョーカー、ゴミクズの粛清です。」

 

「私もジョーカーですけれど」

 

「【あの事件】、少なからず貴方がオラクルへと剣を向けた事を私は知っています。貴方は、まだ、『そちら側』じゃないでしょう。学友の好です、ジョーカーであろうと貴方だけは取り繕いましょう」

 

 呆れたように再び息を吐くルーファはゆっくりと立ち上がる。

 

「未来の為に戦いましょうルーファ」

 小さな少女はルーファへと手を伸ばす。

 

「若い私達だからこそ出来る新たな未来による改か……く?」

 ファランの手は握られない。

 呆然とする少女に目も繰れず、ルーファは背中を向けていた。

 ファランが口を開く前に、既に歩を進めていた。

 ひらひらと手を振りながらルーファが離れていく。

 

「他を当たって下さい。私には私の守る物があるんで、貴方は貴方で好きにすればよろしいでしょう?」

 

 その後ろ姿を、ファランは睨む。

 憎々しげに向ける瞳を、ルーファは気に掛ける様子も見せずに離れていく。

 背中が消えた後も、ファランは憎々しげに睨み続けていた。

 

「……こ、後悔しますよ」

 苦し紛れに零した声は、もう居ない彼女には聞こえない。



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Act.72 一人ぼっちじゃないよ。


 賢くなれば、人に好かれると思っていた。

 おかしいな、間違えたのかな。

 そうだ、クラスで委員長なんてしてみよう一番地位のある場所へ行けば皆見てくれる。

 何で? 規律を守る事が良い子なんでしょう? 大人は褒めてくれたよ? 何で煙たがるの?

 また、間違えたの?

 何であの人の周りには人が集まるのだろう。ああ、私も敬語で話してみよう。

 きっちりとしなくちゃ、秩序って言葉、皆好きでしょう?

 ああ、そうか、皆みたいに差別をすればいいんだ、下げずんで影で悪口を言い合えば、友達になるのかな?

 やった! やった! 皆私を褒めてくれる! 私の傍にいてくれる!
 天才だなんて言ってくれる!
 そうだ! 最初からこうすれば良かったんだ! 私が中心に回る世界!

 嬉しいな。嬉しいな。友達、こんなにいっぱい出来たよ。嬉しいな。



 一人ぼっちじゃないよ。


 

 画面は変わる。

 

 ノイズのような者が走りながら、別の世界へ。

 

 おぞましい闇が、明るかった日差しを隠し空を覆う、砂の荒野が広がっていた。

 茶色の荒野を埋め尽くす黒。

 ひしめき合うダーカーの群れ。

 その中央で武器を構えるのはファランとその仲間。

 

「ど、どうなってるんだよこれェ!! 予行演習じゃなかったのかよォ!!」

 

「落ち着きなさい!!」

 悲鳴を上げる一人にファランが怒声を上げる。

 

「アークス達とは連絡が取れないのですか!?」

 

「と、取れません!! 電波障害が起こってます!!」

 

「ック!!」

 こんな筈では無かった。

 

 アークスの戦闘予行演習に選ばれたアークス候補生の者達。

 そしてそれらの隊長約として特例アークスからファランが選ばれた。

 予定通りだった。後は今の力でどれだけ通用するか、監視役のアークスの目が届く範囲でギリギリを試す。

 

 その筈だったのに。

 

「ファ、ファランさんが、このメンバーでも行けるって言ったから……!」

 

「私が悪いと言うのですか!?」

 後ろから思わずという風に零した声にファランは振り返る。

 

「だ、だって、そうじゃなかったら……!!」

 震える声を零す肩から血を流すアークス候補生の一人。

 自分の見立てが甘かったのか、そんな筈は無い。

 こんな簡単な場所で、まずこれ程の数が沸く事自体がおかしい。

 

「……想定外の事は仕方ありません」

 

 ファランは後ろの仲間達を守るようにダーカー達へと向き直る。

 

「私が時間を稼ぎます!! 早く! 行って!」

 

 ファランの周りを、青い粒子が舞い始める。

 

「そんな、そんな! 幾らファランさんでもこの数は無理ですよ!!」

 

「問題ありません!! アークスさえ呼んで来て下されば30分は保ちます!!」

 殺させる物か。

 やっと手に入れた物だ。

 

 ファランが飛び出すと、後ろのアークス候補生は一歩遅れて走り出す。

 

「直ぐに! た、助けを呼んでくるから! 待っていてファランさん!!」

 

 

 また。

 ノイズが走り。

 画面は変わる。

 

 砂煙を上げて、ファランの何倍もの化け物が倒れる。

 

「ッハァ……ッハァ……ッハァ……」

 荒い息と共にファランも膝を付く。

 辺りは自身の何倍ものサイズのダーカー達の死骸で埋まっていた。

 

 日は既に、夕焼けに暮れていた。

 衣服はボロボロになり替わってた。

 しかし、汗は流れていても血は垂れていない。

 天才の名前は伊達では無い。

 ぎりぎりの致命傷を避け続けた結果。

 傷だらけのまま、ファランは荒い呼吸を繰り返していた。

 

 その瞳は大きく見開かれていた。

 

 震える。

 寒さでは無い。

 最悪の想定に心が震える。

 

 何分戦っていた。

 いや、もう分の領域では無い。

 ずっと、必死に戦いながら、心の中のそれを払拭しようとしていた。

 

「み、皆、は……」

 まさか途中で更なる脅威にやられたのかもしれない。

 思わず辺りを見渡す姿は、気品に溢れていた少女の表情では無い。

 姿のまま、よろよろと立ち上がるも、直ぐにそのまま倒れてしまう。

 天才と言えど、実戦が多いわけでは無い。

 異常な疲れに体が追いつかない。

 それでも思考はぐるぐると動き回る。

 駆け巡る最悪の予想にファランの表情は青ざめていく。

 

 今度は時間を掛けて立ち上がる。

 

「た、助けなきゃ、わ、私の、は、は、は、初めて、の……」

 

「お見事。素質は充分」

 

 突然の横からの声にファランはビクリと肩を揺らす。

 そこにいたのは高い身長の男。

 いつからそこに居たのか、気配を感じる事は無かった。

 本当に、『今』現れた男。

 白髪の髪に、全身を覆う白を基調とした服。

 

 その男のことを知っていた。

 異様なその冷たい瞳の事を知っていた。

 

「な、何で虚無機関(ヴォイド)の総長……ルーサーが、ここに……!?」

 

「さて、今君が思う疑問は、そこではないだろう?」

 

ルーサーが翳す手元は、淡く光ると共に数メートル程の四角い画面を作り出す。

 

 映っていたのは、助けを呼ぶと言っていた、彼等の姿。

 無事であった事はホッとした。

 彼らと共に目の前にいるのは今回監視として来ていたアークス。

 

「よ、良かった……出会う事が、出来て、たんです、ね」

 思わず胸を撫で下し顔を下げるファラン。

 

『早く!! オラクルへ戻りましょう!』

 

「―え?」

 間抜けな声と共に顔が上がる。

 その台詞は、ルーサーが表示している画面から聞こえた。

 

『大量のダーカーが向かって来ているんです!! は、早くここから離れましょう!!』

 

『待て君達の隊長に命じた物はどうした?』

 

『私達は止めたんですけど!! 真っ先に、そ、その大群に突っ込んでいって……こ、殺され、ました』

 

「―え。え、え、え、え?」

 無意識に零れるファランの声等気にせずに画面は続く。

 

『……成程、確かに遠くから大量のダーカーが観測されている。多すぎてフォトン感知は見えない様だが、特例アークス学校と言えど確かにこの数であれば難しいかもしれないな』

 

『ああ! そうなんだよ!! だから早く返してくれ!!』

 

「これが……約三時間前の話」

 ルーサーが大仰に腕を画面の前で下す、そして上げると、画面は変わっていた。

 

 今度は賑やかな場所。

 そこはファランも良く知っている所だ。

 アークス候補生達と良く一緒に居たフロアの一つ。

 楽しそうに笑いながら会話をしている彼等のそんな楽しそうな笑顔は、始めて見た顔。

 

 今、傷だらけの自分と、無傷で楽しそうに笑っている彼等を比べる。

 

「な、な、ん……で……?」

震える声に、画面の彼等が答える。

 

『でも良かったわけ? アイツ置いていってさ』

 

『いいに決まってんだろ? 天才様はどうせ生きてんだろうからよぉ! 適当に煽てときゃいいんだよ!』

 

『っつーか死んだらうるさいのがいなくなって最高じゃない?』

 

『確かにそうだ』と声を上げて馬鹿騒ぎをする彼等の姿。

 

『都合良くムカつく奴の処理してくれるから使いやすかったけど最近調子に乗り過ぎだったし丁度良いだろ! 結局ガキは使いようだよな!』

 

 もうその声は聞こえない。

 手の力が抜ける。

 同じ様に力が抜けた足が膝をつく。

 ただ、見開く瞳は画面を見つめる。

 

 楽しそうに下卑た笑いを上げる彼らを見つめる。

 

「あぁ……良い瞳だねぇファラァン」

 

 ファランの肩に手を置くルーサーの周りが、徐々に暗い闇へと飲み込まれていく。

 放心しているファランは抵抗を見せる事は無い。

 

「何か……探っていたようじゃないか? ならば君もこちら側に来ればいい……傑作品に仕上がったら、全て教えてあげるよ……」

 

 闇に、体が飲み込まれていく。

 ファランにはもう。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 

 何も見たくない。

 何も聞きたくない。

 

 

 また、世界の画面が変わる。

 

 

「ッああああああああああああ!!!」

 悲鳴と共にファランは跳ねるように起き上がっていた。

 呆然としながら辺りを見渡すと、そこは自室のベッドの上。

 そこは砂漠の上ではない。

 ルーサーも、大量のダーカーの死骸も見当たらない。

 冷や汗で体中はびっしょりになっていた。

 凍るような寒気に体が震える。

 

 体をぎゅっと抱きしめながら震える唇は白い息となって溜息を吐き出す。

 

「よ、よ、良かった……あんなの、夢に、き、決まってます、良かった……良かったよ……良かった、よ……」

 

 ファランの瞳の端に、いつもベッドの近くに置いているアラーム時計が目に入る。

 時間厳守の彼女が見てはいけない時間。

 

「わ! わ、わ、わ!!」

 慌てて飛び起きる。

 寒気をなんとかしようと、取り敢えず冬服のダッフルコート、貰ってから放りっぱなしだったマフラーを適当に首に巻き付け外に出た。

 

 走りながら、慌ててぐしゃぐしゃの髪を直そうとする。

 几帳面に、ファランは完璧でいなければならないと、必死に。

 そんな彼女の背に、声が掛かる。

 

「ファ、ファランさん……!?」

 

 その言葉に足を止めてファランは振り返る。

 グループの一人が、そこに居た。

 

「……あ、お、遅れているんじゃないですか? 集合場所は、い、いつもの処ですよ?」

 

 髪を直している途中にも関わらず強気な態度を向けるファランは気づかない。

 彼女がまるで偶然通ったと言うような、様子に。

 いつもの几帳面な服装では無いラフな格好である事に。

 

「あ、えっと! あ! あの! 良かった! 無事で! 助けに行けなくてごめんなさい! こっちでもトラブルがあって……」

 慌ててファランに近づく彼女の言葉に、ファランは目をパチパチとしてしまう。

 何の話か理解が出来無い。

 

 そうだ、あんなわけがない。ある筈がない。

 

「そ、それより、アナタその服装は何ですか?」

 今彼女の姿に気づいた自分に少し驚く。

 心の動揺が隠し切れないままも、いつもの自分を取り戻そうと彼女を睨む。

 

「減点ですよ? 減点!」

 いつもの様に笛を鳴らす。

 

「減て」

 

 言葉はそこで止まった。

 割るような頭痛が響いていた。

 

「ぎぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながら、ぐわんと揺れる頭にファランは数歩よろめく。

 

「ファ、ファランさん? 大丈夫ですか?」

 

 心配そうにファランに伸ばされた手が、目に映る。

 その手をファランは慌て振り払う。

 力強く、全力で拒否を示す。

 

「……ファランさん?」

 

「な、な、な、え? え?」

 頭を抑えながら目を見開く。

 

 ファランの視線は、彼女の背後、奥を見ていた。

 何だと覗いていた彼らを見てしまう。

 自身の仲間達だった彼らも、そこにいた。

 

「な、なんで?」

 唇が震わせながらファランは思わず聞いてしまう。

 目の間の彼女に向かってなのか、その後ろから覗いているファランの姿を確認し青ざめ始める彼らに向かって言ったのか。

 彼等を、ファランの傍にいてくれた人達を、何度も何度も右往左往に視線を動かす。

 今度は痛みで無く、彼女自身が数歩後ろへと下がる。

 

「な、なんで!? なんでそんな目で見るの!?」

 悲鳴のような声に彼等は目を丸くする。

 何度も、何度も彼等を見直してしまう。

 

 こんな物は知らない。

 こんな物は覚えがない。

 

 伝わる、彼等の嫌悪が、憎悪が、嫌気が。

 

 ファランに対しての、どす黒い気持ちが。

 

 笛の音に反応した他の人達の視線も集まっていた。

 

 視線が集まるのが、ファランには見なくとも肌で感じていた。

 沢山の思いがファランの中に駆け巡る。

 

「え!? え!? い、嫌! 嫌! 嫌嫌嫌嫌嫌ァァァァァァ‼‼」

 叫び声を上げながら逃げ出していた。

 子供のように、その姿のままらしく。

 

 

 

 無様な私の姿は、また変わる。

 光景が変わる。

 

 

 

 ■

 

 

 

 暗がり。

 誰も来たがらない様な奥の奥。

 フロアの一室にも限らず既に過去の人間が出払ったであろう埃が舞う。

 

 

 そこにはファランを慕っていた彼女、彼らに囲まれている少女が居た。

 蹲り、悲鳴をあげる桃色の髪の少女。

 そんな彼女に、彼等は不気味な笑みを向けていた。

 

 それは、そこから数日の事だった。

 家から出ないようにしていたファランは、突然態度の変わった彼等に無理矢理引きずり出されていた。

 非力では無かった筈の彼女は、あっさりと彼らに捕まっていた。

 

 そして。

 一人一人の手に、笛が握られていた。

 

 一人が、笛を吹く。

 日に日に強くなっていた寒気が一気に彼女を襲っていた。

 そして頭に響く激痛。

 まるで、それが引き金だと言うように。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 悲鳴を上げ逃げ出そうとする小さな体は肩を強く押すだけで無様に地面を転がる。

 几帳面で、綺麗好きだった少女が埃だらけの床をのたうち回る。

 

「あの人が言った通りだったな! ガキの癖に散々偉そうにしやがってよ‼」

 吐き捨てる強い悪意は、突然生まれた異常な感知が彼女の中でそれを象らせる。

 ファランの身体の中で気持ち悪く蠢く。

 耐えられず悲鳴を上げながら身体をくねらせるファランに、彼等は見下す視線を向ける。

 1人がまた笛を鳴らす。

 するとファランはまた跳ねるように身体を動かし叫び声を上げる。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! やめてええええええええ!!」

 

 彼等はやめない。

 玩具を見るように、おぞましい視線は変わらない。

 人とは思えない不気味な笑顔を浮かべる。

 

 ファランの瞳には、化け物にしか見えない。

 

「い゛い゛い゛い゛い゛い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 洞窟内で、彼女はひたすらに叫び声を上げる。

 声が枯れても叫び続ける。

 

「やめてよ!! やめて!! やめて!!」

 

 ファランに近づく友人だった物。

 振り払う彼女の手は友人達を通過するだけで終わる。

 知っている仮面だけの笑顔。

 上辺だけのセリフ。

 頭の中で響く笛の音。

 

「嫌!! 嫌!! イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!!! そんな目で見ないでよォォォ!! 友達が欲しかっただけなの!! 止めて! 止めて!! 革命なんてどうでも良かったの!! 一緒に居てくれる人が欲しかったの!! 私は!! 私は私は私は私は私はァァァァァ!!!! 好きだって言って欲しくてェェェェェ!!!!」

 

 頭を掻き毟るファランの声は届かない。

 目の前の光景が不気味に変わるだけ。

 

「や゛め゛でよ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」

 



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Act.73 ようこそ化物

 痛みと凍るような寒気。
 鼻水と涙、吐くものは全て吐いた。
 後に出るのは胃液だけ。
 痙攣を起こし、負担を超えた脳は鼻から血を吹き出していた。
 目に光は無い。 
 叫び声すら最早上がらない。

「散々好き勝手してくれた野郎が何くたばってんだよクソガキ!!」
 一人の男が転がっているファランに近づくと腹部を蹴り上げる。
 ごぽりと、口から音を立てて胃液が吐き出されるだけで、声が出る事は無い。
 ファランの頭を踏む男はゲラゲラと笑う。

「ちょっと煽てりゃ何でもしてくれる都合の良いガキだったけどなぁ!! 調子乗り過ぎたんだよお前なぁ! ずっとこうしてやりたかったんだよォ!!」

 声は聞こえている。
 悪意も伝わる。
 しかし体の拒否反応が限界を超えていた。

 ただただ涙をこぼす。

 虚ろな瞳は何も見ない。微かに動く口元も、最早言葉にはなっていない。

 天才だと言われた。
 才能の塊だと言われた。
 でも友達は居ない。

 親だっていつから居なかったのかすら覚えていない。

 ずっと一人ぼっち。
 誰もいない。




「あーーーーーーっ!」



 声が聞こえた。

 闇の中に、一塁の光が刺す。
 虚ろな瞳は彼女を見上げる。

 特例アークス学校で同じクラスだった彼女。

 ファランより弱い筈なのに、力強い背中は震える事すらしない。

「いっけないんだー! こんな可愛い子虐めるとかぁ! ダーカー!? ダーカーなの!? 心腐ってんの!? くさ! くっさ! 心からドブ川みたいな臭いがする!!」

「何だてめェは!! 退け!!!」

 たった一人と大人数の言い合いは続く。
 彼女はブレない。ルーファとずっと仲良しだった少女。いいな、ってファランが羨ましく見つめていた天真爛漫な少女。

 彼女、エメットは怯える様子を一切見せないその小さな背中を呆然と見つめる。

 ファランには伝わる、その絶対的思いが、純粋な光が。

 私を思ってくれている事が。

 あ、あ、あ、お願い、行かないで、私の味方で居て。
 お願い、お願い、お願い。

 力ない手が震えながら上がる。

 その背を向ける少女に向けて。


 画面は、変わる。


 転がっていたファランは呆然と座りこけている形に変わっていた。

 そこは静寂だった。

 先程までの騒がしい言い合いも聞こえない。

 あるのは血だまりだけ。

 

 ファランを中心に広がる血だまり。

 

 震えるファランは首を振るう。

 

 こんなつもりじゃなかった。

 

 唯一見えた光に、縋る様に手を伸ばしただけ。

 形振り構わず助けを求めようとしただけ。

 

 ファランを攻めていた者達も、ファランを守ろうとしてくれた彼女も、血を流し倒れていた。

 

「あ、あ……?」

 呆然とするファランは自身の掌を見つめる。

 真っ赤に染まる手、誰の血かも解らない返り血。

 

 カツン、と無音だった筈の世界に音が響く。

 空虚の瞳は音の先に振り返った。

 

 瞳の先、黒い髪が靡く。

  

 ゆっくりと、ゆったりと、彼女は刀を引き抜いている所。

 

「ファラン」

 

 彼女の名前を呼ぶ声は冷え切っていた。

 ファランに伝わるのは悪意では無い、憎悪でも無い。

 純然たる殺気。

 

「貴方は、貴方のやりたいようにやると良い」

 

 刀が試すように数度振るわれる。

 

 ゆっくりと、彼女の髪が色を変える。

 漆黒から潔白へ、その意味をファランは知っている。

 

「私は守りたい物を守る、それだけよ」

 

 視線がまた守ってくれた少女へと向く。

 

「ち、が、違う、私は、私は!!」

 枯れた声を絞り出す。

 同時にファランの周りに異常な量の青いフォトンの光が舞う。

 

 勝手に、また力が動く。

 

 合わせるようにルーファの周りにも紫色のフォトンが舞い出していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ■

 

 

 

 

 次に画面が変わった時、最初に映ったのは自身の血で身体を染めているファランの姿。

 

「がっ……あ……」

 

 数度刀を振るう。

 ファランの血糊が付いていた刀は、振り切られると共に広がる血の中で跳ねる。

 鞘に仕舞うルーファはエメットを担ぐと、倒れているファランには目も暮れる様子も無く歩き出す。

 ファランは、その背中に震える手を伸ばす。

 もう力など入る筈の無い、届く筈のない手を伸ばす。

 

「あなた、何かに、解る、っものか」

 

 震える声は吐き捨てる。

 手足は動か無い、代わりに動く口は止まらない。

 枯れた声は全てを吐き出す。

 

「解る者か゛!! 強くて!! 友達が居て゛!! 信頼出来る人が居て゛!! 私はいっぱいいっぱい努力したも゛ん゛!! 沢゛山゛‼ 沢゛山!! 何が違うのォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!! ジョーカーの癖に!! 化け物の癖に゛!! 欠陥品の゛癖に!! 人間失格(ピリオド)の癖に!!! 何で!! 何でェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!」

 

 ファランの言葉に、ルーファの足が止まる事は無い。

 

 行かないで。

 一人ぼっちにしないで。

 

 やだ。

 

 一人はやだ。

 

 そこには、ファランだけが残っていた。

 

 誰も、いない。

 

 

 ■

 

 

 画面が変わる。

 それはファランの知らない光景だった。

 血だまりの中、倒れている少女。

 もう美しい桃色では無く、血の海にべっとりと染め上がってしまった少女を見下ろす人影。

 

 しゃがみ込む人影はファランの顔を覗き込む。

 ぐわんと間抜けに揺れるパンダの作り物の瞳と、ファランの瞳が揃う。

 ファランの瞳はその奇怪な物を見ても何も反応を示さない。

 まるで見えていないように、死人のように光を失った瞳はパンダ男の奥を見つめる。

 既に消え去ってしまった誰かをまだ見ようとしているかのように。

 

 ふざけたパンダの被り物をしている男は大きな溜息を零す。

 

「あーあー溜まんねぇなおい……手遅れじゃねーか」

 

 辺りを見渡す。

 

「今回のは傑作品じゃねーのかよー、暴走しちゃってんじゃねーかよー災害(サーカス)じゃねーかこれ完全にー……削除対象だ、ったく無駄なガラクタ作ってんじゃねーよっと!」

 

 物の様に乱暴にファランを担ぐ男は歩き出そうと足を踏み出す。

 しかし、1歩でその歩は直ぐに止まる。

 血だまりの中にパンダ男以外に別の波紋が広がっていた。

 振り返る男の視線は下へと下がる。

 白髪の少年がそこに居た。

 白いマフラーに黒く暑苦しい服装。

 殺気の籠る瞳はパンダ男を睨む。

 

「ファランを離せバッドエンド」

 

「うぉっとホルンじゃねーか、何だぁ? このガキふぁらんってーのか? まぁ手遅れだ、俺にゃどーでも良いこって」

 

「離せって言ってンだよ」

 

「おいおいこりゃ明らかに災害(サーカス)だろーが、価値なんてねーよ」

 

「……ルーファの剣劇を避けた感知能力は使える……能力だけならば大した抵抗も無いだろう」

 

「マージで言ってんのかテメェ?」

 

「そいつは最善(ガーデン)で預かる」

 

 ホルンの瞳とバッドエンドの作り物の瞳が交差する。

 数秒の沈黙の後、担がれていたファランが乱暴にホルンの方へと投げられていた。

 小さな体にも限らずファランの身体を受け止め、ホルンの視線がバッドエンドへと向く時には既にそこに彼の姿は無かった。

 

 視線は手元のファランの方へと戻る。

 目に光は無く、何処を向いているのか解らない視線がホルンと交差する事は無い。

 ブツブツと声にすらなっていない呻き声。

 美しかった桃色の髪は、几帳面だった彼女は、その面影は見えない。

 

 ホルンの表情が陰る。

 

「……ファラン……お前は幼すぎたんだ……才能があったばかりに、その能力に振り回された可哀想なガキだよ……お前は優しい子だから……フォトンなんて無けりゃ、友達も普通に作れたろうに……」

 

 血の海を後にする。

 白髪の少年の背中が最後の映像で終わる。

 

 そして、先ほどよりも大きなノイズ。

 画面全体に広がる電波障害のようなノイズと共に、今度は次々と世界が移り変わる。

 

『ふんふんふん、成績優秀で努力家、実技も成績が高いのですね? 成程成程ォ』

 栗色の長い髪に、すらりと長い足の女性。

 白衣を羽織り、黒いタイツを纏う長い足を組みなおしながら目の前の紙切れを熱心に見ている女性は、上から下までそれをじっくりと見た後。

 にっこりと、床に座り込んでいる少女に笑顔を浮かべる。

 

『はい! これにて特例アークス学校は退学となりました! 努力はぜぇーんぶ意味が無くなりましたァ~~!! そして緊急任務参加への許可が下ります! おめでとうございまぁ~す念願のアークスみたいだねェ~~!』

 ケラケラと笑う声は響き渡り、それと共にびりびりと持っていた紙が破かれる。

 彼女を示していた彼女の居場所が、目の前で細切れのバラバラにされ、破片となったゴミをが宙に舞う。

 

 彼女のプライドが舞う世界の中、栗色の女性が濁った笑顔を浮かべながらファランへと手を伸ばす。

 

『ようこそ化物♪ こちらの世界へ♪』

 

 

 

 

 

 荒廃する世界、そこに7人の人影がいた。

 いや、7人以外にその世界には別の者も存在していただろう。

 それも大量の存在だった。

 しかし、7人以外は既にちりのような姿へと変わっていく所。

 

 その異常な量は、その世界にまるで黒い雪が注いでいるような景色を見せていた。

 ダーカーの、死体の粒子が舞う世界でポツリと1人が零す。

 

「あー……いってー……」

 黒い槍を持つ男はしゃがみ込みながら気だるげな声を出す。

 身体中から血を流す男は、蹲り嗚咽を零し続ける少女に顔を向ける。

 

「よー生きってかよーファラぁーン」

 

「う、うううう……ううううう!!!」

 

「まぁーだ泣いてんのかファランよーいい加減慣れろってー」

 男とは別に傷一つ無い彼女はひたすら咽び泣く。

 

「お前ごとぶっ放したのは悪かったってーどうせ死なねーと思ってたからさー」

 

 気だるげな男の声は少女には届かない。

 

「……放っておきなさい。前を向く事も出来ない彼女に何を言っても無駄です」

 ダーカーの黒い血糊が付く刀を数度振るい、ゆっくりと鞘へ仕舞う黒髪の少女は、すぐにその場を離れてしまう。

 

 その少女に続くように、一人、また一人とその場をにする。

 

 残ったのは二人。

 槍の男は、レオンは、もう一人に視線を向けた後、よろよろと彼等の後を追う。

 

 残る1人は、白髪の少年は蹲る少女に言う。

 

「立てファラン」

 

 鋭い言葉に関わらず彼女は動かない。

 

「立て! 死にたくなけりゃ前を見ろ!! 飛ぶんだよ! ハミングバード!!」

 

 彼女がそう呼ばれていた過去の名前。

 天才と呼ばれた少女に与えられた別名。

 その言葉に少女はビクリと肩を揺らす。

 

 涙で晴らした赤い目と酷いクマ、鼻水や穴中の体液でぐしゃぐしゃになった顔をホルンへと向けた。

 

 12歳の少女は悲鳴を上げる。

 

「いや! いや! もう飛びたくない! 殺して! 殺してよ! なんで! なんで! なんで! なんで! 寒いよ! 寒いよ! 怖いよ! 怖いよ! イヤァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 飛べない鳥。

 

 チキン。

 

 最高級の囮

 

 馬鹿にされた彼女の今の呼び名。

 

