幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで (東方兎流陽寿)
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東方荒魔境 幻想境界は心憂い

 並行世界は存在する。

 

 並行世界の数だけ幻想郷は存在する。

 

 しかしその全ては違う道を辿ってゆく。

 

 並行であるから決して交わらない。だから同じものなど一つも存在しないのだ。

 

 

 

 吸血鬼との戦いに敗れ、レミリア・スカーレットを元首とする支配体制となった幻想郷が存在する。

 

 月の浄化作戦が成功し、ぺんぺん草一本生えない不毛の地に変貌した幻想郷が存在する。

 

 天邪鬼の下剋上が成功し、上下関係はひっくり返り、支配体制が丸々崩壊した幻想郷が存在する。

 

 妖怪が人間を食い尽くし、自ら自滅の道を歩んで行った幻想郷が存在する。

 

 人間によって妖怪が滅び、人間にとっての桃源郷となった幻想郷が存在する。

 

 皆が手を取り合い、互いに助け合い、幾多もの困難を乗り越え、八雲紫の願った姿が完成した幻想郷が存在する。

 

 

 しかしこれから語られる幻想郷はそのいずれでもない。

 

 これはとある救いのない幻想郷のお話。

 

 幻想を葬る幻想郷のお話。

 

 並行に存在する数多の幻想郷の…その一つのお話。

 

 

 *◆*

 

 

 ――妖怪の山 天魔の屋敷――

 

 妖怪の山、天狗の里にて最も豪華絢爛な屋敷。

 そこに居を構える主人は勿論、天狗の頭領”天魔”。鬼にも引けを取らないその妖怪としての格の高さでこの地位まで上り詰めた紛れもない強者である。

 

 そんな天魔の屋敷はよく賢者による集会の会場として使われる。

 その警備の固さ故にである。極秘会議の場としてはこれほどうってつけな場所はない。

 

 そして今日、この屋敷で賢者たちによる緊急集会が行われていた。

 賢者とは幻想郷の創設者たちの名称である。全員がそれなりの権力を持ち、それぞれに管轄する役職がある。なお、幻想郷に日頃から留まっているのは数えるばかりの者であるのも特徴だ。

 

 皆一様に僅かに視線を下にやり、そわそわと落ち着きのない様子であった。無理もない。今幻想郷には存亡の危機が迫っているのだ。

 それぞれ思惑は違えど最終的な到達点は共通している。

 

「えー…今日の議題は…例の”紅い霧”のことです。皆様、既にこの惨状には目を通されたかと思います」

 

 大天狗の一人があらかじめ用意してあった書を読み上げる。賢者一同、そんなことなどわざわざ言わなくてもいい…という気持ちであるが。

 

「簡単な話、犯人はわかっておるのだ。ならば対策のしようはある。そこまで問題視するほどのことでもなかろう」

 

 うち一人の賢者が答えるが、その賢者は一斉に周りから強く冷たい非難の目に晒された。

 

「お主は阿呆か。そんなこと…それが出来ておれば苦労はせんわ」

「死ねよカス。なんでテメェみたいのが賢者を名乗っている」

「まあまあ、落ち着いて。あの方は先の吸血鬼による侵攻の際、あの紅い館の連中と直接対峙していないのです。多少思慮の足りない発言をするのも致し方ないことです」

 

 一度荒れる会議場であったが、なんとか一人の思慮ある賢者によるとりなしで持ちこたえる。しかしピリピリとした険悪な雰囲気は全く解消されなかった。

 これもひとえに、”紅い館の連中”が原因である。

 彼らの心には”紅い館の連中”というトラウマが深く植えつけられているのだ。

 彼らが妖怪である以上、トラウマというものは自身を形成する上での最たる根幹に影響を及ぼす。

 

「えーオホン…続けます。それで今日皆様にはその対策について話し合って欲しいのです。あちらの狙いが分からぬ以上、早急な対策は必須でございます」

 

 ふむ…と殆どの賢者が顎に手をやり熟考する。ここに集う者たちは知識、策謀、機転に長けているだろう。しかしそんな彼らを持ってしても会議は難航を極めた。それほどまでにこの問題は簡単な問題ではないのだ。

 

「奴らの生活供給ラインを断って兵糧攻めというのはどうだ?……いや無理だな。撤回してくれ」

「確かにな…。見す見す奴らがそれを見逃すとは思えぬ。せいぜい包囲したところで一点突破、壊滅に追い込まれるのは目に見えている」

「それに奴ら、独自に外の世界へのルートを確立しているという噂もあるぞ。確かめる術はないが…」

 

 賢者たちには紅い館の勢力と正面からぶつかるという案はない。出しても一蹴、一笑されるのがオチであろう。

 

「天魔殿…そちらの…山を救った例の烏天狗は出せないのですか?彼女の協力があればこの異変の解決もグッと楽になるのでは?」

「射命丸の…文のことか…。無理だ、我々天狗は既にこの異変については不介入を決定している。こちらから戦力を提供することはできん」

 

 天魔はピシャリと言い放った。

 協調性のなさが実に光る一場面である。しかし天狗には色々と面倒な制約があるので仕方ないと言えば仕方ない。

 

「博麗の巫女は…無理なのか?」

 

 一人の賢者がポツリと言葉をこぼすがそれは一瞬にして否定される。

 

「ダメだ。いくら博麗の巫女といえどもあの化物どもに敵うわけがない。博麗の巫女を失った途端、幻想郷は崩壊するぞ」

「確かに博麗の巫女を使うのはリスクが大きすぎる。むぅ…打つ手なしか…?やはり、ここは…」

 

 場の賢者たちの視線が一斉に一人の人物へと向けられる。期待と安心が込められた視線だ。

 

 その人物…八雲紫は扇子を仰ぎながら涼しげに微笑む。その口はいつものように優雅な笑みを浮かべていた。何を考えているのか分からない…底なしの笑顔。

 その身から放たれる圧倒的存在感が彼女の異質さを物語っていた。

 

 紫は賢者の中でもトップクラスの発言力を持ち、更には幻想郷の最高責任者でもあるのだ。

 そしてなにより、その最強とも呼べる絶対的能力が彼女を絶対者とする所以である。

 現に先の吸血鬼異変…幻想郷の賢者全員が打つ手なしと判断したこの異変を彼女は一人であっという間に解決してしまった。

 

「そうねぇ…天魔に動く気がないのなら…私は普通に霊夢に全てを任せるのが最善手であると思うわ」

「し、しかし…万が一にでも博麗の巫女が敗れるようなことがあれば…」

「敗れる…?霊夢が…?…クッフフフ…アッハハハハハハ!」

 

 賢者の不安の声を聞いた紫は突然バカ笑いを始めた。

 困惑し、右往左往、顔を見合わせる賢者たち。

 やがて紫は笑い終えると目から滲んだ涙を指で拭う。

 

「そんなことがあるわけないでしょう。あの子を何と思っているの?この八雲紫の最高傑作よ、たかが蝙蝠風情にどうにか出来る存在ではありませんわ」

 

 圧倒的自信であった。

 実力と実績への信頼だろう。

 しかしそれだけでは賢者たちは納得できなかった。

 博麗の巫女は幻想郷が存在する上での要なのだ。それを失うことは決して許されない。

 

「それでも…もしものことがあれば――――」

「そうですか……ならばこの私自らが出るのも、やぶさかではございませんわ」

 

 扇子をピシャリと閉じ、平然と言い放った。

 瞬間、会議の間に冷たい緊張が走る。

 ダメだ、八雲紫を戦わせてはダメだ。それが賢者一同の共通見解であった。

 

「実力行使というのも私…嫌いじゃありませんことよ?」

「お、お待ちくだされ!わ、分かりました。博麗の巫女を派遣しましょう!貴方ほどの方が言うのだ、恐らく大丈夫でございましょうから!なのでどうか、貴方自らが手を下すのはお避けになってください!」

 

「あら、そう?」

 

 まるでそうなることを図っていたかのように満足げに笑うと、八雲紫はスキマを開く。

 スキマから覗く異質な異空間はなんとも不気味である。

 

「ならば霊夢に早速、事を伝えて参りますわ。それでは皆様、ごきげんよう」

 

 紫はスキマへゆっくりと入っていくと、スキマは消失した。

 直後、会議の間には安堵の溜息が漏れる。

 

「助かった…九死に一生を得た気分だ…」

「あながち間違いではなかろう。八雲紫がまた再び暴れるようなことがあれば…幻想郷は間違いなく消失する」

 

 賢者たちの脳裏に浮かぶのはかつての”吸血鬼異変”。

 幻想郷の四分の一が焼失するという大きな犠牲を払い、手に入れた勝利だ。

 そして、その幻想郷を四分の一焼失させた化物というのが…何を隠そう、八雲紫なのだ。

 

 

 *◆*

 

 

 内と外、海と山、幻と真、夢と現の境界。存在もあやふやな空間、そこにはとある屋敷が存在している。

 そんな場所に建っている屋敷の主など世界広しといえど、この妖怪以外には存在しないだろう。

 

 八雲 紫。

 

 それなりの妖力、スーパーコンピューターに匹敵すると揶揄されたそれなりの頭脳、神にも及ぶと言わせしめ周りからは強力だと思われているそれなりの力『境界を操る程度の能力』

 それなりの大妖怪と呼ぶにふさわしい存在と言える。

 

 そんな八雲紫は頭を抱え、悶えていた。

 原因は…二つある。

 一つは幻想郷中を包み込んだ紅き霧。

 発生源は霧の湖に浮いている小島の上に建つ燃えるように真っ赤に染色された派手な館”紅魔館”。

 本来ならすぐにでもそこの主である吸血鬼のガキンチョに幻想郷流の制裁を叩き込んでやりたいところだ。しかし、それは到底無理な話である。

 協定云々の関係もあるが…一番は…その吸血鬼のガキンチョはこの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 勿論、八雲紫はそれなりに強い。それは保証できる。しかし、相手がとにかく異常なのだ。

 

 もう一つはその紅い霧のせいか否か、自分の体調が優れないことである。胃腸がキリキリ痛むのは元からであるが。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 もう嫌だ。

 今まで積み上げてきたもの全てを放り出して夢幻の彼方へ隠居したい。一体私が何をしたっていうの?もしも今置かれた状況が前世の因果応報だというのなら私はとんでもない重罪人なのだろう。妖怪の私に前世なんてものが存在するかは知らないけど。

 

 蘇るのは数年前の記憶。

 吸血鬼が大挙して幻想郷に押し寄せた異変、”吸血鬼異変”の時だ。

 私…八雲紫は幻想郷連合を組織し、それら西洋勢力に対して対抗の姿勢を見せた。

 幻想郷連合の勢力はかつての月面戦争時とほぼ変わらない規模であり、その約束された勝利への未来に私は細く微笑んだものだ。

 しかし、その笑顔は戦争後に引き攣った笑みへと変貌した。

 

 結果は…幻想郷連合の全滅。大敗を喫したのだ。

 敗因は…たった一つ。紅魔館なる西洋勢力の一端に過ぎない吸血鬼の勢力のせいだ。

 その他西洋勢力は私だけでも十分どうにかなる有象無象の集まりであり、現にそれらはこの世界より消滅している。

 

 しかしそれまで静観を保っていた紅魔館のガキンチョ吸血鬼擁する勢力は突如幻想郷に牙を剥き、大妖怪を薙ぎ払い、妖怪の山の全戦力のうち、その半数を壊滅させるというとんでもない戦果を挙げたのだ。

 その紅魔館の末端による妖怪の山の危機は妖怪の山に巣食う射命丸という()()()()()()()()が救ったが、これにより妖怪の山は幻想郷連合を脱退した。

 

 その知らせを聞いた時、私は己の耳を疑ったが同時にチャンスでもあると思った。妖怪の山を蹂躙したのには驚いたがそれだけ奴等(紅魔館)は戦力を其方へ投入したということ。つまり本拠地である紅魔館は手薄だと…そう考えたのだ。

 私は幻想郷連合に紅魔館への総攻撃の指示を出した。今もその選択は普通ならば間違いではなかったと胸を張れる。その結果の連合全滅だったけど。

 後に聞いた話では妖怪の山に攻め込んでいたのは一人だったという。私は吐いた。

 

 その後、なんとか気持ちを持ち直し、幻想郷中のこれまた()()()()()()()()()()()()に恥を忍んでの救援要請を出した。相手によっては土下座までする始末。それほどまでに紅魔館という勢力はやばかった。賢者の意地だとか、大妖怪としての誇りとかに構っている暇などなかったのだ。

 

 結局、私の必死の救援要請に呼応してくれたこれまた()()()()()()()()が紅魔館を鎮圧し、吸血鬼異変は終結したのだが、その被害は計り知れないものがあった。

 実に幻想郷の四分の一が焦土と化し、その影響により第三勢力であった花妖怪の参戦を誘発する始末。言うまでもなく被害は拡散した。

 

 かつての美しかった幻想郷は、幻想へと消えた。

 いや、元からその美しいという定義は崩れつつあったが、吸血鬼異変の余波によりトドメを刺された形になる。

 幻想が最後に行き着く地で幻想に消える。それ即ち消滅という。

 今の幻想郷は修羅の国。化物どもが群雄割拠する世紀末。

 

 弱小妖怪の殆どは死滅し、大妖怪ですらそれからは細々と暮らしている。それに変わって台頭したのは例の()()()()()()()()。殆どがその規格外の力を気まぐれに行使しており、私はその後始末に日々追われている。

 

 しかし私の胃にダメージを与えたのはそれだけではない。

 

 吸血鬼異変終結後、生き残った吸血鬼のガキンチョと平和条約を結ぶべく紅魔館を訪れた。勿論、門からの入館だ。

 実はと言うとスキマからニュッとガキンチョの前に現れて只者ではない…というインパクトを見せつけてやりたかったというのが本音だ。

 しかし間違って攻撃されでもしたら私は木っ端微塵。美しく残酷にこの大地から往ねってしまう。

 そんなこんなの理由があって律儀に門から紅魔館にお邪魔した。途中、チラリと門に佇む門番を見たがそのあまりの威圧感にブルッときてしまった。こんなのが門番なのは絶対おかしい。

 

 そして館に入った途端、吐き気を催す殺気が私の身へと降り注いだ。

 必死に歯を食いしばって吐き気を抑えながらその殺気の根源を探す。発生元は少し先にいたメイドであった。

 凍てつくほどに冷たく、薄い笑みを浮かべながら私を出迎えたメイドは主の元へと案内する。一身にその殺気を受け続けた私には主の間までの何ともない廊下がやけに長く、きつく感じた。

 私が愛想笑いをなんとか返しても彼方の殺気は膨らむばかり。泣きたくなった。

 私が一体何をした。

 

 そして主の間。

 そこにいたのはカリスマ溢れる憎きガキンチョ吸血鬼。しかしここで節度のない行動を取れば即座に己のタマを取られる。

 私は半泣きで、少し口をひくつかせながらガキンチョ吸血鬼に恐る恐るお辞儀をした。とても戦争に勝った側の行動とは思えない。

 しかし紅魔館のガキンチョ主人は私の態度が気に入らなかったらしく、声を低くし、即座にお辞儀をやめさせると椅子へ座るよう催促した。多分私の顔面は蒼白だった。

 そこからの会話はよく覚えていない。賢者としての面目とガキンチョに対するご機嫌取りという境界線上の狭間でとても苦労したということだけ覚えている。

 

 そんなこんなで結ばれた吸血鬼条約。

 内容を簡単に説明すると

 

 ・人を襲わないでください。お願いします。

 

 ・出来るだけ大人しくしてください。お願いします。

 

 ・代わりに血はあげます。お願いします。

 

 ・何か言いたいことがあれば八雲紫まで。

 

 という感じだ。

 ちなみに最後の一文は条約締結後にパイプ役を欲した紅魔館側からの追加だったわ。その夜、私は一人涙し枕を濡らした。

 

 しかも後日、私の考案したスペルカードルールは却下された。理由?紅魔館を含めた化け物連中がそんなきまりを守るはずが無いから。

 

 

 

 

 

 さて話を戻そう。紅魔館の連中がどれほど恐ろしいかはよく分かってくれたはず。

 そんな紅魔館がついに異変を起こした。私は泣きたい気持ちをグッと堪え、どうすれば良いかひたすら考えた。ひたすらひたすら考え、その結果の霊夢派遣である。

 

 

 ふと傍に控えている、いつの間にか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をチラッと見やる。

 

 八雲藍は最強の妖獣であり私の式神だ。

 その身体能力は走れば雷を追い抜き、腕を振るえば大地が抉れる。さらに恐るべきはその彼女の能力。アレを見るたびにお腹が痛くなる。

 恐らく私が彼女と戦えば100回中100回、0.1秒と経たずにミンチにされてしまうんじゃないかしら…。

 式神にした…というか、式神になってもらった当時はここまで規格外ではなかったと思うのだけれど……いや、昔でも十分規格外ではあったか。

 なぜ私の式神をやっているのか甚だ疑問だ。私にそこまで主人としての器があるようには自分でも思えない。

 

 

 

 

 そんな彼女に今回の案件の全てを任せればどうにかなるかもしれない。

 しかし藍は”吸血鬼異変”の際に獅子奮迅といえるほどの働きをしてもらった。それも彼女がそれなりの傷を負い、消耗するほどに。

 あの時の自分を見上げる藍の目を紫は何回も夢に見た。血走った妖狐の目だった。その後もれなく藍に殺されるのがその夢のオチだ。何かの暗示だろうか?夢枕にご先祖総立ちである。

 とにかくそんなことがあったのだ。似たような命令を出せば今度こそ反感を買われてしまうかもしれない。そうなればこの八雲紫の命は…ない。

 思わず震えてしまった。

 賢者会議の際は霊夢の派遣を否決されかけた時、「私(の式神)自らが出るのも、やぶさかではございませんわ」なんて自信満々に言っていたが、そうならなくて心底よかった…と切に思う。

 

 やはり自分が頼れる存在は霊夢しかいない。

 少しばかり態度は冷たいがちゃんと幻想郷のことを思っているし、何より自分には心を開いてくれている…気がする。

 さらに何と言っても彼女は恐らく幻想郷最強である。信頼と実績の塊のような存在だ。万に一つでも負けるなんてことはない。そのことを紫ちゃんは身をもって知っている。

 

 ここで一つ問題がある。

 さっそく霊夢に異変解決を頼みに行きたいのだが現在幻想郷には紅い霧が充満している。

 この紅い霧、厄介なことにかなりの毒性だ。試しに一回吸ってみたが直後に吐血した。私のボディではこの霧に耐えられなかったのだ。

 よって私がスキマの外に出ることは出来ない。つまり霊夢を呼びに行けないのだ。

 再び藍を見る。何故か藍には紅い霧が通じなかった。橙や霊夢もだ。

 つまり便宜上、霊夢に異変解決を頼むには藍に言付けを頼まなければならない。

 

 やはり怖い。彼女が乱心を起こせば私は一瞬で肉塊となってしまうだろう。それほどまでに私と彼女の間には力の差がある。というか何故彼女は自分の式神などをやっているのか…不思議でならない。

 しかしいつまでもオドオドしている場合ではない。震える身を抑えながら恐る恐る指示を出す。

 

「あのね…藍?霊夢に異変解決の出撃要請を出して欲しいのだけど…。いいかしら?」

「かしこまりました紫さま」

「……ちょっと待って藍。念のため…魔理沙にも同様の要請をお願い」

 

「かしこまりました紫さま」

 

 いつものように忠実に快く私の命令を引き受ける八雲藍。

 その姿に不気味さを覚えているのは内緒である。自分の主の力をとうの昔に超していることに気づいているのかいないのか。

 というより自分の式神(ちぇん)が主の力を超えつつある…というより超えていることに気づいているのかいないのか…。

 一体彼女は何を考えているのだろうか…うぅ…お腹が痛い…。

 

 藍が軽く手を振るい、創り出したのは”スキマ”。ピョンと軽く飛び上がると藍はなんのためらいもなくスキマへと飛び込んだ。

 私だけの能力のはずなのになんで使えるの?……とツッコむのも何回目かしら…。あの式神に常識を求めてはいけない。幻想郷にも言えることではあるけど。

 

「もう…こんな幻想郷嫌よぉ…」

 

 半泣きになりながら、震える声でそう呟いた。

 私はただ…ただ妖怪や人間にとっての桃源郷を作りたかっただけなのに。もはや私の身も、心も、精神も、妖怪としてのプライドも、全てがズタズタだ。

 私が思うことはただ一つ。一つのみ。

 

「どうしてこうなったのぉ…」

 

 幻想郷は全てを受け入れる…いや、受け入れてしまった。それは…なんて無残で残酷なことなんだろうか。

 

 ここは幻想が葬られる場所、人呼んで、”幻葬狂”。

 

 

 ◆

 

 

「――――というわけだ。博麗の巫女としてこの異変、解決に導いてくれ」

 

 博麗神社に降り立った藍は口早に霊夢へとそう告げた。

 境内でお茶を飲んでいた霊夢は鬱陶しそうに顔を顰める。

 

「…こんなのが異変に認定されるの?ただ紅くなっただけじゃない。太陽も遮ってくれて涼しいし、快適なものよ」

「そうも言ってられんのだ。人里の者が続々と倒れている。中には死者までいるみたいだ。今のところは、異常に勘付いた上白沢慧音の強力な結界のおかげでなんとか持っているみたいだが…早急に手を打つ必要がある。………ついでに言うと紫さまが機嫌を崩しつつある」

 

 そう言う藍の顔は焦燥で歪み、額には汗が滲んでいた。

 もしも…もしも自分の主が激怒し、自らその力を行使したら幻想郷は…今度こそ間違いなく滅びる。

 あの人はとても聡明。しかしそういう人なのだ。

 

「怒りに身を震わせるほどだ。このままでは幻想郷が危うい」

「紫が…?この霧でねぇ…そんなに影響が来るものかしら?私も…魔理沙も平気だったけど?」

 

 面倒くさそうに聞いていた霊夢であったが、紫の機嫌の様子を聞いて眉をひそめる。

 彼女自身、もし紫と戦ったとしても遅れをとるつもりは決してない。しかしこの世で最も戦いたくない相手であることは事実。本気で霊夢と紫が死力を尽くした戦闘を始めた際、幻想郷が…いや、世界が原型を留めているかは保証できない。

 

「私も平気だ。私の式神(ちぇん)も平気だ。だがそれ以外には被害が出ている。紫様が動き出す前に…異変解決…頼んだぞ」

 

 言うことを言った藍は再びスキマを開くと今度は魔法の森に存在する霧雨魔法店へと向かった。

 その姿を見届けた霊夢は面倒くさそうにため息を吐くと…傍に置いてあったお祓い棒を何気になく拾い、ビュッと振った。

 

 ――ゴウッ

 

 天が割れた。

 その一凪により大気は震え、博麗神社周辺を漂っていた紅い霧は消滅し、一時博麗神社周辺は風速五十メートルを超える暴風域に達した。

 

「はぁ…面倒臭いわ…」

 

 そう呟きつつもゆっくりと浮遊し、何処へともなく漂う作業を開始した霊夢。

 異変解決は秒読み段階へと入った。

 

 

 ◆

 

 

「お嬢様。博麗の巫女が動き出したようです」

「ふぅん…やっとなの…。待ちくたびれたわ」

 

 視界の全てが紅で塗りつぶされた主の間。

 そこに化物が約二名。

 一人は白のナイトキャップを青髪に被り、王座に座る。身長は十歳程度の幼い風貌だが、背中から生えた巨大なコウモリの羽が彼女が人外であることを象徴していた。その小さな体から放たれる圧倒的強者の風格は全生物の頂点に立つ最強の種族である証である。

 もう一人はメイド服に身を包み月の如き銀髪を持ち、主の側で瀟洒に佇んでいた。ワイングラスとボトルを抱え、主人に給仕しているのだ。彼女からもまた、只者ではない圧力を感じる。

 

「私の”全世界クリムゾンナイトメア”計画を成功させるにおいて一番の障害となるのはあの不気味なスキマ妖怪、そして博麗の巫女。

 半分の未来は、私がスキマ妖怪に諭されるか、博麗の巫女によって私が倒されるかで計画は失敗に終わる…いや、終わった」

 

 王座に座る幼き吸血鬼は傍に佇む従者よりワイングラスを受け取ると、血のように真っ赤なレッドワインを一飲みする。

 

「だが、それらの首を挙げてこそ、我が紅魔館の絶対的な力を幻想郷に知らしめることになる。逆らう者もいなくなるでしょうね。

 もっとも、スキマ妖怪が自ら出張ってくる運命はかなり少ないけど。そのスタンスが正直気に入らないのは本音。どうやって引きずり出してやろうかしら…」

 

 ワイングラスをゆらゆらと揺らし、波打つレッドワインをさも楽しげに見つめる。

 レッドワインも、人の命も、この世のありとあらゆる事象すらも、全ては彼女の掌の中…。彼女の意思一つで、それらの”運命”は決定する。

 

「まあ…巫女に関しては私自らの手を煩わすまでもない…かしら。博麗の巫女が私の手を下すにふさわしい存在かどうか…。貴方に選別を頼みましょうかね?」

「かしこまりました。この十六夜咲夜、目にかからぬ場合はお嬢様の手を煩わせることなく、博麗の巫女を排除してみせます」

「クックック…流石は、我が一番の従者ね。だが…」

 

 吸血鬼は立ち上がるとテラスへと赴く。

 心地よい紅霧が彼女の体に纏わりつく。ふと、紅く染まった月を仰ぎ見た。

 今夜の月は彼女だけの月。煌々と紅い月光が彼女を照らし続ける。

 

「…それで終わらないのが運命の面白さよ。今宵の運命はどっちに転がる?私か?博麗の巫女か?それとも…」

 

 吸血鬼が見つめる先には黒々とした空間が自分の紅い霧を塗りつぶし、広がってゆく光景があった。

 あの中には恐らく…

 

「クックック…余興も十分」

 

 満足したように頷くと、主の間へと戻り座り直す。そして従者に再びレッドワインを要求した。

 

「今日は…楽しい夜になりそうね」




八雲紫

能力
境界を操る程度の能力…と思われる
やること全てが胡散臭く見える程度の能力

パワー
ブラウン管テレビを2台同時に持てる程度の腕力。

スピード
数秒あれば何処へでも移動可能。

交友関係
広い

出会った中で一番強いと思う存在
博麗霊夢
第一次月面戦争時に引くくらい妖怪相手に無双してた月人のお偉いさんっぽい姉妹。


割と困ってるちゃん。
妖力は大妖怪の域にギリギリ滑り込む程度。 だがその程度の妖力など幻葬狂においては何の意味も持たない。つまり蛇に足のようなもの(それはちょっと違う)。
大妖怪、賢者、管理人として面目と自身の安全への執着との境界で常に揺れているため時折言動が底知れなく(不可解に)なる。そんな紫の雰囲気は一言で言うと胡散臭い。けどなぜか人脈は広い。年の功だろうか。
日々幻想郷で巻き起こる厄介者たちの暇つぶしや己の式神の言動に胃腸を痛めている。かわいそうな紫ちゃん。
見て分かる通り原作の紫より恐らく弱体化している。それに伴って知能指数も低下しているのかどこかアホっぽい。しかし周りから見れば胡散臭いだけだ。弱体化しているのには理由があるはずだ…ある…はず…だ。


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影歩む深淵*

まさかのフルバトル
練習兼ねてます

だれてしまう方は次話の紫登場まで読み飛ばしても構いません



 *◆*

 

 

 陰鬱とした紅蓮の霧が大地を包む。その浸食は留まるところを知らず、宵闇の夜空に爛々と輝く月でさえも紅く染め上げた。

 その紅き霧は人里に少なくない被害をもたらし、ついに博麗の巫女より異変との認定を受けることとなる。

 博麗の巫女…博麗霊夢が動けばその異変は終わる。幻想郷での常識だ。

 

 現に当代、歴代問わず彼女たちが解決できなかった異変はゼロ。信頼と実績の塊である。

 今回も何食わぬ顔をして軽く異変を解決するのだろう。

 

 自らの勘に従い思うがまま浮遊する霊夢。

 博麗の巫女の異変解決はまずそれから始まる。当てもなくふらつき、当てもなく彷徨えば、いつの間にか異変の渦中にいる。博麗の巫女とはそういうものなのだ。

 そこへ…

 

「よう霊夢。今日は異変解決日和だな。ついに興が乗ったのか?」

「…魔理沙…。そうね、興に乗らされたわ。おかげで、今日は永い夜になりそうね」

「んあ?もう夜か?いまいち霧のせいで分からないな。まあ、若干暗い気がしないこともない」

「そうね、私も知らないわ。涼しいから夜だと思ったんだけど」

 

 友人、霧雨魔理沙が何処からともなく箒に乗ってやってくる。

 霊夢に追随する様子を見るに、彼女もまた異変を解決するつもりなのだろう。霊夢に着いていけばやがて異変の首謀者とかち合うのだから。楽なものだ。

 

「んー…この方向から行くとやっぱりあの紅い館か?確かにありゃ怪しいよな」

「ああそういえばそうね。紅い館があるわ。真っ赤だもの、怪しいわ」

 

 そんなのらりくらりとした様子で彼女たちは霧の湖へと差し掛かろうとしていた。

 やがて魔理沙は何かを発見する。黒い球体状のモノが空中をフヨフヨと浮遊している姿を。

 その黒いナニカは吐き気を催すほど瘴気を放っていた。いや、実際には放ってない。そう感じるのだ。大妖怪ですら裸足で逃げ出す威圧感。普通の人間が見たならばショック死しかねないレベル。

 それほどまでに目の前のものは異物だ。

 

「おい見ろよ。ありゃなんだ?」

「…おはぎかしらね。あー…おはぎが怖いわー」

「確かに、見てるとお茶が怖くなるな。お茶が怖いぜ」

 

 しかし、そんな意味不明な物体を意識に介せず、霊夢と魔理沙は完全にスルーした。

 黒い球体状のナニカも霊夢たちの行く手を遮ることなく通り過ぎ、紅い霧の中へ消えていった。

 

「変な妖怪もいるものね」

「お前さっきおはぎって言ってなかったか?」

「おはぎの妖怪でしょ」

「ああ違いない」

「おはぎの妖怪って誰?」

 

 

 

「おっ?」

 

「ん?」

 

 いつの間にか二人の前には先ほど通り過ぎた暗い球体状のナニカがフヨフヨと浮遊していた。先まわりでもしたのだろうか。

 睨み合うこと数秒、突如黒い球体状のナニカはパックリと割れ、中からほおづきのような紅いリボンをつけた金髪の見た目少女が現れる。

 

 霊夢はその相貌を見やり、かつて幼少期に聞かされた紫の話を思い出した。

 紫曰く、「見かけたら逃げなさい。あの妖怪に目をつけられたらいくら貴方といえども命は…ない…(かも…)。彼女の操る闇は、一切の光を遮断し、この闇にあてられたものは完全なる漆黒の世界に正気を失うと言われているわ。どんな姿かだって?そうねぇ…紅いリボンが特徴の幼い少女よ……(ああ、恐ろしい…。なんでこんな化物ばっかりなの…)」とのことだった。

 あの時の紫の様子からすると本当にヤバイ妖怪なのだろう。

 しかし当時の幼少期霊夢は紫が自分を子供だから見くびっている…と大して気にも留めなかった。そして今も留めてない。

 取り敢えず魔理沙が応答した。

 

「誰もお前のこととは言ってないぜ」

「そーなの?」

 

 少女…常闇の妖怪ルーミアは首を傾げた。

 

「いや、あんたのことよ。それで、あんたは誰?」

「さっき会ったじゃない。もしかして鳥目?八目鰻をおオススメするよ?」

 

 八目鰻には鳥目を治す効力がある。

 

「いらないわ。人はね、暗いところじゃなにも見えないのよ」

「? けど夜しか活動しない人とか見たことあるけど…」

「それは食べてもいい人類」

 

 博麗の巫女が妖怪にこのような発言をするのは見方によっては真偽を問うものであるが、里の人間はともかく外来人の捕食は公に許可されている。見かければ助けるが、わざわざ妖怪側に自制させるほどのことでもない。

 

「そーなのかー」

「そうなのか?」

「さあ?私に聞かれてもねぇ」

「なら…あなたは食べてもいい人類?」

「良薬口に苦し…って、知ってる?」

 

 霊夢が薬なのかどうかは完全に別問題。苦いからといって良薬であるとは限らないのである。

 

「食べてみなきゃわからないでしょ?」

「違いないな」

 

 魔理沙がルーミアの言葉を肯定したところで戦いは始まった。

 さて、ここで一つ補足しておこう。

 

 これから行われるのはゲームではない、

 ごっこ遊びではない。

 美しさの有無が問われる決闘でもない。

 

 

 妖怪と人間との…古来から行われる単純な殺し合いだ。

 幻想郷には

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「それじゃ少し齧らせてね。良薬かどうか確かめるから」

 

 ルーミアは手を水平に横へ広げると体より漆黒の闇を噴出した。闇は徐々に…徐々に広がってゆく。先ほどまで赤黒かった景色は一変し、完全な闇へ。

 

「おっと、これじゃなにも見えないな」

 

 魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出すと火を灯し光を得ようとした。しかし…

 

「んぅ?全然明るくならないな」

「霖之助さんの仕事も案外いい加減なものなのね」

「んー…あいつに限ってそういうのはないと思うけどなぁ?」

 

 ミニ八卦炉の作者である霖之助へ熱い風評被害が浴びせられたが、これは仕方のないものだ。決して霖之助が悪いわけではない。

 ルーミアの闇は幾つかの分類に分かれているが、今展開している闇は魔法の闇。光を通さない不変の闇である。

 ルーミアのテリトリーに入った人間には最期、捕食される未来が確定する。

 だが、ルーミアの目の前にいる二人の人間は人間擬だ。

 闇に溶け込んだルーミアは背後からそっと近づくと腕を振るい、ゴウッと闇を切り裂き、霊夢の首を狙う。

 しかし…

 

「まあ、関係ないがな」

「そうね。妖力だだ漏れだし」

 

 なんともないようにお祓い棒でルーミアの一撃を防ぐ霊夢。お祓い棒からは凡そ木の棒が出すはずのないギギギ…という金属音のような不協和音が鳴り響く。

 

 ルーミアは眉を顰めた。

 今霊夢と魔理沙は暗黒に包まれている。まさに目を閉じた状態でルーミアと戦っているに等しい。

 まず、ルーミアの腕力はかなりのものである。軽く腕を振るえば木の数本は粉々に砕け散るほどの腕力だ。しかし霊夢は軽く一撃を防いで見せ、現在、力ではルーミアと拮抗…いや、ルーミアの圧力を完全にあしらっていた。

 

「おはぎ妖怪は私に退治されるのが御所望みたいよ。あんたはすっこんでなさい」

「まあいいや。次の妖怪は私だからな」

 

 これは偶然などではない。

 霊夢は最初からルーミアを妖力で感知していたのだ。魔法の闇からも妖力は湧き出ているが、その源泉たるルーミアの莫大な妖力は霊夢や魔理沙には感知があまりにも簡単すぎた。

 また妖力を感知しなくとも気配を感じればルーミアの行動など筒抜けである。

 

「ふぅん…普通の人間じゃなかったんだ。やるね」

「妖怪から褒められても嬉しくないわよ…っと!」

 

 霊夢は袖下から何十枚もの霊札をルーミアに向けて投擲する。一枚一枚が莫大なる霊力が秘めた博麗の札であり、大妖怪ですら一撃で昇天させるほどの代物だ。

 しかしルーミアは闇に溶けていき、その姿を消滅させることでコレを回避した。

 

「凄い凄い、人外さんだったのね。これは私も少し本気よ」

「失礼ね。私は普通の人間だっつーの」

「どの口が言ってんだか」

 

 いつの間にかルーミアと霊夢からかなり離れた位置まで退散していた魔理沙が苦言を漏らした。

 かく言う魔理沙も…だが。

 

「それでも私は少し本気」

 

 ルーミアは再び手を水平に左右へ伸ばすと、闇を噴出した。

 その闇は展開されている暗闇を吸収し、肥大化してゆく。吸収するごとに闇は晴れていった。

 

 今度の闇は先程まで展開されていた暗闇を作り出す魔法の闇とは一味違う。

 その闇はどこか粘着質でドロドロとしていた。雰囲気からして触れるのはあまりよろしくない産物であると霊夢は思う。

 

 噴出された新たな闇は空中にて分散、集合し数百以上の弾幕を作り出す。

 

「さあ、私に齧らせて頂戴?」

「だが断るわ」

 

 瞬間、闇の弾幕は雨のように霊夢へと降り注いだ。勿論素直に被弾する霊夢ではない。

 強力無慈悲な結界を即座に展開。粘着質な闇を阻む。しかし…

 

「…あら」

 

 闇は凄まじいスピードで結界を侵食。術式を粉々に破壊してゆく。

 これまで一度も破られたことのなかった自前の結界を破壊されたことは霊夢にそれなりの驚きを与えた。

 

「なるほど、防御もダメなのね」

 

 霊夢は回避に専念する。

 隙間もないように見える弾幕の雨あられをなんともないように回避し、その姿は霊夢もまた人外レベルの化物であることを物語っていた。

 しかし相手は本物の化物である。

 

 自身のほうへ飛んでくる闇を焼き払いながら魔理沙は傍観していたが、やがて異常に気付き、小声でぼやく。

 

「…おいおい。やばくないかこれ」

 

 その視線の先には地面に着弾したルーミアの闇があった。その闇は地面に着弾してなお、這いずり回り、食い尽くしてゆく。

 

 侵食の闇。

 ありとあらゆるものを飲み込み、消滅させる。その危険度を魔理沙や霊夢、ルーミアの下に存在していた林が物語る。

 闇に呑まれ、徐々にその姿を消失させてゆく木々と地面。生命を容易く飲み込む闇の恐ろしさだ。

 

「おーい霊夢、下は無しだ。幻想郷に被害が出るぞ」

「あー…? ったく…面倒くさいわね」

 

 霊夢はルーミアの上空に飛行しルーミアの闇が地上に届かないようにする。思惑通り闇は地面に落ちず、空へと消えてゆくのだが…

 

「…霊夢…。上も無しだ」

 

 闇は、()()()を食っていたのだ。

 博麗大結界を破壊されれば幻想郷は壊滅する。それは何としても避けなければならない。

 

「あー面倒くさい。心底面倒くさい!!」

「私が手を貸してやろうか?うん?」

「いらないわよ」

 

 ムスッとした顔でそう言うと霊夢はルーミアを正方形で囲むように結界を展開する。

 しかしそれらは全て闇によって侵食され、消滅してゆく。

 

「ゲフ…ご馳走様」

 

 満足そうな顔をルーミアが浮かべる。しかし…霊夢は不敵に笑った。

 

「あら、そんなものでいいの?そうと言わず、どんどん食べていいのよ?」

 

 正方形の結界が侵食されるよりも早く次の結界を展開。再びルーミアを囲うように結界を重ね掛けする。

 その結界もまた闇に呑まれてゆくが霊夢は消滅するよりも先にさらに結界を展開。闇を外に出さず封殺する。

 さらに…

 

「お?おぉ?」

 

 結界を重ね掛けするごとに結界はどんどん縮小してゆく。

 ルーミアを徐々に徐々に封じ込め、ついにはギリギリルーミアが入るサイズまで結界は縮小された。

 

「狭い〜」

 

 ルーミアはなんとか闇で結界を破壊しようとするがそれを上回る勢いで霊夢が結界を複製。

 魔理沙は「ほう…」と感心したように呟いた。

 そして最後に霊夢は手を突き出し…微笑んだ。

 

「じゃあね」

 

 突き出した掌を握る。瞬間、ルーミアを囲うように展開された結界はへしゃげ、パンッという拍子抜けした音とともに破裂し、中のルーミアともども、木っ端微塵となった。

 文字通り、そこには何もなかった。霊夢は闇すらも消滅させたのだ。

 ルーミア消滅に影響したのか、先程まで林を食い荒らしていた闇や、博麗大結界を破壊しようとしていた闇は光に消えた。

 

「中々えぐいことを考えるな…。この私でもドン引きだぜ?」

「知らないわ。あいつは妖怪だった。それだけよ」

 

 素っ気なく言い放つ霊夢に苦笑いする魔理沙。これだから自分の親友は恐ろしい…とでも思っているのだろう。一つ補足しておくが、魔理沙も十分恐ろしい。

 

「さて、おはぎ退治も済んだことだし、目的地を目指すとするか」

「そうね。さっさと――――」

 

 楽しげに魔理沙と会話していた霊夢出会ったが、急にピタリと全ての動作を止める。

 緩んでいた顔は妖怪退治の顔へと戻っていた。

 

「おいおいどうし――――ッ!」

 

 ゾワッと背中に走る悪寒。魔理沙は八卦炉を逆ブーストさせ無理矢理後ろへ後退する。

 瞬間、先程まで魔理沙がいた場所を無数の黒い槍が突き刺していた。コンマ一秒でも反応が遅れていたら魔理沙の命は無かっただろう。

 

「っと、危ない危ない。最近の妖怪は随分とタフだ、なッ!!」

 

 魔理沙は掌から星型の弾幕を一つ、木の残骸が転がっている場所へ…正確には木の残骸の影に向かって飛ばした。

 バンッという爆発音とともに血溜まりとクレーターが出来上がる。血の正体は恐らくルーミア。影に潜んでいたのだ。

 しかし、血溜まりは闇に消え、影よりルーミアは復活する。

 その顔は歓喜に、愉悦に歪んでいた。

 

「いい霊力…」

 

 霊夢を見ながら言う。

 目はまさに獲物を見る目。赤く血走っていた。

 

「いい魔力…!」

 

 魔理沙を見ながら言う。

 口からはギザギザの歯が覗き、涎が溢れんばかりに溢れていた。

 

「あなたたちは、どのくらい美味しいの?」

「それを私たちに聞くのはお門違いってやつだぜ。お前は自分を食ったことがあるのか?」

「あるよ。すっごい不味かった」

 

 ベーっと苦い物を食べたような顔をするルーミア。痛みとか、そういう概念はないらしい。

 

「そうかい。なら不味いんだろう、私も、お前も」

「そーなのかー」

 

 手を左右に広げ、十字架のポーズを取る。今までの行動パターンを見るにこれが闇を放つ合図だろう。

 

「なんでそんなに手を広げてるんだ?」

「『聖者は十字架に磔られました』って言っているように見える?」

「いんや。『人類は十進法を採用しました』って見えるな」

「あんたたちには何が見えてるのよ」

 

 霊夢のツッコミが入ると同時に、ルーミアの影は広く広く地面に広がってゆく。

 そして、影は蠢く。まるで虫か何かが這うように闇は蠢いていた。

 

「また新しい闇? あんたいくつ種類があんのよ」

「さあ? 無限の活用性があるからね。例えば…こんな風に」

 

 ルーミアは手をバッと上に上げる。瞬間、霊夢と魔理沙の真下に展開されていた闇から幾多もの黒色の槍が噴出される。まさしく斬撃の嵐。まともに食らえば恐らく原型すら残るまい。

 

 魔理沙は高速でその場から離脱することで難を逃れたが、躱すのは面倒臭いと判断した霊夢は結界を展開し防御する構えだ。

 そして衝突。凄まじい不協和音が幻想郷に鳴り響く。槍が結界に当たるたび、ビリビリと大気が震えた。

 

「霊夢の体が押されてるな…あの闇には質量があるのか?」

 

 魔理沙の予想は正しい。

 ルーミアが操り、霊夢にぶつけている闇の槍は俗に言う暗黒物質(ダークマター)と呼ばれるものだ。質量は持っている、しかしその他一切のことは不明と…まさに幻ともいえる物質。それすらも自由に操るルーミアの危険度は一線を画すだろう。

 

「おーい霊夢ー? 手を貸した方がいいんじゃないかー?」

「うるさいわね…生憎だけど結構よ。あんたは自分の方にくるのだけ払っておきなさい。…霊撃」

 

 霊夢は結界を爆発させ。纏わり付いていた槍を突き放した。

 その一瞬の隙。霊夢にはそれだけで十分だった。

 

「風魔針」

 

 霊夢の投擲した破魔の針は風を切りルーミアへと突き刺さった。脳天に一本、首に一本、胸に一本。

 ルーミアは大きく目を見開くと、ボロボロと崩れ紅霧に消えた。

 しかし霊夢の顔つきは戻らない。すなわち…

 

「…全く堪えてないなあいつ」

「初っ端から面倒臭い妖怪に出くわしたわねぇ…。もう放っといてもいいかしら?」

「ダメよ」

 

 いつの間にか復活していたルーミアが背後から霊夢へと近づいてゆく。

 

「私は闇がある限り何処からでも湧いて出るわよ。こんな美味しそうな肉を逃すなんてありえない」

「鬱陶しい。そろそろ消えてくれない?」

 

 振り向き際にお札を投擲。迸る霊力でルーミアをバラバラに弾き飛ばす。だがこんなものでは闇を消すことは出来ない。この世の理が成り立つためには闇は必要不可欠なのだから。

 

「嫌よ嫌」

「そんな美味しそうなお肉を見せびらかして」

「私を誘っているのに」

「それを直前でお預けなんて」

「私に死ねと?」

 

「死ね」

「ははは…」

 

 影から次々と湧いて出るルーミアに霊夢は思いのほどをありのまま言い放ち、魔理沙は霊夢のキレ具合に苦笑する。

 

 複数に分裂したルーミアは各々で闇を展開。不可視の闇を展開し、侵食の闇で行動を縛り、暗黒物質(ダークマター)を剣、槍、斧、しなやかなムチといった様々な形に加工して攻撃し、いくら殺しても影から湧いて出る。

 霊夢は危なげなくそれらを回避し、殲滅していたが、あまりにもジリ貧過ぎる。

 しばらく黙ってこちらにやってくるルーミアのみを焼き払っていた魔理沙であったが、とうとう見かねたのか霊夢へ呼びかけた。

 

「なあ霊夢。お前だけでも負けることはないだろうが…勝つこともないんじゃないか?」

 

答えは返ってこない。

 

「私が手を貸せばこの勝負は一瞬でケリがつく。わかってるんだろ?」

 

 一枚の魔力を収縮したスペルカードをピラピラと見せびらかしながら、現れるルーミアを殲滅している霊夢へ得意げに語りかける。

 しばらくガン無視を決め込み、次々と影から現れ苛烈な攻撃を仕掛けるルーミアを殲滅していた霊夢だったが……五十体目のルーミアを殺したあたりで不服そうな表情をしながら魔理沙の元まで飛んだ。

 

「一つ言っとくけど…相性の問題よ」

「分かってるって。天儀『オーレリーズソーラーシステム』」

 

 魔理沙がスペルカードの魔力を解放する。迸る魔力に伴い凄まじいエネルギーを秘めた一つの弾幕が幻想郷上空に生成されてゆく。そして完成したのは…闇を切り裂く最強の存在、太陽を擬似した巨大な弾幕。

 暗闇と紅霧に包まれた幻想郷を一つの擬似太陽が照らす。

 ルーミアは鬱陶しそうな顔をするが…その後に小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

 世界を成す理には陰陽という、最たる大前提となる理がある。

 

 男と女。

 羊飼いと狼。

 夢と現。

 生と死。

 光と闇。

 

 双方調和して理を成す。

 片方なくして片方無し。

 光が強まれば同様に、闇も濃くなるものなのだ。擬似太陽を作り出したところでルーミアの力をさらに増加させることにしかならない。

 

「太陽ね。確かにそれは厄介。だけどそんなものじゃ私を殺すには遠く及ば――――」

「そうね。あんたを消すにはこれくらいしないと」

 

 直後、霊夢は再びその身から有り余る霊力を放出させる。しかし、その霊力は徐々に、徐々に形質を変化させてゆく。

 そして霊夢の体から噴き出すのは…神力。

 

「『女神の舞に大御神は満足された。天岩戸は開き、夜の侵食はここで終わる』」

 

 霊夢は祝詞を読み上げ、その身から神々しい神力とともに光が溢れ出す。その光は全ての物に命を注ぐこの世で最も尊き光。正真正銘の日光である。

 

「『この世の闇を討ち滅ぼすは太陽が務め。顕現し給え天照大御神』」

 

 神降ろし。

 霊夢は神道最高位の神である天照大御神をあっという間に幻想郷へと顕現させた。魔理沙の「天儀『オーレリーズソーラーシステム』」は擬似的な太陽を創り出すことで、暗黒の夜闇の中でも天照大御神を顕現させることを可能にするための布石だったのだ。

 天照大御神の降臨にはさしものルーミアも目を見開いた。

 

 ルーミアの正体については今回割愛するが、彼女と天照大御神の繋がりはかなり深く、表裏一体の存在と言っても過言ではないのだ。

 

 溢れ出る日光に対抗するように闇を今まで以上に放出させるルーミア。しかしそれに伴い、光もまた輝きを増してゆく。

 

 これには闇の権化たるルーミアをもってしても形を保つことはかなり難しい。

 しばらく拮抗させるように闇をドバドバと放出し光を飲み込まんとしていたが、やがて諦めたようにダランと左右に伸ばしていた腕を下へ下ろした。

 

「…今夜は出直すわ。いつか嚙りに来るからね」

「もう二度と来ないで欲しいわね」

 

 霊夢の言葉とともにルーミアはスゥ…と光に溶けていった。

 やがて光は収まり、幻想郷に再び紅い紅い夜が戻ってくる。

 

「ホント…幸先悪いわね。こんなしぶとい妖怪に出くわすなんて。しかもまだ生きてるし」

「ま、私ならもっと早く倒せたけどな。そんじゃ、さっさと紅い館を目指そうぜ」

 

 

 

 stage1.クリア

 

 

 

 ーーオマケーー

 

 

 

「…このままでは幻想郷が幻の狭間に消えてしまう。早急に博麗大結界を修復する必要があるわね…」

 

 紫はギリィと締め付ける腸をお腹の上から押さえ、ルーミアによって食い破られた部分からボロボロと崩壊してゆく博麗大結界をスキマから見やる。

 ついに腹をくくる時が来たのだ。自分の全妖力をかけた術式を大結界に組み込めば幻想郷の崩壊を防ぐことができる。だがそうすれば恐らく紫の存在は消えてしまうだろう。

 …それでも構わない。愛すべき幻想郷のためなら…!

 妖怪の賢者としての役目を果たす時が来たのだ。

 

「…藍、後のことは任せたわよ」

 

 覚悟を込めた声音で藍に語りかける。

 しかしそれに対し藍はアッケラカンとして表情で答えた。

 

「わざわざ紫さまのお手を煩わせる必要はありませんよ。博麗大結界にはこの藍めが予め術式を仕込んでおります、あの程度の闇の侵食であればこれ以上の崩壊はありません。即手直しに向かいます、恐らく修復作業は五秒ほどで済むかと。賢者たちや人里の有力者たちへの事情説明も既に橙へ指示しておりますので安心してください。それでは」

 

 何度も言うように紫オリジナルの能力であるはずの境界を操る能力を行使し、スキマを開くと霊夢とルーミアが戦っていた場所へと降り立つ八雲藍。

 

 誰もいなくなったスキマ空間で紫は呟いた。

 

「私の…仕事は…?」

 

 紫の静かな慟哭は響くこともなく、スキマの向こうへ掻き消えていくのであった。




ルーミア

能力
闇を司る程度の能力
光を操る程度の能力

パワー
腕を振るうことで発生する衝撃波で木を数本粉々にする程度の腕力

スピード
必要なし

交友関係
ほぼ皆無

出会った中で一番強いと思う存在
興味なし


元々は普通な人間の女の子。しかし生まれながらに生成りであり、その憑いている正体は暗黒太陽の空亡である。かつての妖怪の天下、常闇を取り戻すべくルーミアを元手に世界の再侵略を計画していたが訳あり頓挫。紅いリボンのようなお札によって封印された。現在は空亡のものでも本来の女の子のものでもない自我が一人歩きしている。
空亡は太陽である。つまり天照大御神とは表裏一体の存在なのだ。互いに短所と短所を突き合う存在であるため直接対決はまずない。
封印されたといえども闇の力は絶大かつ強大。作中で使用した不変の闇、侵食の闇、暗黒物質、再生の闇以外にも心の闇を掌握し操り人形としたり、内側から心身を崩壊させたりすることもできる。なお霊夢には通じない。他にも闇には様々な汎用方法があるがルーミア自身その全てを把握しきれていない。
またルーミアはその存在としての特性上、光を操る程度の能力も持っている。闇を操る副産物なのか元々の女の子の能力であるかは不明。
設定上ルーミアは”とんでもない連中”の中では弱い方に当たる。一つ補足しておくとステージが後の方だからといって1ボスよりも強いという定義はない。


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凍土の逆算*

スペルカードルールは存在しない。
しかしスペルカードは存在する。



 *◆*

 

 少々手間取ったものの、常闇の化身ルーミアを軽く退けた霊夢とそれに追随する魔理沙。

 彼女たちはついに霧の湖へと到達する。

 いつもは凍える白き霧が覆っている霧の湖だが、今日は紅い霧の影響でどこもかしこもが紅く染まり、大変目に優しくない光景になっていた。

 

「こりゃ目に悪いな。件のあいつもカンカンなんじゃないか?」

「件のあいつ?誰よ」

 

「ほら、ここらを根城にしてる氷精だ。ブン屋が言うには妖精の割には結構強いらしいぜ? 私もチラッとだが見たことがある」

「妖精ねぇ…あいつらの顔を覚えれる気がしないわ」

 

 大抵のことに興味のない霊夢の心にインパクトを残せる存在はかなり少ない。現に霊夢は既にルーミアを忘れつつある。よって霊夢の覚えている顔というのはかなり限られる。

 

「そりゃあ…な。まあ、絡まれたら面倒くさいだろうし見かけても無視していこう…ってわけだ」

「当たり前よ。妖精なんか百害あって一利なしだもの」

 

 そんなことを話しながら直進を続ける霊夢と魔理沙。しかし一向に紅い館が姿を表す気配はない。

 数分が経ったところで魔理沙は首を傾げる。

 

「おかしいな…もう着くはずなんだが…」

「周りが霧だらけで何も見えないからいつの間にか通り過ぎたのかしら。それとも私って方向音痴?」

 

 あたりを見回すと紅、紅、紅…その他は何も見えない。確かにこれでは紅い館を見逃してしまってもおかしくはない。

 

「多分、件の妖精が出しているいつもの霧と、異変の黒幕が出している霧が合わさってこのあたりが特に酷いことになっているみたいだな」

「そう、なら仕方ないわ。その妖精を叩き潰して霧を晴らしましょ」

「だな」

 

 先ほどと打って変わり、氷精の捜索を開始。スルーしていた妖精へ片っ端から無差別攻撃を仕掛ける。

 ワラワラと逃げ惑う妖精を一匹残らず撃墜する霊夢と魔理沙。妖精たちの目にはさぞ恐ろしく見えただろう。

 すると…

 

「そ、そこまでです!」

 

「お?」

 

「ん?」

 

 霊夢たちの前に緑髪の妖精が立ち塞がる。

 かなりの霊力を秘めているところを見ると大妖精の域まで達しているようだ。

 

「これ以上霧の湖での暴挙は許しません!即刻出て行ってください。もし出て行かないというなら…」

 

「いうなら?」

「――――こうです」

 

 大妖精は大量の弾幕を展開し、攻撃を仕掛ける。どうやら彼女も妖精の中ではかなりの規格外に当たるようだ。その一発一発にかなりの威力が込められている。

 しかし霊夢は規格外の中の規格外の中での最強格である。

 妖精の規格外など相手にするはずもない。

 お祓い棒を軽く振るい、発生した風圧で周りの霧ごと弾幕を掻き消し、大妖精を見据えた。

 

「そ、そんな…私の自慢の弾幕が…!まさか、あの人…チルノちゃんと同格…!?」

 

 あまりの霊夢の強さに驚きを隠せない大妖精。しかしその瞳はまだ諦めていなかった。

 

「こうなったら、奥の手を使うしかありません…! あなたを殺してしまうことを…許してください!」

 

 そう言うと大妖精は、掻き消えた。

 目の前から忽然といなくなったのだ。

 

 ”瞬間移動”…大妖精の特異である。相手の注意を自分に惹きつけ一瞬の隙を突き、背後へ瞬間移動。後ろから生成したクナイで首を掻っ切る。オマケに瞬間移動は完全ノーモーションである。

 ノーモーションから繰り出される一連の流れには一切の無駄はない。ただ相手を殺すためだけに極限化した動き。

 この初見殺しに引っかからなかった相手は誰一人としていなかった……これまでは。

 

 大妖精のクナイはキッチリとキャッチされていたのだ。他ならぬ霊夢の素手によって。

 

「なっ――――」

 

「封魔針」

 

 残った片手で大妖精の胸に針を突き刺す。

 致命傷を負った大妖精は大きく目を見開くと崩れ落ち、ヒラリヒラリと舞いながら湖へ落ちていった。

 

 一方、そんな憐れな妖精など気にしない霊夢はムッとしながら魔理沙に文句を言う。

 

「ちょっと…次相手をするのは魔理沙じゃなかったの?」

「私は次の”妖怪”は相手するって言ったんだ。”妖精”を相手するとは一言も言ってないぜ」

「…あっそう」

 

 魔理沙の言い分に呆れながらも確かにそうだったなと思い返し、引き続き氷精の捜索を開始しようとした…その時だ。

 

 ――ピキピキ…

 

 不自然な自然の音が霧の湖に鳴り響く。

 二人には直ぐに検討がついた。

 湖が…凍りついている。それと同時に気温がドンドン低下してゆく。あたりは涼しい夜から一転、凍てつく夜へと変貌を遂げた。

 

「はは…お出ましみたいだぜ?」

「それはいいわね。手間が省けたもの」

 

 口から白い息を吐きながら、魔理沙は楽しげに笑う。対し霊夢は無表情でお祓い棒を構える。

 

 瞬間、大寒風…ブリザードが吹き荒れ、湖の氷を粉々に破壊してゆく。どうやらこの湖の主はお怒りのご様子だ。

 

「アンタたちね?霧の湖を荒らし回って、大ちゃんを一回休みにしたのは」

 

 唐突に下からハリのある甲高い、どこか冷たさを感じる声が響く。

 そして霧の中から現れたのは六対の氷水晶を背中に浮遊させる水色の最強妖精、チルノである。

 

「もう二度と陸には上らせないよ!」

「お前が原因だな?寒いのは」

 

 魔理沙が軽快な動きで前に出る。どうやらチルノとは戦う気らしい。先ほどまで”妖精”は相手しないと言っていた割には随分乗り気だ。

 霊夢は呆れ顔で魔理沙を見つめるがそれに関しては何も言わず、沈黙する。

 

「暑いよりかはマシでしょ?」

「はっ、寒い奴だな」

「それはなにか違う…。まあ、アンタが今から寒いヤツになるってのは本当だけどね!」

「ほう…やってみろよ。妖精の分際でぬけぬけと言ってくれるじゃ――――――――っ…か…!?」

 

 笑いながら話していた魔理沙だったが、突然、胸を押さえ苦しみだす。息が…できない。

 

「か、く…!ガ……っ」

 

 暫く苦しそうに悶え苦しんでいた魔理沙だったが、やがて力尽き、先ほどの大妖精と同様、霧の湖へと落ちていった。

 

「やったわ!まず一人!」

「魔理沙のバカ…油断しすぎよ」

 

 ぼそりと呟くと霊夢が前に出る。そして自分を結界で覆った。その対応にチルノはむぅ…と唸る。

 

「喋らなくてよかったわ。嫌な予感がしてね。その代わり魔理沙には犠牲になってもらったけど」

「人間って冷たいね。あたいよりも」

「いんや。だってあいつ、どうせ生きてるし。それにしても…妖精にしては小細工が利くようね」

 

 魔理沙が突如苦しみ出した理由。それは肺が凍結してしまったからだ。肺の中に存在する水蒸気を凍らせられては、どんな化物でも人間である限りは暫く再起不能。

 つまり、チルノとなんの対策なしに話した時点で、勝負は決するのだ。

 

「アンタたちは妖精が相手だと直ぐに煽るからね。見せしめさ!」

「氷像にまでなって一石二鳥ね」

 

 さらっと恐ろしいことを言う霊夢だが、彼女は知っている。あの友人が氷像にされたぐらいで死ぬようなタマではないことを。

 霊夢の言葉を聞いたチルノはふふんとドヤ顔を浮かべる。

 

「アンタも氷像になるのよ、異変の首謀者!」

「は? 私が?」

 

 チルノの口から飛び出した見当はずれな言葉に流石の霊夢も驚いた。

 

「そうよ!だって…紅いじゃない」

「……ああ、なるほど」

「アンタはさっきの白黒のようには済まさない。英吉利牛と一緒に冷凍してやるわ!」

 

 チルノの体が氷に覆われていき、それとともに気温はさらに低くなってゆく。

 そして、熱りだったチルノが放ったのは氷点下をさらに下回るであろうブリザード。霊夢の結界をカチカチと凍らせてゆく。

 霊夢は封魔針を投擲しチルノを狙うが、肝心の彼女へ到達する前に凍りついてしまい、彼女の一部となった。

 

 チルノの放つ冷気は攻撃と防御を同時にこなす絶対防御圏である。ありとあらゆるものを凍りつかせ、自分の一部にしてしまう。つまり近づくことも、遠距離から攻撃することもままならない。

 さらには留まるところを知らないチルノの冷気は猛スピードで拡散し、彼女の土俵はより広く、より盤石なものになってゆくのだ。

 

 霊夢の結界は強固である。それを真正面から破ろうというなら幻想郷を吹き飛ばすほどの一撃を霊夢へと放たなければならない。

 しかし物理攻撃に強いというその反面、特殊な攻撃には弱いというのがこの結界の定めである。

 現在受けているチルノの冷気や、先に受けたルーミアの侵食の闇といった直接的な方法でない攻略法にはめっぽう弱いのだ。

 

「…」

 

 霊夢は無言で今にも崩れ落ちそうな結界を放棄。ブリザードの中に飛び出した。

 

「勝った!紅魔郷完ッ!!」

 

 チルノは叫ぶと、凍てつくブリザードを容赦なく結界から飛び出した無防備な霊夢に放つ。

 真っ向からブリザードを受けた霊夢は抵抗する間もなく一瞬で凍りつき、見事な氷像と化した。

 その姿にチルノは満足そうに頷く。

 

「フッフッフ…これで異変は解決ね!あのスキマ妖怪にも一つ貸しができたわ!」

 

 チルノは霊夢の氷像を抱え、家に持って帰ろうとした、その時だった。チルノが霊夢に触れた途端、霊夢の氷像は砕け散ったのだ。

 驚きに目を見開くチルノであったが、そんなことはお構いなしに霊夢はパラパラと崩れ去ってゆく。

 そして霊夢の氷像から飛び出したのは数十枚のお札。その一枚一枚がチルノに張り付いた。

 

「な、ナニコレ!?」

「ただのダミーよ。そんなものに引っかかるあたり…流石妖精と言ったところかしら?」

 

 ぬっとチルノの背後から霊夢が現れる。

 霊夢はお札を使ったダミーを生成すると『亜空穴』を使用し、チルノの背後に回っていたのだ。

 勝利を確信しそれに酔いしれていたチルノが気づくはずもなかった。

 

「くそぅ! 離れろー!」

「そう簡単に博麗の札が離れると思って? まあ、取り敢えず…死になさい」

 

 札へ霊力を重鎮させてゆく。恐らく霧の湖ごとチルノを吹き飛ばす気なのだろう。チルノがもがけばもがくほど博麗の札はさらに張り付いてゆく。

 

「くそ、くそぅ!どうしたら……あ」

 

 チルノは何を思ったか、体からあらんばかりに冷気を放出する。博麗の札は凍りつくが離れる気配はない。しかしそんなことお構いなしと言わんばかりにどんどん気温は下がってゆく。

 勿論霊夢は結界で守られている。

 

「あらあら…トチ狂ったのかしら?妖精のおつむなんてそんなものよね」

 

「『マイナス――――」

「じゃあ、そろそろ――――」

 

 霊夢は右手を突き出す。

 

「K!』」

「消えなさい」

 

 霧の湖は霊力の奔流に晒され、消し飛んだ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「――――英吉利牛と一緒に冷凍してやるわ!」

「………っ?」

 

 霊夢の目の前にいたのは…消し飛んだはずのチルノ。

 霊夢は状況を把握できず、一瞬だけ固まったが、すぐにそんな違和感を頭から叩き出す。

 どうやらあの氷精がおかしな術かなにかを使ったようだが、なんら支障はない。もう一度消しとばしてやればいい。

 

「フフフ…戸惑うでしょ?アンタは何もわからずアタイに氷漬けにされるのよ!」

 

 チルノは一人叫び、ブリザードを放つ。

 勿論、霊夢は結界でこれをガード。崩れてゆく結界を尻目に、反撃ののろしを上げる。

 

「結界『拡散結界』」

「甘いわ! 凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

 

 拡散し、分裂した結界が氷化スピードをさらに超えた速さでチルノに襲いかかるが、即座に発動した魔法札の力によって強大化したブリザードの前には粉々に砕け散る。

 

「あっはっは! 無駄無駄無駄ァ!! そんななまっちょろい攻撃であたいを倒せるもんか!」

「あっそう。ならこんなのなんてどう?」

 

 霊夢はブリザードへと手を伸ばす。

 瞬間、ブリザードはチルノの予期せぬ動きを始め、創造主であるチルノへと牙を剥く。

 

「ど、どゆこと!?」

「さっきの結界に細工をしたのよ。ブリザードの中を漂っている結界の成れの果てがあんたの妖力を撹乱させた。すでに私の支配下よ」

 

 猛烈な吹雪がチルノを包む。しかしチルノは氷の妖精であり冷気という名の自然そのものだ。そのような存在にブリザードをぶつけたところでどうにもならない。ましてやチルノの力がさらに増すのだ。

 だがそれでいい。この状況下で一番に特筆すべきは霊夢がブリザードを一時的に支配下に置いたということだ。

 つまり、チルノの絶対防御圏は、消失している。

 

「なんのぉ!アイシクルシュートッ!」

 

 チルノは数千発の氷柱を空気中に生成し、霊夢へと発射する。しかし霊夢は当たり前のごとく結界を展開。一発足りともその身へと到達させることはない。

 

「まだまだァ!フロストピラーズッ!!アイシクルライズッ!!」

 

 正面がダメなら下から…と氷柱を撃ち出す。

 しかし全八方を囲む霊夢の結界は突破できない。それが尚更チルノにとっては癪にさわったのだろう。さらに力を増し、攻撃を仕掛ける。

 

「リトルアイスバーグッ!!これならどうだぁぁ!!」

 

 リトルアイスバーグ…小さな氷山という意であるが、とてもじゃないがソレを小さな…と呼ぶのは間違っている。

 チルノが生成し持ち上げたのはまさしく氷山。妖怪の山とほぼ同等の大きさと言っていいほど巨大であった。

 

「はぁぁぁ!ぶっつぶれろぉぉぉぉぉ!!」

 

 そしてソレを霊夢へと振り落とす。

 地が天より降ってくるような…悍ましい光景である。

 しかし霊夢はそんな一撃を前に結構呑気していた。

 

(コレを落とせば紅い館も潰れるかしら?そうすれば手を煩わせることなく異変解決ね。……けど、躱すのが面倒くさいなぁ。しょうがない、砕くか)

 

 霊夢ははぁ…と、息を吐くと氷山へと突っ込む。

 氷山から見れば霊夢など豆粒同然。自然の猛威の前には矮小な存在だ。チルノは細く微笑み、勝利を確信した。

 

「勝った!紅魔郷完ッ!!」

「なら誰がこの博麗霊夢の代わりに主人公になるのよ。『昇天脚』」

 

 霊夢は、大自然の猛威へと真っ向から向かい、そして、真っ向から、蹴り砕いた。

 霊夢が放った後ろ宙返りからの蹴り上げにより氷山には一筋の割れ目ができる。そこからどんどんとヒビは広がっていき…

 

 ーーバガンッ!!!

 

 粉砕した。

 霊夢にとっては自然すら矮小な存在に当たる。それを象徴する一撃であった。

 だがチルノは粉砕し、粉々に砕け散った氷が降り注ぐ中を縫いながら霊夢へと突撃する。

 

「埒があかないわ! あたい自らが出るッ! アイスキックッ!!」

「あんたは元から出てるでしょうに」

 

 チルノは足へ氷を身に纏い霊夢へと一撃を入れる。

 勿論、霊夢は結界でガードする。そして衝突し、霊夢の霊力とチルノの冷気の波動が吹き荒れた。

 するとチルノは冷気により空中に氷剣を生成する。直接霊夢を狙いにいったのだ。

 

「アイシクルソードッ! くたばれ――――」

 

「衝夢」

 

 ――ズドン

 

 霊夢のお祓い棒による神速の一突きがチルノを貫いた。

 

「あ…が……くっ!」

 

 チルノの闘志は尽きない。己を貫いたお祓い棒を掴み凍らせ、霊夢を氷漬けにしようとする。

 しかし霊夢は鬱陶しそうに顔を顰めるとブンッとお祓い棒を振るい、付着した氷ごとチルノを霧の湖へと振り落とした。

 飛翔する力を失ったチルノは湖へと落ちてゆく。

 

「あぁ…寒い寒い。このままじゃ冷房症になっちゃうわ。そういえば魔理沙のやつ…復帰するのが遅いわねぇ。ま、いっか」

 

 霊夢は紅い館を見つけるべく、移動を開始した。

 

 

 

 *◆*

 

 

「――――英吉利牛と一緒に冷凍してやるわ!」

「…チッ」

 

 二度目の時間逆行であった。

 舌打ちし、有無を言わさずチルノへと数千枚のお札を投合するがそれら全てはチルノの冷気の前に凍ってしまう。

 

「あんた…いつまで突っかかってくるの?」

「あたいが勝つまでだよ! なんたってあたいはサイキョーだからね。敗北なんてないのさ! この技がある限りね!」

「時を戻す…面倒臭い術ね」

 

 霊夢は深々とため息を漏らした。

 補足しておくとチルノはなんの術も使っていない。死んでしまう直前にただひたすら周りを冷やしまくっているだけだ。それがこの現象の…『マイナスK』の発動条件。

 

 K(ケルビン)の最小値は「0(=-273.15℃の絶対零度)」である。

 そもそも温度とは粒子の震えによって生じるものだ。つまり時間に対しどれだけ粒子が移動したかと言う意味といえる。要するに全ての粒子が動きを止めた状態…絶対零度のもたらす結果は時間の停止だ。

 

 しかしだ…もしそれ以上に…絶対零度以下まで冷やすことができたら?

 理論的には絶対零度以下の温度は存在しないのであり得ない現象である。しかし幻想郷ではなんでもアリなのだ。まずチルノの存在自体が理論を根底から破壊している。懐疑というのは根本的な認識の偏差に過ぎないのだから。

 要するにチルノは最強だから限界を超えて冷やし、時間を任意で巻き戻らせるという芸当ができるのだ。幻葬狂では常識は幻想行き、これ常識。

 

「ふふん。元々最強のあたいがこれを使い始めてからもっと最強になったわ。けど最強のあたいは最強のこの技を使わなくても元々から最強なのよ! 今、思い知らせてやるわ!!」

 

 最強を連呼したチルノは空気を掬うように手を巻き上げる。

 それと同時に霧の湖はせり上がり、次々に凍りつくと巨大な氷の氷塔が数十本生成される。

 

「もはや霧の湖はあたいと一心同体よ! この世に冷気がある限り! あたいが存在する限り! あたいは絶対ッ絶対ッ絶ッッッッッ対に、負けない!!」

 

 チルノは叫ぶと、目一杯に手足を広げ体で大の字を作り思いっきり腕を交差させた。

 すると氷塔は氷でできているとは思えないほど柔軟な動きでうねり始め、霊夢へと迫る。

 

 霊夢は苦にならないように氷柱を片っ端からたたき折っていく。しかし氷柱は次から次へと生成され断続的に霊夢へと迫る。さらには…

 

「あたいは攻撃力も防御力も超一流ってやつよ! あたいの猛攻の前に散れっ!」

 

 チルノは冷気を自らに充鎮させ鎧のように氷を纏い、手には先ほどの『アイシクルソード』を構えている。

 

 氷柱の間を縫って霊夢へとアイシクルソードを振るう。霊夢はその一閃を結界で阻み、先ほどのようにお祓い棒を突き立てた。

 しかし必殺の一突は氷の鎧によって弾かれる。

 

 氷を何重にも強固に重ねられたチルノの鎧はダイヤモンドをも超える強度を実現しているのだ。

 

「はっはっはー! 効かない効かなーい!! あんたの攻撃なんて貧弱貧弱ゥ!!」

(ウゼェ…)

 

 チルノと戦うには常時結界を展開し、冷気の侵入を防がなくてはならない。そうしなければ魔理沙のように肺を凍結されてしまう。

 しかし半端な結界では瞬く間に破壊される。すなわち生成するのは強力な結界に限るのだ。よって霊力の消費はバカにならない。

 霊夢でなければとっくの昔に霊力が枯渇してしまっているだろう。

 

 たかが妖精とタカをくくっていたが…ここまで粘るのであれば…霊夢もちょっぴり本気を出さざるを得ない。

 スペルカードも、博麗の陰陽玉も、使うのは少々労力を必要とする。普段は絶対に使わないがここまでしぶといとなれば話は別。霊夢はちょっと本気を出すのだ。

 なあに殺すのは簡単、氷精が時を戻す前に殺せばいい。ただそれだけのこと。

 

「はっはっは! 凍れ凍れぇ! 雪符『ダイアモンドブリザード』ォ!!」

「…」

 

 なお一層強くなるチルノのブリザード。調子付いていることがよくわかる。

 霊夢は暫く調子に乗って所構わず氷やブリザードを連発するチルノを眺めていたが…やがてため息を漏らした。そして巫女袖から取り出すは博麗秘術のスペルカード。霊夢の周りの霊圧が一気に高くなってゆく。

 

「…霊符『夢想封――――」

 

 いざ、スペルカードを発動しようとしたその時であった。

 霧の湖より超高密度の極太レーザーが放たれ…氷塔、ブリザード、チルノを飲み込んだ。勿論、霊夢も飲み込まれているが持ち前の結界で無傷に済ませている。

 

「いやー…まさか妖精に一杯食わされることになるとはな。いい教訓になった」

 

 フヨフヨと霧の中から浮かんできたのは黒白の魔法使い、霧雨魔理沙。二巡ほど前の時に肺を凍らされたが無事解凍できたようだ。

 

「ちょっと…復帰が遅すぎよ。あんたが相手するんじゃなかったの?」

「いやぁな? 解凍寸前で時が戻るもんだから苦しいのなんの。思わず時空魔法を使っちまったぜ」

 

 カラカラと笑う魔理沙。

 呆れる霊夢。

 そして

 

「あたいの鎧がぁぁ!? よくもやってくれたわね、この………誰だっけ?」

 

 憤慨し、首を傾げるチルノ。

 鎧とブリザードと氷塔…どれかが一つでもなければ即死だった。

 

「おお、大賢者の霧雨魔理沙様だぜ。控えろー控えろー」

「何悪ノリしてるのよ」

「むむ…その態度、気にくわないわね!」

 

 チルノは再びブリザードを展開する。

 しかし今度は魔理沙も結界でしっかりと冷気を防いでいる。肺の凍結を許さない。

 

「さっきあたいに負けた負け犬が一人増えたところで無駄無駄! なんたってあたいはさいきょ――――」

「『妖精尽滅光(「ようせいじんめつこう」)』」

 

 魔理沙が何食わぬ顔で繰り出した紫色のレーザー光線は易々とチルノとブリザードを飲み込み、消滅させた。

 時を戻す暇もなくチルノは一回休みとなってしまったのだ。

 レーザーを収縮させた魔理沙は霊夢へと笑いかける。

 

「なんだなんだ、お前はこんなのに手こずってたのか?」

「2ボスにボムなんて使ってらんないわよ。まあ、あんたがやってくれたおかげで一枚浮いたわ。それに…涼しいでしょ?」

 

 周りを見渡せば氷塊の残骸だらけ。肌寒いくらいである。

 この日、幻想郷では霧の湖周辺のみ冬が観測された。

 

 さて、氷精は滅した。あとは紅い館を見つけるだけなのだが…困ったことに霧は全く晴れていない。

 チルノを消せば霧は晴れるとタカをくくっていた魔理沙は困ったように頭を掻いた。

 

「あいつを消せば晴れると思ったんだがなぁ。仕方ない、この辺りの霧を全部吹き飛ばしてくれ」

「…あんたがしなさいよ」

「お前でもできるだろ?」

「あんたでもできるでしょ?」

 

 面倒なことはすぐに押し付けあう二人である。しかしいつまでもそんなことをしていては埒があかないので霊夢がお祓い棒を振るおうとした、その時だ。

 

 ーーピキピキ…

 

 不自然な自然の音が霧の湖に鳴り響く。

 二人はデジャブを感じた。

 湖が凍りつき、それと同時に気温がドンドン低下してゆく。あたりは涼しい夜から一転、凍てつく夜へと再び変貌を遂げた。

 そしてフヨフヨと現れたのは…

 

「見つけたわよ異変の首謀者!!」

 

 チルノであった。

 霊夢は無言で光速の札を放つが、チルノは「うわっ」と驚いたのみでひらりと躱してしまった。

 

「いきなりなにすんのさ!」

「敵妖精にいきなりもなにもない。しかし…よくあんな状況で時を戻せたな。妖精ながら中々感心だ」

「時?戻す? なに言ってんの? 初対面でそんなこと言うなんて…怪しいやつね!」

 

 噛み合わない会話。

 すると霊夢が魔理沙に語りかける。

 

「こいつ時を戻したんじゃなくて一回休みから復活したんじゃないの?」

「ああ…なるほど。こんな短期間で復活するんじゃ霧が晴れないわけだ」

 妖精が一回休みになると直前の記憶を消失するというのはよくある話だ。おつむが弱い妖精らしい。

 

「さあ異変の首謀者! あたいと勝負しろ!」

「まあ待て待て。私たちは別に怪しい奴じゃない。どっからどう見ても魔女と巫女だろ?」

「怪しいわよ。特にそこの巫女は紅いじゃない!」

 

 霊夢を指差すチルノ。

 紅い霧を出すのだから出している奴は紅いはずというチルノの推理。当たらずしも遠からずといったところか。

 

「なるほど、いい推理だな。私も初見だったらこいつを疑うぜ。だがな、その推理には一つ重要なことが抜けている!」

「じゅ、重要なこと!?」

「それは…この巫女は同時に白いってことだ」

 

 霊夢は紅白の巫女である。巫女装束が白いのは当たり前。神聖なものに白は欠かせない。

 

「確かに…白いわね。けどそれがどうしたの? 結局紅くもあるじゃない」

「要するに、こいつは不完全な紅だ。そんな中途半端な紅野郎が紅い霧を出せるわけがないだろう?」

「そうなの!? なら誰が…」

「紅い館の奴に決まってるぜ」

「紅い館…紅い館…ハッ! 忘れてたわ、あたいとしたことが!」

 

 恐らく霧に紛れて館が見えなかったため記憶から抜けていたのだろう。流石妖精のおつむ。

 

「漸く真理に辿り着いたか。それなら話は早いな」

「ぐぬぬ…そうとわかればあたいのもんよ! あっという間に氷漬けにしてやるわっ!!」

 

 チルノは大声で叫ぶと霊夢と魔理沙を頭からフェードアウトし紅魔館へと飛んでいった。

 

「よし!あいつの後を追おう」

「…あんた妖精を手懐けるのうまいわね。同じような頭をしてるからかしら?」

「そりゃ流石の私でも怒るぜ?」

 

 

 stage2.クリア

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 頭が痛い…前頭葉に掛かる負担が実に鬱陶しい。

 この頭痛を感じるのは何回目だろうか。千とか…そんな数字では済まないだろう。自信がある。

 

 私、八雲紫はスキマから霊夢とチルノの戦闘を見ていた。

 戦闘についてはノーコメント。私から特に言うことは何もない。

 強いて言うなら…なんで妖精があんな力持ってるの?なんで時を戻してるの?霊夢どんだけ強いの?魔理沙の時空魔法って何よ?

 

 隣を佇む我が式、藍は大した驚きもないようにスキマから映し出される映像を見ている。若干顔を顰めるくらいか。

 

「時々結界のズレが生じるかと思えば…あの妖精の仕業でしたか。ふむ…直接的な破壊ならまだしも時空錯誤による結界の破損は何度もやられると少々厄介でございますね」

「ええそうね」

 

 何がそうなのかはよくわからないが取り敢えず返事はしておく。不意に変な態度をとって藍に反感を買われてはたまらない。まだまだ私は生きたいのだから。

 ていうか時空錯誤ってなに?私初耳なんだけど…

 

「あの妖精にいくら説明しても無駄でしょうね…おつむが弱いくせに中途半端な力を持つからこうなる…。やはりこちらが時空の歪みに対応できるように結界を新調するしかなさそうですね」

「ええそうね」

 

 妖精はいくら殺しても根本的な自然がある限り決して死ぬことはない。お灸をすえることにもならない実に厄介な存在。まあ、私はあの妖精を一回でも殺せる自信はないけど…

 

「ふむ、善は急げ……ですかね。紫様、私へ博麗大結界新調の許可の勅命を。五分か十分で済ませてきます」

「ええそうね…任せるわ」

「勅命、ありがたき幸せ」

 

 仰々しく藍は言い放つとスキマを展開。どこぞへと飛び出していった。何回も言う(思う)けど…それ私の能力…。

 まあいいでしょう。藍がいなくなったことで少し一息つける。ホント…自分の式神にビクビクし続ける生活なんてたまったものじゃないわ…。

 はぁー……

 

「そう言えば紫様」

「っ!? な、なにかしら藍?」

 

 なんの予備モーションもなくスキマを開かないでほしい。ていうか私の式神はどこまでスキマ能力極めてるの?怖いわー自分の式神怖いわー…。

 

「私がいなくなっては付きの者がいなくなってしまいますね。申し訳ございません」

「いやいやいいのよ。あなたはその…結界の新調とやらを済ませてきなさい」

 

 今の私に必要なのは息抜きの時間だ。五分十分でも貴重なのだ。お願いだから私に少し息抜きの時間を。お願いします。

 

「そういうわけにもいきません。橙をここに残していきますから、何かご用があれば橙にお申し付けください」

 

 ……オワタ

 

「式神『橙』」

 

 藍の目の前に式府陣が展開。そこからポンッと飛び出したのは私の式神の式神である化け猫…橙だ。

 私に安息の時間なんてなかったのね。

 

「お呼びでしょうか、藍様!」

「うん。少しここを離れるから紫様の御世話を頼む。くれぐれも粗相のないようにな」

「了解しました!」

 

 橙に勅命を告げると藍は再びスキマを展開しどこぞへと飛び出していった。帰ってくるなとまでは言わないが、せめて遅く帰ってきて…。

 

「それでは紫様! 何かご命令を!」

「いや、なにもないわよ。好きにしているといいわ」

 

「…」

「えっと…」

「…」

 

「…お茶を持ってきて」

「かしこまりました紫様!」

 

 トテトテと走って台所へお茶を取りに行った橙。

 かわいいわよ? かわいいけど…あの子もまた、私よりも強いのよねぇ。もうやだ。

 式神の式神に妖力負けするってどういうことなの?しかもまだ百年も生きていないような化け猫に。

 だが私の心の中にあるのは悔しさではない。次の命令を考えるための焦燥でいっぱいだ。

 橙は命令してもらわないと済まないタチらしい。日々藍とともに幻想郷中を駆け回っている。式神の鑑だ。

 しかし、ここで注意すべきなのは橙は命令されることに生き甲斐を感じているという点。次から次に命令をせがんでくる。だから橙のためにこうやって命令を考えることに勤しんでいるのだ。

 下手にバカみたいな命令を出してしまったり、命令を考えれないという状況を作ってしまって橙の機嫌を損ねたら…考えただけでも恐ろしい…。

 

 さて次になにを頼もうか…夕飯の準備…いや、これは藍が済ませているはず。というより家事全般は藍が済ませてしまっているだろう。優秀すぎる式神も困りもの。ならば…そうだ肩揉みなんてどうかしら?私の肩が潰れるわね、却下。他には…

 

「ごめんください」

「将棋の相手…大恥かくだけね。一緒に幻想郷の監視…これが無難かしら。けど…」

「…もしもし?」

 

 ……? なにやら私を呼ぶ声が。ここにはわたしと橙以外はいないはず。

 

「はい?」

「どうもお久しぶりでございます。紅魔館の従者を務めさせていただいております、十六夜咲夜です」

「あらあら、これは親切にどうも……あら?」

 

 …くぁwせdrftgyふじこlp!?

 なんでこいつここにいるの!?ここは本来私のプライベートルームよ?私の世界にちょっと入門しすぎじゃない?

 相も変わらず冷たい笑みを浮かべて私に殺気を飛ばしてくるメイド。能力については藍から小耳に挟むくらいに聞いたが…聞く限りじゃとんでもない能力だった。少しでもおかしな挙動をすれば殺されるかも…。取り敢えず愛想笑いを浮かべおこう。

 てかこのメイド…なにくわぬ顔をして私を殺しにきたのだろうか…!?

 

「なんの…御用かしら…?」

「お嬢様からのご命令で…」

 

 そういうとメイドは懐に手を入れ、何かを握った。

 あ、殺す気だわ。私の妖生…ここで終わりなのかしら。さようなら私のバカみたいな友人たち。さようなら私のかわいい霊夢。さようなら私の式神たち…

 

「貴様ァァァァァァッッ!!」

 

 私がこれまでの妖生に悲観して立ち尽くしていると台所からお茶を持った橙が扇風機のような速さでクルクルと回転しながら飛んできた。

 そして爪の一閃。私には橙の腕がぶれたようにしか見えなかったが多分爪で攻撃した。しかしメイドはなにくわぬ顔で営業スマイルを浮かべながらその一撃をナイフで防いでいた。

 私は橙の爪とメイドのナイフが衝突した時の衝撃波でゴロゴロと吹き飛んだ。タダでさえ頭が痛いし吐き気もするのに、頭が回って非常に気分が悪い。

 

「貴様ァ…!何をしている!!」

 

 頭を押さえ、ずれた帽子をかぶりなおしながら立ち上がると橙がメイドと私を遮るように立ちはだかっていた。

 おお…頼れる我が式ね。

 

「何を土足で紫様の高潔な空間に踏み入れている!無礼だよ!」

 

 あっ、そっち?いやまあ別に土足でもいいんだけども…

 

「あら…申し訳ございませんわ。どこまでが外でどこまでが内かよく分からないものでして」

 

 そう言ってメイドは靴を脱いだ。いや別に脱がなくてもいいだけども。確かに私のスキマ空間はかなりあやふやな感じだからよく分からないわよね。現に私がよく分からないんだもの。

 

「それで…なんの御用でして?」

 

 なるべく恐怖心を噛み殺しながらメイドへと問う。

 私を殺しに来たのなら…橙に足止めしてもらって私が藍を呼びに…

 

「先程にも申し上げた通り、お嬢様からのご命令でして。これを渡してこいとのことで」

 

 メイドは懐から一枚の手紙を取り出す。橙は訝しげな顔をしながらメイドから手紙をひったくると私に渡した。もう少し穏便にできないものかしら…

 早速手紙に目を通す。

 

 [拝啓 八雲紫

 

 話がしたい。即、紅魔館まで来られたし

 

 byレミリア・スカーレット]

 

 最後の名前を見て嫌な汗が噴き出した。




大妖精

能力
現れる程度の能力

パワー
永久凍土の氷盤をブチ破る程度の腕力

スピード
普通の妖精並。しかし必要ない

交友関係
妖精全般
霧の湖周辺の妖怪

出会った中で一番強いと思った存在
チルノ


霧の湖周辺を根城にする妖精。妖精という範疇で言えば最強の存在に当たる。初見殺しの達人。
ノーモーションから繰り出される首チョンバは脅威。例えるなら気円斬を首にぴったりくっ付けた状態から放つようなもの、敵の目の前に自分の当たり判定があるようなものだ。彼女に距離は存在しない。しかし博麗の巫女の化け物じみた感の良さには通じず。
妖精共通の悪戯好きでもあるが普段はおとなしい。チルノのストッパー役であるが、チルノにとっての火薬でもある。
妖精の中では頭がいいが、それでもバカなので自分の中での信条や認識がコロコロ変わる。現金であるとも言える。


チルノ

能力
冷気を操る程度の能力

パワー
氷山を持ち上げる程度の腕力

スピード
霧の湖を3秒で往復

交友関係
俗に言うバカルテット+α

出会った中で一番強いと思った存在
アタイ!


