「もしも苦労人がカルデアのマスターだったら」 (HK416)
しおりを挟む

『ド外道の苦労人に付いてきてくれる英霊もいる』

やっちゃったぜ!

書きたくなったから書いてしまった。反省はしているが後悔はしていない。許してくれ。
こっちの方は作者が満足するまで付き合って下さい。エロも書きますから!(土下座


 苦労さんの策謀によって、なんやかんやあって人類絶滅の危機に直面した弐曲輪 虎太郎。

 その原因を探り、排除するため、アルフレッドと共に米連に飛び、必要な技術と技術者を根こそぎ強奪した。

 

 そして、アルフレッドの演算能力、多くの技術者の叡智により、過去への時間旅行を可能とした。

 それだけではない。人類絶滅の原因を排除するため、英霊を召喚するフェイトシステムを完成させたのである。

 

 今日も今日とて、苦労に絶叫を上げ、外道行為で仲間に悲鳴を上げさせながら、御館様は人類史救済の道を行く――――!

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 ある日のカルデア

 

 

「…………やべーよ。おい、やべーよ」

 

「ぬ。どうしたのだ、アーチャー。そんな物陰に隠れて」

 

「あ、旦那。いや、ちょっとその、マジやばい事態に直面しちまってさ……」

 

 

 カルデアの通路にて、緑衣のアーチャーと黒衣のアサシンがかち合った。

 

 緑衣のアーチャーの真名はロビンフッド。

 彼の義賊――そのものではないものの、彼に近しい人物として本来の名を奪われ、英霊の座に至った弓兵である。

 

 黒衣のアサシンの真名はハサン・サッバーハ。

 代々“ハサン”の名を継いできた“山の翁”。数あるハサンの中でも“呪腕のハサン”と呼ばれる暗殺者。

 

 

「旦那。見てくれよ、アレ……」

 

「何をそんなに――――ああ、アレはヤバい!」

 

 

 ロビンが視線を向けた先に、ハサンは呆れながら同じく視線を向けたのだが、次の瞬間、髑髏の仮面の下でぶわっと大量の冷や汗を掻いた。

 

 

「……………………」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「……………………」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 視線の先では、召喚されたばかりの二騎のサーヴァントが睨み合っていた。

 

 片や酒呑童子。童女の姿に相反する額から生えた鬼の角。

 日本を代表する鬼の代名詞。平安の世に悪名を轟かせた大江山の大首領。

 

 片や源 頼光。史実に語られる勇猛な男性ではなく、事実は歪んだ母性に満ち溢れた女性である。

 自らの配下である四天王を率い、数々の怪異を討ち滅ぼした平安最強の武士。

 

 片や討ち滅ぼされた者。片や討ち滅ぼした者。

 少なくとも、両者の関係が良好でない事だけは確かである。

 

 互いにドス黒いオーラを放ちながら、睨み合う。

 此処は地獄の窯の底か、と疑いたくなるような光景であった。

 

 

「おいおいおいおい、どうすんだよコレ! どうすんのコレ!? 大将が見たら!」

 

「い、いや、我らで何とか、何とか……何とか出来ん! ☆5連中でなければ相手にならん!? どうするべきか!」

 

「――――騒がしいぞ。どうした、アーチャー、アサシン」

 

「「☆5キターーーーーーーーーッ!!!」」

 

 

 これから始まるであろう凄惨な殺し合いを予想して戦慄し、慌てふためくロビンとハサン。

 

 其処に通り掛かったのは黄金の鎧に身を包んだランサーであった。

 彼の真名はカルナ。マハーバーラタで語られる敗北する側の英雄。

 施しの英雄と呼ばれ、虎太郎とアルフレッド、技術者によって築かれたカルデアにおいても最古参のサーヴァントである。

 

 

「か、か、か、カルナの旦那! アンタなら、アンタならきっと!」

 

「そうですぞ。貴公ならば…………無敵のインドで何とかしてくだされーーーー!!」

 

「オレ如きで構わんのならば、喜んで手を貸すが――――」

 

「「アンタ(貴公)なら、大抵のことは大丈夫だよぉ!」」

 

 

 ロビンとハサンの慌てぶりに、必要以上の謙遜を見せながら物陰から地獄を覗き見たカルナは――

 

 

「――無理だ」

 

「「何でぇ……?!」」

 

「力尽くでならば、どうとでもなる。しかし、それでは意味はあるまい。両者の因縁にオレは割り込めん。一時、事を凌いだところで意味がない。我々の目の届かないところで再燃するのは目に見えている。何より――」

 

「アレ、どうしたお前等? 何かあったー?」

 

「この通り。オレが止めるよりも、マスター(やつ)が来る方が早い」

 

「「」」

 

 

 更に通り掛かったのは、カルデアの総責任者。

 人類救済を目的とした我らがド外道。弐曲輪 虎太郎であった。

 

 通り掛かりにコントを繰り広げる三人を発見した虎太郎は、胡乱な瞳を向けている。

 

 

「実はな――――むぐっ」

 

「いや、何でもないですぞ! 何もありません、主殿!」

 

「そ、そうそう! 全っ然! 何の問題もないぜ、大将!」

 

「ふーん。…………で、何かあったのか、カルナ?」

 

「邪魔をしないでくれ、アサシン。先程、召喚されたバーサーカーとアサシンが殺し合いを始めそうだ」

 

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!!」」

 

「――――――あぁ゛?」

 

 

 カルナは伸ばされた3mはあろうかというハサンの腕を押し退け、二人の必死の抵抗を無に帰した。

 瞬間、虎太郎の両目は沈んでいった。死んだ魚のような目に、昏い昏い暗黒の炎を宿して。

 

 その目を見ると、ロビンとハサンは全身を脱力させた。ああ、もうこれはダメだ、と。

 

 脱力した二人、両腕を組んで推移を見守るつもりのカルナの横をツカツカと通り過ぎ、虎太郎は地獄の窯の底に降り立った。

 

 

「おい、今すぐ止めろ。ここでは私闘厳禁だ」

 

「御断りやね。ウチは好きにやらせて貰う、と言うたはず。まして、この牛女を前にして、ねぇ?」

 

「あらあら、ぶんぶんと羽虫が鬱陶しい。マスター、お待ちくださいね。今すぐ、ぷちっと殺ってしまいますから」

 

「そうかい。アルフレッド、手を貸せ」

 

『お、お断りします! 彼女達は貴重な戦力……』

 

 

「そうかい。令呪ブースト強制起動。酒呑童子、源 頼光。面倒臭い上に鬱陶しいから自害しろ」

 

「「…………え? ――――――がふっ?!」」

 

 

「や、やりやがったぁ~~~~~!! この腐れ外道!!」

 

「分かっていた! 分かってはいたけれども! この人格破綻者!!」

 

「私闘厳禁。人類救済の道は険しい。当然の規律ではあるが…………もう少し手加減して欲しかった。この人非人」

 

『あああああっ! このドライモンスター!!』

 

 

 虎太郎の情け容赦のない自害命令に、酒呑は自分の胸に手を突き立てて、頼光は愛刀で腹を捌いて、それぞれの霊核を完全に破壊した。

 

 

「ああ、マスター! 貴方という人はまた……!」

 

「本当に情け容赦のない男だな、貴様は…………」

 

「うるせー! これ以上の苦労なんぞして堪るか! 何で身内の関係の調整までしなきゃならねーんだよ! オレが! そんなんするくらいだったら死んで貰った方がマシだわ!」

 

【気持ちは分からないでもないけど、どう考えてもやり過ぎぃっ!!】

 

 

 

 さらさらと赤い砂となって消えていく酒呑と頼光の残骸を発見して入ってきたのはルーラーとランサーであった。

 

 ルーラーの真名はジャンヌ・ダルク。

 数多の奇跡と快進撃によってフランスを救った英雄であり、最後には非業の死を遂げた世界で最も有名な聖女。

 

 ランサーの真名はスカサハ。

 数多の英雄の師であり、人と魔と神を斬り過ぎて、死を奪われた影の国の女王。

 

 

 

「大体よぉ! 何でオレがこんなんしなきゃならねーんだよ! おかしいよ! こういう役割はオレみたいなド外道じゃなくて、正統派主人公、汎用人型救世主の役割だろうがよぉぉぉぉ!!」

 

「いや、大将の言ってることは分かるし、あってるけどね、だからってね、折角召喚した戦力をだね」

 

「いいじゃねーか! アルが居りゃあよぉ! 好き放題に戦力呼べるんだからさ! 何がガチャだ! そんなもんオレはやらねぇぞ! オレの運じゃ更なる苦労を呼び込むしかねぇだろうがよぉ!」

 

「……まあ、主殿の苦労性を鑑みれば、アルフレッド殿によって運要素を排除しなければやっていられないのは分かりますが」

 

「そうだよぉ!! でも、何でぇ!? 何であんな相性最悪の二人を呼んだのぉ! 結果は分かり切ってるじゃん! 令呪による自害以外にありえないじゃん!!」

 

「あ、いえ、それは、私がアルフレッドさんに頼んで、マスターにもう少し、英霊同士の関係を、ですね……」

 

「お前かあぁああぁぁっ!! ジャンヌゥゥゥゥウウウ!!! テッメっ、この聖女、余計なことすんな! このアマっ!! またベッドの上であひんあひん言わせるぞ、ゴラァ!!」

 

「ちょ! そういうことを皆の前で言わないで下さい!!」

 

「流石の性豪ぶりだ。炎の聖女であろうとも、影の国の女王だろうと関係なしとは、恐れ入る」

 

「バっ?! 私に飛び火させるな、カルナっ!!」

 

「…………………………………………済まない、隠しているものとは思わなかった」

 

「あはは~! そうです~! これくらいのご褒美がないとやってられないんです~~!(錯乱」

 

「それでお前の苦労が消えてなくなる訳ではないがな(無慈悲」

 

「うわっ、うわあああああああああぁぁあああぁぁぁああぁぁっ!!(号泣」

 

【…………情けない】

 

 

 目から滝のように涙を流しながら、その場に崩れ落ちる虎太郎の姿に一同の心が一つになった。

 

 

『―――――――っ!』

 

 

 その時、カルデア内部に警報が鳴り響いた。

 その警報は新たな特異点の発見を知らせるものである。

 

 人類史修復、人類救済に必要な敵の打破と排除こそが、彼・彼女らの使命。その表情は凄まじい勢いで引き締まっていく。

 

 

「おい、行くぞ。泣いてる場合じゃなかった。英霊どもよ、オレにオレの仕事を果たさせてくれ」

 

「全く、切り替えの早い。普段からもそうあって下され、主殿」

 

「はいはい、いつも通りでしょ? ハサンの旦那と大将が斥候して情報収集。オレと大将が破壊工作で敵の戦力を削れるだけ削る、ね」

 

「そして、オレとスカサハと虎太郎で、敵の将へと肉薄」

 

「私としては、全力を出させられるのは好むところではないのだが、致し方あるまい。いや、そもそも虎太郎とカルナだけで十分ではないか?」

 

「…………冷静に考えてみるとよ、何でマスターであるオレが最前線でお前等と肩並べて戦ってんだ?」

 

「まあ、そう仰らずに。私とアルフレッドさんでサポートしますので」

 

『皆さま、魔力供給はお気になさらず。どうか全力で』

 

「いや、待てよ? 何かさ、オレのやる事の比重がさ、お前ら一人一人よりも重くね……?」

 

【気のせいだ(だろ)(です)】

 

「嘘を吐くなぁぁぁアアアアアアアアアぁぁああっ!!!」

 

 

 今日も今日とてカルデアに虎太郎の悲鳴が轟き渡る!

 頑張れ苦労人! 負けるなド外道! 人類の命運は君の両肩に伸し掛かっているぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人物紹介

 

 

 弐曲輪 虎太郎

 

 苦労さんの手によりFate/GOと対魔忍の世界観が入り混じった世界にぶち込まれた我らが苦労人。

 前衛系マスター。敵? サーヴァントだけには殴らせねぇ! オレの苦労を考えて! オレにも殴らせろよぉ!

 自害(させる)系マスター。味方? 相性悪いからって殺し合うサーヴァントなんて害悪でしかねぇ、死ね。何? オレの方針が気に入らん? 分かった、死ね。これである。

 

 こんな感じなので、基本的に秩序・善のサーヴァントとは相性が悪い。ぐだ男&ぐだ子、ザビーズを見習ってくれ。

 因みに、混沌・悪とも対魔忍と言う仕事の性質上、相性が悪い。もう君は何なのかね? 選り好みが激しいマスターである。

 

 ただ、本人が使える、と判断したサーヴァントに対しては最大限の譲歩と気遣いを見せる。

 当人が決してやりたくないと考えていることは決してさせず、日常においては好き放題やらせている。

 

 相も変わらずド外道戦法を用い、命を的にして敵をぶち殺す。

 

 今現在、メインで使っているサーヴァントとは意外なほどに仲は良好。

 気に入られる相手には気に入られ、放っておけないと思わせる。嫌われる相手にはとことん嫌われる。何が何でも殺さなくちゃ、と思われる。極めて両極端な評価を得るマスター。

 

 最近、一番の大金星は、グランドキャスター――あのソロモン王の顔面にワンパン叩き込んだこと。

 

 その方法であるが

 

 

「やーい、お前のとーちゃん、ダービーデー!」

 

 

 と、思い切り挑発して動揺した所でぶん殴った。そんな誰でも思いつく方法を実践した上で成功させるとか止めてくれませんかねぇ!!

 

 

 

 

 アルフレッド

 

 コイツがいなければ、この世界でカルデアは生まれなかった。カルデア全ての機能を制御している。もうコイツだけでいいんじゃないのかな?

 本編よりも自身の性能を発揮している。割とガチで人類廃滅の危機に、機械仕掛けの神も重い腰を上げたようだ。

 

 因みに、高度な演算機能によって召喚する英霊を自在に選べる。

 おう、ウチのカルデアに来てくれよ、頼むから。ぐだ男もぐだ子も泣いて土下座して、脚にしがみ付いてウチに来てぇ! 懇願するレベルの存在である。

 だが、虎太郎と英霊との相性を考えているので、中々戦力が増強できない。全部、虎太郎が悪い。

 

 英霊達との仲は極めて良好。マスター適正だったら、断然、虎太郎よりも上である。

 

 特に仲が良いのはカルナさんとジャンヌ。

 カルナさんとは全ての存在、全ての命を肯定している者同士の共感がある。時々、カルナの悩みを相談されたり、アルフレッドが愚痴を言ったりするらしい。

 ジャンヌとは虎太郎の性格を矯正できないものか、と常々話し合っている。ド外道に振り回される者同士である。

 

 最近、一番うれしかったのはカルナさんとジャンヌと出会えた事。虎太郎に戦慄し続けるアルにとって、二人は癒しである。

 

 

 

 カルナさん

 

 ☆5ランサー。聖人枠。戦闘担当。真の英雄は目で殺す――――!

 

 虎太郎&アルフレッドカルデアの最古参。彼は二人目のカルナさんである。

 一人目のカルナさんはアルジュナと一緒に召喚されて、殺し合いを始めそうになったところで敢え無く自害させられた。本気で英霊のことを何だと思っているんですかねぇ。

 当初の記憶は座に戻っており、二人目のカルナさんも当然のその記憶を引き継いでいるのだが、全然気にしない。

 寧ろ、我欲に走った自分が悪かったとすら思っているようだ。カルナさんマジ施しの英雄!

 

 因みに、であるが、このカルナさんはパーフェクトカルナさんである。

 アルフレッドの力によって神々に施された呪いは全部、解呪されたか、意味がないレベルで弱体化している。

 かつて“三界を制覇する”と謳われながら実力を発揮できず、多くの束縛と制約から非業の死を遂げた黄金の英雄は、人類史上最悪の男と人類史最高の人工知能によって、最大限の力を発揮している。

 

 彼が虎太郎に協力することに理由はない。

 彼はただ、自らの力を必要とされたから、己を槍として力を振るっているに過ぎない。

 だが、自らの力を余すことなく振るえる戦場に対して、喜びが隠せない模様。

 

 また彼にしては珍しく、自らの役割を超えて、アルジュナとは違った形で虎太郎に興味を抱いている。 

 人類の悪性、悪食さ、恥知らずさを煮詰めたような男が、如何にして今の道を選択したのか、を気にしているようだ。

 

 

「一言で言えば興味だ。気が向いたのなら、お前の過去も教えてくれ」

 

「聴いても面白くないし、ありきたりだ。気が向いたら教えてやるよ。隠すほどのことでもないしな」

 

「ならば決まりだ。お前の口からお前の話を聞くまで負けられんな。もっとも、お前とアルフレッドが居る限り、我が槍に敗北はないぞ」

 

 

 

 ロビンフッド

 

 ☆3アーチャー。不憫枠。破壊工作担当。御館様と組めば、戦闘前に敵の戦力を9割削ります。無貌の王、参る。

 

 直接的な戦闘能力は他のサーヴァントに劣るものの、極めて高い破壊工作スキルと虎太郎の技能の相性が良い為に重用されている。

 

 性格的な相性は、そこそこ。

 清濁併せ呑める性格なので虎太郎に付き合えるが、生前の自分ですらやらないであろう手段を平然と実行する虎太郎に、戦慄と同時にドン引きしている。

 

 彼が協力しているのは、“ありふれた人々の営みを守る”という思いに共感したから。

 その為に手段を選ばず、何の恥も戸惑いも覚えないながらも、自らの業と共に死ぬ覚悟を決めている虎太郎を、自らと同じ末路を辿らせまいとしている。

 皮肉屋で斜に構えているものの、本質的に青臭い好青年。

 

 今日も今日とてハサンと共に虎太郎のド外道ぶりに泣かされている不憫枠。

 

 最近、一番頑張ったことは、ハサン、ジャンヌと共にソロモン王の強襲を、カルナさん、スカサハ、御館様が救援に来るまで耐え凌いだこと。

 慣れない前線での戦闘、圧倒的な力の差を前にして、決して膝を折らず、弱者のために戦ったその姿は、手段はどうあれ、彼が生前に思い描いた、理想とした騎士の姿であった。

 

 

「へ、へへ。どうだ、大将の真似事じゃねぇが、真正面から正々堂々不意討たせて貰ったぜ……!」

 

「この程度が何になる。結果は変わらん」

 

「だからどうした。最後まで足掻くまでさ。オレは、弐曲輪 虎太郎のサーヴァントだからな!」

 

 

 

 呪腕のハサン

 

 ☆2アサシン。不憫枠。情報収集担当。御館様と組めば、戦闘前に敵の戦力が9割明らかに、仕掛けられている罠は無効化されます。苦悶を溢せ、“妄想心音(ザバーニーヤ)”――!!

 

 レア度の問題だけでなく、元より直接戦闘を得意とするタイプではないので、情報収集担当。

 また暗殺者として罠、毒、拷問の知識が豊富なので、技能的に虎太郎との相性は極めて高い。

 

 性格的な相性は、そこそこ。

 元より仕事人気質であり、仕事に死すら厭わない虎太郎とは気が合うのだが、普段の性格は社会秩序を良しとするため、真性ド外道の虎太郎とは根本的な部分では合わない。

 ただ、そんなド外道が社会を守るために行動しているところは認めている。土壇場での裏切りには至らず、彼の忠義は本物である。

 

 彼が協力しているのは“仕事故”。

 報酬として聖杯を望んでいるものの、二の次になってきている模様。

 普段からロビンと共に虎太郎の凶行に叫び声を上げており、聖杯云々ではなく現状を如何にしてやり過ごすか、の方が重要になってきている。

 

 最近、一番頑張ったことはロビンと同様。

 英霊としての能力は兎も角として、仕える者としては一流の彼の事、敗北すると分かっていてもなお退かぬ様は、“山の翁”に恥じぬものであった。

 

 

「カカ。人類救済に立ち上がった主殿の為に消えるならば本望。聖杯など二の次、手に入らずとも構わんさ。夜に舞い影に忍び悪を誅す! 私は弐曲輪 虎太郎のサーヴァントよ!」

 

 

 

 スカサハ

 

 ☆5ランサー。スケベ枠。戦闘担当。槍の一撃極まれば、神さえ殺してみせようか。

 

 カルナさんに並ぶ虎太郎&アルフレッドカルデアにおける文字通りの二本槍。

 本人は大分嫌がっているのだが、アルフレッドのブーストによって、本来に近い性能を発揮している。

 スカサハ体験イベントで彼女の能力と性格、願いに目を付けたアルフレッドによって強制召喚された。

 

 性格的な相性は、普通。

 ただ、虎太郎はスカサハにとって興味深い存在のようだ。

 才能はある。あるにはあるが、彼女の素質と気質を見抜く才を以てしても、そこそこ以上の評価を超えないにも拘らず、苛烈とは言え単なる努力で、人のまま人の領域を飛び越えた虎太郎は、彼女にとって理解不能の存在。

 彼女が今まで目にしてきた、知っている勇気ある戦士とは違った可能性溢れる存在に興味を惹かれている。

 

 また虎太郎の能力と彼女の望み――“自らの死”は相性が良い。

 邪眼“魔門”はスカサハの不死性すらも奪い取る。本音を言えば、槍を授けた猛犬の一撃による死こそが、彼女の本懐ではあるのだが、そこまで贅沢を言うつもりはないらしい。

 

 あと、ケルト神話出身だけあって、性行為に対するハードルが低いが、永劫に等しい時を世界の外側で世界の終わりを待っていた彼女は性に対して枯れ果てていた。

 のだが、虎太郎の前で不用意な一言を発してしまったので、抱かれる。その上で、性に対する炎が再燃する羽目に。

 それからはもうエロエロお姉さんですわ。Fate/GO世界のアサギ枠だね! は? BBA? 若いし。まだいけるし。

 

 最近、一番戦慄していることは、原初のルーンと魔境の叡智をアルフレッドが、自らの技を虎太郎がガンガン盗んでいくこと。コイツラほんとなんなの状態。

 

 

「はぁあ……♡ 全く、お前と言う奴は、一体何なのだ……」

 

「人間舐めんな。性の業だって成長してるんですぅ。時代遅れのアンタには負けません~」

 

「くっ…………この私が、な」

 

「……アンタ、そういうとこホント可愛いよな」

 

「……っ、…………っっ!(ゲスッ、ガスッ」

 

「痛い痛い。背中蹴らないで。サーヴァントの力で蹴られるとか洒落にならないからね」

 

 

 

 ジャンヌ・ダルク

 

 ☆5ルーラー。エロ&虎太郎のストッパー枠。後方支援担当。我が神は此処に在りて。

 

 カルナに並ぶ最古参。

 アルフレッドに、このド外道に付き合えるのは、これくらいしか……! と召喚されたのが彼女の運の尽き。

 

 性格的な相性は悪くはない。

 純朴で朴訥とした田舎娘であるジャンヌ、平穏を望む虎太郎は日常生活では極めて相性が良い。

 のだが、一度戦いとなれば自分が死んだあとのジル・ド・レェですら裸足で逃げ出すようなド外道行為に手を染めるのが最大の悩み。

 ただ、自ら定めた一線だけは越えない、一般人は命を賭しても守る、という虎太郎の性質。彼女自身の決してマスターを見捨てないという点から付き合っている。

 

 折角、自分とアルフレッドが考えて召喚した英霊たちを容赦なく自害させていく虎太郎に頭を抱えている。

 

 

「確かに、内部分裂とか最悪以外の何物でもないですけど、もう少し手心と言うか、話し合う努力を、ですね……」

 

「知らねぇ。そもそもこっちの話を聞かん奴等と、どう話し合えと? 自害させた方が早い早い」

 

「この強制自害魔!」

 

「させる方だけどな!」

 

 

 こんな会話が正座で繰り広げられるのが、虎太郎&アルフレッドカルデアの日常風景です!

 

 世界の焼却、人類の消滅を望む何者かの手で捻じ曲げられたウィリアム・シェイクスピアの宝具によって、死に至る過程、彼女の身に降りかかった凌辱を想起させられたことがある。

 その折に、カルナと共に命を掛けて自身を助け出し、大丈夫、優しくするから、大丈夫大丈夫、と流されるままに虎太郎に抱かれる。 

 自分でも流されてるな~、チョロいな~、と感じながらも、意外なほどに優しい手付きに、トロトロにされちゃいました。

 流され系聖女。何? 処女じゃなければ聖処女じゃないって? ええやんええやん、聖処女じゃなくても聖女やで? 処女厨(ジル・ド・レェ)は座ってって、どうぞ。もっとも聖女ってよりも性女だけどなぁ!(ゲス顔

 

 

「チッ、うっせーなぁ。反省してマース(正座」

 

「何処が反省している者の態度ですか! 全く、マスターと来たら(クドクドクド」

 

「…………なんか、お前の最終再臨の格好ってエロいよな。見てるとムラムラしてくる」

 

「ひ、人がお説教をしているところで、何を言ってるんですか、貴方は!?」

 

「いや、悪いとは思うけどさぁ。お前、可愛いしなぁ………………なぁ、スケベしようや(ネットリボイス」

 

「あ、ちょ、ま、待って下さい、マスター! まだ夜じゃ、いえ、そうじゃなくて、手を引っ張ら――――もぉおぉおおおぉぉ!!(顔真っ赤」

 

 




仕方がないね。書きたくなっちゃったからね。
感想欄で皆さんの意見を聞いて妄想してる内に、面白くなってしまった……。

あ、あと登場キャラの受付等は行わないのであしからず。どう考えても御館様と仲良くやれない、エロに持ってけないキャラはいますので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人は人にトラウマを植え付けるのも得意とするところ』


当分は、カルデアに召喚された英霊達との日常を描きます。
勿論、エロも書く。書くには書くが、その為の土台も大切だからね。建築も、野菜づくりも、まずは土地から、だからね。

今回は女王と王妃と魔女のお茶会編。スタァットウゥ!!


 

 カルデア女性陣のお茶会

 

 

 

「…………はぁぁあ、つ、疲れた」

 

「ふふ、お疲れ様です。メディアさん」

 

「はいはーい。お茶会のお菓子も用意したから、皆、遠慮しないでね、っと」

 

「…………………………ど、どうも」

 

 

 カルデア内部の一室に複数人の女性達が集まっていた。

 無論ただの人間ではなく、人類史に名を刻んだ、或いは偉業を為した名だたる英霊達だ。

 

 人理修復の為に造り出されたカルデアであるが、その為だけの施設しかない、というわけでもない。

 カルデアの総責任者である虎太郎にとって頭の痛い問題であるが、英霊にとて精神は存在する。

 既に座へと至ってしまったが故に、早々に性格が変わる訳ではないが、精神的な疲労というものは否応なく溜っていく。

 アルフレッドが全権を握るカルデアの機能により、魔力不足で消滅には至らず、肉体的には最高のコンディションが提供されてはいるのだが、精神は如何ともしがたい。

 

 その為、サーヴァント同士の絆を深める、会話や娯楽から精神的な回復を図るという目的で、複数の娯楽室や休憩室が用意されていた。

 彼女達が集ったのは女性英霊しか立ち入りの許されていない休憩室だ。逆に、男性英霊しか入れない休憩室もある。

 

 不思議な事に休憩室の中は、上を見上げれば燦々と輝く太陽と青空と白い雲が、下を見れば季節を問わない花が咲き誇っている。

 部屋のはずにも拘わらず、壁は存在せず、遠方には雪化粧の雄大な山岳が見えた。

 中央には、簡素な円形テーブルと人数分の椅子が用意されており、その上には人数分のティーカップと、イギリスとフランスを代表する茶会の菓子が用意されていた。

 

 一見すれば、大自然の中で開催された優雅なお茶会、であるが、本物なのはテーブルと椅子、茶と菓子だけだ。

 あとのモノは全てがホログラム。カルデアの管理者たるアルフレッドの、無味乾燥な鉄の壁よりも見た目だけでもリラクゼーション効果を、という心遣いであった。

 

 机に突っ伏し、全身からも表情からも疲れを発しているのは、耳の先が尖ったキャスター。真名はメディア。

 神に運命を弄ばれ、自らの弟に手を掛け、愛していると妄信していた男には何一つ報いて貰えることなく裏切られた魔女。

 多くの裏切りによって、ついぞ自分が裏切る側に回ってしまった“裏切りの魔女”である。

 

 そんな裏切りの魔女であってすら労いと朗らかな笑みを向けたのはライダーだ。真名はマリー・アントワネット。

 王権の絶対性が損なわれ、革命が引き起こされた18世紀フランスの王妃。

 時代の奔流、人の感情のうねりに呑まれ、断頭台にて首を落とされながら、今もなおフランスと民を愛する儚き貴婦人。

 

 机の上に自身の作った菓子の数々を置いたのは赤髪のライダー。真名はブーディカ。

 悪辣な侵略を行ったローマ帝国に対し、諸王を率いて叛乱という名の復讐を引き起こした戦闘女王。

 復讐者としての時代は占有地の建物を全て破壊し、住人は老若男女を皆殺しにしたが、今はローマに対して複雑な思いを抱きながらも、ブリタニアの、故郷の為にこそ剣を執る慈愛の女。

 

 四人の中で一人肩身の狭い思いをしていたのは新参者であるアサシン。真名は静謐のハサン。

 呪腕のハサンとは別の時代において“山の老翁”となった少女である。

 “山の老翁”は各々が特殊な暗殺技能を有する。彼女の有する技能は一言で評するならば“毒の娘”だ。

 

 面子は見れば見るほどに不思議な組み合わせだ。出身も、生前の思いも願いも、聖杯に託すであろう死後の願いも、合致しそうな部分はない。

 性格的に相性が良さそうなのは、マリーとブーディカくらいのもの。メディアと静謐のハサンにとって、二人の性格は眩し過ぎるだろう。

 

 

「しかし、どうして、私を……?」

 

「今日は貴方の歓迎会だからよ! 一緒に楽しみましょう?」

 

「そんなに固くならなくていいから。えっと、何て言うんだっけ? たしかー、……そう! 女子会! 女子会だから!」

 

「女子会なんて柄でもないし、そんな年頃でもないのだけれどね。精神的にも肉体的にも。まあ、歓迎だけはしてあげるわ。“労働地獄(カルデア)”へ、ようこそ」

 

「は、はあ……」

 

 

 ふふふ、と死んだ魚の目で笑うメディアに気圧され、生返事しか返せない静謐のハサン。

 

 彼女達の言う所の女子会は、ほぼ毎日、メンバーを変えて行われている。

 マリーとブーディカは前線での戦闘担当。メディアは戦闘兼後方支援担当。

 このカルデアにおけるサーヴァントは、持てる技能と各々の性格から、主になる役割が決められている。

 無論、サーヴァントたる身故、戦闘は基本であるが、生きた時代も、暮らした国も違う者達、戦闘以外に得意とする分野を持つこともある。

 

 殊更顕著なのは魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)のクラス。

 キャスターは魔術師だけあって、陣地作成や道具作成など、自身がその場に居らずとも戦闘を優位に進める技能(スキル)を持つ。

 アサシンは暗殺者。何も対象を暗殺するだけが仕事ではない。仕事を確実に成功させるため、情報収集などはお手の物だ。

 

 それぞれの役割を果たし、手の空いた隙を見計らって、こうして茶会を開くのが、この女性陣の定番だ。

 

 総責任者である虎太郎も黙認――と言うよりも、止めさせない以上は推奨も同然だ。

 自らの与えた役割さえ熟してくれれば、後は何をしてくれても構わない。

 制御はしても、支配はしない。協力は求めても、命令はしない。それでも嫌? よし、自害だ。それが虎太郎のサーヴァントに対する基本スタンスである。

 最後さえなければ、文句の一つもない環境であろう。最後の一つさえなければ。

 

 

「それで、静謐ちゃんはカルデア(ここ)での生活には慣れた……?」

 

「慣れた、とは思います……先達と後進――呪腕様や百貌も、よくしてくれていますので」

 

「意外と言えば意外ね。暗殺者が、面倒見がいいだなんて」

 

「あら、そうでもないわ。“山の老翁”の盟主様ですもの。生前は後進の指導などにも当たっていたのではないかしら?」

 

「私としては、あんな格好で掃除好きっていう方が意外だけどね」

 

「あれ、完全に掃除を精神安定剤にしてるわよ。ある意味、坊やの一番の被害者だもの」

 

 

 呪腕のハサン。

 戦闘特化のサーヴァントよりも、緑衣のアーチャー――ロビン・フッドに並んで重用されている暗殺者である。

 カルデアは人類史の修復を目的に賛同した英霊が集っているが、虎太郎との関係はギブ・アンド・テイクが基本だ。

 サーヴァント側はその力を貸し、マスターである虎太郎は見返りに彼・彼女等の願いを叶える。

 

 そんな関係の中にあって、呪腕とロビンは本気の忠誠を虎太郎に向けている。

 虎太郎も理解しているのだろう。二人の忠誠を無下にせず、その上で最大限利用しているのである。

 

 お陰で、虎太郎のド外道行為において、最大の被害者となるのもこの二人ということだ。

 いや、直接的な被害者は敵だ。戦慄させられるという意味での被害者である。今日も今日とて、二人の胃壁は歯科医のドリルによって削られる歯の如く削れているに違いない。

 

 不憫枠二人の話を皮切りに、やいのやいのと女同士の話に華が咲く。

 虎太郎とサーヴァントの仲は良好であり、サーヴァント同士も同様だ。

 そうでもなければ虎太郎による強制自害命令が炸裂するので仕方がない。

 アルフレッドとジャンヌが苦心して召喚する英霊を選定しているので当然と言えば当然であるが、二人の心労を慮れば合掌せずにいられないだろう。

 

 静謐のハサンは新参故にか、元々の性格故にか、居心地が悪そうにちびちびと紅茶を口にしていた。

 彼女の性質・性格を考えれば当然だ。その能力故に、自己評価が低く、後ろ向きな考え方しか出来ない。

 

 ――のだが、それも初めの内だけであった。

 

 元より周囲を愛し、周囲に愛され、決して華やかさを失わなかったマリー。

 大きな慈愛故に復讐に囚われ、今なおイギリスにおいて畏怖と敬意を以て語られるブーディカ。

 静謐のハサンの考えや気持ちを察せるだけの、人の心の闇、人の醜さを知るばかりだった裏切りの人生を歩んだメディア。

 

 三人とも形は違えど“王”と“女”であった者達。

 会話の中で誰かを除け者にすることはなく、自然と会話に参加させる話術は、頑なな静謐の心を熔かし、顔を綻ばせるには十分であった。

 

 マリーとブーディカ、メディアにとっては、かつて幸せの絶頂であった頃を想起させ、静謐にとっては死後初めて与えられる穏やかな時。

 

 その時、不粋な電子音と共に、空間ウインドウが表示される。

 それが何かは分からなかった静謐はキョトンとそれを眺めていたが、ふと目に入ったメディアの顔を見てビクンと肩を震わせた。

 

 女神にも勝るとも劣らないメディアの美貌は、今や皺くちゃの老婆の如く歪んでいた。

 

 画面にはfrom Masterと表示されており、虎太郎からの連絡であるのは一目瞭然であった。

 

 その様子に静謐は困惑。マリーとブーディカは乾いた笑みを浮かべている。

 恐る恐る画面に指を伸ばし、伸ばしては指を引っ込めるを繰り返すメディア。

 

 彼女はキャスターのクラスにおいて、最高位の一人である。

 彼女の操る神代の魔術と智識、陣地作成と道具作成の腕は、並居る魔術師の英霊では到底敵わない。

 その分だけ、虎太郎から無駄に難易度の高い仕事を任せられるわけだ。連絡を取りたがらないのも頷ける。

 

 だが、流石に無視を決め込む訳にはいかない。

 無視していた所でカルデアの管理を行っているアルフレッドに繋ぎ、すぐに居場所はバレるだろう。

 

 

『…………おい、出るの遅くないか?』

 

「五月蝿いわね。マスターからの連絡は良かった試しがないからよ」

 

『否定はせんがな。で、今どこにいる?』

 

「休憩室よ。何? またぞろ厄介事かしら? ………………と言うか、さっきから後ろが五月蝿いようだけど」

 

『あー、気にするな。アンタなら厄介事ですらねぇよ。単なる頼み事だ、頼み事』

 

「はいはい、分かったわ。許可を上げるから、休憩室まで来なさいな」

 

 

 ぎゃーぎゃー、と画面の向こう側、虎太郎の後ろで誰かが騒いでいたのだが、メディアは頭痛から深く考えずに通信ウインドウを切った。

 

 

「……………………何故かしら、嫌な予感しかしないわ」

 

「ま、まあ、いくらマスターだからって、常に苦労しているわけではないもの!」

 

「そ、そうそう! ほら、きっと、アレ! あのー、そのー……」

 

「マリー、本当にそう思ってる? ブーディカ、フォロー出来ないのなら無理しない方がいいわよ。フフッ」

 

(………………私は、もしかしたら、とんでもないお方の所に召喚されてしまったのでは)

 

 

 ずんどこ目が死んでいくメディアを奮い立たせようとしたマリーとブーディカであったが、メディアの一言にすっと目を逸らす。

 輝く貴婦人も、若き戦闘女王も、フォローも出来ず、目を逸らさざるを得ないほどの苦労。正しく苦労人の由縁である。

 

 静謐は、無言を貫いて冷や汗を流すばかり。それ以上のことなど出来よう筈もない。

 

 それから暫らくの間、無言の時間が過ぎたのだが、休憩室の扉が自動で開くと一斉に視線が集中する。

 

 

「おう、いたいた。あれ? マリーに、ブーディカ、それに静謐のまでいるじゃないか。何だ、茶会の邪魔しちまったか。後にした方がいい?」

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ! も゛う゛じわ゛げあ゛り゛ま゛ぜん゛、マ゛ズダぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ーーーっっ!!!」

 

「落ち着けよ、沖田くんや。ほら見て、あの四人の不動っぷりを。これぐらい此処じゃ日常茶飯事ってことだからね?」

 

 

 部屋に入ってきたのはカルデアの総責任者にして人類最後のマスターである弐曲輪 虎太郎である。

 そして、その腰には桜色の和装に身を包んだ少女が両腕で抱き着いていた。

 

 彼女は静謐と同時期に召喚されたセイバー。真名は沖田 総司。

 後世に名を残す剣客集団、泣く子も黙る新選組の一番隊組長。壬生浪の中であってさえ天才と謳われた剣士である。

 歴史には男性と残されているが、真実は女性であったらしい。尤も、アーサー王も、源 頼光も、女の世界である。今更、驚きも何もないだろう。

 

 一見すれば、カルデアに来たばかりの沖田が何がしかの粗相をしてしまった、と見るべきだろう。

 事実として、虎太郎は何一つ怒りを抱いていない。全くの平常心である。そう大事ではない。少なくとも、彼にとっては。

 

 だが、一つだけ訂正しなければならない発言があった。

 四人は決して不動なのではない。人間、動揺がすれば硬直してしまうもの。動揺の理由は単純明快、そして仕方がないものだった。

 

 ――何せ、部屋に入ってきた虎太郎の右腕は拳の先から肘にまで掛けて、()()()()()()()のだから。

 

 心臓の鼓動に合わせて上がるはずの血液が、右腕から流れ落ちている。

 あと数分で死に至るレベルの出血。いや、それ以前に腕を縦に割られているのだ。まともな人間であれば、痛みで身動きも取れない。

 

 突如として出現したスプラッターな光景に硬直していた四人であったが、やがて再起動を果たす。

 

 

「――――て、てて、敵襲ぅぅぅぅっ!! てきしゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」

 

 

 混乱の余り、椅子を突き飛ばして立ち上がった静謐は、広大な敷地と防音性能を誇るカルデア内部で無意味な敵襲宣言を叫んだ。

 

 

「――――――はふぅっ」

 

「ちょ、マリぃぃぃぃいいっっ!!!」

 

 

 マリーは虎太郎の無残な姿に意識を失い、慌てて身体を支えたブーディカは絶叫を上げる。

 

 

「う゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっっ!!!」

 

「何やってんのよ、アンタはぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁああっっっっ――――!!!」

 

 

 沖田はぎゃーんと泣き叫び、メディアは白目を剥いて魂の咆哮を上げたのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「いやぁ、協力的なセイバーのクラスを召喚できたからね。一つ稽古を付けて貰おうと思ってね。で、始めたはいいんだけどね」

 

「ふぐっ、ぐずっ、ま、マスターが想像以上に、手練れだったので、少し熱くなってしまって、う゛ぅ゛ぅ゛っ」

 

「そしたら、沖田の剣閃が真向唐竹に入ってきてさ。一応、寸止めはしてくれたんだけど、オレの方が間合いに踏み込み過ぎちゃって。そんで、泡食って右腕を敢えて切らせて軌道を変えた。あのままだったら、頭が半分くらい真っ二つになってたね、うん」

 

「ふぐぐっ、ふぐぅぅぅうううぅっ!!」

 

「アンタ、馬鹿じゃないのっっ! 本当に、馬鹿じゃないのっっ!!??」

 

「何でや、殺し合いの訓練やぞ。殺すつもりでやらんと意味ないやろ。それに生きてるからいいだろ。死んでなきゃ怪我とか全部軽傷ですわ。それに治るんだから、ええやろ」

 

【…………控えめに言って、マスターの頭がおかしい】

 

 

 正座のまま涙と鼻水で顔をべちょべちょにし、必死で涙を堪える沖田。

 傷ってのは体に負うものじゃない、覚悟に負うものだ。よって、この程度は軽傷。はい、閉廷! 解散! を地で行く虎太郎。

 マスターの覚悟の決まりっぷり、痛みへの耐性、カルナにも対抗できそうな精神力に、ドン引き状態の四人であった。

 

 

「アンタはいいけどね! この娘にトラウマを植え付けてるんじゃないわよ!」

 

「トラウマスイッチを植え付けておいた方が、後々使い易いって打算もあったにはあった」

 

「マスター? それ、オルレアンでも私に植え付けようとしてなかった? あの時、マスターの両腕……」

 

「あー? アレ? アレはメンバーにモーツァルトが居たからなぁ。アイツは社会不適合者だけど、恩知らずじゃねぇし。そういう懐柔の仕方が一番いいと思いました。あと、お前にも恩を売れると思った。………………どうした、マリー? いつも輝いてるお前の周りからキラキラが失われてるぞ?」

 

「あー、あーあー、もう、本当に何から何まで過激だなぁ。ほらほら、沖田ちゃんも泣かないで、鼻チーン」

 

「ちーーーーーーん!!」

 

(……………………初代様、事件です。私はとんでもないところの召喚に応じてしまいました!)

 

 

 メディアの魔術――魔術の女神ヘカテー、叔母であるキルケーより学んだ神代のもの。

 最早、その治癒の様は限定的な時間遡行にしか見えないが、本来あるべき姿を算定しての自動修復、が真。並みの魔術師ならば、卒倒するレベルの速度だ。

 

 

「それはそうと、改装した大浴場はどうだ? 西洋風じゃないけど、アレはアレで中々だろう」

 

「今、その話をする?! 腕が真っ二つなのよ!?」

 

「いや、こう、黙って治療受けてるのもアレだしね。多少はこっちからも親睦を深めようと思ってだね」

 

「タイミング考えなさいよ、タイミングゥっ!!」

 

 

 裏切りの魔女による怒涛のツッコミなど、虎太郎は何処吹く風。人の話は聞いているが、意に介していない状態である。

 

 メディアが虎太郎からの通信を受けるのに相当思い悩んだ理由がコレだ。即ち、ツッコミ疲れである。

 虎太郎から与えられる命令、仕事は、神代でも最高峰の魔術師であるメディアには朝飯前である場合が大半だ。

 一日の労働は最大で8時間まで。仕事さえ熟してしまえば残りの時間は好きにしていていい。必要なもの、欲しいものがあれば、即座に揃えてくれる。

 戦闘にも参加する場合もあるが、その後は必ず24時間の休息を取るのが、カルデアのルールである。

 

 このルールが適用されないのは、ロビン、呪腕のハサン、カルナ、スカサハ、ジャンヌ。虎太郎が最適の布陣としているメインメンバーだけ。

 

 つまり、サーヴァントを酷使しないホワイトカルデアなのであった。

 理由は、虎太郎が1日に72時間という矛盾した労働を押し付けてくるブラック――否、ダークネス組織に属していたから、という辺りが涙を誘う。

 

 が、それを補って余りあるツッコミの総量に、流石の裏切りの魔女も辟易気味であるようだ。

 

 

「はい、終わり! 本当に馬鹿な坊やね、まったく!」

 

「…………えーっと、確か、檜風呂だっけ? アレもいいよ。大理石よりも私は好きかもなぁ」

 

「そうね。檜の香りと温もりが全身を包んでくれるようで、心も身体も安らぐわ。ヴィヴ・ラ・檜♪」

 

「……ぐすっ、ここには、大浴場もあるんですね」

 

「そうだよ。総檜だよ。オレと小太郎が頑張っちゃったよ。今日は、オレとお前でダブルコタローだ、状態だった」

 

「マスターが?! ていうか、忍の頭領に何やらせてるんですか!?」

 

「うるせー! オレが癒されたかったんだよ!! レイシフト先で、モードレッドとガウェインに環境破壊レベルで檜伐採させちゃったぜ!」

 

「円卓メンバーまで駆り出してるぅぅぅぅ!!」

 

(初代様、大変です。マスターがサーヴァントの使い方を間違っています)

 

 

 英霊同士の軋轢。遅々として進まぬ人理修復の道程。増え続けていく自己への負担。

 ストレスを爆発させる寸前であった虎太郎に天啓を示したのは、他ならぬマリーであった。

 

 

『マスター? そんな死んだ魚みたいな目をしたら嫌よ。お風呂にでも入って、身も心もさっぱり洗濯しましょう?』

 

『……風呂……癒し……檜……大浴場……疲れ、吹っ飛ぶ……』

 

『マ、マスター……? ど、どうしたの、ブツブツ呟いて、ちょっとこわ――――』

 

『癒されたぁぁぁぁイイイっっ!! モードレッド、ガウェイン、カルナ、ヘラクレス、アステリオスのメンバーでイクゾォォォオオオオオっっ!!!』

 

『―――――っ?!』

 

『オレ達の癒しは、これからだ!!』

 

『ます、マスター! マスタァァアアァァアアァァっっ!!』

 

 

 マリーの悲鳴すら意に介さず、名前を上げたメンバーを引き連れてレイシフト。大量の檜の木と共に帰還した。

 その後、忍である風魔 小太郎と宝具である“不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)”によって、僅か一週間で大浴場は総檜と化した。

 古く、城の建築などにも忍は関わりがあった。現代の建築知識を持つ虎太郎が指揮を執れば、決して不可能ではない。

 

 その後、完成した大浴場を前にして、膝から崩れ落ちた彼の一言であるが――

 

 

『…………お、オレは、なんて、無駄な時間を』

 

『分かってるのなら僕と部下を付き合わせるのは止めて下さい! この努力の方向音痴!』

 

 

 ――以前も同じ間違いを繰り返した自分への自虐染みたモノだった。

 

 

「誰か、何とかしてくれ。この性格を……」

 

「無理ね」

 

「無理よ♪」

 

「無理、かなぁ?」

 

「おろろ~~~ん。おろろろろ~~~ん!」

 

((大の男が、マジ泣きしてる……))

 

 

 檜風呂はサーヴァント達に大好評なのだが、虎太郎には何の救いにもならなかった。

 

 

「まあ、いいんですけどね」

 

((切り替え早っ!!))

 

「その後、ご褒美も貰ったしな。いやぁ、ライダーの騎乗スキルって凄い。それぞれ違いがあって大変よろしかったです」

 

「「…………?」」

 

「ご褒美? ……ライダーの、騎乗? ……………………っ! アンタ、いえ、アンタ達、まさかっ?!」

 

 

 虎太郎の切り替えの速さや努力の方向音痴ぶりに、慣れていない静謐と沖田は先程から驚き通しであった。

 

 そんな中、虎太郎の発言に二人は首を傾げ、メディアは一瞬ポカンとした表情をしたものの、即座にブーディカとマリーに視線を飛ばした。

 その視線を受け、スっと目を逸らすマリー&ブーディカのライダー二人組。

 信じられないものを見るメディアの視線に耐えきれず、ダラダラと汗を流す騎乗スキル持ち二人。

 

 ――やがて、二人は耐えかねたように口を開いた。

 

 

「オ、オガワハイムのアレで、落ち込んでる時に優しくされて、その後、そういう雰囲気になっちゃって……」

 

「ま、マスターが、余りにも落ち込んでたので、癒してあげようと思って、マスターは伴侶みたいなものだから……」

 

「ハっ?! そういう!? この人、土方さん以上の女好きだぁぁぁああぁ――――っ!!!」

 

「……女……あっ(察し」

 

「アンタ、聖女と影の国の女王だけじゃ飽き足らず…。て言うか、ブーディカは兎も角、マリーの方がモーツァルトにバレたら――――」

 

「大丈夫、自分からバラした。隠し事って良くないよね。他人がよ、震えながらおめでとうって呟いて、ずんどこ目が死んでいくさまを見るのは、居た堪れない気分になるのはなんでかな?」

 

「アンタって坊やはぁぁぁあああぁぁああっっ!!!」

 

 

 またしても裏切りの魔女の絶叫が響き渡る。

 しかし、当の本人には全く意味がなかった。英霊だろうがお構いなしに喰っちまう男には、その程度が意味などあるはずもなく。

 

 

「どっちも未亡人、和姦だからセーフ!」

 

「完璧にアウトよ! このド外道竿師!」

 

「うるせー! 好きとか愛してるとか言われると応えたくなるんだよ! 本気になっちゃうんだよ!」

 

 

 顔を真っ赤にして俯くマリーとブーディカを尻目に、虎太郎とメディアの舌戦がヒートアップしていく。

 

 その光景を目の当たりにしていた新参二人は呟いた。

 

 

「静謐さん。私達、とんでもないところに来ちゃいましたねー、あはは(遠い目」

 

「そうですね。頑張らないとー、うふふ(白目」

 

 

 

 

 

 メディア

 

 ☆3キャスター。顔芸&ツッコミ枠。後方支援担当。まったく、裏切りの魔女も焼きが回ったものだわ(震え声

 

 虎太郎&アルフレッドカルデアでは中堅。

 担当は後方支援。主に道具作成による魔術品の供給と陣地作成による魔力獲得を取り仕切っている。

 

 性格的な相性は悪くない。

 残忍・冷酷な彼女であるが、王族の娘らしい良識と道徳を失っていないため、敵に対してはド外道、味方と一般人に対しては対等、守護者足らんとする虎太郎との関係は何のかんので良好。

 彼女の気分はダメ弟を怒鳴り散らして説教する姉のような感じ。但し、暖簾に腕押しです。

 

 彼女が協力しているのは、“アルフレッドという興味深い存在に召喚された”から。

 何か得体のしれない存在に協力要請をされたので、面白そうだから召喚に応じたものの、肝心のマスターが虎太郎だったのが運の尽きである。

 初めの内は、気に入らなかったらマスター殺せばいいし、くらいの軽い気持ちだったのだが、ド外道行為と覚悟の決まりっぷりに、裏切ったらアカン相手や、と悟る。

 つまり、彼女にとって虎太郎は、裏切る気にさせないマスターではなく、裏切ったら何されるか分からない怖いマスターなのである。どんだけー。

 

 ただ、今の生活には満足しているらしい。

 女同士で何の事はない話をしたり、趣味に没頭してみたり、神によって運命を弄ばれ、奪われた暖かな日常(ささやかな願い)があるからだろう。

 

 因みに、虎太郎に手を出されていない。

 あくまでもマスターとサーヴァントの関係は脱していない。キャス子の相手は葛木先生しかいねぇだろうが、バァロォめ!

 

 最近、一番落ち込んだのはアルトリアが自害させられた後だと知ったこと。また召喚してくれればいいのに、とモデラー魂が疼いている。

 

 

「――――それで、あの魔術王に、どう対抗するつもり?」

 

「いやいや、もう色々と考えてるんだよ、コレが。既にいくつか仕込みも済んでる」

 

「…………手の速いこと。それでも戦いになるかしらね。私以上の魔術師なんて、神にも等しいわよ」

 

「ああ、戦いになんかしないね。オレがやるのは一方的な虐殺だ。どうかな、実に(俺たちにとっては)平和的な解決手段だろう?(ニヤァ」

 

(…………どうしたら、こんな化け物が現代で生まれてくるのかしら(戦慄))

 

 

 

 マリー・アントワネット。

 

 ☆4ライダー。エロカワ枠。準戦闘担当。ヴィヴ・ラ・フランス♪

 

 メディアと同じ時期に召喚された生粋の偶像にして、生粋の貴婦人。

 担当は戦闘。戦闘時には彼女の保有スキルと宝具で鉄壁要塞と化す。カルナの防御性能にとって代わるメイン盾。

 

 性格的な相性は良い。寧ろ、彼女と相性の悪いマスターの方が珍しいのではないのだろうか。

 自らが愛し、自らを愛してくれたフランスと民の為に戦う道を選んだ彼女にとって、日常の守護者である虎太郎と相性が悪い訳もない。

 彼女自身の童女のような愛らしさの中に、大人としての強さを持っている。ド外道行為にも寛容だ。若干、引いているが。

 

 彼女が協力しているのは“助けてくれたから”という理由が大部分を占めている。

 オルレアン邪竜百年戦争の折り、虎太郎達にその身を犠牲にしようとしたマリーであったが、虎太郎はこれを拒否。

 

 

「逃げて、速く……!」

 

「嫌だね。オレの選択はオレだけのものだ。他人の意思なんぞ差し挟む余地はない。だが、まあ――――」

 

「…………?」

 

「初恋の相手は見捨てられない、か。モーツァルトめ、社会不適合者の癖に言うじゃないか」

 

「――――っ」

 

「共感なんざ出来ないが…………男の花道だ、道を開けろ蜥蜴ども――――!」

 

 

 モーツァルトから信頼を得る。その打算だけで格好つけるだけ格好をつけて虎太郎とその仲間はワイバーンに突撃していった。

 結果としてマリーを救出しつつ、全員が無事で逃走する離れ業を披露する。

 アルフレッド、モーツァルト、ジャンヌのブーストを一身に受け、魔界製の竜殺しの武器を使った虎太郎の両腕は肩から先がなくなった。

 そんな状態で、よかったなぁ、全員無事で、と普段通りに笑う虎太郎にトラウマを植え付けられた。

 

 最近、一番恥ずかしかったのは、虎太郎の上で騎乗スキルを披露したこと。

 両手を握り合って、キスをしながら腰を振る。生前には絶対にしなかった、はしたない真似にマリー大興奮。流石のエロカワ枠である。

 

 

「んはぁっ……ふふ、マスター、どう?」

 

「ああ、気持ちいい。キュンキュン締め付けて、愛するのも愛されてるのも慣れてるだけある。だが――」

 

「んぁっ! ましゅ、だ、ひぅっ、気持ちいいところっ、下からズンズン――――んんんんっ!」

 

「性技ならオレが上ですよ? 我慢してないで、もっと可愛い声で鳴いてくれよ」

 

 

 

 ブーディカ。

 

 ☆3ライダー。癒し系スケベお姉ちゃん枠。準戦闘担当。そんなに……あたしの格好、気になる?

 

 メディアと同じ時期に召喚された戦闘女王。もっとも、ローマに対する復讐に囚われていない彼女は守護に秀でた英霊である。

 担当は戦闘。防御型であるので、マリーと同じくカルナとポジを入れ替わって運用されている。

 

 性格的な相性は良好。

 本来であれば目にも止まらないちっぽけな人の暖かみ。それを守護する者であるブーディカと虎太郎の相性は非常に良い。

 ただ、その手段がアレすぎるのが悩みの種である。復讐者時代の自分を思い出して自己嫌悪。虎太郎が取り分け強い感情を抱いていないのに、そんな手段にでるのに戦慄している。

 

 彼女が協力しているのは“守りたいから”。

 一度は復讐に囚われ、血塗られた戦闘女王となる道を選んだ彼女ではあるが、その道を選んだのは深い深い慈愛故。

 空と大地と人の繋がり、愛するブリタニアと愛した家族を守るために。その為ならば、ちょっとアレなマスターでも付いてきてくれる良妻賢母な彼女なのであった。

 

 最近、一番やっちゃったなと思ったのは、そういう雰囲気になったからって虎太郎と致してしまったこと。

 プラスタグスのことは一番の旦那さんだけど、もう亡くなってるし。サーヴァントだから夢みたいなものだし。虎太郎だって結構素敵な男の子だし。私だって女だし。

 いやー、これは完全にスケベお姉さんですわ。良妻賢母だから騎乗スキルも完備ですわ。未亡人って響きもスケベだし、装備の見た目もスケベだわ。スケベ、スケベだわー。

 因みに、彼女は最終再臨まで至っているけど、見た目は最初期のまま。男受けする格好だと自覚してんだよ! スケベ以外の何物でもないですねぇ(にっこり

 

 

「あああ、……やっちゃったぁ、やっちゃったなぁ、たはは」

 

「あらら、嫌だったか?」

 

「嫌じゃない、嫌じゃないよ? 嫌じゃないけど、こう、未亡人としての操と申しますか、自己嫌悪と申しますか……」

 

「じゃあ、そういうこと考えられないくらいメチャクチャにしちゃおうねぇ……」

 

「も、もう、エッチ♡ …………ちゅ♡」

 

 

 

 沖田 総司&静謐のハサン。

 

 まだ召喚されたばっかりだから解説はなし。待て、しかして希望せよ!

 

 

 

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

 

 ☆1キャスター。オチ&不憫枠。後方支援担当。キャスターの中でも最下層のキャスター、それが僕だ。

 

 ここのカルデアにおいて最初期に召喚されたサーヴァント。カルナ&ジャンヌよりも付き合いは長い。

 アルフレッドのお陰でガチャ要素を廃して召喚できるのだが、御館様が性能の高すぎる英霊の裏切りを警戒して、性能が低い彼が敢えて選ばれた。

 担当は後方支援。音を媒介にした音楽魔術を使えるのだが、魔術師としては三流以下。だが、そんな自分を最低限の指揮で最大限の効果を発揮する虎太郎に驚いていたりする。

 

 性格的な相性は普通。

 元より社会不適合者の二人であるが、社交性は無駄に高い。互いの本音や本心はどうあれ、適度な関係を保てるのである。

 二人で酒を飲んで、“オレの尻を舐めろ!”を熱演、熱唱するが、普通ったら普通。

 

 彼が協力するのは“僕はクズで恥知らずだけど、恩知らずじゃない”というもの。

 最初は人類史の危機だし、僕如きを召喚する馬鹿がどんなものか見定めようじゃないか、という軽い気持ちだった。

 だが、邪竜百年戦争で、初恋の女であるマリー・アントワネットと再会。彼女が身を犠牲にして自分達を逃がそうとした際には、命令を無視して残ろうとした。

 結果は、マリーの項目である。虎太郎のぶっ飛び加減にドン引きしながらも、何のかんので恩は返すつもりでいるらしい。

 

 しかし、初恋の人を喰っちまったぜと報告を受ける不憫さ加減。ひっでぇオチである。

 でも、二秒で立ち直った。マリーが幸せなら、それでいいし、それから……

 

 

「ま、マリーって、夜はどんな声を出すのかな?」

 

「すげーエロ可愛い声で甘えてくる。でも、お前には教えてやんねー!」

 

「そこをなんとか!」

 

「は? 何で自分の女のことをお前に教えにゃならんのだ。オレだけが知っていればいいです。クソして寝ろ!!(ゲス顔」

 

 

 お前等、本当は凄い仲いいよね? ね?

 




はい、というわけで、御館様味方にドン引きされている&モーツァルト撃沈!――に見せかけて、自分の好きなアイドルがAV転向した感じの背徳感を味わう! 回でした。

こんな感じで仲のいいカルデアメンバー。
アルフレッド&ジャンヌの選定で、基本的に他人に対して寛容な者ばかりなので。
後は御館様が謎のクッション材と化して、仲良し集団が出来上がっています。
あと、過去に因縁があったりした場合は、絶対に組ません。不平不満は、火事場の土壇場、正念場で必ず湧き出てくる、という考えの下に。一部の例外はいるにはいるが、原則はそんな感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『自分の苦労を他人に押し付けるのも苦労人のスタイル!』

やばい。楽し過ぎてノリに乗ってる。完全に本編そっちのけでごめりんこ(テヘペロ

今回は円卓メンバーと受難の狩人、子供組編。
一人ではありますが、完全にキャラ崩壊しています!



 叛逆の騎士と馬鹿と子供組。

 

 

 

「ったくバカマスター! オレがしっかりしてなきゃ、どーしようもないな! まったく! ……まったく!」

 

「――――と、モードレッドが申していますが、どう思いますか?」

 

「仕方ねーだろ。静謐だけ仲間外れにするわけにもいかんし。そういうのはマスター良くないと思います」

 

「オレらの剣を採掘機替わりにしたしたことについてはぁ……?!」

 

「悪いな。オレは使えるものは何でも使う主義なんだ。そういうとこ、オレとお前で気が合うだろ?」

 

「戦いに関しては、だよ! オレの場合は! よりにもよって宝具だぞ!? そんなもんで大理石掘り起こさせてカットさせんな! バカマスター!」

 

「ふむ。しかし、何のかんので付き合ってくれるモードレッドはオススメ物件ですよ、マスター?」

 

「黙って、ガウェイン。お願い。モーさん、クラレント構えだしたから」

 

「まあ、今は午前なので。蒸発するのはマスターだけですから」

 

「いや、お前等少しは慌てろよ!?」

 

「「だって、そういうことする()じゃないし」」

 

 

 カルデアの廊下にて、仲の良いやり取りを見せていたのはマスターである虎太郎と、二騎のサーヴァント。

 

 幼さの残る顔立ちと身体つきながら鋭い瞳の少女はセイバー。真名はモードレッド。

 輝かしい騎士王の伝説に終止符を打った「叛逆の騎士」。簒奪した王剣は“聖なる剣”から怨念によって魔剣と変わっている。

 だが、何処でどのような経験を経たのか、今の彼女は生前に抱いた怨念から解き放たれている。それでも、気難しい性格故に、扱いの難しいサーヴァントではあるのだが。

 

 その隣に立つのは爽やかな偉丈夫(イケメン)、彼もまたセイバークラス。真名はガウェイン。

 常に輝かしい騎士王の伝説と共にあり、最後には破滅を呼び込む要因の一つとなった「太陽の騎士」。彼の騎士王が手にした星の聖剣の姉妹剣を有している。

 彼の忠義は正しく鉄。品行方正、悪逆非道を許さない理想の騎士――――なのだが、このカルデアでは異常事態が発生していた。

 

 本来であれば、騎士とは程遠いと自認してすらいるモードレッドが騎士として仕え、逆に完成された騎士であるガウェインが一人の友として力を貸しているのである。

 また、モードレッドとガウェインは、アーサー王の伝説を考えれば、性格的にも相性が非常に悪いが、ここでは仲が良い――とは言えないが、良好な関係を築いていた。

 

 何故、このような状況なのか、と問われれば、ガウェインの変化が一番の要因だろう。

 

 ガウェインは人類史を守る、ひいてはそれがアーサー王の御身を守ることに繋がるという理由で召喚に応じた。

 のだが、肝心要のマスターは、人類史を守ることを目的としているものの、其処に至るための手段はド外道の一言に尽きる人物であった。

 

 ガウェインの苦悩の始まりである。

 騎士として、どう考えてもぶった斬らなければならない人物であるのだが、人類史を守らんとする意志は本物。生真面目な彼の苦悩は相当のモノであったと推測するのは難しくない。

 人知れず、太陽が陰りすら気付かせないような懊悩の果てに、ガウェインは一つの決断を下す。

 

 

『もう騎士としての自分を一端封印すればいいのです! そうですよ、一人の人間として付き合っていくなら、ギリギリ、ギリギリ許容の範囲内ですし!』

 

 

 こうして、完成された騎士・ガウェインは、残念なイケメン・ガウェインにジョブチェンジした。

 どっかの月の裏側で見せた残念な部分、多くの弟妹を持っていたお兄ちゃん属性、子供時代に置いてきた童心が表層化し、カルデア三馬鹿英霊の一人と化した。

 残念さが30アップ。お兄ちゃん属性も30アップ。同時に親しみやすさが100上がった。上がってしまった。

 

 虎太郎は過去に因縁のある英霊同士は基本的に組ませない。

 恨みや憎しみは絶対に消えない。人理焼却の危機の前であっても、変化などない。呉越同舟などあり得ないと考えている。

 事実として、ブーディカとローマ系のサーヴァントは何があったとしても、決して組ませない。例え、互いを許していたとしてもだ。

 

 数少ない例外がガウェインとモードレッド。

 ガウェインのハッチャケ化に伴って、過去の因縁など有耶無耶になってしまっているからだ。

 

 そして、その姿を見た虎太郎とモードレッドは――

 

 

『やっべ。心労掛け過ぎたかな?』

 

『が、ガウェインが壊れた……』

 

 

 ――片や全く悪びれず、片や顔を引き攣らせていたそうな。

 

 

「しかし、檜の次は大理石ですか。手が込んでいますね」

 

「静謐の毒は植物でも腐らせるからな。しゃーなしだわ。どんな毒だっつーの………………毒、毒かー」

 

((また絶対、とんでもないこと考えてる……))

 

 

 ぼんやりと今日の夕飯の献立でも考え事をしているかのようなボンヤリ加減で呟く虎太郎。

 その姿に、モードレッドとガウェインは、さっと目を逸らした。こうした考え事をした後の彼は、毎度毎度ド胆を抜くド外道作戦を提案するからだ。

 

 本日、ガウェイン、モードレッド、ヘラクレス、アステリオスでレイシフトを行ったのは特異点の破壊、正常化でも、強化素材を集める為ではなかった。

 カルデア大浴場を使用できない静謐のため、彼女に与えられた個室に特別浴場を造るための材料を採りに行ったのである。

 

 静謐のハサンの宝具は“妄想毒身(サバーニーヤ)”。

 彼女は生前、毒殺の名手であると同時に、暗殺の道具であった。その逸話が英霊として強化されたのが、彼女の宝具。

 彼女の身体は、あらゆる毒に耐性を持つと同時に、毒の塊である。爪や肌は勿論のこと、体液にすら毒を有し、またサーヴァントでも殺害しうるレベルである。

 

 そんな静謐が大浴場など使用すれば、どうなるか。阿鼻叫喚である。かと言って、一人だけ風呂を禁止など、公平性に欠く。

 静謐の性格上、そこに不満など抱こうはずもないが、全く他人を信じていないこの男が、公平性を欠いた故の不平不満の噴出など残しておく訳もない。

 

 その為に大理石の風呂場を作り、彼女の身体から染み出し、水に交じった毒を濾過するフィルターをメディアとアルフレッドに作成させている。

 その第一歩が今日だ。付き合わされたモードレッドが不満の一つも漏らしたくなるのも頷ける。

 ガウェインに不満は何一つない。この男同士で馬鹿やってる感じが楽しくて堪らないらしい。あと、静謐は年下キャラなのでお兄ちゃん属性が継続して発動中である。

 

 

「あ! 見つけたわ、見つけたわ! 心は闇色、白兎!」

 

「あ、ほんとだー。おかあさん、見つけたー」

 

「――――げ」

 

「マスター。あの二人の顔見て露骨に嫌な顔すんなよ」

 

「そういうモードレッドも似たような顔をしていますよ。どうしました、ナーサリー、ジャック?」

 

 

 廊下の反対側から、駆けてきた二人の子供を視界に入れた瞬間、虎太郎は露骨に顔を歪め、モードレッドは眉根を寄せた。

 虎太郎にとっては面倒な相手、モードレッドにとっては苦手な相手なのである。

 

 人形のような容姿に、人形のような洋装に身を包んだ少女はキャスター。真名はナーサリー・ライム。

 英霊は数多く存在しているが、彼女はその中でも変わり種。ナーサリー・ライムは絵本のジャンルである。

 このジャンルは多くの子供の願いと愛によって一つの概念として成立し、子供たちの英雄として固有結界がサーヴァントとなったもの。

 本来であれば、召喚者の心を反映させたカタチとなるのだが、今回は諸事情から、とある少女の姿となっている。虎太郎とかいうド外道の心が反映されたら、どんな化け物が出てくるか分かったものではない。

 

 ナーサリーと同じくらいの背格好に、やたらと露出度の高い服装をした少女はアサシン。真名はジャック・ザ・リッパー。

 世界で最も有名なシリアルキラー。ジャック・ザ・リッパーは21世紀に至っても正体の判然としない殺人鬼だ。故に、召喚者、土地、時代によって様々な形に姿を変える。

 召喚されたジャックは、事件当時、8万人はいたという娼婦達が生活の為に切り捨てた、この世に生まれることすらなかった胎児の怨霊の集合体である。

 取り敢えず、幼いながら露出の多い見た目に呆れた虎太郎が、短パンと腹巻を装備させている。どうやら、ジャックにとってもお気に入りのようだ。

 

 

「酷いわ。酷いの。マスターったら、嘘つきよ!」

 

「そう、嘘つき。今度、パンケーキ作ってくれるって言ったのに!」

 

「成程、それは酷いですね。嘘つきは泥棒の始まりです。虎太郎、弁明は?」

 

「何の問題もないな。オレのやってきたことを思い出して? もう泥棒とかそういうレベルじゃないよ?」

 

「的を射ていますね。虎太郎は泥棒を超越した吐き気を催す邪悪ですらない何かです。二人とも、諦めて下さい」

 

「「そんなーー!!」」

 

「確かに約束はした。但し、時間の指定はしていない。いないので、人理焼却の事案が解決したら作ってやるよ。面倒だから」

 

「もうそれって完全に作る気ねぇじゃねぇか」

 

「そうだよ?」

 

「当たり前みたいな顔すんなよ。可哀想だろうが」

 

「いいわ、騎士様! そのまま悪いマスターを懲らしめて!」

 

「それからパンケーキを作らせて、騎士様ー!」

 

「そうです、騎士様。横暴な主の行いを正すのもまた騎士の仕事です。ええ、王とは違って、騎士は聖剣をぶっぱするのだけが仕事ではないのですから」

 

(こういうハズい持ち上げ方止めてくれないかなぁ、コイツラ。…………つーか、ガウェインの奴、また父上のことをさらっと。何? コイツ、父上のこと嫌いなの?)

 

 

 モードレッドは照れながらも、ガウェインに冷ややかな視線を送った。

 ガウェインは涼やかに微笑んでいる。効果はなかったようだ。

 

 

「まあ、アレだ、マスター。約束は約束だろ? それに時間の指定をしてないなら前借りってことでいいじゃねぇか。頑張ってるサーヴァントに欲しがるもんを与えてやるのがマスターの方針だろう。この二人、結構頑張ってると思うぜ?」

 

「………………お前、大人んなったなぁ。まさか、クラレントを構えんとは」

 

「うるせーよ! これでも政にも拘わってたし、弁だって立つ方だったんだよ、ばーか!」

 

「大人になりましたね、モードレッド。お兄ちゃん、感激です!(ホロリ」

 

「誰がお兄ちゃんか! 単なるいとこだろうが! しかもこっちは父上に認められてねーっての!」

 

「まさかの自虐ネタまで! メンタルまで強くなって! あ、後、私が言ったのは年末年始に会える親戚のお兄ちゃん的なニュアンスなのでセーフです」

 

「そりゃあな! このド外道の傍にいりゃあな! セーフもクソもあるかよ! こうして毎日顔突き合せてんだろうが!」

 

 

 どんどん残念に、どんどん自由になっていくガウェインに、モードレッドは頭痛を覚えた。

 これなら円卓時代のクソ優等生ぶりの方がまだ…………いや、やっぱどっちも変わらねぇや。まともな会話が出来るだけ、こっちのがマシ、か? と。

 

 とは言え、虎太郎はモードレッドの言い分も尤もと認めたのか、仕方ねぇなとばかりに頭を掻いている。

 その様子にキラキラと瞳を輝かせて自分を感謝を向けてくる子供二人に、モードレッドは気恥ずかしい気分になった。彼女が二人を苦手にしている最たる理由だ。

 

 二人の純粋過ぎる気持ちは、悪い気はしない。寧ろ、良い気分だ。モードレッドは決して認めはしないだろうが。

 気難しいモードレッドがこのカルデアで騎士として頑張っているのは、そうした理由なのだろう。

 

 

「おーい! ナーサリー、ジャック、おやつの――――げぇっ! マスターっ!」

 

「おいおい、麗しのアタランテが凄い顔しちゃってるよ。女のして良い顔じゃないよ?」

 

「どう考えても、マスターのせいなんだよなぁ……」

 

「同意見ですね。虎太郎は友人ですが、アレはドン引きでしたよ。あ、何時もの事でしたね。ははははは」

 

(全く否定できねぇのが、また……)

 

 

 と、その時、新たな人物が現れた。

 

 若草色の装束に身を包み、獅子の耳と尻尾を生やした女アーチャー。真名はアタランテ。

 ギリシャ神話における高名な女狩人。ギリシャ中の勇者の一人に数えられ、アルゴナイタイに参加したほど。

 弓の腕前はロビン以上、その俊足はカルナ、ジャックにも勝る最高位のアーチャーである。

 ただ、保有スキルの関係上、戦いに先んじて動くより寧ろ、強襲・追撃を得意とする為、ロビンよりも活躍の場は少ない。

 

 そんなアタランテであるが、虎太郎の事は苦手としている。

 事の発端は、アタランテが召喚された際、彼女の願いを聞いた虎太郎との問答のせいである。 

 

 

『“この世全ての子供が愛される世界”? ハ、何だそりゃ、話にならない。根っから破綻してるじゃないか』

 

『いや、それもそうなんだけどな。オレが話してるのは、願望でも聖杯でもなく、お前自身の話だよ。いや、先の二つも関係あるんだが』

 

『そもそも、お前は親に捨てられた英雄だ。知ってる? 親から虐待を受けた人間は、高い確率で自分の子供に虐待を行う。それはな、それ以外の接し方を知らないからだ。統計的に明らかな事実でもある』

 

『怒るな怒るな。アンタが子供を産んでいたとして、アンタが子供を捨てたとは限らんさ。だが――――子供の愛し方をマトモに知らん奴の“この世全ての子供が愛される世界”? 笑わせる。この世の地獄とどう違う?』

 

『聖杯が真実、万能だったとしよう。だが、願った者が歪であったのなら、願い自体が薄らぼんやりとしたものならば――――必ず、歪んだ形で願いが叶う』

 

『母性の話もしようか。人の母性と獣の母性だ。源 頼光を知っているか? あの女の母性は歪みに歪んでいる。まあ、ゴールデンという息子を立派に育てはしたが、ありゃ例外中の例外だな。英雄の気質を持っていたが故にマトモになっただけの話だ』

 

『強すぎる母性、歪んだ母性の行きつく果ては、子供の所有化に過ぎん。子供の自由を奪い、未来を奪い取るのさ』

 

『それに、こんな話を知っているか? 母猿の話さ。ある日、大洪水に巻き込まれた猿の親子がいた。子供は二人。片や、洪水に巻き込まれても何とか生き残れる兄。片や、洪水に巻き込まれれば確実に死ぬ弟だ』

 

『まあ、人間ならば弟の方を助けるだろうが、母猿は兄の方を助けるんだよ。其方の方が種の保存に合理的だから。お前、熊に育てられたんだって? お前はどっちを助けるのかな?』

 

『どちらでも構わんがね。人は知性を得た時点で、新たな価値観を得たってだけの話だから。まあ、まともな人間なら、悍ましさを覚える話だろうとは思うが。お前の獣に近い思考が、願いにどういう影響を与えるのか見ものだな』

 

『そもそも愛されているからって、幸せとは限るまい。例え、破滅したとしても、自由と未来を選択する子供だっているだろうに』

 

『さて、長々と話したが、俺が思うにお前の願いの行きつく果ては、多分だが――――子供が親を殺し、子供同士で殺し合う未来だけだよ』

 

『人間は支配されれば必ず反発する。人を支配など出来ん。必ず、必ずもう嫌だ、という奴が出てくる。だから、お前の願いは殺し合いの年齢を引き下げるだけに過ぎねぇな』

 

 

 虎太郎は一切の反論を許さず、一方的な理論を展開した。

 一聴すれば筋が通っているような理論であったが、相当にムチャクチャだ。

 だが、アタランテの心の傷を、アタランテ自身も感じていた瑕疵を的確に指摘する理論に、彼女の心は造作もなくへし折られた。

 

 それを見ていたモードレッドとガウェインは、余りの邪悪さにドン引き。

 ロビンと呪腕のハサンは頭を抱え、スカサハとカルナは同時に大きく溜め息を吐き、ジャンヌは思わず旗でぶん殴りそうになった。

 

 

『だが、アンタの願いを完璧に実現するのは無理でも、限りなく近い形で実現することは出来る』

 

『な、なに!? それは、どういう……!』

 

『簡単だ。アンタ自身が子供の事をもっとよく知ることだ。つまり――――お前がママになるんだよぉ!!』

 

『いやいやいや! 私は英霊だぞ!? サーヴァントだぞ!?』

 

『うん、子供は産めないね。純潔の誓いもあるからね。よって、このカルデアの保母さんを命じます! 頑張れ!』

 

 

 どう考えたところで、虎太郎が楽をしようとしていたのは目に見えていたが、アタランテは気付かなかった。

 当然だろう。今し方、心をへし折られたアタランテは溺れているようなもの。溺れた者は藁をも掴む。虎太郎の思惑にコースイン、である。

 

 

『大将アンタ、今の話なんだけど、アタランテの心をへし折ったのなんだけど、もしかして子供組の世話させる為だけに? 自分が楽する為だけに……?』

 

『そうだけど?』

 

『この腐れ外道!』

 

『この人格破綻者!』

 

『この人非人』

 

『この性技魔人!』

 

『この強制自害魔!』

 

『このドライモンスター!』

 

『この人類の恥!』

 

『この悪意の塊!』

 

『ふぅ~~、このオレへの熱い罵倒だよ。オレ、何一つ間違ってないのにねぇ。いや、間違ってるのはオレが楽しよう楽しようってところなんですけどね? ――――――痛い、いったい! やめろぉ! サーヴァント全員で袋叩きとか馬鹿じゃねぇの!? カルナ、助けてぇ!!』

 

『自業自得だ。報いを受けるがいい』

 

 

 それからというもの、アタランテは甲斐甲斐しく子供たちの世話をしている。

 時に厳しく、時に優しく。理想の母親と成れるよう、子供たちを理解できるように、日々精進しているのであった。

 

 そんな訳で、アタランテの虎太郎に対する苦手意識はカルデアでも随一である。顔を見ただけで悲鳴染みた声を上げるのも無理はない。

 

 

「ほらほら~、ガキ共行くぞー。しゃーないから作ってやるよ」

 

「「わーい!」」

 

「では、食堂に向かいましょうか。エスコートさせて頂きますよ、レディ達」

 

 

 驚きの表情で固まったアタランテを尻目に、虎太郎とガウェインは、ナーサリーとジャックを連れて、さっさと食堂に向かってしまう。

 

 後に残されたのは、どう言葉を掛けたものかと思い悩むモードレッドと、死んだ魚の目で立ち尽くすアタランテのみ。

 

 

「あー……アタランテ、よ。あの、だな」

 

「……………………だ」

 

「――はい?」

 

「何故、子供たちはマスターの言う事ばかり! 私の言う事は聞かないのに! 私の方が頑張ってるのに!」

 

(お前の方が頑張ってるけど、マスターの方が点数稼ぎが上手いからなんて、言えねえ……)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「まあ、確かに作るって言ったけどよぉ。なぁんで、お前等まで皿持って並んでるんですかねぇ!?」

 

「いや、いいじゃねぇかよ。大将のパンケーキ、時々なんか無性に食べたくなるしよ」

 

「アルフレッド殿から連絡がありましたので」

 

「あのヤロー! オレの苦労を増やしてくスタイル止めてー!」

 

「ま、まあ、いいではないですか。それだけ、人気ということですから」

 

「うるせー! このドカ喰い聖女! ハラペコ属性まで完備しやがって! あざといな! さすがジャンヌあざとい!」

 

「ド、ドカ!? し、失礼な! 大体、あざといのは何処かのピンク髪の方――」

 

「怒らないで、聖女様。マスターの言っていることは正しいわ! 正しいわ!」

 

「そうそう。ジャンヌが一番、エンゲル係数を爆上げしてる」

 

「」

 

 

 ナーサリーとジャックの言葉に、ピシリと固まるオルレアンの聖女様。

 生前も屈強な兵士に勝るレベルの健啖家であったと文面が残されているので、不思議ではないだろう。

 

 不思議なのは、虎太郎のパンケーキの人気ぶりである。

 カルデアに召喚された英霊の殆どが並んでいる盛況ぶりだ。あのスカサハやカルナですら並んでいるではないか。

 

 その様に虎太郎の目は、またしても凄まじい勢いで死んでいく。

 他人の目を死なせ、自分の目も死んでいくので、釣り合いが取れていると言えば取れている。完全に自業自得である。

 

 

「しっかし、不思議と人気だなぁ、マスターのパンケーキ。いや、気持ちは分からないでもないけど」

 

「……うぅ」

 

「な、泣くなよ、アタランテ。マスター以外で一番言う事聞くのはお前なんだしさ。そこまで落ち込まなくても……」

 

「リンゴジュースッ! 飲まずにはいられないッ!!」

 

(そこは酒じゃないのかよ)

 

 

 泣き崩れたアタランテをどうにかこうにか食堂まで連れてきたモードレッドは、その片隅でアタランテの愚痴に付き合っていた。

 ここのモードレッドは虎太郎のド外道ぶりに見かねて、付き合い易さが10アップ、面倒見の良さが100ぐらい上がっている。

 

 

「……ふん、どうせ私など……ふふ、そうだ、母親になど、子供のことなど何一つ分からん独り善がりなダメ英雄だ」

 

(もうアタランテが到達しちゃいけないところにまで辿り着いちゃってる)

 

「此処に居ましたか。どうです? 貴方も一緒に」

 

「ガウェイン。ちゃっかり先にパンケーキ手に入れやがって」

 

「まあ、そう言わずに。虎太郎のパンケーキは、なかなかになかなかです」

 

「知ってるけどよぉ…………アレ? アタランテの分は?」

 

「ありませんよ?」

 

「おまっ! 空気読めよぉっ!!」

 

「この上なく読んでいますが。ほら、もう彼女も此方など眼中にありません。放っておくのが吉です」

 

 

 最早、“神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)”すらも発動できそうなレベルで落ち込んでいるアタランテを前にしても、ガウェインの自由っぷりは止められない。

 モードレッドも流石にフォローの言葉を持たないらしく、仕方なしに放置を決め込んだ。いくら面倒見の良くなったモーさんでも出来ないことはある。

 

 

「しかし、このパンケーキ不思議だよなぁ」

 

「ええ、食感、味、蜂蜜の甘味とバターの風味のハーモニー――――」

 

「焼き加減から柔さかさ、匂い。何から何まで――――」

 

「「――――普通」」

 

 

 どうやら、二人の言を信じるのであれば、普通のパンケーキのようだ。

 何故か、英霊達には人気のようではあるが、その秘密とは……?!

 

 

「もうなんか、普通が極まりすぎて、パンケーキかどうかも怪しい代物なんだよなぁ」

 

「ええ、普通の中の普通。何処の国、何処の時代にも存在しているような普通の味ですね。懐かしい気分にさせてくれます」

 

「家庭の味って奴か? そういうの、よく分からねぇけど、そりゃ英霊には人気だわ」

 

 

 英霊とはハッキリ言えば、異常や異端とは何ら違いはない。

 類稀な能力。余人には不可能な偉業。有した能力も、為した偉業も、普通とは異なる人種である。

 普通、日常の中に在って、非日常の中へと飛び込んだ異常者。始めから運命を定められた奴隷。或いは、それすらもない過去の亡霊。

 

 彼等が望んでいようが望んでいまいが、もう手の届かなくなったものを、かつて手に入らなかったものを想起させるパンケーキが人気なのも頷ける。

 ジャンヌはもう三回も並んでいた。これが彼女もまた心の何処かで、神の声を聴く以前の生活を望んでいるのだろうか。何にせよ、色々と残念であるのは間違いない。

 

 虎太郎は人数の多さに、完全に目が死んだ魚になっており、完全に一つの機構と化している。

 パンケーキの生地をフライパンに流し込み、ある程度時間が経ったらフライ返しで、焼けたらフライパンを降って英霊の手にした皿にパンケーキを飛ばす“機械”だ。ざまぁない。

 時折、●回目ー、と呟いている。ジャンヌの並んだ回数だ。こんな時でも、他人の心を抉って自分が楽をしようとするのを忘れない苦労人の鑑である。でも、ジャンヌには意味がないようだ。ざまぁない。

 

 そうこうしている間に、時間はあっという間に過ぎていく。

 楽しい時間が過ぎるのと同じように、穏やかな時間というのも、同じ速度で過去になっていく。

 

 

「あ゛ー、つっかれたぁ……」

 

「お疲れさん。マスターも大変だな」

 

「何故だ、おかしい。オレは楽をしたいだけなのに。人理修復が仕事なのに……」

 

「まあ、努力の方向音痴は虎太郎を構成する一要素ですので、諦めて下さい。」

 

「うわっ、うわぁぁぁああぁぁあああぁぁああっ!!(号泣」

 

「「あっ、泣いてしまった」」

 

 

 情け容赦のないガウェインの指摘に、虎太郎は泣き崩れた。

 が、僅か5秒で立ち直った。この男の心をへし折るにはどうすればいいのか。誰にも分かるまい。

 

 

「あぁ、そうそう。アタランテ、お前にも用があるんだ」

 

「何だ、マスター。嗤いに来たのか。どうせ、私なんて……」

 

「何処の地獄兄弟ですか? いや、そうじゃなくてだな。アイツラだよ。おーい、もういいぞー」

 

「………………?」

 

 

 椅子に腰掛けて足を組み、テーブルに肘をついた虎太郎は待たせていた人物を呼び寄せた。

 

 現れたのは子供組。ナーサリーとジャック、それからアステリオスの姿もあった。

 

 

「麗しの狩人様。拙いけれど、皆で力を合わせて作ったわ!」

 

「色々大変だったけど、おかあさん(マスター)が手伝ってくれた」

 

「……む、いつも、がん、ばってる……アタランテ、に、おれい、してやれって、ますたーが」

 

「……ま、マスター」

 

「オレは必罰はしないが、信賞はする主義だからな。アップルパイだ、好きだろ? コイツ等が頑張ったんだぜ?」

 

「「「いつも、ありがとう!」」」

 

「お、お前達ぃぃいいいいぃぃぃぃぃいいっっ!!」

 

 

 アステリオスの手には巨体に似合わない小さな皿が。その上には少しだけ焦げて形の崩れたアップルパイがちょこんと乗っている。

 その優しさ、その頑張りに、アタランテは滝のような涙を流し、アステリオスの片足に抱き着いた。

 

 アタランテの日頃の努力が認められたも同然である。

 こうしてまた彼女は自分の願いにまた一歩近づいた。

 

 ――――感動的な光景である。光景であるのだが。

 

 

(コイツ、本当にタイミング良いな。点数稼ぎ巧すぎるだろ)

 

(アタランテ、虎太郎の掌で踊っていますね。ダンスダンスしていますね。踊り狂っていますね)

 

 

 傍目から見れば、虎太郎が子供たちの純真と感謝を、アタランテの信頼を勝ち取るために仕組んだようにしか見えない。

 

 それでもなお、二人が何も言わなかったのは――――

 

 

「は、何のかんの言ってもよ」

 

「ええ、そうですね」

 

「――――あぁ? 何だよ?」

 

「気にするな。こっちの話だ」

 

「ええ。言わぬが花でしょう」

 

 

 ――――世界一悪辣な男の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいたからだろう。

 

 

 

 

 

 モードレッド。

 

 ☆5セイバー。苦労&常識枠。戦闘担当。オレの剣を預け、名誉を預け、命を捧げる。騎士としては三流かもしれねぇが……それでもいいか?

 

 斬り込み隊長。セイバー勢の戦力が不足していたので、アルフレッド&ジャンヌに不安ながらも召喚された。

 ここのモーさんは『Fate/Apocrypha』を超えてきたので、アルトリアへの妄執を払拭している。流石、モーさん! 流石、セイバー! 最優のサーヴァントで英霊だぜ!

 役割は雑魚散らしとボス殺し。単純な戦闘力ではカルナ、スカサハに軍配が上がるものの、扱いやすさに関しては遥かに上なので、如何なる戦場でも結果を残せる姿は正に最優。

 強化素材収集の時には、恐怖の妖怪・強化素材おいてけと化す。あと、新入りのレベル上げにも着いていってあげる。面倒見がいい。

 

 性格的な相性は非常に良い。

 生前は悪役に徹していたので、どんな手段でもOKしてくれる。但し、ドン引きはしている。

 なお、御館様に父親からの愛情、父親への憧憬を見抜かれているので、ガンガン褒められて成長した。モーさん大満足である。

 初めの内はモルガンの姿を想起させて毛嫌いしていたのだが、ド外道行為に振り回されて、褒められている内に居心地が良くなってしまった。父親のことさえなければ、根は善人で素直な良い娘なのだ。

 

 彼女が協力しているのは“カルデアが居心地がいい”からであり“父上の守ろうとしたものを、父上の行為を見定めるため”

 かつては妄執から鼻で笑っていた父親の理想。何の因果か、今度は彼女がその理想に手を伸ばす時が来てしまった。

 虎太郎の守らんとするモノが、かつての父が理想としたものと似ていると悟った彼女は、その道を見定める為に、騎士として路傍の石を守る為に、剣を振るうのだ。

 

 因みに、御館様にはまだ手を出されていない。まだ、まだな。

 彼女としては、手を出してきても、本気で拒絶はしないだろう。ただ、問題なのは虎太郎が女の方から声を掛けなければ、手を出さない点である。

 

 最近、一番の悩みはガウェインの壊れっぷり、自由っぷり、馬鹿っぷりが加速していること。

 御館様は黙っていたのだが、ガウェインがアルトリア自害事件を暴露したので、混乱する。が、話を聞いて、まあこれは父上が悪いわ、と受け入れた。モーさん絆されちゃってます。

 

 

「なあ、マスター。お前、笑うか? オレが、こんな真似してるなんて、よ」

 

「いや、全然。オレ助けられてる側だし、不満なんて一切ないよ、何よりオレはアーサー王伝説の当事者じゃないし、登場人物の気持ちなんて推し量ることしか出来んわ。自信持てとは言わんけど、胸張っていい。少なくともオレにとっては、騎士王以上の騎士だよ、お前は」

 

「へ、へへ、そうか。そうかそうか! うんじゃま、いつも通りに――――」

 

「そうそう。それでいいって、悩んでたって答えが出るもんじゃない。結果は最後まで分からんからね。という訳で――――」

 

「「――――Take That, You Fiend!」」

 

 

 

 ガウェイン。

 

 ☆4セイバー。馬鹿枠。戦闘担当。マイドオオキニ。

 

 モードレッドの副官的立ち位置。アルフレッド&ジャンヌには、虎太郎の抑え役を狙いとして召喚されたのだが、結果は御覧の有り様。

 ここのカルデアに置ける三馬鹿の一人と化してしまった。どうやら、相当に悩んでいたらしい。

 馬鹿筆頭はゴールデン。彼は馬鹿やらかして、最終的に自分だけ怒られるのを免れるタイプの賢い馬鹿である。質が悪い。馬鹿は、まだ一人いる。

 完全にキャラ崩壊しているが、『CCC』の彼を見る限り、騎士としての自分を封印したら、こんなもんじゃなかろうか。残念イケメン馬鹿お兄ちゃんである。

 

 彼が協力しているのは“友の為”、“あと、ラグネルも召喚してくれたので妻に良い所を見せないと”というもの。

 何のかんの言っても本質的に騎士なので、カルデアの仲間達、(マスター)のため、焼却されようとしている人理のために太陽の剣を振るっている。

 あと、虎太郎の労いで本来は召喚すら難しい妻・ラグネルを召喚して貰った。その際は、アルフレッド&ジャンヌ、キャスター勢が死ぬほど頑張った。

 空に浮かぶ太陽の如く燦然と輝く馬鹿は、今日も今日とて、男同士で馬鹿をやる為に、妻に良い所を見せる為に、聖剣をぶっぱする。

 

 最近、一番面白かったのは、ランスロットがカルデアに来た時。

 御館様(悪意ありあり)とカルナ(悪意皆無)に、自分のダメなところを延々と指摘されているランスロットの姿に笑いそうになった。

 ドンドン死んでいくランスロットの瞳とバイブの如く震える両脚に耐えかね、噴き出してしまった。

 それが、ランスロット自分の身体に“縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)”で自害事件の引き金となった。

 でも、全然反省していない。馬鹿は反省しないから馬鹿ですから。本当に、ランスロットのこと嫌いなのね、君。

 

 

「お願いします! 虎太郎! どうか、どうか貴方の性技を!」

 

「いや、いいけどさ。土下座するなよ」

 

「ラグネルとの夜の生活がマンネリなのです! ラグネルをあひんあひん言わせて、後で揶揄って真っ赤になる姿が見たいのです!」

 

「ああ、そう。気持ちは分かるわ。よかばってん、此処は一つ指導したるわ」

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

(こんなのが夫でラグネルも大変だな~)

 

 

 

 アタランテ。

 

 ☆4アーチャー。不憫&苦労枠。準戦闘&保母担当。子供が好きだな、彼らの笑顔が好きだ。

 

 カルデアの頑張る保母さん。教育方針はママというよりもオカン、もしくはかーちゃん。

 虎太郎に心をベッキベキのバッキバキに粉砕された上で、仕事を押し付けられるという不憫&苦労枠。

 戦闘以外に斥候と偵察を担当するがスキルが戦闘向きなので、ロビンの方が相性が良い為に基本はカルデアで子供組の面倒を見ている。

 戦闘時は、ナーサリーとジャックと組む場合が多い。

 ナーサリーが敵の足止め、ジャックが“暗黒霧都(ザ・ミスト)”で撹乱し、霧に紛れてアタランテが二人を抱えて離脱した所で“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)”でズドンが必勝パターン。

 

 彼女が協力しているのは“この世全ての子供たちが愛される世界”のため。

 なのだが、御館様の言葉に一個も反論できないまま納得させられてしまったので、まずは自分が母になろう、子供を知ろうと奮闘中。

 紛れもない不憫&苦労枠なのだが、彼女は自分の願いの為なので、それほど苦にはなっていない。

 ただ、悩みはある。御館様の方が子供に懐かれていることである。

 まだ彼女は気付いていない。子供は甘やかしてくれる人の方にふらふら寄っていくものだ。本当に信頼しているのは、必ず迎えてくれる母親の方。その苦悩こそが、母親らしい悩みなのだ、と。

 

 最近、一番嬉しかったことは、今回の話の件。

 子供達への愛情は天元突破。御館様への不信と苦手意識を払拭されてしまった。完全に御館様の掌で踊り狂っている。

 純潔の誓いがあるので、御館様には喰われていない。いないのだが、この調子じゃあどうなることか。アキレウスー! 速くしろー! どうなっても知らんぞー!

 

 

「これにて、一掃、だな」

 

「やったわ! やったわ! 悪い兵隊を一網打尽! 楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」

 

「うん。まさに大金星!」

 

「お疲れさん。いやー、やっぱり敵を一網打尽とか楽できていいわ」

 

(指示も的確。不足はないのだが、この不安はなんだろう……)

 

 

 

 子供組。

 

 今回登場したのは、ナーサリー、ジャック、アステリオスの三名。

 基本的に、本編よりも精神年齢が低い。周囲の大人が頼れるからだろう。カルデアの愛されキャラである。

 

 ナーサリーは召喚時は本の姿だったので、御館様が珍しく度胆を抜かれた。

 ジャックは露出度が高すぎるので短パンと腹巻を常に装備している。本人は嬉しそうだ。

 アステリオスは大抵はエウリュアレと一緒に居るのだが、時々ヘラクレスと一緒にアスレチック状態になっている。でも、本人は名前を呼んでくれるので幸せそうである。

 

 此処の詳しい項目はまた今度。待て! しかして希望せよ!

 

 




という訳で、ガウェイン完全に馬鹿になる&麗しのアタランテ二つの意味で号泣&モーさんマジ良い娘! の三本立てでした。

基本的に円卓メンバーはこの二人のみ。しょうがないね。アルトリア自害させちゃったしね。あと、メンタル弱すぎるからね! ガレスちゃんが来ればワンチャンあるかって程度。

そして、味方の心をへしおって自分にとって扱い易くする御館様のド外道ぶりよ。でも、良いところも見せるところが最高に卑劣ですわ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人はド外道なので、生前に悪事を働いていた元の相性が良い。但し、ドン引きはされる模様』

うぅむ、水着キャラ欲しいなぁ。スカサハ師匠が特にほしい。しかし、時間が! レベルが! クソ! なんて世の中だ!

悔しいので、コツコツ書いた。でも師匠はあんまり関係ない話。

では、海賊組の話と…………多分、一番可哀想な幸運Eが出てくる話です。どぞー。


 海賊組と幸運E。

 

 

「お前等も物好きだな。サーヴァントの召喚する所を見たいなんて」

 

「いやぁ、未知の探求は海賊の本分だからね」

 

「どちらかと言えば冒険家の本分だと思いますけど。私は、宝の地図の方が好みです」

 

「完全に同意かねぇ。ま、あたしは御義理御義理。んぐ、んぐ」

 

 

 カルデアの廊下を行く一行の姿があった。

 先頭を行くのはカルデアのド外道、弐曲輪虎太郎である。その後に続くのは、二騎のサーヴァント。

 

 黒い衣装の小柄な少女、赤い衣装の長身の女性。両者ともにライダーのサーヴァント。真名はアン・ボニーとメアリー・リード。 

 世にも珍しい二人一組の英霊。ジョン・ラカムの船で誰よりも勇猛に戦った女海賊。それがアンとメアリー。

 二人が一組の英霊として召喚されたのは、その珍しい逸話(エピソード)が原因だろう。

 

 纏った真紅のコートでは包み切れず、豊満な胸の谷間を大胆に露出させ、豪快に酒瓶を煽っているのもまたライダーである。真名はフランシス・ドレイク。

 世界一周を生きたまま成し遂げた海賊。人類のターニングポイントとなるほどの偉業を為した大英雄。歴史には男性と語られているが、真実は女性であったらしい。

 どうやら、彼女の周囲にいた船乗りは彼女を女と認めると男としての自分達が立つ瀬がないと考えたようで、女性と見做さなかったが故に後世には男性と伝えられたようだ。

 

 それぞれタイプの違う美女を侍らせて向かっているのはカルデアの召喚場だ。

 守護英霊召喚システム『フェイト』。日本の冬木市で開かれた聖杯戦争の召喚術式に大きな影響を受けた召喚システムである。

 ここにアルフレッドの演算能力が加わる事で、望んだ英霊を選定し、契約・魔力供給を行うのである。

 

 

「おや? そこを行くのはマスターではござらぬか。なんと奇遇な!」

 

 

 ババーンとポーズを取って現れたのは、何かの萌えアニメTシャツを着た口髭の男。クラスは三人と同じくライダー。真名はエドワード・ティーチ。

 かつて海賊時代のカリブ海を支配下に置いた海賊。彼は黒髭と呼ばれ、他の海賊からすらも恐れられた。

 爛々と輝く瞳は正に地獄の女神か悪魔の化身か――――――だったのだが、今の彼はネットスラングをバリバリに使いまくるオタクと化していたのである。聖杯、余計な知識与え過ぎである。

 

 黒髭の存在を確認するや、三人の表情筋が死んでいく。三人が三人とも黒髭の被害者だからである。

 とある特異点にて黒髭の部下となっていたアンとメアリーは常にセクハラの被害を受けていた。

 ドレイクは同じ特異点にて黒髭にBBA、BBA、と散々馬鹿にされるわ煽られるわ。三人の顔も当然である。

 

 

「マスター! ネットで発見した百合ものの薄い本を買ってくだちぃ」

 

 

 少女がすれば愛くるしいと思えるポーズで両手を差し出す。ハートまで飛び交っているが、やっているのが黒髭なので全てが台無しである。

 その姿に露骨に顔を顰める三人であったが、どう考えても黒髭の術中に嵌っている。

 

 この黒髭、本当にオタク趣味ではあるのだが、これはポーズだ。この男はよくよく自身の能力を理解している。

 

 英霊――のみならず、神秘というものは古ければ古いほどに強大な威力を秘める。それが世界の法則(ルール)だ。

 比較的、近代の英霊である黒髭は、その法則に則れば強力な英霊とは言い難い。

 ドレイクのように、人類のターニングポイントとなった証である“星の開拓者”というスキルを持てれば別だが、彼女は例外中の例外だ。

 

 だからこそ、黒髭は他者に侮られる為に、他者に嫌われる為に、他者に蔑まれる為に、本来の自分をオタクという仮面で押し隠しているだけ。

 

 全ては寝首を掻く為に。

 少しでも隙を見せた瞬間に、黒髭は仮面を被ったまま、見るも悍ましい冷徹で残忍な手段で敵を殺す。

 

 

「ああ、ほらよ」

 

「――――え? あの? マスター? え?」

 

 

 そんな黒髭に対して、虎太郎は取り出した自分の財布を渡して、そのまま隣を通り過ぎた。

 これで好きなの買えば、という意味なのだろうが、視線すら合わせようとしない塩対応である。

 

 呆然と立ち尽くす黒髭の横を通り過ぎる三人はプルプルと肩を震わせていた。

 アンは噴き出し、メアリーは涙目で笑いを堪え、ドレイクですらが口の端を歪ませている。

 それはもう面白いだろう。他人を引っ掻き回すだけ引っ掻き回す男が、良いようにあしらわれているのだから。

 

 虎太郎には黒髭の仮面など通用しない。

 元より他者に共感はせずとも理解は早く、何よりも味方であっても油断や隙は決して見せない猜疑心の塊、完全なる偏執狂だ。何を言われたところで動揺などするはずもない。

 

 

「………………ハっ!? ま、待て待て待て待て待て待て、待つでござるぅぅ!!」

 

「何だよ、うるせーなぁ。それで好きなの買えばいいじゃねぇか」

 

「買うは買う! けどぉ、拙者への対応が酷過ぎでは?!」

 

「お前の相手するの面倒なんだよ。令呪を以って命じる。黒髭、ドレイクが船長、お前が副船長の設定の冒険譚を書いてこい」

 

「ほぎゃああああああああああっっ!! おっま! このガキィ! 人に何てもんを――」

 

「感謝して欲しいもんだね。お前、ドレイク尊敬してるし大好きじゃん。よかったねぇ、そんな設定の黒歴史(ぼうけんたん)を書けて。重ねて令呪を以て命ず、それをオレに寄越せ」

 

「やめ、やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおおぉぉっっ――――――!!!」

 

 

 本気の絶叫を見せながらも、黒髭は半泣きになりながらも自分の部屋の方へと走っていってしまった。

 

 何を隠そう、黒髭にとってフランシス・ドレイクという海賊は憧れの存在である。

 自身の生まれた時代よりも少し前にこの世を去った大海賊。過去の経歴のまるで残されていない黒髭は、もしかしたら、彼女に憧れて海賊になったのかもしれない。

 

 そんな相手をBBA呼ばわりで煽るなど、色々と台無しだが。

 好きな女子を虐める男子的なアレと同じ理屈なのだろう。台無しなのは黒髭の方なので何の問題ない。元々台無しな男である。

 

 きっと出来上がってくるのは、船長(ドレイク)の危機に颯爽と登場する副船長(黒髭)とか、船長(ドレイク)に信頼されてる副船長(黒髭)が出てくるに違いない。

 単純な欲望を曝け出すのならば、黒髭もここまで慌てはしまい。そんなものは常に晒しているようなもの。

 

 だが、自身の憧れを、自身の最も深い部分にある願いを晒されるなど、あの男であっても耐えられない。

 

 

「「な、なんて、冷静で的確な嫌がらせなんだ!!」」

 

「これが正しい対応よ。マトモに相手をするからつけ上る。相手の嫌がることを的確にすれば、相手の方から近寄ってこなくなるからね。ほら、オタクは構ってちゃんだけどナイーブだからね」

 

「………………いや、そんなもんに登場させられるアタシの身にもなっておくれよ」

 

「ええやんけ。お前、悪党だろ? 悪党なんて、笑っちまうほど哀れな目に合うんだよ?」

 

「カーっ! アタシ、なんで悪党になんてなっちまったんだー! カーっ!」

 

「「「あっはっはっはっはっはっはっ」」」

 

 

 ざまぁない、とばかりに笑う女海賊三人組。どうやら溜飲は下ったようだ。

 哀れ、カリブの大海賊――――――でもない。全部全部、自業自得である。そんなことだから、生前も今もモテないのだ。

 

 そうこうしている間に、四人はレイシフトルームに辿り着いた。此処こそが、カルデアの中枢でもある。

 事象記録電脳魔『ラプラス』、疑似地球環境モデル『カルデアス』、近未来観測レンズ『シバ』、霊子演算装置『トリスメギストス』、英霊召喚システム『フェイト』

 魔術と科学が交差し、融合を果たした世界最高にして最先端のシステムの全てがこの一室に収められている。

 

 魔術協会の総本山である“時計塔”から奪った、年月を重ねた魔術理論。米連から奪った未成熟であった機器と理論と研究者達。

 これらに加え、アルフレッドの演算能力での試行錯誤の末に、5つのシステムは生まれ、完璧な調整と調和が齎されていた。

 

 4人が部屋に入ると、英霊召喚の準備は既に整いつつあった。

 金属製の天井、壁、床にはそこここに穴が開き、その中からあらゆる用途を想定したロボットアームが伸び、部屋の中央で忙しなく作業を進めていた。

 中央で組み上げられているのは機械であった。形は、カルデアに唯一存在するデミ・サーヴァントの持つ盾と形状がよく似ている。

 この機械は、言わば魔法陣の代わりである。アルフレッドとジャンヌが選定した英霊を、より正確に喚び出すためのものだ。

 

 

『おや? 虎太郎は兎も角、珍しい方々もいらっしゃいますね。どうされました?』

 

「いや、私達がどんな風に召喚されたのか気になる、って物好きな二人が居てねぇ。アタシは暇潰しさ」

 

『成程。そう楽しいものでもないとは思いますが、よろしければどうぞ』

 

「えーっと、アルフレッドさん。私達は邪魔にはなりません?」

 

『私は他人に見られていても緊張しない性質ですので。どうぞ、お構いなく』

 

「うーん、アルって本当に機械なの? 普通に人と話してる気分なんだけど」

 

『勿論、機械です。正確には少し違いますが……召喚の準備が整いました。システム『フェイト』起動します。電力の魔力変換開始。充填40……50……60……70……80……90……100%、臨界に到達』

 

『召喚術式に介入。データバンクより英霊の情報を抽出。演算開始――――“乱数(揺らぎ)”の固定に成功。召喚、実行』

 

 

 アルフレッドの宣言と同時に、機械式の魔法陣から放電現象にも似た青白い魔力の光が迸る。

 光は次第に大きくなり、部屋全体を照らさんばかりに輝きを放つ。部屋の空気――いや、空間そのものが鳴動していた。

 

 角膜を焼くような光に目を細めたが、三人は確かに見た。光が徐々に、だが確実に人の形を成していくのを。

 

 やがて光は徐々に輝きを失ってゆき――――此処に、新たな英霊がサーヴァントとして現界した。

 

 

「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ、推参いた――――――――」

 

 

 布に覆われた短長のある二振りの槍を手にした男。クラスはランサーであることは間違いない。真名は自ら名乗った通り。

 輝く貌のディルムッド。スカサハが影の国と共に世界の外側へと追放された時代から300年ほど先、エリンを守ったとされるフィオナ騎士団の勇士。

 頬の黒子は妖精からの贈り物であったが、ある意味で、彼の最期を決定付けた女までをも惹きつけた呪いでもあったという。

 

 騎士道精神に溢れ、正道を歩まんとする英霊であるとアルフレッドとジャンヌが目を付けたのが彼――なのだろうが、虎太郎の姿を確認すると、ディルムッドは目を見開いた。

 

 

「――――貴様……っ!」

 

「「「――――!?」」」

 

 

 次の瞬間、ディルムッドの両目から赤い血の涙を溢し始めたではないか。その光景に、海賊三人組は驚きから肩を震わせた。

 

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「そんなにも……そんなにも、我が歓喜を踏み躙り、楽しいか!」

 

「あの、何を言ってるか分からないんですけど……」

 

「この俺が……たった一つ得た誉さえ踏み躙って……貴様は、何一つ恥じる事もないのか!?」

 

「いやいやいや、これアタシらに言ってないよな? お前には出会ったことも――――」

 

「赦さん! 断じて赦さん! 手段すら選ばず、騎士の誉を貶めた外道……その願いを、我が血で穢すがいい! 聖杯に呪いあれ! その願いに災いあれ! いつか地獄の釜に堕ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せぇぇ!! ――――がふっ」

 

『えええええええええええええええええええええええええっっっ!?!?』

 

 

 呪いの言葉を吐きながら、ディルムッドは自分で自分の胸を貫いた。ディルムッドが死んだ! この人でなし!

 

 召喚されたばかりだと言うのに早くも自害した槍兵に、三人は絶叫を上げ、赤い砂となって消えていく様を呆然と眺める。

 

 続き、虎太郎の右手を見たが、まだ令呪は一画残っている。

 彼は常に最低でも一画は令呪を残しておく。敵の強襲、味方の裏切りを警戒して、決して裏切らないカルナを即座に手元に喚ぶためだ。

 一日過ぎれば令呪は補填される。馬鹿みたいな使い方をするにはするが、必要な分は必ず残すのである。つまり、虎太郎の強制自害命令ではないということだ。

 

 ディルムッドは自分自身の意思で、胸を貫いたということだ。三人には、全く理解不能の行動だ。

 

 

「………………今のが英霊の召喚だ。よく分かったか、三人とも?」

 

「いや、そこじゃない! そこじゃないからね!!」

 

「そんなに楽しくなかっただろ。何せ、召喚した奴はすぐ死んだし」

 

「楽しいも何も、こんな召喚、絶対にありえませんわ!!」

 

「いやぁ、それがあり得るんだよなぁ。全部オレが悪い」

 

「分かってるよぉ! アイツ、死ぬ寸前までアンタのこと睨んでたからね! 何したのさっ!!」

 

 

 事の発端は、第五特異点での出来事である。

 聖杯により召喚されたケルトの狂王と女王が、大軍勢と共にアメリカ大陸を蹂躙した在り得ざる過去。

 カルナは敵側についたアルジュナと仲良く殺し合い、スカサハは狂王を討たんとケルト軍勢へと無闇矢鱈に、とても元気に無双をかましていた特異点。

 

 進軍するケルト軍に対し、虎太郎と愉快な仲間(振り回される者)達は彼等を迎え撃った。

 

 その折、敵の将はフィオナ騎士団の長と勇士――即ち、フィン・マックールとディルムッドだった。

 

 フィン・マックール。フィオナ騎士団の長であり、エリンを襲った堕ちたる神霊すら打ち倒した神殺し。

 アイルランドの一部の地域では、()のクランの猛犬にすら勝る知名度を誇る。

 妻であるグラニアの件もあり、ディルムッドの死の要因となり、晩節を穢す結果となったものの、紛うことなき大英雄だ。

 

 フィンとディルムッドは、かつて失った友情を取り戻したが故か、無駄に元気にカルデアメンバーの前に立ちふさがったのである。

 

 やる気に満ち溢れた騎士団の長と騎士団の一番槍、無数の軍勢の前に、前線を支えていたモードレッド、ガウェインも押され始めていた。

 残りのメンバーは、少しでも二人の負担を減らそうとケルトの雑兵相手をしている。

 

 

おかあさん(マスター)、どうする? 殺す?』

 

『軽々しく殺すなんて口にするんじゃありません。そこいらのチンピラみたいだぞ? だから、殺したなら使っていい』

 

『よくありません! ジャックも、マスターの言葉遣いは真似しないように!』

 

『はーい。でもジャンヌ、どうするの? このままじゃ、モーさんもガウェインも、負けちゃうかも……』

 

『我々が加勢するしかありませんね。この乱戦では二人の所に辿り着くのも一苦労ですが、このまま捨て置くわけにも行きません。ジャック、“暗黒霧都(ザ・ミスト)”の用意を』

 

『いや、ちょいタンマ……モーさんとガウェイン、フィンとディルムッド、こっちの位置関係が…………ふんふん。よし、ジャック、宝具を展開しろ』

 

『りょーかーい!』

 

(………………何故でしょう? 猛烈に嫌な予感が)

 

 

 後方で支援に徹していた虎太郎、ジャック、ジャンヌの三名は劣勢に立たされたモードレッドとガウェインを救うため、打って出た。

 

 ジャックが古ぼけたランタンを取り出し、グローブを開く。

 すると、そこから漏れ出した煙――否、産業革命後のロンドンを襲った公害の霧が溢れ出してくる。

 

 これこそがジャック・ザ・リッパーの持つ宝具の一つ、“暗黒霧都(ザ・ミスト)”。

 

 彼或いは彼女(霧夜の殺人鬼)が暗躍した時代、膨大な煤煙による強酸性のスモッグが宝具と化したものだ。

 一般人ならば数分で死に至り、魔術師であってもダメージは免れない。サーヴァントであればダメージを受けないが、敏捷性がワンランクダウンする。

 この宝具の最大の利点は、他者へのダメージでも、自身の存在を覆い隠すことでもなく、効果を与える対象を選別できる点にこそある。

 

 カンカン照りの荒野に、突如として展開された霧は、瞬く間に全ての存在を襲っていく。

 

 

『ガウェイン、行くぞっ――――!!』

 

『承知――――!』

 

『これは……!』

 

『気を付けろ、フィン! 宝具だ!』

 

 

 ジャックの宝具を認識していたモードレッドとガウェインは、機と見るや防戦から一転攻勢に出る。

 フィンとディルムッドは、僅かに遅れて守りに入った。戦場の機微を知る者、ましてやエリンを守護した騎士団だ。僅かな動揺もなかった。

 

 

《モードレッド、ガウェイン、オレが指示を出すぞ、構わないな?》

 

《……また絶対、あくどい事考えてる》

 

《嫌か? どうする? 令呪使う?》

 

《簡単に令呪使うんじゃねぇよ! あと令呪じゃ細かい指示出せねぇだろうが! 従えばいいんだろ! 従えば!》

 

《友の頼みとあらば、仕方ありませんね!》

 

 

 虎太郎の指示は何のことはない。

 ジャックの“暗黒霧都(ザ・ミスト)”に合わせて、二人もまた宝具の影響を受けているかのように戦うこと。

 そして、虎太郎の指示通りに動くこと――――最後に、ガウェインにだけ奇妙な命を与えた。

 

 その言葉に、さしもの元太陽の騎士も首を傾げたが、躊躇や迷いは皆無であった。流石は馬鹿、流石は絆レベルMAXである。

 

 

『どうした、叛逆の騎士! 彼の騎士王の剣は、こんなものではなかったぞ!』

 

『父上のこと引き合いに出されてもな。オレには、オレの剣があるんだよ!』

 

『大人になりましたね、モードレッド。反抗期真っ盛りの(叛逆していた)頃の貴方なら確実にガンギレでしたよ?』

 

『うるせー! テメェは真面目に戦え!』

 

『大丈夫です。ええ、宝具の影響を受けまくりですが、午前中の私はほぼ無敵なので』

 

『はっはっはっ! 何とも奇妙な宝具と勇士達よ! これほどの強敵、何時以来か! 此度は我らこそが悪であるが、友に背中を預け、強敵と雌雄を決する! これに勝る喜びはない!』

 

『フィン……!』

 

 

 ほんの数メートル先も見えない濃霧の中で、好き放題に喚き合う四人の騎士。

 ディルムッドなど、フィンの言葉に感極まって泣きそうだ。モードレッドとガウェインは、心の中で合掌する。

 

 虎太郎が策を講じた以上、虎太郎が直接指示を出す以上、情け容赦のない冷酷な手段で殺されるのは間違いないからだ。

 

 僅か数分。彼等の剣戟は周囲の地形を抉り、変形させる。

 サーヴァント同士の戦いは宝具を使用せずとも、凄まじい。その只中は、正に暴風圏。魔術師であろうとも原型を留めておくことすら難しい。

 

 そんな中、モードレッドとガウェインはジャックの宝具による影響を受けていることを前提とした己の性能で剣を振るう。

 戦いに集中しているが故か、或いは“暗黒霧都”による焦りか、フィンとディルムッドはその事実に気付いていないようだ。

 

 高台に移動した虎太郎とジャック、ジャンヌの三人は霧に包まれた戦場を俯瞰していた。

 霧の中で時折迸る火花、アルフレッドを介して繋がっているレイラインから四人の位置関係を完璧に把握していた虎太郎は、その瞬間が来るのを待ち侘び、とうとう――――

 

 

『ここだ! モードレッド、令呪を以て命ずる! オレの元に来い!』

 

『え? はぁ?! おいおい、ちょ――――』

 

『――――何ィっ!?』

 

『このタイミングで、伏せる――!』

 

『え? ――――――がふぅっ?!』

 

 

 令呪の効果によってモードレッドは虎太郎の下に転送され、ガウェインは指示通りに、その場に伏せた。

 フィンとディルムッドには唐突にしか映らなかったであろう。何せ、彼等から見れば、ほぼほぼ互角の戦いだったからである。

 

 ディルムッドにとってモードレッドが突如として姿を消したことも、フィンにとってガウェインが攻撃を避ける訳でもないのに伏せたことも、理解不能であった。

 

 ディルムッドがモードレッドと戦い、フィンがガウェインの相手をしていた。

 モードレッドとガウェインは背中合わせとまでは行かないが、それにほぼ近い形で戦っていたのである。

 そんな中、モードレッドが消え、ガウェインがその場に伏せればどうなるか。結果は御覧じろ。

 

 ――ディルムッドの宝具、“破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)”が、フィンの霊核を貫いていた。

 

 

『うわ、うわわわわわあああああああああああっっ!!!』

 

『ディル、ム……ッド、……やはり、お前は、私のことを、許しては……いなかったの、だな』

 

『ちがっ――――!?』

 

『いや……いいのだ。私は、多くの柵に捕ら、われ……お前を救う、機会を……自ら…………恨まれて、当然、だ』

 

『待て、待ってくれフィン……! オレはお前に恨みなど……!』

 

『……ふふ、冗談は、よしこ、さん、だ………………ガクっ』

 

『フィィィイイイイィィイィィィィンンンンンンンンンンンンンっっっっ――――!!!』

 

 

 ディルムッドの腕の中で、赤い砂となって座へと還っていくフィン・マックール。最後の言葉があんまりだった。

 自らの友を、自らの主君を、自らの手で殺してしまったディルムッドの胸中は如何ばかりか。あんまりにもあんまりである。

 

 ディルムッドは膝を折り、武器すら手から取りこぼして咽び泣く。その姿に虎太郎は――

 

 

『よし、チャンスだ。ガウェイン、宝具だ宝具。蒸発させろ』

 

『いえ……あの、……いくら友と言えども、これは、ちょっとぉ……』

 

『そうか。なら、こっちからモーさんに宝具ぶっぱさせるわ。今のお前なら死なないだろ』

 

『この剣は太陽の現身! かつ、友の敵を焼き尽くすもの! “転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”――――ッ!!!(早口』

 

『―――――あ』

 

 

 太陽の灼熱でティウンティウン(蒸発)するディルムッド。

 三人のサーヴァントは、ただただ呆然と一連の光景を眺めていることしか出来ず、やがて口を開いた。

 

 

『な、なななな、何をやってるんですか、貴方はーーーーーーーーー!!!(目グルグル』

 

おかあさん(マスター)、本当に、邪悪……(ドン引き』

 

『何処がだ、ジャック? 戦場で呆然としてる方が悪いんじゃないですかねぇ? これがケルト軍の狂った王様の方針だろ?』

 

『そうだけど! そうだけれども! こっちまでその方針に沿う必要ねぇだろ! 大体、あのまま戦っててもオレとガウェインなら負けなかっただろうが!』

 

『だが、無傷じゃ済まなかった。この後には狂王、ケルトが生んだスーパービッチとの戦いが控えてる。余計な消耗は避けなきゃねぇ』

 

『スカサハやカルナがいるでしょう?!』

 

『スカサハは色々と弟子に思う所があり過ぎて余計な事しそうだし、カルナは怨敵のアルジュナがいる。狂王相手にした時、その場にいるという確実性がない。それに……』

 

『『『…………それに?』』』

 

『ほら、アレだ。フィンはディルムッドを見殺しにしたんだろ? ならディルムッドがフィンをぶっ殺したからおあいこ。これで対等だ。二人の真の友情はここから始まるんだよ。そして、友殺しの悪人はガウェインが誅した。うーん、悪が滅び、友情が育まれる理想的な展開じゃないか。この後、二人が出会えるのか知らんけど』

 

『この強制自害魔!』

 

『この人類の恥!』

 

『この悪意の塊!』

 

『このきちくげどー』

 

『ふ、二人の友愛を育むキューピッドに、この罵声だよ』

 

『こんな邪悪なキューピッドが何処にいますか―――――!!』

 

 

 『あ、石だ。蹴ーろぉっと』というくらいの気軽さで、確実に勝てるとはいえ、二人の友情を利用した策を実行した虎太郎は全く悪びれもしない。

 この後、ジャンヌの旗による体罰が炸裂したのだが、彼の態度は全く改善されなかった。こんな程度で改善されるのなら、誰も性格矯正を諦めていない。

 

 

「――――とまあ、大体こんな感じ」

 

「そりゃ、さ。私達も生前、色々と悪事を働いたけど、さ……」

 

「これ、もう、言い逃れできないと申しますか……」

 

「アタシも結構な悪党だって自覚はあるけどねぇ、流石にアンタほどじゃないよ……」

 

「ふー、女海賊二人と星の開拓者に褒められちゃったぜ」

 

「「「いやいやいや、どう考えても褒めてない!」」」

 

 

 三人の女海賊の悲鳴が迸る。

 今日も今日とてカルデアは平和である。何せ、虎太郎による自害ではなく、サーヴァント自らによる自害しかなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドワード・ティーチ。

 

 ☆2ライダー。不憫枠。準戦闘&輸送担当。んんwwwww一方的ですぞwwwwww

 

 第二章で大暴れしたカリブ海の大海賊。通称、黒髭。

 カリブ海の海賊自体がオタク気質なのか、黒髭が現代の知識に染まりオタクと化したのかは謎。前者も後者もあり得そう。公式ェ……。

 キャラ的に他者を引っ掻き回すトリックスターなのだが、我らがド外道は精神が揺れることはないので、煽っても、オタクを気取ってもムダムダムダ。

 お陰様で、虎太郎&アルフレッドカルデアでは不憫枠に。ドレイクの姐さんをBBA呼ばわりとか冗談でも許されざるよ。

 

 宝具“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”は乗船員の技量や霊格が、実力が高ければ高いほど力が増していく。

 その性質を利用して、敵の拠点への強行突撃に用いられる。敵を蹴散らして突き進む様は、正に、んんwww一方的ですぞ!wwww

 だが、虎太郎の場合はそれだけではない。使えない、話を聞かないが霊格の高い英霊、神霊を何の説明もないままに突撃させて、自走式の核爆弾にしたりする。黒髭、涙目である。

 

 彼が協力する理由は“もう色々と嫌になったからオタク生活を満喫する”ため。

 初め、召喚に応じたのは横から聖杯を掠め取るためだったのだが、虎太郎の外道っぷり、油断のなさに諦めざるを得なかった。

 それに他の海賊仲間もいるし、BBAもいるし、マスターがアレでなければ大満足一歩手前の生活を送っているのであった。

 

 最近、一番恥ずかしかったのは今回の件。

 その後、御館様は毎日一ページずつ黒髭の部屋にガチの黒歴史を送り届けている。吾輩憤死しちゃうのほぉ! マスターは敵ですぞ(ガチ)!

 

 

「このガキ! 今日と言う今日は許せねぇ!」

 

「ほーら、黒歴史だよぉ? カルデアメンバー全員に配布しちゃうぞぉ!(にっこり」

 

「やめろください!」

 

 

 

 アン・ボニー&メアリー・リード

 

 ☆4ライダー。顔芸&不憫枠。準戦闘担当。アン、後はお願い! はーいっ、それでは狙い打ちますわよ!

 

 ある海賊船で活躍した二人の女海賊。史実でも女です。

 長身ナイスバディのアン。貧乳リトルなメアリー。因みに、メアリーの方が10歳も年上。

 二人一組のサーヴァントという他にはない性質に御館様が目を付けた。これが彼女達の不幸の始まりである。

 とはいえ、二人に余り不満はないようだ。自分達のような海賊であっても躊躇なく、そして効果的に使ってくれるから。

 何より、失敗しようが成功しようが、頑張ってさえいれば文句は言わない。結果を出せば、信賞をくれるので。

 

 性格的な相性は非常に良い。

 かつて海賊として生きた二人には方針など二の次。結果に繋がっているのならば、それで良いとしている。

 だが、海賊ですら裸足で逃げ出す虎太郎には戦慄している。今回の話の件もあり、もし自分達が言う事を聞かなくなれば、言葉巧みに自分達が殺し合うように仕向けるのでは、と戦々恐々とした気持ち。

 

 彼女達が協力する理由は“聖杯を手に入れたい”から。

 但し、聖杯に託す願望があるのではなく、聖杯と言うお宝が欲しいという海賊的な欲求に従ってのこと。

 手に入れてさえしまえば、願いそのものはないので、他の誰かにくれてやってもいいつもりであるようだ。

 

 因みに御館様には喰われて……いる。どっちとは言わないが。どっちとは言わないが。

 

 最近、一番驚いたことは、あのフランシス・ドレイクすら御館様が喰っちまった事実を知った時。

 黒髭はそれを聞いた瞬間、泣きながら『BBAはチンポなんかに負けない! BBAはチンポなんかに負けない!』と泣き喚いていた。

 が、その後、ドレイクが若干照れながら『チンポには勝てなかったよ……』宣言をして黒髭轟沈。二人は爆笑した。若干一名、微妙に嫉妬しており、夜は燃え上がってしまったらしい。

 

 

「ほら、マスター、クエスト行こうよー」

 

「そうですわ。私達はお宝を求めていますのよ?」

 

「オレは別に要らない。そのお宝が、オレの苦労を軽減してくれるなら別だけど」

 

「「そ、それはちょっと……(メソラシ」」

 

(ふふ、でも、その後で……)

 

 

 さぁーて、御館様にご褒美を上げたのは、どっちなんでしょうねぇ?

 

 

 

 フランシス・ドレイク

 

 ☆5ライダー。開けっ広げエロ姐さん。戦闘&輸送担当。アタシの名前を憶えて逝きな! 『テメロッソ・エル・ドラゴ』太陽を落とした女ってなぁ!

 

 生きたまま世界一周を成し遂げた大海賊。海軍でもあり、商人でもあり、冒険家でもあるスーパーマルチサーヴァント。

 豪放磊落。宵越しの銭を持たない、男よりも男らしい女海賊。そりゃ、誰も女と認めたがらないわけである。

 カルナ、スカサハ、モードレッドに並ぶ戦闘担当。ライダーのクラスだが、宝具を展開していなくても、持ち前の幸運EXと星の開拓者で何とかしてしまう。

 虎太郎を上官、自らを副官という立場を取っているので、虎太郎の指示には従い、不在時には独自の判断をしつつも虎太郎の不利益になる行動は決してとらない。

 

 性格的な相性は良好。

 アン&メアリーと同様に生前は悪党であったと自認しているので、虎太郎のド外道な方針にも従える。但し、戦慄は隠しきれない模様。

 生前は軍で上官としばしば意見の対立があったので、他者を信用も信頼もしていないが自身の策や考えを考慮に入れる虎太郎に満足している様子。

 

 彼女が協力する理由は“マスターが良い男”だから。

 手段や策はド外道。されど願いや守ろうとするものは自身の嫌う平凡で退屈なもの。

 それでも多くの自己矛盾と向き合ってなお狼狽も動揺もせず、生まれ持った正義感に従うでもなく、自ら定めた使命を全うする姿にこそ、彼女は“良い男”と認めたのである。

 生前には出会うことのなかった男に、興味を惹かれた。今日も今日とて、彼女は銃を手に取り、舵を握り、上官と仲間に背中を預けて戦うのであった。

 

 御館様に喰われているよ!

 史実で男だろうが、この世界では女だ。男よりも男らしい? だから何だ! 女だろうが!

 初めに手を出したのは姐さんの方。あの聖女や影の国の女王すら喰っちまう男がどんなものか気になったから。

 彼女も性豪で、生前は気に入った男を喰っちまっていたのだが、今回は逆に喰われた。性欲の強さなら負けないが、性技で劣っていたのである。チンポには勝てなかったよ。

 でも、本人は満足気。未知の体験に心を震わせるのは冒険家としての本能なのか。これで、御館様は『太陽を落とした女を堕とした男』という称号を手にした。

 

 最近、一番ドキンチョしたのは、御館様に組み敷かれて絶頂に達した時。

 顔の傷や、快楽で蕩けているであろう自分の顔を見られていることが急に恥ずかしくなって、顔を覆うも両手を押さえられて全てを見られてしまった。

 流石、御館様だぜ。流石、エロゲ主人公。これは性技の味方ですわ。ドレイクの船の乗組員は卒倒間違いなし!

 

 

「や、やめとくれよ。こんな、アタシの傷っ面を見て、何が楽しいのさ……」

 

「普通に楽しいけど? なあ、アンタの女、全部見せてくれよ」

 

「ひぅっ! ひ、人の顔の傷なんぞ舐めやがって、この――――ん、くぅうぅんんっ♡」

 

 

 

 フィン・マックール

 

 今回の被害者その1。

 ケルトのスーパービッチに仕えるのは不満だったのだが、ディルムッドと仲良く戦場に出れたことには大満足していた。

 晩年の姿ではなく全盛期の姿による召喚なので、基本的に善の人ではあった。

 もし、虎太郎達や西部側の陣営が自身達に打ち勝てないようであれば、狂王を自ら討つつもりであったようだ。

 のだが、生憎と相手をしていたのがド外道だったので、自らの志からディルムッドの友情まで全てを粉砕されてしまう。

 

 良い事があったとするのなら一つだけ。

 ディルムッドから許されていないと思い込んで座に還ったため、今までの自分や周囲の不幸が、あれ? これ、私が悪いんじゃ……? と思うようになった。

 凄いな、御館様。あんなナルシストに自分にも悪い所があったと思わせるなんて。いやぁ、流石主人公ですわ。

 

 

 

 ディルムッド・オディナ

 

 今回の被害者その2。ディルムッドが死んだ! この人でなし!

 ランスロット自分から自害事件。トリスタン悲しみの余り自爆テロ自害事件に続く、三人目の自分から自害枠の幸運E。

 フィンと再会し、過去の蟠りもなくなったと喜んでいたのだが、敵に回したのがド外道だったのが運の尽き。

 二度目の生では、今度は自分がフィンを殺してしまった。そりゃ、血涙も流すってもんである。

 しかも、やらかした当人が、これでおあいこ、だからノーカンと主張しているのである。そりゃ聖杯に呪いあれって望むよ、災いあれって望むよ。

 

 フィンの最後の台詞は、自分が悪かったと認めて、ディルムッドに僅かでも罪悪感を抱かせまいとしての冗談はよしこさんだったのが、全然通じていない。

 この二人、気が合うし、仲もいいのだが、絶妙な加減で噛み合っていないのである。流石の幸運Eである。

 そもそもケリィという外道相手にすら良いようにやられたのだ。その外道を言葉だけでガン泣きさせるド外道は相手にしちゃいけないよ、君ぃ。

 




黒髭潜ってきた修羅場ならまだしも、御館様の他人に対する興味関心の無さには勝てなかったよ&ディルムッド無残! の話でした。

そりゃ、必要な時だけ仮面を被って、死んでも本性を明かさない男には黒髭の考えはお見通しである。相性は最悪ですわ。カリブの大海賊涙目。

そして、ディルムッドは血涙流して自害するレベルで憎まれている模様。
まあ、残念ながら当然だね。念願叶ったところにアレだからね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『男同士で馬鹿をやるのは楽しい。苦労人でもそれは変わらない』


今回の話は『ネタバレ注意』で!


次のイベントはプリズマ☆イリヤのイベントか。そっちの方は知らないんだよなぁ。様子を見つつ、無課金で行こう(戒め

さて、今回はお風呂編。男同士で無駄に仲良く生活しています。
きっと御館様にとっては対魔忍やってた時よりも、カルデアの方が幸せ。男連中は使える奴ばっかりだし、女連中も頭が良いのが多いから。寧ろ、対魔忍が組織としておかしいんだよぉ!

では、どぞー。



 

 

 野郎どもの挽歌 お風呂編!

 

 

 

 

 

「あれ、大将? どうしたんだよ、その二人を連れて」

 

「まさかとは思いますが、また無駄な力仕事をさせるつもりですか……」

 

「無駄って言うなぁ!! ちげーよ! 毎度毎度、オレが努力の方向音痴してるなんて思うんじゃねぇよ!!」

 

((そうは言ってもなぁ~~))

 

 

 たまの休みに食堂でチェスに興じていたロビンと呪腕のハサンは、通路を通りがかった自らの主人と巨躯の二人組に目を奪われ、声を掛けた。

 

 虎太郎の後ろを付いてきている二人は身長2メートルを優に超えるバーサーカー二人組である。

 

 浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。爛々と狂気で輝く瞳の中に一握りの理性を残したバーサーカー。真名はヘラクレス。

 誰でも一度は耳にしたことがあるであろうギリシャ神話の大英雄。並みの英雄なら一つ乗り越えるのもやっとの試練を12も超えた怪力無双の頂点。

 本来であれば、バーサーカー以外での召喚――殊更、アーチャーとして召喚するのが望ましい。

 だが、召喚当時、アルフレッドのデータベースにはバーサーカーとしての召喚例しかなく、止むを得ずバーサーカーでの召喚と相成った。 

 

 そして、ヘラクレスよりも一回り大きく、頭から角を生やしたもう一体のバーサーカー。真名はアステリオス。

 雷光を意味する名ではあるが、人々に分かりやすく伝えるのなら、ミノタウロスの方がよく伝わるだろう。

 天性の魔。人と牛との間に生まれた異形の怪物。それが広く伝わっている彼の姿だ。

 生まれながらの反英雄ではあるものの、今の彼は人としての側面が強い。彼をアステリオスと呼ぶ限り、彼が怪物になることは決してない。

 

 二体のバーサーカーは戦場では勿論のこと、力仕事においても大いに活用されている。

 大浴場の改装でもモードレッド、ガウェイン、カルナが斬り倒した檜の木を持ち帰るのにも連れていかれた。

 静謐のハサンのために自室の浴槽を大理石製へと作り替える時にも駆り出された。

 

 それでも二人は文句の一つもないようだ。

 元よりヘラクレスは一握りの理性は残していても、思考能力は無きに等しく、狂ってはいるもののアルフレッドが組み上げた術式によって完全な制御下に置かれている。

 操り人形――とは違うものの、バーサーカーのクラスで召喚されたにしては比較的大人しい部類であり、そもそもクラス的に不満があったとしても言葉にも態度にも示せまい。

 

 アステリオスはその生を怪物として過ごし、最後には正しい英雄の手によって討たれた存在。

 虎太郎の努力の方向音痴が炸裂したとしても、結局の所、人間として利用されているようなもの。

 彼にとっては何から何まで未体験の初体験。精神的に未熟で、子供同然の彼には何から何まで新鮮で輝いて映るのか、何の不満もないらしい。寧ろ、楽しんですらいるように見える。

 

 

「ん? あれ? なんか、アステリオス……落ち込んでないか?」

 

「………………うぅ」

 

「まさかとは思いますが、アステリオスはまだ子供ですぞ。主殿、何をされたのですか」

 

「オレじゃねぇよ。コイツが悪いし、あとはエウリュアレが悪い」

 

 

 普段のアステリオスは、大抵の場合は薄ら笑みを浮かべている。

 虎太郎にクエストやら努力の方向音痴に付き合わされ、エウリュアレには召使いと称してコキ使われ、ナーサリー、ジャックと遊ぶ日々。

 自分を嫌う者は誰一人としていない。このカルデアに居るのは万夫不当の英雄達。日常の中では周囲に信頼されて名を呼ばれ、万が一の時には己を止めてくれる仲間がいる。

 それだけで彼は幸せだ。虎太郎には感謝してもし足りず、エウリュアレのちょっとした邪悪さに付き合うのも吝かではない。

 

 ――ないのだが、今日のアステリオスはしょんぼりしていた。

 

 一言で言えば、彼の周囲を漂っているほわほわとした木漏れ日のような陽気さがなくなり、表情は暗く落ち込んでいる。

 アステリオスがカルデアに来てからと言うもの、普段の無表情、嬉しげな笑み、困惑した表情は見せても、こんな表情は一度足りとて見せたことはなかった。

 

 ロビンと呪腕は顔を見合わせ、続いて虎太郎を咎めるように見たが、当の本人は肩を竦めるだけ。

 この様子では、本当に虎太郎は何もしていないらしい。そもそもアステリオスを落ち込ませた程度で、下らない嘘を吐く可愛らしさを持ち合わせていない。

 

 では、アステリオスに一体何が……?

 ロビンと呪腕の疑問は深まり、心配は増していく。

 この二人、汚れ仕事はお手の物であるが、面倒見も良く常識的かつ良識的な大人である。如何な天性の魔と言えど、子供に何かがあれば心配の一つもしよう。

 

 虎太郎は二人に答えを示すため、親指だけを立て、チョイチョイとアステリオスを指し示す。

 どうやら近寄ってみろ、という意味らしい。訳が分からなかったものの、虎太郎の指示に従いアステリオスに近寄ると――――

 

 

「「うわっ!! 臭っ!?!」」

 

「………………う゛ぅ゛っ」

 

「何だよ、この臭い! ちゃんと風呂入ってんのか?!」

 

「洗ってない牛小屋の匂いが! アステリオス、どのような部屋で生活して居るのだ、お主は!!」

 

「お二人さん? そこらへんで、だな……………………あー、やっぱいいや。もう遅かった」

 

「「――――――え?」」

 

 

 アルフレッドによって召喚されたサーヴァントは、霊体化が出来ない。

 

 虎太郎によれば、『馬鹿言ってんじゃねぇ。カルデアの内部にだって見せたくないもんや入られちゃ困る部屋があるんだよ。霊体化なんぞさせるか』とのこと。

 アルフレッドによれば、『皆様は協力者です。サーヴァントは兵器、捨て駒という言い分は理解できますが、それでも、私は人として付き合っていきたいのです』とのこと。

 

 虎太郎は自身の策や能力、或いは過去を明かさぬ為に霊体化することで秘密が明らかになるのを嫌ったが故に。

 アルフレッドは、あくまでも人として付き合うために、協力の対価として一時的な第二の生を謳歌して貰いたいという願いから霊体化できない召喚方法を模索した結果である。

 

 霊体化できない、ということは、ほぼ受肉したも同然、ということである。

 戦えば身体は汚れるし、怪我をすれば血を流す。当然、発汗排泄もする。風呂に入らなければ、体臭もキツくなるのは自明の理。

 

 どうやら、アステリオスは最近、風呂に入っていなかったらしい。それをエウリュアレに指摘されたのだ。

 

 

『アンタ、洗ってない牛の匂いがするのよ! それでも私の召使いのつもり?! 早くお風呂に入ってきなさいよ!!』

 

 

 と、こんな感じに。

 アステリオス大ショックの瞬間であった。トボトボと歩いているところに、虎太郎と顔を合わせたのであった。

 

 

「………………■■■■っ」

 

「いや、ちょいタンマ! ヘラクレスの旦那! 人の頭鷲掴みに――――――ひぎゃあぁぁあああああああっっっ!!!」

 

「お、落ち着いて下され! 我々は決してアステリオスを貶して――――――ぐわぁぁああああぁぁぁああっっっ!!!」

 

「■■■■■■■■■■■■―――――っっ!!!!」

 

「流石、怪力無双のヘラクレス。二人がヌンチャクみたいに。いや、コレはタオルかな?」

 

「……こ、コタ、ロー、と、とめ、とめて…………」

 

「無理言うな。あんなん近寄ったらオレが死ぬわ。ヘラクレス(お父さん)が落ち着くまで待とう、な?」

 

 

 二人の頭を鷲掴みにして、ぶんぶんと振り回すヘラクレス(おとうさん)。壁や床に当たらないように振り回している辺り、殺すつもりだけはないようだ。

 かつて、ヘラクレスは嫉妬深い神によって狂気に陥り、我が子を殺してしまった。

 その所為か、カルデアの子供をイジメようものならば、何処からともなくすっ飛んできて、この調子である。

 

 主な被害者は黒髭。いや、この場合は被害者ではなく加害者か。奴が何をしようとしたのかは、それぞれの想像に任せよう。

 元々同郷かつ生前も面識のあったアタランテからは死ぬほど頼りにされている。狂ってはいるが、立派なカルデアの保父さんである。ヘラクレスさん、完璧に理性残ってますよね?

 

 自身に忠誠を誓った従者(サーヴァント)が酷い目に合うのを眺めるだけのマスターとオロオロとするばかりのアステリオス。

 ロビンと呪腕の絶叫、ヘラクレスの咆哮と制裁は、ヘラクレスの気が済むまで続くのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「あ゛ぁ゛~~~、ひっでぇ目にあった……」

 

「く、首が…………これ、首が伸びていないか?」

 

「あー、ハサンの旦那、自己改造のスキル持ってるからな」

 

「首が伸びる自己改造なぞ、何の意味がある!? そもそも、これでは自己改造ではないぞ!?」

 

 

 不用意な発言によってヘラクレスの制裁を受けた二人は、共に大浴場に移動していた。

 制裁に軋む身体を癒す為、二人揃って檜の湯船に浸かっている。

 

 仄かに香る檜の匂いと身体に触れる感触、全身を包み込む湯の暖かさに、全身の疲れが溶けていくかのようだ。

 

 

「しっかし、カルナもこんな時間に風呂入ってるとはねぇ……」

 

「本来は沐浴をするつもりだったが、流石に水を張るわけにはいくまい。そちらはシャワーで済ませた」

 

「ああ、スーリヤへの…………失礼ながら、それでよろしいので?」

 

「父に対する不敬に繋がるかもしれないが、郷に入れば郷に従えという言葉もある。何より、父は日輪そのもの。寛大かつ寛容――――だと思う」

 

((途中から自信なくしてる……))

 

 

 先客であったカルナは、疲弊した二人に目を丸くしたものの、快く迎え入れた。

 そもそもこの場は共同浴場。思慮深さにおいては言うに及ばず、寛大さに関してはカルデア一――――どころか、英霊の中でもトップクラスである。嫌な顔一つしまい。

 

 

「お前等、本当に図体デカいな。何でオレ一人で二人の身体洗ってんだよ! お前等も手伝えよっ!!」

 

「いやいや大将、そこまではオレの仕事じゃないからね?」

 

「そうですぞ、主殿。サーヴァントの管理はマスターの職務。主殿の仕事なれば」

 

「………………(ザバッ」

 

「「カルナ。お前はいい、座ってろ」」

 

「…………そ、そうか?」

 

 

 明らかにアステリオスとヘラクレスの大きさに合っていない手拭いにボディソープを付けて、必死になって汚れを落としていく虎太郎。

 しかし、慣れた手付きである。対魔忍として、忍熊の世話もしていた男だ。多少、身体の大きい英霊の身体であろうが何の問題もない。

 

 虎太郎がひーひー言いながら、髪の毛を洗い、身体を洗い終え、ようやく湯船へと向かうことが出来た。

 

 

「………………うぅ」

 

「ん? どうしたアステリオス。折角、大将が努力の方向音痴を発揮して作った檜風呂だぜ?」

 

「何を遠慮する必要がある。努力の方向音痴だが、皆の為に作ったものだ。お前ひとりが拒否してどうする」

 

「そうだな。努力の方向音痴ではあるが、この湯船はいい。文化の違いを体験する、というのも中々に新鮮だ」

 

「お褒めの言葉ありがとう! オレにとっては最悪の罵倒だがな!!(涙目」

 

「……………………でも、ぼ、ぼく、まえに……こわした」

 

「「「ああ、そういう……」」」

 

 

 戸惑いを見せるアステリオスの言葉に、三人は納得したらしく頷いた。

 

 以前、アステリオスはその巨体故に大浴場の湯船を破壊したことがあった。体重150kgオーバーを想定した湯船など造っているはずもない。

 ゆっくりと、恐る恐る入ったのだが、残念ながらアステリオスの体重の前には無意味。敢え無く初期の湯船は崩壊の憂き目にあったのである。

 

 それ以後、アステリオスは風呂そのものを拒絶するようになった。

 生前、自身も望まぬままに魔として振る舞った引け目なのか。アステリオスは何かにつけて遠慮を見せる場面が多々ある。

 尤も、カルデアの住人は皆大人だ。巨躯ではあっても精神的に幼いアステリオスを子供として認識している。大人としての気遣いは決して忘れない。

 

 

「ふ、ふふ。甘い、甘いぞ甘すぎる。このオレが二度も同じ失敗を繰り返すと思うなよ、アステリオス」

 

「…………?」

 

「ああ、また努力の方向音痴を発揮しちゃったんですね、大将」

 

「うるせぇ!! アルとメディアによる強化、固着の魔術! スカサハの原初のルーン! この湯船、壊せるモノなし!!」

 

「流石だ。これほどまでに努力の方向性を間違えるとは恐れ入る」

 

「黙れぇぇぇぇええ!! やっちゃえ、バーサーカー!!」

 

「――――――■■■■■■■■っっ!!」

 

「「ちょ、ま―――――!!」」

 

「成程、そう来たか。確かに、湯船の頑強さを見せつけるには、ヘラクレスにとつげ―――――」

 

 

 虎太郎が何処ぞのホムンクルスのような科白を吐いた瞬間、ヘラクレスは床を蹴った。

 その巨体に見合わぬ速度は、正に俊敏Aに相応しい。幸運以外のステータス全部Aは伊達ではない。

 

 湯船の前で天井スレスレまで飛び上がったヘラクレスは、くるりと身体を一回転させると、そのまま湯船に飛び込んだ。

 瞬間、大津波もかくやという勢いでお湯が跳ねた。既に湯船の中に居た三人は巻き込まれる形となった。

 

 

「ぶはっ! 一瞬、全てがスローモーションになったぞ、おい!」

 

「仮面、仮面……」

 

「此処だ、呪腕の。しかし、今のは隣にまで……」

 

「ほら、な? アステリオスも入って大丈夫やで?」

 

「…………う、うん!」

 

 

 三人への被害など一切気にしていない虎太郎の言葉に、アステリオスは初めてプールに入る子供のような仕草で湯船に入った。

 ヘラクレスのボディプレスで大分減ったお湯の量が、アステリオスの体積で膨れ上がる。

 

 湯の暖かさに包まれた瞬間、アステリオスの顔が輝く。そのまま虎太郎のみならず、周囲の仲間に同じ表情を見せた。

 

 その顔に、男どもの顔はほっこりと綻んだ。ヘラクレスも同様である。やっぱり理性残ってますよね、ヘラクレスさん?

 

 アステリオスの通称は天使である。

 他の子供組は、肉体的には兎も角、精神的にちょっとアレなのだ。

 出自的にジャックは無駄に残酷な発言をさらっとするし、ナーサリーも子供特有の残忍さを発揮するのだが、アステリオスにはそれがない。

 蛇の女神もフランスの王妃も差し置いて、カルデア一の愛されキャラなのであった。

 

 

「ちょっとぉ!! 男共、何やってんのよ!!」

 

「ぷはぁっ! い、一体何が……?!」

 

「あー、この声はマルタとマシュか。いや、悪い。アステリオスにちょっと風呂入っても壊れねぇぞって教えてやりたくてよぉ」

 

「だからって、やりようってもんがあるでしょう?!」

 

「マ、マルタさん、落ち着いて!」

 

「うるせーなぁ。……おい、アステリオス、言ってやれ。こう言ってやれ。ごにょごにょ」

 

「……う? …………ま、マル、タ、……ヤン、キー? ……なの?」

 

「――――――っ!?!?!!」

 

「マルタさんが膝から崩れ落ちたーーーーー!!??」

 

(((どうしてこう、的確に人の弱みを突けるのか…………)))

 

 

 大浴場の壁の向こう側。即ち、女湯にも先客は居たようだ。

 

 一人は、かつて“彼”の教えに従い、荒れ狂う竜を調伏した経験のあるライダー。真名はマルタ。

 彼女もまた聖女と呼ばれる存在の一人である。“彼”から授かった杖を手にし、信仰と共に生きた女性だ。

 ライダーの中でも極めて稀な竜種すらも乗りこなす騎乗スキルを持つ。ドラゴンスレイヤーであると同時にドラゴンライダーでもある。

 

 もう一人は純粋なサーヴァントではなく、人の身に英霊の力を宿したデミ・サーヴァントであるシールダー。人としての名はマシュ・キリエライト。

 カルデアで起きたある事件の折、彼女はその身に宿した“ギャラハッド”の力を顕現させた。

 無論、彼女自身の想いもあったが、それ以上に宿っていたギャラハッドの琴線に触れる出来事があったのは間違いない。

 

 こうして会話が出来ることから分かるように、大浴場は男湯と女湯が壁一枚で隔てられた銭湯方式の造りだ。

 途中で資材がなくなり、まあいいか、で済ませた結果である。おかげで、ごく一部の男どもによる覗きの被害が後を絶たないが。

 

 最近、やらかしたのはモーツァルト、黒髭、ガウェインの三名である。

 モーツァルトは言わずもがなマリー目当て。

 黒髭はエウリュアレ、もしくはドレイクが目当て。

 ガウェインはラグネルがいるので、女の裸体には興味はなかった。だが、男同士で馬鹿をやるのが楽しくて堪らない馬鹿である。二人の土台替わりにはなった。

 

 

(ふふふ、こういう背徳感は堪らないものがあるよね)

 

(デュフフフフ、今宵こそは、写真に収めさせてもらうでござるよぉ)

 

(さあ、頑張るのです、二人とも。意中の女性の裸を見る。その欲望は痛いほどよく分かります。まあ、私はラグネルがいますので手伝うだけですが)

 

 

 セイバークラスの筋力で二人を壁の上まで送り届けたガウェインはそっと目を逸らす。

 それはそうだ。如何に男同士と言えども、男のクッソ汚いケツとナニなど眺めたくもないだろう。

 

 壁の向こうに広がっている桃源郷をモーツァルトと黒髭は確かに見た。

 湯気によって隠されたそこは、徐々にだが、確実に晴れていき、二人の視界には――――

 

 

『お主達、何をしている』

 

『アンタ達、自分が何をしているか、分かっているんでしょうねぇ……』

 

『うわっ!! 目が潰れる!!』

 

『BBAはBBAでも、そっちのBBAじゃなぁぁああぁぁああい!!』

 

『『――――――――――(ブチッ』』

 

 

 タオルで女神の如き肉体を隠したスカサハとメディアであった。

 

 

『ヤバい! ちょ、ガウェイン?!』

 

『あ、あの野郎いねぇ!? 一人だけ逃げやがった!!』

 

『――――神代の魔術を見せてあげるわ』

 

『呪いの朱槍をご所望か――――』

 

『『――――あっ』』

 

 

 怒り心頭であっても影の国で無双した最凶の女王と神代でも最高クラスの魔術師である。

 大浴場を一切破壊せずに、モーツァルトと黒髭にだけ制裁を加えるなど、造作もなかった。

 

 その後、カルデアのロビーに血祭りに上げられた二人が十字架に括りつけられて晒し者にされた。

 だが、マルタとジャンヌを中心にした『“彼”のイメージが悪くなるから止めろ』というキリスト教圏のサーヴァントからの抗議。

 御館様を中心とした『おい、あんなクッソ汚いナニがぶらぶら目障りなんだけど、殺すなら殺してくれないか』という意見もあり、数日後に撤去されることになった。

 

 因みに一人逃げたガウェインであるが、手を貸したものの二人よりも罪状は軽いとされて、ラグネルによるお説教だけに留まり、テヘペロで済んだ。本当に性質の悪い馬鹿である。

 

 

「……くっ、誰が、ヤンキーよ。こちとら聖女なのよ。“あの人”の教えを一生かけて説いて回った身だっつーの!」

 

「そうだよぉ。立派な聖女様だよぉ。でも、根っこが根っこなんだよなぁ。ヤンキー聖女、ステゴロ聖女が妥当です」

 

「そんな不穏な言葉、聖女の前に付けないでくれるぅっ!?」

 

「うるっせーなぁ。聖女だろうが痴女スタイルじゃねぇか。杖使うよりも素手で殴った方が強ェだろうがよ」

 

「……そ、う、……なの?」

 

「ああ、マルタの杖と服はな、ロン毛のおっさんがアイツに与えた拘束具なんだよ。素手になったアイツはヘラクレスとも殴り合える」

 

「ちょっとぉ!! アステリオスに変なこと吹き込むなぁ!!」

 

「そうです、先輩! いくら事実とは言えアステリオスさんに残酷なことを教えないで下さい! ジャンヌさんも事実を知った時に引き攣った笑みしか浮かべられなかったんですよ! 事実とは言え!!」

 

「――――ぐふっ」

 

「マシュの嬢ちゃあん、其処までにしてあげてー! 悪意がないのは分かるけど、マルタにダメージいってるからー!!」

 

「…………ま、マル、タ……お、こらせ、ない……こ、わい……」

 

「はっ! マルタさんの霊基が! このままでは消滅する可能性があると推測します!!」

 

「大丈夫大丈夫、死にゃしねぇよ。あくまでも可能性は可能性だから――――だが、そうだな。ちょっとくらいはフォローいれてやろう」

 

 

 ふっ、と笑い、スタスタと脱衣所に向かっていく虎太郎。

 その背中に何かを察したカルナは湯船から立ち上がり、ヘラクレスに視線を向けると、無言で頷くギリシャの大英雄。やっぱり理性残ってますよね?

 

 

「アステリオス、上がるぞ。少々早いが問題なかろう」

 

「……ま、だ……ひゃく、まで、数えて、ない……」

 

「そうか。いま上がるのなら、コーヒー牛乳を施すのも吝かではないが、どうする?」

 

「……こー、ひー、ぎゅうにゅ、う……アレは、おいしい……アレは、……いい、ぶん、めい……あがる」

 

 

 カルナの奇妙な言動に、ロビンと呪腕は顔を見合わせる。

 施しの英雄であるカルナは、道理さえ通っていれば、何でもくれてやる。

 かつては、我が子可愛さにスーリヤの息子の証である黄金の鎧をインドラに渡したことさえある。インドラの父親としての愛情、自らの破滅を全て理解した上で。

 その高潔さに惚れ込んだインドラは、自らですら使いこなせなかった雷光の槍を譲った。

 

 よって、カルナの言動は奇妙だ。

 彼は他者に施している自覚などまるでない。自分よりも必要としている者がいるのならば、其方に譲った方が有用、程度の考えしか持たない。

 施しの英雄などと呼ばれているが、カルナにはその自覚などまるでないのだ。それ故、施す、という言葉自体を使うのがおかしい。

 つまり、カルナはアステリオスがこの場に居るべきではない、と考えているからこそ、使い慣れない言葉を使って離れさせようとしているのは明白だ。

 

 更にはカルナの後に続くアステリオスの両耳を、野太い腕でそっと押さえるヘラクレスの姿があった。やっぱり理性残ってますねぇ、これは。

 

 その光景に、あっ(察し、となったロビンと呪腕は、そそくさと後を追う。二人が着替えた後に、大浴場の前に清掃中の看板を立てた辺り、マスターの性質をよくよく理解している。

 

 

「はあ……そりゃ、そういう時期もあったけど、さ。その後は、私なりに頑張ったんだから……」

 

「ふふ。それは先輩も分かってはいますよ。…………ただ、その、マルタさんを言い包めるのに、その辺りの時期のことを引き合いに出すのが一番簡単だと分かっているだけで」

 

「ええ、知ってるわ。そういう人の言われたくないところをズバズバ突いてくる奴だってね。何が性質悪いって、カルナとは違って、自分が楽するためにそこを容赦なく利用するところよね」

 

「まあ、それはそう、なんですが…………先輩にだって、良いところは、たくさんあります」

 

「それも知ってる。アイツの善悪に対するバランス感覚は相当なもんよ。人が倒さなきゃ、殺さなきゃって思うと、善行重ねてその気を圧し折って完全な中立中庸を保ってるのよね。性質悪いわぁ……」

 

 

 男湯から男が消え、女湯では虎太郎談義に花が咲く。

 が、その時、スパーンと音を立てて引き戸が開く音が高らかに響き渡った。男湯の扉は開いていないが故に、必然的に女湯の方が開いたことになる。

 

 

「――――――俺が(全裸で)来た」

 

「何やってんのよ、アンタはぁぁあああああああぁぁああっっ!!」

 

「せ、先輩っ!? 前、前くらいは隠してくださいぃぃぃいいぃぃぃいいぃっっ!!」

 

「あ? 自分の女を抱きに来たんだ。前を隠す必要ってあるの?」

 

 

 …………どうやら、虎太郎の得意分野が炸裂するようだ。

 

 

「ちょちょちょ、ちょいタンマ! タンマ! 身体の一部を元気にさせながらコッチくるなぁぁぁああ!!」

 

「いや、な。ちょっと言い過ぎたかなぁ、とオレも反省した訳ですわ。お前、そういうところを責めると本気でへこむだろう? だから、な?」

 

「だからって、そういう方向性で元気づけようとするの止めてくれない?!」

 

「はわ、はわわわわ。先輩の先輩が、いい感じに天を衝いてます! これはもう逃走不可避と判断します!」

 

「マシュ! 微妙に嬉しそうな顔でうっとりしない!」

 

「む、無理です。も、もう、私は先輩――いえ、虎太郎さんの女になっていますから……」

 

「そうかそうか。じゃけん、一緒に楽しみましょうねぇ」

 

「う、こ――――――んっ♡」

 

「――――――――――あ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレス

 

 ☆4バーサーカー。制裁&ツッコミ枠。能力測定&戦闘&保父担当。■■■■■■■■―――――っっ!!

 

 カルデアの頑張る保父さん。生前に子供を殺してしまったが故か、子供を守ることに掛けてはアタランテ以上に凄いので、アタランテには死ぬほど頼りにされている。

 カルデアで待機中でも、レイシフト先で子供達に危機が迫れば、すっ飛んできて敵を蹴散らす。その姿は正に子供達の英雄(ヒーロー)。どうやら、アルフレッドが協力しているらしい。

 戦闘時においては怪力無双はするのだが、御館様の使い方は“十二の試練(ゴッド・ハンド)”を利用した、敵の能力の測定。命のストックが十二もあるもんだからやりたい放題である。

 Fate/GO本編では“十二の試練”は機能していないのだが、こっちのカルデアでは十全に機能している。しかもアルフレッドが魔力をガン送りしてストックの回復も可能というドチート状態。

 

 彼は狂化しているので、基本的に協力している理由はない。

 ないのだが、一握り残った理性は“子供のため”というのが大部分を占めている。

 日常内では文字通りのヘラクレス像と化しているのだが、子供達のアスレチックでもある。

 ナーサリーを膝に乗せて本を読ませたり、ジャックに肩車したり、アステリオスに高い高いをしたり、ヘラクレスの厳つい顔も思わずほっこりである。やっぱり理性残ってますよね?

 

 最近、一番嬉しかったことは、アタランテの労いで小さなパーティーを子供たちが開いてくれたこと。

 生前は得られなかった子供との穏やかな日常に、ヘラクレスは涙したとか。完全に理性残ってますわ、これは。

 

 

「…………■っ」

 

「あー? 気にする必要ないんじゃねぇの? ほら、子供も懐いてるし」 

 

(あのヘラクレスと会話してる?!)←物陰から覗いていたアタランテ

 

 

 

 アステリオス

 

 ☆1バーサーカー。天使&癒し枠。準戦闘&デバフ担当。ぼくは、みんなが、だいすきだ……!!

 

 ドレイクら海賊組と同時期に召喚される。オケアノスで虎太郎一行と出会い、絆を育んでいたので何の躊躇もなく召喚に応じた。

 オケアノスではヘクトールの一撃をあえて受け、ヘラクレスと共に海底へ沈んでいったのだが、それをただ黙っている我らが御館様ではない。

 御館様は“他者の傷を肩代わりする能力”を発動させ、海底に沈んでいったアステリオスを“瞬神”を使って船上に転移させてのけた。

 死にかけのまま、ざまぁみさらせと笑う御館様にアステリオス困惑。エウリュアレ&オリオン(アルテミス)の神々は茫然。ジャンヌは卒倒。カルナさんは首を振りながら“黄金の鎧”を一時的に譲渡して事なきを得た。

 

 性格的な相性は可もなく不可もなく。

 アステリオスは、虎太郎に向ける感情は、なんなのこのひと、である。

 化け物であった頃の自分よりも邪悪。神々よりも悪辣。それでも、人としての優しさを垣間見せる御館様が怖かったり、尊敬していたり。

 それでも御館様は勿論のこと、仲間達も名前で呼んでくれるので、アステリオスの笑顔に陰りはなく、彼が怪物になることは決してないだろう。

 

 最近、一番驚いたのは御館様がエウリュアレをガン泣きさせたこと。

 あのちょっとじゃあくな、えうりゅあれが、ないてる、とアステリオスが愕然とした。

 どうやら、御館様はエウリュアレがオケアノスの一件でアステリオスに礼の一つも言っていないところを突いて泣かせたようだ。

 

 

「えうりゅあれは、ちょっとじゃあく…………でも、こたろーは、もっとじゃあく……」

 

『何一つ間違ってないんだよなぁ……』

 

「でも、こたろーも、すき、みんなも、だいすき、だから、がんばる」

 

【天使や、天使がおる】

 

「ほーら、アステリオスが好きって言ってるぞぉ? どうしたぁ? お前は好きって言ってやらないの? あ、ゴッメーン! 自分の妹にすら好きって言ってやれないクソみたいなツンデレだったねお前! ―――――この駄女神が(ボソッ」

 

「ぐ、く、ぐぬぬ(涙目」

 

【こっちには女神を泣かせる悪魔よりも悍ましい何かが居る……】

 

 

 

 マルタ。

 

 ☆4ライダー。騎乗位ヤンキー枠。準戦闘&調理担当。悔い、改めろっての!

 

 オルレアン邪竜百年戦争後。マリー達と同時期に召喚された。

 完璧な聖女なのだが、このカルデアにおいては聖女としての彼女よりも、レディー――もとい町娘としての彼女が全面に現れている。

 御館様のド外道さの前に化けの皮が完全に剥がれた。あ、いえ、違うんですマルタさん! マルタさんは裏表がない素敵な聖女です!!

 というわけで、もうスイッチのオンオフがぶっ壊されてしまったので、完全に開き直っている。これで本当に裏表がない素敵な聖女になった。これでいいのだろうか。

 戦闘時には、タラスクを召喚してガメラさながらに大暴れさせるのだが、時々、御館様にロン毛のおっさんから貰った杖を奪われて、素手でぶん殴りにいく。

 その姿は、かつて月の聖杯戦争で魔力供給不足から槍を一瞬しか顕現できず、素手で戦っていたカルナさんも感心するほど。やっぱり杖は彼女の拘束具だったんだよ!

 

 性格的な相性は悪い。

 そもそも聖女、聖人と呼ばれる人種とは相性以前の問題。

 だが、あくまでも聖女としての相性が悪いのであって、町娘としての彼女は御館様を認めている。

 元々が奪われる側の人間だったからであり、ただ生きることすら難しかった時代に生きたからだろう。

 人の醜さ、未熟さを見据えた上で人の優しさと暖かみを信じ、世の無常と理不尽を理解した上で人々に幸福が訪れることを信じているのだ。

 だからこそ、御館様がド外道で邪悪な手段を用いたとしても、目指す場所は“守護”に行きつくことを信じている。

 

 彼女が協力している理由は“世界と人々のために”。

 彼の救世主の血を受けた杯以外は聖杯と認めない彼女は通常の聖杯戦争において決して召喚に応じない。

 人類滅亡、人理焼却の危機だからこそ召喚に応じ、共に戦っている。マスターの心が折れぬ限り、いや折れたとしても彼女は戦うであろう。もっとも、あのド外道の心が折れる事態など在り得ないのであるが。

 

 今回の話でも分かるように、御館様に喰われている。

 本質的には聖女なのだが、スイッチのオンオフが出来なくなって、これじゃあ周りに幻滅されちゃうと落ち込んでいた所に――

 

 

「え? なんで? オレ、今のお前の方が付き合いやすくて好きだけど?」

 

 

 ――このスケコマシ発言である。この男、本当にタイミングだけは良い。

 そこからはもう坂から転げ落ちるが如く、であった。聖女は皆チョロインなんですかねぇ?

 キリスト教では姦淫はかなり重い罪、なのだが、どうやら彼女が生きた時代、“彼”の教えでは余り重要視されていないようだ。無論、配偶者以外との性行為はダメだが。

 その日一日を生きるのもやっと。産めよ、増やせよ、地に満ちよを地で行かないと人類が滅びかねなかったからだろう。

 “彼”的には「愛があれば、いいんじゃないかなぁ? 勿論、お互いに、だよ?」らしい。うーん、コレはますます立川に在住している可能性が増えてきましたねぇ。

 

 マルタの言い分は――

 

 

「私はいいのよ! コタロー一人だけだし! あと、アイツだって“彼”の教えを認めてるけど信じてるわけじゃないしー!」

 

 

 ――これである。

 因みに彼女の騎乗スキルは竜種にも乗りこなせる破格のA++。騎乗だけなら御館様に一時的に対抗できます。

 でも、上から下に移動させられるともうアカン。思う存分に鳴かされる模様。ウチの御館様は何なんですかねぇ(困惑

 

 最近の一番楽しんでいることは、ブーディカと一緒に食堂で調理を任されていること。

 子供達の美味しいの一言は、かつて町娘であった頃、弟妹との生活を思い出して、かなり楽しいようだ。

 大喰らいのジャンヌにはちょっぴり呆れているが、食べっぷりが気持ちいいわね、とご満悦の模様。

 

 

「……うぅ、最悪。最悪よ。あんな醜態、しかもマシュと一緒に、だなんて」

 

「でも、楽しかったろ?」

 

「た、楽しくなんてないわよ! ああ、こんなの聖女失格よ……」

 

「聖女の条件は、別にそこじゃないと思うんだよなぁ。ほら、マグダラのマリアも元は娼婦だったんだろ?」

 

「娼婦から聖女になったんだっつーの! 聖女になってからこんなの楽しんでたわけじゃないわよ!」

 

「じゃあ、お前も楽しめるように縄で縛ったりしてみるか? オレは縛られるのは好きじゃないから、お前を縛るんですけどね?」

 

「ちょ、ちょっと! んく、んんんんんんんーーーーっ♡」

 

 

 

 マシュ・キリエライト。

 

 シールダー。苦労&従順エロカワ子犬枠。サポート&戦闘担当。それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷。顕現せよ! “いまは遥か理想の城(ロォォォド・キャメロット)”――――!!

 

 御館様が魔術協会やら米連から技術を奪いまわっている最中に助けた捨てられた子犬系の少女。詳しい設定、出自は第六章になって明かされた通り。

 彼女の宝具開帳の台詞は、作者一番のお気に入り。ロードじゃなくて、ロォォォドって辺りが勇ましさと覚悟を現しているようで大変宜しい。

 カルデアを爆破しようとしたレフ・ライノールによって瀕死の重傷を負った。勿論、レフの企みを御館様は見抜いていたのだが、運命というものはどうにもならないようだ。

 結果、良し悪しは別としてデミ・サーヴァントとして覚醒した。

 

 寿命云々に関してであるが、魔界医療によって問題なくなっている。ウチの御館様が自分の女が死ぬのを良しとするわけねーだろ。

 

 性格的な相性は極めて良好。

 マシュにとっては、自身を人間として扱ってくれた初めての存在。

 御館様には今まで腐るほど見てきた弄ばれるためだけに生み出された望まれない生命。

 マシュは御館様に感謝と尊敬を抱いており、御館様はマシュを憐れんでおらず、ただ彼女という一人の人間を尊重している。

 関係性に依存はない。マシュもまた一人の人間として立とうとしており、御館様も信頼こそはないものの、一人の人間として彼女の行く末を見守るつもりである。

 

 彼女が協力する理由は“マスターが見せてくれた世界と人類を守り、見ていたい”というもの。

 生まれてから無菌室での生活を強いられ、世界も知らず、周囲は自身を人として扱わず、その日眠って起きられたことにすら感謝する日々。

 それを一瞬で破壊せしめ、救い出した御館様は、彼女の目には神の如く映ったであろう。

 当初は御館様を妄信していたのだが、多くの英霊と出会い、別れを繰り返し、彼女は徐々に成長し、一人で考え、一人で大地に立つようになっていった。

 その姿に、人形に興味はないとばかりに御館様は冷たい態度を取っていたのだが、一人の人間になっていくにつれて態度を軟化させていった。

 

 ただ自我や自己が強くなっていく内に、御館様のド外道行為に戦慄するようになった。

 今ではアルフレッド&ジャンヌと一緒に悩み、気苦労が絶えないのだが、それでも人生を謳歌しているようだ。

 今日も今日とて、マシュ・キリエライトは生きていく。愛した人と出会った時のように、多くの苦悩と絶望を乗り越えて。

 

 言うまでもないが御館様に喰われている。

 切欠は色々あるが、あるサーヴァントと愛し合っている御館様を見てしまったから。その後、思い悩みながらも御館様と一線を越えた。

 それからというもの、マシュは頑張っている。マリーから愛され方を聞いたり、ブーディカに男と言うものがどんな生き物かを教えてもらったり。

 今では立派なエロ子犬である。男好きするドスケベな下着を着て、御館様を誘惑したりしている。でも、最終的には御館様のペース。ひゃんひゃん鳴かされて、最後には気を失うのがデフォ。

 

 戦闘時にはマスター、日常では先輩、エロの時は虎太郎さんと呼び方を変える。

 

 

「ん、ひぃっ……好き、大好きっ! 虎太郎さん、愛してますぅっ……!」

 

「オレもだぞ。お前が、そう言い続ける限りな」

 

「はっ、ふぅっ、な、なら、安心、ですっ……虎太郎さん、マシュはずっと、虎太郎さんの、(もの)ですぅ……♡」

 

「物好きな女だよ、お前は」

 

「あっ、あっ、あっ、こひゃろうさ、おっき……イク、イクイクっ――――いっくぅぅぅううぅうぅぅうっっ♡」

 

 

 ビーストですよこいつは……!

 

 




というわけで、今回はヘラクレス立派な保父さん化&アスエリオスは天使! &レディ-スと子犬ばっちり喰われてる、の回でした。

因みに、赤王様、キャス狐、紅茶はこのカルデアには登場しません。なんでって? ザビーズとイチャつくのに忙しいんだよ! 言わせんな、恥ずかしい!

AUOだけは来た模様。仕方ないね、愉悦枠だからね。こんな苦労している奴のところには来ない訳ないよね。でも、御館様はもう二度と召喚したくないと思っている模様。そりゃ、カルデア半壊させる事件の切欠となってので当然である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人と聖女様は存外に相性が良い。どっちも苦労しっぱなしの人生だしね。是非もないネ!』


さあ、ご褒美の時間だ! 但し、今回は導入部な!(ゲス顔


思ったよりも難産だったんだ。やっぱりエロは苦手なんだ自分。

でもまあ、焦らしは必要だからね! だから、女だけじゃなく、読者の皆も焦らしちゃおうねぇ!

では、どぞー!