 叫び声はただただ響く。

 彼女の言葉を受け入れる者などいない。

 ひたすらに、地獄の日々、生と死の世界。

 憎悪と殺意を撒き散らす世界へと連れていかれる日々。

 彼女が利用出来るまできっとそれは続く。

 完全に壊れるまで、彼女の闇は続く。



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Act.74 臆病物のハミングバード



 小さな鳥は、空を見上げていた。

 青く、高い高い空を舞う鳥達を羨ましく見上げる。
 その鳥達のような大きな体があるわけでもない鳥が、唯一出来ることは、誰よりも羽ばたく事だった。
 それでも、どれだけバタつかせても。悠然に空に舞う鳥達には届かない。

 見上げる事に疲れた鳥は首を下す。

 ハミングバード(ハチドリ)は、羽ばたく事すら止める。




 臆病物の、ハミングバード。


 

 ブツリと写り変わっていた地獄の日々が消える。

 シャットダウンのような消え方。

 

 ああ。そうか、もう、何も無いのだ。

 

 ファランは知っていた。

 その先には何も無い事を知っていた。

 闇、闇、闇、暗い、暗い、暗い。

 

 

 ………寒い。

 

 

 

 

 

 怖い。寒い。怖い。

 

 また置いていかれる。

 

 また裏切られる。

 

 真っ暗な世界。

 何も見えない世界。

 

 そこに、彼女は居る。

 

 その場に座り込み、体育座りで顔を埋める。

 

 ぶるぶるぶるぶると震えながら体育座りで、暗くて冷たい彼女の世界。

 

 ああ、寒い。寒い。寒い。

 

 彼女の瞳に光はない。

 

 震えながら、ぼんやりと見上げた先の虚空を見つめる。

 

「ひとりぼっち」

 

 ぽつりと零す言葉は闇の中へ掻き消える。

 

 誰も彼もが敵で、味方なんていない。

 彼女の心はあの時からずっと狂っていた。

 無理矢理連れてこられる戦場は、彼女の心を更に蝕むのに時間は掛からなかった。

 ジョーカーを下げずむ人達の瞳が、おぞましいダーカー残酷な悪意の塊が。

 彼女を苦しませ続けていた。

 その能力が、嫌が応にも恐怖を知らしめていた。

 

 ダーカーの耳障りな鳴き声に震え、人の足音に震え。

 彼女に味方なんていないこの空間を呪い続ける。

 簡単に人を裏切る人間も、簡単に人を殺すダーカーも。

 

 みんな嫌いだ、皆皆、化物だ。

 

 黒いモヤのような物が座り込む彼女の目の前に現れる。

 人を象ったそれは、座り込んでいるファランを見据える。

 

「そうやって、一生震えていなさい」

 

 黒いモヤから溢れた冷たい言葉をファランは知っている。

 黒く長い髪の女性が吐き捨てるように言った言葉 。

 ファランはその言葉に対して引き攣った笑みを零す。

 

 そうする。

 寒いから。

 ずっと震えている。

 誰も関わるな。

 力強い貴方になど、私の気持ちは解らない。

 

 黒いモヤが姿を変える。

 今度はもっと低い身長。

 

「ファラン! 私だ! クラリスクレイスだ! どうしてしまったんだ! また遊ぼう!! なぜ私をそんな目で見るんだ!」

 茶色い髪の少女。

 私と年齢も変わらない友人だったかもしれない人物。

 数回程度だけれど、何故か気が合ったような微かな記憶。

 黙れ化物め。

 人間ですらないクローンの分際め。

 貴方も、貴方も私を裏切る。

 

 また変わる。さらに小さく。

 今度は少し肩幅が広い男性の姿。

 

「お前はそうやって、震えているつもりか。誰かが助けてくれるまで、そうしている気かよ……」

 自らの師でもあった、白い髪の少年は憐れむように見つめていた。

 何が分かる。

 救いなんて求めても救われず、暗闇で必死に叫んでいた私の気持ちの何が分かる。

 

 殺して殺して殺して殺して。

 永遠の絶望の日々。

 醜悪の日々。

 未来に希望等ある筈が無い。

 闇の日々しか続かない

 

 

 寒い。寒い。寒い。

 

 もうほうっておいてよ。

 私はもう、何もしたくない。

 

 こんな世界。

 消えてしまえばいい。

 

 消えないのなら私が消える。

 

 私が死ぬ。

 

 震える彼女の瞳に光は宿らない。

 光のない瞳から、雫が零れる。

 恐怖が、悲しみが、涙を零させる。

 冷たく暗い床に涙は唯零れる。

 それだけで救いになるはず何て無いのだけれど。

 

 一人だ。

 一人で、このまま死んでいくのだ。

 

 死なせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほら! 可愛い!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 言葉が零れる。

 暗い世界が明るくなるような錯覚を覚える優しい色の声。

 

 ファランの髪の毛を二つ結びにした女性の声。

 

『ファランちゃんはパンが好きなんだ!』

 困ったような笑顔、必死に私と話そうと声を掛ける優しい声。

 

『大丈夫……怖くない怖くない…』

 怯えるファランの頭を、彼女は震えが収まるまで、抱き締め優しく撫でてくれていた。

 どれだけ突き返しても、彼女はファランに、付きまとっていた。

 

『コーラ! 好き嫌いしちゃダメだよー!』

 普通の人のように接してくれていた。

 普通に叱ってくれて、普通に笑いかけてくれていて。

 

「カ、カ、カ、カナタ……さ……ん」

 

 上手く回らない口で、ゆっくりとファランは言葉を零す。

 

『私は絶対に!!! ファランちゃんを裏切らない!!!』

 

 その言葉が世界に響く。

 同時にピシリとヒビが入る音が広がる。

 

 一人が怖くて、怖くて、怖くて。

 辛かった。

 寂しかった。

 なのに人が信用できなくて。

 どれだけ求めても心が無理矢理否定していた。

 

『友達だよ。ずっと……ずーーっと……』

 

 色のない、ファランの瞳にゆっくりと光が灯されて行く。

 

 涙がボロボロと溢れる。

 よろよろと立ち上がり赤子のように両手を前に差し出す。

 思わずその場で体が崩れる。

 それでも彼女は再度手を前へと伸ばす。

 それは誰かに手を引いてもらうためではない。

 

 立ち上がる為に。

 

 彼女はバランスを保ちながら、一人で、無様に立ち上がろうとする為に。

 

 同時に部屋が音を立てて砕けていた。

 暗い世界が明るい光に潰されていく。

 

「カナタさん……私は……あなたが……」

 

 

 

 

 

 

 頭がまだ虚ろなまま、ファランの頭はまだ少しぼんやりとしていた。

 

「大丈夫だから……私が、守るから……絶対に傷つけさせないから……」

 優しい声。

 ファランを抱きしめる女性はあちこちに引っかき傷だらけで血を流していた。

 彼女の制服には何度も扱けたかのように、まるで地面を這って来たかのように汚れていて。

 そんな事も気にせずに彼女はファランを抱きしめてくれていた。

 妙に力無い声は、それでも何度も何度もファランの名前を呼んでいた。 

 

 涙を流し強く抱きしめる彼女は悲鳴が止まったのに気づいていない 。

 

 カナタの様子を、ファランはぼうっと見つめる。

 弱い筈の彼女は、それでもカナタを守ると何度も言葉を続ける。

 

 その姿は、唯唯必死で。

 

 

 

 優しく微笑む。

 あぁ、本当になんて暖かい人。

 ぎゅっと彼女を抱きしめ返す。

 

 そこでカナタは、ようやく気づく。

 

「ファ……ファランちゃん?」

 

 戸惑うカナタを、強く抱きしめる。

 

「あっ、た、かい……」

 一言そう言うと。

 ファランはカナタに回していた手を緩める。

 少し名残惜しそうに。

 

「本当に……ファランちゃん?」

 目の前にいる少女は。

 泣き喚き、悲鳴を上げていた少女とは思えない静かな、優しい瞳をしていた。

 

「カナ、タ、さん……ありが、とう」

 辿辿しい喋り方は変わらない。

 それでも、いつもより声に力が入っているように感じた。

 

 蹲っていた彼女は真っすぐに立ち上がる。

 視線は外に出る道の方へ。

 

「ファラン、ちゃん?」

 不安そうな声色のカナタに、ファランは笑い掛ける。

 彼女が何故視線を向けたのか、カナタは解らない。

 

 妙な不安が過る。

 

「 に、逃げよう! 何とか、ファランちゃんだけ、でも……」

 その言葉は、自分を心配しているのではなく怯えていたファランの為を思って言っている言葉。

 しかしファランには逃げ出す事が出来ない事を瞬時に理解している。

 既に何体かの不気味な存在がこちらに向かっているのを感じていた。

 広範囲で見れば洞窟を取り囲む様に大量の禍々しい感覚。

 10や20所ではない。

 感情など到底あると思えないダーカー達から彼女達のみを一点に集中している殺気は異常さえ感じる。

 

 ……大丈夫、怖くない。

 

 その不思議な様子に、カナタは目を瞑るファランの手を握りしめる。

 開くファランの澄んだ瞳はカナタを見つめる。

 

「あ、歩けるんだよね? わた……私が囮になる、から、その間にファランちゃんは……」

 強がっていても声は震えている。

 弱い癖に、彼女は守ることを諦めない。

 

 重なる手は震えていた。

 その震えを止めようとするように、カナタは強く、強く握っていた。

 

 ゆっくりと、穏やかにその手がファランのもう一つの手で解かれる。

 

 ファランの手は震えていない。

 

 思わず、自分の手とファランの手を見比べる。

 カナタは自身の小刻みに震えている手を慌ててもう一つの手で覆う。

 隠せない恐怖を隠すように。

 悟られないように。

 少女をこれ以上怖がらせないように。

 

「大好き」

 

 

 思わずという風にファランから溢れた言葉に、カナタは小さく「え?」と聞き返してしまう 。

 ファランの頬は薄らと赤く染まり照れくさそうにカナタに笑いかけていた。

 

 こんな状況なのに。

 

 優しく、微笑んでいた。

 

 座り込んでいるカナタに向けて、掌を見せるように向ける。

 一瞬、ファランの両端で結ばれている髪がふわりと浮き上がっていた。

 それが彼女特有のフォトンを生み出す現象だとカナタは知っていた。

 

「ファランちゃん……?」

 

 突然の、ファランの行動の意味がカナタには理解出来ず疑問を振るように名前を呼んでしまう。

 

 答えない。ただ微笑む。

 

 向けている掌から青白い光が輝き出す。

 同時にカナタに向けて二つの光の縄が飛んだ。

 

「え? え?」

 素早く光の縄はカナタの腕と、足首、大腿部へと両側に巻き付く。

 気遣うように強く結ばれているわけではないが、それでも足と手が拘束状態へと変わる。

 今度は、情けない笑顔でファランを見てしまう。

 

「ファランちゃん……動けないよ? 何をする気なの?」

 優しく微笑む彼女の表情が、嫌な考えを加速させる。

 

「この縄が、解けたら、出て、きて……それま、で、絶対に動いちゃ、ダメ」

 

 ファランは知っている。

 カナタという存在を。

 彼女は守る為に自分を犠牲にする人だと言う事を。

 それは正義の味方のようにカッコ良く、颯爽と闘い自らが傷つくのを厭わない。

 そんな姿に似ているが到底違う。

 力も無いくせに、怖くて仕方がないくせに。

 それでも守ろうと、必死に足掻き守ろうとする。

 自身が死ぬという過程すら考えない。

 それは勇敢でも何でも無く、ただの無謀でしかない。

 馬鹿だと、狂人だと、言われてもおかしくない。

 

 それでも、ファランはこの馬鹿な女性が好きになってしまった。

 

「ファランちゃん!!! お願いほどいて!!!」

 荒げた声が洞窟に響き渡る。

 自身がやろうとした事を、ファランがしようとしている事なのだと理解した。

 彼女が消えてしまうのが怖くて声を張り上げる。

 

「私が! 私が! 囮になるから!! だから! だから! 一緒に!! 一緒に帰ろうよ!!」

 

「うん、帰、ろう」

 

 カナタは首に巻いていたマフラーを解くと、カナタの首元へと優しく巻きつける。

 

「もう……寒くない」

 

 必死なカナタの言葉とは裏腹に、ファランの声は酷く澄んでいた。

 同じ言葉を紡ぐ。

 

「一緒に………帰、ろう?」

 

 マフラーをつけていない彼女は新鮮で、そして見覚えのない物が視線に入る。

 首にある黒い刺青のような物。

 形は違うとも、何処か見覚えがある印。

 

「……ジョー、カー?」

 零す言葉に、ファランは 少し困ったような、謝るような笑みを向ける。

 

「私が、守る、から、絶対に、絶対に、死なせ、ない」

 その笑みは、諦めている笑みではない。

 死を求める笑みではない。

 

 数歩ファランは後ろへと下がると、彼女の髪が再び風に乗るようにふわりと浮く。

 青い粒子が彼女の周りを纏い始めると、彼女の両手に、青い剣が握られていた。フォトンの粒子が結晶となり作られた鮮やかな剣に、カナタは放けてしまう。

 怖がりで、怯えていた彼女には似合わない武器と思われるそれに。

 

 ファランは直ぐにカナタへと背を向ける。

 その動作に何を言っても止まらないんだとカナタは理解してしまう。

 それでも、それでもカナタは背中に向けて言葉を向けてしまう。

 

「死、死なないよね!! ……一緒に帰るんだよね!!」

 

 カナタの縋るような言葉にも関わらず、ファランは振り返らない。

 

「死なな、い」

 

 振り返らず、代わりに言葉で答える。

 彼女らしくない、とても力強い声。

 

「やりたい事、いっぱいいっぱい、ある、から!」

 夢も未来も見えない彼女の口から、未来を見据える言葉。

 彼女らしくない言葉と共に、ファランは直ぐに前を向き駆け出す。

 後ろから聞こえる、大好きな人の叫び声を後押しにさせ。

 それは止まるように叫ぶ彼女と矛盾するように。

 

 

 

 

 

 

 

 駆け出して数分。

 何かが砕かれるような音が耳に届く。

 その後直ぐにファランの視線にダーカーの存在が見え始めていた。

 うぞうぞと小さな洞窟の中をお互いを押しのけるように進むクモの様な形のダーカー。

 ファランは、決意を示すように唇をきゅっと結ぶ。

 ダーカー達にもファランの姿は見えていた。

 ファランに向けて加速する。

 

 岩肌を削る鋭い爪が洞窟内に不気味に響く。

 先頭にいるダーカーが、地面を蹴り、大きく飛びあがりファランに爪が向けられる。

 

 ダーカーが飛びあがったのと、ワンテンポ遅れてファランは斜めに飛んだ。

 空中にいるダーカーとすれ違う瞬間にダーカーの爪がファランの方に伸びる。

 爪が届く前に、彼女の体が横に勢い良く回転していた。

 作り出した青いフォトンの剣(つるぎ)は、遠心力を乗せたままダーカーの硬い甲羅ごと爪を叩き落とす。

 回転をそのままに、もう片方の手に握られた新たに作り出したフォトンの剣が、ダーカーの首を斬り落とす。

 地面に落ちたダーカーに対して、ファランはまだゆったりと滞空を続ける。

 ファランのフォトンの性質が、彼女の滞空時間を伸ばしていた。

 空中を舞うように、そのまま二体目のダーカーに対して、着地と共に地面に縫い付けるように二本の剣が胴へと突き刺される。

 急所事貫かれたダーカーは数度の痙攣を見せた後に絶命。

 

 向かっていた大量のダーカー達は、怯むように一瞬動きを止めていた。

 そんなダーカー達を待つ暇をファランは与えない。

 瞬時にまた地面を蹴ると、ダーカーに向けて剣を振るう。

 振るう度に、彼女の斬撃とは別の青いフォトンの剣がダーカーへ放たれる。

 次々と空中で作られて行く青いフォトンの剣はダーカー達へと突き刺さっていく。

 

 青白い光の刃と、ファランの手に持つ二つの剣がダーカー達を容赦なく襲う。

 

 時間にすれば3分も掛かっていない。

 数十体と居た硬い鎧に覆われたダーカー達は、全てが屍へと変わって居た。

 どれもが斬激で体の部品が飛んでおり、どれもが青白い刃によって針山のような姿になっていた。

 ダーカー達はその姿を黒い霧へと変えて行く

 ふわりと着地するファランの表情は暗い。

 瞬間的に、圧倒的な勝利を示した自身の手を見つめ小さく零す。

 

「鈍っ、て、る……」

 瞬間的な勝利は、一瞬であっても圧倒的ではなかった。

 全盛期の彼女は他のジョーカーと共に戦った一人。

 

 それでも、長らく戦わなくとも、ジョーカーとしての実力は健在であり、年若くも才能の一角を認めさせた彼女の力は計り知れない。

 

 彼女は直ぐに顔を上げると、再び外に向けて走る。

 

 守る為に、生きる為に、もう逃げないために。

 

 光が零れる世界に飛び出す。

 

 目の前に広がる世界は見慣れた森林から変わっていた。

 緑では無く、ダーカーを示す黒と赤が示す色が犇めき合っている。

 

 先程のクモの形をしたダーカーの非では無い。

 視線に映る大量の虫型のダーカー。

 クモの姿をした物、カマキリの姿をした物。他に例え様のない不気味な姿をした化け物たち。

 空も黒と赤が埋め尽くし、その数は数十という数え方では無く数百といった数え方の量を示していた。

 

 彼女の瞳に、一瞬暗い色が過ぎる。

 

 それを覆うように眼を閉じる。

 思い出すのは彼女の事。

 優しい笑顔を浮かべるあの人の事。

 綺麗な声で自分の名前を呼ぶあの人。

 

 優しくて、真っ直ぐで、とても綺麗で。

 

 その場で片足を軸に踊るようにその場で回る。

 

 それに合わせる様にファランの周りに青いフォトンの刃が広がって行く。

 空間で数十の刃を瞬間的に作り出す。 

 

 この力が嫌いだった。

 この力が無ければ、闇に落ちる事なんて無かったかもしれない。

 苦しい思い何てしなかったかもしれない。

 無理矢理に船へ乗せられたあの日を呪った。

 ジョーカーの力を持ったあの日を呪った。

 裏切られたあの日を呪った。

 この力が使えたあの日を呪った。

 

 でも、今はこの力に感謝する。

 

 大好きな人に出会えた事に。

 人を信頼する事を思い出した事に。

 

 

 大切な人を守れる事に。

 

 

 眼を開く。

 その眼に憂いは無い。

 優しい笑みを零し、胸を張る。

 彼女らしくない堂々とした仕草。

 

 切っ先を、大量のダーカー達へと向けた。

 

 

「来い、化け物、あの人には、触れさせない」

 

 

 ハミングバード。

 飛べない鳥。

 絶対回避。

 

 奇怪な音を上げ、迫り来るダーカー達を他所にファランは優しく微笑む。

 

 帰ったら皆に謝ろう。

 多くの人を拒絶した、多くの人に酷い事を言った。

 それと。

 

 ……それと。

 

 今度はもっと素直に、あの人と共に続く日々を。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 



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Act.75 仮面βVSハミングバード(絶対回避)

 カナタは必死に青白い枷を外そうとしていた。
 どれだけ動いても、どれだけ力を入れても枷は外れる様子を見せない。
 腕、足首、太ももの三ヶ所に巻かれたそれは的確に彼女の力を奪うように巻かれていた。
 思わずそのままバランスを崩し倒れてしまう。
 飛び跳ねることも出来ず、地面に倒れたまま体を捻り少しでも動ける所を探す。
 早く行かなければ、という彼女の焦りによってさらに動きを制限されてしまう。

 何をしても外れないと理解した瞬間の彼女の選択は瞬時に切り替わる。
 身体をくねらせ、少しでも前に進む。
 
 体中に汚れが付くことも気にせずに進む。 
 少しづつでも、前に進む。
 さっきも、何度転んでも何度躓いても彼女に向けて急いだ。

 やる事は変わらない。

 あの子を守ると、あの子を助けると誓った。

 共に、一緒に居ると。裏切らないと、

 だから。

 …………だから!!


 多に対して、一。

 

 

 

 その小さな体はダーカー達に比べれば脆弱に見える程のサイズの差。

 しかし、飛びあがるファランの跳躍はそのサイズ等ゆうに超える。

 

 高く、高く飛び上がりながら彼女の体の周りを青い光が纏わり出していた。

 

 瞬間的に生み出される数々の青い光を放つ刃の数々。

 ガラスの破片のようなそれらは鋭く鋭利に姿を変えて、雨のように降り注ぐ。 

 次々と作り上げられていく青い刃がダーカー達を襲う。

 着地をすると共に、黒い霧が消え去って行くその霧を掻き分けて、次へ次へとファランへと夥しい爪や殺意が飛び掛る。

 直ぐに後ろへと大きく飛びながら群がるダーカーにフォトンの刃が飛ばされる。

 寸分違わずクモの急所を貫いていくそれらは霧散していく霧を更に濃い色へと変える。

 

 大量のダーカー達の間を、その無駄の無い動きと共に縫うように移動して行く。

 

 黒で埋め尽くされた大地の中を、たった一つの桃色が舞う。

 

 眼と鼻の距離であるファランに対し同士討ちも考えずにダーカー達は爪や刃を振るう。

 身体の回転や旋回、器用に身体を動かすファランにダーカーの武器は届かない。

 それは見えていない真後ろであろうと、変わらない。

 

 寸分、数ミリ、触れるか触れないか程の際どさ。

 しかし汚れ一つ彼女には付く事は無い。

 

 空を斬ったダーカーの武器はお互いへと突き刺さる。

 無尽蔵に現れるフォトンの刃は擦れ違うダーカー達へと突き刺さっていく。

 

 ジョーカーの一人、ファランもまた、一つの事に特質していた。

 ルーファのような巨大な力がある訳でもなくレオンのような広範囲の威力を持つわけでもない。

 それでも大量のダーカーに対して傷や汚れ一つなく、一体一体の急所を貫き確実に数を減らさせる。

 

 研ぎ澄まされた感覚。

 臆病だからこそ攻撃を受ける事を極端に嫌がっていた。

 

 彼女だからこそ出来る回避の能力。

 

 異常な感覚感知は敵の全てを把握する。

 弱点すらも把握するその力は、臆病だからこそ確実に敵を仕留めるのに適していた。

 

 攻撃力としてはジョーカーの中でも小さい。

 

 しかし、長い滞空時間は常人では出来ない避け方を可能にさせ、敵に触れずとも戦えた。

 

 見捨てられる事もあれば、囮として扱われるような事もあった、

 数時間以上だろうと敵に囲まれながらも生き延びる彼女の力。

 

 負けない事に特質した能力。

 

『ハミングバード(絶対回避)』

 

 

「跳びすぎ……た」

 

 着地の所を狙われまとめて攻撃をされた際に、思わず大きく飛んでしまっていた。

 地に足を付け、再び地面を蹴る。

 それを繰り返し距離を保つ。

 

 見下ろすも、ひしめきあうダーカー達。

 かなり減らしている。しかし数の終わりは未だ見えず。

 

 着地する場所が無い。

 あるにはあるが、滞空の距離には届きそうに無い。

 

 それを理解したファランはゆったりと漂いながら眼を瞑った。

 

 飛んでいるように見える姿は微粒子のフォトンで落下速度を減らしているだけに過ぎない。

 

 ゆっくりと地獄の化け物達が蠢く地に落ちていく。

 

「……そう、うん、こういう、感じ?」

 

 ふっ、と滞空していたファランの身体を纏う青が消え、重力に任せて下へ。

 身体は蠢く黒の仲へと重力に任せ落ちていく。

 

「うん……これ」

 落ちながら、くるりとファランは横に回転してみせる。

 ファランの周りに再び青白いフォトンが集まる。

 手に握られていたのは、普段作り出すよりも大きめの刃。

 刃からは青い鎖のような物が繋がれていた。

 鎖の端を掴み、落ちながら大きな刃は空中を浮くダーカーへと投げる。

 巨大な蟻のようなダーカーに深く突き刺さると、それを起点にファランは空中で孤を描く。

 鎖を離し、くるくると縦に回転しながらダーカーのいない部分に着地する。 

 

 振り向きながら瞬時に刃を構えた。

 

 鈍っていた体は徐々に昔の感覚を思い出していた。

 フォトンの刃を展開しながら再び地を蹴る。

 油断しているわけではないが、それでもファランの心にも小さな余裕が産まれていた。

 

 戦える。

 数こそ多い物の、異色なダーカーの感覚は感じない。

 唯の『普通』のダーカーならば、動きも弱点も全て理解している。

 ファランに負ける余地等無い。

 

 これなら、助けられる。

 カナタさんを、救える!

