少女はその身に魅惑の果実と赤き龍帝を宿す (夜叉猫)
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新生転生の無花果
〜Prologue〜




―――――『シアワセ』と『フコウ』の定義ってなんだと思う?

by.一誠


いつの間にか私の中にソレは在った。

 

 

 

私のモノであって私のモノでない。

 

 

 

息を呑むほどの美しさと、

 

 

 

決してそれに触れてはいけないという恐怖。

 

 

 

その2つが混ざりあって感じる官能的な感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――その樹木には果実がなっていた。

 

 

 

―――――『純白』。

 

―――――『鈍色』。

 

―――――『漆黒』。

 

―――――『天色』。

 

―――――『紅色』。

 

―――――『山吹色』。

 

―――――『常磐色』。

 

―――――『橙色』。

 

―――――『紫紺色』。

 

―――――『四色混合』。

 

 

 

十顆の果実は私を魅せる。

―――――魅せ続けてしまう。

 

 

 

遂に私は―――――ソレに近づいてしまう。

 

 

 

手を伸ばせば届く距離に。

 

 

 

近づけばソレは一層美しく、

 

 

 

私はそれに陶酔する。

 

 

 

ナニカが私を惑わす。

 

 

 

恐怖なんてもうなくなっていた。

 

 

 

ただその官能的な感覚をしっかりと味わいたくて……。

 

 

 

実っている果実が美味しそうで……。

 

 

 

私は―――――無意識のうちに手を伸ばす。

 

 

 

その禁忌の果実へと―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『■ッ■ー、お前にはまだ早い』

 

 

 

しかし、それは誰かに止められた。

 

 

 

―――――『いつか、いつの日かコレが必要な時が必ず来る』

 

 

 

顔はぼやけていて見えない。

 

 

 

―――――『それまでコレはお預けだ』

 

 

 

優しい声音。

心が安らぎ、とても安心する。

 

 

 

―――――『まだお前は知らなくていい』

 

 

 

大きな手が私の頭を優しく撫でた。

 

 

 

―――――『コイツの力は俺が抑えておく』

 

 

 

そう言った声の主は私から離れ、樹木の前に立つ。

 

 

 

―――――『赤■帝■・ド■イグ・■ッ■の名にかけて』

 

 

 

ノイズが走ったようにしっかりと聞き取れない。

 

 

 

―――――『お前だけは守ってやる』

 

 

 

その言葉を合図に、声の主は姿を変える。

 

 

 

巨大な、巨大な体躯を持った―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――赤いドラゴンだった。

 

 

 

―――――『俺の、俺だけの■ッ■ー』

 

 

 

赤いドラゴンは愛しい者を呼ぶように言う。

 

 

 

―――――『傷つけさせはしない』

 

 

 

煌々と燃える炎を身に纏わせてその体躯を持ち上げる。

 

 

 

―――――『俺はお前の中に必ず()る』

 

 

 

その言葉が私の中で反響する。

 

 

 

こんなドラゴンが私の中に……。

 

 

 

それならきっと―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――寂しくなんてない。

 

 

 

 

 

―――――『目を覚ませばココの記憶は失われる』

 

 

 

その言葉に私は狼狽える。

 

 

 

忘れてしまうのは悲しい。

 

 

 

―――――『安心しろ、■ッ■ー』

 

 

 

―――――『お前が俺と出会うのはそう遠くはないだろう』

 

 

 

―――――『俺とお前はそういう運命■■■』

 

 

 

激しいノイズが混じり始める。

 

 

 

―――――『■た■お■俺の■し■■ッ■ー』

 

 

 

もうほとんど聞こえない声。

 

 

 

だけど、それでも、私には心地よかった。

 

 

 

私の味方はすぐ傍に居たのがわかったから。

 

 

 

さよなら、私のドラゴンさん―――――。

 

 

 

 

 

―――――また、会う日まで。

 

 

 

 

 

 



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〜Episode One〜




―――――本当の『コドク』を耐えられる『ニンゲン』なんていないんだ


by.一誠



 

 

―――――『兵藤一誠』。

 

 

 

男の子みたいな、だけどそれは私の名前。

親しい人たちは皆私のことを『イッセー』と呼んでいる。

幼い時は散々男の子みたいだとからかわれた名前だけど、やっぱり大切なモノだ。

お父さんとお母さんが悩みに悩んで私にくれた一番最初のプレゼントだから―――――。

 

 

 

 

 

歳は17、つまり高校2年生。

―――――【私立駒王学園】に通っていて、部活は何処にも正式加入はしていない。

だけど、スポーツは好きだし、運動神経もそれなりに悪くないから色んな部活動の助っ人だったりをしている。

 

頭はそんなに良くはないけど、悪いってわけでもない。

所謂凡人という類なんだろうけど、私は別に気にしてなんていない。

 

 

 

―――――ただひとつだけ、私には悩みがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――イッセー先輩!

私と付き合ってくださいっ!」

 

人気の少ない体育館裏、私はそこに呼び出されて告白されていた。

―――――女の子の後輩から。

 

「えっと……私、女だよ?」

 

私は苦笑いを浮かべつつ言った。

そう、コレが私の悩み。

―――――何故か女の子にモテるのだ。

 

「わ、わかってます!

だけどイッセー先輩がカッコよすぎて!」

 

カッコイイ……か……。

私は無造作に束ねた自分の髪の毛を触りながらその言葉を聴く。

 

「ごめんね?

告白は嬉しいけど……やっぱり付き合えない」

 

「……そ、そうですよね……」

 

後輩の女の子―――――確かバスケットボール部にいた娘だったはず―――――は何処か吹っ切れたような表情を浮かべた。

 

「困らせてしまってすみません!

それと返事をしてくださってありがとうございました!

私、行きますね!」

 

そう言い残して後輩の女の子は走り去っていった。

うーん……やっぱり罪悪感が……。

私は頬を掻きながら後輩の女の子が走り去っていった方向を見つめる。

 

「おーおー。

また告白されてたのかよイッセー!」

 

「お前ばっかりモテて羨ましいっ!!」

 

「松田、元浜……見てたの?」

 

突然現れた2人は私を偶然見つけたといった風に声をかけてくるが、こんな場所で偶然会うなんてことはないため隠れて見ていたのだとわかる。

 

「……私女の子なのになんで女の子から告白されるんだろう……」

 

髪だってポニーテールにできるくらい長いし、今はサラシを巻いて潰してるけど胸も日本人にしては大きいくらいにはある。

身長は平均より少し高いくらいだし、顔もどちらかといえば可愛いと言われるほうだと思う。

……なのに何故か女の子に告白される。

 

「ケッ!

その溢れんばかりのイケメンオーラのせいだろ。胸小さいし」

 

「そーだそーだ!

運動神経抜群でそこいらの男より男らしいお前が憎たらしいわ!胸小さいけど」

 

「……よし、松田、元浜、ちょっとオハナシしようか」

 

れっきとした女の子に何という言い分だろうか。

しかも言うに事欠いて私の胸を小さいとのたまうとは。

私は逃げ出す2人を追いかけた。

 

「ちょ!?

なんで俺だけ?!」

 

足が松田と比べると遅い元浜を速攻で捕まえた私はヘッドロックを掛ける。

 

「痛い痛い痛い!!!!

あ、でも胸柔らかい……でも痛い痛い痛いっ!!!」

 

「私の胸はサラシを巻いてるから小さいの!」

 

「ず、頭蓋骨が悲鳴を、悲鳴をぉぉぉぉお!!!」

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ元浜を容赦なく絞め落として、何処かへ逃げた松田を探し始める。

松田にはラリアットで許してあげよう。

うん、私すごく優しい。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

学校が終わり、その日は部活に行く予定もなかったので久しぶりに早めに帰ろうと校門をくぐった時、1人の見知らぬ男子生徒から声をかけられた。

 

 

 

「―――――兵藤一誠さんですか?」

 

何処の学校だろうか?

少なくとも私の記憶にはない制服に身を包んだ男子生徒が私の名前を尋ねてくる。

 

「一目惚れしました。

俺と付き合ってください」

 

「……はい?」

 

あまりにも珍しい事態に私の思考回路が一瞬停止する。

……男の子から……告白……?

 

「俺、天野夕麻って言います。

前にこの辺で貴女を見て目を奪われました」

 

私が混乱していると男子生徒は名前を名乗ってくれた。

天野夕麻くん……。

私は咳払いをして夕麻くんに向き合う。

 

 

 

「まだあなたのことを何にも知らないから返事はできないけど……まずはお友達からじゃ、ダメかな?」

 

私がそう言うと、夕麻くんは満足気に頷いた。

その日は連絡先を交換するだけで終わり、また後日デートをしようという話になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでデート当日。

私自身、あまりフリフリした女の子らしい服を持っていなかったというのもあり、その日はいつも通りの服装で夕麻くんを待っていた。

ボーイフレンドデニムとワイシャツを使ったコーディネートだが、悪くはないと私的には思う。

待ち合わせ場所に付くまでに何処か怪しげなチラシを手渡されたが、私はこういうものを捨てられない質なのでポケットに折りたたんで入れていた。

 

「早いね……一誠ちゃん」

 

「夕麻くんを待たせるわけにはいかないからね」

 

男の子とのデートの経験はないが、知識くらいなら本などから吸収できる。

私は吸収した知識を此処で発揮するべきだと思った。

 

「じゃぁ行こっか?夕麻くん。

一応プランは決めて来たから」

 

「え?……え??」

 

面食らったような表情の夕麻くん。

私はそんな彼の手を握って歩き始めた。

 

その後のデートの流れはありがちなもので、ウインドウショッピングを交えながらの買い物だったり、近くに出来た新しいゲームセンターに行ったり、お昼に丁度いいカフェを見つけて入ってみたりというものだった。

ただ、途中から夕麻くんが何としてでもお金を払おうとしていたけど……別に気にしなくていいのになぁ……。

どうせ欲しいものもないから貯まったお金を使う機会だし。

 

 

 

 

 

そうやって遊んでいればいつの間にか辺りは夕陽で赤く染まっており、デートの終わりも近くなっていた。

最後に私と夕麻くんは夕暮れの公園に足を運んでいた。

 

「今日は楽しかったね」

 

「……俺は男として情けなかったかな……」

 

顔に手を当てて何処か落ち込んだ雰囲気の夕麻くん。

 

「え?なんで??」

 

「一誠ちゃんの行動がどう考えても俺より男らしかったからだよ?!」

 

つい立ち上がってしまったと言わんばかりの夕麻くんに私は苦笑いを見せる。

 

「あ〜……ごめんね?

いつも通り行動してたらこうなっちゃって……」

 

「え?まさか食事代とかも……」

 

「うん。

私がいる時は基本的に私が全部払ってるよ?

皆と楽しい時間を過ごさせてもらってるんだから当然だよ」

 

私がそう言うと夕麻くんはため息を吐きながら再び腰を下ろしてしまう。

 

「何この娘すっごくイケメンなんだけど……」

 

呟くようにそう言う夕麻くん。

これくらい当たり前だと思うんだけど……。

 

「……ねぇ、一誠ちゃん」

 

「何?夕麻くん」

 

ワントーンほど低くなった声で私の名前を呼ぶ。

そして、私が隣を向いた時には―――――夕麻くんの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……動かないで」

 

その代わり、私の背後で夕麻くんの声が聞こえた。

背中に何か鋭いものを突きつけられている感覚を感じる。

 

「……君も運が悪い。

その身に【神器(セイクリッド・ギア)】なんて危険な物を宿らされたんだから……」

 

夕麻くんは苦しそうによくわからないことを言う。

【神器】とは一体何なのだろう?

 

「危険分子となる、可能性がある、君は……処分、させて……もらう……」

 

その声はとても辛そうで、まるで壊れる寸前のヒトのようだ。

私は動くなと言われたけど、振り返った。

 

「ッ?!

う、動くなって言った―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――綺麗……」

 

「……え……?」

 

私の前にいたのは美しい一対の黒翼を背から生やした存在。

何処かで読んだ本の中にいた存在に似ている……確かその名前は―――――『堕天使』。

 

夕麻くんの構えていた光り輝く槍がその形を揺らがせる。

見開かれた双眸は私を見つめていた。

 

「……き、綺麗……?

俺の汚れたこの翼が……綺麗……?

地に堕とされたこの翼を……君は綺麗って……言うのか……?」

 

動揺、そして驚愕の表情を浮かべる夕麻くん。

 

「『天使』だった頃のあの白い翼がこんなにも汚れてしまったのに……君はそれでも……綺麗だと……?」

 

すがりつき、問いかけるような弱々しい夕麻くんの声に私は答える。

 

「……うん。

紫黒色の宝石みたい……。

私は……白い翼より……好きだよ……?」

 

「……ッ!!」

 

その言葉を聞いた夕麻くんは手に持っていた光り輝く槍を霧散させて顔を覆った。

 

「……なんで、なんでそんなことを……言うんだ……。

殺すって……決めてたのに……揺らいじゃうじゃないか……ッ!」

 

泣き出してしまいそうな夕麻くんの叫び。

私は立ち上がって、震える夕麻くんの身体を優しく抱きしめる。

 

「……私を殺しに来たの?」

 

「……そうだ」

 

短く吐き出すように言う夕麻くん。

 

「君には【神器】の反応があったから……暴走されるよりも先に殺してしまえという命令だった……」

 

「……その【神器】って何なの?」

 

聞きなれない言葉に疑問を持った私は夕麻くんに尋ねる。

 

「……神様が創った不完全な代物……かな……」

 

「……よくわからないけど、私にはそれがあるの……?」

 

私はあんまり頭が良くないから詳しくはわからないけど、危険なナニカが私の中にはあるらしいというのだけはわかった。

 

「……そういうこと……」

 

「……そっか……」

 

そんなものがあるだなんて知らなかった。

それに何より、夕麻くんのような存在がいるのですら知らなかった。

私は自分の知っている世界はあまりにも狭かったのだと、そう認識する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッッ!!!」

 

―――――刹那、私の身を嫌な予感が襲う。

無意識のうちに、抱きしめていた夕麻くんの身体を全力で押し退けた。

 

 

 

 

 

―――――ザクッッ!!!!!

 

 

 

「い、いきなり何―――――えっ……??」

 

私に押しのけられて尻餅をついてしまった夕麻くんが批難の声をあげようとして、目を見開く。

 

 

 

 

 

「……ッッ?!」

 

腹部に激痛が走る。

視界に入ったのは夕麻くんの光り輝く槍をどす黒くしたような汚い槍。

そして―――――貫かれた私のお腹。

槍を抜こうとしたけど、ふっと槍は消えてしまう。

残ったのはポッカリ空いた、私のお腹。

 

「……ぁ……ぇ……??」

 

吹き出す赤い、紅い、朱い―――――血。

それを自覚した時には私の視界がボヤけ始める。

気がつけば私は地面に倒れ込んでいた。

 

 

 

「ドー■シ■■!!!

■前、■ん■■と■……ッ!!!」

 

「■ん……お■が■■もた■ている■■だろ■?」

 

夕麻くんと誰かが言い合う声が掠れつつも聞こえて来る。

 

(……あぁ……痛い……なぁ……)

 

命が自分の器から零れていく感覚がする。

いつの間にか夕麻くんと誰かの言い合う声もなくなり、私は一人になっていた。

 

(……1人は……嫌だなぁ……)

 

私の目からとめどなく涙が溢れてくる。

誰も知らないところで、1人逝くなんて……そんなの嫌だ。

 

―――――涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『泣くな、俺のイッセー』

 

 

 

懐かしい、 安心する声が聞こえる。

 

―――――『お前は死なせない。絶対に』

 

あなたはだれ……?

わたしはあなたをしらな……い?

 

―――――『今は安心して眠れ』

 

―――――『次に起きた時には全て終わっている』

 

―――――『だから、泣かないでくれ』

 

……わかったよ……。

あなたのこえをきいたら……ねむたくなってきちゃった……。

 

―――――『あぁ……ゆっくり眠れ』

 

うん……。

おやすみ―――――わたしのどらごんさん……。

 

 

 

―――――私の意識は暗闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

Side Out

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

Side 三人称

 

一誠が倒れ、血の海に沈んだ公園に、ひとつの魔法陣が展開される。

光を発しながら魔法陣が消えた後、その場に居たのは紅髪の少女だった。

 

 

 

 

 

「―――――あなたね、私を呼んだのは」

 

紅髪の少女は目の前に倒れる一誠の姿を見て目を見開いた。

まさに死に体の一誠が自分を呼んだということに驚いているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『紅髪の悪魔の娘よ』

 

 

 

「……ッ?!!」

 

突然響く威厳のある声に、紅髪の少女は身を固くし、構える。

 

―――――『そう固くなるな』

 

「……あなたは誰……?

一体何処いるというの……?」

 

警戒の色が消えない紅髪の少女。

 

―――――『目の前の少女の中だ』

 

―――――『俺は【神器】に封じられた龍なのさ』

 

「なっ……?!」

 

まさに―――――驚愕。

目の前の死に体の少女が【神器】を持ち、更には所有者の意志がないにも関わらず、声を届けるレベルの意思を持った龍が宿っているということに。

 

―――――『早速だが取引だ紅髪の悪魔の娘』

 

―――――『このままではイッセーが死んでしまう』

 

―――――『お前の持つ【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】を与えてくれ』

 

紅髪の少女は一瞬考えるような素振りを見せたが、クスクスと興味ありげに笑った。

 

「いいわ。

面白そうだし、何より興味が出てきたわ。

対価は―――――」

 

―――――『対価は俺が宿るイッセーが眷属になることだ』

 

―――――『それでは不満か?』

 

何処か威嚇も混じったような言葉に紅髪の少女は更に笑う。

 

「いいえ。それでいいわ」

 

―――――『……感謝する』

 

そうして、紅髪の少女と自らを龍と名乗る者の会話は終わったのだった―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Two〜



―――――『キオク』ほど不確かなものなんてない


by.一誠


―――――『うわーなんだよその目きもちわるー』

 

1人の少女がいじめられていた。

その娘の瞳は左右の色が違っていて。

左目が金色に染まっている。

 

 

 

 

 

―――――『今日も雨じゃん……この雨女』

 

幼い少女にまるで嫌悪するかのようにそう言う少年たち。

口々に少女を責め立てる。

少女はうずくまっているばかりで何もしない。

 

 

 

 

 

―――――『ちやほやされるからって調子に乗らないでよ』

 

少女が何処か狭い場所に閉じ込められていじめられている。

誰も、助けなどいなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「―――――ッ!!!」

 

私は身体を勢いよく跳ね上がらせて起きる。荒い呼吸をしながら、額の嫌な汗を拭った。

 

「……嫌な夢……」

 

目覚めとしては最悪なものだと私は自嘲するような笑みを浮かべる。

 

―――――あの日、夕麻くんを庇って殺されたはずの日から私はこのような嫌な夢を見るようになっていた。

いじめられている少女の顔はぼやけて見えない。

夢というのは自分の深層心理を映す鏡のようなものだと昔誰かに聞いた覚えがあるけれど、心当たりもなく何故こんな夢、悪夢を見始めてしまったのかが分からない。

 

 

 

私は初め、何故生きているのかが不思議でたまらなかった。

何せ私は―――――槍に貫かれて死んだはずなのだから。

『何故か生きている』。その理由はいくら考えても分からず、結果―――――奇跡が起きたのだと、自己完結させた。

夕麻くんのような、『堕天使』という存在が居るというのなら、そういった考えも否定出来ないだろう。

 

 

 

 

 

「―――――イッセーちゃーん!もう朝よ〜!」

 

下のキッチンの方からお母さんの声が聞こえて来る。

 

「わかってるよー!」

 

そんな返事をして、私はベットから立ち上がった。

 

「……シャワー、浴びないと」

 

あの夢のせいだろうか?