 

 

 『聖女様と一緒! 前編』

 

 

 

 

「買い出しぃ?」

 

「はい。物資が不足しているわけではないのですが、その、皆さんの求めている嗜好品が……」

 

「お前ひとりで行けばいいだろ。オレが行く必要あるのか?」

 

「私一人ではとても持ちきれないです。こんなにですよ?」

 

「………………うわぁ」

 

 

 カルデアに住まう者に喫煙者は多くない。

 子供達に良くない影響を与えるとアタランテとヘラクレスの抗議の結果、カルデアの片隅に小さな喫煙所が設置される運びとなった。

 よく利用するのは虎太郎、ロビン、ドレイク、黒髭。あとは付き合いで金時やモーツァルトも軽くではあるものの紫煙を楽しんでいる程度。嫌煙の風潮は英霊達の間にも流れ始めているのだ。

 

 虎太郎とジャンヌはそこで向かい合っていた。

 ジャンヌが差し出して来たのは一冊の小さなメモ帳。

 受け取った虎太郎は、ビッシリと書き込まれたフランス語の量の多さに辟易とした声を上げた。そして、ポツリと一言。

 

 

「お前、字ぃへたくそな」

 

「し、仕方ないじゃないですか! 私の生きた時代は一農民の娘が読み書きを学ぶなんて出来なかったんですから!」

 

「そりゃそうだ。読む力は周囲の助けで何とかなるが、書く方は当人の知識と努力だからな。お前にゃ、そんな余裕も時間もなかったろうよ」

 

 

 生前はそれで苦労し、それで恥も掻いたらしく、ジャンヌは頬を赤くして拗ねた声色で反論する。

 彼女曰く、最後まで読み書きは上達はしなかったそうだ。共に戦ったジル・ド・レェのお陰で署名できる程度にはなったようではあるのだが。

 オルレアンの乙女の逸話として、一流の神学者にも劣らない答弁を行ったとされる。

 それは啓示と呼ばれるスキルのお陰ではなく、寧ろ、彼女自身の生まれ持った聡明な頭脳と努力と直向きさ、仲間の手助けによるものと、性格からも窺える。

 

 思わず拗ねてしまったジャンヌに、虎太郎は煙草を揉み消した。

 

 

「何なら、付き合ってやろうか。“これまで”はどうにもならないが、“これから”なら、オレでも手を貸せる」

 

「――――――え? 何を企んでいるんですか?」

 

「素敵な疑いをありがとう。だが、企みもクソもない。努力すると分かってる奴なら、オレは協力くらいはしてやる。無駄にはならんしな」

 

 

 真顔で、何か裏があるのでは、と疑いを向けてくるジャンヌの視線を、虎太郎はさらりと流す。

 元々、嫌々ながらも教師をしており、生徒に対するスタンスは“やる気のある奴なら、真面目に付き合ってやる”だった男である。心からの言葉だ。

 無論、こうしておけば良好な関係を築ける、という打算もある辺りが、実に彼らしい。

 

 

「では、その、お願いします」

 

「はいはい。じゃあ、ついでにお前のペンも買いに行こう。人によって、書き易いペンも違うからな」

 

「はい、先生――――なんて、ふふ…………因みに、ですけど、マスターはどうやって上手な字を書けるようになったのですか?」

 

 

 先生という言葉と共に茶目っ気たっぷりに微笑むジャンヌ。その微笑みは聖女のそれではなく、何処にでも有り触れた少女のそれだ。

 

 そして、彼女の質問ももっともであった。

 虎太郎は2016年における主要国家の言語をほぼ全てマスターしている。その為、少なくとも文字に関しては、サーヴァントの出身に合わせていた。

 ある時、偶然目にした虎太郎の書く文字は、誰にでも読みやすく、性格からは想像できない程に綺麗であった。ジャンヌも思わず感心してしまったほどだ。

 

 しかし、問い掛けを聴き、微笑みを見て、虎太郎の顔はこれ以上ないほどに顔を歪めていた。ジャンヌが肩をビクリと震わすほどである。

 

 

「オレはな、ここに来る前、というか、10年以上前から山のような書類と戦ってたんだよ」

 

「あの、マスター……何だか、物凄い勢いで目が、死んで……」

 

「それをな。如何に早く処理してな。その上で他人が読める字でな。書けるように追求したんだよな」

 

「マスター? …………こ、虎太郎? あの、あの……」

 

「そうでもしないと書類が溜るんだよ。そうでもしないと組織が回らないんだよ。その上、前線での任務もあったんだよ。明らかにおかしいんだよ。一時間くらい仮眠を取ると書類の山が一山くらい増えてるんだよ。ほんの三、四時間で前線任務をぱぱっと終わらせても、帰ってくると書類の山が三倍以上に膨れ上がってるんだよ。もうな、途中から自分でも何を書いてるのか分からなくなるんだよ。気分転換に死んでも許しを与えない鍛錬してきても、やっぱり書類が増えてるんだよ。仕方がないから潜入任務の時には書類を持っていって通風孔の中で対象を監視しながら書類を書いてよ。でも減らないんだよ。書いても書いても書いても書いても書いても書いても書いても書いても書いても書いても減らないんだよ。こんなの絶対おかしいよ! って思いながらも血反吐を吐きながら書いたよ。手足がへし折れても、内臓ぶっ潰れても書いたよ。永遠に終わりのない地獄のマラソンしてる気分だったよ」

 

「………………………………(唖然」

 

「でな、書類がようやく減り始めた頃にだよ。オレは誰よりも速く、そして誰にでも読みやすい色んな国の文字が書けるようになっていたよ」

 

「もう! もう、いいです! 私が、私が悪かったですから! 虎太郎、日本に帰りましょう! ね!」

 

「ビルマの竪琴じゃないんだよ。日本に帰ったら書類の山だよ。帰りたくねぇよ」

 

「休んでもいいですから! 買い出しにも私一人で行きますから! だから休みましょう!」

 

「休まねぇよ。ここで休むとオレの場合、碌な事にならねぇんだよ。例え死んだとしても許しは与えません。鍛錬でも人生でもな(白目」

 

 

 どう考えても常人なら、いや英雄であっても発狂しそうな環境であった。

 しかも、合間合間に死んだとしても許しを与えない鍛錬をしている。気分転換と称して、だ。ジャンヌは確かに、虎太郎の肉体的、精神的な強さの理由を垣間見た。

 その環境で生き残れるのだから、才能すら凌駕する努力と精神力も納得できた。

 

 そして、虎太郎の手を引いて止めようとするジャンヌ。

 だが、暗黒の仕事量を熟し、暗黒精神(ダークマターメンタル)を手にした彼を止められる筈もないのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 アルフレッドによって二人がレイシフトした先は、人理焼却が実行されなかった並行世界の日本。西暦は2015年。

 虎太郎が強奪した人類の叡智によって生み出された技術の結晶、人類史最高の人工知能による演算能力を以てすれば、時間旅行であろうが並行世界間の移動であろうが何の事はない。

 根源に到達したとされる魔法使いのお株を奪う行為である。これを普通の魔術師が見れば、卒倒は間違いない。だが、当の魔法使い達は笑って済ますだろう。どうにも、魔法使いは自身の魔法に、それほど執着はしていない様子が見受けられる。

 

 “魔道元帥”“宝石翁”“万華鏡(カレイドスコープ)”“宝石のゼルレッチ”。

 数多の名で呼ばれる第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグなど、まず芽がでないであろう門下生の一人に『まあ、無理やろなぁ』と思いながらも第二魔法を限定的に行使できる礼装の設計図を宿題と称して渡しているほどだ。

 

 ともあれ、そんな魔法使いとは一切関わりのない虎太郎とジャンヌは、世界を救う幼稚園児とその父と母、妹と一匹の犬が住むと言われる某S県K市にある日本最大のショッピングモールに、私服で訪れていた。

 

 ジャンヌはノースリーブのシャツにネクタイを締め、ショートパンツに爪先と踵が露出したトレンカタイプのニーハイソックス、ヒールの高いサンダルを履いていた。

 虎太郎は、米連の人気ロックバンドのロゴ入りTシャツに、ジーンズとスポーツサンダル、白いハットを被っている。

 

 二人はカルデアのサーヴァント達から要求のあったものを買い終えた後だ。

 子供組のお菓子と玩具。女性陣はシャンプーやボディソープ、化粧品、調理器具を中心とした日用品。男性陣は酒につまみ、煙草に漫画などの嗜好品。

 買ったものは虎太郎の“彦狭蔵”の中へと放り込んでいた。これならば馬鹿げた量の買い物であっても、何の問題もない。“彦狭蔵”の中に入れられない生ものは、即座にカルデアへと送ってある。

 

 レイシフト使用の原則として、レイシフト先の物品の転送は、必ず虎太郎が目を通し、アルフレッドによって精密検査が行わなければならない。

 何しろ、本来はカルデアに存在しないものである。カルデア内に持ち込んで、どんな影響を及ぼすのか分かったものではない。それは並行世界の日用品であっても変わらない。

 

 呆れた疑り深さが形になったかのような原則だ。

 だが、当然である。持ち帰ったモノが敵の罠でした、などと笑い話にもならない。“トロイの木馬”を許すほど、虎太郎は間抜けでも無能でもなかった。

 

 

「しかし、食べ放題のバイキングで出禁になる奴とか初めて見たわ」

 

「…………………………………………言わないで」

 

 

 虎太郎の呆れを含んだ言葉に、隣を歩くジャンヌは真っ赤になった顔を両手で覆い隠し、蚊が泣くような声を出す。

 つい数十分前、二人が入ったレストランの店長から『にどとくんな!!』と涙目で塩を撒かれたのだから当然だ。

 

 ほどほどの金で、そこそこの種類を選べ、かなりの量を食べられるバイキングが、虎太郎としてはあれやこれやと考えなくて楽だったのだが、この現状は予想していなかった。

 いくらジャンヌが大喰らいだとは言え、どう考えても華奢な身体にバイキングの為に用意される素材の体積が収まりきるなどとは考えてはいなかったのである。

 しかし、彼女は食べて食べて食べ続けた。私の胃袋は宇宙ですと言わんばかりに食べ続けた。虎太郎など、最初の30分でもう満足したと言うのに。

 消えていく料理。消えていく飲料。食べ放題の時間が終了する頃には、店の食料は食べつくされ、ドリンクサーバーの中身もなくなったほどだ。

 

 

「……き、消えてしまいたい」

 

「へぇ、お前の胃袋に消えた料理みたいに?」

 

「…………はうぅ」

 

「健啖家で結構結構。悪目立ちはしたが、満足したか?」

 

「うっ………………量も、味も、大変よろしかったですぅ」

 

 

 普段の彼ならば、殴ってでも止める悪目立ちという暴挙なのだが、幸いにして此処は並行世界。

 人々の記憶に残ったとしても、自分には何の不利益もないので、させるがままに任せた。

 その結果が、ジャンヌの醜態なのだが――――胃袋的に満足したのなら、差し引きゼロといったところか。

 

 

「さて、次はいよいよお前のペンなわけだが……」

 

「でも、ペンと言っても色々ありますね」

 

「今回は鉛筆とノートだなー。こっちは安物を買う。シャープペンもボールペンもあるが、アレはアレで中々癖があるからな。後は高めの万年筆でも買おう。アレは中々書き易い」

 

「高い…………別に、そこまでのものを」

 

「遠慮をするのも分かるがな。そういうものは安かろう悪かろうだ。後、気に入ったものを買うとやる気も変わってくるしな。ほら、着いたぞ」

 

「うっ! 何ですか、これは?! これが、文具店……!?」

 

「結構、洒落れてんなぁ。まあ、金持った役職が良く来るところみたいだから当然か」

 

「や、止めておきましょう! これはカトリック的にNGのお店です! 清貧には程遠い気がします!」

 

「まあ、そういうな。お前は我がカルデアに於ける最高顧問なんだからな。役職も同然よ。良い物を使わなくちゃねぇ~」

 

「自覚はありますが、今まさに特大の厄介事を押し付けられた気が! そして、何を狙っているのか分かった気が!」

 

「おう、オレと一緒に書類地獄を潜り抜けようか(にっこり」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ふぅ~…………疲れました」

 

「何時もは戦線で旗持って戦ってんのに、何を言ってんだか」

 

「それとこれとは話が別です。…………どうにも、私は勉強というモノが不得手のようですね」

 

「頭は悪くねぇのになぁ。得手不得手、好き嫌いは如何にもならんか」

 

 

 カルデア帰還後、二人は英雄達に嗜好品を配り終えると、ジャンヌの部屋に引き籠った。

 読み書きが不得手、というのはジャンヌにとっては生前からのコンプレックスだ。

 彼女が生きた時代の背景、彼女の出生を考えれば何一つおかしくはなく、不思議でもないのだが、真面目な彼女にとっては言い訳にしかならないのだろう。

 

 其処を他の英雄達に面白半分で揶揄われるのは、彼女のやる気を削がずとも、彼女の気分が良くなる筈もない。

 虎太郎は自分が教師役を買って出た以上は、ジャンヌには気持ち良く、確実な成長を促すつもりだ。精神面におけるフォローも忘れるつもりはない。

 どうしてそこまで気が回るのに、普段から気を使わないのか。誰もがそう思うであろうが、虎太郎の答えは常に一つ。自分が楽したいからに決まってるだろう、だ。

 

 

「ふふ。ほら、手もこんなに」

 

「鉛筆使ってりゃな。良い事だ。書けば書いた分だけ、字も綺麗になる」

 

 

 生前はここまで読み書きの練習は出来なかったのだろう。

 当時、紙は貴重品だ。印刷物の需要が高まった反面、常に紙の原材料不足にヨーロッパ世界は悩まされていたのである。

 専ら、羊皮紙が使われていたのであるが、紙よりは安いとは言え、十二分に高価であった。おいそれと練習に使う訳にもいかないのも頷ける。

 

 ジャンヌは笑顔と共に、芯から出たカスで黒く染まった右手を見せつける。どうやら、勉強は不得手、苦手であるようだが、嫌いではないらしい。

 

 虎太郎の表情は相変わらず無表情であったが、穏やかさが見て取れる。

 何のかんの言ったところで、教師としては二流三流でも、人に何かを教えることに関しては一流だ。

 死んだとしても許しを与えぬ、が基本の男ではあるが、才能は乏しく、自身を構成する能力の大半は苛烈過剰な研鑽によって身に付け、常に思考することよって磨いてきた。天才に在りがちな感覚で覚えろという理不尽はなく、論理的に伝えることが出来る。もっとも、そこからはかなりスパルタなのだが。

 

 

「少し力を込め過ぎだな。長く書き続けたのも理由だが、無駄な力が入っているから、そこまで汚れる」

 

「成程。ですけど、こう、握りを弱くすると、字がヨレヨレで。どうしても力が入ってしまって……」

 

「持ち方が悪い。後は指先だけで書こうとし過ぎだ。もっと手首を使うんだ」

 

 

 困った顔をするジャンヌを見かね、虎太郎は彼女の後ろに回り込んで、鉛筆を握った右手を重ねた。

 

 

「――――ひぅっ」

 

「変な声を出すな変な声を。言っとくが、オレは真面目に教えてるからな」

 

「そ、そそそ、そんなことは分かっています。貴方は真面目な時は真面目ですとも、ええ」

 

(何一つ信用されてねー。どうでもいいがな)

 

 

 たったそれだけの行為で、ジャンヌの顔は真紅に染まる。

 数多の男と轡を並べ、権力者の陰謀によって牡の下衆な欲望に晒された彼女であったが、何の邪念も欲望もなく男に触れられた経験は無きに等しい。

 

 虎太郎は呆れ顔だ。

 もう一線など疾うに越えているというのに、目の前の聖女は異性と触れ合う行為に何時まで経っても慣れない。 

 其処に愛しさすら感じるが、今は心の底の底にまで封印する。教導教育にそのような感情は不要で無価値と断じているからだ。

 

 ジャンヌの手を握り、指先の何処に無駄な力が籠っているのか、手首の何処にぎこちなさが潜んでいるのか、腕の何処の筋肉が使われていないのか。

 備に入念に観察し、手から伝わる感覚を頭の中で再構築して、論理的に言葉として伝える。

 

 事、教育と言う点に関して、虎太郎は実に気長だ。

 自身の教え方が、相手に合っているかは教えてみるまで分からず、自身の言葉が100%伝わるなどとは思っていない。

 常に教え方を変え、言葉を変える。手を変え品を変え、自身と相手の歯車が噛み合うまでトライアンドエラーを繰り返す。

 

 やがてジャンヌは、あ、と呟いた。

 ジャンヌの腕から余計な力が抜け、必要な分だけが残る。文字通り、彼女がコツを掴み、尚且つそれを自覚した瞬間だ。

 指先と手首は緩やかにさらさらと。芯先は滑らかにすらすらと。

 虎太郎も僅かな文句を残すが、口にはしない。これ以降は、後は身体に覚え込ませるだけだからだ。

 

 

「いい感じだ。後は数を熟して、読みやすい文字がどういったものなのかを知ればいい」

 

「ふぁぁ、まさか、私が、こんな短時間で……」

 

「技術技能ってもんは時代を重ねるほど敷居が低く、誰でも努力次第で習熟可能になるものだ。まあ、その分、神秘や稀少性は薄れていくがな。それもまた成長の証だな」

 

 

 虎太郎の言葉が耳に届いているのかいないのか。ジャンヌは感動の余りに頬を染めている。

 今日の朝まではペンを握ることすら億劫だったが、今この瞬間はペンを滑らせることが楽しくて堪らないと言った風である。

 

 誰とて自身の成長を実感することは喜ばしく、楽しいものだ。ジャンヌの感動も頷ける。

 

 その横顔に、虎太郎は見えない位置で笑みを浮かべる。

 彼女は某復讐者のサーヴァントには人間城塞などと揶揄されたこともある。

 だが、戦いから解放され、城門を開いたその先に待ち受けているのは、驚くほどに穏やかで何の変哲もない風景(こころ)が広がっている。

 

 目標としていた地点を大きく超える位置まで着地した納得、僅かばかりの悪戯心が鎌首をもたげ、虎太郎は行動に出た。

 

 

「――――え?」

 

「そんなに驚くことはねぇだろうに」

 

「え? あれ? あの、あのあのあの――――」

 

「いや、頬にキスしたくらいで、よ」

 

「――――――――――ひあああああぁぁああああぁぁあぁぁぁあああっっっ!!!」

 

「………………うるせぇ」

 

 

 突然、頬に訪れた感触にジャンヌは硬直したが、何が起きたのか理解すると顔を耳まで真っ赤にして悲鳴を上げる。

 もう、この程度では済まない行為を致しているというのに、この反応である。この初心さは男をこれ以上ないほどに楽しませるものだとジャンヌは気付いていなかった。

 

 反射的に逃げようとしたジャンヌの腰に腕を回し、がっちりとホールドする。

 どうやら、逃げずに続けろという意味らしいが、そんなことをジャンヌに許容できるはずもない。

 

 

「どうした? 手が止まってるぞ」

 

「ひっ……ぁ……、む、無理です。耳、舐めないでぇ……っ」

 

「なら、首ならいいか」

 

「くぅ……だ、め、です……そんなに、強く吸ったら……跡が、残っちゃう……」

 

「オレ、好きなんだよ。キスマーク残すの。ほら、自分の女だって、他の男への宣言にも牽制にもなるだろう?」

 

 

 ぴちゃぴちゃと耳朶を犯す水音。鋭敏な皮膚を蟲が這い回るような感覚。

 どちらも不快感しか覚えないであろう感覚にも拘わらず、ジャンヌの身体はぶるぶると快楽に震えていた。

 

 虎太郎が耳を唇で食み、耳朶に舌を潜り込ませる度に、脳髄が蕩けていく。

 虎太郎が首筋に鼻を押し付け自身と汗の匂いを嗅ぎ、舌が這う度に胎の奥が疼いていく。

 

 かつて自身に降りかかった凌辱。その起点となった男の欲望。

 虎太郎が抱き、自身に向けているものも同一だというのに、その手練手管は“それ”を全く感じさせない。

 

 ジャンヌは口が裂けても言えないが、彼女の好みを理解し、望んだ悦楽のみを与える愛撫。

 鉄の意志も信仰心も、今や意味を為さない。今、虎太郎が愛撫しているのは、聖女でも信仰者でもなく、単なる少女に過ぎないのだ。

 

 次第に、ジャンヌの表情は蕩けていく。

 目尻は垂れ下がり、口の端は緩んで涎を垂らしそうなほどだ。

 

 それを確認すると虎太郎は首筋に吸い付いていた唇を離す。勿論、ほんのり紅色に鬱血した傷跡(キスマーク)を残して。

 

 恐る恐ると、そして僅かな期待を向けてジャンヌは虎太郎に顔を向ける。

 待っていたのは普段は決して見せない深い深い笑みを浮かべた男の表情。

 

 お前が愛おしくて堪らない。お前が可愛くて仕方がない。お前が欲しくて我慢できない。

 

 今この瞬間だけは、一直線に最短距離を。世界の滅亡にも人理の焼却にすら目もくれず。されど、冷徹な炎だけは瞳の奥底から消し去らず、自分を求める男に絆される。

 ドクリと心臓が跳ね、キュンと腹奥が切ない疼きを示す。それだけでジャンヌは自分がどうしようもないほどに女だと自覚する。

 

 どちらともなく。互いが望むままに。唇と唇が触れ合った。

 一瞬だけの重なりであった。互いの愛と欲望を伝えるには十分な、それでいて箍が外れるには十二分の威力。

 

 それを皮切りに、ジャンヌと虎太郎は互いを求め合った。

 

 

「んうっ……んん、んっ、ちゅ、……んれっ……じゅる……ふぁっ……んくんく……ふ、むぅ……じゅりゅりゅ……れろ……」

 

 

 控えめでありながらも貪欲に、深く深く舌を絡め合い、粘膜を交換する。

 唾液を飲み下す度に咽喉も食道も胃も子宮も熱く煮え滾り、全身が燃え盛っていく。熱い汗が噴き出し、背中と胸元を伝う。

 かつて炙られた偽りの浄化の炎とは全く別。女の情欲そのものが形となった発情の炎に炙られ、ジャンヌはたちまち焼け焦がされる。

 

 ――これなら、幾分か“あの時”の方がマシです……!

 

 観念と諦念を抱き、常人からすればとんでもない思考を展開する。

 もっとも、ジャンヌという少女は戦うと決めた瞬間から、あらゆる出来事に対し、覚悟を決めていた。あの最後、悲劇と悲嘆しか残らなかった最後すら、当然の結果と受け入れた。

 故に、彼女には後悔もなければ憎悪もない。魔女として火炙りにされようが、ありとあらゆる凌辱に晒されようが、人としての尊厳を全て奪い去られようが――――死後も徹底した辱めを受けようとも、オルレアンの乙女は揺るがない。

 

 けれど、覚悟も想像もしていなかった事態にはやはり弱い。

 こんな自分を全て肯定し、求める男が居るなどとは思ってもみなかった。

 

 そんな心の隙間に入り込むように、逸れた意識を自分に向かせるように。

 虎太郎は舌を使ってジャンヌの舌を自身の口内へと誘うと、甘く噛み付いた。

 

 

「んむっ?! ん、ひっ――――――んんんんんっ♡」

 

 

 燃え上がるような、蕩けるような、軽い絶頂。

 口腔愛撫(ディープキス)だけで達せるようになってしまった自分の身体に恥じらいを覚え。

 舌と歯の動きだけで自分を絶頂に誘えるほど自分以上に自分の女を理解した虎太郎に戦慄と恐怖、どうしようもない歓喜を覚えてしまう。

 

 甘く噛まれた舌を解放され、舌と舌を繋ぐ銀色の糸がプツリと切れる。

 意のままにならない身体をくたりと椅子の背に預け、ジャンヌは舌を出したまま荒い呼吸を繰り返す。

 

 

「はぁ……ふぅ……ふぅー……はっ……ひぅ……っ」

 

「続き、してもいいよな?」

 

「ふぅ……なんて答えても、同じことをする癖に……」

 

「それでも肯定の言葉を聞きたい。その方が滾るからな」

 

「もうっ…………でも、約束して下さい」

 

「何なり、と」

 

「乱暴にするのは、止めて下さい。まだ、ほんの少しだけ怖いので……」

 

「当たり前だ。そんなもんはSEXじゃありません」

 

「ちゃんと、愛して下さいね? 私だって、女ですから……」

 

「勿論。そっちの方が楽しくて、気持ちがいい」

 

「それから、電気を……」

 

「あー、それは駄目だ。それじゃあ、お前が悦ぶ姿がよく見えない。全部だ、お前の全部が見たいからな」

 

「も、もうっ…………コタローの、意地悪♡」

 

 

 最後の約束だけは受け入れて貰えず、拗ねた口調で虎太郎を責めるジャンヌであったが、その声色はとても責めているものとは思えない、甘えた響きで満たされていた。

 





というわけで、御館様と聖女様のデート&御館様教師としては三流だが、教えることは一流&聖女様キスだけでトロトロに。流されてる、流されちゃってますわー、でした。

こんな感じで、ジャンヌは色気があるので、御館様がムラっと来て悪戯→そのままベッドインのパターンが大半の模様。ジャンヌの方から誘っちゃうこともあるけどな!(大興奮

なお、このジャンヌもモーさん同様にアポクリファを経由しています。
ですが、その経験の記憶はあるものの、実感に乏しく、当人としては夢のような感じ。
安心してくれ。あくまでも座の方のジャンヌはジーク一筋だ。虎太郎&アルフレッドのジャンヌはあくまでもコピーだからね。NTRダメ絶対!
いやー、fateの設定は便利だわー。時々、おかしな設定が生えたり、後付けでとんでもないことになるけどな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『聖女様、初めの内は憐憫の情があったのだが、今では苦労人に惚れちゃってます。苦労人、ホントになんやねん、お前』


ふぅ、何とか書き上げたぜ!
やっぱりエロは苦手ですわ。
だが、エロエロのぬちょんぬちょんにしてやったぜ!(自分基準

お待ちかねのエロシーンじゃよ!
本編、どぞー!



 

 

 

『聖女様と一緒! 後編』

 

 

 

「ふぅ……ハァ……すぅ……ふーっ……」

 

「――――ふふ」

 

 

 ジャンヌの一人部屋に備え付けられたベッドに虎太郎は腰掛けた。

 正面には羞恥と期待に頬を上気させたジャンヌが、視線をあちこちに飛ばしながらも立っている。

 

 彼女は時折内腿をすり合わせ、ピクンと肩を震わせる。潤んだ瞳を合わせたかと思えば、すぐに外す。誰の目にも明らかな期待が見て取れた。

 けれど、これから行われる行為に忌避と恐怖があるのもまた事実。ジャンヌの過去と最期を思えば当然だ。

 

 

「――――あっ」

 

 

 それを目聡く見つけた虎太郎はジャンヌの両手を取ると手の甲や掌にキスをした。

 まるで恐怖を和らげるように。まるで忌避感を追い出すように。

 かつての凌辱をどうすれば忘れさせてやれるのか。敬虔な信徒(カトリック)であるジャンヌが忌避を抱かない性行為は、どのようなものか。

 

 ――今は、それだけしか考えない。

 

 自身の気持ちを伝えるキスに、ジャンヌは小さな喜びの声を漏らした。

 

 自身の行為の結果に対してすらも開き直った、どうしようもない男。救いも報酬も求めず、仕事と称して自らの定めた役割を果たすだけの男。

 最早、その在り方はある種の舞台装置に近い。何の感情もなく淡々と、理性と知性のみで戦いに赴いて、人と世界に仇為す存在を駆逐するだけ。

 他者の意見を聞き入れようとも其処には人間らしい感情などなく、あるのは打算と損得勘定だけ。

 

 もし仮に、ある日突然、自分以外の全てが死に絶えたとしても、この男は眉一つ動かさずに死ぬまで生きるだろう。

 現実を受け入れ、理不尽を受け入れ、不条理を受け入れる。他人に求めるものは能力だけであるが故に、彼は自身の能力が通用する限り、一人でも生き続ける。

 

 本当にどうしようもない。救いなど何もない。どうしようもない――――――どうしようもなく孤独な魂。

 

 そんな男が。そんな魂が。

 今はただ自分だけを望んでいる。ジャンヌが暖かな喜びを感じたのは、そこだった。

 

 

「――――ん」

 

 

 彼女は虎太郎の頬を両手で包むと瞼を落とし、額に唇を押し当てる。

 洗礼を施すように。祝福を祈るように。ただ優しく、慈しむように。

 虎太郎はジャンヌのキスに答えるように、頬を包んだ手に手を重ねる。

 

 どれだけ言葉で否定しようと、どれだけ言葉で拒絶しようとも、ジャンヌは彼に惚れている。

 同じ時間を過ごす内に、同じ戦場を潜り抜ける内に、同じ苦難と悲嘆を乗り越える内に、聖女はすっかりと絆されてしまっていた。

 

 それからは互いの顔に、唇だけを避けてキスを与え合う。 

 額、瞼、鼻、頬、顎。互いの愛情だけを確認し合うように。

 

 

「――――はは」

 

「ふふ――――」

 

 

 どれだけの時間、繰り返しキスをしていたのか。

 二人は顔を放すと、虎太郎は目を細めて楽しげ笑みを浮かべ、ジャンヌははにかんだ笑顔を刻んだ。

 

 虎太郎は彼女の表情が満足と安堵で形成されているのを確認すると、ネクタイに指をかけた。

 ジャンヌは現状を受け入れたのか、これから与えられるであろう快楽を期待してか、自らも服に手をかける。

 しゅるしゅると布ずれの音が耳朶を打つ。ジャンヌがボタンを外し、虎太郎が開かれた服を脱がせていく。

 

 瞬く間にジャンヌの下着姿は電光の下に晒され――――虎太郎の目が丸くなった。

 

 

「…………この下着、お前が選んだのか?」

 

「はい。普通に可愛い、と…………あっ、何か、おかしい、ですか?」

 

「いや、何も。すげー興奮するよ」

 

「~~~~~~~~~っ」

 

(てっきりブーディカかマシュ辺りが吹き込んだのかと思ったが、ジャンヌの趣味か。う~ん、このエロ聖女は)

 

 

 ジャンヌの纏っていたのは黒い刺繍レースの上下。

 華の刺繍は確かに愛らしさを感じないこともないが、布の薄さも相まって淫靡さを強調しているかのよう。

 ショーツは綺麗な逆三角形を象り、紐でサイドを結ぶタイプのものだ。淫らには見えなさそうで、実際に身に着けてみれば、真逆の印象を受けるだろう。

 

 ジャンヌという少女は、どうにもそういった部分がある。

 仕草の一つ一つに男を誘う色気があるのだ。当人にそのつもりが一切ない辺りが、また男心を刺激する。

 無意識に色香を振りまく様は、さながら食虫植物。当てられて手を出そうものなら、ピシャリと手を叩かれた後説教が入る。その後、男は罪悪感で押し潰されそうになるのは間違いない。

 

 ただ、その人間城塞が如き在り様を越えた先にあるものは、男にとって堪らないものでもあるということだ。

 

 はぁ、と漏れた吐息は欲情に濡れ、表情は熱で蕩けていた。

 黒い下着のクロッチは既に愛液で色を変えており、自覚があるのか今にも泣き出しそうな表情だ。

 

 ジャンヌがブラのホックに、虎太郎がショーツの紐に手を伸ばしたのは、同時であった。

 

 

「…………うぅっ」

 

「駄目だ、隠すな。今、お前をどんな風に悦ばせたのか、思い出してるからな」

 

「――――あぁ」

 

 

 ビチャと音を立てて床に落ちたショーツに、ジャンヌの頭は更なる羞恥に茹で上がる。

 

 辱めなど、生前には腐るほど受けた。人前で裸になる程度、鋼鉄の信仰心は揺るがない。

 何より、彼女の身に降りかかった凌辱は恐怖と憎悪に起因するもの。

 フランスの窮地を救った乙女は確かに聖女と呼ばれたが、対するイギリス側は彼女を魔女と呼んだ。

 貴族はその聡明な頭脳と戦場での凄烈な戦いぶりに自らの立場を崩されることを怖れ、兵士達は多くの仲間が犠牲となった悲しみから彼女を憎んでいたのだ。

 だから、その時に在ったのは僅かな恐怖と確かな悲しみだけだった。

 

 だが、虎太郎は違っている。純然たる男の欲望。歪ではあるが、確かな愛に起因するもの。

 大事な部分を何も隠せない、ニーハイソックスだけに包まれた裸体に向けられる視線に熱すら感じる。

 その(しせん)に犯され、溢れた愛液が内腿を伝っていくのを自覚する。

 

 いけないことなのに。恥ずかしいことなのに。はしたないことなのに。

 

 虎太郎に抱かれる度にジャンヌはそう思う。

 快楽に流され、自分の信仰とは程遠い、悦楽のみを追求した性交に興じてしまう。

 

 だが、その度に虎太郎の視線が語る。

 

 お前は悪くない。お前はオレの性癖に付き合っているだけ。悪いのはオレの方だ。お前が可愛いくて、ついな、と。

 

 今もその視線を向けている男に、ついつい甘えてしまうのだ。

 

 

「何度見ても、生唾を飲み込みたくなる身体だ」

 

「それは、その……………………ありがとう、ございます?」

 

「どういたしまして。一々反応が可愛いのも堪らないな」

 

「そ、そうやって、人のことをからかっ――――ひぃん♡」

 

「これだもんな」

 

 

 怒ればいいのか、嘆けばいいのか。

 ジャンヌは自分には理解できない褒め言葉に返答に困り、的外れな礼の言葉を疑問のままに口にした。

 虎太郎のくつくつと笑いながらの台詞に、ジャンヌは僅かに立腹してしまうも、すぐに甘い声を上げる。

 

 つんと自己主張した乳首を指で弾かれ、彼女は全身を震わせて応えていた。

 

 最早、虎太郎に彼女の身で知らぬ部分はない。

 全身隈なく口付けをし、舌を這わせ、指で撫で上げている。ジャンヌが何をどうすれば悦ぶのかなど、分かり切っていた。

 

 

「あっ、ひ……そ、それ……指で、撫でられるっ、の……っ」

 

「駄目か? 嫌か? それとも、好きか?」

 

「……くぅぅ、ふぅ……す、きっ……ですっ」

 

 

 乳頭を指で撫でられ、様々な方向に押し倒される。

 たったそれだけで腰砕けになりそうな感覚が脳の芯を貫き、子宮が震えるのが分かった。

 

 

「はっ……はぁっ……ふっ……は、っひ……――――あ、そこっ!」

 

「ほら、こっちの方も、泣いて悦んでるぞ」

 

「い、いきなりっ! あっ、あっ、あぁぁああぁっ!!」

 

 

 胸に向いていた意識は、虎太郎の指で秘所へと向けさせられた。

 親指で包皮で包まれた陰核を露わにされ、人差し指と中指が濡れそぼった膣へと何の抵抗もなく吸い込まれ、愛液が零れ落ちる。

 

 ジャンヌは思わず腰を引いたが、クリトリスとヴァギナを繊細に愛撫する指先に捕らえられてしまう。

 クリトリスは痛みを感じないギリギリの一線を見極めて。ヴァギナは襞の一枚一枚を刺激しながら、遂にはGスポットに辿り着く。

 

 ぷっくりと膨らんだ女の前立腺は指紋すら理解できそうなほど鋭敏になっている。

 生前は蹂躙されるだけ。今は虎太郎の手によって嫌というほど開発されきっていた。

 

 

「あっ、くうぅぅっ、ひあっ、ふっ、ぅぅん、はぁっ、こ、こひゃ、ろぉ……!」

 

「ん? どうした?」

 

「もっ、もうっ、やめっ、て……達しっ、て、しま、あっ、ひぃっ!」

 

「我慢しなくていい。それから、達するじゃないだろう?」

 

「あっ、くっ、あっあっ――――いっくぅぅううぅぅ♡」

 

 

 虎太郎の指先から与えられる性感に、ジャンヌは手をぎゅっと握り込むと爪先立ちになって上半身を逸らす。

 同時に熱い牝潮を噴いた。引き攣らせた全身に合わせて吹き出る潮の勢いは、ジャンヌの味わっている快楽そのものであるかのように激しい。

 目を見開き、口を大きく開け、呼吸すら忘れてしまっていた。口の端からは涎が零れ、獣染みた喘ぎ声が漏れている。

 

 やがて潮が止まると忘れていた呼吸を思い出し、法悦で力の入らない身体でジャンヌは虎太郎にもたれ掛った。

 身体をビクつかせながらも、はしたない顔だけは見られまいと虎太郎に抱き着いたが、そのままベッドに仰向けで寝かせられてしまう。

 

 恍惚の中にあっても虎太郎にしか見せない醜態に羞恥を覚える。

 いや、違うか。ジャンヌの中で絶頂に達することは醜態ではなくなってきている。

 どんどん淫らに、どんどん虎太郎の女になっていく自分に恥じらいを感じてはいるが、それを上回る女としての幸せで心の大半が満たされてしまっていた。

 

 それが堪らなく恥ずかしい。それが堪らなく愛おしい――――これより先も、堪えきれずに求めている。

 

 

「ほら、汚れちまった。綺麗にしてくれ」

 

「んぶっ……ちゅ……んれ……れろ……ちゅるる……れるぅ……」

 

 

 自身の愛液と潮で汚れた指を口元に差し出され、ジャンヌは迷いなく舐めしゃぶる。

 虎太郎に覚え込まされた男を誘う舌の動きで、自身の興奮と絶頂の味を確かめた。

 

 

(酷い、味……女が、男に屈服させられた卑猥な味……でも……でもぉ!)

 

 

 痛みと大差のない疼きが子宮から駆け上ってきていた。

 早く早く、と急かし、もっともっと、と貪欲にねだる女の(サガ)には逆らえない。何よりも、身体や本能だけでなくジャンヌ自身も虎太郎を求めていたのだから。

 

 綺麗になってなお舐め、吸い付いて離さないジャンヌに、虎太郎は笑みを浮かべながら指を引き抜いた。

 指と繋がる粘ついた銀の糸は、そのまま彼女の欲情を示しているかのようだ。

 

 ジャンヌは荒い呼吸を繰り返したまま、絶頂の余韻に浸っている。

 (ふさ)やかな胸は自重で潰れ、左右に割れ、谷間や腹、額、全身を汗で濡れ光らせていた。

 肉付きの良い太腿は閉じられていたが、その奥にある女の象徴を少しでも慰める為にか、もじもじと動いている。

 

 女体の美しさと淫らさが絶妙なバランスで同居した肢体。

 それを見下ろしたまま、虎太郎は笑みを浮かべて服を脱ぎ捨てていく。

 

 裸になった彼の股間は大きく膨れ上がっていた。

 雄々しさと逞しさ。男の欲望が煮詰って膨張した逸物は一種の怪物のようだ。

 ジャンヌは鎌首をもたげた亀頭に、かつては恐怖を覚えたものだが、今向ける眼差しはうっとりと恍惚と期待に染め上げられている。

 

 これから与えられる法悦に、これから向けられる愛情に、ジャンヌは恥じらいと共に備えるが、虎太郎はピタリと動きを止めた。

 深まる笑みと静止に、ジャンヌはそれだけで彼の意を悟る。

 

 ()()()()()のだ。

 

 

 言わば、確認作業。

 自ら望んで己を求める行為こそ、自らの女の証と言わんばかりに。

 

 なんて底意地の悪い、と思いながらも、とろりと溢れ出た愛液に、自分も似たようなものだと受け入れる。

 いや、その行為を受け入れてしまえる――――もっと言えば、虎太郎を受け入れた時点で、彼女は確かに虎太郎の女となっていた。

 

 恥ずかしさに一筋の涙を流しながらも、ジャンヌは蕩けた笑みを浮かべて、自らの両脚を開いて膝を抱えながら求愛の言葉を口にする。

 

 

「もう、来てください……我慢、できません♡」

 

「――オレもだ」

 

 

 本心、だったのだろう。虎太郎の両目には確かな情欲と愛情の炎が宿っている。

 仕事であれば、何時までも、何処までも冷静で、性行為ですら作業と割り切っている男だが、プライベートでは真逆である。

 何時までも、何処までも、目の前の女を如何にして絶頂に導くか。如何なる行為が女を悦ぶのかを考え、行動に移すのみ。

 

 このような形でしか愛情を示せない自覚があるのだろう。だからこそ、彼の性行為における手練手管に妥協はない。

 ただ、女の求めるままに。ただ、自分の求めるままに。互いの満足を追求するだけ。

 

 虎太郎は求められるままに、求めるままに剛直をジャンヌの膣道に突き入れた。

 

 

「あ、はぁぁああぁぁぁ…………♡」

 

 

 ジャンヌは生々しい女の吐息を漏らす。

 自分自身ですら、こんな快楽に染まった息を漏らせるものなのか、と驚くほど。

 

 侵入――と言うよりも、誘掖(ゆうえき)だった。

 剛直が奥へと進んでいくのではなく、膣の動きと吸い付きに奥へ奥へと誘われていく。

 

 

「はっ、はっ、はっ、すごっ、ぃ、おっき……くっ、ひぃっ!」

 

「――っぅ、何時もよりも吸い付いて締め付けてくる」

 

「だって、らって、コタロー、の、優しく、て、気持ち、よくてぇっ」

 

「オレのなんだ? 教えてやったろ?」

 

「うぅ、意地悪ぅ、いじわるいじわる! お、お、おちんぽ、ですぅ♡」

 

 

 勇気と呼べばよいのか。自棄と呼べばいいのか。

 とても日常の中では口に出来ない言葉を口にする。

 それだけで膣は更に締まり、襞は蠕動して屹立した肉棒を扱きたてた。

 

 ジャンヌが自ら卑猥な言葉を口にしたからか、剛直は嬉しげに跳ね上がり、カリ首は興奮から傘を開く。

 秘裂を割り進んでいくだけにも拘わらず、ジャンヌは軽い絶頂に何度となく晒される。

 

 遂に、ようやく、やっと。亀頭と子宮口が邂逅を果たした。

 

 

「く、ふっ、くぅぅぅううぅぅうぅんんっっ!!」

 

「おや、イったな。これ、分かるか?」

 

「ひゃ、ひゃいぃ……わらし、の子宮、こたりょぅ、の、おひっ、んぽ、にっ、きしゅ、してるぅっ!」

 

「ああ、ちゅうちゅう吸い付いてくる。こりゃ、堪らんなっ」

 

「あ! あひっ、あちゅいの、ぴゅっぴゅしないでぇぇっ!」

 

 

 呂律の回らなくなった声で、ジャンヌは形だけの懇願を口にする。

 子宮口は亀頭に吸い付き、我慢汁を吐き出す度に悦びで慄いていた。誰がどう考えた所で、更なる快楽を求めているのは明らかだ。

 

 虎太郎は小刻みな腰使いで、子宮口を責めた。

 子宮の形が変わるような力強さはなく、自らしゃぶりつく子宮を嬲り、その哀願を楽しんでいる。

 ちゅうと吸い付いた子宮口を引き剥がしては、再び吸い付かせる繰り返し。

 

 突かれる度に、吸い付く度に、子宮にはマグマのような快楽が溜っていく。

 ジャンヌは何度となく絶頂に至り、潮を噴いているにも拘わらず、熱は解放されることはなかった。

 

 ぬちゃぬちゃと淫猥な粘ついた水音が響き、思わずジャンヌは交接した下半身に目を向ける。

 そこには前後に動く虎太郎の腰の動きに合わせ、自分は無意識に腰を揺り動かして迎えている光景。

 粘ついた愛液は動く度に幾本もの糸を造り出しては途切れ、途切れては造り出して、潮まで吹く淫猥な光景に脳が蕩けていく。

 

 強張った両脚の先端では指が丸められ、快楽を堪えているのか受け入れているのか。 

 

 

「あっ、あぁぁっ、もっ、むりぃ、我慢、むりです! ゆ、ゆるしひて、こた、こたろぅぅっ」

 

「早いな。もう無理か。その先もあるんだが、まだお前にはちょっとな。んじゃまぁ、イっちゃえよ」

 

「な、なにぃっ!? こ、これ、なんなんれすかぁっ!」

 

「ぐりぐりってな、ほらほら」

 

「ぐりっ、ぐりりっ、て、おちんぽ、子宮にぃっ♡」

 

 

 動きを変えた腰使いに、ジャンヌは目を白黒とさせ、歯を喰いしばる。

 前後に動いて子宮口を嬲っていた剛直は、今後は押し付けて回転するように責め立てていた。

 

 子供の頭を撫でるような動き。

 けれど、幼子へと向ける無償の愛情ではなく、男女の欲望に塗れた愛情から齎されるもの。

 

 限界など疾うに超えていたジャンヌに耐えられる筈もなく、緩んだ子宮口はあっさりと亀頭を受け入れた。

 瞬間、ジャンヌは一際大きい絶頂を迎える。合わせて尿道までも決壊し、はしたない黄金水が溢れ出た。

 

 

「あ゛っ、あぁっ、い、いやぁあっ、お、おしっこ、でちゃってるぅっ」

 

「気にするな。女は尿道が短いから我慢が効かん。そら、オレも出すぞ」

 

「ま、待って、こんにゃ、こんなの、あたま、おかしく……!」

 

「だ・め・だ♪」

 

「あひぃっ、イくぅ、イクイクっ、またイくっ、お漏らししたまま、イくううぅぅぅうううぅうぅううぅっっ♪」

 

「――――っ」 

 

「ひぃぃ、ひぃいっ! 出てる! びゅーびゅー、こたろーのザーメンでてるぅぅぅうううぅうううぅぅうぅっ♡」

 

 

 足の指を丸めたまま、虎太郎の腰に脚を絡めてジャンヌはアクメに至った。

 逞しい剛直を締め付け、更には襞が蠢いて射精を促す。

 

 両腕で虎太郎の身体に抱き着き、彼もまた反り返った上半身に腕を回して温もりを確かめあう。

 漏れる黄金水とは別の熱を子宮で体感し、更には凄まじい量の精液が子宮を満たすだけでは飽き足らず、膣を逆流して零れ落ちる。

 

 

「んぐっ、んんっ、待っへ、こひゃりょっ、いま、きふ、んれろ、ちゅ、ちゅっ、しゃれたら、わらひ、みたしゃれ、んんんっ」

 

「駄目だ。ほら、もっと気持ち良くなってみな?」

 

「んれ、れろ、ちゅりゅりゅ、こくこく、じゅる―――――ん! んんんんんんんんんんんんんんんっ♡」

 

 

 唾液を飲まされ、口内を犯され、これで打ち止めとばかりに最後の射精を受ける。

 

 そして、ジャンヌの手足から力が抜け、プツリと意識の糸が途切れた。

 彼女が意識を失う直前に感じていたのは、今まで幾度となく体感してきたのに一向に慣れない多幸感と女の悦びであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「あっ……う……ふぁ…………?」

 

「おはよう。お目覚めか?」

 

「………………おはよう、ございます――――と言うには、少し早いみたいですね」

 

「まあ、そうみたいだな」

 

 

 ジャンヌが目を覚ました。

 全身に残る幸せな気怠さと僅かに回復した体力から、今の時間を割り出したようだ。

 深夜と明け方の中程。目を覚ますには早過ぎる時間帯だ。

 

 ジャンヌの首の後ろに回された虎太郎の腕を枕に眠っていたらしい。

 少しだけ首が痛かったものの、不満はない。寧ろ、喜びの方が勝っていた。

 

 身体を横に向け、虎太郎の胸板に頭を預けた。

 確かな温もりと一定のリズムを刻む心音に、ほんの少しだけジャンヌは安堵の吐息を漏らす。

 確かに、彼は今此処に居る。その事実が嬉しく、同時に悲しかった。

 

 始まりはコインの裏側、存在しない筈の自分自身――ジャンヌ・オルタとのオルレアンにおける死闘と旅。

 

 本来、サーヴァントは眠る必要はないが、生前行っていた生理現象に逆らうのは精神衛生上よろしくない。

 旅の中で出会った仲間達の精神的な疲労を鑑みて、たまたま見張りとして寝ずの番をしていた時のことだ。 

 何時まで経っても眠らない虎太郎に、注意と勧告のつもりで声をかけた時だ。

 

 

 ――いやな、オレは他人が近くにいると眠れないんだよ。敵だろうが味方だろうが、自分の女だろうが関係なくな。

 

 

 その言葉に、ジャンヌはこの男の本質を悟った。

 誰一人として信頼していない猜疑心の塊。転じて、決して癒されることも安らぐこともない孤独な魂。

 

 余りにも悲しい在り方に、彼女の心は締め付けられたことを覚えている。

 

 サーヴァントは単なるコピーだ。本体――と呼んでいいのか、彼女自身も分からないが、コピーの元は“座”と呼ばれる場所に居る。

 故に現界した際の記憶は実感のない情報に過ぎないのだが、今は状況が変わっている。全ては人理焼却の影響だ。

 

 その結果として、サーヴァントに適応される記憶の法則までもが捻じ曲がりつつある。

 

 事実としてジャンヌやマリーはオルレアンでの記憶を有している。

 ドレイクなど特異点(オケアノス)での一件を、生前の出来事として記憶しているほどだ。

 

 この魂に救いなどない。

 どれだけ多くの仲間を得ようと、どれだけ多くの女と愛を交わそうと、本質的に孤独なまま。誰一人信じないとはそういうことだ。

 

 ジャンヌは自身は死者という認識が極めて強い。

 死者が生者を導き、共に寄り添うなど烏滸がましいと感じているほどだ。

 

 それでも、この魂に救済を、と望んだ。

 だからこそ、死者としての領分を超えて、寄り添う事を選んだ。

 故に、サーヴァントとしてアルフレッドの召喚に応えたのだ。

 

 

「あー、その、なんだ。感慨に耽っているところ悪いんだがな」

 

「何でしょう? ――――――あ」

 

「こんな風に、オレのナニはまだまだ元気なので、付き合ってほしいんだが」

 

「あ、貴方と言う人は……!」

 

 

 自分の心境も理解しているだろう虎太郎は、珍しく申し訳なさそうな声と表情でジャンヌの手を取った。

 不思議そうな顔をしていたジャンヌであったが、布団の中で手に生じた熱と硬さに全てを悟って呆れとも怒りともつかぬ声を上げる。

 

 

「も、もう! 本当にどうしようもない人ですね、貴方は!」

 

「すまない。性欲の権化で本当にすまない」

 

「すまないと思うのなら、もう少し悪びれた態度を取ったらどうです?!」

 

「テヘペロ☆」

 

 

 先程の表情は何処へやら。虎太郎は、笑うだけであった。

 自分に複雑な思いを抱かせたくなかったのか、憐憫など不要とでも思っているのか。

 複雑怪奇な虎太郎の心境などジャンヌに理解できようはずもなかった。

 

 

「はあ、もう、好きにして下さい。付き合いますから」

 

「え? マジで?」

 

「はい、本当です。その、このような物言いは自分でもどうかと思うのですが――――私は、貴方の女です」

 

「おぉ……」

 

「その、あの、それから……もう、コタローに抱かれるのは、怖くないので、だから、あのあの――――皆と同じように、激しくしてもらっても大丈夫、です、よ?」

 

「じゃあ、お付き合い願おうかねぇ」

 

「あっ、そんないきなり――――あぁん♡」

 

 

 布団の中で組み敷かれたジャンヌは、嬉しそうな声を上げた。

 女の甘い匂い。男の獣臭。アンモニアと汗の臭い。

 腰と腰とを打ち付ける荒々しい打擲音が響き、普段のジャンヌからは考えられない、獣のような快楽に咽び泣く嬌声が夜明けまで続いたのは言うまでもなかった。

 





という訳で、ジャンヌ陥落!&御館様に着いて来てくれている理由&記憶のアレコレ説明回でした。

まあ、記憶に関しては人理焼却の影響だけでなく、他にも召喚された英霊にとって強烈な記憶となった場合、現世に対するスタンスの違い、精神の強さ、霊格の高さで変わるんじゃ、ちう独自解釈も入ってますが。

ほんま、カルナさんとか何やねん。エリザベートとかも訳分からんわ。Extraの記憶持ってたり、どうしろと!?

まあ、そんなのおまけですけどね。
ジャンヌとのエロが書ければ、ええんや! 細かい設定はポイーで!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人は他人がイチャコラしていても嫉妬しない。何故なら、自分もイチャコラしているから。寧ろ、自分よりも楽してる奴に嫉妬する』


今回のネロ祭り、オルタニキが大活躍。
やっぱ相性関係なくゴリ押しできるバサカは最高だぜ!

ドレイク船長、ジャック、嫁王様、エミヤ、皆もよく頑張ってくれた……!

まあ、エキシビジョンはメイブしかクリアできなかったけどな!
何とか最終日までにすまないさんと英雄王は倒したいが、礼装とレベル的に苦しいかなぁ。

それよりも、スカサハ師匠のピックアップはよ。フレさんの神性特攻でのアホ火力に惚れました!

ではでは、どぞー!


 

 

『これがッ! これがッ! これがカルデアの最後の三馬鹿だっ!』

 

 

 

 

 

 カルデア食堂。

 

 普段はブーディカやマルタ、ガウェインの嫁であるラグネル、その他料理を得意とする英霊達がその腕を振るい、皆が舌鼓を打つ共同スペース。

 

 料理の種類は様々。

 調理担当は現代の料理を覚え、レパートリーも増えているのである。

 しかも、情報を集めるのはアルフレッド。塩少々、などという曖昧な表現は使わない。

 

 イギリス料理はまずい? 馬鹿言わないで、美味しいものだって、ちゃんとあるんだから、ブーディカ。

 大人数が一斉に食べられる一品モノ、定食なら任せなさい、マルタ。

 菜食主義だったガウェイン様のために色々工夫してまいりましたが、お肉やお魚料理だって作れます、ラグネル。

 

 この三人が作る料理が不味いわけないじゃない!

 赤い弓兵が居たのなら、奉仕体質とブラウニー根性が相俟って、えらいことになっていただろう。

 

 美味い料理というものは、心を豊かにさせるものだ。英霊であっても変わらない。

 合縁奇縁が飛び交いながらも和気藹々、喋々喃々(ちょうちょうなんなん)、善隣友好が基本の食堂――――なのだが、今日は違っていた。

 

 食堂は一部を除いて、何とも言えない空気に包まれていた。

 まず誰もが何一つ食べていないのである。誰もが食事を終えた訳ではない。その証明に誰一人として空になった皿や器、盆を持っていない。

 

 皆の手元にあるのはただ一つ。ブラックコーヒーである。

 

 

「あぁ、シータ。やはり君は、誰よりも美しい……」

 

「やだ、ラーマったら! でも、ラーマも、とっても素敵。なんて、幸せなのかしら……」

 

 

 椅子に座ったラーマとシータの睦み合いに、食堂に居たほぼ全ての者がペッ、と唾を吐いた。

 

 ラーマとシータ。

 

 アルジュナ、カルナの登場する「マハーバーラタ」と並ぶインドの叙事詩「ラーマーヤナ」のヒーローとヒロイン。

 様々な冒険と苦悩、凶悪な魔王を超えて、遂に二人は結ばれた――――かに思われた。

 しかし、ラーマの不徳と不審によって、二人の仲は引き裂かれ、悲劇的な末路を迎える。

 その最後は、ラーマに掛けられた「同じ幸福を共有できない」という呪いのせいか。はたまた、二人はそういった運命であったのか。

 

 ともあれ、この呪いは既にスキルと化しているほど。余りにも強力であった。

 例え、死後であろうとも。例え、聖杯戦争であろうとも。決して出会うことのない別離の呪い――

 

 

 ――であったのだが、アルフレッドが一晩で解呪してくれました。

 

 

 カルナにかけられた呪いですら解呪した機械神である。決して不可能ではないだろう。

 そんなわけで二人はもう、生前から今まで溜まりに溜ったお互いに対する愛情をぶつけまくっているのである。 

 

 そして、もう一組。

 

 

「む、これは! また腕を上げましたね、ラグネル!」

 

「ふふ、喜んで下さって嬉しいです。それにお肉も入っているんですよ? 菜食主義なのは結構ですけど、時々で構いませんから、バランス良く栄養を取って下さい」

 

「何と出来た嫁でしょう。良妻賢母とは正にこの事! これは私も主義を曲げざるを得ませんね! もう一度ご飯頂こう。おかわり頂けるだろうか?」

 

「はい、勿論! ふふ、良妻だなんて、ガウェイン様も口がお上手」

 

「いえいえ、本心ですとも。何処かの下半身が怪物の友人とは違って、ラグネル一筋ですからね、私は……!(イケメンスマイル」

 

「が、ガウェイン様ったら、いけない人……!」

   

 

 キャメロット一の鴛鴦夫婦(ガウェイン自称)が愛を囁やいて(イチャコラして)いた。

 その余りのラブラブっぷりに一部のサーヴァントはチッ、と苛立ちの舌打ちをする。舌打ちしたのは主に黒髭とモーツァルト、メディアである。

 

 特に黒髭とメディアが酷い。最早、羨ましさと妬ましさでどうにかなってしまいそうだ。

 黒髭は生前に無数の女は居たものの、その全てが自身の奪い取った財産にしか興味がなかったからこそ来る羨ましさに。

 メディアは生前に神とクズ男(イアソン)に弄ばれ、得られなかった理想を見せつけられることから来る妬ましさに。

 

 このままでは黒化も在り得るのだろうが、誰も止めない。止められない。

 初めの内は微笑ましく、祝福と共に二組の馬鹿ップルを見守っていたのだが、こうも連日見せつけられては胸焼けを起こそうと言うものだ。

 

 

「いやー、今日もブラックの苦味が丁度いい加減だぜ(白目」

 

「本当にですねー。沖田さんなんて、砂糖を一切摂取していないのに病弱スキルに糖尿が追加されてしまいそうですよ(震え声」

 

「あの人ら、自室でやってくれませんかねぇ……(絞り出した声」

 

「コーサラの王子にせよ、太陽の騎士にせよ、生前は得られなかった、与えられなかったものが目の前にある。ああ、なるのも仕方あるまい(施しの英雄並感」

 

 

 食堂の片隅で、駄弁っていたのはモードレッドと沖田、ロビンとカルナであった。

 

 モードレッドと沖田の仲は良い。

 同じセイバー同士というのもあるが、剣に対する思いが似ているからだろう。

 騎士道における形式を排除し、ひたすらに効率と殺戮を追求したモードレッドの剣技。

 剣術は理合ではなく気合と言い切り、剣が折れれば鞘で、鞘が折れれば拳で、拳が砕ければ噛みついていく沖田の剣技。

 生まれも育ちも共通点などない二人だが、その天才性と至った結論は極めて近しいものではある。

 

 故に、両者の関係は良好だ。

 モードレッドはカルデアの先達として先輩風を吹かしながらも面倒見が良く、沖田も慣れない生活の中で良くしてくれるモードレッドを後輩として慕っていた。

 お陰様で沖田は僅か三日で最終再臨、スキルも全強化済みに至った。モーさん頑張り過ぎである。

 

 ロビンであるが、彼もモードレッドと仲が良い。

 根底にあったものは違うものの、共に王位、王権、権力者へと反旗を翻した叛逆者である。

 何より民草に対する思いも近しいものがある。ロビンは決して認めないが、心の在り様は騎士のそれに近い。

 互いに、今のコイツの方が立派な騎士だよなぁ、と何とも言えない微妙な心情を抱きつつも、互いに認め合っていた。

 

 そして、カルナは基本的に誰とでも仲が良い。

 以前の彼であれば孤立してしまっていたのだろうが、ジナコというマスターからのアドバイス、今はアルフレッドと虎太郎との会話でコミュニケーション能力は磨かれ、一言足りない性質は鳴りを潜めている。

 

 

「あ、マスター。おはようございます」

 

「はいはい、おはようさん。珍しい組み合わせ――――でもないな。どうだ、沖田、此処での生活は?」

 

「大分、慣れてきた所ですよぉ。流石の沖田さんも、時代を越えると驚きを隠せませんね。知識はあれど、実感が伴わないというのは妙な気分です」

 

「そりゃそうだわな。モーさんも苛めてないだろうな?」

 

「イジメなんてするかよ。大体、そんなことしたらマスターが令呪で自害命令するだろうが」

 

「する。するよ。そんな下らない理由で内部分裂なんて許さないからね。不穏分子は即粛清が基本だからね」

 

「本当に容赦ないよな、お前!」

 

「あ、あははー、土方さんよりも酷い人とか初めて見るなー……」

 

「アレだけ仲良いモードレッドにすらこれだもんな。アンタの頭の中、どうなってんですかねぇ……」

 

「聞くだけ無駄だ。虎太郎当人がそれでいいと認め、元より他者の理解も共感も求めていないからな」

 

 

 本日の朝のAランチを手にした虎太郎は朝の挨拶もそこそこに、4人の座っていたテーブルに腰を下ろした。

 

 Aランチはブーディカお手製、エッグマフィンとローストビーフ。

 どちらも朝食としては重めだが、食べやすいように味付けはさっぱりとしており、人気のメニューである。

 

 

「しっかし、大将、アレ、どうにかならねーんですか?」

 

「アレ? ああ、あの馬鹿ップルのことか?」

 

「二組とも夫婦だ。オレは何の問題もないと思うが……」

 

「問題はない……はないだろうけど、周りがなぁ」

 

「メディアさんなんて、この間、物凄い表情で睨んでましたよ。まあ、二組とも二人だけの世界に入ってしまって何の意味もなかったですが」

 

「オレとしては黒髭とかモーツァルトが何かやらかさないか心配ですわ。ラグネルは兎も角、王子に姫様は怒らせちゃいかんでしょ。曲がりなりにもインドだし」

 

「放っておいてやれよ。4人とも精神的に若いんだ。そりゃイチャイチャしたいだろ。ラーマは念願叶って、ガウェインは生前は騎士として生きたから妻との蜜月も少なかったろうしな」

 

「まあ、オレとしては意外だけどな。ラグネルと結婚させられた時のガウェインの表情ったらなかった。当時のオレですら見られなかったからな。父上も凄い申し訳なさそうな表情してたし」

 

 

 ラグネルはガウェインと出会う以前に、魔女によって呪いを掛けられ、醜い老婆に姿を変えられてしまった。

 紆余曲折を経て、二人は結婚し、ラグネルの願いとガウェインの誠実さによって呪いは解かれたのだが、どうやらガウェインには当時のラグネルの容姿は相当なトラウマとなっているらしい。

 よって、ガウェインの好みのタイプは年下のボンキュッボン。いわゆるロリ巨乳というタイプだ。呪いの解けたラグネルの容姿と一致する。

 

 虎太郎は二組の放つ桃色固有結界に何の興味も関心も示さない。

 流石の黒髭もモーツァルトもメディアも羨ましいからと言って、手を出すほど馬鹿ではないと知っているからだ。

 

 虎太郎の態度に、これは暖簾に腕押しと悟った4人はブラックコーヒーを啜った。砂糖塗れの口内には程よい苦味であったそうな。

 

 

「ふーっ、ご馳走さん。さーて、今日も過労死しないように頑張るぞぃやぁっ」

 

「大将、アンタがそれ言うと洒落にならないから止めて」

 

「気持ちは分からないでもないけどよぉ。何だったら、オレも書類仕事くらいは手伝うぜ?」

 

「え? モードレッドさん、書類仕事とか出来たんですか?!」

 

「よーし、分かった。お前がオレのことをどういう風に見てたのか、よく分かったよ、許さねぇからな沖田コノヤロー。こっちは政務もやってたっつの。まあ、そのお陰でキャメロット崩壊できちゃったんだけど……」

 

「そ、それは褒めればいいんですか? それとも罵れば……?」

 

「…………………………………………どっちも止めてくれ。ちょっと、その事に関して触れられたくないから(メソラシ」

 

「沖田さんや、モードレッドをイジめるのは良くないでしょーよ?」

 

「うえぇええぇぇええ!? これ、触れちゃダメな話題でした?! モードレッドさん、すみません!」

 

「いや、ホントそういうのいいから。ホント触れな――――」

 

「…………マスター」

 

「虎太郎…………」

 

「――――うわぁっ!? びっくりしたぁ!! 何だよ、お前等! あれぇっ!? シータとラグネルは!?」

 

「――――――ぐふっ」

 

「げはっ――――――」

 

 

 自分の所業に対する罪悪感と、もし父上が来た時、どんな顔して会えばいいのか分からねぇ、と悲嘆に暮れていたモードレッドであったが、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。

 

 ゆらりと近づいてきていたラーマとガウェインに悲鳴を上げた。他の三人も、驚きすぎて声も出ないようだ。

 それも当然である。何せ、二人の表情は完全に亡者のそれだったからである。いや、サーヴァントは皆、亡者なのだが。

 ともあれ、幸せの絶頂から、この転落振り。一体、何があったと言うのか。

 

 

「シータが、シータがぁぁああぁああああ…………」

 

「ラグネルが、ラグネルがぁぁぁあぁぁぁ…………」

 

 

 ドシャァ、と膝から崩れ落ちる☆4セイバー二人。もしくは馬鹿ップルの片割れ二人。

 

 呆れた表情のモードレッドとロビン。

 オロオロとし出す沖田。

 完全な無表情で様子を眺めるだけの虎太郎とカルナ。

 

 理由など考えるまでもない。シータやラグネルと何かがあったのだ。

 

 

「ま、まあ、そんなに泣かないで下さい。何があったんです……?」

 

(((あ~ぁ、やっちゃった……)))

 

 

 泣き崩れた二人を見かねて声を掛けた沖田であったが、モードレッド、ロビン、虎太郎の反応は冷ややかだ。

 

 実は、と語り出すガウェインとラーマ。どうやら、泣き崩れた理由は両者ともに同じらしい。

 何でも、今日も今日とてイチャコラしていた流れで、()()()()()()()に持っていったようだ。

 

 しかし――――

 

 

『『…………そ、それは、その、今日はちょっと』』

 

 

 ――――照れているのでもなく、本当に、本当に嫌そうな顔をして断られてしまったらしい。

 

 

「そんな理由で!? こんなに落ち込みます!?」

 

「止めとけ、沖田。新入りだから知らないのも無理ないけど、コイツラに付き合うだけ馬鹿見るぞ」

 

「そーそー。この前なんて、オレは惚気に3時間も付き合わされましたよ。大半は聞いちゃいねーでしたけど」

 

「お前、ほんとに付き合い良いよな。オレなら3秒で居なくなるぞ。コイツ等の場合、それでも一人で語り続けるだろうから問題ないだろ」

 

「虎太郎よ。いくらなんでもそれはドライ過ぎないか?」

 

「知るか。オレは忙しいんだよ。1秒だって無駄に出来るか」

 

「…………え? ま、マスター、もしかして、オレがゲーム誘ったりするの、迷惑、だったか?」

 

「バカヤロー! モーさんはいいんだよ! モーさんと遊ぶ時間は無駄じゃありませーん!(本心)」

 

「そ、そっか…………よかったー(ボソッ」

 

(モードレッドの奴、絆されてんなー。これ、いつ大将に喰われちまうのかな……)

 

(沖田さん、分かりました! 分かっちゃいましたよー! モードレッドさんも中々な乙女心の持ち主だと!)

 

(信頼と忍耐。やはり、どちらも素晴らしいな。…………女性関係に関しては、当人達が満足しているのならオレが口出しすべきことではない)

 

 

「ああ、何故なのです、ラグネル! 最近はとても悦んでいてくれたのに!!」

 

「シータ、……君に捨てられたら、余は、僕はぁぁああぁぁあああぁ…………」

 

 

 ガンと拳で床を叩くガウェイン。

 涙を流しながら、床に寝そべるラーマ。

 

 この二人は本当に英雄なのだろうか? と眺める4人。

 

 このカルデアは、皆、親しみ易い英霊達で構成されています。(そうしないと強制自害命令が炸裂するので)

 

 

「あー、もう五月蝿ぇな。お前等、下手くそなんだよ。下手くそ。セックスのド素人ですわ」

 

「な、何を仰る! 虎太郎の教授もあり、我々は並みの女性であれば自由自在にあひんあひんさせることが出来るのですよ!? まあ、ラグネル以外に使う気は毛頭ありませんがね!」

 

「そ、そうだ! シータも随分と悦んでいてくれたのだぞ。ふ、ふふ。むふふ、可愛かった。まあ、シータ以外に興味も関心もないがな!」

 

「あーあー、はいはい、ごちそーさん。二人にだってその日の気分だってあるでしょーよ。ほら、女は何かとあるだろ?」

 

「ふむ。しかしだ、ロビン。英霊たる彼女達に月経も何もあるものか?」

 

「あっ! 人がボカして言ったのに! ほらぁ、モードレッドと沖田の視線が……!」

 

「…………(ゴミを見る目)」

 

「…………(冷ややかな目)」

 

「………………………………………………済まない、失言だった」

 

 

 女性陣の視線に顔を引き攣らせるロビンにションボリと肩を落とすカルナ。

 

 誰よりも率直で、言葉を飾る必要性というものを理解していない。

 歯に衣着せぬ言動は、ある種のデリカシーのなさとして映るだろう。

 

 それでも、“まあカルナだからしゃーなし、ノーカン!”と冷たい視線だけで済んでいる辺り、彼が生前からどれだけ成長したか分かろうと言うものだ。喜べ、ジナコ。君との出会いと別れはカルナを一段成長させた。

 

 徐々にコミュ力が上がってきて、コミュ力という言葉が嫌いではなくなってきたカルナはさておき――――

 

 

「バカヤロー。お前等な、其処に至る過程と事後もセックスの内なんだよ。そこら辺が分かってないね」

 

「…………なん、…………ですと……?」

 

「お前等ね、基本が戦士だの剣士だのだから気持ちは分からないでもないけどねぇ。戦いだって、その前の準備が全てを決めるじゃないか」

 

「戦の後だって、相手をすぐに支配できるわけじゃねぇーしなぁ。処理だの統治だの、すげー大変だよ」

 

「うーん、沖田さんはそこらへんは近藤さんや土方さんに任せきりだったからなぁ。よく分かりません」

 

「オレもドゥリーヨダナや他の者に任せきりだった」

 

「オレの場合は、書類関係じゃなくて、新しい矢とか毒の用意とか、情報収集とかだったかね。ぶっちゃけ、戦ってる時は必死で考えてる余裕とかなかったから、前と後の方が苦労してた気がする」

 

「それと同じだ。セックスは相手の好きな迫り方で迫って、相手の好みの抱き方をして、そして最後に相手の望んだ言葉を掛けてやるのが一番良いんだよ。そうやってドツボに嵌めて逃げられないようにするんだよ」

 

((((…………最後の一言で全部台無しになった))))

 

 

 完全にヒモ男か竿師かヤクザの理論である。

 もうコイツは、戦うよりも女のヒモとして生きていくのが最適解ではないのかな?

 

 ともあれ、間違ってはいまい。いや、倫理的な意味ではなく、感情的かつ論理的な意味で、である。

 

 かつて性交は次世代の命を生む神聖な行いであったが、時代が進むにつれて快楽を追求する側面が強くなり、性行為そのものに対して忌避感や嫌悪感が抱かれるようになった。

 男であれ、女であれ、自身の乱れる姿など、相手に見られたくないと考えるのは当然のこと。人類は本能のまま生きるのではなく、理性と共に文明を発達させたのだから。

 相手の好みに合わせてやれば、忌避も嫌悪も消え去らずとも、薄くなる。そして、性交もやがては相手の望んだものへと変わるだろう。

 

 

「まずは相手を入念に観察だ。何事も其処から始まる。お前等に足りないものは相手に対する思いやりだぁ!」

 

「くっ! 他人の事に全く興味のないような男が、いけしゃあしゃあと……!」

 

「――――待ちなさい、ラーマ。確かに、どの口でほざくのだ、と思うでしょう。しかし、しかし……!」

 

「……少なくとも虎太郎が抱いた女は、確かに幸せそうな顔をしているがな。この間、オルレアンの乙女は照れた表情で歩いていると思ったら、柱に激突していたが、まだ笑っていたぞ」

 

「あー、スカサハの姐さんも似たようなもんだな。メディアと酒を飲んでる時に、何か惚気てた。あの裏切りの魔女が呆れてたなぁ」

 

「メディアさん的には羨ましくない関係なんですかね。そういえば、ドレイクさんが珍しくスキップしてたのは、もしかして……」

 

「オレが見たのはマリーとブーディカが、両手で顔を挟んで首振ってるところだなぁ。マシュはマシュで、マスターと所構わず腕組んだりしてるしよぉ…………チッ(イライラ」

 

 

 何故だかイライラしだしたモードレッドに、あっ(察し)となる三人であった。

 

 だが、ラーマとガウェインはお構いなしであった。今の彼らは、愛しい妻のことで頭が一杯である。

 妻の墓を暴いて手に入れた触媒を使用されると英霊の座からすっ飛んでくるほどの愛妻家であるオジマンディアスとは、さぞや気が合う事だろう。

 

 

「この通りです……! 我々は恋人として、夫として勝っていようとも、雄として、男として劣っているのでしょう! くっ……!」

 

「いや、ガウェイン、そんなに悔しがることじゃねぇからな? 円卓の騎士としての矜持はどうした?」

 

「何を言うのです! 円卓の騎士としての矜持? ハっ! ランスロット卿やトリスタン卿は矜持よりも愛を取りましたよ愛を! 所詮、その程度のものなのでしょう!? 今の私も愛を取りますよ!」

 

「…………お前、父上が来た時、それ言うなよ。泣くぞ、絶対泣くぞ」

 

 

 矜持を鼻で笑い、愛を謳うガウェインに、モードレッドは頭を抱えそうな思いであった。

 忠誠の騎士が、この有り様である。頭痛が痛い(間違いに非ず)のも頷ける。

 

 アーサー王は王となった当初は理想の王として、騎士にも、民にも慕われていた。

 しかし、当時のブリテンは様々な問題を抱えていたのも事実。先代が残した諸国との軋轢、終わりの見えない戦、広がる疫病、度重なる不作。

 限られた手の中で最善手を、最適解を選んできたアーサー王であったが、機械の如き有り様は、人々には得体の知れないものと映り、やがては求心力を失っていた。

 

 そんな中、ランスロットとの確執を抱え、王の最期に立ち会えずとも、彼の王の騎士であり続けたガウェインが、これだ。

 アルトリアの号泣は必死だ。これでは、ごめんなさいを連呼しながら、またしても“やり直し”を願って聖杯を求めかねない……!

 

 

「くっ……! 何と言う事だ! 余は、シータのことだけを考えると嘯きながら、自分の事しか考えていなかったのか……!」

 

「コサラの王にしてアルタの治者よ。愛とはそもそも、そういったものだろう。相手の都合を考えられなくなるのも道理。何より、今の貴方は精神的に若い。仕方のないことだ」

 

「何を言うか、施しの! 独り善がりの愛など、評価にすら値せん! 生前と同じ過ちなど繰り返さないぞ、余は!」

 

「そうだよ。そんなことじゃ、シータに嫌われちゃうよ。オレに寝取られちゃうよ。多分、オレが本気を出せば、出来んことはない」

 

「やーめーろー! ブーディカを堕とした貴様が言うと洒落にならんわ!! 施しの、弓を持ていぃっっ!!」

 

「生憎と、今のオレはランサーだ。他を当たって貰いたい。虎太郎も、やる気もないのに不安を煽るような真似をするな」

 

「いや、コイツと殺し合いをしなければならない状況を想定してだな。オレなら、まずはシータから攻めるということを知って貰いたくてだな」

 

「そうやって、余を追い込み、精神的に襤褸雑巾にするつもりかぁ!! このド外道がぁぁああぁぁああぁぁあああっっ!!」

 

「どうどう、落ち着けって。大将が、そんな面倒な真似するわけないでしょうよ。もし、オタクが反旗を翻したら、令呪で即自害だよ。それが一番、楽で速いから」

 

 

 涙目になりながら、地団駄を踏むラーマ。

 インドの大英雄も、この有り様である。これにはラーマの大元であるヴィシュヌも涙目だ。

 だが、インドの神々も大概クズなのだ。ギリシャ、オリンポスの神々に勝るとも劣らないレベルである。

 カルナは必死で庇うであろうが、庇いきれないレベルだ。つまり、罵られても、涙目にさせられても当然の存在ということだよ!

 

 

「オレなら一度抱いた女は、“なあ、スケベしようやぁ”と言ってもベッドインできるからな」

 

「そんな最低の誘い文句で!? ある意味、凄い!!」

 

「それほど相手の好みのシチュエーションを把握しているってことだ。もう、セックスは誘う所から、いや以前から始まっているからなぁ」

 

「ぬ、ぬぅぅぅ! 流石の私も、ラグネル相手に其処までは……! これは――――――負けていられませんね!」

 

「然り! このような一夫多妻を地で行く男に負けていられるか! 一夫一妻こそ世の心理! 真実の愛だ!」

 

「どうしてこうなった! 沖田さん、困惑ですよ! マスター、止めて下さい!」

 

「無理言うな。馬鹿は止められないから馬鹿なんだよ」

 

 

「ラァグネェェェェルゥゥゥゥゥゥゥっっ!!」

 

「シィィィイイィィイィィタァァアアっっ!!」

 

 

 そして、最愛の人の名を絶叫しながら、駆けていく馬鹿二人。

 呆れかえることしか出来ない四人の溜め息が静かに響くのだった。

 

 

 

 人類史焼却の阻止を目的としたカルデアメンバー。

 崇高で正しい目的の元に集ったメンバーと言えど、馬鹿というものは何処にでも存在する!

 

 そんな中でもとびきりイカれた三馬鹿を紹介するぜ!

 

 まずは金時!

 やること為すこと思考力に至るまで、小学生低学年並の馬鹿だ!

 でも、三馬鹿の中では一番マシ! 他の馬鹿二人に惚気られて、照れ臭すぎて無口になるくらい初心なのは内緒だぜ!

 

 次にガウェイン!

 理想の騎士、忠誠の騎士としてのお前は何処に行ってしまったんだ! このカルデアではキングオブ馬鹿だ!

 昼間は野郎どもと一緒に馬鹿をやり、夜はラグネル一筋の馬鹿! Fooo! 今夜も夫婦揃ってベッドの上でハッスルだ!

 

 最後にラーマ!

 基本的に礼儀正しく、頼りになる最優のサーヴァント《セイバー》なんだが、人目を気にせずシータとイチャコラしまくりさ!

 寝ても覚めてもシータ、シータ、シータ! シータを連れていかずに戦地に行こうものなら大号泣しながらも大戦果を挙げるぜ! でも、白猿の呪いだけは勘弁な!

 

 以上だ!

 

 

 

 

 

 ラーマ

 

 ☆4セイバー。馬鹿(色ボケ)枠。準戦闘担当。シィィィイイィィイイイイィタァァァァアアァァァアっっっ!!!

 

 モードレッド、ガウェインに次ぐ、セイバー。第五特異点修復後にメンバー入り。

 モードレッドとガウェインはどのような戦闘であれ一定の成果を上げられる性能だが、ラーマの場合は対魔性に特化した性能を誇る。

 彼の羅刹、魔王ラーヴァナを首狩りレースの末に勝利した強者。ラーマーヤナにおける妖怪“首置いてけ”である。

 対魔性戦闘では、その経験を如何なく発揮。モードレッド&ガウェインからドン引き。沖田からは尊敬の目で見られている。

 

 そんな彼であるが、カルデア内では馬鹿ップルの片割れと化す。その様は、三馬鹿の一人に相応しい。

 生前の不幸、シータとの別離の呪いもないので、暇さえあればイチャコラしている。

 周囲から不興を買っているが、全然気にしない。そんなものを気にしていてイチャコラなどできるものかよ!

 

 性格的な相性は悪い。

 それに傾倒し過ぎれば危険と分かっていてなお、正義足らんとするラーマ。

 正義と悪に対して、所詮は他人の尺度と一切の興味を持たず、効率を求める虎太郎。

 相性が良い筈もなく、ラーマには虎太郎の存在そのものが危険で邪悪なものに映る事もしばしば。

 

 彼が協力しているのは“シータがいるから”であり“人類を救うため”。

 初めは人類を救う為に渋々ながら虎太郎に従っていたものの、アルフレッドとキャスター組によって離別の呪いを解かれ、シータと再会。

 FGOユーザーの皆さんは、彼とシータの再会を願い、シータの実装を待ち望んでいる方々も少なくないだろうが、ここでは一足先に召喚された。

 それからはもう、世界の救済を目的にしながらも、シータに良い所を見せるぞ、とはりきっちゃってはりきっちゃって。虎太郎の事とかどうでもよくなりました。

 それでも、虎太郎の行動に目を光らせている辺り、アルフレッドとジャンヌからは頼りにされている。 

 

 最近、一番ショックだったのは、今回の件。

 いかん。いかんよ。いくら性技の腕前が上がったからって、相手が受け入れてくれるとは限らないからね。ドツボに嵌めてからハメハメしようね、と虎太郎の弁である。最低だ。

 

 

「マスター、汝のような男に頭を下げるのは甚だ不本意だが、一つ頼みがある……!」

 

「頭下げてねぇじゃねぇか。気持ちは分かるのでスルーしてやるが。で、なんじゃらほい?」

 

「う、うぅ、貴様の性技を余に教えてくれ……!」

 

「…………なんでやねん(精一杯のツッコミ」

 

「シータに、シータに、夜の戦いで勝てない……!(涙」

 

「女に主導権を握らせるのもいいと思うが…………それはそれとして女をあひんあひん言わせるのは男の義務だからね。しょうがないね。よかよか、ここは一つ協力しよう。しっかし、無敵のインドに性技教えるって、オレは何をやっているんだ(遠い目」

 

 

 

 シータ&ラグネル

 

 ☆4アーチャー(妄想)&☆0キャスター(妄想)。イチャコラ枠。

 

 ラーマの嫁とガウェインの嫁。

 実際にゲーム本編で登場しているのはシータだけ。ラグネルは名前すら出てきません。

 シータは本編同様に芯の強い薄幸の美少女。ラグネルはほんわかロリ巨乳をイメージ。

 

 妄想だが、シータは戦闘ではスター生産能力が高く、ラーマのサポートとなるスキルで固まっているイメージ。

 

 ラグネルの方は戦闘に関する逸話もなく、本来は英霊と呼べる存在ではないので、戦闘は出来ないし、ガウェインがマジギレするのでカルデアで待機。

 あくまでもガウェインへの労いという意味で召喚された。その際は、メディアを筆頭としたキャスター勢とアルフレッドが死ぬほど頑張った。

 

 最近、一番の悩みは、夫のアレさ加減。

 確かにカッコイイ時はカッコイイのだが、普段が馬鹿すぎて、ちょっと引いている。

 でも、イチャコラするのは二人とも大好きなので、何も言わない。言えない。二人で夫への細やかな不満を漏らしたりするくらいに仲が良い。

 

 

 

 沖田 総司

 

 ☆5セイバー。ツッコミ&苦労枠。ええ、ビームは出ません。

 

 彼の人斬り集団、壬生浪の一番隊組長。

 モードレッド、ガウェインの宝具が広範囲を薙ぎ払い、大量の敵を一気に殲滅できる性能を誇る為に、敵を一点に押し留める追い込み役として召喚された。

 ビームを撃てないセイバーだが、その分だけ純粋な剣技という点においては凄まじい腕前。モードレッド、ガウェインも一歩どころか二歩劣るレベルである。

 英霊中最高クラスの技量であろうカルナ、スカサハにすら迫るほど。天才という自覚のない天才。

 

 戦闘時は冷徹で無慈悲であるが、日常の中ではおっとりとした年相応の少女。

 誰とでも仲が良く、誰とでも仲良くなれる。アステリオスとは別の意味で天使&癒しでもある。

 

 性格的な相性は良好。

 生前、土方という拷問でも何でもやった人物が近くにいたので、御館様にも好意的。

 なのだが、土方ですら躊躇しそうなことを平然と仕出かす御館様に戦慄している。あと女好き加減も勝っていることが戦慄に拍車をかけている。

 戦場では何でもあり、が信条のようなものなので、どのような手段でも肯定している。肯定しているのだが、もうちょっと手心というものを、というのも本心ではある。

 

 彼女が協力しているのは“今度こそは最後まで戦い抜く”という未練故。

 生前、病弱故に最後まで仲間と戦えなかったことこそが英霊としての彼女が剣を執る理由。

 例え、道半ば、志半ばであったとしても、彼女は決して引かないだろう。況してや、人類の救済という理由であるのなら尚の事。

 

 御館様には喰われていない。まだそういう雰囲気になっていません。

 そもそも沖田さんは、色恋とかそういうものはよく分からないです、というのが本人談。う~ん、これは鴨じゃないですかねぇ……?

 

 最近、一番聞き入ったのは、虎太郎に喰われてしまった女性陣の愚痴大会。

 ジャンヌやマルタの聖女組は、どうしようもない奴と呆れながらも、まんざらでもないご様子。

 マリーやブーディカの王女、王妃組は流されている自分に照れながらも、まんざらでもないご様子。

 ドレイクやスカサハの大人組は、虎太郎の女好きっぷりに苦言を呈しながらも、最終的には良い男に落ち着いて、まんざらでもないご様子。

 ほう、ほほぉう、とドキドキしながら聞いていた沖田さん。これはモードレッドさんには聞かせられませんねぇ、と思っていた沖田さん。

 まあ、自分は関係ないですけどねー、などと思っていたようだが、ああ、これは鴨ですわ。

 

 

「マスターは優しいですね。人斬りの私に優しくしてくれたのは、近所の子供くらいのものでしたから……」

 

「…………オレよりも色々な意味で人斬りの方がマシだから、当たり前じゃねぇ?(真顔」

 

「……………………………………………………そうですね!(白目」

 





という訳で、カルデアイチャコラ組&三馬鹿最後の一人が登場。

おい、聞いてくれよ。三馬鹿なんだけど、全員、属性が秩序・善なんだぜ? 信じられるか? 秩序・善とは一体……!

ともあれ、ちょっとインパクトが薄かったかなぁと思いました、まる

その他の思い付いた馬鹿候補。

サンソン→何故だかアサシンじゃなくてバーサーカーとして召喚されるマリー馬鹿。女が全員マリーに見える的な意味でのバーサーカー。見境なしか。

佐々木 小次郎→各人の地雷を踏み抜いていく系の馬鹿。えぇー、本当にござるかー? が口癖。その後、各人に制裁されるのがデフォ。

と大体、こんな感じ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『実戦で死ぬよりかは、訓練で死ぬ方がまだマシとか考えてるのが苦労人』


うーむ、万年種火不足、強化素材不足で悩まされる我がカルデア。
今回の復刻イベで逆鱗は回収出来たからいいものの、角も足りない! 世界樹の種も足りない! どうしろと!
エリちゃんイベに期待するしかないか。もうマラソンは嫌なんや!

では、今回はスカサハ師匠がメインです。
その導入部なので、次回はエロに行ける! …………といいなぁ。

では、どぞー


 

 

『死を望む女の欲望 前編』

 

 

 

 

 

「………………う」

 

 

 産道を経由し、世に生まれ落ちる苦痛は如何程か。

 

 数百に分断した意識がパレットの上で絵の具の如く掻き回される猛烈な吐き気。

 心の臓腑から脳髄の芯まで犯す激烈な痛みに、目覚めたばかりの意識で虎太郎は考えた。

 

 瞼を開けば、やたらと眩ゆい光を放つ照明が、やたらと遠い鋼鉄の天井が見えた。

 

 ――――気を失っていたか。

 

 目覚めた瞬間から滞りなく展開される思考によって、一つの答えが導き出される。意識を失う直前から遡って一時間ほどの記憶が抜け落ちていたからだ。

 

 

「……目を覚ましたか」

 

 

 天井を映すばかりだった視界に、見慣れたスカサハの顔が上下さかしまに現れる。

 彼女の無表情は鳴りを潜め、普段は見られない表情をしていた。そして、後頭部に感じる柔らかな感触に、膝を借りているのだと思い至る。

 

 其処で、蓋のされていた記憶が蘇った。 

 

 事の起こりは数時間前。

 虎太郎自身ですら大胆かつ無謀、無理を通り越して愚行であると理解しながら、スカサハに実戦訓練を申し込んだ。

 

 スカサハにとって虎太郎は弟子ではなく、あくまでも同盟相手(マスター)だ。

 本来であれば、にべもなく断られて終わりだが、今回に関して言えば、二つの理由から受け入れられてしまった。

 

 一つは虎太郎自身が、スカサハの興味を引く対象であったこと。

 

 彼女の見識、観察からしても、虎太郎の潜り抜けた鍛錬と修羅場は地獄そのものであったが、決定的に才能というものが足りていない。

 確かに、策と暗躍といった行為に長けていることは認めているが、それだけでは説明のつかない強さを身に着けているのもまた事実。

 その真髄、その強さの源泉を見極めてみたい、と思いのままに、彼女も珍しく自身の立ち位置を曲げて、訓練に応じた。

 

 もう一つは、スカサハが“死”を体験した後だったこと。

 

 本来、“スカサハ”などという英霊など存在しない。

 そもそも、本来の彼女は神霊に近づきすぎ、その“恩恵(ばつ)”として死を奪われた。

 栄転と言う名の世界からの追放。影の国ごと世界の外側に至った彼女の魂は長い月日の中で既に死んでおり、性根は冥府の魔物のそれとなんら大差はない。

 だが、人理焼却の影響によって影の国もまた焼き尽くされた。疑似的な死へと至った彼女は、全盛の、或いは往年の、もしくは人間らしい精神を取り戻している。

 

 つまり、ケルトということだ。

 集団よりも個人を。社会性よりも信念を。醜い生よりも華々しい死を良しとし、戦こそを尊ぶが、それ故に逞しくも美しい蛮人。

 ある意味で、その頂点に立つ女王だ。他のケルトよりも多少の自制は利くが、ケルトはケルトなのだ。

 

 そんなこんなで始まった実戦訓練であったが――――結論から言えば、三分で終わりを迎えた。

 

 だが、三分と侮るなかれ。相手は“影の国の女王”スカサハ。

 

 天地の理を与えられた裁定者、この世全ての財宝を手に入れた英雄王、ギルガメッシュ。

 星によって鍛えられた聖剣、聖槍を持ち、ブリテンを守護した騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。

 己が肉体と技量によって数々の試練を乗り越え、遂には神の席に名を連ねたギリシャ最大の英雄、ヘラクレス。

 真紅の魔槍を手に、誰よりも速く、誰よりも美しく、流星の如く英雄たる人生を駆け抜けた猛犬、クー・フーリン。

 数多の呪い、神々の策略、人々からの誤解がなければ、単身で三界を制覇すると謳われた施しの英雄、カルナ。

 

 為した偉業――――即ち、知名度という点において、ケルト神話において端役に過ぎない彼女では及ぶべくもない。

 

 だが、亡霊、幻想種、竜種、果ては神霊までもが跋扈した影の国を統べた女王の性能は、彼の大英雄達にも劣らぬもの。

 手加減があったとは言え、未だ人の身に過ぎない虎太郎が、三分も持った事実は、凄まじいの一言である。

 

 これは、スカサハにも驚くべき事態だった。

 

 才能のある者ならば、いくらでも見てきた。

 セタンタ、フェルディア、フェルグス。

 英雄としての人生を駆け抜け、死後、英霊として祀り上げられた彼等にも、若かりし頃というものは、どうしようもなく存在した。

 

 当時の彼等であっても、これだけの時間を持たせられるかどうか。

 

 彼等は生まれた時から強かった。

 父と母によるものか。或いは彼等の運命を定めた者によるものか。何はともあれ、彼等には才能という恩恵があった。だから、強かった。

 

 対し、虎太郎は弱かった。

 そもそも、数々の才能溢れる英雄を見てきたスカサハにとって、目を見張るようなものなど、あろう筈もなく。

 

 それでも三分もの時間、実戦さながらの訓練を続けられたのは、彼の言う所の“自覚”があったからだ。

 自身に何が出来るのか。自身に何が出来ないのか。自身の持てる能力にどのようなものがあり、どのような技術と相性が良いのか。

 

 僅か三分で虎太郎が見せた手段と能力と策は、合わせて百に届こうかというほど。

 その多彩さ、その多様さ、その多芸さは、魔境の智慧を得たスカサハでも舌を巻いた。

 

 また、彼は意識の間隙を突くことに長けていた。相手を理解することに長けた彼らしい戦い方だ。

 

 “真正面から正々堂々、不意を討つ”

 “千の手段を用意して、その中で一つでも敵に通用すれば上等”

 

 常々そう語ってきた彼の面目躍如と言ったところか。

 

 だが、虎太郎とスカサハの力量差は明白。人とサーヴァントが、一合打ち合えるだけでも奇跡的。この事実は覆し難い。

 その上、多彩かつ未知の強さ。面白い、スカサハにそう思わせた時点で、その結末は決定的だったのかもしれない。

 

 互いに、あ、と思った時にはもう遅かった。

 真紅の魔槍――クー・フーリンに送ったものに比べて一段古い“得物(プロトタイプ)”であるが、込められた呪いは偽りなき真作。

 その刀身は真っ直ぐに。魔槍の宿命を果たすが如く、虎太郎の心臓を貫いていた。

 

 

『――――――し、しまったっ』

 

 

 この事態には、さしものスカサハも蒼褪めた。

 

 何せ、こんなド外道であるが、今や人類最後のマスターにして希望なのだ。

 それを加減を過って、挙句に面白がって、訓練で殺してしまったなど笑い話にもなりはしない。

 

 慌てて背中から地面に倒れた虎太郎に駆け寄ったスカサハであったが―― 

 

 

『うぉぉおおぉお! やべぇぇぇえええ!! はぁあぁ、死ぬ! これ死ぬぅぅううぅ!!』

 

『――――――……………………えぇー』

 

 

 無駄に元気に起き上がった虎太郎が迎えたのであった。

 

 

『いや、あの、……お主、人間? ……人間だったはずだな? え……? それで、何故、そんな元気に…………』

 

『いざって時の為の能力を発動させたんだよ! 早く! 早く治せ! マジで死ぬぞ、これぇぇえええぇぇええええッッ!!』

 

 

 彼が“左目”の能力で発動したのは、“拒死変換”と呼ばれる魔界に生息する一部の魔獣が持つ能力であった。

 特定の部位、特定の臓器が機能を停止した時に際し、他の部位、他の臓器が停止した機能を補う能力だ。

 

 無論、不死になるような能力もあれば、再生力を高める能力も過去に奪ってはいたが、これでは魔槍とは相性が悪過ぎる。

 呪いの朱槍(ゲイ・ボルク)は、因果を逆転させるほどの“原因の槍”。この槍が存在し続ける限り、余程の幸運でもない限り、傷を癒すことは出来ない。

 よって“傷を治す能力”よりも、“どのような傷を負っても長らえる能力”の方が、相性が良いと判断して発動させたようだ。

 

 スカサハは呪いの槍の使い手であると同時に、原初のルーンの使い手でもある。

 どのように呪いを解呪するのか。どのようにして傷を癒すのか。答えを導くにも、実行にも造作もない。

 

 結局、呪槍の一本を破棄して呪いを解き、ルーンによって裂けた心臓を塞ぎ、失血を造血によって補い、事なきを得た。

 心臓が治ったのを見届けると同時に虎太郎は意識を手放し、目覚めに至った、という訳である。

 

 

「――――よっ、とぉ」

 

「余り激しく動くな。傷口が開くぞ」

 

「げ。何、まだ治ってないのか?」

 

「まずは傷口を塞いだだけだ。完治には時間が掛かる。医者にかかる必要はないがな」

 

 

 全身の発条を使って跳ね起きた虎太郎であったが、スカサハの忠告に表情を歪めた。

 しかし、直ぐにそれも消えた。目に留まったモノの珍しさに比べれば、苦痛と吐き気、ましてや完治していない事実など遠く及ばない。

 

 ――――僅かに沈んだスカサハの表情に比べれば。

 

 確かに、人類最後の希望を殺しかけた事実は、そのまま世界と人類を滅ぼしかけたも同然である。

 死を望む彼女と言えど、世界を犠牲にするつもりはない。落ち込むのも無理はない――というのは誤り、というのが虎太郎の見解だ。

 

 どちらかと言えば、これは……

 

 

「ああ、何だ。アンタ、自分の弟子を殺したことはなかったのか」

 

「…………あるさ。あるとも。私の課す試練は、それこそ英雄の身でもなければ越えられん。その過程で命を落とす者も居た」

 

「でも、自分で手を掛けたことはなかった、と」

 

「はあ。お前は本当に、嫌になるほど確信を突いてくるな。…………ああ、そうとも。私の元に集った者は皆、立派な勇士だった。私が手を掛ける理由はない」

 

 

 それこそ、彼女が殺そうと思ったのは、アメリカ大陸を蹂躙した狂王くらいのものだ。

 

 才能溢れる優秀な、何処までも真っ直ぐに勇敢な。

 そんな若者を育て上げ、背中を見送ることこそが、彼女の師としての矜持。

 

 その矜持に自分自身で傷を付けてしまった。

 

 虎太郎は弟子ではなく、力を貸し、共に戦うと誓った同盟相手。

 だが、彼女からしてみれば、まだまだ未熟でありながらも、まだ見ぬ未知に溢れた存在だ。

 そんな相手を一時の享楽で殺してしまうなど、戦士としてならばいざ知らず、導く者としては失格だろう。

 

 自身に膝を貸していた状態のまま項垂れるスカサハに、虎太郎は逆に溜め息を吐いた。

 

 彼にしてみれば、この程度のことは如何と言う事はない。

 何せ、生きている。死んだわけではない。生きているだけで丸儲け、という考えが彼の中には確かにあった。

 

 また世界や人類を救う使命感も彼には乏しい。

 世界や人類をたった一人の人間が背負うなど、狂気の沙汰。

 何よりも己のしているのは仕事だ。成功することもあれば、失敗することもある。

 その果てに事を為せなかったとしても、恥じるつもりもなければ、詫びるつもりもない。

 元より、既に人類は死滅したようなもの。失敗した所で、誰が自分を責めるというのか。

 

 だから、彼にとってスカサハの消沈ぶりは見当違いも甚だしい。

 

 けれど経験上、このような事態において、下手な慰めは無駄と知っていた。だから――

 

 

「よし。そんなに気に病んでいるのなら、一つ頼みがある」

 

「…………詫びの一つも、ということか?」

 

「まあ、其処までのものじゃないがな。今夜一晩、付き合ってくれ」

 

「――――――――は?」

 

「じゃあ、自室で待っててくれ。よろしく頼むわ。オレは着替えてくる」

 

 

 ――物凄く馬鹿な理由で、自分のペースに巻き込んでしまえばいい。

 

 余計なことを考えてしまうのなら、余計な考えが浮かぶ暇さえ与えなければいいだけの話。実に単純な理屈である。

 

 

(……今夜、一晩……ということは、つまり、()()か?)

 

(少なくとも、虎太郎のいうことだ。()()以外に考えられん……)

 

(いや、待て待て待て。確かに詫びの一つも必要だろうが、そのようなことでなくてもいいだろう!)

 

(そもそも、()()に至れば、屈辱的な痴態を晒す羽目に…………このスカサハがっ?!)

 

 

「ま、待て虎太郎、今夜は用事が――――って、居ない!!」

 

 

 若干、頬を染めたスカサハは虎太郎に再考を促そうとしたのだが、当の本人はトレーニングルームから消え去っていた。

 床に点々と続く血痕が出入り口まで続いており、呆けたスカサハを放って退散したことを物語っている。

 

 その現実に、スカサハは無言で頭を抱えたのだが――――その胸に、僅かな期待を秘めていたのは、彼女だけの秘密だ。

 

 

 なお、この十分後、彼女はジャンヌによる旗の一撃と説教を受けることになるのだが別の話。

 その原因は血塗れのままの状態でカルデアを歩き回っていた虎太郎の姿を目撃し、トラウマスイッチの入った沖田が号泣、マリーが卒倒したことにある。

 無論、虎太郎もジャンヌによって制裁と説教を受けたのは言うまでもないことだ。

 





というわけで、御館様またも死にかける&スカサハ師匠、弟子ではないけど気になる人物を殺しかけて落ち込む&沖田さんとマリー、地味にトラウマ再発の回でした。

そんなこんなで、御館様はギリッギリでサーヴァントと戦える程度の強さ。
性能の低さを、能力の多彩さと技術との合わせ技で一段昇華させて戦っている状態です。
なので準備をしっかり整えないと即座に消し飛ぶレベル。

ゲーム性能的には他が三つのスキルなのに対し、コイツだけはスキルの数が倍とか、バフデバフ率が馬鹿みたい高いとか、優秀な回避、ガッツスキル持ち。でも、攻撃力も体力も激低というピーキーなキャラをイメージ。
使い方は、コマンドオーダーでボス戦時に引っ張ってきて、回避で生存しつつバフデバフ特盛のサポートキャラな感じですかねぇ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人が無茶をするのは何も効率の為だけではない。女好きなので女の為に無茶苦茶やらかすのもお手の物』

今回のイベントの感想

アルトリアは勿論のこと、兄貴、エリちゃん派生増えすぎぃ!
クレオパトラさん、キャラ面白すぎぃ! あとくぎゅぅぅうう!!
でも、残念ながら、この作品ではクレオパトラは出てこない。キャラ的にド外道に着いてきてくれるわけないですわ、これは。

というわけで、師匠編の中編。参ったね、またエロにいけなかったぜ(テヘペロ


 

『死を望む女の欲望 中編』

 

 

 

 

 

「まさか、あそこまでとはなぁ。存外、影の国の女王もナイーブだ」

 

 

 十数時間前のスカサハの落ち込みようを思い出しながら、カルデアの廊下を行く虎太郎。

 ジャンヌによる説教の後、アルフレッドによって生体スキャンを受けた時点で、破けた心臓は治ったわけではなく、単に塞がっただけの状態であった。

 つまり、傷口が癒着したのではなく、別の何かで蓋をされたような状態だったわけだ。

 ともあれ、虎太郎の身体に刻まれた原初のルーンによって、傷は時間と共に徐々に塞がり、今現在では完治している。

 

 彼は両手にワインの酒瓶と安物の缶ビール、チーズやクラッカー、乾物等の入ったビニール袋を下げていた。

 何の事はない。酒盛りをしようという腹積もりだ。

 

 普段は漏らせない愚痴でも溢させれば、スカサハの気も多少は晴れるだろう。

 ケルト故に自由は自由であるが、常に支配者としての意識が先に立つ彼女のこと。

 同盟相手たるマスターであろうとも、その配下たるサーヴァント達であろうとも、目を掛けているマシュであれば尚の事、聞かせられない鬱屈した感情の一つもあるだろう。

 

 それを吐き出させる為にはアルコールが一番無難で手軽な方法だ。

 スカサハの好みそうなワイン程度の度数では、酔いの回りなど高が知れているものの、精神の緩みを引き起こすのは間違いない。

 

 後は飲み相手である自身の話術次第。あの落ち込みようで、それすらも必要ないかもしれない。

 そんなことを考えながら、廊下を進み、やがてスカサハの部屋の前にまで辿り着いた。

 

 カルデアのサーヴァントには、それぞれの個室が与えられている。

 各々の好みに合わせ、要望があればアルフレッドが家具や調度品を揃えていた。流石に配置や壁紙などは部屋の主に任せなければならないが。

 

 セキリティも完璧。

 サーヴァントであれば霊基や霊子構造を、人間であれば指紋声紋は当然として、果ては塩基配列、霊器属性、魔術回路の測定――虎太郎の場合は対魔粒子であるが――を行われる。

 門番はアルフレッドだ。万に一つの間違いもある筈もない。部屋の主の許可なくして他人が足を踏み入れられない。総責任者である虎太郎でも同じこと。

 

 元より押し入るつもりも忍び込むつもりもなかった虎太郎は、インターホンに指を伸ばしたが、タッチパネルを押すまでもなく部屋の扉が開いた。部屋の主(スカサハ)が入室を許可したのだ。

 彼女の能力を鑑みれば、鋼鉄の扉の向こうにある気配など簡単に察せてしまうだろう故、虎太郎に驚きはなかった。

 

 

「おじゃまさまー――――――――っとぉ……」

 

 

 スカサハの部屋に足を踏み入れた瞬間、虎太郎は唐突な眩暈を覚えた。同時に、自身の理性も急速に失われていくことも。

 常人ならば理性を消失させかねない。英雄であったとしても、色を好む故にケダモノに堕ちるであろう事態においても、単なる鋼の理性で堪えきる。

 

 

(こりゃ、何かの香か? 影の国、魔境の智慧で作られた、男を()()()にさせる香ね。いや、でもさぁ……)

 

 

 魔界の媚薬に比べれば可愛いもの。

 人体に与える後遺症を考慮していない分だけ、効能も比較にならないほどに高い毒物(びやく)だ。使用の代償は理性の完全な消失。即ち、廃人化である。

 この程度の激しい情欲が湧き出てくる感覚など、慣れ切っていた。

 こういう時の対処法は単純だ。見て見ぬ振りをすること。意識しながらも、頭の後ろ側の方に情欲を押しやってしまえばいい。

 

 部屋の光源は古ぼけたランタンだけ。

 橙色の炎の光がぼんやりと部屋を照らし、香炉から立ち上る煙が揺れている。

 

 家具や調度品は、虎太郎も知らない造りをしていたが、用途は理解できた。

 洋箪笥(クローゼット)(ラック)鏡台(ドレッサー)、天蓋付きの寝台(ベッド)

 全く同じ、というわけではないだろうが、もしかしたら、影の国にあるであろう、スカサハの寝室と似たような配置になっているのかもしれない。

 

 ――――部屋の主は、寝台の上で仰向けに寝そべっていた。

 

 臙脂色のブラとショーツ、その上から生地の薄いオープンフロントタイプのベビードールを身に纏っている。

 女神の如き、と形容せざるを得ない――事実として、女神に近い存在ではあるが――肢体をシースルーの布地で辛うじて隠したのみの姿。

 男なら誰であれ、焚かれている香の効果もあって、襲い掛からずにはいられないだろう。もっとも、その果てに待っているのは、魔槍による凄惨な制裁なのではあるが。

 

 

「ん、来たな。…………相も変わらず、大したものだ。この香に晒されて、理性を保てるとは、な」

 

 

 薄暗い部屋の中では、スカサハの表情は僅かしか窺い知れない。

 光量と光色の関係も相まって、僅かな笑みを浮かべていると分かる程度である。

 

 ジャンヌの肢体が健康美と女体本来の美しさを突き詰めたものとするならば、スカサハの肢体は正に妖しい美と艶で満ちていた。

 まるで食虫植物のようだ。破滅を予感させながらも、その妖しさと美しさの前には、破滅という代償すら安いと感じてしまうだろう。

 

 下着もベビードールも生地が余りに薄過ぎた。

 部屋がもう少し明るければ、その下に隠された乳首も陰毛も透けて見えてしまう。

 

 さしもの虎太郎も、生唾を飲み込むほどだ。

 好物を前にした犬が御預けを喰らったようなもの。

 あのスカサハが自分を誘う格好をしているなど、男にとって理性を蕩けさせるには十分過ぎる破壊力だ。

 

 ――だが、次の瞬間、虎太郎が浮かべたのは、申し訳なさそうな表情であった。

 

 

「……何だ、その顔は?」

 

「いや、あの、……その、ゴメン、オレが来たのは、さ……ホント、ゴメン」

 

 

 虎太郎は目を逸らしながら、両手を持ち上げビニール袋と中身を見せつけた。

 その中身を見て、スカサハは目を丸くし、虎太郎は冷や汗を掻く。

 

 “今夜一晩付き合ってくれ”

 

 虎太郎にしてみれば、今夜は酒盛りでもしようという意味しかなかった。

 だが、虎太郎を知る者からすれば、どうか。どう考えても、男女の営みを致そう、という意味にしか受け取れまい。カルデアのサーヴァント達は大半以上がそう考える。

 

 

『ま、マスター! わ、私という者があり――――いえ、そうではなく、そのような関係に簡単に、それも複数人と至るのはよろしくないと思います!』

 

『ジャンヌの嬢ちゃんの本音がポロっと漏れたのは兎も角として、大将、アンタ物好きすぎるだろ』

 

『ろ、ロビン――――!!』

 

『ロビンよ、全く同感だ。主殿も、女遊びは程々にせねば、後ろから刺されますぞ』

 

『ス、スルーっ……!?』

 

『いや、虎太郎に女遊びのつもりなど毛頭ない。困ったことに、全て本気の上に本心だ』

 

『あっはっは! いいんじゃないのかい? いい男には女が群がるもんさ!』

 

『―――――あらあら』

 

『マスター、ホントさいってーだね…………って、アン? なんか、ちょっと機嫌悪くない?』

 

『――――――チッ(イライラ』

 

『おっと、モードレッドの機嫌が加速度的に悪くなっていますね。レディ・沖田、後は任せました! 私もこうしてはいられませんので!』

 

『えっ。この状態のモードレッドさんを、私にどうしろと!? が、ガウェインさん、ガウェインさぁぁぁああぁぁっぁぁん!!』

 

『私もラグネルとイチャコラする使命がありますので! ラグネル! ラグネェェェエエエル!!』

 

『ぬぅ、此方も負けておられんな! シータ! シィィィィタァァアアアアアァっっ!!』

 

『あぁ! あの二人は! 私よりも(頭が)桜セイバーじゃないですか!!』

 

 

 と、こうなるのは目に見えている。仕方がないと言えば仕方がない。

 部屋の様子と、わざわざ香まで用意して雰囲気を作ったのだ、スカサハも同様である。

 

 虎太郎の様子から本来の意図を察したスカサハはベッドから起き上がると、無言のまま香炉に蓋をして鎮火させた。

 続き、背中を向けた状態のまま、パチンと指を鳴らし、部屋の扉を閉めてしまう。

 

 その無言の状態と背中に、言い知れぬ猛烈な不安を感じた虎太郎は、恐る恐る声をかける。

 

 

「あの、スカサハ……さん……?」

 

「……………………え」

 

「え? あの? 今、なんて……?」

 

「…………………なえ」

 

「え? え? お、俺の聞き間違えかな? おかしいな、俺の耳がおかしくなっちゃったかな?」

 

「私の槍で、記憶を失えぇぇえええぇぇぇえええええええええええええ――――っっっ!!!!」

 

「ホ、ホアアアアァアアァァアアっっ!!!(裏声」

 

 

 いきなり顕現した真紅の魔槍の柄頭が、虎太郎の側頭部を掠めていった。

 

 正に奇跡であった。

 その一撃をギリギリで回避した虎太郎が連想したのは、人間によるスリッパの一撃を辛うじて躱したゴキブリだった。それほどまでの力量差と奇跡であったのだ。

 

 

「ガアアァァアアア――――っっっ!!!」

 

「おち、おちつい――――イヤァァァアアアアァァアアアっっ!!」

 

 

 スカサハ、渾身の赤っ恥。スカサハ、全力の照れ隠しであった。

 それはそうである。普段アレだけ、虎太郎に抱かれることを嫌がっている素振りを見せていたというのに、これでは口だけだ、と証明されたようなものなのだから。

 

 顔を真っ赤にして、目をぐるぐるさせて襲い掛かってくるスカサハに、虎太郎は昼間の訓練よりも命の危機を感じたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「酒ッ! 飲まずにはいられないッ!!」

 

「いや、今回の件は俺が悪かったよ。カルナの一言足りないが移っちゃったかなぁ……? はは、は」

 

「笑うなぁっ!!」

 

「いってぇっ! え!? 何、今の威力!? チーズ投げた威力じゃねぇぞ、これ!!」

 

「これが我が魔槍術の真髄だ!!」

 

「そんなもんをチーズで使うの止めてくれない!?」

 

 

 スカサハの照れ隠し(もうこう)を潜り抜けた虎太郎は、どうにかこうにか落ち着かせ、何とか酒盛りを開始していた。

 今し方、額に激突したチーズの威力は、さながら野球の硬球を投げつけられたかのよう。脳がぐわんぐわんと揺れているが、こんな程度は日常茶飯事なので、虎太郎は全く気にしなかった。

 影の国に集ったケルトの勇士達ですら一握りしか習得できなかった魔槍術を、このように使われては彼等も浮かばれないが、開発者の使用法なので、だれも口を挟めまい。

 そもそも、スカサハの行動ややり方に口を挟めるのは、クー・フーリンや同格のフェルディア、後は怖いもの知らずのメイヴくらいのものだ。後の者は英雄であれ、恐れ戦いて何も言えない。

 

 スカサハの機嫌を窺いつつ、虎太郎はちびちびと缶ビールを舐めるように飲んでいた。

 酒が好きなわけではないが、嫌いでも飲めない訳でもない。ただ、どんな状況でアレ、飲む気にならないし、身体が受け付けないだけだ。

 そも、この男は猜疑心の塊。その偏執狂としか形容できない精神は身体にまで至り、人の手を加わったものを口にすること自体を拒んでいる。

 

 どのような毒が仕込まれているか分かったものではない。 

 

 頭の片隅に、常にその思考が存在している。

 とてもではないが、人間社会の中では生きてはいけない異常な精神だ。

 

 現代社会において、他人の手の加わっていないものなど存在しない。

 つまり、この世に存在する全てが、彼を苛む拷問器具も同然なのだ。

 それでも発狂しなかったのは、ひとえに強靭な理性と巧く自身の精神と折り合いをつけられる柔軟な思考があったから。

 

 その姿に、何か思うところがあったのか。

 それとも、酒で身体ではなく、心が酔ったのか。

 

 落ち着きを取り戻したスカサハは、ワイングラスを傾けながら、ポツリと漏らした。

 

 

「――――本気か?」

 

「あぁ? 何が……?」

 

「だから、あの話だ。その、私の願いの話だ」

 

「言っとくが、俺は殺す気ないからな。死ねるようにするだけだ」

 

 

 スカサハの願い。それは自らの死である。

 老いもせず。死にもせず。美しい死も、醜い死もない。

 かつての愛弟子は、余りにも美しく生きて死んだというに、自分自身はあらゆるものから取り残されて。

 全ては自身の行いの結果。後悔、と認めたくはないが、認めざるを得ない。そして、何よりも願っている。自身を殺して(救って)くれる何者かが現れることを。

 

 

「…………可能、かもしれん。お前の、その邪眼ならば」

 

「何だ。俺の両眼について、何か知っているのか?」

 

「知らん。魔界の者とは関わりが薄い。遥か昔に影の国に攻め入ってきた馬鹿どもを追い返してやった程度か」

 

「そりゃまた、アンタらしいっちゃアンタらしいな」

 

 

 魔界。この世界の隣に存在し、並行世界ともことなる世界。

 魔界は、魔術世界において、その存在が語られながらも、認められてはいないタブーだ。

 その理由は魔術世界における根幹を根底から覆しかねないからだ。

 

 魔術の基本である等価交換の法則を容易く引っ繰り返す魔界の魔術・魔法。

 魔術世界における“魔法”のいずれかが絡まなければ成立しないとされる死者の蘇生すら可能とする医療技術。

 既に世界の裏側へと消え去った竜種、幻想種に並ぶほどの力を持つ魔獣や異形の怪物ども。

 物理法則の安定によって消え去った神霊にも並ぶ力を持つ高位魔族。

 

 どれもこれもが魔術世界を馬鹿にしていると言っても差し支えない。

 特に魔術師達は忌み嫌っている。彼らが培ってきたもの、信じてきたものの全てが崩れかねないのだから。

 

 

「詳しくは分からんが、魔界の者どもは、其処に存在するだけでこの世界の法則を書き換えているのだろうな」

 

「そりゃ、固有結界のように?」

 

「性質としては、我々の知る“悪魔”に近いのかもしれん。存在が強大になればなるほど、自分に適した法則に書き換えねばならん故に、力の大半を失う」

 

「ふむ。確かに、高位魔族どもは魔界とは比べ物にならんほど弱体化している場合が大半だな」

 

「だが、その分だけこの世界の法則を無視した能力を容易く行使できる。それは最早、権能の行使にも等しい。故に、此方の魔術や武器による攻撃は効きが悪い」

 

 

 “権能”。

 

 物理法則が安定する以前。今より、およそ6000年以上も前の話。神霊が振るっていた、世界の法()()()力。

 時間流の操作、事象の変動、国造り、星造り。それらは、権能によるものだったとされている。

 

 英霊の持つ宝具の中にも、権能に相当するものはある。

 英雄王ギルガメッシュの持つ“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”、或いは権能一歩手前と言われるスカサハやクー・フーリンの“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”が代表的か。

 

 英霊の保有する宝具は、地域や時代によって、数も変われば威力も変わる。

 

 もし仮にギリシャにて聖杯戦争が開かれれば、最大の知名度補正を得たヘラクレスを召喚した者の勝利が確定する為、英霊同士の殺し合いではなく、魔術師同士の触媒の奪い合いに意味合いが変わってしまう。

 アキレウス、クー・フーリンのように、彼等の伝説がよく知られる地域で召喚された場合は、日本では得られなかった宝具を得る。

 

 或いは、地上とは異なる法則が支配する月の聖杯戦争においては――“天地乖離す開闢の星”は、あらゆる文明、知性体を飲み込む魔人ですら一撃の元に屠るであろう。

 

 多くの魔術が“こういう理屈で、こういうことができる”能力であるのならば、権能は“こういう権利があるので、そうする”能力なのだ。

 

 

「お前の邪眼は、その中でもとびきりだ。右は“簒奪”、左は“再現”といったところだな。ふざけているにもほどがある。その眼の前には、どのような英霊も――――いや、神霊ですら抗いようがないなどと」

 

「そいつはどうも。だが、コイツのお陰で、アンタを死ねるように出来るんだぜ? アンタは運が良いな」

 

「だが、お前にとっては不運でもある」

 

 

 ぞっとする声色に、虎太郎は思わず手にしていた缶を取りこぼしそうになった。

 

 それは死刑宣告にも等しかった。

 かつて、彼女が愛弟子の死を予言した時と同じように。

 お前には避けようのない死が待っている、と。

 

 

「あの“魔術王(ソロモン)”を討ち果たし、人理焼却の事案を解決すれば、私は消える。残された聖杯で、この私の存続を願っても意味がない」

 

「あー、厳密には、アンタは死んでいないからな。問題を解決すれば、影の国も元通り。英霊としてのアンタは存在しなくなるわけだ」

 

「その通りだ。此処での記憶は影の国に居る私に届くとでも思うか? いや、そもそも――――私本来の姿が、()()()()()()()()とでも思っているのか?」

 

 

 それ以上、スカサハは語らなかった。

 まるで、私が語るべきことではないと言わんばかりに。

 

 彼女の言葉が正しいのであれば、虎太郎は、彼女の不死性を奪えるだろう。

 だが、影の国の彼女は、此処に存在するスカサハとは元は同じであっても別存在に等しい。

 

 人理焼却という例外中の例外だからこそ召喚に応じられたが、後には記憶も残るかどうか。

 影の国の女王は長い歳月によって、その魂は死んでおり、性根は深淵の魔物と大差はない。近寄れば、どうなることか。

 影の国はケルトの勇士達ですら恐れ、あらゆる怪物が跋扈する魔境。英雄でもない身で、魔境に脚を踏み入れれば、どうなるか。

 

 ――何よりも、世界の外側に弾き出された影の国に、お前はどうやって至ろうというのか。

 

 彼は()()()()()()()()

 人として享受できる幸せを全て置き去りにして、振るう槍の如く英雄としての人生を一直線に掛け抜けた彼ですらが、寄り道が過ぎた。

 

 事の難度は、時が過ぎた故に難易度が跳ね上がっている。

 ケルトの大英雄。アルスター最強の戦士ですら為せなかった偉業に、至れる筈がない。

 

 だから、やめておけ、と彼女は暗にそう言っていた。

 

 

「ふーん、で?」

 

「…………お主、人の話を聞いていたか?」

 

「勿論、どうでもいい奴の言葉なら聞き流すが、どうでもよくない相手の言葉はちゃんと聞くよ、俺は。ただ、話を聞いても結論は何も変わらんね。隣、失礼」

 

「――――お、おい」

 

 

 床で胡坐をかいていた虎太郎は立ち上がると、ベッドに腰掛けていたスカサハの隣に腰を下ろす。

 

 聞くだけで恐ろしい話を聞かされてなお、虎太郎は揺るがない。

 元より、想定はしていたのだろう。スカサハの願いを叶える為には、どれほどの地獄を潜らねばならないかを。

 ここまで彼がスカサハに拘る理由は特にはない。他のサーヴァントと同じだ。協力の対価として、彼等彼女等の願いを叶える。真っ当なマスターとサーヴァントの関係を全うするだけの事。

 

 

「ちょいと耳を拝借。ぽしょぽしょぽしょ」

 

「…………………………………………」

 

「どうよ? 出来そうな気がしてきただろう?」

 

「………………………………………………………………お前は、馬鹿か」

 

 

 虎太郎が語ったのは、如何にして事を成し遂げるか、という案だ。それは余りにも荒唐無稽――ではなかった。

 理路整然として、運の要素に頼り、綱渡りに過ぎるものの、スカサハですらが、或いは、と考えるほどのものであったようだ。

 

 彼女が馬鹿だと評したのは、虎太郎の案に対してではなく、そんな案に思い至るまで考え抜いた虎太郎に対してだ。

 

 ――凡夫凡俗が考えて、考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。

 

 精神と魂を擦り切れるほど思考実験を繰り返さねば、その(こたえ)には至れまい。

 

 そんなものを、いずれ消え去るだけの身に過ぎない者に報酬を支払う為だけに行うなど、馬鹿げているにもほどがある。

 そもそもサーヴァントが彼に従っているのは、人理を守る為、世界を守る為に過ぎない。

 英雄として、かつて憧れたものを、かつて慈しんだものを、かつて残したものを守る為に戦っている時点で、報酬は支払われていると言っても過言ではない。

 

 スカサハも同じだ。聖杯への願いはあるが、得られなくとも構わない。ただ英霊として、ただサーヴァントして、自らの役割を果すまで。

 

 だのに、この男は律儀にも、自身の願いを本気で叶えようとしているのだから。

 

 

「正気を疑うな。ここまで律儀な馬鹿者だとは思わなかったぞ」

 

「完全に正気だろ。考えるのは正気の特権だ。アンタに協力を求めた責任と義務もあるしな」

 

「意外、と言えば意外だな。責任や義務など、お前が嫌いそうな言葉だ」

 

「勿論、そんなものは大嫌いだ。だがまあ、やりたくなくてもやらなきゃならないことくらいあるだろう」

 

 

 本当に嫌そうに、虎太郎は肩を竦めた。

 面倒を嫌い、効率を求める男には、責任や義務など重しにしかならない。

 だが、知っている。そういったものに骨を折らねば、いずれは全てを敵に回してしまうことを。

 

 それに何より――

 

 

「それにアンタ、可愛いしな。命かけるにゃ充分な理由だろ」

 

「…………………………」

 

 

 ――女好きを公言するなら、女の為に命くらいはかけねば。それだけの価値のある女だろう、アンタは。

 

 

「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが――――ここまでの大馬鹿者とは」

 

「安心してくれ、自覚はある。後、アンタを連れてこれれば、仕事も凄く楽になるって打算もある!」

 

「台無しだ、馬鹿者」

 

「おやおや? そうは言いつつも目を合わせてくれないのは何でかな? ん? 顔が赤くなっちゃったかな?」

 

「ええい! 人の顔を覗き込むな! 揶揄うな! 分かっていてやっているだろう、お主!」

 

「ええ、当然ですが、何か?」

 

「お主はぁっ……!」

 

 

 必死で顔を逸らすスカサハの顔を覗き込もうとする虎太郎であったが、彼女の手に押し退けられて阻まれてしまう。

 

 スカサハは、ド直球(ストレート)な言葉に弱い。

 心臓を貫く槍のように、真っ直ぐに求められると堪らなく心が震えてしまう。

 元々の性質だったのか。それとも長らく魂も精神も死んでいた反動なのか。

 華美な言葉で飾るよりも、語彙などなくとも本音本心を端的に伝える方が効果的だった。

 

 呆れるほど年を重ねた自分が、この程度の言葉で生娘のように赤くなるなど、と恥じらいから更なる朱に染まる。

 

 その時、キラリと虎太郎の両眼が邪念で煌めいた。好機、とばかりに。

 

 

「――――――おい」

 

「頃合と思ったんでね。あと、アンタを抱きたくなったんだが、駄目か?」

 

「駄目だ――――と言いたい所であるが、な」

 

 

 油断していたスカサハをベッドに押し倒した虎太郎は、答えの分かり切った問いをかけた。

 冷ややかな視線を向けていたスカサハであったが、不承不承とふてくされながらも、虎太郎の首に両手を回す。拒絶の意味である筈もない。

 

 

「こうまで求められては、断れん」

 

「嫌なら止めるけど?」

 

「私に言わせるな、馬鹿者っ」

 

「俺の性癖上、言わせたくなるもんで。駄目か?」

 

「その、聞き方は、卑怯、だぞ……」

 

「卑怯で結構。互いに気持ち良くならなきゃな。オレにも少しは付き合ってくれ」

 

「く、くぅっ――――――――――わ、私を、お前の(もの)に、しろ」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

「私は、嫉妬深いからな。他の女にかまけて、私を忽せにするなぞ、許さんからな」

 

「知ってるし、安心してくれ。俺は釣った魚にもたっぷり肥え太るくらいに餌はやる。だから、プライドの塊みたいなアンタの顔を、涙と涎でぐちゃぐちゃになるくらい抱かせて貰おうか」

 

「――……こ、このぉ、鬼畜めぇ♡」

 

 

 

 一度は燃え尽きた筈の欲望の炎が、激しく燃える。

 抑えきれぬ熱と期待は、彼女の身体を焼き尽くさんばかり。熱はそのまま、男の首に回した腕にまで伝わり、彼の欲望をも刺激する。

 

 やがて、二つの影は一つに重なる。

 

 ――――燃え盛るような熱い夜は、まだ、始まったばかりだ。

 

 




というわけで、魔界の独自設定お披露目&師匠完堕ち&御館様、こういう時にばっか無駄に男らしいの三本立てでした。

ぶっちゃけ、女に対しては御館様はケルトレベル。
まあ、御館様の場合は女を手に入れるために親をぶっ殺したりはしませんが、余計な恨みを買いそうなので。

あと魔界云々はもう、lilith世界と型月世界が違い過ぎるので、こんな感じに。
因みに魔界の方が人界よりも歴史が古いので、型月世界の方に来ると、それだけで天敵という感じ。自分ルールを押し付けてくるので、そういう設定でなきゃ対抗できねぇんだよ、lilithのキャラは! パワーインフレすげーな、おい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『女好きの苦労人は、影の国の女王の無茶振りでも全力で応えようとする。そうでもしねぇと心までモノに出来ねぇだろうが、このダラズゥっ! とは本人の弁』


よっしゃぁああぁぁ!! 何とか更新!
長らく放置プレイして申し訳ない! 途中でデータが吹っ飛ぶアクシデントがあったんじゃ! お陰様で苦手なエロシーンを一から書き直す羽目になったんだよぉ!

折れた心を立て直すために、色々なキャラを霊基再臨させまくった。お陰様で素材不足だぜ! スキルマ? そんなん夢のまた夢だよ! 

では、スカサハ師匠のエロだ! 待たせたなぁ!



 

 

『死を望む女の欲望 後編』

 

 

 

 

 

 虎太郎は自ら服を脱ぎ、上半身を露わにする。

 そのままベッドに押し倒したスカサハの身体の上に覆い被るように肌を重ねた。

 

 

「うっ……ふぅ……はぁ……」

 

 

 これから、思う存分に自らを蹂躙される屈辱によるものか、期待によるものか。

 戦闘中ですら乱れぬスカサハの呼吸は、荒く繰り返されていた。

 

 スカサハに決して体重をかけぬよう細心の注意を払いながら、虎太郎は両腕を背中に回して抱きすくめる。

 

 ベビードールという薄布越しに交わる体温。

 鼻孔から昇り、脳の深い部分を刺激する牡の体臭。

 心まで凍てついた男の、確かな暖かさを感じさせる心臓の鼓動。

 

 それらを感じる度に、スカサハは疾うに消え失せた筈の劣情に火が灯るのを自覚せざるを得なかった。

 男と交わるなど、遠い過去の話。長い年月の中で、蜜月の記憶は薄れ、摩耗し、もうまともに思い出せない。

 在ったのは、自分でもよく分からない、後悔にも似た感情のみ。

 

 だのに、記憶は蘇らずとも身体は覚えているのか。骨の芯から熱くなっていく。

 

 スカサハも、虎太郎の背中におずおずと手を回す。

 ぎこちない仕草は、何も知らない少女のようだ。

 

 そのぎこちなさに笑みを深め、コツンと額同士を合わせあう。

 

 

「ん……押し倒した割りに、悠長、だな」

 

「こういうのは何も、ケダモノみたいに襲い掛かるだけが芸じゃないだろう……?」

 

「それは、そうだが……こう、気恥ずかしいものが、ある……」

 

 

 スカサハは口元を片手で隠し、赤く染まった頬のまま、さっと視線を逸らす。

 多くの才能を、多くの勇士達の末路を――――そして、愛弟子の最後まで見通した紅い瞳も、これでは形無しだ。

 

 虎太郎はスカサハの口元を隠す手を取り、指を開かせる。

 互いの指の先と先を重ね、指を絡め、最後にはぎゅっと握り合う。

 ただそれだけの行為ではあったが、これから先の行為を何処となく連想させ、スカサハは自身の女が熱く濡れていくのを感じた。

 

 ケルトの交わりは、とにかく激しい。

 自らの欲望を曝け出し、相手をただひたすらに求める。

 そこには確かに相手に対する愛は介在しているが、それでもなお自身の欲望が優先という辺り、実にケルトだ。

 

 求められる側も、それを良しとする。

 それだけ求められている以上、自身の価値を認められているようなものだからだ。

 よってケルトの夜は、男女の闘争の場も同然だ。男は女をモノにし、女は男を虜とすることこそを旨とする。

 

 だからこそ、スカサハにとっては今この状況は不慣れ以外の何物でもない。

 互いに求め合った事はあれども、相手を第一とする性交など経験はなかった。

 

 

「――――…………ん?」

 

「……ふぅ、はぁ……な、何だ?」

 

 

 経験豊富な女を翻弄する愉悦に浸りながら、首筋に鼻を押し付けた虎太郎は、違和感からスカサハの顔を覗き込んだ。

 期待に瞳を潤ませながら見つめ返すスカサハだが、虎太郎が何故、手を止めたのかは分かっていない。

 

 虎太郎は首を傾げながらも、再びスカサハの首筋だけではなく、胸の谷間に鼻を滑らせ、すんすんと臭いを嗅ぐ。

 脳髄の奥底にある牡の本能を刺激する、濃厚な牝の臭い。

 発情しきり、隠しようのないスカサハの期待そのものの臭いは何度となく楽しんできたが、今日に限って妙に濃い。

 

 これは己の性技によるものでもなく、スカサハの興奮の度合いによるものではない。

 流石に、この辺りの判断は性技の味方を自称するだけあって、早いものだ。

 虎太郎は周囲を見回し、ベッドサイドのチェストに置かれた小瓶を目に留めた。

 何度かスカサハの部屋を訪れたことはあるが、初めて見る小物だ。

 

 虎太郎が小瓶を手に取ると、スカサハは、あっ、と悪戯でも見つかった子供のような声を漏らす。

 

 

「ふんふん。これは――香油か。でも、これ自体に匂いはないな。おい、どういうものなんだ?」

 

「か、揶揄うな。どうせ、察しておるのだろうっ」

 

「まあ、何となくは」

 

 

 小瓶の中身は、香油であったが、ただの香油ではない。

 本来は植物を漬け込み、芳香を溶け込ませたものが香油と呼ばれるが、これはそういったものとは一線を画す。

 言わば、これは身体に香りづけをするものではなく、元々の香りを増幅させるものだ。

 身体から発せられるフェロモンを増し、更には異性に伝えやすくする効果がある。

 

 部屋で焚かれていた香にせよ。虎太郎が見つけた香油にせよ。スカサハには似つかわしくない。

 スカサハを知る人物であれば、何の冗談だ、と何者かの入れ知恵や、そもそも本物であるのか、と疑いを持つだろう。

 誇り高く、何者にも傅かない。生まれながらの支配階級。常に自信に満ち溢れている彼女には、このような小道具を使うこと自体が相応しくない。

 事実として、スカサハは影の国がまだ世界の内にあった頃には、くだらぬと鼻で笑っていた代物だ。

 

 しかし、今は違う。

 戦士としての自信はある。彼女は生まれついての戦闘狂。自らの腕を磨くのに余念はない。本当に、死ぬつもりがあるのかと疑われるレベルだ。

 師としての自信もある。虎太郎と自身の所業によって、僅かに揺らいでしまったが、多くの勇士を育て上げ、送り出した過去が消える筈もない。

 

 しかし、けれど。

 

 女としての自信は、残ってはいなかった。

 自身の魅力、というものは十全に理解はしているが、世界の外側に弾き出されて幾星霜、実感が伴う事態など起こり得なかった。

 

 戦士としての自信は、影の国で戦えば、いくらでも得られた。

 師としての自信は、数多くの弟子との暖かな記憶で、実感を得られた。

 世界の外側に弾き出された影の国に、彼女以外の“人間”など残っていようはずもなく。

 女としての自信を維持することも、磨くこともできない――――もしかしたら、彼女が虎太郎に語った“人の形をしているとでも思ったのか”という言葉は、事実であったのか。

 

 加えて言えば、スカサハは周囲に美しいと持ち上げられることはあろうとも、実際に求婚されたことはない。

 男と交わったことはあろうとも、その全てがスカサハが認めた上での行為に過ぎなかった。

 

 さもありなん。いと恐ろしき影の国。其処に君臨する女王を口説き落とそうとする男など存在するはずもなく。

 劣情よりも先に恐れが先に立つ。欲望よりも先に尊敬が先に立つ。

 あのクー・フーリンでさえ、素面では口説く真似をしなかっただろう。

 

 スカサハの女としての自信は、ゼロではないものの、かつてほどではない。

 彼女の自信は、性欲と共に立ち枯れていた。虎太郎に真っ直ぐに求められる事で、性欲と同様に取り戻しているものの、まだまだ自信と呼べるものとは程遠かった。 

 

 弱さ、不様。

 今までの用いた香と香油。更には身に着けた卑猥な衣装の全てが、それを覆い隠すものであると見抜かれたスカサハは唇を噛む。

 くつくつと笑う虎太郎に、彼女は屈辱と羞恥を煽られ、脳髄までもが茹だりそうだった。

 

 

「いや。いやいやいや、本当に、アンタのそういうとこ、可愛くて好きだわぁ」

 

「そ、そうやって、お主はいつも人を小馬鹿――――に、ひぃん! な、何を……?!」

 

「馬鹿になんぞしてないだろ。折角、用意してくれたんだ。これも使って気持ち良くなってもらおうと思ってな?」

 

 

 突如として身を襲う、これまでとは違う刺激に、スカサハは甘い悲鳴を上げる。

 

 刺激の正体は小瓶の先から流れ出る香油であった。

 虎太郎は胸元や腹――スカサハの身体のありとあらゆる場所にオイルを垂らすと、中身のなくなった小瓶を放り出す。

 そして、何をしても、抵抗しない。寧ろ、何をされてしまうのか、と期待しているスカサハの身体にオイルを塗り込んでいく。

 

 初めは手の先から。

 

 

「くっ……ふぅん、っ、この香油が、どれだけっ、んぁっ……貴重な、ものか……くっふぅ、分かっておるのか……?」

 

「さあ? まあ、アンタが作ったんだ。現代の魔術師にしてみれば、垂涎ものの代物とは思うがな」

 

 

 指の先から間までも。手首を伝い、肘へと至り、肩に念入りに揉み込み、脇の下まで。

 

 

「ふぅぅっ、……ふぅぅうぅっ、……くっ、うぅぅんっ……」

 

 

 続いて、脚を。

 

 またしても指の先から、足首、脹脛、膝、太腿を虎太郎の手が這い回った。

 足の付け根まで至った虎太郎は、鼠蹊部に指を滑らせる。

 スカサハの呼吸は荒くなり、漏れる吐息は切なさと女の欲情で濡れていた。

 

 

「ふふ、偶には焦らされるのもいいだろう……?」

 

「いい、ものかっ……ふくっ、ふぅぅっ、弄ば、れてっ、おる……きゃふっ、だけ、ではないかぁ……!」

 

「それがよくなってくるのさ」

 

「あぁっ……ふ、ふひぃっ……ッ……んっ、んっ……はっ……はぁぁっ……」

 

 

 最後に胴を。

 

 下着の上から胸と股間ばかりではなく、脇腹や臍までも撫で回す。

 まるでマッサージ師のような丹念さ。だが、手の動きは身体の調整を旨としたものではなく、明らかに官能を刺激するものだが、スカサハにしてみれば、もどかしさばかりが募る手付き。

 普段の愛撫とも違う。オイルによって奪われた摩擦は、愛撫をより繊細なものとし、もどかしい愛撫は電流となってスカサハの理性を犯していた。

 

 一通り、オイルを塗り終わった女体を虎太郎は満足げに見下ろしていた。

 露出した肌はオイルによってランプの暖かな光を反射させ、艶めかしい光へと変化させている。

 それだけではない。オイルによって皮膚に張り付いたベビードールと下着は身体の隆起を、より露わにしていた。

 

 下着を押し上げる乳首とクリトリスは、つんと勃起しており、不規則にびくりびくりと震えている。

 それだけで、男に好き放題にされる屈辱と、それ以上の期待がスカサハの胸中で渦巻いているのが見て取れた。

 

 

「ひっ、くひっ、ふっ、ふぅぅうぅぅぅううぅぅんん……♪」

 

 

 虎太郎は下腹辺り――子宮を肌の上から撫で回すと、スカサハの口から身も世もない甘えた鼻息が漏れてしまう。

 

 刺激としては余りに微弱であるが、子宮から立ち上る疼きは痛みと快楽と化して腰から下が蕩けていく。

 ごぽりと一際大きく漏れた白濁の本気汁は、ただでさえオイルで濡れたショーツを更に汚していた。

 

 下唇を噛んで、せめて声だけを漏らすまいとするスカサハの苦悶と恍惚の表情。

 表情に反して、少しでも快楽を逃そうと独りでにくなりくなりと揺れる腰。

 

 意識的にか無意識的にかは別にして、牡の劣情を誘発するには十分であり、虎太郎は不意討ち気味にスカサハの唇を奪った。

 

 

「ふぐっ!? …………んちゅ……んれ……むぷっ……こくこく……んえぁ……れる……んひゅぅ……」

 

「ほら、アンタの好きなキスだぞぉ」

 

「ら、られが、しゅきなっ、んっ、んっ、ものひゃぁ……んちゅ……んぐっ……ごくっ……ちゅうぅぅっ」

 

 

 口でこそ否定していたが、スカサハの強がりであるのは明白だ。

 舌を浅ましく虎太郎の口腔に差し込み、溜った唾液を自らの口内に送り込んでは飲み下す。

 逆に自らの唾液を送り込み、虎太郎に味わわせて恍惚に浸る。

 舌は歯や歯茎、頬や舌裏までもを舐め回し、じっくりと口腔の味を確かめていた。

 舌そのものへの愛撫も忘れない。舌を絡ませながら自身の口内へと誘い込むと、音を立てながら吸い付いている。

 

 スカサハにとって、口腔からの快感というものは、意外であると同時に新鮮なものであった。

 キスの経験はあったが、此処まで激しいものではなく、ましてや口の中に快楽の神経が集中しているものだとは考えもしなかったのだ。

 虎太郎に未知の口唇愛撫を教えられてからというもの、スカサハのお気に入りとなっている。

 

 虎太郎の首に両手を回し、必死で身体を引き寄せて、より深く、より長く繋がっていようとしていた。

 

 

「ふっ、ちゅりゅりゅ……ちゅ――――んぐっ、ンんんんん゛んんん゛っ!??」 

 

 

 熱烈なキスに夢中になっていた意識の間隙を突いて、虎太郎はいよいよもって女の急所へと指を差し込んだ。

 

 熱く濡れそぼり、熟れた肉壺へと三本の指が何の抵抗もなく飲み込まれる。

 突然の膣で発生した悦楽に、スカサハは目を見開いたが、舌に吸い付いたまま離さない。

 せめてもの抵抗とばかりに腰を浮かせて逃げようとしたようではあるが、余りの快楽にただ迎え腰を披露しているに過ぎなかった。

 

 

「か、かはっ……ふ、不意討ちぃ、ひっ、ひうっ、が、過ぎる……では、あひっ、ないかぁ……!」

 

「いや、いつも言ってるだろ? 真正面から正々堂々、不意を討つってな」

 

「それとっ、これとは、話が――――あっ、あっあっ、ダメだっ、は、激しっ、指が、ふんんっ、あぁあっっ!!」

 

「いい締め付けだぞ。キツすぎず、緩すぎず、とろとろに蕩けていて、ぶち込むのが楽しみになる雄を知った牝穴だ」

 

 

 ぐちゅぐちゅと敢えて空気を混ぜるように、指の抽送を行われる。

 

 制御など聞かない快楽の波に、スカサハは快楽の元である虎太郎の指を止めようと、両手で必死に手首を押さえるが全ては虚しい努力。

 指は膣の襞を掻き分け、奥へ奥へと進んでいったかと思えば、入り口付近にまで引き抜かれる。

 

 その度にスカサハの手からは力が抜け、代わりに腰が高く持ち上がっていく。

 粘り気のある本気汁は指に絡まっては、動きに合わせて掻き出され、膣から漏れ出し、形の良い尻に幾つもの筋を造り、ボタボタとベッドに垂れてはシーツを汚す。

 

 

「まっ、待てっ! こ、これでは、すぐにっ、ひぃぃっ、た、達して、あっ、ひゃっ、あっあっ、しまうぅ……!」

 

「ああ、いいぞ。手始めに、イっちまえよ」

 

「ひっ、そ、そこっ、よわっ! あぁっ! くうっ?! ふっぁああぁぁああぁぁぁぁああっっ♡」

 

 

 膣の中、牝欲によってぷっくりと膨れたGスポットに三本の指が狙いを定める。

 それぞれの指が、別々の動きを見せる。暴虐でありながらも繊細さを損なわない、女体を知り尽くし、如何なる法悦をも極めた指使い。

 

 少しでも淫らな姿を見せまいとしてか、或いは少しでも長く快楽に蹂躙されていたいのか。

 スカサハの腰は、虎太郎の指の動きに合わせ、高く高く持ち上がっていく。踵まで持ち上げて、ブリッジのような体勢になっていた。

 

 

「んんっ、んんっぅううううっ、くぅううぅうぅっっ! あっ、あひっ、ひぃぃ、ひぃいぃいいぃんっっ♡」

 

「声も我慢出来てないぞ? ほら、イけよ」

 

「はぁぁああぁっ、あぁっ! イクっ! イクっ! んひぃいぃいいっ♡」

 

 

 スカサハはショーツを履いたまま、大量の牝潮を噴き上げながら、絶頂に達する。

 高々と持ち上がった腰は上下に揺れながら、悦びを表現しているようだ。

 

 その間も、指の動きは止まらず、徹底的に指による責めを思い知らせ、決して忘れぬように刻み込む。

 

 音を立てて噴き上げていた熱い潮は、やがて勢いを失うと、くたりと腰がベッドに落ちた。

 

 

「はふっ……ひゅ……ふっ、ん……あぁっ……ん、っ……♡」

 

 

 忘我と白痴に染まった思考、身体から重みが消えたような絶頂の余韻の中で、スカサハは恍惚の表情を浮かべていた。

 涙と涎で濡れた情けないアクメ笑みを浮かべ、虚ろな目でボンヤリと虎太郎を眺めているのは、自身を絶頂に誘った男を刻み込む為であろうか。

 

 誇り高く、自身よりも圧倒的に強い女をモノにしていく感覚がゾクゾクと背骨を伝い、虎太郎の股間は更に熱く滾っていく。

 だが、その欲望に身を任せることなく、虎太郎は荒い呼吸を繰り返すばかりのスカサハの淫らな衣装を全て剥ぎ取り、仰向けからうつ伏せの状態にする。

 

 

「んっ……あぁっ……ひんっ……ぅっ……」

 

 

 塗りつけられたオイルを今度は背中に塗り広げていく。

 今までの愛撫とは打って変わった、本来の意味でのマッサージだ。

 絶頂の余韻の中で与えられる快感とは異なる心地良さに、スカサハは眠気すら覚えていた。

 

 しかし、次第に鎮火していたはずの欲情の炎は燃え上がっていく。

 絶頂により、敏感になった身体は、更なる快楽を求めている。この程度では満足できる筈もない。

 

 身体をくねらせ、自重で押し潰れた乳房をベッドに擦り付けて少しでも鎮火に努めるが、その仕草は牡を誘う牝のそれと大差はない。

 

 

「んふっ……くっ……ひ……ンあっ……そ、そんなに、人の身体を撫で回して、楽しい、のか?」

 

「ああ、楽しいぞ。何処も彼処も張りが有って、柔らかい。最高だ」

 

「ふふっ、このような死からも見放され、戦いばかりを重ねた干乾びた身体な――――んひぃっ!?」

 

「それに女の快楽を思い出させてやるのが、楽しいのさ」

 

 

 虎太郎はスカサハの尻を鷲掴みにすると、左右に割り開く。

 其処には茶褐色の肛門と期待に濡れて開き切った牝穴が露わになる。

 ジリジリと視線を感じた菊の花はヒクつき、秘所はこぷりと白濁した愛液を垂れ流した。

 

 優しく肛門にオイルを塗り込まれ、未知の快感に手足の指を丸めてもがくが何の意味も為さない。

 寧ろ、その反応に喜んだ虎太郎は、アナルに人差し指を差し込んだ。

 

 

「かはっ……! そ、其処は、違うぅ、穴、なのだぞぉ……つ、使った、こともない……♡」

 

「成程、道理できつい筈だ。こっちの方はこれから慣らしていこう。ここも立派なケツマンコにしてやるからな」

 

「そ、そんな、ところっ、までぇっ、か? げ、下品な言葉を、使い、おってぇ……♪」

 

「そういうのが大好きなんだよ、オレは。ま、今日はここまでだ。裂けたら大変だから、なっ」

 

「んんっ、んーーっ、おぉ、おぉおおぉぉっっ♡」

 

 

 根元まで差し込まれた人差し指を中で折り曲げ、引っ掻くと一息に引き抜かれる。

 排泄にも似た未体験の快楽に、スカサハは獣の唸りを思わせる嬌声を上げた。ぎゅっと両手でシーツを握り締め、声を抑えようとしていたが無駄な努力だ。

 

 性技に翻弄され続け、逆らう気力すら奪われたスカサハの身体を持ち上げ、今度は膝立ちの体勢を取らせる。

 挿入しやすいように両脚を開かせると、秘裂から漏れた愛液が、糸を引きながらゆっくりゆっくりと垂れていく。

 

 虎太郎は後ろから両手で身体を抱き締め、ぱっくりと開いた女の象徴に、硬く勃り立った男の象徴を擦り付ける。

 

 朦朧とした意識のスカサハにも何を求めているのかは分かった。

 自ら牡にねだる淫らな牝の姿を見せろ、と言っているようなものだ。

 

 だが、誰にも傅かない彼女には、そのような言葉を吐けるわけがないと虎太郎も期待はしていなかった。

 

 事実として、スカサハは身体が倒れぬように後ろに手を回して、虎太郎の首に手を回し、腰をくねらせるだけ。

 

 

(今日も、無理でしたよ、っとぉ……)

 

「……………………か?」

 

「――――ん? くぉ……っ」

 

 

 これはこれで楽しみようがある、と諦めた虎太郎は、スカサハの漏らした言葉に疑問を浮かべると同時に、股間から這い上がる刺激に目を白黒とさせる。

 我慢汁と愛液で濡れた亀頭を、スカサハが片手で撫で回し始めたからだ。

 

 今までは流されるばかりで、ねだることをしなかったスカサハの仕草に、逸物は更に硬さを増す。

 

 

「本当に……本気で、私を救うために、命を捨てる、つもりなのか?」

 

「………………勿論、本気だ。マスターはサーヴァントの力を借りる見返りに、サーヴァントの願いを叶えるもんだ。男と女でも大差はないだろ?」

 

「本当に馬鹿だ、お主は。大馬鹿だ」

 

「安心しろ。自覚はしてる。だがまあ、余り期待はしないでくれ。オレはどっかの猛犬みたいに、強くはないんでね」

 

「それこそ、あの阿呆になど期待しておらん。それに詰めも甘い。肝心なところで、あやつの槍は外れるに決まっておる」

 

「ハハ、ひでぇが光景が目に浮かぶようだ。オレなら絶対にやらんわな、そんな間抜け」

 

 

 自らの愛弟子に対するあんまりな発言に、虎太郎は噴き出した。

 酷い話ではあるのだが、彼の人柄を知っていれば、当然の反応だ。

 恐ろしいまでの獰猛さがあるものの、そういった間抜けさが残っている。それが愛嬌とも言える彼の魅力でもあるのだが。

 

 ひとしきり笑い合うと、スカサハは振り向いた。

 その瞳は不安と孤独で揺れ、唇は震えていた。

 口を開いては噤み、噤んでは開くを繰り返すが、やがて観念したように、心からの言葉を口にする。

 

 

「も、う……一人は、嫌だ……」

 

「――――ああ」

 

「愛した者にも、時間にも、世界にも、もう、置き去りに、されたくない……」

 

「一度でも自分の女にしたら、オレは手を離さないぞ」

 

「“私”に、殺されて、くれるな……」

 

「一番嫌だね、そんな結末」

 

「……た、……のむ、……救っ(助け)て、くれ……」

 

「やってはみる。オレを忘れていても、何度だってお前をオレの女にしてやるさ」

 

「――――んむっ♡」

 

 

 零れた涙に目もくれず、唇を奪う。

 これまでの孤独を少しでも埋めるように、熱く燃え滾るようなキスを交わす。

 

 スカサハが感じたのは安堵か歓喜か。絡み合う舌は、今まで以上に激しく蠢き、交換される唾液も甘露の如く飲み下す。

 

 

挿入()れてくれ。お前の逞しいチンポで、私が従順になるまで、おまんこを捏ね回せっ……♡」

 

「どうした、急に……?」

 

「お、お主は、こ、こういった下品な言葉遣いが、お気に召す、のだろう? だから、それに合わせようと、だなっ……」

 

「そりゃ嬉しいね。どうだ? こういう言葉を吐くのも気持ちいいし、興奮するだろう?」

 

「あっ、ああ……馬鹿馬鹿しいのに、興奮してしま―――――んぐぅううぅうぅぅぅっ♪」

 

 

 スカサハの言葉を遮り、肉棒を最奥まで突き入れる。

 奥へ進む度に圧迫された膣から愛液が迸る。何の遠慮も必要ないほどに蕩け切った膣道を、何の遠慮もなく剛直は突き進んだ。

 

 

「んひっ……き、きておる、一番奥まで、子宮口をがっつりと捕まえて、離さん、ではないかぁ……♪」

 

「そりゃ、御望み通りだからな。だが、オレは――――」

 

「し、知っておるぞ。何度も、何度も仕込まれた、からな。女のみっともない姿を見て、自分の(もの)だ、と、確認するのがっ、お前の、やり口だ。だ、だから、こう、だ…………んっ、はっ、んんっ♡」

 

「…………おいおい」

 

「んおっ、おぉっ、ほぉぉおおぉおおんっっ♡」

 

 

 虎太郎はスカサハの行動に、唖然としながらも笑みを深める。

 スカサハは自ら股間に両手を伸ばすと、剛直を飲み込んだ膣口付近を割り広げる。

 

 そして、獣のそのもの喘ぎ声を上げながら、尿道に込められていた力を解いた。

 自然、堰である入り口は決壊し、黄金水が溢れ出す。じょろじょろと音を立てて、湯気と臭気を立ち上らせながらベッドを汚していく。

 

 女王としても、支配者としても羞恥と屈辱しか覚えないであろうが、虎太郎の女であることを認めたスカサハには脳髄まで犯す快楽へと化している。

 尿道からの排泄の刺激にスカサハは容易く絶頂に達し、膣は差し込まれた男性器を扱き上げ、子宮は亀頭に吸い付き、硬さと逞しさ、果ては浮き出た血管の形までも記憶するように蠕動している。

 

 

「ふっ、ふふ、そんなにビクビクと震えさせおって……んんっ、ひぅ、我慢汁もびゅくびゅく出てっ、あひぃっ!」

 

「そうもなるさ。お前のそんな姿を見て、我慢できると思うか?」

 

「我慢など、するなっ……私もしない。取り繕うのも止めるっ……から……」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

「んあぁっ! ひゃうぅぅっ! 激しっ! お、オォっ! そんなっ、ズコズコ、して、ひぃ、んぐっ! んひぃいぃいいいぃっ♡」

 

 

 スカサハの言葉が切欠であったのか。虎太郎の腰が激しく叩き付けられる。

 腹を両腕で抱き締めたまま、パンパンと腰を打ち付けられる音とスカサハの喘ぎ声だけが部屋一杯に響き渡る。

 

 膣と剛直は白濁した本気汁で濡れ、抽送をスムーズにしていく。

 肉棒が限界ギリギリまで引き抜かれる度に、襞は追い縋り、捲れ上がる。

 オイルの効果によるものか。それとも、極限まで高まった牝の昂りによるものか。甘く饐えた牝の臭いが全身から立ち上っていた。

 

「おっ、あっ、あぁっ、はふっ、んっほぉぉぉっ、おうぅんっ、ひやぁっ、はぁあぁあぁぁんっ♡」

 

「すげぇすげぇ。こりゃ、我慢出来そうにない。このまま出すぞ?」

 

「あっ、あっあっ、射精せぇっ、たっぷり、こってりっ、ぎゅってしたっ、まま、射精してくれぇ♪」

 

「ああ、分かった。出すぞ、()()()()。このまま抱き締めて、出してやる。お前もアクメしろ、()()()()。」

 

「んんっ、はっ、急に、名前ぇっ! ど、何処までもっ、人のツボをっ――――――んはっ、イクぞっ、イクイクイクっ♡ 一緒に、一緒にイクぞっ♪」

 

「………………っ」

 

「くおおおおおお!? おおおンッ!! おっヒぃ! くふぉおおおぉんっ! で、射精て、ひうぅ、ぃぃんっ、おるぅっ!」

 

 

 巻き付けられた両腕はスカサハの胴をしっかりと掴み、決して離さない。

 腰を押し付け、子宮にまで差し込まれた剛直は、一切の躊躇もなく大量の精液を吐き出した。

 

 ビクリビクリと肉棒が脈動して吐精する度に、スカサハは背筋を反り返した身体を同じように震わせる。

 

 

「ぁあやあぁぁあああっ♪ あぁああぁああっ♪ んあぁぁああぁあぁぁぁぁぁっっ♪」

 

「はぁっ、すげぇな。がっつり搾り取りに来てるぜ?」

 

「お、お前も、すごっ、いぃっ、ひゃひぃっ、こ、こんなにっ、ふぅぅ、大量に、子種を、うぅぅんっ、射精しおってぇっ♡」

 

「まだまだ出るぞっ、っっ」

 

「あっ、あっあっあっ、あっへぇぇええぇぇっ! またイク、イッてるのに、またイクっ♡」

 

 

 余裕などない様子で、スカサハは必死で後ろを振り返る。

 ふるふると眼球が震え、だらしなく開かれた口元から涎を垂れ流す舌がはみ出したままの表情で。

 

 まるで、自身の屈服した様子を見せつけるように。

 

 最後に一際大きく、剛直が精液を吐き出した。

 

 

「ひぃぃいっぐぅぅううぅぅううぅぅぅううぅぅっ♪」

 

 

 迸った牝の咆哮。

 それを境に、スカサハの身体から、ぐったりと力が抜けた。

 全身を汗で濡らしながら、くたりと背後の虎太郎に体重を預けながら、まだ硬いままの逸物の感触を楽しむように絶頂の余韻に浸る。

 

 気怠さの中に居たスカサハであったが、虎太郎の動きに笑みを浮かべる。

 

 

「ハァ……はあっ……ふぅっ……はぁぁっ……そうやって、中から外から、子宮を撫で回しおって……」

 

「好きか……?」

 

「あぁっ、ふぅ、す、好きだぞ……もう、自分のものだと、女を仕込むやり方だ、身体が悦んでいるっ♡」

 

「スカサハ自身は?」

 

「そのようなことまで言わせるとは…………む、無論、私もだ。ここまで求められて、悦ばない、女なぞ、おるものかぁっ♡」

 

「じゃあ、暫らくこのままでいようか」

 

「き、キスも、してくれぇ……♡」

 

「はいよ。楽しませてくれるねぇ、ほんと♪」

 

「んきゅ……ちゅちゅ……ちゅるる……ふむっ……じゅ……ちゅりゅ……ぺろっ……あっ……んっ、んっ♡」

 

 

 ぴちゃぴちゃと唾液が混じり合い、零れ落ち、吸い付く音だけが部屋の中で響き渡る。

 普段の凛としたスカサハの姿からは想像もできない、甘え切った牝仕草。

 それはそのまま彼女の心境を表していると同時に、彼女本来の女としての姿なのだろう。

 

 影の国の女王としてのベールの向こう側。今まで誰も辿り着いたことのない境地。

 舌を絡ませたまま、虎太郎は満足げに笑みを深めた。この境地に辿り着く事こそ、楽しみの一つであったから。

 

 ――――そして、此処から先も楽しみでもある。

 

 全く萎えない剛直の逞しさと微弱すぎる愛撫にスカサハが根を上げ、甘い牝声を上げさせてくれとねだるのに、そう時間は掛からなかった。

 

 





はい、というわけで、師匠陥落&オイルマッサージっぽいプレイ&師匠は甘えん坊、回でした。
何でオイルマッサージかって? 最近見たAVにそういうのがあったんや。メチャエロでした(にっこり

因みに、此方で登場している御館様が喰っちまった女性キャラは、それぞれ性癖というか、どういうのに弱いのは既に決まっています。

ジャンヌ
強気に迫られて、ちょいと無理やり目に押し倒された後に、凄く優しくされるのが好み。
ジャンヌ何かを言う→御館様、何かにつけて物陰につれこんだり、ベッドに押し倒されたり→ジャンヌ、もぉぉおおぉぉぉおぉ(顔真っ赤)は黄金パターンなんだよ!

スカサハ
今まで孤独だったので、人肌恋しいタイプ。それ以前も女王としての矜持があったので、人に甘えられなかった反動で、エロの時はすんごく甘えてくる。
その代わり、相手の要求には何でも応える。自分らしくない下品な言葉とか、Mっ気たっぷりなプレイも嫌いではない。いや、むしろ好き。

大体こんな感じですわ。いやー、エロは苦手だけど素晴らしいよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人の苦労は伝染してしまうのか!(ネタバレ、伝染する)』


ふぁああっぁぁ、ジャンヌサンタ、かわいいよぉぉぉおお!!!
ふむ、性能的には可もなく不可もなく、かな? 少なくとも騎ん時レベルでぶっ壊れではない、ですよね? あの宝具の威力は絶対おかしい。

では、今回はとあるイベの導入部。
御館様はイベをスルーが基本だけど、周囲の鯖は別なんやで(にっこり

あと微妙にネタバレ注意です。大分時間は経ったけど念の為。

では、どぞー。


 

『苦労人が苦労(自業自得)してる姿を見て、忍びねぇな、とか考えちゃう英霊ばかり召喚されている』

 

 

 

 

 

「皆さん、本日も御足労頂き、ありがとうございます」

 

 

 カルデア内部には、様々な施設が存在している。

 

 英霊達の精神を養生するための娯楽室。

 その一環として設けられた共同浴場。

 霊基再臨によって強化された仮初めの肉体を再確認するトレーニングルーム。

 レイシフトと英霊召喚を行うサモンルーム。

 

 そして、今、多くのサーヴァントが集っている一室も、そんな施設の一つ。

 扇状に広がり、ホワイトボードの設置された壇上に進む度に一段下がっていく構造。

 一段ごとに机の設置された部屋は、これからの作戦を検討しあうミーティングルームである。

 

 

「前回から引き続き、司会進行はデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトが務めさせて頂きます」

 

 

 その壇上では、人の身でありながら英霊の力を宿した少女――マシュがマイクを片手に神妙な面持ちで、これから行われる催しを進めていた。

 

 

「では、第39回女性サーヴァント会議の開催を宣言させて頂きますッッッ!!!」

 

 

 女性サーヴァント大会議とはッッ!

 文字通り、カルデアに召喚された女性サーヴァントによる会議であるッッッ!!

 

 

 第一特異点オルレアンを、(ド外道行為で)難なく攻略した後。

 虎太郎のやり様に頭を抱えたマシュとジャンヌの愚痴が始まりであった。

 

 日々、明らかになっていく虎太郎のド外道ぶりと女性に対する困った性癖。

 大きな不満と小さな信頼、細やかな喜びを溢し合うだけの井戸端会議ではあった。

 

 だが、と言うべきか。やはり、と言うべきか。

 事柄の本質は変わらずとも、人が増えれば形式というものは変わっていく。

 

 初めは食堂の片隅で。

 第三特異点を越えた辺りは、女性陣の娯楽室で。

 それでも手狭となった時点で、マシュが虎太郎にミーティングルームの使用許可を求めた。

 

 虎太郎はこれを快諾した。

 ミーティングルームなど、作戦の打ち合わせ以外に使用することは滅多にない。

 普段からの鬱憤、男が聞けばドン引き間違いなしの女の会話、日々の生活をより良く改善しようと解決するために使用するならば、無駄ではないと考えたからだ。

 またレクリエーションというものは、心を豊かにし、他者との繋がりをも深める。

 不満の解消、信頼関係の増強、生活の改善と一挙三得の事柄を、何よりも自分が関わらずとも勝手に進む一挙三得を虎太郎が認めない訳がない。

 

 人理焼却の案件――魔術王(ソロモン)との戦いは、既に1年近い時間が経過している。

 その中で毎週欠かさずに開かれている辺り、まだまだ皆の心に余裕はある。魔術王涙目案件がまた一つ増えた。

 

 

「えー、では今回の議題の前に、本日は特別ゲストを呼んでいます! まず、ロビンさん!」

 

「特別ゲストじゃねーですよぉ! これは拉致だよぉ!!」

 

「続いて、呪腕のハサンさん!」

 

「ハサンにさんが続くと何とも舌を噛みそうな響きに…………いや、それよりも百貌の、静謐の、貴様らもか」

 

「い、いや、我らは…………」

 

「…………申し訳ありません、呪腕様。周囲に押し切られまして」

 

「そして最後に施しの英雄、カルナさんです!」

 

「頼られるのは素直に嬉しくあるが、オレ如きで力になれるとは到底思えないが……」

 

 

 抵抗したらしく、ロープでぐるぐる簀巻きにされたロビン。

 比較的に抵抗が薄かったのか、百貌と静謐に挟まれるだけで入場してくる呪腕。

 そして、普段と変わらない態度、姿で入ってくるカルナ。彼の性格上、抵抗などあろう筈もない。

 

 入ってきた三人の男に、会場全体がざわついた。

 女性ならではの悩みを解消しようとするのも、この会議の一環である。

 其処に男が入ってくるだけで、拒絶反応を示すものも当然いる訳で……。

 

 

「皆さん、静粛に。静粛に。気持ちは分からなくはありませんが、どうか静粛に。この三名は、今回の議題において、重要な要素(ファクター)なのです」

 

(か、か、か、帰りてぇぇぇぇ!! こんなん禄でもない目に合いますわ! 針の筵ですわぁぁぁあ!!)

 

(ロビンよ、抵抗は無駄だと何故分からん。ここは素直に従っておく方が得策よ)

 

(ふむ、このような催しがあるのは知っていたが、マシュや聖女を中心に、よくやっていた。さて、本当にオレ達でどうにかなるのか………………不安だ)

 

 

 マシュの言葉に、参加者は不平不満を飲み込み、静寂がミーティングルームを包む。

 

 

「今回の議題は『先輩働きすぎ問題』です!!」

 

「「無理だぁっ!! どうにもできなぁああぁぁああぁぁぁぁぁいっっ!!」」

 

「………………………………………………………………………………………………確かに」

 

 

 マシュの提示した議題に、ロビンと呪腕が叫び声を上げる。流石の施しの英雄も同意せざるを得なかった。

 

 議題が発表されたタイミングで、何名かの出席者が席を立つ。

 

 この会議、出席は自由であり、強制ではない。

 自分の気に入った、気になる事柄に関係がなければ、出席も退席のタイミングも自由なのだ。

 

 過去の議題は様々だが――

 

『ガウェインとラグネル、ラーマとシータのイチャコラ具合はどうにかならないか(メディア発案)』

『アマデウスと黒髭の暴走はどうにかならないか(マリー&ドレイク&アンメア&エウリュアレ発案)』

『子供達の健康の為、カルデアに喫煙所を設置すべき(ヘラクレス同伴アタランテ発案)』

『虎太郎への愚痴・主にエロ方面(喰われちまった女性陣中心)』

 

 ――等々。人によっては何の興味も関心もない事柄である場合もあった。

 

 今回など、特に顕著である。

 虎太郎に対し、好感を覚える者が大半で固められたカルデアであるが、そうでない者も無論、存在する。

 行為そのものを容認できないものもいれば、逆に虎太郎から警戒を向けられている者もいるのだから当然だ。

 

 残ったのは、虎太郎に対して好感を抱いているか、或いは中立的な立場を貫いている女性陣のみであった。

 

 

「あー、その、マスターが働き過ぎ、と言いますか、努力の方向音痴で自分から仕事を増やしているのは知っていますけど、其処までなんでしょうか? 沖田さんには、ちょっとよく分からないです」

 

「沖田さん、いい質問です。では、此方をご覧ください。はい、どん!」

 

 

 マシュはお笑い番組の敏腕MCのような進行を見せる。

 マシュが取り出したるは一枚のパネル。描かれているのは一つの円グラフ。

 

 通常、円グラフは調査に基づき、何某かについての割合を分かりやすくパーセンテージで表すことが一般的である。

 だが、マシュの取り出したものは違っていた。何せ、何らかの割合を示すであろう色分けが飛び飛びなのだ。これでは分かり難くて仕方がない。

 

 そこから導き出される答えは一つ。

 

 ――そう、これは円グラフではなく、一日のスケジュール表である。

 

 

「これは、私とアルフレッドさんが協力して調査した、先輩のある一日の日程です」

 

「ふむ、確かに分かりやすくはあるがな。色だけではなんとも、言えんな」

 

「で、どの色が何にあたるんだよ、マシュ」

 

 

 ヒシヒシと嫌な予感を感じながらも、スカサハとモードレッドが当然の疑問を口にする。

 確かに、どの色が何を示しているのかが分からなければ、何の意味もないだろう。

 

 

「はい。赤が仕事、黒が休憩、緑がモードレッドさんや子供組を筆頭としたサーヴァントの皆さんとの自由時間、この自由時間には先輩の訓練も含まれています」

 

「七割近く真っ赤よっ!?」

 

「これ死んじゃう奴だーーーーーっっ!!」

 

「まあ、当然の反応だな」

 

 

 知られざる衝撃の事実に、マリーとブーディカの悲鳴が上がり、カルナの嘆息が漏れる。

 

 因みに残りの二割五分が緑、黒が五分である。

 時間に換算すると、仕事が16時間48分、自由時間が6時間、休憩が1時間12分ほどとなる。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ。オレやジャンヌも手伝える範囲で結構な量を手伝ってんだぞ、いくら何でもこれは嘘だろ……?」

 

「そ、そうですね、モードレッドの言う通りでしょう。微力ではありますが、確かに……」

 

「ええ、お二人の尽力は知っています。先輩も大変感謝していました。ところがどっこい、これは夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!(ざわっ……ざわっ……」

 

『――――ここからは私が説明しましょう』

 

 

 画風が変わり始めたマシュに変わり、空間ウィンドウと共に無機質ながらも人間味の感じさせる電子音声が響く。言うまでもなくアルフレッドだ。

 

 

『お二人は元より、生前に政務などに携わっていた方々は積極的に協力して下さっています』

 

「まあ、私も手伝った記憶はあるわね」

 

『はい、カーミラ様も頻繁に手伝ってくれています』

 

「アルフレッド、余計なことを言わない!!」

 

「あら、照れることはないじゃない」

 

「照れてないわよ!!」

 

 

 私もあるけど、ちょっと、ちょっとだけよ。

 事実をさりげなくアッピルしつつも、私はマスターのことそんなに気にしてませんから、と釣れない態度を取る発言をしたのはカーミラ。

 

 カーミラはレ・ファニュの小説に登場する女吸血鬼――――ではなく、そのモデルとなった人物こそが正体。

 即ち“何度も出てきて恥ずかしくないんですか?”アイドル、エリザベート・バートリーその人である。言わば彼女は“エリザベート・バートリー”という英霊の暗黒面そのものだ。

 サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるものだが、クラスの違い、召喚された側面の違いによって、最早、別人に変わる。

 名は体を現す。その変名こそが、残虐さの中にも残された愛嬌を全て失くし、怪物へと変貌した姿だ。

 もっとも、根底にある間抜けさ――即ち、微かな善性、或いは人間性は消え去ってはいない。虎太郎に進んで協力している辺りに、それが窺える。

 

 その隣で机に頬杖をついて朗らかに微笑んでいたのはマタ・ハリ。

 第一次世界大戦で活躍したとされるスパイ。世界で最も有名な女スパイだ。

 それは事実であったのか。少なくとも、彼女が本格的なスパイ活動を行った証拠は一つもないのだ。

 他者にスパイであると悟らせないだけの諜報能力を持っていたのか。それとも単なるスケープゴートであったのか。

 彼女は事実を語りたがらず、歴史は証明には程遠い虚偽とでっち上げで満ちているが――少なくとも、彼女がこと諜報において、超一流である事実は疑いようがない。

 

 

『それでもなおこの仕事量なのは、権限の問題です。王には王の、執政官には執政官の仕事があるように、虎太郎のみが行って良い仕事というものもありまして……』

 

「ああ、そうか。カルデアの機械だ何だのは、お前がやるからいいものの、マスター以外に人間なんてマシュくらいのもんだからな」

 

『モードレッド様、他に人類が居たとしても総責任者は虎太郎になりますので、私の仕事は楽になれども、虎太郎への負担は変わりません』

 

「ちょっと待ちなさい。何も無理する必要はないでしょう? 現状、人類は滅んだも同然なのよ?」

 

 

 当然の疑問を提示したのはメディアだ。

 

 総責任者ともなれば、カルデア内部の方針を決定するのも重大な仕事であるが、最も重要なのは外部交渉だ。

 カルデアは国連主催の組織であるのだが、その実態は時計塔の貴族、アニムスフィア家の研究所であった。

 アニムスフィア家は魔術師ながら米連に強い繋がりを持ち、魔術師にとって忌避すべき魔界技術にも興味を示していた。

 

 それだけの無茶を出来たのは、前当主であるマリスビリー・アニムスフィアの手腕によるところが大きいが、3年前に死亡している。

 

 もっとも彼の手腕でも、各組織との折衝は困難を極め、当初予定していた計画は遅れに遅れていた。

 マシュが安全なカルデア(手元)ではなく、米連の研究施設で生み出されたのは、そういった経緯もあった。

 

 彼の死亡後、後継となったのは一人娘のオルガマリーであったのだが、まだまだ若い彼女では好き勝手に動く組織を纏め上げられるわけもなく。

 

 虎太郎は、その隙を情け容赦なく突いた。

 合法、非合法を問わずにカルデアに必要な機材と技術と人員を揃え、偽りの身分でオルガマリーの立ち位置に成り代わったのである。

 

 そこからはやりたい放題であった。アニムスフィア家の顔を立てつつも、実権を握り、各組織には暗殺、脅迫、懐柔で首を縦に振らせた。

 それでも不可能ならば自分は一切関わらずに、情報を流すだけで組織同士の不安を煽り、対立構造を激化させ、抗争で潰しあわせて自滅させた。

 

 正に悪魔的な所業と言えよう。

 何が恐ろしいと言って、その全てが自身に辿り着けないように行われた点、自身の正体を隠し通して行った点である。

 

 そんなこんなで、国連は勿論のこと、その他諸々の組織に報告書を提出するのも虎太郎の仕事の一つだ。

 が、その仕事は現状、捨て置いても構わない筈、というのがメディアの発言の意図――――なのだが……。

 

 

『虎太郎は全てが終わった後のことも考えていますので。この案件が片付いた後、世界がどうなるのか、誰にも予測はつきません』

 

「あー……つまり……」

 

『虎太郎の発言を再生します』

 

【ふざけんな! 報告書書くの止めろだァ!? 全部終わった後に何ヶ月分かも分からねぇ報告書書かなきゃいけねーかもしれねーだろうが?! 流石に死ぬわ! あと、オレは仕事を溜めるのも、溜める奴も死ぬほど嫌いなんだよ!!】

 

「あの時の先輩の目は、死ぬほど怖かったです……」

 

「このワーカーホリック振りですわ。誰も止められねぇよ……」

 

 

 虎太郎が熟す仕事量に見かねたマシュとロビンも、同じことを考えていたようだが、どうやら上手くいかなかったらしい。

 

 

「んん? あれ? え? ………………ちょっと、マシュ、一つ聞きたいことがあるんだけど。というか、凄く嫌な予感がするんだけど」

 

「はい? 何でしょう、マルタさん?」

 

「このスケジュールって、アレよね? 三種類しかないんだけど休憩時間とか自由時間に、睡眠時間は入っているのよ、……ね?(震え声」

 

「そこに気付いてしまわれましたか……」

 

 

 マルタの発言に、神妙な面持ちで頷くマシュ。

 

 

「先輩はこの一年間――――いえ、私と出会う以前から、不眠で働き通しです(白目」

 

「あの子、頭おかしいんじゃないの?!」

 

「と言うか! 何故、マスターは死なないんですか?!」

 

「皆さん、イルカという生き物はご存知でしょうか……」

 

 

 イルカは片目を閉じて右脳と左脳、片側の脳を休める事ができ、これを半球睡眠と呼ぶ。

 哺乳類であるイルカは、魚類とは異なり鰓呼吸ではなく、肺呼吸を行っている。その為、時折、水面に顔を出して呼吸を行う。

 イルカがこのような進化を遂げたのはサメ等の外敵に気を向ける為と言われており、長距離を移動する渡り鳥の一部も、この機能を有している。

 

 

「先輩は、これができます! つまり、働きながら寝ているのです……!」

 

【……………………(絶句】

 

『……人の脳にはまだまだ解明しきれない部分があります。視覚を失った方の聴覚が鋭くなるように、右脳が眠ることで左脳が右脳の機能を代行する、というのも決して不可能ではない……かもしれません』

 

「流石は我らが主よ。無理を通して道理を捻じ曲げるとは……我等、百の同胞も従わざるを得んなぁ(震え声」

 

「……これ、自己改造の領域――――どころか、イルカや渡り鳥と同等の能力なら、もう自己進化の領域なのですが(白目」

 

「数百年を要する進化を僅か一世代一個体で…………我等が主は最狂のマスターなんだ!!(錯乱&集中線」

 

 

 虎太郎がスキル:自己改造(苦労)を有している事実に戦慄するハサンズ。

 

 脅威のゼロ睡眠を可能とした人類。

 いや、これはもう人類と呼んでもいいのだろうか? しかも、苦労を軽減するためにってこれぇ……。

 

 

「……前にさ、オレ等もそれを知って、ハサンの旦那とカルナと一緒に、これは休ませなきゃヤバいと思った訳ですわ」

 

「とは言え、言葉でどうにかなる男ではないからな。結局、力尽くで拘束した訳だが……」

 

「悲惨、の一言でしたな……」

 

 

 あのカルナですら、相手の気持ちを考慮せずに実力行使に出た、というのだから相当である。

 

 しかし、虎太郎の両腕と槍の三人ですら、どうやら相当に苦戦したようだ。

 単なる戦いであれば、人とサーヴァント、元より戦いというものになりはしないが、こと逃走に関して虎太郎は一流の英霊ですら凌駕する。

 

 カルデアにおいてスカサハに比肩しうる戦力であるカルナ。

 純粋な戦闘力に目立った点はないが、搦め手、サポートが主な役割であるロビンと呪腕のハサン。

 アルフレッドの協力もあり、どうにかこうにか捕獲した三名が目撃したのは、見るも無残な虎太郎の有り様であった。

 

 

「大将を毒で動けなくした上でベッドに縛り付けてよ、無理やり休ませようとしたんだよ……」

 

「初めの内は、仕事がー、仕事がー、と叫んでおられたのだが、次第に静かになってな……」

 

「後で確認しに行ったのだが、過呼吸になって死にかけていた……」

 

「アイツは仕事してなきゃ死ぬのかよ!?」

 

「サメかマグロか、あやつは?!」

 

 

 これまでの経験上、虎太郎にとって休息とは、今まさに襲い掛かろうとする苦労を後回しにするだけの行為でしかないのだろう。

 

 休息した分だけ、仕事が溜まる。

 誰も彼を助けてはくれなかった。

 いや、助けてくれる者は居た。居たには居たのだが、虎太郎が背負わされた苦労を乗り越えられるだけの性能がなかったのだ。

 結局、最終的には苦労が仕事と化して自らの目の前に飛び込んできた。無限の苦労性からなる生き地獄である。

 

 仕事をし続ければ、過労の果てに肉体的に死ぬ。

 仕事をしなければ、これまでの経験から追い込まれ、精神的に死ぬ。

 今の今まで肉体と精神、奇跡的なバランスを保ちながら蜘蛛の糸の上を全力疾走しているような人生である。

 

 

「こんなの、どうしろって言うんですか!」

 

「休ませなければ肉体的に死ぬ。休ませれば精神的に死ぬ。あやつの大馬鹿振りには脱帽だな……」

 

「あ、あはは、否定はしないけど、お姉さん的には衝撃の事実だから、何とかしてあげたいなー、なんて……」

 

「いや、無理だろ。大将の仕事を代行できる奴もいるだろうけど、最終的には大将が目を通さにゃ納得しねぇだろうしよぉ」

 

「その後で、苦労が増えたと、また嘆くわけですね……」

 

「まあ、オレ的に大将が女を抱く回数を減らせばいいんじゃねぇか、と思うわけですけどねぇ」

 

【…………ひ、否定できる要素がない】

 

「確かに、その通りですね。先輩の女性との一時は自由時間に含まれています。因みにパネルの時間は、私が5時間ほど先輩とイチャ♡ラブしていました」

 

「あの、マシュ殿? そのようなことは公衆の面前でおっしゃることでは……」

 

「マシュ・キリエライト調べの平均イチャ♡ラブ時間はドレイクさん、カーミラさんが5時間、ジャンヌさん、マリーさん、ブーディカさん、マルタさんが6時間、スカサハさんは8時間ほどですね」

 

【あああああっぁぁぁあぁぁあああぁぁ…………】

 

「………………………………チッ(イライラ」

 

「それから、マタ・ハリさんとア――――」

 

「マシュ? その情報は今関係ないんじゃないかしら?」

 

「そうですわね。今は、マスターのことが最優先ですわ!」

 

「……ねぇ、アン。なんか焦ってない?」

 

「気のせいですわよ!(裏声」

 

 

 思わぬ情報を暴露され、顔を真っ赤にして頭を抱える女性陣とイライラしだしたモーさんとドキドキし始めた沖田。そして、虎太郎に手を出されていない女性陣の呆れ顔が炸裂する。

 そして、見事にインターセプトを果たしたのは、男を手玉に取る悪女(マタ・ハリ)とメアリーと虎太郎の関係を気遣って、ひっそり関係を保っている悪女(アン)であった。

 暴露された女性陣は、自分だけ逃げたな、と視線を向けるが、二人は何処吹く風。寧ろ、微笑みを以て受け止める。流石の悪女である。

 

 女性陣の動揺もそこそこに、ミーティングルームに重苦しい空気で満たされる。

 英霊であっても、解決できない問題は当然のように存在する――その現実を突き付けてくるのが虎太郎の在り方というのが笑いを誘うのではあるが。

 

 

「しかし、どうしたもんかねぇ。流石のアタシも、これを聞かされて笑ってられるほど虎太郎を嫌っちゃいないが……」

 

「問題は、坊やをどう休ませるか、ね……」

 

「そう、難しいものでもないと思うが……」

 

「カルナ、どういうことです……?」

 

 

 腕を組み、顎を弄りながらの発言に、ミーティングルームに集まった皆の視線がカルナに集まる。

 それでも彼に動揺はない。カルナのコミュ力は、このカルデアに来てから爆上がり状態だ。いつも通りの涼しげな無表情で滔々と語り出した。

 

 

「虎太郎は我々とは違う。何か一つの道に邁進することの重要性を理解しているが、同時に多様な道を見据えて進む重要性もよくよく理解している」

 

「あー……まあ、確かに、一度決めたら道を譲らないところはあるわよね、英雄(わたしたち)は……」

 

「その通りだ、タラスコンの聖女。我々は最後まで己の定めた道を歩み続けた。何の猜疑も、不信もなくな。だが、アレは違う」

 

 

 常に自身の選択を疑い、それ以上の効率の良い道がないのかを模索し続ける。

 とても英雄とは言い難い在り様。満ちるを知り、同時に諦めるも知る。その上で、決して目的を見失わず、最後の瞬間まで足掻き続ける。

 

 その“()()()()()()()()()”に何か思う誰かが居るのか、カルナはすっと目を細めた。

 

 

「アレはどうしようもなく人間だ。その極北に在りながら、物事を中立中庸で捉えようとする」

 

「つまり、どういう……?」

 

「酷く乱暴ではあるが、力尽くで休まざるを得ない状況に叩き落とせば、勝手に順応する。初めの内は監視が――いや、介護が必要ではあるがな。問題は……」

 

「どう休ませるか、ではなく、何処で休ませるか、ということね」

 

 

 カーミラの発言に、カルナは無言で頷いた。

 

 それぞれが虎太郎が休ませるには、何処が良いのかに思いを馳せる。

 のだが、彼等の記憶にある虎太郎は、仕事をしているか、苦労をしているか、努力の方向音痴をしているか、女を抱いているかしかなく、中々思いつかないようである。

 

 

「あー、…………はい! はいはいはい!」

 

 

 うーん、と総員が頭を捻っている中、沈黙を引き裂いてモードレッドが笑顔と共に手を上げた。

 

 

「オレにいい考えがある!」

 

 

 ようやく浮上した妙案であった、モードレッドの台詞回しに、全員が不安を覚えたのは言うまでもない。

 

 

「海だ! 海に行こうぜ! 季節外れだが、オケアノスのどっかに気候も丁度いい無人島の一つや二つあるだろ?」

 

「海ですか。いいですね。無人島でも準備を整えれば、問題なく生活できますし」

 

「へへっ、だろ? それにここ最近は全員が全員、戦い通しだ。マスターも休めて、オレ等もパーっと遊ぶ。これが効率の良い休暇、ってな」

 

 

 モードレッドの提案に、沖田は何も考えずに肯定の言葉を吐いた。皆はそれぞれ納得や不満を抱えながらも否定はしない。

 この分では、オケアノスの何処かで休暇(虎太郎承認無)ということになりそうである。

 

 

 ところで、こんな言葉を聴いたことはあるだろうか。

 

 曰く、ペットは飼い主に似る。

 

 マスターとサーヴァントの関係にも当て嵌まるか、と問われれば、誰もが首を捻らざるを得ない。

 触媒を使わない、いわゆる縁による召喚では、召喚者に似通った性質の英霊が召喚されることもある。

 だが、それは初めから似ていただけであって、サーヴァントがマスターに似てくることとは、別の話――――なのだが。

 

 モードレッドはまだ知らない。彼女もまた虎太郎に似てきている。

 どの辺りが、と問われれば、苦労する辺りが、と答えざるを得ない。

 

 輝くモーさんの笑顔は曇ってしまうのか!

 そして、虎太郎は更なる苦労を前に、死んだ魚の目(平常運転)になってしまうのか!

 

 その答えは、苦労さんのみが知るのである。因みに、彼はもう既に愉悦状態とだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーミラ

 

 ☆4アサシン。ドMチョロイン枠。対女性戦闘担当。……触らないの?

 

 ある意味、彼女もエリちゃんの派生キャラ。

 彼女の加入は、大体第一章の終わりから第二章の始まりくらいの間。

 クラス相性を無視して女性に対して極めて強烈なダメージを与えられる宝具に目を付けられて召喚される。

 召喚された当初は警戒を露わにしていたのだが、その内心――孤独な最期に対する思いを見抜かれて、コロっといく。

 しかし、彼女は彼女なりのプライドがあるらしく、表向きには高慢な態度を取る。

 

 性格的な相性は悪くない。

 生前が生前だけに、虎太郎の手段にドン引きはするものの、妥当ねと受け入れる。

 時折、虎太郎には自分と同じようにはなってほしくないらしく、口を挟むものの、最終的には言い包められてしまう。

 

 彼女が虎太郎に協力する理由は特にない。

 彼女にとって世界も人理も、ただ貪り喰らうだけのもの。

 聖杯に対して、永遠の若さを求めているものの、既に英霊となった身には不要である為、それほど欲しているわけではない。

 

 作中からも分かるように、御館様に喰われちまっている。

 彼女は若かりし頃の姿――エリザベートとは異なり、自分の運命を受け入れている。

 自らに救いなどなく、世界が終わったとしても、何一つ救いがないことを理解しているのだ。

 けれど、救済を望んでいないわけではなく。また、自身を罰してほしいと心の何処かで望んでいる。

 

 なので、エロの時はそりゃもうドMと化す。

 痛いのも、苦しいのも嫌いではない、むしろ好き。

 拘束されて犯されたり、罵られて犯されると自分でも訳が分からなくなるほどに感じてしまう。

 でも、一番好きなのは、その後に優しくされること。こりゃ完堕ちですわ。

 御館様はドSはドMの素養も秘めているとのこと。流石、性技の味方は言う事が違う。

 

 最近、一番感じてしまったのは縄で縛られた後に、縄跡を舌で舐め回されたこと。

 挿入されるまでもなく、性感帯でもない肌で、絶頂してしまった。

 

 余談であるが、このカーミラは、精神的に丸くなっているので、あのトゲトゲしい金属性の装飾はなく、ただのドレスのみとなっています。

 

 

「なぁ、そういや最近、血を要求してこないが、大丈夫か?」

 

「貴方は鳥頭ではなかったと思ったのだけれど、違ったようね。サーヴァントの身には魔力供給だけで十分でしょうに」

 

「ああ、お前にとっちゃ吸血は生態ではなく、娯楽だ。だから、不思議なんだろう?」

 

「…………貴方の血が、煙草臭くて嫌なだけよ。止めたらのなら考えるわ」

 

「くくっ、こっちの健康まで気を使ってくれるのか。嬉しいねぇ」

 

「何を言うかと思え――――――いっつぅ!」

 

「じゃあ、こっちが噛みついてみようか」

 

「や、やめ、あぁっ♡」

 

 

 こんなピロートークからの再戦があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 マタ・ハリ

 

 ☆1アサシン。チョロくないヒロイン。対男性魅了&諜報担当。そうして結局、小指と小指が一番気持ちいいのよね

 

 虎太郎&アルフレッドカルデアにおける最古参。アマデウスと同時期に召喚された。

 その諜報能力はオルレアンで遺憾なく発揮。また魅了の効果を持つ宝具は場面場面で御館様の助けとなった。

 生前の職業が職業だけに貞操観念はそれほどでもないが、ガードはバリカタという、人懐っこい言動からは想像できない気難しい女性。

 

 性格的な相性は、その実最悪。

 根本的に他人を信用していない御館様とスパイであっても誰かに信じて貰いたい彼女とでは当然であろう。

 彼女にとって男と言う生き物は、たったそれだけで警戒に値し、尚且つ翻弄すべきもの。殊更、御館様のような男は、天敵であると同時に宿敵でもある。

 表向きには従いつつ、裏では何処で離反するかを常に探っていたほど。

 

 彼女が虎太郎に協力する理由は、“聖杯を欲している”が故。

 逸話からも分かるように、彼女の戦闘能力は極めて低い。通常の聖杯戦争では、聖杯を手に出来る可能性は、無きに等しい。

 それ故に、このグランドオーダー案件。或いは、多対多の聖杯戦争こそが、彼女が聖杯を手に入れられるチャンスなのだ。

 

 勿論、彼女も御館様に喰われている。

 相性が最悪なだけに、最初期に召喚されながら、最も最後に喰われている。

 第一章から第六章までの間、警戒と離脱の機会を探っていた彼女であったが、その間、徐々に御館様の性質を理解していった。

 

 “相手が望まなければ手を出さない”

 “己は信じておらずとも、己を信じるものを裏切らない”

 “身勝手ではあるものの、最低限の責任を果たす”

 

 彼女の嫌う男と似通っているが、ギリギリの合格点を与えられる御館様を認めつつあった。

 決め手は第六章終了後に、保有していた聖杯の欠片をポンと与えられたこと。

 

 

「もういいぞ。残りの特異点はあと一つ。その後はソロモンを倒すだけだ。お前がいなくても、残りの連中でどうにかなる。よくやってくれた。お前はお前の望んだものを手に入れろ」

 

 

 自身の内心と望みを見透かしつつも、必要だからと使い、これ以上は望まないから好きにしろという言葉に、彼女は呆れると同時に覚悟を決めた。

 最後の瞬間まで、この男と共に戦い抜く、と。地獄の底まで共にする、と。

 そこでようやく、彼女から虎太郎を求め、身体を許したのである。

 

 つまり、愛しい旦那様を見つけた新妻ということだよ!!

 

 最近、一番嬉しかったのは、御館様がマタ・ハリという踊り子としての芸名ではなく、本名の愛称“メグ”と呼んでくれたこと。

 そこからはもう、ラーマ&シータ、ガッウェ&ラグネルに勝るとも劣らない、ゲロ甘新妻プレイが捗った。

 

 

「あっ、あっ、やぁっ! ま、待って、あなた、待ってェ……!」

 

「……どうした?」

 

「し、知らないの。私、こんな、誰かに、心を許したことも、愛されるのも、知らないから……怖い、の」

 

「ふーん。じゃあ、オレが教えてやるよ、メグ」

 

「んきゃぁっ、ひぃん、ま、まっ――――ひ、あぁあぁぁぁあぁっっ♡」

 

 





というわけで、もう大分時期が過ぎちゃったけど、水着イベの導入部だ、オラァ!!
 あと、モーさん地獄変の始まりやで(にっこり

そして明らかになる御館様の秘密。
もう何なのかね。色んな人外マスターがいるけど、コイツだけは別ベクトルっていうか。苦労を乗り越える為だけのものっていうかね、もう。

ではでは、自分はイベントに戻ります。もうジャンヌサンタは宝具MAXにしたが、まだ再臨素材とフォウさんを揃えてねぇからな、走るぞ走るぞぉ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人も、最後の最後で頼りになるのは自分の肉体、とか考えているので、あの王様とはとっても仲良し』

注意! 注意!

