絶望の国の希望の艦娘たち (倉木学人)
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1.Black Or White ①

薄暗い?艦これの話を書いてます。

よろしければ、どうぞ。


艦娘は、神秘である。

 

女以上に、艦娘は謎の存在である。

海の戦乙女とも呼ばれている艦娘のことを、誰も理解できないでいる。

世界中の数多の人々が艦娘を調べた。

しかし結果は、今一つ。

艦娘たちも自身が何者かを知らないでいる。

 

だが、そもそも“艦娘とは何者か “という問いかけが間違っているのかもしれない。

誰が何と言おうと艦娘は艦娘である。

決して過去の亡霊ではないし、呪われた存在でもない。

 

艦娘はその身で艦を表す存在である。

ただそれだけで十分で、それ以上は無粋なのではないのか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 1.Black Or White ①*

 

 

 

夏の、程よく暑い日の話。

 

一人の青年が病室のベッドで眠っている。

それを、白の軍服に身を包んだ男性が見つめている。

傍では作業服姿の少女が、手元のデータを見つめている。

 

ここは、呉鎮守府付属特設病院。

通称、建造ドッグ。

艦娘となる人間を看取るための施設である。

 

「彼が例の建造中の艦か」

「はい」

「夕張、何が判っているんだ」

 

男が少女、夕張に問いかけると、夕張はページをめくり答える。

 

「彼の名前は武藤昭。20歳の男子大学生でした。現在、彼の体内に複数の妖精さんの存在を確認しています。ゆっくりと体が艦娘のものへと変化しているようです」

「男性が、か」

「ですね」

 

艦娘となる人間は、侵食するように変化していくのが特徴である。

ただ、素体に男性が使われることは、極めて稀である。

 

「艦種は、妖精さんの扱う資材の量と建造ペース、艤装の原型から長門型、あるいは大和型であると思われます」

 

長門型、及びに大和型。

大艦巨砲主義の象徴。

前者は戦前の憧れ、後者は戦後の夢。

共に浪漫の詰まった艦である。

 

「それに、長門型、あるいは大和型か」

「ですね。とうとう来ましたねー」

 

これまでの建造において、見たことのない艦娘のタイプである。

両型とも戦艦のなかでも名声はトップクラス。

ただし実績は、賛否両論。

上の方が配属に口出しするかもなあ、なんて夕張は考えていた。

男は別の考えであるようだが。

 

「どうしてだ、夕張。何か、何かないのかい」

「何か、といわれましても。何がですか」

 

ああ、またこれか。

夕張は内心ため息をつきながら答える。

この提督からの、この質問は何回目だろうか。

 

「人間の艦娘化を止めることは、まだできないのかい」

「残念ですが」

 

人間の艦娘化は、まあ、ひどい話だと思う。

艦娘になると、身も心も変わってしまうのだ。

だから、何とかしたいという気持ちはこっちも十分知っている。

 

とはいえ、解決の見通しは全く立っていないのだ。

焦らされても困るのだ。

もうちょっと気長に待ってほしい。

 

「提督。あまり気になさらないほうがいいかと。というか、そもそも艦娘がいないなら誰が深海棲艦と戦うのですか?」

 

現状、深海棲艦の脅威で海上の危険性が跳ね上がっている。

島国である日本が今でも秩序を保っているのは、ひとえに艦娘のおかげであろう。

そこの問題はどうするつもりだろう。

希望する者だけと言っても、まさか艦娘に成りたい人がいるのだろうか。

 

「その時は以前の通りに戦うだけだよ」

「提督。それは」

 

艦娘がいないと、深海棲艦に対抗できない。

現代兵器がいくら高性能だと言えども、人間の道具であり、限界がある。

おまけにこの時世で、艦をポンポン作ることもできない。

 

深海棲艦の殆んどは、第二次世界大戦までの艦の脅威度でしかないのだが、いかんせん数が多すぎる。

艦娘が現れる前は、イージス艦も随分と袋叩きにされてきたものだ。

 

ただ、艦娘は違う。

建造も、維持も、解体も、何もかもが驚くほどの低コスト。

数は国によってまちまちだが、手軽に出撃が可能な軽さを持っている。

艦娘とイージス艦の合同で定期的に敵への本陣強襲を行っているこそ、現在の秩序が保たれている、らしい。

 

いったい、艦娘抜きでどうやって深海棲艦と戦うのだろうか。

 

「いや。解っている。だがどうしても、これではよくないとも思ってしまうんだ。我々軍人は国を守るために戦っている。艦娘たちも恐らくそうなのだろう」

 

そうだろう。

夕張たち艦娘、自分たちは少なくとも自分は国を守りたい、という気持ちで間違いない。

何が現状でおかしいのだろうか。

 

「しかし、艦娘に成る彼女たちや彼は違うだろう。彼らには選択権がない。なぜ選択肢も無しに彼らは艦娘となり、戦わなければならないんだ。戦うことを強制された少女たちの出撃を、我々が許容していいのか」

 

夕張たち艦娘に、その問は酷である。

戦場に行きたくない気持ちは知っている。

家族や友人と離れる気持ちは、痛いほど解っている。

戦争で起きる現実に目を背けたくなっても、否応が無しに目を向けさせられる時もある。

恐らく、艦娘に成る前は、戦場なんかに行きたくないと思っていたはずだ。

それでも夕張に、艦娘になったことの後悔はないし、強要されたことを恨んでないのだ。

 

そもそも、戦争とはそういうものではないだろうか。

よくわからない理由で戦い、よくわからないままに戦い、よくわからないままに死ぬ。

そして、結局は勝てば官軍、負ければ賊軍。

今も昔も、そこだけは変わらないはずだ。

 

選択肢があろうと、変わらないのではないか。

今、この世の中で戦わないという選択肢が、艦娘とその建造艦にあるのだろうか。

 

とはいえ、この夕張は研究者の下っ端でもある。

哲学的な考えは苦手だが、少し考えてみるべきだろうか。

建造艦の体に出入りする妖精さんを見つめながら、そう感じた。

 

 

**

 

 

「ねえ。艦娘って、成りたいから成るべきで、成りたくないなら成らない方がいいのかしら」

「どうした。突然に」

 

同僚である長月と共に、夕張は朝食を食べていた。

建造中の艦の面倒は、尾崎提督所属の暇な艦娘に見させている。

 

「室井提督に言われてね。彼らに、例えば彼に選択肢を与えてあげたいって。艦娘になるか、ならないかって」

 

艦娘は、当然法により人としての権利が保障されている。

その中に職業選択の自由もある。

しかし現状、自由は殆んど機能していない。

艦娘は、兵士として上の命令は絶対である、との考えを持っている。

苦言や文句を言うことは多々あるが、艦娘が上からの命令に逆らうことは殆んどない。

 

「解体ではダメなのか」

「解体は、ね。解体後は人間として生きてはいけるけど、全く元には戻らないから。室井提督は納得しないんだって」

 

解体も、艦娘の持つ権利の一つである。

妖精さんの手により艦である自分を捨て、身体上はただの人間へと一応戻ることができる。

つまり、戻らない物も色々と多い。

 

「そうか。それは駄目な考えだろう。私もなりたくてなった訳ではないが。艦でない私など考えられない」

「やっぱり長月もそう思うよね」

 

艦でない自分とは何だろうか。

駆逐艦である自分が戦う以外にできることは、鼠輸送ぐらいであろう。

 

あるいは漁でもするのか。

馬鹿げた話だ、と長月は考えを切り捨てる。

 

「しかし、そこまで建造を嫌がるとは。私たち艦娘を無くそうと思っているのか?」

「そうなのかもしれないよね」

 

長月も夕張も、建造艦の見張りの仕事に就いて暫くだ。

建造の地獄は散々見てきた。

だが、それでも艦娘は必要だろう。

世界が大変なら、誰でも否応が無しに戦わなければないだろうに。

 

「室井提督はこのことで、すごく悩んでいるみたい。長月が相談に乗ってあげたら?」

「ここで私に頼るのか。私ではとても説得できそうにないぞ」

 

頼ってくれるのは嬉しいが、長月が室井提督を癒すことができるだろうか。

長月にとって、室井提督は提督の中で一番難しい人間だ。

 

「とりあえず、室井提督はどんな状態なのか」

「間違いなく疲れているわね。ほら、身内に不幸があったばかりだし。それに加えて、彼の事件でしょ」

 

身内が死んでも仕事を果たすのは立派だろうか。

それは戦場においてではないのか。

少なくとも、今、ここは戦場ではないと思う。

 

「ちょっと他の提督に仕事を任せて休むべきよ」

 

室井提督とは短い付き合いで、長月はよく知らない。

ただ、美学を持った提督なのだと知っている。

提督として向いているとは思えないが、彼を慕う艦娘は多い。

誠に不思議な話だが、彼が提督をやっているのはそういう理由である。

 

「そうだな。軍人に死はつきものとはいえ、家族の死は辛いもののはずだ」

 

思うのは自分たち、駆逐艦。

大戦時では戦場をあちこちと走り回り、その中で散っていった。

姉妹や同僚を失った後に、次は自分かも、という気持ちがあったのを覚えている。

 

「他の提督を通じて休暇を進言すべきだろうな」

「そっか。それなら、兼正提督に言えば一発よね」

「私もするさ。だが、尾崎提督にも言っておいてくれ」

「うん。了解」

 

後進の提督が育っていない以上、あの提督を欠かすことはできない。

まだ、兼正、尾崎、室井の提督の力は必要だ。

 

仕事に早く取り掛かるために、しばらく二人は食べ進める。

食べ終わってから、ふと、長月が疑問を口にした。

 

「そういえば、建造中の彼は艦娘になるのか。それとも、なんだ。艦息か」

「艦娘よ。素体が男性でも、問題ないみたいね」

 

建造中である、彼の姿を思い浮かべる。

あの若くて童顔の青年が艦娘になるとは。

変化自体は長月も確認している。

ということは、恐らく似てもつかないようになるのだろう。

 

「そう考えると、不思議だな」

「男性が艦娘になる事例は、過去にもあったことだけど」

「そうなのか」

 

長月としては初耳である。

今までに見た艦娘は、皆、若い女性が素体となっている。

男性の素体は、今回が初めてだと思っていた。

 

「聞いた話だけどね。ある研究者が妖精さんを無理やり調べようとして。それで行方不明になって。後から艦娘として見つかったって話があるのよ」

「なんだそれは」

 

何ともまあ、世の中には不思議が満ちあふれているものである。

妖精さん、怖い。

 

「まあどうであれ私は、無事に艦ができるのを見守ろう。建造は、妖精さんにまかせることしかできないからな」

 

艦娘は妖精さんの技術を使うものであって、生み出して扱うものではない。

そして、長月の任務は建造艦を看取ることである。

それ以外の事は力量を超えている。

 

「妖精さん、ね。ああ。艦娘が何もないところから建造できたらいいのにね」

「どういうことだ」

 

夕張は本来、艦娘より妖精さんを先に調べるべきではないのかと思っている。

 

「ほら、妖精さんは、気が付けばいるでしょう」

「そうだな」

 

妖精さんは艦娘以上に謎が多く、タブーも多い。

艦娘ですら、妖精さんには近づけない領域がある。

夕張も妖精さんから直接データが得られたら、と何度思ったか。

 

「室井提督としても、艦娘も何もないところから建造してほしかったのかなって」

 

長月は何故か、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるのよ、なんて言葉が思い浮かんだ。

実際に作られる方法はダークファンタジーだが。

 

「無から? 私たちがか?」

 

人間の祖先は猿や魚だと聞いている。

だから、艦娘が人間から作られても不思議ではないと思う。

とはいえ、何もない所から我々が出てくるものなのか。

 

妖精さんだってそうだ。

彼女たちも我々が知らないだけで、何かしらのモノから出来ているのではないのか。

 

「そりゃあ嬉しいが。妖精さんに期待しすぎだろう」

「まあ。ですよねー」

 

夕張が思い浮かべるのは、航空戦艦の艦娘である日向。

改装される前の彼女は、艦娘の存在に常日頃から疑問を抱いていた。

あの彼女と協力すれば、何かの手がかりを見つけられたのかもしれない。

 

ただ彼女は、航空看板と瑞雲を手にしてからテンションが可笑しくなった。

瑞雲をキメた状態で艦娘の謎を語ってくれるのだろうか、心配である。

 

「まあ、でも。私も艦娘のデータを採るだけじゃ不満なのよねぇ。そういうのも調べようかしら」

 

この夕張の仕事は建造艦の総括と、艤装データの採取なのだ。

 

ふっと、夕張の体から妖精さんが出てきて、どこかへと走っていく。

二人はただ、それを見つめる。

艦娘でも妖精さんに対してできることは、あまりない。

指示を出したりといった、艦としてのコミュニケーションぐらいだ。

今だって、妖精さんがどこに行ったかとかは把握していない。

 

いつか、妖精さんのデータも調べることができたらいいのに。

 

「そういえば。結局、室井提督のもとから艦娘が手伝いにくると聞いたが、だれが来るのだ」

「重巡、青葉よ」

「なんだと」

 

古鷹型、後期の重巡洋艦、青葉。

艦娘としては、青葉型の一番艦とされている。

学園モノで一人はいそうな新聞記者キャラが特徴である。

夕張としてはぶっちゃけ、どっちかというと来てほしくないタイプの艦娘である。

 

「重巡が手伝いに来るとは。彼の建造をどうにか阻止したいのか?」

「それは流石にできる訳ないし。一応、尾崎提督からは護衛と聞いてるけど」

 

重巡は、艦娘の中でも能力のバランスが取れていて、様々な局面で重宝される。

とはいえ普通、護衛任務に来ることはありえないのだ。

そんなのは軽巡や駆逐艦の仕事なのだ。

 

そしてここでの仕事は性能が高いとかより、大人の対応ができる艦が望ましくあるのだ。

さて、そんな人材は中々貴重である。

夕張もそんな艦は、長月ぐらいしか知らない。

 

「提督が建造により深く首を突っ込みたくなったとか。あとは青葉がただ単に、彼のことが知りたいだけなんじゃない?」

 

夕張も室井提督のことはよくわからない。

ただ、青葉の事は知っている。

“何々、何の話ですかー?”と言って、話に突っ込んできたに違いない。

尾崎提督も、よく許可をしたものだ。

データ採りはこの夕張に一任してくれればいいのに。

 

「ままならんものだ。建造はあまり見れたものではないのだが」

「よねぇ」

 

とはいえ、今日も建造ドッグは異常なし。

日本は平和である。

 

 

そしてこれからも、きっと。

 

 

 




4話まで出来ているので、一旦そこまで投稿します。


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2.Black Or White ②

この小説に書いてあることが間違っていると思うなら、
それはどこかが正しいんでしょうね。

この作品はフィクションです。


夕張と長月が朝食をとってすぐの頃。

青年、武藤昭は視界が揺れる中で、目を覚ました。

体の感覚を気持ちが悪いと感じる中、はっきりと身と回りの異変を感じた。

白い清潔なベッドに寝かされていること。

そして己の感覚に何か、身になじみのないものを感じる。

 

「む。起きたか」

 

目の前に居るのは、若草の長髪と眼。

紺のセーラー服と砲で身を固める小さな少女。

昭の日常から見た、異質な存在。

このような特徴を持つ人間、それは。

 

「艦娘?」

「そうだ。私は駆逐艦、長月だ。君の助けになると思う」

 

昭が思うに恐らく、ここは病院なのだろう。

しかし、なぜ艦娘がここにいるのか。

そんな病院は知らない。

 

「少し待て。説明には私より適した者がいる。援軍を呼ぼう」

 

なるほど、口が上手くないか。

まあ、目の前の少女に頼る、というのもアレである。

艦娘を見た目で判断するのは間違っているだろうが、もっと頼りがいのありそうな人に状況を聞いた方がよいだろう。

 

長月がナースコールを押し、そうして現れたのは二人の艦娘。

作業服を着た銀髪リボンポニーテールの少女に、セーラー服を着た桃髪シュシュポニーテールの少女。

 

「初めまして、軽巡、夕張です。何かあったら夕張さんにお任せっ」

「ども、重巡、青葉ですぅ。よろしくお願いします」

「ああ。よろしく」

 

今、何が起きているのか、昭はまだ知らないでいる。

だが、まあ、なんとでもなるのだろうとは期待している。

 

実際、その通りなのだろう。

今、人類の理解を超えていることが起きている。

しかし、このことが昭の命を奪うことは無い。

幸か不幸か、それだけは妖精さんに確約されていることであった。

 

ただ、昭の社会的地位は死んだも同然だ。

妖精さんの手によって命を保たれたまま、心と体を作り変えられていく。

それは一般大衆の眼からしたら死亡事故と同様の、不幸極まりないことなのだろう。

 

それでも、まあ、なんとでもなるのであった。

過程と結果がどうであれ、それでも社会は回っているのだから。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 2.Black Or White ②*

 

 

 

「で、武藤さん。自分のことをどこまで把握してるのかしら?」

「体の調子が悪くなって、飲み会で倒れて、それからここの病院で目覚めたことは」

 

体調の悪さを感じていたが、単なる疲労だと思い。

飲んでスッキリしようと飲み会に参加し。

飲んでる途中で身体の感覚がなくなり、倒れたことを昭は覚えている。

 

「そうですか。ここは、呉鎮守府付属特設病院。簡単に言ってしまえば、艦娘となる人のための病院です。この意味が解るかしら?」

 

解る。

妖精さんに憑りつかれた、あるいは侵入を許した人間は、艦娘となるのだ。

昭が実際に見たわけではないが、誰でも知っていることだ。

 

「残念なことに、貴方は妖精さんに選ばれてしまったの」

 

そして、それが自分の体で起こるのだ。

あまり理解したくないし、認めたくないことであった。

 

「何で?」

「さあ? 私も調べていますが、サッパリで」

 

何でと言われれば、夕張も何故かを知りたいのだ。

誰か教えてくれないだろうかなあ。

誰も教えてくれないだろうがな。

 

「男性が艦娘になるというのも、私も見たのは初めてで。本当に、どういう基準で選ばれているのかしら」

 

夕張は今回の件の建造にあたって、期待を抱いている。

目の前の建造艦は特異なケースであり、おまけに戦艦だ。

艦の規模に比例して建造期間が増加することは、今までのデータから判明している。

後は本人次第で、いつもより多くのデータが取れる。

 

「こんなんですけど、私は艦娘の調査も任されています。ですので、よろしければ私の実験にご協力くださいね。何か、わかるかもしれません」

 

とはいえ、データ取りを強制するわけではない。

この施設の第一目的は、建造艦の確保であるのだから。

保障と研究が二の次なのは重要機密である。

 

まあ、冗談だが。

 

「何か聞きたいことや御用がありましたら、何でもお気軽に申し付けくださいね。とはいえ、私は他の建造艦の娘も見なければならないので全てを見ることはできませんが。私が忙しい時は、長月や青葉にお願いします」

 

夕張は長月と青葉に視線を移す。

二人は頷いている。

 

「私は武藤さんの件の手伝で来ています。いつでもご気軽に、何でもご相談くださいね」

 

夕張は思ったより青葉はおとなしいな、なんて思っていた。

もっとおっちょこちょいだと思っていた。

事前にちょっと話をしたが、建造艦でもあるし、大分こちらにアプロ―チしてくれているようだった。

まあ、他提督の指導もあるだろうし、信頼していいだろう。

 

「今なら多少は時間があります。何か質問はありますか」

 

反応はいまひとつのようだ。

まあ、“何か質問ありませんか”といって、実際に手を上げる人は中々いないので仕方ない。

夕張は愛想笑いを浮かべた。

 

「まあ、気持ちが落ち着かせるために、軽い朝食でも食べるのはどうかしら。ちょっと持ってきますね」

 

食事を持ってくるため、その場を夕張は駆け去っていった。

 

「もしかして、暫く一人にしたほうがいいですかねぇ」

「どうだろうな。できれば落ち着くまで傍にいた方が良いのだが。ここら辺は人によるな」

 

人が艦娘になるということは、穏やかでない。

当人がパニックになり、暴れたり逃げたりすることも考えられる。

そのために、長月たちの存在があるのだ。

 

「はーい。おまたせ」

「お。本当に人が増えてる」

 

朝食を持った夕張と一緒に、女子高生ほどの少女が部屋に入ってくる。

少女は病人服を着て、黒髪をざっくばらんに伸ばしている。

水晶の眼が、彼女がただの日本人ではないことを示している。

まぎれもなく彼女も艦娘で、建造艦である。

 

「艦娘は護衛の人で。男の人が建造の人なんだよね」

「ああ、彼も、艦娘になる予定の建造艦だ」

 

彼女にとっては、男性が艦娘になることに興味はない。

仲間が増えるということが単純に嬉しい。

 

「あ。アタシ、加古ってんだー。よろしくー」

「おや。加古さんですか」

 

加古という名前に青葉が反応する。

古鷹型の前期の二番艦。

加古が第一次ソロモン海戦後に撃沈されるまで、一緒に仕事をした仲である。

 

「私、青葉です。お久しぶりです」

「おー、青葉だー。久しぶりー。元気にしてたー?」

「ええ。あれから色々ありましたが。そして貴女も艦娘になっているようで。はい」

「アタシはまだ完全じゃないけどねー。記憶はもうちょっとかかるんだってー」

 

長月が咳払いをする。

このままフリートガールズトークを延々としてもらっては困る。

 

「加古、青葉。彼もいるのを忘れるな」

「ああ、気を付けないといけないんだっけ。悪い悪い」

「すいません。昔の顔なじみと出会えたのが嬉しくって、つい」

「当分は彼に気を使ってくれ。まだどうなるか解らん」

 

まだ彼の精神状態を把握できていないのだ。

調査票から、ある程度性格は把握できているが。

あまり刺激するような発言をしないでほしい。

艦娘については、まだ知らないでいいことも多いのだから。

 

「まあ、大丈夫。落ち着いた」

「お?」

 

どうやら、もう落ち着いたらしい。

温厚で快活だとは聞いていたが、長月としても助かる限りだ。

 

「俺は、武藤昭。大学生。よろしく」

「おー、よろしく」

「よろしくお願いしますぅ」

「よろしく」

 

実際は混乱しっぱなしなのだが。

これから貴方は艦娘に成ります、と言われて混乱しないほうがおかしいのだ。

とはいえ、大事なのは、外見上の平静を保っているかどうかなのだ。

 

「まあ、それでも朝食を食べて。ゆっくりしていてね」

 

夕張はトースト1枚とベーコンエッグ、コールスローサラダ、牛乳の乗ったプレートを差し出す。

夕張達や加古が食べたものより軽めにしてある。

 

とても美味しい。

が、数日何も食べていない感じがして非常にお腹が空いているので、昭は物足りなかった。

 

「落ち着きましたね。検査はできます?」

 

昭は検査と言われて、再び思考が停止する。

が、すぐに再起動する。

 

「あー、検査って、身体検査か。そうか」

「無理にとは言わないけど。ですが、自分の状態を知る良い機会ではあるかと」

 

身体検査となると、今着ている病院服を脱ぐことになる。

となると、自分の体を見ることになるわけで。

パッと見でも、手の肌が綺麗になっているのが見える。

変化を直視するのは、ちょっと嫌である。

でも、やるしかないのか?

 

「ああ、男の体なんぞ見慣れているから心配しなくてもいいぞ。私たちは艦だからな」

「いや、そういう問題じゃなくて、あー」

 

どうでもいい話だが、艦の乗組員は男性が基本である。

艦娘に憑く妖精さんも男性、という話ではない。

ただ単に艦娘は、艦の記憶として、かつての乗組員の日々を知っている。

まあ、男性の裸を直視できるか云々はまた別の話になるのだが、ここでは省略する。

 

「もちろん、いつまでも先延ばしにしても構わんさ。そうしても、誰も咎めはしないさ」

 

繰返しになるが、建造時の検査は強制でも義務でもない。

検査したからといって特別な報酬もあるわけでもない。

要するに、献血みたいなものだ。

ただ、手伝ってくれたらこっちは助かる、と長月は念を押す。

 

「いや、行く」

 

現実を認めたくないが、そう言われると断れない。

たとえ全て悪い夢だとしても。

 

「そうか。すまんな」

「いいさ」

「あ、アタシもついて行ってもいいー?」

 

と、そんなことを加古が言い出す。

 

「おいおい。何をするつもりだ」

「暇なんだよー。ここの娯楽にも飽きたし。長月は堅物だし。夕張はつれないしさー」

「どうする?」

 

長月としては、連れていくには依存はない。

どうせ、加古も保護の対象なのだ。

一緒に居てくれたほうがいいのは確かだ。

あとは、昭が許容するかどうかなのだ。

 

「俺はいいけど」

 

昭としては、人が多いほうが楽しいので特に問題はない。

恥ずかしいとかは、まあ、どうせ今後もそういう機会があるのだろうし、ねえ。

なら、慣れてしまったほうがいいだろう。

例え夢でも。

 

「まあ、いい。だが、行ってもすることはないぞ?」

「おお、ラッキー。ありがとー」

「まったく」

 

ところで青葉はというと、心中微妙な気分だった。

ここには昔の仲間と再び出会い、触れ合う喜びがある。

それは確かに喜ばしいことだ。

 

しかし、同時に絶望もあることを青葉は知っている。

武藤という青年がこれからどうなるかを、加古と呼ばれるようになった少女がどんな目にあってきたかを知っている。

これから起こることを見つめ、室井提督に貢献するのだと改めて青葉は決意を抱いた。

 

 

 




最終話にまた、5000字くらい書きたいなあ。


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3.Black Or White ③

そういや、このタイプのTSって中々みませんね。

ニッチだからだよね。
そうだよね。

変化の過程はあまり大事じゃないんでしょうね。


2016/08/27 昭の体の描写について追加
2016/09/02 誤字を確認。報告ありがとうございます。


身体検査といっても、たいしたことはしない。

レントゲン等の撮影や、持病のチェック、身体能力の検査などを行う。

これらを日数の経過と共に再びチェックを行い、データを比較していくのが目的となる。

 

血液検査などは行わない。

さっき朝飯食べたばっかだし。

 

「何か面白そうなことはあったー?」

「駄目ね。これだけでは何もわからないわ」

 

ちなみにこれらの業務は、外部委託の医療機関が行っている。

夕張も軍人であり、医療行為ができないわけではないのだが。

ただ、まあ、夕張や工作艦の明石といえど、現代日本の医療行為をするのは、ちょっと、ねえ。

 

まあ、本人の希望もあり、夕張はそれらをチェックする仕事をしている。

とはいえ決定権は一切ない。

要するにデータを好む夕張といえど、専門を過ぎたことに口出しはできない。

彼女の専門は、艦娘の艤装についてである。

 

「確実に解っていることは、武藤さんの体が艦娘の物にどんどん近づいていくってことね」

 

故に夕張はデータに基づいた、経験に裏付けされた結論を下す。

 

「そっか」

 

武藤は落ち着いているように見える。

怖くて恐ろしいことが起きてはいるが、それが自分の事だと思いたくない気持ちはもうない。

今ある気持ちは、どちらかというと諦めだった。

 

「あとは。これから、サンプルとして髪や唾液を大学のほうに回すことになるから、それの解析結果待ちになるかしら」

「ふーん」

「妖精さんがらみだったら、私も色々実験できるのだけど。それはこれからよね」

 

夕張は昭に何かを期待している様だ。

とはいえ、身体検査ならともかく、よく解らないことまで手伝う気は起きない。

 

「気が向いたらな」

「そう。楽しみにしてるわ」

 

夕張はニッコリ笑う。

 

「というわけで、ひとまずお疲れさま。どうだった? 感想を聞かせてくれる?」

「と言われてもな」

 

自分の体を見ても、検査されても、感想は最初から変わらない。

 

「まあ、気持ち悪いわな」

「まあ、そうでしょうね」

 

青葉も同感だ。

体のベースは男性だったが、表面が女性的になっていた。

髪は抜け落ち、茶色の髪が生えてきていた。

見てて、すげえ微妙な気分になった。

 

「体。なんかすごいことになっていましたね。我々もあんな頃があったのは感慨深いです」

 

とはいえ、青葉は話を続ける。

傷口をえぐる形になるかもしれないが、なんとか話を回転させなければ。

なんとか、明るい話に持っていけないだろうか。

自分たちは元から女性なのだけど、まあ、うん。

 

「筋肉もそうだが、肌がこんなにすべすべなのは納得いかん」

「あー。どうも、それ。妖精さんのせいだそうです」

「マジか」

 

一番は、筋肉だ。

これは本当に納得できていなかったりする。

それなりに鍛えていて、自慢の体だったのだが。

妙に柔らかくて、しなり、気持ちが悪かった。

 

しかし、今回ではっきりわかった。

これは始まりにすぎないということが。

 

まだ、体の表面が変化しているだけだが、いずれ体は別物になってしまうのだろう。

そして、その先には。

 