案の定、私の身体とパジャマは汗でベタベタしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――行ってきます」

 

シャワーも浴びてリフレッシュした私は制服に身を包んで家から出る。

通学途中、どうにも朝日が厳しくて目を細めてしまうのはどうにかならないだろうか?

それ以前に、私はこんなにも朝に弱い人間だっただろうか?

自分の身体がまるで()()()()にでもなったかのような感覚を覚えながら私はいつもの通学路を歩む。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

私立駒王学園―――――。

 

それは私が通っている学校の名前だ。

この学校は数年前まで女子校だったせいか、共学となった今でも男子生徒より女子生徒の割合が多い。

学年が下がるにつれて男子生徒の比率は上がるが、それでもやはり全体的に女子生徒が多かった。

発言力も未だ女子の方が圧倒的に強く、生徒会も女子生徒の方が多く、生徒会長も女性だ。

男子が強く出られない校風ではあるが、なんだかんだ仲良く出来ているというのが私の印象だ。

 

かく言う私も男子生徒とは仲良く過ごそうとしている。

その中でも特に仲が良いのは―――――彼らだろう。

 

 

 

 

 

「よー、イッセー。

今日も貧乳―――――じゃない?!」

 

「何ぃ?!

そんな馬鹿―――――本当だ!?」

 

「……松田、元浜……」

 

言ったのは私だが、コイツらと仲が良いという言葉を早くも撤回したくなってきた……。

今日はたまたまサラシを巻くのを忘れただけだというのに……。

私は笑顔を浮かべて2人に近づいた。

 

「え、えっと……イッセー=サン……?」

 

「そ、その構えた手は……ナンデスカ……?」

 

松田と元浜は引き攣った笑みを浮かべて私にそう言ってくる。

私はそんな2人の頭を容赦なく掴み―――――握り締めた。

 

「「痛い痛い痛い痛いッッッ!!!?」」

 

「私、言ってたよね?

私の胸はサラシを巻いてるから小さく見えるんだって……っ!!」

 

言って、更に力を込める。

たまには天罰というのも必要だと思う。

……毎度天罰を与えてる気がするのは気のせいだよね!

 

「ギブギブギブッ!!!」

 

「わ、割れる……ッ!

頭が割れちまう……ッ!!!」

 

「そんな煩悩の塊割れてしまえっ!」

 

「「くぺっ……?!!」」

 

2人は変な声を上げながら、白目をむいて気絶してしまった。

 

「ほらほら、ホームルームを始めるぞ!

早く席につけ!」

 

ちょうど教室に入ってきたクラス担任の先生が教卓に立ちながらそう言う。

私は何事もなかったかのように気絶した2人をそのままに自分の席に移動する。

 

「なんだ……松田と元浜はまた気絶してるのか」

 

クラス担任の先生は倒れ伏している松田と元浜の姿を見ると、困ったような表情を浮かべた。

 

「どうせ兵藤に余計なことを言ったんだろう……。

兵藤もあんまり手荒な真似はやめておけよ?

いくら自業自得とはいえその手の行動ばかりされると注意せざる負えないからな」

 

「わかってまーす」

 

私が仕方がなくと言った返事をすると先生は苦笑いを浮かべる。

 

「松田と元浜はそのままにしておくとして、さぁ、ホームルームを始めるぞ」

 

こうして、今日もいつも通りの日常が始まるのだった―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はえらく体力が余っていたので、遅くまでバスケットボール部に厄介になっていた。

帰り道は夕暮れというよりかは真っ暗になっている。

ただ歩を進めていていると、気が付けば近所の公園まで歩いてきていた。

―――――それにしても、私の身体がおかしい。

いつもよりも激しい運動をしたはずなのに、夜になればなるほど力が湧いてくるのだ。

目が冴えて、五感が鋭くなっているのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッッ!!?」

 

そんな時、私の身を、悪寒が走った。

何処からか感じる他者の視線。

これは……いけない。

私が関わってはいけない類の気配だ。

 

(……ど、何処から……?)

 

震える身体に鞭を打ち、その発生源を探す。

そこにいたのは―――――男。スーツを着た男だ。

視線は凍るように冷たく、しかし、灼熱のナニカが私の身体を焼いている様に感じる。

―――――コレは一体何なのだろう……???

 

男は焦る私に構うわけもなく、こちらに近づいてくる。

―――――冷汗が、額を伝う。

 

 

 

「ふむ……。

貴様は殺したはずだが……なるほど、()()()()()()()

 

突然口を開いた男は意味のわからないことをいい始めた。

……いや、『殺したはず』といった……?

―――――ということは、この男が私を殺した犯人なのだろうか……?

 

「まぁいい。

何にせよ貴様は危険分子のひとつだからな。

―――――早急に始末させてもらう」

 

そう言って、男はその手に槍を―――――夕麻くんの光り輝く槍をどす黒くしたような汚い槍を持ったのだ。

……やっぱり、私を殺したのはあの男だ。

 

そう確信した私は―――――逃げ出した。

全力。今の異変が起こっている身体能力をフルに活用して、全力でその場から逃げ出したのだ。

一歩の踏み込みで地面に軽い亀裂が入るほどの全力疾走。

 

(勝てるわけが無い……っ!)

 

相手の情報もなければ私には武器がない。

私を貫いた槍を使う相手に素手で挑むなんて自殺行為、できるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――逃がすわけがないだろう?」

 

男の嘲笑うような声の後―――――右腕を激痛が襲った。

 

「……ッッ?!!?!」

 

悲鳴とも呼べないような声を上げて、その場にうずくまってしまう私。

―――――痛い。

痛すぎて痛すぎて、私は涙を流してしまう。

どうやら槍が私の腕を抉って行ったようだ。

 

「全く……手間をかけさせないでくれ」

 

男はそういいながら私に一歩、また一歩と近づいてくる。

その手には、再び槍を握って。

 

(死にたく……ない……ッ!)

 

槍を引き絞り、私を貫こうとする男。

その時、色々な記憶がフラッシュバックした。

走馬灯なのかな……?

 

 

 

 

 

『イッセーちゃん!

ぜったいまた会おうね!!』

 

―――――幼い頃に仲良くなったヒーローごっこが好きな男の子。

 

 

 

 

 

『イッセー、また会う』

 

―――――片言で喋る寂しがり屋な男の子。

 

 

 

 

 

『いーちゃん……また会いに来るから』

 

―――――綺麗な白髪をした哀しみを背負う男の子。

 

 

 

 

 

『……また会おう。

いつの日か、必ず』

 

―――――黒みがかった銀髪の憂いを帯びた表情をする男の子。

 

 

 

 

 

みんな、みんな優しい男の子たち。

()()()()()()()()私に唯一優しくしてくれた。

 

―――――大切なトモダチ。

 

 

 

そして―――――。

 

私といつでも共に在ると言ってくれた。

 

私のことを誰よりも大切に想ってくれる―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――赤い……ドラゴン……さん」

 

今まで忘れていて、ごめんなさい……。

でも、最後に……思い出せた……。

私の……私だけのドラゴンさん……。

 

 

 

 

 

―――――大好きだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――最後ではないさ、イッセー』

 

その声とともに、私は巨大な赤いドラゴンを幻視した。

 

 

 

 

 

「なっ……?!!」

 

私を貫かんとしていた男は私の身体から迸り始めた赤いオーラに驚き後方へ跳躍する。

 

「な、なんだその力の塊のようなオーラは……ッ!!!」

 

狼狽えているのが誰の目にも明らかなほどに、男は目を見開き言う。

赤いオーラは弱まることもなく、むしろ更に激しく迸る。

この、心地の良いオーラは何なんだろう……?

 

その赤いオーラは更に激しさを増し、だんだんと形を成していく―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――よくも……よくも()()イッセーを傷つけてくれたな……?

堕ちた、天使よ……ッ!」

 

低く、威厳を感じさせる声が響く。

―――――そこに居たのは長い深紅の髪を無造作に纏めた二十代は過ぎたであろう男性。

緋色の袴を身に纏い、漆黒の羽織を肩にかける姿は何処か色っぽかった。

私はその姿に見とれていたが、ふと意識を取り戻し、口を開く。

 

「……ど、ドラゴン……さん……??」

 

「あぁ……。

今まで力になれなくてすまなかった……イッセー」

 

優しい声音でそういったドラゴンさん。

翡翠の宝石のように美しい瞳は私のことを慈しんでいるように見えた。

ドラゴンさんは私のことを守るように身を前に出す。

 

「俺の力不足でイッセーを1度死なせてしまった……。

……あの時はどれだけ呪いで奴を殺せればいいと思ったことか……っ!

イッセー……あんなことは2度と起こさせやしない。

起こしてたまるものか……」

 

槍を持つ男を睨みつけながら、ドラゴンさんはそういう。

ドラゴンさんの力不足だなんて……私が注意していなかったのが悪いのに……。

私はドラゴンさんの羽織をぎゅっと握った。

 

「……ふん!

何が起こるかと思えば大したことはなかったな!」

 

私にはそう言っている男が強がっているように感じる。

いつの間にやら、その背からは一対の翼を生やしていたが、それはどうにも汚らしく見えた。

私が初めて見たあの夕麻くんの翼とは比べ物にならないほどだ。

 

「所詮はその小汚い人間の娘の―――――」

 

 

 

 

 

『―――――黙れ』

 

短い一言。

しかし、それは今まで私を優しく護ってくれるようなドラゴンさんとは雰囲気すら変わっていた。

その身から私の時なんかと比べるまでもなく強大な赤いオーラを迸らせ、男を射殺さんばかりに睨みつけている。

 

「お前は既に俺の―――――【龍の逆鱗】に触れているのだ」

 

ドラゴンさんは左腕を天に掲げる。

一体何をするつもりなんだろう……?

 

 

 

「堕ちた天使よ……お前は―――――怒らせる者を誤った」

 

 

 

その言葉を合図にして、ドラゴンさんの左腕が輝き始める。

眩い光を辺りに撒き散らしながら何かが起きるということだけはわかった。

 

 

 

光が収まり、ドラゴンさんの左腕を見ると、そこには―――――赤い籠手があった。

 

「自らが封印された【神器(セイクリッド・ギア)】を使うとはなかなかの皮肉だが……それもまた良し」

 

―――――『Boost!!』

 

ドラゴンさんの左腕を覆う赤い籠手から音声が流れる。

すると、ドラゴンさんから迸る赤いオーラの量が増大した。赤いオーラは地面すらも軋ませていた。

 

「ふん……!

龍の手(トゥワイス・クリティカル)】如きの雑魚神器など怖くもないわ!」

 

男はもう片方の手にも槍を持ち叫ぶ。

そんな男の様子にドラゴンさんは失笑を見せる。

 

「俺を【龍の手】と見誤るとは……所詮は堕ちた天使……いや、カラスだな」

 

―――――『Boost!!』

 

2度目の音声が鳴り響く。

それにしてもあの籠手は綺麗だ。

夕麻くんの翼を私は綺麗だと言ったけれど、それ以上にドラゴンさんの籠手は綺麗だと思う。

私がそんなことを考えていたら、男が困惑し始めていた。

 

「に、2度目……ッ?!

どういうことだ……っ!

【龍の手】は所有者の能力を2倍にするだけのはずだぞ……ッ!?」

 

「……あの世で考えるんだな」

 

一層低い声で威圧するように言ったドラゴンさんは、私の方を向いて困ったような笑みを浮かべる。

 

「すまないイッセー。

少しばかり目を閉じて耳を塞いでおいてくれないか……?

此処から先はまだイッセーが知らなくていい領域だ」

 

その困ったような笑みに私は頷いて、ドラゴンさんの言う通りにする。

 

 

 

それからは驚くほど静かで、ドラゴンさんが何をしているのかがわからない―――――いや、何をしているのかは薄々気がついていたけれど、実際にはどのようなことをしていたのかはわからなかったというのが正しいと思う。

 

―――――しばしの間、私がドラゴンさんの言う通りにしていれば肩を叩かれた。びくんっと体を震わせれば、次は頭を優しく撫でられる。

 

「もう良いぞ。

……全部終わったからな」

 

目を開ければ、ドラゴンさんの柔らかな笑みが見える。

正面からじっと顔を見れば、やはり端正な顔立ちをしていると思う。再び、見惚れてしまう。

 

「……ど、どうかしたか?イッセー」

 

「えっ?!

な、なんでもないよドラゴンさんっ!」

 

私は困惑するドラゴンさんに誤魔化すような笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Three〜



―――――俺が望むのはアイツの『コウフク』だけだ……それ以外は、何も、いらない……


by.ドライグ


 

「イッセー……腕は大丈夫か……?」

 

今にも泣き出しそうな表情で私の腕を見つめるドラゴンさん。

そんな表情をさせたくなくて、私は笑って答える。

 

「だ、大丈夫っ!

こんなのへっちゃらだよ!」

 

「…………」

 

ドラゴンさんは無言で抉られた私の腕を掴んだ。

 

「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 

「……強がるなイッセー……。

そんな状態で大丈夫な筈がないだろう……?」

 

言って、苦しそうな表情を浮かべてしまう。

私はそんな表情を見たくなくて、俯く。

 

「……やむなし……か……」

 

ドラゴンさんは小さく呟くと私の腕を掴んでいる方とは別の手に炎を出現させた。

 

「……え……??」

 

「大丈夫だイッセー痛くない」

 

炎を出現させた手を私の抉られた腕に近づけようとするドラゴンさん。

ま、まさか、私の傷を焼いて塞ぐつもりなの?!!

私はその思考に至った途端にドラゴンさんから逃げ出そうとする。

 

「あ、暴れるなイッセー!」

 

「い、いや……っ!!

そんな炎で焼かなくても大丈夫だもん……っ!!

そんな事されたら逆に死んじゃうよ……っ!!」

 

まさかこんな事をされそうになるなんて……。

優しいドラゴンさんだと思っていたのに……私の頬に涙が伝う。

 

「や、焼く……っ?!

ち、違うぞイッセー!俺はそんな事をしようとしているんじゃない!

……この炎はイッセーを焼いたりしない。

むしろ血肉の一部として、その傷を再生してくれる。

……信じてくれイッセー。俺はお前を傷つけたり、痛みを感じるような事は絶対にしない……」

 

その声が優しくて、表情が必死で、ドラゴンさんの言葉が嘘なんかじゃないんだと感じる。

 

「……ほ、本当……?」

 

「あぁ……もし嘘なら、俺を好きなようにすればいい……。

ただ、今は……イッセーのその腕を治させてくれ……」

 

私は逃げ出そうとするのを止めて、ドラゴンさんを見つめて口を開いた。

 

 

 

 

 

「―――――痛く……しないで……??」

 

びくびくしながらも腕をドラゴンさんに任せる。

 

「わ、わかった……任せろ」

 

口ごもりながら、何処か頬を染めたように見えるドラゴンさんは炎を出現させた手を私の腕にゆっくりと押し付けた。

押し付けられた炎は熱いなんて事はなく、ただただ心地良い。

 

「……これで大丈夫だろう」

 

その呟きに反応して腕を見てみれば、抉られた傷はどこにも見当たらず、綺麗に治っていた。

しかし、流石に服は戻せなかったらしく、腕は露出している。

 

「す、すごい……っ!

すごいよドラゴンさんっ!!

ありがとうっ!全然痛くないっ!!

ほらほら!こんなにしてももう痛くないよ!!!」

 

私は腕を振り回してもう大丈夫だとドラゴンさんにアピールした。

 

「凄くなんて……ないさ……」

 

「ど、ドラゴンさん……??」

 

私の言葉に表情を曇らせるドラゴンさん。

なんでそんな表情をするんだろう……??

ドラゴンさんの服の裾を掴みながらその表情を見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――紅髪の悪魔の娘。

一体いつまで隠れているつもりだ?」

 

突然、ドラゴンさんは表情を真剣なものに変化させて公園脇の林を睨みながら言う。

いきなりの変化に私は驚いてしまった。

一体何を言っているんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――やっぱり気がついていたのね……」

 

誰もいないと思っていた場所から声が響く。

ドラゴンさんが睨んでいた林の方から姿を表したのは、私の通う駒王学園の制服を身に纏った女の人。

 

「あ、あなたは……!」

 

その人の姿に目を見開く。

彼女は駒王学園でも有名人で、ほとんどの生徒がその存在を知っている。

風に揺れる紅い髪の毛がその証拠だろう。

 

 

 

「―――――ぐ、グレモリー先輩……?」

 

名前はリアス・グレモリー。

学年は私よりも1つ上の3年生。

駒王学園では『二大お姉様』の1人と呼ばれて皆に慕われている。

そんな有名人の先輩が何故こんな所に……??

 

「初めまして……といえばいいのかしら?兵藤さん?」

 

微笑みを浮かべるグレモリー先輩は、私にそう言うと、ドラゴンさんの方へ視線を向けた。

 

「……あなたもそんなに威嚇しないで頂戴……」

 

「……ふん。

イッセーが襲われているのに黙って見ていた奴がよく言う。

……これでもし何かあればお前を始末していたところだぞ……??」

 

ドラゴンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らし、グレモリー先輩を睨みつける。

……え?グレモリー先輩って私が殺されそうになってたのを見てたの?!

私がその事実に驚き、グレモリー先輩を凝視してしまう。

 

「ち、違うのよ?