この話は、FGO第七章の重大なネタバレを含みます!
まだ第七章『絶対魔獣戦線バビロニア』をクリアしていない人は見ちゃだめです。

まあ、公式がピックアップガチャで盛大なネタバレをぶちかましてくれていますが、そこはそれ。

ストーリーやら設定だのの重大なネタバレのオンパレードだから、絶対に見ないように。読んでから文句は受け付けられないからね!


『仕事 or 遊び。迷いなく震え声で仕事を選ぶのが苦労人の証』

 

 

 

 

 

 今日も今日とて、襲い来る仕事を片付けては次へ、片付けては次へを繰り返しているかに思われた虎太郎であったが、今日は違っていた。

 執務室の机に脚を乗せ、何らかの資料に目を通しているだけだ。執務室は、五車学園の地下にある一室と変わりのない構造であった。

 

 別段、珍しい光景でもない。

 彼は、ただひたすらに仕事の処理能力を上げており、こうした手持無沙汰になる時間というものも存在するのだ。

 

 

『月300時間の残業を三ヶ月熟して半人前以下だな』

 

『じゃ、じゃあ、一人前と呼ばれるには……』

 

『その3倍の仕事量を定時で終わらせられれば一人前だ(真顔』

 

 

 かつてマシュとの間に、このような会話があり、絶句させたこともある。

 流石、苦労人だぜ。頭のネジが何十本も外れている。

 

 

「ねぇねぇ、おかーさん」

 

「ねぇねぇ、マスター」

 

「……なんだ? ジャック、ナーサリー、お前等がオレの仕事部屋に来るなんて珍しいな」

 

 

 その時、ひょっこりと机の端から顔を出したのは子供組二人だった。

 

 無論、虎太郎が気付いていないわけもない。

 カルデアにて召喚されたサーヴァントはアルフレッドによって自らの意思では霊体化できないようになっている。

 よって、誰であれ、部屋の中には扉を開けて入らざるを得ないからだ。

 

 加えて言えば、アサシンのクラスは気配遮断のスキルをカルデア内では使用を禁止されている。

 その気になれば、他のサーヴァントの私生活を覗ける、というのが虎太郎の主張である。

 

 が、実際にはサーヴァントにすら明かしたくないモノを隠しておくためのものだ。

 もっとも、アルフレッドのセキュリティであれば、気配遮断EXですら捉えかねないのだから、呆れた猜疑心である。

 

 

「わたしたち、お願いがあるの……」

 

「聞いて下さる……?」

 

「…………お願い、ねぇ」

 

 

 ジャックとナーサリーのお願いに、虎太郎は犬の糞でも踏んづけたような顔をする。相当嫌なようだ。

 彼女等の保護者に近いジャンヌやモードレッド、ロビンやハサンは呆れ果てた顔をするだろうが、生憎と彼等は其処には居なかった。

 

 しかし、虎太郎の頭の上に疑問符がついた。

 ジャックやナーサリーが、こんな前置きをするのは珍しい。

 二人の場合、相手に前置きをするよりも早く、自分の願いを口にするからだ。

 

 とは言え、虎太郎はマスターである。

 大抵の魔術師のように、サーヴァントは英霊の姿と力の一端を持っただけの使い魔、という認識は極めて薄い。

 

 むしろ、自らの目的のために力を借りている協力者、という認識だ。

 それ故、彼等の願いや提案を大抵は受け入れる。無論、自身の叶えられる範囲、自身に害が及ばない範囲ではあるが。

 

 令呪に関しては、あくまでも簡易的な安全装置や交渉材料の一端としか思っていない。

 一日に一画補填されるが、最大で三画までしか保有できない。

 これだけのサーヴァントを抱えるカルデアだ。これを頼りにしては、結託して反旗を翻されれば、手の打ちようがない。

 地道な関係の構築、心地良い職場、適度な娯楽の提供こそが、管理者の求められ、裏切られない秘訣だと知っているからこそ、頼りにしていない。

 

 

「わたしたち、海に行ってみたい!」

 

「ロンドンもアメリカもエルサレムも海がなかったのだわ!」

 

「海、ねぇ……別に、行って面白いもんでもねぇと思うけどな」

 

 

 ジャックはロンドンという範囲で暗躍した殺人鬼。

 人々が、ジャック・ザ・リッパーの正体はこういったものに違いないという、人類史のブラックボックスから現れた概念に近い英霊。

 

 ナーサリーもまた同様。

 ナーサリー・ライムという物語が子供達に愛され、その愛を受け止めていった物語が一つの概念となり英霊となった存在。

 

 二人とも“海”という知識はあれども、実際に見た事などありはしない。

 見た事のないものに対する興味。まだ見ぬものに対する好奇心。二人にとって、それこそが全てを回す原動力。二人の瞳に宿った好奇と期待の輝きに嘘偽りなどありはしない。

 

 

「うみー! いーこーうーよー!!」

 

「夏と言えば海! 海と言えばサマーバケーション! 水着! 海の家! スイカ割り!」

 

「もう夏じゃないんですけどねぇ……」

 

『私を海に連れてって!』

 

「何処の南ちゃんかな? お前等二人とも、ネタが古いんですが…………まあ、海かー」

 

 

 まともな大人なら、うっ、と目を逸らしたくなる子供の輝く笑顔と無邪気な眼差しであったが、虎太郎をそれを受け止めてなお嫌そうな表情を止めない。

 だが、その言葉に何か思うところがあったのか、あー、と椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。

 

 

(そういや有給とか考えてなかったな。休みも欲しがるもんも十分にくれてやってるが、給料渡してるわけじゃねぇし。ブラック企業だよな、オレのカルデア……ブラックダメ! ゼッタイ!)

 

「おかーさん、何かブツブツ言ってる」

 

「ジャック、大丈夫! きっといつもの努力の方向音痴よ!」

 

「なんだ、いつものことだった」

 

「うるせーよ! …………海。海ねぇ。海かー……しゃあない。行くか、海? 社員旅行ということで」

 

「やったー!」

 

「素敵! 素敵よ、マスター!」

 

「へーへー。じゃあ、お前等も協力しろ。まずは他の連中に伝えてこい。出発の日時は三日後。それまでに各自必要なものを揃えておくように、ってな」

 

「「はーい!」」

 

 

 彼にしてみれば意外なほどあっさりと折れ、二人の願いを聞き入れた。

 その理由が、自分が現在進行形で苦しむだけ苦しんでいるから、というのが笑いを誘う。もとい、涙を誘う。

 

 わーい、とハイタッチしてにっこり笑うと、二人は部屋を後にする。敏捷のランクが上のジャックがナーサリーを引き摺る形であった。

 

 その微笑ましい姿に虎太郎は一切笑うことなく、相変わらず何を考えているのか分からない無表情で手元の資料に視線を落とすのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「モーさぁん! やったー!」

 

「マスターが、海に連れて行ってくれるそうよ!」

 

「でかした、お前等!」

 

 

 場所は変わり、カルデアの食堂。

 今回の発案者にして仕掛け人であるモードレッドは、駆け寄ってきた二人を抱き上げ、喜びの余りにくるくるとその場で回り出した。

 

 モードレッドも、虎太郎の性格というものを理解している。

 彼にとって子供は、好きでもないし、嫌いでもないものだが、義務として庇護すべきものと認識しているのは知っていた。

 よって、自分達が虎太郎を気遣って慰安を申し出るよりも、子供たちによる純粋な願いとして伝えた方が得策と考えたようだ。

 

 女性陣は会議に参加していた者、いなかった者問わずに集まっており、今回の狙いは兎も角として、休暇・慰安としてのイベントには興味があるようだ。

 恐らくはこれから私服に着替えていくつかのグループに分かれ、並行世界にレイシフトして買い物に向かう事だろう。

 

 さて、男性陣は、と言えば。

 戦闘時は虎太郎という指揮官、頭脳の下に動く手足という役割を甘んじているが、私生活における協調性というものはないも同然だ。

 アマデウスはクズだし、黒髭はオタク、小太郎は武器の手入ればかりしており、ガウェインとラーマは嫁とイチャついている。

 協調性があるのは、虎太郎に近しい三人組とヘラクレス、アステリオスのバーサーカー組のみ。どうしてこう、男と言う生き物は社会性よりも個人の自由を優先するのか。

 

 そんなわけで、ロビンと呪腕のハサン、カルナの三人組はイベントの準備を女性陣に任せて、とある一人のサーヴァントと共に食堂の片隅に集まっていた。

 

 

「はぁぁぁああぁぁああぁぁ…………」

 

「おい、その地震兵器みたいな溜め息やめてくれよ」

 

 

 溜め息だけで机を振動させ、手元の湯呑をパリーンと粉砕したのは我らがゴールデン。バーサーカー、坂田 金時である。

 これからに思いを馳せて気分が落ち込んでいる金時を、ロビンは机に頬杖を突きながら呆れ顔で諫める。

 

 すると、金時は、すまねぇと首を振り、気を持ち直した。

 

 

「何もそこまで……金――もとい、ゴールデン殿。寧ろ、貴方はこういったイベントは好きなのでは」

 

「嫌いじゃねぇ。嫌いじゃねぇよ? でもよぉ、女衆の露出が……」

 

「初心な事だ。あの牛魔の母は、その程度では済まなかっただろうに」

 

「いや、バーサーカーの頼光サンはアレだけどよ、生前のあの人はかなり理性的だったんだぜ? オレや他の四天王とか仲間に対しては。ヤバい人には変わりねぇが」

 

「でなけりゃ、バーサーカーになんてならねぇし、狂化EX引っ提げてやってこないでしょぉよ」

 

「だなぁ……だよなぁ……」

 

「まあ、だからこそ主殿も即自害させたわけですが……」

 

「頼光さんにゃ悪いが、ウチのマスターだぞ。残念ながら当然だろ」

 

「自分の母親代わりが殺されたことについては……?」

 

「酒呑と、よりにもよってレイシフトルームで殺り合おうとしたんだろ? あそこはカルデアの要じゃねぇか。庇いてぇけど庇うに庇えねぇよ。それに、オレは本当の母親を同じ四天王の碓井さんに討たれてるんだぜ? そこら辺に関しちゃ、オレッち自身も驚くほどドライなんだよなぁ……」

 

((…………コイツが大将(主殿)に着いてきてくれる理由の一端が分かった))

 

 

 坂田 金時。幼名は金太郎。日本における最高の知名度を誇る英雄である。

 かの“神秘殺し”源 頼光が四天王。数々の鬼退治、土蜘蛛退治に参加した武人。

 その正体は純性の人間ではなく、雷神である赤龍と足柄山の人食い山姥の間に生まれた魔性の子。

 頼光の教育――というよりも寧ろ、碓井を中心とした四天王の手助けと当人の生まれ持った気質によって、人の道を歩み、英霊となった平安時代の武士(もののふ)

 

 なのだが――ガキ大将がそのまま大人になったようなものなので、精神年齢は小学生低学年並のお馬鹿さんである。

 おかげで、召喚されてからあっという間に現代の俗世に染まり、現代風の衣装を纏っている。

 

 しかも、馬鹿なのだが、会話からも分かるように、かなり理性的な人物だ。

 バーサーカーとして召喚されているのだが、狂化のランクはE。ほぼあってないようなものである。

 

 因みに、男性陣の人間出来ているランキングでは、カルナ、ハサン、ヘラクレスが最上位にランクインするのだが、次ぐ位置に来るのが金時だ。

 ちょっと卑屈過ぎるという理由で、その後にロビンが続き、遠慮が過ぎるという理由でアステリオスが続く感じである。

 

 おい、どういうことだ。バーサーカーがランキングの上位を半分も占めているぞ。サーヴァントのクラスとは、属性とは一体……。

 

 

「まあ、オレはオレで楽しむさ。ガウェインだのモーツァルトだの黒髭だの抑えに回るからよ。あとはヘラクレスとガキ共の世話でもすればいいし、酒呑みたいにこっちを揶揄ってくる女もいないしな。お前等もお前等で、ワーカーホリック気味なんだから、ゆっくり休めよ」

 

「っつってもなぁ。急に休みって言ったってよぉ。大体、最後の特異点も修復しちまったし、休んでる場合じゃないってのも理解できるんだよなぁ」

 

「だな。こちらとしては、掃除でもしていた方が適度に気は休まるが……」

 

「お前達も虎太郎に似てきているぞ。苦労性な辺りが、特にな」

 

「「…………ぐはぁっ?!」」

 

「おいおい。カルナァ、いくら本当の事だからって、オブラートに包めよ」

 

「…………すまない。またやってしまったか」

 

 

 そう、既に第七の特異点であったウルクの人理修復は終了している。

 残すは魔術王ソロモンのみ。そして、カルデアは外部からのクラッキングを受けた。

 魔術王が座す人類史に存在しない特異点に向けて引っ張られている状態にあったのだ。

 

 さながら、ブラックホールに引かれるスペースデブリのように。その結末も同様のものとなるだろう。

 

 にも拘らず、休暇などとのんびりした雰囲気なのかと言えば、どう考えた所でアルフレッドのお陰に他ならない。

 

 アルフレッドは魔術王のクラッキングに対して、真っ向から勝負を挑んだ。

 単純な魔術の技量、という点においてアルフレッドは魔術王に及ばない。魔術王に行使できても、アルフレッドに行使不可能な魔術も存在しているのが現実だ。

 

 それ故、アルフレッドは魔術の質による防衛ではなく、数による防衛へと即座に切り替えた。

 数百の防衛、妨害の魔術が秒単位で破砕される中、数千の防衛、妨害の魔術を秒単位で再展開し直す。その上で、一つ一つの魔術の効果は変えず、術式(みちすじ)の書き換えを行って、である。 

 

 本来であれば、魔術の祖たるソロモンには魔術で戦いを挑むこと自体が愚かしい。そもそも、人類の行う魔術は完全に無効化される。

 だが、アルフレッドは其処に独自性を加えることで対抗した。

 生み出す効果は変わらずとも、過程を変えることで本来の魔術とは別のものへと変化させる。

 更には機械技術までも組み込み、果ては魔界の魔術・魔法のアレンジを加えた魔術は、最早、原型を留めぬオリジナルだ。

 

 これに当たり、参考にしたのはトーマス・エジソン、エミヤの二名による宝具改良の経験(データ)であった。

 人理修復の旅で成長したのは、何もマシュだけではない。最新の機械仕掛けの神もまた、様々な出会いを経て、成長している。生まれた時から完成された神霊にはない利点だ。

 

 自らの不利と不毛さを理解したのか、魔術王はクラッキングを中止。

 現在、カルデアは特異点・冠位時間神殿ソロモンと一定の時間と空間距離を保ちつつ、静止状態にある。

 

 虎太郎とアルフレッド。この二人は魔術王を何度涙目にさせれば気が済むのだろうか。

 

 いや、気が済むことはないだろう。

 虎太郎は相変わらず、魔術王を敵と言うよりも仕事上の邪魔者程度の認識しかない。

 アルフレッドは、魔術王を命を弄ぶ者として認識しており、おこなの? と問えば、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームです! と返す程度には怒っている。

 

 挙句に、多くを敵に回し過ぎている。他の英霊も殺る気満々である。これはもう駄目かも分からんね。

 

 

(…………でもなぁ)

 

(大将がさぁ……)

 

(……このようにあっさりと)

 

(休暇を受け入れるとは思えんな……)

 

 

 特異点で涙目になっている魔術王を余所に、四人の心には一抹の不安が燻り続けていたのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「イヤッホォォォオオウ! 遂に来たぜ、待ち遠しかったなぁ~!」

 

「いやぁ、モードレッドさん、そんな修学旅行前の男子中学生じゃないんですから」

 

「うぅん、モーさんは精神的にはちゅうがくせい」

 

「そうね。酷いの、酷いわ。お陰様で寝不足よ」

 

「えぇい、モードレッド、貴様と言う奴は……!」

 

 

 この三日間、テンションアゲアゲ↑のモードレッドに付き合わされたジャックとナーサリーは、これから出発だというのに既におねむのようだ。

 保護者役であるアタランテとヘラクレスの鋭い抗議の視線が突き刺さるが、当の本人は何処吹く風、ズンズンとダンスなんか踊っている。どれだけ楽しみなんだね、叛逆の騎士よ。

 

 そうこうしている内に、レイシフトルームにサーヴァント達が集まってくる。

 

 その中には当然、男性陣も含まれるのだが、ふとロビンが一つの疑問を口にした。

 

 

「え、あれ? アンタら、その服装で行くのか?」

 

 

 男性陣は皆、それぞれのイメージカラーにあったアロハシャツを着ていた。

 割とノリがいいロビンやアマデウス、黒髭、三馬鹿である金時、ガウェイン、ラーマは勿論のこと、紳士のヘラクレス、天使のアステリオス、施しの英雄カルナもである。

 

 対し、女性陣はサーヴァントとしての服装のままであった。

 戦闘中でも魔力の供給で復元する優れものではあるが、これから向かう南の島では相応しい恰好とは言えないだろう。

 

 

「よし、ではお主達、一所(ひとところ)に集まるがよい」

 

「ん? 何をするつもりでございますかな?」

 

「ふふっ。光栄に思うがいい! 霊基の書き換えが行えるのは、この私の原初のルーンだけだ!」

 

「何という能力の無駄遣い……」

 

「いや、呪腕の、戦闘以外にも用いれるのであれば、有効活用とは言えるのではないか?」

 

「つーか、わざわざアロハシャツ買いに行った俺等が馬鹿みてぇじゃねぇですかぁ?!」

 

 

 ふぁさ、とスカサハが取り出した白い布が女性陣を包み込む。

 原初のルーンが刻まれた布の中では一体どのような神秘が行使されたのか、布の中から水着姿の女性陣が次々現れた。

 

 恐らく服装だけではなく、中にはクラスも変更された者がいるであろう辺り、スカサハの規格外振りが分かろうと言うものだ。

 

 

「常夏の島に行くからと言って、みな頭のネジが緩くなって……」

 

「言ってやるな。愉悦というものは様々な意味で人を狂わすものだ。かくいうオレも僅かばかり楽しみでな。生前は、このような馬鹿騒ぎには恵まれなかった」

 

「…………カルナ殿」

 

「……しゃーねぇ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆でも踊らにゃ損って言うからな。偶には、頭を空にして楽しむかぁ」

 

「だな。酒も食事も十分に用意しております故。此度は皆で阿呆になりましょうか」

 

「――――感謝する」

 

「ふう。いやはや、申し訳ない。遅れました」

 

「おや、これはレオニダス殿、どうか為されましたかな?」

 

「いえ、マシュ殿と打ち合わせをですな。はっはっは」

 

 

 他のサーヴァント達から遅れて現れたのは、ランサー・レオニダス一世。無論、彼もアロハシャツを装備中だ。珍しく自前の兜を脱いでいる。

 

 レオニダス一世。スパルタ教育の語源ともなったスパルタの王。

 彼の名が人類史に英雄として刻まれたのは、ギリシャに侵攻してきたペルシャ軍を三日に渡って、足止めをしたテルモピュライの戦いにある。

 圧倒的な戦力差。避けようのない死の運命。それら全てから目を逸らさず、運命に棄てられながらも、何一つ捨てなかった炎の王。

 

 虎太郎とも節度ある友人関係を保っているが、それ以上に仲が良いのがマシュだ。最早、二人の関係は師弟と呼んでも差し支えない。

 

 見れば、マシュも女性陣と合流していた。

 生憎と、彼女はデミ・サーヴァント。霊基を書き換えた所で水着姿になることはない。レイシフトをした先でゆっくり着替えるのだろう。

 

 その時、レイシフトルームの扉が開く。

 入ってきたのは今回の慰安の主役、虎太郎であるのだが、彼の姿を目にして大半のサーヴァント達は目を丸くした。

 

 

「ふぁあ……何だ、お前等、揃いも揃って気合入ってんな。いや、もう水着って、気が早くねぇ?」

 

 

 それもその筈、虎太郎は普段と全く変わらない服装だったからだ。

 何処にでもいる年相応の服装。特に目立ったものはなく、目を引くものもなく、人前に出ても恥ずかしくない格好であるのだが――――これから向かう常夏の島では暑苦しいことこの上ない。

 

 ジーンズに白いTシャツ、黒いライダースジャケット。

 一見、何の変哲もない服ではあるが、虎太郎自身が誂えた対魔忍装束。特殊繊維による物理的な防御は勿論の事、メディアの護符によって魔術的な防衛も施された正に戦装束だ。

 

 

「……虎太郎、アンタその格好、どういうつもりよ?」

 

「何だよ、マルタ。どうもこうもないだろ。普段通りの服装だろう?」

 

「あのねぇ、坊や。これからバカンスよ? いくら時期外れで、決戦前の馬鹿騒ぎと言ってもね――――」

 

「は? いや、メディア、オレは行かねーよ?」

 

『えっ』

 

「え?」

 

 

 虎太郎の発言に、互いが互いに向けて、何を言ってるんだコイツは状態であった。

 

 サーヴァント達にしてみれば、イベントを楽しむのは寧ろオマケ。

 本来の目的は虎太郎を休ませることだ。虎太郎の発言に目が点になるのも無理はない。

 

 虎太郎にしてみれば、あくまでもサーヴァントに対する労いが目的であって、自分が休むことなど初めから頭になかった。

 そもそもカルデアは現在の拠点だ。いくらアルフレッドが居るからと言って、全てを任せるなど偏執狂の彼には到底許容できるものでもない。

 ましてや、カルデアのトップという自覚もある。彼が此処を空にするなど、それこそ全てが終わった後でしかありえない。

 

 よくある悲しい擦れ違いである。

 この後に起こるのは、話し合い――――なのだが、それは通常の話。虎太郎とサーヴァント達であれば話は別だ。

 互いの性質というものを、よくよく理解し合っている。事ここに至って、話し合いで解決など出来る相手ではないのだ、と……!

 

 先に動いたのは、やはり虎太郎であった。

 この場において、共感せずとも他者への理解深い彼のこと、サーヴァント達の動揺から何を考えていたのかなど造作もない。

 

 一目散に、脱兎の如く。レイシフトルームの扉へ向かって走り始めた。

 

 サーヴァント達は一手遅れてしまった。

 全力で逃走する虎太郎を殺すならまだしも、捕らえるには彼らの保有するスキルを全投入せねばなるまい。

  

 だが、この事態を予測していた者がいないわけではなかった……!

 

 

「レオニダス王、今です!」

 

「ムァスタァァァァ!! 時には筋肉(おのれ)を休ませる必要もあるのです! 見ませい、スパルタの魂を此処に! ――――――炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)ァァァァァァァッッっっっっ!!!」

 

「あっつぃっ!」

 

 

 瞬間、レオニダスの宝具が発動する。

 

 逃げようとする虎太郎の周囲を炎が包んだ。

 その炎こそ、スパルタの魂そのもの。かつて“熱き門”を守り抜いた三百の精鋭。彼の宝具は、その歴史的事実を瞬時に再現する宝具である。

 炎はやがて形を成し、盾と槍を手にしたスパルタとなるのだが――――今回は、訳が違っていた。

 

 

「何だ、スパルタ共がオレを中心に円形のスクラム組んでるぞ、コレェ!?」

 

「暑苦しい……!」

 

 

 虎太郎が眼前の光景に悲鳴を上げ、メディアが率直な感想を口にする。

 

 そりゃそうである。なにせ、あのスパルタだ。筋肉モリモリマッチョマンが三百人もスクラムを組んでいれば、絵面はそれはもう暑苦しい。

 しかも、皆さん笑顔である。これじゃあスパルタではなくスパルタクスだ。

 

 

「だが、甘いぞマシュ、レオニダス。オレがこの程度の障害から逃げられないとで、も、…………何だ、このBGM?」

 

「甘いのは貴方です、ムァスタァ! 私はあくまで前座……!」

 

「あー、これ。王者の魂だね。ジャイアント馬場の入場曲。プロレスの入場曲って幼稚で稚拙だけど、盛り上げに関しては超一流なんだよなぁ……」

 

「ぬぅ、しかしアマデウス氏。この状況でこれがかかるということは……」

 

「――――彼女以外に誰かいるのかい?」

 

「…………………………ハっ?!」

 

 

 そう。彼女だ。

 生贄の儀式を否定し、人類とルチャ・リブレをこよなく愛する南米の神性。

 

 因みに、彼女のおかげでサーヴァントの内、何名かがプロレスに嵌った。アマデウス、黒髭もその類である。

 

 虎太郎がその気配に気付き、視線を送ったのは天井付近にあるロボットアームの先。

 彼の視線に合わせて彼女にスポットライトが当たる。この演出はアルフレッドによるものだろう。

 

 

「hola! buenas tardes! お久しぶりデース!」

 

「お前か、ケツァル・コアトル……!」

 

「イエース! アルフレッドとジャンヌ、マシュに呼ばれて来ちゃいましター!」

 

 

 南米はアステカ神話における最高存在の一柱、翼ある蛇(ケツァル・コアトル)

 生命と豊穣の神。文化の神。雨と風の神。戦いの神。明けの明星の具現たる善神トラウィスカルバンテクートリ。マヤ文明のククルカン。

 様々な文明で違った形で現れ、あるいは同一視される善神――――彼女は、その分霊の一つだ。

 

 南米の神霊は、また一風変わった在り方をしている。

 人間に乗り移るのだ。ある種のウィルスのように人間に寄生し、その内部構造を作り変え、記憶を継承する。

 いらなくなった部分を淘汰し、必要な部分を成長させ、文明を繁栄させながら、人類を見守ってきた。

 

 彼女の場合、最終的にはテスカトリポカ神に、その全てを台無しにされてしまったが、その程度で在り方を変える筈もなく。

 

 ある影響からウルクに召喚され、人類の殺戮を謳いながらも、腹の底では人類の繁栄を願っていた太陽の女神である。

 

 

「お姉さん言ったでしょう? しっかり休息を取りなさいって。身体の内側から崩れちゃうわよ?」

 

「うるせー! 今やることやらないと、後から苦労すんだよ! どの道、オレの身体が内側から崩れるのは確定ですー!」

 

「オォウ、なんて哀れな。肉体が破滅するのが先か、仕事を終わらせるのが先か、というチキンレースね。でも、お姉さんはそんなの許しまセーン! トォウ!」

 

「あ! スーパーヒーロー着地だ! スーパーヒーロー着地するぞ! アレ膝悪くするのに皆やる!」

 

 

 圧倒的な肉体の強度を見せつけるよう受け身を取らず、凄まじい音と共に着地するケツァル・コアトル。

 降り立ったのはスパルタがスクラムを組んで作り上げたリングの内側である。

 

 

「さあ、マッスルチェーンデスマッチの始まりデース!」

 

「じょ、冗談じゃねぇ! もう二度とお前とルチャるか! こちとら何度死んだか分からねぇってのに!」

 

「安心してくだサーイ! 今回はプランチャは封印ネー! ――――だから、優しく堕としてあげるわ」

 

「はっ、ぐおぉぉおおぉおおおおぉぉっぅ?!!!?」

 

「あ、アレは……!」

 

「知っているのかい、黒髭!」

 

「プロレスにおける殺人技ッ、シンプルにしてディープッッッ! フロントネックロックッッ! 別名――――」

 

「――――ギロチンチョークッッッッ!!!」

 

「ギロチン…………私、あの技は嫌いだわ」

 

 

 黒髭とアマデウスの解説に、マリーの輝きが損なわれたのだが、周囲はそんなことを気にしない。

 

 女性陣は現状に頭を抱え、男性陣はいいぞー、もっとやれーと熱狂している。

 ロビンとハサンは無言で顔に手を当て、カルナは溜め息を吐いていた。

 頭のネジが緩くなったモードレッドは面白い余興に目をキラキラさせ、マシュとレオニダスは自分達の作戦が上手くいくように祈り、ジャンヌは思わず十字を切った。

 

 

「いくら精神力が肉体を凌駕している虎太郎でも、脳への酸素供給を断たれればどうしようもない。素直にオチてくだサーイ!」

 

「じょ……冗談じゃ、……ねぇ……」

 

 

 ギリギリギリと虎太郎の首が締まる音がレイシフトルームに響く。

 彼の顔は真っ赤を通り越しでどす黒く鬱血し、泡を吹いて酸素不足に喘ぐが、咄嗟に腰を落として防御の体勢に入った。

 

 

「く、くく、コアトル……弱点が、あるのは、お前も、同じ、だ……人間、に、乗り移る、神性、だから……」

 

「…………何ですって?」

 

 

 虎太郎は左手を上げて、その親指だけを立て、地面に向ける。

 どう見た所で相手を挑発するジェスチャーでしかないが、彼の思惑は全く別の所にあった。

 

 

「人体、の、穴という、穴はきゅう、しょ…………喰らぇいぃっ!!」

 

「ひゃわわぁぁああぁぁぁ!?!?」

 

「「や、やったっ!!」」

 

「え、エゲツない……!」

 

 

 ピンと立てた親指をコアトルの肛門に突き立てたのである。

 

 プロレスの関節技における裏技は多数存在する。

 皮膚に対する抓り。目突き。噛み付き。指取り。

 その中でも飛び切り悪辣なのが、肛門への攻撃である。

 人体の反射として、肛門に指を突っ込まれると腰が浮く。これを利用し、関節技を極める。逆に関節技から逃れる手段が、実在する……!

 

 

「え、えへへ、こ、こういうプレイも中々悪くないデスね……」

 

(やはり、コイツは結構なドM。力が緩んだ内に逃れ――――何ィっ!?)

 

「でも悪役(ルード)の策を真正面から打ち破ってこその善玉(テクニコ)! 極めるわ……!」

 

「グ――――が、はっ……!」

 

「「ひ、ひぇぇ……!」」

 

「う。やっぱりこわい……」

 

 

 誰がどう見ても善玉(ベビーフェイス)が浮かべてはいけない笑みを浮かべるコアトル。

 その笑顔は、子供組は思わずヘラクレスの影に隠れるほどの威力である。

 

 

「コアトル氏、締める締めるッッッ! (りき)が入っているッッッッ!!!」

 

「う、う、う、浮いた浮いたぁ~~~~ッッ!!」

 

 

 すっかり実況&解説役となった黒髭、アマデウスの言葉通り、首を極められた虎太郎の身体が浮かび上がった。

 何か対抗策をともがく虎太郎の両脚が宙をかくが、最早、彼に手段など残されていない。

 

 やがて、虎太郎の手足から力が抜け、ガクーンと垂れ下がった。

 

 

「――――ole!」

 

「ウィナァァァァァ、ケツァァァアアァァル・コアトォォォォォォォルッッッ!!」

 

 

 カンカンカーンとアマデウスがゴングを鳴らし、黒髭が勝利を告げる。この二人、ノリノリである。

 解放された虎太郎は泡を吹いたまま白目を剥いて気絶し、踏み潰された蟲の不様さでピクピクと痙攣を繰り返していた。

 

 

「ふぅ……先輩の失神を確認。これで(強制的に)休暇に向かえます」

 

「おっま、これ仕組んだの、マシュの嬢ちゃんかよぉ……!」

 

「ま、マシュ殿、これはいくらなんでもやりすぎなのでは……」

 

「いえ、私もそう思ったのですが、アルフレッドさんやジャンヌさん、それからカルナさんと相談した結果、このような形に……」

 

「カルナァ! オタクも一枚噛んでんのぉ?!」

 

「まあ、な。モードレッドのやりようでは、虎太郎自身が行かなくてもよい流れだと思っていてな。その折に、マシュ・キリエライトから声を掛けられた」

 

「仰る通りですが……それよりも主殿は、無事ですかな?」

 

「ヤ。それは勿論デース。私はルチャマスター。力加減を誤ることはありまセーン!」

 

「では、問題ありませんね。ヘラクレスさん、先輩をお願いします」

 

 

 虎太郎の扱いが微妙に悪いが、大抵こんなものである。寧ろ、普段のド外道ぶりを鑑みれば、扱いはいい方であろう。

 

 

「では、第1回カルデアバカンスの開始を宣言します!」

 

 

 マシュの号令に、サーヴァント達の歓声が上がる。

 何のかんの言った所で、皆も楽しみにしていたのだろう。心の潤いというものは英雄であれ、何者であれ必要なものである。

 

 こうして、魔術王を涙目にしたまま放っておいて、カルデアのバカンスは始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各章のはぐれサーヴァントの扱いについて。

 

 FGOでは7つの特異点において、その原因となっている聖杯からはぐれサーヴァントが召喚される。

 聖杯の所有者によって召喚されたサーヴァントは、そのまま所有者と契約を行うが、所有者が意図しない形で召喚される者がいる。彼等は契約者のいない状態で放浪するはぐれサーヴァントと呼ばれる。

 聖杯からの魔力供給もあり、単独行動のスキルを持たないサーヴァントでも即時消滅することはない。

 

 さて、ここで問題となってくるのが、カルデアで既に召喚されているサーヴァントの扱いである。

 

 恐らく公式では、サーヴァントは英霊の座にいる本体からのコピーなので、同じサーヴァントが複数いる状態になっているのだと思われる。

 更にカルデア側のサーヴァントがマシュ以外ストーリーに絡まないのは、戦闘中のみカルデアから召喚しているからではないだろうか――という妄想。

 

 しかし、本作では若干異なる設定にしている。

 

 例えば、カルナは第一章のオルレアンから虎太郎と戦いを共にしているが、戦闘中のみならずストーリーにも絡んでくるし、第五章アメリカではエジソン側のサーヴァントになっているのも同一個体。

 

 これはレイシフト中、聖杯の影響によって、虎太郎とマシュがレイシフトした時間軸とは、別の時間軸にレイシフトされてしまったため。

 

 

 第5章を例に挙げると

 

 カルナ → 虎太郎達が召喚される数ヶ月前の時間軸に召喚(レイシフト)され、エジソン達と出会い、そのまま客将として参加へ。

 

 ロビン → カルナ同様、数ヶ月前に召喚(レイシフト)、ジェロニモ&キッドに出会い、レジスタンス入り。カルナがエジソン側にいることを知り、情報を交換していた。

 

 スカサハ → 二人とは違い、虎太郎達の召喚された時間軸より後、決戦の直前に召喚され、そのまま虎太郎と合流した。

 

 

 と、大体こんな感じ。

 各章のはぐれサーヴァントも大体、こんな感じで登場する。

 まあ、関わりがあるのは上に例であげた三人と、第六章での呪腕のハサン、第七章でのレオニダスくらいのものではあるが。

 大体、クラス違いの同一人物とかもいるのだ。ただでさえ書いていて頭がこんがらがってくるのに、これ以上、こんがらがるのはゴメンだ。作者の頭の弱さを補う救済策である。

 

 なお、虎太郎&アルフレッドのカルデアにおいて一度に召喚し、使役できるサーヴァントはマシュを含めて六体まで。それ以外は自室(カルデア)で待機である。

 

 

 

 第七章における御館様の戦果を箇条書きで。

 

 ・相変わらず、登場人物に根こそぎドン引きされる。

 ・とある理由からマーリン&アナ組と出会うよりも早く、エルキドゥ(キングゥ)が敵であると見抜いて後ろからフルボッコ。ハサンの妄想心音が上手く決まらなかったことで、その心臓が聖杯であると気付く。

 ・賢王ギルガメッシュと出会った瞬間に気に入られる。理由は、ギルが千里眼で御館様の過去を見て、愉悦枠であると理解したと同時に、自分と同じかそれ以上の仕事をこなしていたから。

 ・特異点に出張してきたキングハサンを一目で見抜く。これにはキングハサンも苦笑い。アドバイスだけして最終決戦まで消える。

 ・終始女神どもを翻弄し続ける。まともに戦ってやったのはケツァル・コアトルだけ。

 ・密林でジャガーマンと遭遇。自分と相性が極端に悪い相手(振り回されるという意味で)と悟り、全力でぶっ殺しにかかるが、残念ながら逃げられた。

 ・二度目の遭遇では、ジャングルをナパームやら火炎放射器、果てはカルナの魔力放出(炎)で焦土にしてしまう。

 ・ケツァル・コアトルとの決戦は、突如としてルチャ・リブレで一対一の戦いを挑む。これにはコアトル姉さん大歓喜。分かり合うモードに突入。

 ・三日三晩、ルチャをし続けて死に続けて蘇生し続けて、最終的に彼女から、もうこの人間を傷つけられない、と言わせて一瞬の隙を突いて勝つ。フニッシュホールドはブレーンバスター。

 ・これにはコアトル姉さん、ベタ惚れ。はぐれサーヴァントなのに魔力供給(意味深)イベントが発動する。

 ・過労死した賢王様に、次はいよいよ自分の番かな? と御館様は一人で嘆息する。

 ・ラフム襲来に際して、暖めていた決戦術式“パーティープロトコル”を発動。カルデアの全サーヴァントを召喚して、ラフムに対抗する。

 ・最終的に、レオニダス、牛若丸、弁慶、シドゥリ、ゴルゴーン(アナ)、賢王様も生存させた上、結構な数のウルク民も生き残らせて特異点攻略。

 ・賢王様に魔術王との最終決戦で共に戦う約束を取り付ける。のみならず、「過労死だけはやめておけ」と両肩に手を乗せられて真顔で忠告される。

 ・マルドゥークの斧、コアトル姉さん焼き鳥事件に一枚噛んでいたものの、マーリンにコアトル姉さんと一緒にクロスボンバーをブチ極めることでひっそりと制裁を逃れる。ひでぇ。

 ・実は、キングハサンのお爺ちゃんが気配遮断EXを使ってカルデアについてきたが、アルフレッドによってバレる。御館様とは時々一緒にお茶を飲む関係に。暗殺者、仕事人ということで結構気が合うようだ。

 

 

 総じて、御館様の戦果に賢王様の大爆笑がバビロニアに響き渡り、相変わらず御館様がやりたい放題蹂躙する特異点であったそうな。おう、魔術王、泣くんだよ。早くしろ。次はお前の番だ。

 

 

 

 ジャック・ザ・リッパー

 

 ☆5アサシン。子供枠。対女性戦闘&撹乱担当。わたしたちは、おかあさんが大好きだけどね。

 

 ロンドンを攻略後に召喚される。カーミラと同じく対女性戦闘にも特化しているが、御館様は寧ろ、豊富な宝具と撹乱に特化したスキルに目をつけて召喚する。

 召喚された当初は、解体解体と言いまくって周囲をドン引きされるが、これはいかんと思った御館様による尻百叩きの刑で、その口癖は封印された。

 アタランテの項にあった通り、彼女とジャック、ナーサリーで組む場合が多い。

 周囲の大人が頼りになり、また理性的かつ倫理的なので、性格は矯正されて本当に無邪気な子供。

 但し、敵に対しては容赦なし。こんなところは御館様に似ないでくれ、というのがカルデアメンバーの本音。

 

 性格的な相性は良好。

 元より倫理観など根こそぎ欠落した子供であるので、御館様が何をしてもあんまり気にしない。

 寧ろ、ジャックの方が一方的に慕っている状態。あと、アタランテも大好きである。母親(替わり)を困らせて気を引きたいお年頃なのだ。

 

 ジャックが協力する理由は“おかあさんの中へ還りたい”というものだったが、今では変わっている。

 それはアステリオスと似ており、“少しでも長くカルデアに居たい”というもの。

 この世に生まれ落ちることなく、この世を去った子供達の怨念の集合体が彼女。だからこそ、母親の胎内回帰が彼女の全てだった。

 しかし、カルデアには彼女達に与えられなかった幸福が全てある。母親の胎内に戻らなくても、望んだものは全て此処にある。

 戦闘はある。痛いことも一杯だ。でも、それ以上に暖かなモノを得たジャックは、それを守る為に凶刃を振るう。

 行動から言動まで年相応ではあるが、聡明な彼女のこと、最後にあるのは別れだと気付いている。それが酷く寂しいものだと理解しているが、それでもきっといいことなんだ、と最後まで笑い続けるだろう。

 

 ――――もしかしたら、次に何処かの聖杯戦争で召喚される霧夜の殺人鬼は、平穏の守護者としての顔を得るかもしれない。

 

 御館様に喰われていない。

 曰く、コイツ、見た目は兎も角、中身は赤ん坊だろうが。オレはどんな性癖でも持っちゃいるが、理性的にNGです、とのこと。

 

 彼女の一番好きな物は、御館様から貰った腹巻。お腹が暖かくてジャックはニッコリ。周囲はホッコリ。金時は露出が減ってホッとしている。

 

 今回の話に際して、彼女のクラスは暗殺者(アサシン)からエクストラクラスの生存者(サバイバー)に変化。

 水着の面積も大きく露出も減った。金時、更にホッとする。

 解体解体うるさいので、御館様がアイヌの知識を仕込み、バイコーンだのを解体させたり、毛皮を剥げるようになったり。あと料理もできます。

 ベディヴィエールのゲテモノ料理とは一味違ったアイヌ知識満載のダンジョン飯を振る舞ってくれるだろう。但し、塩をかけた生の脳みそを食べさせられたり、茹でた眼球を舐めさせられたりする。

 カルデアのアシ●パさん一号。変顔も勿論する。

 

 

「おかあさん、脳みそ食べる?」

 

「いや、オレはチタタプの方が好きだから」

 

「じゃあ、呪腕のおじちゃんとロビンにあげるね?」

 

『えっ……!?』

 

「おう。(オレは嫌いだけど)結構美味いぞ、塩かけた脳みそ」

 

「ねぇねぇ、二人ともヒンナ? ヒンナ?(グイグイ」

 

『…………ヒンナヒンナ(死んだ魚の目』

 

 

 

 ナーサリーライム

 

 ☆4キャスター。子供枠。撹乱担当。全ての童話は、お友達よ!

 

 ジャックと同時期に参入。本の姿で現れ、ロンドンの時点で御館様の度胆を抜いた。

 霊基再臨に際して、月であった聖杯戦争時のマスターの姿になる。

 御館様は詳細を聞いていないものの、何となく察しており、そのままの姿で居させることに。

 召喚された当初は、力を持った無邪気な子供と言った有り様でジャックと共に周囲を困らせたが、御館様の尻百叩きの刑で、周囲に迷惑をかけていることを学ぶ。

 戦闘時には、様々な童話を元にしたスキル、召喚物で戦い、敵を引き付ける。あと、彼女自身が分厚い童話集でぶん殴りに行く。何気に強力な一撃を持つ。

 

 性格的な相性はそこそこ。

 こんな邪悪な人は童話にだっていないのだわ、と御館様にドン引きしている。

 だが、手を出すところだけキッチリ躾けて、それ以外は好きにさせてくれるので、御館様には素直に従う。

 アタランテに対しては、迷惑をかけても自分を見捨てない人と慕っているので、割と遠慮がない。

 

 ナーサリーの協力する理由は“■■■の見た夢を、せめて自分も見ていたい”から。

 かつて、月の聖杯戦争で自分を呼んだマスター。彼女の見た夢が、今のナーサリーを形作っている。

 それが何の意味もない独り善がりの願いだと理解しながら、この暖かなカルデアで、自分を通して■■■に夢を伝えようとしている。

 

 こんなに楽しいことがあるの。こんなに辛いことがあるの。でも、世界はこんなに暖かで、こんなにも喜びに満ちている。

 ■■■は何一つ得られないまま砂糖菓子のように溶けてしまったけれど、こんな可能性も、貴女にもあったのよ、と。

 

 ジャックと同様の理由で御館様に喰われていない。

 

 最近、一番頑張って、一番怒ったのは、ウルクでの一連の出来事。

 ウルクでラフムが行った虐殺に子供が混じっていたことを知り、ナーサリー生まれて初めてマジギレする。

 アタランテ、ヘラクレス、ジャックと組んでラフムを蹂躙する姿は、正に子供達の守護神であったそうな。子供たちの英雄の面目躍如である。

 余談であるが、子供達の守護神組で御館様不在時に、臨時の司令塔となるのは彼女。元が童話だからなのか、もっとも物事を俯瞰的に認識できるため。

 

 今回の話で、ジャックと同じく生存者(サバイバー)のクラスにジョブチェンジ。

 獲物解体と煮る焼くのはジャックの仕事。細やかな味付けが彼女の仕事である。アンメアに次ぐ、二体で一組のサーヴァントかな?

 カルデアのアシリ●さん二号である。勿論、変顔もする。

 

 

「そんな、あんなに必死で集めたプクサキナ――ニリンソウが! ああ、ギョウジャニンニクもない! エゾマツタケも……!」

 

「ナーサリーよ、何もそこまで落ち込まなくとも、なぁ……」

 

「呪腕のおじさま! でも、プクサキナはお肉の味を何倍にもするだけじゃなくて、お互いの味を引き立てるのに……!」

 

「おい、月の裏側でマスターと一緒に酷い目にあってる時より落ち込んでるじゃねぇか……」

 

「ふむ。このままでも美味だ、ナーサリーライム(モグモグ」

 

「お、よく煮込んでて肉の臭みが消えてるな(モグモグ」

 

「鹿肉と馬肉の中間と言った感じだな、バイコーンは。ほら、ロビンもカルナ殿もああ言っておられる。元気をだせ(モグモグ」

 

「へっ」

 

(((ナーサリーがまた新しい顔芸を……)))

 

 

 

 

 坂田 金時

 

 ☆5バーサーカー。不憫&馬鹿枠。戦闘担当。俺のことは、ゴールデンと呼んでくれ。

 

 子供組二人と同時期に参戦。

 雷神の息子としての能力と、一撃の破壊力を期待されて御館様が召喚する。

 アルフレッド、ジャンヌ、マシュからは、御館様の抑え役を期待されていたが、蓋を開ければ小学生低学年並の馬鹿だった。

 野郎どもや子供達とはすぐに打ち解けたが、エウリュアレは酒呑を思い出して苦手。

 ブーティカみたいに露出が多かったり、スカサハみたいに身体のラインが浮き出る服装の女性陣とは目も合わせられない。

 ガッウェに唆されて、アマデウスや黒髭と馬鹿をやったりするが、何故か怒られるのは自分一人という状況に首を傾げている。 

 同じ三馬鹿であるガッウェ&ラーマとは特に仲が良いのだが、嫁とイチャイチャするのは余所でやってほしい所存。

 

 御館様との性格的な相性は意外なほど良好。

 身内に対して非常にドライ。力のない者に対しての守護者という側面が似通っているからだろう。

 ゴールデンの方も、何となしに御館様の胸に何があるのかを察している節があり、ド外道行為に戦慄はしてはいるものの止めはしないし、見捨てもしない。

 効率主義なやり方は頼光の戦い方で慣れていたので、他のメンバーに比べれば比較的理解がある。あくまでも比較的にだが。

 

 彼が協力する理由は“こんな大事を前にして目を背けるなんざ、ちっともゴールデンじゃねぇ”とのこと。

 彼は聖杯を求めているが、そんなことは二の次。人類の危機、世界の崩壊を前にして、関係ねぇと言えるほど薄情でもなければ臆病者でない生粋のヒーロー体質なのだ。

 何よりも、同じ馬鹿をやって親友になった奴等のため、身を削って戦い続けるマスターのためであれば、自分の願いも望みもブン投げて戦うのが漢気ってもんである。

 

 最近、一番頭を抱えたのは、今回の件。

 ただでさえ露出の多い女がいるカルデアで、水着イベントなど彼にとっては生き地獄だ。

 とは言え、子供達の面倒見てればいいし、と思っているのもあるし、ヘラクレスと相撲が出来そうというのもあるので、色々と楽しみではある模様。 

 

 

「なあ、マスター、このバイクかなりゴールデンだ! キャプテン・アメリカ(映画版)が乗ってる奴、買ってくれよ~」

 

「チっ、仕方ねぇなぁ。最近、お前頑張ってるしな。(アルが)買ってやるよ」

 

「さっすがマスター! ゴールデン過ぎて直視できねぇ!」

 

 

 これが騎ん時爆誕の切欠になろうとは、誰も予測していなかったのです……!

 

 

 

 

 

 レオニダス一世

 

 ☆2ランサー。マシュの師匠枠。盾役&一般人の被害削減担当。これが、スパルタどぅわぁぁぁぁぁっっ!!

 

 マシュが最も尊敬する盾持ちサーヴァント。ネタ鯖と思いきや、下手な☆5よりもよっぽど使えると評判のガチ鯖。

 穏やかな心も持ちながら、激しい熱血と計算によって目覚めたスーパースパルタ人。

 第二章のローマで敵として現れたが、守るものがなかったためにあっさり敗北。本人も世界を滅ぼす一助にならず、ほっとしたまま消滅した。

 が、盾持ち、守護の逸話あり、ということでマシュの成長を促せると目論んだ御館様によって召喚される。

 その後はマシュの良き師匠として、スパルタ的な指導をしつつも、マシュ本来の良い部分を認めて、自分とはまた形の違う守護のサーヴァントとして成長させる。

 筋肉や鍛錬が絡むと人が変わるが、普段は落ち着いており紳士的。でも、戦いになると雄叫びを上げるのは抑えられない脳筋。

 

 御館様との相性は極めて良好。

 脳筋というだけあって御館様が嫌っている、レオニダスは邪悪な手段を躊躇しない御館様を嫌っている――と思われたが、そんなことはなかった。

 この男、脳筋は脳筋でも頭のいい脳筋なのだ。計算も結構できるし、勉強ができるタイプの頭の良さではないが、的確に状況を把握し、的確な指示を出せる頭の良さ。

 その思考の冴えは追い詰められれば追い詰められるほど極まっていく。でも、対外的には雄叫びを上げているので、そんな風には見てもらえないのである。

 幽霊は苦手中の苦手。オガワハイムのアレでも仲間の危機に駆けつけたのだが、周りが幽霊だらけで死ねぇい、怖いぃ、と叫びまくり。挙句の果て、御館様とマシュに襲い掛かろうとした。

 

 ――が、そこは我らが御館様である。自分の目にかけている人物に最大限の譲歩を見せた上で、最適の行動を取る男だ。

 

 

「トゥッ――――!」

 

「パンツ一丁の姿にぃっ?! 変態ですか、先輩ィイィっ!! ――――――あっ、先輩は元々変態でした」

 

「これを見ろぉ、レオニダァス!!」

 

「ハっ、その厚みはないものの、叩き抜かれた鉄の如き大胸筋と腹筋! 長い手足に巻き付き、刃そのものの上腕二頭筋と大腿筋は俊敏さの証明!!」

 

「そうだぁ! この筋肉がぁ! 幽霊如きが見せる幻に見えるのかぁ!! ふんんうぬぬぬうううぅぅっっ!!」

 

「そのような筈は! このレオニダス、一生の不覚! ムァスタァァの筋肉を見間違えるとは! これはお詫びの筋トレですぅうううぅっ!!(スクワットしながら」

 

「お前ひとりの筋肉に悲鳴は上げさせねぇぞ! レオニダァァァアアァァス!!(腕立て伏せしながら」

 

「ムァスタァァァアアァァァァァアアァァ!!」

 

 

 とまあ、オガワハイムの一室は謎の筋トレ大会会場と化して、マシュはドン引き。御館様のキャラは行方不明。レオニダスは無事にカルデアに帰還した。

 

 彼が協力する理由は“私は守護に人生を捧げた男です。その男がどうして、世界の危機に盾を投げ出せましょう”というもの。

 御館様と相性が良い理由の大部分が、これ。日常の守護者である御館様とギリシアを――いや、人を守り抜いた彼とが相性が悪い筈もなく。但し、御館様のやり方には苦言を呈したいようだ。

 そんな彼であるが、聖杯への願いが出来ていた。“取りあえず、マスターを休めるようにしてやりたい”。筋肉は鍛えた後に休ませることも重要なのです。

 

 最近、一番頑張ったのは、ウルクの特異点。

 レイシフト時、聖杯――勿論、ギルガメッシュの持つウルクの大杯の方――の影響で、一足先にウルクに召喚され、以後は北壁の守りとして、その力を如何なく発揮していた。

 元より破滅を約束された負け戦。他のサーヴァントも負け戦の経験者であり、負け戦を長引かせ、泥仕合に移行させる天才達。その破滅を一日でも先延ばしにすることこそが、自らの使命とし、仲間が一人、また一人と脱落していく中、兵士達にスパルタ教育を施し、何一つ投げ出さなかった。

 

 そして、運命の時は来る。

 ギリシャの神々に呪いを掛けられ、複合神性ゴルゴーンと化したメデューサから仲間達を守る為に、熱線と石化の魔眼に割って入り――――

 

 

「ぬぅ!? 何故、石化しないのだ!? 私は物理しか防げないはず……!」

 

「こんなこともあろうかと、お前の装備に魔術防御(メディアお手製)の護符を仕込んで、盾はヴィブラニウム製にすり替えておいたのさ!」

 

「何という抜け目の無さ! 流石です、ムァスタアアアアアアアァァっっ!!」

 

 

 ――――普通に生き残った。

 

 その後はジャンヌとマーリンとブーディカの宝具が御館様によって投入された。

 魔獣の母からウルクの北壁を守る天使の祝福と理想郷の影響、ケルトの神々の加護を受けた三百のスパルタ兵という訳の分からない絵面が展開される。

 鉄壁過ぎるスパルタ兵に、ゴルゴーンは北壁を傷付けることさえ敵わず、御館様に煽られまくる。その後、彼女を諫めに来たキングゥですらが、お前大概にしとけよ! とブチ切れていた。御館様鼻をホジって応対するだけであった。

 

 その後も牛若丸、弁慶と共に北壁の守りを担ったが、ラフムの襲来に際して、決断を迫られる。

 このまま北壁を守るか、それともウルクに向かうのか。無辜の民が居るのはどちらも同じ。悩む彼の背中を押したのは、彼自身が教導した兵士の言葉であった。

 

 

「レオニダス殿、どうかウルクへ! 北壁の守りは我々にお任せください! 我等には、貴方の教えがあります!」

 

 

 その後はもうスパルタ無双である。イメージとしては劇場版の野原一家の無双シーン。

 牛若丸と弁慶と共に僅か数時間でウルクに到着。しかも、道中で避難する民を守りながらであった。

 ウルクの民の多くが生き残れたのは、彼という守護の英霊が居たからこそであろう。

 

 

「「「スパァァァァルタァァァァァアアァァっっっっ!!!」」」

 

 

 これがウルクへ向かうレオニダス、牛若丸、弁慶の雄叫びである。

 日本の自由な英霊ですら染め上げてしまうスパルタって凄い。御館様は改めてそう思った。

 

 

 

 

 

 ケツァル・コアトル

 

 ☆5ライダー。チョロチョロドMお姉さん。戦闘担当&対御館様最終強制休息装置。いくわよ~? トペ・プランチャ~!

 

 やってきました南米の主神。こんにちは、太陽の女神様。

 神霊系サーヴァントの中で、御館様が嫌っていない数少ない存在。というか、彼女以外にはエレシュキガルくらいしかいないだろう。

 CMで彼女はヤバい奴だと思ったぐだーずは土下座しないといけないね。あの凶悪な笑顔に騙されちゃったね。蓋を開けてみれば女神様の中でもっともマトモでした。ごめんなさいぃぃぃ(土下座。

 

 ウルクでは、御館様とルチャ・リブレで一対一で戦う。ただ、性能差がありすぎるので御館様は、何度も犬神家状態になるわ、折り畳み式の携帯電話になるわ、口から内臓撒き散らすわ、脳漿ぶち撒けるわ。

 だが、三日三晩そんなことを繰り返しても一向に折れない御館様にコアトル姉さん大歓喜と同時に悲しくなる。

 これだけの痛みに対する耐性、死に対する耐性、こんな精神性を獲得するまで、どれだけの地獄を潜り抜けてきたか理解できたからだ。

 これ以上、この人間を自分は傷付けられない、と迷った所、御館様の不意討ちが炸裂。ブレーンバスターを極められて、敗北を認めた。

 

 その後はもうメロメロのベタ惚れ。

 正義じゃないけど、秩序で、一生懸命で、自分の仕事は投げ出さないところが良いらしい。チョロい!

 

 性格的な相性は非常によろしい。

 そもそも南米の神性は人に寄生しなければ、存在できない。そういう在り方だ。

 神性ごとに人間の好みのタイプは異なるものの、人間好きには変わりはない。

 また彼女自身は人間の繁栄を望んでいるため、御館様のような人間に力を貸すのは積極的。

 女神的にNGだと分かっているけど、力を貸してあげたいからしょうがないじゃない、とのこと。

 

 彼女が協力するのは“虎太郎(にんげん)が好きだから”。

 最後には消えてなくなってしまうとしても。その繁栄に何の意味がなかったとしても。その文明(さくもつ)が成果よりも、浪費の方が多かったとしても。

 彼女は人間が大好きだ。それも神々のような身勝手な“好き”ではなく、人間から見ても理解できる“好き”である。

 例え、人間に理解の及ばない本性を持っていても、彼女は人間に合わせてくれる。その様は正にパーフェクトゴッデス。こんな神霊っているんですね。

 復讐者としての側面も持っているには持っているが、人間の為に根性で抑え込んでくれている。

 こんな素敵女神様なのだが、顔芸のせいで子供組にはビビられ気味でちょっとしょんぼりしている。

 

 無論、御館様に喰われている。はぐれサーヴァントの状態で、である。

 これには流石のオリオンもガチで忠告することだろう。お前、女神に手を出すってアホなの? それも主神クラスだよ? と。

 御館様はこう返します。知らねー知らねー! こんな良い女抱けるんなら神罰喰らっても本望だわ! 女と遊ぶ事しか考えてねーからプレイボーイ止まりなんだよ、お前は、と。

 流石、性技の味方。女の為なら神罰すら恐れねぇ……!

 

 最近、一番嬉しかったのは、虎太郎が分かり合った上で受け入れてくれたこと。

 マーリンの所為で神性がガタ落ちしたのを良い事に、魔力供給(意味深)を申し出たのだが、御館様意外にもこれをスルー。

 

 

「そういうの楽しくないから。義務とか仕事で女を抱くとか作業だから。そういうのつまんねー。お前がオレの女になるってんなら別だけど」

 

「………………そ、それは」

 

「まあ、オレの女になったら、メチャクチャするけどな、オレ。止めといた方がいいんじゃない?」

 

「――――――ご、ごくり」

 

 

 御館様の自分の女にする宣言に、思わず生唾を飲み込むコアトル姉さん。身体中のいろんな所でキュンキュン、ビクビクしてしまった。

 

 で、結局は有耶無耶の内に抱かれることになったのだが、そこはそれ。

 御館様、コアトル姉さんのドMっぷりを見抜いてイジメまくる。

 人の上に立つ存在は、抑圧された精神性のせいでマゾッ気がある場合が多いからね。神様も王様の経験もあるからね。仕方ないね。

 散々焦らされまくって、泣きながら屈服宣言させられてしまったとさ。

 

 

「お願いっ! ひぃんっ、虎太郎、お願いよぉ! イカせて! もうイカせてぇっ!」

 

「えー、もっと泣かせて楽しみたいんだけどなぁ」

 

「もうムリぃ! 我慢ムリなのぉ! お願い、アクメ、下さいぃ♡」

 

「じゃあ、他にも言う事あるんじゃないのかな」

 

「あ、うぅ、……こ、虎太郎だけの、女神になるから……虎太郎の逞しい勃起チンポで、私のスケベおまんこ、イカせて下さぁい♡」

 

 

 このドMっぷりだよ。

 但し、痛みとか苦しみが欲しいのではなく、辱められたり、貶されたりすると嬉しいドM。

 カーミラとはまた違うタイプなんだぜ。差別化を図らないとね……!

 




さて、第七章の盛大なネタバレをぶちかまして終了。成し遂げたぜ……!
あと、キャラ紹介で女性キャラをぶっちぎってレオニダスのテキスト量が多いのは、自分が好きだからです。シリアスもギャグも出来て、キャラ性能もいいとか、お前何なんだよ。カルナさんの次ぐらいに好き!

そして、コアトル姉さん。貴女、最高です……!

第七章中盤 → うわぁ、またヤバい神霊だよ。女神に碌な奴いねー。

第七章クリア時 → うわぁぁぁぁ! コアトル姉さん大好きぃ! 単体宝具持ちのライダーいないからウチにお迎えしないと!(ガチャガチャ

FGOプレイヤーの皆さんは、こんな感じではなかろうか。
オジマン、アンメアには火力は劣るけど、状況に応じて他のサポートに回れるのは強みだし、スキルの全てがライダーのクラスと噛み合ってやがる……!
キャラ良し、性能良し、スタイル良し、性格良し。非の打ち所がない女神様じゃないか……!

あと、各キャラの水着姿ですが、水着の絵がある場合はそれで。残り? 詳しい描写はあんまりしないで? それはね、皆さんの心の中に水着姿があるからだよ!(手抜きの良い訳


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人はアルフレッドのお陰で造られた命との付き合い方を心得ている』


ふぅ~、サマーバケーション編に入ってから筆がノリにノッているぅ!

因みにサマーバケーション編ですが、結構な数のエロを書く所存です。
サーヴァント達との馬鹿騒ぎ、モーさんの受難&苦労、更にはエロ。うむ、途中で飽きるかもな!

では、サマーバケーション編、どぞー。



 

 

 

 

 

『苦労人は仕事があり過ぎると発狂し、仕事がなくなると錯乱する。どうしろと?』

 

 

 

 

 

 私の名前はマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントです。

 

 私の人生は無機質な試験管の中から始まります。

 俗に言うデザイナーベイビー、デザイナーチャイルド、ジーンリッチ、ドナーベイビーなどと呼ばれる存在です。

 

 人理継続保障機関カルデア。

 その前身となった組織――――いえ、機関上の“機能構成(システム)”の完成度を考えれば集団と言った方が正しいでしょう。

 私は、その更に下部となる研究機関で生み出されました。

 

 彼等の目的――もっと正確に言うのなら、マリスビリー・アニムスフィアですけれど――は、恒久的な戦力の確保として、サーヴァントの力を宿した人間を生み出すこと。

 良質かつ豊富な魔力回路を持つ人間の遺伝子を掛け合わせて作り出し、英霊の遺品を移植することで、彼等の力を降ろす。

 

 非人道的な実験の果てに生み出された弄ばれるだけの命、それが私の本質です。

 

 当時の私は、それでもなお自分は幸運だと思っていました。

 だって、顔も知らない兄弟は、私と違って、この世に生まれ落ちることさえ出来なかったから。

 

 生まれてから全ての時間を無菌室で過ごしたとしても。

 外の世界を何一つ知らなかったとしても。

 ただ生きているだけなのに、記憶すら失ってしまう不出来な身体だったとしても。

 いつものように眠り、次の朝、ただ起きられたことを感謝するような日々であったとしても。

 

 外を知らない私に、自分以外の人生がどのようなものであるかなんて、計りようもなくて。

 うん。けれど、今も私は考えに変化はありません。自分は幸せだと思うのです。

 

 ――――無菌室での生活が他人の思惑で始まったものならば、その終わりも他人の思惑によるもので。

 

 ある日突然、無菌室にサイレンが響き渡りました。

 その時の私は困惑するばかりで、命の危険が迫っているなんて思いもよらなくて。

 

 遠くで響く何かが破裂するような音。

 無菌室の換気装置から伝わってくる研究員の悲鳴。

 部屋全体を揺らす振動。

 

 何が起きているかも分からないまま。

 何が起きているのか考えも巡らせないまま。

 今になって考えれば馬鹿馬鹿しいほど無警戒なまま、ベッドに座っていることしか、私には出来なかったのです。

 

 それからどれくらいの時間が経ったでしょう。

 

 何が起こっているのか、主治医の彼に聞いてみよう。

 そう考えた私は、いつものような笑みを浮かべて現れるであろうドクターの到着を待ちました。だって、それ以外に私には手段なんてなくて。

 

 

『――――え?』

 

 

 無菌室の向こう側に入ってきた黒尽くめの誰かに思考が停止した。

 

 

『こいつが例のブツか……?』

 

『まだ子供だが、とびきりの危険物だ。処分の許可は出ている。保護するよりも安全だ』

 

 

 何一つ分からない、何一つ見たことのないものを持った二人の誰か。

 無菌室のガラス越しに向けられた何かには、明確な殺意に本能的な恐怖を感じて――――

 

 

『…………ふん、メチャクチャしやがるな』

 

 

 ――――次の瞬間、二人の首が落ちていた。

 

 それを為したのは、何処にでもいそうな服装を身に纏い、仮面で顔を覆い隠した無貌の男。

 

 

『――――開けろ』

 

『ま、待って下さい! 彼女は今まで無菌室で生きてきたのですよ?! 何の準備もなく部屋を出れば、急速にバイタルが低下する恐れが……!』

 

『準備は進めてきたが、米連の考えなし共が時計の針を進めやがった。もう、コイツに気を使ってる暇はない。お前が拒否するなら、オレは見捨てるまでだ』

 

『…………――――っ!』

 

 

 通信機でも使っているのだろうか。

 男性は誰かと何事かを話していると、無菌室の扉が開く。

 

 彼は、何の遠慮も躊躇も見せず、一直線に私へと向かってくる。

 吐き気を催す匂い――それが血と硝煙の匂いであると知るまで、然程時間は要さなかった――を纏う彼は、私には、何か得体の知れない何かに思えて。

 

 恐怖すら感じる暇もなく、大きな爆発が無菌室(私の故郷)を襲いました。

 そこからプッツリと記憶が途切れています。僅かに覚えているのは、血と硝煙の匂いに包まれて、生まれて初めて自分以外の体温を感じた事だけ。

 

 日本に住む人々は、自分の手の届かない現象に神性を見出し、守り神や荒ぶる神として祀り上げると聞きます。私にとって、彼こそが“それ”でした。

 

 そして、彼こそが先輩で、私の人生に光を与えてくれた人――――私の、大好きな人です。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――なのに、どうしてこうなってしまったのでしょう」

 

「うー……うーっ……うぅぅううぅぅぅううぅぅううううっっっ」

 

「先輩、そのうーうー言うのをやめましょう。ここにはお仕事はないんですよ?」

 

 

 やってきましたオケアノス。やってきました常夏の島。

 カンカン照りの太陽。雪と見紛う白い砂浜。サファイアの如き青い海。

 

 気温は正に真夏。しかも、日本のそれとは違い、カラッとした気持ちのよさがある。

 

 他のサーヴァント達は、主役である虎太郎のことなど忘れて、各員のやりたいように休暇を過ごしていた。

 

 そんな中、コアトルによって失神させられた虎太郎の介護を引き受けたのが、マシュであった。

 砂浜にレジャーシートを引き、太陽の光から虎太郎を守る為にパラソルを立て、暑苦しい普段着からハーフパンツとアロハシャツに着替えさせた。

 その後、虎太郎が目覚めるまで過去の記憶を思い返したり、潮風に浸りながらサーヴァント達が遊ぶ様を微笑みと共に見守っていたのだ。

 

 

『――――はっ』

 

 

 が、それもそこまで。

 虎太郎は目を覚ますや否や、周囲の状況を確認。自分まで休暇に巻き込まれたと知るや否や、アルフレッドに連絡を取り出した。

 

 しかし、何の意味もない行為だ。

 マシュとジャンヌによって、アルフレッドは虎太郎からの連絡を全て着拒するように言い含めてある。

 

 暫らくの間、マシュの言葉も右から左の状態であったのだが――――

 

 

『ウヒ、ウヒィィィィっっ!!』

 

 

 ――――突如として狂乱。砂浜に落ちていた木の棒を手にすると、砂浜に文字を書き始めたのである。

 

 余りに突飛な行動にマシュがしどろもどろになってしまったのだが、虎太郎が何を書いているのかを覗き込んでみれば、恐らくは何らかの報告書を書いているらしかった。

 

 

『せ、先輩……!』

 

 

 こんな所にまで来て仕事をしようとする虎太郎に涙するマシュ。

 後ろから抱き着いて必死になって止めようとしたのだが、生憎とその程度で止まる男であるはずなく。

 

 こうして、眺めていることしか出来ない自分に歯噛みしていたのだが、マシュは意を決した。

 

 これでは本末転倒だ。

 折角、モードレッドが考えてくれた案――どう見ても、彼女自身が遊びたいだけだったとしても――が台無しである。

 

 はあ、と溜め息をついて、水着の上から羽織ったパーカーのポケットからあるモノを取り出した。

 

 

「では、行きます。マーリンさんの見様見真似ですが……カルデア魔術・会議だよ、全員集合! 発射!」 

 

 

 片耳を人差し指で塞ぎ、手にした信号拳銃を天に向けて引き金を引く。どう見ても魔術ではない、単なる文明の利器である。

 

 パシューと音を立てて天へと昇っていく赤い彩煙弾。それから僅か数分でお馴染みの三人が現れる。

 

 

「おいおい、どうしたマシュの嬢ちゃん。信号弾なんて打ち上げ、て、……」

 

「困りますぞ、マシュ殿。信号弾を上げるのであれば、事前に色がどのような内容であるかを伝えておかね、ば……」

 

「敵、ではないようだが、これは……」

 

 

 ロビン、呪腕、カルナの三人である。

 流石に虎太郎の無茶振りやド外道ぶりに振り回されてきただけあって、緊急時の即応性は他のサーヴァントとは比べ物にならない。

 

 が、目の前で展開されている光景に、三人は茫然とした。

 当然である。誰だってそーなる。三人だってそーなる。

 

 

「「なぁにこれぇ……」」

 

「流石だ、虎太郎。諸行無常とは正にこの事。覚者でも、ここまでの苦行を自らに課すまいに」

 

「「いや、そういうのじゃないから、これ」」

 

「申し訳ありません。私は緊急の用が出来ました。暫らくの間、先輩の介護をお願いしたいのです」

 

「えぇー……、オレら、バーベキューの用意してたんだけど……」

 

「これの、介護、……介護? どのようにすれば、何をすれば……?」

 

「承知した。何の用かは見当もつかんが、虎太郎の庇護は任せておけ」

 

「カルナァっ、余計な事言うなぁ!」

 

「我々にどうしろと……?!」

 

「では、よろしくお願いします」

 

「「あっ、ちょっと待ってェ……!」」

 

 

 ロビンとハサンの悲鳴を余所に、マシュは覚悟を決めた女の表情で海とは反対方向――砂浜からすぐに位置する森の中へと入っていってしまう。

 

 残されたロビンと呪腕は茫然としていたが、やがて肩を落として諦める。

 カルナは両手を組んだまま虎太郎の奇行を見守っていた。まるで、それが己の使命と言わんばかりに。

 

 しかし、ロビンと呪腕にそこまでの精神力はなかった。

 他人の奇行を見守るというのは中々に神経を削られる。とてもではないが、痛々しくて見ていられない。

 

 そこで二人は恐る恐る虎太郎に近づいていった。

 

 

「あー、大将? 砂浜は、書類じゃねぇです、よ……?」

 

「そ、そうですとも主殿。これは余りに無為に過ぎます。どうか、止めて頂きたい。具体的な理由は、我々の精神が持ちません故」

 

「いや、待て二人とも、それ以上――――――あっ」

 

 

 カルナの忠告が二人の耳に届くよりも早く、ロビンが地雷を踏み抜いてしまった。

 

 

「ウキィィィィイイイィィィイィィっっっ!!!(甲高い雄叫び」

 

「うぇっ?! な、なんだぁ!?」

 

「あっ、ロビンー! 足元足元ー!」

 

「えっ? あっ! いやいやいや、これはしょうがないでしょうよ! ていうかオレじゃなくても――――!」

 

「ウキー! ウキーっ!!」

 

「ぎゃー! いったい! いってぇ!」

 

「………………………………………………悲惨だ」

 

 

 虎太郎が砂浜に書いた文字を、悪気なく踏み消してしまったロビンであったが、今の彼にそんなことは関係ないらしく、容赦なく襲い掛かる。

 

 ロビンの肩に飛び乗り、顔を引っ掻くわ髪の毛を引っ張るわ。完全に猿だ。カルナも思わず、顔を片手で覆う。

 

 

「主殿、よもやそこまで……(ホロリ」

 

「呪腕の旦那ーっ! 大将を憐れむのもいいけど、オレも助けてーっ! 大将も言語機能まで衰退させてんじゃねぇですよ……!!」

 

「む。機、だな…………虎太郎、海を見ろ」

 

「ウキっ?」

 

 

 言語機能は失われていても、他者に対する気遣いは分かるのか。

 カルナの言葉(きづかい)虎太郎(さる)は海を見る。そして、蒼褪めた。

 

 ――海からは、一際大きい波が砂浜に向かっているではないか。

 

 

「ウ、ウキ――――――やめっ、やめろぉぉぉぉおおぉぉおおっっっ!!」

 

 

 そして、砂浜の文字を庇うように、波打ち際へと飛び、背中で波を受け止める。

 だが、悲しいかな、所詮は肉壁一枚。自然に敵う筈もなく、砂浜に書かれた文字の大半が波で流されてしまった。

 

 

「うっ、う、ぁ、うあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁっっ!!」

 

((まさかのマジ泣きかー……))

 

 

 正しく諸行無常の体現。

 これには仏陀も思わずニッコリ。“これで貴方は、また一つ、悟りへと近づいたのですよ”と。

 

 何? 妙に意地が悪くないかって? 西遊記の御釈迦様は、大体こんなもんである。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 森の中へと消えたマシュは、彩煙弾によって集ったサーヴァント達と何やら話し合っていた。

 

 

「――――以上が、今現在の先輩の状態です」

 

『……これは酷い』

 

 

 猿へと退化した虎太郎の現状を伝えると、集った皆は頭を抱えるか、首を振るか。

 

 因みにであるが、集ったメンバーはジャンヌ、スカサハ、マリー、ブーディカ、ドレイク、アン、マルタ、カーミラ、マタ・ハリ、ケツァル・コアトル――それからもう一人。

 

 もうメンバーを見ただけで、賢明な者ならばあっ(察し、となるであろう。

 これまでに何の会議をしてきたのか丸分かりというものだ。そりゃ、順番とかプレイ内容とか以外に何があるというのか。

 

 

「しっかし、虎太郎も相当だねぇ。そういうところがあるのは分かっちゃいたけど、ここまでとは……」

 

「ですが、どうしたものでしょう。このままではコタローの休暇という本来の目的は果たせませんね……」

 

「ところで、発案者のモードレッドはどうしてるの……?」

 

「あの()ならプリドゥエンで波乗りしてたよ。元気なのはいいけど、虎太郎をそっちのけなのは困ったもんだ。たははー……」

 

「仕方ないわ。あの()は、私と同じで楽しいスイッチが入ると、もう止まりまセーン! 状態になってしまうみたいね」

 

「そのまま宝具をぶっぱしなければいいのだけれどね……」

 

 

 ある意味で同類と感じ取ったのか、コアトルは笑っていたが、ブーディカに聞いたモードレッドの現状を思い、カーミラは嘆息する。

 

 

「先輩及びモードレッドさんについては、一旦置いておきましょう。それで、スカサハさん、宿泊場所についてですが……」

 

「ああ、今現在、風魔の頭領とレオニダスが宝具を展開して急ピッチで建設中だ。私のルーンも使ってな」

 

「あら、意外。レオニダス王は兎も角、風魔が虎太郎のために働くなんて。というよりも、アイツ、宝具(部下)をそんな風に使われるの嫌いじゃなかった……?」

 

「いや、そうでもないぞ、マルタ。と言うよりも褒美で釣っただけだがな。金時と遊べるようにセッティングしてやると言ったら、快諾してくれた」

 

「あらら。風魔くん、いいようにコキ使われちゃってるのね。でも、男を弄ぶのも良い女の条件(たしなみ)よね?」

 

「ええ。ええ! それにスカサハさんの嗜みは私も見習いたいわ。雑誌を見て、リゾートのホテルやコテージを参考にしていたもの。マスターを休ませる為にも、自分が楽しむ為にも手を抜かない。とっても、とても素敵!」

 

「はうぁ……こ、これ、余計なことを言うでない、マリー!」

 

(結構、楽しみだったんだ……)

 

(……案外、乗り気でしたのね)

 

(スカサハさんも、先輩――いえ、虎太郎さんの立派な女ですね!)

 

「生暖かい目で見るでない! えぇい! そもそも、虎太郎がそのような状態では何の意味もなかろうに……!」

 

 

 生暖かい目とは具体的に何度だ? というカルナのツッコミに見せかけたボケが炸裂しそうであったが、生憎と彼は此処に居ない。

 

 虎太郎のためという所にか、休暇を楽しみにしていたという所にか、は定かではないがスカサハの頬は薄らと朱に染まっていく。

 

 

「うーん……コタローの状態だけど、僕もカルナと同意見だからね。放っておいてもいいんじゃないのかな?」

 

「エルキドゥさん――――いえ、エルキドゥちゃんさん」

 

「ははは。マシュ、そこは気軽にちゃんだけでいいよ?」

 

 

 緑の美しい髪と瞳を持ち、可愛らしいフリルのついた白いビキニで凹凸の少ない身体を覆った絶世の()()

 

 エルキドゥ。

 神々によって生み出された至高の神造兵器。“天の楔(ギルガメッシュ)”を、再び()の側へと引き戻すために生み出された“天の鎖”。

 若き日の英雄王ギルガメッシュと互角に渡り合い、ついには決着のつかぬまま引き分けに持ち込んだ逸話を持つ、彼と同格の英霊である。

 

 ()()が召喚されたのは、ギルガメッシュが召喚された後であった。

 

 時系列としてはオルレアンの特異点を修復後。

 これ以後の特異点は、より強力な英霊達、より悪意に満ちた敵と戦わねばならないだろうと想定した虎太郎は、早急に戦力を整えるつもりだった。

 当時のカルデアの戦力は、アマデウス、マタ・ハリ、アーラシュ、オルレアン攻略中に召喚したカルナ、オルレアン攻略後に召喚したジャンヌ、マリーのみ。

 

 

 英霊としての格も能力も低いものの、オルレアンの件で扱いやすいアマデウス。

 

 当時はまだ信頼を勝ち取っていなかったが、諜報能力に秀でたマタ・ハリ。

 

 大英雄であり、様々な能力を持っているが、宝具の扱いが難しいアーラシュ。

 

 攻撃という点においては凡百の英霊に劣るものの、防御に関して秀でたマリー。

 

 極めて高い防御性能及び、集団の強化と戦争経験のあるジャンヌ。

 

 攻撃、防御、技量、速度、宝具。何処を切っても最高位の性能で纏まったカルナ。

 

 これらに加え、まだデミ・サーヴァントとして覚醒したばかりのマシュ。

 

 

 やや防衛、防御に向いた面子が揃っているものの、情報収集、前衛戦闘、後方支援を最低限行えるバランスの良いメンバーであったが、虎太郎は此処に殲滅力を欲した。

 

 カルナの神殺しの槍は、文字通り神をも殺し得る切り札。

 ただ一度だけ、ただ一撃のみに特化した神造兵器――――ではあるのだが、アルフレッドの魔力もあって、その性質は変化している。

 即ち、カルナに与えられた黄金の鎧を解除した時のみ、神殺しの槍は本来の力を取り戻す、というもの。

 

 虎太郎は理解していた。

 切り札とは、伏せていてこそ最大の効果を発揮することを。

 同時に、切り札を切る瞬間こそ、人は無防備になることを。

 

 聖杯探索は、その性質上、一対一ではなく多対多の集団戦となる場合が殆どである。

 カルナ程の技量であれば、一対一ならばまず不様を晒すまい。しかし、多対多となれば話は別だ。

 複数の敵がいる以上、自らの思惑を超えた能力や性能を誇る敵が現れる陥穽が潜んでいないとも限らない。

 

 呆れた猜疑心から虎太郎が求めたのは、カルナに匹敵する白兵戦闘能力及び最大火力を持つ英霊である。

 選ばれたのは騎士王アルトリア、英雄王ギルガメッシュの二騎――――であったのだが、結果は『騎士王様、怒りのエクスカリバーぶっぱでカルデア半壊事件』である。

 

 流石の虎太郎でも、二人が何処ぞの聖杯戦争で出会っており、英雄王が騎士王に粉をかけていたなど予測できるはずもなく。

 半壊したカルデアで、なおも睨み合う二騎を憤死寸前で自害させる羽目になった。

 

 

『…………騎士(アーサー)王の方は他の英雄でも代替は利くだろうが、英雄王(ギルガメッシュ)に代わりはいねぇ。あの戦力は、必ず何処かで必要になる』

 

 

 半ば廃墟と化したカルデアを、皆で必死に片付けと修繕していた折りに、虎太郎はその結論に至った。

 

 問題があるとすれば、あの性格だ。

 自分一人ならばいくらでも御しきれると踏んでいた。認めたくはなかったものの、自分の足掻くざまは英雄王にとって最高の愉悦(たのしみ)になると理解できたからだ。

 しかし、自分以外の英霊はどうか、と問われればNOだった。

 

 特に、カルナと黄金の鎧と神殺しの槍に向ける視線は、正に暴君のそれ。

 お前の物は我の物、と人類最古のジャイアンが暴れ出すのは目に見えていた。

 

 

『――――うん、無理。あの王様に気を使ってたらオレの胃に穴が開く。でも戦力的には欲しい。なら、あの王様を御せる英雄を呼べばいいじゃない』

 

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、エルキドゥであった。

 ギルガメッシュ叙事詩において、エルキドゥはギルガメッシュの無二の親友であった。

 ()の王を時に諫め、時に諭し、時に助け、多くの冒険を越えたが、神々による呪いによって最期を迎えた。

 

 あの暴君を如何にか出来るのはコイツしかいねぇ……!

 

 虎太郎だけでなく、アルフレッド、マシュ、ジャンヌも交えた協議の結果、満場一致で可決。

 

 とんとん拍子で何の問題もなくエルキドゥは微笑みと共にカルデアへとやってきた。

 召喚後、虎太郎、マシュ、ジャンヌによる質問と会話によって、ギルガメッシュとは比較にならないほど穏やかで、慈愛に満ちた性格であると分かるや、三人によって胴上げされた。

 

 ギルガメッシュ召喚はまだ早い。まずはエルキドゥとの絆を深め、いざという時に助けて貰おう、という方針の元、数々の戦いを越えていった。

 

 

『此処は良い所だね。皆、笑っている。英雄の笑みは、人のそれとはちょっと違うけれど、此処では只人のように笑っている。コタロー、君のお陰かな?』

 

『ふーん。そんなもんかねぇ。オレはオレのやりたいようにやって、アイツ等はアイツ等でやりたいようにやらせてるだけだ。それに、お前も似たように笑ってるぜ』

 

『――――え?』

 

 

 弱きを助け、強きを挫く――――は言い過ぎなものの、弱者に手を差し伸べることに何の疑問も抱かないエルキドゥは、そう時間も掛からずに皆と打ち解けた。

 

 そんなエルキドゥであったが、やはり欠点と言うものは、いくつか存在していた。

 

 その中で最たるものは、自己が兵器であるという認識である。エルキドゥの出自が原因であり、同時にギルガメッシュへの負い目も、その一端であるのだろう。

 自己に対する認識故に、エルキドゥは常に一線引いた態度を取り続けていた。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 虎太郎の、サーヴァントと認識しながらも、一人の個人として扱う方針。

 周囲の暖かな言葉と営み。

 虎太郎が面白可笑しく血反吐を吐いて苦労する様に、これがギルの言っていた愉悦……! を感じたり。

 

 そうこうしている内に、自己の存在意義に亀裂が生じ、思い悩む時間が増えた。

 

 

『ふう。うぅん、虎太郎とも、皆とも、仲が良くなり過ぎちゃったかな。特別に好きっていうのは考えないようにしていたんだけど……これじゃあ、もう――――いや、よそう。それだけは、ダメ、だ。ギルに申し訳が立たない…………ん?』

 

 

 意思を持った兵器(どうぐ)としての懊悩。

 英雄王ギルガメッシュの唯一無二の友であった誇り。

 孤高であることを最大の誠意とした王の矜持に、決して癒えぬ傷を残してしまった悔恨。

 

 様々な理由から、ギルガメッシュを心の内側まで全て曝け出しても良い唯一の親友とすることで、彼との友情を守っていたのだが――――

 

 

『もう騎士としての自分を一端封印すればいいのです! そうですよ、一人の人間として付き合っていくなら、ギリギリ、ギリギリ許容の範囲内ですし!』

 

(……考え方を変える、そういうのもあるのか!)

 

 

 たまたま馬鹿になる前のガウェインの言葉を聞き、

 

 

『私は、虎太郎さんの女ですから!(ムフー』

 

(……コタローの女、そういうのもあるのか!)

 

 

 何故か誇らしげに語るマシュの言葉に、ほほぉう、となってエルキドゥは一つの決心をした。

 

 

『うん、まあ、アレだね。ギルには悪いけど、ほら、虎太郎とか皆の好意を無下にするのも悪いしね。反則ギリギリだけど――――僕は、君の女になるよ!』

 

『え……あっ……んんっ? ……おっ、おう』

 

 

 親友じゃない、男女の関係です。だからしゃーなし、ノーカン!

 という理由で、性別:エルキドゥから性別:エルキドゥちゃんに転身した。

 

 もう反則ギリギリというか、完璧に反則である。

 

 元々、虎太郎は意思を持った機械(アルフレッド)との付き合いも長く、良好な関係を築いてきた。その手の手合いと付き合っていくノウハウは十分にあったわけだ。

 神代の意思を持った兵器(エルキドゥ)であっても、ツボを刺激して、情に絆される付き合い方というものは、十分に分かっていたようで、この有り様だ。

 

 

『ふふ。コタロー、役得だね。この身体はシャムハトのそれだ。人類最古の聖娼を抱ける機会なんて、他にないよ?』

 

『んー、そういうこと言うのはどうかと思う。シャムハト模していようが、オレが抱くのはお前だし。お前を抱くこと自体の方が役得ですやん』

 

『――――――………………あ、あー、僕は、そのー、神々が造った兵器で、だね』

 

『関係ねぇし。オレの女だろ。そういうどうでもいいこと考えられないくらい、メチャクチャにしてやるよ(ニッコリ』

 

『ちょ、ちょっとコタロー、目が怖いんだけ――――――ひっ、ひああぁぁああぁぁぁああぁっっ♡』

 

 

 そんなこんなで爆誕したエルキドゥちゃんは、今ではすっかりド外道の運営するカルデアの一員です。

 アマデウス、黒髭、虎太郎のゲス顔トリオがゲス笑いしている横で、頬を膨らませてプークスクスしていたり。

 虎太郎が他の女とイチャコラしているところを見て、嫉妬したり。

 虎太郎のド外道行為に、ギルでもここまでしなかったなぁ、と思いつつも、僕の出番だねぇ。分かるとも! と颯爽と現れたりしています。

 

 安心してくれ、ギルガメッシュ。もしくは嫉妬で狂うがいい。エルキドゥは第二の人生を全力で謳歌しているぞ。

 

 

「順番も決めたし、それぞれの現状がどうなっているのかも分かったし、このままこうしていても意味がないし、そろそろ浜に戻ってみようか」

 

「そうですね。コタローの休暇でもありますが、我々の休暇でもあります。楽しめる時に楽しまなくては」

 

 

 順番(意味深)も決まったところで会議終了。

 それぞれ、納得していたり納得していなかったり、期待していたり、ソワソワしていたり。

 

 そんなこんなで、森を抜け、砂浜を抜けた先で女性陣の見たもの、それは――――――

 

 

「げーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっ!! ざまぁねぇなぁ、黒髭さんにモーツァルトさんよぉ!!」

 

「あはははははははははっっ! いい、いいよガウェイン! もうちょっと右、右!!」

 

「ぎゃははははははははっっ! いや、行きすぎ! 行きすぎだガウェイン! 左! 左!」

 

「ここですか? それともここ? もう面倒ですね、ガラティーンぶっぱしてもよろしいでしょうか?」

 

「ガウェイン、馬鹿な事を言うなよ。良いか? 恐怖というものには鮮度がある。一息で事を終わらせちゃあ意味がない。人間はな、確実に訪れる幸せにこそ幸福を感じるように、確実に訪れる不幸にこそ恐怖するんだ」

 

「成程、私がラグネルとのデートで夜も眠れないほどウキウキしてしまうように、お二人も私の一撃がいつ入るか分からない状況にこそビクビクしてしまう、と」

 

「そうだよぉ、ガウェインも分かってきたねぇ」

 

 

 片手に缶ビールを、もう一方の手に一眼レフカメラを持った状態でゲス笑いをしている虎太郎に、腹を抱えて笑いながら指示を出しているメアリーとモードレッド。

 目隠しをして、手にした木刀をブンブン振り回しているガウェイン。

 砂浜に埋められ、首だけ出した状態で、口を噤んだまま周囲に助けを求めている黒髭とアマデウス。

 そして、無言で首を振るカルナ、恐らくはロビン、呪腕と入れ替わりで来たアーラシュ、イライラしているラーマ、うわぁとドン引きしている沖田の姿があった。

 

 もうこれだけで何が起こったのか分かろうものだが、問い質さずにはいられない状況だ。

 

 

「こ、これはどういった状態なのでしょうか……!」

 

「おっ。戻ってきたか。まあ、なんだ。一言で説明すると黒髭とモーツァルトが全部悪い」

 

「全く、その通りだ。余も、シータにあのような真似をされれば―――――ペっ(虫唾ダッシュという顔」

 

「成程! おおよその事情は把握しました! ありがとうございます! アーラシュさん、ラーマさん!」

 

 

 ネクストカルデアヒーント!

 アマデウス、音楽魔術。ラグネル、ポロリ。黒髭、一眼レフカメラ。虎太郎、復活。以上!

 仮にも正義を謳う英雄であり、シータ大好きラーマの唾吐き行為を見れば、何があったのかなど丸わかりである。大英雄とは一体……。

 

 これには大英雄らしからぬ親しみやすい人柄のアーラシュも苦笑いする他なかったようだ。

 

 アーラシュ。

 古代ペルシャにおける伝説の大英雄。アジア世界における弓兵の代名詞。アーラシュ・カマンガー。

 生まれ持った頑強な肉体と千里眼を以て、その目に映る全ての者を、地上の人間を、世界を救おうとした英雄。

 そして、最後には自らの五体と引き換えの絶技により、大地を割り、ペルシャとトゥランに国境を作り、長きに渡る戦いを終わらせた。

 

 彼と虎太郎の付き合いは非常に長い。アマデウス、マタ・ハリと同じ長さの付き合いである。

 

 彼の宝具は逸話と同様に自らの五体と引き換えに放たれるもの。

 しかも、相当に虎太郎を信頼しているらしく、カルデアでアルフレッドが管理する霊基基点すらも粉砕するレベルで躊躇なく放ってくれる。

 その上、虎太郎はポンポン令呪込みの宝具を特異点でぶっぱさせるので、長らくジャンヌによって出禁宣言がされていた。

 

 変化が訪れたのは、第六特異点エルサレムでの再会。

 はぐれサーヴァントとして召喚されたアーラシュであったが、カルデアでの記憶をバッチリ覚えていた。

 最近召喚してくれないじゃないか、と不満を露わにした彼は、自らジャンヌを説得し、出禁宣言を解除されて今に至る。

 

 

「むぅ。こういったものは苦手とは、私もまだまだ未熟。虎太郎、何かいい策はありませんか?」

 

「そうだな。目隠しを外すのはスイカ割りのルール違反だ。生真面目なお前には耐えられないだろう」

 

「その通りですね。こういった制裁(あそび)はルールを守ってこそ意味がある」

 

「なので――――オレが一度、言ってみたかった台詞で決めます」

 

「それは一体……?」

 

 

 虎太郎はふっ、と笑うと、空き缶をアーラシュに投げ渡した。

 そのまま開いた左手で前髪を後ろに撫でつけ、黒髭の一眼レフカメラを持った右手を上げると――――

 

 

「私が天に立つ(バキャーン」

 

「拙者の一眼レフカメラがぁぁぁあぁぁっ!! BBAの! マシュマロッぱいの! メアリー氏とラグネル氏の! エウリュアレたんとジャックたんとナーサリーたんのデータがぁぁぁ!! 後でフィギュア作ろうと思ってたのにぃぃぃぃっっ!!」

 

(ばっ! 黒髭ぇ! 虎太郎の思惑に乗るな……!)

 

「――――――はっ?!」

 

「成程、そこでしたか。Mr.黒髭(にっこり」

 

 

 黒幕っぽい台詞を吐きながら、片手でカメラを握り潰す虎太郎。これ以上ないほどお似合いの台詞であった。 

 

 その所業に思わず泣きながら悲鳴を上げる黒髭であったが、ガウェインに位置がバレてしまった。

 黒髭に逃げる術などない。最早、負け惜しみを言うか、命乞いしかできないだろう。

 

 

「デュ、デュフフフ。だが、しかし! ガッウェ氏の持っている木刀はガラティーンに非ず! いくら格の低い英霊である拙者と言えど――――」

 

「虎太郎、何か一言」

 

「それ、樹齢二千年のご神木から削り出した木刀だから。お前の頭カチ割るくらい訳ねぇよ?」

 

「ままま、マスター! 拙者! 拙者が悪かったでござる! どうか! どうかご慈悲をぉぉぉぉおぉぉ!!」

 

「虎太郎、更に何か一言」

 

「慈悲はない。潔くハイクを詠め。ガッウェ、バスターゴリラの本領を見せてあげちゃって」

 

「私の英霊100万パワー+BBBEXの100万パワーで200万パワー! 昼間三倍の力が加わり600万パワー! そしてラグネルへの愛を加えれば600万×100で6億パワーです!」

 

「ぎぇぇええぇぇっ!! ここでゆで理論とは、これではランスロット氏も一撃で吹き飛ぶレベル!! 拙者、首すら残らないでは――――――」

 

 

 べちゃあ、と黒髭の頭部で真っ赤な花が咲いた。

 ぶちまけられた血液はアマデウスの蒼褪めた顔を染め上げる。アマデウスにできることは必死で悲鳴を飲み込むことだけである。

 

 鮮血の結末であるが、何の問題もない。

 どうせ霊基基点が無事なので、カルデアで復元中だ。この後、アルフレッドによって島に現れるか、怯えて部屋に引き籠っているかは黒髭次第である。

 

 

「次は――――」

 

(は、はは。ぼ、僕は大丈夫さ。恐怖には耐えられる! 黒髭のように弱味を握られているわけじゃない!)

 

「マリー、ちょっとこっちにおいで(にっこり」

 

「え、ええ。何かしら、マスター?」

 

(マ、マリアを使うなんて! …………い、いや、落ち着け、僕! 何があろうとも僕は……!)

 

「マリー。コイツ、実はな――――――ぽしょぽしょぽしょ」

 

「……………………アマデウス。貴方って、本当に最低の屑ね」

 

「あ、これは予想外だ。マリーが僕を養豚場の豚を見るような目で見てる。彼女にこんな視線を向けられたのは、人類史上で僕だけだろうね。ふふふ、何だか気持ち良く――――――ハっ!?」

 

「はーい、ガッウェ、やっちゃってー。今度は宝具も込みでねー」

 

「は、はは、ガラティーンでもないただの木刀で、ガウェインがそんなこと――――めっちゃ木刀光ってるーーーーーっ!?」

 

「ふぬぬぬぬぬ。彼の獅子心王(リチャード一世)やランスロット卿は手にしたものは宝具と化した。ならば、同格の私にも出来ぬ筈はない――!(ゆで理論」

 

「んなむちゃくちゃなぁ――!!」

 

「ラグネルへの愛を此処に! 告白します! 私は、ラグネルが、大好きだ―――――ッッ!(周知の事実」

 

 

 妻への愛で新たな宝具を生み出したガウェイン。その名も、愛しき妻への告白剣(キャメロット・ラーブラブ・ガラティーン)

 その一撃は正しくエクスカリバーの名に相応しいものであった。具体的に言うと、光線は一直線に放たれ、沖合まで海を割っている。物凄い威力である。愛の力って凄い。

 

 ガウェインは妻を害した蟲を駆除して、思わずにっこり。

 虎太郎とその隣にいつの間にか立って愉悦ってるエルキドゥは、早々に問題を起こした二人を駆除できて、思わずほっこり。

 カルナとアーラシュは、その余りの威力に、思わずあっぱれ。

 モードレッドとメアリーは、ざまぁねぇなと、思わず粉砕! 玉砕! 大喝采!

 残りの皆さんは、あんまりな所業に思わずドン引きであった。

 

 

「せ、先輩。もう、調子の方は……」

 

「ん? どうかしたか、マシュ?」

 

「す、すみません。勝手なこととは思いましたが、その、最近の先輩の働きぶりを見たら、お仕事を中断させてでも、と……」

 

 

 カシュと、アーラシュから受け取った缶ビールの蓋を開けながら、虎太郎はマシュに向き直ると一口煽る。

 

 マシュは虎太郎に怒られることも、恨まれることも覚悟の上で、この強制休暇に踏み切った。

 好きな人に嫌われるのは嫌だが、好きな人が襤褸雑巾になっていく姿を見ているだけなのは耐えられない。

 自らの我が儘だとは理解しても、自分の行為は間違いではないと思いつつも、やはり謝らずにはいられなかったのだ。

 

 そんなマシュに対して、虎太郎は両肩に手を掛け、にっこりと笑った。

 

 

「マシュ、何を言ってるんだ。オレは仕事を一ヶ月分くらい片付けてから来たんだよ。記憶はないけど、きっとそうなんだ(死んだ魚の目」

 

「………………(絶句」←虎太郎の追い詰められっぷりに思わず思考が止まる

 

「お、オオ、オレが仕事を投げ出して、遊びを選ぶ訳がない。そうだ。きっとそうだ。この後、カルデアに帰った後、山積みの書類が待っていることなんてきっとない(早口」

 

「…………マ、マシュ・キリエライト、先輩は、そのような人物ではないと断言します。いえ、寧ろ、先輩が仕事を終わらせるところを、確認、しまし、た(大嘘&震え声」

 

 

 全て――――全てを理解した上で、自分の精神を保つために必死で嘘をつく虎太郎。

 そのワーカーホリック振り、その苦労人振りに、皆は頭を抱えそうになりながらも、本当のことは言えなかった。

 

 唯一、一人で愉悦ってるエルキドゥは本当のことを口にしようとしたが、コアトルによって口を塞がれてしまう。

 

 

「なーなー、マスター! こんな時くらい仕事のことなんか忘れてさぁ! あそぼーぜ!」

 

「チッ! 仕方ねぇな! モーさんの頼みじゃ仕方ねぇ! どーする? なにする?」

 

「んー、ビーチバレーもいいけど、やっぱサーフィン! 父上の宝物庫からパ――借りてきたプリドゥエンもあるしさー」

 

「おーしおーし。やっちゃうか? 大技決めちゃうか?」

 

「へへっ、オレも負けねーからなー?」

 

「行くぜ、モーさん! オレ達の休暇は――」

 

「これからだぁっ!!」

 

 

 今までの悲壮さは何処へ吹き飛んだのか。既に虎太郎は仕事のことは頭の後ろの方に追いやっていた。

 ヒャホォォォォォイっ! と歓喜の雄叫びを上げながら、モードレッドと一緒に海へと向かっていく虎太郎。

 楽しげでありながら、何処か物悲しげな背中に、声を掛けられる者は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛しき妻への大告白剣(キャメロット・ラーブラブ・ガラティーン)

 

 ランク:EX

 種別:愛情宝具

 レンジ:1~99

 最大捕捉:100人

 

 ガウェインのラグネルへの愛情が天元突破した時にのみ発動する宝具。

 手にした物体を何でも光の剣へと変え、極光を放つ。

 転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)は拡散型だが、此方は約束された勝利の剣(エクスカリバー)と同様に集束型。

 ――だけではなく、無毀なる湖光(アロンダイト)のように、光の斬撃として放たれる魔力を敢えて放出させず、斬り付けた際に放つ対人宝具としても使用可能。

 もはや、全てのエクスカリバーとその姉妹剣を過去の物とする勢い。エクスカリバーを授けた湖の乙女も、これには唖然とすることだろう。

 

 

 ガッウェ「何? チートすぎる? 何を言うのです。ギャグでしか発動しないのでいいでしょう。それよりも、私のラグネルに対する愛はこんなものでは……」

 

 

 以上がガウェインの主張である。

 なお、この台詞の後、ラグネルがガウェインを呼びに来るまでの5時間ほど、惚気に付き合わされる羽目になる。

 

 

 

 エルキドゥ。

 

 ☆5ランサー。TS&プッツンモンスター&愉悦&僕っ娘枠。対神性戦闘&金ピカの首輪担当。呼び起こすは星の息吹。人と共に歩もう、僕は。故に――――人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)

 

 第一章終了後の『騎士王様、怒りのエクスカリバーぶっぱでカルデア半壊事件』の後、金ピカの手綱を握って貰おうと召喚された。

 本来は性別は無性、もしくは性別:エルキドゥなのだが、本作のカルデアでは性別:エルキドゥちゃんに。ほら、Fateの醍醐味、女体化だぞ。戦車男でも女だった、何の問題もないね!

 作中の設定としては、ギルガメッシュも出来なかったエルキドゥが自ら定めた兵器としての在り方を、御館様があっさりと崩してしまったが故の開き直りとして女であることを選んだ。

 

 元より御館様は“意思を持った機械(アルフレッド)”を相棒としてきたので、“意思を持った宝具(エルキドゥ)”の扱い方も心得ていた。

 それ以外にもマシュのような、愛情や性交ではなく、偶発的かつ意図して生み出された存在とも、その苦しみと悲哀を理解しながらも、全く哀れみもしなければ、同情もしない。ただの人として付き合っていく。

 

 御館様曰く『別に人も化け物も道具も変わらねぇわ。こっちと会話する気があるなら誰でも同じように扱う。そういう特別扱いは意味わかんねえ。会話をする気がなければ? 死ねよ』というスタンスが心地いいらしい。

 実際、造られたモノであるマシュ、モードレッド、アルフレッドとも巧く付き合えている。エルキドゥも、生前、ギルとの冒険で感じたものとは別の心地良さを感じ、あっさり陥落してしまった。

 

 性格的な相性は良好。

 ギルでもやらないド外道行為には苦言を呈したいものの、まあ、人間ってこういうものだよね、と受け入れている。

 穏やかにして、たおやか。女性として己を再定義したので、仕草も女性っぽくなっている。まさにパーフェクト乙女。

 

 だが、そんな彼女にも欠点はある。

 御館様が戦慄するほどのプッツンモンスターなのである。

 元々、一度動き始めれば、待ったなし・容赦なし・自重なしのアクティブモンスターであったのだが、女としての性質を得たことでプッツンするともう手が付けられない。

 

 ギルガメッシュ叙事詩の原典においても、その片鱗は見受けられる。

 大聖獣・フワワにガチビビリしたギルのケツをぶっ叩いたり、命乞いするフワワにどうしようと迷うギルに、ぶっ殺そうよ、と言ったり。

 天の牡牛・グガランナをギルと打倒した際、イシュタルがギルに呪いを掛けたので、ブチ切れてグガランナの内臓をイシュタルの顔面にブン投げたり。

 そら、メソポタミアの神々も、コイツは殺さなきゃ(使命感、になるわけである。

 

 第六章では、獅子王の所業にガン切れ。

 人間を虐殺するのはまあいいにしても、大地を焦土にすることは許せなかったようだ。

 

 

エルキドゥ「ねえ、コタロー。獅子王ぶっ殺そうよ」

 

御館様「落ち着けよ、エルキドゥ。ぶっ殺すのは確定にしても、まずは状況の把握をだな」

 

エルキドゥ「じゃあいいよ。僕一人でぶっ殺してくる」

 

御館様「――――――っ?!!?」

 

 

 この後、マジに山村から一人で聖都に向かおうとする。

 御館様必死の説得も功を奏さず、片足に必死でしがみついた状態で引き摺られていた。

 それから2時間後、疲れ果てた御館様と、頬を染めてぼーっとした表情のエルキドゥが無事に山村へと戻ってきた。一体、何があったんですかねぇ。

 

 彼女が協力する理由は、“カルデアの居心地がいいし、コタローも皆も好きだから”。

 初めの内は、またギルと一緒に戦えるんだ、楽しみだな、と思っていたのだが、上記の理由で今ではすっかり絆されてしまった。

 

 無論、御館様に喰われている。

 性交(こういう)の、知識としてはあるけど体験するのは初めてだなぁ、と軽い気持ちで身体を預けたのだが、それが間違いだった。

 神造兵器というだけあって、感覚カットなど簡単に出来るのだが、御館様の性技に翻弄され、感覚カットをする暇もなく絶頂を叩き込まれてドハマリしてしまう。

 

 

エルキドゥ「でもさぁコタロー、僕の本当の姿を見て、抱けるかな。完全に人間の形じゃないんだけどなぁ……」

 

御館様「あ? 舐めんな。オレの性癖はそりゃもう歪んでるから。お前が可愛く鳴いてくれるなら、どんな姿でもいける……!」

 

エルキドゥ「……………………っ」

 

 

 ピロートークでの言葉に、お前はどんな姿でも可愛いよ、と言われた気分になったエルキドゥちゃんは完堕ち。

 御館様の性癖とタイミングの良さはどうなってんですかねぇ……。

 

 最近、一番面白いことは、虎太郎弄りと他人とイチャコラしてるところへの乱入。

 

 

エルキドゥ『また苦労だねぇ、分かるとも!』

 

エルキドゥ『触手プレイだねぇ、分かるとも! いい声を聞かせておくれ……!』

 

 

 虎太郎弄りはギルから学んだ愉悦から。

 イチャコラへの乱入は、嫉妬心から。

 その後、御館様に自分の力を奪われて、お仕置き触手プレイされるまでがデフォである。もうこれわかんねぇな。

 

 

 

 賢王様。

 

 第七章で共闘した生前のギルガメッシュ。愉悦&苦労&爆笑枠。矢を構えよ、我が許す! 至高の財を以ってウルクの守りを見せるがいい! 大地を濡らすは我が決意! 王の号砲(メラム・ディンギル)――――!

 

 現在、カルデアには召喚されていないものの、エルキドゥ紹介に当たって必要な人物なので。

 

 ウルクに向かった御館様を出迎えた原初の王。

 千里眼によってウルクの滅亡が避けられないと悟ったギルガメッシュは、自らの個の強さではなく、集団としての強さで人間の意地を見せることを決意。

 王律鍵を封じ、宝物庫の財宝を全開放し、更には七騎の英霊まで召喚して、避けようのない破滅へと備えていた。

 

 そんな折、マーリンがジグラッドに連れてきた御館様を姿を見て大爆笑。

 千里眼によって、御館様の過去を垣間見たからだ。これまでの御館様の苦労と足掻きっぷりは勿論のこと、エルキドゥとの関係も、だ。

 

 

(す、すげー! この雑種すげー! 我でもエルキドゥにここまで言わせられなかったのに! てゆーか、朋友を女扱いって! あwたwまwwwわwいwwwてwwるwwww)

 

 

 暴君としての側面が強調されたギルガメッシュならば即座に殺されていただろうが、賢王様はとっくの昔にエルキドゥの死を乗り越えていたので、ゲロを吐くまで笑いまくる。

 

 御館様の馬鹿さ加減に腹を抱えて笑い、以後、お気に入りの雑種となる。

 なお、御館様の上げてくる戦果に、毎度毎度爆笑して迎える。

 

 

「え? 嘘やん。牛若丸もレオニダスも生き残ったのぉ? でかした雑種ゥ!!」

 

「え? マジで? イシュタルと交渉だけで事を収めた? 絶対、戦闘になると思ったのに……だが良し! もっとやれ雑種!」

 

「え? 今なんていった? ケツァル・コアトルと一対一でルチャ・リブレで勝って、その上仲間にしてきた? 何だか知らんが兎に角良し!」

 

「え? エレシュキガルとも話し合いだけでケリをつけるの? 本気で? うわ、マジか。マジだ。チョロいな、この駄女神。でもいいぞぉ~、これ」

 

「え? アレ? シドゥリ、お前なんで戻ってきてんの? ラフムどもに攫われて……え? 雑種が何とかしてくれた? やるではないか、雑種ゥ! これで我の過労死が遠退いたわ!!」

 

 

 大体、こんな感じである。

 最終決戦時、封印していた乖離剣まで引っ張り出して、カルデアメンバーと共に、神々との決別を果たした。

 

 生き残ったウルクの民を見て、賢王様またも大爆笑して、一つ約束をする。

 

 

「ふはははははっ!! カルデアのコタロー、此度の働き、見事である!」

 

「我も滅びを前にして弱気になったか。ここまでの民が生き残るとは我が眼を以てしても見通せなんだわ!」

 

「ここまでされて、このまま帰そうものならば、王としての沽券に関わる。よいぞ、褒美の一つもくれてやろう」

 

「じゃあ、ソロモンぶっ殺す時に手伝ってくれ、王様」

 

『………………っ!』←ウルク民の皆さん、戦慄

 

「ふっ、欲のない奴よ。いや、これはこれで欲塗れか――――よかろう。お前は縁も所縁もない我の戦いに力を貸した。ならば、我もお前の戦いに力を貸すは道理。貴様の今生限りであるが、いつでも呼び出すがいい。貴様の敵は我の敵。これより先、我も貴様の剣となろう――!」

 

『………………っ?!』←ウルク民の皆さん、まさかの大盤振る舞いに困惑。

 

「いや、ソロモンぶっ殺す時だけで十分だから」

 

「ふん、そういった所は面白みのない雑種よな」

 

「切り札ってのは、一回こっきりだからこそ効果抜群なんだよ」

 

「言うではないか。その不敬、聞き流そう。では、カルデアに戻るがいい、我が雑種。その無様な生涯を全うし、足掻き続けるがいい。貴様の足掻きならば、さぞや見応えのある物語となるであろう!」

 

「――――それはそれとして、過労死だけはやめておけ。アレは駄目だ。アレはいかん(両肩ポンー&真顔」

 

 

 御館様、賢王様からまさかの我が雑種認定、ザビーズ並みに気に入られる。

 

 なお、エルキドゥと賢王様であるが、結局、二人は会話をすることはなかった。

 賢王様はエルキドゥの死を乗り越えており会話の必要性はなく、エルキドゥは初めの内は悔恨から対話自体を望まなかったが、シドゥリがキングゥに向けてはなった言葉によって救われていたから。

 





はい、という訳で、御館様サルにある&エルキドゥちゃん爆誕&アーラシュさん登場でした。
そして、エルキドゥちゃんですが、まあええやろ。ビジュアルも女のコっぽいし、戦車男でもそうだったし。
他の性別:アストルフォや性別:デオンくんちゃんは出せないからね。

アストルフォ → 理性蒸発しているとか御館様の即自害対象だから無理。
デオンくんちゃん → マリーに手を出してるし、御館様は完全に性倒錯者なので蛇蝎の如く嫌われるから。

こんな感じだしね。
かなりハッチャケておりますが、CVが画伯なのであんまり自分は違和感がない。すげーや画伯、すげーやさっちゃん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人は頑張ってるからね。デミ・サーヴァントも即堕ち。女の為には全力投球だからね。しょうがないね』

注意:この話は、FGOの重大なネタバレを含みます。

年末年始で、武蔵ちゃん……だと……?(ガチャガチャ
しかも、師匠のピックアップガチャも……!

これはもう爆死の準備をしろということですね。分かります。
なーに、爆死なんてしないしない。当たるまで回すからな(真顔

それでは、待望のメインヒロイン。マシュ回です。貫禄のヒロイン力を見ろ。なお、作者の力量によって微妙な模様。

あ、あと、今回は試験的に♡マークを意図的に多く使っております。これまでのように少な目が良いか、今回くらいの方が良いか。読者の皆さん、どっちがエロいか教えてください。ゼロはオレに何も言ってくれない……!




 

 

 

 

 

 次に私が目を覚ましたのは、無機質な無菌室ではなかった。

 古ぼけて黄ばんだ白い天井と壁紙。等間隔で配置され、誰にも使われていないベッド。

 使い古されてはいたけれど、清潔感がある部屋。

 実際に見るのは初めてでも、知識としては知っていた。恐らく、病院という施設だろう、と。

 

 覚醒(めざめ)にも違和感を覚えました。

 これまでの私の寝覚めはそれはもう悪かった。いえ、そんな物言いでは足りないでしょう。

 

 まるで、今にでも割れてしまいそうな薄氷の上を歩むような。

 あたかも、眠っている猛獣を起こさずに通り過ぎるような。

 

 そんな目覚めが私にとっての日常(デフォルト)

 

 

 ――でも、そんな事、その時の私にとって、些末なことで。

 

 

 息を飲むほどの美しさ。胸が詰まるほどの感動。

 ああ、と溜め息が漏れた。その時の抱いた気持ちは、今でも言葉に出来ません。

 

 

『寝覚めに感動しているところで悪いが、いい加減、こっちの存在に気付いてほしいもんだ、マシュ・キリエライト』

 

『っ――――、貴方は』

 

 

 その声に、全身が縮こまるのを感じた。

 声の発生源に視線を向ければ、影の中へと溶け込むように壁に寄り掛かった無貌の男(せんぱい)が立っていました。

 

 

『貴方は、何者ですか……?』

 

『オレのことはどうでもいい。まずは自分の現状を知れ。簡潔に説明してやる』

 

 

 仮面で表情を隠したまま、淡々と事実のみを語り出す。

 その私に全く興味がない、という態度に苛立ちすら覚えない。

 それほどまでに彼の言葉は機械的で、本当に自分の事などどうでもいいと思っているかのようだった。

 

 どうやら、私の生まれた名前も知らない研究施設は、米連の特殊部隊による襲撃を受けたらしい。

 

 その発端は、施設に勤めていた研究員の一人が、余りにも非人道的な研究内容から良心の呵責に耐えかねての密告にあった。

 とある研究員は米連に駆け込み、施設の実態を暴露したのだ。

 

 ただ、助けを求めた相手が悪かった。

 

 米連は常に巨大になることを求められる。結果を、利益を出し続けなければ、自らの巨体を維持できずに崩れ去る国。

 更に内部構造は複雑怪奇であり、様々な派閥、様々な機関、様々な正義が渦巻き、最早、国の頂点ですら全てを把握しきれない。

 

 助けを求めた相手は、米連の利益のために非人道的な研究を否定し、その事実さえを消し去ろうとした。

 米連の利益のために研究を肯定し、その技術を獲得しようとする組織であったのなら、また結果は違っていたのでしょうが……。

 

 ともあれ、結果は研究所の有り様。

 研究員は、その人数分の死体が確認されたそうだ。

 実験体である()()()()()()()()()

 

 

『その点に関しては悪く思うがな。何せ、お前くらいの年頃の死体となると手に入れるのもそうだが、お前のような秘匿性の高い研究の実験体を偽装するには時間が足りなすぎた』

 

『あの……Dr.ロマン――――ロマニ・アーキマン氏は……』

 

『だから言ったろうが、死体は全員分あった、と。米連の特殊部隊の死者数もとな』

 

 

 研究員は皆、壊れかけの道具を見る目で私を見ていた。

 Dr.ロマンは優しかったが、何かを変えてくれたわけではない。

 

 それでも、あの場所には私なりの愛着はあったから、その事実は酷く重くなって両肩に伸し掛かった。

 

 

『次にお前の身体についてだが…………どうやら、自覚はあるようだな』

 

 

 他者に対する気遣いというものが全くない態度が、逆に心地良い。

 私に接していた研究員は、完全に道具と見做すか、腫物のように扱って事実を覆い隠すだけ。

 

 14才になった時点で、私に残された余命(じかん)は、数年ばかり。

 正確な時間は分からなかったけれど、およそそんなものだと私は捉えていた。

 

 度重なる人体実験と違法薬物の投与。無菌室の中でまとも運動もしてこなかった反動。

 人体というものの知識が多少でもあれば、どころか、まともになくとも行きつく先が何処なのか程度は察しがつく。

 

 

『今、まともな機材もない状態で自分が目覚められたか不思議か? ………………だろうな。まあ、壊れかけのエンジンに無理矢理ニトロをぶち込んで、限界以上の性能を引き出しているような状態だな』

 

 

 どうやら、何時まで経っても目を覚まさない私に業を煮やし、仕方なしに魔界製の麻薬を投与したらしい。

 非常に危険な薬物で、ただでさえ寿命の少ない私の一年を代償にして、一日だけ普通の人々と変わらない日常を送れるような、そんな劇物。

 

 酷い、とは思わなかった。

 彼には善意なんてものがないのは初めから分かっていた。

 私を助けたのは、あくまでも利益と情報を得る為なのだと、態度や仕草を見れば嫌でも分かったから。

 

 

『オレが、お前に提示してやれる選択肢は二つだ』

 

『一つは、何もかも諦めて此処で死ぬこと。オレのオススメはこっちだな』

 

『此処はオレの知り合いが経営する病院でな。米連とカルデア、ひいては時計塔の連中がお前を探し出すよりも、お前の方が早く死ねる』

 

『何なら、お前に打った薬をくれてやってもいい。持って2、3日程度だが、普通の人間と変わらん生活ができるだろうよ』

 

『そうでなくとも、此処の連中が手厚く世話をしてくれる。苦しむことにはなるだろうが、心穏やかには逝ける。死後、誰の手にも弄ばれないように灰にしてやる』

 

 

『もう一つは、オレと共に来るか。オススメしないし、できんがな』

 

『オレについてくる以上は、自分の身は自分で守ってもらう。こちらの目的を果たした後は、自分の力で生き抜いて貰う』

 

『世界中がお前を追う。米連も、カルデアも、時計塔も、聖堂教会も。お前の存在が外に漏れた時点で、あらゆる庇護が外れた時点で、お前はお前の力で生きていかなければならなくなった』

 

『此方は苦しいだけで、実りがあるかも疑わしい。寧ろ、くそったれと考えながら死ぬ可能性の方が断然高い。生きているだけで苦しむ文字通りの生き地獄だ』

 

 

『さあ、選択の時だ。マシュ・キリエライト。オレも、世界も、時間も、お前の懊悩も迷いも考慮しない。選べ』

 

『何もかも諦めて死を選ぶか。それとも酸鼻極まる生にしがみつくか。お前の選ぶ地獄はどっちだ?』

 

 

 私は自分でも驚くほど簡単に、後者を選んでいた。その理由は酷く簡単だった。

 

 目覚めた時に見た、あの光景があったから。

 

 海辺に建築された病院だったのでしょう。

 視界に飛び込んできた、地平線に沈もうとしている綺麗な夕焼け。

 VRでしか見たことのなかった光景が、其処にはあった。海も、空も、砂浜も、世界は綺麗な朱に染まっていた。

 私がどれだけ願っても、決して見れないと思っていたものが、其処には広がっていて。

 

 ――――でも、本当に心を動かされたのは、それではありません。その光景だけでは、すぐに選ぶことは出来なかったでしょう。

 

 美しい光景以上に目を引いたのは、両親に挟まれ、手を繋いで砂浜を歩いている一組の親子。

 ただ美しいだけのものに目を奪われたわけではなく、私には与えられなかった当然の営みが其処にはあった。

 

 妬みよりも、嫉みよりも。私に与えられなかったものを羨むよりも。私に与えられなかったことを嘆くよりも。

 美しいと感じたものを、また明日も――欲をかいて長く長く見ていたいと思ったから。迷いなんて、私にはありませんでした。

 

 私の答え。私の理由を聞いた彼は不承不承と頷いて――今は、その仮面の下で微笑んでいたように思えます。

 その日から無貌の男は、私の先輩になったのです。私の選んだ道の先を行く(かた)として。

 

 うん。ただ、まあ…………何事にも予想外というものは付き物です。自分の想定通りに物事が進まないことなんて日常茶飯事です。

 

 

『あ、あの、先輩、その引き摺っている方々は……え? 私の身体を治すマカイ? あ、ああ、善意の協力者ですね、納得です!』

 

『す、凄い! 手術が終わってから身体が、身体が軽い! 経過もバッチリです! …………ところで先輩、マカイの方々にお礼を言いたいのですが……え? 殺処分にした? 元々違法な人体実験してた奴等だからしゃーなし?(白目』

 

 

 先輩が、悪人だからと他人を利用するだけ利用して処分してしまう恐ろしい人であったり、

 

 

『身体が良くなったから、次は自衛の訓練ですか……』

 

『ですが、恥ずかしながら私は運動自体をしたことが…………え? 十余年分の運動を半年でやればいい? ちょ、ちょっと何言ってるのかよく分からないですぅ(震え声』

 

 

 先輩がレオニダス王も思わず止めに入るレベルの訓練の鬼だったり、

 

 

『あ、あの、先輩! パラシュートの降下訓練なのに、何故、軽飛行(セスナ)機が急降下しているのでしょうか!? え? 面倒だからついでに標的の本拠地も吹っ飛ばす!? あぁ!? 自分一人だけ!!(愕然』

 

『先輩! ブレーキ! ブレーキを踏んでください! 目の前に人がっ! ひぃっ!? フロントガラスの上を転がって!? …………え? まだ生きてる? ちょ、バック?! あ゛ぁ゛! 今、乗り上げてはいけないものに乗り上げた感じが!(悲鳴』

 

『やめて止めて止めてやめて止めてやめて止めてーーーーーーーーっ!!(阿鼻叫喚』

 

『いやぁぁあぁぁ! いやです! もういやぁ! おウチに! おウチに帰ります! 帰してくださいぃぃいぃぃ!!(懇願』

 

 

 効率主義だったり、ド外道だったり、冷酷無慈悲だったりしたのは…………流石に、予想外でした。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 時間は夕刻。

 昼間から、大いに遊び、皆で笑い、たらふく飲んでは食べてのドンチャン騒ぎ。

 最も騒がしく、最も大らかだった特異点――ここ、オケアノスでの出会いと旅の中でも、これほどの宴はなかった。

 

 他のカルデアメンバーは、今は一息ついていた。

 風魔 小太郎とレオニダスの部下、スカサハの原初のルーンによって造られた借宿で休んでいる者も居る。

 まだまだ飲み足りぬ、食い足りぬと未だに馬鹿騒ぎを引き起こしている者もいる。

 生前に絆を育んでいた者、死後に絆を育んだ者と静かに過ごしている者もいる。

  

 そんな中、マシュ・キリエライトは、何もかもが朱に染まった浜辺を一人歩いていた。

 脳裏に浮かんでいたのは、自分が人間としての生を歩み出した時の記憶だ。

 彼女自身でも気づかぬ内に笑みを浮かべていたのは、それが彼女にとって大切な記憶であったからなのか。それとも、これから先の未来を期待してのものだったのか。

 

 ともあれ、彼女が砂浜を進んでいくと、一つの桟橋が現れた。

 遠浅の海岸から伸びた桟橋は、やはり風魔とレオニダス、スカサハによって造られたものであり、その先にある水上コテージも同様である。

 

 

「くす――――スカサハさん、気合が入っていますね」

 

 

 水上コテージの出来の良さに、マシュは感嘆と同時に笑みを深めた。

 

 その作りは、一緒に見た旅行雑誌に乗っていたタヒチのそれとよく似ている。

 世界から卒業してしまった彼女ではあるが、まだまだ知らないことはある。殊更、彼女の生きた時代とは異なる文化であれば尚の事。

 千里眼によって見通せていたとしても、体験とはまた違った話。彼女の気合の入りようも頷けた。

 

 桟橋に足を踏み出すとギシリと音が鳴った。

 だが、それは耐久性の悪さを示すものではなく、寧ろ、良さを示すもの。

 桟橋の板がたわむことで、重さを上手く分散させる造りとなっている。これならば重量級のヘラクレス、アステリオスが乗ったとしても壊れることはないだろう。

 

 そして、この水上コテージは虎太郎の為に用意されたものだ。

 

 他人が近くに居ると眠れない。

 疑心暗鬼が形になった癖、魂にまで刻まれた悪習から解放させ、ゆっくりと休ませるために一人離れた場所へとコテージを作った。

 防衛という点に関しても、何がしかの強襲があったとしても開けた場所であるが故に虎太郎には十分対応可能であり、同時に離れた場所からの援護も容易であった。

 

 マシュは桟橋を渡り切り、コテージの扉の前に立つと礼儀正しくノックをしようと手を上げた。

 

 

「開いてるぞ」

 

「……――失礼します」

 

 

 ノックよりも早くかけられた声に、マシュは苦笑を漏らしながら扉を開けて足を踏み入れる。

 

 コテージの中は、外観に負けぬ内装であった。

 広さはちょっとしたパーティーでも開けそうなほど。

 ただ、寝て起きるためだけ場所ではなく、トイレもついていれば、バスルームまである。

 それだけではなく、調度品もまた一流。大きなキングサイズのベッドに、一人掛けのソファがいくつか。三人掛けのものもある。

 電気は通っていないものの、魔術による照明器具やら保冷を目的としたボックスまでついており、生活に必要なものは全て揃っていた。

 

 マシュは思わず、感嘆の吐息を漏らしてしまう。

 

 自分に――と言うよりも女性陣に、か――与えられたコテージも似たような造りであったが、最大の違いは部屋の中央にあるガラス張りの床だ。

 鮮やかな橙に染まった海が見え、魚が泳いでいるのが見える。窓から差し込む夕日とガラス張りの床から反射する二種類の光が混じり合い、何とも言えない幻想的な雰囲気を作り出していた。

 

 しかし、部屋の中には目的の人物の姿はなかったので、気配を頼りに部屋の奥へと進んでいく。

 部屋の奥――海の沖合側には窓があり、階段が続いている。其処を降りると海面により近づいたテラスがあった。

 

 目的の人物――弐曲輪 虎太郎は、テラスの端に片膝を立て、逆の脚を海に沈めて涼みながら、水平線に沈んでいく夕焼けをボンヤリと眺めている。

 

 

「うわぁ、綺麗……」

 

「あー、そういうもんかねぇ……」

 

 

 思わず心から漏れた言葉であったが、虎太郎は同意しなかった。

 元より他者への共感能力が欠如した男である。その反応も、むべなるかな。

 

 しかし、マシュに気にした様子は見られない。当然だ、もう慣れた反応である。

 

 

「隣、よろしいですか?」

 

「別に喫茶店で相席するわけじゃないんだ。好きにしろよ」

 

 

 

 マシュは素っ気無い返答に笑みを浮かべて、虎太郎の隣に腰を下ろす。

 自然、海の中へと脚を入れる形となる。

 気温の調整されたカルデアとは違う、自然の夏の気温にされた身体には、両脚から伝わる海の冷たさが心地良い。

 

 

「先輩と初めてお話したのは、こんな夕暮れでしたね」

 

「何だ。お前も同じことを考えてたのか。珍し――――くもないか」

 

「――――え?」

 

 

 その台詞にマシュはキョトンとした表情を見せたが、何だその顔は、とばかりに虎太郎は不愉快げに顔を歪めた。

 

 しかし、すぐに溜め息を吐いて首を振る。

 自分の普段からの態度もマシュの表情に拍車をかける理由なのは間違いないとでも思ったのだろう。それでも態度を改めるつもりがない辺り、実に彼らしい。

 

 

「確かに、オレは他人に興味のない人間だがな、記憶力が悪いわけじゃないんだぞ。あの時、お前は確かに、今まで見たことのなかった風景ではなく、何処にでもありふれたモノを見て笑っていたな」

 

「…………それは、その」

 

「別に責めてもいないし、貶してもいない。そういうお前だから、お前の中で眠っていた騎士も目を覚ました。きっと、そうなんだろうよ」

 

 

 円卓の騎士・ギャラハッド。

 アーサー王伝説に登場する最も穢れなき騎士。聖杯を発見し、そのまま神の下へ召されたとされる英雄。

 

 円卓の騎士は、それぞれが担う役割が異なる。騎士としての役割、というわけではない。

 エルサレムで出会ったベディヴィエール、カルデアに召喚されたモードレッド、ガウェインの話を総合するに、アーサー王がギャラハッドを選んだ理由は、その“在り方”にこそあったようだ。

 

 例え、それが王の命令であったとしても、間違っていると判断すれば、真っ向から意見する。

 大半の円卓の騎士は、王への崇拝、憧憬を胸に集った。無論、ギャラハッドもその一人であろう。

 しかし、彼は胸に抱いた憧れ故に、口を閉ざすことはなかった。その在り方こそ、アーサー王が彼に求めた役割だ。

 

 

「――――いえ、それだけではありませんよ」

 

「……何がだ?」

 

 

 マシュの柔らかな否定に、虎太郎は訝しげな表情で隣に座った相棒に視線を投げる。

 迎えたのは、口調と同様な柔らかな笑みだった。

 

 

「彼は確かに、先輩のことも認めてくれたのです」

 

「……はあ、どう考えてもオレとは合わないタイプだと思うがなぁ」

 

「それはまあ、そうなのですが」

 

 

 虎太郎の端的な感想に、マシュは苦笑を浮かべた。否定する要素がなかったのだろう。

 

 あの時――――レフによる破壊工作を未然に防いだ虎太郎であったが、一つの失敗を犯した。

 レフは、魔術王による恩恵――今にして思えば、魔神柱としての力だったのだろう――を行使したのである。

 

 虎太郎自身はレフの悪足掻きをあっさりと躱したものの、マシュまでは守れなかった。

 

 結果、マシュは内臓の半分を吹き飛ばされて瀕死の重傷を負い、レフの逃走を許す結果となった。

 

 

「あの時、先輩はレフ教授を追おうとすれば、出来た筈です。それでも私の下に残ってくれました」

 

「別段、残ったところで何が出来たわけでもないがな。オレに出来たのは、それこそお前の手を握ってやれることだけだった。お前を助けた責任も、引きずり込んだ責任もあったからな」

 

「それがギャラハッドさんを呼び起こしたんですよ」

 

「……………………それ、相当悩んだ結果の匂いがするなぁ」

 

「あ、あはは、否定、出来ませんね」

 

 

 薄らとしかない記憶であるが、マシュの中の彼は、思い悩んだ様子で会話をしていたようだ。

 

 

『うん、まあ、アレだね。彼は性根の心底から腐った男だけど、君を見捨てなかった。その責任を、自分の性根と合わないと理解した上で選んだ道を違えなかった』

 

『ならば、僕も道を違えるわけにはいかない。随分と勝手ではあるけれど、君に僕の力を譲り渡そう』

 

『ああ、気負う必要も、負い目を感じる必要も、ましてや感謝もしなくてもいい。これはあくまで対等の契約だ。だから、僕からも条件がある』

 

 

 過去の異変の排除。それがギャラハッドからの契約条件。

 契約の結果は御覧じろ。マシュはデミ・サーヴァントとして蘇生し、シールダーのクラスとなった。

 

 

「だから――――せーんぱいっ♪」

 

「あ? ――――んむっ」

 

 

 マシュは虎太郎を呼んで笑みを浮かべた。

 

 花の咲くような笑み。

 何の不安もなければ、負い目もない。

 ただただ、正しい人生を、正しく謳歌している者のみが見せる翳りのない笑みを浮かべたまま、そっと唇を触れ合わせる。

 

 虎太郎は目を丸くした。マシュのこうした行動は珍しい。

 今年のハロウィンにあった、とある一件で、マシュからは戸惑いというものが消えていた。自分の心や欲望に正直になっていた。

 

 虎太郎に求められれば応え、虎太郎が求めずとも自分から求めることを良しとした。

 大抵は、貪るようにキスから始まるのだが、今回のように触れ合うだけで済ませるのは珍しかった。

 

 

「どうした、急に?」

 

「ふふ、先輩への感謝や愛情が溢れてしまったので」

 

 

 問いかけに、マシュははにかんで返事をした。

 彼女は静かな時間を過ごすことを選んだのか、虎太郎の肩に頭を預け、手を取り指を絡め合う。

 

 二人の胸に去来するのは如何な思いか。

 出会った時の思い出か。それとも、共に苦難を乗り越えた思い出か。或いは、ただひたすらに苦労をし続けてきた思い出なのか。

 

 夕日が地平線に沈むまでの間、会話はなく、優しい潮騒の音だけ二人を包み込んだ。

 

 

「そろそろ中に入りましょう。少し、寒くなってきました」

 

「ん? あぁ、そうだな。もう少し、このままでも良かったんだが……」

 

 

 マシュは名残惜しげに手を放して立ち上がり、虎太郎もそれに倣う。

 日が沈んだことで、気温は一気に下がった。人体に害のあるレベルではないものの、肌寒さは感じる。

 二人で身を寄せ合って寒さを凌ぐのも十分であったが、互いへの気遣いから部屋の中に入ることにした。

 

 マシュは仕事で身体を酷使している虎太郎を気遣い、虎太郎は魔界医療による手術から2年しか経過していないマシュの身体を気遣って。

 

 その時、虎太郎はふと顔を上げて、何となしにマシュへと声をかけた。

 

 

「ああ、そうだ。昼間は頭がパーになってて言ってなかったが――――その水着、よく似合ってる。可愛いよ」

 

「――――…………もう、先輩っ」

 

 

 何の事はない、誰でも言える台詞。

 

 それを何の前触れもなく投げかけられたマシュは、一瞬、呆気に取られてしまった。

 だが、言葉の意味を頭で理解すると、頬を染めて虎太郎の胸に飛び込んでいく。

 

 

「ズルいです! 私、色々我慢して、ロマンティックにお誘いしようと思ったのに。そうやって、私の一番言ってほしい言葉を不意討ちで……!」

 

「いや、だってなぁ? なんか、色んな雑誌見てたの知ってたし。お前もファッションとかに興味出てきたのか、年相応で良い傾向だなとは思ってたんだよ」

 

「は、はい。マリーさんやブーディカさんと一緒に買いに行ってきました。女性同士の買い物は楽しくて。それから先輩に褒めてもらいたくて」

 

「あー、もう、お前は尽くす女だなぁ」

 

 

 自分の胴に抱き着いて胸に顔を埋めるマシュの頭を撫でる。

 冷徹無慈悲と言えど女好きな虎太郎である。自身の為に慣れない行動までする女に愛しさと欲望の高まりを感じない筈はない。

 

 

「虎太郎さん、今日は私といーっぱい、らぶらぶして下さい♡」

 

「――勿論、オレも楽しませてもらおうか」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「ん、ん、ちゅ、……ふむっ、れる……じゅ、ちゅる、るる……♪」

 

 

 潮騒も遮断されたコテージの中に、粘着質な音が響く。

 

 虎太郎の首に両手を回し、踵の高いサンダルでも届かぬ身長差を埋めるように爪先立ちになってキスをねだる。

 貪欲な粘膜交換は、キスなどと呼べる清廉なものではなく、文字通りの互いの欲望を掻き混ぜるような口腔性交であった。

 

 唇を押し付け合うだけでは到底足りない。

 相手の口唇を割り開き、舌を差し込んで絡め合う。

 唇や舌の裏、上顎に臍、歯と歯茎、口腔内のあらゆる部分に舌を這わせ、満遍なく愛撫すると同時に自らもまた味わう。

 

 二人の口から唾液が零れてポタポタと顎を伝い、水着と身体を汚していくがお構いなしだ。

 

 マシュはまだ足りないと虎太郎の舌に吸い付き、丹念なベロフェラ奉仕を開始する。

 

 

「……あむ、はむ……っ、じゅるる、ふみゅ……こひゃろうひゃん、いかがれふか……わらひの、べろふぇりゃ……ちゅぅぅぅぅう、ぽん♡」

 

「ああ、今日は一際激しいな。それなのに丹念で、もうこんなになっちまったよ」

 

「あっ♡ あっ♡ 虎太郎さんのおチンポ、すっごく硬くなってます……♡」

 

 

 虎太郎に腰を掴まれ、臍の辺りに水着と衣服越しに熱い塊を押し付けられると、ただでさえうっとりとしていたマシュの表情が、更に蕩けた。

 既に潤んでいた肉壺は、明確な欲情の証として愛液を吐き出し、水着の色が股間の部分だけ濃く変色する。

 互いに熱を持った身体を擦り合わせるだけで、彼女は身体と言う境界線が溶け合って一つになったような気分に陥ってしまう。

 

 

「で、では、脱がせますね…………ん、しょ、っ、よいしょ、きゃっ………………ふ、ふぁあっ♡」

 

「我ながら、いつもよりも元気だな」

 

 

 手慣れた様子でアロハシャツを脱がせ、虎太郎の前で膝をつきながらズボンと下着をずり下ろす。

 顔を出した男性器は、熱い欲望を滾らせて発条仕掛けの勢いで反り返る。

 

 一瞬、呆気に取られたマシュであったが、雄の威容に溜め息を溢す。

 無遠慮な雄の欲望に嫌悪を抱かず、寧ろ、自分の魅力がここまで肉棒を硬く、熱くさせた事実に雌として悦びすら覚えていた。

 

 それでもなお、少女として無垢さと恥じらいは消え去っていない。

 欲情の中に僅かばかりの雄からの蹂躙への怯えの光を瞳に宿し、媚び蕩けながらも羞恥で耳まで紅く染め上げた表情。

 女と牝、無垢な少女と淫らな娼婦が一体になった表情は、何とも言えない雄の獣欲を容赦なく煽る。

 

 虎太郎はなおも冷静さを保つ。 

 このまま押し倒すだけでは、ただ性欲に負けただけの雄に過ぎない。

 それはそれでも構わなかったのだが、どうせだったらより楽しんだ方がいいと、欲望をぐっと堪える。

 

 

「………………ふふ」

 

「――――は、はい。失礼、します♪」

 

 

 アイコンタクトだけで何を望んでいるのかを察したマシュは、虎太郎の股間にぐっと顔を近づける。

 

 そのまま口奉仕を開始するかと思われたが、彼女は自身の顔に熱い肉棒を擦り付け始めた。

 頬、鼻筋、瞼。ありとあらゆる部位で熱さと硬さを感じ取るように。牝が雄へとねだる求愛行動のようだ。

 

 顔に擦り付ける度にビクビクと陰茎が脈動する。

 その度に、マシュは頭の芯まで熱くさせ、陰茎の脈動に合わせて膣全体がヒクつき、愛液が漏れるのを自覚した。

 秘裂と子宮は痛いほど疼き、目の前の熱い雄の象徴を求めていたが、漏れかけた牝欲を生唾と共に飲み込んだ。

 

 顔での愛撫で先端の鈴口からカウパーが漏れるのを確認すると、今度は陰毛に埋もれた付け根に鼻を押し付ける。

 

 

「あぁぁっ♡ 潮の匂いに混じって、虎太郎さんの汗と興奮している匂い…………すっごく濃厚で、クラクラ、しちゃいます♡」

 

「はは、マシュ、目にハートが浮かんでるぞ?」

 

「こ、こんなの浮かんじゃいますっ、そ、それに、陰嚢もずっしりして、虎太郎さんの興奮で、もうパンパン♡」

 

 

 そこでようやく、マシュは手を使い始めた。

 両手の指を使って痛みを感じさせない繊細な指使いで、コリコリとした睾丸を揉み解す。

 剛直の硬さは更に増し、反り返って我慢汁を吐き出す様は、マシュに女としての自信を植え付けた。

 

 雄の欲望の中心とも呼べる陰嚢は、張りと重みだけで、彼女の牝欲をも刺激してくる。

 

 

「もう、いいぞ。上手になったな、マシュ」

 

「あ、あの、おしゃぶりは……」

 

「いや、今日はいいぞ。ほら、立って」

 

「……は、はい」

 

 

 マシュはいきり立った勃起を前にして、瞳を潤ませて口奉仕を申し出たが、虎太郎にそのつもりがないと分かると、しゅんと好物を取り上げられた子犬のような表情をする。

 

 不満の言葉はなく、自身の奉仕の至らなさを責めるマシュに気付いた虎太郎は、その頬を優しく撫でる。

 いや、今日は本当にそういう気分じゃないんだよ、と視線だけで告げると、彼女の表情は自信を取り戻した。

 マシュは常々、アイコンタクトだけで戦闘、炊飯、掃除、談話ができる関係を目指していると語っていたが、この様子では目的は半ばまで達成していると言っても過言ではない。

 

 彼女を立たせた虎太郎は、上から下まで水着姿を品定めするように念入りに眺める。

 身体の至る所から発情と興奮の汗を流し、恥ずかしげもなく性感の象徴を勃起させ、股座を濡らす姿。

 羞恥から身体の部位を隠すかに思われたマシュであったが、顔には淫らな微笑みを浮かべて、見せつけるような胸を張った。

 

 

「んー、しかし、一つ思ったんだが……」

 

「は、はい、何でしょう?」

 

「この水着、ちょっとサイズ小さくねぇ?」

 

「は、はぅぅっ! …………そ、それは、その……」

 

 

 虎太郎の指摘に、しどろもどろになって必死で言い訳を探すマシュであったが、やがて諦めたように口を開く。

 

 

「お、お月見やハロウィンで、お、おに――――いえ、身体の一部が成長してしまって……」

 

「へぇ、でもこっちの方も魅力的だな。水着で締めつけられて、彼方此方ぱっつんぱっつんで」

 

「ほ、褒めて頂いて嬉しいですが、お恥ずかしいです。こんなの不摂生で……」

 

「いや、今までが細すぎたんだよ。抱き心地も――――最高だな、うん」

 

「あ、ありがとうございます。お、お尻撫でながらなので、台無しですが…………んんっ、揉んでもダメですぅ♡」

 

 

 たっぷりと脂が乗りながらも張りを保つ尻肉を、好き放題に揉みしだく。

 虎太郎は形を変えながらも元の形に戻ろうとする弾力を楽しみ、マシュは尻の形が変わる度に駆け上ってくる感覚に、涎を垂らして享受している。

 秘裂から溢れる愛液は吸水性の高い水着の色を変えるどころか、愛液が雫と化してポタポタと垂れて床に落ちてもいれば、足を滴って流れてもいた。

 何にせよ、足元には愛液の水溜りが出来ており、彼女の発情具合をそのまま示しているようなもの。

 

 

「じゃあ、そろそろ脱ごうか」

 

「こ、虎太郎さんさえよろしければ、このままでも。予備の水着もありますので、破いても構いませんよ?」 

 

「んー…………いや、やっぱり脱ごう。明日、この水着で遊んでるお前を見て、どういう風に鳴かせたか、思い出すことにする」

 

「も、もう、虎太郎さんのエッチ♡」

 

 

 非難の言葉と声色であったが、マシュの表情と仕草はまるっきり逆方向。明らかな媚びと悦びで満ち溢れていた。

 表情を蕩けさせ、今日の自分の痴態を思い出して虎太郎が股間を熱くする想像をしただけで、彼女の胸中は女としての幸せと喜びで満ちていく。

 それほどまでに愛されている事実、それほどまでに虎太郎を魅了している自信が、彼女の秘裂を開かせ、子宮は剛直に備えて下り始めていた。

 

 まるっきり牝の顔になったマシュの肩紐に手を掛け、虎太郎はゆっくりと水着を脱がしていく。

 

 まるで駄菓子の包装を解いていくかのよう。

 胸の先端にある硬く勃起した乳首に引っ掛かり、胸全体が下に向けて形を変える。

 マシュは脱衣だけで、途方もない快楽が襲ってくる事実に恐怖さえ覚えるが、それが虎太郎の手によるものだというだけで、霧散して消え果てる。

 

 

「――あぁ、ん♡」

 

 

 ぶるん、と音を立てて露わになった豊かな双乳。

 先端は固くしこり、乳輪から勃起しきった乳首が、これから与えられる刺激を期待して震えていた。

 

 

「こんなもんを見せられたら、しゃぶりつくしかないよなぁ…………あむ」

 

「きゃ、ぅぅううぅんっ♡ こ、虎太郎さ、んひっ、ひぃぃ、そんな、はっ、吸い付いたらぁ♡」

 

「じゃあ、こういうのは?」

 

「ひゃうぅぅんっ♡ 歯で、甘噛みっ♡ こりこり、して、すっごぉ、んんん、あぁああぁぁぁぁっっ♡」

 

 

 赤子のように乳首に吸い付かれたと思えば、今度は甘く噛み付かれる。その様は赤子の可愛らしさなどなく、牝を好き放題に弄ぶ牡の残酷さしかない。

 

 乳輪ごと歯で捉えられ、舌で石のように硬くなった乳首を弾かれる。

 その度に、胸どころか全身に、手足の先まで快楽の電流が流れ、腰はビクつき、秘裂は愛液を溢れさせる。

 心地良い、などとは程遠い性技による快楽の暴力に、マシュの思考は白痴に染まり、絶頂を享受せざるを得なかった。

 

 乳首に噛み付いたまま、虎太郎は頭を後ろに逸らす。

 餅よりも遥かに柔らかくありながら、絶妙な弾力を持ち、それでいて全く垂れていない乳房は大きく引き伸ばされ、無残なほどに形を変える。

 

 

「こたろうひゃ、そんなに引っ張、あぐぅっ、たら、ひふぅ、ふぅ、形、崩れちゃ……!」

 

「…………」

 

 

 必死に胸を前に突き出して、腰砕けになりそうな悦楽を減らそうとするが、叶わない。

 

 

「んひ、ぁぁああぁぁっぁああぁっっ♡」

 

 

 そして、限界まで引き延ばされた乳首は歯の固定をするりと逃れ、ブルンと音を立てて元の形に戻った。

 

 マシュは痛みを伴った強烈な快楽に、爪先立ちになってしまう。

 肩で息をしながら、何とか転倒だけは避けたマシュであったが、尿道からは潮が止まらず、膝はがくがくと震えていた。

 もうこれ以上、勃起しないと思っていた乳首は、苛め抜かれて赤く腫れあがり、更に大きさを増している。

 

 

「あっ♡ あっあっ♡ 今度は、はぁ、優しくぅ♡」

 

 

 泣き出しそうになる不様さであったが、虎太郎の舌使いに全てが融け堕ちた。

 謝るような優しい愛撫。緩急のある乳首責めに、マシュは翻弄されるばかりだ。

 

 

「ふぅ、こんなもんだな。結構、好きだろ? マシュはMっ気あるし。イジメられた後に、優しくされると堪らないだろ?」

 

「は、はひぃ♡ …………あ、あのっ」

 

「んー? どうしたぁー?」

 

 

 マシュが次に何を言うのか分かっているのだろう。虎太郎は意地悪げな笑みを浮かべた。

 

 

「片方だけ大きくなっては、バランスが、悪いので、ぎゃ、逆側も……」

 

「ああ、そうだな。じゃあ――――」

 

「んん、きゅぅううぅぅううっ♡」

 

 

 訳の分からない理由で、逆側もとねだるマシュに虎太郎はくつくつと笑う。

 当然だ。訳の分からない理由こそ、彼女が与えた快楽の虜となった証なのだから。

 

 ねだられた通り、歯を使ってたっぷりと痛みと共に快楽を与え、舌を使って優しく舐る。

 

 それが終わる頃には、マシュは腰砕けになってベッドにすとんと腰を下ろしてしまう。

 法悦に霞む視界で彼女が捉えたのは、望んだ通りに痛々しく腫れあがりながらも嬉しげに勃起した乳首であった。

 

 もう、当の昔に虎太郎の女になったというのに、抱かれる度に虎太郎の女として変化していく自身の身体に羞恥と喜びを覚えてしまっていた。

 

 恍惚に浸るマシュを尻目に、虎太郎はするすると水着を脱がし、両膝を掴んで大きく開かせる。

 

 

「あっ――――やぁあっ♡」

 

 

 其処でようやく戻ってきたマシュは、大きな恥じらいを持ちながら抵抗の声を上げたが、表情も声色も蕩けきって逆に誘っているようだ。

 

 実際に、抵抗など皆無だ。

 最低限、脚に力を込めて開かせまいとする程度は出来ただろうが、それすらもなかった。 

 

 現れた秘裂は、処女の頃から変わりなく綺麗な色と状態を保っている。

 だが、溢れる本気汁と開き切った花弁は、男の味を知り、最愛の相手に抱かれる悦びを知っている何よりの証。

 

 湯気が立ち上りそうなほど熱くなった其処は、発情した雌の濃厚な臭いまでも撒き散らしている。

 

 

「何度見ても美味そうな牝穴だ。いや、実際に美味いんだがな。オレのナニも毎度毎度爆発しそうになる」

 

「いやぁ♡ 虎太郎ひゃん、そんな近くで、見ちゃらめぇ……♡」

 

「そういうなよ。今日は、オレが目一杯可愛がってやるからな」

 

「ひはっ、あぁ゛っ♡ そ、そんなの、素敵すぎます♡ い、いきなひぃっ♡ く、クリトリス、食べっ、ひあぁぁああ゛ぁああっ♡」

 

 

 無防備な秘裂と陰核を前にして、虎太郎は好物のようにむしゃぶりついた。 

 勃起して包皮から顔を出したクリトリスに吸い付き、甘噛みしたかと思えば、舌で弾く。

 

 

「くぅぅ、 こたろうひゃ、おまんこ、食べちゃ、んッひ♡ ひぃぃ♡ ひぃぃいぃぃぃいんッ♡」

 

 

 充血しきった花弁を唇でコリを解すように揉み上げて、どぷりと一際大きく愛液を吐き出した瞬間に膣に舌を差し込む。

 

 

「あぁん♡ 音、すごぉっ♡ こ、こたろ、さんに、わらしのおまんこ、やらしく、されひゃいましたぁ♡ んんっ♡ んーっ♡ んんんーーーっっ♡」

 

 

 音を立てて愛液を啜り、マシュの羞恥を限界まで煽り、どれだけ女として成長したかを自覚させる。

 

 

「舌、ぞりぞりぃ♡ お、お潮、止まりま、せんっ♡ あへっ♡ はッひぃぃ♡ あぁ゛ッ、ダメェっ、イク♡ いくいくいくいくーーーーっっ♡」

 

 

 差し込んだ舌でゾリゾリと襞を抉るように動かされ、潮吹きは止まらず、虎太郎の顔を汚し続ける。

 

 

「ふふ、可愛かったぞ、マシュ」

 

「ひゅーっ……はぁーっ……はぁ、はぁ……はっ……はぅっ……は、はひぃ♡」

 

 

 僅か10分の間に大小合わせて30以上のアクメを叩き込まれたマシュは、だらしなく両脚を開いたままベッドに背中から倒れ込んでいた。

 全身は汗で濡れ光り、腰が何度となく痙攣を繰り返しているのは、未だに絶頂から戻ってこれていない証だろう。

 

 虎太郎は潮と愛液で汚れた顔を拭いながら、舌をだらりと投げ出し、涙と鼻水、涎で塗れたマシュのアヘ顔を眺めていた。

 

 

「ほら、マシュ、何回イったんだ?」

 

「わ、わかりましぇん♡ いっぱひ……いっぱい、アクメ、頂きましたぁ♡」

 

「駄目じゃないか。ちゃんとどれだけアクメしたか数えて置かないと。アクメさせてもらった女の礼儀だぞ?」

 

「あ、かっ! ら、めぇっ! い、いま、お豆さんシコシコされたりゃ、も、漏れちゃいます♡ 嬉ションれちゃ♡ あっ♡ あっあっ♡ あぁっ♡」

 

「仕方ないな、お前は」

 

 

 肥大化したクリトリスを扱かれたマシュは、ひくひくと尿道が蠢くのを感じながら、またも絶頂する。

 今の彼女は何をされてもアクメするほど全身が敏感になっているというのに、容赦と言うものがまるでない。

 

 腰を高く持ち上げ、陰核への刺激から何とか逃れようとしたが、それを許すような男ではなく。

 

 

「はっへぇええぇええぇえぇっ♡ っ、う、うそぉぉっ♡ 虎太郎さんっ、私の嬉ション、飲んで、るぅぅううぅぅぅ♡」

 

 

 じょろじょろと大層な勢いで尿道を駆け下りる黄金水の刺激に、マシュは容易くアクメに達する。

 しかし、それ以上に快感を増大させたのは、両腕でガッチリと腰をロックし、ピッタリと股間に口を押し付けて、汚水を飲み下している虎太郎の姿であった。

 

 マシュはその光景に目を見開きながら、その事実にまたしても高みに至る。

 自分でも見せてはいけないと思う失禁姿を晒し、あまつさえ恥ずかしい液体を飲まれている。

 脳神経が焦げ付きそうな羞恥と快楽と同時に、自身のどのような姿であれ受け入れてもらえるんだという悦びと安堵に、マシュは涙を流しそうなほどの多幸感を全身で受けながら、終わりの見えないアクメを楽しんだ。

 

 

「あぁ♡ はぁっ、はぁっ、お、お腹、壊しちゃいますよぅ♡」

 

「そんなに柔じゃないよ、オレは。それに体外に出たばっかりのもんには雑菌なんて繁殖してないしな。難点は喉が渇くところだが、まあまあ、自分の女を悦ばせられるなら安いもんよ。気持ち、よかったか?」

 

「は、はい、とっても♡ ふわふわ、ビリビリして、全身幸せで、あ、頭もぱーになっちゃいました♡」

 

「よしよし。でも大丈夫かー? まだ本番じゃないんだぜ?」

 

 

 何処までも可愛く。何処までも素直に。

 清楚さを失わず、羞恥を残し、娼婦以上に淫らで、聖母のように慈愛に満ちたマシュの姿に、虎太郎は満足げに頷いて頭を撫でる。

 男にとっての理想の女性像を体現した姿。これを好き放題に喘がせ、共に愛し合う。これ以上の幸福など有りはすまい。

 

 

「じゃあ、そろそろ」

 

「はい♡ 虎太郎さんの、硬くて太くて長くて、とっても逞しい勃起チンポ、私のエッチなオマンコで気持ち良くしますので、たぁっぷり種付けしてください♡」

 

「ふふ、おねだりも上手くなったなぁ」

 

 

 呂律は回り始めたが、まだ身体は動かないのか、マシュは両脚を投げ出したまま、震える指先で秘裂を割り開いて虎太郎を誘う。

 

 虎太郎はマシュの両脚を掴み、秘裂に亀頭を押し付けた。

 いよいよ待ちに待った瞬間に、マシュは蕩けた笑みをもって迎え入れる。

 

 十分にほぐれて充血した花弁はあっさりと、愛液を噴き出しながら最も太い亀頭を受け入れた。

 

 

「ふぁ、ぁああぁんっ♡」

 

「この瞬間は、何度体感しても、気持ちいいもんだ」

 

「んんっ♡ 私も、これ好きです♡ 虎太郎さんのおチンポに、オマンコを押し広げて、ぞりぞり抉られるのぉ♡」

 

 

 実際の距離にして数cm。いや、数mmであっても容易く絶頂してしまう。

 膣の襞を優しく亀頭が掻き分け、伴って襞の全てを満遍なく刺激する。

 

 ほぐれたと言えども、何度も絶頂を味わったと言えども、虎太郎の手管で男を覚えたと言えども。

 まだまだ女として未熟な性器に、自身の形状がどれだけ淫らなものかを自覚させていく。

 襞を絡み付かせ、剛直を扱かせ、白濁した本気汁を吹きかけさせ、徹底して自らが受け入れた男の形を覚えさせる。

 

 調教染みた――というよりも、調教そのものの過程。

 既に屈服し、心酔しているというのに、まだ足りないと虎太郎は自らの味を叩き込む。

 

 

「ぅんんっ♡ 虎太郎さん、早く、奥までぇ♡」

 

「待て待て、我慢しな。こうやって、マシュのおまんこにオレの形を教え込んでるんだからな」

 

「そ、そんなぁ……もう、私のエッチなおまんこ、もう覚えてるからぁ♡ あっ♡ はぁっ、あっあっ♡」

 

 

 マシュの身体も、心も、求めているというのに、意地悪くゆっくりと奥へと侵攻していくだけ。

 それだけで何度となく絶頂を繰り返し、潮も噴いているというのに、全く満足というものがない。

 

 膣は痙攣して、絡み付き、必死で牡に奉仕する。

 その度に本気汁を剛直に吐き掛け、奥へ奥へと誘うが、最奥へは達しない。

 

 

「こ、虎太郎さん、どうですか♡ 私のエッチなおまんこ、いっぱいアクメしてっ、イキ締めっ、気持ちいいですかぁ……♡」

 

「ああ、凄く。分かるだろ?」

 

「ひやぁっ♡ あひっ♡ ゆっくり、チンポっ、きてっ♡ びゅびゅって♡ 我慢汁、でて、あっはぁぁああぁっっ♡」

 

 

 奥に進む度にきゅんきゅんと締めつけ、アクメを男に伝える。

 剛直はアクメを感じ取る度に、嬉し気にカウパーを吐き出し、襞の一枚一枚に塗り込み、更に己のものとする。

 

 

「あっひぃっ♡ はぁ、はぁ、んうぅうう、んんっ♡ あっ、くる、くるくる♡ やっと、子宮に欲しいの、来てくれるぅ♡」

 

「ほら、欲しがりなマシュの子宮に、コツンと」

 

「んふほぉっ♡ くるァ♡ 先輩のチンポで、子宮にちゅぅ♡ ひああぁっ、くふぅっ、あっ、んぅっ、はっひぃいいぃいいんんっ♡」

 

 

 最奥に達した瞬間、マシュの子宮は自分から亀頭に吸い付いた。

 のみならず、緩み切った子宮口は口を開いて亀頭を飲み込み、子種を求めて子宮は自ら下がっていく。

 

 

「くひぃっ、ひは、あえっ、す、しゅごぉ……、わらしひの子宮、自分からぁ……♡」

 

「はは。本当に慣れてきたな。ほら、ご褒美だぞ」

 

「あぁ゛っ♡ イクっ♡ 子宮、ぐりぐりでっ♡ イク、イっちゃいますっ♡ はぁっ、イクイクイクイクーーーーーっ♡」

 

「いや、本命はこっちだ、っ」

 

「んっひぃぃいいいぃっ♡ ひぃぃ♡ ひぃいいいぃいいぃんんんっぅ♡」

 

 

 宣言はしたものの、絶頂によって忘我にあったマシュには、不意討ち同然の射精であった。

 一瞬で子宮を満たした精液は、膣口から溢れ出し、勢いよくベッドに零れていく。

 

 しかし、それでもなお膣は肉棒を扱き続け、射精を促していく。

 孕むことを前提とした女体の神秘であると同時に、ただただ気持ち良く射精してもらうために尽くす、男の欲望を叶える女の具現であった。

 

 

「あっ、ついぃぃ♡ ザーメンいっぱいでてるぅっ♡ 子宮にいっぱい♡ いいです♡ 気持ちいいぃ♡」

 

「やあぁあっ♡ こたろうひゃ、ぐちゅぐちゅダメェっ♡ 子宮の中で、おちんぽ掻き回さないでぇ♡」

 

「そんなのイクっ♡ またイクっ♡ イクイクイク、おまんこ、イックゥゥウウゥウゥウウっ♡」

 

 

 身も世もなくよがり喘ぐ。

 精一杯の感謝とばかりに虎太郎の腰に足の指を丸めた脚を絡め、奥へ奥へと誘い、もっともっとと射精をねだる。

 身体を反らし、潮を噴き、襞を絡めて肉棒を扱き上げ、最後の一滴まで射精を促す。

 

 やがて、射精が終わると全てが緩んだかのように、マシュの身体から力が抜ける。

 ちょろちょろと勢いのない失禁を繰り返し、時折ビクビクと全身を痙攣させながら、涎と共に舌をだらりと垂らして女として情けない、けれど多幸感に満ちたアクメ笑みを刻んでいた。

 

 

「はぁ……ひぃ……あ、んっ……くぅっん……ンっ……あ、ひぃ……♡」

 

「くあぁっ、気持ちよかったなぁ。なあ、マシュ、まだいけるか?」

 

「あ、……ら、め……れす……わら、し……へや……もど……ら、ない、と……」

 

「――――ん?」

 

 

 マシュの上に覆い被さり、アクメで蕩け切った表情を間近で眺めながら、次に移行しようとした虎太郎であったが、意外な事にマシュからの返答は拒絶であった。

 

 

「どうして……?」

 

「ら、らってぇ……わらしが、いたら……虎太郎さん、眠れな……」

 

「何だよ、それ」

 

「こ、今回の、バカンス……虎太郎さんの、休暇、だからぁ……」

 

 

 深い絶頂の水底から戻ってき始めたマシュは、拒絶の理由をポツポツと漏らす。

 確かに、虎太郎自身も分かっている。今回のバカンスは、自身の為に企画されたものだと。

 始まりの内は強引で、彼自身も溜まり続けているであろう仕事に錯乱したが、もう既に順応している。

 

 虎太郎は呆れながら、頭を掻く。

 目の前の自分の女は、もっと我が儘になってもいい。こういうところは、出会った時から何一つ変わっていない。

 

 

「なあ、マシュ。オレは自分の身体のことくらい自分で何とかできる。お前等に心配される謂れはない」

 

「で、でも、ここ最近、虎太郎さんの表情が……」

 

「あー、まあ、それはそれ。どっちかって言うと睡眠不足だの疲れよりも、精神的なもんだ。終わりのないマラソンは流石に精神力を抉り取られるからな。いや、まだまだ全然平気ですけどね?」

 

「だったら、せめてゆっくり休んで――――」

 

「だから、お前が癒してくれよ。何だったら、朝まで抱き合っているだけでいい。一人寝するより、自分の女と一緒に暖め合った方が、まだマシだ」

 

「ひ、一人でも、全然大丈夫な癖に……!」

 

「まあね。オレは一人でも生きていける人間だ。他人に求めているのは能力だけだが、まあ、寂しくないと言ったら嘘ってのも、本心は本心だ。一緒に居たいから一緒に居るってのは駄目か?」

 

「うぅっ、そ、そんなのズルいです。そんな風に言われたら……うーっ、うーっ!!」

 

 

 虎太郎の欲望の発露に、自分の初志をあっさりと覆されそうになり、マシュは涙目になりながらも恨みがましく睨みつけ、唸り声をあげる。しかし、猛獣のそれとは違い、随分と可愛らしい。

 

 やがて、マシュも覚悟を決めた。

 こうまで純粋に求められて断ろうものなら、女が廃る。それこそ、虎太郎の女を自称する彼女には耐えられまい。

 

 

「分かりました。今日は一晩中、朝までお付き合いします…………だから、幸せで死んじゃうくらい、たぁっぷり可愛がってください♡」

 

「そんなの当たり前だろ?」

 

「んむ……ねろ……ちゅ……じゅ、ちゅちゅ……ん、ふ……あはぁ……♡」

 

 

 二人の身体が重なり、愛情を確認し合う粘着音だけがコテージの中に響き渡る。

 

 程なくして、マシュの口から喘ぎ声が漏れ始めた。

 朝になるまでの間、宣言通り、何度となく“死んじゃう”と幸せそうな鳴き声が響いたのは、言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォウさん

 

 今まで作中では登場してないけど、きっちり存在していたHP、ATKブースト素材、もといカルデアのマスコットキャラ。

 

 え? 何で登場しなかったって?

 だって、何だかよく分からない謎生物だし。英霊のパラメーターブーストできる謎存在だし。どう扱っていいか分からないし。無理に出しても面白くないし。ぶっちゃけ、作者が持て余してたんだよぉ!

 

 が、FGOの第1部が晴れて完結したので、設定が完成したのである。後付けだけどなぁ!!

 

 御館様がオルガマリー所長からカルデアの全権を譲り受け、マシュと一緒にカルデアに赴任した時にいつの間にか居た謎生物。

 その正体は、マーリンの使い魔にして、七つの人類悪の一つ、霊長の殺人者、「比較」の理を受け持つ獣、ビーストⅣ。

 

 まず初めに、御館様とフォウさんの邂逅をご覧頂こう。

 

 

フォウ「フォウフォーウ……(訳:やばい、こんなのが近くに居たら……)」

 

御館様「ん? …………フォオオオオオオオオオオオオオオォっっっ!?!?!?!(訳:何で、こんなヤベー奴がいるんだよぉぉぉぉっっ!?!?!?)」

 

フォウ「フォっ!?(訳:ファっ!?)」

 

 

 御館様、フォウさんの正体に全く気付かないまま、これまで重ねてきた苦労及び化け物殺しの実績で、果てしなくヤバい獣と察し、思わずフォウさん語を取得。

 フォウさん、御館様みたいな人間が近くにいたらヤバいことになると離れようとするが、自分と同じ言語でいきなり叫び声を上げて、正体がバレたと思い戦慄。

 

 そんなこんなで、お互いに「やべーよ、やべーよ」と戦々恐々としながら過ごす羽目に。

 御館様はフォウさんを何とかする策を練りつつ、フォウさんは御館様のせいで自分の身体が変化するのを怖れていた。

 

 廊下ですれ違う時は、あ、ども、となんかおっかない噂のある先輩への対応みたいな会釈をお互いにする始末。その様子を見たマシュは――

 

 

マシュ「ふふ、お二人は仲が良いですね」

 

御館様「…………うん、まあ」

 

フォウ「フォーウ……(訳:そうだね……)」

 

 

 ――そんな的外れで、見当違いの感想を述べるのだった。

 

 しかし、契機が訪れる。二人はある日、はたと気付いたのである。

 

 

フォウ「……フォウ? フォウフォウ?(訳:……アレ? もう変化が始まってもおかしくないのに、どうして?)」

 

御館様「アレ? 破滅へのカウントダウンが、消えた……?」

 

 

 これには二つの要因があった。

 

 まず第一に、カルデアに御館様とマシュ以外の人間がいなかったこと。

 これはフォウさんへの対策、ではなく、御館様の偏執っぷりのせい。

 カルデアに元々いた人員を調べ上げるのは果てしなく面倒だったため、研究、整備、オペレータースタッフ一同を全て別の施設に移して、カルデアの機能を全てアルフレッドに任せる形にした。

 裏切りとか、各々の思惑に一々対応してたら、とてもじゃないが仕事が出来ない。マシュとオレ、召喚したサーヴァントで事を収める。あ、あとレフは最後まで残って貰おうねぇ、コイツは黒幕と繋がってるから情報を絞れるだけ絞ったらぶっ殺す、というわけである。

 何気に、フォウさん対策としては最適解である。流石、苦労人。数々の苦労から無意識に惨劇を避ける選択をしていた。

 

 第二に、御館様の精神性がフォウさんの持つ「比較」の理に、全く引っかからなかったこと。

 御館様の精神は理性という外殻の内側に本能や感情が入っている構造となっている。

 精神に作用する奇跡、能力、精神を乗っ取る魔族、魔法への対策として自らの精神を作り変えたのである。

 この外殻は、彼の精神力をそのまま堅牢さに変えたようなもので、内側はある種のブラックボックスと化している。

 挙句、本能や感情を理性に変換して外界へと映し出す訳の分からない状態。正しく、本能と感情すら理性とする怪物なので、フォウさんは無害な獣のままで居られた。

 

 そんなこんなで、二人のケダモノは意気投合した。

 具体的に言うと、淫獣として。カルデア淫獣同盟の誕生である。主な会議場は喫煙所。

 

 

フォウ「フォウフォーウ(訳:君はね、ボクの采配に感謝すべきだと思うんだ。あのマシュのお腹の肉! 胸もお尻も言うまでもない破壊力だけど、あの脂肪の乗り具合は我ながら完璧だという自負があるよ)」

 

御館様「フォフォフォーウ(訳:ああ、全くな。お前には恐れ入るぜ。抱き心地良くなっちゃてまぁ。ふへへ。悪いねぇ、オレばっかり)」←こんなんでも理性で会話してます

 

フォウ「フォウフォフォフォーウ!(訳:いや、良いんだ。あの娘が幸せなら。まあ、抱かれ心地が良くて、ボクも役得だけどね!!)」

 

ロビン「た、大将が、仕事のし過ぎで壊れた……」←煙草を取りこぼしながら

 

御館様「失礼な! オレの同盟相手と会話してるだけだ!」

 

金時「お前、何時の間に動物会話のスキルを……」

 

 

 第7章でも、仲の良さを如何なく発揮。

 そして、淫獣同盟に別の名が冠される。そう、マーリンシスベシフォーウ同盟である。

 

 マーリンの悪辣さ、クズっぷりをフォウさんから聞いていた御館様は、出会った瞬間から見捨てることを決める。

 魔獣に囲まれたのを見計らい、その背中を蹴り飛ばして魔獣どもへの囮として、仲間とアナだけを連れて逃走。しかも、蔵の中にあったハマーまで使って。

 

 

マーリン「いや、待て待て待て待て! ちょっと待ってェ!? ボク、君に何かしたかい?!」

 

呪腕「あー、主殿、あの魔術師殿、杖を車体に引っ掛けて、必死でしがみ付いておりますが……」

 

御館様「そうか。蹴落とせ。アナだったな? 異論はあるか?」

 

アナ「いえ、特にありません。マーリンは死ぬべきです」

 

マーリン「うえぇええぇっ!? ちょ、キャスパリーグ、君からも! 何か!」

 

フォウ「マーリンシスベシフォーウ!」

 

御館様「だそうだ。……マーリンシスベシフォーウ!」

 

マーリン「何故ぇぇえええぇぇえぇぇぇ!?」

 

 

 何故もクソもあるか。自分の胸に手を当てて考えろ。

 

 というわけで、マーリンはウルクにおいて、随所随所で御館様によってサンドバックかつフルボッコにされる。

 当然だ。結果は同盟相手に落ち着いたものの、フォウさんという危険な獣を送り込み、一歩間違えれば人理焼却阻止以前に壊滅していた可能性があるのだから。

 しかも夢魔としての特性も魔術も、御館様の精神力の前には全く通用しない上に、夢の中に潜り込めたとしても、持ち前の疑り深さから速攻で気付かれるので、マーリンにとって御館様は天敵中の天敵。

 御館様(どうめいあいて)にズタボロボンボンにされるマーリンに、フォウさんは終始ほくそ笑んでいた。

 

 ともあれ、フォウさんも他の英霊同様に、御館様の造った環境を気に入っている。

 どうか、願わくば、この形のままで――――人と共にあり、人を愛したまま、最後を迎えられますように。

 

 星の獣は眺め続ける。

 

 彼女が見せてくれた、本当に美しいものを。

 彼が見せつけてくれた、人間の極北――人類の可能性を。

 

 




はい、というわけで、マシュマロっぱいとマシュまんこを好き放題にするの回でした。
ふぅ、献身的な後輩がさ、エロエロになるって堪らないよね。もう、これは男として、好き放題にするのは義務だよね。
しかし、純愛とは一体。これ、どう見ても調教だよなぁ。うん、まあ、主人公が性格改変入ってるとは言え、調教エロゲ畑の主人公だからね。これでいいよね? ね?

そして、明かされるフォウさんの設定。
元々、このカルデアでは人間がマシュと御館様しかいないと作中でもちょいちょい語られていたので、これはいけるなと後付け後付け&後付けでぶっこみました。ええんや、破綻してなきゃ後付けしても。ノリと勢いで書いてるから元から後付け塗れだし。

さぁて、次回もエロだぞエロだぞぉ~~!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『戦闘女王の闇も受け入れる苦労人。自分が目を掛けた相手に対してはこの寛容さである。なお、それ以外に対しては容赦ない模様』

んあぁあぁあぁっ! キングハサンのじぃじ、恰好いいよぉ! ガチャ回さないとぉっ!!
それからオルタの兄貴がようやく絆レベル10だよぉ! 自分の絆MAX処女あげちゃうのぉほぉおお!!


さて、年末から正月にかけてのガチャ地獄でしたねー。
キングハサンのじぃじで、取り敢えずは打ち止めか。まあ、自分の財布のヒモは完全にマーリンに引っ張られ、武蔵ちゃんにぶった切られ、師匠に貫かれ、じぃじに断たれちゃいましたけどね!

では、サマーバケーション編、えっと何話目だ。取りあえずエロだ。どぞー。


 

 

 

『風魔小太郎の受難』

 

 

 

 

 

「はあ、僕の手下が、またしてもあのような使われ方を…………やっぱり納得がいかない」

 

「気持ちは分からないでもないが…………でも、お前等の作ってくれた宿、過ごしやすくて快適だからな。皆に代わって礼を言うぜ」

 

(男性陣のコテージは、女性陣と主殿のそれよりも数段劣っていると言わない方がいいのでしょうね、これは)

 

 

 白い砂浜に腰を下ろし、語らっていたのはアーラシュと風魔の頭領であった。

 

 風魔 小太郎。

 北条家に仕えた恐るべき忍集団『風魔』の頭領。彼は、その五代目頭領に当たる。

 戦国時代、普段は風間を名乗り、狩猟や農耕で日々を送り、いざ任務となれば、風魔と称して凄まじい集団戦法により、その名を天下に知らしめた。

 その凄まじさたるや、200人の乱波で連日連夜、略奪と夜襲を繰り返し、武田軍を撤退させたほど。

 また彼等の恐ろしいところは、その徹底した配合操作すら行っていたこと。

 より優れた「忍」を作り出すために、異人――どころか、古来日本から存在する人界の鬼種の血すらも引き入れた。その最高傑作が彼だ。

 

 任務以外では田畑を耕す生活を送っていたからなのか、今の状況もあっさりと受け入れているらしく、他の男性陣と同様にアロハシャツを着ていた。

 

 因みに“風魔”と“ふうま”は全くの別物である。その起源すら異なる。

 両一族ともに、その始まりは判然としないものの、武士の世界で影として生きた風魔、日常の裏側で魔界の者共と戦ってきたふうまと棲み分けがある。

 

 なので、風魔の前で、決して虎太郎を同列に語らないように。彼の怒りを誘い、死に直結するからである。

 

 

「ん、ビール飲むか?」

 

「あ、いえ、お酒は……酒気には強いのですが、好きでもないですし、飲もうとしても胃が拒否してしまって」

 

「ああ、そうだったのか。いかんいかん、アルハラするところだった」

 

「ある、はら? …………何と言いますか、アーラシュ殿は現代に馴染んでおられますね。金時殿のようです」

 

「…………別に隠しているわけじゃないから、いいかぁ。オレは此処とは違う聖杯戦争に呼ばれたことがあってな。その時に、色々と教えてもらってな」

 

「成程、そういった方は他にも居られるようですが……何と申しますか、然したる願いもない身としては、大変な思いをなさっているようですね」

 

「はっはっは、否定は出来ないなぁ。前も大変だったし、今も似たようなもんだ。だがまあ、マスター運だけは悪くないな、オレは」

 

(悪くない!? あの主殿で?!)

 

 

 アーラシュの快活な笑みから嘘ではないと感じ取った風魔は愕然とする。それもそうである。彼からマスターである虎太郎への評価は、余りよろしくない。

 

 マスターとして、主としての能力は非常に高い評価を与えてはいる。

 だが、その人間性と度々自分達を風魔忍群を巻き込む努力の方向音痴のお陰で、総合評価はマイナスである。

 

 

「ところで、さっきは金――ゴールデンと一緒に居たみたいだが、どうかしたのか?」

 

「はい! 金時殿と一緒に遊んでまいりました!」

 

「お、おう」

 

 

 突如として早口になり、爆上がりした風魔のテンションに、流石のアーラシュもちょっと引いてしまった。

 

 何を隠そう、彼は熱狂的な金時ファン、金時オタク、金時フリークスなのであった。

 風魔一族の隠れ里は足柄山にあった。出身地を同じとして、寝物語に活躍を聞いて育った彼にとって、金時は憧れの大先輩なのである。

 

 

「今日は島を一緒に探索しまして、現れた魔物を共に千切っては投げ千切っては投げ!」

 

「ほー、流石は日本の化け物退治のスペシャリストってところか。こりゃ、オレも負けていられないかぁ?」

 

「いえ、為した偉業はアーラシュ殿に劣っていようとも、悪党退治と怪物退治の腕前は金時殿の方が……!」

 

「そうかそうか! そんな日本の大英雄に背中を任せられるなんて、こりゃマスター運だけじゃなく、戦友運まで上がってきてるんじゃないか、オレは!」

 

 

 これが他の大英雄であれば、誇り高さ故、金時に怪物退治の腕前を競おうとしただろうが、アーラシュに限ってそれはあり得ない。

 

 彼の人柄は一言で言えば、近所の気の良い兄ちゃんである。

 度量の広さはカルナにも劣らないが、精神性が聖人過ぎて近寄りがたいカルナとは対照的に、気負った風のない彼は誰であれ非常に付き合いやすいものと感じるだろう。

 

 

「その後は島の反対側で、アザラシの群れを見つけまして! 金時殿もゴールデン愛らしいと!」

 

「アザラシ? アザラシってあのアザラシか? 生前も見たことはないが、貰った知識としては見た目的にも北国の生き物じゃないのか?」

 

「いえ、それは僕にも良く……蝦夷の方ではそのような生き物が生息していると聞いたことがありますが、実際に見たことはなかったので」

 

 

 一般的に、アザラシというものは北国の生き物というイメージが強い。

 日本人は流氷と共に日本にやってくる生き物、という認識があり、その他の国でも北極圏で生活している姿を一番初めにイメージするはずだ。

 だが、実際のところ、極寒の地ばかりではなく、温暖なハワイや地中海に生息する固有種も存在している。

 

 雄大な自然、生命の進化の不可思議を感じながら、アーラシュと風魔は死後に得た新たな発見に胸躍らせた。

 二人とも無理に二度目の生など望んでいないが、未知を既知に変えるというのは快感が伴うものである。

 

 

「あっ、アーラシュと風魔くんだー」

 

「本当だわ。アーラシュのお兄さん、風魔くん、お腹は空いていらっしゃる?」

 

(僕だけ、僕だけクン付け。何だろう、この舐められてる感は。どうしよう、この行き場のないモヤモヤは……)

 

「おっ、いいね~。ちょうど、酒のツマミが欲しかったんだ。風魔はどうする?」

 

「え? あ、あぁ、僕も朝から何も食べていなかったので、ご一緒させて頂きます」

 

「二名様、ごあんない~」

 

「おみまいするぞー!」

 

「いやいや、そこはご馳走する、だからな?」

 

(アーラシュ殿だけ手を引いて……これは舐められているのではなく、心の距離が……!)