ところで、艦娘になった人が元の家族の元に帰えることは無い。

再びともに生活しようとしても、認識と思い出を共有することが極端に難しくなり、お互いにズレを感じてしまうのだ。

認知症をイメージしてもらうとわかりやすいのかもしれない。

艦娘になると、嗜好や思考パターンが大きく変わるので、人間と同じように扱おうとすると痛い目に合う。

現在は研究も進み、ある程度落ち着いているが、艦娘を基に戻す技術は糸口すら見つからない。

 

例え解体後でも体と記憶は基に戻らない。

そのため解体後の人間も、鎮守府や軍の裏方として余生を過ごすことになるのが一般的である。

 

「ムダ毛処理ですか。妖精さんなら、やりかねない、のかなあ? いや、こうしてされているのだけど」

「ムダ毛の処理とか、全部妖精さんがやっているってこと?」

「そうね。ある意味大発見よ、コレ」

 

加古が何でもなさそうに聞く。

加古は楽しそうだなあ。

 

「へー。そっか、どーりでアタシ。ラッキー。楽できるわー」

「加古さんはポジティブですねぇ」

 

そういう見方もあるのか。

しかし、夕張にはどうもそう思えない。

 

「妖精さんがそんな都合のいい存在だとは思えないのだけど。さて、ね」

 

夕張は小声でつぶやく。

なぜ、人間は他の生き物に期待をしてしまうのだろう。

夕張には妖精さんが、人間に依存し、尽くす生き物だとは到底思えなかった。

 

妖精さんは、いったい何を考えているのだろうか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 3.Black Or White ③*

 

 

 

昭は検査中にいなくなった人物に気付いた。

今までいた人物がいないと不安になる。

 

「あれ、長月は?」

「夜勤だからね。もう寝る時間よ」

 

長月は日没後に建造艦を看取るのが役目である。

そのため日中は施設のベッドで寝ている。

 

「そっか」

「長月のことが気になるのかしら」

 

長月。

旧式の睦月型駆逐艦であるが、経験豊富で勇ましく、見た目と性能以外は頼れる艦である。

見た目は完全に目に優しいマスコットであるし、性能は完全に旧式だ。

とはいえ、夕張も、直接の上司である兼正提督も、長月を大層信頼している。

大事なのは中身である。

 

「まあな」

「武藤さんはあんなのがタイプなのですか?」

 

青葉の質問に昭は軽く流す。

 

「いや。妹がいたら、あんな感じだったのかなって思って」

「そういや、昭さん姉がいたよね。だから妹さんというものに憧れるのかしら?」

「あー。わかりますねー。そういう気持ち」

 

兄弟や姉妹が片方いると、いないほうの姉妹を羨ましいと思うものである。

 

「青葉には姉も妹もいるじゃない」

「いや、古鷹さんたちは姉っていうか。なんですかね? 年上のいとこって感じなんですよねー」

 

ちなみに夕張は一人っ子である。

夕張の設計が後の古鷹型以降に生かされているわけで、そういった意味で姉妹はいないことはないのだが。

まあ、それを言ったら艦娘、皆兄弟みたいなものである。

 

「なかなかいい感じだよねぇー。年上のいとこかー。えへへ」

 

加古もまた、妹のいない存在。

妹分が自分を姉みたいに慕ってくれるというのは、嬉しいものがある。

 

「ああ。もう。先に失礼するわ。青葉、加古、後のことは任せるわよ」

 

そんな話題を続けられても夕張はお気に召さないのである。

データ処理があると言って、夕張は去ってしまった。

 

「後の事って何だよー、夕張ー」

「多分、施設を案内しろってことじゃないですかねぇ。まだ、武藤さんにしてないわけですし」

 

青葉が思うに、ぶっちゃけ、そこまでする必要はないのだが。

施設内の殆んどの設備は勝手に使ってよいのだし。

だが、親睦を深めるためにも、やっておこうという意味もあるのかもしれない。

 

「ああ、そっか。でも、私も案内するの?」

「いいじゃないですか。暇でしょう?」

「そうだけどさー。ま、喜んでやるけど」

 

建造艦用の病院といったが、どちらかというと学校に近いような、旅館に近いような施設である。

小さいながらも浴場があり、工房があり、娯楽室と図書室があり、体育館と運動場が存在している。

そんな病院が普通ある訳ないのだが、まあ、豪華な合宿タイプの自動車教習所作りになっている。

 

あと、工房は妖精さんが使っているので、なるべく近寄らないように。

とはいっても、施設に入って使ってはいけない所は殆んどない。

妖精さんのいる工房も、基本見ているだけなら無害である。

本当に立ち入り禁止なのは、敷地の外だけ。

 

施設は国防軍基地の中にあり、建造艦である間は施設からの外出を規制されている。

無断で出ようとしてもすぐにバレるようなっている。

どうせ病人服を着て、艦娘の容姿をしていれば、見ればわかるのだし。

建造艦がここを出る時は、建造終了後になってからだろう。

 

そうやって施設を案内する中で、ふと加古は気づいた。

 

「そういやさ、姉妹がいるって、何か艦娘に関係あったりするのかなー」

 

さっきした、姉妹の話題が心に引っかかかったのだ。

 

「艦にも姉妹があるんだろうし。そこんところ、どうなの?」

 

もちろん、姉を持つ昭としても興味のある話題である。

この中で一番博識であろう青葉に目を向ける。

 

「夕張さんが詳しいと思いますが。私が調べた限りでは、あるといえばある、ですね」

「アタシの家族とか親戚とかに、艦娘になったとかは聞かないけど。アタシの前にも姉がいるけど、彼女も古鷹になるの?」

 

加古の考えも最もだ。

青葉は少し考え込む。

 

この話題は、十分配慮をして話すべきか。

だがそれでも、自分にはこうとしか答えられない。

 

「まー。それについても、その可能性はあるのですが、別にたいしたことではないのですよ」

「へえ」

「へー」

 

私も夕張さんの資料を見て知った話なんですが、と、前置いて説明をする。

 

「艦娘になる人間とその艦娘には、ある程度の共通点があるそうなんです。例えば姉妹がいたりだとか、事故によりトラウマを抱えている、とかですかね」

「夕張さんが家族構成や経歴を聞いていたのってそれ?」

「そういうことです」

 

ちなみに、この説は夕張が外国の研究から持ち込んだものである。

日本で適応されるかまだ検証中だが、それなりに傾向がみられることもあり、上層部の間では信じられている。

 

「特に兄弟や姉妹が多いと、そこから艦娘が出やすいって言ってましたねー。あくまで傾向らしいですけど」

 

だから、二人の姉が艦娘になる可能性はあるのだ。

艦との共通点があるのなら、猶更である。

また、家族に艦娘がいるということが共通点となる、かもしれない。

 

「だからといってご自身の家族が艦娘になると決まったわけではありませんし、今のところ家族に艦娘にいるからといって、家族が艦娘になりやすいとは確認されていません」

 

つまりは、二人の考えは偏見なのである。

二人から聞いた話だけでは、姉が艦娘になるという十分な根拠がない。

 

「大本営が発表しているように、艦娘になるのは適正年齢の女性なら誰にでも起こりうることなのですから」

 

艦娘は不思議の存在だ。

わからないから人は想像で不明な部分を埋めようとする。

 

その中には偏見も混じってくるだろう。

だが、それが正しいのか、間違っているとかはどうでもいい話であって。

艦娘は、不思議だからこそ艦娘なのだ。

良い偏見も悪い偏見も等しく、艦娘の一部となるのだ。

 

なお、昭はこれから世間の偏見にもまれることになるのだが、それはまた別の話である。

まあ、そんなのはよくある、誰だってあるありふれた話だ。

 

正しさなんて、そんなものである。

だが、そこが人の面白さでもある。

 

 

 




次で今月は終わりかなあ。


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4.Black Or White ④

いったんここまで。

プロットと終わりは決めています。
が、どこまで遊んでいいか、悩ましいものです。


2016/08/27 ルビを修正
2016/10/01 飲み物を変更
2016/11/13 よくよく見たら直ってなかったのと、細かい所を変更。


「どうしたものかね」

 

夜、ベッドの上で寝っ転がりながら昭は独り()ちる。

といっても、もう、どうすることもできないのだが。

 

昭にとって、独り言にはあまり縁のあるものではない。

だが、この時ばかりはどうしても耐えきれない。

 

昭の人生の中で何度か味わったことのある感覚。

親たちが離婚届を提出した瞬間。

3年、2アウトランナー無しの3点差、自分のはるか後の他人の打席。

 

まさしく詰み、というわけだ。

自分が艦娘となるのは確定事項だろう。

 

とはいえ、まったく何もしないのは論外だ。

武藤昭の人生は詰んだが、まだ終わっていないのだから。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 4.Black Or White ④*

 

 

 

「眠れん」

 

暫く考え事を続けていたが、一向に眠れない。

考え事をしていれば、眠れるかと思ったが。

やはり眠りすぎだし、心も体も思ったほど疲れていない。

これで寝れ、というのも酷である。

 

携帯で遊ぶかと思ったが、手元に携帯が無いのを思い出す。

これでは、ゲームで時間を潰すことも、連絡をとることもできない。

携帯が無いのは困る、不便だ。

起きる前に有無を言わさず没収されてしまったのが納得いかない。

無理もない話ではあるのだが。

 

**

 

「悪いけど、外部との通信は控えてくれるかしら」

「解るけど」

「本当に解っているのかしら? ほら」

 

そういって夕張はタブレットを昭に見せる。

新聞の見出しを開いているようだ。

男子大学生が艦娘に、という記事だ。

間違いなく自分のことだった。

ご丁寧に名前まで載っている。

 

「仕事が早いですねぇ」

「全く皆、話題に飢えすぎよね。嫌になっちゃう」

 

青葉もあきれている様だ。

夕張はため息をついた。

 

「家族とも連絡を取ってはいけないと?」

「そういうわけではないけど。どうしても規制しないといけなくて、携帯は没収させてもらったわ」

 

とはいっても、昭もここで引き下がるわけにはいかない。

人目がナンボのモンじゃい。

親とも友人たちとも連絡できないのはあまりにも辛いのだ。

せめて携帯のデータだけでも確保しなければ。

 

「何とかして、携帯は一回だけでも返してくれない? ロムを抜けば大丈夫でしょ」

「携帯は親御さんに返しているわよ。悪いけど、親御さんに持ってきてもらって」

 

昭は落胆する。

それは不味いだろう。

 

「もってきてもらうために伝えたいのだけど。どうすればいいのさ」

 

施設を一通りみたが、電話の類は見当たらなかった。

夕張自身はタブレットを持っているが、メール・通話機能はない。

施設には軍や艦娘に繋がる外線しかない。

 

つまり、昭には外部とのまともな通信手段がない。

これでは規制でなく禁止だろう。

したいときはどうすればいいのだ。

 

規制は大事だが、やりすぎはほんとどうかと思う。

そう伝えると、夕張はゆっくり頷いた。

 

「ごめんなさい。私から上と親御さんに伝えておくわ」

 

夕張も迂闊だった。

普段の建造は携帯を没収しないのだが。

この面倒くさい時期に、いらん情報が外に漏れるのを恐れた結果がこれである。

見事に対処を間違えてしまった。

 

**

 

結局、夕張が親との面会を手続きしてくれることになった。

日付は未定だが。

誰かと連絡できることに、安心できた。

 

もしかして、何もアクションを起こさなかったら、誰とも連絡を取れず、寂しく艦娘になっていたのだろうか。

用心しないと馬鹿を見る羽目になる。

まあ、今回は上手くやれたので良かった。

これからも上手に催促していくとしよう。

 

とはいえ、文明の利器を手放すことになったのは痛い。

通信機能ははく奪されようとも、早く返してもらわなければ。

友人たちの連絡先も、大切な思い出も、全部あの中に入っていたのだから。

 

今のところ使えそうな連絡手段は、夕張のタブレットだろう。

本人曰く軍用で、色々と通信アプリの導入に規制がかかっているらしいが、何かしらの抜け道はありそうだ。

何かできそうだし、最悪、話のネタにしてこれから他の交渉に使ってみよう。

 

周りを見渡す。

月は綺麗で、加古はグースカ寝ている。

加古の寝相は悪いようで、おみ足が見えている。

話しかけても会話は期待はできないだろう。

昭は、夜の病院を探検することに決めた。

 

そうしてブラブラしていると、第一目標を発見した。

 

「ん? まだ起きているのか。良い子は早めに寝るんだな」

 

そう、長月である。

皆から頼られている小さな軍人は、話し相手としても適任だろう。

 

「無理だって。あんだけ寝たんだし」

 

建造艦が夜中に起きて、というより若者が夜中に活動するのは当然だ。

早く寝ろというのは建前だったりするので、長月もあまり気にしていない。

 

「まあいい。で、なんだ。私に用か」

「まあね。昼間、青葉や加古たちと兄弟の話をしてさ」

 

長月がまず思いつくのは、自分たち睦月型駆逐艦。

艦娘としては現状、卯月、水無月、夕月がいないが、自慢の姉妹たちだ。

 

「兄弟かぁー。そうだな、兄弟はいいものだ」

 

そして、同じ艦の中の家族たち、家族としての兄弟たち、長月になる前の家族たちの微かな記憶。

辛いことや苦しいことも沢山あったが、どれもこれも美しくも悲しい。

 

「そうかそうか。では、立ち話をするなら、少し場所を動かそう」

 

移動しながらさっきの話をする。

 

「でだ、兄弟と仲が良いのか」

「まあな。親は離婚したけど、姉さんとは未だに繋がりがあってね」

「家族構成については見て知っている。綺麗な姉だったな」

「ま、ポンコツだけどね。でも自慢の姉だよ」

 

そうして移動した先は、病院の体育館のトレーニングルーム。

サンドバックやランニングマシン、運動マットと簡単な運動具が置いてある。

ちなみに、施設内に自販機はここの傍だけにある。

 

「何か飲むか」

「ん、ミルクティーで」

 

長月はカエルのガマ口を取り出し、自販機に500円玉を入れ、紙パックの緑茶とミルクティーを選ぶ。

昭にミルクティーを手渡ししてから、自身の飲み物をとる。

二人が飲み物を口にしてから、長月は再び話しかけた。

 

「そういえば、今の内に聞いておきたいことはないか」

 

もう一度問いかけてみる。

 

「夕張も一回聞いたが。ひとまず落ち着いて、思う所もあるだろう。私に聞いてみたいことはないか。私も応えられる範囲で答えよう」

 

昭も色々言いたいことはある。

さて、どれをどう切り出そうか。

 

「では、質問を変えるか。私たちの対応に満足しているか」

「うん?」

 

満足しているかと言われれば、ぶっちゃけ不満だ。

丁寧な対応をしているが、隔離病人のようで気に食わない。

何より、外部との接触がとりにくいのがそれだ。

 

「私たちは君たちを保護するために、全力を尽くすつもりでいる。よりよい生活のために、改善してほしい所があったら言って欲しい」

 

この質問は答えやすい。

長月は、ここら辺が上手い。

相手が最初から譲歩をしているので、こちらからの提案をしやすい。

 

「やっぱり携帯がないのが辛いなあ」

「通信機か」

 

長月は苦笑する。

頭に夕張のワタワタした顔を思い浮かぶ。

 

「まあ、夕張を悪く言わないでやってくれ。アレも上からの命令に従っただけだ」

 

長月としても、この状況はあまり良くないと感じている。

外部からの眼が怖いからといって、外部への通信手段を絶ってしまうのはいかがなものか。

もっと我々は上手く立ち回れない物か。

 

「全く、いつの世も自粛、自粛とままならぬものだな」

「全くだ」

 

とはいえ、長月は提督を含め、上層部が無能ではないことを知っている。

酷く批判をするつもりはない。

 

「まあ、通信が大事なのはわかる。電気技術の遅れで我々も、大分痛い目にあってきた。今後、この病院にも公衆電話を設置することになるだろうな」

「そうしてくれると皆助かるさ」

 

恐らく公衆電話を設置しても、たいして変わらないのかもしれないが。

お金を没収されてしまえば、それでおしまいである。

だが、少しはマシにはなるだろうか。

 

「やっぱ、もっと皆と繋がりたいしさ。俺もやり残したことが一杯でさ」

 

長月の顔が曇る。

 

「そうだな」

 

空気が濁る。

こうなるのはわかっていた。

だが、昭としてはそこだけは譲れない。

 

「建造は我々の責任だ。我々は全力を尽くすつもりだ」

 

長月は、建造に納得している。

しているが、だからといって建造艦をないがしろに扱うつもりはない。

建造艦は、人として最善の扱いを受けるべきであろう。

長月は建造艦を、全力をもって看取るべきだと考えている。

少なくとも、長月は兼正提督から仕事を自分から引き受けたのだから。

 

「皆と連絡もとれると」

「もちろん。要望にはなるべく応えるつもりだよ。まず、提督とかけあってからになるが」

 

昭としては、あまり信用できるものではない。

ただでさえ、軍部は情報を秘匿している。

 

「ままならんものだが。どうか、この現実を受け入れて欲しい」

 

軍が信用されていないことは、長月も解っている。

随分、我々に対する評価は、変わってしまったものだ。

昔はもっと格好良いものだったはずなのだが。

これも時代というものか。

 

「艦娘になることだって、事故のようなものなんだろう」

「ああ」

 

昭としては艦娘になることに理解も納得もしていないが、受け入れてはいるのだ。

少なくとも彼自身は。

 

「だから、残された人生を、悔いのないようにしなくちゃな。そうして生きた後は、まあ、未来ある者のためにでも生きようかね」

 

長月は、未だに自身に宿る歴史に思いを馳せる。

かつて、お国のために、と身を尽くした日々。

あれは、本音だったのか、建て前だったのか。

両方にも思えるが、まあ、これの理解はされまい。

 

しかし、昭の言葉は、なんとも言えない言葉だ。

 

「未来ある者のために、か。今の子は、そんな言葉を使うのか」

 

長月に昭の気持ちは解る由もない。

だがそれなりに青年は、賢明で前向きのようだ。

不都合な真実を知っても絶望はしないだろう。

 

「隠しても無駄だろうから言っておくよ。艦娘になると、それまでの記憶は思い出しにくく成る。そうなったら、もう、基には戻れない。いや、もう既に手遅れだが」

 

人間は容易く忘れる。

エビングハウスによると、人間の脳は忘れるようになっているという。

だから、艦の記憶を流し込まれ、昔のことを思い出せなくなるのも仕方のないことなのだろう。

 

「残り15日だ。君が、完全に艦娘になるまでな。それまでにやることを済ませておくがいい」

 

勉強して忘れないように工夫はできるが、それでも気休めにしかならない。

結局はせいぜい、そんなことがあったな程度になってしまう。

妖精さんは決して人間にとって都合のよい存在ではないのだ。

 

彼に与えられた、建造艦としてはかなり長い時間。

昭が彼としての余生をどのように過ごすのか。

長月としては、自分の時より遥かに長い時間が悦ばしくあった。

 

どうせ運命は変わらない。

あの戦争が初めから負けが決定していたように、この青年が艦娘になることは決定している。

 

ならば、絶望でなく、希望を見てほしいものだ。

絶望したまま人を死なせてたまるものか。

 

 

**

 

 

艦娘は神秘である。

その正体は誰にもわからない。

誰も艦娘を理解することができない

誰も艦娘であることを止められない。

 

だからこそ我々は艦娘に挑むのかもしれない。

解らないことを解らないままでもいい。

ただ、だからといって、ないがしろにするつもりはない。

我々にはそういう仕事が残っている。

 

できないことがあるのなら、やるべきことを済ませるだけで。

 

 

 




次回は9月1日から。
①~④までを投稿予定です。


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5.Close To You ①

加古スペシャルをくらいやがれ~!

正直、納得いかない出来の回。
でも、書きたかったので投稿。


あまり愉快でない話だが、幸運というのは嬉しいものだろうか。

 

例えば、大日本帝国海軍一の幸運艦である雪風。

数多の戦場を潜り抜け、生き残り続けた彼女は幸運に違いない。

だが、嬉しいのだろうか。

どんな地獄でも生き続け、死神だと陰口を叩かれ、それでも地獄を生き残り続けた。

嬉しいかどうかは、本人に聞いてみればいい。

 

さて、艦娘であることは幸運で嬉しいことなのだろうか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 5.Close To You ①*

 

 

 

朝が来た。

夕張が部屋に入ると、建造艦二人はまだ寝ていた。

 

「おはよーございますぅ」

「おはよう。二人とも」

「ぐむん」

「うんー?」

 

二人の寝相は悪い。

とはいえちゃんと起きられる。

加古も昭も夜型であるが、無理に起きることは慣れっこである。

 

「おはよー」

「おはよう」

 

加古はスッキリしているが、昭は寝ぼけ眼だ。

まあ、夜ふかししたので当然である。

 

「うん。今日も問題」

 

夕張は、昭を見て眉を吊り上げる。

寝る子は育つというし、後々のために建造艦にはきちんと睡眠をとってほしいものだ。

 

「ありそうねえ。まあ、いいけど。朝食を食べに行こうかしら?」

 

とはいえ、今のところ睡眠による建造への影響はそこまで知らない。

いつか、調べる必要があるかもしれない。

 

 

夕張は食堂に案内し、皆で朝食をとることにする。

今日のメニューは和風だ。

イワシと、日本産の大豆が使われた味噌汁が目玉である。

 

ちなみに、長月は先に食べずに待機していた。

昭が思うに、喋ってお腹が減っていたのに良く待っていたと感心する。

律儀な艦である。

 

そうした食事の中、加古が昭に話しかけた。

 

「ねえ、昭」

「何だ」

「アタシさ。昼にはもうここを出るんだー」

 

出るということは、もう建造が、ほぼ終わっているということだろうか。

 

「随分早いな」

 

まだ会って1日しか経っていないのに、随分と早い別れである。

建造の開始時期は人それぞれで、仕方ないのだろうが。

 

「アタシは旧式の重巡だからねー。建造も、早いんだってさ」

「昭さんは戦艦だから遅いのよ。普通の子は、こんなものよ」

 

データによると、殆んどの軽巡と初期型重巡の建造期間は4日。

夕張としては物足りないし、色々と成すには短すぎる期間だと思っている。

 

「でさ。昼にはもう出るって話だけどさ」

 

加古は昭の姿を眺める。

気のせいか昨日見た時より、体形が少し女らしく成っている気がする。

とはいえ、鍛えられたいい体をしていると思う。

 

「ねえ。ちょっとアタシと付き合ってよ?」

 

昭としては予想外である。

付き合って、と言ったが、デートでもするのか。

 

「俺と、ねえ」

「そう。昭とさ」

 

加古の提案にも、納得はできる。

まあ、単に遊びたいだけだろう。

 

「わかった」

「へへへー」

 

加古は嬉しそうだ。

 

「夕張さん、検査は後ででもいーんでしょ? せっかく昭が来たんだしさ。遊んでいいでしょ?」

 

夕張は口に手をあてて考えている。

 

「そうね。別にいいけど」

 

夕張としては、別に禁止する理由は無い。

 

あとは青葉に監視でもさせて、自分は他の仕事でもしておこうかなあ。

 

 

そうして二人は体育館の近くに来た。

で、何をしているのかというと、キャッチボールをしている。

貸し出されたグローブとソフトボールで、リズムを刻んでいる。

 

何故キャッチボールなのか、昭は疑問である。

とはいえ加古は楽しんでいるようだし、まあ、いいだろう。

 

「アタシさ。艦娘になるって聞いたときさー、うん。あんまりいい気持じゃなかったんだよね」

 

加古がボールを投げ続けながら、話しかける。

 

「まあ、俺も同じだよ」

「だよねー」

 

そう軽く笑いながら、投げ続ける。

 

「何が悲しくて、アタシが戦争やらなきゃって気持ちだったさー」

 

だろうな。

現代っ子としては、あまり戦争の話題は口にしたくないものだ。

少なくとも、彼らの周りには戦争の事を喜んで話す輩はいなかった。

 

「でも、今は違うんだろ」

「あはは。やっぱわかっちゃう?」

 

加古は苦笑しながら応える。

 

「まー、今はアタシが戦わなきゃって気持ちだからねー」

 

若者たちは、戦争が惨いか知ってはいるのだ。

大人たちの教育の賜物である。

理解をしているかはまた、別の話であるが。

 

ともかく、この二人は戦争を知っている。

今の加古はそれを承知の上で、戦うことを望んでいる。

 

「あーあ。本当に妖精さんって怖いんだね」

 

と加古がいっても、昭にはあまり怖がっているように見えない。

艦娘にとって、妖精さんは乗組員であり、体の一部である。

それを怖がってどうするのだ、ということなのだろうか。

 

「あー。ねえ。でもさ。色々と言いたくはなるよね」

「そうなのか」

「ああ。そうさ」

 

力なく笑いながら、加古はつぶやく。

 

「ねえ、可笑しいだろ。アタシ。どうなってんだ?」

 

自身に何が起きているかは自明で、前からずっと知っていたことである。

自分は、妖精さんに改造されているのだ。

 

それでも加古は何故と問わずにいられない。

 

「何でアタシは加古で、戦ってきたのさ。そうじゃないんだろう?」

 

建造は過酷な過程である。

艦の記憶が流れ込むと言えば、それだけだと思いがちだが、それだけではない。

肉体的と精神の苦痛を伴う、非常にストレス過多な過程なのだ。

 

「アタシの大切なものがどんどん消えていってさ。アタシの家族とか、友達とかがさ」

 

そんな中で精神が無事に持つのだろうか。

答えは是。

繰り返すが、艦娘は妖精さんにより命の保証がされている。

 

例え前の精神が壊れても、そこから新しい精神が生まれるだけである。

 

「あー。あはは。アタシ。何か格好悪いぞ?」

 

そんな姿に、昭は何も言えない。

昭も何が起こっているかは知っているし、理解できている。

だが、それを、自身の身に起こるであろう事を直視できるのだろうか。

 

「ああ。ごめん。続けて、続けて」

 

加古はいつもの笑った顔に戻り、キャッチボールの続きを促す。

暗い話をしてしまったので、笑い飛ばそうとしている。

 

昭はそれに合わせて、手元のボールを再び投げ始める。

 

「まあ、でもさ。いい仕事が手に入ったんじゃない? アタシたち」

「ああ。軍って高待遇だったっけ」

 

この時代は、前の時代よりさらに不景気真っ最中である。

その中で、軍に入るというのはそれなりに安牌である。

命の危険が高いだとか、訓練が厳しいとか言われている仕事で、嫌がる人もいる。

とはいえ仕事自体が激減し、若者の他の仕事も似たようなものなので、軍隊は十分な進路の選択肢となっている。

 

仕事としての艦娘は、高い専門性(妖精さん)が要求されるため、通常よりさらに優遇されている。

少なくとも、マスコミに叩かれるぐらいには有名な話である。

 

「給料ももらえて、休みももらえて、美味しいご飯が食えるんだ。素晴らしいっしょー?」

 

確かにそう考えると、多少明るく成れる。

失うものに目をつぶれば、これからそこそこの生活が保障されているということだ。

 

「でもさ。これだからさ。今は少しぐらい、女の子らしいことがしたと思ったのさー」

 

**

 

それから、加古は行ってしまった。

艦娘に成ったらまた会おうね、と言って。

なんとも加古らしくない台詞だ。

 

「加古さんのこと、どう思いました?」

 

傍で一部始終を見ていた青葉は、そう尋ねられずにいられない。

 

「俺もああなるんだろうさ」

「そうですね」

 

恐らく加古の元となった少女は、どこにでもいる快活な少女だったのだろう。

人並の生活を持ち、人並の弱さを持っていた。

それが、加古という存在に塗りつぶされてしまった。

 

しかし、あの少女はどこに行くのだろうか。

昭に見せたあの感情は、間違いなく加古ではなく、少女としての言葉だったのだろう。

 

あの少女は今日中に消えてしまうのかも知れないのに、何故か、あの少女には、またどこかで会えるような気がする。

 

柄にもなく、そんなことを期待してしまうとは。

何だかんだで、昭も自身の死を怖がっているのだろうか。

 

永遠などないと知っている。

だが、実感はできない。

それを正しく認識するには長い時間が必要だ。

 

「やはり、建造は残酷です」

「ああ」

 

とはいえ、大事なのはこれからだろう。

立ち止まっている暇はない。

 

「本当にそう思っています?」

「どうしてそう思う」

「いえ。何というか」

 

青葉は昭とのズレを感じ取っている。

多くの艦娘になくて、加古になくて、また昭にないものを。

 

「もっと、同意するかと思ってたんですけどね」

「そうか」

 

昭は、ため息をついた。

話を流してくれればよかったのだが、どうやら見逃してくれないらしい。

 

「残酷だとは思うけどね。正直に言うと、加古とは殆んど同意見だな。案外悪くない仕事なのかもしれんとは思っている」

「正気ですか?」

「長月や夕張たちも同意見に見えるけど」

 

確かに、自分たちはいい暮らしをしているのだと青葉も思っている。

というか以前、ネットで一回調べた。

給料は安いが、福利厚生は他の追随を許さない。

命の危険は目に見えるが、かなりの好待遇なのだろう。

 

