六道の果実 (たいそん)
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序章
第一話 メアリー・スー
けれど、英雄でも狂人でもない普通の人間に、戦うための力など与えてはならなかったのだ。
紅い目をした黒髪の男。誰が最初に名付けたのか、それは定かではない。だが、『閃光』と形容するには最も相応しい人間である。
新世界のとある島。銃弾が飛び交い、大砲が火を吹く。巨人の拳は大地を砕く。その様はまるで雷の如し。
強力な個と没個性の大群、それらが徒党を組み『閃光』を捉えようと四方八方から攻撃を飽和させる。
何せ『閃光』は5億6千万ベリーの賞金首だ。普通なら過剰とも言える火力で圧殺しにかかっても殺せた気がしない。彼らの経験が囁くのだ。
新世界は甘くない。この程度で、新世界を根城にする億超えは倒せないと。
『閃光』はクナイを投げる。巨人は目を潰す軌道で放たれたそれを余裕を以って回避する。一体、何の意図があって当たりもしない攻撃を……。
「飛雷神の術ーー」
姿が消える。『閃光』を捉えるはずだった攻撃は標的を失い、同士討ちを暴発させる。驚愕を露にする海賊。巨人自身も目を見開き、躱したクナイから注意を逸らす。
「ーーー二の段、大玉螺旋丸」
「ごがッ!?」
10メートル超の巨人は圧縮された螺旋状に回転する球体を後頭部にくらい、倒れ伏した。空中に投げ出された『閃光』の身体を狙い、下にいる海賊たちは銃弾を浴びせる。
しかし彼はそれを迎撃するでもなく、まったく見当違いの方向にクナイを投げた。
「忍法・手裏剣多重影分身の術」
一つだったクナイは数千にも数を増やして戦場に降り注いだ。一本では殺傷能力の劣る刃物であっても、雨となって降り注げば相手を傷つけるにたる力を得る。
「ぎゃぁァァァァ!」
「痛えよぉ!」
何人かの海賊たちが犠牲になる。それでも先ほど放った弾丸はもう、回避不能な所まで迫っていた。勝利を確信して勝鬨を上げる者も現れる。
「よっしゃぁ!5億6千万の首、討ち取ったりぃ!」
『閃光』は目の前まで迫ったそれを呆然と眺め、次の瞬間にはまた姿が消える。
「何!、?」
「ま、また消えた!?ごっ……!?」
「ひぎぃ!?」
「あぺっ?」
「ぷが!?」
離れたところにいる同胞たちは一瞬にして首筋を掻き切られた。姿が現れたと思えば、何十メートルと離れた場所に移動している。
音もなく、気配も遮断され、同胞たちの断末魔で混乱した戦場で『閃光』を捉えるのは不可能になっていた。
「こ、これが5億6千万の首。海軍大将を差し置いて『閃光』とまで呼ばれた海賊の力………ッ!」
ここに来て一人の海賊は理解する。
ーー自分達は喧嘩を売ってはならない相手に、喧嘩を売ってしまったのだと。
▼
昔の話だ。俺がまだ、日本と呼ばれる国に住んでいた時の話。没個性な己だったが、なんだかんだで充実していた毎日を送っていた。
朝起きては惰眠を貪り、ゲームをしたりアニメを見て1日を過ごす。
無為な数日間を過ごせば、次の日には満員電車に揺られていた。何処にでもいる人間。自分が死んでも親族や友人が悲しむだけで、社会になんの影響も与えない、小さな小さな歯車の一つ。
壊れたとしても、次の日には替わりが現れる程度の駒でしかない。
別に自分に嫌気がさしたとか、そんなものではない。俺は自分なりに平和に楽しく生きていた。飯も食えて、ちょっとした贅沢を嗜む余裕があり、命の尊厳を奪われる心配もない。
これ以上を望むなど、烏滸がましく、厚かましいとまで考えていた人間だった。
ある日の事。あの日の事はよく覚えている。
自分の尊厳が失われた感覚は、忘れようにも忘れられるものではない。
誰が悪い訳でもない。強いて言うなれば、運が悪かった。それだけの事。
死の感覚を思い出す。俺は即死ではなかった。地震で崩れた建物に埋もれ、一週間の間、俺の心臓は鼓動を刻んでいたのだ。
無念に涙を流し、己の死を悟り、そして死を受け入れた。暗く閉じられる視界は開かれる事はなく、全てが無に帰すのだと無神論者の自分は信じていた。
【(^O^)。ボクは■■■■■。君達人間に理解できる言語で言うなら「神」とも「真理」とも呼ばれる存在さ】
そんな時だ。俺は神に出会った。真っ白な空間に浮かんでいた、異様な気配を纏うモザイク。
不安になって周りを見渡すと、日本人と思しき人達が戸惑いを露に、同じように顔を見合わせていた。
【君達は死んだ。死因は様々だ。窒息、圧迫、失血、飢餓。
ここでの時間経過はないからみんな同じ時間に転送されたけど、一番遅かった人は瓦礫の中で餓死したんだ。
原因となったのは地震。ここにいる人間達は皆、死因こそ違えど、同じ震災で命を失った者達だ】
動揺する者、何かを悟った表情になる者。俺は後者だった。自分が死んだ事は、この身をもってよく理解していたから。
だから行き着く先は死後の世界。まさか本当にあるとは思わなかったが、ここは天国とか地獄とか、そういう所に送るための前段階なのではなかろうか。
【君達は今、大半の者がここを死後の世界だと思っているだろう。だが、厳密に言えばそれは違う。ここは生と死の狭間。理不尽な死を遂げた君達人間に最後のチャンスを与えてあげようではないか】
一体どういう事だ。その疑問を解消してくれたのも、神と名乗るモザイク自身だ。
【ゲームをしてもらう。あ、勘違いしないでね。テレビゲームとか、携帯ゲームとは種別が異なる物だ。
んー、すでに死んでる君達にこういうのはちょっと違うんだけど。うん。殺し合いをしてもらう。デスゲームだね】
流石に焦った。天国か地獄に送られるのではないのか。殺し合い?冗談じゃない。
もう死ぬ感覚を味わうのは嫌だ。あんなに苦しい思いはしたくない。それに、誰かを自分と同じ目に合わせたくもない。
【天国とか地獄とか、それは死後の世界にはないんだ。じゃあ輪廻の輪?残念、それもない。
死ねば無になるだけだ。どんな生物だろうと例外はない。他ならぬ、ボクがそう作ったんだから】
ならば何故、殺し合いなどをしなければならないのか。俺は死を覚悟したし、受け入れたのだ。今更消滅してしまう事に未練はない。
【んー。困ったな。みんなモチベーションが低すぎだよ。言ってるだろ?これはゲーム。本来だったら死んで無になるはずだった君達に、再び生き返るチャンスをくれてやるって言ってるのさ】
突如、場の空気が変わった。戸惑っていた者達は相変わらずだが、何かを悟っていた者達の大半が目をギラつかせたのだ。
当然だ。生き返ると言われたのだ。そんなチャンスがあるなんて言われたんだ。希望ぐらい持つのは当たり前だ。
【………いいね、その目。欲望に濡れた人間の瞳。やっと、君達を好きになれそうだ】
御託はいい。誰を殺せばいい。そんな言葉が耳に入った。これが人の性か。見たくはない。聞きたくはなかった。
【小説とかでよく見かけるだろ?俗に言う異世界転生さ!ここではONE PIECEの世界に特典付きで転生させてあげよう。
ただし、タダとはいかない。この恩恵を受ける事が出来るのは一人だけ。今から君達一人一人に戦う力を上げよう。それで、殺し合いの始まりだ】
何人かの若者は声を上げて喜んだ。小さい子は身を強張らせ、恐怖に震えている。老人達は意にも介していない。壮年の人達もあまり生に執着はないらしい。
俺は………。俺は、生きたい。チャンスがあるなら生き返りたい。まだ高校生だった事もあるのかもしれない。
死を覚悟して受け入れたけれど、それでもチャンスがあるなら生き返りたい。だがその為には人を殺さなくてはならない。それは嫌だった。
【殺したくない人、殺されたくない人は棄権も出来るよ。棄権者が出ても、このゲームに参加する者は必ず、一定数はいるものさ。だから嫌なら棄権して無に帰って結構。
これはチャンスだ。棒に振るのも活かすのも全部、君達次第だ。時の経過はない。じっくり、考えるといい】
どれぐらい考えていたのか。正直、わからない。ただ、ずっと同じ事を堂々巡りで考えていたはずだ。生き返りたい。けど殺したくない。そんな事を、無意味にずっとだ。
【じゃ、決を採ろう。何、焦らなくていいよ。まだ決まっていないなんて思っているのは嘘だ。本当はもう、心の底では決意してるのさ、全員ね。………さて。参加しない者は手を挙げてね】
ちらほらと手が上がる。涙を流しながら手を挙げる者。悩むまでもなく、すんなり挙げる者。逆に、凄惨な笑みを浮かべて腕を組む者もいる。
俺は、俺は………。
【周りを見てごらん。この場には君達しか残っていない。……良かったね。これで生き返るチャンスが貰える。
さあ殺せ。欲の為に殺して殺して殺しまくれ!手段はすでに与えられている……ッ!どうかボクを楽しませておくれ!報酬は弾もうじゃないか!!】
俺は残った。殺したくない気持ちより、生き返りたい気持ちが勝った。
あんな感覚を味わうのは御免だし、他人に味わせるのも御免だが、それでも俺は自分を選んだ。特典だかチートだか異世界だか知らないが、俺はもう一度、もう一度だけでいい。生きたいのだ!