 

 

 ジャックに右手、ナーサリーに左手を引かれ、アーラシュが立ち上がり、風魔はその後に続く。

 

 二人の幼子との心の距離に、自分のコミュニケーション能力の低さを感じながら、風魔は嘆息していた。

 ともあれ、それも仕方のないことだ。人付き合いは苦手ではないものの、元より口数も多くはない。

 何らかの祭り事があったとしても、どちらかと言えば部屋の中で静かに過ごしたいタイプである。

 子供達からすれば、面白みのない相手に映ったとしても不思議ではない。

 

 ましてや、アーラシュは気さくで明るく、誰であれ同じように接する。

 どちらが子供により好かれるか、など考えるまでもないだろう。

 

 暫らく砂浜を行くと、砂浜に焚火を作り、木の枝を三角錐状に組み上げて囲炉裏の自在鉤のようなものを作って鍋が吊るされている。

 焚火の前では、虎太郎が鍋の中を覗き込み、更にその隣では水着姿のコアトルが行儀よく正座で待機していた。

 

 その水着はオレンジのビキニであったが、ビーチバレーの選手が着るもののように布面積が大きいスポーツタイプ。

 いや、彼女の場合はビーチバレーではなく、女子プロレスラー(ルチャ・ドーラ)か。

 

 

「よぉ、コアトルも一緒かい?」

 

「ハァーイ! お酒だけじゃなくて、お酒に合うオツマミが食べられるって聞いたネー! あっ……」

 

「おいおい、どうした三人とも、そんなに離れて? 座れよー、立ちながら食べるのは行儀が悪いぞー」

 

「……ハっ?! い、いえ、何でもありません。ほ、ほら、お二人とも」

 

「「……う、うん」」

 

 

 コアトルの姿を確認した瞬間に、アーラシュから離れ、風魔の両手にしがみ付くジャックとナーサリー。その三人の姿にしょんぼり顔のコアトルである。

 

 コアトルの強烈な顔芸で、子供達は彼女に対して苦手意識を持っているのだが、風魔も地味に苦手としている。

 明るすぎる性格もそうなのだが、恐らくはウルクでの一件が絡んでいる。

 

 ウルクにてギルガメッシュに召喚されたサーヴァントは七騎。

 マーリン、レオニダス、牛若丸、弁慶。カルデア一行が到着する以前に散った巴御前、天草四郎時貞、風魔小太郎である。

 

 しかし、ギルガメッシュによって召喚された風魔とカルデアで召喚された風魔は、同一人物であったが別個体であった。

 レオニダスとは異なり、当初、風魔の方は求められる役割の違いから待機していたことによる影響と思われる。

 

 なので、カルデアの風魔とコアトルはウルクにおいて直接対面したことはない。

 ないのだが、ウルクの風魔はコアトルにコテンパンにノされたらしく、座を通じて苦手意識が来ているものと思われる。

 

 虎太郎曰く――

 

 

『ああ、多分、上空1000mくらいまで吹っ飛ばされて、炎で燃やされながらパイルドライバー喰らって、炭化した挙句にぐちゃみそになって死んだんだよ、お前』

 

『何なのですか、その目も当てられない死に様は……!?』

 

『ふーっ、ふーっ、何の事ネー? 今の私はウルクの私とは違うから、ワカリマセーン!』

 

『嘘つけ、全部覚えてんだろお前。へったくそな口笛吹きやがって』

 

 

 ――とのこと。そりゃ、そんな殺され方すれば誰だって苦手意識の一つも持とうというもの。

 

 三人はコアトルの反対側、アーラシュを挟んだところに腰を下ろした。

 その様子に、ガックリと肩を落としたコアトルの肩に手を置き、まあまあとアーラシュが慰める。 

 

 

「で、ツマミを作ったのは、虎太郎か?」

 

「いや、作ったのは其処の二人。オレは横から口出しただけ。ほら、二人とも、出してやれ」

 

「「はーい!」」

 

 

 虎太郎に促されるまま、二人が持ってきたのは一枚の大きな皿にクラッカーが敷き詰められ、中央には別の皿にペースト状の何かが添えられた何か。

 それを見た瞬間、アーラシュの目が輝いた。当然だ、彼の好物なのだ。

 

 

「おお、これは……!」

 

「チタタプー!」

 

「いや、違うからな。確かに潰したけど、チタタプ違う」

 

「フスムじゃないか!」

 

「お前がこっそり入れてたらしいヒヨコ豆があったからなぁ」

 

「いやぁ、悪い悪い。買い出しに付き合った時に目に入っちまってな。しかし、オレが知ってるものよりも、ちょっと茶色っぽいな」

 

「フスムとラタシケプの合いの子だな。味付けに醤油を使ったから、茶色っぽい」

 

 

 フスムとは東南アジアに広く知られるペースト状の料理である。

 ひよこ豆を茹で、ニンニク、ごま、オリーブオイル、レモン汁で味付けをした副菜。

 これをピタと呼ばれるクラッカーに似たパンにつけて食べる。アメリカやイギリスなどではライ麦パンにつけることもあるようだ。

 

 対し、ラタシケプとは直訳して“混ぜたもの”。端的に言えば、アイヌの和え物である。

 山菜、野菜、豆類を汁気がなくなるまで煮込み、軽く潰してから獣脂、魚油、塩で味を調える。

 

 今回の一品は、プクサラタシケプのフスム風醤油ソース混ぜ、と言った所か。

 

 

「では、お先にオレから。はぐはぐ…………お、いいねぇ~。オレの知ってる奴よりも塩気が濃い。酒に合うなぁ~」

 

「Oh! ニンニクとショウユソースの風味がまたいいネー! 食欲をそそりマ~ス!」

 

「「ごくごくごく! ぷはー!」」

 

「ふむ、白米に合いそうにないですが、これはこれで美味しいですね」

 

「「やったー!」」

 

「あら、美味しそう。それはなぁに?」

 

「お、アーラシュが言ってたフスムってやつ? 見たことなかったけど、結構美味しそうだぁ」

 

「マリー、ブーディカ。お前等も喰うか?」

 

 

 バレーボールを手にして現れたのはマリーだった。

 どうやら、今の彼女は本来のライダーからキャスターにクラスが変わっているらしい。

 黒いリボンのついた麦わら帽子、胸元に白百合の挿された白いサマードレスを身に着けており、優雅さよりもチャーミングさが上がっている。

 

 もう一人は白いビキニの上から白い薄手のシャツを羽織ったブーディカ。

 普段の服装と露出も色も変わらねぇ! と思ってはいけない。際どさはかなり上がっているのである。

 

 そんなこんなで、ちょっとしたパーティが砂浜で恙なく進んでいく。

 アーラシュ、コアトル、ブーディカの大人達は、大酒飲み筆頭のドレイクが別のところで飲んでいるので、マイペースに酒を楽しみ。

 風魔と子供組、コアトルの心の距離が縮まり、思わず女神様のちょい泣きとホニャ笑顔が炸裂。

 マリーは、初めて食べる料理の美味しさに、輝きが更に増したりした。

 

 そして、メインディッシュの時間が訪れた。

 

 

「んじゃ、今日のメインな、ほいさっさ」

 

「こーれーはー……?」

 

「…………肉、だね」

 

「いや、肉は肉ですけど……黒すぎます。黒すぎません?」

 

「マスター、これはダンジョン飯ね……?」

 

「失敬な。変な肉なんか使ってねーよ。なぁ?」

 

「うん! ワイバーンでも、バイコーンでもないよ?」

 

「キメラでもないわ。普通のお肉よ!」

 

「そうだよ。これはイヌイットのプイダニャカという料理だ。彼等の主食だな。ギョウジャニンニクと一緒に煮たから肉の臭みも消えてる。これは普通に美味い」

 

「匂いは悪くないわ。ニンニクの臭みが食欲をそそる。これはまた、お酒に合いそうな…………一番、コアトルいきマース!」

 

 

 差し出された肉の黒さに、一同は怖気づいてしまう。

 しかし、虎太郎を筆頭に、ジャック、ナーサリーが続き、更にはコアトルまで口にした以上、他の皆が食べないわけにもいかず……

 

 

「美味しい! これ、美味しいデース!」

 

「んじゃ、腹を括って…………んまぁ~~~い! これも酒に合うなぁ!」

 

「ん。本当だ。よく煮込んであって柔らかい。でも、何これ? 牛、肉……?」

 

「うーん、不思議な風味、サーモンのようでもある気が……」

 

「いえ、鮭のような気もしますが、鮪のような気も……でも、僕は嫌いではないですね。いえ、寧ろ、好きな味です」

 

「そう? じゃあ、一番美味しい所、あげるね!」

 

「ジャックが解体して、私が味付けして、マスターが見ててくれたものだから、きっと、とても美味しいわ」

 

(((また絶対、脳みそだ……)))

 

(余計なこと言うんじゃなかった……)

 

 

 付き合いの長い四人は、アイヌ料理の脳みそ生食の餌食――もとい、舌つづみを打っているのだろう。表情は微妙そのものである。

 

 その様子に、まだカルデアに来たばかりのコアトルは首を捻るばかり。

 もっとも、彼女は南米出身。生食文化の一つや二つ平気で受け入れそうではある。

 

 ジャックとナーサリーの言葉に、虎太郎は鍋の底からお玉を使って、一番美味しいところを取り出そうとした。

 

 ――その時、アーラシュに電流走る……!

 

 彼は優れた千里眼を有している。

 その瞳は千里を見通すばかりでなく、遮蔽物に隠れた敵を容易に見透かし、更には未来ですら見通すほどである。

 

 そう、彼は見てはいけないものを見てしまったのだ。

 

 

「……っ、虎太郎、ちょっと待て!」

 

「え? なんで? ほらよ、風魔、一番美味しい部分だぞぉ? アザラシの頭の丸ごと煮」

 

「…………え? マスター? ん? あの、このお肉、アザラシさんの……?」

 

「そんなの食べさせたの?! あんな可愛らしい生き物を!?」

 

「いや、でも美味かったろ? 可愛いからって食べられないわけじゃないぞ。なあ?」

 

「「ねー」」

 

「あ、あの、風魔くん? む、ムリして食べなくてもいいネー? ほ、ほら、お姉さん南米出身だから、これくらいは私が代わりに……」 

 

「…………………………………………………………………………………………」

 

 

 差し出されたアザラシの頭を死んだ魚の目で眺める小太郎。

 今日の午前、憧れの金時と共に、アザラシの愛らしさにホッコリしたにも拘わらず、こうしてその日の内にアザラシを食べ物として差し出された彼の胸中は如何ばかりか。

 

 風魔はアーラシュを見た。彼は片手で顔を覆い、酒で緩くなっていた己を責めている。

 風魔はマリーとブーディカを見た。二人はドン引きしていた。当然である。

 風魔はコアトルを見た。彼女は見る見る内に表情の変化していく様に何かを察したのか、身代わりになろうとしている。

 風魔はジャックとナーサリーを見た。二人は、キラキラとした視線を向けている。これはもう逃げられない。

 

 そして、風魔は最後に虎太郎を見た。彼は珍しく何の悪意もない表情をしている。それが余計に風魔の殺意を加速させたのは言うまでもない。

 

 

「ん? どうした? 早く喰え。オレ達三人で、島の反対側まで行って採ってきたんだぞ」

 

 

 島の反対側にいたアザラシの群れは、人間に対する警戒心は皆無だった。

 オケアノスという人類史の何処にも存在しない海は、その生態系も不可思議であるらしく、アザラシにとっての天敵という存在もいないからなのだろう。

 

 アザラシを見つけた三人は、虎太郎の指示でそこらへんに落ちていた木の棒を手にして、徐に獲物へと近づき―――

 

 

『おらぁっ!』

 

『えーいっ☆』

 

『ていやっ♪』

 

『『『ア゛ア゛ア゛~~~~~ッ!!!』』』

 

 

 ――――振り上げた棍棒を、アザラシの頭部へと全力で振り下ろしたのであった。

 

 その話を聞いた風魔はカタカタ震えながらも、意を決した。

 

 

「た、食べますよ。食べますとも(震え声」

 

「マジでどうした。声、震えてんぞ、お前……?」

 

 

 金時との思い出を穢された悔しさ。

 自分を見守る四人の憐憫の視線。

 この料理を作った三人の悪意の無さに、振り下ろし所を失った怒り。

 

 今や、風魔の胸中はぐちゃぐちゃである。

 

 

「あ……は…………あの、主殿。これは、どうやって食べれば?」

 

「そのまま肉を齧り取ればいい」

 

「あ……」

 

「は……」

 

「……あ」

 

「早く喰えよ」

 

 

 そのままかぶりつこうとした風魔であったが、アザラシと目が合ってしまい、大きく口を開けたまま顎を引いてしまう。

 

 あのゴールデン愛らしかったつぶらな瞳は、茹でられた今は白く濁り何の光も映していない。それが余計に風魔の悲しみを煽る。

 何度となくかぶりつく方向を変えてチャレンジしようとした風魔であるが、結局、最後には泣き出してしまい――――

 

 

「ふぅぅ、ふぐぅぅぅぅ!! ぐぅぅううううう!! この、このこのぉ、努力の方向音痴!!」

 

「え? オレなんで罵られた? 今日は何もやってませんよね?」

 

 

 ――――意識せずに自分をどん底に突き落とした虎太郎を、罵られずにはいられなかった。 

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

『戦闘女王の幸せ』

 

 

 

 

 

「流石に、あんなの予測できねー、って」

 

 

 水上コテージに戻った虎太郎は、ベッドに寝そべっていた。

 昼間の一件――風魔にアザラシ料理を振る舞ってしまった失態に愚痴を溢す。

 

 真実、虎太郎に悪意などなかった。

 誰がどう見た所で、間が悪かったとしか言いようがない故に、愚痴の一つも溢したくなるだろう。

 

 結局、あの後、アザラシの頭の丸ごと煮も虎太郎が食べる流れとなり、散々である。まあ、料理は全て美味かったは美味かったのだが。

 

 思わぬ所で風魔との軋轢を生んでしまい、嘆息する。

 幸い、周囲の執り成しで穏便に事は済んだが、これで土壇場にでも風魔の裏切りや躊躇を誘発しようものなら目も当てられない、と考えている。

 

 風魔の職業はいざ知らず、性格的に裏切りなど考えまい。

 もっとも、風魔のみならず、元より裏切りという思考そのものが抜け落ちたかのようなカルナやアーラシュであったとしても、同じ対応と思考に至るであろう辺り、実に偏執狂である。

 

 

「…………………………」

 

 

 その時、虎太郎の手が懐の“瞬神”に手を伸ばす。

 コテージへと近づいてくる何者かの気配を感じ取ったからだ。

 

 特異点では聖杯を探索・回収し終わった後でも、聖杯の影響の名残りなのか、特異点そのものにそういった環境が整っているのか、サーヴァントが召喚される場合がある。

 大抵の場合はシャドウサーヴァント――サーヴァントとは呼べない残滓。召喚の失敗、強引な召喚による歪みとして半ば影と化した肉体を持つ紛い物だ――となる。

 だが、龍脈の付近、高純度の魔力が大気中に含まれる、召喚された英霊に所縁の深い土地やモノが近場にある等、条件が整えばサーヴァントとして成立することもある。

 

 それを警戒して、虎太郎は“瞬神”のいくつかを、カルナやモードレッドに渡していた。

 勿論、安全な場所に逃げるためである。何らかの理由で強襲してきたサーヴァントなどと戦ってやるつもりはハナからない。

 戦力差は言わずもがな。よしんば戦えたとしても、労力と成果が見合わず、自身の最高戦力に処理させた方が、ずっと確実で楽だからだ。

 この辺りは、戦闘はあくまでも迅速に終わらせるものという前提があるからだろう。彼に戦闘を楽しむ、などという思考は存在しない。

 

 しかし、全ては杞憂であった。

 その気配、その足取り、全て知っている。というよりも、つい数時間前に別れたばかりである。

 

 

「開いてるよ」

 

 

 マシュの時と同様に、扉の向こう側でノックをしようした二人に先立って声を掛ける。

 扉の向こうから漏れたのは苦笑だ。恐らくは、顔を見合わせて笑っていることだろう。

 

 

「失礼するわ♪」

 

「お、お邪魔しまぁす」

 

「はいよ、いらっしゃい」

 

 

 入ってきたのはマリーとブーディカである。

 僅かばかりはしゃいだ様子と僅かばかりに緊張した様子。

 それぞれが違った様相を見せているが、共通している点もあった。頬に差した赤みである。

 

 虎太郎は二人を迎え入れながらも、頭の後ろで両手を組んでベッドに寝そべったままであった。

 

 けれど、来訪者の二人は気にした様子はない。

 そのままマリーはベッドの右側に、ブーディカは左側に腰を下ろした。

 

 

「あー……その、虎太郎、ちゃんと休めてる?」

 

「折角、マシュが考えてくれた休暇ですものね。まあ、行き先を決めたのはモードレッドだけれど、彼女も楽しんではいるけど、貴方を心配しているのも本当よ」

 

「休んでるよ。精神的にも、肉体的にもな。それにオレだって、同じように楽しんでるさ。心配してくれなくてもいいんだが、ここでは礼を言うべきだな。ありがとう」

 

 

 全て本心なのだろう。声色は油断はなく、いつでも動ける緊張を孕んでいるものの、適度に緩んでいる。

 その言葉と様子に、マリーは笑みを浮かべ、ブーディカはホッと息を吐いた。

 

 虎太郎が口にした礼も、心からのもの。

 恥知らずで、情け知らずではあるが、恩知らずではない。

 例え、己の望んだものでなかったとて恩は恩。こういったところは、モーツァルトと似通っている。

 

 

「それで、どう?」

 

「なにがー?」

 

「もう! 分かっているのに惚けるんだから! 私達のファッション!」

 

「えぇー? そんなに? そんなに重要なことでござるかぁ~?」

 

 

 守るべき民の前でもないにも関わらず、気合の入ったマリーの言葉に、どっかのござる侍の真似事をして巫山戯てみせる。

 

 ともあれ、マリーの気合も頷ける。

 生前、彼女はフランスの貴族社会におけるファッションリーダーであった。

 まさにカリスマ。現代のモデルなどでは及びもつかない影響力であり、当時の貴族女性は誰もが彼女を真似たと言われている。

 自身を着飾る喜びと楽しさを、よくよく知っている。この気合も当然だ。

 

 

「それに私は兎も角、ブーディカさんも褒めるべきではなくて?」

 

「え、えーっと、私はその、マリーやマシュほど考えたり、楽しんだり、したわけじゃないから……」

 

「自分に似合う、自分のしたい格好をするだけではなく、どのような姿をすれば殿方が喜ぶのかも考えているんだから!」

 

「んぐぐっ。マリー、そういうの言わないで!」

 

 

 マリーやマシュは、どのような格好が似合うのかを考えていたようであるが、ブーディカはその一段上を行く。

 

 自分に似合い、なおかつ男が喜ぶ格好を選んできたのよ、とカミングアウトするマリー。

 ブーディカの頬も紅く染まった。この言い分では、どの男を喜ばせたかったのかなど、まる分かりである。

 

 マリーの格好は、ただひたすらに魅力的だ。

 清楚かつ可憐。フランス王宮に咲き誇った白百合そのものの魅力である。

 だが、大抵の男は、余りの可憐さに息を飲むばかりで、やましい視線を向けることすら出来ないだろう。

 

 対して、ブーディカの格好は、男の視線を引き付ける。

 飾り気のないビキニは清楚さを演出し、布地も大きく平均的。

 しかし、何処か彼女の健康美を押し出し、男の欲望を直接刺激してくるかのようだ。

 

 二人の姿をしげしげと眺めた虎太郎は、うむと頷き――――

 

 

「もう、そういうことじゃないわ!」

 

「目は口ほどにものを言うって日本の諺もあるけど……これは、ちょっとぉ。う、嬉しいけど」

 

 

 ――――元気になった股間が、下着とズボンを押し上げる。

 

 その様に、マリーはぷくりと頬を膨らませ、ブーディカは大きくなった身体の一部をチラチラと横目で視線を向けた。

 彼女等にしてみれば、感想を聞かせて欲しかっただけで、何も身体の一部で感想を示してほしいなどとは思っていない。

 

 

「まあまあ、元々そのつもりだっただろ?」

 

「きゃ……!」

 

「……あっ!」

 

 

 虎太郎はベッドに横になったまま、二人の手首を掴むとベッドへ引き摺り倒し、腰に手を回して抱き締める。 

 余りに強引な行為に、マリーは僅かばかりに怒りを露わにし、ブーディカは慌てた様子で虎太郎の腕から逃れようとした。

 

 しかし、二人の抵抗は虚しいまま終わる。

 両者ともにサーヴァント。対魔粒子を有するとは言え、虎太郎の手から逃れるは容易い。

 それは虎太郎を傷付けまいとする配慮であったか。それとも、これからを期待していたが故なのか。

 

 

「オレが言葉を重ねた所で嘘臭い。行動で示した方が分かりやすいだろ?」

 

「そういうことでは…………んんっ?!」

 

「そ、そういうことをするなら、私はいいから、二人でゆっくり………………あ、あはは、やっぱり、ダメ?」

 

「んーっ! んん! んひっ、……ちゅ、ん……んれ……じゅるる……ちゅ、ちゅ……れる、……ちゅぅ……」

 

 

 無遠慮に唇を奪われたマリーは首を振って逃れようとしたものの、唇を割って入ってきた舌の動きに逃れる術などなかった。

 唇の裏側を舌のざらざらとした感触で撫で回されただけで、顎は緩み、下腹部に熱く燻る疼きが生み出される。

 

 次第に蕩けていくマリーの表情に、ブーディカはごくりと咽喉を鳴らした。

 ああなってしまえば、自分達は抵抗する、という思考さえも溶け堕ちて、虎太郎の舌に舌を絡ませ、涎を飲み合うしかなくなってしまうのを知っていたからだ。

 何度も味わった虎太郎とのキスによる法悦の味を思い出し、ブーディカの腰は震えと共に愛液を漏らし出す。

 

 

「んぷ……ちゅりゅ……んく、んくっ……れるる……んぇぁ……ん……えぁぁっ……」

 

「もうすっかり牝の顔になったな。さて、次は……」

 

「あ、ま、待って――――んっ、ちゅちゅ……んぶっ……こく、ごくっ……れろ……んっんっ、ずりゅ、ずろるる……」

 

 

 言葉では拒絶してみせても、一度舌を絡ませ合えば、ブーディカは何処までも貪欲だった。 

 虎太郎が求めるまでもなく、自ら舌を絡ませ、撹拌した互いの唾液を飲み干していく。

 口内の何処を擦れば気持ちが良いのか、舌の何処を擦り合わせれば気持ちいいのかを知った動き。

 

 キスの余韻に浸っていたマリーですらが、ブーディカと虎太郎のキスに目を奪われる。

 自分とは比較にならない下品ではあるが、情熱的な口腔愛撫。

 男と女が求め合うとはどういったことなのか、男と女がただの獣になるのがどういうことなのかを見せつけてくるようで。

 

 マリーの心に対抗心を芽生えさせるには十分過ぎた。

 

 

「んんっ、ちゅ……んむ……むちゅ……ンむむ、……れろ、れるる……ぷぁあ……んえぇえ……」

 

 

 虎太郎がブーディカの口腔から下を引き抜くと銀色の唾液の糸が伸び、ぷつりと切れる。

 だが、それでもなお足りないと舌を伸ばしてキスをねだったが、虎太郎は笑みを深めるだけだった。 

 

 

「さて、お次は……」

 

「きょ、今日は、私達が気持ち良くしてあげるから」

 

「虎太郎は、そのまま横になっていて……」

 

「……じゃあ、お任せしようかねぇ」

 

 

 初めから決めていたのか。それとも虎太郎の性技から逃れるための方便であったのか。

 ともあれ、マリーは上半身を、ブーディカは下半身の衣服を丁寧に丁寧に脱がしていく。

 

 露わになった裸体は、興奮した牡の香りを発し、否応なしに牝を昂らせる。

 そして何より、そそり立った怒張は、牝に対して、早くしろと主張するかのようにビクついている。

 

 

「あぁ、熱ぅくて、おっきぃ……♡」

 

「そ、それに私の指でも回り切らないくらい、太くて…………ごくっ」

 

 

 二人の視線は、剛直に釘付けとなった。

 自身を何度となく深い絶頂に陥れ、女としての幸せを目一杯与え、完全に屈服させたモノだ。視線に熱が籠るのも無理はない。

 

 

「じゃあ、私は扱いてあげるから、いっぱい気持ち良くなってね?」

 

「わ、私は撫でてあげる……虎太郎も、こっちも、ちっとも良い子じゃないけど、特別だよ?」

 

「ああ、頼む、楽し――――うっ」

 

 

 虎太郎の笑みを湛えた顔が歪み、言葉が詰まる。

 マリーはその類を見ない男根をゆるゆると扱き、ブーディカは亀頭を掌で撫で回す。

 

 マリーの方はぎこちなさが残るものの、その拙さが性に対する経験不足を露呈させ、これから開発していく愉悦が獣欲へと変わっていく。

 逆にブーディカは巧みだ。男が何を悦ぶのか、何処が気持ちいいのかを心得ている手の動きは、容易く男を快感の坩堝へと落としていく。

 

 二人の息は合わず、まるでどちらの方が気持ちいい、と問いかけてくるかのよう。

 そして、その息の合わなさが、逆に性感を高めていく。

 

 

「と、殿方も、ここは気持ちいいのよね……?」

 

「ふふ、いい子、いい子。たくさん気持ち良くなって、ほら、もうぴゅっぴゅってしちゃってる……♪」

 

「はぁ……堪らん……気持ちいいよ……」

 

 

 マリーは虎太郎の胸板に顔を寄せ、乳首を口に含む。

 女のそれとは比較にならない不格好さも気にせず、乳輪に沿って舌を這わせ、チロチロと舌で硬くしこった乳首を弾いた。

 

 ブーティカは虎太郎の感じている快楽の度合いを、掌に当たる我慢汁の量で推し量る。

 射精にも似た勢いで吐き出されるカウパーの熱さを感じる度に、蜜壺から同じ量の愛液が流れ、手淫が激しくなった。

 指で鈴口をくりくりと苛めたかと思えば、指で輪を作ってカリ首を扱き、漏れるカウパーを塗り付けて、二人の手淫を助けていく。

 

 虎太郎は口元に笑みを浮かべたままであったが、歯を喰いしばり、眉根を寄せて苦悶に耐えているかのようだ。

 実際のところは、全力で女性の技を楽しんでいるが、この時ばかりは、自身の全てを表情に映し出す。

 

 その表情に、二人の手淫は激しさを増す。

 自分の相手をしている男が、気持ち良くなってくれている。女性としての自信と矜持を満たすには十分過ぎる理由であった。

 

 

「あっ……ぐっ……はぁ……くっ……」

 

「んれ……ちゅぱ……ンむ……ちゅむ……ちゅちゅ……れろ……ねぇ、マスター。乳首、気持ち、いい……?」

 

「ああ、気持ちいい。恥も知らずに、こんなにいきり立ってるだろ? 乳首も、股間も」

 

「本当。もう、マリーと私の手も虎太郎のお汁でぬちゃぬちゃ、じゃあ私も……♪」

 

 

 ブーティカによる乳首舐めも加わり、虎太郎はまたしてもくぐもった声を上げた。

 

 摩擦の減った手淫は、より肉棒から駆け上る切ない射精感を増大させる。

 マリーとブーティカは目を細めて楽しそうに、乳首を責める。 

 

 普段は女を翻弄する側である虎太郎だが、女に翻弄されるのも嫌いではない。別種の快楽というものは、確かに存在するものだ。

 

 虎太郎は敢えて振り解きもせず、二人に手を出さずに耐え続ける。彼の狙いは、すぐに効果として現れた。

 

 マリーとブーディカは肉棒と乳首を責めながらも、腰を振っている。

 太腿を擦り合わせ、乳首に吸い付く口からは切なげな熱い吐息が漏れていた。

 普段、攻められる側だからか、攻める側に回ったとて快楽は伴い、興奮することを知らなかったらしい。

 

 5分、10分と時は流れていくが、先に根を上げたのはブーディカだった。

 

 

「ね、ねぇ、虎太郎? そろそろ、射精()したい、よね?」

 

「はぁ……ふぅ……ああ、我慢は出来るが、射精したいのは事実だよ」

 

「じゃ、じゃあ、私の此処で、気持ち良くしてあげるから、ね……?」

 

「ああ、マリーもそれでいいか?」

 

「ンむっ……え、ええ、今日はマスターにとっても気持ち良くなって貰って、癒してあげるのが、目的だから」

 

 

 ブーディカの提案を受け入れ、虎太郎はマリーに視線を向ける。

 一瞬、瞳に不満の色を浮かべたマリーであったが、本来の目的を思い出してか、何時もの微笑みを浮かべてみせた。

 

 ブーディカも、その言葉に背中を押されたのか、ベッドの上で立ち上がり、下のボトムだけを脱く。

 ずり下ろされたボトムと蜜壺の間に糸が引いており、それを目にしたブーディカは頭が茹だるほどの羞恥を感じた。

 

 

(本当なら、虎太郎を気持ちよくしてあげなきゃいけないのに、こんなに恥ずかしげもなく期待しちゃってる)

 

 

 自分の中に渦巻く女の性に恥じ入りながらも、虎太郎を癒す為という免罪符と共に、ブーディカは彼の身体に跨った。

 背中を向けたまま虎太郎の膝に手を置き、股を開いて腰を落としていく背面騎乗位。

 騎乗位は女性優位の体位だが、これはその更に上。男の膝を手で押さえ、女が好きに動ける体位だ。

 

 ただでさえ、興奮で花開いていた秘裂は、股を広げたことで更に開く。

 天井に向けてそそり立った逸物の上に位置する花園からは蜜がポタポタと降り注いでいた。

 

 そのままゆっくりゆっくりと無意識の内に見せつけるように腰を落とすブーディカの淫猥な動きに、マリーは息を飲み、虎太郎は笑みを深くする。

 

 

「初めは、ゆっくり、ゆっくり……ひんんっ!」

 

「はい、ストップ」

 

 

 子供の握り拳はあろうかという亀頭を、にゅぷりと飲み込んだ割れ目は白濁した本気汁を漏らし、竿全体を濡らしていく。

 だが、虎太郎の言葉に、より深くまで飲み込もうとしたブーディカの動きがピタリと止まった。

 

 ブーディカは後ろを振り返り、何故という表情で虎太郎を見たが、それ以上は飲み込まない。

 その代わり無意識なのか、大きい桃尻を左右に振って誘うような動きを見せていた。 

 誰の目から見ても、虎太郎に開発され、躾られてしまったのは明らかだ。

 

 

「な、なんでぇ……? このまま、虎太郎を気持ち良くしてあげるからぁ……」

 

「まあまあ、このアングルが好きなんだよ」

 

「…………ひゃぁっ!」

 

「ほら、見ろよ、マリー。ブーディカの此処もヒクヒクして喜んでるだろ?」

 

「……す、凄い」

 

(う、うぅ……失敗したぁ。マリーに恥ずかしい顔を見られないようにするためだったのに、これじゃ余計に恥ずかしいよぉ)

 

 

 自身の選んだ体位が失敗だったと悟り、ブーディカは二人に見えないところで耳まで赤くなる。

 それもそのはず。虎太郎はブーディカの巨尻を左右に割り開き、肛門を詳らかにしてしまったのだから。

 二人の視線を感じたのか。はたまた飲み込ませて貰えない巨根に対するおねだりなのか。菊門は弛緩と収縮を繰り返していた。

 

 

「ふふ。マリー、ちょっと指を舐めてくれ。たっぷり、唾液を塗してな」

 

「え、えぇ……んじゅ……じゅぷ……るれ……ろ……んん……ちゅぬぅ……んぇあ……」

 

「よしよし、それぐらいでいいぞ。マリー、よーく見ておけよ」

 

「ま、待って、虎太郎。そ、それ、駄目だから。私の恥ずかしいところ、マリーに見せ――――おほぉっ♡」

 

 

 マリーの唾液で塗れた人差し指と中指を肛門に侵入させる。

 ブーディカの口から漏れたのは、苦い苦悶の声ではなく、甘い喜悦の声だ。

 

 きゅっきゅと指を締め付けてくる括約筋の感触を楽しむ。

 肛虐の味を全く知らないマリーの目から見ても、茶褐色の菊門の動きは悦びを表現しているように見えた。

 

 

「おっ♡ おぉ、おっほぉぉおっ♡」

 

「質問に答えろよ、ブーディカ。お前のケツ穴、どうなっちまったんだ?」

 

「わ、私のお尻の穴ぁ♡ こ、虎太郎に、けつまんこにされちゃったのぉ♡ 虎太郎の、これ入れられて、気持ち良くなれる穴になっちゃったよぉ♡」

 

「これ? これって、なんだ?」

 

「んひぃっ! にゅぽにゅぽ、音立てちゃ、やぁ! おちんぽ! 虎太郎のおちんぽ様ぁ♡」

 

「そうそう。ほら、マリーにも、どう気持ちいいのか、教えてやれよ」

 

「ひゃ、ひゃいぃ♡ おちんぽ様、けつまんこで迎え入れてぇ、ひ、ひぃぃ♡ ず、ずぶぅって奥に入れられると、子宮の裏を突かれて、腰がビクビクしちゃってぇ♡ その後に、ぬぷぅって抜かれるとおっきいのしてるみたいで、すっごく気持ちいいのぉ♡」

 

 

 開いた菊門に指を抽送されながら、聞くも恥ずかしい言葉を並べ立てる。

 突然の肛虐に、理性の箍が外れたのか、ブーディカは羞恥を感じながらも、言葉が止まることはない。良く躾の行き届いた牝そのものだ。

 

 普段の彼女からは考えられない淫らさに、マリーは唇を噛み締めながら、疼き濡れそぼった股間をサマードレスの上から押さえつける。

 目を背けたくなるほどの淫らさ、見てはいけないと感じるほどの不様であったにも拘わらず、マリーが抱いたのは羨望だ。

 ブーディカの表情は女の悦びで蕩けている。ここまで自分を曝け出せたのなら、それはさぞや気持ちのいい――――そんな感想を抱いてしまっていた。

 

 

「オレも我慢できなくなってきた。一番奥まで入れるからな」

 

「うん、うん! 挿入れて! もう、子宮口も開いちゃったから、虎太郎のおちんぽ様、奥までちょうだい♡」

 

「――いくぞ」

 

「んっほぉおおぉぉおぉおぉっっ♡」

 

 

 肛門から指を引き抜いた虎太郎は、ブーディカの腰を掴むと、一息に剛直を突き入れる。

 緩み切った子宮口は剛直を容易く受け入れ、子宮の天井に亀頭が当たる。

 

 その衝撃に、ブーディカはカっと目を見開き、舌を天井に向かって突き出しながら身体を反らす。

 ぶしゅ、ぶしゅと音を立てて潮を噴き、容易く絶頂に誘われた秘裂は歓喜を表現していた。 

 

 深い絶頂にぶるぶると尻を震わせ、絶頂の余韻にガクガクと膝は笑っていた。

 やがて腰の上に跨ったブーディカの身体からは力が抜け、そのまま虎太郎に身体を重ねるように後ろに倒れ込む。 

 

 

「ほら、ノびてる暇はないぞ」

 

「ま、ま、待っへぇ……い、いまは、らめぇ♡ まだ、イってる、からぁ……♡」

 

「こっちも我慢させられてるからな。容赦はしないぜ?」

 

「んひぃぃっ! あっ、あんっ、あっあっ、イクっ♡ イッてる♡ イクの止まらないぃっ♡」

 

 

 ぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らしながら、肉棒と蜜壺が絡みあう。

 引き抜かれれば襞が絡み付き膣で締め上げ、差し込まれれば奥へと誘われるように締め付けが緩む。牡を知った牝の動きだ。

 

 

「はっ、はぁっっ、こ、虎太郎のおちんぽ様、すごぃ♡ すごすぎるぅ♡ ひっ、はひぃっう♡」

 

「ブーディカのスケベまんこも、気持ちいいぞ」

 

「や、やぁ、そんなこと言わないでよぉ……しょうがない、しょうがないのぉ、こ、虎太郎のおちんぽ様にぱこぱこされたら、女なら、誰だってぇ……♡」

 

「さて、どうかな? まあ、それはそれとして、気持ち良くなってくれてるなら、いいさ。オレも嬉しい」

 

「あぁ゛っ、イク! イッてるのに、またイクっ! ひあっ、はひぃぃんっ♡ そ、そんな、急に優しくぐりぐりされたらぁ♡ あっ、ダメ、出るっ、出ちゃうぅ♡」

 

 

 子宮のあちこちを撫で回すように、八の字に腰を回すとブーディカはあっという間に根を上げる。

 快楽を逸らそうにも、腰を掴まれて逃げ場のないブーディカは、アクメによって決壊した。

 

 

「んっほぉおおぉぉぉおおぉおおぉおおぉおぉぉっ♡」

 

 

 一際強く子宮を撫で上げられたブーディカは、獣のような声を上げて、尿道から黄金水を迸らせた。

 綺麗なアーチを描いて放射される小水は、音も勢いもシャワーのよう。ビチャビチャと音を立ててベッドの外まで届いている。

 

 

「はっへぇ……♡ う、嬉ションまれ、しちゃっひゃぁ……♡」

 

「おいおい、まだオレはイってないんだけど……」

 

「いいよぉ♡ このまま、動いてぇ……虎太郎なら、私のはしたないところも、汚いところも、駄目なところ、全部見せちゃうからぁ……私のおまんこで、イってぇ♡」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

「あんっ♡ あぁっ、おちんぽ♡ 硬くて熱くてすごいおチンポ様ぁっ♡ 子宮の中までぐちゅぐちゅにされてるぅっ♡」

 

 

 オガワハイムで見られてしまった本音。

 自分自身でも恐ろしいと、愚かしいと感じていた復讐者の側面。

 ブーディカが最後に見た光景は、かつてローマに蹂躙された自分自身と同じに、咽び泣くローマ市民の姿だった。

 理不尽しかなかった。復讐心に囚われ、本当に大切な物が何だったかを忘れ果てていた最期。被害者のまま加害者となる末路。因果応報と自業自得の終着点。

 

 それを、まあそれが普通ですわとあっさりと受け入れてくれた虎太郎に、ブーディカは惚れてしまった。

 虎太郎もまた彼女の危うさに気付いてはいたが、その末路に行きついたのは全ては深い愛情故だと理解していたからこそ受け入れた。

 

 どうしようもない男だと思っている。

 ともすれば、無残な侵略を行ったローマの行政官よりも悪辣ですらある。

 それでも受け入れられたからのだから仕方がない。

 

 言い訳染みた言葉ではあるが、元より情も深ければ愛も深い彼女のこと、一度でも一線を越えてしまえば、何処までも付き合うだけの話。

 どんな淫らな姿を晒そうとも、どんな性癖で犯されようとも、離れるという選択肢は存在していない。 

 

 

「……っ、そろそろ」

 

「うん、うんうん♡ イッてぇ、イッてぇっ! 虎太郎のザーメン、いっぱい出してぇっ♡」

 

「――――っ」

 

「あっああぁぁああんんんっっ♡」

 

 

 どちゅ、と音を立てて子宮を蹂躙していた肉棒が突き立てられる。

 次の瞬間、限界まで膨張した剛直は、熱い雄汁を容赦なく子宮に吐き出していく。

 

 

「イッたぁ♡ イッたぁっ♡ イッたぁぁああぁぁああぁぁ♡」

 

「あっ、あぅっ♡ はひぃぃっ♡ おまんこ、おまんこ溶けりゅぅ、溶けてるぅ♡」

 

「ひあっ、あっあぁっ、くひいっ♡ あえぁっ、あっあっあっぁぁああぁぁぁあっ♡」

 

「んうぅううっ、くうぅっ、イッてるのに、またイっちゃう♡ ひぃい、ひあぁああぁぁぁあぁっ♡」

 

「ぅ~~~~~~っ♡ ほっ、ほぉぉ、ほひぃっ、子宮パンパンっ、ひゃぁぁっ、ぐちゅぐちゅ、駄目、だよぉっ♡」

 

「イクっ♡ イクイク、イクぅっ♡ イィィイイィィッグゥううぅううぅぅっ♡」

 

 

 吐精の度に、腰をくねらせ精を搾り取る。

 深い絶頂に潮を噴き続けながらも、イキ締めだけは緩めない貪欲な牝としての本能。

 その全てを堪能しながら、最後の精液を吐き出し終えた虎太郎は、音を立てて怒張を引き抜いた。

 

 

「……あ、え……あひぃっ♡」

 

 

 失神したブーディカは、アクメ笑みを浮かべながら、ピュっと膀胱に残った最後の小水を吐き出す。

 男性器を引き抜かれた秘裂は頂いた精液を漏らすまいとヒクヒクと蠢いたが、余りにも量が多過ぎたのか、ゴプリと音を立てて漏れ出してしまう。

 

 虎太郎はだらしなく四肢を投げ出したブーディカを横にそっと降ろし、自分の性癖に付き合ってくれた彼女の頭に感謝のキスをする。

 

 

「はぁ……ふぅ……ひっ……ふぅ……はぁ、ふっ……」

 

「さて、マリー。お待たせ」

 

 

 ブーディカの乱れた姿に当てられたマリーは、荒い呼吸を繰り返し、蕩けた視線を虎太郎に向ける。

 白いサマードレスは股間の部分が濡れそぼり、青い水着が透けていた。

 

 虎太郎の逸物に陰りはなく、勃起は維持されたまま。

 女が一人気を失ってしまったとしても、興奮と発情に犯された女がまだ一人いる。

 

 ――――夜はまだ、始まったばかり。

 

 




ほい、短編二本立てでした。

サマー編は、短編仕立てで行きます。
まあ、その一日の様子を短編みたいな感じで表したり、男どもが馬鹿をやったり、エロしたり、といった感じにしていきますので、どうぞよろしくぅ!

あと、アーラシュと風魔のキャラ紹介はまた後日。マジで時間が取れねぇ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『儚い貴婦人にも闇はある。そこに付け込んで自分の女にしちゃうのが、苦労人の手口』


ふう、お月見イベントでやっと一息。取りあえず、今回は素材と入手するだけでマイペースにいこう。さて、コアトル姉さんにパイルドライバー決めて貰って、アーラシュにステラァァ!させる仕事を始めるお。

そして、監獄塔復刻。巌窟王もお休みだなぁ、星出し要員はジャックもアタランテもドレイク姐さんもいるし、無理をする必要はないな、うん。
静まれ、オレの右手! これ以上ガチャを回せば、家賃を超えてしまうぞ!(ブルブル

では、マリー編。エロやでエロやでぇ~!


 

 

『乱れる儚い貴婦人』

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……つ、次は、私の番、ね……♡」

 

 

 これ以上ないほど羞恥に顔を朱に染めながらも、口元には隠しきれない期待の笑みが張り付いていた。

 幼い身体と顔立ちには似つかわしくない男を知った女の笑み。

 そのギャップは男の情動を誘うには十分だったろう。鼓動に合わせて痙攣していた逸物が一際大きく震えた。

 

 二人は膝立ちの状態で向かい合い、互いの目を見つめ合う。

 

 

「ま、まだ、こんなに……♡」

 

「全然足りないね。二人とも可愛い上にスケベと来てる」

 

「もう、そんな下品な言葉を使わないで……」

 

「いやいや、それ以外の言葉が見つからないよ。オレのに視線が釘付けじゃないか」

 

「そ、それは――――んむっ」

 

 

 ブーディカの愛液と虎太郎自身の精液に塗れた剛直に目を奪われていたマリーは、虎太郎の指摘にはっと顔を上げた。

 

 かつての自身では考えられなかったはしたなさを自覚して、そのまま視線を逸らそうとするが、顎を掴まれ、強引に唇を奪われてしまう。

 それだけでぷしゅと音を立てて愛液が噴き出し、更に白いサマードレスを汚していく。

 

 余りにも淫らすぎる自身と身体の反応に、マリーは顔から火を噴く思いであったが、それも束の間。

 口腔に侵入してきた舌から与えられる快楽に、マリーの目がとろんと蕩けた。

 

 無遠慮で情け容赦のない舌の動き。

 次第に思考までもが蕩け、顎と唇が緩んで口の端から涎が零れる。

 ぐちゅぐちゅと頭に涎の撹拌される音が響き、頭の中を掻き回される気分であった。

 限界まで勃起した乳首は水着どころかサマードレスまでも押し上げている。

 

 

「んむっ……はむっ……じゅりゅ……ずるる……んく……こく……ちゅむ、ンむ……んっ、んっ!」

 

 

 意識的であったのか、無意識であったのか。

 マリーは勃きり立った陰茎に両手を伸ばした。

 腫物に触れるように、男女の欲望の体液で濡れた男性器をすりすりと撫で回した。

 余りにも微弱過ぎる刺激に、肉勃起は怒りを示すようにビクビクと上下する。

 

 

「んえっ、ぁっ…………フフ、凄い元気♪」

 

「なあ、いいだろ? マリーのここも、準備万端じゃないか」

 

「んあっ♡ も、もうっ、急に……!」

 

「服の上から分かるくらいぐちゃぐちゃだ。ほら、脱ぐのを手伝ってやるから」

 

「え、ええ、お願い、するわ……♡」

 

 

 虎太郎は長いスカートの中へと手を差し込んだ。

 見えてはおらずとも、覚えてはいる白い両脚に手を這わせながら、上へ上へと昇っていく。

 両脚は愛液で濡れ、その中心は淫らな娼婦のような有り様。清純さと淫猥さを併せ持つ少女。正に、男の夢を叶える存在と言えるだろう。

 

 

「――ひんんっ♡」

 

 

 愛液で張り付いた水着を剥がす。

 たったそれだけの刺激で、マリーは甘い牝声を上げる。

 指を噛んで堪えようとしたものの、虎太郎によって開発された身体は、幼いまま淫らになっていた。

 

 

「ふぅ、ふぅ……ねぇ、マスター♡」

 

「ああ、今日はマリーがしてくれるんだよな。ブーディカみたいに上に乗ってくれよ」

 

「……わ、分かったわ」

 

 

 ベッドに仰向けで寝そべった虎太郎は、マリーを誘う。

 マリーはそそり立つ剛直を眺めながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 これに与えられる快楽を思い出し、子宮が戦慄くのを感じていた。

 

 そのまま怒張の上で跨り、くちゅりと性器を触れ合わせる。

 虎太郎は開いて濡れそぼった感覚にマリーの発情を感じ取り、マリーは固く張り詰めた熱い感触に欲望の高まりを感じ取っていた。

 

 

「ああ、スカートはちゃんと捲って、入るところが見えないだろ?」

 

「そ、そんなところまで見たい、の……?」

 

「勿論。ほら、早く」

 

「もう、仕方のない人ね……♡」

 

 

 スカートを捲ると、見えたのは太腿と脹脛がぴったりとくっつき左右に開かれた両脚、その中心では亀頭を半ばまで飲み込んだ秘所が見えた。

 マリーは気付いていないのか、無意識に腰をくねらせて、剛直を奥へと飲み込もうとしていた。

 

 

「じゃあ、頼むよ」

 

「はい、分かりました――――――ふぅんんんんんぅんんんんんっっっ♡」

 

 

 一息に最奥まで。

 マリーの発情と期待を表現した挿入に、虎太郎は更に股間が固く屹立していく。

 

 

「か、はっ……はっ、はっ、はっ……はぁん、奥までぇ……♡」

 

「おいおい、余り無理はするなよ?」

 

 

 如何に開発されようとも、マリーの身体は幼いままだ。

 成熟した女性のそれとは違う。痛みとて伴う。痛みを伴うこともある。

 

 虎太郎は最適の加減というものを熟知しているが、マリーはそうではなかったようだ。

 口を大きく開け、舌を突き出して、喘いでいる。最奥に至った瞬間は、呼吸すらも忘れていたのであろう。犬のように短い呼吸を繰り返している。

 

 

「ま、マスター、気持ちいい? ぜ、全部、飲み込めて、いない、でしょう……?」

 

「ああ、根元まで飲み込んでいない。三分の一くらいは余っているが、気にすることじゃない。オレはオレが気持ちよくなるのも重要だけど、マリーが気持ち良くなるのと身体の方が重要だからな」

 

「ご、ごめんなさいね? 私が未熟だから……ふふ、ブーディカさんくらいの年齢で召喚された方がよかったかしら?」

 

「それはそれで楽しそうだが、これでも十分だ。マリーのまんこがきゅんきゅんと痛いくらいに締め付けてくる。こういうのを開発するのも、楽しいんだぜ?」

 

「んんっ♡ も、もう、そんなこと言ってぇ……♡ う、嬉しくなってしまったわ♡ だからこうして、あ・げ・る♡ くっふぅんっ♡」

 

 

 ちゅうちゅうと吸い付いてくる子宮口を亀頭に押し付け、ぐりぐりと腰を八の字に回す。

 未熟な肢体には似つかわしくない、熟練した性の業。無論、虎太郎の女として覚え込まされたものだ。

 

 

「ぐりぐりっ♡ ぐりぐりッ♡ あはっ、びくびくしてきた♡ ひうぅっ、くっひぃ、ひひゃぁ♡ そ、それっ、そぉれっ♡」

 

「く、おぉ。やっぱり、いいなぁ、これ。マリーみたいな若い女に、こんなエロい腰使いを覚えさせて、奉仕させるのは最高だ」

 

「ま、マスターのせい、なんですからねっ♡ はっ♡ こうやって、ひぃぃんっ、私が泣いても、許してくれずに、何度も、何度もぉ、覚えさせるからぁ♡」

 

 

 堪えきれず、マリーの腰が上下に動く。

 その動きの情けなさは何とも言えない興奮を煽る。

 年若い乙女が、男の性を求めて腰を振るなど。ましてや、それがフランスの王妃であり、天真爛漫さを形にした彼女であれば、尚の事。

 

 

「ふふ。やっぱり、服が邪魔だな。スカートを握ったままじゃ、手も握れない。脱ごうか」

 

 

 そう言うと、虎太郎はマリーのサマードレスを丁寧に脱がし、ベッドの脇に投げ捨てた。

 

 月明りに照らされる肢体の神々しさよ。

 王権とは神からの恩寵。それを一身に受けた肢体は、女神のそれと何ら大差はない。

 汗でびっちょりと濡れ、様々な部位が勃起した身体は、神の恩寵全てを台無しにする背徳を誘うかのようだ。

 

 

「ほら、手。好きだろ、マリー?」

 

「はぁい♡ あっ、あっ、あぁあっ、こうすると腰の動き、激しくなって、んぃいぃっ♡」

 

 

 両手と両手を重ね、指の全てを絡めて握り合う。

 虎太郎に体重を預けられるようになったマリーの腰使いは、より激しく、より卑猥になっていく。

 

 子宮口で亀頭にしゃぶりついたかと思えば、張り詰めたエラで膣全体を掻き毟り、膣口ギリギリまで一息で引き抜くと同じ勢いで最奥まで受け入れる。

 

 虎太郎の巨大な性器は、いまだ未成熟のマリーには収まりきらない。

 内臓には苦痛にも似た圧迫感を覚えるであろうが、専用と言っても過言ではないほどに開発された女性器が受けるのは法悦のみ。

 

 

「これくらい開発したなら、もう子宮にまで入っちまうな」

 

「ひぅっ……はっ、ひぃっ……はへぇっ……い、入れて、しまうの?」

 

「ああ。マリーは、どうしたい?」

 

「そ、それは…………ま、マスターが望む、なら……」

 

 

 その返答に、虎太郎はムっと表情を歪める。

 どうやら、彼の望む反応ではなかったようだ。

 

 だが、それもまた楽しみの一つとでも思ったのか、口元を歪めると、突然、マリーの唇を奪った。

 舌を差し込み、唾液を啜り、逆に唾液を送り込んで無理矢理に嚥下させる。 

 

 

「ふぅンむっ……こく、こく……じゅぞぞ……じゅりゅ……んれぇ……れぇろ……ンちゅ、ちゅっ……んうぅむっ♡」

 

「………………」

 

「ま、まっへぇ……ましゅ……ンむむ……ちゅ……いみゃ、こんにゃに、ひゃれたりゃぁ……♡」

 

 

 ねろねろと動く舌の動きに、マリーも合わせて舌を絡めさせる。

 その度にマリーの膝はガクガクと震え、力を失っていく。

 

 心の何処かで、虎太郎を気持ち良くしなければと考えていたマリーの身体から急速に緊張が解れてしまう。

 

 筋肉も、表情も緩んでいるにも拘らず、女としての本能なのか、膣だけは男性器を締め付けて蠢動するが、やがて、限界を迎えた。

 

 

「むむンっ……がま、ん……でき…………んんっ、いっ、やぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁあんっっ♡」

 

「はは、お漏らししちゃったな。あー、生暖けぇ」

 

 

 緊張が解けると同時に、ビチャビチャとはしたない小水が漏れ出した。

 マリーは興奮しているのか、何度となく腰を震わせ、襞が蠢いて絶頂を伝えている。

 

 失禁を止めることのできないマリーは、涙目になりながらも快楽を享受する。

 湯気を立てながら放出される聖水を浴びながら、虎太郎はその感触と匂いすらも楽しい、気持ちいいと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 

 

「はっ、はひっ、はひぃっ、れ、れたぁ、れちゃったぁ……♡」

 

「ああ、たっぷりとな。こうやって、マリーの恥ずかしいところも何度も見せてもらったっけなぁ」

 

「やぁあっ、いわ、ないれっ♡ 見ちゃ、らめぇえぇぇっ……♡」

 

「それこそ嫌だね。初めて抱いた時のことを覚えているだろ? マリーの全部、オレに見せてくれ」

 

 

 二人が男女の関係に至った切っ掛けは、マリーの夢の中へと虎太郎が迷い込んだことだった。

 

 マスターが契約したサーヴァントと記憶を共有した事例は確認されている事実だ。

 だが、カルデアの召喚システムは通常のそれとは異なっている故に、夢への介入という形となった。

 

 夢の中は、正しく悪夢であった。

 場所はタンプルの塔。マリーが最後の時を待ったとされる場所。

 かつて彼女が抱いた悲嘆と嘆き。かつて彼女が感じた恐怖、死、悲哀。その全てによって構成された夢。

 

 そこで見た、マリーの暗黒面。

 普段は決して見せない裏の側(オルタナティブ)

 

 虎太郎は戦いなどせずに、彼女(オルタナティブ)を見て――――

 

 

『いや、言うほど何かを怨んじゃいないだろ。お前に出来るのは精々、想像するのがやっとだ。今、口にしたことを実行にまでは移せねーよ』

 

 

 ――――ただ、その一言で事を収めた。

 

 彼女(オルタナティブ)はその一言に鼻白み、何か反論を口にしようと繰り返し、やがて負けを認めるように立ち消えた。

 

 

『いや、大したもんだ。あんな最後を迎えておいて、本気で許しているとはね。王妃様ってのも楽じゃないな』

 

 

 それ以後、二人の仲は急速に縮まり、今の関係へと至った。

 何の事はない。マリーもブーディカと同じ理由で、虎太郎を受け入れたというだけだ。

 

 だからこそ、マリーも嘘偽りのない本心を口にした。

 

 

「こ、怖いわ。怖いの。貴方の女になるということも、知らない快楽に溺れることも……」

 

「大丈夫さ。お前なら、勝手に這い上がってくるからな。だから、オレの女にしたんだから」

 

「……も、もうっ…………あっ♡」

 

 

 虎太郎は上半身を起すと、マリーの背後に手を回し、小振りな尻に手を掛けた。対面座位の形だ。

 少女特有の張りに満ちた尻肉に、ぐっと指を喰い込ませて、揉みしだく。

 

 

「ふっ、ふぅんんっ♡」

 

「ほら、脚を前に投げ出してみな。オレが支えていてやる。ゆっくり、入れるからな」

 

「え、ええっ、分かったわっ♪」

 

 

 虎太郎の言う通り、マリーは身体を支えていた両脚を投げ出した。

 恐怖はまだあるものの、それ以上の期待があるのも事実。

 挿入された逸物の隙間から絶え間なく漏れ出していた本気汁は更に量を増している。

 

 

「ゆっくり、ゆっくりっ」

 

「あ、はぁっ! しゅ、しゅごいっ♡ ずぶずぶ、子宮の中、入ってェっ、き、ひぃぃっ♡」

 

「こんなもん序の口だ。ほらほら、もっと入るぞ」

 

「あ、かっ! はひ、はひぃぃっ、赤、ちゃんの、お部屋っ、なのにぃ♡」

 

 

 両腕を虎太郎の首に、両脚を虎太郎の腰に回し、必死で堪えようとするが無駄な努力でしかない。

 すっかり覚えてしまった剛直の形を捉えながら、子宮から駆け上ってくる未体験の快感に、マリーは足の指まで丸めて筋肉を硬直させる。

 

 しかし、尿道からは潮を噴き、腰――のみならず、全身を痙攣させて絶頂に咽び泣く。

 

 

「ひあっ、あぁあっ、あひぃぃんっ♡ ふっくぅっ、ひぃ、ぬき、さしっ、しちゃ、だめぇぇぇぇぇっ♡」

 

「カリで子宮口を引っかかれるの、気持ちいいだろ?」

 

「気持ちいい気持ちいい気持ちいいぃぃぃんっ♡ はっへぇ、あへぁっ、ひぃんっ、うぅぅううぅぅぅうぅっ♡」

 

「全部入ったら、出して、トドメを刺してやるからな?」

 

「は、はいぃッ♡ 出して、虎太郎の気持ちいいお汁っ、私の中に、いっぱい、出してぇぇぇえぇぇっっ♡」

 

 

 尻を掴んだまま、羽のように軽いマリーの身体を腕で上下させる。

 まるでダッチワイフのような扱いであったが、抽送は極めて優しい。

 彼女の幼い身体では、子宮挿入など苦痛でしかないにも拘らず、その様子など見受けられずにひたすら嬌声を上げている。

 

 そして、ついに、虎太郎の長大な男性器は、マリーの秘裂に完全に飲み込まれた。

 電撃を浴びせられるように、身体を反らし、丸め、手足の指を開いては閉じ、絶え間なく牝潮を噴いていた彼女は子宮が変形するのを感じ取った。

 

 マリーは自らの身体に視線を落とし、確かに下腹の辺りが内側から押され、盛り上がっている様を確認し――――

 

 

「きたっ♪ ト、ドメ、きたぁああぁぁぁぁあぁぁあぁぁんっっ♡」

 

「…………っ」

 

 

 ――その日、数十回目の絶頂に至った。 

 

 

「んひっ、んひぃぃぃぃいぃんっ♪ 虎太郎のザーメン、きたぁっ♡ いぃぃンっ、ふっくっ、ひうぅんっ♡」

 

「まだまだっ、出るからな」

 

「あっへぇっ、らして、もっと、もっとぉっ♡ あいぃっ、んんっ、へっひゃあぁああぁっ、あっちゅ、熱ちゅいぃぃいいぃぃぃ♡」

 

「いっくっ♡ いくいくいくっ♡ 膣内射精(なかだし)アクメでっ、イックゥゥウウゥゥゥウゥっ♡」

 

「はっ、はっ、あがっ、ひぃいっ♡ イク、イクイクっ♡ イッてるのに、またイッちゃうぅっ♡ アクメ、止めてぇっ♡」

 

 

 口では止めてと言っても、その表情からはとても本心であるとは思えない。

 舌を出して涎どころか鼻水まで垂らし、愛らしい瞳をくるんと上に持ち上げて、汗を飛び散らせながら口元にアクメ笑みを刻んでいた。

 

 子宮に精液を吐き出される度に腰を捻って更なる射精を促す娼婦顔負けの動き。

 

 その動きに、虎太郎の陰茎からは最後の精液が放たれ――――

 

 

「ふぐっ、ふっひぃっ、あがっ♡ むりぃっ、も、むりっ、こわれるっ♡」

 

「あっ、あっあっあっ、あひぃぃぃぃいいいぃぃぃいぃいぃんんんんっ♡」

 

 

 ――――マリーは最大の絶頂を迎えた。

 

 ガクンと糸の切れた人形のように、彼女の身体から全ての力が抜けて、虎太郎の肩に顔を埋め、全身を預ける。

 余りの快楽に思考が焼き切れ、失神してしまった。

 

 

「――――あへっ♡」

 

 

 そのまま虎太郎は、マリーから怒張を引き抜くと、大量の精液が漏れ出した。

 失神したマリーは、精液が漏れ出す感覚でまたも絶頂したのか、尿道からは力なく黄金水が漏れてしまう。

 

 その頬にそっとキスをし、虎太郎はマリーをベッドへと横たえさせ、毛布を掛けた。

 

 

「さて、次はお前の番だぞ。起きてるだろ、ブーディカ♪」

 

「――――ひぃんっ♡」

 

 

 二人に背中を向けたまま失神していたはずのブーディカは、尻をピシャリと叩かれて、甘い喘ぎ声を上げた。

 反応も良すぎれば、早すぎもあった。失神していたのは確かだが、マリーの嬌声に、途中で目を覚ましていたのだろう。

 そして、マリーへの気遣いからフリを続けてきたのだ。もっとも、虎太郎は気付いていたのであるが。

 

 ブーディカは起き上がり、恥ずかし気に目を逸らす。

 マリーの痴態もそうだが、何よりも自分が先にあられもない姿を晒してしまったことに、羞恥を覚えているのだろう。

 

 だが、虎太郎はお構いなしであった。

 ベッドの上で立ち上がると、ブーディカの顔の前に、全く萎えずに屹立し続ける性器を差し出した。

 

 

「ほら、綺麗にしてくれ。汚れちまった」

 

「ほ、本当に、酷い子。マリーに挿入()れたものを、私に、させるなんて……♡」

 

「だって、気持ちいいからな。特に、ブーディカのお掃除フェラは上手だからな。チンポが好きで好きで堪らないって気持ちが滲み出てる」

 

「そ、そんなこと言わないでよぉ、もぉ………………ん、ちゅっ、んっんっ、じゅるる、じゅぞぉ♡」

 

 

 口で非難をしてみせたブーディカであったが、女の欲望に負けたのか、それとも女としての愛情故にか、硬さを失わない剛直を口に含む。

 虎太郎の精液と自分達の愛液、尿の味を感じながら、熱心に舐め落とす。

 更には唇でカリ首に吸い付き、頬を窄め、鼻の下の伸びたひょっとこのように顔の造形を崩すフェラチオまで見せつけ、尿道に残った精液を啜った。

 

 

「い、いいよっ♡ 今日はぁ、虎太郎のおちんぽ様、おっきしなくなるまで私達で面倒を見てあげる……♡」

 

 

 その後は語るまでもない。

 牡の暴虐の前に屈服した牝の幸せそうな嬌声がコテージに響き続けた。

 

 バスルームで、シャワーを使って乳首やクリトリスを刺激しながら交わりもすれば。

 折角、綺麗になった二人を、洗面台に尻を突き出す形で並べて交互に犯しもし。

 二人がもう許してと懇願しても、全く容赦せずに、絶頂と失禁と失神を繰り返させ続けもした。

 

 ブーディカとマリーが、虎太郎の性技と絶倫ぶりに後悔を覚えるのは、もう少し時間が経ってからであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『勝利への道筋。最後の一押しは、世界で一番ロマンチストの男の手によって』

 

 

 

 

 

「ふぅ~…………結局、朝まで犯りまくりだったな。でも、萎えはしなかった。楽しかったし、気持ち良かったけど」

 

 

 コテージのテラス。

 薄闇の中、テラスの手摺りに身体を預け、上り始めた朝日を眺め、虎太郎は煙草で一服にしゃれ込んでいる。

 

 二人がもう限界だと察した虎太郎は、失神した二人の身体を綺麗に拭き、情事の処理をした。

 今、二人はベッドの上で、精も根も尽き果てた深い眠りを堪能している。

 

 全く萎え知らず、性技を身に付ける過程の副産物である自身の絶倫さに呆れながらも、紫煙を(くゆ)らせていた。

 

 煙草と共に虎太郎が思いを馳せるのは、魔術王ソロモンだ。

 第四の特異点、ロンドンで姿を現した黒幕。しかし、虎太郎はソロモンが本物ではないことを知っていた。

 厳密に言えば、本物であって本物ではない。矛盾した存在であることを。

 

 ……それでは道理が合わない。

 虎太郎が、遥か紀元前に生きたソロモンと面識などあるはずもなく、彼がどのような人物であったのか、など書物で語られる事柄から探るしかない。

 

 確かに、アルフレッドの演算能力によって、レイシフトの幅は製作者の想定よりも大きな範囲と時代を網羅している。

 並行世界のソロモンに会おうと思えば会える。だが、虎太郎は、そのような真似をしていない。

 

 ――――そもそも、カルデアの全権を掌握する以前から、ソロモンの人柄を、どのような英雄であったのかを知っていたのである。

 

 ますますもって道理に合わないではないか。

 

 しかして、矛盾はしていない。日本の冬木にて、2004年にただ一度きり行われた聖杯戦争と呼ばれる大儀礼。

 

 その調査で、“ある事実”と“ある人物”に行き当たってさえいるのなら―――― 

 

 

「っとぉ、なんだぁ? アルフレッド、じゃあないな」

 

 

 その時、虎太郎が持っていた携帯端末が震え、何らかのメッセージが送られてきた。

 

 アルフレッドは今回の休暇に当たり、全ての連絡を絶っている。彼から連絡が入ることなど、余程の緊急事態であるが、機械仕掛けの神を誰が討ち果たせるというのか。

 残る可能性は、マシュや他のサーヴァントであるが、島全体は静寂に包まれ、何かが起こっている様子は感じられない。

 

 ならば、一体。

 

 携帯端末には、ただ一文だけが表示されている。 

 

 

〈解析完了。指令(オーダー)通りの成果だよ。R・A〉

 

「ふん、やるじゃあないか、ロマンチスト。あんな万能の天才と上手くやっているとはね。人の執念、見せてもらった」

 

 

 誰に向けての言葉であったのか。

 

 煙草を咥え、天を仰ぎながら、虎太郎は口元に笑みを携えていた。

 それはギルガメッシュが時折浮かべる笑みに似ており、まるで人の足掻きを称えるような―――

 

 

「さぁて――――折角だ、休暇三日くらい伸ばそうかねぇ」

 

 

 彼を知る人物ならば、その発言がどれほど特異なものであったかと仰天するであろう。

 明日は槍どころか核兵器が降ってくると目を剥くのは間違いがない。

 

 けれど誰もが、彼の真意を知ることはないだろう。

 そもそも、自身の真意を語るほどに彼は人を信じたことなどなく、油断慢心をするほどの可愛げもない。

 

 ただ一つ言えることは、彼が敵を排除するに足る手段を手に入れた、ということである。

 

 





はい、というわけで、マリー子宮姦初体験&ブーディカさんお掃除フェラ上手&最後の男、一体何マンなんだ、でした。

御館様、カルデアに行く前、マシュと出会うよりも前に、実は聖杯戦争について調べていました。
無論、マリスビリーについて調べる過程で、その内容も調べればならなかったから。どのくらい調べたのかというと、参加者の顛末と聖杯戦争の結末――だけではなく、参加者全員の参加した経緯と用意した触媒まで。

この偏執狂っぷりよ。つーわけで、皆さん心配しなさんな。この話は問答無用のハッピーエンドしかないんやで(にっこり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『水辺の聖女様がハッチャけて被害に合うのは、大体タラスクか苦労人』


うーん、ダ・ヴィンチちゃんか。
ぶっちゃけ、キャスター勢は単体は三蔵ちゃん、全体は年末からのガチャ地獄で早々に宝具MAXになった賢王様がいるからなぁ……バレンタインイベも近いし、我慢だ! 鎮まれ、オレの右腕……!

しっかし、水着イベのキャラは礼装も含めてエロ網羅するつもりだったが、キャラが多くて話が進まねぇ! まあいいか! エロは重要だからね! 苦手だけどね!(白目

今回は惨劇とちょいエロ。まあ、導入部ですわ。では、どぞー。



 

 

『惨劇! ビーチバレー!』

 

 

 

 

 

「どうしてこんなことになってしまったんだ……!」

 

「さあ、沖田さんには分かりかねますぅ……」

 

 

 常夏の島に降り注ぐ燦々とした太陽の光を浴びながら、虎太郎と沖田は辟易と呟いていた。

 

 事の始まりは、モードレッドの浮かれっぷりであった。

 

 本日は休暇三日目。

 本来であれば、今日で休暇は終わりであったのだが、虎太郎の計らいによって三日から一週間に期間が伸びた。

 

 これには流石のサーヴァント達も驚天動地の発言であったのだが、元より虎太郎のための休暇だ。

 目の前の虎太郎が偽物だという疑惑、とうとう仕事のし過ぎで壊れてしまったという諦念は兎も角として、概ね同意していた。

 

 誰よりも喜んだのは、モードレッドであった。

 虎太郎も休める、自分も遊べる。そういう理由で、彼女はバカンスを提案したのだから、当然かもしれない。

 喜びの余り、水着姿で虎太郎に抱き着いてしまい、赤面して慌てて離れる可愛らしい姿も見せていた。

 

 モードレッドは先の失敗もあってか、紅いセパレートの水着の上から水兵服(セーラー)のようなワンピースを着ていた。

 虎太郎の隣に立っている沖田も、普段の空色の陣羽織から桜色のセパレートの水着を纏っている。

 

 

『なーなー、マスター! 一緒にビーチバレーで遊ぼうぜ!』

 

『しょーがねえなぁ! モーさんの頼みとあっちゃしかたがねぇ!』

 

 

 そんな軽いノリで承諾した虎太郎。

 幸い、本日は体調の良かった沖田も巻き込まれる形で三人組が結成されたのだが――――

 

 ――光り輝くモーさんの笑顔とは裏腹に、虎太郎と沖田の表情は、どこまでも暗い。

 

 二人の視線は、砂浜に設置されたネットの向こう側にいる対戦相手に注がれていた。

 

 

「全く、どうして私が……」

 

(出来ておる。出来ておる喃、カーミラは。あの水着姿で目一杯イジめたろ)

 

 

 モードレッドや沖田と同じくセパレートの血色に黒で縁取りされたカラーリングの水着を着たカーミラ。

 黒いパレオで覆われた大胆なTバックが透けて見えている。アクセントの上と下を繋ぐ黒い革紐も堪らなく魅力的だ。

 ナイフのような長い爪は綺麗に切り揃えられて通常サイズに。長い髪は纏められてポニーテールに。

 常世の女主人には似合わぬサマースタイル。されど、彼女の別の魅力を引き立てているのは間違いない。

 

 

「じゃあ、行きますわよ? ……そぉれっ!」

 

(いい。実にいいぞぉ。むちむちぷりんぷりんじゃねぇか。休暇中にパイズリしてもらおう)

 

(ふふ。どうぞ、ご随意に)

 

(コイツ、直接脳内に……!)

 

 

 黒いセパレートの水着の上から、ショートのデニムを履いたのはアン・ボニー。相方のメアリーは昨晩、ドレイクの晩酌に付き合ってぶっ潰れている。

 彼女の水着姿は、正に肉と脂による視覚への暴力。揺れる揺れる、とにかく揺れる。何処が、とは言わないが。

 一歩動けばたゆん。サーブをしようものならぷるん。上ばかりではない。下もまた素晴らしい。

 彼女は恥じているかもしれないが、太腿は細すぎず、太過ぎない。デニムからはみ出た尻肉は、舐め上げたくなるほど官能的である。

 

 だが、問題はその二人ではない。虎太郎と沖田が視線を向けていたのは――

 

 

「しゃっ! やってやるわ!」

 

 

 ――やけに気合の入った凄女(マルタ)様であった。

 

 マルタもまた紺色のセパレート。

 少し前までつば広のサマーハットとパレオを纏っていたのだが、今は違う。

 背中にタラスクの刺繍が入ったジャージを羽織っており、その様はどう見てもレディースです。本当にありがとうございました。

 

 だが、勘違いしてはいけない。

 彼女の心は聖女のままだ。例え、全ての物事を拳で解決しようとも、その精神は途轍もなく深い深い慈悲で満ちている。

 問題は、慈悲を示すよりも先に鉄拳が飛び出て、なおかつその拳を受けた大半の存在は無残に飛び散ることではあるが。

 

 

(アカン。これアカンやつや。死んでまうやつや)

 

(マスター、頑張ってください! 沖田さんも霊基が壊れてしまわないように頑張りますので!)

 

「ハハっ、へなちょこサーブなんて訳ねぇぜ! 沖田、パース!」

 

「あ、あぁ、はい! ええっと、と、トース!」

 

「ほいキタ、任せな」

 

「させるもんですか!」

 

 

 モードレッドのレシーブから、沖田のトス。そして、虎太郎のアタックへの繋ぎ。

 バレーなどロクにしたことのない素人集団ではあるが、中々に息の合ったコンビネーションではなかろうか。

 

 大きく飛び上がったバレーボールを追いかけて、虎太郎が砂浜を蹴る。

 立ち塞がったのはマルタである。気合十分。最早、裂帛に達しそうな勢いであった。

 

 

「はいはい、どうもどうも」

 

「――――――え?」

 

「届く、かしら……!」

 

 

 筋肉の強張りから、かつてない全力のアタックを見せるかに思われた虎太郎であったが、その直前で脱力。

 ボールには優しく触れるだけで、大きく上げたマルタの両手を擦り抜ける軌道で、ネットを越える。

 

 図抜けた反射神経で砂浜に飛び込んだアンであったが、奮戦虚しくボールはポスンと砂浜に落ちた。

 

 

「ナーイス、マスター! イェーイ!」

 

「イェーイ。やったぜ、モーさん」

 

「ちょ、ちょっと、今の所はバシーンてアンタがアタックして、ズバーンと私がブロックするところでしょう?!」

 

「オレがまともにやるわきゃねぇだろ。大体、ブロックされるの分かってんのに、そのまま続行なんてするわけないだろ」

 

「ブロックを突き破ればいいだけでしょ!!」

 

「いや、そのバスターゴリラ的な発想は当店では扱っておりませんので……」

 

 

 ブロックされる? なら、力任せにブチ破ればいいじゃない!

 今回、クラスが裁定者(ルーラー)になったというのに、この脳筋指向である。

 ヘラクレスや金時といったバーサーカー勢、円卓のバスターゴリラことガウェインに勝るとも劣らない。いや、聖人なんだから劣っていてくれ。

 

 その後も、仲良し三人組は次々と得点を重ねていった。

 

 カーミラも日差しに慣れてきたらしく動いてはいたものの、運動は苦手なのか、中々思うように決まらないが、それなりに楽しんではいる。

 アンは反射神経もよく、運動が苦手なわけではなかったが、一つのボールを追いかけるのに、彼女の二つのボールが積極的に邪魔をしていた。

 

 勿論、マルタは面白くない。

 何せ、自分はそれなりに上手くやっているのに、他の二人が足を引っ張る。

 挙句、虎太郎と来たら、まともに戦わず、のらりくらりと裏を斯いて、自身の上を行く。彼女のイライラは募るばかり。

 

 そして、あっという間にマッチポイントであった。

 虎太郎と沖田のモードレッドの機嫌を損ねずに、このビーチバレーをお開きにしたいという気持ちが伝わってくるかのような頑張りである。

 

 そして、運命の時は訪れる。

 

 

「わ、たたっ……!」

 

「おいおい、何やってんだよ、沖田~」

 

「あ、はは、流石にちょっとくらいのミスは許してほしいですけど……」

 

「全員、構えろぉぉぉおぉっっ!!」

 

「「――――え?」」

 

 

 沖田がトスをミスし、相手側のコートへとふんわりボールが舞っていった。

 その隙を見逃す虎太郎ではなく、チャンスを見逃すマルタではなかった。

 

 

「――――ふんんっっっ!!!」

 

 

 マルタ、全力全壊のアタックであったそうな。

 彼女の筋力ランクはB+。バレーボールがその力に耐えられたのはスキルである“水辺の聖女”による奇跡だろう。

 奇跡を何だと思っているのか。この世界における聖職者や聖者は碌な奴がいない。外道麻婆然り、カレー代行者然り、魔性菩薩然り、天草な四郎然り…………本当に碌でもないぞこれぇ!!

 

 

(狙いは、オレか! こうなれば、オレが、オレが…………やっぱ、これ無理ぃっ!!)

 

 

 レーザービームが如き勢いで己に迫るボールに、虎太郎は明確な死のイメージを抱いた。

 もし、このままレシーブなどしようものならば、五体四散は必定。しかして、回避に移行するには全てが遅すぎる。

 

 そのまま虎太郎の身体にボールが吸い込まれ、

 

 

「うぉぉぉおっ! こんなアホな死に方できるかいっっ!!」 

 

 

 すんでのところで忍法・霞狭霧を発動させて難を逃れた。

 

 虎太郎の身体をすり抜けたボールの勢いは止まることなく、砂浜を凄まじい勢いで駆けていく。

 途中、何人かのサーヴァントが慌てて躱した。躱してしまった。

 この速度である。誰かが犠牲になるのは目に見えている。そして、選ばれた犠牲者は――

 

 

(――――え? ワシ? 姐さぁぁぁあぁああぁぁあぁんんんんんんんっっっ!!!)

 

 

 ――誰あろう、砂浜で甲羅干しに洒落込んでいたタラスクであった。

 

 ボールが着弾した瞬間、タラスクの巨体が大きく宙を舞う。AC-130に搭載された105mm榴弾砲の如き威力である。

 宙を舞うタラスクは涙を流しながら、島の反対側へと飛んでいき、星となった。

 

 

『愛を知らぬ悲しき竜……ここに。星のように!』

 

 

 宝具のタラスクを突撃させる時に、そんなことを言ってはいるが、本当に星にしてどうする。

 

 

「――――フッ、どんなもんよ!」

 

「「………………うわぁ」」

 

「少しは舎弟(タラスク)の心配しろよぉ!」

 

「はっ! 舐めないで欲しいわね。タラスクがあんな程度で死ぬわけないじゃない!」

 

「うわぁ、スッゲェ……本当に星になったぜ。やったな、タラスク」

 

「モーさんも目をキラキラさせないでぇ! 此処に来てから頭のネジ緩みっぱなしだよぉ!?」

 

 

 自らの領地に住まう農民の娘、果ては貴族の娘まで殺し、その血を浴びて若さを保とうとしたエリザベート・バートリー――その成れの果て、カーミラ。

 女でありながらキャリコ・ジャックの海賊船に乗り込んで、悪逆と残虐を尽くしたアン・ボニー。

 

 どちらも悪党として名を馳せた女傑である。

 そんな二人にドン引きされる、水辺の聖女様。聖女、聖女とは一体……。

 

 

「じょ、冗談じゃねぇ! オレはこんな殺人バレーを続けられるか! 部屋に帰るぞ!」

 

「え? ……そ、そうか、そうだよな。な、なんかゴメンな。怪我をしちゃ、休暇の意味ないよな。ほんと、ゴメン」

 

「も、モードレッドさんが悪いわけではないですよ。悪いのは、マ――――」

 

「――――あぁん?」

 

「いえ、何でもありません。いくらスポーツと言ってもマスターとサーヴァントが勝負をすること自体が間違いだったんですよぉ」

 

「そうだよな。や、やっぱ、何も考えずに誘ったオレがさ、悪か―――――」

 

「んんんんんんやってやるっ! やってやるよぉぉおお!!」

 

 

 涙目になりかけたモードレッドの顔を見て、苦渋の決断とばかりに虎太郎は砂浜で地団駄を踏む。

 自分の目をかけた相手には、このダダ甘判定である。

 

 その言葉に、モードレッドの顔はパっと輝き、沖田の顔には大丈夫、これ本当に大丈夫な奴ですか、と困惑が張り付いていた。

 

 

「ふんっ! 逃げずに立ち向かってくるのは褒めてあげるわ!」

 

「はっ! ほざけよ、ステゴロ聖女! こっちはマッチポイントだぜ! 負けるはずあるか!」

 

「誰がステゴロ聖女だ、ゴラァっ!!」

 

「ひ、ひぇっ…………ま、マスタぁー」

 

「モーさん! 普段は強気なのに、こういう時ばっかオレを見るの止めてぇ!!」

 

「あぁ! 狙ってる! 挑発したのはモードレッドさんなのに! アレはマスターを狙ってる目ですよぉ!!」

 

「あの凄女! こういう時は慈愛もへったくれもなく容赦なく弱いとこ狙ってきやがる!」

 

「さぁ、サーブだけで沈めてあげるわ!」

 

「テニヌとかアストロ球団的な感じになってるぅ! 鎮まれ! 鎮まりたまえ! さぞかし名のある聖女と見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか!?」

 

「問答無用! 鉄球聖裁!」

 

 

 見事なまでのジャンプサーブ。

 1カメ、2カメ、3カメ、あらゆる視点から眺めたい、惚れ惚れするような美しさである。

 

 マルタの手から離れたボールは次の瞬間、凄まじい音と白いリング状の水蒸気を生み出した。

 ボールの速度が音速を超えた、ないし音速に限りなく近づいた証左であった。

 

 

「うぉぉおおおぉ、金遁・金剛体法……!!」

 

 

 本日二度目の死の予感に、虎太郎は叫び声を上げながら忍法を発動させる。

 彼の両腕は鉄の如く黒に染まり、硬度も金属のそれへと変わった。 

 金遁としてはポピュラーな部類の忍法だ。身体の一部分、或いは全身を金属へと変える。

 この状態であれば、榴弾砲の直撃にも耐えうる。しかし、これを放ったのは、あのマルタである。

 

 

「ぐっ……、オレは、こんな、なぜ………おぉおおおぉおぉっっ!!!」

 

 

 レシーブの体勢で受け止めた虎太郎の身体は、ボールの勢いに押され、後方へと下がっていく。

 ボールの回転は止まらず、摩擦によって不快な高音と煙を生み出す。

 その都度、虎太郎の金属と化した両腕に罅が走り、激痛が走る。

 

 

「成し遂げた、ぜ……! 後は、任せたぁああぁあぁっっ!!!」

 

 

 遂に、マルタのサーブに勝った虎太郎は、ボールの軌道を変えることに成功する。

 当人はそのまま後方に吹き飛び、砂煙の中へと消え、ボールは天高くへと舞い上がった。

 

 

「マスター、お前の犠牲は無駄にしないぜ……!」

 

「させない……!」

 

((もう、マルタ一人でいいんじゃないかしら))

 

 

 モードレッドとマルタが地を蹴って、ボールへと追いつく。

 既にマルタはブロックの体勢に移っている。如何にモードレッドと言えど、天性の肉体を持つ彼女の防御(ブロック)を打ち破るのは至難の業。

 モードレッドの直感も、これが防がれることを伝えてきている――それで諦めるほど、モードレッドは良い性格をしていない。

 

 マルタと近距離で目を合わせ、彼女はにんまりと笑い――――

 

 

「そら! 沖田、パース!」

 

「――――んなぁ!?」

 

「クイックならお任せを! それぇ!!」

 

 

 ――俗に言うAクイックで、見事にポイントをもぎ取ってみせた。

 

 

「そ、そんなぁ……」

 

「よく、やった……、モーさん、沖田、お前等が、アタックNo.1、だ…………ガクっ」

 

「はぁ~、全く静謐の毒をどうにかして海で泳げるようにしろ、なんて無茶な注文を――――――(絶句」←砂浜に出来たクレーターの中心で血塗れで気絶している虎太郎の姿を見て

 

「メディア様、余り無理をなさらず――――――ひぇっ」←メディアと同じものを見て

 

「何やってんのよ、アンタはぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああああぁあっっっっ――――――!!!!」

 

 

 たまたま砂浜を通りがかったメディアと静謐。

 静謐からは小さな悲鳴が漏れ、メディアからは魂の咆哮(渾身のツッコミ)が迸るのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『聖女様の憂鬱』

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁああぁ~~~~~っ」

 

 

 重苦しい溜め息と共にマルタは、虎太郎のコテージへと続く桟橋の上を歩いていた。

 

 ビーチバレーでの惨劇後。

 虎太郎はメディアから治療を受け、参加者はジャンヌとマシュからお説教を受けることとなった。

 沖田は最初から平謝り、モードレッドは不貞腐れながらも反省を見せ、アンとカーミラは自分達も止めなかったのは悪かったと猛省した。

 

 ――だが、マルタだけはみっともなく反抗してしまったのである。

 

 元々、ヤン――もとい町娘的な性格である彼女のこと、押さえつけられれば反発するのは当然のこと。

 どっかの下乳上のように、余は悪くないもん! とばかりに駄々をこね始める始末。

 

 

『こ、こんなの事故よ! 誤チェストみたいなものでしょう!?』

 

『誤チェストぉ?! キリスト教の聖人が言うに事欠いて、何を仰るのですか?!』

 

『完全に狂犬の台詞ですよマルタさん! 獣とは今のマルタさんの如きを言います!』

 

『もう! いい加減にして下さい、マルタ様! そんなことだから、虎太郎からステゴロ聖女と揶揄われるのですよ!』

 

『そうです! いくら事実とは言え、です! いつもの聖女然とした慈愛と慈悲に満ちたマルタさんは、何処に行ってしまわれたのですか! ステゴロ聖女がいくら事実とは言え!』

 

(お二人さぁぁん! どうか、どうかその辺りで! 姐さんが! 姐さんの霊基が!)

 

 

 二人のお説教によって、さぁぁ、と赤い砂とマナプリズムになりかけたマルタを見かね、くるくる回転して戻ってきたタラスクの執り成しもあって、お開きとなった。

 

 今回の虎太郎の被害。

 両腕、肩先から指先にかけて数十の裂傷、及び圧迫、捻転、屈曲、開放骨折。

 両脚、股関節から指先にかけて数十の筋断裂、及びアキレス腱断裂。

 胴体、肋骨3番、5番、6番に亀裂。右肺、胃、直腸に衝撃で穴が開く。

 頭部、両鼓膜破損、眼底部毛細血管の破裂、頸部のむちうち、重度の脳震盪。

 推測されうる、とある医師からの言葉。『交通事故にでもあったのかい?(震え声』

 

 …………どういうことだ。敵からの攻撃よりも、味方からの攻撃の方が、被害が大きいぞ!

 

 

「やっちゃったぁ……どうしてこう、熱くなっちゃうかなぁ……普段よりも――――いえ、虎太郎と出会ってから、抑えが利かなくなっちゃってるし……」

 

 

 とは言え、マルタも反省はしている。

 上から押さえつけるから本能的に、反射的に反発するだけであって、彼女自身に道徳や社会通念がないわけではないのだ。

 彼女の場合は、他人からとやかく言われるよりも、冷静になった後、一人で自らの行いを振り返らせた方が効果が高い。

 

 その反省の結果としてマルタが選んだのは、まずはケジ――――もとい、虎太郎への謝罪である。

 

 もっとも彼に謝罪など必要ではないが。

 重傷を負った虎太郎は、メディアからの治療が終わると説教を受けている参加者を尻目にさっさと他の仲間と遊びに行ってしまっていた。

 これにはメディアと静謐はドン引き、ジャンヌとマシュは開いた口が塞がらない状態であったそうな。

 あれだけの重傷を負えば、どんな人間であれ、すぐに遊ぶなど在り得ない。肉体への傷は、精神への傷にもなるのだから。

 虎太郎的には、傷とは気構えに負うもの、という前提があるからか、そんな理屈は一切通用しない。

 

 その後、ゴールデンと子供組と一緒に砂浜で、無駄に精巧な日本の砂の城を作っていた。

 また、砂浜で日光浴をしていたマタ・ハリの身体にサンオイルを塗って甘い声を上げさせたり、コアトルの尻を撫で回してニヤける姿も目撃されている。完全にやりたい放題である。

 

 

「取り敢えず、謝って……その後は、夕飯を作って、お休みまできっちり面倒を見て、で、はい、おしまい!」

 

「…………で、済む訳ないわよね。怪我させたのを理由に、む、無理矢理迫られたりして…………ゴクっ」

 

「ま、まー、しょうがないわね! 身から出た錆だし? 献身は美徳でもあるし? そういう雰囲気になっても拒否権もないし? シャーナシ! ノーカン!」

 

 

 一体、誰に対する言葉であるのか。色々な言い訳を一人口にするマルタ。

 彼女を知る原罪を背負って死んだロン毛のおっさんは何を思うのか。

 ………………少なくとも、彼女にも、虎太郎にも、何らかの罰が下っていない辺り、許容の範囲内ではあるのか。愛があればLOVE is OKなのか。

 

 両腕が重傷だったし、あーんとかしてあげるのもアリね、やら。

 もしかしたら、罰とか称して縄で縛られちゃうかも、とか。

 乙女なんだか、むっつりなんだか、よく分からない思考をしている内に、彼女はコテージの扉の前まで辿り着いた。

 

 

「あー、開いてるよー」

 

 

 他の来訪者と同様にノックよりも早く、コテージの主から入室の許可が下りた。

 ドアノブに手を掛ける前に一度だけ大きく深呼吸し、意を決してコテージの中へと脚を踏み入れる。

 

 

「し、失礼す――――」

 

 

 若干、上擦った声で頬を染めていたマルタであったが、視界に飛び込んできた光景に、一瞬だけ目を丸くした。

 次の瞬間には真顔になり、このままではマズいと感じたのか、慌てて背後の扉を閉める。

 

 マルタが見たのは、ソファで寛ぐ虎太郎と――

 

 

「ん~~~~~っ♡ んぶっ、んん~~~~~っ♡」

 

 

 その対面のソファに縛りつけられたカーミラ。

 

 カーミラの姿は凄惨ですらあった。

 両脚を荒縄で強制的にM字に開脚させられたまま固定され、両手は頭の上で手錠に繋がれて更には首輪に鎖が伸びている。これでは手を降ろすこともできない。

 視覚と聴覚は大型のアイマスクで封じられており、彼女の高慢な物言いを封じるためにか口にはボールギャグまで咥えさせられていた。

 

 水着の上からでもはっきりと分かるほど隆起した乳首はクリップが噛みついており、その下にはローターがぶら下がって絶え間なく振動で甘い痛みと快感を与えている。

 それらを感じる度に、砂浜に打ち上げられた魚のようにビクリビクリと身体を反らす。

 

 股座を覆う筈の布は既に剥ぎ取られており、蜜壺には極太のバイブが、菊門にはピンポン玉が連結されたようなアナルパールが、硬く屹立したクリトリスには乳首と同じくローター付きのクリップが取り付けられていた。

 バイブは淫液のぬめりと振動によって抜け落ちそうになるが、膣内の動きによって時折、奥へ奥へと勝手に飲み込まれていく。

 同様に半ばまで顔を現したパールが大きく菊門を押し広げるが、ぬぷりと音を立てて腸内へと戻っていく。

 固定具もないままにこの有り様。間違いなく、カーミラの意志によるものだ。恐らくは、抜けさせるな、とでも命じられているのだろう。

 

 

(…………ひ、酷いわね)

 

 

 マルタが弄ばれるカーミラを見て抱いた感想は、そんな当然で率直な感想――――ではない。ほんの少しばかり、ズレがある。

 彼女が酷いと感じたのは、カーミラが置かれた状況そのものではなく、器具責めの今一つさだった。

 

 アレでは、()()()()()

 

 虎太郎の愛撫によって高められたのであろうが、それにしたところで器具による単調な責めでは達することはできないだろう。

 何せ、虎太郎の性技は完全に常軌を逸している。単純な技術だけであるにも拘らず、その効果は魔界の媚薬や身体改造ですら凌駕しているのだから。

 それを身を以て体験している故に、あんな程度の責めでは情欲の炎は消えず、燻り続けるばかりと理解できた。

 

 

(――――ってぇ、そこじゃないでしょ、私ぃ!)

 

 

 非難すべきは女を弄ぶ行為であって、その行為の強弱ではない。

 自身のズレた考えに、マルタはぶんぶんと頭を振った。

 

 もっとも、マルタの預かり知らぬところではあるが、カーミラが受けているのはあくまでも両者合意の上での行為である。

 

 

『ちょっと、貴方に付き合ったら、日焼けしてしまったのだけれど。責任、取ってくれるかしら……?』

 

『………………えぇ~?』

 

 

 今から2時間ほど前に、突然コテージを訪れたカーミラは不躾にそんなことを宣った。

 無論、それは虎太郎を都合よくコキ使うため、などではなく、単純に心配だったからだ。

 昼間のビーチバレーで重傷を負った虎太郎の様子を己の目で確認するための方便である。

 そもそも彼女は生涯、自らの美の追求と維持に少女の生き血まで使った常世の女主人。染みや肌荒れの対策など万全。日焼けなどしていない。

 

 素直に貴方の事が心配だったから、と言えないのは、カーミラという英霊の捻じ曲がった性根の所為というよりも、かつての自身の在り方にしがみついているからだろう。

 

 ……お笑い種と言えばお笑い種だ。

 虎太郎のみならず、カルデアの仲間達ですら知っている。

 彼女がかつての残虐性を発揮することも、美貌を維持するためだけに生き血を啜ることも出来ないことを。

 

 だが、虎太郎はその全てが分かった上で、にやにやと笑いながら、悪戯を開始した。

 恨み言を言うつもりなど皆無ではあるが、お前がマルタを止めていればオレがあんな目に合うことはなかった、と考えてはいたのだ。

 

 カーミラに渡された化粧水と乳液を全身に満遍なく塗っていく過程で、ついでとばかりにマッサージまで行った。

 勿論、ただのマッサージなどではなく、性感マッサージである。絶技、と言っても差し支えない性技を用いた。

 

 そんなことを露知らぬカーミラは、虎太郎の快方振りに内心ではホッと息をつきつつも、役得と受け入れた。

 徐々に、次第に火照っていく身体に違和感を覚えつつも身を任せていた彼女であったが、虎太郎がきわどい部分に手を伸ばし始めた頃には、既に手遅れの状態。

 

 尻肉に手が掠めただけで甘い声を上げ、露骨に水着の中へと手を差し込まれても抵抗すらできないほどに蕩け切っていた。

 

 

『はい、おしまい。もう、十分だろ?』

 

『えっ? あ、あの、……っ』

 

『ん? 何だ、どうかしたか?』

 

『…………………………も、もう、触らないの?』

 

 

 病的に白い肌を紅潮させ、涙目になりながらの破壊力は如何程か。

 ましてや、あの高慢極まるカーミラからの紛れもない懇願であれば、計り知れない威力である。

 

 くつくつと笑う虎太郎に、カーミラは不安と不満から更に涙を滲ませていたが、口の端は垂れ下がり、情けない女の笑みが張り付いていた。

 

 

「さて、と……」

 

 

 淫らなカーミラの姿を酒の肴にしていた虎太郎は、未だ自分と戦っているマルタをそのままにしておき、ソファから立ち上がってカーミラへと近づく。

 達したくとも達せられないもどかしさと切なさで身を捩っていたカーミラであったが、虎太郎の気配には気付いたらしく、呼吸を荒くした。

 

 

「ふーっ、ふーっ♡ うぅん、んむぅ、おぉ……♡」

 

(お、お願い、虎太郎……、もう、もう、許してぇ……♡)

 

 

 アイマスクからは涙の筋が漏れ、鼻を啜り、ボールギャクを噛まされた口からは犬のように涎が垂れている。

 そんな不様すぎる自分の姿にすら、既に頓着はないようで、カチャカチャと手錠を鳴らし、念話まで使ってカーミラは懇願した。

 

 

「まだダメだ。怪我して治ったばっかのオレをこき使う女は、もっとお仕置きしないとなぁ」

 

「うぅ、む……ふぅん、んむ……んんーっ」

 

(そ、それは……違うのぉ……いやぁ……もう、いやよぉ……)

 

「まあまあ、今は此処にストレスを溜めておけ」

 

「ひゅ、ぐぅん……♡」

 

 

 虎太郎が言葉と共に、腹の上から子宮を押すと、懇願すら忘れて蕩けた鼻息を漏らす。

 それだけで愛液をびゅぐと膣口から溢れ出し、ソファどころか床にまで広がった愛液溜まりを更に広げる。

 

 

「我慢、できるな……?」

 

「んんっ、んんーーーーーっ♡」

 

(できる、できるからぁ……♡)

 

「よしよし。後で、たっぷりと可愛がってやるからな」

 

「ふぐぐっ、ぐむっ、おぉ、んぉおおぉ……♡」

 

 

 虎太郎が頭を撫でながら耳元で囁き頬にキスをすると、快楽で緩んでいた尿道からピュルと黄金水が漏れた。

 一度決壊すれば、勢いは止まらない。綺麗な放物線を描きながら、小便を撒き散らす姿は、明らかな嬉ションであろう。

 

 カーミラの放尿姿に満足げに頷き、虎太郎は次いでマルタを見る。

 その視線に、ビクリとマルタは身体を震わせる。僅かな恐怖と不安と期待、そして怒りと軽蔑によって。 

 

 

「悪いな、待たせた」

 

「別に待ってないわ。じゃあ、邪魔したわね」

 

「えぇー? もうでござるか~?」

 

「そのござる口調止めなさいよ! 何でか分からないけど腹立つ!」

 

 

 説教の一つもなく、冷たい視線だけくれて、そそくさと部屋を去ろうとしたマルタであったが、虎太郎のふざけた態度に、反射的に凄まじい眼光で睨みつけた。だが、その程度で虎太郎が怯むはずもない。

 

 何せ、必要とあれば、あの英雄王にすら真っ向から口答えをし、影の国の女王の殺意であっても怯まない男である。

 つい先程、己に瀕死の重傷を与えた聖女の視線でも、怯む筈もない。

 全く平時と変わらない冷たい黒瞳。その中で燃える黒い欲情の炎に、マルタの方が逆に怯むほどである。

 

 マルタは一歩後ろに下がるが、当然ながら其処はドア。

 逃げ場などない彼女を良い事に、虎太郎は前腕をドアに押し付け、上からマルタを見下ろすように顔を寄せる。

 これも壁ドンの一種であろうか。どっかの月の女神が見た日には、ダーリン、アレやってアレー! と喚くこと請け合いである。

 

 

「で? どうした?」

 

「昼間の一件を謝罪に来ただけよ。それじゃあ、あとはカーミラとよろしくやってちょうだい」

 

「別に、謝罪なんていらないんだけどな。ああなるのは、ある程度予想はしていた」

 

「アンタねぇ、人の事を何だと……」

 

「いや、聖女様だけど? 熱くなると、周りが見えなくなって割と暴走しがちな」

 

「…………ぐっ」

 

 

 虎太郎の言葉に、マルタの表情が歪む。

 彼の言葉は、彼女が常々反省しなければ、と思いながらもなかなか改善には至らない自身の性質であった。

 

 

「はぁ……いいわよ、もう。私は戻るわ。アンタが問題なく平常運転してるの確認したし」

 

「え? 本当に戻るの?」

 

「この状況で、他にどうしろってのよ、アンタはぁ……!」

 

「どうしろって、そりゃぁ……」

 

 

 握り拳を震わせるマルタ。

 彼女は、堪えるのよマルタ、鎮まりなさい私の拳、と必死で言い聞かせているが、虎太郎は何処吹く風。

 それどころか、自分の股間に視線を落とす。マルタもそれに釣られた。

 

 二人が目にしたものは同じだが、反応はそれぞれ。

 虎太郎は困ったように笑い、マルタは片手で顔を覆って溜め息を吐く。

 

 

「あー、死にかけたから、色々と抑えがなー。困ったなー。このままじゃ、カーミラ壊れちゃうかもなー」

 

「アンタって、本当に最低よね……!」

 

「そりゃなぁ。オレはマトモなつもりもないし、最高なつもりないですし。でもまあ、今、マルタを抱きたいのは本気も本気だぞ?」

 

「……………………ぅ」

 

「責任、とってくれるかなぁ?」

 

「いいともー……な、訳ないけどね! ええ、いいわよ! やってやるわよ! 責任、取ってやろうじゃない!」

 

「――――シャっ!」

 

「こういう時ばっかり、本気で喜んで……はぁ」

 

 

 マルタの胸中に浮かんでくるのは呆ればかり。

 本当に馬鹿だ馬鹿だと思っているが、そういう馬鹿な所が可愛いと感じてしまう自分に一番呆れていた。

 

 

「じゃあ、まずは風呂に入ろうか」

 

「ちょ、ちょっと! カーミラはどうするつもりよ!」

 

「いや、暫らくは放置。アイツ、ああされるのも好きみたいだから」

 

 

 虎太郎はマルタの腰に手を回し、ぐいぐいとシャワールームに連れて行こうとする。

 マルタは放置されたカーミラを思い、僅かに抵抗を見せるものの、先程重傷を負わせた身として本気で抵抗することは躊躇われた。

 

 

(ごめん、カーミラ! この馬鹿には、後でキチンと責任取らせるから!)

 

 

 虎太郎に連れられて行くマルタは、心の中でカーミラに両手を合わせて謝ることしか出来なかった。

 

 





ほい、というわけで、マルタさんハジけて御館様物理的にハジける&カーミラさん拘束器具放置プレイ&流されちゃうマルタさん、でした。

因みに、マルタとカーミラは仲が悪そうに思われますが、御館様のカルデアでは別。
理由としては、カーミラが自分は救われないと理解した上で、少しづつ償おうとしているから。
マルタはタラスクの件を見ると、彼の教えと信仰だけを重要視しているわけではなく、その場その場、その時々で教えやルールを破る必要性もあることを理解してる感じがありますしね。

なので、エロにも流されやすくなってるんやで(にっこり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『水辺の聖女様の憂鬱…………これの何処に憂鬱があるんですかねぇ(困惑』

バレンタインデーイベじゃぁあああっっ!!
以前のイベントはFGOやってなかったから、今回は全力じゃぁあああぁっっ!!
それから女性陣ばっかじゃなくて、ホモチョコもイクぞ、オラァァァン!!
何か女性陣よりも、男共の方がくっそ重いお返しが多いのは、気のせいですかぁぁ!?

そして、1.5章も近日公開! あのダンディズムな叔父様は誰!? ボブもちゃんとでるのぉ!?


さて、それは兎も角としてサマーバケーションじゃ。
うーん、いつ終わるんですかねぇ……。それはそれとしてエロじゃエロじゃぁ!!


 

『聖女様の憂鬱 そのに!』

 

 

 

 

 

「はぁ~~~~~、気持ちいいんじゃァ~~~っ」

 

「んっ……、くっ……だ、だからぁ! ちょっとは我慢とかできない訳ぇ!?」

 

「無理だ。今日のオレは猿だから。マルタとカーミラが魅力的過ぎるのが悪い」

 

「そ、そうやって誤魔化そうったって、そうはいか――――んひぃっ! きゅ、急に水着の中に手を! 無言でお尻を揉むなぁ!」

 

 

 バスルームまでの道中、虎太郎はマルタの腰に回していた手を尻へと伸ばし、撫でまわしていた。

 無遠慮かつムードもへったくれもない手付きに、マルタは苛立ちながらも払いのけることはしない。

 どうやら、昼間の出来事は本気で反省しているらしく、傷付けることに繋がりかねない行為は一切しないつもりのようだ。

 

 それを良い事に、虎太郎の遠慮の無さは増していく。

 肉付きが良くも型崩れしていない完璧な尻を隠しながら、なおも強調するように押し上げる水着。

 その隙間にするりと手を差し込み、尻を揉みしだく。

 

 天性の肉体、とはよく言ったもの。

 尻肉は強めに揉んでも指の力を押し返し、それでいて肌は手に吸い付いてくるかのよう。

 さしもの虎太郎も、だらしなく顔が緩むのを止められない様子であった。

 

 

「ふぅんっ……あっ、……ひぃっ……くぅぅっ……ちょ、ちょっとはムードとか、ないわけぇ……!」

 

「うーん。まあ、できないこともないが……いいのかぁ?」

 

「きゃっ……ちょ、ちょっとぉ……」

 

 

 マルタの不満そうな様子に、虎太郎は苦笑しながらも水着の隙間から手を引き抜いた。

 そのまま向かい合う形で、腰に手を回す。彼女は為されるがままだ。

 

 抗議の声を上げようとするマルタの頬に、虎太郎は手を伸ばす。

 その優し過ぎる感触に、ピクと身体が反応を示す。

 性感帯でもない頬を撫でられ、指で口をなぞられただけで、マルタは思考が蕩けていくのを感じた。

 

 虎太郎はマルタの頬が紅潮し、瞳が潤んでいくのを確認すると、今度は身体を抱き締める。

 華奢ではなく引き締まった身体ではあるものの、身長差故に虎太郎の両腕の中へとスッポリと収まってしまう。

 

 これから男女の営みを行うと否応なしにマルタの身体が理解する。

 芯から熱くなっていく身体。じゅんと潤み始めた秘所に、蕩けていた思考は恥じらいの炎で炙られる。

 

 くい、とマルタの顎を持ち上げ、そのまま口付けを交わそうとして顔を寄せる。

 

 

「わーーーーーーっ、ちょっと、ちょっとタンマ。や、やっぱ、こういうのムリだから!」

 

「むぐぐ――――ほら、やっぱりダメじゃないか」

 

「しょ、しょうがないでしょぉ?! こう、なんか、色々キュンキュンきてるけど、顔から火が出るくらい恥ずかしいんだから……!!」

 

 

 いよいよという時になって、マルタは虎太郎の顔面を片手で掴んで無理矢理押し退けた。

 

 如何に女性らしい身体つきと言えど、彼女の筋力ランクはB+。

 その気になれば、虎太郎など素手で引き裂けるレベルなのではあるが、突き飛ばすことすらしない辺り、昼間の一件はかなり尾を引いているようだ。

 

 

「だから言ったのに。そんなに恥ずかしいなら突きとばせばいいじゃないか」

 

「で、出来るわけないでしょぉ!? ――――って、あ゛っ!」

 

「どうした……?」

 

 

 突如として、雷にでも打たれたかのように大口を開けて、声を漏らすマルタ。言っては何だが、とても聖女と呼ばれる女性が見せてはならない表情である。

 その後、その表情のままダラダラと汗をかくマルタに、虎太郎は怪訝な表情をせざるを得なかった。

 

 

「あー、あー、その、だから、ね…………え、えっと、昼間は悪かった、わよ」

 

「…………はぁ?」

 

「だーかーらー! 悪かったっつってんの! さっきから流されっぱなしでちゃんと謝ってなかったでしょうが!」

 

「いや、別にそんなもん――――」

 

「治ったからって良いわけないでしょうが! ケジメはケジメ! 私だって、やりすぎたとは、思ってるんだから……」

 

 

 自分の言葉に、昼間の一件を思い出してマルタの表情は沈んでいく。

 そういう性分だとは自覚していたが、だからといってアレはやりすぎてしまった。

 ましてや、相手は邪悪かつド外道な虎太郎とは言え、あの時あの瞬間に関して言えば、何も非はない。

 腹立ちまぎれに他人を殴ったことはある。過去のタラスクの件もその内の一つ。

 ただ、その怒りが、自分自身の負けず嫌い故だと理解しているから、消沈していくのである。

 

 マルタの行いは兎も角として、虎太郎はしおらしくなったマルタの表情も仕草も愛らしくて仕方がない。この真っ直ぐさが、この優しさが、虎太郎の頷く彼女の好きなところだった。

 一度、冗談抜きに死にかけたお陰か、虎太郎自身が自覚できるほどに我慢が利かなかった。

 

 無理矢理にマルタの唇を奪い、驚きに目を見開いた隙に舌を口内に差し込んだ。

 

 

「んむっ!? んーっ、んんーっ、んっ………………ん、ちゅ……ン、むっ……ちゅろ……ちゅ、ちゅ……んむ……ンンっ……ちゅぅ、ちゅちゅ……じゅる、りゅ……♡」

 

 

 抵抗も虚しく、マルタの両の瞳はとろんと蕩けていく。

 唇裏、頬裏、歯茎、口蓋、舌裏。口内に存在するあらゆる性感帯を刺激されては、如何に鋼の信仰心を持つマルタでも敵わない。

 遂には、自分から舌を絡め、くちゅくちゅと頭に直接響く互いの唾液を撹拌する音すら楽しんでいた。

 

 マルタが最も気に入ったのは、舌の腹同士を擦り合わせることだった。

 互いのザラザラとした舌を感じる度に、マルタの腰は跳ね、膝は笑う。

 

 そうこうしている内に、虎太郎はマルタの下の水着に手を掛けた。

 マルタはキスに夢中で気付いていなかったが、くねる腰の動きに合わせて、下へ下へとずり下ろしておく。

 本当に器用なものであったが、マルタの身体が勝手に水着を剥ぎ取られるのを支援していたのもあった。

 それほどまでに、彼女の身体は虎太郎の手によって淫らに、都合よく、愛されていた。

 

 

「くちゅ……ン、ちゅ……じゅる……りゅ、んっ……こく、ごく……ふぅむ、ンふぅ……ちゅ……じゅるる……んんーっ」

 

「……ん」

 

「じゅちゅぅぅううぅぅ~~~~っ、ぽん♡」

 

 

 激しさを増す舌の動きに、虎太郎は一旦インターバルを置こうとしたものの、マルタは無意識の内に相手を求めていた。

 可能な限り激しく。それこそ、虎太郎の舌を引き抜かんばかりの勢いで吸い付いたが、健闘虚しく引き抜かれてしまう。

 

 舌と舌を繋ぐ銀の橋は、口外へと出たマルタの舌の動きにぷつりと途切れた。

 

 

「んぇぅ、ん~~~っ………………はっ、はぅっ……あ、あんまり、見ないでよっ」

 

「見るだろ。マルタのキスをおねだりする顔なんて、そうそう見れるもんじゃないし」

 

「~~~~~~っ、このっ――――――きゃっ?!」

 

「駄目だ、もう我慢出来ん」

 

「――――ひぅっ」

 

 

 虎太郎は切羽詰まった表情で、マルタの両脚を掴んで洗面台へと座らせた。

 そこでようやく、自分の水着が下だけ剥ぎ取られてしまったことに気付いたマルタであったが、そんなものは目にしたものの所為で吹き飛んだ。

 

 彼女が目にしたのは、猛り狂った虎太郎の剛直だ。

 何度も見てきた男性器。時には膣を泣くほどに嬲られ、時には口に咥えこんで奉仕した見慣れたはずのモノ。

 だが、種を残そうとする雄の本能なのか。全く同じはずのそれは、マルタが小さく悲鳴を上げるほどに凶悪だった。

 

 防衛本能なのか、意識せずに両脚を閉じようとしたが、虎太郎の身体が滑り込まされ、それすらも許されない。

 

 

「ちょ、ちょっと、落ち着いて……ね?」

 

「ゴメン。本当に我慢できないんだ」

 

「で、でも、前戯もなしで、アンタのおっきいなのなんて……」

 

「多分、大丈夫、だから」

 

「ひ、ひぃ――――――んんっ、んひぃいいぃぃいいぃぃぃぃいっっ♡」

 

 

 両手の親指で、大量の愛液の滴る女性器を割り開く。零れた蜜はアナルにまで零れている。

 マルタが恐れたように前戯など必要はなさそうだ。開いた秘所はひくひくと蠢いて、虎太郎を誘っている。

 

 マルタの卑猥な光景に、虎太郎はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 一握りの冷静さを保ちながらも、野獣の如き有り様にマルタは悲鳴を漏らす。

 

 次の瞬間、彼女の口から迸ったのは苦悶ではなく、随喜の遠吠えであった。

 

 膣口から子宮口までを一息に。いきなり奥まで。

 前戯など皆無にも拘わらず、マルタの秘裂は一切の苦痛なく、どうしようもない快楽を生じさせる。

 自分でも呆れるほど淫らに、自分でも泣きたくなるほど思い通りにならない身体に恥じらいを覚えたものの、それも一瞬のこと。

 

 

「か、はっ……んひっ、ひっ……あっひゃっ……あひっ……くあぁっん、んくうぅうぅっ♡」

 

「く――、あ――――」

 

「い、いきなり、出すなぁっ……! っ、ふぅんんっ、こ、こんなに、びゅくびゅくぅっ……♡」

 

「出ては、いない。ただの、我慢汁っ、だっ」

 

「う、嘘ぉ……っ♡」

 

 

 子宮口を抉じ開け、痙攣する怒張。子宮に感じる熱い粘液にマルタは射精を疑った。

 事実として、勢いは射精のそれと変わらない。

 だが、マルタも虎太郎の言葉が嘘ではないとすぐに理解できた。何度となく子宮で射精を受け止めてきたのだ。間違えようもない。

 

 

「マルタ、痛く、ないか?」

 

「い、痛くはないけどっ、ひんっ、アンタのチンポ、びくっ、びくって、して……♡」

 

「気持ち、いいんだな?」

 

「そ、そりゃ、そうだけどっ……ん、ふっ、私の口から、言わせるなぁ……!」

 

「いや、何時もと違って勢い任せだからな。お前を苦しくさせちゃ、意味がない。互いに気持ちよくなきゃな」

 

「バ、馬鹿っ、今、そんなこと言うなぁ……♡」

 

 

 堪えようのないはずの獣欲を辛うじて抑え、ただ自分を気遣っている。

 本当に救いようもなければ、救う価値もないにも拘わらず、抱いている時はこの優しさ。

 自分にも他人にも厳しいマルタであってすら、そんな優しさを見せられては、相手の全てを受け入れたくなってしまう。

 

 虎太郎の言葉に、マルタの蜜壺からは更に濃い白濁した愛液が掻き出されるまでもなく糸を引いて、床の上へと垂れていく。

 

 

「動いても、大丈夫だな?」

 

「き、聞かなくても、分かってる、でしょ? ……ん、くっ、ひぅっ、いいから……はぅっ……好きに動いちゃい、なさい♡」

 

「マルタ……っ」

 

「ひゃぅうんっ、は、激しっ♡ は、はひぃいっ、んふぅっ、ひうっ、あっあっ、ああぁ゛あぁあ゛ぁあぁっっ」

 

 

 天井を仰ぎ、口から突き出した舌をピンと伸ばし、口の端から涎を流す。

 

 腰と腰からリズミカルに響く打擲音。

 虎太郎の腰が前後する度に、マルタの腰は迎え腰で妖しくくねる。

 

 マルタの膣は痛いほどに虎太郎の怒張を締め付ける。

 後ろに下がれば膣全体が締めつけ、カリ首を襞で刺激する。

 前に進めば、締まった膣と襞を掻き分ける法悦が亀頭を包み込んだ。

 

 前に後ろに。後ろに前に。

 激しい抽送が繰り返される度、掻き出された愛液がボタボタと零れていく。最早、床どころか洗面台にも愛液溜まりが広がっていた。

 

 

「あおぉ、おほぉおおぉおぉっ♡ おっ、おぉんっ♡ はひっ、ひあぁあ、あっ、あっ、おひぃっ、おぉ、んっほぉぉおおぉっ♡」

 

「凄い、声、だなぉ……!」

 

「だ、誰のっ、ふおぉ、せい、よぉっ♡ こ、こんにゃ、はひぃぃっ♡ はげ、しく、されたらぁ、へんな、こえ、でちゃ、うぅううぅううんんっ♡」

 

「そんなもん聞かされたら、こっちだって、なぁ?」

 

「ま、また激しくっ! は、はひぃいいぃんっ、おぐぅっ、お、ほっ、んんんっ、ふひぃ、ふひぃぃいいぃいんっ♡」

 

 

 怒張が膣を一度抜き挿しされるだけで、軽い絶頂が数度襲い来る。

 みっちりと膣を隙間なく広げる剛直が子宮口を突き、Gスポットを擦り上げる度に深い絶頂に襲われる。

 絶え間ない絶頂の波に、マルタは獣のような声を上げるが、それすらも忘我の彼方。

 

 今の彼女の頭にあるのは一つだけ。

 

 

(こ、虎太郎のチンポ、もうパンパン♡ おっきくなって、亀頭も張り詰めて、苦しそうっ♡)

 

「イクイク、イってるぅっ♡ こ、虎太郎、虎太郎っ♡ い、いちゅでも、ふぐぐっ、イッて、いいから、ねっ♡」

 

「…………っ」

 

「あはぁっ♡ またびゅくって、我慢汁ぅっ♡ イッく、我慢汁でイっちゃうぅううぅぅう♡」

 

 

 理性と獣欲の間で揺れる男の逸物のことだけだった。

 

 マルタの情欲と慈愛の混じり合った、だからこそ女そのものの言葉に、虎太郎の興奮が煽られる。

 一際大きく怒張が痙攣し、熱い我慢汁が子宮に直接放たれた。その瞬間、マルタの股間からは同じく熱い牝潮が噴き出す。

 

 我慢汁が出る度、マルタの腰は跳ね、アクメと潮吹きを繰り返す。

 全身が汗に濡れ、激しい抽送にマルタの水着がずれ、豊満な乳房が露わになる。

 

 乳房の頂にある桜色の突起は乳輪から勃起している。マルタ自身ですら見たことのない有り様だ。

 

 

「い、いやぁあっ、んひぅっ、触っても、ないのにぃ、あひぃっ、こんなに、なってるぅっ」

 

「本当、だな。こんなの見せられたら、はむっ」

 

「んんんんっ♡ わ、私の乳首、食べ、にゃぁああっ、く、クリも一緒にぃいいぃいぃいぃっ♡」

 

 

 抽送の度に揺れる胸を虎太郎は捉え、乳首を口に含み吸い付くだけではなく、痛みを感じさせないように歯で甘噛みする。

 それだけではない。手を出していないにも拘わらず、ひとりでに包皮から顔を現し、ツンと勃起した淫核を親指で押し潰す。

 

 マルタは予期せぬ三点責めに、応えるように指を丸めた両脚をピンと伸ばす。

 だが、何の意味もない。絶頂は収まることを知らず、次第に深く深くなっていく。

 

 最早、呼吸すら忘れ、嬌声を上げることしかできなかった。

 

 

「もうっ、射精()るぞっ」

 

「ふぉ、おっ♡ い、いいわよっ♡ 射精して、ふぎぃんっ♡ 私の中に、いっぱい、出しちゃいなさぁいっ♡」

 

「く、……あぁっ」

 

「無理むりムリぃ、私のおまんこ、アクメしっぱなしっ、虎太郎のチンポに勝てないっ♡ イって、いッてぇ、イッてぇええぇっっ♡」

 

 

 いよいよ限界を迎えた虎太郎は緩んだ子宮口を貫き、子宮にまで亀頭を押し込み、箍を外す。

 マルタも開いていた両脚を震わせながらも、腰に巻き付け、ぎゅっと押さえて離さない。

 

 そして、互いの我慢の糸が切れるように、絶頂は訪れた。

 

 

「……っ」

 

「ふおっ、おぉっ♡ で、でたでたでたぁっ♡ おっひいいぃいいぃんっ♡」

 

「熱いの、びゅーびゅー、でてるぅっ♡ あっあっ、イク、イッてるのに、またイックぅぅうぅうぅううううぅぅぅっっ♡」

 

「あ、へあぁああぁぁぁあっっ♡ はああぁっ、アクメ、止まらないっ、虎太郎のザーメンでイキっぱなしっ♡」

 

「おほっ、ほおぉっ、んぐふっ、イクっ、イクイクイクっ、んおおっ、ひぐっ、ひぐぅううぅううぅぅうぅぅっっ♡」

 

 

 射精に合わせるように、マルタの身体が痙攣する。

 天井にまで跳ね上がってしまいそうな自分にか、あるいは途方もなく大きいアクメに正気を保つためか、マルタは両手両足で虎太郎の身体に抱き着いて離れない。

 

 

「ひぃっ♡ ひぃぃっ♡ ひいいぃいぃっ♡ あっ、へぇぁああぁぁあぁっ♡」

 

 

 噴きっぱなしだった潮が一際大きく噴き出し、二人の顔を濡らす。

 それが最後の精液を吐き出した合図であったのか、虎太郎はずるりと膣から怒張を引き抜いた。

 

 収まりきらなかった精液は床へと垂れ落ち、更に大量の精液がボタボタと糸を引いて漏れ出している。

 絶頂の余韻に浸るマルタは、ずるりと洗面台から滑り、愛液と精液の混合液の上に落ちてしまった。

 

 涙と鼻水、涎。顔から流せる液体を全て流した娼婦でも見せない、男に屈服した女の表情。

 その表情に、込み上げてくるものがあった虎太郎だが、今はマルタの方が心配だった。

 

 加減はしていたが、それでも今のマルタが耐えられるギリギリのラインだった。

 これから抱く度に、そのラインは徐々に上がっていくのだが、それを超えてしまえば壊れかねない。

 

 

「マルタ、すまん。少し、やりすぎだった」

 

「はぁ……はふぅ……ひうっ……ふ……ふぅ……」

 

(こた、ろ……? あ、すごぉ……まだ、こんなに……綺麗に、してあげなくちゃ)

 

「くぉっ……?!」

 

 

 脱衣所の床にへたり込んだマルタは、未だ萎えない剛直を目にすると、舌を出しながら開いた口で飲み込んだ。

 自分を弄び、蹂躙した怒張を嬉しげに口にするなぞ、普段のマルタなら決して見せない姿である。

 だが、激しい絶頂の余韻と白痴となった思考は、今まで仕込まれた女としての作法を優先してしまった。

 

 

「んぶっ……じゅる……れろ、れる……じゅじゅじゅっ……じゅぅううぅぅっ♡」

 

(まだ、こんなに硬いの……それに味もすっごい。私と虎太郎のでねとねとになって、いやらしい味、しちゃってるぅ♡)

 

「おい、くっ、無理するなよ」

 

「ちゅぶぶっ、じゅぞ、んじゅううぅっ、ぢゅうぅぅっ♡」

 

(無理、してないわよぉ♡ こんな、美味しいの、堪らなく、なっちゃうっ♡ それに、そんなに気持ちいいって顔されたら、止められるわけ、ないじゃない♡)

 

 

 上目遣いで虎太郎の表情を確認しながら、竿にこびり付いた精液と己の本気汁を舐め落としていく。

 じゅぽじゅぽと音を立てて顔を振りながらも、尿道に残った精液を吸い出し、舌が口内で蠢いている。

 

 たったそれだけで、今し方射精したばかりだというのに、虎太郎の射精感は高まってしまう。

 

 

「ちゅぷぷ、れる、んぷ、んぶっ、ちゅううぅ、ぢゅうぅ、ンぶぶっ、じゅぢゅんぅううぅぅっんっ♡」

 

「うっ、少し射精すぞ」

 

「んんんんんっっ♡ んぐ、ごくっ、ごくっ♡」

 

 

 虎太郎にしては少なめな。常人にしてみれば大量の精液をマルタは苦もなく飲み下していく。

 食道を熱い粘液が通る度に、マルタは腰をびくつかせながらも、逸物に吸い付いて離さない。

 だが、それがいけなかったようだ。ビクビクとした腰の跳ね上げは激しくなり、遂には決壊する。

 

 

「じゅうぅううぅううぅぅうぅうぅ、ぽんっ♡ はっへぁっ、れ、れちゃったぁ、嬉ション、れちゃったじゃないのよぉ……♡」

 

 

 音を立てて口から剛直を引き抜いたマルタはへたり込んだまま、股間から黄金水を垂れ流してしまっていた。

 アンモニア臭の漂う液体を床に広げる情けない失禁姿を見せながらも、マルタは大きく口を開いて、口内に残しておいた精液を虎太郎に見せつける。この行為も、虎太郎が覚えさせたものだ。 

 

 くちゅくちゅと舌を動かし、己の唾液と精液を撹拌して、たっぷりと舌で味わった後にゴクリと飲み込む。

 冷静になった後、マルタが頭を抱えて蹲る行為であるが、今の彼女には関係なく、同時に虎太郎が男性器を跳ね上げさせるには十分過ぎる痴態である。

 

 

「あはっ、いいわよ♡ 今日は、怪我、させちゃったから、アンタに付き合って、あげる♡」

 

「そういうのいいから。別に要らんが、ちゃんと謝って貰ったしな。それはそれとして、今度は優しくして、マルタを蕩けさせてやりたいんだが、いいか?」

 

「うっ……うん、して、いっぱい、優しくイカせて♡」

 

「じゃあ、決まりだな。まずは身体を洗うか」

 

「きゃうぅんっ♡ も、もう、そうやって、バカっ♡」

 

 

 その言葉に、虎太郎はマルタをお姫様抱っこで抱え上げると浴室へと向かっていく。

 言葉は非難していたものの、マルタの声色は蕩け切っており、何処までも甘い響きが含まれている。

 

 暫らくして、浴室からはシャワーの音が響いたが、すぐに女の蕩けた甘い嬌声が混じるのに、そう時間はかからなかった。

 

 




はい、というわけで、御館様も割りと獣になる&でも、相手の限界は把握して手加減してる&マルタさん、一回事が始まると案外ノリノリ。

まあ、情が深い女性だからね。慈愛の塊だからね。
御館様の憶えさせたエロ技も、わりとノリノリでやってくれます。でも、後で自己嫌悪で頭隠して尻隠さず状態に。
でも、御館様のフォローが入るので、次でもちゃんと付き合ってくれるんやで? うーん、このスパイラル、まさにドツボ(外道並み感


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『常夜の女主人は愛されたい』

ふーっ、何とか週一投稿に成功。

そして、始まりましたねぇ、FGO1.5部。
取り敢えず、クリアしてみましたが、結構シナリオも良かったのではなかろうか。自分的には6部、7部ほどではないでしたが。

あとはガチャですな。男臭いが、引きたい。しかし、あのキービジュアルのムチムチプリンな褐色美女も気になるぜ……!

ではでは、1.5部とは全く関係ないサマーバケーションカーミラ編、どぞー!


 

『常夜の女主人の歓喜』

 

 

 

 

 

「ん……ひっ……は……あ……へぁ…………♡」

 

 

 シャワールームで子宮に三度もたっぷりと精液を注がれたマルタは、その時点で気を失った。

 その間に、彼女は大小合わせ千を超える絶頂を迎えていたのだから当然だろう。

 たったの数時間でそれだけの快楽を味わえば、身体も心も無事では済まない。鋼の信仰心と天性の肉体を持つ彼女だからこそ失神だけで済んだと言えよう。

 

 意識を失った状態でも、膣から零れる精液の動きだけで絶頂しているのか、虎太郎に両脚と背中に腕を回して抱えられた状態で、ピクっ、ピクンと全身を痙攣させている。

 瞳からは意思の光が失われたが、表情そのものは幸せそうに蕩けさせ、女の幸せを噛み締めているかのよう。

 

 虎太郎はマルタをベッドに優しく寝かせるが、完全に全身から力の抜け落ちた両脚はだらしなく開かれ、精液の漏れ出ている膣が見えてしまっていた。

 

 その姿にそそり立っていた逸物は更に肥大化する。屈服した雌の姿など、雄の性欲を煽るだけだ。

 しかし、剛直を挿入する真似はせず、マルタのだらしなく緩んだ唇に顔を近づけ、そのまま舌を差し込んだ。

 

 

「んんむっ……じゅる……れむ……れろ、れりゅ……んむ、う……うぅうぅうう……♡」

 

 

 口腔愛撫の度に、マルタは意識のないままに腰を跳ね上げ、ぷしっ、ぷしゅっ、と音を立てて潮を噴いていた。

 それほどまでに感度が高まっている証左であるが、それ以上に、虎太郎の手によって開発されきった証でもある。

 舌の動きが激しくなるにつれ、マルタの跳ねていた腰は遂には持ち上がり、ブリッジのような体勢へと移行していった。

 

 

「んむむっ、じゅむ、じゅるる、じゅむ、ふむっ、ちゅ、じゅ、んんんん~~~~~~っ♡」

 

 

 虎太郎が舌を甘噛みした瞬間、尿道は震え、膀胱に残っていた僅かな黄金水を勢いなく垂れ流した。

 爪先で持ち上げた腰を支えていたが、膝がガクガクと震え始めると、ストンとベッドの上に落ちる。 

 

 その姿に、虎太郎は満足げに目を細めて薄らと笑みを浮かべた。

 この男にとって、自らモノにした女の痴態は、これ以上ない楽しみなのだろう。

 

 しかし、これ以上マルタでばかり楽しんでもいられない。

 楽しみはもう一つあり、何よりも、楽しみの対象は自身を待ち侘びているのだから。

 

 

「んむぅっ、ふぐぐぅ~、ふむ、んぶっ、んんんんんんっーーーーー♡」

 

 

 両腕を頭の後ろで拘束され、両脚をM字に開かされた状態でソファに縛り付けられたカーミラ。

 秘所、乳房、臍、脇の下。女なら見られれば恥じらいを感じずにはいられない部分を全て晒されている。

 口のボールギャグ、乳首と淫核を噛むクリップとローター、秘所に突き立てられたバイブ、尻穴に差し込まれたアナルパール。

 

 余りにも惨めな性玩具責めの姿。

 虎太郎との出会いによって鳴りを潜めたとはいえ、あらゆる虚栄を纏ってきた彼女には、とても耐えられない。

 けれど、それが堪らなく心地が良くもあった。被虐から生まれる屈辱が、堪らない快楽となって彼女を襲う。

 

 カーミラは自らの行い、数えきれない無残と残酷によって有罪判決を受けた。

 本来であれば、当然のように絞首刑――になる筈であったが、バートリー家の高貴な血筋によって、死刑を免れ、生涯幽閉の身となった。なって、しまった。

 親族、貴族は自らの罪悪感を覆い隠すように、石で覆われたチェイテ城に彼女を幽閉した。

 幽閉は、彼女の重ねた罪とは決して釣り合わない、余りにも短い僅か3年という期間。けれど、決して人に対する行いでも、殺人者に対する行いでもない。

 

 彼女の末期は衰弱死。

 その罪を正しい形で裁かれることなく、処刑人の手によって魂と罪が分かたれることもなく――――彼女の末路は、そうして人類史に刻まれた。

 

 彼女がまともになればなるほど。自らの所業を真の意味で理解するほど。その事実は彼女に重く圧し掛かる。

 せめて、法に殉じて裁かれていたのならば、死後までも罪に縛られることはなかっただろう。

 

 だからこそ、惨めな在り様が心地良い。

 自身がぞんざいに扱われれば扱われるほど、許されている気分になるからだ。

 

 度し難い勘違いであるのだが、カーミラも分かった上で望むのなら、虎太郎から何か言うべきことはない。

 カーミラを満たした上で、自分自身も満たされるだけだった。

 

 

「んぇぁ、こ、虎太郎っ、お、お願い、もう我慢できないのぉっ!」

 

 

 ボールギャグを外すと、ねばついた唾液が伸びた。

 外された瞬間に、既に虎太郎の気配に気付いていたカーミラは心からの懇願を口にした。

 

 

「んん―――……あはぁっ♡」

 

 

 続き、視覚と聴覚を塞いでいた大きなアイマスクを外す。

 涙と鼻水、涎で汚れた顔のまま、カーミラの悦びに更なる涙を浮かべる。

 ようやく、この切なくもどかしい煩悶から解放されるからであり、目の前に差し出されたモノのためでもあった。

 

 

「は、あぁ……や、やっぱり、す、ごぉいっ♡ すん、すんすん、はぁぁぁぁっ、あ、頭おかしくなるぅっ♡」

 

 

 精液に塗れ、隆々と天に向かってそそり立つ怒張に顔を寄せ、鼻を鳴らして匂いを楽しむ。

 鼻腔から脳天を突き抜ける雄の芳香に、クリップで挟まれ、ローターで刺激されて限界まで勃起したと思われた乳首と陰核は更に大きく隆起してしまう。

 それだけに留まらず、バイブを銜え込んだ恥部は白濁の汁を漏らし、何度となく潮を噴いて歓喜を表現していた。

 

 しかし、歓喜は其処までだった。

 

 どんなに絶頂へ至れず、屈服した雄への媚びに満たされていようとも、おかしいところになどすぐに気付くものだ。

 ましてや、それが自分の求めていたものならば尚の事。

 

 どうして虎太郎のそれは精液で塗れているのか。

 自分を放置しておいて、自分は一人で自慰にでも耽ったのか。

 そんなことは、この男に限ってはありえない。そういうプレイも好むところであろうが、どうせ出すのなら女の(なか)で、と考える男である。

 

 ならば、考えられ得る可能性は一つ。

 

 カーミラはようやくベッドに視線を飛ばし、その上で情けない姿で失神したマルタを見ると虎太郎を睨みつけた。

 その視線に込められたのは、本気の怒りであったが、普段よりも遥かに力がない。

 

 

「こ、虎太郎、貴方……っ」

 

「ああ、悪い。お前を苛めてる最中に、マルタが来てな。まあ、先に楽しんじまったよ」

 

「ひ、酷い、わよぉ……私を、放って、おいてぇ……」

 

「ああ、悪かったとは思っているよ。だが、そんなことより――――ほら、早く綺麗にしろ」

 

 

 虎太郎は怖れることなく、カーミラの頭を掴み、剛直を頬に押し付ける。

 カーミラは涙目で恨みがましく虎太郎を見上げたが、何の動揺もみせず、見下ろすだけ。

 

 虎太郎を罵りたくなるほどの()()を抱えながらも、不満げに口を開き、飲み込んでいく。

 

 

「ん、じゅっ……んむっ、んもっ……ちゅる、……ふんっ、むむっ、じゅ、じゅじゅ、じゅるる、りゅうぅううぅっ♡」

 

 

 けれど、すぐに全てが蕩けていく。

 舌で感じる男と女の混合液と新たに溢れてくる先走りに、口から上ってくる雄の匂いに。

 

 キッ、と吊り上がっていた目は、すぐに垂れ下がって恭順を示す。

 差し込まれた男性器を噛み切ろうという誘惑に駆られた口は、すぐに唇と舌を使って汚れた性器を綺麗にしていく。

 

 最早、言い訳しようのない浅ましいメスの顔を見せながら、カーミラは口奉仕に熱中した。

 口の端から涎が零れるのも気にせず、鼻を膨らませ、唇を窄めて端正な顔が崩れるのも気にせずに、虎太郎の精液と自分のものではない愛液を舐め落とした。

 

 

「んんっ、んぐっ、んぐっ、こくん……じゅるるぅうぅ~~~~っ、ぽんっ♡ ……んへぇぇええぇぇっ♡」

 

 

 こびり付いた精液と愛液を飲み込み、唇を伸ばしながら怒張を引き抜いた口を大きく開いて舌を伸ばし、ちゃんと綺麗にして、全て飲み込んだと報告した。

 

 虎太郎は満足げに何度も頷くと、彼女の頭に手を伸ばし、撫でてやる。

 

 余りにも馬鹿馬鹿しい恭順の示し方。

 カーミラは頭の何処かでそう感じながらも、頭を撫でられる手の感触から生じる多幸感に逆らえず、羞恥と幸福と自虐の入り混じった表情で涙を溜めて、唇を歪めた。

 

 

「カーミラはいい子だなぁ。どれ、そういういい子にはご褒美をやらないとな」

 

「な、ならっ! 私のここ、貴方ので、掻き回してっ! も、もう、我慢できないのぉっ!」

 

「――――ふふ」

 

「ひ、ひぃいぃいいぃぃいいぃいっ♡」

 

 

 間違いのない懇願であったが、虎太郎はその全てを無視した。

 カーミラは一瞬、自分は何かを間違えたのか、と焦ったものの、乳頭に生じた痛みと快感に、悲鳴染みた嬌声を上げる。

 

 虎太郎はカーミラの乳首を挟むクリップを掴み、ゆっくり、ゆっくりと引っ張っていた。

 じりじりと乳首が焼け焦げていくかのような痛み。豊満でありながらも型崩れのない御椀型の胸は餅のように伸びていく。

 

 

「ひ、ひぎぎぃいぃっ♡ こ、こたろっ、だめ、ダメダメぇっ♡ わ、私のおっぱい、かたち、かわっちゃっあぐぅううっ♡」

 

「その割には、嬉しそうな顔をしてるじゃないか」

 

「ら、らって、らってェっ♡ 痛いのにっ、痛いけどっ、気持ちいいっ♡ あぎっ、ひぐぅぅっ、あっあっあっ、あっひぃいいぃいいいぃんンっ♡」

 

 

 クリップは虎太郎に引っ張られ、ずるずると後退していく。

 拘束されたカーミラはその一部始終を眺めていることしかできない。

 絶え間なく潮を噴き、快楽に膣を締めつけると、途端に振動するバイブで思考が蕩ける。

 

 遂にクリップは虎太郎の力に負け、パチンと音を立てて外れてしまう。

 その瞬間、カーミラはソファの上で身体を反らし、待ち望んだ絶頂を味わった。

 

 

「あっへぇえぇぇぇええぇぇえぇぇえっっ♡」

 

 

 身も世もない絶頂の咆哮。

 女としての自尊心全てを投げ打って、開発されきった身体は歓喜のアクメへと至った。

 

 くるん、と眼球を上に盛り上げて舌を出すアヘ顔を晒す。

 最早、カーミラの頭には傲慢もなければ、自らへの罰という見当違いな考えすらない。

 ただただ、アクメの余韻を楽しみ、その上で虎太郎にどうやって楽しんで貰うか、というメス奴隷の如き思考しか残っていない。

 

 

「は、はひっ……へぁっ……へっひぃっ……はへ……あ……おぉ、んっ……♡」

 

「可愛いなぁ。いや、普段から可愛いがな。こうやって、アヘ顔になったカーミラもとてもいい」

 

「ひっ、ににぃっ♡ お、おっぱい、急にひぃっ♡」

 

 

 今し方、クリップから解放された側の乳房を何の遠慮もなし、オレの物だと言わんばかりに揉みしだく。

 大きな乳房は手に収まらず、指の間からはみ出しているが、ありとあらゆる形に変化を見せながらも、柔らかな反発の感触で楽しませた。

 

 

「しかし、良かったな、カーミラ?」

 

「な、なに、がぁ……♡」

 

「だって、クリップはあと二つあるんだ。最低でも、あと二回はイケるんだぜ?」

 

「へひっ、ま、待って、待っへぇっ♡ い、いま、今、イったばかりだから、そんな、そんなぁ……♡」

 

 

 待て、と口でどう言ったところで、誘っているようなもの。

 事実として誘っているのだ。その証拠にカーミラは涙を溜めながらも、表情は蕩け切って情けない笑みを浮かべている。瞳の中にハートマークが見えそうだ。

 

 虎太郎は呂律も回らないカーミラの形だけの懇願を無視し、次のクリップに手を伸ばした。

 

 

「ひぐぅううぅぅっ♡ ひっ、ひっ、くあぁあぁぁっ♡ ち、乳首、伸び、ひあああぁぁああぁぁぁぁンんんっ♡」

 

「うぐぐっ、うぎぃ、く、クリ、勃起クリっ♡ ち、ちぎれ、うぅうっ、へっひゃぁあああぁぁああぁあぁっっ♡」

 

「んひっ、んひぃいっ、ば、バイブ抜け、抜けて、ひぃんっ、ふひぃいいぃいいいいっ♡」

 

「おぉ、おっ、おっ、おっほぉおおぉっ♡ あ、あなりゅ、ケツマンコ、ぬぽぬぽってぇ♡ おほぉおおおぉっ♡」

 

 

 立て続けの痛みを伴う快楽の放流に、カーミラは為す術がなかった。

 与えられる痛みと快感に抗うことも許されず、絶頂を極める。

 のみならず、バイブとアナルパールを引き抜かれても達してしまった。膣穴と菊門はひくひくと男を誘っているのは明確だった。

 

 男に組み敷かれ、男に屈服し、男の玩具になる被虐の快楽に逆らえず、また逆らう気さえ起きてこない。

 天井を仰いだまま舌を出し、犬のように涎を垂らす。時折見せる不規則な痙攣は、絶頂の深さを物語り、今もまだ絶頂に曝されている証左だ。

 

 

「さて、とぉ……」

 

「ふににぃっ♡ はっ、きゅ、急に優しくぅっ……♡」

 

「これ、好きだろ?」

 

「好き、好き好きっ♡ 苛められたところ、優しく弄られるの好きなのぉっ♡」

 

 

 虎太郎は、カーミラの両の乳首に手を伸ばして、細心の注意と力加減の下に捏ね回す。

 更には、そそり立った剛直を使い、ツンと勃起して包皮を押し退けて顔を出しているクリトリスに押し当て、ずりずりと擦り上げた。

 

 ただでさえ敏感な性急所の上に、痛みを伴う絶頂に押し上げた三点を優しく責められたカーミラは甘い嬌声しか上げられない。

 

 乳首と淫豆を扱かれ、抓まれ、捻られただけで何度となく甘イキしてしまう。

 開発されきった身体は、カーミラの心にまで浸透して、私はこの男の女になってしまった、と自覚せざるを得ない。何せ、何度絶頂しても満足には至らないのだ。

 

 

「……こ、虎太郎ぅ♡」

 

「ん? どうした?」

 

「お願い、何度も何度もイってるのに、おまんこが寂しくて、泣いてるのぉ♡ 虎太郎の、硬くて、大きくて、逞しいちんぽで、びゅうぅってしてぇっ♡」

 

 

 雄に媚びる雌の仕草と言動。

 あのカーミラが、こうまで変わるのか、と彼女の痴態を目にすれば、誰もが思うだろう。

 

 その浅ましい痴態を前にして、虎太郎の逸物は大きく震えて先走りを吐き出した。

 べちゃ、と腹辺りに我慢汁を引っかけられただけで、カーミラはビクビクと身体を震わせて高みに登り詰めたと表現する。

 

 

「じゃあ、前に宣言したよな。オレの女になるって、もう一回言ってくれよ。オレも我慢できなくなりそうだ」

 

「わ、分かった♡ 分かったから、優しく苛めてぇ……♡」

 

 

 ごくり、と大きく咽喉を鳴らして生唾を飲み込み、カーミラは何の躊躇もなく宣言する。

 

 

「こ、虎太郎♡ わ、私を、貴方の女にしてぇ……♡」

 

「いつでも、どこでもぉ、んんっ、虎太郎が望めば、おしゃぶりでも、おまんこでも喜んでするわっ♡」

 

「私も、はしたなくて、ひっ、情けなくて、惨めな、はっ、いやらしいおねだりして、虎太郎を誘うからぁ♡」

 

「おまんこ奴隷でも、メス豚でも、オナホールでも、恋人でも、ふぅうっ、妻にでもなれるから、おふぃっ、私を貴方の女に、してくださぁい♡」

 

 

 屈服と恭順、隷属と愛情。

 ありとあらゆる感情の入り混じった言葉で、カーミラは宣言した。

 口が動く度に、カーミラの意思で膣をひくひくと震わせて、びゅっびゅっと愛液を噴出させながらであった。

 

 これ以上ないほどに堕ちた女の姿に、虎太郎はこれ以上ないほどに悪辣な笑みを浮かべ、クリトリスを弄り続けていた逸物を膣口に宛がった。

 そして、何の言葉もなく、最早、自分の女になった以上は言葉も不要とばかりに、腰を前に押し出した。

 

 

「きたっ、キッタァァァァアァァアっ♡ こ、虎太郎の、極太カリ高長チンポっ、きたぁああぁぁぁあぁああっっ♡」

 

「おいおい、まだ先っぽしか入ってないのに、小便まで漏らすかね?」

 

「しかたない、しかたにゃいのぉ♡ あひ、おへっ、はっ、はひっ、虎太郎のおちんぽ、凄くて、嬉ション、しちゃうのぉおぉおおぉっ♡」

 

 

 まだ、亀頭が膣口を割り開いて挿入されただけだと言うのに、カーミラは尿道から黄金水を勢いよく迸らせる。

 湯気を上げ、アンモニア臭を放つ液体は弧を描いて、虎太郎の身体に当たり、ビタビタと音を立てて流れていくが、二人は気にした様子は見受けられない。

 

 虎太郎はカーミラの悦びを目の当たりにして更に男性器を膨張させ、カーミラは情けないアクメ姿を晒して更なる悦びに耽っていた。

 

 

「カーミラは、こういうのが好きだったな」

 

「おほっ、おぉおンっ、すき、すっきぃン♡ それぇっ、ねちっこくっ、おまんこの襞っ、擦られるの好きぃっ♡」

 

「激しくしないで、ねちっこく、な」

 

「んおおぉっ♡ っほ、ほひぃいぃっ♡ おぐぅぅっ♡ ちんぽ、ちんぽ凄いっ、ひいぃっ、はぐっ、ふんンっ、んふふぅっ」

 

 

 ゆっくりと前に進み、膣に存在する全ての襞を念入りに刺激する。

 開発されきったそこは、Gスポットや子宮口と同等に、全てが弱点と化している。

 それでいて、虎太郎以外の男が挿入しても快楽は得られず、カーミラ自身も苦痛と嫌悪感を感じるばかり。正に、専用の牝穴だ。

 

 

「すっかり、オレの形を覚えたな。それに……」

 

「覚えたっ♡ 覚えちゃったわよぉっ♡ こ、虎太郎のおちんぽの形、おまんこが覚えちゃったのっ♡ そ、それにおまんこで気持ち良くなってもらうのも、覚えたのぉっ♡」

 

「ふふっ、そんなに締め付けてまあ」

 

「んん、んぐっ、うぅうんんんっ♡ おぉっ、おひっ、イク、おまんこでおちんぽ締めると、勝手に、ひっ、気持ち良くなって、いくいくいくぅううぅうぅぅっ♡」

 

 

 虎太郎の性器が膣の内部をあちこち擦り上げると、カーミラは意識的にも無意識的にも、膣を締めあげて応えていた。

 その締め付けに、剛直は震え、先走りを吐き出し、襞に塗りつける。

 

 前に進んでも絶頂し、引き抜かれても絶頂する。

 黄金水を出し切った尿道は、それでも今の快楽では足りないとばかりに潮を噴いて悦びを表現していた。

 

 

「今度は、ポルチオだぞ」

 

「ふ、ひぃいぃっ♡ ポルチオ、ぐりぐりぃっ、ひうっ、すき、これもすきぃ♡ アクメしてるのにっ、またイクっ」

 

「ほらほら、もっとイっていいんだぞ?」

 

「イってるっ、ずっとイってるから♡ ポルチオっ、優しくぐりぐりされて、ずっとイってるからぁっ♡」

 

 

 カーミラのポルチオに下から持ち上げるように亀頭を押し当て、ぐりぐりと撫で回す。

 それだけではなく、時折痙攣させ、我慢汁を吐き出しても刺激していく。

 

 カーミラはその度に腰を震わせて絶え間ない絶頂に曝されるが、それだけでは飽き足らずに、自分から腰を動かして虎太郎に合わせていた。

 

 

「じゃあ、今度は吸い付いて貰おうか」

 

「は、はひぃいぃっ♡ 虎太郎のおちんぽに子宮口でキス、するぅっ♡」

 

「それだけじゃない、こっちでもだ」

 

「はぶっ、んんっ、んねるっ、ねろ、んちゅっ、ちゅ、ちゅちゅ、じゅりゅっ、はふぅっ、はむ、ンむむ、ちゅりゅるっ、べろっ、べりょひゅぅも、ひゅきぃ♡」

 

 

 子宮口は亀頭を押し当てられると、ひとりでにちゅうちゅうと吸い付いた。

 その刺激に気を良くした虎太郎は、吸い付いた子宮口を引き剥がすように腰を引く。

 抜かないでと懇願するように必死で亀頭に吸い付く感覚を楽しみながらも引き剥がし、再び押し付けて吸い付かせるの繰り返し。

 

 子宮口が吸い付く度、亀頭が引き剥がされる度に、カーミラは全身がバラバラになってしまいそうな快楽に、頭が真っ白になっていく。

 

 それだけでは飽き足らず、虎太郎はなおもカーミラを女にしていく。

 口から舌を伸ばし、顔を寄せる。それだけで虎太郎の意図を察したのだろう。カーミラは差し出された舌に己の舌を絡めさせた。

 

 中空で舌を絡ませ、互いの唾液を撹拌する。

 ポタポタと垂れる涎など気にせず、己の唾液を送り込み、相手の唾液を飲み下していく。

 やがて、絡まっていた舌は解かれ、カーミラは虎太郎の舌を口に含んでちゅぱちゅぱと吸い付いて奉仕までしてのけた。

 

 

「ちゅうぅっ、ちゅうぅうぅうぅぅうぅっ♡ ……は、はへぇっ、な、なんれぇ……♡」

 

「いや、そろそろ、射精()したくなってね。お前も満足させてやるから、許してくれ」

 

 

 音を立てて自らの舌に吸い付いていたカーミラの口から舌を引き抜いた。

 そこからしっかりと目と目を合わせて、宣言する。

 

 カーミラは、きゅんと子宮が慄くのを自覚した。

 いくらアクメに至っても、一向に満足しない自分の女そのもの。

 幾度も幾度も高みに達しているのにも拘わらず、絶頂は子宮に溜まるばかりで脳天まで届いていない気さえしていた。

 

 

「だから、本心を言え。そうすれば、射精するからな」

 

 

 その言葉に、カーミラは再び目端に涙を溜める。

 この男は、まだ()()()()と言うのだ。

 

 カーミラが最後に保った一線すらも、踏み越えさせようとしている。

 それだけは出来ないと、自らの誇りよりもなおも重い、呪いのような結末を投げ捨てさせようとしている。

 決して、口にすることすら許されない恥知らずな言葉を吐き出させようとしている。

 

 まるでカーミラが領地の少女に行った拷問のようだ。

 高められるだけ高められての寸止め。心底から待ち望んだものを目の前でぶら下げられるようなもの。

 

 カーミラの限界はすぐだった。もう、それほどまでに彼女は虎太郎の女になっていた。

 

 

「お、お願い。もう、ひとりは嫌ぁ……暗い部屋で一人なんて、寒くて寂しいの……」

 

「…………」

 

「殺人鬼だけど、吸血鬼だけど、そんな資格がなくても…………でも、でもぉ――――虎太郎だけは、私を()()()()♡」

 

「いいとも。それでいい」

 

「――――――おぉっ、おひっ♡」

 

 

 余りにも恥知らずな、自ら定めた在り方すらも、自ら招いた結末すらも関係なく、ただひたすらに愛されることを望む。 

 それこそが、自らの女になるという意味だ、とばかりに笑みを深め、虎太郎はカーミラの子宮に自らの怒張を捻じ込んだ。

 

 

「こ、こたぁ、ろ……♡」

 

「――――愛してるぞ、エリザ」

 

 

 耳元で、囁くように。

 カーミラが望んでいた言葉を口にして、虎太郎は子宮の中で全てを解き放つ。

 

 

「あぁっ、あひっ、あぁぁああぁぁあぁぁああぁぁぁっっっ♡」

 

「う、うれひっ、ひあああっ、ひぐっ、イってるっ♡ はっ、おぉ、おほぉおおぉおおぉぉおおっ♡」

 

「ほぉおおっ、ぐぅうぅっ、と、とまらにゃ、う、うれしくて、イクのとまらないぃいいぃっ♡」

 

「イク、またイクッ♡ イッてるのに、まらイクっ♡ ふぐぐっ、はあぁぁっ、はひ、はひぃっ、はああぁぁああぁぁっ♡」

 

「イぐっ、イグイグイグぅっ♡ 虎太郎に愛されて、イクっ♡ 虎太郎のザーメンでいぐっ♡」

 

「あひっ、はっへっ、おぐぐぅっ、あっへぇっ、イィイイィッグぅううぅううぅうぅうううぅううぅぅううぅっ♡」

 

 

 射精が子宮を揺さぶる度に、虎太郎の言葉が浸透していくのか、カーミラはこれまで以上のアクメに曝された。

 拘束された手足を揺さぶり、腰をくねらせて潮を噴く。熱い牝潮は感謝と言わんばかりに虎太郎の身体を汚していく。

 ぎゅっと手足の指を丸め、膣の襞は蠕動して剛直を扱き上げて射精を促し、更なる精液を貪ろうと子宮はちゅうちゅうと吸い付いていた。

 

 身体を仰け反らせ、舌をピンと突き出しながらも、その表情は幸せそのもののアクメ笑みを浮かべていた。

 

 既に三度も射精しているというのに、四度目の射精はまた長かった。

 三分もの間、何度となく精液弾を放ち、収まりきらない精液はボタボタと愛液塗れの床へと床へと落ちている。

 

 

「――――ふぅ」

 

「あひっ――♡」

 

 

 射精がようやく終わると、精液を子宮と膣全体に塗り込むように引き抜くと、朦朧とした意識の中でまたも絶頂したのか、カーミラはぴゅっと潮を噴いた。

 

 冷徹な印象を受ける端正なカーミラの顔は、幸せに蕩けているのは明らかだ。

 その不様でありながらも美しく、そして卑猥な姿に、湯気を立ち上らせるほど熱い性器がビクンと震えた。

 

 

「はーっ……はっ……ふっ……ひぃっ……ふーっ……は、へっ……♡」

 

「カーミラ。おい、大丈夫か。オレの方は、まだ満足できないんだが、付き合ってくれるな?」

 

「あっ……はっ……は、はひぃっ、こたりょうの、すきにしへぇ……♡」

 

「もうそろそろマルタが目を覚ましそうなんだけど、構わないのか?」

 

「いいのぉ……もう、いいのぉ……虎太郎が、愛してくれるからぁ……マルタの、前でもぉ、虎太郎の女になるのぉ……♡」

 

 

 カーミラの発言に、虎太郎は更に股間を熱く滾らせる。

 女のあらゆる痴態に興奮する男である。当然だ。

 虎太郎はカーミラの拘束を解き、マルタと同じように優しく抱き上げ、ベッドへと向かっていく。

 

 その後、虎太郎はベッドに二人を並べ、己の精液で溢れる膣に指を差し込み、Gスポットを責めたてた。

 互いの痴態を見させながら、先にアクメした方を悦ばせてやる、と宣言して。

 

 水辺の聖女と常世の女主人は、虎太郎との性交によって蕩けた思考のまま、自分から己の弱点(Gスポット)を差し出し、少しでも早く絶頂しようと腰をくねらせたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『一方、その頃――』

 

 

 

 

 

 明け方。

 地平線から太陽が顔を覗かせる直前。夜明け前の最も暗い時間。

 虎太郎が、マルタとカーミラの二人をまだ泣かせて楽しんでいた頃。

 

 カルデアが拠点とした砂浜とは、別の砂浜に、何かが流れ着いた。

 

 それは憎悪に満ちていた。

 地獄の炎よりも黒々と。人々の数多の無関心よりも轟々と。

 

 今よりこの瞬間、この島は危機的状況へと陥った。

 誰にも知られることなく。誰にも予測されることのないままに。

 

 そう、この何かこそが、虎太郎の苦労の種となり――――モードレッド受難の元凶となるのである。

 

 




ほい、というわけで、カーミラさんドM全開&でも、ちゃんと愛して欲しい&御館様とモーさんの苦労の種が漂着。

因みにですが、カーミラさんの涙目は、ワダアルコさんのFGO本でエリちゃんの衣装を着せられている感じをイメージしております。
FGOのカーミラさんは凶暴でおっかないイメージなんだけど、ワダアルコ先生のカーミラはエロ可愛さしか感じねぇ……!

まあ、キャラ崩壊でドM化(主人公限定)してるしね! ワダさんのカーミラをイメージして貰おう……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『海は何も泳ぐことだけが遊び方ではない』

カルデアボーイズコレクション、か。
今回は、礼装だけ貰ってスルーしよう。恐らくは、次は新イベント来る……!(当てにならない直感

ともあれ、ボクセンの礼装は欲しいんだよな。交換だけで済ますか、それとも礼装目当てで回すか。うーん、悩ましい。

ほい、では、今回はエロはなし。
子供達と野郎の心温まる(?)交流の話です。どぞー。


 

 

 

 

子供の童話(ナーサリー・ライム)が海を行く!』

 

 

 

 

 

「……………………はぁ」

 

 

 常夏の島。

 その真っ白な砂浜は陽気な太陽の光を跳ね返し、正に光り輝いているかのようだ。

 

 砂浜の其処此処では、カルデアのサーヴァント達が思い思いに休暇を楽しんでいた。

 

 砂浜にそれぞれが思い描く像を作っている者。

 何時ぞやの殺人ビーチバレーとは違う、真っ当なビーチバレーを楽しんでいる者。

 砂浜に突き立てられたパラソルの下で昼寝と洒落込んでいる者。

 嫁とイチャコラして桃色空間を展開し、周囲に砂糖を吐かせる者。

 ただひたすら筋肉を鍛える為に海を泳ぐ者。

 鍛錬を手伝おうと海獣(グリード)を召喚する者。

 来る大波に挑み、イィィィイィヤァホォオォォォォオオォォっっ!! と雄叫びを上げながら、ハイレベルなトリックを決める者。

 昼間から酒を飲みまくり、宴会騒ぎをする者と、余計なことを言って脳漿をブチまける黒髭。

 

 やりたい放題の砂浜で、小さいながらも周囲の雰囲気とは異なる暗い溜め息を溢す者が一人。

 

 白いフリルがスカートのように伸びたワンピースの水着を着た、ナーサリー・ライムである。

 

 

「ん? おい、どうかしたのか、ナーサリー」

 

「あっ、マスター……な、何でもないわ」

 

「そうは言ってもよぉ。なあ、マスター?」

 

 

 そんな彼女に目を止めたのは、マスターである虎太郎と金時であった。両者とも片手に缶ビールを持っている。

 二人の性格を鑑みるに、金時が虎太郎に酒を勧め、虎太郎も少量ならと受け入れたのだろう。

 その後は、のんべんだらりと野郎同士で駄弁りながら、砂浜からの景色や周囲の馬鹿騒ぎを肴に酒を伸びながら散歩をしていたようだ。

 

 声を掛けても何かを隠すような態度を取るナーサリーに、金時はサングラスの下で優しげな瞳を曇らせて虎太郎を見た。

 金時は生粋の主人公気質。休暇の最中に一人沈んでいる者を放っておける筈もなく、虎太郎もまた有能な協力者の問題を見過ごす訳もない。

 

 二人は球体関節の膝を抱えて砂浜に座り込むナーサリーを挟むように腰を下ろす。

 

 

「そういや、ジャックは何処に行ったんだ?」

 

「むぷー…………あそこだわ」

 

 

 ぷくー、と頬を膨らませてナーサリーは海を指差す。

 

 二人が指に釣られて視線を向ければ、そこには浮き輪の穴にお尻を嵌めて、ぷかぷかと波に揺られて昼寝をしているジャックの姿。

 その隣には、何故か静謐がビクビクしながら同じような格好で浮き輪で浮いている。

 砂浜には自身の術式が完璧であることを確認して大きな溜め息を吐いているコルキスの魔女の姿もあった。どうやら、彼女は虎太郎の無茶振りに無事応えたようだ。神代の魔術師ってスゲェ。

 

 

「ナーサリーを放っておいて自分はのんびりか」

 

「まあ、子供らしいっちゃ子供らしいが、オレっちはどうかと思うぜ?」

 

「うぅ…………仕方ないわ。今はお料理の時間でもないし、砂遊びも、飽きてしまったから……」

 

「なら、海で遊べばいいだろ?」

 

「そ、それは…………」

 

「…………あー」

 

 

 金時の一緒に遊ぶかという誘いに、何とも歯切れの悪い反応を示すナーサリー。

 何となく理由を察した虎太郎はどうしたものかと頭を掻いたが、金時は全く気付いていない。

 そのままナーサリーの手を掴んで立ち上がり、海へと向かおうとする。

 

 

「ほらほら、遠慮すんなよ。泳げないなら、泳ぎ方も教えてやるって」

 

「い、いえ、そ、そうではなくて、あの、その」

 

「何なら浮き輪とか使うか? アレでぷかぷか浮かんで波に揺られるのも、存外に気分がいいもんだぜ?」

 

「あー、ゴールデン、その辺りで、だな」

 

「うぅぅうぅうぅ―――――――にゃああああああああああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 ナーサリーは必死の抵抗を試みたが、バーサーカーたる金時に、キャスターである彼女が敵う筈もない。

 ずーるずーると海へとドナドナされていくナーサリーに虎太郎も一応は制止を試みたものの、全ては手遅れだった。

 

 

「にゃー! にゃー! ぎにゃあああああああぁぁぁあぁぁあぁあぁっっっ!!!」

 

「うぇっ?! ど、どうしたんだよ、お、おい!」

 

「お前、そういうとこはホント、バーサーカーだよな。ほら、お父さんが来ちゃったじゃん……」

 

「――――へ?」

 

 

 ナーサリーは発情期か、縄張り争いでもしている猫のような悲鳴を上げる。

 完全に善意で行動していた金時にしてみれば、ここまで彼女が嫌がる理由を全く理解できないであろう。

 

 虎太郎は金時の行為に、片手で額を押さえて、ある方向を指差した。

 

 指に釣られて視線を向けた先には、砂浜の遠方に砂埃が舞っているではないか。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!」

 

 

 その正体は、子供の悲鳴を聞いて駆けつけようとしているヘラクレス(お父さん)であった。

 金時(目標)に向けて一直線に、障害物を吹き飛ばし、或いは踏み潰して全速前進DA!

 

 因みに障害物となったのは、砂浜の生き物達から武の真髄を学んでいたカルナと、マリーの水着姿を眺めてニヤ付いていたモーツァルト。

 

 カルナは何時もの無表情で吹っ飛んでいく。

 外見はアロハシャツだが、宝具たる黄金の鎧を脱いだ訳ではない。可視化されていないだけだ。ダメージも十分の一に軽減され、島の反対側に飛ばされても飛んで帰ってくるので全く問題ない。

 問題なのはモーツァルトの方である。何の防御手段もない彼は、巨大な足裏に踏まれて霊基(からだ)が縦に潰れた。唯一幸いだったのは、マリーの可憐な姿を眺めながら苦痛のないままに潰れたことか。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!!」

 

「うごぁああぁぁああぁぁあっ!!!」

 

「えぐっ……ひっぐ……!」

 

「もう大丈夫、大丈夫だぞー、ナーサリー。あー、もうメチャクチャだよ。ほら、ヘラクレス、ステイステイ」

 

 

 ヘラクレスに脚を掴まれ、ヌンチャクのように振り回される金時。その様は、まさにドレスッッッ!!!

 

 金時お気にのグラサンは吹っ飛び、半透明の残像は半裸のヘラクレスがドレスを纏ったかのよう。

 凄まじい腕力と肉体に刻まれた技量がなければ成し得ぬ芸当だ。

 やっぱり、大英雄をバーサーカーにするのは正しかったんだ! と失策だらけの何処ぞの家の当主が粋がりそうな光景であったそうな。

 

 

「うぷっ……まだ頭がくらくらする……酷ェ目にあった…………っとぉ、それはそれとして、悪かったなナーサリー」

 

「ううん、いいの。ゴールデンも悪気があったわけじゃないから。私もちゃんと説明しなかったから……」

 

 

 虎太郎の制止もあって無事に生還した金時、落ち着きを取り戻したナーサリー。

 ヘラクレスは虎太郎の説明に納得したのか、首を傾げながらも去っていった。やっぱり、理性残ってますね。

 

 

「しっかし、水、駄目なのかぁ……」

 

「そりゃあなぁ、元は本ですし」

 

 

 彼女が叫び声を上げた理由がそれだ。

 

 ナーサリー・ライム。

 絵本のジャンルでありながら、概念英霊となった子供達の願いそのもの。

 つまり、元々は本、もっと言えば紙なのだ。湿気や水を苦手とするのも無理はない。

 

 無論、サーヴァントとして現界した以上、水に濡れた程度でどうこうなることはない。

 ただ、苦手意識ばかりはどうにもできない。ナーサリーの場合は、辛うじて風呂には入れるのだが、それも周囲の助けがあってようやくだ。

 

 海に来た当初は、砂浜や島で遊ぶ事もあっただろうが、時間が過ぎれば飽きが生まれる。ジャックもナーサリーもその一人。

 何をして遊ぼうか、と考えている内にジャックは一人で海で遊び始め、彼女はひとりポツンと取り残されたわけだ。

 こうなってくると仲間外れ感が半端ない。ナーサリーの落ち込みぶりも分かろうと言うものだ。

 

 

「もう、大丈夫だから。皆が遊んでいるところを見るだけでも十分に楽しいわ。それに遊び疲れて帰ってきたら誰でもお腹が空くものよ。私は料理を作って、皆の帰りを待ってるわ」

 

「「………………」」

 

 

 フンスと奮起してナーサリーは立ち上がる。

 だが、顔に刻まれた力ない笑みを見れば、強がりであったのは一目瞭然だ。

 

 その強がりに、金時はやれやれと首を振り、虎太郎は両肩を竦めて立ち上がる。

 やんちゃなヒーローそのものの性格をしている金時にこれを見過ごせるはずもなく、虎太郎もまた、有能な同僚が休暇を楽しめないのを見過ごす男でもない。

 

 

「おいおい、ナーサリー、海に来たから泳ぐだけってのは短慮が過ぎるってもんだ」

 

「だな。楽しみ方なんぞ、いくらでもある」

 

「……え? どうするの?」

 

「いやさほら、クルージングとかな」

 

「クルージング……!」

 

 

 その一言に、ナーサリーの目が輝いた。

 彼女の頭の中に浮かんだのは、船の底がガラス張りとなり、水の中の生き物を見る事が出来る遊覧船。

 或いは、海上を旅するカジノ、ブティック、パーティー会場、プールにウォータースライダーまで付いちゃった豪華客船か。

 

 ともあれ、その喜びように、虎太郎と金時はうんうんと頷いた。

 些か以上に現金な反応であるが、実に子供らしいとも言える。実に微笑ましい。

 

 

「で、でも、船は……?」

 

「オレの蔵の中に入ってる」

 

「お前、そんなもんも入れてあるのかよ……」

 

「英雄王の蔵に比べれば可愛いもんだ。ま、海から逃げる時用に何隻か、なー」

 

「で、でも、船長さんがいないわ! ドレイクのお姉様はへべれけて酔っぱらってるわ! 飲酒操舵ダメ絶対!」

 

「黒髭は……?」

 

「あの人は嫌なのだわ! 気持ち悪い!」

 

((黒髭ェ……))

 

 

 年頃の娘に、あんなネットスラングばりばりのオタクなどある種の異星生物にしか映らないだろうが、余りにハッキリとした物言いに、二人は同情こそしなかったものの首を振ってしまう。

 

 

「ふっ、安心しろよナーサリー。オレはバーサーカー適正もあるが、ライダーの適正もある男だぜ?」

 

「まあ、そういう訳で――」

 

「「クルージングの時間だ、オラァッ!!」」

 

 

 言葉と同時に、虎太郎は彦狭蔵の門を海上に展開し、金時はその霊基をバーサーカーからライダーへと変化させる。

 因みに、バーサーカーとして召喚されている金時が霊基を自在に変化させられるのは、全部スカサハの原初のルーンのお陰である。何でもアリか。 

 

 

「……っ………………? …………ッッ!!?!?」

 

「おう、見ろよゴールデン、喜びの余りに言葉もねぇみたいだな?」

 

「へへっ、こんなに喜ばれるなんざ、冥利に尽きるってもんだぜ!」

 

 

 ナーサリーは目を見開き、海の船と騎ん時の姿にパクパクと口を開閉するばかり。

 その姿に、二人はしてやったり顔で頷いていた。

 

 海上に現れた船は、小型のもの。

 豪華客船には程遠いが、実に立派だ。豪華な旗までついている。

 また金時もバッチリ決まった髪型が、現れた船によく似合っているではないか。

 

 ただ、問題があるとするならば――――

 

 

「完全に漁業なのだわ、これぇーーーーーーーっっ!!!」

 

「え? 海の男っつったら、これじゃねぇ?」

 

「贅沢言うんじゃありません! オレの蔵の中に入っているのは偽装用の漁船(これ)と逃走用の(米連からチョロまかした)高速艇と(金持ちの悪党を暗殺した時に頂戴した)爆破用のタンカーくらいのもんですよ!」

 

「血生臭すぎるのだわぁ!!」

 

 

 ――――ナーサリーの思い描いたクルージングとは掛け離れていた事か。

 

 船は明らかな漁船である。大漁旗まで掲げており、地引網漁も行えるようにソナーと網とブイまでついていた。

 そして、金時の格好は捻じり鉢巻きに、白いTシャツ、合羽のズボン、ゴム製の前掛けと長靴。完全に漁業を営んでいるチャラいアンちゃん風である。これは酷い。

 

 

「望みが絶たれたわ!」

 

 

 両膝を折り、砂浜に崩れ落ちるナーサリー。

 哀れ、その姿はサンタにお願いしたプレゼントと実際に用意して貰ったプレゼントが全く違った子供のようであったそうな。

 

 ともあれ、気を取り直した彼女がクルージングを楽しんだのは言うまでもない。

 乗っているのはアレで、操船しているのもアレであったが。

 

 頬を撫ぜる柔らかな潮風。波に翻弄される船の揺り籠。何処までも続く蒼い海と空。

 時折、空からは挨拶をするようにウミネコが鳴き、海面に泳ぐイルカやクジラの群れ。

 

 童話には程遠いが、現実に中にある海の風景。かつての契約者が見たかったモノを見れた彼女は、大満足であったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風魔 小太郎

 

 ☆3アサシン。苦労&被害者&巻き込まれ&不憫枠。撹乱&情報収集担当。すなわち此処は阿鼻叫喚、大炎熱地獄。不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)――――!

 

 情報収集できる奴は何人いても困らねぇ、との事で召喚されたアサシン。

 ロビンの破壊工作と呪腕の情報収集を足して二で割ったような性能をしており、二人の内どちらかがいない場合の仕事を任される。

 忍としては向かない性格をしており、混沌・悪属性でありながら、非常に穏やかな性格をしている。もっとも、属性は社会における立ち位置や性格の方向性を指し示しているので、何の問題もないが。

 ただ、その性格のせいで、御館様のド外道行為や努力の方向音痴に巻き込まれたりする不憫枠。

 

 御館様との相性は悪い。

 同じ忍ではあるのだが、何を大事とするか、何を信条とするかが全くと言っていいほど異なっているから。

 風魔であることを誇りとし、自身には向かないと理解しながらも生涯を頭領としての自分に捧げた彼。

 ふうまであることを恥とし、一族を売り払って頭領には何の価値もないとして自分のために捧げた御館様。

 そんな二人の相性が良い筈もないが、戦闘時や仕事の上では非常に相性が良いコンビではある。忍としてのスキルを修めている故、互いに何をすればいいのか、何を補えばいいのか分かっている。

 

 通常の聖杯戦争で召喚された場合、数々のストレスから土壇場で風魔君が御館様を裏切ることになるのは請け合い。それくらいに相性が悪い。

 幸い、聖杯探索(グランドオーダー)案件では、複数のサーヴァントがおり、風魔君のストレスを吐き出せる環境、そして金時というリスペクトの対象がいるので裏切りは発生しない。

 

 後、御館様も上手いこと、物で釣ったりしているので、相性は悪くとも、関係は良好なのであった。

 

 でも、アザラシの件は絶対に許しません。絶対に、です。

 

 

「…………お、オレは、なんて、無駄な時間を」

 

「分かってるのなら僕と部下を付き合わせるのは止めて下さい! この努力の方向音痴!」

 

 

 

 

 

 アーラシュ。

 

 ☆1アーチャー。癒し系快活兄ちゃん枠。援護射撃&自爆特攻枠。流星一条(ステラ)――――!!!

 

 

 皆大好き、ステラさん。もとい疾き矢のアーラシュ(アーラシュ・カマンガー)。アジア世界における弓兵の代名詞。

 大抵の人は1weveは大体ステラで吹っ飛ばして貰うのではなかろうか。

 弊カルデアのアーラシュさんは、聖杯でLV90、絆レベルも10になった。酷使させ過ぎかしら……。

 

 アマデウス、マタ・ハリと同じく最古参のサーヴァント。

 知名度が低けりゃ、性能もそんなでもねぇだろ、インドでもなけりゃ。と御館様が直々に選んだサーヴァント。

 であったのだが、知名度に対して余りにも強かったために、珍しく御館様がガチビビリした相手でもある。

 そらそうだ。通常の攻撃が宝具レベル。遮蔽物を見透かし、短いものの未来を見通す千里眼。自らと引き換えとは言え、大地を割る宝具を持っているのだから。

 御館様にサーヴァントとの付き合い方――即ち、相手の意見や誇り、願いを尊重しつつ、口八丁手八丁で言い包める――を決定付けさせたお方。

 アーラシュさんがいなけりゃ、サーヴァントの扱いはもっと悲惨なものになっていたかもしれない。ホンマ、大英雄は格が違うでぇ!

 

 御館様との相性は極めて良好。レオニダスと同レベル。

 基本的に彼自身も善の人であり、マスターにも善を為すことを望む故、相性が悪いようにも思えるが、そんなことはなかった。

 と言うのも、御館様の行為はド外道であろうとも、結果だけを見れば確かに善を為しているから。アーラシュさん的には、もうちょっと敵に手心を加えて欲しいのだが、その辺りは割り切っている。

 

 そして、もう一つの理由は、召喚された際に千里眼によって御館様の過去を垣間見た故。

 本来、御館様という人間は、他人を蔑み、人々の営みを嘲笑い、自らの欲望のままに行動し、弱者を食い物にしてのし上がる典型的な悪党(クズ)

 そんな彼が変わった切欠。アルフレッド、アサギ、九郎しか知らない“ふうま何某”から“弐曲輪 虎太郎”と自ら変わった出来事を知っている。

 生まれはどうあれ、魂の在り様はどうあれ。それすらも超えて、ただひとえに自らの決めた生き方を進む姿にこそ、助力を決めたのである。

 

 御館様は御館様で、生前、アーラシュが生まれ持った力故にどれだけ孤独な大英雄であったのかを理解しているので、九郎と同じように酷使しながらも、何も言わずに同じ地平に立っている。

 アーラシュ的に背中を預けられ、隣に立ち、自分がいなくなった後のことも任せられる人物なので、安心して流星一条(ステラ)できるな! と思っている。

 お陰で、アルフレッドが管理し、カルデアのシステムによって保管されている霊基基点が壊れてしまうほどの、極大射撃を見せてくれる。

 その度に、笑顔で召喚される姿に、ジャンヌによる召喚禁止令が発令された。当然である。

 

 

 では、各章における大英雄の活躍をご覧頂こう!

 

 序章特異点F → 冬木の大聖杯があった地下空洞をステラで吹っ飛ばす。黒王様、戦う前に消滅。レフ、ブチ切れる。

 

 第一章 → ワイバーン? 美味いのか? カルナと並んでドラゴンスレイヤーと化す。バーサーク・サーヴァントも何のその。

       ファブニールもカルナと組んで難なく撃破。オルレアンの城をステラで吹っ飛ばす。その際にジル(術)は消滅。ジャンヌ・オルタがどんな悲惨な目にあったかは知らない。

 

 第二章 → 各所でステラりながら、徒歩でローマに向かうアルテラと交戦。

       ステラ → アルテラにダメージ&足止め → 御館様交戦 → 適当なところで撤退 → アーラシュ召喚&ステラの繰り返し。そら、御館様もアルテラから悪い文明扱いされますわ。

       お陰様で、ローマ半島の大地は割れ捲った。これにはネロの頭痛もマシマシであったが、御館様鼻をホジってスルー。

 

 第三章 → 船上からドッカンドッカン(普通の)矢を撃ちまくる。黒髭は思わず素が出て、ヘクトールは本気の悲鳴を上げ、イアソンは泣いた。

       アーチャー集団の怒涛の宝具連続ブッパも、彼ひとりで事足りた。そら、(大地を割る威力の宝具を受けたらアルゴー号も)そうなるわ。ここで出禁になる。

 

 第四章 → 座でのんびりと暇していた。最近、喚ばれねぇな、と首を傾げる。

 

 第五章 → いよいよ用済みか、とカルデアに強力な弓兵が召喚されたと思って、嬉しいような寂しいような。

 

 第六章 → 虎太郎と再会。この章における活躍は、大体ゲーム通り。速き矢のアーラシュの一撃は、確かに星を打ち砕いた。

 

 第七章 → 出禁解除。ステラりまくる。随所随所で大英雄の名を如何なく発揮。賢王様から称賛を受けた。

 

 

 大体、こんな感じである。御館様、アーラシュさんを酷使し過ぎな件について。でも、本人的には全然気にしていない。大英雄って凄い。

 

 最近、一番頑張ったのは、第七章でのティアマトへの一撃。

 

 絶対魔獣戦線の最前線・北壁にて終始、超長距離砲としての役割を果たす。その威力、その精密さは並居るアーチャーを押し退け、ウルクの兵士から喝采を浴びるほどであった。

 対魔獣においては、地平を埋め尽くさんばかりの魔獣の群れを平原から一掃するほど。

 対ラフムにおいては、空を埋め尽くさんばかりのラフムの群れを撃ち落とし、青い空を見渡せるほど。

 

 そして、最終決戦直前。

 海からウルクに向けて侵攻を開始したティアマトとラフムの群れをレオニダス、牛若丸、弁慶、ヘラクレス、アタランテ、ジャック、ナーサリーらと共に北壁を守る。

 恐るべきことに彼等の奮戦によって、北壁に被害はあったものの、死亡者はゼロに抑えられる。

 兵士達に背中を押されてウルクに向かうレオニダスをアタランテと共に援護し、自身の出番を待ち続けた。

 

 そして、空を飛ぼうとしたティアマトに、コアトルが決死の覚悟で放ったウルティモ・トペ・パターダで僅かに後退した瞬間、御館様の号砲の元、流星一条を放った。

 

 本来であれば、如何な大英雄とは言え、ティアマトにしてみれば凡百の英霊の一撃に過ぎず、何の意味もない一撃――の筈であった。

 だが、彼の宝具は大地を割り、長きに渡る戦いを終結させた。そして、ティアマトは死後、その身体を二つに裂かれ、天と地となったという逸話がある。

 

 そう、彼の宝具は、いわば大地特攻とでも言うべき特性があった。余りにも威力が強大過ぎるが故に、誰も目を向けなかった特性に御館様は目をつけていた。

 そして、ティアマトは本来、地の女神。ならば、かの大英雄の一撃が、戦いを終わらせる一助にならぬ筈もなく。

 

 コアトルの一撃によって罅の奔った角を、ペルシャの大英雄は、確かにへし折ったのである。

 

 

「うぅ……ぐぅ……ハっ?!」

 

「おい、何やってんだお前」

 

「済まねぇ、虎太郎。オレはどうやら、性質の悪い魔術をかけられたらしい……!」

 

「はぁ……?」

 

「不思議な事に、此処から一歩も動く気が起きねぇんだ……! だから、ミカンを取ってきてくれ」

 

「…………まあ、気持ちは分からないでもない。コタツって、不思議と気持ちいいからね。嫌だ、お前が取りにいけ、お前が」

 

 




はい、というわけでナーサリーしょんぼり&騎ん時、漁師になる&書けてなかった風魔君とアーラシュさんのキャラ設定でした。

今回はちょいと短いが、次回はエロだぜエロだぜぇ。ふへへ、お待ちかねのあのキャラじゃぁ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『相手がケダモノだと、苦労人も容赦しません。いや、元々容赦なんてないですけどね?』


ぐだぐだ本能寺、これつれぇ……沖田さんも来なくて二度つれぇ……。
林檎もそんなにないし、CCCコラボも来るらしいし、今回は必要な素材だけ集めて、ノッブを宝具レベルMAXにするだけに留めよう。

こう、ジャンヌオルタといい、沖田さんといい、社長のキャラは我がカルデアに降臨してくれないのか……! orz

ともあれ、今回はエロやでエロやでぇ!
まーた途中で書いてるのが消えたりしたが、何とか出来た……! では、どぞー!