ちなみに、艦娘の待遇は最初から良かった訳ではない。

そもそも艦娘が現れた初期の頃は、軍自体の秩序が崩壊しかけていた。

海の平和を守れず、輸送ルートは壊され、人民と物質に多大な犠牲を出し、挙句の果てには国民から非難される。

 

そんな中で艦娘は現れたのだ。

存在自体が謎、おまけに大日本帝国の兵器の名を持っている存在。

人が元となっているとはいえ、差別が相当ひどかった。

まともに人権というものが機能していなかった暗黒時代である。

 

艦娘の扱いも手探りであった。

トライ&エラーの中で何人もの艦娘が色々な犠牲になってきた。

しかし、提督が艦娘に活路を見出し、運用し、海の秩序をある程度持ち直してきた。

そうして今の平和が、軍人と艦娘の待遇が保障されている。

 

「そこは良く知らないけど。まあ、このご時世で大分マシな仕事だとは思うさ」

「そりゃあ、仕事はそうですがー」

 

昭としてはかなりリアルな話、金が欲しいと思っている。

身の回りの生活を買うために、金を持っておきたいのだ。

 

昭の場合は、高校大学の奨学金の問題があった。

進学のために、大量の借金を現段階でしている。

それの返済の糸口がつかめたのは大きい。

昭の進路は教育系で、ここ1年になってから大きく進路が狭まった。

最悪、大学を出たのにまともな職に就けない可能性も大きかったのだ。

 

「妖精さんに差し出すのは、体と記憶と人間関係。それで得られるものが、ちっぽけな物だったら嫌だったろうけどね」

 

確かに、失うのは嫌だ。

できるだけ失うのは避けたい。

少女の言っていた通り、自分の世界が崩れ去るというのは恐怖なのだろう。

 

だが、必ず失うなら、新たに得るべきであろう。

 

「でも、そうじゃないんだろう。艦娘は良い職業なんだって。そう思ったほうが、気は楽だろうさ」

 

艦娘になれば、そこから出会いがあるのだろう。

新しくも古い仲間たち。

生きている限り、そういった出会いが自分を待っている。

 

ここから再び、自分の人生は始まることになるのだろう。

 

「もう、どうにもならないんだろうさ。どうにかしたいって思うなら、親との連絡を手伝ってよ」

 

勿論、失うものの事も忘れない。

今まで自分を育ててくれた親と、友人たちのことは捨てがたいのだから。

 

「そうです、かぁ」

 

 

青葉は、自販機の前でコーヒーを飲みながら、独り言ちる。

 

「何で、そんなに覚悟を決められるのでしょうか」

 

青葉にとって昭の台詞は、楽観的すぎると思う。

 

確かに、艦娘は他の仕事よりも得られるものも大きい。

だが、失うものもまた、大きい。

大切な仲間がある日突然、いなくなる時が来る。

何より、その機会が一度や二度ではないのだ。

 

戦場とは、戦争とはそういうものなのだから。

 

「青葉にはとても、わかりません」

 

あの青年は、あの地獄に耐えられるのだろうか。

どこまで、彼は知っていて、理解しているのだろうか。

青葉は気になって仕方がなかった。

 

 

 

 




適当にブツ切りで、飛ばし飛ばしで、進んでいきますよ。


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6.Close To You ②

たまにこの作品、自分でも書いてて嫌になってきます。

自分の理想とはいったい…うごご、ってなる。

上手にギャグを書ける人が羨ましい。


呉鎮守府の一角に、夕張のプライベートな自室がある。

建造ドッグにも夕張の工房があるが、こっちは極めて私用なことに用いている。

 

といっても、最近は両方の部屋の物が混ざって、どっちがどっちか解らないようになっているのだが。

まあ、そこはいいだろう。

加古がドッグを去ったあと、夕張はテレビを見てゆっくりしていたのだ。

 

すると携帯の着信音1が鳴った。

見慣れぬ番号だ。

 

「はいはい」

 

夕張かどうかを聞かれる。

 

「え、はあ。私ですが」

 

なんやかんや話をされるが、左派の御誘いだった。

 

「そういうのは相手の立場を見てから言ってください。では、失礼します」

 

色々と突っ込みどころはあったのだが。

まあ、うん。

 

「どうして、私の電話番号がわかったのかしら」

 

そこは気になる所である。

電話番号は無料サイトの会員登録ぐらいにしか使ってないはずだが。

 

考えていると、ノックの音が聞こえる。

誰だろう。

尾崎提督なら、事前に連絡を取るだろうし。

 

「どうぞー」

「お邪魔しまーす」

 

青葉だった。

何時ものように元気を前面に出している。

 

「どうしたの?」

 

どうしてここがわかった? とは言わないが、何用だろうか。

 

「遊びに来ました」

「帰って。忙しいのよ」

 

青葉は、困ったように笑う。

リラックスに忙しいんですね、わかります。

 

「や。冗談ですよ。昭さんのことで報告したくて来ました」

「ふぅん。で、あの後どうだった?」

 

夕張として、二人に何が起きたかは気になるところである。

ただ、青春の一ページを見せられるのは勘弁だったが。

 

「あの二人はキャッチボールをしていたのですけど。その。その中で突然、加古さんが取り乱してしまって」

 

夕張はそれを聞いて、納得したようだった。

 

「へえ。何でそのタイミングで取り乱したのかしら」

「あんまり驚かないんですね」

 

青葉としては、夕張がもっと驚くかと思っていたのだが。

 

「まあ、伊達に建造艦を見てないわよ。明るく振る舞っていたけど、加古は恐らく我慢の限界だったのでしょうよ」

 

夕張も、合間合間であるが、加古のことを見ていたつもりだ。

加古は昭が来ると伝えられる前と伝えられた後で、大分態度が違っていたのだ。

 

「武藤さんと青葉が来るまで、窮屈がっていたのよ。武藤さんの前の建造艦とは仲が良くかったからね」

 

加古が仲良くできない相手とは。

青葉は、加古の暗かった様子を知らないので、何ともいえない。

 

「そうなんですか。まあ、そしたら加古さんが、自力で自分を奮い立たせていたみたいで」

「奮い立った?」

「自力で立ち上がったんです」

 

それを聞くと、夕張は感心した。

そんな健気さが加古にあったということは、夕張にも知らなかった。

駆逐艦を護衛につけても、元気にならなかったのに。

 

「それは凄いわね」

「そうですよね」

「そして私は分かれた後に、思う所があって、昭さんと加古さんについて話をしていたのですよ」

 

加古がここを出てから、青葉は二人で話をしていたのか。

何を二人で話していたのだろうか。

 

「そしたら彼は、自分もああ成るんだろうし、ああ在るべきだって言ってました」

「どういうこと?」

「私には理解できませんが。建造を理解して、それでも前向きでいようとしていましたね」

 

建造のプロセス。

理解できないまま、理解したくないまま艦娘に成る者も多いが、昭は理解できていた。

そして、受け入れているようだ。

 

「そう。良かったじゃない」

 

夕張としては嬉しい限りだ。

戦艦の弩力で暴れる、なんてことがないようで本当に良かったと思う。

 

「これで本当に良いのでしょうか」

 

青葉は建造について反対である。

建造のプロセスを理解したくないし、受け入れたくない。

建造について不満を漏らさずにはいられない。

 

「知らないわよ」

 

そして、夕張は当然の反応を返す。

夕張は普通の艦娘より、建造について理解もあるし、興味もある。

 

だからこそ、建造を肯定している。

考えを変えるつもりは今のところない。

 

このことでもう話すことは無いと、気まずい沈黙が支配する。

 

「それはそうと、青葉。貴女も室井提督に言ってくれないかしら」

「はい?」

「室井提督、疲れてるでしょ。休ませなさいよ」

 

室井提督が疲れていると言われても、青葉にはそう見えないのだが。

 

「そうなんでしょうかねぇ。言われてみれば、そうですけどー」

 

心当たりはある。

どうやら室井提督は“まとも”ではないと判断されているようである。

青葉たちにとっては、あれほど“まとも”な人間も中々いないのだが。

 

ちなみに、室井提督が提督に向いていないというなら同意見である。

室井提督がいなくても鎮守府は回るだろう。

 

「尾崎提督と兼正提督には私たちから言っているし。兼正提督が納得しているから。いいでしょ?」

「そうです、かー。そうですね」

 

とはいえ提督を失う訳ではないのなら、許容できる。

彼が提督であるというだけで、青葉たちは救われてきたのだから。

温泉旅行でも行って休んでほしい。

 

「しかし、この時期に貴女を派遣したのも謎なのよねぇ。室井提督から本当に何も言われてないの?」

 

かつて夕張から既に一回された質問である。

 

「ですから、護衛についての仕事の説明と、建造を見つめて理解して来い、とだけしか言われてませんよ」

 

室井提督は青葉たちのことを理解している。

が、その逆はできていなかったりする。

 

「それだけ?」

「それだけですけど」

 

青葉たちにとっても、室井提督は結構な謎であったりする。

 

「室井提督は何を考えているのかしら」

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 6.Close To You ②*

 

 

 

室井提督が夕張の元を訪れる前の時。

呉鎮守府での話。

 

「室井のところから、護衛が来ることになった」

「はあ」

 

夕張は尾崎提督と話をしていた。

 

「正直、いらんとは思うが。あー、仲良くしてやれ」

「誰なんです? その護衛の艦って」

 

室井提督は整った優男であるが、尾崎提督は無精髭のオッサンである。

上層部からの評価として、兼正、室井、尾崎の三提督の中で、尾崎は一番の下っ端と見られている。

 

「重巡青葉だよ。見たことあるだろ?」

「青葉、ですか」

 

とはいえ、艦娘が現れた初期の、激戦の期間から軍に残っている男だ。

多くの犠牲を出しながらも、重要な作戦を成功に導いてきた点で彼は提督である。

 

艦娘たちからは多少怖がられたり舐められているが、信頼は厚い。

三提督の中では間違いなく、一番“できる”提督である。

 

「まあ、そんな嫌そうな顔をすんなよ。アッチにも気をつけるよう言っておくから、仲良くしろ」

「まあ、提督のご命令とあれば」

 

ところで、平時の上司に求められる素質というのは何だろうか。

部下に恵まれるカリスマだろうか。

自分より上の上司から愛されることだろうか。

この提督はそれらを持っていない。

 

とはいえ、尾崎提督は無能ではないのだ。

が、完璧でもない。

能力を持っているが人望が無い人間であるが故に、一番苦労している提督である。

 

「ところで、アッチに何かあったんですか?」

「何がって、なんでだよ」

 

さて、会話をメインに戻していこう。

尾崎提督の呉鎮守府は、これまで散々建造をコントロールしようと躍起になってきた鎮守府である。

そして、現在建造ドッグが機能している唯一の鎮守府である。

 

当然、建造ノウハウは担当の夕張が一番持っている。

だからこそ夕張は思うのである。

 

「男性が艦娘になるからって、気にしすぎだと思うんですよ。それに武藤さんを直接見てみたいだなんて。何の意味があるのでしょうか?」

 

実のところ、尾崎提督も前半には室井提督に同感である。

尾崎提督は女性が艦娘になることに納得していただけに、男性が艦娘になることに驚いていた。

 

だが、後半には夕張に同感である。

悪いが、室井提督の艦が建造を見ても、何かが変わると思えないのだ。

青葉は多少勉強してから来るそうだが、さて。

 

それでもどこまで理解してから来るのやら。

 

「まあな。それについては俺も同感だが。アイツにとって、何か気に障ることだったのだろうよ」

 

何かまでは尾崎提督にもわからない。

室井提督とは長い付き合いだが、室井の建造の思い入れは理解できなかった。

ただ、アイツはそういう奴である、ということが確かである。

 

「何なんでしょう。室井提督って」

 

夕張の発言がトゲトゲしい。

夕張を人見知りする子であるとは思っているが、ちょっと嫌いすぎではなかろうか。

もっと柔軟に対応をして、人間関係を保って欲しい所だ。

 

「何だ。嫌いなのか」

 

夕張は躊躇いがちに答える。

 

「まあ」

 

尾崎提督はこの時、さすがに教育を間違えたかと思った。

かつて夕張は、兼正提督のところで人間・艦娘関係が上手くいかないでいた。

そこを尾崎提督は、スカウトしたのだ。

艤装のデータに興味を持っていたため、建造に関して一任させてみた。

 

結果、夕張は多大な功績を上げることになった。

しかし、彼女の中にくすぶっていた気持ちが悪化し、人格が歪んでしまったように思える。

 

「そうか。お前ならアイツを案外気に入ると思ったのだが」

「どういう意味ですかね。それ」

 

夕張は訝しんだ。

尾崎提督はそれを受け流す。

 

思うに本来夕張は、室井提督が面倒を見るべき艦娘であったのかもしれない。

だが、夕張は尾崎提督の艦娘である。

自分が責任をもって面倒を見るべきなのだろう。

 

室井提督についても、認識を正してやるべきだろう。

 

「まあ聞けよ。アイツは言って何だが、理想主義者だ。世間の目なんか気にせず、その先に破滅が待っていようとも、それでも人間や艦娘のために頑張れるのがアイツなのさ」

 

純粋で清い考えなのだろう。

そして、それに賛同するものがいる程度には、実績がある。

 

「よく解らないんですが、それっていいことなのでしょうか」

 

夕張には魅力的に思えない。

尾崎提督も、それがいいとはおもえない。

だが。

 

「本来はそうあるべきなんだろうさ」

 

尾崎提督は知っている。

夢や気合いで食っていくのは難しすぎる。

だが、夢や気合いがないと、やっていけないことも事実だということを。

 

「兼正提督が言うには、艦娘を扱っていくには、アイツみたいなのも必要、らしい」

 

艦娘は、ただの兵器以上のものを持っている。

科学の理解を超えている存在だ。

 

ただ解っているのは、提督を信じ、従っているという事だ。

 

 

彼女らを従えるためには、夢や希望が必要だ。

それを裏切り、“誤射”された提督を見たこともある。

 

「お前に与えてあげるべきだったのは結果でなく、理想だったのかもしれんな」

「でも、提督、私は」

 

軽巡洋艦夕張。

5500t級の火力を3000t級に収めようとした、ロマンの詰まった艦である。

ただ、夢を追い求め、妥協してきた部分も存在する艦である。

 

特に艦娘になってからは、それを噛みしめる日々だった。

艦娘として現れた極端な性能を、かつての上司、兼正提督は扱えなかったのだ。

だからこそ、夕張は孤立し、落ち込んだ。

 

尾崎提督としてはそんな夕張に、新しい価値を与えてやりたかったのだが。

 

「なあ。思えば、俺らは酷いことをしてきたんじゃないのか」

 

建造は非情で残虐な行為である。

多くの若者たちが人としての自由を失い、海へと飲まれていった。

 

この呉鎮守府は、そんな建造を何とか理解しようと努めてきた。

鎮守府初期の混乱の時期に、人権を踏みにじってきたこともある。

 

建造を率先して行ってきたこの鎮守府は、どんな報いを受けても仕方ないだろう。

 

「俺もお前も、それを自覚しないといけないんだよ。俺たちは恨まれているんだってさ」

 

実は、大したことはしていないのかもしれない。

 

言われたことをしただけだ。

全ては妖精さんがやったのだ。

どうせ誰も止められないのだ。

 

それでも、恨みを買うには十分なのである。

 

「だが、過程がどうであれ、常に結果が求められるのが俺たちなんだ。アイツの考え方は甘すぎるのも確かだ」

 

とはいえ、誰かがしなければいけない仕事なのだ。

艦娘はどうであれ、必要になってしまったのだから。

 

もう自分たちは引き返せないのだ。

消えない罪を背負ってしまった。

 

これも全て、自分たちが望んだことであった。

 

「兼正提督はアイツがお気に入りだからなあ。まったく。世の中上手くいかないことばっかりだ」

 

自分はいいことをしていない。

でも、自分は必要とされているのだ。

 

果たしてそう思っていいのだろうか。

いざとなった時に切り捨てられるのは、自分たちである。

 

「やっぱり、私は尾崎提督がいいです。私をちゃんと見てくれるのは、提督しかいないから」

 

夕張には何が何だかわからない。

提督とデータだけが、自分を支える頼みの綱なのだ。

 

夕張にはもう、選択肢は残っていない。

あとは自分の道を信じ、突き進むだけである。

 

「そう言ってもらえると、こっちとしても有りがたいがね」

 

夕張や尾崎提督はどうなるのか。

生きている限り、希望はあるのか。

あるいは、犯した罪は消えずに。絶望を生み出すのか。

 

答えは、誰も知らない。

何せ、そんなものを誰も、求めていないのだから。

 

 




次は明るい話を書いてます。

あと、夕張の話は9話辺りにまた書きます。


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7.Close To You ③

頑張って書いた明るい日常の話。


気分の方が乗ってきたので、少し、明るい話でもしようか。

今の日本は暗く重苦しい。

だから、少しでも明るくなろうとしてもいいと思うのだ。

 

 

そうだな、カレーの話でもしようか。

日本人にとってカレーは、最も親しまれている日本食の一つだ。

 

日常的に食べられるジャンクフードの中でも、特異な地位を持っているように思える。

寿司や天ぷらよりは、日本での歴史が浅い。

ピザやハンバーガーよりは、日本の特色を持っている。

そしてうどんよりも明確に、海外から来たというイメージがある。

 

異文化を取り込み、しかし決して染まらず、新しい価値を作り出す。

これぞ日本の花。

 

カレーこそが正に、日本人のソウルフードだと、そう思わないだろうか。

 

ちなみにライバルはラーメンだ。

ラーメンには負けたくないの。

 

「今日は、カレー曜日ですね」

 

ある日の昼方、青葉がそんなことを言い出す。

海軍は毎週金曜日の昼にカレーが出されるのだ。

ここ特設病院も鎮守府の一部であり、例外ではない。

 

「ああ、海軍のカレー? 美味しいよね。あれ」

「おお。カレーがお嫌いとか、そういう訳ではありませんかー。それは良かったです」

 

昭も食べたことはある。

ちょうど艦娘が現れだした後の頃の地域のイベント。

艦娘だという茶髪ポニーテールの小さい娘が、カレーを振る舞っていたのを覚えている。

友人たちと食べたカレーは美味しかったが、当時、艦娘に興味は湧かなかった。

友人たちは、艦娘を可愛い子ちゃんだと持て囃していた。

 

まあ、今は自分が可愛い子ちゃんに成りかかっているのだが。

大分、風呂で自分の体を見るのもつらくなってきた。

今、友人たちに姿を見せたら可愛い子ちゃんだと持て囃されるのだろうか。

 

自分がそうなるとは、人生、わからないものだ。

 

「というか、鎮守府だとはいえ、入院している人にカレーを出すって、どうなんですかね。やっぱり建造って可笑しいですよ」

「いいんじゃない? 別に病気じゃないんだし」

 

カレーは栄養豊富だとはいえ、ルーの油がキツイ。

普通、入院している人間に出すべきではないだろう。

 

とはいえ、カレーは無慈悲に、無差別に出されるのであった。

現実は残酷?である。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 7.Close To You ③*

 

 

 

そうして、三人で昼食を食べるわけだ。

本日のメニューはカレーのセット。

ビーフカレー、胡麻ドレッシングサラダ、固ゆで卵、冷凍ミカンである。

それがプレートに乗ってくる。

実に、バランスが取れているではないか。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

青葉と長月はそう言ってサラダを食べ始めた。

夕張は無言で、カレーを食べ始めている。

昭もそれに倣ってカレーを口にする。

すると、あることに気付いた。

 

カレーが美味しくない。

 

いや、何と言うか、いろんな味が感じられて頑張っているんだなーとかは、解るのである。

だが、フルーティーなのである。

これが昭の口にあわなかった。

 

「しかし、こんだけ手の込んだカレーが食べれるとはね」

 

そう口にするしかない。

正面切って不味いだとは言えないだろう。

 

「んー。こんなカレー、普段は食べないのよね?」

「まあね。俺らが食うのは学食とか、レトルトのカレーだし」

 

このご時世で、カレーも大分高くなってしまった。

カレーのスパイスは輸入品である。

スパイスだと、アジアなどから船で輸入するが、深海棲艦の脅威が当然ある。

輸入は空でもできるが、それだと高くつくわけで。

 

そんな風に今では、昔のようにグルメな生活はしにくくなってしまった。

それでも、いろんな食べ物を食べられるのは、艦娘のおかげである。

 

「レトルトや学食のカレーって、私たちのカレーと、どう違うのですか?」

「そうだなあ。何が違うって言われると、困るんだけど。何だろうな」

 

昭は、二人と微妙にズレを感じる。

艦娘は世間ではまず見ない故に、案外世間知らずなのかもしれない。

 

「聞くけど、カレー曜日のときは、いつもこんな感じのカレーを食べているのか」

 

艦娘たちの知るカレーは、戦時のカレー、そして鎮守府でのカレーが全てである。

 

「そうねー。よねぇ?」

「ええ。そうですねぇ。シーフードだったり、カツカレーだったり、違いはありますが」

 

となると、普通のカレーとは何だろう。

今食べているビーフカレーを基準にするべきだろう。

 

「まあ、俺らの普通のカレーにしても、3つぐらいでいいかな。単純か、ほどよいか、凝っているか。かなあ」

「へぇー。それってどう違っているのですか?」

「単純は、レトルトで。程よいのが、学食とか家庭の味で。凝っているのが、高級店とかココの味かな」

 

勿論、昭のお気に入りは家庭の味である。

そういや、久しく食べていないな。

何か恋しい。

 

「単純がレトルトってのは、納得よね」

「でも程よいって何でしょう。青葉、気になります」

「程よいというより、親しみやすく、個性が出ている味かな」

 

うんうん、と二人は頷いている。

 

「なるほどね」

「まあ。たまにしつこいって思うときはありますねぇ。ここのカレーの味って」

 

げ、本音を微妙に気づかれたか。

女性って何かと鋭い時があるんだよな。

 

「そうよね。鳳翔さん辺りが作った、家庭の味のカレーぐらいが、私たちは丁度いいって思っちゃいますねー」

「あー。あれは、いいよね」

 

と、話が少しずつズレていってる。

まあ、そうなるな、と思いながら話を考える。

 

「あとは、兼正提督の所で食べたカレーは、格別に美味しかったわね」

「兼正提督のところは、ああ。ひょっとして足柄さんのカレーですね。カツがまた―」

 

そうして、また、別の話題へと移っていく。

 

さて、この三人、そこそこの仲を保っていた。

夕張が話しかけ、昭が反応し、青葉がどちらかに合わせたり、合わせなかったり。

そんな感じで、そこそこ楽しくやっていたのであった。

 

**

 

夜中の食堂で長月は、テレビを見ながら夜食のカレーを食べていた。

 

別に寂しくはない。

テレビの中のアンパンマンだって、愛と勇気だけが友達なのだ。

それと比べれば、何と自分の恵まれたことか。

自分には、頼れる仲間たちがいて、夕方と休日には会えるのだから。

 

さて、長月は夜勤である。

夜中に何か事件が起きたとき、対処をするのが彼女である。

その中には、夜にウロウロする建造艦の暇つぶしも含まれている。

 

「よっす」

 

ウロウロする建造艦が現れた。

まあ、いつもの昭である。

 

「む。来たか。とりあえず、食うか?」

「ああ、大丈夫だ。既にあるからな」

 

昭は、アンパンを握っている。

夕張に夜食として強請ったのだ。

未だに面会は実現しないが、そのぐらいの自由は保障されているのだ。

 

「それに、長月の夜食なんだろう」

「まあ、そうだが」

 

長月はテレビのリモコンを慣れた手つきで操作し、停止させた。

画面にはアンパンの顔をしたヒーローが映っている。

 

「で、アンパンマンを見てるのか。この時間にやってないはずだし、録画か」

「ああ。夕張に録画してもらっている」

 

見たところ、映画版のアンパンマンのようだ。

砂漠の国の話で、どこかで見たことがある砂の巨人が暴れている。

 

「意外だな。もっと大人っぽいと思っていたが。そんなところもあるんだな」

 

フッ、と笑って、長月は涼し気に宣言する。

 

「アンパンマンはな、いいぞ」

「そんな台詞どこで覚えたんだ」

「夕張が、一押しの作品があるときは、こう言うと良いと言っていた」

 

まあ、いい言葉だとは思う。

昭としても、素人がグダグダ興味の無い話を延々とされても困る。

だから、素人が作品を称賛するときは簡単でいいのだ。

これはいいぞ、と。

 

まあ、口が上手い奴が延々と話してくれても、それはそれで構わないのだが。

そういうのは聞いていて気分が良い。

 

「アンパンマンは私たちに大切なことを教えてくれる」

 

もう少し茶化してみようと思ったが、長月は何時になく真剣な顔をしている気がする。

アンパンマン、か。

そういえば、自分は映画をちゃんと見たことがないのでは。

小児科とかを兼ねた病院で、一部分を見る程度だ。

 

自分も黙って見ていることにした。

 

 

結果、普通に面白かった。

ばいきんが悪を働き、その結果が暴走し、アンパンがそれを解決する。

単純だが癖が無く、演出は手抜きが感じられない。

少し子供には怖すぎるように思えるが、ここに子供はいない。

 

長月がいいぞと言っていた理由が、少し解った気がする。

 

「なるほど、こいつはいいな」

「そうだろう、そうだろう」

 

さて、これからはどうしよう。

とりあえず、テレビでも見て夜ふかしするか。

 

「あ、リモコン貸して貰ってもいいか」

「ん、わかった」

 

録画されているのは、ドキュメンタリーとアンパンマンばかりである。

別のアンパンマンを見るのもやぶさかではないが、さて。

 

何かアンパン以外の物が欲しい。

具体的には酒とか。

 

そういや、しばらく飲んでない。

別にアルコール中毒ではないが、普段適度に飲んでいた。

口元が寂しい。

 

「このテレビ、夕張とかは使わないのか」

「そうだな。夕張は自分のテレビを持っているからなあ。恐らく今は自室でアニメを見ているのだろう」

 

夕張はそんな趣味を持っているのだろうか。

ふと、あることを思いつく。

 

「なあ、長月」

「なんだ」

「夕張の自室って、ここにあるんだよな。普段アニメ観ながら何しているんだろう」

 

夕張の自室は実質二つ。

一つは鎮守府本棟の部屋、もう一つは建造ドッグの工房の一室。

長月が思うに恐らく、今は工房に夕張はいるはずだと思うが。

 

「一つはそうだが。まあ、普段あいつは、酒を飲みながらアニメを観ているはずだが」

「夕張のところに遊びに行かないか」

 

暇だからと言って何を考えているのだ。

というか、夕張は付き合いが悪い。

あまりそういうのに付き合ってくれると思えないのだが。

 

「ちょっと待て。酒が目当てじゃないだろうな」

「そうだが」

「おい」

 

工房は立ち入りが推奨されていないが、夕張は工房を拠点としている。

別に、立ち入りが禁止されている訳ではない。

最悪夕張が怒り、空気が悪くなる程度だろう。

 

「患者がカレー食ってるんだし、いいだろうよ、酒ぐらい」

「まあ、いい? のかなあ?」

 

昭が止まる理由は無い。

 

で、夕張の工房に来たのはいいのだが。

 

「何をしているのよ。長月」

「何といわれてもな。昭に工房を見たいと言われてな」

 

昭は冷蔵庫を勝手に開けている。

ビール缶を見つけ、勝手に開け始めた。

 

「わーい。ビールだ」

「ちょっと勝手に開けないでよぅ」

 

昭としては久しぶりの酒である。

夕張なら持っているかもしれないと思っていたが、まさかあるとは思わなかった。

この機会を逃すわけにはいかない。

 

「何で酒は駄目なのさ」

「だって、建造に悪影響がでるかもしれないでしょ」

「じゃあ今からそれを調べればいいじゃん。建造時間が伸びれば万歳だし」

 

夕張はため息をついた。

 

「だいたい何をしに来たのよ」

「遊びに来ました」

「もう。帰ってよぅ。アニメがあるよ」

 

長月を見る。

 

「まあ、夕張。偶にはいいだろう。夕張は一人で遊んでいるか、仕事をしているかのどちらかだろう」

「いいじゃない。どうせ私はデータが友達だもん。それに、いつも皆とコミュニケーションとってるからいいでしょう」

「じゃ、コミュニケーションのために一緒に飲もうぜ」

 

こうなったら、面倒だろう。

昭は酒飲みのようだ。

どう見てもスイッチが入っていて面倒くさい。

 

「はあ」

 

夕張は再びため息をつく。

 

とはいえ、こんな日もいいと思うのだが。

艦娘の活躍もまだまだで、今の日本は暗く重苦しい。

だから、少しでも明るくなろうとしてもいいと思うのだ。

 

 

 

 




次からまた、無意味に暗い話です。


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8.Close To You ④

最近同人誌を買いました。
やっぱり明るいほのぼのとした艦これの話とかが、一番ですよね。
この作品終わらせたら、自分でも書いてみましょうかね。

またTSで、熊野の話とか。


現実は人の予想を超えていく。

とはいえ、決して想像の域を超えることはない。

人間の考えることは全て、実際に起こりうることである。

 

 

妖精さんの工房。

艦娘の艤装の製造と管理を行う場所である。

 

妖精さんの住居ともいえる場所であり、排他性が非常に強いことでも知られている。

艦娘でさえ、工作艦の明石以外は気軽に入ることができない場所である。

その明石も、修理・改装のこと以外はよく知らないし、知ろうとしない。

 

が、夕張はアプローチの試行錯誤の末、妖精さんに認められ、自由な見学を許されている。

そしてその甲斐あって、ある程度建造の成り行きを理解できている。

 

「41cm連装砲、かあ。大和型なら46cm三連装砲搭載のはずだから、つまり昭さんは」

 

これにより、夕張は建造艦の艦種を完成前にある程度、知ることができるのであった。

そして艦娘としての体が成熟する時期ならば。

夕張はその自身の経験による直勘を基にして、艦の名前まで特定できるのである。

 

「長門型。妹ポジションにあたるから、陸奥、か。まあ妥当よねー」

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 8.Close To You ④*

 

 

 

「という訳なんです。昭さん改め、長門型戦艦の陸奥さん」

「まだそう呼ぶには早いさ。体はもう艦娘のものだろうけど、俺はまだ生きているんだし」

 

自身が戦艦、陸奥の艦娘であるのは理解した。

だが、まだその名を名乗るつもりはない。

 

未だに親とも再会できていないのに、武藤昭の名を捨てるつもりはなかった。

それにまだ、自分の中に、陸奥らしさを感じ取ることはないのだから。

 

「申し訳ありません、昭さん」

「いいって」

 

夕張は素直に謝罪する。

空気はそこまで悪くなっていないが、何か別の話題が欲しいところだ。

 

「そういや、艦娘の服ってもう、出来ているのかな」

「はい?」

「ああ。青葉や長月さんが着ている制服のことですか」

 

艦娘ならだれでも持っている、正式な戦闘用の制服のことだ。

艦娘にとって制服とは、艦のイメージであり、武装であり、勝負服である。

ちなみに夕張が普段ツナギを着ているのは、工房やら実験やらで汚れてしまうからである。

 

「自身の制服が気になっちゃいましたか? 長門型は戦艦なんですから、巫女衣装みたいなものじゃないんですかねぇ」

「セーラー服じゃないのか。海軍なんだろうに、巫女服って」

「違うんですよねぇ、それが」

 

確かにセーラー服は水兵さんの服であるが、艦娘は艦娘であるので別の服を着ているのである。

 

そういや、何で伊勢型以前の戦艦たちって巫女服モドキを着ているんだろうね?