 

 勝つ事に時間を掛けるまでも、負ける事は無い。

 心の余裕は確信へと変わっていた。

 

 

 刹那。

 

 

 

 背筋を、冷たい物が走る。

 

 突然だった。

 

 表情が一気に青ざめる。

 おぞましいと言う言葉だけでは終わらない。

 ファランがまず感じたのはどす黒い嫌悪。

 彼女程の感覚がなくとも感じれ取れるほどの殺意。

 それを直接的に感じてしまうファランはその場で脳を揺らされるような感覚へと陥っていた。

 

「あ……ぐっ……」

 呻く声は無意識に零してしまう。

 ファランは、この感覚を知っている。

 初めてこの嫌悪をぶつけられた時はもっと離れた場所だった。

 

 殺意は直線的に、ファランに向けて放たれる。

 体がフラついたのは一瞬。

 慌てて振り向くと共に、両の剣を目の前でクロスさせた。

 避ける事が間に合わないと感じた瞬時の判断。

 クロスさせると同時に禍々しい殺意が直撃する。

 赤い光線は巻き込まれるダーカー達に容赦をする気配も無い。

 

 保ったのは数秒、手に持つ二つのフォトンの剣が砕け散っていた。

 

 弾かれるようにファランの小柄な体が宙に浮く。

 当たらない事に特化した彼女に防御という技術は必然的に劣化する。

 

 それでもタイミングを合わせた。

 完全に威力を殺した筈だった。

 それなのに、彼女の体は宙を浮いていた。

 異常な威力が、彼女の身体の芯に響く。

 

 大きく飛ばされた彼女は滞空する暇も無く、二度三度、地面に打ち付けられる。

 

「が……っぁ……」

 痛みで声が漏れる。

 口の中に血の味が広がる。

 殺し切れなかった威力は体内に衝撃として残る。

 地面を手で掻き毟り、必死に痛みを堪える。

 

 立たなきゃ。

 

 立たなきゃ。

 

 彼女の心は折れていない。

 それでも彼女の意志とは別に涙が溢れていた。

 

 自身の心へ言い聞かせる。

 足を縺れさせながら立ちあがる。

 

 足が震えていた。

 

 だからどうした。

 

 手が震えていた。

 

 だからどうした。

 

 怖くない。

 何度目の自己暗示だろうか。

 

 歯を、食い縛る。

 

 再び作り出したフォトンの剣を両の手に持ち、流れる涙をふく事もなく、禍々しい憎悪を睨みつける。

 

 視線の先に居たのは、知った顔。

 

「な、何で……?」

 このおぞましい感覚は知っている。

 知っている。

 だけど、この人の筈が無い。

 

 ファランが守る為に立ちはだかっている、この人の筈が無い。

 

 視線の先に居たのは、カナタと全く同じ顔の人型。

 背丈も同じくらい。

 しかし黒い鎧の姿等ファランは知らない。

 その手に持つ身の丈以上の黒紫色の歪曲した大剣等知らない。

 

 仮面β(ペルソナ・ベータ)と呼ばれるダーカーの存在は知っていた。

 だからこそ迷いは直ぐに理解へと変わった。

 何故カナタがコピーされているのかは解らない。

 そんな事を考えるよりも、解っていてもカナタの姿をした化け物に困惑してしまう。

 

 何よりも。

 暖かなカナタの瞳とは違う。

 

 冷たい色の無い瞳。

 

 その瞳は、ファランの心を揺さぶる。

 驚愕は激情へと変わる。

 

「化け物……め……その姿で、そんな、目を、するな!!」

 青い剣の切っ先を敵へと向ける。

 

 あれは敵だ。

 

 見た目が同じでも、彼女特有の暖かさも優しさも美しさも何も感じない。

 感知に優れたファランだからこそ確信出来る。

 それを合図とするように黒い霧が舞う。

 霧は集まると、顔を隠すように角ばったヘルメットのような物へと姿を変える。

 

 黒い霧が辺りに舞う仮面に対して、ファランの周りにも青いフォトンの光が広がる。

 

 二つの色は主張するように強く空気中を舞っていた。

 

 青い光を纏うファランが先に動く。

 

 大切な守りたい人の顔をした化け物に向けて。

 

 軋む体に鞭を打ち、地面を蹴った。




小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/


挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 

  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!
 私も探索者として参加しているよ!
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843


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Act.76 臆病者

 仮面が掌を向けると共に赤い閃光がファランに向けて放たれた。

 同時に地を蹴ると共に孤を描くように閃光を交わす。

 返しにフォトンの刃が飛ばされる。

 ファランとは違い避ける姿勢を見せる様子も無い仮面の鎧に、青いフォトンの刃が突き刺さる。

 刃先が零れるようにポロポロとフォトンの刃は芯に届く事も無く落ちると共に青い粒子へと戻っていく。

 それらを一切気にする様子等見せず大剣をファランへと振り下ろす。

 

「また……来る!!」

 

 瞬時にファランが後ろへと飛んだ。

 目の前を巨大な大剣が過ぎていく。

 険しい表情のまま、ファランは地面へと足が付いた瞬間、瞬時に大きく回り込む。

 同時に空を斬った大剣が地面へと叩きつけられた。

 ファランが居た場所の岩肌が捲り上がる。

 土が掘れた、等と言うものでは終わらない。

 その場に爆発を引き起こしたかのように地面が抉れる。

 異常な威力は、文字通りの異常な衝撃破を生み出し、後ろへと回り込んだファランがバランスを崩しながらも着地する。

 

 周りは土が捲り上がり、衝撃で岩は砕け散り、生い茂っていた木々は凪倒され残骸が広がっていた。

 戦い始めて十分程度。

 それだけにも関わらず、仮面の持つ破壊力はその場を別の世界へと変えていた。

 囲むダーカー達すら、その衝撃波に巻き込まれ数を減らされている程。

 

 辛うじて距離を取るファランは、眉を潜めてしまう。

 

 近づけない。

 あれ程の大振りであれば、攻撃が当たる事は無いだろう。

 しかし致命打を与えられる事も無い。

 

 ファランには決定的な攻撃力が無い。

 だからこそ隙を突き、弱点部分のみにフォトンの刃を叩き込んでいた。

 

 首や鎧の隙間、弱点と思われる部分すら、異常に固いのだ。

 

 時間が掛かれば、人外である仮面に勝算がある。

 自身の呼吸が荒くなっている事も気づいていた。

 当たらないと言えど、戦いから逃げ続けた彼女の体力が尽きる方が早いだろう。

 

「なん、で……私、は……」

 自分のこれまでの情けなさに唇を噛む。今更後悔しても仕方が無いのは解っている。

 

 仮面を強く、睨みつける。

 彼女の心の中で既に答えは出ている。

 方法は有る。

 

 フォトンの刃が通らないのであれば。

 

 この手で直接斬る。

 剣を握る手が更に強くなる。

 

 チャンスは一番柔らかいであろう部分。

 

 仮面が動く度に薄っすらと見える部分。

 

 仮面と鎧の隙間。

 見え隠れする首。

 

 そこであれば、非力な彼女でも、瞬発的に首を切り落とせる。

 

 しかし、その意味は、仮面が大剣振るう度に起こる嵐のような衝撃に近づかなければいけないという事。それも完全に力を溜めた一撃で無ければならない。

 振るう度に発せられる衝撃波はそれだけでも十二分な殺傷力。

 弾ける石や砂は散弾銃のように辺りに巻き散らされ、衝撃の突風は辺りを瓦礫へと変える。

 

 だからこそ仮面の周りを飛びながら遠距離で戦っていた。

 当たらないからこそ、そういう戦い方になる。

 

「……だった、ら」

 

 ファランの速度が上がる。

 ならばもっと早く近づけば良い。

 

 一瞬で、切り落とせばいい……!

 

 仮面の周りを回っていたファランの動きは、仮面に向けて直線的に飛んだ。

 

 迎え撃つように、仮面の大剣が振り上げられる。

 もう何度も見た動作。

 振り落とす瞬間に、ファランはもう一度地面を蹴る。

 自身のフォトンによる無理矢理な方向転換、孤を描くように後ろへと回り込む。

 

 最短で一番近い距離、衝撃は前に飛ぶ。

 後は次に地面に足がついた瞬間に。

 

 首に向けて一直線に飛ぶ。

 

 足が付く。

 仮面の背中が見える。首筋が見える。

 仮面の動作はまだ振っている。

 

 行ける。行ける!

 

 地面を思いっきり蹴り上げた。

 

 次に自身のフォトンを後ろから爆発させるファランの知る中での最速。

閃光の粒子を残しながら、真っすぐに、青い切っ先を首に向けて走らせる。

 

瞬間。

 

 彼女の背筋に寒い物が走る。

 

 異常な感覚が、彼女の体に無理矢理危険信号を走らせる。

 視線は動かしていない。何処からの何からの危険なのかなど解るわけも無い。

 一瞬のスローモーション。

 危険信号の主は。

 

 真横から。

 

 縦に振り下ろされていた筈の大剣が横から迫っていた。

 

 仮面がそのまま回転するように大剣を振り回している。

 ぎりぎりまで見ていた。

 確かに縦に振り切ろうとしていた。

 しかしその疑問を頭の中で模索する余裕すら無い。

 

 直線状に飛んでしまった彼女には避ける事は出来無い。

 迫る大剣に対し、彼女は空中を飛びながら前転するように体を丸め込んだ。

 

 大剣は、彼女の頭上を紙一重で振り切られる。

 巨大な空気を切る音にファランが唾を飲み込む。

 仮面の真横を通り過ぎ、空中で丸めた体を数度回転させ、そのまま砂煙を上げながら着地。

 口が渇く、仮面の動きに絶句している自分がいる。

 

 先読みをされた。

 

 ダーカーに? 

 

 ダークファルスという知恵の高い物ならばいざ知らず、唯のダーカーが?

 この仮面は確かに縦に振り切るフェイントを交えて、回り込む彼女を横から仕留めようとしていた。

 先程の現状が脳裏を過ぎる、再び強い寒気が走った。

 大剣を携え、こちらに赤い瞳を向けている仮面は動く様子は無い。

 

 一度、深呼吸をする。

 勿論、視線から仮面を外さない。

 

 大きく息を吸い込み、息を吐く。

 

 腹の底の恐怖を吐き出すように。

 ゆっくりと。

 何故動かないのか解らないが、その時間はファランを落ち着かせるには十分だった。

 覚悟を決めるように。

 動きを読まれているのであれば、それ相応のやり方も。

 

 在る

 

「怖く……ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 両の手に一つずつ青い剣を携え、飛翔する事無く仮面に向けて歩を進める。

 速さも、何もいらない。

 本当に歩く速度で仮面に向けて移動する。

 

 そんなファランに対し、仮面は大剣を持っていない手を掲げた。

 赤い光線がファランの顔に向けて飛ばされた。

 それに対し、彼女は先程のように大袈裟に飛ぶのでは無く頭を傾けるだけで避ける。

 

 ワンアクションに合わせ、地面を蹴った。

 

 赤い光線と共に大きく砂煙が舞い上がる。

 それに埋もれるように突き進むファランの姿が消えていく。

 

 仮面にたじろぐ様子は見せない。

 やり方は変わらない。

 

 砂煙が舞う中、仮面は辺りに視線を走らせる。

 仮面にもファランの動きは見えてきていた。絶対に当たらないからこそ、回避する先を判断する。

 何度も目にしていた。

 ファランが常に後ろに回り込む事も理解していた。

 躊躇う様子もなく、巨大な大剣を目前に振り下ろす。

 姿が見えなくとも、関係は無い。

 そして、おぞましい衝撃波が辺りに広がる中、そのまま引き抜くと同時に、頭上で腕を回し真後ろへと振り切る。滅茶苦茶な関節の動きは不気味な音を立てるも仮面自身は気にする様子もない。

 

 それは前に振り下ろしたのよりも更に巨大な威力。

 

 衝撃と共に、再び地面が捲れ上がり一帯を薙ぎ払う。

 草木が、地面が、巻き込まれるダーカー達が消し飛ぶ。

 次に上がるのは最早砂煙だけでは無い。土が、小石が、吹き飛ぶ全ては散弾銃のように捲り上がり、流れ弾に当たるダーカーも木々も粉々の姿へと変わる。

 

 それ程の破壊は仮面の視野すら塞ぐ。

 

 当たる必要は無い。衝撃だけが生命を吹き飛ばす力がそこにあった。

 どのような小細工が来ようが、全てを踏み潰す絶対的な力を示す。

 

 手応えはなくとも確実に仕留めたと確信していた。

 仮面が空いている手を虚空にて横に振るう。

 煙が晴れていく。

 無残に転がる破壊の象徴たるクレーターや自然物の破片やダーカーが広がっていた。

 しかし、そこに赤い血のような物が見当たらない。

 

 仮面の冷たい視線が左右に動く。

 

 視線にか弱き存在の成れの果ても、欠片すらも見えない。

 

 先に、聴覚が音を拾った。

 

 それは真下から。

 

「痛く、ない……痛く、ない……」

 嗚咽を零しながら振り絞るような声。

 見下ろした先に、涙を流しながら、ボロボロの姿のファラン。

 

 最初の一撃。

 

 大周りに避け続けていた彼女が、臆病者の彼女が。

 最後に選んだ選択肢は。

 

 避けない事だった。

 

 両の手で下に突き刺したフォトンの刃は衝撃で体を吹き飛ばさない為に。

 無論、完全に当たれば身体は粉々に砕け散る。

 だから紙一重で避けた。

 ギリギリまで近づく為に。

 目と鼻の先で振り下ろされる巨大な脅威による恐怖。

 衝撃だけでも身体を引き裂く威力。

 振り絞ったフォトンの刃を身体の周りに展開し続け、少しでも衝撃を和らげようとしていた。

 作り出す度に刃は砕け散り、服が破け、皮膚が裂け、それでも歯を食い絞る。

 

 血だらけの姿へと変わる中。

 

 その涙で濡れる瞳だけは強い意思を込めていた。

 仮面が再び大剣を振り上げるよりも、構え続けたファランが飛び出すのが早い。

 

 青い剣(つるぎ)が洗練されていく。

 一閃、ただの一閃。

 今迄よりもずっと鋭利に、高密度に。

 握る手に力が入る。強く、強く握りしめる。

 

ギリギリまで貯めた最大強度。

 

 視線を向ける仮面から覗く赤く光る線の跡が残る。

 

 まるで数秒。

 

 コンマ。

 

 いや、時間すら『動かない』。

 

 喧騒が止まっていた。

 舞っていた砂が空中で止まっていた。

 木々が揺れると共に落ちる葉が揺れている途中で止まっていた。

 周りの蠢いていたダーカーすら動きを止めていた。

 

 動いているのは振り下ろそうとする仮面。

 仮面の後ろに現れたのは大きな時計の影。

 準備も無く、瞬間的に展開されるダークファルス『ルーサー』の絶対能力。

 見える、見えない以前のデタラメな世界。

 

 世界が止まる。

 

 動くのは一つ。

 

 おぞましい黒のオーラを纏う最大威力の巨大な大剣。

 

 動くのは一つ。

 

 揺れる二つ結びの桃色の髪。

 

 深紅の瞳と、桃色の瞳。

 

 ファランは横へと飛んでいた。

 簡単な横への反復横跳びのようなステップ。

 

『絶対回避』

 

『完全感知』

 

 それは彼女の呪う能力。物理的な全てを触れさせない。

 それは無意識化に起こる反射で避ける彼女が『ジョーカー』とする能力。

 

『最善』(ガーデン)が一人。 化け物の一人。

 

 世界と世界の堺。

 人と言う概念では最早見える筈の無い境界を避ける。

 彼女だからこそ出来る絶対回避の能力。

 

『ハミングバード』

 

 避けられる筈が無い、世界と世界の狭間を超えていた。

 彼女は次元を超えていた。ジョーカーとしてのもう一つ上を。自身の限界の一つ上を。

 無意識化でそれをしていた彼女はその異常制に気づいていない。

 

 唯必死に、唯必死で、守る為に。

 

 静止の世界を動くのは二人。

 

 青い剣が、見下ろす、仮面の、首の隙間を貫いていた。

 

 数秒の硬直、兜から黒い血が零れていた。

 

 ファランはその場で回転する、最後の一歩、小さな体の筈の彼女の力強い一歩。

 遠心力に合わせ、躊躇無く振りぬく。

 

 勢いに合わせてふらふらとたたらを踏んだファランは、数歩進んだ後、情けなく膝から落ちる。

 

 ゴトリと重い音が辺りに響く。

 振り返らなくても解る。

 確かな手応え。

 

 同時に砂が落ちる。

 喧騒が始まる。

 木の葉が揺れ落ちる。

 

 ファランは大きく息を吐くと、その場で力なく握りしめていたフォトンの剣を離す。

 地面に落ちる前にその剣は消え、変わりに重力に合わせて血がぽたぽたと地面へと垂れる。

 

「やった……やった……」

 血を気にする事も無く、ぐっと、胸元で握り拳を作った。

 荒い息を繰り返しながらも、勝利を噛み締める。

 

「勝った……勝った!! 私が、この、わ、私が、一人で、一人で!!」

 

 座り込んでいたのは数秒、直ぐに視線は周りのダーカー達に慌てて向けられる。

 数は減っていても、カナタを傷つける存在はまだ多く存在している。

 立ち上がると、ヨロヨロと身体をよろめかせるも、必死に歯を食い縛る。

 青いフォトンの剣を作り出し、目前のダーカー達へと再び切っ先を向ける。

 

「まだ、終わって……無い!!」

 

 無駄にするものか。

 後少しで、後少しで戻れる。

 あの人の元へ。

 

 

 

「その通り」

 

 

 

 

 声が聞こえた。

 それは後ろから。

 頭が疑問に思うよりも身体が反射的に動いていた。

 力の限りを使い、横に思いっきり飛んだ。

 彼女の絶対感知の能力が、反射としてそう動かさせたのだ。

 

 絶対回避、無意識化の反射は見えない世界すら超えた。見えない攻撃すら物ともしない。

 

 舞うのは白いリボン。

 

 手が伸びていた。

 

 無意識に体は動いていた。

 

 しかし思わず意識的に伸ばしていた。

 衝撃に耐えられずに外れて舞ってしまっていたリボンへと手を伸ばしていた。

 

 大好きな人のプレゼント。

 

 ファランが居た所を赤い閃光が飛ぶ。

 

 無理矢理横へ飛んだ彼女はそのまま着地もままならず尻餅をつくような形になってしまう。

 

 彼女の瞳に、空に舞う粉々になったリボンの破片が映る。

 

 

 

 彼女の腕と共に。

 

 

「あ」

【挿絵表示】

 

 

 

 呆けた表情のまま、間抜けな声が出る。

 空に飛んだ自身の腕を、ポカンとした表情のまま見つめる。

 血を撒き散らしながら腕は地面にどさりと音を立てて落ちた。

 

 呆然と固まっていたファランの瞳に映る光景。

 ゆっくりと、実感が沸き始める。

 

 絶叫が響く。

 

「アァァァアァァァアァァァアァァァァァァァ!!!!!!!! 

 痛みに体をよじらせながら必死に叫ぶ。

 

「腕が!!腕がアァァァ!!」

 痛みを紛らわそうと声を出し続ける。それでも痛みが消えることはなく、彼女の体に苦痛が掻き毟る。

 

 

「痛いよぉぉぉぉ……血が、血が、痛い、痛い、痛いィィィィ!!!」

 痛みに震えながら溢れる涙すら拭くことも出来ず悲鳴をこぼし続ける。

 

「アァァァ……カナ、タさん……!!! カナタさァァァァん!!! 痛いよ!! 痛いよ!! 助けて!! 助けて!!」 

 無意識に呼んだ声は、何があっても彼女が救うと誓った人の名前。

 縋るように、二度三度と名前を呼んでしまう。

 

 痛みで蹲り、必死に歯を食い縛る。

 

 結局は、彼女は臆病者なのだ。

 

「カナタさァん‼ 痛いよォ!! 痛いよォ!! 怖いよォ!! ヤダよォォ!!」

 救ってくれた彼女の名前を呼ぶ。

 心を救ってくれた彼女の名前を呼ぶ。

 

 どれだけ勇気を振り絞っても、どれだけ前を向いても。

 根本から怖がりで、恐怖し、恐ろしいものを見ない為に思わず下を向く。

 天性的な能力のせいで、ジョーカーとしての能力のせいで拍車がかかっていた。

 

 だから、そうやって生きてきた。

 

 戦いを前にしていた彼女の姿は最早そこにはない。

 痛みで顔を歪ませ、泣きじゃくる子供でしかなかった。

 

 そこに勇敢な様子など無く。

 心の中を恐怖で引き詰められた臆病者の彼女でしかない。

 

 

「ヒィィ…イイイイイ……」

 もはや言葉にもならない呻き声を上げていた。

 恐怖に染まった、絶望の声。

 

 

 彼女は臆病者なのだ。

 

 

 

 健在している腕を必死に使いながら、起き上がる。

 瞳は定まらず、恐怖の色に染まったまま。

 振り返る。焦点の合わない瞳が仮面に向く。

 首の無いまま立つ仮面が居た。

 

 自身の首を拾い、元の位置へと戻そうとしている姿は、不気味にファランの眼に映る。

 

「怖い……怖い……ヤダ……ヤダ」

 溢れる言葉は無意識のもの。

 

 

 彼女は臆病者なのだ。

 

 

 体をゆらゆらと揺らし、その度に腕があった場所から血が溢れる。

 おびただしい血の量も気にせずに、恐怖で染まった視線と共に、恐怖に染まっている筈の彼女は。

 

 

 剣先を向けていた。

 

 

 

 彼女は臆病者なのだ。

 

 

「カナタさんを……失う方が、嫌だ、嫌だ!!!!!」

 

 涙をボロボロとこぼす彼女の周りに、青い光が再び集まる。

 今までの非では無い光は、一つ一つが刃へと変わっていく。

 

 ダーカーが怖い。

 

 

 痛いのが怖い。

 

 

 死ぬのが怖い。

 

 

 それよりも。

 

 

 

 

 

 大切な人を失うのが怖い。

 

 

 

 

 彼女は。

 

 臆病者なのだ。 

 

「嫌だアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」




小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/

挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee 

  黒紫  @kuroyukari0412

 黒紫さんが現在CoCのリプレイ動画を作ってくれています!
 私も探索者として参加しているよ!
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm29987843


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Act.77 飛べ

 広がり続ける血の海は未だ広がり続けている。

 頭が揺れる。

 霧が掛かったような脳内にぐらりと体が揺れる。

 思わず地面へ刃を突きたてる。

 びちゃりと辺りに血が飛び散るのも気にせずに剣へと体重をかける。

 何とか体制を立て直しながら、ファランは強い意思と共に顔を上げる。

 

 その瞳は、死んでいない。

 

 空いた手は既にボロボロのダッフルコートのポケットへと入れられる。

 そこから取り出されたのは一つの錠剤。

 

 ずっと、ずっと大事に持っていた。

 未熟な自身が、彼女を傷つけてしまわない為に。

 こんな風に、守る為に使う日が来ると思っていなかった。

 その錠剤を口に放り込むと、口の中に広がる血と共に飲み込む。

 鉄の味が流れ込む。

 

 同時に彼女の周りの青い光が強く増して行く。

 

 彼女自身の根本が、強く、強く、力へと変わる。

 

 辺りの青い粒子は形を変えていく。

 フォトンの刃は増えることを止めない。

 彼女の頭上に、周りに、数十、数百、数千と数が増して行く。

 重なる刃は幾重にも何重にも重なっていく。

 青く、閃光が辺りを包む。

 それ程の光の粒子の塊。

 

 それらは一つの固体へと変貌する。

 

 龍のような巨大な生き物が宙孤を描きながら空へと舞っていた。

 

 FBFと刻印された錠剤。

 

 彼女の能力である感知の能力、それを弱らせる為、フォトンを一時的に吐き出す薬。

 つまり力を垂れ流させる。

 力が暴走した時に、無理矢理に力を吐き出し無力化する。

 

 それは流血を続けている事と変わらない、蛇口を開いたままにする薬。

 本来は、ヴォイド達が検査を使う時に使う程度の物。

 

 それを使い、彼女は蛇口を思いっきり捻る。

 身体の中の全ての力を吐き出す為に。 

 

 粒子となり外に出るだけのフォトンを彼女の精神力が無理矢理に形作る。

 ブレーキを掛ける必要は無い。

 全てを。

 私の全てを。

 

 無くなった腕の部分から大量の血を流しながら。

 

 残った腕を前方へと向けた。

 瞳は下を向かない。もう下を向かない。

 臆病者は化け物たちを見据えて、声を挙げる。

 

「帰るんだ!! 帰るんだ!! 私は!! あの人と!!!!」

 

 蒼く輝く龍が空を走る。

 彼女の雄たけびに呼応し、口を大きく開き仮面へと一直線に飛ぶ。

 

 その巨大なサイズは、通るだけで辺りのダーカー達が巻き込まれる。

 一瞬にして駒切りにされていくダーカー達を通り過ぎ、その脅威は一直線に、化け物は化け物へと走る。

 

 迫る巨大な龍を前にしても仮面はたじろぐ様子を見せない。

 

 ファランと同じ様に手をかざすと黒い粒子が瞬時に集まっていく。

 それは形を作り上げる、同じく自身をゆうに超えるサイズ。

 出来上がったのは自身の身体の何倍もある黒い盾。

 奇しくも龍と同じサイズの巨大な盾が現れていた。

 その盾をファランは知っている、守りを主体としたダーカーが持っていた割れる事の無い盾。

 驚異的な防御力を示すその盾を持つダーカーと戦う時、誰もが回りこんで戦う絶対防御壁。

 その盾が目の前に存在していた。

 盾を翳しながら仮面は衝撃に備えてヒザを曲げる。

 壊れる事をしらないダーカー至上最大の防御に、ファランの全てを注いだ巨大なフォトンの龍がぶつかる。

 

 盾と矛が、巨大な衝撃音を響かせる。

 

 衝撃で木々が大きく揺れる。

 砂が捲り上がる。

 

 フォトンの龍は止まる事も無く仮面の盾に強烈な圧力を加えていた。

 

「あ、あ、あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 上げた事も無い無様な雄叫びが上がる。

 それに呼応するように龍の勢いは上がる。 

 削り取る音を零しながらも盾が壊れる様子は無い、踏ん張る仮面の足は地面を削り後退して行く。

 フォトンの龍は大きく口を開けたまま止まる事を知らない。

 

 押している。

 曲がりなりにも、ジョーカー。ファランの振り絞った全て。

 

 届け。届け。届け。

 

 強い思いとは裏腹に、ゴポリと口から血が噴き出す。

 同時に明らかに竜の勢いが弱まる。

 浮遊していた巨大な体は徐々に落下しながら、象るフォトンの刃が消えていく。

 

 それは、本来のアークスが出力しては行けない範囲。

 それが化け物と言われたジョーカーであろうと例外では無い。

 フォトンという生命力を吐き出す自殺行為。

 体の中が締め付けられる感覚。

 臓器が潰れているような感覚。

 それは既に人の限界を超えていた。

 口からゴポゴポと零れる吐血は止まらない。

 

 仮面自身も圧力が弱まっているのを理解していた。

 

「ま゛っで」

 

 膝を付きそうになる足を堪える。

 

「後、後、すこ、後、少じ、で!!!!」

 

 下がりかけた腕に力を加える。

 

「飛ん、で……」

 血反吐を吐きながら望む。

 

 飛べなくなったハミングバード。

 

 力を、力を、力を。

 地面を擦れ始めていた竜が落ちる事を止める。

 

「飛べ」

 

 飛べなくなったハミングバード。

 

「飛べええええええええええええええええ!!!」

 吼える彼女の声に応えるように、龍が青く光る。

 青いフォトンの刃が爆発を繰り返す音を響かせ、更に速度を上げる。

 慌てて仮面が盾を両手で持ち変える。

 その瞬間に、ぎりぎりと削るような音が変わる。

 ピシリと、小さな割れ目。

 割れ目は広がる。

 龍は飛ぶ、届かなかったその先を超える。

 割れた事の無い盾が、粉々に音を立てて砕け散った。

 フォトンの龍が、彼女の思いが絶対の盾を突き破る。

 あらわにされた仮面の身体に巨大な龍は口を開けながら、その速度のまま仮面の身体を飲み込んだ。

 仮面の身体が何千ものフォトンの刃に切り刻まれながら吹き飛ばされていく。

 10メートル、20メートル、地面に一度落ちるも衝撃が終わる事も無く飛ぶ。

 森を超え、巨大な砂漠に落ちても勢いは止まらない。

 砂煙を上げながら巨大な岩を当たり砕け散りながら、ようやくその勢いは止まった。。

 鎧は粉々に砕け散り、体中から黒い血を流し。鎧と共に身体の至り所の肉片がひき肉のように切り刻まれていた。

 辛うじて人の形を保つそれは、何度か動こうとするも、指先や頭が辛うじて動く事しか無く、仮面はゆっくりと瞳の光を失う。

 

 

 吹っ飛ぶ仮面に、フォトンの龍が追い討ちをする事は無く、空中で孤を描き、空へと上がる。

 何処までも空へと飛びあがっていく。

 その体を青い光の粒子へと霧散させながら。

 ファランの口から、鼻から血が吹き出していた。

 異常な量のフォトンをコントロール等元来出来る物では無い。

 それをファランは無理矢理の精神力で押さえ込んでいた。

 

 その代償は大きい。

 

 竜の威力は空を覆う雲を晴れさせ、明るい空が広がっていた。

 空を仰ぎ、震える手を下ろす。

 

 優しい光に、眼を細める。

 

 綺麗な、青空。

 

 飛び続けていた、昔から変わらない空。

 

 そこには静けさしか無い。

 

「……終わっ…………たァ……」

 零れる声。

 優しく紡ぐ声は続く。

 

「お家に、か、か、か……かえ、ろぉー……」

『疲れちゃった』そう零し彼女は微笑む。

 健在している手で頬に触れる。

 腕が切れている事よりも、頬が切れている事に気づいたのだ。

 クスリと笑う。

 体中の傷よりも、無くなった腕よりも、またカナタが絆創膏を張ってくれるかな……と考えていた自分に笑ってしまった。

 

 ずるずると身体を引きずりながら後ろの洞窟へと踵を返す。

 

 虚ろな瞳は何度も何度もぶれる。

 生命に必要な物を吐き出した代償は、既に視力が狭まっていた。

 手足が重い、息をするのはこんなに辛いものだったろうか。

 何も聞こえないのは、きっと、とても静かだから。

 

 そんな状況でも、臆病者は優しい笑みを零す。

 巨大な力を持っている少女は、唯の子供の様に笑う。

 

 頭で浮かんだ言葉は酷く単純な事。

 

 

 ―褒めてくれるかな。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 フォトンの手錠が突然音を立てて砕け散った。

 砂だらけの身体は慌てて立ち上がり出口へと走る。

 突然の手錠が外れた事が、色々と模索へと繋がってしまう。

 脳裏を過ぎるのは胸を締め付ける不安。

 只々必死に走る。

 

 出口の光が強くなる中、洞窟の入り口の手前に影が見えた。

 