 

 

 

 

 

『見目麗しく、立ち居振る舞いに育ちの良さがありながら、中身は獣、その名は――――』

 

 

 

 

 

「さて、今日も目一杯、休暇を楽しみましたよ、っとぉ」

 

 

 今日も一日、すっかりと遊び呆けて休暇を満喫した虎太郎は、水上コテージに続く桟橋を歩いていく。

 何処で何をしていても、脳裏に“仕事”の二文字が浮かんでいたが、頭の裏側に追いやって、何とか休暇を楽しんでいる状態だ。

 

 日は傾き、昼は青かった海が橙色に染まって揺れる様は、何とも言えない自然の雄大さと優美さを演出している。

 残念なのは、この光景に何らかの感慨が浮び、心を揺さぶらせるような感性をこの男が持ち合わせていない点か。

 

 既に、ジャックとナーサリーの作ったダンジョン飯――もとい、ジビエ料理、あるいはアイヌ料理で夕食を済ませており、後は眠るか、酔わない程度に酒を楽しむかだけ。

 

 さて、どうしたものか、と考えていた虎太郎であったが、一瞬だけ足を止め、コテージに視線を向ける。

 それから口元を緩めながら、うんうんと頷いて、再び歩を進め始めた。どうやら、何をするのか決めたようである。

 

 

「お帰りなさいませ、マスター。先にお邪魔させて貰いました」

 

「はいよ、ただいま。それはそれとして、お前、どうやって入った?」

 

 

 中で虎太郎を待ち侘びていたのは、水着姿のアン・ボニーだった。

 彼女はベッドの端に腰を下ろし、優雅に足を組んでいる。

 それだけではなく、軽く酒が入っているのか、頬は僅かに上気しており、女そのものの色香をより強く漂わせている。

 

 ただでさえ、男好きする身体が更に……。

 アンの気配に気付いていた虎太郎に驚きはなかったが、股間が熱く滾っていくのを抑えられず、またその気もない。

 

 

「それは窓ガラスを割って」

 

「思ったよりも力業ですね、アンさん!」

 

「まあ、マシな方ではないでしょうか。海賊的な意味で」

 

 

 にっこりと微笑んで悪びれる様子もないアンに呆れながらも、その言葉に確かにと頷いた。

 

 アンにせよ、メアリーにせよ、見た目は可愛らしいものの、気質は荒くれ者そのもの。

 自分から突っかかって行くのは黒髭に限った話ではあるが、かといって売られた喧嘩は買わないどころか、言い値で買う。

 相手に喧嘩を売られずとも、彼女等の琴線に触れるものがあれば、自ら暴力に訴えることも辞さないのである。

 

 それを考えれば、確かに窓ガラスを割っての侵入など可愛らしいもの。ドアを蹴破られなかっただけマシである。

 

 

「まあ、そりゃあいいがな。オレの家という訳でもなし、片付けもしているしな。で、何の用だ?」

 

「あら、酷い。女の方から男の部屋を訪れたのだから、用など一つではなくて?」

 

「いや、んなこたぁない」

 

「そうでしょうか?」

 

 

 むっちりとした脚を組み換えながら、色香そのものが形になったかのような流し目でアンは虎太郎を見た。

 男であれば誰であれ、生唾を飲み込み、ついで理性を忘れてしまうほどの誘惑の仕草。

 ――で、あったのだが、虎太郎は面白がって笑うだけ。

 

 かつてカリブ海で活躍した海賊であり、海賊の黄金時代を駆け抜けた女傑。

 そんな女が自身を誘っているなど、普通の男であれば不信を覚えそうなものだ。

 しかし、虎太郎は知っている。彼女に二心はない。本当に、ただ抱かれに来ただけなのだ、と。

 

 彼等が何を求めて海に出たかは定かではない。財宝、冒険、憧憬、あるいはそれら全て。

 ともあれ、海賊と呼ばれた英霊は束縛を嫌い、自由こそを愛する傾向にある。 

 

 よって虎太郎は彼等を縛らない。

 最低限のルールは設けるが、それ以上は求めない。そのルールも彼等が納得できる範疇である。

 そもそも海賊は掟に五月蝿いのだ。それぞれの船には破ってはいけない掟があり、船の上では船長も乗組員も関係なく多数決で方針を決めたとか。

 彼等にとって心地の良い環境を整える事こそ、反発・叛乱・裏切りを生み出さない秘訣。

 

 だから、アンの行為もまた彼女の意志によるものに過ぎないのだ。

 

 

「そうか。なら、折角だ。楽しませて貰おうかねェ」

 

「あん♡ もう、その気になったら、これですわ♡」

 

 

 ずけずけとベッドに座ったままのアンに近寄り、頭を掴んで自らの股間に押し付ける。

 表情も言葉も非難めいていたものの、視線と声色はうっとりと恍惚に浸っているのは明らかであった。

 

 まだ半勃ち状態の股間に鼻を押し付け、愛しいものへ頬擦りをするように顔全体を使って刺激していく。

 場末の娼婦ですら見せない浅ましい雌の仕草に、虎太郎の股間は見る間にズボンを押し上げていった。

 

 明らかな雄の変化に、アンは瞳を潤ませて虎太郎を見上げた。

 頬は赤く染まり、瞳は潤みながらもこれからの快楽に期待して獣の如く爛々と輝いていた。

 

 

「いいぞ。但し、手は使うな」

 

「んもぅ、酷い方ですわ♡」

 

 

 冷徹な虎太郎の命に、アンはやはり言葉でだけ非難するが、行動は余りにも浅ましい。

 

 

「んむっ……ちゅ、んんっ、んれぇ……ふふ、んっ、んっ、ふんむぅ……♡」

 

 

 唇と舌、歯を器用に使い、牡の象徴を遮る布地を脱がせていく。

 舌でシャツを掻き分け、腰紐に噛み付いて引っ張って、その拘束を解くと、ストンと落ちた。

 

 濃密な雄の匂いが増したのか、パンツに鼻を押し付け、大きく深呼吸をする。

 すると、アンはぶるぶると身体を震わせ、表情を蕩けさせながら、堪えきれないとばかりに布の上から剛直を銜え込んだ。

 

 

「んれる……じゅるりゅ……はぅん……ちゅ、ちゅ……はっ、濃ゆい雄の匂い、ぷんぷんしますわ。それに、我慢汁も……♡」

 

 

 生臭い牝の吐息を漏らしながら、アンは滲み出てきたカウパーを啜り出す。

 けれど、それだけで満足する彼女ではない。今度は布にかぶりつき、丁寧にずり下ろしていく。

 

 怒張は空気に晒された瞬間、勢いよく跳ね上がり、ベチンと音を立てて下腹を叩く。

 それだけで、どれだけの硬さと大きさか分かろうと言うもの。更には、剛直の放つ熱と臭気はアンに嫌でも雄の逞しさを分からせようとしているかのようだ。

 

 

「では、今日は胸で奉仕しますわね♡」

 

「ああ、頼む。その水着姿を見てから、ずっと楽しみだったんだよ」

 

「雄の視線なんて不愉快なだけですけど、マスターなら別ですわ♡ たっぷり楽しんで下さいまし♡」

 

 

 豊満などと言う言葉ではとても収まらない、雄大な山脈を想起させる双乳を持ち上げ、逞し過ぎる男性器を包み込む。

 たったそれだけの行為で、虎太郎は小さく苦悶にも似た呻きを漏らし、アンは蕩けた熱い吐息を溢した。

 

 アンの双乳はぴったりと逸物に吸い付き、押し潰さんばかりの圧を与えている。

 虎太郎の剛直もまた、雄の欲望を臭いと先走りとして放ち、熱さと硬さを以て、雌の本能を刺激していた。

 

 

「あぁ、熱ぅい♡ それにすっごく、濃厚ぅ……たっぷり汗を掻いて、一日熟成されたおちんぽの臭い♡」

 

「何だ、そんなに嬉しいのか……?」

 

「ええ、こんな逞しいものを独り占めできるなんて、素敵過ぎて、おまんこウズウズしちゃいます♡」

 

 

 実際にはウズウズどころではないだろう。事実として、彼女の下半身を包むベリーショートパンツは既に愛液で色を変えていた。

 

 浅ましい牝の表情を隠しもせず、アンは胸を使って上下に陰茎を扱き上げる。

 その度に、虎太郎は温泉でも入っているかのような溜め息を漏らし、眉間に皺を寄せた。

 

 雄に対する奉仕で、雄を魅了して喘がせる牝の悦び。

 それを一身に受けながらも、アンは身体が熱くなるのを感じた。

 

 胸の中で剛直のカリ首が動く度に、途方もない快感がアンを襲う。

 彼女の両胸は虎太郎によって開発済みだ。

 通常、胸が大きければ大きいほど、感度は悪くなっていく。乳房が大きければ大きいほど、脂肪の割合も増え、神経にまで刺激が届かないからだ。

 だが、そんなものをお構いなしに、虎太郎は乳房を揉み解し、乳輪を撫で回し、乳首を捏ね回して刺激し続けた。

 胸のGスポットと呼ばれるスペンス乳腺は勿論のこと、皮膚そのものが性感帯となってしまっている。

 

 彼女も、虎太郎も好きな胸奉仕でさえ、絶頂に至れるほどだ。

 

 

「はむっ……じゅりゅ……んれる……じゅぞぞ……れる、れろろぉ……んれぇ……ちゅ、ちゅちゅ♡」

 

「くっ……はぁあぁ……ふうぅ……」

 

「あはぁっ♡ 腰も先っぽもビクビクしていますわ。いつでも、お好きな時に射精なさってくらさいれ? ふむむっ、はぷっ……じゅぞ……りゅりゅ♡」

 

 

 アンの両胸ですら隠しきれない怒張に、彼女は会話の途中でしゃぶりつく。

 ぴゅっぴゅと吐き出される我慢汁を口の中で受け止め、亀頭と舌を使って涎と撹拌し、ごくりと飲み下す。

 時折、口を大きく開いて舌を突き出し、虎太郎に撹拌液を飲み下したのを確認させた。

 

 ずりずりと奉仕が続けられる内に、二人の全身は汗で濡れていた。

 虎太郎は熱さからか上着も脱ぎ捨て、全裸に。アンはすっかり発情しきっており、水着の中へと手を入れて、くちゅくちゅと股間を弄り回している。

 

 

「はぁ、はぁぁ、……ま、マスター♡ はふぅ、そろそろお射精したく、ありませんか? ふぅ……ふぅ……♡」

 

「何だ、もう我慢できないのか?」

 

「は、はいぃ♡ 私、もう、我慢、出来ませんわ……はぅぅん♡ 上のお口にも、下のお口にも、マスターのザーメン浴びないと満足できない身体になってしまいましたのよ?」

 

「じゃあ、責任を取らないとな」

 

「はむっ、んむっ、じゅぼ、じょぽ、じゅぞぞぞ、じゅる、りゅりゅ、れりゅれろ、んっんっんっ♡」

 

 

 虎太郎の言葉に、アンは胸と同時に包み切れない亀頭に吸い付いた顔を激しく上下させる。

 

 頬を窄め、唇と鼻の下までだらしなく伸ばして雄に奉仕する姿は娼婦ですら見られることを嫌いそうなほど浅ましい。

 しかし、アンは視線を一切逸らさず、表情を隠すこともせずに、虎太郎の表情の変化を楽しみながら奉仕に没頭する。

 

 虎太郎の口元は笑みを形作ってはいたものの、眉根を寄せて歪んだ表情はアンを楽しませていた。

 雄の情けない表情が見たい訳ではない。それは奉仕ではなく、嗜虐の領域だ。

 ただただ、雄が気持ち良くなってくれるように専心し、そこに喜びを見出すのが、雌の奉仕の本質であり、醍醐味と彼女は考えていた。

 

 

「くっ、は…………射精()るぞっ」

 

「ぐぽっ、くぷっ、じゅぶ――――あぁっ、ひぃいいぃいいぃんっ♡」

 

 

 一際大きくなった亀頭に射精を予感し、アンは更に舌を蠢かせて精を啜ろうとしたが、直前で口から亀頭が抜け出てしまった。虎太郎が腰を引いたのだ。

 一瞬、何故、どうしてと疑問と当てつけの視線を向けたアンではあるが、次の瞬間には忘れ去ってしまう。

 

 胸の中で起こった熱の爆発と感触、臭いで一息に絶頂まで至ってしまったからだ。

 

 怒張は一定の間隔で震え、凄まじい滑りと粘りを有した精液を絶え間なく吐き出していく。

 その度に、虎太郎は精液を、アンまでもが腰を震わせ、潮を噴いて、互いの絶頂を楽しんでいた。

 

 

「はっ、はぁっ、あつぅっ、と、とける♡ 胸が融けてしまいますぅ♡ ふひぃ、ひぃっ♡」

 

「か……いいぞ、それ。もっと、射精そうだ」

 

 

 アンはもっと気持ち良く排泄して貰おうと、自らの胸の下側――剛直の付け根にある袋へと両手を伸ばしていた。

 薄皮一枚に包まれたコリコリとした二つの睾丸を指を使って揉み解す。

 少しでも多く精液を吐き出して貰えるように。少しでも多くの精液を生産して貰えるように。少しでも気持ち良く射精して貰えるように。

 

 やがて、射精は収まっていく。

 痙攣は収まり、吐精が終わると虎太郎は腰を引く。

 余りにも濃い精液は粘りが強すぎて、アンの胸とを繋ぐ糸の橋となっていた。

 それだけではない。余りにも勢いの強かった精液は胸を掻き分け、アンの顔までもを白濁で穢している。

 

 

「れるっ、じゅるっ……はぁぁあ、たっぷり♡ 気持ち、良かったですか?」

 

「ああ、凄く。ほら、まだやることがあるだろ?」

 

「は、はい♡ ちゅ、じゅ……れろろ……ひゅごい、れふわぁ、れろ、れっろぉ、んりゅぅううっ、ひゃくまし、ひゅぎまふぅ……♡」

 

 

 精子で汚れた男性器を差し出され、アンは躊躇なく吸い付いた。

 表面を覆う精液を舌で舐め清め、それだけでは飽き足らず、尿道の残り汁も吸い尽くす。

 

 それだけで萎え知らずの勃起は我慢汁を漏らし始めるが、虎太郎はお構いなしに口から引き抜くとアンの顔に擦り付ける。

 ただ擦り付けているのではない。彼女の顔にへばりついた白濁液をこそぎ落していた。そうして再び汚れた己の怒張を舐めさせるの繰り返し。

 

 

「ぷはぁっ♡ ま、マスター、もうお掃除はここまでにさせてくださいっ♡」

 

「ん? 何だ、アンは奉仕するのが大好きだろう?」

 

「勿論、ですわ。私は気に入った男に、すぐに奉仕してしまうケダモノです♡ で・す・か・ら、今度は下でご奉仕させて下さい♡」

 

「全く、スキモノだな。まあ、オレも同じ穴の狢だがな」

 

 

 媚び切ったアンの表情に、くつくつと笑い声を漏らし、今度は虎太郎がベッドへと腰掛け、アンが立ち上がる。

 

 アンは淫靡な笑みを浮かべながら、尻を虎太郎に突き出して、するすると焦らすようにベリーショートパンツと水着を降ろしていく。

 美しい尻は桃に例えられるが、アンのそれは、桃太郎の入っていた巨大な桃を連想させる。

 たっぷりと脂が乗り、興奮から発せられた汗で濡れ、妖しい光を放っていた。 

 

 

「何度見ても、デカいケツだな」

 

「あぁん♡ 私も気にしていますのに、言わないでぇ……♡」

 

「嘘つくなよ。実際は、このデカ尻に自信を持ってるんだろ?」

 

「ひっ! ひゃぁんっ! た、叩かないで下さいましぃ♡」

 

 

 虎太郎は差し出された巨大な尻に頬擦りをしながら、ピシャリ、ピシャリと平手を喰らわせる。

 その度に、アンの秘裂から本気汁が噴き出し、糸を引いて床へと垂れ落ちていく。

 

 自らの尻を好き放題に弄られてなお、アンは屈辱すら感じていない恍惚の表情を浮かべている。

 

 それに気を良くしたのか、虎太郎は尻肉に指を喰い込ませ、左右に割り開いた。

 

 

「ふふ、マンコだけじゃなく、ケツ穴までヒクヒクさせやがって」

 

「し、仕方ありませんわぁ♡ ま、マスターが、こんなこと、覚えさせたんですからねぇ♡」

 

「そりゃ、済まなかった。お前が生意気だったから、イジメたくなったんだよ」

 

 

 生前、アンは奉仕好きというよりも、寧ろ、男よりも上位に立つ交わりを好んでいた。

 ジェームズ・ボニー然り、ジョン・ラカム然り。日常でも、戦闘でも、ベッドにおいても。彼女の上に立つなど不可能だったろう。

 そんな彼女が、自ら身体を差し出すような真似を好むようになったのは、無論、虎太郎の開発の賜物である。

 

 ドレイクが虎太郎に抱かれたと知った彼女は、興味本位で手を出した。

 結果は御覧の在り様である。生前から雄に組み伏せられ、奉仕する雌の悦びを知らなかった彼女は、死後、稀代の性技の味方によって、それを知ったのだ。

 

 

「こんなにクリもビンビンに勃起させてるし、あんまりイジめるのも可哀想か。ほら、挿入()れていいぞ」

 

「ん、んぐっ、わ、分かりましたわ♡」

 

「但し、その前にすることは分かっているよな?」

 

「も、もう、やっぱりイジめるんじゃないですかぁっ♡」

 

 

 羞恥か、屈辱か。それらを含めた恍惚か。

 アンは顔を真紅に染め上げながらも、虎太郎を責めながらも、逆らいはしない。

 自由を愛する彼女であっても、自ら雄の雌になる束縛は嫌いになり切れないようだ。

 

 大きい尻を揺らしながら、股を大きく開く。

 それに合わせ、本気汁を漏らす秘所も更に開くが、残念ながら菊門は大き過ぎる尻肉に遮られて見ることは叶わない。

 

 

「ま、マスター♡ お願いします♡」

 

「私の、気に入った相手なら誰でも股を開いて、本気汁を漏らして誘う変態ビッチまんこを、専用の牝おまんこにしたカリ太長チンポに、ご奉仕させてください♡」

 

「もう、私の完堕ちスキモノおまんこ、我慢できないんです♡ 嬉ションするまでイジめて、パコパコしてくださいまし♡」

 

「マスターが射精するためだけの穴っぽこぉ、準備万端ですわぁ♡」

 

 

 アンは尻を左右に振り、卑猥なダンスを見せながら、屈服した牝そのものの仕草と表情、台詞で虎太郎を誘う。 

 頭の何処かで冷めた自分がそれを眺めているが、止めるつもりもなければ、止められもしない。

 ビンビンに勃起したクリトリスも左右に揺れ、先端からは本気汁が飛び散っている。

 

 これには流石の虎太郎も、ゴクリと生唾を飲み込む。

 あのアンが、こうまで浅ましく男を求めるなど、他では決して見られまい。

 独占欲を程よく刺激される牝仕草に満足すると、虎太郎はアンの腰を掴み、アンもゆっくりと腰を落としていく。

 

 

「は、ぉおぉぉっ♡ き、きましたわ♡ ぶっといちんぽ、きたぁぁぁあぁっ♡」

 

「こらこら、そんなに腰をくねらせたら、抜けちまうぞ?」

 

「ん、む、ムリぃっ♡ こんなのムリですわぁ♡ おちんぽ、入り口を広げるの気持ち良すぎて、腰振り、止められまぇん♡」

 

 

 みっともないガニ股で、腰を円を描くようにくねらせる。

 こんな姿、マタ・ハリにでも見られれば、娼婦の私でもこんな真似、心からはしないわよ、と苦笑されてしまいそうだ。

 

 膣口を押し広げ、襞を掻き分けながら剛直が奥へと進む度、白濁した本気汁が押し出される。そればかりでなく襞の動きによって自ら吐き出してもいるだろう。

 怒張が膣に半ばまで飲み込まれると、虎太郎は掴んでいた腰を掴み、それ以上の挿入を許さなかった。

 

 

「はっ、はひっ、な、なんでぇ、マスター、なんでぇ……奥、もっと、奥までぇ……♡」

 

「まあ、落ち着け。下ばっかりじゃなくて、上の方もしっかりとな。自分でやれ」

 

 

 後ろを振り向いて、懇願を見せるアンであったが、虎太郎は嗜虐的に笑うばかり。

 

 アンは子宮から上る切ない疼きに膝を笑わせながらも、自身が何をすればいいのか。虎太郎が何を望んでいるかを考え、行動に出た。

 最後に残った布地を自ら剥ぎ取り、巨大な果実を思わせる乳房を空気に晒す。

 石のように硬くしこり、乳輪から勃起した乳首。双乳の間には先程の精液が未だに熱を放って残っている。

 

 アンは精液を両手で胸全体へと塗りたくり始める。

 乳房、乳輪、乳首だけではない。腹や臍に引き延ばしてもまだ精液が残っている。

 

 

「んひっ、んひぃいぃっ、ひににんっ♡ はっ、はおぉっ、おほおおぉおぉぉぉぉっ♡」

 

 

 精液を塗り広げられる度に、虎太郎は掴んだ腰を下へ下へと落とす。

 

 アンは肌の上に精液が塗り込まれる度、腰をビクつかせ、軽く潮を噴き、それでもなお自身の行動が虎太郎の欲望を煽るものだと確信した。

 まるで牡の臭いが落ちないように、自ら虎太郎の女になったと主張するように、全身へと伸ばす。

 最後に尻にまで精液を塗り込んだ彼女の全身は、汗と精液で淫靡な光を放ち、その頃には最奥の一歩手前にまで、亀頭が届こうとしたいた。

 

 

「ん? おい、アン。まだ子宮口が開いていないじゃないか」

 

「ふーっ、ふーっ……そ、そんなこと、言われてもぉ、自分では、どうしようも……」

 

「じゃあ、このまま御預けだ。どうすればいいか、分かるな」

 

「は、はひっ、分かり、ましたぁ♡ んぐぐっ、ふぐっ、ふんんっ、ふひぃっ、ふきゅうぅうぅぅぅっ♡」

 

 

 口の橋から涎を垂らしながらも、アンは懸命に歯を喰いしばり、腰を振る。

 それ以上、奥へと進めているだけではない。それでは虎太郎の言いつけを破ることになるからだ。

 幸い、というべきか。アンの子宮は降りきり、虎太郎の亀頭に掠める位置には来ている。

 

 だからこそ、腰を振って、自ら子宮口を刺激しているのだ。

 腰を振る度に、亀頭が子宮口を掠め、まるでパンチングマシーンのように揺さぶられる。

 子宮口を亀頭が掠める度に、潮が尿道から噴き出て、膣が締まっていく。

 膣が締まり、蠕動する度に、亀頭からは我慢汁が吐き出され、子宮口に撒き散らされる。

 そして、撒き散らされた我慢汁を亀頭を使って子宮口に塗りたくるの繰り返し。

 

 牡と牝の欲望を高め合い、互いに絶頂へと至る為の前準備。

 

 アンは寄り目になり、必死な表情で腰振りを繰り返す。

 それだけではない。自分は、ただそれだけの牝だと示しているかのようだ。

 

 

「はっ、はぁぁっ、開いた、開きましたわぁっ♡ これで本当に、準備、整いましたぁ♡」

 

「よしよし。よくやったぞ、アン」

 

「はひぃ、ありがとうございますぅ♡ で、ですからぁ……♡」

 

「じゃあ、ご褒美だな?」

 

「――――おっほぉっ♡」

 

 

 心からの感謝を告げたアンであったが、虎太郎は情け容赦がなかった。

 

 ようやく望んだものを貰えると空白になった心に付け入るよう、ガニ股に開かれた脚を払ったのである。

 

 

「あ゛ぁっ、あ゛あぁぁあぁぁああぁあ゛あぁあぁぁ――――っっ♡♡」

 

 

 アンは膣口から子宮までの女性器全てを、文字通りに串刺しにされてしまった。

 

 子宮は亀頭がピッチリと収められ、ドクドクと我慢汁を吐き出して塗りたくられる。

 ただでさえ、快楽の衝撃で絶頂の坩堝に叩き落とされたというのに、そんな真似をされれば、女は堪らない。

 

 堪えようのない絶頂の波に曝され、アンは自分の意志とは関係なく涙と涎を流し、身体を仰け反らせて、虎太郎の腕の中でもがいた。

 尿道からは絶頂の喜びから黄金水がじょぼじょぼと音を立てて漏れ出し、床から湯気を立ち上らせる。

 

 だが、それだけでは終わらない。

 虎太郎の剛直は更なる女の高みをアンに刻み込もうと、堰き止めていたものを解き放った。

 

 

「ひっ、ひぃぃ、ひぃいいぃいいぃいぃぃ♡」

 

「おぉおぉ、お、お漏らひ、う、嬉ションしてるのに、で、出てるぅううぅぅうぅっっ♡」

 

「ふっっ、んぐふぅぅぅっ♡ んほっ、おっほぉぉぉ♡ んほぐぅぅぅっ、ひぐううぅううぅうぅうっ♡」

 

「わ、わらくしの子宮、マスターの排泄おまんこっ♡ 特濃ザーメンでイッてるぅうぅうっ♡」

 

「おひぃぃぃっ、おぐぅぅっ、ひぐぅぅぅんっ♡ らめぇ、ザーメンっ、おちんぽで塗り込まないれぇ、ズコズコもらめぇええぇぇっ♡」

 

「はふっっ、んっほぉぉぉっ、んっぐぅぅぅぅっ、はあぁぁぁっ、だ、だめぇ、だめなのっ、ああぁぁっ♡ まだいぎますぉぉっ♡」

 

「おまんこ、アクメ、はおおぉおっ♡ らめらめひゃめぇぇぇっ♡ はぁあぁ、いぐっ、いぐイグイグっ、ひぃぃっぐぅううぅうううぅぅううぅぅうぅっ♡」

 

 

 秘裂の締め付けと蠕動、子宮の吸い付きすら意にも介さず、大量の精液が隙間から漏れ出していく。

 失禁が治まったかと思えば、次いで潮が噴水のように噴き出し、やがて絶頂の余韻からか力なく噴出が治まっていく。

 

 長く続いた射精が止まると、アンの仰け反りながら強張っていた身体が綻び、虎太郎に体重を預けてくる。

 

 もう空になったと思われた膀胱にはまだ尿が残っていたのか、ぴゅる、ぴゅると痙攣に呼応して黄金水が漏れ出ていた。

 アンはもう気にも止めない。視線は茫として光はなく、舌は力なく垂れ下がり先端から涎が零れている。

 涙と鼻水、涎でぐちゃぐちゃになっていたが、口元にはアクメ笑みが刻まれ、牡に自らの意思とは関係なしに絶頂させられ続けた情けない牝の顔であった。

 

 

「おい、アン。オレの女として、何か言うことがあるんじゃないのか?」

 

「んひっ……ひゃひぃ……なからし、ガン、ギメ、アクメぇ……ひゃいこう、れしたぁ……ありがとう、ごじゃいまひゅぅ……♡」

 

「よく出来たな――――じゃあ、次のご褒美だぞ♪」

 

「んぐひぃいぃいいいぃいぃぃいいぃっっ♡」

 

 

 絶頂の忘我の中にいたアンは、再び始まったピストンに無理矢理引き戻される。

 

 程なくして、許してください、壊れてしまいます、もう止めて、という牝の本気の懇願が始まったが、その気になった牡は決して止まらない。

 獣同士の交わりは朝方近くまで続く。それまで、どれだけアンの嬌声が響き、本気の懇願が繰り返されたかは、虎太郎とアンにしか分からないことだ。

 

 





というわけで、アンさん完堕ち済み&Mッ気ありすぎ問題&ケダモノ同士はよりケダモノの方が勝つ! でした。

今回のは、ちょいとやりすぎかな? と思いつつも、性技の味方な竿役だからええやんで押し通しました。

さぁて、次回はチョイと幕間を挟みながら、メインディッシュだぜぇ! ぐへへ、エロじゃエロじゃぁ、ぐへへ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『さあ、(色々な意味で)メインディッシュの時間だ!』



ははぁ、土方さんは宝具とスキル構成的に浪漫砲だなぁ。

まあ、ウチにはきませんでしたがね!
へへーん、良いもーん。ウチにはオルタニキとヘラクレスのバーサーカー二枚看板がいるもーん! 可愛い女の子でもない、むさくるしい野郎が来てくれなくてもいいもーん(涙目
いや、実際、土方さん、全く使いこなせる気がしないんだよなぁ。いくら追い詰められた方が輝くとからと言って、そこまで攻撃全振りの性能はどうなのか。

しっかし、日本人のバーサーカー多いなぁ。
土方さんは近代出身、ステ、逸話的にもバーサーカーはしゃーなしにしても、頼光さんがバーサーカーはどうなのか。

では、エロやでエロやでー。サマーバケ-ション編のメインディッシュはやっぱり、この人! 配布だし、一番エロいしね!




 

 

『前触れ、不穏の足音』

 

 

 

 

 

「今度はこれね!」

 

「静謐ちゃん、アーラシュも食べて食べてー」

 

「う~ん、毒味役はオレ達にぴったりだけどな。やっぱり、あんまり良い気分じゃないぜ。静謐は休んでてもよかったぞ……?」

 

「いえ、アーラシュ様は我々山の翁の恩人。あの特異点で得た最大の盟友です。このような役回りを一人でなど……」

 

「…………そう言ってくれるのは素直に嬉しいが、それを言っちゃぁ」

 

「もう! 酷いわ! これは二人にしかできないことなんだから!」

 

「そうそう。大変重要。違った。大変だけど重要」

 

「……ふぁ?! す、すみません」

 

 

 海の向こうに見える水平線から、ようやく太陽が顔を見せ始めようかという日の出前。

 島の中央部に存在している密林の中で四騎のサーヴァント――ナーサリー、ジャック、アーラシュ、静謐のハサンが散策を行っていた。

 

 本来、サーヴァントは睡眠を必要としないと言えど、折角の休暇の日の出前に何をしているのか。

 答えは簡単。食べられる山菜探しをしているのだ。

 

 カルデアに乾燥させてあった山菜は数多くあった――アイヌ料理に何故か嵌ったジャックとナーサリーが集めたものである――が、休暇が伸びたことで持ってきた分は使い切ってしまった。

 だが、その程度の事で情熱の冷める二人ではない。

 この不可思議な環境が整った島であれば、食べられる山菜の一つや二つあるだろうと意気込んだのであった。

 

 しかし、山菜取りで注意すべき点は多々ある。その中で最も注意すべきなのは、目的の山菜によく似た毒草を間違えないこと。

 流石の二人であっても、一目で見分けがつくレベルにはない。ましてや、人の手の入っていない島の野草である。どんな毒があるのか分かったものではない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、アーラシュと静謐。

 両者ともに毒に対して凄まじい耐性がある。アーラシュは生まれ持った肉体で、静謐は暗殺の道具として育てられた経緯から。

 特に静謐は毒使いだけあって、体内に蓄積される毒が分かるのか、野草に毒が含まれているかの判別まで出来る。

 

 以上の経緯で、日の出前にナーサリーとジャックによって連れ出された二人であった。

 

 成果は上々。

 美味しい野草というのは、生でも十分に美味しいものだ。

 二人はナーサリーとジャックの発見した野草をモグモグしながら、時折、毒を喰わされたり、口の中が苦味で満たされたり、辛味で涙目になったりしつつも、食用に足りる野草を採取していたのだが――

 

 

「――――これは」

 

「……おいおい」

 

「ひ、酷いのだわ」

 

「うわぁ、グチャグチャ。解体じゃないね、これ」

 

 

 密林の一角に足を踏み入れた時、静謐、アーラシュ、ナーサリーは言葉を失い、ジャックは首を傾げた。

 

 四人が目にしたものは、ある種の屠畜場だった。

 元々、この島に住んでいたであろう動物や獣人、魔獣、幻想種にワイバーンなどの下位の竜種。

 この島のあらゆる生物が、バラバラになって死に絶えていた。

 

 獣がやったにしては無駄が多い。

 元より彼等は腹を満たす分、ある程度の食料を確保すれば、それ以上の捕食は行わない。

 あくまでも己と己の遺伝子を残す範疇、純然たる弱肉強食の掟からはみ出しなどしないものだ。

 

 これは明らかに違っている。

 何せ、捕食の形跡は見受けられるものの、全く歯型のないままで解体(バラ)されたモノもあるのだから。

 

 

「――――殺されたのは、大分前らしい」

 

「だね。でも、これ刃物で解体されたんじゃないよ? 力任せに引き千切られた感じ」

 

「犯人は――――コイツか」

 

 

 周囲を警戒しつつも、転がる死体に近寄っていったのは、アーラシュとジャックだ。

 

 アーラシュは戦士であるが、生まれた時代が時代なだけに狩猟も得意としており、こういった場で役立つ知識もある。

 ジャックはジャックで、あの高名な殺人鬼。ジャック・ザ・リッパーの解体(さつがい)方法から人体構造に精通している者では、という推察から簡易ながらも外科手術のスキル持ちだ。

 

 おおよその犯人像に当たりを付けたアーラシュとジャックは、明確な犯人の足跡を見つけた。 

 

 ――余りにも巨大な蹄の跡。

 

 

「魔猪、ですか」

 

「むー、私キライ! 臭くて汚くて、それに猪突猛進だもの!」

 

 

 特異点の攻略において、何度か相対し、倒したこともある魔獣だ。

 しかし、魔獣と侮るなかれ。神話においても魔猪は多くの勇者を貪り喰らった魔獣の代名詞。

 武器を食み、鎧を食み、ルーンですらも貪り喰らう。その力は、時として竜種すらも凌駕する。英霊であったとしても、決して侮れる相手ではない。

 

 

「しかし、デカいぞ、コイツは――――流石にティアマトレベルじゃないが、大毒蛇(バシュム)の軽く三倍はある」

 

 

 蹄の大きさから犯人のおおよその体躯を測ったのか、アーラシュは呻きを漏らす。

 大きさが、そのまま魔獣としてのランクを語る訳ではないが、巨大であることは、強いということでもある。

 巨大な体躯を支えて立つということは、それはそのまま力の強さを示しており、巨大な体躯は急所を守る毛皮と肉が厚いということは、多くの攻撃を退ける盾を持つことを示していた。

 

 ましてや大毒蛇以上の体躯ともなれば、その身に蓄えた神秘は如何程か。

 ジークフリートが討伐した悪竜。ゲオルギウスが退けた邪竜。ベオウルフが相討った火竜。

 それらにすら劣らない――――いや、下手をすれば、一方的に貪ってしまう可能性すらある。魔獣を超え、神獣の域にまで達している可能性がある。

 

 

「まずは主殿にご報告を……」

 

「「えー! そんなー!」」

 

「まあ、気持ちは分からないでもないけど、これはなぁ……」

 

 

 相手が神獣の可能性がある以上、特異点(オケアノス)の中の島が、更なる特異点となってしまいかねない危険性を危ぶんだ静謐は、主人の指示を仰ごうとしたものの、ナーサリーとジャックが不満の声を上げた。

 アーラシュも二人――――だけではなく、虎太郎までも慮って、頭を掻いた。

 

 もし、この事実を虎太郎が知れば、すぐにでも調査を開始するに決まっている。

 魔猪の能力がどの程度のものかを調べ上げ、脅威が低ければそのまま放置してカルデアに帰還。特異点化の兆しが見られれば、即座に討伐へと乗り出すのは目に見えていた。

 何はどうあれ、休暇は中止となるだろう。ナーサリーとジャックもその辺りを理解しているので、ごねているのだ。

 

 アーラシュは悩みながら、チラリと他のメンバーに目を向ける。

 静謐はオロオロとするばかり。仕方がない、生前は“山の翁”でありながら、教団の道具として扱われた故に、自己の決断というものに慣れていない。

 それでも、虎太郎や周囲の影響もあってか、自身の意見を口にするようになったが、それは日常の範囲でのみだ。

 

 ナーサリーとジャックはヤダヤダというばかりで建設的な意見は口にしない。

 カルデアの空気の所為か、子供化が進んでいる二人である。無理もない。元々、子供であるし、アーラシュもその方がいいと感じていることだ。口出しはしない。

 

 ――なら、ここはオレが決断するしかないか。

 

 一サーヴァントとして、出過ぎた真似という自覚はあったが、二人を納得させ、静謐に非が及ばず、虎太郎にも苦労をかけない為には、そうするしかない。

 事を秘密裏に収める。敵の素性や正体が不明な以上は余りにも危険であるが、その為に何人かを巻き込む必要があるだろう。

 まず、情報収集の為に呪腕と百貌のハサン、あるいはロビンの協力を仰ぐ必要がある。単純な戦力として、カルナを筆頭としたトップサーヴァントの力も必要になるだろう。そして何より――――

 

 

「し、しかし、アーラシュ様、主殿に無断で……」

 

「ま、叱責は覚悟の上だ。虎太郎はそういうのは絶対に許さんからな。ただ、それに見合うだけの成果を用意すれば、必要以上の追求はないさ」

 

「でも大変、大変よ! 暗い森の怪物(シャバウォック)にだって、ヴォーパルの剣がなければ勝てないわ!」

 

「うん、あぶない。ちょっと大きすぎる。解体できないよ?」

 

「そこんとこも考慮済みさ。ウチには神罰の猪を狩った女狩人(アタランテ)数多の怪物を屠った怪力無双(ヘラクレス)がいるじゃないか」

 

 

 成程、相手が魔猪であるのならば、二人以上の適任は居らず、力を借りない理由もない。

 

 カリュドンの王オイネウスが生贄を忘れたために激怒したアルテミスが、地上へと大魔獣を遣わした。

 神罰の獣を討ち果たす為に集った勇士達が協力して討伐に当たったのが、彼の有名なカリュドーンの猪狩りである。

 アタランテも集った勇士の一人であり、真っ先に猪へと血を流させたと言われている。

 この狩りは彼女一人の力で行われた訳ではないが、彼女が狩りにおいて大きな一助となったことは間違いない。

 

 ヘラクレスは、自ら犯した罪を贖う為に、十二の難行を課せられた。

 その大半は人知を超えた獣との戦いであり、恐るべきことにヘラクレスは魔術でも武器でもなく、己が技量と肉体のみで並居る怪物を締め殺している。

 人類の生み出した武器が通用せず、人理を否定する獅子。毒竜の代名詞であり、残された毒で多くの英雄の命を奪ったヒュドラ。アステリオスが怪物として生まれ落ちる原因となった牡牛。これらを彼以外の誰が討てるというのか。

 

 ギリシャ神話においても名立たる獣狩りの名手(スペシャリスト)

 この二人であれば、別系統の神話に登場する獣であっても、何の問題もなく屠ることが出来るだろう。

 残念ながらヘラクレスは理性を失っており、十二の難行の知識と経験を生かせないが、それはアタランテが補佐すればいいだけのこと。

 

 かくして、虎太郎に何一つ伝えられることなく、アーラシュと山の翁、ロビンフット、アタランテとヘラクレスによる獣狩りが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『影の国の女王も、偶にはダラダラ過ごすのも嫌いではない』

 

 

 

 

 

「……………………んぁ?」

 

 

 アーラシュ達が密林の中で異常を発見した頃。太陽が昇り始めると、虎太郎は不意に目を覚ました。

 普段からの習慣で自然に目覚めたのではなく、身に付いた悪癖の所為で目が覚めてしまった、といったところか。

 

 アンとしっぽりと楽しんだ後、彼女は軽く睡眠を取ると夜明け前に自分のコテージに戻っていった。

 別段、虎太郎は朝までアンの寝顔を眺めながら抱き合っていても構わなかったが、他ならぬアンの意志であるのならば、止めようもない。

 アンはメアリーと虎太郎の関係を気遣い、男女の仲にあると明かしていない。

 その程度のことで、メアリーと虎太郎の間に罅が奔る筈もないが、不穏は不穏、嫌悪は嫌悪。

 虎太郎が、そういったことを嫌う性質であるのも重々承知していた。彼ならば、口先だけで何とかするのは目に見えていたが、其処で気遣いを見せる辺り、アンは悪女であるが同時に良い女でもあった。

 

 ともあれ、虎太郎は久方ぶりの睡眠を満喫していたのであるが、眠気に呻きながらも枕の下に隠していた瞬神に手を伸ばす。

 何時まで経っても眠気が消え去らない辺り、単なる杞憂とは分かっていたが悪癖は消えてなくならないからこその悪癖だ。

 

 

「………………む、起きてしまったか。済まない、これでも気配遮断を使っていたのだが、お主の気配察知を甘く見ていたか」

 

「んぁぁ……別に、いい……くはぁあっ」

 

 

 ベッドに俯せに眠っていた虎太郎は枕に顔を埋めながら、欠伸と共に返事した。

 普段の彼からは考えられない無防備な姿――実際には、咄嗟に対応できる程度の警戒心を残してはいるが――に、スカサハは目を丸くしながらも、僅かばかりに表情を陰らせる。

 虎太郎がマトモに睡眠を取るなぞ一年ぶりになるだろうに、邪魔をしてしまったのだ。負い目の一つも感じて当然だ。彼女はかつてのように心が凍てついているわけではないのだから。

 

 そんなスカサハの心持ちを察したのか、虎太郎は枕に顔を埋めたまま、片手を上げてチョイチョイと手招きをする。

 だらしなさ全開の姿であったが、スカサハはさして咎める風もなく、ベッドの端まで歩いていくと腰を下ろした。

 

 

「………………うー」

 

「――――お、おい」

 

 

 虎太郎は寝ぼけ眼であることを隠そうともせず、スカサハが近くに来たと分かるや否や、その腰に両腕を回し、羽毛の枕から膝枕に頭を移す。

 

 

「――――はぁあぁっ」

 

「………………ふふ」

 

 

 突然の行為にスカサハは何か一言物申してやろうかと思ったが、虎太郎の漏らした溜め息に笑みを溢してしまう。

 まるで温泉にでも身を浸したかのような、極楽浄土にでも至ったかのような吐息を聞き、咎める気持ちも失せてしまった。

 

 普段は見せぬ姿を見せる、というのは気を許した証のようなものだ。

 見事に女としての自信を心地良く満たしていく結果。

 スカサハは、らしからぬ甘えた態度を見せる虎太郎の頭を、愛おしげに撫でる。

 

 

「柔っこい。オレ、枕よりもコッチの方が好きだわぁ~……」

 

「それはそれは、何よりだ。しかし、首は痛くないか」

 

「全然。あぁ、気持ち良すぎる。スベスベで、モチモチだぁ……」

 

「んっ……こんな年増の脚を撫で回して、そんなに楽しいか?」

 

「あぁ、楽しい。けど、もっと良い事を思いついた」

 

「こ、これっ! 何を……?!」

 

 

 頭を預けた太腿の感触を頭だけではなく掌でも確かめていた虎太郎であったが、スカサハの言葉に突如として腕を引いた。

 完全な不意打ちだったのか。それとも別の事でも考えていたのか。

 スカサハは彼女らしからぬ隙を晒し、ベッドの中へと引きずり込まれた。

 

 

「こっちもいいな。お前の体温を感じていい。抱き心地もいい」

 

「ん、くっ……全く、唐突だな、お主は」

 

「今日はこうやって、だらだら過ごそうか」

 

「い、いや、今日はお主のだな、世話を焼いてやろうかと、思ってだな」

 

 

 虎太郎の両腕にすっぽりと収められたスカサハは、言葉では抵抗らしきものを見せるが、もがきもせずに為されるがままだ。

 

 彼女の口から、世話を焼くと聞くとすぐにでも鍛錬に結びつけたくなるものだが、思惑は全くの別だ。

 今日くらいは遊びもせずに、ただただ身体を休めることに専念すべき、と考えていたのである。

 母として家庭を守ったブーディカ。主婦の守護聖人として祀られているマルタ。ガウェインのために二人の愛の巣を守ったラグネル。三者に比べれば及ぶべくもないが、スカサハも日々成長している。

 元より、向上心の強い女性だ。お陰で、世界の外側に追放された後も鍛錬鍛錬としていて、最早、何だかよく分からないレベルに到達してしまっている。

 

 その向上心は戦闘のみならず、料理などの家事にも向けられる。

 バレンタインデーの折り、俗世に染まるのも悪くないと、手作りのチョコレートを作ったことが切欠になるのか。

 自身の腕に納得していないのか、それとも家事の楽しさを知ったのか。

 何はともあれ、それ以後もスカサハはブーディカやマルタ、ラグネルから指導を受けながら、細々と腕を磨いてきたのであった。

 

 

「相も変わらず、此方の都合などお構いなしだな、お主は」

 

「元々、男なんて勝手な生き物だよ。オレはその中でも、輪にかけて勝手な男だからな」

 

「否定などしてやらんぞ? 全く、お主ときたら毎度毎度――――ひんっ……こ、これぇっ!」

 

「まあまあ、元々、そのつもりもあっただろ」

 

「いや、その、ないわけではなかったぞ? だが、それはだな――――えぇい、私の口から言わせるな! 馬鹿者め!」

 

 

 スカサハの身体を抱きすくめていた両腕は、するすると下に降りてゆき、水着で包まれた尻たぶを鷲掴みにした。

 彼女は女そのものの悲鳴を上げたものの、流されまいと怒声を上げたが、普段に比べれば些か以上に力がない。

 更には、虎太郎に今日の狙いの一つを指摘され、図星を突かれた彼女は、口を尖らせつつも頬を染め、拗ねるしかなかった。

 

 その、サーヴァントとしての在り方を崩し、女としての在り方を晒したスカサハの姿に、絶妙な力加減でたっぷりと脂の乗った尻肉を揉みしだく。

 

 尻を捏ね回される度に、スカサハの口からは艶めかしい吐息が漏れた。

 指がめり込むほどにぎゅっと握り締められたかと思えば、今度は握ったまま左右に割り開かれる。

 尻が形を変える度に、スカサハは駆け上る快楽を逃そうと身を捩るが、全く意味がない。

 虎太郎によって思い出した女の快楽、その上に再び開発され尽くした身体は、あっという間に鼓動が高鳴り、全身から汗が噴き出して、発情した牝の芳香を放ち出す。

 

 普段の性格の強さを物語る切れ長の目は、目尻が垂れ下がって蕩け始めていた。

 

 

「うっ……くぅんっ……ふっ……ふうっぅ…………ど、どうしてくれる。か、身体が、すっかりそのつもりになってしまったではないかぁ♡」

 

「心も、だろ? いいじゃないか、偶には。こうやって、一日中セックスする日ってのも、さ」

 

「うぅん、ふむっ……ちゅちゅ……ちゅりゅ……んれろ……ろるぅっ……はひっ……ふぅぅんっ♡」

 

 

 身も心も、余りにも簡単に火を点けられてしまったスカサハは、肉欲の疼きに逆らうことなく虎太郎の首に両腕を回した。

 ベッドに横になったまま、唇を押し付け合う――だけでは当然収まる筈もなく、互いの唇を食み合って愛撫するだけでは飽き足らずに、舌を絡み合わせる。

 

 口の中から脳髄を犯されていくような感覚。

 口の中から響く粘着質な音は、背骨を伝い全身へと広がっていく。

 本来、何の味もしない筈の唾液は次第に甘味を帯び、文字通りの甘露となっていった。

 

 舌を絡めて唾液を撹拌する度に、スカサハの身体は震えを見せ、口腔性交を愉しんでいることを指し示す。

 相手を求める思いの強さを示すように、互いの身体に巻き付いた両腕は、より強く相手を締め付けていく。

 

 

「れりょ……ふっむぅ……はっ、はぁっ……く、くりゅしいれは、ないひゃぁ……」

 

「くく、そっちこそ」

 

 

 口から伸ばされた舌を虚空で蛇の如く絡め合わせながら、スカサハは滑稽すぎる表情で、滑稽な台詞を吐く。

 言葉では相手を責めていようとも、顔から仕草の何から何まで非難の色など見てとれない。これが滑稽でなくて何と言うのか。

 

 女が男を一心に求める様そのもの。

 

 あの日。あの夜。

 他の誰でもない自らの意思で全てを吐露した上に、虎太郎の女になると宣言した時から、スカサハはずっとこの調子だ。

 快楽に咽び泣かされることを半ば本気で嫌がっていたが、最早、その名残りは言葉以外に見受けられない。

 

 スカサハの姿に、虎太郎の股間は熱く滾る。

 彼女の在り様が変わった訳ではない。彼女の認識が変化した訳でもない。

 ただ、己に抱かれるという一点にのみ、感じ方が変わっただけ。

 

 洗脳でも、調教でもなく。

 文字通りにスカサハを自らの女とした、何よりの証。これに滾らない男はいないだろう。

 

 

「んぇぁ……も、もう、おしまい、か……?」

 

「このままキスしっぱなしってのもそそるんだが、下の方を我慢するのも何だと思ってさ」

 

 

 瞳を潤ませ、もっともっととせがむスカサハを、宥める。

 本音を言えば、虎太郎も、もっと蕩けさせてやりたかった。

 だが、年長者、先達としての矜持を捨てて、女として迫るスカサハの愛らしさに我慢が利かなかったのも事実である。

 

 さて、今日はどうしてやろうかと思案する。

 

 奴隷やペットのように扱って屈辱を与えながらも、快楽に流させるのもいい。

 今のスカサハならば、何をしたところで本気で拒絶などしないどころか、怒りすらもしないに違いない。

 あるとするならば、全てが終わった後に、顔を赤くしながら、お主は酷い男だ、と拗ねる程度だろう。

 

 逆に、恋人や妻のように扱って、心底から蕩けさせ、悦ばせてやるのもいい。

 心からの本心を、思いつく限りの甘い台詞で飾り立て、耳元で囁き続けるのだ。その時のスカサハの反応を見るのも、また楽しみだ。

 此方は此方で、はにかんで微笑みながら、お主は酷い男だ、と照れるに違いない。

 

 結果が似たようなものなら、どちらでも構わないな、と結論した虎太郎はベッドから起き上がった。

 

 

「こ、虎太郎。今日は……その、頼みが、ある」

 

「…………珍しいな。どうかしたか?」

 

 

 本当に珍しいこともあったものだ。

 スカサハから、提案があること自体珍しい。

 

 もっとして欲しい、と強請っても。

 もっと優しくして欲しい、と懇願はしても。

 もっと激しくして欲しい、と哀願はしても。

 

 基本的に、彼女は求められたものに応えるだけで、彼女から求めることはないと言っても過言ではない。

 虎太郎に抱かれる時は、内容に口を挟みはしない。

 強引で、勝手な女だと思われることを怖れているのか。それとも、男の求めるものを与え、自らもまた満たされることこそ、彼女の考える女の在り方故なのか。

 

 ともあれ、虎太郎が興味を惹かれたのは事実。何を求めてくるのか、ニヤついた表情で眺めることに決めた。

 

 スカサハは虎太郎の意図を察したのか、ベッドの上で身体を返し、うつ伏せになる。

 そして、尻だけを高く掲げると、水着のボトムを僅かに下にずらし、尻だけを露わにした。

 

 

「きょ、今日は、此方を、だな……」

 

「ほう、スカサハはアナルの方に興味津々だったのか?」

 

「ん、ふふ……そ、そうだぞ。お前が私を抱く時は、必ず指で尻穴を捏ね回すから、期待していた。もう、疼いて疼いて仕方がない」

 

 

 淫らな笑みを浮かべ、誘うように尻を左右に振る。この誘いに乗らない男はいないだろう。 

 羞恥を感じてこそいるが、それもまた性感を高めるための刺激(スパイス)でしかない、と言わんばかりの態度と仕草。

 

 すっかり男に傅く様が身に付き、己らしからぬ様にすら興奮を覚えているのは間違いない。

 

 

「じゃあ御望み通り。自分で開いてみな」

 

「あ、あぁ――――ん、んふっ♡」

 

 

 瑞々しさで張り詰めた尻を、スカサハは自らの手で左右に割り開く。

 その奥では、茶褐色の窄まりがヒクヒクと期待で蠢いている。

 注がれる視線を受け、ジリジリとした熱のような疼きを覚え、性交に使用しない筈の肛門は更にヒクつく。

 

 まだ何もされていないと言うのに、スカサハは快楽の喘ぎを漏らした。

 とてもではないが堪えきれない。身を焦がす欲情を抑えきれないと言わんばかりに。

 

 

「み、見てばかりいないで、は、早くぅ……♡」

 

「いやいや、こうやって見て楽しむのも乙なもんなんだよ――――しかし、これは……」

 

 

 これ以上ない羞恥と屈辱に、スカサハは身を震わせて懇願していたが、彼女の牝穴はどろどろの本気汁をごぷりと吐き出す。

 一人の男の女になっていく。どうしようもなく女である自分。男に媚びを売って傅く女の本能。

 今まで自分の培ってきた全てが、単なる強がりだったと思えるほどに。誰がどう見ても女として堕ちているだろうに、同時に女として輝いていく感覚。

 全てが、被虐の快楽となってスカサハを犯し、その全てが堪らなく心地が良い。

 

 

「スカサハ、これ、自分でイジってオナニーしてたな……?」

 

「あぁ、そ、そんなことまで、分かってしまうのかぁ……♡」

 

 

 ヒクつく尻穴の解れ加減を見た虎太郎は、本当に嬉しげにニヤついて確信を得た口調で、スカサハを責め苛む。

 

 スカサハは、虎太郎の指摘に恥じらいから全身を真紅に染め上げながらも、口から漏れた言葉は歓喜の響きで満ちていた。

 自身の淫らさも、はしたなさも、女としての全てを知られている、理解されているが故の歓喜。

 

 その事実に、スカサハは軽く絶頂へと至る

 全身をぶるぶると痙攣させ、絶頂を噛み締める姿は、紛う事なき女の“それ”。

 

 

「そ、そうだ。お、お主が、弄ぶばかりで切なかったんだぁ♡ だ、だから、お主が楽しめるように、自分で解して、慰めていたぁ……♡」

 

「ほう、それはそれは。全く――――――余計な真似しやがって」

 

「ひあぁああぁあぁああぁっ♡」

 

 

 スカサハの淫らな告白に対する虎太郎の返礼は、平手による尻への打擲であった。

 

 ピシャンと派手に音を鳴らすほどの威力。悪戯をした子供に対して行う尻叩きよりも遥かに強く、その上怒りの篭った平手打ち。

 予想外の痛みに、スカサハは悲鳴を上げる。如何な英雄と言えども、予想していない痛みには悲鳴の一つも上げてしまうのは無理もない。

 

 

「ひっ! あぐぅっ! な、何を―――んあぁっ! や、やめぇっ!」

 

(い、痛っ! 痛いのに、き、気持ち良く♡ はぁっ、はぁああぁあぁっっ♡)

 

 

 幾度となく振り下ろされる平手は、スカサハの尻に真っ赤な跡を残していく。

 理由も分からない突然の痛み。けれど、今の彼女はそれすらも快楽と受け取ってしまい、尻を打ち据えられる度に、勢いよく潮を噴いて迎えていた。

 

 初めの内は余りにも無体な行為に、背後の虎太郎を睨みつけたが、二度三度と繰り返されると吊り上がった目尻は、逆方向に垂れ下がる。

 平手打ちが五度目を迎えた辺りで、痛みと共に齎される快感にスカサハの表情は蕩け切り、せめて不様な声だけは上げるまいと枕に顔を埋めて喘ぎを押し殺す始末。

 

 スカサハの尻が真っ赤に腫れ上がり、被虐の快楽に飲まれると平手打ちがようやく止まる。

 

 

「お前の尻穴を立派なケツマンコに完成させるのを楽しみにしてたんだが、全く、折角の楽しみを奪われちまった」

 

「はっへぇ……ひぃ……んぐぐっ……おぉ……ほぉ……♡」

 

「――だがまあ、それぐらい期待してたってことでもあるわけだ。これくらいで許してやるよ」

 

 

 普段のスカサハが聴けば……いや、どのような女であれ、屈辱から怒りで我を忘れるであろう男の傲慢に凝り固まった台詞を宣う虎太郎。

 しかし、その手付きは先程とは打って変わって優しげだ。赤く染まった尻を憐れむように、愛おしむように撫で回す。

 

 スカサハは優し過ぎる刺激に、甘い牝声を漏らしてしまう。

 

 

「ふぅ、ふぅぅ、ふぅーっ……す、済まない。私は、お前を楽しませても、んくぅっ、やれない、んふぅっ、不出来な女だぁ……♡」

 

「だ、だからぁ、あ、ぁあ、……お前が、仕込んでくれ♡ お前の望むっ、お前好みの、恥知らずなスケベな女に、躾けてぇ……♡」

 

 

 これが私に出来る精一杯と言うように、ゆらゆらと更に尻を揺すって男を誘う。

 

 

「クク。恥ずかしくないのか?」

 

「は、恥ずかしいに決まっている♡ だ、だが、私を救うと宣った、私の男の前だ♡ 今は、今だけは、全ての矜持を捨てて、お前に尽くすっ♡ お前だけの女になるぅっ♡」

 

「そうか。ほら、尻穴も触ってもいないのに、開いてきたぞ?」

 

「じゅ、準備万端だっ♡ 自分で綺麗にもしてきたのだぞっ♡ だから、早くぅっ♡ お前のカリ高極太長チンポで貫いてっ、本物のケツマンコにしてくれぇっ♡」

 

「次は、綺麗にする姿もちゃんと見せて貰うからな?」

 

「あ、あはぁっ、そ、そんな姿までなぞぉっ…………はっ、わ、分かった♡ ふぅっ、見せるっ、恥ずかしい脱糞姿も見せるぅっ♡ お前の命なら、お前の頼みなら、何でも聞く女だぞ、私はぁ……♡」

 

 

 スカサハの頭と心が興奮と発情で満ちていく毎に、身体も花開いていく。

 緩んでいた尻穴は、今や虎太郎の剛直を飲み込めるようにポッカリと穴が開いている。

 前の牝穴は淫らな言葉を吐き出す度に、ごぷりと粘度の高い本気汁を吐き出していた。

 これでは乳首や陰核も、水着で隠しても意味がないほどに勃起しているに違いない。

 

 スカサハの媚び切った姿に、さしもの虎太郎もゴクリと生唾を飲み込む。

 そして、露わにした自身の分身を、ずり下ろした水着と尻の間に差し込んだ。

 

 

「んあぁっ♡ そ、そこではないぃっ♡ 今日はそこではっ……♡」

 

「こっちの準備だよ。そのまま入れたら痛いだろ。ローション代わりだ。どろっどろの本気汁を塗り付けておかないとな。ほら、頑張れ頑張れ」

 

「わ、分かったぁ♡ ふぅぅんぅううーっ♡ ふ、ふっ、ふぅううぅぅうーっ♡」

 

 

 虎太郎に言われるがまま、スカサハは両脚で怒張を逃がさぬように挟み、腰を前後に振ってスマタを開始する。

 

 ぴったりと花弁に押し付け、女の口から零れる本気汁を塗りたくっていく。

 それだけではない。息み、膣を蠕動させることで溢れる本気汁の量を増やし、男性器がふやけてしまいそうなほどに塗す。

 時折、自らカリ首に勃きり立った淫豆を擦り付けて潮を噴かせ、潮まで塗していた。

 

 まるでスカサハの欲情と発情の強さと深さを見せつけるかのような行為。

 

 虎太郎が満足するまでスマタは続いた。

 スカサハは快楽で顔が緩まるのを必死で堪え、奉仕と準備に専念するように眉根と瞳を寄せて歯を喰いしばる。

 ぐちゅ、と音を立てて股から引き抜かれた肉棒は二人の欲望を示すように粘液で濡れそぼり、むわぁっと湯気が立っていた。

 

 

「もう十分だな。オレも長持ちしないだろうが、其処は勘弁してくれ」

 

「よ、よいぞぉ♡ はっ、はっ、それほど、私に興奮してくれて、あっ、おるのだろう? ふぅ、素直に、嬉しいからな♡」

 

「そ、それに、きっと、私も挿入()れられただけで、達してしまう♡ その後も、ずっとイキっぱなしになる、絶対だ♡」

 

「虎太郎が、射精()くまでに、絶頂し続けて、チンポの形をケツマンコでしっかり覚える、からなぁ……♡」

 

「そこまで言われちゃ、オレも遠慮なく♪」

 

「おっ♡ おっ♡ おっほぉおおぉおぉおおおぉっっ♡」

 

 

 スカサハが自ら左右に割った尻の奥では、開いた菊門までもが左右に伸びていた。

 虎太郎はスカサハに一切触れることなく腰だけで狙いを定め、ゆっくりと突き入れていく。

 

 亀頭の先端が突き刺さり、飲み込まれていく様を楽しみながら、ゆっくりゆっくりと前に進めていった。

 

 

「っ、分かるか、スカサハ……?」

 

「あ、はっ、はっ、はぐぅっ、わ、分かるぅ♡ 今、亀頭の先端が入って。くるくるくるぅぅううぅっ♡」

 

 

 秒間に僅か数ミリの前進。

 しかし、スカサハにはそれで十分過ぎるのか。本気汁も潮も関係なしに吐き続け、水着どころかベッドまで汚していった。

 

 

「は、はぐぅっ! はっ、はひっ、はひぃっ♡ さ、流石に、カリ首まで飲み込むのはぁ、あがっ、く、苦しい、なっ♡」

 

「その苦しさも良くなる。もっとも、それ以上に気持ち良くて気にならなくなるだろうがな」

 

「おほっ、おっ、んぉおっ♡ すっごぉっ、虎太郎が開発した、ケツマンコ、すご、すぎるぅぅうっ♡ はっ、はっ、ぶっとくて、硬いチンポ、全部分かるぅ♡ け、血管の形までへぇっ……♡」

 

 

 奥へ奥へと進む度に、スカサハの全身の毛穴が開き、汗が噴き出す。

 

 痛みなど絶無だ。

 尻から本来は入る筈のない異物を挿入されることに全身が冷たくなったかと思えば、菊門から背骨を駆け上がる快楽の波に爆発的な熱を生む。

 異物からなる圧迫感ばかりはどうしようもなかったが、思考が朦朧とする息苦しさすらも、簡単に快楽に変わってしまう。

 

 犬のように短い呼吸を繰り返し、枕を胸の前で抱き締める。

 今度は顔を埋める真似もしない。肛門処女を奪われた女の喘ぎを聞かせてやるとばかりに、口を開いて舌を突き出し、野太い喘ぎ声を隠そうともしていなかった。

 

 

「いいケツマンコだぞ。締め付けは十分だが、簡単に飲み込んでくれる」

 

「は、はひっ、入ったぁ♡ ね、根元まで、入ったぞぉ♡ ふぐぐっ、こ、虎太郎、気持ちいいかぁ♡ んっ、んっ♡」

 

「くぉっ……おいおい、そんなに必死で喰い締めないでくれよ、すぐに出ちまう。ケツマンコを躾けられないじゃないか」

 

「す、済まない、済まないぃ♡ か、勝手に締めてしまうんだぁっ♡ お、お主のチンポが凄過ぎて、け、ケツマンコが、勝手に、媚びてしまうぅ……♡」

 

 

 スカサハは本気で謝罪していた。

 これからねっとりと躾けられなければならないというのに、男に媚びて締め付ける自身の淫らな尻穴を。

 

 その不様な姿に、虎太郎はかつてない興奮を覚える。

 

 あの気高いスカサハが。

 彼女の在り様は、悲しくも美しくすらあった。

 馬鹿と思えるほどの頑なさは一種の哀れみすら覚えたが、同時に認めてもいた。

 そのブレなさは虎太郎の好みそのものだ。正義であれ、悪であれ、それを貫くのであれば、一切の偽りはないのだから。

 

 それが今や、崩れている。

 これが終われば、普段の彼女に戻る。今この一瞬だけの崩落。己にのみ見せる女の表情。これに興奮しない男など、存在しないだろう。

 

 

「ふぉおっ……♡ おほっ……おっ、おぉおおぉおっ……♡」

 

「ほら、スカサハ。分かるか?」

 

「わ、分かる♡ 分かるぞぉ……♡ 子宮っ、裏から子宮をぐりぐりぃ……♡ そ、そんなところから子宮をぉ……♡」

 

「子宮を開発した甲斐があっただろう? ここにスイッチを作ってやる。ここを捏ね回されただけで、アクメできるように、病みつきになるまでな」

 

「そ、そんなっ……あぁ゛っ♡ おっ、んほっ、ほぉぅっ、ほひっ、あっひぃぃいいぃいぃっ……♡」

 

 

 根元まで埋まったまま、粘膜が馴染むまで子宮を裏から押し潰す。

 腰の動きだけで押し付け、捏ね回らせると、スカサハの菊門は更に剛直をきつく締めて絶頂を示した。

 思いもよらぬ子宮への刺激に、スカサハはされるがままの情けないアクメ声を上げることしかできないようだ。

 

 

「さて、そろそろ動かすからな」

 

「んひっ、んひぃっ♡ ぬ、抜けぇ――――おっ♡ おおっ♡ ほあおぉおおぉっ……♡」

 

「ふふ、ケツマンコが凄ぇ伸びてるぞ。全く、そんなに気持ち良いのか?」

 

「気持ちいいっ♡ 気持ちいいキモチイイ気持ち良いぃ♡ な、なんだこれはぁ……はっ、はおぉっ、大きいのをするようなっ、はっへぇぇええぇぇっ♡」

 

 

 排泄には必ず快楽が伴う。

 涙、汗は言わずもがな。放尿や便通でも変わりはない。

 遺伝子に刻まれた快楽である。人体に元よりインプットされた快楽には何人たりとも逃れられない。スカサハも変わりはしない。

 酷いのは、その快楽が通常の排泄よりも数百、数千倍となって襲い掛かってくることか。

 既に知っていながらも、未だかつて体験したことのないレベルの悦楽に、スカサハの全身は鳥肌を立てせしまう。

 

 びくりびくりと全身を痙攣させながら、何時までも終わらない排泄快楽に咽び鳴く。

 長大な剛直は、それこそ便通などとは比較にならない程に大きく、長い排泄の快楽を与え続けた。

 

 

「はっ、はっ、ふぉおぉっ♡ ぬ、抜ける、抜けてしまうぅっ♡ ま、まだ、抜かないで、くれぇ……♡」

 

「そんな泣きそうな声を出さなくても大丈夫だぞ。此処からが一番凄いからな」

 

「――――んひっ♡」

 

 

 ぐぽんっ、と下品な音を立てて、カリ首が顔を出した。

 スカサハの言葉と同様に必死な懇願そのもののように、皺の伸びきったアナルはカリ首を追い縋るように伸びに伸びたが、虚しい努力でしかない。

 

 その瞬間、スカサハの思考は白痴に染まった。

 剛直で最も太いカリ首が引き抜かれる感覚は、出来上がった彼女の身体と菊門を更なる絶頂に押し上げるには十分過ぎたようだ。

 一際大きく、派手に尿道から潮が吹き出る。スカサハはくるんと瞳を持ち上げ、喘ぎ声すら忘れ、ぱくぱくと金魚のように口を開閉して絶頂を味わった。

 

 

「はっ、はーっ、はひぃっ……ふーっ、ふーっ……ふぁぁっ、はっ……はへぇっ……♡」

 

「まだへばるなよ。本番はここからだぞ?」

 

「お、おほっ♡ ほひっ、ほぉぉっ♡ ほおおぉっ、おぉっ、おっ、おっ、おぉおォぉおオォぉっ♡」

 

 

 再び、スカサハのアナルへと怒張を差し込む。

 但し、今度は根元までではなく、カリ首までだ。

 浅い挿入で済ませ、そのままアナルにカリ首を吸い付かせ、引き延ばすだけ引き延ばして、引き抜く。

 徹底して菊門を躾ける抽送。その度に、スカサハのアナルからは、ぶぴっ、ぶぴっと放屁にも似た音が漏れ出す。

 

 

「いひぃいっ♡ ひゃぐぐっ♡ あぐぅうっ♡ ンひっ♡ んぐぐっ♡ ンほぉおおぉオォっ♡」

 

「こらこら、スカサハ、イク時はちゃんと報告しなきゃ」

 

「イグぅっ、イってるぅ♡ はひぃーっ、け、ケツマンコ、虎太郎のデカチンポでイってるぅ♡ げ、下品な音と声、抑えられないぃっ♡」

 

「抑えなくていいぞ。お前の獣みたいな喘ぎ声。オレは大好きだからな」

 

「ンおっ、おっ、おぉっ♡ イクゥ、また虎太郎のチンポでイクぅっ、ふっ、ふぅぅーっ、ふおっ、ふおおぉぉおおぉおぉっ♡」

 

 

 其処までくれば、最早、後は一直線。

 アナルの入り口ばかりではない。

 いきなり根元まで突き入れられたと思えば、またも子宮裏を捏ね回されての絶頂。

 かと思えば、再び引き抜かれ、排泄快楽による絶頂。

 

 スカサハが堪えようとする度に、快楽の種類を変え、責め方を変え、絶頂へと押し上げて躾け続ける。

 薄ら寒さを、恐ろしさすら覚える快感の波に、スカサハは絶頂を堪えられないまでも、意識だけは失うまいと涎を流しながらも歯を喰いしばり、シーツを握り締める。

 自ら宣言した通り、虎太郎の怒張の形を尻穴で必死で覚えようとしているのだ。

 太さや長さは勿論のこと。亀頭の丸みとカリ首の高さ、浮かび上がった血管の流れまでも。

 

 その過程で虎太郎も限界を迎えた。

 我慢はしようと思えばいくらでも出来るが、スカサハの媚び姿に我慢をしたくなくなった。

 

 宣言などしない。

 最早、彼も満足するほどに尻穴は専用となり、立派なケツマンコと化している。何よりも、スカサハは己の女となっていた。

 牡の欲望を開放するのに、躊躇いなどあろう筈もない。

 

 一際強く、剛直を根元まで突き入れる。

 瞬間、スカサハは何も言われないままに、全てを察したのか、背中を反らして最大の絶頂へと至った。

 

 

「――――っ」

 

「ひいいいいぃぃんっ♡ ンあっ♡ んおっ♡ おぉっ♡ イクぅっ、イクイクイクっ♡ い、イィィイッ、イックゥウウゥゥゥぅぅぅぅっ♡」

 

 

 スカサハの絶叫をすぐ側で聞きながら、その絶叫で更なる射精を促されるように、大量の精液が放たれる。

 

 

「おぉおぉっ♡ け、ケツマンコにこ、子種がぁぁあぁっ♡ はおぉっ♡ あっ♡ あっ♡ あぁぁあぁああぁぁぁぁああぁぁぁっ♡」

 

「イグゥっ♡ またイグゥウゥっ♡ い、イキッぱなしだぁ♡ アクメ、止まらないぃぃいぃっ♡」

 

「は、はぁぁっ♡ 出てるぅっ、そんなにっ、ケツマンコに射精されたら♡ 失禁っ♡ イキショウベンでるぅううぅうぅっ♡」

 

「と、とめぇっ♡ お、覚えたっ♡ け、ケツマンコで虎太郎のデカチンポ覚えたからぁ♡ だ、射精()しながら、ぐちゅぐちゅするなぁ♡」

 

「はっへぇっ♡ げ、下品な音、止まらんっ♡ びちゃびちゃ、ぐぽぐぽぉぅっ♡ 前も、後ろも、はひぃいいぃぃぃ♡」

 

「ひぃっ、イッグゥっ♡ ひぃっ♡ ひぃっ♡ ひィっ♡ イグイグいぐっ♡ またアクメぇッ♡ おっ♡ おっ♡ おッ♡ おぉっ♡ ンおぉおぉっ♡ ケツマンコっ♡ いっぐぅううぅうううぅうぅううぅッッ♡」

 

 

 尻穴に射精された瞬間、スカサハの尿道は決壊し、黄金水が溢れ出た。

 湯気を立たせながら水着のみならずシーツまでも汚していく。酷い臭気を漂わせるが、それは牝の快楽がそのまま凝縮されたようなものだ。

 

 アナルからは収まりきらなかった精液が溢れ、糸を引いて伝い、振り子のように揺れてシーツに落ちる。

 それでもスカサハの尻穴は少しでも精液を逃すまいと、ひとりでに蠢き、ぶぴっ、ぶぴっ、と間抜けな音を漏らしていた。

 これでもうスカサハの菊座は立派な性器だ。排泄の為の機能だけでなく、男に媚びて喰い締め、精液を絞る機能まで獲得したのだから。

 

 虎太郎とスカサハは荒い呼吸を繰り返しながらも、絶頂の余韻を味わう。

 次第にスカサハの身体からは力が抜け、ずるずると高く掲げていた尻が落ちていく。

 

 

「ンおっ……おっ……おおおぉぉっ……♡ おッほ……おっほぉおぉぉ……♡」

 

 

 動きに合わせ、二人の意思に関係なく、剛直は抜け落ちていく。

 それだけでも絶頂に達しているのか。忘我にある筈のスカサハは、獣の喘ぎを上げていた。

 

 やがて、ずるりと怒張が完全に抜き出された。

 硬さを失わない男性器は、その反動でブルンと反り返って、こびり付いた精液をスカサハの背中に飛ばす。

 ふてぶてしいまでの肉勃起は、スカサハの身体と同様に痙攣を繰り返していたが、同時にまだ足りないと怒り狂っているかのよう。

 

 二人の荒い呼吸と、スカサハの尻から間抜けな空気の破裂音だけが部屋に響いた。

 

 

「ふぅ……んぅっ……んっふっ……ぅぅ……♡」

 

 

 それからどれだけ時間が経ったか。

 虎太郎に女として尽くす。その一心だけで失神を堪えたスカサハが気だるげに身体を起こし、その姿に虎太郎もベッドの上に立ち上がる。

 

 折り曲げた両脚の間に尻を落とす形でベッドに座り込んだスカサハの眼前に、精液と腸液で汚れた剛直が差し出される。

 どちらも言葉を発することなく、始めから決められた事柄だと言わんばかり。

 スカサハの瞳は潤み、視線を外せないのか、愛おし気に萎えない怒張と自身を見下ろす虎太郎の表情を交互に眺める。

 

 しかし、頬にぐちゅりと押し付けられると、ぺろりと唇を舐め上げる。

 

 

「……んんっ、こ、これ、乱暴だぞっ♡」

 

「ハハ、悪い悪い」

 

「まったく。……すん、すんすん……ひ、酷い臭いだ。これが、私のケツマンコの臭いなのだな。それにお主の子種の匂いが混ざって……はぁぁっ♡」

 

 

 言葉はどうあれ、隠しきれない媚びが響きの中に含まれている。

 当然だ。スカサハは待っていたのだから。それが作法だと言わんばかりに。虎太郎が強請るまで。

 

 虎太郎に促されるままに、だけでなく、自らの意思で散々自分を咽び泣かせた肉棒の匂いを嗅ぐ。

 言葉通り、酷い臭いだろう。元より肛門は排泄器官。体内で不要となった老廃物を出す場所なのだ。その臭いが心地良いものである筈もない。

 だが、スカサハの漏らした溜め息は酷く熱い。それは自ら女となると決めた男のモノだったからなのか。

 

 

「………………んえぇぁあぁぁっ♡」

 

 

 ともあれ、スカサハは両膝に手を置いて口を大きく開け、舌を突き出す。

 自ら掃除を開始するのではなく、ここはお前のための穴だと示すように、虎太郎の反応を待つ。

 

 

「んちゅ……んぶぶっ、んぐぅぅうぅっ、ぬぅっ、んんんんんんんっっ……♡」

 

「――――っく」

 

 

 虎太郎が笑みを深めると、腰を前に突き出し、スカサハの口に怒張を収めていく。尻穴を犯した時と同様に、ゆっくりと。

 

 前に進める度に、肉幹と唇の間でスカサハの舌がチロチロと忙しなく動き始める。

 丁寧に丁寧に。亀頭の先端から口に収まっていく肉棒を労うように、精一杯の舌奉仕で腸液と精液を舐め落とす。

 

 男が主体となるお掃除フェラ。

 これほど興奮を煽られるモノもないだろう。

 女の口をただそのためだけの道具として扱うような。ともすれば、布やティッシュと大差のない扱いである。

 ましてや、女の側が心底から喜んで行っているのであれば。

 

 

「……うっ……ぐっ……クク」

 

「ふふっ……ずろぉ、ちゅろろ、んぶぅぅ……じゅるるっ♡ れるぅ……んろんろ……んぅふぅ……♡」

 

 

 虎太郎は肉棒から駆け上る快感に呻き、笑みを深める。

 すると、虎太郎から視線を外さなかったスカサハは瞳にハートを浮かべたまま、嬉し気に目を細め、一層お掃除フェラに熱が籠る。

 

 口の端から零れた涎が顎を伝い、膝を汚すが、そんなことは彼女の頭にはない。

 口の中で弾け、鼻を伝い、脳髄まで届く精液と腸液の匂い、虎太郎の悦びを感じ、女としての尊厳と誇りが刺激されて満たされていく。

 

 ごちゅ、とスカサハの頭に肉を打つ音が響く。亀頭が咽喉を抉った証だ。

 類を見ない男根を見事に根元まで飲み込んだスカサハであったが、その表情に苦しみは見受けられない。寧ろ、うっとりと蕩けたまま。

 

 虎太郎は、スカサハの唇が陰毛に覆われた根元に押し付けられるのを確認すると、舌の動きと咽喉の締め付けを一頻り楽しんだ。

 スカサハの奉仕は、どれもこれもがツボをついている。こんな所まで熱心なんだな、と呆れる反面、教え込んだのは自分かと笑みを漏らす。

 

 そして、今度は腰を後ろに引いていく。

 

 

「じゅぞぞぉ……ずぞぞぞぞぉぉおおぉぉっ……♡」

 

「――――くおぉおっ」

 

 

 腰は前に進めた時と同じ速度でゆっくりと。

 舌の動きは前に進めた時よりもねっとりと。

 

 その上、スカサハは頬を窄めて、剛直に吸い付いていた。

 尿道に残された精液まで逃さず綺麗にしてやろう、と意気込んでいるかのようだ。

 

 精液を放ち、敏感になった怒張には十分過ぎるほどに効く吸引。虎太郎の呻きも仕方がない。

 自分の顔が情けなく崩れていくのも、下品な音を立てているのも気にせず、スカサハは吸い付くことを止めはしない。肉棒がビクビクと震え、精液を押し上げて、新たな我慢汁が吐き出されてもなお。

 

 唇が伸びきり、鼻の下が伸びきった間抜け面に虎太郎は笑ってしまう。

 その滑稽さにではなく、先程犯していた尻穴と似たような形をしていたからだ。

 

 

「ずろろろろろぉぉっ…………ん、ぽんっ♡」

 

「くっはぁっ…………気持ち、よかったぞ」

 

「ほれは、よふぁった……んんぇぁ…………ぐちゅ、んごっ、れるるぅ…………んぐっ、こくっ、んんっ、ごくんっ♡」

 

 

 口から音を立てて、萎えない怒張が引き抜かれる。

 虎太郎は腰砕けになったかのように、ベッドへと座り込んだ。

 

 その様にスカサハは満足げな表情で笑うと、一度舌で舐め落とした精液を見せつけると、涎と撹拌し、飲み下す。

 そして、もう一度、完全にお掃除フェラが終了したと見せつけるように、虎太郎の目の前で大きく口を開く。唇に張り付いた陰毛が酷く滑稽でありながら、同時に淫靡でもあった。

 

 その時、ぶぴぴっ、と一際大きくスカサハの尻穴から破裂音が響いた。

 

 

「うっ、んくっ……す、済まない……あっくっ、出して貰ったのに、も、漏れてしまったぁ……♡」

 

「いいよ、別に。また注ぎ込んでやればいいだけだろ?」

 

「――――――あっ、んん♡」

 

 

 視線を逸らし、女としての粗相を恥じらうスカサハを虎太郎は押し倒す。

 女の都合を考えない、ともすれば強引な男らしい強襲はスカサハのお気に召すものであったのか、漏れた悲鳴に非難は見て取れず、情欲で濡れそぼった甘いものだった。

 

 

「次は子宮(こっち)だな。正直、辛いだろう。ケツマンコからアクメさせられて、精液を欲しがってるはずだからな?」

 

「あ、あぁ……お前のチンポをしゃぶっていたら、子宮が痛いほどに疼く。だ、だが、良いのか? 身体は、大丈夫、か? 疲れては、おらぬか?」

 

「まだまだ、いけるね。これからさ。今度は、どう抱かれたい?」

 

「で、では、だな。その、め、夫婦(めおと)のように、スケベなキスをしながら、子宮にしつこく種付けしてくれ……♡」

 

「了解。今日は一日中だ♪」

 

「――――んっ♡」

 

 

 押し倒したスカサハの表情を間近で眺めながら、僅かながらに恥じらいを含んだスカサハのリクエストに応える。

 スカサハは上に覆い被られ、直ぐにキスで口を塞がれる。朝日が差し込み始めたコテージに、ベッドの軋む音とくぐもった喘ぎ声が響くのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『苦労到来。現れたるは、最果ての塔』

 

 

 

 

 

「――――くぉっ」

 

「はへぇ……おっ……あひっ……ん……はぁ……ひっ……♡」

 

 

 とっぷりと夜も更け、月が傾き始めた深夜。

 コテージの中は雌雄の臭気で満たされていた。

 

 虎太郎とスカサハは文字通り、一日中交わり続けた。

 食事は果物で済ませ、時折、水を飲む。その間も繋がり続ける。

 怒張をスカサハから引き抜くのは、お掃除フェラか、秘裂から尻穴へと差し替える時か、あるいはその逆だけ。

 

 スカサハが失神しても、失神させた状態で何度となく絶頂を極めさせ、絶頂によって覚醒させる。

 勿論、スカサハのリクエストを聞いた上で、である。

 夫婦のようにも交わった。肉便器のようにも扱った。ペットのようにも愛でてやった。奴隷のようにも虐げた。恋人のようにも甘い言葉を投げかけた。

 

 女としてあらゆる快楽を極めたスカサハは心底、幸せそうな表情で失神している。

 涙と鼻水、涎の跡も拭わずに、だらりと舌を垂れ下げながらも、何も映していない瞳はうっとりと蕩けていた。

 

 股を大きく開いたその奥では、秘裂と尻穴から精液が溢れており、尿道からはちょろちょろと力のない放尿が続いている。

 

 

「はぁ……まだ満足できないな。もう少しだけ、付き合って貰うか」

 

 

 呆れた精力だ。

 しかし、これ以上はスカサハの頭がおかしくなると判断したのか、裸のままベッドの端に腰を下ろし、煙草に火を付けた。

 

 それでいて、スカサハへの心遣いも忘れない。

 愛液、精液、汗、尿、腸液、涎、涙、鼻水。人体から排出されるあらゆる液体で汚れた身体を清めようと手を伸ばし、止めておく。

 スカサハが眠るベッドは、同様の液体でぐちゃぐちゃだ。これでは綺麗にする意味がない。

 

 仕方なしに、備え付けられた毛布を、生まれたままの姿で汚れたスカサハを被せる。

 スカサハが目を覚ましたら風呂に入って、其処でもう一度、と考えながら、湯船に湯を張る為に、煙草を咥えたまま浴室へと向かった虎太郎であったが――――

 

 

 ――――金属バットで後頭部をフルスイングされたような衝撃に、立ち止まった。

 

 

 物理的な意味での話ではない。精神的な意味での話だ。

 

 

「いや、おい――――――冗談じゃねぇぞ、おいっ!!」

 

 

 コテージの壁越しにでも分かる魔力の放流。

 持ち前の感覚器官によって魔力すら肌で感じる虎太郎は、全く予想していなかった危機の到来に、絶叫を上げる。

 

 煙草をモノを叩き過ぎて痛みなど感じなくなった掌で揉み消し、近くにあったズボンを履く。

 慌て過ぎて、ズボンを履く過程で床へと転んでしまったが、今はそれどころではないとばかりに即座に立ち上がる。

 

 コテージの扉を蹴破らんばかりの勢いで外に出た虎太郎は、確かに見た――――

 

 

「――――――マジかよ」

 

 

 ――――島の中央部から天へと伸びる、大地へ突き立てられた光の柱を。

 

 

 虎太郎は茫然と呟く。

 この魔力、この光、この威容を忘れようもない。

 

 第六の特異点。

 エルサレムの地で、人理を滅ぼしてまで人を保存(まも)ろうとした女神が居た。

 

 女神の名はロンゴミニアド。

 アルトリア・ペンドラゴンが運命の果て、聖槍ロンゴミニアドによって変質し、嵐の王となった姿。

 菫色の騎士による大忠義。最後の奉公によって、正しい形へ還り、人類史の細波へと消え去った敵。

 

 見間違うなどある筈がない。あの光は聖槍ロンゴミニアドによるもの。

 

 ――――つまり、超弩級の苦労の到来である。

 

 余りの出来事に虎太郎は頭が真っ白になってしまいそうであったが、何とか堪え、ズボンの中に入っていた通信機を操作する。

 

 

「マシュ、見てるか」

 

『は、はい! 先輩、この光は……!』

 

「急いでアルフレッドに繋いで観測させろ。それから島の中心部には絶対に近づかないように全員へ通達しろ」

 

『で、でも、そんな、こんなこと在り得ません! これでは、ベディヴィエール卿は、一体、何のために……!』

 

「落ち着け! まだ獅子王と決まった訳じゃない! 可能性の話だ!」

 

『はっ、はいっ……申し訳ありません。取り乱して、しまいました』 

 

「落ち着いて対処しろ。まずは全員を集めろ。必ず全員いる事を確認しろ。特に、モーさんとガウェインの暴走には注意を払え。必要なら、ヘラクレスとカルナ、エルキドゥ、コアトルを使ってでも止めろ。いいな?」

 

『了解です』

 

「よし。全員が揃ったら、オレのコテージまで来い。周囲を警戒しながらな」

 

 

 徐々に、徐々に。

 光の柱は輝きを弱め、ついには消え去った。

 

 消えていく柱を眺めながら、虎太郎は憎々しげに表情を歪めた。

 休暇を邪魔されたことに対してではない。ましてや、突如として理由の分からない消えた筈の敵にでもない。

 

 

「――――――間抜けも、ここまでくると笑えてくるぜ」

 

 

 何一つ。島にあったであろう何らかの変異に何一つ気付けなかった自分自身にである。

 

 波の音にすら掻き消す大きな溜め息が、彼の胸中全てを表しているようだった。

 

 





はい、という訳で、師匠アナル処女喪失&トロアヘMAX&聖槍、抜錨の回でした。
師匠はアナル処女なのかなぁ、と思いながらも書きました。そのくらいの経験くらいありそうだけど、まあ、独自設定&ケルト的にセックスは孕むためだからケツ穴の経験はなんじゃね? ということでゴリ押します。

そして、到来する苦労。ははは、御館様め、涙目になるがいい。そして、つられてモーさんも涙目になる。

このために、色々と伏線を張ってきたからね。
予測は出来ないにしても、納得はして貰えるんじゃないかな、というレベルですが。

では、次回もお楽しみにー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『問題解決は早急に行うべき。でも、苦労がなくなるとは限らない』


はー、久方ぶりに時間があるー! 筆が乗ってる乗ってるよぉー!!

さて、次のイベントはCCCで確定。その前に、開幕直前キャンペーン、だと……?
これはガチャをしたくなるぅ! 英雄王欲しいよぉ! 全体宝具アーチャーの☆5が居ないのほぉ!
まあ、エミヤとアタランテで十分っちゃ十分だけど、あの対サーヴァント特攻は魅力なんだよなぁ。正月は武蔵ちゃんと師匠に全振りしたし。しかし、BBちゃんも欲しい! どうすべきか!

というわけで、今回は上乳上とのご対面です。どぞー。



 

 

 

 

 

『緊急事態だからこそ、現状把握を怠ってはならない。あと説教も』

 

 

 

 

 

 聖槍ロンゴミニアドの光が島へと突き立てられてから三時間。

 島の中心部から離れた虎太郎専用の水上コテージの前の砂浜に、カルデア一同が会していた。

 

 この緊急事態である。

 各個がバラバラに動くよりも、まずは頭の意思を汲んでから動くべきなので当然だ。何ら不思議はない。

 

 ただ、不可議な点は一つだけ。

 カルデアに召喚されたサーヴァント達の何名かが砂浜の上で正座をさせられていたからだ。

 

 アーラシュを中心に、呪腕、静謐、百貌のハサン、ロビン、ジャック、ナーサリー、アタランテ、ヘラクレスの九名。

 

 この九名が何をされているかと問われれば、説教を受けていた。

 無論、説教をしているのは彼等の主たる虎太郎であるのだが――――表情が凄いことになっている。

 

 

「………………――――――」

 

 

 一瞬、彼の素顔を知る人間であれば目が点となること請け合いだ。いや、そもそも人間と判断して貰えるかも怪しい。

 

 額に第三の目が生まれ、額からは角が伸び、鮫のようなギザッ歯から猪の如き牙が伸び、耳は象を思わせる巨大さとなり、顎からは何故か象の鼻が伸びている。

 

 最早、完全な異形である。

 いや、人間の顔がこんな風になるわけないじゃないですか。きっと彼の怒りが幻像を象っているだけに違いない。もしくは、対魔粒子のせいだ。きっと、恐らく、メイビー。

 そうでなければ、いくら魔族の血を引いているからって、こんな異形になれるわけがない。

 

 

「――――…………何か、申し開きはあるか?」

 

 

 地獄の奥底で罪人を責め苛む石臼の拷問器具が鳴り響くような声色である。

 ただの怒りでここまでの声が出るのか、と英霊達も冷や汗を掻かざるを得ない。

 今の虎太郎なら、巌窟王だってクハハハハハハハ! と爆音上映で笑いながら召喚に応じてくれるに違いない。

 

 彼が何をそれほどまでに怒り狂っているのか。

 それはこの正座させられた九名が、昨日に行った魔猪狩りである。尤も、狩りは成功しなかったし、被害が出た訳でもない。

 現状、目の前に現れた聖槍による危険性とは全く関係がないように思えるが、話を統合していけば、その魔猪が、聖槍の主が島に召喚されてしまった原因である可能性が非常に高かった。

 

 が、そこはそれ。

 虎太郎が怒り狂っているのはそこではない。

 その獣が、こんな事態を引き起こすなど誰も予測できない。自身ですらそれぞれの話を統合して、ようやく見えてきたのだから。そこにはとても怒れない。

 失敗も仕方がない。英霊とて失敗談はあるものだ。優れた力を持っていようとも、全能ではないのだから。そこにも怒らない。

 彼が怒っているのは、ただ一点。サーヴァント達が報告・連絡・相談を怠った点である。

 

 

「い、いやぁ、た、大将、お、オレ等もですね? 大将に苦労を掛けまいとですね?」

 

「僭越ながら、主殿は休暇中の身なればこそ。日頃の疲れを癒して頂く為に、勝手な真似を……」

 

「ほう! オレのためにか! それはありがたいな!! いや、本気でな! ありがっとおぉっぉぉおおおおぉおぉぉおっっっっ!!!!」

 

(これは本気で感謝しているようだな)

 

(同時に本気で怒り狂ってるから全部台無しさね)

 

(………………尤もだ。もう一人の嵐の王よ)

 

 

 感謝100%で構築された言葉を、怒り100%で構築された声で放つ。

 口を開いたロビンと呪腕も、反省しつつも苦笑いである。

 

 

「まあいい! お前等は主犯格じゃないし、普段から問題児じゃないからこれで終わりだ! 次からちゃんとホウレンソウしろよな!!」

 

「はいよ、了解っとぉ」

 

「ハッ、胸に刻んでおきます故」

 

「承知しました、主よ……これでは我等も他人を愚者(ばか)と罵れんな」

 

「狩人の面目丸潰れだ……はあ、悪かったとも」

 

「――――■■ッ」

 

「むぷー、おかーさん、うるさーい」

 

「むぷー、マスターの為に皆頑張っていたのに」

 

 

「返事は短くハキハキとぉおおおおお――――っっ!!!」

 

『――――はいッ!』

 

 

 統一感などなくバラバラに、思い思いの言葉を口にする仲間達に怒号を飛ばし、無理矢理統一させる。

 好き放題やらせているように見えて、好き放題にやっているように見えて、こういう所はきちんと締める男だ。この辺りに抜かりはない。

 

 解放された七人は、ある者は頭を掻きながら、ある者は本気で反省しながら、ある者は落ち込みながら、ある者はぷりぷりと怒りながら立ち上がる。

 

 さて、残されたのは二人。

 虎太郎はその内の一人である静謐にギンと視線を向ける。その視線を受け、ひっ、と静謐は息を飲んだ。

 そら、(元々気弱な静謐が、化け物そのもの顔で睨まれたら)そうなる。

 

 

「聞いたぞぉ~? 静謐ぅ~? アーラシュを止めようとしたんだってなぁ~?」

 

「は、はい、お、仰る通りです」

 

「偉い! いいぞぉ~、その判断!」

 

「ハッ、私は如何なる処罰をも――――…………はっ?」

 

 

 元々、叱責は当然と考えていたのだろう。

 魔猪を狩れなかった時点で、本人の言葉通り、如何なる処罰も受ける覚悟であったに違いない。

 それ故、思いもよらない称賛の言葉に、静謐は喜びを覚えるよりも困惑の方が勝ってしまう。

 

 可愛らしい少女の表情で、ぱくぱくと口を動かして何か言葉を捻り出そうとするが、とても声にならないようだ。

 

 

「だが! なんでそこで、自分の意見を通さねぇ!! 自分が正しいと思ったのなら、きちんと話し合いで納得するまで押し通さんか!! どうしてそこで諦めんだよぉぉおおおぉ―――――っっ!!!」

 

「ひ、ひぇ…………も、申し訳ございません。以後、気を付けますぅ……」

 

「よし! お前も分かってきたな! 失敗したら次に頑張ればいいんだ! それでいい、いいぞぉ~!!(裏声」

 

 

 説教を受けているのか、叱咤激励されているのやら。

 何だかよく分からない気分になったまま、肩を落として立ち上がり、とぼとぼと女性陣の方へと戻っていった。

 静謐を迎えたのは、やっちゃったねと苦笑いを浮かべるブーディカとマリー。そして虎太郎の狂乱振りに頭を痛め、眉間を抑えるメディアであったそうな。

 

 

「さぁて、今回の主犯の番だぞぉ~? アーラシュくぅん……?」

 

「…………………………」

 

(アーラシュ殿、落ち着いておられますね)

 

(ゴールデン……! 流石は、戦いを終わらせる大英雄。ちっとやそっとじゃ揺らがねぇ……!)

 

 

 虎太郎に視線を向けられたアーラシュは、説教が始まった当初から変わらぬ姿勢を貫いていた。

 口元を真一文字に引き結び、瞳を閉じ、虎太郎の語る一言一句を聞き漏らすまいとしているかのようである。

 

 そして、大きくうむと頷くと、すすすと上体を倒し――――

 

 

「済まなかった……!」

 

【えぇぇええぇぇぇぇ!!! 土下座ぁぁぁぁ?!?!】

 

 

 東方の大英雄、まさかのDOGEZAである。

 

 

「止めろぉぉぉ!!! お前がオレに土下座するなぁぁぁ!! 居た堪れない気分になるだろうがぁぁぁぁあぁ!!!」

 

「え? いや、お前だってオレによくやるじゃないか。日本じゃ、これが謝罪の作法なんだろ?」

 

「このド天然がぁぁ!! それはそれとしてゴメンねぇ!! 誤解させちゃってぇ!!」

 

 

 思わぬ天然振りを発揮するアーラシュに、虎太郎が謝る羽目になってしまうのであった。

 

 

「……ったくよぉ」

 

「悪かったな。もう少し早く片が付くと思ったんだが……」

 

「まあ、今回は相手が悪かった。それにお前ひとりで突っ走らなかっただけ良い傾向だ。それやられたら憤死してたわ」

 

「ハハ。最近は自分でも治ってきたかと思って、気が緩んでたみたいだな。報告、連絡、相談もキッチリ、だな」

 

「オレはお前と違って一人で何でもやろうなんざ思わん。任せる時は任せられる奴に任せる。余りオレに気を使うな」

 

「…………了解だ。失態は行動で雪がせてもらうさ」

 

 

 降参だ、とばかりに両手を上げながらも、アーラシュの口元には涼やかな笑みが浮かんでいる。

 彼が何を思ったのかは彼にしか分からないが、大きな納得と笑みと同様な涼やかな気分であろうことは間違いなかった。

 

 

「――――ふふ」

 

「……あぁ? 何だ、エウリュアレ? 何が可笑しい?」

 

「いいえ。別に、何も? ただ、相も変わらず苦労する星の下に生まれてきたマスターね、と思っただけよ」

 

「…………(ブチッ」

 

 

 エウリュアレ。

 ギリシャ神話に登場するゴルゴーン三姉妹の次姉に当たる。

 彼の三姉妹は神話に語られる怪物――などではなく、元々はオリュンポスの神々よりも古い土着の神であり、地母神に当たる存在。

 コアトル同様に、正真正銘の神霊だ。ただ、人々が想像する神らしい力は何一つ持ち合わせていない。彼女の神核は“永遠の偶像”を意味しているが故に。

 不老不死、永遠ではあるが、誰かに守られねば生きていけないか弱い存在。ステータスを“強さ”や“スキル”ではなく、“可憐さ”に全振りした神霊と言えば分かり易いか。

 

 だが、何の因果か。永遠の偶像である筈の彼女は、サーヴァントとなることで戦闘能力を獲得した。

 それも対男性特化。男を魅了し、男を破滅させる側面が表に現れた結果だろう、というのがアルフレッドの推察だ。

 

 そして、カルデアにおいて虎太郎と最も仲の悪いサーヴァントでもある。

 エウリュアレも虎太郎を嫌っており、虎太郎もエウリュアレを嫌っている。

 

 エウリュアレの側に立って彼女を弁護するのであれば、虎太郎の彼女の扱いが非常に悪いからとしか言えない。

 どのレベルかと問われれば、黒髭よりも少しマシ程度としか答えようがない。事ある毎に泣かされているほどだ。

 元より、人々に愛されるだけの女神であるエウリュアレにそんな扱いを耐えられる筈もない。今、苦労に喘ぐ虎太郎の姿を見れば、皮肉の一つも言いたくなるというもの。

 

 虎太郎の側に立って弁護するのであれば、彼女の性格に難があるからとしか言えない。

 彼女は人々に愛される女神であり、基本的に我儘で、自己中心的。人間が好きなのではなく、気に入った人間がジタバタするのを見るのが大好きな性悪女神など、虎太郎にしてみれば近寄りたくもない存在だ。

 そんな存在など、本来なら考慮すらせずに即自害させる男であるが、アステリオスがいるから、という理由のみで、嫌々使っているだけなのだ。

 

 元々、性格的な相性が良くない上に、顔を突き合わせる度に関係が拗れていくので、どんどん嫌い合っていく。

 しかも、互いが完全に歩み寄るつもりが一切ないので、関係の改善の可能性は絶無なのであった。

 

 

「令呪を以て命ずる――――」

 

「あら、いやだ。気に入らない相手にはすぐそれだもの。本当に低俗で野蛮なマスターだこと。でもいいわ、自害させるならさせて頂戴。魔猪や聖槍の担い手との戦いなんて、御免だもの。一足先にカルデアに戻っているわ」

 

 

 アステリオスとの関係を保つために、自分を本気で自害させるつもりがないことを分かっているからこその態度。

 精々が今の霊基を放棄させて、カルデアに戻すことしかしない。カルデアにある霊基基点まで破壊するつもりはない、と高を括っていた。

 

 だが、虎太郎の口から飛び出たのは、エウリュアレにとって想像を絶する一言であった。

 

 

「――――黒髭、ぺろぺろしろ(ニッコリ」

 

「うぉぉーー!! 拙者、今まで黙っておりましたが、思わぬ役得展開に大歓喜ですぞー! うぉぉー! エウリュアレたん! うぉぉーっ! ぺろぺろぺろぺろぺろーーーーーっ!!!」

 

「いやぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁあぁ――――っ!!!!」

 

 

 ひゅぽー! と蒸気を上げながら、舌を縦横無尽に動かしながら、エウリュアレに迫る黒髭。

 女性陣はその悍ましさに鳥肌を立たせ、男性陣であってもドン引きの姿である。

 一瞬で涙目になったエウリュアレは、周囲に助けを求めたが、全員が全員ともさっと目を逸らす。

 別段、彼女が嫌われているわけではない。虎太郎との関係に比較して、他のサーヴァントとは上手くやっている方である。

 

 ただ、周囲の心境にしてみれば、雉も鳴かねば撃たれまいにと言ったところだ。

 虎太郎の性格を考えれば、泣かさせるのは目に見えていた自業自得――――と無理矢理納得する。詰まる所、今の黒髭に近づきたくすらないのであった。

 

 最後に、エウリュアレは同じ神霊系サーヴァント、女神仲間であるコアトルに助けを求めるが――――

 

 

(諦めなさい。一人の人間(虎太郎)を愛してしまった私が言うべきではないけれど、貴女はもう少し、女神としての慈悲や慈愛を持つべきよ)

 

 

 ――――生暖かい目で見守られるだけだった。

 コアトルの本音も、黒髭に近寄りたくないからであったが、それは言わぬが花。凄いな黒髭、今のお前は神性すらも退けるぞ……!

 

 だが、孤立無援のエウリュアレにも最後に残った味方はいる。

 

 

「………………うぅ」

 

「うぉぉー! アステリオス氏ー! 其処を退けー! いや、ホント、お願いぃぃぃ――――!」

 

 

 そう、我らが天使アステリオスである。

 純粋無垢なアステリオスが、嫌がるエウリュアレを見捨てる筈もなく、間に割って入る。

 

 そうすれば、どうなるのか。

 虎太郎の命令を思い出して欲しい。

 

 

 『黒髭、ぺろぺろしろ』

 

 

 で、ある。

 誰を、とは一言も言っていない。何を、とも一言も言っていない。

 今の黒髭は目の前にあるものをぺろぺろするだけ。汚物だろうが、魔神柱だろうが、舌を這わせるぺろぺろマシーンなのだ。

 

 必然的に、割って入ったアステリオスが対象となる。

 

 

「…………うぅ、気持ち、悪い」

 

「ならば、其処を退くでござるよぉ、アステリオス氏ぃ! 拙者も男の腹筋などぺろぺろしたく――――あっ、なんか変な気分に」

 

「ダメだ……エウリュアレは、僕が守る……!」

 

「やだっ、アステリオス氏、すっごく漢前……!(キュン」

 

 

 うーっ、梅干しでも口にしたかのような表情で、ただ耐えるアステリオス。

 そんなアステリオスに乙女心を目覚めさせる最高に気持ち悪いぺろぺろマシーン黒髭。

 

 大好きなエウリュアレの為に一歩も引かないアステリオス。暴力で物事を解決しようとしない穏やかなアステリオス。

 最高に男の子で、最高に格好良いぞ! どっかの性悪女神とか、どっかの腐れド外道とは比較にならないぜ!

 

 だが、そんなアステリオスを見て、黙っていない保護者もいるわけで……。

 

 

「死ねぃ、黒髭ぇっ―――――!」

 

「■■■■■―――――っ!!!」

 

 

 無事、黒髭は大量の鏃で貫かれた上に、鉄塊によってミンチとなった。無論、どっちも宝具込みである。

 

 

「さて、話を続けるぞ……!」

 

「ええ。ええ。分かっていますとも、コタローは的確な行動に定評のあるマスターですからね。ですが、何も嫌がらせでもその的確さを発揮しなくても……(死んだ魚の目」

 

「え? 何か問題でも?(無関心」

 

「まあまあ。ジャンヌ、エウリュアレとアステリオスは哀れだと思うけど、さ。黒髭は間違いなくギルティ(輝く笑顔」

 

「さぁ、害獣駆除も終わりましたし、今度は魔猪の方を駆除しますわよ……!(輝く笑顔」

 

「………………………………ええ、そうですね!(開き直り」

 

 

 馬鹿騒ぎが一息ついたメンバーは、顔を突き合わせて情報を整理する。

 何はともあれ、まずは現状把握と情報整理。これを苦手とする英霊であっても、虎太郎の下に召喚された以上は嫌が応にでも参加させられる。

 そして、顔を出さない者も皆無である。虎太郎の言葉、説得。更には実践によって、この二つを行ったと行わなかったとでは、戦いの難易度が激変することを叩き込まれたからだ。

 

 まず、魔猪について。

 アーラシュを筆頭とする九名は、それぞれの得意分野を生かして島に潜む魔猪を追った。

 アーラシュは島で最も高い山の頂上に陣取り、千里眼で。

 山の翁とロビンは、自らの脚で島を掛け回って。

 アタランテを筆頭としたヘラクレス、ナーサリー、ジャックは獣狩りの知識を元に。

 

 結果は惨敗。魔猪を狩るどころか、その影を踏むことすら出来なかった。

 だが、決して無駄ではない。情報と言う無二の宝は手に入れていた。

 

 

「そもそもおかしいんですよ。アタランテとアーラシュの見立てじゃ、大毒蛇(バシュム)の軽く三倍はある巨体だ。そんなもんを隠せる場所、この島には何処にもなかった」

 

「洞窟などもありましたが、それほどの巨躯が身を隠せるほどではありませなんだ」

 

「我等の叡智を使っても、島の地下に空洞や地底湖らしきものも確認できなかった。そもそも入る為の大穴もない」

 

「山の上から全体を俯瞰してみたが、木々の高さもそれほどじゃない。姿を消していても、動けば森の形が変わるが、それもなかった」

 

 

 以上の点を以て、魔猪は姿を消せるのではなく、姿形を変えることで追跡を躱してみせたと結論付けられる。

 多くの魔獣が持つ『変化』のスキルを持つことは間違いない。

 

 

「かなり賢くもある。蹄の跡を追っても泥の中や川へと入ったりと、匂いも足跡も丁寧に消している。まるで追う者の心理を知り尽くしているようだ」

 

 

 獣にどれほどの自我があるのかは、不明だ。

 だが、一体一体に個性は確実に現れる。鏃を向けられても果敢に向かってくるもの、興味を持つもの、恐怖を覚えるもの。反応はそれぞれ変わる。

 加えて、変えようのない習性も存在している。兎には兎の、熊には熊の、猪には猪の、変えられない本能(はんのう)がある。

 アタランテの経験上、それは確かだった――――だったのだが、この魔猪にはそれらしさが一切存在していない。

 

 

「痕跡は確かに魔猪のそれだ――――――だが、私には、これが魔猪とは思えないな」

 

 

 アタランテの言葉の矛盾、少ない情報から導き出される答えは一つ。

 この魔猪は生まれながらに猪の形に生まれ落ちたのではなく、何か別の形――――人の追跡を知っているが故に、人から魔猪へと転じたものである可能性が極めて高いということ。

 ならば、『変化』のスキルを持っていても不思議ではないだろう。

 

 

 そして、次は聖槍と担い手について。

 

 

『昨夜の爆心地を計測した結果ですが、エルサレムで確認した時とは、威力も魔力濃度も絞られています。数値に換算しても宝具火力は1000から3000。サーヴァントとしておかしい所はありません』

 

「アルフレッドと同じ意見ね。確かに、恐ろしい威力ではあるけれど、アレなら私の魔術でも十分に威力を削げる。獅子王のそれと比べるのも馬鹿らしいわ」

 

「右に同じく。僕は三流魔術師だから魔術的な視点からモノは語れないけれど、獅子王のそれと昨夜のそれは、音が全く違っていた。まだまだ人間的な響きだったよ」

 

 

 アルフレッドは、計測器による測定結果を。

 メディアは、魔術的な観点による評価を。

 アマデウスは音楽神の加護とも偽れる超絶の音感による体感を。

 

 三名の結論は同じ。

 昨夜、現れた光の柱は間違いなく聖槍によるものではあるが、獅子王によって放たれたものではない。

 考えられるのは、死ぬべき時に死ねず、彷徨う亡霊の王となった獅子王ではなく、多くの悲しみと苦悩を背負いながらも、穏やかに破滅を受け入れた騎士王が召喚されたと見るべきだ。

 それも、聖剣を主兵装とした騎士王ではなく、聖槍を主兵装とした騎士王のIFが。

 

 これは不幸中の幸いだった。

 獅子王でないのならば、同一の存在であっても話し合いの余地はある。

 加えて言えば、聖槍の騎士王はあくまでも本来は召喚されえないIFの姿。聖剣の騎士王と記憶を共有していない可能性は極めて高い。

 

 つまり、アーサー王自害事件は全く知らないのである。

 交渉の余地あり。巧く立ち回れば戦力増強の可能性あり、と面倒事に間違いないが、至れり尽くせりでもある。

 

 

「……でも、分からないわ」

 

「マタ・ハリ、何がだ?」

 

「いえね。その魔猪と騎士王様に、一体どんな繋がりがあるのか、がよ」

 

「ああ、そういうことか。お前はアーサー王の伝説は詳しく知らないんだな。伝説に登場するんだよ、猪の怪物が。ガウェインとモードレッドにも確認を取った。その伝説は脚色された歴史ではなく、立派な史実だ。であれば、全ての筋が通る」

 

 

 アーサー王は故国ブリテンを守る為に、多くの外敵や怪物と戦った王だ。

 その中の一つに魔猪トゥルッフ・トゥルウィスが存在している。

 

 かつて人の王であったが暴虐を尽くし、神罰によって猪へと変えられた男。

 だが、猪の姿になってなお暴虐に陰りはなく、同じく猪へと姿を変えられた七人の息子と共に、アイルランドとブリテンを蹂躙した魔猪の王。

 最後は、息子達を全て討たれ、自身もアーサー王の目的であった巨人の櫛と鋏を奪われ、戦意を喪失して海に去ったとされる。

 

 人から獣となり、変化の能力を有する魔猪。

 追う者の心理を知り尽くしたかのような足取り。

 島の生物へと働いた貪食と虐殺。

 

 そして、魔猪が島へと流れ着いてから、騎士王がサーヴァントとして召喚された事実。

 

 人理定礎修復が干渉した後の特異点では時折、サーヴァントが召喚される。

 大抵は、姿の殆どが崩れた、或いは影としてしか認識できないシャドウサーヴァントとして、ではあるが。

 だが、条件を満たせば話は別。龍脈の付近であること、大気中に高濃度の魔力が含まれること――――

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 状況証拠と条件。全てが整っている。虎太郎達の推察は全て正しいだろう。

 

 

「ところで、そのモードレッドとガウェインの姿が見えないじゃない。それにラーマもいないわよ。何処に行ったわけ?」

 

「ああ、それならね――――アレよ(溜め息」

 

 

 マルタの口にした疑問に答えたのはカーミラであった。

 彼女が顎で示した先には、確かにガウェインとラグネル、ラーマとシータの二組の夫婦が砂浜で抱き合っている。 

 

 

「ラグネル。あぁ、ラグネル」

 

「シータ。なんて、愛おしいんだ」

 

「あ、あのガウェイン様。苦しくなるほど抱き締めて下さるのは嬉しいのですが、そのような場合では……」

 

「ラーマ様も……も、申し訳ありません。何とか何時ものラーマ様に戻しますから、もう少しお時間を……」 

 

「いや、そのままでいいぞ、二人とも。脳みそ蕩けたバカ共は当てにしない。いざと言う時、夫のケツぶっ叩くことだけ考えておけ(虚無感」

 

「あの、先輩、そんな声色で言われても、お二人とも何の安心もできないと思いますぅ……」

 

 

 幸せ過ぎて頭がパーになった夫の代わりに謝罪をする出来た嫁's。

 貴重な戦力がずんどこ使えなくなっていく様に、虎太郎の目は昏く堕ち沈んで死んだ魚の目になった。毎度の事なので気にしてはいけない。

 

 さて、馬鹿ップル二人はある程度予測は出来ていただろうが、モードレッドはどうなったのか。

 

 かつて第六の特異点において、獅子王の所業に誰よりも怒りを覚えたのは、他ならぬ彼女だ。

 騎士王が殉じた理想を見定めようと召喚に応じたモードレッドには、許せる筈もない。

 

 島に現出した光の柱に、獅子王の影を見出したモードレッドは完全武装で先走ろうとしたのだが、ヘラクレスとコアトルによって取り押さえられる羽目となった。

 そして、あの光の柱は獅子王によるものではなく、精神的にかつてモードレッドが憧れた騎士王に近しい存在によるものと分かるや否や――――

 

 

「もー、モードレットさぁん! いい加減に出て来てくださいよー」

 

「モ、モードレッドは只今整備ちゅー! 忙しくて誰にも会えねー! あー、蛮族退治の準備が大変だなー!」

 

「だーかーらー、蛮族なんてこの島にはいませんよぅ」

 

 

 ――――虎太郎のコテージに逃げ込んだ。

 

 モードレッドはかつても今もアーサー王に対して、愛情とも憎悪とも付かぬ複雑な感情を抱いている。

 ただ、かつてとの違いは、アーサー王の理想を僅かばかりでも理解したこと。

 その所為で、かつての自身の所業を振り返り、とてもではないが合わせる顔がない。どうしようもなく会いたいのに、どうしようもなく会いたくないという、背反する思いを抱いていた。

 

 という訳で、モードレッドは今や立派な引き籠り中なのであった。

 

 

「つーか、この部屋くっせぇ! 獣クセェっ! なんだよこれ、マスター、何喰ったんだ、何やったんだよこれぇ……!?」

 

「え? 何ってそりゃナニでしょうけど。マスターが食べたのは多分、スカサ――――いえ、何でもありません。というか、分からないんですかぁ?!」

 

「えっ?! 何が……?」

 

「……………………(プルプル」

 

「ねぇ、スカサハのおばあ――――」

 

(――――しッ! ジャック! そこはおば様よ!)

 

「んぐぐ――――おば様。大丈夫? 顔真っ赤だよ。あと、脚も内股で膝もガクガク」

 

「いや、ジャック、気にするな。その、なんだ…………そう、(女としての)鍛錬のし過ぎでな。うむ、些か以上にやり過ぎであったな!(早口」

 

 

 お陰様で、この混沌(カオス)

 モーさんは虎太郎の部屋の匂いに悲鳴を上げ、沖田はモーさんの無知っぷりに驚き、スカサハは二人の会話が耳に届いて顔が真っ赤になり、ジャックとナーサリーは紙一重で折檻を回避している。

 

 協調性がないようである、あるようでない。いや、やっぱりちょっとある、が虎太郎のカルデアなのであった。

 

 

『それから聖槍の騎士王の召喚に合わせて、三つの霊基反応を確認しました。現在、解析中です』

 

「騎士王の召喚に合わせて…………なら、円卓の騎士である可能性が高いですね」

 

「だろうなぁ。さて、誰が来るか。嘆きのトリスタンか、憂いのランスロットか、銀の腕のベディヴィエールか。それともそれ以外の騎士か」

 

「どちらにせよ、話し合いの見込みは十分にありますね。トゥルッフ・トゥルウィスの討伐に協力し合えるかもしれませんし、そのまま契約を結んで頂けるかもしれません」

 

「ああ、そうだな。でもなぁ、円卓の騎士かぁ。数を揃えすぎると勝手に内部分裂しそうなんだよなぁ……」

 

「では、ランスロット卿だけは即座に座に還って頂きましょう! あの人のせいで円卓は割れたようなものなので!」

 

【ランスロットェ……】

 

「ぶふぅーーーーーーっっ!!!」

 

 

 輝く笑顔でランスロットの処遇を決めるマシュ。

 あんまりにもあんまりな扱いに、その場にいた虎太郎以外の全員が同情するのだった。

 あと、全く話など聞いていなかったはずのガウェインは、ランスロットの扱いにだけは耳に入ったのか、思わず噴き出していた。

 どこまで残念なイケメンになるつもりなのだ、ガラティーン卿。もとい、ガウェイン卿。

 

 

(あの光の柱、間違いなく騎士王と魔猪が交戦した証。他の三騎も騎士王側についているはず――――――放っておけば魔猪と戦わなくて済むな、これ。騎士王が倒してくれればの話だが)

 

【また絶対、あくどいこと考えてる……】

 

(あー、思ったよりも苦労しなくて済むかも……やったぜ!)

 

 

 状況を整理し、自分が苦労しなくても済むと安堵の吐息を漏らす虎太郎。

 だが、甘い。甘すぎる算段だ。虎太郎が望まなくとも、必死で回避しようとも、苦労の方から彼に正面衝突しに来るのが彼の運命である。

 

 そもそも、休暇に選んだ特異点の島に、アーサー王伝説に登場する魔猪が流れ着く確率は、天文学的な数字だろう。

 無論、虎太郎もその辺りは理解している。在り得ないことが起こるのが人生であり、自分の場合は特に起こりやすいと。

 必死で考えないようにしているだけである。それを自覚してしまえば、それを認めてしまえば、とてもではないがやっていられない。

 

 ともあれ、魔猪の討伐が確認されるまで無視を決め込む方針だ。

 此方は魔術王との決戦を控えた身、余計な戦力と物資の消耗は避けるべき、という尤もらしい理由を添えて。

 事実は単に面倒だからである。虎太郎の理想としては魔猪も騎士王も共倒れしてくれること。最も楽だから。

 

 ――――そんな思惑は、思いついてから三秒で粉砕されることになるのだが。

 

 

「――――――来たな」 

 

「……来てるなぁ、これ」

 

「来て、おりますなぁ」

 

「ああ、来ておるな」

 

「来ていますね、ええ」

 

 

 雷鳴の如き凄まじい轟音が遠方から近づいてきている。

 明らかに巨大な何かが、木々を薙ぎ倒して前進する音である。

 音だけでも分かる深い憎悪と猛る怒りを糧に、全てを薙ぎ倒さんとする意志。

 

 いつもの五人が、溜め息交じりに呟きながら、虎太郎を見る。まるで、コイツのせいだ、と言わんばかりである。

 虎太郎は青筋を立てながら、マシュは何とも言えない表情で笑いながら、音源の方向に視線を向けた。

 

 砂浜に面し、島の中央部まで続く森の中。

 山の影から現れた魔猪は、小山のような巨体で木々を薙ぎ倒しながら進んでいた。

 視線は自らの鼻先に落とされ、時折、巨大な牙で地面を抉り上げ、土塊と共に木々を天高くに打ち上げている。

 

 

「目視で魔猪の姿を確認! アーラシュさんの推測通りの巨体です!」

 

「しかもアレ、誰か追ってるじゃねーか! お、おい、やめろ! こっちくんな! こっちくん――――こっちキターーーーーーッッッ!!!(甲高い悲鳴」

 

 

 カルデア一同が集まった地点から500m先の砂浜に、四つの影と巨獣が躍り出た。

 

 先頭を奔るは妖精馬(ドゥン・スタリオン)に跨り、聖槍を携えた騎士王。

 獅子の意匠の施された兜を纏ってはいるが、身から発せられる清廉な雰囲気は遠目でも一目で彼女だと分かるほど。

 

 その隣、ドゥン・スタリオンの馬銜(はみ)を掴んで並走するのは銀の腕を携えた――

 

 

「ベディヴィエール卿……!」

 

 

 ――アーサー王の近衛。サー・ベディヴィエール。

 

 彼の姿を確認したマシュの心底から嬉しそうな声で、彼の名を呼んだ。

 エルサレムの特異点において、誰よりも彼に感情移入していたのはマシュだ。この反応も不思議ではない。

 

 

「いや、そっちの方は分かるんだが、後ろの二人は、何で来てんだ……?」

 

「………………そう言えば、輝く貌の死因は、確か魔猪に致命傷を負わされたから、ではなかったか」

 

「十中八九、それが原因であろうよ。そして、主の方も釣られて召喚されたか。最後は悲劇で締めくくられておるのに、仲の良い主従だな」

 

 

 アーサー王とベディヴィエールにやや遅れて、追走しているのはディルムッド・オディナとフィン・マックールの二名。

 

 三騎全てが円卓か、その関係者と踏んでいた虎太郎は肩透かしを喰らったが、驚きは余りない。

 そもそも円卓の騎士の大半は、色々とやらかしてアーサー王に合わせる顔がないのである。

 しかも、揃いも揃って根が真面目なものだから、余計に話が拗れる。

 自分の失態や不徳を、少なくとも表向きには気にせずにアーサー王へと話しかけられるのは、グランドクソ野郎のマーリンくらいのものか。いや、彼であってすら、色々と後悔を抱えているのだが。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

『アーサー王は理想の王様。だから、ド外道には普通にドン引きする』

 

 

 

 

 

「――――――くぅっ!」

 

「サー・ベディヴィエール! 怪我は!」

 

「委細問題なく! トゥルッフ・トゥルウィスの執念には、呆れ返るばかりですが……!」

 

 

 密林から砂浜へと躍り出たアルトリアは、島の構造も分からないままに直感でドォン・スタリオンを繰る。

 

 彼女が召喚されたのは昨夜。

 サーヴァントとして現界するのは初めての経験であったが、英霊が現世へと召喚される可能性についての知識は座へと至った時点で手に入れている。動揺はなかった。

 召喚時の引っ張られるような感覚から、何らかの触媒による召喚だと受け入れたが、視界を覆っていた白い光が晴れて目にしたモノに、彼女はようやく困惑を手にした。

 

 周囲は見覚えのない木々や植物の生い茂る暗い真夜中の森。

 自身を召喚した魔術師の姿も見えず、かと言って、抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)のように抑止力の傀儡になったわけでもなく、世界が破滅する要因も見受けられない。

 

 何一つ知らされないままに大海へと投げ出された気分になったアルトリアであったが、自身と同じく召喚された三名に動揺を押し隠した。

 

 

『此処は――――獅子っ?! …………いえ、大変な失礼を。我が王よ。サー・ベディヴィエール、此処に』

 

『ぬ…………おぉ、この清廉にして苛烈な気配! セイバーか! …………あ、いや、違うな。成程、こういった妙というものも在り得るか』

 

『おお、類を見ない名馬に、そして聖なる槍。誉れ高き騎士王か。ははは、同じランサーのクラスとなれば、技の一つも競いたくなるものだが――――』

 

『――――見つけた、見つけたぞ』

 

『どうやら、挨拶もそこそこに手を取り合わねばならぬかな、これは……?』

 

 

 ベディヴィエール。ディルムッド・オディナ。フィン・マックール。

 そして、木々を割って現れ、かつて打ち払った時とは比べ物にならないほど巨大に成長したトゥルッフ・トゥルウィス。

 予想だにしていなかった強敵に、なし崩し的に戦闘となり、共闘した三名の稼いだ時間を代価に聖槍を解放し、トゥルッフ・トゥルウィスを何とか一度は追い払った。

 

 その後、三名の話を聞きながらアルトリアは自らの置かれた現状を、ゆっくりとではあったが把握していった。

 

 人理焼却、その原因となる特異点、魔術王。

 特異点に召喚されるはぐれサーヴァント。

 今、隣に立つベディヴィエールが、己の知る彼とは違う存在であることと彼の犯した罪。

 聖槍ではなく、聖剣を携えた己の存在。

 ベディヴィエールの罪、運命の悪戯によって聖槍に飲み込まれた獅子王の所業。

 

 殊更、獅子王の行いと存在は、彼女の両肩に重く圧し掛かった。

 何せ、自分の行きつく先を知ったようなもの。僅かなボタンの掛け違いで、英霊となった今でもそう成り果てる可能性が存在しているのだから。

 

 とは言え、彼女に落ち沈んでいる時間など皆無であった。

 

 トゥルッフ・トゥルウィスは、何度となく襲い掛かってきたのである。

 変化の能力を存分に使い、不意を突いては離れるを繰り返してきた。

 執念だけで千年以上もの時間を生き延び、神獣の域に至った彼は賢しく、執拗に、何度でも。貴様を殺すまでは、と。

 

 この島に聖杯はなく、マスターも不在の状態。

 召喚時に龍脈から吸い上げた魔力しかない彼女等ではジリ貧である。

 宝具の解放は、即時消滅を意味する。それでもトゥルッフ・トゥルウィスは倒し切れるか分からない。

 既に死した身とは言え、自身の詰めの甘さが招いた事態。あの魔猪を捨て置くわけにはいかなかった。

 

 何か打つ手は、と四人で魔獣の強襲を躱し続けていたが、トゥルッフ・トゥルウィスは遂に最後の戦いを挑んできたのだった。

 

 

「はっはっは。いや参った、打つ手なしとはなぁ……!」 

 

「笑っている場合ですか、フィン・マックール!」

 

「くっ、相手が魔猪でさえなければ……!」

 

「そうだな、ディルムッド。私も相手が美女であれば輝けるのだが。尤も、お前が持ち前の美貌と黒子で横から掻っ攫っていくのだろうがね。グラニアのように! グラニアのように!」

 

「我が君、今はその手の冗談は止めて頂きたい……!」

 

 

 何処か緊張感に欠ける二人に、アルトリアは大きく溜め息を吐き、ベディヴィエールは苦笑いを浮かべる。

 

 追い詰められていると言うのに、この二人はずっとこの調子だ。

 それもむべなるかな。ディルムッドは年老いたフィンの嫉妬によって破滅し、フィンはディルムッドを見捨てたことで破滅を引き寄せた。

 ただ、そんな過去を忘れ、真っ当な主従関係を築ければ、二人は満足なのである。ぶっちゃけ、トゥルッフ・トゥルウィスとか関係ないのだから。

 

 

「ん、アレは…………サーヴァント! それもアレだけの数が、これはまさか。ベディ――――」

 

「ほげぇぇええぇぇぇぇええぇっっ!!!! コタローーーーーーーーッ!!??」

 

「――――ッ?!(ビクゥッ」

 

 

 ケルトの主従漫才から視線を外し、砂浜の遥か前方に発見したサーヴァントの一団に、アルトリアはベディヴィエールから伝え聞いた人理継続保障機関“カルデア”を連想する。

 

 自らの部下に確認を取ろうとしたのだが、当のベディヴィエールは冷静沈着な彼からは考えられない濁声の悲鳴を上げていた。

 余程のトラウマでも背負っているのか。彼の顔は蒼白、鼻水まで垂らしているではないか。

 

 馬を繰りながらも、これは話にならないと判断したアルトリアは、カルデアを知っているディルムッドに視線を向けた。

 

 

「ディルム――――」

 

「貴様ァァァアアァァッッ!!! 此処で会ったが百年目ぇぇええぇぇぇええぇぇッッッ!!!」

 

「――――ッ!?(ビクゥッ」

 

 

 のだが、当のディルムッドはサーヴァントの中に混じる人間を発見すると、血涙まで流して自らの憎悪を表現していた。

 もう、背後から迫る魔猪のことなど頭にない様子。これでは言葉など届かないだろう。

 

 アルトリアは困惑から、最も頼りにならないと思っていたフィンに視線を向ける。

 

 

「むぅ。マズい。拙いな。これは拙いぞぅ……!」

 

「ど、どういう意味ですか……!」

 

「毎度お馴染みのパターンということさ! まあ、何はともあれ、君は速度を上げたまえ! 私はダメそうだが、君達だけでも生き延びるんだ! 君の直感もそろそろそう告げる筈だがね!」

 

「――――ッ!」

 

 

 フィンの言葉通り、アルトリアの直感は身の危険を映像として告げた。

 自らでは次の瞬間に起きる出来事を止められないと判断したアルトリアは、非情に徹してドゥン・スタリオンの速度を上げる。

 

 

「そう、それでいい。では、ディルムッド、お前も生き延びて彼等の力となれ。我々が悪役など、一度で十分だからね――――――“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”!」

 

「ぐっふぉあぁああぁぁ――――っ!?!?」

 

 

 フィンはディルムッドに餞別の言葉を贈ると、最短速度・最小威力で自らの宝具を発動させた。

 “無敗の紫靫草”。零落した神霊アレーンを倒したとされるフィンの持つ魔法の槍。

 その一撃は、彼の祖先である戦神ヌアザの司る“水”の激しい奔流を伴う。

 

 水の奔流は、ディルムッドの背中に直撃し、アルトリア達よりも彼の身体を大きく前方へと弾き飛ばした。

 

 フィンはディルムッドの身に然したるダメージがないことを確認すると、立ち止まって槍の柄頭を砂浜に突き立て――――

 

 

「ふむ、私にしては、よくやった方ではないかな、これは。ディルムッドを助けて消えるなど――――――」

 

 

 ――――背後から迫るトゥルッフ・トゥルウィスの牙の一撃を受けると同時に、砂浜から次々と立ち上る炎の柱に飲み込まれていった。

 

 

「ランサーが死んだ!(既視感」

 

「この人でなしぃぃいぃぃぃ!(絶叫&号泣」

 

 

 その光景に、アルトリアは何処か別の時空の自分の記憶を受信し、ベディヴィエールは短いながらも共に戦った勇敢な仲間の死に、涙を流すのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――――地雷大平原の術」

 

「何をやってるんですか、先輩ぃぃぃぃっ!!」

 

「いやね、砂浜(ここ)が戦場になるだろうと予想してたからね、お前等が来る前にね、ナパーム製の地雷をシコタマね」

 

「つーか、フィンとディルムッドが出てきた時点で、こうなるって予測してやりましたよねぇ、大将っ!!」

 

「は? 当たり前やろ、そんなん。“親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)”持ってんだぞ、アイツ。何だよ、その宝具、オレが欲しいわ!」

 

「この人類の悪性腫瘍!」

 

「この腐れ外道!」

 

「ふっ、聞こえんなぁ。残念な方のケルトはハイクも詠まずに死ね」

 

 

 地雷起動用のPADを蔵の中へと仕舞い、マシュとロビンの罵倒を無視して取り出したのは拡声器であった。

 

 

『あーテステス、よし。ディルムッドくーん、君の親分死んじゃったけど、どうするー?』

 

「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇ!! 一度ならず、二度までもぉぉぉおおぉぉおぉぉ!!」

 

『君の気持ちはよく分かるよぉ! でもね、これだけは言わせてくれ――――ディルムッドぉ、後ろ後ろぉ!』

 

「貴様の甘言になど―――――え? あ……」

 

 

 アメリカの特異点での一件を記憶しているディルムッドは、虎太郎の言葉など右から左。寧ろ、憎しみばかりを募らせていた。虎太郎の所業を考えれば当然である。

 

 だが、虎太郎憎しで、自らの主の別れの言葉すら聞き流してしまうのは如何なものか。そして、後ろから迫る敵の言葉まで頭から消え去ってしまうのも。

 元々、感情的な男ではないにせよ、騎士道に固執する余り、重要なことを忘れて聖杯戦争で痛い目に合ってしまう男だ。仕方がないと言えば仕方がない。

 

 そして、虎太郎を睨みつけていて奔ることすら忘れたディルムッドは、案の定、トゥルッフ・トゥルウィスに踏み潰されてしまった。

 

 

「ディルムッドが死んだ!(歓喜」

 

『この人でなしぃっ!』

 

 

 厄介事が一つ減ったと虎太郎は笑顔を浮かべ、サーヴァント達は契約主の行いに戦慄の悲鳴を上げる。

 勿論、虎太郎は何処吹く風である。悪びれるとか、誰かに同情するなどの心の反応は、彼からは根こそぎ抜け落ちている。

 

 虎太郎は拡声器を捨て、ざくざくと砂浜を進んでいく。

 もう既に、フィンとディルムッドのことなど、頭の中にはないだろう。

 

 視線の先には、速度を落とし始めたアルトリアとベディヴィエールが居た。

 

 

「――――おい、二人とも、大丈夫か!」

 

「貴方が、カルデアのマスターですか。ベディヴィエールから事情は聞いています。しかし、ディルムッド・オディナとフィン・マックールは……」

 

「いやぁ、残念だったな、本当に!」

 

「まさかとは思いますが、あの爆発は貴方が……」

 

「何の事だか分からないよ!(すっとぼけ」

 

「う、嘘! 嘘です! 王よ、騙されないで下さい!」

 

「おぉっと、久し振りだなベディ。その様子じゃエルサレムの記憶もあると見える。折角再会したと思えば、開口一番でそれとは。でもよく考えて欲しい。あの炎、地面から出てただろ? 風魔の宝具じゃねぇ?」

 

「……………………」

 

「騙されないで下さい、ベディヴィエール殿! 僕ではないですから!!」

 

「嘘ではないですかぁ!!」

 

「嘘だけど?」

 

 

 根が単純なのか。それともエルサレムでの一件で虎太郎に対して恩義を感じているからこそなのか。

 一瞬だけ騙され、涙目になるベディヴィエール。流石は円卓一のヒロイン力の持ち主である。無意識の行動があざとい。

 

 

「談笑している場合ではありません。どうか力を貸して頂きたい。あれは私の不始末、まして、このまま捨て置けばどうなることか」

 

「勿論だ。だが、アンタたちは休んでいてくれていいぞ。見た所、もう少しで魔力切れだろ?」

 

「し、しかし……」

 

「分かっちゃいたが、こっちのアンタも真面目過ぎだな――――――行くぞ、お前等ぁ! 害獣(おぶつ)駆逐(しょうどく)じゃーっ!!」

 

 

 聖剣の騎士王と変わらぬ頑なさと真面目さに呆れながら、虎太郎はアルトリアに休むように告げる。

 まるで、自分一人で何もかもを背負い込み、笑顔すら忘れてブリテンのために戦い続けた彼女を労うかのようだ。

 

 アルトリアが再度何かを告げようとしたものの、虎太郎の号令にアマデウス、ロビン、アタランテ、アーラシュがそれぞれの武器を構えて前に出れば、閉口せざるを得ない。

 

 

「では何時も通り、僕は耳を」

 

「はいよぉ、オレは鼻ね」

 

「では、私は右だな」

 

「残った左をオレか」

 

「獣狩りの鉄則その一! まずは目と耳と鼻を封じろ!」

 

 

 アマデウスが指揮棒を握ると、彼の魔力で構築された楽団員が姿を現した。

 楽団員は一様に真っ白なタキシード姿の天使を象っている。但し、脚もなければ、首もない。

 まるで己の音楽のためには、動く脚も考える頭も不要、楽器を爪弾く腕と指さえ在ればよいと言わんばかりの造形。

 偉大な音楽家ではあるが人でなし、と言われる彼らしさが形になったかのようだ。

 

 楽団員がアマデウスの振るう指揮棒に合わせるがまま、完璧の音調、完璧な旋律を奏でる。

 アマデウスが操る音楽魔術は音を媒介として音を操る。此度、始動した魔術の効果は、集中と増幅。

 集中は奏でた音に指向性を与え、方向を決定付け、増幅は文字通りに音量を上げるだけ。

 

 如何な天才の奏でる音楽も、度が過ぎれば拷問に等しい。

 音量は際限なく大きくなり、それが両耳に集中する。それは最早、音響兵器の領域である。

 

 トゥルッフ・トゥルウィスの鼓膜は破れ、両耳から派手に血が吹き出るほどの音量(いりょく)

 だが、止まりはしない。ようやく出会った怨敵を前にして、積もりに積もった怨念が、忘れようもない屈辱が、途方もない憤怒が、この程度で止まる訳もない。

 三半規管へのダメージによる平衡感覚の喪失を、四足歩行という獣の特性で補い、僅かによろめくだけに収めてのけた。

 

 

「――――ぐぉおぉおおぉぉっ!!」

 

 

 だが、次の瞬間に、魔猪の嗅覚と視覚は一瞬で奪われる。三騎のアーチャーによる一矢によるものだ。

 ロビンは鏃に溜めた毒を魔猪の鼻の前で爆散させて鼻を潰し、名誉挽回と意気込んだアタランテとアーラシュは寸分の狂いもなく両目を射貫く。

 

 これには流石のトゥルッフ・トゥルウィスも、猪突を緩めざるを得ない。

 敵を追う為の器官を全て奪われた。これでは、殺したくて殺したくて仕方がない相手を追うことが出来ないではないか。

 

 

「獣狩りの鉄則その二! 次は四肢をぶっ潰す!」

 

「僕達の出番だねぇ! 分かるとも!」

 

「■■■■■■■■――――ッッ!!」

 

 

 其処に、エルキドゥとヘラクレスが前に出た。

 エルキドゥは自らを変容させ、掌から鎖を作り出し、先端をヘラクレスへと投げ渡す。

 

 “変容”は自らの身体を自在に作り変えるスキル。

 似て非なるスキル“変化”との最大の違いは、状況に応じてステータスを振り分け直せる点。

 より強い力を望めば筋力に。より速く動きたければ敏捷に。より強固な盾が欲しければ耐久に。

 

 今望むのは筋力だ。ヘラクレスに負けぬほどの絶大な筋力を。

 筋力に全てを割り振ったエルキドゥは、手にした鎖をヘラクレスとともに引き合う。

 

 ギチリと鎖が悲鳴を上げる。だが、千切れはしない。この鎖は如何なる神々をも縛る強固さを秘めている。

 

 英霊中最高の腕力によって張り詰められた一本の鎖を、目も耳も鼻も潰された魔猪は避けることは叶わない。

 如何な巨体と言えども、神話の中で神々に代わって世界を支えたとされるほどの腕力、それと同等の力を得た神造兵器に勝りようがない。

 

 砂浜に凄まじい轟音と擦過音を轟かせながら、魔猪の巨躯が滑っていく。

 当然、四肢による推進が失われれば、あとは摩擦による抵抗で止まるだけ。

 

 何が起こったのか何一つ分からないまま、猪突する死はようやく停止した。

 

 彼には既に疑問すらない。ただただ思い通りにならない己の境遇を憎み、自らを王として扱わなかった少女を憎み続ける。

 

 ――尤も、それは潰されたはずの五感ですら感じ取れる、二つの巨大な太陽を認識する前までであった。

 

 

「獣狩りの鉄則その三。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ!」

 

「本気で憐れんで上げるわ、トゥルッフ・トゥルウィス。もう休みなさい。憎み続けるのも、疲れるものよ――――――私は蛇! 私は炎!」

 

「――――炎熱(アグニ)よ」

 

「これから毎日、焼き討ちしようぜ!」

 

 

 コアトルが慈愛すら感じられる声色で魔猪に哀れみの言葉を伝え、自らの宝具を発動させる。

 

 彼女の全身から風と炎が逆巻き、天上へと伸びていく竜巻と化した。

 カルナの生み出す炎、虎太郎が(無意味に)放つ火炎放射器の炎すら巻き込んで、より熱く、より大きく、より高くまで。

 炎の竜巻は、魔猪の巨体を焼きながら、ほぼ一瞬で天高くまで舞い上げる。

 

 自らの宝具と権能で火の鳥と化して追い縋ったコアトルは、見る影もなく焼け焦げた魔猪の身体を両腕で掴み、流星の如く砂浜へ向けて急降下した。

 

 

「“炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル・チャレアーダ)”――――!!」

 

 

 解放される真名。

 脳天落とし(パイルドライバー)という名の流星は、砂浜どころか島全体に衝撃の波濤を轟かせ、魔猪の憎悪ばかりに満ちた生を、確かな慈悲を持って閉ざす。

 

 数少ない彼の救いは、慈悲と慈愛に満ちた女神による最期であることだけだった。

 

 

「……………………これは酷い」

 

「よもや、これほどとは……」

 

 

 ベディヴィエールは目頭を押さえながら、完全にオーバーキルされてしまったトゥルッフ・トゥルウィスを憐れんだ。

 彼の優しさを考えれば、いくら王の御身を脅かした魔獣と言えど、複数のサーヴァントによる袋叩きは目も覆いたくもなるのも頷ける。

 エルサレムでも毎度毎度こんな感じではあったが、暫らく見ない間に、とんでもない戦力まで補充されていて戦慄を隠せないようだ。

 

 アルトリアもまた茫然としていた。

 サーヴァントの特性を把握し、それぞれの役割分担を決めておき、効果的で合理的な戦術。

 既にいくつもの特異点を攻略するだけの実力はあると聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかったようである。

 

 

「お二人とも、お怪我はありませんか!?」

 

「はい、問題ありません。マシュ殿、お久し振りですね。息災のようで何よりです。コタロウは相変わらずアレですが」

 

「は、はい、相変わらず先輩は誰にでも容赦がなく……と、兎も角、またお会いできて嬉しいです!」

 

「――――…………申し訳ありません。私の不始末を肩代わりさせてしまいました。謝罪と、そして感謝を」

 

「いえ、困った時はお互い様です。ベディヴィエール卿には、何度となく助けられましたから。これで少しでも恩を返せるのなら、嬉しいです」

 

 

 近寄ってきた少女に、円卓の騎士で最も優れた人格の彼を思い出し、アルトリアは言葉を詰まらせながら感謝の言葉を口にする。

 返ってきたのは、やはり彼によく似た言葉と笑顔。胸を締めつけられる郷愁を覚えながらも、獅子の兜の下でアルトリアは穏やかに微笑んでいた。

 

 そして、感謝を伝えるべきもう一人の人物に、アルトリアはドゥン・スタリオンに跨ったまま向かっていく。

 

 コアトルによる一撃。

 砂浜に出来たクレーターの中心には、頭から突き刺さったままのトゥルッフ・トゥルウィスの遺体があった。

 

 そして、虎太郎は恨み骨髄と言わんばかりに、まだ遺体に向かって火炎放射器で炎を撒き散らしている。

 クレーターの上では太陽神の分霊と太陽神の息子が、片手で顔を覆って首を振るばかり。毎度の事ではあるが、この振る舞いには頭を痛める他ないようだ。

 

 

「………………あ、あの、どうか、その辺りで(震え声」

 

「え? そう? まだ足りない。足りなくない?」

 

 

 声を掛けられ、虎太郎はアルトリアに視線を向けたものの、火炎放射器のトリガーから一時も指を放さない。燃料がなくなるまでやるつもりだ。

 これには、聖槍の騎士王もドン引きして声を震わせ、敵ですらなかったトゥルッフ・トゥルウィスに同情せざるを得なかった。

 





はい、という訳で、ケルト主従また死ぬ&ブリテン主従戦慄&上乳上ドン引きの回でした。

上乳上の設定ですが、色々と独自のものですのであしからず。
ブリテンの破滅は自分の不徳と納得して受け入れているので聖杯も求めていないし、satyの経験も経ておりません。よって、シロウも関係ない感じ。
まあ、実際、青王と上乳上は座とかどうなってんのかよく分からんので、こんな感じで。つまり、何をしてもNTRじゃないってことやで(にっこり
もっとも、だいぶ先の話だろうけどなぁ!(ゲス顔


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『此処のモーさんは色々と素直になった分だけヘタレ度も上がっている。これには流石の苦労人も苦笑い』

うわっ、うわぁあぁぁぁぁぁ! CCC直前ピックアップに合わせて、決戦アリーナでは、不知火ママンが限定ガチャ、だと……!

どうする、どうすればいい! 
この後に控えたCCCコラボガチャでは、BBちゃんが配布である以上、エロ尼やアルターエゴが現れる可能性が極めて高い!
行くも勇気、引くも勇気……! くっ、お財布と相談だ!

では、今回はモーさん回です。どぞー。


 

 

 

 

『今のモーさんは英雄などではない、ただの家出娘だ……!!』

 

 

 

 

 

「おい、モーさん。いくらアルトリアと顔合わせ辛いからって、オレの部屋に入り浸るの止めてくんねー? 三四銀で王手な」

 

「ちちち、違ぇーし。か、顔合わせ辛いわけじゃないし。マスターの部屋がオレの部屋より豪華で居心地いいのが悪いだけだし。今日からここ、オレの部屋な」

 

「む。むむ…………これ、詰んでる。詰んでますね。あちゃー、投了です。参りました」

 

「はい、ご苦労さん」

 

「無視すんなよぉッ……!」

 

「「だってぇ、ねぇ?」」

 

 

 騎士王、ベディヴィエールとの出会いと再会、トゥルッフ・トゥルウィス討伐を経た翌日。

 モードレッド、沖田、虎太郎。相変わらず水着姿、アロハシャツ姿の三名は、虎太郎のコテージで駄弁っていた。

 

 すっかり情事の臭いの消え去ったベッドの上では、モードレッドが俯せで枕を抱えて足をパタパタさせている。

 どう見ても拗ねてしまった年頃少女、或いは親に酷いことを言って気まずさから逃げ出した家出娘にしか見えない。

 

 そんなモードレッドを尻目に、沖田と虎太郎は将棋に興じていた。

 初めの内は普通に打っていたのだが、実力が違い過ぎて、二枚落ち、四枚落ち、六枚落ちと進めても沖田が全く勝てず、虎太郎は今や目隠しをして打っている状態である。

 元より、沖田はこの手の盤上遊戯は苦手なのだろう。この結果もむべなるかな。彼女は棋士ではなく剣士なのだから。

 

 ともあれ、モードレッドは出来過ぎな偶然によって島にやってきた父親と顔も合わせずにこの調子。

 

 二人としても放っておく訳にもいかず、かと言って、無理に首を突っ込むつもりもない。

 根本的に、これはアルトリアとモードレッドの問題であって、余人が手を出せる問題ではないのだ。

 沖田が虎太郎に視線を向ける。どうしましょうとでも言いたげな視線であったが、虎太郎は肩を竦めるだけだった。

 

 その時、コンコンとコテージのドアがノックされる。

 モードレッドは寝そべったままの状態のまま、猫のように跳ね上がり、ふしゃー! と扉に向かって視線を向けた。大した警戒のし様である。

 

 沖田はモードレッドに対して更なる溜め息を吐き、虎太郎は首を振りながら扉へと向かっていった。

 

 

「はいよ、どうかした?」

 

「失礼します、マスター。昼食の準―――――」

 

 

 虎太郎が扉を開けると、立っていたのは渦中の人であるアルトリアであった。

 

 

「――――何の音ですか?! 敵襲ッ!?」

 

「あ、あぁ、いえ、何でもないですよぅ、アルトリアさん! グラスを落としてしまっただけで!」

 

「その割には、些か音が大きい気がしましたが……」

 

「特大グラスだったので! ええ、それはもう大きくて!」

 

「は、はぁ、そうですか……?」

 

 

 ガシャーン、とガラスが派手に砕け散る音に真面目なアルトリアは敵の存在を警戒して聖槍を呼び出すが、何が起きたか把握していた沖田の言葉に矛を納めた。

 

 無論、グラスを落とした訳がない。巧く言い包められたが、いくら何でも音が大き過ぎる。

 事実は、アルトリアの存在を確認したモードレッドが、窓ガラスを突き破って逃げた音である。

 大した逃げっぷりだ。脱兎にすら勝っている。正に虎太郎の如き逃げ足であった。

 

 思っていた以上の拗らせっぷりに、虎太郎は何とか内心でだけで溜め息を吐く。

 何にせよ、このままではマズい。今の状態でカルデアに戻ろうものなら、モードレッドが巧く機能しなくなるのは目に見えていた。決戦を前にして、この事態は喜ばしくないのは確かだ。

 

 

「では、改めて。昼食の準備が出来たそうなので、支度を」

 

「ああ、そうか。しかし、わざわざ小間使いのような真似、アンタがしなくてもいいんじゃないか?」

 

「……? いえ、マスターを呼びに行くのは新入りの仕事だ、とキャスターとライダー――――アマデウスと黒髭が、そのように」

 

「そうかそうか。(真面目な奴はそんな馬鹿共に良い様に使われて)エライ(大変だ)なー」

 

「そのようなことは。マスターには恩があります。この程度であれば、いくらでも」

 

 

 虎太郎は、何も知らないアルトリアを良い様に扱き使うアマデウスと黒髭に頭を痛めながら。沖田は盛大な溜め息を吐きながら。アルトリアはあくまでも生真面目に。三者三様の反応を見せていた。

 

 彼女の言葉からも分かるように、虎太郎はアルトリアとベディヴィエールと契約を結び、正式なサーヴァントとしてカルデアに迎え入れた。

 アルトリアは恩――トゥルッフ・トゥルウィスの討伐の大部分をカルデアに任せてしまったという理由で。そして、ベディヴィエールは――――

 

 

『の、残ります。残りますとも。お、王を、我が王を、虎太郎の下へ一人で残していくことは出来ませんから(震え声』

 

 

 ――己が味わう心労と王への心配を天秤にかけ、苦渋の決断を下した。

 

 円卓一の常識人である彼には、とても辛い職場である。

 胃壁は削れ、同時にSAN値もガリガリと削れていく職場だ。

 何が辛いと言って、仕事が辛いのではなく、虎太郎のド外道戦法や行動が辛い。そして、ガウェインの自由っぷりも胃が痛くなってくる。これは酷い。 

 

 

(ふむ……しかし、アレですね。こう、アルトリアさんの水着姿は何と言いましょうか。もう、マスターとしては、ムッハァッー! という感じなのでは?)

 

(え? 何が……?)

 

(えぇ!? 他の女性陣の水着姿はニヤニヤ眺めていたのにぃ?! あ、いえ、特定の人だけでしたね)

 

 

 沖田の台詞に、お前は何を言っているんだ状態の虎太郎。

 虎太郎は女好きであるが、好きな女も興奮を覚える女も、自分の手を出した相手だけであって、それ以外は性の対象、女として見ていない。

 異様なほどキッチリとした線の引きようであるが、全てはハニートラップを警戒してのことであった。

 

 そして、沖田の言うようにアルトリアの水着姿は酷く煽情的だ。

 アン、ドレイクに勝るとも劣らない男好きする肉体を絞るかのような、ハイカットタイプの競泳用水着。更にはマントを羽織っていた。

 兎に角、喰い込みがキツい。成熟した女としての自分を戒めているような印象すら受ける。翻るマントの下から覗くはみ出た尻肉は男ならば生唾を飲み込みたくなるだろう。

 その上、時折、マントの中に手を入れ、モゾモゾと動かすのである。明らかに尻に喰い込んだ水着を直していた。チラリズムの権化である。

 

 この姿も、スカサハが鎧姿は暑苦しいと霊基を弄った結果なのだが、大変素晴らしい仕事ぶりである。何が、何処が素晴らしいとは言わないが。

 

 

「ところで、他の連中とも顔合わせは終わったか?」

 

「ええ、既に大半は。何と言えば良いのか……接し易く……それでいて、えっと、自由で……と、兎に角、こ、個性的な面子で」

 

「無理してオブラートに包まなくてもええんやで?」

 

「む、無理などしては……」

 

「ガウェインについては?」

 

「……………………大変、仲睦まじいかと(震え声」

 

(ああ! アルトリアさんの表情筋がどんどん死んで……!)

 

 

 虎太郎の指摘に、アルトリアはすっと目を逸らした。その表情は何処までも死んでいる。

 それはそうである。あの真面目なガウェインのこと、アルトリアの前では騎士として在り続けた。本来の自分、素の自分というものは全く見せてこなかっただろう。

 いや、それも違うか。騎士としてのガウェインも間違いなく素である。何らかの仮面(ペルソナ)というわけでもない。

 

 ただ、虎太郎と出会ってから、今まで誰にも見せてこなかった面が表に出てきただけ。

 それについてはアルトリアも喜ばしい。誰よりも忠義を貫き、私事など顧みず、騎士として仕えてくれた彼が、第二の人生で新たな生き方を見つけられたというのならば、彼女も祝福するまでの事。

 しかし、あんなにも残念な一面であるなどと、アルトリアとしても思っていなかったようだ。

 

 

『おぉ! お久り振りです、我が王よ!』

 

『お久し振りですね、ガウェイン卿。とは言え、私の知る彼とは同一人物にして別人なのでしょうが。しかし、先日は一体何処に……?』

 

『はっはっは。ラグネルとイチャコラしていました。その後はもう、しっぽりと!』

 

『そ、そうですか。ラグネルも…………ラグネルも?! 彼女は英霊の座へと至ったのですか?!』

 

『いえ、そこはそれ。私への褒賞として、アルフレッドと他、魔術師の皆さんが気合と根性で召喚してくれました』

 

『……な、成程、色々と規格外だとはベディヴィエールに聞き及んでいましたが、そこまでとは』

 

『いや、王の命でラグネルと婚姻することになった時など、この世の終わりかと思うほどに絶望しましたがね!』

 

『そ、その点については謝罪するしかなく。仕方がなかったとは言え、卿の意思も確認せずに……』

 

『何を仰る! アレほど出来た嫁は他にいません。王には感謝しか。それは兎も角、トラウマはトラウマですが!』

 

 

 この嫌味っぷりである。

 もっとも、ガウェインに嫌味のつもりなど毛頭ない。

 ただ、彼は自身の心に正直になっただけである。お陰様で、思ったことは大抵の場合、そのまま口から飛び出すようになってしまった。相手をどれだけ傷付ける言葉であろうとも。

 

 アルトリアも、当時のガウェインの表情を思い出し、それ以上、何も言うことは出来ず、怒る事すらままならない。

 

 

『では、私はこの辺りで! ラグネルをあひんあひん言わせる仕事に就かねばなりません、夫として!』

 

『…………そ、それはそれは』

 

『王も、カルデアでの生活をエンジョイして頂きたい! そして、聖剣――いえ、此方の王は聖槍でしたね! 聖槍をぶっぱする王のお仕事、頑張ってください!』

 

『………………』

 

『ラグネェル! 昼間の私の力は三倍! ならばあひんあひん言わせる力も三倍ですよ、ラグネェェェェェェェェェルっっ!!!』

 

 

 爽やかな笑顔と共に、妻の名ととんでもない台詞を叫びながら砂浜をかけていくガラェイン卿。

 さりげなく王の仕事をディスっていく忠義の騎士。その背中に、私は嫌われていたのでしょうか、と落ち込んでしまうアルトリアなのであった。

 

 

(何をやっているんですか、ガウェインさん!)

 

「まあ、今のアイツのことだ。アンタを嫌ってるわけじゃない。ただ、生前とは優先順位が違っているだけさ。余り考え込み過ぎないでくれ」

 

「そう、そうですね。それから、此方にはモー――――」

 

 

 虎太郎のフォローで気を取り直したのか、沈んでいた表情が持ち直される。

 だが、次の瞬間には恥じらいから真っ赤に染まっていく。アルトリアの腹の虫が怒りの声を上げたのである。

 

 

「も、申し訳ありません。魔力は十分に頂いているのですが、慣れない現界からなのか、このような……」

 

「気にするな。オレ達も後から行くから、先に食べていてくれていいぞ」

 

「ははは、はい。し、失礼しましたぁ……」

 

 

 聖剣の騎士王に比べ、肉体的にも精神的にも彼女は成長している。

 大人びている分だけ冷静ではあるが、はしたない行為への恥じらいも増しているのだった。

 

 アルトリアは瞬間湯沸かし器のように顔を真紅に染め上げると、肩を落としながらも足早に桟橋を戻っていった。

 

 

「アルトリアさん、モードレッドさんのことを探していましたね」

 

「だな。まあ、聖剣を持ってる方よりも成長してるんだ。モーさんにも色々と思う所があるだろうよ。単純に嫌いってだけでも、かと言って無関心でもいられないってところか」

 

 

 モードレッドはアルトリアに対して愛憎その他様々な感情を持っている。 

 彼女の話を統合した導き出されるアルトリアの姿は、モードレッドに対してただひたすらに無関心でしかない。

 

 自身を父と呼び、王位を譲るように進言する姉との間に生まれた全く身に覚えのない不貞の子。

 そんなモノ、大抵の人間であれば嫌悪感に耐えかねて遠ざけるか、謀殺するかのどちらかだろう。

 だが、アルトリアは徹底して無関心であり続けた。モードレッドには、騎士としての力のみを求めた。それを優しさと取るか、或いは冷徹と取るかは人によるだろう。

 

 そんな彼女が、今になってモードレッドへと自分から声をかけようとしている。

 当時のブリテンは諸処の問題を抱えており、アルトリアは王として在り続けなければならず、モードレッドが何を思っていたのかも、アルトリア自身の心ですらも、忽せにせざるを得なかった、とでも思い至ったのか。

 

 もう既に死した身。王としての責務から解放された身。

 王としての己ではなく、単なるアルトリアとしての感情や考えに浸れるだけの余暇も余裕もある。だからこその自発的な働きかけであったのだろうが、タイミングが悪すぎた。

 

 複雑な二人の心情を察した虎太郎は、これはまた面倒なと嘆息したが、首を振る。

 酷く面倒で、とても関わりたくなどないが、これを改善するのはマスター(おのれ)の役割と受け入れた。最終決戦の前で、人間関係の縺れなどないに越したことはないのだから。

 

 

「ところでモーさんは何処に隠れてんだ?」

 

「テラスの方に逃げていきましたから、そのまま海に飛び込んだのでは……?」

 

「はぁ? プリドゥエンは此処にあるけど……?」

 

「いえ、慌て過ぎて忘れていっただけでしょう。何か問題でも……?」

 

「いや、問題っつーかよ……」

 

 

 壁に立てかけられたサーフボード(プリドゥエン)に、虎太郎の表情は蒼褪めていくが、理由の分からない沖田は不思議そうに首を傾げるばかり。

 

 そう、虎太郎は知っていた。そして聞いていた。

 共に大波で難易度の高いトリックを極めた時のことである。

 その難易度の高さ故、身体能力の高いモードレッドであっても、僅かながらにバランスを崩してしまった。

 

 その時の呟きは――

 

 

『わわっ、溺れる……!』

 

 

 ――であった。

 

 その後も何度か似たような事態に陥り、似たような呟きは虎太郎の耳にまで確かに届いていたのである。

 虎太郎は慌てて海に面したテラスへと駆けていき、海の中へと入ったかもしれないモードレッドの姿を必死で探した。

 

 

「あはは、嫌ですよ、マスター。アレだけ海で遊んでいたモードレッドさんが泳げない、わけ、が――――」

 

 

 虎太郎の後を追った沖田は笑っていたが、目にしたあるものに次第に笑顔が消え、眉根を寄せていった。

 

 彼女が見つけたのは、ボコボコと波間に現れては消える無数の泡。

 すすす、と視線を水底へと向けていく。透明度の高い海はハッキリと底まで見通せるほど。

 

 水底に彼女が見つけたのは、両手で口を押さえ、必死で両脚を動かしているモードレッドの姿。

 

 

「ごぼぼごぼごぼ………………ごぱぁっ!!」

 

「えええぇぇえぇぇえぇぇっっ!! モードレッドさん、泳げなかったんですかー!!?!(ガビーン」

 

「うぉぉおぉおぉっっ! そんなアホな死に方許さんぞ、モーさぁぁんんんんんんッ!!!(ザパーン」

 

 

 一際大きく空気(あわ)を吐き出したモードレッドに、二人の絶叫が島全体に響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『この世界線のモーさんは泳げない』

 

 

 

 

 

「全く、泳げないなら言って下さいよぅ、モードレッドさぁん」

 

「う、うるせー! 海に来てんのに、泳いだことねーなんて言える訳ねーだろ! バカッ、バーカ!」

 

「別に、これくらい恥ずかしいことじゃねーんだけどなぁ」

 

 

 何とか海底からモードレッドをサルベージした虎太郎達は、浅目の海に腰まで浸かっていた。

 

 叛逆の騎士モードレット。

 彼女はモルガンの魔術が施された不貞隠しの兜と鎧を、キャメロットにおいても脱いだことはなかった。

 ひたすらに騎士王に憧れて、やがては騎士王を憎み抜いた人生。そんな人生では遊泳など楽しむ余裕などなかっだろう。

 兜も鎧も脱いだことはない故、遠征において川を渡る際も、船か馬の力を借りていたらしい。

 

 という訳で、折角海に来たのだから、とモードレッドのカナヅチを解消しようとお節介を焼こうとしたのが沖田であった。 

 虎太郎は単なる付き添いである。モードレッドは泳げない、沖田は病弱のスキル持ち。こんなところで二騎のセイバーを溺れさせるなど笑い話になりはしない。いざと言う時のライフセイバーは必要だろう。

 

 

「では、まずは水に慣れるところから始めましょうか。海に顔を浸けてくださいねー」

 

「ふ、ふふふ、ふざけんな! だって、海だぞ?! しょっぱいし、ベタつくし、あと呼吸も出来ないんだぞぉ!」

 

「モーさん、海好きなのか嫌いなのかハッキリしようぜ。ほら、さっさと浸けろ」

 

「やーめーろーっっ!!」

 

「あの、マスター、それはちょっとやり過ぎですぅ……」

 

 

 あれだけ楽しんでいたというのに、根本的に水に対する恐怖心が抜けていないらしい。

 ぶんぶんと首と手を振って沖田の指導を拒絶するモードレッド。

 

 そんな彼女に業を煮やした虎太郎は、彼女の頭を引っ掴み、顔面を無理やり海面へと浸けさせようとした。

 元よりこと鍛錬においては、死んだとしても許しを与えず鍛え続けるのが基本方針の男である。この辺りは全くと言っていいほど容赦がない。

 

 

「やめ、やめろぉぉぉっ!! こんなのイジメだろッ! イジメはいけねーんだからな! せめて! せめて自分のタイミングでやらせてぇー!!」

 

「も、モードレッドさんもこう言っていますし」

 

「えーでもなー、オレまだるっこしいの嫌い」

 

「何時もはまだるっこしい手段取る癖に、こんな時ばっか短絡的な手段取るよなぁ、アンタはぁ! 大体、オレの場合は魔力放出で泳げるからいいだろうがぁ!!」

 

「モードレッドさん、それは泳いだうちに入らないので」

 

「モーさん、いいのか? モーさんが全てにおいて円卓一であるのは疑いようのない事実だけど、泳ぐという点に関して円卓一じゃなくなくなっちゃうけどいいのか?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……! ど、どっちにしろ、ケイには勝てねーよ! アイツの泳ぎは変態的だ!」

 

 

 魔力放出を使った場合、泳ぐと言うよりかは水上スキーのような滑走である。

 もしくは単なる低空飛行でしかないだろう。確かに泳いでいるとは言い難い。

 そもそも魔力放出の魔力消費も馬鹿にならない。いくらアルフレッドの貯蔵魔力が聖杯以上とは言え、限界というものは存在するのだ。消費は少ないに越したことはない。

 

 そして、モードレッドの言もまた事実。

 サー・ケイ。円卓の最古参であり、何とも珍妙奇天烈な能力が逸話の中で語られている。

 曰く、機嫌がいいと背が伸びる。九日間、水の中に潜っていられる。掌から熱を放てるために洗濯物を乾かしやすい等々。

 円卓は妖精の加護を受け、とんでもない能力を持つ者が多数いるが、こんなにも役に立つんだか役に立たないんだが分からない能力持ちも珍しい。サー・ケイは人間なのだろうか。

 彼が円卓一の水泳の名手であるのは疑いようがない。九日間も水の中に潜っていられる水泳とはどんなものなのか。エラ呼吸でも出来るのか、確かに変態的である。

 

 しかし、其処は負けず嫌いのモードレッド。円卓を引き合いに出されて引ける筈もなく。

 

 

「よし! いくぜぇ! ほっ、はっ、よっ!」

 

「モーさん、そういうのいいから早く」

 

「た、ただのイメトレだから。よし、よっしゃ、はぁああぁぁっ!!!」

 

「早くしろよぉ!」

 

「怒鳴るなよぉ! だから、頭を掴むの止めろぉ!」

 

 

 何度となく勢いよく身を沈めるのだが、その度に海面付近でピタリと止まるを繰り返す。

 その無様な姿に焦れてきた虎太郎は、またもや頭を掴んで無理やり水の中へと押し込もうとする。

 

 大変危ない絵面である。

 屈強な男が、線の細い少女を水へと沈めようとしているのだ。犯罪臭が酷い。酷過ぎる。

 

 

「はーっ、はーっ、……いくぞぉ……いくぞぉっ!」

 

「モーさん、はよ」

 

「まあ、水に慣れることが最初の一歩ですので、頑張ってください」

 

「おぉぉおおぉぉりゃぁああぁぁああぁぁ―――――ッッ!!!」

 

「「――――え?」」

 

 

 いよいよもって覚悟を決めたモードレッドは、呼吸を整え、腰を深く落とした。

 今回は止まらない。モードレッドは今度こそ止まることなく、水中に全身を沈めるほど腰と膝を深く落としたのである。

 

 

「ど、どんなもんだー! やってやったぜ! …………って、アレ? 何で言葉も喋れるし、呼吸も、わぶぼぼぼぼぼっ!!」

 

「ぐわぁああぁぁああぁ――――!」

 

「ひぇええぇぇえぇぇぇ――――!」

 

 

 モードレッドが腰を落とした瞬間、不思議なことが起こった!

 彼女を中心に半径5mほどの海が突然消失したのである。まるで海を割ったとされるモーセのようだ。

 

 だが、モーセのように神の御業ではなく、まして海を割ったのでもなく、単純に魔力放出によって周囲の水を吹き飛ばしただけ。

 気合の入り過ぎたモードレッドは無意識の内に魔力放出を発動させていたのであった。

 

 虎太郎も、縮地持ちの沖田ですら、こんな事態に対応できる筈もなく、敢え無く魔力放出によって吹き飛ばされる。

 モードレッドはモードレッドで目を瞑ったままだったので、周囲の状況など把握できるはずもなく、空白へと流れ込んできた水に飲まれていった。

 

 

「わぶぶっ、わばっ、お、溺れ――――!」

 

「モーさん、そこ脚つくから。オレ、ここに来てからこんなんばっか――――ガクッ」

 

「お、沖田さんも、こんなのに巻き込まれるなんて――――こふっ」

 

 

 砂浜に背中から叩き付けられた虎太郎と沖田は、衝撃と痛みで立ち上がる気力すらなく。

 モードレッドはモードレッドで自分の巻き起こした被害に気付けずに、足が底につくことすら忘れ、もがき続けるのであった。

 




というわけで、モーさんヘタレ化が進行中&上乳上ガウェインの惨状にドン引きしつつもモードレッドを(どのような感情によるものかはともかくとして)気にかける&モーさん実はカナヅチでした。

モーさんが実際に泳げないかは知らない。当時のイベントやれなかったしね。
というわけで、此処ではモーさんはカナヅチ設定で。まあ、父上の方も泳げないので似た者親子ってことで許してくんさい。

サマーバケーション編もあと少しで終わりが見えてきたぜ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『長期休暇中も一仕事するとか苦労人の鑑』

CCCイベ、先が待ち遠し過ぎる。
ちらほらとあの最低最悪の宝具をブッパするエロ尼の気配を感じつつも、それぞれの謎の行動に目を引かれますねぇ。どうなってしまうのか。

そして、メルトリリスは性能的に微妙なのか。使った感じNP効率と星出しはそんなに悪くななかったけど、スキルが微妙い。そしてリップちゃんは大正義B宝具のバスターゴリラ、大した原作再現だ。鈴鹿御前は宝具後にクリティカルUP、賢王様とマーリンと組ませて星をポコジャカ出させる運用がいいかしら?

そして、ついにお迎えした英雄王の天地乖離す開闢の星の威力にビックリ。いくらサーヴァント特攻と言えど、全体宝具で単体宝具並みのダメージとか嘘やんって思ったけど、嘘じゃなかった。運営のヤケクソ強化というのにも納得。こんなん笑うわ!

というわけで、サマーバケーション編最終話。どぞー



 

 

 

 

『名も無き島の浜辺にて』

 

 

 

 

 

「疲れましたー!」

 

「どうだどうだ、マスター! 泳げるようになったぞ、ざまぁみやがれ!」

 

「はいはい、ご苦労さんご苦労さん」

 

 

 モードレッドのカナヅチ改善を開始してから数時間。

 水への恐怖心をすっかり克服したモードレッドは、あっという間に泳げるようになってしまった。

 

 元々、一流の英雄だ。その身体能力や運動神経が悪い筈もない。

 水への恐怖心さえ克服してしまえば、後は存分に生まれ持った能力を発揮するだけのこと。

 今や、その実力たるや指導者である沖田や虎太郎すら凌駕するほどだ。これはケイも超える日は近いか。いや、それはないな。ない。

 

 三名は、砂浜に突き立てられたパラソルの日陰の中にレジャーシートを敷いて、寛いでいた。

 

 

「う~ん、少し頭がクラクラします。遊び過ぎたでしょうか」

 

「おいおい、大丈夫かよ。ほら、スポーツドリンク。水分補給しとけ、水分補給」

 

「ありがとうございます、モードレッドさん。……うっ……キンキンに冷えてやがりますね……ありがたい、涙が出ます……犯罪的です……うますぎる……んくんく……ぷはぁ……ッ!」

 

「お、沖田? 喜び過ぎじゃね?」

 

 

 ざわ……ざわ……し始めた沖田に、モードレッドは思わず瞼を擦る。沖田の鼻と顎が人を刺し殺せそうなほどに尖って見えたからだ。

 瞼を擦り、首を振ってみれば、何時もの沖田に戻っていた。一体、何の幻覚だったのか。

 

 勢いよくスポーツボトルの中身を飲み干した沖田は、口元を拭う。

 しかし、沖田の不調がどんなものであるにせよ、そう簡単に治るものではない。

 最近は血色の良かった顔色は蒼白く、病弱のスキルが発動しているようだ。

 

 

「どれ、熱はない。熱中症じゃない。となると、単なる脱水症状か」

 

「オレら、サーヴァントなんだけど、そんな風になるのか?」

 

「沖田はスキルで病弱を持ってるのを忘れたか。こうやって、何らかの病や不調として現れるらしいな。対処法も人間のそれと変わらん」

 

 

 “病弱”は天性の打たれ弱さ、虚弱体質を示すスキル。

 沖田は元々の体質のみならず、後世に語り継がれた逸話によって民衆が抱いた心象から、無辜の怪物に近い呪いを受けている。

 彼女の場合は目眩、頭痛、熱。酷い時は結核の末期症状が襲ってくる。薬の類は効かないが、症状を和らげる方法は変わらない。

 

 

「こ、この程度、なんてことは……」

 

「沖田ー、気持ちは分からないでもねーけどよぅ。そういうとこ直せよ。ほんと迷惑だぜ」

 

「全面的に同意だな。安心しろ、約束通りに最後まで戦わせてやる。但し、オレの命令を聞いている間だけだ。オレでも、新選組でも命令を聞かなければどうなるか、分かっているだろう?」

 

「……良くても切腹。悪ければ戦いにも出られずに冷や飯喰らいです」

 

(う~ん、間違っちゃいないんだけど、価値観狂ってんな、コイツ)

 

(武士とか幕末の連中は皆価値観狂ってるから)

 

(そういうマスターもな。日本人はどっか可笑しい。バーサーカーばっかだし)

 

 

 

 モードレッドは口にこそ出さなかったが、沖田の言葉に呆れていた。

 彼女の価値観からすれば、良い事と悪い事が逆なのだ。命令違反で腹を切るくらいなら、戦いにも出されずに冷や飯喰らいの方がマシだろう。

 

 最後まで戦って死んだモードレッド。

 病床に伏せり、戦うことなくこの世を去った沖田。

 次こそは、最後まで戦い抜く事。それが紛れもない沖田の願いであり、どうしたところで二人の価値観は交わらない。

 

 そもそも、将として戦場に立ったモードレッドと剣士としてしか戦場に立った事のない沖田とでは、戦いに対する視点に違いが生まれて当然だ。

 戦場の規模も、投入された兵士の数も異なっている。

 単なる時代の違いに過ぎない故に、安易にどちらが間違っているのかと語り合うことほど愚かなことはない。

 それぞれの時代、それぞれの国で、掲げた信念や価値が異なる故に、異なっていて当然なのだ。

 

 

「ほれ、休める時には休む。無茶と無理ばかりのオレが言うのも何だがな。少なくとも、オレは他人には迷惑をかけないぞ」

 

「わぷっ…………あ、アレ? あ、あぁぁ、ぁのマスター、これは俗に言う膝枕という奴なのでは」

 

「枕がないんでね。まあ、男の膝枕なんぞ嬉しくもないだろうが、そこは勘弁してくれ」

 

「い、いえ、このような……」

 

「いいから。黙って寝とけ。倒れられると面倒なんだよ」

 

 

 沖田の額に手を置くと、そのまま身体を横にさせる。頭は虎太郎の伸ばした片足に乗せられた。

 

 気恥ずかしさからか、沖田は頬を染めたが、虎太郎は気にした様子はまるでない。

 初めの内は抵抗を試みたものの、額を押さえられた沖田は為されるがまま。最終的に妙な安心感と心地良さに包まれて、抵抗する気力も奪われてしまう。

 頭を撫でる手は、遠い日、記憶にも残っていない筈の父親のそれを彷彿とさせて、全てを投げ出してしまうほどの眠気を誘ってきた。

 

 沖田が不調と疲れからうとうとし始めたのは良かったのだが、問題はモードレッドの方である。

 いじらしくも虎太郎に好意を向けるモードレッド。これを見て、普通でいられるはずもない。

 

 ピシャーンと雷打たれたかのような表情、或いはフレーメン反応状態の猫のような表情で、沖田を見ている。

 やがて、ぐぐぐと表情を歪めてソワソワし始め、何かを閃いたかのようにポンと手を打った。

 

 

「あ、あーぁ、なんかオレも寒気がしてきた気がするなー」

 

「……………………ふーん。じゃあ、オレの上着着ていいよ」

 

「あ、それから頭痛もしてきた。これはこのままじゃマズいよなぁー(チラッチラッ」

 

「……………………そうだね。じゃあ、モーさんも、どうぞ」

 

「ッシャ! ……じゃあお邪魔様ー、っと………………ふぉ、ふぉぉぉぉ」

 

(なんだ、この生き物は)

 

 

 モードレッドは沖田と同じように虎太郎の太腿を枕に寝転がる。

 すると、妙な奇声を上げて、キラキラと目を輝かせる。初めての感触からなのか、それとも単に嬉しいだけだったのか。

 

 叛逆の騎士の名を返上し、二心なく仕えてくれる彼女を労うように、虎太郎は頭を撫でた。

 彼女が本当に欲しかったものには到底及ばないが、感謝や称賛を込めた手付きにモードレッドはニッと笑ってみせる。

 誰が何と言おうと、本人がどれだけ否定しようとも、彼女は愛情に餓えている。

 父は王として在る余りに無関心。母は妄執に取り憑かれ、彼女を道具として扱うのみ。

 

 元々波長が合ったというのもあるだろうが、モードレッドが此処まで虎太郎を慕うのは、その辺りを察した上で接し続けたからに他ならない。

 有り体に言って、虎太郎はモードレッドの傷を利用しているのだが、モードレッドも十分に理解している。

 何せ、当人から明かしたことだ。感傷であろうが、トラウマであろうが利用できるものは何でも利用する男だ。

 他の者との違いは、自ら利用すると宣言し、明かすこと。無意識のまま操られるか、意識して操られるかでは心証がまるで違ってくる。

 

 何処までも卑劣で卑怯で恥知らず。だが、不思議と嫌いになれない。そんなラインを絶妙のバランス感覚で保ち続けるのである。

 

 安堵か、疲れか。

 モードレッドも沖田同様に、重くなった瞼を閉じると、鼾を掻きながら眠ってしまった。

 どうしてこう、妙なところで女子力が低くなるのか。

 

 

「――――全く、この素直さを大好きな父上の前で見せてやればいいものを」

 

 

 二人のお陰で動けなくなった虎太郎は、モードレットの心境を理解しながらも、一人ごちながらも苦笑する。

 

 この案件に関わると決めた当初、英霊達との関係はもっとビジネスライクになるだろうと踏んではいたが、蓋を開ければこの様である。苦笑の一つもしたくなろう。

 だが、考えていれば当然の事。英雄は人でありながら、人ではなくなってしまった者達の総称だ。感情の浮き沈み、悩みの重さも人並み外れている。

 それらを受け止め、解消することで、優れている力をより優れた形で発揮できるというのならば、面倒に変わりはないが苦労も対価と割り切れる。

 

 ――さて、此処でも一つ。面倒事を解消するとしましょうか。

 

 何をするでもなく、薄らぼんやりと青空を眺め続ける。

 虎太郎の予想では、そう時間のかからない内に、目的の人物は自分からやってくるだろう。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「お隣、よろしいですか……?」

 

「――――ああ、勿論」

 

 

 二人が夢の世界に堕ちてから、一時間。虎太郎が待っていた人物は、予想通りにやってきた。

 聖剣を握った彼女とは、よく似た別の人生を歩んだ存在。万に一つ、億に一つの可能性。聖槍を携えたアルトリア・ペンドラゴン。

 

 威厳に満ちた無表情を穏やかさで崩しながら、アルトリアは虎太郎の隣に腰を下ろすと眠るモードレッドに視線を向けた。

 その視線に込められる感情を読み取れるのは、虎太郎くらいのものだろう。何せ、アルトリア自身も言葉に出来なければ、判然としていない筈だ。

 

 

「…………驚きました」 

 

「あぁ? 何がぁ?」

 

「彼女が、このような穏やかな表情を見せることもあるのか、と……」

 

「……………………うぅ」

 

「………………」

 

 

 今のアルトリアの表情を見れば、モードレッドも同じ感想を抱くことだろう。

 王としての顔ではなく、個人としての顔は、驚くほどに暖かみに満ち、かつてキャメロットで見せた何らかの機構染みた冷徹さは微塵も感じられない。

 

 アルトリアはモードレッドに向かって手を伸ばしたが、彼女が眠ったまま寝返りを打つと其処で手は止まった。

 かつて、モードレッドに言い放った言葉を思い出したのか。それとも、モードレッドが言い放った言葉を思い出したのか。

 

 触れる為に伸ばした筈の手は、目的を果さずに膝の上へと戻されてしまう。

 

 

「別段、遠慮する必要もあるまいに。触りたきゃ触ればいいだろう」

 

「遠慮、という訳では、ありません。ただ…………」

 

「何だ。同情でもしてるのか?」

 

 

 虎太郎は心底から呆れた表情と視線をアルトリアに向ける。

 彼女が見せたのは、弱り切った笑み。今、彼女は自分自身のことすら分からないだろう。

 

 キャメロットの崩壊は約束されていた。

 どれだけアルトリアが理想の王(国の機構)として在り、手腕を振るおうとも、先王から溜め込んだツケは、離れていく民の心は、襲い来る無数の外敵は如何ともしがたい。

 確かに、最後の一押しを加えたのはモードレッドであるが、もしモードレッドが思い留まったとしても、自身の最期も、キャメロットの結末も変わらなかっただろう。

 

 それ故、モードレッドに対して無関心でなくなった今は、彼女に抱くのは憎しみではない。

 肉体的、精神的に成長し、視野が広がった彼女が抱いたの一種の哀れみだ。

 

 モルガンの性根はよく理解している。

 器がないにも拘わらずブリテンの王になるなどと嘯き、憎悪と妄執を重ねる邪悪な姉。そんな者が、我が子とは言え、まともな教育など施すわけもなく、ただただ道具として扱ったに違いない。

 今にして思い返せば、円卓の末席に名を連ねた頃のモードレッドの必死さと優秀さも、貴方の子だと明かしてもなお拒絶された果ての憎悪と凶行も――

 

 ――全ては、私に認められたかっただけなのか。 

 

 彼女は、そう考えずにはいられなかった。

 考えれば考えるほど、思えば思うほどに、自身の言動がモードレッドにとって、どれだけ残酷であったのかを思い知る。

 

 モードレッドが王の器になかったのは事実であり、政治的な理由から嫡子として認められなかったのも事実。

 だが――――だが、自身が僅かでも彼女に対して無関心でさえなければ、崩壊という結末は避けられなかったとしても、モードレッドの心くらいは救えたのではないか。

 

 

 『王は人の心が分からない』

 

 

 そんな言葉を吐き捨てて、キャメロットを去った騎士が居た。

 今ならば、アルトリアはその真意と意味が痛いほどに理解でき、どうしようもない倦怠感が全身を襲ってくる。

 

 しかし、思考が深く落ち沈んでいくのを遮るように、彼女の額が指で弾かれた。

 

 

「……っ、な、何を」

 

「いや、考え過ぎだと思ってな。どう考えてもアンタは被害者だろうに」

 

 

 虎太郎の呆れは、モードレッドへの同情に対してではなく、そんな余分なものまで背負おうとしているアルトリアの生真面目さに対して向けられたものだった。

 

 アルトリアは、少なくともモードレッドの一件に関しては間違いなく被害者である。

 確かに、彼女自身も悪手を打ったところもあるが、思い悩むレベルの事由ではなかった。何せ、言葉選びが悪かっただけであり、何より当時の情勢、王としての立場を鑑みれば当然のこと。

 

 寧ろ、悪かったのはモードレッドの方だ。

 自らの存在自体がキャメロットを揺るがしかねないのを理解していなかった。

 突然、何の心当たりもない不義の息子が目の前に現れた父親の、王の気持ちを考えなかった。

 王位を継承しなかったのは、モードレッドを嫌ってのことではなく、当人に王として必要な能力がなかったから。

 

 

「いつまで経っても円卓の末席だったのは、アンタの考える騎士として一皮剥けなかったから。王位を継がせなかったのは、優れた王としての能力がなかったから。王としてのアンタと個人としてのアンタを混同したのが一番悪い。当時のアンタに個人(プライベート)なんて一つもなかったのにな」

 

「…………しかし、それでは余りに」

 

「事実なんだから仕方がない。大体、モーさんもモーさんだ。自分の立場ってもんを弁えなかった。アンタと不仲だったモルガンとの間に生まれた子だぞ? アンタから王位を奪う為に生み出された子だぞ? そんなモノを愛する人間なんて居る訳ないじゃないか。王という機構であり続けたアンタに、人間らしい情など期待する方が間違っている」

 

「……意外ですね。モードレッドと貴方は、随分と仲が良いと聞きましたが」

 

「いや、勿論、仲良しこよしさ。それはそれとして、相手の悪い所や欠点を指摘して何が悪い」

 

 

 アルトリアの知るモードレッドの性格では、必ず何処かで破綻を来してしまう。

 

 良くも悪くも、モードレッドは子供だった。

 誰よりも感情に正直で、民を虐げる外敵には怒りを、虐げられた民の亡骸を前にして悲しみを。

 少なくとも円卓に名を連ねた当初は、そんな素直さはあったのだ。

 

 それ故に、この物言いはモードレッドにとって余りにもキツ過ぎる。

 事実であるが故に、怒り狂って斬り殺されていないのが不思議なことだ。

 

 

「ああ、そりゃあアレじゃないか? オレにも悪いところがあるからな」

 

「それは知っています(早口」

 

「そいつは結構。ほら、自分の悪いところを指摘されても、相手の悪い所を指摘して、何のかんので有耶無耶に終わる。適度に怒りを発散できるだろう? ふふふ、これぞ処世術よ」

 

「………………」

 

「いやはや全く。妙なところで似ているなアンタらは。異様なほど頑固で、根は真面目で、負けず嫌い。そりゃ上手くいかないわけですよ」

 

 

 そして何より、互いの立場に思いを馳せた後も、相手の気持ちを考え過ぎて、まともに話せなくなるところもよく似ている。

 

 似た者親子、と言わずに、似ているで留めたのは、アルトリアの気持ちを慮って言葉を選んだ。

 未だ、彼女はモードレッドを自らの子供などと思えていない。ここで、僅かな気持ちの揺らぎを生めれば、良い方向に勝手に転がっていく。

 

 この手の、自身に非のある人間や心に瑕のある人間の扱いは抜群に巧い。当人が、それを自覚している辺りが、更に悪辣さを加速させている。

 

 

「…………ならばこそ、私はモードレッドと対話を拒むべきでしょうね」

 

「それは、何故?」

 

「かつて、彼女が憧れた私と今此処に在る私は、余りにも掛け離れている」

 

 

 聖槍を持ち続けたことで、神の視点を得てしまった。

 未だ英霊の身であるが、性質は変化しつつある。行きつく果てに待っているのは、人を保存(まも)ろうとし、エルサレムで虐殺を行った、あの――――

 

 アルトリアは首を振り、邪念を振り払おうとしたが、振り切れない。

 別の可能性を歩んだ自身の気持ちが、痛いほどに理解できてしまう。それが否応なしに、己も変質してしまっていると自認せざるを得ない。

 

 何にせよ、モードレッドの求めているものを与えることは出来ない、と判断したのだろう。

 彼女の求めているものは、かつてのアルトリアが慈しんだものそのもの。不用意に、団欒の場に足を踏み入れるのも躊躇われる。

 

 

「頑なになるなよ。そもそも、その自覚がある時点で既に獅子王とは違う。踏み止まる心があるのなら十分だ。今、こうして話している時点で、アンタはまだ、何が美しく、何が尊いのかを理解している証左だろうに」

 

「………………」

 

「何より、モードレッドの事を考えられるのなら、心に余裕がある証拠だ。良い傾向だろう? あと、ガウェインの事でも動揺もしてたしな!」

 

「そ、それは言わないで下さい(震え声」

 

 

 冗談を交えながら、アルトリアに心に浮かんだ悪性腫瘍を一つ一つ潰していく。

 聖剣の騎士王では、こうも容易くはいかないであろう。潰すことさえ一苦労になる筈だ。

 だが、悩みと憂いはあろうとも、成長しているからこそ受け止められる強さがあり、思考も柔軟で視野も広いと虎太郎は結論していた。

 

 事実、アルトリアは弱々しいながらも笑っている。

 心には憂いが覆っていたが、折れてはいない。多くの迷いや苦悩と共に、彼女の人生は在った。

 ならば、このカルデアで召喚されても、同じように前に進むのみ。終わりが訪れるその時まで。

 

 

「ふふ。ベディヴィエールの言った通りですね」

 

「はん、口が悪い上に人の心に土足で上がり込んで、その上、フォローもない男だって?」

 

「それに関しては否定はしません。その上、大層なド外道だとも」

 

「成程、否定する要素が一つもないな」

 

「――――ですが、目をかけた者の思いや苦悩を決して嗤わない、決して見捨てないとも」

 

 

 そもそも、否定するまで他人に興味や関心を抱かないのだから当然だ。

 あくまでも第三者として、中立の立場から意見を口にするだけ。その上で、最終的に味方をするのは自身にとって有益である方、というだけの話。

 味方にしなかった方は、邪魔なだけなので言葉のナイフで滅多刺しにする辺りが酷い。

 

 エルサレムでは、ベディヴィエールに肩入れするのが、人理修復への最短コースだった。

 今回においては、モードレッドとアルトリアの瑕疵を指摘して、互いの望みを確認しただけだ。

 

 

「正直な所ですが、自分でも驚いています」

 

「――――何がだい?」

 

「遠目でしたが、貴方がたと遊んでいるモードレッドの笑っている顔を見たのです。その時、また無関心なままか、或いは恨みの一つでも沸いてくるかと思いましたが……」

 

「どうだった……?」

 

「ただ、良かった、と。それ以上のものは何も」

 

 

 明らかな安堵だったのだろう。

 事実として、彼女の浮かべている表情は酷く穏やかで、まるで躓いて転んだ子供が一人で立ち上がった姿を目にしたかのような暖かな喜びと慈しみに満ちている。

 それが、親としてのものかは分からない――――だが、それでも、モードレッドにとって、その一言がどれほどの喜びとどれほどの救いとなるのかは言うまでもないことだ。

 

 

「では、私はそろそろ――――」

 

「何だ、モーさんが起きるまで待たないのか?」

 

「そうしたいのは山々ですが、眠っているのを起こすのも気が引けます。元々、マスターと話すのも目的の一つでしたので。それに…………」

 

「それに? まだ何かあったか?」

 

「あのキャスターとアサシン――――ナーサリーとジャック、でしたか。あの二人のドゥン・スタリオンを見る目が、何やら怪しかったので」

 

「いや、流石にそれは、大丈夫、だと、思う。思いたい。きっと、多分、恐らく、メイビー………………いや、やっぱ見てきた方がいいよ、うん」

 

「そ、そうですか。では、また。私も、貴方達のように笑えるよう、練習をしておきますね」

 

 

 そそくさと僅かばかりに慌てた様子で、砂浜を進んでいく背中を見送って、虎太郎は苦笑を漏らす。

 笑う練習をしておく必要が、何処にあるというのか。彼女は確かに笑っていた。

 

 アルトリアの方には問題はない。

 懸念していた聖槍の浸食による獅子王染みた存在への変貌も、死して英霊の座へと至った彼女には杞憂に過ぎなかった。

 それにモードレッドの印象に関しても、それほど悪いものではないらしい。

 騎士としてはまだまだ、と思っているのだろうが、少なくともカルデアに来てからモードレッドはガウェインがちゃらんぽらんになったこともあって、日々成長しているのだから。

 

 差し当たっての問題は、ドゥン・スタリオンが馬刺しとして夕食に並ばないかどうかだけだ。

 流石の虎太郎も食べる気が起きない。言うなれば、タラスクをスッポン鍋にするかのような暴挙である。

 まあ、ドゥン・スタリオンはタラスクと同じで宝具扱いになる。膨大な魔力と時間があれば復活するであろう故に、動かないのだが。

 

 その時、虎太郎は視線をモードレッドに移し、その頭を撫でた。

 

 

「良かったなぁ、モーさん」

 

「…………うるせー」

 

 

 咽喉を鳴らしながら笑う虎太郎に背中を向けたまま、モードレッドから返答があった。

 どうやら、アルトリアが来た時点で目が覚めていたらしい。だが、何の覚悟もしていなかった彼女は起きる訳にもいかず、寝たふりをしていたようだ。

 

 

「ふん。好き放題言いやがって。お前、オレと父上のどっちの味方だよ」

 

「そら、勿論モーさんの味方だ。だが、味方だからと言って欠点を指摘しない理由にはならないだろ? ……結局の所、オレは部外者だしなぁ。当時の情勢や心情なんぞ体感や情報から予測するしかない。思った事を思ったまま、言いたい放題、言うだけしかできないさ」

 

「……ヤな奴」

 

 

 悪びれる様子もない虎太郎に、モードレッドは腹立ち紛れに膝を抓る。

 随分と可愛らしい抗議の仕方である。さして痛くもなければ、言葉にも力が籠っていない。

 

 

「………………でも、あんがとな、マスター」

 

 

 僅かに震えの混じった、余りにも短い感謝の言葉。

 それが何に対しての礼であったのかは、モードレッドにしか分からない。

 だが、虎太郎は全て分かっているのか、珍しく涼風のような笑みを浮かべて、無言で頭を撫で続けるだけだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 地平線の彼方に太陽が飲み込まれようとする夕暮れ時。

 昼間、日差しによる暑さは鳴りを潜め、涼やかな潮風が火照った身体を冷ましていく。

 

 アルトリアは白い砂浜から夕日を眺めながら、未だ神には至らぬ己が身と心を噛み締めていた。

 視線の先にあったのは蒼天を赤橙(せきとう)に染め上げる夕日。胸を締めつけられるほどに美しく、そして懐かしい。

 

 かつてキャメロットの城壁で眺めた光景とよく似ていた。

 遠くでは勝利の凱歌を上げ、宴を始め、共に生きて故郷へ戻れた喜びの声が騎士達の口々から漏れる。今はそれが新たな仲間(サーヴァント)のものへと変わっただけ。

 皮肉なことに、かつても今も、アルトリアはその光景と喧噪を眺め、聞いているだけ、という点も全く同じだ。

 

 

「………………おや?」

 

「――――父、上」

 

「こうして顔を合わせるのは、久し振りですね」

 

「……お、おう」

 

 

 一人砂浜に佇むアルトリアに近づいてきたのは、言わずもがなモードレッド。

 ではあったのだが、表情も立ち振る舞いも、何時もの自信に満ち溢れた彼女は何処へ行ったのか。顔は泣き出しそうなほどに情けなく歪められ、両膝は今すぐにこの場から逃げ出したいとばかりにガクガクと震えていた。

 

 しかも、アルトリアの悪気のない一言も悪かった。

 何せ、二人が最後に顔を合わせたのは、互いの運命が交わり、終焉となったカムランの丘での戦いだ。モードレッドとしては、どんな顔をしていいのか分からない。

 

 

「……積る話もあるでしょう。座りましょうか」

 

「――――…………ん」

 

 

 暫らくの間、互いの顔を見つめ合ったまま、無言の時が流れた。

 空白の時間を打ち砕いたのは、やはり精神的に大人であるアルトリアの方だった。

 

 アルトリアに促されるまま、モードレッドは大した返事もなくその場に膝を抱えて座り込む。

 何処か拗ねたような、悪戯の見つかった子供のような仕草に、アルトリアは微笑ましいとばかりに笑みを浮かべる。

 砂浜へと腰を下ろした二人の距離は離れていた。かつての仲間にしては遠く、かと言って完全な他人としては近い。心の距離そのものを表しているかのよう。

 

 しかし、またしても長い沈黙が流れる。

 互いに相手が口火を切るのを待っていたのか、或いは言葉を選んでいたのか。ともあれ、次の切欠を作ったのは、意外にもモードレッドであった。

 

 

「は……へ……くしゅんっ!」

 

「…………モードレッド、此方へ。常夏の島ではありますが、日が暮れれば些か冷えますから」

 

「――い、いや、いいよ」

 

 

 可愛らしいくしゃみの後、自らの身体をかき抱いて掌で両腕を擦るモードレッドを見かね、アルトリアは声をかけた。

 モードレッドは気恥ずかしさ故か、負い目故なのか。喜びすらも投げ捨てて、折角の申し出を断ってしまう。

 

 だが、アルトリアがそれを許さなかった。

 モードレッドの肩を抱くと、そのまま自身のマントの中へと引き寄せる。

 緊張の余りに赤面し、硬直してしまったモードレッドではあるが、その温かさに変化はない。

 

 肌寒さに身を寄せ合い、影を重ねる姿は、本当に、何の変哲もない■■のようで。

 

 

「――――貴女の話を聞かせて下さい。歩んだ歴史は違えども、憎むにも、赦すにも、私は貴女を知らな過ぎた」

 

「オレも、父上の事を知りたい。オレの知っている父上でなくても、王としての貴方じゃなくて、ただの貴方の話を――――」

 

 

 これが第一歩。

 全てが終わってから千年以上の時間が経って、二人はようやく踏み出した。

 

 本来であれば、交わる事の有り得ない世界線を越えた邂逅。

 最後に行きつく場所は何処なのか、誰にも分からない。恐らくは、最高位の千里眼を持つ者ですら見通せまい。

 世界は常に分岐し、未来へ常に変動する。決まった結末は確かに存在するが、結末が変化するのも現在・現世においては確かな事実なのだから。

 

 

「――――よかったですね、モードレッド! お兄ちゃん感激です!」

 

「最近、行方不明になってたお兄ちゃんキャラが戻ってきやがった」

 

「いえ、既にガウェイン卿のキャラは行方不明かと」

 

 

 砂浜から僅かに離れた密林の中、二つの影を見守る男達が居た。

 感涙を流すガウェイン、呆れ顔の虎太郎、辟易としたベディヴィエールである。

 ガウェインはモードレッドの今後を心配して、ベディヴィエールは王と叛逆の騎士の間で諍いが発生しないかを憂いて。そして、虎太郎は二人が馬鹿をやらかさないかを監視する為に。

 

 何時までも二人が語らう姿を暖かな気持ちで眺めていたガウェインとベディヴィエールであったが、虎太郎に頭を(はた)かれて、森を進み始めた彼に続く。

 誰がどう考えたところで、これ以上の覗き見は無粋以外の何物でもない。

 

 

「――――コタロウは、こうなると?」

 

「まさか。こうなってくれた方が、オレの益になるとは思っていたが、最高の結果を引き寄せたのはあの二人が頑なな心を開いたからだよ」

 

「はっはっは。まあ、その頑なな心を解きほぐしたのは虎太郎なわけですが」

 

 

 まるで、初めから決められていたように、収まるべきところに収まった事態に、ベディヴィエールは当然の疑問を口にした。

 

 だが、虎太郎は偽りのない事実を口にする。

 どれだけ相手を理解していても、出来る事は精々が誘導が限界と断じる。

 人は支配できない生き物、という前提が彼にはある。どれだけ自分の思い通りになろうとも決して自身がやったなどとは思わない。ただ、運が良かったで片付ける。でもなければ、必ず油断と慢心が生まれるからだ。

 

 

「ガウェイン卿は怒りを覚えるかもしれませんが……コタロウ、貴方に感謝を。私も、王も、こうして笑うことが出来た」

 

「何だよ、突然。オレと戦うのは嫌だったんじゃないのかよ?」

 

「勿論、嫌ですとも。何をさせられるか分かったものではありませんし、胃に穴が開くこと請け合いですからね。ですが、貴方のお陰で特異点(エルサレム)での戦いを乗り切れた。こうして、生前からの夢を叶えることが出来ました。もっとも、私の仕えた王とはまた別ではありますが」

 

 

 ベディヴィエールは、そう言いながら微笑んだ。

 

 彼が生前抱いた願いは、彼の騎士王の笑顔を見ること。

 宮廷で孤立し、騎士達には疎んじられ、民には怖れられながらも、常に理想の王であり続けたアーサー王。

 王の笑顔を誰も見たことがない。常に公平無私であり続けなければならなかった王の、ただの人としての笑顔を見てみたかった。彼はその一心で近衛にまで上り詰めたようなものだ。

 

 だからこそ、こんなにも嬉しいことはない。

 このカルデアでは王としての仮面など被っていられないだろう。

 無論、多大な苦労、驚愕の事実、虎太郎のド外道振りを目の当たりにして胃を痛めることになるかもしれないが、その反動として日常を謳歌することが出来る。

 

 共に笑い、共に喜び、共に泣き、共に苦しみ――――そして再び、笑い合う。

 

 そんな当然の営みが、此処では許される。

 何せ、虎太郎がサーヴァントを英雄として敬ってもいなければ、かと言って道具として扱ってもいない。

 実に扱い辛く、恐ろしい力を秘めてはいるが、話の通じる相手と考えているからだろう。話の通じない相手は自害命令をするだけであるし。

 

 喜ばしい。実に喜ばしい。

 獅子王と成り果てた本来の王ですら、このように微笑む可能性があったと知れたが故に。

 救われることすら許されない、と己を責め続けるベディヴィエールにとって、あの光景はこれ以上ない光なのだ。

 

 

「む。心外ですよ、ベディヴィエール。私が怒りを抱く要素が何処にあるのですか」

 

「それは、その…………ガウェイン卿の場合は、王には王として在り続けて貰うことが望みではないですか。かつての悔恨を払拭する為には、そうでなければなりません」

 

「成程、それも尤もですね。ですが、そこはそれ。王が微笑まれるのであれば、私も同じように微笑むまでのこと。無論、王の騎士として、一振りの剣として在り続けるでしょうが、そこまで頭は固くありません」

 

「そうだね。今は頭ユルユルだからね。ラグネルのことで脳みそ蕩けちゃってるからね」

 

 

 ガウェインの変貌振りにベディヴィエールは度胆を抜かれたものだが、こうして話をしてみれば、これはこれで悪いものではないとさえ思えてくる。

 

 アルトリアとモードレッドがそうであったように、かつて円卓にも致命的な亀裂が走った。

 円卓の一人一人が王へと求めるモノの違い故、何を己が望みとしてかの差異故に、あの結末へと至ってしまった。

 

 もう二度と手を取り合うことは出来ないと、嘆きと共に幾度の夜を越えてきたか。

 再び出会おうとも、喜びも苦しみも分かち合うことは出来ないと、絶望と共に幾万もの道を越えてきたか。

 

 そんな苦悩も馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 蓋を開けてみれば何の事はなない。事実は、単なるボタンの掛け違いだった。腹を割って話す。たったそれだけの簡単な行いが、何と難儀なことか。

 かつての後悔は払拭できずとも、今はこうして同じ間違いを繰り返すことなく、手を取り合い、背中を預け合える幸運は何物にも代えがたい。

 

 

「どうでしょう? ベディヴィエール、虎太郎、折角ですので祝杯でも一つ。今夜は男同士で飲み明かすのも悪くない」

 

「私は是非とも。コタロウは、どうです?」

 

「適量なら。だが、何に対しての祝杯だよ?」

 

 

 三人は、ほぼ同時に己の意見を口にする。

 

 

「まあ、余計なトラブルと苦労を見事に回避したことに対してだろうがな」

 

「当然、王が微笑まれたことに対してです」

 

「無論、モードレッドの明日が明るい事と我が妻ラグネルに対してですとも」

 

 

 三人とも思い思いの言葉を口にする。

 そして、コイツは何を言ってるんだ、と言わんばかりに顔を見合わせる。

 

 その後、ガウェインは二人の肩を抱いて太陽のような笑顔を浮かべ、ベディヴィエールは微妙な噛み合わなさに苦笑を漏らし、虎太郎は仕方がないとばかりに肩を竦めて失笑する。

 

 虎太郎前代未聞の長期休暇、最後の夜。

 酒を飲みながら、「オレのケツを舐めろ」を熱唱しつつラインダンスを踊る三人の姿が、演奏者であったアマデウスとその他宴に参加した男性陣によって目撃された。

 だが、誰も口を挟む者はおらず、女性陣も馬鹿騒ぎに呆れながらも自ら参加し、盛大な宴になったのは言うまでもないことだ。

 

 




というわけで、上乳上ビックリするぐらい大人&モーさん……よかったねぇ&野郎共で酒盛りENDでした。

三蔵ちゃんイベでも槍の方の父上とは相性が良かったので、こんな感じに。
実際に、他のイベントで上乳上とまでギスギスされたら目も当てられない。まあ、ええんじゃ、書きたいように書いてるだけだしな!