 

「まー、艦娘って制服のデザインが統一されていないんですよ。例え、型が同じでも、全く違ったデザインになることもあるんです。吹雪型の叢雲さんがそれですね」

 

青葉はデジカメを取り出し、スライドショーを見せる。

 

「ああ、ありました。これです」

 

写真には6人の少女が写っていた。

5人の少女は黒髪でセーラー服を着ているが、1人だけ銀髪でワンピース服を着ている。

 

彼女が叢雲だろう。

制服とは別だが、彼女だけ艦娘のイメージにしっくりきている。

例えるなら、美少女らしさというか、整っている気がする。

他の娘も可愛くはあるのだが。

 

「へえ。ここまで違うものなんだな」

「これでも全員吹雪型なんですよ。彼女には何かしらの事情があるらしい、だとか噂されてますね」

 

よく見ると彼女の表情は暗い。

しかも不機嫌、というより、心ここにあらず、といった感じだ。

なるほど、他人には言えない事情を持っていそうだ。

 

「制服のデザインは確か、提督指定と聞いたことがありますが。いや、妖精さんのお手製でしたっけ?」

 

青葉が夕張に話を振る。

 

「えー。あー。さあ?」

 

夕張は、制服の話を振られるのに困った。

実のところ、デザインは妖精さんによるものである。

そこはいい。

 

が、その陸奥のデザインに非常に困っていた。

長門型の制服は、何か、際どかった。

和服らしさがあって、クールジャパンで格好いいのだが、格好いいのだが。

 

ともかく着る人を体形的に選ぶ服である。

陸奥には恐らく似合うのだろう。

が、昭に面と向かって、これ着てください、とはとても言えなかった。

 

加古だって、あのへそ出し制服を着るのは、最初拒否されていたのだ。

昭に拒否されるのは目に見えている。

 

そんなわけで話題に出したくない。

ここは話題を絶対に流すのだ。

 

「それより、面会の予定が決まったわよ」

「ん。ようやくか」

 

本当にようやくである。

昭としては今まで何をしていたのか問いただしてみたい。

 

「言い訳することになるけど、親御さんの方も色々あったみたいよ。息子が艦娘に成るということで、心中穏やかでなかったみたいね」

 

大事な息子が妖精さんに浚われ艦娘にされてしまうのだ。

世間の目も含めて、相当の心労であったそうだ。

 

「昭さんの現状は、現在進行形で伝えてありますから。もちろん携帯のことも伝えてある。だから、うん。好きな話を気兼ねなくできると思うわ」

 

**

 

そうした日の夜。

昭にとって夜は、長月と特に仲良くしていることもあって、お気に入りの時間である。

まあ、元から夜型ではあるのだが。

最近は酒も手に入るようになって、特にお気に入りである。

 

夜を好む存在は人間の若者や、某5500t級(川内)のような艦娘だけではない。

実は、妖精さんも夜がお気に入りだったりするのだ。

が、案外知られてなかったりする。

 

そんな中で昭は長月と雑談を楽しんでいた。

 

「そうか。しかし、随分遅い。特例とはいえ遅すぎるぞ」

「まあ、会えるってことでも俺は安心だよ」

 

面会の件で、長月も連絡を送るなり、手回しをしたものだ。

軍部の方は意外と早く理解を示してくれたが、真に問題は軍部の外であった。

民間の方が昭の実家で事件を起こし、軍部がそれに巻き込まれることになった。

これには長月も憤慨した。

そんなことをしている場合ではなかろうに。

 

「しかし、戦艦陸奥かぁ」

 

とはいえ、予定が決まり、ひとまず落ち着いたのだ。

なんと携帯も、通信機能付きで還ってきた。

またゆっくりと建造艦の面倒を見れる。

 

さて、戦艦陸奥の話でもしようか。

 

「陸奥について何か知っているのか」

「ああ。私が知っている限りは、国民の人気者だったな」

 

戦艦といえば、大和を思い浮かべるのが普通であろう。

とはいえ、戦時中は軍事機密であり、当時は長門型が花である。

長門型のどちらが人気だったかというと、親しみやすい陸奥の方であった。

 

「国民の人気者って。そんな柄じゃないんだけどな」

「戦艦というのは強さの象徴で、皆の憧れだったのだ」

 

未だに格好いい存在ではある。

 

ただ戦艦は、色々と重すぎたのだが。

だがそもそも、あの時代はああするしかなかったのだし、それなりに戦果は挙げているのだ。

長月としては文句はない。

 

「だが、気負わずにいるといい。そっちの方が昭らしいからな」

「ははは。そう言ってくれるとありがたいね」

 

まあ、戦艦達は形を変えて、今も現役で活躍している。

戦艦娘の有用性も判明してきた。

陸奥も将来の作戦に参加することになるはずだ。

 

 

と、そこに訪問者が現れた。

 

「こんばんは。青葉ですぅ」

 

青葉である。

重巡であり、夜戦も得意である。

この時間は夕張の実験手伝いやら、話し合いやらをしていたはずだが。

 

「珍しいな、この時間に会いに来るとは。夕張とはもういいのか?」

「ええ。また次の機会に、ということになりまして」

 

青葉は重巡であり、夜戦も得意であるはずである。

が、今夜は顔色が優れないようにも見える。

 

「どうした? 寝た方がいいのではないか」

「いえいえ、取材のためにはこの位はして当然です」

 

青葉はかつて従軍作家を載せていたこともあり、記者としての気質を持っている。

大なり小なり。

 

「で、何の用だ。時間的に考えて、私に取材なのだろうが」

 

記者としての気質はつまり、好奇心であり。

 

「ええ。夕張さんから興味深いことを聞きまして」

 

そして、ここが建造ドッグであるからして、建造のことを聞くのは当然である。

 

「長月。建造について何か隠してますね?」

 

空気の温度が下がった。

 

「それはあるだろう。だが、ここで話すことではない」

 

ここには昭もいる。

彼が興味を持つことはなさそうであるし、出直したほうがいいと思うのだが。

 

「夕張さんも知っていて。なおかつ、一般に知られてはいけないことがあるそうです。しかし、明確に禁じているわけではない」

「なんのことだか」

 

隠してあることは当然たくさんある。

知らなくてもいいし、知ってもどうにもならないから隠しているだけである。

 

「青葉はそれが知りたいです」

 

建造を知りたい、という気持ちは長月にわからない。

長月はため息をつく。

 

「私に聞くんじゃない。私は下っ端だ。自身の提督にでも聞くんだな」

 

室井提督、ということで、あることに気付く。

 

「しかし、室井提督から聞いていないのか? 教えてないのか、何も知らないのか」

 

兼正と室井の提督の仲が良いのは長月も知っている。

それでいて室井提督が知らないというなら、それは彼が知らなくてもいい、という訳であろう。

 

「まあ、いい。どっちにしろ、あまり首を突っ込まん方がいいぞ。建造は、艦娘にもあまり知られて良いことではないのだろう」

「知らされていない。というのは、あまりにも残酷だと思いますが。これではまるで、戦時と同じではないですか」

 

戦時、大本営は国民に戦果を偽り続けた。

空襲を受けてもなお、降伏したあの日の前まで。

歴史をちょっと知っている者ならだれでも知っていることで、艦娘たちも後に知らされることであった。

 

我々は国民を裏切っていたのだと。

 

「かもしれん」

 

長月も、その負い目が無い訳ではない。

艦娘となった今でも、自分は言わないことで仲間たちを、国民を騙しているのだから。

 

「だが、今も昔も知る私としても、知らない方がいいのだと思ってしまう」

 

長月は兼正提督に、世の中には知らない方がいいこともあると言われている。

そして、なるべく秘密を秘密にしろとも言われている。

 

「どっちにしろ、私には判断できん」

 

長月は兵士である。

その動向がどうであれ、上の采配に従うだけだ。

 

「どうしてもというなら、兼正提督に聞くのがいいだろう。彼なら確実に知っているし、答えるかどうかは解らんが、いずれは折れてくれるかもしれん」

「あの人、苦手なんですよぅ」

 

青葉にとって兼正提督は元上司であり、期待を裏切ってしまった関係なのだ。

室井提督の元に青葉が着任したのは、そういう経緯があってである。

 

「なら、諦めるがいいさ。彼に聞けないなら、お前にとってその程度のことなのだろう」

 

長月は青葉に語り続ける。

尾崎提督に聞くという選択も示したうえで、忠告をする。

 

「間違いなく、建造は第一級の厄介事だ。軽々しく判断するのは不味い。一般に知られて、それが暴動になったらどうするのだ。お前は責任を負えるのか」

 

過去のこともあって、国防軍の信頼は低めである。

艦娘に対してもしかり。

一般大衆に示すものは、慎重であるべきだろう。

 

「私には、とてもじゃないが責任を負えないよ。私も若くないみたいだ。若いころのように、どうしてもリスクを背負いきれない」

 

見た目が小さい長月であるが、艦としての人生も艦娘としての人生もそれなりに長い。

体に不調は感じないが、心の感覚は一般とのズレを感じている。

 

「恥ずかしい話だが、私が背負いきれる責任は自分が引き受けた仕事の責任だけだ。お前はどうなのだ、青葉」

 

青葉は押し黙る。

もちろん、自分なりに覚悟をもってこの仕事に挑んでいるつもりだ。

だが、想定外のことが起こって、それでも自分は責任を負いきるのだろうか。

 

「そこも含めて、室井提督と相談してみたらどうだ」

 

そういった意味では、自分は覚悟が足りていない。

ひとまず出直すべきだろう。

 

「そうですね。ありがとうございます」

「いいさ。これも仕事だからな」

 

ふと、青葉は今まで大人しくしている人物のことを思い出す。

 

「昭さん?」

 

見ると、昭は壁に寄りかかって寝ていた。

傍には妖精さんが工具をもって出入りをしている。

 

「ふん。始まったということだな。建造の真打が」

「どういうことですか?」

「艦の記憶の流入だよ。青葉もあっただろう」

 

艦の記憶の流入は、脳の整理が始まる睡眠時に行われることが判明している。

そして睡眠に抵抗しようとすると、無理やりに眠らされることも判明している。

 

「青葉。建造を知りたいなら、提督にいくらでも聞くがいい。だが、それでお前の心がどうなっても、それはお前でどうにかしなければならないことだ。其処のところも覚悟を抱くことだな」

 

何時も現実は、人間の想像を容易く超える。

だが、どんなことでも理解はできなくないのだ。

 

ただ、理解したくないこともあるのが問題である。

 

「とりあえず、運ぶぞ」

 

**

 

幸運というのはそこまで嬉しいものではないと思います。

だって、幸福の後には不幸があるんですから。

 

青葉は度重なる怪我と復帰から、ソロモンの狼との異名を頂きました。

でも、辛いものです。

周りの皆がどんどん死んでいくのを見届けないといけないし、いくら戦っても勝てないのですから。

死んだ後でも、私はこうやって生きているんです。

そうしてまた、知りたくないことを知ってしまうのですよ。

 

生きなきゃよかった、知らなきゃよかったって、偶に思ってしまいます。

冒涜的ではあると解っていても、青葉には解らないんです。

青葉は、駄目な艦ですよね、提督。

 

 

 




次も来月の頭に投稿予定です。


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9.Dreams Are More Precious ①

お待たせしました。


真の正しさ、100%の正解といったものは、実際に存在しない。

また、何でも解決する魔法の道具も、夢の技術も存在しえない。

ましてや、一つの研究に対してなりふり構わず一人で没頭することも推奨されない。

これらは一般に研究者の像に“求められがち”であるが、研究者の本質ではない。

 

我々が追及する物は、知への貢献である。

問題を見つけて解決するだけでなく、次へのステップを生み出すのが、知の貢献である。

大事なのは自身の研究が、どれだけ他の研究者の次の研究へとつなげられるか、である。

 

今、艦娘の研究に必要なものも、この“次“を生み出す姿勢にある。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 9.Dreams Are More Precious ①*

 

 

 

昭が目を覚ました時は既に、朝になっていた。

何か違和感を感じて、周りを見渡す。

 

すると、空ベッドに見知らぬ少女が眠っているのを見つけた。

眠っていて少女の瞳は見えないが、高校生くらいの身長で、ショートカットの桜の髪をしている。

 

恐らく建造艦であろう。

もう体が出来上がっているようにも見える。

普通はこんなに、体の出来上がりが早いのだろうか。

 

「おはよう」

「おはよ」

 

声の方を見ると、長月が椅子に座っていた。

 

「彼女が気になるか。彼女は軽巡多摩の艦娘だそうだ。一日もすれば目覚めるだろうな」

「多摩って、猫か」

「軍艦は土地の名前から来ることが通例でな。彼女は多摩川から来ているのだ」

 

球磨型軽巡洋艦の2番艦、多摩。

姉や妹たちは相当の曲者であることが、艦娘として既に知られている。

それでも多分、猫ではない、はずである。

 

「陸奥も陸奥国から来ているのだからな」

「ああ。そうだった、ね」

 

多摩ほどのインパクトはないが、陸奥も土地の名から来ているのだ。

陸奥としても自身の名に思う所はある。

 

「さて。それで、昨日のことはどこまで覚えているか」

 

と、長月はこっちをじっと見ているが。

 

「陸奥の話をしていただろう。他に何があったっけ」

 

戦艦陸奥の話をしていたのは覚えている。

が、それ以降はあやふやである。

 

「そうか。建造もいよいよ本番ということだ」

 

長月は姿勢を改める。

大事な話をするときの癖なのだろうか。

 

「これから毎晩、妖精さんから艦の記憶が運ばれてくる。心しておくがいい」

「心しておけと言われてもな。何度も言わなくたって解っているって」

「本当に解っているのか?」

 

長月としては、昭の態度は少し軽すぎるように思えるのだ。

青葉や室井提督とまでは言わないが、もっと建造を重要に受け止めて欲しいのだ。

 

「陸奥の記憶をどこまで感じている?」

 

戦艦陸奥の記憶。

昭自身は陸奥のことを詳しく知らないが、それでも知っていることが増えた気がする。

第三砲塔の爆発、残された者たちの数々の無念。

そして、自分だが自分でないという感情。

 

これが陸奥の記憶なのだろう。

 

「そんな感じは、しないこともない、かな」

「ふむ、戦艦の建造の、初期の初期だからな」

 

長月が見るに建造ペースが遅いので、記憶の流入もゆっくりのようだ。

艦の規模が大きさというのは、燃費や修復速度など、様々な性能に影響することが判明している。

 

「繰り返すが。昭はいずれ、その記憶に飲まれ、埋もれていくことになる。今の内に済ましておきたいことを、早めに終わらせておいた方が良い。これは私からのお願いなのだ」

 

やりたいことを済ませろ。

確かに、昭がやりたいことはまだある

 

「済ませろって、面会とかか」

「そういうことだ。この機会を大事にするといい」

 

だが時間は少なく、できることはあまりにもないようにも思える。

 

これも人生だろうか。

 

「じゃあまず、朝食を食べに行くか」

「そうだな。私も腹が減った」

 

 

そうして、朝食である。

夕張は既に食べ始めている。

今日はサンドイッチのようだ。

 

「おはよう。昭さん」

「おはよ」

「今日の予定はわかっているよね」

「はいはい。十時からだろう」

 

しばらく間があって、夕張はため息をつく。

 

「予定通り面会はあるんだけど。その。言いたくないんだけど。親御さん。お母さんが来ているんだけど、取り乱しているみたいだから。ね? 気を付けて?」

「だろうね」

 

昭は頷いている。

あまり気にしていないようだ。

 

「おいおい。大丈夫か?」

「まあ。なんとかなるだろうさ」

 

正直に言うと、あまり好ましくはない状況だ。

昭としても、母とは落ち着いた時に会って、色々話したかった。

欲を言うならば、離婚した父や、父についていった姉もセットで、直接別れを言いたかった。

 

だが、面会をすると言われた時から、わかりきっていたことだった。

昭の母は、強かな人間だ。

昭の父から慰謝料をもぎ取り、新たに仕事をはじめ、昭との生活を確保できていた。

 

だが、普通だ。

個の力は強かったが、他の人の手を借りることには躊躇していた。

何故そうなのかは、昭にはわからない。

ともかくどこにでもいるような人だった。

 

要するに、自身の感情を、肝心なところで抑えられないのだ。

そのため、昭の教育にも限界が見えていた。

やりたいことをお金の問題で泣く泣く諦めさせることも多かった。

周りの人間に頼っていれば、もっといい生活ができていたのであろうに。

 

だから、その。

息子の変容に、大事な息子を奪われることに取り乱したとしても。

姉や父を連れてこないとしても。

せっかくの機会を台無しにしようとも。

まあ、そうなるな、となって当然のことであった。

 

この体は戦艦娘、陸奥のものだ。

女の身でありながら、頼もしさを感じさせる肉体。

なるほど、陸奥を名乗るにふさわしい体なのだろう。

 

だが、その体が、とても頼りなく、虚しく思えるのは何故なのだろうか。

この身でできることは、あまりにも少なすぎるように思える。

自分ができることは所詮、こんなものなのだ。

 

何もかも、全てはわかりきっていたことなのに。

どうしてこう思わなければならないのだろうか。

 

 

そうして、昭の前には泣き崩れた母がいた。

 

「母さん」

 

昭に母は抱き着き、すすり泣いている。

会話はできそうにない。

 

「母さん」

 

突然、昭の母は、昭の元を離れ、部屋の外へと駆け出していった。

昭の姿に耐えられなくなったのだ。

 

「母さん」

 

昭は呆然とそれを見て、手を伸ばすしかできなかった。

昭の手元には、携帯が置いてある。

 

「夕張、追うぞ」

「う、うん」

 

長月たちが追うことになる。

が、長月は駆逐艦で速力はあるが、陸ではせいぜい子供相当のスピードしか出せない。

速力と足力は比例しないのだ。

 

「くっそぅ、早い」

「お、置いてかないでよぅ」

「言ってる場合かっ」

 

夕張もまた、足が速くない。

なぜか海では、高速艦との艦隊行動に問題ない速度を出せるのだが。

陸ではどうも、どん臭かった。

 

「しまった。鎮守府から出られた」

 

ここの警備は、入るのは難しいが、出るのは簡単だった。

しかも人間に限っては、特に。

 

「やむをえん。追うぞっ」

「待って。流石に私たちが追うのは不味いってば」

 

艦娘は、鎮守府の外に軽々しく出ることができない。

しかも、この状況は不味い。

何しろ艦娘が人間を追っかけまわすのだ。

有らぬ誤解を受けてしまうかもしれない。

特に、昭の周りの人間は色々な人間に警戒されているのだから猶更だ。

 

それに、残された建造艦はどうするのだ。

彼女らを誰が見張るのだ。

 

「クソッ。本当に。ままならんぞ」

「長月、どうしよう?」

 

夕張がうろたえながら聞く。

長月は深呼吸をして、気分を落ち着かせる。

落ち着け。

別に、自分たちが何でもをする必要はないのだ。

 

「軍に、尾崎提督に、連絡だ。軍の方で、親御さんを保護したほうがよさそうだ」

「わかった。連絡するね」

 

長月はため息をついた。

しかし、眠気がキツイ。

が、ここはまだ辛抱だ。

昭の面倒も見ないといけないし、自分は一旦戻るとしよう。

 

「毎度毎度思うのだが、もうちょっと綺麗に面会、とできないものか」

 

艦娘の存在は世間にある程度理解はされてきた。

艦娘自身による地道な広報活動を繰返し、今の地位を保っている。

艦娘の活動は、ある程度、国民に歓迎されているようだ。

 

が、それでも建造自体は忌み、嫌われているのが実情である。

こればっかりは軍部も、どう説明するべきか判別できていないのだ。

そのため、未だに解決策を打ち出せないでいる。

 

長月としても、色々手回しをしているのだが。

それでも今のところ、提督に意見をするのがせいぜいだ。

 

それでも、まあ、今回の面会は、会えただけまだマシな方なのだろう。

酷い時には、建造艦や長月たちが罵倒される。

加古の時は面会すら実現しなかった。

 

本当に、どうしてこうなった。

 

「長月はテレビドラマみたいな感動シーンを見たいの?」

「いや、そうではなくてな」

 

長月は否定をする。

 

が、はたして本当にそう思っているのだろうか。

テレビほどではないが、ああいったものが美しいのは確かなのだ。

 

「あー。うん。だが、ひょっとすると。そう思っているのかもしれんな。現実も、ああ在るべきなんだろう」

 

これだから建造は嫌なのだ。

塗りつぶされる若者の将来、残された遺族たちの感情。

どっちも見ていて、いたたまれないのだ。

 

「しょうがないでしょ。ここは現実なんだから。映画やドラマみたいな状況なんて、ある訳ないじゃない」

 

神や主人公はいない。

この世に妖精さんはいても、人間に悪影響を及ぼしていることは否定できない。

御都合主義なんてもってのほか。

 

だからこそ皆が、ヒーローや奇跡が望むのだ。

何故なら、それが彼らの希望だから。

 

「そういや青葉は? 朝から見ないわね。青葉はこういうのを見たがっていたと思うのだけど」

 

青葉も喜んでという訳ではないが、こういった状況に興味があったはずだ。

居ないのは、どういうことだろう。

 

「青葉は、今、呉鎮守府本部の方にいる。偶々、兼正提督が来ているからな。司令官に会うつもりなのだろう」

 

それを聞いて夕張はため息をつく。

昨夜のことは長月から聞いている。

青葉は恐らく、建造の本質を兼正提督から聞くつもりなのだろう。

 

「ホント。難儀な性格をしているわね。余計なことに首をつっこまなければいいのに。どうせ、コレも後からビデオで見るつもりなんだろうし」

 

建造はしつこいようだが、残酷な過程である。

結末は約束されているが、それ以外はそうでない。

 

何が起ころうと、誰が泣き叫ぼうと、誰も望んでなくとも。

建造は、ただ、あるのだ。

そんなことに首を突っ込む必要も責任も、彼女にはどこにもないはずなのだ。

 

「艦娘のことは、私が首を突っ込んでいればいいのよ」

 

夕張は本気でそう思っている。

建造の良いも悪いも、彼女は全てを引き受けたがっていた。

 

「皆、何でも一人でする必要は、ないのだがな」

 

 

 

 



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10.Dreams Are More Precious ②

やっぱり完成してから投稿したかったなあ。

投稿しながら書くのが、辛くて仕方がない。
最後から一つ前の話、どーしよ。


長月が戻っても、面会の部屋に昭の姿はなかった。

 

「昭?」

 

とはいえ、探してみれば、すぐに見つかった。

昭は娯楽室で野球のゲームをしていた。

 

その姿は、長月にとって意外なほど落ち着いていた。

感情的になって暴るとは思えない姿。

 

しかもゲームをしているが、現実から目をそらしているようにも見えない。

言うならば、いつも通りを必死に保とうとしているように見える。

 

何故か夕張の、“戦艦の力で暴れることがないようで良かった”との言葉が頭によぎる。

まあその通りだが、長月はその意見に賛同できない。

 

不満があるなら言うべきだ。

やりたいことがあるならば、実現に向けて目指すべきだ。

例え、感情に、暴力に訴えることがあろうと、自分の意見は示すべきなのだ。

そう思う長月にとって、昭の姿は、あまりにも弱々しすぎたのだ。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 10.Dreams Are More Precious ②*

 

 

 

長月はそうして、しばらく様子を見ていたのだが、部屋に夕張が入ってきた。

その顔は前と変わらず余裕がない。

 

「ねえ、長月。ちょっといい?」

「何だ」

 

話を促すが、夕張は手招きするだけで話さない。

 

「重要な話か?」

 

ここで話すのは不味い話なのだろうか。

昭を置いて、部屋の外に出て話をしたいのだろうか。

 

そうして部屋を出て、しばらく歩いたところで、夕張は話をする。

 

「多摩の艦娘が。恵さんっていうんだけど、目を覚ましたのよ」

「そうか。いよいよ手に負えんな。応援でも呼ぶか」

 

もうそろそろ自分の頭も体も限界である。

本音を言えば、早く寝たい。

 

しかし、もう少し踏ん張りたいところである。

が、何でも自分の力で解決しようとするのも不味い。

後は鎮守府の艦娘に対応を任せるべきだろう。

頼りになる仲間はたくさんいるのだから。

 

「そうね。あと、なんか、恵さんの親御さんが来てるんだけど」

「は?」

 

ここで予想外の出来事に、長月の意識は無理に覚醒する。

 

「ちょっと待て。どういうことだ」

「だから、恵さんの母親が、娘のことが心配で、鎮守府に押しかけてきたのよ」

 

動物の母親の子供に対する執念は侮れない。

人間もまた、同様である。

 

そして人間は複雑奇怪な生き物だ。

それは人の世で、奇妙な巡りあわせを形作る。

 

「不味いぞ。なぜ今なんだ。間が悪すぎるだろう」

「わ、私に言われても困るってば」

 

子供のことを心配する親は大いによろしい。

長月としては大歓迎だ。

 

ただ、この状況はいささか不味い気がする。

昭は多少、家族に対する執着が強い気がするのだ。

 

昭が他の親を見てどう思うのか。

そこは未知数で、不安要素であった。

 

と、その時。

 

「昭さん?」

 

昭は夕張達の背後に立っていた。

 

「なん、だと」

 

夕張達は油断していた。

昭のことを、こういうことに首を突っ込む性格だと思っていなかったのだ。

 

「間が、悪すぎるだろう」

 

ここでまた、さらに状況が悪くなるというのか。

 

昭は黙って半笑いを浮かべたまま、そこそこしっかりとした足取りで、どこかへと向かっていった。

 

「昭さん?」

 

夕張達は事態に思考が追い付いていなかった。

 

 

そのまま、少しの時間が経ち、夕張が口に出す。

 

「どうします? これ」

 

何か、何かをしなければいけない。

事態は思ったより小康のようだ。

だが、建造艦の面倒は引き続き見なければならない。

多摩は起きたし、昭のことは現状を確かめなければならないだろう。

 

とはいえ、夕張はどこから始めればいいか、解らないままだった。

 

「今すぐ鎮守府から応援を呼んで、多摩のことは対応しろ」

 

長月はなんとか頭を働かせて、対応策を出す。

 

「合わせるの?」

「当然だ。彼女も建造艦だ。昭と比べても、優先順位はあれど、無下に扱うことはあるまい」

 

長月としては、昭との付き合いが長い。

立場的にも、私事としても昭を優先すべきだと思っている。

それでも、建造艦は建造艦だ。

長月たちが責任をもって面倒を見る相手だ。

 