彼が出てこなければ私が助けるつもりだったわ!」

 

「……本当ですか?」

 

「えぇ、もちろんよ」

 

私の視線に気が付いたグレモリー先輩は慌てたように弁解をする。

しかし、今となってはそれが本当だったのかも判断しかねる所だ。

 

「何はともあれ悪魔の娘。

明日にでも話し合いの場を設けろ。

大まかなことは俺からイッセーに伝えてはおくが……お前も話を聞きたいだろう?」

 

「えぇ。

そうしてもらえると助かるわ」

 

グレモリーはそう言って笑った。

一方ドラゴンさんはそんなグレモリー先輩の様子にふんと鼻を鳴らすだけ。

 

「兵藤さん、明日の放課後に使いを出すからその子の案内で私たちの部室に来てくれるかしら?」

 

「は、はい……。

放課後ですね?わかりました」

 

私はグレモリー先輩からの言葉にそう返事をした。ドラゴンさんが口を挟まないのを見ると危険なことはないのだと思える。

 

「それじゃぁ今日は帰らせてもらうわね?

また明日会いましょう?兵藤さん」

 

グレモリー先輩はそう言って、魔法陣を出現させるとその姿を消した。

しばしの間、私とドラゴンさんは無言で立ちぼうけていたけれどそれはドラゴンさんの咳払いで終わりを告げる。

 

「イッセー。

そろそろ帰るとしよう。

時間ももう遅いことだし、親御が心配しているだろうからな」

 

「うん。帰ろっか、ドラゴンさん」

 

私の言葉を聞いたドラゴンさんは柔らかな微笑みを見せて、私の頭をぽんぽんと優しく撫でると、その姿を赤いオーラへと変化させ、私の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

―――――余談だけれども、家に着いた私はお父さんとお母さんに泣きながら抱きしめられた。

連絡もせずに遅い帰宅だったから心配をかけてしまったみたいだ……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

―――――次の日。

 

いつも通り学校をつつがなく終えて、私は放課後を迎えていた。

 

 

 

「―――――兵藤一誠さんはいるかな?」

 

カバンの中身を整理していると、前方の教室のドアが開かれ、私の名前を呼ぶ声が聞こえて来る。

視線を向ければ、そこにいたのは1人の男子生徒。

 

「此処にいるよ」

 

淡白にそう言ってあげれば、男子生徒はこちらを向いてニコリと微笑み近付いてくる。

その微笑みに教室はもちろん、廊下などからも黄色い歓声が湧いていた。

 

「木場くん……だよね?」

 

「そうだよ。

僕は木場祐斗。

―――――リアス・グレモリー先輩の使いで来たんだ」

 

「グレモリー先輩の……。

えっと、私はどうしたらいいの?」

 

首を傾げて、男子生徒―――――木場くんに質問する。

 

「僕についてきて貰えるかな?」

 

「わかったよ。

それじゃぁ、案内お願いします」

 

私はぺこりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

木場くんの先導のもと、私が案内されたのは校舎の裏手。

木々に囲まれた場所には旧校舎と呼ばれる、現在は使用されていない建物がある。

つまり、ここにグレモリー先輩がいるのだろう。

二階建て木造校舎を進み、階段を上る。さらに二階の奥の部屋まで歩を進めると、木場くんの足が止まった。

 

「此処に部長がいるんだ」

 

その部屋の戸にはひとつのプレートがかけられていた。

 

「お、オカルト……研究部……?」

 

「えっと……言いたいことはわからないでもないけど……ひとまず入ろうか?」

 

私の表情を見たであろう木場くんが苦笑いを浮かべながらもそういう。

私ってそんなにわかりやすいのかな……?

 

「部長、兵藤一誠さんをお連れしました」

 

えらく謙った物言いに私は感心してしまう。まるで従者のようだ。

 

『ありがとう。

入ってもらえるかしら?』

 

中からはグレモリー先輩の声が聞こえてくる。

 

「どうぞ」

 

木場くんが部屋の戸を開けて、私を中へと促す。それにしたがって中に入った私を迎えたのは―――――独特な装飾が施された室内。

至るところに謎の文字が書き込まれており、1番特徴的なのは中央の魔法陣のようなものだろう。

 

 

 

―――――それはさておき、私の目の前には3人の人物がいた。

 

1人は言わずもがな―――――グレモリー先輩。

一番奥の椅子から立ち上がってこちらに笑みを向けている。

 

そして、その隣に侍るようにする黒髪をポニーテールにした大和撫子という言葉が良く似合う女子生徒―――――姫島朱乃先輩。

 

さらにその隣には小柄な体型をした白髪の女子生徒―――――塔城小猫さん。

 

この駒王学園では知らぬ人などいないと言わせる3名が揃って私を迎えていたのだ。

このオカルト研究部には有名人しかいないのかな……?

 

「来てくれてありがとう兵藤さん」

 

「昨日約束しましたから」

 

「それでもよ。

さぁ、座ってちょうだい?

立ち話をさせるわけには行かないわ」

 

グレモリー先輩はソファーの方へ座るようにすすめてくれる。

私はその言葉に甘えて、明らかに私用に用意された場所へと座り、その対面にあるソファーにグレモリー先輩たちが来るのを待った。

 

「粗茶ですがどうぞ」

 

いつの間に容れたのか、お茶の入った湯呑を私の前に出してくれる姫島先輩。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふふふ……リラックスしてちょうだい?

危害を加えようなんて気は全くないわ。

むしろ歓迎しているのよ?」

 

グレモリー先輩はキョロキョロと周りを見回す私にそう言ってソファーに腰掛けた。

まぁ、勘違いなわけだけれど。

 

「歓迎ですか?」

 

首を傾げながらつぶやくと、グレモリー先輩は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「えぇ。

―――――悪魔としてね」

 

言って、周りにいるグレモリー先輩、姫島先輩、木場くん、塔城さんの背から黒い翼が出現した。

 

―――――なるほど、この翼が『悪魔』の象徴なんだ。

 

私はその翼を瞳に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Four〜



―――――『ジンセイ』なんて何があるかわからない


by.一誠


 

 

 

 

 

「はい。

それについてはドラゴンさん―――――【ドライグ】に聞きました」

 

従容たる態度で私は告げる。

グレモリー先輩はそれについては予想していたようでさして驚いた様子は見れない。

 

「あら、そうなの?

……ところでそのドラゴンさんは今日は出てきてくれないのかしら?」

 

私の右腕を見つめながらグレモリー先輩は口角を少し上げる。

この様子だと私に宿っているドラゴンさんが一体何者なのかは見当がついているんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

『―――――心配するなグレモリーの娘。

約束を違えはしないさ』

 

その声と同時に私の左腕に暖かな感覚を覚えた。

そこにあったのは昨日、ドライグの腕に出現した美しい赤い籠手。

 

「今日は声だけなのね?

―――――【赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)】さん?」

 

探るような、含みを持った微笑でグレモリー先輩は私の左腕を見る。

 

『……ほぅ?俺の正体に気が付いたか。

まぁ、及第点と言ったところだが……少なくともあのカラスよりかはマシなようだな』

 

ドライグがそういった後、籠手の手の甲の部分についていたドライグの瞳と同じ色をした翡翠の宝玉の色が一瞬だけ常磐色に染まったように見えた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『Incarnation(インカーネーション)

 

 

 

今まで聞いたドライグものとは全く違う、女性の声が混じった音声が流れる。

それと同時に私の左腕から籠手が無くなり、その代わりに私の傍らに1人の男性が現れた。

その姿は昨日と全く変わらず、ついつい見つめてしまう。

見惚れていたというのが正しいだろうか?

 

「イッセー、隣に座るぞ?」

 

優しい表情とその声に、私の心が落ち着くのを感じる。

隣に座るくらいなら確認なんて取らなくていいのに……律儀な性格をしているんだなぁ……。

 

「うん。いいよ?」

 

私の返事を聞いたドライグは私の直ぐ隣に腰を下ろす。

それは、腕と腕が引っ付くくらいに……。

その近さに私は顔が熱くなるのを感じた。

 

「さて……お前は何が聞きたい?グレモリーの娘」

 

そんな私とは打って変わって、ドライグはグレモリー先輩をしっかりと見つめて相手を探るような目を向けている。

先程まで私の左腕を見ていたグレモリー先輩の目よりも、さらに深みすら見透かされそうな、翡翠の宝石のような瞳―――――。

 

「今一番聞きたいのは―――――あなたのその状態よ」

 

ドライグから視線をそらさず、じっと見つめるグレモリー先輩が言ったのはそれ。

一体どういう意味なのかな……?

 

「何故、神器に封印されているはずのあなたが人の姿をとってこの場にいれるのかしら?」

 

「さぁ?一体何故だろうな?

……仮に理由を知っていたとして、大した信用も勝ち取っていない貴様如きに教えるはずがないだろう?」

 

無表情のドライグは淡々と言葉を並べていく。何処と無くピリピリとした雰囲気を感じる。

 

「……それもそうね。

じゃぁ、こういった質問はもっと互いを知ってからさせてもらうわ」

 

「ほう?イヤに素直に引くな」

 

「これから長い付き合いになるんだから、そんなに焦ることじゃないわ。

そうでしょう?赤い龍さん?」

 

グレモリー先輩はそう言って、私とドライグに向かって微笑みを見せた。

長い付き合いというのは、ドライグに聞いたあの話に関係しているんだろうなぁ……。

 

「グレモリー先輩」

 

「何かしら?兵藤さん」

 

「ドライグに聞いたんですけど―――――私はあなたの『眷属』になったんですよね?」

 

ドライグは言った。

私はあの『堕天使』にお腹を貫かれて、あのままでは死んでしまうのは免れなかったから、泣く泣く『悪魔』に生まれ変わらせることで助けたのだと。

そして、私を『悪魔』に生まれ変わらせてくれたのはグレモリー先輩なのだとも教えてくれた。

 

「私が『悪魔』になったというのはドライグに聞きました。

そして、『悪魔』に転生した者は転生させた者を【(キング)】と呼び従者のようにならなければならないのだとも」

 

「……私が説明しないといけないことがほとんどなくなってしまったわね……」

 

私の言葉にグレモリー先輩は苦笑いを浮かべて頷く。

 

「えぇ。そうよ。

あなたは私の『眷属』として『悪魔』に生まれ変わったの」

 

「……つまり、私はグレモリー先輩に『服従』しないといけない……と?」

 

眉をひそめながら私が口を開けば、グレモリー先輩は優雅にお茶を一口飲んで笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「―――――違うわ」

 

「……ほぇ?ち、違う……?」

 

私が考えていたこととは違う返答に私は間抜けな声を上げてしまった。

あ、あれ??

私、ドライグの話を間違って理解しちゃったのかな……?

 

「確かに自分の『眷属』をそれこそ捨て駒のように扱う者がいるのも否定出来ない事実よ。

―――――だけどね?私は『眷属』は『家族』だと思っているの」

 

「か、家族ですか……?」

 

「えぇ。

だから、私の『眷属』になったからって服従しないといけないなんて思わなくていいわ。

ただ、私の力になって、私を助けてくれると嬉しいのだけれど……」

 

心配そうに私を見つめるグレモリー先輩。

私はその姿についつい笑ってしまった。

 

「ふふふ……わかりました。

命を助けて貰ったという恩もありますしね」

 

私は立ち上がると、グレモリー先輩に近づき、それらしく跪く。

私の中の知識で間違っていないなら、騎士がこんな風に誓っていたはずだ。

 

 

 

 

 

「―――――不肖、この兵藤一誠。

命を助けられたというご恩に報いるため、時にはあなたの剣となり敵を薙ぎ払い、時にはあなたの盾となり身を守りましょう」

 

顔を上げて笑顔を見せる。

正しいやり方なんて私は知らない。

だけど、今はこれでいいんだと、私は思えた。

グレモリー先輩も嬉しそうな表情をしていたのだから。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「そういえばきちんとした自己紹介がまだだったわね」

 

グレモリー先輩が思い出したかのように手を叩くと、その場にいた全員が立ち上がって口を開いた。

 

「僕は木場祐斗。

兵藤一誠さんと同じ2年生だってことはわかってるよね?

たまに剣道部で顔も合わせていたし、剣も交えたしね??

これからは同じ仲間としてよろしくお願いするよ」

 

爽やかなスマイルで木場くんが言う。

確かに前から彼の事は知っていたけれど、こうして面と向かって自己紹介されたのは初めてだ。

 

「……1年生。……塔城小猫です。

よろしくお願いします。……悪魔です」

 

塔城さんは小さく頭を下げてくれる。

でも、まだよそよそしいのがちょっと残念だなぁ……。

やっぱり知り合ってまもなさすぎるからかな??

 

「3年生、姫島朱乃ですわ。

一応、研究部の副部長も兼任しております。

今後とも宜しくお願いします。

これでも悪魔ですわ。うふふ……」

 

姫島先輩は礼儀正しく、そして美しくお辞儀をすると笑顔を浮かべていた。

常識人って感じがするなぁ……。

 

「そして、私が彼らの主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。

家の爵位は公爵となっているわ」

 

最後に、グレモリー先輩が紅い髪を揺らしながら堂々とそう言った。

私もこの流れに乗るべきなのかな……?

少々悩んだ後に、私も口を開く。

 

「えっと……兵藤一誠です。

男の子みたいな名前だけどちゃんと女の子ですっ!

後は……えっと……私も悪魔になりました!

これからどうぞよろしくお願いしますっ!」

 

そんな、私の自己紹介に、みんなは暖かな笑顔で返してくれた。

なんだ……悪魔って聞いてたより良い人ばかりじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Five〜



―――――『ヤサシサ』は時に『アクイ』で返ってくる


by.一誠


グレモリー先輩たちと出会って数日。

私は悪魔としての仕事をこなしつつ日常を過ごしていた。

悪魔の仕事と言っても、呼び出し用の簡易魔法陣の書かれたチラシを配ったり、木場くんや塔城さん、姫島先輩の依頼について行ってみたりしただけ。

ただ―――――

 

 

 

 

 

「―――――ふぁ……っ」

 

私はついつい出てしまった欠伸を噛み殺す。

悪魔の仕事というのは夜中に行われるものが多く、どうも寝不足気味だ。

今私は表向きのオカルト研究部の部活を終えて家路についている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――はわぅ!」

 

私が歩いていると、後方から女の子の声と、同時にボスンという路面に何かが転がるような音が聞こえてきた。

振り向いてみるとそこにはシスターさんが転がっていた。

手を大きく広げて、顔から路面に突っ伏している。

……うわぁ……痛そうな音だったなぁ……。

 

「え、えっと……大丈夫……??」

 

私はシスターさんに近づくと、起き上がれるように手を差し出す。

 

「あうぅ〜……。

なんで転んでしまうのでしょうか……あぁ、すみません。

ありがとうございますぅぅ……」

 

握られた手を引いて、起き上がらせる。

 

「きゃっ!」

 

シスターさんが起き上がると同時に悪戯な風が吹き、ヴェールが飛んでいってしまう。

スッとヴェールの中で束ねられていたであろう金色の長髪がこぼれ、露になる。

ストレートのブロンドが夕日に照らされてキラキラと光っていた。

そして、シスターさんの素顔に私の視線が移動する。

 

「……綺麗な瞳……」

 

つい、そうつぶやいてしまうようなシスターさんの瞳。

整った顔立ち、そしてグリーンの双眸はまるでエメラルドのように澄んだ輝きを持っていた。

 

「あ、あの……どうしたんですか……?」

 

訝しげな表情でシスターさんは私の顔を覗き込んでくる。

 

「あ!ご、ごめんね?

あなたの瞳が綺麗だったからつい……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯くシスターさん。

照れてるのかな??

私はひとまず風で飛ばされてしまったシスターさんのヴェールを拾ってあげる。

 

「旅行に来たの?」

 

「いえ、違うんです。

実はこの町の教会に今日赴任することとなりまして……あなたもこの町の方なのですね。

これから宜しくお願いします」

 

シスターさんはそう言うとぺこりと頭を下げた。

 

「……この町に来てから困っていたんです。

その……私って、日本語うまく喋れないので……道に迷ってたんですけど、道行く人皆さん言葉が通じなくて……」

 

困惑の表情を浮かべながらシスターさんは胸元で手を合わせる。

……ということはこの人は日本語が話せないんだ……。

それなのに、私と言葉が通じるのは悪魔の力のおかげだね……。

悪魔には翻訳機能のようなものが備わっているとグレモリー先輩が言っていたのを思い出す。

 

「ん〜……だったら私が教会まで案内してあげるよ?道なら知ってるしね」

 

「ほ、本当ですか!!

あ、ありがとうございますぅぅ!

これも主のお導きのおかげですね!!」

 

目尻に涙を浮かべながら私に微笑むシスターさん。

可愛い微笑みだけれど、シスターさんの胸元で光っているロザリオを見ていると最大級の拒否反応が私を襲ってくる。

やっぱり悪魔になるとこういった聖なるモノに通じる物に弱くなるんだなぁ……。

しみじみとその事実を感じながらシスターさんに微笑み返す。

 

 

 

 

 

―――――教会へ向かう途中、公園の前を横切る。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

その時聞こえてきたのは子供の泣き声。

 

「だいじょうぶ?よしくん」

 

お母さんが男の子に声をかけていた。

どうやら転んでしまったらしい。

そんな男の子を見たシスターさんは突然公園の中へ方向転換し、近づいていく。

私も慌ててその後をついて行った。

シスターさんは座り込んで泣いている男の子の傍に行くと、しゃがんで、微笑んだ。

 

「大丈夫?

男の子ならこのぐらいの怪我で泣いてはダメですよ?」

 

シスターさんが男の子の頭を優しく撫でる。

言葉は通じていないだろうけれど、その優しさに満ち溢れた表情で、気持ちは伝わっただろう。

分け隔てのない慈愛の心。

それはまるで―――――聖女と言える存在のようにも感じる。

 

シスターさんはおもむろに自身の手のひらを男の子が怪我をした場所にかざす。

シスターさんの手の平から淡い緑色の光が発せられ、男の子の怪我を治してゆく。

手の光が、傷を治している……?

私の脳裏には一つの言葉が過ぎった。

 

―――――【神器(セイクリッド・ギア)】。

 

特定の人間の身に宿る規格外の力、木場くんがそう言っていた。

そして、夕麻くんは神様が創った不完全な代物だとも言っていたのを思い出す。

私はそれだと何となく感じた。

あの光を見てから、私の左腕が疼くから―――――神器が共鳴しているんだろうか?