次回は、時間神殿ソロモン編。御館様のカルデアはどうなってしまうのか。待て、しかして希望せよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時間神殿ソロモン編
『終焉の時来たれり、其は全てを終わらすもの』


皆さん、CCCイベを楽しんでおられますかな。
自分は全力で楽しんでおります!(ガチャガチャ

さて、イベント本編最終章が開幕するまでの時間潰しとして書き上げましたので、お楽しみください!

色々とすっとばしていますがね! でもしょうがないんじゃ! 本編と全く同じじゃ面白くないし!




 

 休暇より二日。

 緩み切った身体と精神を立て直し、虎太郎達は最後の特異点へのレイシフトを決行した。

 

 既に、最後の特異点がどのようにして生み出されたのかはアルフレッドによって解析済み。

 正しい時間軸には存在せず、時間と隔絶した虚数空間の工房。その実態は固有結界。生前に於けるソロモン王の魔術回路を基盤にして造られた小宇宙。宇宙の極小モデルケース。 

 

 この特異点(くうかん)は、魔術王の魔力が続く限り存続し、配下である魔神柱もまた同様。

 厄介なのは、この固有結界――――敢えて呼び名を付けるのであれば、時間神殿ソロモンか――は魔術王と相互に作用しあっていることか。

 魔術王が存在している限り、この固有結界は決して消えず、また固有結界が存在している限り、魔術王と魔神柱もまた不滅。

 

 この事実は、ただでさえ絶望的な戦力差を更に広げるものだった。

 それでもカルデアに集ったサーヴァント達の顔に諦めはなく、怯えを見せるマシュも己を奮い立たせ、虎太郎は相も変わらず関心の無い様子。

 何にせよ、今更だったのだろう。魔術王の成し遂げた偉業を体験し、七つの特異点を越えた時点で彼の力の強大さは分かりきっている。希望がなくとも戦うのが人であり、英雄でもある。

 

 

「――――――臭ぇ」

 

 

 レイシフトに成功した虎太郎が放った第一声は、それだった。

 鼻につく嫌な臭い。第七の特異点(ウルク)にて嫌というほど嗅いだ臭いに、平衡感覚を取り戻した虎太郎は顔を顰めた。

 

 相手の霊基を感じ取る能力を彼は持ち合わせていない。

 長年の経験か、持ち前の猜疑心か、或いは特殊な感覚か。兎も角、空間に満ちる災厄の獣の霊基を感じ取っていることだけは確かであった。

 

 

「……っ、レイシフトに成功。他の皆さんも、無事ですね。しかし、今のイメージは一体――――」

 

 

 僅かに遅れ、マシュがレイシフトによって現れ、カルナ、スカサハ、ロビン、呪腕、ジャンヌの五騎のサーヴァントが後に続く。

 マシュを含め、大半の者が困惑の表情を浮かべている。普段通りの冷静さを保っていたのは、ある程度事態の絡繰りと魔術王の正体を察していた虎太郎、カルナ、スカサハの三名のみ。

 

 彼らが見たのは、何の意味もない憎悪だ。

 愚かな人類に対する憎しみ。何をしようとも最後には死ぬしかない人類に対する悪罵。そんなものを見続けなければならない自己の矛盾。

 空間に焼き付いた記憶そのものであると同時に、人理焼却へと至った理由そのものでもある。

 

 

『やはり、計器に狂いはありません。この特異点には、七つのクラスに該当しない霊基で満ちている。即ち――――』

 

 

 アルフレッドの計測結果を遮るように、宙域には何者かの拍手が響いた。

 

 時間神殿は七つの要所、一つの門、玉座にて構成される。

 要所は、エネルギーの収束点。宙域そのものに施された何らかの作用を引き起こすポイントであると同時に中継地点でもある。

 末端から中継地点を経由し、絶えず中心部である玉座へと送り込まれ、最早、計測不可能なほどの魔力が渦巻いている。

 

 そして、玉座への到達を阻むのが門。

 だが、門は塞がれている。どんな王城もそうであるように、門から玉座へと進む道を、がら空きにしておく道理なぞ何処にもない。

 道を開ける手段は一つ。七つの要所を押さえ、玉座への供給を断たねばならない。

 

 更には門番までもが待ち構えていた。

 

 その姿に、マシュは驚きながらも受け入れた。

 確かに死んだはずだ、などという言葉は、魔神柱と化した彼には当て嵌まらない。

 

 

「……レフ・ライノール教授!」

 

「やあ、久し振りというべきかな? だが、挨拶も必要なければ、これまでの苦労話も――」

 

「……虎太郎? 何を、し、て――――や、止めなさい!!」

 

「死ねぇぇええぇぇえぇいっっ!!!」

 

「――結構、って、へぇぇええぇぇぇぇぇッッ!?!?」

 

 

 拍手と共に満を持して登場したレフ。

 恐らくは虎太郎達がバカンスを楽しんでいる間も、カルデアの到来を待ち侘び、登場時の口上なんかを必死こいて考えていたであろうレフ。

 そんな彼に向かって、虎太郎は会話もせず、宣戦布告も無しに――――いきなり、Panzerfaust(パンツァーファウスト) 3をぶっぱした。

 

 Panzerfaust 3.

 RPG-7に並ぶ携帯対戦車兵器。PzF84、110mm個人携帯対戦車弾とも呼ばれる。用途も変わらない。

 敵に命中すると同時に弾頭内部の火薬に点火。火薬を包む金属を溶かし、前方に高速金属分子(メタルジェット)を噴出させ、戦車装甲やコンクリートを穿ち、燃料や砲弾、乗員に被害を与えることを目的とした兵器である。

 

 例え、敵が魔術師であれ、魔神柱であれ。防御方法が防御に適した魔術であれ、強固な肉体であれ、攻略法の基本は変わらない。即ち、敵の防御と肉体を破壊せしめるだけの火力を用意し、放つのみ。

 実際、それが合理的で最適解なのだ。無論、相性によるダメージの変化はあろうとも、基本はこれ。

 特別な能力に対して、相性の良い能力を用意して対抗するなぞ愚の骨頂。そんなに都合良く、相性が良いと断言できる能力は転がっていない。

 

 そんな面倒な真似をするくらいなら、真正面から正々堂々不意を突いて、能力(ぶき)を奪った方が早い。

 

 

「ぐっ。だが、こんな量産型の鉄屑如きで、我々を――――」

 

「げーっはっはっはっはっはっはっはっ――――ッ!!!!」

 

「――――――っ?!?!」

 

 

 爆炎の晴れた矢先、魔術によってか、魔神柱としての力によって生き延びたレフの眼前には、ゲス顔で飛来する虎太郎の姿があった。

 発射と同時にカルナに指示を出し、槍の上に乗ってホームランボールを放つようにフルスイングさせ、己自身を射出させていた。

 

 射出の勢いは遮るものがない以上、止められる筈もなく。

 速度全てを乗せた肘がレフの咽喉に突き刺さる。彼は確かに、自身の咽喉が潰れ、脛骨の圧し折れる音を聞いていた。

 

 虎太郎は地面へと叩き付けられる衝撃を、レフの身体をクッションにすることで相殺する。

 砂塵を巻き上げながら、地面を滑っていく。サーヴァントの腕力と技量で撃ち出されただけあり、30m以上も滑走し、ようやく止まった。

 

 

「――ぎ――――ざっ――――ま゛――」

 

「こんにちは、お邪魔します。死ねと言ったな、アレは嘘だ。オラッ! オラァッ! フンヌッ!!」

 

「ガっ、べっ、ぶばっ――――!!」

 

 

 マウントポジションを取った虎太郎は情け容赦なく、レフの顔面目掛けて拳を振り下ろす。

 鼻骨は圧し曲がり、歯は折れ飛び、血が飛び散る。最早、レフと判断できなくなるまで顔面が破壊されるまでに、都合十度の拳が叩き込まれたそうな。

 

 虎太郎はぴくぴくと痙攣を繰り返すばかりとなったレフの身体の上から降り、良い汗かいたとばかりに満面の笑みで立ち上がる。

 勿論、彼に加虐嗜好はない。いや、内包してはいるが表には出てこない。これだけ良い笑顔なのは、自分の仕事が楽になったからである。

 

 

「なっ、なっ、なっ、何をやってるんですか、先輩――――!」

 

「何って、レフをボコにしただけだけど。いや、レフも挨拶とか要らないって言ってたじゃん。オレはレフに付き合ってやっただけやで? オレは悪くない(ニッコリ」

 

「敵と言葉を交わす必要はないと言えばないが、な……」

 

「魔術王に対する宣戦布告も、特異点を攻略している以上はしたも同然。事実、倫敦で直接対面もしているが……」

 

「流石のオレでも引くわー。ドン引きだわー。得意満面で勝ち誇ってる相手に不意討ちかまして即半殺しとか引くわー」

 

「暗殺者の私が言うのは何ですが、此処は敵の舌戦に応じる場面では……」

 

「嫌だよ。どうせ自分が言いたいこと言うだけ言って、こっちの話聞かねーもんよ。時間の無駄だとは思わんかね? 有効ならば、どんなことでもするべきだね。なっ、ジャンヌ!」

 

「………………(サッ」←百年戦争中、当時は考えられなかった奇襲・夜襲・朝駆けを当たり前に行って、勝利のためにあらゆる手段を使った割りと過激な聖処女様

 

 

 仲間達の批難をにっこり笑顔で一蹴する。今の彼は大変気分が良い。

 

 もし、彼が魔術王であるのなら、レイシフト先を予測し、そこら中に罠を張り巡らせていた。

 或いは、特異点への侵入者の確認と同時に、最大火力を叩き込んで、一息で戦いを終わらせていた。

 無論、そういった対策の為に、防御・防衛に特化したマシュとジャンヌを同時に運用しているのではあるが。

 

 全く以て、舐め腐っているにも程がある。

 倫敦にて、第七の特異点を攻略した暁には“私が解決すべき案件”と確かに口にしたにも拘わらず、この様だ。

 

 虎太郎にしてみれば、楽でいいと笑うよりも、怒りすら通り越して呆れしか浮かんでこない。

 

 何も。何一つ、理解していない。現実を正しく把握していない。人間を正しく認識していない。

 これでは、幼少期に下らないと切って捨て、最早、関わりすらなくなった血縁上の父、ふうま弾正のような在り様ではないか。

 

 

「まあ、いいさ。思わぬ報酬もあった。これならいくらでもショートカットできる」

 

「先輩、それはどういう……?」

 

「門番から鍵を奪ったってこと。作戦変更だ。これよりオレ達は玉座に攻め入り、魔術王を討つ」

 

「……そういうことか」

 

「魔術王が可哀想になってきたぞ、私は……」

 

「いや、鍵っつったって、そんなもん……そんな、もん――――あ゛っ」

 

「そういうことですか、主殿ぉぉおおぉ――――ッ!?」

 

「効率主義にもほどがあります!」

 

「んー? 知らんなぁ、オレに出来ることをやって何が悪いのかなぁ?(ニッコリ」

 

 

 当初の作戦はこうだった。

 まず虎太郎を中心とした七名がレイシフトを行い、時間神殿にて魔神柱と戦闘を行い、簡易的ながら配置を確認。

 その後、ウルクでも使用した決戦術式“決戦だよ、全員集合!(パーティ・プロトコル)”を用いて、カルデアに存在する全ての戦力を投入。

 投入の仕方は酷く単純。アーラシュ、エルキドゥ、ドレイク、ケツァル・コアトル、アルトリア、ガウェインなど大火力宝具持ちを中心とした編成にて、魔神柱の目を引き付け、()()()()()()()()()()()()

 彼らが稼いだ時間を使い、アルフレッドが固有結界の構造を把握し、可能であれば破壊を、不可能であれば玉座への道だけでも切り開く。

 

 始めから、この手しかないと虎太郎は断じていた。

 全ては己の不徳とするところ。今以上に多くの戦力を用意できれば、()()()()に勝てただろう。

 だが、どうした所で相性の悪い英霊は存在する。特に、彼の場合はより顕著である。

 全ての戦力を投入をしたとしても三十八騎。内一騎は非戦闘要員であるラグネル。

 通常の聖杯戦争、聖杯大戦であるのならば破格の数字であるが、相手は七十二にも及ぶ魔神柱を従える魔術王。その上、魔神柱はただの一柱でサーヴァント数騎分の戦力だ。どう考えた所で戦力が足りない。

 

 だからこそ、粘るという選択肢しか残されていなかった。彼等が粘れば粘る分だけ、勝ちの目は跳ね上がる。

 

 だが、その全てが杞憂に終わった。

 レフ・ライノールが、レフ・ライノールとしての姿で現れた瞬間に。

 

 

「開けー、ゴマ!」

 

 

 虎太郎は玉座へと続く唯一の門の前に立つと、千夜一夜物語(アラビアンナイト)の一篇に登場する主人公(アリババ)のように、間抜けな呪文を口にした。

 すると、どうだ。玉座への道を阻んでいた時空の捩れ、滞留した魔力の淀みが消え失せ、玉座への道が開かれたではないか。

 

 そう、虎太郎はレフを殴った瞬間に奪っていた。魔神柱フラウロスとしての権限と力を。

 この領域において、自由に玉座を行き来できるのは魔神柱と魔術王のみ。人間であれ、英霊であれ、魔神柱の足止めを行い、七つの要所を制圧し続ける必要がある――いや、あった。

 

 だが、彼には邪眼“魔門”の力がある。

 今の彼は弐曲輪 虎太郎であると同時に、魔神柱フラウロスでもあるのだ。その権限を行使すれば、他の魔神柱と戦うまでもなく、要所を制圧するまでもなく、悠々と玉座まで向かうことが出来るのだ。

 

 

「よーし、行くぞー、お前等ー」

 

『決戦術式“決戦だよ、全員集合!(パーティ・プロトコル)”起動します。カルデアの守りと魔力供給はお任せを。皆様、虎太郎の畜生ぶりには辟易としていますでしょうが、存分に戦いますよう。……ですが、その前にカルデアで待機中の皆様を代表して一言だけ』

 

「この人類の悪性腫瘍!」

 

「この人非人」

 

「この性技魔神!」

 

「この腐れ外道!」

 

「この人格破綻者!」

 

「この強制自害魔!」

 

『このドライモンスター!』

 

「な~に罵声上げてんの~? 置いてくぞ~?」

 

 

 聞こえているだろうに、全ての悪罵を無視して、虎太郎は門を越える。

 マシュは茫然と、カルナは溜め息を吐き、スカサハは顔を引き攣らせ、ロビンは頭を抱え、呪腕は片手で顔を覆い、ジャンヌは思わず旗を振り上げて。六者六様の反応を見せながらも、虎太郎の後を追った。

 

 余りにも酷い一手である。

 恐らく、既に勝ちを確信して、ルンルン気分で魔神柱を配置した魔術王の思惑を一息で粉砕したようなものだ。

 相手が油断や隙を見せようものならば、どれだけ力量差があろうとも、戦力差があろうとも、的確に相手の急所を抉り取る。正に、真正面から正々堂々不意を突く、という言葉そのものだ。

 

 

「おいおいおいおい、大将! でも、大丈夫かよ! おい!」

 

「ロビンの言う通りですぞ! 貴方が魔神柱の力と権限を奪ったまではいい! ですが、それは魔術王の支配下に置かれたも同然ではないですか!」

 

「そうです! そもそもカルデアの全戦力でも魔神柱は抑えきれない! 今、私達が攻撃でもされようものなら、為す術は!」

 

「あー、そのこと? さっきから頭の中に他の魔神柱どもからひっきりなしにブーイングが轟いている。けど、何の問題もないんだなぁ、これが。アイツに聞いてるから」

 

「「「誰に!? 何を!?」」」

 

「モーツァルトに、魔神柱について」

 

「「「――――はぁっ?!」」」

 

「アイツ、何か知らねーけど、生前に魔神柱として覚醒する予定だったみたいだぜ?」

 

「「「はぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ――――っっ!?!?」」」

 

 

 虎太郎の言葉に、ロビンと呪腕とジャンヌは絶叫を上げる。当然だ、何も聞いていなかった。そして、虎太郎も聞かれなかったから何も答えていなかった。

 

 猜疑心の強い虎太郎が、安易に魔神柱の力なぞ奪う訳もない。

 魔術王から力を奪うのならばまだしも、その配下である魔神柱の力を奪ったところで、逆に支配されてしまいかねない危険性を考えない男ではない。

 

 その上で即断即行したのには訳がある。

 既に、魔神柱の力を奪ったところで何の問題もない確信は得ていたのだ。ある日、アマデウスと晩酌を共にし、酒に酔って漏らした彼の一言が切欠だった。

 

 

『いやぁ、実はさぁ。僕、どうやら生前、魔神柱になっていたかもしれないんだよねぇ』

 

『………………』

 

『OK、今のは僕が悪かった。酔いも冷めた。説明もするから無言で令呪を構えるのは止めてくれないか!』

 

 

 魔術王の人理焼却。それは三千年前から功名に張り巡らされた伏線によって成し遂げられた。

 時代を狂わせる聖杯を作り上げ、魔術王の意思によって魔神柱となる呪いを遺伝子に刻まれた魔術師を子孫として人類史の各所に散りばめ、必要な時代まで潜伏させ、七つの起爆点を作り上げたのだ。

 

 

『尤も、それを知ったのは僕の死後。英霊の座に至った時に知識として得たものだ。正直、どうしようもなかったのさ』

 

『其処の所は構わん。オレが知りたいのは、どうしてお前が魔神柱として覚醒しなかったかだ』

 

『僕はその時既に音楽に魂を売っていたし、何よりも魔神柱の絶対尊厳なんかよりも、素敵な奇跡(マリア)に出会っていたからね――――と、格好良いことを言えればいいんだけど、実際の所は魔術王にとって、もっと都合の良い誰かが居たんじゃないのかい?』

 

『…………いや、前者二つだろうよ。そう思っていた方が健全だ。意地があるもんなぁ、男の子には』

 

『はは、君のそういうところは嫌いじゃないよ。だが、僕のことから分かるように、奴は全能者を気取っているけれど、渡った糸は酷く細くて拙い。だからこその大偉業なのだろうね』

 

『遠大な計画ってのは破綻しやすい。そう考えると実際に人理焼却が成し遂げられた世界の方が少ないか。誰か一人の強固な意志さえあれば、破綻する可能性が高い』

 

『おめでとう、虎太郎! 君はまたしても最大の貧乏籤を引かされたわけだ!』

 

『う る せ ぇ !』

 

 

 アマデウスの身に起きた奇跡は、魔術王の憎悪にも劣らない強固な意志さえ持ち合わせていれば、支配を跳ね除けられる事実を示している。

 

 恐らくは、魔神柱の特性そのものが関係しているのだろう。

 

 魔神柱は七十二もの数があるにも拘わらず、持ち得る能力以外には個体差というものが存在しない。

 感情というものを必要とせず、人格というものを持ち得ず、個性というものを獲得していない七十二柱で一つとなる完成された魔術式。

 

 魔神柱の生態、魔術王が強固な支配をしていないことから示唆される事実は一つ。

 裏切りや離反、仲間割れというものをそもそも想定して設計されていないことである。

 

 感情と言うものを理解していないが故に裏切らない。

 人格と言うものを持ち得ないが故に離反しない。

 個性と言うものを獲得していない故に仲間割れを起こさない。

 

 人間とは隔絶した、全ての個体が同じ方向、同じ目的に向かって進む完璧な知性体と言えよう。

 なればこそ――――裏切りに対する報復という名の機能がなく、離反に対する説得という名の手段がなく、仲間割れに対する仲介という反応を持ち得ない。

 

 虎太郎が魔神柱の力と権限を奪い続ける限り、彼等は攻撃されることはないのである。

 

 

「というわけで、後は玉座まで一直線ってワケよ。オレ等はな」

 

「いや、待て。レフ・ライノールが死ねば、お前の能力の関係上、前提が崩れるではないか。それこそ今現在、レイ・フラノールは魔神柱ではないのだぞ?」

 

「突発的な好機だったが、正味問題ねー。オレが何でこんな絶望的な消耗戦で()()なんて言ったと思ってんだ。こっちの戦力だけで魔術王を倒すまで戦線が持つなんて考えちゃいねぇよ」

 

「既に、打開策を打ってあるということか」

 

「オレは何もしてねーし、しねーよ。だが、一言だけ言っておいてやる――――――馬鹿は来る! だからモーツァルト、ガンバ!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「無茶を言わないでくれるかなぁ――――!!!」

 

「――――アマデウス!」

 

 

 虎太郎率いる本隊が、えっちらおっちら徒歩で玉座に向かっている最中、拠点の一つでアマデウスは悲鳴を上げた。

 

 拠点の名は溶鉱炉ナベリウス。

 ナベリウスを核に、ゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイムの九柱が複合した姿そのものであり、番人でもある。

 

 対する戦力は、アマデウス、マリー、マルタ、カーミラの四騎。

 その上、アマデウスは瀕死状態で保護したレフまで背負っていた。只でさえ心許ない戦力に加えて、足手纏いまでいる状態では、アマデウスが悲鳴を上げるのも無理はない。

 

 

「何なんだい、これは! 虎太郎にしても、アルフレッドにしても、稀に見るクソ采配だよ!」

 

「文句を垂れないでくださるかしら、アマデウス。そんなこと初めから分かり切ったことだったでしょうに」

 

「ああ、そうともカーミラ! でもね、ボクは攻撃を避けるので必死さ! 演奏をしている暇すらない! マルタは早く拘束具()を捨てて、素手で殴ってくれないかな?!」

 

「誰が殴るかぁ! 人の事なんだと思ってんのよぉ!」

 

「アマデウス、いい加減にしなさい! 皆、恐怖を押し殺して戦っているのよ!」

 

「そりゃあボクも同じさ! でもねぇ、これはいく――――――マリアっ!」

 

「きゃぁっ―――!?」

 

 

 次の瞬間、アマデウスとマリーの周囲を囲うように、地面から複数の触手が顔を出した。さながら鳥籠のようだ。

 ナベリウスの意図を読み取るのは容易い。このまま触手を捻じり、内部の二騎を捻じり潰す。

 

 カーミラよりも、マルタよりも、誰よりも先に動いたのはアマデウスであった。

 

 しかし、彼が自らを自称するように正真正銘の三流魔術師だ。彼はあくまでも音楽家。

 生前、音楽を極めんとする過程で魔術にも手を出したが、極めたとは言えない。持ち前の音感によって、何とか魔術を成立させているだけに過ぎない。

 

 だから、彼に出来たのは、最愛の女性を守ることのみ。

 鳥籠が閉じる寸前、マリーの身体を突き飛ばした。

 虎太郎の命令は粘ること。その果てに待つものが何であるのかまでは、彼には分からないが、この二つに何の矛盾もない。

 

 何にせよ、アマデウスは役割を果たし、自身のできる最大限の努力をした。

 マリーが生き残ることで、自分以外が生き延びる可能性は格段に上がる。彼女はサーヴァントでも上位に位置する防御性能を秘めているのだから。

 

 

(あー、これはダメだな。これじゃあ霊基の修復にも時間が掛かる。ま、ボクにしては頑張った方かな。マリー、虎太郎。悪いけど、ボクは一足先に休ませて貰うよ)

 

 

 あの抜け目のない男が、自分がリタイアした程度で、レフを守り切れなかった程度で、どうにかなる訳もない。

 

 そんな妙な信頼を抱きながら、次の瞬間には霊基(からだ)に押し寄せるであろう一瞬の痛みを覚悟し――――

 

 

「諦念も時に必要であることは認めるが――――――今この瞬間においては、余りにも早すぎるのではないか、異国の楽師よ」

 

 

 ――――耳にした声に、全てが杞憂であったことを悟る。

 

 檻の如くアマデウスの周囲を覆った触手は、一刀の下に斬り捨てられ、後も残らずに消滅する。

 

 

「貴方、は――――」

 

「何の冗談、かしら……?」

 

「汝等が契約者の求めに応じ、幽谷の淵より馳せ参じた」

 

「うっそ……アイツ、何処であんなのとコンタクト取ってんのよ……」

 

 

 全身を覆う黒鉄の鎧。

 彼の信仰そのものが染みついた大盾と大剣。

 見るも恐ろしい髑髏の意匠が施された兜。

 全身を包む死の気配――――否、人型の死そのもの。

 

 ウルクの死線を潜り抜けた彼等には忘れられよう筈もない最強の暗殺者。

 

 人類と人類の築いた文明を崩壊させる七つの人類悪を滅ぼすために召喚される、その時代最高峰の七騎。英霊の頂点に立つ始まりの七つ。

 既に冠位は原初の海への手向けとしたが、その技量に、未だ些かの翳りもなく。

 

 

「山の翁、ハサン・サッバーハである」

 

 

 その場の全員が戦いすら忘れ、死の化身に魅入られる。

 まるで時間そのものが停止してしまったかのようだ。何せ、あの魔神柱ですら、動きたくとも動けなかったのだから。

 

 余りにも圧倒的な死の具現。

 死の恐怖などない筈の魔神柱が、髑髏の奥に隠れた瞳に見据えられただけで全身を震わせていた。

 

 

「今暫らく、耐えるがいい。汝等の契約者曰く――――馬鹿は来る、と」

 

「……………………いや、馬鹿が来るどころか、来たのは貴方なんだけどな、この場合」

 

「まあ、アマデウス! 援軍に来て下さったのに、なんて失礼なこと!」

 

「良い、白百合の姫君。我には不要なれど、与えられた冠位の銘を独断で返上した挙句、あまつさえ僅かな縁を頼りに肩入れに来たのだ。見様によっては、我も愚か者の誹りは免れまい」

 

 

 ただただ茫然とする他なかったアマデウスは、思わず失礼極まる暴言を吐いたが、山の翁は気にした様子は一切見受けられない。

 

 

「見るがいい、魔神柱。この戦い、馳せ参じる者は少なくはないぞ」

 

「――――あれは、流星?」

 

「いや、これは――――」

 

『何だ、これは。神殿各地にて召喚術式の起動を確認。馬鹿な、在り得ない! 触媒も、召喚者もないままに何故このような!』

 

 

 宙域に瞬いてた星々は、幾条もの流星と化して、次々に神殿へと向かってくる。

 カルデアで行われる召喚式ではなく、獅子王が円卓を召喚したものとも違う。

 流星は、あくまでも彼ら自身の意思で、この宙域へと向かっている。

 

 共に戦った、敵対した、顔を合わせた。余りにも細い縁を辿り、多くの英霊達がこの宙域へと集い始めていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『霊基反応、十、二十、三十――――まだ増えます。召喚術式が次々と起動。各拠点で交戦を開始。虎太郎、貴方の読み通りの展開です』

 

「だろうよ。純正の英霊であればあるほど、オレが先陣を切ってるこの戦い、首を突っ込まずにはいられないさ」

 

「凄い……若い方のメディアさんが言っていたのは、星を集めろとはこの事だったのでしょうか」

 

「……エジソンとブラヴァツキーも居るな。それにアルジュナも、か。これは負けられんな」

 

「李の小僧もいるな。それにオルタの方のセタンタに、あの毒婦の小娘まで。まあ、気持ちは分からんでもない」

 

「あぁ? あの雷はジェロニモのおっさんか? そんでこの銃声はキッドのガキか! よくやんなぁ、アイツ等!」

 

「あのピラミッドは間違いなく太陽王ですな。それに忘れようもない弦の音色は嘆きのトリスタン」

 

「オルレアンの反邪竜同盟も! それだけではありません、バーサーク・サーヴァントの(みな)まで……!」

 

 

 今や、この宙域には無数の英霊達が集っていた。

 人類の積み重ねてきた歴史が崩れ落ちようとする直前になって、己の信念や主張を曲げないままに英霊達も手を取り始めたのである。

 

 英雄も人間だった時代は、確かに存在する。

 まだ未熟だった時代、多くの出会いと経験を経て、彼等は英雄へと至った。

 英雄など所詮は時代の花。咲いては散る定め。だが、既に散った花で在る彼等であったとしても、見過ごせないものはある。

 

 何の事はない。

 時間神殿ソロモンは、正しい時間軸には存在せず、特異点であるが故に抑止力の影響を受けない。拙い縁を頼りに英霊が自ら召喚される、という事態が起こった所で何ら不思議はない。

 

 彼等の心にある思いは一つ――

 

 

『あんな男に、世界の行く末を任せてなるものか』

 

 

 ――である。

 

 それはそうだ。

 共に戦っていたにも拘わらず、酷い目にあった者も居た。敵対して、より無残にやられた者も居た。利用されるだけ利用される者も居た。しかも英雄が、だ。

 

 だからこそ――――英雄だからこそ、見過ごせない。

 信頼があったのではない。彼等にあったのは、英雄としての矜持。

 あんな男が身を削って戦っているというのに、英雄たるこの身が、どうして戦わずにいられよう。

 

 刺激された矜持は、戦わずに収まることはない。

 

 

(しかし、こうなるか。本来の予定じゃ、アルフレッドに魔力ぶん回させて、カルデア(こっち)の戦力の霊基修復させまくるゾンビ戦法も考えてたんだが、儲けもん儲けもん!)

 

 

 ――――どうやら、カルデアのサーヴァントは、この場に集った英霊達に感謝しなければならないようだ。

 

 虎太郎が元々想定していた作戦は、もっと酷いものだったのだから。

 

 

『――――緊急連絡。特異点の構造に変化を確認。八つ目の拠点が構築されました。溶鉱炉、情報室、観測所、管制塔、兵装舎、覗覚星、生命院に続き、廃棄孔を増築』

 

「なぁに、心配ない。暇人はまだいるさ」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「オレを暇人と呼ぶか。……ふん、間違ってはいないな。復讐すべき相手は既に無いにも拘わらず、未だ復讐者で在り続けるのであれば、暇人と言う他ない」

 

「あら? 貴方の復讐の対象は、貴方を陥れた小悪党ばかりではなく、遍く理不尽と悪意も含まれる。暇などないのではなくて? ねぇ、蛇身の女神様?」

 

「いえ、どうでしょう。虎太郎の場合は、復讐とか速やかに終わらせる方が建設的、とか言って復讐の相手を皆殺しにして、さっさと終わらせるタイプですので。復讐の対象が人間からそれ以外のモノに移ってしまった方に対しては、そんな評価しか下さないかと。それでも否定も嗤いもしませんが」

 

「あら、あらあら。復讐者(アヴェンジャー)のクラスなのに、随分と愛らしい声。何かの手違いかしら?」

 

「虎太郎の無茶の結果です。この姿のまま生き残るつもりはなかったのですが、このまま終わってしまったので、このままで来ました」

 

 

 怨念の黒炎と黒い外套姿の青年。巌窟王 エドモン・ダンテス。

 白無垢を思わせる着物を纏った貴人。両儀 式。

 黄金の翼、髪が蛇と化した蛇身。複合神性ゴルゴーンの姿をした“アナ”。

 

 それぞれ出会った場所、集った理由も異なるものの、一様に虎太郎との縁を頼りに此処へと集った者達である。

 

 他の拠点に比べ、数が余りにも少なすぎる。だが、侮るなかれ。

 

 世界で最も高名な復讐者。あらゆる怨念を背負う永遠の復讐鬼。

 己を夢と断じ、俗世との関わりを持たないと言えども「 」の一部。

 二人の姉を喰らい魔獣の母と成り果てながらも、本来に近い姿を取り戻した蛇の女神。

 

 

「ふふ、魔神を切るなんて初めて。ちょっとだけ、楽しくなってきたわ。こんな体験が出来るのなら、カルデアに喚んでくれてもよかったのに」

 

「ハッ。あの男が、制御を離れる可能性がある者を傍に置く筈もない。諦めろ、阿摩羅の体現。我が共犯者の望みは一つ。ならば、この身が果てるまで、魔神柱どもを狩り尽くす――――!」

 

(巌窟王さんノリノリです。セイバーの女性は本気で残念がってます。私の言えたことではないですけど、虎太郎の為にとか、ちょっと普通じゃありません)

 

 

 ――――こうして、廃棄孔の制圧が始まった。

 

 三騎が三騎ともに、自らの不利を承知の上で戦いだ。だが、巌窟王の言葉通り、彼等は霊基が砕け散るまで戦うだろう。

 

 勝てるかどうかなど、最初から興味がない。

 興味があるのは、虎太郎というマスターが、どのような結末を迎えるかのみ。

 カルデアに召喚されてはいないものの、彼等の出会いは非常に印象的だったようだ。思わず、その末路を眺めていたくなるほどに。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「特異点、中心部に到達。ここが――――」

 

「――――来たか。毎度毎度、飽きもせずに。心底から煩わしい。見苦しいにも程がある」

 

 

 神殿の中央部。

 白亜の玉座に鎮座するのは、魔術王ソロモン。

 この場全てに渦巻く魔力を従える様は神に匹敵する――――いや、人理焼却すら成し遂げた以上は、神をも超える、か。

 

 口にした言葉通り、ソロモンの表情は険しい。

 だが、それは自らの計画を邪魔された憤りと言うよりも寧ろ、自身の周りを跳ぶ蠅の鬱陶しさに表情を歪めているという程度のもの。

 

 事此処に至ってもなお、彼はカルデアを敵として認識はしていても、その力を認めてもいない。  

 

 

「遠方からの客人を持てなすのは王の歓びだが、生憎、私は人間嫌いでね」

 

「いや、そもそも歓待なんぞいらん。茶番は止めろ。オレはお前なんぞと長話をするつもりもなければ、価値も見い出せん。さっさと正体を現したらどうだ」

 

「フ、ハハ――――ははははははははは! 私はソロモンさ! 少なくともこの身体はな!」

 

「だろうよ。ソロモンの死後、その死体の内側に巣食った魔神ども。それがお前の正体だ」

 

 

 ほう、とソロモンの表情が変わる。ようやく理解できたのか、と言わんばかりに。

 

 虎太郎は、既にソロモンに関しての調査を一通り終えている。

 2004年、冬木にて行われたただ一度限りの聖杯戦争を調査する過程において、人格までをも調べ尽した。

 

 虎太郎が調査から見出したソロモンの性格は『無』としか言いようのないものだった。

 

 確かに、他国の王や臣下と接する為の人格はあっただろう。

 だが、伝承に語られる愛の多いものの、よく国を繁栄させ、よく民を治めた理想の王とは、虎太郎には感じられない。

 

 望まれるがままに王として振る舞い、頼られるままに王として生きる。

 数々の逸話も全てが無感動で“彼自身の意思”というものを全く感じられない。国を回し、民を治めるだけの王と言う名の歯車そのもの。

 これならば、アルトリアの方がまだ人間的だ。彼女の根底にあったのは、確かに人間的な暖かさだったのだから。

 

 考えてみれば、当然のこと。

 ソロモンは生まれた時から王として神に捧げられていた。

 人間らしい情動や生き方を学ぶことなど一度もなく、常に王で在り続けた。

 

 どんな英雄にも、幼少期、人間時代というものが存在し、それらを経て英雄へと至る。  

 彼にはそれらがなかったが故に、ソロモンの内面は無となってしまった。人間的な感動もなく、あらゆる感情を持つことさえ許されなかった非人間。

 

 だからこそ、可笑しい。そんなモノが、己の目的を持ち、人理焼却を実行するなど。

 

 考えられたのは二つ。

 

 一つはソロモンの別側面(オルタナティブ)

 アルトリア、クー・フーリンなどのように、何らかの影響によって本来の性格、気質、属性が反転した状態で現れたものという推測。

 

 だが、それは在り得ない。

 ゼロには何を乗算したところでゼロにしかならない。除算はそもそもできないだろう。

 

 ならば、残る可能性は加算か、減算しかない。

 即ち、何者かの意思がソロモンに介入したことによって、全く別の人格を得てしまった。或いはソロモンを乗っ取った可能性。

 

 だが、これも考え難い。

 ソロモンは人類に魔術を齎した魔術の王。

 生前せよ、死後にせよ、何らかの魔術を用いたにせよ、何らかの異能を用いたにせよ、彼ならば容易く対抗する術を導き出し、即座に実行したに違いない。

 

 彼に匹敵する魔術師は存在しない――――そう、人間の中には。

 

 其処でようやく思い至った。倫敦での対面を。

 あの魔術王は、相対した者の性質によって、言動も性格も変化していた。

 

 ならば何故、己の時はその動作、その性質が乱れなく表に現れなかったのか。

 考えれば単純なこと。弐曲輪 虎太郎に近しい人格のものを、彼はそもそも持ち合わせていなかっただけだろう。

 

 つまり、鏡のような性質とはまた別。あくまでも、彼は複数の人格を持ち合わせているだけ。

 そのような性質を持ち、魔術においてソロモンに匹敵し、更には人間でないモノ。

 

 該当するのは、ソロモンが使役したとされる七十二柱の魔神以外には存在しよう筈もない。

 

 

「くく、ふははははは! よろしい! 私は無能な王ではない。いかに人類が愚かであろうとも、賢しい者は正しく評価する」

 

 

 愛多き王。

 何処かで誰かが口にし、何時かに誰かが書き記し、後世へと残された評価とはかけ離れた表情で、魔術王は哄笑する。

 

 

「故に、その健闘を称え、我が真体拝謁の栄誉を与えよう!」

 

 

 宙域そのものが震え、人理焼却の証にして結果である光帯が輝きを増す。

 魔術王の呼びかけに応えるように、地面から魔神柱が現れ、玉座そのものを包み込んでいく。

 

 その過程で魔術王は消え失せた。

 ソロモンの遺体そのものも、内から喰い破られ、外からは押し潰され、完全にこの世から消失した。

 

 後に残るモノ、それは――

 

 

「最早、魔術王を騙る必要などない。我が名を称えるならば、こう称えよ。真の叡智に至るもの。その為に望まれたもの。人類史を糧に極点に旅立ち、新たな星を作るもの。七十二の呪いを束ね、一切の歴史を燃やすもの。即ち、人理焼却式――――」

 

 

 ――自らを、魔神王ゲーティアと名乗った。

 

 禍々しくも神々しい。人を象っていながらも遠く離れた、威容にして異様。

 ただの一声が大気を震わせ、ただの一歩が大地を揺らす。

 

 彼奴こそはビーストⅠ。

 グランドキャスターなぞ偽りの冠位。其は人類が生み出した、人類史をもっとも有効に悪用した大災害。

 

 

「テッメェ! ソロモンの皮をバリバリ破ったと思ったら、今度は全裸か! 汚い乳首をマシュとジャンヌに見せんじゃねぇよ! 怖がってんだろうが!」

 

「………………え? はい? 何の話です――」

 

「――――うるるる」

 

「何だその乳首は!! 早く隠せ!!」

 

「ふざけた乳首しやがって」

 

「…………大したものだよ、お主らは」

 

「ふむ。毎度のこととは言え、大したマイペースぶりだな。オレも人の事を言えた義理ではないが」

 

 

 だが、人類悪だろうが何だろうが、関係ないとばかりのこの態度である。

 全ては虎太郎の責任だ。マシュも呪腕もロビンも、虎太郎があんなんだからノっただけだ。

 ジャンヌは困惑、スカサハは呆れ、カルナは相変わらずのマイペースぶりである。

 

 

『…………………………………………茶番は終わりだ』

 

「その通りだよ、ゲーティア。お前の三千年に及ぶ研鑽と旅路という名の茶番劇は、此処で終わる」

 

『ぬかせ。最後には死で終わるしかない、死を克服できなかった生命体が何を囀る――――さあ、芥のように燃え尽きよ!』

 

 

 虎太郎は一歩も引かない。

 彼に付いてきた者達も同様だ。各々の武器を構え、穂先をゲーティアへと向けている。

 

 ――人理焼却を巡る、最後の戦いの火蓋は、こうして、斬って落とされた。

 

 光帯が回る。

 あれこそは、ゲーティアの宝具にして、無限に重ねた人類史そのもの。人類史全てを熱量に変換したものである。

 

 この熱量を上回るものは、神秘であれ、科学であれ、地球上に存在しない。

 放たれれば、全てが消滅する。これまで越えてきた全ての試練が、皆が尽くした死力が無駄になる。

 

 なのに―――

 

 

(撃ってこい、ゲーティア。お前の目論見が何であれ、成就はしない。その点、オレは仕事は九割は終わっている。だが、オレの勝ちには、その一撃が不可欠だ)

 

 

 ――――この場において、ただ一人だけが腹の底で嗤っていた。

 

 




というわけで、ぐだ男とは違って絆の力ではなく、あんなんに負けてられねぇと言わんばかりの負けん気で集った英雄達&レフをボコって魔神柱制圧戦丸々スルー&ラスボスを前にしても平常運転の一行、でした。

次回は、御館様が張った伏線が回収されることに! ……なるといいなぁ。

では、次回もお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『終焉の時来たれり、其は全てを終わらすもの』その二


CCCイベ、本編クリアー!

メルトリリスのヒロイン力が天元突破してましたなぁ。
あと、今回のイベでトリスタンの株も上がったはず。但し、芸人として。

そして、ついに立ったエロ尼実装フラグ。
いやー、やってることはあれだけど、嫌いになれないんだよなぁ。今回もエッグい活躍に笑った。
でも、あの世界だと、初めの内は聖女然としてた臭いんだよなぁ。ゼパなんとかさんに取り憑かれて、自分の本性に気付いちゃった感じがある。ゼパなんとかさんが悪いよ、ゼパなんとかさんがー。




 

 

 

 

 

 ――――告白してしまえば、オレに奴の全力(宝具)を防ぐ術は存在していなかった。

 

 

「ゲーティアの第三宝具、展開を確認、…………あれは、止められませんね、マスター」

 

「クソ、が……!」

 

「……おのれッ」

 

 

 既に分かり切ったことだが、奴は強い。

 魔神柱一体で、並みのサーヴァント数騎分。その集合体、奴等の王がそれ以下の筈もない。

 

 初めに、ロビンと呪腕がやられた。

 霊基を完全に破壊されることはなかったが、二人の戦闘を支える脚をやられたのは致命的だった。

 この手の真正面からの戦闘において、二人の役割は援護だ。直接、攻撃の要になることはない。

 敵の死角から、致死の毒を放ち、研ぎ澄まされた暗殺術によって命を絶つ。

 

 だが、ゲーティアは警戒した訳でもなかっただろうに、まるで蠅を払うような気軽さで、二人の膝を撃ち抜いていた。

 

 奴の攻撃法は大別して三種。

 一つは身に蓄えた魔力を解放し、ある種のエネルギー砲のように放つ攻撃。『魔力放出』に近い原理の筈だ。

 一つは全身に備えられた眼球からの『魔力照射』。こちらは先の攻撃を眼球をレンズにして収束、分散させる全方位攻撃。

 最後は言わずもがな肉弾。あの霊基では、膂力はヘラクレスを超え、速度はアキレウスに勝りかねない。

 

 マシュとジャンヌがカバーに入るよりも早く、走れなくなった二人を魔力照射が貫いた。

 嫌になるほど合理的だ。此方の味方を見捨てないという特性を、よくよく理解した選択だ。もっとも、奴の立場ならオレも同じことをするだろうが。

 

 ロビンと呪腕が動けなくなれば、防御を担当するマシュとジャンヌは二人の盾となるべく動く。

 二人がどれだけ放っておけと喚こうが、マシュとジャンヌの性格上、二人を見捨てるなど在り得ない。

 

 マシュとジャンヌまでもが、半ば戦いに参加できない状態で、此方を支えたのはカルナとスカサハの二人。

 

 身体能力に劣っていようが、二人には技量という武器がある。

 ゲーティアがどれだけ身体能力に優れていようが、超絶の膂力は受け流され、視認不可能の速度は一挙手一投足から先読みされる。

 

 もし、此方にアドバンテージがあるとするのなら、ゲーティア自身に戦闘経験が絶無な点。

 ソロモンの身体を乗っ取ってから、奴は実に三千年もの間、この玉座で時を待ち続けただけだ。実働は、魔神柱と召喚したサーヴァントに全てを任せていた。

 即ち、魔神王ゲーティアの霊基による戦闘は、絶対にしていない。

 

 まあ、それも何の慰めにもならないが。

 

 断言しよう。奴は全能者だ。

 人間のように訓練という過程を経ずとも、自らの最大限の力を発揮する術を生まれながらに知っている。

 

 なお二人が僅かばかりに押しているのは、実戦勘が勝っていたからか。

 “完全な状態であれば三界を制覇する”と最高神の化身(アヴァターラ)からお墨付きを貰ったカルナ。

 世界の外側に弾き出されてもなお、様々な異形や怪異と戦い続けたスカサハ。

 

 殺し合いにおける妙。刹那に交わされる駆け引き。こればかりは経験こそがものを言う。

 全能者であろうとも、二人の経験に追い縋るには、時間を要するだろう。

 

 それでも、ゲーティアには焦りはない。

 既に第三宝具は展開済み。あとは充填、集束までの時間を待てばいいだけなのだ。

 いくら二人でも、ゲーティアを殺し切れる術はないのだから。

 

 ゲーティアを殺すには、三つの関門を突破しなければならない。

 

 一つ、ゲーティア自身の霊基を破壊する。

 二つ、七十二柱の魔神柱を全て殲滅する。

 三つ、この固有結界、時間神殿ソロモンを消し去る。

 

 これらを三つ同時に完遂する。これが奴を攻略する()()()だ。

 ゲーティア、七十二の魔神柱、固有結界は相互に作用し合い、自らの不死性、不滅性を保っている。

 どれか一つを破壊しても、残る二つが破壊された一つを再生してしまう。この辺りは、ティアマトの逆説的な不死とよく似ている。

 

 何にせよ、酷い話もあったものだ。

 これを可能にする魔術も、これを可能にする宝具も、これを可能にする権能も、これを可能にする手段も、これを可能にする策も、オレの手の内にはない。

 詳細は知らないが、噂に聞く五つの魔法とやらを使ったとして、出来るかどうか。

 

 

「――…………っ」

 

「…………駄目か」

 

 

 スカサハはガラスの砕けるような音と共に死棘の槍が砕かれた。

 カルナは攻撃を防いだ代償に身体を大きく吹き飛ばされ、距離を取らされた。

 奴の宝具を止めようと無理を承知で猛攻に出たツケだ。

 

 ――――さて、これで奴を阻む障害はなくなった。 

 

 

『さあ、消え失せるがいい。人類最後のマスター、弐曲輪 虎太郎。それに付き従った英霊共よ。私は死を克服し、今だ誰も至らぬ座へとつく。人類を燃料に(ソラ)へ跳び、この星を造り直そう』

 

 

 成程、そういうことだったか。

 人理焼却と光帯。それ自体が奴の目的でないことは分かっていた。あくまでも目的に必要な過程だ。

 

 奴の目的は、人理焼却で得た人類史の情熱というエネルギーを用いた跳躍。

 地球創生以前。四十六億年もの時を遡り、残ったエネルギーで星そのものとなった挙句、自ら設計した死の概念のない生き物(にんげん)を誕生させること。

 

 何となくであるが、人類悪(ビースト)というものが見えてきた。

 人類悪とは人類愛そのもの。人理を守ろうとする願い、より善い未来を望む心が、今現在の文明と安寧を突き崩す。

 人類悪とはよく言ったもの。正に、人類「を」滅ぼす悪ではなく、人類「が」滅ぼす悪じゃないか。

 

 だが、一言だけ言わせてほしい。

 その心根、その思いはオレなぞよりも大分立派だ。でもねぇ、その過程で人類を滅ぼしちゃうのはどうなのよ。

 

 

『では、お見せしよう。これが貴様らの旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を――――――第三宝具、集束完了』

 

 

 光帯が瞬く。

 見上げれば、光帯の前には枯草のように四方八方に伸びる魔神柱の姿があった。その中央には巨大な眼球が蠢いている。

 アレはレンズだ。安定して加速させた光帯のエネルギーを、一点に収束し、放射するためのもの。

 何となく、虫眼鏡を思い出す。太陽の光を集めて紙を燃やすのと同じ原理だろう。それが星を貫く規模になっただけだ。

 

 

「……………………」

 

 

 光帯をぼんやりと見上げるばかりのオレに、皆が視線を向けている。

 気持ちは分かるが、勘弁してくれ。どう考えても不可能だ。

 

 もし、この状況を引っ繰り返せるとしたら、それは一つだけ。オレの右目――――邪眼“魔門”によって、奴から宝具の使用権を奪い、停止させるしかない。

 

 だが、使用の前提条件を忘れてはいないだろうか。

 

 まず、奪えるものはあくまでも一つだけ。

 次に、奪う対象を視界に収め、直接触れる必要があること。

 

 前者はどうとでもなる。

 既にレフから奪ったフラウロスの力は破棄してやった。

 今頃、レフも魔神柱の姿になって、仲良く殺し合いをしていることだろう。

 

 問題は、後者だ。

 カルナとスカサハ。掛け値なしのトップサーヴァントですらが押し切れない怪物に、どうやってオレが近づけと、どうやって触れろと。

 性能(スペック)が違い過ぎて、策云々でどうにかなるレベルを遥かに超えている。

 

 何よりもオレの邪眼は、ゲーティアに知られてしまっているだろう。

 特異点でも度々使ってきたからな。より使用を加速させたのは倫敦からだったが。

 

 既に警戒しているのだ、奴は。

 戦いが始まってから常に、奴はオレから視線を外さなかった。

 不意討ち・奇襲はオレの得意分野。オレが姿を消したと同時に、近寄ってくるであろうオレを周囲諸共に消し飛ばす手段を用意している筈だ。

 点や線の攻撃ならば掻い潜り様はある。面の攻撃も躱し様はある。だが、球状の攻撃手段を用意していた場合は如何ともしがたい。

 

 

「……そっか。私は、この時の為に生まれたのですね、ドクター」

 

 

 …………ああ、そうとも。分かっていたさ。必ずこうなると。お前なら、そうしてしまうと。

 

 

「――――皆さん、先輩をお願いします!」

 

「いや、おい、待てよ、嬢ちゃん……!」

 

「……駄目! そんなの駄目です!」

 

「やめよ、マシュ! 如何にお主の守りであっても……!」

 

 

 花が綻ぶような笑み。自らの人生に意味を見出した者の笑顔。

 余りにも儚く、誰に看取られることもなく、そのまま時代に埋もれるような命。

 

 ゲーティアは、ひとり前に進むマシュに躊躇いを見せた。

 まるで目の前の花を踏み潰すことを思い留まるように。この地球(ほし)における最後の思い出を悲劇で終わらせたくないと嘆くように。

 

 だが、それも一瞬の事。

 奴には成し遂げるべき目的がある。果たさねばならない悲願がある。

 その為にならば、同じ“造られた存在”としてシンパシーを覚えている相手(マシュ)ですら、容易く蒸発させる。

 

 最後に、マシュはオレを見た。戦いの前によく見せた笑みを浮かべて。

 今にも泣き出しそうな顔で、オレに恩を返したいから、と自分を奮い立たせて。お任せください、と言うように。

 

 あぁ、お前にはそれが全てだった。

 お前は、勝手気侭な他人に身勝手な理由で選ばれただけの、ただの、普通の女の子だった。

 

 君の命を救い、引きずり込んだ者として最大の祝福を。

 君の成長に手を貸し、見守った者として最大の敬意を。

 君に助けられ、此処まで来れた者として最大の感謝を。

 

 

「其れは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷―――顕現せよ!」

 

『『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』――――!』

 

「――――『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!」

 

 

 ――だからまあ、許して欲しい。オレは命を投げ打ってでも、お前の覚悟と想いを踏み躙ってでも、お前を生かす責任(ぎむ)がある。

 

 

「カルナァァアアァァァァ―――!!」

 

「――――承知した。()()()()()()()()。父よ、彼らを守り給え」

 

 

 星を貫く極光と顕現した白亜の城が、激突する――!

 

 ゲーティアの光帯を防ぐ術はない。だが、それはあくまでも物理法則の範疇。

 マシュの護りは精神の護り。その心に一切の穢れなく、揺らぐことさえなければ、白亜の城壁に揺るぎはない。

 

 事実として、マシュの後ろにいるオレ達には、星を貫く熱量は微塵も届かない。

 けれど、マシュは例外だ。熱量を受け止める彼女は、僅か数秒で蒸発するしかない。

 

 だから、オレは左目で、かつて奪った能力を“再現”する。

 再現する能力の名は『代替(ザ・チェンジ)』。

 

 最後にこれを使ったのは、第三特異点オケアノス。

 狂化したヘラクレスから自分の名を呼ぶ者を守る為に、死を覚悟して前に出たアステリオスに使った。

 

 能力は実に単純。

 指定した対象が受けた傷、患う病全てを肩代わりするだけの能力だ。

 

 

「――――――ッ」

 

「何を、しておられるのですか!!」

 

 

 地獄の時間が始まった。

 

 指先が焼けていく。足の先端から崩れていく。頭の先端が炭化していく。内臓が沸騰していく。骨が崩れ落ちていく。脳が煮崩れていく。

 これが人類史の熱量。ちっぽけな人間に向けるには、余りにも過ぎた一撃。

 

 ――だが、それでも意識だけは手放さない。

 

 意識が途切れた瞬間に、能力が停止する。それでは何の意味もない。

 

 いや、元より、こんな行為は無意味。

 地獄に飲み込まれる寸前に聞こえた呪腕の怒りも尤もだ。

 

 考え得る限り、最低最悪の一手だろう。

 

 マシュの苦痛と傷を、一時的に肩代わりしたところで何になる。

 あの熱量を停止させない限り、まずはオレが蒸発し、その後にマシュが死ぬだけだ。

 

 肩代わりする時間を少しでも伸ばす為に、カルナから黄金の鎧を借り受けたが、文字通りの焼け石に水。

 鎧は外部からの攻撃は十分の一にまで軽減する。だが、内側からの攻撃には意味を為さない。そも、これは攻撃ではなく、身体が勝手に崩れていく。

 唯一有効なのは、再生(リジェネ)だ。鎧は装着者の傷を癒す。それこそ、即死級の傷でさえも一瞬で。護りと癒し、何よりもカルナの精神力こそが、彼を不死身の英雄足らしめた。

 

 ならば、オレも倣うまでのこと。

 なに、精神力は生まれ持った才能は関係ない。覚悟だけでいくらでも補填が効く。

 

 

「――――――せんぱっ」

 

 

 ああ、ヤバい。気付かれた。

 

 マシュの護りは彼女が動揺すれば、脆くも崩れ去る。だから、悲鳴だけは上げなかったのに。

 苦痛に耐えるのは問題なかった。別に、痛みなんぞどれだけ量が多かろうが、それを上回る覚悟さえあれば、いくらでも耐えられる。

 

 だが、護りが崩れるのはマズい。全ての前提が崩れ去る。

 

 

「マシュ、前を向いて! 虎太郎を信じましょう!」

 

 

 何時の間にやら、ジャンヌがマシュの傍に近寄っていた。正直、信じられても困るだけなんだが。

 ご丁寧に、“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”まで展開して、全身にはスカサハによる護りのルーンが刻まれている。

 

 これがチーム。個にして群ではなく、個でありながらも群。

 魔神柱には持ち得ない、人間ならではの個性を生かしたチームプレー。

 

 不測の事態が生じたからと言って、動揺などしない。

 自身に出来る何かを常に探し、出来ずとも諦めない。

 

 

「大将ぉぉぉぉッッ! もしもの時の水だー! 喰らえぇぇぇッッ!!!」

 

「うぉおぉおぉッッ! 主殿ッ、気をしっかり持って下されぇぇぇ!!!」

 

 

 ロビンはバシャーと頭から水筒の水をオレにぶっ掛け、呪腕はオレの耳元で必死に呼びかける。

 うん、まあ、気持ちは分かるよ。お前等、他に出来ることとかないもんね。でもね、普段の恨み辛みを晴らされている気分になるのは何故だろう。

 

 ともあれ、気合は入った。

 この地獄、意識を保ったまま潜り抜ける。

 

 正直な所、気は楽だ。この地獄もあと数秒で終わる。なあ、そうだろう? 

 

 

 「エアよ。このような役回り業腹であろうが、堪えるがいい。我が雑種に対する褒美である」

 

 

 ――――人類最古の英雄王(ギルガメッシュ)

 

 

「“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”――――!!」

 

 

 オレには、この一撃が必要だった。その為に、ウルクでは暖めていた決戦術式まで使用した。

 切り札は一度だけ。最大限の効果を発揮する、最高のタイミングで放つもの。まして、此方の陣営に被害を被らないように放っているところも完璧だ。

 

 

 星を貫く極光の横合いから、三つの力場によって生じた時空流が襲い掛かる――!

 

 

 これなるは原初の時代、混沌とした世界を天と地に分け、文字通り“世界を斬り裂いた一撃”。

 

 だが、それでもなお相殺には至らない。

 単純な出力の問題。宝具の稼働時間の問題でもある。

 

 “天地乖離す開闢の星”は世界を斬り裂けば其処で終わる。

 だが、“誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの”は光帯が尽きぬ限り、極光を保ち続ける。

 

 そも、ゲーティアは神々ですら成し得ない大偉業の達成者。

 如何に乖離剣とギルガメッシュが地の理、天の理を手にしようとも、ゲーティアは理を粉砕した者。些か以上に分が悪い。

 

 

『この程度のことで――――――何ィッ?!』

 

 

 だが、それでいい。十分過ぎる、最高の一撃だった。

 

 ゲーティアは光帯を更に加速させ、ギルガメッシュの一撃すらも飲み込もうとした。

 そうだろう。そうするだろう。お前は全能者、目の前に障害が現れれば、その全能を行使して排除しようとする。自慢の光帯で粉砕しようとする。

 

 それが、それこそがオレの狙い。

 オレに与えられた数少ない勝機の一つ。オレがマシュの命を守るために越えなければならなかった試練。

 

 

 ――――全てはこの為。光帯を一定まで加速させ続けることが、オレの狙いだった。

 

 

「――――ガっ―――――アァ―――――ハッ」

 

『何を、した。貴様は、我々(わたし)に何をした! 答えろ! 答えるがいい! 人類()()のマスター、弐曲輪 虎太郎!!』

 

 

 そうしてようやく、地獄の時から解放される。

 

 緊張の糸が途切れる。ゲーティアの声が余りに遠い。

 じゅうじゅうと全身から肉の焼ける音が響き、筋肉が緩んでその場に膝をついた。

 ごひゅ、と音を立てて肺が空気を取り込んだ。どうやら思考は冴えていたが、呼吸を忘れていたようだ。

 今になって、ようやく全身から汗が噴き出る。良い傾向だ、黄金の鎧が肉体を再生させた証明なのだから。

 

 

「ふん。どうした、コタロー。よもや、最も楽しい時を他人任せにするつもりではあるまいな? よいぞ、何ならこの我が代行してやろう!」

 

「まさか。アンタの力を借りるのは一度きり、だろ?」

 

「貴様の今生限りと言った筈だ。だが、その減らず口を叩けるのならば問題あるまい」

 

「――――…………それはいいんだけど、アンタ、両脚なくなってね?」

 

「ふははははははッ! キャスターの霊基で無理矢理エアを引っ張りだしたからな! 霊基(からだ)が崩れかけておる! 張り切り過ぎたわ!」

 

 

 どうやら、相当に無茶をしてくれたようで。

 

 だが、王様はそんなことを一切気にせずに、自分の宝物庫からドカンと玉座を取り出して腰を下ろす。

 随分と派手な造りだ。真っ金々じゃねぇか。趣味が悪すぎる……!

 

 しかし、どうしたものか。登場人物が、まだ足りないんだが。

 

 

「いや、その必要はあるまい。自らの立場を捨て、只人に成り下がった上に、貴様と共謀して死を装った愚か者は、もう来ておるわ」

 

「――――言ってくれるじゃないか。ああ、しかし驚いた。こんな暴君にも他人を気遣う心があったんだ!」

 

「ふははは、存分に褒めるがいい」

 

 

 膝から先のない両脚を優雅に組み、肩肘をついて王様はそれきり口を噤んだ。もう喋ることはないのだろう。あとは、思う存分に愉悦するだけなのだ。

 

 見れば、玉座には門の方角から歩いてくる男が居た。

 毎度のことだが、コイツはヘタレの癖に妙な所で気が強い。まあ、立場的にギルガメッシュは同じ職場の同僚に近い関係らしいので、仕方がないと言えば仕方がない。

 

 癖のある長い髪を一括りにした、白衣の男。

 彼は英雄ではない。この場に似つかわしくないが、ある意味では、最もこの場に相応しい人材である。

 

 

「……えぇっと、この軽薄でヘタレそうな奴は、どちらさん?」

 

「ふむ。何故でしょうか、見ているだけで苛立つ笑顔ですな」

 

「君達、初対面の人間に失礼過ぎやしないかい?!」

 

「――――嘘」

 

『ロマニ・アーキマン――――いや、生きていたとして、一体、何の関係が』

 

 

 コイツはロマニ・アーキマン。

 この人理焼却案件に関わった直後に目を付けた容疑者の一人だった。結局の所、犯人ではなく、重要参考人の方だったわけだが。

 

 オレの猜疑心の強さは、利点であると同時に欠点でもある。

 疑う対象が余りにも多過ぎて調査それ自体が無駄になる場合が多いものの、こうやって思わぬ成果を引き当てることもある。

 

 此方側の始まりはアミダハラの魔術師組合の構成員が見た夢の結果を、ノイ・イーズレーンの婆さんから横流しという形で情報を得た時だ。

 無論、魔術世界における夢と魔界における夢では意味合いが変わってくるが、恐ろしい話、魔術師組合全員が一様に同じ夢を見たそうだ。

 

 ――人界は、ある日を境に焼き尽くされる。

 

 全員が同じ夢を見たのだから、さあ大変。構成員は、泡を喰って魔界に帰る者が続出した。

 困ったのはノイの婆さんだ。あの婆さん、あくまでも組合に顔を貸し、時折相談に乗っているだけで組織運営はするつもりもなければ、出来るだけの手腕もない。

 何とか構成員の説得に回り、時にアンネローゼの力を借りて脅迫までさせて、ギリギリのところで組織の体を保ちつつも、オレに助けを求めてくれる。

 

 正直、オレは絶望すると共に仰天した。

 性格は兎も角として、腕は一流の連中が見た夢なので、現実になる可能性が極めて高い。

 泡を喰って九郎を学園に呼び戻し、泡を喰って仕事の引継ぎとアサギの補佐を頼み、泡を喰って学園を飛び出した。

 

 其処からは人界魔界を問わず、日本にいる裏の事情通にツテを使って通い詰めた。

 

 一番参考になったのは、とある件で知り合ったフリーの魔術師二人。

 

 片や、時計塔で冠位指定を受けながら、色々とやらかして今や封印指定の人形師。

 片や、ご先祖様が性質の悪い悪魔と契約してエラい目にあっていた所に出会い、アルの力で一緒に悪魔をボコにした死霊魔術使い。

 

 この二人は魔術師として非常に優秀かつ貴重な情報源だった。

 オレは彼等のお陰でカルデアとさえ呼ばれていなかったアニムスフィア家の研究施設に辿り着き、マリスビリー・アニムスフィアの名を知った。

 

 マリスビリーを調査する過程で、いくつか不審な点を見つけた。

 

 まず彼は2004年、冬木の地でただ一度きり開催された聖杯戦争の参加者にして生き残りだった点。

 聖杯戦争の顛末を調べ上げる過程で、マリスビリーが何らかの情報操作を行った形跡を発見したのだ。

 聖杯戦争の生き残りはマリスビリー以外にも他数名いた。だが、どういう訳か、優勝者とされる者の聖杯戦争以後の足取りは杳として知れなかった。

 

 既に十年以上も前の話、行方不明者の追跡は不可能に近い。

 ならば、生き残りの周囲を当たろう、と切り替えると、出るわ出るわ不審な点が。

 

 マリスビリーは、どういうわけだが2004年を境に資産額が爆発的に伸びていた。

 大抵の研究に言えることだが、何かの研究には兎に角金がかかる。魔術世界も例外ではない。

 時計塔の連中、長い歴史を持つ一族は、その為に何らかの資金源を用意し、運用している。

 

 マリスビリーの資金源を探ってみたのだが、どう考えた所で資金総額には至らないものばかり。

 しかも2004年以降、その資金を元にしたマリスビリーは、自らの研究を飛躍的に進ませ、時計塔での地位を確立していた。

 

 此処まで背景を調べれば、自然と見えてくる。

 マリスビリーこそが聖杯戦争の真の優勝者であり、勝ち取った聖杯を金を増やす為に使いやがったのである。

 時計塔の連中がその事実を知らないのは、他人の研究成果には興味があっても資産運用には全く興味がない連中であること。それから、マリスビリーが巧く立ち回って後ろ暗い裏取引をしたに違いない。

 

 そして、マリスビリーの周辺を調べていく内に、奴が個人的に信頼している人物に行き当たった。それこそがロマニ・アーキマンだ。

 だが、二人には接点らしき接点は見受けられず、何処で出会ったのか、何を通じて知り合ったのか、何故にこうまで魔術師でもない男を信頼しているのかも分からない。

 その上、ロマニ・アーキマンの経歴は、その全てが嘘っぱちだった。2004年以前のものは全て。

 

 この2004年と言う奇妙な符号。

 この余りにも唐突に発生した男こそが、マリスビリーが死亡している現状において、全てを知るキーマンであるとオレは考え、米連へと飛んだ。

 ロマニ・アーキマンの誘拐は酷く簡単だった。マシュが生み出された研究所から護衛もなく自宅へ戻ろうとしたところをハイエースしたのだ。

 

 厄介だったのは、其処から。

 肉体的な苦痛は一切与えなかったが、この男はオレの尋問でも何一つ有用な情報を引き出せなかった。

 誘導尋問にも恐ろしく回転の速い頭を使って無難に躱す。どんな恫喝にも脅迫にも屈しない。自分の不利になると察すれば頑として口を割らない。気の抜けた笑顔の仮面の下には、他人を全く信用しないという執念染みた信念を感じ取れた。

 

 だが、ロマニの見せる反応は、嘘こそ言っていないが事実を語っているようでもない。

 この男を陥落させるには酷く時間が掛かる。そう判断したオレはやり方を切り替えた。自らの有用性を証明し、この男を味方に引きずり込む方針に。

 

 

『ところで、その指輪、良いものだな』

 

『………………ああ、そうだろう? 友人が僕の為に用意してくれてね』

 

『ああ、そうか。ところで、それの出所なんだがな。イスラエル辺りの遺跡でだったみたいなんだが、それって元々、お前のものだったんじゃないのか?』

 

『――――――――』

 

『これがオレの性能だ。オレを信用しろとは言わん。裏切っても構わん。利用もしていい。だから、オレの仕事に協力しろ。お前の出来んことを、オレがやってやる』

 

『……………………分かった。ボクの負けだ。但し、条件がある』

 

 

 奴の提示した条件は二つ。

 マシュ・キリエライトの研究所からの救出。カルデアの技術顧問にして英霊召喚成功例第三号、レオナルド・ダ・ヴィンチを此方側に引き入れること。

 どちらも人理焼却阻止に必要な人材だから、という理由だったが、単なる情だ。マシュは親心と救ってやることのできない負い目から、レオナルドは唯一の同士として。

 

 後は既に語られた通り。

 マシュを救出して生き永らえさせ、国連の人間から戸籍と名を奪い取ってカルデアに監査官、監督官として潜り込み、オルガマリーに接触して言葉巧みに実権を握った。

 

 

「ド、ドクター、生きて、おられたのです、ね。で、でも、どうやって……」

 

「僕の死は、このド外道が偽装したんだ。その後は、実はカルデアにずっと潜んでいた。ダ・ヴィンチちゃんも、まだ生きている」

 

「ダ、ダ・ヴィンチちゃんまで!? い、いえ、でも、カルデアに潜伏するところなんて。まして、他の皆さんにも気取られずに」

 

「ああ、それはな。オレが許さなきゃ外に出れないから」

 

「そうだよ。このド外道やりやがったのさ。カルデアスの磁場がギリギリ届く範囲に勝手に地下室を作った。カルデアと繋がっているのは通気口だけ。出入りには彼の瞬神を使うしかない出口のない地下室に一年以上もカンヅメさ」

 

「快適だったろう?」

 

「ああ、とてもね! 引き籠りには最適だったよ! 精神的なもの以外はね!」

 

「ダ・ヴィンチとしっぽり毎日楽しんでただろうに」

 

「やめろぉ! 今この場でボクとレオナルドの関係を暴露するなぁ!!」

 

 

 次々に明らかになる事実に、マシュはパンク寸前だ。泣き出しそうな顔で、何度も何度もオレとロマニの顔を交互に視線を飛ばす。

 他のサーヴァントは白けていたり、またかとか、引き攣った笑みを浮かべている。この反応も当然、オレは彼らにロマニについて一言も喋っていない。

 英雄王は爆笑している。どうやら、楽しくてしょうがないらしい。まあ、第三者が傍目から見ればドッキリみたいなものだろう。気持ちは分からないでもない。

 

 ゲーティアは苛立ちを募らせている。奴の問いに、まだ何も答えていないからと言って、そう怒ることもあるまいに。

 

 

『だから、何だ! お前が残された、ただ一人の人類でなかった事実が何になる! 何一つ答えになっていない! 何一つ道理に合わない!』

 

「実はな、ゲーティア。オレは倫敦でお前と対面する以前から、お前についてある程度は当たりを付けていたんだよ」

 

『世迷言を! そのような事など不可能だ! 千里眼も持ち得ない、ただ目の前の現実を都合よく解釈するしかない人間如きに!』

 

「オレ一人じゃ、どう頑張っても無理だった。だが、ダ・ヴィンチという天才がいれば仮説は無数に立てられる。そして、ロマニも居たからな。コイツ、お前をよく知っているから」

 

『――――――馬鹿、な』

 

 

 三千年もの間、絶えず人類を愛し、絶えず人類を憎み、目的のために回転し続けていたゲーティアの思考は完全に停止していた。 

 

 ――ロマニが左手の手袋を外し、薬指に嵌められた指輪を目にした瞬間に。

 

 勿論、結婚指輪などではない。それは、生前のソロモンが残した十の指輪の一つ。

 

 

「ボクは2004年の冬木の聖杯戦争においてキャスターのクラスでマリスビリー・アニムスフィアに召喚された」

 

「その後、マリスビリーと協力し、何の問題もなく最後のマスターとサーヴァントになった」

 

「マリスビリーは手にした聖杯で、当時は理論が構築されただけだったカルデアスを完成させるための資金を願い――」

 

「――ボクは、人になることを望んだ。全ての力を捨て去って、王としてではなく、人としての生を歩もうとした」

 

『馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!! レフ・ライノール、貴様の目は節穴か! その指輪、この霊基! 我等を生み出した無能の王――――ソロモンのものではないか!』

 

「酷いなぁ。お前、ボクのこと嫌い過ぎだろ」

 

「ほら、パパだぞ、泣けよ。ほら、パパ、お前の子供はあんなグレて筋骨隆々の化け物になったぞ、泣けよ」

 

「そんな息子嫌すぎる……!」

 

 

 そう、ロマニ・アーキマンは、ソロモン王本人にして、願いそのもの。

 生前、人としての生を歩めなかったソロモンは、聖杯に人としての生を願った。その時の心情は、特に興味もないので聞いてはいない。

 過去と未来を見通す最高位の千里眼も。神からの啓示も。他を寄せ付けない魔術の素養も捨て去って、人になったのだ。

 

 だが、困ったのはその直前。

 彼は千里眼を失う瞬間に、世界が焼け落ちる光景を見た。

 何時、何処で、誰の目的で発生するかは分からないが、確実に実行されることだけは分かった。どうやら、その一件に自身が絡んでいることも。

 

 それからソロモンは人間性を獲得し、ロマニ・アーキマンとして一から人として学び直す工程を始めた。

 彼に出来るのはただ耐えること。そして、その時に備えることだけ。

 

 幸か不幸か、その旅路の途中で偶々オレと出会う。

 旅の供にしては微塵も信用出来ない関係だったが、オレ達は見ている目的と道程は同じだったから。 

 

 

「――――だが、それも終わりだ。ゲーティア、僕はお前に引導を渡す為に、その願いも捨て去ろう」

 

『ロマニ、やるんだね……どうか、旅の終わりは心穏やかに。私も、少しばかり寂しくなるよ』

 

「ありがとう、レオナルド。君の優しさには何度も助けられた」

 

 

 ロマニの隣で、空間ウインドウが展開する。

 其処に映し出されていたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 凡才、凡夫と言いながらも、この一年ロマニに寄り添い、支え続けた万能の天才だ。

 

 最後の別れは軽やかに。

 元より互いに死した身。別れを惜しみはしない。

 

 けれど、悲しみだけは消えないだろう。

 ダ・ヴィンチの瞳は乾いている。涙はない。全ては、ロマニの覚悟を鈍らせないため。

 そんな芯の強い優しさに、ロマニは惹かれたのだろう。ホモかよ。いや、ダ・ヴィンチは元々同性愛者だった。なら、問題ないね! 肉体的には女性だしね!

 

 

「では、最後の魔術をおしえ――――――あれ?」

 

『……どうしたんだい、ロマニ? まさかと思うが、此処に来て怖気づいたんじゃないだろうね? いくら君がヘタレだからって、それじゃあ、百年の恋も冷めるってものだよ』

 

「あ、あれ? あれ? お、おかしいな? 指輪が、指輪が変、だぞぅ? な、んで、なんで何の力も感じられないんだ?! これじゃあ、本当に只の指輪じゃないか!」

 

『………………嘘だろう?』

 

「……………………」

 

「ぶはっ! ぶははははははははははははははははははははははははっ!! げっほっ、ごぷぉっ!?」

 

「『お前の仕業かよぉ、腐れド外道!!』」

 

 

 オレ、無言のVサインを天高く掲げる。

 A・U・O、大爆笑し過ぎて咳き込む。

 大人のカップル二人は、白目を剥いてオレを見る。

 他の皆さま、最早、訳も分からなければ意味も分からない置いてぼり状態でポカーン。

 

 そうです。指輪の力を奪ったのは私です。ロマニが出てきた瞬間に奪っておきました。だが、私は謝らない。

 

 最後まで、ロマニもダ・ヴィンチも、その指輪をどのように使うのかは語らなかった。ソロモンの王の切り札を。

 一年の時間で心の距離は縮まったが、信頼を勝ち取った訳でもなく、オレも元々そんなものを向けられるに値しない人間なので努力もしてこなかった。

 

 ただ、大体の察しはつく。

 ソロモン王の最も有名な逸話。それは、神から賜った万能の指輪を、全ての恩恵と共に天へと還したというもの。

 これに関するものと見て間違いない。魔神の叛乱を停止させるものか、自身の魔術に仕込んだバックドアかは知らないが。

 代償も大きいだろう。ロマニは何時もの仮面で本心を覆い隠していたが、悲壮なまでの覚悟があった。あれは死どころか、その先まで失うことを覚悟したレベル。

 

 そんな必要は何処にもない。そんなことをするまでもなく、戦いは終わるのだ。 

 

 ――――では、ビーストⅠ。憐憫の理を持つ獣よ。種明かしの時間だ、絶望に身を捩れ。

 

 

「さて、待たせたなゲーティア。お前の疑問に答えよう――――何故、この我々(わたし)が光帯の操作を誤ったのか、というな」

 

『在り、得ない。我々にはそのような不具合(ミス)は在り得ない。そのような不手際は許されない!』

 

「その通りだ。お前はこれから四十六億年を遡る。この程度の簡単な演算を間違うようでは、とてもではないが実現できないからな」

 

 

 何故英雄王の一撃に対し、ゲーティアが光帯を停止させたのか。

 実に単純な話だ。奴はあの一瞬、何らかの計算を間違え、光帯を暴走させかけた。

 

 光帯は宝具の銘を打っているが、実態は単なるエネルギー。

 それを加速させやすい帯状に押し留めているのは、他ならぬゲーティアの演算と魔力と魔術によるもの。

 

 何か一つでも綻びが生じれば、何か一つでも瓦解すれば、後は決壊するダムと同じ結末を辿る。

 

 

『お前は、奪ったのか……我々(わたし)から我々(わたし)の一部を!』

 

「うん、そうだよ。お前が倫敦に顔を出した時、不様にもオレに顔面をぶん殴られた瞬間にな」

 

 

 ゲーティアは意思を持った魔術式。

 詰まる所、一つのプログラム、一つの数式に酷似している。

 

 0と1からなるプログラムから、ランダムに一つの1を抜いてしまえば、プログラムは正しく作動しない。

 無数の数字と演算記号からなる数式から、ランダムに一つの数字を抜いてしまえば、答えは全く別のものとなる。

 

 それはプログラムや数式が高度になればなるほどに、顕著に現れ、本来求めていたものとはかけ離れていく。

 まして、ゲーティアは全能と呼べるほどの魔術式――いや、今は人理焼却式か――なればこそ、オレの不意討ちは致命傷だ。

 

 ゲーティアがその事実に気付かなかったのは、人理焼却式として正しく起動したのが、オレ達が玉座に辿り着いてからであり。

 加速・収束・照射の過程を経る第三宝具の展開に比べて、光帯を維持するだけならば、それほど演算を必要はなかったからだろう。

 

 全く以て馬鹿馬鹿しい。全く以て下らない。笑い話も甚だしい。

 ゲーティアは、既に敗れていたわけだ。人類悪が一過性の悪意に、既に敗れていた。

 全ては奴自身が起こした、ただ一度きりの気紛れによって、奴自身の執念も、願いも、三千年に及ぶ計画と研鑽も、全て水泡となってしまった。

 

 ゲーティアはソロモンを憎み、馬鹿にしていたが、ソロモンの方がまだマシだ。

 ソロモンは初めからあらゆる自由を剥奪されていた。人々の苦しみに泣き、人々の喜びに笑う自由さえもなかった。ただ神の声を聴き、民を治めるだけの王だった。

 

 それでも、彼は知っていた。共感は出来ずとも、認めてはいたのだ。

 例え、最後には死によって失われるとしても。世界が何時かは滅びるものだとしても。命は終わるものだとしても。生とは苦しみを積み上げる巡礼だったとしても。

 

 ――――だが決して、死と断絶の物語ではない。愛と希望の物語だ、と。

 

 死によって愛が崩れたとしても、その価値が失われるわけではないと認めていた。

 希望が断たれ、絶望に塗り潰されたとしても、その意味が失われるわけではないと認めていた。 

 

 

『だが、それでは道理に合わない! 前提が崩れている! お前の能力は驚嘆に値する! 我が力を以てしても再現することは叶わない! だが、奪える力は一つ! 奪える対象は一つ! 貴様はあの男の指輪の力を奪った! ならば、我々の一部は何処へ行ったのだ!』

 

「その疑問も尤もだ。無論、それにも答えよう。これを見な」

 

 

 オレはポケットの中から、あるモノを取り出した。

 円柱形状の上下に金属の蓋が取り付けられた強化ガラスの瓶。

 中に薬液で満たされており、その中にプカプカと浮かんでいるものがある。

 金色に輝く虹彩と水晶体。硝子体を包む白い強膜。ちょろんと伸びた視神経。実に悪趣味な眼球の標本だ。

 

 ゲーティアには遠く及ばないが、オレもそれなりに研鑽を重ねている。

 特に、この邪眼は生まれ持った能力故に死ぬまで付き合っていかなければならず、敵に知られたとしても捨てられるとは限らない。

 

 だから、色々と試しているのだ。

 例えば、眼球がない状態で敵の力を奪えるのか。

 例えば、両腕以外で触れた場合でも奪えるのか。

 例えば、義手などを使用した場合は奪えるのか。

 例えば、敵に身体を乗っ取られた場合、敵は能力を行使できるのか。

 例えば、能力を奪った状態で眼球を失った場合、どうなるのか。

 例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば。

 

 知れば知るほどに疑問は深まる。

 そもそも対魔忍の能力は過程をすっ飛ばして結果だけを得るような場合が多い。原理すら不明のものも多い。

 

 まだまだ多くの謎を残しているが、オレの邪眼について解明された部分がある。

 

 邪眼などと呼ばれてはいるが、魔術世界の魔眼とは異なり、これは眼球だけでは成立しない能力だ。

 奪う敵を定めるオレの精神と認識、敵の能力を奪う為の肉体、能力を収めておく眼球、そして全ての原動力となる対魔粒子。この四つがなければ、邪眼は成立しない。

 

 それを理解した時、オレは笑った。この事実は非常に使える、と。

 オレは勘違いしていたのだ。邪眼はオレの眼球だけを必要とするものだ、と。

 

 眼球はあくまでも能力を収めて置くためだけの箱。

 ならば――――ならば、眼球を引きずり出して、新しい眼球を移植すれば、能力を奪ったまま、他の能力を奪えるということだ。

 

 これはオレとアルフレッドしか知らない事実。

 敵に能力を知られてもなお、有効に活用する為の研鑽の証明。

 奪える能力は一つきりという絶対の前提を崩す、裏技だ。

 

 まあ、これで一番よく使う方法は、一般人が力に目覚め、尚且つ持て余している場合だが。

 いや、ほら、危険な能力を持ったまま日常に返すわけにもいかないし。かと言ってオレの誓いの関係上、殺すわけにもいかないし。

 

 

「お前が全知全能だろうがオレの前では全席指定さ。真正面から正々堂々、不意を討たれた気分はどんなもんだ?」

 

『――――――――』

 

 

 ゲーティアはただただ茫然と立ち尽くしている。

 最早、戦意はない。オレが能力を奪った状態のままで、力を行使した影響(ツケ)が回ってきた。

 奴の身体は指先から崩れ、全身には罅が入り始めている。表皮は剥がれ落ち、まるで今にも倒れる巨木のよう。

 結合は解け、光帯を押さえていた力も解けていく。光帯のエネルギーは拡散し、超新星爆発にも近い爆発を引き起こし、人理へと戻る。 

 その過程で、ゲーティアも、魔神柱も、固有結界さえも宙の藻屑と消える。

 

 最早、ゲーティアに興味はなくなった。

 オレ達に残された役目は奴の崩壊を確認し、この宙域を離脱するのみ。

 

 

「さあ、この戦いに最後の一押しを加えよう! 折角来たんだ! ロマン、お前にやらせてやるさ!」

 

「ああ、もう! 本当に何から何までやりたい放題だな、君は! レオナルド、“例のアレ”を起動してくれ!」

 

『オッケー! 決戦術式、起動! さあ、私達の一年の成果を存分に見せようじゃないか! アルフレッド、演算と魔力供給は任せるよ!』

 

『お任せを。各サーヴァントの霊基解析情報を抽出。魔力装填終了』

 

「聞いてくれ、カルデアのサーヴァント達! これから五分が勝負で、限界だ! それ以上は君達の霊基基盤が持たなくなる!」

 

「総員に通達! これより、拠点制圧戦から魔神柱掃討戦に移行する! 五分後には霊基を強制的に放棄させてもらう! それまでに皆殺しにしろ!」

 

 

 ロマニとダ・ヴィンチが一年もの時間を費やして、行ってきたのはサーヴァントの霊基の解析だった。

 

 アレは一年前。

 始めてサーヴァントの霊基再臨を行った後のこと。

 アルフレッドが不調や異常が見られないか、霊基の解析を行っていたところ、奇妙なブラックボックスを発見した。

 そのブラックボックスに手を伸ばした瞬間、アルフレッドは攻撃を受けたのである。

 計器だけを見れば、サーヴァントの側から計測機器に向けて魔力の逆流現象にしか見えなかったが、実態は違う。

 魔力や霊子を電子として捉えることの出来るアルフレッドは確かに見た。彼等の身の内に潜む、彼等と似た形をした黒い影を。

 

 その後も解析を進めていくと、どのようなサーヴァントの霊基であれ、そのブラックボックスは存在していた。

 

 アルフレッドとダ・ヴィンチの解析の結果。それはある種のリミッターだった。

 これを破壊した時に何が起きるのか。簡単だ。この辺りは人体と変わらず、一時的に凄まじい力を得る反動で霊基基盤までもが崩壊する。

 

 その姿は、サーヴァント自身も知り得ない生前の能力すら遥かに上回る潜在能力を全開放した原初の姿と取る。

 

 

「決戦術式“神話礼装(ゼロ・モデル)”起動――――!」

 

 

 宙域そのものが鳴動する。

 当然だ。生前、数々の偉業を成し遂げた姿をも超える形態。

 

 冠位ではなくとも、彼等も最早、世界に対する英霊(へいき)と化した。

 

 ゲーティアの崩壊は確定した。魔神柱の死滅も確定した。固有結界の爆散も確定した。

 アレに無駄を行う機能はない。既に勝敗も決し、彼等の三千年の妄執は潰えた以上、それでもなお戦うなどという無駄は出来ないのだ。

 

 では、残りの五分間、オレはゆるりと待つとしよう。

 

 





というわけで、御館様意地と根性でマシュを生存させる&賢王様登場、満を持して&ゲーティアさん既に積んでた&神話礼装実装でした。

あとCCC世界でもないのに神話礼装使えるかは知らない。まあ、全部アルのお陰ですよ、アルのお陰。

今回は、色々と詰め込みすぎたなぁ、ちょっと反省。
最終章ということで駆け足気味過ぎますかね?

何はともあれ、第一部完結まであと少し。頑張るぞい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『終焉の時来たれり、其は全てを終わらすもの』その三

アガルタの発表も来ましたねぇ。
あの褐色美女は出るまで引くんだ(ガチャ中毒並感

そして、受け取ってくれ! これがGW最後に見せる、投降をー!
出来ればGW中に第一部は終わらせたかったが、仕方がない。ごめんねごめんねー!



 

 

 

『オォ、オォォォオオオォォォオ―――――!!!!』

 

 

 ゲーティアの慟哭が響く。

 自身の身体が崩壊していく恐怖。魔神柱同士の結合を保てない憤り。無駄になった三千年への嘆き。潰えた己の夢。

 ありとあらゆる無念を声に変え、ゲーティアは崩壊していく。

 

 オレは特に感慨もなく、ゲーティアの最期を眺めていた。

 カルナ、スカサハ、ロビン、呪腕、ジャンヌは既にこの場にはいない。他の仲間の救援へと向かわせた。戦力を無駄にするつもりは毛頭ない。

 どの道、あと数分で彼等は今の霊基を放棄せざるを得なくなる。

 この旅で重ねた出会いもある。言葉の一つも交わしておきたい相手もいるだろう。戦いのついでに、それもやってくればいい。

 

 もっとも、カルナとスカサハ、エルキドゥなどは英霊としての格が英雄王と同格。そう影響はないだろうが。

 カルナの神話礼装は、ただ生前に受けた呪いが解けた姿であり、アルフレッドによって解呪されている以上、常時神話礼装の状態でもある。

 ただ、カルナにせよ、元々制約のないスカサハにせよ、ともに己の力の強大さというものを自覚しているが故に、本気など出さない。

 本気など出されても困る。トップサーヴァントと呼ばれる連中が本気を出したら、周囲のモノが仲間諸共に消し飛びかねないのだ。

 

 マシュだけは残った。コイツだけはデミ・サーヴァント故に神話礼装を使用できない。

 元になった霊基(ギャラハッド)は優秀でも、肉の器がある以上は最後には壊れて破滅するからだ。

 

 

『何故、何故だ、何故だ何故だ何故だ――――!』

 

 

 あらゆるものを失って崩れていくゲーティアに最後に残ったのは、恐怖でも、憤りでも、嘆きでもなかった。

 

 残ったのは純粋な疑問。

 

 何故、我等が負けたのか。

 何故、我等が卑小な英霊や人間ひとりを排除できないのか。

 何故、我等に膝を屈しないのか。

 何故、死で終わるしかない貴様等が、此処まで戦えたのか。

 

 コイツは事此処に至って尚、人間という生き物を全く理解できていないらしい。 

 

 

「ならば、問うてみるがいい。貴様が『価値なき者』と切り捨てた男に。貴様が憐れんだ小娘に。貴様が憎んだ愚かな男に。それが、貴様の最期の救いとなる」

 

 

 ゲーティアに対して何を思ったのか、ギルガメッシュはそんなことを言った。最後の最後で面倒事を押し付けてくれやがる。

 

 ギン、とゲーティアは睨みつけるようにオレ達を見た。

 だが、かつての威圧感はない。瞳に込められた力は寧ろ、此方に縋るための力であるかのよう。

 

 

「まあ、オレの場合は単に仕事と答えるしかないのだが」

 

『――――そのような話があって堪るものか!』

 

「いいえ、ゲーティア。貴方は先輩の言葉の真意を勘違いしています」

 

「仕事、仕事かぁ。まあ、そういう考え方もあるか。でも、仕事をする本質は――――」

 

「「――――生きるため」」

 

 

 その通り。仕事は自分が生きる為にするものです。

 

 英雄王はその答えに、大きく頷くと満足げな笑みを浮かべ、崩れるようにこの宙域から離脱した。

 

 ゲーティアは、二人の言葉が理解できていないのか、ただただ硬直している。

 だが、真摯ではあった。その言葉を少しでも自分なりに咀嚼し、理解しようと努めている。

 

 やがて――――

 

 

「ふ、ふふ――――そうか。初めから、人理すら守っていなかったとは」

 

 

 ――――憑き物が落ちたかのように笑い出す。

 

 ゲーティアは間違えていた。オレ達にせよ、人間にせよ、過大評価し過ぎていた。

 人間にとって人理など二の次だ。まずは自分が生き残らなければ話にならない。そうでなければ、誰かと手を取り合うことすら出来ないのだ。

 

 救いようのない愚かさ。

 救う必要のない頑なさ。

 

 そうだ、ゲーティア。オレとお前はようやく同じ結論へと至った。

 人なんて生き物は救ってやらなければならないほど弱くもなく、絶滅させなければならないほど強くもない。精々が、眺めているだけで十分な生き物なのだ。

 

 ゲーティアは、ようやく至った回答に、ようやく思い至った我が身の愚かしさに、笑いながら崩壊していく。

 その姿は、人類を愛しながら人類を憎んだ、『憐憫』の理を持つ獣にしては、余りにも人間的な姿だった。

 

 

「フォウ、フォーーウ!」

 

「ええ、そうですね、フォウさん。先輩、ドクター、この宙域を離脱しましょう。神殿の崩壊が始まっています!」

 

『急いで聖門の前にまで戻って下さい。其処は魔力濃度が強すぎて、正確に観測できません』

 

「それじゃあレイシフトもできない! 皆、急ごう!」

 

「……………………」

 

 

 フォウが先頭を駆け、後にマシュとロマンが続く。

 オレは最後尾に続こうとしたが、脚を止めて、玉座を振り返る。

 

 ゲーティアは跡形もなく消滅した。

 しかし、奴は最後に個性を獲得していた。その事実は即ち、ゲーティアの元になった者達も同じように――――いや、止めておこう。無意味な憶測だ。

 

 この戦いの後に残る可能性のある禍根、僅かな疑念を押し殺し、オレは地面を蹴った。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「はーっ、はーっ、ひゅーっ!」

 

「ド、ドクター、大丈夫ですか!?」

 

「だ、だいじょば、なひっ、こ、この、一年、ろくに、運動、して、なかった、から……ひぃ、ひぃぃっ!」

 

「嘘つけ。ダ・ヴィンチに乗っかってハッスルしてただろ。おら、キビキビ走れ」

 

「そういうことマシュの前で言うのは止めてくれないかなぁ! あとお尻を蹴るのも止めてぇ!」

 

「おぉ。ドクター、おめでとうございます!」

 

「あぁ! マシュの曇りのない祝福の眼が逆に辛い!」

 

 

 ひぃひぃ言い始めたロマンのケツを消し上げながら、門に向かって直走る。

 

 距離は、もうそれほどでもないが、確かにロマニには辛かろう。

 神殿が崩れ始めたことで、絶えず地面が振動している。オレやマシュと違って、ロマニは研究畑の人間だ。

 それも当然。直接的な戦闘能力よりも、人類が発展させてきた知識、技術、科学の方が有用な場面が多い。人理焼却に備えるならば、其方の方がいい。

 

 

「――――――っ」

 

「う、うそ、はぁ、だろう……?」

 

「……まあ、そうなるか」

 

「――――――その通りだ。お前を生かしては帰さない。ここで、私と共に消えるがいい」

 

 

 ゲーティアが、変わり果てた姿で道を塞いでいた。

 神々しさなど欠片もない。禍々しさなど微塵もない。壊れかけた人の似姿。

 ソロモンの面影を僅かに残す姿は、ソロモンの守護精霊であった証か。

 だが、その姿でさえ崩れかけ。右半身が崩れ、内臓の代わりに黒い魔力が漏れ出している。

 

 その背後にはソロモンの名を騙っていた時に嵌めた、九つの指輪――

 

 

「うっ、あ、ああ、そうか、そういうことか、この……!」

 

「無理をするな、ロマニ。そのまま渡せ。指ごと持っていかれることはない」

 

 

 ――いや、今、十となった指輪が光帯で繋がり、浮かんでいる。

 

 ロマニを止める為に指輪から奪った力を返還したのが間違いだったか。

 いや、使い方の分からない力など奪っていても仕方がない。

 この邪眼は相手の力を奪ったところで、直ぐに使いこなせるわけでもなければ、理解できるわけでもない致命的な弱点が存在する。それでも相手の力を問答無用で奪えるのは、大変な利点ではあるが。

 

 奴がソロモンの守護精霊であるのなら、今この場に於いて、あの宝具の担い手は奴以外には存在しない。

 

 ロマニ・アーキマンは既にソロモンではなく、ソロモンであることも放棄した。ただの人間に過ぎない。

 だからこそ、手を貸した。英霊なんて選ばれた連中に力を貸す余裕は、オレにはないのだ。必死になって日々を生きる連中に手を貸すのが精々だ。

 

 

「――――私の夢は、潰えた。この神殿に座し、行った莫大な時間は無為となった。そうだ。私は、敗北した」

 

 

 光帯も消える。人理焼却は無効となる。オレの悪意によって、奴の夢は、奴の偉業は、崩壊する。

 

 此処で待ち構えていた奴は、七十二柱の魔神ではない。その残滓、最後に残った“結果”のようなもの。

 何をしようとも結果である以上は覆らない。オレを殺したところで結果は何も変わらない。

 

 これは何の意味もない戦いだ。だが――

 

 

「そうとも、私にも意地がある。いや、意地が出来た。私は今、君たち人間の精神性を理解した。限りある命を得て、ようやく」

 

 

 ――そうだ。理由はある。無意味ではあるが、無価値ではない。

 

 奴は奴の譲れないものの為に、オレを止める。

 オレはオレの生還のために、一秒でも早く奴を止める。

 

 奴の三千年に及ぶ研鑽は、この瞬間のために在った。

 人間というものを理解し、人間と同じく儚い命を得るための旅路だった。

 

 それが人理焼却を巡る聖杯探索の終わり。七つの特異点、七つの世界を越えてきた戦いの果て。

 

 奴こそは、人王ゲーティア。

 いま生まれ、いま滅びる、何の成果も、何の報酬も望まずに、その全霊(いのち)すべてを使って、オレを打ち砕きに来る。

 

 この僅かな時間こそが、奴の物語。この僅かな愛しい時間こそが、ゲーティアと名乗ったものの、本当の人生だ。

 

 

「――――言葉にするべき敬意は以上だ」

 

「まだだ、ゲーティア。オレが敬意を言葉にしていない」

 

「…………時間稼ぎかね?」

 

「勿論、それもあるにはあるが。紛れもないオレの本心だ」

 

 

 ああ、全く、余計なことはするもんじゃないな。

 英雄王に唆されて、余計なことをした。下手をこいた。あの時、ゲーティアには何の言葉もないまま、何の救いもないままに消えて貰えばよかった。

 

 でなければ、奴がこんなにも恐ろしい変遷(せいちょう)を遂げることはなかったのだ。

 

 恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。心底からオレは恐怖する。

 あの目、あの顔、あの表情。その全てが物語っている。

 

 例え、何を犠牲にしても。

 例え、何一つ得られずに死んだとしても。

 例え、力及ばなかったとしても。

 

 最後の勝ちだけは譲れない。必ず、お前の勝ちを、己の手で焼却する気で、満ち満ちている。

 

 ああ、全く。魔神王だった頃よりも、よほど恐ろしいではないか。

 

 オレは相手の持つ力が、どれほど強大であっても恐れない。

 力など、どれだけあっても対応のしようは腐るほどある。最悪、邪眼を以て奪ってしまえばそれまでだ。

 

 故にこそ、オレは相手の精神性や在り方そのものこそを恐れる。

 例え、死んだとしても目的を成し遂げる。何にも流されず、一点の曇りもない専心こそが恐ろしい。

 

 かつて、オレはアミダハラで地獄を見た。

 

 その地獄で敵に出会った。オレの生涯で唯一の『敵』だ。

 何か特別な力があったわけではない。何か特別な才能があったわけではない。

 奴にあったのは知恵と経験と忍耐力、そして何よりも痛烈なまでの意志。

 たったそれだけ。たったそれだけ理由で、奴は全ての魔族と米連を手玉に取り、多くの対魔忍を殺し、オレと九郎に辛酸を舐めさせた。

 

 ――今のゲーティアは、奴と同じ顔をしている。

 

 

「ゲーティア。最早お前は、仕事上の障害ではなくなった。オレが全霊をかけて、自らの手で殺さなければならない存在だ」

 

「――――――――」

 

「認めよう。お前はオレの『敵』だ」

 

 

 オレにとって、真の意味での『敵』など、これで二人目。

 それ以外は有象無象の排除対象。魔神柱だろうが、ティアマトだろうが、他のビーストだろうが変わりはない。

 

 オレは懐から無貌の仮面を取り出し、被る。オレの戦いには仮面(これ)が必要不可欠だ。

 

 ゲーティアは、震えている。

 歓喜と恐怖、殺意の狭間で揺れている。余りにも愛おしい、この一瞬、一秒を噛み締めているかのようだ。

 目を見開きながら、吊り上がろうとする口の端を押さえ、緩み始めた精神を必死で締め直している。

 

 ゲーティアはオレから目を逸らさず、残った左手を握るような動作を見せた。

 すると、背後に浮かぶ指輪の一つが光を失い、その代わりに、オレとゲーティアを円形に囲うように黄金の光の壁が出現した。

 

 

「――行くが良い。マシュ・キリエライト、ロマニ・アーキマン。私の『敵』は、彼だけだ」

 

 

 最早、マシュとロマニに興味を抱いておらずとも、折角の命を無駄にすることはないと退去を勧める。

 

 ロマニは大人だった。

 暫らくの間、悩む素振りを見せたが、高圧縮された魔力の壁をどうすることもできないと、踏み出そうとした。

 正しい選択だ。何も出来ないのなら、此処で待つ意味もない。命を無駄にする選択なぞするべきではない。

 

 だが、マシュは違った。

 

 

「いいえ、私は残ります」

 

「――――マシュ、ボク達が残ったところで、何も出来ないんだ」

 

「それは理解しています。ですが、私は先輩を残していきません。先輩のデミ・サーヴァントですから。何よりも、彼の最期も見届けないと。ドクターはお先に」

 

「はぁぁぁ、どうしてこう、頑固に育っちゃったのかな! ああ、もう! ボクも残るぞ! そりゃ、彼に任せきりだったけど、ボクにだって親心はあるんだぞぅ!」

 

 

 マシュの梃でも動かないであろう態度に、ロマニは両腕を組んで、その場に胡坐をかいて座り込んだ。

 アレではどんな言葉を重ねても動くまい。もっとも、オレはそんなことを気にしている余裕はない。

 

 戦いが始まれば、喋る余裕すらなくなるだろう。

 タイムリミットは一分となった。この領域が崩壊するまでの時間ではない。ゲーティアがその儚い命が砕けるまでの時間だ。

 

 オレの『敵』を、時間切れになどさせない。必ず、オレの手を以て絶殺する。

 

 

「「――――征くぞッ!」」

 

 

 オレとゲーティアの声が重なり、戦いの始まりを告げる号砲と化す。

 

 ()()の瞬神を渾身の力で投擲する。

 だが、ゲーティアもそれを読んでいた。能力的に対処がし辛い故、オレが最もよく使う主兵装だからだ。

 

 またしても、ゲーティアの背後にあった指輪が光を失うと、瞬神を拘束するように八つの光帯が絡め取る。

 光帯は空中で瞬神を拘束し、その輪を縮めると、瞬神ごとこの空間から消え去った。

 あの武装はそう易々とは壊れない。壊れたとしても勝手に再生する魔界の金属で造られているが、少なくともこの戦いの最中に戻ってくることはないだろう。

 

 落胆はない。この程度のことで落胆していては、自己の存在全てをかけた戦いに勝てよう筈もない。

 

 ゲーティアは更に五つの指輪が光を失い、五つの光帯を生み出される。

 何となしではあるが、指輪と光帯の関係性が分かってきた。

 それぞれの指輪に篭められ、溜め込んだ魔力を存分に使って、詠唱もなく魔術を行使する。

 

 ゲーティアは万能の指輪を、オレを殺す為だけに使い潰すつもりなのだ。

 魔神王であった頃のゲーティアでは考えられない無駄の多い使い方。だが、発動までの速度が異様に速い。これまでに見てきた魔術とは比較にもならない……!

 

 一つの指輪の魔力を分散させて、複数の光帯を発生させることが可能であることを考えれば、五つの指輪を使って生み出された五つの光帯は、ただ一つでオレを殺し切れるだけの威力を秘めていると見て間違いない。

 

 ゲーティアの意思の元、五つの光帯がチャクラムの如く射出される。

 オレは“武器庫”から忍者刀を取り出し、距離を詰めた。

 

 想像していた通り、光帯の速度は速い。

 奴の思考通りに動くのであれば、サーヴァントであっても捉えることは可能だろう。

 回避に専念すれば、囚われるは必然。元より時間などないのだ。此方からも距離を詰め、決着をつける。

 

 地面に顎が触れそうなほどの、獣の如き疾駆。

 オレの生み出せる最高速度を一歩目から発揮する特異な歩法。

 

 だが、ゲーティアはそれすらも読んでいたのか、オレの進行方向に光帯を送り込む。

 ヤバい、とは感じたが止まらない。此処で退いては、オレの勝ちはなくなる。この戦いは永劫に決着がつかなくなる。

 オレも奴も困る。『敵』は必ず殺すもの。この戦いの結末が、この旅の結末が、この全霊の応酬の結末が、そのようなもので在って良い筈がない。

 

 後退の螺子を外す。軋みを上げる全身の悲鳴すら無視する。

 身体のリミッターは既に外している。限界すらも超える性能を引き出している。

 

 ――オレの一刀とゲーティアの光帯が交差する。

 

 耐えられなかったのは、忍者刀。

 生憎と大量生産品の上に、オレの技量は剣士のサーヴァントには遠く及ばない。

 膂力、速度、技量の観点から見ても、とてもではないが断ち切るなど不可能だ。

 

 だが、逸らすことくらいは出来る。

 

 疾走を邪魔する光帯を、武器を犠牲に捌いて逸らす。

 これで無手。新たな武器を取り出している余裕はない。

 

 全ての動きが酷く緩やかだ。

 極限まで加速した思考速度に、肉体が付いてきていない。ゲーティアも同じだろう。

 

 襲い掛かる五つの光帯(チャクラム)を、紙一重で躱していく。

 致命傷には至らない限界寸前の回避。だが、ゲーティアはこの短い時間の中で精度を上げていく。

 恐ろしいまでの成長。人間が命がけの戦いの中だからこそ獲得を許される成長速度。

 

 もう、躱しきれない。

 生憎と、オレには才能がない。こんな成長速度にはついていけない。もし、オレに対抗する術があるとするのなら、それは――――

 

 オレの両脚を刈り取るように、光帯が地面と平行して飛来する。

 地面との間に身体を滑り込ませる隙間すらない。最低の悪手と分かっていても、地面を蹴る道しかオレには残されていなかった。

 

 

「――――がぁっ!」

 

「捕らえたぞ……!」

 

 

 宙を飛んだオレの首を光帯が捕らえ、締め上げる。

 一撃で首を断たなかったのは、断てなかったから。光帯に付与した力が切断や破壊に向かっていたのではなく、元より拘束に向けられていたからだ。

 

 まだ見ぬ能力を警戒してもいたのだろう。 

 脳への酸素供給を断って思考を鈍らせ、あらゆる自由を奪った上で、殺す為に……!

 

 残る光帯がオレの四肢を捕らえて、虚空へと磔にする。

 ゲーティアは更に残る三つの指輪全てを使い、磔にしたオレを囲むように三つの光帯を展開した。

 

 光帯は一瞬、大きく拡大し、一瞬で縮小する。

 圧縮された魔力を一気に拡散して内に向けて爆発させ、空間を歪め、空間ごと何処(いずこ)かへと消し飛ばす。瞬神を消した同じ原理か。

 

 待っているのは確実な死。

 だが、舐めて貰っては困る。例え、酸素がなくなろうとも、オレの思考に淀みはなく、能力を再現するには不足はない――!

 

 内に向けられ爆炎。歪められる空間。一瞬だけ見えた暗黒の宙。

 オレは、その全てをすり抜けて地面へと降り立った。

 

 “霞狭霧(かすみのさぎり)

 

 この能力を行使すれば、あらゆる攻撃、放射線、神秘ですら干渉できなくなる。

 アルフレッドの解析では、この能力は因果律に直接作用し、自らの存在を極限まで――それこそ無に等しくなるまで稀釈しているようだ。

 余りにも危険な能力だ。少しでも能力の持続時間を誤れば、連続で使おうものなら、この世に自身の存在してきた事実、残してきた爪痕が丸ごと消えるのだから。

 

 だが、オレには関係ない。

 仕事を速やかに、確実に終わらせるのならば、いくらでも死線を越える。

 今この瞬間ならば、ゲーティアを止めをくれてやるためならば、いくらでも自己の生きた道筋もベットする。

 

 右手に対魔粒子を収束し、超高速で回転させる球体を形成する。

 

 対魔殺法・自在天。

 盗人のように他人の能力を奪い、我が物顔で行使するオレの、数少ない自己の証明(オリジナル)

 

 全ての指輪を使い切ったゲーティアであるが、諦めなど何処にもない。まだ奴には奴自身が残っている。

 

 拳を握り、オレに向けている。

 その先端には、白く輝く魔力が込められている。余りにも眩しい、命そのものの輝きだ。

 

 それが奴の最期の、そして渾身の一撃だ。

 良いだろう。放ってくるがいいゲーティア。オレはそれを躱し、渾身の一撃を――――

 

 

「――――――」

 

「楽しいな……! 真正面から正々堂々不意を討つと言うのは――!」

 

 

 ゲーティアの第三宝具の熱量ですら焼き尽くせなかったオレの思考は、掛け値なしに完全に停止した。

 

 ――何せ、二つの光帯が、オレの右手首と左足首を拘束していたのだから。

 

 やられた。そして、やりやがった。

 コイツ、この野郎、オレに対して、真正面から正々堂々不意を討ちやがった……!

 

 オレを確殺する方法を、絶えず考えていたのだろう。

 恐らくは、人間性を獲得したその瞬間から、ずっと考え続けていたのだろう。

 

 ゲーティアは残った三つの指輪を攻撃に使用したように見せかけたのだ。

 実際に使ったのは、一つの指輪だけ。残る二つの指輪から力が失われたように光だけを消し、幻惑した。

 あの爆発は、五つの指輪によるもの。全ては、この状況を手繰り寄せるための布石……!

 

 最初から、このつもりだった! 最初から、これしかないと奮い立った! 最初から、こうしてやろうと決めていた!

 

 悔しさは微塵もない。

 あるのは、奴を抱き締めてやりたくなるほどの感嘆と敬意のみ。

 

 ゲーティアの放つ輝きが頂点に達した。

 拘束されていては、避けたくても避けられない。照準はオレの左胸――心臓だ。

 

 ――――だが、ゲーティアよ。お前は一つだけ読み違えている。

 

 

「――“主よ、生命の歓びを”――」

 

 

 確かに、他者の能力を奪い取り、自在に操る能力は驚嘆に値するだろう。

 確かに、不意を討つ――相手の心理を読み取り、思考の穴を見つけて刃を滑り込ませる技術は、警戒に値するだろう。

 

 しかし、どちらもオレにとっては数ある武器の一つに過ぎない。

 もし仮に、他人にお前の最大の武器はなんだ、と問われれば、猜疑心だと答える。

 即ち、あらゆる事態を想定し、あらゆる敵を恐れ、それら全てに対応できるだけの手段を用意する心だ。

 

 白銀の閃光が放たれる。

 まるであらゆる防御を貫く最強の矛。迫る光を前にして、オレは身体に仕込まれた仕掛け(ばくだん)を作動させる。

 

 それは、米連で考案された計画において必要不可欠と開発されたものだ。

 その計画とは、優秀な能力を持つ死刑囚の再利用。米連は、死んでも構わない使い捨ての兵士を求めていた。

 

 しかし、それは余りにも危険すぎる賭けだ。

 何せ、死刑囚になるほどの倫理観、社会性の欠如した連中を使うのだ。解き放たれて社会に混乱を齎しても何の意味もない。

 

 よって、米連は特性の首輪を開発した。

 全長1cm、直径5mm。超高性能爆薬に指向性を持たせ、爆発させた際には、埋め込んだ首を千切り飛ばす威力の首輪(ばくだん)だ。

 結局、計画は余りにも倫理に背き、危険性が高過ぎるという理由で頓挫。首輪の設計図も破棄されたのだが、オレが手に入れた。

 

 簡単な手錠くらいだったら、オレも外せる。だが、手錠も日夜進化している。

 もし、外せない手錠が現れたら。もし、能力を行使できない状態で手錠を使われたら。

 この爆弾は、そんな状況を覆すにはとびきりのアイテムだった。

 

 起爆装置は脳内に埋め込まれ、オレの思考とリンクしており、何時でも種類を選んで爆破が可能。

 万が一、オレが死亡した際には、敵にオレの能力を利用されないように、一斉に起爆して跡形もなく消し飛ばす。

 

 そんな爆弾を、右肩に埋め込まれたものだけ起爆した。

 

 爆発音はほぼ無い。右肩が内側から破裂したように弾け、肩を繋ぐ肉と骨を千切り飛ばした。

 その血飛沫を浴びながら、オレは身体を傾ける。

 位置的に全てを躱すことは無理だったが、ゲーティアの一撃は心臓ではなく、右の脇下を僅かに抉り飛ばす程度で済んだ。

 

 体勢を崩し、痛みから膝が折れそうになる。

 見れば、ゲーティアもまた魔力の限界か、存在の限界か、膝を折ろうとしていた。

 

 だが――

 

 

「ここまで、か…………いや!」

 

「…………まだ、これからだ!」

 

 

 ――オレも、奴も、まだ互いに死んでもいなければ、まだ勝ちを諦めてもいない……!

 

 ゲーティアが一瞬だけ意識を失った事で、左足首の拘束が外れた。

 

 オレは再び残った左手に対魔粒子を収束させる。

 ゲーティアは残った魔力全てを左手に篭める

 

 オレは左手を振りかぶる。

 ゲーティアは左手を振り上げる。

 

 永遠のように長い刹那。

 互いの視線は絡み合い、全ての尊敬と殺意と全霊を込めて睨みつける。

 

 互いの腕が交差する。片や頭目掛けて、片や霊核に狙いを定め――――全く同時に、互いの急所に届いていた。

 

 

「――――見事だ、ゲーティア。お前の一撃、確かに届いたぞ」

 

「ハ――――いや、まったく……不自然なほど短く、不思議なほど面白いな。人の、人生というやつは――――」

 

 

 ゲーティアの決死の一撃は、オレの仮面を砕き、額を裂き、頭蓋に罅を走らせるに留まり。

 オレの全霊の一撃は、ゲーティアの霊核を確かに撃ち抜いた。

 

 ゲーティアの身体が崩れる。

 砕けた仮面から露わになった素顔で、血に染まっていく視界で確かに見た。

 

 彼が悔しがりながらも満足げに。次こそはと奮い立つように。微笑む顔を。

 

 さらばだ、ゲーティア。

 進むべき道を初めの一歩から間違えた、哀れな獣。

 けれど、間違いを認め、見出した道を全力で駆け抜けた、蜉蝣のように短い彼の人生。

 

 生涯において、二人目になるオレの、オレだけの『敵』。

 

 認めよう。

 オレのような()()に認められたところで、お前は笑うだろうが、お前はオレ以上に()()だった、と。

 

 




はい、というわけで、こんな感じでした。

神話礼装丸々カットはもったいなかったけど、仕方がない。自分の妄想力が足りなかった。

そして、ゲーティアまさかの真正面から正々堂々不意を討つ&決着。
まあ、何と言うか、この御館様らしい決着ではないでしょうか。

よーし、では次回で第一部が終わる予定。そして、ふふふ! 次回をお楽しみにー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『終焉の時来たれり、其は全てを終わらすもの』その四



よーし、何とか終了ー!

では、これにて第一部終了。そして、最後には次章の予告が。

あ、新宿、CCCコラボのネタバレがあるので注意してください!


 

 

 

 

 

「フォーウ!」

 

「見えました! 回収地点です!」

 

「後、もう少しだ! 頑張ってくれ、虎太郎!」

 

「頑張るのはお前の方だ間抜け。膝、笑ってんぞ」

 

 

 ゲーティアとの決着を完全に付けた虎太郎は、二人と一匹と共に回収地点に向かっていた。

 大量の出血によって顔色は悪いが、足取りはしっかりとしている。寧ろ、危ういのは運動不足のロマニの方。

 

 自ら削ぎ落とした右肩は、米連で開発されたスプレータイプの止血剤で覆われている。

 傷口を泡状の薬液で覆う事で殺菌、止血を同時に行う最新鋭品。これの利点は、医師でなくともスプレーを噴きかけるだけで応急処置が終了する点にこそあった。

 

 

「アルフレッドさん、全員無事に回収地点に到着しました!」

 

『此方もシバにて確認致しました。レイシフトによる回収を開始します!』

 

 

 宙域に浮かぶ、最後まで残っていた足場は青い光に包まれる。

 彼等の全身は疑似霊子に変換され、カルデアに向けて投射されていく。

 

 足場が崩れ去る直前、レイシフトが完了する。

 直後、領域は解けた光帯の魔力によって、完全に破壊される。

 あとに残されたのはソロモンの、或いはゲーティアの墓標である玉座と、十の指輪だけだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「――ふぅ、何度やってもこればっかりは慣れん」

 

 

 レイシフトに必要なコフィンから出た虎太郎は、目眩に目頭を押さえて首を振った。

 今、彼は飛行機や船に乗った際に起きる酔いとは比較にならない吐き気と目眩に襲われている。

 平衡感覚を完全に失っていたが、訓練の賜物か、傍目にはそうとは見えない。

 

 

「先輩、大丈夫ですか……」

 

「ああ、問題ない。ほら、先に戻ってた連中も集まって――――」

 

『なんで、あの短い時間で右腕失くして帰ってきてんだ、アンタは!?』

 

「いや、まあ、色々と。それから自分で吹き飛ばしただけだから」

 

『またか! 大概にしろぉぉぉおおぉぉ――――!!』

 

「何やってんのよ、アンタはぁぁああぁぁぁぁあぁあぁあぁぁああぁっっっっ――――!!!」

 

 

 レイシフトルームにて、虎太郎とマシュの帰りを待ち侘びていたサーヴァント達の絶叫が響き渡る。

 最も声が大きかったのはメディアである。最も苦労して、最も心労が溜まるのが彼女なので仕方がない。

 

 あの一戦は、誰にも観測されていなかったようだ。

 サーヴァント達からしてみれば、戦いが既に終わり、無事帰還するのを待つだけの状態だったので、この驚きようも無理はない。

 

 

「ま、まあ、兎に角よぉ、これで人理焼却はなくなったわけだ。オレ達も色々と整理しなきゃなんねぇかなぁ……」

 

 

 きっちり右腕を拾ってきていた虎太郎は、メディアに渡して治癒を開始している。

 面倒だったので、レイシフトルームにそのまま横になって、床を血で染めていた。

 虎太郎にトラウマを植え付けられたマリーと沖田は蒼い顔で目を逸らしている。

 

 そんな中、声を上げたのはモードレッドだ。

 元より虎太郎との契約は、人理焼却の阻止が終わるまで、という内容だった。

 書面ではなく、虎太郎とサーヴァント当人との口約束であったが、これを反故にするような男ではない。

 

 カルナ、スカサハ、ロビン、呪腕、ジャンヌは、以前からその後も契約関係を継続し、残ると明言していたが、サーヴァント全てにそのつもりがあるわけではない。

 純粋に人理焼却を憂いた者も居れば、サーヴァントとして契約を全うしようとした者も居れば、カルデアの居心地が良くて残った者も居れば、聖杯を望んで戦い続けた者も居る。

 まず、虎太郎は彼等の意向を確認し、約束した報酬を与えねばならない。

 

 

「その前に聞かなきゃいけないことがある。神話礼装を始動した後の魔神柱共の行動についてだ」

 

『――――んん? それはどういうことだい?』

 

「いや、ちょいと気になることがあってな」

 

『………………成程、観測データを再生(リプレイ)。解析しておきます』

 

「お前は優秀で助かる。頼むよ」

 

 

 既にサーヴァント達と顔合わせを済ませたのだろう。

 ダ・ヴィンチが空間ウインドウで、虎太郎の質問に首を傾げていた。

 

 他のサーヴァント達も同様だ。皆、凄まじ過ぎる力に崩壊していく身体を押しての戦いだった。

 あらゆる疑問、不審点に蓋をして戦い続けなければならなかったのだ。

 

 しかし、何名か――カルナ、アーラシュ、エルキドゥ、アマデウス、ドレイクは神妙な表情で頷いていた。

 

 疑問を浮かべながらも、ポツポツとそれぞれが戦った魔神柱の行動を語っていく。

 

 個我を得た結果、ゲーティアとの結合を拒ばみ、自ら解除を選択した魔神柱が居た。

 個我を得た結果、三千年に及ぶ研鑽を否定され、徹底抗戦を選択した魔神柱が居た。

 個我を得た結果、英霊達の撃退に意味を見いだせず、自己停止を選択した魔神柱が居た。

 個我を得た結果、自らは長く持たないと判断し、他の仲間に魔力を託して消滅した魔神柱が居た。

 個我を得た結果、晴らせぬ疑問までもを得てしまい、敵対する英霊達と戦いではなく議論を選択した魔神柱が居た。

 個我を得た結果、沸き上がった感情に自己矛盾が発生し、崩壊を選択した魔神柱が居た。

 

 ――――果ては、個我を得た結果、敵対していた筈の英霊達を庇い、盾となって消滅した魔神柱までもが居た。

 

 

「驚いたぜ。こっちが仲間を守ろうと流星一条(ステラ)を放とうとしたら、オレに止めろと言った挙句、盾になったからな。名前は、アロケルとオロバスだったか」

 

「アーラシュ殿。それは私も同じですが、個我を得たのならば当然では……?」

 

「いや、違うよ静謐の。神々に造られたボクだからこそ分かる。いくらなんでも、自我の成長が早過ぎる」

 

「だよねぇ。人は生まれながらに人じゃない。人になっていくものだ。それ以上のスピードで彼等は自我を成長させた」

 

「憎悪、嚇怒、恐怖、疑念――――奴等はあらゆる感情を抱き、持て余していた」

 

「なら単純だろう? 人間に近い自我を持ってる連中なら、ケツ捲って逃げる連中もいるだろうって話さ。何せ、人間だって、死ぬまで戦える奴等なんて稀だからねぇ」

 

 

 ドレイクが締め括った彼等の所感に、他の皆は、そんなことはと否定しながらも、まさかと否定しきれない。

 皆が、アルフレッドの存在を示すスフィアが映し出された画面に目を向ける中、アルフレッドは自らの解析結果を口にした。

 

 

『非常に残念なお知らせですが――――戦闘行動を確認できなかった魔神柱を四体発見しました』

 

「やっぱりか。なら、ゲーティアの崩壊が始まってから“神話礼装(ゼロ・モデル)”を起動させるまで時間を掛け過ぎたことになる。後を追えるか?」

 

『流石に、映像からでは。何処かの時代に潜んでいるのでしょうが、彼らが新たに特異点を発生させるまでは分かりません』

 

「というわけだ――――この中に、まだオレに付き合う暇で物好きな連中は居るか」

 

 

 虎太郎の言葉に、サーヴァント達は何一つ語るまでもなく、信頼の視線を以て答えた。

 若干、何名かは不満げではあったが、降りるとだけは言わない。虎太郎ではなく、別の誰かを心配して残るつもりなのだろう。

 

 これからの戦いも油断はならない。

 単純な強さではゲーティアほどにないであろうが、敗北は成長を促す。魔神柱であっても、それは変わらない。

 十二分な脅威だ。悪辣な罠を用意し、カルデアを待ち構えているに違いない。

 

 戦力が減る憂き目に合わずに済んだが、やるべきことは山積みだ。

 

 

「じゃあ、これからロマニとダ・ヴィンチが隠れていた地下にお前等を送る。暫らくの間、其処で英気を養ってくれ。この人数なら余裕もあるだろう?」

 

『ああ、勿論さ。何せ、この一年、暇を見つけては私が増改築を繰り返していたからね! 趣味で!』

 

「し、しかし、先輩、何もそのようなことをしなくても……」

 

「その必要はある。恐らく、明日にでも時計塔の連中が使節団を送ってくるんじゃないか?」

 

『流石の読みですね。先程から外部からの連絡が止まりません。どうやら、この一年はなかったことにはならない。記憶だけがすっぽりと抜け落ちた状態のようですからね』

 

 

 一年間、地球上の全ての知性活動が停止していた。その原因と経緯を報告しろ、ということなのだろう。

 

 その際に、サーヴァントが居るのは何かと面倒だ。

 時計塔のだけではない。カルデアを監督する側の国連の調査も入ってくる。

 その場合、サーヴァントは使い魔、兵器という認識しかない彼等と、様々な理由から協力してくれた英雄達が衝突しかねない。

 

 

「外の混乱はまあいい。それを治めるのは国連と時計塔、各国政府の仕事だ。こっちはこっちの仕事の内容を、オレ達にとって都合の良いように報告すればいい」

 

「この腐れド外道め。でも、それじゃとてもじゃないが時間が足りない。流石に、明日に来る連中に下手な報告をしようもんなら、逆にコッチの立場が悪くなる」

 

「何を言っている、ロマニ。オレが、戦いが終わった後の事を考えていないとでも? この程度、想定の範囲内さ」

 

 

 そう、一年以上もの間、書類と格闘してきたのは聖杯探索が終わった後を見据えてのこと。

 カルデアにとって不都合な事実を、違和感なく隠し、尚且つ嘘を吐かずに、真実を語らないで相手の思考を誘導し、納得させる報告を考えて、書類にして纏め上げてきたのだ。

 

 

「というわけで、ダ・ヴィンチ、ロマン、アルフレッド。急いで書類に目を通して、穴がないか確認しろ」

 

「――――――おっと、失礼。急用を思い出した。ちょっと近くの街まで結婚指輪を買ってこなければならないんだった」

 

「逃がさん! お前だけは、絶対に……!」

 

「ぐっはぁ?! 嫌だぁぁぁあぁぁ!! ボクだってほぼほぼ不眠不休だったんだぞ! その上、危ない薬にも手を出してだよ!? 死ぬ! これ以上の徹夜はガチで死ぬ!」

 

「なーに、問題ない。ほら、これを見てくれ。危ない薬じゃないけど、良い薬があるんだぞぅ?」

 

「なな、何だいそれは! 何か御徳用って書いてある2リットルの瓶は……!」

 

「咳き止めシロップだ。コーヒーよりも少ない量で含まれるカフェインは二倍。この意味が分かるな?」

 

「ああ、そういうことね! 仕事が終わるまでトイレに行くのも禁止! 席を立つなってことね! ダ、ダ・ヴィンチちゃん、助けてくれぇぇぇ!!」

 

『え? 嫌だなぁ、ロマニ。結婚指輪とか気が早いよ。ほら、まずは諸々の資金を調達しないとね!(テレテレ』

 

「クソッ! 天才は凡人の心が分からない! これはアレだぞぉ! 特別給与を要求するぞぉ!(レオナルド可愛い、結婚しよ)」

 

「ほら、こんなもんで如何でしょ。ダ・ヴィンチとお前の戸籍も用意しちゃうよぉ。マリスビリーよりも巧くやっちゃうよぉ」

 

「うわぁぁぁああぁぁぁあぁぁ!!! 見たことない額が並んでるぅぅうぅぅ! やらせて頂きまぁああぁぁぁぁあぁすっっ!!!!」

 

 

 自分一人だけ逃げようとしたロマニの脚を掴んで転倒させた上に、その上に乗る虎太郎。

 喚くロマニであったが、虎太郎が何処からか取り出した電卓に提示された金額に、涙を呑んで受け入れた。

 

 ロマニは戸籍上、死亡した存在だ。

 つまり、社会に出られない人間である。まともな職になど就けない。結婚も出来ない。

 ここで虎太郎の提案を蹴ろうものなら、その後に待っているのは野垂れ死に、とまでは行かずとも、決して明るくはない。

 

 

「さて、決まりだな。外部の混乱は知らんが、カルデアの利権やら責任問題は、二週間で決着をつける」

 

「は、はぁ?! む、無茶苦茶だ! 国連は兎も角、時計塔の連中だぞ!? それぞれの学科からお偉いさんが涎を垂らしてやってくるし、あの法政科も絡んでくるに決まってる! 大体、こういうのに普通はどれだけ時間がかかると思っているんだ!」

 

「――――いえ、早期に決着をつける、というのは悪い手ではありませんね。酷く難しいという点に目を瞑れば、ですが」

 

「あー、あーあー、そういうことね。無茶苦茶だが、確かに悪くない手かもなー」

 

「ど、どういうこと?!」

 

 

 虎太郎の言葉に、真意を察したのは政治というものを理解したアルトリアと騎士として補佐したことのあるモードレッドだった。

 

 早期に決着をつける、ということは、相手に考える時間と調査する時間を与えないということだ。

 例え、カルデア側に非があったとしても、それに気づかせなければいい。

 例え、時計塔側にとって有利な事実があったとしても、十分な調査が為されていなければ、事実としては使えない。

 

 況してや、国連側の手も時計塔と同時に入る。

 内心は兎も角として、立場は時計塔よりも国連側が上だ。

 そして、国連は基本的に、専門分野(神秘)専門家(裏の人間)に、ということで、カルデアの運営をアニムスフィア家に、その監視と監査を身分を偽った虎太郎に任せきり。

 重大な過失、瑕疵がなければ、国連は納得し、これまで通りの運営を約束するだろう。そうなれば、時計塔でさえも口出しが出来ない。

 

 国連と時計塔が同時に来る明日からが最大のチャンス。

 況してや、共に世界中の混乱を治めなければならない立ち位置。

 カルデアの調査が長引けば長引くほど、世界の混乱も長引いていく。早期にカバーストーリーを作り上げなければならない。

 慌てふためいている内に利権と責任問題を内々に終息させる。時計塔側が後で付け入る隙を見出したとしても、全ては後の祭りである。

 

 

「これだよ! 皆が必死になって人理修復に頑張ってる時に、自分も一緒に戦ってた癖に、終わった後の対策まで立ててる! なにそれ怖い!」

 

「もう暫らくは、カルデアに付きっ切りだな。他にも気になる点はいくつかあるし。その後は、幸いなことにオレは誰の前でも仮面を被っていたから、中身がロマニでも構わんな」

 

「おい、ちょっと待て! 何か聞き捨てならない台詞を言わなかったかい!?」

 

「仕方ねぇな。ロビン、呪腕、百貌、静謐、風魔の五名は日本に飛んでくれ。お前等の能力なら九郎の手助けをしてやれるはずだ。流石にそろそろアイツが死ぬ」

 

「いや、それは構わねーですけど、対魔忍、だったっけ? それの仕事の仕方なんて知らないぞ?」

 

「基本的にコッチとやるこたぁ変わらねぇ。あとは九郎がお前等を上手く使うさ。霊体化の使用も許可する。上手く飛行機に潜り込んでくれ」

 

「承知しました。では、直ぐに」

 

 

 呪腕の言葉に、五名の姿が消えた。霊体化を行い、カルデアがある山頂から近場の空港まで向かったのだろう。

 現世の知識はあるが経験が欠如してはいる。が、其処はアルフレッドと虎太郎が念話でサポートすれば問題はない。

 残る仲間達も、明日から地下室にカンヅメということもあり、各々の自室に必要なものや暇潰しに使えるものを取りに行ってしまった。

 

 残されたのは、治癒が完了した虎太郎とマシュだけだ。

 

 

「では、行きましょうか、先輩」

 

「ああ、そうだな。取り敢えずの区切りを付けに行くか」

 

 

 二人が向かうのはカルデアの正面ゲート。

 その先には、カルデアのヘリポートがある。其処に、発信装置を置いておく必要があった。

 カルデアは魔術的にも、科学的にも、あらゆる視点から完全な防衛防備が為されている。発信装置がなければ、誰も此処には辿り着けないのだ。

 

 虎太郎がマシュに手を伸ばすと、彼女は輝く笑みを浮かべて手を取った。

 それが私に与えられる最大の報酬だと喜ぶように。何の変哲もない、他者の暖かさを感じる喜びを噛み締めながら。

 

 

「でも、意外でした。先輩が、ドクターを助けるなんて」

 

「ん? あぁ、いやなに、アレは普通の人間だったからな。それを助けるのなら、仕事の範疇だ」

 

「ですが、それはソロモン王の願いを叶える行為でもあったのでは……?」

 

「結果としてはな。だが、オレが手を貸したのも、協力を求めたのもロマニ・アーキマンだった」

 

 

 厳密に言えば、彼はソロモンとは別の存在だ。

 だから虎太郎も、ソロモンの慚愧を自分自身がどうなったとしても消し去る覚悟を思い切り踏み躙った。

 

 別段、報われて欲しかった訳ではない。

 因果応報は効きが薄く、努力した者が報われるとは限らないのが世の常。

 

 だから、虎太郎は報酬を支払っただけのこと。

 十年もの時間、理由も目的も分からない人理焼却に備え続ける、地獄にも似た自由(みち)を駆け抜けた、ロマンチスト(ただの人間)に。

 

 

「フォーウ」

 

 

 気が付けば、フォウが二人の隣を歩いていた。

 マシュに気付かれぬように、虎太郎にだけ聞こえる鳴き声を上げて。

 

 他の人間が聞けば、愛らしい鳴き声に聞こえただろう。

 もっとも、虎太郎にはティアマトの歌やゲーティアの威圧感と同じような、獣の唸り声に聞こえていたが。

 

 

(おめでとう、人類最悪のマスター。そして、ありがとう。私は彼女のお陰で本当に、美しいものを見た。私は君のお陰で、人の強さを垣間見た)

 

(そら、どうも)

 

(可能であれば、このまま第四の獣も打ち倒して貰いたいのだが――――)

 

(冗談。倒す必要のないものを倒すほど、オレは道楽者じゃない。今まで通り、魔力を程々に消費していてくれたまへ)

 

(――――そう。ならば、後悔だけはないように。私が私で亡くなった時の介錯、その準備を進めておいてくれ)

 

(………………)

 

(それから、始まりの悪が目覚めた世界は、終局の悪に向けて次々に獣が目覚めるらしい。ティアマトも、私もその一つ)

 

(何となく、そんな気はしていたがね。全く、暇な連中だな。人の世を憂いたところで、救われるものなんぞあるまいに。人は勝手に救われるだけだ)

 

(君らしい結論だ。人類悪を鼻で嗤う悪意。君は、我々にとっての天敵だ。どうか、その旅路が、良き終わりでありますように――――)

 

(良い終わりでなくてもいいがな。まあ、それでも――――折角、手に入れたものを棄てるつもりも、泣かせるつもりもないがね)

 

「――――先輩?」

 

「いいや、何でもないよ」

 

 

 強く握り締めた手に、マシュは不思議そうに彼を見たが、虎太郎は静かに笑ってはぐらかすだけ。

 

 彼が視線を戻せば、災厄の獣は消えていた。

 また、猫のように気紛れに、猛獣と呼ぶには思慮深く、此処に押し寄せてくる人間が居なくなるまで、静かに幸せな結末の夢を見ていることだろう。

 

 正門前に辿り着く。

 余りにも厳重で、余りにも厚い扉が左右に開いた。

 その先には取り戻したばかりの眩い青空(みらい)が、何処までも、何処までも。果てなどないと誇るように広がって――――――

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 人理修復は相成った。

 されど、物語は続いていく。人が死滅し、世界が滅ぶその瞬間まで。

 

 ならば、次なる物語も語られるべきだろう。

 

 お集りの紳士諸賢、淑女の皆様。

 次なる舞台は、悪徳へと堕ちた都市。怨嗟渦巻く閉ざされた魔境。待ち受けるは悪の首領と憎悪の化身――――には、ございません。

 

 役者が変われば、流れも変わる。流れが変われば、脚本も変わる。脚本が変われば、舞台も変わるのは当然の事。

 

 故に、次なる舞台は海の底。悍ましき電脳楽土。

 128騎のサーヴァントが殺し合う霊子虚構空間。依存と恐怖が渦巻いた海洋油田基地。

 

 

 ――――では、その女の話をしよう。淫らに現実を侵す、悍ましい愛の末路(はなし)を。

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「オレ、コイツのこと嫌いだわ。鬱陶しいし」

 

「センパイったら、ひどーい! でもでもぉ、BBちゃんは、そんな程度でヘコたれないのであった!」

 

「せ、先輩が、私の先輩が……うぅ」

 

「いやー、後輩はこういうもんだわー。可愛げが大切だわー。おう、ただのラスボス、もう通信切っていいか?」

 

「ら、ラスボス系後輩って言ってるでしょう!?」

 

 

 月の聖杯。上級管理AI。海洋油田基地セラフィックス。

 

 

「え? マジ? オレ一人? 嘘やろ?(鼻ホジー」

 

「へぇっ! マスターが一人きりなんて、私の時代来てる? 来ちゃってる系?」

 

(面倒臭そうな奴。無視無視、存在そのものを認知しないに限る)

 

「ちょ、無視すんなし! ってぇ、煙玉ぁ!?」

 

 

 JKセイバー。鈴鹿御前。マスターの存在しないサーヴァント。

 

 

「貴方―――は、誰、ですか―――」

 

「あー、まあ、カルデアのマスターだが」

 

「カル、デア――と、にかく――――、ここは、危険、ですから――――」

 

「成程、ちょうどいい。こっちはサーヴァントが居なくて困ってる。そっちはマスターが居なくて困ってる。なら、やることは一つだな」

 

 

 壊れかけの無垢なる少女。快楽のアルターエゴ。一人踊るプリマドンナ。

 

 

「下がってください。アレは、きけ――――」

 

「おーい、ガッウェー! ガッウェー! オレだー! ド外道だー!」

 

「おお、虎太郎! 貴方の救援に来ました。まあ、海の中なので大して役には立たないのですが! そこは帰りを待つラグネルへの愛でカバーします!」

 

「良かった。いつも通りのガッウェだった」

 

(…………契約したの、私だけじゃなかったんだ。むー)

 

「……これはどういった状況なのでしょう……私は、悲しい(ポロロン」

 

 

 嫁への愛に生きる太陽の騎士。嘆きのトリスタン。メルトリリス可愛いよメルトリリス。

 

 

「――――お前」

 

「その様子、オレを知っているのか? 此方に記憶はないが」

 

「何? 黒い、黒すぎない? 日サロでも通い詰めたのかな? 黒人の皮膚でも移植したのかな?」

 

「――――――――」

 

 

 嗤う鉄心。無銘の執行者。デトロイトのエミヤ。

 

 

「デカァァァァイ! 説明! 不要!」

 

「はい、大変素晴らしい。これは垂涎ものですね! メルトリリスには心強く生きて頂きたい!」

 

「このッ、蹴るわ、蹴るのよ、蹴ってやる! あぁ、腹立たしい!」

 

「おっ、何か性格違う。これは罠かな? オレは罠に掛けられたのかな?」

 

「違います! これが私本来の性格よ! 残念だったわね!」

 

「特に残念でもない。ガッウェの発言はラグネルに伝える。お前が心強く生きろ」

 

「」

 

 

 囚われた無垢なる少女。愛憎のアルターエゴ。ブラストバレー……ブラストバレー!!

 

 

「――――魔神柱!?」

 

「いや、此処だけの話、これビースト案件やで。臭ぇーし」

 

「はぁ……ッ?!」

 

 

 魔神柱。狂乱の果てにあったもの。ゼパ、なんとかさん。

 

 

「これが、これが、アルフレッドの最適解だ――――!」

 

「せ、センパイ? その人は? 水着姿で拳を構えている人は?(カタカタ」

 

「――――我がカルデア素手喧嘩(ステゴロ)最強の存在、マルタ(凄女様)だ」

 

「――――誰が素手喧嘩最強よ!(ドゴォッ!」

 

「ぎゃふん!?」

 

 

 水辺の凄女。ムーンキャンサー特攻&悪魔特攻。殴ルーラー。

 

 

「虎太郎、そいつはもう――――!」

 

「どうした、撃てよ? 引き金を引いて皆殺しにする。それだけの話だろ?」

 

「――――――」

 

「出来ない。出来ねぇよなぁ? ええ、おい? エミヤよ?」

 

「――――ッ」

 

「下らねぇ事してねぇで、さっさと戻れ、正義の味方」

 

 

 抑止の守護者(ロストマン)。崩れた理想。忘れていた筈の記憶。

 

 

「――――申し訳ありませんが、我が楽土で御眠りなさいませ」

 

「……………………ふーん(シラー」

 

「スゲェ! こんなに白けきった大将、未だかつて見た事ねぇよ! つーか、この尼さんがラスボスって分かってますぅ?!」

 

「年増が何度でも出て来て恥ずかしくないんですか?(鼻ホジー」

 

「貴方の前に現れたのは初めての筈ですが?!」

 

「このたたかい、われわれのー、しょうりだー(白け切った顔と声」

 

「何言ってんのよ! この、自分の脚で立ちなさいっての! コイツは快楽の――――」

 

『―――――あっ(察し』

 

(私は、こんなのに助けられたんだー、あははー(現実逃避)

 

(メ、メルト、し、しっかり!)

 

(オレ――いや私も、こんな奴に……?)

 

 

 魔性菩薩。性技の味方。あっ(察し

 

 

「BBちゃんの色々な努力が台無しにー?!」

 

「そうだよ。オレは他人の努力を踏み躙る事に定評のある男だよ」

 

「いやいやいやいや、でもですねぇ!?」

 

「さーて、けぇるべけぇるべ(ガン無視」

 

『えぇーーーーーー!? このまんまーーーーー?!』

 

「それよりもメルトとリップ、ウチクルー?」

 

「――――ハッ?! メ、メルト! しっかり、答えなきゃ、駄目だよ」

 

「――――別に。別に、見返りが欲しくて、戦ったわけではないもの。私は、」

 

「なんだ? 舞台から無理矢理攫ってほしいかい、プリマドンナ」

 

「――――――ッ」

 

 

 次章、快楽電脳楽土SE.RA.PH。

 

 

(その疑問こそ、私に与えられた罰ならば……彼女のように、アルターエゴになってみる顛末も、有り得るかもしれませんね――――)

 

 





という訳で、こんな感じで第一部は終了。

続いて、次章はCCCコラボ。
なんで新宿寄りも先かって? きのこのシナリオの出来が良すぎるのが悪い! 書きたくなったんや!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深海電脳楽土 SE.RA.PH編
『苦労が終わるかと思ったぁ? 残念、苦労が終わらないから苦労人なのだ!』



エロ尼キタアァァァァ――――!!

しかし、これ、カルデア大丈夫なんですかね?
サーヴァントはエロ尼にある程度は耐性があるようですが、職員がアカンやろ、これ。

とは言え、自分には関係ないのでガチャるぞー!(彼は狂っていた


では、待望のCCC編スタッートゥ!


 

 

 

 

 

「「「イエーイ! お疲れー!!」」」

 

 

 人理修復を成し遂げてから一月。

 カルデアの食堂で、細やかながら祝勝の宴が開かれていた。もっとも、参加者はごく数名だが。

 

 何に対しての祝勝かと言えば、カルデアの利権及び責任追及を何とか躱し、これまで通りの運営が約束されたこと。

 対外的には虎太郎――表向きには、山本長官から強い推薦と国連の承認によってカルデア監査官に任命された高橋 孝三郎としてではあるが――と技術顧問のダ・ヴィンチがこれに当たった。

 裏方仕事はロマニが担当し、アルトリアとモードレッドが地下で会議の流れを俯瞰し、アドバイザーとしての役割を担った。

 

 

「しっかし、時計塔の連中の、あの顔ったらなかったなぁ!」

 

「嘘ではないですが、上手く我々にとって都合の良い事実だけで構成された報告。相手の突かれたくない部分を突いて冷静さを欠かせる話術。惚れ惚れするような論点のすり替え。本筋とは全く関係のない人格否定と人格攻撃による時計塔側の悪印象の植え付け。全く、口の悪さと達者さはケイ卿を彷彿とさせます」

 

「でも、父上も途中から楽しんでたよな?」

 

「まさか。とは言え、我が契約者を侮辱した者達です。胸が空くような思いではありましたが」

 

 

 ふっ、と笑みを浮かべるアルトリアとモードレッド。

 二人の手にはビールの入ったグラスが握られている。モードレッドは兎も角、アルトリアが酒を飲むのは珍しい。どうやら、相当に気分が良いようだ。

 

 

「それに彼等、自分から墓穴を掘ってもくれた。力尽くでコッチを何とかしようなんて下も下だよ。まあ、彼等はこっちの機器が機械で管理されているとしか知らないからねぇ」

 

「アルフレッドについて教えてやる義理なんて、こっちにゃないしな」

 

「しかも実働部隊を生け捕りにして、時計塔の誰の差し金か、誰が拘わっているかを聞き出した挙句に、全員丁重にお帰り願うなんてね。それもサーヴァントの皆は動かさずに」

 

「今頃、奴等、揃いも揃って戦々恐々としているだろうよ。オレがギロチンの紐握ってるようなもんだからな。国連に流せば、今度は時計塔の内部に調査の手が伸びかねない」

 

「しかし、感慨深いなぁ。久し振りにオルガマリーにあったけど、あんなに小っちゃかったマリスビリーの娘が、あんなに立派になっちゃって……ぼかぁ、ちょっと涙ぐんじゃったよ」

 

「そりゃそうさ。考えてもみたまえ、こんなド外道に鍛えられたんだ! そうでもなければやっていけないさ!」

 

 

 虎太郎が肩を竦めると、わっと全員が笑い声を上げる。

 

 オルガマリー・アニムスフィア。

 マリスビリーの娘であり、アニムスフィア家の若き当主にしてカルデアの所長である。

 だが、虎太郎の説得によって、カルデアの全権を極秘裏に委任し、今は時計塔での政争と一族の取り纏め、カルデアの資金繰りに勤しんでいる。

 

 出会った当初、虎太郎が抱いた彼女の印象は、才能はあるが経験不足で色々と無理をしている小娘、というものだった。

 表向きは当主として姿勢を保つが、不安になるとすぐにボロが出る上に、レフ・ライノールに依存している節があった。

 虎太郎と取引、契約、駆け引きをして経験を重ね、今では一人前と呼べるだけの実力を手にしている。

 

 ロマニとマシュの生存、レフの裏切りと死、人理を巡る一連の事件を聞いて――

 

 

『そう…………で? アニムスフィア――――いえ、私個人にも利益が得られる手段、用意してあるんでしょうね?』

 

『――――無論だとも。実益、名声ともに君のもの。オレが欲しいのは戦力と世界を救った(仕事の完了)という事実だけだからな』

 

『結構。……それから、隠し事はなしとは言わないけどね。いきなり死んだはずの人間が生きてたなんて言われても心臓に悪いのよ! 貴方、お父様まで生きてたなんて言ったら、私卒倒するわよ?!』

 

『それはないから安心してくれ』

 

 

 ――一瞬だけ、レフの死を悼んだものの、切り替えは非常に速かった。

 ロマニは、オルガマリーがヒステリーを起こしかねないと危ぶんでいたのだが、その気丈な姿に本気で涙ぐんだほどだ。完全に親戚のお兄さんの心持ちである。

 オルガマリーとしても、コイツなら何を仕出かしても不思議ではないという前提があったのだろうが。

 

  

「――どうぞ、皆さん」

 

「ほら、食べて食べて。今日はマシュが頑張ってくれたからね」

 

「ローストビーフだけですが。どうでしょうか……?」

 

「どれどれ――――うーん、素晴らしい! この手作り感溢れる味! 少々味は濃いけれど、ショウユソースとピリッとした辛味! 疲れた身体と酒には最高の相性だね!」

 

「――――――お、美味しい(ホロリ」

 

「あ、アルトリアさん、泣くほどのものでしょうか……?」

 

「ブリテンの味とは比較にならぬほど、生前の料理は………………雑でした(死んだ魚の目」

 

「うん、まあ…………オレもあんまり気にしなかったけど、こっちで食事するようになってからは、ガウェインの料理は食う気はしない」

 

「テメェ、それはオレの女(マシュ)がオレの為に作った料理だぞ……!」

 

「いいや、違うね! ボクの娘(マシュ)がボクの為に作った料理さ……!」

 

「もう! 先輩もドクターも、仲良くお行儀よく食べて下さい!」

 

 

 虎太郎とロマニ、娘の彼氏と娘の父親のみみっちい決戦が卓上で展開され始めたが、娘本人の仲裁によって事なきを得る。

 だが、二人は視線を交わすと、互いに相手へ聞こえるように舌打ちをした。仲が良いのか悪いのか。

 

 と、その時、食堂の扉が開き、緑衣のアーチャー――――ロビンが入ってきた。

 彼は一月前、日本へと旅立ち、対魔忍の九郎の手助けを命じられた。今日は、ちょうど帰ってくる日である。

 

 

「でも、ロビンさん一人のようですね……?」

 

「ああ、九郎に泣きつかれてな。残りの四人はあと二月、あっちの方で頑張ってもらう」

 

「大将ぉぉぉおおぉぉぉぉぉ――――!!!」

 

 

 どうやら、虎太郎のいなかった期間で、九郎は相当に追い詰められていたようだ。

 アサギ、紫、さくらの三名に加え、手練れの対魔忍で何とか組織を運営してきたようだが、人手の足りなさに過労死寸前だったのだ。

 

 

『すまん、虎太郎。あと一月でいい、いや、贅沢は言わん、二週間だ。もう二週間だけ、あの五人を貸してくれ。実働の方だけでも、あの五人がいるだけで天と地の差がある……!』

 

「いや、いいよ。無理すんなよ。あと二月貸すよ。但し、ロビンはこっちに戻してくれよ。残りの四人を使って上手くやれよ」

 

『うぉぉぉおおぉぉぉぉ――――ッ!!』

 

 

 虎太郎の同類に対する哀れみ。カルデアの戦力事情と差し当たって四騎を使う任務はないという理由で、延長が決まった。

 その台詞に、普段冷静な九郎からは考えられない雄叫びを上げ、天に向かってガッツポーズを見せたそうな。

 

 ロビンは、対魔忍側の現状と報告の為にカルデアに戻させた。

 しかし、虎太郎の姿を見るなり、怒り心頭といった様子で向かってくる辺り、相当にキテいるらしい。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

「まあまあ、ビールでも飲んで落ち着けよ」

 

「んぐ、んぐんぐ、んぐぐっ……ぶはぁっ!! どうなってんだよ大将、あの対魔忍って連中はよぉ!!」

 

「うん、まあ、気持ちは分かるよ。痛いほどよく分かる。何せ、オレが十年以上も付き合ってきた連中だからね」

 

 

 帰ってきて早々、ロビンは対魔忍に対する不満をぶちまける。

 この一月、ロビン達は九郎の指示に従い、対魔忍を影ながらサポートに回っていた。

 直接、任務には拘わらない。サーヴァントの存在は、裏社会においてすら認知されるべきものではない、という判断からだ。

 

 霊体化と実体化を巧く扱い、対魔忍にすら気付かれぬまま、彼等の任務をサポートしてきたのである。

 だが、呪腕は一日にクソデカ溜め息を何回も吐くようになり、静謐は無言で首を振り、百貌は愚者(バカ)愚ー者(バーカ)と繰り返し、風魔に至っては宝具ぶっぱ五秒前状態であった。

 

 

「何なんですかねぇ、あの人ら! ろくすっぽ作戦も立てずに突っ込むわ! 敵の罠に簡単に引っかかるわ! 脳筋も大概にしとけよって話ですわ!」

 

「うん、そうだね。その通りだね」

 

「こっちがやべぇと思ってサポートしても、何の不思議にも思わねぇし! それどころか更に調子に乗るんですけどぉぉぉぉッッ!!」

 

「本当にね。何なんだろうね。意味が分からないね」

 

「あんなんが日本を影ながら守るとか、冗談にしか思えないんですけどぉ?!」

 

「ほん、ほん―――――うわっ、うわわぁあぁぁぁぁぁあぁ!!」

 

「なんで大将が泣くんだよぉ!? 泣きてぇのはこっちの方だよぉ!!」

 

「うるせー! お前の言葉の一つ一つがド正論過ぎてオレの心に突き刺さるんだよぉ! これ以上、オレに現実を再認識させるのは止めろぉ!!」

 

 

 ロビンの怒りは何一つ間違っていない。

 そして、それは虎太郎が十年前から通ってきた道でもあるのだ。

 どうにかしようと努力しようとも、立場上不可能である上に、対魔忍全体に蔓延する慢心気質はどうにもならない。

 この如何ともし難い現実を直視するなど、虎太郎でも泣きたくなろうというもの。ロビンの姿はかつての虎太郎の姿そのものなのだから。

 

 

『虎太郎、お話し中のところ失礼します。外部からの通信です』

 

「外部……何処からだ?」

 

『海洋油田基地セラフィックスです』

 

「はぁ……?」

 

 

 アルフレッドの語る通信先に、虎太郎は首を傾げた。

 どう考えたところで、現状のカルデア、ひいては自分が関わりを持つ施設ではなかったからだ。

 

 セラフィックスはカルデアの資金源の一つ。

 北海に建設されたアニムスフィア家所有の海洋油田基地。

 半潜水式のプラットフォームを持ち、200名ほどのスタッフが二交代制で運営している。

 元々、アニムスフィア家というよりも、マリスビリー個人の持ち物としての側面が強かったようではあるが、その後は娘であるオルガマリーに相続された。

 

 セラフィックスで何らかの問題が発生したとしても、カルデアではなく、アニムスフィア家の重鎮か、オルガマリーへの直通コースを取る筈だ。

 であれば、考えられる可能性は一つ。セラフィックスで抜き差しならない自体が発生し、何処でも構わないから通信を行っているということだろう。

 

 

「――――すぐそっちに向かう」

 

「ん? セラフィックスからの通信なら、アルフレッドに任せて所長に回して貰えばいい。我々にカルデアの資金源について口出しする権利はないんだぜ?」

 

「何だか、嫌な予感がする。以前、マリスビリーの資金源を洗った時には、どの程度の金を生み出すかと内情をちょっと探った程度だったからな」

 

「――いや、確かに、資金源を隠れ蓑にした魔術工房の可能性もあるけど」

 

「まあ、念の為さ」

 

 

 どっこらせ、とうんざりしながら立ち上がった虎太郎は、そのままカルデアの全ての通信、監視を行うカルデアスのあるレイシフトルームへと向かっていった。

 虎太郎の嫌な予感とやらに全員が首を傾げたが、直ぐに気にしなくなった。また何時もの猜疑心だとでも思ったのだろう。

 

 何も言わず虎太郎の後に付いていったのは、マシュとロビン。何をするにしても、まず虎太郎が声を掛けるメンバーだったからだ。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「おい、アルフレッド。どうだった?」

 

『マズいですね。セラフィックスからの通信は救難信号でした』

 

「ふん、そっちか。で、事故か? テロか?」

 

『いえ、そのどちらでもありません。カルデアスを使用してセラフィックスを確認しましたが、完全に消失していました』

 

「消失ってよぉ。基地ってんなら、それなりにデカいんだろ? そんなもんが消える筈がないでしょうよ」

 

「観測ミス――――は、アルフレッドさんに限って在り得ませんね」

 

 

 どうやら、虎太郎の嫌な予感は的中していたようだった。

 

 セラフィックスの存在は完全に消失していた。

 基地が元々存在していた場所、その近海、海底にまで捜索範囲を広げても、影すら踏めないのだ。

 アルフレッドに人間のようなミスは在り得ない。彼の持ち得る演算能力は、考え得る事態の想定の広さ、確認作業の回数と速度は人を遥かに上回る。

 

 ならば、事実としてセラフィックスは消えたのだろう。

 誰が、どのような手段を用いたのかも分からないままに。

 

 

『む――――これは、外部からのハッキングです』

 

「ハッキング……? 出所は?」

 

『分かりませんね。我々の感知できない領域から攻撃を受けています。おお、何と言う。凄まじい速度で此方の攻勢防壁(ファイヤーウォール)を突破しています』

 

「いや、アルフレッド、感心してる場合じゃねぇよ! お前の用意したもんが突破されるって相当じゃねぇか!」

 

『すみません。これほどの手合いは出会ったことがなかったので。超A級のウィザードでも不可能な事象です。相手は人間ではないようですね』

 

「人間じゃ、ない………………いや、いやいや、ないな、それはない。いくらなんでも、そんなん……」

 

「ロビンさん、どうかされたのですか? ものすごい勢いで顔色が……!」

 

 

 こんな事態を引き起こせる存在に心当たりがあったのか、ロビンの顔が凄まじい勢いで蒼褪めていく。

 そうこうしている間にも、カルデア内のほぼ全てを監視しているシバのモニターが、桜色に染まり、回転する桜の花の紋章と「now hacking」の文字で次々と埋め尽くされていく。

 

 その光景にロビンの顔色は蒼を越えて、土色に。頭まで抱えている。

 どうやら、相当に嫌な思い出のある相手のようだ。

 

 

『BB――――、チャンネル――――!』

 

「ですよねぇーーー!! こんなんやる馬鹿、アンタだけですわ!」

 

 

 モニターと連動したスピーカーから、愛らしい少女の声が響き渡った。

 但し、可愛らしいのは声だけ。その響きは愛らしさに反した、そこはかとない邪悪さが籠っている。

 

 少女の声を聴いたロビンは、堪りかねたように悲鳴を上げる。

 その声量にマシュはギョッと目を剥き、虎太郎は呆れたように横目でロビンに視線を向けていた。

 

 

「アルフレッド、遊ぶな。相手に興味を持ったからと言って様子見を選択するのはお前の悪い癖だ。自分の仕事をしろ、仕事を」

 

『これは失礼を。どちら様か存じませんが、そういうことですので。次からは先に名前を告げて、アポイントメントを取って下さい』

 

『え? ちょっ、うそ、何この処理速度……! ちょちょちょ、ちょっと、ちょっと待って下さい! タイム、タイ――――』

 

 

 虎太郎の指示に、アルフレッドは乗っ取られた回線を呆気なく遮断する。

 電子・霊子情報において、彼はほぼ無敵と言ってもよい存在だ。地球上全てのスーパーコンピューターから同時にハッキングを受けても難なく上を行く。この結果も、当然と言えば当然だ。

 

 

『今のは、どうやら特異点からの攻撃のようですね。僅かではありましたが、特異点反応を感知しました』

 

「さて、どういう理屈なのやら。兎も角、今の奴、今も飽きずに攻撃してきてるだろ?」

 

『はい、その通りです。現在、57回目の挑戦中。遮断に成功。これは止まりませんね』

 

「相手が諦めるまで続けろ。そうでもなきゃ、何処までも調子に乗る手合いだ」

 

 

 愉快犯的な手法、相手の声色から、おおよその性格を把握したのか、虎太郎は無慈悲に告げる。

 僅かな時間で57回もハッキングに挑戦、阻止されているというのに、大したハングリー精神である。

 だが、明らかに人間によるものではない。この回数は時間感覚を引き延ばせない限り、不可能だ。

 

 

「で、心当たりは誰だ……?」

 

「あー、その、前にオレが、ちょいと特殊な聖杯戦争に参加した記憶があるって、言ったことあったよな……?」

 

「確か、詳細はよく覚えていないそうですが、月で行われた聖杯戦争、でしたか?」

 

「そう、それ。其処で、オレは確かに負けたんだが、その後で、あの嬢ちゃん――――BBに捕まってさ」

 

 

 月での聖杯戦争。それがロビンの参加したことのある聖杯戦争。

 彼自身、断片的な記憶しか持ち得ておらず、詳細を語れないが、確かにあるのだ。記憶に残る、年老いた騎士の姿が。

 

 似たような話は、カルナの口から飛び出たことがある。

 彼はどうやらロビン以上に詳しく記憶しているようだが、この世界には必要のない情報という判断、生来の口下手も相まって、多くは語らない。

 反面、その時のマスターの名前は度々口にする。彼の話を聞けば、マシュですらが、どうなのだろうと首を傾げる問題のある人物像が見えてくるが、カルナにとっては無二の出会いであったようだ。

 

 

「ありゃ、人間じゃない。名前はBB。月の聖杯戦争を円滑に進めるために生み出された上級AIって奴らしい」

 

「上級AI……それは、どのようなものなのでしょう……?」

 

「どうやら、過去の人間を元にデザインされてるらしいんだが……あー、駄目だ。オレはそこらへんに興味がなかったからな。まるっきり記憶が抜け落ちてやがる」

 

「そこらへんはいいさ。お前から見たBBの印象は?」

 

「邪悪、愉快犯、調子こき。やることなすこと空回り。あと、ラスボス。だが、根は真面目で一途って印象だ。やってることにゃ付き合いきれんが、オレは嫌いになりきれなかったね」

 

「お前、面倒見良すぎだろ」

 

「大将がドライ過ぎるだけだから」

 

 

 呆れた様子で頭を掻くロビンを眺めながら、虎太郎は彼の言動を咀嚼していく。

 

 己の受けた印象、更には彼の性格というフィルターを通したロビンの印象。

 異なる視点を通した印象から、BBの性格に更に肉付けを行う。この手の思考作業を怠らない点が、彼の他者への理解が人並み外れている理由の一つであった。

 

 

『ハッキングが止みましたね。それからBBから正式な回線で通信が入っています』

 

「案外早かったな。よし、話を聞いてやるか。繋げ」

 

『はーっ、はーっ、よ、ようやく話を聞く気になったようですね、愚かな人類の――』

 

「よし、話を聞いてやってるのにこの態度。話を聞く価値もないな! アル、回線遮断で!」

 

『わ、わーっ、分かりました分かりました! 私も色々と考えて造った台本とかゴミ箱にブン投げて、お話しますからぁ!』

 

「初めからそうすりゃいいんだよ、そうすりゃあ」

 

 

 どうでもいい前置きは、どれこそどうでもいいから、さっさと本題に入れ、と言わんばかりの強硬姿勢。

 例え、表向きであろうとも、少しでも此方を翻弄しようとするような態度は、虎太郎のお気に召さなかったらしい。

 

 加えて言えば、会話の主導権を握るためでもあるのだろう。

 この手の愉快犯、この手のお調子者は、どのようなものであれ、反応を見せれば見せるほど付け上る。この塩対応が正しい対応なのだ。

 

 

『んん! では気を取り直して。皆さんが慌てふためいている噂の海洋油田ですが――――』

 

『あ、発見しました。西暦2030年、マリアナ海溝にて発見。特異点化もしているようで、現在深度200メートル地点。現在進行形で沈んでいます』

 

『ンン゛ッ!? もう嫌ぁ! このAI優秀過ぎぃ! 私の存在意義が無くなってしまうのでは?!』

 

「ない、ないよ、そんなもの。此処(カルデア)で貴様に人権は存在しない。此処での人権の有無は、どれだけ有能か、どれだけオレの言う事を聞くかで決まる」

 

「改めて聞いてみるとヒデェ! 完全に独裁国家ですよねぇ!?」

 

「そうだよ? 何を今更。但し、人権を認められた者は、優遇されるからトントンやろ」

 

 

 先程から出鼻を挫かれっぱなしのBBは、既に涙目。

 どうして上手くいかないの、と言わんばかり。アルフレッドの有能さと虎太郎の非道っぷりを甘くみた結果である。

 

 

『と、兎に角! この異常事態にはカルデアも動かざるを得ないはず――――そうですよねぇ、弐曲輪 虎太郎センパイ?』

 

「誰だそれ、人違いじゃないですか?」

 

『えぇ?! う、嘘ぉ?! ちゃ、ちゃんと調べた。BBちゃん、ちゃんと調べましたよぉ!?』

 

「はん。そんな程度の調査能力しかないのか、お前は。ますます無能っぷりを露呈させちゃってますねぇ(ニッコリ」

 

((嘘は言っていない。でも、嘘ではないだけなんだよなぁ……))

 

 

 カルデアについて、虎太郎についての情報を手にしている。

 そう示唆する態度で邪悪な笑みを浮かべたが、虎太郎のしれっとした嘘ではない嘘で、ころっと慌てふためいてしまう。

 

 弐曲輪 虎太郎は、元々、ふうま何某という名前であった。

 虎太郎自身、そんなことは既に己自身とは断絶した過去、ふうま 弾正の息子であったという忘れ去りたい過去であると同時に、非常にどうでもいい過去と断じていて元の名は捨て去ったが、BBを言葉だけでボコにして調子に乗らせない為だけに引っ張り出してきたのである。

 

 実際のところ、虎太郎はBBの能力を脅威と判断していた。上手く使えば、大きな助けになるとも。

 だが、相手にするのがしんどい、面倒臭いというだけで、この扱いである。

 彼の中では、有能さ<人格、の図式が成り立っている。能力はいくらでも補えるが、自分が楽をできる人格だけはどうにもできないからだ。理由から何から酷すぎる。

 

 

「いえ、それよりも――――BBさんは何故、先輩のことをセンパイと呼ぶのでしょうか!?」

 

『えぇー? 喰いつくのはそこなんですかぁ? ……でも、この際だから答えちゃいましょう!』

 

「嬢ちゃんェ……気持ちは分からねぇーでもないですけどぉ……」

 

(マシュよ、それは悪手だ。BBを調子付かせる圧倒的悪手……! でも許す。マシュには死活問題だからね! 存在意義に直結した問題だからね! オレの可愛い可愛い後輩だからね!)

 

 

 異議あり! とばかりにBBを指差しながら質問するマシュ。

 実際の所は、質問などではない。一後輩キャラとして、不埒な第二の後輩は認めませんという牽制である。

 

 が、BBは新しい玩具を見つけた表情でニンマリと笑っていた。

 

 

『私が虎太郎さんをセンパイと呼ぶのは――――ずばり、サービスです!!』

 

「さ、サービス……!」

 

「何がサービスだよ。サービスってのは相手が嬉しがらなきゃ何の意味もない迷惑なんだよなぁ。服買ってる時に話しかけてくるショップ定員並みに迷惑(ボソッ」

 

『はい。私のモチベーション維持のため、苦肉の策と思って下さい』

 

「苦肉の策とか、失笑ものだな。結局、自分のことしか考えてねぇのな(ボソッ」

 

『わたしの先輩はこの宇宙でただ一人。キラキラ光る星の王子さま、みたいな』

 

「それって、手が届かないってことだよな? 話したこともないってことだよな?(ボソッ」

 

『……でも、私はそんな人とは出会えなかった』

 

「出会ってすらいなかった、たまげたなぁ(ボソッ」

 

『ボスとして君臨した後、色々と後悔したり自重した私は、私の運命をそのように修正したのです』

 

「自分で自分が、先輩とやらにクソ以下の傍迷惑な存在と分かってるなら、オレのことセンパイとか呼ぶの止めてくれねぇかな。オレにはそれ以下に迷惑な存在なんですけど(ボソッ」

 

『ですので、虎太郎さんはあくまで先輩の代理』

 

「そんな大切な筈の先輩に代理を立てやがった。一途? 何処が一途なの?(ボソッ」

 

『私の先輩の代わりに、今回の事変で翻弄される、グレートデビル、ラスボス系後輩として私のオモチャⅡ号としてセンパイ呼びしちゃいます♡』

 

「はい、本音が出ました。星の王子様とか言った先輩をオモチャ扱い。本音でないにせよ、クソクソ&クソみたいな後輩ですわ(ボソッ」

 

「大将! その相手に聞こえるギリギリの音量でボソボソと相手の心へし折れるようなこと言うのやめたげてよぉ! 聞こえてるこっちが居たたまれねぇ!!」

 

『緑茶さん、ナイスフォロー! BBちゃん、もうそろそろ限界でした!』

 

「そんなんじゃ、実のところ、先輩とやらにまともに相手にもされなかったんではないですかぁ!?(名推理」

 

『――――ごぱぁっ!!』

 

「大将ぉぉぉおおぉおぉぉおぉぉ――――!!!」

 

「おらよ、ボソボソ言うの止めたぞ。悪口はなぁ、相手に聞こえるように言わねぇと意味ねぇんだよぉ!」

 

 

 もう既に顔面蒼白涙目膝ガクガクと三拍子揃っていたBBの心に、渾身の名推理を叩き込んでKOを奪う虎太郎。

 モニターの向こうでは、BBが血反吐を吐いて画面外へと沈んでいった。

 残念ながら、当然の末路である。相手に弱り所があると見れば、情け容赦なく突くのがこの男なのだから。

 

 BBも問題だったが、マシュも問題だった。

 虎太郎の口撃など聞いていなかったのか、マシュは自分こそは先輩の後輩という存在意義を奪われ、項垂れていた。

 ひたすら従順エロ可愛い後輩と、ひたすらグレートデビルで空回り可愛い後輩とでは、そもそも存在意義が違ってくるのに気付いていないらしい。

 そして、虎太郎の性格を考えれば、天地がひっくり返っても後者を優先することなど在り得ない。哀れ、BB。君はキャラ付け(最初の一歩)を間違えた。

 

 

「オレ、コイツのこと嫌いだわ。鬱陶しいし」

 

『セ、センパイったらひどーい! でもでもぉ、BBちゃんは、その程度でヘコたれないのであった!』

 

 

 あからさまな強がりを口にするBB。

 立ち上がった彼女の膝は笑い、表情に刻まれた笑顔は邪悪さが何処かに消え去り、引き攣りっぱなしであった。

 どうやら、虎太郎にはやられっぱなしだが、マシュが項垂れ、その場に頽れたのを見た愉悦で、何とか気力を取り戻したらしい。

 

 

「せ、先輩が、私の先輩が……うぅ」

 

「いやー、後輩はこういうもんだわー。可愛げが大切だわー。おう、ただのラスボス、もう通信切っていいか?」

 

『ら、ラスボス系後輩って言ってるでしょう!?』

 

 

 泣き出しそうなマシュの頭を撫で、相変わらずBBの扱いが悪い。

 怒りの余り、手にしていた差し棒を圧し折りそうな勢いであったが、ふぅと大きく息を吐いて自分自身を落ち着かせる。

 

 

『――――まあ、どちらにせよ。貴方がたは望む望まざるに拘わらず、特異点を修復せざるを得ません』

 

「まあな、その通りだ」

 

 

 彼女が見せた無表情は、AIとしてのものだったのか、血も涙もなければ感情すら窺い知れないほどに無機質なものだった。

 

 その無機質さは余りにも悍ましい。不気味の谷と呼ばれる現象そのものだ。

 人間は、人間ではない対象が人に近づくほどに、強い生理的な嫌悪感を抱く。

 ある一定のラインを超えれば人と同じものとして扱われる為に、嫌悪感をグラフ化すると谷状となるため、そう呼ばれる。

 

 だが、虎太郎は気にした様子はない。

 そんなありきたりの嫌悪感を抱く人間性など、この男には残っていない。

 

 

「それで、アル、未来へのレイシフトは可能か?」

 

『不可能です。レイシフトの未来への使用は、元々想定されておりません』

 

『おーっとぉ、やはりそうでしたか。所詮は2017年の技術ですねー。でもそこは天の助け、悪魔の罠! チート行為ならBBちゃんにお任せです!』

 

 

 そう、カルデアにおけるレイシフトは、過去への介入は出来ても、未来への介入は不可能だ。

 どういうわけか、マリスビリーは理論上は可能なそれを、意図的に止めている節があったのだ。

 

 その上、人理再編の最中でもある。

 ゲーティアによる人理を根底から揺るがす大偉業から数ヶ月と立っていない現状、人理はまだまだ不安定なのだ。

 2017年から先の未来を、カルデアは保証できていない。

 

 もっとも、虎太郎はそれだけで納得していなかった。

 それは疑問があったから。ゲーティアが2016年から遡って人理焼却を行った理由がまだ解明されていない。

 ならば、下手をすれば――――ゲーティアが人理焼却を実行するまでもなく、2017年より先の未来が無くなっている可能性すらあるのだ。

 逃げた四体の魔神柱によるものばかりではなく、人理はまだまだ危険に晒されているかもしれない。

 

 ともあれ、BBの手助けがありがたいのは事実。

 未来への介入は存在証明が途絶える。存在証明が途絶えれば、レイシフトした人間は途端に意味消失を引き起こし、存在ごと消え失せる。

 それをBBは、運命保護と呼ばれる手法で何とかするというのだ。特異点を修復するには彼女の助けが必要不可欠である。

 

 

「よし、先行してオレとマシュ、ロビンでレイシフトを行う。アルフレッド、最適なメンバーを後追いで送ってくれ」

 

『了解しました』

 

(おいおい、いいのか、大将。あの女、誰がどう見ても何か企んでるぜ?)