「昭のことは私にまかせろ。恐らく私が適任だろう」

 

 

長月が娯楽室に入ると、やはり昭はゲームをしていた。

こうしてみると、ただゲームをやっている訳でもないことに気付く。

時たまスマホをいじって、じっと見ている。

恐らくは外部と連絡をとっているのだろう。

 

「昭」

 

昭は長月を見ると、その手に持っているものに目を移す。

缶ビールである。

夕張の自室から持ってきたのだろうか。

 

「飲むぞ」

「まだ昼間だろうに」

「構わん。こういう時は酒が効くのだと、古来から決まっている」

 

言いたいことはわかるのだ。

だが、昼間の上にここは病院である。

いや、今更であることはわかる。

しかし鎮守府だからといって、そこまで勝手にやっていいのだろうか。

 

まあ、そこまで腹を割って話したいのだろう。

昭は長月の酒盛りに付き合うことにする。

 

 

さて、多分言う必要はないと思うが、昭は酒に強い。

で、一方の長月はというと、そこそこビールを飲むことはあるのだが、その程度である。

外見の幼い方の駆逐艦娘でありながら、まあ、飲んでる方ではあるのだが。

 

「全く、何でこうも近頃の若者は、本音を語ろうとしないのだ」

 

完全に出来上がっていた。

長月の姿は、完全に酔いつぶれた面倒な上司のそれであった。

 

「そうは言われてもな」

 

恐らく長月は酒の力に頼って、昭の本音を引き出そうとしたのだろう。

しかし、自身が酒の力に負けてしまったようだ。

 

「私がどれほど苦労していると思っているのだ。なのに、いくら口説いても靡きやしない」

 

普段から疲れているのだろうと予想できる。

お疲れ様です。

 

「怖くはないのか。自分の人生がもうないのだぞ? どうして平気でいられるのだ」

 

まあ、昭にとって、こういう場になることも珍しいことではない。

酒の場は本音を引き出し、コミュニケーションを円滑にするためにある。

ここは、適当に自分語りをするべきだろう。

 

「まあ、前も言ったけど。俺はとっくに自分の人生を諦めているからね」

 

諦めるという言葉は長月にとって聞き捨てならないことは知っている。

それでも、そうとしか言いようがないのだ。

 

「どういうことだ」

 

昭は苦笑する。

そうして、自分語りを始める。

 

「まあ。俺にも夢はあったのさ」

 

子供なら誰しも、夢を一度は抱くものである。

パイロットになりたいだとか、仮面ライダーになりたいだとか。

そんな感じに。

 

「俺も子供の頃は運動もう勉強もできてさ。ちやほやされたもんだよ。自分の可能性を信じていたよ」

 

そうした夢は、子供たちが現実を知っていき、夢を修正したり、諦めたりするものである。

その中で昭は、幸運にも夢を実現する可能性が十分に残されていた。

 

「それで、野球選手に憧れて、野球をやり始めたんだ」

 

きっかけは、よくある話。

周りの友達が野球をやっていて、野球の話を良くしていたのだ。

そうして野球に興味を持っていったのだ。

 

「最初の頃は、俺も結構活躍しててさ。中学の県選抜のメンバーに選ばれるくらいには上手かった。将来、プロ野球選手になれるかもしれない、と思ってたんだ」

 

あの頃が一番楽しかったのかもしれない。

家族も友達も、自分のことをよく見てくれる。

そんな日々だった。

 

「でもさ。そこで知ってしまったんだよ。上には上がいるんだって」

 

そんな日々は崩れはしなかった。

ただ、自分が消してしまったのだ。

 

「そこには自分より野球が上手くて、野球に全てを捧げているような奴がゴロゴロいたんだよ。それを見たら、“あ、これは無理だわ”って思ってしまったのさ」

 

県選抜のメンバーの中には、そこそこ頑張っているだけの秀才の自分よりも、さらに努力している秀才の奴らがいた。

 

そしてそいつらの集まりは、頑張っている天才たちの前に、容易くひねりつぶされてしまった。

しかも、自分の目の前で。

 

昭の夢は、ここで儚く消えた。

 

「俺は楽しいから野球をやっているだけだったからね。人生を野球に捧げようなんて思えなかったのさ」

 

ここ日本という国は衣食住が揃い、治安も非常に安定している。

そして国の方針として、アスリートの育成にも力を入れている。

テレビをつければニュースで、そうした人々の国際的な活躍を見ることができるだろう。

つまり、努力する天才が活躍していることが、普通で、日常的なのだ。

地元にもスポーツ漫画やアニメのような存在がいることが、当たり前なのだ。

 

「野球に全てを捧げても、人生が上手くいくとは限らないだろ。テレビで偶にやってるだろ。元プロ野球選手の現状ってさ」

 

とはいえ、現実は非情である。

例えスポーツに人生を捧げても、スポーツ以外の人生がそこにある。

そうしたことで躓くものは多い。

これもまた、よくある話なのだ。

 

「そういうのを見たら。ぶっちゃけ。まあ、怖くなったんだよ。恥ずかしい話だけどね。だから高校は野球の名門校でなく、進学校を選んだ」

 

売れないバンドマンみたいな生活や、引退後に絶望するアスリートみたいな人生が嫌だった。

もっと安心できて、皆から認められる仕事に就きたい。

そういった考えで、教育者になる道を選んだ。

 

「母さんや爺さんは勿体ないと言っていたけど。俺はこの選択が間違いではないと思っている」

 

この件で親たちはうるさかった。

が、結局は、自分の人生のことだ。

 

彼らは過去の存在だ。

彼らがいつも言う通り、未来は自分たちの手で切り開くのだ。

彼らの手は借りても、言いなりになる気は全くなかった。

 

「そこでも野球部に入った。野球自体は好きだからね」

 

別にプロ野球だけが、野球のすべてではない。

商業的に何の価値がなくったって、野球はただ、楽しむためのものがある。

昭は単純に野球が、体を動かすことが好きだった。

 

「その野球部は当然強くないし、夏の高校野球も結局、毎回地区予選敗退だったけど。それでも楽しかったんだよ」

 

負けるのは悔しい。

甲子園に行けなくて悔しい。

だが、それが何なのだ。

 

「そこには、俺と同じような仲間がいて、同じような思いをしている奴らがいたのさ。そいつらとの野球は、楽しかったんだ。今でもあいつらとの日々は、大切な思い出さ」

 

負けたが、一緒に頑張ってきた仲間がいた。

悔しいが、それを共感しあえる仲間がいた。

そうした仲間との日々が、それなりに楽しかった。

 

「俺は勝つことだけが、人生じゃないって知ったのさ」

 

確かに英雄は誰もが憧れる。

だが、この世はあまりにも英雄が生まれにくくなってしまった。

最初から自分たちは戦争に負けていて、経済競争にも負け始めていた。

偉人英雄たちといった強者の美談は廃れ、世は凡人の空気が支配する。

必ず勝つ英雄の幻想は、何もかもを解決してくれる英雄の希望は、とっくの昔に終わってしまったのだった。

 

「だから人生、勝てない所は、上手く負けるのが良い選択だと思っている」

 

女々しいと、馬鹿だと笑われてもいい。

この時代で馬鹿を見て、笑われるのはどっちなのか。

その目で確かめてみればいい。

 

「ただ、まあ、深海棲艦が現れたのと、自分が艦娘になるなんてのは、流石に予想外だったけどさ」

 

ある程度将来を見据えたつもりだったが、こればかりはあんまりだと思う。

というか、有り得ないだろう、普通、こんな状況。

そう、これはまるで―

 

「今回も、勝てないんだろう。だから、今度も上手く負けなきゃね」

 

妖精さんに自分が負けるのは必然なのだろう。

よく知らない相手に、根拠もなく勝てるとは言えないのだ。

だから、できることをする。

 

「母さんも、そろそろ俺から脱却しないといけないし。俺も母さんから脱却しないといけない。まあ、良い機会だったのさ」

 

親との別れは寂しい。

上手く、解れることができなかった。

 

だが、まだやりようはある。

手元には携帯電話が残されている。

希望は失われていない。

 

「俺の人生は終わるけど。これから陸奥としての人生が始まるんだろう。だから、あんまり怖くはないかな」

 

妖精さんに浚われ、艦娘となる。

例えるなら、交通事故のようなもの。

違うのは、その後にも人生があるということだ。

それが、自分たちにとって、当たり前の出来事なのだ。

 

「聞きたい事は聞けた?」

 

押し黙っていた長月は、なんとか、言葉を表そうとする。

 

「ああ、くそ。どうしてだ」

 

自分たちもかつて、あの戦争で、上手く負けようとしたのだ。

しかし、それが上手くいったのか、どうも、怪しい所がある。

日本はアメリカに吸収はされなかったが、それでも長らく属国状態だった。

今でこそ深海棲艦の影響もあり、その状態は脱しようとしているが、さて。

 

自分はあの戦争で、上手くやれたのだろうか。

そして今、何ができるのだろうか。

また、自分に何ができたのであろうか。

 

「これだから、お前たちは、私たちは負けるのだ」

 

長月は、昭との壁を感じていた。

自分は、とてもではないが、上手く、負けることができそうにない。

長月ができるのは、ただ、戦うことだけなのだ。

 

「すまない」

 

再び長月は押し黙る。

 

そうして、長月は昭へと倒れこむ。

何かと思い、昭が良く見て見ると、長月は眠ってしまったようだ。

 

本当に長月は、苦労している様だ。

 

「役に立てないなんて、そんなことないのに。気に病むことなんて、一つも無いのに」

 

昭は小さな勇者の姿を見つめ、その髪をそっと撫でる。

 

「姉さん」

 

そして、ここに居ない姉と、昭に知るはずのない姉の姿を重ねる。

 

「そういう所が、好きなんだけどね」

 

しばらくこのままでもいいかな、と昭は思った。

 

 

 



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11.Dreams Are More Precious ③

また、ばりぃさんの話。
しかもこれ、前編なんですよ。


多摩の話は泣く泣くカットすることになりました。


夕張は、建造艦とのカウンセリングを行っている。

心理学も、精神医療にも詳しい訳でなく、未だ勉強中の身ではある。

そもそも口が上手い訳でもなく、空気もたいして読める訳でもない。

 

とはいえ、そんな中でも見るべきものが、聞くべきものがきっとある。

建造艦たちの日常を覗き続ければ、その中に非日常を見出すことができるのだ。

そして、それらは日々の研究の糧となる。

 

「ちょっと建造のペースが早すぎるんじゃないかしら?」

 

夕張は顔をしかめて昭に問う。

 

「駄目なのか」

「いや、駄目ってこともないんだけど。まあ、建造が早いのはいいことなんだろうし。にしても早すぎるわ」

 

昭の様子を聞くに、建造のペースの、特に艦の記憶の流入ペースが異常に早いのだ。

このままでは恐らく、金剛型の建造と同程度の日数で終わってしまうだろう。

 

「艦娘になることを諦めているから、侵食も早いってことか」

「多分ね。きちんとした確証はないけど」

 

確証はないとはいえ、夕張の精度は結構なものになっている。

統計もとっていて、夕張のコメントは軍部に信頼されている。

 

それはそうと、夕張は並おこである。

 

「これでは長月が気の毒よ。こんなことを言うのもおかしいけど。もうちょっと抵抗してくださいよ」

「努力する」

 

そんなことを言われても昭としては困る。

 

ほら、無駄な抵抗をしたら、余計に傷が広がることもあるじゃないか。

なんてことを言ったら間違いなく、夕張も長月も怒るであろう。

だから、口にはしないで適当に流す。

 

「そういや、建造を早める道具ってあったりするのかね」

 

夕張は口にしようとしたお茶を口から離し、ため息をつく。

 

「私の言ってたこと聞いてた? 本気で言っている? 早死にしたいの?」

「や。聞いてみただけだって」

 

艦娘化を早めるための、道具はあったりする。

性質の悪い冗談みたいな話だが。

だからこそ、冗談でもそんなことを言って欲しくない。

主に長月のために。

 

「ここだけの話だけど。高速建造材っていう、これもまた妖精さんの謎物質があるの。これを使えば、艦娘化が一瞬で終わるわね」

 

ちなみにこの謎物質、研究の方に回しているのだが、正体は掴めずにいる。

分子構造を見ても、工業用バーナーとおそらく同等のもの、とまでしか解らなかった。

よくある妖精さん印の不審物である。

もちろん、効果はてきめんでもある。

 

「そりゃあ、不味いな」

「やっぱりそう思う? 当然、兼正提督が使用を禁止しているわ」

 

恐らく、建造艦となった人の意識も、一瞬で潰されるのだろう。

使ったら長月辺りが、殴りかかってきそうな代物だ。

 

「効果が解っている、ということは使ったことがあるのか。使用方法も知っているとか」

 

確かに、使ったことはある。

艦を建造している妖精さんに渡せば、あら不思議。

建造があっという間に終わってしまったのだ。

使い道も何に使うかもわからないときに、夕張は一回やらかしてしまっていた。

 

「くれぐれも秘密にしていてね。バレたらやばいのよ」

 

なら、言わなきゃいいのに。

もしかすると、夕張は知ってほしくて、わざと言ったのだろうか。

 

「ビールまた、貰うね」

「ああ。もう。いいわよ。好きにして」

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 11.Dreams Are More Precious ③*

 

 

 

さて、ここでもう一度、夕張の話でもしようか。

 

兵装実験軽巡、夕張。

史実では、設計における実験的に作られた艦であり、その設計は後の艦へと受け継がれていった。

だからこそ、軽巡の発展形にして駆逐艦に近い重巡たちの原型という、妙なポジションを持っている。

間違いなく重要な立場であったのだろう。

しかし、個性の強い日本帝国海軍の艦の中でも、色物の一つであることは否定できない。

 

そうした艦だったからなのだろうか。

艦娘としての彼女は、周りに馴染むことが特に苦手だった。

混迷期においての戦闘でも、打たれ弱さが災いして離脱を繰り返すことが多く、軍からの評価は低かった。

 

ここで、一芸に秀でていたとか、そういった心の支えがあったなら、話はまた別だったのだろうか。

とはいえ、現実はそう上手くいかない。

 

そもそも軍人に個性はいらない。

軍隊に必要なのは秩序なのだ。

個の強い艦娘には無理な話かもしれないが、それでもある程度の均一さが求められていた。

彼女のかつての主、兼正提督は、個の強すぎる夕張の性能を完全に持て余していた。

 

もし、夕張の艦娘を良く知り、愛する者がいたのなら、憤慨していただろう。

対潜要員として有用なのに、だとか。

ドラム缶を論者積みさせて出撃させよう、だとか。

水上機で索敵値稼ごうぜ、だとか。

はたしてそんなことを言ってくれる人は、この世にいるのだろうか。

しかも、夕張が建造されたのは、初期の頃だったのだ。

 

艦娘は人の中で孤立している。

その上、夕張は、艦娘の中でも孤立した。

 

戦人ではない別の活躍をしようとも試みた。

自分が活躍できると有用なデータを示したい。

でも、出撃できないからデータを示せない。

出撃しても、慣れていないからデータが上手く取れない。

幸運により自身の有用性を示せた北上のようにも、提督の教官としての道を開けた大井のようにも、任務娘として活躍する大淀のようにもなれない。

結果、夕張の心は一度折れた。

 

しかし、夕張は失意の中、戦いで沈むわけでも、解体されることもなかった。

兼正提督の元から離れ、尾崎提督に拾われた。

そして、新たな任務を与えられ、新たな世界を知った。

それが夕張の新たな艦生であり、止まること無き前進の日々の始まりであった。

 

有能な上司に、気の知れる仲間と、自身が活躍できる職場。

今、夕張は幸福である。

 

 

さて、話を日常へと戻そう。

昭は、夕張の所から酒を調達していた。

酒を飲みながらゲームをするのは気持ちがいいのだ。

 

特にこの時代、電気は高級品だ。

理由は深海棲艦のせいだ。

輸送タンカーは破壊され、発電施設は砲撃される。

よって一般家庭にまで電力を十分に回せなくなっているからだ。

 

それなのにここは、スマホの充電し放題。

ゲームもカラオケも、好きなだけできる。

なんて素晴らしいことか。

これが一人でなければもっといいのに、とは思うが、そこまでは贅沢すぎるであろう。

既に相当の贅沢が出来ているのだ。

 

「ねえ。武藤さん」

 

そんな中で夕張が話しかけてくる。

 

「何」

 

夕張は毎度のように酒を取られることに、もう抵抗はないようだが。

というか、夕張は進んで酒を取られて行っている節がある。

何回見ても酒の配置が全く変わってないのだ。

 

「せっかく工房まで来たんだし。見ていってよ、私の研究」

 

昭はたまに、夕張がダメ男に尽くす女性に見える時がある。

こういう関係も悪くないかも、とか思っているのだろうか。

 

「と言われても。俺、そっち系のこと全然知らないんだけど」

「いいからいいから」

 

とはいえ、夕張は楽しそうなので、あまり口出しする気はない。

 

「最近、新しいこと初めてね。何か新しい風が欲しいのよ」

「新しいことって、研究で、だろう」

「そう」

 

この施設で出来ることは、ある程度片付いてしまった。

仲間や家族との連絡も取れた。

やり残したことも、もうじき片付く。

 

「だから、昭さんが、何か思いついてくれないかなーって」

「いいけど」

 

だから、偶にはこういうのも悪くない。

いつの時も大事なのは人付き合いである。

 

 

改めて見てみるに、夕張の工房と部屋は、変に整理されているように思える。

昭が知るに、女性の部屋というものは、カワイイものやカッコいいとおもうもので飾られているものである。

それを工房に求めるのはアレかもしれないが。

 

夕張の工房は、公私が入り混じった部屋だ。

どっかの大学のラベルが張られた機械の横に、コーヒーメーカーが置いてある。

本棚には徐々に奇妙な冒険漫画や、実利的な本、工学、生物学、論文の書き方の本が置いてある。

棚の引き出しには、“ゲーム“、“ビデオカメラ”などと書かれたテープが張ってある。

 

実利を追い求めた中に、娯楽・嗜好品が置いてある。

昭が思うに、男性的な部屋であると思う。

 

「で、研究って何さ。俺にも解りやすいのか、陸奥が知っている程度ので頼む」

 

昭自身、文系で、科学に大した興味を持っていない。

陸奥にしても、まっとうな日本戦艦である。

 

ただ、一般人として、艦娘の成りかけとして、人の話を聞く姿勢を見せる。

昭はそこにあったパイプ椅子に座り、手に酒を持ちながら夕張に目を向ける。

 

そんな中で夕張は話を始める。

 

「私が詳しいのは艦娘の艤装についてなんだけど。艦娘そのもの、あるいはその建造についても研究調査を行っているのよ。だから、艤装と建造についての話をしましょ」

 

一般人、あるいは艦娘向け、という感覚を夕張は知らない。

この話題ができる相手は、学者たちと、提督、そして長月だけだった。

 

「まずは、艤装についてね。そうねー。私たちが何をやっているか、ですかね」

 

とりあえず、分かっている中で一番重要で、一番当たり前なことを、そのまま話すことにする。

 

「この間、零式水上偵察機、あの飛行機を陸奥さんに扱ってもらったと思うけど」

「ああ。あれね。ラジコンみたいなやつね」

 

検査の一環として、昭は艤装に触れる機会があった。

昭には使い方がさっぱりわからなかったが、陸奥は使い方を覚えていた。

 

「生意気にもアレ、ミニチュアサイズのくせして実物大の偵察機と同じの耐久力を持っていることが解りました。7.7mm機銃とか、12cm単装砲とかでも試してみましたが、結果は同じでしたね」

「よく解らんけど。それって凄いことかい」

 

昭も、陸奥も、構造は理解できない。

陸奥は昭より、艦の科学を理解できているが、それは水兵がもって当然のことだけだ。

妖精さんの科学は専門外である。

 

妖精さんの技術に関してもそうだが、使える、と理解できるは別物であると思う。

何故と言われても知らないし、知りたいと思わないのだ。

 

「そう思っているのなら貴女も立派な私たちの仲間だということですよ。ねえ、陸奥さん?」

 

そして、夕張は何故を突き付ける。

その何故を知ろうとしている数少ない艦娘が、夕張なのだから。

 

「意地悪ね」

「あ、ありがとうございます」

 

思えば、この意識も不思議なものだ。

昭は自分なのだが、陸奥もまた自分なのだ。

大分慣れてきたが、奇妙であることは確かだろう。

 

「一般的な認識として、艦娘は妖精さんを、妖精さんの技術を当たり前にしている所が可笑しいそうです。私も言われるまで、気づきませんでした」

 

異常は、異常であることを確認することから始める、とは誰の言葉だっただろうか。

自身にはない発想だ。

研究者というのは、そういう人間なのだろう。

 

「まあ、そんなことは、どうだっていいことなのかもしれませんが」

「いいさ。続けてよ」

 

夕張は痛い所を突きながら、ため息をついた。

昭は苦笑する。

恐らく夕張は、こういう所で寂しい思いをしているのだろうか。

 

「今の研究の目標は、妖精さんの技術を測ることのできる物差しを見つけることです」

 

夕張は改まった表情に正す。

 

「そもそも現在、物差し自体が圧倒的に足りていないことが悩ましいです」

 

現代社会になって、人間は様々な物差しを持つようになった。

やれX線やら、やれGPSやら、やれカミオカンデやら。

しかしこの時代になって、電力不足や維持管理の困難さにより、捨てられる設備は増加する一方だ。

 

「妖精さんの技術を測って、もし、人間が利用できるものにできたなら。というのが、研究者たちの認識みたいですね。私にはよく解らないのですが」

 

艦娘たちは、妖精さんたちの行動に、諦めを何となく持っている。

夕張自身もこの感情についてはよく解っていない。

 

「そんな中。今、ホットな話題なのは、敵側の艤装についてですね」

 

まあ、 どうしてお前らはアレが敵だと知っている、とかいう哲学的な問題があるそうなんですが。

無駄なので省略します。

だって、私たちからは知ってた、としか言えませんしー。

多分、艦としての本能なんですよね、多分。

 

「駆逐イ級。アレの残骸の研究がこの国でもよく行われてますが」

 

駆逐イ級は最も有名な深海棲艦の駆逐艦である。

その数をもって、多くの船や湾岸施設に砲撃やら好き勝手してきた。

駆逐が進んだ今でも、クラゲ並に人々から恐れられている。

 

「知ってます? アレの主砲、5 inch単装砲なんだそうですよ」

「インチ、ね」

「そうなんです。インチ規格なんです。相手は深海棲艦。これもまた、艦なんです。私たちみたいに」

 

もっとも、彼女たちは艦娘と違い、海から来ているのだが。

 

「潜水艦ですらおかしいのに。駆逐艦も、巡洋艦も、戦艦も、空母も、陸上型すら。人間の手の出せない深海の底から這い出てくる。人間の過去を覗かせながら」

 

深海棲艦と艦娘、あるいは妖精さんはグルじゃないかと疑う人もいる。

相手は艦娘に容赦なく攻撃してくる。

妖精さんの乗った艦載機も同様。

とはいえ、無理もない話だとは思う。

 

「アメリカの怪奇小説家は海を怖がっていましたが。それってこんな気分なんですかね」

 

間違いなく、艦娘と深海棲艦には何かある。

ひょっとすると彼らとは、ゴリラとチンパンジーぐらいの差しかないのかもしれない。

 

「深海棲艦については、資料があんまり私に回ってこないんですよね。私ももっと色々調べてみたいのですが。困ったものです」

 

夕張としても彼らの装備には興味がある。

が、深海棲艦の残骸はほとんど研究者たちが持っていってしまうのだ。

 

「全く。中に妖精さんがいなかったからって、好き放題やってくれてるみたいですよ。それでも全く理解が進んでませんが、ね」

 

彼らが深海棲艦に何を見出すのか。

夕張は、あまり期待していない。

 

こんなことを思ってはいけないのだが、何も解らなければいいのに、と思ってしまう。

何故だか、自分でもよく解らないのだが。

 

 

 




*没ネタ1 艦娘とサイボーグ*

夕張「艦娘って名称って誰がつけたのかしら」

陸奥「知らないの?」

夕張「よくわかっていないのよ」

陸奥「ふーん」

夕張「一時期はサイボーグって呼ばれてましたね」

陸奥「クロちゃん?」

夕張「随分と懐かしいものを」

陸奥「でも、私たちがサイボーグ、ねえ。ちょっと野暮よね?」

夕張「結構的確な表現だと思いますけど」

陸奥「せめて、アンドロイドっていって欲しいわね」

夕張「SF的に、アンドロイドは一から作られた人間ですから。人間を基に作られる私たちはサイボーグです」

陸奥「そうなの? でも、サイボーグっていうと機械の体を持った、ってあら?」

夕張「ほら。サイボーグじゃないですか。体を作り変えられて、機械を身に着けて。サイボーグっていっても、結構身近な技術ですし。そこまで気にすることはないかと」

陸奥「身近? ああ。心臓のペースメーカーとか、人工関節とかね?」




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12.Dreams Are More Precious ④

*没ネタ2 深海棲艦と大国アメリカ*

夕張「研究といえば、アメリカ。一度は行ってみたいなー」

陸奥「どうして、研究といえばアメリカなのかしら?」

夕張「現在の研究方法の主流がアメリカ式らしい、からですね」

陸奥「ふーん。でも、今、アメリカに行くのは大変なんじゃない?」

夕張「そーですよ。今やアメリカ近海は、深海棲艦のすくつ。私たちでも迂闊に近寄れませんし。あっちの艦娘たちも苦労しているみたいです」

陸奥「(すくつ?) 国交回復はまだまだ先でしょうね」

夕張「そうだ。ダメコンを論者積みして、突撃。これだ」

陸奥「それでも、途中まで持つか怪しいのが悲しいわね」



昭にとって、夕張の気持ちはわからんでもない。

誰だって、自分の好きなものを人に見せびらかし、共有したいのだ。

それが夕張にとって、研究なのだろう。

 

「でもさ。俺にどうしろと」

 

悲しいかな、誰もが研究に興味がある訳ではないのだ。

少なくとも、昭は興味がない。

 

「ただ、うん。御免なさい。聞いてほしいだけですよ。駄目ですかね」

「いいさ。俺でよければ」

「ありがとうございます」

 

そういえば、夕張がゲームをしている所を見ないのは何故だろう。

誘ってもしてくれない。

長月や青葉は付き合ってくれるのに。

 

夕張に嫌いかと聞いても、そういう訳ではない、とだけしか言わない。

ゲームの話でもできれば、少しは明るくできたのだろうが。

 

「研究って、時々よく解らなくなるんです。やっぱり博士でも何でもない、艦娘じゃ駄目なのでしょうか」

 

夕張は調子を下げ、ぽつぽつ話し続ける。

 

「ここに来る学者さんたちは、答えを求めていないと思うのですよ。ただ、自分たちが研究したいだけなんじゃないかって」

 

夕張は、研究者を職人のような人間だと思ってた。

頑固で、黙々と、自分の信念を貫き、そして、問題の答えを常に持っているような人間だと。

 

「だけど、彼らは答えを持っていなかったんです。そして、理解しようとしても、問題を解決しようとしていない。いえ、皆、人類のために研究しているって言ってはいるんですが」

 

実際はどうか。

冷静で、議論を好み、大義名分を持ち、そして、艦娘の問題の答えを持っていなかった。

夕張は彼らがあまり好きではない。

 

「今の私は彼らの、研究のための都合のよい助手みたいなものなんですよ」

 

夕張は自身が研究者未満だということを知っている。

自身は艦娘であり、どこまでも艦であり、兵士にして兵器なのだ。

おまけに夕張という艦も、彼女が敬愛する平賀譲も、既に過去の存在なのだ。

つまり、彼らとは住んでいる世界が違うのだ。

彼らは本質的に学徒であり、現代と共に生きている存在なのだ。

 

「私が要らないくらい平和になったら。また大学に行って、研究を一から学んでみたいものです」

 

だからこそ、彼らと同じになりたい、とも思ってしまう。

思い出すのは、夕張の艦娘の基となった少女の記憶の一つ。

理系に自らの活路を見出し、チェック柄の男に囲まれた大学生活。

 

そして、夕張になってから見た、研究者が主役の探偵小説。

それが夕張のささやかな将来の夢を支えている。

 

「まあ、大学は楽しいしね。俺も、もう一度、戻れたらとは思うね」

「そうですか」

 

昭も、また、大学に戻りたいと思う。

例え学ぶ必要が無くとも、将来が無くとも、あの場所は希望に満ちていたのだと思っている。

何故ならあの場所は、同じ課題を持ち、同じ絶望を持った友人が沢山いたのだから。

 

「行ってみます? 私と一緒に。艦の工学でも学びに行きません?」

「艦のことなら、少しは解るようになったし、それもいいかもね」

 

昭が思うに、艦娘の将来は、明るくないのかもしれない。

戦いの果てで負け、海の底で寝ることになるのかもしれない。

それでも、自分と同じ仲間が先にいるのだろう。

 

「ありがと」

「ん。こっちもありがと」

 