 

 

 

いつの間にか、男の子の傷はふさがり、怪我のあとなんて一切残っていなかった。

男の子のお母さんとキョトンとした表情を浮かべ、目の前で起こった信じられない現象に驚きを隠せないようだ。

 

「はい、もう大丈夫。

傷もなくなりましたよ」

 

シスターさんは男の子の頭を優しく撫でると微笑みを向けた。

そして立ち上がると私の方を向く。

 

「すみません、つい……」

 

キョトンとした表情を浮かべていた男の子のお母さんは頭を垂れると男の子を連れてその場をそそくさと去ってしまう。

 

「ありがとう!お姉ちゃん!」

 

男の子は笑顔で手を振っていた。

 

「ありがとう、お姉ちゃんって言ってたよ?」

 

日本語が分かっていないシスターさんにそう通訳すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「その力……」

 

「はい。治癒の力です。

神様から頂いた素敵なものなんですよ」

 

微笑むシスターさん。だけど、何処か寂しげな色が見えた。

苦労、悲しみ、孤独……負の感情の色が怪しく漂っている。

 

「本当に、素敵な力だね……。

あの光を見てるとあなたの心の優しさが伝わってきたよ」

 

そんな、暗い色を漂わせるのは似合わない。

彼女は見ての通りの優しい少女だろうから。

 

「そろそろ行こっか。

シスターさんが探してるところ、ここからそんなに遠くないしね」

 

私が笑顔を浮かべれば、シスターさんも微笑みを浮かべてくれる。

今度は花が咲いたような明るい微笑みを。

 

 

 

 

 

あの公園から数分進むと、古ぼけた教会が視界に入る。

この教会ってかなり昔から使われなくなってたような気が……だけど見たところ灯りも点ってるみたいだから本当は使われてたのかな……??

 

 

 

 

 

―――――ぞくっ。ぞくぞくぞくっ。

 

突然、身体を嫌な汗と悪寒が走る。

これ以上は近づいてはいけないと、危険信号を発しているようだ。

グレモリー先輩にも神社や教会なんかには近づいてはいけないって強く説明されたのを見ると、やはり悪魔という存在はこういった聖なるものなどには近づいてはいけないのだろう。

 

「あ、ここです!良かったぁ……」

 

地図の書かれたメモと照らし合わせながらシスターさんが安堵の息を吐く。

良かった……場所は合ってたみたい。

私も安堵の息を吐く。

……あまり、ここには長居できない。

日も暮れてきたし、早めに退散しないと……。

 

「それじゃぁ、私、そろそろ帰るね?」

 

「待ってください!」

 

別れを告げて、その場を去ろうとした私をシスターさんが呼び止める。

 

「私をここまで連れてきてもらったお礼を教会でさせてください!」

 

「そんな大層なことしてないからお礼なんていいよ」

 

「……でも、それでは……」

 

困ったような表情を浮かべるシスターさん。

私はそんなシスターさんの様子が微笑ましく感じてしまう。

 

「私は兵藤一誠。周りからはイッセーって呼ばれてるから、イッセーでいいよ。

シスターさん、あなたの名前はなんて言うの?」

 

私が自己紹介をすると、シスターさんは笑顔で応えてくれる。

 

「私はアーシア・アルジェントと言います!アーシアと呼んでください!」

 

「じゃぁ、シスター・アーシア。

また今度会えたら一緒に遊ぼう?」

 

心優しいシスターさん―――――アーシアにそう言う。

 

「はいっ!イッセーさん、必ずお会いしましょう!

そ、そして一緒に遊びましょう!約束ですよ!」

 

深々と頭を下げるアーシアはとても嬉しそうだった。

私はそんなアーシアに手を振りながら別れを告げて帰路へと着く。

本当にいい子なんだと、理解できた。

次に会うときはゆっくり遊ぼうね、アーシア。

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Six〜



―――――その時が来るまでは……俺が……


by.ドライグ


 

 

 

「2度と教会に近づいてはダメよ」

 

アーシアと出会った日の夜。

私はグレモリー先輩に強く念を押されていた。その表情はいつになく険しい。

……というか正座で怒られています。

 

「教会は私たち悪魔にとって敵地。

踏み込めばそれだけで神側と悪魔側の間で問題になるわ。

今回はあちらもシスターを送ってあげたあなたの優しさに免じて何もしてこなかったみたいだけれど、天使たちは何時でも監視してるわ。

いつ、光の槍が降ってくるかも分からなかったのよ?」

 

「す、すみません……」

 

私は正座の姿勢のまま肩をすくめる。

正直行動が軽率だったのは否めない。

 

「そう責めてやるなグレモリーの娘」

 

言って、ドライグが私の頭を優しく撫でる。

 

「そうは言っても―――――」

 

()()()()()()()俺がイッセーをあんな所に行かせるものか」

 

グレモリー先輩の言葉に被せるように真面目な声音で言うドライグ。

 

「……どういう事かしら?」

 

ドライグの言葉に訝しげな表情を浮かべるグレモリー先輩。

『本当に危険なら』……??

一体どういう意味なのだろう……?

 

「……その程度にも気づけないか……。

まだ日の浅いイッセーならともかく、この町を領地とする悪魔が気づけないのでは話にならん……」

 

「な、なんですって?!!」

 

嘆息を吐くドライグと怒りを顕にするグレモリー先輩。

私はそんな2人を何とかしたいがあわあわと慌てることしか出来ない。

―――――足が痺れてしまったから。

 

 

 

 

 

「―――――お話は済みました?」

 

そんな時、突然姫島先輩の声が通る。何時ものニコニコ顔でその場に立っていた。

 

「……朱乃、どうかしたの?」

 

グレモリー先輩の問いに姫島先輩は少しだけ表情を曇らせて口を開く。

 

 

 

「『討伐』の依頼が『大公』から届きました」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

―――――『はぐれ悪魔』。

 

この世界にはそう呼ばれる存在がいるらしい。

眷属である悪魔が主を裏切り、または殺し、主無しとなる事件が極希に起こるのだとドライグに聞いた。

 

『はぐれ悪魔』―――――つまりは野良犬のようなモノ。

凶暴な野良犬は放っておけば『害』を出してしまう。

見つけしだい主人、もしくは他の悪魔が消滅させなければならない。それがルールであり絶対。

『はぐれ』と呼ばれるモノは他の存在でも危険視されていて、天使側、堕天使側も見つけしだい殺すようにしているようだ。

 

 

 

「……血の臭い」

 

町外れの廃屋近く、塔城さんはボソリと呟いて制服の袖で鼻を覆った。

私にはそんな臭いは感じないけれど、つまり塔城さんの嗅覚が凄いのだろう。

周囲はシーンと静まり返り、辺りは背の高い雑草が生い茂り暗い雰囲気を醸し出している。

―――――そして感じる『敵意』と『殺気』。

悪魔になってから、いや、あの時堕天使に殺されてから、私はこういった私に害を及ぼす可能性のあるモノに敏感になった。

 

ぶるり、と身体が震える。

『恐怖』……?―――――違う。

この感覚は……一体……??

 

「……落ち着けイッセー」

 

そんなことを考えているとドライグが私を抱き寄せて耳元で囁く。

 

「ひぅ……っ?!

ど、どらいぐ……っ!いきなり変なことしないで……!」

 

私からの非難を受けたドライグはしかし何処か嬉しそうだった。

 

「落ち着いただろう?

……あまり気を張るな。

今は俺がついているから大丈夫だ。

何人たりともお前を傷つけさせはしないさ」

 

「……ありがとう」

 

私はぷいっとそっぽを向いてお礼を述べる。

……全く、恥ずかしいことを何ともなしに言うんだから……。

頬が熱くなるのを感じた。

 

「イッセー、いい機会だから悪魔としての戦いを学びなさい」

 

私とドライグの会話が終わるのを待っていたのか、グレモリー先輩が言う。

 

「悪魔としての戦いですか?」

 

「えぇ。今回は眷属に与えられた『駒の特性』について教えてあげるわ」

 

「『駒の特性』……たしか『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』でしたよね?」

 

私が悪魔に転生する時に使われた物の名前を口にする。

 

「そうよ。

『悪魔の駒』はボードゲームである『チェス』の特性を取り入れたの。

主となる悪魔が『(キング)』。

そしてそこから『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』と5つの特性を作り出したわ」

 

「確か悪魔同士で戦うゲーム……たしか『レーティングゲーム』っていうものがありましたよね?」

 

「その通りよイッセー。

でも、私はまだ成熟した悪魔ではないから公式な大会にはまだ出場できないの」

 

簡単な説明を聞いて、私は一体どの駒なのかが気になりグレモリー先輩に問う。

 

「グレモリー先輩、私の駒は一体何なんですか?」

 

「そうね、イッセーは―――――」

 

そこまで言って、グレモリー先輩は言葉を止めた。

その理由なら私にでも分かる。

先程よりも濃密な敵意や殺意……。

間違いなく『ナニカ』がこちらに近づいてきている。

 

―――――ぞくぞくぞくっ。

 

今度はさらに強い、『恐怖』とはまた違った感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――不味そうな臭いがするぞ?でも美味そうな臭いもするぞ?

甘いのかな?苦いのかな?」

 

気色の悪い声が廃屋に響く。

 

「はぐれ悪魔バイザー。

あなたを消滅しに来たわ」

 

グレモリー先輩がただ淡々と述べる。

 

―――――ケタケタケタケタケタケタケタケタケタ……。

 

返ってきたのは異様な笑い声。

そして、暗闇からその声の主が姿を現しした。

上半身は女性の裸体。しかし、下半身は巨大なケモノの物で、形容し難い醜い姿がそこにはあった。

両の手には槍らしき得物を1本ずつ握りしめており、赤黒い―――――血のようなものがベットリと付着している。

 

「はぐれ悪魔バイザー。

主のもとを逃げ、己の欲望を満たす為だけに暴れ回るのは万死に値するわ。

グレモリー公爵の名において、あなたを消し飛ばしてあげる!」

 

「小賢しいぃぃぃぃ!小娘の分際でぇぇぇ!!

その紅の髪のように、お前の身体を鮮血で染め上げてやるわぁぁぁぁ!!!」

 

吠えるバケモノだが、グレモリー先輩は鼻で笑うだけだ。

 

「雑魚ほど洒落の効いたセリフを吐くものね……―――――祐斗」

 

「はい!」

 

近くにいた木場くんがグレモリー先輩の命を受けて飛び出す。

木場くんは『速い』。とてつもなく速かった。

 

「イッセー、きっきの続きよ」

 

「『悪魔の駒』の特性ですか?」

 

私が首をかしげてみると、グレモリー先輩は頷く。

 

「祐斗の役割は『騎士(ナイト)』。

その特性は『スピード』。つまり速度が大幅に上がるのよ」

 

グレモリー先輩の言う通り、木場くんの動きは徐々に速度を増していき、ついには私の目では追えなくなってしまった。

 

「そして、祐斗の最大の武器は剣」

 

1度足を止めた木場くんはいつの間にか手に西洋剣らしきものを握っていた。

それを鞘から抜き放つと同時に、抜き身となった長剣が銀光を放ちながら振るわれる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!?」

 

見ればバケモノの両腕が胴体から斬り離されていた。

 

「これが祐斗の力。

あの子は磨きつづけてきた剣の腕前と持ち前のスピードを活かすことで私の自慢の『騎士(ナイト)』になったの」

 

悲鳴をあげるバケモノの足元には小柄な人影。それはよく見れば塔城さんだった。

 

「次は小猫ね。

あの子は『戦車(ルーク)』。

その特性は―――――」

 

「小虫めぇぇぇぇぇえええっっ!!!」

 

バケモノの巨大な足が塔城さんを踏みつぶす。

だけれど、塔城さんは潰されることなく、その足を受け止めていた。

 

「『戦車(ルーク)』の特性はとてもシンプル。

馬鹿げた力、そして屈強なまでの防御力」

 

塔城さんは受け止めていたバケモノの足を軽く払い除けると、跳躍し、バケモノの腹部に拳を鋭くねじ込んだ。

 

「……吹っ飛べ」

 

「かは…………っ!!?」

 

小柄な塔城さんのパンチにも関わらず、巨大な身体のバケモノは後方へと大きく吹き飛ばされる。

 

「最後は朱乃ね」

 

「はい、部長。

……あらあら、どうしようかしら?」

 

姫島先輩はうふふと笑いながら、塔城さんの一撃で倒れ込んでいるバケモノのもとへと近づいていく。

 

「朱乃は『女王(クイーン)』。

私の次に強い者よ。

兵士(ポーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、すべての力を兼ね備えているわ」

 

「ぐぅぅぅ……」

 

姫島先輩を睨みつけるバケモノ。

姫島先輩はそれを見て、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あらあら!まだ元気みたいですわね?

……それなら、これは、どうでしょうか?」

 

姫島先輩が天に向かって手をかざす。

その刹那、天空が光り輝き、バケモノに雷が落ちる。

 

「ガガガガガッガガガッガガガガガガッ!?」

 

感電してしまったバケモノは煙を上げて全身を丸焦げにされていた。

 

「あらあらあら。まだ元気そうね?

まだまだいけそうですわねぇ……」

 

そういって、姫島先輩は再び雷をバケモノに放つ。

 

「ギャァァァァァァアアアッ!!?」

 

既に断末魔となりつつあるバケモノの声。

それにもかかわらず、姫島先輩は何のためらいもなく次の雷を放った。

 

「グァァァァァァァア!!??」

 

雷を放つ姫島先輩先輩の表情は恍惚の色を浮かべていた。

……た、楽しんでる……??

 

「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。

そしてなによりも彼女は『究極のS』よ」

 

「え、Sって……そんな生易しいものですか……??」

 

引き攣り気味の顔を隠すわけもなく言う。

 

「普段はあんなに優しいけれど、一旦戦闘になってスイッチが入ったら、相手が敗北を認めても自分が満足するまでけっして手を止めないの」

 

「……ドライグ……今日で一番怖いのは姫島先輩かもしれないよぅ……」

 

「敵よりも味方を怖がるとは……いや、仕方がない……のか?」

 

ドライグも微妙な表情を浮かべていたものの、私の頭を優しく撫でてくれた。

姫島先輩が一息ついた頃、グレモリー先輩がそれを確認して頷く。

 

「最後に言い残すことはあるかしら?」

 

「……殺せ」

 

「……そう、なら消し飛びなさい」

 

冷徹な一言。

グレモリー先輩はそれだけいうと手のひらから黒に近い紅色の魔力を放出させる。

それは巨大な身体を持つバケモノをいとも簡単に飲み込み、その姿を跡形もなく消し去ってしまった。

 

「終わりね。

みんな、ご苦労さま」

 

こうして、『はぐれ悪魔』討伐も終了。

みんなも、いつもの陽気な雰囲気を生んでいた。

 

「グレモリー先輩。

さっきは聞きそびれてしまったんですけど、私の駒は……役割はどんなものなんですか?」

 

先程は『はぐれ悪魔』の登場で最後まで聞けなかったが、終わった今ならしっかりと聞ける。私はグレモリー先輩を見つめて問う。

 

「―――――『兵士(ポーン)』。

イッセーは『兵士(ポーン)』なの」

 

「『兵士(ポーン)』……ですか?」

 

「えぇ。

でもガッカリしないで頂戴ね?

なにせ―――――あなたは私の持っていた『兵士(ポーン)』の駒を全て注ぎ込んで、さらに『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』であるドライグの手助けがあってやっと、本当にギリギリ転生することが出来たのだから」

 

グレモリー先輩は困り顔で言った。

私はそれがどういう事なのかが分からずに首を傾げる。

 

「簡単に言えばあなたの潜在能力はこの場にいる誰よりも凄いわ。

もしかしたら、誰よりも強い最強の『兵士(ポーン)』になることも夢ではないわよ?」

 

「最強の……『兵士(ポーン)』……」

 

私はその言葉を呟く。

私なんかがそんなものになれるのだろうか?

心配で表情を曇らせていると、ドライグが私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。

 

「心配するな。

イッセーの強さは他でも無いこの俺が保証してやる。

やるならとことん上を目指すのがイッセーだろう?」

 

ドライグに向けられた優しい微笑みの中に、私を鼓舞してくれる力強さを感じた。

私はそんなドライグに満面の笑みを返す。

 

「うん!

頑張ろうね、ドライグ!!」

 

「あぁ、それでこそイッセーだ!」

 

 

 

―――――目指す場所は遠い。

だけれど、ドライグとなら、ドラゴンさんとなら何処までも行ける気がした。

 

 

 

「―――――何時か必ず、最強の『兵士(ポーン)』に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『ウズキ』ハトマラナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Seven〜



―――――『サイカイ』は突然で、意外で、考えられないものかもしれない


by.一誠


 

 

 

『はぐれ悪魔』討伐から次の日。

私はいつも通り悪魔の仕事の一環として依頼者の居る一軒の家に訪れていた。

普通なら魔法陣を使って依頼者のもとに転送されるはずなんだけれど、私は魔力が極端に少ないため走って行くしかない。

魔力総量は赤子程度しかないらしく、その事実を知った時は流石に絶望しかけた。

……つまり私には肉弾戦しか残っていないと?