霧の湖を統括する妖精のような何か。妖精という範疇からはみ出してしまった異形の存在。だけどもバカ。
大妖精と並んで初見殺しの達人。なんの準備もなくチルノと戦えば大抵負ける。初見殺しを回避しても絶対防御圏を突破することは決して容易ではない。むしろこちらの方が厄介。さらにチルノは空気中を浮遊する冷気を完全に掌握できるため武器は無限に存在するといっていい。まさに攻守ともに完璧、頭とレーザー以外に死角はない。そしてトドメの『マイナスK』である。
自称最強であるがあながち間違いでもない。チルノはこれまでに敗北を経験したことがなく、悪くて引き分けなのだ。と言うもの、元々の戦闘能力の高さもあるがチルノにとっては…というより妖精にとっては死というものは一回休みの認識でしかなく、いくら殺しても相手を認識している限り戦闘を仕掛けてくる。負けるはずがない。
また人脈も広く、数々の強力な妖怪と手を結んでいる。特にレティ・ホワイトロックと同時に出現した時はもはや手がつけられない。


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彩光の験し*

最後のストック




 *◆*

 

 

 霧の湖のほとり…いや、陸続きになっている面積はかなり少ないのでもはや小島といったほうが良いのだろうか。

 そこに一つの風景とかけ離れた建造物が存在していた。周りと浮きすぎて逆に違和感がなくなるほどだ。

 鮮血をぶちまけたかの様に真っ赤な館。悪魔が住むとしてそこそこ有名な館である。名を紅魔館という。

 

 四方を壁で囲まれており、正門以外から壁を越えようというものなら容赦なく侵入者撃滅用の魔法陣が発動。チリも残らない。

 つまり紅魔館に入るには正門以外に経路はないのだ。

 

「――――って感じだ、私が見る限りではな。こんなトラップを仕掛ける魔法使いなんて相当根暗なやつに違いない」

 

 と、魔理沙は推測した。

 

「面倒臭い作りの館ね。けど結界を張りながらなら正門以外からでも入れるんじゃないの?」

「敵さんがせっかく用意したトラップなんだ。ちゃんと乗っかってやろうぜ?」

 

 魔理沙は正面を見据えながら言った。

 そこには正門の前に仁王立ちし、僅かに顔を下にやり不動の沈黙を保つ門番と思わしき中国っぽい妖怪が一匹。

 そしてその門番の前に頭から地面に減り込んでいる最強の氷精が一匹。言わずと知れたチルノである。

 

 チルノは紅魔館にたどり着くや否や空気中に雨のように氷柱を生成し攻撃を仕掛けたのだ。しかしそれらの氷柱は中国っぽい門番が放った一凪の旋風により門を越えずに粉々に砕け散った。

 そして呆気にとられるチルノへと高速で接近し、頭を掴むと地面へと叩きつけたのだ。チルノはその一撃の前に撃沈、地面に頭から埋まっている。

 時を戻す(マイナスK)暇もなく、絶対防御圏も通じず、一回休みにされたわけでもなく再起不能に陥ってしまったチルノであった。

 あのチルノが攻撃を仕掛けたにも関わらず紅魔館は全くの無傷。いや、それ以前に霊夢とチルノの戦闘の余波をこの館は受けたはず。それなのに紅魔館が無傷というのはこの中国っぽい門番の優秀さを言葉なしに象徴していた。

 

「さて霊夢。堂々と正面から入らせてもらおうぜ」

「はいはい」

 

 二人は中国っぽい門番へと近づいてゆく。途中チルノを踏み付けたが気にしない。

 徐々に徐々に接近する二人であったが、中国っぽい門番の表情を見ると…流石の二人でも呆気にとられた。

 中国っぽい門番は…寝ていたのだ。

 

「ZZZ……」

「うーん…」

「これは…罠じゃないな。本気で寝てる」

 

 ならば先ほどのチルノへのアレはなんだったのだろうか。流石に偶然とは言い切れない。

 

「睡拳…ってやつかしら」

「酔拳だろそれは。字が違うぜ」

 

 暫く対応に困っていた二人だったがこのままウダウダしていても仕方がない。さっさと紅魔館へ向かわせてもらおう。

 

「そんじゃ、お邪魔する――――」

 

 ――ビュッパシィ

 

 魔理沙の顔へ烈脚が放たれる。しかし魔理沙はなんの苦の表情も見せずそれを素手で受け止めた。

 門番は寝ながら蹴りを放ったのだ。

 

「ZZZ………」

「なるほど…こりゃ睡拳だ」

 

 魔理沙は脚を離すと門から一歩下がってみた。

 すると中国っぽい門番は脚を曲げた臨戦態勢を解き、再び不動の直立へと戻った。

 

「なによ面倒臭いわね」

 

 くだらないと言わんばかりに霊夢は博麗アミュレットを門番の顔へと放つ。

 門番はその博麗アミュレットを躱しもせず、モロに顔面で受けた。睡拳破れたり。

 パンッという破裂音とともに門番は豪快に吹っ飛び、そして狼狽えた。

 

「ブフォ!? ち、違います!私が昼以外に寝るわけがないでしょう!? ………ってあれ?」

 

 なにやら怯え、周りを警戒していた門番であったが霊夢と魔理沙を視界に捉えるや否や、突如キリッとした顔をして言い放った。

 

「お前たち侵入者か!? ここをどこだと心得る! 悪魔の館、紅魔館にあるぞ! 名前と要件を言え、内容によっては――――」

「博麗霊夢。あんたの主人を退治しに来たわ」

「あ、博麗の巫女ですか、ならどうぞどうぞ。お嬢様からのアポは取っていますよ。ようこそ悪魔の館、紅魔館へ」

 

 これまた突如穏和な顔をした門番は門への道を開けると霊夢を歓迎した。門番の奇妙なノリにどこか調子の狂ってしまう霊夢であったが、まあこれなら面倒臭くないなと上機嫌に門をくぐった。

 

「お、こりゃ話が早くていいな!」

 

 魔理沙も続いて門をくぐろうとするが…

 門番は魔理沙の眼前へ拳を突き出した。

 

「あ? なんだ、私はダメなのか?」

「貴方はアポを取ってないでしょう? 生憎、泥棒のような色合いをした人を館に入れるほど、私の警備はザルじゃないので」

「泥棒だと? 人聞きが悪いな、私はどっからどう見ても魔女だろ」

 

 魔理沙のみへの入館拒否。

 それに当の本人である魔理沙は難色を示すが、霊夢は知らんぷりをして紅魔館へと入っていった。

 

「ちょ、おーい待ってくれよ霊夢ー!!」

 

「嫌よ面倒臭い。今まで散々足止めを食らったおかげで時間が押してるのよ。どうしても付いてきたいならその門番をぶっ飛ばすなりしなさい。そういうわけで、お先」

 

 霊夢は紅魔館の玄関をこじ開け、館内へと消えていった。

 残された魔理沙は頭をぽりぽりと掻きながらため息をついた。

 

「なんだかねぇ…今日は運が回ってこない。まあ、ここらで妖精に一杯食わされた分を返してやるのもいいかな」

 

 ピンっと黒のとんがり帽子のつばを跳ね上げ、こちらを見やる門番へと敵意をぶつける。

 それに応じて門番の目が細くなる。

 

「ふむ…話を聞くに、この妖精にやられたのですか? 何があったかは知りませんが…妖精に負けているようじゃ、私には勝てませんよ?」

 

 地面に頭から陥没したチルノを静かに見やる。

 門番は重心を僅かに低く落とすと、乱れ型に構えた。魔理沙は手を突き出し弾幕を放つ態勢へ入る。

 

「というより、この館に入らないのがあなたのためです。あなたのような普通の人間では身が持たない。()()()()()()()()()

 

 意味深なことをしたり顔で語る門番であったが魔理沙はそれを鼻で一笑し、払いのけた。

 

「生憎だが、私は普通の人間じゃあない、普通の魔法使いだ。お前みたいな下っ端妖怪に気を使われるようなモンじゃないな!」

 

 魔理沙は魔法陣を展開し、星型の弾幕を数百発撃ち出した。高速で迫るソレは一発で紅魔館ほどの規模の建物なら半壊させるほどの威力を秘めている。それほどの威力だが魔理沙にとってはこけ脅し程度のものだ。

 

「ほう……中々の威力。しかし、力だけではどうにもなりませんね」

 

 門番は深く腰を落とし、重心を下へやると一気に跳躍。残像を生み出すほどの超スピードで空気中を駆け回り魔理沙の弾幕を全て彼方へと吹き飛ばした。勿論、紅魔館には傷一つない。

 

「なにを言ってる。弾幕は火力だぜ、派手でなきゃ意味がない」

 

 弾幕を全て弾かれたことよりもその直前に言われたことの方が気にくわないのか、魔理沙は食ってかかった。

 そんな魔理沙を門番は冷たい目で見やる。

 

「柔なき力に意味などない。剛力で倒せる相手など所詮ただの三流、よくて二流。そして私は一流なのです。残念ですが、貴方に入館の権利はありません。お引取りを」

「…言ったな?」

 

 魔理沙は深く帽子を被ると箒に跨り紅魔館を見下ろす位置にまで飛翔する。そして…

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』」

 

 門番の頭上を星型の弾幕が埋め尽くした。一片の隙間もないそれはもはや回避不可能な反則弾幕である。

 だが門番には関係ない。ただの数押しなどで紅魔館の堅き門を突破することは絶対に許さない。

 

「見苦しい。力の次は数ですか」

 

 門番は握った片手を突き出すと、パッと広げた。瞬間、魔理沙の『スターダストレヴァリエ』は空気中で何かに衝突し、霧散した。

 だがそれと同時に霧散し黙々と広がる煙から箒に跨った魔理沙が飛び出し、光速の速さで門番へと突撃する。

 しかし門番は大して驚いた様子も見せず箒のつかを掴み、無理矢理急停止させた。

 

「おかしな技を使うな。能力か?」

 

「ええそう。貴方の魔力を大気に還しました。私に弾幕は通用しません。だからと言って、貴方に私と殴り合うような力があるようには思えませんがねぇ?」

「へっ、そいつはどうかな?ライジングスウィープ!!」

 

 魔理沙は箒を持ち変えると、それを上へと突き上げ穂先きで門番の顎をぶん殴る。

 仰け反り、空へ吹っ飛ぶ門番であったがくるりと一回転し門の前に着地。特に堪えた様子もなく前方の魔理沙を見やる。その魔理沙は八卦炉を突き出し、魔力を収縮させていた。

 

「魔力を霧散させるだのなんだのおかしな能力を使うみたいだが、果たしてこいつならどうかな?」

「…! この魔力は…!?」

 

 初めて門番が動じ、目つきを変えた。魔理沙のうちから溢れ出す規格外の魔力量を脅威と感じ取ったのだ。

 

「もう一度言ってやる。弾幕は派手じゃないと意味がない。弾幕は…火力(パワー)だぜ!」

 

 光は収縮し、爆ぜた。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 八卦炉にストックされた荒れ狂う魔力は一気に放出され、視界全てを覆うほどの極太レーザーとなって顕現した。

 幻想郷を抉り、対象を飲み込まんと門番に…紅魔館に迫る。

 

 即座に門番は魔力を霧散させようとしたが何分『マスタースパーク』は高濃度かつ多量。こちらに到達するまでに魔力を消し切るのは不可能だ。

 正面から受けるのはかなり危険。避けるのが間違いなく最善策である。しかし自分の背後には命を賭してでも守るべき存在、紅魔館。避けることは許されない。否、許せない。

 ならば、こうするしかあるまい。

 

 門番は大地へと足を踏み込み踏ん張る態勢を整えると、手の甲でレーザーを掬うように構える。

 そしてレーザーとの接触時にいなすようにして最小限の消費で『マスタースパーク』の進路を僅かに上へと押し上げた。

『マスタースパーク』は直上を続け、紅魔館の時計台を掠め紅き夜空へと消えていった。

 

 見事ないなし技を見せつけた門番はドヤ顔で前方の魔理沙を見据える。どうだ、これが紅魔館の門番だと言わんばかりに。

 

 そしてその肝心の魔理沙はそんなモノには眼をくれず、既に二発目のレーザーの準備に取り掛かっていた。それも先ほどとは比べ物にならないほど大規模なレーザーを放つようだ。

 門番の表情がドヤ顔のまま凍りついた。

 

「『マスタースパーク』をいなされたのは初めてだ。まだまだ改良の余地がある。誠に不服だが、もうちょっと上の火力で相手してやろう」

 

 八卦炉から漏れる魔力のスパークは大地を粉々に陥没させる。大地が、大気が、幻想郷が…魔理沙の魔力に震えている。

 門番は…諦めたかのように微笑むと、体中から気を漲らせた。あれほどのレーザーのさらに上をゆく…となればいなしても紅魔館に当たることは確実。返し手もあるがそれは諸事情により己が禁じている。ならば…受け止める他に選択肢はない。

 

 気穴より即座に出せるだけの気を体へと浸透させ、拳へと一点集中。門番の体より木漏れ日のような虹色の光が溢れ出す。同じ虹色の光でも魔理沙のものとは対極であった。

 

「押し通るッ! 魔砲『ファイナルスパーク』ッ!!」

「くそ、背水の陣だ! 熾撃『大鵬墜撃拳』ッ!!」

 

 紅魔館全てを覆い尽くすほどの超極太レーザーが八卦炉より放たれた。対する門番が繰り出したのは一撃の拳。

 それらが衝突した時、幻想郷より音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「荒々しい剛力でもここまで押し切るとは…並ならぬ心情を感じますね。天晴れ…というやつですか」

 

 門番は門を死守し『ファイナルスパーク』と『大鵬墜撃拳』が衝突しあった地点にデカデカと出現したクレーターの爆心地に立っていた。身につけている中華服はボロボロに破れ、口からは一筋の血を流している。

 魔理沙のレーザーと門番の拳は互いに互いを相殺したのだ。だが間近で爆発を受けた門番のダメージは大きい。

 

「頑なに門を守るか…。お前ほどのヤツがそんなに必死でこき使われるほど、館の連中は怖いのか?」

「ええ、怖いですよ。少なくとも貴方よりはね」

 

 門番は苦笑しながらそう告げると道を開け、これまでのことが嘘だったかのように自らの手で快く門を開いた。

 魔理沙に入館の資格を見出したのだろうか。

 

「済まんな、通させてもらう」

「ご自由に。但しこれから先はアポイント取得の上でのご来館をお願いします。なお、命の保証はありません」

 

 魔理沙は箒に跨り霊夢に置いていかれた分を取り戻そうと、八卦炉をふかせる。

 だがそこを門番が止めた。

 

「あ、言い忘れてましたが…館に入ると左右の分かれ道に出ます。どちらを選んでも構いませんが…できれば左側を通ってくれませんか?」

「なぜだ?」

「それを言ってしまうと意味がありません。まあ強制ではないのでご自由に」

 

 それだけ言うと門番は再び門の前に立つ。その前方から強烈な冷気が迫っていることを鑑みると、一回休みから復活したチルノが再び紅魔館へ向かっているのだろうか。

 再び防御体制へと入る門番であった。

 

 だがそんなことは気にする魔法使いではない。魔理沙は門番に背を向けると箒で突っ込みダイナミック入館。

 内部は館の外観と同じく真っ赤に染色されていた。非常に目に悪い。主人の趣味の悪さが見て取れる。

 魔理沙はキョロキョロと左右を見渡す。門番の言葉通り、通路は左右に広がっていた。勿論、霊夢の姿はない。

 

「…断然右だな」

 

 さも当然のように門番から言われた方向とは別の方に進んでゆく魔理沙であった。

 

 

 stage3.クリア

 

 

 *◆*

 

 

 

「紫様、お茶です」

「……ありがとう」

 

 橙から頼んでいたお茶を受け取り、それを呷りつつ再び手紙に目を通す。

 適度な温度で、喉を潤す事だけに極限化した藍のお茶もいいが、真心込めて作られたと思われるとにかく濃くて熱い橙のお茶もまた美味しい。しかし今ばかりはそんな悠長に余韻に浸る余裕はない。

 うん、何回見ても手紙が示す内容はただ一つ。「話があるからさっさと来い」…単純明快な要求。

 差出人はレミリア・スカーレット。忘れるはずもない、紅魔館とかいう悪魔の巣窟を総括するガキンチョ吸血鬼の名前だ。

 いや、なぜこのタイミングでこんな手紙を送ってきた?しかもこのメイドに届けさせるって…何かの当てつけかしら…?

 

 まずだ、私にガキンチョ吸血鬼からの申し出を断ることはできないのだ。敢えて、私に、この空間で、自分の手の者に、このタイミングで手紙を渡させることによってお前の命はもうすでに私の手中ですよってのを暗示して伝えているのだ。紫ちゃんは賢いからわかる。

 なんという悪どい吸血鬼、流石吸血鬼悪どい。

 

 私に逃げ場所なんてなかったんだ。

 誠に遺憾の意であることを表明したいところではあるがここは相手の申し出に乗るしかあるまい。

 面子とかよりも自分の命の方が断然大事である。

 

「…分かりましたわ。その要請に応えましょう」

「紫様!? 何も紫様ご自身で行かれる必要はありません! この橙にお申し付けくだされば…」

 

 いやダメなのよ橙。貴方はヤケに血の気が多いからすぐにいざこざを起こすし、それで貴方に怪我をさせたりでもしたら藍から監督の行き届きが不十分ってことで粛清されかねないわ。……あれ、どっちが主人?

 要するに橙を紅魔館に送るのはリスクが大きすぎる。それにあちら側から「式風情を寄越すとは…なんという不敬!」なんて思われるかもしれないし。現にそういう賢者も昔にいた。最近は全く見ないけど…

 

「橙…彼方は私を御所望なのよ。私自らが行かないと意味がない。大丈夫よ、そろそろ私からも話をつけたいと思っていたから好都合でもあるわ」

「そう…ですか……なるほど仰る通りです!」

 

 ほっ…よかった。納得してくれたようだ。ここで拒否られて癇癪でも起こされたらどうしようかと思ってたわ。

 

「ではわたしは付き人としてご一緒させていただきます! 護衛は任せてください!」

 

 いや違うの橙。そうじゃない。

 橙はまだ我慢というものを知らない。こういう場面へ連れて行くのは明らかに下策だ。

 話し合いならば私が相手にへりくだってやれば大抵は上手くいく。あのガキンチョならばなおさらだろう。私の胃痛はマッハだけど。

 なんとかやんわりと橙を刺激しないように断らねば。

 

「いえ…貴方はお留守番よ。付いてくることは許可しません」

「え…? し、しかし…わたしは藍様からお付きになるように勅命を…」

「貴方には早すぎるわ。だから…ね?」

 

 橙の眼をジッと見つめながら語りかける。

 内心ビクビクものである。しかしここで橙を連れて行くことはできない。絶対だ。

 

「…」

「ね、橙。分かってちょうだい」

 

 会話の畳みに入った時だった。橙は顔を下へ向け、震えながらスカートの裾を掴みなにやら、うーうーと唸りだした。これは…マズイかしら。もしかして橙の反感を買っちゃった?ヤバイ、殺される。

 すると橙は顔を上げるとカッと赤く充血させた目を見開いて私に言い放った。

 

「紫様…わたしは、藍様の式神です。いくら紫様でも…藍様の命令を覆すことは、できません。わたしもご同行させていただき…ます」

 

 橙は小刻みに体を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながら私に言った。威嚇か?威嚇なのか?許可しなければ殺すという威嚇なのか!?

 そ、そこまで言うなら許可せざるを得ない。てか許可しなかったら私が殺される。

 

「…わかったわ橙。貴方の同行を認めます。ただし、出過ぎた真似はしないように」

「は、はい! ありがとうございます!!」

 

 そう言うと橙は私の前に跪いた。

 式ならば当然の態度だけれども私と橙の実力差から考えると不自然でしかない。ていうか橙は…藍にも言えることだけどなぜそこまで私を恭しく扱うのかしら?主人と式の関係なんて建前上のものみたいなものじゃないの?逆に不気味なんだけど…。

 

「それではよろしいですか?お嬢様の元までご案内させていただきます」

 

 空気になっていた(というか忘れていた)十六夜咲夜とかいうメイドがニッコリ営業スマイルで微笑む。いや、微笑んでも隠しきれてないからね?その私に向けられている殺気。

 

 十六夜咲夜はナイフを一本取り出しスキマ空間に向かってそれを振るった。するとスキマ空間に一本の亀裂が走り、ウニョーンと開くとどこぞへと繋がる。

 私の能力に希少性なんてなかったんだ。

 

「どうぞお入りください。中はお嬢様の執務室に繋がっております。今回は特例ですが、普通は許可無しに入らないでくださいね。もしも入った場合…命はないと思ってください」

 

 なにやら怖い事を言うと十六夜咲夜はこちらに一瞥もくれずスキマ空間の向こうへと消えていった。

 

「くそあのメイドめ、好き勝手言って! 命がないって思うのはそっちの方だ!」

「橙、止めなさい」

 

 熱り立つ橙を宥めながらスキマの先を覗きつつ、恐る恐る潜った。どうやら罠らしきものはなさそうなので一安心。

 そこには血で塗りたくったように真っ赤な景色が広がっており、その中心には、こちらに背を向けて己の蝙蝠翼をより誇張し、バカみたいに妖力を垂れ流しにする忘れ難き吸血鬼のガキンチョ…レミリア・スカーレットがいた。傍には十六夜咲夜が控えている。

 いつ見ても思う。部屋のセンス酷すぎじゃない?

 

 レミリアは不動のまま動かず、それに伴い十六夜咲夜も動かない。しかし殺気は相も変わらず私へと飛んできている。痛い痛い。橙はその二人の様子を訝しげに睨む。なんとも重苦しい雰囲気が執務室を包んだ。私はなにもせずオロオロしている。ていうか霧のせいで吐きそう…我慢我慢…ウオップ。

 

 そんな居心地の悪い時間が数十秒程度続くと含み笑いをしながらレミリア・スカーレットが振り返った。え、今までのってただの演出だったのかしら?

 

「……お前は来ない…そういう線も考えてはいたわ。けどそれはどうやら取り越し苦労に終わったみたいだけどね。ようこそ私の館へ、八雲紫」

「…よく言うわね、全てお見通しなのでしょう? そのメイドさんを使ってなにをしようとしていたのかしら?」

 

 ちらりとメイドを見ながら言った。

 このガキンチョは…あんな脅迫じみたことをしておきながら、よくもぬけぬけともの言えたものだ。断ることなんてできるはずがない。まあそんなこと言うわけないけど。紫ちゃんは妖怪としての尊厳よりも自分の命の方が大事なのよ。

 

「あら…気づいていたの? まあ…流石とだけ言っておくわ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。しかしそんなことを言うためだけに私を呼び出したわけありませんよね?早く用件を言ってくださいな」

 

 いろんな理由で早くして欲しい。

 私に対する態度のせいで橙のど怒りメーターがぐんぐん上昇してるし、なによりガキンチョの体から出ている紅霧のせいで吐き気を通り越して吐血しそうなほどに紫ちゃんボディが悲鳴をあげている。

 助けて藍。

 

 私から急かされたガキンチョはなお一層笑みを深いものにすると人をコケにするような、楽しげな感じの口調で答えた。

 

「あら、用件なんてものじゃないわ。少し貴方と話をしたいと思ったのよ。ただそれだけ」

 

 ……くぉのガキンチョ…!

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 私はお嬢様以上のものなど知らない。

 私はお嬢様以上のものなど認めない。

 私はお嬢様を超えるものなど許さない。

 それが私のお嬢様に対する絶対の忠誠心とともに絶対と掲げたもの……掲げてきたもの。

 

 だがあの一夜にして、あのスキマ妖怪によって、その根底は壊れた。お嬢様とて絶対ではないと…そう無惨に突きつけられた。

 

 己の全てを賭け、威信を賭け、死力を尽くして戦い、名も知らぬ妖怪に敗北したあの日。残ったのは敗者である私と、一抹の虚しさと、スキマ妖怪への…八雲紫への憎しみだけだった。

 

 ポーカーフェイスは昔から得意だと、自分でもそう思っていた。けど、どうやら私はそこまで得意ではなかったらしい。スキマ妖怪を目の前にする度にとめどなく激情が流れ込んできて…とにかく殺してやりたかった。

 そんな私の姿を八雲紫はさぞ滑稽に思っていたのだろう。私の姿を見るたび、ただただ可笑しそうに微笑むばかり。それがなお一層、私を苛立たせた。

 お嬢様は八雲紫を認めている。己と比肩する存在であると声を大にする。なぜ…なぜそんな事を言うのですか?お嬢様は…レミリア・スカーレット様は絶対なのに、私が一番よく知っているのに、なぜ…?

 なぜ、なぜ、なぜなのだ?八雲紫…?

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜、この手紙を八雲紫に届けてきなさい」

 

 お嬢様はそう仰られると私に簡素な手紙を渡した。内容はすでに聴いてある。

 

「かしこまりました」

 

 お嬢様の命令に私がとやかく言う必要はない。ただ言われた事を完遂すればよい。例えその命を差し出せと言われたなら、喜んで差し出そう。それが私、十六夜咲夜の忠誠心の証。

 いざ、空間を切り裂き八雲紫の元へと向かおうとしたその時だった。お嬢様は私を引き止め、すらりと伸びる細い指で私の頬を撫でながら耳元で囁いた。

 

「奴を殺せるなら、殺してもいいのよ?貴方に殺せるのなら…だけど」

 

 心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

 従者としてならぬ事と頭では理解しながらも、聞き返さずにはいられなかった。

 

「それは…御命令ですか?それともーーーー」

「いいえ、どう考えるかは貴方の自由よ。自分で考えて、自分で判断しなさい。レミリア・スカーレットの従者としてではなく、十六夜咲夜として…ね。貴方がどの運命を選ぼうとも私は構わないわ」

 

 そうとだけ言われるとお嬢様は再び席に着き、紅く染まった月を眺めた。私は…部屋を後にした。

 

 

 

 空間を切り裂いた先にはこちらに背を向ける八雲紫がいた。一枚の空間を隔てたその先に確かに存在していたのだ。あまりにも近すぎて、手が届きすぎて、逆に恐ろしく思えた。

 八雲紫はこちらに気づいているのだろう。しかし振り返らない。私など眼中にない…そういう事なんだろう。

 

「ごめんください」

 

 そう分かっていながらも一声かけた。しかし八雲紫は振り向く気配さえ見せない。…誘っているのか?私を試しているのか?

 …いやそう判断するのはまだ早い。私は再度声をかけた。

 

「…もしもし?」

「はい?」

 

 すると八雲紫は白々しくこちらを振り返った。この妖怪はとことん私をコケにするのが上手だ。

 

「どうもお久しぶりでございます。紅魔館の従者を務めさせていただいております、十六夜咲夜です」

 

「あらあら、これは親切にどうも……あら?」

 

 わざとらしく驚いたかのように振る舞う八雲紫。思わず懐のナイフへと手を伸ばそうと指がピクリと動いてしまった。これじゃ奴の思うツボなのに。

 いや、逆に今が一番いいのかもしれない。

 

「それで…なんの御用ですの?」

「お嬢様からのご命令で…」

 

 手紙を取り出す振りをしつつナイフを握る。あとはいつも通り能力を使った後に八雲紫の喉を切り裂けばいい。

 そうすれば奴を簡単に殺せる。奴を――――

 

 それで奴は……殺せるのか?

 

 あの得体の知れないスキマ妖怪をナイフで殺せるのか?このナイフはお嬢様から受け賜わった代物。殺せなかった妖怪はあの時の妖怪を除いて一匹もいなかった。

 殺せるはずだ。それで殺せなくとも私には他にも攻撃手段がある。殺せる、能力を使えば殺せるのだ。

 お嬢様のあの時の言葉だってそうだ。”殺せるのなら殺してもいい”。

 これは私が八雲紫を殺す運命が見えていたから仰られたのではないのか?暗に私に八雲紫を殺すことを期待されているのでは?

 

 ふと八雲紫を見た。奴は目をそらさず、一点に私の懐に突っ込んでいる手を凝視している。しかし八雲紫のその表情は……なおも変わらなかった。

 

 よし、殺そう。

 私は決心した。お嬢様も期待しているのだ。お嬢様も欲しておられるのだ。従者としてではなく、十六夜咲夜として。八雲紫を殺すことを――――

 

 

 ”貴方がどの運命を選ぼうとも私は構わないわ”

 

 

 手が止まった。なぜだか手が動かなくなったのだ。

 いや、小刻みに手が震えている。

 私は…恐怖しているのか…?

 何に?

 八雲紫に?

 お嬢様に?

 死ぬことに?

 見えもしない運命に?

 私は…何に恐怖しているのだ…?

 

「貴様ァァァァァァァァァッッ!!」

 

 刹那の見切りだった。気づけば手は動き、八雲紫の部下と思わしき化け猫の爪をナイフで防いでいた。

 この化け猫…相当できるようだ。爪からナイフへと伝わってくる妖力がその妖怪としての強さを激しく伝えている。

 

 どうにもあちらは靴を脱がなかったことに腹を立てていたらしい。この変な空間のどこからどこが屋内なのかよくわからないが、あちらのルールに従うのが使者としての礼儀だろう。

 …結局殺す機会を失ってしまった。

 

 この化け猫一匹程度ならどうとでもなるが、その戦いの余波であの九尾の狐を呼び寄せては流石に厳しい。八雲紫もただ大人しくその戦いを見ているとは思えない。

 結局…こうなることがお嬢様にはお見通しだったのだろうか。

 

 その後、八雲紫と化け猫はなにやら揉めていた。

 護衛をつけるかつけないかの話だったようだが、八雲紫から放たれるあれほどのプレッシャーの中、震えながらも主人に対し自分の意見を通し続けたあの化け猫には敵ながら賞賛の意を示す。

 

 

 

 

 

 八雲紫の空間から戻った時、お嬢様は私を笑顔でお出迎えくださった。その端麗な御顔に慈願を浮かべながら。

 

「咲夜、ご苦労様ね。貴方は私の言いつけを忠実に守ってくれた。私はそれが満足」

「…」

 

「選ばなかった運命なんて気にしなくてもいい。貴方が思い描いているそれは、所詮選ばれることのなかった”もしも”よ。この世界にはそんなものは存在しない。今、ここに在る事こそが真実なのだから」

 

 そう言うとお嬢様はスキマから背を向けた。もはや私から言うことはあるまい。

 ただお嬢様の手を私のために煩わせてしまった。それだけの結果しか残せなかったのだ。

 

 ただジッとスキマから出てくる八雲紫を睨む。やはり許せない。こいつがどこまで把握していたのかは知らない。

 だがお嬢様と、この十六夜咲夜をコケにしていたということだけは分かる。しかし今の私の運命では八雲紫を殺せない。

 

「……お前は来ない…そういう線も考えてはいたわ。けどそれはどうやら取り越し苦労に終わったみたいだけどね。ようこそ私の館へ、八雲紫」

 

 八雲紫が来なかった運命…それは私が八雲紫を殺すことを決心することのできた運命なのだろうか。

 

「…よく言うわね、お見通しのくせに」

 

 八雲紫は私を見据えながら静かに言った。

 ”全て分かっているぞ?”

 そんな目だった。

 

 ……奴には私の能力も、殺そうとしていたことも、全てバレていたのだろうか。

 恐らく八雲紫はお嬢様や私の能力の全貌を把握・予測している。そしてその強大さを知っておきながらあの余裕の態度。

 あの時、私が奴を殺そうとすれば返り討ちにあっていたかもしれない……いや、間違いなく返り討ちにあっていた。

 ならばお嬢様の言う八雲紫が来なかった運命とは何なのだろう?私にはわからない。だがこれだけはわかる。私は、戦わずして八雲紫に負けたのだ。完膚なきまでに。

 

 お嬢様のお傍で粗末な態度をとるわけにはいかない。私はただただ、作り物の笑顔で八雲紫を睨んだ。




門番(紅美鈴)

能力
ありとあらゆる気を使う程度の能力

パワー
握力8000kg/cm2

スピード
5 km/s
踏み込み20 km/s

交友関係
紅魔館の住民
霧の湖周辺の妖怪・妖精

出会った中で一番強いと思った存在
レミリア・スカーレット


中国っぽい門番。一応地位的には紅魔勢の中では格下に当たるが、一番の年長者でもある。
”気を使う”とは大きく分けて己の内に秘める生命エネルギー的なものを操る内気法と自然エネルギーを自在に操る外気法の二つを思い通りに使うことができる能力。
内気法をコントロールすることによって元から馬鹿みたいに高い身体能力がさらにエゲツないことになる。また内気を体外へ撃ち出すことによって圧倒的破壊力を生み出すことができるという。簡単に言うとドラゴン○ールの技なら全て使える。
外気法をコントロールすることによって自然に渦巻く”気”や相手の体外に放出されている”力”を取り込んだり、無効化したりすることが可能。チルノの絶対防御圏が通じなかったのは冷気を、魔理沙の『スターダストレヴァリエ』が霧散したのは魔力を無効化したからである(ただし高密度のエネルギーであれば無効化に時間がかかる)。また自然エネルギーを体内に取り込むことによって内気へと変換し、それを体内で増幅させ放つという芸当もやってのける。俗に言う元気○のような技だが、使用すると美鈴の周りの自然エネルギーを吸い尽くし龍脈を破壊してしまうため滅多に使わない。
今回自ら仕掛けることはなかったがそれは魔理沙を試す為であり、美鈴に対し本気の戦闘を試みるのであれば長期戦は免れない。また睡拳の達人でもあるが霊夢には通じなかった。
美鈴が何の妖怪であるかは誰も知らないが自然を掌握する能力を持っていることから龍に何らかの関係があるのでは?ていうかそうだったらいいなぁ…とレミリアが勝手に推測、希望している。



美鈴の戦闘シーンが少ないのは後の出番ゆえ。


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無駄なきことのディストピア*

ディストピア、幻想郷の対義語


 紅が延々と続く薄暗い回廊。

 等間隔に配置されたキャンドル炎の妖しい揺らめきが侵入者の不安を掻き立て、それがまるで同じところをループしていると勘違いしそうなほどに単調で一人迷宮に取り残されたような錯覚に陥らせる。

 外観と比べても紅魔館の内装はとにかく広い。

 もはやこの規模は館ではない。まさに城…いや、都市と言っても過言ではあるまい。

 

 その攻略は勿論容易ではないのだが…今のところ霊夢、魔理沙ともに特に問題なく紅魔館を闊歩していた。そこんじょそこらの妖精たちとは一味も二味も違う、訓練されたメイド妖精が次から次に二人へと襲いかかるが苦戦するわけもなく一蹴してゆく。

 

 霊夢は持ち前の博麗の巫女としての勘を頼りに迷うことなく別れ道、通り部屋、隠し通路を突き進んでゆく。その歩みは着実に紅魔館の主人へと近づいていた。

 

 一方の魔理沙…彼女に霊夢ほどの勘はない。それ故に昔より遅れをとり、辛酸を舐めてきた。しかし彼女には霊夢に匹敵するほどの機転の良さがある。魔理沙は紅魔館が普通の館ではないと決めつけるや否や壁をぶち抜き始めたのだ。下手な弾幕も数撃ちゃ当たる…部屋を転々とすればいずれ黒幕に出会えるとタカをくくった脳筋攻略であった。

 

「ん?壁の向こうにでかい空間があるな。ラスボスの間ってヤツか?」

 

 コンコン…と試しに壁を叩いてみると確かにその先には奇妙な空間があることが確認できる。

 魔理沙は躊躇わず壁に向かって弾幕を放った。

 

「ぎゃおっ!?」

 

 爆発とともに変な鳴き声が聞こえたが大して気にとめるまでもない。よっこらせっと壁を乗り越える。

 そして魔理沙はバカに広い空間へと出た。

 ツーンッとどこか黴臭い匂いがする中、ふと見渡すと視界の先には埋めつくさんばかりの本、本、本…。しかもその中には強力な魔導書も紛れ込んでいるようだ。

 魔法使いの魔理沙としてはまさに宝の山。魔理沙の内から暇潰しの異変解決という大義名分は消滅し、代わりに魔法使いとしての飽くなき探究心が湧いてくる。

 

 そうだ、()()()()

 霧雨魔理沙の異変解決は終了した。

 

「まあ異変は霊夢だけでどうにでもなるからな。今回はパスして次の異変で頑張ればいいさ。そうと決まればさっさと借りてトンズラするとしよう」

 

 魔理沙は空間魔法によって自宅から麻袋を取り出すと手当たり次第にポイポイポイと本を雑に詰め込んでゆく。

 この麻袋、実はとある場所からの頂き物で容量に制限がないのだ。まさに四次元ポケットである。レンタルする際の道具としてはちょうどいい代物だ。

 

「ははは、宝の山だなこりゃ! 時空魔法で図書館ごと家に持っていてやろうか…我ながらいい発想だ」

 

 ごきげんごきげん、気分有頂天。

 魔理沙がとんでもないことを言い出したと同時に背後より呻き声が上がる。先ほど奇妙な叫び声を出していた人物だろう。

 紅い長髪で頭と背中に悪魔然とした羽、白いシャツに黒褐色のベスト、ベストと同色のロングスカートで、ネクタイを着用している。

 ぱっと見で悪魔とわかる優しい格好だ。

 

「いたた…痛覚をシャットアウトしてないっていうのに…。いったい全体、なんなの?」

「おっ、ここの図書館の秘書さんか?悪いがここらの本、全部借りていくぜ」

「は? 何を言ってるんです? ダメに決まってるでしょう」

「あっそう」

 

 魔理沙の陽気な貸借宣言に悪魔は当たり前のようにノーを出した。魔理沙はそれに対し心底残念そうな顔をすると…

 八卦炉から放ったマジックフレイムによって()()()()()()()()。暴虐、ここに極まれり。

 そのマジックフレイムの火力はロンズデーライトすらも一瞬で焼き尽くす。魔法耐性のある悪魔とはいえそれほどの火力を受けては塵すら残るまい。

 

「よし、五月蝿いのがいなくなった。そんじゃレンタル再開といこうかね」

「…………だから、先ほども言った通りここの図書館にある本は貸し出しできるような代物ではありません。さっさとお帰りになりやがってください。あと図書館は火気厳禁ですよ」

 

 静かになった図書館に再びハリのある声が響く。魔理沙が面倒くさそうに振り返ると、そこには先ほどと姿の変わらない悪魔がいた。

 

「なんだ…別個体か?」

「いえ同個体です。魔素で体を構成しているからいいものの…あっそうで小悪魔を焼き払うなんて…これだから魔女という連中は嫌いなんですよ。血も涙もない悪魔め! あ、けど貴方の魔力は美味しかったですよ。ご馳走様です」

「あっそう」

 

 殺しても死なないなら意味がない。

 魔理沙は本格的に小悪魔を無視し、本の物色作業へと戻った。あまりの勝手すぎる行動に小悪魔は頭を押さえる。

 恐らく彼女はこれまでにも魔女に振り回された経験があるのだろう。というより現在進行形で振り回されているのかもしれない。

 

「あのー…ちょっとー? もしもーし? 聞こえてますかー? えくすきゅーずみー?」

「うるさいなー。まだなんか用があるのか?」

「悪魔の話を聞いてますか?」

「悪魔の声には耳を貸すなってのは魔法使いの常識だぜ。私もお師匠様にそう教え込まれた。おっとっと、耳を貸しちゃいかん」

 

 小悪魔は困ったように顔を顰めると…ため息を吐く。そしておもむろに手を魔理沙へと伸ばし、魔力を充鎮させてゆく。そのあまりの濃度に空気は淀み、呪が撒き散らされる。そして大悪魔ですら受ければ一撃で葬れそうなほどの呪いが一瞬で作り上げられてしまった。

 だが魔理沙はお構いなしにポンポン本を麻袋の中に詰め込んでゆく…真後ろに濃厚な死の気配が迫っているにも関わらず。

 

 最初は神妙な面持ちで魔理沙へと呪いを向けていた小悪魔であったが…やがて諦めたかのように俯き、呪いを己の身に吸収した。

 

「…もうわかりましたからここの責任者に許可を取ってください。そしたら私はもう何も言いません。許可をもらえたのなら本を袋に詰めるのを手伝ってあげてもいいです」

「ほう…そうか。そうゆうことなら仕方ないな、許可を取りに行くとしよう。その責任者とやらはどこにいるんだ?」

「案内します」

 

 言われるがままに小悪魔について行く現金な魔理沙。図書館も紅魔館の内装と同じくやたらデカイ。しかしそれほどの大きさでありながらも本棚は所狭しとひしめき合っている。そしてその本棚の全てに魔導書を始めとした書物がこれまた所狭しとひしめき合っている。

 これらのものがいずれ自分のものになる。

 魔理沙は笑みを抑えられずにはいられない。

 

「ところで悪質な魔法使いさん。あなたの魔力は中々の美味ですし、なんか懐かしい感じがするんですよね。私たちってどこかで会いましたっけ?」

「会ったとしてもお前みたいなやつはすぐ忘れちまうだろうな。多分気のせいだろうよ」

「そうですか。しかし…本当に美味しいですねぇ、あなたの魔力は。その魔力を毎時私に注ぎ込んでくれるなら使い魔になってあげてもよろしくてよ?」

 

「いらん」

「そ、そうですか…」

 

 たわいのない話をしながら図書館を歩く二人。やがて中々開けた場所にまで歩みを進めた。

 その空間の中央には山積みの本、一脚のランプ、そして本を読み耽る紫の魔女がいた。

 

「偉大なる魔女、パチュリー・ノーレッジ様。お客人を連れてまいりました」

「……客人? ………ああ、例の彼奴」

 

 パチュリーは魔導書から目を離さずに答えた。

 その態度…魔理沙は気に食わない。そうそうに目の前の魔女、パチュリーは相当に陰険な奴だと決めつける。

 

「貴方が来ることは知っていたわ。私の友人の予言めいたもののおかげでね」

「ほう、そりゃ興味深いな。それでそいつは他になんか言っていたか? 例えば…これからの展開とか」

「ええ…言ってたわよ。黒白のエセ魔法使いは自分の元にはたどり着けないってね」

「はっ、確かにあたしはもう異変解決に行く気はないからそいつの言う通りかもしれん。しかしそいつはエセ占い師だな。手口が詐欺師のソレとほとんど一緒だ。お前は騙されてるぜ」

「…と泥棒まがいの詐欺師が言うのね。なるほど」

 

 言葉の応酬。知らず知らずのうちに両者の口論が熱くなっていった。

 しかし、やがて魔理沙は一度平静を取り戻す。こちらは本を借りる側である。粗相な態度をとるわけにはいかない。

 

「私のことを詐欺師と言ったことは許してやる。その代わりにここの本をありったけ貸してくれよ。いいだろ?」

「返却は何時で?」

「私が死んだ時だ」

 

 魔理沙は悪びれもせず答えた。パチュリーは眉を顰め、その様子を見た小悪魔は目を見開きその場から急いで退避する。

 パチュリーがパタンと魔導書を閉じ初めて魔理沙を見やると、素っ気なく言い放った。

 

「帰れ」

「断る」

 

 開幕の狼煙は魔理沙の極太ビームからである。

 凄まじい爆発音とともに大図書館は衝撃と発光に包まれた。まともに魔理沙のビームを受けて耐えきれる者はそういないだろう。しかし、そうはいないだけでいることにはいる。目の前に存在する魔女もまた、その一人なのだ。

 

「…精霊呪文か。実にお前らしい、他任せな魔法だな」

「あなたと会ってまだ一分も経ってないと思うんだけど? 出会ったばかりのコソ泥に勝手に性質を決められちゃ終いよ」

 

 パチュリーと魔理沙の間を遮ったのは巨大な緑柱石。俗に言うエメラルドであるが、精霊の手によって相生されたそれは普通の鉱石にない硬度を持っていた。

 土金符『エメラルドメガロポリス』。

 容易く魔理沙のビームを掻き消した瑕疵無き最高級精霊防御魔法のスペル名である。なお攻撃にも使える。

 

「なんの捻りもない爆熱魔法…貴女の魔女としての程度が知れるわね。敢えて言ってあげるわ、この三流魔法使い、と」

「三流…ねぇ。久々に言われたよ、その言葉。

 私の持論を教えてやろう。いいか?魔法ってのは火力だ、魔術ってのはパワーだ。難しいことを考える前に即実行だ。考えるのはやった後からでもいいんだよ」

「…訂正するわ。貴女が間違っても魔法使いとか魔女とか語るのはお門違いというものよ。貴女が魔術に触れる資格なんてない。

 一つ一つの魔法が緻密な計算と術式の織り成す世界の理として顕現している。それがどれだけ崇高なことか分かっているの?」

「知らんな。魔法ってのは手当り次第の努力でも生み出せる。現存する知識を使っていくのもいいが、それじゃ限界があるしな。魔導書なんて嗜む程度でいいんだよ。お前さんみたいに引き篭もって本ばかり読むより、私みたいに健康的な魔法使いライフを送った方が効率もいいし、なにより楽しい」

 

 勝手に引き篭もり呼ばわりされているパチュリーであったが、別にあながち間違いでもなかったのでスルーした。

 しかしそれでも着実に彼女の癪に障っていたのは紛れもない事実であって…対立する二人の衝突は不可避のことだった。

 

「貴女と泰平の話はできそうにないわね」

「奇遇だな。私もだ」

 

 パチュリーはふわりと宙に浮き上がり、紅蓮の魔法陣を展開した。対する魔理沙は懐の八卦炉を握り締め、それを抜き出す。両者の視線と魔力が真っ向から交錯し、放たれる。

 

「火符『アグニレイディアンス』」

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 二つの膨大な魔力が爆ぜた。

 その爆風に煽られ、本棚とともに吹っ飛ぶ小悪魔はその光景を目の当たりにし、必死の形相で叫んだ。

 

「火気厳禁ーーッッ!!!」

 

 

 *◆*

 

 

 私とガキンチョ…もう面倒臭いからレミリアと呼ぶことにするわ。レミリアとたわいもない話を始めて一時間程度が経過した。話は未だに終わらない。

 そろそろ血とか反吐とか色々吐きそう。

 

「そういえば…あの時のお化けみたいな奴は元気にしてるかしら?」

 

 お化けみたいな奴…?私に聞くってことは私と面識があるってことよねぇ…誰かしら…。

 あ、もしかして幽々子のこと?いつの間に知り合ったの?冥界との間には幽明結界があるから簡単には会えないし、妖夢がこんな連中を通すようには思えないんだけど…まあこいつらに常識を求めるのは間違いね。

 

「ええ元気よ。元気すぎて困るくらい。今日も従者を泣かせてるんじゃないかしら?」

 

 妖夢には本当に同情する。幽々子と共同生活なんて考えただけで気絶ものよ。まあ、橙と藍も大概だけどね。

 

「ふぅん…あいつって嗜虐心ありありって感じよね。いいことを聞いたわ。次こそは一杯くわしてやろう」

 

 手を口に当てクスクスと笑うレミリア。いや、何が面白いの?私全く話についていけないんだけど…

 会話のドッジボールというか…フリスビーというか…。

 ていうかこいつはいつまでそんなたわいのない話をしているの?さっさと用件を言いなさいよ。こちらとて暇じゃないのよ。今にも吐血しそうなのよゴフッ。

 

「…おい! いつまでそんなくだらない話をしているつもりだ! 紫様がお暇を割いて貴様らなんぞに会いに来てるのに…」

「橙、止めなさい」

 

 私の言いたいことをそのまま代弁してくれた橙だが、それをここで言うのは得策ではないわね。いやホントはGJ!って叫びたいのよ?ありがとう橙。

 すると橙の一喝が効いたのかレミリアはスッと目を細めて余裕あり気に言い放った。

 

「あら…いいじゃないの。どうせ何処ぞの陰気なスキマ空間でこの異変の行く末を監視していたんでしょ?そんな所でジメジメネチネチ観戦するよりも生で見た方が面白いと思うわよ」

「効率性に欠けますわ。何処で見ようと同じことでしょうに…理解に苦しみますわね」

 

 ちょっとした私からのバッシングである。

 

「フフ…スキマ妖怪殿は妖生に余裕がないと見えるわ。永く生きすぎて物事をじっくりと味わう楽しみを忘れたのかしら?無駄こそが美しさ、誰もが思い通りになる便利な世界ほど退屈なディストピアは無いわ。分かるでしょ?」

 

 …妖生が余生に聞こえてビクッとしたのは内緒だ。

 それにしてもこの吸血鬼はやはりガキンチョである。若さがあるうちは新しいものに目移りして気楽にやってりゃいいでしょうけど、私みたいに永く生きるとそのループする生活の中に価値と美しさを見出すものなのよ。そのあたりが全く分かっていないわね。だから私の平穏を返してくださいお願いします。何でもしますから。

 あと橙、クールダウンクールダウン。

 

「まあいいですわ。その辺りは不問にしましょう。ところで、この異変はあとどのくらいで解決させてくれるのかしら?」

「さあね、もしも解決するんならあと数分でこの異変は終わるわ。まあ、今みたいに時間を延ばそうと思えば咲夜に頼んでいつまでも引き延ばせるけど」

 

 今みたいに…? あ、そういえば藍がいつまで経ってもこないわね。あの子ならスキマ空間に私たちが居なかったら真っ先に飛んできそうなものだけど。

 なるほど、ここの時間をメイドの力でゆっくりにしていたというわけ。

 あのメイドって本当になんでもありなのね。

 あと数分ってことは霊夢がここに来るのも時間の問題。異変解決モードの霊夢に出くわしたら退治されかねない。さっさと離脱するに限る。

 

「それでは、私はもう帰っても?」

「まあちょっと待ちなさい。博麗の巫女は貴女が育てたのよね? ウチの育てたメイドと一騎討ちをさせてみない?」

「あら、死なせたいの?」

 

 驚くほどスパッと口からこの言葉が出てしまった。いや、霊夢に生身で挑むって=死だからね?コーラを飲むとゲップが出ることぐらい確実なことだからね?

 

「ほう言ってくれるじゃないか。どれどれ………ふむふむ、確かにお前の言うことはあながち間違いではなさそうね。完全にそうだとは言わないけど」

 

 でたよこいつの能力。

 こんな能力が存在していいはずがない。

 

「まあ、ものは試しよ。やらせてみるわ」

「結果が分かるのに?」

「結果が分かるからよ。

 咲夜、博麗の巫女の元へ行ってその首を取ってきて頂戴な。紅魔のレベルを見せつけてやりなさい」

「かしこまりましたお嬢様」

 

 負けると分かっていながら戦いに臨む姿はあまりに悲壮ね。同情はしないけど。

 するとメイドがドアノブに手をかけた時、こちらを振り向いた。目は私を鋭く射抜いていた。なに?怖いのだけど?

 

「博麗の巫女は貴女が育てたのですか…。それはもう、愛情を込めて?丹念に?」

 

 なにその「人形の手入れしてる?」みたいな問いかけ。霊夢は全自動殺妖ドールである。私の手に負えるものではない。けど愛していることは事実よ。

 

「ええ、それはもう…目に入れても痛くないほどには。私の娘と言っても恐らく差し支えのない…一番の存在よ」

 

 視界の隅でシュンとなる橙の猫耳が見えた。も、もちろん橙も大好きよ?もうちょっと成長してくれたらもっと好きになれるかしらねぇ?

 藍?あの子はもう自立したわ。

 

「それはそれは…大層気に入っておられますようで…殺しがいがあるというものです」

 

 メイドはいつもの殺気微笑を浮かべ、ドアノブに再び手を掛け扉を開くと…消えた。もはや私としても見慣れてしまったあのメイドのお家芸である。

 結局あのメイドはなにを伝えたかったのか…この賢者と呼ばれし私の頭脳を持ってしても理解不能ね。

 さて、これからどうしましょうか…。やっぱり体調の面もあるし家に帰りたいのが本音なんだけど。

 

「……ねぇ、やっぱり帰っても――――」

「…八雲紫、本題に入りましょう。実のところ、私はこれが聞きたくてお前を此処へ呼び出したのよ。これまでの話は前座に過ぎない」

 

 振り返るとレミリアは先ほどのお気楽な雰囲気を一変させ、重々しいナニカを放ち始めた。目は紅く輝き、傍に置かれていたティーカップが音を立てて砂のように崩れ去った。

 その身から放出する規格外の強者としてのオーラ的なドス黒いナニカが私と橙を包み込む。その圧倒的な死の気配の重圧に私は息が詰まり、身動きが取れない。目の前を見るのがやっとだ。私は相当厳しい表情をしているのではないだろうか。自分が今どんな表情をしているのかも把握できない。

 

 視界隅に映る橙は頬に汗を流しながらレミリアを見据えている。彼女を持ってしてもレミリアを抑えることは厳しいのだろう。いつもの可愛らしい真ん丸の目は細長くなり、橙の強気の姿勢を表していた。

 

 これが、吸血鬼レミリア・スカーレット…!?

 紛れもない夜の王者としての風格。決して私などでは届きえない絶対の支配者。

 私は、死を覚悟した。

 

「嘘偽りなく答えなさい。吸血鬼には嘘も、偽りも、通用しない。勿論、貴女とて例外ではないわ」

「…」

 

 何も話せない。

 喉から言葉が出るのを本能が拒絶してしまっている。

 帰りたい…自分の空間に逃げ込みたい…。

 

「……単刀直入に言うわ」

 

 レミリアは目を細め、若干の怒りを放ちながら言った。

 

「どうして私を生かした?」

 

 

 *◆*

 

 

 ピタリと、全ての動作を制止させた。

 

 たった今、この洋館の何処かで強い妖力が吹き荒れた。その妖力から感じることのできる強大さはこの幻想郷においてもトップクラス。最強の一角を占めるほどのものである。

 

 霊夢は眉を顰めた。

 これほどの規模だ。恐らくこの妖力の持ち主はこの館の主人。しかしなぜこのタイミングで妖力を開放した?考えられることは二つ。

 気まぐれか、戦闘か。

 

 なんにせよ場所は分かった。案外此処から近いところにいるようだ。誰と戦っていようと関係ない。どれほど強かろうが関係ない。

 ただ、退治する。それが巫女の務め。

 いざ、黒幕の元へ足を踏み出し――――。

 

「…」

 

 ()()()()()()()

 目の前には銀髪のメイド。

 勿論、先ほどまではいなかった。

 

「この館は手品師でも雇っているのかしら?」

「残念、ただのメイドですわ。ご期待に添えず、申し訳ございませんこと」

「嘘ね。メイドは手品なんてしないわ」

「あら、しますわよ? 種も仕掛けもない、完璧な手品ですけど、ね」

 

 再び霊夢は()()()()()()()

 

「ここら辺一帯に霧を出してるのあなた達でしょ? あれが迷惑なの。何が目的なの?」

「日光が邪魔だからよ。お嬢様、冥いの好きだし」

「私は好きじゃないわ。止めてくれる?」

「ダメよ。お嬢様の命令だもの。それに私、掃除を仰せつかってるから」

「メイドらしいわね。それでそのゴミは?」

「貴女」

「なるほど」

 

 霊夢はナイフを掴み、握り潰す。

 パラパラと銀が霊夢の手からこぼれ落ちてゆく。

 

「呆れた勘の良さですこと」

「で、殺り会うの?」

「勿論。私怨もあるから」

 




小悪魔

能力
魔術を操る程度の能力

パワー
厚さ35cmの魔道書を小指で軽く引き裂く程度。

スピード
自己転移可能

交友関係
紅魔館の面々
魔界の住人

出会った中で一番強いと思った存在
魔界神


大図書館の司書を務める使い魔。階級的には下の方に当たるがパチュリーの使い魔となったことで大悪魔を一撃で葬るほどの魔力を手に入れた。しかし実際は魔術よりも体術の方が得意な線がある。
魔素が体の成分を占めているのでいくらでも再構築可能。美鈴の能力などで魔素を完全に消滅させる他に倒す方法はない。なお破壊の目はあるのでどこぞの妹様なら殺せる。
性格は良くも悪くも小悪魔的。魔力の美味しさで人の良し悪しを判断している。ちなみに魔理沙はうまい、レミリアは珍味、パチュリーは人工物の味がするという。最近天狗の味を覚えた。
パチュリーに対する忠誠心は高いが日頃の行い故に不満も多い。しかしパチュリーがそれを意に介す様子はない。


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探究心は魔女を活かす*

パッチェさんにスペルカードをひたすらぶっぱして欲しかっただけ。


 轟々と魔力の嵐が大図書館に吹き荒れる。

 周りの本棚は消し飛ぶか吹き飛び、目も当てられない大惨事。魔理沙の『ミルキーウェイ』を自動精霊結界(オートバリア)で防いだパチュリーは辺りを見回し、深い溜息を吐いた。

 

「…酷い有様ね。まだ読んだことのない本があったかもしれないのに…一体どうしてくれようかしら。火か…水か…土か…」

「私だけの責任じゃないだろこれは。四割はお前のせいだ」

「二割貴女の方が多いわね。貴女のせいよ」

「五十歩百歩だぜ」

 

 …いや、全部お前のせいだよ!…と本棚に埋もれながら小悪魔は心の中で叫んだ。しかしそれを実際に声に出すことはできない。

 大悪魔としての格を軽く凌駕する小悪魔にとっても、この二人から発せられ、ぶつかり合う凄まじい魔力の奔流の前にはツノを持たないヤギ同然である。介入はできないし許されない。

 

 パチュリーは水を掬い上げるように空気を掻く。すると魔理沙の『ミルキーウェイ』に掻き消されたはずの炎がふたたび再燃を開始する。精霊はまだ滅びてはいなかったのだ。

 

「私の図書館をこんな有様にしてくれたそのふざけた火力だけは認めてあげるわ。もっとも、私の前には無駄なことだけど」

 

 再燃し燃え盛る炎を放置し、パチュリーは新しい魔法陣を展開。次に繰り出したのは…土。

 

「土符『トリリトンシェイク』」

「ただの土塊か? 魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 土流を放ったパチュリーに対し魔理沙は再び『ミルキーウェイ』を放つ。二つの属性魔力波は衝突、凄まじい音を立てながら互いに互いを削りあってゆく。

 結果、押し勝ったのはまたもや魔理沙であった。

『ミルキーウェイ』は『トリリトンシェイク』を砕きながらパチュリーへと迫る。しかしパチュリーは砕けた『トリリトンシェイク』の残骸を巻き上げ、傍に待機させていた『アグニシャイン』と混ぜ合わせ、相生させた。

 

「火土符『ラーヴァクロムレク』」

 

 そして降り注いだのは岩石の嵐。強固で物量に勝るそれは魔理沙の『ミルキーウェイ』をじわりじわりと打ち消し、やがて相殺した。吹き荒れる魔力の残骸に煽られ魔理沙は三角帽子を抑える。

 

「…っ。あの野郎…精霊魔法を増幅して撃ちやがった。一気に『ミルキーウェイ』まで火力を…」

「何を休んでいるのかしら?」

 

 パチュリーは岩の残骸を掻き集めると空中に浮遊させる。そして一箇所に固めると…

 

「金符『シルバードラゴン』」

 

 新たな魔法陣を展開しそこから鋼の鎖を射出した。それだけでもかなりの威力を秘めているのが分かるが、それは魔理沙へと向かうことなく『ラーヴァクロムレク』の残骸を貫いた。

 それと同時に『シルバードラゴン』と『ラーヴァクロムレク』は爆散し、あたりに金属を拡散しながら大規模な魔力嵐が発生する。

 

「金土符『ジンジャガスト』」

「ちょ、パチュリー様ぁ! け、結界が耐えきれませんって!!」

 

 残った本棚を死守すべく大規模な結界を展開させていた小悪魔だったが、徐々にそれは砕け散ってゆく。聖騎士団の一斉砲撃でも傷一つつかないほど堅牢な小悪魔の結界でもパチュリーという魔女の中でも最強格に当たる存在の前には障子も同然であった。

 一方の魔理沙も相生によって火力をどんどん増してゆくパチュリーの精霊魔法に危機感を覚えたのだろう。帽子の中からスペルカードを取り出した。

 

「魔空『アステロイドベルト』!!」

 

 スペル詠唱と同時に魔理沙を中心に魔力波が吹き荒れ、パチュリーの魔力嵐を抑え込む。正面からぶつかった二つの嵐は互いを削り合い、強力な磁場を放出させる。魔理沙は精霊魔法にとって根幹となる精霊を根絶やしにするつもりなのか。

 しかしそれを見過ごすパチュリーではない。無詠唱で灼熱魔法を魔法陣から噴出させ、吹き荒れる魔力嵐へとぶつけた。

 

「…火金符『セントエルモピラー』」

 

 そして立つのは火柱。相剋された金が炎へと姿を変え、あたりに熱波とそれに伴う放電が撒き散らされる。その強大な魔力渦は『アステロイドベルト』を容易く搔き消し大図書館を灼熱に染め上げた。魔理沙は苦虫を噛み潰したように呻き、小悪魔は悲鳴をあげながら結界をさらに固めた。

 魔理沙がいくら魔法の火力を上げていこうともパチュリーはそれを悠々と越してゆく。元々から魔理沙に及ばずとも非常に高い火力を有するパチュリーの西洋産精霊魔法は陰陽五行と組み合わさることによってさらなる無限の火力を実現しているのだ。

 

「馬鹿みたいに頭使いやがって…! どんだけ緻密に魔法を使ってんだよ。次から次にスペルをぶっ放してちゃ魔力が持たないだろうに!」

「ええそうね。木符『グリーンストーム』」

 

 心にも思っていないように答えると、パチュリーは再び新たな魔法陣を展開する。魔理沙は思いっきり嫌そうな表情を浮かべた。

 魔法陣から緑色の突風が放たれ『セントエルモピラー』を煽った。それに伴い『セントエルモピラー』は肥大化し…

 

「木火符『フォレストブレイズエクスプロージョン』」

 

 やがて豪快な破裂音とともに爆発した。

 とてつもない爆風・衝撃が駆け抜け、大図書館を守っていた小悪魔の結界を今度こそ粉々に破壊する。勿論、小悪魔は本棚と一緒に吹き飛ばされていった。

 

 爆熱は空気を食い尽くす。

 真空状態に似た環境を一時作り出し、魔理沙の詠唱を妨害する。防御魔法を唱えることができなかった魔理沙は急いで回避行動をとったが、瞬間的爆発スピードは彼女が思うよりもずっと早かった。

 

 

 

 

 

 爆煙が晴れると煤を被り、それなりの火傷を負いながら腕から血を流している魔理沙が姿を表す。パチュリーも魔理沙が死んだとは思っていなかったようで次なる精霊魔法の詠唱に入った。

 難読、難唱なスペルさえもスラスラと言ってのけるその技術力の高さは勿論だが、それよりもこれほどまでに最上級大規模魔法を使用しているにも関わらず息一つ切らさないパチュリーの魔力と体力は異常だった。

 

「…引き篭もってる割には体力があるんだな。体験したところ魔力も相当なもんだ。もしかしてお前…増やせたのか?」

 

 魔理沙の言う増やせた…とは、魔力の限界内包量のことを言っているのだろう。それだけパチュリーの魔力量は魔女の端くれである魔理沙から見ても規格外なのだ。

 

「…魔力の器は生まれながらにして変化しない。これは魔法使いの界隈では常識も同然のこと…まあそこらへんは貴女程度の魔法使いでも知ってることでしょ? 何人もの魔法使いが己の魔力の器を増やさんとドーピング、肉体改造、悪魔契約を試し…己の身を自らの手で滅ぼしていったわ……魔力の器を増やすことができた事例は今の所発見されていないし、かくいう私も実現させたことはなかった」

「…ケホ……そりゃ、そうだろうな。素質ってのは生まれた時に全てが決まるもんだ。残りは努力で補うしかない」

「そうよ。私も自分はそれなりには素質がある方だと昔は思ってたけど…所詮それも魔女の範疇。できることは限られてしまうし、生まれながらに喘息で体が弱くってね。とてもじゃないけど長文詠唱はできなかった」

 

 魔理沙は眉を顰めた。

 喘息?病弱?これまでのパチュリーの魔法の数々を見れば、とてもじゃないが信じられない。今のパチュリーとは無縁…もはや対極に位置するような言葉である。

 

 その時、魔理沙は思い出した。

 かつて師匠が教えてくれた幻の石のことを。

 

「……! 賢者の石か!?」

「…原始人並みの教養かと思ってたけど…それなりに学は積んでいたのね。

 まあ半分正解よ。水火符『フロギスティックレイン』」

 

 飛散した炎を渦巻かせ、それに多量の水を吹きかけることによって炎を剋し水は相乗した。水は炎に変わり渦巻き始めると、熱を伴った魔力弾を大量に放出する。

 魔理沙はハッと鼻で笑うと、弾幕を見事に躱しつつたっぷりと皮肉っぽくパチュリーに言い放った。

 

「なるほど、体に賢者の石を埋め込んだってわけか? それなら全てが説明できるな。妙に体力があるのも、湯水のように魔力を使いまくってるのも、妙に精霊魔法と親和性が高いのも、賢者の石のおかげってわけだ」

「んなわけないでしょ」

 

 自信満々の魔理沙の論を一蹴したパチュリー。

 魔理沙はムッと顔を顰めた。

 

「ならなんだっていうんだ?」

「私は体の中で賢者の石と同じサイクルの魔力循環をそのまま行っているだけ。結構緻密なコントロールを必要とするけど、私にしたら紅茶を淹れるよりも簡単なことよ。この世の物質は五元素で説明できるのだから、それら全てを行使することのできる私が賢者の石なしで効力を発揮………………言いすぎたわね。私の悪い癖だわ」

「なんだよ…いいところだったのに」

 

 自分の研究結果をつい自慢したくなってしまうのも魔法使いとしての性であろう。それにパチュリーの強さの秘密を知ったところでそれを実践できる存在などこの世にはほとんどいない。

 パチュリーはフルフルと頭を振ると空中に浮遊していた水の塊をさらに肥大化させてゆくが、見かねた魔理沙がこれを『マスタースパーク』で爆散させ五行の流れを断ち切った。これで――――。

 

「ふりだし…とでも?」

 

 パチュリーは魔法陣を一気に五つ展開。その全てからこれまでと同等の魔力量を感じた。それぞれから炎が渦巻き、水が畝り、木が繁り、金が生成し、土が噴出する。そしてそれらは互いに相作用し合い威力を高めてゆく。魔力が唸りを上げ、地ならしを起こしていた。

 

 それに対し、魔理沙はしっかりと八卦炉を掴むと自分の血を空中にぶちまけた。するとその血は空中に留まり、魔理沙はそれを指につけ何かを描いてゆく。そして描いたのは、八芒星(オクタグラム)

 パチュリーは細くそれを分析する。

 

(…血を媒介にして魔力を直に…魔術としては相当古い部類のやつね。あいつの血には相当の魔力が詰まっている…。なるほど、器が限られるのなら違う場所に魔力を置いておけばいいってわけ。例え思いついても誰も実践しないでしょうに。先天的なものなのか後天的なものなのかによって評価は変わるけど……先天的なものならばその才能、後天的なものならば知識を探求するその精神を買いたいところね)

 

 パチュリーは数段魔理沙の評価を引き上げた。

 しかしそれでも自分に及ぶとは思っていない。あちらがどれほどまでに火力を引き出そうともこちらは無限の火力。比べるまでもない。

 

 パチュリーと魔理沙がスペルを放ったのはほぼ同時のタイミングであった。

 

「火水木金土符『賢者の石』!」

「魔砲『ファイナルマスタースパーク』ッ!!」

 

 パチュリーの精霊砲と魔理沙の魔力砲は一直線上で衝突し、そして爆ぜた。

 互いの威信を懸けた魔法使いの思いは並大抵のものではない。譲らぬ思いは双方の魔力を削り、消滅させてゆく。本来の目的は本を貸すか貸さないかだったのだが今やそれはすり替わっている。どちらがより上手く魔法を使っているのか、どちらが魔法使いとして優れているのか…これに尽きた。

 魔法使いとは知識を探求する種族である。飽くなき探求心こそが魔法使いを魔法使いの呼ぶ所以なのだから。それ故に魔法の良し悪し、上下は魔法使いにとって己の価値同然なのだ。

 

 つまり二人は己の価値、存在を賭けて競っている。元々から負けず嫌いの二人だ、どちらとも絶対に譲らぬ気持ちなのである。

 

 再構築された自身最高の結界は既に半壊。小悪魔はそこらに転がっている魔導書を片っ端から開くと、中に貯蔵されていた魔力を自分に還元し結界へと注ぎ込んでいた。

 もしここに小悪魔がいなければ余波のみで紅魔館は跡形もなく消滅していただろう。霧の湖ですら消しかねないほどだ。

 

 ふと、唐突に衝撃が止んだ。

 二人がスペルに注ぎ込んでいた各々の魔力が同時に切れたのだ。これには流石のパチュリーも目を剥いた。しかし東洋の魔法使いはそうなることが予測できていたかのように次のスペルを即、発動した。

 

「おっと、星符『ドラゴンメテオ』ッ!!」

「っ! 日符『ロイヤルフレア』!!」

 

 自分最大の攻撃を防がれたパチュリーは僅かに動揺した。しかし間髪入れず次のスペルを発動する。

 パチュリーの上方に巨大な炎の塊が出現した。精霊を呼び出すには時間が足りない。よって、恐らく彼女の純粋な魔力のみで作られた魔力塊であろう。とんでもない熱波を発し全てを焼き尽くさんとしているそれはまさに太陽である。

 しかしそれを魔理沙に投合するよりも早く、流星が『ロイヤルフレア』に降り注いだ。太陽はそれすらも呑み込まんと流星を押し留める。しかし、最終的に呑み込んだのは()星だった。龍が太陽を食い尽くしたのだ。

 

 太陽が消滅し、流星がパチュリーまでもを喰らおうと迫る。しかしパチュリーの動作はなかった。『エメラルドメガロポリス』を張ったところで無駄だというのは彼女が一番理解できていたのだ。

 一瞬のスキは魔法使いにとって致命傷である。それをよく知っているパチュリーは自分の未熟さを呪いながら流星に呑み込まれる――――

 

「パチュリー様っ!!」

「っ!」

 

 ――――直前に結界を放棄した小悪魔が転移魔法で救い出した。『ドラゴンメテオ』はそのまま下へとぶつかり、大図書館の床を凄まじいパワーで破壊しながら地下へと消えていった。

 

 先ほどとは打って変わって、静寂に包まれる大図書館…だったところ。

 後に残ったのは散乱する本棚や魔導書、燃える木材、床に空いたどデカイ穴、魔力を使いすぎたせいで動けない小悪魔、なんとも微妙な表情を浮かべるパチュリー、そして勝ったということで物色を開始した魔理沙だけであった。

 

「私の勝ちだ。約束通り借りてくぜ」

「約束してない」

 

 ふと、パチュリーはレミリアに言われたことを思い出した。

 

 ――パチェ、貴女のところには中々面白そうな奴が行きそうね。そいつが通った後は何も残らないから注意しなさい。

 

「…その通りじゃないの」

 

 頭が痛そうにため息を吐いたパチュリーは物色中の魔理沙に近づく。少しばかり警戒する魔理沙だったが、既にパチュリーに敵意がないことを感じとるとニッと笑顔を浮かべた。

 

「私の魔法は凄かっただろ?」

「…まあ上の下ってところかしらね。辺境の魔法使いにしてはよくやれてる方じゃない?もっとも私には及ばないけど」

「なんでだ、私が勝っただろ」

「圧倒的準備不足よ」

 

 そう言うとパチュリーは落ちている魔導書の埃を丁寧に叩き、ぶっきらぼうな表情を見せながら魔理沙に渡した。

 

「大図書館の掃除を手伝ったらそれなりの本は貸してあげるわ。せめて対価を寄越しなさい。対価を」

「えー、面倒臭いな。使い魔にやらせろよ」

「貴女のせいでこの通りよ」

「…ZZZ」

 

 小悪魔はひっくり返って気絶…いや、爆睡していた。よっぽど疲れていたのだろう。魔素で体を調整している小悪魔である、魔力の使いすぎには顕著に体が反応するものだ。

 

「やっぱ使い魔って役に立たないもんなんだな。これなら奴隷タイプの式神を使った方がまだ良さそうだ。藍に教えてもらえないかな…」

「こう見えていざという時は役に立つ子なのよ。それに東洋の使役式は感覚や自分の性質をリンクする分、厄介な点が多いわ。大成するまではリスクを覚悟することね」

「そうだな…いや待てよ。スペルカードなら…」

「…それは考えたことがなかったわね。問題点は多々あるけど、特定の場面に限定するならかなり使い勝手がいい。そこまで難しい技術でもなさそうだし」

 

 二人は先ほどまで殺し合いをしていたことを忘れ、魔法使いの議論が始まる。大抵の魔法使いはこんなものなのだ。知識を得るためなら時も、場所も、場合も、相手が誰であろうと関係ない。

 奴隷型スペルカードの原理、用途、作成方法を互いの考察によって固めてゆく。違う分野に秀でた二人が結託すれば思わぬ成果を発揮するものだ。

 そして――――

 

「ふむ、並列思考…そう言う点で考えるともっとも近いのは分身か。分身型スペルを使う奴には一人だけ心当たりがあるが…それなら式神を作った方が早いような気がするな」

「式神を作るには一からプログラ厶を作り上げなきゃならない。時間もかかるし、余計な自我を持つからスペルにするには色々と厄介よ。それに分身というのは案外難しいものではないわ。魔力をそのまま写し変えればいいだけだし……()()()その体現者がいるし」

「体現者?」

 

 ふと、魔理沙は自分が大図書館に開けた穴を見た。地下へと繋がるその穴は自分が開けたものではあるが底知れない不気味さを漂わせている。冷気とともに流れてくるのはもっと寒いナニカ。

 

「もしかしてこの下に?」

「…さあ? 詳しい位置は知らないわ。だってすっごく下にいるもの。まあ、なんのアクションも起こさないってことは大丈夫――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――パチュリーの足元が吹き飛んだ。

 

 

 

 stage4.クリア

 

 

 *◆*

 

 

 レミリアはその大きくつり上がった気の強そうな瞳を細めながら、私を威圧的に睨む。レミリアの問いに答えることができなかった私は、ただ彼女を見返すことしかできなかった。それもそのはず、私にはレミリアがなんのことを言っているのか全く理解できないのだ。

 それに見かねたのか、レミリアは再び語りだす。

 

「あの時、確かに貴様は私を殺せたはずよ。消耗していたし、何より戦意がなかった。私を見逃すことに何の利もなかった。なのに…何故だ?その日から私は貴様を測りかねていた。この際異変のついでに聞いておこうと思ったの。

 さあ答えなさい。何故私を生かした? 何故私に生き恥を晒させるような真似をした? 答えろ…………答えろ、八雲紫ッ!!」

 

 …………はいぃ?

 ちょ、ちょっと待って…何それ。

 この吸血鬼は一体何を言っているんだ?見逃す…え?見逃す?見逃してやった間違いじゃないの!?この八雲紫、見逃されたことは多々あっても見逃したことは幻想郷が出来てからは一度もない。いやまずいつの話よ。

 と、取り敢えず聞いてみましょうか。

 

「…何のことかしら。身に覚えがありませんわ」

「……ほう? 面白いことを言ってくれるわね。幻想郷流のジョークってやつかしら? 生憎、私は全然笑えないのだけど」

 

 私も笑えないわよ。てかまずジョークじゃないし。もうやだ、何て言えばいいのよ!

 いや、投げ出してはダメね。考えろ、考えるのよ賢者八雲紫!満足する答えを出してあげたらこいつは納得するはずだ。最悪おだてまくってやればなんとかなると思う。けど…レミリアはどんな解答をお望みなの?見当もつかないわ…。

 

 よし。

 まずは当たり障りのないように…

 

「…貴女を生かすこと、それがこの幻想郷のためになるからよ」

「…はあ?」

 

 レミリアは素っ頓狂な声を上げた。

 え、返答間違えた!?

 お、おかしなことを言った覚えはないわよ。

 だって貴女と初めて会ったのは吸血鬼条約を結びに行った時だもの。あの締結までの話し合いに費やされた空白の時間、必死で自分でも何を言ったか覚えてないけど多分その時に何かあったのね…と、そう推測した。紫ちゃん頭いい!

 

「私を生かすことが幻想郷のため…?貴様は何を言っているんだ?あの時の私は貴様にとって間違いなく害だったはずよ。なぜ、あのような状況でそんなことを判断したの?」

 

 いや、知りません。

 ていうか貴女は今も昔も害よ。私に力があったらとっくの昔に潰してるわ。

 と、取り敢えずそれっぽいことを…!

 

「貴女という歯車は既に幻想郷という時計の中に組み込まれている。貴女無しには幻想郷は動かない、それは私が初めて貴女と出会った時に感じた直感だけども…間違いではなかった」

「私が…歯車?」

 

 あんなでっかい時計をわざわざ館につけているのだ。よっぽどの時計好きだろうと推測してこんな感じに引き合いを出してみたわ!

 私ったら天才ね!

 

「私を…紅魔館を組み込む…?八雲紫、貴様は…幻想郷は、私たちを…受け入れるの…?受け入れることができるの?」

 

 …そりゃあ…

 

「…幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ…私にとってもね」

 

 こういうことだ。

 

 現に私の意志とか関係無しにやばい連中がどんどん幻想郷に流れ込んできている。レミリアを始めとする吸血鬼の連中もその一端。

 私がこいつらを幻想郷に入れたくて入れたわけではないのだ。当たり前のことだが。

 

 しかもなんて言うか…ぶっちゃけこいつらがいなくなったからといって私の幻想郷ライフが改善されるわけではないのよねぇ。レミリアよりヤバい奴なんて幻想郷にはまだまだいるし

 ていうか強い奴らをポンポン幻想郷に引き入れたほうがいいのでは?とも最近考え始めた。ほら…周りに強い奴らがいたら妙な動きもできなくなるでしょ?俗に言うなんとやらの抑止力ってやつね。こんな考えが思い浮かぶあたり私はもう末期みたいだ。

 いや、実際は全員来ないでくれると嬉しいのだけどね?まず幻想郷を作った理由は弱い妖怪たちを救うためだからね?

 もう…誰よ、「幻想郷は全てを受け入れるのよ」とか言って見境なく有象無象を引き込みまくったバカは………私か。

 

「…可笑しいわね、貴女」

「あら、酷い言われようですわ。ユーモアがあると言ってくださいな?」

 

 変に呆れた様子でレミリアがそんなことを言うのでユーモラスに返してあげた。レミリアの物言いは人によってはキレそうな言い方だけど私は優しく寛大だから気にしない。

 

 するとレミリアが遠い目で窓を見つめ始め、暫く心地悪い沈黙が場を包んだ。人と話してる最中に月を見ながら鑑賞に耽るって……ま、まあいいけど。

 

「……ッ!!?」

「!!?」

 

 ひゅい!?

 なんかいきなりレミリアが一瞬痙攣した。背中から生えてる蝙蝠羽もレミリアの内心を表すかのようにピンと張っている。

 やがて目をカッと見開くと、信じられないものを見たような目でこちらを見返してきた。

 いや、それこっちがする目だからね?私が貴女に向けるはずの目だからね?

 やがてレミリアは眼を細めると私をねめつける。紅く光る眼光がなんとも恐ろしい。

 

「この私の運命に易々と侵入してくるなんて…貴女、一体どんな小細工を弄したのかしら? できれば答えて欲しいのだけど」

 

 もうやめて…これ以上私を虐めないで…。

 意味がわからない、意味がわからないの!貴女が私に何を伝えたいかが全くわからないのよ!

 てかこいつ敢えて意味不明なことを言って私を混乱させてない?いや、そうに違いない。私が慌てふためく姿を見て優越感に浸ってたのね!おのれレミリア・スカーレット!断じて許さない!

 ……許さないからといってどうするってわけでもないけど。

 

 まあそういうことならこっちもあんまり考えないで返せばいいわね。失礼なことだけを言わないようにすればいいだろう。

 

「ふふふ…私に運命を操る力なんてありませんわ。そのことは貴女が一番よく知っているはず。しかしひとつ言わせてもらうのであれば…これが本来の定めというものなのでしょう。貴女が幻想郷にやって来た時から…いや、貴女が生を受けてより運命は巡り始めています。もう貴女は運命から逃れられませんわ。運命を見通し、操る力を持つ貴女ならばお気づきでしょう? 廻り始めた事象を覆すことはできない。それは仙人でさえも川の流れを止めることができないことと同じ…この世に不変のものが存在しないことと同じ…

 ……既に、歯車は廻っているのだから」

「…」

 

 おお、痛い痛い。

 けどレミリアってこんな感じの…なんていうか、厨二臭いヤツが好きそうよね。これで満足してくれたかしら?

 

「…気に入らないわね。心底気に入らない」

 

 アッハイ。

 そうですねー紫ちゃんは大人のお姉さんだからお嬢ちゃんみたいなハイカラ幼女にはついていけませんねー。ごめんなさいねー。

 

「だがそのスタンスは気に入ったわ、八雲紫。ハッキリ言って予想以上よ。

 クク…物好きねぇ、貴女も、私も」

 

 レミリアは先ほどまでの存在する者全てを威圧するようなナニカを引っ込めると、クスクスと何が面白いのか含み笑いを始めた。

 …合格点…ってことでいいのかしら。

 まあそれで満足してくれたならなによりね。何が面白かったのか私にはよくわからないけど。最近の若い妖怪の感性にはついていけないわ…ホント。

 

「もう十分よ、中々有意義な時間を過ごせたわ。いきなり呼び出して悪かったわね」

 

 いや、こいつは悪いことしたとかそんなことは絶対思ってない。現に今もニヤニヤしてるし。クレイジーサイコパス吸血鬼め…!

 もう一人の吸血鬼はとっても良い子なのに…あの子の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいものだわ。そしたらその腐った性根も少しは良くなるかもね。

 あ、そうだ。

 

「それでは私からも質問を一つ良い? 勿論、別に時間はとらせないわ」

「へえ、貴女から質問?いいわよ」

「あの地下にいた吸血鬼…あの子は貴女の姉か妹かしら?」

 

「ああ、それは我が妹、フランドール・スカー………ん…?んん!?」

 

 優雅に紅茶を嗜んでいたレミリアがカップを机の上に落とし、思いっきり眉を顰め咳き込んだ。

 そして若干慌てたような様子で私を問い詰める。

 

「あ、あの子に会ったの!? え…五体満足!?」

「…? 彼女とは少しばかり親交を持ってまして。まあ吸血鬼異変の時に少し会ってからそれっきりだけど」

 

「しかも親交を持ってるですって…?まさか手懐けたってこと!?ど、どんなトリックを使ったの!?」

 

 レミリアが私の胸ぐらを掴もうとしたので橙が怒りながら間に入る。ありがとう橙…控えめに言って殺されるかと思った。

 

「ぜ、是非フランを手懐けた方法を教えて頂戴!! こればかりは譲れないわ!」

 

 あれ…溢れんばかりのカリスマが砂上の楼閣の如く消えてゆく…。

 レミリアの蝙蝠羽がパタパタと忙しそうに動いている。興奮しているのだろうか。

 様子を見る限りでは姉妹の仲がうまくいってないのかしら?まあこんな傲慢な姉じゃ仕方ないわよね。いくらあの子が良い子でも流石に嫌気が刺すに決まってる。

 

「私は普通に少し話して、ゲームを共に嗜んでいただけよ。別に特別なことをやったなんてことはないわ」

「……」

 

 勿論私が話したことは全部本当のことだ。

 しかしそうは言っても信じられないのか、レミリアは訝しむような目で私を睨んだ。いや、そんな目で見られても…。

 せっかく結構和やかな雰囲気まで持って行けたのにまた空気がピリピリしだした。そしてそれに応じて橙もまた警戒レベルを引き上げていた。彼女の体から滲み出てる妖気が私の精神を蝕んでゆく。主人の主人が側にいるんだからもう少し気を使ってほしい。

 そろそろ私のお腹がいけないことに…!

 

 と、ちょうどその時だった。

 幻想郷を覆う大結界の性質が一瞬のうちに変化した。これが藍の言っていた大結界のアップグレードというやつだろう。ということは藍が作業を終えたということ…!

 私がスキマにいなかったら藍は妖気の残滓を辿ってでも紅魔館へやって来ることが推測できる。こんな状態のレミリアと藍の対面なんて考えたくもない!

 即帰宅せねば!

 

「…もうすぐ霊夢が来るでしょうし…そろそろ帰らせていただきます。それでは早めの異変収束を期待しているわ。第二次吸血鬼異変は双方ともに避けたいでしょう?」

「まあ…そりゃあね。けどまあ…もしもの時はよろしくするわ」

 

 もしもの時って…。

 まあいいわ。どうせ霊夢が勝つし。

 

「ふふふ…望むところですわ。新人に幻想郷のレベルをよーく教えこむことは大切です。それでは…御機嫌よう〜」

「ええ………って、ちょっと待て! 結局フランをどうやって――――」

 

 なにやらレミリアが言っていたが私は絶対に振り返らない!メイドがいない限りスキマに入ってしまえばこっちのものだ。

 展開したスキマへと橙と一緒に飛び込む。

 視界の隅では橙が最後までレミリアに向かってガンを飛ばしていた。まあ…勇気だけは買うわ。流石は我が式の式ね!

 

 さて、そろそろスキマ空間を抜ける。

 今日は色々と疲れたわ…体のあちこちが怠いし重い…そして痛い。頭痛が痛いし吐き気もする。こんな時は寝るのが一番だろう。

 どーせ起きた時には異変終わってるし。果報は寝て待つのが一番とはこのことね。

 

 スキマが開いた。

 さあいっぱい寝y…

 

「おかえりなさいませ紫様」

 

 …目の前に藍がいた。いつものように袖下に手を突っ込み、姿勢を低く維持している。しかしいつもと違うのはなんとも言い表せない不気味な雰囲気を漂わせているという点だ。

 嫌な予感しかしない。

 

 

 *◆*

 

 

 絶え間なく霊夢へと無数のナイフが飛び交う。しかし確かな加護の付与されるナイフでさえも霊夢がお祓い棒で打ち払うたびに粉々に砕け、銀の粒子を撒き散らす。ただ闇雲に霊夢へ攻撃を仕掛けても、それは焼け石に水というものなのか。

 確かに咲夜の能力は非常に強力だ。それこそ世界が、宇宙が自分の庭と錯覚するまでに。 人間が持つには手を持て余すのは確実だろう。それを己の手足以上に使いこなせる咲夜の精神力は紛れもなく化け物である。

 さて、咲夜の能力は初見ならば一撃必殺の代物である。それこそ相手に何が起こったのか悟らせることなく、この世から葬り去らせることも可能だ。

 しかし霊夢はそれを見事に見切り、現在進行形で咲夜を翻弄している。普通ならば対応するどころか自分の身に起こっている状況を把握することですら困難なレベルではあるのだが…。

 

「…へえ」

 

 霊夢はお祓い棒を一閃し周りのナイフを一掃すると感心したような…しかしどこかバカにしたような声音で呟いた。

 咲夜は訝しげな目で霊夢を睨むと一度攻撃を中止した。このまま単調に攻めても埒が明かないと判断したのだろうか。

 

「何か?」

「いや、便利そうじゃない? あんたの時間を操る能力…でいいかしら?」

「あら、よく気づいたわね……いや、当たり前か。初撃を把握してたものね」

「把握なんてしてないわよ。ただなんかくるなって思ったから直感の向くままに動いてるだけ、あんたの能力についてはヤマを張ってみただけ…大したことじゃないわ」

 

 博麗の勘とは理不尽なものだ。

 しかし咲夜の能力についてはここまで対応できていれば自ずと見えてくる。さらにはその制限さえも。

 確かに咲夜は時を止めることによって光以上の速さで動き回り、ナイフを同時に突然目の前に展開することができる。

 しかし咲夜が時を止めている間、霊夢は一度として咲夜からは干渉されていない。時間が止まっているならばその間に殺せば楽な話なのにだ(もっとも結界で体を覆っているのでそれは無意味である)。

 ここから考えるに…咲夜の時を止めるという力は驚異的なものであるが、己が干渉できる条件はそれなりに限られているようだ。そしてその条件とは…自分と能力発動時に触れているものだけなのだろう。ここまでは推測できた。

 

 時を止める。それは物体が全ての動作を静止したということである。全ての物体…原子が運動…振動を止めたということはそれから発生する熱も全てなくなる。咲夜の作り出す世界とは絶対零度、−273.15℃というとんでもない世界なのだ。

 咲夜と、咲夜の触れていたモノのみがその世界を自由に動くことができる。しかし能力の適用範囲はそれらのみであり、仮に咲夜が能力発動中に素手で物質に触ったならば−273.15℃の餌食となり凍結してしまうだろう。また霊夢へといくらナイフを振り下ろしてもそれが突き刺さることはない。

『咲夜の世界』とは実に強力ではあるが、直接的な攻撃手段を持たないのだ。

 霊夢はここまでを直感的に推測した。詳しい原理やら何故そうなるのかなどは知らないが戦闘においてそれは全くもって関係ない。

 

「随分と小細工が効くようだけど…私には関係ないわね。それにまだあの妖精の方が面倒臭かったわ。しぶといし寒いし」

 

 霊夢は巫女袖からお札を取り出すと、「ひーふーみー」と枚数を数えだした。既に勝ったつもりでいるようだ。

 その姿が咲夜の中で八雲紫を連想させ、咲夜の激情を煽ってゆく。咲夜は瀟洒な笑みを崩し、空間を弄るとどこからか一際魔の加護を感じるナイフを取り出した。

 今度はどんな小細工を見せてくれるのかと傍観していた霊夢だったが…

 

 

 

 結界はバキィという不快な音とともに切り裂かれ、同時に血飛沫が舞った。

 肩を切り裂かれた。

 

「………痛っ!?」

 

 霊夢は今日初めての痛みに顔を歪め、裂傷した部分を手で抑える。久方に感じた痛みはやけに新鮮に感じられた。

 

 そしてその目の前にはナイフを既に振り終わっている咲夜の姿がある。シルバーブレードの刃先からは霊夢のものと思われる血が滴り落ちていた。

 咲夜が霊夢の目の前に移動したのは時間を止めたということで説明できる。しかし、何故今咲夜は霊夢の意識外から攻撃を仕掛けることができたのか。それが謎であった。

 

「いつつ…その小細工には驚いたわ。まんまとやられた。時を止めてる間は私に攻撃できないとばかり…ね」

「あら、私がいつそんなことを言ったかしら? しかしよく躱せたわね。肩を切断するつもりでナイフを振ったんだけど…勘がいいにもほどがあるでしょ」

「私の自慢よ」

 

 そうは言うものの、霊夢の傷はかなり深い。普通の人間同士の戦闘であればそれが決定打になったはずだ。

 咲夜は再び瀟洒な笑みを浮かべると、多数のナイフを展開する。霊夢はそれに応じ結界を展開するが…

 

 ――バキィ!