陸奥としての感覚が疼く。

戦いの中で果てることに思いがある。

陸奥の船体はあちこちに散らばり、一部はここにある。

 

自分は、仲間に成れるだろうか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 12.Dreams Are More Precious ④*

 

 

 

 

「でも、大学はまだ当分先のことね。私が解体されても、それを叶えるにはまだ早いわ」

 

例え、夕張が解体されても、夕張を辞めた少女は鎮守府に残るだろう。

他の皆が戦っているのに自分だけのうのうと、大学という遊びの場に行くことは有り得ない。

艦娘たちはそれで納得するだろう。

 

「建造も、だいぶ研究が進んできているけど問題ばかりだもの。そろそろ一般に情報公開する時が、来ているんだけど」

「へぇ」

 

夕張はなんとも言えない、困った顔をしている。

なんなのだろうか。

 

「だから、これは、練習なのよ。うん」

 

そうして夕張は妖精さんの工房へと歩き出し、その入り口で中を指さす。

指先には、遠巻きながら人が見える。

 

金属の板の上に、銀髪の女性が寝かされていた。

驚くことに彼女は病院服ではなく、おそらく艦娘らしい服を着ていた。

 

「彼女は、水上機母艦、千歳ね」

 

昭は話が掴めないので、とりあえず話を続けさせる。

 

「彼女は厳密には建造艦じゃないの」

 

艦娘は、建造以外にも生まれる方法がある。

始まりの艦娘である駆逐艦吹雪も、あるきっかけで生まれたのだ。

 

「私たちは皆、建造から出来るって、思われているけど、本当は違うのよね。世間じゃ全部、建造ってことになっているけどね。彼女は、妖精さんの神隠しの犠牲者よ」

 

それを聞いて昭は顔をしかめる。

 

「妖精さんの神隠しって。どう考えてもヤバい感じしかしないんだが。俺が知っていいのか」

 

その手の話を昭は好まないと言っているのだが。

 

「神隠し自体は、どうってことないわ。一応、艦娘の中では共通認識だし。ただ、区別されていることだから、知ってほしいの。外に漏らすのは不味いけど」

 

共通認識だということで、昭は素直に聞くことにする。

 

「艦娘が出た最初らへんの頃、拉致被害ってニュースにならなかった?」

「あったな」

 

テレビで見たし、高校でも話題になった。

某国の仕業だとか、結構好き勝手に噂されていた。

 

「ある日、突然娘が何者かに、いつの間にか浚われる。これは妖精さんのせいだったのよ」

 

実際はこんなのだったが。

昭が納得できるのは、妖精さんの業故か。

 

「解ったのは、その人が失踪する時期と艦娘が突然現れる時期が一致すること。そして、艦娘の記憶をよーく辿らせれば、失踪した本人だって、ね」

 

昭は話を自分の中で飲み込もうとするが、いまひとつ腑に落ちない。

 

「そんな話を聞いたのは始めてだよ」

 

今に至るまで、噂もマスメディアも、そんな話は一切していない。

たぶん、軍関係だろうから秘密保護法でその秘密は守られているのだろう。

ただ、隠す必要があるのだろうと、疑問に思ってしまう。

 

しかし、建造、か。

なぜ、妖精さんに連れ去られるのは神隠しで、自分たちは建造なのだろう。

 

「今からがホントの、本当の本題。建造が、提督の指示で行われているって知ったら、怒る?」

 

艦娘は自然発生するが、建造はそれでも行われている。

理由は単純で、自然発生では数が圧倒的に足りないのだ。

だから艦娘は建造される。

 

「提督が? そうか。そうなのか」

 

例え、それで妖精さんの犠牲者が増えようとも、仕方が無いのだ。

艦娘が足りないなら、今度は深海棲艦の犠牲者が増えることになるのだから。

「怒っていいのよ?」

 

昭の反応は、薄味だ。

夕張はそこそこ昭を見てきたが、負の感情を表すことがないように見える。

 

「思うところはあるけど。怒っていいのかわかんなくてさ。何で、自分がとは思うけど」

 

昭は苦笑する。

艦娘が建造される理由を察することができたから。

 

自分じゃなければ良かったのに、と思う程度には昭も勝手ではある。

だが、それを口にすることはない。

誰だって、艦娘に選ばれたいとは思わないだろうから。

 

「建造で選ばれる人間の基準は、よく解っていないわ。今回は特にね。何で、昭さんが、男性が選ばれたのか。謎よね」

 

男の自分が選ばれるのは本当に想定外だった。

いつだって世の中はこんなはずじゃないことばっかりだ。

 

「殆んどランダムっぽいのよね。建造で選ばれる人間の基準って。でも、建造の基となる人間を決めることは、できるのかもしれない。今、それに向けての実験を計画中ね」

 

実験内容はこうだ。

艦娘になってもいいという人を集め、妖精さんに建造艦として使って欲しいと頼むだけ。

今までこういうことはやってこなかったので、できるかどうは不明である。

しかし、やってみる価値はあるはずだ。

 

「これが成功すれば、少なくとも、建造で人々が苦しむことはなくなる、と思う。これからの建造艦は、恐らく、希望者を募って、という形になるのでしょうね」

 

自分から進んで艦娘になりたいという人はいないだろう。

だが、国を守るため、という大義名分を掲げ、募集すればどうだろうか。

国防軍に入る人間が国防を掲げている以上、それなりに人が集まるだろう。

 

「私には、それがいいことなのかはよく解らないのだけど。まあ、室井提督は喜ぶかもね」

 

戦争はやりたい人がやるべきだと、室井提督は言った。

この実験は彼の理念に基づき、他の提督の間によって作られた計画の一環である。

 

「ただ、問題は、提督達が建造を行っていることを公表しようとしているの」

「あーね」

 

建造は秘匿すべき、という考えは昭にもわかる。

 

軍の指示で若者を拉致して戦場に送る。

現代日本の価値において、限りなくアウトである。

こんなの表沙汰にしたくないだろう。

 

しかも、それでも建造をせずにはいられないのだろう。

そうでもしなければ、この国は終わってしまうのだから。

 

「そりゃあ、まあ。私たちは、尾崎提督も憲兵がいないからって色々やってきたけども。それでも、お国のためと思って。いや、違う。何だろう」

 

国を守るためならなんだってする、という単語を思い浮かべる。

例え今の人間に憎まれても未来を守る、とは何処の漫画の言葉だったか。

 

「だから、その。悪いことをしたら、責任を取って、辞めなきゃいけないんでしょ。テレビの会見みたいに」

 

夕張はバツが悪そうだ。

 

「私が解体されるなら、まだいい。でも、尾崎提督が辞めるのはおかしいのよ。あの人は、私たちに必要なの」

 

夕張にとって、尾崎提督は希望なのだ。

自身は兵器で、兵士なのだ。

尾崎提督という上司をここで失うわけにはいかない。

 

「どうしたらいいと思う? 昭さん」

 

昭は頷き、考える素振りを見せる。

 

「俺は、正直そういうのが解らんがね。まだ、社会に出ていないガキな訳だし。社会のことは、特に上司のこととかはよく解らん」

 

正直、よく分からないというのは嘘になる。

いつだって社会はルールと上下左右の関係と空気があって、その中で何より求められるのは仲間なのだ。

そこは昭が知る限り、小・中・高・大学であまり変わらなかった。

そもそも、学校というのが社会の一形態であるのだから。

 

「ただ、陸奥としてはどうしたらいいか知っている」

 

夕張に微笑んでみせる。

 

「もっと、周りの人間を頼りなさいな」

 

夕張は顔をしかめる。

 

「でも、長月は、賛同してくれませんでした」

「長月は是非とも仲間に入れたいわね。あと、他にも尾崎提督の娘はいるでしょ? 同じような考えの娘が他にいないと?」

 

提督ごとに、所属する艦娘の特徴はある。

これはそもそも配属の方法によるものだ。

 

成り立ての艦娘は兼正提督の元に送られる。

そうして上手くいけばそのままで、上手くいかなければ室井か尾崎の提督の元に送られる。

 

「たぶん、いるでしょうね。ですけど、私」

 

夕張はあまり口が上手いという自覚はない。

おまけに、他の艦娘との繋がりは薄いのだ。

 

「私でよかったら、口添えするわよ。無論、長月の説得もね」

 

自分ではできない。

でも、他人ならできるのかもしれない。

夕張に少し、希望が見えたような気がした。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「どうなるかしらね。無駄になるかもしれないけど」

 

相談してみたら、とは言ってみたが、限界はある。

“いろいろやった”が、軍規に触れたらアウトだ。

夕張も何かを抱えているようではある。

たとえば、トラウマなら、それを簡単に克服できるだろうか。

 

陸奥自身だって怖いものは怖いのだ。

第三砲塔の爆発も、それに類するものも、もう駄目なのだ。

USJにバックドラフトとかいうアトラクションがあったが、もうアレに入ることはできないだろう。

姉の前だって、みっともなく泣き出す自信がある。

怖いものは、克服できないからこそ怖いのだ。

 

 

でも、誰かがなんとかしてくれる、かもしれないと期待してしまう。

バカバカしいとは思っている。

 

この世に神はいない。

でも、人はいるのだ。

人に縋ろうとするのは、間違っていないはずだ。

 

**

 

私がやっていることは研究とはいえないんだって。

データを取ったりするだけなら、それは調査なんだって。

でも、何が研究かって聞いても、彼らはそれらを知らないのよ。

それっておかしいよね。

 

私は、艦娘のデータが知って、みんなの役に立てたいのだけどね。

結局、私や彼らがデータを見ても、何も変わらないんだって。

嫌になっちゃう。

 

 

 




次回は二週間後、あるいは、来月です。
たぶん、来月になるかと。




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13.Wannabe ①

やっとできた。
最終話まで書き終わりました。

疲れたー。



愚者は建前を重視する。

凡人は実利を重視する。

賢者は建前と実利を重視する。

 

建前だけでは生きていけない。

実利だけでは納得できない。

しかし、両立するには力が足りない。

 

この世はあまりにも難解すぎる。

誰が人を、無能と罵れようか。

それでも、人を無能と罵らなければならない。

 

ならば、艦娘は不要なのか?

必要なのか。

あるいは、どちらでもないのか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 13.Wannabe ①*

 

 

 

「おはよ。そして、おはよう、夕張ちゃん」

 

昭が、昭に似つかわしくない愛想を夕張にふりまいている。

 

「何ばしよっとですか?」

 

夕張は困惑した。

昭の突然のキャラ変にびっくりである。

建造中だとはいえ、こんなの見たことない。

 

「何よ。そんな反応しなくても。使い分けの練習よ」

「はあ?」

「意外と面白いよね、コレ」

 

陸奥はわざとらしい仕草をとってみせた。

 

「昭として振る舞うのも、限度があるからね。だけど、振る舞いたい時のための練習よ」

「なるほど。それはいいな。頑張るといい」

「ん。ありがと」

 

どうやら昭も自分を保つための努力をしているらしい。

長月は納得して、部屋から夕張とともに出て行った。

 

「陸奥の建造も、もうすぐ終わりということか」

「ですねえ」

「というか。アレは使い分けできているんでしょうか」

「さあな」

 

建造が進んでも、別に基となった人格が失われるわけではない。

言うなれば、ただ、埋もれていくだけである。

昭という一人の人間も、陸奥の中に埋もれていっているようだ。

極めて順調に、予定通りに。

 

「だが、アレも一つの方法かもしれん」

「もしかすると、わざと陸奥さんらしく振舞うことで、昭さんと区別しようとしている、とか?」

「ふむ。それは効果があるのか?」

 

無理に昭として振舞うのではなく、己の艦を認め、その上で自分を大切にしている、とか。

少々苦しい解釈だろうか。

 

「さあね。でも、侵食を面白いで済ますのは、何と言うか」

「強い、な」

 

普通、建造が行われて、建造艦がまともいられるわけがないのだ。

混乱し、泣き叫ぶのがある意味では正常である。

 

だが、昭の場合は良い異常であった。

混乱はしていたが、意外なほどに落ち着いていた。

 

待てよ。

それはいいのだろうか。

異常な時に、そういった異常な反応をするのはどうなのだろう。

 

「一兵士には勿体無いものを持っている。是非とも、建造について協力して欲しいところだが」

「まあ、縁がなかったということよね」

 

昭は全く建造について考えなかった。

なぜ自分が建造されているのかというのを考え求め、苦しむ行為は愚かと思ったのだろう。

 

それは正しい。

建造は目を背けたくなる問題しか出てこない。

 

本来、別に夕張も長月も面倒を見る必要が一切ない。

それなのに、自分たちは建造に顔を突っ込んでいるのだ。

 

阿呆だと言われても仕方がない。

それでも、自分たちは顔を突っ込む理由があって、顔を突っ込んでいるのだが。

 

だが、ここに戦艦陸奥の建造は、問題が一切起こることのなく終わるのだろう。

 

「ただ、問題は」

「青葉の方、かあ。こんなこと、専門外なんだけどなあ」

 

二人はため息をついた。

 

「この鎮守府にはカウンセラーが居ただろう。あれに会わせてはどうだ」

「オススメはできないわね。前の人が加賀さんの怒りに触れて、問題になって辞めさせられたのは知ってる?」

「そうか」

 

艦娘の心は人と若干違う部分が見受けられる。

その辺りが人間に周知されるのは、時間がかかりそうだ。

今の所、艦娘が真に理解できるのは艦娘だけなのだろう。

 

「私が少し、見てみるか?」

「室井提督に丸投げってわけにもいかない、よね」

 

 

そうして、長月たちは管理人室へと向かった。

そこでは青葉がソファで横になっていた。

 

「青葉。大丈夫か」

「ええ。大丈夫、ではありませんが。なんとか」

 

青葉の顔色は優れない。

いつもの元気さが見えないのだ。

 

「提督に、何を聞いた?」

「艦娘と、軍が抱える問題について、一通り」

 

それを聞いて長月は顔をしかめた。

 

「馬鹿者。お前は大馬鹿者だ」

 

長月は青葉が何故そんなことをするのかわからない。

 

「私たちは艦娘だ。深海棲艦を相手に取るのが私たちの役割だ。人間や艦娘を相手取る必要はないのだぞ。青葉、お前が無理をする必要はどこにも無いのだ」

 

違う。

 

「長月や、夕張も同じではありませんか。人間を相手にしているのではありませんか?」

 

夕張は顔をしかめ、長月はそれを聞いて戸惑った。

 

「私は。いや、夕張は違うだろうが、そうなのかもしれん。だが、馬鹿者は私だけで十分だろう」

 

それを聞いて、青葉は力なく笑った。

 

「私も馬鹿者で、無理をしたかったのです」

「何故だ」

「私も、自分の居場所が欲しかったのですよ」

 

夕張は微妙そうな顔をしている。

青葉は結局、長月たちと似たものであるのだ。

 

「私は怖くて仕方がないのですよ。この戦いが、いつの日か終わってしまうのではないかと」

 

この戦いが、深海棲艦との戦いが終わると?

長月にはそう思えない。

 

「それは。まさかだろう?」

「でも、そうならない保証は、どこにあるんですか」

 

深海棲艦は話も通じない獣のような相手で、講和もできないのだ。

かといって日本の狼のように絶滅できるような相手だとも思えない。

 

「いえ。でも、本当は、そうなってほしいのかもしれません」

 

青葉は眼を閉じる。

 

「青葉は、ちょっと疲れてしまいました」

 

そう思うと、どうなのだろう。

我々の戦いは終わって欲しいといえば、終わって欲しいものだ。

当分、終わりそうにないが。

 

「戦っても、沈まず。沈んでも、またここに帰る。私たちはいつまで戦い続ければいいのでしょうか」

 

艦娘は撃沈されても、また出てくるのだ。

この青葉も艦娘としては二代目に当たる。

勿論撃沈された初代の記憶は引き継いでおらず、記録上だけで知っている。

艦娘はそうして戦い続ける。

 

「勿論、勝つまでだ」

「“欲しがりません、勝つまでは”でしたっけ。じゃあ、私たちは勝つまで永遠に戦い続けるんですね」

 

夕張はそれに反論する。

 

「そうとは限らないでしょ」

「じゃあ、何をもって勝利と言うんですか。相手と講和条約を結ぶまでですか。それとも敵を全部駆逐するまでですか」

「我々にできないとでも?」

 

きっとこの戦いにも終わりはあるはずだ。

なんか、こう、深海棲艦は軟弱だし、そのうち根負けするのだろう。

たぶん。

 

「じゃあ、何故できると思っているんですか。その根拠は?」

 

そう言われると、夕張も長月も何もいえない。

 

「結局一緒なんですよ、この戦争は。勝てるはずのない敵に立ち向かって、ひと時の勝利を喜んでいるだけなんです」

 

自分たちも分かっちゃいるのだ。

深海棲艦は自分たちより、弱い。

駆逐イ級は睦月型一人で簡単に倒せる。

 

ただ、数の強さは自分たちには無い。

相手の数は自分たちと違って限りが無いほどなのだ。

 

「何で私たちは戦えているんです? そんなの、相手は遊びがあって、最初から計画済みだからですよ」

 

かつての太平洋戦争でもそうだった。

ヤンキー共は軟弱どもの集まりで、こっちは最高の兵士がいて、艦は世界で一番を誇るものが揃っていたと今でも信じている。

 

ただ、戦争ははじめから負けていた。

相手は数が揃っていて、それを維持するだけの力を持っていた。

ああ、自分たちとは違って!

 

後々間が手手見ればつまらない話で、アレは自分たちの気合と根性でどうにかなる段階を超えていたのだ。

結果、当たり前のように負けてしまった。

 

「そうだったら。最初から、戦わなければ良かったんです」

 

さすがにその言葉は、長月にとって聞き捨てなら無い。

 

「それは。言うんじゃない。それは我々に対する最大の侮辱だと解らんのか。あの戦争が、今まで死んだ兵士は、祖国のために尽くした者たちは、国のために尽くすことが無駄だというのか」

「私たちは、負けるために生まれてきたのでは、ないんです。青葉さん。それは貴女も一緒のはず」

 

だからといって戦いをやめる理由にはならないのだ。

勝てる見込みが無いからどうした?

罠にはめられたからって何だ?

 

自分たちは守るべきもののために戦っているのだ。

ただ、それだけなのだ。

そして、それは青葉も同じで、なおかつ青葉もそう思っていた。

 

「お前も少し、寝るんだ。青葉」

「はい。そうします」

 

長月は、青葉の話を聞くに堪えなかった。

言ってることはわかるのだ。

だが、理解したくはなかったのだ。

 

こういった言い方は何だが、寝言は寝てからでいいのだろう。

 

「ですけど、その前に。昭さんに会わせてください」

 

さすがにこれには、夕張と長月は困惑した。

何故、ここで昭が出てくる。

 

「どうしてかわからんが。何だ。何をしたいのだ?」

「昭さんに、青葉をもっと知ってほしいのです」

 

二人は互いに顔を見合わせる。

 

青葉も何か、昭に思うところがあるのだろうか。

 

「いいんじゃない?」

「そうか」

 

そうして昭は青葉の元へと来た。

昭はいまいち状況が掴めておらず、曖昧な顔を浮かべている。

 

「ども、みっともないですけど。その。ありがとうございます」

「あー。私じゃなくて、昭の方によね。といっても、俺は何もやれていないと思うんだけど」

「こうやって来てくださっただけで、青葉は光栄です」

 

この青葉の姿勢は、何なのだろうか。

昭と青葉は関わりが薄く、昭はあまり理解できずにいる。

 

「青葉は、その、嫌なものを見ちゃいました」

 

昭は少し何のことを言っているかを考える。

 

「建造のこと?」

「まあ、それと、いろいろなのですが」

 

青葉はぼんやりとした顔で、問う。

 

「昭さんは耐えられますか? 戦争が、艦娘がこんなものだと知って」

 

どうなのだろうか。

これから、自分の戦いが始まるのだ。

そうとは知っているが、それについて、自分はどう思っているのだろうか。

 

「まあ、俺は。陸奥もだけど、よく解ってないんだと思う」

 

それが昭としての、そして陸奥としての本音なのだろう。

 

「でも、こう在ることしかできないから。それでも、いいんだと思っている」

 

昭はあまり褒められる姿勢ではないと思っている。

長月には、もっと真剣に取り組めと怒られた。

 

でも、どうしていいのかわからないのだ。

 

「そうですかー。うん。その方がいいのだと思います」

 

褒められる姿勢ではないのだが。

何故か、青葉は肯定している。

 

「青葉は昭さんが羨ましいです。青葉でない私も、貴方のようでありたかったです。ですから、私の分まで、頑張ってもらえると有りがたいです」

 

自分が、羨ましい。

そういわれるのは悪い気がしないのだが。

なんなのだろう。

 

「あー。いや、解体をするという訳ではありませんが。私が青葉でなくなっても、別の青葉が現れる訳ですし。うん。青葉は既に一戦から身を引いているのですが」

 

傍で夕張と長月は見ているのだが、微妙な表情をしている。

 

「これくらいでは、青葉はめげません。だから、心配しなくて大丈夫です。青葉は降りることは許されませんから」

 

根本的なところで青葉を理解することができないでいる。

それが何だか、昭にも陸奥にも理解できない。

 

「青葉。それは言い過ぎだ」

「そうですね。ですが、私が青葉であることには変わりありませんから。例え、解体されても、近代化改装に使われようとも」

 

恐らく、この二人はわかりあえないのだろうと夕張は感じている。

同じ艦娘だが、生きている世界が違うのだろう。

 

「上手く言えませんが。青葉は応援してます」

 

何が何だかよくわからないまま、昭は答える。

 

「そっか」

 

**

 

「どうして、我々は人なのだろうな」

「さてね」

 

そういった問題は哲学や生物学的である。

夕張と長月には難しい話だが、やはり思わずにいられない。

 

「艦というのは人の身には重すぎるのかもしれんな」

「いい表現ね。それ」

 

皆が皆、艦娘であることに耐えられるわけではないのかもしれない。

 

「妖精さんも完璧という訳ではないのでしょうね」

 

どうやら艦の重みに耐えられるから、艦娘になる、ということではないようだ。

 

艦娘の研究は、中々進歩が難しい。

 

 

 



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14.Wannabe ②

陸奥に陸奥記念館に行かせよう、って話。



「やったぞ、昭。外出の許可が取れた」

 

それを聞いて昭は、そして陸奥は歓喜の顔を見せる。

 

「へぇ」

 

心残りのひとつが、ここで果たされるのだ。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 14.Wannabe ②*

 

 

 

夕張、長月、青葉の三人と昭は鎮守府の車、S-MXを借りて外出をしていた。

夕張が運転席に座り、隣には青葉が座り、後部座席に昭と長月。

青葉は扉にもたれかかって寝ていて、長月も昭の太ももを枕にする形で寝ていた。

 

現在地は、山口県大島大橋。

目的地は。

 

「陸奥記念館に行きたいだなんて、どういう吹き回しで? 昭さん」

「さて、ね。私にはわからないわ」

「ホント、外出許可が取れたのがビックリです。まあ、今まで博物館の類に行きたいっていう人もいませんでしたが。しかも、自分の艦の博物館、だなんて、ねぇ」

 

陸奥記念館。

名のとおり、戦艦陸奥の博物館である。

 

「ま、いいじゃない」

「またそうやって、誤魔化そうとするー。まあ、いいですけど」

 

陸奥が車の外を見ると、海岸で釣りをしているおじさんが見える。

 

「ふーん」

 

ちょっと離れたところでは、マリンスポーツを楽しむ若者の姿が見える。

 

「アレは、ねえ。海が怖くないのかしら」

「まあ、アレは不用心ですよねー」

 

言うまでも無くこの時代の海は危険だ。

釣りをしてたら駆逐イ級に砲撃されたとか、水上スキーしていたら偵察機が突っ込んできて機銃撃ってきたとか。

そんなことがザラにある時代だ。

 

「艦娘が羨ましいとか? 私たちいつも水上スキーしてますし」

「記念館に行くのにも、水上スキーで行ったら良かったかしら」

 

それでも人々は海で遊ぶのをやめない。

娯楽というのは命を賭してやるだけの価値があるのだろう。

 

「ははは。そりゃあ、いいですね。私たちもその方が楽ですし。それに、地元メディアが喜ぶんじゃないですかね」

「そうねー。喜ぶでしょうね」

 

二人は笑いあう。

もう二人は眠りが深く、起きるそぶりは無い。

 

「この辺りは、平和なのね」

「そうですね。この辺りは、深海棲艦の攻撃にさらされることも殆んど、なかったのでしょう」

 

陸奥が周りを見渡して言う。

周防大島の辺りは寂れてはいるが、無傷に近かった。

車を使う人の姿も少ないながらあり、そこら辺に人がぽつぽつと生活しているのが見える。

 

「陸奥さんは、核兵器ってどう思います?」

 

と、その中で夕張が話を振った。

 

「うーん、思うところはあるけど。続けて」

 

核兵器。

かつて広島出身の昭も、平和学習で散々学ばされてきたもの。

兵器の身であっても、あまり良い思いをしないもの。

 

「よかった。この話題ができる娘って中々いなくて」

「でしょうね」

 

兵器がする話題としては、兵器の話は適当なのだろうか。

陸奥にも昭にもそこらへんはよくわからない。

だが、やはりというか、艦娘の間でもあまり好まれる話題ではないようだ。

 

「もしや、核ミサイルあたりが、深海棲艦に向けて使われたとか?」

「幸運なことにまだ、それはないようですね。皆そこまで血迷っている訳ではありませんし」

 

核兵器を使えば、後々処理が大変になることは目に見えている。

それを海にぶち込んでいいのだろうか。

撃滅できても、海を多大に汚染することになるだろう。

そもそも核兵器を深海棲艦に使っても効果はあるかもわからないのだ。

 

「ただ。某国の、原子力潜水艦ってあるじゃないですか。何でも、めっちゃうるさいけど、航海能力がめっちゃ高いというアレです」

「ああ。あるわね」

「で、その原子力潜水艦が深海棲艦たちに撃沈されてしまったそうで」

「そ、それは笑えないわね」

 

言うまでもなく大惨事である。

大量の放射線が海に撒き散らされることになった。

 

「で、海域も汚染されて。艦娘が対処すべきか迷っている内に、そこら一帯が凶悪な深海棲艦の巣窟になってしまったそうです」

「うわあ。ゴジラ?」

「多分そこまでとはないんでしょうけど。ま、似たようなものですよね」

 

どうやら深海棲艦に核の力はあまり効果的でないらしかった。

夕張はため息をついた。

 

「何で爆発したら困るものを作ろうとしたんでしょうかね」

「それは、核兵器が化け物相手に作ってないからよね。人間なら爆発させようとは思わないもの」

「それもそうですね。納得です」

 

実際は、事故で原子力潜水艦が沈没することもあるのだが。

作った後のことを考えるのは、人間には難しいようだ。

 

「まあ、私たちも笑いごとではないんでしょうけど。この国も随分と、守るべきものが増えました」

 

日本は核兵器を持たないが、原子力は持っている。

そう、原子力発電である。

 

「核の力。私たちの戦場には無かったものですが。これを守れというのは、複雑ですよ」

 

未だに原子力発電は、細々とだが用いられている。

軍の努力と幸運により、未だに深海棲艦からの被害は受けていない。

 

だが、今後どうなるかはわからない。

万が一、ということは十分にありうる。

 

「そうね」

 

艦として核の力を知る者はいる。

陸奥の姉である長門も、その一人。

彼女が今の日本を知ったら、どんな気持ちなのだろうか。

 

陸奥としては、そのことを、そもそも姉がどうなったかを知らないのだ。

ただ妹として、姉は自分と違って立派にやってくれたのだと、陸奥はそう信じている。

 

 

そうして車は陸奥記念館の前、陸奥野営場へと止まった。

陸奥は車から降り、周りを見渡す。

 

「ああ。ここ、行ったことがあるんだった」

「へえ」

「いつかバーべキューしに来てね。だから一応、思い出の場所ってことになるかな」

 

ここはあの時から、思ったよりも何も変わっていない。

小さい水族館。

広がる海。

そして、自分の記念館と自分の碇。

 

「記念館の中は、よく覚えてないけど。バーベキュー用品を買いに、中へ入っただけだし」

 

中に入りたい、という誘惑を抑え、水族館の隣へと眼を向ける。

そこには、休憩所があり、黒髪の若い女性が待っていた。

艦娘ではないただの日本人で、昭が会いたかった人の一人。

 

「姉さん」

 

女性は、昭の方へ振り返ると、苦笑した。

 

「地方公務員になるつもりだったんだけどな。どうしてこうなったんだか」

「艦娘だって公務員でしょ」

「そりゃそうだけどさ。コレは違うだろうよ」

 

昭は自身の体を示す。

 

「こうしてみると、本当に女らしくなったね」

「やめてくれよ。不本意なんだから」

 

昭は事前に携帯のメールで、陸奥の姿を姉へと送っていた。

だが、こうして見せるのはやはり、恥ずかしかった。

 

「大丈夫そう? 艦娘って?」

 

昭は青葉の言葉を思い出す。

 