「ファランちゃん!!!」

 近づいて行くと、彼女の身体が血だらけだと言う事、腕すら無い事に気づいてしまう。

 ゆっくりと倒れようとしていた彼女を間一髪抱きとめる。

 身体を預けるファランの表情は穏やかで、自身の事が理解出来ていないのか、少し呆けたような表情。

 

「ファランちゃん!! ファランちゃん!!」

 慌てて再び名前を呼ぶ。

 声が、震えてしまう。目の奥が熱い。

 カナタの言葉に、ファランは空ろな声を漏らしていた。

 

「あ……あー……カナ、タ、さん」

 嬉しそうにカナタの名前を呼ぶ。

 その声は無邪気で、カナタの胸に顔を摺り寄せる。

 

「ファランちゃん!! しっかりして!!」

 

 空ろな瞳に必死で語りかける。

 その声を、嬉しそうにファランは聞いていた。

 止まらない血をカナタは自分に巻かれたマフラーで根元から強く縛る。

 少しでも流れ出る血を遅らせようとする。

 傷口を強く触れているにも関わらず、彼女の表情の笑みは変わらない。

 既に、痛みすら感じない状態だと理解する。

 

「誰か!! 誰か助けて!! この子を助けて!!」

 洞窟の奥に声が響き渡る。

 見上げる洞窟の直ぐ入口は、あまりにも静かで、木霊する声にカナタの血の気は引いていく。

 彼女達以外に誰かが居るわけが無い。

 解っていた。それでも、誰でもいいから、彼女を助けてほしかった。

 助けられない自分の代わりに、何も出来ない自分の代わりに。

 カナタの頬を伝う涙を、ファランの無事である手がそっと拭う。

 

「大丈夫だ、よ……死なない、から、ぁ……」

 伝う彼女の指は、カナタの頬に赤い鮮血をなぞっていた。

 ファランは優しく笑う。

 

「やりたい事……いっぱい、あるか、ら……」

 同じ台詞を聞いた。

 彼女の瞳は温かい。

 怯えていた瞳を見慣れていたカナタには、見慣れない綺麗な瞳。

 

「ねぇ……カナタ、さん……あの、ね、あのね」

 ファランは子供のように、カナタに縋る。

 

「うん……なあに……」

 どうする事も出来ない彼女は、ファランに微笑む。

 彼女の話を聞く事しか出来ないのであれば。

 彼女を少しでも安心させようと、涙を零しながら笑う。

 

「もし、もし……カナタ、さんが……世界に帰れなかったら……一緒に、私達の所へ、帰る事になったら……」

 ファランはそこで少し区切ると、視線を逸らす。

 頬が赤らめ、そして意を決したようにポツポツと零す。

 

「ま……また……い、一緒に暮らして……くれますか?」

 

 ぎゅっと眼を瞑る彼女を、カナタは少しだけ不思議そうに見つめる。

 意を決するものなのだろうか、そんなの答えは決まっている。

 視線には、彼女の腕があった場所が映る。

 それはカナタを守る為に戦った犠牲だろう。

 自分の為に、ここまで戦ってくれた。

 傷だらけになってくれた。

 その小さな身体で、勇気を奮い立たせてくれた。

 

 ……もし、一緒に帰れるなら、彼女の全てを受け入れる。

 ファランと、最後まで一緒に居る。 

 

「ファランちゃん」

 名前を呼ぶカナタの声に、ファランは恐る恐る、と言う具合に眼をあける。

 その眼を真っ直ぐと見つめ、飛び切りの笑顔を向ける。

 それで彼女が救われるなら。

 

 

「一緒に、暮らそう?」

 

 

 カナタの言葉に、ファランは一瞬固まる。

 眼を見開き、その眼から涙がポロポロと零れる。

 怖くて、悔しくて、悲しくて流してきた涙。

 今流れている雫は、唯只嬉しくて。

 

「ほ、ほんとに?」

 

 聞き返すファランに、カナタは頷く。

 

「うん」

 

「ッ!! あ、あ、あ、あうううう~~~~……」

 カナタの顔に再び顔を埋める。

 ファランの小さな泣き声が静かな世界に響いていた。

 胸に感じる暖かい雫に、ファランの気持ちが強く伝わってくるようで。

 そんな小さな少女を、カナタもぎゅっと抱きしめる。

 

 本当は、それどころでは無いだろう。彼女が今恐れるのは、その事では無いだろう。

 それでも彼女が今恐れているのがそれなら……カナタのやれる事は解っている。

 

 無邪気な笑顔を上げ、ファランはカナタに向けて満面の笑みを向ける。

 臆病ではない、本当の姿の彼女の笑顔がそこにあった。

 

「あの、ね? あのね? 一緒に、ま、町を、回りたいの、美味しいパン屋さんがあるんだ、よ!!」

 

「フフ……良いけど、パンばっかはダメだからね?」

 

 カナタの言葉にファランは少しだけ視線が泳ぐも、またカナタの瞳を暖かな眼が見返す。

 

「うう……でも、カナタさんの料理なら、食べる……よ?」

 

「料理だってまだ教えてるの途中だからね。その腕じゃ、ご飯作り難いかもしれないけれど、一緒に作ろっか」

 こくこくと力強く頷く彼女の頭を優しく撫でる。

 

「楽しみだな、楽しみだな、ずっと、ずっと一緒にいてね」

 

 一緒に居てあげたい。

 だけれど、血が止まる様子は無い。

 

 このままでは……このままでは!!

 カナタの脳裏に浮かぶのは残酷な現実ばかり。

 それなのに笑顔で語りかけてくるファランに、我慢が出来ずに心が大きく揺れてしまう。

 作っていた笑顔は崩れ、涙が溢れる。

 

 助けて、神様……この子だけでも……お願い、お願い、お願い……!!

 強い思いを込めて彼女を抱きしめる。

 

 誰か、誰か、誰か……!!!!

 

 

 

 誰か。

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 ファ……ン……。

 ナ……タ……。

 

「ッ!!」

 

 ばっ! と顔を上げ慌てて空を見上げた。

 辺りを覆い隠す大きな船が空に浮いていた。

 それは彼女達が移住していた巨大な船。

 巨大な船から、手を振る数人の影は、懐かしい見覚えの有る人たち。

 

「ファーーラーーンーー!!! カーーナーーターー!!」

 

 大声で彼女達を呼ぶ声に、確信した。

 

 助かった。

 

「死なない……って、言った、でしょ……?」

 腕の中で笑う少女に、カナタの涙は止まらない。

 この子が助かる事が嬉しかった。

 この子が生きてくれている事が嬉しかった。

 この子と、また一緒に入れる事が嬉しかった。

 

「ファランちゃん!!! 助かったよ! 私達助かったよ!! ファランちゃんが頑張ってくれたから助かったんだよ!! ありがとう! ありがとう!」

 

 強く抱きしめる彼女に対し、ファランは恥ずかしそうに笑う。

 

「…………エヘヘェ、カナタさんが褒めてくれたァ、ニヤけちゃうなァ、大好き、カナタさん……大好き」

 



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Act.78

 森の中で、穏やかな風が舞う。

 その風に乗せられるように黒い霧が舞う。

 

 穏やかな日差しの中にも拘わらず、凄惨な場が広がっていた。

 

 大きなクレーターが滅茶苦茶に幾つも存在し、木々達は薙ぎ倒され、切り刻まれ、無残な姿へと変わっていた。

 

 まるで、嵐でも通ったかのような世界。

 

 それ以上に姿が滅茶苦茶になっているダーカー達の、死骸の山。

 その量から霧に代わるのが遅れ、周りに黒い霧が漂っていた。

 

 大量の死骸の山の一部が動く。

 

 死骸を押しのけ、一匹の小さなクモの形をしたダーカーが飛び出していた。

 片足が吹き飛び、三本の足でヨタヨタとバランスを保っていた。

 そのクモが向かう先は洞窟の近く。

 

 一つの倒れている黒い影へと向かっていた。

 

 その影は。

 

 空ろな瞳のまま、今も血を地面に流し続け、一帯を血の海に変えていた。

 

「一緒、に………暮ら……」

 

 その少女は小さく口ずさんでいた。

 誰が居るわけでも無く、笑顔を浮かべながら楽しそうに。

 

 

「ほんと? うれ、し」

 少女は誰かに話しかけていた。彼女にしか見えない誰かに。

 

 身体の血の3割を無くすと幻覚が身体を襲いだす。

 

 それも、自身の身体の状態から現実逃避をするような、都合の良い夢のような物を。

 

 歩みの遅いダーカーはようやく少女の身体に行き着く。

 

 空いている一本の爪を少女の身体に勢いを付けて突き立てていた。

 肉へ食い込む音と共に、彼女の身体が揺れ、新たな穴から血が噴出す。

 

「美味し……パン屋が……あって……ね」 

 

 痛がる様子も無く、彼女は笑顔を浮かべながら空ろな瞳で言葉を紡ぎ続ける。

 

 数度突き刺したあと、ダーカーはヨタヨタと移動する。

 

「褒め……くれ……たぁ……ニヤ……ちゃう……なァ……」

 

 ダーカーの爪は、ファランの顔へと、眼の部分へと。

 

 突き立てられた。

 

 

「大好」

 そこで言葉は止まる。

 数度の痙攣が彼女の身体を襲う。

 

 その後、残った方の瞳から、完全に光が消えた。

 脳漿と血が入り混じったそれが、血の海にまた追加される。

 

 絶対回避とまで言われた彼女。

 ガーデンの一人。

 化け物の一人。

 最強で最悪で最害で最善のジョーカーの一人。

 

 触れる事すら叶わないと言われたハミングバードが、たった一匹のダーカーに命を断ち切られる。      

 

 

 夢を見る。

 

 

 都合の良い夢と共に、彼女は二度と目覚めぬ眠りへと付く。

 

 最後に彼女の脳裏に移ったのは。

 

 カナタの手を引いて、町を歩いている世界。

 困った顔をするカナタの事等気にせずに、ファランは大好きな人の手を引いて夢中で町を回る。

 

 そんな輝く未来。

 

 

 

 桃色の瞳に青空が反射するように光る。

 

 穏やかな光が世界を照らす。

 

 幸せそうな彼女の表情を。

 

 

 

 

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挿絵担当に書いて頂いた二つのパターン。白黒の方も乗せさせて頂きます。


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Act.79 正反対の思いが

「ハァッ……! ハァッ……!!」

 

 息が荒い。

 体中を土で汚し、彼女の制服は所々が破けていた。

 そんな事を気にする余裕等無い。

 拘束されていたソレが突然砕けた途端に走り出した。

 最悪が脳裏にチラつく。

 それを否定するように必死に足を動かす。

 

 洞窟の入り口から出たカナタの瞳に最初に映ったのは。

 

 大量のダーカーの死体。

 

 そして、頭をこちらに向けた状態で倒れるファランが眼に映った。

 ファランを中心に流れる赤い何かに、カナタの背筋が寒くなる。

 次に、ファランの近くに黒いクモのような物が見えた。

 一本は破損しているのか、残った三本の爪のような足で、何とか二本でバランスを不安定に取っていた。

 そして、残りの1本が、ファランに突き刺されていた。

 

 おぞましい脈動がされたその爪は、まるで、何かを送り込んでいるようにも見える不気味さ。

 

「イヤアアアアアア!!」

 

 悲鳴を挙げながらもカナタは走る。

 ファランへと足を突き刺すクモに、その脆弱な身体を思いっきりぶつけていた。

 バランスが悪いクモはカナタの脆弱な力で簡単に崩れ、爪を抜きながら後ろへとたたらを踏んだ。

 

 荒い息を繰り返しながらカナタは無我夢中でファランへと駆け寄っていた。

 足を踏み込み血の海が飛び散る。

 

「ファランちゃん!! ファランちゃん!!」

 声を掛けるも、返事は無い。

 良く見えないでいたファランの姿は、その時全て眼に映る。

 

 片腕が無くなり、左目の部分に穴が開いていた。

 そこから今も血は垂れ続け、残った瞳は生気を感じさせずに上を向いていた。

 

「そ、そん、な、ファ、ファランちゃん!! いや! いや! いや!!」

 血の海の中、身体に血が付く事も考えずに尻餅をついてしまっていた。

 

 キリ、キリ。

 

 呆然としながらも、奇妙な音に振り返る。

 先程バランスを崩していたダーカーが直ぐ後ろに。

 自身の身体程のサイズのダーカーの赤い目は確実にカナタを捕らえていた。

 

「ッヒ……」

 短い悲鳴を零しながらも、カナタはファランの身体を守るように立ちはだかる。

 ガタガタと体を震わせながらも、既に生きていないファランの前で両手を広げる。

 死体であろうと、これ以上傷つけたくなかった。

 これ以上、彼女の身体に傷を付けてほしくなかった。

 カナタの思いなど、ダーカーに解るわけも無く、その長い爪をカナタに向けて振るう。

 迫り来る爪に彼女が逃げる事は無い。

 

 目の前で爪が飛ぶ。

 

 血しぶきを挙げ、呆然と飛んでいく爪を目で追ってしまう。

 その先に、刀を振るい血を飛ばす人を見つける。

 何故だろう久しぶりに感じる彼女は、その服装を血で染め上げ、表情は酷く無機質で、感情すら見えない瞳は淡々とカナタを見つめていた。

 

「アナタは本当……死体に縋り付くのが、好きですね……」 

 

 カナタの耳に、聞き覚えの有る声。

 冷めたような声は、呆れていた。

 黒い髪の毛を靡かせ、ゆっくりと低い姿勢を戻していた。

 

「ルーファ……さん」

 

「……久しぶりですね」

 淡々とした言葉には色が無い。

 その様子から、その体にある血は、返り血なのだろうと解る。

 誰の返り血なのか等、解るわけも無いけれど。

 神妙な顔でカナタを見つめ、視線は次にファランの方を向く。

 

「ファ、ファランちゃんが……ファランちゃんがァァァ……」

 咽び泣くカナタに、ルーファは首を横に振る。

 認めたくなかったそれが、それだけで胸に意味を刻まれる。

 

 現実が、脳内を駆け巡る。

 

「いや!! いやあああああああ!! そんな!! そんな!! アアアアアアアアア!!!!」

 

 叫び声は響き渡る。

 胸を突き上げてくる気持ち。

 闇雲に涙が溢れて行く。

 思いは止まらない。

 

 悲しくて、苦しくて、悔しくて、辛くて。

 どうすれば良いか解らない。 

 胸から込み上げる物を吐き出し続ける。

 

 始めに会った時は、怯えた小動物のような子だった。

 不安だった感情は、彼女と居る時は忘れられていた。 

 自分が自分で居られたから。

 臆病で、怯えていて、だけど凄く優しい子だという事を知っていた。

 少しづつ、心を開いてくれた彼女が大好きだった。

 

 彼女の味方でいようと誓った。

 

 カナタもまた、依存していた。

 

 彼女はもう居ない。

 最後に見た笑顔が何度も頭を掠める。

 

『カナタさん……』

 

 頭の中で、彼女との思い出が、カナタを呼ぶ声が、何度も繰り返される。

 

 

 どれだけ泣こうと彼女は帰っては来ない。

 

 もうカナタの名前を呼ぶ事は無い。

 

 

 ■

 

 

 咽び泣く彼女を他所に、ルーファの視線が辺りを見渡す。

 黒い霧へと消えていく筈の大量のダーカーの死骸は、その量から今も消え去る事に時間を掛けていた。

 地面は抉れ、木々は倒され、巨大な何かが暴れ回ったような、のたうち回ったような凄惨な状況。

 

 次に視線は、再び倒れているファランに向く。

 周りの姿と、彼女の凄惨な姿とは裏腹に、ファランの死に顔は酷く穏やかな物だった。

 眉を寄せ、唇をへの字に曲げる彼女の姿ばかりを見てきた筈だった。

 その笑顔は、ルーファには新鮮な物に感じる。

 

 笑って、逝けたのね。

 

 敬意を示す様に、ルーファはゆっくりと目を閉じる。

 

「よく、頑張りましたね……」

 

 臆病者だと下げずんでいた。

 この子が立ち上がる事はもう無いと思っていた。

 心の折れた人間など沢山見てきていたから。

 戦えない臆病者は、今、腕を無くし、体中から血を流しながら倒れている。

 

「アナタは勇敢だった。立派な、戦士でした……」

 

 ルーファの言葉に、泣き崩れていたカナタはぴたりと止まる。

 

「何が……何が!!! 戦士ですか!!!」

 振り返るその形相は怒りで染まっていた。

 カナタの顔は、涙や泥、血や鼻水で汚れていた。

 そんなものを気にする様子もなくルーファを睨みつける。

 

「この子は!! この子は戦いたくなかった!! 唯寂しくて!! 一人になりたくなかっただけなのに!! なんなのよこの世界はァァァァァ!! なんで!! こんな子が死ななくちゃいけないのよ!! 何で!! 何でェェ!!」

 

 捲し立てる言葉には嗚咽が交じる。

 怒りを込められた視線をルーファは、ひるむ様子も無く真っ直ぐと見据えた。

 その視線は、熱いカナタの視線に対し、酷く冷たい物。

 

「その選択肢を選んだのはファラン自身でしょう……それがいつか死に繋がると解っていても、戦うのが私達でしょう。いつまで貴方は、自身の甘い世界と違うと気づかないのですか?」

 冷淡な台詞に、カナタの怒りは更に燃え上がる。

 

「そんな事……!!」

 

 立ち上がり食ってかかろうとするカナタはピタリと止まる。

 奇怪な音が彼女の足を止めていた。

 その音は、すぐ後ろから。

 

 キリキリキリキリ……。

 

 その音をカナタは知っていた。

 あの時は、ロランが居た。

 凄惨なその姿を、カナタが忘れる事は無い。

 

 ルーファの目が細くなる。

 手がゆっくりと鞘へと伸びていた。

 

 カナタが振り返った先。

 

 ファランが立ち上がっていた。

 確かに命は事切れていた。

 呼吸は止まっていた。

 彼女はもう笑えないと思っていた。

 なのに、今その彼女が立ち上がる。

 

 穴が空いた目から、赤黒い霧が漏れ、それが体を覆う。

 赤黒い霧は、無くなった腕の部分に集中して集まり始める。

 その手に、人の手とは思えない形をした腕が現れていた。

 異様なまでの長さ、指の部分には鋭い爪が並ぶ。

 

「ファ、ラン……ちゃん?」

 

 呆然とするカナタを余所にルーファは柄に手を添えたままファランへと近づく。

 ッハ、と我に返ったカナタは慌ててルーファの前に立つ。

 

「………なんのつもりですか」

 

「こちらの!! 台詞です!! 」

 

「退きなさい!! 侵食が早すぎる!!」

 

「嫌です! 侵食とか知った事ですか!! 他に何か助ける方法があるかもしれないじゃないですか!」

 

「知ったふうな口を!! 受け入れなさい! 彼女はもう死んでいるのよ!!」

 

 カナタが一瞬言葉を詰まらせる。

 そして、すぐに唇を震わせながら、言葉を続けた。

 

「だって! だって動いてるじゃないですか! 立ってるじゃないですかぁ!」

 子供のように駄々をこねる彼女は、涙を流しながらもファランの前から退く気配は無く、ルーファを苛立たせる。

 

 苛立つルーファの赤い瞳が、ゆっくりと座り始めていた。

 カナタの背中に、寒い物が走るのを感じる。

 

「……もう一度言います。退きなさい……貴方毎斬りますよ……」

 低く下がる姿勢に、空気が変わった事を感じる。肌に刺さるような殺意が伝わった。

 脅しでは無いと解らせる。

 戦闘経験の無いカナタでも感じ取れる、巨大な殺意。

 唇を震わせ、息を呑む。

 

 それでも、カナタはファランの前から離れようとしない。

 

「こ、この子を……これ以上傷つけないで……」

 

 ぎゅっと目を瞑り、振り絞った言葉。

 何もかもが終わっていても、それでも、それでも。

 彼女は守りたい。

 

 震える声に、カナタは「そうですか」と、妙にあっさりと答える。

 元の姿勢に戻り、柄から手が離れる。

 それだけで押し潰されるような殺意が消え去った。

 震えていたカナタは、手を広げながらも、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼女を余所に、ルーファはその場で回転する。

 片足を軸に、もう片方の足が横へと振るわれる。

 0から10になるような突然の瞬間的速度にカナタが対応できるわけもなく、ルーファの回し蹴りがカナタの体を横からなぎ払った。

 

「かっぁ……!」

 何かが折れるような音。

 無理矢理に息を吐き出され、口から胃液が漏れる。

 軽いカナタの体は、そのまま横へと吹っ飛んで行く。

 二回ほど地面に叩きつけられた彼女の身体は大木に当たるとようやく止まっていた。

 

「か……ハァッ………ァ、ァ、ァ……」

 言葉にならない声をあげ、無意識に腹を守るように両手が動き、体が蹲る。

 

「命を掛けて貴方を守ったファランに免じて……命は取らないであげます。しかし、私の邪魔をする以上それ相応の対価は必要だと思いなさい」

 遠くから聞こえる言葉は、カナタの耳に最早入ってはいない。

 目を見開き、言葉にならないうめき声を上げ、唯唯悶える。

 ただの女子高生でしかない少女には重すぎる一撃。

 一般の生活では、与えられる筈も無い強烈な痛みが彼女を襲う。

 横腹の部分が燃える様に熱い、骨が折れている事など、彼女には解るわけもない

 

「ブァ……ラ゛ン……ち゛ゃ……」

 うめき声を上げながらも、彼女の思いは折れない。

 涎を垂らしながらも、近くの木に手を掛け、無理矢理立ち上がろうとする。

 腹部の激痛を感じながらも、ギュッと目をつむり、必死に木にしがみつく。

 

「や゛………め゛でェェ……」

 

 遠くで聞こえる声にルーファが耳を貸すことはない。

 冷たい視線が、立ち上がろうとするカナタを見据える。

 

 その視線とは裏腹に、彼女の心には苛立ちが煮えたぎっていた。

 

「何故、そこまで……」

 その姿は、ロランを瞬間的に殺したルーファを攻めているようにさえ感じていた。

 首を振るい、浮かんだ思いを消し去り、刀を引き抜く。

 異様な姿に変わっていくファランを見据えた。

 

「……ファラン、幾らでもあの世で私を恨みなさい」

 

 ゆっくりと体の傷が治っていた。いや、それは修復と言った方が良いか。

 穴があいていた筈のファランの目には、ダーカーのような不気味な目が現れていた。

 その赤い瞳は、だらんと上を向いたままの健在であるもう一つの瞳とは違う。

 ギョロギョロと世話しなく動き回る

 

「侵食が、早い……!」

 

 両手で刀を持ち、頭上に高く掲げる。

 

「や゛め゛でエエエエエ!!!!」

 遠くから聞こえる悲鳴に耳を傾けず。

 そのまま躊躇いもなく、ルーファは刀を振りおろす。

 

 その時に、カナタの耳に聞こえたのは肉を切り裂く音では無かった。

 聞こえたのは、金属を叩きつけたような音。

 

 刀は止められていた。

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 人ではない奇怪な腕がカナタの刀身を掴む。

 不気味なそれは、口角を上げてルーファを見つめていた。

 黒く赤い瞳は、ギョロギョロとせわしなくルーファを見つめる。

 刀を、体を、頭を、動き回るその人ならざるそれに、ぞわりと肌が疼く。

 

 

「…………ッ!?」

 

 瞬時にその場から後ろへと飛んだ。

 頭上からルーファがいた場所に、赤黒い剣の形をした物が降り注ぐ。

 

「黒い、フォトンブレード……」

 

 見た事も無いその色合いに、ルーファは確信する。

 大きくため息を吐き、刀を構え直す。

 

「ほぉら……間に合わなかった」

 

 ギョロギョロと動く目は、ルーファを捉える。

 ファランだった何かの周りを、黒いフォトンブレードが次々と出現していた。

 

「キリ………キリキリキリキリ」

 

 絶え間なく溢れる耳障りな鳴き声のような物が響きわたり、赤黒い霧を辺りに舞わせる。

 その姿に、珍しくルーファの背筋を冷たいものが伝わる。

 

「ジョーカー同士の戦いとか……状況じゃなかったら喜ぶんですけどねえ」

 黒い霧を纏い、ファランは身体を宙へと浮かせていた。

 数秒しか持たない筈のそれは、落ちる様子も見せず、更には未だ黒いフォトンの剣は増え続けていた。

 赤い眼球が、ルーファを見下ろす。

 

 異常なまでの殺意がルーファへと注がれた。

 

「侵食されたジョーカー……!! やってやろうじゃない!!」

 その殺意に応える様に、彼女が柄に触れた。

 元仲間に対し、彼女は容赦無い殺意を撒き散らす。

 

 二つの殺意が、空気を揺らす。

 

「お願……い……殺さ……ない……で」

 腹部を抑えながらも、一歩ずつ、ヨロヨロとその殺意に近づいていた。

 味方同士だった筈の二人に。

 

 彼女だけは、戦う事を選択していない。

 何処までも甘い彼女は。

 

 救う事だけしか、考えていない。



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Act.80最善VS最悪

 すざまじい速さの瞬間速度。

 一般人が見れば姿が消えたとも取れる程の俊足。

 急ブレーキと共に巻き上がる砂煙、一瞬で詰まる距離は目と鼻の先。

 砂煙を背に、超近距離での斬撃。

 鞘から引き抜く一瞬は、一度しか振っていない様に見える異常な速さ。

 その速さに対して、ファランは不気味に笑顔を浮かべるだけであっさりとその一撃に見えた三激を流すように体を揺らすだけで避ける。

 続けてのルーファの横への一閃。

 それもまた速さに対して、まるで予知していたかのように先に動き出す。

 ファランの体は大きく仰け反っていた。

 獲物を失った剣撃は異常な速さから生まれる真空波となり後ろの大木を斬り落とす。

 舌打ちをするルーファに、アンバランスな体制からファランの巨大な腕が振るわれる。

 ルーファには舐めているようにしか見えない横からの大振りの攻撃。

 

 それを黒い刀が受け止める。

 

「……っ!?」

 慌てて振るわれた巨大な腕を体を回転させながら衝撃を逸らす。

 触れた瞬間に腕が痺れるような感覚に襲われていた。

 絶対強度を誇るルーファの刀が折れる事は無い。

 なれば、それは、久々の力負けをしたという事実。

 『最悪』や『最強』に比べれば攻撃力に欠けると言われていた『最善』に。

 フォトンでの無理矢理な身体ブーストを主とするルーファには久しぶりの感覚。

 

 力強い二度目の舌打ち。

 

 瞬間的に後ろへと飛んだルーファへと黒い空中に舞う剣が追撃を掛ける。

 その十数本に対して、着地をする前に斬り落とすルーファもまた異状性は負けていない。

 

 それでも、異状性という点では今のファランには負けているだろうが。 

 

「ずっるい……」

 『絶対回避』による最速の剣撃が当たら無い。

 近づけば圧倒的攻撃力。

 中距離になれば休む暇も無く狙い続ける黒いフォトンブレード。

 おまけに今も空中で増え続けている剣の数は止まらない。

 

 フォトンを使うアークスと違い、ダーカーに寄っているのか、その生み続けるガソリンは終わりを見せない。

 

 質が悪い。

 

 ぐらりと身体が揺れた。

 それはルーファの体に無意識に訪れた眩暈。

 慌てて後ろへと大きく飛んだ。

 

 近距離型のルーファが、野性的な本能がそれを行っていた。

 それを追うは黒い剣。

 先程のように斬り落とす。そのつもりだった。

 追う黒い剣、数十は数百へ数百は、龍へと姿を変えていた。

 巨大な黒い龍を象るそれは、異常な剣が重なりその姿を変えていた。

 受けた歪な骨の腕よりも、悍ましい威圧がルーファの背筋に寒気を襲わせる。

 

「そんなの知らない、わよ!!」

 

 口を開きルーファへと飛ぶ黒龍。

 

 空中でルーファは構える。

 それは居合いの形。

 目の前の迫る黒に対してルーファの周りの色が紫へと変わっていく。 

 