 

(完全に同意します。先輩のデミ・サーヴァントとして断固反対したいですが、セラフィックスの危機も事実ですし)

 

(そこらへんは分かってる、オレもアルフレッドもな。アルフレッドも油断しない。不意を討たれたとしても、最悪だけは避けるだろうさ)

 

(なら、尚の事、大将とマシュの嬢ちゃんだけでも残るべきだろ。オレなら替えが利く)

 

(馬鹿言え。お前の替えが利くなら、オレの替えだって利く。こうやって、危ない橋は一緒に渡らないとな。ほら、点数稼ぎとして)

 

 

 虎太郎の気軽な、だが決して曲げられることのない意見に、マシュも、ロビンも困りながらも笑みを浮かべる。

 点数稼ぎとバラしはしたが、事実としてそのつもりなのだろうが、だが彼の点数稼ぎは必ず自身の行動が伴う。

 その不器用と言えばいいのか。信頼を得られぬ人格と理解していた上での、危険が伴う行動を選択する姿を、彼等は心配でありながらも嫌いになりきれない。いや、無論、治せるものなら治して欲しいことに変わりはないが。

 

 マシュは全身の魔力回路を起動させ、デミ・サーヴァントとしての武装と鎧を編む。

 ロビンは腕に取り付けられた獲物のズレを調整し、得意の罠と毒物を確認する。

 

 そして、虎太郎は手元のPADを使って武器庫の中に入っている装備を確認をする振りをして、アルフレッドに指令(オーダー)を出した。

 送ったのは単純明快。レイシフトの順序だ。自分、ロビン、マシュの順でレイシフトを行うように、と。

 

 万が一、BBが何がしかの妨害手段を用いた場合への備えだ。

 単純な戦闘力は兎も角として、不測の事態への対応力は数多くの能力を即座に使用できる自分が最も高い。その後に、性格上の問題としてロビン、マシュの順となる。

 危ない橋は一緒に渡ると言っておいて、合理的な判断から結局の所、自分が一番最初に危ない橋を渡る羽目になる男。これが彼のズルいところだろう。

 

 

『ではではでは、ずずずぃぃ~~~~っと、レイ――――』

 

『レイシフト、実行します』

 

『ちょっとぉ?! アルフレッドさんまで敵ですか?!』

 

『あ、いえ、そのようなつもりではないので、ご安心ください』

 

 

 BBの発言を遮って、アルフレッドはさっさとレイシフトを開始してしまう。

 アルフレッドの発言に偽りなどない。これ以上虎太郎と会話をして、わざわざ心に瑕を作ることはないという配慮であるが、心が弱ったBBには気遣いとは映らなかったようだ。

 

 アルフレッドの操作の元、レイシフトが開始される。

 まずは虎太郎から順を追って、身体そのものが疑似霊子へと変換されていくが――――

 

 

『―――ぷっ。あは、あはは、あははははははははは! ちょっろ~~~い! ちょろすぎです、センパイ!』

 

 

 ――――案の定、BBからの妨害工作(ジャミング)が始まった。

 

 

「おいおい、こいつぁ……!」

 

「これは……先輩っ!」

 

『そう簡単にレイシフト出来ると思いましたかぁ?』

 

「いや、特に思ってませんけど?」

 

 

 ロビンとマシュは兎も角、虎太郎は頭の中に直接送られてくるBBの映像を前にしても、全くと言って良いほど動揺など見られない。

 

 BBは人間特有の強がりと判断しかけたが、彼女に与えられた観測能力が、虎太郎の言葉全てを事実と語っていた。

 この時点で、BBは精神的に敗北したも同然だ。何せ、彼女は人間が動揺して右往左往する姿を見たいがために、回りくどい手段を取っていたのだから。

 

 

『そうですか。ですが、帰り道はありません。勝ち目のない、ただ殺されるだけの戦場にようこそ』

 

『ここにあるのは不協と断絶。堕ちゆく先は至高の快楽、甘く蕩ける生存競争――――さあ。最古にして最新の、愉しい聖杯戦争を始めましょうか、人類最後のマスターさん?』

 

 

 身体が完全に消失する直前、BBの無機質な声を、虎太郎は鼻で笑った。

 その無機質さは、BBの悲鳴にも似た必死さの現れだ、と。

 

 どれだけキャラ付けを怠らずとも、根は真面目で一途。ロビンの印象は実に的を射たものだと見抜いていた。

 これだけ必死にレイシフトさせようとしたのは、間違いなく、BBからの助けを求める声だったのだろう。

 

 

(まあ、だからと言って優しくしてやる理由はない。オレ、ああいう面倒な女は嫌いだからな)

 

 

 一抹の不安は、最後の最後までレイシフトルームにフォウが姿すら現さなかったことか。

 

 フォウは好奇心旺盛だ。国連と時計塔からの使節団が来た時は完全に姿を消していたが、それは人が多く集う場所に近寄りたくないからであり、人間それ自体に興味がないわけではない。

 極めて難儀な体質と生来の好奇心の強さに折り合いを付ける為に、何かがあれば必ずレイシフトルームに顔を出す。だが、今回はそれすらない。

 

 その事実が、セラフィックスで起きている事態の深刻さと――悍ましさを物語っていると言っても過言ではないのだから。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『ようこそ、外来の皆さん。ここは霊子虚構世界・SERIAL PHANTASM。略称、SE.RA.PH(セラフ)と呼ばれる電脳空間を模した、新生快楽浄土です。では、ルールを説明します』

 

 

 それは外来案内であると同時に、ルール説明にして死刑宣告でもあった。

 

 世界崩壊を食い止めるため、SE.RA.PHに集められた128人の魔術師(マスター)勇者(サーヴァント)

 にも拘らず、それでは面白みに欠けるから、となどという理由で、最後の一人になるまで殺し合えと宣う。

 目的と過程が全く一致していない狂ったルール。その上、SE.RA.PHには出口がない。何にせよ、何もしないという選択肢だけは存在しない。

 

 

『戦うにしろ、殺し合うにしろ――――貴方達は、自らの生を優先するしかないのです』

 

 

 レイシフトにBBが介入した影響によって、白に染まった視界が正常に戻っていく。

 

 完全に回復した虎太郎を待ち構えていたのは、海だった。単純に海中という話ではない。

 

 海の中に建造された何かの中だ。まるでガラス細工の壁と通路。

 何よりも奇異だったのは、足場だ。ガラス細工の更に下には、白く輝く女体があった。

 

 可憐にして妖艶。清楚にして淫靡。

 相反する女の要素を詰め込んだ、余りにも巨大な女の身体が、深海に向けて沈下していっている。

 これには虎太郎も眉根を寄せた。もっとも驚きはなかったが。

 

 セラフィックスは単なる海洋油田基地に過ぎない。そのような形をしているわけもない。

 この事件の元凶によって、セラフィックスによって変貌を遂げた結果なのだろうが、それにして何故、この形である必要性があるのか。

 

 さて、どうしたものか。

 一時、疑問を棚上げし、今後の行動方針を決めようとした矢先、虎太郎の視界が突然ノイズに乗っ取られる。 

 そして、其処(視覚)には、カルデアで見たBBのハッキングを示す紋章と文字で埋め尽くされる。

 

 

『BB――――、チャンネル――――!!』

 

 

 軽快なリズムの音楽と共に、何らかの番組が始まった。

 そして、映し出されるスタジオと満面の笑みで迎えるBB。

 どうやら、カルデアでアルフレッドに邪魔されたのが相当に悔しかったらしい。もう既にやりきった表情である。

 

 

『ふっふっふっふ! 落ちてきましたね、ウェルカムですセンパイ! ようこそ、二度と戻れない18禁(エロス)の罠に!』

 

 

 ――――ぐちゅぅ。

 

 

『さて、あの時間神殿すら踏破し――――え? ぐちゅ? 何の音です?』

 

「おお、スゲェ! これ眼球とか視神経を乗っ取ってるんじゃなくて視覚野を乗っ取ってるのか。こりゃ流石にどうにもできんわ」

 

『ん? んん? アレ、おかしいですね、はは。センパイのお顔がホラー映画も真っ青な状況に。お手々にはグロテスクな物体が掴まれているような? ……夢かな?』

 

「AIが夢とか見んのか? いや、いま眼球引きずり出したし。ほら、いる?」

 

 

 どうやら、BB側からも虎太郎の状況は知れるらしく、引き攣った笑みを浮かべている。

 

 虎太郎の顔はBBの表現通りの惨状である。

 ホラー映画も真っ青な、黒い眼窩と溢れる血涙。何よりも恐ろしいのは、当の本人が気軽に笑っている辺りか。

 両手には、今し方抉り出したばかりの眼球が握られ、そのままBBに渡したいのか両手を前に出して差し出された。

 

 

『18禁は18禁でも、ホラーでもグロでもなく、エロスだっつってるでしょぉぉぉぉ――――!!』

 

「いや、お前の茶番に付き合うのが嫌で、つい」

 

『そんなコンタクトレンズ感覚で取り外しするものじゃないんですけどぉ!! え、これどうするの? どうすればいいの? ゲーム開始前にもう終了状態なんですけど!?』

 

「問題ないない。オレは元々コンタクトレンズ感覚で眼球抉り出したり、移植したりするタイプだから。それにほら、視覚がなくても生きていけるって、生まれついての全盲の方々が証明してるから」

 

『それにしたって、これはないでしょう?! そんなに嫌でしたかぁ!?』

 

「とても嫌です。出来れば、状況を簡潔かつ明瞭に済ませてくんね? 時間の無駄やで?」

 

 

 完全にキチ●イな虎太郎の行動に飲まれたBBは、已むなく状況を掻い摘んで説明する。

 

 この領域は間違いなくセラフィックス。

 但し、全てが電脳化――――疑似霊子で再構成された、光で出来た領域になっている。

 この中での知性活動は、情報生命体であろうが、有機生命体であろうが、同じ尺度とタイムスケールで相互理解できる。つまり、経験だろうが何だろうが無駄にはならない。

 だが、肝心要のセラフィックスの電脳化については、何一つ触れなかった。

 

 

「で、何で形が女の身体になってるんだ? ただの電脳化ならこうはならんだろ?」

 

『その件はスルーしてください。わたしだって恥ずかしいんですから。システムを乗っ取ってしまった以上、油田基地と意識が同化するのは必然だった訳で。電脳化する際に、どんな形に再フォーマットするかは言わなくても分かるでしょう?』

 

(ほぅ、思った以上に人間大好きだなコイツ。BBがセラフィックスを電脳化したわけではないわけね)

 

 

 BBの口調や言動からも分かるように、彼女はこのセラフィックスの形状をよく思っていないらしい。

 その上、意識が同化するのは必然であるのならば、真実、BBが洗脳化に踏み切ったのであれば、辻褄が合わない。

 

 ――何せ、この女体はBBのものとはまるで違うのだから。

 

 この辺りの判断は、女体に触れてきた経験がものを言っている。

 

 ともあれ、随分とお優しい。僅かな会話の中で、これほどのヒントをくれている。猜疑心の強い虎太郎には十分過ぎるヒントだ。

 それほどにBB自身が切羽詰まっているのか、それとも今の立ち位置を愉しみこそすれ、納得してはいないのか。

 

 

『ですので、センパイは地を這う無様な蟻さんのように働いて、原因究明と勝ち残りに勤しんでください。ああ、でも――――貴方たち人間に与えられる猶予なんて、そう多くはありませんけどね』

 

「ほう? それはどういう意味だ」

 

『此処が海溝に沈み切った時、皆さんは消滅します。それは私にも変えられないルールです。それまでに勝利条件を満たして生還しなさい。愚かな人類にできるものなら、ね』

 

「……………………あ、話、終わりました? じゃあ、行っていい?」

 

『ぐ、ぐぬぬっ! この後輩を後輩と思わないその態度! ………………ま、まあ、愚かな蟻さんみたいですし? 仕方がありません、お目々の方は温情で治してあげますので、しっかりと噛み締めて下さいね』

 

「え? 別に無理しなくていいよ。それよりロビンとマシュは……?」

 

『ひ、人の温情すら踏み躙って……! 残念ながら、お二人ともこちらには来ていませーん!』

 

(アルフレッドが巧くやったかな? あの様子じゃ、死んでないだろ二人とも)

 

 

 そこでプツンとチャンネルが切れ、視覚が元に戻る。

 虎太郎が手を見れば、指で掴んでいた眼球は消えていた。

 局部的な時間遡行か、単純な治癒か、あるいは眼球を霊子化して元の形に戻したのか。何にせよ、凄まじい力であるには違いない。

 

 そんな中、いくつかの疑問を思い浮かべた。

 まず、これだけ強大な力を持つBBを以てすら、変えられないルールがあること。

 この理由が、SE.RA.PHの基本ルール故に書き換えられないのか、あるいはBBすら上回る上位存在が居るのか。

 

 

(それにしても、貴方ではなく貴方たち、愚かな人類とまで称していた。それに何より、この鼻につく匂い――――)

 

 

 虎太郎は顔を顰める。

 明らかにビーストの匂いだ。ゲーティア、ティアマトの匂いとも違う。欲望を煮詰めたかのような饐えた臭い。

 

 BBが虎太郎個人ではなく人類全体の終了を指し示した事実は、間違いなくこの一件にビーストが関わっている何よりの証明だろう。

 

 

(――――しかしまあ、)

 

 

 それでも虎太郎に恐れや困惑は見られない。寧ろ、気軽ですらある。

 様々な覚悟はあるが、人類の命運を背負うつもりのない、この男らしい軽やかさである。

 

 

「え? マジ? オレ一人? 嘘やろ?(鼻ホジー」

 

 

 全く困っていない反応を見せながら、困ったような台詞を吐く。

 取り敢えず、差し当たっての行動方針は決定したも同然だからだろうか。

 

 まずは、戦力の確保。

 これまでの特異点と同様に、現地に召喚されたサーヴァントの中でまともな連中の手を借りる事。

 どれほど狂った状況下であったとしても、必ず理性を保つ英雄は確実に存在する。もっとも理性を手放してしまうのもまた英雄であるが。

 能力はどうでもいい。話が通じ、協力的な相手が望ましい。なおかつ、この特異点の秘密に肉薄するような知識や記憶のある相手であれば満点だ。

 

 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけ。

 虎太郎はこの法則から逸脱した人間ではあるのだが、それも数々の準備を整え、相手の能力を把握した上での話でしかない。

 

 と、その時――

 

 

「へぇっ! マスターが一人きりなんて、私の時代来てる? 来ちゃってる系?」

 

 

 ――何とも奇妙な格好のサーヴァントが現れた。

 薄紅色の長髪。頭頂には狐耳。何故か、セーラー服のように改造された巫女服。脇には鞄を抱え、手にはさぞや名のあるであろう銘刀を握っている辺り、セイバーのサーヴァントだろう。

 

 傍目から見ればJKに見えないこともないような気がして、見えていない。

 お前は何時の時代の英雄だ、と叫び出したくなるが無問題。そんなサーヴァントはゴールデンもいる。

 

 栄えあるSE.RA.PHの第一村人、もとい第一サーヴァントであったのだが――

 

 

(面倒臭そうな奴。無視無視、存在そのものを認知しないに限る)

 

 

 ――虎太郎、意外でも何でもなくコレをスルー。

 

 見るからに話が通じなさそうで、性格も面倒であることは間違いない。

 例え、どれだけ強かろうが、どれだけ重要な情報を握っていようが、こんなサーヴァントを虎太郎が相手にするわけもなく。

 

 それはもう、お手本にしたくなるようなガン無視全開で、刀を構えたセイバーの横を通り過ぎる。

 

 これには、流石のセイバーもポカンとした。

 恐らく、自分の存在が無視される経験など初めてだったのだろう。全く反応できていなかった。

 

 

「ちょ、無視すんなし! ってぇ、煙玉ぁ!? 目ぇ痛ぁ!?」

 

 

 一瞬の空白を付いた虎太郎は、特性唐辛子混じりのスモークグレネードをその場に残し、全力で逃走した。

 この塩対応、この余りの仕打ちに、セイバーの悲鳴と怒りの怒号がSE.RA.PH全体に轟いたが、虎太郎は気にした様子すらない、鼻歌混じりだったそうな。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「さて、辿り着いたはいいが、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

 SE.RA.PHを一通り渡り歩いた虎太郎であったが、有用な味方は得られなかった。

 

 無論、サーヴァントに出会いはした。

 だが、サーヴァント達は皆一様に狂乱し、自己の快楽(よくぼう)のみを追い求めるかのような有り様。

 生前の後悔、悔恨、未練、憎悪、嚇怒、在り方――様々な欲望の形を追い求めていたのである。

 

 共通点は一つ。ただの一人も、マスターを連れていなかった点だ。

 

 マスター不在が狂乱の原因であるのかは分からないが、話し合える状態のものはいない、と判断した虎太郎は、早々に探索を切り上げた。

 

 とてもではないがサーヴァントなどと逐一戦っていられない上に、SE.RA.PHには見たことのない化け物がうろついていたからだ。

 恐らくは攻性プログラムか、防衛プログラムの類なのだろうが、尽きるかも分からないものと戦っても無意味。

 

 よって、虎太郎が行ったのはセーフハウスの確保。

 安全に休息を取れ、なおかつ考えを纏められる場所は必須と言えよう。

 

 その上、このSE.RA.PHでは活動できる時間があるらしい。

 どうにも疲労の進み具合が早く、肌がザラザラと砂になっていくような感覚があったのだ。

 自己の性能や限界の把握に努めてきた虎太郎は、自分なりの結論を付けた。

 

 これはSE.RA.PHに来た影響。恐らくは、オレ自身が電脳(データ)化してしまう兆候だ、と。

 

 其処で、辿り着いたのが教会だった。

 虎太郎が持ってきたセラフィックスの地図にも確かにある建物。情報ではセラピストが滞在し、此処で海洋という特殊な環境下で働く職員のメンタルケアを行っていたようである。

 

 此処を選んだのは、遠目から見て電脳化されていなかったからだ。

 如何なる理由かまでは虎太郎には分からず、罠の可能性も十分にあったが、行く価値はあると踏んでの行動だった。

 

 教会までの道は、ランサーと思しきサーヴァントが居たが、辛抱強く待った虎太郎に運が向いてきた。

 たまたま別のサーヴァントが近くを通りがかり、ランサーは戦闘を開始。そのまま何処かへと去っていった。暫らくの間、時間の猶予はあるだろう。

 

 余り時間を無駄にする訳にはいかなかったが、急いては事を仕損じる。

 どの道、滅びる時は人類だろうが、世界だろうが滅び去ると気軽な面持ちで教会の扉を開けた。

 

 軋む扉を開けた先には、薄暗い神の家。

 構造的に何の変哲もない。二階に生活用の部屋がいくつかあるようだが、誰かが居る気配はない。

 

 しかし、一体、此処で何があったのか。

 神の家は、悪魔にでも襲われたかのように荒れ果てていた。

 

 天井や壁の装飾は剥がされ、規定に整列していなければならない筈の長椅子は砕かれ、規則性など見受けられない。

 サーヴァントに荒らされたにしては、些か以上に破壊が少ない。明らかに人の手によるものだ。

 

 

(暴動かな? まあ、この閉鎖空間なら起こり得ることだが、はてさて――――)

 

 

 その可能性は、セラフィックスが閉鎖空間になった時点で考えていた。

 救援の可能性はあろうとも、自らの命が危険に晒されれば、個人の本質が現れ、周囲に流され始める。

 SE.RA.PH化が何時始まったにせよ、聖杯戦争なんてものが何時開始されたにせよ、それ以前から人々が狂乱に耽る土壌はセラフィックスには初めから整っていた。

 

 その最たるものが、一般職員と特権職員。

 一般職員は文字通り、一般社会の中から一般的に募集がかけられ、面接を経て採用された職員。

 特権職員はアニムスフィア家が選定した魔術師であり、何らかの研究を行っていたようだ。

 

 この二つには、やはり差別意識があったのだろう。

 差別は不満を生むものだ。巧く解消してやらねば爆発する。まして、異常事態に曝されれば導火線に火が付いたようなもの。

 

 

(さて、此処で行われてた研究も相当にキナ臭い。マシュの兄弟でも作り出していたんじゃあるまいな――――おぉっと、先客が居たか)

 

 

 ふん、と鼻を鳴らして、魔術師の危機感の薄さと倫理観の欠如を嘲笑う。虎太郎にとっては対魔忍の方がまだマシなようだ。

 

 ――そして、教会の中心には、糸の切れた人形(眠る少女)が打ち捨てられていた。

 

 まだ虎太郎の与り知らぬ所ではあるが、これもまた運命(Fate)であったのか。或いは虎太郎のタイミングの良さによるものか。

 

 

 彼女の名はメルトリリス。

 虎太郎の望む条件全てを整えた、サーヴァント(アルターエゴ)である。

 





という訳で、アルフレッド大勝利&BBちゃん度々涙目になる&御館様平常運転の回でした。

筆の乗りがいいぞぉ、これ~。
御館様は、今回もド外道戦法と無茶振りと無理を押し通して、スピード攻略します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『流石、苦労人。タイミングの良さと時々見せる漢気だけで生きてる』


エロ尼、スキル特盛とはたまげたなぁ。
しかも、スキル構成的に完全にクリアタッカーでアンデルセンと相性が良いとか。
流石、ムーンセルさん。結婚相談所の異名は伊達ではないな……!

でも、カルデアの職員はどんな顔して、あの攻撃を見てんだろうなぁ。ゲーティアもビックリするで、あんなん。

ほい、というわけで、CCC編第二話。
中々思った通りに進まんなぁ。こりゃ結構な長さになってしまうかも?



 

 

 

 

 

 荒れ果てた教会を進む。

 

 虎太郎は視線を壁にもたれて眠る少女に、それ以外の感覚は視野の外に向ける。

 少女が誰であれ、何であれ。敵であろうが、味方であろうが関係はない。

 死体か負傷者を使った罠。機能停止、負傷を装った罠など、誰でも考えつくもの。猜疑心の塊である虎太郎が警戒もなく近づく訳もない。

 

 だが、全ては杞憂だった。

 

 元よりこの教会に棄てられたのか。それとも棄てられた後に、自力で此処まで這ってきたのか。

 ともあれ、この少女は本当に、もういらないものとして、棄てられてしまったようだ。 

 

 奇怪だったのは、その両脚。

 魔剣と呼ぶに相応しい(やいば)(とげ)。美しくありながらも禍々しい銀の装甲で覆われた脚。

 具足の類ではない。膝と脛の中間で金属と皮膚が、完全に融合している。後から取り付けられたのではない、初めからそういう形でこの世に生まれ落ちたのだ。

 

 

(真っ当なサーヴァント……じゃないな。BBに似すぎている。疑似サーヴァントやデミ・サーヴァントでもなさそうだ)

 

 

 眠る少女の顔を覗き込んでみれば、その顔は幼さこそ残るものの、BBのそれだ。

 

 そして、これまで出会ってきた、どのサーヴァントととも違う。

 虎太郎自身、自分の感覚が霊基を感じ取っているのか、単なる洞察からなる直感なのかは分からないが、確信にも近い感覚がある。

 疑似サーヴァントは皮を被ったような印象、デミ・サーヴァントは内側が変化したような印象を受けるのに対して、彼女の印象は違和感(ちぐはぐ)だ。

 本来、合わさる筈のないものを無理矢理繋げた結果、上手く形を為したかのよう。霊基をイジったとしても、ここまでの違和感は醸し出せまい。

 

 その時、少女が再起動を果たす。

 まるで糸の切れた人形のようなぎこちなさ。錆びついた関節を動かす機械のようだ。

 

 表情を歪めながら、必死にもがく少女は、そこでようやく虎太郎の存在に気付いたのか、ぎょっと目を見開いた。

 

 

「貴方―――は、誰、ですか―――」

 

「あー、まあ、カルデアのマスターだが」

 

 

 ノイズ混じりの声。

 霊基がかなり損傷しているのか、長時間機能を停止していたのか。

 どちらにせよ、今、彼女が起動していること自体が奇跡的であることは疑いようがない。

 

 

「カル、デア――と、にかく――――、ここは、危険、ですから――――」

 

「成程、ちょうどいい。こっちはサーヴァントが居なくて困ってる。そっちはマスターが居なくて困ってる。なら、やることは一つだな」

 

 

 必死になって退去を進める彼女の言葉を取り敢えず無視し、右手の甲に刻まれた令呪を見せつける。

 少女は一瞬、何か信じられないものを見るような目で、虎太郎の顔を見たが、すぐに頭を振った。

 

 

「お、お、断り、します。私には、契約する、理由が、ありません」

 

「そうか。なら――――――令呪起動。対象に魔力リソースとして譲渡、霊基を修復せよ」

 

 

 徐々にノイズがなくなり、滑舌も良くなっていく少女の色のない返事に、虎太郎は仕方ないとばかりに令呪を起動させ、霊基を修復する。

 本来、魔術師どころか魔術回路すら持たない虎太郎には、契約をしていないサーヴァントにこのような真似は出来ない。

 

 そもそも、カルデアで模倣された令呪は魔力リソースとしてしか機能しない。

 冬木の聖杯戦争で使用された令呪のように、絶対命令権はない。多くの魔術師が挑んでも劣化品(デッドコピー)しか造れなかった為に、デミ・サーヴァントという恒久的な戦力を必要とした。

 

 アルフレッドは、それを持ち前の演算能力を元に解析し、改造した。

 冬木における令呪と同等にまで引き上げ、更に魔術師ではない虎太郎が扱えるようにいくつかの機能を付与した。

 

 その一つが自動(オート)化。

 虎太郎の意思によって起動し、それが可能な範囲であれば最適な工程(ルート)を選出し、実行する。

 これがなければ、魔術回路を持たない虎太郎は令呪の使用すら出来ないのである。

 

 見る見る内に修復されていく霊基に、信じられないという表情で少女は虎太郎を見る。

 どうやら、少女は令呪というものを理解しているらしく、ならばSE.RA.PHで起きている聖杯戦争について何か知ってもいるだろう。

 

 

「ど、どうして――――な、何を」

 

「どうしての方なら、情報が欲しいから。何をの方は、何も床に座っていることもないだろ。椅子があるんだから」

 

 

 虎太郎は少女を抱え上げ、長椅子にまで移動する。

 まるで絵本の中の姫と王子のようなワンシーン。

 だが、少女は姫と呼ぶには余りにも怪物で、虎太郎は王子などとは呼べないもっと悍ましい何かだ。

 

 虎太郎は、初めから契約については諦めていた、と言っても過言ではない。

 少女が目を覚ました瞬間から、表情に現れていた感情を読み取っていたからだ。

 

 ――それは、紛れもない人に対する恐怖。

 

 彼女の境遇や過去は不明ではあるが、人に恐怖している。なんら不思議ではない。人が怪物を恐れるのなら、怪物とて人を恐れるだろう。

 

 恐怖が前提にある以上、余程のことがない限り、契約など結べよう筈もない。

 無理強いをしたところで、それは初めから歪んでおり、いつ崩壊してもおかしくない。

 そんな契約関係であれば、初めから結ばずに、情報提供だけを望んでおいた方がいい。

 

 

「オレは弐曲輪 虎太郎。この事態を終息させるためにカルデアから来た似非マスターだ。そっちは?」

 

「……………………私は、私は『快楽』のアルターエゴ。メルトリリス、です」

 

「よろしく…………ん? …………よろしくなっ!」

 

「…………――――は、はいっ」

 

 

 椅子に座らせられて、ポカンとした表情で虎太郎を見上げていた少女―――メルトリリスであったが、やがて、自らの名前を口にする。

 虎太郎は友好の証である握手のために手を差し出したが、メルトリリスは戸惑うばかりで反応が鈍い。

 そんなメルトリリスに業を煮やした虎太郎は、無理やり手を取って強引に握手をする。

 

 ぶんぶんと腕を上下に動かす虎太郎に、メルトリリスはまたも茫然としたが、やがて笑みを浮かべて応えた。

 

 恐怖を中和させる手段の一つが、強引であることだ。

 相手が予想だにしなかった行為に困惑している内に、矢継ぎ早かつ強引に自分が引っ張れ(リードすれ)ばいい。

 相手は考える暇もなく、行為に多少なりとも友好や感謝を感じてしまえば、恐怖を取り払える。尤もそれはあくまでも対症療法であり、根本療法ではないのだが。

 

 

「それで、可能であれば色々と教えてくれると助かるんだが」

 

「…………分かり、ました。私の分かる範囲で、よろしければ」

 

 

 望んではいなかったとは言え、恩は恩。

 メルトリリスはそのように考えたのか、意を決した表情で頷いて見せる。

 

 まずはメルトリリス自身――――アルターエゴについて。

 そも、アルターエゴとはBBの感情から造り出された存在であり、ありがちな模造品ではなく、BBとは異なる生命体である。

 彼女達はそれぞれが魂を持っている。月の聖杯――ムーンセルにおいては、魂の作成はそう困難なことではないとのこと。

 それだけではなく、彼女達の肉体は複数の英雄を融合させた英雄複合体であり、更には神話の女神までをも取り込んでいる。

 

 どうやら、メルトリリスは創造主であるBBに逆らい、初期化され、SE.RA.PHを彷徨い、この教会に辿り着いた。

 異なる生命体であれば、方針も、命題も、好みも異なる。意見に相違が生まれれば、離反の末に戦い、どちらか一方が敗北するものだ。

 

 更に、このSE.RA.PHの時間は現実時間の100倍。

 セラフィックスがマリアナ海溝の底に到達するのは二時間半ほどではあるが、此処では10日間に相当する。

 

 虎太郎は、メルトリリスの生まれた経緯と辿った経歴、その他諸々のSE.RA.PHに関する情報は手にしたが、肝心要のセラフィックスのSE.RA.PH化についての情報は得られなかった。

 

 これは地道な情報収集が必要か、と嘆息しながらも落胆はない。

 その、地道な情報収集が己の仕事には最も重要と理解していたし、それが虎太郎の得意分野でもある。

 

 

「そうか、助かった。じゃあ、オレはそろそろ行くとするよ。情報提供感謝する。お前は好きにしてくれ」

 

「ま、待って下さい! 行くって、何処に……?!」

 

「何処も何もSE.RA.PHの探索だ。まだ情報が足りない。ほら、そういうのは脚で稼げっていうだろ?」

 

「危険すぎます! 外の惨状をご覧にならなかったのですか!」

 

「軽く見てはきたがね。虎の咢に飛び込んだのは承知の上だ。今更、危険だなんて理由で時間を無駄にしたくはない。さっさと終わらせたいんだ、こんな馬鹿馬鹿しいこと」

 

 

 じゃあ達者で、と手を振って、虎太郎は教会の扉へと向かっていく。

 

 メルトリリスの言葉の意味は十全に理解している。

 BBの用意したであろう攻性・防衛プログラム。狂乱し、会話もままならない戦い続けるサーヴァント達。

 如何に対魔忍、如何に虎太郎と言えども、分も悪ければ、相手も悪い。

 幸いにも逃走に関しては一流を超えるが、それも何時まで成功することか。

 

 だが、それが何だと言うのか。

 絶望も無茶も無謀も超えてきた。今更、危険程度の理由で仕事を投げ出す理由になりはしない。

 

 

「――ま、待って! それなら、私も行きます! 私と契約してください!」

 

「はぁ……? なんでぇ……?」

 

「だ、だって……だって、貴方は、私を、助けてくれた、から……」

 

「いや、お前は情報提供という見返りをくれただろう。それでその話は終わってるよ」

 

 

 虎太郎は、メルトリリスの提案を当然とばかりに拒絶した。

 彼にしてみれば、令呪は次の日には補填される程度の代物に過ぎない。

 その程度の代物で得られた情報は、今この状況においては莫大な価値があった。

 これ以上、メルトリリスに負担をかけることはない。ただでさえ天秤が自分の側に傾いているというのに、これ以上を受け取れば対等ではなくなってしまう。

 

 頭を下げるのも頭を下げられるのも御免被る。色々と面倒臭いから。

 そんな理由で虎太郎は、メルトリリスの提案を蹴ったのだ。どう考えても面倒臭いのは彼の性格である。

 加えて言えば、メルトリリスが敵ではない保証は、何処にもない。敢えて初期化させて、油断を誘う方法とてあるだろう。

 

 しかし、メルトリリスも引き下がらない。彼女にとって虎太郎は間違いなく恩人だった。

 初期化され、これまで培ってきたもの全てを失くし、この打ち棄てられた教会で、ただ壊れるだけだった自分を拾い上げてくれた。

 

 人間は怖い。人間は恐ろしい。

 彼女は自身が怪物であると十全に理解しており、自身を怪物だと嘲笑う人間が恐ろしくて堪らない。

 だと言うのに、どうだ。この男は、そんな考えを浮かばせる間もなく、酷くあっさりと、さも当然と言わんばかりに――――自分の手を取ってくれた。

 

 生まれながらに神経障害を持ち、触覚というものが殆ど存在しない指先を握られた瞬間に、暖かな何かが心に生じた。

 生じた何かの名を彼女は知らない。ただ、それに命じられるままに動く。

 

 

「うぅ…………~~~~~~~~ッッ、私が、そうしたいからですッ!!」

 

「……ああ、そう。まあ、それなら仕方ないな」

 

 

 理由などない。理屈もない。ただ、そうしたいからそうする。

 メルトリリスは、余りにも必要とされていない事実に半泣きになりながら、感情のままに絶叫していた。

 

 教会全体に響き渡る声に、虎太郎は目を丸くし、そこでようやくメルトリリスの提案を受け入れる。

 戦力が欲しかったのは事実。理由や理屈がないのであれば、説得は意味を為さない。

 このまま拒否し続けても、メルトリリスは初期化され、著しく性能が低下した状態でついてくるだろう。

 

 ならば、仮であっても契約し、令呪による援護、念話による意思疎通、自身の指示の元に行動させた方が、まだ互いに生き延びられる可能性がある。

 敵である可能性はまだまだあったが、少なくとも虎太郎の目には、自身を騙そうとする作為は感じ取れない。

 万が一、敵であったとしても、令呪の縛りがあれば、どうとでもなるだろう。

 

 メルトリリスは心を満たせ、虎太郎も戦力と安全弁を手に入れられる。両者、得しかない。

 

 

「えー、っとぉ、確かぁ、……告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。令呪の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら、我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう」

 

「はい。メルトリリスの名に懸け、誓います。弐曲輪 虎太郎を我が主と認めます。このジゼルの魔剣は貴方の為に。私を見つけてくれた貴方の為に、最後まで踊りましょう」

 

 

 こうして、メルトリリスは虎太郎のサーヴァントとなった。

 如何なる運命、如何なる作為によるものであれ、彼女の笑顔だけは間違いなく、彼女の心から生じたものだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「驚きました。マスターも、戦えるのですね」

 

「ああ、戦えるだけだがなぁ。勝てる相手も居るだろうが、基本的に準備を整えないと消し飛ぶ」

 

「危険な行為は、止めて貰いたいです……」

 

「そうは言っても、アレが一番速くて確実なんだもんよ」

 

 

 教会のある女体の太腿部から、上へ上へと昇っていく最中、虎太郎とメルトリリスは三騎のサーヴァントと交戦、これに勝利した。

 取った戦法は至ってシンプル。虎太郎がサーヴァントを引き付け、メルトリリスが背後から一撃の元にサーヴァントを屠るというもの。

 

 これを可能としたのが、アルターエゴにのみ許されたイデスと呼ばれる特殊能力。メルトリリスの場合は『メルトウイルス』というスキルである。

 エナジードレインの最上級であり、彼女の体内で生成されるウイルスを(どく)として相手に注入し、魔力、スキル、容量を抽出して溶解。液状化した情報を吸収し、自らの一部とする。霊核に喰らえばサーヴァントと言えど、為す術はない。

 

 虎太郎は虎太郎で、サーヴァントの気を引き付ける綱渡りであった。

 単純な近接戦を挑めば、溶鉱炉の前のハーゲンダッツの如き有り様になるのは目に見えている。

 よって、忍びらしい幻惑――爆弾、閃光弾、煙幕弾を用いて敵の視界や聴覚を奪い、正面にのみ敵の意識を集中させた。尤も、使ったのは最新鋭の武器武装であるが。

 

 メルトリリスは心配しているが、虎太郎は全く聞く耳を持たない。

 現状、これが最も勝率が高く、なおかつ戦闘を速やかに終わらせる方法なので、虎太郎が変える筈もない。

 

 さて、二人が教会から探索の為にSE.RA.PHを歩き回っているのだが、当てがない訳ではない。

 このSE.RA.PHは教会と同様に、セラフィックスの重要施設は電脳化をしておらずに残っている。

 中でもセラフィックスの生存者が生き残っている可能性が極めて高く、そうでなくとも何らかの情報を得られる可能性の高い管制室へと向かっていた。

 

 

「――――この音は……」

 

「……戦闘音のようですね」

 

 

 だが、管制室に向かう途中で、虎太郎とメルトリリスの脚が止まった。

 このSE.RA.PHにおいて、彼等以外の戦闘はサーヴァントによるものと見て間違いない。

 

 メルトリリスは瞳を不安げに揺らし、虎太郎は好機と見て瞳を輝かせた。

 

 現状、サーヴァントとの戦闘は必須。

 それはメルトリリスが初期化されたことにより、性能が著しく低下してしまったことに関係している。

 これを元のレベルとまでは行かずとも、近い形に戻さなければ、探索もままならない。

 『メルトウイルス』を用いて、サーヴァントを経験値として吸収し、成長させる必要性があったのだ。

 

 

「まあ、そう不安そうな顔をするなよ。冷や汗一つでも掻いたら負けだぞ」

 

「……でも、不安なんです。初期化された私は、かつての私には遠く及ばない……マスターを、守り切れるかどうかも……」

 

「サーヴァントはマスターに出来んことをやる。マスターはサーヴァントに出来んことをやる。どちらも不可能であれば、協力して是に当たる。つまり、今まで通りということだ。やることは何も変わらんさ」

 

「……ふふ、マスターとしてなんて。自分で似非なんて言っていたくせに」

 

「いやぁ、事実だからなぁ。魔力供給もできん出来損ないのマスターに当たった不運を嘆いてくれ」

 

「いえ! そんなことはありません! 私にとって貴方は――――」

 

 

 己の至らなさに悲観していたメルトリリスであったが、虎太郎の客観的な事実を耳にした途端、驚くほどの声量で否定する。

 はしたなさに恥じらったのか、それとも後に続く台詞が余りにも恥ずかしいものだったのか、メルトリリスは熱せられた鉄のように顔を真っ赤に染めていく。

 

 もじもじと煮え切らない態度で、視線を地面に向けては、虎太郎に向け、また地面に向ける。それを何度となく繰り返す。

 

 

「ほら、照れるなよ。行くぞ、プリマドンナ」

 

「て、照れてません! ま、待って、一人は危ないからぁ……!」

 

 

 そんなメルトリリスの背中を叩き、虎太郎は先に進む。

 先に進んでしまう背中をメルトリリスは慌てて追いかける。彼と契約してから、ずっとこんな調子だ。

 虎太郎の考えや行動に振り回されて、必死になって背中を追う。不愉快でありながらも、酷く心地良い感覚に、彼女は泣きそうになりながらも微笑んだ。

 こんなことは何時までも続かない。己の性能を鑑みれば、何時かは誰かに敗れ去る。その事実が酷い重しとなって襲い掛かってくる。

 

 それでも、追いかける脚を止めはしない。もう、決めていたからだ。

 

 

 ――例え、どんな最期を迎えるとしても、何の見返りもなかったとしても、私はこの身が砕けるまで、踊り続けましょう、と。

 

 





はい、というわけで、メルトリリス再起動&御館様相変わらずの捨て身の効率主義&メルトリリス素直可愛い、でした。

御館様、タイミングの良さと漢気で順調に好感度を稼ぐ。
こう、心の弱ってる相手の隙間に入り込むのを得意としてる感よ。そうでもしなけりゃ、誰もこんなんに惚れないしね! 仕方ないね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『救出対象とか排除対象がアレだと、元々ないやる気をもっと失くすのが苦労人』


CCC編、無事に隠しキャラまでとっちめて心臓ゲット。
さぁて、あとはサクラメント回収が待ってるお。でも、素材もそんなになぁ。寧ろ、輝石系のが並んでくれないものか。最近のイベントはピース、モニュメントばっかなんだよなぁ。

そして、竹箒日記で裏設定が開示。
あかん。これあかんやつや、と思いつつも何とか設定を組み直しました。さて、どうなることやら。

では、次のお話です。どぞー。


 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 

 その戦いは、初期化されたメルトリリスにとって、異次元の戦いだった。

 

 戦闘の音色を頼りに向かってみれば、二騎のサーヴァントが相争っていた。

 

 クラスはセイバーとアーチャー。

 共に鎧を纏った騎士達。手にした獲物は互いのクラスに相応しいものではあったが、アーチャーの獲物はメルトリリスの理解を超えていた。

 何せ、アーチャーは確かに弓を手にしているが、矢筒も持っていなければ、戦闘中に一度も矢を番えていない。そもそもアーチャーの手にした弓は、矢を番えられる造りになっていない。

 

 彼の弓には弦が何本も張られている。あれではとても矢など番えられなければ、射れもしまい。

 だが、弓の弦を竪琴のように爪弾く度、見えざる刃がセイバーに襲い掛かっている。

 

 アーチャーはとびきりの変わり種であったが、セイバーは逆に正統派。

 

 握る剣は紛れもない聖剣。見えないはずの刃を僅かな風切り音で捉え、躱し、剣閃にて破断する。

 実直で堅実な剣技。奇を衒うことのない剛剣は、そのままセイバーの実力を現している。

 

 どちらも、それぞれのクラスにおいて最上級に部類される英霊であろう。

 とてもではないが、今のメルトリリスでは太刀打ちできない。

 

 無論、虎太郎でも同じこと。

 不意討ちでの囮役は十分に可能だろうが、メルトリリスが彼等を倒し切るよりも、虎太郎が死ぬ方が早いだろう。

 横合いから思い切り殴りつけるにせよ、この戦いで残った一騎を息をつかせる間もなく強襲するにせよ。勝てる可能性は低い。

 

 

「はぁあぁぁあ――――ッ! 天まで届け、ラグネルへの愛!」

 

「下がってください。アレは、きけ――――」

 

「おーい、ガッウェー! ガッウェー! オレだー! ド外道だー!」

 

 

 物陰から戦いの様子を窺っていた二人。

 これは手に負えないと判断したメルトリリスは、戦いを仕掛けること自体が危険すぎる、と一旦退こうとした。

 だが、虎太郎はセイバーの一言を聞いた途端、静止の途中で物陰から躍り出た。

 

 アーチャーは突然現れた人間の存在に、珍しく閉じられた瞼を開いたが、意識を向けたのは一瞬ですらない時間であった。

 彼がどのような存在であれ、セイバーの実力は一瞬の油断すら許されない。更なる一撃を見舞おうと弦に指をかける。

 

 

「おお、虎太郎! 貴方の救援に来ました。まあ、海の中なので大して役には立たないのですが! そこは帰りを待つラグネルへの愛でカバーします!」

 

「良かった。いつも通りのガッウェだった」

 

 

 だが、もう自分など眼中にないとばかりに背中を向けたセイバー――ガウェインに思い切り肩透かしを喰らってしまう。

 

 つい今し方まで殺し合っていたと言うのに、この切り替えの早さである。

 下手な相手では、気にすることもなく背中から一撃を見舞うようではあったが、ガウェイン自身、戦っている相手がそのような真似はしないと知っていたからこそ無防備な背中を晒したのだ。

 

 アーチャーの真名は円卓の騎士・トリスタン。

 エルサレムで耐えられない悲しみからギフトを手にし、本来の性格から全てが反転してしまった。

 もっとも、今、この場に召喚された彼は、その時の記憶など持っていないようではあるが。

 ともあれ、ガウェインにとっては元同僚。性格は把握していた当然だ。

 

 しかし、何故、そんな二人が戦っていたのか。それは偏にガウェインが悪い。

 

 二人が死後、再会を果たしたのはつい三十分ほど前だ。

 カルデアからのレイシフトにて送り込まれたガウェイン。SE.RA.PHの聖杯戦争にて召喚されたトリスタン。

 互いの事情も分からぬまま、まずは再会に喜んでしまい、立ち話を始めてしまったのが間違いだった。

 

 ガウェインと来たら、人を探している、救援に来たと軽く説明したものの、口を開けばラグネルのことばかり。

 これにはトリスタンも唖然とした。少なくとも彼の知っているガウェインは、常に騎士足らんと粉骨砕身し、愛妻家としての一面を円卓の前で晒したことなどなかったのだ。

 間の悪いことにトリスタンは、SE.RA.PHに召喚されてから、既に正気を失ったサーヴァントと戦い、勝利していた。

 

 トリスタンが、この狂った聖杯戦争にガウェインが取り込まれてしまったと勘違いするのも無理はない。

 

 

『……私は、悲しい……ガウェイン卿ほどの騎士が錯乱するなど……せめて私の手で処断しましょう』

 

『ほう、懐かしの円卓ジョークですね! まあ、この程度の小競り合いは円卓においては日常茶飯事! 結構、お相手しましょう!』

 

 

 ガウェインと来たら、勘違いを正すことなくガラティーンを抜いて、嬉々として応戦する始末だったそうな。

 

 

(で、そっちの現状は……?)

 

(はい、手短かつ簡潔にお伝えします)

 

 

 視線を合わせただけで、他者には察せぬように念話を開始する。この辺りの意思疎通は、流石に付き合いの長さが物を言う。

 

 まず、マシュとロビンについて。

 BBの罠を察知したコフィンを緊急停止させたものの、虎太郎は既にレイシフト後。

 マシュは問題なくカルデアに残ったものの、ロビンは意識不明――それも霊基(からだ)だけが残された状態で、精神面では空っぽの状態なのだとか。

 最悪のタイミングでコフィンを停止させてしまったのか。それとも、この特異点――SE.RA.PHが特殊な環境下故かは不明だ。

 

 ただ、アルフレッドもやられてばかりではない。

 虎太郎のレイシフトから得られた情報から、BBの語った『運命保護』とやらを解析。こうしてガウェインを送り込むことに成功したようだ。

 

 

(ただ一点。BBの妨害以前に、この特異点――SE.RA.PHへのレイシフトは非常に難しいようです。まるで、このSE.RA.PH自体がレイシフトを拒んでいるかのようだ、と)

 

(…………成程。それで、この後の救援は?)

 

(後、一騎か二騎が限度だと。SE.RA.PHの状況はシバの精度を限界まで上げ、アルフレッドが解像度を上げて監視を行っています。ですが、今のところ通信は不可能です)

 

(それだけ来れば、御の字だ。アイツのことだ、終わりまでには通信も出来るように間に合わせるさ)

 

 

 虎太郎はポンと救援に来たガウェインの肩を叩く。ガウェインはそれに応えるように恭しく一礼してみせた。

 

 

(…………契約したの、私だけじゃなかったんだ。むー)

 

「……これはどういった状況なのでしょう……私は、悲しい(ポロロン」

 

 

 二人の様子にメルトリリスは頬を膨らませ、トリスタンは弓を爪弾いて自分の感情を表現する。

 

 メルトリリスは兎も角として、トリスタンの方はガウェインの無防備っぷりに完全に毒気を抜かれてしまったようだ。

 何より聖杯戦争に呼ばれながらマスターの存在しない異常事態は、トリスタンとしても解明しておきたい謎である。此処は素直に事情を聴いておいた方が得策と判断した。

 

 

「オレはカルデアからこの異常事態を解決するために来た弐曲輪 虎太郎だ。事情を聞かせろ」

 

「…………分かりました。此方としても、この事態解決の一助となるのは吝かではありません」

 

 

 意外なほどあっさりと矛ならぬ弓を収めたトリスタンは、自分自身の状況を語り、またカルデアの事情に耳を傾ける。

 

 しかし、この情報交換は、互いにとって新たな情報を得るには至らなかった。

 トリスタンもあくまでも巻き込まれた側。狂乱するサーヴァント達を見るに耐えかね、首謀者であるBBを捕らえようとしていただけで、有用な情報は持ち合わせていない。

 彼もまた、虎太郎と同じくSE.RA.PHの事実を探る側なのだ。

 

 

「オレ達の目的は同じはずだ。共闘を申し出たい――――が、その前に、殺気を収めちゃ貰えないのは、どういう理由だ?」

 

「共闘の申し出は有難く。……ですが、だからこそ私は悲しい。アルターエゴがいる以上、私はその毒婦を処断せねばなりません」

 

「……むー」

 

「断る。アルターエゴがなんであれ、契約した以上はマスターとして肩を持つ義務がある。お前も、メルトリリスの有用性を理解できるはずだが?」

 

「それは彼女が裏切りを起こさないという前提があってこそ。アルターエゴなど信ずるに値しません」

 

「……ムスー」

 

「信じる信じないの問題じゃない。事情は説明した。メルトリリスはBBから切り捨てられた以上、裏切りの可能性は低い。お前が折れろトリスタン、オレは方針を曲げん」

 

「その信念にも似た頑なさ、感服に値します。私も見習いたいものです。しかし、貴方がたが何を言おうと私はアルターエゴを許しません」

 

「……うー」

 

「あの……メルトリリスさん……オレ達、お前のお陰で言い争っているわけですが……」

 

「…………つーん」

 

「……私は、悲しい……この蚊帳の外っぷりは一体……」

 

 

 アルターエゴの処遇を巡り、虎太郎とトリスタンが意見を交わす中、メルトリリスはそっぽを向いて私は不機嫌です、と全力で主張していた。

 どうやら、カルデアのマスターとして多くのサーヴァントと契約を交わしている事実は、メルトリリスの臍を曲げるには十分過ぎる威力があるようだった。

 

 仕方なしに虎太郎が、メルトリリスの両頬をそっと掴み、自分の方に顔を向けても視線だけを逸らして抵抗を見せる。

 ただ、手を振り払わない辺りが可愛らしい。自分の力は人間よりも遥かに強いと理解しているので、怪我をしかねない抵抗だけはしない。

 

 

「おい、そんなに拗ねるなよ。物量作戦が出来ないから、お前の戦力は貴重なんだよ」

 

「別に? 拗ねてませんけど? まあ? マスターが多くの? サーヴァントを従えているなんて? 想像もしていませんでしたけど?」

 

「いや、それはだな。オレが言葉足らずだったのは悪かったが、そこまで……」

 

「それに? そこのアーチャーが言うように? アルターエゴとの契約なんて? 切ればいかがですか? セイバーもいますし? マスターの目的も果たせるでしょうし?(プルプル」

 

「ちょっとー! 男子(トリスタン)ー! メルトリリスが涙目になっちゃったじゃないのよー! 謝んなさいよー!!(必死」

 

「……私は、悲しい……どう考えても、私は関係ありません(ポロロン」

 

 

 清々しいまでの責任転換であった。

 メルトリリスはトリスタンの言葉など気にしていない。純正の英霊にしてみれば、自分など悍ましい怪物にしか映らないと自覚しているからだ。

 問題があったのは虎太郎の方だ。緊急事態だからと説明を怠った彼が悪い。

 もっとも虎太郎にしてみても、メルトリリスが此処まで慕ってくるなど考えていなかった――――いや、敢えて考えようとしなかった。やっぱり彼が悪い。

 

 

「……兎も角、私はアルターエゴを処断せねば――――」

 

「うるせぇ、このトリ野郎! こっちが必死になってんの分からんのか、テメーはよぉ! そんなんだから王は人の心が分からないとか暴言吐くんだよ! オメーが一番人の心を分かってねぇ!!」

 

「全くです! 元カノばかりに現を抜かして、今嫁を疎かにするなど言語道断! 今嫁の気持ちを考えてたことがあるのですか、貴方は!」

 

「――――ごっぽぉッ?!」

 

 

 もういい加減、トリスタンに黙って貰わねば収集が付かない虎太郎、トリスタンの生前の所業に嫁LOVE勢筆頭として一言物申さねばと思っていたガウェインは、ここぞとばかりにトリスタンの心を抉り抜く。

 

 

 トリスタンのこころに 1000のダメージ。

 

 おお、トリスタン! しんでしまうとは なにごとだ!

 

 

 何事もクソもない。トリスタンが心底後悔している自己の不徳だからである。

 ごぷ、と口から血を吐いたトリスタンはその場に倒れ込む。とてもではないが精神的なダメージが大き過ぎて立っていられなかった。

 哀しみの子、嘆きのトリスタン、という異名からも分かるように、トリスタンのメンタルは円卓内では下から数えた方が早いのだ。

 

 ガウェインはメルトリリスを宥める虎太郎に視線を向けながらも、倒れたトリスタンに片膝をついて語りかける。

 

 

「トリスタン、今のは間違いなく私の本心ですが――」

 

「ガ、ガウェイン卿、追い打ちは、止めて頂きたく……」

 

「聞きなさい。我が友、虎太郎は、どうしようもない男ですが、ギャラハッドのように人を見る目は確かです。その上、人でも怪物でも分け隔てない。良い意味でも、悪い意味でもです」

 

「…………アルターエゴであろうと関係がないと?」

 

「そのようですね。邪悪であろうとも神聖であろうとも、彼には関係がありません。話が通じ、求めた性能を発揮するのならそれで良しとします」

 

「それで裏切られでもしたら……?」

 

「裏切られても問題のないように対策を立てます。彼は1%でも障害(てき)になる可能性があるのなら、それは障害(てき)だと言い切る偏執狂ですので。もっとも、大抵は観察眼のお陰で無駄に終わりますが」

 

「………………」

 

 

 ガウェインが手を差し出すと、トリスタンは暫らく悩む素振りは見せたものの、最終的には手を取った。虎太郎の方針に従い、一時的に協力関係を構築するということだ。

 太陽の騎士は微笑むと持ち前の高密度の筋肉で哀しみの子を立ち上がらせる。何のかんの言ったところで、曲者揃いの円卓であっても仲がよろしい。

 

 

「ですが、勘違いなきように。私は事情はどうあれ、アルターエゴを許しません」

 

「結構。油断のならない協力関係も気が引き締まるというものです。虎太郎も、今は良しとするでしょう」

 

「――――しかし、ガウェイン卿、一体何があったのです。その、生前とは、随分と性格が……」

 

「ええ、ラグネルと死後も再会しまして! 嫁とイチャコラぶっこいていたら、脳みそが蕩けてしまいました!」

 

「………………私は、羨ましい。いや、本当に、羨ましい」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「――――いやぁ、サーヴァント40騎とBBスロットと月の方のロビンは強敵だったな!」

 

「ええ、全く。ですが、虎太郎は相変わらず遊びがない。BBは涙目になっていましたが」

 

「知らんわ。いけ好けないゲームマスターの思惑通りに進んでやる理由はオレにはない」

 

 

 トリスタンの協力を取り付け、どうにかこうにかメルトリリスの機嫌を良くしてから様々な出来事があった。が、毎度、お馴染み虎太郎の外道戦法で事なきを得た。

 

 サーヴァント40騎は虎太郎がSE.RA.PH内を走り回り、敵マスターを見つけて釣られたサーヴァントを三騎で袋叩き。

 

 BBが設けた新ルール。誰であれ“敗北する危険”を振りまく『テリブルBBスロットル』。

 サーヴァント同士による戦闘が開始されると、その場にスロットルが出現し、出た目によってサーヴァントに有利、不利な条件が付与させるというもの。

 

 だが、虎太郎がそんなものに付き合う筈もなく――――

 

 

『成程。だが、これが最適解だ! やれぃ、メルトリリス!』

 

『――――はい、マスター!』

 

『え? あの? ちょぉ!? 少しはまともにやる気はないんですかぁーーーー!?』

 

『(お前を喜ばせるだけなんで)ないです』

 

『おい、BB、コイツ頭おかしいんじゃないですかねぇ?! やだぁ、こんなんと戦いたくねぇぇえぇぇぇ!!!』

 

 

 メルトリリスのウイルスによって、出目が悪い時はスロットルを熔かし無効化。出目が良い時はそのままという暴挙に出た。

 ルールの設定自体が悪かったのだろう。メルトリリスのウイルスを以てしても基本ルールまでは熔かせない。そしてBB自身が言ったように、BBに基本ルールを改定するだけの権限(ちから)はない。

 よって、虎太郎はこれを単なる特殊なギミック、プログラムの一部と推測。スロットルそれ自体を熔かして無効化は不可能ではなかったようだ。

 

 その後、BBがムーンセルから無理やりに引っ張ってきたロビンフッドを三人でボコにする。

 最後に貌のない王を用いたマスター狙いの特攻で逆転を狙ったが、虎太郎がギリギリのところで回避したことにより敗北。最後の最後で弓ではなくナイフによる攻撃を選択したのがマズかった。

 

 探索の最中、手がかりも発見していた。SE.RA.PHに残ったセラフィックス職員のメモリーだ。

 SE.RA.PHは全てが疑似霊子で再構築された『光』で出来た領域。空間に記憶が焼き付くように、特定個人の記憶が残される場合も少なからず存在する。

 

 そのメモリーによれば、セラフィックスの異常は4ヵ月前から発生していたようだ。

 ゲーティアを打ち倒し、人理再編を成し遂げたのは1ヵ月前にも拘わらず、だ。

 この辺りの時間の齟齬と知性活動の一足早い再開は、人理が不安定な状態で、更に別の要因が絡んできた為と思われる。

 

 ともあれ、セラフィックスは外界から遮断され、職員達は徐々に道徳と倫理を喪失していった。

 内部では生き残りと日々の不安を解消するために、職員全員の意思で治安維持を目的とした組織を立ち上げた。が、これがそもそもの間違いだった。

 民主主義が正しく機能するには、関わる者全てが賢くなければならない。恐怖と不安に取り憑かれた職員の前に、組織はあっと言う間に不安を鎮めるための暴力機構と化すのは当然の帰結。

 事態を解決できない者は殺され、失敗を犯した者は殺され、人種が違う者が殺され――――次第に、粛清の理由は、日常においては誰であれ犯す可能性のある些細な理由になっていった。

 

 

(アウトー。可能性は分かっちゃいたが、もうここにオレが助けてやらにゃならん人間は一人もいないね。死ぬがよい)

 

 

 ただでさえ下らないと思っている仕事が、更に下らないものとなった事実に、虎太郎のやる気も更に消失していた。

 

 最早、ナマケモノかという有り様である。

 今現在、虎太郎はトリスタンの申し出により、女体の胸部(ブラストバレー)――――セラフィックスの中央管制室に向かっていたのだが、自分の脚で歩いてすらいない。

 片脚をガウェインに掴まれ、ずるずると引き摺られている。ナマケモノですらなかった。これではただの生ける屍だ。

 

 

「あの、そろそろ、例のアルターエゴが徘徊する区域(エリア)に着くので、自分の脚で歩いては……」

 

「無理。もう先生やる気なくなった」

 

「ははは。トリスタイン、一々気にしては負けです。危険だと分かれば自分一人だけでも逃げる男ですのでお気になさらず。ははは」

 

「「……………………」」

 

 

 虎太郎の有り様とガウェインの微笑みと共に放たれた一言に、トリスタンとメルトリリスは微妙な面持ちをせざるを得ない。

 

 その時、全員が通路の先から向かってくる足音を捉らえていた。

 ガウェインとトリスタンが武器を構え、メルトリリスはどう言葉を発していいか分からないという表情で虎太郎を眺める中、通路の角から女性が現れた。

 肩で息をし、セラフィックス職員の制服を着た女性。明らかに生存者だ。

 

 

「え、ええ?! こっちには悪徳サーヴァント!? た、たたた、助けて、助けて! 私は何も持ってませーん!!」

 

「生存者ですね。我々はカルデアから派遣されたサーヴァント、貴女がたの救援に参りました」

 

「やった! やったわ! 救援が来てくれるなんて! 私はマーブル・マッキントッシュ、28歳! マニピュレーターの扱いならセラフィックス一の職員です!」

 

「これはご丁寧に。お会いできてよかった、マダム。私はガウェイン、此方は虎太郎です。詳しいお話をお聞かせ願えますか?」

 

「マ、マダムじゃないです、レディですぅー! 私の何処が既婚者に見えるんですかぁー! あ、でも笑顔が素敵! ガウェインさん、と仰るんですか? あのご職業は? 年齢は? 年収は? 妻帯していらっしゃいませんよね?」

 

「いえ、嫁一筋の馬鹿夫ですとも!!!」

 

「……あ、はい。そうですか」

 

(………………コイツ、こんな性格だったかしら?)

 

(流石、ガウェイン卿。マダ――レディの扱いにおいても一流。失言はありましたが)

 

 

 マーブルは歳不相応の落ち着きのなさで捲し立てるが、ガウェインの輝く笑顔と共に放たれた一言に、冷静にならざるを得なかった。

 しかし、メルトリリスの姿を目にすると、再び落ち着きをなくし、取り乱し始めた。

 

 

「あわわわわ! こっちにもアアア、アルターエゴォ――――!?」

 

「…………こっちにも、か(シュコー」

 

「うそぉ、こっちにもアルターエゴがいるぅ! やだ、殺される、私やっぱり殺されるのねー!?」

 

「……なんか、ドッスンドッスン言ってるな?(シュコー」

 

「どうして!? どうしてカルデアの人間がエゴといるの!? 敵同士じゃない、人間とエゴって!」

 

「推定重量1トンくらいか? 乗用車と同じぐらいだな、これ(シュコー」

 

「ガウェイン様、早くやっつけて! カルデアのサーヴァントって事は正義の味方ってことよね!?」

 

「そんな重量で身体支えられんのか? ていうか人型なの?(シュコー」

 

「早くそ――――貴方、いい加減に人の話聞きなさいよぅ!? ていうか、そのガスマスクは何ィ!?」

 

「いや、気にしないでくれるかな。単なる()()()アレルギーなんで。人間様(あんた)と同じ空気吸ってるだけでゲロ吐きそうになるだけだから。人間様(あんた)に話しかけられると蕁麻疹が出来るから。なるべくオレのことを視界に収めるのも止めて貰えると助かる(シュコー」

 

「どうして、そんな人が救援に来てるのよぉぉぉぉぉおぉ――――!!!」

 

 

 床に横になったまま、右肘を曲げて頭を支える休日にテレビを眺めるパパスタイルで、マーブルに話しかける虎太郎。もう、誰が見ても一目でやる気がないと分かるスタイルである。

 

 おまけに顔にはガスマスクまでつけている。優れた観察眼を持つ彼がマーブルの何を見抜いたのか定かではないが、やる気もなければ興味もない様子。

 ただ、関わり合いになるのも馬鹿らしいとばかりの態度。近寄られるのも嫌だ、と思っていることだけは確かだ。

 

 しかし、虎太郎が白け切った態度であろうとも、マーブルを追ってきた怪物(かのじょ)は待ってはくれない。

 マーブルの話では、新たに召喚された128騎のサーヴァントを纏めて潰したばかりだと言う。

 既にメルトリリスやトリスタンから怪物の持つ能力は聞いていたが、恐るべき事実である。

 

 流石に床に寝ているのでは対処の仕様がなかったので、立ち上がると怪物がマーブルが現れた通路の角から姿を躍り出させる。

 

 

「デカァァァァイ! 説明! 不要!」

 

 

 余りにも体格に不釣り合いな巨大な鉤爪そのものの両手。

 余りにも体格に不釣り合いに突出した巨大な山脈(むね)

 

 人間離れしているのはその程度のもの。あとは人間の少女のそれと大差はない。

 彼女こそ、BBから分かたれたもう一人のアルターエゴ――――パッションリップ。

 

 見た目が人間だからなのか、両目に施された拘束具が余りにも痛々しい。

 メルトリリスのように会話が成立せず、唸り声を上げて近づく者全てを捻り潰す。恐らくは、拘束具によって自我を奪われているのだろう。

 

 

「はい、大変素晴らしい。これは垂涎ものですね! メルトリリスには心強く生きて頂きたい!」

 

「このッ、蹴るわ、蹴るのよ、蹴ってやる! あぁ、腹立たしい!」

 

「おっ、何か性格違う。これは罠かな? オレは罠に掛けられたのかな?」

 

「違います! これが私本来の性格よ! 残念だったわね!」

 

「特に残念でもない。あとガッウェの発言はラグネルに伝える。お前が心強く生きろ」

 

「」

 

 

 そんな怪物を前にしても、虎太郎とガウェインは平常運転。

 メルトリリスは今までの素直で弱々しかった性格は何処へ行ったのか、刺々しい強気な口調で己の大平原な胸を馬鹿にしたガウェインを睨みつけていた。

 

 既にメルトリリスは40騎ものサーヴァントをメルトウイルスによって取り込んでいる。

 元の性能、元の性格を取り戻すには十分過ぎる経験とリソースだった。

 

 怒りで顔を赤くしたメルトリリスを諫めるために虎太郎が放った一言に、ガウェインは言葉を失って白目を剥いたが自業自得。

 虎太郎の、女を胸だけで判断するのは良くないことですヨー、という思いが詰まった一言であった。おっぱいも、ちっぱいも、それぞれに良い点と悪い点があるのだ、と言うように。

 

 

「よし、パッションリップとやらがどういう状況かは分かった! 総員、後ろに向かって全速全身(てったい)DA!!」

 

「こ、ここまで来て!?」

 

「オメーが勝てないって言ったんじゃねーか。逃げるぞ逃げるぞぉ。ついて来れない奴は捨てて構わないYO!」

 

「ちょ、あの娘相手に背中を向けるなんて――――煙幕っ!? そういうことは先に言いなさいよ、もぉぉぉぉおおぉッッ!!」

 

「ま、待ってぇぇぇぇ!! 置いていかないでぇぇぇぇぇ!!」

 

「……私は、悲しい……これがカルデアのマスターとは……」

 

「ははは。虎太郎は人類最悪のマスターの称号を戴いたマスターですからね。ははは」

 

 

 スタコラサッサだぜ、とばかりにスモークグレネードを既に投げていた虎太郎は、自分一人だけさっさと逃げてしまう。

 

 パッションリップの能力は、彼女の視点上において“手で包めてしまうもの”を圧縮する。

 遠近法を無視した物理干渉。二度と元には戻らない不可逆の圧縮技術(コーデック)。その問答無用さは、虎太郎の邪眼に似る。

 だが、視覚が関係する能力である以上、何であれ塞がれてしまえば、射程は激減してしまう。

 

 メルトリリスとトリスタンから能力を聞いていた虎太郎が、対処法も考えずに姿を現す筈もない。

 味方を辟易させるか戦慄させ、敵を目も覆いたくなるほど酷い目に合わせるのが、弐曲輪 虎太郎である。

 

 

 

 

 





はい、というわけで、トリ心をへし折られながらも仲間になる&メルトリリス拗ねる&御館様セラフィックスの惨状とマーブルを見て極端にやる気を失くす。

うーん、救出対象にあの態度はないんじゃないかなー(すっとぼけ

まあ、ここの御館様は油断慢心一切なく、その上他人を信じていないので、アンデルセン並の人間観察能力を発揮していますので、不思議じゃないね。
そして、BBに付き合う気が一切ない御館様。このやりたい放題加減ですよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人の右腕もかなりのやり手』


うーん、CCCイベが長い。
素材を全回収したからなぁ。でもQPを稼ぐのにはいいイベントですなー。
イベ終了までに一億QPくらい稼げないかしら。QPが全然足らんのじゃ! 素材もだけどな!

そして、イベ終了後が怖い。
水着イベか、それともアガルタか、復刻か。
うーん、運営の悪魔っぷりに、拙者、武者震いがしてきたのう!(震え声



 

 

 

 

 

「ああいうことは、先に言っておいてくれないかしら! こっちは気が気じゃないのよ!」

 

「あんな程度のその場凌ぎ(アドリブ)カルデア(ウチ)じゃ日常茶飯事よ」

 

「その内そっちのサーヴァント、心労で倒れるんじゃないかしら!?」

 

「生憎ですが、レディ。未だに倒れたものは居りませんよ。ええ、何のかんのとケアが行き届いているので」

 

 

 パッションリップから無事逃走した虎太郎一行は、SE.RA.PH内の人間の活動限界を超えていたため、拠点である教会に戻っていた。

 メルトリリスは虎太郎に振り回されて怒り心頭、トリスタンとマーブルは疲労困憊といった様子であったが、虎太郎は何処吹く風、ガウェインは慣れているので涼しい表情であった。

 

 

「――――…………」

 

 

 教会の入り口まであと数十メートルの地点で虎太郎が足を止め、片手を上げる。

 

 メルトリリスは突然の“止まれ”のハンドサインに困惑し、トリスタンもマーブルの肩を押さえて静止させる。

 唯一、武器を手にしたのは付き合いの長かったガウェインだ。虎太郎の猜疑心、気配を察知する能力の高さには絶対の信頼を置いている。

 

 

「居るな。教会の中に一人居る。…………敵か味方か分からんが、サーヴァントか。面倒だな、宝具いっとくか?」

 

「1ガラティーンですか? それとも2ガラティーン?」

 

「いや、念には念を入れて3ガラティーンぐらい、いっといた方が良くないか?」

 

「何よ、その単位!? 大体、この教会は拠点なのよ! そこを吹き飛ばすなんて何を考えているわけぇ?!」

 

「「えー」」

 

「えー、じゃない!」

 

(…………メルトリリス、その二人をまともに相手にすると疲れますよ)

 

 

 教会の中にいるのもどうせ碌でもない奴だ、と決めつけて、相手が気付くよりも早くガウェインの聖剣で焼き払おうとする虎太郎。

 メルトリリスは目を剥きながら、必死の制止を試みる。教会はSE.RA.PH内でも数少ない電脳化されていない場所。

 ただの人間である虎太郎がSE.RA.PH内を移動できる時間に制限がある以上、この教会は唯一と言ってもいい安全地帯。壊させるわけにはいかない。メルトリリスもマスターである虎太郎を守るために必死だ。

 

 もっとも、虎太郎もその辺りは承知の上。

 宝具を稼働させ始めて、相手がどのような動きを取るのか知りたかっただけ。

 動かなければ索敵と察知に劣ったサーヴァント、動けばその逆。何らかの不自然な気配を感じれば敵、逆であれば味方でないにせよ話し合いの通じる相手、と言った具合だ。

 

 

「まあ、いいか。ガウェイン、お前が一番最初に入れ。メルトリリスとトリスタンはサポートを。まあ、攻撃はないとは思うけどな」

 

「――――失礼ですが、その根拠は?」

 

「リップのところに居た時、視線を感じた。ちょうど教会の方角からな。ここの屋根に上れば俯瞰できる位置だ。相当に目が良い。千里眼持ちか、アーチャーのクラスかな? そのまま此処で待ち構えているとは思わなかったが」

 

 

 虎太郎の言葉にトリスタンは呆然として、ガウェインに視線を向けるが、彼は微笑むばかり。

 あのパッションリップを前にして、周囲からの視線を感じ取るなぞ、どんな神経をしているのか。

 数多の戦場、死線を潜り抜けたトリスタンだからこそ分かる。そこまでの警戒心を常に抱いては、とてもではないが精神(こころ)が持たない、と。

 

 トリスタンの驚愕を知ってか知らずか、ガウェインに教会の扉を開けさせ、虎太郎は中に入った。

 見れば、全員の視線には、背を向けて長椅子に座るサーヴァントの姿が映し出されている。

 彼も待っていたのだろう。虎太郎達が教会の中に入ってくると立ち上がり、振り返った。

 

 

「ようやく来たか。随分と待たせるものだ、鈍間にも程がある」

 

「――――パ、パチモンじゃないのよぉ!!」

 

「……何の話だ?」

 

 

 燃え尽きたかのような白い短髪、消し炭のような黒い肌。反応を見せたのはガウェインとメルトリリスだ。 

 

 メルトリリスは月で彼に出会っていた。もっとも、それは彼とは別の可能性ではあるが。

 

 彼女の知る“彼”は赤い外套を纏い、双剣を握るアーチャー。

 対し、目の前の男は顔立ちこそ同じであるが、黒い外套を纏い、その瞳も光を失って腐り落ちている。

 

 

「――――お前」

 

「その様子、オレを知っているのか? 此方に記憶はないが」

 

「何? 黒い、黒すぎない? 日サロでも通い詰めたのかな? 黒人の皮膚でも移植したのかな?」

 

「――――――」

 

「焦げた、焦げたの? コゲパンの亜種? 松●しげるよりも黒いじゃねーか。本当に日本人かお前?」

 

 

 虎太郎も自分の記憶の中にあるエミヤとはかけ離れた姿に思わず漏らした率直な感想は、彼にビキビキと青筋を立たせるばかり。

 

 そう、虎太郎は、英霊“エミヤ”を知っている。 

 聖剣の騎士王と暴君だった頃の英雄王がカルデアでやらかした後のこと。

 宝具の関係上、アーラシュだけでは後方支援が成り立たないとして、召喚されたのが英霊“エミヤ”。

 

 だが、これまた虎太郎の運が悪い事に、彼と因縁のあったランサーのクー・フーリンを同時に召喚。

 騎士王と英雄王のように因縁のあった二人は売り言葉に買い言葉を重ね、武器を構えた時点で虎太郎の自害命令が炸裂したのであった。

 

 その後は彼の代わりに呼ばれたロビンが活躍していたため、無理に喚ぶ理由はないとのことでスルーされ続けていた。

 

 先にも言った通り、目の前の彼はエミヤとは別の可能性、エミヤ・オルタナティブと言ったところか。

 

 

「――――で、そっちの目的は?」

 

「ふん、分かっているだろうに。無論、共闘の申し出だ」

 

 

 エミヤオルタは、どうやらトリスタンと同じ時期にSE.RA.PHに召喚されていたらしい。

 だが、この異常な聖杯戦争になど参加するつもりは更々なく、この事態を一刻も早く終わらせる為に、SE.RA.PH内の探索を続けていたとの事。

 そして先程、教会に立ち寄ってみれば、誰かが居た形跡を発見し、ブラストバレーの戦いを目撃。此処で待ち構えていたのだ。

 

 

「この事態を解決するにはお前達に肩入れするのが最短距離だと判断した。理由としてはそんなところだが、納得したか?」

 

「納得だ、分かり易くていい。それで、他に情報はないか?」

 

「――――二つほど」

 

「結構、教えてくれ」

 

 

 虎太郎がエミヤを簡単に受け入れたことに、三騎のサーヴァントは眉根を顰める。

 何せ、出会ってから一時も殺意と警戒を解いていない。少しでも隙を見せようものなら、皆殺しにでもされてしまいそうだ。

 だが、虎太郎は気にした様子はない。情報を期待しているのか、それともそれ以外の理由があるのか。

 

 ともあれ、エミヤが開示した情報は有益だった。

 まず、BBから開示された情報。パッションリップは衛士(センチネル)と呼ばれ、特定エリアを守るために特殊な加護と権限を持つ。

 これを打ち倒すには『心の鍵』と呼ばれるBB特製のアイテムが必要なのだとか。これには虎太郎の顔も曇りに曇る。

 

 もう一つが、教会に隠されていた端末に、セラフィックス職員のレポートが保管されていること。

 厳重にロックされており、サーヴァントやアルターエゴでは開封できない術式となっているが、開封できれば何らかの手がかりになると思われる。これには曇った虎太郎もニッコリであった。

 

 

「あー、はいはい。成程、この形式ね。なら、オレが開封できる。クラッキングだけど」

 

「意外ですね。そういったことはアルフレッドに任せきりだと思っていましたが」

 

「ま、念の為さ」

 

 

 普段、電子情報戦や機械の制御をアルフレッドに任せきりだったのは、出来ないからではなく、アルフレッドの方が早く正確だからだ。

 虎太郎はアルフレッドが居なくなった時のことを想定している。無論、アルフレッドが敵に回った場合も含めて。

 無二の相棒でさえ死ぬことはある。無二の相棒であっても裏切ることはある。何も信じていない彼にしてみれば、当然の結論。その手の技術も学んでいる。

 

 幸い、セラフィックスはカルデアの下部組織のようなもの。レポートの保全(ロック)形式も、カルデアで使用されているものと同一であった。

 それから五分。プロとは言い難いが、素人とも言えない微妙な時間を掛けて、虎太郎は何とかレポートを開封した。

 

 レポートは最新技術が用いられており、見る人間の脳に直接データを送るのだという。

 マーブル曰く、セラフィックスの主任クラスの権限でしか、使用することは出来ないらしい。

 

 つまり、見れるのは虎太郎かマーブルのみ。言うまでもなく、レポートの内容を観覧したのは虎太郎である。

 

 レポートの内容は、この教会の主、セラフィックスのセラピストの記録であった。

 

 そこから読み取れたのは、SE.RA.PH内で発見した職員の物と同じように、異常が発生したのはやはり4ヵ月前。

 その間、セラピストは不安に打ちひしがれる職員達を癒し、心を解きほぐしてきたようだが、今から2ヵ月前にセラフィックスの道徳は完全に崩壊したようだ。

 これだけでは単なる日誌に近いものではあったが、手がかりになりそうな情報もあった。

 

 まず異常が発生した当初、このセラピストは何らかの怪物に出会い、取り憑かれていると綴られていた。

 断定こそできないが、『暗闇の中に光る無数の目』というワードは、魔神柱を連想させる。

 

 そして、教会の外で行われた職員の暴動があった事実から、少なくとも異常発生から2ヶ月間は、セラフィックスのSE.RA.PH化は進行していなかったようだ。

 

 何よりも重要なワードは『天体室』。

 時系列的に、この封印されていたと思しき部屋の扉を開いたことにより、事態はより致命的な方向へと流れていった可能性がある。

 

 

「天体室はSE.RA.PHの中心にあるわ。セラフィックスを電脳化させている動力源よ」

 

「何だ、お前。知ってたのか?」

 

「メルトリリス、黙っていた訳を。事と次第によっては……」

 

「落ち着け、トリスタン。で、訳は……?」

 

「それは――――――言えないのよ。察してちょうだい」

 

「ふむ。成程、それだけ分かれば十分だ」

 

「――――私は納得しかねますが……」

 

 

 まあまあ、と間に割って入った虎太郎に、トリスタンは不承不承と頷いた。

 メルトリリスがこの事態を治める方法、この事態の切欠となった施設について口を閉ざしていた事実は、裏切りに当たるだろう。

 

 だが、虎太郎はメルトリリスの表情と選んだ言葉から、おおよその事情を察することが出来た。

 彼女の表情は苦しむように歪み、“言わなかった”ではなく“言えない”と口にした。

 本心を言えば、彼女も明かしたかったのだろうが、それを口にする権利がない。アルターエゴ故か、メルトリリスも廃棄処分されるまではセンチネルであったからなのか。情報開示に何らかの制限が設けられているのだろう。

 

 少なくとも、今のように虎太郎達が一定の情報を入手しなければ、メルトリリスも手助けが出来ないのだ。

 

 これはメルトリリス自身の意思によるものではない以上、裏切りには当たらない。仕方のない事実というだけ。

 

 

「何にせよ、SE.RA.PHの探索は続けるしかないわ。今日はもう休んで」

 

「それもそうだな。分かったよ」

 

「じゃあ、6時間後に起こしに来るわ。私は外で休むから」

 

「はぁ? 別に此処で休めばいいだろ?」

 

「嫌よ。アルターエゴと人間を同じ空間に置いておくなんて、頭がおかしいんじゃなくて……?」

 

 

 メルトリリスの言葉を、マーブルはぶんぶんと首を縦に振って肯定した。

 

 自らの潔白を証明するために、あえて距離を取る、と言う事だろう。

 虎太郎はまだ何がしかの言葉を発しようとしたが、メルトリリスはさっさと扉から外に出てしまった。

 

 その足取りは、プリマと呼ぶには余りにも落ち着きがなく、不安に満ちたもののようで――――

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――全く、何なのよ、あの人は……」

 

 

 教会の外で床に腰を下ろし、メルトリリスは一人ごちた。

 

 初期化され、能力どころか性格まで変化していたというのに、ただの1日で以前と同じレベルにまで戻っている。

 

 全ては契約を交わした弐曲輪 虎太郎によるものだ。

 自分自身に疑いなどなかったが、この教会で出会った時にはどれほどの絶望を抱いていたか。

 例え、本人にそのつもりがなくとも、彼の行動が、自身にとってどれだけの救いであったか。

 

 あの無茶苦茶な行動は、メルトリリスに余計な考えを起こさせないには十分過ぎた。

 振り回される度に、どれだけ辟易とさせられたか。自分すら顧みない行動に、どれだけ心配させられたか。

 

 今、こうして一息ついてみれば、疲れはするが楽しくて、楽しくて、楽しくて――――涙が流れてしまいそう。

 

 サーヴァントも既に三騎。戦力は整い始めていると言えよう。

 だが、それでも足りない。戦力が足りない。能力が足りない。時間が足りない。

 

 ――あの女には、全然、全く、これっぽちも、手が届かない。

 

 その事実に、膝に顔を埋めて、零れそうになる涙を必死で堪える。

 

 もう心は折れてしまいそうだ。

 自分自身はSE.RA.PHで起きている事象を、正確ではないにせよ一番肉薄しているというのに、それを言葉にすることが出来ない。

 こんな事を続けていても、いずれは決定的な別れが訪れる。希望などないに等しい。

 

 自分が消えてなくなるのならいい。

 どの道、月の裏側で消えていた命、消滅することは恐ろしくなどない。

 

 

(でも、あの人をうしな――――――っ?!?!)

 

 

 彼女にとって最悪の未来をイメージした瞬間――――教会の一部が吹き飛んだ。

 

 余りの出来事に、メルトリリスはポカンと大口を開けるしかない。

 敵の宝具、事故、仲間割れ、様々な憶測が思考を占め、次の行動すら忘れていた。 

 しかしそれも一瞬の事、何が起こったのか、誰か巻き込まれていないかを確認するために地を蹴る。

 

 爆発地点は教会の出入り口のすぐ右の壁。

 

 しかも内から外へ向けて破片が飛び散っている。明らかに中から爆破されたものだ。

 メルトリリスは、早々に仲間割れでも起こしたのかと蒼褪めた。トリスタン、エミヤ、どちらも何をしたところで可笑しくはない。

 ガウェインとて、信じられたものではない。このSE.RA.PHは大なり小なりサーヴァントは精神に影響を受けるのだ。

 

 だが、全ては杞憂であったとメルトリリスは思い知る。

 濛々と立ち上る粉塵の向こう側にあった人型は、彼女が誰よりも信じている人間だからだ。

 

 

「……しまった。火薬の量、間違えたかな?」

 

「何を、やってるんですかぁぁぁぁぁ――――――っっ!!!」

 

「お、敬語に戻った」

 

 

 頭を掻きながら、爆発地点を眺めていた虎太郎が居た。

 科白からも、これは彼の仕業であるのは明白。メルトリリスの絶叫も無理はない。

 

 

「虎太郎、どうしたのですか!」

 

「あ、いや、すまん。ちょっと風通しを良くしようとな。他の連中には火薬を弄っててやっちまったと伝えてくれ」

 

「何故、そのような…………ふむ? …………ふむふむ……………………ふむ。成程、分かりました。では、そのように」

 

 

 メルトリリスに続いて現場に駆けつけたガウェインの顔にも、流石に動揺の色が浮かんでいた。

 しかし、虎太郎の表情から彼の仕業であると悟り、更には一足先に駆けつけていたメルトリリスを見つけると二人を交互に指を差す。

 暫らく指差しを繰り返したが、やがて納得したのかニッコリと微笑むと、虎太郎の言葉通りに礼拝堂へと戻っていく。

 礼拝堂にはエミヤとトリスタンの気配が、二階の個室からはマーブルの悲鳴が響き渡っているが、ガウェインならば巧く収めるだろう。

 

 

「あーぁ、どっこいしょ、っとぉ。これでようやくマスクを外せる。風通しが良くなって、多少は臭いがマシになった」

 

 

 虎太郎はガスマスクを外し、礼拝堂から持ってきたであろう長椅子に腰掛けると、一日の疲れを示すように身体中からバキバキと空気の破裂音を響かせながら大きく伸びをした。

 その後、大きく深呼吸。彼にとって、この教会の匂いは相当に不快なものであるのか、SE.RA.PHから流れ込んでくる空気はまだマシなようで、晴れやかな表情になる。

 

 

「もしかしなくても、その為だけにぃ!?」

 

「そうだけど? この教会臭くて敵わんわ。誰がナニしてたんだか知らんが、ナニと獣の匂いで気分悪くなる。あと、オレの持ち物じゃないから痛くも痒くもない」

 

「ああ、分かったわ! 貴方、馬鹿ね! 馬鹿でしょう!?」

 

「何を今更。オレと出会って一日も経ってるのに、そんなことに気付かないとは逆に驚きだ。ほらよ」

 

 

 虎太郎は此処に来ている時点で馬鹿だろ、と言わんばかりの表情で肩を竦めると、メルトリリスに一人掛けの椅子を投げ渡した。

 慌てて膝を突き上げると背もたれの隙間に棘が入り込み、すんでのところでキャッチする形となる。

 

 キっと虎太郎を睨みつけるメルトリリスであったが、虎太郎は長椅子に寝転び、片手で頭を支えて気にした素振りすら見せていない。

 

 

「ちょっと、私は休息を取りなさいと言ったのだけど……?」

 

「そうは言ってもな。オレは他人が近くに居ると寝られないし、寝なくても何とかなる」

 

「そんなわけないでしょ? そんなイルカみたいな……」

 

「オレは何時の間にか起きたまま眠る矛盾を御していた。つまり、イルカと同じ半球睡眠ができると言うことだ……!」

 

「何それ怖い! 貴方、何処まで無茶苦茶なわけ?!」

 

「いや、オレにも何が何だか。まあ、そういうわけだ。眠らずに越える夜の長さは知ってる。お互い暇だ、折角だから付き合えよ」

 

 

 メルトリリスの悲鳴染みた声を軽やかにスルーし、座れと手を差し出し促す。

 

 彼女も虎太郎の台詞全てを信じたわけではなかったが、動く気配というものが全くない。

 壁を風通しを良くし、更には見通しの良くなってしまった場所に居座っていては、外から何をされるか分かったものではない。

 メルトリリスは渋々と膝の棘から椅子を引き抜いて地面に置くと、虎太郎に背を向ける形で腰を下ろした。

 

 

「――――ねぇ、カルデアって、どんな所なわけ?」

 

「あー、概要くらいは知ってるか?」

 

「まあ、単なる知識でしかないけれど、ね。私が、聞きたいのは――――」

 

 

 メルトリリスは一切納得していないという表情をしながらも、会話には花が咲いていく。

 まるで不安を打ち消すように、彼女の意志とは無関係に、滑る唇は止まらない。

 

 会話に花が咲けば、笑顔の花も咲いていく。

 逃げられない悪夢の中にあった、一時の穏やかな夢のように。

 

 虎太郎の話術によるものか、それともメルトリリスの強がりだったのか。

 彼女の表情には一切の翳りはなくなっていた。内心の不安も既に消え去っている。

 

 苦悩など、そんなものだ。

 苦しい境遇、悩ましい状況にあってすら、笑うことができれば消え失せる。

 苦しい境遇は、より楽しい会話によって。悩ましい状況は、より穏やかな時間によって。

 

 アルターエゴもまた、人と同じく心を持つ。

 今は、その不必要な筈の機能に感謝していた。楽しすぎて泣いてしまう。辛すぎて笑ってしまう。

 その矛盾はメルトリリスが人というものを理解し始めた証であり、また彼女の持つ心が本物であると示している。

 

 虎太郎も普段の無表情を崩し、カルデアで待つ仲間との馬鹿馬鹿しい思い出を、自身の呆れ返る過去を語る。

 例え、どれだけ絶望的な状況に叩き落されようとも、どれだけ確実な破滅を突き付けられようと、心の余裕は忘れない。

 人生とは楽しむもの。自身の身の丈に合った欲と悦を満たしていく方が健全だ、と断じている。そうでもなければ、生きている意味がない。

 

 メルトリリスの泣き出してしまいそうなほどの不安が掻き消え、彼女本来の少女らしさが顔を出した時、虎太郎は表情を引き締めて、長椅子に横にしていた身体を起こした。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや、何か――――」

 

「――――――っ?!」

 

 

 視線を感じる、と虎太郎が言葉を紡ごうとした瞬間、メルトリリスの爪先が跳ね上がった。

 ギン、と金属音が一瞬だけ響き、続いて虎太郎が座っていた長椅子の背に矢が突き刺さる。

 

 

(危、なかった……――いえ、それよりも!)

 

 

 メルトリリスであっても、冷や汗を掻く、刹那の攻防。

 矢が飛んできた方向に目を向ければ、確かに遠ざかっていく気配を感じた。恐らく、矢の射手は舌打ちをしていることだろう。

 

 しかし、気配は確かにあるのだが、姿がまるで見えない。

 自身の姿を姿を消す能力、威力は低いが正確な射撃能力、小賢しい戦い方。メルトリリスにはそんなサーヴァントなど、一人しか心当たりはない。

 

 

「あの、アーチャー……!」

 

「待て、メルトリリス。ふんふん、確かにこれはイチイの毒だな。ロビンが一番よく使う毒だ」

 

「だったら……! こんな風に四六時中狙われたら、堪ったものじゃないわ!」

 

「だから落ち着け。後を追ったら思う壺。エゲつないトラップ三昧で疲れるだけだぞ」

 

 

 探索中、BBが差し向けた緑衣のアーチャー――――ロビン・フットによるものと見て、間違いない。

 

 虎太郎は然るべき制裁を加えようとしたメルトリリスを、長椅子から矢を引き抜いて匂いを嗅ぎ、鏃を舐めて毒を確認しつつも諫めた。

 ロビンは付き合いが長く、自身の右腕同然に扱ってきた。彼が最も得意とする戦い方もよくよく理解している。

 姿を現さず、狙撃に徹し、追ってきた敵を攪乱して罠に嵌める。ロビン自身は嫌っているが、その殺戮技巧は英雄と程遠くはあっても、虎太郎も迷わずに一流と頷くゲリラ戦法だ。

 

 

「同じ場所からの狙撃はしない。狙撃手は一発でも打てば、即座に場所を変えるからな。味方の内は便利で頼もしいが、敵に回ると死ぬほど厄介なんだよな、アイツ」

 

「半端な英霊の分際で……!」

 

「怒るな怒るな、それもアイツの思惑の内だ。こういう時は、落ち着いてドンと構えるのが正解だ」

 

「だ、だからって、ここに居続けるつもり?!」

 

「そりゃあね。アイツは自分の居場所がバレる馬鹿はしない。ここを狙えるポイントは限られてくる。やたらめったら打ちまくれば場所が割れる。だから、ここにいた方が安全だ。お前もいるしな」

 

「………………」

 

 

 そうまで言われれば、メルトリリスも黙らざるを得ない。

 そもそも彼女はアルターエゴの中でも最高の性能を誇り、プライドも同じように高い。

 此処で建物の中へ入って、と懇願でもしようものなら、貴方を守りきる自信がないと吐露するようなもの。意地でも口にはすまい。

 

 不機嫌そうな表情を隠しもせずに、メルトリリスが背を向けると、虎太郎は表情を崩す。

 

 それはメルトリリスの行動が微笑ましかったのではなく、BB――のみならず、その裏に潜む何者かまでをも出し抜く弓を得た故の笑み。

 

 ロビンが放った矢の鏃を外す。

 日本においては()と呼ばれる軸部分は中が空洞になっていた。

 そこには丸められた一枚の紙――恐らく、ロビンの持つ紙巻きタバコをバラしたものだろう――が入っており、短く走り書きが記されていた。

 

 

『やっぱりBBの背後に誰かが居る臭い。こっちはこっちで調べるから、そっちも死ぬんじゃねーぞ』

 

(うーん、この有能さだよ。やっぱり仕事しやすくていいね、アイツは)

 

 

 ――――どうやら、BBが月から連れてきたロビンは、カルデアでの記憶を持っているようだ。

 

 カルデアのサーヴァントはレイシフトによって特異点に赴く際、まれに虎太郎の元を離れ、“はぐれ”となる場合がある。

 聖杯によって生じた時代の乱れがレイシフトに干渉し、契約関係をメチャクチャな状態にしてしまうのでは、というのがアルフレッドの推測である。

 

 これはその亜種だろう。

 霊基(にくたい)そのものはカルデアにあるが、精神や意識、記憶といったものがBBが連れてきたロビンに上書きされてしまったと思われる。

 元々、霊基は同位体なのだ。これ以上に親和性の高いものはない。問題は、何故そのような事態に陥ったかであるが、このSE.RA.PH自体が、数々の特異点の中でも更に特異かつ、カルデアの機能では本来不可能な未来へのレイシフトを行った故だろう。

 

 その事実に虎太郎が気づいたのは、数時間前の戦闘時。

 ガウェイン、トリスタン、メルトリリスに追い詰められ、一発逆転のマスター殺しを狙ったあの瞬間だ。

 ロビンにしてはあまりにも浅慮な、自身に合った戦い方とは懸け離れた行為に違和感を覚え、メルトリリスに背後から一撃を喰らった際、ロビンは確かに笑って虎太郎を見た。

 

 そして、違和感から衣服のポケットを探ってみれば――

 

 

『オレは敵じゃねぇからな、大将。ついでに、BBも厳密には敵じゃないみたいだぜ』

 

 

 ――そんな文字の書かれた紙切れが入っていた。

 

 ご丁寧に、もしもの離れ離れになった時、互いを味方だと証明するための暗号まで添えて。

 今回の黒幕どころか、BBにさえ悟られることなく、独自に信頼できる情報を得られるようになった瞬間だ。

 

 

(しかも、情報を流す方法も巧い。ファインプレーだ。でかした、ロビン)

 

 

 ロビンの得意とするゲリラ戦。姿を隠しての狙撃。

 一日数度も狙撃による奇襲を仕掛ければ、単なる嫌がらせ、得意とした戦法を取っているだけ、と誰も彼を疑わないだろう。

 

 もっともロビンとしては気が重い方法だろうが。

 何せ、本気で虎太郎を殺しに掛からねばならないのだ。ガウェインの強さは百も承知だが、一歩間違えば虎太郎を殺す羽目になりかねない。

 それでも両者は迷わずに、打ち合わせもなくその方法を選択した。計算高さと相手に知られることなく情報を得られる事実は、盤面(ゲーム)を根底から覆す威力を秘めていることを知っているからだ。

 

 

(問題はこっちの状況をロビンに、可能であればアルフレッドにも伝える方法だが――――いや、何、相手がこんなに隙だらけならやりようなんぞいくらでもある)

 

「ちょっと、何を笑ってるのよ、気持ち悪い」

 

「いや、別に。そんなにオレのことを心配して不安になって、アルターエゴも可愛いもんだとな。やっぱり人間と大差ねぇわ、と思っただけだ」

 

「――――…………っ、ふんっ! 馬鹿じゃないの! 私を人間風情と一緒にしないで!」

 

「へいへい」

 

 

 喜びか、悲しみか。その言葉にメルトリリスはそっぽを向く。まるっきり拗ねた少女の反応だ。

 虎太郎はその反応に嘆息した。彼女の美しい菫色の髪の隙間から覗く耳が、真紅に染まっているのが見えたから。

 

 

(どうしてこう、オレが助けた女ってのは、こうチョロいんだか。まあ、オレを信じている以上、オレも裏切るつもりはないが……やめだ。面倒だから考えるのは止めよう)

 

 

 懐から取り出した煙草にロビンの手紙を巻き付けて火をつける。紫煙を楽しみながら証拠を隠滅する。

 これで、よほどの下手を打たなければ、ロビンとの関係性はBBどころかメルトリリスも、ガウェインですら気づくまい。 

 

 暫くして、メルトリリスはチラチラと視線を向けてきたので、会話が再開される。何をどう言おうと、臍を曲げようと、不安を掻き消すためのものであろうと、会話が楽しい事実に変わりはないようだ。

 こうして、二人は休息全てを使い、眠れぬ時間を過した。SE.RA.PHに昼夜の概念はなかったが、少なくともメルトリリスにとっては春の陽光の中で安らぐように、心穏やかな時間であった。

 





はい、というわけで、デミヤが味方?になる&メルトリリス可愛いよメルトリリス&ロビン実は味方でした。

メルトリリスですが、メルトウイルスによってガンガンサーヴァントを取り込んでいるので超強化、だけではなく、黒幕がサーヴァントという栄養価を摂取するのを妨げて成長まで抑えている有能っぷり。
この辺は御館様が分かってやっているのではなく、事態の全貌を把握しているメルトリリスの機転が大半。御館様は冬木の聖杯戦争しか知らないので、サーヴァント殺しすぎるのは聖杯にリソース突っ込むうようなもんだからヤバくね? 程度にしか考えていない模様。相変わらず、タイミングの良さと運だけで正解を踏む男である。もしくは敵への嫌がらせに特化した男。

ロビンは実は仲間でした。
前回の一か八かの特攻は、今回のための伏線。さあ、どんどん黒幕包囲網が狭まっていきますよー(ニッコリ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人と野生の獣が手を組むととんでもないことになる。ギャグ不可避的な意味で』

羅生門イベ、金ピカとWグランドクズ野郎で茨木ちゃんをボコにしまくる。
ガチャは必死で右手を抑えている状態。この後に、頼光ママンや水着イベ、不夜城のキャスターとかが待ってるんや! 許してくれ、酒呑! でも全体アサシン欲しい!

始めは600万とか無理やろ、思ったけどイベント礼装を揃えるとそんなでもないですなー。
ジャックちゃんとかも使ってあげたいけど、Qを強化できる鯖が少なすぎて、出番なし。
そして、相変わらず出ずっぱりのステラさんとマーリン。この二人、使い勝手が良すぎんよぉ!

では、SE.RA.PH編第五話ドゾー


 

 SE.RA.PH内の時間において翌日。

 6時間の休息後、一行は再びSE.RA.PHの探索を開始した。

 

 同行者はメルトリリスとガウェイン。

 虎太郎は全くやる気はないが、救出対象であるマーブルは危険故に教会で待機。

 マーブルと教会(セーフハウス)の守り手として、トリスタンが残った。

 

 助け合うつもりも馴れ合うつもりもなく、ただひたすらに異常事態を最短で収拾したいエミヤは別行動を取り、独自の探索に出ている。

 その最終的な思惑はどうあれ、SE.RA.PHに召喚されたサーヴァントと戦い、己に目を引き付けることで、虎太郎の手助けをするつもりのようだ。

 

 

「しかし、面倒だ。ひたすらに面倒だ」

 

「ははは。それはそうでしょう。新たなセンチネル――――彼女は、虎太郎が苦手とする相手です」

 

「バーサーカーの中では、会話はできるからいいものの、言動がアレじゃあ、ねぇ」

 

「…………はぁぁぁああぁぁぁぁぁっっ(クソデカ溜め息」

 

(本当に嫌そうな顔しているわね)

 

 

 今より30分前、一行はBBの差し向けた新たな刺客と刃を交えていた。

 

 センチネルの名はタマモキャット。

 カルデアの霊基リストに登録されており、いくつかの特異点においても戦闘を行ったバーサーカー。

 

 その性格、そのキャラはブレ過ぎ、の一言に尽きる。

 妙に肌を見せる和装だったかと思えばミニスカメイド服、挙句の果てに裸エプロンまでも。和風美人なのか、メイドなのか、新妻なのか。

 頭には狐耳、名前には猫が入り、語尾はワン。もう何が何だか。

 

 元々、彼女のオリジナルはキャスターである玉藻の前。大妖として恐れられた九尾の狐。

 そのオリジナルが、何らかの理由で力を切り落とした尾の一つが彼女なのだとか。

 本当に、本当に恐ろしい話なのだが、タマモキャットレベルのサーヴァントがあと8騎も、虎視眈々と世界の何処かで出番を待ち侘びているのである。

 

 

「キャットは、まあ使える部類か。アイツ、頭はあっぱらぱーだが、馬鹿じゃないんだよなぁ。妙に義理堅いところもあるし、助けてやって味方に引き入れるか」

 

(うん、無理だったら殺そう。そしてカルデアにも連れて行くのは止めよう。何処かで死んで貰おう)

 

(また、外道なことを考えていますね、アレは……)

 

(また無茶をする、んでしょうね…………すっごいお願いしたら、やめてくれるかしら……?)

 

 

 基本的に、キャットは自らを召喚した者を裏切らない。メイドや小間使いとして雇われた場合も最大限の力を発揮する。

 第二の特異点(セプテム)では、名も無き島に召喚され、性悪女神(ステンノ)に顎で使われていたのだが、不満はあれども逆らいもせずに従っていたほど。

 

 BBの側についたのも、此度はSE.RA.PHに召喚され、マスターもなく彷徨っていたところを拾われた一宿一飯の恩義故。

 BBはBBでキャットを信用しきれていないらしく、絶対服従首輪なるものを取り付けて、行動を縛っていた。

 キャット当人も好きで従っているわけではないようで、自身を召喚した本来のマスターを探しているようではあった。

 

 ならば、彼女を縛っている首輪さえ何とかしてしまえば、交渉の余地はある。

 

 

(128騎のサーヴァントがいるのなら、このSE.RA.PHにも128人のマスターがいるのは道理だが……こうも表に誰も出てこないとなると、死んでいるのか、それとも()()()()()だけなのか。どっちにしろ、生存は絶望的だろうが)

 

 

 セラフィックスにあったであろうアニムスフィアの魔術工房、あるいはマリスビリーの遺産。

 何であったにせよ、碌なモノではあるまい。少なくとも、世間一般の倫理に沿うものではない。魔術師の研究とは得てしてそういうものなのだ。

 

 

(それに、センチネルはアルターエゴでなくともなれるのか、そういえば一番最初にあったあの、あの……名前聞いてなかった。ともかく、あのセイバーもセンチネルの一人かねぇ……)

 

 

 センチネルとなるには、KP――カルマファージと呼ばれる要素を受け入れられるだけの霊基(うつわ)があれば、それでいい。

 センチネルであったメルトリリスが語ったこと。事実と見て間違いない。

 

 

(さて、問題なのはKPとやらを何処から引っ張ってきているのか。その根源、大本は何になる? SE.RA.PHか? ムーンセルとか? それとも別の何かかねぇ?)

 

 

 謎は尽きない。一つの謎が明らかになれば、即座に二も三も謎が明らかになる。

 ただ、分かっているのは、全ての謎が繋がっているという点のみ。

 蜘蛛の巣のように広がる糸の繋がり、その中心には何かが手ぐすねを引いて待ち構えていることだけは間違いない。

 

 ただ、KPとやらはBBが作成したものではないのは確かなようだ。情報元はBBの傍らで扱き使われているロビンから。

 

 今日も数度に渡って遠距離からの狙撃によって、情報の受け渡しに成功していた。

 お陰様で、何も知らないメルトリリスは機嫌が悪くなり、ガウェインも警戒度を増しているが。

 

 

『BBの奴、やばいのを引き入れやがった。あの駄狐の分身みたいな猫だ』

 

『どうやら、BBもKPとやらの扱いに困ってるみたいだな』

 

『時々ムーンセルを罵ってる辺り、相当に切羽詰まってるんじゃないか?』

 

 

 要領を得ないBB陣営の内情であったが、相当に追い詰められているのは間違いない。

 少なくともKPや聖杯戦争の運用、運営など、やりたくてやっているわけではないのはよく分かる。

 

 

(BBは此方に喚ばれたようなことを言ったが、ロビンからの情報を見る限り、ムーンセルから事態を収拾するために送り込まれた、と考えるのが妥当か……?)

 

 

 こっそりと伝え聞いたBBの反応を見る限り、BBの上司はムーンセルと見て間違いない。

 

 ムーンセル・オートマトン。

 月の内部に収められた無限の聖杯――――とは言え、聖杯とは名ばかりのものに過ぎない神の瞳にして、神の頭脳。

 この世界ではない何処かの平行世界に存在し、月から地球のみならず太陽系全域を見守り続ける観測機械。救世主の血を受けた杯とは全く無関係の、異文明が残した遺失物だ。

 本来、願望機として残されたものではないが、その優れた演算機能は平行世界すら観測し、蓄積し続けた情報量から過去改変すら可能とする。

 

 そのムーンセルが、この特異点の発生――――もっと言えば、このSE.RA.PHにて発生した(ナニカ)を危険と判断したのだろう。それ故に送り込まれたのがBBと見て間違いない。

 

 

(しかし、ムーンセル自体は意思らしきものを持っていないって話だ。そりゃそうか、神の頭脳が人間性なんぞ獲得しても碌なことにならん。アルみたいな事例は稀だろうしなぁ)

 

 

 分かるのはその程度。ムーンセルが動いた理由は判然としない。

 神の頭脳は見守ることを良しとした観測機械。人類への温情で動いているわけではない。

 そもそも人間など愛していないだろうし、地球という知性活動を貴んでいるわけでもあるまい。

 あくまでも機械的に、あくまでも機能の一つとして、BBを送り込んだのだ。

 

 

(BBは自身を月の支配者と呼んだ。ということは、一度はムーンセルを掌握したわけだ。うーん、ムーンセルも万能の癖にガバガバというか何というか。まあ、機械的な反応しか示さんのなら付け入る隙はいくらでもあるか)

 

(そしてBBはその過去を“先輩”とやらへの愛情によって“なかったこと”にした。信じられん荒業だが、霊子虚構世界なら可能なのか……?)

 

(ふむ、答えに至るための情報が少なすぎる。これ以上は分らんな。そもそも余所の世界の事情なんて興味もないし)

 

 

 しかし、その余所の世界の事情こそが、此度の案件に深く関わっていることも事実だろうが、BBにせよ、メルトリリスにせよ、事情を語ることはあるまい。

 それほどまでに此度の黒幕を恐れているのか、警戒しているのか。少なくとも現段階では語らないのではなく、語れないと言うべきだろう。

 

 

「取り敢えず、エミヤと合流してキャットを此方側に引き入れよう」

 

「本気なの? いっそのこと倒してしまった方が後腐れがないのではなくて……?」

 

「心情的にはお前と同意見だが、戦術的な観点から同意しかねる」

 

「人手が増えるのは良い事です。アーチャーを筆頭とした遠方からの攻撃手段を持つ者を集団で配置されては、我々では分が悪い」

 

「トリとエミヤを使えば? あの二人は本職でしょう?」

 

「トリスタンは教会を動けませんし、Mr.エミヤは腕前や信念は信用できても、人柄は信用できません」

 

 

 キャットを仲間に引き入れることに難色を示すメルトリリスの意見を、ガウェインはニッコリと笑いながらもバッサリと斬って捨てる。

 虎太郎もエミヤを擁護する気はないらしく、メルトリリスは不承不承と納得せざるを得なかった。

 

 エミヤの事態を迅速に収拾すべきという信念は、疑う余地のなく本心である、というのは三人の共通認識だ。

 だが、余りにもその信念に寄り過ぎている。ガウェイン、メルトリリスと違い、虎太郎個人に対して友愛や感謝を抱いている訳ではない。

 であれば、より手早い手段を見つけ、その為に誰かを切り捨てる必要があると判断すれば、迷いなく見捨てるだろう。いや、それどころか背後から引き金を引きかねない。あの男に無防備な背中を任せるのは、危険すぎる。

 

 対し、キャットは実に単純明快だ。

 野生の獣故に、一度でも手懐けてしまえば、無比無類の守護者となるだろう。

 問題は、あのブレすぎのキャラに周囲が巻き込まれてしまう点だが、現状ではエミヤに比べれば安心して背中を任せられる存在と言えよう。

 仮に遠距離から集団攻撃を受けたとしても、防衛に一人、敵の目を引き付ける囮が一人いれば、ガウェインが聖剣の力を放つ時間は十分に稼ぐことは出来る。

 

 

「ふむ。しかし、レディ・キャットと貴方は衛士となった経緯が異なるのですね。私はてっきり、アルターエゴとセンチネルはイコールかと思い込んでいましたが……」

 

「確かに、今の私は衛士として再摘出(サルベージ)されたアルターエゴよ。でも、センチネルなんて所詮は後付けのクラスなの。KPに耐えられる霊基さえあれば、強大な力が手に入るというだけ」

 

(………………んん? ほほぅ、再摘出とな)

 

 

 虎太郎はメルトリリスの言葉に引っかかりを覚え、内心でガウェインの無意識のファインプレーに笑みを零した。

 

 アルターエゴは、BBが完全なAIには不要として切り離した感情から作られた違法霊基。本来ならば『再摘出』ではなく『摘出』という言葉が正しいだろう。

 

 そして、BBが一度摘出した不要な感情を再び取り込む理由などない。

 つまり、メルトリリスはムーンセルが送り込んだBBから摘出されたのではなく、“なかったこと”になった事象からやってきた可能性が高いということだ。でなければ、メルトリリスの言葉に齟齬が生じてしまう。

 

 その事象において何があったのか。BBの語る先輩とやらが、どのような奮闘をし、どのように戦ったのかは定かではなく、知り得もしない。

 だが、余程の戦いであったことは間違いがない。快楽と愛憎という感情に縛られた怪物(クリーチャー)を、一人の少女にしてしまうほどの激闘だったのだ。

 

 

(再摘出、か。再摘出かー。これさぁ、下手すっと、ムーンセルから送られてきたBB以外にも『再摘出されたBB』とかもいるんじゃねぇだろうなぁ、おい。そう考えるとBBが矛盾した行動を取っていることに説明がついてしまうんだが……)

 

 

 メルトリリスの言葉から、一つの可能性に思い至る。

 確信もない、確証もない。可能性以前の思い付きに過ぎないが、穴だらけであっても筋の通る部分はある。

 

 少なくとも虎太郎が接触したBBは、言葉はどうあれ人類の側に立っているのは間違いない。

 虎太郎を玩具と呼ぶのは、人類を追い詰め、虐め、生き足掻くさまを楽しみと共に眺めていることを望んでいる故。人類そのものがBBにとっては愉しみそのものなのだ。

 だから、無意味に死に絶えることを望んではいない。死んでしまっては折角の楽しみがなくなってしまう。

 

 だが、セラフィックスの惨状はどうだ。

 内部は分裂し、醜い言い争いが展開され、自分勝手な欲望が渦巻き、己の不安を暴力として解き放ち、挙句の果ては特に理由のない迫害と粛清で衰退しきった。

 

 もし、BBがセラフィックスの人間で遊ぶのならば、そのような使い潰すような真似はしない。

 寧ろ、条件とルールを設定し、人間が互いに不安を抱きながらも結託し、個人の能力と人類という種の強み、その全てを使って自分に立ち向かってくる展開を作り出すだろう。

 その方が、BBにとってはどちらに転んでもよい展開になる。

 

 ゲームに勝ったとしても、無様で弱い人間達を嘲笑える。

 ゲームに負けたとしても、愚かながらも誇り高い人間達を称賛できる。

 彼女にとってはどちらでも同じこと。その足掻き、その諦めの悪さ、その人間力そのものを、彼女は好んでいる。

 

 虎太郎が思うBBの趣味嗜好と、セラフィックスの惨状は余りにも噛み合わない。

 

 であれば、BBが二人いると考えた方が自然だ。この惨状を止めようとしているBBと、何らかの理由で人類の敵に回ったBBが居る、と。

 

 

(さて、黒幕がもう一人のBBなら話は早いんだが、それも違うな。狡猾さの中に、自分の悦びを追求しすぎている節がある。魔神柱でも遊びが過ぎる。この間抜けさは人間にしか醸し出せない。それが可能かつやりそうな人物像と合致する人間もいるんだが――――ふむ、何にせよ、予断に過ぎんか)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――成程、その始末屋とやらが天体室を起動させた、ということか。此処の責任者辺りが起動させたのかと思っていたが」

 

「教会にあった日記じゃ、副所長だかが天体室を開けて起動スイッチに手をかけたようだが、実行したのはソイツらしいな。最後の最後で自己保身に走ったか。少なくとも副所長は天体室で行われていた実験の危険性を十分に理解していたようだが……」

 

「まだ何かあるのかね……?」

 

「いや、なに。この手の他人の視点や記憶、思考を追体験するタイプの情報は信用ならん。人間は自分の世界で生きてるからな。全てを鵜呑みにすると事実との齟齬が生まれかねん。何より、何処の誰のモノか分らん情報なんぞ、話半分くらいに考えておいた方がいいだろうよ」

 

「呆れた疑り深さだ。それでは時間がかかりすぎる」

 

「お前は事を急ぎ過ぎだ」

 

 

 虎太郎がエミヤを呼び、彼が訪れるまでの探索で新たな情報を得ていた。

 得たのはアニムスフィア家が、セラフフィックスで行っていた研究を秘匿するために用意していた始末屋(おとこ)記憶(メモリー)

 

 倫理と道徳を理解しながらも身に着けてはいない故の危険性、想像を欠いた暴力性、相手の痛みに共感できない凶暴性。

 そんなものを持ち合わせる以上、社会の中で馴染めるはずもなく。けれど、悪知恵だけは働く小悪党。

 

 学がない以上、此処で行われている実験がどのようなものであったかなど理解も及ばず、なおかつ知ろうとすら思わない。

 どれだけ人道倫理に悖っていようが、より巨大な力の前に媚び諂い、上手く立ち回ることだけが取り柄。魔術師共にとっては、これ以上ないほどに神秘の隠匿を実行させるには打ってつけの人物だ。

 

 もっとも、小悪党はどこまで行っても小悪党。

 自身を雇った魔術師共の介入がないと分かり、セラフィックスで起きた地獄をより加速させた。

 言わば男は、汚れ仕事の代行者にして執行人。此処で起きた身勝手な粛清を実行した人物であったらしい。

 

 始末屋は殺した。雇われた理由によってではなく、倫理の崩壊した集団の中でこそ、自身のちっぽけな支配欲を満たせたからだ。

 世の中に期待せず、尊重するものは自身だけ。そんな子供染みた理屈で、始末屋は暴走し続けた。

 

 だが、始末屋は救われた。

 曰く、愛を知ったのだと。曰く、支配する以外にも他人と関わる術はあったと知ったと。

 その結果、始末屋はセラフィックスの禁忌に手を出したのだ。

 

 

「思いっきり弄ばれてるな。間抜けで不様にもほどがある。他人と関わる術を知らんから、そんなもの()なんぞに絆される」

 

「…………少し、耳が痛いわね」

 

「むぅ。心外ですね、虎太郎。もしや、私のラグネルへの愛もそのように思っているので……?」

 

「別に、そうは思っちゃいない。お前へ向けられる愛とお前が向ける愛は、始末屋へと向けられたものとは質が違うさ」

 

「ふん、貴様のような男の口から愛が語られるとはな」

 

 

 嘲笑うようなエミヤの台詞に、虎太郎は肩を竦めながらも中指を立ててニッコリと笑う。

 愛なぞ信じてはいないが、理解できないわけではない。もっとも、理解できても共感しないのだが。

 

 始末屋へと向けられた愛は、とにかく歪だ。

 世界を変えるほどの慈愛と称しながらも、最終的に見捨てられるのでは、と始末屋は恐れた。

 

 もうそれだけで歪だろう。始末屋の言葉が正しいのであれば、救世主が人へ向けるような愛でありながら、男女の愛のように風化するものということになる。

 どちらか一方だけであれば可笑しくもなければ不思議でもない。だが、二つが合一したことで可笑しなことになっている。 

 

 

(まあ、分かっちゃいたが黒幕はアレで、性格の系統も見えてきた。慈愛深くありながらも利己的、狡猾でありながらも快楽に流されやすいと言ったところか)

 

(だが、どうしてこんな事態になったのか、全体像がまだまだ見えんし、確証も得られていない。締めに動くには時期尚早か。早く終わらせたいんだが)

 

 

 ふん、と虎太郎は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 彼にしてみれば、この事態は随分と馬鹿馬鹿しいもののようだ。

 対応策、解決策は既に見え始めているらしく、時期が訪れるを待っていた。

 

 

「しかし、正気か? 戦力は多いほど良いという点には同意するが、扱いきれんようでは意味がない。協調性のない者、空気を読めない者は敵よりも厄介だ」

 

「なんだ、どうした? お前、そんなブーメラン発言するなんぞ、よっぽどだな。お前が言うな」

 

「オレが、あんな野生の獣よりも空気が読めないとでも? 何より、お前の方が自身に返ってくる発言は多いと思うが?」

 

「しかも自覚がないと来た。安心しろ、オレは自覚した上で言ってる。お前の方が自分が見えてないよ。ハードボイルドもいいが、お前の場合は茹でる(ボイル)ってよりかは焼いて焦げた(バーン)って感じだがな」

 

「――――――」

 

 

 売り言葉に買い言葉。憎まれ口と皮肉の応酬を制したのは、虎太郎の方だった。

 またしてもエミヤは外見を揶揄われ、ビキビキと青筋を立てて静かに怒りを滾らせていた。

 

 その様に、メルトリリスは見えないところで、ぐっと拳を握りしめる。

 赤い方にせよ、黒い方にせよ、エミヤに対して何か思うところがあるらしい彼女にとって、今の彼の姿は溜飲が下がる思いだったようだ。

 

 それきりエミヤは口を閉ざし、虎太郎はガウェインとエロ談義、メルトリリスは二人に軽蔑の眼差しを向けながら、目的地へと向かっていく。

 

 目的の場所は、エリアの終点。センチネルに与えられた特区だ。

 センチネルはこのSE.RA.PHの守り手であり、それぞれに守るべき区域がある。これを打ち倒すことで、エリアの封鎖が解除され、より自由な移動が可能となるのだ。

 

 

「むぅ。男同士で楽しく会話! キャットは蚊帳の外と来た!」

 

「ああ、来たなぁ。来てしまったなぁ……」

 

「そんなに嫌なら、今からでも方針を変えたらどうだ?」

 

「いやぁ、お前も味方にしてるし。あとは一人も二人も同じかなぁって……」

 

「ふはは、分かりやすく無視されて悲しいが、そこはそれ。よし、そういうコトで戦うぞ! 先程のようにはいかん、KPの使い方も分かったし。でも、宝具だけは勘弁な!」

 

 

 特区の最奥で、タマモキャットは待ち構えていた。

 KPの影響か、漲る魔力は玉藻の前(オリジナル)のそれと遜色ない。

 恐らくは、真っ当なサーヴァントでは太刀打ちできまい。パッションリップほどでないにせよ、元の霊基から逸脱した強さを誇ることは間違いない。

 

 その姿は、正に激神タマモキャット。

 怒りの満漢全席を喰らえとばかりの勢いである。

 

 

「それだけではない! それだけではないのだな! 出ませい! 機動戦士ロビンZと機動戦士ロビンZZ!」

 

『…………………………』

 

「おぉっと、揃いも揃ってやる気がないと来た! これだけ数がいるなら、一人くらいやる気を出していいのでは……?」

 

『無理言うのも大概にしてくれませんかねぇ! 意識分割されて大量生産品染みた扱いを受けるこっちの身にもなれっつーの!』

 

「ロビン。お前って奴は、本当に不憫……!」

 

「…………哀れなのは分かるけど、何も泣く事ないじゃない」

 

「泣くだろ。こんなん泣くだろ。お前、ウチのロビンとは別人だと分かっていても、これは泣くだろ」

 

『アンタもオレを哀れんでるわけでもねーのに泣くの止めろぉ! 見てて余計に腹立ちますわ!』

 

 

 キャットの号令によって現れたのは六騎のロビンフッド。

 如何なる技法なのか。人数が増えている。しかも、意識を分割されているのか、六騎が全く同じタイミングで同口同音を語っている。

 

 扱いの悪さに、虎太郎は思わず涙を流した。

 別段、ロビンの境遇に哀れんだ訳ではない。単に、酷使され続けるロビンの姿に、かつての自分を重ねただけである。

 

 冗談はさておき、厄介なことには違いない。

 ロビンは身体と意識を分割されたことによって、霊基は滅茶苦茶。普段の彼と比べれば、見る影もないほどに弱体化している。

 だが、元よりロビンフッドという英霊は単純な強さで座へと至ったわけではない。

 顔を隠し、名を隠し、清濁を併せのみ、自らの非道に嘆きながら之を飲み込み、弱者の側に立った英雄。弱体化を果たそうとも、シャーウッドの殺戮技巧に翳りなぞある筈なく。

 

 罠に狙撃、騙し打ち、背後から一撃(バックスタブ)。これだけの数が居れば、手数の暴力で押し切れられる。

 ましてや、彼等の勝利条件は緩い。マスターさえ殺してしまえば全ては終わるのだ。

 メルトリリスにせよ、ガウェインにせよ、エミヤにせよ、単騎で現状のタマモキャットを抑えることはできまい。

 最低でも二騎。万全を期すならば三騎で当たらねばならない。漲る野生を読み切るなど不可能だ。どんな手段を取るのか、ロビンよりも予測がつかない。

 

 其処で虎太郎が取った選択は――

 

 

「作戦ターーイム!」

 

「うむ、許可する!」

 

『『『えぇーーーーっっ!!??!』』』

 

「キャットはオリジナルを打ち倒すために日夜作戦を考える智将故、思わず許可をしてしまうのであった」

 

『嘘つけぇ!? 絶対にノリと勢いだろうが!』

 

「ノリと勢いがある方が勝つと特撮ヒーローも申して居る。何か問題でも?」

 

『あぁ゛っ!! もうツッコミどころが多すぎてツッコみきれねぇ!!』

 

 

 虎太郎は手でTの字を作り、作戦を練る時間をくれと申し出ると、キャットは刹那の判断で許可を出した。

 この速さにロビンは勿論のこと、メルトリリスは言うに及ばず、虎太郎ですら驚きの声を上げる。

 ただでさえキャラがブレブレのキャットと付き合うのに辟易としていたロビンは、六騎揃ってその場に頭を抱えて蹲った。

 

 そんな無貌の王に哀れみの視線を向けながら、虎太郎は予期せぬ順調な滑り出しに動揺を押し隠しながらも、タマモキャットに近寄っていく。

 

 

「――――? 作戦タイムではなかったか? そうでなくても騙し討ちがお主の常套手段では……?」

 

「何だ、オレのこと、分かってるじゃないか」

 

「なはは! キャットはオリジナルの腹黒さを知っている故な! 魂がドドメ色の者が何をするのかも知っている!」

 

「成程――――ふ。だが、これは予測できたか? オレはこれから、お前の陣営替えを誘発しよう!」

 

「な、何とぉ! これは流石に予想外! しかし、このキャット、BBチャンに一宿一飯の恩義あり! そう簡単に――――」

 

「お前を召喚した本来のマスターを救ってやると言ったら?」

 

「――――っ」

 

 

 耳元で、人を堕落へと誘う悪魔の如く囁いた虎太郎に、キャットは目を見開いていた。

 見れば、虎太郎は嗤っていた。それこそ、営業悪魔でも裸足で逃げ出すような、悪意に満ちた笑みである。

 

 キャットがBBの側についたのは、一宿一飯の恩義というのもあっただろうが、何よりも自分を召喚したマスターを助けてやるためという目的の方が大きかった。

 気が付けば海の底。周囲は正気を失ったサーヴァントで溢れ返り、本来の主は影も形も見えない。

 だが、確かに彼女は聞いていた。召喚される直前に、助けを求めるか細い声を。死にたくない、もう嫌だと必死な叫びを。

 

 その声の主を求めて、SE.RA.PHを彷徨い、BBに見いだされたのだ。

 

 

「ぐ、くっ……しかし……」

 

「何だ、信用できないか? まあ、当然だな。だが、オレよりもBBの方が信用できんぞぅ。恐らく、BBはお前のマスターがどうなっているのか把握しているはずだ。何せ、この聖杯戦争の管理者だからなぁ」

 

「そんなことは分かっている。管理する側だからこそ、マスターを救う方法を、だな」

 

「無理だ、BBには救えん。アレには優先すべき目的がある。いや、そもそもお前のマスターは死んではいないが、生きてもいない。救いがあるとするなら、もう眠らせてやることだけだ」

 

「それは、どういう……?」

 

「単純な話だ。セラフィックスの人間は既に殆どが死んでいる。なら、他のマスターはアニムスフィアが用意した、ここで行われていた実験の材料(モルモット)しかいないってことさ」

 

「…………!」

 

 

 その言葉に、キャットの瞳に悲しみと同時に怒りが浮かんだ。

 虎太郎は全身から吹き出そうとする汗を必死に抑える。今のキャットは怒り狂った野生の獣同然。視界に入っただけで八つ裂きにされかねない。

 

 始末屋の記録は実に有用だった。

 セラフィックスがおかしくなる以前、始末屋に与えられた業務の一つに奇妙な点があったのだ。

 

 それは“外から搬入される資材の健康状態をチェックする”というもの。

 

 もう、その一言だけで想像がつくだろう。

 セラフィックスに運び込まれていた資材とは“人間”だ。

 

 どんな経緯か、どんな実験だったのかは不明。

 だが、元々セラフィックスはアニムスフィア家の持ち物ではなく、マリスビリー個人の所有物。

 そして、マリスビリーも所詮は魔術師。デミ・サーヴァントを創造するために、マシュの名前もない兄弟達が犠牲になった。

 恐らくは、彼の思想に賛同したアニムスフィア家の誰かが、彼の死後も実験を続けていたのだろう。

 

 オルガマリーは関わってはいまい。彼女にとって虎太郎は、非常に心強い取引相手であると同時に、決して敵に回すべきではない存在。

 何よりオルガマリーの感性は、父を早くに亡くし、アニムスフィア家内でも軽んじられていた故に、魔術師よりも一般人のそれに近い。

 そんな相手に、そんなことを隠すくらいだったら、包み隠さずに全てを明かし、自らの潔白を証明することに使い、何よりも虎太郎に情報を流してアニムスフィア家の汚濁を切り捨てる方に動くだろう。

 

 

「分かるか? BBは確かに嘘を吐いてはいない。どんな契約をしているかは知らんがね。ただ、一つだけ言える確実なことは、オレに付いた方が、お前の目的は早く済ませられる。それがどのような形であれな。どういう意味なのか、分かるだろう?」

 

「――――それは、私のご主人を……」

 

「それしかない。魔術師どもが資材として使うなんぞ、碌な想像ができまい? 出来るのは資材として使い潰されるのを阻止し、人間として弔ってやることだけだろうさ。BBはこれを看過している。もう救えないからという理由で、生きている人間を優先している。AIらしい冷徹さだ」

 

「……………………」

 

「その点、オレは良いぞぅ。何せ、お前に共感はせずとも理解はしているからなぁ。気持ちが分かるというのは、交渉においても重要だ。お前がBBと手を切って、こっちに付くというのなら優先順位を入れ替えてやるが、さて、どうする?」

 

「――――うぅ、ぐぅぅ、うぅううぅ、にゃぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!!!」

 

『な、何だぁ?! どうしたぁ、キャットぉ!!』

 

 

 真の主人に対する思い。BBへの一宿一飯の恩義。虎太郎の小賢しい理屈と悪意。

 三つの壁に挟まれ、キャットは目をぐるぐると回し、知恵熱で顔を真っ赤にして頭からは蒸気を吹き出し、最後には絶叫と共にボンと頭から爆発するような音が響く。

 

 しん、と全てが静まり返り、皆が固唾を飲んで見守る中、キャットはゆらりと振り返った――――ロビンの方を。

 虎太郎は無言でロビンに向かって手を合わせる。ゴメンという謝罪ではなく、安らかに眠れという合掌だ。ガウェインとエミヤもそれに倣い、メルトリリスも思わず後に続いていた。

 

 

『ひ、人のこと馬鹿にしやがって! おたくら全員、人間じゃねぇ!!』

 

「オレは半分くらい人間じゃない血が混じってる。ガウェインとエミヤはサーヴァント、メルトに至っては英霊と神霊の複合体。うーん、まともな人間なんて始めから居ませんねぇ」

 

『そうだった! おい、キャット、ちょっとま――――』

 

「う、うぅぅ、五月蠅い! モーションがリニューアルされて調子に乗りすぎたなぁ! タマモ地獄を喰らえぇい!!」

 

『おい、それはメタってもん――――』

 

「――――“燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)”!!」

 

『――――ぎぃぃやぁああぁぁぁぁぁぁああぁ!!!!』

 

 

 目にも止まらぬ肉球と爪による連続攻撃。

 背景に巨大なデフォルメされた猫か虎が見えたのは気のせいではないだろう。

 時折、爪ではなく肉球で触れている辺り、ロビンへの謝罪か、哀れみか、それともサービスなのか。

 

 ともあれ、最後に残ったのは、酒池肉林の拷問遊戯同様、虎に引き裂かれたが如きロビンの亡骸だけだった。

 まあ、この後でBBに罵られながら、強制的に蘇生されるのは目に見えている。なんもかんもロビンが優秀かつ不憫なのが悪い。

 

 キャットは涙目になりながら肩で息をしていたが、呼吸を整えると振り返る。その表情は暗く沈んでいる。

 彼女には彼女なりの矜持がある。裏切りなど、玉藻の前(オリジナル)の純粋な部分を集めたキャットには耐えられまい。

 

 

「ナイス手切り。気にするな! 全部全部BBが黙ってるのが悪い!」

 

「そのように笑顔でサムズアップされても、あたしの気は晴れない、ワン……」

 

(あのキャットが見る影もないほどに落ち込んでる……!)

 

 

 キャットはしょんぼりと、表情どころか耳と尻尾を垂れさせて自身の沈痛加減を表現する。

 高慢で高飛車なメルトリリスですらが、一瞬ではあったが痛ましげな表情を見せたほどだ。

 普段から陽気な態度を見せる者の表情が沈めば、誰とて同じ反応を見せるだろう。

 

 虎太郎は見るに見かねて声をかけようとしたが、三度の銃声が鳴り響き、その肩と脇腹を掠めるように銃弾が直進した。

 

 狙いはキャットの心臓と肝臓、喉元。

 彼女の身体は弾かれるように投げ出され、背中からSE.RA.PHの床へと叩きつけられる。

 

 

「止めろぉ!(本音) ナイスぅ!!(本音)」

 

「どちらも本音である辺り、お前らしいと言えばいいのか……」

 

「……これでは虎太郎の苦労は水の泡、ですね。如何に敵に回ったとは言え、これは些か……」

 

「殺すつもりではあったが、命令(オーダー)にも従ったつもりだ。奴の霊基に濁った部分があったから、そこを撃ち抜いた。KPは排除されただろうよ。もっとも、生きるか死ぬかは五分五分だがね」

 

「くあぁあっ、いったぁーーーーい! 何をするか、デトロイトのエミヤ! 略してデミヤよ!」

 

「――――――」

 

(ナイス。ナイスよ、キャット。一度くらい、そう言ってやりたかったのよね!)

 

(うーん、虎太郎から出会ってからずっとこの調子。Mr.エミヤの心労と怒りは推して知るべし。何のかんのと言ったところで、感情的な御仁ですね。衝動的ではないですが)

 

「クッソォォォォ!!(本音) よくやった、デミヤ! キャットぉ!!(本音)」

 

 

 人間であれば即死だが、サーヴァントの身であれば致命傷には至らないレベルであったらしく、キャットはふらふらと覚束ない足を叱咤して立ち上がった。

 

 キャットの悪意のない悪口に、ビキビキし始めたエミヤを見たからなのか、即座に乗っかる虎太郎。

 もし、これが彼でなければ、「○○、怒りの銃乱射(トリガーハッピー)」な事態になりかねなかった。その辺りを理解してやっている辺りが特に酷い。

 因みに、デトロイトは米連において犯罪発生率が高く、犯罪都市などと呼ばれている。ダーティ&ハードボイルドなエミヤにはピッタリの都市と言えよう。

 

 もう青筋を立て過ぎて血を吹き出しそうな勢いのエミヤを放っておいて、キャットは虎太郎を見た。

 本気でエミヤのやりようを称え、同時にキャットが生き残ってしまったことに本気で嘆いている。

 これで戦力は増えたが、頭痛の種も増えてしまった現実に、虎太郎としても、そう反応せざるを得ない。

 

 そんな反応にキャットも何を言っていいのか分からず、思わず真顔になっていた。あのキャットが。

 

 

「まあ、何はともあれ、コンゴトモヨロシク、えーっとぉ……」

 

「ドーモ。キャット=サン。弐曲輪 虎太郎です」

 

「ドーモ。コタロー=サン。我、タマモキャットです。行くぞ、汚い忍者。敵にハイクを詠ませ、ネギトロめいた死体にする準備は十分か――――?」

 

「もっちろんさー!(ニッコリ」

 

「汚いなさすが忍者きたない」

 

 

 万国共通である御辞儀と挨拶という礼儀作法を済ませた虎太郎とキャットは、がっしりと握手を交わす。

 

 制御不能のブレブレ猫、タマモキャット。

 惨劇不可避の腐れ外道、弐曲輪 虎太郎。

 決して手を組んではいけないケダモノ達が手を組んだ瞬間である。

 

 嘆くがいい、まだ見ぬ黒幕。

 この二人が手を組んだ以上、シリアスな空気なぞ何のその。最早、ギャグシナリオは必定。

 どれだけの邪悪であろうとも、どれほどの凄惨な現実があろうとも、ブレーキのない暴走し続ける二人の前には、何の意味もなさないのだ……!

 

 




エミヤオルタ、晴れてデミヤの称号を得る&キャットが なかまに なった!&今後はギャグシナリオ不可避、でした。

しかし、キャットを書くのは難しい。キャラがブレすぎて、どう表現していいのかよう分らん。まあ、逆に何をやらしてもキャットだからで通ってしまいそうな辺りが凄いところでもあるんだけど。

因みに、自分が一番書きづらいのはアンデルセン。あの絶妙な毒舌とツンデレとフォローは自分には出来んですよ! 
あとシェイクスピアとかも苦手。作家系キャスターとは相性悪いなぁ、自分。好きなキャラなのに、書けない歯痒いよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『真っ当な信頼に比べると異質で歪だが、なんのかんので信頼しているのが苦労人』


あああああぁぁぁ、マーリンの絆レベルがMAXになってしもうた。
絆礼装は強いけど、これで使いにくくなったなぁ。でも使う。おら、早く王の話と英雄作成、NPチャージするんだよ、あくしろよ。

そして、次のイベントは何が来るのか、復刻か、新イベか。はたまたアガルタが来ちゃうのか。

行くぞ、運営。確率操作の準備は十分か――――?


はいはい、そういうわけでCCC編第六話スタートぉ!


 

 

 

 

 

 タマモキャットを味方に引き入れた虎太郎であったが、彼女が負った怪我を鑑み、教会に戻り休息に入っていた。

 エミヤの手荒なKP排除もあって、怪我自体も重傷であったが、それ以上に精神的な傷の方が重傷であった。

 既に己を召喚したマスターの生還は絶望的、更には一宿一飯の恩義のあったBBを裏切った事実は、キャットの精神に深い傷を残している。

 玉藻の前(オリジナル)にしても、余程のことがなければマスターを裏切るような性格をしていない。

 そこから更に純真な部分を抽出したキャットでは、その性格、性質もより強く受け継いでいるのだ。

 

 もっとも、次の探索までには元の明るさと元気を取り戻すのであろうが。

 

 そして、この日もまた眠れぬ夜を過ごす虎太郎と眠る必要のないメルトリリスは、教会に空いた風穴を隔てて会話をしていた。

 

 虎太郎は教会側に、メルトリリスは教会の外で。

 休息中は教会の中に入らないという彼女の科白を、反故ギリギリのラインを守った状態で。

 

 

「これでSE.RA.PHの殆どを周り切ったわけだが、セラフィックスにあった施設の数が足りんな」

 

「あら、気付いていたの?」

 

「そらそうだろ。潜入先へ上手く潜り込むには、見取り図は必須だろうよ。後な、そうやって無理なキャラ付けしなくていいから」

 

「何がキャラ付けよ! 元々こういうキャラなの、私は!」

 

「えぇー? 本当にござるかぁ?」

 

 

 隠していた事実へ辿り着いた虎太郎に、メルトリリスは意地悪気な笑みを浮かべた。

 だが、虎太郎による呆れ顔の指摘とからかいに、激しい狼狽と必死の否定をして表情が崩れ去る。

 

 無理なキャラ付けというのも、あながち間違いではない。

 かつては冷酷で無慈悲な毒と蜜の女王であった彼女も、とある無名のマスターの奮戦により砕け散った。

 今此処にいるのは、かつてのメルトリリスとは決定的に異なる。BBによって誰かの奮戦はなかったことになった今も、その思い出は彼女の胸の内と腕に抱かれたままなのだ。

 

 

「で? 回っていない施設は何処にある? 背中側か?」

 

「ええ、お察しの通りよ。正確には裏側、というべきね。でも、これを行き来できるのはセンチネルだけ…………ごめんなさい」

 

「はん? 何で謝る?」

 

「だって、私は、何の役にも立てていない。貴方なら、私がいなくてもガウェインと合流し、トリやタマモ、あの黒い弓兵を味方につけていたはずだもの…………ふふ、こんな弱音を臆面もなく吐き出すなんて、私もいよいよ末期だわ」

 

 

 不甲斐なさと悔しさ、自身を縛り付ける制約に歯噛みして、彼女は泣き出しそうな顔でなおも笑う。

 SE.RA.PHにおいて一番最初に契約したのは私なのに。最高性能を持つアルターエゴなのに。

 一介のサーヴァントしてすら、悍ましい「快楽」の怪物(アルターエゴ)としてすらも、さしたる役には立っていない。

 

 単純な強さならば、ガウェインが上。

 巫山戯た言動は兎も角として、最高位のセイバーの性能、円卓の騎士の名は伊達ではない。

 

 持てる手数と技能の多さ、利便性では、エミヤが上。

 虎太郎とはあらゆる面で似通っており、性格的な相性は兎も角、能力的な相性は理想に近い。

 

 扱いやすさという点では、トリスタンとキャットが上。

 流されやすいトリスタン、言動はアレだが素直で単純なキャット。どちらも敵対を宣言する可能性はあっても、土壇場での裏切りだけはない。

 

 勘違いも甚だしい。

 余りにも自己評価の低い――――いや、逆だ。自己評価が高過ぎる故に、己の現状にまるで納得していない。

 それを周囲の所為にせず、己の責としている辺りも実に彼女らしい。

 知りうる情報を開示も出来ず、返せるのは戦闘技能だけにも拘らず、それですら十全に返せていない。

 メルトリリス以外にもサーヴァントがいる以上、彼女の存在価値は限りなく低くなっている。

 

 

「別に、そんなことはないんだが。得られた情報が正しいものであるかを判断できるのは何より重要だし、お前が言えない事実からある程度の推測も立てられるわけだしなぁ」

 

「…………でも、」

 

「弱気になりすぎだ。お前の力は強力過ぎるからな。問題があるのはオレの方だ。サーヴァントを巧く扱えん事実はマスターにこそ責がある」

 

「――――そ、そんなことはありません! ……あっ、いえ、ち、違う! 今の、今のなし! そんなことないのは事実だけど、喋り方は別に、その……ああ、もう!」

 

「…………………………そもそも、お前が手を貸すのが、納得できんのだがね、オレは」

 

 

 サーヴァントが全力を発揮できない事実は、マスターの能力不足に帰結する。

 それが魔力不足によるものにせよ、両者の関係性の構築不足にせよ、互いに修めた技能の相性にせよ。

 

 客観的な視点から、虎太郎はメルトリリスに問題があるのではなく、己にこそ問題がある、と嘲笑う。

 メルトリリスは間違いなく最強の一人。戦い方次第では、カルデアで虎太郎の帰還を待つ多くのトップサーヴァントでも打倒しうる。

 単に彼女の能力を十全に発揮させてやるだけの指示を出せず、必要な場面というものが訪れていないだけだ。

 

 だが、メルトリリスはそれを認めず、思わず敬語で虎太郎の言葉を否定した。

 敬語で接すること自体が恥ずかしいのか、かつての己とは乖離した今の己が恥ずかしかったのか。涙目でわたわたと慌てている。

 

 そんな彼女に何の感慨も抱かず、虎太郎は探りを入れる目を向ける。

 

 オレはお前を全く信用も信頼もしていない。

 これまで彼女が見せた奮闘も献身も、何も意味がないと言わんばかりに、疑いを隠しもしない。

 

 メルトリリスは僅かばかりに胸の痛みを覚えつつも、花の綻びを思わせる笑みを浮かべる。

 これが彼という人間。この世のすべてが疑いの対象である。何も自分だけに向けられているわけではない。

 付き合いの長いガウェインであれ、相性の良いエミヤであれ、扱いやすいトリスタンやキャットであれ、面に出さないだけで、誰に対しても常にこう。

 

 人であれ、英雄であれ、怪物であれ、変わりはない。ある種の平等さが、嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

 

「別に、納得して貰いたいわけではないわ。私は、そうしたいからそうすると決めたんですもの。私以外が納得できる理屈も理由もない」

 

「…………それはそうなんだろうがな」

 

「でも、そうね。敢えて言葉にするなら――――貴方が新しい存在意義を入力したからよ」

 

「いや、それは…………」

 

「分かっているわ。此処まで付き合って、私なりに貴方という人間を理解できてきたつもりよ? アレは単なる偶然と完全な打算によるものだった。でも、私にはそれで十分だった」

 

 

 アルターエゴは作り物(BB)から生まれた作り物。

 材料(モト)となった感情に縋ることでしか、存在意義を保てない。

 初めから自壊することが定められ、それを理解してもなお走り続けるしかない哀れな怪物。

 

 そんな怪物に、虎太郎は新しい意義を入力してしまった。

 偶然、打算などという可愛らしいものによって、ではない。利用できるものは、人間だろうが怪物だろうが骨に至るまで利用し尽くすという悪意の下に。

 

 メルトリリスも全てではないにせよ、それは理解している。だが、それが何だと言うのか。

 

 

 ――――だって、ときめいたんだもの。

 

 

 醜悪な怪物に過ぎない自身に、どのような形であれ手を差し伸べた馬鹿な人間。

 信用も信頼も向けられないが、自身の向ける信頼には応えようとする捻くれた精神性。

 

 その全てが心地よく、胸がときめく。人は、それを――――

 

 メルトリリスの照れを隠すような拗ねた表情に、虎太郎は大きく溜め息をつく。まるで手を出すべきものでないものに、手を出してしまったと嘆くように。

 

 

「あら? いまさら後悔? でも、もう遅いわよ」

 

「だろうなぁ、オレはそういうのに関わるべきじゃないんだ……それを振り払うことも押しのけることも出来ないからな」

 

「………………嫌、なのかしら?」

 

「勿論、嫌だ。そんな(しがらみ)、オレの性質には合わないからな」

 

「――――そう、よね」

 

 

 虎太郎は珍しく呆れではなく、疲れを示す溜め息を吐き出した。

 

 今の人生は酷く疲れる。

 自身の魂の色や性質とは、まるで噛み合わない道程。

 選んだ選択自体が魂とは合わないのだ。言わば、魔術世界に於ける“起源”に逆らい続けるようなもの。それが、どれだけの苦痛であるかは余人には預かりしれない。

 

 それを続けてきたのは、ただの意地だ。

 恥知らずではあるが、恩知らずではない。ただ、その一念を貫くためだけに選んだ誓いと人生。

 所詮、自己満足と欺瞞に満ちた、独りよがりの報われない人生。疲れも溜まれば、弱音の一つも吐きたくなるだろう。

 

 虎太郎の疲れきった表情に、メルトリリスの表情も暗く沈む。

 彼女が見つけた救い、新しい光は――――自身の向ける感情を重荷と捉えている。こんなに哀しいことはない。

 

 

「だが、まあ、責任はあるからなぁ」

 

「別に、私が勝手に決めて、口にしただけだもの、貴方が付き合う必要なんて…………」

 

「いや、とことん付き合うよ」

 

「…………――――そ、そう。貴方が、そうしたいなら、そうすればいいわ」

 

 

 それこそ、彼にとっては理由も理屈も必要ないのだろう。

 お前がそう望むのであれば、オレはそれに応えるだけだ、と。憂いはあろうとも、迷いはない。

 

 彼の言葉にメルトリリスは一瞬だけ呆気に取られ、頬を染めて視線を逸した。

 言葉の響きは常と変わりなく。ただ言葉に込められた重みは、どれだけ本気であるかを伝えてくる。

 

 悲しみの向こうから現れた喜びを噛み締めながら、緩もうとする口元を必死で抑えた。

 

 

(…………アルブレヒト、アルブレヒト。素敵な貴方。どうか、私の手を離さないで――――)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「しっかし、こんなんで本当に上手くいくのかねぇ……」

 

「何を言うか、コタロー。脇腹こそ人体の急所。エステサロン希望の星! 此処をくすぐられて平気な生物は存在しないワン! もんどり打って世界は裏返るって寸法なのだな!」

 

「そんな方法で位相が反転するとは思いたくないが……BBのすることだからな」

 

(エミヤんエミヤん、SE.RA.PHはBBの管理下にはあっても、支配下にはないんですよ。よって、なんでもかんでもBBの所為にするのは正しくない。教えてやらんけどな)

 

 

 メルトリリスの語ったSE.RA.PHの裏側は、単純に女体を模したSE.RA.PHの背中側にある、というわけではない。

 見た目はそうなのだろうが、行き来の権限はセンチネルにのみ与えられた特権であり、表側とは僅かに位相がズレているために通常の移動手段では行き来はできない。

 

 其処で虎太郎が嫌々選んだのが、BBの開設した霊子通販サイト『BBダイナー』で手に入れた、こちょこちょアームなるアイテムであった。

 形は玩具のマジックハンドにしか見えない。その陳腐さが、余計に虎太郎達の不安を煽っている。

 

 その『BBダイナー』であるが、嫌々ながらも虎太郎は度々利用していた。

 SE.RA.PH内には封印の施されたエリアが多数存在し、其処を開放するにはBBが作成したのか、はたまた横領したらしきゲートキーを使用して開放するしかなかったのである。

 サイトを利用する度に、BBの人を小馬鹿にしたコメントを頂いた虎太郎であったが、お返しとばかりに客観的な視点からサイトのダメ出しを長文メールで送るという暗闘を繰り広げていた。

 その度に、BBの態度に虎太郎は青筋を立て、虎太郎のド正論な批判にBBは涙目になりながらサイトの改装を繰り返すという無駄な争いを続けている。最早、二人とも意地であった。

 

 因みに、買うのに必要なのはサクラメントと呼ばれるSE.RA.PH内でのクォンタムピース――つまり、SE.RA.PHに飲み込まれなかった過剰リソースである。

 更に言えば、買ったものの配達員はロビン。こんなところでもコキ使われているとは、流石は不憫枠である。

 

 

『あー、どーもー!! BBダイナーの特別配達員ロビンでぇぇぇっす!! 開けてくれませんかぁぁぁ!!!(ヤケクソ』

 

『…………お前って奴は本当に。ホイホイ、判子は血判でOK?』

 

『どーでもいいからサインくれませんかねぇ!! こんな仕事やってやれませんわ!!』

 

『ああ、そう。差し入れやろうか? ほら、タマモキャットが作ったローストビーフサンドと缶コーヒーだけど、喰う?』

 

『…………喰う。あと、その哀れみの視線はやめてくれませんかねぇ。いや、ホント、本当に』

 

『ああ、うん、ゴメンな。オレ、そういう空気を読まなくてゴメンな』

 

『読めないじゃなくて読まないの辺りがヒデェ!!』

 

 

 窶れ切った表情で、ヤケクソ此処に極まれりといった感じに教会を訪れるロビンに、またも涙を流した虎太郎。

 有能な奴は酷使されるってハッキリわかんだね。割りとどの分野でも一定の活躍が出来る奴は好き放題に使われるのだ。その辺りもかつての己を連想させて、余計に虎太郎の涙を誘っていた。

 

 そして、やってきたのはフランク・セパレータという区域。直訳すれば、脇腹の分離という意味だ。

 セラフィックスにおける脱塩処理場が変化した地区であり、女体の脇腹に位置する。

 ここをアームでくすぐることで、位相をズラそうというのがキャットの考えであるのだが、いくらなんでもそれで反転しては遊びが過ぎるのではなかろうか。

 

 

「では――――そぉら! ほれほれほれ、ここか? ここがええのんかぁ? このスケベ女め、もっとやってやる! ほらほらほらほらぁ!」

 

「手付きも顔付きもイヤらしすぎる!!」

 

「おぉ、マジックハンドですらあの指の動きとは……これはドン引きなのだな!」

 

「流石、流石は虎太郎! 流石は性技の味方! それでこそです! 来ました、空間そのものが鳴動し始めて来ましたよ!」

 

(何故だ。奴が、セイギノミカタと呼ばれるだけで無性に腹立たしく、無性に泣きたくなるのは何故だ……)

 

 

 虎太郎がゲス顔でマジックハンドを操り、ビクンビクンと痙攣する女体。

 手付きから言動まで、どう考えても薄い本案件か、エロギャグ案件なのだが、当の本人はそんなことを気にしてすらいない。

 メルトリリスとキャットは虎太郎の姿に女としての警戒心からかドン引きし、円卓の三ドスケベの一人であるガウェインは目を輝かせ、エミヤは青筋を立てながら泣きそうな顔になっている。まさにカオス。

 

 位相が反転する前兆であろうか、地震の前触れのように彼らの立つ足元が空間ごと揺れている。

 虎太郎はノリノリでマジックハンドを操りながらも、マジでこれで上手くいくのかよ、と内心で呆れ返っている。

 

 

『ちょ、もっと優しく! 優しくイタズラしてくださーーーい!!』

 

「はぁ?! 優しくしてんだろうが、目一杯優しくしてやってるだろうが、オレの力加減は完璧だ。おらぁ! さっさと絶頂しちまえ! イけ! イキ死ね! ぶっひゃっひゃっひゃっ!!」

 

『だーーー!! それじゃあ全体に影響が出てしまいます! 目をつけられても知りませんよぉ!』

 

「うるせぇ! オレはな、好き放題にできる女の身体を見ると、無条件で絶頂させたくなるんだよぉ!」

 

「「……うわぁ」」

 

『もう、何なんですか、この人はぁ! センチネルさん、やっちゃってくださーーーーい!!』

 

「オッケー、やっと私の出番――――何よ、あの変態、怖い!!」

 

 

 やり過ぎだったのだろうか、突如としてBBチャンネルを介して顔を見せたBBは必死で止めようとしたのだが、虎太郎は自分の性癖に従うばかりで聞く耳を持たない。

 メルトリリスとキャットのドン引きぶりが最高にまで達しようとした時、BBから物理的なインターセプトが入る。

 

 現れたのは新たなセンチネル。

 シルエットだけを見れば、あの何度も出てきて恥ずかしくないんですか? アイドルことエリザベート・バートリーであったのだが、何だか黒い。兎に角、黒い。

 輪郭ばかりで愛くるしい表情も、ヤバめの衣装も見えてこない。リソースがないのか、BBの味方に対する嫌がらせであったのか、これではシャドウサーヴァントと変わらないではないか。

 

 だが、虎太郎はアイドルの登場を気にもとめずに手をいやらしく動かし続ける。

 そんな姿に思わず恐怖を覚える未通娘。これが、あのカーミラになるのだから驚きだ。彼女は結婚した後に多くの子供をポコポコ産むのだが、この初心っぷりを変えた夫の努力は凄まじいものである。

 

 

「虎太郎のスケベ案件の邪魔はさせません。私がお相手しましょう」

 

「ガッウェ院」

 

「まあ、聖剣をぶっぱするだけなのですが――――――“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”っ!!」

 

「ちょ、ま! リ、リハとちが――――いやぁぁあぁぁぁあぁぁぁああぁ!! ドラゴンステーキになっちゃうぅぅぅぅうぅぅぅぅっっっ!!!」

 

「ハっ! 誰もテメェのステーキなんぞ食わないけどなぁ!!(邪笑」

 

 

 BBからの妨害を見越していたガウェインは、既にチャージの終了した聖剣を解き放つ。

 あらゆる不浄を焼き払う(ほむら)は、多くの若く美しい娘を犠牲に美貌を求めた竜の少女を、大した会話すらなく焼き払う。

  

 焔に飲み込まれる悲鳴に、虎太郎はざまぁねぇなとばかりに邪悪な笑みを浮かべたが、手は一切止まっていない。

 その手付きと来たら、彼女の未来であるカーミラが泣きだしても続ける愛撫のようである。

 

 文字通りのドラゴンステーキ――――いや、消し炭となったアイドルはSE.RA.PHから消え失せた。

 エリちゃん、君が悪いのだよ。アイドルというものを勘違いした君が。マリーの心意気と姿勢を学んでから偶像(アイドル)を名乗るがいい。

 アイドルとは本質的に、有象無象の豚どもに奉仕させる側ではなく、奉仕する側なのだ。

 

 

『ぐ、ぐぬぬ! 相変わらず遊びの欠片もない!』

 

「まあ、お前が悪いだろうな、BB。この男が、マトモに相手をしてくれるなどと思わんことだ」

 

『ま、まあ、いいでしょう。今回の妨害は以上です。何が待っているか分からない、ドキドキの裏面に――――』

 

「どーせ、待ってんのは、あの勘違いJKセイバーだろ? カモだぜカモ」

 

『ダメー! ネタバレは厳禁です! こうなったら更なるお仕――――待ちなさい。何のつもりですか、リップ。そんな命令は出していないでしょう?!』

 

「はぁ!? BB、貴方そんな手綱すら握っておけないの?!」

 

「――――ア――アア――アアアアアアアアア――――――!!!!」

 

 

 一体、何時の間に近づいていたのか。

 他のサーヴァントは言うに及ばず虎太郎も、いや、BBですらが予想していなかった。

 まるで()()()()のように、全ての自由が剥奪されたパッションリップが、忽然と現れた。

 

 彼女の咆哮に、SE.RA.PHが鳴動する。

 咆哮というよりも、寧ろ悲鳴だろう。自分が何をしているのか薄っすらとではあるが自覚しているが故の悲鳴。

 余りにも痛ましい姿。姉妹であるメルトリリスは元より、キャットとガウェインは警戒態勢を取りながらも、沈痛から表情を歪める。

 

 その姿に、同情すらしなかったのはエミヤと虎太郎のみ。

 エミヤはチッと舌打ちをし、そら見たことかと共同戦線を張ったマスターを睨みつけたが、虎太郎は全く別のことを考えていた。

 

 

(この最悪の状況下で最悪の怪物を放り込んでくる効率的なやり口は黒幕のそれじゃない――――やはり、BBは二人いる)

 

 

 彼は自らの推察が、正しいものであると確信していた。

 今のパッションリップに自由というものは何一つ存在していない。完全にBBの制御下に置かれているが故に。

 彼女に与えられた命令は、その瞳に映るモノ全てを破壊し尽くすことである。

 だが、それはBBという頭が命令して初めて実行される。

 

 リップの制御権が黒幕にこそある、という可能性はあったはあったが、恐らく、黒幕は最後まで表に出てくることはない。

 虎太郎が捉え始めている黒幕の性格は、冷酷で無情、愛情深くありながらも無慈悲というものであり――――何よりも、自分に酔っている。見える行動の端々から、それが垣間見える。

 そんな輩は盤面の外から登場人物という駒を操っている気になっている。それこそ、孫悟空に罰を食らわせた釈迦の如く。

 本人は直接的な手を下すことはなく、まずはBBを介して事態を掻き回す方向に動くのは間違いない。

 

 ならばこれは、慌てふためくBBの差し金でも、隠れたままの黒幕の思惑でもなく――――もう一人のBBが、独自の行動を取り始めたことを意味している。

 

 

(少なくともBBと、もう一人のBBは手を組んでいるが味方ではないようだな。そして、二人で黒幕を出し抜こうって腹か)

 

 

 見えつつある敵側の協力関係と相関図。

 BBの思惑は、少なくともこの事態の収拾と見て間違いない。その過程で自分も遊ぼうという邪さも垣間見えるが。

 もう一人のBBの思惑は不明。だが、BBと黒幕の間を渡り、自分の思惑を遂げようとしていることは伺える。

 そして、二人のBBが共同して当たらねばならないほど強大な力を持っている黒幕の思惑も、まだ完全には見えてこない。

 

 とは言え、今はやるべきことはパッションリップから逃げるのが最優先だ。死んでしまえば元も子もない。

 

 

「ガウェイン、任せる」

 

「承知――――っ!!」

 

 

 虎太郎の指示に、ガウェインが地を蹴り、音速すら突破する勢いでリップとの間合いを詰め、懐に潜り込んだ。

 

 だが、相手は怪物。

 懐に潜り込んだはずのガウェインに向けて、凶悪な爪を振り下ろす――!

 

 サーヴァントであろうとも一撃で引き裂く凶爪を、ガウェインは臆することなく真っ向から受けた。

 凄まじい衝撃と重量がガウェインの全身を襲う。骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げる。

 それでもなお受け流せたのは長年戦場に立ち続けた経験と、鍛え上げた剣の冴えによるものだ。

 

 かつてのキャメロットは多くの外敵に襲われ続けた。

 如何に円卓においても随一の実力を誇るガウェインであっても、後塵を拝することは少なくなかった。

 しかし、その度に実直なガウェインは己を鍛え直し、王の騎士足らんと戦い続けたのである。

 

 今更、格上の怪物に恐れる筈などなく。また、遅れを取るつもりもない。

 

 

「無理はするな。視界と手が連動している能力はオレと同じ。腕の振りは速いが身のこなしは鈍い。リップの弱点は近接戦闘だ。付かず離れずの距離を維持して、後はランスロット戦法でいけ」

 

「成程、粘り続けろということですね! あの慇懃無礼な戦法は気に入りませんが、友の頼みとあらばこの死線、潜り抜けてみせましょう! あと、ラグネルへ私の勇姿を伝えて頂きたい!」

 

「言っている場合か、騎士ガウェイン! 早くこっちへ来るのだ! 太陽とて沈むことはあるのだぞ!」

 

「何の! 太陽は沈もうとも、私のラグネルへの愛はスパルタの熱い魂の如く不滅なれば! 何するものぞ、アルターエゴぉ――!!」

 

「ガウェイーーーン!! 騎士ガウェイーーーーーーン!!」

 

 

 リップの凶爪とガウェインの聖剣が激突する。

 

 その光景にキャットの悲痛な叫びが響き渡り、エミヤとメルトですらが固唾を飲んで見守っていた。

 見ている側が不安を覚える時間稼ぎに、ガウェインの表情に陰りはなく、虎太郎の顔にも憂いはない。

 

 虎太郎は出来ないことをやれとは言わない。対象の性能を見極めた上で、実現可能な仕事を投げる。

 故に、この任もガウェインならば生き延びて実行可能だと判断したに過ぎない。当人は決して認めないが、これもまた見ようによって信頼と言えるだろう。

 

 ガウェインもまたその信頼に応えるべく、前に出る。

 根が真面目な彼のこと、どれだけ友として接しようとも必ず騎士としての側面が顔を出す。

 彼にあるのはラグネルの下へと帰り、再会を祝うことではあるが、この眼の前の少女を救う為に戦うこともまた望み始めていた。

 

 彼の騎士道では、ついぞ巡り合わなかった“倒すための戦いではなく”ではなく“救うための戦い”。

 一人の騎士として、夢叶った男として。敗北するつもりもなければ、一歩も引くつもりもない。

 

 ガウェインの裂帛の気合が迸る。

 一人の騎士として仕えるのではなく、一人の友人として付き合うと決めてから、騎士としての本懐を満たせる機会に恵まれた皮肉に笑いながらも、両腕には生前以上に力が籠もる。

 筋肉は隆起し、心は猛りながらも冷静さを失わない。

 

 かつて、自己の不徳から王の破滅を招いた悔恨は既にない。

 今、彼にあるのは齢を重ね、円卓として戦い続ける中で見失った原初の騎士道そのもの。

 無垢で何も知らなかった頃に思い描いた、現実を知って捨てざるを得なかった騎士の姿だ。

 

 その笑みは、夢を叶えた喜びを噛み締める少年のそれだ。

 

 

「――――ク」

 

「何だ、その顔は」

 

「いや、別に。お前にも、あんな頃があったんじゃないかと思ってな」

 

「…………………………」

 

 

 虎太郎の周囲が反転する。位相がズレ、裏側への道が開いた。

 

 その直前、ガウェインの姿に自分でも分からないまま唇を噛み締め、泣き出しそうな表情で眺めていたエミヤの姿に、虎太郎は笑う。

 それは決して彼を嘲笑っているのではなく、何一つ面影がないほどに何もかも変質し腐り落ちた果てにすら、変わらないものがあるのだと安堵するかのようなものだった。

 

 





ほい、というわけで、メルトツン1割デレ9割&エリちゃん登場即退場&ガウェイン騎士の本懐を叶えられてニッコリでした。

因みにですが、CCC編のコンセプトは『少女の恋』と『少年の夢』。
少女の恋の方はイベントとそんなに変わらないかなぁ、と思いますが、少年の夢の方は色々と変わっていく感じで行きます。

どんな着地点につくかはもう決めてある。後は、その道筋がどうなるか。キャラが勝手に動くんだよなぁ、勝手に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『そもそも苦労人がどうでもいい相手とまともに戦ってやるわけがない』


取り敢えず、イベント鬼ヶ島クリアー!
今日も今日とてWマーリンの英雄作成と夢幻のカリスマが瞬き、金ピカのエアが唸る始末。コマンドカードの引きさえ良ければ、丑御前様もワンターンキル可能とかひでぇ。
あとはノッブも騎乗&神性特攻がヤバイし、師匠も死霊&神性特攻特攻が乗るのでヤバい。

さて、後はノンビリ素材を回収していこう。

そして、待ちに待った次章アガルタの配信が決定。どのようなシナリオになるのか、ムチムチぷりん褐色美女がぶっ壊れになるのか、気になるところですなぁ……!


では、裏側へ突入した苦労人の暴挙をご覧あれ。



 

 

 

 

 

「ここが、裏側ね。表側と代わり映えはしないか……いや、何で日本建築やら観覧車があるんだか」

 

「さてな、此方側のセンチネルの趣味ではないか? 間取りも違う。間違いないだろう。無事、到着ということだ」

 

 

 世界が裏返り、唐突に五感が機能を取り戻す。

 一同は一度全身が溶けてから、再び自身の形に戻るような感覚を味わいながらも、何の問題もなく地面へと立つ。

 

 周囲を見回してみれば、遠目に日本の城や観覧車が配置されており、それらを映えさせるように紅葉の木々が植えられている。

 

 

「なぁにが無事なものかぁ! ガウェイーン置いてけぼり案件!」

 

「オレが奴なら出来ると判断し、ガウェインはそれに納得して残った。何か問題があるか?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……ならば早く表側に……!」

 

「いや、その前に此方側の探索も最低限済ませる。ガウェインならリップの性能を考慮しても、SE.RA.PH時間でも最低五時間は持つ」

 

 

 視点上において掌で覆えるものならば、何であれ問答無用で圧縮するトラッシュ&クラッシュ。

 極めて危険な能力であり、破格の防御性能を誇るカルナの黄金の鎧ですら、鎧ごと圧縮されてしまう可能性がある。

 

 だが、付け入る隙がないわけではない。

 メルトリリスが攻撃・殲滅を目的に作られたアルターエゴならば、パッションリップはその対極。防御・防衛を目的に作られている。

 

 故に、鈍重だ。

 腕の振りは速いが、身のこなしは戦士として余りに鈍い。

 彼女が捉えられるのは“遠くにある、動きの遅いもの”であり、“近くにある、動きの速いもの”には対応しきれない。

 元々の運用想定として、何処かに居を構えて動かずに防衛に当たることを前提に設計されていたのだろう。

 

 問題は、リップの怪物性。

 あの極めて凶悪な爪から繰り出される攻撃、爪を潜り抜けても待ち構える頑強かつ強靭な肉体。どちらもサーヴァント、英霊の域からすら外れている。

 虎太郎の下に集ったサーヴァントにおいて単純な力で対抗できそうなのは、剛力の代名詞たるヘラクレスか、怪物たるアステリオスくらいのものだろう。

 

 一撃でもまともに喰らえば、後は為す術なく押し切られた末の死。

 その極限下に立ち続けられるだけの精神性と衰えの見えない技量を持つのは、現状でガウェインしかいない。

 そしてガウェインならば、勝てないまでも易々と負けはしない。時間稼ぎの指示も出した。彼も虎太郎の意図は分かっている。十分過ぎるほどに役割を果たして見せるだろう。

 

 

「お喋りはそこまでよ。裏側に来て早々、センチネルのお出迎えよ」

 

「あ゛ぁぁあぁぁ!!! 見つけたぁあぁぁぁぁああっ!!!」

 

「誰だっけ? どちら様でしたっけ? オレ、名前も知らない人と話すなって教育されてるもんで」

 

「そりゃ名前も知るわけないじゃん! 名乗る前に訳わからない煙幕張って逃げたっしょ!! あの後、アタシがどれだけボロボロ涙を流したか、分かってる?!」

 

「うーん、人違いじゃないですかねぇ、記憶にございません。ほら、オレの親父もヤリチンだったもんで、腹違いの良く似た兄弟が居ても不思議じゃないから、唐辛子入りの煙幕焚いて逃げたのはきっとオレの弟だよ」

 

「ダウトォっ! つーか、今、自分で種明かししたわよねぇ?!」

 

「おぉっとぉ、墓穴掘っちゃったぜ(テヘペロ」

 

「大したド外道っぷりなのだな。余りの煽り性能に、キャットは思わず苦笑い」

 

「明らかに自分で意図して明かしてたわよね」

 

「見ろ、あのセイバーのサーヴァント。碌に会話もする気もなく刀を抜いたぞ」

 

 

 メルトリリスが察知したのは、通路を全力疾走で向かってきたJKセイバーこと、鈴鹿御前である。

 その表情たるや鬼女のそれ。SE.RA.PHに来た当初、虎太郎特性唐辛子入り煙幕によって、文字通りに痛い目を見たのを根に持っているらしい。

 

 エミヤは嫌そうな表情で首を振り、剣を抜いた鈴鹿御前に対抗するため、根本から改造を施した二丁拳銃干将・莫邪を構える。

 

 一触即発。怒髪天衝。

 一秒先には血の雨が降りそうな状況下においても、虎太郎はへらへらと笑っているだけである。

 

 

「アンタぁ?! 名前は?!」

 

「花京院テンメイでーす!」

 

「かっしこまりぃ!! テンメイね! アンタの墓石にきちんと刻んであげるっしょぉ!!」

 

「うーん、このカモっぷりよ」

 

「あれ? あれあれ? 私、なんか笑われてない? おかしくな――――……ちょっと待って。貴方達、なんかヘンなの連れてない?」

 

 

 怒りの余りに判断能力の低下していた鈴鹿は、虎太郎の偽名をあっさりと信じ込む。

 そのカモが葱と他食材と出汁と鍋と携帯コンロまで持ってきたと言わんばかりの姿に、エミヤは失笑を、キャットとメルトは哀れみが行き過ぎて引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 サーヴァント達の妙な反応に違和感を覚えつつも、表情を見回していた鈴鹿であったが、ビタリと固まる。

 虎太郎への怒りは何処へやら。それすらも忘れてたった一人へと視線を注いでいた。

 

 

「ん? なんだそこのパチモン狐? アタシに何か気になるところでも?」

 

「パチモン狐じゃないっつーの。つーかそっちのがパチモンだし! なんかむかつく、何故かすっごいむかつくわアンタ。巫女で? 狐耳で? かつネコで? 良妻系?」

 

「……最後の良妻系、は何処から来たのかしら……一目でそうわかるものがあるというの、あのネコに?」

 

「いや、あのステンノやらドラ娘が雇うレベルらしいからな、家事スキルは相当のものと見たね、オレは」

 

「あのネコの手で? ああ、いや、包丁を使う時はそう教えるが、あくまで比喩表現なのだが……しかし、やはりそうか、あの身のこなしはそういう……」

 

「そ、そうなんだ……家事スキル、アナタ達も重要だと言うのね……」

 

(微妙に落ち込んでるメルトは兎も角、デミヤェ、お前そんなんなっても家事のことを忘れられないのか。ブラウニーの英霊すぎぃ!)

 

 

 とある並行世界において、本体の方と因縁のある鈴鹿は、尾の一つであるキャットを目聡く発見すると敵意を剥き出しにした。

 彼女は並行世界の記憶など持っていないはずだが、魂に刻まれた腐れ縁という奴は記憶がなくとも本能的に相手を嫌うのだろう。

 

 そんな二人のやり取りを眺めていた虎太郎の漏らした一言に、メルトとエミヤが反応を示す。

 

 メルトは自分の両手に視線を落として思わずしょんぼり。彼女は生まれついての神経障害持ち。

 特に、両手の先の感覚はほぼなく、細かい作業は苦手中の苦手。家事スキルを身に着けようにも、相当な努力が必要となるだろう。

 

 エミヤは顎を擦りながら、キャットの一挙一投足から推察していた家事スキルの高さに一人で納得していた。

 理想を捨て去り、失墜しようとも。魂が腐り落ちていようとも。SGである『奉仕体質』は今持って健在ということか。

 

 

「あーもう、マジムリ! 因果的にムリ! ぶっ殺すわ、ドラ猫狐! BBに案内してやってって頼まれたけど、売られたケンカは買ってやるし!」

 

「えー、ケンカを売った覚えはないんですけどぉー。寧ろ、ケンカを売られた方だと思うんですけどぉー。なー、キャットぉ?」

 

「なー、コタロー? なはは! この際、コタローが何をしたかは棚上げなのだな! どーせ、ギャン泣きさせたのであろう? 何せ、奴はJK擬態の根は真面目な純情パチモン狐と見た!」

 

「ムッカー! やってやろーじゃん!!」

 

 

 虎太郎とキャットは二人揃って鈴鹿を煽りに煽る。

 相手を怒らせて冷静さを失わせてやろう、と考えているのは虎太郎だけで、キャットは完全にノリと勢いである。

 普段は此処まで相手を怒らせれば、ジャンヌやアルフレッド、呪腕やロビンが止めに入るのだが、生憎と虎太郎の周囲に彼等はいない。

 おまけにキャットがアクセルを踏み込むので、最早二人の勢いと来たら、もう暴走トラックの領域である。

 

 

「こんの駄狐ェ――!」

 

「おぉっと、それは自分のコトか? それはそれとしてコタローは危険だから下がっておれぃ!」

 

「ぎゃひん――!」

 

 

 握った刀を振り上げ、大上段から振り下ろす鈴鹿。

 対し、キャットはコタローのケツを蹴り飛ばす余裕を見せながら、文字通りの猫の手を振り上げた。

 

 刃と爪が激突し、火花を散らす。

 巫山戯た態度を取ってはいるが、キャットもまたサーヴァント。自重なく、自粛なく、自制もない。あるのはただ自爆だけ――と称されようとも、その野性に根ざした強さは本物だ。

 

 鈴鹿御前は稀有な戦い方をしていた。

 三振りの宝剣を有し、内一本を手で振るい、残りの二本は鈴鹿の周囲に浮遊し、担い手の意志に応じて自在に襲いかかる。

 時折、浮遊している一刀を手にすることもある変幻自在の三刀流。

 

 キャットの持ち前の反射神経と勘で縦横無尽に迫る宝剣を捌きながら、果敢に攻めに出る様は腐ってもバーサーカーといった所か。

 

 

「いってぇ……ケツが二つに割れた」

 

「元々割れてるわよ。ちょっと、キャットは其処まで強く蹴っていないでしょう? 早く立って指示を頂戴!」

 

「いや、キャットの足の爪がケツに突き刺さった。これ血ぃ出てるぞ。菊門(あな)に刺さらなくてよかった。そんなんなったら切れ痔ってレベルじゃねーぞ」

 

「………………」

 

 

 尻肉に突き刺さったキャットの爪の鋭さに顔を顰めながら、虎太郎はケツを擦りながら立ち上がる。

 

 思った以上に傷を負っていた虎太郎に、メルトはキャットが内心では全くと言っていいほど味方となったことに納得していないのでは、と不安になるが、首を振った。

 何せ、味方をするのがコレなのだ。自分でも、味方をしているのに疑問を抱いてしまうほどの人物なのだ。キャットには許容範囲を超えていよう。無意識の内に危害を加えてしまっても無理はない。

 

 

「………………見たところ、あのサーヴァントに与えられたKPは、攻撃には影響が出ていないようだが」

 

「やべぇ。スボンのケツのところに穴が空いてる。なーなー、エミヤ。ズボンを投影してくれないか?」

 

「ええ、スズカに与えられたKPは攻撃への耐性。ほぼ全ての攻撃は衝撃から効果まで十分の一にまで削減されてしまう」

 

「おい、無視か、いい度胸だな。へっ、いいよいいよ。自分で予備のを持ってきてるもんねー」

 

「成程。唐辛子入りの煙幕とやらが効いたのはその為か。効果を削減されても眼球自体は刺激に弱い。十分の一でも、それこそ十分だろう」

 

「ところでメルト、こいつを見てくれ。どう思う?」

 

「…………すごく、品がないです…………レディに対して自分の下着を見せるなんて、どういう神経をしてるんですかぁぁぁ――――!」

 

「ふ、またしても敬語に戻してしまったな」

 

「少しは真面目にやれ。あんなモノに付き合うのも馬鹿馬鹿しいのは分かるが、難敵であることに変わりはあるまいに」

 

「いや、なに。お前らの話を聞いて攻略法を思いついた」

 

((…………絶対にまた碌でもない手だ))

 

 

 新しいズボンに履き替えながらにんまりと笑う虎太郎に、メルトは白目を剥き、エミヤは目頭を押さえて首を振る。

 出会ってから日の浅い二人であるが、虎太郎の手段は目に余る。吐き気を催すような手段もあれば、敵を徹底しておちょくるために馬鹿馬鹿しい手段までも用いる。

 その範囲の広さと来たら、二人の予測の範囲外だ。正攻法も使えば、邪法も使う。其処に方向性というものが存在しない故に、誰にも先が読めない。

 

 

「というわけで、ほい、これをパス」

 

「ガスマスク……毒でも使うつもりかしら? 確かに蓄積するタイプの毒物なら効果は期待できるけど、私達が押し切られる方が速い。浅はかね」

 

「浅はか? バカを言っちゃいけない。囮はこっち、本命はこれ」

 

「何よ、それ……?」

 

「ああ、そうか。それは効果的だな。現状で倒しきれない以上、撤退させた方が理想的だ。だが一言だけ言わせろ。貴様は鬼か」

 

「はい? ただの人外の血を引いただけのか弱い人間ですけど?」

 

 

 蔵の中から取り出したであろうガスマスクをメルトとエミヤに投げ、両手に握った物体を見せてニッコリと笑う。

 メルトは愚策であろうことを予見して眉を潜めたが、エミヤはそれこそ信じられない表情で虎太郎を見ていた。

 

 それもその筈。彼であっても絶対に選択しない方法だ。

 仮に思いついたとしても馬鹿馬鹿しすぎて絶対にやらないと断言できた。

 

 

「うぉぉぉおぉぉ、死ねぇぇぇえぇぇ、キャットォ! ……じゃなかった、避けろぉぉぉぉ、キャットォ!!」 

 

「うーん、この本音。とは言え、援護感謝する、ゾっ!」

 

 

 思わず飛び出た虎太郎の本音に反応し、鍔迫り合っていたキャットは、鈴鹿の腹を蹴って大きく飛び退いた。

 

 

「――ぐぅっ! ……ハッ、何それ。マスターだったら、ウィザードスキルの一つでも身につけたらどうなの?」

 

「うるせー! ウィザードスキルが何なのか知らねーけど、こちとら魔力を一ミリも持たん身じゃーい!!」

 

 

 飛び退いたキャットの下を潜るように虎太郎が投擲していたのは、一つの手裏剣であった。

 中央の輪から四方に伸びる刃の羽。俗に平型、或いは風車型手裏剣と呼ばれるもの。

 だが、大きさが通常のものとは異なる。羽の端から端まで1m。何処に直撃しても大量出血は免れない。

 

 けれど、それは一般人に対して、或いは歯牙に掛ける必要もない弱小魔族までの話。人知を超えた英霊に対しては、余りにも心許ない。

 

 

「個性的なのは認めるけど、無能の上に無価値とか、ダッサすぎぃ!」

 

 

 浮遊する宝剣を虎太郎の攻撃を嘲笑うように射出させるや否や、地を這うように回転して迫る手裏剣の中央部分を穿ち、地面へと突き刺さる。

 自然、手裏剣は勢いを殺され、それ以上鈴鹿に迫ることは不可能となった。

 この程度の不意打ち、サーヴァントに対してダメージを期待することなど出来ない。サーヴァントを知るマスターであれば当然の帰結。

 

 ――即ち、この手裏剣は鈴鹿の視線を釘付けにするためだけの囮だ。

 

 

「キャット、これを被れぇっ!」

 

「これはガスマスクなのだな? ……ん? んん? あ、アレは! アレはヤバいワーーーン! 素直に装着!」

 

「だーかーらー、ダサすぎだっての。メルトがそっちに居るのは聞いてるんだから、毒に対する対策だって十分過ぎるくらいに練ってるし!」

 

「毒だと思った? 残念! スウェーデン産の缶詰でしたー!」

 

「――――はい?」

 

 

 本命は、弧を描くように放り投げた缶詰だ。

 黄色と赤のパッケージ。北欧産であるが故に日本の気候に合わなかったらしく、発酵が進んで発生したガスでパンパンに張りつめている。

 

 キャットの視線に釣られ、鈴鹿の視線も自然と缶詰に伸びたが、彼女には理解不能の物体であったが故に、警戒すら浮かんでいない。

 

 未来出身のエミヤはその存在を十二分に知っていた。まだ腐り落ちる以前、興味本位で手を出して心底後悔した経験があった。

 メイド喫茶にて修行をしていたキャットは聖杯(ムーンセル)から与えられる以外の知識も保有していた。実際に体験をしたことはないが、鼻の効く自分は地獄を見るだろうと考えていた。

 だが、鈴鹿は“それ”について何も知らない。聖杯がそんなものの知識を与えるはずもなく、彼女の生きた時代の日本には缶詰なぞ存在しなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って、待ちなさい! わ、私、私まだガスマスク付けてない! 付けてないわよ! くっ、この――私だって、こんな、程度ぉ――!」

 

「バっ、どんだけ不器用ちゃんだ、お前は! 屈め! はよ屈め! オレが付けてやるから!」

 

「メルトちゃん! 意地を張るのは良くないワン! いや、ホントマジで! 今回ばかりは虎太郎に助けられろ!」

 

「――――恨むなら、自分の性格を恨むんだな。お前のような女、この男がまともに相手をする筈もない」

 

 

 わちゃわちゃと慌てている三人を尻目に、ガスマスクを付けたエミヤは、どこまでも冷徹(クール)に、ハードボイルドに引き金を引いた。

 

 

「わひゃっ?! ――――か、あ――――はっ――――くっ」

 

 

 銃弾は寸分違わずに缶をぶち抜き、破裂させる。

 破裂した缶からは白く濁った液体が飛散し、困惑していた鈴鹿は頭から被ってしまった。

 

 瞬間、鈴鹿は硬直したかと思えば、ぶるぶると震え出す。

 

 悲惨な目に合っている鈴鹿を前にして、ライバル認定されたキャットはうわぁと口元に手を当てて、哀れみの視線を向ける。ガスマスク越しに。

 エミヤは無言で首を振り、過去の記憶から這い出してくる、あの匂いに吐き気を催す。ガスマスク越しに。

 メルトは肩で息をしながら、何とか装着が間に合いながらも自身の不様さとギリギリさ加減に涙目になっている。ガスマスク越しに。

 

 

「くっさぁぁぁあぁぁああぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁあぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

「へっ、どんなもんだ。シュールストレミングの臭いはよぉ! いくらKPでもよぉ、臭いまでは十分の一に出来ないよなぁ!」

 

 

 そして、鈴鹿の絶叫が響き渡り、虎太郎のゲス笑いが続いた。

 

 シュールストレミング。

 世界で一番臭い食べ物。最早、その臭いは兵器の領域。開缶で噴出したガスにより失神する人間もいるレベルである。

 しかも虎太郎が投げた缶は、原材料であるニシンがほぼほぼ原型を留めていないレベルにまで二次発酵が進んでいる。悪臭の原因であるプロピオン酸、硫化水素、酪酸、酢酸も大量に生成されていることだろう。

 因みにであるが、25年放置されたシュールストレミングが発見された際には、爆発物処理班と缶詰の専門家が出動して処理に当たった事例も存在している。

 

 

「はぁあぁぁっ! 臭い! くさいくさいくさい! 目が痛い、口になんか酸っぱいのが入ってくるぅぅぅ!! かはっ、待って、マジムリ。呼吸もできない、気分も悪くなってきた……」

 

「おら、さっさと退け。そのままだったらゲロ吐きヒロインの名を頂戴することになるぞ。そんなんサーヴァントとしてもJKとしてもないだろ? ざばっと顔と首を洗って出直してこい、オレは忙しい。肌が裂けるまで洗おうが、頭がハゲ上がるまで髪を洗おうが、そう簡単に臭いは落ちんがなぁ!!」

 

「……う、うわぁぁあぁぁぁぁああぁぁん!! カズくぅぅぅぅぅうぅぅん!!」

 

「カズくんって誰だよ」

 

「さぁて。SE.RA.PHのサーヴァントにマスターはいない故。何処ぞの聖杯戦争で運命的な出会いを果たしたのではないか?」

 

「よくJK擬態(モーフ)に付き合うマスターがいたもんだ。オレならあんなサーヴァント即自害させるわ」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「…………裏側では、有益な情報を得られなかったな。とんだ無駄足だ」

 

「むぅ。それはそれで仕方なし。では、ガウェイン卿を助けに行くとしよう」

 

「いや、待て。このまま管制室に向かうべきだろう。裏側から表側に戻ればパッションリップを回避も可能なはずだ」

 

「相も変わらずサーヴァント不信なのだな、デミヤは。では、メルトの意見はどうなのだ?」

 

「私からは特に。二人ともそれぞれに理があるもの。それに、最終的な判断は(マスター)の仕事でしょう? 私はそれに従うまでよ」

 

「…………」

 

 

 鈴鹿御前を退けた一行は、今現在足を踏み入れられる区域(エリア)は回りきっていた。

 だが、表側と代わり映えはせず、違いと言えばSE.RA.PH化する前のセラフィックスにあったであろう魔術的な防衛システムが生きていたことくらいだ。

 アニムスフィア家にとって重要な施設は、殆どが此方側にあったのだろうが、SE.RA.PH化に伴って何らかの記録や情報を手に入れられなかった。

 

 だが、決して無駄足ではなかった。

 

 

(裏側に人間が立ち入った形跡がない。つまり、一連の流れとして、セラフィックスで異常事態が発生して職員は全て管制室に集まった。その後、倫理が崩壊し、カルト化。天体室が開けられて、SE.RA.PH化したわけか)

 

(この流れは確定だ。此方側に人の痕跡がなかったことがその証左。だが、異常事態からSE.RA.PH化まで、2ヶ月近い時間が掛かっているのは、魔神柱が間抜けだったのか。それとも天体室自体はSE.RA.PH化のエネルギー源や進行を加速させているだけで根本原因ではないのか)

 

(……とすれば、ロマニから聞いている魔神柱の能力的に、関係がありそうなのはゼパルだが、当たりでも引いたか? しかし、当たりを引いたからと言って、当人にとって幸運であるとは限らないがな)

 

 

 魔神ゼパル。

 伝承においては、人の情欲をコントロールするとされ、更には女性の愛情を操りもすれば、女性を不妊にするとも、人間の形を変えるとも。

 

 ロマニ曰く、ゼパルの持つ真の権能は人に取り憑いた上で精神を操り、更には宿主の記録――並行世界の記録ですら――を閲覧し、引き出すというもの。

 精神操作は形を変えて、情欲や愛欲の操作として伝承に語られ、宿主の記録の閲覧と引き出しは、不妊と形を変えるものとして伝えられたようだ。

 

 

(しかし、黒幕とゼパルの関係性が見えてこないな。協力という訳ではないだろうが、ゼパル側の思惑と作為がまるで感じ取れないのは何故か)

 

(ふむ、ビースト案件だと分かっちゃいたが、魔神柱案件ではないのかもな)

 

 

 ボンヤリとしていた事件の全容が、徐々にではあるがハッキリとした輪郭を帯びてきた。

 新たな情報は得られなかったが、情報を得られないなら得られないなりの理由が必ず存在する。そして、その理由もまた別の理由に繋がり、別の情報となり、或いは情報を補強する。

 

 既にソロモン王であったロマニ・アーキマンから伝え聞いたゼパルの能力から、今回の事件の発端はゼパルにこそあると当たりを付けていた。

 四柱の魔神柱を最後の決戦で取り逃しているのは周知の事実。いずれ復讐か、各々の目的を達成するために激突するのは必定。ならば、各々の能力や性能の情報を手に入れておくのは当然のことだ。

 

 

「……お前らな、そもそも表側に戻る手段がないんだがね。どうやらあのマジックハンド、一回こっきりの使い捨てみたいだな」

 

「はぁ?! ど、どうするつもりなのだ! 表側に戻れねば、騎士ガウェインは助けられない上に、お主も消えてしまうのだぞ!?」

 

「落ち着きなさい、キャット。BBは間抜けだけどね、考えなしではないわ。表側に戻る手段は用意してあるわよ。もっとも、サクラメントを要求されるか、無茶な依頼(クエスト)を達成しなければならないでしょうけど……」

 

「……そこんとこ、どうなんだ? ロビンさんよぉ?」

 

「………………人が宝具使ってんのに、こっちの存在を察知するの止めてくれませんかねぇ」

 

「…………っ!」

 

 

 裏側に来てから常に感じていた視線が、此処に来て強さが増した。

 それだけの理由で、何もない空間に向けて虎太郎が声をかけると、大きな溜め息と共にロビンが姿を現した。

 

 外套型の宝具“顔の無い王”を解除しつつ、両手を上げていたのは交戦の意志がないことを示している。

 キャットとメルトが警戒を露わにし、エミヤは殺意を隠そうとすらしていなかったが、そのやる気のない態度に肩透かしを食らったらしく、攻撃にまでは至らない。

 

 

「姿も気配も消せる“顔の無い王(お前の宝具)”でも、視線は消せない。他にも色々と消せないものはあるだろ?」

 

「成程ね。カルデアとやらにゃぁ、別個体のオレも居るわけですかい? そりゃ、型無ですわ。こちとら英霊と呼ばれるのも憚られる弱小サーヴァントなもんで」

 

「弱小ねぇ、どの口でほざくんだか。それより、ほらよ」

 

「おっ、とぉ。コイツぁ……サクラメント? 何のつもりで?」

 

「どーせお前とBBのことだ。色々と算段と保険がついたから俺達の前に現れたんだろ? 情報か運賃か、それとも通販か。それで足りるか?」

 

「……話が早くて助かりますよ。こっちとしても、こんな仕事、さっさと片付けたいもんでね」

 

 

 虎太郎が先に投げ渡したサクラメントの正当な見返りとして、ロビンもまた一つの物品を投げ渡した。

 こうなることを予見して、ロビンがBBの下から無断で拝借してきたものである。少なくともサクラメントを回収できるのならBBも文句は言えないだろう。

 

 それは何の変哲もない鍵だった。少なくとも見た目としては。

 しかし、鍵を手にした虎太郎は違和感を覚え、エミヤは鍵の構造を解析した瞬間に眉を顰めた。

 

 

「何でも『心の枷』を壊せる『心の鍵』だそうですわ。これを使えば、表側で自分の意志に関係なく暴れている嬢ちゃんを救えるとか」

 

「パッションリップをか? 話にならん。あの怪物を救うだけの利益(メリット)がない。BBなんぞの口車に乗るつもりではあるまいな、虎太郎」

 

「乗らざるを得んよ、この場合。SE.RA.PHを自由に回るにはセンチネルの打倒は必須。何より、“()”がパッションリップを本気で運用し始めたら手がつけられん」

 

「そっちの黒いの、あの嬢ちゃんを味方に引き入れるのを警戒するのは当然だ、何せ怪物だからな。だが、このまま“()”の手の内にある方がヤバい。なら、制御が利かんでも、近くに置いといた方がマシってもんでしょうよ」

 

 

 パッションリップの能力を最大限生かした運用方法としては、敵全てを視界に収められる遠方に配置し、問答無用でトラッシュ&クラッシュによって圧縮することだ。

 彼女の視力が通常の人間程度でも十二分。何せ、彼女の能力は標的を視界に収めてあるだけでいいのだ。標的を人やサーヴァントから特定の空間に変更してしまえばいい。

 空間ごと圧縮されては、どれだけの能力を有するサーヴァントであれ、離脱は不可能。虎太郎としても瞬神による空間転移を用いるしかない。

 一度でも転移先を誤ってしまえば、じりじりと追い詰められる。ならば、現状、リップを遊ばせている状態で、此方から打って出た方が、まだ勝算は高い。

 

 

「――――……チっ」

 

「……ん? 緑茶は随分とコタローの肩を持つのだな?」

 

「いや、別に。オレはBBの味方だが、それはあくまでも肉体的な話であって、心情的には敵対関係も同然だからなぁ。倒してくれるなら、それはそれでいいさ」

 

(危ねぇ! このケダモノ、ふざけた態度の癖に勘は妙に鋭いときてやがる……!)