 

「…っ」

 

 目の前にはシルバーブレードを既に振り終わっている咲夜の姿。そして結界は咲夜の一閃によって破壊された。

 時を止めている間に攻撃を仕掛けていることもさながらだが、咲夜のナイフによる攻撃力もおかしい。霊夢の強固な結界を一撃の元に葬り去るほどの殺傷能力をあのチンケなナイフが有しているようには見えない。つまりそれもまた咲夜の能力が関係しているということなのだろう。

 

 咲夜は砕けた結界の合間からナイフを投擲し、霊夢に迎撃させるというその僅かなスキを作らせた。

 それだけの時間があれば十分。

 霊夢は直感的に体を捩る。その瞬間霊夢の周りを凄まじい数のナイフが囲い、霊夢を中心に交差した。運良く…というより必然的ではあるが、霊夢に被弾はない。

 しかしその一歩手前…グレイズは多かった。紅白の巫女服はボロボロに引き裂かれ、所々より血が滲み出ている。だが咲夜のターンは終わらない。時間停止状態の霊夢の背中を縦に引き裂いた。

 これまたすんでのところで致命傷にならない態勢をとっていた霊夢はことなきを得たが、それでも重症であった。だらだらと流れ落ちる鮮血がそれを象徴している。

 

「…痛いじゃないの」

「そりゃそうでしょう。ナイフで切られたら人は死にます。貴女といえど人間でしょう?」

「当然よ」

 

 霊夢はお祓い棒を両手に持つと何やら祈祷を始める。それは咲夜に暇をとらせる間もない早さで終わり、その頃には霊夢の傷は全て塞がっていた。

 それを見た咲夜は笑みをより一層深くするとナイフを構え攻撃準備に入る。

 

「止まっている時の中じゃ攻撃できない…わけじゃないのよね。けどそれは極限られた僅かな時間。私を殺しきれない程度の時間…」

「…まあ正解よ。貴女の結界を切るのは一苦労だから仕方ないわ。けどそれがどうしたのかしら? 貴女の時間は私の物、貴女に抗う術などないのに」

「言ってなさい」

 

 霊夢は巫女袖からお札を取り出すと、腕を交差させ投擲準備に入る。ついに博麗の巫女が動き出すのだ。咲夜も笑みを抑えるとそれに相対する。彼女の真価もこれから始まる。

 戦いはまだ序章に過ぎない。

 

 




パチュリー・ノーレッジ

能力
火水木金土日月を操る程度の能力

パワー
本より重い物を持った事がない

スピード
紅魔館最遅(自己転移可能)

交友関係
紅魔館の面々

出会った中で一番強いと思った存在
現時点ではレミリア。


動くが別に動く気もない大図書館。親友の館に転がり込んで日々本を漁っている本の虫。ついでに地下の引き篭もりの監視なんかも請け負っている。西洋最強の魔法使い。
七曜を操り、それらを相作用させることによってどんどんパワーと火力を引き上げてゆく。都合上アグニレイディアンスから始まる事が多い。また自身の体で行っている賢者の石サイクルによって丈夫な体と無限の魔力を手にしている。身体能力を強化することもできるがパチュリーはあまりそれを好んでいない。やはり彼女としては魔法をぶっぱしている方が楽しいのだ。また今回は使っていない月と日を合わせた魔法がパチュリーの最大火力。時間をかけるのならば賢者の石。
基本全てのことにおいて無関心だが、己の知識を増やすことに役立つと判断したならばTPOは選ばない。魔法使いに対してはその性分を果たしている人物にのみ感心を持つ。また自分の知識を披露すると踏ん切りがつかなくなる癖がある。彼女にとって戦闘においての相性が最もいいのはレミリア。一番相性が悪いのが美鈴。準備があれば大抵のことはできると自負しているが、それがマジなことなので厄介。
彼女の魔法は周りに甚大な被害をもたらすので戦う前には必ず小悪魔を召喚し、防護結界を張ることを指示している。


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無間の世界*

ガチバトルは紅魔郷でこりごり
妖々夢からはちょっと軽めに


 須臾とは時間の最小単位である。その短さは1000兆分の1…刹那にも満たない例えなき概念。それは確かに存在するのだ。

 時というのは須臾が糸を構成する繊維のように織り合わさり、それが断続的に組み合わさることによって成される流れだ。そして須臾と須臾の間には僅かな空白の時が存在する。いや、その存在を確かめる術は現時点ではないのであくまでその存在は仮説に当たる。しかしこうして須臾という概念が在り、今時点でも時が巡っている限り、それは半ば証明されたようなものだ。

 空白の時はただ在るだけ。そんなモノは生きているだけでは気付くことすらままならない。あってもなくても変わらない存在など所詮その程度だ。

 

 しかし…十六夜咲夜はある日、唯一の温もりの手によってその世界を知った。

 否、その世界を支配した。

 

 それは超感覚(ゾーン)にも似たような奇妙な現象だった。幼き吸血鬼に言われるがまま、いつものように時を止めると…世界の深淵を覗いたのだ。

 咲夜の感じていた世界は、所詮ただの一端に過ぎなかった。深淵は恐ろしいまでに広く、深く、暗く、冷たく…咲夜を見返す。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 

 そして次に感じたのは自分の新たな力。冷たく硬い、自分の恐れていた世界が急に優しく見えた。

 ふと、目の前の床に刺さっていたナイフに触れてみる。その危険性は把握しておきながらも、胸のうちから溢れる大丈夫だという謎の安心感に身を委ねた。

 ナイフは冷たくて…柔らかかった。

 

 咲夜は世界を支配し、レミリアに支配された。

 身体が持つ限り、自分がそこに在る限り、主人へと忠誠を貫き続ける。それのみが咲夜の信条であり、全てであり、能力の使い道。

 その『世界』が続くのは約五秒。

 十分すぎる。一秒あれば十回殺せる。

 さあ、切り刻んでやろう。私怨は否定しない。しかし自分のような従者程度すら突破できないようでは、お嬢様に会う資格もない。

 死んだのならば、あの世でお嬢様の期待に添えなかったことを後悔しろ。

 

 

「幻世『ザ・ワールド』──時よ止まれ」

 

 

 ──さあ、お前の時間は…私のものだ。

 

 

 

 

 

 

 霊夢は露骨に嫌そうな表情を隠そうともせず、砕けた結界の合間から飛来するナイフを打ち落としてゆく。咲夜が『ザ・ワールド』を使用する直前に『二重結界』を張ったのだが、単純に強度、数が倍になったそれでも咲夜のナイフを防ぐことができず時止め中に破壊されてしまう。どうにも『ザ・ワールド』には僅かなクールタイムが必要なようで、連続して『ザ・ワールド』を使ってくることはないのだが、それとは違う時止めを併用して使ってくる。

 直接干渉がないとはいえ時を止めてくるだけでも十分厄介だ。それにそっちの方には時間制限がないようである。

 お札をいくら投合しても咲夜の視覚スピードがそれを捉える限り、先に時を止められてお終い。攻撃にもなりはしない。

 

 あまりにもジリ貧。

 霊夢はここで咲夜を厄介な敵と判断した。だからといってここでそれなりの本気を出すのも色々と都合が悪い。

 それに…あくまで霊夢の勘だが…

 時止めの時間が徐々に長くなってきているようにも感じる。この死合いの中で咲夜は着々と成長してきているというのか。しかもまだまだ隠し玉を持っていると見える。

 さて、どうしようかと霊夢は考え始めた。

 

 しかしジリ貧なのは咲夜も同じである。

 霊夢の鉄壁の守りは咲夜の能力を持ってしても突破することは容易ではない。しかもそれに拍車をかけるのが博麗の勘だ。霊夢のその理不尽なまでの勘の良さは咲夜の絶え間ない猛攻をぬらりくらりといなしてゆく。そして少しでも気を緩めば瞬く間にお札に囲まれ、封殺されてしまうだろう。

 なにより…

 

 ──あの巫女はまだこれっぽっちも本気を出しちゃいない。私のことを敵とすら思っていない。障害としてすらも見てない。

 

 その事実こそが咲夜をらしくもなく狼狽えさせ、その激情を煽ってゆく。

 ただでさえ私怨のある相手なのだ。

 咲夜の攻撃の苛烈さは時を止めるごとに増してゆき、確実に霊夢を追い詰めている…はずなのに。

 なぜだ、追い詰めている気がしない。追い詰められている気はしないのだが、ただ…掴めそうで掴めない…まるで雲のような────

 

「霊符『夢想封印』」

「ッ!! 時よ止まれ!」

 

 咲夜の一瞬の気の緩み。それを知ってか知らずか霊夢はなんの前触れも、なんの予備動作もなくスペルカードを取り出し発動したのだ。

 霊夢の周りに展開された複数の巨大な霊力弾は咲夜に触れる直前で静止した。

 咲夜はふぅ…と深い一息を吐くとゆっくりと霊夢の背後へと回り込んでゆく。ふと、空中に静止したままの複数の霊力弾を見る。

 一つ一つに莫大な霊力が込められている。当たれば間違いなく一撃。この世に塵すらも残すことを許してはくれないだろう。恐れはしないが恐怖はする。パーフェクトメイドの咲夜でもそれには冷たい汗を流すしかなかった。

 

 時止めを解除すると同時にナイフを振るい霊夢へと攻撃を仕掛けるが、初めから分かっていたかのように霊夢の背後には結界が張られており、それを破壊するだけにとどまった。

 少し遅れて『夢想封印』が紅魔館の壁を吸い込むように粉砕し、なおかつ咲夜を追う。高威力、なおかつ高速のホーミング弾…それは咲夜に対してはよく刺さる戦法なのだろう。即興の戦闘方法としては上出来だ。

 だが咲夜はそれをさらに超える。

 咲夜が展開した時空の穴より怒涛のナイフの嵐が巻き起こり、その一つ一つの刃を削らせながらも数による封殺で『夢想封印』を散り散りに霧散させてしまった。

 時間を圧縮し、自分の設定した過去と未来までの間のナイフを撃ち出したのだ。これには過去、及び未来において存在を確立させている物限定になるのだが、ことナイフにおいては別段厳しい条件ではないだろう。

 

 咲夜と霊夢。

 互いが互いを厄介・面倒臭い敵と判断している。だがしかし、両者とも己の勝ちを確信していた。そして、それと同時に相手を認めざるを得なくなってしまった。

 霊夢のシンプルな強さ、咲夜の強大な能力…霊夢の別次元の勘の良さ、咲夜の圧倒的多彩さ…。どれがどれを取っても互いに引けを取らない強力な技能である。

 

 だが敢えてどちらが有利であるかを断定するのであれば…それは咲夜の方に軍配が上がるだろう。

 理由は単純明快…時止めだ。

 時間を支配する咲夜に干渉するのはほぼ不可能。時間の流れに抗える存在など、そこに在る限り存在するはずがないのだ。咲夜の前にはどのような事象も、どのような意志も、すべてがすべてゼロとなる。

 

「…どれだけしつこく食い下がっても無駄よ、無駄。私の能力の前には全てが無力。貴女の奮闘もただただ滑稽にしか見えないわ」

「…ごちゃごちゃ言ってないで、殺せるもんなら殺してみたら?多分、次に時を止めたその時が…この戯れの最期よ」

「違うわね。訪れるのは戯れの最期じゃない…愚かな巫女である()()の最期よ! 幻世『ザ・ワールド』──時よ止まれ!」

 

 世界が咲夜の意思の元に停止する。

 霊夢も例外なしに咲夜の眼の前で結界を展開させたまま静止している。咲夜は冷たくその姿を見やるとスペルカードを取り出した。

 

「時符『パーフェクトスクウェア』」

 

 咲夜によって射出された四本のナイフが結界の四隅へと突き刺さり、霊力を噴出するとそのまま長方形に空間を切り取った。

 その瞬間に咲夜は猛スピードで霊夢へと肉薄する。ナイフを投擲するだけではこの巫女を殺せそうにない。ならば直接切り裂くのが霊夢を殺すのに一番適した方法である。

 ナイフの攻撃力は高いわけではない。その部分の空間を切り取り、術式を滅茶苦茶にしてしまうことによって咲夜のナイフによる攻撃は霊夢の強固な結界を砕いていたのだ。しかしその問題の攻撃力もナイフに霊力を纏わせてしまえば即解決である。

 

 停止可能時間にはまだまだ余裕がある。

 この勝負──もらった。

 

 咲夜のナイフが静止する霊夢に向かって容赦なく振り下ろされ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衝夢」

 

 止まっていたはずの世界に風が吹き荒れた。

 咲夜の持っていたナイフが粉々に砕け、鳩尾へとお祓い棒が突き刺さった。衝撃は咲夜の鳩尾から背中を突き抜け背後の壁を破壊する。

 咲夜はその不可解な出来事に狼狽えながらも、震えながら二、三歩後ろへと後退した。

 

「ぐ、ゲホッ!カハッ…!」

「ふーん…これが停止している世界…か。案外変わらないものねぇ、ちょっと色素が落ちてる感じかしら? まあどうでもいいけど」

 

 取り乱し、悶え苦しむ咲夜を他所に霊夢は呑気に周りの風景を観察している。

 やがて時間切れによって世界は動き出し霊夢は「あら」と呑気そうに声を上げた。

 一方の咲夜はまだしばらく痛みに蹲っていたが、一度体を大きく震わせると何もないように立ち上がった。自分の体の時間を進めて痛みを消したのだろう。しかしその驚愕に彩られた表情は治せなかったようだ。

 

 そして再び時間を停止させる。

 咲夜は霊夢から一定の距離をとりつつしっかりと彼女を見据えながら移動を開始した。霊夢は…ジッと咲夜を目で追っていた。

 

「貴女…見ているわね…!!」

「…まあ」

 

 ここで否応なしに咲夜は思い知らされることになる。目の前の巫女が…自分の世界に当然のように侵入していることに。

 

「…この…私の世界へ…入門してくるとは…! まさかとは思うけど…貴女は元々から時を操る能力を────」

「んなわけないでしょ」

 

 霊夢は呆れたように息を吐くとお祓い棒をワシャワシャと振りながら何気なく答えた。

 

「まずはあんたの時止めをよーく観察させてもらったわ。結局何もわからなかったけど」

 

 霊夢の言葉に咲夜は怪訝そうな表情を浮かべ睨みつけるが、霊夢はそれを無視して咲夜とは目線を合わせずさらに話を進める。

 

「そう、私は何もわからなかったのよ。だから気づいたの。あんたは私に理解できないことをやっているってね」

「…そりゃそうでしょうよ」

 

「だから一から考えてみた。私に見えてない世界がどんなものなのか、私が今の今まで感じることのできなかった世界ってのはどんなものなのかって…。

 一度理解できてしまえばどうということはないわ。あとはあんたと同じことをするだけ。まあ、案外チンケな世界だったみたいだけど」

 

 ──いや待て。この巫女は何を言ってるの?

 理解が追いつかない。彼女をまともに見れない。

 頭は良く冴えているはずなのだ。脳内はクリア、考えも良く回っている。なのに…彼女の言葉を一つも理解できなかった。

 理論で知っただけであの世界に入り込めるはずがない。そんなチープなものではない。自分だけが感じることのできる唯一無二の世界。

 しかも、だ。

 咲夜はレミリアの能力の補助によって世界を開拓することができた。だがこの巫女は…自分の力のみで入ってきたのだ。こんなことが許されていいのか…?いや、許されるはずがない。

 

 奴の行為、態度は自分への…引いては敬愛する己の主人への侮蔑である。

 

 咲夜は痛む頭を抑えながらナイフを構える。

 端正に整った顔はいつもの瀟洒な微笑ではなく憎悪に歪み、目は濁りきって黒い深紅に染まる。熱いものが心の内から沸るのを感じた。

 

「貴女も…八雲紫も…あの時の妖怪も…!! どいつも、こいつも……!! 私を…! お嬢様を…!! コケにしてッ!!」

 

「…知らないわよ」

 

 喚くなと言わんばかりに霊夢は鬱陶しそうに答えた。すでに霊夢の視線に咲夜は入っていなかった。

 咲夜は己の体をぐっと抑える。苦しそうに呻き、深紅の瞳がどんどん黒くなってゆく。それは咲夜の今の行動が決して体に優しいものではないことを証明していた。

 

「う、くぅ………殺し、きる…!」

「あっそ。ならかかってらっしゃ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が反転した。

 

 霊夢は吹き飛ばされたのだ。勢いそのままに厚い壁を突き破り床を二、三回バウンドしたところで動きを止める。

 苦痛に歪みもせず、変わらぬ表情で天井を見つめていた霊夢はゆっくりと上半身を起こしてゆく。

 だがそれは叶わず、霊夢は頬に受けた衝撃により床へとめり込んだ。煙のように咲夜が霊夢の眼前へと現れると馬乗りの形になり霊夢の体を乱打する。ナイフは咲夜の音速を超える動作のせいでバラバラに砕けてしまったようだ。しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに素手で霊夢を殴る。その一撃一撃が霊夢へと突き刺さるたびにその細く華奢な体が跳ね上がり、床を歪にへこませていった。

 

 ────いらない、貴女なんていらない。

 私の世界に貴女はいらないっ!

 

 咲夜の時間は加速する。

 ぐんぐんと速度を増してゆく拳は霊夢と咲夜の血で濡れていた。周りは絵の具をぶちまけたように真っ赤な館がさらに紅く染まっていた。それに伴うかのように咲夜の口から血が吹き出るが、気にせずただただ目の前の憎き巫女を殴る。

 今の咲夜に数分前の面影はなかった。

 

「ゲホッ…ゥ…!死、ね…!」

 

 トドメとばかりに腕を思いっきり振り上げ、霊夢の顔面へと神速の拳を放つ。

 しかしそれは他ならぬ博麗霊夢の掌によって遮られていた。

 血に染まり、影に埋もれているようにも見える霊夢の紅黒い顔。それとは対照的に霊夢の目は真っ白で、冷たく咲夜を見つめていた。

 奇しくもそれはそれは紅白であった。

 

「邪魔」

 

 弾かれたように咲夜が吹っ飛び壁へと叩きつけられた。ずるずると重力に従い咲夜は壁を背にへたり込む。

 霊夢はコキコキと準備運動を終えたかのように首や肩を伸ばす。その身からは絶えず血が流れ出しているが、大して気にした様子はない。

 一方の咲夜も荒い息を噛み殺し、疲労で震える体を無理矢理持ち上げる。瞳からは戦意も、憎悪も消えてはいない。

 

「…殺し、きる。貴女を…お嬢様に会わせるわけには…いかない」

(…めんどくさ)

 

 霊夢はお祓い棒を前へと突き出し体の重心を低く持ってゆく。まるで何かに備えるかのように────。

 

「傷魂…ッ! 『ソウルスカルプチュア』ァァァァッ!!」

 

 スペル発動と同時に咲夜が両手に持っていたナイフが白く、妖しく光を発する。そして咲夜が繰り出したのは斬撃の嵐。あまりの攻撃スピードの速さに霊夢と咲夜の周りに存在していたものは全て素粒子レベルにまで斬られ、分解されていた。

 一方の霊夢は、こちらもブレて見えなくなるほどに素早くお祓い棒を小手先のみで動かし、斬撃を相殺させる。ただ坦々と苦戦するようでもなく斬撃を弾いていた。霊夢の足場とその後ろのみ、紅魔館が原型を残している。

 

 咲夜の挙動はもはや光速に近い。

 斬撃により物体が、空間が刻まれる音がひたすら不協和音として響き渡っていた。坦々と作業の如く咲夜の『ソウルスカルプチュア』をあしらっていた霊夢も徐々に動きが大振りになってゆく。小手先だけでは追いつかなくなっているのだ。

 

「…! くっ…!」

 

 ついに、霊夢の表情が崩れた。咲夜のスピードが霊夢を超えたのだ。巫女服は端の方が切り刻まれてゆき、お祓い棒も削り取られる。

 咲夜の紅い瞳がさらに黒く、輝きを増してゆく。その光に照らされ白き刃は真紅へと染まった。そしてその真紅の刃はついにお祓い棒を切り裂き、霊夢を捉える。

 

 獲った────ッ!

 

 

 

 

 

 

 そして崩れたのは…咲夜だった。

 あと数撃…というところで膝から崩れ落ちてしまった。コヒューコヒューと生々しい呼吸音が切り刻まれ、ほぼ楕円型の形になってしまった紅魔館の一画に響く。

 自らの時を速めるという荒技を行使し続けた結果だ。もはや体の筋繊維一つ動かすことはできまい。代償はとてつもなく大きかった。

 

 霊夢は二つに裂けたお祓い棒を両手で持ち上げると、お札を貼り付けて修復させる。そして静かに咲夜を見ると…その胸に封魔針を突き刺した。咲夜は口からゴフッ…と多量の血を吐き出し、しばらく震えた後動かなくなり、そのまま息絶えてしまった。

 

 霊夢は咲夜が息絶えたのを確認し、ふぅ…とひと息つくと、紅魔館の主人の元へと向かおうと後ろを振り向く。

 

「『デフレーションワールド』!」

 

 目の前にはスペルを発動させた死んだはずの咲夜の姿があった。霊夢は驚く暇もなく咲夜が放った純黒の球体に呑まれ、その存在をこの世から消失させた。

 咲夜が放ったのは自作の四次元空間へと相手を強制的に送り込む一撃必殺のスペルカードである。送られた者は最後、死してもなおその未来と過去の交錯する四次元迷宮を彷徨い続けるのだ。

 

 霊夢を欺いた方法は簡単だ。

 不干渉の時止めを使い、その場に幻影魔法で憔悴する自分の姿を残せばいいだけ。その隙に自分は背後に回り『デフレーションワールド』の準備を整える。見事な咲夜の作戦勝ちだ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 咲夜は激しく肩を上下させ空気を取り込む。そして霊夢がいた場所を見て、笑った。

 ──激しい死闘だったが最後に勝利したのは自分。所詮博麗の巫女といえどもこんなものだ。この巫女に勝利することによって自分はお嬢様に揺るぎなき忠誠心を証明できた。ただそれだけがこの十六夜咲夜の幸せ…!私の世界に温もりなどお嬢様以外には欲しくもない。ここでこの巫女を始末できたのは幸運だったか。

 

 咲夜は大きく息を吸い、吐き出すと、誰もいない虚空に向かって言葉を発した。

 

「貴女の敗因は…たったひとつです…博麗の巫女。…たったひとつの単純な答え……」

 

 

 

 

 

 ──バリィ

 

「「貴女は私を怒らせた…」とでも?」

「貴女は私を────ッ!?」

 

 空間の破れる音ともに凛と響いたのは聞こえるはずのないあの声。咲夜は機械人形のようにぎこちなく、けれども急いでその方向を振り返る。

 そこには、破れた空間の穴を背に、スペルカードを構えた霊夢の姿があった。

 

「────ッ!時よ止ま────」

「神霊『夢想封印 瞬』」

 

 咲夜が時を止めるよりも早く、霊夢はスペルを発動し、光速を超えた動きで咲夜に肉迫。その腹部へと強力な霊力弾を撃ち込んだ。

 既にダメージの大きかった咲夜はなす術なく衝撃に身を任せて吹っ飛び、壁を突き破った先の部屋で意識を失った。

 最後の一撃は呆気ないものだった。

 

 霊夢が四次元迷宮を抜けれた方法。それは、勘である。何か特別な理由があったわけでもない。ただ自分が進もうと思った場所へ進み続けただけ。ただそれだけだ。

 

 霊夢は祈祷して体の傷を癒すと咲夜には目をくれず、方向を転換させて一直線にこの館の主人の元を目指す。

 元々から霊夢に咲夜を殺す気はなかった。咲夜の幻影に封魔針を投擲したのも、咲夜の『デフレーションワールド』に呑まれたのも、彼女の計算込みのことだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 stage5.クリア

 

 

 *◆*

 

 

 藍は私に対して恭しく頭を下げた後、厳しい目つきで橙を睨む。その目はとてもじゃないが己の溺愛する式に向けるものではない。先ほどのレミリアが放っていたようなドス黒い何かを感じる。違うのはそれが殺気ではないというところぐらいか。

 橙はその重圧にさっきまでの勢いは何処へやら、消沈して藍を上目で見ている。かわいい。

 

「…橙。私からの命令はなんだった?」

「……紫様の警護です」

「では問う。警護とはなんだ?」

「…紫様へ危害を及ぼすと考えられる可能性が目に映り次第、速やかに排除することです。重々承知しています…」

 

 え、警護ってそんなんだっけ?

 藍は橙の言葉を聞くと妖しい輝きを放つ細められた目をさらに細め、冷たく言い放った。

 

「自惚れたか? 己の力量を理解し、その場その場に適切な判断を下しそれを迅速に行動へと移すのが式として必要最低限の技能。何故私を呼ばなかった? まさか自分一人でどうにかなるとでも思ったのか? お前如きが奴らの本拠地で紫様の万が一を保証することができるのか?」

 

「…でき…ません…」

「…まさか自分の罪が分からないわけではあるまい。もしもの時があればどうするつもりだったんだ?私にどういう言い訳を言うつもりだったんだ?答えてみろ」

「…」

 

 あまりに厳しい言葉だった。今まで橙を溺愛する藍の姿しか見たことがなかったから、その分衝撃も大きい。

 いや、あのね?橙も私を脅してまで付いてきたとはいえとっても頑張ってくれたのよ?流石にそこまで怒る必要はないんじゃないかしら…。むしろそれなりに褒めてあげてもいいくらい。

 気づけば私は仲裁に出ていた。

 

「ねえ、藍。橙は式としての役割は果たせずとも、十二分に最善を尽くしてくれたわ。

 だって橙は私の反対を押し切ってまで貴女の命令を守ろうとしたのよ? 式としての判断は未熟でも、やったことに間違いはないわ。

 それに橙にも言えることだけど、私たちの繋がりは命令する、命令されるだけなんていうつまらない関係じゃないはずよ……そうでしょ? 私と貴女は対等。ならば私と橙も対等よ。厳しいことばかり言わないで、少しばかりは褒めてあげて頂戴?」

「紫様…まだそのようなことを仰るので?」

 

 あ、はい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。でしゃばってすいませんでした。私と貴女が対等なはずないですよね。何言ってんだこいつって感じですよね。

 すっこんでますからどうか命だけは…!

 

「……紫様は甘すぎるのです。橙にも…私にも。これでは我々の面目が立たないではございませんか。それに何度も申し上げている通り、我々は紫様の式…道具なのです。決して対等ではございません」

「そんな悲しいことを言わないで?私たちは家族なんだから」

 

 橙の表情が日が灯ったかのように明るくなった。その一方で藍はなんとも複雑な表情を浮かべている。そう、私たちは家族よ。だから早く独り立ちしてね?ていうか独り立ちさせてね?

 

「…まあ今日は大事に至らなかったし、紫様のお言葉もあったから良しとするが、ちゃんと己の力量を考えて行動しなさい。いいな?」

「はい…!」

 

 橙は力強く頷いた。藍はその様子を見届けると満足そうに頷き、先ほどまでの剣呑な雰囲気を霧散させていった。

 まあ、私から言えることは橙に敵う奴なんてそうそういないから、力量を判断するっていうのも凄く難しいことなんだろうなーってこと。私からしたらそんな悩みは羨ましい限りよ。いつも下手に回ってヘコヘコしている私からしたらね!

 

 さて、どうやら藍のお説教も終わりみたいだしさっさと寝ちゃいましょうかね。そろそろ体力の限界が近いわ。

 

「それじゃあ藍。私はもう寝────」

「あ、申し遅れましたが」

 

 藍は私の言葉を遮って懐から簡素な手紙を取り出した。あれ?なんかデジャブを感じるような…

 

「地底の主より紫様へと」

「地底の主…ですって?」

 

 地底の主。このワードを聞いた瞬間私の額から冷たい汗が滝のように流れ始めた。

 忘れるはずもない…あのさとり妖怪のことである。あいつの性格は冷酷、陰湿、残忍! そしてじわじわと人を弄ぶことに定評のある幻想郷一内面が醜悪な妖怪だ! 外面は整っているけどそんなの関係ない。あいつの性格と能力が全てを台無しにしているのだ。

 

 駄目…嫌な予感しかしない…。

 藍から手紙を受け取り、恐る恐る封を開く。

 

 

 [拝啓 八雲紫

 

 今すぐの対談を望みます。

 即、地霊殿まで来ていただければ幸いです。

 美味しいお菓子を用意して一同(ペット込み)でお待ちしております。

 

 敬具 古明地 さとり]

 

 

 やっぱりね!大的中!

 紫ちゃんって頭いいー!

 

 ………私死ぬかも。主に胃痛で。

 ボスラッシュなんていらないのにぃぃ…!

 あんまりよこんなことぉ!!

 

「ご安心を紫様。今度はこの藍が紫様とともに参りますので警護はバッチリ任せてください」

 

 全然嬉しくナァァァァイ!!!




十六夜咲夜

能力
時を操る程度の能力

パワー
メイドたるもの強くなくては

スピード
メイドたるもの速くなくては

交友関係
紅魔館の面々

出会った中で一番強いと思った存在
誰がなんと言おうとレミリア


完全で瀟洒、だけどもちょっぴり病んでるメイドさん。幼い頃にレミリアに拾われて以来、レミリアへ全幅の信頼と忠誠心を置いている。時を操るという強大な能力故に、多用しすぎると精神が安定しなくなる。
時を操ると一言で済ませれば楽なのだが、そのレパートリーは多岐に渡る。
まず咲夜が元々から使えた時止め。これには時間制限がないが、自分と自分が触れているもの以外には干渉不可。なお魔法は使える。
次に『ザ・ワールド』。これは…もろDIOの能力と言うのが一番手っ取り早い。霊夢には普通に入門されていたが、まずできることではない。霊夢だからと諦めるのが吉。制限時間は咲夜の成長に合わせて伸びてゆく。
他には己の時間を速めて身体能力とスピードを強化したり(クロックアップ)、空間を操る力と併用して四次元迷宮へ送ったりもできる。なお脱出はほぼ不可能。また世界の時を加速させることもできるが消耗が激しいので使うことはない。
時間を圧縮して過去から未来のものを召喚する事が可能。原理的にはそれによって自分を別の世界線から連れてくることもできるが、その場合の考えうるリスクの高さに咲夜は実践していない。なおパチュリーは大いに興味があるという。
咲夜の正体は依然不明だが、なんでも月人だかホムンクルスだかが関係してるんだとか。詳細を知るのはレミリアのみ。
なお歳はとっていないが、彼女曰く人間らしい。




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運命のエリュシオン*

 原因は小さなすれ違い。

 

 彼女は全てを悉く受け入れ、彼女は全てを悉く拒む。運命は彼女たちを生まれながらに宿命づけた。

 

 境界はそれを無残に線引きする。

 元々は同じ一つであったのに…なぜこうなってしまったのか。答える術はない。

 

 逃げた。目を背けてひたすら逃げた。

 それぞれが反対へ、逃げていった。二人の距離は遠くなるばかり。一番近いはずなのに、いつの間にか一番遠くなってしまった。

 願い、懺悔し、投げ出してまた願う。

 無駄だと分かっていても止めることはできない。

 

 

 

 簡単に言えば、似た者同士だった。

 ただそれだけ。

 だけどそれが…彼女らには何にも代え難い、かけがえのないものだった。

 

 どうか、願わくば…────

 

 

 *◆*

 

 

 どこまでも続く長い回廊。

 一歩一歩を踏みしめるたびに、ドス黒い重圧がその身へと重くのしかかってゆく。常人であれば恐らくこの時点で気が触れる、失神するなどの異常をきたすだろう。かの霊夢もその身にビリビリと圧倒的なプレッシャーを感じていた。

 

 たがどんなことにも終わりは来るものであって、この永遠とも思える長い重い回廊は唐突にその終わりを告げた。

 霊夢の前に現れたのは煌びやかに装飾された扉。

 豪華絢爛に飾られたその扉はこの館の主人が待ち構えるには少々役不足にも見える。少なくとも霊夢はそう感じた。

 

 小細工はない。

 あっても特に問題はないが、そのような小細工を弄すような存在ではないだろう。

 紅魔館の主人に会ったことなど一度もない。しかし、そうどこか確信めいたものを感じながら、霊夢はその扉を躊躇なく開いた。

 

 鮮血をぶちまけたかのような部屋の内装は、充満する禍々しい妖力と気持ちが悪いほどに混ざり合い、なんとも形容し難い凄まじい空間を作り出していた。

 あまりの妖力濃度に空間が水の中のように…そして蜃気楼のようにグニャグニャと捻れ、歪んでいる。霊夢はそのあまりの悪趣味さに眉を顰め、その張本人を探し…すぐに見当をつける。

 

 中央に机と椅子があるが、そこには誰もいない。いや、先ほどまで奴は確かにいたのだろう。

 だが今、奴は────

 

「…いるわね」

 

 霊夢が言葉を発する。

 空間は歪みながらも、その凜とした声を如何なく部屋中へとじわりじわり浸透させてゆく。霊夢は何処に視線を合わせるでもなく…虚空へとさらに語りかけた。

 

「悪寒が走るわ、この妖気。強力な妖怪のくせに…どうして隠れているのかしら?」

「────あら。能ある鷹は、尻尾を隠さず……ってやつよ。知ってるでしょ?」

 

 部屋がクリアになった。

 その禍々しく留まるところを知らない強大な妖力が、ギュッと一箇所に収束され、元の形を成したのだ。

 霊夢の目の前に現れた、ある意味暴力的なまでの妖力を身に秘めた少女。荘厳な佇まいとその存在感に…霊夢は、不覚にも思わず一歩その身を引いた。

 

 ──なるほど、手強い。

 

 霊夢をもってして、そう思わしめたその存在。

 それこそが、最強にして()()の吸血鬼。

 ”紅”の名を冠する絶対的支配者。

 

「こんばんは、レミリア・スカーレットよ。以後、お見知り置きを」

 

 レミリアはスカートの裾を僅かに持ち上げ、優雅にお辞儀した。それはここまで辿り着くことのできた霊夢に対するレミリアなりの確かな称賛であった。

 しかし霊夢はそれを軽く突っぱねた。

 

「お見知り置きする必要性を感じないわね」

「どうしてかしら? 私は貴女との末永い友好関係を望んでいるのだけど」

「まず仲良くする必要がない…これが一つよ。そして────」

 

 霊夢はお祓い棒をレミリアへと突き出す。鋭い眼光がレミリアを射抜いた。

 

「あんたはここで終わりだから」

「…へえ? 言ってくれるじゃあないの。まあ、それが嘘でも偽りでもないのが、貴女の怖いところなんだけどねぇ…」

 

 まるで分かっているとも言わんばかりの言いようである。動揺は一切見られない。

 レミリアは月夜に照らされ紅く輝く目を細め、悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

「貴女はその目で咲夜を殺したんでしょうね。この殺人鬼」

 

「…一人までなら大量殺人犯にならないからセーフよ。まず人間じゃないのを殺しても殺”人”鬼にはなりはしない。メイドは精々器物損壊程度じゃない?」

 

 カラカラと笑いながらからかうレミリアを霊夢はつまらない様子で一蹴する。

 一つ明記しておくと、咲夜は死んでいない。

 二人ともそこのところはよく理解っている。二人が言っている本質的な意味合いはそこではない。もっと、すれ違っているものだ。

 

「さて、本題に入りましょうか?」

「そうそう、迷惑なの。あんたが」

「短絡ね。しかも理由が分からない。私は自分が住み良いように環境を整えているだけ、言うなら家の模様替えよ」

 

 つまりレミリアはこう言っているのだ。

 ──ここ(幻想郷)は私のものよ。貴女にとやかく言われる筋合いはない…と。

 

「だって可哀想だと思わない?そんなにお外に出して貰えないのよ。私は日光に弱いから。少しは譲歩してくれてもいいでしょ?だって幻想郷は全てを云々かんぬん…とは八雲紫の談よ」

 

「…あのバカ…また意味の分からないことを」

 

 霊夢は今日一番の面倒臭そうな表情を浮かべると、お札を周囲に展開し浮遊させる。かなりマジな方の臨戦態勢である。

 

「あいつの言う事は胡散臭すぎてね。信じてる奴を見るのはあんたが初めてよ。

 まず、そもそもだけどあいつがなんと言ってようが私には関係ない。あんたは兎に角ここから出て行ってくれる? すぐに」

「ここは私の城よ? 出て行くのは貴女だわ」

「この世から出て行って欲しいのよ」

 

 あまりの物言いにレミリアはやれやれといった感じで肩を竦める。彼女が思っていたよりもさらに霊夢は尖っていた。

 少しの譲歩も許してはくれないだろう。

 

 ──全く…教育がなってないわね。

 

 レミリアは眼前に飛来したお札を掴み上げた。

 お札から迸る霊力の波動がレミリアの素手を焼いてゆく。

 並みの存在であればこの時点でアウトである。

 しかし彼女は大して気にした様子もなく、それを握り潰した。

 そして、浮かべたのは壮絶な笑み。

 裂けた小さな口から真っ赤とともに覗いたのは白く鋭い八重歯。レミリアが吸血鬼であることを否応なしに実感させる。

 

「しょうがないわね…今、お腹はいっぱいだけど」

「…貴女は強いの?」

 

「さあね。貴女に言わせれば私は箱入りお姫様だから。まあ、そこそこには」

「……中々できるわね」

 

 数回、お祓い棒で床を叩く。

 すると八卦の模様が浮かび上がり、そこより何かの球体が半ば回転しながら現れた。白と赤が混ざり合い、陰と陽の対極と調和を示す。博麗神社最大にして最強の秘宝”陰陽玉”である。

 かつて人類史最恐の悪霊や、容姿美白淡麗な凄腕侍が追い求め続けた博麗一族のみが使用できる伝説の神具であり、その効力は日の本全ての妖を討ち滅ぼしても事足りると謳われたほどだ(八雲紫談)

 しかしレミリアにとってはそれすらもただの玩具。暴風となって吹き荒れる霊力を物ともせず余興を楽しんでいる。

 

「本気で私と殺り合うつもりなのね?ククッ…ここ数百年はそんな愚か者は見なかった。貴方は愚者? それとも勇者?」

「どちらでもない。私は巫女、博麗の巫女よ」

 

「その意気…いいじゃないの。ますます貴方の全てが欲しくなったわ。殺した後に私の眷属にしてあげる。光栄に思いなさい」

 

 ついにレミリアが臨戦態勢をとった。その身から放たれる重厚な妖力は空気を振動させ、部屋をへしゃげてゆく。

 そして、紅魔館の一室が吹き飛んだ。

 

「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ」

「こんなに月も紅いのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい夜になりそうね」

 

「永い夜になりそうね」

 

 言葉が発せられ、二人が次の行動に身を移すまでには刹那と呼ぶほどの間すらなかった。二人は爪を、棒を振るい…

 爪は霊夢の頬を抉り、棒はレミリアの胸を貫いた。しかしレミリアはそんなこと関係ないとばかりにさらにお祓い棒を自分の胸に射し込むと、紅く輝く爪を振るった。

 音はない、その一振りは音速を遥かに超えたスピードだったから。霊夢はお祓い棒を放棄し回避する。レミリアの爪から放たれた風圧が壁と床を切り裂き、その衝撃は遠く離れた魔法の森の木々を粉砕した。

 

 だがそれを気にする余裕はない。

 休む暇も与えず超スピードで突っ込んできたレミリアを抑えようと霊夢が結界を展開する。しかし予想外だったのはここからで…結界がレミリアの殴打とともにへしゃげ、ひび割れてゆく。

 これが意味することは…レミリアの放つ一撃は軽く見積もっても幻想郷を破壊しかねない威力が内包されているということだ。

 霊夢も勿論負けじと反撃するが、どれもが吸血鬼として桁違いの再生能力を誇るレミリアには全く通用しなかった。

 必殺の博麗の札でも足止め程度にしかならない。

 封魔針はレミリアの硬い皮膚に阻まれ、上手く刺さらない。

 お祓い棒はレミリアが無理矢理引っこ抜いた際に砕けてしまった。

 陰陽玉から放たれる霊力波や弾幕はそれなりに効力があるのだが、その攻撃だけはレミリアには決して当たらない。

 

 レミリアは紛れもなく…霊夢がこれまで戦ってきた相手の中でも最高級の力を持っている。判断材料はその身体能力だけではない。先ほどから霊夢に纏わりつく嫌な何かが一番大きい。

 自分の行動が自然的に何らかの形で阻害されている感覚であった。もっともそれは霊夢ほどの勘を持ってしないと気づけない、ほんの僅かな違和感ではあるのだが。

 

 とてもじゃないが咲夜は比較対象にもなりそうになかった。実力がどうとかそんなレベルではない。根本的な部分から何もかもが違うのだから。

 

 ステップを踏むようにしてレミリアの攻撃を結界でいなしつつ、反撃の隙を窺っていた霊夢だったが、どうにも中々それを見せてくれない。それだけレミリアの動きは洗練されているということなのだろうが…霊夢にはそれだけでないように思える。

 

「一手二手三手────ここよ」

 

 瞬間、レミリアの小さな手が何倍にも大きく見えた。レミリアは腕をストレッチさせ爪から魔力の斬撃を繰り出す。

 それは伸びて伸びて、霊夢の結界を突き破り、脇腹を掠めた。あと少しでも反応が遅れていれば上半身と下半身がサヨナラをしていた。

 

「く…っ!」

 

 霊夢は負けじとレミリアの顳顬を蹴り上げる。普通の蹴り…なのだが、莫大な霊力の上乗せされた豪脚から繰り出されるその蹴りは、易々とレミリアの首を引きちぎった。

 正真正銘、霊夢のマジ蹴りである。

 

 しかし引きちぎれた頭と体は霧となって霧散し、再び元の状態へと形成された。

 レミリアはコキコキと首を回しながら身体の調子を確かめる。

 

「んー…本当に勘がいいのね。オマケにこの世の理をしっかりと理解している。咲夜が敵うはずもないわね、これじゃ」

「…」

 

 先ほどのレミリアストレッチを躱せなかったら…最悪死んでいた。いや、普通ならレミリアにあそこまでの行動を許すはずがない。

 自分の過失かと思うが、生憎そんな気はしない。一つ一つの動作が念入りに計算されているように感じる。もっとも、目の前の箱入りお嬢様がそんなタイプの戦闘を好むようには見えないが…

 

「…あら、もしかして気づいた?」

「なんとなく。最悪ね」

 

 霊夢は札を投げつつ、レミリアへと言い放った。その能力を。

 

「全てが納得いったわ。随分と陰湿な能力を持っているのね…未来に干渉するなんて。たかが妖怪の身で」

「そうは言っても、そこまで大した能力ではないわ。運命ほど易いものはない。今日もまた一つ、常識を覆されたんだもの」

 

 若干拗ねたような顔をするが、やはりレミリアは楽しんでいる。自分の能力が看破されたことがそんなに嬉しいのか、霊夢には甚だ疑問である。

 

「運命は無限に広がるわ。様々な道がある。けれど選べるのはそのうちの細い細い一本の道だけ。…なら、ちゃんと考えて選ばなきゃダメでしょ? 命は一つきりなんだから」

「妖怪がほざくわね。なら試しに私がこれからしようとしていることを…」

「天照大御神? っていう神を降ろして太陽光で私を浄化しようとしているわね?残念、思考誘導も完璧なのよ。それにもしその天照大御神を呼び出しても、異変に使っている紅霧を全て自分に纏えば防げる。神の力でさえも私には及ばない」

 

 無い胸を張り上げ、ドヤ顔を決める。

 レミリア有頂天。

 

「フフ…貴女正直凄いわよ? 半分の確率でこの私に勝てるんだもの。咲夜やパチェでもこうはいかないわ」

 

 もっとも、と付け加える。

 

「一本でも勝ち筋があるのなら、私に敗北はない。それがこの世の予定調和よ!」

 

 ダンッ、と床を踏みしめる。

 するとレミリアの足から紅色の魔力波が吹き荒れ、徐々にその勢いを増してゆく。圧倒的な魔力の高まりを感じた。

 

「ッ! 夢符『二重結界』!」

「紅符────」

 

 霊夢の周囲がシェル構造の結界に包まれると同時に、レミリアはスペルカードを発動した。

 

「────不夜城レッド」

 

 

 

 

 

 

 紅魔館は半壊していた。

 レミリアを起点とした魔力の超爆発によって、彼女の周りには何もない。ただ大地の奥深くまで続く空洞が真下にあるだけ。だが今回はこれほどの規模で済んでよかった…と安堵すべきだろう。この濃密な魔力の奔流は、レミリアが範囲を指定していなければ幻想郷を易々と消し飛ばすほどのものだったから。

 瓦礫も全て爆風によって吹き飛ばされ、霊夢がガラガラと瓦礫を崩しながら出てくる。爆発そのものはシェル構造によって無類の固さを誇る二重結界が防いだのだが、爆風は防ぎきれなかったらしい。

 

「ケホ、ケホ…いったいわね…! あのクソ蝙蝠、やってくれたわ!」

 

 悪態を吐きながら立ち上がる霊夢。巫女服についた埃を払い、ついでにレミリアの接近からの上段蹴りを肘で抑え込む。

 そしてレミリアの胸ぐらを掴み上げると、背負い投げの要領でレミリアを頭から地面に叩きつけ────

 

「霊符『夢想封印』」

 

 ────容赦なく爆撃。幻想郷にまた一つ巨大なクレーターが出現した。

 しかしレミリアは霧状になって攻撃を回避していたらしく、霊夢の眼前へと余裕の表情で降り立つ。

 

「どうかしら? 実力の差を思い知って?」

「…」

 

 霊夢は言葉を発することなくレミリアを睨む。そんな霊夢の様子に機嫌よくしたのか、レミリアは得意げに語り出した。

 

「今までの運命で私が貴女を殺せる瞬間は、軽く見積もって五回はあった。疑問に思わない?なんで自分は死んでないのって」

 

 興味ない…と訴えるように霊夢は白けた目を向けるが、レミリアはよっぽどそのことについて話したかったのだろう。霊夢の返答を待たずして口上を続けた。

 

「余裕よ、強者としてのね。自惚れ、慢心…何とでも言わせておけばいい。強者たらしめるそれに価値を見出せぬ者なんて、私と肩を並べる資格もない」

 

 自負もここまでくれば矜持になるのか。

 霊夢は相変わらず呆れた目でレミリアを見る。

 

「だからこそ興味があるのよ。貴女や八雲紫のような存在にはね。私と同じステージにありながら生き方、在り方が私とは全く違う。あのお化けですら私と同じだったのに…。私にはそれが何故なのか分からない。けどそれを分からなきゃ八雲紫には勝てない…」

 

 レミリアの掌を起点とし、巨大で真っ赤な魔法陣が生成されてゆく。術式としては霊夢が先ほど陰陽玉を呼び寄せるのに使ったものとほぼ同じ。しかし呼び出されたものは完全に別物であった。

 

「そろそろ余興は終わりにしましょう?神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 レミリアが手にしたのは膨大な魔力を惜しみなく放出させる紅い槍。

 勿論、ただの槍でないことは見て明らかだった。幻想郷中の空気や魔素がレミリアとグングニルを中心に渦巻いている。

 

「この槍は逃れられない運命を貫く。放てばそれで終わりよ。フフ…八雲紫には悪いけど、貴女は殺してでも私の眷属にするわ。そしてじっくりと考えさせてもらう!」

「お断りよ! そんなの!」

「貴女に拒否権はないの。貴女に逃れる運命()は存在しないのだから」

 

 レミリアが握ればグングニルは輝きを増し、照準を霊夢へ。その存在感だけでも霊夢を射抜かんばかりである。

 足を前後に開いて後ろの膝を曲げて体の軸を傾け、グングニルを後ろへと引く。投擲準備は完了した。しかし霊夢はその間も何をするわけでもなくレミリアをただ見据える。ただフヨフヨとその周りを陰陽玉が所在無さげに漂っていた。

 

「さあ、あの巫女とともに運命(さだめ)を撃ち抜きなさいッ!」

 

 

 *◆*

 

 

 パチュリーは頭から床へと落ちた。その際にゴキッ…と嫌な音が響いたが…まああいつなら大丈夫だろうと魔理沙はそれを気にせずに爆心地を見る。

 床は下の方から抉れていた。高威力の魔弾でも放ったのだろうか。しかしその割には魔力を微量感じるのみで、これほどの大破壊をもたらすには少なすぎた。

 魔理沙はこの不可解な現象にうん?と頭を軽く捻るが、ならばこれを行った当の本人に聞けばいいか…と一人で納得し、その人物の登場を静かに待つ。

 

 先ほどまで行われていた魔理沙対パチュリーの魔法対決の時とはうって変わり、図書館は不気味な静寂をもたらしていた。

 響くのは小悪魔の穏やかな寝息と、魔理沙の生唾を飲み込む音のみ。

 着実に狂気は近づいてきていた。

 ここまでのヤツは久しぶりだ…と魔理沙はさらに気を引き締める。相手が相手であり、まともな会話にすらならないかもしれない。言葉を発するよりも先に襲いかかる獣のような奴かもしれない。

 

 …だが魔理沙の胸中にあるのは一つの確かな、何年経とうと変わらぬ答え。

 ”あの幼馴染の巫女よりはマシだろう”

 この一つが魔理沙に大いなる余裕をもたらすのだ。

 

 ──どんな奴なのか…顔を拝ませてもらおうか!

 

 意気揚々と魔理沙は穴を覗く。穴の中は紅を塗りつぶすほどに真っ黒で、果てしない狂気が流れ出している。この先に何者かがいることは明白であった。

 しかし先ほどの爆発を最後にこちらへ何らかのアクションを仕掛けてくることはない。このことを鑑みる。

 

「出てこないところを見ると…こっちに来いってか? 何だ…そっちから来てくれると思ったのに。がっかりだ────」

「えいっ」

 

 可愛らしい掛け声とともに炎剣が振るわれた。凄まじい剣圧により床がへしゃげ、振り抜くと同時に凄まじい突風が発生し復帰しようとしていたパチュリーと小悪魔を図書館端へ吹き飛ばす。

 斬る…というよりも対象物を破壊するのに長けた一閃であった。魔理沙は刹那の直感に従い、しゃがむことによって事なきを得ていた。

 魔理沙は不意をつかれていた。普段の彼女なら相手に後ろを取られるなどという失態は決して犯さない。魔理沙がその程度であったならばこれまでの人生で何度命を落としてきたか…数えようもない。

 だからこそ…魔理沙は驚愕するのだ。

 

「あ、危なかった…。気配もなんも感じなかったぞ…!? この館は随分と危なっかしい奴を置いてるんだな」

 

 後ろを振り向くと、一人の幼い少女が剣を振りかぶった状態でこちらを見つめていた。目は深紅色に淀み、そして輝いている。

 濃い黄色の髪をサイドテールで纏め、ナイトキャップを被っている。半袖と真っ赤なラップ・アラウンド・スカートを着用し、それが彼女の幼さをより引き立てた。

 だが何よりも目を引くのが背中から生えている特殊な翼。一対の枝に七色の結晶がぶら下がっている。

 口からチラリと覗く鋭い八重歯から彼女が吸血鬼であると推測できるが…異端すぎる。こんな特徴を持った吸血鬼など少なくとも魔理沙は見た事も聞いた事もない。

 

 互いに見つめ合い、なんとなく居心地の悪い間が続く。そして最初にアクションを起こしたのは吸血鬼と思われる少女だった。

 

「なんかお呼びかしら?」

「ああ、呼んだぜ。いつまでたってもこっちに来ないようだったからな」

「へー。ならお待たせ」

 

 おおよそ殺そうとした側と殺されそうになった側の会話ではないが、魔理沙は一応相手に会話をできるだけの知性と理性(これに関しては疑わしい)があることに安堵した。

 ふと少女の後ろを覗いてみると…なんとも形容し難い空間が展開されていた。グニャグニャに捻じ曲がって、色々な部分にモザイクのようなブレが生じている。

 取り敢えず魔理沙は尋ねてみることにした。

 

「えと…お前さんはどうやって私の後ろをとったんだ? 瞬間移動にしちゃ魔力も霊力も感じないし…」

「簡単よ。私の目の前と貴方の背後に存在する空間の目をちょっとキュッとしたらドカーンって感じ。まあ、これやったら咲夜に怒られるんだけどね。普段はやらないんだけど…今日は出血大サービス! なんたって貴女が来てくれたんだもの!」

 

 どうにもわけのわからない事を言っているが、あちらが言うにはサプライズ的なものらしい。サプライズで殺しにくる奴などまともなやつではないと、魔理沙は早々に彼女との意思疎通を諦めかけた。

 

「ほう、それはそれは歓迎ご苦労。私は博麗霊夢、由緒正しき巫女だ」

「いや、そりゃ流石に無理があるでしょ。それに貴女には八雲紫っていう素敵な名前があるじゃない」

「なんだバレバレか……って違う違う! 私をあんな胡散臭い奴と一緒にするんじゃあない! お前髪の色だけで判別してないか?」

 

 魔理沙の言葉にフランドールはえっ?と声を漏らした。そしてすぐに後ろを向き何かをごちゃごちゃと呟くと、何もなかったかのように振り返る。

 

「冗談冗談…フランドールよ。普通の魔法使い、霧雨魔理沙さん」

 

 だがそう言うフランドールは若干目を逸らし、少しばかり焦っているようにも見える。どうも先ほどの魔理沙の言葉は図星だったらしい。つまりサプライズのあの一撃は紫に仕掛けるものだったようだ。

 ゆかりん危機一髪。

 

「どうして私の名を?」

「目をチョチョイとね」

「またわけのわからん事を…そんなんだから友達を無くすんだよ」

「残念、一人いるのよねこれが」

「いないも同然だな」

「だって495年間お休み中だしーそんなの積極的に欲しいものでもないしー」

「なんだ引き篭もりか。どうも幻想郷には引き篭もりが多いように見えるな」

 

 幻想郷の由々しき社会問題に一住民である魔理沙はため息をつく。しかし第三者からすれば魔理沙はアクティブな引き篭もりである。というより幻想郷という閉鎖空間で暮らしている事を鑑みれば幻想郷の住民全員が引き篭もりという考え方もできる。ややこしい。

 

 閑話休題

 

「それでね、今日は私の部屋に魔砲を撃ち込んだ奴を見たくなったの。まさか人間だとは思わなかったわ! 時代は変わったのね」

「今や人間が神を倒す時代だからな」

「知ってる! 紫が見せてくれた映画でそんなシーンがあった! 銃で神様を殺せるなんて安い世界よね。その後巨人みたいな妖怪になっちゃったけど」

「まあそんなもんさ。だからお前たち吸血鬼を倒すのもわけない。生憎、銀も生姜も十字架も、幻想郷にはあるんだぜ」

「ふーん…あと生姜じゃなくてにんにくね。ま、私には全部効かないけど。日光含めて全部」

 

 訂正を入れつつ自分の羽を弄るフランドール。

 元々から銀を除いては吸血鬼に致命傷を与えるものは日光や流水の他にない。しかしフランドール曰く、自分は吸血鬼の弱点全てにおいて効かないという。

 それが本当ならばそれは…

 

「…吸血鬼じゃないな?」

「あら、当たり。私はとっくの昔に吸血鬼を超越したの。お姉様が言うには純吸血鬼はもうお姉様だけなんだって。プレミアの価値がついたらしいわ」

「吸血鬼も絶滅種か。ワシントン条約に追加しないとな。それで一応聞いてみるが…お前は吸血鬼じゃないとしたら、なんだ?」

 

「なにも」

 

 あっけらかんに答えるが、魔理沙は若干フランドールの狂気が増したことを肌で感じ取った。

 

「私は虚無…永遠の虚無よ。自分の全てを失わせた私にはもう光も闇もない。この世に存在して私と感覚も、価値観も共有することはない。だって私は狭間…なににも属さないグレー…」

「あー…要するに病んでるんだな?残念だが幻想郷に妖怪用の病院はないぜ」

「知ってる。直す必要もないし、私はこの状況でも十分に満足してるわ。生活にはなに不自由なくお姉様が全てを持ってきてくれる。うん、満足…満足…………ん? …満足よね?」

 

 突然フランドールの焦点がブレ始めた。

 

「疑問に思うことはないわ…あれ、分からない? 私は満足でしょ? 満たされてるでしょ? あら? あららら? もしかして違う? 違うの? こんな生き方……そんなわけないわ! なら今の私はなんだっていうの?え、なにもない? 当たり前じゃないの。けど満たされて…え? …考えが纏まらないわね…。おかしいことある? ないわ。ならそれでいい。贅沢よ贅沢。むしろ地獄じゃない? 考え直すべきね。ええそうに決まってる…────」

 

 ここで魔理沙は気づいた。

 こいつ、ガチで病んでるなと。

 

「思いっきり地雷を踏み抜いてくれたわね」

 

 若干引いた目でフランドールを見ていると、大図書館の端まで吹き飛ばされていたパチュリーが血を拭いながら戻ってくる。体中がゴキゴキいっているということは…恐らく修復中なのだろう。ナニがとは言わないが。

 

「なんでだ。私は病院を勧めただけだぜ」

「話した内容なんて関係ないわ。妹様がスイッチを入れたらそれで終わり。ペチャクチャと悠長に話してた貴女が悪いのよ」

「そんなこと言われてもなぁ…」

 

 チラリと未だ独り言を続けるフランドールを見る。目はなにも映し出さない虚無の狂気に染まり、脚を踏むたびにクレーターが広がっている。何かこの先ヤバイことが起きそうな感覚がした。

 

「…あいつどうするんだ?」

「さあ? 一度スイッチが入ったら私にはどうすることもできないわ。そうね…彼女を満足させるか、レミィを呼んでくるか。ちなみにあの子はここ十年一度も満足してないから…大変よ?」

「そうか。それならそのレミィさんとやらを呼んでくれ。今すぐに」

「残念。巫女のせいでお取り込み中」

 

 あちゃー…と魔理沙が目を瞑った瞬間、パリンという音ともにパチュリーが消えた。血も肉も残さず消えてしまったのだ。

 見るとフランドールがいつの間にか独り言を止めてこちらをじっと観察している。掌は握られていた。

 フランドールの能力が段々と分かってきた魔理沙は深く息を吐くと…鋭くフランドールを睨む。その姿はまさしく妖怪退治モードの魔理沙であった。

 

「いいぜ、お前の暇つぶしに付き合ってやろう。このままのお前を放置するのはヤバそうだからな。どんな遊びがお望みだ?私からは妖怪退治ごっこを提案しよう」

「……へぇ、遊んでくれるんだ。私を遊びに誘ってくれたのは紫くらいよ」

 

 フランドールの言葉に何度か出てくる八雲紫の名に流石の魔理沙も怪しむしかなかった。もはやこの異変に関わっているのか?と疑ってしまうほどのレベルだ。

 

「またあいつか…。まあいい、それで…いくら出してくれる?流石にお前相手との戯れじゃ無償は釣り合わん」

「コインいっこ」

 

 溢れんばかりに眩しい、そしてドス黒い笑顔でフランドールは人差し指を一本立てた。魔理沙はやれやれと溜息を吐く。

 

「はぁ…いっこじゃ人命も買えないぜ」

「あなたが、コンテニュー出来ないのさ!」

 

 フランドールはその腕を高く突き上げると、キュッとその小さな手を握った。

 魔理沙は爆散した。

 

「…あれ? もしかして…もう終わり?」

「なわけあるか」

 

 背後より響いたのは砕けたはずの魔理沙の声。フランドールが背後を振り向くと同時にレーザーを放ち、その両腕を焼き切らんとする。

 フランドールが言っていた「キュッとしてドカーン」というワード。そしてパチュリーが消滅した際のフランドールの行動。これらの観点から推測するとフランドールの絶対的破壊活動はその掌が握られることによって発生すると魔理沙は目星をつけていた。

 

 それは正解だ。

 魔理沙の観察眼には素直に脱帽するしかあるまい。彼女の思惑通りフランドールは両腕を失くせばその能力を発揮することができない。

 しかし、それが計画通りにいくのか…と言われれば、それは全く別の話である。

 フランドールの腕は焼き切るどころか、焼き目一つつくことがなかったのだ。

 

「…ッ!? なんだと?」

「よかった…まだ生きてた。さっきのアレは…デコイかしら? デコイ人形?」

「…ああ、特別製だ。まーたこいつの製作者にガミガミ言われるんだぜ私は」

 

 魔理沙の愚痴話には興味がないようで、フランドールはつまらなそうな顔をしながら「あっそ」とそれを一蹴した。

 

「ところでさっきのレーザーなんだけど…ごめんね、私には効かないの。ほら、太陽ってさ…熱射でしょ? わざわざ弱点を残しておくのも馬鹿らしくて…とっくの昔に壊しちゃった」

「何を?」

「私を」

 

 フランドールは自分を指差してケラケラと笑った。ここで魔理沙は気づいた。フランドールの言動には在るべき何かがない。

 感情、抑揚、意思…なにも感じない。

 魔理沙は生き物を相手している気にもなれなかった。

 

「なるほどな…確かにお前は吸血鬼じゃない。もっと別なナニカってことは分かった」

「そういうこと。それじゃ続けましょ、普通の魔法使いさん」

 

 再びフランドールが手を翳す。

 

「チッ、面倒くさい能力だな!」

 

 魔理沙の行動は速かった。瞬時にフランドールへ肉迫し、その手を箒で払ったのだ。またそれと同時に腹へと蹴りを打ち込み、大図書館の床へと叩き落とす。…全く手応えは感じなかったが。

 フランドールは床へとめり込んでしまい、その状態を確認することはできない。

 フランドールに隙を与えてはならない。直感が魔理沙へと訴えかけていた。

 勿論、魔理沙はその直感に従い怒涛の弾幕を放つ。それらは全てフランドールがいた場所へと着弾し、ついには大図書館全体の床を陥没させてしまった。随分前からガタがきていたのだろう。

 

 濛々と灰色の煙が立ち込める。

 存在あるべき者なら今の弾幕を浴びれば原型すら残せないだろうが…煙の中に浮かぶ紅いシルエットは、否応なしにフランドールの無事を魔理沙に伝えていた。

 

「効かない…痛くも痒くもない。殴られたり蹴られたりしたら痛いなんて、バカらしいもん。なんで生き物ってそういう風にできてるのかなぁ…?」

 

 煙の中から無機質な声が響く。

 

「そりゃ…痛みが分かるためだろ」

 

 案外真剣な表情をしながら魔理沙は答えた。

 痛みがあるから生きているのだと…そう思った。

 残念ながら、フランドールには全く理解ができなかったようだが。

 

「あー…やっぱりそういうのは面倒臭いや。けど貴女との遊びは面白い! さあ、もっと私を楽しませてちょうだい! 壊れちゃうまで私に付き合って!」

 

 一瞬、場が紅い色に煌めき、煙が爆発した。

 それと同時に飛び出したのは先ほどもその威力を如何なく見せつけてくれた長い魔の炎剣。容赦なく魔理沙へとその刃先を向ける。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

 爆発的な魔力の高まりが灼熱として剣から放出される。徐々に熱量は膨れ上がり、大図書館を灼熱の空間へと変貌させてゆく。

 それほどの魔力を有した剣をこの熱膨張した空間で、さらにはフランドールの腕力で振るえばロクなことにならないのは確かだ。最悪水蒸気爆発が起こる。

 

 魔理沙は慌てて自分の脳内でフランドールの一撃を防ぐことのできるスペルカード・魔法を検索するが…ひとつもヒットしない。

 相手が強力な一撃を放つ際には、その前にマスタースパークで相手を消し炭にするのがいつもの定石なのだ。しかし先ほどのフランドールの言葉通り、フランドールにはレーザーが効かないのだ。さらには打撃、衝撃までも。

 フランドールはあらゆる痛みを拒否してしまっている。そんな相手に有効打などあるはずがない。

 

「参ったなこりゃ…」

 

 魔理沙が困ったように呟く。

 それと同時に大図書館…いや、紅魔館が揺れた。何処かで凄まじい爆発があったようだ。

 

「霊夢か…?」

 

「お姉様?」

 

 両者ともに当たりである。

 

「あっちも楽しんでるのね!だったらこっちもいっぱい楽しまないと損だわ!」

 

 フランドールはレーヴァテインを目一杯頭上へ掲げると、魔理沙へと照準を定め、それを魔理沙へと勢いよく振り下ろす。

 魔理沙は…甘んじてそれを全身で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 ──オマケ──

 

 

 

 

 

 

 ここは地霊殿。

 名前とは裏腹に西洋風の外観であり、黒と白のタイルでできた床や、ステンドグラスの天窓が特徴的である。ちなみに冷暖房完備。

 そんな地霊殿にて、円卓を挟んで二人の少女が後ろに従者を控えさせ、対談…という名の一方的なドッジボールを展開していた。

 

「────ええそうですね。私は捻くれてるし性格も悪いです。確かに姉妹といえどこいしとは大違いですよ。まあだからといって別に爪は煎じて飲んだりしませんが。しかし貴女はよくこいしのことが分かってますね。妬いちゃうじゃないですか…え、話を逸らすな?別に意図してやったわけじゃありません。勘違いも甚だしい。それで、それがどうかしましたか?…なるほど、おっしゃる通り。しかし生憎ながらこの性格は生まれつきなので変えようがないんですよ。変えようとする努力?全くの不要ですね。私には妹とペットだけで十分なんです。妖生妖怪それぞれですよ。……ふむ、本題に入れと。なるほど返答に困って敢えて話題を変えてきましたね?ふふ、貴女のそういうところ嫌いじゃないですよ。…あらお酷い。心の中といえどもそんなことを言われたら傷つきます。私たちさとり妖怪は結構打たれ弱いんですから。…本心にもないことを?当たり前でしょう。もう慣れっこですから。いったい何年さとり妖怪をやってきたと思ってるんです?おっと、怒るのはナシでお願いします。軽いジョークですよ、ジョーク。さとり妖怪がジョークを言えないとでも?あ、怒らないで怒らないで。謝りますよ、すいません。えっと、それで……なんでしたっけ?…ああそうそう、本題でしたね。分かってますよ、私が悪かったですから怒らないでください。しかし胡散臭い胡散臭いと言われている時も裏はそういう感じなんですか?…仕方ないでしょう。心の中でそれほど見事な百面相されたらからかいたくなるものです。しかも表の顔でそんな澄まし顔されると尚更…。つまり私は悪くないわけで────」

 

「紫様。こいつを消しても?」

「おっ狐さん。地獄を見ていくかい?」

 

「……双方落ち着きなさい」

 

「あら、ビビってるんですか?…はい黙ります」

 

 さとりの一方的なドッジボールは数時間に及んだという。

 なおもれなく紫は腹痛でトイレに籠った。




レミリア・スカーレット

能力
運命を操る程度の能力

パワー
地上にして最強(本人談)

スピード
ちっぽけな天体をバシュッゴウッで一周

交友関係
紅魔館の面々
ゆかりん

出会った中で一番強いと思った存在
八雲紫


紅魔館の主にして最強・最期の吸血鬼。溢れんばかりのカリスマ性と、それを裏付ける強大さを持つ。性格は尊大にして気まぐれ、かつ我儘。
未来の全てを見通し、自分の望んだ方向へと現在を進めることができる。文面で見れば単純だが、シンプルにして最も強い。さらには無限に広がる運命の一つ一つを把握し、それを的確に選択するレミリアの器量、判断力はともに全生物最高峰に当たる。また忘れてはならぬのがその身体能力であり、パワーは鬼を凌駕し、スピードは天狗にノロマと言い放つほどのポテンシャルである(なお鬼、天狗ともに一部例外を除く)。決め技の『スピア・ザ・グングニル』は運命を貫くため、躱すことは不可能。絶対不可能。
紅魔館の主になって以来、レミリアは数々の人物を紅魔館へ引き入れている。来る者去る者を全く咎めない。そのレミリアのスタイルが咲夜、パチュリー、美鈴を惹きつけたのだ。
なお運命を操る能力は強力だが、彼女にもよく分からない部分や現象が多々あるという。例えば新たな運命が突然生まれたり、全ての運命が塗り潰されたりなど。
スカウト癖があるようで、優秀な人材を見つければすぐに引き入れようとする。悪の帝王気取りなのかもしれない。
フランドールとは生まれながらに確執がある模様。



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亡き王女の為の核爆弾*

 私の最初の記憶は幼少期──二、三歳頃だと思う。

 別に大したことを覚えているわけではない。得るべきものばかりが溢れていて……そう、つまらない……周りの全てがつまらないのだ。

 紅い館で毎日を過ごしてきたが、あの頃を色に例えるのなら……灰色だ。

 

 高貴な一族であることを日々教え込まれ、スカーレット家長女としての矜持を持つため、側仕えの者、メイド、時には父や母から様々なことを教わった。

 

 曰く、「我々は最も高貴だ」

 

 曰く、「我々は支配者だ」

 

 曰く、「お前は逸材だ」

 

 ──もういい。何も言わなくていい。言われなくても全部分かっているから。

 

 毎日がこれだった。当時の私からすればその環境に適応するまでは地獄のような日々だっただろう。今の私からすれば思い出しただけでも虫酸が走る。

 だが情けないことに、幼い私は順応してしまった。それを当たり前と受け入れてしまった。

 あれは一種の洗脳に近い。知らず知らずのうちに、今の私にまで影響を及ぼしているのかもしれない。

 周りの言うことを鵜呑みにし、自分は絶対の存在であると思い込み、それが己の全てだと思い込んで自分を作り変えてゆく。

 私はスカーレット家の人形だった。

 魔力は日々増大してゆき、私はどんどん強くなった。従者たちの私を見る目が恐怖に染まっていったのもこの頃。だけど途中で全ての力は出さないように調節することにした。能ある鷹は爪を隠す……って本に書いてあったから。

 今思えばこの選択が私とあの子の別れ道だったのかもしれない。

 

 そんな毎日を過ごしていた。

 だけどただ一つ。館の連中に抱いた変わらぬ懐疑だけは、決して失わなかった。

 生まれてから置かれ続けたこの環境に対する拭いきれない違和感だけは、絶対に忘れなかった。

 

 

 

 

 

 あの子と出会うことがなければ、今の私はないだろう。

 

 

 

 

 

 五歳の頃だ。

 妹が生まれた。

 名はフランドール・スカーレット。その輝く金色の髪と、背中のモノ以外は全て私にそっくりで……まさに生き写しだった。

 フランが生まれたその日から、母を見なくなった。誰もその行方を教えてはくれないし、何も答えてくれないから私は適応した。少し思うところはあったけど……やがて母がいないことを受け入れた。

 

 フランは隔離されていた。館の一室に閉じ込められ、体には封印が施されている。面会すら許されない。部屋には簡単な家具とベッドがあるだけ。そして一つしかないドアには二十四時間の監視が付いている。

 酷い環境だ。

 隔離されている理由は、その能力と異形の証(羽の宝石)

 フランは家族じゃなかった。周りに、世界に……そして自分に拒絶され、生まれてきた。

 

 父や皆はフランのことを「狂っている」などとほざいていたがバカもいいところだ。フランは狂ってなんかいなかった。むしろ彼奴らと比べるのも烏滸がましいほどに、あの子は周りの状況を把握し、自分の力に溺れることなく、純朴に生きていた。私は誰よりもフランのことを分かっている。

 あの子は耐えていた。

 全てが脆い。砂よりも、雲よりも……さらに脆い。そんな環境下で、倫理観で、あの子はひたすらに何かを耐え続けていた。

 

 私にそれを理解する術はなく……だけどそのナニカが気になって、毎日とは言わないけどフランの元へ通った。

 見張りは幻影魔法で撹乱させて、幻影魔法が効かなければ殴って昏倒させて、フランの元へと通い続けた。

 父にばれたら大目玉を食らうけど、それを差し引きしても私の行動にはナニカ意味があるように感じた。目覚めつつあった運命を操る能力の一端だったのか……今でも分からない。

 

 あの子は私が来るたびに笑っていた。

 決して喜び一色ではない。様々な感情が混ざり合った、悲しいものではあったけど、あの子は笑えていたんだ。

 妬みの一つや二つはあったはず。理不尽を嘆く怒りもあったはず。だけど…あの子は私に、どこまでも笑顔だった。

 何かをして遊んだわけでもない。あの子は本でしか外の世界を知らないから、共通の話題ができるはずもなかった。だけどフランといると楽しくて、嬉しくて……あの子は作り物の私を壊してくれた。

 あの子は優しくて、可愛くて、愛おしくて……私の足りない白を満たしてくれた。

 安らぎを与えてくれた。

 私を姉として、レミリアとして見てくれた。

 

 だから会うたびに私の……奥底から込み上げる分からない思いは強くなる。周りはフランを拒絶し、否定する。

 だけどフランは私を受け入れ、満たしてくれる。

 私は甘えていた。フランに私を委ねていた。フランに依存していた。

 誰よりも辛いのは、他ならぬフランだったはずなのに。私は自分の都合しか押し付けることができなかったのだ。

 

 そう思い始めたのは実に数年後のことだ。

 

 私の心に残っていた懐疑と違和感がここぞとばかりに私の心を埋め尽くす。なぜ、フランは悲しんでいるのか。なぜ、私とフランはここまで違うのか。

 ……言うまでもない、この環境がいけないのだ。

 フランを恐れるあまり、こんな封印まで施して、隔離して……優しいあの子に気づきもしないあいつらが悪いんだ。

 周りへの不信感は募り続け、周りの従者たちも……メイドも……父でさえも、私には酷く醜く見えた。下賤だと思った。

 

 

 

 

 

 ──泣いた。

 

 フランを助けようと決心したあの日。私はフランにこう言った。

「フランには幸せに生きて欲しい」って。

 けどあの子には幸せっていうのがなにかよく分からなかったみたいで、「幸せってなぁに?」と無邪気に問い返した。

 私は悲痛な思いを抑えながらフランに

「悲しみも、不安もなくて…なによりも気持ちが満たされるのよ」

 ……そう答えた。

 

「お姉様は…幸せ?」フランが言った。

 私は少し考えて、こう言ったの。

 

「私は、幸せを感じたことはない。フランと話すことは楽しいし、気持ちも満たされる。けど、それは真の幸せではないと思う。だって……貴女が悲しそうなんだもの」

 

 フランは目をぱちくりさせながら私を見ていた。その目は…深い憂いを湛えていた。

 けど、私は気にせず続けた。

「貴女が幸せになることが私の幸せなのよ。だから…悲しまないで?もう、貴女をこんなことにはさせないから。貴女を拒絶するやつはみんな私がやっつけてあげるから……。貴女を────」

 

 

 

 

「お姉様は…私が悲しんでるから、幸せになれないの?私がいけない子だから、幸せになれないのね?………そっか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ガァ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ァァァッ!」

 

「フ、フラ……?」

 

 フランは壊した。

 自分の悲しみを壊した。

 例え負の感情だとしても、悲しみは自己を形成する上で大事な役割を果たす。フランはそれを自らの手で壊してしまったのだ。

 

 叫んでのたうちまわるフランを見るのが辛くて……なにより怖くて。私は後ろを振り向きもしないで、部屋を出て、自分のベッドに潜り込んだ。一晩中震え続けた。

 外から奇妙な音がたくさん聞こえたけど、私にそれを気にする余裕は少しもなかった。

 

 その日を境にあの子は姿を消した。もといた部屋のどこを探しても、屋敷中を探しても……フランを見つけることはできなかった。

 従者も半分以上いなくなっていたし、父も凄まじく消耗していたけど……そんなことはどうだっていい。あの子はどこに行った?

 フランがいなくなるだけで私の世界は目に見えるほど狭まった。こんな毎日になんの意味があるというのか。

 

 最初は何かが怖くて怖くて……ただ泣き続けた。その頃の私は、胸の内に渦巻いているドス黒いそれを形容する言葉を持っていなかった。

 ぐちゃぐちゃに掻き乱されている頭で必死に考える。なんでこんなことになってしまったのかをただただ必死に。

 

 やがて懐疑は怒りに変わり、違和感は憎悪へと変貌した。

 

 頭が妙に冴えた。いや、冴えているような気がするだけだ。頭の中に広がる道を辿ってゆく。その先にフランがいるような気がした。

 誰だ…誰がフランを壊した?

 誰がフランの幸せを奪ったの?

 父か?……そうか、父だ。

 

 

 父を殺した。

 だけどフランは帰ってこない。

 そうか、ならば従者か。

 

 

 館からは私以外の命が消えた。

 だけどフランは帰ってこない。

 

 ああ、フラン。あなたはどこへ?

 憎い奴らはみんな私が殺したよ?さあ、早く出ておいで?また…昔みたいに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下にあの子はいた。

 いや、いなくなっていた。

 

 

 ──誰だお前は。

 

「お久しぶりねお姉様。見て?私いまとーっても幸せなの!嫌なものは全部消しちゃった!悲しみも不安もなくて、とっても満たされてるのよ!ねぇ、お姉様は幸せ?幸せだよね!私が幸せになるのが幸せなんだもんね!アハハハっ!」

 

「……」

 

 違う、お前はフランじゃない。

 あの子はそんなおぞましいものではない。

 やめろ、やめて…

 

「ねぇ、お姉────」

「黙れッ!黙れ黙れッ!!」

 

 フランが伸ばした手を振り払って、私は叫んだ。

 

「貴様……!私の……私のフランをどこへやったあああぁぁぁああぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 自分でも気づかないようにしていた。

 気づいたら私は狂ってしまう。

 

 

 

 そうか、フランを壊したのは……

 

 

 

 

 

 私か。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 私は結局フランを受け入れることができなかった。あの子はそんな私の姿を見て、何を言うでもなく地下へと閉じ籠ってしまった。

 いっそ、罵倒してくれた方が楽だった。いっそ殺してくれたら────

 

 日光を浴びて死のうと思ったけど、私がいなくなった後のあの子を思うと……死ねなかった。フランはもう私を必要とはしていないのに。

 本当、虫のいい話だ。

 

 やがて運命をほぼ完全に掌握することができるようになったが……私には悔恨の念しか生まれない。この能力をあと少しでも早く身につけることができていたなら……フランを救えたかもしれない……いや、確実に救えた。

 

 

 紅魔館は一から出直しだ。

 私は拒絶することを恐れ、全てを受け入れようと思った。贖罪にもなんにもなりはしないけど、もう何かを拒絶するのは嫌だった。

 やがては欧州で知らぬ者はいないほどの大勢力へと紅魔館は発展した。

 別に嬉しくともなんともない。こうなることは分かっていたのだから。

 

 その結果、私は心の底から信頼し合える仲間を得て、心の底から語り合える友を得て、心の底から大切と思える従者を得て……

 

 

 最後までフランを取り戻すことは、できなかった。

 

 

 美鈴は危険なフランに対しても分け隔てなく接してくれる。時にはフランの過激な戯れにも付き合ってくれていた。

 パチュリーは一見無愛想に見えるけど、私の相談に乗ってくれるしフランを心配してくれていた。

 咲夜は私に対するものと変わらぬ忠誠心をフランにも示している。

 

 だけど、そんな彼女たちにもフランは何も思っていない。関心を装っているだけなのだ。あの子からは……心が消えてしまったのかもしれない。

 

 フランは狭間の存在だ。

 私たちからの干渉はほぼ不可能。

 現に、あの子の運命は不規則すぎて捉えることができない。その行く末も闇とも光とも言えないナニカに包まれている。

 もう、あの子は私では決して手の届かない場所まで行ってしまったのだろう。時折顔を合わせても話すことは何もない。

 

 私には断罪されねばならないほどに、あの子に対して罪を背負った。私の一生をかけても償いきれないほどの罪だ。

 

 ああフランドール。

 私を許さなくてもいい。私を想わなくてもいい。だから……どうか……救われてくれ。

 

 貴女と志を共にできる誰かを……どうか。

 

 

 *◆*

 

 

 霧散した。

 先ほどまで渦巻いていた魔力の奔流はどこへともなく消えていってしまったのだ。

 それと共にグングニルも役目を終えたかのように掻き消えていった。

 

 投擲した体勢のままレミリアは固まる。

 運命を貫くグングニルは、対象を捉えれば外れることは決してない。レミリアは確かにグングニルを放った。その瞬間に霊夢を貫くという運命は確定したはずなのだ。

 だが、グングニルは消え、霊夢は今もレミリアの眼の前で浮いている。霊夢を見ると変わったところはある。

 体が半ば透明になり、目を瞑った状態で宙に浮いている。レミリアの第三世界までを見通す目を持ってしてもその姿を捉えることは困難を極めた。

 

「これは一体……?」

 

 戸惑いつつもレミリアは魔爪の斬撃を霊夢へと放つ。しかしそれらは透過し、はるか遠方の木々を粉微塵にするのみ。霊夢への一切の干渉が許されていない。

 だがレミリアを驚愕させた最たるものはそれではないのだ。霊夢には…

 

「うそ……運命が……ない?」

 

 何も見えなかった。

 先が見えないだとか、予測不能な動きをするだとか、そんなものではない。ただ純粋に運命がない……これに尽きた。

 運命がないものなど存在するはずがない。この世に在る限り、存在とは運命の支配下にある。運命の奴隷なのだ。

 美鈴でも、パチュリーでも、咲夜でも…フランドールや紫でさえも運命という決められたレールを歩いている。

 

 この巫女は……なんだ?

 

「……ッ、紅符『スカーレットマイスタ』!」

 

 レミリアより膨大な数の弾幕が放たれ、霊夢へと次々に殺到してゆく。

 だが霊夢には何一つ被弾しない。霊夢の背後が粉微塵になってゆくばかりだ。

 レミリアは後ずさろうとして、踏み止まった。

 未知のものを恐れ、気後れするなど自分が許さない。自分は能力だけで生きているのではない。能力だけでここまで上がってきたのではない。全てを受け入れるには全てを守り抜き、皆の誉れであることが求められる。自分はそれを全て満たさなければならない。

 

「……上等じゃないの……!」

 

 レミリアがスペルカードを握りしめるとともに、霊夢の目が開かれた。

 

「紅魔『スカーレットデビル』!!」

「夢想天生」

 

 レミリアから放たれた波状の紅い魔力波は、霊夢を中心にして分身した陰陽玉からばら撒かれる弾幕と正面からぶつかり合った。

 そして両者のスペルは拮抗した……のだが、衝突規模とは意に反し、その決着は早かった。夢想天生は密度も威力も桁が違い過ぎた。

 ガリガリと何かが削れるような音がしたと思えば、『スカーレットデビル』を打ち消した無数の弾幕がレミリアの視界を埋め尽くし、彼女を飲み込んだのだ。

 

「────ッッ!!?」

 

 息をつく暇もない。

 次から次に高威力の弾幕が殺到し、レミリアの身体のみならず体力までもを削り取ってゆく。さらにそれらの弾幕は全て自動追尾型(ホーミング弾)である。吹き飛ばされながらもその体は弾幕に晒され続け、紅魔館の門付近へ堕ちてなお、弾幕を撃ち込まれ続けた。もはやレミリアの意識は途切れかかっていた。

 しかし一瞬だけ、弾幕の波が途絶えた。その瞬間にレミリアの前へと弾幕を遮るように立つ人物が一人いた。

 

「発ッ!」

 

 門番……改めて、紅美鈴だ。

 美鈴は己の能力を発動させ、霊夢の弾幕を霧散させてゆく。時々消え切らず何発かの弾幕が倒れ伏すレミリアへと降り注ぐが、それらも全て美鈴がいなして弾き飛ばす。

 

「お嬢様ッ!意識はありますか!?」

 

 美鈴は弾幕を弾きながらレミリアへと問う。それに対して、レミリアが返事のように返したのは地面を打ち付ける拳の音だった。

 安否を確認し、美鈴が安心した束の間。ついに抑え込んでいた弾幕が溢れ出し美鈴を激しく打ち付ける。生物最高峰の強靭な肉体を持つレミリアの抵抗力でさえも奪ってしまうその弾幕は、美鈴には十分すぎるほど効果があった。

 

「あぐっ……!ぐぅぅ……!!」

 

 だが彼女は踏み止まった。

 ──私がここで吹き飛べば、再びお嬢様があの弾幕の嵐に晒される。それだけは見過ごすわけにはいかない。私ができることなんてお嬢様にしてみればほんの些細なことだけど……私は私の恩義を通す!

 

「はああぁぁああッ!!」

 

 いなし、打ち消し、時にわざと体へ被弾させる。美鈴が常時展開している能力の壁が弾幕の嵐を幾分か和らげるが、それでも凄まじい勢いなのには変わりない。

 弾幕が体を打ち付けるたび、美鈴の体力は磨耗されてゆく。それほどまでに陰陽玉から放たれる弾幕の威力と密度は高い。

 だが美鈴は守りに長けた紅魔館一の年長妖怪である。身の丈を超えた強大な力の前にも臆せずぶつかった。

 奮迅する美鈴の姿は、その背後で地にしっかりと足をつけ立ち上がるレミリアにはとても頼もしく見えた。

 レミリアは薄い……しかし壮絶な笑みを浮かべると美鈴を横から突き飛ばした。美鈴の防御がなくなったことにより、レミリアは再び弾幕の嵐に晒されることとなる。

 

「お、お嬢様!?」

「門番のくせして私の相手を勝手に盗るんじゃない。まあ……それとは別に貴女には頼みたいことがあるのよ」

 

 激しい弾幕に晒されながらもレミリアはしゃがみガードで持ちこたえつつ、命令を淡々と美鈴に述べる。

 

「あと十数秒後に紅魔館が吹き飛ぶわ。パチェは大丈夫だろうけど……咲夜は満身創痍だから助けに行ってあげて。十秒以内よ」

「……五秒で充分です!」

 

 レミリアの言葉を疑問に思う前に美鈴は踏み込み、駆け出した。そして壁を突き破り一直線に咲夜の元へと向かう。

 それを見届けたレミリアは視線を霊夢へと戻す。なお一層攻撃は激しさを増していた。だが今のレミリアには大いに余裕があった。

 確かに霊夢の運命は見えない。そしてその霊夢に攻撃を受けている自分の運命もまた、凄まじい早さで変動している。制御するのはかなり困難な状況であるといえよう。しかしその全ての運命の先には……一つの結末があった。

 

 紅魔館爆破。

 

 何がどうして紅魔館があと数秒で爆発するのかは分からない。パチェが原因なのか、あの白黒魔法使いが原因なのか……フランドールが原因なのか。

 いや、原因や過程はどうでも良い。大切なのはそれによって引き起こされる結果だ。紅魔館の爆発は一つの起点となる。

 

 ──三……二……一………!