 

軽く絶望感を味わいつつ、依頼者の家のインターホンを押そうと腕を伸ばすのだが、そこでひとつ奇妙な事に気が付いた。

 

―――――玄関口が開いている。

 

『イッセー、気をつけておけ。

……嫌な気配だ』

 

ドライグも感じたのか、私に注意を促してくる。

 

「……うん。わかったよ」

 

『……何かあれば俺が出る』

 

「やっぱりドライグは心強いね」

 

こんなにも心強い味方がいるのなら少しは安心できる。

私は玄関から中を軽く覗いてみる。廊下に灯りはついておらず、二階へと続く階段も同様だ。

唯一、一階奥の部屋にだけは淡い光が灯っていた。

―――――人の気配がない。

私は出来るだけ足音を殺しながらゆっくりと奥の部屋へと向かう。

少しだけ開かれたドアから中へと視線を向けた。

……淡い光の正体は蝋燭。ゆらゆらと炎を揺らしていた。

私はドアを開いて中へと足を踏み入れる。

見たところ普通のリビング。

ソファーやテーブル、テレビなどのなんの変哲もない家具が揃っていた。

何処にでもあるリビングの風景―――――。

 

 

 

「ひっ……?!」

 

私はそこで息をつまらせた。視線がそこに釘付けになる。

―――――壁に、死体が、貼り付けられていた。

切り刻まれた体、臓物らしきものが裂かれた傷口からこぼれて……。

 

 

 

 

 

「お、おえぇ……っ」

 

私はその場でお腹からこみ上げてくるものを吐いてしまう。

人間の無残な姿に、反応してしまった。

 

「だ、大丈夫か?!イッセー!」

 

ドライグは私の様子に慌てた表情で現れる。

 

「だ、大丈夫……。

もう、大丈夫だから……」

 

私は口元を拭ってドライグに何とか笑顔を見せる。

本当に、見るに耐えない男性の遺体。

逆十字に壁に貼り付けられ、固定しているのは太くて大きな釘。

普通の思考回路を持つ者ならこんな殺し方はできないと思う。

臓物らしきものの方を見ないようにもう1度遺体の方を見る。

よく見れば壁に文字らしきものが血で書かれている。

 

「な、なに……これ……?」

 

文字として成り立っていないのか、それとも悪魔としての翻訳が及ばないものなのか、私にはそれを読み取ることは出来なかった。

 

 

 

「―――――『悪いことする人はおしおきよ!』って、聖なるお方の言葉を借りたものさ!」

 

突然、私の後方から若い男の声がする。

振り向くと、神父服のようなものに身を包んだ白髪の少年がいた。

目に付いたのは―――――とても、綺麗な白髪。

一瞬、考えるような素振りを見せた白髪の少年だったが、気のせいだと言わんばかりに頭を振って、嬉しそうに笑う。

 

「ん〜♪

これはこれは悪魔ちゃんではあーりませんかー」

 

私を見つめる目は笑っていない。

ドライグが私を護るように1歩前に出てくれる。

 

「んん〜??

アンタからは悪魔の臭いはしないなぁ……。

でも、『強者』の臭いはするねぇ……」

 

「ふん。

貴様からは『狂者』の臭いがするぞ?」

 

白髪の少年とドライグは睨み合いながらお互いを威嚇するように言葉を交わす。

 

「『狂者』??

褒め言葉でございマース!

俺の名前は―――――フリード・セルゼン。

片手間に悪魔祓い(エクソシスト)やっとりますですよ〜」

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべながら優雅に礼をする白髪の少年。

……ちょっと待って?フリード・セルゼン??

私はその名前に引っ掛かりを覚える。

 

「ん?どうかしたか、イッセー?」

 

私の様子に気がついたのか、ドライグが声をかけてくる。

 

「ちょ、ちょっとね?」

 

「おーおー??

何かな?何かな?

悪魔ちゃんからのサプライズプレゼント??

俺、キミの命がいーなーなんつって?」

 

そう言って無邪気に笑う白髪の少年―――――フリードにある姿が重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――……ふーくん……?」

 

私の記憶の中の、白髪の少年に何故か彼が重なったのだ。

その名前を呼んだ途端、フリードは憤怒の表情を浮かべた。

 

「あ、悪魔がその呼び方をしてんじゃねぇぇぇぇぇぇえっ!!!!」

 

懐から刀身が光の剣を取り出したフリードは私に向かって切りかかってくる。

しかし、それは左腕に赤い籠手を出現させたドライグによって阻まれた。

 

「どきやがれこの糞野郎ッ!!!

俺はそこのクソアマをぶった斬るんだよ……ッ!!」

 

「させるわけがないだろう?」

 

涼しい顔で剣を受け止めるドライグは剣を受け止めていない右腕でフリードの腹部をボディーブロー気味にパンチを放つ。

 

「かふ……っ?!」

 

後方に吹き飛ばされるフリードだったが、体制を整えて着地するも、ダメージがあったらしく肩膝を着く。

 

「……俺を……その名で呼んでいいのは……いーちゃん、だけだァ……ッ!!!」

 

ギラギラと瞳を光らせながら、フリードは言う―――――『いーちゃん』と。

それは私がふーくんに呼ばれていたニックネーム。

 

「わ、私だよふーくんっ!イッセーだよ!!」

 

彼は、フリードは『ふーくん』なんだと確信を得た。

私がイッセーだと名乗れば、ギラギラとした瞳でこちらを睨んでいたふーくんが目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。

 

「……いー……ちゃん……??」

 

「そう!そうだよ!!」

 

私はふーくんの傍に駆け寄る。

ドライグは慌てた表情を浮かべたが、ふーくんから敵意が無くなったのを感じたのか私を止める事はしなかった。

 

「久し振りだね……ふーくん」

 

ふーくんの視線に合わせてしゃがむと柔らかく微笑みながら言う。

すると、突然ふーくんが私の事を抱きしめた。

 

「いーちゃん……いーちゃんだ……。

やっと、やっと会えた……」

 

小さく震える体。

先程までのフリード・セルゼンとしての面影は消え去って、幼い頃に出会ったふーくんのような雰囲気を出している。

私はその体を優しく抱きしめ返した。

 

 

 

 

 

―――――閑話休題。

 

 

 

 

 

「落ち着いた?ふーくん」

 

「大丈夫だよいーちゃん。

これでも俺っち元・最強の悪魔祓いだから!」

 

にししと笑うふーくんは柔らかな表情を浮かべていた。

 

「ところで……」

 

ふーくんはドライグの方を見つめると無表情に言い放つ。

 

「―――――このオッサン誰??」

 

「……俺に喧嘩を売っているなら買うぞ?小僧?」

 

ドライグは笑いながら額に血管を浮かべていた。

どうやらオッサン呼びが駄目だったみたいだ。

 

「お、落ち着いてドライグっ!」

 

今にもふーくんを攻撃しそうなドライグの前に立ちふさがるようにしてふーくんを守る。

 

「……大丈夫だイッセー。

別に気にしてなどいないさ……」

 

深呼吸をしながら言うドライグはどう見ても落ち着こうとしているようにしか見えない。

 

「あのね?ふーくん。

この人は私が宿している神器の中に封印されているドラゴンさんでね?

名前はドライグ。

私の―――――大切な人、かな?」

 

「へぇ……」

 

ふーくんはドライグを品定めするようにジロジロと見る。

ドライグは腕を組んでその視線をなんともないように無視していた。

……この2人は仲良くなれそうにないなぁ……。

私はついつい苦笑を浮かべてしまう。

 

「何はともあれ……いーちゃん可愛くなったねぇ〜!」

 

「ふぁっ?!!

ど、どーしたのふーくん!?」

 

突然ふーくんが私を背後から抱きしめてくる。

 

「なっ!?この……何をしている小僧っ!」

 

「何って……いーちゃん抱きしめてんの。

ん〜♪いーちゃんいい匂いするねぇ……」

 

「ふ、ふーくんっ!

くすぐったいからやめてぇ〜……」

 

耳元で話すふーくんの吐息がくすぐったくて、私は身じろぎしてしまう。

 

「止めんか小僧ッ!!

イッセーが嫌がっているだろうが!」

 

「おっと……危ないなぁ……」

 

ドライグがふーくんを私から引き離そうとするが、それを躱して逃げるふーくん。

 

「ごめんね〜いーちゃん。

久しぶりに会えてテンション上がっちゃってさ〜。

こんなにも可愛くなってるとは思わなかったしね」

 

無邪気に笑うふーくんは何処か憑き物が落ちたようだった。

ドライグはため息を吐き出すと、私を抱き寄せる。

 

「……ひとつ言っておくが……俺はまだ貴様を安全な奴だとは思っていない。

……そこの死体、貴様がやったんだろう?

並の神経を持っている人間ならやれるものじゃない」

 

「…………」

 

ドライグも、ふーくんも無表情で視線を合わせていた。

……確かに、今まで見て見ぬふりをしていたけれど、その問題がある。

私はふーくんを見つめた。

―――――何かの間違いであって欲しいと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Eight〜



―――――『ヒトリ』より『イッショ』に行こう


by.一誠


 

 

 

その場にいる私、ドライグ、ふーくんは一言も喋らない、沈黙の一時を過ごす。

ほんの短い時間だったのだろうけど、緊張していたからだろうか?体感では何時間も経ったような、そんな疲労感を味わっていた。

 

 

 

「……そいつは―――――」

 

不意に、ふーくんが口を開く。

 

「そいつは俺が殺した」

 

無表情……いや、それすら通り越して能面のような顔を、ふーくんは浮かべていた。

それは先程まで無邪気に笑うふーくんとは全くの別人のように思えて―――――怖くなった。

 

「磔にしたのも、ボロボロにしたのも、腹を斬り裂いたのも……俺だ」

 

「……理由を、教えて……??」

 

私は吃りながらも、ふーくんに向かって言う。

やったのはふーくんでも、何か理由があるのではないか?

縋るような気持ちだった―――――。

 

 

 

 

 

「……半分私情、半分仕事……かな?」

 

そういうふーくんの顔は昔の、哀しみを背負ったものになっていた。

ふーくんの言葉を聞いたドライグの私を抱き寄せる腕の力が強くなる。

 

「お前は『仕事』というだけで一般人を殺すのか?」

 

険しい表情を浮かべながらドライグはふーくんに訊く。

 

「……そいつは『一般人』じゃねぇよ。

―――――ただの狂った『殺人鬼』だ」

 

反吐が出る、ふーくんはそう吐き出すように言った。

 

「それってどういう……??」

 

「……最近、ここいらで若い女の神隠し事件があってるのは知ってる?いーちゃん」

 

「えっと……最近そんな噂があるのは聞いたけど……本当の事だったの……??」

 

学校で聞いた作り話だろうと思っていた噂話。

ふーくんは私の言葉に首を縦に振って肯定する。

 

「―――――その犯人さ、そいつはね……」

 

私とドライグはその話に目を見開く。

ふーくんの顔は至極真面目で、嘘をついているようには見えない。嘘をついているような気配も、私は感じない。

 

「しかも、タチの悪いことに、そいつは犯行に神器(セイクリッド・ギア)を使っていやがった……。

終いには『悪魔への生贄に若い女を捧げる』なんつぅ意味のわからねぇ動機だ……」

 

ふーくんは拳を握りしめて壁を殴りつける。

 

「―――――俺は『仕事』で『一般人』は殺さねぇ……。

俺が殺すのは狂った野郎か悪魔に魅せられた糞野郎、そんで―――――『悪魔』だけだ……ッ!!」

 

―――――ギリリッ!

歯が砕けんばかりに歯軋りをするふーくん。

その瞳は憎悪に染められていた。

……おそらく、その憎悪の対象は―――――『悪魔』。

……胸が、じくりと痛む。

 

「……ふーくんは、悪魔が、嫌いなの……?」

 

私がそう聞くと、ふーくんは一瞬きょとんとした表情を浮かべて、笑った。

 

「『悪魔』は大嫌い。

でも―――――いーちゃんは大好きだよ?」

 

その言葉に私は笑顔を返せなかった。

『悪魔』は大嫌い。

―――――私はその『悪魔』になってしまったから。

私はドライグの服の袖をギュッと握った。

 

 

 

 

 

「―――――さーて……俺っちはそろそろ帰らせてもらうかねぇ〜。

そーそーいーちゃん!

ちょっくらシスターちゃんを匿ってあげてちょ。

俺には純粋過ぎて扱えんですたい!

―――――んじゃ、ばいちゃ♪」

 

「ちょ、ちょっと待っ―――――」

 

まくし立てるようにふーくんは言いたいことだけ言うと、懐から球体を取り出して地面に叩きつけた。

その球体は煙玉だったらしく、辺り一面を白い煙で覆ってしまう。

 

「ふーくん……っ!!」

 

白い煙でむせながら、私はふーくんを呼ぶ。呼び止めることなんて出来ないと分かっていても、呼ばずにはいれなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――またね……いーちゃん」

 

ふわりと、気配はなく、ふーくんの声だけが私の隣を駆け抜けていった。

煙がなくなり、視界を取り戻した私は、辺りを見回す。

やはり、ふーくんの姿は何処にもなかった。

その代わりに―――――

 

 

 

 

 

「―――――イッセーさん……??」

 

つい最近知り合ったシスターさん―――――アーシアがふーくんがいた所に立っていた。

一瞬、思考が止まっていたが、その姿、声を聞いた途端に、『マズイ』と感じる。

この場にはふーくんが殺してしまった男性の死体が……っ!

アーシアが死体があった方を向いてしまう。

なんとかそれを防ごうとしたけれど、遅かった……。

アーシアの視線は既にそちらに向けられていたから。

 

「…………?」

 

しかし、アーシアは何でもないかのように首を傾げていた。

 

「どうかしたんですか?イッセーさん」

 

「ど、どうかって……アーシアは平気なの……?」

 

まさか、死体を見慣れているとでも言うのだろうか?こんなにも純粋で優しい娘が。

 

「えっと……」

 

困ったような表情を浮かべてアーシアはニコリと微笑んだ。

 

「―――――イッセー1度見てみろ。

そこには何がある……??」

 

意味深なドライグの言葉に私はアーシアが見ているであろう場所を見てみる。

そこには逆十字に貼り付けられている死体が―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何も……ない……??」

 

綺麗さっぱり、そこには、何も、無かった。

男性の遺体も、こぼれ落ちていた臓物も、飛び散っていた血痕すらも。

 

「……おそらく神器(セイクリッド・ギア)だろう」

 

「ふーくんが……?」

 

「そうだろうな。

それ以外考えられまい」

 

私とドライグの話にハテナマークを頭に浮かべるアーシア。

何にせよ、あんな悲惨なモノをアーシアが目にすることがなくて良かった。

 

「ひとまずは此処から移動だ。

イッセー、その娘を連れて部室に戻ろう」

 

ドライグはアーシアを指さして言う。

 

「そ、そうだね。

アーシア、私たちと一緒に行こう?」

 

突然の事で頭は混乱しているだろうけれど、ふーくんから頼まれたのだからやり遂げたい。

 

「は、はい……。

フリード神父から話はうかがってます」

 

アーシアは悲しそうに言う。

ふーくんから何を言われたのだろうか?

そして、しばらくの静寂の後、胸の前で手を合わせて祈るようにし、苦しそうに口を開いた。

 

 

 

 

「―――――堕天使の皆さんは私の神器(セイクリッド・ギア)を狙っているのだと……」

 

「……なるほど、そういう事だったか……」

 

ドライグは眉間にシワを寄せて腕を組む。

神器(セイクリッド・ギア)を狙っている。

つまりはアーシアから神器を抜き取ろうとしていたということだろう。

ドライグに聞いた話によれば、神器を抜き取られた者は―――――死んでしまう。

 

「……酷い……」

 

無意識のうちに言葉を漏らしてしまう私。

 

「本当はフリード神父も一緒に来てくださるはずだったんですけど……此処に堕天使の皆さんが向かって来ているからと言って……行ってしまわれました……」

 

アーシアの続けた話に私は一瞬頭が真っ白になるのを感じた。

 

「助けに―――――「それは駄目よイッセー」」

 

私の言葉に被せるように聞いたことのある声が響く。

声の方を見てみると、そこに居たのはグレモリー先輩を初めとしたオカルト研究部の皆。おそらく、魔法陣でここまで来たんだろう。

 

「行くことは認められないわ」

 

「どうしてですかっ!!」

 

私はグレモリー先輩に近づいて言う。ほぼ怒号に近い、荒々しいものだっただろう。

 

「貴方だけで行けば確実に殺されるわ。

もう生き返ることは出来ないのよ?」

 

グレモリー先輩は冷静に、私を諭すように言った。

 

「そんなの―――――「イッセーッ!」っ!?

……ど、ドライグまで……!」

 

今度はドライグの大きな声が響く。

私は悔しくて唇を噛み、拳を握りしめる。

 

「違うぞイッセー。

俺はお前に行くなとは言わん。

だがな―――――冷静になれ」

 

優しい声音でドライグは私の頭を撫でた。

 

「グレモリーの娘は何と言った?」

 

「……私だけで行ったら確実に殺される……」

 

自分の力不足なんて言われなくても理解している。だけど、何もしないというわけには行かない……から……。

私はその言葉を自分でいってみて、何処か違和感を感じた。

……『私だけ』で行ったら確実に殺される……?

 

「―――――あ……」

 

「分かったようだな……。

こういう時こそ冷静になるのも大切だぞ?」

 

ドライグはそう言うと、私の背中を軽く押した、グレモリー先輩の方に。

 

「……ぐ、グレモリー先輩」

 

「何かしら?」

 

グレモリー先輩は穏やかな表情で私を見つめ返してくる。

 

 

 

 

 

「―――――一緒に、ふーくんを助けてください……っ!!」

 

私だけで駄目ならば、一緒に。

これは私のワガママだ。

でも、グレモリー先輩はそれでも私にチャンスをくれたんだ。

だったら、それを掴むべきだろう。

 

 

 

 

 

「えぇ。可愛い眷属の頼みだもの。

―――――皆も聞いてくれるかしら?」

 

「「「はい!」」」

 

初めから、みんなを、仲間を頼るべきだったんだ……。

私ひとりで出来ることなんて、限られているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Nine〜



―――――この汚れきった両腕に君の笑顔は綺麗すぎるから……


by.フリード


 

 

 

―――――人気の無い廃教会。

ただ静寂に包まれ、虫の合唱だけが響いていた。

そんな廃教会の入口に1人、少年が座っている。

 

「……いーちゃん可愛かったなぁ……」

 

少年の名前は『フリード・セルゼン』。

彼は自分をこう言い表した。

 

―――――『偽善の殺人鬼(デモーニオ・イポクリージア)』と。

 

 

 

「片付け……しないとな……」

 

ため息を吐き出すと面倒くさそうに立ち上がる。

そこに、月明かりが差し込んだ。

まず見えたのは彼の姿。

美しい白髪は赤黒く染まり、固まっていた。

 

次に見えたのはフリードの周り。

闇夜に包まれ今まで見えなかったものの、月明かりに照らされた地面には―――――

 

 

 

 

 

―――――無数の死体が広がっていた。

 

赤黒く染まった彼の白髪。

その正体はこの場に広がる死体の返り血だろう。

 

フリードはゆっくりと立ち上がると、空を見上げて口角を上げて薄く笑ったかと思えばすぐに口を開いた。

 

 

 

「遅かったじゃないっすか〜……旦那たち?」

 

フリードが声を向けた方には4つの人影。

彼らにも月明かりが当たり姿があらわになる。

―――――男性2人に女性2人。

性別の違いがあるものの、1つ、共通していることがあった。

その背には黒い翼が生えていたのだ。

 

「……何の真似だ?フリード。

私の目が確かなら神父たちが皆殺しにされているようだが?」

 

スーツを着た男性はフリードを睨みつけて言う。

 

「あぁ、正解正解大正解っすわ〜。

ちょいと邪魔だったんで始末しちまいました」

 

言ってフリードは自らのそばに置いてあった何の変哲もないただの少しばかり細身の剣を持って立ち上がる。

 

「ついでに旦那たちも斬らせてもらいますかねぇ……」

 

剣を上空の4人に向けて、座った目で言い放つフリード。

それに対して3人は心底可笑しそうに笑った。

 

「何を言うかと思えば……たかが人間がいきがるな?」

 

「そぉーっすよ!