【フフフ………ッ。生き返った所で、他人を殺し続けなくてはならないのは変わらないのにねぇ。メアリー・スーとはそういう生き物なのに。チート特典とは富と惨劇を産み出す兵器。
これはメアリー・スーを。誰よりも自分自身が大切な人間を選ぶ試験なのさ】
▼
【お疲れ様。おめでとう。ああ、おめでとうッ!君が生き残ると思っていたよ。レートの通りになった。なるべくしてなった結果だ。誇ってくれ給え】
殺しても殺しても、死体は残らない。あれだけ殺して、何百人もの屍の上に立っているというのに俺は驚くほど綺麗な姿をしていた。
返り血などない。気持ちは晴れない。肉を斬り骨を断つ感覚が未だに残っていて気持ちが悪い。
それなのに、俺はとても安堵していた。自分が死ななくて良かったって安心していたんだ。
【まったくもって自己中心的な人間だよ君は。殺したくないのに人を殺して、ついには生き返るという望みを叶えた。偽善者が。聞いて呆れるね。
まあいい。それが人間だ。ほら、命をあげよう。美しい肉体をあげよう。そしてーー】
自我は残り知識も残ったが、生前、大切にしていた何かは跡形もなく消え去っていた。それは記憶。俺という人間が生きた軌跡。人を人足らしめる重要なピース。それが欠けたのだ。
故にこそ、この
【メアリー・スーはチートが好きだ。時期が来ればボク直々に、君に力を授けよう。聞いたことあるんじゃないかな?六道仙人という言葉を、さ】
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
暗い話です。
ONE PIECEの世界に似つかぬ冒険譚。ルフィたちが明るい冒険をしてくれるので、名無し君には苦悩して貰いましょう。
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マリージョア襲撃編
第二話 尊厳を取り戻す
「うぐぁあああああ!!!」
肉の焦げる音が聞こえる。シャボン玉を被った変な格好をした高慢ちきな女。彼女は恍惚な笑みを浮かべ、少年の背中に紋章を刻んだ。
独占欲のような物だろうか。愛する男にキスマークをつける女の心境に似ている。
「くふふ。あはははははははは!これで貴方は私の物ざます。お父様に感謝しなくちゃ」
嗜虐趣向を持つ女。愛する人間に鞭を打ち、痛みにのたうち回る様を見て愉悦を感じる人格破綻者。本来であれば刑に処される行為だが、彼女のそれは公に黙認されていた。
世界政府最高権力者、天竜人。世界の謎、空白の百年を知る存在と推察される血族であり、権力の独占を成功させている生まれながらの強者である。
タチが悪いことに彼女達の行為は悪意によるものではなく、純真により生まれる感情からの産物であること。
「はぁ、はぁ、くっ………!」
「何ざます?文句でもあるざますか?」
「と、トンデモ……ございませんッ」
少しでも刃向かう素振りを見せれば、痛い目に合うのは自分である。理不尽に対する怒りがある。しかし、命を失うよりはマシだ。
一度受けたあの苦しみ。前世で感じた死の感覚。あの日少年は数百人の同胞を殺し、生存する権利を得た。
何がなんでも生き延びる。そして何者にも脅かされる事のない、安寧を手に入れる。そのためには利用できる物はなんでも利用する。
名のない少年は分かっていた。自分の容姿がどこの誰よりも優れているのだと。女が自分を独占し、隔離した部屋に閉じ込めているのも全部それが原因であると。
生まれた時から自分はこの地獄にいた。天国でも地獄でもない場所から這い上がった結果がこれだ。
同胞殺しの自分には相応しい刑罰である、と己に罪の意識を被せ、この理不尽を償いと捉える事で少年は精神の均衡を保っていた。
「■■■■■■。貴方は特別に可愛がってあげるざます。今日は私が色々と教育させてあげるざます」
「有難き幸せ」
やはり、少年の名前を聞き取る事が出来ない。あの神と名乗るモザイクに名を取られたからだろうか。
少年は自身の感情を押し殺し、見る者を魅了する笑みを浮かべた。身体は血塗れ。体力は衰えている。
しかし、毎日飯が食えるだけ、他の奴隷よりマシだ。この地位を失わないために少年は自分を傷つける者にも笑顔でゴマをする。彼女の求める自分を演出する。
人は心の機敏に存外に敏感である。どんなに鈍くとも嘘をつけば分かるのだ。故に、嘘を嘘で無くす。
己の感情にさえ嘘をつき、本物の愛情を女に向けた。彼女は人格破綻者だ。愛する男を傷つけて悦に浸るサディストである。
しかしだ。だからこそ加減が上手い。女は幾度となく玩具を壊してきた。分かるのだ。どこまでやれば壊れて、どこまでやれば壊れないのかを。
愛情を向けない者はすぐに壊すが、愛情を向ける者はずっと嫐っていたい。そういう女だ。少年はそこに活路を見出した。
飽きられるまでは殺されはしない。絶対にだ。そして、いずれこの時は終わることを知っている。
あの時神は言っていた。時期を見て、力を授けると。いつかは分からないが、それまで生きていれば自分は自由になれるのだ。
約束を破らない根拠はない。しかし、神は一度約束は守った。他ならぬ少年自身を生き返らせたのだから。十分、信じるに足る根拠だ。
いつになるかは分からない。だが、必ず訪れる未来。それまでは息を潜めて待つのみだ。
▼
「見るざます!これが世に聞く奇妙な果実、悪魔の実!!」
「これが……」
あれから数年の時が流れた。陵辱の日々を堪え忍び、嘘を嘘で塗り固めて、またチャンスを掴んだ。
奴隷から成り上がり、今では女を虜にし、彼女の愛人という地位を確立させた。虐待の日は減らなかったが、特別扱いを受けるようになった。
奴隷達の調教を見せられたり、踊り子達の舞を眺めたり、彼女の行う全ての行動に同行していた。
そして遂に、この日が来た。来たのだ。力を貰えるこの時が。自由を手に入れるための前段階。地獄の様な苦しみを耐え抜いてようやく、自分は人としての尊厳を取り戻すスタートラインに立った。
「遠慮はいらないざます。愛しの貴方がどんな力を得るのか、私は楽しみざます。もし、強くなったのなら、私を守ってくれるざますか?」
「はい。喜んで、御身をお守りいたしましょう」
少年はまるで王に仕える騎士のように、女の手を取った。サディストであろうとも所詮は世間を知らぬ箱入り娘。
天竜人の女は政略結婚を余儀なくされる。かく言う女もその一人なのだが、欲しいものを欲しいだけ与えられてきた小娘に我慢できるはずもない。
現に天竜人の男だって何人もの後宮を抱え込んでいる。女に愛人がいない道理はない。無論、ことが露見すれば少年は殺されてしまうだろう。
だが悪魔の実を安全に手に入れるにはこれしか手段がなかったのだ。余興として食わされることもあるようだが、それは運がいい場合のみだ。
そしてその場合は確実に海楼石の枷を付けられる。
自由に力を振るうため、リスクを犯すことに躊躇いはなかった。
「んぐっ」
不味い果実を一口で飲み込む。あまり変化を感じることはないが、いずれ、知ることになるはずだ。
▼
奴隷間での情報共有はとても重要である。
少年はヒトヒトの実幻獣種、モデル
人数はそう多くない方がいい。出来るだけ少人数で行動すべきだ。
大勢を使い撹乱するのも手だが、誰にもバレず、穏便に逃げることが出来るならそれを使わない手はない。
「フィッシャー・タイガーだな?」
「………なんだ、人間」
「取引しに来た。俺を信じろ、役に立つ」
少年は土遁の術で首輪の鍵を作ると自分の首輪を外して見せた。
「な!?」
「静かに、フィッシャー・タイガー。お前も奴隷だったなら、俺の事ぐらいは知ってるはずだ」
天竜人の腰巾着。少年は皮肉を込めてそう呼ばれていた。
「俺が奴らに媚を売っていたのも全てこの日のためだ。悪魔の実を食し、力を蓄え、人としての尊厳を取り戻す!そのためにーー」