 着地と共に、その紫が大きく広がる。

 振り抜かれた刀は、目前の黒い龍を切り刻む。

 龍に対して放たれる空間を無視して放たれるルーファの必殺。

 『次元斬』

 何百もの剣撃は切り刻む。

 その黒を散らせ、視野で見える程の剣撃は空中へとその異形を分解させる程の威力、その存在を消し去らせる。

 

 崩れていく黒竜を睨むルーファの目は死んでいない。

 薄っすらと赤く光り始める瞳とは別に鼻から零れる赤が地面へとポタポタと落ちる。

 

 そして、轟音と共に崩れる竜を食らい大口を開ける二体目が迫る。

 

 眩暈のような者を感じたルーファはその眩暈を無理矢理に噛み殺す。

 

「舐めるなァ!!」

 『最悪』『人間失格(ピリオド)』が吠える。

 答えるように倍以上もの紫色のオーラが広がっていた。

 そして再び繰り出される目で追う事も出来ない居合いは、必殺を生み出す。

 先程よりも大きく、また倍以上もの『次元斬』

 ルーファの一帯を星が瞬くように見える程の数。

 その場ある物、全てを切り裂く最大速度、最大威力、最大数量。

 一瞬である筈のそられが数秒と続く。

 舞う砂煙の砂すらも切り刻み、微粒子レベルで切り刻む必殺は跡形も無く黒を消し去らせていた。

 

「ぶはぁっ」と息を吐き出すと共にルーファの口からゴポリと音を立てて血が噴き出す。

 ぼたぼたと自身の返り血を浴びた服に追加される赤等、ルーファは気にする様子も無く構え直す。

 無理な『次元斬』は自身内のフォトン量を大幅に削る。

 それは必然的に身体を蝕んでいた。

 

 そんなルーファに対し、あれほどの高エネルギーを二体も作り出したファランは今も平然としていた。

 弾を補充するように、無くなった黒い剣が増え続ける。

 攻撃にのみ作り出した歪な龍は壊す事は出来ても、出続けるのであれば、一度でも当たれば一溜りも無い恐ろしい程の放出力。

 

 近・中・遠、全てを兼ねそろえる目の前の化け物に、ルーファは血反吐を吐き出しながら苛立ったような三度目の舌打ち。

 飛び出すルーファの額に、汗が滲んでいた。

 飛び交う黒い剣を切り落とすルーファの呼吸は荒い。

 恐ろしいまでの体力を持ち、桁違いの身体能力を持つ筈のルーファ。

 

 しかし、ここに来るまでにかなりの無茶をしていた。

 

 身体中の返り血。

 連戦であるルーファに、先程の必殺はフォトンの上限を大きく超えてしまっていた。

 素早い攻防、長引く戦いは徐々に差が出始める。

 ファランの攻撃が、ルーファへと掠り始めていた。

 

 ルーファの身体がよろめく。

 

 身体に負担を掛け続ける戦闘方法。

 長時間のフォトン放出状態。

 絶対的な戦力として確立していた彼女は、いつも戦いすら瞬間で終わらせていた。

 長引く事が無かった彼女に対して、ファランの黒いフォトンブレードが減る様子は見せない。

 そしてルーファ側の攻撃は当たらない。

 

 殺気を撒き散らす超攻撃的なルーファの戦い方。

 超人的な察知能力によって常に後出し状態の後手を主とした戦い方。

 

 その殺気は解り易い。

 

 相性が、悪い。

 

 一瞬で勝負を決めるルーファに対し、避ける事に秀でたファランは勝つ事がなくとも、負ける事が無い。

 飛び交うフォトンブレードを切り刻みながら口周りの血を拭う。

 

 ボタボタとファランの口から溢れる血、ダラダラと流れる鼻血。

 彼女の体の中をズタボロに変えている証拠が、見た目から出ていた。

 

 始めから大きなハンデを抱えている状態で戦える相手では無いのはルーファ自身も理解していた。

 しかし、その血だらけの見た目とは裏腹に、彼女の顔は涼しいまま。

 彼女は、負ける事を考えていない。

 

「さて……どうしましょ」

 血を吐き捨てながら思考を繰り返す。

 フェイントやタイミング。

 効果的な戦い方を探すも、すべて見破られる。

 次元を切り裂く力も、斬る前に察知される。

 空間を指定してから切り裂く次元斬は、殺気をむき出しにしているファランは解りやすいのか、簡単に察知されてしまう。

 

 指定した場所に体の部位を動かす事は無い。

 

 ジョーカーとの戦闘。

 

 簡単に終わるとは思っていなかったが、コレ程面倒だとは。

 

「察知能力ってのは面倒臭いですねぇ」

 

 巨大な腕を刀で流しながら、ふと、考え直す。

 

 ファランの特性、絶対回避。

 鋭すぎる感性から生まれる感知能力。

 その能力のせいで、彼女は怯える日々を繰り返していた。

 

 振りかぶる巨大な腕を、大きくバックステップで躱す。

 距離を空けた。

 中距離の感覚でファランの身体、全体が見える。

 追う様子のないファランの後ろに飛んだと同時に、再び巨大な龍が作り出されようとしていた。

 

 ルーファは刀を鞘へと納める。

 

「ッハ、面倒臭い。最初からこうすりゃ良いじゃないですか」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと動く。

 動きだけであれば、ただ姿勢を低く落とし、刀の塚に触れる。

 

 いつもの、居合の構え。

 

 変わったのは空間。

 

 ぐにゃりと風景が変わる。それは物理的にではない。

 ファランの身体にもズシリと重りのようなものを、その鋭い感知能力が察知する。

 

 それはファランの身体にまとわりつく。

 そのどす黒い物は、ルーファから放たれる殺気。

 明らかに動きがぎこちない物へと変わって行く。

 ファランの感知が、そうさせた。

 集中が切れたように、後ろの龍が崩れる。

 

「避けなさい、避けてみなさい。避けれる物なら!!!」

 

 言葉を放つだけでビリビリと肌に刺さる殺意。

 常人であれば息が出来なくなるような、重苦しさ。

 

 それでもぎこちない動きを見せるファランに、ルーファの紫色のフォトンがさらに膨れ上がる。

 

 凄惨に血を吐きながら、刀を強く握る。

 

 巨大に吐き出した殺意と、四方向の次元斬。

 超えている筈の自身の上限を当たり前のようにもう一つ上へと超える。

 口から零れる血など彼女は気にしない。

 腹の中が絞られた雑巾のように臓器が締めらていようと彼女は痛がる様子すら見せない。

 

『最悪(エンド)』らしい無茶苦茶な力推し。

 避ける隙間等与えない程の斬撃。異形へと姿を変えた彼女が見えなくなる程の斬撃数。

 白で埋め尽くす。

 それらは全て彼女が生み出した切り刻む為の最大出量。

 煙が舞う。その煙すらも、砂すらも、空気すらも、微粒子レベルで切り刻む。

 その場の酸素すら存在しえない程の真空を作り出す。

 

「はっぁ……!!!」

 吐き出す息と共に十数秒と続いていた斬撃が止む。

 

 既に形すら残さない程の威力が止んでいた。

 

 そこに存在していた。

 

 あれ程の数の攻撃を、その巨大な腕すらも傷一つ無く彼女は存在していた。

 不気味に笑う彼女に疲れ等見えない。

 

 ルーファは大きく目を見開く。

 音が聞こえる程に、まるで痛みを堪えるかのように歯を食いしばる。

 そして、ニヤリと笑う。

 

「……私の勝ちだ」

 

 下から上へと乱雑に、力いっぱいに黒刀が振り抜かれる。

 パワーにのみ特化させた真空刃はルーファの紫色のフォトンを乗せてファランへと、絶対回避へと一直線に飛ぶ。

 迫る脅威に対し、動こうとするファランがビタリと、動きを止めた。

 彼女の動きを止めさせたのは彼女を囲むように展開された巨大な殺意。

 一歩でも出れば、その瞬間に次元斬が降り注ぐ。

 高い感知能力が、機械的に身動きを止めさせていた。

 その場が安全だと、解らせていた。

 

 業と残した隙間。

 ギリギリに避けさせる微調整。

 学ばせる。

 その場が安全であり、そこ以外が危険だと、機械的に動いていたダーカーという存在に解らせる。

 今、迫るそれを避ければ跡形も無く消し去ると理解する余韻を残すおぞましい殺意。

『絶対回避』反射で動き、無意識下で動くそれは、用意された答えから抜け出せない。

 

 必殺の『次元斬』すらフェイント。

 

「……考える脳味噌くらい残ってたら、少しは対応出来たかもしれませんねぇ」

 トントン、と頭を叩いて見せるルーファは不敵な笑みを零す。

 

 



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Act.81 最後に貴方に

 大きなため息と共に刀を下し、片膝を付く。
 余裕を見せているが、振り絞った斬撃には変わらない。
 地面をえぐり、ファランへと走るそれを確認するために何とか顔を上げた。

 ルーファの瞳が、見開く。

 戦闘に集中していた。
 だから気づかなかったのか?
 そんな事が、あるのか?

 身動きが取れないでいるファランの前に、彼女が、カナタがいた。

 手を大きく広げ、守るように。

 誰を?

 何故?

 ルーファには理解出来ない。
 彼女は死んでいるのだ。ファランはもう、おぞましい敵の姿へと変わったのだ。
 解っているはずだ。

 なのに。

 何故。

 苦痛に顔を歪め、恐怖でぎゅっと目を瞑る。
 怖いだろう痛いだろう。
 それでも彼女は両手を広げる。
 放ったルーファにもそれを止めることは出来ない。

「バカ女……!!!!」
 よろめきながら立ち上がろうとする。
 力が切れた彼女はそのまま再び膝をついてしまう。
今から何を足掻いても、到底追いつくわけもない斬撃が、カナタへと迫っていた。 


 

「あ………ぐ……が、ッ……!」

 

 

 息が詰まる。

 

 動き出そうとしていたカナタへ重苦しい殺意の重圧が襲う。

 息ができない。

 体が重い。

 空気が揺らいで見えるほどの重圧に、彼女の意識が遠ざかる。

 脳が無意識に危険だと判断し、逃避させようとさせる。

 

「馬………鹿ァッ!!!!」

 強く、強く唇を噛む。

 鉄の味が口の中に広がり、痛みが辛うじて意識を保たせていた。

 寝ている場合である筈が無い。ヨロヨロと一歩、二歩と進む。

 ぎこちなく動いているファランへと、歩を進める。

 遅い歩みは、徐々に早まり出す。

 

 空気が重い筈なのに、先程まで息ができなかった筈なのに。

 

 今、彼女は走り出す。

 戦闘経験が無い彼女だからこそ、その空間で真っ先に動くことが出来た。

 無頓着である彼女は、殺意から目を背け助けたい人にだけ視線を注ぐ。

 

 それとルーファが斬撃を放ったのは同時だった。

 

 巨大な斬撃に対し、彼女は堂々とファランの前へ出た。

 

 死体の前で、両手を広げる。

 

 守れなかった少女を守ろうと。

 

 手遅れになった彼女を救おうと。

 

 もう笑わない少女の為に。

 

 もう二度と名前を呼ばない彼女の為に。

 

 死んだ少女を前に、彼女は殺さないでと言うように、立ちはだかる。

 

 矛盾した思いをぶつける。

 

 迫り来る斬撃に対しカナタは、目を思いっきり瞑る。

 

 ああ。死ぬんだ。

 

 確信した。

 巨大な殺意が都合よく止まることは無い。

 

 地面を割る音が近づく。

 死の音が近づく。

 

 遠くから、「馬鹿女」と叫ぶ声が聞こえた。

 感情を恐怖から遠ざけるように、その言葉に薄い笑みを零し同意する。

 

 

 

 あぁ……ほんと、馬鹿みたい……。

 

 

 

 頑固で。

 

 

 感情的で。

 

 

 

 馬鹿な彼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女が。

 

 

 

 

 

 

 

 ファランは好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナタさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大好きな少女の声が、聞こえた気がした。

 

 思わず振り返っていた。

 その振り返りに合わせるように。

 回転する体が、ぐいと、そのまま横へと引っ張られる。

 その突然の動きに、視線は引っ張った先へと向けられる。

 まだ人の形をしている手が、カナタの服を思いっきり横へ引っ張っていた。

 

 尋常ではない力に、カナタの体が引っ張られるままに宙へ浮く。

 

 その場から足が離れ。

 

 離れていく。

 

 離れながらも、ファランに手を伸ばした。

 人とは言いまじき姿へと変わった彼女へ、救う為の手を向ける。

 

 それに対して。

 人ならざる異形な手は動かない。

 まだ人の形をしている手も動かない。

 赤く光る歪んだ瞳も、動かない。

 

 

 ただ。

 

 

 

 虚ろだった健在の瞳が。

 

 

 

 確かに、カナタを見つめていた。

 

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「ファランちゃ…………!!!!」

 

 呼ぼうとした声は、巨大な脅威によりかき消される。

 轟音と共に目の前のファランの身体が粉々へと砕かれ、紫色のフォトンに彼女の体は消されていく。

 

 カナタが尻餅をついた時、フォトンの衝撃は消え去っていた。

 カナタの目に映ったのは。

 粉々に砕かれた体の部位達が、丁度ぼたぼたと音を立てて落ちている所だった。

 

「は、ァ……?」

 へたりこんだまま呆然としてしまう。

 それは徐々に、実感へと変わっていく。

 

「い、や……! いや! いやァ!」

 粉々の死骸に、縋るようにカナタは四つん這いのまま慌てて近づこうとする。

 カナタが駆け寄る前に、強い風が吹いた。

 ファランの身体の一部一部が黒い霧へと変わり、それが風に乗り徐々に消え去っていく。

 

「まって! 行かないで! いや! ファランちゃん! 行かないで!! 嫌!! 嫌!! ファランちゃぁぁぁん!!!!」

 悲鳴を上げながら飛んでいく霧に手を伸ばす。

 霧が持てる筈もなく、カナタの手は無様に空を斬る。

 

「い、い、い、一緒に! いるよ! 私はずっと一緒にいるからァ! ねぇぇぇぇ! 行かないでよぉぉぉぉぉ!」

 消えかかる片腕を掴み、ぎゅっとそれを抱き締めた。

 腕の隙間から溢れる霧を少しでも出すまいと必死に体を縮こめる。

 

 カナタの必死な行動を笑うように、腕の中から物体の感覚が無くなる。

 恐る恐る広げた腕の中には。

 

 何も無い。

 

 ファランという存在が、今、消え去ったことを、頭が理解した。

 

「ファ、ファラ、ンちゃ? あ、あ、あ!」

 頭の理解を、無理矢理否定させるように頭を掻きむしる。

 

 むせび泣き、悲鳴を上げ、綺麗だった髪を掻き毟る。

 

 その姿は、異様で、異常で。

 

 明るかったカナタを知っているルーファには、酷く痛々しく写る。

 

 そんなカナタに触れようとせず、よろめきながらルーファは立ち上がる。

 

 血を流しすぎたのか、足をフラつかせながら座り込むカナタへと近づいていく。

 視線は、カナタを超えてファランが元いた場所を向く。

 そこに彼女がいた事を示す物は何も無い。

 

 眉を寄せるルーファの脳裏に、先程の戦いが過ぎっていた。

 

 ありったけの殺意を込めた。

 機械的に危険を感知する彼女の動きを止めるために。

 勝ちを確信した。その通りに彼女は撃退していた。

 しかし、彼女はあの時、動いた。

 あの殺意の中、カナタを守るように。

 偶然?

 死体である筈の彼女がそんな事を考える事が出来る筈がない。

 もしかするとすれば、攻撃を加えようとしたのが偶然、助けるような形になったのか。

 それが解るのは、今はもう存在しないファランだけ。

 

 しかし、そんな事はルーファにはどうでもよかった。

 

 思う事は一つだけ。

 

 刀をその場に突き立て、右手で拳を作る。

 

 その拳を強く、自信の胸を叩くように掲げる。

 

「見事…………腕一本分だけ………あなたの勝ちよ」

 

 

 あの巨大な恐怖を、殺意を越えて動いた。

 たった一つの小さな腕。

 その事に、ルーファのやり方で敬意を表する。

 

 ……臆病者め。

 

 勇敢な戦士に、ルーファは目を瞑る。

 

 彼女の死にむせび泣く者と、彼女の死に敬意を向ける者の、二つの背中。

 

 風が吹く。

 

 大量に、そして巨大な窪みや、斬り痕。

 なぎ倒された木々達。

 

 戦争でもあったかのような凄惨な現状は。

 

 今は、静かに砂を舞わせるだけ。

 

 カナタの泣き声と、葉の擦れる音だけが、響き続けていた。

 



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Act.82 力なら、有る

「………勝ち?」

 嗚咽の混じる声が止まる。

 

「何が?」

 ルーファが見下ろす先に、瞳孔が開いたままのカナタ。

 その汚れた表情は、その瞳には、光など無い。

 

「何が!?」

 悲鳴にも取れる程の叫び声が響く。

 立ち上がるカナタとルーファの身長に差はあまり無い。

 泣き枯れた声と、光の灯らない瞳がルーファに向けられる。

 ボサボサの髪の隙間から見える憎悪に満ちた瞳が、ルーファを睨む。

 

「よくも! よくもファランちゃんを!! よくもぉぉぉ!!!」 

 ルーファへ乱暴に掴みかかるカナタの瞳は血走り、叫び声を上げる。

 

「人殺し!! 人殺し!! ファランちゃんを返せ!! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せェェェェェェェェ!!」

 

 泣き叫ぶ彼女を、ルーファはジッと見つめる。

 その瞳に感情は無い。

 目の前で血走った瞳を向けるカナタと正反対の一切色の無い瞳。

 

「あの子が何したのよ!! あの子が!! あの子があの子があの子があの子があの子がァァァァァァ!!!!!」

 ボロボロと涙を零しながらルーファの服を力任せに引っ張り悲鳴を上げる。

 滅茶苦茶に、我武者羅に、そこに美しさは無い。優しい笑顔は無い。前を見続けていた光る人瞳は無い。

 

 服を持つそのカナタの手首を、ルーファはゆっくりと掴む。

 

「……!? ぁ゛、ぁっ!」

 普通に捕まれだけのように見えるその腕が、ミシミシと音を立てる。

 呻き声を上げ顔を顰めながら、自然と体が弧を作る。

 そのデタラメな力が体をそうさせる。

 視線が落ちる。

 嫌なのに、憎悪よりも痛みが優先された自身にまた、腹が立つ。

 その腕が離される。

 手形が着く程のその力にカナタが後ろへとよろめくように下がろうとする。

 瞬間、すざまじい速さが無理矢理にカナタの胸倉を掴んでいた。

 下がる事も出来ずにガクンと揺れる。

 胸倉を捕まれたまま、顔は、目と鼻の先。

 ルーファの無機質な瞳が、カナタの瞳を覗くように見つめる。

 力任せに掴んだ胸倉は、カナタの首が締まっている事も気にする様子は無い。

 呻き声を上げていても、躊躇う様子は無い。

 

 ルーファは低い声を零す。

 

「殺した? 力のない人間が何を言っているんですか?」

 その覗き込む瞳に怒りは無い。悲しみも無い。

 ただただ無機質に、目の前の小さな者を見つめる。

 

「ファランを守ると言っていたのは誰? 戦う事を拒否した癖に。クズキカナタ、でしたか。 戦う事から逃げた甘ちゃんが、どうやって守るのかと思っていましたが。そうやって泣き叫ぶのが、貴方の守る事?」

 

 その言葉は、ゆっくりと、淡々と続けられる。

 血だらけの姿の筈の彼女は、苦しむ様子も見せずに、言葉を返そうとするカナタすら無視して続ける。

 

「貴方のつまらない嘘が、口だけの守るという発言が、弱い貴方が、それが、それが……弱いという事がどれだけ残酷なのか」

 冷静に見える声には、少しだけ、微かな赤が混じりだす。

 それは揺らぐ怒りの炎。

 ただの女子高生でしかない少女は、その言葉を聞くしかない。

 乱暴に手を動かし、抵抗するも、弱い彼女にそれを振り解く力等、あるわけも無い。

 首が締まりならがも、作った事もない拳を、史上最悪に向けて振るう。

 脆弱な弱弱しい拳は、ルーファに当たるわけも無く空を切る。

 締まる首に堪えながらも、カナタは口を開く。

 

「だって……! 私、は!! 貴方のように強くない!! 弱い人間は!! 誰かを守りたいとも思っても行けないの!? た、助けたい、と!! 思ったらダメなの!? 守りたかった!! 私が守りたかった!! ああああ!! 私が!! 主人公みたいに! 正義の味方みたいに!! 私が! あの子を!! あの子をォォォォォォ!!」

 嗚咽を零しながらも抵抗を止めない。

 当たる筈のない拳が、怒りが何度も空を切る。

 

 穏やかであった筈だった。

 そんなものを、彼女は知らなかった。

 心に湧き出る止まらないどす黒い思い。

 ファランを殺したこの女が、許せなかった。

 嗚咽を零しながらも、怒りの瞳だけは力は緩まらない。

 

「貴方は」

 

 耳に残る目の前の女の声。

 大嫌いな女の声。

 

「何がしたいの?」

 

 その言葉と共に、脳内がスッと真っ白になる。

 

「力が無い癖に守りたいと叫ぶ。守れるわけも無いのを解っているのに。ねぇ、偽善者、誰のせいでファランは死んだ? 本当に守られたのは誰? 貴方、自分の言葉が滅茶苦茶だって、気づいているの?」

 

 力が抜ける。

 怒りでいっぱいだった頭が白で埋め尽くされる。

 認めては行けないと思う自分とは別に、それを理解してしまう。

 力を失ったカナタを、ルーファの手が離す。

 

 離した瞬間に、崩れるようにカナタは座り込む。

 何処を見ているか解らない瞳が、空を見つめる。

 

「…………」

 口を開き、何かを言いかけようとしたルーファはそれを辞めると、視線を外す。

 魂が抜けたように、呆然とする少女、目の焦点が合っていないカナタに、これ以上の言葉の意味が無いと、不憫だと、思ってしまった。

 ルーファは視線を外したまま、小さく言葉を続ける。

 

「これで……解ったでしょう……貴方には力が無い……だから、こんな世界に」

 

 居てはいけない。

 

 そう続けようとした言葉は、妙に間延びした声に遮られる。

 

「あ、あぁ……私が、私、を、守って、わた、しの、せい、で、ファランちゃんは、し、死んじゃったの、かァ……」

 

 虚ろな瞳から涙は止まらない。

 しかし先程のように感情的な様子は見えない。

 空を見上げ、ぼけっと口を開く。

 精神的な臨界点が突破した彼女の目は虚ろに濁る。

 

「……カナタ」

 ルーファの声が優しいものに変わる。

 その声は、カナタには届いていない。

 

「ごめんね……ごめんね……ごめんね……私が、私が、私が、私が、殺したんだ、私を守って、ファランちゃんは死んじゃった……死んじゃった。私のせいで死んじゃった。私の、私の、私の……」

 

 心の壊れた彼女から目を背けるルーファの耳元から、声が聞こえた。

 少しカナタから離れると、小型のインカムからこぼれる声に、ルーファは応答する。

 

「……そんなに大声出さなくても聞こえてますよ……。貴方達が遅いから先に行っただけでしょう?……ええ、目標は確認……ファランは浸食により私の手で……はい、カナタと共に待機……カナタが壊れました。早めに来てくれると助かります……」

 

 その後も何度も問答を繰り返す中、ルーファの視線はチラリとカナタの方を向く。

 

 瞬間。

 

 話していたルーファが固まる。

 

 目に映ったそれに、体が硬直していた。

 

 視線はカナタの近く。

 

 座り込む彼女の隣に、同じく座る。紫色の髪をした双子。

 

 インカムから聞こえる呼び掛けに、ハッと我に返るルーファは慌てて言葉を続ける。

 

「ダ、ダークファルス…ダブル❪双子❫を、確認……」

 いつの間に現れたのか解らない。気配すら感じなかった。

 先程まで全力で戦っていた彼女のフォトンはまだ回復しきれていない。

 

 そんなルーファのことも気にせずに、カナタを挟むようにしゃがみ込む二人の子供は何やら無邪気に話しかけていた。

 

「死んじゃったね! 死んじゃったね!」

 

「こーろした! こーろした!」

 

 二人の言葉を、カナタは虚ろな瞳で繰り返す。

 

「死んじゃっ……たね。死んじゃった、ね。こーろした。 こーろし、た?」

 

 身構えるルーファは叫ぶ。

 

「カナタ!! そこから離れなさい!!!」

 

 ルーファの言葉は聞こえていないのか、カナタは微動だにしない。

 双子はルーファを無視して今も言葉を続ける。

 

「お姉ちゃんが弱いから死んじゃったんだよ?」

 

「お姉ちゃんが殺したんだよ?」

 

「私が……弱いから……死んだ……私が……殺した……」

 

 気のせいか、カナタの周りがゆっくりと揺らぎ出す。

 ルーファの勘が、何かを告げていた。

 何かは、解らない。

 

 ボロボロになった体にむち打ち、足を強く踏みだす。

 同時に、気配を感じた鳥のように二人の双子はふわりと浮く。

 高い木々へと着地すると、睨むルーファと座り込んだままのカナタを無邪気に見つめていた。

 刀に触れながらルーファはダークファルスの親玉を見上げる。

 

「降りてきなさい糞ガキども、私が相手です」

 

 ダブルは二人して可愛らしくクスクスと笑う。

 不気味な様子にルーファは臨戦態勢を解くことは無い。

 

「戦わないよ?」

 

「戦う必要が無いもの?」

 双子と言う未だ一切が明らかにされていないダークファルス。

 戦うことすら無く、幾度かの目撃情報があるだけ。

 不確かで不気味で謎の多い双子はよくわからない言葉を、嬉しそうに続ける。

 

 ダブルは、同時に口を開き、ルーファの方へと、二人して指を向ける。

 

「彼女が戦うから」

 

「彼女が戦うから」

 

 すぐに、指した先が、ルーファの後ろだと気づく。

 振り向いた先。

 カナタが、ゆっくりと立ち上がっていた。

 虚ろな瞳はルーファを見つめ、壊れたような微笑を浮かべていた。

 

 笑う彼女はゆっくりと、口を開く。

 

 

 

 

「………………………力なら、有る」

 

 掠れた声。

 

 

 

 

 

 彼女の周りに、青白い光が纏われていた。

 

 その蠢く光、不気味な動きは色は違えどダーカーが放つ煙に似ていた。

 

「カナタ……あなた……」

 

 ルーファの言葉にカナタは顔を上げる。

 目から大粒の涙を零しながら、それでも頬は引きつらせるように笑っていた。

 その不気味な様子に思わずルーファは一歩下がってしまう。 

 合わせる様にカナタが一歩前に出る。

 上にいたダブルはいつのまにか消えていた。

 まるで用事を済ませたかと言うように。

 

「壊せ……壊せ……どうしたら壊れる? どうしたら壊れる?」

 ブツブツと不気味に声を綴るカナタにルーファは睨むような視線を向ける。

 

「カナタ!! しっかりしなさい!! 私の目を見なさい!!」

 言葉に、ウロウロとしていたカナタの瞳がびたり、とルーファの方へと向けられていた。

 凝視しながらも零れ続ける涙。

 不気味で、哀れなその姿。

 

「しっかり? しっか……り? そう、そう!! しっかりしなきゃ行けなかったの私は!! 私はぁ!!」

 突然カナタはその場で頭を振る。

 狂ったように悲鳴を上げるカナタは、何度も名前を呼ぶルーファの言葉にも耳を貸す様子は無い。

 そのままカナタは大きく空を仰ぐ。

 

「壊せ!! 壊せ!! 世界を!! この世界を!!!」

 

 言葉に合わせる様に、答えるように彼女を纏う青白いフォトンが光りだす。

 光は頭上へと集まる。瞬時に集合する光は形を象り、その姿を変えていく。

 