その辺の神父よりすこーし強いからってチョーシに乗りすぎっ!」

 

「痛い目に合わせないと分からないようだな」

 

「…………」

 

3人は馬鹿にした様な口調で、しかし1人は黙っている。

 

「あ〜……そーいうのいらないっすわァ〜。

知ってますかい旦那たち?

今の発言、『フラグ』ってやつですぜ?」

 

ニヤリとフリードは笑うと、剣を持つ方の腕に変化が現れた。

今までは生身の腕だったはずなのに、一瞬にして白銀の精巧な機械の様な腕に変化する。

 

「―――――全てを断ち斬る剣を此処へ。

斬り裂け、斬り崩せ、斬り倒せ。

全ての敵を斬り払う、絶対の力を今求める」

 

それはただの言葉遊びではない。

全てに意味があり、全てに役割がある。

―――――『言霊』。

フリードはそれを今唱えたのだ。

 

「貴様も神器(セイクリッド・ギア)持ちだったか……」

 

スーツの男性は眉をひそめて不機嫌そうに言う。

 

「あんれぇ〜??

気が付かなかった感じですかぁ〜??

うわ、無能じゃん!」

 

明らかに馬鹿にした、挑発するような言葉に青筋を浮かべるスーツの男と女性2人。

そしてその手にはどす黒い光の槍を出現させていた。

 

「「「死ねッ!!!」」」

 

3人は一斉にその槍をフリードに向けて投擲する。

しかし、フリードはものともせず、その槍を剣をたった一振りするだけで破壊してしまう。

見ればその剣も腕と同じく白銀に輝いていた。

目の前の光景が信じられないのか、3人は驚愕の表情を浮かべている。

 

「……弱っ……。

ハァ〜……アーシアちゃん逃がして本当に良かった……旦那たちみたいな雑魚に手を出されなくて良かったですわぁ〜」

 

ヘラヘラと笑うフリードだったが、それとは対照的に、3人は怒りを顕に表情を歪めていた。

 

「……けるな……ざけるな……ふざけるなッ!!!」

 

スーツを着た男性は怒号を上げると、両手にどす黒い光の槍を出現させてフリードに突撃していく。

 

 

 

「―――――1名様ごあんなーい☆」

 

しかし、フリードは口角を吊り上げて余裕そうに笑う。

2本の槍の攻撃を完全に見切り、躱したフリードはスーツを着た男性をその手に持つ剣で両断した。

 

「「なっ……?!」」

 

女性2人はまさかスーツを着た男性が殺されるとは思ってもいなかったようで目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。

 

「あぁ〜……汚れちまった……」

 

返り血を顔に浴びてしまったフリードは不機嫌そう呟き、手のひらで血を拭う。

 

「……時間かけるのも勿体ないし、もう終わらせてもらいますわ」

 

溜息とともにそう吐き出したフリードは()()()()()

 

「「ひっ……!!?」」

 

情けなくも悲鳴を上げる女性2人。

今日のこの時まで自分の優位を信じて疑わなかった、それが仇となったのだろう。

目の前に迫る少年は、そこらの神父とは違い、『強者(狂者)』であったのだ。

 

 

 

 

 

「―――――死ね」

 

―――――白銀一閃。

横薙ぎの一撃に少しの反応もできなかった2人の女性は一瞬で絶命した。

痛みを感じる間も無かっただろう。

その後、フリードは地面へとゆっくり降り立ち、残った1人の男性へと視線を向ける。

唯一、何の反応も示さなかった男性だ。

 

「……()()()()()の旦那……あんたは抵抗しないんすね」

 

「……まぁね」

 

レイナーレと呼ばれた男性はフリードと同じく地面へと降りると自傷気味に笑った。

 

「……アーシアを逃がしてくれたんだって?」

 

「そうですぜ?

……とは言っても俺が出来るのは逃がすだけ。

きったなく汚れた俺が人助けなんてちゃんちゃらおかしいっすわ」

 

肩をすくめてそういうフリードにレイナーレは苦笑いを浮かべる。

 

「十分な人助けだと俺は思うよ」

 

「……旦那も逃がすつもりだったんしょ?」

 

フリードは溜息と共にそう吐き出した。

その目に既に戦う意志など無かった。

 

「……さぁ?何のことかな?」

 

「白々しい……まぁ、イイっすけど。

……さて、俺は行かせてもらいますわ」

 

白銀の機械のような腕から元の生身の腕に戻したフリードはその場に剣を突き立てて背伸びをする。

 

「俺の勘じゃ、そろそろ来ちゃうと思うんで……流石に未練タラタラだなぁ……」

 

会いたい……一緒にいたい……、フリードは悲しそうにそう呟くと一筋だけ涙を流して姿を消した。

まるで闇夜に溶け込むように―――――

 

 

 

 

 

その後、しばらく呆然と立ち尽くしていたレイナーレは空を見上げて呟いた。

 

「俺は、やり直せるかな……()()ちゃん……」

 

傍に落ちていた3枚の羽根を拾い上げてレイナーレはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Epilogue〜


―――――信じているから、ずっと、ずっと。


by.一誠


 

 

―――――結局、あの後ふーくんを助けに向かったのだけれど、あの廃教会はおろか、町の何処にもふーくんの姿は無かった。

初めは殺されたのではないかとグレモリー先輩に言われたものの、いつまで待てどもアーシアを攫いに堕天使たちは現れず、結果、相討ちになったのだと言い聞かされ、捜索はやむなく諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ……」

 

時間はまだ午前5時。

何故か目が覚めてしまい、二度寝する気にもなれず顔を洗いながら溜息を吐く。

 

「これは……酷いなぁ……」

 

昨晩、泣き腫らした目はまだ完全には引いておらず、赤みが残っていた。

せっかく会えたのに……ふーくん……。

 

「……生きてるよね……」

 

私は相討ちで死んでしまったなんて信じない。

 

「……散歩でも行こうかな……」

 

外はまだ薄暗いけれど気分転換にはなるだろう。

私は自分の部屋に戻りパジャマからジャージに着替えて家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ん〜〜〜……っ」

 

何処に行くわけでもなく、ただ歩みを進めていると、いつの間にか公園にやって来ていた。

ベンチに座って背伸びをしてみる。

周りを見てみれば、ちらほらと走っていたり、ウォーキングをする人たちの姿が目に入った。

 

「……ハァ……」

 

起きてから溜息が止まらない。

私の中でモヤモヤとした気持ちの悪い気持ちが膨らんでいくから。

 

「……ふーくん……」

 

―――――名前を呟く。

別に恋愛感情があるだとかの色恋の混じった思いではない。

だけれど、幼い頃に出会った彼の顔と、あの日の弱った姿が頭から離れないんだ。

それに、彼が死んだとは全く思っていない。

ただ、別れの言葉くらい、言いに来てくれてもいいのに―――――そう、思ってしまう。

 

「ハァ〜〜〜……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――溜息ばっかりだと幸せが逃げますぜぇ〜?」

 

その言葉とともに、ぐにぃーっと背後から私は頬を摘まれた。

いきなりの事に私はビクリと肩を震わせて、頬をつまむ手を叩き落とし、背後へ振り向く。

 

「ふ、ふーくんっ?!!」

 

そこに居たのは紛れもなく、私の考えていた人。

いつか会えると、そう思っていたのに、そのいつかはこんなにも早くやって来た。

 

「全く……カッコよく去ろうと思ってたのにいーちゃんが落ち込んでるから会いに来ちゃったよ」

 

ふーくんは右手をキツネの形にすると、そのまま私のおでこをつつく。

自然と、涙が出てきてしまう。

 

「おろろ……泣かない泣かない!

俺っちに会えてそんなに嬉しかったの?」

 

私の頭を撫でるふーくんの手つきは何処かぎこちなくて、だけれど優しかった。

 

「……良かった……生きてて、くれた……」

 

下から、ふーくんの顔を見上げる。

 

「……死ぬわけないっしょ?

まだやり残してることいっぱいあるし」

 

にししと笑うふーくん。

私もその笑顔につられて笑った。

 

 

 

 

 

「さてと……俺はそろそろ行くよ。

最後にいーちゃんに会えたからしばらくは頑張れそうだ」

 

涙を拭いながら、ふーくんの言葉を聞く。

何となく、長い間は会えないんだろうとは思っていたから、取り乱しはしなかった。

 

「―――――また絶対に、会いに来るから」

 

ふーくんはそう言うと、私のことを強く抱き締める。

 

「……待ってるからね……?」

 

「うん……約束だね……」

 

しばらくの間抱きしめ合った私たちは、離れると同時に気恥しい気分を味わう。

 

「じゃ、じゃあ行くよいーちゃん!」

 

「う、うん!」

 

ふーくんはそれだけ言い残すと、名残惜しそうな雰囲気を残しながら、足早に去って行った。

 

 

 

 

 

「―――――またね、ふーくん」

 

聞こえるはずのない呟き。

待ってるから、ふーくん。

悪魔になった私だけれど、だからこそいつまでも。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

散歩から帰宅した私は急いで制服の袖に腕を通した。

今日は朝の内に部室に来るようにとグレモリー先輩に言われているのだ。

朝ごはんにトーストとコーヒーを食べた私は、しっかりと身嗜みを整えて、部室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――あら、ちゃんと来たわね」

 

部室に辿り着くと、そこにはグレモリー先輩しかいなかった。

グレモリー先輩はソファーに座り、優雅にお茶を飲んでいる。

 

「おはようございます、グレモリー先輩」

 

「えぇ、おはよう。

……調子は良さそうね?」

 

私の顔をじっと見つめて、安心したように言うグレモリー先輩。

昨日の事で引きずっていないか心配だったらしい。

 

「はい。

もう、大丈夫です」

 

何せ朝、会うことが出来たから。

これ以上暗い顔をしていては本当に幸せが逃げてしまいそうだ。

その時、部室の入口が開かれる。

どうやら私たちの他にもやって来たようだ。

 

「―――――お、おはようございますっ!」

 

現れたのは此処駒王学園の女子の制服に身を包んだ金髪の少女。

見間違うことなく、その姿はアーシアのものだった。

私はその姿に目を丸くして口を開く。

 

「あ、アーシア……その格好……」

 

「い、イッセーさん!

……に、似合いますか……?」

 

不安そうに、恥ずかしそうに訊ねてくる。

 

「凄く似合ってるよアーシア」

 

駒王学園の制服を着ているということは此処に通うということだろう。

アーシアなら直ぐに人気者になること間違いなしだ。

 

「アーシア、アレも見せてあげたらどうかしら?」

 

「は、はい!リアス部長!」

 

私が何のことかと首を傾げていると、アーシアはえ、えいっ!と言って―――――()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ?!」

 

私は目の前で起こった出来事に一瞬思考が止まり、次の瞬間にはグレモリー先輩に非難の眼差しを向けた。

 

「か、勘違いしないでねイッセー?

アーシアが自分から『悪魔』になりたいと言ったら私は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を渡したのよ?」

 

「……本当?アーシア」

 

「そ、そうですよイッセーさん!

部長さんは何にも悪くないんです!

……私のわがままなんです……」

 

しゅんとした様子を見せるアーシア。

この様子だとグレモリー先輩が口車に乗せてアーシアを悪魔にしたという最悪の展開ではないようだ。

私はグレモリー先輩に頭を下げる。

 

「すみません、疑ったりなんかして」

 

「大丈夫よ気にしていないわ。

確かに根っからの信徒のアーシアが悪魔になっていたらそう思ってしまうものね」

 

苦笑い気味にグレモリー先輩は言う。

そしてその後に場の空気を変えるように手を叩いた。

 

「多分、あなたも気付いているとは思うけれど、アーシアにもこの学園へ通ってもらうことになったわ。

あなたと同い年みたいだから、2年生ね。

クラスもあなたのところにしたわ。

今日が転校初日ということになっているから、彼女のフォローよろしくね?」

 

「よ、よろしくお願いします、イッセーさん」

 

ぺこりと頭を下げるアーシア。

確かに此処に通うのだろうとは予想していたがクラスまで一緒になるのは予想していなかった。

 

「うん、よろしくね?アーシア。

此処は良い人ばっかりだから直ぐに友達が出来ると思うよ?」

 

何にせよ、これからの学園生活も楽しくなりそうだ。

そんなことを考えていると、部室に木場くん、塔城さん、姫島先輩が入ってくる。

 

「おはようございます、部長、イッセーさん、アーシアさん」

 

「……おはようございます、部長、イッセー先輩、アーシア先輩」

 

「ごきげんよう、部長、イッセーちゃん、アーシアちゃん」

 

それぞれが挨拶をしてくれる。

そして、いつの間にか私のことを『イッセー』と呼んでくれている。

何処か気恥ずかしくて、でも暖かな気持ちになった。

 

 

 

 

 

『―――――良かったなイッセー』

 

柔らかな声音で、ドライグの声も聞こえてくる。

何故か人の姿にはなって出てきてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦闘熟果の火龍果
〜Prologue〜



―――――私は『マケナイ』……絶対に


by..一誠


 

 

何処までも続く広い草原。

 

 

 

その中にぽつりと存在する澄み渡った湖。

 

 

 

そして、その中心。

 

 

 

盛り上がった小さな陸地に1本の樹木。

 

 

 

そこには魅惑の―――――十顆の果実。

 

 

 

 

 

「―――――此処……は……」

 

そこで私は思い出す。

これは今まで見てきた風景だ、と。

しかし、今回は何処か勝手が違うことに気がつく。

意識が、はっきりしているのだ。

今でもあの果実から目を離せないのは確かだけれど、私の意思で、近づかないようにすることが出来る。

 

「―――――イッセーッ!!!」

 

この草原に響き渡る聞き慣れ、心地の良い男の人の声。

 

「ドライグ……」

 

果実から視線を何とか外して、声の聞こえた方へ振り向く。

 

「ドライグ……っ!!」

 

翡翠の宝石のような瞳に焦燥の色を浮かべたドライグが、私に向かって走りよってくる。

 

「イッセー……っ!!

良かった……まさか完全な意識が此処まで迷い込んでしまうとは……大丈夫かっ?!」

 

「ど、ドライグ……苦しいよぉ……」

 

ぎゅっと、まるで何処かへと飛んで行ってしまいそうなモノをこの場に繋ぎとめるように、ドライグは私の身体を抱きしめてくる。

 

「す、すまない……。

まさかこんなにも早く此処に来ることになるとは思っていなかったからな……焦ってしまった……」

 

私の言葉にドライグは私からゆっくりと離れていく。

その顔は何処か赤くなっているように見える。

 

「……ねぇ、ドライグ。

アレは一体……何なの……?」

 

私は湖の中央―――――果実の実る樹木を指さして、ドライグに訊く。

 

「……あれは―――――」

 

ドライグは苦しそうな表情を浮かべて口を開き始める。

 

 

 

 

 

「……あれは―――――『禁忌の果実』……」

 

その言葉を聞いて、あの果実が酷く禍々しいモノに見えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ねぇ、木場くん。

グレモリー先輩って何か悩んでるのかな?」

 

しばらく平和な日常を過ごしていて、ある日ふと気がついた。

どうも最近グレモリー先輩の様子がおかしい。

 

「部長のお悩みか……。

多分グレモリー家に関わることじゃないかな?」

 

旧校舎にある部室へと向かう途中、木場くんは私にそう答えた。

アーシアと共に部室に移動している途中で木場くんとも合流したから、いい機会だと思って聞いてみたんだけれど、どうやら木場くんも詳しくは知らないようだ。

 

「姫島先輩なら知ってるかな?」

 

「朱乃さんは部長の懐刀だから、勿論知っているだろうね」

 

「そっか……」

 

気にはなっているけれど、相談されてもいないのに首を突っ込むのはどうかと悩む。

ひとまず、私に何か出来るのならば力を貸そう、そう自己完結させて歩みを進める。

部室の扉前に私たちが到着した時、木場くんが何かに気がつく。

 

「……僕が此処まで来て初めて気配に気づくなんて……」

 

目を細めて顔を強ばらせる木場くん。

私は何事なのかと、アーシアと共に首を傾げる。

 

私はいつまでもここにいる訳にはいかないので部室の扉を開く。

室内にはグレモリー先輩、姫島先輩、塔城さん、そして―――――見知らぬ銀髪のメイドさんが張り詰めた糸のような雰囲気をそれぞれ醸し出していた。

その雰囲気に気圧されたのだろう、アーシアは不安げな表情で私の制服を掴んで少し震えている。

 

グレモリー先輩はメンバーを一人一人確認するとゆっくりと口を開いた。

 

「……全員揃ったわね。

では、部活を始める前に少し話があるの」

 

「お嬢さま、私がお話しましょうか?」

 

グレモリー先輩は銀髪のメイドさんの申し出を要らないと手を振っていなす。

 

 

 

「……実はね―――――」

 

グレモリー先輩が口を開いた瞬間だった。

部室の床に描かれた魔法陣が光を放ち始めたのだ。

魔法陣に描かれていたグレモリーの紋様が変化し、見覚えのない形へと姿を変えた。

 

「―――――フェニックス」

 

近くにいた木場くんがそう口から漏らす。

光を放つ魔法陣。

その光が消えるのと同時に―――――魔法陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が包み込む。

 

 

 

「―――――済まんな。

炎が漏れたらしい……直ぐに消す」

 

炎の中で佇む男性のシルエット。

そちらから冷静な男性特有の低い声が聞こえてくると男性のシルエットが腕を横に薙ぐ。すると周囲の炎も、熱気も全てが霧散してしまった。

 

「ふぅ……人間界は久しぶりだ」

 

そこにいたのは赤いスーツを着た一人の男性。スーツを見事に気崩し、胸までシャツをワイルドに開いている。見たところ二十代前半と言った風貌だ。

整った顔立ちに、何処か悪ガキっぽい影がある。木場くんを爽やかなイケメンとするならこの男性は悪系のイケメンと言ったところだろう。

男性は部屋を見渡し、グレモリー先輩を捉えると口元を少しだけ緩めた。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

グレモリー先輩はそう言う男性を半眼で見つめ、とても歓迎しているとは思えない対応をとっていた。

そんな様子のグレモリー先輩になんとも言えないような表情を一瞬浮かべた男。その表情は―――――悲しみの色があったように感じる。

 

「性急だがリアス、式の会場を見に行こう。

俺はまだ待つと言ったんだが日取りも決められてしまったんだ。

どうせ決めるのなら早い方が良いだろう?」

 

そうまくし立てるように言った男性はグレモリー先輩の腕を掴もうとする。

 

 

 

 

 

「―――――女性の腕はそう易々と掴むものではないと思いますよ?」

 

私のことを発した言葉にぴくりと反応した男性はグレモリー先輩の腕を掴むのをやめて私の方へ視線を向けた。

 

「どうも初めまして。

私はリアス・グレモリー眷属、『兵士(ポーン)』の兵藤一誠です」

 

その場の雰囲気から恐らくこの男性はグレモリー先輩と同等かそれ以上程の地位の人なのだろうと判断し、礼儀正しく自己紹介をする。

すると、男性はぴくりと眉を動かして口を開いた。

 

「……リアスの新しい眷属か……確か噂によれば『赤龍帝』だとか?」

 

「えぇ、私は『赤龍帝』ですよ?」

 

「そうか……リアスの性格上俺のことは話してなさそうだな……。

―――――俺はライザー・フェニックス。

フェニックス家の三男で純血の上級悪魔だ。

そして―――――リアス・グレモリーの()()()でもある」

 

……なるほど、グレモリー先輩が悩んでいたのはこの事だったんだ……。

私は目の前の男性―――――ライザー・フェニックスの言葉でそれを確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、リアスの『女王(クイーン)』が淹れるお茶は美味しいものだな」

 

「痛み入りますわ」

 

姫島先輩の淹れたお茶を褒めるフェニックスさん。

いつも通りニコニコしている姫島先輩だったがそれは何処か演技めいたものを感じる。

ひとつのソファーに隣り合って座るグレモリー先輩とフェニックスさん。

グレモリー先輩は我慢できないと言った表情で立ち上がると声を荒らげた。

 

「いい加減にしてちょうだい!」

 

フェニックスさんを鋭く睨むグレモリー先輩。対してフェニックスさんはそんなグレモリー先輩の視線を正面から受け止め、見つめかえしている。

 

「ライザー!以前にも言ったはずよ!