「ーープライドを捨てたのか?人としてのプライドを。自由意志のない人間など、ただの道具だ」
「そうだ。俺は奴の望む愛玩人形を演じていた。裏で隠れて準備を整える、今日この日まで!」
「……なんて男だ。まったく、気がつかなかった」
魚人、フィッシャー・タイガーの噂は奴隷達の間では有名だ。腕の立つ魚人であること。そして、力のない奴隷達をよく庇っていた。
そんな彼からすれば、少年は狡い男だ。安全な地位を確保しつつ、それを他人に無条件で分け与える事はない。
故にフィッシャー・タイガーは彼を信じる事にした。取引とは双方に利益をもたらすもの。利益の上の同盟ならば狡いこの少年を信用出来る。
「脱出の手はずは?」
「すでについている。魚人のお前を選んだ理由がわかるな?」
「海か?」
「そうだ。俺は能力者。垂直歩行は出来ても、海面歩行は出来ん。お前には魚人島まで俺の足になってもらう」
少年はシャボン玉を口寄せし、それをタイガーに見せた。
「なるほどな。いいだろう。協力してやる」
「物分りがよくていい。すぐに首輪を外す。少しじっとしていろ」
同じように土遁の術を使い、タイガーの首輪を外す。そして彼の肩に手を当てる。
「飛雷神の術」
時空間を飛んだ。少年がマーキング出来る範囲は全てマーキングしていた。マリージョアだけではない。彼は主人の付き添いとしてシャボンディ諸島まで出向いた事もある。
これも、彼ほどの地位にいる者しか成し得ない事だった。
「……夢か、これは?」
「いや、現実だ。驚いたか?」
目の前に広がるのは一番グローブのヤルキマンマングローブ。間違いない。これはシャボンディ諸島だ。少年は得意気に笑う。
「あり得ない………ッ!なんて能力だ」
「そうでもない。俺は自分自身ともう一人分ぐらいしか、この飛雷神の術の恩恵を与える事が出来ない。……今のところはな」
「……十分だ。俺の必要があったのか?全部お前一人で出来そうな気もするが」
「それこそまさかだ。変化を使いシャボンディに居座るのもありだが、魚人島に行った方が都合がいい。海軍からもしばらく身を隠せる」
変化の術は容姿を変える術だ。しかし、見聞色の覇気を持つ者の前では意味のない技でもある。
天竜人のお気に入りの少年が消えたとなれば、必ずあの女は海軍大将を動かしてまで捜索する事だろう。
シャボンディ諸島から脱出するまでの間、彼は大将に見つからない確証がなかった。だが、魚人島に行けば、海軍が動くにも時間がかかる。
それまでの間にまた、準備を整える。それで十分だ。
「いったい何の能力者なんだ?出来る事の幅が広すぎる。まさか複数という訳もないだろう?」
「一つの能力だよ。ヒトヒトの実幻獣種、モデル仙人。俺はチャクラというエネルギーを操る六道仙人になったんだ」
だが、まだ練度は甘い。第三形態の六道仙人モードに至るにはまだ研磨が足りない。第一形態忍モード。これが今出来る最大の成果だ。
「訳が分からん。だが、自然系より珍しい幻獣種とはな。強い訳だ」
「これを着ろ、タイガー。変装用のローブだ。顔と身体を隠すぐらいは出来る。海に出るぞ、この島を脱出する」
少年は美貌に笑みを浮かべた。フィッシャー・タイガーはこの時、確信したという。天竜人を手玉に取るのも不可能ではない、と。
卑劣様の功績はすごい。
戦闘以外にも活用出来て超便利。
冒険物だったら飛雷神の術は反則級の技です。追い詰められても自由に逃げ切れる機動力がある。
マーキングの場所を把握していなければ海軍が主人公を捕まえるのは物理的に不可能です。
ところで、FGOやってる方いますか?
皆さん島の開拓はどの程度進んでいるのでしょうか。作者は青王様の言いなりになってます。
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第三話 自由の翼
少年はフィッシャー・タイガーと共にシャボンディ諸島を脱出し、魚人島へ向かった。
前世でも経験したことのない海中遊泳を体験し、少しばかりテンションが上がったのはいい思い出だ。
「……こう見てみると、お前も歳相応のガキなんだな」
少年がはしゃぐ姿を見て、タイガーは呟いた。無理もない。彼はこの少年を化け物か何かだと思っていたのだ。
14歳ぐらいの年齢であるにも関わらず、天竜人やその周りの大人達を欺く演技力を持っていて、虐待に耐え抜き脱出するその日まで虎視眈々と機を伺っていたのだ。
尋常の子供ではない。天才など生温い。まさしく化け物と形容するに相応しいガキである。
「……意外か?傷つくぞ、少し。これでも並みの人間だと思ってるんだが」
「お前が並みの人間なら、他の奴らは虫ケラか何かだ。まあ、はしゃいでる姿を見ると歳相応のガキだとは思うが」
「ははは。演技かもしれないぞ?お前を油断させるための」
「怖いこと言うな。お前の場合は洒落にならん」
冷や汗を流しながら、タイガーは思う。敵にしたら悪魔の様に恐ろしく、味方にしたら頼もしい奴は探せばどこにでもいるものだ。
だが、敵にしても味方にしても毒にしかならない奴。こいつの場合はそれかもしれない。本気でそう思っている。
「そう警戒するな。俺は自分の安寧を脅かされない限り、何もしない。魚人島に行けば嫌でも契約は終了する。それまで耐えろ。俺が言うのもおかしな話だが」
「………お前を魚人島に送っていいのか、分からなくなった」
「安心しろ。一週間もすれば出て行く」
タイガーは今この場で少年を殺すことが出来る。海の中だ。いくら凶悪な能力者でも、一捻りで殺せる自信がある。
だが、それを察していない少年ではない。彼はタイガーの人格面も考慮した上で取引きを持ちかけたのだから。
「律儀な人だな、やっぱ。俺を殺さないなんて」
「おれを人扱いか。おかしな人間だ」
少年は約束を守った。タイガーを逃すという約束。不可能だと思っていたそれを成し遂げたのだから、その恩には報いなければならない。
恩を仇で返すような事をすればそれこそ、タイガーは天竜人のクズ共と同じ存在に成り下がってしまう。彼の誇りが、それを許さなかった。
「さて、着いたぞ。ここが魚人島だ」
「うおお。すげぇ。生で見ると凄さがよくわかる」
シャボンの中に浮かぶ島。魚人島。海底一万メートル。しかしながら、地上の光が降り注ぐそれは、物語の中の威容を放っていた。
少年は魚人島へ上陸すると、フィッシャー・タイガーの背中から降りた。
「これで契約は終了。中々いい取り引きだった」
「ああ。後は勝手にしろ。人間のお前が他の魚人達に殺されようが、おれは関与しない」
「結構結構。自分の身は自分で守るさ」
そう言うと少年はいきなり姿を消した。煙が辺りに充満する。影分身の術だ。タイガーの人格面を考慮していようとも、万が一ということもある。
ならば殺されても問題はない分身体に同行させるのは必須。海の中では魚人の方が強いからだ。
「飛雷神の術」
そして本体は分身がマーキングしていた場所に飛ぶ。タイガーの背後である。
ずっとシャボンディ諸島で変化の術を使い、姿を隠していたが、影分身が消えたことで経験が本体に還元された。
先ほどまで見ていた海底の景色ももれなく記憶に残った。タイガーもある程度信用の出来る人物であると確証を得ることに成功した。目的の魚人島に上陸することも達成した。一石二鳥である。
「……………。警戒心が薄いとは思ったが、そう言うことか。食えないガキだ」
「はははは。悪いね、タイガー。海の中じゃ俺は無力だからね。試させて貰っていた。やっぱいい奴だわ、お前」
「お前は最悪のガキだ。まあ、自分の身ぐらいは自分で守れるようだがな」
だがいつの間に。タイガーは少年から離れたことはなかった。そんな隙はなかったはずなのだ。
「まさか、お前」
「最初に会った時から、あれは影分身だった。分身が飛んだ後、俺もシャボンディへ飛んだ。それだけの話だ」