“昭さんは耐えられますか? 戦争が、艦娘がこんなものだと知って”

 

「きっと、大丈夫」

 

昭の姉、香織は弟が遠くに感じる。

いつも弟とは距離を感じていた。

 

「昭?」

「どうしたの? 姉さん」

 

特に今は、自分から遠いところに行ってしまった気がする。

目の前の女性は、本当に自身の弟だったのだろうか。

 

「本当に、また、会えるかな」

「会えるさ。きっとね」

 

弟が微笑みかけてくるのを香織は見たことが無い。

この微笑は、違う。

 

「ねえ。一緒に、記念館、見てかない?」

「ごめん。また今度ね」

 

そう言って昭は、艦娘たちの元へと歩んで行った。

 

「だからごめん。姉さん、一人で行かせて」

 

昭の後姿を姉は黙って見ていた。

でも、このそっけなさは、確かに昭のものだったんだな、と香織は思った。

 

「いいのですか?せっかくのお姉さんとの再会なのに」

「これでいいのよ」

 

確かに、姉との時間をもっと楽しみたい、という気持ちはある。

だが、姉との関係は、いつもこんな感じだったのだ。

 

何より、姉さんに今からの自分を見せる訳にはいかないのだ。

 

 

陸奥記念館の中は、陸奥たちの予想に反して整っていた。

このご時勢、寂れてしまったり、砲撃されたりする海岸沿いの建物は多いのだ。

 

陸奥はガラスに手を置き、遺品を眺めている。

 

「ふーん。やっぱり、あの爆発の原因は、解らなかったのね」

「陸奥さんも、解らないのですか?」

 

夕張が問う。

艦娘は艦の記憶を持っている。

謎の爆発事故の原因は、本人なら知っていると思ったが。

 

「ええ。私も知らないわ」

「知りたいと思います?」

 

陸奥は知りたいとは思う。

でも、知ってどうするのだろう、とも思う。

 

世の中には知らないでもいい物もあるだろう。

あの爆発は、ミロのヴィーナスの手足みたいなものだ。

知らないほうがいいのかもしれない。

 

「んー。そこまではないわね。二度とあの事故は御免だけど。今度はもう、起こらない。それで十分よ」

 

そうして中を見て回って最後に、陸奥はあるオブジェクトの前で立ち止まる。

 

それは死者を悼む塔だ。

艦の乗組員の名前プレートで塔は構成されている。

 

そして周りと比べてより光る、最近設置されたと思われるメッセージが上に添えられている。

 

“戦艦陸奥が再び平和への礎となることを願って”

 

「私が、平和に、かあ」

「陸奥さん?」

 

**

 

しばらく陸奥たちが記念館を見回った後、陸奥が外の空気を吸いたいと言いだした。

今は記念館の外に出て小屋で休んでいた。

 

陸奥は転落防止用の柵にもたれかかり、海の向こうを見ている。

ふっと何かに気づき、長月に話しかける。

 

「ねえ。見てよ。これ」

 

陸奥が下を向いて指を指した先には紋章がある。

長月はその紋章を見て納得する。

 

「これは」

 

紋章が、陸奥になっているのだ。

 

「私が沈んだのはとっくの昔の事なのにね。未だにこうやって、慕ってもらえるなんて」

 

うつむいて、つぶやく。

 

「戦艦陸奥ってのも、悪い気はしないんじゃない?」

 

すると、黙って陸奥は歩き出し、高台につながる階段を上りだした。

長月と夕張はそれを追う。

 

上った先には、野外展示があった。

戦艦陸奥の艦首と副砲等が野ざらしになっている。

しかし、そこに陸奥はいない。

 

夕張が見渡すと、石碑の前に陸奥がいた。

 

「陸奥さん?」

 

後ろ姿に、哀愁がただよっている。

陸奥はここに来て、いったい、何を思ったのだろうか。

それは夕張にも長月にも、よくわからない。

本人はそんなに喋ってくれない。

 

ただ、亡くなったものたちを思っているのは確かなのだ。

夕張にはそんな気がする。

 

「まさか、自分の墓参りができるとは思わなかったわ」

 

突然、陸奥はくらりと姿勢を崩し、倒れた。

 

「陸奥」

 

長月が陸奥の体に手を当てる。

 

「気を失っているな」

「記憶のショックですね」

 

 

長月と夕張は、陸奥を車まで運び、後ろのシートに載せた。

 

そうした中、長月が高台の方を向いてつぶやいた。

 

「まったく。けしからん」

 

それを聞いた夕張は、くすりと笑う。

 

「妬いてますね。長月」

「妬いてないぞ」

 

気持ちはわかる。

ここまで日本帝国海軍の中で、艦として遺物が残っている艦は陸奥だけだろう。

しかも、陸奥記念館以外にも、各地に遺物が残っている。

うらやましい限りだ。

 

「ただ。陸奥は色々残していったのだと、思っただけだ」

「本人は絶対不本意だろうけどね」

 

ここまで陸奥が残っているのは、日本に沈みかつサルページが難しいことに由来する。

日本近くで沈んだ艦のほとんどは戦後の復興のため、サルページされスクラップに。

日本の外で沈んだ艦の亡骸は、今も海の中で眠っている。

 

まあ、ここまで持て囃されているは、本艦の魅力もあるのだろうが。

 

「戦艦や空母に成りたいという気持ちも、わからんでもないな」

 

日ごろから戦艦になりたいと言っている駆逐艦の姿を頭に浮かべる。

 

「駆逐艦や巡洋艦じゃねー。雪風ぐらいよね。今でも人気あって、色々作られているのって」

 

長月は、俯いてこぼした。

 

「私も、もっと活躍したかった」

「何言ってんの。まだまだこれからでしょ?」

 

まだ、自分たちは、終わっていない。

思いがけず得られた艦娘としての生。

自分たち艦生は、これからなのだ。

 

「せっかく化けて出たんだし、これから活躍するのよ」

 

それを聞いて、長月は顔を上げる。

 

「そうか。そうだな」

 

 

 




自分の墓参りって表現好き。


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15.Wannabe ③

難産でした。
何回書き直しても納得いかないんですけど。


「エンジンは温めておいたか」

「ええ」

 

進水式も簡易ながら済ませた。

試運転も済んでいる。

いよいよ戦艦陸奥が、建造ドッグを出るときが来たのだ。

 

「手筈はわかっているな?」

「横須賀までよね。大丈夫よ。覚えている」

 

「陸奥さん、青葉に何かあったら、近くの最寄りの軍事施設に寄って下さい」

「や。流石に大丈夫ですって」

 

夕張の忠告に、青葉が明るめに応える。

 

「では、出発だ」

 

そうして、陸奥たちは夕張に見送られながら呉のドッグを発つ。

海に浮かび、艤装を背負ながら、タービンを回す。

久しぶりの感覚に、陸奥は気分が高揚する。

 

「うん。やっぱりこれよ。これ」

 

この場所こそが、戦艦陸奥の生きるべき場所であるのだ。

まさか、ここに再び浮かぶことになるとは思わなかったが。

これも運命か。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 15.Wannabe ③*

 

 

 

現在、陸奥、長月、青葉の三人は、横須賀鎮守府目指して回航中である。

陸奥は、新人として配属されるため、青葉は兼正提督に再び会うため、長月はそれに付き添う形で海を渡っていた。

 

「異常なし。ね」

「ですねぇ」

「ま、何があっても大丈夫でしょう。鎮守府正面付近の海域では、大した敵艦はいませんし」

 

因みに陸路でなく海路を使うのは、そのほうが燃費は良いためである。

海はまあ危険であるが、それは人間にとってである。

そこそこ手練れの艦娘がいれば、この辺りのはぐれ水雷戦隊なんぞに遅れは取らない。

 

よって練習もかねて建造艦はまず、護衛つきで鎮守府まで航海するのが慣例となっている。

 

「私一人でも、行けるのに」

「そうもいきません。最近ではこの辺りで潜水艦を見かけたという情報もありますから」

「潜水艦って、そんなに不味い。っぽいみたいね?」

 

日本の艦娘にとって、潜水艦は難敵である。

妖精さん製のソナーは大抵が旧式の旧式で、索敵性能が悪いのだ。

未だに、駆逐艦娘に護衛されながら、潜水ソ級に撃沈される輸送船が後を絶たない。

 

夕張も現代の対潜技術を艦娘が使えるようにならないか、研究中であったり。

もっとも最近の研究のトレンドは、船に潜水艦を撃沈できるシステムを組み込む方向が主流らしい。

 

「今回は流石に心配しすぎと思うがな。ここは陸も近い。航空機の目もあるだろう」

「怖いのは怖いんですよ。加古さんの撃沈理由も、潜水艦でしょう」

 

と、そんな中、長月が急に速度を落とし始めた。

 

「む。ふむ。少し錆びついたか?」

 

艤装にぺしぺし手をあてて、調子を見ている。

 

「近くの港に寄ろう。すまんが少し、整備をさせてくれ」

 

 

そうして、三人は近くの港へと寄港した。

 

港には捨てられた漁船が漂い、痩せこけた猫が多数うろついている。

コンビニが荒れたまま放置されていたり、人気が全く感じられない。

ここはかつて造船ドッグがあった地域だが、深海棲艦の砲撃を受けて以来、衰退が激しいようだ。

 

「シケているわねー」

 

陸奥は、何か飲み物を買おうと辺りを探している。

が、あまり芳しくない。

目の前の自動販売機は、一昔前のアルミ缶の飲料が並び、電気が落ちている。

計画停電が実施されることばかりのこの世の中、自販機の維持も大変なのだろう。

 

 

ふと、青葉の言葉が、あの不幸そうな顔が頭に浮かぶ。

 

青葉の言葉を鑑みるに、果たして自分は艦娘になってよかったのだろうか。

なる前は抵抗があったが、なったらなったで抵抗はない。

今はそれなりに幸せだと思う。

 

だが、青葉はそうもいかなかったのだろうか。

長月が言うに、青葉は艦娘としてズレを感じている、と言っていたが。

 

理解することはできないのだろうか。

 

しかし、彼女のような人間を随分前に知っている気がする。

 

何だっただろうか。

 

「えーと。陸奥さん」

「なあに?」

 

そんな中、青葉が陸奥に遠慮しがちに近づいてきた。

手にはデジタルカメラを持っている。

 

「えーと。写真撮ってもいいですか?」

「写真? いいけど、その距離でいいの?」

 

その距離だと、陸奥一人しか写らない。

一緒に撮らないのだろうか。

もっと寄ってきてもいいのよ?

 

「どーもです」

 

そのまま、青葉がハイ、チーズ、と撮る。

 

「うん。ありがとうございます。青葉は写真を撮るのが、艦娘になる前からの趣味でして」

「へぇ」

 

青葉がカメラを操作し、陸奥に見せてくる。

 

「例えば、これ。梅雨ガッサの写真です」

 

そこには、雨に濡れた青葉と同じ髪の、顔の似たような少女の姿が写っていた。

中々に不服そうな表情をしている。

 

「貴女の妹さんよね?」

「ええ」

 

青葉はゆっくり頷いて、話し出す。

 

「写真はいいものです。優れた写真は私たちを異世界へと連れて行ってくれるそうですって誰かが言っていました。あれは誰の言葉でしたっけ」

 

青葉は誰かを思い出そうとする。

が、上手く思い出せないでいる。

 

「私、もう名前も思い出せませんが。でも、私、青葉の基になった女性がいたんです。その私が、たぶん、大学の頃の話だったと思うのですが」

 

俯きながら、ポツリと言う。

 

「お恥ずかしい話ですが、私、あんまり良い人間じゃなかったみたいです」

 

どうも、青葉の様子がおかしい。

何かに悪酔いしているように陸奥は思える。

 

「小学校までは、明るくて活発だったんですけど。悪く言えば、生意気だったのですよ」

 

青葉は首を横に小さく振る。

 

「駄目ですね。どうも、話さなくてもいいことを口走ってしまいます」

「大丈夫?」

 

少し間をおいて、青葉がこぼす。

 

「大丈夫では、ないかもしれませんね」

 

そんな二人の中、長月が整備を終えて戻ってきた。

 

「待たせたな」

 

長月は青葉の顔をじっと見る。

 

「どうした?」

「青葉が調子悪いって」

 

長月は、手を横にあて、しばらく考える。

 

「わかった。もう少し待とうか」

「駄目です。青葉は、青葉はまだ」

「難しい所だな。まだやれるというのに弱音を上げるぐらいなら、我慢しろ、と言いたい所なのだが。そうもいかんのだろうな」

「申し訳ありません」

 

長月は、陸奥の方を向く。

 

「どうする?」

「休みましょ。どっか、ベンチを探して横なれば、楽になるわよ」

 

**

 

陸奥は青葉のことをそこまで知らない。

ましてや、青葉の基となった人のことなど、知る由もない。

 

「どうしてこうなったんでしょう。青葉たちの時代は、青葉たちの戦場はもう終わったはずなのに」

 

ただ、話を聞いて、なんとなく感じるものはある。

彼女にとって、艦とは難しすぎるのではないか、と。

 

艦の生は恐らく、様々な困難があるに違いない。

そこはよくわからないのだが。

長月の言う”ズレ”とはそこにあるのだろう。

 

「随分と否定的なことだな。夕張はせっかく化けてきたのに、とまで言い切ったのに」

「それは、夕張さんは」

 

夕張は尾崎提督の元で、活躍できたから。

そう思い、青葉は苦しんで、言葉をこぼす。

 

「私は、呉でなら、上手くやれたかな」

「不満か? 室井提督の下でいるのが」

 

しばらく青葉は黙り、考える。

そうして応える。

 

「わかりません。ただ、もしもの青葉を想像してしまうのですよ。呉なら、呉なら、と」

 

青葉の最後はあの呉だった。

呉でなら、もしもの自分があったのかもしれない、と青葉は思ってしまう。

 

「室井提督に失礼だとは思いますが」

 

長月は、ゆっくり息を吐きながら頷く。

 

「まあ、そう思うのもいいかもしれんな」

 

そんな中、陸奥が青葉に問いかける。

 

「怖いの?」

 

青葉は陸奥に目を向けない。

 

「ええ」

「それは海が、かしら?」

 

海は広く、大きい。

そして、底は深く、暗い。

潜水艦のことといい青葉は海が怖いのだろうかと、陸奥は思ったのだ。

 

「確かに怖いです、かね。でも青葉はもっと怖いものを知ってますので、そこまでは、といった感じですが」

 

青葉は首を動かし、陸奥の目を見る。

ありふれてはいるが綺麗な目をしていると青葉は思う。

 

「陸奥さんは怖いんですか? 海が?」

 

逆に青葉が聞く。

 

「いえ、私はどっちかというと好きなほうだから」

 

陸奥は海が怖いっちゃ怖いが、それで当たり前だと思っている。

海への転落事故、遭難、津波などなど。

怖くない方がおかしいだろう。

艦娘でも海難事故に会うときは会う。

 

それでも、自分の居場所はここにある。

だから嫌いになれないのだ。

 

「だけど、あなたが怯えているものが、気になってね」

 

恐らく、青葉は自分にない、何かに苦しんでいる。

何かはわからない。

だが、目の前の仲間が、苦しんでいるのを見て平気ではいられないのだ。

 

「これは驚きです。青葉をそこまで気にかけてもらえるとは」

 

ここで暗い青葉の顔に、光が灯ってきた。

 

「青葉も捨てたものではないのかもしれません」

 

やるせなく、力なく笑った。

 

「長月たちにも言いましたが。私は、青葉はちょっと、戦うこと疲れてしまっただけです」

 

青葉が言いたいことは、ただの愚痴なのだ。

単に我儘を言っているだけなのかもしれない。

 

「青葉は終戦の直前まで、数多の戦場を潜り抜けました。修理もままならなくなるまで、事故や怪我で沈没することがありませんでしたから」

 

自分より辛い目にあった艦もいる。

自分より戦い続けた艦もいる。

そんな艦と比べれば、青葉は大したことのない艦だと思う。

 

「そうして戦争を見てきました。平和な世に育ったものには理解できないことでしょう。陸奥さんはある程度は知っているはずですが、昭さんは知らなかったはずです。あそこには地獄があったんですよ」

 

戦争は地獄だって分かり切ったことだと思う。

そうした中で、酷使される兵器が正しい兵器なんだって。

だから、最後までお国のために戦い続けるのは地獄として当然だとはおもう。

他人事ではない、それが自分で、自分は地獄にいた。

 

「最後は、今、私は何をしているんだろうって。必死に浮かびながら思ったまま戦ってて。あの時は惨めとしか言いようがありません」

 

重巡古鷹が目の前で囮になって沈んで。

それでも青葉はまだ浮いていて。

どうしてこうなったのだろう。

 

「先代の艦娘の青葉は、それでも今度こそ勝ってみせます、と言ってみせたらしいですが。私には無理だったようです」

 

そうして消えたらまた、艦生が待っている。

何の冗談なのだ。

 

「青葉を忘れたいんです。でも、忘れられないんです。だって、私は、重巡青葉なんですから」

 

青葉になんかなりたくない。

でも、青葉でしかあることができないのだ。

 

「何を言っているのでしょう。青葉は。御免なさい、忘れてください」

 

みっともないけど、この思いを伝えたい。

誰か、誰かわかってくれるだろうか。

 

「やはりといいますか。青葉は、それでも進むしかないのですね。ごめんなさい。ありがとうございます」

 

青葉の艦生を歩んだのは、青葉だけなのだ。

青葉の苦しみは、青葉だけのものだ。

 

「行きましょう」

 

 

それを、陸奥は頷いて聞いていた。

 

「青葉」

「無駄だよ」

 

陸奥は先に行こうとする青葉に、何か声をかけてやりたかった。

のだが、長月がそれを止めた。

 

「恐らく、陸奥では、青葉を救うことはできん。私でも、夕張でも」

 

長月は青葉のような艦娘をいくつか見てきた。

長月もなにか手を差し伸べてやりたかったが、すべて無駄だった。

 

「青葉を救えるのは、何だろうな。わからないが。ひょっとしたら提督の誰かかもしれん」

 

諦めたわけではないのだ。

ただ、そういう艦を救うのは、艦ではないのではないかと思うようになったのだ。

艦の心を救うのは、提督なのかもしれない、と。

確信は持てないのだが。

 

「ともかく、手を差し伸べようとしてくれるのはありがたい。そこは、感謝している」

「私は、でも」

 

陸奥としては、無力であるのがもどかしかったのだが。

 

「あれを理解しようとするものは、我々の中に中々いない。気を使ってくれるだけでも貴重な艦だよ」

 

ともかく、これは司令官の問題だ。

後は兼正提督たちが何とかしてくれるのだ。

 

「私たちも行こう。司令官が待っている」

 

 

 




*没ネタ*

青葉「多分私は三人目ですから」


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16.Wannabe ④

な、長かった。


兼正提督は提督を束ねる長にして、真の意味での提督である。

艦娘たちの上に立つ者としては最高責任者であり、最高の権限を持っている。

他の提督とは違い、正しく彼は提督であり、司令官であるのだ。

 

しかし、何故彼が提督なのか、それを知っている者はごく一部である。

艦娘関連の任務を受け取るのは彼であり、艦娘の建造を“できる”のは彼だけである。

そういった意味で、彼は提督で、司令官さんなのだ。

 

まあ、そういったことはどうでもいいだろう。

ともかく艦娘で何か問題があったら、責任を取らされるのはこの人である、ということを特筆しておこう。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 16.Wannabe ④*

 

 

 

「長月、帰投した」

「うむ。ご苦労」

 

横須賀鎮守府の司令官の席を務めるのが、この兼正提督である。

小太りで、メガネで、十人が聞けば十人がおじさんと評する容姿をしている。

 

「私がいない間、私の姉妹たちは元気にしていたか」

「ああ。今日も笑顔で南方泊地への警備へと向かっていったよ」

「それは何よりだ」

 

この提督、有能という言葉から程遠い男である。

何しろ艦娘が現れてからのすべての出来事を、持ち前のコネと経歴で何とか乗り切ってきたのだ。

ぶっちゃけ彼が提督として上から認められている理由は、人の話をよく聞き、余計なことをしでかさないから、という話であったりする。

 

「でだ、戦艦陸奥が仲間に入ったが、元気にしているか」

「ああ。金剛たちと仲良くしているみたいだ」

「やはりか。あれはまあ、そういう艦だからなぁ」

 

そういう訳なので、艦娘からは信頼されても信用はされてはいなかったりする。

とはいえ、彼は彼なりに鎮守府をまとめ、回しているのだ。

彼についてくる艦娘は多い。

 

ついてこれない艦娘は、室井や尾崎の提督が指揮をとることになる。

 

 

「で。司令官。しばらく建造を中止していたが。何があったのだ」

 

軽い雑談を交わした後、長月が本題を切り出す。

 

「大型建造というものができるようになったらしくてな」

「大型建造、だと」

「うむ」

 

大型建造は、提督が任務をこなしていく内にできるようになったらしい。

何でも、資材をいつもより大量に妖精さんに消費してもらうことで、特別な建造ができるそうな。

 

何が建造されるかは、よくわからない。

いつもの通り妖精さんに聞いても答えがない。

提督は大淀と頭をひねりあい、夕張とも連絡を取り合い。

恐らく今までにない艦が建造されるだろうと締めくくったのだった。

 

「大量に消費するとなると、建造を控えるのは分かるが。しかし何故だ? 資材を大量に消費してまでして、行う価値があるとは思えんが」

 

資材は有限で貴重なものだ。

安くない対価を外国に払い、輸送船を必死に護衛し、そうしたものを他と奪い合ってようやく得られるものである。

おまけに艦娘が活動するだけでも、補給やら修理やらで勝手に消えていく。

そうしたことを踏まえた上で、計画的に建造は行われている。

 

長月は最近の、戦艦狙いの建造については苦々しく思っていたのだが、さて。

 

「夕張が、大和を建造できる可能性が高い、と言っていてな」

「大和か」

 

大和型一番艦。

最強にして、某宇宙戦艦のせいで恐らく日本で一番有名な艦。

長月の顔が一気に渋くなる。

 

「神隠しで、ひょっこり現れるかもしれないだろう。それを待てないのか?」

 

神隠しも建造も、どんな艦娘ができるかはわからない。

が、神隠しで大和は出ない、というのは恐らくないと思われる。

 

「国民は、大和の着任を心待ちにしているそうだ」

 

大和の名は有名である。

だからこそ、その艦娘を見たい、という声は大きいのだ。

マスコミも、大和はまだか、と盛り上がっている。

 

一部の人なら、空母や潜水艦を是非、との声が上がるかもしれない。

だが、その声はあまり国民に浸透していない。

 

「国民の意思、か」

 

長月は窓の方を見る。

遠くで第六駆逐隊が、鬼ごっこで童心に帰って遊んでいるのが見える。

 

「司令官。この世も随分と平和になってきたものだな」

「そうかね」

「当分国民が飢え、我慢する必要は無いのだからな。私の時代はそうはいかなかった」

 

この世は曲がりなりにも平和だ。

かつてのようにとはいかないが、深海棲艦と戦いながら、国民の生活をそれなりに維持できている。

少なくとも飢えてはいないし、時間がたつにつれ生活が貧しく過酷になっていく、ということも今のところはない。

 

「“贅沢は素敵だ”とは、よく言ったものだよ。これはまさに、戦時であるのに、戦前のようだ」

 

深海棲艦との戦いは厳しい。

だが、かつての戦争と比べると生ぬるい敵ではある。

決して倒せない敵ではないし、ひょっとすると戦い続けても丁度いい敵ですらあるのかもしれない。

 

これには、艦娘という存在が撃沈しにくいという性質を持っていることが大きい。

だからこそ数に大きく劣りながらも、かの敵と戦い続けられている。

 

「いや、戦前などなかった艦もいるが、私は束の間の平和というものを知っている。私が生まれてしばらくの頃のことを思い出すよ」

 

戦争と戦争の間。

今は、その動乱の中の静寂であると長月は思う。

 

「それはなにより、と、言っていいのかね」

「ああ」

 

やはり軍人とは遊んでいるぐらいが丁度いいのだと思う。

遊び、笑っていられる状況は貴重なのだ。

 

決して戦時に笑いがなかった訳ではない。

ただ、平和の中で笑っていられる時間が素晴らしいのだと思っている。

 

「私たちと戦っていた米国も、こんな気分だったのかもな。楽観的に戦えるというのは気分が良い」

「そうかもしれんな」

 

兼正提督は椅子に座りなおした。

 

「我々は、変わることができたと思うかね」

「間違いなく変わってきている。青葉や夕張のような者たちは、昔ではこうはいかん」

「そう、か。それはよかった」

 

長月は、昔は良かったなどとほざくつもりはない。

昔は今より貧しく、学がなく、人に理解がなかった時代だった。

昔はもっと悲惨で、人に優しくない時代だっのだ。

今は昔より、より良い時代であるとは思っている。

 

「とはいえ、70年経っても、我々は全く学習しないものもある」

 

長月は兼正提督の目をじっと見つめる。

 

「司令官。何故、我々は大和を、戦艦の艦娘をそこまでして求めているのだ?」

 

確かに、戦艦は見てくれはいい。

だが、実際に活躍した、と言われれば微妙と言わざるを得ない。

旧式故にこき使われた金剛型は活躍した、と言えるのだが。

 

「どうしてもそこが分からん。大艦巨砲主義は、良くない夢だったのだ。司令官もそこは理解しているはずだと思っていたのだがな」

「そうなのかもしれん。だが、それは艦の話だ。艦娘は違うだろう。戦艦の艦娘は必ず役に立つ」

 

無論、戦艦が無用の長物だということはない。

深海棲艦の中には姫級と呼ばれる異常に頑丈な個体も確認されている。

そうした艦との殴り合いにおいて、戦艦の有用さは判明している。

 

「わかっているが。もう十分ではないのか。駆逐艦や潜水艦、空母をもっと揃えろと言っているだろう」

 

現在、日本は金剛型4隻、航空戦艦が4隻、そして陸奥を所有している。

これ以上増やすとなると、長門級以上の艦が増えることになるらしい。

姫級の敵もそうそういないのに、これ以上ロマンを求めてどうするのだろうかと長月は思う。

そもそも姫級も、戦艦しか倒せないということもないのに。

 

「何より、予算が必要なのだ」

「何だと」

 

長月は目を細めた。

 

「私も軍部も、そこまで大和が必要だとは思わんが。まあ、大和の建造の名目で、多額の予算が下りることになったのだ」

 

艦娘が戦うのにあたって、消費するのは資源だけでない。

何より重要なのは、金だ。

建造艦の家族への配慮、艦娘たちの居住費、その他事務やらもろもろで金は必要なのだ。

冗談抜きで、多々買わなければ生き残れないのだ。

 

「国民に艦娘を示し続け、予算を回し続けなければ、我々は戦えん」

 

日本の財政は厳しい。

その中で、軍事費をいかに維持するというのは死活問題だ。

そのため国民へのアピールが、広告宣伝が大事なのだ。

 

さもないと軽んじられ、予算を削っていいだろうとみなされる。

艦娘と軍のイメージはタダでさえ低かったのだ。

無理やりに宣伝してきたからこそ、今があると言ってよい。

 

そんな馬鹿なと思うかもしれない。

艦娘を少なくして、国を守り切れると思っているのだろうか。

 

しかし、間違いなく”いる”のだ。

艦娘がいなくても守り切れると思っている人は。

艦娘が不要だと思う人は。

そもそも守らなくてもいいんじゃないかと思う人は。

そして、決して少なくない。

 

「情けない、情けないぞ司令官。我々のやることがそれなのか? 強そうに見栄を張ることが私たちのやることか? 実際に活躍することはどうでもいいのか?」

 

長月としては、見てくれだけを優先するのが気に食わない。

艦娘たるもの黙って戦って活躍すれば、おのずと信用されると信じている。

必要なのは建前より、実利なんだと信じている。

建前で腹が膨れるものか。

 

「そこまでは言っておらん」

 

尾崎提督がたしなめる。

 

「長月、長月。そもそも軍人があれこれ、口出しをする時代はとっくの昔に終わったのだ。決まった以上、我々はもう国民の意思に介在するべきではないのだ」

 

それを聞いて、長月は肩を落とした。

 

「そう、か」

 

長月はそもそも一兵士に過ぎない。

だから尾崎提督はこう言っているのだ。

黙って従え、と。

 

「そうだったな。失礼した。わかった。それなら司令官に従おう」

 

そうして、長月は足取り重く、部屋を去っていった。

 

「すまない。苦労をさせる」

 

兼正提督は、少しの間何かを考えた後、書類仕事に戻り始めた。

 

**

 

「命令に従うのは、異論がないのだがな。何だろうな」

 

長月は部屋に戻ると、机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。

そのノートには5ページに渡って、一人の少女の人生が書き記されている。

生まれのこと、家族のこと、ひどく傷ついた思い出。

 

5ページの後は、空白だ。

かつて長月になる少女が、空白に何を書こうとしたのか。

長月は思い出せない。

 