 空に、白い冷気が舞っていた。

 

 ルーファのいる場所に黒い影を作る程の巨大な氷山。

 砂漠の中にある森、その上にある氷の塊。

 ありえるはずの無い連続の世界にルーファは思わず目を見開いていた。

 

「潰れろ!!! 潰れてしまえええええええ!!!」

 

 カナタの叫びに合わせるように落下を始める巨大な氷山に対して、ルーファは瞬時に身構える。

 大きすぎるその物体。斬るという概念を飲み込む程のサイズ。

 それでもルーファは下がる事もせずに刀の塚へと触れようとしていた。

 

 コンマという程に瞬間的に。

 

 落下する氷山が音を立ててその姿を変えていた。

 それはルーファの頭上を越える黒に近い紫の物体。

 巨大なそれは氷山へとぶち当たり飲み込んでいく。

 空中に四散するは冷気の結晶。

 冷たい空気が辺りに舞う中、ルーファは振り返る。

 その絶対的な広範囲攻撃力が誰の物かなど解りきっていて、振り向く。

 

 そこに立っていたのは三人。

 

 中央に立ついつものニヤケ面の男。

 

 いつもの様子でルーファの前に立つ。

 

「よぉルーファ! 助けてやったんだ惚れてもいいんだぜ?」

 巨大な槍を肩に掛け、ひらひらと後ろ手に手を振る男。

 

「脳味噌イカれてんのか馬鹿野郎!! 状況見て言え薄らトンカチ! 死ね! 百ぺん死ね!!」

 同じく前に出る小さな身長の少年。

 男の隣に立つ白髪の少年はため息と共に毒を吐く。

 左右の違う瞳は、カナタの方を目を細めるように見つめる。

 

「そう言うな……デラックスも必要だろう? ホルン」

 

「何だデラックスって、何が特別なんだよ。どんなビッグな気持ちが必要なんだよ。リラックスだろボケ」

 少年につっこまれ、一瞬黙りホルンの隣へと立つ長身の女性。

 ッフ、と小さく笑うと長い紫色の髪を靡かせる。

 

「そうとも言うな!」

 

「そうとしか言わねーよ……」と、げんなりとしながら呟く少年。

 

 状況には不釣合いな三人の様子にルーファは呆れたように目を細める。

 

「豪勢なお出迎えな事ですねぇ」

 

 最悪と最強と最善。

 そしてルーファの二人目の最悪。

 

 最高峰の化物が四人。

 

 

 

 

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Act.83 女子高生VSジョーカー



 寒い、寒い、寒い。

 背筋が凍りつく。
 脳髄が凍える。
 脊髄から脳天まで、冷え切った感触が伝わる。
 それは考えさせる事すら彼女に与えない。

 嫌、考えさせる必要等無い。

 考える必要等無い。

 決まっている、決定事項は一つ。

 こんな世界、こんな世界、こんな世界。

 死と絶望がひしめき合う世界。誰も幸せにならない世界。

 ファランちゃんがいない世界。

 こんな世界要らない。こんな世界知らない。こんな世界。

 壊れてしまえ。

 全部壊してまた作り直せばいい。



 

「ここまで戦力を持ち込んで……船はいいんですか?」

 

「森の少し先で待機している、まぁブレインも乗っている、大丈夫だろう」

 キセルを吹かすユラを横目にホルンが口を開く。

 

「状況は」

 

 一瞬だけルーファは沈黙する。

 それが躊躇いだったのか、考えたのか三人のジョーカーには解らない。

 

「……侵食したファランを殺しました、その後にダブルの存在を確認。カナタに何かを吹き込んで……あんな感じ」

 顎で指すカナタはフラフラとしながらも、未だ独り言を零し続けていた。

 

「壊れた壊れた壊れた壊れた……もっと大きいもの大きいもの大きいもの」

 

 ようやくカナタの存在に気付くレオンは表情を強張らせる。

 その異様な姿に、周りに舞う光にホルンとユラも目つきを変える。

 

「あれカナタちゃんかよ!?」

 

「……おいおい何だぁ?あの滅茶苦茶な量のフォトンは。どうなってんだアリャ」

 睨むようなホルンの視線にルーファは苛立つように頭を搔く。

 

「知りませんよカナタに聞いて下さいってば」

 

「さて、お喋りはそこまでだ」

 キセルを銜え直し黒い手袋を力強く引っ張りなおす。

 合わせる様に三人もカナタへと視線を戻す。

 先ほどよりも、青白い光が大きく広がっていた。

 光は、再び頭上へと集まっていく。

 

「もっと……もっと大きい物、もっと具体的に……知ってる物!!!」

 カナタが上げる声に光は呼応する。

 先ほどの氷山よりも大きな光が空にまとわりつく様に広がっていく。

 巨大な影と共に横へと広がる物体は姿を見せる。

 

「潰れろ! 潰れろ! 潰れろ潰れろ潰れろ潰れろォォォォォ!!!」

 

 白と赤のコントラスト。巨大な影。森林を越える程の大きさ。

 

 333メートル。

 

 思わずその異様なサイズに4人は呆然と見上げてしまう。

 カナタの世界にあった巨大な巨大な電波塔。

 そんな存在を、彼等が知る由も無く、カナタの知っている最上級の巨大である物。

 すぐに我に返るユラは慌てて落下を始める巨大な物体へと掌を向けていた。

 

キセルに歯跡が着きそうな程に食いしばる。

瞬間的に巨大なそれの周りを黒いフォトンがまとわりついていた。

ユラの足場が同時に大きく陥没し、苦悶の表情に染まる。

 

「ぐっぉ!? おん……っも!!」

 

 『重力』の能力が333メートルを捉えた瞬間に、落下の動きが止まる。

 

「うおおおお!あっぶねぇー! 頑張れ!! 超頑張れ僕らの誤字プリンセス!!」

「てんっめ!! 絶対に落とすなよ!! 絶対落とすなよしったかでか女!!」

「良いからさっさと何とかして来い馬鹿共!!」

 

 『おお確かに』、と状況に不釣り合い呑気な二人の大小の男が瞬時に地面を蹴った。

 

 ふらりと、ルーファの体が揺れる。

 遅れるルーファからにポタリと数滴の血が落ちる。

 頭を数度振ると追いかけるようにぐっと足に力を込める。

 限界は、一度超えている。

 

「ルーファ」

 名前を呼ばれたルーファはユラへと顔を向ける。

 

「ロランも、アスも、ファランも……嫌な事ばかり押し付けるな」

 

 苦悶の表情を浮かべながらも、彼女の瞳には哀れみのような、同情のような視線。

 逃げように、ルーファは視線を外す。

 

「別に。私は『最悪』のジョーカー、『人間失格(ピリオド)』……私らしいでしょう」

 

 それだけ言うとルーファは飛び出す。

 ユラの言葉を待つことも無く、彼女はただ一直線に前を走る。

 

「……まだ、青い」

 

 

 

 

 

 

 先に行った二人にはスグに追いつく。

 カナタが次の初動に入った為に足を止めたのだろう。

 聞こえるのは悲鳴のような、獣のような叫び声。

 

「アァァァァァァァァァァァァァ!!!!! 壊す物壊す物壊す物!! 殺す物殺す物殺す物!! 兵器!! 兵器ィ!!」

 

 彼女を中心に広がる水色のフォトン。

 光と共に象られて行くのは大量の銃器。

 アークスである彼らには、最早見た目しか知らないであろう古臭い彼女の世界での兵器。

 

 百以上もの黒い機銃。

 宙に浮かぶ多種類のそれらの銃口は、全て三人に向けられていた。

 一斉に、殺す為の兵器が火を放つ。

 連続で響き渡る銃撃音は空気を震わせ大量の薬莢がばら撒かれる。

 戦場の一部を切り取ったような異常が一瞬で広がっていた。

 

「っつーか何なんですかあのチカラ」

 襲い来る銃弾の雨を、往復ビンタのように素手で払い除けるルーファ。

 

「ふん、正義バカの周りの光が集合して創り出していやがる……いや最早生み出しているの領域だな、それも完全に現存させてやがる。」

 ルーファとは違い最小限に体を揺らすように避けるホルンの視線はレオンへと向かう。

 

「で、実際食らってるバカ的にはどうなんだよ」

 

 気便な動きを見せる二人に対して、レオンは仁王立ちのまま一切動こうとしていなかった。

 

「いやスッゲーよ? 本物本物、全部マジもんよ。 中々いってーよ?もうめっちゃチクチクするわー、最初に上下関係叩き込もうとする先輩、みたいな?」

 

「いやわかりずれーよタコ」

 

「俺じゃなかったら原型残らねー程度には威力あんじゃねーの」

 

「ふん、滅茶苦茶だな『創造』型なんて聞いたことねーぞ」

 

 収まる様子を見せない銃弾の嵐。

 それを作り出しているカナタの瞳が見開く。

 

「もっと!!! もっと!! 破壊する為の物!!」

 カナタは空に吠える。それに応えるように再び白い光は瞬時に集まっていく。

 

「破壊!! 破壊!! 破壊!!」

 

 破壊の為の力。破壊する為の力。 力。 力。 力。

 

 今度は先程よりも一箇所に、集中的に。更に大きく、更に脅威に、更に巨大に。

 出来上がるのは大筒。異様に長い大砲。縦5メートル横10メートル。

 

「アハト・アハトォ!!!」

 破壊の為の兵器。

 彼女の世界での破壊兵器。

 彼女自身が漫画でしか見た事が無い筈の存在。

 

 カナタが手を掲げると共に巨大な兵器が動き出す。

 煙を上げ、機械音を響き渡らせながら、轟音と共に弾丸が放たれる。

 突風を撒き散らしながら螺旋を描くそれは三人をゆうに超えるサイズ。

 先頭に立つレオンは不敵にニヤリと笑う。

 

「嫌、アレは無理」

 

 揺れる空気の中、迫る脅威的サイズの弾丸。

 二人のジョーカーが前に出る。

 一瞬、体を交差させるホルンは大きく両手を広げた。

 青い光を舞わせながら飛び出す二つのワイヤー。

 先に連なる刃が弧を描ながらカナタの頭上に浮かぶ銃を粉々へと変えていく。

 同じく前に出るルーファは、真っ直ぐにカナタへと更に数歩前へ。

近づく巨大な弾丸に、恐怖の表情は無い。

 

 ルーファと砲弾がすれ違う瞬間、刀の鞘を仕舞う高い音が響く。

 

 音が響く静けさの後に、巨大な弾丸は八つの線を走らせ、そのまま破片へと姿を変えていた。

 

「惚れてもいいですよ馬鹿レオン」

 

「惚れてほしけりゃもっとサイズでかくしろボケ」 

 

「よおし次はお前を八つにしてやる」

 

「まだ遊んでもいい時間じゃねーぞ馬鹿ども」

 

 舞う銃の破片を目の当たりに、狂ったように、カナタは何度も何度も何度も頭を振るう。

 

「あ! あ、あ、あ、あ、あぅぅぅぅぅ!!!! 何で! 何で! 何で! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい! ひどい!」

 頭を抱えるカナタは呻き声のような言葉を綴る。

 

「お前どんだけ恨まれてんだよルーファ」

 レオンの言葉にルーファは視線を向ける様子は無い。

 

「……知りませんよ」

 

 ピタリと、頭を振っていたカナタの動きが止まる。

 憎悪が籠る瞳が向く。

 辺りに広がるのは更に青い粒子の光。

 今迄以上の光の粒が瞬くまに広がっていく。

 どす黒い瞳とは正反対の、美しい星のような輝きに、カナタは両手を翳す。

 

「絶対に殺すものだ! 絶対に! 消し去るものだ! 消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろ!!  消しつくせ! 見た事ある! ある! ある奴!」 

 

 呼応するように彼女の目の前に出来る10メートルはある巨大な砲台。

 先ほどの「アハト・アハト」よりもスリムな未来的構造。

 彼女の世界で彼女が見ていたフィクション。

 偶像でしかある筈の無い創作の中の世界の代物。

 それすらも現存させる。アニメだろうが、漫画だろうが、関係が無い。彼女の手に掛かれば「存在する物」、フィクションこそ力。

 

 砲台が空気を飲み込むようにその口の周りに青いリング状の光を展開させる。

 続く円状の光は標準を定めるように光の弧をすぼめる。

 その標的はルーファに向けて。

 

「ラグナロォォォォク!!!!」

 

 世界を終わらせる名を持つフィクションの中だけの兵器。

 

「ちょっと物じゃないと斬れませんよ」

 それでも未だ恐怖の表情を浮かべる様子など見せないルーファが口を尖らせる。

 

 光が放たれる。

 その兵器よりも巨大な光線が四人を飲み込もうと迫る。

 悍ましい熱線。地面を削り辺りの木々を吹き飛ばす。

 

 迫る光線。

 

 彼等三人を飲み込もうとす最悪の光線兵器。

 

 彼等が当たる寸で。刹那。目前。

 

 巨大な光の粒子。

 

 彼等の前に、壁のように空から連なる巨大な光線。

 

 ラグナロクの光を、上から飲み込んでいた。

 

『絶対命中』

 

 光の速さすら、その餌食で掻き消される。

 

 森から100メートル以上先。

 

 シップの屋上から森へ向けてアサルトライフルを向ける男の姿があった。

 引き金に伸びていた指を自らの大きな黒い帽子の鍔へと移動させ触れる。 

 

「やるじゃないかフィクション……この俺と同等レベルの威力を持つ兵器とは……あれ欲しいな」

 

 嬉しそうに呟くブレインの体が突然揺れる。

 

「ちょっと!! カナタは無事なの!? ファランは!? 私は見えないんだからちゃんと教えなさいよブレイン!!!」

 

「おごごごごごごごご!! リース! 揺らすな! 触れるな! 近づくな! 」

 

「相変わらず失礼ね貴方は! 何でいつも私を嫌がるのよ!」

 

「解ったからやめろ! 嫌! やめてください! お願いしますから!」

 



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Act.84 女子高生VSジョーカー②

「うえーアイツに助けられたの俺? 泣いていい?」

 その場からでは見えない森の外。船の方にレオンは舌を出すような仕草をして見せる。

 

「おう好きなだけ鳴いてろアホウドリ」

 

「うっわーほんっとムカつくはこンのちびっ子は」

 

 軽い様子を見せる二人と、呆然と現状を見つめているカナタとの温度差は大きく。

 ふらふらと揺れるカナタは、ゆっくりと頭を両手で抑える。

 

「………ぁ、ぁ、ぁぁぁあああああああ!!! もおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 邪魔ばっかりしやがってしやがってええええええ!!!!」

 ガリガリガリガリと頭を掻き毟る音が離れているルーファ達にも聞こえる。力任せなソレは、綺麗だった黒髪を乱雑に荒れさせ、血が垂れている事も彼女は気にしない。

 

「口調変わってますよ馬鹿ナタ、もうお遊びは良いでしょう」

 

 ひゅんひゅんとその場で刀を振るルーファが一歩前に出る。

 今度はその一歩に、手を止めてカナタはビクリと揺れながら後ろへとよろめく。

 

「は、ぁ!? 遊び!? 遊び!? あの子を殺したのも!? ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなああああああ!!! 壊れろ!! 無様に!! 盛大に!! あの子のように弾けろ弾けろ!!! 返せ返せ返せええええ!!!」

 

 彼女の両手が振りあがる、何かを掴んでいるような動きは、その形を徐々に成していく。

 光はどす黒い黒。漆黒の黒。残酷なまでの闇。

 黒いソレは長い棒に鋭い切っ先を持つ形。

 

 その棒状の武器に、最初に声をあげたのはレオンだった。

 

「俺の武器……!?」

 

 待つ間も与えずに、振り下ろす。

 絶対攻撃力に物を言わせた一撃が地面を割らせる。

 木々が一瞬で吹き飛ぶ風圧と共に弾き出される黒くまがまがしい巨大な斬激。

 勢いはあまり無い。走れば逃げれるのかもしれない。

 しかしそのサイズは到底逃げ切れる者では無い。

 地面を、巻き込む木々を、空気すらも飲み込む。

 全てを飲み込む絶対破壊。

 

「そんなの有りかよ!! 物体だけじゃなく!! 能力まで創造しちまうってーのかよ!!」

 呆然とするレオンはその能力を良く知っている。

 少し劣化しているのか、それでもそれは紛れも無い絶対破壊の力。

 レオンが暴れていた時に、カナタが見ていた力。

 

 アークスのジョーカー。

 アークスの切り札。

 

「すっげー、すっげーよ」

 

 その実力は対立すれば最強の矛同士の崩壊。

 

「……ぎゃっはっは!」

 

 その破壊の一端が笑う。

 思わずと言った具合に、笑う。

 

「だが、まぁ、俺の真似するにしちゃあ」

 

 本家が笑う。

 

「弱っちい!!」

 

 レオンが取り出した赤い錠剤が指で弾かれ上へと舞う。

 迫る黒の衝撃破を無視してレオンは吠える。

 その先の、彼女に向けて。

 

「カナタァ! おめーじゃ真似できねーよ! 所詮作りもんだ!フィクション!!」

 

 その声が、カナタに届いているかなど解らない。

 目の前に続く巨大な破壊音にかき消されているかもしれない。

 それでもレオンは叫ぶ。

 

「言ったよなぁ! 俺の事を『化物』じゃねーってよ! そう言ってくれたお前じゃ『化物』にゃなれねぇ!俺達にはなれねーよ!」

 

 舞う錠剤が、口の中でガリと音を立て消える。

 

「お前がなれるのは、絵面ごと見て―な甘くせえ主人公なだけだ」

 

 優しい声を終止符にレオンの体がぐらりと揺れる。

 

 ブレイクスタンス。

 

 彼の周りを赤と黒が入り交じるフォトンが舞う。

 徐々に体が黒へと色を変えていく。

 荒い呼吸のまま、レオンの瞳はまだ強い光を放っていた。その苦しみを無理矢理に捻じ込みながら、今も近づく破壊の光に背を向けた。

 

 そして、カナタとは逆側に、下向きに槍を構える。構える槍の黒が、腕の黒と同化していく。

 滅茶苦茶な、力任せの振り上げ。

 漆黒の槍が地面を大きく削りながら思いっきり振り上げられる。

 

 放たれるは黒一色のフォトン。

 爆発を繰り返すそれは本人のサイズの比では無い

 爆音を放ちながら巨大なフォトンの塊。

 光線というには荒々しく、刃というには形を成していない。

 唯、破壊する為の一撃。全てを飲み込む超圧縮の、超膨大の、最大必殺。

 カナタが作り出したソレのサイズを当たり前のように超える。

 巨大なダークラグネを両断した剣を当たり前のように超える。

 

 それは今そこにいる森のサイズも、その森を超えるカナタが作り上げた333メートルすらも。

 

 当たり前のように超える。

 

 異様で異常で異例で異論ない絶対破壊。

 

 レオンの最大攻撃力が頭上の333メートルを飲み込む。

 

 力を吐き出すレオンの身体は、纏わりついていた黒が剥がれるように粒子へと変わっていく所。

 黒い姿になる事も無く、よろめきながら大の字で後ろへと倒れる。

 

「だっはーーー! ひっさびさの全力全開だボケェ! 俺じゃ殺しちまうんだよ! 頼むぜおい! リースが泣いちまう!」

 

 倒れたままのレオンに、カナタが作り上げたフィクションの破壊は既に目の前。

 それでも、倒れているレオンを拾おうともせずに、ルーファもホルンも動かない。

 べきべきと辺りの木々を破壊しながら近寄るソレは前だけを見れば黒一色にしか見えない、だろう程のサイズ。飲み込むサイズである事は変わらない。

 

「そう……貴方はそっち」

 ルーファの視線は目前の黒よりも、倒れているレオンを見ていた。

 息も絶え絶えに、それでも馬鹿にしたような笑みは変わらない。

 レオンの意地悪な瞳も、冷めた瞳を見せるホルンも、何も答えない。

 

 代わりに別の声が答える。

 

「ああ、無論私もそちら側だ」

 

 高く、それでもハッキリとしたその口調は堂々とした言葉。

 振り返るルーファの目に映るはプラプラと脱力させるように手を下向きに降っているユラの姿。

 

「全く……忘れられたかと思ったぞ」

 

 もう逃げられない距離にまで来ている破壊の光にユラは動じる様子を見せない。

 ユラの右手が上がる。

 その指が弾くように形に変えて。

 

 パチン。という、弾ける音が広がる。

 その音に合わせるように世界が波打つ。彼女の後ろに等身大の時計。

 破壊の音が消える。

 静寂が包む世界、ゆっくりと手を下ろすユラ以外、世界が止まっていた。

 

 ユラの視線は俯くホルンへ、そしてユラをまっずくに見据えるルーファへ。そして、先にいる闇の隙間から見えるカナタへと映る。

 涙でぐしゃぐしゃの顔。その両手は耐え切れるはずのない威力の反動で血だらけで。

 何がそこまで彼女を追い詰める。

 何がそこまで彼女を追い詰める。

 

『それでも私は救いたい』

 

 そう言った彼女の言葉を、ユラは良く覚えている。

 

「カナタ、君の馬鹿さ加減……もう少し見たくなった」

 

 全てが動かない世界でユラの声だけが響く。

 

「私は最悪(エンド)のジョーカーが1人。存在否定(ダウナー)、最後(ラスト・ワン)……そう呼ばれたルーサーが手を加えた最後のジョーカーだ」

 

 ユラはゆっくりと、人差し指を掲げるようにあげる。

 

「不本意だが能力は、『ルーサー(敗者)』」

 

 

 指で斬るように素早く。

 掲げた手を力強く下ろした。

 

「お前を肯定しよう、カナタ」

 

 それに合わせるように、禍々しい黒い柱が振り下ろされる。

 破壊の闇が、光が、彼女の力に押しつぶされる。

 アークスを震撼させたダークファルスの力が破壊の光すら飲み込む。

 彼女の世界。

 その世界で彼女に勝てる物は到底いない。

 ダークファルスの力を持つ唯一無二と言っても良い最後のジョーカー。

 もっとも完成に近い不完全品。

 

 

 

 瞬間的に世界に色がつく。

 

 

 

「………………………………………………………………は、ぁ!? はぁぁぁぁぁ!? なんで!?なんで!?」

 悲鳴を上げるカナタには今何が起こったのか等、理解出来るわけが無い。

 空の影が消えたと思えば、破壊の闇が消え去っていた。確実に壊す絶対攻撃力。残っているのは破壊によって抉れるように粉々になっている木々や地面だけ。

 

「……む、流石にあんな重いのを持っていた後に時止め超重力は荷が重いな」

 

 先程の高く凛々しい姿は消え去り美しい声色が可愛い高さのトーンに変わっていた。

 

「後は任せよう」

 

 キセルを吹かす幼女は薄く笑う。

 その表情は優しい笑み。

 

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!! もぉ! もぉ! もぉ! もぉ! なんで! じゃま! するの! するのよ! もぉぉぉぉ!!!」

 掻き毟りながら頭を振るう。

 血走る瞳から零れる涙は止まらない。

 ただ。

 ただただ、彼女の心は壊れ続ける。

 思考は回らない。

 一点のみに思考が走る。

 自分の知る中の破壊を全て詰め込んで。

 

 壊せ、壊せ、壊せ。

 

 この世界が壊れればきっと。

 

 また最初からやり直せるから。

 

 またもう一度私でいれるから。

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェェェェェ!!!!!」

 

 彼女の声とは思えない程のおぞましい悲鳴のような雄叫びと共に、カナタの後ろに光が集まり始める。

 光は集合体へ、形を変え、その姿を象る。

 ルーファが方眉を上げる。

 それは先程彼女が戦っていた相手の能力の一つ。

 ファランが作り出す三匹の竜。

 どす黒い色合いは、ルーファが見た姿と同じ物。

 

「……ファランの力、か」

 

 見上げるホルンがポツリとこぼす。

 

「あら知ってるの先生」

 

「当たり前だろ……俺が教えたんだからよ」

 フォトンで形成する追尾方でありながらの超圧縮型の攻撃力。

 繊細なフォトンを操る彼女と、高い感知能力だからこそ出来る力。

 しかし、それは空想上の理論でしかなかった。

 人、一人分では足りる筈の無い膨大なフォトン量と、それを維持する為の尋常でない精神力。

 ジョーカーとしての素質を含めても、結果的にファランがその技を完成に至らせる事は無かった。

 

 それを、カナタが作り出している。目で見た物を今作り出している。

 

 様々なフォトンの色合いが混ざるそれは、実在から作られたフィクション。

 微かながらにもファランのフォトンの癖のような物を、その中から感じ取る事が出来ていた。

 それだけで、ホルンは十分に理解する。

 

 ファランの最後を。

 

 

 

 呪いのようにブツブツ呟く言葉と共に、空にカナタの光が舞う。

 黒い竜だけでは無い。再び輝き広がる光達は次々と再び物体を作り上げる。

 

 彼女が目にした武器という武器。

 

 神話を象った武器。

 創作でしか無い筈の武器。

 漫画の世界でしか無い武器。

 

 破壊の為に、殺す為に、消し去る為に。

 

 フィクションでしか無かった筈の全て。

 その思いすらも。

 

 空一帯に広がる様々な何百といった武器達が、切っ先を向ける。

 今度はシンプルに、単純に、ハンマーやナイフや刀や剣や刀やサーベルや。多種多様世界も歴史も違う武器達が入り乱れる。先程の銃達とはまた違う絶対的な殺す為の近接型の武器。

 

「学習しませんね馬鹿ナタ」

 ため息交じりのルーファの声はもうカナタには届かない。

 もう、届かない範囲まで来ていた。

 彼女のグチャグチャの髪の隙間から見える瞳は、既に正気の域を超えてる。

 

 ため息交じりに、ホルンが口を開く。

 

「ルーファ、テメーがケリを付けろ」

 

「……はぁ? なんで私が命令されなくちゃ行けないんですか」

 

「理由はどうであれテメーが引き金だ。忘れるなよ青二才。信念を通せばまた、別の信念が目の前に立つ」

 

「……言葉の意味がわっかんねーですっての」

 

「行け、道は開いてやる。道を作るのも年上の役目だ。」

 

 ホルンが前に出るのと同時に黒い3匹の龍が禍々しく口を開く。

 そして、うねり狂う三匹の竜が飛び出し、次いで大量の武器が切っ先を向けて空を走る。

 標的は全て飛び出したホルンに狙いを定めて。

 たった一人によって、一瞬でその場が戦地へと作り出される。

 その戦場に、すざまじい脚力と共に文字通り飛ぶようにホルンは空中へと飛び出していた。

 

 

「…………」

 遥か頭上へと飛ぶ彼の事を見ずにルーファは真っ直ぐに彼女を見据える。

 凶器的な武器よりも、狂気的な憎しみの瞳を向ける彼女を見つめる。

 

 

 

 同じく飛び上がるホルンも見下ろすようにカナタを見つめていた。

 呆れたように小さく笑う。彼にしては珍しい、自嘲めいた笑み。

 

「武器を持つ事を、戦う事を、傷つける覚悟を否定した馬鹿が……哀れなもンだ」

 

 彼へと向けられる凶器達。

 その凶器達よりも巨大な黒い憎悪がホルンへと迫っていた。

 ホルンの小さな体を飲み込もうと、一匹目の黒い龍は大顎を開く。

 ばくん、という音が響くようにホルンの小さな体をあっさりと飲み込んでいた。

 

 黒い竜は口を閉じた瞬間に淡く光り出す。

 その光は先程閉めた竜の口の隙間から。

 金色のフォトンが舞っていた。

 

「リミットブレイク!!!」

 

 叫ぶ声は鼓舞するように。

 魂の叫びに答えるように。

 光は強く強くホルンを輝かせる。

 

 眩い光は消える。

 黒い龍は内側から弾ける。。

 内側から飛び出したのはフォトンで作り上げた巨大な刀。

 その巨大な刀の媒体であろう大剣を担ぐように持ち直す。

 重力に合わせて落下するホルンは空いている手で自身の瞳へと手をやると、鬱陶しそうな舌打ちを零す。

 