「デタラメな能力だ。分身に瞬間移動に土を操る力だと?ふざけてる」
タイガーは戦慄した。あの時もし、自分が彼に攻撃していたら。影分身を殺してしまっていたら。きっと魚人島へ着いた瞬間、自分は奴に消されてしまっていたのだろう。
「それじゃ、俺はこれで」
「ああ。もう二度と会うことはないだろう」
奴は毒にしかならん。タイガーは改めて確信した。
▼
魚人島に来てから一週間が経過した。木遁で造った船。魚人島で集めた武器にマーキングを仕込み終えた。
いずれこの島にも海軍の大将が来るはずだ。さて逃げようか。少年がそう思っていた矢先、見た顔が彼の元を訪ねてきた。
「ん?タイガーか。二度と会わないんじゃなかったか?」
「そのつもりだったんだがな。力を貸せ。マリージョアを襲撃する」
「………は?」
マリージョアを襲撃する?襲撃する?襲撃するだァ!?少年は驚愕を通り越して呆れ果てた。
まさかここまでお人好しだったのか。それともただのキチガイか。どっちもだろう。
少年自身、あの奴隷達を哀れに思う。哀れに思うのは本当だが、自分が死ぬ危険を冒してまで助けたいとは思わなかった。
この世に生まれ落ちる前の話。彼は同胞達を殺してまで生き返る事を選んだ。その時の償いはもう、あの十数年間の苦しみで十分果たしたはずだ。
だからこそ、今度は自分だけの自由な人生を楽しむために。多くは望まない。平凡な日常を取り戻すために歩いていく。そのはずだったし、そのための準備をしていたのだ。
「いやいやいや。は?手伝うメリットがない!俺はこれから人生を自由に生きる!なのに、そんな事したら、それこそ世界全体に指名手配される!」
「天竜人のお気に入りであったお前が、本当に自由に暮らせるとでも?末端の奴隷であったおれの耳にも入る話だ。それだけ、奴はお前を寵愛していたのだッ!」
「そんな事は知っている!」
そうだ。だから追っ手から逃げるために。
「お前はなんの後ろ盾もない人間だ。奴らはカスだが奴らの権力は脅威だ。お前は強い。そして賢い。だが、それだけで世界最高の権力から本当に、逃れる事が出来るとでも?」
「…………。メリットは?」
「名を上げろ。お前という存在の価値を天竜人の愛人から、王下七武海へとッ!そうすればお前の後ろ盾は他ならぬ世界政府になる。七武海は海賊だ。政府の干渉は必要以上には受けない」
少年は思考する。タイガーの言っている事に嘘はない。だが、本当に七武海になった程度で、奴が諦めるのか。ありえない事だった。
「おれがお前の元主人をぶち殺してやる。天竜人を殺せば七武海にはなれんが、おれはそれに興味はない。その代わり、お前はおれの手引きをして名を上げろ」
損はない。むしろ、互いに利益さえ産む取り引きだった。だがその分だけリスクが高い。
思い出せ!14年の日々を!リスク?少しでもしくじれば殺されるような綱渡りを、少年はして来た。
天竜人の愛人。聞こえはいいが、バレれば脆く崩れ去る立場だった。実際、奴隷達には腰巾着として知れ渡っていた。天竜人の護衛達にも少年が天竜人の愛人であることは気付かれていた。
だが辛うじて奴の旦那にバレることだけはしなかった。チクリそうな者もいた。現に少しでも脱出が遅れれば、少年は殺されていた。
その賭けに勝って、今彼はここにいる。
少年は深呼吸をした。そうだとも。自分はあの地獄から、牙を磨き自由の翼を手に入れた。他ならぬ、彼自身の力で!
「俺のメリットは理解した。七武海になるのは俺の安寧を手にするには最適な地位だ。だが、お前のメリットは本当に、他人を助ける事だけなのか?」
「…………。おれは魚人だ。おれは自分と同じ目にあっている同胞達を助けてやりたい。それに、それにおれは!天竜人が!奴らが憎い!復讐してやりたいのだ!
そのためにはお前の力が必要だ。力を貸せ!名を上げろ!損はさせない」
フィッシャー・タイガーは復讐のために。少年は七武海になり、安寧を手に入れるために。彼らは再度、同盟を結んだ。
ちょいと少なめ。
きりが良かったんで、いったんここで切ります。
次はマリージョア襲撃編です。サクサク進んでいきます。早くオリジナル展開を書きたい!
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第四話 強襲
危機感を覚える………ッ!
フィッシャー・タイガーと同盟を結んで数日後。奴隷奪還用の船と土遁で制作した鍵、爆遁のチャクラを練り込んだ起爆粘土を用意した。
マリージョアに襲撃を仕掛けるためである。
「行くぞ、タイガー。飛雷神で飛ぶ。俺に触れておけ」
「ああ」
起爆粘土で作った鳥に乗り、予め仕掛けておいたマーキングに飛ぶ。
感づかれる事なく、一瞬で侵入する。少年はタイガーに鍵と幾つかの起爆粘土を渡した。
「これで奴隷達を解放しろ。そして粘土は建物内に仕掛けておけ。時期を見て爆破させる」
「爆破……?この変な塊がか?」
「ああ。気をつけろよ。俺は空からこいつを落とす」
腰に掛けた『爆』と書かれた巻物を叩く。
「俺が陽動だ。派手に暴れまわって、政府の目を惹き付ける。タイガーは影から奴隷を解放し、天竜人を殺れ」
少年は返事を聞かずに上空へと飛び立った。巻物を取り出し、大量の起爆粘土を口寄せする。
空爆とは戦略に置いてもっとも効果的に損害を与える事の出来る手段だ。奇襲する際には最高の戦果を叩き出してくれる。
「雑魚散らしには最適だ」
口寄せした起爆粘土を一斉にばら撒き、なるべく天竜人や奴隷のいない建物を狙い、一気に起爆させる。
「喝!」
兵舎や武器庫に降り注いだ粘土は閃光を放ちながら炸裂した。
第一段階は成功。マリージョアの残存兵力は大半を失った。予め準備しておいた術を発動させたため、チャクラの温存にも繋がる。
最悪の場合、海軍大将と矛を交えなければならないため、消費するチャクラ量は少ない方がいい。
「月歩」
「……!」
早速か、と少年は内心吐き捨てた。タイガーからの情報では、海軍の将官クラスは六式と呼ばれる体技を使うらしい。
その中には空を飛ぶものもある。情報に狂いなし。やはり、天竜人を守ってる役人達は強い。
「っ、行け!」
余っていた起爆粘土を複数個投げる。
CPは雑に放られたそれに目をくれる事なく躱す。
「………射程範囲だ」
閃光を放つ粘土を唖然と眺め、爆風がCPの体を吹き飛ばした。先ずは一人。気づけば同じように空中を駆ける事が可能な者たちに囲まれていた。
粘土の鳥を疾駆させ、上空を駆ける。さらに追尾用の起爆粘土を放ち、攻撃を牽制する。
「気をつけろ!その粘土は爆発するぞ!」
仮にも殺しを生業としている者たちだ。同じ手を二度喰らうほど、間抜けではない。今度は余裕を持って躱す。
爆風を尻目に、彼らは蹴りで鎌風を放つ。少年はそれに気づき、鳥の体を捻るが間に合わずに翼を落とされた。
機動力が削がれた少年を仕留めるべく、CP達は攻撃を開始する。
「剃刀!」
肉体の限界を超えた加速で迫る。腕の筋肉を引き絞り、指を立てる。鍛え抜かれた達人の指銃は人の肉を容易に貫き、骨を砕く弾丸となる。
心臓を目掛けて放たれる指銃を回避する事なく、少年はそれを受け入れた。
「………!?粘土だと?」
「喝!」
少年の本体は、落とされた鳥の体内から姿を現わす。覇気が使えない彼らには少年の居場所を見つけることが出来ず、上空にいた全員が爆発に巻き込まれた。
落ちたら無事では済まない高度からの自由落下に身を任せ、少年はマーキングされた位置に飛ぶ。
「ふぅ。死ぬかと思った」
地上に降り立って見れば既に戦火は至る所で上がっており、タイガーが奴隷の解放に成功していることを示していた。
後は奴隷達が盛大に暴れ、場を更に撹乱してくれればいい。その間にやるべきことを済ませておく。
少年は巻物を取り出し、船とかかれた文字に血液を垂らした。