もしかすると、思い出そうとしていないのかもしれない。

所詮、自分にとって、その程度のものだったのかもしれない。

 

今、自分たちには、家族同然の仲間たちがたくさんいる。

だが、いずれそれは、踏みにじられるものなのだろうか。

そう、まるで昔のように。

 

「こんな物なのか? あれだけ戦って、あれだけ犠牲にして。私たちが欲しかったものはこんな物なのか?」

 

長月が再びこの世に舞い戻り、戦い始めて随分と経った。

そうして、今、ささやかな平和が得られたはずだった。

 

だが、その平和のために失ったものの正体を知って、憤慨してしまった。

そして今、失ったもののために仕事をして、必死にもがいている。

 

「それでもまだ、犠牲を尽くしながら戦わなければならないとは。何の冗談だ?」

 

これからも艦娘が増えるにあたって、多くの人を消費することになるのだろう。

そして、恐らく、ごくつまらない理由で、昭のような人間が犠牲になるのだ。

 

納得できる理由であれば、そうであれば仕方ないと、割り切れたのだが。

 

「青葉。お前が言っていたことはこういうことなのか?」

 

青葉が何に苦しんでいたのか、少し理解できた気がした。

 

「いや、まだだ。希望はあるはずだ。戦い続ける限り。私たちは終わらんぞ」

 

青葉の言っていたように、立ち止まるわけにはいかない。

艦になることで、苦しむ人はこれからも増え続ける。

そうした人を見捨てるわけにはいかないのだ。

 

「司令官。私は何をしたらいい?」

 

 

**

 

 

―何より結局、全部無駄になるのだから。

気になってもいいと思うけどね。

 

 

 




これで本編は終了。

今後は、後書きと番外編の話を1話ずつ投稿予定です。

こちらは出来次第になります。


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PS.1999

後書きです。
台本形式です。
好 き 勝 手 に 書 い て ま す。


多摩「“絶望の国の希望の艦娘たち”を読んでいただき、ありがとうございます。この小説を見て下さった全ての人には感謝を。評価、感想してくださった皆さんにはスペシャルサンクスを」

 

陸奥「ダークな作品の中でも少数派な部分を攻めている作品だと思うけど。それなりに評価されたことには驚いたわ」

 

多摩「だにゃ。さて、作者から後書きのスペースを貰ったけど、どうすればいいんだろう。4500字程度、埋めなきゃいけないにゃ」

 

陸奥「とりあえず、皆を呼んだら? 二人だけで話すのも乙だけど、勿体ないわ」

 

 

長月「さて、呼ばれて来た訳だが。後書きとは、いったい何をするのだ?」

 

夕張「作品の解説とか?」

 

加古「いいねぇ。一個一個解説していこうよ」

 

多摩「えー。そんな、徹子の部屋に呼ばれた芸人じゃないんだからにゃあ」

 

陸奥「あらあら。皆、気になっていることは多いんじゃない?」

 

夕張「どうして、サブタイトルが洋楽なんですかね。1999とか杜王町ハウスで聞きましたよ」

 

多摩「ダメ?」

 

長月「敵国の言葉を使うな、とかは言わんが。軍歌とかでは駄目なのか?」

 

陸奥「私個人的にはいきものが○りとか、マキシマム・ザ・ホ○モンとかを推したいわね」

 

多摩「う。作者もそこまでは考えてなかったにゃあ」

 

青葉「あ。というか、ここはこんな感じで進めてくのですね」

 

多摩「だにゃ。カーニバルでファンンタズムだにゃ」

 

 

加古「じゃあさ。聞くけど何でこの作品、わけわかんないのさ。教えてよ。アタシゃあ、わかんないことばっかりだよ」

 

夕張「後は詳しい艦娘の設定とかね。私、気になります」

 

長月「作者から聞いているのだろう。さあ、キリキリ白状するがいい」

 

多摩「うー、にゃあ。作者はちょっと迷っているんだよね。この作品の設定、また使うかもしれないから」

 

長月「また? 似たような艦これの作品を、作者は書くつもりなのか」

 

多摩「にゃあ。だって文章を書くのが上手くなりたいらしいし」

 

長月「それならいいが」

 

多摩「コンセプトは違うけど。でも、使わないほうの作品もあるんだよね」

 

加古「何って言うの? その作品とかって」

 

多摩「設定を使う方の作品は“救済の技法”(仮題)。叢雲が主人公の話で、本編全10話の予定だにゃ」

 

陸奥「叢雲って青葉の写真に出てた娘よね」

 

多摩「だにゃ。この作品の青葉の話を発展させたようなノリになってるにゃ」

 

青葉「私を。ですか」

 

長月「あまり明るい話じゃなさそうだな」

 

多摩「ぶっちぎりで暗くて陰湿な話になると思います。ただ、そういう話を公開していいのか、作者は迷っているんだにゃ」

 

陸奥「私はいいと思うけど。好きな話を書いて見せてこそ、ネット小説じゃないの?」

 

加古「さあねー。アタシは面白ければそれでいいけどなー」

 

多摩「まあ、もう一回書いてみて、面白いと思ったら投稿するかな?」

 

 

青葉「もう一つの作品は?」

 

多摩「設定を使わない方の作品は、“君の最高の悪夢”(仮題)。熊野が主人公で、本編全14話の予定だにゃ」

 

加古「ああ、前書きで言っていた」

 

長月「名前からして結局暗い話ではないのか?」

 

多摩「いや。明るい話だよ? バットエンドになるけど」

 

青葉「結局、暗い話じゃないですか」

 

多摩「ま、まあ。艦これ以外の二次創作を書くかもしれないし。遊戯王とか、Fateとか、蒼き鋼のアルペジオとか。後は、作者が最近ハマってるローグライクでもいいかな。全部TS小説になると思うけど」

 

陸奥「作者好きねー。TS小説」

 

加古「というか、ローグライク好きなの? マゾ向きなんだね」

 

多摩「いいじゃん。皆シレンとか好きでしょ」

 

陸奥「やってたわねー、シレン。こばみ谷で最強装備育ててたのに、全部パーになって止めたけど」

 

夕張「(最終問題で簡単に最強装備作れるのは言わない方がいいよね?)」

 

 

青葉「それはそうと、昭さんをTSさせたのはどういったお考えで?」

 

多摩「さあ? どうだろうにゃー。そこは自分で考えて欲しいにゃ」

 

夕張「つーか。アレですよ。何でTS小説なのに。TS要素が薄いんですかね」

 

多摩「作者はTS小説のお約束を守る気が無いからにゃあ。そういうのって他の人がやっているし。そっちの方が上手いだろうし」

 

陸奥「あら? 私も自分の体を風呂場とかでマジマジと観察した方が良かったかしら?」

 

加古「ま。昭はそういうのに飢えてなさそうだしねぇ」

 

夕張「作品によっては、作品内で恋愛させたくないからTSさせた、なんて理由があったりするぐらいですから。TSさせる理由は人それぞれでしょう」

 

多摩「夕張は詳しいにゃあ」

 

夕張「何でそんな目で見るんですかね。私はネット小説に選り好みしてないだけです。そもそも、私たちは皆、作者の一部なんですから、皆知ってて当然でしょう?」

 

陸奥「そうだけど。それは言わないでおきなさいな」

 

 

長月「夕張はネット小説の話でも普段からするべきではないのか? いつもの話より、そっちの方がありがたいのだが」

 

夕張「こっちの趣味は本気じゃないのよ。私の本命は研究だから」

 

長月「いや。だからと言って私に、艦娘周りの水の流れの数字云々の話をされても困るのだが」

 

夕張「艦娘周りの非定常流体力の数値シュミレーションに関する研究とかそういう話を私はしたいの。話されても困るのは分かってるけどもぅ。誰も話を分かってくれないから寂しいのよ」

 

陸奥「ひくわー。まじひくわー」

 

青葉「長月さんも、苦労されてますね」

 

陸奥「私はネットとかに詳しくないけど、夕張ちゃんの部屋に置いてあった、世界的に有名な海賊マンガの話とかで十分なのだけどね」

 

加古「いいよね。海賊マンガ。何かよーわかんないけど。すごい」

 

夕張「私はそこまで好きじゃないんですけどね。あのマンガ」

 

加古「あれ。じゃあなんで置いてあるのさ。丁寧に最新刊まで揃えていたじゃん」

 

夕張「皆が私の部屋まで読みに来るから」

 

長月「お前は床屋か」

 

多摩「あ、2000字越えだにゃ。テンポ悪いからいったん休憩するにゃ」

 

 

**

 

 

長月「でだ、一旦話を本筋に戻してはどうだ?」

 

多摩「本筋とはいったい、うごご」

 

夕張「何? 研究の話?」

 

青葉「ほら、アレですよ。アレ」

 

陸奥「そもそも本筋なんてあったかしら?」

 

加古「アタシは好きだけどね。こういうの。ゆるくてさ」

 

長月「まあ、後書きに何を書こうが、作者の勝手なのは知っているが。もう少し読者に配慮した内容をだな」

 

多摩「問題はそこなんだよ。書き物で何を書くかは作者の自由だけど。書き物で何を読むかは読者の自由なんだにゃ」

 

青葉「どういうことですか?」

 

多摩「まあ、何を書けばいいのか、さっぱり分かんないんだよにゃあ。作者が読者に配慮するのはいいけど、配慮がすぎるのもどうかと思うんだよ」

 

陸奥「小難しいことを考えるわね。自然にしていればいいのに」

 

多摩「(それができていたらこうも、書くのに苦労していないんだろうけどにゃ)」

 

青葉「なるほど。ではひょっとして、この作品自体も何を書けばいいのか分かってなかったりしてます?」

 

多摩「流石にそれはないんだけどね。一応、この後書き部分も何をメインに書くのかは決めているし」

 

夕張「書けばいいものがわかってないのに、書いてるって不思議ですね」

 

多摩「書いてて初めて気づくものもあるんだよ。誤字とかもそうだけど。書いている作者も、どう書きたいか分かっていないから。書いて見ている、という面もあります」

 

長月「ということは、何を書いたらいいのかは決めているが、どう表現したらいいのか迷っている、ということでいいのか?」

 

多摩「まあ、そうなるにゃ」

 

加古「変なことやってんだね。読んでて分かりやすい文章書いてたらいいじゃん」

 

夕張「コミュニケーションって難しいわ」

 

青葉「全くです」

 

長月「(武人らしく堂々としていればいい、と言うのはこの時代に合わないのか?)」

 

陸奥「(考えすぎだと思うんだけど。ま、人それぞれよね)」

 

 

多摩「まあ、読者受けの良い作品というのも、書いて見たいとは思っているらしいけど」

 

夕張「読者受けのいい感じですか? 最強ものとか恋愛ものとか」

 

陸奥「あらあら。空気を読むのは結構大事よ?」

 

青葉「空気読むのって、結構疲れますけどね。大事です」

 

多摩「いや、その表現は間違いだにゃ。でも、最強ものとか、恋愛ものとかって一回書いて見たいと思っているんだにゃ」

 

加古「恋愛はわかるけど。最強ものって何さ」

 

多摩「ワンパンであらゆる敵を倒したりとか。どんな問題でも力で解決できる、とかね」

 

夕張「力こそ正義って奴ですよ。ありふれてますから。作者の力量が顕著に表れる作品だとは思うけど」

 

加古「いや、どんな小説でも作者の力量は現れるじゃん?」

 

陸奥「でも、作者にできるかしら?」

 

多摩「今は無理だと思う。でも、いずれ書いて見たい。そういうものに、作者はなりたい」

 

青葉「誰よりも強いって気持ち、今一つ理解しがたいのですけど」

 

多摩「書くときの一番の障害はそこだろうにゃ。無茶苦茶強いって、物語的にも本人的にも、案外デメリット多いんだよにゃあ。いろんな作品で散々言われていることだけど」

 

加古「へー。でも、強いことのデメリット? 何だそれ」

 

夕張「戦艦あたりだとわかりやすいんじゃないかしら。ねえ、長月」

 

長月「つまりだ。最強の日本戦艦より、旧式の戦艦の方が幅広く使いやすいだろう。強いということは、そのまま重さに直結するからな」

 

陸奥「呂布とかもそうだけど。そういった人を主人公にするには、いささか問題が生じやすいのかもね」

 

多摩「最強ものは作者も考えてますが、上手い落としどころが見つからないです。案外深いジャンルなのかもにゃ」

 

夕張「妄想がたぎるわね」

 

長月「別に、無理に落ちを作る必要はあるのか? ただ、日常を眺めていたい、という話の作りもあるだろう」

 

陸奥「最強になった後で、のんびりと余生を過ごすってのも素敵ね」

 

青葉「なんか、枯れてますねぇ。確かに、素敵ですが」

 

加古「平和って素敵だよ。ゆっくり皆で一緒に酒でも飲んでさ。夜更かしできるのって最高でしょ」

 

 

多摩「そーいや、作者が一つ気になっていて、皆に聞いてみたいことがあったにゃあ。各艦娘のキャラの台詞って、上手く表現できているのかにゃ」

 

長月「皆、というのは、読者のことか」

 

多摩「だにゃ。基本的には、どのキャラでも“こんなことは言ってないけど、ギリギリ言いそう”な台詞を心掛けているつもりらしいけど」

 

青葉「青葉は上手く表現できているつもりがしないのですけど」

 

加古「アタシもだよ。何でアタシが、めんどくさい話をしないといけなかったのさ」

 

長月「私はあれでいいと思ったがな。加古は艦娘でなかったら、何をするつもりだったのだ?」

 

加古「アタシ? そりゃあ、居酒屋とかスナックとか、キャバクラで働いていたんじゃないかなあ。ま、ホントはケーキ屋さんとかで働きたかったけど。この時代じゃあねえ」

 

青葉「加古はそんなこと言わない」

 

陸奥「加古についてはあまり弁解できないのだろうけど。青葉がこんなキャラをしているのは、番外編を見ればわかるみたいよ?」

 

多摩「姑息な宣伝を」

 

青葉「ここで宣伝って、この小説を読んでいる人の宣伝になっているのでしょうか?」

 

多摩「い、言ってみたかっただけだにゃ。あと、コメントをしなくても大丈夫だにゃ」

 

陸奥「沈黙は語る、かしら」

 

多摩「だにゃ。沈黙も大切なコメントだと思ってるんだにゃ」

 

加古「強がりだね」

 

多摩「強がりじゃないもん。本当だもん」

 

 

長月「でだ、ここらへんで、最後に落ちをつけてしまったらどうだ?」

 

多摩「何で?」

 

長月「いや、もう目標の4000字も越えているのでな。作者的には最後は綺麗に落としておいた方が良いのだろう?」

 

多摩「まあ、そうかだにゃ」

 

青葉「終わりよければすべて良し。というわけですね。この作品においてそれが当てはまるかは分かりませんが」

 

加古「多摩のいいとこ見てみたい」

 

多摩「そうだにゃあー。うーん、じゃあ。これ、これ全部な。本当に起きてるわけじゃないんだにゃ」

 

夕張「知ってた」

 

陸奥「というより、作者も“この作品はフィクションです”って言っているじゃない」

 

青葉「そもそも当たり前のことですよね」

 

長月「もうネタに走るんじゃない」

 

多摩「もういいにゃ」

 

全員「どうも、ありがとうございましたー」

 

 

 




明日に、番外編を投稿。


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EX.2D or not 2D

おまけ。

この作品はこれで本当におしまい。

2016/12/4 台詞を修正


長門にとって陸奥は、よくできた妹、といった感じである。

殴り合いが自慢な自分とは違うやり方で、皆と仲良くなれるのが妹だと思っている。

なぜ妹がそうなのかはよくわからない。

とはいえ、羨ましい、妬ましいとは思わない。

何故なら彼女はこの長門の妹で、誇りあるビッグセブンの一員なのだから。

 

「しかし陸奥のやつはここで何をしているのだろう?」

 

長門はそうこぼす。

ここは呉の建造ドッグ。

艦娘の建造はここで行われるが、修理はここでなくてもできる。

よって、ここに妹が来る必要もないはずなのだが。

どういう訳か、妹は呉に来るたびにここを訪れている。

 

「長門か。久しいな。建造ドッグに何用だ?」

 

建物の前で立っている長門に、目に優しい艦娘、長月が話しかける。

 

「ああ。妹の陸奥を知らないか」

「陸奥か。アレなら今、娯楽室にいるよ」

 

どうやら妹は娯楽室で遊んでいるらしい。

 

「そうか。ありがとう」

「構わない。娯楽室は一階の風呂場の隣にある。案内しようか」

「いや。大丈夫だ」

 

かつてここで艦娘長門は建造された。

娯楽室は使ったことないが、建物の中はだいたい覚えている。

一人でもいけるだろう。

 

 

「入るぞ」

「はあい」

 

長門は3回ノックしてから中に入る。

そこで見た光景に絶句することになる。

 

「陸奥。どうして下着姿でいるのだ」

「あら? ダメ?」

 

妹はエアコンを着けた部屋で、下着姿でゲームをしていたのだ。

いや、それ自体はまあ、いい。

普段の妹の私部屋での生活はそんな感じだったのから。

 

「余所でその恰好をするのは、だな」

「いいじゃない。言うほど余所でもないんだし」

 

そうかもしれないが、長門としてはもどかしかった。

どうしてこうも、こういうところは自分に似てないのだろうか。

艦娘がそういうものとはいえ、謎である。

 

「夕張も止めてくれ。というか、何故陸奥とゲームをしていないのだ」

「いいんじゃないんですか? 建造中でもないですし。あと私、3D酔いするのでエアライドとかはしないんですよ」

「むう」

 

夕張は巨人が出てくるマンガを読んでいた。

夕張としては陸奥とゲームをすると、大抵ボコボコにされるので嫌だったりする。

この前もスマブラでメテオを決められたし。

そういうのは神通さん辺りとやってほしい所だ。

 

「どうして、ここでゲームをする必要があるのだ?」

「キューブとかって、横須賀には置いてないのよね。いつかは給料で買いたいと思ってるけど」

「そういうものか?」

 

長門はゲームをするにしても、ゲームならなんでもいいような気がするのだが。

 

「まあいい。陸奥、そろそろ行くぞ」

「行くって、まだ全然早いでしょ」

「あれ。陸奥さん、長門さんと何処かに行く予定でも?」

 

現在時刻、マルハチマルマル。

夏の比較的涼しい時間だ。

本日は曇天なりで、お出かけには最適である。

 

「大和ミュージアムにね」

「ああ。なるほど」

「長門ったら行くといって、聞かないのよ」

 

大和ミュージアム。

正式名称、呉市海事歴史科学館。

戦艦大和を中心とした艦の博物館である。

現在も、小さな子から大きな子まで人気の観光スポットである。

 

「私をそんな子供みたいな扱いをするんじゃない。ここは、戦艦としてだな。いち早く見極めをしようと」

「はいはい。わかったから。ちょっと化粧するから待ってましょうねー」

「話をさえぎるんじゃない」

 

そういって、陸奥はゲームを切り、部屋を出ていく。

長門もそれを追う形で部屋を出て行った。

 

夕張はその様子を黙って眺めていた。

ゲームをちゃんと片付けろよ、と思ったが、まあ、いつものことだ。

どうせ帰ってきてまたやるのだろう。

しかし―

 

「やはり似てるようで似てないようなところとか。慣れたやり取りみたいなのって、兄弟なんですねえ」

 

夕張はそう思った。

艦娘の姉妹も、血がつながっていようといまいと、確かなつながりがあるのだろう。

 

 

**

 

 

さて、呉というのは軍工廠で栄えた地域であるが、現在艦娘以外の艦の建造は微小だ。

しかしここで培われた造船の技術は今もなお現役であり、造船の町として、そして国防軍基地防衛の要として栄えている。

 

また、市の取り組みとして軍事関連施設を重要な観光資源としている。

深海棲艦が跋扈するこの時代、軍事活動をアピールすることは重要だ。

政府と軍からの支援もあって、呉は全国有数の観光地となっている。

 

あ、大和ミュージアムへの観光ならごく近場にある、てつのくじら館の見学もついでにすることをお勧めします。

現代の潜水艦のいいところ、沢山知ってもらえると嬉しいです。

 

「随分とにぎわっているな」

「そうねー」

 

当然というか、なんというか。

大和ミュージアムは活発だった。

朝の早い時間であるが人の出入りも多く、よく親しまれているようだ。

ポスターなどを見る限り、度々イベントも行われているらしい。

 

 

そうして長門たちは大和の模型を見たり、町の歴史を見たり、甲標的を見たりしていた。

 

そんな中、二人は自身の艦の小さな模型をまじまじと見ていたのだが。

 

ふと長門が周りを見渡すと、一人の少女の視線に気づいた。

白髪に近くない銀髪をしていて、赤い眼をしている。

体のラインが見えるセーラー服を着ているため、小さい割にスタイルの良い体型が良く見える。

どこのかは、誰かは知らないが間違いなく艦娘だろう。

視線を合わせると、目をそらした。

 

陸奥が長門の様子に気づき、未知の艦娘の方を見ると、納得したようだ。

 

「あら。貴女は叢雲ね」

 

陸奥が、叢雲の方に歩み寄り、話しかけた。

 

「そういう貴女は。陸奥、かしら」

 

声の起伏がなく、平坦だ。

それでどっかそっけない。

 

「あらあら。私服なのに、私が見ただけで分かったの?」

「ただの勘よ。スタイルの良い別嬪さんの二人組だから、長門型二人の艦娘だって思っただけ」

 

長門は一応納得する。

私服で隠せば、艦娘だということはばれないと思っていたが。

長門型のボディは立派なので、見てわかるものなのかもしれない。

 

「それを言うならなんで、私を見て叢雲だって気づいたの。貴女と私に面識があったっけ」

 

支給された制服を着ていたら艦娘だって、誰だって気づく。

だが、姿を見ただけで、あれはどの娘だ、と言うのは相当に難しい。

見ればわかる、という娘もいるらしいが、長門にはよくわからない。

 

「青葉の写真で、貴女を見かけてね」

「そう、通りで」

 

そもそも呉の艦はそこそこ個性的で、叢雲の個性の強さは標準的だ。

叢雲の外見は特徴的な色だし、スタイルも外見年齢の小ささの割には十分すぎる。

紹介されれば、一発で覚えそうだが。

 

まあ、今まで知らなくても無理はない。

個性的な奴らがいっぱい、それが呉鎮守府なのだ。

長門たちも呉をそこそこ訪れたことがあるが、全員の名前を覚えることはまだできていない。

 

「改めて初めまして、と言っておこうかしら。私は、呉鎮守府所属の吹雪型駆逐艦の艦娘、叢雲よ。こうやって名乗るのも変だろうけど」

「あら、呉所属なのね。私は横須賀鎮守府所属、長門型の妹の方。陸奥よ」

「私は横須賀鎮守府所属の、姉の方の長門だ」

「よろしく」

 

態度はそっけないが、誠意が感じられる。

案外真面目なのかもしれない。

 

「で、貴女たち、ここに来ているってことは、戦艦大和を見に来た、ってことでいいのかしら」

 

大和について見に来たのであるし、おおむねそれで違いない。

 

「そうねー。言い出したのは長門だけど」

「ふーん」

 

二人して、長門の方を見る。

叢雲は頷き、陸奥は微笑んでいる。

 

「二人して、なんなのだ」

「別に。陸奥はいい姉を持ったな、って思っただけだから」

「あら、貴女もそう思う?」

「羨ましいわね。誇れる姉を持つ、というのはどんな気分なのかしら」

 

陸奥はそれを聞いてたしなめる。

 

「あら? 貴女も吹雪型の姉が沢山いるじゃない」

「ま、そうだけどね。貴女のたった一人の姉には負けるわ」

「ふふふ。ありがと」

 

姉の話、というのは話が弾む。

何より話題にしやすく、共感を覚えることも多い。

 

「なんなのだ」

 

そうして置いてかれるのは姉であり。

寂しくはないが、ちょっと気に食わないのである。

 

「で。話を戻すけど。大和を知るのに良い資料がいるのだけど。どうかしら」

 

陸奥は、長門に視線を流す。

どうやら長門も理解できていないらしい。

 

「どういうことかしら?」

「ああ。そう言えば貴女たち。艦娘になりそこなった者と、できそこなった者と呼ばれる艦娘についてはご存じかしら。横須賀で認知されているか知らないけど」

 

陸奥には何故だか思い出せないが、心当たりのある話だ。

今日の天気の話をする調子で、叢雲は話しにくい話をする。

 

「そんな言葉は初めて聞いたな。どういうことだか説明してもらえるか」

 

長門が問い詰める。

 

「艦娘になりそこなった者は、艦娘でありながら艦娘であることに耐えられない艦娘たちのことを言うのよ。陸奥は青葉に会ったでしょ?」

「ええ」

 

そうだ、あの青葉なのだ。

陸奥は何とか明るく取り繕うとして、失敗していたあの姿を思い出す。

 

「私は、そういう言い方は好かん」

 

長門が不満を表す。

“なりそこなった”、“できそこなった”といった言葉を差別的に思ったのだろう。

彼女らを、劣ったものとして扱っているのではないか。

他にもっと良い言い方がないものか。

 

「私も嫌い。でも、他に言い方が決まってないのだって。それに、そういう艦娘たちって、確実に“いる”のよね」

 

叢雲はじっと長門を見つめる。

見つめさえすれば、いくらでも見つめてくるような眼をしている。

 

「貴女たちの目の前にもね。私も青葉と同じ、なりそこないよ。でも、だからといって私たちが劣っているとは思わないわ」

 

三人の間に沈黙が流れる。

 

そうした中で口を開いたのは叢雲だった。

話を続けるつもりのようだ。

 

「で、艦娘にできそこなった者って言うのは、艦の心を持ちながら、艦娘としての性能を持てなかった艦娘のことを言うのよ」

 

人から艦娘に成りそこなった者ではなく、艦娘として出来そこなった者。

艦娘としての心構えが至れなかったのではなく、艦娘としての出来が不十分だった者。

そういったことを叢雲は言っているのだ。

 

「彼女は主砲も撃てないし、エンジンも動かせない、砲撃雷撃にも耐えられない。浮かぶことしかできない」

 

とはいえ、重さとも言えるものがある。

対空兵装が取り付けられないというものや、輸送船並の速度しか出せないなんてものも。

そこらへんは艦娘それぞれである。

 

「つまり、より良い資料というのは」

「そういうこと。本人に聞くのが一番でしょ」

 

戦艦大和。

艦娘として建造された彼女は、重く不完全な艦としてこの世に舞い戻ることになった。

 

「大和は既に建造されていたのか。しかし、どうしてだ」

「何、不満なの」

「そんなの、あんまりだろう。艦としてこの世に戻りながら、海で戦うことが許されないのか」

「尾崎提督もそうだけど。皆いい加減よね。扱いが思いつかないからここに回すなんて」

 

憂う長門を叢雲は鼻で笑う。

 

「建造が思い通りに行われる保障なんてどこにも無いのに」

「だが、妖精さんは」

 

目を細め、そして何故か視線を下にそらした。

 

「あのね。基はと言えど、私たちは工業製品なのよ。違った品が出来ないなんていうことは、ありえないんだから。お店に並ぶ菓子だって、絶対それが一個一個が違わないっていうの?」

 

自信ありげに、しかし、尻すぼみに話す。

 

「そもそも、人間だって出産が無事に済むなんて。そういものが間違っているとか、正しいかなんてどうでもいいじゃない。そういうのはあるのだから。だから、ま。そういうことなのよ」

 

陸奥は思う。

やはりこの艦娘も、青葉と同じなのだろう、と。

彼女は何となく気取った感じがあるが、上手く気取れていない。

叢雲と言う艦娘は、そういった意味で“なりそこない”、なのだろうか。

 

そうして再び沈黙が流れる。

またしても口を開いたのは叢雲だった。

 

「で、会うの?」

 

陸奥が長門に視線を合わせると、長門は口を開け閉めし、頷いた。

 

「わかった。会おう」

 

小さく、くぐもった声で叢雲は答えた。

 

「ありがと」

 

そして、さらに視線をそらす。

 

「大和の気持ちを汲み取ってもらえたら助かるわ。呉に着任したのはいいけど。この仕事を回されたことを気にしているみたいだから」

 

どうやら大和はここで働いているらしい。

どういう仕事をしているのかは想像つかないが、満足はしてないと思われる。

 

「それに、もっと皆と。大和について話がしたいのだって」

 

何と声をかけてやればいいかは長門にはわからない。

しかし、ここで長門として引くわけにもいかない。

そんなことをしたらビッグセブンの名が廃る。

ここはただ、長門として突き進むのみ。

 

「陸奥がその辺りのフォローをしてくれればいいと思うわ」

「え、ええ」

 

正直、陸奥には手が負えない気がするのだが。

とはいえ、しっかりフォローするつもりではある。

姉が不味い状況を作り出すことはまずないだろうが。

 

「さあ、こっちよ。約束は取り付けなくても、事務の方に声を掛ければ会えるわよ」

 

 

 




大和の台詞は、ホテルです、ホテルじゃないです、って言わせるところまで想像して、諦めた。


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