「あぁ? 右目かよめんどくせェ」

 

 『リミットブレイク』

 

 彼が最も強かった頃。

 まだ身体が大人の姿をしていた頃。

 体が縮んでからは能力も激減していた。

 その能力を、今の状態を一時的に飛び越え最も最善だったあの頃に近づける。

 それは体の機能の一部をランダムで失わせるかなりの不可を体に加えるホルンの奥の手。

 数分しか持たないが、その能力の底上げは絶大。

 彼の特徴的な全武器を使い分ける特異性、その全てを最大限まで引き出す。

 

 彼の周りを武器達が舞う。

 槍が、両剣が、刀が、銃の類までもが全て。

 

 放り投げる大剣がその内の一つに加わる、入れ替わるように彼の手に次に持たれたのはツインダガーと呼ばれる逆手で持つ両剣

 

 迫る大量の武器達を横目に、両手を広げるように両剣を持ったまま、ホルンは遠心力に任せて体を横へと回転させていた。

 回転に合わせるように、光が舞う。

 

 手に持つ両剣が強い光を放ち作り出されるのは先程のサイズの巨大な剣。

 フォトンで作り上げる大剣の技。

 

「ツインダガーのオーバーエンド、ま俺しか出来ねぇけど」

 

 回転に合わせて振られた二つの巨大な刃。

 まるで大きな円状の刃物は迫る大量の武器達を振れた瞬間に粉々の姿へと変形させる。

 

 武器の能力を最大限まで引き出し、他の武器の技すらも別の武器で対応させる。

 天性のセンスと、気が遠くなる長い間を生き手に入れた努力の結晶。

 守る為に手に入れた力。

 誰も殺させない為に、前に進む為に。増えすぎた大切な者達の為に。

 その力が、黒い竜をも一瞬で横に両断する。

 

 

 創造されたファランの技が黒い粒子となって姿を消していく。

 

 

 妙に皮肉めいていて、着地しながらホルンは情けない笑みを浮かべてしまう。

 

 唯一見える左目を彼女へと向けた。

 

 

「あの時の威勢はどうした馬鹿女、テメーの思いってのはそんなもんかよ」 



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Act.85 女子高生VSジョーカー③

 ゆらりとルーファの体が揺れる。

 ホルンが着地したのと、それは同時。

 目を見開き挙動不審に眼球を動かすカナタも直ぐにホルンからルーファの挙動に気づく。

 

 地を蹴るルーファはその場に残像すら残さずに、まるで消えたように土煙だけを残す。

 

「っぐ! ぃ! ぃぃ!!」

 勢いに気圧された様に呻くカナタはたたらを踏むように後ろへと下がる。

 しかし直ぐに切り替わる。

 姿勢が低い物へ。

 脳裏に浮かぶのは新鮮な記憶。 

 想像されるのは今、目前の彼女。

 カナタへと走る彼女。

 創造するのは彼女が戦っていた姿。

 見ていた。最初から見ていた。

 ここに来て古い記憶。そして今一番新しい記憶。

 

 刀を抜くように低く構える手が何かを掴む。

 引き抜くと共にそれは何も無い所から、淡い光を零しながらそれを造形させて行く。

 

 純白ならぬ純黒。

 

 真っ白と言う程の真っ黒。

 

 白妙なまでに漆黒。

 

 唯一無二のたった一つのルーファの武器が手にされていた。

 

「来るな!! 来るな!!」

 

 引き抜かれる速度は、その速度をそのままに動きを創造する。

 同時に、引き抜いた腕が内側から破裂するように皮が裂け血を噴出す。

 彼女の、唯の人間でしかない身体はジョーカーの能力に耐え切れるわけも無く。

 早すぎる神速はその能力のままに距離すら無視した斬激を生み出す。

 

 駆けるルーファの体を斜めに両断させる一閃。

 

 刹那の一瞬。

 

 

 走りながらも体を傾けるルーファの髪を数本だけ刻みあっさりとそれを避けていた。

 

「猿真似にしちゃー上出来ですけど、鮮度がクッソ。所詮作り物ですねェ」

 吐き捨てる発言をしながらもルーファとカナタの距離は埋まって行く。

 

 

 振り抜いたカナタの手から刀が音を立てて落ちる。

 カナタの腕から血が噴出す。

 一般人でしかないカナタの体が、ジョーカーの力を二度も使った代償。

 自身の血で染まったダラリとたれている腕からは、白い部分すら見えていた。

 

「あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 旧ブレーキを掛けるルーファは呆れた様に声を零す。

 悲痛の叫び声を煩そうに頭を振るいながら刀も数度振るう。

 

「限界でしょうカナタ、諦めなさい」

 

 痛みと苦しみ、悲痛と憎悪。

 涙でぐちゃぐちゃの瞳が上がる。

 

「甘ちゃん女」

 

 ルーファと目が合うと同時に、痛みも苦しみも、悲痛も全て、憎悪が塗り替える。

 血走った瞳は、涙で濡れならがらも彼女を睨む。

 

 言葉はスイッチへ。

 涙を流すカナタの瞳はルーファを睨む。

 淡い光りはカナタのもう一つの腕に集中する。瞬間的に作られるのは短いダガーナイフ。

 躊躇を見せることもなくナイフは動かなくなった自らの腕へと振り切られていた。

 

 吹き零れる血と共に、ボトリと不気味な音と合わせて落ちる。

 

「……貴方」

 

 強く目を見開くルーファをよそに、カナタの亡くなったはずの部分に淡い光がまとわれていた。

 

「リリリリリン酸カルシウム硫黄ナトリウムムムカカカカカリウム塩素マグネシウムフッ素セレンケ鉄亜鉛銅ヒ素マンガンンンンクロムバナジウムニッケルゥゥゥゥ!!!」

 

 早口過ぎて聞き取れない。ましてやルーファの知る言葉でも無い。しかし、その言葉と共に、彼女の腕が徐々に形を成す。何も無い所に、何も無かった筈の場に、呪文の言葉とともに、無くなっていた筈の部分に、まったく同じ腕が出来上がっていく。

 

「……貴方、もはや人を、アークスを、やめているわね」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 悲鳴を挙げながら出来上がった腕を横へ振るう。

 

「おまえのせいだおまえのせいだおまえのdせいだだだだだだだあああrrrっらああああああああ!!!!」

 最早言葉にすら無っていない。

 悲鳴を喚き散らすカナタは頭を振りかぶる。

 辺りに飛び散る血も無視して濁った瞳がルーファを捉える。

 

「……ちょっとはマシな目が出来るようになったじゃないですか」

 皮肉を込めた言葉を吐き捨てると共にルーファは構える。

 

「態々待って挙げたんです」

 中途半端な気持ちでは無く、一心の純粋な心へ。視線を。そこにいるのは二人だけ。

 思いは直線状に、見つめあうのは憎しみと失念。

 

 ルーファの言葉は、カナタには聞こえていない。

 

 こんなのじゃ駄目だ。

 

 狂う自分とは別に、頭の中でもう一人の自分が冷静に見つめていた。

 

 彼女は殺せない。 彼らは壊せない。 世界を消し去る事は出来ない。

 

 もっと明確な破壊を。

 

 壊す。殺す。

 

 破壊を。

 

 撃滅を壊滅を潰滅を絶滅を破滅を消滅を粉砕を損壊を抹消を抹殺を打壊を解体を荒廃を没落を滅亡を衰亡を破砕を殺戮を殺害を殺人を破摧を決潰を崩潰を全潰を倒潰を崩壊を全壊を倒壊を。

 

 そして創造を。

 

 最初から。

 

 リセットして。

 

 ニューゲーム。

 

 今度はもっと、幸せな世界を。

 

 皆が皆、幸せな世界を。

 

 あの子が笑える世界を。

 

 限界を超えた彼女の体中か血が吹き出し。

 血だらけで、ボロボロの筈だった。

 それでも彼女はその両手を挙げる。

 祈るように両手を挙げる。

 終わらせる世界に、今の痛み等関係が無い。

 

 彼女の周りを纏う光は、更に輝く。

 その光は翳す両の手に集まる。

 全てを終わらせる為に、この世界を終わらせる為に。

 象る光は造形されていく。終わらせる為の想像が創造に変わる。

 

 遠くで見やるユラが眉をあげる。

 作り上げられたソレをユラは知っていた。

 

 創世記、『世果ヨノハテ』

 

 世界を終わらせる武器。六芒均衡、アークスのトップが持ちながらも、その異常な力に彼すらも封印に封印を施し、ようやく使える刀。

 

 史上最強にして、世界を終わらせると言われた武器。彼女が望む、最高の形。

 

「……ますます面白い子だ。がむしゃらに想像していた創造を、具体的に……この世界で最も破壊できる武器を創造したか。最後の最後に、自分の力を理解し物にしたか……嫌、つくづく恐ろしい子だ」

 

「あぁ!? ざっけんな!! あんなもん振ったらカナタちゃんも。ここらへんもぶっとぶぞ!!」

 

 椅子にされ仰向けで寝転がったまま吼えるレオンなど気にせずにユラはキセルを吹かす。

 

「しかし、彼女が願う物にこの世界が答えたとでも言うのか?」

 

「無視してんじゃねーぞチビ!! あいた!!」

 力を使い果たし、動けないレオンの頭を小さな足で踏みつけられる。

 

「案ずるな、馬鹿、向かっているのは史上最速だ」

 

 振り上げる。

 振り下ろす。

 その動作だけで、空気が止まる。

 一瞬の静寂が、まるでそのシーンを掻き立てるように。

 

 振り下ろす最強を、黒刀が受け止める。

 

 静寂の後に広がるのは真空破。

 互いと互いの鍔迫り合いが、行き場の無くなった脅威が辺りを噴き上げる。

 

 突風で掻き上がる髪も物ともせずに、三人のジョーカーは見届ける。

 二人のその一瞬を。

 

 

 瞳が重なる。

 スローモーションの様に続く瞬間。

 

 圧倒的な身体能力では当然の様にルーファに軍配が上がる。

 そのルーファと並べるのは彼女の生み出した武器の力。

 それは、カナタのような人間が持っていいものではない。身体が耐え切らずに身体中から噴き出す血などカナタは目も暮れる様子も見せない。

 

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 

 体中が血で染まりながら、瞳に垂れ流れる血が入る事も気にせずにルーファへと一心に憎悪の瞳を向ける。

 受け止めながら、ルーファはその瞳を見返す。

 その瞳はカナタとは真逆の、妙な複雑な色が入り混じる。

 

「死˝ね˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝ぇぇ˝ぇ˝ぇ˝!!!!!!!!!」

 叫び声と共に、均衡が崩れる。

 押し出したのはカナタ。割れるように笑みが広がる。

 

 カナタは気づきない。押し出したのでは無く、一対に構えていた刀をルーファが離していた事に。

 それは一瞬の出来事。弾かれた刀が宙に浮く。

 刀を無視して、ルーファは力強く拳を握り締める。

 勢いよく振り下ろしているカナタは止められない。カウンター交じりに、振りかぶる刀と、ルーファの拳が交差する。

 全速力の威力と共に、ルーファの拳がカナタの顔面へと放たれていた。



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Act.86 偽物ヒーロー

「ィッ、ガ!!」

 

 ぐちゃり、という潰れるような音。辺りに血が飛ぶ。

 それと共に、カナタの体が宙を浮く。

 勢い任せで放たれた拳にカナタの手から、創世記が思わず離れる。

 長い刀が地面に突き刺さるのと、カナタが地面へと倒れるのは同時だった。

 鼻血を流しながらも、カナタは慌てて立ち上がろうとするも、そのままへたり込むように尻餅をついてしまう。

 目を血走らせながらも、彼女は血だらけで、震える両手を翳す。

 皮が捲れ、動いているのが不思議だとも思える手を、カナタが気にする様子は無い。

 

「殺˝、ず……ごろ、ず……ごろ˝ずごろ˝ずごろ˝ず……あああああぁあぁぁぁあああ!!!」

 

 呪怨の言葉と共に、再びカナタの周りを光が舞う。

 しかし、その光が再び物体を作る事は無かった。

 かざしていた両手を、ルーファが平手打ちのように弾いていた。

 手を付く事も出来ずにカナタは無様に転がる。

 それでもカナタが諦める様子は見せない。

 ぐちゃぐちゃの手で何とか立ち上がり、目の前のルーファへと、ファランを殺したルーファへと、何処か寂しそうな色を浮かべる瞳へと。

 

 手をかざそうとする。

 

 再び光が一度舞う。

 

 一度だけ。

 それ以上、光が強く輝く事は無かった。

 

 始めて使う能力に、カナタが限界であるという事は気づかない。

 

 なればと、散々痛みつけた手のひらで、拳を作る。

 ヨロヨロと血だらけの姿のまま、一歩前へ出ながらルーファへと拳を振りかぶる。

 情けない速度で放たれる拳はルーファに当たる事は無い。

 それは殴ろうとしたと言うよりも、よろめいたと言う風にも見えるような物。

 再び、振りかぶる。

 当たるわけが無い憎しみの拳。

 

「止めなさい」

 

 ルーファの言葉にカナタが耳を傾ける事は無い。

 壊れた機械のように、唯唯よろめくような動作を続ける。

 それでも、その瞳から零れる涙は止まらない。憎しみの瞳は止まらない。

 

「何で! 何で!! 何でよォォォ!! 何でこんな世界があらなきゃ行けないのよォ!!」

 

 うめき声はいつのまにか悲鳴のような叫びに変わっていた。

 よろめく仕草を続けながら、カナタは叫び続ける。

 

「わだ、わだじは、あの子がいだから、私で、い、いられた!! 優しい私で!! 正義を愛して! 平和を望んで! わだじらしく!! い、いられた!! こんな世界にいても!! 私は変わらないって!! そう願って!」

 

 遠くで見守るホルンは、その叫ぶ言葉に思わず俯く。

 

 もう、それは戦いでは無いと悟っていた。

 

 レオンの上に座る少女はタバコを吹かし空を仰ぐだけ。

 

 ルーファは、淡々と前へ前へよろめくカナタに合わせて一歩一歩と後ろへ下がる。

 

「なのに何でよ!! 皆助かってハッピーエンドにならないのよ!! 何で死んじゃうのよォォォ!! 違うの!! 私はこんな世界望んでいない!! こんな世界!! こんな世界!!」

 

 不幸なんて無かった。

 スポーツ万能で、成績優秀で、優しい父と母、そして少し生意気な弟。

 慕ってくれる後輩、楽しい友達。

 これだけ幸せだから、私は不幸な人の為になりたかった。

 フィクションの世界の主人公のように。優しいハッピーエンドに。平和な世界に。

 それが私の宿命で、それが私の生きる意味で、私が、私が私でいられる理由だったから。

 

「貴方に解らないでしょう!? 私の気持ちなんて!! 仲間を簡単に殺せる貴方に何て解るものか!! 返せ!!返せ!! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!! 『私』を返せよォォォォォォ!!!」

 

 解っている。

 私自身が解っている。

 あの子の為に泣いている? あの子の為に拳を振るう?

 

  よく言う。

 

 私はあの子を利用していただけだろう。

 私で居る為に利用していただけだろう。

 気が狂わない為に依存していただけだろう。

 救っていたんじゃない。救われていたのは……私だ。

 

 上っ面だけの信念が剥げただけ。 

 

 私でいれなくなった象徴が消えたから、私は私じゃいられなくなったんだ。

 だから全てが滅茶苦茶になった。もっと早くから狂ってもおかしくなかった。

 夢を見ているように現実を否定して、見ないようにして、あの子を幸せにしようとする私が居たから私は。

 

 私は……。

 

 血だらけの拳に、始めて感触が伝わる。

 カナタの拳が、ルーファの頬に触れていた。

 べっとりとカナタの血が付く事も気にせずに、ルーファはその手を手に取る。

 

「……私は、貴方が嫌いでした」

 その手を胸に抱くようにするルーファは、淡々と続ける。

 

「青臭くて、嘘っぽくて……貴方には何も視えなかった。フィクションのような貴方が嫌いだった。」

 

「でも」とルーファは付け足してから、言葉を続ける。

 

「今の貴方は嫌いじゃないですよ……始めて、心の奥底の貴方が視えた。やっと本物に会えました」

 

 澄んだ瞳は、カナタを見据える。

 

 いつもとは逆。

 

 二つの瞳が交差する。

 

 目が霞む。

 慣れない力の開放に、彼女の体が限界を向かえた事を彼女自身気づいていない。

 いや、限界など既に超えていただろう。

 それでも、突き動かされていた。

 

「私は……私で、いたかった……」

 

 その言葉を事きりにカナタの体が崩れる。

 支えるように、ルーファはカナタを受け止めていた。

 自分よりも低い身長。

 戦い続けて来たルーファとは違う華奢な体。それなのに、血だらけで、ボロボロで。

 

「カナタ……貴方が貴方でいたように、私は私でしかいられない。貴方が守る『覚悟』をしていたように……私は殺す『覚悟』をしていた。貴方が私になる事は無いでしょう……そして、私が貴方になる事も無い。」

 気を失う少女にルーファが綴る言葉は聞こえている筈が無い。

 それでも、ルーファは言葉を続ける。

 

「ロランは貴方を任したと私に言った。アスに美味しいご飯を作ってくれましたね……ファランが立ち直る事は二度と無いだろうと思っていました」

 

 ッフ、と小さく息を吐く。

 

 弱い癖に。

 

 

「どんな理由だろうと、私の仲間の為にして来た事だけは感謝してやりますよ……偽者ヒーロー」

 



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Act.87 「ギャハハ!!! すっすめー! すっすめー! どっこまっでもー! ゴールは真っ黒くーろすっけだー!」

「ねーぇー? いつまで寝てるのー?」

 二人の子供。
 四つの不気味な瞳が見下ろしていた。
 視線の先はガレキの山々。
 森を超え、砂漠から飛び出た巨大な岩だった瓦礫達。

 瓦礫が音を立て破片を転がす中、のそのそと黒い物体が這い出ていた。

 黒い鎧は粉々に砕け塵、腹部から肩に掛けて、ある筈の部分がえぐれていた。
 辛うじて付いている腹の残りの部分は、普通であればバランスなど保てるはずが無い。
 それでも簡単に立ち上がると、今度は双子を見下ろす形になる。

「随分とやられたねぇー?」

「問題は、無、い、近接戦でのデータは取れている」

 仮面β

 その顔はまだ幼さが残り、黒く長い髪が流れる。
 顔だけを見れば整った顔立ちの少女に見えるだろう。
 しかし、その瞳は冷たい。
 凍るような冷徹な瞳。
 彼女とは同じ顔であるにも関わらず、正反対の感情のない瞳。

「近接ってェー! 最後はビーム撃ってたしー!」
 そう言いながら双子はゲラゲラと同じトーンの笑い声を木霊させる。

「『絶対回避』と、い、う、特異、性、遠距、離・中距離で、あれば、敵う物、は、いない、だろう。相手の土俵、では無い近接で持ち込む事で遠距離の油断を作る事に成功したと思われる」
 たどたどしく、しかし機械的に紡ぐ言葉。
 それは徐々に精密に言葉を紡ぎ始める。
 ぐちゃぐちゃだった体が、徐々に、徐々に、鎧までもが、元の形に戻ろうとしていた、
 ダブルは仮面に向けて、馬鹿にしたように吹き出した笑い声をあげる。。

「それはねーぇ? 言い訳ーって言うんだよー? 相手はジョーカー。しかもジョーカー専用の武器も持っていないにも関わらずあの戦闘力。 自分がまだまだ弱い事は自覚しようねー!」

 容赦なくゲラゲラと笑う双子に仮面βは何も言わない。
 無表情が崩れる様子もなく、彼女はダブルを見下ろす。

「さて、僕の、私のβちゃん。二人のジョーカーと戦って、どうかなどうかな?」

「現状では、上、しかし、超えることは、容易い」

 最悪に最強で最善であり最害。そして最厄。

 ジョーカー。

 化物達の隙間に、また別の化物が割り込もうとしていた。


 仮面β(ペルソナベータ)。

 カナタと瓜二つの、最厄のダーカー。




 

 無音。

 

 

 そこは二つのベッド。

 

 荒れていた部屋、傷だらけだった部屋は既に修復されていた。

 

 しかし、足りない物がある。

 二つのベッド。

 

 近くの椅子に座る彼女は、誰もいないベッドを見つめる。

 膨らみも無いベッドを見つめる。

 一人で。

 一人だけ。

 

 空虚の瞳。光が無い瞳。

 頬は少しやつれていた。

 いつもの制服では無く、病院服のような服の彼女。

 両端を結んでいない髪は、無造作に流れている。

 座る彼女の足には枷が付けられていた。

 長い鎖状のそれは、彼女の動きを制限をする者。

 フォトンの発動を止める特別な鎖。

 その大きな鎖を、両足につけられた彼女は動けないだろう。

 いや、彼女自身に、既に動く気配は無い。

 動く気など、気力など、無い。

 

 見つめる。

 

 誰もいないベッドを見つめる。

 

 ドアの開く機械的な音が無音の中響く、それでもカナタの視線は動かない。

 金色の髪を靡かせて中へと入るのはリース。

 カナタに近づくリースは、どこか申し訳なさそうな笑顔をカナタへと向けていた。

 

「カナタ……あれから三日も経ってるよ……そろそろ何か食べなきゃ……」

 

「………」

 

 カナタに反応はない。

 何も言わずに、ただ虚空を見つめたまま。

 そっとカナタの手を取るリースを見ようともしない。

 

「ねぇ、カナタ……このままじゃ貴女死んじゃうわよ……ファラ……ううん」

 言いかけた言葉を飲み込む。

 

「あの子は、あなたのそんな姿望んでないわ。死んで欲しいわけないじゃないの」

 

 カナタは反応しない。

 

「私達だって一緒よ。貴方はもう拾われた民間人じゃない。私達の仲間よ、これ以上仲間が死ぬのなんて、見たくないの……」

 

 カナタのその姿に、リースのように優しく声を掛けるものがいれば、怒り任せに怒鳴り散らす者もいた。

 冷たい視線で下げずむ者もいた、いつものように冗談を話しかける者もいた。

 やはり、カナタは反応を示さない。

 

 死んでいない。

 生きている。しかし、そこにいない。

 心が、壊れていた。

 

 当たり前だ。

 

 リースは涙をこらえるようにきゅっと口を結ぶ。

 少女は、ただの少女に過ぎない。

 戦いをしないアークス達と変わらない。

 民間人と変わらない。

 同い年だろうと、ルーファとは生きてきた世界が違う。

 そんな彼女には心が壊れるには十分だった。

 

 動かないカナタの頭を撫でる。

 持ってきた櫛で彼女の髪を整える。

 ただの自己満足でしかない。

 アリスも救えなかった。

 何も出来なかった自分が悔しくて、せめて、せめてファランが好きだったカナタを汚さないように続けていた。

 

「また……明日も来るから、ね」

 

 優しくそう伝える。

 声が帰ってこないのは分かっている。

 今も虚空を見つめたままのカナタを尻目に、思わず逃げるようにリースはその場を離れていた。

 友達すら救えない自分が悔しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナタの視線は変わらない。

 

 そこにあるのは皺ひとつないベッド。

 

 皺ひとつない。

 

 シワひとつない。

 

 誰もいない。

 

 

 視線が手元へ向く。

 

 だらんとしたままの両手がそこにある。

 

 そこにある。

 

 ……ここにいる。

 

 彼女はもういないのに、ここにいる。

 ここにいてしまっている。

 

 私は生き残ってしまった。

 

 無音の部屋に、突然大きな音が響いていた。

 カナタの部屋の天井が、突き破られると大きな物体が落ちてきていた。

 

「はんぎゃぎゃぎゃぎゃきゃ!?」

 間抜けな声と共にカナタの部屋の天井から落ちてきたユカリはその場で身悶える。

 

「落ちちゃった! 落ちちゃった!」

 1人でケタケタと笑いながらユカリはゆらりと立ち上がる。

 いつも通りの足取りでタンスへと近づくと、ユカリは勢いよくタンスを開けていた。

 ふわりと辺りに舞う甘い匂いにユカリはニタリと薄気味悪い笑顔を浮かべる。

 

「ゲラゲラゲラゲラ! 今日はどのパンツにしよっかなー♪ んー! 白? やっぱ白?」

 楽しそうに鼻歌を歌うユカリは突然タンスの中で動き回っていた手を止める。

 

「って! これ臆病鳥のタンスかよ!!!」

 大声を上げながらさっきまで自分が触っていた引き出しを下から蹴りあげる。

 勢いに任せて飛び散る衣服に、またユカリはゲラゲラと笑い声を上げていた。

 

 ピタリと笑い声は止まる。

 

 視線には散らばる衣服の中に混じっていた別の白い物体。

 

「んー? んんー? 」

 それを親指と人差し指で拾い上げるユカリは、何度もその紙切れの前で首を傾げてみせていた。

 次に視線は未だ放心しているカナタの方を向く。

 

「あんれー! いたの!? いたの!? クズキカナターー♪」

 スキップ混じりにカナタへと近づくユカリは、そのまま皺の無いシーツへと飛び込んでいた。

 綺麗に張られた白は、一瞬で姿を変える。

 カナタが見つめる先が、それが正解であったかのように皺だらけの姿へ。

 シーツを滅茶苦茶にしたユカリは、そんな事を気に掛けるような様子は見せない。

 カナタのすぐ目の前で手を振ってみせる。

 それでもカナタの瞳が動く事は無い。

 ユカリが目の前にいても、焦点は合わず彼女を見ていない。

 汚されたシーツすらも見えていない。

 

「死んじゃったねー! いっぱい死んじゃったねー! ああ悲ちー! 涙が出ちゃうなー!」

 ゲラゲラと馬鹿にした笑い声が響き渡る。

 心から馬鹿にしたような、心から卑下した笑い。

 

 それでも、カナタに反応は無い。

 

 笑い声は、停止ボタンを押したかのように急激にピタリと止まる。

 

「………クーズーキーカーナーター」

 間延びした声と共にユカリはカナタの手を取る。

 だらんとしている掌に、先ほど手にした封筒を置く。

 ゆっくりと、ユカリは優しくカナタの掌を握り締めさせて見せる。

 その表情は、先程の下品な笑い顔から優しい笑みへと変わっていた。

 

「……異世界の優しい子。貴方にはきっとまだまだ辛い事が沢山あるでしょう」

 掌を握り締めるユカリの囁くような声が部屋に響く。

 

「ここで立ち止まっては行けません……少しだけ、ほんの少しだけ後ろを押してあげます」

 

 ユカリの周りに淡いフォトンの光が舞う。

 光はカナタを包み、ユカリの握り締める掌へと集まる。

 それに合わせ、辺りは再び暗がりへと戻っていく。

 

 ピシリと、音が鳴ると、二つの鎖が音を立てて崩れていた。 

 

 数秒の沈黙の後。

 ユカリはカナタから離れると、ベッドから音も無く降りる。

 そのまま背を向けたまま、歩き出していた。

 先程の優しい笑みは見当たらない。

 再び不気味な笑顔へと戻っていた。

 

「ギャハハ!!! すっすめー! すっすめー! どっこまっでもー! ゴールは真っ黒くーろすっけだー! ギャハハ!!!! ギャハハ!!!!」

 

 でたらめなリズムで、大声で歌う彼女は、ただただ楽しそうに笑顔を浮かべる。

 開くドアを潜り、チラリとユカリは後ろへと視線を向ける。

 

「……まだまだ終焉は終わらねぇよぉ、闇夜のスタートはここからだ。玩具が壊れたら悲しくなっちゃうからぁ……もっともぉぉぉぉっと……」

 

 閉じるドアの隙間、ぴくりと、カナタの指が動くのがユカリには見えていた。

 

「遊ぼうネェ」



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Act.88『といといとい』

 

 

 何処に向かっているのだろう。

 