「口寄せの術」
煙を撒き散らしながら巨大な木造の船が姿を現した。タイガーに渡されたでんでん虫を繋げる。
『船を用意したぞ。CPとか言う奴も片付けておいた。奴隷達を連れて来い。脱出する』
『こっちからも見えたぞ。なんだあの巨大な船は。敵にも見つかる』
『そっちは俺が対処する。天竜人の始末はしっかりやっといてくれよ』
『言われなくても………ッ!』
怒気の篭った声を聞き、少年は薄っすらと笑った。あいつならきっと上手くやる。
「白眼!」
全方向遠距離索敵。これだけ目立つ船を用意したのだ。予想通り、強そうな海兵たちがこちらへ向かって来た。これで囮役が務まる。
船を守るため、結界忍術を発動させる。炎の結界陣が上空に伸びた。
「うちは火炎陣」
チャクラの残量は八割程。しかし、猛者たち相手では長期戦は不利だろう。速攻でカタをつけるため、瞼を閉じてチャクラを練り込んだ。
未だ完成系には至らない物の、忍術の中でも至高とされる瞳術。見開いた瞳は紅く染まり、動体視力を跳ね上げた。三つ巴の勾玉模様が爛々と輝く。
「おー、やってくれるねぇ。何者だァ?」
「………強そうなのが来たな」
光を纏って降り立つ正義。そいつを見据えて、少年は気を引き締めてクナイを構えた。今までの奴とは格が違う。足止めするにも億劫だ。
「早くしてくれよ、タイガー。あまり遅いと飛雷神で帰るぞ………ッ!」
▼
フィッシャー・タイガーは爆撃音を聞き、しばらく唖然と空を見上げていた。空爆を行うとは聞いていたが、まさかあの粘土がこんなに爆発するとは思わなかったのだ。
懐に隠し持っているそれを見て、彼は己の顔が青くなるのを感じた。なんていう物を持たせやがるんだ、あのクソガキは、と。
武器庫や兵舎から爆炎が上がり、その多大な戦果を眺める。
「おれも、おれの成すべきことを」
タイガーは炎上していない建物を手当たり次第に回った。衛兵がいれば殴り飛ばし、奴隷がいれば首輪を外して解放させる。爆弾も暇さえあれば仕掛けていった。
彼は大量の奴隷を引き連れ、鍵を奪い、仲間を次々に増やしていった。
今の所順調に進んでいる脱出計画。タイガーのでんでん虫が鳴り、少年と連絡を取る。
でんでん虫を切ったと同時に、巨大な船が赤い柱に覆われる。
「ここからは別行動だ。
「あ、あんたはどうするんで?」
「天竜人をぶち殺してくる。お前たちは付いてくるな」
タイガーは返事を待たずに走り出した。自分に屈辱を与え、天駆ける竜の蹄を残した奴ら。天竜人への黒い業火を燃やしながら。
次は黄猿戦です。
黄猿のほうが強いです。
早く22日なんないかなぁ。
弓王様………尻王でいいや。彼女を我がカルデアにお迎えするため、諭吉5枚を溶かすのだ!
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第五話 黄猿の油断
お気に入り数が5倍ぐらいになってんですけど?
マジでありがとうございます!いや、好き勝手書いてるのにこんなに読んでくれる人がいるなんて……っ!
たいそん、悲鳴を上げてしまった。
血液の匂いが充満する。
大きな掌を広げ、シャボンに包まれた顔を握り潰す。人間の腕力の約10倍とされるエネルギーは人の頭をトマトのように容易く砕く。
「ひぃぃいいい!!来るな!来るんじゃないえ!!」
「お下がりください」
我が子を目の前で殺され、恐怖で錯乱する中年の男。彼を守るため前に出る護衛。
「邪魔だァ!」
「ぐはッ!?」
それを力に任せて捻り潰す。タイガーは動かなくなったそれには目もくれず、自身を飼っていた男を睨みつけた。
彼に睨まれた天竜人は恐怖のあまり白目を向き、泡を吹きながら気絶する。醜態を晒す最高権力者は豚のようである。タイガーは冷笑した。
「おれはこんなカスに……。殺す価値もないようなゴミみたいな奴に、復讐しようと思っていたのか」
既に動かなくなった人間を掴み上げ、トドメを刺す。哀れ。手の中で動かなくなったそれを見て、自分がどうしようもなく恥ずかしくなった。
復讐した後は気分がいい。悪くはない。だが、相手がこれでは態々復讐を企てていたこと自体が恥ずかしくなったのだ。奴らは誇りも何もないカスだとは思っていたが、ここまでだとは思いもしなかった。
「殺す価値もない。……違うな」
タイガーは自分を嘲笑した。権力者達の血で濡れた掌を握りしめ、怒りで沸騰していた激情が萎えていくのを感じた。
「殴る価値もないカスだった。だが、それもお前で最後だ。人間の女」
「ひぃ!お父様!!お父様ァァァァ!!?」
タイガーは泣き崩れる女の姿を見て、少年に聞いていた容貌と同じ特徴であると判断した。自分の仕事はこの小娘を殺すだけ。それで全て終わる。
虐げられてきた、囚人のような生活が今日、ようやく終わるのだ。
「来ないでざます!何故私たちがこんな目にあうざますか!?」
「………分からないのか?今までの行いをよく振り返ってみろ」
「楽しく暮らしていただけざます!奴隷を調教して、女達の舞を見て、■■■■■に愛して貰っていたのに………ッ!彼が消えたと思ったら、どうして!?」
本気で分からないらしい。そして上手く聞き取れないのはあの少年の名前だろうか。彼の名前を聞いたことはなかったが、そもそも、最初からなかったのかもしれない。
「助けて!助けて■■■■■!!私を守ってくれるって言ったざますよね!?お願い助けて!」
「…………」
残虐な行いを平気でしてきた天竜人。首輪が付いていた頃、見上げる顔は悪鬼のようであったのに。
首輪が外れ、自由の翼を手に入れた今。泣き崩れる女を上から見下す。どこからどう見ても一人の小娘にしか見えなかった。
いっそ哀れにすら思う。信じていた男に裏切られ、地獄に突き落とされた箱入り娘の人生を。だが、奴が行ってきた所業は決して許される事ではない。
哀れに思えど、見逃してやるつもりは毛頭なかった。首を締め上げる。
「あいつはお前を助けになんか来ない」
泣き叫び、暴れまわる女。自身の死を悟ったのかもしれない。タイガーに拷問の趣味はないし、天竜人達と同じ事をやるつもりもなかった。
今までと同じように首の骨をへし折り、即死させた。
「後味の悪い始末をさせやがる。おれから望んだ事だったが、もう二度と御免だ」
右手に握る死体を投げ捨て、懐にしまっておいたでんでん虫を繋げる。仕事が終わったことを少年に伝えなくてはならない。
『もしもし。おれだ』
『………タイガーか』
『ああ。仕事は終わったぞ』
『そうか。分かった』
でんでん虫越しに伝わる疲弊した少年の声。どうやら彼は相当強い敵と戦っていたらしい。
『………手を貸すか?』
『いや、必要ない。もう終わった。どこに向かえばいい?』
『東海岸だ』
『なら先に向かってくれ。お前を座標にして時空間を飛ぶ!』
そこで通信は途切れた。
▼
時は少し遡る。タイガーが天竜人を虐殺するほんの数分前の話。
「あっしはボルサリーノォ。おめぇさんが何者かは知らんが、死んで貰うよぉ〜」
ボルサリーノは指を構え、レーザーを放つ。
勾玉が回転し、紅い瞳は驚異的な動体視力を発揮した。光速で飛来する死の光線を首を捻って、紙一重で躱す。
ポーチから数本のマーキングクナイを取り出し、それをボルサリーノに投げつける。
「手裏剣影分身の術」
「ん〜」
光の身体は常に流動している。いくら数を増やそうと覇気を纏わない物理攻撃など、当たるはずもなくすり抜けた。ボルサリーノは発光する。
「遅いねぇ」
瞬間移動。光の移動速度で彼は少年の目の前に迫る。
「………ッ!?」
「重さとは速度」
光の速さで蹴り抜かれる脚。写輪眼となった瞳ですらその速度を完璧には捉えきれない。
人間の反応速度では光の攻撃を躱す事など出来ない。見てからの回避など不可能に近いそれを、少年はチャクラにより強化した反応速度で術を発動させた。
(ーーー間に合え!)