 

 レミリアは咄嗟に莫大な妖力を練り込んだバリアーを作り上げ、己を包み込む。

 それとほぼ同時だった。一瞬の眩い閃光が紅い夜空を照らし────

 

 

 

 

 

 

 199X年、紅魔館は核の炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 核の熱波と衝撃は辺りを蹂躙し、破壊してゆく。現代社会最強・最大にして最恐の一撃は、紅魔館をいとも容易く吹き飛ばした。

 それは見境なく全てを巻き込み、バリアーに包まれているレミリア、透明状態の霊夢……全てを飲み込んだ。

 なんとか破壊から逃れることができたのは禹歩(うほ)による高速移動で場を離れた美鈴と、美鈴に抱えられた咲夜のみ。しかしその二人も熱波からは逃げ切れず、美鈴は気絶させていたチルノを盾にしていた。

 

 

 

 

 爆発と熱波が収まると、レミリアはバリアーを解く。まるでもう一つの太陽だな……とレミリアは先ほどの爆発を皮肉った。

 嵐のように飛来していた弾幕は飛んでこない。霊夢の姿もない。取り敢えず一息つく暇は与えられたようだ。レミリアは軽く息を吐き出した。

 如何に桁外れの再生能力を持っているレミリアだとしても、あの猛攻の前に消耗しきっていた。足は少しばかり震え、立つのがやっとだ。

 すると、少し遅れてレミリアの近くにドチャッと何かが落ちてきた。レミリアはその奇妙な……黒い物体に眼を細める。

 物体は暫く静止していたが、やがてもぞもぞと動き出した。そしてぱかっと割れた中から出てきたのは────

 

「……む?規模が小さいな。幻想郷を吹き飛ばしてもおかしくないと思ってたんだが……図書館の連中が思いの外抑えてくれたみたいだな。おかげで威力がよく分からん」

 

 真っ黒な翼を背中から生やした魔理沙だった。

 どうやら自分の翼に包まっていたらしい。流石のレミリアも、これにははてなマークを浮かべるしかなかった。

 

 

 *◆*

 

 

 紅魔館爆発五分前。

 

 フランドールは炎剣、レーヴァテインを魔理沙に向けて勢いよく振り下ろした。

 灼熱を放ちながら高速で動く長々しいそれは熱膨張で膨れ上がった空気を切り裂き、凄まじい爆発力を生んだ。

 そして身構えた魔理沙へと衝突し、大図書館を衝撃が駆け抜ける。

 大図書館の原型がついに崩れ去ろうとしていた。

 

「こ、こんなのどうすればいいんですか〜!パチュリーさまぁ〜!!」

 

 図書館を守るべく一人で結界を展開していた小悪魔が泣き言を言う。しかしそれに答える声はない。パチュリーは先ほどフランドールの手によって破壊されてしまったのだ。

 死人が指示を出せるはずがない。

 結界はどんどん拉てゆく。もう小悪魔ではいっぱいいっぱいであった。

 

「も、もうダメ……!」

「情けない使い魔ね」

 

 瞬間、頼もしい声とともに崩れかけていた結界がより強固なものへと強化された。結界を張り直したのは……もちろんパチュリーである。

 

「お目覚めが遅いですよ!」

「いや、長いことあの肉体で生きてきたから今の肉体に親和性を持たせるのに苦労したのよ。ていうか使い魔風情が生意気ね」

「ぎゃふん!」

 

 パチュリーは小悪魔を蹴っ飛ばした。ちなみにこれはDVではない。パチュリーの筋力などたかが知れているので、小悪魔にダメージなど通るわけがない。恐らくあのリアクションはノリだろう。

 ちなみにパチュリーについては…簡単に言えばクローンみたいなものだ。魂を割くことによって自分と全く同じ存在を作り出しておく。そして割けることによって減ってしまった魂は魂魄魔法で補う。

 勿論その難易度は高いどころの話ではないが……パチュリーならではの芸当だ。フランドールを相手にするならばこれほどの対策は必須になるだろう。

 ちなみに記憶は引き継ぎである。

 

「それで、あいつ(魔理沙)は?」

「あー…くたばったかもしれませんね」

 

 濛々と立ち込める黒い煙を見ながら小悪魔が言う。それほどまでにフランドールの一撃は強力だった。しかも恐るべきことに能力なしの攻撃でこの威力である。魔理沙の原型が残っているかどうかも怪しい。

 

 だがフランドールはレーヴァテインを握りしめたまま、ただジッと煙の先を見ている。その瞳が愉悦へと歪んでいた。

 

 ──ピキピキ……

 

 何かが割れる音が大図書館に響く。やがてその音はだんだんと大きくなってゆき……フランドールのレーヴァテインが砕け散った。

 魔剣の有様にパチュリーはその双眸を見開いた。

 現在ではフランドールの手に渡ったことによって魔剣と化してしまったレーヴァテインであるが、かつては神剣として世にその名を轟かせていたほどのものである。

 そのレーヴァテインが……砕け散ったのだ。

 

 瞬間、煙の中より巻き起こった旋風が煙を吹き飛ばした。吹き荒れた黄金の風は蔓延していた煙と炎を掻き消し、どこからともなく星屑が飛来する。

 小悪魔は「ほえ〜」と感心したような声を漏らし、フランドールは好奇心が赴くままに星を握りつぶしていた。もっとも、パチュリーから言わせれば子供騙しの安い演出である。

 

「いや〜効いた効いた。ほんの少しだけ暑かったぜ?まあ、秋の日差し程度にはな」

 

 現れた魔理沙は…どことなく悪魔っぽかった。

 背中から漆黒の羽が生え、その存在感はかなり大きい。右翼には青い星、左翼には紅い月が描かれている。ペイントだろうか。

 そして何よりの違いが……その身から放たれる並外れた莫大な魔力。

 

「……魔力の塊を羽として……。なるほど、それでレーヴァテインから身を守ったのね。けどどれだけの莫大な魔力を……」

「なんか色々と豪華ですねぇ。羽とか生えて……うちの魔界神と同じようなものなのかな? ……あ、魔力うまっ!?」

 

 二人は見た感じの感想を率直に述べる。しかしそんな言葉とは裏腹に魔理沙から感じるこれまでとは桁違いの魔力から一波乱ありそうだと、二人は焦りながら結界をさらに強化してゆく。

 

 フランドールは魔理沙の姿を見て眼を細めると……にっこりと笑顔を浮かべた。同類の存在に歓喜しているような目だ。

 

「紛い者ね! 貴女はまだまだ光と闇を捨てきれてない! だけど半分は私と、同じ狭間の住人……! あー面白くなってきた!」

「……私は敢えて何もつっこまないからな?」

 

 魔理沙は苦笑すると格段に上がったその機動力を発揮しフランドールへとあっという間に詰め寄る。そして箒でフランドールを突き飛ばした。だが自分に及ぶと思われるあらゆる痛みを壊してしまったフランドールには全く効かない。

 それは魔理沙も百も承知である。今のはフランドールがどこまで自分を壊しているかの実験だ。その結果、色々なことが分かってきた。

 

(あいつには痛みを与える攻撃が通用しない……。衝撃や熱線は検証済み、恐らくだが斬撃でも無理だろうな。他にも色々と試してみたいことはあるが……それらも通じないと仮定しよう。ならばフランに決定打となる攻撃方法を私は持っていない。そんな多岐に攻撃方法を持っているわけでもないし。だが、この世の法則はちゃんと奴に働いている。私が殴れば奴が飛ぶ……その力そのものは消せれてないんだ。あいつの弱点は経験不足ってことか)

 

 一瞬で今までの検証を纏め上げ、考察する魔理沙。彼女の観察眼は並のものではない。

 フランドールは「495年お休み中」と言っていた。つまりその間の情報は地下にあったものを除いて皆無ということだ。彼女が壊しきれていない事象が一つや二つはあるはず。

 

「アハハ、その調子その調子! どんどんスピードを上げていこうよ! 禁弾『スターボウブレイク』!!」

 

 フランドールがスペルを発動するとともに光を射抜く勢いで弾幕が射出される。だが魔理沙はそれを瞬時に見切り、次々と躱してゆく。その動きはまさに神がかっていた。

 どうやら羽が生えてからは動体視力も多少上昇しているようだ。

 

「これならどうだ?」

 

 魔理沙は弾幕の間を縫いつつ、帽子から筒状のものを取り出すとそれをフランドールへと投擲した。その物体の正体は…ナパーム弾である。魔理沙の魔法実験の副産物として生まれたものだ。

 ナパーム弾はフランドールへとぶつかると、油が飛び散った。それと同時に魔理沙は八卦炉よりマジックファイアーを放つ。すると瞬く間にフランドールの体が炎に包まれた。

 

 肉が焦げる音ともに、フランドールが顔を顰める。熱線は対策済みだったようだが、延焼までは視野に入れていなかったらしい。

 

「っ……! 邪魔」

 

 フランドールは体から妖気を放出させ炎を消し飛ばす。そして掌を掲げると……握った。

 

 ──ぱりん……

 

 何かが砕けた。

 また一つ、自分を壊した。

 それと同時にフランドールが絶叫する。痛みに悶え苦しむ悲痛な叫びだ。それにはさしもの魔理沙もぎょっとするしかなかった。

 

「……いやこれ絶対体に悪いだろ」

 

「ぐっ……これで、もう熱くならないよ? 禁忌『フォーオブアカインド』!!」

 

 スペル発動とともにフランドールの体がブレ始める。そして段々とブレは大きくなってゆき……ついには四人に分かれた。

 これがパチュリーの言っていた分身型スペルか……と魔理沙はそのスペルカードのクオリティの高さに舌を捲く。

 

「なあ、そのスペルってもしかして力が四等分になったりするのか?」

 

「なるわけないでしょ」

「そんな技使い道がないじゃない!」

「きっちり私が四人分!」

「弾幕ももちろん四人分だよ!」

 

 フランドールは一斉に弾幕を放った。

 魔理沙は回避であれば幻想郷トップクラスの技術を有するだろう。しかし回避とは攻撃が躱せることを前提として行う動作である。つまり……一片の隙間なく敷き詰められている弾幕を回避するのは無理な話だ。

 魔理沙は苦笑しながらマスタースパークを放ち、弾幕を掻き消してゆく。その際にフランドールの分身が何体か飲み込まれるが…もちろん効かない。

 うち飲み込まれたフランドールの一体がマスタースパークを無視して突激してくるが、魔理沙は軽くあしらい下へとはたき落す。ダメージはなくても慣性の法則は働いている。

 

「こんなのはどうだ?」

 

 魔理沙ははたき落したフランドールの真上に魔法陣を生成する。その中から放たれたのはブリザード。チルノのものと同程度の冷気が放出されたのだ。

 凍てつく冷気はあっという間にフランドールを凍結させ、氷の中へと閉ざした。

 

「お前さんたちの力ならこんだけ分厚い氷も楽々ぶっ壊せるだろうな。だが八方ふさがりならどうだ? 力も思うように出せないんじゃないか? それに凍ってちゃその自慢の能力も使えまい」

 

 新技、コールドインフェルノはまずまず成功か……と魔理沙はほくそ笑んだ。

 もっとも、ならば他三体がさっさと能力を使うなりして氷を破壊すれば氷に閉ざされているフランドールも再び戦闘に参加できるのだろうが……魔理沙がそれを見過ごすわけがない。

 掌を握りしめようとした、うち一人のフランドールへとスペルを発動。光符『ルミネスストライク』によって放たれた巨大な星がフランドールを弾き飛ばす。そしてその吹き飛ばされている先に魔法陣を設置。コールドインフェルノによって無力化した。

 

「これで半分! 今の私は少しばかり目がいいんでな、お前らの動きを見てから動くことが可能だ。掌を握るまでの時間さえあればどうとでもできる」

「「むぅ…」」

 

 一見、羽が生えただけに見える魔理沙だが、その能力は飛躍的に上昇していた。パワーはともかく、スピードと動体視力においては元吸血鬼であるフランドールに追随を許さない勢いだ。

 もっとも、フランドールは495年間お休み中だったので体がなまっている、さらには先ほどの能力の使用で弱っている……という理由もあるが。

 

「「ならこんなのはどうかな!? 禁忌『レーヴァテイン』ッ!!」」

 

 残された二人のフランドールが先ほどと同規模の炎剣を召喚し、図書館を再び灼熱に染め上げると、思いっきり振りかぶる。

 単純に威力二倍の一撃が一斉に襲いかかる……が、魔理沙は二対の羽で剣を受け止めた。だがパワーアップしている魔理沙といえど、元吸血鬼の二倍パワーには流石に敵わない。徐々に体を押されてゆく。

 しかし魔理沙は考えなしにフランドールの攻撃を受け止めたわけではない。背中の翼で受け止めた…ということは今、魔理沙の両腕はガラ空きだということなのだ。

 

「黒魔『イベントホライズン』ッ!」

「「ッ!!?」」

 

 スペル発動とともに魔理沙が手を翳す。それとともに宙に浮いていた二体のフランドールがガクンと地に落ちた。それどころかどんどん床に沈み込んでゆく。

 今、フランドールには数千倍、数万倍もの重力がかかっている。それでも肉体が壊れないのは、流石元吸血鬼ボディと言ったところか。

 

「どうだ、降参した方がいいんじゃないか? 窒息で息もできんだろう?おっと、降参の言葉も言えないか」

「「ぐ……ぎぃ……!」」

 

 能力を使用することができれば重力を壊す。または重力に囚われるという事象を壊して脱出することができるだろう。しかしその強力な重力下では満足に掌を握ることすらできない。

 

「これって……妹様に勝っちゃうんじゃ……」

「……」

 

 小悪魔が呟いた。

 魔理沙は物の見事にフランドールをあしらっている。信じ難き光景だ。しかしその一方でパチュリーは……難しい顔で戦況を見つめていた。そう、フランドールはこの程度で終わる存在ではない。

 

「ほらほら、降参しろって。お前の負けだ」

 

 勝利を確信し、フランドールへ降伏を勧告する魔理沙だったが……

 

 ──ぱりん……

 

「ッ!?」

 

 魔理沙が懐に入れていたデコイ人形が粉々に砕ける。破壊されたのだ。またそれと同時に再びぱりんという音が響き、重力が壊れる。

 急いで後ろを振り返ると氷に閉じ込めていた二体のフランドールが脱出していた。先ほどのレーヴァテインの熱で溶けたのだろうか。

 

「くそ、油断した!」

「……ふぅ」

 

 急いで距離を詰めようとする魔理沙を尻目に、二体のフランドールは掌を握った。

 

 ──ぱりん、ぱりん……

 

「ひ、ぐぅぅ……!!」

 

 苦痛に顔が歪む。痛みを受けないフランドールでも自分自身の根幹を破壊すればダメージを受けるらしい。

 結果、フランドールはさらに消耗したものの、プカプカと宙に浮き始めた。

 一つ目に壊したのは自分が重力に囚われるという事象。そして二つ目に壊したのは……自分が固形物に覆われて動きを阻害されるという事象。これによってフランドールは重力や氷だけならず、水の中、土の中でもそのポテンシャルを十分に発揮できるようになったのだ。

 魔理沙と戦えば戦うほどフランドールは強く、そして本来のものから離れてゆく。

 

 ここで三体のフランドールが靄となって空気に溶ける。スペルが解けたのだ。

 

「ふぅ……ふぅ……さぁ、どんどんいこうよ!」

「そこまでよフラン、やめなさい!」

 

 今もなお結界を張り続けているパチュリーがフランドールへ叫んだ。フランドールは煩わしそうにパチュリーを見る。

 

「パチェは、黙ってて」

「黙るわけにはいかないわね。私はレミィに貴女のことを頼まれているんだから」

「……ははは、無理してそんな綺麗な言い方しなくていいのよ? つまりはただの監視でしょ? 私はよーく分かってるもの」

 

「違う、それは違うわフラン。レミィは──」

「煩い」

 

 フランドールは爪を振るいパチュリーへと斬撃を飛ばした。しかし小悪魔がパチュリーを身を挺して守る。小悪魔は弾けたが、体が魔素でできているので何ら問題はない。

 

「フラン、貴女はよく分かっているでしょ? レミィがどれだけ不器用なのかを。どれだけ貴女のことを想っているのか────」

「……はぁ」

 

 フランドールは深いため息を吐いた。瞳は淀み、濁っている。彼女に嬉々とする表情はない。あるのは……無だった。

 

「いい加減にして。私はもうどうでもいいのよ……お姉様から想われていようと、憎まれていようとね。うん、私はもう何もいらないのよ。何も欲しくない」

 

 ──だから……

 

「……もう私は────」

 

 

 

 

 

「おいおい何だそりゃ」

 

 魔理沙はフランドールの言葉を遮った。痛烈な視線が魔理沙に集中する。

 

「妖怪、生が長いんだ。うじうじ人間みたいに悩むなよ。らしくもない」

「……悩んでなんか……」

 

「お前と私は妖怪退治ごっこをしている途中だろ。せっかく遊びに付き合ってやってるんだ、どうせなら楽しみながらやれよ。この世は楽しんだもん勝ちだぜ」

 

 それにな……と付け加える。

 

「いいじゃないか。一人でも自分を想ってくれている奴がいるなら胸を張れ。それだけで生きている価値は生まれてくる」

「……」

 

 フランドールは無表情で魔理沙を見つめ、何の予備動作もなく殺傷弾幕を放った。魔理沙は羽でペシッと弾き飛ばす。

 そしてそれ以降両者に動きはなく、落ち着かない沈黙が辺りを支配した。

 ……暫くして業を煮やした魔理沙が帽子を外し、その裏地をフランドールへと向けた。

 

「……さて、ここで魔理沙さんからの出血大サービスだ」

 

 魔理沙は劇前の口上を述べる道化師のように饒舌に語り始めた。テンポに合わせて帽子をくるくると回す。

 

「私は収集家でな、色んな物を拾い集めたり、人から貰い受けたりしている」

「へぇ、モノ拾いで生計を立ててるのね」

「そ、そういうわけじゃない。趣味の一環に決まってるだろ! ゴホン……それでだな、その集めたお宝の中にとんでもないモノが紛れ込んでいることがごく稀にある。今からお前に見せてやるこれも、そのうちの一つだ」

 

 帽子の裏地が変色し、歪んでゆく。空間魔法によってどこかと繋げたのだろう。

 

「これは外の世界で教授とかいう職についている奴から貰ったモノだ。使ってみるのは初めてだが……なぁに忘れられない思い出にはなるだろうな」

 

 チラッと魔理沙がパチュリーを一瞥した。パチュリーは……身震いし、結界をより一層強化する。そしてそれをさらに重ねがけ。鉄壁の布陣の完成だ。

 

「パチュリーさま、どうされました?」

「……自分にも結界を何枚か張ってた方が身のためよ。ていうか張っておきなさい」

「は、はぁ……?」

 

 疑問符を頭に浮かべ、パチュリーに言われるがまま小悪魔は自分の周りにシールドを数枚展開した。

 魔理沙は笑みを深めると埃を落とすように、帽子をポンポンと軽く叩いた。その行動に何の意味があるのかは分からないが、フランドールはますます帽子へと集中を高める。

 

「さぁて、しっかりと瞼に焼きつけろよ!今年一番の大花火だっ!!」

 

 魔理沙の宣言とともに帽子からにゅっと金属の塊のようなものが高速で飛び出した。

 先端は丸みを帯びているが出っ張っており、赤く塗られている。そして鋼でできた棒筒状の部分には何故か顔が描かれており、この物体が秘める力を考えれば実にミスマッチ。尻の部分からは炎が噴射し、主が示した対象物に向けて一直線に飛来する。

 

 大陸間弾道ミサイル(ICBM)……通称ミミちゃん。数メートルの体躯に鈍色の光を映し出すそれは、まごう事なき核ミサイルであった。

 

「……!!」

「え?」

 

「わっ!?」

 

 

 

 

 

 

 ────199X年、紅魔館は(以下略

 

 

 

*◆*

 

 

 

「うおろろろ、えれえれえれぇぇ……」

 

 もう、限界……。

 ここまで私はよく頑張った、よく頑張ったよ。けど限度っていうのは誰にしも必ずあるものであってね?重度のハードワークからの度重なる精神攻撃、限界を超えて身体を酷使しすぎた結果がこれである。

 

 私は心に誓った。絶対にもう地底には潜らない。絶対にね!!どんなことが起こっても二度と地底なんか行ってやるもんですか!!

 今回の私の決心は固いわよ!

 

 以上、地霊殿のトイレにて今日食べたものの全てを口から吐き戻している私の心の叫びでした。うおっぷ……。

 

 

 

 口元をちゃんと拭いた後にトイレから出た。

 吐瀉物を顔に引っ付けての登場は常識的にいけないことよね。うん。幻想郷の賢者としての何たらかんたら以前の問題よね。

 

 古明地さとりとの会談は私の胃腸を除いて無事に終わり、後は旧地獄参道の視察を行うだけ。それが正真正銘最後の仕事だ。

 あともう少し……あともう少しで全てが終わる……!帰って眠れる……!こんなに、嬉しいことはない……!

 まあ旧地獄参道にもたくさんの危険はあるのだけどね。例えば鬼とか鬼とか鬼とか。

 並大抵の鬼ならば藍が睨みを利かしてくれるだろうから関わってくることはないと思うけど……問題はあの二匹。彼奴らを躱さないことには私の今日二度目のリバースは確定的なものになる。

 

 さてどうやって躱そうかとふらつく頭で考えながらえっちらおっちら地霊殿の廊下を歩いていた。すると視界の隅にちらりと黒い帽子が映る。

 あ、いたのね。

 

「あらあらこんばんわ。久しぶりねこいしちゃん」

「……ん、私? えーっと、どなたでしたっけ? ってゆかりん! 貴女はゆかりんじゃないの!」

「どうも」

 

 未だにゆかりん呼びはビクってなるわ。まああっちがそう呼びたいならそれでいいけど。

 この子は古明地さとりの妹である古明地こいしちゃん。姉とは対照的に元気発剌って感じの活発的な女の子。性格もまた姉とは違ってすこぶるいい子なのよ。

 あー……やっぱり妹はいいわねぇ。みんな素直で私に優しくしてくれるんだもの。

 全く……それに比べてレミリアといいさとりといい……なんで姉はあんなに性格が悪いのばっかりなのかしら?妹の爪の垢でも飲みなさいよ!

 

「もー! 来てるなら来てるって早く言ってよぉ〜! 私が歓迎してあげたのにさ! どうせまたお姉ちゃんからいじめられたんでしょ?」

「ごめんなさいね。ちょっと色々と立て込んでたから」

 

 ホントいい子!幻想郷中どこを探してもここまで私に優しくしてくれるのはこいしちゃんぐらいよ。本当にこの子はあのさとりと血を分けているのかと疑ってしまうほどだ。

 

「ま、いいよ。それじゃあさ、ゆかりんに見せたいものがあるから一緒に来てよ! 多分すっごくびっくりするよ!」

「それは魅力的な提案ね。だけどごめんなさい、この後も色々と立て込んでるから急いで次の場所に行かなきゃならないのよ」

 

 体力的にも厳しいしね。それになにより玄関で藍を待たせてるから……。

 ごめんねこいしちゃん。

 

「えーそんなー……むぅ」

「またの機会にお願い? またいずれ来ると思うから」

「……分かった、そういうことならいいよ! 今度は絶対に来てね!」

「ええ。それじゃあ御機嫌よう」

 

 別れを惜しみながら私はこいしちゃんに背を向けた。あの子の好意を無下にするのは辛いけど、藍を待たせるわけにはいかない。機嫌を損ねた日には……ブルブル……。

 ……って、もう二度とここには来ないって誓ったばっかりなのに「また来る」って言っちゃったよ!?……うわぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

「……残念だったなぁ。死体で着飾った私自慢の部屋を見せてあげようと思ったのに。ゆかりんもいつかは着飾る予定だから一回は見せとかなきゃダメだよね、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。待たせたかしら?」

「滅相もない。それでは行きましょうか。……それにしても奴ら、見送りにも来ないとは……!」

「いいのよ。私が断ったんだから」

 

 ぶっちゃけさとりの顔は二度と見たくない。好き好んであいつに会いに来る奴なんかいるはずないわ。ぼっち乙ってところね!

 

「それじゃあ、早速────」

「ッ! 紫さまッ!!」

 

 藍の叫びが届くか否かのところだった。

 頭上から爆音が聞こえ、驚いた拍子に上を見渡すと……視界を埋め尽くすほどに巨大な岩盤が落下してきていた。天井そのものが落ちてきているような……そんな悍ましい光景だ。

 

 ……これは死んだかな?

 あぁ、八雲紫の一生は岩盤に押し潰されて幕を閉じるのか……惨めね……。

 悲観よりも先に諦めが湧いた。

 来世ではもっと優しい妖生をプリーズ。そう心に思いながら潔く目を閉じて……

 

「式輝『プリンセス天狐 -Illusion-』」

 

 凄まじい轟音を聞いた。

 いや、私は実に運が良かった。助かったとか藍が側にいたとかそういう意味じゃなくて……

 もし目を開いていたら恐らく、いや確実に失禁してしまっていたから。

 




フランドール・スカーレット

能力
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

パワー
レミリアより若干下

スピード
レミリアより若干下

交友関係
紅魔館の面々
ゆかりん

出会った中で一番強いと思った存在
どうでもいい


レミリアの妹。495年間休憩中らしい。自分を狭間の存在だと揶揄する。
元々は純粋で素直ないい子だったのだが、自分の負の感情を壊してしまい喜びしか感じることができなくなった。怒り、憎しみ、悲しみなどは心に浮かぶことなく、喜びと無のみがフランドールを支配する。
能力に「ありとあらゆる」という単語が入っているが、実際にどこまで破壊できるのかはフランドール自身もよく分かっていない。というより興味がない。自身の性質を破壊した場合には凄まじい激痛が走るらしい。
495年間休憩中らしいので人生経験は少ない。よって弱点は自分が知るのみの痛みしか破壊していない。つまり己を知れば知るほど強くなる。そして本来のものとはかけ離れてゆくのだ。体は鈍っているので元の身体能力よりはパワー、スピードともに低下している。また存在の目を操ることができ、そのものの性質をそれなりに把握することも可能。
受け答えはできる。しかしちゃんと言葉のキャッチボールになるかというとそうでもない。彼女に心があるように見えてもそれは心があるふりをしているだけなのかもしれない。彼女の心に干渉できるのは狭間の存在のみ。魔理沙は半分だけ狭間の存在だという。




質問、意見等あれば。


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赤より紅く、紅より儚い二人*

 あぁ……ごめんなさい。

 

 

 生まれながらの罪なんて赦されるわけがない。だって、そうなるべくしてそこに在るのだから。余地など生まれるわけがない。

 

 禁忌は常に中にあった。

 腫れもののように焦ったくて、液体のように纏わりついて、病魔のように私を蝕み周りを否定する。

 なぜ私なの?

 暗い……冷たい。辛いし……なにより苦しい。

 底がないほどに落ちているような、そんな感覚。水面はどんどん遠ざかってゆく。手をいくら伸ばしても届かなくて、何もない感触が掌を過ぎてった。

 掴めない、触れない。

 

 怖かった。

 私はなにより自分を恐れた。

 

 気づけば自分はどこにいるのかさえ見失って、一人もがき苦しんだ。

 

 

 ──ありがとう。

 

 

 お姉様はなによりの光だった。分け隔てなく私にさえその光を照らしてくれた。

 笑顔をくれるだけで私は救われる。私を見てくれるだけでその意味は生まれる。

 私は何もできないけど、お姉様は私に全てを与えてくれた。それがもどかしくも、悲しかった。私からはお姉様にしてあげれる事なんて一つもない。ただ一方的にお姉様に甘えるだけ。

 しかもお姉様の幸せを私が阻害している。その事実が辛くて……辛くて。悲しくて。

 

 お姉様の望む私になろうと思った。

 

 なのに……なんで?

 

 お姉様は私の前で笑わなくなった。

 手を振りほどき、私を怒鳴った。

 なんでなの?お姉様の望むフランドール・スカーレットは今ここに在るはずなのに。

 

 ”在る”?ほんとにそうなのか?

 フランドール・スカーレットは存在しているの?お姉様と話していたフランドール・スカーレットは私なのか?

 

 ……違う。

 

 私じゃない。私は私じゃない。

 だって()()は……私が壊したんだから。

 

 直らない。どうやっても私は直らない。

 壊したものは二度とは帰ってこない。簡単で、当たり前の事じゃないの。この世界はゲームじゃない。コンテニューなんてできないんだから。

 どうして気づけなかったのか。可笑しくて笑いがこみ上げてきた。

 だけどいずれはそれすらも煩わしくなって、壊した。こみ上げる度に壊した。

 そうだ、これは疑問に思うからなんだ。だから変な矛盾に気がついて可笑しくなっちゃうんだ。

 ハハ、簡単なこと。

 

 もう壊しちゃおう。全部、全部。

 もういいの。私は何も欲しくない。お姉様が望むフランドールは私じゃないから、もういいの。私にはもう、何もないから。

 

 私は笑いながら疑問を握り潰した。

 

 ああ……ごめんね。

 

 ごめんね、お姉様。

 ごめんね、フラン。

 

 

 *◆*

 

 

 核弾頭はフランドールへと接触すると同時に内部の核分裂によって弾け、凄まじい破壊をもたらした。

 爆風はあるもの全てを薙ぎ倒し、粉々に粉砕。

 そしてそれを熱波が悉く焼き尽くす。元々から木造であった大図書館には致命的過ぎた。

 魔理沙は爆発する寸前に自分を翼で包み、爆風とともに飛んでいった。

 パチュリーと小悪魔は結界によって身を守ったものの、強度が足りないことをいち早く察知し転移魔法で屋外に脱出。

 そしてフランドールは……余す事なくミミちゃんの最大火力を味わった。

 

 

 

 そして場面は元紅魔館前門へ。

 紅魔館は跡形もなく吹き飛び、在った場所には大きな風穴が空いている。どうやら地盤が沈下したらしい。地下には元々から空洞が存在していたみたいだが……

 

「……む? 規模が小さいな。幻想郷を吹き飛ばしてもおかしくないと思ってたんだが……図書館の連中が思いの外抑えてくれたみたいだな。おかげで威力がよく分からん」

「……これは驚いたわ。貴女もまた理を逸脱する存在だったのね。……いや、当然といえば当然か」

「あ? ……その顔とその羽、見たところお前がフランのお姉様の……レミィさんか?」

「ご名答。レミリア・スカーレットよ」

 

 フランドールと瓜二つのレミリアの姿を見て魔理沙は一瞬だけ固まったが、これまでの情報と照らし合わせ、目の前の吸血鬼少女が件の人物であると推測した。風貌がやけにボロボロなのも霊夢と戦っていたと考えれば納得である。

 

「さっきの爆発は貴女のものみたいね。館の修理費は貴女につけさせてもらうわよ」

「ならチャラだ。私もお前から妹の子守り代を貰わなきゃならん」

 

 軽口を言い合う二人。

 すると魔理沙の隣に霊夢が降り立つ。もちろん霊夢には傷一つなく、体は透けている。弾幕はもう出していないが半透明化は継続されるらしい。

 

「あら魔理沙じゃない。その姿……随分と懐かしいわね。いつ以来かしら?」

「おう霊夢か。……って、まーたその反則技(チート)かよ。いい加減攻略法を教えろって」

 

「ないわ」

「……そうか」

 

 諦めた魔理沙はため息を吐くしかなかった。そしてレミリアをちらりと見た後、ゆっくりと瓦礫と化した紅魔館へ視線を移してゆく。

 瞬間、妖力の波動が解き放たれ、瓦礫が一掃された。波動の中心にはフランドールが蹲っていた。体の所々に酷い裂傷を負っており、腕や足に至っては千切れて何処かへと吹き飛んでしまっている。

 熱線は無効化されるのだが、爆風による風圧は無効化しきれなかったようだ。

 

「いったいなぁもうッ!! 凄く痛い!!」

 

 ゲラゲラと笑いながらフランドールは肘で立ち上がろうとする。しかし肘では立ち上がれず、滑って顔を地にぶつける。かなりの消耗だろう。その再生能力に陰りが差している。だがなおもフランドールは笑っていた。

 レミリアは顔を顰めると思わずフランドールへと駆け寄ろうとして……止まった。

 

 思い浮かぶのは最後にフランドールと面と向かって顔を合わせたあの日。自分がフランドールを壊しておきながら、彼女を否定し拒絶したあの日。

 

 ──自分にフランドールへと寄り添う資格はあるのか?……愚問だろう。ないに決まっている。

 だって……ちゃんちゃら可笑しな話ではないか。あの子はもう……私のことを……

 

 レミリアが俯き、静止している間にもフランドールは再生を行おうとしていた。

 しかし一向に自分の体には霧が集まらず、ただ虫のように地に這い蹲ってジタバタと足掻くだけだった。

 

「アレも一応吸血鬼でしょ? 何やったの?」

「検知妨害魔法をここらにかけてるだけだぜ。腕が生えなきゃ破壊もできんだろうからな。まああいつの再生力ならやがては復活するだろうが」

 

 魔理沙は羽についている瓦礫や残骸を叩いて落としながら答えた。やはり手入れが大変そうだ。

 

 

 

 

「……ここまでね、レミィ」

「……パチェ……」

 

 紅魔館から脱出していたパチュリーがレミリアへと言った。その後ろでは小悪魔が虚空を見つめてブツブツ何かを呟いている。さらにその後方では顛末を見届けるべく美鈴がチルノを絞め落としながら場を見守り、咲夜はその傍らでぐったりと座り込んでいた。コンテニューした妖精メイドたちはガタガタと震えている。

 

 紅魔館勢力はその殆どが霊夢と魔理沙によって落とされていた。肝心の自分は霊夢の夢想天生によってボロボロに、フランドールは今も地面に這い蹲っている。

 まごう事なき完全敗北であった。

 

「あー終わり? まあ霧はもうなくなったし、このまま降伏するんならこの異変は終了、あんたたちも全員厳重注意で解放……だと思うけど。終わりでいいのかしら? 私は早く帰って寝たいのだけど」

「私は本を貸してくれるんならそれでいいぜ。残ってるのかは知らんが」

 

 霊夢は静かに紅魔館の面々を見下ろしながら降伏を勧告する。

 魔理沙は消滅した紅魔館を見ながら本の安否を気にしていた。図書館にあった本は間違いなく全て燃え尽きただろうが、空間魔法で保管しているものなら無事だろう。

 

 レミリアは少しばかりメンバーを見渡し……溜息をつくと霊夢と魔理沙へと向き直った。その瞳は消沈している。

 

「参ったわね……私はまだやれるけど、従者たちが限界らしい。ここらで異変は……終いかしらね」

 

 あくまでもレミリアは敗北を認めない姿勢を取ったが、それが虚勢である事は誰にでも分かっていた。

 その小さな身体のいたるところに大小様々な傷を負い、フランドールの姿を見てかなりの精神的ショックを受けている様子だ。

 いかに真の強者であるレミリアだとしても、霊夢の夢想天生の前には等しく無力だったということを静かに象徴していた。

 

 レミリアの言葉を受けた霊夢は妖怪退治の鋭い瞳を閉じ、穏和で間の抜けた、気怠そうな瞳を開いた。そしてふぅ……と軽く息を吐くと、反転し神社への帰路につこうとした。

 だが……

 

「どこへ行くの……まだまだこれからでしょ!?」

 

 フランドールは片腕だけを再生させ、上半身を起こす体勢で弾幕を放った。

 弾幕は霊夢の頭を通過した。透明化しているので勿論ダメージはない。

 霊夢はピタリと動きを止めるとゆっくり振り返り、無機質な目でフランドールを見る。いつもの妖怪退治の目だ。

 

「まだやるの?それはそれでいいけど……命があるなんて思わない事ね」

 

 霊夢は静かに、しかし力強くお祓い棒をフランドールへと向ける。魔理沙はあちゃー、と苦笑いした。

 レミリアが慌てて間に入る。

 

「やめなさいフラン。今日はここまで……潮時よ。おとなしく手を引きなさい」

「嫌だ。この遊びは私の遊びよ。紅魔館とは関係ない」

「……貴女は……紅魔館の一員でしょ」

「……本気で言ってる?」

 

 無機質なフランドールの瞳がレミリアを射抜く。そう言われるとレミリアは何も返せない。悲痛な表情を浮かべ、俯向く。

 その様子を大したリアクションもなく見つめたフランドールは、力を込め異形の翼で空へと舞い上がる。足がないなら飛べばいい。単純明快な話だ。

 

「さあ、最期まで愉しませてよ!コンテニューなんてできないんだからさ!」

 

 フランドールは風穴を挟んで対峙。その手にレーヴァテインを召喚する。灼熱が再び場を支配した。燃え上がる炎剣はまるでフランドールの心情を表すかのようにその激しさを増した。

 

 地響きが鳴る。大地が砕け、鬼神が争っているかのような、凄まじいエネルギーが地面を這う。

 幻想郷が……砕ける。

 

 霊夢がお札を構えるが……それをレミリアが手で制す。弱々しくもどこか力強さを感じさせる。

 

「不始末は……私が片づけるわ。貴女は引っ込んでてちょうだい」

「……まあいいけど」

 

 霊夢が一歩引く代わりにレミリアが一歩前に出る。そして手にはグングニルが召喚された。神槍はしっかりとフランドールの不規則な運命に狙いをつける。

 

「……っ! いけない、お嬢様ッ!!」

「やめなさいレミィ!」

「ぐっ……ザ・ワール────」

 

 レミリアの目を見た美鈴は飛び出し、パチュリーは詠唱し、咲夜は能力を発動せんとする。だが、間に合わない。

 レミリアとフランドール。二人がぶつかり合えばどちらかが死ぬのは目に見えていた。レミリアは本気、フランドールも本気だ。

 

「……終わらせてあげるのが一番なの? ……それが最善策なの? フラン」

「どうだっていい! 諸共吹き飛べ!」

 

 フランドールはレーヴァテインを思いっきり振りかぶった。それと同時にレミリアはグングニルを薙ぐ。

 紅い弧を描く神槍と神剣は、膨大な魔力を空へとぶちまけながら確かな殺傷力を持って互いに迫る。

 

 今、二つの神器がぶつかり────

 

 

 

 

 

 

「双方そこまでよ!」

 

 

 

 

 

 ────止まった。

 

 神剣と神槍が衝突する直前に()()は割り込んだ。その結果、レーヴァテインとグングニルは彼女の首を断ち切るすれすれで静止したのだ。

 エネルギーの渦中に現れたその存在にレミリアも、フランドールも、紅魔館の面々も、魔理沙も……霊夢も、誰もが釘付けになった。

 

 灼熱と妖風に長い金髪の髪が靡く。

 レミリアとフランドール、二つの強大な存在に挟まれながらも顔色一つ変えない圧倒的器量。

 紫のドレスが優雅にひらめき、殺伐とした空間を調和する。すみれ色の妖しい瞳が周囲を鋭く射抜く。

 

 何も感じなかった。だが彼女はそこに居た。

 

 

 

 

 

 

「一体何事かしら?」

 

 ()()()は優美に扇子を扇ぐ。

 誰かがゴクリと生唾を飲み込む。その音が聞こえるまでに辺りは静まり返ったのだ。

 一挙一動に場の者たちの視線が集中する。彼女が何を為すべくしていきなり現れたのか……それを見極める必要があった。

 しかし皆の期待とは裏腹に、紫が最初に発した言葉は些細もないことだった。

 

「……暑いわねぇ」

 

 紫はチラリとフランドールを見やる。その視線は手に持つレーヴァテインへと注がれていた。場の緊張がやや高まる。

 

「フラン、その剣をしまってちょうだい?」

「あ……う、うん」

 

 気勢を削がれたフランドールは若干慌てつつレーヴァテインを消滅させる。

 あそこまで興奮していたフランドールを一瞬で制した紫の器量に誰もが息を飲んだ。

 だがそのような周りの様子には気をかける間もなく、紫は次にレミリアへと視線を移す。レミリアは目を細め警戒を露わにした。

 

「レミリア、風は肌に良くないわ。少しばかり抑えてくれると助かるのだけど?」

「……分かったわ」

 

 レミリアは素直にグングニルを消滅させる。さっきまでの熱気が嘘だったかのように場が静まりかえった。

 彼女が人の命令を聞くのは相当珍しいことだ。レミリアを長く知る美鈴とパチュリーは、紫の秘める得体の知れない何かに戦慄した。

 紫は少しばかり周囲を見渡す。

 

 荒れ果てた大地。

 吹き飛んだ館。

 汚染された湖。

 破壊された森。

 

 全てが全てこの異変中に行われた破壊による産物である。

 紫は少しだけ眉をピクリと動かすと、無機質ながらも強い意志を感じさせる目で各々を上空から見下す。

 

「少し度が過ぎましたわね。霊夢、これじゃ異変解決とは呼べないわよ?」

 

 紫の言葉を受けた霊夢は鋭い眼光で彼女を射抜き……しかしやがてはそれを抑え、面倒臭そうな顔をしながらアッケラカンと答えた。

 

「いやほとんどの原因は魔理沙だし」

「い、いやいや使わざるを得なかったんだ。まさか”かくみさいる”とやらにこれほどの威力があったとは夢にも……」

「貴女、『幻想郷を吹き飛ばしても可笑しくない』とか言ってなかった?」

「レミリアこの野郎!」

 

 魔理沙の瞳と翼が挙動不審に揺れる。これは間違いなく黒だろう。

 もっとも有力妖怪たちの幻想郷に対する認識は『いくら壊しても明日には直っている便利な世界』である。

 その裏で苦労しているスキマ妖怪とその式がいることも知らずに。

 紫は大きなため息を吐くと、もういいとばかりに魔理沙の言い訳を取り下げる。

 

「……貴女(魔理沙)への追及は後よ。相応の覚悟はしておきなさい。次に……貴女たち姉妹は何をやっていたのかしら?」

 

 レミリアとフランドールへと視線が注がれる。

 紫は剣呑な表情を崩し、面白い見世物を見たかのように軽く笑うと、言い放つ。

 

「片方は本気で殺そうとしている……片方はわざと相手に殺されようとしている。滑稽な姉妹喧嘩ね。それでお互い満足できるの?」

「……ッ!」

「……!?」

 

 核心を突かれたかのように二人が固まった。互いに図星を突かれたらしい。

 その様子を見た紫は静かに目を閉じた。

 

「喜劇と悲劇の線引きは実に曖昧なもの。だけれど貴女たちはそれが同一のものであると勘違いしているわ。それは違う。このようなかくも醜き美談が喜劇となり得るとでも?」

 

「貴様は……何を言って……」

「聞きなさいレミリア、フラン」

 

 レミリアの言葉を遮る。紫は目を薄く開き、凛として言い放った。

 

「貴女たち二人には事の結論をつけることは難しい。だから何者でもない、第三者である私がその結論を言って差し上げますわ」

 

 紫は扇子をパチンと閉じる。

 

「両者に非はない。互いにすれ違い、非を感じあっているだけ。簡単なことよ」

 

 パチュリーと美鈴は目を見開いた。

 まさか……紫がスカーレット姉妹の確執を把握しているとは。さらに両者を諌めた上で自分たちには言えなかった……だけど誰もが薄々と感づいていた真相を言い当てたのだ。

 あの二人のバランスは危うい均衡の上で成り立っていた。少しでも当人が、また周囲が均衡を崩せばどう転ぶかは分からない。

 パチュリーも美鈴も咲夜も。当事者であるレミリアもフランドールも、半ばそのことが分かっていたからこそ話しづらかったのだ。

 それを紫は……物知らぬ顔で切り込んだ。

 

 レミリアは苦虫を噛み潰したような顔で紫の言葉を重く一笑する。その身から放たれる妖力の重圧がまた一段と強くなった。

 

「……貴女に私たちの何が分かるというの? 私もフランも、貴女に会ってまだ十年も経っていないというのに」

「たかが十年。されど十年ですわ」

 

 紫は薄く微笑を浮かべた。

 

「何も知らなくても分かることはある。レミリア、貴女の愛情は決して間違ってはいない。ただ、それが為す結果をフランの優しさと運命に頼りすぎた。そんなことは自分でも分かっている……だから歯痒いのでしょう?」

「……ッ!!」

「貴女は逃げ続けた。だけれどやがては疲弊していって、最後には全てを終わらせようとした。

”死”……という方法を持ってして」

 

 紫の心を見透かすような視線に言葉を詰まらせる。そして紫の一言一言がレミリアへと突き刺さってゆく。

 レミリアはジッと紫を睨んだ後……目元を柔らかくして体から放出していた妖力を引っ込めた。憑き物が取れたような、清々しい微笑を浮かべる。

 

「……一本取られたわ。貴女はフランのことを私なんかよりよく分かっている。貴女とフランが出逢えたということだけで、幻想郷に来た意味は十分ね。素直に礼を言う。……だけど、どうして貴女は私たちにここまでしてくれたの?それだけが解せないわ」

 

「幻想郷は全てを受け入れる。だけどその後のことは本人たち次第なのよ。ならば……楽しく平和に暮らしてちょうだい。それが私の願いなのだから」

 

 レミリアの問いに紫はなおも笑みを零しながら、透き通るすみれ色の瞳でさも当然のように語る。

 いつもは胡散臭くてたまらない紫だが、今回ばかりは信じきれるような、そんな確かな想いが生まれた。

「あと」と付け加える。

 

「フランのことを一番わかっていて、一番愛しているのは貴女よ、レミリア。そのことは否定しないであげて? それがこの子にとっての誇りであり、誉れであり……本当の喜びなのだから」

「八雲紫……」

 

 レミリアは紫を見た後、思わず感極まった表情を見られまいと顔を背けた。

 だがその一方でフランドールは諦めの表情を見せていた。そして紫へと言う。

 

「……私はもう私じゃないの。壊れた心はもう二度と戻らないから……。いやけど別にこれが嫌だとかそんなんじゃないの。私は満足してるのよ? だけど心がない私にお姉様たちと一緒にくらすなんてそんなことできるはずがない。お姉様も迷惑だろうし、みんなも私を────」

「フラン」

 

 紫はしっかりとフランドールを抱きとめる。その抱擁はフランドールの心を諌め、慰め、熱あるものにしてゆく。

 

「そんなことないわ。心とはただ在るものじゃない。生まれ育むもの、そして繋がるもの。そんな簡単には無くならないものなのよ。非常に厄介なことにね」

 

 フランドールは目を見開き紫を見る。

 紫はフランドールの頭へと手を乗せた。

 

「心のことに関しては世界一の専門家が幻想郷にはいるから。……今度私と一緒に行きましょう? そうすれば貴女の傷ついた心も癒えるはずよ」

 

 紫は「一緒に行こう」のところで一瞬迷ったが、すぐに決心したようでフランドールの右手を力強く取った。

 

「……なんで私にこんなにしてくれるの? 私は紫に何もしてあげれないのに……」

「あら、友を助けてあげるのに理由はいらないはずよ? 違うかしら?」

 

 即答だった。

「それにね」と付け加える。

 

「貴女は貴女。他の何者でもなく、紛れもない貴女なのよ。どれだけそれであることを自分や周りが否定しても、それだけは絶対に変わることはないわ」

「紫……」

「大丈夫……私も、レミリアも……全員が貴女のことを見守っててくれる」

 

 フランドールは紫を見て、一筋の涙を流した。急いでぐしぐしと拭う。

 悲しさや悔しさからの涙じゃない。嬉しさからの涙だった。

 

 そしてフランドールはレミリアへと視線を移す。しっかりと向き合うのは400年ぶりか。長い時が築き上げた壁は大きい。

 両者ともに目をそらす。なんだか気恥ずかった。

 そして

 

「……フラン」

「えと……お姉様」

 

 言葉が重なってしまい、また気恥ずかしくなる。姉妹がここまで狼狽える姿を見るのは初めてだと美鈴は目元を拭いながら呟いた。

 

「まあ、まだまだ難しいところもあるでしょうね。だけどそれは時間が解決してくれる。ちょっとずつ前に進んでゆきなさい」

 

 そこまで言って、紫は再び優雅な笑みを浮かべる。その圧倒的存在感は鮮烈なものだった。

 パチュリーは内心紫へと頭を下げた。人に感謝の念を感じたのは久方ぶりだ。小悪魔も感心したように言葉を漏らしている。

 一方の咲夜は面白くなさそうに、だけども安心した表情で姉妹を見た。

 

 

 さて、これにて一応の一見落着……なのだが。

 

 

 

 

 

「で、どうするの?異変は続くの?続かないの?」

 

 放置されていた霊夢がお祓い棒で肩をペシペシ叩きながらぶっきらぼうに言う。控えめに言って雰囲気ぶち壊しだ。

 魔理沙は今日何度目かの苦笑を浮かべた。

 

「……私はまだまだやれるよ?満足してないし!」

 

 フランドールは再び深い笑みを浮かべると、熱りだってレーヴァテインを召喚する。そう、姉妹の仲が進展してもフランドールはまだ満足できていないのだ。

 だが疲弊した体に加え、魔理沙の魔法によって再生が妨害されているフランドールでは霊夢にも魔理沙にも敵わないだろう。

 

 だから肩を支え、寄り添った。

 

「……あら、久しぶりねお姉様。ご機嫌いかが?」

 

 フランドールがレミリアへと向けていたのは喜びや無よりも……驚きの感情だった。

 

「……ええ、最悪よ。貴女は如何かしら?」

「私は楽しいよ! けどやられっぱなしじゃカッコ悪いかな。お姉様も……ちょっとカッコ悪い感じなの?」

「……そうね」

 

 レミリアはその目でジッとフランドールを見つめる。あの頃のフランドールの面影はやはりないが……今までとはちょっと違っている感じがした。

 彼女に影響を及ぼす事ができるのは彼女と同じ存在だけ。だがフランドールは明らかに自分が知らぬうちに多大な影響を受けている。

 悲しみ、怒りをなくしてしまったフランドール。

 偽りの喜びを手にしたフランドール。

 しかし目の前の彼女は……

 

 レミリアは穏やかな笑みを浮かべ、霊夢と魔理沙を見る。

 紅魔館を相手に悉くその力を正面から打ち破った二人の人間。自分たちを易々と受け入れた一人の妖怪。

 彼女たちの運命はもはや紅魔館を……レミリアとフランドールの運命ですらその輪に巻き込もうとしている。

 

 ──貴女の思惑通りかしら?八雲紫

 

 いつの間にかこの場から居なくなっている紫を思いつつ、内心苦笑した。

 今回の異変は完敗だろう。

 彼女たちに勝てるヴィジョンも浮かばないし、まず紫と話をした時に薄々と自分の敗北を悟りつつあった。

 だがこの結果は結果で悪くはないと思う。元々はただの余興で始めた異変だ。だがここまでの成果を残す事ができた。……代償は高くついてしまったが。

 

 かつての自分ならここまで潔く自分の敗北を認めることはなかっただろう……と、レミリアは内心感じていた。ここまで清々しい完敗は吸血鬼異変ぶりだ。

 

 だが────

 

 

 

「やられっぱなしは……確かに性に合わないわね」

「……お姉様?」

 

 レミリアはフランドールへと手を翳し、妖力と魔力を霧状に送り込む。するとみるみるうちにフランドールの千切れた腕と足が再生してゆく。

 再生した腕をまじまじと見つめたフランドールは、レミリアを見た。

 嘗てと変わらぬ……愛のある表情を浮かべる。

 自分を壊し、騙し続けたフランドール。だが、レミリアに対する愛は壊れてはいなかったのだ。

 

「ありがと。これでまだ遊べる!」

「ええそうね。だけどこのままじゃ私も貴女も負けてしまうわ」

 

 フランドールはレーヴァテインを召喚し、ブンッと振り払う。

 

「負けないよ! そんな運命なんて私が破壊してあげる!」

「……ふふ、その通りよフランッ!!」

 

 レミリアはグングニルを召喚し、ブンッと振り払う。

 そして神剣と神槍が重なり合った。

 同調する二つの紅い妖力はともに増幅し合い、幻想郷へと降り注ぐ。紅色の幻想郷が幕を開けた。

 つまり、異変続行の意思を示したのだ。

 

 相対する霊夢はお札と封魔針を指に挟み、霊力をその身へと漲らせてゆく。

 魔理沙は翼をはためかせ、八卦炉を握り締めた。

 

「魔理沙は引っ込んでていいわよ。私が両方やってあげるから」

「霊夢がすっこんでな。私が一瞬で決めてやるから」

 

 ……協調の意思はない。

 

「さあ行くわよ。見せてあげるわ……吸血鬼の本当の恐ろしさを!!」

「骨の髄まで恐怖しろ!!」

 

「来るわよ魔理沙。引っ込んでなさい」

「来るぞ霊夢。引っ込んでろ」

 

 

 

 

 異変最後の戦いが始まった。

 緋色の幻想郷は激しい発光に彩られ、最後の戦いを飾るにふさわしいものだった。またそれは、紅魔館の新しい日々の開始を祝福するような美しいものであった。

 

 異変は夜明けとともに幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 stage6.クリア

 

 stageEX.クリア

 




とまあ最後は駆け足気味でしたが紅魔郷は完結です。霊夢と魔理沙の友情が幻想郷を救うと信じて……!(なお協調性はなし)
妖々夢からはかなり文体が変わると思います。戦闘をそれなりに削ぐことになるかと。

ちなみにレミリアとフランが攻撃し合った際、どちらとも相手に殺されようとしてました。二人はどちらともに罪悪感を抱いてましたからね。するとゆかりんの言葉に「うん?」となる部分がありますが……まあそれは次回。
ちなみにこのゆかりんはゆかりんですよ?
どうでもいいけど美鈴を打つときに「みすず」と打たなきゃ出てこないのが辛い。「ほんめいりん」なら出るのに。

次回はゆかりん視点で紅魔郷完結です。
感想、ご意見あればどしどしお願いします。評価なんていただければ励みになります。


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迷探偵八雲紫の事件簿:紅魔館幼女監禁殺人未遂事件

サブタイトルが物騒だなぁ……。




 天井が落ちてきたけど頼れる式神が一瞬で消し飛ばしてくれました。

 はいあらすじ終わり。

 

 

「ふぅ……紫様、埃はかかっていませんか?」

「……ええ大丈夫」

 

 

 

 

 

 ───んなわけないでしょ!?

 一瞬気絶しかけたからね!?いやまず地盤がそのまま落ちてくるってどういうことよ!?どんだけ緩んでたのよここら一帯の地盤!

 ていうかそれを一瞬で消し飛ばした藍の火力。色々とおかしいでしょ……。

 

「しかし一体なんだったんでしょうね。私の計測や統計からは本来このような崩落……もとい沈下が起きるのはありえないのですが」

 

 んなこと私に聞いても分かるわけないでしょ!PだかNPだかよくわからない予想を計算したとかいう意味不な無敵の頭脳でなんとかしてくださいよぉ!

 ……それにしてもあたりに散らばっている残骸、どっかで見たことがあるような。例えばあの趣味の悪い時計台とか。

 うん、あれ多分紅魔館よね。忌々しき畜生住人たちとクソガキ吸血鬼が跋扈し、一人の優しい女の子が幽閉されてるクソ悪魔の館。

 

 いや、上で何があったし。

 

 嫌な予感が頭をよぎる中、藍に原因を探ってもらおうとした……その時だった。

 ”奴ら”が来た。

 

「おっ、紫じゃん。こんなところで暴れてどうしたのさ」

「おっ、地上の賢者か。いいところに来たね。酔い覚ましにはもってこいだ! それに暴れる奴には暴れて迎えるのが礼儀ってね」

 

 で、でたぁ……!

 元・山の四天王の二人(飲んだくれども)である。

 片割れの友人(伊吹萃香)は自力でブラックホールを作り出し、この世の酒という酒を強奪しまくったヤバイ奴。

 もう片方の一角(星熊勇儀)は軽く腕を振るうだけで飛騨山脈を吹き飛ばし、これまた世の酒という酒を強奪しまくったヤバい奴。

 つまり二人合わさって超ヤバイ奴らってことだ。

 ほら歩いてるだけで地面にクレーターできてるし!ベコォ!ベコォ!とか言ってるし!あれか、お前らにとって地面は寒天か!

 こんな奴らの存在が許されていいはずがない!

 唯一の救いは奴らが自発的には地上に出てこないこと。お願いだから二度と上には上がってこないでね?絶対よ?振りとかじゃないわよ?

 

 面白そうな玩具を見つけた子供のように笑みを浮かべ、こちらに接近する天災×2。すかさず藍が私と奴らの間に入る。

 

「紫様がやったのではない。勝手に落ちてきたのだ。いちゃもんなら他所につけてくれ」

 

 藍のナイスフォロー!

 しかし理不尽には通じない!

 

「あー……実のところそんなことはどうでもいいのさ。さっきも言った通り酔い覚ましに付き合って頂戴よ。なに、悪いようにはしないよ。鬼は嘘をつかない」

 

 嘘だッ!!絶対嘘だ!!鬼は嘘をつけない種族だって!?それが嘘よ!!

 ていうか嘘を本当にするのがこいつらの恐ろしいところではあるのだけど。

 

「紫様は忙しいんだ。お前たちのような酔っ払いどもにかける時間などない」

 

「藍は固いなぁ。もっと気楽に生きていこうよ」

「気楽すぎるのも考えものだ」

 

 私はどっちも嫌。

 固いのはアレだし、気楽なのもこんなんだし。やっぱり霊夢くらいがちょうどいいわ。いやホント、マジで。

 

「ハッ、しけた性格をしてるねぇ。……だが九尾。お前さん、私たち鬼に向かって少しばかり生意気じゃないかい?」

「相手が誰だろうと関係ない。私は九尾である前に紫様の式なのだ。主人に生意気な口をきく貴様らになぜ敬意を持たねばならん。ちゃんちゃらおかしな話だな」

「ほう、言うじゃないか」

 

 あ、なんかヤバイムード。一角がバキバキ指を鳴らしてるし藍は袖をまくり始めた。薄っすらと両者の後ろにオーラまで見える。気迫だけで岩石に囲まれたこの空間がミシミシと唸りを上げてる。私も腹から沸々とこみ上げるものを感じていた。つまり吐き気である。

 すぐさま目線で我が友人に”止めろ!今すぐだ!”と訴えかける。対して”無理^ - ^”と即答で返された。役に立たねぇ!

 

「私はねぇ、あんたみたいな高飛車な奴が大っ嫌いなんだ」

「ほう奇遇だな。私も貴様のような脳筋クソダルマな奴は大っ嫌いだ」

 

 ちょ、なんで敵を作ってるの!?貴女さっき橙に色々言った後じゃない!警護って敵を作ることじゃないよね!?

 

 しかし私必死の(心の中での)制止を振り切って、両者はガンを付け合うと拳を振りかぶる。

 あ……ヤバめ。

 激突の瞬間に私は咄嗟に結界を張ったが、

 

 ──ボッ!!

 

 空気が爆ぜ、衝撃が体を打つ。

 

 

 私は宙を舞った。

 

 

 

 

 

「ハハッ、中々やるじゃないか! 次いくぞッ!」

「ふん……脳筋には付き合ってられん。紫様、ここは───って、紫様!? どこへ行かれたのですか!? この藍に何も言わずに!!」

 

「上の方に飛んでったよ。南斗人間砲弾ばりの速さだったねぇ」

 

 

 

 

 

 飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回って回って回ーるー!!

 

 方向感覚が狂ってしまって自分がどこにいるかも分からない。視界がぐるぐる回転して落ちているのかすっ飛んでいるのか。死んではないと思うけど……私死んでないよね?

 しかし今私はどこらへんを飛んでるんだろ。イカロスの如く太陽まで飛んでいってるのだろうか。いやもしかしたら地中に落ちていってるのかも。……勢いがなくならないことには何も分からないわね。

 

 高速でぐるぐる回転する視点は私から視覚とその他諸々の五感の全ての機能を停止させた。その代わりに脳が妖生稀に見る勢いで活性化しているのが実感できる!まあだからといってどうすることもできないんだけどね!

 

 そしてその行き所のない思考はどうでもいいことを考えるのに費やされた。

 

 いやまずね、あのバカ式!か弱い主人が近くにいるのに戦闘をおっぱじめるって、どういう教育を受けてきたのよ!主人の顔を見てみたいわホント!

 ……あ、私を主人って思ってるかどうかは別か。

 

 

 それにしても今日は幻想郷危険人物のオンパレードだったわねぇ。これで風見幽香まで来たらもうホント……幻想郷が私の胃を殺しにきていると疑わざるをえない。

 ……いや別に幽香来襲を望んでるわけじゃないからね?振りじゃないからね? フラグ建築とかそんなんじゃないからね!? 絶対出てこないでくださいお願いします!

 てかなんかこのくだりが全部振りに思えてくるじゃない! 振りじゃないのに! 決して振りじゃないのにぃぃぃ!!

 

 

 

 

 

 ……おっ? ぐるぐるが徐々に遅くなってきた。やっと勢いが落ちてきたのかな? 今なら私の妖力でもなんとか空中に留まれそうだ。

 ふぅ、結局どっちの方向に吹っ飛んだのかもどんだけの時間回っていたのかもよく分からないわね。まあ私が無事だっただけでも良しとしましょう。いや全然よくないけど。

 

 ていうか第二波が来る可能性が無きにしも非ず。届くかどうかはわからないけど「やめろォ!」くらいは言っといた方がいいわよね。声が届けば少なくとも藍は止めてくれるだろうし。……止めてくれるよね?

 私はあの二人に制止の言葉を届けるべく自分が出せる最大声量で言葉を叫んだ。

 

「双方そこまでよ!」

 

 この辺りで推進力が落ち着いた。ピタリと空中に静止する。目が回って視界がブレまくっている。吐き気も再来して私はもうボロボロだ!

 

 しかしここはどこかしら?ヤケに暑いし風もびゅうびゅう鳴っている。灼熱地獄か叫喚地獄あたりに落ちたのかな?

 

 恐る恐る目を開くと……

 呆気にとられるレミリアとフランの顔があった。私の首元には槍と剣が突きつけられている。よく見ると霊夢や魔理沙、他紅魔館の連中もいる。

 

 ……あれ?

 

「一体何事かしら?」

 

 こう言わずにはいられなかった。

 全く状況が飲み込めない。全員が「なんでこいつがここにいる?」とか「場違い乙」みたいな視線で私を見ている。なんか気まずいし恥ずかしい!そして恐ろしい!

 てか暑ッ!?暑い暑い!確かに今は夏だけど暑すぎる!扇子を扇いでみたが熱風が吹いて逆効果だった。当たり前だ!

 もっともこの暑さの原因はすぐに分かった。

 

「フラン、その剣をしまってちょうだい」

 

 フランが燃える剣を持っていたのだ。最近のおもちゃは凄いのね。暑さまでリアル。

 フランは素直にしまってくれた。やっぱりいい子!貴女みたいな子がもっと幻想郷に増えるべきだと思うの私。

 ていうか今さら気づくのもおかしいんだけどフランの腕とか足がちぎれてるじゃない!?ひ、酷い……一体誰がこんなことを……。

 

 次に気になったのは気持ち悪い風。気分が悪くなってギュルギュルとお腹が唸りを上げる。大衆の前でぶちまけるのは流石にやばいので即刻止めたいのだが……

 原因はレミリアの持っている槍だった。

 レミリアかぁ。こいつに意見するのはかなり危険なのでそれとなく進言しておく。あくまで進言。意見じゃない。

 

「レミリア、風は肌に良くないわ。少しばかり抑えてくれると助かるのだけど?」

「……分かったわ……」

 

 仮にもお嬢様。肌荒れは天敵だろう。こちらもさっさと引っ込めてくれた。

 さて、これでやっと落ち着いて状況を考えることができるわ。

 まず私がいる場所。間違いなく紅魔館なんだけど……館がすっぽり消えている。ていうか色々と酷いことになっている。

 なにここ。幻想郷?ちゃうよね?世紀末よね?モヒカンたちがヒャッハーしてる世界よね?

 世紀末覇王霊夢……あらぴったり。

 

 じゃないわよ!なにやってんのこいつら!?完全に吸血鬼異変の二の舞じゃない!

 これには私も思わず苦言を申してしまった。

 

「少し度が過ぎましたわね。霊夢、これじゃ異変解決とは呼べないわよ?」

 

 ていうか新たな異変が起きている。

 名付けて世紀末異変。

 この後諸々の会話で世紀末化の犯人が魔理沙であることが判明した。いや、核ミサイルて……なんでそんなもんが幻想郷にあるのよ!ていうか地盤沈下の原因はコレか!

 おふざけが過ぎるわこの爆撃魔女!藍からの追及を覚悟しておくことね!

 まあそのあたりの損害賠償は一旦置いといて……

 

「貴女たち姉妹は何をやっているのかしら?」

 

 なんでレミリアとフランは槍と剣を振り回してたのかしら?吸血鬼の姉妹喧嘩は物騒ね。

 だけどやっぱりレミリアの方が何倍も強いだろう。なんたって運命を操っちゃうんだから。対してフランは吸血鬼ってだけの普通の女の子なのよ?そんなの毛虫とダイオウグソクムシが戦うようなものじゃない!それにフランは優しい子なのよ?レミリアに対して反撃なんてできるはずがない!

 なるほど……ほぼ無抵抗なフランの腕とか足をちぎったのはレミリアか。

 ヤバイわねこいつ。ずっと前からヤバイ奴だと思ってたけどもっとヤバかったわ……!

 

 けどなんでこんなことを?

 ただの姉妹喧嘩ならここまで酷いことにはならないはず……。やっぱりなんらかの確執があったりするのかしら?

 

 むむ、優しくてみんなに好かれるタイプのフランを幽閉して、さらにはこんなにボロボロになるまで暴行を加える意地悪で器の小さな姉レミリア……。

 

 

 

 ……なるほどね(超速理解)

 

 ふふふ……ヒントは今までのフランやレミリアの言葉に隠されていた。そして現在の状況!これで謎は全て解けた!

 ここで大賢者八雲紫の観察眼から彼女たちの過去を推測した結果を発表して進ぜるわ!

 

 フランは生まれながらに優しい子でみんなの羨望を集めていた。だけどそれに嫉妬したのが意地悪な姉レミリア!彼女は両親の居らぬ間にフランへ日常的な暴行を加えていた!フランは優しすぎてそのことを誰にも相談できなかったのね。そして両親の他界を機にレミリアの暴行はますますエスカレート!それでも笑って済ませてくれるフランに愛憎に似た何かを抱いた小心者のレミリアはついにフランを監禁したのよ!

 ああ……なんという悲劇!可哀想なフラン!意地悪なレミリア!

 これはDVだ。レミリアのDVだ!とんでもない姉ね!最終鬼畜姉!

 

 幻想郷の大賢者八雲紫、この現状に見て見ぬ振りはできないッ!!

 

 私は説教垂れるつもりなど毛頭ない。

 これもただの進言だ。というより遠回しのレミリアに対するdisりである。

 

「片方は本気で殺そうとしている……片方はわざと相手に殺されようとしている。滑稽な姉妹喧嘩ね。それでお互い満足できるの?」

 

 もちろん殺そうとしているのはレミリアで、わざと殺されようとしているのがフラン。フランは前から少しばかり自暴自棄になっている部分があったからね。あんな監禁生活してちゃ当たり前よ。

 二人の様子を見るとドンピシャらしい。流石ゆかりんと褒めてあげたいところね!

 そしてフランに無理な我慢は良くないよ!的な主旨のことを劇に例えつつ言う。内容はノリ。

 

「貴女たち二人には事の結論をつけれない。だから何者でもない第三者である私がその結論を言って差し上げますわ」

 

 DVってのは無自覚なものが多いらしいのよね。

 だから私がはっきりと、しかしレミリアを刺激せず、フランを悲しませない言い方でマイルドに包んで言ってあげましょう。

 扇子をわざと音が鳴るよう仰々しく閉じる。そして一言。

 

「両者に非はない。互いにすれ違い、非を感じあっているだけ。簡単なことよ」

 

 ……決まった。

 これが模範解答よ。まあ実際はレミリアが一方的に悪いんだけど……全部は悪くないんだよって感じにね。

 いざこざっていうのは大抵小さなすれ違いから生まれる。だからこう言っとけば95%はそれでOKよ。ふふふ……私メンタルクリニックのお医者さんになれるわね!

 

「……貴女に何が分かるというの? 私と貴女は会ってまだ十年も経っていないというのに」

 

 ……はぁ?なに言ってんの貴女?

 十年よ十年!十年もこの私が貴女みたいなひよっこ妖怪に振り回され続けたのよ!?ふざけんなって感じよ!

 十年?ええ、いいじゃないの十年!!

 

「たかが十年。されど十年ですわ」

 

 あーむしゃくしゃする……!

 いや、ここは一旦落ち着きましょう。クールダウンクールダウン。

 取り敢えずいつもの笑みを顔に貼り付けておく。これで不審に思われることはないはずだ。

 

 さて、次にどうしましょうか。この場には霊夢がいるという抑止力があるから……多少の発言も大丈夫かしら?うん、大丈夫よね!霊夢ならいざという時に颯爽と私を助けてくれるよね!

 それならさらなる真相をぶっちゃけるわ!ここまで来たら引けないもの!

 

「レミリア、貴女の愛情は決して間違ってはいない。ただ、それが為す結果をフランの優しさと運命に頼りすぎた。そんなことは自分でも分かっている……だから歯痒いのでしょう?」

 

 まあ愛情は全部間違ってるけど少しはレミリアを持ち上げとかないと私の身が危ない。しかし言いたいことは言い切った!

 そう、レミリアは運命を見る能力で日々のDVが周りにバレないことを知っていたのよ!フランが優しさ故に告発しないことをね!つまり確信犯だ!

 レミリアもばれたっ!って顔をしているわ。ふふふ……図星ってわけね。

 そして一気に畳み掛ける!

 

「貴女は逃げ続けた。だけれどやがては疲弊していって、最後には全てを終わらせようとした。

”死”……という方法を持ってして」

 

 そう、レミリアはついに見てしまったのよ。自分のDVがバレてしまうという運命を!

 フランは告発しなかった。だが不審に思った人物は紅魔館にいたのだ! それが図書館の魔女なのか司書なのか……はたまた門番かメイドなのかは知らないけど。

 いや、誰が知ったかは問題じゃないの! 自分がDVをしているという疑惑をもたれてしまったのがレミリアにとっては問題だった!

 周りの追及をレミリアはぬらりくらりと躱すがやがては追い詰められてゆく! そして追い詰められたレミリアは……唯一の被害者であり証人であるフランを消そうとし、この事件を闇に葬ろうとした!そう、フランの”死”をもってしてね!

 そして異変を起こしそのどさくさに紛れてフランの腕と足を切る。ここまでは順調だった。だが止めを刺す前にレミリアにとって想定外の出来事が起こったのよ。霊夢があまりにも強すぎて早々に部屋にたどり着いてしまったってことがね!

 その事件現場を霊夢に目撃され、やむ得ずフランを殺して事をうやむやにしようとしたが、そこへ颯爽と現れた探偵八雲紫! ついに事件は明るみに出たってわけ!

 

 なんとも悲しい……卑劣で利己的な事件。

 だが名探偵☆ゆかりん、暴いてみせたり!

 レミリアも観念したかのように消沈した。ふふ……これだけの人数の前で聞かれてしまったんだもの。逃げようはないわ。

 

「……一本取られたわ。貴女はフランのことを私なんかよりよく分かっている。貴女とフランが出逢えたということだけで、幻想郷に来た意味は十分ね。素直に礼を言う」

 

 コ◯ンの犯人みたいなことを語り出した。開き直ったのかしら?

 

「……だけど、どうして貴女は私たちにここまでしてくれたの?それだけが解せないわ」

 

 いやいや、こんな酷いDVを知れば誰も見過ごさないわよ。まあどうしても聞きたいなら幻想郷の賢者っぽく言ってあげるわ。

 そしてこんな感じで最後に私からの要望も織り交ぜたものを一つ。

 

「幻想郷は全てを受け入れる。だけどその後のことは本人たち次第なのよ。ならば……楽しく平和に暮らしてちょうだい。それが私の願いなのだから」

 

 争いは何も生まないのよ。だから楽しく静かに温厚に……ね?

 私はこの暴力と恐喝が支配する幻想郷から争いを消したい!まあ格下の妖怪とか一般の人間とかならどうぞドンパチやってくださいって感じだけど、貴女たちはダメ。絶対ダメ。

 

 ……最後の最後にレミリアにもそれなりの花を持たせてあげようかしらね。結局のところ愛憎から始まった悲しい事件だったんだから。

 レミリアの捻くれた性格さえなければ本当は仲良き姉妹としてやれてたんだと思う。フランもレミリアを愛していたからこそDVを告発しなかったんだろうし、地下室で話し合った時もレミリアのことを悪く言っている風なことはなかったしね。

 

「フランのことを一番わかっていて、一番愛しているのは貴女よ、レミリア。そのことは否定しないであげて? それがこの子にとっての誇りであり、誉れであり……本当の喜びなのだから」

 

 ここまで持ち上げればレミリアも少しは思うところがあるでしょ。改心とまではいかなくても多少の後ろめたさは感じるようになるはずだ。悔い改めるといいわ!

 するとレミリアは少しプルプル震えると私から顔を背けた。……貴女もしかして私のことをせせら笑ってる?反省してるの貴女!?

 

 ……ん?フランは未だに浮かない顔をしていた。まだ悩み事があるのかしら。

 

「……私はもう私じゃないの。壊れた心はもう二度と戻らないから……いやけど別にこれが嫌だとかそんなんじゃないの。私は満足してるのよ? だけど心がない私にお姉様たちと一緒にくらすなんてそんなことできるはずがない。お姉様も迷惑だろうし、みんなも私を────」

 

 うわぁ……すっごい傷ついてるじゃない。これなんかトラウマみたいなことになってるんじゃないの? レミリアって本当にとんでもない奴ね! 思わず抱き締めちゃったわ!

 けど大丈夫!

 

「そんなことないわ。心とはただ在るものじゃない。生まれ育むもの、そして繋がるもの。そんな簡単には無くならないものなのよ。非常に厄介なことにね」

 

 どうよこのノムリッシュ感溢れる素敵な言葉は!けど実際そうだと思うわよ?さとりもそんなこと言ってたし。

 ……あいつそういえば「メンタルケアもやってますよ。まあ、貴女のような崇高な賢者様(笑)には不要でしょうがね(嘲笑)」とか言ってたわね。それならさとりのことを紹介しておこうかしら。

 幻想郷において心理学やら精神学やらであいつの右に出る者はいないだろう。……若干……いや、かなりの不安はあるけど。

 

 というわけでフランと通院の約束を取り付けた。……結局地霊殿には行くことになるのね。私の決心ってホント緩いわ。

 

 するとフランは浮かない顔をしつつ、上目遣いで私を見る。

 

「……なんで私にこんなにしてくれるの? 私は紫に何もしてあげれないのに……」

 

 そんなことないわ。私は貴女に癒しという名の心地良き安らぎをあの時(吸血鬼異変)に貰ったんだもの。久しく感じたあの安らぎ……何にも勝る素晴らしい宝物よ!

 それに貴女と私は友達なんだからね!

 

 そしてちょっとしたエールを送った後、さらにギュッと抱きしめてあげた。フランは涙を流してそれを拭う。ああ、本当に辛かったのね……。

 

 話し終えたフランはレミリアと向き合う。どちらともが居心地悪く視線を逸らしている。まあ、最初はこんなものでしょう。長年に渡る確執とはそれほどまでに深いのだから。

 

「まあ、まだまだ難しいところもあるでしょうね。だけどそれは時間が解決してくれる。ちょっとずつ前に進みなさい」

 

 そして締めの句。時間は全てを解決してくれるという名言を引きずり出して私からのアドバイスは終了よ。

 少なくともこれでDVはある程度抑えれるはずだ。ごめんねフラン……私に力があれば貴女を助けてあげるのだけど。力のない自分が恨めしい……!

 

 さて、これで一応は一見落着かしらね。

 けどもっとまずいことを忘れているような? なんだっけ?

 ………………あっ。藍たち放置したままだった!!

 やばいやばいこのままじゃ地底が消し飛ぶ!急いで戻らないと!

 

 私が背を向けた後も霊夢やらフランやらが何かを話していたが、私はそれを聞く暇もなくスキマへと飛び込んだ。

 最後までその場にいてあげるのが一番いいんだろうけど、生憎地底の……引いては幻想郷の危機なのよ!幻想郷は私が守る!

 

 

 

 

 

 ……ふと思ったんだけど、私っていつになったら寝れるんだろう?

 睡眠っていうのは大切なことなのよ?

 睡眠が不足すると免疫とか自然回復能力が低下するの。特に成長期での睡眠不足は成長ホルモンへの悪影響を与えて後遺症が残ったりする!

 つまり万年成長期である紫ちゃんはもっと睡眠をとるべきであってね?

 え、ダメ?




注:当事件はフィクションです。実際の団体や個人名が登場しますが本当にフィクションです。なので警察の方は座って待機をお願いします。

ゆかりんは頭の回るバカ。
そして難しい台詞回しを敢えて好む厨二病。いい年してこれか……
レミリア→鬼畜!
フラン→優しい!
という固定概念の結果ですね。そして霊夢が居ることで少々調子に乗った結果、このザマである。
何か矛盾があれば即修正します。

なんていうか……正直すまんかった。次回は日常回か吸血鬼異変になります。
???「どっちになってもゆかりんの胃はここで終わりだがな!」


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今昔幻葬狂〜紅〜 境界賢者のとある一日①

先に後日談っぽい日常回のようなものを投下。その後に吸血鬼異変です。


 おはよう……げっそりゆかりんよ。

 結局あの一角獣と藍の仲裁や地底の被害確認、妖怪裏参道の視察とさとりからの小言(にあらず)で2回ほど夜は更けていった。

 

 ちなみに紅魔館のあった場所に空いたどデカイ空洞は、怠そうな魔女の魔法によってあっという間に埋め立てられた。つくづく規格外の温床だなと思う。

 

 まあそんなことはどうでもいいわ。

 眠い、率直に言って眠い。

 体のあちこちが疲労を訴え脳もその活動を停止したいと悲鳴をあげている。胃腸に関してはさっきトイレで吐いたから多少はマシよ。

 

 震える手先でスキマを開き八雲邸へと帰還。石のような体を引きずりゆっくりと寝室へ向かおうとしたのだが……

 

「あっ紫さま。これより今回の異変で被害を受けてしまった場所の修復作業に移ろうと思うのですが。紅魔館地域あたりの放射能除去作業を行うにあたってその工程をですね……紫さまにも一応の確認をとっておいた方がいいかと思いまして」

「あ……うん……」

 

 藍の意味不な説明を右から左に受け流しながら欠伸を噛み締める。

 いつもなら藍の説明に(心の中で)ツッコミの一つや二つは入れるんだけど、今回はそんな余裕もない。ただ、静かに眠りたい。

 ああ、一つだけ言っておくけど境界をチョチョイと操って放射能を外の世界にばら撒くのはナシよ?一つの案として出してたけど案にそもそも入れるものじゃないからね?

 

「朝食は居間に置いているのでお好きな時にお召し上がりください。あと家事はしなくても大丈夫です。それは私の仕事ですからね? いつも言っていますが、そこのところよろしくお願いしますよ? ……それでは行って参ります」

「ふわぁぁ……いってらっしゃぁい」

 

 欠伸を漏らしながら藍を見送る。スキマを開くモーションよりも藍のスピードの方が速いので、有事の際に藍がすぐに駆け込めるようにスキマは開きっぱなしだ。スキマからは青空が見える。何処かの上空に繋がっているらしい。

 

 格上の藍に家事をさせるのがどうにも落ち着かなくてお手伝い感覚で自発的にそれを行っている私だけども、今日は流石にムリ。藍のお言葉に甘えて大人しく眠らせてもらうわ。

 朝食を作ってくれたらしいけど、起きてから食べることにするわ。眠すぎて空腹とかそういうのが全然気にならないのよね。これは重症だわ。よって朝食を食べる間もなく寝室へと向かおうとするが、すぐに思い直し方向転換して洗面所に向かう。寝る前には歯磨きをしなきゃ……。

 

 だがフラついた私は畳のヘリで前のめりにダダ滑り。藍が出て行く時に開いたスキマに頭から落っこちた。浮遊感に包まれびゅうびゅうと風が私の体を通過する。だが頭は眠気のせいでうまく働かない。

 あー、やっちまったわね。早く飛ばなきゃ……

 

──ドボン

 

「ぶはぁ!? 冷たっ!?」

 

 え、なに?水に落ちたの私!?ちょ、ドレスが水を吸い込んで……!

 おぼ、溺れ……ないわね。飛べばいいだけだ。

 

 今ので完全に目が覚めたわ。

 落下しながらその状況を把握できないってどんだけ疲れてるのよ私……。幻想郷の賢者、ぶっちゃけ辞めたいです。

 さて、ここはどこかしら? えっと……右手には妖怪の山。左手には霧の湖へ続く道。なるほど、ここはその二つの中間地点にある川か。

 まあぶっちゃけどうでもいいけどね。

 あーもう……びちょびちょよ。服がぴっちり肌に張り付いちゃって、もしかしたら透けてたりしてるかもしれない。こんな姿を誰かに見られたら流石に恥ずかしいわね。

 

 

 

 ……誰かがいきなり現れてこの姿を目撃された私が真っ赤っかになる展開だと思ったでしょ?

 残念。そんなラッキースケベが起こる前に私は境界をチョチョイと操って服から水を弾く。

 ふふん、フラグとは折るためにあるのよ!

 

 境界を操るって結構便利な能力だと自分でも思うけど、できることはかなり限られるし、使った後はかなり妖力を消費してしまうのよ。そりゃもう肩で息しちゃうぐらい。つまり死に技、ほぼ利用価値ナシ、式であるはずの藍の完全下位互換能力。……自分でも悲しくなってきちゃった。

 

 ま、まあ今はそのことは置いておこう。フラグを無事へし折れたことを素直に喜ぶべきね! ザマァみなさい!

 ふふふ、冷水を浴びたおかげで頭はクリア! 心は痛快!頬を撫でる風も爽快! 歌でもひとつ歌いたい良い気分! 今日は最高の1日になりそうだわ。

 よし、もういっその事ここで歯磨きを済ませちゃいましょう。最近洗面所から鉄臭い臭いもするし、大自然に囲まれて今の心地よい気分に酔いながらイチゴ味の歯磨き粉でシュシュっとね!

 

 私は軽く鼻歌を歌いながら歯ブラシと歯磨き粉を取り出すべく、眼前に洗面所と繋げた小さなスキマを広げた。

 

 

 

 

 

 

──ガオッ!

 

 ……ん?なに今の音。空を切る……っていうか空が削れる音がした。

 

 見ると私の目の前には誰かがいた。先ほどまでは誰もいなかったはずだ。つまり前にいる存在は私の動体視力を遥かに超えるスピードを持っているということ。この時点で色々とアウトである。

 ちょうど開いたスキマのおかげで顔は見えないのだが、体は見える。

 一言で言えば……白いワイシャツに赤いチェック柄のベストとスカート。ついでにデカイ胸。右腕は私の開いたスキマの中に突っ込まれていて、左腕は日傘を差している。

 

 ……なんか何時ぞやかにこんなフラグを立てた記憶ががががががが。

 混乱する私をよそに、その人物ははっきりと言葉を発した。

 

「お早う、八雲紫」

「……おはよう風見幽香」

 

 清々しい川辺の空気は一瞬にして凍りついた。

 先ほどまで元気よくさえずり合っていた小鳥たちも、あたりを無尽に飛び回っていた羽虫たちも、一斉にその生命活動を制止した。ボトボトと物言わぬ死骸となって雨のように空より降り注ぐ。

 風見幽香の登場を喜んでいるのは唯一草花ぐらいだろう。萎れていた草花までもその生命力を満ち溢らせている。だがその草花ですらよく見ると彼女に踏みにじられているという事実。哀れ……。

 私はいたたまれない気持ちになるとともに、せっかく水を弾いたドレスが再びぐしょぐしょになるくらいに冷や汗をかいていた。

 

 ……私の顔に拳をぶち込もうとしたのよね?つまり私を殺そうとしたのだ。

 その事実はスキマに突っ込まれた彼女の右腕を見れば容易に理解できる。もしスキマを開いていなければ私の顔は水風船の如く弾け飛んでいただろう。

 恐らく彼女の今の私に対する殺害(未遂)行為には大して意味はない。ただ私がいた。それだけでこの悪魔は拳を繰り出したのだ!

 

 紹介しよう。

 彼女こそが幻想郷の名高き暗黒微笑撲殺殺戮パンチングジャイアニズムマシーン、人呼んで『大魔王』風見幽香閣下である。

 いやもうね、どこの○ッコロ大魔王かと。どこのサボ○ンダーかと。

 まあ○ボテンダーはネタだけどピッコ○大魔王に関してはあながち間違ってないんじゃないかと思う。だってこいつがもしも幻想郷の指導者になったら[風見幽香の日]みたいなのを作って一つずつ各勢力を消し飛ばしていきそうだもん。

 

 スキマで奴の顔を隠しているのが幸なのか不幸なのか。こいつの顔なんて見たくない。だけどどんな表情をしているのかが分からなくて逆に怖い。

 と、取り敢えずスキマを閉じましょう。

 

「スキマを閉じるわよ?」

「そう」

 

 幽香はスキマから腕を引き抜いた。素直に言うことを聞いてくれてまずは一安心。このままスキマを閉じれば多分スキマは幽香の剛腕によってぶっ壊れていただろう。えっ、普通腕が切れるんじゃないかって? 確かに普通の存在ならスキマでチョンバできるだろうけどこいつは無理。

 ていうかスキマチョンバで殺せない存在が幻想郷にはあまりにも多すぎる。なんかセルフ再生機能付きも沢山いるし。幽香がそのような機能を持っているかどうかは分からないが、そんなものは必要もないと言わんばかりの身体スペックである。

 ファッキン!

 

 恐る恐るスキマを閉じる。

 そこには底なしの化け物がいた。美人なんだけどそれが怖い。笑顔なんだけどそれがめちゃくちゃ怖い! 漏らしてない私漏らしてないよね?なんかよく分からないのがだだ漏れでよく分かんない!

 幽香は薄く開いた目で私を見つめ(恐喝)ながら口角を吊り上げる。あ、悪魔……!

 

「幻想郷の賢者ともあろうものが迂闊ね。こんなところで私の目に入るなんて。思わず殺しそうになっちゃったじゃない」

 

 いや、何言ってやがるんですかあんた様。

 やばい……こいつ本物のキ○ガイだわ。通り魔だとかそんな生易しいもんじゃないわ。

 霊夢ぅ……早くこいつを退治してよぉ!

 

 今の私は蛇に睨まれたカエル。そして目の前の相手は八岐大蛇である。つまりこの状況は暗に私の詰みを証明しているのだ。

 藍を呼ぼうにもその僅かなモーションの間に羽虫の如く叩き潰されるのは明白の事実。勿論、逃げるなんて行為を許してくれるはずもないだろう。戦う? ミジンコがゴジラに勝てるとでも?

 

 ……腹をくくるわ。これで私の妖生は終わった。ならば死に際こそ美しく散ろう。潔く死んで気概だけでも示してみせるわ。

 …………けどやっぱり怖いぃぃぃぃぃ!! 死にたくないぃぃぃぃぃ!!

 

 すると無様に半泣きでガタガタ震える私を見た幽香はいきなりつまらなそうに無表情になると、クルリと反転して歩き出す。

 

「興が冷めた。帰るわ」

 

 そしてこの言葉である。いやいや、気まぐれすぎるでしょ!? あんだけやるだけやって帰るの!?

 だが私の心の叫びなど聞こえるはずがない幽香はそのまま奥の森へと消えていった。

 ……ま、まあそのクソみたいな気まぐれのおかげで助かったんだけどね。もう二度と太陽の畑から出てこないで欲しいわ。

 いやまずこの幻葬狂で無防備に歯磨きなんてしようとしていた私が甘かった。いつどこでどんな化け物とエンカウントするかも分からないのに何がイチゴ味の歯磨き粉よ! 馬鹿じゃないの!

 

 あー疲れた。あとは寝るだけだったのになんだってこんなことに……。けど、まさに九死に一生を得たわね。そこんところ運がいいのか悪いのか……。悪運が強いというべきかしら?

 

 うん、歯磨きは家に帰ってからにしよう。そしてすぐに寝よう。うふふ……今日こそ泥のように眠るのよ!

 

 意気揚々とスキマを開いて飛び込む。

 迎えてくれたのは安らぎの我が家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 脳が冷める。それと同時にありありと先ほどの光景が思い浮かぶ。

 そう、風見幽香は私の家へと繋がっていたスキマに拳をぶち込んだのだ。その拳圧の威力は我が八雲亭を粉々に吹き飛ばすには十二分過ぎた。

 ……ごめん、説明しておいてなんだけど、自分でも意味が分からない。

 

 

 

「か、風見幽香ぁぁぁぁああぁぁああッッ!!」

 

 私の行き場のない怒りは咆哮となって轟いた。だからと言ってどうにかなるわけじゃないけどね! 報復できる相手でもないし! 私はただ女々しく泣き寝入りするしかないのだ! あははっはっは!

うっ、うおろえれえれえれぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか風見幽香が……。面目ございません、緊急時に戻れるようにスキマを開いておいたにも関わらず……」

 

 藍が悲痛な表情で頭を下げる。

 なんでもちょうど水質調査を兼ねて霧の湖に潜っていた際、人魚が汚染された水へのクレームを怒りの形相でふっかけてきたのであしらっていたらしい。そのおかげで八雲邸の異変に気付けなかったんだと。人魚なんて住んでたのねあの湖。

 いやいや、別に貴女は悪くないのよ。全部あの風見幽香っていう悪魔が悪いのよ。

 しかしどうしよう。

 家の再建については萃香に連絡を入れておいたから数日のうちに成るでしょう。なんたって彼女は建築のスペシャリストだもの。だけどそれまでの住む場所が問題。それに私は今すぐにでも寝たいのよ!

 

「報復に行きますか?」

「それはもういいわ。取り敢えず私たちの住む場所をどうにかしないと……」

「……マヨヒガへ移りますか? あそこならば橙の管理が行き届いているのでいくらでも住む場所を用意できますが……」

「まあ、それがいいでしょうね。ちょっと家屋が古いのがアレだけど……背に腹は代えられ────」

「あ、しかしマヨヒガは明日の定例賢者集会の会場ですので色々と来客がいらしてますよ。例えば……因幡てゐとか……」

「ナシの方向でいきましょう」

 

 い、因幡帝……? あのウ詐欺が竹林から出てきてたの!? あいつ紅霧異変の緊急集会の時は来なかったくせにわざわざこんな時だけ!気まぐれな奴ってほんと嫌い!

 あんな奴と同じ空間で暮らすなんて自殺行為も甚だしい! ナシよナシ!

 

「はあ……そうですか。でしたら幽々子様に部屋をお貸しいただけるようお願いしてみるとか……」

「ナシの方向でいきましょう」

 

 だってあっこ(白玉楼)幽霊だらけなんだもん。寒いったらありゃしないわ。

 それに妖夢はともかく幽々子と生活をともにするなんて想像しただけでも気が狂いそうになる。幽々子は適度に友人として付き合うのが一番よ。マジで。

 

「ふむ、白玉楼もダメですか。しかし困りましたね、他にツテがお有りで? 私はマヨヒガで大丈夫なのですが……」

 

 むぅ……そう言われると辛いところね。

 他に一定の友好があるのは、地霊殿と紅魔館と……そして博麗神社とあの子の家か。他にも候補はあるけどそこは私の命を脅かす危険性があるので除外している。もっとも地霊殿も紅魔館も私の胃が死ぬのは確実なんだけど。

 ていうか最初の二つってほぼ敵地よね? レミリアもさとりも友達とか仲間とかそういうのじゃないし。敵か?って聞かれたらはっきりと「イエス!」って言えるけど。しかも紅魔館って今吹っ飛んでたわ。地霊殿も落盤騒ぎでやんややんやしてたはず。

 あの子の家は住むには都なんだけど今は諸事情あって会いたくないし……。

 魔理沙の家?あんなの家じゃないわ。

 

 残る一つの博麗神社だけど……あそこって布団が一組しかないのよね。霊夢にいくら客人用にもう一組買っておけって言っても「勿体無い。むしろくれ」と言われるだけだもの。ケチらないで布団の一つくらいあげれば良かったわ。

 ……いや、霊夢ならなんだかんだ言って同じ布団で寝させてくれるかもしれない。いや寝させてくれるに違いない! ほら、たった10年くらい前までは一緒に寝てたし? 私たちは親子同然だもの!

 もう博麗神社しかないわ!そうと決まれば早速向かいましょう!