 ぺたぺたと、素足のまま暗い廊下を歩いていた。

 

 自分がどこにいるのか、何をしているのか、何も見えていない。

 

 時間は深夜だろうか、誰ともすれ違う事なく彼女はゆっくりと歩を進めていた。

 

 勝手に動いていた足は止まる。

 

 ゆっくりと見上げた先に、大きく『食堂』と書かれた看板が見えていた。

 

 彼女の職場で、最も足蹴なく通った場所だ。

 

「今更……なんで、こんな、所に……」

 

 カナタの呟く声は誰にも聞こえる事は無い。

 暗がりの広がる食堂の中へと足を踏み入れていた。

 がらんとした食堂の中、使われていない椅子は全て机に乗せられている。

 そんな中、中央の机だけ椅子が下ろされていた。その場所は良く知っていた。

 カナタが、皆と食事をしていた場所。

 

 そして、そこに座る人物も良く知っていた。

 

 ふらふらと中央に近づくと、椅子に座る少女の前で立ち止まる。

 

「何、してるの、サーシャ、ちゃん……」

 

 名前を呼ばれた少女はカナタを見上げる。

 いつものニッコリ、という擬音が聞こえてきそうな満面の笑顔をカナタへと向けていた。

 いつも通りの。

 

「あー! カナちゃん! あのね! あのね! お願いをしてるんだよ!」

 

「お願、い?」

 

 うつろな瞳のカナタの様子等、気づいていないのか、気に知る様子も見られないのか、サーシャは明るく答える。

 

「アりスちゃんや皆がねー! 早く帰ってきますように! って! お願いしてるんだよ!」

 

 罪悪感の無い子供の言葉が突き刺さる。

 

「こうやってね! 机をとんとんとん! って叩くの! トイトイトイ! っておまじないするんだよー!」

 

 サーシャは両手を小さく丸め、片方づつ順番に机を叩いていた。

 

「トイトイトイ! だよ!」

 その言葉に合わせるようにリズミカルに動くその手の動きに、カナタは少しだけ小さく微笑む。

 

「そう、だね、早く帰ってくると……いいね」

 

「うん!!」

 元気よく答える少女の小さな拳は赤くなっていた。

 一体彼女はいつからここでお願いをしているのだろう。

 いつまで叶わないお願いをする気だったのだろう。

 

「今日は、もう……お部屋に、お帰り……」

 

「うん! 分かった!」

 サーシャは元気に応えると椅子から飛ぶように立ち上がり、そのまま振り返る事もなく出口へと消えていった。

 あまりにもアッサリで少しだけ拍子抜けしてしまう。

 ふらふらとカナタはサーシャが座っていた椅子へと腰掛ける。

 暫くまた、虚空をぼうっと見つめてしまう。

 

「トイ、トイ、トイ、かぁ……」

 試しに机を叩く。リズミカルに、ゆっくりと。

 机を叩く小さな音が響く。

 

「帰って、おいで……おいで、ほら、ここ、に、居る、よ」

 がらんどうの中でその音は、その声は、彼女自身の中でも大きく響く。

 

 唯響く。

 

 唯、響く……。

 

 

「は、はは……」

 お願いごと。

 叶う訳もない。

 叶う訳がない。

 何をしているのだろう。

 乾いた笑みが続く。

 

 未来に生きたいと言った少女は死んだ。

 

 彼女をそうさせた自分は生きている。

 最後に希望を持たせた自分が生きている。

 最初から希望など与えなければ、彼女はもう少し生き永らえたのだろうか。

 

 偽善者。

 

 私だ。私だ。

 

 私なんかを。

 

 私なんかを助けなければ、生きていてくれたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、手に握っている物に気づいた。

 いつから握っていたのだろう。

 封筒。握り締めてくしゃくしゃになっている。

 

 封筒を開く、折り畳まれた一枚の紙。

 

『かなた さん へ』

 

 最初に見えた文字に、目が見開く。

 

 震えた字。綺麗とは言い難い字が綴られていた。

 

『 おたん じょうび おめで とう 』

 

 何度も何度も消した跡。

 何度も書き直したであろう跡

 

 彼女は、震える手のせいでフォークだって持つのを苦手なのを知っている。

 そんな彼女が一生懸命書いたのが伝わっていた。

 

 震える唇をきゅっと結び、立ち上がる。

 ふらふらとしていた足取りは徐々に何かを求むように早まっていた。

 

 彼女が、朝の仕事の後、台所に残って何かをしていたのは知っていた。

 おばちゃんと一緒に、何かをしていたのは知っていた。

 一緒に居ようとすると困った顔をされたのを知っていた。

 

 久しぶりの台所は暗くて、それでも目的の場所は解っていた。

 

 大きな冷蔵庫を開くと、その奥の奥。

 隠すような奥に、小さなお皿にのったショートケーキ。

 形も覚束ない、綺麗とは言えない見た目。

 それを震える手で取り出す。

 

 思わず手紙の方へもう一度視線を向けていた。

 

『 いつも いつも わたしと おはなし してくれてありが とう

 

 こんな わたしに やさしく して くれて ありが とう

 

 かなた さんに なにか おかえしが した くて いっしょうけんめいかんがえま した

 

 それで おばさんが おしえて くれ ました

 

 かなたさんがよろこびそうな もの とってもあまくて ふわふわ だよ 

 

 きっとえがおになってくれるとおもって れんしゅう してまし た

 

 だまっててごめんなさい よろこぶかお みたくて まだまだ へたくそ だけど がんばりました

 

 これからも なかよく して ください 

 

 こんどは いっしょにつくりましょう ね

 

 であってくれて ありがとう

 

 わたしをみてくれて ありがと う

 

 そばに いて くれて ありがとう

 

 いっぱいいっぱい かぞえきれないくらい ありがとう

 

 これからもなかよく して ください 』

 

 最後の部分を横線で何度も消した後。

 その焦ったような横線に掠れた文字は、まだ辛うじて見えていた。

 

『だいすき』

 

 

 …………………あァ。

 

 …………ああああァ。

 

 震えながら、添えられたフォークを、ショートケーキに差し込む。

 ゆっくりと、それを口に運んだ。

 口の中に甘いものが広がる。

 混ざりきっていない卵白が妙に油っぽくて、時どき卵の殻のような妙な感触まで感じてしまう。

 

「…………まだ、まだ、だねぇ……もっと練習……しなきゃ……」

 ボロボロと涙がこぼれる。

 

「ケ、ケーキ、なのに、しょっぱい、んだもん……また、一から教えてあげなきゃ、ね……」

 覚束ないケーキに雫が落ちる。

 

「う、うう……」

 鼻水が、涙が、ぐしゃぐしゃになりながらもカナタはケーキを口へと運んでいた。

 一人で作った彼女が簡単に想像できてしまう。

 

「うううううううう……」

 

 がんばったね、がんばったね……。

 

 

 雫でキラキラと光る瞳は、彼女らしい色を取り戻していた。



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Act.89『忘れないよ』

 

「で、復活したと思ったらあの女は何やってんだ?」

 

 船橋でホルンは視線を広大な砂漠へ向けていた。

 同じようにユラも視線を向ける。

 

「ああ、さっき部屋に来てな……船の破片も使いたいとか、ついでに船員の名簿まで持っていかれたよ」

 

「名簿? 何だそりゃ」

 呆れたような表情のホルンはため息をこぼす。

 暑い炎天下の中、彼女は重たい鉄の破片を引っ張り、繋げ、幾つも引きずっていた。

 

 一心不乱に、何かを打ち消すかのように、彼女は大量の汗を掻きながらも。

 何かにもがくように必死に砂漠の上を動き回っていた。

 

 

 

 

 

 

 暑い、むせ返る様な熱気にカナタは大きく息を吐く。

 手に持つ大きな船の破片。

 それを力強く砂漠の砂の中へと刺し込んでいた。

 砂漠に連なるのは、幾つもの船の破片。

 均等に並べられ、その破片達には名前が刻まれていた。

 まだ、20程しか並んでいない。

 

「なーにやってんのカナタちゃん」

 顎から垂れる汗を拭きながら振り返った先、大きな巨体の男が立っていた。

 何処か久しぶりな様子。

 けれど彼は変わらない。

 あんな事があった後なのに、また笑顔を向けてくれる。

 満面の笑顔を向けてくれる。

 

「レオン……さん」

 

「まだ動ける怪我じゃねーだろぉー! 相変わらずバッカだなー!」

 

 いつも通りに接してくれるレオンに、カナタは思わず微笑を向ける。

 

「ええ……レオンさんも、相変わらずみたいで」

 

「どういうことだっての! んで、何やってんの」

 少し憤慨をした様子だが、その言葉の語尾には心配そうな様子が伺えた。

 言葉を躊躇う。

 小さな間の後、カナタは口を開く。

 

「……お墓を作ってるんです」

 

「ハカ?」

 カナタの言葉に、レオンは首を傾げる。

 ハカというワードに心当たりが無い様子だった。

 アークスという世界。

 死が当たり前の世界。

 カナタはぐっと息をのむと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……私の世界では亡くなった人を示す物を作ります。忘れない為に、その人が居てくれた証明を」

 

「そして」とカナタは俯きながら言葉を続ける。

 

「亡くなってしまった事を受け入れる為に……」

 俯くカナタに、レオンは小さく笑って見せる。

 気の抜けたように。

 

「っは、相変わらずカナタちゃんの居た世界ってのはおもしれぇーな、死んだ人間の為? 死んじまってるのに? もう帰ってこねえのに? 意味なんてあるのかよ」

 

「あります、死んだ人を忘れて前を見るなんて、私には出来ません。これは、私の為です。私の為の自己満足です。」

 

 彼女が、前に進む為の行い。

 

「ばっかみてえに、当たり前に死んでいく世界で忘れない為、か」

 レオンは笑う、どこか呆れた具合に。

 

「頭おかしくなっちまうぜカナタちゃんよ」

 自己満足に笑う。

 

「アハハ、もう手遅れですよ」

 そうですと、笑う。

 

 そう言って二人して笑う。

 砂漠の中で、互いを互いで馬鹿にするように。

 

「で、なんだ? 船の破片をどうすんだ?」

 

「あ、えっと、こうやって立てて、そこに、お名前を書くんですけど……」

 

「げ! お前全員分やる気かよ! 何人死んだと思ってんだ!? 今日中に終わっかなーこれ」

 

「手伝ってくれるんですか……?」

 

 それ以上レオンは何も言わずに船の破片を拾い上げる。

 カナタが並べた墓の横に同じように破片を並べ、その鉄に大きな石を使って名前を書く。

 大きな背中は、それ以上何も言わない。黙々と作業に取り掛かる。

 彼の手が刻んだのは、彼が親しくしていた、友の名前。

 

 カオルは、深く、レオンの背中にお辞儀をする。

 

「ありがとう……ございます」

 

 それからどれぐらい経ったのだろうか。

 一時間、二時間、炎天下の中作業は続けられる。

 どれ程経ったのか、太陽が一番上へと移動した程に時は経ち。

 

 人が増えていた。

 

「リースさん!?」

 よろよろとしながら、破片を持つ彼女。

 彼女は苦手だろう力仕事を、汗だくで必死に行っていた。

 

「わ、私だって、友達の手助けぐらい! 出来るわよ!」

 

「立てるの楽しいね! いっぱいいっぱい頑張るよ!」

 必死な様子のリースを無視して、破片にぶら下がる少女はあどけない様子は変わらない。

 

「サーシャちゃん……」

 

「お前ら……っつーかリースは能力使えば良いだろうが」

 破片を支えるレオンの呆れたセリフにリースは頬を膨らませる。

 

「そ、それじゃあ意味が無いんでしょ! ねぇカナタ!」

 いつものように、リースはカナタへと声を掛ける。

 少し厳しい優しいお姉さん。

 レオンと同じように、彼女は変わらない。

 

「はい……!」

 

 作業は続く。

 時は過ぎていく。

 

 窓から、カナタ達の様子を覗いていた彼等、彼女等。

 カナタに剣を向けた者も中にいた。

 カナタに罵声を浴びせた者も中にいた。  

 必死に汗を流し、手が傷だらけになろうとも、少しも休む様子も見せず、ボロボロになりながら。

 その行動を、彼等はずっと見つめていた。

 

 彼女等、彼等のカナタに対する闇が無くなったわけでは無いだろう。

 寧ろ、一層に疑いは強くなっている。彼女が起こした行動も、何があったかも、全て報告済みだ。

 彼女が敵対した事も、勿論アークス達は知っている。

 

 しかし、それでも。

 彼女の今行っている行動は。

 亡き友の為に今必死になっている彼女の行動は、それとはまた別だ。

 

 彼女の行動は、アークス達の目に焼き付く。

 

 荒い息を繰り返し、汗だくで必死だったカナタは気づく事に遅れる。

 一人、また一人と、人が増えていた。

 自分以外の、リースや、レオン以外。

 少し、驚いてしまう。

 

 ハカという概念はアークス達には解らない。

 

 それでも、それは、誰もが堪えていて、誰もが行いたかった友人の贖罪。

 

「連れていかれた者達の名前は省くぞカナタ。何、帰ってきた時に怒られてしまうかもしらんからな、私はクッキーが読める女だからな!」

 一人のアークスが声を掛ける。

 大きな女性が肩に担ぐ鉄柱は妙に絵になる。

 キセルを加えながら、ニッとカナタへと笑いかけていた。

 

「フフ……空気ですよ、ユラさん」

 

「そうだったか? ハッハッハ!」

 ユラの瞳は何処か嬉しそうで、優しい瞳をしていた。 

 

 日が暮れる。

 

 砂漠を照らす暑さは何時の間にか消え、肌寒い風が吹く。

 赤く焼けた色が、砂漠に広がる。

 

「ダッハ―! つっかれたわー!」

 砂の上で大の字になるレオンの顔に影が掛かる。

 長い髪にニヤついた表情の彼はレオンの疲れた顔を嬉しそうに見つめていた。

 

「っげぇ! ブレイン! 何見てんだテメェ!」

 

「やぁ友よ。酷くお疲れのようじゃないか……自らの友達の為に涙ながらの熱い行動……感動するね」

 

「……そう言うお前は何もしてねーじゃねぇか」

 

「残念だが俺はそんなマゾじゃぁ無い、死んだ人間を忘れずに証まで用意するなど、正気の沙汰では無いだろう?」

 

 ニヤついてはいるが、ブレインの瞳は真剣な物。

 起き上がるレオンはその返答に答える様子は無く、自身が作った墓を見つめる。

 ブレインがもう一度口を開く。

 

「どうだね? 忘れないというのは」

 

 風に揺れる髪を無視してジッとレオンは墓を見つめる。

 

「……ああ、本当に正気の沙汰じゃねェよ、知らなかったよ、辛いな、胃が締め付けられる、カナタちゃんの世界ってのは、俺達の世界よりずっと残酷なんじゃねーか?」

 淡々とした口調の後、レオンは「ただ」と付け加える。

 

「ただ?」

 

「クズみてえな俺らをよ、あの子は人として見てるんだ、お前らの死を、無駄じゃないと、証を残してくれたんだ。信じられるか? 死んでいい人間の集まりをよ、おっかしいよな……あの子が忘れないと言っていた。ああ、忘れちゃいけねーらしい、俺はお前らを忘れちゃいけねーらしい」

 

 胡坐で座るレオンはブレインに背を向ける。

 最初に刻んだ墓を見つめる。

 サバンの墓をジッと見つめる。

 

「……アルバトロス、やはり彼女は」

 ブレインの顔からニヤついた表情は消える。

 

「ああ本当に正気の沙汰じゃねえ、あの子はよ、カナタは……とっくに狂ってるのかもしんねーな……」 

 

 見据える先は、黒髪の少女の後ろ姿。

 墓の前で、手を揃える彼女。

 正気の沙汰では無い。

 その通りだ。

 何人を忘れないつもりなのだろう。どれだけの過去を背負うつもりなのだろう。

 それがどういう事なのか、どういう意味なのか。

 忘れない強さ。

 ジョーカーとしての化物すら目を逸らす程。

 彼女は既に、正気では無いのかもしれない。

 

「…………おばちゃんの名前、知らなかったよ。もっと料理教えて貰えると思ってたから……もっと一緒に居れると思ったから、こんな事で名前を知りたくなかった」

 

 目を瞑るカナタはゆっくりと目を開く。

 

「知らない名前も、知っている名前も……沢山、沢山……忘れない。私は、どの名前も忘れない」

 彼女は「そして」と付け加える。

 

「ファランちゃん……」

 目の前の墓に、自らの手で名を刻んだ。

 ぐっ、と目頭が熱くなる。

 沢山、沢山泣いたのに、まだ足りなくて、目の前が霞んでいく。

 砂を踏む音が聞こえた。

 慌ててカナタは袖で目元を拭くと、振り返る。

 そこに、黒髪の彼女が居た。

 長い髪を揺らがせながら、その表情は何時も通りで。

 けれど、カナタは思わず体が硬直してしまう。

 あれ以来、顔を合わせる事が無かった。

 あの戦いのいたたまれなさに、思わず引きつった笑みを向けてしまう。

 

「何て顔してんですか馬鹿ナタ」

 皮肉った声のまま彼女はカナタの隣に膝を着くと、カナタがやったように、同じように手を合わせ、そして目を瞑る。

 

「……ルー、ファさ」

 言葉はそこで止まる。

 彼女の手が土で汚れている事に、汗のせいで砂煙で頬が汚れていた。

 その汚れ方は、もしかしたらレオンが手伝いに来た時程に早く、彼女は手伝っていたのかもしれない。

 薄っすらと開く瞳は、じとりと目を見開いているカナタを不機嫌そうに見つめる。

 

「これで良いのでしょう、貴方の国での、作法? というものは」

 

「はい……はい!」

 少し声が上ずってしまう。

 彼女にお手本を見せるように、カナタも手を合わせ、そして、ルーファも同じ行動を返す。

 

 殺した者と、殺された者。

 殺したくない者と、殺さなければならない者。 

 守りたい者と、守れない者。

 

 二人の黒髪の少女は揃って目を瞑り手を合わせる。

 全く似ていないのに、根本が似ている二人。

 

 カナタが目を開く。

 

「ルーファ、さん……私を止めてくれて、ありがとう……」

 

 ルーファも、ゆっくりと目を開く。

 

「……貴方の為では無いですよ」

 

「じゃあ、誰の為に?」

 

 ルーファは視線をカナタへと向けない。

 ジッと、臆病者の墓を見つめる。

 

「さぁ……誰かとの約束だった気もしますし、誰かを哀れんだのかもしれないですね」

 

 それは、酷く感情的な言葉。

 彼女らしくない思想。

 

「……今、私らしくないと思いましたね?」

 今度はジロリと視線を向けられてしまう。

 

「あ、あれぇ? お、おかしいですね、今回は口に出していないと思うのですけれど……」

 思わずワタワタと動かす手は性分なので仕方無いが、それは妙にシリアスの欠片も無い仕草。

 

「…………私もそう思いますけどね」

 ッフ、と彼女は笑った。

 それは、優しい少女の笑み。始めてカナタが見たルーファの少女としての笑み。

 ああ、こんな笑顔が出来る、人だったんだ。

 

「何ジロジロ見てるんですかぶっ殺しますヨ?」

 途端に表情は眉を潜めた不機嫌な表情へ。

 

「え、あ、勿体ない……綺麗だったのに」

 思わず出たカナタの言葉に、今度はルーファが目を丸くする。

 

「……綺麗? 私が?」

 

「先程の一瞬だけですけれど」

 

「……やっぱり貴方殺しといたら良かったですね」

 

「あああああ!! あはははは!」

 適当な笑いにもルーファは慣れた物らしく、呆れたため息を着く。

 

「そんな適当だと……ファランに怒られますよ」

 

「……はい」

 暫くの沈黙が流れる。

 風で揺れる二つの黒髪。

 そろそろ、少し肌寒い風が吹き始めていた。

 

「ルーファさん」

 

「何? カナタ」

 

「私、私ね。決めた事があるんです」

 少し間を空けて、口を開く。

 

「―――……」

 揺らぐ風は音を拾わずに、彼女の口が数度開いた事しか見えないだろう。

 それは、隣に居る彼女にしか聞こえない。

 ルーファは、驚く様子も無く、唯ゆっくりと目を細めるだけ。

 

「……ええ、良いんじゃないですか」

 二人の瞳が交差する。

 それはジョーカーと、女子高生と、としてでは無い。

 二人の年頃の少女の会話。

 カナタは笑顔を向ける。

 ルーファは小さく、頬を緩めるように笑顔を返す。

 

 始めて、二人の心が見つめあった瞬間だった。

 

 

 

 

 



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Act.90 女子高生と七人のジョーカー

 

 

「ラッド、レイモンド、ガルド、デイド、ラストル……」

 文字を刻む小さな背中を見つけた。

 いつもの暑苦しい姿の癖に、彼は汗をかいている様子は無い。

 

「ホルンさん……」

 

 ホルンの手が止まる。

 振り返らずに、彼はポツポツと口を開く。

 

「…………俺の弟子ばっか死んでやがる。」

 少し、重々しい声色。

 

「血気盛んな馬鹿ばっかだが、仲間思いで良い奴らだったよ」

 土だらけで横繋ぎに立てられた船の破片達。

 

「だから率先して死んじまうんだよ、俺よりも先に死ぬ師匠不幸ものって奴だ」

 知っている名前も、知らない名前もある。

 シルカという名前も、見つけてしまう。

 思わず目を伏せてしまうが、直ぐに顔を上げる。

 

 そこに、振り返る彼が見つめていた。

 その表情は、いつもの厳しい様子では無い。

 憂いを帯びた、力の無い瞳。

 

「よう……ファランはどうやって死んだ」

 言葉に、思わず、ぐっと締め付けられるように喉が閉まる。

 

「……私を助けて、し、死にました」

 言葉の抵抗を無理矢理に破るように吐き出す。

 吐き出さないくては行けない。受け入れなくては行けない。

 

「……笑って、逝ったのか?」

 

「はい」

 そこだけはすんなりと言葉が出る。

 

「そうか」

 ホルンは薄っすらと笑う。

 何処か優しい、彼らしくない、少し情けない笑み。

 

「なら良い、アイツが最後に笑えたらなら……良い」

 

 ふっと降ろしていた顔を、ホルンは上げる。

 

「で? 何の用だ、勿論そんな事を聞きに来たわけじゃねーだろ」

 表情はいつもの彼の顔に戻っていた。

 いつもの子供らしくない鋭い瞳。

 仏頂面のまま、カナタを真っすぐに見据える。

 

 カナタもまた、ぐっとその瞳を見つめ返す。

 決めた事だ。

 もう、決めた事だ。もう、戻らない。もう、前に進む時だ。

 

「私に、戦い方を教えて下さい」

 

「戦わないんじゃねーのかよ」

 

 思わず言葉が詰まる。

 彼のピシャリとした言葉に、喉が締まる。

 

 思想だった。

 理想だった。

 正義だった。

 

 

 それが彼女の夢の形。

 

 現実だった。

 残酷だった。

 悲しかった。

 

 だから、だからこそ。

 

 理想を現実へ。

 思想を現実へ。

 正義を、この手に。

 平和を、この手に。

 

「…………私が、私が守るから!」

 

 それが私であるから。

 それでこそ、私であるから。

 世界に戻る? 二の次だ。

 

「この世界が残酷だと言うのなら! 私がこの世界を変えてやる!」

 響く。

 決意の言葉が響く。

 理想主義の【嘘フィクション】と言われようと。

 甘臭い【偽善者】だと言われようと。

 皮肉だろうと、私には【力】があるのならば。 

 

「だからこそ力が必要何です!! 私に戦い方を教えて下さい!!」

 

 見据える。

 強い瞳を、彼に向ける。

 それは、決意を示す瞳。

 

 ホルンは小さく溜息を吐く。

 

 掌を上向けに翳す。

 同時に彼の手の上で光が舞う。 

 光が舞うと共に、渦のような時空の狭間が現れる。

 ふわりと舞い現れたのは、薄汚れた赤いマフラー。

 カナタは、それに見覚えがある。

 

「そ、れ」

 

「あんな戦いの跡で、それだけでも残ったのは奇跡だ」

 放り投げられたそれは、カナタの手元へと収まる。

 まだ血や土で汚れている。

 それでも彼女の匂いが残っている。温もりすら、残っている気がした。

 

「ファ、ファラン……ちゃ……」

 

「アイツの遺品だ。お前が貰え」

 

「あ、ありがとうござ……い、いえ! そうじゃなくて!」

 

 フンっとホルンは鼻を鳴らして見せると、カナタへと背を向ける。

 先は、シップの方を向いていた。

 

「時間はねーんだ、腐れ偽善者。足手纏いにならない程度にはしねーと直ぐ死ぬぞ」

 

「そ、それって!!」

 

「師匠と呼べ、ひと月で物にしろ、もうテメーを守る戦力すら残されてねーんだ」

 

「はい!!」

 

 その小さくも、大きすぎる背中を追う。

 手にしたマフラーをぎゅっと握る。

 彼女の瞳は強い光を宿す。

 

 まっすぐと前を見る。

 

 その瞳に暗闇は無い。

 強い輝きは前を見据える。

 彼らと共に前を見据える。

 

 優しくて、強い私に。

 

 全てを守る私に。

 

 皆を助ける私に。

 

 元の世界に戻るのは、全てを終わらせてからでも遅くない。

 

 

 

 もう、誰も殺させるものか。

 

 

 私は屑木 星空。

 

 本当の正義の味方に、本当の私に。

 

 

【最悪(エンド)】【最強(スペシャル)】【最善(ガーデン)】【最害(サーカス)】

 

 欠陥と欠損と欠落のアークス。

 

 化け物と呼ばれた彼等達

 負の遺産と呼ばれた彼等達

 

 強い思いを心に宿す彼等達。

 

 一人の少女と、七人のジョーカー。

 

 終焉の道は始まったばかり。

 

 彼女等の物語は終わらない。

 

 

 

 

 

<完>




本日を持って【女子高生と七人のジョーカー】第一部、終了と致します。
一年間と少しの連載でしたが、友人の一言で始めてみたパロディ小説、個人的にはとても楽しく作る事が出来ました。
始めてのパロディ物でしたが、中々どうして以外に難しい物でした。
最初は一日一話ぐらいの更新を息巻いていましたが現実は難しい者で、自身の力の無さを痛感しました。
他にもキャラクター制としてお借りした友人達には感謝でいっぱいでございます、この場を借りてお礼申し上げます。
そして挿絵担当として頑張って下さったるーすん様、現実の忙しい合間から素晴らしいイラストを付けて頂き、見る度に予想よりも上の出来栄えを提示して貰い、数々のアドバイスも頂きました。
一重に私のみの作品では無く様々な方の協力から成りえた合作として、とても楽しませて頂ました。

さて、今回は一部を持って終了としましたが、無論、彼等、彼女等の物語は終わりではありません。

これからの【女子高生と七人のジョーカー】ですが、世界観諸々を一度作り直し、オリジナル小説として「小説家になろう」で一から作ろうと考えています。
作り直すにつれてストーリー制が変わる事があるかもしれませんが概ねは変わらないとは思われます。
そしてオリジナルとして作った後に、第二部をスタートして行こうかと考えております。
いつごろになるのか、それも含め多くの小説を作って行こうと考えて居る為に先は解りかねますが。

そして。

見て頂いた方々には感謝を言い表せません。
もしまた機会がありましたら、彼女の物語の続きをまた見た上げて下さい。

長々となりましたが本当にありがとうございました!

下部にURLを張らせて頂きますので、またそちらの方で宜しければこれからも御拝見願います!本当に本当にありがとうございました!!

最後に挿絵を担当させて頂いたルースン様からも言葉を頂いています。


『近いうちに何処かでまた会いましょう(意味深)』


との事でございます。


それではルースン様の言葉通り、また何処かでお会いしょう!


皆様に、カナタの様に何処までも真っすぐに未来に向けて歩を進める日々が続きますように。


https://mypage.syosetu.com/3821/


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