姿が消える。飛雷神の移動速度は使用者の反応速度そのものだ。つまり、写輪眼とチャクラにより強化されていたとはいえ、少年の速度が一時的に光速を上回ったに他ならない。
「あれぇ?おっかしいねぇ」
ノーモーションでの驚異的な移動速度。光速を上回る転移能力。思わずボルサリーノは首を傾げた。
自分より強い敵や味方の存在を知ってはいたが、速い存在など今まで会った事がなかったからだ。
「水遁・水断波!」
先程投げたクナイに飛んだ少年は中距離専用のウォーターカッターを放つ。ボルサリーノはその攻撃を驚異に感じる事なく、受け入れる。
「嘘だろ……?攻撃が通らない!」
これが噂に聞く自然系の能力者……ッ!
真っ二つになった身体が再生していく様を見て、少年は舌打ちをした。こちらの攻撃は全て効かず、相手の攻撃だけが一方的に通る。
ならば水牢の術で動きを止めるか?不可能である。光の速度で動く敵にあの攻撃を当てるなど至難の技だ。ここは逃げに徹しながら、時間を稼ぐしかない。
少年は地中に木遁を仕込む。
「覇気を知らない小僧には、あっしはやれないよぉ」
少年が覇気を知らない事には理由がある。
前世の記憶がないからだ。彼は前世に保有していた原作の記憶を名前とともに消されている。
ボルサリーノはまた光速で少年に接近する。背後から話しかけられた少年は驚愕し、インパクト直前にギリギリで飛ぶ。
「速いねぇ。こりゃあ点と点を結んで移動してる、ワープってところかなぁ。オペオペの実に似てる能力かぁ」
ボルサリーノは思考する。覇気を纏えない人間に彼がやられる事はあり得ない。速度という一点を置くならば、条件付きで自分より速いようだが、驚異には成り得ない。
「………速すぎる」
唖然と呟く少年を見て、ボルサリーノは彼の瞳を見た。尋常でない反応速度はひょっとしたらあの瞳が鍵になっているのかもしれない。
ワープに爆撃に水を操る力。そして何処からともなく巨大な船を呼び出し、それを守る結界を張った。出来ることが多彩過ぎて、反応速度の強化を行って来ても不思議ではない。
考察しても。否。考察するだけ何の能力か分からなくなる能力はこれが初めてだ。だが、自然系ではない。それは確かだ。何故なら奴はこちらの攻撃を受け流していないからだ。
「魔幻・枷杭の術!」
三つ巴の勾玉が回る。少年の目を直接見たボルサリーノは彼の幻術に嵌った。世界が反転する。
何処からともなく杭が現れ、ボルサリーノの身体を縛り付けた。これは覇気ではない。覇気を纏わない攻撃はなんであれ、ボルサリーノを捉えることは出来ないのだ。ならばこれは。
「幻って訳かい。厄介だねぇ〜」
目を合わせただけで相手に幻を見せる。反応速度と動体視力を跳ね上げる。どうやら少年の戦闘はあの瞳を中心に戦術を練られているらしい。
ボルサリーノは覇気を練り込み、それを放出した。生命エネルギーが乱れ狂い、幻術の輪から抜け出す。
「なっ……に?」
「終わりだよぉ〜」
「くっ」
身体の動かないボルサリーノにトドメを刺すべく、接近していた少年は突然の反撃に驚く。急いでチャクラを練り、マーキングクナイへ飛ぼうとした。だがそれはもう読まれている。
光の身体を捉えていた瞳に、ボルサリーノは指を突き出し、発光させる。
「ぐぁぁぁあっ!?」
目潰し。見えすぎるが故に光の奔流を直で喰らい、常人以上に吸い込んでしまう。一時的な失明状態に陥る。
写輪眼を酷使し、なんとか攻撃を凌いでいた彼が視力を奪われた今、ボルサリーノの攻撃を躱せる筈もなく。
「げァ!」
光速の蹴りが少年の身体を吹き飛ばした。
「さて。今死ぬよぉ〜」
ボルサリーノは吹き飛ぶ少年に一瞬で追いつき、逃げられないよう仕留めにかかる。足の裏にレーザー光を蓄え、頭に標準を定めた。
少年は奪われた視界の中、相手の姿を捉える為に感知の術使う。
「飛雷神のーー」
「させないよぉ〜」
格上の相手に、何度も同じ手は通用しない。既に飛雷神の能力が割れている以上、ボルサリーノが少年を安安と取り逃がす筈がない。
少年が術を発動させる寸前、ボルサリーノの蹴りが再度彼を穿つ。
「んん〜?気配が二つに増えた?おかしいねぇ」
ボルサリーノに吹き飛ばされたと同時に影分身を発動させたが、どうやら見切られたらしい。
「それも全く同じ気配。分身したのかい?」
ボルサリーノは瓦礫の下に感じる気配を目掛けて突っ込んだ。どういうカラクリかは知らないが、隠れている方が本物だろう。
もし違っていても、ワープ能力の種が割れている以上、ボルサリーノは少年の速度に遅れを取ることはない。一人殺ったあとでも十分に間に合う。
彼の蹴りが少年を蹴り抜く瞬間、密かに少年の口角が吊り上がった。
「おっとっと〜。こりゃ水かァ?」
分身体が消えたと同時に、大量の水が弾け、それがボルサリーノを包むように展開される。
「油断したねぇ〜」
格下と侮り、勝利を確信したツケが回ってきた。見聞色の覇気を怠ったことが裏目に出たのだ。
水を回避するため力を入れるが、海水が染み込んだ木遁が巻き付き、上手く力が入らないのだ。
昔、ゼファーという上司に言われた事を思い出す。お前は能力に頼り過ぎていると。
少年の策が成功した。木遁が仕掛けている場所にボルサリーノをおびき寄せ、その能力を封じ、水牢の術で窒息させる。
覇気で心を読まれていたら不可能だったかもしれない。それともボルサリーノは行動を読む事はできても考えまでは読めなかった可能性もある。
ボルサリーノの完全に動きを封じたところで、タイガーからの通信が入る。そろそろ脱出作戦も大詰めだ。
タイガーからの報告を聞いた後、あらかじめ仕掛けてさせておいた起爆粘土を爆破させる。損害を与え、捜査の手を遅らせるためだ。
「さて。そろそろ飛ぶか」
少年は船に付けたマーキングに飛び、結界を解除する。彼は視力が戻らないまま、タイガーに標準を合わせ、船ごと東の海岸へ飛んだ。
主人公強すぎ。どうしよう。
まあ、原作開始10年前だし?黄猿まだ中将だし。しかも助かるし一応。原作黄猿の強化フラグも建ったし。
弁明しておきますと、彼は能力の強さ故、覇気を使えない相手に慢心してしまったんですね。
逆に言えば、水遁も一応使えて木遁も写輪眼も使う主人公が負けるという事も想像出来なかったのです。
黄猿こんなに弱くねぇよという方。申し訳ありません。先に謝罪しておきます。
作者自身、今回のお話には自信がないのです……。
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第六話 名無しの深淵
混乱された読者の方、おられると思います。全て作者の力量不足です。
マリージョア襲撃を決意する時、主人公が思っていた事を書きました。
後付けっぽくなってしまって、なんだか情けない気持ちになります。
タイガーは落胆する。世の中そう、上手い話はないのだと。巨大な船と共に現れた満身創痍の少年。
なんと彼は、その船をプレゼントすると一足先に飛雷神で魚人島へ帰ってしまったのだ。
「先程の戦いで思った以上に消耗した。本来なら飛雷神で船ごとお前たち全員を飛ばす予定だったが、もうチャクラの残りが少ない」
「………。見捨てるつもりか?」
「そうではない。この船をやる。これに乗って逃げればいいさ。上手くいけば助かるだろう」
ーーではな。俺は飛雷神で帰る。
そう言うと少年は残り少ないチャクラを使い、魚人島へ飛んだ。タイガーや奴隷達は唖然とした顔でそれを見送ったという。
考えてみれば当然である。少年は名を上げる為にリスクを冒す事を承諾したが、命を懸けることは承諾していない。
囮をしっかりとこなし、海軍最高戦力の一角を引きつけて貰った手前、文句も言いづらかった。だが、もう少し他人を思い遣る心を持っていてもいいだろうに。
ちゃっかり脱出手段を用意してある所にも腹が立つ。自分の仕事はやったから、残りは勝手にやってろと言わんばかりの見事な丸投げである。
自分が逃げても責められない様な言い訳をしている根性にも腹が立つ。