 

「藍、私は博麗神社にいるわ。何か用があるときは霊夢を通してちょうだい」

「博麗、神社ですか………分かりました。霊夢なら確かによろしいでしょうね。ただし、有事の際は私を必ずお呼びください」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけど藍が難しい顔をした。まあいつも私には理解の及ばないような難しいこと考えてるんだろうし、関係のないことだろう。

 

 

 

 倒壊した愛しき我が家と藍に別れを告げてスキマをくぐる。そして降り立ったのは博麗神社の寂れた境内。霊夢の姿はない。

 もうお天道様は真上に登ろうとしているのに……まだ起きていないのね。まあ、昨日は随分遅い時間までレミリアと戦ってたんだししょうがないか。

 

 ポチャン……と左手にある池から波打つ音が聞こえる。博麗神社の池に魚はいないから多分あの年老いた大亀でしょうね。なんでそんなのがいるのかは知らないけど。

 少し前に霊夢にそれとなくあの亀のことを聞いてみたら食用がどうとかって言ってたから多分すっぽん酒にでもするんでしょう。私にも振舞ってくれるだろうから楽しみだわ。

 

「お邪魔します」と小声で言って家に上がらせてもらった。霊夢は案の定、布団で爆睡している。いつもの紅白の巫女服は畳んで枕元に。白の寝装束に身を包んだ霊夢はまさに清純美少女に見えた。ていうか清純美少女である。しかしその一方でなんともだらしなくよだれを口から零す始末。そのあたりがやっぱり霊夢なのよね。

 レミリアやあのメイドにこの姿を見せれば仰天するだろう。それほどまでに普段の霊夢と異変時の霊夢はギャップが凄い。異変の時の霊夢なんて赤い通り魔だからね、巷での妖怪の呼び名。

 

 さて、やることもないので棚から私専用の湯呑みを取り出してお茶を入れる。そして喉を潤し、空腹を思い出したので机に置いてあった煎餅をつまむ。あんまり品の良いものではないけどこれもまたよし。

 ほっこりしながら霊夢の寝顔を見ていたのだが……

 なんて気持ちよさそうに眠るのかしら。引っ込んでた眠気がどんどん込み上げてくるじゃない!

 

「ふあわぁぁ……」

 

 眠い。幽香への恐怖で吹き飛んでた眠気がぶり返す。抗いようがない……。布団で眠れたら気持ちいいだろうなぁ。

 そうだ、今こそ眠気に全てを委ねるのだ。博麗神社に布団は一組しかない。ならば博麗神社で眠るには霊夢と添い寝する他に道はないのだ。それに地べたで寝てもいいけどやっぱり寝るんなら布団よね。

 もぞもぞと布団に潜り込む。ああ……これよこれ。私が求めていたのはこれなのよ。この安らぎが私に生を実感させる。

 しかも目の前には髪を下ろした霊夢の綺麗で可愛い寝顔……眼福ですわぁ。この上ない幸福感を感じる……。

 それじゃあ、夢の世界へ………

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、東方夢狂気!そこまで尺はありませんけどね。
スケ濡れの紫を想像して真っ先に感じたのが興奮よりも胡散臭さという。これはひどい。

あとここで補足しておきます。この作品において原作の欠片が見受けられないほどに強化されているキャラが時折登場するかもしれませんが、すべて仕様です。幻葬狂がゆかりんの胃を苛め抜くための予定調和です。


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境界賢者のとある一日②

ちょくちょく伏線を挿入するのが楽しい


「あ、どうも。あまりにも悪夢が多いので回収しに来ました」

「それはどうも」

 

 夢の世界は私唯一の逃避場所である。

 何が存在しているかもあやふやで不規則な八方純白の夢の世界に、ポツンと私と彼女だけがいた。

 

 紹介するわ。目の前の獏の名前はドレミー・スイート。お淑やかな雰囲気があるけど、実際のところ全然そんなことはない獏よ。彼女の口元のにやけ具合を見れば娯楽的なものに飢えていることは一目瞭然。あと愚談だけどスイートってなんか甘そうな名前じゃない?彼女がいつも手に持ってるウニョウニョした変な塊もなんだか美味しそうだし。

 と、そんなことはどうでもいいわね。意外かもしれないが私はこの獏と結構面識がある。なんでも私は酷い悪夢をよく見るんだそうで、その都度に悪夢を回収しに来てくれるのだ。まあ彼女がそう言っているだけで実際はどうなのかは知らないけど。

 ちなみに彼女はめちゃんこ強い。この前私の目の前で月人がボコボコにされてたからね。少なくとも私よりも格上。藍と同等ぐらいかな?まだ性格がキチってないだけ救いである。

 

「貴女も働き者よねぇ。夢ばかり食べてて胃もたれとか起こさない?」

「貴女ほど胃腸は弱くないので。仕事の方も……仕事というより生業といいますか。獏として生まれたからにはしなければならないことなので」

 

 へえ、とてもストイックな性格でもあるようね。今日初めて知った。私も彼女みたいに熱心に打ち込める仕事に就きたいわ。幻想郷の賢者は……ねぇ?

 まあ一旦置いておきましょう。それにしても……

 

「また私が見る夢は悪夢なの?どうにも比率が高くないかしら?」

 

 二回に一回はドレミーが来ているような気がする。ここまで高い頻度で来られるんじゃ私としても流石に異常を疑ってしまうわ。

 それに対してのドレミーの返答は実に納得できるものだった。

 

「そう言われましても私は夢を管理するだけ、夢を見るか見ないかはその人の自由なのです。夢は無意識の意識ですから。現し世で何か苦労なさっていることでもあるんじゃないですか?」

 

 心当たりがありすぎるわね!

 ならばさしずめ今日の夢は幽香にサンドバッグにされる夢かしら?いや、延々とさとりに小言を呟かれる夢かもしれない。

 うん、悪夢だわ!

 

「まあ、私にはどんな悪夢なのかは分かりませんけど。貴女がその内容を教えてくださる気配も見せてくれないし」

「いえいえ、悪夢というのは言葉では形容し難いものですからね。その内容を知りたいのならば、直に見てもらうほかに方法がないのですよ。自分から率先して悪夢を見たいなんて言う酔狂な方もいることにはいますが……貴女もその口で?」

「いいえ全然」

 

 悪夢は現実世界だけで十分よ!

 しかし悪夢ねぇ……。少しばかりは興味あるけど、ドレミーの言う通り率先して見たいものではないわね。素直にドレミーに食べてもらうのが一番だろう。

 

「ならばよろしいでしょう? 私も貴女のスパイシーな夢を食べるのが少々癖になってきまして、両者Win-Winの関係ですよ」

 

「まあよくは分からないけど助かるわね。これからもどうぞご贔屓に」

 

 さて、ここからが本題だ。

 私は夢の世界にドレミーがやって来た際には、いつもとある頼みごとをしているのだ。それを嫌な顔一つせず聞いてくれる彼女は私が好感を持てる数少ない人物である。向こうも私へむやみやたらに関わろうとしないし、いい距離感を保てているんじゃない?

 

「それじゃあいつものをお願いしてもいいかしら? 申し訳ないけど」

「ええいいですよ、貴女の夢を食べた後は妙に力が湧きますし。しかし夢は現実以上に精神を犯しますからね。止めるわけではないですが勧められたことでもありません。そこのところ気をつけてくださいよ? それでは……──」

 

 ドレミーが息を吹きかけると、夢の世界は捻じ曲がり崩壊を始めた。空間そのものが歪み、目に映るそれらを延々と狂わせ続ける。そして私はかるく瞳を閉じてそれに身を投じた。

 

 

 ◆

 

 

 

「ゆかりー!」

「ゆかりーん!」

「あらあらうふふ」

 

 左右から飛び込んで来たフランとこいしは私の腕に飛びつく。上目遣いで私を見上げるその姿はなんとも可愛らしい。二人の体から伝わる偽物の、だけども優しく暖かい体温に思わず破顔してしまった。

 また私の目の前ではレミリアとさとりが涙を流しながら土下座している。今までのことを許してくれと何度も頭を下げていた。

 

「どうか……どうか今までの非礼をお許しください! このレミリア・スカーレットこれより誠心誠意紫様に尽くしてゆく所存でございますから……!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 一心不乱に謝り続けるさとりにとてつもなく不気味なものを感じるわね。けどいい気味よ! 本来ならこんぐらい謝ってもらわなきゃ!

 さて、ここらで賢者っぽい一言を。

 

「ふふふ……仮にも上に君臨する立場である貴女たちが容易に頭を下げるものではありません。面を上げなさい。これまでの非礼は私の寛容な心にて不問と致します。その代わり、これまで以上に私と幻想郷に尽くすように。よろしい?」

 

「「ははー!!」」

 

「「キャーかっこいいー!!」

 

 私の言葉に感激し平伏す二人。両サイドでは妹たちの黄色い声が飛び交う。ああ……いいわぁこの優越感……。

 ここらで気がついたかもしれないが、ここはドレミーに作ってもらった世界である。いやね、夢の世界だけでも報われてもいいんじゃないかなって思うの。いいでしょ?夢の中くらい。

 と、視線を奥に移すと揺れる緑が見える。その表情は憤怒に彩られていた。夢の中って分かっててもやっぱり怖いわね。

 

「認めない……私は認めないッ!!」

 

 何を認めたくないのか、地団駄を踏んだ幽香が鬼気迫る表情でこちらへと殴りかかってくるが、私は指から軽く妖力の波動を放ち彼女の体を打つ。

 ゴロゴロと無様に転がる幽香。それを私は上から軽く見下ろす。

 

「うっ……ぐぅ……!」

「精進が足りないわねぇ幽香。……萃香、勇儀、連れて行きなさい」

「「へい」」

 

 両隣に控えさせていた黒サングラス&あの道コスチューム装備の萃香と勇儀に幽香をしょっぴかせた。夢の中では私は最強オブ最強の超美少女大妖怪。幽香なんて目じゃないのよ!

 

 

 

 Q.八雲紫とは?

 

「生き甲斐ですね。私はこの方に仕えることができて常日頃から身に余る思いです」

「頼れるお姉様です! 橙も将来は紫様のような妖怪になりたいです!」

 

 藍がうんうんと頷きながら誇らしげに語る。その傍らでは橙がくねくねしながら思いの丈を語っていた。ぶっちゃけこの子たちは現実とそこまで変わらないわね。まああっち(現実世界)の方は何を考えているか分からないから恐ろしいんだけども!

 

「最強の妖怪だZE! 賢者って響きだけで凄くかっこいいよな!」

「分かるわその気持ち」

 

 魔理沙の言葉にメイドがうんうんと頷く。そうよそうよ、私は幻想郷の賢者よ! どんどん敬いなさい! あっはっはっは!!

 

「紫……」

「あら霊夢」

 

 さてお待ちかねの大本命!博麗霊夢その人がいつものツンとした表情を崩し、デレデレモジモジしながら近づいてきた。ああん夢の中でもやっぱりかわいいわぁぁ!!

 

「どうしたのかしら?」

「えっと、その……ね。貴女のこと、お母さん……って呼んでいい?」

「勿論よぉぉぉぉぉ!!」

 

 かわいい! 霊夢かわいい! 私の娘! 愛してる! なんならママって呼んでもいいのよ!? うふふ、もう一生離さないんだからね!

 そう心で叫びつつ霊夢を抱きしめる。

 霊夢も私が抱きしめるのに応えるように後ろへと手をまわす。そして私を見つめながら横に流れていた髪を凪いだ。もう甘えん坊さんなんだから! けどそんないつもとのギャップがかわいい!

 もう、最高!ドレミーありがとー!

 

 そんな感慨に浸りながら感激の涙を流していると霊夢は「あっそうだ」と呟く。

 

「お母さん、実は貴女にあげたいものがあって」

「あらあら何かしら?」

 

 霊夢はゴソゴソと懐から何かを取り出した。それは淡い光を放ち、私へと向けられる。

 えっと……何そのカード。

 

「死に晒せクソババア。霊符『夢想封印』」

「あばぁ!?」

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 ……え、なに今の。

 若干の微睡みを感じつつも意識が覚醒した。

 デレデ霊夢からいきなり爆殺された夢オチだったような。ちょっとそりゃないわよドレミーさん!? 一番いいところだったのに!

 

 酷い喪失感とともにぱっちり目を開けると、霊夢と目が合った。黒く幽遠に輝く綺麗な瞳は私にここがまだ夢の中だという錯覚を与える。しかし目の前の存在はまごう事なき現実世界の霊夢である。

 霊夢はじーっと私を見つめ続ける。やだなんだか恥ずかしいわ。

 

「……なんであんたがここで寝てんの?」

 

 なんでって……そりゃあ……

 

「……気分?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「死に晒せクソ妖怪。霊符『夢想封印』」

 

 ちょ、ま……!

 咄嗟に開いたスキマでなんとか夢想封印を飲み込む。これをどこかに吐き出すわけにもいかないのでスキマ空間に留めておくことにした。サハラ砂漠あたりに吐き出しても追尾してくる可能性もなきにしもあらずだし。普通ならこんな手段はとらないけど家はもうないから今なら別にいい。

 それにしてもスキマの入り口のサイズがギリギリ足りてくれてよかった。一つでも当たれば私の命がアウトだから。

 ていうか私がこの霊弾をどうにかしなきゃ博麗神社が吹っ飛んでたんだけど……この子はどうするつもりだったんだろう。

 

「チッ……で、もう一度聞くけどなんであんたが私の布団で寝てんのよ。答えが答えならここであんたを退治するのも選択肢の一つだと言っておくわ。言葉には気をつけなさい」

 

 やばい、アレはマジの目だわ。流石に同じ布団で寝るのはまずかったかしら。霊夢も思春期だからね、仕方ないね。

 取り敢えず住ませて欲しい旨を伝えよう。

 

「実は風見幽香の殴り込みで家がなくなっちゃったのよ。だから復興するまでここに住まわせてもらえないかと思って」

「嫌だ」

 

 即答……流石にちょっと傷ついた。

 

「しかも何で寝てたのか答えてないし」

「だからそんな気分だったのよ」

「よし殺すわ」

 

 もう霊夢ったらツンデレなんだから! しかし彼女の迫力はまさしく妖怪に対するそれそのものであり、どこからか取り出したお祓い棒を私へと向ける。ついでに言うと目が据わっていた。

 は、恥ずかしがり屋なのは前から知ってたけど、ちょっと過剰に反応し過ぎじゃ……。まるで本当に私を殺すみたいじゃない!?

 

「……えーっと……」

 

 死角から声が聞こえた。けど霊夢も私も相手を視界に捉えるのに夢中でそちらに視線を向けることができない。目を離すのはこの状況ではちょっとまずいから。

 

「おーい霊夢……愛しの魔理沙さんが遊びに来てやったぜ? それで、この修羅場は一体なんなんだ?」

 

 霊夢がお祓い棒を振りかぶったその時、外からもう一度声が響いた。今度ははっきりと発音されていたので誰が言葉を発したのかが分かる。

 その友人からの声かけに霊夢が一瞬気を取られた。その隙にスキマでその場から急いで距離を置く。魔理沙ありがとう!

 

「今は忙しいのよ。後でにして頂戴」

「そう言ってもな……」

 

 魔理沙の方には目もくれずジリジリと距離を詰める霊夢。やばい、完全にタマを取りに来ている。反抗期の娘って怖いわー!

 

「……まあいっか。今日は団体さんをご案内してるんだ。ほれ」

「おはよう博麗霊夢、それに八雲紫。元気そうでなにより」

 

 いつでも逃げれるようスキマを展開しながら声の方向を見る。そこにはレミリアと彼女に日傘をさすメイド、それにフランがいた。

 レミリアはいつものように妖しい笑みを浮かべながらこちらを一瞥している。一方でフランはある意味真逆のようで同じような笑顔を見せていた。どことなく黒い雰囲気を感じる……? メイドは相変わらず冷たい微笑だ。

 ちなみに現在の時刻は夕方である。レミリアのおはようは……まあそういうことなんだろう。私も霊夢もおはようだけどね。

 

 一見した限りではレミリアとフランの仲は結構良さげに見える。ちゃんとした姉妹仲がないと一緒に神社まで来るなんてことはないだろうし……どうやら昨日の暴露が効いたようだ。これに懲りてDVがなくなってくれればいいんだけどね。次に同じようなことが起きれば霊夢に制裁を頼むしかなくなるから色々と危ないわよ?

 ていうかメイドからの突き刺す視線が辛い。いつでもどこでも所構わず殺気ばっか撒き散らしちゃってさ! メイドとしての教育はどうなってるのよ!

 

「やっほー紫! 私来ちゃった! ……で今さっきまで何してたの? 私には霊夢と一緒に眠りこけてるように見えたんだけど? ねえねえ?」

 

 フランはやっぱりかわいいわぁ。やっぱり夢よりも実物よね!けど心なしか視線が暗いような怖いような、気のせいよね?てかフラン普通に日光が当たってるんだけど。大丈夫なの?

 霊夢はレミリアたちを一瞥すると露骨に嫌な表情を浮かべる。まあ仮にも昨日まで殺し合ってた仲だし、意気揚々とここに訪ねて来れるレミリアの神経がおかしいのよね。

 案内してきた魔理沙も魔理沙だけど。

 

「また面倒くさいのがこんなに! ああ、もう! このクソ妖怪を退治するまでそこで待ってなさい! 勝手に家ん中入るんじゃないわよ!」

 

「お邪魔するわ」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔致します」

「お邪魔するぜ」

「お邪魔してて悪かったわ」

「あんたらねえ!!」

 

 霊夢は眉間に深い皺を寄せると怒鳴りあげた。霊夢も霊夢で苦労人だったりするのかしらね。同情するわ。

 勝手に家へと上がった一団は物色を開始する。

 

「ふーん……詫びしいところねぇ。こんなところに住んでて頭がおかしくならない? 私はおかしくなるわよ。ねえ咲夜、フラン」

「ええ全くです」

「お姉様、これってアレでしょ? 貧乏とか困窮から見出す風情とかいうやつ。よく分かんないけど」

 

 紅魔勢のあまりの物言いに霊夢のヘイトが徐々にあちらへと傾いている。ナイスヘイト稼ぎ、いいタンク役よレミリア! そのまま注意を惹きつけてちょうだい!

 

「ふふ……私の館に来ればいい生活ができるわよ? 毎日でも血の滴るステーキを出してあげる。今なら咲夜も門番も本の虫も付けてあげるわ。だから私の眷属になりなさい。……あら、何かしらこれ」

 

 居間からガチャガチャと何かをあさくる音が聞こえる。まだ私へとお祓い棒を向けていた霊夢だったが、ついにそれどころではなくなったらしい。慌てて自分も居間へと駆け込んだ。大変ね(他人事)

 私もその後を追うと居間はてんてこ舞いなことになっていた。

 レミリアは食器棚から何かを取り出そうとしているが背が足りていないのでプルプル震えながらつま先立ちをしている。非常に危なっかしいのだがメイドは助けるそぶりも見せずその姿を愛おしそうに見つめていた。

 魔理沙とフランはその近くで取っ組み合いをしている。え、なに? プロレスごっこ?

 

「へーこれが日本の湯呑みってやつかしら? 趣味が乏しいわね。私の館に来たら優雅なティータイムを堪能できるわよ?」

 

「人の趣味にケチつけないでくれる? ていうか持ち方が危なっかしい。さっさとそれを机におきな────」

 

 霊夢が制止するよりも早く、魔理沙と暴れていたフランがレミリアに激突。レミリアはその衝撃で手を滑らせ、床へと落ちた湯呑みは音を立てて砕けた。破片がパラパラと散らばる。そしてその絵柄には見覚えがあった。

 それって……私専用の湯呑み……。

 

 湯呑みを落としたレミリアは気まずそうに周りを見ると、急にしたり顔を作る。

 

「……ふっ、その湯呑みの運命は元からこれだったのよ。私が介入したことによりその時期が尚早まっただけ。些細な運命違いよ」

 

「ていのいいことを言って誤魔化そうとするな。あーもう、メイド!」

 

「もう片付けてますわ」

 

 霊夢が怒りながらメイドへと視線を向ける。対してメイドは軽く涼しい顔でそう返した。

 ふと目を戻すと割れた湯呑みは無くなっていた。メイドが時を止めて回収したのだろう。つくづくおかしな能力だなって思うわ。貴女だけ世界線を間違えてるんじゃないの?ってレベル。

 ていうか私のお気に入りの湯呑みが……。なんなら時を止めて割れる前に回収してくれても良かったんじゃ……。

 

 

 

「で、あんたらはいつからいたの?」

 

 まず霊夢は私へと問いかけた。その眼光はギラつき、嘘をつけば容赦なく殺すと無言で訴えかけている。えっと、親に向ける目じゃないわよ……?

 

「私は日の下り具合を見るに3時間前くらいかしら? 来てすぐに布団に入ったから何もしてないわよ?」

 

 結構な長さの夢を見ていた感じはするけど夢の世界って時の流れがめちゃくちゃなのよね。精神世界の仕組みはよく分からないわ。

 霊夢はこちらを凄まじい形相で睨みつけた。まるで今にも殺してやると言わんばかりの目だ。娘の反抗期ってこんなに激しいのね。確か幽々子も子供の反抗期は大変って言ってたわ……オヨヨ。

 次にレミリアが得意げに続ける。

 

「私が来たのは貴女が起きる五分前くらいよ。起きるまでわざわざ日光降り注ぐ外で待っててあげたんだから感謝して欲しいものね。太公望でもここまでは待たないわよ?」

 

 ドヤ顔で語るレミリアを他所に霊夢の顔がどんどんやばいことになってゆく。あー……本気で怒ってるわねこれ。異変の時でもここまではキレないわよ。寝顔をみんなに見られたからかしら?

 あと物知りな紫ちゃんが補足するけど太公望は待った方じゃなくて待たせた方だから。

 

「魔理沙……」

「うん?」

「どこまで見てた……?」

「えっ……そ、そりゃあうん。えっと……まあなんだ、あれだうん。お前が人の気配に気づかないのは珍しいな、うん。そんだけ夢中だったんだろう。ま、まあ私は別にいいと思うぞ? うん」

 

 言い淀み、視線を不自然に逸らす魔理沙。いや、いったい何があったの? ていうかそんな曖昧な返し方しないでさ! ほらもっと霊夢を宥めるようにしてちょうだいよ!

 

 だが時すでに遅し。霊夢を中心に霊気が爆発し家屋がメキメキと悲鳴をあげた。

 周囲にお札を何枚も浮かせ、その外周を陰陽玉が漂っている。さらに指と指の間には封魔針を3本装備。夢想天生を使わない状態での霊夢の最強形態だ。つまり今彼女の目の前にはどうしても消し去らねばならない存在がいるというわけね。

 ヤバイ霊夢が本気でキレてる。

 

「あんたたちの記憶も存在も残さないわ。大人しく消し飛びなさい!」

 

 刹那の直感だった。

 視界が白く染まる直前に私は妖生稀に見るスピードで目の前にスキマを開き、ちょうど近くにいたフランの腕を掴み中へ飛び込む。

 スキマ通過すると同時に凄まじい衝撃が背後を駆け抜ける。急いでスキマを閉めたが体にかかった分の衝撃はどうすることもできず、私は無様に顔面着地、地面をゴロゴロ転がった。

 視界の隅ではフランが何もないようにフワリと浮き上がり着地しているのが見える。幽閉されてたからてっきり病弱なのかと思ってたけど……運動神経いいのね。

 

 フランに無様な姿は見られたくないのでさっさと立ち上がりパンパンと土埃を払った。そう、私は頼れるお姉さんだからね! 顔から着地するようなドジっ子な訳がないのよ! 決して泣いてなんかないんだからね! これは汗なんだからね!

 

「花火みたいで楽しそうだったなぁ。まあ私にはどうもないんだろうけど。それなら眩しい思いをするよりもいっか」

 

 フランは実に無邪気。先ほどの閃光を花火だと思っているようだ。

 違うのよフラン。あれはメギドだとかそんなチャチなものじゃ断じてないものよ。私たちなんて一睨みでイチコロだからあの巫女さんは絶対に怒らせないようにしようね? ゆかりんとの約束よ?

 

 

 ◆

 

 

 博麗神社は跡形もなく消滅していた。

 爆心地の中心に立つのは元凶の巫女。未だなお怒り続ける彼女に親友の魔法使いは呆れた視線を向ける。

 

「ああ逃した! くっ……今度会った時は絶対許さないから!」

「……ヤケに荒れてるな。そんな殺意満々で怒るほどのことか?」

「知らないわよ!」

 

 激昂とともに地を抉る霊力波が魔理沙へと放たれた。魔理沙はため息を吐くと背中から生やした漆黒の翼でそれを弾き飛ばす。

 弾かれた霊力波は博麗神社隣接の林を消し飛ばし、小山にデカデカと傷跡を残した。抉り取られた大地から霊夢の荒れようが象徴されている。

 

 そんな霊夢の様子を上空で見ていたレミリアは咲夜を後ろに控えさせ、困った表情で肩をすくめる。咲夜の表情も優れない。

 

「全くあの巫女は……。ホント教育がなってないんだから。眷属にするにしても色々とやることが多そうね」

「お嬢様、申し訳ございません。他でもないお嬢様に守られるとは……この咲夜、不敬の至りでございます……」

「貴女は私に日傘を差し続けてるせいで避けれないんだからしょうがないでしょ。畏まってもあまり卑屈にはならないことね」

 

 レミリアは周りをキョロキョロ見回す。いるのは霊夢と魔理沙、そして咲夜と自分のみ。紫とフランドールはいなくなっていた。

 

「それにしてもフランはどこに行ったのかしら。あの子に限ってもしものことはないと思うけど……。ま、まさか逃避行!? おのれ八雲紫! フランの友人は許してもあの子は渡さないわよ!」

 

 運命が見れないと極端に不安になってしまうレミリア。

 その姿に咲夜は絶対者レミリア・スカーレットが存在しないことを改めて実感し、ほんの少しだけ寂しくなった。

 

 

 ◆

 

 

「お姉様たちは連れてこなかったの?」

「ええ。アレとかアレとかアレなら大丈夫よ、多分。そう簡単にくたばるものでもないでしょうし」

 

 連れてくる時間がなかったっていうのが本音だけどそこんところは黙っておこう。

 魔理沙はともかく、あの二人組みがくたばってくれるんなら私としては万々歳なんだけどね。けどあれぐらいで死ぬ連中なら苦労はしてない。

 

「ま、それもそっか。けどこれで紫と二人っきりだね! なんかロマンチック逃避行って感じ! 周りもなんか洞窟っぽいし」

 

 あら中々洒落たことを言うじゃない?

 フランの言う通り、私たちは今洞窟っぽいところにいる。ていうか地底である。前方に見えるあの洋館が私の胃を締め付ける。咄嗟のことだったから場所も指定せずにがむしゃらに開いたんだけど……まさかここに来るとは……。

 

「ここは地底。嫌われ者たちが跋扈する世界よ。そしてあの館は地霊殿。この前言った心に関してなら世界一の専門家が住んでるの。性格は最悪だけど」

「へぇ、ここが?」

 

 フランは興味深げに地霊殿を見る。まあ見栄えはいいからね。()()()は。

 

「結構良さげなところだね。ほら行こうよ紫」

 

 フランはテクテクと地霊殿へと歩みを進め始めた。私としてはあまり……というか全然気が進まないんだけど。

 まあいずれは地霊殿に連れて行く約束をフランとしたけどさ、ちょっと文字通り心の準備ががが……

 

 

 ◆

 

 

「はいどうも貴女の大っ嫌いなさとりですよ。結局二度と来ないとか言いつつなんだかんだで来るんですね。自分の発言には責任を持った方がいいですよ? ていうかそんなに私が好きなんですか? 照れるじゃないですか。……すいません、ぶっちゃけ言うと反吐が出ます。年増妖怪のそっちの性癖にふれられてるなんて想像しただけで吐き気が……おえっ。……はいはい嘘ですよ。いちいち間に受けないでください。それで今日は? ふむふむ……なるほど。散々な目に遭ったようですね。まあ自業自得ですが。さしずめ来世に期待といったところでしょうか。貴女程度の善行では来世があるかは疑わしいですがね。閻魔からもよく言われるのでしょう? そのくせして毎日怯えて嘆くばかりで自分から行動を起こそうとしない。弱い、弱すぎますよ。ああ、私は貴女のことを思って言ってるんですよ? そこらへん分かってます? それを逆恨みとは……心の狭さがよく読み取れる。恥を知ってください、恥を。お、泣きますか? どうぞどうぞ泣くなり吐くなりお好きに。そうしたところで貴女の体が傷つくだけで何の解決にもなりはしませんがね」

 

 会ってすぐにこれである。

 ……もうやだぁ。半泣き状態でメンタルポイントがとっくにゼロの私へと容赦なく追い打ちが浴びせかけられる。

 このドS妖怪は私のメンタルがブレイクするのを楽しんでるんだ! よくもこうネチネチと……! この陰湿! 冷酷! 残忍! 鬼畜! 萃香! さとり! 幽香!

 

「何とでも言ってください。貴女がさらに惨めになるだけですよ。……ではフランドールさん。よくお越しくださいました、ようこそ地霊殿へ。貴女のことは紫さんの中で見させてもらっています。お会いできる日を予々お待ちしていました」

 

 私へ侮蔑と嘲笑の後、さとりはフランへと体を向ける。そして朗らかな笑みで歓迎の言葉を口にした。……うん?

 

「貴女の不安定さはよく感じています。大変つらい思いをしたんですね。しかし貴女の心は完全に壊れきってはいません。しっかりと治療をすればまた元のフランドールさんへと戻れますよ。……分かりました、貴女のことはフランと呼びましょう。是非仲良くしてください」

「うん、よろしく!」

 

 ……いやちょっと。

 

「あ? なんですか紫さん。今の私は貴女如きに構ってる暇なんてないんですよ。今から彼女の記憶を想起させて心を呼び覚ましますからね。率直に言って邪魔なのであっちに行っててください。大事なことなので二回言いますよ?邪魔です」

 

 あ、はい。

 言われるがままにおずおずと引き下がった私は扉を開けると廊下に出る。

 そしてこっちにフリフリと手を振るフランに手を振り返し、しっかりと扉が閉まったのを確認して……

 

 

 

「なによこの格差ッッ!!?」

 

 腹の底から叫んだ。昨日に引き続いて打ちのめされた心身に引きずられるようにへたり込む。私が一体なにをした?

 いやもうね、この不当な扱いよ。フランに優しくしたくなる気持ちはよーく分かるけどさ、その優しさを私にもプリーズ! その100分の1でもいいから! お願いします!

 うぅ……何なの今日という日って。なんでみんなは私をいじめるの?なんでみんなは私に優しくしてくれないの? 私は静かに暮らしたいだけなのに。安らかに眠りたいだけなのに。あんまりよぉ……あんまりよぉ……えぐっ、うっ、えぐっ。

 

 

 

 

「大丈夫? ゆかりん」

 

 日が差したかのような錯覚を抱いた。だが私の目の前に立ち、笑いかけてくれながら確かに心配してくれている少女は……紛れもない女神だった。

 

「賢者のお仕事ってそんなに大変なの? 私に何かできることはあるかな? ゆかりんの力になれることならなんでもするよ?」

「こいしちゃん……!」

 

 幻想郷の良心……! 貴女といいフランといい、何で鬼畜姉の妹たちはこんなにいい子ばっかなの。もう貴女たちを祀る神社でも作りたい気分よ!

 ……うん、この程度でめげちゃダメね。私はこの子たちが快適に、そして幸せに暮らせる本物の楽園を作らなきゃならないんだから! 弱いところは見せられないわ! さあ立ち上がれ八雲紫!

 

「ありがとうこいしちゃん。ちょっと立ち眩みで転んだだけよ」

「そうなの? ならいいんだけど。あっそうそう! ゆかりんにいいものを見せてあげる予定だったよね! 付いてきて!」

 

 こいしちゃんは興奮した様子で手をブンブン振りながら廊下を走ってゆく。うんうん、元気なのはいいことだわ。

 子供っていうのはホントかわいいわねぇ。

 それにしても”見せたい物”……か。確かにそんな話があったわね。まあ来たついでだしその”見せたい物”っていうのを見させてもらいましょう。すっごく美味しいケーキとか……とっても大きな宝石とかそんなのかな?

 何にせよ楽しみだわ!

 

 

 こいしちゃんに入るように言われた部屋で一番に目に飛び込んできたのは、壁に磔られている人間の人形だった。私から言わせればなんともチープで悪趣味な人形である。良くできてるとは思うけどね。

 その周りを見ると小さな机やベット、ソファーがある。嫌に生活感を感じる部屋だ。だれかの個室だろうか?

 こんな悍ましいもの(死体の人形)をこいしちゃんが部屋に置くはずがないから……ここはさとりの部屋かしら? いや、そのペットの火車の部屋かもしれないわね。どっちにしてもあんなものを部屋に飾るなんて神経がキチってるわ。

 

 こいしちゃんは私を部屋に入れると何処かへ行ってしまった。取り敢えず帰ってくるまでソファーに座らせてもらうとしましょう。

 

 ふぅ……インテリア的な問題でくつろぎ空間ってわけでもないけど、このふかふか具合が中々心地いい。疲れた体に染み渡るわ。

 さっきの眠りでは結局衝撃の夢オチで叩き起こされたから疲労はあんまり回復してないのよね。

 

 今日二回目の微睡みが私を包む。ホッとしたら眠気が……。

 ……こいしちゃんが帰ってくるまでなら、寝てても大丈夫よね?うん、少しだけ、だから、ね……ちょっとだけなら、いいよね……?

 

 ……ZZZ

 

 

 

 

 

 




二連続寝落ち。ゆかりん疲れてるんだね。
理解のあるヤンデレって私好き!(パァァァァ
ちょっとだけ拡大解釈とかしてますが性格は基本的に(作者が思う)キャラクターのものです。ぶっ壊れてるのはゆかりんくらい?

次回の後書きにちょっとした基準のようなものを載っけます。


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境界賢者のとある一日③

 遠い誰かの、夢のような千切れた思い出。淡くも儚い幻のような砕けた日々。

 ひどく懐かしいようで、実は昨日の出来事なの。……私にとってはね。

 

 

 

『ねえ、────。貴女ならどうする?』

 

『誰の────』

 

『私の……いえ、私たちの────』

 

 

 そう。いつかそんなことを言ってた。

 ……違う。それは違う。

 所詮夢物語でしかないのよ。そう、思い描くことは全て夢に帰すものなの。

 誰かの予想は仮想に……仮想は空想に……空想は幻想へ。

 想うだけじゃ何も在りはしない。

 

『そんなこと言うなんて貴女らしくないわね……?シャンとしてよ!────が────と何も始まらないわ!』

 

 そうね、貴女の言う通りよ。何時も貴女は恐ろしいほどに”見ていた”。何も見えないはずなのにね。

 私は……全てが”見える”のに、何も見えやしない。震えそうになるほどの非現実を夢と断定する。弱さと脆さを受け入れたのが今の私なの。

 

 貴女には多分幻滅されるわね。

 

『だから、今こそ────を────に──のよ!』

 

 ……その声を、もう一度響かせて欲しい。私が願うたった一つのエゴ。叶うことのない小さな小さな欲望。

 貴女はいるの?

 この空の下に。

 空間を隔てたその先に。

 境界を越えた果てない世界に。

 幻想を……受け入れる現の角に。

 

 私はね、なんとなく分かるの。だけどそれは敢えて考えない。だって悲しくなるんだもの。こんなものなんて、感じたくもなかった。

 私たちの始まりの言葉を、私は今も追い続けている。……いや、待ち続けている。

 

 廻り巡り捲る幾千の夜は、未だに更けない。

 紫の雲を超える光は、未だに降らない。

 空虚を満たすものすら、未だに在りえない。

 

 幻想を葬ろう。そうすれば自ずと道は見えてくるんじゃないかしら?

 何も分からないことばかりだけど、また見えてくる気がするの。

 ねぇ、────。私は────……

 

 

 

 

 

 

 

「ゆかりん?」

 

 

 

 ────────

 

 

 

「……んあ?」

 

 引っ張り上げるような私を呼ぶ声と、手のひらに感じた温もりとともに私の意識は覚醒した。目の前には吸い込まれそうなほどの深緑色の瞳。翡翠のレンズに映る私の姿はどこか歪んで見えた。

 

 ……おうふ、頭痛い。

 なんか誰かのクソ恥ずかしい心のポエムが他でもない私の夢の中で漏洩してたような気がする。内容ははっきり覚えてないけど。なおその内容には全く心当たりがないから恐らく私のものではない。

 

 そういえば久々にドレミーが来なかったわね。てことは今回のあのイミフな夢は私にとっての良夢になるってこと?

 ……もしかしてあのクソ恥ずかしいポエム擬きはドレミーのものだったりするのかしら? だから恥ずかしくて出てこれなかったんだったりして。……念のため今度会ったら謝っときましょう。

 

 

 さて、目の前にはこいしちゃんがいる。私を覗き込み、手のひらをギュッと握っていた。可愛い以外の言葉が見つからないわ。

 ふと、甘くてどこか上品な香りが鼻腔をくすぐる。見るとテーブルの上には紅茶を乗せたトレーが置かれていた。私が寝ている間に持ってきて、淹れてくれたんだと思う。気遣いまでできてしまうこいしちゃんに隙はなかった!

 ありがとうの意を込めて軽く微笑んだ。するとこいしちゃんはまん丸な目を薄く細め、帽子を深くかぶった。私には表情を隠しているように見える。案外照れ屋さんだったりするのかしら?

 

「……あー、うん。ごめんねゆかりん。ちょっと興味があって覗こうと思っただけなの。もう勝手に見たりしないから……ね」

「……? そう……?」

 

 えっと、いきなり謝られた。

 勝手に見ないって……一体何を見ていたのかしら。もしかして寝顔だったり? それなら別に気にすることはないんだけど。だらしない顔をしてなかったかだけが心配ね。よだれなんて垂らしてたらできる美少女お姉さんのイメージが崩壊してしまう。

 

「はいゆかりん紅茶。コーヒーもあるからね」

「あらありがとう」

 

 こいしちゃんから渡された紅茶を軽く一口。上品でまろやかな味が口いっぱいに広がる。贔屓目とかそういうのなしでめちゃくちゃ美味しい。こいしちゃんが完璧すぎて生きるのが楽しすぎる!

 あー……染みるぅ……。緑茶もいいけど偶には紅茶を嗜むのもいいわ。今度外の世界に出かけた時は幾つか貰っていきましょう。

 

 さて、場が落ち着いたところでそろそろ本題を切り出そう。

 そうズバリこいしちゃんが見せたいものは何なのかって話をね! いい加減気になって仕方ないわ。うずうず。

 ついでにあの死体人形の詳細も聞いておきたいわね。あんなに精巧な作りで肉質を生々しいまでに再現している人形なんてそうそうお目にかかることなんてないだろうし、いつか()()()へのお土産話になるかもしれない。

 ぐいっと紅茶を喉に流し込んで、こいしちゃんに向き合う。

 

「ふぅ……美味しい紅茶ね。それで、見せたいものって何かしら?」

「見せたいもの……? えっと、なんだっけ?ゆかりん覚えてる?」

 

 こいしちゃんはこてんと首を傾げた。

 うーん……可愛い。って違う違う! 私に聞いても分かるわけないわ!けど惚けて私を困らせているようには見えないし……。まあこいしちゃんは不思議ちゃんだから許す!

 取り敢えず手当たり次第に言ってみましょうか。

 

「そうねぇ……この紅茶かしら? 結構上等なものでしょう?」

 

 私は別に嗜好家ってわけじゃないけどこいしちゃんが淹れてくれた紅茶は一級品のものであると確信している。これが飲めただけでもさとりの陰湿ないじめに耐えた甲斐があるというものだ。

 しかしこいしちゃんはふるふると首を振る。

 

「多分違うよ。だってこの紅茶ってお姉ちゃんの部屋から持ってきたものだからね。まあ美味しかったならなにより! 何が入ってたのかは知らないけど」

 

 うぇい!? こいしちゃんそれってまずくない!? あいつ結構根に持つタイプだからもし気付かれたら一生ネチっこく虐められることになるわよ!? しかもあいつ相手じゃ嘘をつけないし!

 うーん……誠心誠意土下座したら許してくれたりしないかな……。

 まあこいしちゃんが他でもない私への善意でやってくれたことだし、私が彼女を追求することは止めておきましょう。この子の悲しむ姿は見たくないもの。

 

「後で一緒にさとりに謝りに行きましょうね? ……それにしても紅茶じゃないなら……」

 

 必死に考えてみるが中々思いつかない。まずこいしちゃんが私へ見せたかったものを私が考えるっておかしくない? いまさらだけど。

 ふとこいしちゃんを見てみる。むぅ……と唸りながら腕を組んでいる。可愛らしいお顔と深緑色の瞳がいつも以上に所在なさげに浮いているように感じた。こいしちゃんも考え込んでるのかしら?

 ……あ、もしかして。

 

「髪型変えた?」

「いんや?」

 

 はい大恥かいた。

 なら……

 

「ネイルアートでも変えたの?」

「何それ?」

 

 ネイルアートの幻想入りはまだ早かったわね。ていうかこいしちゃんにそんな趣味があるはずないか。

 うむむ、ちょっと本格的に当てがなくなってきた。けど当ててあげないと気まずいし……何か少しでもヒントがあればねぇ。

 と、空を仰ぐと私の視界に殺風景な物体が映り込む。あまりにも周りと浮きすぎているその物体。サプライズには十分だ。

 

 まさか……ねぇ?

 

「もしかしてあの人形かしら?」

「ん? あーあれかぁ。いい出来栄えでしょ? お燐が色々と加工したものを譲り受けたのよ! もうお燐ったら嬉々として私に譲ろうとするからねー」

 

 死体人形を指差しながら楽しそうに語るこいしちゃん。話から想定するにあれはもともと火車のものだったようだ。あいつってそんなに手先が器用な妖怪だったのかしら? ぶっちゃけそうは見えないけど。

 それにしても美少女と死体ってのも中々オツなものよねぇ。最初は不気味に感じてた死体だけど、こいしちゃんと話してるうちになんだか可愛く見えて……くるわけないか。さすがに気持ち悪い。

 

「そうそう死体だよ! 私がゆかりんに見せたかったのって!」

「へ、へぇそうなの」

 

 宝石のように輝く瞳をより一層煌めかせて、こいしちゃんは興奮しながら私の手を取る。そしてどうリアクションしていいか分からなくてオロオロするしかない私の図である。

 いや、だって……ねえ? 私は別に死体愛好家ってわけじゃないし。そりゃ妖怪として生を受けた以上、本物の死体を見たこともあるし、時にはこの手でそれを築き上げたこともある。私のこの光り輝く美貌に羽虫の如く釣られた野党なんかを返り討ちにした時とかね!(ドヤァ)

 まあ昔話は割愛。

 

「それにしてもよくできてるわね。一種の美しさすら感じるわ」

「えへへ、やっぱりゆかりんもそう思う?キレイだよねー」

 

 ごめんねこいしちゃん……今のお世辞なの。流石にそうは思えないわ。

 けどこいしちゃんの不思議な感じが変に噛み合ってネクロファンタジー的な独特の雰囲気を感じさせることは事実。

 私はうんうんと頷くしかないのだ。

 

「けど私はまだまだ満足してないの。だってほら見て? まだあの子は一人しかいない。一人だけじゃ私もあの子も寂しいよ」

 

 うん、こいしちゃんは感受性の強い子なのね。確かに独りぼっちは寂しいわ。

 だけどあの死体人形の苦悶の表情を見るとなんかそれ以前の問題のように思えてくるの。あれって寂しがってるんじゃなくて苦しがってるんじゃ……。

 ま、まああれを作った当の本人から譲り受けたこいしちゃんが言うんだからあれは寂静の表情なのね。そう思い込むことにするわ。

 

「確かに。こんなにも壁やタンスの上にスペースがあるんですもの。他にも色々と飾ってあげてもいいかもしれないわね。例えば猫とか鼠のとか」

 

 別に趣味を否定するわけではないけど、私はあんな人体模型擬はこいしちゃんには少しばかり早いと思うのよ。こいしちゃんぐらいの年頃の子はミッ○ーマウスとかピ○チュウとかドラ○もんとかの人形を飾ってた方がいい。うん、絶対いい。

 

「なんなら持ってきてあげるわよ? うちにも色々とあるから」

 

 ミ○フィとかハロー○ティとかね。可愛い人形と戯れる美少女こいしちゃん……夢が広がりんぐじゃないの!

 

「ふふ……それもいいかもしれないね。だけどそんなのじゃダメなの。私が心の底から欲しいのはたった一つだけ。それさえ手に入ればもう何もいらないんだから!」

 

 へえそうなのね〜。ならそれとなく聞いておきましょ。誕生日かクリスマスにプレゼントしてあげれるようにね!

 

「それで、他でもない貴女が望むたった一つのもの……それはなにかしら?」

「流れるように艶やかな長い金髪」

 

 ふむふむ金髪……金髪? カツラでも欲しいのかしら。私は緑の髪も好きよ?

 

「その紫色の輝く瞳」

 

 紫色の瞳? えっなにそれ。カラーコンタクト?

 

「全部、全部よ! その全部が欲しいの! ねえゆかりんいいでしょ?」

 

 こいしちゃんはゆらりと立ち上がると私へとそう訴えかける。う、うん一回落ち着こう? ね?sit-down!sit-down!

 だが私の(心の中での)制止も空しく、こいしちゃんは止まることなく私へと向かって徐々に近づいてくる。

 深く被られた帽子から深緑の光が不気味に溢れる姿に、私は曲がりなりにも彼女が妖怪であることを再認識させられた。えっと、なんか怖い! けど悪意は感じないし……ゆかりん困っちゃう!

 

 そして、彼女の手のひらが私の胸へと伸ばされ────

 

「紫いるー?」

 

 張り詰めた空気を壊すように、ハリのある声が部屋に響いた。こいしちゃんの危ない瞳から目をそらすようにそちらに目を向けると、フランがドアノブに手をかけこちらを見ていた。その後ろにはさとりの姿も見える。

 フランはキョロキョロと部屋中を見たあとにこいしちゃんへと焦点を合わせた。

 

「わお、幻想郷はすごいのね。まるで狭間の存在のバーゲンセールだわ。肉眼じゃ何にも見えないし……すごいすごい!」

「……あれ、見えてる?」

 

 一触即発を感じさせる剣呑な雰囲気を孕んだ空気がまた再び部屋に充満したような気がする。いつかは合わせてみようと思ってた二人だけど、もしかしたら相性がすこぶる悪かったりして……?

 交錯する二つの視線からは火花が散っているような激しいものを感じた。

 

 見つめ合う二人の妹は互いにその距離を詰めてゆき……拳を打ちつけあった。そしてビシバシグッグッからの流れるような握手。

 その一連の流れに私は惚けるしかなかった。

 

「……気が合うわね! 私はフランドール・スカーレット! 気軽にフランとでも呼んでちょうだい!」

「古明地こいしよ! はい紅茶」

「わあ、ありがとう! ……マズっ! こんなの飲めたもんじゃないわ!」

「やっぱりー? あはは!」

 

 フランは私が飲んでいた紅茶に口をつけ、顔を顰めるとカップを壁に投げとばす。それをこいしちゃんがケタケタ笑う。……なにこの状況。

 するとツンツンと私の腕をさとりが小突いた。そしてそのまま腕を掴まれると引きずられるように部屋から退出した。

 

 廊下に出るとすぐに、さとりは私をジト目で睨みつけた。養豚場の豚を見る目だ。

 

「フランの心を隅々まで覗かせてもらいました。とんだ脳内フィルター詐欺ですよ、女たらしの紫さん。いえ、八雲ケダモノさん」

 

 そしてこの言葉である。

 女たらし? ケダモノ? 一つとして心当たりがない。ていうかまず私が女だし!

 

「一つとして意味を理解できないわ。虚言もほどほどにお願いしたいわね」

「はい、それですよそれ。貴女の内面と外面があまりにも違いすぎるんです。心じゃバカ丸出しなのに外面はもう取り繕うとかそんなレベルじゃない、もはや別々のものですよ。おかげで心の中まで胡散臭い。貴女の軽はずみな言動がどれだけの人物の運命を狂わせてきたのか……考えるだけでも億劫ですね」

 

 そんなこと言われても賢者としての建前は必要だし。まず私だって本当なら気楽に生きていきたいわよ! 素を出せる場所がトイレと夢の世界しかないんですよちくしょう!

 ていうか誰がバカ丸出しだ!

 

「貴女ですよ。まったくフランもこいしも……厄介な妖怪に捕まったものですね。正直気の毒に思います。ああかわいそうかわいそう」

 

 あ、これってこのままネチネチ言ってくるパターンだ。生憎私はそんなものを進んで受けに行くようなマゾではないのでさっさと退散させてもらうに限る。

 

「……帰るわ。色々と悪かったわね」

「逃げるんですか? 惨めですね。あとお気に入りの茶葉を勝手に飲まれた恨みは重いですよ。この恨みはネチネチと返していきますからそのつもりで。『ごめんなさい』ですか? 許しません」

 

 安定の追い打ちである。

 

「そうそう、フランは定期的にここへ連れてきてください。まだまだ不安定な部分がたくさんあって経過を見守りたいので。どうやらこいしともうまくやれているようですし。……似た者同士はやっぱり惹かれ合うものなんでしょうね」

 

 これからは定期的にここに来ることになるのね……。さとりが遠回しに私に向かって死ねって言っているのは明白である。

 うん?ちょっと待って。フランとこいしちゃんが似た者同士……? も、もしかして!

 

「まさか、貴女もDVをしてるんじゃないでしょうね?」

「……はぁ」

 

 さとりは大きなため息を吐くと、今日一番の冷たい目を向けて言い放った。

 

 

「死んでくれませんか?」

 

 解せないわ!

 

 

 

 

 

 

 

 フランを連れてスキマをくぐった。こいしちゃんは別れ惜しそうに手を振り、フランもそれに合わせて振り返す。今日1日で随分と仲良くなったのね。引き合わせた私としては嬉しい限り。

 途中までのこいしちゃんにはどこか危ない雰囲気が出てたけど、最後には元に戻っていた。結局アレはなんだったのかしら。一番欲しいものも最後まで聞けなかったし。

 

 

 スキマを抜けるとそこは紅魔館だった。

 ……あれ、紅魔館って吹っ飛んでなかったっけ?

 

「あっ、妹様!おかえりなさいませ。紫さんもご苦労様です」

 

 にこやかな笑顔を浮かべた門番がこちらへ近づいてくる。その背後では地面から4本の足が植物のように生えており、緑髪の妖精が頑張って引っこ抜こうとしていた。なんともカートゥーンな風景である。

 そんな私の視線に気が付いた門番が聞いてもいない答えを勝手に言ってくれた。

 

「ああ、あれは侵入者ですよ。といっても妖精と雑魚妖怪ですけどね。あいつら弱いんですけどいくら潰しても湧いてきますから地面に刺してるんです。しかしこれではおちおち休憩も取れませんよ。どうにかならないものですかね?」

「私に言われても困るわ」

 

 逆に言えば因縁つけられるようなことをしたあんたたちが悪い。嫌なら静かに暮らしなさい。いやホントお願いします。

 ていうかあの突き刺さってる二人ってチルノとルーミアじゃない? 幻想郷A級危険物の。どっちとも大妖怪を逸脱したレベルなんだけど。”雑魚”妖怪……ね。

 いや、今はそんなことはどうでもいい! なんで紅魔館が建ってるの!? 木っ端微塵だったじゃない!

 

 そんな私の疑問に気づいたのか気まぐれなのか、またもや門番が聞いてもいない答えを勝手に語ってくれた。

 

「変わり映えがないでしょう? あんなの(紅魔館)を欧州の各地に建てまくったお嬢様の気がしれませんよホント。まあそのぶん館が壊れても建てた分のスペアを持って来ればいいだけですから便利といえば便利なんですけどね。ただ悪趣味なのがちょっと……」

 

 いやどんだけ外の世界で好き放題やってたのよ。まずそんな簡単に結界を超えられちゃこっちが困るんだけど。あっ、あいつらには関係ないか。

 と、ここで私の妖力探知がこちらに接近する巨大な妖力を捉えた。これは……

 

「あら、先に帰ってるじゃないの。どうやら逃避行は私の思い過ごしだったみたいね。よかったよかった」

 

 やっぱりレミリアのものだったようだ。メイドを傍らに携えて降り立ち、ホッと安心したように胸をなで下ろしている。見間違いかもしれないけど随分と彼女の雰囲気が変わったような気がするわ。

 

「八雲紫。フランを連れ出すのは……まあいいけど、せめて一言言ってからにしてちょうだい。突然いなくなったから気が気じゃなかったのよ。もしものことがあれば幻想郷の存亡に関わるわよ?」

 

 おおう、幻想郷を引き合いに出してきたか。つまりこれってアレでしょ? 「フランに傷一つでもついてたら幻想郷を滅ぼすからよろしく」ってことでしょ? いつの間にこんなに過保護になったのかしら。フランをいじめていいのは私だけ! 他は手を出すな! っていうベジータ理論?

 まあ突然いなくなったのは状況が状況だったし? それに帰りが遅くなったのはフランの意志を尊重したからであって云々……。

 

「まあいいわ。フランを取り巻く気質が変わってる……っていうより昔のものに近くなってるのは貴女のおかげなんでしょ? あんなにぐちゃぐちゃだったあの子の運命も今じゃ手を取るように見えてしまう。……貴女には感謝してもしきれない」

 

 レミリアは美鈴と談笑しているフランを見ながら感慨深げに語った。

 感謝なんていいからもう二度と異変を起こさないで欲しいわ。私はそれだけを切に願う。別に出過ぎた願いってわけでもないわよね。

 レミリアはそれだけを述べるとメイドとともに紅魔館へと向かった。すれ違った時にメイドの舌打ちした音は聞き逃さなかったわよ!

 

「……あっ、言い忘れてたけど」

 

 くるりとレミリアが振り返る。

 

「しばらくは身を隠してた方が身のためよ。霊夢がやけに殺気立ってるからね。あれの相手は流石の私でも御免被るわ」

 

 霊夢のツン期が箆棒に長く感じる今日この頃。雪解けのデレ期はもうすぐだと思うんだけどねえ。

 ていうかあのレミリアが私に助言ってなんか嫌な感じがする。運命を見れるから信憑性は高いんだけど人となりが壊滅的だから。

 その後レミリアは見返りを求めるわけでもなく門をくぐり、近くにいた門番の腰を突拍子もなく蹴り上げる。門番は高速前転しながら地面を転がり、霧の湖に大きな水柱を作った。

 

「門番風情が悪趣味とはよく言ったものね。デビルイヤーは地獄耳よ、覚えときなさい。さあフラン戻りましょ」

「うん。じゃあね紫!」

「さようならフラン」

 

 遠い目で手を振りながらフランを見送った。吹っ飛んだ門番については気にしない。だっていちいちツッコンでたらキリがないもの。そろそろスルースキルを完全マスターしなきゃ流石に持たないわ。

 まあ一つ言えることは、これからのレミリアへの悪口は心の中だけにしておこう。うん。

 

 さて、やることも終わったし……これからどうしましょうかね。取り敢えず住むところを決めないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず幻想郷西南部のなにもない荒野に降り立った。本当はこの辺りには肥沃な森林があったんだけど吸血鬼異変の時に色々あって消し飛んじゃったらしい。いや、ホント何があった。

 

 しかしこれで全てのツテは消滅した。いや、他にある事にはあるけどそれは私の胃が死ぬこと前提の場所だ。つまり元々の候補には入らない。ぶっちゃけ野宿の方が幾分マシってレベルね。

 

 ……ていうかもう野宿しちゃおうかしら。この南西部に強力な妖怪がいるって話は聞いたことないし、あの連中にしてもこの場所でごく僅かにでも遭遇確率があるのは幽香とブン屋だけだもん。霊夢もまさか賢者ともあろうものが野宿してるなんて夢にも思わないだろう。住んでみれば案外都かも。

 

 よし決めたわ。私野宿する! 萃香が再建を終える数日後までなんとか生き抜いてみせる! だから萃香様、早くお家を建ててください……お願いします。

 テントなどをスキマからポンポン出してゆく。これらは全て外の世界から取り寄せたものだ。元々持っていたものはあったけど多分幽香パンチで消し飛んじゃったと思うから。

 

 ぶつくさ不満を呟きながらテントの組み立てにかかる。しかし慣れないもので中々立たない。最近の物はどうにも細々しててねぇ、もっと単純化できると思うんだけど。

 ……やめにしましょう。こんな面倒くさいことやってらんないわ。

 まずそもそもなんで幻想郷の賢者である私がこんなレジャーなことをしなきゃならないのよ。おかしいでしょ。

 藍ならすぐにテントぐらい立てれるだろうけどそんなことを頼むわけにはいかないし……寝袋だけで我慢しましょう。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐く。なんだってこんなことになってしまったのかしら。私はただ平穏に暮らしたいだけなのに。失くせば募る哀愁の思い。

 いや、気を持ち直しましょ! 数日、たった数日頑張ればまた元の生活に────

 

『もしもーし。紫いるー?』

 

 あ、萃香から念話がきた。この頭に直接語りかける念話は妖術の一種らしいけど、私には使い方がよく分からない。まあ私には携帯電話とかがあるから無用の長物だけどね。……橙に使えて私に使えないっていうのはちょっと悔しいけど。

 

「いるわよ。どうしたの?」

『えっとねー、今貴女の家があったところに着いたんだけど……こりゃ酷いね。倒壊どころの話じゃない。家を建てるだけならすぐなんだけど……空間の修復は専門外だから時間がかかるよ? 大体数週間ぐらいかな?』

 

 ……うん? 空間の修復?

 どゆこと。

 

『高密度エネルギーの爆発のせいでスキマ空間が破れかかってるんだよ。こりゃ重症だね』

 

 こ、高密度のエネルギー? そんなの心当たりなんて……ってあったわ。霊夢の夢想封印をスキマ空間に放置したまんまだったわ。

 あーなるほど。私のスキマ空間なんかで霊夢の夢想封印を押さえこめるはずないものね。納得納得。

 

 じゃ、ないッ!!

 数週間って……数週間って!?

 

「も、もう少し早くならないものかしら?」

『流石に無理だね。まず空間系統は私の専門外だし、数週間でも私の出せる最高速度だよ。まあ自己空間を作り出すといえば仙人だけど……知り合いとかいないの?』

 

 いないことはないけど……あの人はちょっとね。色々と面倒臭いというか、嫌われてるっぽいっていうか……。

 

『ま、私に任せるんなら数週間はかかるよ。タダでやってあげるんだから文句はほどほどにしといとくれ』

 

 タダより高いものはないけどね!どうせ今回の貸しを使ってうちに転がり込んでくるくせに!私は分かってるんだからね!

 しかし萃香以外に頼める人物がいないことも事実……。彼女に頼むしかない。

 

「……分かったわ。その代わりしっかりと頼むわよ? 風見幽香に殴られても壊れないくらい頑丈に作ってちょうだい」

『そりゃ勘弁してもらいたいね。それじゃあ作業に取り掛かるとしようか。────────あっちょい待ち』

 

 少し間が空いて萃香が念話をよこした。

 

『この数週間はスキマを使わないでおくれよ。空間に少しでも穴を開けられちゃ作業に悪影響が出るからさ。それに色々と圧縮したりするから無闇にスキマを開けると吸い込まれてバラバラになる。あっ、もちろん紫がね。そういうわけで不便だろうけど我慢してね。そんじゃ』

「ちょ、ちょっと待っ────」

 

 私の制止も空しく、ブツッという無慈悲かつ無機質な音が頭に響いた。なんだろう、夏なのに肌が冷たく感じる。

 改めて萃香と通話しようと思っても私からじゃ念話を使えないし、萃香は携帯電話なんて持ってないし。まず持っていたとしても繋がらないだろうし。

 藍もまた同じ理由。マヨヒガは空間を別にする場所だから電波が通じないの。しかもマヨヒガまでの道中が危険すぎてたどり着けるか分からない。つまり彼女への助力も期待できない。

 そして頼みの綱の霊夢はテラ反抗期。

 

 数週間……この状況でスキマなし……?

 もしかして→詰み?

 うわぁ……軽く10回は死ねる。いや、運が悪ければ50回は死ねる。新事実、幻想郷はホンジュラスだった?

 

 ……仕方ない。こうなったら恥を惜しんで紅魔館に厄介になろう。雑用でもなんでもしますから住まわせてくださいと。ていうか紅魔館以外にここから無事にたどり着けそうな場所がない。

 

 そう、数週間だ。数週間だけ生き残ればいい。別段難しい話じゃないわ!私は泥水啜ってでも生きてやる!

 

 

 

 

 だが私は数十分前まで確かに存在していた紅魔館の消失現場に立ち会い、元の荒野へと回れ右をすることになる。

 だって氷漬けになった紅魔館が闇に沈んでたんだもん! なお元凶であるチルノとルーミアは紅魔館の誰かのレーザーによってバラバラに消し飛んでいた。

 

 

 

 

 荒野へとんぼ返りした私は空を見上げる。散りばめられた星々が私へと降り注ぐ。灯りの少ない幻想郷の夜空では、外の世界では失われた輝きをこれでもかと彩っていた。

 夢と見間違うような美しい光景だが、今私がいるのは夢の世界ではない。現実の世界だ。明日からも、これからも。

 

 さて……明日からのご飯どうしよう。

 

 

 

 ──ゆかりんサバイバルライフ終了まで

 あと23日と13時間。

 

 




それなりに質問があったので作者なりの評価基準。

E これが…大妖怪…!
D うん…うn!?
C 論外
B good-bye日本
A 宇宙の法則が乱れる!
S

ルーミア…D→?
大妖精…E+
チルノ…C
美鈴…B→?
小悪魔…C+
パチュリー…B+
咲夜…B+
レミリア…A
フランドール…A−


ゆかりん…E−

こんな感じです。なんで日本がgood-byeしてないかは次回あたりに少し触れるかと。ちなみに作者は1面ボスが大好きです。ロ、ロリコンちゃうねん!
次回は吸血鬼異変について。これが終われば東方荒魔境は終了となります。


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吸血鬼異変──前哨の蹂躙

過去話となります。いわゆる噛ませ犬の皆様に頑張っていただきましょう。なおグロ注意……かな?




「……レミリア様。此度の遠征におきまして我々のような凡百の者を選出していただき、一同感激の極みでございます」

 

 十数人の男たちが一斉にこうべを垂れた。深い彫りの刻まれた厳つい顔は、男たちの迫力に拍車をかける。その一人一人が百戦錬磨の猛者であり、欧州に名を轟かせた伯爵級の吸血鬼たちである。

 そんな屈強な男たちが恭しくへり下っているのは、ひとえにその相手が格上……いや、別次元の存在であるからに他ならないからなのだが、その相手は外見にして10数歳程度の幼き少女であった。

 

 字面にしてみれば実にシュールで滑稽な光景であるが、その場においては誰もが瞬時に理解する。その少女の絶対性を、圧倒的カリスマ性を。

 少女がその気になればこの男たちの命は1秒とかからず摘み取られてしまうだろう。従う他に生きる道はない。

 

 少女の名前はレミリア・スカーレット。

 齢10と半ばほどにして己の父スカーレット卿を討ち取り、紅魔館を手中に収めた。そしてその圧倒的カリスマによって配下を増やすと次々に敵対勢力を屈服させ、欧州での覇権を揺るぎなきものへ。

 レミリアが一声かければ世界の情勢が一気にうねり出す。その影響力はアメリカ大統領をも遥かに凌ぐだろう。彼女は……ヨーロッパを、世界を手にしたのだ。

 

 だがレミリアにとってそのようなものに価値などない。なるべくしてなったのだから別段凄いことでもあるまい。

 レミリアが望むのは自分の好奇心を満たしてくれるような超越的な存在の出現、そして妹の安寧と平穏だけ。その望みを叶えるべく幻想郷へ来たのだ。

 前々から幻想郷を狙っていた一応の配下に当たる吸血鬼たちの方は、レミリアが幻想郷征服という自分たちの要請に応えてくれたと歓喜したが、彼女の真意に気づいた者はいない。

 

「……で、他に用は?」

 

 跪く吸血鬼たちを一瞥もせず、レミリアは冷たく言い放った。

 その底冷えするような短い言葉はそれの真の意味を十分に吸血鬼たちへと伝えていた。

 

 ────胡座をかいている暇があるなら、さっさと行け

 

 ゾワッと鳥肌が浮き立つ。吸血鬼は慌てて立ち上がり我先にと部屋から退出してゆく。非常に滑稽な有様だった。

 全員がいなくなったのを見計らい、レミリアはパチンと指を鳴らす。それと同時に傍にメイドが現れ、レッドワインをグラスへと程よく注いだ。

 

「……咲夜。首尾の方は?」

「滞りなく。パチュリー様が開かれた魔界へのゲートは既に紅魔館八方に配置済み、お嬢様の一声で数千の使い魔が一斉に侵撃可能な状態を維持しております。些かオーバーな戦力であるとは存じますが、しっかりと幻想郷を制圧するには十分な……」

「いいえ違うわ。これより行う有象無象による第1波はあくまで斥候、吸血鬼連中も含めてその全てが捨て駒よ」

「左様でございますか」

 

 レミリアのあれほどの大軍勢を使い捨ての駒と称した衝撃的な発言にも、咲夜は平然と答える。レミリアがこうなると言えばそうなるのだ。たかが一人の従者である自分が気にすることではない。

 だが少しばかり不思議に思ったことも事実。主人の言うことを疑っているわけではないが、あれだけの戦力を一蹴するほどの力をこの幻想郷という土地が有しているとは些か考えにくい。

 

 その咲夜の思いを知ってか知らずか、レミリアはクイっとワインを口に流し込むと気分良く語った。

 

「まあ見てればいずれ分かるわよ。この幻想郷という土地がどれほど異質で可笑しな場所であるかね。────パチェ、映し出してちょうだい」

 

 レミリアが虚空に話しかけると、少しして空中に何枚かの水晶が生成される。そして少量の魔力が流し込まれると、外の世界で俗に言うテレビのように、映像が映し出された。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 紅霧異変より10年ほど前。

 幻想郷では外来の妖怪による襲撃を受けるという異変が発生していた。規模、被害ともに幻想郷へと過去最高をもたらしたそれを俗では『吸血鬼異変』と呼んでいる。

 命名の理由は、ひとえにこの異変の首謀者が吸血鬼であったからだ。

 

 始まりは紅い館の出現だった。

 霧の湖のほとりに唐突に現れたそれは、数分の静観を保ったのちに大量の妖を放出した。

 当時の賢者たちはその前例なき事態に衝撃を受け、混乱の収束に勤めていた。ある者は迎撃の準備を整え、ある者は自分が幻想郷の存続の為にすべきことを熟考する。

 それはかの幻想郷の最高権力者であり、ポンコツ賢者である八雲紫も変わらぬわけで。

 

「ちょ、何よあの数! 色々とおかしいでしょ! バカみたいに戦力をひけらかしちゃってさ! しかも外見がやたらグロテスク! てかあの館、趣味悪すぎじゃない? 真っ赤って……」

 

 ……かなり狼狽していた。

 彼女の能力を活かした遠方からの偵察であるが、それは敵勢力の規模を表面的には正確に伝達させた。

 それでいくつか把握できたことがある。

 まず敵勢力のそのほとんどが西洋妖怪と下級使い魔系で構成されている。ちらほら幻想郷の妖怪の姿も見えるが……恐らくそれらは相手へと降った弱小妖怪だろう。元締めへの忠誠心は不明。

 次に気になるその数だが、これは幻想郷の妖怪・人間の総数を遥かに超えていた。地を埋め尽くすほどにぎっしりと敷き詰められた妖怪たちのその姿は、もはや百鬼夜行という言葉すら生温く感じるほどの歪さである。

 

 その圧倒的戦力に紫は戦々恐々とし、ふとあることに気づいた。

 

 取り敢えず紫はその状況を確認しながら、何故か無駄にいい頭を回転させる。

 地理、戦力比、進軍方向、……()()の今日に至るまでの統計。

 その結論として導き出された答えを頭で反復させ、計算に問題がないことを確認した紫はなんとも言えない表情を浮かべた。

 紅魔館が建っている場所は幻想郷のほぼ中央に当たる。全八方に進軍するつもりだろう敵にしてみれば当然の布陣であるが……。

 そこは最悪だ。完全に囲まれているのだから。

 

「……戦後処理の準備をしときましょうか。なんていうか、その、御愁傷様」

 

 紫はそっと進軍中の吸血鬼たちの冥福を祈り、スキマへ潜っていった。

 

 

 ────────

 

 

 悪魔とは闇の存在だ。

 高位悪魔の一種である吸血鬼はその存在意義上、闇の化身として人間たちから恐れられたこともある。

 宵闇からフラッと現れると心の闇を瞳で増幅させ人間を操る。そして恐怖に震える人間の姿に愉悦を感じながらゆっくりと、優雅に捕食するのだ。

 

 闇は己だ。己は闇だ。

 闇でしか生きられぬ吸血鬼にとって、闇とはともにあるものだった。

 

 

 

 なぜ闇しかない?私は、なぜいないのだ?

 

「〜♪〜♪」

 

 闇の中に浮かぶ光のような明るい金髪。そしてそれに結び付けられた赤いリボン。流れる可愛らしい鼻歌から、ソレが少女であることが分かる。

 だが彼女に似つかわしくない肉の裂ける音と咀嚼音が、その認識を全否定していた。アレは……自分たちよりも悍ましい何かだ。

 

「んぐ、んぐっ……ごくん。美味しい! やっぱお肉は生に限るよね。あんまり強すぎず弱すぎずでちょうどいい感じ! 散歩してたら手軽にお肉が手に入るなんて……幻想郷もいい世の中になったものね」

 

 意味の分からないことを言いながら肉に食らいつく。辛うじて意識のあった比較的若い吸血鬼は、闇は決して自分たちとともに在ったものではないことを知った。その認識がどれほど愚かで身分不相応なものであったのかを身を以て感じていた。

 

「……ば、かな……こんな、ことが……あっていいはずが……」

「ん?」

 

 その視線に気がついた彼女は、にこりと可愛らしい笑みを浮かべると、その吸血鬼の首を躊躇いなく踏み潰した。

 パキッ、と太い枝を折るような音が闇に響き、吸血鬼はしばらく小刻みに震えた後、二度と動かなくなった。

 

「〜♪〜♪」

 

 滴る血を身体中に浴びて、上機嫌な彼女は夥しい数の死体や半死体を引きずりながら、住処へと帰って行った。

 

 

 ────────

 

 

「転居早々に騒がしいわね……。もしかしてこれが幻想郷流のお祝いだったりするのかしら。まあ、あっちよりも賑やかそうでいいじゃない。すこぶる田舎だけど。……殺っちゃったけど、別にいいわよね?あっちからやってきたんだもん」

 

 幻想郷東北東部に位置する陰鬱な森、通称『魔法の森』。今日より華々しい幻想郷デビューを飾った都会派魔法使いが、ズタズタに切り裂かれた吸血鬼と使い魔の死体を冷たい目で見下ろす。

 まるで大勢のリンチにあったかのような有様であったが、そこに立っていたのは魔法使いただ一人。周りに可愛らしい人形が浮遊していること以外は、いたって普通の少女である。

 

 すぐに吸血鬼たちへの興味をなくした魔法使いは人形たちに片付けを命じると、自分の新居へと引っ込むことにした。こんな大人数で迎えてくれたのだ、これから様々な来訪があるかもしれない。

 

「うふふ……念のためクッキーでも焼いてましょうか。やっぱりあの人との初対面は大切よね。私の幻想郷生活のスタートダッシュは順調に決めないと」

 

 魔法使いは一人で静かに微笑むと、部屋の掃除を開始した。なお彼女の家への来訪者は年数人にとどまったという。

 

 

 ────────

 

 

「イェーイ!今日は私たちのゲリラライブに来てくれてありがとー!本日のフィナーレは私たち幽霊楽団のテーマだよー!果てるまで騒いでいこー!」

「メルラン。もう誰も聞いてないわ」

 

 紅魔館にほとほと近い廃洋館。そこでは久しぶりの来客に興奮したとある騒霊たちのゲリラライブが行われていた。

 吸血鬼は3人のふざけた態度に激昂し、襲いかかろうとしたが……それは叶わなかった。

 

「んもーメルラン姉さんはすぐにはしゃいで観客を駄目にする! こんなんだからファンが一向に増えないのよ」

「楽しくない音楽には何の意味もないわ! もっと心を躍らせて! 貴方の心はフリーダム! 自分を解放させるのよ!」

「貴女は地に足をつけることをいい加減覚えなさい。もっと落ち着いて丁寧に……」

「ルナサ姉さんは足が地中に埋まっていってるじゃない! そんなんだから観客がすぐに鬱で死んじゃうのよ! そんなの音楽じゃないわ!」

 

 演奏を聴いた吸血鬼の反応は様々だった。急に頭から血を吹き出してパンクしてしまったり、口から吐瀉物と血を吐き出してそのまま死んでしまったりと。ただ()()は躁状態になってしまって死んだ人数が鬱状態で死んだ人数よりも多いだけ。メルランのフライングによるものである。

 彼女たちは直接的には何もしていない。ただ思い思いに自分の楽器を演奏していただけだ。

 

「鬱で死ぬのは私のせいじゃない。豆腐メンタルなあの人たちが悪いのよ」

「なら今のも私のせいじゃないわ!」

 

 いがみ合う姉二人を他所に、末女は端でふつふつとその不満を募らせていた。

 

(やっぱあいつら(愚姉ども)と一緒じゃダメね。そろそろ見限ってソロコンサートでも始めようかしら。私だけなら一定数のファンもいるし)

 

 狡猾な妹リリカ・プリズムリバー。特徴がないのが特徴であるが、常人受けする彼女の演奏は、それなりに人気であった。

 

 結局彼女たちは閑古鳥となってしまったライブ会場で死体相手にフィナーレを演奏することになる。聴くだけで致死量の心の緩急をもたらすその音は、吸血鬼の被害を増させるばかりであった。

 てててて♪

 

 

 ────────

 

 

「はあ……お師匠様もウサギ使いが荒いもんだね。サボる暇もありゃしない。バカな契約をしてしまったもんだよ。若気の至りってやつかねぇ」

 

 1匹のウサギのため息が響いた。

 ここ迷いの竹林では単調な風景と深い霧、地面の僅かな傾斜で斜めに成長している竹等によって方向感覚を狂わされるという。また、竹の成長が著しい為すぐに景色が変わり、目印となる物も少ないので、一度入ると余程の強運でない限り抜け出せないという幻想郷屈指の危険スポットである。

 

 その迷いの竹林では大規模な戦闘が行われた跡が点在していた。ある使い魔は身体が見えなくなるほど矢に貫かれ、まるでハリネズミかヤマアラシのような有様。ある使い魔は落とし穴に落ちて、飛ぶ暇もないままに身体中を竹槍に貫かれた。ある吸血鬼はたった今、ウサギの杵つきで肉塊と化した。

 『竹林のトラップマスター』因幡てゐ。彼女の手により吸血鬼と使い魔の一団は完膚なきまでの全滅を喫した。

 

 本来なら部下の妖怪ウサギにこの案件を押し付けて、自分はのうのうと高みの見物といったところだっただろう。因幡てゐとはそういうウサギだ。

 しかし今回の相手は部下たちには少しばかり厳しいと感じた。流石のてゐも部下を無駄死にさせるほど鬼畜ではない。さらには協定者が武器の供出はできないと言う。なんでも誰かの目があるそうで。

 よって仕方なしにてゐ自らが出てきたのだ。

 

「……たった数百年とちょっと生きただけのひよっ子コウモリが、迷いの竹林を攻略できるなんて……ましてや幻想郷を陥せるなんてよく思い上がれたもんさ。現に貴方たちは私に兵器の一つを使わせることなく、部下を使わせることなく全滅した。貴方たちが何処へ逝くかはしらないけど、来世じゃもう少しマシな生物に生まれ変われるといいね。私が祈ってあげよう」

「そりゃ大層報われないだろうな」

 

 南無南無と2拍1礼するてゐに、ゆらりと声がかけられる。怪訝な顔をしてそちらを向くと、そこには赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊った白髪の少女がいた。背後の空間がゆらゆらと陽炎のように揺らめいているのは、その身体から放出されている圧倒的妖力によるものだ。

 彼女はてゐにとって、協定関係の(一方的な)仇敵に当たる。しかし明確な敵対関係ではない。言うなればご近所さんだ。

 手にはナップサックのように何かを掛けていた。

 てゐはその姿を視界に捉えると、何故か手を揉みながらゴマをすり始めた。

 

「これはこれは、今日も壮健そうでなにより」

「うまい皮肉だな。まあいいけど。それでだ……こいつらに何か心当たりはあるか? いきなり見ず知らずの奴に攻撃されてたまったもんじゃないよ」

 

 少女は手に掛けていたモノをてゐへと投げ寄越した。それなりの質量と滴る赤い液体、至る所に生えた茶色の毛、そして眼球。

 それは獣の首であった。

 

「えっと……狼かな?」

「狼かこれ? 二足歩行で立ってたんだがなぁ。どうにも妖獣の類とは少しばかり違うようだし……」

 

「あー……割り込んで悪いけどそれって人狼じゃない? 正確に言えば狼男。多分だけど西洋の妖怪ね」

 

 ぬっと竹林から新たな人物が現れた。

 一番に目につくのは頭から生えているそのオオカミ耳。そして服の間からチラチラと見える茶色の体毛。だがその一方で顔は普通に人間をしている。彼女もまた、生首の獣と同じような雰囲気と妖力を醸し出していた。決定的に違うのはその内包する魔力の量であろう。

 

「おっ、奴さんたちの仲間かな?」

「違う違う」

 

 てゐが杵つきを構えると狼女は血相を変え手と首を横に振った。彼女は竹林に住んでいるのだ。竹林の元締めであるてゐと敵対関係になるのはどうしても避けなければならない。

 

「いやあね。私は純日本製の狼女よ。この通り私も手を焼いててね、ハンティングしてたのよ。ま、こんな連中とは格が違うわ」

 

 狼女もまた、手に持っていた生首をゴロゴロと地面に転がした。初めて見る妖怪の顔ぶれに白髪の少女は「ほう」とつぶやく。

 

「ふーん。こりゃまた大量」

「ふふん、どんなものよ。こいつなんて手から雷を出したりしたんだから。すっごく派手だったわね。……弱かったけど」

 

 得意げに胸を張る狼女をてゐは一瞥する。確かに彼女も相当数の西洋妖怪を狩ったみたいだが……やはり一番倒したのは自分だろう。

 

「まあ、何にせよこの中じゃ私が一番だね。何てったってここら一帯のやつは全部私のだからさ。MVPは間違いなく私」

「私も燃やし尽くした分を合わせたら結構殺ってるぞ? 数比べなら負けないな」

「わ、私は今ハンティングを始めたばっかだから! 次のが来たら私が全部倒しちゃってもいいのよ?」

「「よろしく」」

「ちょっ!?」

 

 やはり二人とも今回の件は面倒臭かったようだ。○チョウ倶楽部に似たノリで狼女に面倒ごとをキラーパス。

 殺伐とした惨殺空間の中、どこか和気藹々とした会話を交わす3人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

「フフ……流石は幻想郷。運命に違わぬ理想郷ね。まさかここまで完膚なきまでに叩き潰すとは」

 

 映像はその後も流れ続けた。

 ある部隊はとある妖怪と戦闘、僅か2秒で敗北という体たらく。またある部隊は可笑しな妖怪と遭遇、一喝により全滅というふざけた結果に。挙げ句の果てには存在そのものが消えてしまっている部隊まである。運命を見通すレミリアがいなければそのままその部隊はなかったことにされていただろう。最後の映像には氷漬けにされた吸血鬼を湖に浮かべ、談笑する妖精2匹と人魚の姿が映し出された。

 

 もちろん全ての部隊が負けているわけではない。レミリアからすれば有象無象にすぎない吸血鬼たちであるが、普通ならば大妖怪の端くれ。無難に勝利している場所もある。つまり幻想郷という場所はふとしたところで強大な存在が跋扈している可笑しな空間であり、パワーバランスが大きく崩れているのだ。

 

 だがレミリアは全く焦らない。むしろ歓喜した。これでこそやりがいがあるというものだ。ただでは終わらせない。

 

「咲夜、図書館に行くわよ。そろそろ前哨戦を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レミィ。もう始めるの?」

 

 眠たそうな目をする日陰の魔女パチュリーは怠そうに問いかけた。今回の異変は彼女にとってただ怠いだけの出来事なのだが、他でもない親友からの頼みとあっては気のいい?彼女は断れない。取り敢えず適度に協力している。

 

「ええ。思ったよりも早く彼奴らが全滅してしまったからね。そろそろ奴らに一発入れてやらないと」

「一発入れるのは貴女じゃないでしょうに。まあ私でもないからいいんだけど。……こあ、準備できてる?」

「いやまあ……できてるんですけど……その」

 

 パチュリーの使い魔であり司書である小悪魔はなにやら複雑な魔法陣が描かれた床の上に立っていた。その魔法陣の正体は転移魔法陣であり、それはどんな検知魔法を妨害する術式であっても決して妨害を受けないという優れものだ。どうも小悪魔を何処かへと送り出そうとしているらしい。当の本人は納得のいかない表情だが。

 それにいち早く気づいたレミリアが、小悪魔への威圧を強め、目を細めた。

 

「……どこか不満げね。貴女は我が紅魔館の記念すべき第一の尖兵になるという名誉を得たのに。その不貞腐れた表情はなに?」

 

 あくまで先ほどの吸血鬼たちを戦力としてカウントしていないのが実にレミリアらしい……とパチュリーは思った。

 小悪魔は不満の表情を崩さず、毅然として呟く。

 

「いやだって私司書ですし、あくまで非戦闘員なんですけど……。ていうかこんなの契約外っていうかなんというか」

「つべこべ言わない」

 

 分厚い魔導書の角でパチュリーが小悪魔をどつく。普通の人間ならばここで昼間の刑事ドラマのようなことになるのだが、小悪魔は丈夫なのでそんなことにはならない。だが痛がるフリをするあたり、かなりノリのいい悪魔である。

 

「もう……。なんなら美鈴さんでも送ればいいじゃないですか。私を送っても幻想郷に紅魔館の恥を見せつけるだけですよ」

アレ(美鈴)を送るのも恥よ。それにあいつは門番、やるべきことがあるの。あいつはあいつで戦力になるからね。貴女もそろそろ、いい加減腹を括りなさい」

「えぇ〜……」

「貴女以外に適任がいないのよ。私はボスだから最後に決まってるでしょ? 咲夜がいなくなったら色々と困るし、パチェは面倒臭いって動いてくれないし。美鈴は今言ったとおりでフランはもってのほか。ほら貴女以外に誰が行けるというの?」

 

 ポンッとレミリアが小悪魔の肩をたたく。それはまるで新入社員にさりげなく無理難題を言い渡す社長のようだった。そしてそれを無機質な目で見つめる同僚の咲夜とパチュリー。ブラックな紅魔館は序列に厳しいのだ。

 

「……分かりましたよ。その代わり、あっちで私が何をやらかそうと不問でお願いします。それだけがこの契約の条件です」

「別にいいわよ。ねえパチェ?」

「契約を履行したわ。逝ってよし」

 

 足元の魔法陣が輝きを増す。それすなわち転移の準備が完了したということだ。そして小悪魔はそれから先の発言を許されることなく、敵の本拠地のど真ん中に送られることになる。

 

「はぁ……私の扱い────

 

 

 

 

 

 

 ────酷くないですか……って、もう送ってるし。しかも山中って」

 

 景色は光とともに移り変わっていた。

 先ほどまでそこらじゅうに匂っていた黴くさい臭いとは打って変わり、自然の爽やかな風がスゥーと体を満たしてゆく。悪魔は陰湿な空気を好むので小悪魔は別にどうとも思わなかったが。

 

 まずは手始めに状況確認。あたりをキョロキョロ見回した。

 乗り気ではなかった小悪魔だが、いざ送られて潜入となると気分も上がる。

 

「ふむむ……こちら小悪魔。現在目的地と思われる場所での索敵を開始。現時点では敵対勢力とみられる存在は見受けられません」

『いちいちそんなことを報告しなくてもいいわ。つべこべ言ってる暇があったらさっさと進みなさい。サーチ&デストロイよ』

「好きにさせてくれるんじゃなかったんですか? まあ、私もちょっとふざけただけですけど」

 

 すかさず念波を飛ばしてくるパチュリーに小悪魔が飄々と答える。やはり常日頃の鬱憤が多少はあるのだろう。

 と、ここで小悪魔の高等検知魔法が幾つかの反応を捉える。魔力・妖力は……中の下といったところか。なお、凡百の中での中の下である。

 

「やりましたねパチュリー様、早速第一村人発見ですよ。最初はなんて声をかけましょう? 極東風に『やあやあ〜我こそは〜』みたいな?」

『だからいちいちくだらないことで念波を飛ばしてくるんじゃないわよ。さっさと暴れなさい』

「はいはい」

 

 小悪魔は適当に返事を返してその検知した方向を見る……と同時に、胸を数本の矢に勢いよく貫かれた。練りこまれている妖力が小悪魔の筋繊維を引きちぎる。

 その衝撃に小悪魔は後方へと吹っ飛び、背後の岩肌へと身を打ち付けた。そしてずるずると重力に従い項垂れてへたり込む。

 

 死亡を確認し、藪から弓矢を携えた三人組が現れる。山伏姿と高い下駄。そして白髪の頭から生える白いオオカミ耳。妖怪の山を常に哨戒している白狼天狗の部隊だった。

 

「……排除確認。姿形を見るに異変の一派と見られます」

「ふむ……その割には弱かったな。各地では大きな被害が出ているらしいが。まあ、なんにせよ首印を挙げれたのはいいことだ。隊長にさっさと報告しよう。報酬は……少ないだろうがな」

「こんな感じでどんどん弱い妖怪が侵入してきてくれると我々の懐事情も潤うんですけどねぇ。今日の一杯の酒ぐらいにはなってくれるといいんですが」

 

 まさに棚から牡丹餅。特別手当という臨時収入に期待する若手の哨戒天狗たちは小悪魔の首を取るべく死体へと近づく。

 うち一人が小悪魔の髪を掴み、頭を上へと向かせると鉈を首へと当てた。

 そして鉈を引いて────

 

 

 

 黒い墨汁のようなものが弾けた。

 

「ッ!? ひっ……」

「こ、これは……?」

 

 鉈を引いた者はそれをモロに被り、残る二人は何事かと急いで距離をとる。

 全身を黒に染めた哨戒天狗は「ウヘェ〜」とドブにはまったような心持ちだった。着物を人差し指と親指で摘み嫌悪感を露わにする。

 

「き、汚い。外国の妖怪の血って黒いんですねぇ。まるで墨汁みたい……。だけど生臭い臭いはしないので獣よりかは楽に捌けそうです」

 

 同僚二人に軽い口調で話しかける哨戒天狗だったが、同僚の呆気にとられる顔を見て何事かと首をかしげる。

 ただ黒い血を被っただけではないか。

 

「ああ、服についた血ですか? 汚れくらいは勘弁してくださいよお」

「ひ、ひぃっ!?」

「お、お前……」

「だから、どうしたんんでぇぇぇ────」

 

 哨戒天狗は地面にぐしゃりと潰れた。まるで完熟したトマトが地面に勢いよく落下したかのように、黒いシミが地面に広がった。

 哨戒天狗は溶けていたのだ。ぐずぐずになった死体は煙を上げながらなおも朽ち果ててゆく。肉塊の一つすら残らなかった。

 

 その突然の衝撃的な死に、残る二人はただ呆然とその光景を眺めることしかできなかった。この時、二人の運命は確定した。すぐにでもその異変を察知し、体に鞭打ってでも場を離れるべきだった。

 そうすれば……一厘にでも生存の可能性はあったかもしれない。蜘蛛の糸のような細い細い命への道筋ではあるが。

 

「いきなり女性の髪を掴むなんて……極東の妖怪は野蛮なんですね。おまけに獣くさい。あっ、獣くさいのはうち(西洋)も一緒か」

 

 その声に二人は肩を震わせた。

 へたり込んでいた小悪魔がなんでもないように立ち上がる。胸に空けられていた風穴はすでにない。

 哨戒天狗の黒いシミを一瞥した。

 

「さて、お味の方は……」

 

 小悪魔が空気を掬うと、黒いシミは空中へと浮き上がり小悪魔へと降りかかる。そしてその身へと染み込み、消えていった。

 吸収し終わった小悪魔は視線を泳がせると、値踏みの独り言を始めた。

 

「ほうほう、獣くさい妖怪ではありますが味はそれなりに美味ですね。ただ肝心の品格が足りない。年が足りないせいでしょうか?」

 

 ぐりん、と首を曲げる。

 その瞳は残る二人を捉えていた。あれは上位者の……捕食者の目だ。哨戒天狗の二人は身を凍らせた。

 

「やはり食べ比べてみないと分かりませんね。さて、どっちからいきますか」

 

 小悪魔が交互に視線をやる。今すぐ逃げるか戦うかをしなければならないのに、全く動けない。だが、やらなきゃ殺られる────。

 

「こっちですね。はい、一本」

 

 風が頬を撫でる。

 小悪魔の声に少し遅れてボト、と何かが落ちる音がした。そして鮮血が噴水のように噴き出した。落ちたのは腕だった。

 

「う、ぐぅ!? うぐぉぉ……!」

「せ、せんぱい……っ」

 

 切られた方の哨戒天狗がもう一人を後ろへ突き飛ばす。そして小悪魔の前へと立ち塞がるようにして立った。

 小悪魔は気にする様子もなく、落ちた腕を拾い上げると溶かして吸収している。

 

「俺が時間を、稼ぐ。お前は、その隙に応援を……いや、隊長を呼べ! こいつは、本気でヤバイ!」

 

 実力差は歴然。

 この状況では助かることはできまい。だが、哨戒天狗としての誇りかけて、しなければならないことがある。

 残った一本の腕で太刀を持ち、構えた。

 

「行けッ! 早くッ!」

「は、はいぃ!!」

 

 後輩天狗は決死の思いで背を向けて駆け出し……ピタリと立ち止まった。駆け出すための勢いは完全に霧散しピクリとも動かない。その体たらくにしんがりを務めた白狼天狗が激昂する。

 

「なぜ止まっている!早く────」

 

 振り返り、その姿を見た哨戒天狗は思わず絶句した。言葉が詰まる。

 後輩天狗は貫かれていた。地面から飛び出している黒い尖ったものに股下から脳天までを一直線に。ぷらん、と無気力に垂れ下がる手足から即死であったことが見て取れる。

 その黒い尖ったものは小悪魔の影だった。影操作は闇魔法の一種であり、高位の悪魔ならば誰でも使える。しかし一切の予備動作なく、一瞬の間に貫いたその俊敏性と攻撃力は従来のものを逸脱していた。

 

「みすみす逃がすわけないでしょう? それにあなたたちのお仲間なら呼ばれずとも私がいくらでも呼んであげますよ。それっ」

 

 小悪魔は掌から一つの妖力弾を作り上げると、それを上空に向かって放り投げる。そして妖力弾は炸裂し、夜空を紅に染め上げた。

 妖怪の山の至る所でその花火は見えるだろう。これは侵入だとか潜入だとか、そんな話ではない。全面対決の合図だ。

 

 目の前の存在の規格外ぶりに、理不尽に、哨戒天狗は絶望した。残された片手が震え、太刀がカタカタと音を鳴らす。

 だが、それでも震える体に鞭打ち、小悪魔へと斬りかかった。せめて白狼天狗の誇りにかけて一矢だけでも報い……

 

「あ、そういうのいいです」

 

 腕を軽く横振りすると首は断ち切られた。堅き意志も空しく、哨戒天狗の体は泥土に沈んだ。さぞかし無念であっただろう。

 小悪魔は何を思うでもなく哨戒天狗たちを残らず吸収すると、改めてパチュリーへと念波を飛ばす。

 

「こちら小悪魔、こちら小悪魔。3人ほど仕留めましたよー。なお味はイマサンです」

『味なんて聞いてないわ。それに中継で見てるから。まあ、その調子でどんどん暴れ回りなさい。奴らを滅ぼす勢いでね』

「いえっさー」

 

 パチュリーとの念波を切ると同時に矢が雨のように降り注いだ。おそらく近くにいた哨戒天狗が一斉に集結しているのだろう。その光景に小悪魔は深い笑みを浮かべると、手を掲げて一身にそれを浴びるのだった。

 

 




色々明るい話でした。映像に映し出された幻想郷の猛者たち……いったい誰なんだ……!?