私はあなたと結婚なんてしないわ!」

 

「あぁ、確かにそう聞いた。

だがリアス、そういう訳には行かないだろう?

君の所の御家事情は意外にも切羽詰まってると聞いた。

それに何より、俺は諦めたくない」

 

前半は何処か取ってつけた様な雰囲気を感じたけれど、最後の言葉には真剣なモノを感じた。

 

「そんなの余計なお世話よ!!

私が次期当主である以上、婿養子だってしっかりと迎え入れるつもりよ。

……けれどねライザー―――――それはあなたじゃないわ」

 

「……どうしても俺との結婚は嫌か?」

 

「えぇ、嫌よ。

あなたのような()()()()はお断りよ」

 

グレモリー先輩のその言葉を境に沈黙が広がる。

互いに譲るつもりなんてないようで、ただ口を閉ざしていた。

 

 

 

 

 

「―――――お嬢さま、ライザーさま」

 

沈黙を破ったのは銀髪のメイドさん。

静かながらよく通る澄んだ声でその場の雰囲気を断ち切る。

 

「お2人は互いに譲る気は無いのですね?」

 

「えぇ、当たり前よ」

 

「勿論です、グレイフィア・ルキフグス殿」

 

グレモリー先輩は凛とした表情で、フェニックスさんは真剣な眼差しで、銀髪のメイドさんを見つめて言う。

……あのメイドさんグレイフィア・ルキフグスっていう名前なんだ……。

一歩前に出た銀髪のメイドさん―――――ルキフグスさんは渋々という表情で再び口を開いた。

 

「正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着が着かない場合のことを皆様方は予測し、最終手段を取り入れることとなりました」

 

「……最終手段?

どういうこと?グレイフィア」

 

「お嬢さま、ご自分の意志を押し通すのでしたら、ライザーさまと『レーティングゲーム』にて決着を付けるのは如何でしょうか?」

 

「―――――ッ!?」

 

ルキフグスさんの意見に言葉を失うグレモリー先輩。

フェニックスさんは見るからに嫌そうな表情を浮かべていた。

それにしても『レーティングゲーム』……?

一体何なのだろうかそれは?

 

「……ねぇ、木場くん。

『レーティングゲーム』ってなんなの?」

 

私は隣にいた木場くんにこっそりと聞いてみる。

 

「爵位持ちの悪魔たちが行う、眷属同士を戦わせて競い合うゲームのことだよ、イッセーさん。

ただし、ゲーム自体は成人した悪魔しか出来ないんだ。

多分今回の場合は非公式の純血悪魔同士のゲームになると思う。

それならまだ成人していない部長でも参加できるからね」

 

木場くんは懇切丁寧に私の疑問に答えてくれる。

グレモリー先輩はしばし悩むように俯いていたけれど、ぱっと前を向いてフェニックスさんを見つめて口を開いた。

 

「……良いわ、そのゲーム受けるわ。

私の将来は私の手で掴みたいもの!」

 

指を指して宣戦布告するグレモリー先輩。

その様子にフェニックスさんは頭を抱える。

 

「……わかった。

ゲームで決着をつけるのは良い。

だがな、リアス。

―――――そういうのは戦力差を考えてから言うものだぞ?」

 

そう言うフェニックスさんが指をパチンと鳴らすと部屋の魔法陣が再び光を放ち始め、フェニックスの紋様を浮かび上がらせる。

そしてフェニックスさんの周囲を総勢15名の眷属悪魔らしき人たちが集結した。

 

「全員が俺の自慢の眷属たちだ。

……リアス、分かるか?

俺は既に公式の『レーティングゲーム』を経験している。

そして何より眷属を集めきっていないのに格上にゲームを挑むのはあまりに無謀だ……」

 

フェニックスさんの言葉に言い返すことが出来ないのかグレモリー先輩は悔しそうに口をつぐみ、手をきつく握りしめていた。

 

「おそらく、対抗できるとしても君の『女王(クイーン)』の『雷の巫女』くらいのものだろう。

それを断言できるほどに、経験の差は大きい」

 

フェニックスさんは厳しい視線をグレモリー先輩に向ける。

 

 

 

「―――――10日」

 

私は無意識のうちに口を開いていた。

 

「10日、猶予をください」

 

「ほぉ……?

10日で良いのか?

何なら1ヶ月でも俺はいいと思っているんだが」

 

「1ヶ月と開けたら例え勝ったとしてもグレモリー先輩の立場が悪くなります。

そう考えると負けても、勝っても立場をそこまで悪くすることのない10日という短い間が妥当ですよね?」

 

話を聞く限りだと、グレモリー先輩の行動は我儘だとして受け取られているらしい。

……結婚という一生モノの儀式を誰かに勝手に進められ、それを拒否するのに我儘も何もないとは思うけれど、純血の悪魔にとっては勝手が違うんだろう。

 

「私個人としては―――――あなたは悪い人には見えません」

 

その言葉にこの場にいる全ての人が目を見開いた。

 

「だけど、私の主であるリアス・グレモリーがあなたとの結婚を嫌がっている。

―――――私の戦う理由はそれだけで十分です」

 

「……イッセー……」

 

グレモリー先輩は泣き出してしまいそうな声で私の名前を呼ぶ。

私はグレモリー先輩の方へ向いて笑った。

 

「約束しましたよね?

『時にはあなたの剣となり敵を薙ぎ払い、時にはあなたの盾となり身を守りましょう』って」

 

私は左腕に赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)を出現させてフェニックスさんを指さす。

 

 

 

「―――――ただいまこの時をもって、ライザー・フェニックスさんとその眷属の皆さんは私の敵です。

私の身は『敵を薙ぎ払う剣』、『主を守る盾』、『拐かす悪魔』、そして『自由なドラゴン』。

10日後、絶対に負けません」

 

これは私からの宣戦布告。

劣勢だからなんだ。

劣勢だからこそ覆して勝つ。

例え『■■の■■』を使うことになったとしても負けたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――うふふふふ……』

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Ⅰ〜



―――――『キミ』はどうしてそんなに……


by.祐斗


 

 

「イッセーさん大丈夫かい?」

 

「うん、これくらい何ともないよ」

 

私を心配してくれる木場くんの声に笑顔を返す。

―――――現在私たちは山登りをしていた。

フェニックスさんたちへの宣戦布告から次の日。

グレモリー先輩が修行に行くという旨の報告をしてきたので、朝から山登りをしているのだ。

 

「それにしても修行場所に山にある別荘を用意するなんて流石はグレモリー先輩だね……」

 

背中にある尋常じゃない量の荷物を背負い直しながら、私は額の汗を服の袖で拭う。

 

 

 

 

 

 

―――――山登りの末にたどり着いた山頂には、木造の別荘が建っていた。

山登りの途中に聞いたところによると、この別荘はグレモリー家の所有物らしく、普段は魔力でその姿を風景に溶け込ませることで一般人には見つからないようにしているらしい。

中に入ると木造独特の木のいい香りが鼻に香る。

リビングに一旦荷物を下ろすと、息を深く吐き出す。

 

「ふぅ〜……」

 

流石に大量の荷物を背負っての山登りは疲労を感じる。

……そもそも女の子が持っていい荷物の量じゃなかった気がするなぁ……。

 

「さて、それじゃぁ着替えに行きましょう?」

 

グレモリー先輩は私の方を向いてそう言ってくる。

 

「分かりましたグレモリー先輩」

 

「それじゃぁ、僕は浴室で着替えてきますね」

 

木場くんは青色のジャージを持って1階の浴室があるらしい部屋の方へと向かっていく。

 

「私たちは2階で着替えるわ」

 

私を含める女性陣は着替えを持って2階へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「よっはっ……!」

 

「おっと……ふっ!」

 

着替え終わった私はグレモリー先輩の指示で木場くんと木刀で打ち合っていた。

 

「やっぱりイッセーさんは強いね」

 

私の攻撃をいなしていた木場くんは間合いを取って口を開く。

 

「木場くんには負けるよ」

 

剣道部で軽く打ち合ったことはあったけれど、今の木場くんと比べると別人のようだ。

悪魔としての木場くんとこうして打ち合っていると負ける気はしないけど勝てる気もしない。

悪魔としての身体能力をまだ十全に使いこなせないからか、まだ違和感を感じる。

 

 

 

 

 

「―――――これは僕も負けてられないな」

 

水分補給をしながら木場くんは言う。

 

「悪魔になったばかりのイッセーさんに追い抜かれたくないからね。

それに、僕も男だ。

イッセーさんみたいな女の子より弱いなんて嫌なんだ」

 

「……私を普通に女の子扱いするのなんて木場くんくらいだよ」

 

私は苦笑混じりに呟いた。

日頃からの行動のせいか、それとも性格のせいか、私はどちらかと言うと男の子のような扱いを受けていたから。

 

「イッセーさんは魅力的な女の子だよ」

 

木場くんは微笑みながら私に向かって恥ずかしげもなく言う。

 

「そんな冗談言わなくて良いよ??

……さて、次は姫島先輩のところに行かないと行けないからそろそろ行くね?」

 

そう言って立ち上がった私は木場くんに手を振って、姫島先輩のいる場所へと駆け足で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――冗談じゃないんだけどなぁ……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「イッセーちゃんは魔力総量が少ないものね……」

 

黒いジャージに身を包んだ姫島先輩は苦笑いを浮かべて呟いた。

姫島先輩のもとでは魔力の扱いについてレクチャーしてもらっているのだけれど、私には魔力がほとんど無いようで、流石の姫島先輩もお手上げのようだ。

 

「出来ました!」

 

隣では白いジャージに身を包んだアーシアが魔力の塊を手のひらに作り出していた。

淡緑色の魔力の塊はとても綺麗で、その光景を見るとやはり羨ましく感じる。

 

「あらあら、やっぱりアーシアちゃんは魔力を扱う才能があるかもしれませんわね」

 

姫島先輩に褒められて頬を赤く染めるアーシア。

 

「ではその魔力を炎や水、雷に変化させます。

これはイメージから生み出すことも出来ますが、初心者は実際の火や水を魔力で操作する方が上手くいくでしょう」

 

そう説明した姫島先輩は水の入ったペットボトルを取り出し、それに魔力を流し込んだ。

すると、魔力を得た水が鋭い棘と化して、ペットボトルを内側から破ってしまった。

 

「アーシアちゃんは次にこれを真似してくださいね。

イッセーちゃんは精神統一をして、少ない魔力の効率的な運用を考えましょう?」

 

その言葉に頷いて、私は姫島先輩と話し合いながら自分の少ない魔力の扱いを練習するのだった―――――。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「えい……っ!」

 

気合の入った塔城さんのボディーブロー。

私はそれを絡めとるように受け流して、そのまま地面に投げる。

まさかこんな所で気まぐれに齧った格闘技の知識が役に立つとは……。

 

「……イッセー先輩も格闘技するんですか?」

 

「私の場合は少し齧った程度だよ」

 

塔城さんの言葉にそう返す。

だけど、今後のことを考えるならもっと真剣に格闘技を磨くのも悪くないかもしれない。

どの道、近接格闘が私の武器になっていくのは確定しているから。

私は自分の身体を改めて見てみる。

 

 

 

 

 

「……筋肉欲しいなぁ……」

 

こんな細腕細足では近接格闘は出来そうもないから。

 

「塔城さん、もっとやろうか!」

 

「……望むところです」

 

互いにファイティングポーズを取って再び戦い始める。

近接格闘をするのは塔城さんしかいないからこれからはお世話になりそうだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「イッセー!気張るのよ!」

 

「……了解です……っ!」

 

グレモリー先輩との修行は基礎能力の向上。

山登りの道を往復したり、獣道を駆け抜けたり、崖を登って行ったり。

筋肉トレーニングも勿論あり、上半身、下半身満遍なく鍛えるものだった。

赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』の性能的にも基礎能力が上がるのはありがたい。

所有者の能力を倍にしていく能力でも、もとの力が『1』より『2』の方がいいから。

 

「まだ行けるかしらイッセー?」

 

「……よゆーです」

 

汗でびしょびしょを通り越してびちゃびちゃになったジャージを脱ぎ捨てたいという気持ちに駆られるも、流石に上半身裸でトレーニングをするほど女は捨てていないのでそれは諦める。

 

「それじゃぁ筋トレをもう一巡しようかしら?

まずは腕立て伏せからね」

 

グレモリー先輩のその言葉を聞くやいなや私は腕立て伏せの格好を取り、素早く腕立て伏せを始めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

―――――夕方。

最早日も完全に落ちかけているので夜と言っても過言ではない時間に、私たちは別荘の前に集合していた。

全員が全員汗や泥で汚れており、木場くんや塔城さん、私は服までボロボロである。

 

「この様子だと先にお風呂にした方がいいみたいね……」

 

グレモリー先輩は私たちの姿を見てそう言う。

 

「此処には温泉があるのよ?

いい機会だから今日の疲れを落としながら親睦を深めましょう?」

 

言ってにこりと笑ったグレモリー先輩。

……親睦と言っても木場くんが一緒に入れないと思うんだけれど……。

チラリと木場くんの方へ視線を向ける。

 

「僕のことは気にしないで?イッセーさん」

 

視線に気がついた木場くんは土を払いながらそう口にした。

 

「あら、別に一緒に入っても良いのよ?祐斗」

 

「ご冗談を部長。

部長が良くても皆が駄目ですよ」

 

苦笑いを浮かべながら木場くんは何とも言えない表情を浮かべる。

 

「朱乃はどうかしら?」

 

「私はいいですわよ?

祐斗くんは弟みたいなものですから」

 

うふふと姫島先輩は微笑む。

 

「アーシアは嫌かしら?」

 

「ゆ、祐斗さんが大丈夫なら……大丈夫ですっ!

日本には裸の付き合いという友情を芽生えさせる行為があるんですもんねっ!」

 

アーシアは顔を赤くしつつも意気込んで言う。

……誰だろうそんな間違った知識を与えたのは……。

 

「小猫は?どう?」

 

「……仕方が無いですね」

 

無表情で仕方がなさそうに呟く。

 

「最後にイッセー。

祐斗も一緒に入ったら駄目かしら?」

 

グレモリー先輩は最後に私の方を向いて聞いてくる。

 

「えっと……」

 

チラリと木場くんの方を向けば引き攣った笑みを浮かべながら私に向かって首を小さく横に振っているのが見えた。

……あ、木場くんは入りたくないみたい……。

 

「さ、流石に恥ずかしいのでパス……じゃ駄目ですかね……?」

 

「い、イッセーさんもそう言ってることですし、僕は男湯の方でのんびりしますね!」

 

私の言葉をフォローする木場くん。

その様子に何か感じるところがあったのかグレモリー先輩は仕方ないという表情を浮かべて木場くんとの混浴状態は止めにしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イッセーさん、本当にありがとう」

 

「そんなに入りたくなかったの?」

 

「……ちょっと諸事情でね?」

 

「私も別に良かったんだけどなぁ……」

 

「……イッセーさんはもっと危機感を持とうね……」

 

「恥ずかしくない訳じゃないけどタオルを巻けば良いし。

それに木場くんは不埒な事はしないでしょ?」

 

「………………そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Ⅱ〜



―――――お前には……使って欲しくなかった


by.ドライグ




 

 

 

「あら、思ったより細いのねイッセー」

 

「ぐ、グレモリー先輩……っ?!」

 

修行後の温泉でのんびりとしていると背後から近づいてきたグレモリー先輩に腰周りをペタペタと触られる。

 

「でもこっちは立派ですわ」

 

「ひ、ひひひ、姫島先輩……っ??!!」

 

今度は姫島先輩が正面から近付いて、私の胸を触れるか触れないかという具合で触ってきた。

 

「いつもはサラシで潰してるのね?