「………はぁ。帰ったら一発ぶん殴ってやる!」
心境を表すなら、オンラインゲームで素材集めをしていた時。先に自分の素材が揃ったからと言って、パーティメンバーを残して一人だけチームを離脱する奴に腹を立てる気持ちに似ている。
結局、一人で後始末をやらねばならないタイガーは頭を抱えた。奴はやっぱり、味方になっても毒だった。
▼
マリージョア襲撃から二週間後。少年の傷は癒え、くれてやった船の代わりも用意した。今では視力も元通りだ。しかし、タイガーはまだ戻って来ない。
見捨ててしまった様な形で別れてしまったため、良心が痛む。だが、それだけだ。もしあのまま足手纏い達を庇護していたら、死んでいたかもしれない。それほどまで少年は弱っていたのだ。
「まぁ、自分の命に比べればなぁ。良心の痛みぐらい、どうって事ない」
タイガーはいい奴だった。ご冥福をお祈りしよう。こっそり作った彼の墓に酒をかけて、手を合わせた。天国や地獄は無いけれど、神はいた。
せいぜい成仏してくれよ、と。心の底から祈っていた。
「勝手に人を殺すなァ!」
「ぷげら!?」
少年は後ろから鉄拳を喰らい、地面と熱いキスを交えた。
タイガーは自分の名前が書かれた墓に唾を吐きかけた。本当に一歩間違えればこうなっていたのだから、冗談ではない。
「お前、あれからどれだけ苦労したことか……ッ!」
「え?タイガーか。生きてたのか。よかった」
「よかっただと?どの口が言いやがるクソガキ。やっぱり人間なんか信用すべきじゃなかった」
嬉しく思う気持ちは本当だ。タイガーはいい奴だ。実際に付き合ってみてそう思う。苦労したなどと言っているから、おそらくあの奴隷達も全員逃がす事が出来たのだろう。
これで良心が痛まなくて済む。胃が痛くなりそうだから、どんな苦労があったのかは聞きたくないが。
「傷は癒えたようだな」
「ん?……まあな」
タイガーは少年の隣に腰を下ろした。彼が飲んでいた酒を奪い取り、自分の盃に注ぐ。
「逃げ上手のお前があそこまでやられたんだ。相手はどんな野郎だったんだ?」
「……ボルサリーノとか言ってたな。ピカッと光って、一瞬で攻撃してくるんだ。こっちの攻撃なんて一部の水遁以外は効きゃしない」
「それは災難だったな。そいつは海軍中将だ。自然系の能力者らしい」
やはりか。少年は納得したように天を仰いだ。
「って事はピカピカの実の光人間とか、そんなオチか?いや、そうに違いない」
「……奴みたいな系統の能力者に、物理攻撃は通用しねぇぞ。覇気がなきゃ倒せもしねぇ相手だ」
「ハキ?何だそれは」
タイガーは覇気について軽く教えた。武装色、見聞色、覇王色の三つの力が存在する事。
内、覇王色は選ばれた人間にしか使えない。武装色や見聞色は人によって得意不得意があり、一応、誰にでも使える素質はあること。
武装色は気合の力。防御力や攻撃力を跳ね上げ、流動する能力者の体を実体として捉える事が出来る。
見聞色は聞く力。相手の気配や心を読み取り、攻撃を先読みしたり位置を調べたり出来る。
ここまで聞いて、少年は頭を傾げた。
「俺、覇気なんて使ってないぞ。そんなもの自体知らなかったんだが……」
「自然系を相手にするときは、覇気が基本戦術だ!逆になんで勝てたんだ……」
少年から、海水を染み込ませた樹木で縛り能力者の実体を捉え、水の塊で窒息させたと聞いたタイガーは頭痛を覚えた。
最早こいつがなんの能力者なのかわからなくなって来た。そこいらの自然系より余程強い能力だろう。
「死ぬ前に知れてよかった。覇気か。そうか……。そんな力もあるのか」
少年は掌を握りしめた。まだまだ、自分には知らないことが多すぎる。手遅れにならなくて本当に運がいい。また一歩、安寧に近づく事が出来る。
少年の目的は安寧を手に入れることだ。誰かの手に怯えながら、隠れ潜むことは安寧とは言わない。それは肉体的には安寧であろうが、精神的に安寧ではない。
彼が望むものは、安心して眠れる場所。安心して暮らせる場所。だが、前世とは違うこの世界。海賊時代などという物騒な戦乱の時代。何処にいようとも、無力な者は己の力不足に殺される。
ここはあの日本国のような。理不尽に命を奪われる事がない世界ではないのだ。
であればこそ。そんなものがないなら、それを手に出来る程、強くなればいい。
誰一人として、彼を傷つけられないほど強くなればいいのだ。もしくは、争いそのものを人間の中からなくしてしまうべきか。
全人類を死滅させるか、無限月読の幻術世界に閉じ込めるか。後者の方が殺さない分、良心が痛まなくていい。
そのための名声。これを隠れ蓑にして、自分は来るべきその日までに力を蓄えるのだ。マリージョア襲撃も、その通り道に過ぎない。
ーー悪いな、みんな。俺のせいで死んでくれ。
少年は心に渦巻く黒い感情に自嘲する。
転生者として生き返る権利を得たその時から、自分はもう、自分のためだけにしか生きることが出来なくなってしまっている。
悪い事を考えてる自覚もあるが、これはもう性分だ。
「………なぁ。タイガー?」
だからこそ、少年は羨ましい。誰かの為だけに。とはいかないものの、誰かの為にも自分の命や信頼を懸けることの出来る存在が羨ましくて仕方がないのだ。
少年にはなくて、タイガーにはあるもの。
本当の意味での、他者への思いやりだ。
実はタイガーに話を持ちかけられた時。彼の中にも少しあったのかもしれない。自分だけではなく、誰かの為に!という気持ちが。
だが、ボルサリーノと戦い、命の危険を感じたことでその思いは粉々に崩れてしまった。どうしようもなく、臆病な男だ。
「お前はこれからも、今回みたいに。誰かの為に命を懸け続ける人生を送るのか?」
タイガーは少年の放つ威容に鳥肌さえ覚えた。この男は、こんな顔も出来るのかと。
もしかしたら今までの彼は全部、演技だったのかもしれない。目の前にいるこいつこそが、本物のあいつなのではなかろうか、と。
「おれが選んだことだ。仲間は殺させねぇ。そして敵ももう、殺さねぇ」
天竜人を殺害した時。タイガーは血に濡れた拳を見て決意したのだ。人の中に眠る残虐性も、魚人の中に眠る残虐性も同じであると。
同じなのだ。種族は違えど、恐怖する心もある。もうあんな思いをするのは二度と御免だと思った。誰かにさせるのも嫌だった。
「………そうか」
少年は立ち上がる。
自分が受けた苦しみを他者に味わせたくない。この思いはタイガーと同じだ。
だが、実際にその通りに行動する事が出来、その為には自分が苦しい思いをすることに耐えられるのがタイガーで。
自分が苦しい思いをするぐらいなら、他者を見捨てる方がマシだと思うのが少年である。それだけの違いであり、決定的な違いだ。
「俺はもう行く。お前の事はよくわかった。………いい奴だな、タイガー」
少年は身を翻す。既に準備が整っているコーティング船へと近づき、それに乗り込む。
「………そういやぁ自己紹介がまだだった。一度しか言わないから、良ければ名前でも覚えといてくれ」
タイガーはノイズの入らない少年の名前を聞く。ここでようやく、彼は少年の名前を知る事が出来た。
▼
〜とある新聞の一面〜
『閃光』メアリー・スー。懸賞金2億5千万ベリー。
罪状、フィッシャー・タイガー同様。
マリージョア襲撃の主犯格。その力は聖地を火の海へ変え、海軍の中将を瀕死の状態に追い込んだという。
これにてマリージョア襲撃編は終了です。
しっかし、書き始めた当初、こんなに評価されるなんて思いもしませんでした。
自分で言うのもなんですが、好き勝手書いてるので結構設定ガバガバですよ?
原作者に申し訳ない気持ちになってくる。
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七武海参入編
第七話 計画!二代目火影作戦!
始まる現実逃避。
涙に濡れる受験勉強。
全国の受験生のみんな!俺のssを読んで、時間を無為に浪費するがいい!!