吸血鬼たちは前々から幻想郷を狙っていました。なのでこの度に幻想郷侵略にあたってレミリアの力添えを希望しました。なおレミリアは色々と違う意味で狙ってました。なんで咲夜がいるの?とかいう質問はナッシング!

本編にて戦闘のなかった小悪魔の活躍?から始まるかと。なおゆかりんは賢者たちと色々話してます。[てゐ様は本当に頭のいいお方]なのでスルー。
まあ吸血鬼異変は要するに蹂躙vs蹂躙ですね。


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吸血鬼異変──意地と矜持と*

 妖怪の山は阿鼻叫喚の戦場と化していた。

 横たわるは骸、骸、骸……。これらの死体に共通することは、その全てが凄惨な状態で無造作に転がっていること、そしてその全てが妖怪の山の天狗のものであることだ。白狼天狗、烏天狗、大天狗……ありとあらゆる天狗が殺されていた。

 ある死体は胸から腹にかけてを全て抉り取られ、ある死体は体の穴という穴から血を吹き出し、ある死体はグズグズと煙を上げて溶けてゆく。

 

 これらの所業は全てたった一人の悪魔によって行われ、そして今なお現在進行形で引き起こされていた。

 

「止めろッ! 奴を止めろぉぉ!!」

「これ以上先には行かせるなッ!」

 

 天狗たちは幾度も防衛線を張っては悪魔に対し抵抗を試みる。高密度の妖力弾、天狗の団扇による突風、神通力、河童製の連射火縄銃。今持てる全ての戦力を駆使して小悪魔を抑えにかかっていた。

 だが瑕疵なき要塞とまで称された妖怪の山といえども、懐まで攻め込まれては防衛すらままならない。いや、それ以前に。

 

「えいっ」

 

 そんな軟弱な天狗の壁など、この悪魔にはなんの意味も持たないのだから。

 小悪魔の薙ぎによって前方が大爆発に包まれる。掌に魔力を重鎮させ、それを放射状に放ったのだ。煙が晴れると、そこには何も存在していなかった。今の一撃だけで十数人の天狗が消し飛んだ。

 小悪魔の軽い一つ一つの動作が天狗たちにとっては必殺級。ただいたずらに死傷者が増えてゆくばかりである。

 

「ほらほら〜早く止めないと大将を獲っちゃいますよ〜。それっ」

「ヒギッ……」

 

 小悪魔の蹴りによってまた一人天狗が爆散した。なんとか盾で防ごうとも、衝撃がそれすらを容易に突破してしまう。

 若干Sの気がある小悪魔は一方的な蹂躙を楽しんでいた。自分を前にして絶望と恐怖に歪んだ顔を見ただけで心が躍る。良くも悪くも悪魔らしいと言える。だがそんな彼女もだんだんと飽き始めていた。

 

「うーん……流石に同じ味ばかりだと飽きてきますねぇ。そろそろ変わり種が欲しいところですが……っと」

 

 右側から切りかかってきた白狼天狗の太刀を敢えて肉に食い込ませ、頭を掴む。そしてアイアンクローの要領でこめかみを締め付けた。小悪魔としては痛みに悶え苦しむ姿を期待していたのだが、白狼天狗の頭は万力で潰されたかのようにぐちゃりと潰れてしまったので「柔いですね」と面白くなさげにそこらへと投げ捨てた。

 

 そうしてしばらくのこと小悪魔は殺戮を続けたが、いつまで経ってもパチュリーからの帰還許可が出ないのでいい加減機嫌を損ね始めていた。

 というよりまず、どこまで暴れれば良いのかの指示を受けていない。今のところ好き勝手に暴れているものの、クリア条件は一体どこに設定されているのやら。

 

「……しょうがないですね、こうなったら山を半分ほど消し飛ばしてみましょうか。そうすればここ(幻想郷)の上層部の連中も慌ててなんらかのアクションをとってくるでしょうし」

 

 軽くそう言い放つと、小悪魔は手に魔力を溜め始める。空気が淀み、凄まじい重力が辺りを支配した。悍ましいまでに強大なそれは、遠目に見ていた天狗たちの士気を一気に刈り取った。

 戦いようも、逃げようがない。

 アレに、どう立ち向かえというのだ。ここまで酷な話はあるまい。

 

 ある者は涙を流し、嗚咽しながら地面を殴る。ある者は射殺さんばかりの視線で小悪魔をひたすら睨む。それら全てのリアクションが小悪魔にとって心地よいものであった。本来ならば小者である彼女からすれば今の状況は大魔王みたいでいい気分なのだ。

 柔和な、しかし凶悪な笑みを浮かべると、流し目に天狗たちを見る。

 

「可哀想な雑兵さんたち。上の言うことを素直に聞いちゃったからこういうことになったんですよ?同情しますね。同調はしませんが」

 

 小悪魔の手から溢れる鈍色の光が収束する。これは威力の調節が完了したこと意味した。場を閑静と少量のうめき声が支配する。

 小悪魔はニコッ、と微笑むと地面へ標準を定めた。もう助からない。

 

「さて、そろそろ終わりとしましょうか。次回は地獄か魔界で会いましょう……。それでは、吹っ飛んで────」

 

 

 

 

 

 ──…フツ

 

 泡が弾けたような、軽い音が山に響いた。それが切断音であったとはその光景を目の当たりにした天狗たちも、ましてや斬られた本人である小悪魔ですら一瞬のうちでは気づけなかった。

 それほどまでに、その音は綺麗だったのだ。

 

 自分の意思に反して魔力が霧散する。視界がズレる。……世界が歪む。

 

「……あれ?あれれぇ……」

 

 ドシャッ、という土が爆ぜる音とともに小悪魔の掌上半部と首が大地に沈んだ。少し遅れて体が膝をつき、倒れ伏す。

 切断された小悪魔の背後には、太刀を抜き放った前かがみの状態で静止する白狼天狗が一人。その白髪と白狼天狗の証は月光に反射して星屑のように輝き、凛とした佇まいは一瞬で彼女が強者であることを黙認させる。

 敵切断の感触を確かめて滴る黒い血のようなものを払い、キンッ、とそれ特有の軽快な音を鳴らして刀身を鞘に収めた。

 

「……遅くなって申し訳ございません。犬走椛、只今参上しました」

 

 安堵のため息がどこからか漏れた。

 それを皮切りに静寂に包まれていた戦場は一気に沸いた。助かったことに涙し、ともに生還を喜び合った。それほどまでの死線であったのだ。

 

「い、犬走隊長ッ! 犬走隊長が来てくれたぞ!」

「助かったんだ……私生きてるんだ……!」

「うぅっ……死ぬかと思った……!」

 

 場の湧きように椛は少しだけ困惑したものの、それほどまでに目の前で倒れ伏すこの存在は妖怪の山に被害をもたらしたのかと顔を顰める。

 椛の到着が遅れたのは、ひとえに状況が悪かった。幻想郷への全同時攻撃に妖怪の山の有力者たちが駆り出されており、椛はその穴埋めをすべく山の全地点をくまなくカバーしていたのだ。また椛の哨戒部署長官という彼女にとって不本意ではあるが、誉れでもある役職が円滑に動くことを阻害した。

 

「……まさか生き残りが半数にも満たないとは。……いえ、よくやってくれましたね。貴方たちの働きがなければ正直危なかった」

 

 千里眼の力で状況を瞬時に把握する。そして苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 天狗居住区まであと目と鼻の先まで小悪魔は進撃していた。しかもあたり一帯を吹き飛ばすつもりであったようなので、椛の一閃が入らなければ全てが終わっていただろう。

 

 椛は静かに戦没者たちへとお辞儀と黙祷を捧げると、鞘ごと剣を持つ。そして何を思ったか、それを地面へと突き立てた。

 ──ドンッ、と土柱が上がり、地面が爆発する。地面に刺さった鞘の先には黒い触手が蠢いていた。触手は小悪魔の体から伸びており、その進行方向上には天狗たちがいたのだ。いきなりの事態に天狗たちがどよめく中、椛は素早く指示を出した。

 

「まだ終わってません! 負傷者を回収してすぐに後方へ撤退を! また御子娘、及び非戦闘員の再思の道付近までの退避を誘導してください!」

『は、はいっ!!』

 

 天狗たちは弾けるように飛び出した。もはや闘争心だとか戦意だとか、そんなものは微塵にもない。ここから先は自分たちのような凡百の存在が手を出せる次元ではないのだから。

 

 椛は鞘で触手を押さえつけたまま太刀を抜き、みじん切りにする。もっとも小悪魔に応えた様子はないが。現に彼女はずるりと立ち上がる。先ほどの椛の一閃すらも苦に思っていないのだ。

 

「うーん……効きましたねぇ。いや、本当にお速いものです」

 

「嘘をつけッ、貴様の妖力の流れは少しも揺らいではいない! 私の部隊を、妖怪の山をこんなにして……一体何が望みなんだ! 山を吹き飛ばそうとしたあたり収奪が目的ではないことは分かっている! 貴様らは何を目的に……!」

 

 切っ先を小悪魔に向け椛は吼えた。ともに妖怪の山を支えてきた同胞をここまで無惨に殺されたのだ。その怒りは深い。

 一方の小悪魔は椛に問いかけられて今一度自分の目的……ひいてはパチュリー、レミリアの目的が何であるのかを考えてみた。幾つか候補はあるものの、やはり自分ではそこまで考えが及ばない。小悪魔は軽く笑うとあっけらかんに答えた。

 

「さあ?」

「……」

 

 椛の視線が鋭くなる。もはや中堅妖怪あたりでも目で殺せそうな勢いだ。

 だが小悪魔は動じずに言葉を続ける。

 

「所詮したっぱに過ぎない私には何が何だかですよ。取り敢えず暴れてこいと言われたから暴れてるだけですし」

 

 ああ、殺し方は私の趣味ですがね、と付け加える。椛の膨れ上がる殺意を全く気にせず飄々と小悪魔は答えた。

 

「まあ……お嬢様たちの目的に関してはあまり深い意味はないと思いますよ。戦争ゲームの気分ですから」

「……そうか」

 

 椛は静かに、だが力強く目を閉じ……ギリッ、と歯を鳴らした。その動作だけに全ての憎悪が込められていた。殺気が溢れ出す。

 

「そんなふざけた理由で同胞たちは……!」

 

 所詮幻想郷は弱肉強食の世界だ。弱きは淘汰され強きが栄える。至極当然な万物の摂理。天狗も鬼も、自分にもそれは当てはまる。

 目の前の妖怪は強かった。だからあんなことを言えるのだ。同胞は弱かった。だから同胞は死んだのだ。当たり前のこと。

 

 

 ……だからこそ許すわけにはいかない。

 亡き同胞たちの思いを、誇りを、遊び半分のゲーム感覚で踏みにじっていったこの連中を、幻想郷に捨て置くわけにはいかないのだ。

 

 椛は重心を下に落とし踏み込むと、つむじ風の如く搔き消える。そして小悪魔の前に出現した。またもや小悪魔の動体視力を遥かに凌駕する身体能力を見せつけたのだ。

 

「私が貴様を殺しても、恨みごとを言ってくれるなよ?これは殺し合いだからな」

 

 小悪魔を頭から切り裂いた。魔力の残骸がパチパチと弾け、黒い血が濁流のように流れ出す。その血があまりよろしくないものだと把握していた椛は触れることなく再び距離をとった。

 またも大きな攻撃を許してしまい、二つに分かれてしまった小悪魔は驚愕の後、愉悦に浸るような表情を浮かべ、互いの断面を影で掴むとくっつけ合う。そして小馬鹿にするように言った。

 

「まあ……そうですね、所詮戦争ゲームですし。……どうぞ、殺れるものなら殺ってみてくださいな。せいぜい自分の命が獲られぬよう御気を付けください」

「ぬかせッ!」

 

 死角に生成されていた八方の転移陣から撃ち出された魔力弾を、椛は分かっていると言わんばかりに太刀を振るって切り裂いた。

 外殻の層が破られ、魔力弾は次々に大爆発を起こしてゆく。だが椛はそれに怯むことなく一点突破し、小悪魔へと疾駆する。

 閃光の中から突っ切るという不意を取る形となったが……()()()()()()()()

 小悪魔の動体視力が三度めにして椛を捉え、タイミングを合わせて魔爪を振るう。命を刈り取るソレに当たれば容易く身は引き裂かれ、臓器を撒き散らして絶命してしまうだろう。

 小悪魔は確信した。もらった────ッ!?

 

 椛の動きが一瞬だけブレた。小悪魔の魔爪は掻き消えた姿を通過し、それと同時に腹部を強い衝撃が駆け巡る。そして横一文字の一閃。

 中身をブチまけながら吹き飛ぶのは、カウンターを仕掛けられた椛ではなく、仕掛けた本人である小悪魔となった。

 

 すぐに体を再生し体勢を立て直そうとするが、目の前にはすでに椛が迫っていた。

 椛は突進力をそのままに盾で小悪魔の上半身を殴り抜けた。──ガゴンッ、と柔らかいものを鈍器で殴る鈍い音が鳴る。

 小悪魔は地面に叩きつけられ、その衝撃で体を何度もバウンドさせた。

 

 小悪魔は崩れ落ちつつも、今、起こったことをありのまま思い出していた。

 確かに姿を捉え、引き裂いたと思った。だが椛は傷一つ負うことなく持っていた盾で腹部を横断し、逆に小悪魔を引き裂いた。ただ、小悪魔の感覚的には、その一連の流れがどうにも不可解だ。

 妖術、魔術を使われた痕跡は一切なし。椛は持ち前の身体能力だけを用いて今の現象を引き起こしたのだ。別に不可解に思っているのは、それが出来ないからとかそういうことではない。椛がその回避行動を行うことを前提として行動を起こしていたことだ。

 未来予知の類い……とは思えない。なぜならその行動に魔力が一切使われていないからだ。あのレミリアでさえも能力使用時には魔力を消費する、例外はおそらくないだろう。

 

 と、ここで一度思考を中断する。

 椛がなおも太刀を掲げて追撃を仕掛けたのだ。小悪魔は地面をバウンドしつつも、しっかりと椛へと照準を定め、腕に魔力を纏いそれを前方扇型に放出した。青白い雷のような魔力が空を走る。

 だが椛は一太刀の元に魔力を斬り伏せ、勢いそのままに小悪魔を数回切り刻んだ。ほんのコンマ数秒の攻防であり、それを椛が制した形となる。

 

 結局考えても現時点では判断材料が少なすぎる。ならばもう少し試してみるか、と小悪魔は次なる攻撃を仕掛けてみた。

 瞬間、切断されていた断面から黒い液体が噴き出すと小悪魔を包み込む。そして弾け、その体を長くしなやかな赤黒い触手へと変化させ椛へと殺到させる。

 何十本もの触手が凄まじい速度で襲いかかり、地面を抉り、貫いてゆく。だが椛は動じることなく軽く息を吐き出すと、太刀と盾を駆使して次々と触手をいなした。死角からの刺突もまるで見えているかのように捌き切った。

 だがそれでもジリ貧。いくら切っても再生し続け、痛みすらも感じさせない触手の前に、椛は封殺されかける。恐ろしいまでのしつこさであった。

 

「────ッ!! 邪魔だッッ!!!」

 

 ここで椛がようやく妖術を使用した。

 体の内へと妖力を蓄え、それを咆哮とともに周囲へと解き放ったのだ。

 ──ゴウッ、という風切り音が辺りを満たし、その衝撃に大地が捲れる。黒い触手は弾け飛び、ビシャビシャと液体として地面に染み込んだ。

 そしてまた一箇所に集まると小悪魔の形を作る。その顔は思案に更けていた。

 

「ふむふむ……大体読めてきましたよ、貴女の戦闘スタイルが。ホント、どうにも戦いにくくて仕方がない」

「それはこっちのセリフだ。体が妖力でできているからか? 切っても切っても再生して……やりようがない。だが、少しずつ妖力の流れが鈍くなっているのは分かっている。その馬鹿げた妖力も無地蔵というわけではあるまい!」

 

「ふふ……貴女のその体力も、でしょう?」

 

 うんざりした様子で椛は刀身の液体をビャッ、と払った。そして汗を拭う。椛とて、体力は無尽蔵ではない。

 もちろんそれは小悪魔も同じことであり、彼女にも活動限界というものはある。それは体を構成する魔力がことごとく消耗してしまった時だ。

 攻撃にも再生にもかなりの魔力を消耗する。普通の悪魔なら椛の攻撃を一太刀でも受ければ体を保てなくなってしまうだろう。そうなっていないのは小悪魔に膨大な魔力をストックさせているパチュリーのおかげである。

 そのことは小悪魔もしっかりと把握している。だからこそ余裕の笑みを崩さないのだ。

 

 その後も二人は攻防を続けるが、全体を通して戦闘能力に勝る椛の有利だった。椛に傷はなく、小悪魔に決定打こそ与えられないものの付け入る隙を全く与えない。全く攻撃が椛には当たらないのだ。

 一方的なワンサイドゲームのように思えた。また一撃、太刀が入った。しかしなおも崩れない小悪魔の余裕な素振りは椛の警戒を駆り立てる。

 

「どうしたっ、なすがままじゃないか! 戦うことを諦めたかッ!?」

「ふふ……貴女にはそう見えますか?」

「そんなわけがないだろう! だが、どんな小細工を弄したところで私は倒せんぞ!」

「その代わり貴女は私には勝てませんよ。どうあがいてもね! さあ、最終チェックといかせてもらいましょう!」

 

 小悪魔はブツブツと呪文を短文詠唱すると、魔力を放つ。それとともに彼女の体から呪が噴き出した。そのあまりの濃度に椛の表情が歪む。

 ──あれは……マズい。

 呪術使いに好きにやらせてはならない。古来からの戦闘における常識だ。

 その呪いは明らかに妖怪の山全域を飲み込む規模で増幅、増大している。ここでどうにかして止めなければ妖怪の山は生が育まれることのない不毛の地へと変貌してしまうだろう。

 椛は遠距離攻撃へと戦法をシフトすると、刀に妖力を乗せた弾幕……つまり飛ぶ斬撃を高速で四箇所へと放った。

 

 斬撃は小悪魔に当たらず、周りに展開されていた魔力の渦へと向かい、そして切り裂いた。すると呪の力はみるみる霧散し、やがては消滅した。小悪魔がパチパチと拍手を鳴らす。

 

「いやーお見事です。今のを破ってくるかはどうかは五分五分ぐらいかなーと思ったんですがね。……しかし、カラクリは読めました」

「……っ」

 

 椛の一瞬の動揺につけいった小悪魔は妖力を風として放出し、土煙を発生させる。そして体が煙に飲まれると同時に気配を遮断し、身を潜めた。

 微粒子が吹き荒れ、目を開けることがままならない状況へ。椛は軽く舌打ちすると盾を翳して飛んでくる微粒子から目を守る。そしてなんとか土煙を飛ばそうと太刀を振るうが、

 

 ──ザクッ

 

「ッ……!」

 

 頬を小悪魔の爪が掠めた。

 野生の直感に従って首を傾けなければ、間違いなく頭を抉り取られていただろう。椛の頬を冷たいものが伝う。

 

「はい、ビンゴ。貴女の手の内は完全に把握できましたよ」

 

 晴れた煙の中から小悪魔が姿を表す。

 

「貴女のその腕も、その足も、その妖力も、全てが厄介でした。しかし中でも一番厄介だったのが────その目」

 

 小悪魔は目を細め自分の目をなぞるように指を動かし、椛は目つきを険しくする。

 

 千里先まで遠くを見通す程度の能力。

 それは比喩表現である。確かに椛は千里先まで見ることができる。だがそれは能力のほんの一端に過ぎないのだ。

 彼女のその目の良さは千里先にとどまらず、電子顕微鏡レベルの構成物質まで見ることができ、数千光年先の星の表面すら見えてしまう。

 

 椛は相手の筋繊維や妖力の流れを肉眼で見通し、それによって行われる動作を瞬時に把握して相手を追い詰めてゆくという戦闘スタイルなのだ。

 彼女の能力とその驚異的なまでの戦闘センスによってなせる技だった。

 

「先ほどの呪術を壊した時に全てが分かりました。貴女は的確に魔力の繋ぎ目を断ち切っていましたからねぇ。普通は見えるものじゃありませんよ」

「……だからどうした? それが分かったところで貴様には何もできまい。土埃に頼ったところでもう二度と同じでは食わんぞ!」

 

「いえいえ、カラクリが分かっただけで十分。正面からかかっても貴女には勝てそうにはありませんからね。だから……こうすることにしましょう」

 

 またもや小悪魔の身から呪力が放たれ、辺りの空気が歪んでゆく。今度のものは薄く引き伸ばされており、効力を下げる代わりに広範囲に渡るように調節したらしい。

 こうなってしまっては椛の手には負えなかった。魔力の繋ぎ目が多岐に分布しているのでとてもじゃないが破壊しきれない。

 

「貴様……ッ!」

「少しばかり息苦しいでしょう? 貴女の体に呪いが溜まり始めている証拠です。私の魔力が尽きるのが先か……貴女の息が切れるのが先か。まあ、結果は火を見るよりも明らかですがね!」

 

 小悪魔は妖力弾を次々に椛へと撃ち込んでゆく。椛は太刀で切り裂き盾でいなし、小悪魔の猛攻を確実に防ぐが、激しく体を動かすたびに体がどんどん重くなり、息苦しくなっていった。

 戦いは消耗戦へと陥った。二人の実力はほぼ互角、こと戦闘だけに限るなら椛の方が一枚上手といったところだろう。しかしいかんせん小悪魔のトリッキーな戦法との相性がすこぶる悪かった。

 堅実な戦いをモットーとする椛に対し小悪魔は搦め手を得意とする悪魔である。小細工なしの真剣勝負なれば椛は無類の強さを発揮するだが、搦め手にはこと弱いという大きな弱点があった。

 

「ほらほらぁ動きが遅くなってますよ? 最初の威勢の良さはどこへ行ったんですかねぇ……私を、殺すんじゃなかったんですか?」

「くっ……そォッ!!」

 

 小悪魔は呪いを撒き散らしながら闇魔法でひたすら椛を遠距離から八方攻撃し続ける。椛は全ての攻撃を躱してゆくのだが、徐々に動きが鈍くなってゆく。それどころか目が朦朧として少しばかりの吐き気すら催してきた。椛にとってこれは致命的だ。

 形勢はあっという間に逆転し、椛は追い詰められていった。敗色濃厚だろう。

 だが彼女に敗北は許されない。

 敗北は自分が許さない。

 

「ハァッ、ハァッ……てえゃッ!!」

 

 椛は莫大な妖力を太刀に乗せると、回転し周りへと解き放った。エリアルスラッシュ、という仕組みは単純だがこの状況においては起死回生の一手になりうる技能である。

 空気を伝播した妖力波が小悪魔の魔術を打ち消す。そして足に力を込めて小悪魔へと決死の接近を試みた。

 切られても問題ない小悪魔は甘んじてその一太刀を受け入れる体勢をとり、そしてカウンターの準備を整えた。

 

 だが、──ガチン、という凄まじく硬いものがぶつかり合うような音が辺りを満たした。切断音ではない。

 椛の行った行動を見た小悪魔は、呆気にとられた。

 

「貴女……な、何をしてるんです?」

「ングッ……ングッ……グッハァッ、ハァッ……ぐっ、ゲフッ……」

 

 椛は太刀を振るうと見せかけ、小悪魔の腕を食いちぎり飲み込んでいたのだ。

 小悪魔の体は魔力で構成されている。ならば、飲み込んでそれを()()()()()()()()()。そうすれば体の構成は保てまい。

 だが小悪魔の血は毒だ。先にも小悪魔の黒い血を浴びてぐずぐずに溶けていった同胞たちの姿を椛は見ている。椛の強靭な肉体は溶けてはいないものの、負担はかなり大きかったようで絶えず口からドロドロとした血を垂れ流している。内部はもうボロボロだろう。

 体は限界を迎え、膝をつく。呪いも相成って椛の五感はすでに機能を停止しようとしている。

 

「こ、ここまで命知らずだったとは……カミカゼってやつですか?見上げた忠誠心ですね。しかし、もう流石に限界でしょう。そのような状態ではもはや何もでき────」

 

 ──ザンッ

 太刀が大地を貫いた。

 

「私、が死んでも……天狗は、滅びん……! 貴様が死ねば、そこで貴様は、終わりだッ!!」

 

 太刀を地面に突き刺して体を支えながら椛は立ち上がる。目はまだ死んでいない。いや、追い詰められた獣の目とでも言おうか。

 小悪魔はこのような部類の相手が特に厄介であるということをよく心得ていた。よって、手負いでも手加減はできない。

 

「そうですか……なら死ぬとよろしいでしょう。ただし、貴方一人でね!」

「いいや、貴様も連れてゆくッ!!」

 

 太刀を引き抜き、最期の力を振り絞る。小悪魔も残った腕で迎え撃つ。

 雄叫びを上げて椛は突進。小悪魔は無数の魔法陣を生成し容赦なく潰しにかかった。だがそれをもし椛が突破すれば彼女は容赦なく小悪魔の頭へと食らいつくだろう。そうなれば小悪魔も死ぬとは言わずともこれ以上の行動はできなくなってしまう。

 これが最後の激突になることは必至だった。

 

 

 

 

 

「────はい、そこまで」

 

 ガクン、と椛が地面に崩れ落ちた。それとともに小悪魔の耳元で誰かが囁く。

 反応、できなかった。いつ後方に回られたかも気づけなかった。小悪魔は狼狽え、柄にもなく緊張する。

 その人物は椛の方へと言葉を投げかける。

 

「貴女が死ぬのはダメでしょ。だって、貴女が死んだら誰がそのポジションを務めるというのかしら?……私には無理よ。絶対」

「───ッ!!」

 

 椛は言葉にもならないうめき声を上げた。

 小悪魔はゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには変哲もない烏天狗が一人いるだけだった。肩にバックを掛けており、そこから飛び出している新聞のようなものが目を引いた。

 

「さて、それで……貴女が件の侵入者ってわけですね。ほうほう、ふむふむ」

 

 烏天狗は値踏みするように小悪魔の体を隅から隅まで観察してゆく。小悪魔は言いようのない不快感を感じた。だが何故か攻撃する気にはなれない。

 

「何時から……そこに?」

「ああ、ついさっきですよ。椛を止めた後に回りこませていただきました。後ろからの失礼をお詫びしますね」

 

 烏天狗がヘラヘラと笑いながらカメラを取り出して小悪魔を撮る。「スクープゲットです!」と気楽に言う始末。これには小悪魔も呆気にとられるしかなかった。状況がいまいちよく掴めない。

 烏天狗の声が響くその度に椛の方からうめき声が上がる。

 

「ふぅ、大漁ですよ! これで次回の新聞大会は優勝間違いなしですね! あ、インタビューは要りませんよ。こっちの方で勝手に考えておきますから」

「は、はぁ……」

 

 苦々しく小悪魔が答えると、烏天狗は満足したようにカメラを腰のポーチへなおした。そして────

 

「さて、それでは本題に入りましょうか! ────我らが妖怪の山に殴り込むということは、それ相応の覚悟をちゃんと持っているということですよね?」

 

 空気が凍った。

 小悪魔は身体の芯から震え上がった。それは格上から向けられる自分への明確な殺気。目に見えるまでに放出されるとめどない妖力は明らかに自分のものよりも遥かに多い。

 久しく感じた、恐怖。

 

「あ……ぁ……」

「ここまで滅茶苦茶にしてくれて……いい加減私もキレちゃいそうなんですよね。ジャーナリストとしては恥ずかしいことですが」

 

 烏天狗は未だに笑顔を浮かべている。だが、それが逆に彼女の深い怒りを象徴するものとなっていた。

 小悪魔は震えて声が出ない。

 

「ウチの番犬がいなければどうなっていたことか。しかもよりによって私が天界まで出払っているこの時に……ね」

 

 烏天狗は一歩踏み出す。それとともに小悪魔は一歩後ずさった。

 ダメだ、勝てない、逃げなきゃ……。

 

 小悪魔はそこまで考えて、頭を振った。

 いや、なぜ逃げる必要がある?確かに目の前の妖怪は自分よりも強いだろう。だがそれが負ける理由になりはしないのだ。

 ここで尻尾を巻いて逃げることは紅魔館の不名誉となる。もちろん、主人(パチュリー)にとっても。

 逃げるわけにはいかない。

 

「ふ、ふふ……凄い妖力ですね。正直びっくりしましたよ、てっきり先ほどまで戦っていた方がこの山……ひいては幻想郷最強かと思っていたんですが……」

「あー、それは大きな誤算でしたね。椛は我々天狗四天王の中では最弱。所詮格下に過ぎません。それに苦戦していた貴女もね」

 

 ハッタリだ。そう思いたかったが、烏天狗の鬼気迫る雰囲気からはとても嘘だとは思えなかった。

 もしかしたら、幻想郷は────

 いやな予感が頭をよぎるが小悪魔はそれ以上考えなかった。考えたところでどうにもならないからだ。敢えて気丈に振る舞う。

 

「……それがどうかしましたか? 貴女がいくら強くてもこの私を殺すことはできない! それとも、あのお方のように私の体を飲み込んでみますか? それならば────」

「いや、それは勘弁」

 

 烏天狗は苦笑しながら言った。

 そして腰から取り出した天狗扇を胸に当てる。

 

「だって、そんな必要はありませんからね」

 

 烏天狗は、軽く扇を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「椛ー、意識あるー?」

 

 椛は言葉を受けると血を吐きながらなんとか仰向けに転がる。月明かりが照らす中、眼前には自分のよく知る憎たらしい顔があった。

 そのニヤつく顔を見ると先ほどまでのことが鮮明に思い出される。椛の機嫌が急激に悪くなっていった。

 

「ぐ……く……!よくもさっきは……!」

 

 震える手で掴みかかろうとするが彼女を捕まえれるはずもなくヒラリと躱される。そしてカシャカシャ、とシャッターを切る音がする。

 

「明日の記事は『犬走椛隊長、侵入者に敗北!』で決定ね! ふふふ……これは優勝間違いなしだわ!」

「こ、この……!」

「そうでもしないとアンタ突っ込んじゃうでしょ。頭どついただけで済ませたんだからありがたく思いなさい」

 

 椛は震えながら烏天狗をなおも一層強い視線で睨みつけたが、やがては疲れてしまったのか目を伏せる。そして力無さげにポツポツと言った。

 

「……敵、は?」

「ん、あの妖怪? うーん……バラバラになって散り散りなったわ。死んだかどうかは知らないけど。……あ、手を貸そうか?」

 

 手を差し伸べる。だが椛は面白くなさげに顔を顰めると体に力を入れ始める。

 

「……貴女の、手は借りない。あと、助太刀もいらなかった。……それだけです」

「無理しなくていいって。あーあ、内臓までやられてんじゃないの? これ。なんなら河童の薬でも貰ってきてあげようか? あのよく効くって評判になってるやつ。尻子玉が入ってるらしいけど」

「……無用、です……っ」

 

 そうは言いつつもやはり内部からのダメージは堪えたか、剣を杖にして立ち上がるが滑ってうつ伏せに転がってしまう。

 烏天狗は椛の姿に頭を抑えてため息をつくと、無理やり手を掴んで引っ張り上げるのだった。

 

「はいはい、それじゃ貰ってくるからね」

 

 

 ────────────────

 

 

 椛と小悪魔が激突した頃、賢者たちはマヨヒガにて緊急会合を開いていた。議論する内容は……もちろん今回の異変についてだ。

 全員の集合とまではいかなかったが、それなりの人数が集まった。全員が難しい顔をしながら考えに更けていた。

 ……若干一名の頭がお気楽な賢者を除いて。

 

「それではこれ以上の召集は見込めないと見て、議論を始めさせてもらいましょう。司会は、僭越ながら私が務めさせていただく」

 

 八雲藍が前に出てそう切り出した。余談だがマヨヒガで会合を行なう場合は大抵、藍が司会を務めている。また天魔の屋敷で会合を行なう場合は、大天狗の誰かが務めるという一種のしきたりのようなことになっているのだ。

 

「今回の吸血鬼による侵攻は極めて大規模なものでございます。これまでに前例のないほどでしょう。しかし我々八雲からすればこれらはただの烏合の衆、危険というには些か足りません。現に奴らの壊滅はほぼ完了しております」

 

 賢者たちはその言葉に耳を疑った。

 あの地を埋め尽くすほどの軍団を賢者たちも目に焼き付けている。配下の妖怪たちを向かわせたっきりでその後の展望は良く見ていないが……アレをすでに片付けた?乾いた笑いが溢れる。

 馬鹿は休み休みに言え……誰もがそう思った。だが視線がある一人の賢者を捉え、その表情を見たとき全員が納得した。

 

 ──そうか、八雲紫が動いたか!

 

 幻想郷最強の妖怪、八雲紫が目を閉じて微笑んでいたのだ。なるほど……彼女、または彼女の配下がやったと言えば話は早い。

 幻想郷各地に蠢く強大な妖怪のうち、かなりの数が八雲紫に降っているという。それらに任せれば短時間での殲滅も可能かもしれない。

 いや、もしかすれば事前に吸血鬼による侵攻の予兆を察知し、それに備えた策を講じていたのかもしれない。つくづく凄まじい存在である。

 

 だが大抵の物事に不干渉を貫く八雲紫が動いたのは、賢者たちにとって少々不自然な気がした。

 そんな騒然とした場の雰囲気を気にするわけでもなく、淡々と八雲藍は続ける。

 

「敵本体はまだ叩いていませんが、どんな手を使ってでも良しでしょう。もはや奴らは袋の鼠、あとは調理法を考えるだけです。よって今回は一度異変のことは置いておき、紫さまの提唱する────」

「し、失礼します!」

 

 一人の天狗がバタバタと部屋に転がり込んできた。あまりの焦燥ぶりに藍は言葉を中止し、天魔が翼を震わせ一喝する。

 

「騒々しい。一体何事だ」

「妖怪の山が西洋妖怪によって大被害を被りました半数以上の哨戒天狗、また烏天狗等が討ち死にし、今もなお戦闘は継続しているとのことです!」

「な……っ!?」

 

 再び場がざわついた。

 妖怪の山は勢力として幻想郷一を誇る巨大組織だ。その規模はもちろん、戦力は凄まじいものであり現在は選りすぐりを違う場所へ派遣していたとはいえ、そう易々と陥ちる場所ではない。

 それが、壊滅状態。

 

「……会合はここまでだ。私は今すぐ向かわねばならんところがある」

 

 天魔は足早に退出。残された賢者たちの喧騒が場を満たす。

 藍は少し考えた後、紫へと視線を向ける。「どうしますか?」といった感じのアイコンタクトであろうか。なお紫がそれをみて「おう、会議が中断したやないか。私司会やで?なに恥かかせてくれてんの?」という風なアイコンタクトに捉えて肩を震わせたのはご愛嬌。

 

 まず紫にとってもこの話は眉唾なものだ。吸血鬼どもはどうせ幻想郷の化け物たちに食われて自滅するのがオチだろうとタカをくくっていた。今回、彼女が提唱したかったのは『スペルカードルール』の制定についてである。

 

 紫は取り敢えず考えてみた。

 なんとかここで名誉を挽回して藍の機嫌を戻さねばなるまい。それにこのような状況では『スペルカードルール』のことを持ち出すことができない。

『スペルカードルール』はこれから紫が平穏な幻想郷ライフを過ごすために必要不可欠な制度なのだ。絶対にこれを機に公布しなければならない。

 

 必死に必死に考え……ふと名案が浮かんだ。これならばこの状況を一気に打開できるだろう。紫は自分のあまりの聡明さにほくそ笑んだ。

 

「妖怪の山が壊滅……フフ」

 

 紫の唐突な発言に賢者たちが注目した。そのあまりのがっつき様に紫は少しばかり引いたが、問題なく話を進める。

 

「それはさぞかしの大戦力を使ったのでしょうねえ。千か、万か……いずれにせよそれは最初に彼方が展開した戦力を遥かに上回るものでしょう。そして今も妖怪の山で交戦中。ならば……今あの館は手薄じゃなくて?」

 

 賢者たちは「なるほど」と頷き、藍はうん?と眉を顰めた。紫は続ける。

 

「敵の大将の所在は不明だけれども、どこにいようと今のあなた方の戦力ならば容易に打ち勝つことができるのでは? それに配下の妖怪も十分に集めているでしょう? まあ、私自らが出るのもよろしいですが……皆様も手柄は欲しいかと思いまして。 見事一番にあの館を陥せた方には報酬も思いのまま……悪い話ではないでしょう」

 

 胡散臭い。この上なく胡散臭い話である。しかも煽り方が豊臣秀吉方式。

 しかし理に適っている。今の軍団規模なら紅魔館を攻め落とすことなどわけないはずだ。それに紫は「報酬も思いのまま」と明言した。これは大きい。賢者としてさらに上のポストを目指すも良し、富を求めるも良し、八雲紫自身を求めることだって良しなのだ。

 八雲紫から認められること。それは妖怪にとって一種のステータスとなり得る。

 

 多少の胡散臭さでこれを見逃すにはあまりにも惜しい。賢い者と書いて賢者と読む彼らでさえもそう思った。

 結果、賢者たちは数人の文治派を除き我先にと討伐軍に志願し次々と退出してゆく。その姿を紫は満足そうに見送るのであった。

 

 藍がしばらくして紫に問いかける。

 

「紫さま……まさか今のは……」

「ええ、今貴女が思い描いていることと同じよ。貴女には苦労をかけるわね……ごめんなさい」

「……いえ、よろしいのです」

 

 紫は藍に先ほど恥をかかせたことを謝った。

 一方で藍はこれから訪れるであろう多忙の日々に少しばかり暗いものを抱きつつも、主人()の言うことならと受け入れる旨を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

「八雲紫は……。まったく、酔狂なことだね。まあ私には関係ないけど」

 

 会合の内容を襖一枚隔てて盗み聞きしていた賢者、因幡てゐは体を壁に預けつつ、呆れたように肩を竦めた。彼女がマヨヒガへと到着したのはついさっきのことである。

 竹林での処理を終えて戻ってきたと思えば、慌てて何処かへと飛び去っていった天魔の姿を見送ったのだが、まあなにか大きな問題でも起きたのだろうとあまり気にしなかった。寧ろ気になったのはその後の八雲紫の言葉だ。

 

 確かに賢者たちの内包する妖力や、所持する戦力は大きい。一国に戦争を仕掛けるにも十分なほどだ。しかし、それらを結集したとしてもあの紅魔館という吸血鬼の総本山に通じるかどうかといえば……正直無理な話だ。

 賢者たちには気付けなかったようだが、てゐをはじめとする幻想郷の猛者たちは紅魔館が出現してから空気の質が一変したことを肌で感じ取っていた。

 つまりあの館には自分たちと肩を並べ得る、またはそれ以上の存在が複数存在していることに感づいていたのだ。雑魚吸血鬼の殲滅がハイスピードで行われたのは、それに触発されたからとも言える。

 そんな連中が跋扈しているであろう館に賢者たちをけしかける。それが意味する八雲紫の目的は……まあ、一つだけだろう。

 

 まさかこのタイミングで賢者の半数を切り離しにかかるとは、流石のてゐも予想ができなかった。

 

「さてと、面倒ごとになる前に引きこもっておこうかねぇ。賢者っていうのはどうも……割に合わない気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 賢者の軍勢は紅魔館へと無事到着。しかしシエスタ門番の睡拳の前になす術なく全滅した。特筆すべき点はない。

 血の海に沈んだ大妖怪たち。死の間際、賢者たちの脳裏には八雲紫の冷たい微笑だけが繰り返し流れていた。ここでようやく彼らは気がついたのだ。自分たちは八雲紫に嵌められたのだと。

 だが、もう何もかもが遅い。

 

 

 

 なおゆかりんは知らせを聞いて吐いた。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 こうして吸血鬼異変の初日が終了し吸血鬼側、幻想郷側、双方に甚大な被害をもたらす結果となった。

 吸血鬼側は従来の紅魔館メンバーを除く者たちと数多の使い魔たち。

 幻想郷側は妖怪の山における半数の勢力と武闘派賢者たち。

 実に初日で双方の過半数の兵員が消失したことになる。

 

 だが、この異変における主役たちはまだほとんど出てきていない。俗に吸血鬼異変と呼ばれているのは初日ではなく……二日目なのだ。

 




というわけで初日終了でございます。画面外で殉職した武闘派賢者たちに合掌!
小悪魔は大魔王気分を味わいたかったのでしょう。そうに違いない!なお強化?に従って役職が変わってるキャラがいたり……。
椛の紹介はいつか。

モチベーションがあれば次の投稿は早くなると思います。そろそろヤムチャの方もやっていきたいので…。
感想、評価がくれば作者が小躍りします。







あやもみいいよね……

いい……

はたもみもいいぞ!


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吸血鬼異変──集結、決戦

「いやもうほんと、死ぬかと思いましたね。あそこまで鮮烈に死のビジョンを叩きつけられたのは初めてでした。魔界でも滅多にあんなことはありませんよ。ていうか幻想郷マジでヤバイですね!」

「……そう」

 

 昼頃、意識が回復するなりベットから飛び降りた小悪魔は、口早にパチュリーへとそう伝えた。

 多少大袈裟ともとれる小悪魔の身振り手振りの報告をパチュリーは怠そうな表情で聞いていた。その傍らではレミリアが紅茶を嗜んでいる。

 

 レミリアとパチュリー、そして咲夜は映像を通して妖怪の山での出来事を一から十まで把握していた。

 小悪魔の大虐殺、小悪魔と椛の戦闘、最後の烏天狗による一凪。どれもがいい判断材料であった。とてもじゃないが、前日紅魔館門前で行われていた戦闘のような何かは参考になりえないからだ。

 

「あと少しでも私がかけてた危機自動転移魔法が遅れてたら地獄行きだったわね。実力を見誤るのは三流の証拠よ」

「そんなこと言ったって、アレからは逃げれる気がしませんでした。不条理を体現したような……恐ろしい存在です。もっとも、アレが幻想郷のトップならいいんですけど……どうにも口ぶりからはそんな感じがしなかったんですよね。上位勢の一人であることは間違いないと思うんですが……」

 

 思わず小悪魔は身を震わせてしまった。

 最後に視覚できたのは団扇のようなものを横に凪いだ、ただそれだけだった。気づけば体は魔素の結合が分解するレベルまで切り刻まれており、文字通り死を覚悟した。

 

 そんな小悪魔の様子を見たレミリアは「尖兵御苦労」とだけ伝えて大図書館を後にした。もちろん咲夜がそれに追随する。

 真っ赤な廊下を二人の歩く靴の音だけが響き渡る。普段は数匹程度の妖精メイドがそこらでたむろしているはずなのだが。ふと、窓を覗くと妖精メイドたちが庭先で美鈴と談笑をしているのが見えた。

 咲夜はナイフを取り出し能力を発動しようとするが、レミリアがそれを手で制する。

 

「今日は忙しくなりそうだからね、今のうちに休憩させときなさい。貴女も休んでていいのよ?」

「いえ、お暇はいただきません。それにお嬢様……こんなに昼更かしして大丈夫なのですか? 今日が本番なのでしょう?」

「そうね」

 

 レミリアはそう言うと大きな欠伸を出す。吸血鬼の昼といえば人間にとっての深夜である。お子様のレミリアにとってそれは堪えるだろう。

 だがレミリアは目を擦りながら楽しそうに咲夜へと言う。

 

「楽しみすぎて眠れない。明日の今頃、私たちはどうしているのか……こんなにも不安でワクワクした気持ちは初めてよ」

「左様で……ございますか」

 

 レミリアこそ全能と信じて疑わない咲夜は、今のレミリアの発言にとてつもない違和感を感じた。全てを見通す能力を持つ彼女が「分からない」と言ったのだ。違和感はやがて不安へと変わってゆく。

 咲夜は自分の行う行為を戒めつつもレミリアへと疑問を投げかけようとした。

 

「お嬢様……。まさか……」

「ん?」

 

 レミリアは咲夜の目を覗き込んだ。咲夜は口から出そうになった言葉を無理やり飲み込み、なんでもない風を装った。

 主人を疑うのは、恥ずべきことだ。

 だが咲夜の不安を感じ取ったレミリアはふふっと軽く微笑み、しっかりと言った。

 

「もちろん、負ける気はしないわよ?なんたって、私はレミリア・スカーレットだから」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 さとりは目の前の胡散臭いへっぽこ賢者を今日一番の不機嫌そうなジト目で一瞥し、腹の底から大きなため息を吐いた。

 柔らかい笑みを浮かべながら澄まし顔を作る最高賢者八雲紫であるが、さとりの能力を持ってすればその心のうちは一目瞭然である。

 

 ──ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 

 そう、八雲紫は乱心状態であった。

 彼女の持っているティーカップがカタカタと揺れて、紅茶がテーブルに滴ってゆく様を見てさとりは呆れ返る。

 

 こうなってしまった経緯は把握済みだ。

 何でも賢者たちを煽って紅魔館という場所に突撃させたら何か全滅してたらしい。鼻っ柱をへし折られた紫はその後の会議で会わせる顔がなかったという。ひたすら目を伏せて塞ぎ込んでいたようだ。

 我らが賢者の無能っぷりにさとりは再び大きなため息を吐くと、深い憂いを押し流すように紅茶を飲み干した。

 取り敢えず何か話さなければ何も始まらない。

 

「状況は把握できましたが……それでなぜ私の元へ?こんなところで紅茶をこぼしてる暇があったらさっさと地上へ戻って対策を練るべきだと思いますけど。それに私どもは地上との条約で干渉は最小限ですし。ていうかそれを定めたのって紫さんですよねぇ?」

「賢者たるもの大衆の前で無様な姿を見せるわけにはいかないわ。もちろんそれは藍にも当てはまる。わざわざ自らの失策を周りに知らせるというのはどうにも下策のような────」

「つまり入れ知恵をくださいということでしょう。相談できるのが私ぐらいしかいませんもんね。最初からそう言えばいいんですよ……頼む側の態度っていうのがなってないんじゃないですかねぇ?」

 

 さとりに意見を求めるというのはまさに紫としても苦肉の決断であった。先ほどの会議ではどういうわけか賢者たちからも藍からも今回の失策は追及されなかった。切腹もあり得ると震えまくっていた紫であったが取り敢えず一安心。

 しかし今回の全滅を受けて他の賢者は完全に今回の異変から手を引いてしまい、紅魔館に対抗するべく残った組織的な勢力は八雲だけという崖っぷち状態であった。

 今回の件でキレているかもしれない藍に相談するわけにもいかない。なので彼女には紅魔館の情報収集を行ってもらっている。藍はダメ、かといって自分と考えを共有できる存在というのが周りには決定的に不足していた。ひとえに人望不足である。紫は泣いた。

 しかしだからといって放棄するわけにはいかないので、それなら賢者という体面を気にする必要のないさとりに意見を仰ごうと思ったのだ。スキマに胃痛薬と整腸剤を大量に携帯して。

 

 と、以上ここまでさとりはお見通し。

 

「無能です、無能オブ無能。集団のリーダーともあろうものが情けない限りですよ。幻想郷の未来は貴女の手綱次第だというのに……一住民として恥ずかしい。ていうか貴女はなんのために生きているんですか?自分の職務をまともにこなせず、今も生き恥を晒し続けている。明らかに幻想郷にとっての害悪ですよね? 今一度自分の存在意義を確かめてみては?」

「がぼっ、がぼっ……!」

 

 紫は紅茶を飲みながら泡を吹いていた。しかしその状態でも目元涼やかな麗しの胡散臭さ。変に器用である。

 さとりは呆れて再三のため息を吐くと、引き出しから一枚の羊紙皮を取り出す。そして羽根ペンにインクをつけると何かを書き足し始めた。

 

「まったく……頼りない貴女に任せていては幻想郷が心配なので、私からも微力ながら力を貸すことにしますよ。ちなみに私の名誉のために言っておきますけど決して貴女に力を貸しているわけではないのでそこのところよろしくお願いします。……『ツンデレ乙』? ……ブチ殺しますよ?」

 

 さとりは鋭い三つの眼光で紫を睨むと、羊紙皮を丸めて投げ渡した。慌てて紫がスキマでキャッチして回収する。

 陰湿で陰険で冷酷で残忍なさとりではあるが、その器量と頭のキレは統治者として目を見張るものがある。そんな彼女が”微力”を貸し与えてくれたのだ。一応の希望は生まれたと見ていいだろう。かといって信じすぎるのは危険だが。

 早速渡された紙の中身を見てみたが……そこには人物の名前が書かれているだけで、具体的な方向性などといったものは何も書かれていなかった。さらに気になるのがそこに名前で書かれている者たちである。明らかにアカン連中ばかりであった。

 

「……これは?」

「貴女に力を貸してくれそうな妖怪たちの名前です。まあ判断基準は貴女の彼女たちへの記憶ですから、私は数人を除いてその人たちに直接会ったわけではありません。なので内面性的な保障は取れませんが……まあこの際どうでもいいでしょう? 取り敢えず貴女は藍さんと手分けしてその妖怪たちに手助けを乞うことです」

 

 紫は目を細めて明らかに難色を示した。何しろ救援を頼む相手が相手である。まずこちらの言うことを聞いてくれるかどうか……。というかまず話が通じるのかどうかが問題であった。

 

「……他に方法は?」

「全面降伏ぐらいですかね。なお最高権力者は処刑されるのがオーソドックスな流れです。取り敢えず墓は作っときますよ」

 

 紫もこの事態をどうにかするには彼女たちの助けが必要なことは薄々気づいていた。だがやはりなるべく奴らは動かしたくなかった。どんな悲惨な結果になるのか想像できない。

 しかし、さとりから突きつけられたのは残酷な現実。今のままでは自分の命が危ないのだ。……犠牲もやむ得ない。

 

「いろいろと悪かったわね。手間を取らせたわ」

「心と言葉が一致してませんよ。帰りたいんならさっさと帰りやがってください。それではまたのご来訪をお待ちしてますよ」

 

 

 

 ────────

 

 

 

 取り敢えず紫は家に帰ってすぐ胃痛薬を服用、その後に藍を呼んだ。

 

 藍は紫から手紙を受け取ると、内容を隅々まで確認。そして目を見開くと信じられないといった様子で紫に詰め寄る。その鬼気迫る雰囲気に紫は命の危険を感じつつも、譲らない姿勢を取った。

 藍の視線は剣呑な光を帯びて紫へと注がれる。

 

「ゆ、紫様……まさか本当にこの紙に書かれてある通りに……()()()を使うおつもりなのですか!? た、確かにこれだけの戦力を加えることができればこの異変は確実に解決できますが……私と紫様の単独で異変を解決した方がリスクは少ないのでは……?」

 

 紫は慌ててブンブンと頭を横に振った。今回の異変はいくら藍が強いといっても無事に済むかどうか分からないほどの規模だ。もし万が一にでも彼女が陥ちれば紫は一気に無防備になる。

 しかも彼女の口ぶりでは紫と藍の二人で紅魔館に乗り込むていのようである。足手まといにしかならないから勘弁して欲しいと紫は思った。

 

「……彼女たちの助力は異変を解決する上で必要よ。他に手はないわ」

「しかし、この面子は……」

 

 藍は珍しく紫が言うことに難色を示し続けた。彼女の頭の中でも彼女たちの力を借りた未来の幻想郷が色々といけないことになっているのだろう。紫は彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。戦後の後始末など想像するだけで鳥肌ものである。

 だが、今はどんな手を使ってでも吸血鬼に勝つことが大切なのだ。何しろ自分の命と首がかかっているのだから。紫とて引くことはできない。

 

「藍、取り敢えずそれの書いてある通りにしてちょうだい。あとの責任は全て私がとる。大丈夫よ……なるようになるわ」

 

 紫は藍の手を取ると、自分へと言い聞かせるように言った。藍の機嫌だとかそんなものを考慮する余裕すらない。とにかく説得せねば。そして生きねば。

 藍はしばらく紫を見据えていたが、やがて納得したように恭しく頷いた。

 

「……分かりました。貴女様がそう言うのならこれが最善の方法なのでしょう。この藍、紫様のお言葉に従うのみです。私は此方から此処までの者たちに呼びかけてきましょう」

「……助かるわ。ありがとう」

 

 紫は心の底から藍に感謝するともう一度さとりの書いた紙に目を通す。そして少しだけ考え、意を決したように視線を落とすと『風見幽香』の文字を消した後にスキマへと潜るのだった。

 

 

 ────────────────

 

 

 霧の湖を臨む紅魔館とは対岸に位置する鬱蒼とした林。そこが対吸血鬼メンバーの集合場所である。情報を伝え次第すぐに攻撃できるように近くに陣取ったのだ。

 日が沈む黄昏時、今日の終わりを告げる夕日に向かって紫は遠い目を注いでいた。

 

(明日もまた、この夕日を拝めるのかしら……)

 

 バックには呼び出した妖怪たちが集結している。だが、見たくない。幻想郷を混沌へと陥れる修羅たちと目を合わせたくない。紫にとってできればもう二度と関わりたくなかった面々であった。

 しかし紫は意を決して、振り向く。

 

 蟲の支配者、リグル・ナイトバグ。彼女が一番最初に集会場所へやって来た。このタイミングで呼び出される理由は彼女自身がよく分かっているだろう。つまり彼女の意欲は高いということだ。

 

 闇夜の夜雀、ミスティア・ローレライ。リグルより少し遅れての登場だった。先ほどまでリグルと喧嘩一歩手前の言い合いをしていたが、最終的にはなんらかの形で互いに和解したようだ。その間、紫は気が気でなかった。

 

 蠢く深淵、ルーミア。彼女は木の影からフラッと現れた。現在進行形で体中に血や肉の塊を引っ付けており、なおも謎の肉に噛り付いていた。紫は肉の正体に薄々と感づいたが、敢えて考えることをやめた。ついでにナプキンで顔を拭いてあげる。

 

 何かとお得意さん、多々良小傘。彼女は針物の専属鍛冶屋である。紫はどうせ来て最初に騒ぎ出すだろうと予想していたが、意外にも大人しく、紫のやや後方に陣取った。

 

 氷上の絶対者、チルノと取り巻きの大妖精。こちらは予想通り来て早々に騒ぎ出した。しかしいつもよりも幾分テンションが高く、周りに喧嘩を売っていたので何事かと注視してみると、その後方にいた人物のせいだったようだ。

 

 謎の雪女、レティ・ホワイトロック。紫は彼女を見るのが初めてだった。しかしその凍てつかんばかりの冷たい視線に背筋を震わせ、彼女もまた、ただ者ではないことを知る。少しばかり気温が下がった。

 

 一人産業革命、河城にとりと愉快な河童たち。一言で言うなら装備がメカメカしい。そして何かとゴツくてメタリック。あの周辺だけ三世紀ぐらい未来を行っているなぁ……と紫はしみじみ思う。

 

 友人のようなナニカ、伊吹萃香。いつものように酔っ払いながら千鳥足でやって来た。紫へと伊吹瓢の酒を勧めつつ、新たな酒をねだる。

 

 八雲の式神、藍と橙。集まった者たちを油断なく見据え、騒ぎを起こさまいかと警戒している。一方の紫は彼女たちが集まった連中と問題を起こさないかとハラハラしていた。

 

 最後に我らがへっぽこ賢者、八雲紫。キリッとした凛々しく妖しい表情と佇まいを保ちつつ、お腹を押さえながら蹲っている。

 

 紫にとって錚々たる面子であった。幻想郷で問題を起こすのは大抵ここにいる者たち、つまり紫の怨敵である。だが今日は説教のために彼女らを呼び出したのではない。結束のために呼び出したのだ。

 なお、さとりの書いたメンバーの中には幽香や他数名がいたが紫の独断で削除。またてゐなどのどこにいるか分からないメンバーも削除した。もっとも、欠員関係なしにオーバーキル臭が漂うのだが。

 

 各々が談笑したり敵対したりを好き勝手に行っていた。その光景に腹痛が容赦なく紫のお腹を締め付ける。だがこれより結束式、トイレに入る暇はない。

 紫はお腹を涙目でさすりながら口を開いた。

 

「えー……今日は────」

 

「うらしめやぁぁぁぁぁぁ!」

「───ひゃあっ!!?」

 

 挨拶の直後だった。紫の背後から凄まじい衝撃が生じ、紫は錐揉み前転しながら前方へと吹っ飛んだ。そしてたまたま生えていた木に頭から衝突。ぶつかる寸前に藍が間に入ってクッションとなったおかげで事なきを得たが、それでも全ての衝撃は殺しきれず木をへし折り地面へと崩れ落ちた。

 紫を吹き飛ばした張本人である多々良小傘は悪びれた様子もなく、茄子色の傘をブンブン振り回して体全体で喜びを表現していた。

 

「やったね! 吃驚大成功! やっぱり紫さんは稼げるわー! 今年分の妖力が補充できた──グエッ!?」

「貴様ぁぁ!! 紫様にな、なんということを……! いくら紫様の得意先と言えどもただでは済まさんぞッ!! 橙、お前は腕だ!」

「はい藍様!」

 

 藍がすぐさま小傘の首を絞め落とした。その傍らでは橙が腕ひしぎを決めている。紫というゴングによって打ち鳴らされた一方的な戦いはヒートアップし、周りの野次馬連中が喝采を送った。

 と、しばらくして這い蹲っていた紫が復帰。若干ふらつきながら元の位置へと戻っていった。

 

「そこまでよ……とんだハプニングがあったけど、予定通り結束式を始めるわ。藍、橙……小傘を離しなさい」

 

 紫の命令を受けて即二人は技を解除するが小傘は昏倒、地面へと倒れ伏した。完全に意識を刈り取られているようだ。だが誰も気にしない。紫もあまり関わりたくなかったので敢えて彼女を放置した。

 結果、良くも悪くも先ほどのことで全員の注目が紫へと集まった。

 

「今回貴女たちに集まっていただいた目的は先に話した通り……────まあ察している方もいるやもしれませんが……端的に言うならば私からの懇願ですわ」

 

 八雲紫による直々の懇願。それは紫をよく知る者にとっては衝撃的なものであった。幻想郷最強と謳われる存在からの頼みごとにはかなりの意味がある。萃香を始めとした知己の間柄な者たちだけでなく、リグルなどを始めとした野良勢力も息を呑む。

 

「昨日より出現した、かの紅い館。アレは幻想郷に重大な影響をもたらすものだと私が断定しました。よって、貴女たちの力を借りたい」

あなた(賢者)がたかが館の一つを潰すためだけに私たちにお願いをするの? どうにも胡散臭いわね……なにか裏があるんじゃないの? ま、私はメリットがあって参加したんだからなんでもいいけど」

 

 ミスティアの言葉に何人かがうんうんと頷いた。紫は何のひねりもない救援要請に「胡散臭い」などと言われ結構傷ついたが、すぐに弁解すべく口を開く。

 

「これだけの人数を集めたのは保障に過ぎませんわ。ただ彼方側の戦力が油断できないものである事は事実。万に一つもなきよう、私は幻想郷のために最善を尽くさねばなりません。もちろん……参加してくれた貴女たちに対する敬意は持ち合わせていますわ」

 

 唐突に頭を下げる紫。

 あの八雲紫が、頭を下げた。格上が格下に向けて頭を下げるというのにはかなりの決意と意志が必要であり、まぎれもない上位者である彼女のその姿は、紫の今回の案件にかける思いが見て取れた。そんな信じ難い光景に集まった者たちは目を見開き、そしてふと紫の傍に控えている式へ目を移す。

 藍は鬼神の形相で唇を食いちぎらんばかりに噛み締めていた。橙は歯を食いしばりながらスカートの裾を掴んで自分の激情を押さえ込んでいた。式たちの本音としてはすぐにでも主人がとっている行動をやめさせたい。自分たちにとっての絶対者である八雲紫が頭を下げるという行為は何物にも代え難い苦痛である。しかし、紫が確固たる意志を持ってその行動に及んでいる事を二人はよく分かっていた。だからこそ式である自分たちはひたすら耐えるのだ。

 

 10秒にも満たないお辞儀であったが、そのあまりの光景にミスティアは慌てて「撤回! 今の言葉は撤回! 話を続けてちょうだい!」と叫んだ。

 紫はその言葉を聞いて満足そうに頷くと頭を上げる。これで漸く式たちも心を落ち着ける事ができた。いや胸中は決して穏やかでないが。

 

「打算で動かれた方もいるでしょう。しかし、思惑はどうであれ私は幻想郷のために動かれた貴女たちへ最大級の感謝を示します」

 

 紫はしっかりとそう述べると、本題を切り出してゆく。この集まりは結束会である同時に作戦を伝える場でもあるのだ。

 ちらりと、未だに昏倒している小傘の傍に立つ藍へと視線を寄越す。藍はそれに応じて頷くと空気を横に切った。それと同時に全員の手元にスキマが開き、数枚の紙がヒラリと落ちてくる。きめ細かく数字がびっしりと書き込まれていた。

 

「その数字は紅い館の戦力数ですわ。現時点で分かることは奴等が相当な数を溜め込んでいること、そして同時に質も揃えているということ」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら紙を眺めるチルノや、酔っ払ってそもそも紙を見ていない萃香を除く者たちは興味深げに目を通してゆく。

 紫がさとりの元で悪戦苦闘している間、藍は紅魔館の情報収集に務めていた。紙に書かれている情報の8割が彼女の憶測と推測に過ぎないが、紫は彼女の仕事に全幅の信頼を置いている。疑う余地などあるわけがない。

 

「ねえ大ちゃん。これってどういうこと?」

「え、えっとねぇ……レティさん、チルノちゃんに教えてあげれませんか?」

「ええいいわよ」

 

 取り敢えずチルノの方は彼女の周りの者たちがどうにかしてくれるから大丈夫と判断した紫は、酒を煽っている萃香へと近づく。

 彼女はメンバーの中でも最高級の戦闘力と応用力を有している。またそれと同時に戦闘の際の周りへの被害にもっとも懸念を示さざるを得ないのも彼女であり、よく言い聞かせておく必要があった。

 

「萃香、内容は把握できたかしら? 貴女の動きがキーになってくるかもしれないんだからしっかりしてちょうだいな」

「あー? こんな綺麗な満月の日に飲まず食わずで何をしようっていうのよ! 所詮あの連中の相手なんて私からすれば酒の肴にもならないんだからね! 友人のよしみでわざわざ宴会の予定をキャンセルしてまで来てやったんだ、せめてこんな時くらい心置きなく月を呑ませておくれよ」

 

 やっぱり萃香を候補から除外しなかったのは間違いだったかなと紫は今更になって思い始めていた。しかし来てしまったものは仕方ない、お引取りを願うわけにもいかないのでなんとか有効活用せねば。

 ふと、周りがざわついてきたのでそれとなく耳をそばだててみる。

 

「見て! まかいっていうところからいくらでも食糧を召喚してくれるらしいよ! ふふ、今年はホント凶作だったからね……腹を空かせた蟲たちも満足してくれるといいな」

「へえ無限お肉製造魔法? 何それ便利。その魔法を使ってる奴を連れて帰れば毎日お肉食べ放題なのかぁ……えへへ」

「ふふふ、粗末な肉に興味はないわ。私が目指すのは吸血鬼の肉のみ! 昨日はハズレしか引けなかったけど、あの館には親玉が居るらしいじゃない? 食べれば不死になれる串焼きなんて大儲け間違いなしよ! しかもコウモリは鳥じゃないし一石ニコウモリね!」

 

「私、そのお肉食べたけど別になんも変わらないわよ?」

「それはあんた(ルーミア)だからでしょ」

 

 リグル、ミスティア、ルーミアは何やら血生臭い話をしていた。できるだけ関わるのはやめておい方がいいだろうと、紫はそれとなく距離をとった。

 やっぱり彼女たちのような野良妖怪勢を頼ったのは間違いだったかなと、紫は今更になって後悔し始めていた。

 

 河童たちはごちゃごちゃと意味のわからない専門用語を使って打ち合わせを行っている。大方今回の集会に参加した目的は山の盟約がどうとかというより、兵器の性能実験の面が大きいだろう。

 するとうち一人の河童が紫の視線に気がつき、隊長へと耳打ちする。

 技術戦闘機動部隊隊長、河城にとり。周りの河童が物々しい黒色のアーマーのようなものに身を包む中、彼女だけが水色の作業着を着ていた。

 にとりは一度話を中断して紫の方へと近づいてくる。何も仕込んでいないことを証明するように手をプラプラさせているが、実際そんなことはなんの証明にもなりはしないことを紫はよく知っている。

 

「やあ盟友の盟友、久しぶりだね。こんな機会を作ってくれてありがたく思うよ。……萃香様が参加しているのには驚いたけど」

「まあ……貴女たちが打算ありありで参加したことはよく分かってますわ。河童の科学力を信頼しての判断でした」

「それは正しい判断だよ。ふふ、妖怪の山じゃ包括的化学実験は禁止されてるから、この発明品たちを試す機会がなかなかないんだ。そう、これから行われるのは実戦であって実験じゃない!」

 

 にとりの言葉を聞くと体が脱力してゆくのを感じた。前世紀、にとり主導による河童たちの産業革命が開始され、妖怪の山……ひいては幻想郷が壊滅的なスピードで汚染されていった。それにとてつもない危機感を感じた紫が賢者たちの合意のもとに『包括的化学実験禁止条約』を河童たちと結んだのだ。

 確立された科学技術は河童たち独自のものであるが、材料は幻想郷という地理上どうしても紫に頼らねばならない。それをカードになんとか締結まで持ち込めた紫はそれなりに有能である。

 だがにとりのこの調子だと、実験の禁止だけでは制約が足りないような気がしてきた。ジェノサイド禁止条約も追加しておいた方がいいかもしれない。

 

 その後にとりに兵器の詳細を聞いてみたが上手くはぐらかされてしまった。大方ろくなものではないのだろう。

 今更ながら河童に頼ったのは多分間違いだったと紫は後悔した。

 

 次にチルノたちだが……

 

「────つまり強めなのが四人いて、その上にボスがいるっていうことよ。分かった?」

「分かったわ! つまり親玉の前に四天王がいるわけね。よし、あたいが親玉を倒すから他四人はレティと大ちゃんで倒してね! 途中で死んだりすればお話的になお良しよ! セリフも決めておきましょ! えっとね……レティが『後で必ず追いつく! 先に行けっ!』で、大ちゃんがー……」

「い、いや……私はできれば見学がいいかなーって。あんまりコンテニューはしたくないから。というわけで……レティさんお願いします」

「やだ、この私を噛ませに使うのね。末恐ろしい子たちだわ」

 

 案外ワイワイと楽しくやっていた。なおこの3人は紫や藍が呼んだのではなく勝手に来ていたのであって、そもそもメンバー外であった。

 なお小傘は未だに気絶中。戦いまでに意識が覚めるかどうかも分からない。

 

 紫は今更になって思った。間違いなく人選を間違ってるな……と。脳裏にはニヤけるさとりの顔があったという。

 さて、全員に十分な情報が伝わったのを見計らって紫が声を出す。

 

「それではこれより簡単な方針だけをお伝えしますわ。貴女たちの実力を疑っているわけではないので、大層な策は必要ないでしょう?」

 

 別に作戦を考えてもよかったが、万が一失敗した際に責任を追及されるのは嫌だったので敢えて無策での特攻である。

 

「館の中は広大な迷宮になっていて、その何処か最深部に吸血鬼の王が控えているようですわ。しかし今回私たちが気をつけるべきは敵の強さや館の仕掛けではなく、貴女たちが一箇所に集中して幻想郷へ深刻なダメージが及ぶことです。よって館突入後はチーム、または個人に分かれて散ることになる。そこまでは大丈夫かしら?」

 

 何人かが頷いた。確かに一箇所で自分たちが集中してはその一点における破壊の規模が大きくなってしまうだろう。他の者たちとの連携などが確実に見込めないメンバーなので集中するのは避けたい。

 

「伝えることはそれだけですわ。あと萃香、貴女には門番の相手をお願いするわ。外部からの破壊が館にどのような影響を及ぼすか分からないから、藍がスキマを通して用意した適当な場所で勝負をつけちゃってちょうだい」

「あいあい。門番を倒したら私はさっさと帰るからね。今からなら宴会に間に合うかもしれないし」

 

 萃香との最終確認を終えた。

 あとは殴り込むのみ。

 

「さあ、教えてあげましょう。妖々跋扈する幻想郷の、真の恐ろしさを──!」

 

 なお小傘は最後まで目を覚まさなかったので毛布をかけてその場に放置した。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 ──……来たか。

 

 睡拳モードで門に体を預け、襲撃に備えていた美鈴は目をゆっくりと開いた。

 いつになくテンションの高い我が主人に言われるがまま、一切の油断なく精神統一(睡眠)をとっていた彼女だったが、なるほど……これは強い、と納得した。

 

 前方からヒシヒシと身に伝わってくる圧力は、敵が紛れもない強者ばかりであることを否応なしに証明している。自分のことを”枯れた妖怪”だと皮肉っていた美鈴だったが、今宵ばかりは燃えた。

 紅魔館史上、これほどの敵勢が現れたことは果たしてあっただろうか。いや絶対になかっただろう。骨のない敵ばかりで毎日を満たされるばかりの忠誠心と眠気で漠然と過ごしてきた美鈴には、それほどの敵は思い出せない。

 強いて言うならば、まだ若かったパチュリーがやって来た時以来か?

 

 なんにせよ、腕がなる。

 敵がいかに強かろうとこの堅き門をそう易々と突破されるわけにはいかない。

 美しき紅の呼び鈴、紅美鈴。今宵こそそのとめどなき恩と忠誠心を主君へ示す時!

 猛々しく燃え盛る闘志を胸に、いざ叫ぶ。

 

「紅魔館に仇なす棟梁跋扈の妖怪どもよ、この門、そう易々と超えれると思うな! さあ、尋常にしょう────!」

 

「ぶ」は出なかった。

 美鈴は足元からスキマに飲まれた。

 

「藍……。門番が何か言ってたわよ? せっかく言ってくれてるんだから聞いてあげなきゃ。まあ、別にいいけど」

「いちいち下っ端の言うことにまで耳を傾けておられては身が持ちませんよ。それでは萃香、行っていいぞ」

「あいさー」

 

 萃香はスキマへと飛び込んだ。その姿を見届けた一同は前門をくぐり、荘厳な扉の前に立つ。今のところ敵からの反応は門番を除いては何もない。

 

「さて……開けるわ」

 

 紫が扉に手をかける────

 

 

 

 

 

 瞬間、景色にラグが走り各々が光に飲み込まれてゆく。バックドラフト現象という物騒な仮説が紫の頭をよぎると同時に光が収まった。

 景色は変わっていた。心地よい夜風は消え、代わりにカビ臭い匂いが体を包む。周りには見渡す限りの本、本、本……。

 どうやら転移型魔法陣が発動する仕掛けになっていたようだ。紫の周りには藍と橙しかいない。他の者たちは違う場所へ飛ばされたのだろう。

 

「あらら、パチュリー様! こっちに来るのは二人だけのはずでしたよね? なんか三人来てるんですけど!」

「む、誤差……?」

 

 紫が藍たちと言葉をかわす前に二人組の声が大図書館に響き渡った。

 目の前には魔女っぽい魔女と悪魔っぽい小悪魔がいた。藍と橙が紫を守るように陣を取り、紫はビビって身構える。

 

「紫様……どうやら他の者たちと分断されたようですね。我々は恐らく式としての繋がりが強いゆえに、三人一緒に飛ばされたのでしょう」

「手間が省けたということね」

 

 紫は内心ドギマギしながら答えた。下手したら自分一人だけで館に取り残されていたのだ。そうなっていれば恐らく、自分の命はなかっただろう。

 

「まあ、二人でも三人でも同じこと。私の前には等しく無力よ」

「ふむ……分かりました。それではリハビリも兼ねて景気よくいかせてもらいましょうか!」

 

 パチュリーの一声により彼女の周りには数千の魔法陣が一瞬で生成された。またその隣では小悪魔が妖怪の山で見せたものと同規模の呪いを撒き散らす。パチュリーと小悪魔、二人が互いの魔力を増幅し合っているようだ。

 

「……っ! 中々の手練れのようだな。橙、我々もいくぞ」

「はい、藍さまっ!!」

 

 二人の強さを把握した藍は目を細めると袖下から何枚もの式札を展開してゆく。そしてそれら全てが藍の姿を形取った。橙もそれに続くようにその身から膨大な妖力を溢れ出させてゆく。

 そして……

 

(ちょ、待ってホント待って!私死ぬから!マジで簡単に死ねるから!ていうかなんで!?なんでスキマが開かないのよぉぉぉぉ!!)

 

 一人激戦地に取り残されたか弱い紫はおろおろしていた。

 スキマを開いてなんとか逃げようとしたのだがパチュリーの計略によって空間が締め出されており、外にスキマを繋げることができなかった。その結果、動揺しながら逃げ場所を探しているのだ。

 

「無限の魔法をくらいなさい。水、土、火、木、金……貴女たちはどれで死ぬ?」

「沈め、淀め、そして狂い死ね!」

 

「八雲を舐めてくれるなよ。紫様の目の前で失態を見せるほど、この私は決して弱くないぞ」

「藍さまも、紫さまもいるっ! よって無条件であなたたちの負けだよ! だって負ける気がしないんだもん!」

(ああああぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 私死んじゃうぅぅぅ!!)

 

 四人が一斉に術を解き放った。

 ──ドンッ!と爆音が鳴り、それと同時に世界に閃光と破壊が降り注ぐ。

 紫は踏ん張ることができずになす術なく吹き飛ばされた。そしてその先にあった物々しい扉へと頭から激突。バンッ、と開いた扉に引き摺られるように吸い込まれてゆき、そのまま薄暗い地下へと続く階段を転げ落ちていった。

 

 

 ────────────

 

 

 スキマに落ちた二人が相対したのは青々しい若草たちが元気に伸びている静かな野原。幻想郷南西部に位置しており、近くに住んでいる妖怪や人間は皆無であるという無人地帯である。

 遅れて参上した萃香の目の前には、いじけながら小石を蹴っ飛ばしている美鈴の姿があった。

 

「ひどい……せっかくかっこいい口上を考えてたのに……。ていうか門を突破されちゃいました。咲夜さん、許してくれないだろうなぁ」

「おーい、さっさと相手をしておくれよ。鬼は正々堂々の勝負を好むんだ。無抵抗な相手をいたぶる趣味は生憎持ち合わせていなくてねぇ」

「あっ、これは失礼!」

 

 美鈴は慌てて萃香に向き直ると拳と手のひらを合わせて軽くお辞儀をする。そして右手を開いて前へ、左拳を横腰に添えて構えを取る。

 その姿勢に萃香の表情が段々と面白いものを見るものへと変わっていった。

 

「へぇ、妖怪の身で武道を収めたか。こりゃ珍しいものだ……ねっ!」

 

 ──ダンッ!と軽く萃香が四股を踏む。その結果として大地は砕け、幻想郷には一つの谷ができた。鬼の……いや、萃香の力ならば造作もないことだ。

 

「確かに、妖怪の身で武道を収めたお前は変わり者だよ。その技術も称賛すべきレベルまで高めているのを佇まいだけで見て取れる。悪いね、正直雑魚とばかり思ってた。だけど……()()()()()は我ら鬼には、何の意味も持たないんだ」

「……!」

 

 古き豪傑。この言葉がここまで似合う存在は他といまい。萃香は不敵な深い笑みを浮かべた。それだけで身にかかる重圧が何倍にも膨れ上がる。

 美鈴は相対する目の前の鬼に呑まれかけた。未だに呑まれないのは、ひとえに美鈴が強者にあたる存在であるからだ。

 

 萃香の無茶苦茶な破壊の暴力に、美鈴は軽く一笑した。決して侮蔑のものではない。しかし、称賛のものでもない。

 なるほど、確かに規格外。殴り合いならばまず間違いなく勝てないだろう……殴り合いならば。自分には、技がある。

 自分の類いまれなる身体能力にかまけず、日々ひたすら技を磨き続けて数千年。その1日1日が美鈴の全てを押し上げた。

 

「ふふ……お嬢様が楽しみにされるわけですよ。……我々従者も、たまにはハメを外しても、許されますよね?」

 

 美鈴の体から濁流のように虹色の妖力が流れ出す。すると美鈴の周りの地面が揺れ抉れ、彼女を中心にクレーターが出現してゆく。その規模は萃香の目を大きく開かせるほどのものだった。

 美鈴がここまで力を解放するのは珍しいことだ。普段の彼女なら最小限の力で相手を抑え込みにかかり、速やかに無力化する。だが今の彼女は正真正銘のフルパワー。

 萃香は犬歯を剥き出しにして愉快に笑う。

 

「ハハッ! いいじゃあないか! お前さんは久しく見る強者だ! さぁて……とんだ酒の肴だ、酔いが醒めるまでやり合ってやろう!」

 

 萃香が腕を振り上げ────

 

「──ッ」

 

 タ、タンッ、とたたらを踏んで後ろに倒れた。その目の前には姿勢の変わらない美鈴の姿のみ。萃香は重力に従って仰向けに寝転がり、笑いを漏らす。

 

「顔に五発、首に四発、オマケに鳩尾を一発……か。面白い動きをするもんだね」

 

 むくりと萃香が起き上がる。口からは一筋の細い血が滴っていた。何気なく腕で血を拭う。そして美鈴を一瞥した。

 

「さて、次は──私の番かな?」

 

 音が遅れた。

 気づけば美鈴は後方へと吹っ飛び、受身も取れずに地面を引き摺られた。腹からはジンジンと痛みを感じる。これらが意味することはただ一つ。

 

「……っ! 殴られたか。油断したつもりは、なかったんですが……」

 

 痛みを堪え、腹を抑えながら前方を見やる。

 接近するは最強の鬼。本来ならば遥か格上の相手。だが……捉えられない相手ではない。

 

「さて、いきますかッ!!」

 

 美鈴は地を蹴った。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

「あら、チルノ? 大ちゃん? ……困ったわねぇ、もしかして逸れちゃったのかしら。一緒に回ろうって約束したのに」

 

 一人転移されたレティはキョロキョロとあたりを見回す。彼女以外に存在しているのは真っ赤な廊下だけ。他には何もない。

 冬、それも吹雪吹き荒れる大寒波の日を好む彼女である。白銀の世界が彼女の世界だ。そんな彼女がこの風景をよしと思うはずもなく、目に見えて機嫌を落としていった。

 

「目が痛いわぁ……派手な色はあんまり好きじゃないのよ私。さっさと退館しましょう。ねぇメイドさん、出口はどちら?」

 

 レティの冷たい声の響きが廊下に響き渡る。

 

 ──彼女は今いた。そう、たった今からレティのちょうど真後ろにいたのだ。

 

 ナイフで一突。それだけで終わる簡単な仕事だった。

 だがレティの言葉を受けて思わずナイフの手を止めてしまった。まあ、いつでも殺せるのだ。今殺そうが、殺さまいが関係ない。

 咲夜は無機質な目でレティの背中を見つめると、素っ気なく言い放った。

 

「申し訳ございませんが、アポを取得せずに館へ入られた方を客人としてお出迎えすることはできません。よって案内ではなく、私による強制退去という形になります」

 

 

 

 

 

「ただし、この世からですが……」

 

 時を止め、ナイフを振りかぶる。咲夜の一閃はレティの体を易々と引き裂いた。

 たわいもない、流れるような作業。別に咲夜はどうも思うことはない。ただまた一人、格下の妖怪を消しただけ。ただそれだけのこと。

 そして、時は動き出す────

 

 

 

 

 

 

「いやぁね、刃が冷たいわぁ」

「──ッ!?」

 

 レティ・ホワイトロックは何もなく空気を漂っていた。今確実にあの身を切り裂いたはずだったが……?

 咲夜のナイフは傷魂を可能とする。つまり実体のない敵を切り裂くのだ。だがレティには何も変わった様子がない。

 想定外の事態に混乱する咲夜を尻目に、レティは冷たい流し目を彼女へと向けた。この世のありとあらゆる冷たさが内包されたような……悍ましい目だ。

 

「ああ、メイドさん。勘違いしているようだから一つ言っておくけど────私って、貴女よりも随分と格上よ? 大丈夫?」

 

 

 

 ────────────

 

 

 

「どういうことなの……?」

 

 レミリアはデスクの上で唸った。

 本来の計画ならば侵入してきた妖怪たちを分散しつつ八雲紫を自分の目の前に持ってくる手筈であった。現に転移魔法はしっかりと発動している。

 だが、レミリアの目の前には誰もいなかった。

 魔法陣を張ったのはパチュリーであるが、彼女に限って失敗はないだろう。そこのところはレミリアが一番よく分かっている。

 ならば後に考えられる理由は……第三者による妨害を受けた、ということ。

 

「……私は我慢が嫌いでねぇ、待つのも大っ嫌いなのよ。楽しみを先延ばしにされた私の無念、どう晴らしてあげましょうか。……いるんでしょう? 姿を見せなさい」

「……ッフフ」

 

 笑い声とともにゆらりと空気が揺らめいた。

 不可視のものが束になって一つの形を成してゆく。無より生まれ出でたその存在は、じわりじわりと自らの深淵を広げて紅を飲み込んでいった。

 レミリアは持っていたティーカップを投げ捨てると、右手より紅い波動を走らせる。波動は形を成し、妖力吹き荒れる神槍となった。

 振るわれた神槍が空間を切り裂き、三日月の付いた杖によって受け止められた。互いの妖力が反発し合い火花を散らす。

 

「……貴女はお呼びじゃないわね。たかが悪霊風情がこの私に……いったい何用かしら? 返答次第では────」

「うふふ、何を言っているの? この私が相手じゃ、不満だって言うのかい?」

 

 ──ゾワッ、と鳥肌が湧き上がった。彼女が言葉を発するだけで空気は一変し、神槍から伝播してくるドス黒い闇の深さにレミリアの表情が歪む。

 いや、違う。闇が放出されているのではない。闇が彼女に吸い込まれているのだ。

 

「それは傲慢っていうものじゃないか? 西洋コウモリ風情が生意気に」

「ふん、何が傲慢なものか。私の前には実力なんて関係ない、私が上に立つという運命が成り立っている時点で、なるべくして私が頂点なのよ。頂点に傲慢なんてものは存在しない。それが事実だから」

 

 レミリアは目の前の異質な存在を感じつつも、そう言い放った。生まれてこのかた、彼女はたった一つを除いて絶対であり続けた。

 彼女にとってはその一つが致命的だったのだが、それは妹が補ってくれた。妹がそれをレミリアに気づかせてくれたのだ。

 相対する者は鼻で笑った。そして杖を振るいレミリアから距離をとると、その艶やかな緑髪を凪いだ。

 

「まあ、あんたがどう思おうと勝手だけどね。口ならばどうとでも言える。全ては結果さ、結果のみが全てを実証するカギとなる」

「ええよく分かってるじゃない。だから貴女はここで思い知るのよ。私の邪魔をしたことがどれだけ愚かで、どれだけ許されざることだったのかをね! 現世にしがみつく無象の魂よ、チリと消えろ!」

「さぁて、どうかね……?」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「────……ぃぁぁぁああああッ!?」

 

 地下へと続く階段をひたすら転がり落ちてゆく。止まろうにも勢いが強すぎて自分の力では勢いを殺しきれない。いっそのこと障害物に当たってくれればまだいいのだが、階段は永遠とも思える長さで直線に伸びていた。よって紫はただ叫びながら転がるしかないのだ。

 

「怖いいぃぃぃぃぃ!! 気持ちわるぅぅぅぅぅぅぅぅ!! オェェェェェ!!」

 

 麗しの淑女がおおよそ出していいものではない絶叫を上げる。もとより今日の紫は体調がとりわけ不安定であった。頭の激しい揺れはかなり堪える。

 紫は思った。いったい私が何をしたというのか。なんで私はローリン()()()なっているのか。なんで誰も助けてくれないのか。お願い誰か助けて……できる範囲ならなんでもしますから。

 口からいけないものを吐き出しながら紫はほろりと涙を零した。

 と、ここで願いが叶ったのか階段は唐突に終わりを告げ、紫は勢いよく壁に叩きつけられた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 踏まれた猫のような声を上げたこの淑女が幻想郷最高にして最強の賢者であると誰が信じれるだろうか。

 ずるずると重力に従って紫は地面に落ちた。しばらく蹲って痛みに悶えた後、フラつきながら立ち上がる。心身ともにボロボロだ。

 

 涙を拭いながらふと前方を見てみる。そこにはこじんまりとしたドアが一つ。埃だらけであり、しばらく使われていないことが見て取れた。

 古い館……地下……使われてない扉。これらのワードから導き出された紫の答えは……

 

「宝!? もしかして金銀財宝!?」

 

 ……大層残念なものであった。

 自然とニヤける表情を抑えつつドアに手をかける。紫の脳内は金銀財宝を換金して何を買おうかという非常にお花畑なものだった。

 そんな彼女はドア越しに漏れ出す無色の狂気に気づくことができなかった。

 

 ──ガチャ

 

 ドアは簡単に開いた。

 室内は薄暗く、本棚がまばらにあるだけ。紫の予想は裏切られた。無駄にショックを受けながらふと、部屋の中央に置かれていたベッドに目を移す。そこには一人の少女がうずくまって座っていた。

 明るい金髪にナイトキャップと赤いドレスを着込んでいる。なにより目を引いたのは七色の宝石がぶら下がった翼。妖怪であることは間違いなさそうだ。

 紫は眉をひそめてその少女を覗き込む。疑う気持ちは微塵にもなかった。普段の紫なら少しぐらいは警戒するだろうが、疲労困憊の状態と予想を裏切られたショックで考えが及ばなかったのだ。

 

「……ごめんくださいな」

「────?」

 

 少女は顔を上げる。光のない瞳からは少しばかりの喜色と興味が窺えた。

 

「こんばんは。勝手にお邪魔してごめんなさいね。迷惑じゃなかったかしら?」

「……いいや、別に。ところで貴女は誰なの? ご飯をくれる人? それとも一緒に遊んでくれる人?」

 

 紫は少しだけ考えて答えた。

 

「私の名前は八雲紫。言うならば……招かれざる客といったところかしら」

「……そう、どっちでもないんだ」

 

 少女は無機質な瞳を紫へと向け続けた。悲しんでいるのだろうか?