そんなことしてたら形が崩れちゃうわよ?」

 

「せっかく可愛らしいのに勿体ない」

 

グレモリー先輩は置いておいて、姫島先輩はそう言って手を休めることはなく―――――私は身の危険を感じ立ち上がって逃げ出した。

 

「あら、逃げられてしまいましたわ」

 

ニコニコと笑う姫島先輩の表情に背筋が寒くなるのを感じる。

 

「……安心してくださいイッセー先輩。

良くあるお巫山戯です」

 

逃げ出した先にいた小猫ちゃんが水面でブクブクさせながらそう言う。

それが本当かどうかは分からないけど、今後は不用意に近づかないようにしようと固く誓うことにしよう……。

私はバクバクと鳴る心臓を落ち着かせながら湯船に身体を沈める。

 

「―――――イッセー。

今日1日修行してみてどうだったかしら?」

 

一息ついた様子のグレモリー先輩が真面目な声音でそう言う。

私は今日1日の出来事を思い出してみる。

 

「そう、ですね……。

まず根本的な問題として私が自分自身の身体能力に振り回されてると思います」

 

純粋な人間だった時とは比べ物にならない身体能力に私はまだ慣れていない。

細やかな力加減による技を使いきれていないから。

 

「それは仕方ないわ。

まだあなたは悪魔になりたてなのだから」

 

優しい言葉を掛けてくれるグレモリー先輩だけれどそれに甘えているわけにはいかない。

私は―――――『赤龍帝』だから。

嫌でも私の周りには『力』が集まってくる。……『善』と『悪』関係なく。

弱いままでは居られない。絶対に。

 

「……それとこれは個人的になんですけど」

 

「何かしら?」

 

私は自分の身体を見つめて口を開く。

 

 

 

「―――――筋肉、欲しいです。

……あと胸が邪魔です」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

そんな私の言葉に空いた口が塞がらない様子のグレモリー先輩たち。

どうかしたのだろうか?

 

「あ、あなたがマッチョになる姿は想像したくないわね……」

 

「そ、そうですわ……。

イッセーちゃんは可愛らしいのですから考え直したらどうかしら……?」

 

「イッセーさんはそのままが良いですよっ!」

 

「……い、イッセー先輩早まらないでください」

 

グレモリー先輩たちの慌て様に私は首を傾げて、言葉通りの私を想像して……全力で首を横に振った。

 

「ち、違います違います!!

そこまで筋肉欲しくないですからっ!

ただ、今のままだと一撃貰っただけで私の身体は耐えきれないだろうからある程度の筋肉が欲しいって意味ですからっ!!」

 

私だって女の子なんだから自分の見た目を気にする。

唯でさえ女の子扱いしてくれる人が少ないというのに筋肉を付けすぎたら今度こそ私の女の子としての人生は終わってしまう。

 

 

 

 

 

……私はただ―――――『フツウ』の『コイ』がしたいだけなんだから。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

皆で温泉を堪能した後、食事を楽しく終えた私は部屋のベッドに座って精神統一をしていた。

残りの日程を考えて、今のままでは確実に敗けてしまう。

その自信が今日の修行で付いてしまった。

 

 

 

―――――私には『才能』が一つも無い。

今までだって、私は他の人に追い付くために『努力』してきた。

才人が1回でやることを普通の人が10回でやるのなら、私は出来るようになって更に100回こなす。

勉強も、スポーツも、知識も、『努力』でその差を埋めてきた。

……それでも、本当の才人から見れば私は『2流』で『滑稽』なんだろう。

 

 

 

―――――だけど。

『才能』が無いからこその強みが私にはある。

才人には分からないことが私にはわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――私は……『()()』」

 

自分の弱さを知っているから、私はまだまだ成長出来る。

ふぅ〜……と、ゆっくり息を吐き出してから瞳を開く。

 

「……ドライグ」

 

呟きに呼応するかのように私の目の前に1人の男性の姿が現れる。

 

「……なんだ?イッセー」

 

その表情は暗い。

私が何をしようとしているのかを知っているからだろう。

 

 

 

「―――――『()()』をしよう」

 

ドライグの表情は今にも泣き出しそうだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

―――――その樹木は禁忌の果実を実らせる。

 

 

 

―――――実る果実の数は『達成』を意味する10。

 

 

 

―――――十顆の中のひとつ、『漆黒』の果実。

 

 

 

―――――■■■は『理解』と訳される。

 

 

 

―――――第3の■■■■であり、宝石は『真珠』。

 

 

 

―――――■属は『鉛』、惑■は『■星』を象徴する。

 

 

 

―――――至高の■と呼ばれ、■■原理を象徴する。

 

 

 

―――――■名は■■■■。

 

 

 

―――――絶対的力を持つ守護■■は■■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワタクシニウチカチナサイ、イ■セ■』

 

 

 

―――――その姿は誇り高く気高い女性。

 

 

 

―――――味方には癒しと安らぎを。

 

 

 

―――――敵には苦痛と絶望を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode Ⅲ〜



―――――私は『ヨワイ』ままではいられないから


by.一誠


 

 

 

―――――深く深く。

 

 

 

―――――海の底へ沈んで行くように。

 

 

 

―――――そこにはきっとある。

 

 

 

―――――『ワタシ』が『モトメル』モノが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――来れた」

 

目を開けばそこには目指していた場所。

―――――『禁忌の果実』の実る場所に立っていた。

私の傍らにはドライグが、暗い表情を浮かべて居る。

 

「……どうしてもやるのか?」

 

「……うん。

弱いままの私じゃ何にも出来ないから」

 

私がそう言えばドライグは拳を握りしめ歯がギリギリと鳴るまでに噛み締めていた。

そんなドライグの頭を爪先立ちしながら乱雑に撫でる。

 

「大丈夫。

―――――私は『私』なんだから。

誰も、それを変えることなんて出来ないよ」

 

初めてこの場所に来た時に聞かされた事を思い出しながら口にする。

曰く、あの果実にはひとつひとつにとてつもない力を宿しているのと同時に―――――()()()()()()()()宿()()()()()のだと。

 

―――――つまり、私がそれに触れ、あまつさえ口にしてしまったら。

私の人格は()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まさにハイリスクハイリターンな話だと思う。

もし、話通りになってしまうのなら……考えるだけでも手が震えてくる。

私は自分の頬をパンッ!と叩き深く息を一つ吐き出す。

 

「行こうか、ドライグ」

 

「……あぁ。分かった……」

 

ドライグの手を握り歩み出す。

 

―――――あの場所は近くて遠い。

 

木の周りを囲うようにある湖に足を踏み出し、段々と近づいていく。

 

心臓がバクバクと破裂しそうなほど鳴っている。

 

ギュッとドライグの手を握って、私とドライグは樹木の前に立つ。

 

樹木に近づいたからだろう。

先程から私の身体が、無意識的に果実に手を伸ばそうとしている。

―――――果実から、目が離せなかった。

 

 

 

 

 

「―――――イッセー、落ち着け。

そして決して間違えるな。

お前は()()()()()()()のではなく()()()()()()()

 

私の耳に届いたのはドライグの声。

果実から、ドライグに視線を移す。

 

「……うん。ありがとうドライグ」

 

そうして、私は再び果実に目を移した。

冷静になった今だから感じる果実からの声。

どの果実からも『自分を選べ』と伝わってくる。

 

―――――しかし、その中でもひとつだけ違う果実があった。

『自分を選べ』所かまるで私から隠れるかのようにひっそりと存在する『漆黒』の果実。

 

私はその果実に手を伸ばす。

引き寄せられたわけじゃない、ただ、その果実に興味が湧いたから。

私は『私の意思』でその果実を選んだ。

 

果実に手が触れた瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――世界が、停まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の音も無い。

此処は私の心象世界の筈なのに、全ての動きが停まっていた。

動けているのは私だけで、先程まで聞こえていた果実の声もない。

あのドライグですら停まっていた。

 

 

 

 

 

『―――――(わたくし)を選んだのね……』

 

突然静寂の世界に聞こえてきたのは優しく澄んだ女性の声。その姿は何処にも見えない。

 

「……あなたは、誰……?」

 

姿も見えない相手に私はそう問う。

 

『私は■■■■』

 

「……え?」

 

ノイズ混じりで聞き取れなかった言葉に私は顔を顰める。

 

『やっぱり聞こえないのね……。

いいわ、私のことは【ビナー】と呼んでちょうだい』

 

その名乗りとともに、漆黒の果実が輝きだした。

輝きは少しづつ形を成していって、私の前に現れる。

 

 

 

 

 

「―――――お母さん……??」

 

左右の瞳の色が違うものの、その姿は私のお母さんそのものだった。金色の左目が優しく光る。

 

『あなたは恵まれてるのね。

この姿は本来の私じゃないの。

この姿は―――――あなたの()()()()()()姿()

それがあなたの本当の母親の姿だなんて本当に恵まれているわ』

 

優しく笑うお母さん。

その姿は偽物だとは思えないほどに優しかった。

 

『うふふふふ……。あなたが気に入ったわ。

―――――力を求めているのでしょう?

良いわ、貸してあげる』

 

そう言ったお母さん……ではなく、ビナーと名乗った女性は私の頬に両手を添えておでことおでこをくっつける。

 

『だけど、今私がしてあげれるのは【きっかけ】をあげることと【少しの肩代わり】だけ』

 

「きっかけと肩代わり……?」

 

『えぇ。

あなたに宿る【赤龍帝】の力にきっかけをあげるわ』

 

ビナーが触れている部分から暖かな熱が流れ込んでくるのが分かる。

何とも不思議な感覚で、心地がよかった。

 

『【力を求める】のなら、このきっかけは大きなものとなる。

だけどこれだけは覚えておいて?

あなたはただの【人間の女の子】だった。

そんなあなたが【力を得る】にはそれ相応の―――――【対価】が必要になるわ』

 

「それは、わかってる」

 

もう覚悟はとっくに出来た。

この場所に来た時点で後戻りする気なんてないんだから。

 

『……いい顔ね。

―――――大サービス、してあげる』

 

ニコリと微笑んだビナーは私の頬から手を離し、その手に漆黒の果実を出現させる。

 

『1度だけ、あなたが本当に必要とした時にだけ、この果実を一口だけ齧りなさい?

その1度だけは、何の対価もなく私の本当の力を使わせてあげる』

 

そう言ってビナーは漆黒の果実に口づけをして私の手に果実を握らせた。

 

『後はあなたと赤龍帝くんの問題よ。

私のあげた【きっかけ】をどうするかはあなたたち次第。

それと―――――少なくとも私はあなたを乗っとるつもりは今のところないわ』

 

ビナーはそれを言い残して姿を消してしまう。それと同時に停まっていたモノは動き出し、つまり先程までの現象はビナーによるものだったのだと改めて思わせられる。

 

 

 

 

 

「どうした?イッセー―――――」

 

動きだしたドライグは私の手に握られる果実を見ると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「……なるほど。

イッセーはあの女を宿す果実を選んだんだな……」

 

どうやらドライグはビナーのことを知っているらしく、複雑そうな心境のようだ。

私はそんなドライグに向かって口を開く。

 

「ねぇ、ドライグ―――――」

 

ビナーがくれた【きっかけ】というものが【赤龍帝】の力に関係するのなら、私の思っていることは間違えではないはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――どんな『対価』を払えば『禁手(バランス・ブレイカー)』に至れる?」

 

 

 

私とドライグは互いを見つめあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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〜Episode IV〜




―――――俺はお前にとっての『サイアク』だから……



by.ドライグ


 

 

 

山籠り修行も順調に進み、その後無事に終わりを告げた私たちはそれぞれに()()()()を身につけてフェニックスさんとの決戦当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――よし」

 

私は自室のベッドで気合いを入れ直していた。

 

―――――ビナーとの会話の後、私はそれ相応の対価をドライグに支払うことで禁手(バランス・ブレイカー)に至ることは出来た。

残った修行期間で最低限の知識と、そして能力の確認も行った。

身体能力も、悪魔の力にもなれることが出来た。

 

私に出来る準備はしっかりとやったと胸を張って言えるはずだ。

そう、()()()()()なのに……。

 

「……っ!」

 

震える肩を抱きしめる。

これは『恐怖』……??

―――――チガウ。

 

ビナーが宿る漆黒の果実を触ってから、ドライグに『対価』を支払ってから、私の中にある『ナニカ』がずっと刺激されている感覚が身体を襲っている。

特に、これから何かと戦う前というのが1番刺激されるのだ。

 

さらにぎゅっと、力強く自分の肩を抱き締める。

 

「……私は、私……っ!

それ以上でもそれ以下でもない……っ!」

 

()()がドクンドクンと脈打つかのような感覚に襲われる。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

―――――コレハ『恐怖』デハナイ。

 

―――――コノミヲコガス『疼き』ダ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――イッセー……」

 

私の身体が暖かな何かで包まれた。

優しい声。優しい温もり。優しい香り。

何もかもが心地よい。そんな、何かに。

 

「どら……いぐ……」

 

「……すまない、イッセー……。

……()()()()()宿()()()()()()()()()()()()……」

 

……違う、ドライグのせいじゃない。

……そんなことを言わないでドライグ……。

 

「お前はただの『普通』の『少女』でいれたはずなのに……お前は誰よりも『普通』を望んでいたのに……俺の『チカラ』と『存在』がそれを許さない……っ!」

 

私を抱き締める、ドライグの腕に力が籠る。

そんなドライグの手を握って私は上手く動かない口を必死で動かした。

 

「……ちが、うよ……どらい、ぐ……。

わた、しは……こうかい、も……うら、んでも……ない、から……」

 

此処に私がいるのはドライグのお陰。

()()()()()()()()()()()()

 

「イッセー……」

 

弱々しく私の名前を呟くドライグの方へ私は顔を向ける。私を抱き締めていた腕には力が込められず、向き合うように互いを見つめ合う。

 

―――――『タイセツ』なヒト。

―――――『ソバ』に居て欲しいヒト。

―――――『リカイ』してくれるヒト。

―――――『イトシイ』ヒト。

 

きっとこの気持ちは伝わっている。

私とドライグは一心同体だから。

 

私はドライグの頬を両手で包んで顔を近づける。

ドライグは驚いた表情を浮かべるものの拒絶することは無い。

 

私はこのヒトのことが―――――。

 

少しづつ近づいていく私とドライグの顔。

そして私たちは遂に唇を―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――イッセー。そろそろ時間よ……あら……」

 

「り、りあす……せんぱい……っ?!」

 

―――――触れ合わせることは無かった。

入ってきたのはなかなか来ない私を呼びにきたであろう()()()先輩。

その顔には面白いものを見たと言わばかりの微笑みが浮かんでいた。

 

「ごめんなさい?イッセー。

邪魔してしまったようね……良いわ、もう少し待っててあげるから。

―――――続きを、どうぞ?」

 

そう言って、リアス先輩は部屋の扉を閉じた。

 

 

 

「―――――で、出来るわけ無いでしょーーーーッ!!!!」

 

私は顔から火が出るかと思うほどの羞恥心を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

深夜十一時四十分頃―――――。

 

グレモリー先輩率いる私たち眷属は旧校舎の部室に集まっていた。

それぞれにリラックスできる方法で待機しているようで、アーシアが出会った頃のシスター服を着ている以外は基本的に皆学生服だ。

 

()()くんは手甲を装備して、手には黒い手袋。そして脛当てを付けると言った程の軽装。剣は壁に立てかけている。

()()ちゃんは椅子に座って本を読んでいた。その手にはオープンフィンガーグローブと両腕に細身の籠手を付けていた。

リアス先輩と()()先輩はソファに座り、優雅にお茶を口にしていた。

私とアーシアもそれに倣って椅子に座って時間が来るのを待つ。

 

 

 

―――――開始十分前になった頃、部室の魔法陣が光だし、ルキフグスさんが現れる。

 

「皆さん、準備はお済みになられましたか?」

 

確認の言葉の後、私たちは立ち上がる。

全員の表情は緊張ではなく、やる気で引き締まっていた。

 

「それでは皆さま、魔法陣の方へ」

 

ルキフグスさんに促され、私たちは魔法陣に集結する。

 

「なお、一度あちらへ移動しますと終了するまで魔法陣での転移は不可能となります」

 

つまり、此処へ帰ってくる時には勝敗が決しているということ……。

私は改めて気合いを入れる。

 

魔法陣の紋様がグレモリー家のものから見知らぬものへと変わり、光を発した。

私たちの身体を光が包み込み、転移が始まるのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

目を開けると、そこに広がっていたのは見慣れた部室の風景。

先程の話を思い出してみるに、此処は部室を模したゲームフィールドなんだろう。

 

 

 

 

 

『―――――皆様。この度グレモリー家、フェニックス家の【レーティングゲーム】の審判(アビーター)役を担うこととなりました、グレモリー家の使用人グレイフィア・ルキフグスでございます』

 

突然の校内放送のチャイムの後に流れてきたのはルキフグスさんのの声。凛としたその声はよく通り、響いていく。

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを公平に見守らせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します。

……早速ですが今回のバトルフィールドについてのご説明をさせて頂きます。

フィールドはライザーさま、リアスさまのご意見を参考にし、リアスさまが通う人間界の学び舎【駒王学園】のレプリカを異空間にご用意致しました』

 

駒王学園のレプリカ……私は部室の窓から外を見てみるとそこにも見慣れた風景が広がっていた。ただ、違うところをあげるとするなら、空が白い。

今の時間は深夜のはずなのに空は暗くは無かったのだ。

 

『両陣営、転移された場所が【本陣】でございます。

リアスさまの本陣が旧校舎のオカルト研究部の部室。ライザーさまの本陣は新校舎の生徒会室。『兵士(ポーン)』の方は【プロモーション】をする際、相手の本陣の周囲まで赴いて下さい』

 

ルキフグスさんの放送で流れた【プロモーション】の言葉に私は気を引き締める。

リアス先輩にレーティングゲームについて聞いていた時に教えて貰ったルールのひとつ。チェスのルールと同様、【兵士】が相手陣地の最新部に駒を進めた時に発動できる特殊なものだ。『(キング)』以外の駒である、『騎士(ナイト)』、『僧侶(ビショップ)』、『戦車(ルーク)』、『女王(クイーン)』のいずれかの駒の特性を得ることができる、言わば戦略の要となるものだと私は認識している。

 

「全員、この通信機器を耳につけてください」

 

朱乃先輩はイヤホンマイクタイプの通信機器を配る。

私たちはそれを受け取るといち早く耳に取り付けてリアス先輩の方を向いた。

 

『―――――開始の時間となりました。

なお、今回のゲームの制限時間は人間界の夜明けまでとします。

それでは、ゲームスタートです』

 

―――――キンコンカンコーン。

聞き慣れた私たちの学校のチャイム。

私はリアス先輩に片膝を付けて頭を下げる。

 

 

 

「―――――我が主(ミ・ロード)、ご指示を」

 

戦いは始まった。

 

―――――私は剣。敵を薙ぎ払う剣。

 

―――――私は盾。主を守り通す盾。

 

準備は、覚悟は出来ている。

私にはドライグがいるから。

 

心が、暖かくなるのを感じた。

 

 

 

「―――――絶対に勝つわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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