久々の更新、始めます。
「───初めましてだな」
危険な色香を放つ声。重厚な声色には、長き旅を労うような祝福が籠められていた。
大樹は揺蕩う木の葉をザワザワと揺らす。根元に立てられた墓標が、自身に向けられた歓喜の念に触れる。
それは死して久しい者の名。最早、伝説となりつつある男の名前が、その墓標に刻まれていた。
「ゴール・D・ロジャー」
海岸から吹く潮風が、世界の変動を予感する。墓を暴いた青年の口元は、綺麗な弧を描いていた。
時は、数年前に遡る。
▼
世界を震撼させた天竜人襲撃事件。間違いなく、歴史の教科書にその悪名を刻む事になるであろう男の片割れ。
彼の名はメアリー・スー。理不尽の代名詞たる力と才覚を秘める少年は、件の共犯者フィッシャー・タイガーと袂を分かった後、大いなる海へとその足を進めた。
肌を撫でる潮風の、なんと心地の良いことか。魚人島を発った彼は新世界への進出を控え、
理由は主に力不足。本人の力量だけならば、新世界進出の基準には足りているのだろうが、彼には圧倒的に兵力が足りなかった。
石橋は叩いて渡るタイプである。慎重である事に越した事はないと、自分を鍛え直し、傀儡を揃えるために本来ならあり得ない逆走を試みたのだ。
仲間を作る気など毛頭なかった。自分の名前の庇護を欲する無能など足手纏いにしかならない。そうでなくても、死んでしまえば意味がないのだ。
衣食住を提供し、養った挙句に死なれたのであればコストの無駄である。そんなものよりも遥かに金が掛からず、よく働く存在に彼は心当たりがあった。
───要は生きていなければ良いのだ。
それでいて、生きている者よりも忠実に働く駒を作る術。そんな都合の良い術の存在を、彼は閃いていた。
まるで前世の記憶がその存在を知っていたかのように、その術の名を閃いていたのだ。虐げられる奴隷生活の中、その術を思い出した時、まるで足りなかった歯車がガッチリと組み合う様を錯覚した。
「穢土転生の術。………ククッ。フフハ、フハハハハハハハハッ!」
マリージョアを襲撃したのは売名行為のためだ。だが、天竜人を襲撃してしまっては七武海にはなれないかもしれない。
そんなリスクをこのメアリー・スーが考えていない訳がなかった。
この死者をも蘇生させ得る禁断の忍術。穢土転生の有用さを示した上で、それを交渉材料として七武海に名を連ねる。
歴戦の猛者どもが、不死の軍勢となって敵を蹂躙する。これを敵に回すのは恐ろしい事この上ないだろう。だが、味方につければこれ程心強い物もない。
海軍もバカではない。奴らならきっと、この取引に乗ってくる。そんな確信があったからこそ、メアリーはタイガーの思惑に乗ってやったのだ。
「……ふぅ。いかんな。余りにも上手く行きすぎて、天狗になってしまっていた。慢心こそが俺を殺す。牙を鈍らにはさせん」
高揚した気分は一瞬で冷却された。まだ、肝心の海賊王の死体は見つかっていないのだ。当面の目的はあの海賊王を筆頭に、歴代の海軍将校達、そして新世界で散っていった海賊達を手駒に加える事だ。
だが、いきなりそれだけの手駒を揃えるには人手が足りない。幾ら飛雷神の術があるとは言え、一度も行った事のない場所にはマーキングが出来ないため、飛ぶ事は出来ないのだ。
そのため、先ずは手頃な海賊達を血祭りに上げ、永遠にこのメアリー・スーに仕える栄誉をくれてやるのだ。
丁度、こちらの小舟に近づいて来る間抜けなカス共のように……ッ!
「さて、モブ共諸君。君達は、不老不死に興味はないかね?」
▼
その男は最弱の海、
無駄に大きな身体を持って生まれてきたことに、男は感謝していたのだ。
弱者への略奪に耽る日常を終わらせたのは、ある小舟を見つけた時だ。
特段美味そうな獲物は見当たらない。資材も食料も金も何もない舟だ。遭難でもしているように、海を漂うだけの舟。
そこには一人の美しい少年がいた。性別を超越した様な顔立ち。男でも女でも通じ得る美貌。まるで神に仕える天使のような容姿をした、神の彫刻を思わせる少年であった。
一言でいえば、格別に美しかった。
それこそ、私財の全てを投げ打ってでも手に入れたくなる美しさである。是非ともあの少年を捕らえ、変態の貴族共に売捌きたい。
それによって得られる巨万の富を想像し、男は舌舐めずりをすると、部下に舟を狙撃するように指示を出した。
不穏な空気に気が付いたのか、その少年はすっくと立ち上がる。そうして男の船を凝視する少年の、紅い瞳を見た瞬間、今まさに狙撃を開始しようとしていた部下は大きな悲鳴を上げた。
「あ、あ、あああああ!!?」
「………おい?どうしたんだ、突然」
腰を抜かし、小便をぶち撒ける部下に眉を顰める。只ならぬ様子に不安を覚えた男はその部下から奪い取った双眼鏡を覗き込み、大量の冷や汗を流した。
「オレは、夢でも見てるのか?……なぁ!おい!!?」
「せ、船長?……どうしたんで?」
「お前ら、先月の新聞持って来い!」
「へ?なんでですかい?」
「いいから早く持って来い!!ぶち殺されてぇのか!!?えぇ!おい!!」
船長の只ならぬ様子に仰天した船員は慌ただしく船内を駆け回ると、ある一つの記事を持って来た。
それを奪い取るように引っ手繰ると、男の唇はワナワナと震え、見る見る内に青くなっていった。
「……お前ら、早く船を出せ」
「え?略奪はしないんで?」
「いいから逃げるんだよ間抜け共!!あれが誰だかわからねぇのか!?」
男の恫喝と同時に周りの海が龍を形取り、彼らの船を覆い尽くした。
「水遁・水龍弾の術」
そこそこの大きさを誇るガレオン船は、水の龍に飲み込まれる。空から舞い降りる龍が、圧倒的質量を持ってその船を押し潰す。
メアリーは小舟に帆を張り風遁で気流を起こし、水遁で水流を操りながら大破したガレオン船に近づいた。
「せ、『閃光』!なんでメアリー・スーがこんな所にいるんだよ!?」
「何、お前が知ることではない」
男は回転する紅い瞳に魅入られて、意識を暗転させた。メアリーは気を失う男を見て、盛大な溜息を吐いた。
掌を額に当て、虚空を見上げる。
「……やってしまった。水遁で片付けるのは楽だが、生け捕りにしなくてはならんのに。これでは半分以上は回収出来んぞ」
メアリーは面倒くさそうに、目に付く限りの海賊達を回収するのだった。
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「口寄せ・穢土転生の術!」
回収した海賊達を水流に乗せ、適当な無人島に上陸した後、メアリーは彼らを使って術の実験をしていた。
術式自体が簡単なのか、それとも黄泉の国を良く知るメアリーだからこそ出来たのか。それは何の失敗もなく、あっさりと成功した。
「ぐぁぁぁあああああああ!!!?」
断末魔の雄叫びと共に、海賊の身体を塵芥が覆った。その隣には先程殺した、船長と思しき亡骸が横たわっていた。
「……っあ?んだ、これ」
「ほぅ。一発で成功したか」
生き返った船長の姿に、残りの船員達は目を向いた。何故。彼の亡骸はすぐそこにあるのに。何故、船長と同じ顔と声をした男が。
断末魔を上げた仲間はどこに行った。彼らは奇妙な出来事を前に、情けなくも泣き出してしまった。
「し、死にたくねぇよぉ〜!」
「せ、船長?あんた、なんで二人も……。あんた死んだはずじゃ」
「はは、はははは、ははははははは」
「もう何がなんだか………」
「仕方ない。説明しようか」
メアリーは得意げに笑うと、その虹彩を紅く変色させ、三つ巴の勾玉を激しく回転させた。精神的に高揚しているのだろう。
「人間の蘇生だよ。俺は神の如き力を手に入れたんだ。これで安心して寝られる!!!!はーっはっはっはっはっはっはっはぁ!俺は成し遂げたのだァ!計画は間違ってはいなかった!『運』はこの俺に味方している!!」
メアリーの狂笑は船員達を震え上がらせた。
「さあ、貴様らに権利をくれてやる。俺に絶対の服従を誓い、不老不死を手に入れるか。それともこの場で死んでおくか。二つに一つだ」
後に、この場で服従を誓った者は後悔する。
この少年に仕えるということは、死、よりもなお苦しい地獄だったのだと。
生きながらに殺され続けるとは、この事だったのだと。
生存報告です。
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