 その姿を見て紫は胸にチクリとした痛みを感じる。霊夢を持つ身としては、やはり子供が悲しむ姿は見たくない。

 ご飯をくれる人……つまり食事運搬役であろうか。生憎、今の紫は食料を持ち合わせていない。スキマに保存食があることにはあるが。

 次に一緒に遊んでくれる人だが……これなら別にいいんじゃないかと思った。上に上がろうにも藍たちの戦闘が終わらなければどうすることもできまい。この部屋に避難させてもらう間だけ話し相手にでもなってあげればいいだろうか。

 

「上がちょっとばかりうるさいのよ。少しの間だけここに居させてくれないかしら? 遊び相手……というか話し相手ぐらいにしかなれないけど」

 

 少女はその言葉に笑顔を見せた。紫も一安心である。

 

「ありがとう、えっと……ゆかり、だっけ?」

「ええ、紫よ。八雲紫」

「そっか、紫かぁ……いい名前。私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。お姉様やみんなはフランって呼んでるわ」

「フランドール……フラン。可愛らしくていい名前よ。これからよろしくね」

 

 紫はフランドールへと手を差し伸べる。西洋らしく握手で応じようと思ったのだ。

 だがフランドールはそれに応じず、紫の眼前へと手を伸ばす。そして掌を翳した。

 

「うん、ありがとう紫!私、貴女のこと絶対に忘れないからね!」

 

 フランドールは、ナニカを握り潰した。

 




みんなのもくてき!

リグル→肉
ミスティア→肉
ルーミア→肉
チルノ→ノリ
大妖精→心配
レティ→戯れと色々
小傘→吃驚うめぇ!
にとり→実験という名の実戦
萃香→酒、友の好、酒
藍→紫様万歳!
橙→ゆかりしゃま万歳!
紫→幻想郷は私が守る(`・ω・´)キリッ

うちのふとましさんはレティ提督なんですよ。うん。
次回で吸血鬼異変終わるかな?終わるといいな。

評価、感想を頂ければ作者がモリヤステップを踊りだします。おまけにラッセーラもつけちゃう!


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吸血鬼異変──終結*

キミは生き残れるか?(無理)




 チルノと大妖精は広々とした大広間に転移させられていた。

 その八方には転移陣が敷かれており、魔界から次々と使い魔が召喚されている。

 しかし二人はそんな状況を意に介すこともなく、はしゃぎ回っていた。

 

「大ちゃん、レティはどこいった!?」

「うーん……離れ離れになっちゃったみたいだね。ほら他のみんなもいないし」

「全く、どいつもこいつも臆病者ばかりなんだから。まあいいよ、レティやリグルやみすちーは我が四天王の中でも最弱!」

「あー……四人中三人が最弱ってどうなのかな? しかもリグルちゃんもミスティアちゃんも多分、私よりも強いと思う」

「そんなことどうでもいいわ! あたいと大ちゃんだけで戦力は十分! 親玉の場所まで一気にいっちゃいましょ!」

「うんうん、確かにそれが一番だよね。けど場所が分からないよ?」

 

 大妖精はチルノの言葉に素朴な疑問を返してゆくが、チルノはそれに回答せずに次の話題へと移った。大妖精の方も別に彼女からの回答は期待していなかったようで、次なるチルノの出した話題に相槌を打っている。

 

 妖精というのは自己中心的な存在であるが、そうして見ると大妖精という妖精がどれだけ異質なものであるかが容易に理解できる。そうでなければ相槌を打つという行為などできるはずがない。

 また、それらは大妖精の日々の生活にも出ている。

 大妖精は霧の湖のまとめ役であるが、彼女がこの役に甘んじているのは妖精たちの中で格段に精神が成熟しているからだとか、そういう理由ではない。

 確かに普通の妖精に比べれば大妖精は大人びているようにも見えるし、比較的には理知的だろう。

 だがそれらはただチルノの役に立ちたい、チルノをもっと立たせてあげたい。その一心によるものである。献身的な彼女の異質な性質が、それを生んでいるのだ。

 

 二人が駄弁っている間にも、召喚された使い魔たちが彼女らを囲ってゆくのだが、二人はなおも気に留める様子はない。チルノと大妖精にとってこの程度の使い魔ごときであれば、目を向ける必要すらない。文字通り眼中にないのだ。

 

 しかし使い魔たちにしてみれば、訳も分からずに強制召喚されたと思えば、目の前では(見た感じ)普通の妖精2匹が自分たちを意に介す様子もなくただ意味の分からないことをほざいている。

 場の状況が飲み込めないこともそうだが、たかが妖精ごときがこちらに一瞥もくれないことは、プライドの高い高位悪魔である使い魔たちにとって非常に許し難いことだ。見過ごすわけにはいかない。

 

 雑魚妖精ごときを殺しても、使い魔たちには暇つぶしにすらなりはしないが、今の鬱憤を晴らすにはもってこいの相手だ。

 取り敢えず軽く消し飛ばしてやろうと、一人の使い魔が指先に魔力を集中させ……

 

 ──ゴロリと、使い魔の()()()()()

 首の断面から噴水のように血が噴き出し、真っ赤なフロアをさらに紅く染めてゆく。なんの前触れもなく広がったその光景に、使い魔たちへと動揺が走る。何が起こったのか全く理解が追いつかない。

 

「チルノちゃん、ちょっと待っててね?」と大妖精は言うと、ゆらり……と使い魔たちへと視線を向ける。おおよそ、妖精が出すような雰囲気ではない。耳が囁くのは、濃厚な死の気配。

 

「私とチルノちゃんの遊びを邪魔しないでくれませんか? あなたたち如きに、チルノちゃんが構ってあげる時間はないんですよ」

 

 大妖精が手を掲げると同時にゴウッ、と突風が吹き、使い魔たちは一斉に床へと倒れ伏す。全員が首を一迅の刃のもとに切られていた。

 全員の死亡を確認した大妖精は羽を羽ばたかせ、黄金の風を巻き起こす。浄化の風は使い魔の体を光の粒として分解し、空気に還した。

 

 片付けを終えた大妖精がチルノへと向き直る。だが彼女は振り返ると同時にむにょん、とほっぺたを両手で押さえられた。

 ひんやりとチルノの腕から冷気が伝うが、大妖精はそれが気にならないほどに顔へと熱を感じた。顔はすでに真っ赤だ。

 

「チ、チルノちゃん……?」

「大ちゃん、なんで一人で片付けちゃったのさ。ここはあたいとのハイパーコンビネーションってヤツで背中合わせに戦う場面でしょ!」

「いやチルノちゃんに迷惑かなーって思って……。逆に迷惑だったかな?」

「そんなことはないけど……もういいや。もう一回やればいいだけだしね」

 

 チルノはそう言うと、部屋の温度を急激に引き下げてゆく。部屋中が凍りつき、絶対零度を下回る。勿論、大妖精に被害が及ばないように限定的に狭めた範囲のみであるが。

 そして数秒後、時は逆転し浄化されたはずの使い魔たちが復活する。

 当の本人たちは何が起こったのか理解できずに右往左往するだけであった。

 

「これでよし。いい? 次は一気に殲滅するんじゃなくて、じっくりコトコト煮込んでいくのよ! そして大ちゃんは戦いの途中であたいを庇って負傷、あたいに全てを任せて死んじゃうの! そしてあたいは亡き大ちゃんとの思い出を胸に最終決戦に挑む!」

「あーうん、えっとなんていうか……私、死ねないんだけどなぁ……」

 

 

 ────────────

 

 

 

 部屋中を蠢々(しゅんしゅん)と小さき者たちが隙間なく蠢き、合間から聞こえるは幽かな美しき狂気の歌声。そして闇に溶けた者たちが最期に見たのは、張り裂けた真っ赤な口膣だった。

 

 そもそも彼らと彼女らで勝負など成り立つはずがない。なぜならこれは上位者による一方的な捕食活動なのだから。

 

 バリバリと大小様々な咀嚼音が部屋に響き渡る中、リグルとミスティアは暇そうに部屋中央に座り込んでいた。その傍らでは蟲たちに紛れてルーミアが一心不乱に使い魔の肉へと食らいついている。

 

「はあ……いくら探しても吸血鬼はなし、かぁ。もう全滅しちゃったのかなぁ」

「まあまあそう落ち込まないで。みすちーの料理はやっぱり八目鰻が一番なんだからさ、無理に吸血鬼の肉で客を釣らなくていいんだよ。なんなら私が蟲たちでいっぱい宣伝してあげてもいいのよ?」

「それじゃ人間の客が寄り付かないでしょ。まったく、リグルもルーミアも気楽なもんで羨ましいわー……」

「そう言わずにさ。ほら、このお肉もなかなかいける」

 

 巨大なカミキリムシが持ってきた薄い肉をリグルが摘む。ミスティアも一度お店のことを頭から離し、少しばかり騒がしい晩餐に参加した。

 

 結局、吸血鬼のお肉は手に入らなかったもののリグル配下の蟲たちやルーミアは腹を膨らませ、ミスティアは歌ってリフレッシュすることができた。

 結果オーライというやつだろう。

 

 

 

 ────────────

 

 

 転移の際、他の者たちより一歩引いた場所に居た河童たちは、転移されることなく正面玄関に留まっていた。

 間も無くして大量の使い魔が召喚されたのだが──ここも例に漏れず。

 

「オラァァッ吹っ飛びやがれェェェ!!」

「爆ぜろやゴラァッ!!」

「ギョーンとしてドカーンッ!!」

 

 河童が銃のトリガーを引くたびに使い魔たちの体が内から弾けてゆく。エネルギーを圧縮して敵の内部に送り込み、内から外へと破壊する河童の新兵器である。いくら必死になって躱そうとロックオン機能付きなので躱しようがない。

 中には捨て身の一発を入れる使い魔もいるのだが、渾身の一撃もハイメタリックなパワードスーツを貫通することはできず、その使い魔はパワードスーツから放たれたレーザービームによって瞬時に肉塊へと変化する。一方的な蹂躙であった。

 

「ヒャッハァァァァ!! 汚物は消毒だァァァァァ!!」

 

 一人、時代錯誤な火炎放射器を持ち出して使い魔たちを火だるまにしてゆく河城にとり隊長。確かに性能としては防御、回避不能な最新型の銃のほうが格段に上だろう。しかし彼女が今回追求したのはロマンなので特に問題はない。

 唯一問題があるとすれば水の妖怪やら水子の霊やら言われている河童が火炎放射器とはこれいかに、という点ぐらいか。にとりにすれば些細なことだ。

 

 と、そうこうしているうちに使い魔軍団は全滅。部屋には判別不可能なまでにグチャグチャになった肉塊と、焼死体だけが残った。

 

「隊長、殲滅完了しました!」

「よし、尻子玉を回収した後に次なる獲物を探して移動を開始する! 次はスーパー光化学迷彩と核熱ブレードを試していくよ!」

『イエッサー!』

 

 

 ────────────

 

 

「パ、パチュリー様ッ、地下室への扉に結界をつけてなかったんですか!? なんかどさくさに紛れて突破されてるんですけど!」

「……いや、そんなはずはないわ。確かに今も結界は発動している。あの妖怪が何かしたと見るべきね。見たところ普通の妖怪ってわけでもなさそうだったし」

 

 慌てる小悪魔を落ち着けるようにパチュリーが言うが、当の彼女もそれなりに焦っていた。

 フランドールを無理に刺激した結果はパチュリーでさえも推測できない。何れにせよろくな結果にはなりそうになかった。

 

 一方、いつの間にか忽然と姿を消している主人に藍と橙も慌てていた。

 紫が勝手に行動を開始することは今に始まった事ではないが、彼女の守護を第一の主命としている式神二人にはあまりよろしくないことである。

 

「また紫様は御勝手に……!」

「藍さま! 私がここを抑えますのでその隙にあの扉へと────」

「ダメだ。お前といえどもあの二人を相手にするのは些か荷が重いだろう。おまけに、彼方さんはこれ以上あの扉の先へ通したくないらしい」

 

 パチュリーと小悪魔は扉を遮るように立っていた。彼女らとしてはこれ以上の余計なイレギュラーは、是が非でも避けねばならない。

 パチュリーが両手を翳すとともに、二種類の光が満ち溢れてゆく。全てを包み込む優しい光と、全てを照らす激しい光だ。

 相反する二つの輝きは互いを増幅させながら威力を増してゆく。

 

「ここから先は絶対に通さないわ。柄じゃないけど……この先に行きたければ私を倒してからいきなさい。──日&月符(ロイヤルダイヤモンドリング)

 

「柄じゃない」と言いつつ、パチュリーは結構やる気満々で己の最大火力を持ち出した。さらに周りでは五色の魔法陣が浮遊してさらなる追撃の準備が完了している。パチュリーの意外な本気度合いに小悪魔は表情を引き攣らせた。

 

「……強制憑依(ユーニラタルコンタクト)

 

 対して藍は式札を数十枚展開。その一枚一枚が藍の姿を形作り、全てに意思が宿る。

 単純に考えて藍が数十人である。

 この状況下においてもいつも通りの堅実な戦法を取る藍であるが、完璧にプログラム通りの行動をこなすことこそが式としての弱点であり、最大の武器でもあった。

 

「橙。一人でやれるね?」

「勿論です! どーまんせーまん!」

 

 藍の言葉に橙は大きく頷くと熱り立ち、高速で九字を唱えながら縦と横に指を切る。そして橙から魔除けの力が飛び出し、小悪魔の呪いを祓ってゆく。

 魔の者である橙が魔除けを使うのはプログラミングした藍(に要らない助言をした紫)によるそれとない皮肉である。

 

「小悪魔、止めなさい」

「了解です!」

 

 それすらも飲み込まんと小悪魔はさらに呪を撒き散らす。さらに影が蠢き、数本の黒い触手が飛び出した。

 

 互いが己の主人の為に全てを尽くす。

 策士と知恵者の攻防はまだ終わりそうにない。

 

 

 ────────────

 

 

 

 猛る武人は、鬼の前に屈した。

 攻防自体は美鈴の有利に進んでいるように見える。現に萃香の被打は美鈴のそれと比べて10倍ほどの差があった。

 しかし、萃香は全く堪える様子を見せないのだ。さらには萃香の一撃が果てしなく重い。攻撃が入るたびに美鈴の意識が飛びかける。

 

 荒々しく肩を上下させ空気を取り込むが、体力は一向に回復しない。己の内を巡る気脈が乱れている証拠だろう。外界より外気を取り入れてなんとか調節してゆく。

 もっとも────。

 

「──鬼の前で休憩とはいい身分ね? 休憩や洗濯っていうのはさ、鬼の居ぬ間にやるもんだよ。じゃないと……こうなるっ!」

「──ッ!?」

 

 目の前の鬼はそれを許すほど愚かではない。

 萃香が軽く腕を振ると凄まじい衝撃波が空気を走り、地を抉りながら美鈴へと迫る。不可視の攻撃ゆえに、衝突のタイミングを計るにはその破壊活動が及んでいる範囲をよく見るか、風と気配を感じなければならない。

 一流の武闘家である美鈴にとってその程度のことは朝飯前であるが、問題は……鬼が同時に衝撃波と変わらぬスピードで美鈴に突撃してきていることだ。なんの変哲もないショルダータックル、それが質量ある物にとって、何よりの脅威であった。

 両方ともに即死級の一撃。どちらか一方でも喰らえば、強靭な肉体を持つ美鈴でさえも良くてバラバラ、悪くて粉微塵であろう。

 

 だが、この程度で陥ちるような存在だったのならば、紅美鈴という妖怪は紅魔館の門番など務めていない。この程度で死ぬような妖怪であったのなら、伊吹萃香とここまでの戦闘は行えていない。

 

「……フッ!」

「っ! と……!」

 

 美鈴は右手をしならせ萃香を封じ、同時に衝突した衝撃波を左手でいなして萃香へとぶつけた。凄まじいエネルギーを相手取るには、それと同程度の技術力が必要だ。美鈴の技は萃香の破壊を操れるほどに卓越されていた。

 萃香の鬼としての範疇すらも遥かに超越した強靭な肉体は、最強の矛にもなれば、最強の盾にもなる。不条理をまさに体現したようなスペックである。だからこそ、不条理をぶつけ返すしかない。

 矛盾を相手取るには矛盾しかないのだ。

 

 最強の矛と最強の盾の衝突。その結果は相殺であった。だがそれでいい。

 ほんの僅かなスキ、それさえあれば美鈴はどこまでも戦える。

 

 鋭い掌底打ちを萃香の首に打ち込み、続けて右、左と顎を連打。そして俄かに仰け反った萃香の顎先へと烈火の豪脚による足刀。

 流石の萃香もたたらを踏むが、美鈴は震脚を容赦なく踏み込み、追撃を浴びせかけた。

 細胞の隅々までに気を張り巡らせることによって元々の数倍まで能力が底上げされた身体から繰り出される鉄山靠は、萃香の鳩へと突き刺さった。

 

 ──バンッ、と肉の弾ける音がする。衝撃に空気が震え、あたり一帯が陥没した。

 八極拳のその由来とは、”八方の極遠にまで達する威力で敵の門を打ち開く”……という旨であるが、簡単に例えるならばゼロ距離からの大砲による砲撃と言ったところか。

 人間の身体と技術をもってしてそう言わしめる八極拳奥義の鉄山靠である。能力、技ともに人間とは一線を画した美鈴による鉄山靠は、文字通り威力の桁が違う。その一撃は萃香へ届き得る。

 

「ぐっ、カハッ……ハッハッハ!」

 

 届き得た、はずだった。しかし萃香は数メートル後方へと吹き飛び、口から少量の血を吐き出したのみ。しっかりと地に足をつけて踏みとどまった。

 そして浮かべたのは壮絶な笑み。恐怖や苦痛は微塵にも感じられない。ただ在るのは歓喜と興味だけだった。正直、美鈴は相手が自分と戦っているのか……それとも遊んでいるのか。それすらもよく分からない。

 

「いいね、いいねぇ! やっぱりどつき合いはこうでなくちゃ!血と汗滾る死闘、最高だ! さあ、次は一体どんな技を見せてくれるんだい?」

「……やっぱり遊ばれてますか」

 

 一つずつ引き出しを披露させられている。そして、それらを全て完膚なきまでに力で正面からねじ伏せてゆく。太古より人間へと振るってきた圧倒的暴力と恐怖は未だ健在であった。

 

 美鈴はビリビリと萃香の重圧によって震える体を引き締め、地に足を突き刺した。

 なるほど、強い。自分では及ばない。

 

 

 だが、──勝てない相手ではない。

 

 

「貴女は強い。それも果てしなく、底が見えないほどに。正直、今すぐ降参したい気分ではあるんですがね……立場がそれを許してくれない」

 

 心底これ以上の戦闘が嫌だという気持ちを隠そうともせず、美鈴は苦笑混じりに呟いた。

 その言葉に萃香は眉を顰める。せっかく盛り上がってきたところだという、このタイミングで気分を削ぐような美鈴の言葉は気に入らなかったようだ。

 なんとか彼女の闘志を捻り出させてやろうと、萃香は挑発の言葉を投げかけようとする。しかし、それは萃香の杞憂であった。

 

「この技は……出来れば使いたくなかった。これは私の武人としての信条に反するものですから。だけど、私は武人である前に門番であって……護るためならば手段を選ばない。貴女を倒してお嬢様の元へ駆けつけなければならないのだからッ!」

 

 美鈴は叫ぶ。そして握りこぶしを手のひらへ押し付けると、気を練り始めた。

 それとともに膨大な力が美鈴より溢れ出し、その身へと吸い込まれてゆく。

 無尽蔵かと思えるほどに美鈴の妖力が高まり、そのエネルギー密度はどんどん過密になる。明らかに美鈴の身の丈を超える力であった。

 萃香はその現象に一瞬だけ首を傾げたが、すぐに納得して壮絶な笑みを浮かべた。

 

「本当に飽きない妖怪だよ。実に多彩で、老獪! そして無謀だ! 幻想郷をお前一つの身に抑えつけるつもりなのか! ハッハッハ、度胸は買うがね!」

 

 神秘の交錯点として存在する幻想郷が内包するエネルギーは、大陸にも匹敵するだろう。

 現に猛者たちによる破壊でも、幻想郷は壊れず今も存在し続けている。紫や藍による管理の賜物でもあるが、幻想郷自身の頑丈さが占めるウェイトが大きいことも事実である。

 

 そんな幻想郷のエネルギーを吸い上げることによって、美鈴はその身に力を宿そうとしているのだ。無謀な行為だと言わざるを得ない。

 鬱蒼と茂っていた草花は枯れ果て、砂と散ってゆく。代わりに美鈴の体から吹き出る紅蓮のオーラは、なお一層力を増して幻想郷を覆っていった。

 

 萃香はしばらく笑みを浮かべるだけであったが、美鈴の力が増幅するに連れて目を鋭いものにしてゆく。美鈴の紅蓮のオーラが自分の鬼気と拮抗し、そして焼き払っているのだ。

 とっくに体がぶっ壊れてもおかしくない、そう断言できるほどの凄まじさだと言うのに。

 

 どこまで……そう考えた時、萃香に一つの仮説が生まれた。その仮説ならば、美鈴が身の丈を超えたエネルギーを吸収できる理由に納得できる。

 

「龍脈を、そこまで扱うことができるヤツはそういない。高位の仙人や天人でも無理だろうさ。ハハッ、お前さんほとんど龍じゃないか!それも本家越えときた! ……なぜお前さんみたいなのが、西洋妖怪と一緒にいるんだい?その辺りがどうも不自然でならない」

「──ッグ……そう、ですね。私でも時折、そう思いますよ……!」

 

 歯を食いしばりながら美鈴は言った。だが言葉とは裏腹に、その瞳には確かな信念が宿っていた。表情は苦痛に歪むが、確かな笑みを浮かべる。

 

「多分、魅せられてしまったんでしょうね。あの方、たちには────ッ!!」

 

 ──ドクン、と美鈴の体が跳ね上がる。それとともに周りを焼き尽くす紅蓮のオーラは収束し、美鈴の中へと消えてゆく。

 二人の周りにはもう何もない。砂と塵による死の世界がどこまでも広がっていた。すべての生命力を美鈴が吸収し尽くしてしまったのだ。

 

「幻想郷に生きた者たちよ……どうかお許しを。全ては勝利を捧げんがために」

「ハハッ、酷いエゴだね。──それで、もういいかい? いい加減待ちくたびれちゃってねぇ。勿論、さっきまでと同じってわけじゃないだろう?」

 

 萃香は美鈴の外気法を律儀に見守っていた。無論、攻撃のチャンスではあった。だが、それでは面白くない。相手に全てを曝け出させ、真っ向からそれを叩き潰す。……それが鬼だ。

 気概を示すように手のひらを打ち、ニイッと笑ってみせる。美鈴もそれにつられるように笑った。

 

 ────一瞬の静寂の後、萃香は美鈴に殴りかかった。渾身の右ストレートはしっかりと美鈴の頬を捉え、そのまま殴り抜ける。

 

 萃香は空ぶった。しっかりと捉えたはずなのにまるで空気を殴ったかのように手ごたえがない。ふと、正面を見据えると──なかった。

 肘から先が霧散していたのだ。美鈴は手を前に出しているだけ。つまり、萃香の腕を打ち払っただけなのだ。

 

「……へえ?」

「随分と、鬼というものは脆いのですね。触っただけで崩れてしまった」

 

 ──マズイ

 そう思った時には、もう遅い。顎を蹴り上げられ、宙へと浮かぶ。

 なおも見据える萃香の目の前には、掌がかざされていた。

 

「それでは────終わりです」

 

 星脈地転弾(せいみゃくちてんだん)。放たれた彩光の波動は全てをことごとく破壊し、消し去った。数瞬後に波動は徐々にその勢いを収めてゆく。美鈴の前方にあったものは、今や何一つない。

 

 眼前に広がるは、どこまでも広がる荒野と、大きく抉れた大地。

 美鈴は膝をついて大きく息を吐き出すと、エネルギーを幻想郷へと還元してゆく。これで幻想郷の70%は回復するだろう。だが、あとの30%は戻らない。龍脈がこれから数千年とかけて復元してゆくしかないのだ。

 ことの重大さは美鈴が一番よく分かっている。勝つためとはいえ、あまりにも多くのものを犠牲にしてしまった。だからこうして懺悔するのだ。

 

「私は……勝つしかなかったんです。あの方たちのために、絶対に勝たなければならなかった。だから……だから────」

 

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 死の世界で軽快な声と着地音が響く。

 美鈴の肩が震えた。

 

「いやー()()()()()()! 実に千年ぶりくらいか! いやー酒が美味い!」

 

 

 ──ここまで、規格外なのか?

 

 美鈴は深い恐怖を感じながら、鬼を見た。

 傷は一つとしてない。あるのは強者としての余裕と、確かな存在感だけ。

 

「おや、あのオーラはもう終わりかい? ふむ……残念だね」

「……消したと、思ったんですが……」

 

 力なく呟いた美鈴に、萃香は豪快に笑いながら首に手をまわす。そしてバンバンと肩を叩いた。酒臭さと肩への激痛で美鈴は顔を顰める。

 

「落ち込むなって! お前さんは私に勝ったんだ、一生の誇りにしてもいいぞ!」

 

「さっきから勝った負けたって……どういうことですか。まごう事なく、私が敗者で貴女が勝者でしょう? 私はもう戦う体力なんてこれっぽっちも残っていませんよ。……気力はありますけど」

 

「ハッハッハ! その気概や良し! だけどもう勝負は着いたんだ。私が敗者で、お前さんが勝者さ」

 

 豪快に笑いながら萃香は伊吹瓢の酒を煽る。そして語り始めた。

 

「私はこの闘いで制限を設けていたんだ。だけどお前さんはそんな私の誓いを破らせた!()()を使わされることになるとは、夢にも思わなかったよ!」

 

 

 

 ──いや、ちょっと待て。

 

 萃香の言葉を聞いた美鈴の頬に嫌な汗が伝う。

 まさか、今の今まで能力なしだったというのか?アレだけの力を見せておいて?

 ……それは、あんまりな話である。

 

「は、ハハ……これだから、長く生きるのは嫌になる。いくら鍛えても次から次に上が現れて……あんまりですよぉ」

 

 ほろりと切ない涙を流す美鈴に、萃香はなおも笑う。美鈴の言っていることは誰しもに当てはまる事だ。……萃香とて例外ではない。

 彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。

 だから萃香は手を差し伸べる。ともに競った間柄として、健闘を称えるように。

 

「だからといって止められないのが、私たちってわけだろう? 鬼だって生まれた時から強いわけじゃないんだ。私も、お前さんもまだまだ上を目指せるさ」

「……ありがとうございます。正直なところ、貴女のこれ以上なんて見たくないというのが本音ですけどね。まあ、いつかは勝ってみせますよ」

「おいおい、勝ったのはお前さんだろう? いや、そう思いたくないんならいいけどさ。納得がいかないなら私の元へと何時でも来るといい! お前さんが幻想郷にいる限り、私は何度でも再戦を受け付けるよ!」

 

 とてもじゃないが負けた側のセリフではない。だが美鈴は深く考える事を止めた。鬼とはこういうものなのだろうと決め込んだのだ。

 

 二人は笑い合った。

 萃香と美鈴。性格も、種族も、趣向も、何もかもが異なる二人であるが、根幹の部分はとても似ているのかもしれない。

 美鈴は手を伸ばし、萃香の手を掴んだ。

 

 

 

 そして、轟音。

 突如飛来した黄金の閃光が夜闇を切り裂き、散り散りと舞い踊る。

 閃光は容赦なく萃香と美鈴を包み込み、爆音の中へと消えた。

 

 

 

 

 ──一体、何が……?

 

 美鈴は半身が地中の中に埋まった状態で目を覚ました。閃光は萃香の方向から飛んできた。もし萃香が盾になってくれなければ美鈴の命は危なかっただろう。

 見渡す限り、萃香の姿はない。ただ延々と荒野が広がり────

 

 彼女がいた。

 赤いチェックのベストとスカート、そして白いワイシャツを着込んだ緑髪の妖怪が。爛々と星と月の光が降り注ぐ中、日傘を差す姿はとても浮いている。

 そして萃香に負けず劣らずの化け物じみた妖力。次なる規格外の登場に美鈴は絶句するしかなかった。ただ目の前の暴力が通り過ぎるのを気と気配を抑え、息を潜めて待つのみ。

 

「……小鬼はいいとして、もう一人はどこかしらね。しっかりと、私の領域に手を出した事を思い知らせてやらなくちゃ」

 

 妖怪はそう言うと、キョロキョロ辺りを見回している。美鈴は地面に顔を埋めてひたすら隠れる。見つかれば今の自分では命がないだろう。

 運がいい事に、その妖怪は気配察知があまり得意ではないらしい。現に美鈴がいる方向とは反対の場所を探している。

 

「……はぁ、いないわね。このまま探しても埒があかないし、このあたりで切り上げようかしら」

 

 妖怪の独り言に美鈴は歓喜した。だが、よくよく考えればあんなに大きな声で独り言を出しているのはおかしいだろう。

 妖怪は敢えて美鈴に聞こえるように言っていたのだ。少しでも獲物に希望を持たせるために。

 結果として、美鈴の希望は瞬く間に打ち砕かれる事になった。

 

「──あたり一帯ふっ飛ばせば、関係ないものねぇ」

 

 右手に莫大な妖力が渦巻く。幻想郷の半分を消し飛ばしかねない威力だ。

 ……絶望するしかあるまい。口から飛び出そうなほどに鼓動を鳴らす心臓を抑えつける。逃れられない恐怖と絶望がすぐそこまで────

 

 このままみすみす殺されてたまるものか。美鈴は「すいません、お嬢様……」と、心のうちで謝り、妖怪の前へ飛び出そうとした。

 だがその決意は一度中断せざるを得なくなった。妖怪がピタリと動きを止めたのだ。

 

 明後日の方向を向いて、遥か山並みの先を凝視している。最初美鈴は彼女が何をしているのか見当もつかなかったが、気を感じる事によって彼女が見据えているものを把握した。

 あの方向は──紅魔館だ。

 

 嫌な汗が噴き出した。

 

「そこの妖怪! お前が探しているのは私ではないのか!? さあ、私は逃げも隠れもしないぞ!」

 

 美鈴は妖怪の注意を自分に引くべく、身を乗り出して挑発した。こんな化け物を紅魔館に向かわせるわけにはいかない。命を賭してでも止めなければ。

 妖怪は美鈴を軽く一瞥したが、すでに彼女からは興味が失せていた。つまらないものを見たかのように鼻で笑うと、そのまま紅魔館のある方向へと飛んで行ってしまった。

 美鈴はすぐに追いかけようとしたが、後ろから何者かに強い力で組み伏せられてしまう。その正体は萃香だった。

 

「止めておいたほうがいいよ。アレの機嫌が良かったうちに見逃してもらえたんだ、なんとか繋いだ命を無駄にするんじゃない」

「離してください! あいつを、紅魔館に入れるわけには……!」

 

 なおも暴れる美鈴を無理やり取り押さえながら、萃香はため息を吐いた。

 恐らく妖怪……風見幽香が自分たちを狙ったのは、先ほどの美鈴が使った技が原因だろう。大方エネルギーを吸い取りすぎて彼女のテリトリーの花でも枯らしてしまったのか。

 また、ただ目の前の存在が気に入らなかったという可能性もある。風見幽香とはそんなものだ。どこまでも横暴で、どこまでも気まぐれを愛する。

 

 なんにせよ、突然幽香の機嫌が良くなったことで助かったことは事実。萃香とて、幽香とサシで殺り合うのならば酔いを覚まさねばならない。

 

 しかし厄介なことになったものだと思う。

 このまま美鈴を行かせては、間違いなく殺されてしまうだろう。全快の状態ならばまだやりようはあるだろうが、今の彼女は力を龍脈に還元してしまい満足に体も動かせない状態だ。万に一つにでも勝ち目はない。

 せっかく面白いヤツを見つけたのだ。みすみす見殺しにするわけにはいくまい。

 

 空に浮かぶ月を見上げながら片手で美鈴を押さえ付け、萃香は彼女の悲痛な叫び何処かへを押し流すように伊吹瓢の酒を煽った。

 

(今日の宴会は、ナシかねぇ?)

 

 そんなことを呑気に思うのであった。

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 一面が光輝いていた。鮮血のように広がっていた紅いフローリングやクロスは、白と銀に変貌し、氷特有の冷たさと鋭さを撒き散らす。

 これらはレティ・ホワイトロックによって引き起こされた事象である。彼女はほんの数秒能力を発動しただけ……たったそれだけだ。

 

 床から生える塔のような氷の彫像には、一人のメイドが閉じ込められていた。手足と腹部を拘束されており、自力での脱出は不可能だろう。

 ガチガチと歯を鳴らし、その隙間から白い息が漏れて、震える。それでも咲夜は憎悪の視線を絶やすことなく空を漂うレティへと向けた。だが、レティはそんな視線も「暑い熱い」と受け流してしまう。

 

 勝負は一瞬であった。

 レティの格上発言を戯言と判断した咲夜は、時を止めた。そして凍りついたのだ。何が起こったかも把握できなかった。

 

「貴様……い、一体、何を……!」

「やだねぇ、私は何もしてないわよ?気づいたら勝手に凍っちゃてて私もびっくりよー。フフ……──貴女、相当滑稽ね、色々と。まあ、貴女の主人もそうだけど、あまり後先考えないで行動してるといつか命を落とすわよ?」

「────ッ!!き、さまぁ……!」

 

 咲夜は必死にもがいた。だが奮闘空しく冷気に体力を削られてしまい、疲れ果ててしまう。

 そんな咲夜を心底憐れなものを見るかのような目でレティは見つめた後、くるりと反転して咲夜に背を向けた。そしてそのまま出口を目指して歩き出してしまった。

 咲夜は叫ぶ。

 

「待てッ、まだ闘いは終わって……!」

「いいえ終わりよ。これを敗北と言わずして、何と言うのかしら?お聞かせ願いたいものだわー」

 

 緩い笑顔を浮かべながらの間延びした返答。咲夜を激怒させるには十分過ぎる挑発であった。もっともレティにそのようなつもりはないのだが。

「あっ、そうだ」と付け加える。

 

「なんでこうなってしまったのか……それだけ教えてあげるわー。────貴女が思う冷たさと、本当の冷たさは別物よ。それが分からない限り何回やっても同じでしょうねー」

「わけの、分からないことを……!」

「それじゃ、さよーなら。貴女とはまた何処かで会えるような気がするわー」

 

 そうとだけ告げるとレティの体はポロポロと崩れてゆき、粉雪となって空へと散っていった。咲夜は最後まで何が起こったのか理解できず、氷像として固まり続けることしかできなかった。

 

 

 ────────────

 

 

 轟く爆音とともに()()()()レミリアは壁へと叩きつけられた。背中を駆け巡る衝撃とともに、口から空気が漏れる。

 だが彼女が息をつく暇などなく、瞬時に夥しい数の魔力弾がレミリアへと殺到した。一撃一撃に被弾するたび、レミリアの体は跳ね上がる。

 

「こ、んなものぉ……!」

 

 レミリアは体から魔力の波動を解き放ち、緑髪の悪霊が放った弾幕を全て霧散させる。それとともに部屋がミシミシと音を立てるが、崩壊することはなかった。

 一方で悪霊は笑みを浮かべながら三日月の付いた杖を時折に翳すのみ。その度に莫大な魔力が渦巻き、レミリアへと襲いかかる。

 

「……凄まじい威力だね。私の結界を揺らすなんてそうそうできるもんじゃない。もっとも、それだけだが」

 

 悪霊が杖で床を叩くと部屋を覆っている結界が新調され、また再び強度を増す。部屋が崩壊していないのは悪霊のおかげだったようだ。

 レミリアは立ち上がり際に爪を振るって魔爪の斬撃を放つが、いとも簡単に弾かれてしまう。どちらが優勢なのかが明白になる攻防であった。

 

 レミリアは荒い息を吐き出しながら、服と自分の身体に染み付いた黒い靄を鬱陶しそうに払う。だが靄は一向に霧散する様子はない。

 

「ああ……鬱陶しい。ここまで鬱陶しい奴とは初めて戦ったわ。癪に触る……!」

「うふふ……能力に頼り過ぎた弊害よ。目が良すぎるのも考えものってね」

 

 悪霊が杖を振るうと同時に、収束された魔力が破裂して空気が爆発する。レミリアもそれに対抗するように波状型に魔力を放出した。

 しばらくの魔力のぶつけ合いとなるが、レミリアの焦燥は増してゆく。

 その理由としては()()()()()()()()()()()()()()が一番に上がる。

 悪霊の放出した黒い霧はレミリアの能力を塗り潰した。どんな原理によるものかは不明だが、微量の魔力を感じることから魔法の一種だと推測できる。

 レミリアの体の周りには常に放出される魔力や妖力によって不可視の鎧が構築されている。大抵の呪いや魔法などはこの鎧がレジストしてしまうのだが、それを貫通してしまった悪霊の魔法技術はパチュリーを凌駕し得る。

 

 レミリアの能力は強力無慈悲なものであり、発動していればほぼ負けることはない。 そのことを悪霊はよく把握していたのだ。

 なんにせよこのような事態はレミリアにとって能力開眼以来初めてのことであった。

 

 魔力の残骸に紛れてレミリアが近接攻撃を仕掛けるが、悪霊はレミリアの音速を超えた連撃を杖で容易く捌く。近接戦闘にもかなりの心得があるようだ。

 グングニルを召喚できればまた違ってくるのだろうが、運命が分からない今に召喚するのはかなりリスキーなことである。誰の運命を貫くのかも把握できないのだ。

 

「お化けのくせに、何よこの馬鹿力……!」

「悪霊だって息は吸うし、ご飯も食べる。当然力だって付くさ! ほらっ!」

 

 杖を横に薙ぐ。先端部の三日月から魔力のスパークが迸り、レミリアの腕を焼いた。

 即座に傷は再生するが、腕の力が入りにくい。悪霊がなんらかの細工を仕掛けたことは明白だ。能力が使えればそんな攻撃わけないのだが……。

 

「フン、これで終わりにしてやるわ! 貴女に訪れるのは逃れようのない運命よ! さあ──惨めに死になさい!」

 

 ────ミゼラブルフェイト(惨めな運命)

 レミリアの手元が紅く輝き、紅蓮の鎖が射出される。凄まじいスピードで飛来した鎖は結界を破壊。悪霊を貫き、そのまま巻き付いて体を囲う。

 レミリアは自分の勝利が確実なものになったことを、久方ぶりに喜んだ。気分の高揚に自然と口が愉悦の笑みへと歪む。

 紅い鎖は対象の運命を縛り付け、強制的に死をもたらす。その効力の強大さはグングニルに並ぶ、レミリアの反則技であった。

 悪霊は余裕の笑みを崩し、苦痛の表情を浮かべると硬直する。そして間も無く項垂れ、そのまま動かなくなってしまった。

 

「……死んだか。いや、お化けはもう死んでるんだったわね。なら消滅かしら? プリーストみたいに光に溶けて……惨めな終わり」

「……」

 

 悪霊が光となって、レミリアに纏わりついていた黒靄が晴れる。それとともに封じられていた能力が戻ってきたことを感じた。

 レミリアは軽く息を吐くと、麻痺していた能力を発動して現在の状況、そして未来を見る。

 使い魔……言わずもがな黒。

 美鈴……敗北。

 パチュリー……苦戦。

 咲夜……敗北。

 そして、自分は────。

 

 

「────ッ!? な……」

「勝利の気分は味わえたかい?」

 

 背後から漆黒の鎖が飛来し、レミリアを縛る。奇しくもレミリアのミゼラブルフェイトに似た技であった。

 縛られたレミリアは力を失い床に倒れ伏した。鎖に妖力が吸い取られてゆく。力を込めるが鎖はビクともしなかった。

 

 背後の空間が揺らぎ、形を成す。

 

「中々のもんだっただろう? 私の()()は」

「きっ……さまぁ……!」

 

 悪霊はレミリアの顔を踏み、床へと押し付ける。先ほどまで下半身は実体のない霊体であったが、今は肉が付いていた。

 敗北を知らないどころか、挫折をほとんど体験したことのなかったレミリアにとっては屈辱どころの話ではない。

 

「さぁて、どうしてやろうかな? 別に何かしてくれとは言われていないが……何もしないでくれとも言われていない。殺すも生かすも、壊すも私次第ってわけだ」

「くっ……殺しなさい! 貴様に情けをかけられてまで、生き恥を塗るつもりはないわ!」

「そうかい。けど、あんたが死んだ後……あんたの妹はどうなるのかな?」

 

 空気が凍った。

 言葉を理解したくないが、嫌でも理解できてしまう。言葉には色々な意味が込められているのだろう。

 いえば人質。またいえばレミリアへのさらなるダメージ。

 ガチャガチャ、と鎖を鳴らしながらレミリアは叫ぶ。

 

「フランに手を出してみろ!地獄までも貴様を引き裂きに行くわよ……!」

 

「地獄に行くのはあんたでしょう?ああ、そのついでに妹に会えるかもしれないねぇ。地獄での再会……リアリスティックでいいじゃないか!」

 

 脳髄が煮え滾るような錯覚に陥った。

 まだ、自分への屈辱だけならいい。だけどフランはダメだ。あの子に手を出すことは絶対に許さない。

 渾身の力を込めて鎖を引きちぎりにかかるが、妖力を限界まで吸い取られた身で出せる力など、たかが知れたものだった。

 芋虫のように地面を這うことしかできない。

 

「くそ……くそ……っ!」

「うふふ、無様でいい気味だよ。──それじゃ、そろそろ終わりにしようか」

 

 杖先から魔力のスパークが迸る。弱体化状態のレミリアを優に消し飛ばすことができる規模まで、魔力は膨張を続けた。

 憤怒の声を上げることしかできないレミリアは、初めて自分の無力さを嘆いた。

 紅魔館の者たちや家族を守る立場にありながら、能力にかまけ向上心を持たなかった自分を恨んだ。

 

 今一度、やり直せるのなら────

 

 

 

 

「────っと、時間切れか」

 

 悪霊が呟いたのとほぼ同時のことだった。

 壁が全てを消し飛び、箱状に展開されている結界の外側が閃光に飲まれた。

 しばらくして光は収束し、あたりは暗闇に包まれる。今の閃光で紅魔館には巨大な穴が空いていた。結界の外には何も存在していない。

 

 レミリアは困惑し戸惑うことしかできなかったが、その一方で悪霊は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「相も変わらず、暇な妖怪だこと。いいところだったけど今日はここらで終いか」

 

 悪霊はため息をつくと──トン、トン、と杖で床を叩き、レミリアを縛っていた鎖を破壊した後、目の前にゲートを開く。そして中へと潜ってゆきながらレミリアへと言った。

 

「さようなら。多分もう二度と会うことはないわ。……最後に一つだけ言っておくけど、その気持ちを忘れないことよ。あんな心構えで生きていけるほどここ(幻想郷)は優しい世界じゃない。まあ、望むものは全て手に入るけどね」

 

 圧力を全く感じさせない悪霊の物腰にレミリアは毒気を抜かれてしまった。先ほどのフランドールのくだりもただの脅しだったようだ。

 このまま何もせずに帰ってくれるのなら結構。二度と目の前に現れないのなら万々歳である。しかしどうにも腑に落ちない。

 

「……結局、貴女は何だったの?」

「うーん……世話好きな悪霊さんってとこじゃないかな? 頼まれごとは断りきれないタチでねぇ」

 

 そこまで言うと、悪霊はゲートの中へと消えていった。それとともに部屋を包んでいた結界が消滅し、夜風が吹き込んでくる。ボロボロになったドレスが寂しく靡いた。

 と、少し遅れて一人の妖怪がやって来た。悪霊と同じ緑髪で、赤のベストとスカートを着込んだ妖怪だ。手には夜なのに日傘を持っている。

 妖怪はレミリアの方を一瞥することもなく悪霊が消えた場所を見ると、日傘を振り回して空間に穴を空けた。そして何くわぬ顔で空間の穴の中へ飛び込み、少しして穴は閉じた。

 

 レミリアはしばらく呆然とした後、ペタンと床に座り込んだ。

 幻想郷は自分の想像を遥かに超えていた。自分が手も足も出ないような奴がこの世に存在していたなんて夢にも思わなかった。

 

 ふと、今までのことを振り返ってみるとどうしようもなく悔しくなってきた。そして悲しくなってきた。

 自信、矜持、意志、思想、自尊心。

 この一夜で、レミリアはあまりに多くのものを失いすぎたのだ。

 

 完膚なきまでに叩きのめされ、地べたを這い蹲り、見逃され、新たにやって来た妖怪には存在すら認知されなかった。

 ──涙が溢れてきた。

 

「……私は……弱かった……」

 

 次から次に溢れ出てくる涙を抑えることができなかった。プライドの塊であるレミリアはただただ悔しかったのだ。初めての悔し涙ほどしょっぱいものはあるまい。

 スカートの裾へ涙が滴り、小さなシミを作ってゆく。ギュッと生地を掴んだ。

 嗚咽を止められない。泣きたくないのに、泣き止めない。こんな姿を紅魔館の誰かに見られるわけにはいかないのに。

 

「うっ……あぁ……あ……っ」

「涙を拭きなさい。可愛いお顔が台無しよ?」

 

 突然声をかけられた。

 悔しさが驚きに、そして羞恥心へと変わる。

 

 急いで涙を拭って声の方向を見る。

 そこには紫色のドレスに身を包んだ妖しく美しい妖怪が自然に佇んで、ハンカチをレミリアへと差し伸べていた。

 

 レミリアはその姿を見るのは初めてだったが、幻想郷に攻め込む前に噂で聞いたことがある。幻想郷最強の妖怪と呼ばれる賢者、八雲紫という名を。

 なぜか一目で分かった。目の前の妖怪がその八雲紫という存在であることを。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 今、レミリアの心は動揺でいっぱいだった。幻想郷最強の妖怪がいきなり目の前に現れたこともそうだが、一番はやはり泣き顔を見られたことだ。

 恥ずかしさのあまりにレミリアは紫へと殴りかかろうとするが、悪霊との戦いで失われた妖力がまだ戻っておらず体も満足に動かせなかった。

 すると変にジタバタするレミリアの姿を見るに耐えなかったのか、紫は自ら彼女の元へと歩み寄り、涙を顔についていた汚れと一緒に拭ってあげる。

 

「……っ!」

「動かないで」

 

 レミリアにしてみればこのような子供扱いは非常に癪に触るのだが、なぜか今回だけは嫌な気持ちがしなかった。真っ直ぐなそのスミレ色の瞳が、レミリアを惹きつける。

 ……結局最後まで拒絶できなかった。

 

「────これでよし。やっぱり可愛い子に泣き顔は似合わないわ」

 

 紫はそう満足そうに言うと、突然口を噤んでレミリアを見る。レミリアもまた懐疑の視線で紫を見る。どうにも居心地悪くなってしまった。

 しばらく黙って見つめ合っていた二人だが、先にその均衡を崩したのは紫だった。

 

「やめね」

 

 そう短く言うと、紫はスキマを開いた。

 

「異変はこれにて終わり。今回の件について当事者郎党を一切の不問にすることはできません。しかし、命は保証しますわ。そう伝えておきます」

 

 紫は手短にレミリアへとそう告げるとスキマへと消える。

 その姿を見送った後、場に残されたレミリアは惚けたまま夜明けを迎えるのだった。

 

 

 ────────────────

 

 

 フランと遊んでたらいつの間にかとんでもなく時間が経っていた件について。

 いやね、確かに時間を忘れて(年甲斐もなく)フランと遊んじゃったわよ?例えばチェスとかオセロをしたし、幻想郷のことについてもいっぱい話してあげた。

 締めにはいつの間にか復旧していたスキマ空間から取り出したテレビで『ものの○姫』を鑑賞したりもしたわ。楽しかった。

 

 まあそんなこんなで私たちは友達になったの。最初こそはフランが自己紹介の時に病んでるようなそぶりを見せてたから心配だったわ。

 私の目の前で手をにぎにぎした直後に急にめちゃくちゃ怖がられた時は軽くショックを受けた。

 けどその後からは普通に喋れるようになった。元々は明るくて元気な子みたいだから話も弾む。そしておまけにすこぶる良い子!フランは幻想郷の重要文化財よ!

 

 そんなフランとの時間が楽しくてねぇ、気づいた時には5時間近くが経っていた。

 相当焦ったけどフラン曰く「地下空間はパチュリーの魔法のおかげで時間の進みがゆっくり」らしい。いやホント助かった。精神と時の部屋万歳!

 おめおめと上に上がって藍たちに「何してたんです?」とか聞かれて「ものの○姫を見てました」なんて言ったら斬首じゃ済まなかっただろう。

 

 けどそれでも向こうじゃかなりの時間が経っているみたいだったからフランの能力でこの館の主人(フランが言うには姉らしい。優しい妖怪だと推測した)の元まで送ってもらったわ。どうせ外じゃ連中がデーストローイ!してる頃だろうし、講和時だろう。

 結局フランの能力がどんなものなのかはよく分からないけど……ワープゲートみたいなのを作る能力だから『繋げる程度の能力』って感じで推測してみる。

 ドヤァ……

 

 で、フランとの別れを惜しみながら再会を約束して私はゲートをくぐった。

 ワープゲートを抜けると、そこは奇妙な部屋だった。

 壁がないんだけど上等な家具がたくさん置かれているのだ。そして部屋の中央にはボロボロの服を着て泣き噦る少女の姿があった。

 ……色々とホラーよね。私は耐性があるけど妖夢だったらアウトだったと思うわ。

 

 取り敢えず泣かしたままにするのも気がひけるからハンカチで顔を拭いてあげたわ。……けどどっかで見たことある顔だったのよね。誰だったかしら。

 まあコウモリの羽が生えてたし、使い魔かなんかなんでしょうね。

 

 で、その後少女の様子を見ながら状況を確認してみた。よくよく見ると部屋には破壊の痕跡が多々あって、激しい戦闘がついさっきまで行われていたのが分かった。いやもうガクブルものだったわ。

 というわけでこんな危険な場所からは退避するに限るというわけで、少女に異変を終わりにして欲しい旨を当主に伝えるよう伝えて私は藍の元へと向かった。

 破壊の痕跡を見た限りでもフランのお姉さんは結構ヤバそうな感じだし?単独での直接対面は避けたかったのよ。なんか文句があるかしら!?

 

 私が藍の元へ着いた頃には戦闘が終わっていた。勿の論で藍と橙の勝ちだったわ。けど藍たちもかなり疲弊していたみたいでかなりの激戦だったことが見て取れた。やっぱり化け物の巣窟だったか。

 そして藍に全てが終わったことを伝え、念波で今回の戦いに参加してくれた全員に戦闘終了を宣言した。これで正式に今回の異変は終わりよ。

 

 そんで今、私は家でゆったりくつろいでるところ。なんだかんだでどうにかなったから良かったわー。新しい友達もできたし万々歳よ。

 さて、それじゃ私はそろそろ寝ることにするわ。明日からもまた新しい朝を迎えられることを喜びながらね!

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝に大量の被害報告やら砂漠化現象やら各地で謎の爆発やらで丸々一週間対応に追われ続けたのは、また別の話である。

 




萃香と美鈴に尺を割きすぎたかなと反省しつつ終了です。
色々と作者の好きなカップリングが露呈する話になったかなーと思います。
レミリアはこの敗戦を機に一から自分を見直しました。おかげで霊夢の夢想天生に直面しても逃げませんでした。これも全部悪霊さんのおかげ!
咲夜の成長はこれからだ!
東方荒魔境、完!

次回からお送りしますは「東方妖溶無〜ゆかりんのポロリもあるよ!〜」でございます。
来週(未定)もまた見てくださいね!


感想、評価が来るたびに作者がヤゴコロステップで月と交信して執筆が速くなるかもしれません。月の科学ってすげー!


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東方妖溶無 とある烏天狗の文花帖

 これは葉月の季より幻想郷を牛耳る呼び声高きスキマ妖怪を見かけたついでに、なんとなく記録した手帳である。

 以後、彼女を見かけるたびに追加で書き込んでいこうと思う。

 なお本人、及びその式からのプライバシー確認はとっていないので御内密に。まあ、私以外に見るヤツなんていないと思うけど念のため。

 ……椛、もしこの手帳を見ているのなら今すぐ千里眼を中止して回れ右をするのが賢明よ。私はすでに貴女の後ろにいるかもしれない。

 

 

 

 

 

 葉月 上旬

 

 早朝、とある取材を兼ねて妖怪の山はずれの34地区の上空を飛行中、川辺に佇む八雲紫(年齢不詳)を発見。

 普通ならば不法侵入未遂でしょっぴくところであるが、八雲紫は特別な権限により無断での妖怪の山への進入を許可されているのでお咎めなし。

 うちの上司の情けなさに頭が痛くなる事実である。あいつらに椛の度胸が一厘でもあれば大分違ってくるだろうに……おっと、愚痴が。

 

 八雲紫といえば言わずと知れた幻想郷の胡散臭い大賢者。プロフィールの大部分が闇に覆われており、出自もその能力も不明。また一部情報が意図的に葬られた痕跡も見つかっている。

 そんな八雲紫だが、幻想郷一有名な妖怪は?とインタビューすれば、人妖問わず誰もが一番に彼女の名前を挙げるだろう。私でも八雲紫の名を挙げる。

 良くも悪くも、八雲紫は幻想郷においてかなり目立っている。賢者としての名声もそうであるが、悪目立ち的な側面も持ち合わせているのが特徴だ。

 つまり、色々と胡散臭いということ。それだけに私のジャーナリスト魂は大いに刺激される。一見非の打ち所がないように見える彼女も隠し事の一つや二つはあるはずだ。

 

 以前に何度か突撃インタビューを敢行したこともあるけど、それら全ては周りのガードによって阻害されてきた。

 確か……最初は式の八雲藍による妨害を受けて失敗。またある時はその式の化け猫ちゃんに食いつかれて失敗、宴会時にはあの萃香様に絡まれて失敗、唯一フリーになる地底訪問時にはさとり妖怪に妨害されて失敗……書いておいてなんだけどこの結果には流石にプライドが傷ついたわ。

 普通に個人として話す分には大丈夫みたいなんだけど、プライベートの話になった瞬間に誰かしらが飛んでくる。やはりマスコミに聞かれては不都合なことがあるのだろう。うん、そうに違いない!

 

 考えているうちに、彼女がなぜこんなところにいるのか気になった。あの胡散臭さの下に一体何を隠しているのかが無性に知りたくなった。

 ……インタビューでなければセーフだろう。しばらく観察に興じてみる。

 

 八雲紫は何をするでもなく立っていた。

 こんな真夏の蒸し暑い真昼間から日光浴をしているのだろうか?いや、彼女に限ってこんな無防備な姿をこんなところで呑気に晒すわけがない。恐らくよからぬことでも企んでいるのだろう……恐ろしい妖怪である。

 ふむ、全く内心が読めない。流石は幻想郷の賢者といったところか。

 

 なんてことを漠然と考えながら観察を続けていたのだが、ここで事態が急変した。

 風の質が一気に変質したのだ。嫌らしい空気がだんだんとこっちに近づいてきている。

 こんな当てられただけで妖怪を殺せるような殺気を飛ばす存在なんて、この幻想郷でもかなり限られてくる。

 まあ、この暴力的な気配と嫌な感じは……十中八九風見幽香だろう。

 

 風見幽香はそれなりの速さで飛んでくるや否や、八雲紫へと殴りかかった。しかし八雲紫は別段慌てた様子もなくスキマを開いてそれを受け止めた。

 そしてあたりを剣呑な空気が包み込み、このまま大妖怪同士による抗争に発展するかと思われた。私としてはネタ的な意味ではできるだけ大規模にどんぱち始めてくれたほうが嬉しい。ただし山を吹き飛ばさない範囲で。

 

 しかしこれ以上は何をするということもなく、風見幽香は少し話すと帰っていてしまい、八雲紫もそのままスキマの中に入ってしまった。

 あやや……面白くない。これじゃ新聞のトップを飾るにはインパクトが弱すぎる。

 今日は『紅霧異変』の真相をインタビューしに行く予定だったから別にいいんだけど……ネタが多いことに越したことはない。

 残念である。

 

 しかし今日たまたま見かけて、さらにたまたま観察していただけで特ダネ……もといとんでもない大惨事になりかけた。

 彼女は、もしやネタの宝庫では?

 

 それに、もしも彼女の思わぬ情報を掴むことができれば今度の新聞大会は間違いなく我が『文々。新聞』が優勝できるはずだ。

 しかし彼女本人から情報を引き出すのは難しいように思える。どんなに頑張って周りのガードを躱して本人に聞いたところで上手くはぐらかされてしまうのがオチだろう。

 

 よってこれからは気が向いた時に隠密尾行を行うことにした。私の能力を使えば幻想郷一帯の風を支配下に置くことなど朝飯前。八雲紫が現れた場所を風の動きで瞬時に把握することができる。

 どこへ行こうと報道の目は逃がさない!いつの日かありのままを大衆に曝け出してもらうわ!

 清く正しい最速の伝統マスメディア、『文々。』と射命丸の名にかけて!

 

 

 

 

 

 

 〜〜たわいもない話が書き綴られている〜〜

 

 

 

 

 

 卯月 中旬

 

 現在発生中の『春雪異変』の取材後、気が向いたので八雲紫の観察を開始したいと思う。彼女ならばすでにこの異変の真相に辿り着いているかもしれない。

 

 幻想郷中の風を読んでみたが彼女の気配はない。つまりどこかの閉鎖空間に閉じ籠っているのだろう。恐らく自宅だと思われる。

 彼女の自宅は特別な空間の狭間に隠されているが、私には筒抜けである。チョチョイと軽く妖力を乗せた風の刃で空間を切り裂き突入。

 

 侵入に成功した私はすぐさま風を身に纏う。これによって光の屈折を操り姿を見えなくするのだ。河童たちの使っている光化学迷彩をヒントに編み出した技である。

 そういえば紅魔館の主人へのインタビューの条件、『何か面白いことをする!』を達成するために彼女へとこの技を披露した時、「ワムウだわ!影に入ったら蹴られるわよ!」とか「仰け反って仰け反って!」なんて言われましたが……どういう意味なんだろうか。外の世界からやって来た妖怪の言うことはよく意味が分からない。

 

 さて、これで視覚的には大丈夫だろう。しかしこれでも安心とは言えない。ここに住まう八雲紫には式神がいる。

 最強の妖獣である九尾の狐、八雲藍は嗅覚とともにその気配察知能力もずば抜けて高い。さらには当の本人である八雲紫も要注意だ。いくら私といえど、一瞬の隙も見せるわけにはいかないだろう。

 

 家の中を恐る恐る覗いてみる。

 そこの部屋は八雲紫の寝室だったようで、いそいそと布団を敷いている彼女の姿があった。これはなんともレアな光景だ。勿論、写真に収めておく。

 しかし八雲紫の寝顔を撮ったところで新聞の一面を飾る記事にはなりえない。せいぜい人里や妖怪の山のモノ好きたちに売り捌くぐらいしか……。

 

 布団を敷き終わった直後に隣の部屋より八雲藍が顔を覗かせる。すると何やらプンプンと怒り出した。なになに? ふむふむ……どうやら八雲紫が自分に相談せず勝手に布団を出して寝る準備をしていたことに腹を立てているようだ。

 確かに主人がちゃんと怠けてくれないと式神の仕事がなくなってしまう。よしよし、『主人に仕事を押し付ける式神』と。

 

 どうやら八雲藍は朝ごはんで八雲紫を呼んだらしい。なるほど、確かに美味しそうな味噌汁の匂いがしてくる。私も何か食べてくればよかったわねぇ。

 

 完食後、布団へと向かおうとした八雲紫を八雲藍が呼び止め、何やらボソボソと言っている。うむむ……風で声を拾ったが内容がよく分からない。誰かが春を拾い集めてるとかなんとか。

 あやや?八雲紫と八雲藍がスキマを開いて何処かへ行ってしまった。こうしちゃいられない!今すぐ追いかけ@*¥#mj〆────

 

 

 

 〜〜字の乱れ〜〜

 

 

 

 ふう、大変な目にあった。まさか()()()()八雲藍がいたとは。ギリギリまで気配に気付けなかったわ。

 それに流石は九尾の狐というべきか、あそこまでのスピードを持続して出してくるなんて。そこんじょそこらの烏天狗が亀に見えてしまうくらいね。まあ私にしてみればそれでも速さが足りない。

 これだけ知れれば大収穫、さっさと退散させてもらった。私のこのスピードには誰もついてこれない。八雲藍とて同じことだ。

 

 

 さて、次に八雲紫が向かったのは……博麗神社。年がら年中通して頭が春一色な巫女が怠惰を貪っている場所だ。

 一応巫女に関しては一週間おきに様子を見ているが、今の所行動を起こすつもりはないらしい。異変解決はまだまだ先になりそうというのが私の見解である。

 

 八雲紫が博麗の巫女の元へ訪れるのは別段珍しいことではない。

 巫女の監督権は全て彼女が牛耳っているし、その立場上の関係もかなり深い。少し考えれば八雲紫が博麗神社に来た理由の仮説がいくらでも浮かび上がってくる。

 その中でも一番有力なのは──今回の異常気象が異変であることを先月に賢者様たちによって発表されたにも関わらず、それでもなお動こうとしない巫女にとうとう八雲紫が業を煮やした……といったところかしらね。

 

 まあ、あくまで仮説は仮説でしかないんだし、素直に彼女たちの言葉の風を聞いてみよう。今度は八雲藍にバレないよう警戒しながらね。

 

 

 

 〜〜メモの擲り書き〜〜

 

 

 

 二人は少しだけよく分からないことを話した後、予想通り異変のことについて話し始めた。その内容については色々と思うところがあるが、一度置いておくことにする。

 ……意外だったのは八雲紫がそれとなく皮肉めいたことを胡散臭げに言っただけに止まり、あまり巫女を急かさなかったことだ。

 いや、見方を変えれば急かしているようにも見える……のかしら? 逆に謎を残していったような奇妙な言動だった。やはり何を考えているのか分からない。

 

 するとここで八雲紫が唐突に話を断ち切ってスキマへと潜った。それに八雲藍が即座に追随し、跡形もなく颯爽と消える。

 場には釈然としない様子で立ち尽くす巫女の姿だけが残った。

 

 あやや……一体何事でしょうか?

 取り敢えず追ってみますかね。

 

 

 

 八雲紫たちの居場所はすぐに分かった。

 というもの、彼女たちは博麗神社すぐ横の何もない森にいた。こんなに近いんじゃ飛んだ気にもならなかったわ。

 さて、八雲紫は見知らぬ少女と話していた。

 あれは、妖怪? 幽霊かしら?いや、まずそれ以前に幻想郷では見かけない顔ね。外の世界からやってきた類いの輩だろうか?

 

 一番に目に付いたのは携えている物騒な二本の刀とその鞘。

 一本は背丈に合わないほどに長い。椛の使ってるそれとあまり長さは変わらないと思うんだけど、所有者である彼女の背の低さが刀を実物よりも長く錯覚させる。少々不格好とも言えるわね。

 もう一本の刀は彼女によくフィットした、俗に言う小刀サイズだ。しかし戦闘で使うには力不足に思える。護身用だろうか?

 また少女の周りには大きな人魂のようなものがふよふよと浮遊しており、薄っすらと白い靄のような光を放っている。

 幽霊っぽいけど……若干の生の気配を感じる。多分普通の種族じゃないわね。

 手には小ぶりの袋を大事そうに掴んでいる。その袋からほんのりと優しくて温かいものを感じるわ。まるで春風……。

 

 なになに? ……どうやら少女の名前は”ようむ”と言うらしい。苗字であるか名前であるかは不明。語感的には名前だと思う。

 ここを彷徨いていた理由は散歩らしいが、その余裕のない素振りを見れば嘘であることは一目瞭然。嘘が苦手なタイプなのだろう。

 

 もちろんそれを八雲紫が見逃すはずもなく、場を静寂が支配する。……そして重圧。張り詰めた空気が雪を伝播してこちらにまで伝わってきた。

 発生源は……八雲藍と幽霊少女ね。その両者の間で八雲紫は涼しげな表情を浮かべている。したり顔……には見えない。

 目的を知る者と目的を知られた者、両者がどういう行動に出るのか非常に興味深い。

 それにどうにも、あの謎の少女はキナ臭い感じがするのだ。私の勘がそう訴えかけてくる。……というよりほぼ確信ね。

 今までの八雲紫と八雲藍の発言を思い返せば、自ずと事態が呑み込めてくる。

 幻想郷であまり見慣れない奴が、よりによってこんなタイミングで春を集めるなんて疑わない方がおかしい。

 

 やはり八雲紫は異変の真相をすでに暴いていたのね。そして巫女が動かないことを確認し、ついに自ら異変の鎮圧に乗り出したと。

 まさかこんなところでこの異変の黒幕を拝むことになるなんて……彼女を尾行して正解だったわ! 特ダネ入手よ!

 

 さて異変の黒幕は分かったし、あとはその黒幕の無様なやられっぷりをカメラに収めてやれば……うん?中々始まらないわね。

 黒幕だって分かってるならさっさと叩きのめせばいいのに。ホント、年老いた妖怪というのは回りくどくて、まどろっこしいものだ。

 

 あやや? 八雲紫が何か話して────

 

 

 

 

 

 

 〜〜メモの擲り書き〜〜

 

 

 

 

 

 

 現在、私は冥界にいる。

 幻想郷から姿を消した八雲紫を追うために、椛やら引き篭もりやらの力を借りてこの場所を特定したのだが……今はそんなことどうでもいい。

 下手すれば今回の『春雪異変』は、先の『紅霧異変』とは比較にならないレベルの異変に発展するかもしれない。

 

 とんでもないことだ。これはとんでもないことだ。

 思わぬ情報に顔のにやけが止まらないわ。しかもしかも、この情報は我が『文々。新聞』が独占している!

 こりゃ新聞大会どころか、永世殿堂入りものの新聞が作れるわ!

 

 ……今回は流石に真面目な感じで固めた方が良さそうね。事が大きすぎる。

 本当はもっとあることないことを記事に盛って、もっと凄い新聞を作りたいんだけど……下手すれば今回の『春雪異変』は、先の『紅霧異変』とは比較にならないレベルの異変に発展するかもしれない。しっかりと真実を幻想郷の皆に届けなければ!

 それに盛る必要もないくらいにネタが充実してるし!八雲紫サマサマね!笑いが止まらないわ!

 

 さあ、早速帰って記事を刷りましょう!

 

 

 〜〜空白〜〜

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

 霊夢は鼻頭の冷たさで目を覚ました。

 障子越しから外を見てみるが、溢れる陽光は白雪に反射して輝きを増す一方で、幽かな温もりを感じないほどに弱々しい。

 今日もまだ、異変は続いている。

 

 だが、霊夢は大して気にした様子もなくゆっくりと起き上がった。今日は参道の雪掻きをするつもりだ。巫女として最低限の仕事はせねば。

 しかし布団の包み込むような温もりの恋しさに負けてしまい、霊夢は身を震わせて布団に潜り込んだ。

 冬場の寝起きは辛いものだが、同時に心安らぐ至福の時とも言えよう。

 あと数分だけ……このまま────

 

「うぉぉい、霊夢ゥーッ!!」

 

 ──ドンッ、とミサイルが着弾したような騒音とともに、騒がしい声が閑寂な空間を切り裂く。そして勢いよく障子が開け放たれた。

 流石の霊夢もこれには飛び起きた。

 

「な、何よ魔理沙……って寒い寒い!障子を閉めてちょうだい!早くっ!」

 

「それどころじゃないぜ。お前、ブン屋の新聞をまだ見てないのか!?」

 

 魔理沙はぽいっ、と手に持っていた新聞を霊夢へ投げ渡した。

 新聞の右上欄には『文々。新聞』の文字。霊夢は身を震わせながら魔理沙を罵倒した。

 

「ふざけんじゃないわよ!あんなマスゴミのくだらない嘘っぱち記事を見せるために私を叩き起こしたの?あんた……覚悟はできてるんでしょうね?」

 

「待てって!取り敢えず中身を見ろ。文をとっちめたが、どうにもマジみたいなんだ。こーりんも写真は本物だって……」

 

 霊夢はため息を吐きながら文々。新聞へと目を落とす。そして一番でかでかと載せられている記事を読んでみた。

 

 

 

 ====================

 

 

 

【激震!八雲紫 春雪異変に加担】

 

 




射命丸の筆速は幻想郷最速。
次回はゆかりん視点






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紫の彼岸は遅れて輝く

 

 願はくは 花の下にて 春死なむ 

 そのきさらぎの 望月の頃

 

 

 

 夢を見た。

 満開の花びらの中、静かに眠る夢を。

 何が悲しいのか分からない。だけど頬を伝う涙は延々と流れ続ける。

 

 

 現世(うつしよ)揺蕩(たゆた)う私は、微睡みに溺れるような酷く朧げな思考で考えた。

 

 この救いの在り方は決して正しいものじゃない。けれど正解なんてものは存在しない。

 

 悲しまない方法を誰か教えてくれるなら、この世はこんなにも残酷じゃなかったはず。もっと美しくて、輝いていた筈なのに。

 

 

 私は、また取り残されて……────

 

 

 

 *◇*

 

 

 今日もまた一段と寒い。

 もう一度言おう、めちゃんこ寒い。

 そんな当たり前なことを思いつつ、温かい湯気が立ち込めているお茶を煽る。

 どんよりと曇った空から雪がはらりはらりと降り始めた。……やっぱり今日も冬は続くのね。イヤになっちゃうわ。

 

 まあ、別に冬という季節が他の3つに比べて嫌いだというわけではない。

 冬にも冬なりの風情があるし、なにより冬のお風呂とお布団は最高よ。寒さもまた観点を変えれば辛いだけのものではないわ。

 橙は冬が大嫌いみたいだけど、冬にはそれ相応の楽しみ方があるというものだ。

 

 ただね、今回はダメだと思うのよ私。

 だって……今4月だから!4月って言ったら桜吹雪の舞う季節よ!? つまり春よ! 花見と称したどんちゃん騒ぎの宴会をしてる頃よ!

 いい加減寒い! 毎日雪を見てたら風情もクソもなくなったわ! しかもこの雪……なんか桜の花びらみたいな形をしてるし。

 

 こんなに冬が続けば気温はどんどん下がっていく。今私は下に4枚服を着てるけどそれでも寒い! 炬燵から出れない!

 

 十中八九、これは何者かの手によって起こされた異変だろう。ホント……ふざけんなって話だ。

 しかもそれに伴って、萃香が毎日のように家に押しかけてきて「宴会はまだかー!」なんて言って暴れまわるのよ! なんか異変を起こすとか言って脅されたこともあったし! このままじゃ二次被害が起こりかねないわ!

 オマケに何故か霊夢は全く動こうとしない。

 いくら急かしても「今は機じゃない」の一点張りで、布団に潜り込んでばかりいる。せっかく夏の頃の出来事を許してもらったばかりなのに……。

 

 現在は魔理沙にこの異変の原因究明、及び黒幕の調査を(ぼったくり価格で)依頼しているが、依然手がかりはなし。

 今日からは藍も調査に参加する予定だが、恐らく容易には判明しないだろう。このままじゃ春どころか一年通して冬が続くのかもしれないわ。

 

 流石にそれはマズイので実はレミリアにそれとなく相談しに行ったことがあるのよ。あいつ運命を見ることができるらしいからさ。まあ……なけなしの勇気を振り絞ったわけ。

 で、あいつからの返答は「貴女が望むようにやればいい」だった。これには流石の私もポカーンとするしかなかったわね。うん。

 

 まあ、私からできることなんて何もないし? 大人しく炬燵で丸くなって解決を待つしかないのよ。誠に不服だけどね!いやホント!

 というわけで、みんな大変だろうけど異変解決頑張ってね! ゆかりちゃんは炬燵で蜜柑でも食べながら待ってるから! 応援してるわよ!

 

 

 

 ────────────

 

 

 今日も今日とておかしな雪が降っている。あな懐かしきや春のあけぼの。

 だけど私には関係ない!そんな案件など微塵にも気にすることなくビバ徹夜中!

 やっぱりポケ◯ンというのはいいものだわ。赤と緑をやり込んだ私にはカントー地方に行けるというギミックの付いた金、銀は存分に楽しめた。

 唯一の不満は通信交換ができないことだけ……。周りにポケモンをやってる友達がいない私には辛かったわ。おかげでゴーストのままで殿堂入りしてしまった。ゲンガー好きだったのに。

 

 それにしても外の世界は凄いわー。もうすぐ携帯ゲーム機も本格的なカラーになろうとしてるし、技術というのはまさに日進月歩だ。

 それにこの前発売されてた『◯まごっち』っていうのも面白そうなのよねぇ。クリスマスあたりに橙やフランやこいしちゃんにでも買ってあげようかしら。

 

「ふあわぁぁ……」

 

 ちょっと夜更かしし過ぎたわね。一晩で攻略するにはカントー地方は広すぎた。

 外はそろそろあけぼのを迎えようとしている。だが私は寝るわ!

 生活習慣がぐちゃぐちゃな気がするけど、まあいいわよね? 私は典型的な夜型の妖怪なのよ! それに異変で幻想郷が膠着中である現在はなにもすることがなくて、ホント暇で暇で参っちゃうわ。

 例の連中どもも寒い中ではあんまり騒ぎたくないみたいだし、嬉しい悲鳴だ。

 

 さてと、それじゃ布団を敷きましょうかね。

 うんしょ、うんしょ……

 

 

「紫様、ただいま戻りました……って、なにをやってるんですか!?」

 

 藍が寝室に入ってくるなり叫んだ。これはいつものお説教パターンかしら。

 

「ああ、今から寝ようと思って……」

「またご自分で動かれたのですか!毎度言ってますが、紫様は怠けてください! 我々の仕事がないではございませんか!」

 

 いや、そう言われてもねぇ……。

 だって格上に自分の身の回りのことをやらせるってどうにも落ち着かないのよ。幻想郷のこともほとんど藍に丸投げ状態なのに、家事まで任してちゃ良心の呵責以前の問題だ。

 

「もう敷き終わっちゃったし別にいいのよ。それに藍にはいっぱい頑張ってもらってるんだから、このくらいはやらせてちょうだい?」

「ゆ、紫様……! そんなことを言われては、私は……私はぁ……!」

 

 藍は顔を俯かせると肩を震わせ始めた。

 ちょ、ちょっと待って。なんで泣くの!?

 だって藍が一生懸命働いてる間、◯ケモンしてたのよ私!? なんで布団を敷いただけでこんな……えぇ……。

 

 

 

 取り敢えず藍を宥め、彼女が用意してくれた朝食を摂る為に居間へと向かう。就寝はご飯を食べた後にしましょう。うん。

 いつも通りのメニューではあるが、やっぱり美味しい藍の手料理を口に運んでゆく。

 だけど先ほどのこともあってどうにも落ち着かないわ。……あ、味噌汁美味しい。

 

「では紫様、そろそろ昨日の調査結果を報告しようと思うのですが、その……」

「ズズズ……どうしたの?」

 

 若干の違和感を感じた私は味噌汁を飲みつつ藍に問いかけた。

 藍の表情に僅かな迷いが見える……ような気がする。あくまで私の視点だから実際はどうか分からないけどね。

 藍は少し考え、一息つくとゆっくり話し始めた。

 

「どうやら幻想郷で春を集めている者がいるようです。その用途、及び目的は不明ですがこの異変に一枚噛んでいるものと思われます」

「ふーん……春をねぇ」

 

 適当に相槌をうったけどまるで意味が分からない。

 春ってそんな物理的に回収できるものだったっけ?まずそもそもだけど、春っていうのは四季における一つの区分であって、明確に存在しているものじゃない。

 全くもってリアクションに困る報告だわ。

 取り敢えず適当に返答しておきましょうか。不快に思われない無難な程度に。

 

「それで、その”春”を集めている連中に目星はついているんでしょう? 貴方のことだから個人の特定まで終わってると思うけど」

「それは……勿論なのですが……」

 

 生粋の仕事人である藍のことだ、すでにその段階まで調査を完了させていることには薄々と感づいていたわ。信頼と安心の実績ね。

 なんだかんだで私が藍に絶対の信頼を置いているのはそういうところからなのよ。だからこそ変に彼女の前でボロを見せるわけにはいかないのだ。

 

 で、肝心のその人物なんだけども、なかなか藍が切り出してくれない。

 うーん……よっぽど私には教えたくない人物なのか、それとも口に出すのも恐ろしい人物なのか。……なんか怖くなってきた。

 どうせ私に名前を教えてもどうにかなるわけじゃないし、言いたくないなら別にいいよ的なことを藍に言おうとしたのだが、それよりも少し早く彼女が口を開いた。

 

「……その、魔理沙との情報を照らし合わせた結果、春を集めているのが……妖夢みたいなのです。私もすぐに汎用式で監視してみましたが情報に偽りはなく……確かに妖夢が不穏な行動を」

「へぇ、妖夢が?」

 

 妖夢は幽々子の忠実な部下だ。わざわざ冥界の外までやってきて独断行動に走るのはまずありえない。つまり幽々子の差し金ってわけね。

 あのド天然腹黒幽霊のやることを真剣に考えてはこっちの負け、ぶっちゃけ徒労に終わるのが目に見えてるわ。

 まあ、ハチャメチャ具合で言ったらレミリアとかさとりとか幽香に比べればあの子は多少なりマシなんだけどね。あくまでマシってレベルだけど。

 

 

 あれ、春を集める?

 無くなっちゃった春を一箇所に……?

 

 ……あっ、ちょっと待って。なんとなくだけど少しずつ状況が読めてきたわよ!

 

「フフ……そう、それはいいことを聞いたわ」

「……えっと、紫様?」

 

 ”春”を集めるというワードが未だによく分からないけど、ニュアンス的には春という季節を形成する上で必要な素材のようなもの……それが藍の言う”春”っていう感じがするわ。多分、きっと。

 そしてその”春”を妖夢が回収している。ここまでくれば妖精でも分かるわよね?

 

 そう! 妖夢と幽々子は散り散りになった”春”を一箇所に集めて、春を取り戻そうとしてくれてるのよ! 多分! きっと!

 あの子たちったらホント桜が好きだからねぇ、こっちのいつまでも膠着しているこの状況を見かねて異変解決を手伝ってくれてるんだろう。なんだかんだで世話好きな一面もあるし。

 しかもあの子たちの戦闘力なら、たとえ誰が異変の黒幕でもあっという間に鎮圧できる。妖夢は勿論だし、幽々子の能力は最強よ!

 

 花見桜に貴賎なし! 万人が楽しめる桜を例年通りに咲かせてあげたいという見事な心意気! あっぱれな慈善活動ね幽々子、妖夢!

 

「妖夢には感謝しないといけないわね。勿論、幽々子にも。あの子たちは本当によくやってくれてるわ。そうは思わないかしら?藍」

「……へ?」

 

 藍は素っ頓狂な声を上げた。

 ちょっと何よそのとんでもないバカを見るような戸惑いの目は!

 ていうかなんで藍はさっさと妖夢の名前を出さなかったんだろう?別に言って困ることなんて何もないはずなのにね。

 あっ、もしかして人知れず行っているボランティア的なものだから言っていいものかどうか迷ってたのかしら。

 それに幽々子はお茶目さんだからサプライズとして驚かせてくれようとしてるのかもしれないし! 持つべきものはなんとやらとはこのことね!

 

 フフフ……幽々子と妖夢が協力してくれるなら、霊夢のやる気スイッチの点灯を待つ必要もないわ! いい加減寒さも鬱陶しくなってきたし、この異変をさっさと終わらしちゃいましょう! いつ萃香が暴走するか分からないしね!

 取り敢えず幽々子と話さないと。そして協力体制を作り上げて一気に異変を終結させる! 仲間になると心強い友人だわ!

 

 そうと決まれば早速行動開始よ!

 

「少しだけ出かけてくるわ。……貴女はどうする? 休んでてもいいのだけれど」

「わ、(わたくし)は勿論、紫様のお側に!」

 

 藍は慌てた様子で外出の準備を始めた。徹夜で働いてくれてたのにホント悪いわぁ……。何か労ってあげたいものだけど……。

 

 行く直前に藍が一つの方向を見つめていたので何事か聞いてみると、なんでも烏がこちらを見ていたらしい。気配察知が化け物級ね。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 白玉楼に向かう前に博麗神社へとやって来た。一応霊夢の様子を確認しとかなきゃね。

 妖夢を手伝うにしても、今更になって霊夢のやる気スイッチが点灯してたらこっちの身が危ない。おちおち外出もできないわ。

 異変解決中の赤い通り魔と化した霊夢に言葉は通じないからね。うん。

 

「霊夢、いるかしら? それともまだ寝てるの?」

「……なによ」

 

 障子越しに声をかけると、かなり不機嫌そうな声が返ってきた。まだ寝てたみたいね。

 パンッ! と、勢いよく障子が開け放たれる。霊夢は寝装束の上からちゃんちゃんこを羽織って、ガタガタと震えていた。

 

「ごめんなさいねこんな朝早くから。少しだけお話をいいかしら?」

「……ならさっさと上がってちょうだい。お茶くらいは淹れてあげるから」

「いやいや、そんなに時間はとらせないわよ? このままで結構ですわ」

 

 余談だけど博麗神社のお茶は……ぶっちゃけ不味い。淹れる側の問題というより茶葉の問題ね。つまり頗る古いのよ。もう烏龍茶が作れちゃうぐらいに。

 私は麦茶と紅茶しか飲めないの。ギリギリでジャスミン茶ってかんじ。

 

「あっそ。なら早くしてくれない?隙間風が入り込んできて寒いんだけど」

 

 霊夢は本当に寒さに弱いのね。まあ私もいい加減寒いし、さっさと話を終わらそう。

 

「なら単刀直入に言うわ。……貴女、もうこの異変からは手を引きなさい」

「……はぁ? なに言ってんのあんた」

 

 霊夢は先程までののほほんとした雰囲気を霧散させ、剣呑な眼差しを私へと向ける。

 藍がそれに応じて瞬時に妖力を練り上げてゆくが、慌てて手で制す。私たちは霊夢と争いに来たわけじゃないのよ。

 

「別に貴女が力不足だから……なんてことを言っているわけではないわ。何時でも私からの貴女への評価は最高よ。ただ今回は────」

「……巫女としてのしきたりや仕事ならいくらでもいいなりになってあげるわ。だけど、博麗の巫女としての決定は、あんたにも口出しはさせない。そこんところよーく分かってよね」

 

 霊夢のまぎれもない確固たる意志。その決意はひしひしとこちらにまで伝わってきた。

 その姿に目頭がどんどん熱くなってゆく。あんなに小さくて私の後ろを付いてくることしかできなかったあの子が、こんなに立派に……!

 成長したのね霊夢……私は嬉しいわ!

 

「霊夢、その言葉を聞けて満足よ。貴女はしっかりと巫女としての務めを果たせているのね。……貴女が博麗の巫女で良かった」

「……今更ね。まあ、そういうわけだから。そのうちこの異変も解決するわよ。だからあんたはおとなしく冬眠でもして待ってなさい」

 

 うーん、こりゃ霊夢を説得するのは無理っぽいわね。

 だからと言って幽々子の懇意を無下にするわけにもいかないし、これは秘密裏に解決しちゃうしかなさそうだ。それなりにリスクも大きいけど。

 

「気をつけなさい霊夢。この異変のために動いているのは貴女や魔理沙だけではないわ。そのことをしっかりと把握しておかないと……この異変、そう簡単には終わらないわよ?」

 

 それとなく協力者がいるようなことを仄めかしておくわ。

 万が一、春回収中に霊夢に見つかっても、この言葉が脳裏をよぎってくれれば見逃してくれるかもしれない。

 まあ、霊夢がなにも分からないうちに異変を解決しちゃうのがベスト────

 

『────紫様、近くを妖夢が彷徨(うろつ)いています。恐らく博麗神社の春を回収しているものと見えますが……』

 

 おっと、藍から念話が入った。

 妖夢が近くにいるのは都合がいいわね。すぐに会いに行きましょうか。

 

「それじゃあね霊夢。風邪をひかないように気をつけるのよ」

 

 霊夢に別れを告げた後、手を振りながらスキマを開いて中に潜る。

 

 

 

 すでに藍が中継して繋げていてくれたようで、開いた先にはこちらに背を向けせっせと何かを回収している小間使いの姿があった。

 

 彼女が動くたびにその銀色の髪ははらりと舞い、雪に反射する日光を受けて星屑のような輝きを振りまいていた。

 実に見惚れるような綺麗な姿だけど、周囲を浮遊している半霊のなんとも言えない間抜けさに気分を削がれた。

 そう、それが妖夢なのよ!

 

「ふふふ……あともうひと息……」

「はぁい、通りすがりの庭師さん。随分と元気そうじゃない?半分ばかり」

「ッ!?」

 

 妖夢は振り返ると同時に目を見開いた。

 いつの間にか右手は刀の柄に当てられている。つまり私がもし彼女の敵だったらすでに縦横に4等分されていたというわけだ。

 ……今更驚かないわよ。

 

「紫様っ!? 冬眠中ではなかったのですか!?」

「あら、失礼な言い方ね……熊じゃあるまいし。どうも今年は冬が長いようで寝飽きたところなのよ」

 

 正確には冬眠じゃなくて冬篭りね。寒い中わざわざ外に出るような真似は避けているだけよ。いやホント、熊じゃないんだからさぁ。

 

 と、少しして藍がスキマを開いて現れた。

 すると妖夢はなにやら慌てた様子で視線を右往左往させる。なんか動揺してるわね。

 

「こ、これはこれは奇遇なことですね……お久しぶりでございます。紫様に、藍さんまで。どうして御二方がこんなところへ……?」

「それはこっちの台詞よ、妖夢。なんで貴女がこんな幻想郷の端っこにいるのかしら? この時間帯は貴女も色々と忙しいでしょう?」

 

 妖夢の目的は知ってるけど敢えて意地悪をしてみた。すると彼女は目に見えて動揺する。その様子がとても面白いの。

 うふふ、妖夢は私がいじくれる数少ない存在なのよ。優しいし、ちゃんと敬ってくれるし! ちょっと情緒不安定なところはあるけど。

 まあ、いじくるにしても流石に怒らせないように配慮はするけどね。あくまで妖夢は格上だから。それにあまりにもいじくり回してると幽々子に怒られる。

 

「い、いやぁ最近は日課で朝の散歩を始めたんですよ! どうにも刀を振るだけじゃ体が鈍っちゃって! で、今日は幻想郷まで足を延ばしてみようと思った次第でして……別に怪しいことなんてしてませんよ? ホントですよ?」

 

 ……やっぱり面白いわこの子。これでこそ、からかいがいがあるというものよ。もはや一種の天然かしら?

 けど流石は妖夢ね。あくまで春集めは影の仕事、ボランティアであって、周りに知らしめようとはしない謙虚な姿勢を、若干ブレながらも貫いている。

 

「へえ、そうなの。こんな桜吹雪舞う中ご苦労様ね。ところで────春を集めている者が幻想郷にいるらしいのよ。最近幻想郷まで足を延ばしている貴女なら、何か心当たりがあるんじゃなくて?」

「……っ」

 

 妖夢はたじろいだ。

 ハハハ、可愛い奴め!まさに図星って顔をしてるわ。この子に嘘は合わないのね。

 さてと、妖夢いじりはこんぐらいにして本題に入らないと────

 

「……紫様、後ろへ」

 

 突拍子もなく藍が私の前へ進み出た。

 それと同時に妖夢の視線が鋭くなり、殺気と闘志が滲み出る。そして刀の柄を掴み、自然体で構えた。いつでも斬れるという意思表示だ。

 突然現れた巨大なエネルギーの熱量によって、周りの雪が溶けている。

 

 も、もしかして怒らしちゃった? いつもの妖夢ならこんぐらい許してくれるのに……。

 

「……貴女は幽々子様の大事な友人様です。私にとっても、尊敬すべき方であると言えます。……しかし幽々子様に仇なすならば……私は、貴女を斬らざるを得ない!」

「そうはさせない。もし紫様に危害を加えるのならば、いくらお前といえども決して容赦はできない。もう一度考え直せ」

「……あんな幽々子様の顔は、初めて見たんです。絶対に桜を咲かせなきゃならない、なんとしてでもあのお方の望みを叶えてあげたい!」

 

 え、なに? なんなのこの状況?

 なんで一触即発みたいなことになってるの!? もっとほのぼのしてもいいでしょ!?

 

 えーと……多分妖夢は何か勘違いをしてるのね。だって私たちが貴女たちのボランティアを邪魔するわけないじゃない!

 取り敢えず二人を仲裁しないと!

 

「落ち着きなさい。私は争いに来たんじゃない────幽々子へ協力しに来たのよ」

 

 私の言葉とともに二人はピタリと動きを止め、同時にこちらへと振り返る。二人の表情は驚愕に彩られていた。

 

「……え、えぇっ!?」

「ちょっ」

 

 よし、嫌な雰囲気が収まったわ。私って仲裁の才能があるのかもしれないわね。

 なんにせよこれで本題を切り出すことができる。しっかりと要件を伝えないと。

 

「私は貴女たちの活動を手伝いに来たの。あぁ、取り敢えず……幽々子に会うわ。色々と話したいことがあるのよ」

「そ、それは大歓迎です! 元々人手不足で困ってましたし、紫様が力を貸してくれるのならば百人力だ! ……あ、えっと……信じてもいいんですよね? いきなり攻撃とかしてきませんか?」

「……八雲紫の名に誓うわ。私と幽々子は永劫の友人、裏切りは私自身が許さない」

 

 妖夢を安心させるように多少大袈裟に答える。

 まず攻撃しても返り討ちにあうのがオチだしね。ていうかなんで妖夢はこんなに怖がってるのかしら。藍も様子が変だし。

 

 まあ取り敢えず幽々子と話さないことにはなにも始まらないわ。さっさと白玉楼に向かいましょう。スキマを開けば一瞬よ。

 

「今から幽々子のところに行くけど、貴女も来る? 飛んで帰るよりかは速いわよ?」

「あ……お願いします」

 

 妖夢はおずおずと頭を下げた。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 スキマを開いた先は花の嵐だった。

 気温もぽかぽか暖かくて、さっきまでの寒さが幻だったと勘違いしそうになるくらいの見事な春。舞い散る桜が眼前を埋め尽くし、これでもかというほど春を彩っている。

 白玉楼の桜は今まで何度も見てきたけど、ここまで咲き誇ったことは一度もなかった筈だ。記憶のものを遥かに超える。

 なるほど、これが集めた春の力ってわけね! 季節の力は偉大だわ!

 

「幽々子様はあちらの方にいらっしゃいます。ご足労ですが、何卒」

「構わないわ。行きましょう、藍」

「……はい」

 

 桜の絨毯を踏みながら妖夢が指し示した方向へと歩みを進める。ちらりと、桜を見物するフリをしながら二人の顔を覗き込んでみた。

 妖夢からは緊張したようなぎこちなさを感じるものの、頬が高揚して興奮しているように見える。なんでかしらね。

 藍は先程からずっと無表情。何かを深く考えているようにも見える。また難しい数式でも考えているのかしら?こんなときくらい息抜きしてもいいんじゃない? 煮詰めすぎると体を壊すわよ?

 

「……幽々子様。紫様をお連れしました」

 

 襖の先へと妖夢が声をかけた。しかし返答はない、ただのしかばねのようだ。

 妖夢は首を傾げて襖を開く。

 そこには机にもたれかかって、眠りにつく幽々子の姿があった。

 

「幽々子様、ゆーゆーこーさーま! 起きてください! お客様ですよ!」

「う、んん……あと5分……」

「幽々子様、幻想郷の茶屋で買った極上の羊羹があるのですが……」

「妖夢、お茶をお願いするわ。貴女の分も淹れて四人分よ」

 

 微睡んでいた幽々子だったけど、妖夢が懐から羊羹を取り出すと同時にハイスピードで起き上がった。流石ね、幽々子。

 幽々子は妖夢にお茶の準備を指示し、ニコニコ上機嫌な様子でこちらに向き直る。穏和な表情が春の陽光に照らされて、実に映えていた。

 

「おはよう幽々子。睡眠中にゴメンなさいね」

「あらいいのよ、私と紫の仲じゃない。ていうか随分と久しぶりねえ、藍ちゃんも。橙ちゃんは元気にしてる?」

「手にあまる元気っぷりですよ」

 

 んーいい感じの雰囲気ね。幽々子は上機嫌だし、藍は橙の話を出されてにやけてるし。このままの状態で話を終えたいと切に願うわ。

 

「まあ、世間話はこれくらいにして……この春について話し合いましょう」

「……そうね。やっぱりその件よね」

 

 せっかくのいい雰囲気が凍りついた。仕事モードの幽々子さんマジぱねぇですわ。

 藍も対抗して変な重圧を出さなくていいから! 大人しく! 大人しくしてでちょうだい!

 

「なにやら面白いことをやってるみたいじゃない。私も居ても立っても居られなくなって、思わず来ちゃったわ」

「あら、これはほんの前座に過ぎないわよ? もっともっと面白くなっていくのはこれから。……そうじゃなくて?」

「ふふふ……違いないわね」

 

 ボランティアを楽しいと言ってのける幽々子様! そこに痺れるッ憧れるゥッ!

 私の中での幽々子株がうなぎのぼりだ。凛々しく美しくもあって尚且つカッコいい! さらには崇高な共助の意志まで兼ね備えている! 貴女と親友で心底よかったわ私!

 

「それで、貴女はどうするの? この異変の終結にはまだ準備が必要よ。それまで貴女が大人しくしてるとは、到底思えない。だからこそこうして私の元までやってきたんでしょう?」

 

 物分りが良くて助かるわ。そう、私は貴女を手伝いに来たのよ! みんなで力を合わせて異変を解決しちゃいましょう! もしも黒幕がいた時はそのチート能力でテーレッテーしちゃってちょうだい!

 しかしそんな私の思いは届いていないのか、幽々子の視線はどんどん冷たくなってゆく。彼女の周りを危険な死霊が徘徊し始めていた。

 

「私が一番知りたいのは貴女の考え。いつも通り影の観客に徹するのか、それとも私が整えた晴れ舞台を思い切って台無しにしてみせるのか……。貴女の選択によってはそれなりの抵抗させてもらうわ」

 

 いや、後者の選択はないでしょ。台無しって……なんで私がそんなことをするのよ。

 あっ! もしかして幽々子に異変の黒幕じゃないかって疑われてたりするの私!? ヤバイヤバイ、すぐに誤解を解かないと!

 

「幽々子。私と貴女は親友よ」

「……ええそうね」

「どうして親友の決意を無駄にさせようか。寧ろここは手を貸す場面じゃなくて? ────貴女の春集め、私も手伝わせて貰うわ」

「……え」

 

 幽々子が凄い表現しずらい微妙な顔をしている。……もっと喜んでくれてもいいんじゃないの?

 なによその予想外の返答がきたって感じの反応は! 私ってそんな薄情な妖怪じゃないわよ! 親友の手伝いぐらいいくらでもやらせてもらいますよ!

 もしかして頼りないからなの?私スキマ使えるよ? どこにだって移動できるのよ? ……それだけしかできないけどね!

 

「どうしたの? 私は不要かしら?」

「そんなことないわ。とても嬉しい申し出よ。だけど、貴女は幻想郷の賢者でしょう? 私が言うのもなんだけど……大丈夫なの?」

 

 ああ、そんな重要な役職に就てるのにこんなことしててもいいのかってこと?

 確かに異変解決は賢者の仕事ではないわね。博麗の巫女が解決するのがベストであることは私も重々承知してるわ。

 けど霊夢がいつ動くのか分からないこの状況で、一番に行動を起こしてくれた幽々子にはそれ相応の敬意を示さなきゃならないでしょ?

 なのに私が胡座をかいて見守るって……色々とダメな気がするのよ。

 

「あら、勿論無償じゃないわ。ちゃんとメリットがあるから参加するのよ。……貴女との縁は万金に値する。異変如きでそれを覆すことはできないわ。その代わり、ちゃっちゃと終わらしましょうね?」

「紫……ありがとう」

 

 少しだけ顔を伏せた幽々子は、私の手をしっかりと握った。とっても柔らかいわ。

 

 しかし、これでまた私たちの仲は深まったというわけね。

 男は拳と心意気で友情を深めるという。ならば女は語り合いと行動で友情を深めるのよ!

 ああ、そうそう。幽々子の元に辿り着けたし、藍には帰って休んでもらいましょう。徹夜明けのボランティアは相当キツイだろうから。

 

「藍……貴女は帰っててもいいわよ? ここから先は賢者の仕事でもなんでもない、ただの私の思いつき。貴女を巻き込むつもりはないわ」

「いや、私は残りますよ。貴女様を守るのが私の使命ですからどこへだって付いていきます。勿論、橙だって一緒です」

 

 らぁん……!貴女って子は……!

 今まで心の中で酷いことを言ってごめんなさい。貴女たちは最高の家族よ!

 

 少しして妖夢がお茶を持ってきた。

 しかしお茶はなぜか冷めていて、どうにも生ぬるい。幽々子がそれとなくそのことを追求していたが妖夢は申し訳ございませんと謝るだけだった。

 よく見るとばっちり着こなしていた緑の服が若干乱れている。何をしてたんだろう?

 幽々子がお茶をすすりながら尋ねた。

 

「激しい運動でもしてたの?お茶を持ってくるのも遅かったし」

「いえ、大きな烏がこちらを盗み見ていたものですから、退治しに行ったのですが……逃げられてしまって……」

「烏くらい放っておきなさい。小骨が多くて食べれたものじゃないわ」

 

 ふーん、烏ねぇ。最近の幻想郷には烏が増えているのかしら?

 烏ですら生きられないほどに外の世界は荒廃したのか……賢者である私は憂うばかりである。

 あーお茶が美味しい。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 ────……いる。

 

 この時をどれだけ待ちわびたか。

 固まった想いにじんわりとしたものが流れ込んできた。

 これは興奮……いや、恋慕かしら?……もうこの際どうだっていい。

 

 

 さあ、こっちへいらっしゃい。

 

 私が元へ……────。

 




頭が回るバカ、発動

冬?そんなもの根性で掻き消せ!
……やっぱ無理です。冬を体感するたびにレティさんが大妖怪に思えて仕方がない。お願いしますレティさん、少しは手加減して……。

感想、評価をいただくたびに作者の頭が春になって作業が進みます。頭空っぽの方が夢詰め込めますからね!


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リンガリングウィンター

レティ様が荒ぶられておられる!今すぐリリー召喚の準備を!



「春ですよー! 春ですよー!」

 

「……春よねぇ」

 

 春の暖かな空気に包まれて久々の快眠を味わった私は、桜の木々と戯れる春告精の元気なはしゃぎ声にポツリと言葉を漏らした。

 いつもは幽霊が浮遊しているせいで年がら年中肌寒い日が続く白玉楼だけど、今日はお日柄も良くてポカポカ陽気だ。春の力は実に偉大だなぁって改めて思ったわ。

 

 白玉楼は最高よ。

 家は広い、ご飯は美味しい。幻想郷の生活水準とは比べものにならないほどの贅沢さだ。

 幽々子の意外な優しさにも触れることができたし、こんなことなら八雲家倒壊事件の時にサバイバルなんかしないでさっさと白玉楼に居候させて貰えば良かったわ。あっ、トラウマがががが!!

 

 

 と、そこへ私が起きたのを見計らってか、藍がやってきてススス……と襖を開いた。

 もしも私が起きるまで待っていてくれたのなら、何時もの事ながら非常に申し訳ない。

 

「おはようございます紫様。朝食の準備ができましたので幽々子様が呼んできて欲しいと。時が悪ければ少し待っていただくよう言ってきますが」

「いえ、すぐに行くわ」

 

 藍の報告を聞いてすぐに着替えを開始する。

 食事の時間を待たせるというのは、幽々子に対して絶対にやっちゃいけない行為ベスト5に入るのよ。機嫌を損ねさせれば何をしでかすかも予測がつかない、なんとも厄介な友人である。

 ちなみにだけど他にやっちゃいけないのはお菓子の横取りとか、ご飯を粗末に扱ったりとか……って全部食べ物関係じゃないの。

 

 そんなことを思いながら急いで紫色のドレスを着る。そしてなんかありがたカリスマ感溢れる手袋と、可愛らしい靴下を着用。

 これで優雅な春服ゆかりんの誕生よ!

 昨日までは導師服だったけど、今は春だからね。ようやくの衣替えだ。

 

「さて、それじゃあ行きましょうか。貴女も朝ごはんはまだでしょう?」

「勿論です」

 

 藍は絶対に私より早くご飯を食べようとしない。

 なんでも、主人を差し置いてご飯を先に食べるのは不敬に当たるとかなんとか。私からは「お、おう……うん……」ぐらいしか言えないわ。

 

 開けた回廊を歩きながら花吹雪く庭先に視線を移すと、妖夢が庭師としての務めを果たしている光景があった。彼女が楼観剣を一振りするたびに植え込みの無駄枝は散り散りに消滅してゆく。

 以前までならそんな光景に怯える以外のリアクションをとってこなかった私だが、今日はヤケにカッコよく見えた。そうよね、彼女は敵じゃない。今や私の心強い仲間だ!

 

 すると妖夢の凄技にほっこりしている私に藍が話しかけてきた。

 

「あっそういえば、例の案件を『文々。新聞』が大きく取り上げてましたよ。おかげで幻想郷中に事が広まってしまいましたが……計画では今日中に全てを邪魔を入れられる前に終える事が出来そうなので、問題はありませんけどね」

「へえ、文の新聞が? それは……結構意外ね。自分に利のあることしか積極的に行動しようとしないあの子がそんな記事を?」

 

 いつから見られてたんだろう、全く気づかなかったわ。文のスピードを私の肉眼で捉えれるわけがないから永遠の謎になりそうね。

 それにしても、ボランティアのことを取り上げたところで大した反響は呼べないと思うんだけど……そこんところは大丈夫なのかしら?

 あの性悪ブン屋のことだから何かしらの利があると思ってるんだろうけど。

 

 ……あっ、霊夢にボランティアのことがバレたらマズイじゃん! 手出し無用とか昨日言われたばっかなのに、これはマズイ! 後でめちゃくちゃ怒られそうじゃない!

 取り敢えず記事を確認してみないことには何も始まらないわね。【広がるボランティアの輪 八雲紫の素晴らしき活動声明】みたいな内容ならワンチャン霊夢も納得してくれるかもしれない。してくれるといいなぁ!!

 

「『文々。新聞』を持っているかしら?」

「ここに」

 

 藍はスキマから新聞を取り出すと、私に手渡してくれた。彼女へのお礼をほどほどに、ゆっくりと新聞へと目を通す。

 なになに……?

 

 

 

【激震!八雲紫 春雪異変に加担】

 

 

 

 ……んん”?

 疲れ目かしら……うまく文字が見えないわ。老眼とか言った奴はブチ殺す。

 目を擦ってからもう一度新聞を見た。

 

 

 

【激震!八雲紫 春雪異変に加担】

 

 

 

 ……えっと、いつから日本語ってこんなに難しくなったのかしら。新聞に書かれてる意味が全く分からないわ。

 待て待て、まずは落ち着くのよ八雲紫。深く息を吸ってひっひっふぅ。

 よし、もう一度。

 

 

 

【激震!八雲紫 春雪異変に加担】

 

 

 

「……」

 

「えっと、紫様?」

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!?

 あばばばばばばばばばばばば!?

 アイエエエ!? クロマク!? クロマクナンデエエェェェエエッ!!?

 

 

 

 

 

 

「取り乱したわ」

 

「はあ……左様でございますか」

 

 私はちょいとばかり怯えやすい性質でね。錯乱しそうになると心の中で思う存分叫んで、心を落ち着けるようにしてるのよ。

 いやしかしこれは……とんでもない誤報だ。こんな根も葉もない情報を幻想郷に拡散するなんて……そこまで腐ったか、射命丸文!

 

 てかなんで藍はそんなに落ち着いてるの?

 いつもの藍なら「野郎オブクラッシャーッ!!」とか叫びながら文のもとに飛んでいきそうなもんだけど。

 

「貴女はこの記事を見てどう思う?」

「ブン屋にしては真実をありのまま書いている珍しい記事だなぁ、と思います。連中も毎日このくらいしっかりと新聞を作ってくれればいいのですが」

 

 ───はいぃ?

 

 お前は一体なにを言ってるんだ? とてもじゃないが正気とは思えない。冗談にしてもタチが悪すぎる?

 

 まさか、こうなることを事前に知っていたとでもいうの!? そんな馬鹿な……。

 もしかして、この子ブン屋とグルになって私を嵌めようとしてるんじゃ……!? ついに私を見限ってたりして。いつ見捨てられても可笑しくないと思ってた。だけどこんなタイミングで……!?

 もしそうだったら私完全に詰んでるんだけど。……いや、私にはまだ幽々子と妖夢がいるわ! 幽々子になんとか助けてもらってこの窮地を脱するのよ!

 

「この部屋で幽々子様がお待ちしております」

 

 藍の細かな一挙一動にビクビクしながら、彼女が指し示した部屋へと滑り込む。

 そこには用意された大量の朝食を前にした幽々子が、優雅な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

 マイフレンド! マイベストフレンド幽々子! 私を助けて! 庇って! 匿って!

 

 なんとか藍に気づかれないようにそれとなく現状を伝えたかったんだけど、幽々子はそんな私の切なる思いに気づくことなく、手招きして目線で座ることを促す。

 目が据わっていてとても怖いので、ひとまずは素直にその場へ座ることにした。ご機嫌は……あまり良さそうに見えない。

 少しばかり朝食を待たせたのが悪かったのかしら……? なるべく急いで来たんだけど。

 

「もう待ちくたびれたわ。せっかく今日は妖夢に腕をふるってもらったのに、あともう少しで一番美味しいタイミングを逃すところだったのよ?」

 

 へえ、妖夢がこの朝食を作ってくれたのね。これは……匂いだけでもとても美味しいことが分かるわ。より取り見取りの品々が、机の上で所狭しとひしめき合っている。

 あの子ったら色々と不器用なのに手先だけは器用なのよねぇ……って、そんなこと言ってる場合じゃない!

 

「ごめんなさいね。けどあと少しだけ朝食は待ってちょうだい? 先に話さなきゃならないことがあるの」

 

 私の言葉にピクリと幽々子の眉がヒクついた。だんだんと彼女の顔を覆う影が深く、濃くなってきているような気がする。

 あわ、わわ……『大魔神』西行寺幽々子様がお怒りになられてるわ!どうか怒りをお鎮めください! ご慈悲をちょうだいくださいまし!

 

 ガタガタと何に対してか祈祷していると、その思いが神仏もしくは幽々子に届いたのか、徐々に黒いものが引いていった。

 

「……はあ。しょうがないわねぇ……それで話っていうのはなに?」

 

 幽々子の聞き分けが良くて助かったわ。レミリアだったら完全にアウトだった!

 取り敢えずそれとなく訴えかけないと。

 

「これ、幻想郷の天狗が書いてる三流新聞なんだけど、どうも私たちのことが載ってるみたいよ?散々に書かれてるけど」

 

「ふぅん……どれどれ?」

 

 後方に佇む藍を警戒しながら恐る恐る幽々子へ『文々。新聞』を渡す。

 せっかく幻想郷のために頑張っているのにこんな記事の書かれ方をすれば、流石の幽々子だって怒るはず! 幽々子が相手となれば藍も文も迂闊には手を出せないだろうし、最高のストッパーだわ!

 

 しかし、私の期待はすぐさま裏切られた。

 

「あら、いい新聞じゃない。ちゃんと事実が述べられてるし、購読者の興味を惹くべき部分は多少大袈裟な脚色で面白おかしく表現している。幻想郷には随分と腕のいい新聞記者がいるみたいねぇ。今度幽霊用の新聞でも作ってもらおうかしら」

「えぇ……(困惑)」

 

 幽々子さん、一体なにをおっしゃっておられる?こんな捏造新聞を事実って……冗談にしても笑えないわよ! ええ、全く!

 見損なったわ!貴女の株がリーマンショックよ!

 

 ……ちょっと待って。

 ……グルか?まさか幽々子もグルなのか!?

 

「……この異変云々含めた全てが真実であると、貴女はそう言うの?」

「当たり前でしょ?」

 

 ヒイィィィィ!? この幽霊悪びれた素振りも見せずにさらっと言いやがったわ!

 ていうか黒幕って貴女なの!? ボランティアとか言っておきながら!?(言ってない)

 ということは、昨日のやり取りは全部……幽々子と藍の手のひらの上……!?

 罠だ! これは罠だ! 幽々子と藍とブン屋が私を陥れるために仕組んだ罠だ!

 私にいい顔を見せることで油断させて……一気に仕留めようって魂胆なわけ?

 ……いや違う、彼女たちは私を社会的に殺そうとしているのね!

 そして自分が起こした異変の件を私に全てなすりつけて、霊夢に始末させる。そうして私が社会的かつ物理的に死んだことによって空くことになる賢者のポストに収まる……こういうわけかこんちくしょう!

 

 霊夢なら見逃してくれるかも!なんて考えたりもしたが、昨日の神社での様子を思い出して考えを改めた。あの子の博麗の巫女としての心構えは、私が思っている以上に完璧だった。

 おそらく幻想郷のためだったら私でも殺してみせることだろう。……悲しい。

 よってレミリア並みの耐久力がない限り、彼女の制裁を乗り切ることは不可能。耐え切れる藍と幽々子は悠々と生き残ることができるというわけだ。

 

 ……やられた。

 何か裏があるんじゃないかなー? とは思っていたけど、こんな壮大で残忍な計画を立てていたなんて……!

 だけどこれが解ったところで私にはどうすることもできない。

 彼女たちの企みに気付けたところで、私にはそれを阻止する力はないのだから。

 どうしようもない失望と脱力感を感じる。

 

「残念よ……まさかここまでの争いごとに発展してしまうなんてね。私は……信じていたのに、なんて残酷なのかしら」

「そうね。だけど私が選んだのはそういう道なのよ。だけどそのリスクを犯してでもやらなきゃいけないと、そう思ったの」

 

 私の皮肉めいた言葉に幽々子があっけらかんと返す。決意は固いようですねぇ!

 それにしてもどうすればいいんだろう。私の超優秀な頭脳をフル回転させても大してロクな案がちっとも思い浮かばない。

 

 逃げる→絶対無理

 決死戦→「命とは投げ捨てるもの」

 命乞い→死亡フラグ乙

 諦める→最適解

 

 ポルナレフも真っ青なほどに酷すぎる選択肢だった。慈悲なき事実ね。

 ……ここまでかしら。

 

「私の分の朝食はいらないわ。それよりも少しだけ外を歩かせてちょうだい。……(私を殺すまでに)まだ時間はあるでしょう?」

 

 幽々子の返事を待つことなく私は立ち上がると、庭先に向けて歩みを進める。藍が後ろから付いてこようとしたが、その場に残らせた。

 逃げるつもりなんて毛頭ないわ。逃げきれないことは私が一番よく解ってる。

 

 庭に出ると妖夢とすれ違った。

 あっちは私を見て何か言おうとしていたが、途中で言葉を飲み込んだ。

 ……どうせ貴女も私を殺そうとしてるんでしょ?一時でも貴女たちを信用した私が馬鹿だったわ。

 

 

 

 桜が敷き詰められた薄紅色一色の絨毯を踏みしめ、感慨に耽ながら今までの妖生を一つずつ思い出してゆく。

 辛かった日、辛かった日、辛かった日、辛かった日、楽しかった日、辛かった日、辛かった日。その全てが確かに今まで私が歩んできた時間なのね。だけどそれも今日で終わり、か……。

 

 

 

 

 

 嫌だぁ……死にたくないよぉ……。

 こんなところで終わりだなんてあんまりよぉ!私、まだまだしたいことがたくさんある!食べたいものだって、知りたいことだってたくさん……たくさん……っ!

 なのに、親友と式に嵌められて娘に殺される……。リアル四面楚歌なんて体験したくなかった!

 

「どうしてこんなことに……死にたくないわよぉ……!嫌、嫌よぉ……!」

 

 庭に生えている一本の大きな木に寄りかかって、咽び泣いた。

 春が満ちるこの白玉楼で唯一桜をつけていないその大木は、滲む視界に柔らかな光が反射して、なんだかとても優しい感じがした。

 

「ひぐっ……ふえぇ……誰か、助けてぇ……」

 

 

 

 *◇*

 

 

 

「咲夜。止められた季節の時を、貴女の手で今再び動かしなさい。そして紫のやつに一杯食わしてやること。いいかしら?」

「──心得ました。この十六夜咲夜、必ずや相応の結果をご覧にいれましょう」

 

 今日一番のお嬢様からの呼び出し。

 私は時を止めて、厨房からティーセットを取り出した後にお嬢様の元へと向かった。

 時間的に雪を見ながらのモーニングティーかと思ったのだが、告げられたのは異変の解決を命じる言葉だった。

 

 これまでお嬢様は「異変が鬱陶しい」等のことは言われていたが、一度もその解決を命じたことはなかった。

 私に一言お申し付けくだされば、たった1日ですべてを終わらせることができるのに、お嬢様は頑なに異変を観察し続けていた。少し前に八雲紫が訪ねてきたことに何か関係があったのかもしれない。

 現に今日の『文々。』とかいう新聞の第一見出しは八雲紫の異変への加担を報じるものだった。

 

 ……どっちにしろお嬢様が命じられたのだ。すぐに動かねばなるまい。

 

「申し訳ございませんが、ほんの少しだけお暇をいただきます。それでは────」

「……あぁそうよ、一つだけ言っておくわ」

 

 時を止めるよりも早く、お嬢様が私の目の前へ回り込まれた。そして人差し指を立てて、それを交互に揺らされる。

 

「今回の異変は貴女にとって中々面白い結果になりそうよ?万が一解決できなくても私は咎めたりしないから、貴女のすべてを出してきなさい」

「……万が一などございませんよ。それよりも、それは能力をお使いに?」

「いいえ、能力は使ってないわ。だけどなんとなく解るのよ」

 

 やはりお嬢様は能力をお使いになられない……か。そのことにどうしても気持ちが揺らいでしまう。

 前回の一件以来、お嬢様が能力を使用なさる機会が極端に減った。最近ではまったくと言っていいほど、お嬢様は運命を見られなくなった。

 10年前(吸血鬼異変後)からお嬢様は毎日のように能力を行使なされ、絶対無慈悲なそれをさらに強大なものへと進化させていたというのに。……まるで強くなることを放棄なされたようだった。

 

 いや、それだけではない。

 お嬢様は───変わられてしまった。

 

「……それでは、行って参ります」

「そう……行ってらっしゃい」

 

 心に渦巻いた疑念を振り払うようにお嬢様へと出立を告げ、時を止めるとテラスから飛び出した。

 

 

 

 ……らしくない。

 なぜ私はこうも大きく揺れている?

 お嬢様への絶対的な忠信が揺らいだわけではない。だけどあの時(紅霧異変)から言葉にできない大きな不安が胸につっかえたまま、私は独りで勝手に苦しんでいる。

 みんなが新たな生活を始める中、私だけがどうしても変われずにいる。

 パチュリー様は毎日のように泥棒が来るようになって少々お疲れ気味のようだが、前に比べてギスギスした鋭い感じがなくなったように思う。

 お嬢様と妹様は和解してからというもの、これまでの失った時間を埋めるように互いに親しまれている。

 

 紅魔館で変わってないのは私と美鈴くらいだろうか……。

 いや、違う。美鈴はなにも変わる必要がないんだ。だから苦しまずにいられる。

 紅魔館は確実に良い方向へと進んでいる。だけど……私はそれを望んでいないのか? 殺伐としたあの空間が私の世界なのか?

 

 何がメイド長だ。

 こんな愚かで、淺ましい醜態をさらし続ける私に、一体何の価値があるのだろう。お嬢様はこんな十六夜咲夜など……っ!

 

 

 ……少し頭を冷やそう。今回の異変はその分、ちょうど良かったかもしれない。

 

 視界は白一色に染まり、隅で紅いマフラーが吹雪に晒されヒラリとたなびく。

 ……美鈴が編んでくれたものだ。正直寒さは相当堪えるから助かるわ。

 

 と、視界にマフラー以外に赤が見える。その隣には黒がいくつか浮かんでいた。

 あの色には見覚えがある。ここ最近頻繁に目にするその色は、巫女のトレードマークだ。となるとその周りに浮いている黒色は魔理沙か。もう一つの黒色は知らない。

 

 彼女たちを無視するべきか、話しかけるべきかで少しだけ迷ったが……よくよく考えてみれば勇んで出かけたことはいいものの私には情報が足りない。

 八雲紫と異変の首謀者が冥界というところに居るということは判っているが、場所及び行き方が不明だ。ここはその手の先駆者である彼女たちに少しだけでも話を聞くべきだろう。

 

 近づくと彼方も私に気づいたようで、霊夢は不愛想にこちらを見るとお札を構え、魔理沙は笑顔を浮かべて手を振った。

 その傍らではぐったりとした天狗が霊夢に胸ぐらを掴まれている。確か、例の『文々。新聞』を書いてる天狗だったと思う。恐喝現場かしら?

 

「ごきげんよう。今日は異変解決日和ね」

「ええそうね。そしてこんな今日に外をうろついているあんたが怪しいわ。異変を手伝いにでも行くつもり?」

「逆よ、逆。今日は起こす側じゃなくて解決する側なの、私。ああ、私の行く手を阻むつもりなら異変に加担してるって見なすわよ?」

 

 ちょっとした脅しのつもりで言ってやった。まあ半分は本当だけど。

 すると霊夢は目に見えて怒りを露わにし、こちらへ暴力的な霊力を浴びせかけてきた。……本当にやる気なのかしら?

 ならば先手必勝と、時を止めて一気に勝負を決めようとしたのだがその直前に魔理沙が仲介に入る。

 

「まあ待て待て、こんなところで道草を食ってる場合じゃないだろ?まず一番にしなきゃならんことがあるはずだぜ」

「そうね。まず一番にこのメイドを冥土に送ってあげないと。異変を解決したがってるんなら黒幕の元にも行けて一石二鳥でしょ」

「あら その言葉そっくりそのまま貴女に返してあげるわ。そんでもって神にアーメンとでも言いに行けばいい。巫女ってそういうもんでしょう?」

 

 私の言葉に霊夢は首を傾げた。……宗教が違ったかしら?皮肉が伝わらなくて残念。無神論者なものでね。

 

「ちょっとお前(霊夢)は一旦黙ってろ。……それでお前さん今回は異変解決側ってことでいいんだな?そんじゃなんか情報をもってないか?」

「それを得るために貴女たちに話しかけたのよ、あいにく今しがた館を出たばかりでして。もしかして貴女たちも?」

「まあな。だから文を締め上げて吐かせようとしたんだが……霊夢が不動陰陽縛をやり過ぎちまってこの有様だ。いくらやっても起きやしない」

 

 魔理沙との会話はスムーズでいいわね。これでうち(紅魔館)に忍び込んだりしなければもっといいんだけど。……素直に人の言うことを聞くような人間でもないし、望むだけ無駄か。

 しかしここで新聞を書いた本人に会えたのは幸運だったわね。これで一気に黒幕と八雲紫の元に辿り着ける。

 

「ならもう容赦なくやっちゃうしか……」

「うっかり死なれても困る。……ってかこれ生きてんのか?」

 

 確かによく観察してみると天狗はピクリとも動いていない。ていうか生気をまったく感じなかった。

 試しに口に手を当ててみたが、天狗は息をしていない。同時に脈もない。

 これは……

 

「死体───じゃないわね。良く出来た人形よ、これ」

「「はあ?」」

 

 私の言葉に二人は素っ頓狂な声を上げると、天狗人形を凝視する。そして霊夢は額に手を当てて気怠げに息を吐き出し、魔理沙は「たはは……」と苦笑した。

 

「アイツ……いつの間にすり替えたんだ? まさか手を離したわけじゃないだろ?」

「当たり前よ。取っ捕まえてからずっと掴んでたわ」

 

 どうやら二人は天狗に一杯食わされたようね。けど魔理沙は兎も角、霊夢を欺いたのはそれなりに驚いた。あの烏天狗はそんなに凄かったのね。速いとは思ってたけど時を止めれば関係ないし。

 よくよく見てみると天狗人形は若干ニヤけているように見える。率直に言ってうざい顔だ。今にもヒュンヒュン首を揺らして煽ってきそうなほどに。

 

「はぁ……調子が狂うわ、ホント。どいつもこいつも私のことをコケにしてるのかしら。『夢想封印』」

 

 霊夢は天狗人形を空へと投げると、霊力弾で粉々に破壊してしまった。人形の出来栄えは良かったので少しばかり勿体無い。

 しかしこれで振り出しに戻ってしまった。この二人からもこれ以上の情報は見込めそうにない。……瀟洒じゃないけど一度紅魔館に戻って、パチュリー様から話を聞くしかなさそうね。

 

「私はパチュリー様に冥界についての知識をお借りすることにするわ。……貴女たちも一緒に来る?」

「いやいいわ。なんだか本調子じゃないけどいずれは辿り着けると思うから」

「あー……私もパスだ。ちょっと昨日やらかしちまってパチュリーに殺されかけてるからな。他の魔女(同業者)をあたってみるぜ」

 

 なんとなく断られるだろうとは思っていたが案の定だった。私も別に二人に付いて来て欲しくていったわけじゃないからなんとも思わない。最終的な目的が共通しているとはいえ、私たちが力を合わせる理由にはなりえないから。

 力を持ちすぎた者というのは、それゆえに増大した自尊心によって協調性を著しく欠く。……それこそお嬢様のような強烈な魅力を持つ存在の下につかない限りはね。

 この二人はそのようなのとは遠くかけ離れているタイプだろう。

 つまり私も同じ穴の狢ってわけ。

 

 その後、霊夢は別れの言葉もほどほどに白銀のカーテンへと消えていった。

 あの巫女ならば、大した時間もかけずにいずれは八雲紫の元へと辿り着くだろう。あの驚異的なまでの勘ならばそれが可能だ。

 ……彼女に先を越され、おめおめと紅魔館へ帰ることだけはなんとしても避けなければなるまい。なんせお嬢様の面子にも関わってくる。

 

 一方の魔理沙は、パチュリー様以外の魔女に話を聞くべく何処かへ飛んでいった。

 彼女ほどの魔法使いが意見を仰ぐ魔女……。心当たりがないこともないが、才知・思慮・分別に長けた人物であることは想像に難くない。魔理沙もそう長くない時間で冥界へと到るだろう。

 

 二人を見送った後、私も時を止めて行動を開始した。速さという点ではあの二人の追従は許さない。霊夢と魔理沙には悪いが、異変を解決するのは私だ。

 

 

 あと──体感的に──数十秒すれば紅魔館に着く。そして一気に冥界へ────。

 

 

 

 

「あらあらそこの頭のおかしいメイドさん。こんな寒い日に何処へお出かけするのかしら? 是非お聞かせ願いたいものだわー」

「ッ………!」

 

 私の世界に響いた凍てつく声音。その間延びした一音一句が心を締め付ける。

 熱い、ドロドロした何かを感じる。

 

 この声を聞いたのは10年ぶりだ。そして、今の今まで一時も忘れたことはない。

 この妖怪に負けて、八雲紫に負けてから全てが始まり、狂い始めた。新しい紅魔館はそこから始まって、私はただ一人取り残されたのだ。

 

「あの時の……妖怪……」

「あら、どこかで会ったかしら? ごめんなさいねー忘れっぽいものでして」

 

 妖怪は当たり前のように止まった時の中を動き、ふざけたことをのたまう。その一挙一動に対して確かな悪意を感じる。

 間延びした口調と暖かそうな藍色の防寒具。そしてそれらと全く釣り合わない底冷えする絶対零度の眼光。その全てが10年前のままだ。

 

 ……案外平静を保てている。一周回って無心になれたのか、それとも私が単に思考能力を失っているだけなのか。

 

「ああ思い出したわー! 貴女あの紅い家のメイドでしょ! お久しぶりねぇ、元気にしてた? いや、相当元気そうね」

「……おかげさまで」

 

 そう言う彼女はかなり生き生きしてるように見える。安直にその理由に仮説を立てるなら、冬だから……だろうか。

 今朝の新聞が出るまではこいつがこの異変の黒幕だと睨んでいた。どうも違うみたいだけど、大方異変を解決させないために妨害にでも来たのかしら。

 

「話しかけてくれたところ悪いけど、さっさと目の前から失せてくれないかしら。貴女を見てるとどうも心がざわつくの」

「ふふ……変わってないのね。落ち着いてるように見えるけど実際はただ疲れてるだけ。結局まだまだ本質を見つけきれてないみたいだし、全然成長してないわー。やっぱり所詮は落ちぶれた吸血鬼一派のしがない人間、この領域(レベル)の話は理解できないかしら?」

 

 こいつ、煽ってるわね。

 そして最も効果的だ。現に私は抑えきれなくなっている。残念だが、私にここまでの激情を瀟洒に受け流せる技量はない。相手がこの女であれば尚更だ。

 

「……そうね。やっぱり貴女が黒幕ね。容赦しないわよ」

「ふふ、私は黒幕だけど普通よ? 大好きなお嬢様の言葉を理由にして私怨を晴らすなんて、中々成長してるじゃない。嬉しいわー」

 

 そんなふざけたことをほざくと、妖怪は虚空へと手を翳す。そして掌を握ると、仰々しい音を立てて私の世界は崩れ去った。

 同時に凄まじい吹雪が吹き荒れ、体を激しく打つ。……この程度の冷気であれば問題はない。私の世界の方がもっと冷たい。

 

「さて、私もわざわざそんなことで貴女の世界にお邪魔させてもらったわけじゃないわ。ちゃんとした目的があるのよ」

「そんなことって……どんなことか意味が判らなかったわ。ただ私とお嬢様を侮辱しただけでしょ? ──ああ、目的はなんとなく分かるわ」

「へえ?言ってみて」

「異変を解決させたくないんでしょ? 寒い妖怪が冬を好むのは当然だもの」

「正解!」

 

 にこりと妖怪は笑みを浮かべ、猛然と荒れ狂う吹雪を爆発的に拡散した。

 それとともに至る所で局地的な時空の歪みが生じている。こいつは幻想郷を滅ぼすつもりなのかしらね。

 

「さあ私は異変への協力を宣言するわ。止めれるものなら止めてみなさい!」

 

 ……こいつ、まさか私とお嬢様の会話を聞いていたのかしら。口上がその内容を踏まえた上での言葉にしか聞こえない。まったく八雲紫といい、こういう胡散臭くて面倒臭い妖怪はどうも苦手だ。

 

 

 しかし───同時にいい機会でもあると思う。

 彼女に勝てば、私は変われるのだろうか。過去の私を超えることができるのだろうか。

 

「……『絶対一方収縮(デフレーションワールド)』」

「──へぇ?」

 

 私が紅魔館の住人であるために、お嬢様の従者であるために。

 ……私が、十六夜咲夜であるために。

 




ゆかりん17位。約束された順位きたな……!
作者?もちろん一押しは入れさせてもらいましたよ!……ふとちゃんに。
だって可愛いんだもん!ベストカップル一押しはゆかれいむだけどな!らんちぇんにも入れたぜ!抗鬱薬おじさんに一票入れたのは秘密だ!

これからもゆかりんが十代を保ち続けられますように。南無南無。


さて、人気投票の話はいったん置いといて本編の話をちょっとだけ。
レティ様は寒さを感じる場所ならどこにでも出現できます。つまり我々は今、レティ様に包まれているというわけだ!ちなみにチルノは霊夢と魔理沙に蹴散らされました。
次回から話は加速するかもしれない。

たくさんの評価ありがたいです。めちゃんこ励まされております。リアル鬱な作者には何よりもの生きる活力!いやあ これなら世界の終わりも怖くない!


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霧塵な夢人と無尽な無人

 紫様が出て行かれた後、私は呆然とする幽々子様を視界に捉えつつ思考の渦に沈んでいた。

 先ほどの、紫様の一言一言に込められた意図がちっとも読み取れない。

 そしてなによりも鮮烈に感じたのが身を焦がすほどの違和感。紫様からの拒絶は、なにか真に迫っているようで……───。

 

 少しして妖夢が庭先から帰ってきたが、彼女の表情も優れない。彼女は何かに怯えるようにして縁側に座り込んだ。

 しばらく居心地悪い空気が辺りを包んだが、意を決したように妖夢が言葉を発する。

 

「……一体何があったのですか? 何をしたら紫様は、あんな……」

「……紫様がどうかされたのか?」

「憂いているような、とても悲しい目をしてました。少しすれ違っただけなので実際はどうなのか分かりませんが……いつもと様子が違うような感じがして……」

「私たちもそのことについて考えているところなんだ。恥ずかしいが、私でも紫様の言動の意図が掴めない。なぜ、今このタイミングであのようなことを────」

 

 紫様の様子がどうもおかしい。

 いやまあ……おかしいのは今始まった話ではないが、今回は特に不可解だ。

 

 昨日はあれほどまでに幽々子様の起こされた異変に賛同の意を示していたというのに、今日は一転変わって私たちへと色々なことを問いかけた後、どこか否定的とも見える態度を取っている。

 紫様が臨まれていた展開へと異変が進んでいないのだろうか? ……紫様に限ってそんなことはあるまい。紫様は推論のみで未来を見通すお方だ。

 

 そういえば、霊夢と対峙することに特段の難色を示しておられた。

 異変に賛同し、協力するのであれば彼女たちとの対立は必至であることを紫様が把握できないはずはない。

 つまり何かもっと別の意図があったのだろうか。

 

 ……ダメだ、思考が偏っている。

 紫様の思惑を知りたいために、自分の疑問をひたすら自答しているだけでは決して紫様の為す真実に近づけない。私と紫様ではまずそもそものレベルが違うのだから。

 従順なだけでは……

 

 

 ───ああ、そうか。

 一番に着目すべき点は今現在の紫様のご様子ではない。なぜ紫様がこの異変に対して支持を表明したのか……その点だ。

 当初こそは私もかなり疑問に思ったものだが、時が進むにつれて紫様に流されていた。紫様の行動が全て正しいことを念頭に置いているからこそ、思考が上手く纏まらなかったんだ。

 

 となれば……

 

「幽々子様。なぜ紫様は……貴方様が起こされた異変の支持を決めたのでしょうか。確かに紫様はご友人や親しき者らへの配慮をとても大切にしていらっしゃいます。幽々子様であれば尚更のことでしょう。しかし、普通ならば異変を起こされた幽々子様を言葉でお止めになるのが、紫様にとっての最適解であるはずです」

 

 縋るように幽々子様へ問いかけてみた。

 幽々子様は紫様ととても馴染みが深いお方だ。時には私でさえも到達し得ぬ難題の結論へと、簡単に辿り着くことのできる知略派で、紫様の理解者でもある。

 だがそんな幽々子様でも困惑の色を隠せていなかった。先ほどまでの食欲は何処へか、目を閉じて黙考に耽ている。

 

 

「───そう、それが普通。私も紫が訪ねてきた時は春集めの失敗を悟ったわ。貴女たちと一戦交えることも決意したわね。……昔からだけど、紫が意味深な行動をとる時は何かしらの理由があるの。時には相手を欺くため、時には私たちに何かを暗に伝えたいがため……。だけど───」

 

 幽々子様は一度視線を逸らして紫様が消えていった方向を見る。そして若干目を伏せてぽつりと語られた。

 

「あの目と顔には……見覚えがあるのよ。最近じゃない。とっても昔の、いつの頃だったかすらも思い出せないほどに遠い……朧げな記憶に」

 

 ……それだ。

 私が感じた何よりの強烈な違和感の正体は、あの久方ぶりの雰囲気と佇まいか。

 酷く懐かしくもあり、恐ろしい。とっくの昔に失われた禁忌を、不本意に覗いてしまったような焦燥感が私の本能に訴えかける。

 

  式の部分ではなく、私自身がこれ以上考えることを放棄するよう迫っているのだ。

 解ってしまえば、もう戻れない。

 

 

 

 何にせよ、春集めは開始された。今現在も私と橙の繋がりを通して幻想郷の春が白玉楼の庭に立つ”西行妖”へと注ぎ込まれている。

 少し前に橙が霊夢と遭遇してしまったみたいだが、軽くあしらうように指示しておいたので大丈夫だと思いたい。橙にはあまり情報を伝えていないし、霊夢もあまり橙を痛めつけるようなことはしないはずだ。なんせ幼少期の数少ない遊び相手だものね。

 

 もはや事の完遂は時間の問題。幾つかの懸念事項はあるが、ただちに全体計画に影響を与えるほどのことではない。

 紫様のこれから先のスタンスは判らないが、異変中止を命じられないということは、事の続行を望まれているのだろう。しかしこの様子だと、紫様が直接に力を振るわれることは恐らくないと思う。

 ……私に橙、幽々子様に妖夢が揃っていれば決して霊夢一人に遅れはとらない。ついでに魔理沙あたりも増えるかもしれないが、所詮は人間───大した脅威ではない。

 そういえば幽々子様が我々と接触する前に、知霊へと協力をお願いしていたらしい。別に期待はしていないが、まあいないよりかはマシだろう。現在は幽明結界の近くで待機してもらっているようだ。

 

 異変成功率は90%を超える。だが注意すべきはその確率の高さではなく、失敗する通りも幾つか存在する点だ。

 だからこそ、わたしが適切にイレギュラーへと対応しなければならない。

 

 幽々子様の悲願のため……そして紫様の秘めた思いのため。私は内に眠る式に従って、この異変をやり遂げる。

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 霊夢は吹雪吹き荒れる幻想郷遥か上空を飛行していた。冷気が霊夢の顔を打ち、美麗できめ細やかな表情を歪ませる。

 

 博麗の勘に従って紫を探してみたのはいいものの、結果霊夢はマヨヒガへと迷い込み、馴染みある化け猫と対峙することになってしまった。

 結果は霊夢の圧勝。化け猫の橙は「ぎゃふんっ!」と、わざとらしい声を上げ死んだふりを実行し、霊夢は呆れてその場を後にした。

 

 その後、勘の調子が悪い霊夢は異変時には珍しく、自分で色々と考察を深めていた。そして結論へと辿り着いた。

 よくよく考えれば雪も桜の花弁も、空から落ちてきているのだ。元凶は空にいると考えるのが、単純かつ真っ当な思考である。

 

 そして今に至る。

 霊夢はひたすら上へ上へと飛翔を続ける。雪雲に覆われた分厚い層を突き抜け、雪は水滴になる。やがてそれすら無くなり、天空へと……

 

 

 

「よー霊夢。今日は私の勝ちみたいだな」

 

 晴光が差し込むとともに生意気な声が耳へ届いた。聞き覚えのあるそれに霊夢は白けた目を向ける。

 色素の薄い冬空と未だ舞い散る桜の花弁を背景にしてそこにいたのは、ニヒルな笑みを浮かべた魔理沙。そしてあともう一人。

 青のノースリーブにロングスカート、肩に羽織ったケープ。金髪によく映える赤のリボン。大きな本を大事そうに抱えている。

 ……馴れ馴れしい目だと霊夢は思った。

 

「えっ? もう異変を解決したの?」

「いんや。だが冥界への突入方は分かったぜ!つまり私の方が一歩リードってわけだ」

「私が教えてあげたことをさも自分が見つけたかのように……相変わらずの図々しさね」

「違いないわ……ってあんた誰?」

「私のこと覚えてないの? まぁ、別にいいけど」

 

 金髪の少女はやれやれという風に肩を竦める。しかし全身からは悲壮感が溢れ出しており、霊夢は心底面倒くさいヤツだと思った。

 別に彼女のことを知らないわけではないが、特別関わりたい相手でもない。

 魔理沙だけでも異変時には自分に対抗意識を燃やしてくる面倒臭い相手だというのに、これ以上面倒臭い相手を増やすのは憚られる。よって知らないフリだ。

 だがそんな霊夢の心の内を少女が知る由はなく、ならばと話を始めようとした魔理沙を押しのけ、胸に手を当てる。

 

「それじゃ自己紹介するわ──七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドよ。もう忘れないでよね。ていうか私にあんなことをしておきながら今日久しぶりに会って『忘れました』って酷くないかしら?この冷血巫女」

「あんたの存在感が気薄なのがいけないのよ。いつ消えたのかも気付かなかったもの。それに巫女の仕事をやらせてみたはいいけど全然役に立たなかったし」

「よくもまあぬけぬけと……って覚えてるじゃない! まずそもそも───」

「よしそこまでだぜ。私にもちっとは喋らせてくれ」

 

 ジト目でさらに追求を強めようとしたアリスだったが、押しのけられていた魔理沙が復帰し押しのけ返す。話が進まないと思ったのだろう。

 

「で、だ。こいつ(アリス)曰く冥界への入り口はアレらしい。花弁もあっこから出てるからどうやら本当みたいだな」

「疑ってたのね……」

 

 魔理沙の指差す方向を見る。

 雪雲に紛れて自分たちとともに空に浮遊する巨大な物体。ここまで巨大な建造物を見たのは霊夢にとって初めてだった。

 

 幽明結界。

 顕界と冥界を遮る仰々しき鉄門は、圧倒的な存在感と力強さを感じさせた。

 固く閉ざされた門はありとあらゆる存在の行き来を遮る。とてもじゃないが、そう簡単に通してくれそうには────

 

 

「この先に異変の黒幕と紫が居るってわけね。……『夢想封印』!」

 

 思考停止夢想封印。

 躊躇なく放たれた特大の追跡霊力弾が幽明結界へと殺到する。そしてけたたましい轟音とともに、幽明結界は光の中に消えていった。

 こうしてあの世とこの世を遮る鉄門は、脆くも崩れ去った。

 

「よし行くわ。付いてきたければお好きに」

「……なあアリス。これって大丈夫なのかな? 私にはちょっと……」

「大丈夫じゃない、大問題よ。はぁ……後始末が面倒臭さそうね。たくっ、これじゃどっちが悪者なんだか判らないわ」

 

 むしゃくしゃするから。そんな理由で破壊されては幽明結界も浮かばれない。

 ちなみにのちに結界の現状を聞いて吐血したスキマ妖怪がいたことは当の本人のみが知る余談である。

 

 いち早く飛んでいった霊夢に魔理沙とアリスが追従する。どうやら魔理沙は先ほどの霊夢の行動を見て、異変解決の貢献度を彼女と競うことをやめたようだ。

 無闇に今の状態の霊夢を煽れば、どんなことになるか幼馴染である魔理沙でも予想ができない。触らぬ(巫女)に祟りなし。

 

 ふと、気になった霊夢が首だけをアリスへと向けて問いかけた。

 

「そういえばなんであんたが付いてきてんのよ。異変解決なんて柄じゃないでしょうに……なんか狙いでもあるの?」

「異変には興味ないわ。どうせ家からは出ないし冬でも夏でもどうでもいい。いやまあ寒いからそろそろ終わってほしくはあったけどね。私が用のあるのは……こっちの方よ」

 

 手に小さな魔法陣を展開し、文々。新聞を召喚する。そして指差したのはでかでかと載せられた八雲紫の写真だった。

 ピタリ、と霊夢が静止した。若干目のハイライトが消え、控えめに言って不気味である。たじろいだアリスだったが、霊夢のペースに飲まれまいと気丈に振る舞う。

 

「なんで?」

「言う必要はないわ」

「……なんで?」

「ちょっと面識があるからよ別に他意はないわだからその陰陽玉を降ろしなさい早く!」

 

 気丈なアリス陥落。

 日の本全ての妖怪を滅ぼしても事足りると謳われる博麗の秘宝、陰陽玉を脅しに向けられては、いくらアリスでもたじろぐしかなかった。

 そして魔理沙は今日霊夢を弄らない方がいいことをしみじみ確認した。

 

「しかし意外だな、お前と紫に接点があったとは。確かにある意味似た者同士ではあるんだが」

「……まあそうは言っても相当昔のことよ。いつか機会があれば話してあげるわ」

「興味ないぜ」

 

 魔理沙が切り捨てる。と、同時に閉ざせし雲の通い路が破裂し、複数の人影が飛び出した。

 即座に反応した魔理沙は八卦炉をそれらへ向け、アリスも魔法糸を纏う。霊夢はダラダラとそちらへ視線を向けるに留まった。

 

「見て見て姉さん、紅白の蝶が飛んでるわ! 春に映えてとってもきれいね〜」

「その隣には不吉なカラス。またその隣には不気味な人形。ロクな連中じゃないわね。屋敷のお嬢様が言っていた連中かしら」

「つまり、私たちの敵ってことね。お得意様の頼みとあれば断れない! よしそんじゃ、気張っていこう!」

 

「「なんでリリカが締めてるのさ(のよ)!」」

 

 そして場は一気に騒がしくなる。

 消滅した幽明結界があった場所に三人の幽霊が陣取っていた。各々が思い思いのカラーリングの服を着込み、上等な楽器を持っている。

 やがてそれらは浮遊し、各自で音を奏で始めた。鬱、躁、そして幻想。相反する属性を調律させ、未知の音域を創造する。

 

 音とは波長だ。幅が短くなれば焦燥を生み出し、長くなれば安堵を生み出す。そうして万物の感情を操るのだ。

 

「……この騒霊ども、待ち伏せしてたよな。つまり異変の協力者ってことか」

「今回の異変は一筋縄ではいかないってことね。紫の動きに呼応してるのかしら?」

 

 なんにせよ目の前の三人組が異変の協力者とあれば話は早い。

 異変解決を妨害する存在は、慈悲なく退治しろ。霊夢の数少ないポリシーである。

 ちょうど数は3対3。魔理沙はともかくアリスを数に数えて良いものか霊夢は少しだけ迷ったが、まあ足手まといにはならないだろうと気にしない方針をとった。

 

「余計な雑音は、始末するまで」

「我らはプリズムリバー三姉妹!少し早いお花見にしてあげるわ!」

「三位一体の幻想曲、とくとご清聴あれ!」

 

「ふふふ、プリズム(虹色)ねぇ……いいセンスじゃない。だけど貴女たちは三人揃って七色のみ。対してこっちは私一人で七色全てをカバーすることができる。さらに赤白黒の追加もありなのよ。負ける要素が見つからないわね」

「おい……あいつ(アリス)がなんか言ってるぜ?」

「言わせときなさい」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 あー泣いた泣いた。

 おかげですっきりゆかりんよ! まあ問題は何も解決してないけどね! 私の愚痴に付き合ってくれてありがとう見ず知らずの大木さん。いつか貴方も見事な桜の花をつけれるといいわね!

 しっかしどうしましょう……完全四面楚歌チャーミングでまさに八方ふさがり状態だし、頼れる仲間は一人もいない。

 

 今の私にできるのは死に方を決めることぐらいかしらね。よくよく考えればこの修羅が跋扈する幻葬狂で好きな方法で死ねるって結構幸運なことじゃない? うん、幸運なことに違いない!

 えへへ……どうやって死のうかなぁ! 切腹が良いかなー! 妖夢が「介錯しもす!」ってね!

 いやそれよりも幽々子の能力でコロッとやってもらった方が楽かなー!そしてその後は閻魔に裁かれるまで白玉楼住まいになるのかしら?

 あっはっは───……。

 

 ……虚勢は止めよう。なんだかとっても悲しくなっちゃった。

 はぁ……とっても憂鬱ベリーベリーメランコリー。死ぬと解ってて開き直るのはどうにもガラじゃないわ……。だからと言ってどうにかなるわけでもないし。安西先生……仲間が欲しいです……。

 

 けど卑屈になってても何も始まらないわ。何か打てる手は取っておかないとね。

 腐っても私は幻想郷の賢者、策謀とかは結構得意な方なのよ! ふふふ……幻想郷の諸葛孔明とでも呼んでちょうだいな。

 えっ、なんでそれなのに天下を取れてないのかだって? ……因幡帝がいるわよね?はい論破。

 

 さてと、それじゃ一旦白玉楼に戻りましょうかね。藍と幽々子が怖いけど、少しでも存命できるように媚びを売っておかないといけない。運が良ければ見逃してくれるかもしれないし!

 「とことん希望に縋れ。さすればどうにかなる」ってどっかの偉人(ひよっこ)が言ってたような気がするわ! ナイス名言よ!

 

 あーお腹すいた。まだご飯は残ってるかしら? 幽々子が全部食べちゃったかもしれないわね。まあその時はスキマから保存食を出して食べましょう。

 あっ、食べ物で幽々子を釣ればあるいは……

 

 

 

 

 

 [───……かり……。こっちへ────]

 

 

 

 

 

「……ふぇ?」

 

 なに今の?誰かの声がしたような……?

 空耳、だろうか。歳はとりたくないものだわ。……いやわたしはピチピチプリプリだけどね!?

 うーん……声はもう聞こえない。だけど変な声に代わって、酷い耳鳴りと一緒に頭がガンガンする。あー頭が痛い……。

 

 多分疲れてるのね私。ショックの受けすぎで心身性のストレス偏頭痛でも患ったのかもしれない。ついに胃腸だけに留まらず頭にまで被害がいってしまったのか……あぁショックだわ。

 取り敢えず寝室に帰って仮眠を取ろう。寝れば頭痛も治ると思うし。

 ……だけど寝首を掻かれたらおしまいだから、我慢するしかないか。きついなぁ……。

 

 

 

[────────]

 

 

 

 ひっ!? や、やっぱり聞こえる……しかも私を呼んでるわ!

 これは俗に言う「頭に直接……ッ」現象ってやつね。どうも橙や藍が使ってる念話に近そうだ。つまり空耳ではない。

 声質は女性のものだが、若干無機質な感じだ。まるでコンピュータに話しかけられてるみたい。

 それにどっかで聞いたことがあるような声だ。……誰だっけ?思い出せないわ。

 

「貴女は……誰?一体どこにいるの?」

[……────────]

 

 目の前? 見下ろす? くだらない戯言ね、私の目の前には寂れた大木さんしか立ってないわ! 幽霊一人居やしない。

 ……はは〜ん、さては私を惑わそうとしているわね!人の迷いを吸収する弱小妖怪かしら? 残念だけど、そこんじょそこらの妖怪じゃ私から畏れを得ることはできないわよ?何たって大妖怪だもん。

 

[────────]

 

 えっ、「そうではない」って?

 ていうかこいつナチュラルに思考を読んできやがったわ!さとり乙!

 どうせ幻覚系が得意な妖怪の仕業なんでしょ? なら対処は簡単、相手のペースに飲まれなければいいだけ! 私に隙はないわ!

 

「それで、誰とも知れない何処ぞの貴女がこの私に何の用かしら?」

[────────────]

「な、何ですってー!?」

 

 こ、この四面楚歌チャーミングな状況をどうにかしてくれるの!?

 救世主! 救世主が降臨なされた! どうか迷える私をお導きください!……って、早速相手のペースに飲まれてんじゃないわよ私! 本当かどうかまだ分からないでしょ!

 

 姿も見せない怪しい誰かさんを信じられるほど私はお人好しじゃないの。残念だけど、その申し出は受けられそうにないわ。

 

[────────……]

 

 いい加減しつこいわねぇ。

 そんなに私を助けたいの?もしかして本当にいい妖怪なの? ……もう分からないわねこれ。

 

「……その方法を聞くだけなら良いわ。ただし私に何かをした場合、すぐに悪意があるとみなすわよ。いいわね?」

 

[────]

 

 短い了承の言葉。

 その後彼女は淡々と語り出した。ノイズ混じりで時々よく分からない単語を言ってたりしてたけど、だいたい言いたいことは分かった。

 何でも西行妖──目の前にある寂れた大木さんのこと──にくっ付いてとあるワードを呟けば、声の主さんの力で外界からの認識を妨げる術式を構成させることができるらしい。それでほとぼりが冷めるまで隠れていろとのこと。

 

 ……いや無理でしょ。

 この声の主さんは藍や幽々子のことを舐めすぎている。そこんじょそこらの有象無象が作った術式なんて、彼女たちに通用するはずがないわ。

 

[────────]

 

 ものは試し?

 はぁ……簡単に言うわねぇ。

 けど他に頼るアテがあるわけでもないし、藁にもすがる想いでやってみようかしら。

 もし成功しなかったらただじゃおかないんだからね! 私の希望をへし折った罪は重いわよ!

 

[……────────]

 

 「ありがとう」……? なんで貴女がお礼を言うの? ……ほんと分からない妖怪さんね。

 

 大木さん──西行妖に触れる。妙に心がざわつくけど、私は何に緊張してるんだろう? なんか立ち入り禁止の境界を踏み越えて行くような……だけど背徳感とかそういうのじゃなくて。

 ああもう面倒臭いわね!

 それじゃいくわよ!

 

「『賢者八雲紫の名において命ず、800年の禁を解け』!……これで良いの?」

 

[────ええ、それで良い]

 

 えっ、いきなりノイズが消え……っ!?

 

「こ……れ、なに……?」

 

 やだ怖い!なにかゾクゾクしたものが体を這って自由を縛りつけてるわ!しび、痺れて……!

 ひっ、いやッ、助け……………

 

 

 

[おはよう、そしてゆっくりおやすみなさい。貴女は夢と現の境界で全ての顛末をしっかりと見届けるのよ。『無人は無尽にして夢人と為す』……悪いようにはならないわ]

 

 

 藍、幽々子……霊夢っ…ぅあ……────

 




咲夜さん頑張ってます
ちなみに声主さんはサグメ様じゃないわよん。サグメ様はすでにどこかで登場してるわよん。
なんか回を重ねるごとにゆかりんが退行してるような気がしないこともない。だけどこの先もっととんでもないことが起こるんDA

明日は節分の日!さあみんなで華仙ちゃんに豆をぶつけよう!ダイジョーブ、仙人に豆を投げてもどうにもならないからさ!


感想、評価をいただくたびに喜びの舞を舞っております。あなうれしや……
「文章も悪い、能も下手じゃ!セプテットの舞をせい!」
お、恐れながら作者は八雲家のファンにございま(ry


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三局亡我郷*

「────ッ!!?」

 

「うひゃあ!?」

 

 藍の9本の尻尾が逆立った。

 動物の毛が逆立つことは、極度の興奮状態にあることを示す。それは九尾の式である藍でも同じことであって、藍は目を見開き紫が消えていった庭先の方向を凝視する。

 そのただならぬ様子に幽々子は眉を顰め、妖夢はそのあまりのボリュームに吃驚して飛び上がった。

 

「紫様の妖力が消えた……だと……!?」

 

「……あら言われてみれば」

 

 ゆったりと答えたものの、幽々子もそのことに並ならぬ違和感を覚えた。

 彼女たちの感知網であれば、幻想郷のどこに行こうと天災妖怪から一人の人間に至るまでその位置情報を認知することができる。

 だがそれですらも紫の妖力を感じれないということは、紫が幻想郷から消えてしまったことを意味する。しかしなぜこのタイミングで消えたのか……それが問題だ。

 

「外の世界にでも行ったのかしら?紫も急よねぇ」

 

「……いえ、紫様は白玉楼にいます。妖力を感じることはできませんが、確かに式の繋がりを感じるのです。……どんどん薄れていますが」

 

「紫は妖力の制御が得意でしょう?いなくなった風を装って私たちを困らせようとしてるんじゃないかしら。妖夢を脅かそうと後ろにぴったりくっついてるのかもよ?」

 

「や、やめてくださいよそういうのは……。私耐性ないんですからね!」

 

 明るいやり取りをする幽々子と妖夢だったが、それでも藍の気は晴れなかった。

 やがて決心して立ち上がる。

 当の紫からは「付いてくるな」と言われたが、やはり何かがおかしい。

 式にとって一番の優先事項は主君の命令を遂行することである。しかしその主君に命の危険が迫っている場合は別だ。己の存在意義に反してでも救いに行かなくてはならない。

 

 一気に紫がいた場所まで駆け出そうとした───その時だった。

 

「────ッ!藍さん危ない!!」

 

 時空の歪みが生じた。

 時間が吹き飛ばされ、藍は勢い余って庭先に着地する。そして元々藍が居た場所には、火花を散らせながら刃と刃をつばぜり合う妖夢と咲夜の姿があった。

 

 妖夢は長刀の楼観剣を押し付け叩き斬らんとし、咲夜はそれを苦ともせずナイフ二本で斬撃を抑える。互いに一歩も譲らず、金属の擦れる音だけが白玉楼に響く。

 

 不覚というほかあるまい。藍は顔を(しか)めた。

 いくら相手が時を操る力を持っているとはいえ、目先のことにとらわれすぎて遅れをとってしまった。もちろんナイフに刺されたからといってどうにかなるわけではないが、咲夜を見抜けなかったことが問題なのだ。

 

 藍が復帰し、幽々子が扇子を閉じて立ち上がる。状況の不利を悟った咲夜は妖夢とのつばぜり合いを中止して距離を取った。

 三対一。オマケにうち全員が幻想郷トップクラスの実力者ときた。咲夜は少々早計だったか、と反省し、異変の黒幕たちへとナイフを向ける。

 

「一番乗りはメイドか。これは意外だったな」

 

「途中で雪女に合わなかったらもっと早かったわよ。まったく……倒すのに数年かかっちゃったわ。お嬢様のお声が懐かしいものです」

 

「それは難儀だったわねぇ」

 

 よく見ると咲夜の風貌は酷いものだった。メイド服やフリルはボロボロ、体中のいたるところに痣や切り傷が浮かび上がっている。

 赤いマフラーだけがそれらから逃れ、新品同様の状態を保っていた。

 まさに満身創痍一歩手前。どれほどの激戦だったのかを無言のうちに伝えていた。

 

「それで……そんな状態で私たちと一戦交える気か?手負いだからといって手加減するほど、私は甘くないぞ?」

 

「こんな怪我大したことないわね。……八雲紫がいないみたいだけど、まさか逃げたわけじゃないでしょう?どこに隠れているの?」

 

「紫様がお前如きに手を煩わせるまでもないということだ」

 

 藍は体中に莫大な妖力を張り巡らせ、式を己自身で書き換えることによってさらなる力を生み出してゆく。しかし、それは幽々子によって遮られた。

 

「藍ちゃん。貴女は紫が居た場所へ行ってちょうだいな。気になってちゃ戦いにならないでしょ?このメイドの相手は妖夢で十分よ」

 

 幽々子の言葉に応えるように妖夢は勢いよく頷き、背に下げている得物をもう一本引き抜いた。魂魄流剣術の基本の型、二刀流である。

 先ほどの攻防で咲夜の時止めを看破せしめた妖夢は、普通に考えて彼女と相性が良い。妖夢に任せるのが最適解というものだ。

 

「……申し訳ありません幽々子様。妖夢、すまないが頼んだぞ」

 

「任せてください!幽々子様も危ないので離れていてくださいね。それでは……さあ来いメイド!楼観剣と白楼剣を握った私に、切れぬものなどなんにもないっ!」

 

「嘘つきね。『ザ・ワールド』──時よ止まれ」

 

 十八番の時止めを発動し、まず一番にその場からの離脱を図っていた藍に狙いを定める。そして藍を仕留めた次に幽々子を───とはいかなかった。

 

 踏み出した先の空間が抉れ、斬撃が咲夜の世界を蹂躙する。咄嗟にナイフを振るい相殺させるが、咲夜の表情は優れない。

 

「……もう専売特許って考えはやめた方がいいのかしら。ここまで入り込まれると怒る気力も湧かないわ」

 

 霊夢にレティ、そして完全にというわけではなさそうだが妖夢まで。

 絶対無比と信じ続けてきた自分の能力が幻想郷に来てから息つく暇なしに容赦なく破られた。霊夢に破られた時はかなり落ち込んだものだが、いい加減慣れてしまった自分に咲夜は内心苦笑した。

 

 妖夢の方に視線を向けるが、まったくと言っていいほど妖夢は動かない。彼女は例外なく能力の支配下に置かれているようだ。

 ただ違うのは……

 

「貴女、見ているわね?──時は動き出す」

 

 妖夢の瞳が咲夜を追って動いていることである。

 さらに剣を振らずして至る場所から斬撃が飛び出す。そのあまりの制圧力の前には、時間を止めていてもラチがあかなかった。

 

 時が動き出すと同時に藍はその場から搔き消え、幽々子は空気に溶けて姿を消す。こうして、縁側で咲夜と妖夢が睨み合うという構図が完成した。

 静寂に包まれた空間は完全な無音状態になり、互いの息遣いや桜が地面に触れた音まで耳に入る。

 そして、その静寂をまず最初に破ったのは感心した様子を見せる妖夢だった。

 

「それだけの傷を負いながらそれだけの動きができるんですね。立ち振る舞いも武人としては一級品、まったくとんでもない人と巡り会えたものね」

 

「武人じゃないわ、メイドよ」

 

 幼少期の頃に美鈴から武術の稽古をつけてもらったことを思い出しながら、咲夜はあっけらかんと答えた。そしてそう答えつつも、虎視眈眈と妖夢の隙を探る。勿論、全くそれらは見受けられない。

 咲夜としてはすぐにでも勝負を決めたいのだが、いかんせん相性が悪すぎる。これでは迅速に勝つどころか戦闘の離脱も困難だ。

 

 とはいえ、咲夜はすでに妖夢の行っている攻撃のタネを暴きつつあった。

 付け込む隙は容易にある。

 

「……クロックアップ」

 

 咲夜の時は加速する。

 そのあまりの速さに残像は実体を生み出し、光の帯状に繋がってゆく。

 光速一歩手前のスピードは咲夜自身に少なくない負担をかけるが、その弱点を克服するためにあの時(紅霧異変)よりまた一から鍛え直したのだ。

 お嬢様が変化を拒まれるのなら、自分が変わるほかない。これまでのように護られるのではなく、護るために。

 

「速い……!だが、見えないわけではない!見えてさえいれば私はどんなものでも斬ってみせよう!……人符『現世斬』ッ!!」

 

 妖夢が太刀を振るうと同時に時空は歪み、訪れるはずだった結果が飛躍する。

 

 雨を斬れるようになるまでには30年、空気を斬れるようになるまでには50年。そして、時を斬れるようになるまでには200年掛かると言う。

 妖夢はそう祖父から教わってきた。

 

 だが妖夢が”空”を斬るのに要した年月は、わずか10年。そして”時”を斬るまでに要した年月は、たったの20年。

 鬼才、天才、どの言葉を取ってしても妖夢のソレを表現する言葉はない。

 

「つあッ!!」

 

「う、くぅ……!」

 

 妖夢の楼観剣による一閃が、光速で動く咲夜の腿の薄皮を切り裂いた。

 咄嗟のことでバランスを崩した咲夜は、追撃を防ごうといつもの癖で時を止めようとするが、先ほどの”時”への介入を思い出し慌てて妖夢との間の空間を引き延ばした。

 しかし空を斬る妖夢に距離など関係ない。空を斬り裂いて間を詰め、勢いそのままに咲夜へと肘鉄。咲夜は瀟洒に掌で肘を掴むが、小柄な体からは想像もできないほどの重い衝撃が体を駆け巡り、勢いを殺すことができずに桜の木をへし折りながら吹っ飛んだ。

 

 

 ただ時間を斬り、空間を斬るだけであれば咲夜も十分対応可能だ。

 だが妖夢の戦闘力が現時点で咲夜を上回っているのは、必然のことであり、また実際には到底不可能なことである。

 

 妖夢は達人を超えた遥か高みに達しても、なお精進を重ね続けた。

 それは彼女の上昇志向ゆえの結果でもあったが、同時に言えることは”比較対象”が悪かったのだ。

 なにせ周りにいたのはそんな自分より数段強い祖父に、底が全く見えない主人だけなのだから。彼、彼女に追いつこうと思えば並大抵の努力では足りない。

 よって妖夢の自己評価は一貫して”半人前”。

 だがそのおかげで、妖夢はこうして一級品の化け物メイド相手に一歩も引くことなく相見えることができる。

 

「私もまだまだ未熟ってわけね……。本当に考えさせられるわ、幻想郷って場所は」

 

 パンパン、とメイド服についた埃を払いながら立ち上がる。

 咲夜はまだ余力をたっぷり残しているように見える。だが実際には若干……いや、かなり疲労を蓄積させていた。

 先ほどの一撃もそうだが、一番の要因はレティとの戦闘にある。

 レティの力は幻想郷でもかなり強い部類に入る。さらに現在の季節は冬、レティがもっとも力を発揮できる時期である。はっきり言って、その力は咲夜を大きく上回る。つまり、格上。

 そんな彼女を曲がり技を使って打倒したのだ。代償はもちろん大きい。

 

「あぁ怠い。今すぐにでも休みたいものだわ……。だけどお嬢様の命令だから仕方ないわね。さっさと終わらせるしかない」

 

「主人に忠実なのはいいことです。だけど酷い主人だ……その命令の所為で貴女は冥界暮らしになっちゃうんですから、ねぇっ!」

 

 須臾を斬り裂く。

 時間が跳び、空間が消える。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

「なんなんだ……これは……」

 

 藍は唖然としてその場に立ち尽くした。

 目の前には肥大化を続ける一本の大木。花を付けるはずのなかったそれは、徐々に蕾を開花させ桜としての姿を取り戻そうとしている。

 

 花を付けるのはいいのだ。それがこの春集めの最終的な目的なのだから。

 だが、()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことは計画になかったはずだ。

 オマケに凄まじい勢いで西行妖の妖力が膨れ上がっている。この調子では直に藍の妖力ですらも追い越してしまうだろう。

 藍の妖力を超える。つまりその力を完全な破壊に向ければ、幻想郷どころか太平洋とユーラシア大陸を吹き飛ばしかねないほどの規模だ。

 

 完全なイレギュラー。そしてそれらに対処すべきはずだった自分には、全く策が思い浮かばない。

 頼みの綱である主人の紫は行方不明。……キャパシティオーバーだった。

 

「くそ、こっちの対処が先か?……いや、紫様の捜索の方が優先に決まっている!……ここに居られるはずなのだが……」

 

 辺りを見回し、自らの感知網をさらに狭めることで精度を向上させ紫の居場所を探るが、どうにも居場所が解らない。

 ふと、失踪した紫と膨張する西行妖との関係を予想し、マジマジと観察する。

 

 次々と開花を開始する花々、膨らみを増してゆく幹に根、枝々。そして僅かに紫の妖気が感じられる。だが姿はどこに見えない。

 

 

 

「───紫様、一体どこにいらっしゃるのですか……?まさか私を試しておられるのですか……?私は、こんなに心配で、心配で……」

 

「ヒャッハーッ!!おうおう何が居るんだってぇ〜?私にも聞かせろよぉ!!」

 

 閑寂な桜の庭に響く喧しい声、そして飛来したのは大量の星型弾幕。

 慌てて避けつつ視線を向けると、そこにはとても興奮して息遣いの荒い魔理沙と、箒にぶら下がり顔を下に向けブツブツと陰気に何かを呟くアリスの姿があった。

 イレギュラーの二連続に藍の逆恨みとも言える怒りのポルテージが急浮上する。

 

「……悪いがお前らに構っている暇はない。暫くおとなしくしててもら ────」

 

「なーに言ってんだぜ狐ぇ!こんなに桜が咲いてるのに宴なしってのはちょいとばかし殺生じゃないか!?」

 

「なにを言ってるんだお前は……」

 

「取り敢えず余興はお前だ!一発ぐらい弾幕でぶん殴らせろ!」

 

「なにを言ってるんだお前は!?」

 

 まったく話にならない。

 どこか錯乱しているように見える魔理沙から視線を外し、次にその隣で項垂れるアリスへと注目する。

 藍はアリスとは会ったことがなかったが、まあ今の魔理沙よりかは幾分マシだろうとタカをくくって話しかけようとした。

 しかし……

 

「……桜……良いわよね桜……。小さい頃から綺麗なお花が大好きだった。そうねぇ、ルイズ姉さんと一緒によくお花畑まで見に行ったわぁ。その中でもとりわけ満開の桜が好きだった……。みんなで一緒に桜の下でご飯とか食べたっけなぁ。うふ、うふふ……魔理沙たちがやって来た時に全部焼け落ちちゃった……うふふふ。だから幻想郷に来た当初は花見を楽しみにしてたわぁ……。だけど、春になっても誰も誘いに来てくれなかった。紫も、魔理沙も、霊夢も……いや、誰も私の家に来てくれなかった。……うふふ、私は孤高の魔法使い。幻想郷一の孤独な魔法使い……」

 

 アリスもまた異常だった。

 虚ろな表情でうわ言のように言葉を呟いている。目からは光が消え、一見すれば廃人の様相……というよりもはや廃人である。

 

「あっ……大きな桜の木。あんな綺麗な桜の下で死ねたら、幸せだろうなぁ……」

 

「おっ?アリスお前死ぬのか!?死ぬな死ぬな生きてりゃ何か良いことがあるって!魔女に寿命はないのになんで人生諦めちまうんだ!ネバーギブアップだぜアリス!立てよ、立ち上がれよぉぉ!!」

 

 煩い。おまけに邪魔だ。

 こんな連中と一緒ではおちおち紫の捜索も開始することができない。

 

「……はぁ、冰釋(解呪)

 

 見てられなくなった藍がそれぞれの術式を即座に構築し、魔理沙には鎮静剤、アリスには抗鬱剤として叩きつける。

 効き目はすぐに現れ、瞳孔が開きかけていた魔理沙は平静を取り戻し、鬱で沈んでいたアリスは生きる希望を取り戻した。

 

「……いやー恐ろしい騒霊だったぜ。あの演奏を聴いてからの記憶が全然ない」

 

「なにかとんでもないことを言ってたような気がする……。気のせいよね?」

 

「そろそろ話いいか?」

 

 これでようやく本題に入れる。戦いもしないうちから疲労が溜まる藍だった。

 八雲紫一番の部下である八雲藍の登場とあって、魔理沙とアリスは気を取り直して油断なく構える。

 彼女がいるということは八雲紫にも、黒幕にも近いということだろう。

 

「一応礼は言っておくぜ。だが、だからと言って起こした異変を見逃すわけにはいかないな。後ろの木も変に荒ぶって……いや、それはいい。紫と黒幕を出してもらおうか」

 

「私は紫を出してくれればそれでいいのよ。出してくれさえすれば敵対の意思はない。それで……紫は何処なの?」

 

 こっちが知りたい、というのが藍の率直な想いである。彼女たちの要求に応えることはできない。

 だがここで紫がいないことによる弱みを握られるのはまずい。不穏分子は自らの手で処理すると先ほど決めたばかりだ。

 

「紫様を出せ……だと?自惚れるんじゃない。たかが魔法をかじった程度の人間と、妖怪崩れの魔女に紫様の相手など務まるわけがないだろう。ふっ、笑わせてくれる。……思い上がった愚か者どもには罰を与えてやろう」

 

 式札を投擲して地面へと叩きつける。

 接した地面より太極図が広がり、ぐるぐると中心を軸に回り出す。そして淡い光の輝きとともにポンッ、と煙が上がった。

 飛び出したのは二又の化け猫、橙。霊夢に叩きのめされてからずっとマヨヒガでの待機だったが、やっとの登場だ。

 

「あれ、もう春集めはいいんですか?まだそれなりに春が残ってますけど……」

 

「まずはこっちからだよ。少しばかり手がかかりそうだからね、橙の力を借りたい」

 

「……!わ、私の力を!?そうですか、そうなんですね!分かりました!」

 

 藍の言葉によりやる気は十分。放出された妖力波が舞い散る桜を巻き上げる。

 それに呼応し藍も妖力波を垂れ流し、凄まじい重圧が辺りを支配する。冥界の一部が陥没しつつあった。

 これが、大妖怪。これが八雲の式たる力。

 

「気をつけなさい魔理沙。あいつら、パチュリーと小悪魔のコンビよりも力量が上よ。吸血鬼異変の時、パチュリーたちに勝ってる」

 

「私はあの二人が相手でも勝てる自信があるぜ。お前さんが足手纏いにならない限りはな。そこんところどうなんだ?」

 

「愚問ね。本気を出さなくても事足りるわ」

 

 アリスを中心に転送魔法陣が大量生成され、まばゆい光を放つ。一つの魔法陣につき約20体の人形が出現し、アリスが指一本を動かすたびに整然と規律ある半自律行動を開始する。

 一体一体の体躯は極めて小柄だ。しかしその規模はまさに一個師団、そして戦闘力は一人一個師団レベル。戦争とは数であり、質である。それを幻想郷でもっとも体現する存在が、アリスという都会派魔法使いなのだ。

 相棒の上海と蓬莱を召喚していないということは、まだ余力を大いに残していることを暗示させる。タダでは決して本気を出さないスタンスは未だに変わらない。

 

 戦力数の差は歴然だった。しかしそれを見過ごす藍ではない。

 すぐさま袖下より何十枚もの式札を投擲し、高速の九字切りによって術式を書き込む。やがてそれらは実態を伴って現れた。

 大地を埋め尽くす藍、藍、藍。その光景に魔理沙は顔を引きつらせた。

 

 式神とは組まれた数式によるプログラムによって動いている。藍と橙は少々特殊なケースにあたるが、プログラムが占める重要度はかなり高い。

 つまりその複雑怪奇な数式を式札に組み込めば、そのプログラム通りの式神が生成できるのだ。もっともそれには想像を絶するような高度な技術が必要であるし、一枚の生成には多大な労力と時間を割かなくてはならない。

 しかし藍はこれら1ダース単位を一瞬の間に行ってしまう。こうして自分を複数体生み出すのが藍の得意技だ。

 

「さあ目には目を……数には数を、質には質を、火力には火力を。お前たちが得意としている分野を私と橙でいとも簡単に乗り越えてやる!私たちはそこらへんの妖獣とは桁が違くてよ、色々と」

 

 

 

 *◇*

 

 

 ……らしくない。

 初めて異変解決で挫折しかけた。いくら飛んでも異変元へ辿り着けなかった。

 あいつが敵に回っただけでこんなに動揺しちゃうなんて、博麗の巫女が聞いて呆れるわね。私の心はこんなにも脆弱なものだったのかしら。

 

 魔理沙とアリスは先に行ってしまった。騒霊どもの影響を受けていたみたいで、二人ともどこか様子がおかしかったわね。私は何も感じなかったけど。……いや、感じることができなかったけど。

 黒色の騒霊はアリスに、色の薄い騒霊は魔理沙に色々していたけど、逆に墓穴を掘った感じね。仮にも魔法使いな連中だし、精神面への攻撃には耐性があったんだろう。逆に言えば精神に弱点を置いている妖怪に対しては一方的な相性を誇るのがあの騒霊たちなのか。

 私の相手をした赤色の騒霊は何をしてるのかよく分からなかったわね。正直言って拍子抜けだったわ。まあ、手間がかからないことはいいことよ。

 

 ……そろそろ異変の黒幕も近いか。そして、そのすぐ近くには恐らく紫がいる。

 

 紫との敵対っていうケースは何度か考えたことがある。私は博麗の巫女、そして紫は妖怪の賢者。今は協力体制が敷かれていてもいつどんなきっかけで決裂するかは分からない。

 紫のことは一応信頼はしているわ。あいつとはなんだかんだで付き合いは長いもの。一番最初の記憶を振り返ってみても浮かぶのは紫の顔ばかりだ。次に魔理沙、藍、橙と続く。小さい頃は紫のことを母と疑ってやまなかった。

 

 だけど……紫の方はどうなのか分からない。紫の考えていることが全然分からないの。

 もしかしたら紫は私のことを幻想郷を動かす上での一つの道具にしか思っていないのかもしれない。そうじゃないって信じたいけど、やっぱりその疑念を完全には拭い切ることはできなかった。

 

 ……はぁ、変ね。いつもの私ならこんなこと考えないはず。なんだかんだで騒霊どもから何らかの影響を受けてるのかしら。

 これからが本番だっていうのに……。

 

 

 

 

「……っ」

 

 ────来たか、幻想郷中を大混乱に導いてくれた元凶の大馬鹿野郎が。

 遠くの空からこちらに近づいてくる一つの人影。そして、その影に群がる大量の何か。

 ──蝶。それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶。その美しさはきっと、芸術を理解出来たなら言葉にならない程のものなのかもしれないわね。私はそういうのよく分からないけど。

 その人影はやがて私にも肉眼ではっきりと確認出来るようになる。桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。

 そして、彼女から立ち昇る圧倒的なまでのプレッシャー。成程、コイツが元凶か。間違いなく紫やレミリアクラスだ。

 

「まずはようこそ生き人の巫女。私の名は西行寺幽々子、冥界を管理する立場にある者として貴女たちのご来界を心よりの歓迎を申し上げますわ」

 

「御託や前置きはどうでも良いのよ、この元凶。あんたのおかげでウチの神社の桜が一本も咲かないじゃないの」

 

「あら、桜ならここにいくらでも咲き乱れてますわ。お花見がしたいのならどうぞご自由に。冥界の桜は何処よりも美しいと評判よ。しかも今年は西行妖が咲き誇る。最高のお花見になるわ」

 

「私は顕界の春を愉しみたいのよ。こんな死臭漂う場所はお呼びじゃないわ」

 

 私の言葉に、元凶はくすくすと微笑みを浮かべるばかり。なんか調子が狂う奴ね。得体のしれないというか、掴み難い。どこぞのスキマ妖怪に似た雰囲気だ。

 睨みつける私の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。

 

「せっかく私の最高の友人が協力してくれているというのに、はいどうぞというわけにはいかないわね」

 

「最高の友人?……ああ、そうか。あんたが紫を誑かしたのね」

 

「違うわ。彼女は自分の意思で私への協力を申し出てくれた。多分、貴女との対決も辞さないつもりだったのよ」

 

「紫が幻想郷の害になることを手伝うわけがない。あいつが軽はずみにあんたなんかにつくはずないわ」

 

「フフッ…貴女に紫の何が分かるのかしら?たった10数年、紫の庇護下で生きてきただけの滑稽な巫女が偉そうにねぇ」

 

 何が言いたいんだ?この亡霊は。

 どうにも気にくわない奴だ。ここまで私を苛々させた奴はかなり久方ぶりよ。

 紫の優先順位なんて知らない。紫の親友って名乗ってるこの亡霊と私、どっちの方が大切かだなんて、どうでも良い。

 紫が私を試しているのなら、それを突破した上であいつをブン殴る。もし紫が暴走しているのなら、私があいつをブン殴ってやめさせる。

 

「話はそれくらいにしましょ。結局勝った方が全てよ。私が勝てば幻想郷に春は訪れ、あんたが勝てば冬が続く。単純明快ね」

 

「……そう、それでいい。いつの世も純粋な目的こそが美しく映えるわ」

 

 再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。それと同時に亡霊の周りがぼやぼやとぶれ始めた。

 これは────ッ!?

 

「『夢想天生』!!」

 

 スペル発動とともに濃厚な死の気配が消え去った。あとコンマ数秒でも遅れていれば……恐らく命はなかった。

 強力な、呪いに似た何かだ。

 

「成る程、それが噂の夢想天生ね。……見聞に違わぬ圧倒的な力、これは骨が折れそうねぇ」

 

「無理よ。私の夢想天生は絶対無敵、どんな手段をもってしても私に干渉することはできない。空気を掴めないことと同じ」

 

「そう、確かにこれは破れそうにないわね。だけどやられる気もさらさらしないわ。貴女はその力を使って私から逃げ惑うことしかできないのだから。死は空をも殺してしまうかもしれない。……死蝶に捕らわれてしまわぬように、精々必死に逃げ回りなさい。不格好な演舞でも、命を掛けたものならば力強く煌めく明星となるでしょう。──さあ、舞を始めましょうか。少しでも美しく、少しでも優雅に。私の描く弾幕が、どうか最愛の友の心を少しでも胸打つモノとなるように」

 

 喋り終えるや、幽々子は圧倒的な量の弾幕を私に向けて展開する。何て圧倒的な物量、これが冥界の主の力なのか。

 ハッ、上等よ。その人を舐め腐ってる増長した鼻っ柱、全力で叩き潰してやる。こいつをぼっこぼこにした後で、この異変に関係してるっぽい紫も一緒にシメる。

 冥界の管理人だかなんだか知らないけれど、幻想郷の春は私のものよ。神社で花見をする為にも、さっさと春を返してもらうわよ!

 

「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

 

「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう少し……もう少しで貴女に逢える。

 

 待ってて、すぐに迎えに行くから……。

 

 

 

 

 




ゆかりん出なかったなぁ。
アリスは吸血鬼異変時、遠隔魔法で戦闘を盗み見てました。歌って踊れる可愛い魔法使いはやっぱり違うぜ!


みんなもできる!咲夜の世界入門方法!

霊夢→勘
レティ→「私の世界よ」
妖夢→あーこれつまりだねぇ……

「フェムトわかりやすく言うと須臾。須臾とは生き物が認識できない僅かな時のことよ。時間とは、認識できない時が無数に積み重なってできています。時間の最小単位である須臾が認識できないから時間は連続に見えるけど本当は短い時が組み合わさってできているの。組紐も1本の紐のようだけど本当は細い紐が組み合わさっているもの。認識できない細さの繊維で組まれた組紐は限りなく連続した物質に見えるでしょう。そのとき紐から余計な物がなくなり最強の強度を誇るさらには余計な穢れもつかなくなるのです。この紐をさらに組み合わせて太い縄にすることで決して腐らない縄ができる。その縄は遥か昔から不浄な者の出入りを禁じるために使われてきたのよ」

……っていう豊姫様の3ページにおよぶありがたいお言葉にある通り、時間とは須臾が無数に重ねてできています。その須臾のつながりを断つことによって時間の断続性を妨害し結果へ行き着かせるというなんともいえないこれ作者も言ってることよくわかってねぇなって感じの論理です。
ほら、あれだ……キングク○ムゾン!


タイトル変えようか迷ってます。理由はひとえに長いから!けど今更変えるかい?っていうね……うん。
けど別にいい案があるわけでもないので……どうなんだろうね。


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嬢の亡骸は彼の世の上に*

 最高のネタを入手した。ついでに最高の写真もゲットした。それによって最高の記事が書けた。今の私の気分は妖生稀にみるほどにウハウハだ。

 しかし私は妥協しない。今この瞬間にも私の新聞に影響を受けた幻想郷の住人たちが各々動き出そうとしているのだから!

 新たなネタがさらに量産されようとしている……逃さない手はないわよねぇ?

 乗るしかないでしょう、この風に!

 

 

 とまあ……意気込んで出かけたのはいいものの一発目に霊夢さんと遭遇、問答無用の攻撃を受けてしまった。異変時の巫女の空恐ろしいことである。

 だが半ば諦め気味に行ったフェイクがまさかの成功。アリスさんが懇意?で寄越してくれた『文ちゃん人形』を囮に霊夢さんから逃げ出すことができた。

 正直あの状況から逃げ出せるとは思っていなかった。運が良かったのか、はたまた霊夢さんの気まぐれなのか。今となっては知る由がない。

 

 それからは若干自重しながらの尾行を行うことにしたのだが、まあ十分過ぎた。

 偶然見かけた咲夜さんとレティさんの決闘は、とても目がチカチカしてエキサイティングかつ写真映りに優しいものだった。本来なら号外レベルの記事が書けそうな内容ではあったが、咲夜さんの言動を見るにまだまだ異変は序の口っぽい。

 祭りはまだ始まったばかりということですね!

 

 しかし咲夜さんはレティさんとの戦闘でかなり消耗しており、動くペースもかなりゆっくりだっ