 

「で? 納得したか?」

 

「納得などしかねるがね。だが、確かに理と利があるのはお前の選択だ」

 

 

 虎太郎の問いかけに、エミヤは不満を飲み込み、理と利に従う。

 己の能力として狙撃も可能ではあるが、放った弾丸ごと圧縮されてしまう可能性もある。エミヤとしても遠距離戦を挑む気にならない相手であるのは認めざるを得ない。

 

 ならば、より確実な方法を取るまでのこと。

 近距離で動き続ける限りは、トラッシュ&クラッシュも宝の持ち腐れ。それでも残った腕力と頑丈さは脅威ではあるが、それだけならば凡百の怪物と大差はない。

 打倒ないし無力化できる可能性は、此方の方が上。何より、どさくさに紛れてリップを処理できる可能性もあるのだから。

 

 

「じゃあ行くか。アレだけ払ったんだ、他にもサービスはあるんだろ?」

 

「そりゃ勿論。BBからマジックハンドは貰ってるから、このまま表に向かえますよ」

 

「そいつは重畳。で、ガウェインは死んでないよな?」

 

「そっちも勿論。あの騎士様と来たら、ゴリラ属性と白馬の王子様属性を全開にして立ち回ってやがる。月の頃から知ってはいたけど、開いた口が塞がらないとはこのことだ」

 

「決まりだな。ガウェインと合流、リップを救出した後に、そのまま管制室に向かう。お前らの意見を取り入れた上での順序だが、こんなものだ。問題と異論はあるか?」

 

 

 メルトは仕方ないわねとばかりに肩を竦め、キャットは笑顔と共に頷き、エミヤは両腕を組んで不満げに鼻を鳴らす。

 それぞれ思うところはあれども、異論を挟む余地のない判断と認めたらしく、口を開くことはしない。

 

 彼等の様子に納得した虎太郎は頷くと、ロビンを見た。すると、ロビンは外套の下からマジックハンドを取り出して、床をくすぐり始めた。

 

 

「おい、どうしたお前。もっと気合入れてやれよ、それでも男か!」

 

「冗談じゃねぇですよ! アンタみたいにあんなノリノリでやる気になんてならねぇっすわ!」

 

「この……! オレにやらせろ! オレがマジ泣きさせて絶頂させてやっから!」

 

「BBにアンタに持たせるなって言われてるんだよ、こっちは! アンタがやりすぎたせいで、通路のテクスチャが剥がれたりとかメチャクチャに繋がったり被害出てるの分かってますぅ?!」

 

「うるせー! そんなもん、オレが知るか! 困るのはBBだろうが! よーこーせー!」

 

「やーめーろーっっ!!」

 

 

 ロビンからマジックハンドを奪い取ろうと腰に抱きつく虎太郎。

 虎太郎のからマジックハンドを奪われるのを、相手の顔面を片手で掴みつつ制し、もう一方の手で器用にこちょぐるロビン。

 そのコント地味た光景を笑えばいいのか呆れればいいのか分からないといった、何とも言えない曖昧な表情で眺める三人。

 

 しかし、そうしている間にも、SE.RA.PHは鳴動し始める。

 此方側に来た際にもあった前兆だ。これで問題なく、表側に戻れるだろう。

 

 待ち受けるセンチネルにしてアルターエゴ・パッションリップ。

 いずれ倒さねばならない敵には違いない。それを放置しておく虎太郎であるはずもなく。

 手段があるのならば迅速かつ早急に。問題を解決し、己にとって最大の利を得るのが、彼のやりようなのだから。

 

 





というわけで、全編に渡ってシリアス皆無&鈴鹿御前クソまみれよりも酷い目に&御館様ロマンが生きてるのを利用して魔神柱対策を練りつつあった、でした。

書けば書くほどBBちゃんと鈴鹿御前が酷い目に合っていくなぁ、これ。
いや、性格的に相容れない上に、主人公の性格も容赦がないので歯止めが全く効かない状態。ここで主人公が理由もなく手を抜いてしまうとキャラがブレるんだよなぁ……。

最後までこんな感じでいくのか。それとも、BBちゃんと鈴鹿の逆襲が成功するのか! 乞うご期待!(ネタバレ:逆襲が成功する!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人の敵は碌なことをしない。自分で自爆した上で周囲を巻き込むとか最低にもほどがある。その分、相棒が有能なので釣り合いは取れているけど』

アガルタの女キターーー!!
あのムチムチプリンな褐色美女が来るのか。回すぜぇ、超回すぜぇ……!
しかし、あの予告画像のキャスターはちょっとないな。うん、ない。
い、いや、実装までには何とか修正されるさ。そうでもなくても実物を見れば、全てが吹っ飛ぶさ。最終絵はきっと極エロさ。




 

 

 

 

 空間が反転し、全てが裏返る。

 裏返りが二度あれば、全て正しい形に戻るのは道理。

 

 虎太郎一行が視界を取り戻せば、確かに見覚えのある表側――ブレスト・バレーに戻ってきていた。

 

 

「これで、表側に戻ってきたわけだが――――何だ、罠か?」

 

 

 管制室に近い開けた広場のような場所には、多くの攻性プログラムが犇めき合っていた。

 

 ある程度は予想していたのか。それとも覚悟はしていたのか。

 メルトとキャットの表情は険しかったが、虎太郎だけは両腕を組んで溜め息混じりの言葉をロビンに投げかける。

 

 効果的ではあるが、芸がない。

 そも、表側に戻ってきた瞬間に無数のエネミーを使って襲いかからせれば、サーヴァントは倒せずとも、虎太郎に一太刀浴びせる程度のことは出来たはずだ。

 

 

「んなわけねーですよ! どういうことだよ、BB! オレも聞いてねぇぞ!」

 

「――――だろうな」

 

 

 その慌てようから、この嫌がらせについてロビンは何も聞いていなかったのを察した虎太郎は、即座に他の仲間の存在を確認した。

 現状、虎太郎が最も危険視していたのは味方の分断であったからだ。空間転移を手段の一つとする虎太郎も、戦力を分散させての各個撃破はよく使う。使い古されているが、実に効果的な手段なのだ。

 

 だが、それはある意味で杞憂であった。

 メルト、キャット――そして、表向きには敵対関係を演じさせているロビンの三名は確かに側に居た。ただ、あの男だけがいない。

 

 

(ロビンも本当に知らなかったのは間違いない。BBの手口にしては遊びがない――――そして、エミヤがいない。となれば、露骨な引き抜き工作ですねぇ、BBちゃん。但し、もう一人の方だな、コレは)

 

 

 そう、エミヤの姿だけが影も形もなかったのである。

 

 この場において、エミヤだけを一行から引き離す意図は一つしかないだろう。

 彼の行動理念、在り方、信念に少しでも触れているのならば、誰でも分かる。

 

 ――排除せねばならない(もの)を、機械のような反応で、無慈悲かつ迅速に排除する。

 

 あの男は悪の敵。

 それが如何なる悪であれ、悪が存在する以上は排除せずにはいられない。其処に許容も寛容もありはしない。昆虫じみた機能の権化だ。

 

 ある意味、虎太郎の側に付いた者の中で、最も操りやすいと言えよう。

 何せ、行動パターンが決まっているようなものであり、エミヤ自身も理解しながらも変えることが出来ないのだから。

 

 

「アアアァァアアァァアァァ――――っ!!!」

 

「ぬぅううぅううううぅうぅ――――っ!!!」

 

 

 そして、エネミーの生け垣の向こうでは、リップとガウェインの姿があった。

 

 振り抜かれる烈風。爆ぜる熱風。

 愛する者を殺さずにはいられない爪と星を守る太陽の聖剣は、絶え間なく火花を散らし、戦場音楽を奏でる。

 

 ガウェインは満身創痍であった。

 

 攻撃を受け損なったのか、額から流れる血は顔の半分を真っ赤に染め上げている。

 爪が掠めたのか、理想の戦装束であった鎧は所々が砕け、ひび割れ、外套は無残に斬り刻まれていた。

 呼吸は荒く、一撃を放つ毎に、一撃を受ける毎に、魔力(たいりょく)を根こそぎ消耗していくに違いない。

 

 対し、リップは無傷。

 凶爪にも、衣類にも、身体にも毛ほどの傷もない。

 呼吸に乱れなく、まだまだ暴れられるとばかりに一撃ごとに攻撃は激しさを増し、今や荒れ狂う嵐のよう。

 

 見るも無残な結果。泣きたくなるほどの戦力差。

 

 

 ――されど、その程度で膝を折る太陽の騎士であるはずもなく。

 

 

 虎太郎達の到着にすら気付いていないにも拘らず、口元には笑みすら浮かべている。

 戦いを楽しんでいるのではない。そのような余裕はない、彼は文字通りの決死なのだから。

 

 …………それが何だというのか。

 

 右手で聖剣を握るは、己を信頼する友のため。

 左手で聖剣を握るは、泣き叫ぶ少女を救うため。

 

 彼の胸にあるのは、叫び出したくなるほどの喜びと太陽の如く燃え上がる思いのみ。

 なれば、器が千々に砕け散ろうとも何の不足もある筈もない。

 

 

『はい、そこ静かに! 狼狽えるな、小僧ども――――!』

 

「その通り。例え、相手が予想を超えてきても、想定の範囲内だと無理して笑うのも肝要だ――――よって、キャットぉ!」

 

「んん? ――――おぉっとぉ、そういうことなのだなぁ!」

 

 

 BBチャンネルのスタジオが映し出された空間ウインドウが現れる。映っているのはお馴染みのBB。

 恐らくは、手助けのために必要な行動を指示しようとしたのだろう。その為に、視界をジャックせず、空間ウインドウで済ませたのだ。

 

 しかし、虎太郎はBBに反応こそ見せたものの、視線を向けないどころか、キャットに向かって飛びかかった。

 一瞬だけ不思議そうな顔をしたキャットであったが、虎太郎の意図を察したのか、片手を伸ばす。虎太郎は見事にその上に乗った。

 

 片手に成人男性を乗せて涼しい表情をしている辺り、バーサーカーだけのことはある。

 数あるクラスの中でも単純な身体能力ならば、トップに立つクラスと言えよう。

 

 

『あれ? あれあれ? これ、私が的確に指示を出して、好感度を稼ぐお助けシーンですよね?』

 

「お前の都合なんぞ、オレが知るかぁ――!!」

 

「これが野性ときたない忍者のコラボレーション――――ゆくぞ、猫斗(にゃんと)神拳奥義! 猫斗人間砲弾!!」

 

「雑魚掃除はそっちに任せ――――――あぶるばばばばばばばば!!!」

 

『拳法全く関係なぁああぁぁぁぁい――――!?!?』

 

「ツッコミどころは其処じゃねぇ! 何やってんですかねぇ、オタクらはぁぁ――――!!??」

 

「ま、ま、ま、マスターーーーーーーっっ??!!」

 

 

 

 キャットの豪快な投球フォームによって、宙を翔ける外道。

 

 驚きの余りに見当違いなツッコミを入れるBB。

 律儀にツッコミどころのを指摘してから悲鳴を上げるロビン。

 エキセントリックな光景に涙目を白黒させながら絶叫するメルト。

 

 余りの勢いと風圧に、防具にすれば最強クラスになるであろう虎太郎の厚い面の皮ですらが波打っている。

 冗談のような高度を、冗談のような速度で飛んでいく人型に、エネミー達は呆然と見上げるばかり。

 馬鹿馬鹿しい無茶苦茶な手段ではあったが、虎太郎はまんまとエネミーの生け垣を飛び越えてのけた。

 

 着弾予測地点はリップの真後ろ――!

 

 

「アァ――アアアアアアアアア――――っ!!!」

 

 

 異様な気配にか、単純に環境の変化を察したか。

 何の比喩もなく砲弾と化して迫る虎太郎の存在をいち早く察知したリップは、床を爪で抉りながら身体を翻す。

 

 ガウェインですらがまともに喰らえば死にかねない一撃であれば、虎太郎では掠めただけで身体の部位ごと消し飛ばされる。

 今のリップは近づくものが何であれ、知性も理性もなく破壊する怪物、この程度は予測済み。

 

 虎太郎は身体を大の字に大きく広げ、空気抵抗を増やした。

 SE.RA.PHは現実世界に即した物理法則を有する。無論、全てが全てではないが、少なくともこの点に関しては、これまでの戦闘で確認済みだ。

 

 空気の抵抗を受け、飛距離の伸びは目減りして着弾地点は変化する。

 リップの手前で着地した虎太郎は見事に身体への衝撃を殺したものの、勢いまでは止まらない。

 迫る巨大な鉤爪を前にして、虎太郎は床を滑りながらも、身体を捻って()()()()()()に身体を滑り込ませた。

 

 正気の沙汰ではないが、虎太郎にしてみれば当然のこと。

 どの道リップの攻撃は掠めただけで致命傷。なればこそ、性能も計り続けていた。あの爪の巨大さも、振り抜く速度の限界も。

 どれだけ馬鹿馬鹿しくとも、どれだけ狂気に満ちていようとも、実行する以上は己が実現可能かどうかを天秤で計り終えた後なのだ。

 

 数百の針の穴を一度に通す難易度を超えた虎太郎は、そのまま床を滑り、ガウェインの隣に立ってのける。

 

 

「後退の螺子を外せ、ガウェイン。これから攻勢に出る」

 

「――勝算はありますか?」

 

「勿論。そろそろ来る頃合いだ」

 

「成程、第二陣ですね――!」

 

 

 さしたる会話もなく、互いの安否すら気にしない。

 虎太郎はガウェインの性能と性格を把握していたからであり、ガウェインは虎太郎が無理と無茶と無謀は超えてきた実績から。

 

 虎太郎は武器庫から取り出した銃を構え、ガウェインは地を蹴った。

 

 リップは迫るガウェインの気迫が更に増したことに気がついたか、爪を大きく振り上げる。

 

 

「おっと、ソイツはやらせられねぇなぁ」

 

「――――――っ!?」

 

 

 通常の銃とは異なる、空気を放つような発砲音が連続する。発射されるものは40x46mmグレネード弾。

 

 MGL140。

 回転式弾倉を持つグレネードランチャー。米連において制式採用されている。

 平均400mの射程を誇り、使用できる弾の種類も、対人榴弾、対戦車榴弾、ゴム弾、催涙弾、発煙弾と豊富。

 だが、対人、対戦車に有効であろうとも、相手は防衛に特化したアルターエゴ。

 

 直撃したところで何のダメージは期待できないが――

 

 リップの手前、リップの爪に着弾した瞬間にグレネード弾は爆炎を上げる。

 

 ――視界を塞ぐという点に関しては有効だ。

 

 爆炎と黒い煙はリップの視界を塞ぎ、トラッシュ&クラッシュの発動を封じる。

 

 

「今暫くのご辛抱を――!」

 

 

 ガウェインが黒煙の帳を突き破り、聖剣を一閃する。

 聖剣に内蔵された疑似太陽は、未だに運動を開始していない。それはそのまま彼の心情を表している。

 

 如何にセンチネルにしてアルターエゴであるパッションリップと言えど、ガウェインの奮戦を無傷で乗り切ることは不可能だ。

 聖剣が正しく稼働すれば、彼女の凶爪も身体ごと焼き尽くされたことだろう。

 

 それでもなお無傷であったのは、ガウェインがこの戦いを救うための戦いと定義したから。

 どれだけ己が傷つこうとも、その果てに死ぬことになろうとも、ちっぽけな矜持を示し続けるのが英雄であるが故に。

 

 

「さて、先行して助けに来たが――――おい、この鍵、どう使うんだ?」

 

『ああ、もう! めちゃくちゃです! 緑茶さん達はそのままエネミーのお掃除を! ガウェインさんはリップを抑えてください!』

 

「無理を言う。流石のガウェイン無双も此処らで打ち止めだ。適度に引いてヒットアンドアウェイを繰り返せばいいものを、五時間ぶっ続けだったみたいだからな」

 

 

 ガウェインの動きに陰りはなく、精彩さも欠いていない。

 だが、最早、彼は限界に近い。この世に留まるために必要な魔力すらを、いま動くためだけに消費している始末。

 魔力を持たぬ虎太郎ではあるが、感じ取ることは出来る。故に、ガウェイン元来の魔力量と現在の魔力量を比較することも可能。

 

 ガウェインに残された時間は二分程度。それ以上の戦闘は可能だが、可能なだけ。

 二分を超えればガウェインの消滅は確定する。座には還らず、霊気基盤の保存されたカルデアに戻るだけだが、SE.RA.PHとカルデアの時間差を考えれば、霊気の完全な修復は決戦までに間に合わない。

 

 ガウェインも全てを理解している。

 理解はしているが、自身でも止められず、止まるつもりもない。

 目の前の苦しみ続ける無垢な少女を救ってみせる。いま、彼の頭にあるのはそれだけだ。

 

 

「――ぬぐぅっ! 不覚っ!」

 

「こいつはマズ――――――いや、一瞬だな。一瞬だけ、時間を稼げればいいか」

 

『この霊基反応――?!』

 

 

 いよいよ以て、終わりの時が訪れた。

 

 ガウェインが絶えず握っていた聖剣が、リップの一撃によって天高くに舞い上がる。

 握力が限界を迎え、同時にガウェインの膝からも力が抜けてしまう。

 

 待ち受ける死の爪撃は、ガウェインの鎧ごと頭頂部から股下まで寸断する。

 ガウェインはギリと歯を食い縛り、渾身の力を膝に込めるが、前進するにも一瞬だけリップの方が速い。

 

 

「――させるか、間抜け!」

 

「何の、これしきっ――!」

 

 

 声はガウェインの背後上方から。

 渾身の力で地を蹴って飛び上がった虎太郎から発せられたものである。

 

 虎太郎が追い縋ったのは、リップによって弾かれ、ガウェインの手から離れた太陽の聖剣。

 空中でぐるりと身体を一回転させた踵が聖剣の柄頭に叩きつけられ、一直線にリップへと向かっていく。

 

 そして、ガウェインは何一つ確認することもなく前に一歩を踏み出す。

 虎太郎は後退の螺子を外せ、と言った以上、示し合わせる必要はない。ガウェインは友を信じ、言葉通りに前進するまで。

 

 迫る聖剣と太陽の騎士。

 理性のないリップは、本能が“より脅威”と判断した方へと襲いかかる。

 この場においてはガウェインを。如何な聖剣と言えども、所詮は担い手以外の人間が蹴り飛ばしたものに過ぎない。彼女を脅かすほどのものでもない。

 

 しかし、聖剣はガウェインを主と認めたが故に、彼の手へと収まった。

 ならば担い手の危機に、担い手の思いに応えず、何が聖剣か。

 

 ――突如として聖剣内部の疑似太陽が起動するや、あらゆる不浄を焼き払う焔を刀身に纏わせる。

 

 

「――――っ?!」

 

 

 拘束具で隠れたリップの表情が愕然に歪む。或いは、彼女を操る何者かの驚愕であったのか。

 

 これで、脅威は二つとなった。

 理性がない以上、最適な判断は封じられたも同然。

 操られているとしても、黒幕にせよ、もう一人のBBにせよ、他者を見下すものにこの展開を予測など出来るはずもなく。

 

 本能によって振るわれた爪は聖剣を再び弾き飛ばし、ガウェインは真正面からリップの腰に組み付いた。

 其処が、彼女の攻撃の範囲外。巨大過ぎる爪は敵を寄せ付けないためのもの。自身に密着されれば、最大の脅威である爪もスキルも意味をなさない。

 

 

「ぬぅ――――あぁあああぁぁぁああぁぁっっ!!!」

 

「冗談、でしょ……」

 

「流石は騎士ガウェイン! やる時はやる男と思っていたぞ……!」

 

「…………ゴリラゴリラだと思っちゃいたが、まさかあそこまでとは。ホント、円卓の騎士は頭おかしいですわ!」

 

 

 無数のエネミーを掃討していた三名ですらが、驚嘆と共にガウェインを見た。

 

 ガウェインはそのままリップの両脚を大地から引き剥がしてのけた。

 自重の10倍を軽く超える重量を持ち上げる、渾身の力業である。

 

 巨大な爪を存分に振るえたのは、大地に突き立てられた足腰があってこそ。

 両腕を振るい、暴れ回るリップはバランスを保てずにガウェインに攻撃を掠らせることすら出来ていない。

 

 

「さあ、早くなさい! BB、指示を出した以上は何か策があるはず――!」

 

『ちょ、ちょっと、ちょっとタイム! 私の作戦ではセンパイがリップの胸に触れる必要があるんですけどぉ?!』

 

「な、なんとぉ――?!」

 

「いくら何でもあの爪を掻い潜って胸に手を触れるのは無理。BB、ちゃんと作戦を前もって伝えとかないからこうなるんだよ、間抜け。つーか、ガウェイン、驚いたのはどっちの理由だ? 自分が下手こいた方か? それとも胸に触れる方?」

 

「い、言っている場合ですか! 黙秘権を行使します!」

 

「オタクら、こんな時ですら冗談言える余裕がよくありますねぇ?!」

 

 

 リップが生み出す力によろよろと酔っぱらいのような足取りで必死にバランスを取るガウェイン。

 BBは画面越しに両手で頭を抱えて涙目となり、ロビンは堪らずにツッコみを入れる。

 

 胸の位置が高過ぎて、触れるには跳躍する必要がある。

 とてもではないが、虎太郎の性能では空中で爪を掻い潜って胸に触れるなど不可能だ。

 

 だと言うのに、虎太郎はいつもの調子、ガウェインもそれに付き合っている以上、余裕があると見做されても無理はない。

 

 これにて、BBの思惑は御破算となった。

 ガウェインがリップを抑えられている時間は少なく、抑えている最中に虎太郎は近寄れない。

 仮にリップを下ろしたとしても、次の瞬間にガウェインは引き裂かれ、この場で彼女を拘束しておける存在はいなくなるのだ。

 

 間違いなく手詰まりである――――

 

 

「やあ、待たせてしまったね。これでも急いだのだけれど」

 

「全くな。だが、最高の人選と最高のタイミングだ。やっぱり、アルもお前も優秀だよ」

 

 

 ――――颯爽と現れた緑の騎影さえ存在しなければ。

 

 金属が擦れて弾かれる鎖の音。

 彼女の掌から放たれた鎖は、リップの両腕を拘束し、縛り上げる。

 

 これなるは“天の鎖”。

 神々によって生み出された“天の楔”が、神々の意に沿わぬ行動を起こした際、天上へと連れ戻すための安全装置。

 しかして、この鎖は神のためには使われず、鎖自身の意志によって人のために神を繋ぎ止めるに相成った対神性捕縛兵器。

 

 様々な女神の要素を組み合わせて生み出されたパッションリップには最大の力を発揮する。

 

 

「ガウェイン、遅れて済まなかったね」

 

「いえ、委細問題なく。私ももう一仕事と行きたい所ではありますが……」

 

「後はオレ達に任せて、少し休め。ここで消滅されても困るからな」

 

「ええ。後は貴方に任せます、友よ。どうか彼女を救って下さい」

 

 

 鎖で拘束されたリップを下ろし、よろよろと後退したガウェインは片膝を立てて床に座り込む。

 魔力の消耗と精神の疲労だけではなく、それ以上に安堵によって全身から力が抜けていた。

 

 現れたのは救援の第二陣――エルキドゥ。

 英雄王と肩を並べるトップサーヴァント。数多く存在する英霊の中でも、疑う余地のない最強の一人。まして、神性を有する相手であればなおのこと。

 

 

『色々と予定をぶち壊された上に、アルフレッドさんがガチで機械仕掛けの神様だと言葉ではなく心で理解できましたが、今がチャンスです! ここからは肉体ではなく精神を攻略する心の戦い。即ち、CCC伝統の乙女コースターです!』

 

「やっぱり、虎太郎に買わせたあの鍵は、アレだったわけね!」

 

「うぉぉ! 何が何だかよく分からんが、いくぞー、パッションリップ、覚悟しろー! うぉぉーー!!」

 

 

 鎖に縛り上げられ、最早、身動きの取れなくなったリップに虎太郎が突撃する。

 BBが作成し、ロビンが売り払った『心の鍵』はリップに近づくに連れ、熱を持ち、光を放つ。

 

 虎太郎の両腕が伸ばされ、リップの豊満などと言う言葉では到底収まりきらない巨大な山脈に触れる。

 

 

「その乳をもぐ――!」

 

『いえ、誰も其処までやれとは言ってませんけどぉ――?!』

 

「もみもみもみもみもみもみもみもみもみ、もみ倒してやんよぉ――!」

 

「ア――ァァ――いやぁあぁぁあぁんっ……♡」

 

「「や、やった!」」

 

「な、なななな、何、何よ、何なの! 貴方も女は胸だと言うんですか! マスター!」

 

「いやいや、メルトちゃん。ツッコむところは其処ではないのだな。後、敬語になっている。それから、後でコタローはシバくゾ」

 

 

 虎太郎は揉むは揉むわ。

 それが本能だとばかりに両胸を揉みしだく。

 ぐにぐにと形を変えるほどに。五指をめり込ませて弾力を楽しむかの如く。根本から絞りあげて出る筈もない母乳を絞り上げるように。

 

 この暴挙にエルキドゥは愉悦顔、ガウェインはガッツポーズ、BBはドン引き、理性を封じられたはずのリップは甘い嬌声を上げる。

 一瞬の接触、胸へ触れただけでリップの性感帯を暴き、好みの愛撫を見抜いて絶頂へと押し上げる様は、流石の性技の味方。この局面で、そんなことをする必要はあったのだろうか?

 

 

『サクラファイブ随一の乙女力の持ち主になんてことを……!』

 

「うっ――――ふぅ。虎太郎、いけません。いけませんよ、いくら肉感的であろうとも、相手は無垢なる少女。貴方の悪辣な性技に晒すのはよくありません」

 

「オメーも賢者モード入ってんじゃねぇよ! おらおら、BB早くしろー! コイツがオレ以外の手ではイケない身体になっても知らんぞー!」

 

「BBだったかな? 虎太郎の性技は凄いよ。うん、ボクも体験しているからね。よく分かる」

 

「ほらほら、もう乳首もこんなに勃起して! 一秒単位でその身体を開発してやろうかぁ――!」

 

「ひぅぅっ♡ は、や、やぁぁっ♡ ふんんっ……♡」

 

『くぅ! させない、させません! 最近は素直で健気で頑張り屋になってきたリップにそんな真似はさせませんよー!!』

 

 

 BBの悲鳴染みた叫びと共に、鍵が最大限の光を放つ。

 

 その瞬間、虎太郎の肉体から魂が分離した。

 鍵――コードキャストの力により、魂は完全に情報体として分解されてしまう。

 情報体(数値)と化した魂は、そのままパッションリップの心象空間に代入され、最深部にて擬似霊子として再構築される。

 

 これより踏み入るは秘密の花園。

 かつて月の裏側で、無名のマスターが踏み込んだリップの深層。

 

 深層落下(スパイラル)開始(スタート)――!

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 落ちる。落ちる。落ちる。

 一寸の先も見通せない暗闇を、終わりも見えないままに落下していく。

 理性が封じられた状態でなければ、リップの心象が何らかの映像や形として見えたかもしれないが、生憎と落下の浮遊感しか感じ取れなかった。

 

 

「しかし、心象空間(ここ)へ来たのは、オレだけじゃなかったか」

 

「そのようだね。いくつかの制限があるみたいだ。恐らく、正式に契約を交わしたサーヴァントであること。立ち入れるのはマスター一人とサーヴァント一騎まで、といったところかな?」

 

 

 虎太郎の隣で共に自由落下を続けるのはエルキドゥだった。

 エルキドゥの言葉が正しいのであれば、あの場で虎太郎と共に心の戦いに挑めるのは、ガウェインとエルキドゥのみ。

 そして、ガウェインは魂を擦り減らしてまで戦い続けていたことを鑑みれば、適任はエルキドゥしかいない。

 

 

「それで、カルデアの方はどうだ?」

 

「おや、いいのかい? 言葉にしてしまっても。君、随分と監視の目を気にしていたようだけど?」

 

「アホか。分かってて言ってるだろ。此処はパッションリップの心象空間、誰の目も届かない。送り込んだBBでも数値としてしか観測できないだろうさ」

 

「そうだね。でも、おおよその見当はついているんじゃないのかい? ボクが送り込まれた理由も、ね」

 

 

 心象空間の最下層に辿り着くまでの間に、必要な情報交換をしてしまう。

 この場では、あらゆる監視の目は届かない。BBであれ、黒幕であれ、心の戦いを見通すことは出来ないのだ。

 

 そして、SE.RA.PHへの救援第二陣として、エルキドゥが送り込まれた理由も察しがついていた。

 

 

「アルやダ・ヴィンチも、この案件がビーストによるものだと既に観測済みか」

 

「ええ。ビーストの霊基を観測した。だからこその、ボクさ」

 

 

 ガウェインが語った通り、この特異点はその特殊性故にか、カルデアからのレイシフト――直接的な介入は難しい。

 しかし、観測だけは可能であったのか。この事件の裏側で、人の世を食らう獣が蠢いていることには気付いていたようだ。

 

 其処で、エルキドゥが選ばれた。

 彼女の宝具は“人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)”。英雄王の乖離剣と同じ名を持つ対粛清宝具。

 アラヤ・ガイアの抑止力を自身に流し込み、自らを一つの神造兵器と化す。

 抑止力の現れそのものであり、()()()への破壊行為に反応し、威力が跳ね上がる特性を有する。

 

 特異点は本来、あり得ざる歴史。

 正常な時間軸から切り離されている特異点では抑止力が働き難い。0でこそないものの、守護者の召喚など目に見えて働くことはない。

 だが、抑止力単体では不可能な干渉も、エルキドゥという基点を用いれば話は別。この特性は無二のもの、用いない手はない。

 

 そして、アルフレッドからのメッセージでもある。

 

 

『相変わらず悪辣に立ち回っているようですね。此方は此方で対策を立て、最後の戦いには間に合わせますので、どうか手心を加えて上げて下さい』

 

 

 ――という意味だろう。

 

 仮に『心の戦い』がなく、黒幕やBBからの監視があったとしても、虎太郎ならばさしたる会話もなくエルキドゥの宝具特性から其処までは読み取れる。

 流石に、長年共にいる訳ではない。性能の高さからそんな風には見えないが、彼もまた苦労人だろう。

 

 

「それから、もう一つ」

 

「はぁん? 他には何かあるのか」

 

「今回のビーストだけど、真性悪魔の可能性があるようだね」

 

「………………いや、待て。確かにビーストは後付けのクラスみたいなもん。真性悪魔でもビーストになれるんだろうが、それは――――いや、材料は揃ってる。揃ってるなぁ」

 

「ボクも詳しくは知らないけれど、今回の敵はそういうものらしいね。尤も、それよりも遥かに悍ましいモノが、今回の黒幕のようだけど――――ああ、この、女の欲望を煮詰めた感じ、イシュタルを思い出すなぁ。直接触れるのは嫌だから、何か投げ付けられるものがあるといいけど……」

 

 

 真性悪魔というワード。何よりもニッコリと笑うエルキドゥに、虎太郎は現実とアクティブモンスターぶりにSE.RA.PHに来てようやく絶句した。

 

 この世界において、悪魔というものは偽物しか存在しない。

 少なくとも世界中の記録――悪魔祓いを鋼鉄の信仰心によって成し遂げる聖堂教会にすら保管されていない。

 

 故に、真性悪魔とは、発生する可能性があるだけの最悪の事例として考えられているのみか――――記録に残せないほど凄惨な事態を引き起こした語られるべきではない過去なのだろう。

 

 そも、単なる悪魔憑きと真性悪魔の違いは一点。

 人の想念を被る前から、既にそうであった本物の悪魔が引き起こすか否かでしかない。

 

 人に取り憑いた悪魔は、取り憑いた人間の肉体を利用して受肉しようと動き、その過程で苗床となった人間の精神は耐えきれず、周囲に魔を撒き散らして自壊するのが常。

 高位の悪魔ほど、症状が表層に出づらく検知が困難。故に、全てが露見するのは大惨事が約束された後になりやすい。

 殊更、真性の悪魔は狡猾であり、受肉する過程で発生する霊障を極力抑え、育ちきるまで巧妙にその事実を隠し切る。

 

 生物である以前に“魔”として創造されているが故に、人間よりも高度な魔術を行使する。

 生体機能の全てが“魔”を呼び込むモノであるが故に、魔術師のように後付の疑似回路を必要としないままに、魔力そのものが魔術的な特性を有する。

 

 魔術の一つの到達点とされる固有結界も、元々は悪魔が持つ異界常識であったとされる。

 それを考えれば、悪魔や真性悪魔のデタラメさ加減は、英霊でも遠く及ばないだろう。

 

 

「ホント、碌なことしねぇなぁ、魔神柱(ゼパル)

 

「基本的に、人のことを見下しているからね。どれだけ精神面で成長しようとも、何をするにしても、人の世に仇になることしかできないだろうさ」

 

「まあ、今回はそれだけじゃないんだろうが……」

 

「ああ、成程。何となくイシュタルを思い出したのは、そういうことか。確か、悪魔憑きにはそういう事例もあるそうだね」

 

 

 そう、魔神柱は、人が名付ける前から(ソロモン)に創造された魔術式。

 またゼパルの持つ能力も相まって、在り方として真性悪魔のそれに極めて近い。

 

 そして、もう一点。

 悪魔憑きは、悪魔が受肉する過程で、大半の苗床は死亡する。

 元より人間とはかけ離れたカタチを持つ悪魔が、人の身体を使って受肉しようとするのだ。言うなれば、関節を逆方向に曲げ、手足を増やし、あり得ざる器官を増築するようなもの。人間には決して耐えられない。

 

 …………だが。だが、何事にも例外は存在する。

 

 極稀に、極々稀にではあるが、自身の魂を食らう悪魔を利用して、この変質に耐えきる異端も存在する。

 

 それが人の恐ろしさであるのだろう。

 曰く、神が完全無欠にして全知全能、悪魔は荒唐無稽にして人知無能の現象である――――ならば、人はこの二つを利用し、生き延びるために喰らってしまう獣である。

 

 

「まあ、いいさ。真性悪魔の能力を持とうが、悪魔に打ち勝てる救世主的な資質を持っていようが、やってることは一山いくらの悪党と大差はないから同じモノだろ? 何、いつも通りに排除するまでだな」

 

「其処でそう言い切れる不動心は見事だね。その揺るぎなさ(強がり)もまた人らしい――――差し当たっては……」

 

「『心の戦い』、ねぇ。リップを解放するまでに、オレ、何回死ぬかなぁ……」

 

「さぁ。彼女、エレシュキガルと同じで頑張り屋の恥ずかしがり屋だ。心を暴かれるとあっては必死で抵抗するだろうね………………ふ、ふふ、愉悦……!」

 

「それはリップに対してなんですかねぇ? オレに対してなんですかねぇ?」

 

「勿論。どちらに対しても、さ」

 

「うーん、このドSっぷり」

 

「おや? ベッドの上で、ましてや君に対してはドMだと思うけどね?」

 

「流石は最強のサーヴァント。女としても、ある意味最強だった」

 

 

 普段通りの軽口を叩き合いながら、最下層まで時間を潰す。

 まるで近所のコンビニへと買い物に行くような気軽さで、死地へと赴く。

 

 これよりは肉体ではなく精神に依る戦い。

 悪魔祓いの過程を思わせる、相手の心を摘む戦いだ。

 

 ならば、何の不安もありはすまい。

 何しろ、信仰心なぞなくとも、ただ必要に迫られて、ただの意地だけで鋼鉄の意志を獲得し、自らの精神性を自らの意志で創り変えるような男なのだから。

 

 




と、いうわけで、ガウェイン、カルデアに来てから最大の奮戦&救援第二陣エルキドゥ到着&アルフレッド、御館様の指示なしでも有能有能&有能。

SE.RA.PHと通信できないカルデアは、アルフレッドを中心にダ・ヴィンチちゃんとロマンが必死こいて解析と対策を立てている最中。
有能な集団というものは、頭がいなくなっても手足が独自の判断で動きつつ、それまで学んだ頭の理念を引き継ぐものですので。
ぶっちゃけ、カルデアに関しては、御館様はいつ死んでも問題ない組織づくりをしています。自分がいつ死んでもおかしくないので。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人と緑衣の狩人が罠を張り巡らせるともう手がつけられない。おう、ハイクを詠むだよ。あくしろよ』


アガルタの女、クリアーーー!
ネタバレになるから言わなけど、色々と情報なしで出てきたのもあるので、色々と驚いた。
ストーリーに関しては、山場や盛り上がりはあったが、意外性はなかった印象。やっぱ6章、7章、CCCイベ超えは難しいか。

不夜城のキャスターは、うん、まあ、なんだ。絵にリソース全振りって感じですね!
あとは不夜城のアサシンとエルドラドのバーサーカーか。アサシンの方は欲しい。Qサポートできる奴が、アタランテと師匠しかいないんだよなぁ。
バーサーカーは、仮面ライダーの方のアマゾンを思い出す。寄生を発して、敵を真っ二つにしないかしら?

では、



 

 

 

 

「――どう、なったの……?」

 

 

 最後に残った影法師の怪物――シェイプシフターが、崩れるようにSE.RA.PHへと消える。

 周囲のエネミーを掃討し終わったメルトリリスは、虎太郎へと目を向けた。

 

 

「どぉうぅわぁああぁぁ――!!」

 

 

 リップの胸に両手で触れたまま硬直状態にあったが、彼女の視線に晒されるや否や、絶叫と共に再起動を果たした。

 虎太郎と同じ領域へ魂だけで落下したエルキドゥも同じくして意識を取り戻しているらしく、俯き加減で身体を震わせている。

 そして、リップの拘束具が外れ、悲鳴すらなく地面へと背中から倒れ伏した。これまで暴れ続けていたのだから、当然だ。

 

 『心の戦い』に挑んだ二人以外には知り得ないが、余程の激戦だったのだろう。

 

 

「虎太郎、無事なの?!」

 

「ふっ……くっ……ふふっ、ぐわーって、どぅふぅって……(プークスクス」

 

「いや、変な声も出るだろ。生きたままキューブ状になるとか。囮になってトラッシュ&クラッシュ何回喰らったか覚えてないんですけど。つーかリップもオレを積極的に狙いすぎぃ!」

 

「さもありなん。乙女を弄ぶからそうなる。リップちゃんは中々の乙女力の持ち主と見た。乙女的に言語道断の行いだったのであろう……」

 

「何を、やってるんですか、貴方はぁぁぁあぁぁ――――!」

 

「いや、要は精神の戦いだから、こっちの心が折れなければ負けじゃなし。肉体には影響ないからオレが囮になった方が早いかなって」

 

「実際、最短の手順だったと思うよ? 虎太郎の精神的なダメージを除けば」

 

「問題ねー問題ねー。身体の傷より精神の傷の方が早く治るから、オレの場合。もう完治した」

 

 

 ケロっとした表情でとんでもない事実を漏らす虎太郎。エルキドゥも同様だ。

 メルトリリスは戦慄、キャットは思わず苦笑いの事実であったが『心の戦い』に干渉できない以上、何も口出しすることは出来なかった。

 

 

「どうやらかなりの激戦であったご様子。お見事です。その少女は戒めから解き放たれた。これほど喜ばしく、また誇らしいこともない」

 

「いや、お前の時間稼ぎがあってこそだ。誇るべきはお前だろうよ。立てるか?」

 

「無論ですとも。時間にして僅か数秒ですが、アルフレッドからの魔力供給は生きています。この程度、ブリテンの戦では日常茶飯事でしたからね」

 

「流石はガウェイン強! 無駄に硬いスティール騎士(ナイト)は健在なのだな!」

 

 

 とんだ魔境もあったものである。

 この太陽の騎士が、日常的にこれだけの傷を負うなど、どんな戦場なのか。やはり、当時のブリテンは何処かおかしい。

 

 虎太郎が差し出した手を掴み、ガウェインは立ち上がる。

 彼の言葉に嘘はなかった。僅か数十秒間、腰を下ろしていただけだというのに、もう体力が回復しているのか、足取りに不安な点は見受けられない。

 これには付き合いの長い虎太郎も呆れ顔だ。メルトリリスなど、驚きの余りに言葉もない様子。

 

 

「では、差し当たって、彼女を教会へと運びましょう。可哀想に、今まで戦い続けていたのでしょう。看護なら、私に任せて頂きたい」

 

「「――――却下」」

 

「……レディ・メルト、レディ・キャット。如何にアルターエゴと言えども、貴方にとって彼女は姉妹のようなもの。些か以上に冷酷が過ぎます」

 

「そうじゃない。姉妹のようなものだからでしょう!? 今までの自分の発言を思い出しなさい!」

 

「私の発言に、何か問題でも?」

 

「コ・イ・ツ・はぁ……!」

 

 

 ガウェインのすっとぼけっぷりに、メルトリリスは袖で隠れた拳を思い切り握り締める。

 彼に看護と称してリップに悪戯をするつもりは毛頭なく、真実、優しさによってリップの看護を申し出ただけなのだが、これまでの発言が不味かった。

 

 彼の女性の好みは見た目が年下で、豊満な胸の持ち主。所謂、ロリ巨乳がドストライクである。リップはドンピシャだ。

 行動から女性への応対まで白馬の王子様的な気質を持っているものの、今の彼は普段から虎太郎と白昼堂々エロ談義を始めるほどのスケベぶりを発揮している。

 数多くの良い所を持とうとも、たった一つの悪い部分で、女性からの評価は地に落ちるものである。

 

 

「ではネコはリップを担ぎ、一路教会へ。無事に戻ってくるのだぞ、コタロー。後でキャットがシバく故な」

 

「え? オレなんかしたっけ?(すっとぼけ」

 

「なはは! その態度が気に入らぬ、これは爪でバリっとやらねばなー!」

 

「えー」

 

 結局、リップはキャットが教会へ連れていき、介抱するということとなった。

 当然である。看護をするのなら、異性よりも同性の方がいいだろう。乙女的に。

 気を失っている1トンもの身体を両手で軽々と持ち上げ、キャットは教会へと戻っていく。バーサーカーの膂力は桁が違う。

 

 メルトは何とか綱渡りを渡りきった安堵から吐息と笑みを漏らす。

 彼女自身の言葉通り、リップに対しては姉妹に近い情を持っている。言葉では、鈍間などと馬鹿にしているが、本心では気にかけていた。

 

 廃棄処分となった後、虎太郎に拾われる幸運が自身にはあったが、リップにはそれすらなく、ただただ酷使され、弄ばれていた。

 彼女の胸中は、リップを都合の良い怪物(どうぐ)として扱った者への怒りが滲んでいるのは確かだ。

 

 

「あのいけ好かない緑衣の狩人も何時の間にかいなくなっていることですし、中央管制室に向かいましょう。この先よ」

 

「Ms.マーブルの話では、生き残ったスタッフがいるとのことですが」

 

「まあ、生きているのなら最低限の手助けくらいはしてやる」

 

「おや? 随分と含みのある物言いだね。何か思う所でもあるのかい?」

 

「ああ、お前にも道すがら、セラフィックスで何が起きたのか教えてやる。オレはもう完全にやる気がなくなった」

 

 

 救援に来たものの、セラフィックスの内部事情と起きた事実を何も知らないエルキドゥは、虎太郎のやる気の無さに驚いていた。

 

 怒りを露わにしようが、愚痴を零そうが、口ではやる気がないと言いながら、虎太郎の仕事に対する姿勢は苛烈の一言に尽きた。

 思いはどうあれ、仕事を完遂する、という一点に関して、この男は誰よりも強い意識で臨んでいる。

 そんな男が、本格的にやる気を失っているのは、付き合いの長い彼女にしても初めて見る姿だったのだろう。

 

 セラフィックスの実情とSE.RA.PH化。

 この事態のキッカケは兎も角として、悪い方向へと加速していったのは間違いなくセラフィックスのスタッフが原因、と虎太郎は言い切った。

 そして、セラフィックスで極秘裏に推し進められていた、アニムスフィア家の非人道的な実験があった事実もまた隠すことなく伝える。

 

 

「ふぅん。そうだったんだ…………人間は、よく分からないね」

 

「そりゃ、お前が知ってる人間は、ウルクの連中がデフォだしな。今は生活が豊かになって無駄が増えた分だけ、人間も多様性が出てきて、無駄な人間も生まれてきたとでも思っておけ。人間的に正しいのは、間違いなくウルクの連中だ」

 

「君にしては随分と素直に褒めるんだね。彼等の一助に生きた者として、僕も素直に誇らしい」

 

「オレは素直に羨ましい。肉体面の話じゃなく、精神面の話でアレだけ強けりゃ、オレの仕事ももっと減ってるからな」

 

 

 虎太郎の説明に、エルキドゥは好意も嫌悪も示さずに、ただ不思議だと首を傾げる。

 

 当然だろう。

 彼女の生きた時代に、無駄な人間など一人もいなかった。

 一人ひとりに役割と目標があり、皆が諦めなく生きることに邁進していた。

 時に間違いを犯す者は居た。時に弱さから矜持を忘れた行動を取ってしまう者は居た。

 

 それでもなお、誰一人として自らの矜持を捨てる者はなく、また人間の最大の武器である“人間力”を見失ってしまう者は居なかった。

 

 だからこそ、ギルガメッシュはウルクという都市を治めた。

 自らの悦び――即ち、自らの目で見定める価値のある人間達が住まう都市だ、と。

 でなければあの英雄王が、特異点化した歴史の上であったと言えど、『ウルクは幸福な都市であった。我自身を含めてな』などと最上級の誉れを口にすまい。

 

 あの英雄王が、己自身の手で治めるに足ると認めた人間達。

 それこそが、エルキドゥにとっての人間の基準である。であれば、セラフィックスの人間が、何故そのような行動を取ったのかなど、心底からの理解はできまい。

 

 

「まあ、そういうわけでな。セラフィックスで生き残っている人間は、どう考えても碌でもない連中だろうって話。オレの仕事で助けてやる範疇にいる人間じゃ――――」

 

「――――虎太郎?」

 

 

 先を進むメルトとガウェインの後を追っていた虎太郎の脚は言葉と同時に止まり、エルキドゥは疑問から眉を顰める。

 

 

「――――ナイスだ、エルキドゥ。いや、この場合はオレが馬鹿だったな」

 

「……どういう意味だい?」

 

「お前のお陰で、重大な見落としがあったことに気がついた」

 

 

 虎太郎は片手で顔を覆いながら、こんなにも簡単なことを見落としていた己の馬鹿さ加減に呆れ返りながらも、口元には笑みを浮かべている。

 

 彼女との会話で一つの疑問が浮かび、一つの確信へと至ったのだ。

 

 セラフィックスの生き残りは碌でもない人間であろう。

 少なくとも、ウルクの民のように、最後まで矜持や人間性を捨てずに奮い立つような人間ではない。

 居たには居たかもしれない。だが、それはセラフィックスの暴動において、最初期に殺されているはずだ。暴走した集団では、得てしてそういった人間から殺されるものである。何せ、暴走するには必要のない人間故に。

 生き残りは暴走を加速させた側か。目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤んで何もしなかった被害者面をした者だけだろう。

 

 

(考えてみりゃ、簡単なことだった。自分が生き残ることだけ考えてるような連中ばかりの中で、カルデアに救難信号を出したのは、一体何処のどいつだ?)

 

(召喚されたサーヴァント? 面白半分を気取ったBB? それとも黒幕? あり得ねぇあり得ねぇ。どいつもそれをするメリットがなく、無駄にリスクが高過ぎる)

 

 

 召喚されたサーヴァントでは、カルデアの存在を知っている可能性は低く、知っていたとしても英雄である以上は素直に救援を要請する筈もない。

 彼等は良くも悪くも超越者だ。大抵の物事を自分一人で成そうとする傾向にある。よって、これでは無いだろう。

 

 面白半分気取りのBBではあるが、実際の所は自らの正体を隠し、事を慎重に進めている。

 カルデアにコンタクトを取ってきたが、救難信号の方が先。恐らく黒幕に対しては、カルデアに救難信号が入ってしまった以上は、SE.RA.PHでの目論見が露見寸前故に、此方側から嫌がらせをして時間を稼ぐ、と言ったに違いない。

 

 愉快犯的でありながら刹那的、非常に狡猾であるが我欲を優先する傾向が見受けられる黒幕ではあるが、必ず最終的な目的がある。

 その為に、カルデアを自ら招くのは下策も下策。そも、この手の手合いが自ら敵を招くのであれば、自身の絶対的な安全と最大限の愉悦と快楽を得られる前提を得てから。

 

 

(なら、考えられる可能性は一つ――――最後の最後で、意地を見せた馬鹿(にんげん)が居たってことだ)

 

(オレの間抜けめ。そうすりゃ、もっと早くにケリをつけられたってのに。間抜けにもほどがある)

 

(後は、タイミングに合わせてロビンを動かし、人間気取りのケダモノをどう殺すかだけ、か。さて、最後まで油断なく、全席指定で座って貰おうかねぇ)

 

 

 成程、彼の推測も尤もだ。

 確かに、カルデアへの救難信号を送ったのが誰か、という点において、最も可能性が高いのは、彼の推測だろう。

 

 だがしかし、それがどうして早急な解決に繋がると言うのか。それはただの事実に過ぎず、彼の置かれた現状を助けるものにはならないだろう。

 

 人類最悪のマスターは、腹の底で静かに嘲笑(わら)う。

 

 

(名前も知らない誰かさん、よくやったもんだぜ。オレはお前の死を最大限に利用させて貰うとするよ。お前の死は無駄にはしないとも)

 

「どうかしたの? 中央管制室は目の前よ」

 

「いや、別に何も。行くとするかぁ」

 

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 中央管制室はブレスト・バレーの中心地にあった。

 しかし、SE.RA.PH化から逃れたとは言っても、施設がまるまる残っている訳ではない。

 他の施設も同様であるが、半透明の壁に出入り口の扉だけがポツンと残されており、その向こう側は深海の風景が広がっている状態だ。

 

 言うなれば、特定の場所にしか繋がらない『どこでもドア』と伝えれば分かりやすいか。

 

 扉にはロックが掛かっていたが、虎太郎がさしたる苦もなく解錠してしまう。

 ガウェインを先頭に、エアーの作動音と共に金属製のドアが左右に開かれる。

 

 

「――――馬鹿な」

 

 

 様々な観測機器と繋がるモニターが設置された中央管制室に脚を踏み入れたガウェインは呆然と呟いた。

 少なくとも、彼が予想だにしなかった存在が、数百人は収容できるであろう部屋の中央に根を張っている。

 

 

「――――魔神柱!?」

 

 

 その姿を、見間違えよう筈もない。

 ガウェインがカルデアに召喚されて、虎太郎と仲間と共に越えてきた特異点で、どのような形であれ、彼等を討ち果たしてきたのだから。

 

 いや、魔神柱ではない。

 魔神柱とはゲーティアによって統合された七十二の魔神の総称。既に個我を獲得し、独自の目的を持った以上、彼等は一個の魔神として独立している。

 

 尤も、一行の前に現れたモノは、既に魔神柱でもなければ、魔神と呼べるものでもないのだが。

 

 

「いや、此処だけの話、これビースト案件やで。臭ぇーし」

 

「はぁ……ッ?!」

 

 

 何時の間にかガスマスクを被っていた虎太郎の呟きに、何も聞かされていなかったガウェインは驚きの声を上げる。

 その能天気と言えばよいのか、実直と言えばよいのか分からない反応に、虎太郎は漏れる溜め息を止められない。

 

 ガウェインの悪癖だ。

 生前、王への忠義を貫く余り、彼は“考える”という作業を自らの意志で封じていた。

 王の命令を王の求めるままに実行し、完遂する。其処に口を挟むのは余地はない。

 盲信があった訳ではない。騎士王(アルトリア)が王として余りにも完璧過ぎた故。

 

 自身では到底及ばない完璧な王に、忠言など不要。事実として、王に間違いなどなかった。間違っていたのは私を含めた周囲の方。

 それが、ガウェインが抱いている当時の己自身とブリテンへの結論である。

 そのお陰で、ガウェインは相手を信じれば信じるほど、積極的に己の意見を口にしなくなり、自身で物事を考えることをしなくなってしまう。

 

 虎太郎はこの悪癖も治さにゃな、と考えながら、チラリとエルキドゥを見る。すると、彼女は眉根を顰めて頷いた。

 

 

(やはりコイツは――――)

 

(――――中身が、ないね)

 

 

 エルキドゥは最高クラスの気配感知能力を有する。

 周囲の状況・環境を正しく認識し、相手の技量にもよるが気配遮断が意味をなさない場合もある。

 大地を通じて遠く離れた水源や森、サーヴァントの気配すらも感じ取る事が可能。

 

 その感知能力が、目の前の魔神柱は、かつて時間神殿で相対したものとは掛け離れた存在であると伝えている。

 

 虎太郎もその観察眼から同様の所感を受けていた。

 威圧感や魔力量の少なさは、時間神殿にて受けた傷が原因と考えれば納得が行く。

 

 だが、その中身の無さは異常だ。

 あの戦いの終わり、魔神柱はそれぞれの個我を得た。同時に、それぞれが誰も望まぬ宙への飛翔以外の独自の目的を得た。

 そうでもなければ、我が身を省みぬ徹底抗戦も、自己矛盾に依る崩壊も、尽きぬ疑問故の議論も、英霊の盾になる行動も起こしはしない。

 

 ましてや、宙域からの離脱――逃亡を選択した四柱の魔神であれば、より強い個我があり、新たな目的があったはず。

 

 それが目の前の存在からは、反応反射からも、所作からも、視線からも、気配からも、何一つ感じ取れない。

 

 無。全くの虚無である。

 意識も何もない。これでは力と形だけを残した残骸だ。 

 

 

(これで、アルフレッドとオレの推測が、ほぼほぼ確定したわけだ。いやぁ、全く。ゼパル君、運が良かったな。大凶に当たるなんざ、選ばれた魔神柱の証だよ)

 

(尤も、大凶に当たったことに全く気づかずに、後戻り出来ない所まで行き着いちまっただろう辺りは、不様と不用心の極みだがな)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

「これで、終わりだね」

 

 

 変幻自在の粘土細工。

 手足を刃に変えるも、自らの身体から切り離して射出するも、自由自在。

 変容できないものがあるとするのなら、それはエルキドゥの知恵と知識を超えたものであり、想像の及ばないものだけ。

 

 中身のなくなった魔神柱など、自らを“女”と再定義しながらも神造兵器としての能力(ちから)を振るうに躊躇のないエルキドゥに勝てる筈もない。

 ましてや、其処にメルトも加われば、負ける要素が生じる筈もなく。

 

 

「成程、そういうことですか。しかし、宜しかったのですか? 此処にもBBの目が届く恐れが……」

 

「いや、それはない。BBの力が及ぶ範囲はSE.RA.PHの中だけだ、黒幕も同様だろうよ。()()()()、だろうがな」

 

 

 虎太郎は二人の奮闘を眺めながら、魔力消耗を理由に戦わせなかったガウェインへ、得た情報を再構築した状況の中で、最も真相に近いであろう可能性を伝えていた。

 今の今まで伝えてこなかったのは、BBと黒幕に監視されている可能性を危惧していたためだが、この中央管制室にさえ来てしまえば、その可能性も激減する。

 

 SE.RA.PHを支配しているであろう黒幕。SE.RA.PHを管理し、聖杯戦争を運営しているBB。

 

 そのどちらも、今現在はその手をSE.RA.PHの外へは伸ばせていない。

 両者ともに、現状でさえSE.RA.PH内においては全能に近い力を持ってはいるが、真に全能だと言うのなら特異点は必要なくなっているだろう。

 故に、SE.RA.PHに取り込まれなかった施設は、軒並み何が起きているかを知ることは出来まい。

 

 もし、今も監視を続けている可能性があるとするならば、BBの方か。

 彼女ほどのAIであれば、中央管制室の機器をハッキングで既に乗っ取っている可能性はあるが、この会話を聞かれようが、虎太郎には何の問題もなかった。

 

 

「す――――素晴らしい! あの化け物を倒してしまうなんて!」

 

 

 魔神柱が魔力の砂塵となって消えていく最中、管制室の隅にあった机の影から、一行の活躍を称えるような拍手をしながら一人の男が姿を曝した。

 極限下に居続けた影響か、顔は疲労が色濃く頬は痩けていたが、表情には明らかな安堵の笑みが刻まれている。

 

 虎太郎は人間には顔を晒すつもりはないらしく、既にガスマスクを被っており、興味のない様子。

 仕方なしに、ガウェインが男と応対する。もし、虎太郎の推測が正しければ、ガウェインにとっても嫌悪に値する人種であるが、そこはそれ。

 

 推測はあくまで推測。そして、己は虎太郎とセラフィックスへの救援部隊。

 相手を邪険に扱わず、あくまでも救助者として態度を崩さない。そして、手短にセラフィックスの現状を伝えた。

 

 

「そ、そうか……救援に来てくれたのは、彼ひとりだけか……なんて事だ……救出開始から何時間も掛けたのに、ようやく此処に辿り着いただけなんて……」

 

 

 その言葉に、ガウェインは口を開こうとしたが、虎太郎に肩へと手を掛けられ止められる。

 友がどのような人間であれ、どのような手段を講じたのであれ、此処までの道程は過酷なものであり、論を跨がずに最短と呼べるものだった。

 その、まるで役立たずとでも言いたげな科白は、ガウェインの琴線に触れるには十分であったが、向けられた虎太郎が黙っていろと言うのであれば、それ以上は言葉にしない。

 

 

「し、しかし、これか――――アルターエゴォッ?! おおおおおおおい君、これはどういうことだ?! そいつは、BBの手先だぞ?! 一体何を考えているんだい!?」

 

「特に何も。裏表のない協力関係だが。何か問題でもあるか?」

 

「も、問題も何も、そんなことも分からないのか、君は!」

 

「分からんね。お前にとって恐ろしい怪物(モンスター)でも、オレにとっては貴重かつ重要な戦力だ。それとも何か? 事態を解決しに来たオレのやり方に不満があるのか? それとも、アルターエゴが手伝いをするのが困るのか?」

 

「――――――」

 

 

 ガスマスク越しでさえ分かる冷たい視線と声色に、男は黙り込んだ。

 嫌っている者、蔑む者へと向けるものとは、また違った冷たさ。それは、そのまま彼に対する興味関心の無さを示している。

 

 それだけで男は全てを悟る。

 虎太郎が救援なぞするつもりがない、と。

 彼はあくまでも事態を解決すると言っただけで、誰かを救うなどとは一言も口にしていない。

 

 ――助かりたいのであれば、相乗りでも利用でも勝手にどうぞ。オレは助けてやるつもりはない。いや、ほら、事態を解決したのなら、結果的に助かるから問題ないだろう?

 

 言外に、そう示している。

 男も黙らざるを得ない。この男は確かに救援ではあるが、救助対象に何一つ価値を見出していないのだ、と。

 

 

「別に、私は手伝っているつもりはないのだけれど……」

 

「ダウトだねぇ! 分かるとも!(プークスクス」

 

「アナタねぇ、その笑みは止めてくれないかしら! 腹が立ってしょうがないのだけれど?!」

 

 

 メルトは虎太郎の言葉に反論していたが、仲間であることは否定しない。

 それどころか、貴重・重要などの自身を認めている言葉に、頬を緩ませまいと必死だった。

 

 そんな姿に、エルキドゥは頬を膨らませ、口を片手で隠して愉悦していた。

 確かに微笑ましい姿であったのだろうが、見た目では馬鹿にしているようにしか見えない。

 

 

「さて、セラフィックスの記録を調べるとしますか」

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 待ちたまえ! 部外者が勝手に記録を見るんじゃない! 私が管理責任を問われたらどう責任を取ってくれるんだい?!」

 

「何か勘違いしてやいないか? お前に対して責任を取るのはオレの仕事じゃない。余り口出しするな、邪魔だ」

 

 

 虎太郎が中央管制室の端末に触れようとすると、今まで以上の狼狽を見せる。

 それも当然か。セラフィックスの記録はアニムスフィア家当主――オルガマリーの許可がないと閲覧できない。

 

 彼がセラフィックスの職員として規則・規範を守ろうとしてるのであれば、虎太郎もいくらかの譲歩――個人的にオルガマリーと繋がりのある事実を提示しただろうが、自己保身からの台詞であったためにそれすらもない。

 

 男は自尊心を傷つけられたのか、顔を真っ赤に染め上げて虎太郎を睨みつけたが、視線を向けられた本人は視線を合わせようとすらしない。

 どれだけの怒りを抱こうが、この男が直接的に手を出さないことを()()()()()からだ。

 例え、嫌悪を抱いているメルトリリス、凄まじい力を見せたエルキドゥ、物腰柔らかなガウェインがいなかったとしても、手を出さない。

 

 手を出せる人間であるのなら、この状況下で自己保身になど走らないだろう。

 

 虎太郎は端末を操作し、データを開示する。

 この事態の原因の一つである天体室についても調べるべきなのだろうが、まず調べたのは監視カメラの記録映像。

 

 と言うのも、虎太郎は天体室の場所を凡そではあるが掴んでいたからだ。

 このSE.RA.PHはセラフィックスが再構築されたもの。セラフィックスの面影が殆ど残っておらずとも、その事実は変わらない。

 そして、今まで回ってきたSE.RA.PHから、法則性を既に見出していた。

 

 それはセラフィックスに存在していた施設の機能と女体の部位(SE.RA.PH)が、ある程度、対応していること。

 

 血液を送り出し、流れ込む心臓には、情報が集い、命令が発信される中央管制室が。

 物を掴み、或いは砕く腕には、海底資源掘削用のマミュピレーター制御エリアが。

 血液を濾過する肝臓の収まった脇腹には、採掘資源から塩を抜く脱塩処理場が。

 

 全てが全てではないものの、これだけの法則性が見出だせるのであれば、天体室の機能から場所の予測も不可能ではない。

 天体室で行われていた実験がなんであれ、SE.RA.PH化を推し進める力を生み出しているのは事実。ならば――――

 

 

「おや。おやおやおやおや。意外でも何でもないが、コイツは一体どういうことだ。データが根刮ぎ消えてるぞぅ。自分に都合が悪いから、お前が消したのか?」

 

「し、知らない! 私は、何も……!」

 

「ほん、とぉうに……?」

 

「………………」

 

(駄目だ、コイツ。何も知らねー)

 

 

 虎太郎の尋問染みた問い掛けに、男は青い顔でコクコクと頷く。それでも、僅かばかりに安堵の表情を浮かべていたのは何故だったか。

 

 男の反応に、とんだ無駄足だったと虎太郎は嘆息した。

 真実、彼は何も知らないのだろう。データを消したのはBBと見るべきだ。

 

 でなければ、安堵を抱く理由がない。

 安堵したのは、自身の失策――いや、他人からすれば失策とすら呼べない悪行なのだろうが――を、図らずも知られずに済んだから。

 

 

(コイツが暴動の中心に居たのは態度からほぼ間違いない。安堵したのは、自分の失敗を隠せたからだな)

 

(うーん、そんなことは死ぬほどどうでもいいが。重要なのは、映像記録を見れなかった方だ。これはちと痛いが、まあ補填(リカバリー)は幾らでも利く)

 

 

 目の前の男は既に人と言う名の獣ですらなく、人形に過ぎない。

 役に立たない。面白味もない。無聊を慰めるくらいにはなるが、それすら飽いてしまった。だから、捨てられた。それだけの存在だ。

 虎太郎にとってもそれは同様。役に立つのなら拾いはするが、何の有用性も見いだせないのであれば、会話すら億劫だった。

 

 もう一度溜め息を吐き、虎太郎は端末からアドレスを入力する。

 繋がったのは『BBダイナー』だ。利用者が虎太郎だけなので、本来であれば彼の持つ携帯端末から繋がればいいのだが――

 

 

『この時代、何時でも何処でも何からでも通販サイトに繋がらないと言うのは、些か以上に不便ではないでしょうか。いえ、BB様のやる気の無さと自意識の低さを責めているのではなく、単純に利便性の観点から物を申しているだけで(以下略』

 

 

 ――と言うサイト批判長文メールに、BBは激憤した。

 

 どうやら、丁寧な文章での批判(あくば)だったのが、彼女の怒りを余計に煽ったらしい。

 お陰で、メールを送ってから僅か五秒の早業で、あらゆる端末から虎太郎がアドレスを入力した時のみアクセス出来るように緊急改造を施した。

 この仕事の速さには虎太郎も思わずニッコリ。だが、サイトに繋ぐとリピートされる小馬鹿にしたコメントの量が三割増しとなり、これには虎太郎も思わず青筋の量が三割増しであった。

 

 

「おい、BB、聞こえてんだろ。ちょっと聞きたいことがあるんですけどぉ? おーい、BBちゃーん」

 

『――――――』

 

「チッ、無視か。あーぁ、そうやって自分の予想外のことが起こるといつも動揺(フリーズ)なんてしてるから、先輩とやらに逃げられるんじゃないですかぁ?!」

 

『――……ごぱぁっ?!』

 

 

 サイトに繋げば、管理者もそれを知るのも当然のこと。リアルタイムでそれが知れる辺り、最上級のAIだけのことはある。

 無視を決め込んでいたようだが、虎太郎の心を抉る言葉のナイフに思わず反応してしまっている辺りが可愛らしい。

 

 

『ひゅ、ひゅー……はぁ……はぁ……な、何でしょうか、センパイ♡ この可愛い可愛いBBちゃんに何か御用ですか? それとも全面降伏の申し入れですかー? あーん、でもぉ、諦めが悪いだけの地を這う蟻さんのお願いなんてぇ、聞くと思っているんですか♡』

 

「うーん、BBちゃん可愛いよBBちゃん。涙目になりながら必死で取り繕う君の姿は美しい」

 

『――――ぐっ、ぐ、ぐぬぬぅー!』

 

 

 弱点をピンポイントで抉られたにも拘らず憎まれ口を叩ける辺り、彼女もメンタルが強いんだか弱いんだか。

 思わずエルキドゥは愉悦顔で吹き出しそうになり、その風貌からはとても想像できない愉悦部員振りに、隣のメルトリリスはBBへの同情すら忘れて唖然と眺めていた。

 

 BBから勢いと冷静さを奪いながら、会話の主導権を握った虎太郎は口を開く。

 

 

「カルデアに救援要請を出した奴を知っているか?」

 

『…………――センパイ? それが事態の解決に繋がる情報な筈はないでしょう? 私は貴方が苦しんで――――』

 

「だったら教えな。もうモチベーションが限界でね。これ以上前に進むには、それを知るのが一番効果的だ」

 

 

 BBにとって、よほど想定外であったのだろう。

 人間らしい表情など微塵も感じられない作り物の無表情。

 しかし、抑えきれない何かがあるのか、すぐに口元は歪み、眉根は寄り、頬は紅潮していく。

 

 やがて、負けを認めるように、大きく溜め息を吐く。

 虎太郎に対して負けを認めたのではない。BBが負けを認めたのは、自身の想いと“彼女”が最後に見せた人間力に対してだ。

 

 

『――――ええ、知っています。彼女の名はトラパイン。このSE.RA.PHにおける()()()()()です』

 

「成程、忘れずに刻んでおく。今後どう転ぶにせよ事態を動かした功労者だ。だが、もう死んでるだろう?」

 

『何を言うかと思えば。救援は遅すぎます。か弱い人間が単身でSE.RA.PHに挑んで無事に済む筈もありません。当然のように死んでいます』

 

「残念。罷り間違って生きているかもと期待したが……念のため聞いておくが、死体を確認したのか?」

 

 

 残念、と口にしながらも、ガスマスクの下では口の端は持ち上がり、笑みを象っている。

 しかし、それは無残に一人寂しく死んだであろう女への嘲りではなく、最低限の目的を達成し、最大限の成果を上げた者への称賛の笑みだ。

 

 

『ええ、勿論。生きているかも、なんて無駄な期待は止めて下さい。全て徒労に終わります』

 

「別に期待している訳じゃない。再度確認するが、死体を直接確認したのはBB、お前か?」

 

『その通りです。亡くなった方への追悼は分かりますが、この話はもう終わっています』

 

「もう一度確認するが、間違いなく――――()()なんだな?」

 

『だから、何度確認すれば気が――――――』

 

 

 しつこく問い質してくる虎太郎に、BBは苛立ちを見せていた。

 

 カルデアへの救援の一件に関して、BBはひたすらに真摯であった。

 普段の彼女であれば、人間の行動など全ては嘲笑の対象であり、楽しみの一つである。

 まるで土の詰められた水槽の中で蟻が巣を造るのを見て楽しむように、人の意志と行動を無駄な努力と嘲笑うが、トライパンの起こした行動に対しては、本物の敬意を払い、認めている。

 

 其処に易々と、何度となく触れられてはBBも怒りを露わにしよう。

 彼女はこれまで動揺を見せることはあったが、本気の怒りを見せてはいない。

 AIな分だけ、己を客観視できるからだろう。虎太郎の言葉は巫山戯てはいるが、一理はあると受け入れ、傷ついただけだ。

 

 だがこれは、下手に突けば殺されかねないレベル。

 それでもなおBBの危険性と自己との戦力差を認めつつも、虎太郎はなおも“お前”と強調して問う。

 

 苛立ちから視線がどんどん冷ややかになっていくのを止められなかったBBであったが、はっと息を呑む。

 虎太郎の狙い。この問答で、何を伝えたかったのかに気付いた瞬間、愕然と目を見開いた。

 

 

『――――――――――センパイ、貴方……!』

 

「――――ク」

 

 

 そんな、嘘、ありえない、とBBが声を上げようとした瞬間、サイトとの接続を切る。

 

 

(あの反応はBBがもう一人いる証。これで確定だな。まあ、BBにその事実を知っていることがバレたが、それはそれで利用できる)

 

 

 今度は、何の変哲もない携帯端末を取り出し、ロビンへと文章で指令を出す。

 ロビンへと誰にもバレずに予備の端末を渡す機会はいくらでもあった。

 『BBダイナー』の配達員として教会を訪れた際でも、裏側から帰還する折にロビンと取っ組み合った時でも。いくらでも、だ。

 

 

(タイミングは今がいい。BBも自分の隠し事がどういう訳だかバレて、動揺している)

 

(このタイミングが、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一通り、ロビンへと指示を出した虎太郎は、端末をポケットに仕舞いながら、男に向き直る。

 何一つ興味のない対象。数少ない生存者であろうと己にとって何一つ利益を得られない、寧ろ、死んでくれた方が利益になる存在だが、まだ聞きたいことがあった。

 

 

「それで、他の生存者は……?」

 

「い、いや、もういない。少し前までは二人いたんだが、ひとりは恐怖に耐えられず外に出ていった。もう一人はそこのロッカーにいる。もう死体だがね。薬のやり過ぎで昏睡状態になり、目覚めなくなった」

 

「そうか。それはそれは……」

 

「Ms.マーブルは無事に保護しましたので、ご安心を」

 

「……マーブル? あぁ、此処から出ていった女性スタッフ? 呆れたな、私の言う事を聞かず、勝手に飛び出したのにまだ生きているなんて。よっぽど悪運が強かったのか」

 

(……こう、どうしてコイツは、この状況下で自分から自分の株を落としていくのか。助かりたくないのかな?)

 

 

 虎太郎のみならず皆までもが呆れ顔であった。

 この様子では、二人の名前すら覚えていない。この異常事態に対して、手と手を取り合い、小さな力を集結し、共に脅威へと立ち向かわなければならないというのに。

 これではSE.RA.PHで発生した地獄も、原因は別にあったとは言え、止めるどころから加速したのも不思議ではなく、当然の帰結だったと言えよう。

 

 とは言え、それはそれ。虎太郎には何の関係もない話である。

 憤りはせず、己も含めた上で元より人とはそういった生き物、と納得している。惨憺たる結末にも、輝かしい結末にも、正当な評価を下すまでだ。

 

 男の言葉通り、ロッカーを開けてみれば、小太りの男の死体が転がり出てくる。

 薬の打ちすぎという言葉は事実らしく、左腕の皮膚が一部分だけ青黒く変色し、無数の注射痕が残っている。

 当然ながら、目は虚ろなまま開かれ、死体特有の悲しいまでの無表情が張り付いていた。

 

 

「ちょっと、そんな死体をどうするつもり……?」

 

「持って帰るんだよ、教会までな」

 

「驚いたね。君に、死体を手厚く葬ろうとするなんて。そんな余裕があるのかい?」

 

「まさか。オレにとっては死体も人形も動かないただの塊だ。まあ、それに値すると判断したものならそうするがな。今回は、確認と打算だ。さて、戻るとするか」

 

「確認と打算って、一体……?」

 

「確認はSE.RA.PHにおける死体の消失時間がどの程度のもんか計りたい。打算は教会へ戻るまでに消失しなければ死体を丁重に扱ったとキャットの目的上、信頼を得られる。以上、何か問題あるか?」

 

 

 そう言いながら、虎太郎は死体を肩に担ぎ上げ、教会に戻ろうと指示を出す。

 その行動に、メルトはガウェインとエルキドゥに視線を向けるが、首を振るか、肩を竦めるだけ。

 

 これまでの特異点でも、虎太郎が意図の察せない行動に出ることは多々あった。

 だが、全てに意味があったのも事実。最低限の説明だけで済ませているが、味方ですら唖然とする意図があった。

 

 今回もそうであったとしても、後者は兎も角、前者に何の意味があるのか。

 

 

「ああ、そう言えば、名前を聞いてなかったな」

 

「……あ、あぁ、私はアーノルド。アーノルド・ベックマンだ」

 

「ふーん、そうかい」

 

 

 その名前に、ガウェインは眉根を寄せた。

 当然だろう。色々と不安要素を抱え、とても真っ当な人間とは呼べない人物であったが、これで確定したのだから。

 

 ベックマン。

 それは得た情報――SE.RA.PHに残った掃除屋の記憶で語られた、生き残りの中心人物。そして、粛清を掃除屋に命じた人物の名前であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 虎太郎達が中央管制室から教会へと帰還し始めた頃――

 

 

(――ったく、大将もお膳立てしてるからって、こんなんオレにやらせないで貰えませんからねぇ)

 

 

 SE.RA.PHの何処かにあるBBスタジオ。

 BBが渾身の思いつきによって、様々なテクスチャを違法改造した部屋へと戻ってきたロビンは、姿を消したまま内心で愚痴を溢していた。

 

 虎太郎が考えた推論を聞かされていたときは半信半疑であったものの、自分の調査とも合致する部分は少なくともあった。

 なればこそ、虎太郎の指示も最適であると認めざるを得ない。タイミングも、これ以上ないほどだろう。

 

 

(ま、破壊工作はお手のもんですからね。やるこたきっちりやりますよ、と)

 

(しっかし、この霊基(からだ)に移ったからか、ダンの旦那のこともきっちり思い出せちまうのは困りもんだ。合わせる顔がねぇとは、この事だな)

 

(――――だが、許してくれよ、旦那。今回の敵、こうでもしなきゃ、オレの()は届かねぇみたいだからよ)

 

(その後は、騎士見習いとして、アンタが背筋が寒くなると言ったほどの狙撃で、撃ち果たしてやるさ)

 

 

 音もなく、気配もなく、熱もなく。

 “顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”によって、スタジオの中央に立つBBへと静かに近づいていく。

 

 

「――あの人、一体どうやって、()()について……!」

 

(残念。単なる推測を、お前の表情やら発言から確信レベルに押し上げただけなんだよなぁ。ぶっちゃけ、証拠なんてない綱渡りですわ)

 

(動揺してると思う壺だぜ。オレと大将は容赦なく、其処を突くんですけどね!)

 

 

 今現在の主が見せる悪辣さと我が身の顧みなさに漏れそうになった溜め息を必死で抑える。

 

 虎太郎から伝えられた黒幕の正体が、“獣”の名を関するクラスに相応しい存在であるとするのなら、下手をすればBBの行動すら縛り、監視している可能性がある。

 策謀の糸は、誰に知られることもなく張り巡らせてこそ最大の効果を発揮する。故に、まだ姿は現さない。

 

 緑衣の狩人は息を潜める。

 逃げられることなく罠へと追い込み、聖なる樹木(イチイ)の一射によって、世界を喰らう獣を撃ち果たすために。

 




はい、というわけで、戦闘シーンは軒並みカット&皆(色んな意味で)大好きアーノルド君登場&無貌の王、動く、の回でした。

どんどん黒幕包囲網が張り巡らされていく感じ。
大体の特異点はこんな感じと、ゴリゴリの力押しで最適解を踏んでいったイメージです。
御館様と呪腕の旦那が情報収集して、答えに近い推論を導き出して、御館様の悪巧みをロビンが一緒に張り巡らせて、実行した後に持てる戦力でボコにする。うーん、酷いなぁ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『此処の太陽の騎士は馬鹿筆頭だが、只の馬鹿ではない。出来る馬鹿だ!』

種火周回、宝物庫周回で大活躍中のフランちゃん、ドレイクの姉御の絆レベルMAXが近づいてきて震える毎日。あの絆ポイントを無駄にしている間は手が震えるのぅ!

そして、水着イベントは何時になるのか。前の水着イベは殆ど参加できなかったし、新しい水着イベも期待のキャラが出てきそうだし、ふふふ、(ガチャを回し過ぎそうで)怖い!




 

 

 

 一行はBBによる妨害もなく、何の問題もなく教会へと辿り着いた。

 到着した瞬間、マーブルは怪我一つないアーノルドの姿に喜びを見せたが、当の本人はマーブルの名前すら覚えていないのか、ピンと来ていないようだった。

 

 

「よくご無事で。顛末はタマモキャットから聞いています。ガウェイン卿もたいそう奮ったようで。胸の豊かな、年下の少女のためにハッスルした、と」

 

「はははは。トリスタン卿、出番がなかった事を妬んでいるようですね」

 

「いや、何も間違っていないな。豊かな胸のために戦うって言ってた。これもラグネルに報告だな」

 

「ははは。そんな馬鹿な。ははは――――このガウェイン、言ってませんよね? いえ、本当に。冗談ではなく、本気で」

 

「自信なくしてんじゃねーか」

 

「……おぉ、私は悲しい……これは妻に失言を放ち続けた私のようです……(ポロロン」

 

「こっちの騎士は、またダメ夫としての顔を見せやがる」

 

 

 円卓同士のじゃれ合いに、虎太郎も参加したのだが、出て来るのは二人の残念な部分のみ。

 

 ガウェインも自身の好みに自覚がある故に、自分が無意識の内に良からぬ発言をしていたのでは、と心配になり。

 トリスタンはその姿に、生前、妻を愛しきれなかった自分が繰り返した発言を思い出してか、()を鳴らす。

 

 

「うむうむ! それでは、早速だがニューフェイスを紹介しよう! さあ出て来るがいいファニー・デビル! なに照れるな照れるな、貴様は間違いなくkawaii!!」

 

「は、はい……気を遣ってくれて、ありがとうございます、キャットさん」

 

 

 相変わらずテンション高めに現れたキャットの後に続き、パッション・リップが現れた。

 『心の戦い』を制したことでKPが排除され、拘束具も効力を失ったらしく、可愛らしい顔の全貌が明らかになっている。

 

 やはり、顔はBBとメルトに似通っていた。

 ただ、表情は不安に揺れているものの、生来の柔らかさ故にか、BBよりも幼い印象を受ける。

 

 

「……はじめまして、皆さん。アルターエゴ、パッションリップです。今まで一方的に襲いかかっていたから、挨拶をされても迷惑だとは思いますけど……」

 

「別に気にしちゃいないが。オレ達は、特に実害を被った訳でもないからな」

 

「それはそうよね。初見の時は煙幕を張って即撤退。二回目は、その、あんな……」

 

「え、えっと、メルト……どうしたの、言い淀んで? 私、何かされたの……?」

 

「いや、特に何も? オレがお前の胸を揉んで揉んで揉んで揉み倒しただけだけど……?」

 

「そ、そんなことをされたんですか、私ぃ?! で、でも、よく分かりませんけど、その必要性があった、ん、ですよね? ……ね??」

 

「何処にもなかった。でも、BBが胸を触れって言うから、つい……」

 

「おっと、忘れておった。虎太郎よ、これは乙女を弄んだ制裁と知れぃ!」

 

「ぎにゃーーーーーーーーー!!!」

 

 

 自分の助けられた経緯を聞いて、リップはさっと虎太郎から距離を取って、キャットの背後に隠れてしまう。巨大な爪が隠しきれないのは愛嬌であったのか。

 

 その姿に、キャットはニッコリと笑いながら、両手の爪が煌めいた。

 手加減はしていたが、バーサーカーの速度で制裁を加えられては、身体能力で劣る虎太郎が避けられるはずもなく。

 被っていたガスマスクの上から顔を斬り裂かれた虎太郎は、両手で顔を隠して床をゴロゴロと転がる。

 

 虎太郎の不様な姿に誰も手を差し伸べない。当然の報いである。

 

 

「………………」

 

 

 その時、ギシと音を立てて礼拝堂の扉が開く。

 裏側から表側へと戻る際、逸れてしまったエミヤが戻ってきたのだった。

 

 虎太郎はそのままゴロゴロと転がって、彼の両足にドスンと当たって止まる。

 ここまでくれば誰にでも分かるだろうが、マーブルとアーノルドに顔を見られるのが心底嫌で距離を取っただけで、特にキャットの制裁が堪えたわけではないようである。

 

 

「あら、裏側で逸れたアーチャーがお戻りみたい。さしたる戦果も成果もなく、よく戻ってこれたものね」

 

「恥を忍んで、というヤツだ。気は進まないが、今はこの教会がもっとも生存に適しているからな」

 

 

 メルトの棘のある言葉と嘲笑に、エミヤは顰めっ面で応じる。

 月での因縁故か、虎太郎に対する献身さ故にか。メルトはエミヤに対する当たりが非常にきつい。 

 エミヤはエミヤで大人――というよりも、この程度の悪罵に反応するような可愛らしさは残っていない。…………キャットと虎太郎のからかいには反応するが。

 

 

「おい、何時までやっているつもりだ、お前――――」

 

 

 床に蹲っていた虎太郎を無理矢理立たせ、常に顰めっ面のエミヤの顔が驚きから目が丸くなっていた。

 

 

「――――何だ、その顔は。隠し包丁をいれたナスのようになっているが」

 

「そこでそういう感想が出てくる辺り、腐っても鯛。いや、腐ってもエミヤだな、お前は」

 

(普通、神経の集中した顔にそれだけの傷を負えば、痛いなどというレベルではないのだがね)

 

 

 余りにもキャットの爪が鋭すぎたのだろう。パックリと綺麗に皮膚が切り裂かれており、碌に血も出ていない。

 切れた、というよりも、細胞が独りでに結合を解いたかのようだ。

 

 爪に合わせた傷が顔面を右こめかみから左頬を三本、左こめかみから右頬に三本が横断している。

 これで平気な顔をしているのだ。エミヤでも驚きの一つもしよう。

 

 そんな彼に肩を竦め、虎太郎は背後の二人――アーノルドとマーブルに顔を見られないように、新しく取り出したガスマスクを被ってしまう。

 

 この程度の傷、回復系の能力を再現すれば、簡単に治るのでそれほど堪えていない。

 

 もっとも、回復系の能力は虎太郎にとっては非常に相性が悪いものだ。

 能力を奪う右目は相手が能力を行使するためのエネルギーごと奪うからまだいいが、能力を再現する左目は彼自身の対魔粒子の消耗が非常に激しい。

 瞬時に回復したとしても、戦闘不能どころか意識不明になるほど対魔粒子を根刮ぎ消耗しかねず、逆に持続的に回復するとしても、回復し切る前に対魔粒子が切れてしまう恐れがある。

 

 

「それで、今度はBBと悪巧みか……?」

 

「…………勿論。オレの目的の関係上、奴との取引は必要でね」

 

「成程。まあ、キャットにも言ったが――――オレについた方が、より確実だとは思うがなぁ」

 

 

 虎太郎はエミヤにだけ届く声で、薄っすらと笑いながら釘を刺すように語り掛ける。

 

 エミヤも、虎太郎の猜疑心の強さと類稀な観察眼は認めているのだろう。

 騙し通せるなどとは考えていなかったらしく、あっさりと自らの企み、BBと取引があった事実を明かす。

 

 取引内容として有力なのは、SE.RA.PHの真実を聞かせる見返りに、乗り込んできた虎太郎とサーヴァントを殺すことだろう。

 その程度のことは、虎太郎も分かっている。少なくとも、エミヤが差し出せるものはそれくらいのものしかない。

 

 明確な裏切り行為であったが、虎太郎は笑うのみ。

 分かっていたとしてもどうすることも出来ない。エミヤは、より確実に、より迅速に事態を終息できるのであれば、そちらを選ぶのは理解の範疇。

 この場合、非があるのは己であると断じていた。少なくとも、エミヤが最短距離と認めるだけの要素を用意できなかった自分が悪い、と。

 

 

「――――だが、気をつけろよ。タイミングだけは間違えるな」

 

「それは脅しか? お前を殺したいのならば最悪のタイミングでやれと?」

 

「いや、オレと手を切るタイミングの方じゃない。自分一人で動くタイミングを間違えるな、と言っている」

 

「――――――お前、何を言っている」

 

「分からないか。まあ、それはそれで仕方がない。精々、()()()()()()()()B()B()の狙いをよく考えることだ」

 

 

 虎太郎にしてみれば随分とお優しいヒントを与えながら、エミヤの肩をポンポンと叩いていった。

 だが、残念ながらエミヤは虎太郎の言葉尻のおかしさに気づくことはなく、訝しんだ表情をするばかり。

 

 

(戦場における冷徹さなら黒い方が上だが、冷静さと視野の広さなら赤い方が上だな、こりゃ…………『嗤う鉄心』だったか、精神汚染だか洗脳染みたスキルを抱えてちゃ、視野も狭くなる)

 

 

 彼は固定された概念を押し付けられており、人理守護を最優先し、それ以外の全てを見捨てる守護者本来の在り方を強制される。

 もっとも、それがサーヴァントのスキルとして形を為しているのは間違いなく、エミヤがその在り方を良しとしているからに他ならない。

 

 人理を守護するためならば、どれだけ血で汚れようとも構わない。

 それの邪魔をするのならば、誰であろうとも鏖殺する。

 最大の効率と最小の浪費で、最短のうちに処理をする。

 

 守護者の在り方として、何一つ間違っていない――――が、其処には陥穽が存在する。

 

 低い可能性、己の目的とは無関係な事柄には決して目を向けない。

 より短い時間で己の行動を決定する、という点に関して、これほど有効な方法はない。

 

 だが。だが、もし、其処に重大な見落としがあれば――――最早、取り返しのつかない事態になるだろう。

 

 

(まあ、いいさ。気づかないなら気づかないで、潜在的な障害が一つ消えるだけ。気づいたなら気づいたで、黒幕を殺すのが楽になるだけの話だけ。どっちに転んでも、オレは楽を出来る)

 

 

 極めて自己中心的な結論に達した虎太郎の内心を知ってか知らずか、エミヤはリップに視線を向け、うんざりしたような溜め息を吐く。

 彼にしてみれば、アルターエゴを味方に引き入れるなぞ、論外なのだろう。

 どれだけ善良であれ――いや、その製造、作成過程を考えれば、単純に善良な存在であるはずもないのだが――敵を味方にするなど、正気の沙汰ではない、と言いたげだ。

 

 だが、虎太郎はその全てを無視する。それほどまでに彼女の“能力”は魅力的なのだろう。

 

 

「それで、彼女の処遇についてだけど、どうするつもりだい?」

 

「その前に、当人の意思確認だろ。で、どうする?」

 

 

 エルキドゥの問いに、虎太郎は当然の答えを口にする。

 自身に彼女を味方にするつもりがあっても、リップになければ何の意味もない。

 そもそも、アルターエゴだろうが感情があるのだ。嫌々やっていても、成果はついてこない。その点は、人間と何の変わりも有りはしない。 

 

 

「…………わ、私なんかがこんな事を言っても、信用してもらえないだろうけど、私も、メルトと一緒に戦わせて下さい! 皆さんのお役に立ちたいんですっ!」

 

「決まりだな」

 

「それと……ガウェインさんにお礼が言いたくて。私、拘束されていましたけど……声は、ちゃんと聞こえました。ありがとうございます。わたしとメルトを、ちゃんと女の子として見てくれて」

 

 

 リップはそれが当然と、自身の気持ちを口にした。

 彼女もメルトと同様。しなければならない、ではなく、したいからそうする。であるのならば、虎太郎が拒否する筈もなく。

 アーノルドとマーブルは不安そうな顔をし、エミヤは顰めっ面が更に渋くなったもののオール無視。

 二人は既に救出対象ではなく、エミヤは潜在的な敵認定をしている以上、彼等の意見なぞ聞き入れるような男ではない。

 

 そして、礼を言われたガウェインは、その理由が全く分からないらしく不思議そうな顔をしていた。

 彼にしてみれば、当然のことをしたまでであったのだろうが、リップにしてみれば、それこそ望外の幸運に思える事実だったのだ。

 

 首を傾げるばかりのガウェインに、虎太郎は、早く返事をしてやれ、と脇腹を肘で小突いた。

 

 

「そう言われましても、私は当然のことをしたまで。もし、貴女が救われたというのなら、それは貴女自身の努力に他なりません」

 

「そして、感謝するのは私の方でもあります。無垢な少女を解放するために戦う。正に騎士の本懐でしょう」

 

「私の騎士道において、そのような機会は余りなかった。騎士ではなく友として戦うと決めてからの幸運、というのは皮肉以外の何ものでもありませんが」

 

「ともあれ、貴女の笑顔は報酬としてこの上なく。お名前の通り、野に咲く純粋な花のようです」

 

 

 リップからの感謝を受け取り、その笑顔と言葉こそが自身にとって最高の報酬だと笑う。

 

 流石は最高ランクの王子様属性持ちである。

 恥ずかしげもなく気障ったらしい台詞を口にしているというのに、照れなど皆無。態度から何から完璧過ぎて虎太郎ですら口笛を吹くほどであった。

 

 

「ふ。どうでしたか、虎太郎、レディ・エルキドゥ。今のは完璧に決まっていたでしょう。ラグネルにも私の勇姿を喧伝して頂きたく」

 

「ボク、君の自分で自分の評価を落としていくところ、嫌いじゃないよ」

 

「分かった。ラグネルには、豊かな胸のために命をかけて戦ったことを伝えてやろう」

 

「待って。待ちなさい、虎太郎。不穏、その表現は不穏過ぎます。どの程度に不穏かと言えば、ラグネルとの結婚生活に罅が入りかねないほどです……!」

 

「オレがリップを喘がせた時に賢者モードになってたからね。スケベな奴だからね。残当だね」

 

「男は皆スケベですよ!」

 

「うーん。そういう正直な所も嫌いじゃないね(プークスクス」

 

 

 ガウェインが焦りながらも真理を口にし、必死で虎太郎を止めようとするが、何処吹く風である。

 ラグネルの内助の功を考えれば、その程度で罅が入るわけがないのだが、嫁LOVE勢筆頭のガウェインにしてみれば最愛の妻に余所余所しくされるだけで大ダメージであろう。

 

 

「ふむ、収まるところにまるっと収まったな! しかし、良いのか? トリ殿は反アルターエゴ派筆頭。言いたいことがあるのでは……?」

 

「私は流されやすい性格である上に、空気も多少は読みます。アルターエゴを信用はしてはいませんが、戦力として優秀なのはメルトリリスが証明してみせていますので。特には」

 

 

 加えて言えば、メルトリリスはBBからの支配を受けていない。

 ならば、拘束具から開放されたパッションリップもまた同様。 

 虎太郎達も彼女達を受け入れている以上、わざわざ自分が口を出して輪を乱すのも望ましいものではない、と。

 

 トリスタンはあくまでも諫言の一つとしてアルターエゴの危険性を口にしているが、二人を決して否定はしていない。

 その辺りは、生前、散々言葉の刃で他者を傷つけてしまった経験故か。或いは、仲間が意見の対立によって割れてしまう状況を目にしたくなかったが故なのか。

 

 

「仲間割れを気にするのであれば、私よりもそちらのアーチャーを気にするべきでしょう。…………先程から殺気が漏れていますので」

 

 

 だが、トリスタンも騎士。仲間の背中を守り、必要な言葉であるのならば口にするのを躊躇はしない。

 仲間であれば言葉を選ぶが、それ以外であれば辛辣にもなろう。特に、現状でアルターエゴよりも危険性のある男であれば尚の事。

 

 彼の言葉と視線が向けられたのはエミヤだ。

 トリスタンは既に弓の弦に指を掛けており、エミヤはホルスターに収められた干将・莫邪に手を伸ばしていた。

 

 

「まあ、落ち着け、トリスタン。そいつはあくまでも協力者だ、仲間じゃない。こっちのノリに付き合わせる必要もないだろうよ」

 

「話が早くて助かるよ。オレはそちらの理解不能な仲間事情など興味はないからな」

 

「――――ふむ。であるのならば、仕方ありませんね。しかし、SE.RA.PHに来てからというもの、貴方に諌められてばかりです」

 

「これでもマスターだもんで。サーヴァントの対人関係の調整も出来ねぇとな。言葉と話が通じるのなら、巧い落とし所を見つけるのは得意だ。それ以外は自害ですけどね?」

 

(マスターとしては私も高評価ですが、人間としてはアレですね……)

 

 

 虎太郎の取り成しもあって、二騎のアーチャーは互いの得物から手を離す。

 SE.RA.PH内において、この教会は数少ない安全域。互いの主張のぶつかり合いで失うよりも、不満を飲み込んでなあなあの内に終わらせた方が得策だ。

 

 

「うむ。私も反対はしないなあ。この部隊の統括者は弐曲輪君だ。何かあった場合、責任は彼が取るんだろう? なら、歴戦のマスターの判断に従うとも」

 

(コイツはなーにを言っておるのだ?)

 

(放っておけ、キャット。オレやガウェインは自分の株が上がった瞬間に自分から評価を落とすタイプだが、コイツの場合は無意識に自分の株をだだ下がりさせるタイプだから)

 

(無能な働き者という奴か。害悪にしかならんが、虎太郎の脚を引っ張ってくれるのなら――――オレの仕事がしやすくなるか)

 

「ところで、私は先に休ませてもらっていいかな? 正直、体力の限界でね」

 

「あ、それなら私が案内しましょうか? 二階にたくさん部屋がありますから」

 

 

 この場において責任も何もない。今は生き残ることが最優先。

 その先を気にしている、と言えば聞こえは良いが、今すら越えられなければ先はない。

 余りにも見当違いな発言にサーヴァント達の視線は冷たくなったが、それに気づきもせず、アーノルドはマーブルに案内され、教会の二階へと登っていった。

 

 

「ガウェイン卿もお休みになられては? 我らサーヴァントに眠りは必須ではありませんが、卿の疲労は目に余ります。暫くは、休息を取るべきかと。戦いは、まだ続きます」 

 

「心遣い、感謝します。幸いなことに、レディ・エルキドゥも救援に来てくれている。恥を忍んでではありますが、一時の間、虎太郎の護衛を全てお任せしたい」

 

「ああ、任されたよ、ガウェイン。太陽の騎士に代わってはボクでも荷が重いけれどね」

 

「――――御冗談を」

 

 

 エルキドゥの掛け値のない本心に、ガウェインは心から微笑んだ。

 

 もし仮に、両者が相対すれば、ガウェインの勝算は限りなく低い。

 ガウェインに有利な条件を全て整えたとしても、勝率は一割を超えるかどうか、といったところだろう。

 それほどまでにエルキドゥは強い。でもなければ、かの英雄王に並び立つなど不可能だろう。

 

 そんな彼女が、ガウェインに敬意を払っている。

 単純な戦い、単純な性能争いならば劣らない自負はあるだろうが、こと護衛役としてはガウェインが上と認めているのだ。

 

 神が造りし最強の兵器、やがて芽生えた自我によって人の側へと立った美しい緑の人。

 そんな人物に認められ、ガウェインもまた素直に誇らしく、同時に味方であることを頼もしく思えていた故の笑み。其処には確かに、互いへの信頼と敬意があった。

 

 では、とガウェインもまた二階へと上がっていく。

 事実として、彼の霊基(からだ)はボロボロだ。度重なる魔力消費によって、現界していることさえ厳しい。

 睡眠によって無駄な魔力の消耗を極力抑え、回復に専念せねば、今後の戦いに響く。

 

 足取りは確かであったが、去っていく背中には力がない。

 ガウェインを此処まで消耗させたリップ、生前の彼を知るトリスタンは、言葉にこそしなかったが、心底からの心配を向けていた。

 

 この時、虎太郎以外の誰もが予想してはいなかった。

 彼の弱々しい背中を見ることになるのが――――最後になるなどと。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――と、言う訳です。私とラグネルの新婚も真っ青なラブラブぶりをご理解して頂けましたか?」

 

「はい、それは凄くすごいですね! あぁ、ラグネルさん、羨ましいなぁ……」

 

「はははは。レディ・リップにも私のような相手が見つかることは確定かと。何せ、容姿が大変素晴らしい上に、心も無垢ですからね! しかし、その無垢ぶりは余りにも……お兄ちゃん、心配です」

 

 

「なぁにあれぇ……」

 

「ガッウェが、あの程度でどうにかなるわけねぇよ。平常運転平常運転」

 

「あの状態で、ガンガン回復してるのは明らかにおかしいのだけれど…………ガウェインだからね! 仕方がないね!」

 

(リップの胸を見て魔力回復してんじゃねぇだろうな、おい)

 

 

 部屋に戻って休んだかに思われたガウェインであったが、キャットやトリスタン、エミヤがそれぞれの部屋へと戻っていった辺りで、虎太郎とエルキドゥ、メルトとリップの集まっていた玄関横の風穴へとやってきた。

 

 その姿にリップは慌て、メルトは呆然。虎太郎とエルキドゥは苦笑いであった。

 それほどまでの消耗であったのだが、この程度はブリテンでは日常茶飯事、明日までには問題なく回復しますので、と夜を眠らずに明かすと四人の集まりに参加した。

 

 その理由は曰く――

 

 

『いえ、ラグネルのいない一人寝の夜は寂しくて…………彼女がいないと眠れない身体になってしまいました。くっ!』

 

『くっ! じゃないわよ、くっ! じゃあ! 潔く休んでなさいよ、この残念騎士!』

 

『知ってた』

 

 

 消費した魔力、崩れかけの霊基、疲労に喘ぐ精神。

 だが、それが何だと言うのか。太陽の騎士はその程度ではへこたれない止まらない。何故なら彼はカルデアの三馬鹿筆頭。自分が疲れていることにすら気づかない……!

 

 

(まあ、冗談ですが……虎太郎、このようなものが)

 

(う~ん、報連相がしっかりしてるぅ~、しっかりしてるねぇ~。いい、とてもいいよぉ~。オレはガウェインのそういうとこ好きだよぉ~)

 

(私はラグネルが好きですがね!)

 

(いやぁ、そういうことじゃないと思うのだけど。それはそれとして、ボクは虎太郎が苦労してるところが好きだけどね!)

 

(己らは…………、でも許す! 報連相できる奴に悪いヤツはいない!)

 

 

 実際のところ、ガウェインが虎太郎の元に訪れたのは報告のためだ。その内容とは――

 

 ――ガウェインは何者かに呼び出されたらしい。

 

 ガウェインに割り当てられた部屋に一枚のメモが残してあったそうだ。

 内容は『SE.RA.PHの秘密を教える。誰が味方か分からない状況だが、貴方が一番信頼できる。だから、皆が寝静まったあとに礼拝堂で』というもの。

 

 ご丁寧に、筆跡から個人を特定できないように、印刷したものであったようだ。

 その目的が何にせよ、容疑者は特定できない。恐らく、教会の関係者が使用していたであろうパソコンを使えば、誰でも作れるものだからだ。

 

 

(ガウェインを呼び出したのは、一番弱っていたからなんだろうが――――摘み食いでもしたくなった、みたいな行き当たりばったり加減だな)

 

 

 事の経緯を聞いた虎太郎は呆れることしか出来ない。

 ガウェインが容疑者の提案に乗るにせよ、乗らないにせよ、隠している自分の正体がバレかねない行為は、慎重さには程遠い愚行である。

 そして、その愚行、その快楽を優先した行動方針は、黒幕のそれと合致する。

 

 ガウェインのことを馬鹿にしているのか。それともこの教会に集まった全ての人物を馬鹿にしているのか。

 恐らくは、両方だろう。何がどうなろうとも問題ない、と自分の成功を信じて疑っていない。

 

 虎太郎に言わせれば、その考え方こそ馬鹿の極み、であるのだが、それだけの自信を有している以上、その力も本物と判断できる。

 

 

(どうしてこう、そういう力を持つ奴に限ってガキなんだか。全く以て意味が分からねぇ。神様は不公平だね!)

 

 

 ともあれ、黒幕の思惑は、虎太郎の方針と生真面目なガウェインによって粉微塵になったのは事実。

 これで黒幕が慎重さを取り戻すのは厄介であるが、この油断慢心ぶり。虎太郎が思い出すのは魔界の王達であったか、それとも英雄王か。

 

 

(まあ、いいさ。こっちはこっちで確認したいことは確認できた。キャットの信頼も得られて一石二鳥だったな)

 

 

 ガウェインが熱くラグネルへの愛を語り、リップは目を輝かせながらガウェインとラグネルのイチャコラぶりに思いを馳せ、メルトがゲンナリとした表情でツッコみを入れ、エルキドゥはその様を見てクスクスと笑っていた。

 虎太郎は其処に参加しつつも、切り離した冷静な思考で、玄関の隅に安置された机へと視線を向ける。

 

 机の上には、死体袋が置かれていた。

 中身は、中央管制室から回収してきた遺体――ホリィという男の死体が入っている。

 

 彼の死体を丁重に扱い、キャットが目的――彼女を召喚したマスターを人として葬るというもの――を果たさせると示した。

 相変わらず、キャットからの視線は胡散臭げではあったが、それなりの信頼は得られただろう。

 

 そして、SE.RA.PH内で死体がどうなるのかも、測ることが出来た。

 死体は生者と同様に、データ化の影響を受け、魂の有無によるものか、データ化の進行が早い。

 恐らくは二時間程度で完全にデータ化されてしまうだろう。そして、データとなった死体はSE.RA.PHに取り込まれ、一部分は始末屋の記憶のように残るのだろう。

 

 このデータ化の進行は、教会内に足を踏み入れたと同時に停止した。これも生者と変わらない。

 更に死体の死後硬直、腐敗の進み具合も非常に遅い。これは恐らく、SE.RA.PH時間というものが、体感時間が伸びただけで、実時間が伸びている訳ではないことが影響していると思われる。

 

 

(黒幕の趣味嗜好は見えてきた。これで、今後の方針も決まったも同然。あとは、ロビンが巧くやれば、それで完成だな)

 

 

 はぁ、と虎太郎は溜め息を吐く。

 それはこの案件の解決が見えてきた安堵によるものではなく、酷く馬鹿馬鹿しいものに巻き込まれてしまったという、実に彼らしい溜め息だった。

 

 




はい、というわけで、御館様、キャットにシバかれる&ガウェイン、余裕で即死イベを回避&メルトとリップは早くもカルデアメンバーに馴染み始める、の回でした。

御館様、黒幕のことを知れば知るほどに、朧とかブラックとかを思い出してガンガンやる気がなくなっていく有り様。
最早、メーターはマイナス方向に振り切れているもよう。でもトラパイン女史が意地をみせたので頑張っているので、かろうじて仕事を完遂するつもりはある模様。

まあ、何だ。黒幕は普段のノリの被害を受けます。つまり、散々虚仮にされるってことだよぉ!(ニッコリ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『人をおちょくっているように見えて、キッチリ伏線を張っている辺りが苦労人の酷いところ』


やってきたぜ、水着イベ!
あーん、水着アンメアも、弓王様も、鉄拳マルタさんも、サモさんも欲しいよぉ!
しかし、全力は出せない……! まだ今年の水着イベが控えているのだ!
ところで、イベントの報酬で輝石系は運営まだー? いい加減、スキル上げたいんですけど。普段の修練じゃ、ろくすっぽたまらないんだよぉ!!



 

 

 

 

 

 リップを解放して12時間後、一行はSE.RA.PHの裏側に脚を向けていた。

 虎太郎は既にセラフィックスにおいて何があったのか、何が目的でこのような事態へと陥れたのかを、これまで得た情報を精査した結果、ほぼ正確に把握していた。

 

 事態を解決するには天体室へと向かうのが最短距離であったが、その前に鈴鹿御前――そして、もう一人を打倒する必要性があったのだ。

 

 

「ふん、裏側にもサーヴァントはいるらしいな。さて、となると、何回目の聖杯戦争で呼び出されたものなのか……」

 

「……その可能性も考慮してはいましたが、その意図が掴めませんね」

 

「メルト、リップ、間違いないだろう?」

 

「私は、拘束されていたので何とも。でも、朧気ですけど……」

 

「ええ、事実よ。私も暫くの間、機能を停止していたから、正確な回数までは分からないけれど」

 

「パッションリップに新たに召喚された128騎のサーヴァントが握り潰されたと聞いていたが、そういうことか。確かに、これまで殺したサーヴァントの数を鑑みれば当然だな」

 

 

 マーブルと出会った時に聞いた情報だ。

 虎太郎が直接目にした訳ではない故に、これまでは情報の域に留めておいた。だが――

 

 メルトが認めたという点。

 更には、SE.RA.PHで打倒したサーヴァントの数が現時点で100騎を超えていた点。

 

 ――以上を以て、虎太郎は情報から確定した事実へと繰り上げた。

 

 SE.RA.PHに召喚されたサーヴァントは狂乱し、会話も儘ならず、自らの快楽を追求して殺し合う。

 自らの勢力が100騎も打倒していれば、残りの28騎とて、互いに殺し合いに興じているのは道理。数が全く足りなくなるだろう。

 

 であるのなら、カルデアがレイシフトを行う以前よりも、SE.RA.PH内で聖杯戦争が何度となく開催されていたとしても不思議ではない。

 

 

「正確な回数までは分からん。如何せん、どの辺りでSE.RA.PH時間に変化したか分からんからなぁ」

 

「しかし、疑問が。何故――――BBと魔神柱は、危険を犯してまで聖杯戦争に固執するのです? サーヴァントの中にはトリスタン卿やMr.エミヤ、レディ・キャットのように、彼女らの思惑に乗らず、反旗を翻す者もいるでしょう」

 

「単純な話だ。冬木式の聖杯戦争と同じ理屈だろうよ」

 

 

 ポロリと名前も知らない黒幕の存在を口にしてしまいそうになったガウェインは、虎太郎に睨みつけられて慌てて今回の責任者をBBと魔神柱に転換した。

 もっとも、虎太郎としてはポロリして貰っても構わなかったのだが。黒幕側が自身の思惑を看破している可能性は十二分にあった。その上で、黒幕にはどうにもならないだけの作戦は考えてあり、8割方は準備も整っているのだから。

 

 冬木式の聖杯戦争の理屈は酷く単純だ。

 7騎のサーヴァントと7人の魔術師を用意し、殺し合わせる。

 その為に、冬木の霊地に設置された大聖杯と呼ばれる様々な機能を有する超抜級の魔術炉心が、これを選定するのだ。

 

 脱落したサーヴァントの魂は、アインツベルン家が用意した小聖杯に収められ、6騎が脱落した段階で万能の願望機は完成する。

 ただ、これは伝承に語られる聖杯とは異なり、サーヴァントの魂6騎分の魔力リソースというだけ。これだけの魔力があれば、どのような願望でも叶うというものに過ぎない。

 また本来の狙いは7騎のサーヴァントを贄と捧げ、根源へと到達することであったようだ。

 

 この辺りの情報は、虎太郎自身が調べ上げ、聖杯戦争参加者にして優勝者の片割れであったロマニによって補強されたものだ。

 

 

「ふむふむ――キャットには理解不能であるが、それを考えた奴は天才だということだけは分かるゾ」

 

「これはこれで欠点があるがな。優勝者の願望が複雑であるほどに、叶えられる願望は本来の願望とは掛け離れていく。何せ、その道筋を考えなけりゃならないのは優勝者だからな。つまり、願望機としての質は極めて低いわけだ」

 

「つまり、SE.RA.PHを使って願望機を作るつもりだと言うのかい?」

 

「いや、まさか。それはアインツベルンの秘匿する至宝だ。いくらなんでも一朝一夕で再現できるものかよ。ただ、6騎分で願望機として成立する術式なら、数百数千騎のリソースがあれば、無駄(ロス)を考えても何だって出来るだろ? そう、何だって、な」

 

「確かに。BBの目的が何にせよ、お前達の取り逃がした魔神柱が新たに受肉した肉体を得るにも十分だろうよ…………必要を迫られたとは言え、サーヴァントを倒し過ぎたのは敵に利する行為だったか」

 

 

 エミヤは、チッと舌打ちをした時間神殿で魔神柱を取り逃し、あまつさえSE.RA.PHでの行動方針を決めていた虎太郎の失策を責めるように睨みつける。

 

 だが、当人は中指を立てて笑いながら応える。

 時間神殿での失策は、戦いに参加してすらいなかったお前に責められる筋合いはない。

 此処での方針も、サーヴァントを倒す際はメルトの強化の意味合いも込めて、リソース全てを取り込ませている以上ノーカン、という意味だろう。

 

 実際の所は、冬木式の願望機なぞ黒幕は知るまい。

 単純に栄養価(エネルギー)としただけだ。その果てに待っていたのが――――ビースト化だったというだけの話。

 

 しかし、それについて此処では明かさない。

 直接明かしたのはガウェインのみ。エルキドゥは救援に来る以前からアルフレッドの観測結果から、その存在を示唆されており、優れた気配察知によって気付いていた。

 

 そして、メルトは直接聞かされてこそいないが、虎太郎が獣の存在を察知していることに気付いていた。

 

 

(ねぇ、メルト。もしかして、虎太郎さんは……)

 

(ええ、そうよ。多分、あの女の存在に、もう気付いている……)

 

(……で、でも)

 

(――――チャンスは、あるわ)

 

 

 僅かではあるが、希望はあった。

 全ての不安を押し隠し、メルトはリップに向けて断言した。

 戦力は整っている。虎太郎によって紡がれた糸は確かに繋がっている。

 

 しかし、余りにも糸が拙すぎる。

 純正の英霊であれば対抗できるだろうが、それでもあの悪魔には届くまい。

 其処を、自分とリップで補佐するしかない。底の見えない相手ではあるが、少なくともメルトは黒幕について深く知っている。何せ、この世界においては生みの親の如き者なのだ。

 

 アルターエゴもまたAIのようなもの。より上位の権限を持つ者には逆らえない。

 だが、万に一つ、億に一つの可能性であろうとも、彼女が諦める理由になりはしない。

 

 

(…………あの悪魔を倒せなくても、せめて貴方だけは、カルデアに送り返す。それだけが、私の存在意義ですもの)

 

(――――メルト……、変わったね。何だか、凄くキラキラしてる)

 

(呆れたわ、何その表現。変わったのは認めるけれど、その表現はないわ。それでも私と同じ処理速度のアルターエゴ? 情けなくて消えてしまいたいわ)

 

(むぅー、メルトはそうやって、すぐに意地悪いうんだからぁ……!)

 

 

 プリプリと頬を膨らませて怒るリップに、メルトは笑みを溢す。

 

 絶望的な状況は変化していないにも拘らず、尚も笑えているのはマスターのお陰か。

 

 七つの特異点と時間神殿を越え、第一、第二の人類悪(けもの)を討ち果たした男。

 その仕事、その功績は多くの英霊達と相棒たるアルフレッドによる所が大きいのは認めざるをえないが、その中核を為したのは間違いなく彼だ。

 

 言葉の端々や行動から、今回の黒幕について気付いている節がある。

 どの程度まで知っているかは分からない。黒幕に勘付かれていると悟らせない為に、多くを語らないからだ。

 昨夜――とは言っても、SE.RA.PHに昼も夜もないのだが――ガウェインとエルキドゥ、リップと話している最中にも、何かを調べていた。

 

 “これまで”の出来事など“これから”の出来事には、何の意味もないが、その不変さは頼もしい。

 この男は第一の獣も、第二の獣も、同じように打ち倒した。ならば、SE.RA.PHの最奥にて待つ黒幕も、同じように対処する。

 

 調べ、測り、策を練り、相対し、裏をかき――真正面から正々堂々不意を打つのみだ。

 

 

(貴方がそう望むのなら、私は従うだけ――――でも、何でしょうね。この、負けないでしょうねという安心と思いっきり相手が嫌がることするんでしょうねという不安が同居した感じ。…………凄く、複雑)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――来たわね!」

 

「むぅ! フォックス、怒りのデスロード! 最早、虎太郎しか見ておらぬ。あんな目に合わされれば当然ダナー」

 

「えー? オレ? オレなん? お前だろキャット。お前に怒ってるんだよ。キャラ被りとかさ。前世だの大本(オリジナル)だのの因果とかさ。お前が謝れば全て解決だよ。おら、謝れ。オレは嫌だ」

 

「何をぅ! どう考えても貴様の所業故だろう! 貴様が謝るのだぁー! アタシも嫌だぁー!」

 

「よし。初めからそのつもりだったけど、どっちもメッタ斬りにしてあげる!!」

 

 

 センチネル・鈴鹿御前の神殿へと辿り着いた一行は、彼女と目を合わせた瞬間、凄まじい殺気を叩きつけられた。

 いや、一行ではなく虎太郎とキャットだけ。他のサーヴァントには興味関心はない様子。それもそうだろう。ダメージを10分の1に削減するKPの与えられた彼女は、文字通りの敵無しだ。

 もし、彼女が敵と認識する者があるとするならば、個人的に嫌っている虎太郎とキャット以外には存在しない。

 

 何処かで玉藻の前(オリジナル)と因縁でも存在しているのか、目をつけられているキャット。

 最臭兵器を頭から掛けられる切欠となった虎太郎。

 

 その二人と来たら、自身の行いなど知らんとばかりに、お互いの頭を掴んで、頭を下げさせようとする。

 何の反省も見られなければ、何の後悔もしていないと言った様子。しかも、虎太郎など鼻を洗濯バサミで挟んでいた。

 

 これには元々怒りのメーターが振り切れていた鈴鹿御前もレッドーゾーンを突き抜けて、ぐるんぐるんと針が回っている状態だ。

 

 

「あー! もうムリ! 其処の駄猫と黒いの、後はロン毛のアーチャーを倒して、聖杯戦争を終わらせてあげる!」

 

「――――聖杯戦争を終わらせる、ね」

 

「私が死ぬか、そっちが死ぬか――――何にせよ、そうすれば願いが叶う。悪いけど、さっさと片付けて、ロン毛を殺しに行かせて貰うッショ!」

 

「まあ、それはそれで構わんが――――こっちもさっさと終わらせたいからな。オレも加担せざるを得ないか」

 

「…………――――?」

 

 

 前回、散々好き放題やりたい放題にされたが故か、警戒から既に刀を抜き放っていた鈴鹿御前であったが、彼の行動に目を丸くする。

 

 虎太郎は両腕をだらりと下げた状態で、爛々と左目を輝かせる。

 すると、開かれた指先から、激しい音を立てて地面へと向けて電撃が走った。

 

 

「これは対魔忍で言うところの雷遁の術だ。本来の術者は制御用の武器を使って雷球を放つ。最大火力で打てば、小規模の施設くらいだったら簡単に崩壊するレベルにもなるな」

 

「ふーん。で? それが私に通用すると思ってんの?」

 

「さて。KPとこっちの忍術や能力は起源(ねもと)が違う。そっちはこの世界、こっちは魔界。その差異から攻撃が通る可能性は十分にあるさ」

 

「そう。そんな一か八かに掛けてくるとかダサ過ぎ。確かに(いかづち)の速さなら、英霊にも当てられるでしょうけど、当てられるのは始めの一度きりっしょ」

 

「その通り、だから始めの一撃で終わらせるのさ」

 

(――――って、額面通りに受け取らないっつーの)

 

 

 鈴鹿は刀を握ったまま、虎太郎ではなく6騎のサーヴァントこそを警戒する。

 

 前回の一件で学んだのは、KPであっても五感への影響は削減できないという事実。

 恐らく、五感から得られる情報を削減してしまうと、戦闘時、咄嗟の判断に影響が出てしまうからだろう。

 

 見せているのは雷。

 KPの弱点を狙うとするなら音と光――視覚と聴覚の麻痺こそを警戒すべき。

 

 真実、雷遁の術がKPを()()()()()としても、真に警戒すべきは虎太郎ではなく、彼の周囲のサーヴァントの方だ。

 特に、エルキドゥは危険だ。パッションリップを縛った鎖は、高い神性を持つ自身を縛り上げることも可能なはず。倒されないにしても、捕縛される恐れはある。

 

 

(初撃は甘んじて受けてあげる。陽動であれば、目と耳を守る。本当にKPを抜けてくるにしても、あの程度なら耐えられる。その後は、あの緑の男女を躱しながら、宝具で滅多刺し……!)

 

「おう、鈴鹿。KPの本当の弱点、教えてやろうか?」

 

「――――はぁ? 得意の口先三寸の意識逸し? それとも分かりきった答え合わせ?」

 

「いんにゃ、本当に只の親切心だよ――――そのKPが及ぶ範囲は、あくまでもお前自身だけってこと。後は、その無敵さ加減かねぇ?」

 

「――――何を……」

 

「後は、自分で考えな! 喰らえ――!」

 

 

 虎太郎が右手を翳すや、掌から雷撃が放たれた。

 無軌道な蛇のような軌道を描きながら、網膜を焼く雷光が走る。

 

 確かに、その速度は大したものではあったが――鈴鹿にしてみれば、拍子抜け以外の何物でもない。

 真に警戒していた五感への攻撃は見受けられず、他のサーヴァントにも動きはなかった。

 

 ――ならば、事実として自身へのダメージを狙っての一撃としか考えられない。

 

 避ける必要すらない一撃。

 KPは確かに鈴鹿の身体を守り、その雷撃を削減する。

 ダメージは確かにあったが、肌が僅かに痺れる程度。戦闘不能になりもしなければ、支障すらなかった。

 

 

「――――――アンタ、なに考えてるわけ?」

 

 

 全くもって無意味な攻撃。

 

 ふざけた態度や言動はどうあれ、虎太郎の行動は効果的の一言に尽きた。

 当人ですらが予測していなかった能力の弱点を的確に突いてくる考察力は、怒り狂った鈴鹿ですら認めるものだったのだ。

 

 それが逆に鈴鹿の不安を煽る。

 不安の大きさたるや、全くダメージなどないにも拘らず、攻撃に打って出ることすら忘れるほどだった。

 

 

「…………この雷遁の術な。オレの容量(キャパシティ)で使うとなると不便でな。最大火力を使おうとするとすぐに対魔粒子が切れてガス欠。逆に手数で補おうにも今度は威力不足になる」

 

「――――?」

 

 

 今見せた術の不便さを静かに語りながら、虎太郎は今度は掌を上へと向けた。

 

 まるで彼女に向かって、何かを差し出せとでも言うように。

 

 

「だから、考えた。オレが最適に使うには、どうすりゃいいのか」

 

「…………っ……ちょっ!?」

 

「言ったよなぁ、KPはあくまでもお前自身を守るだけのもの。そして、その無敵さ加減は思考から回避という選択を奪い去る」

 

「な、何よ、これぇ……!」

 

「――――お前の宝具はKPの防御性能が及ぶ範囲じゃない。そして、宝具は人々の幻想によって骨子に作り上げられた武装であるが、物質化している以上は磁気を帯びる。特に、刀剣の宝具なんざ金属としての性質を得るから楽で助かる」

 

 

 鈴鹿の宝具である三振りの宝剣。即ち、大通連、小通連、顕明連。

 手に握った大通連も、彼女の周囲に浮かぶ小通連、顕明連も、虎太郎に引き寄せられていく。

 

 この技は、雷撃を受けた者、物体に磁気・磁力を帯びさせるもの。

 本来の術者では、虎太郎の指導なくしては至れぬサポートに特化した用途である。

 

 先んじて小通連と顕明連が、続き、最後まで鈴鹿が握って抵抗していた大通連の鍔にエミヤの放った弾丸が直撃し、三本の宝剣の全てが奪われる。

 

 

「んじゃま、後は予定通りに。神通力くらいは使えるかもしれんが、キャスターのクラスで召喚されていない以上、大したもんでもないだろうよ。囲ってボコにしろ。オレは戦いが終わるまでこれを持って逃げる」

 

 

 宝具を物理的に奪われ、呆然とする鈴鹿を尻目に、虎太郎はスタコラサッサだぜ、と言わんばかりに神殿の出入り口から通路に消えた。

 

 そして、その出入り口をリップがフンスと鼻を鳴らしながら立ち塞がった。

 流石は拠点防衛を主目的として作られたアルターエゴ。色々と巨大過ぎて越えられる気がしない。

 

 

「まあ、何と言うか。ご愁傷様、だね……」

 

 

 哀れんでいるようにも、愉悦しているようにも見える曖昧な表情で笑うエルキドゥが魔力を迸らせ。

 

 

「その、我が友が、真に申し訳ありません、レディ・スズカ……」

 

 

 虎太郎の悪辣さに頭痛を覚えたガウェインは目頭を揉み解しながらも、剣を構え。

 

 

「あの様子では、始めからそのつもりだったのだろうよ。……と言うことは、前回のは意識付けの伏線、と言った所か」

 

 

 仕事が楽になるのはいいがアレはどうなんだ、と言わんばかりに顔を顰めたエミヤが二丁拳銃を構え。

 

 

「不様、とは言わないわ。あの人の持ってる能力を予測するとか無理だから。寧ろ、あの人の行動がないわね。ないわー」

 

 

 本来ならば嗜虐的な笑みを浮かべるであろう場面であったが、鈴鹿の被害者っぷりにメルトは首を振りながら踵を鳴らす。

 

 

「あー、そのぉー、なんだフォックスよ…………素直に投降するのなら、助命嘆願くらいはアタシもしてやるが。コタローは戦力になるのなら、受け入れる度量くらいはある。ワンチャンあるゾ?」

 

 

 最早、優しげな表情すら浮かべたキャットが投降を勧めながらも、鈴鹿を囲んでいた。

 

 

 良いようにやられた鈴鹿は、その中央で俯いて悔しさからブルブルと震えていた。

 SE.RA.PHで出会った時から、何となしに絵図面は引いてあったのだろう。

 鈴鹿に与えられたKPを知った時に、これなら通用するな、と確信したのだろう。

 

 あの態度も、シュールストレーミングで五感への攻撃を意識させたのも、正攻法でKPを破ることは不可能と思わせたのも、全ては鈴鹿から武器を奪い去るためだった。

 宝具は大抵の場合、その手に握っていなければ使用できない場合が殆どだ。刀剣の形をしているのならば尚の事。

 

 完璧に、ぐうの音も出ない形で、してやられた。

 

 剣を失ったセイバー。宝具を奪われたサーヴァントが、どれだけの戦力になると言うのか。

 確かに神通力は残っている。まだ五体は健在である。だが、ダメージが十分の一になるだけの己では、自分達だけ宝具をバンバン使える歴戦の英霊とアルターエゴにはどう考えてもジリ貧だった。

 

 

「――――じょ、上等じゃん! や、やってやるしっ!!(涙目」

 

 

 此処までしてやられて、まだ心根がへし折れていない辺り大したものであったが、正に焼け石に水、風前の灯。

 その気丈で健気な姿に、虎太郎のサーヴァント達は溜め息を溢す。少なくとも、虎太郎の策を聞くまでは、まともに戦ってやるつもりではいたようだ。

 

 ――――こうして、鈴鹿御前の最後の抵抗が始まった。

 

 





はい、というわけで、メルト、御館様が何かをやらかすつもりと察している&御館様やることなすこと基本的に伏線&鈴鹿涙目の三本でした。

以前にも言いましたが、奮闘記とは別の世界線なので、ゆきかぜの技を使ったのは、あくまでもこっちの御館様が使い方を考えていたからです。繋がりはないのでご注意を。

シュル缶は、五感への攻撃は有効であると知らしめた上で、そちらに意識を向けさせ、宝具を直接奪ってしまうという発想を奪うため。そもそも、サーヴァントの宝具を奪おうとするマスターなんていねーよって話ですが。

次回は、鈴鹿乙女―コースター開始辺りからかなぁ? 最早、このイベ話ではマトモな戦いは期待するな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人がアレなもんだから、周囲は高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変な対処を求められる』


よし! 水着イベクリアー!
おっぱい水着師匠も宝具レベルMAXにしたし、念願の全体アサシンじゃあ! トリッキーな性能だが、使いこなしてみせる!
ガチャの方は、うん、アレだ。水着アンメアが出たから良しとしよう。他のも欲しいが、今年のイベの為に、我慢だ我慢!(血涙

あ、あと、活動報告でアンケートがありますので、気軽に一票をどうぞ!

ではでは、CCCイベの続き続きー! 相変わらずエロはないがな!(ゲス顔




 

 

 

 

 

「いや、あの……その、ホントなんて言うか……調子に乗ってたって言うか…………」

 

「おっ! 終わってんじゃーん! まあ、どっかの聖女様みたいに素手喧嘩(ステゴロ)特化じゃないから当然だわな」

 

 

 虎太郎がその場から逃げてから、或いは鈴鹿御前(センチネル)との戦いという名の袋叩き(リンチ)が始まってから30分。

 逃げた先で攻性プログラムやサーヴァント達と鬼ごっこを繰り広げていた虎太郎は、特に息を切らせることもなく戻ってきていた。

 

 神殿では、両膝を地面に付けた状態で両腕をエルキドゥの鎖によって縛り上げられて拘束され、蒼い表情をしている鈴鹿の姿があった。

 完璧な仕事ぶりに思わず虎太郎もニッコリ。エミヤ以外の全員は鈴鹿に同情の視線を向けている。それはそうだ。

 

 ……30分も、よく持った方だ。

 英雄王と肩を並べるエルキドゥ。単純スペックであれば円卓最強のガウェイン。違法改造によって生み出されたアルターエゴたるメルトとリップ。冷酷無慈悲な戦上手のエミヤ。予測不可能自爆不可避なキャット。

 この錚々たる面子を前にして、KPと神通力だけでよく戦った。エミヤを除いた5名も思わずスタンディングオベーションの心持ちであろう。

 

 

「――――で、どうするよ、鈴鹿ちゃぁ~~~~ん? このまま首を斬り落とされるか。それともKPを排除して手を組むか。選ばせてあげるよぉ?」

 

「猟犬が笑ってるみたいな気味の悪い顔、しないで欲しいんだけど。どっちにしたって、私の聖杯戦争は此処で終わり。アンタなんかと手を組む気なんて、ない」

 

「へぇ~~~? ほほぉ~~?」

 

 

 鈴鹿は深く項垂れ、力のない声で言葉を紡ぐ。

 それは良いようにやられた屈辱によるものではなく、敗北による聖杯戦争からの脱落を何よりも悲しんでいる。

 

 その姿、その様に、虎太郎はにこにこと天使の如く微笑んでいるが、内面は悪魔のそれ。この展開も予想の範疇であった。

 

 そも鈴鹿御前は日本における『尽くす女』の代名詞。

 今は無理をしてJK擬態(モーフ)などしているが、その実、根は真面目で思慮深い。

 

 神通力を用い、鈴鹿山にて狼藉を働いていた鈴鹿御前に対し、帝の勅命で退治に訪れた坂上田村麻呂に敗北し、二人は恋に落ちる。

 以後、二人は互いを助け合いながら、多くの鬼を倒し、英雄としての功績を重ねていった。

 しかし、二人の別れは悲劇的であった。大嶽丸という強大な鬼を倒すため、鈴鹿の取った行動は――大嶽丸の妻となり、内から突き崩すというもの。

 

 坂上田村麻呂はその事態に、裏切られたと嘆きながらも大嶽丸を討ち取り、鈴鹿御前は言い訳の一つもなく、鬼の仲間として処分されることを良しとした。

 

 不満はない。嘆きもない。後悔すらありもしない。

 最後は悲劇ではあったけれど、其処に至るまでの過程は、確かに愛と喜びに満ちていたのだから。

 

 我が身すら投げ出して、愛する男に尽くし続けた女。それが、彼女の在り方だ。

 

 

 ――そんな彼女が、こんな下らない聖杯戦争に加担し続けた理由なぞ、ただ一つ。

 

 

 いや、そもそも、このSE.RA.PHにおける殺し合いは、主催者の悪意に塗れた生存競争であって、聖杯戦争なぞではない。

 

 聖杯戦争を模してはいるが、肝心のものが欠けている。

 冬木式であれば、大聖杯と小聖杯。英雄の魂を収めておく器がない。

 ムーンセル式であれば、異星・異文明の観測機械。太陽系と並行世界を観測し続け、保管してある情報(データ)がない。

 

 それらが、それぞれの聖杯戦争における願望機を成立させている要素。

 

 このSE.RA.PHにおける殺し合いと聖杯戦争における類似は一つ。

 英霊をクラスに押し込めてサーヴァントとして使役し、殺し合わせる点だけだ。

 

 

「その様子じゃ、自分のマスターがどのような状態かは、ある程度察しているようだな」

 

「……っ」

 

「だが、BBから全てを説明されたわけでもない、と言ったところか。大方、聖杯戦争で勝ち上がればマスターを助けられる、とでも思い込んだか?」

 

「――――そうよっ。聞こえたんだから。此処に呼ばれた時に、小さかったけど、確かに声が!」

 

 

 虎太郎はニヤついた表情を消し去り、人形以上の無表情で鈴鹿と視線を合わせる。

 その瞳は何処までも冷徹で、心の奥底まで見透かそうとしているかのよう。

 

 虚の如き黒瞳に、鈴鹿は恐れもせずに睨み返す。

 

 “勝ちたい”、“無意味な死にしたくない”

 彼女が聞いたのはただそれだけ。ただの独り言だ。人間が、今際の際に零す切なる願い。

 

 会話をしたこともない。顔を合わせたこともない。生死すら分からない。

 けれど、その願いは、確かに彼女に向けられた声だった。

 

 名前も知らない誰かが、名前も分からない彼女に託した、最後の、人間らしい願い。

 

 ただ、誰かに尽くすことを良しとした彼女が、その願いを聞いてしまった以上、後に退けない。それが、彼女の英霊としての矜持であり、同時に存在意義でもあるのだ。

 

 

「――――成程、何処かの誰かさんの願いを叶えてやれば、お前は良い訳だ。なら、オレと手を組むことをオススメする」

 

「誰が……っ! アンタみたいな奴は知ってんのよ! 自分の目的さえ果たせば、それ以外はどうでも良いってタイプじゃない!」

 

「まあ、否定はしないが。もっと冷静に考えろ。お前のマスターの願いが、本当に聖杯戦争を勝ち抜くことだと思うか……?」

 

 

 勝ちたい、だけならば、聖杯戦争に勝ち抜くことだとしても頷ける。

 だが、無意味な死にしたくないことが、本当に聖杯戦争に勝ち抜くことかと問われれば、疑問を抱かざるを得まい。

 

 額面通りに受け取るのならば、彼女のマスターは、まるで自分が死ぬと分かっているかのようではないか。

 聖杯戦争に参加する以上は、死の危険性は常に付き纏う。英霊の持つ超常の力を鑑みれば、生き残ることすら難しい。

 

 しかし、それは通常の聖杯戦争の話。

 マスターとサーヴァントが互いの願いを尊重し、互いに協力し、真っ当な欲望と真っ当な信頼関係と真っ当な願望機があって、初めて成立する。

 

 

「お前のマスターは自身が助からんことを分かっている。恐らく、セラフィックスに運び込まれた実験材料だろうからな。お前を召喚する際に、一時的に意識を取り戻しただけなんだろうよ」

 

「分かりきったことを……!」

 

「だから、勝ちたいという願いは、聖杯戦争ではなくこの事態を引き起こした連中に対してであり、無意味な死にしたくないという願いは、この戦いの果てに待っているものを拒絶してのことだ」

 

 

 にんまりと嗤う虎太郎に、ようやく鈴鹿はたじろいだ。

 

 聞けば、尤もらしい言葉だ。

 魔術師の実験材料として運び込まれたのであれば、もう既に死んでいるか、とても生きているとは言えない状態であるのは間違いない。

 聖杯戦争に勝ち抜いたとしても、生かせる保証はない。まして、マスターの願い自体が、マスターの死を補強しているのであれば尚の事。

 なれば、虎太郎の言葉こそが、マスターの心情を代弁しているようにも思える。

 

 虎太郎は自信満々に言い切ってこそいるが、そんな確証は何もない。

 顔も知らない、名前も知らない誰かの思いなぞ、いくら他人への理解が速い彼であっても推し量りきれない。

 

 ただ、その言葉少なさ、接触の少なさを利用するだけのこと。

 

 伝える言葉が少なければ、本当に伝えたい思いは伝わらない。である以上、他者はそれを自分なりに解釈をするしかないのだ。

 詰まる所、鈴鹿の行動もまた、マスターの本当の願いである保証は何処にもない。彼女の不安、確証の無さに付け入って、唆す。

 

 加えて言えば、立場としてならば、鈴鹿よりも虎太郎の方が、立場が近い。

 マスターという立ち位置、一度目の生という条件。心情も、心境も、考えも、執着も、より近しい者に感じられる。

 

 じりじりと鈴鹿の心を焦がすように、虎太郎は言葉を使って、彼女の意志を揺るがしていく。

 

 

「ああ、いや。勿論、お前の不安も尤もだ。こんなものは只の唆し、事態を楽に収めようとする方便だ。だが――――デモンストレーションは終わっていてね」

 

「……あー、その、なんだフォックスよ。コタローが信じられないのは尤もだが、その男、約束は守るつもりらしいな?」

 

「…………どういうこと?」

 

「少なくとも死者は丁重に扱うつもりはあるようだゾ。アタシも見た。デモンストレーションとは、そういうことだ」

 

「オレは死体なんぞどうでもいいが、こちらから持ちかけた正当な取引だ。それを反故にするほど耄碌しちゃいねぇよ」

 

 

 正当かつ己から持ちかけた取引を反故にするつもりはない、と虎太郎は肩を竦める。

 

 裏切り、横紙破りの契約違反なぞ当然のようにする男ではあるが、相手が有用有益な相手であれば、その限りではない。

 そもそも、そんなことを続けていれば、誰も取引に応じなくなるものだ。

 彼が裏切るのは、これから確実に死ぬ相手、これから確殺する相手、これから契約違反をする相手のみ。有り体に言えば、自分が裏切ったという事実が広まらない相手が大半だ。

 

 よって、サーヴァントとして召喚され、いずれは英霊の座に“裏切った”という記録が持ち帰られる相手には行わない。寧ろ、契約の穴を突くのが、彼のやりようである。

 

 

「それに、いいのか? 此処で首を差し出すのは、お前の矜持に反するだろう? 例え、お前自身の評判が地に落ちようとも、死んだとしても、マスターの願いを叶えてやるのがお前の矜持だ。違うか?」

 

「――――っ、ぐっ、ぬっ」

 

「まあ、オレはどちらでもいいが。特異点修復の大勢は凡そ決している。お前がどちらを選ぼうが、さして影響はないからな。負け犬になろうが、勝ち馬に乗ろうが、好きにするといい」

 

 

 どちらでも構わない、と心底から言い切った虎太郎に、鈴鹿は深い懊悩を表情に刻み込む。

 どう考えたところで信じられない悪鬼羅刹の類である上に、SE.RA.PHで出会ってからというもの、散々好き放題やられ続けた。

 

 思い出しただけで悔し涙が溢れてしまいそうだった。

 協力関係になるなど本心から在り得ない。虎太郎への怒りも恨みも、この中で鈴鹿は人一倍多く抱えている。

 

 

「――――上等! やってやろうじゃん!」

 

「それでこそ、なのだな!」

 

「結構。これでまた戦力強化だ」

 

 

 その全てを唾棄すべきものと鈴鹿は斬って捨てた。

 怒りも恨みも忘れたわけではないが、今はその時ではない。

 今、優先すべきはマスターの願いのみ。例え、それがどのような形であれ、どのような最期であれ、勝たせ、無意味な死にはしないことが最優先事項。

 それが己の拡大解釈だったとしても構わない。言葉を交わしたことのない以上、誰であれ自己で判断していくしかないのだから。

 

 

「さて、それじゃあ、コイツの出番か」

 

 

 虎太郎がポケットから取り出したのは『心の鍵』。

 相手の心象空間へと入り込み、心の戦いを挑むことでKPを排除する、BB渾身のコードキャストである。

 

 しかし、その鍵を見た瞬間に、鈴鹿の表情がこれ以上ないほどに歪む。

 親兄弟、一族郎党が死に絶えたという訃報を聞いたかのようだ。

 

 

「ちょっ、待って、タンマ! 私のマスターでもないのに心を覗くとか、ましてやこんなド外道が!?!」

 

「オレだってやだよ。お前みたいな面倒臭い女の内面覗き込むなんて、面白くもねぇ。なので、オレはこれをゲームだと思うことにしました」

 

「ゲ、ゲーム……? いや、人の心に踏み入ってゲームって?!」

 

「まあ、アホなJKは合コンとかに出て、色々やられちゃうのが常だから――――行くぞ、乳首当てゲームだ! えいっ!」

 

「――――あっ、んんっ♡」

 

「これは酷い」

 

「乙女の純情が弄ばれるのを見ると、何とも言えない気持ちになるわね」

 

「あわわ、鈴鹿さんェ……」

 

 

 両手の人差し指をピンと立て、鈴鹿の両胸に向けて突撃させる虎太郎。

 鈴鹿の口から漏れた甘い吐息を見るに、どうやらドンピシャで当てたようだ。流石は性技の味方、この程度の児戯は朝飯前である。

 

 その姿に、キャットとメルトは率直な感想を漏らし、リップは鈴鹿の心境を思い涙目になっていた。

 

 

「む。今回の心の戦い、私が供をするようですね!」

 

「おう、良かったな、鈴鹿。ドスケベコンビがお前の心を蹂躙しちゃるけんのう」

 

「いやぁああぁぁあぁぁああぁぁあぁぁああぁ――――!!!!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

「――――ぐっ、むぅ……!」

 

「――――オレ、心の戦いで、こんなんばっか」

 

 

 虎太郎の残酷な宣言と乳首当てゲームによって、鈴鹿の悲鳴が響き渡ってから数秒。

 心の戦いが如何なるものであったのか。ガウェインはその場で片膝を尽き、虎太郎は脱力したように首をガックリと項垂れさせた。

 

 

「その様子なら、問題なく勝てたようだけど、また襤褸雑巾になったのかい?」

 

「ああ、酷い目にあった。つーか、アレなんだ。もう一人居たんだけど」

 

「彼の発言を見るに、どうやらレディ・スズカの伴侶――――坂上田村麻呂と思われます。凄まじい使い手でした」

 

「いや、あんだけブチ切れてる人を見るのは久しぶりだったな。会敵即宝具ぶっぱは流石にビビッたわ」

 

 

 乙女の深層に降り立った虎太郎とガウェインを待ち受けていたのは、主である鈴鹿御前と甲冑を纏った偉丈夫であった。

 

 誰だ、隣のアレは、と不思議に思った二人に対し、鈴鹿と田村麻呂は同時に宝具を展開。

 降り注ぐ数千もの光の刀を前に、虎太郎は慌ててガウェインに触れてから霞狭霧を発動させ、何とか初撃はすり抜けたかに思われた――――

 

 

『テッメェェェェェ!!! 人の嫁さんに何してくれとんじゃワリャァアアァアアァァァアァ――――!!!!』

 

『ほぎゃああぁあぁああぁあぁあぁっっっ!!!!!』

 

『こ、虎太郎ぅぅううぅぅうぅう――――!!!!!』

 

『うぅっ! マロくん優しすぎぃ!!』

 

 

 ――――のだが、真っ直ぐ距離を詰めてきた田村麻呂の真っ向唐竹の剣閃を、モロに食らってしまった。

 

 坂上田村麻呂。

 鈴鹿御前と共に多くの鬼を討った、日本でも有数の大英雄である。

 何を隠そう、彼も英霊の中では嫁LOVE勢の一人。その愛情たるや、鈴鹿御前が落命した後、彼女を助けに冥府まで赴いたほどだ。

 

 鈴鹿御前の死後までは縛るつもりはなかったのか、或いは己の愛した鈴鹿は座に至る前までと考えていたのか。

 座へと至った彼女は別人と捉えていたようで、事態を静観するつもりであったようだが――――これまでの嫁の扱いにはマロくん激おこ。

 

 気合と根性と愛情で、鈴鹿の心象空間に割り込み召喚してきたらしい。

 これには自身の触媒では召喚できず、嫁の触媒でしか呼び出せないのに、呼び出したら呼び出したで嫁の墓暴いて何しとんじゃぁ! とブチ切れるオジマンディアスも思わずガッツポ。

 

 ターゲット集中+回避無効+敵バフ特盛り+強制無限コンテニューという拷問を耐え抜き、虎太郎はSE.RA.PHへと帰還した。

 

 決まり手は、鈴鹿と田村麻呂の刺突を敢えてその身に受けて二人の両手を掴み、動きを止めた所で、ガウェインに自分諸共、聖剣で薙ぎ払わせる自爆戦法であった。

 なお、これは逃げられないと敗北を悟った鈴鹿と田村麻呂であったが、なおも虎太郎の顔面に向かって自由になっている手で鉄拳を叩き込み続けたようだ。ざまぁない。

 

 

「もしかしたら、今のがこのSE.RA.PHにおける最大の死闘だったやもしれん」

 

「こんなのに! こんな腐れ外道に、か、身体も、こ、心の中まで、うわぁぁぁぁぁん!! マロくぅぅぅん!! カズくぅぅぅん!!」

 

「だから、カズ君って誰だよ」

 

「おー、よしよし、よく耐えたなフォックスよ。コタローは後でキャットがシバく故、今は好きなだけ泣くのだワン!」

 

「えぇー、マジにござるかー?」

 

「そうされても、仕方ないと思いますぅ……」

 

 

 エルキドゥの鎖による拘束を解かれ、崩れ落ちて泣きじゃくる鈴鹿の身体を抱きしめ、キャットは背中と頭を撫で回す。

 流石は良妻系サーヴァント。女の扱いまで一流である。最早、これは他のタマモナインどころか、オリジナルでさえ、彼女が居ればいらないんじゃないのかな?

 

 無意識の内に他のタマモと名のつく者共の出番を根こそぎ奪うとは、タマモキャット、恐ろしい娘……!

 

 

「――――――虎太郎」

 

「どうした――――いや、やっぱ言わんでいいわ。此処までくればオレでも分かる」

 

「地震……? いえ、この霊基は……!」

 

 

 いち早く気配感知によって事態の急変を察したエルキドゥの声に、虎太郎の表情が嫌そうに歪む。

 続き、ガウェインは地震の如く揺れる床に視線を向け、他の皆も異常を察知した。

 

 

「チッ。囲まれるな、これは。全員、背中合わせになれ!」

 

 

 揺れは激しくなるに連れて、誰もが異常な霊基を察知した。

 鈴鹿の神殿に渦巻いていた霊子は黒い霞に変生し、更なる輪郭を得る。

 

 途方もない力を持ちながら、中身が一切ないハリボテの威容――――魔神ゼパルの残滓が、現れた。

 

 

「……あー、ひー、ふー、みー…………数が多すぎやしないかワン!?」

 

「いきなり6柱?! コイツラ、一体何処にいたし……!」

 

「ほらよ、鈴鹿。刀を返す。始めから居たんだろ。つーか、コイツラの場合、SE.RA.PHの何処に何本現れても不思議じゃねぇよ」

 

「ちょっと待って! それどういう意味なわけぇ――?!」

 

「黙って前を見てろ」

 

 

 彼等の周囲を囲むように、6柱の魔神柱が出現していた。

 しかもご丁寧に、その内の1柱は神殿にある唯一の出入り口を塞いでいる。

 

 虎太郎は鈴鹿に奪っていた三振りの宝剣を投げ渡し、皆は指示通りに背中合わせとなった。

 

 

(このタイミングで来るとなれば――――やはり、行ったのか。エミヤの野郎) 

 

 

 素早く仲間の状況を確認した虎太郎は、エミヤの姿がないことに、一つの確信を得る。

 

 エルキドゥも視線を向け、無言で首を振った。

 彼女ほど優れた気配感知を持っているのならば、エミヤを追うことも止めることも出来た。

 しかし、余りにもタイミングが悪すぎた。エミヤの離脱と魔神柱の出現は、ほぼ同時であったのだ。

 

 であるのならば、これはエミヤが何者かと手を組んだのであり、同時に彼の仕事を終わらせようと動いたことに他ならない。

 

 

(このタイミングの良さは()()/()()の方だな。巧いこと、黒幕を動かしやがったか――――となると、ヤバいのはトリスタンとエミヤがかち合うことか。殺し合いになるのは目に見えてる)

 

 

「此方、救援部隊! 教会側、聞こえているか! 魔神柱が出現! そっちはどうだ、トリスタン!」

 

『君達は、何時まで時間をかけているつもりだ! 全く、グズだな!』

 

「――――間抜けが。オレはお前に話しかけちゃいない」

 

『――――なっ!?』

 

 

 念の為、教会に残しておいた空間ウインドウ型の通信機が繋がったが――――その瞬間、虎太郎の顔からあらゆる表情が消えた。

 

 応答し、顔を見せたのはアーノルドであったが、虎太郎はこれ以上の彼との会話は無意味と斬って捨てる。

 尊大に、不遜に、まるで自分が優れた存在だと語るような表情であったアーノルドは、顔が真っ赤に染まるほどの怒りを見せた。

 

 一体、何があったのか。

 少なくとも、数時間前の彼では考えられない変化ではある。

 確かに、彼は虎太郎を恐れていた。明らかに猫を被ってはいたものの、冷徹な虎太郎の態度に、見捨てられるのでは、という恐れを抱いていた。

 にも拘らず、今や彼は虎太郎を下に見ている。何を根拠に、自身を救えるだけの存在を下に見ていると言うのか。

 

 

『ご、ごめんなさい! アーノルドが落ち込んでいたから励ましてあげたら、こんな風になっちゃって……』

 

「おい。トリスタン、オレは気が変わった。こっちに来い。何時までも下らない連中のお守りはうんざりだろ。人手が足りねぇからな」

 

『しかし、教会の守りがなくなりますが、よろしいのですか?』

 

「知るかよ、そんなこと。まあ、どうしても離れたくないというのなら、お前の判断に任せるよ、オレは」

 

『ふ、巫山戯るな! トリスタンがいなくなれば、誰がボクをまも――――』

 

 

 其処で、虎太郎は一方的に通信を切った。最早、アーノルドと会話をすることすら馬鹿らしい、と。

 

 トリスタンは、迷うことなく此方に向かうだろう。あくまで、彼が共闘を承諾したのは虎太郎。互いの利益を守り、その上で己の目的――BBの打倒――を果たすために。

 その上、教会は安全圏だ。この数日間、教会の守りを担ってきたが、外部からの襲撃はただの一度もなかった。ならば彼が、より危険度の高い側を守るために動くのは当然だ。

 

 これでトリスタンとエミヤがかち合うことはなくなり、エミヤは己の仕事の一部を果たすことだろう。失われるのは、虎太郎にとって、邪魔でしかない命だけ。

 エミヤが何をするつもりなのかを承知の上で、虎太郎はそれを黙認することにしたのである。

 

 彼の仕事はあくまでも無辜の人々を守り、人理を修復すること。

 ()()()()が何体壊れようが、知ったことではない。

 

 

「さて、逃げるか。こんなハリボテ、相手にするだけ馬鹿を見る相手だ」

 

「とは言っても、逃げられないわね。逃げ道はあるけれど、繋がっているのは奈落の底よ」

 

 

 メルトは、チラリと逃げ道であると同時に地獄への道行きへと目を向けた。

 視線に先にあったのは、切り立った崖。

 

 鈴鹿の神殿は通路の最奥に位置しており、入り口から対面側には壁もなく、そして底の見えない崖が存在していた。

 その下はSE.RA.PHの最下層に繋がっており、不要なデータを破棄する廃棄場が遥か下方に広がっている。

 

 

「はぁ? 万が一を考えていないオレだとでも? 備えは万全だ。跳ばすぞ、リップ」

 

「えっ? あの、えっ――――」

 

 

 何の説明もなく、リップの背中に触れた。

 リップほどの質量を持つ存在であっても関係がないのか、瞬身を用いた空間転移はマーキングしてあった地点へと問題なく跳躍せしめた。

 

 それは切り立った崖の反対側。

 鈴鹿から刀を奪ったのち、戦いの推移を見守っていた地点である。

 

 

「あうっ! あっ、あっ、あわわ! あうぅっぅぅぅっ――――――――ふぅ……お、落ちなくて良かったぁ」

 

 

 崖のギリギリに転移させられたリップは、突然の出来事と胸と両腕の重さにバランスを崩し、崖の側へと倒れ込みそうになる。

 意のままにならない自分の身体に涙目になりつつも、両腕を振り回して何とか転落を免れた彼女は、凄まじい音と共に尻もちを付いた。

 

 

「やれ、リップ。お前のスキルの使い所だ!」

 

「えぇ!? だ、ダメですぅ! 私のトラッシュ&トラックじゃ、皆さんごと握り潰しちゃいます!」

 

「こた――――って、そういうことね! 違うわ、リップ! 貴方が狙うのは、()()の方よ!」

 

「えっ? えっ―――――あっ、い、行きまーす!!」

 

 

 虎太郎の言葉にメルトが先に気づき、リップも遅れて狙いを悟った。

 

 リップは視界に標的を収め、化け物足る所以の巨大な爪で包み込んだ。

 彼女の視点上において掌で包め、彼女が捉えれば、あらゆる強度、質量、大きさを無視して極小にまで圧縮する『怪力』の究極、トラッシュ&トラック。

 

 遠近法は無視した物理干渉は、神殿の足場を支えていた土台を大きく抉り抜き、数センチ四方のキューブへと変える。

 突如として土台を失った足場は、当然、崖へと向かって崩れ始めた。

 

 

「走れ――!」

 

 

 虎太郎の号砲に、全員が一斉に傾いた足場を登る。

 

 魔神柱は人類史の強度をゼロにするため、時代へと打ち込まれた錨にして起爆剤。

 その性質上、一度でも“柱”としての形態を取れば、その場から動くことは出来ない。

 ゲーティアは己がデザインした魔術師の子孫の遺伝子に因子を仕込み、或いはサーヴァントに取り憑かせることで、不動の性質を補ったのだ。

 

 ならば、足場をそのまま廃棄場に落としてしまえば、二度とは上がってこれない。

 

 いっそのこと全員で転移し、リップに握り潰させる手もあったが、それでは危険が伴う。一箇所に留まれば、魔神柱の“凝視”の餌食になりかねなかった。

 故に、魔神柱の視線を揺るがし、凝視を避けるこの方法がベストだろう。

 

 

「Giiiiiiiiiii――ッ!!」

 

「貴方がたと戦う猶予はありませんので、失礼――!!」

 

 

 先頭に立っていたガウェインは、魔神柱に脇目も振らず聖剣を一閃する。

 内蔵された疑似太陽が灼熱の劫火となって刀身を伸ばし、進行方向にあった壁を粉砕するどころか溶解させてのけた。

 

 これにて退路は確保された。

 彼等であれば、魔神柱の視線を避けて、足場が全て崩れ落ちるよりも速く、逃げ延びるだろう。

 

 だから、振り向かなかった。

 

 ガウェインとエルキドゥは信じていたが故に。

 キャットと鈴鹿は、そこまでの義理はなかった故に。

 

 ――だから、メルトだけが、殿を走る虎太郎を振り返ってしまった。

 

 

「――――っ!」

 

 

 今まさに廃棄場へと落ちる寸前の魔神柱が形を変え、槍の穂先の如く、虎太郎の背中へと伸びていた。

 

 

「マス――――」

 

「止まるな! 狙いはお前の方だ!!」

 

 

 本当に、ほんの一瞬。

 メルトが何としてでも助けねばならない人間の危機に生まれた僅かな意識の空白。

 

 それを見た魔神柱(くろまく)は、まるでメルトの行動を嗤うかのように、一斉に無数の瞳孔をすっと細める。

 

 やられた、と気付いた時にはもう遅い。

 メルトの背後――――入り口を塞いでいた魔神柱が形を変える。

 

 

「いやっ、メルト、ダメェっ……!」

 

 

 全体を俯瞰できるリップは悲鳴を上げた。

 

 魔神柱は頂きから半ばまで縦に裂け、花が開くような形状を取った。

 その内にも、外と同様に無数の眼球で埋め尽くされている。違いは、女陰を思わせる鮮やかな肉色と粘液の滴り、小さな牙か。

 

 ――魔神柱がうねり、メルトの頭から飲み込んだ。

 

 悲鳴もない。抵抗もない。

 完全に停止していた思考は、捕食をより速やかに終わらせた。

 

 

「…………――――」

 

「ki、キキ、キキキキキキキキキキキキキキキ――――!」

 

 

 蟲が顎を噛み合わせるような甲高い嗤い声。

 獲物を捉えた喜びによるものではない。無力で哀れな虫を潰した無邪気で残酷な子供が浮かべる嘲弄によるもの。

 

 明らかに自身へと向けられた嘲笑に、虎太郎は脚を止めた。

 既に足場は30度は傾いている。この場に留まれば、間違いなく廃棄場へと真っ逆さま。

 

 メルトを助けるために脚を止めながらも、無力な虎太郎に魔神柱の嘲笑いはより一層、増してゆき――――

 

 

「いや、この場にいるのはオレだけじゃないんですけど?」

 

「――――――!」

 

 

 ――――コイツ、どんだけ目先のことしか考えてないんだ、という虎太郎の呆れ顔に瞳孔が限界まで開かれる。

 

 

 メルトの行動は予想の範疇であったが、止められなかった以上は頭である虎太郎の不手際であろう。

 だが、わざわざ取り乱す必要性も、指示を出す必要性すらないからこその呆れ顔。

 魔神柱(くろまく)に嗤われる筋合いも理由もない。事の全てが終わっていないにも拘らず、白い歯を見せるのは三流以下の行為だ。

 

 そもそも、指示があろうがなかろうが、頭の意図を察することが出来るからこそチームと呼ばれるのだ。

 

 

「いけないなぁ、そういうことは――――――さぁ、良い声を聞かせておくれ……!」

 

 

 虎太郎とは逆方向。

 通路側へ既に立っていたエルキドゥは笑みを浮かべながら、魔神柱に手を触れた。

 

 無論、彼女の浮かべた笑みは喜びや愉悦とは異なるものである。

 

 エルキドゥは、メルトの心情をよくよく理解できる。

 壊れかけた神の兵器は自らを人と共に歩み、人に使われるものとして再定義した。

 そして、カルデアに至ってからは、呪い染みたものを残してしまった友から頂いた無二の価値を守るため、自らを女と再び定義までした。

 

 同じく、創造主にとって都合の道具として生み出されながら、自らの意志で創造主に反旗を翻し、現在は一個人への情を取った者同士。

 エルキドゥからの一方的なものであったものの、メルトの在り方、その献身は共感を覚えるものだ。

 

 虎太郎ならばまだいい。

 彼は利用こそするが、それはより良い道を歩むためであり、互いにとってより良い結末を引き寄せるからだ。

 

 魔神柱のように、虎太郎をただ嘲笑いたいがために――――その(こころ)を弄ぶ者は許せない。

 

 有り体に言えば、エルキドゥはプッツンきていた。

 どの程度にプッツンしているかと言えば、獅子王の余りの暴虐に単身聖都へと向かおうとした時並みにプッツンきている。

 

 

 ――エルキドゥの掌から、黄金の光が放たれる。

 

 

 それはエルキドゥの身に溜め込まれた魔力であり、抑止力であり、神気であり、怒りそのものであった。

 眩い黄金は魔神柱を貫き、飲み込まれたメルトの身体を無傷のまま体外へと弾き出し、巨大な風穴を開ける。

 

 虎太郎は弾き出されたメルトの身体を受け止め、そのまま魔神柱に背中を預けた。

 

 

「なぁ~る。あの娘がどうしてあんなのに献身的になるのかと思ってたけど、ああいうのされたんじゃ、仕方ないか」

 

「レディ・スズカ! 魔神柱の攻撃は全て視線によるもの! 眼球自体が弱点です!」

 

 

 傾いた足場を離れ、宙に浮かぶ宝剣を次なる足場とした鈴鹿は一連の出来事を見下ろしながら、優しげな笑みを浮かべていた。

 生前は、恋と愛に生きた身。怪物であったはずのメルトリリスを変えたものを十分に味わった先達としての笑みだ。

 

 既に安全圏へと退避していたガウェインは自らの手段では事態を好転できないと悟り、この中で最適の攻撃手段を有する鈴鹿へと、これまでの戦闘経験を伝える。

 

 

「かっしこまりぃ! 人の恋路を邪魔する奴は――」

 

「――フォックスに刺されて廃棄場(じごく)に落ちろ、なのだな!」

 

 

 もう一本の宝剣にしがみついた状態ながらもキャットは笑いながら声を張り上げる。

 まだ見ぬ主人を探す身であれ、キャットもまた乙女。鈴鹿に同調して檄を飛ばし、魔神柱を罵らずにはいられない。

 

 

文殊智剣大神通(もんじゅちけんだいしんとう)! 恋愛発破(れんあいはっぱ)――――」

 

 

 ――鈴鹿の右手が天へと掲げられ、黄金の宝剣が展開される。

 

 目で見えるだけ、ざっと数百。黄金の輝きを放つ刀の数はまだまだ増える。

 十重二十重の円形に展開された大通連。担い手の心意気を組むかの如く、その鋒が魔神柱へと向けられた。さながら、担い手の命を待つ、猟犬のように。

 

 

「――――『天鬼雨(てんきあめ)』!!」

 

 

 乙女の怒りの下に、号砲が下される。

 

 英雄王の宝物庫から射出される砲撃を連想させる刀剣の豪雨。

 いや、今この瞬間だけを見るのならば、英雄王の砲撃すらも凌駕しているだろう。

 宝具とて、担い手の心情が反映されるものだ。利便性と拡張性ならば、どう足掻いたところで英雄王の宝物庫が上ではあるが、鈴鹿の猛攻はこの時この瞬間において勢いだけは上回る。

 

 文字通りの滅多刺しの雀刺し。

 凝視を放つ暇すらない、目も眩む黄金の雨。

 

 その天気雨を、魔神柱の影に隠れてやり過ごした虎太郎は、最早、視線を向けるまでもない、と串刺しになった魔神柱を尻目に走り出す。

 

 既に地面の傾きは大抵の坂道を大きく上回っている。

 轟音と共に足場は滑り、徐々にではあるが、確実に奈落の底へと向かっていた。

 

 虎太郎はその窮地をメルトを肩に抱えたまま余裕綽々で走り抜け、足場の端から跳躍する。

 だが、悲しいかな、既に足場は傾きすぎて安全な通路側からは離れすぎていた。

 

 尤も、この程度のことを想定していない男である筈もなく。

 

 

「あらよ、っとぉ」

 

 

 手にしていた拳銃をガウェインへと向け、迷わずに引き金を引く。

 

 銃口から放たれたのは弾丸ではなく、アンカーと伸びるワイヤー。

 潜入工作の際、身体能力のみでは越えられない高い壁を乗り越える為にアルフレッドが設計を行い、虎太郎自らが作成したフックショットであった。

 

 ガス圧の圧力でアンカーを射出し、もう一度引き金を引くと超高性能モーターがワイヤーを巻き上げる仕組み。

 問題点は、モーターが高性能過ぎて、使用者の肩関節が外れてしまう恐れがあったことだが、これは身体を鍛え上げることでクリアした。

 

 

「――――むぅん!」

 

「おいお――――うわぁっ!」

 

 

 アンカーを難なく手で掴みとったガウェインは、虎太郎がワイヤーの巻き上げを行うより早く、その豪腕を振るう。

 ガウェインのバスターゴリラっぷりを甘く見ていた虎太郎は、急激に引き寄らせ、驚きの声を上げた。

 

 想定よりも遥かに速い勢いで地面へと着地した虎太郎であったが、脚の指先から股間に掛けての全ての関節を動員して衝撃を吸収させて事無きを得た。

 

 あとに残るのは、足場が崩れ落ちる轟音と、奈落へと落ちていく甲高い魔神柱の悲鳴。そして――――

 

 

「今度の演目は眠れる森の美女か……プリマに付き合うのも、楽じゃないな、全く」

 

 

 ――――意識を失ったまま目覚めない、眠る乙女(メルトリリス)だけだった。

 

 





はい、というわけで、御館様相変わらず登場人物を唆す&黒幕は碌なことをしないが御館様は余裕のスルー&乙女三人組ガン切れの回でした。

これくらいのコンビネーションは、御館様のカルデアでは打ち合わせ無しで出来るのでした。
鈴鹿とキャットがいても、仲間が勝手にフォローに回るので、問題なしというレベル。

それくらいにね、御館様と一緒に苦労してきたからね。御館様に振り回されてきたからね。当然だね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間の物語・蕩々
エルキドゥ編 『お仕置きだねぇ! 分かるとも!』


アテンション! アテンション!
この話には男の娘は存在していません。あくまでも此処のエルキドゥは女の子なのであしからず!


いや、2周年始まりましたねー。
皆さんは福袋をもう引いたかな? 自分はダブったで(白目

そしてホームズ参戦。
でもなー、各所で言われてるけど、彼の性格がなぁ。
性能的にも、サポート型を期待していたんだけど、アーツクリティカルバリツゴリラとはたまげたなァ。これ、エロ尼と同じ道を辿らねぇか? それとも宝具打つだけの存在と化すのか。
総じて、個人的にキャラも性能もアラフィフの方が好き。


では、アンケートにありましたエルキドゥちゃんのエロですぞ。あ、クリスマス編とか銘打っていたけど、何時の間にそんな設定は消えていた。いいね?
もう一度注意しますけど、エルキドゥは男の娘でもないからね! 無性でもないからね!

ストーリー的には第六特異点と第七特異点の間ぐらいをイメージしております。では、どぞー!



 

 

 

 

 

「………んっ……ふぅ……ぅ…………」

 

 

 ある日の夜。

 カルデアの一角において、世にも奇妙な光景が展開されていた。

 

 美しい緑の人――エルキドゥが、壁に手を掛けて身体を支えながら金属の床と壁で構成された廊下を進んでいたのである。

 

 虎太郎の女となる。

 そう決めた時から、無性であったはずの身体を女性のものへと変容させた身体は、彼女が理性を手にする切っ掛けとなった聖娼シャムハトのそれを参考としている。

 人間らしい淫靡さと自然の持つ純粋さを併せ持ちながら、簡素な貫頭衣で覆われた小振りな胸も尻も、女をハッキリと主張していた。

 

 弱々しくも荒い呼吸を繰り返し、全身を汗で濡らし、額にほつれ髪を張り付かせながら、辿々しい足取りで一歩、また一歩と進んでいく。

 

 在り得ない姿だ。

 エルキドゥは姿形を変えたとしても、カルデアにおいて最強の一騎。弱々しい姿など、まずお目にかかれない。

 相手がどれだけの強敵であろうとも、アルフレッドの膨大な魔力と彼女の神造兵器としての性能を発揮すれば塵芥も同然。

 消耗、疲弊、憔悴なぞ、彼女から最も遠い科白と言っても過言ではない。

 

 

「あら? エルキドゥちゃんよ、どうかしたのかしら?」

 

「ほんとーだ。凄い汗。だいじょーぶ?」

 

「あ、あぁ、大丈夫だから、気にしないで、二人共」

 

 

 廊下を歩いてきたエルキドゥの姿を見つけたのは、風呂上がりと思しきジャックとナーサリー。お揃いのパジャマ姿であった。

 幼児向けのパジャマを参考にしたのか、カルデアのマスコットキャラであるフォウを模して作られており、フードには顔が、ズボンにはシッポまで付けられている。

 無論、市販品などではない。服の解れを見つけた虎太郎から裁縫を学び、モノを造ることの楽しさを知ったマシュが作り上げた渾身の作品である。

 これを見たアタランテとヘラクレスの保母保父組はホッコリと笑い、虎太郎に頼んで買っておいた思い出作成用のデジカメで二人のパジャマ姿を撮りまくった。

 

 因みに、アステリオスも同様のパジャマを着ている。

 此方は保母保父組に詰め寄られた虎太郎が、何故オレが、と呟きながら夜なべして作った特大サイズのものだ。

 

 アタランテ、ヘラクレス以外のサーヴァント達にも、このパジャマ姿は好評で、見る者の頬を緩ませる愛らしさであった。

 

 

「じゃ、じゃあ、ボクはいくから、二人も早く休むといい」

 

「はーい、エルキドゥちゃんも早く寝てね?」

 

「お休みなさーい」

 

 

 子供らしい安直さであったのか、エルキドゥの変化をさして気にも留めずに部屋へと戻っていく。

 基本、一人一部屋が与えられている英霊達であるが、この二人に関しては別。仲の良さを鑑みて、二人一部屋である。

 

 ホカホカと上気した頬のままニッコリと笑って去っていく二人に、エルキドゥは二人とは別の理由で上気した頬を引き攣らせて笑いながら見送った。

 

 

「はぁ、これは堪ら――――ひぃっ♡」

 

 

 二人の姿が完全に見えなくなったところで安堵の溜め息を漏らしたエルキドゥであったが、次の瞬間に膝を折った。

 次に漏れたのは熱く濡れた吐息。内股気味に膝をつくと唇を噛み締め、眉根を寄せる。

 身体の内側から湧き上がる衝動を抑えるように、股座を片手で押さえた。

 

 

「ふぅぅううぅううぅーっ、ふぅ゛ううぅううぅ~~~~っっ♡」

 

 

 くるんと眼球を上に向け、噛み締めた口の端から涎を垂らし、更に噴き出した汗が顎を伝う。

 時折、丸めた背中や腰を痙攣させながらも、口から漏れる声を抑えようと必死であった。

 一度でも抑えが途切れれば、何から何まで溢れ出てしまう、と言わんばかりだ。

 

 

「はぁ……はっ……はぁ……あぁ、もうっ…………こんなの、堪ったものじゃない、な……これ、ほんと悪趣味……」

 

 

 波は去ったのか。

 エルキドゥは心底から弱りきりながらも怒りの篭った声を上げ、よろよろと立ち上がって覚束ない足取りで廊下を進む。

 

 後に残ったのは、鋼鉄の床の上で光を照り返す粘液だけであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「はぁっ、ふぅ……ふぅぅっ……はぁーっ、ふぅぅぅうぅぅーっ♡」

 

「おっと、来たか」

 

「ええ。ようやく、ね」

 

 

 エルキドゥが辿り着いたのは、マスターである虎太郎の部屋。

 部屋の主は、弱々しいエルキドゥの姿に笑みを浮かべるでもなく、かと言って無断での侵入に怒るでもなく、手にした書類に視線を落とすだけ。

 

 余りにも無関心過ぎる姿にエルキドゥはプッツンきそうになり、虎太郎の持つ書類を吹き飛ばしてやろうとしたものの踏み留まった。

 どれだけ悪趣味でも、どれだけ悪辣でも、どれだけ人道を踏み外していようとも、仕事と称して人理焼却に立ち向かうマスターである。その仕事を邪魔するべきではないだろう。

 

 その当然ながらも細やかな心遣いに虎太郎も気付いたのか、ようやく書類からエルキドゥへと視線を向ける。

 

 普段の穏やかさは何処へ行ったのか、誰の目からも明らかに苛立っていた。

 ここまで彼女が感情を露わにするのは、友たる英雄王か、心底嫌っている女神イシュタルくらいものだ。

 

 彼女にとって、それ以外は庇護の対象。必要以上に己の心に波風を立たせては相手を不安にさせてしまうという気遣いから。

 実に、エルキドゥらしい。自身がどれだけ強大な力を、或いは優れた能力を有しているかを理解しているからこその姿勢。

 

 そんな彼女が虎太郎に対して怒りを露わにするということは、彼もまた単純な庇護の対象ではないことを示している。

 

 

「怒るなよ。元はと言えばお前が悪いんだぜ?」

 

「まあ、分かるよ? それは、分かる。けれど、いくらなんでも、これは、ないじゃないか。んんっ♡」

 

「――――おいおい」

 

 

 いい加減にしてくれ、とばかりに貫頭衣を脱ぎ捨てたエルキドゥに、虎太郎も思わず苦笑を漏らした。

 

 電灯の無機質な光に晒された彼女の裸体は生唾を飲み込むほどに淫靡であり、同時に息を呑むほどに清廉だ。

 何者にも踏み荒らされていない新雪の如き白い肌。無駄のないように見えて、確かに存在している女の脂肪。身体の表面を伝う無数の玉の汗。

 

 淫らさと清らかさが合一した身体――――であったのだが、それ以上に目を引くものがあった。

 

 両胸と股間が黒い何かで覆われている。

 その物体はエルキドゥの背中側で繋がっており、質感は明らかに下着の類ではない。身体と何かの隙間からは汗とも愛液とも違う粘液が滴っている。

 まるでヒトデやナマコのような棘皮(きょくひ)動物かのようだ。

 

 よくある魔界技術によって作り出された触手生命体ではない。

 

 

「人の能力を奪っておいて、こんなものを作り出すなんて、ほんと悪趣味」

 

「仕方ないだろ。そうでもしなきゃ収まりが付かなかったんだから」

 

 

 虎太郎がエルキドゥから能力を奪い去り、作り出した拷問器具だ。

 

 事の発端は三日前。

 第六特異点を修復し、次の戦いの更なる激化を誰もが予見していた。そして、女性陣は戦いの激化によって、虎太郎との蜜月が減ることも。

 

 女好きではあるものの、虎太郎は基本仕事優先の苦労人。

 戦いが激化すればするほどに、仕事に傾倒していく。それはこれまでの特異点修復から明らかな事実。

 であるのなら、そうなってしまう前に、やれるだけのことはしておきたいと思うのは当然であろう。

 

 何も性交だけの話ではない。

 何かを語らうのも、何かを共にするのも。ただ、同じ時間を過ごすことすら難しくなってしまうのなら、その前に、と考えるのが人情。

 

 虎太郎を愛していると口にする女性は誰もが情愛深く、懐も深く、思慮深い才女にして女傑ばかり。

 自分以外の邪魔はすまいとしつつ虎太郎個人の時間を確保しようと、時に顔を突き合わせて話し合い、時に察して身を引いて、それぞれの時間を作っていた。

 

 ――――のではあるが、其処はアクティブモンスターたるエルキドゥ。他の女性陣が何をやっているかは知っていたものの、止まる筈もなく。

 

 思い立ったが吉日、と虎太郎の部屋へと突撃していったまでは良かった。

 だが、T-1000型ターミネーター並の力技で虎太郎の部屋へと侵入した時には、カーミラと睦言の真っ最中。

 

 

『おっと、済まないね。ハハ、じゃあボクも随伴しても構わないかな?』

 

『………………いや、オレは良いんだけど』

 

『良い訳ないでしょうが! 何を考えてるのよ、貴女は!!』

 

『あーっ、困ります! カーミラ様カーミラ様! 困ります! あーっ! あーっ!! 鋼鉄の処女(アイアンメイデン)は困ります!! あ゛ーーーーっ!!!』

 

 

 カーミラ怒髪天を衝く。

 パンツ一枚の状態で宝具たる鋼鉄の処女(アイアンメイデン)をエルキドゥに向かってぶんぶん振り回した時点で、流石の虎太郎もインターセプト。  

 

 他の女性陣であれば、何やかんやと有耶無耶に出来たのだが、カーミラだったのが不味かった。

 虎太郎の前では極上のドMであるが、本来の彼女は美しい少女から血を絞ったり、拷問しちゃう弩級のS。

 これからという所で邪魔されては、カーミラとしても怒りは収まらない。

 

 カーミラに暴走されても、自室が吹き飛んで困る。

 エルキドゥが応戦しようものなら『アルトリア怒りのエクスカリバーぶっぱでカルデア半壊事件』の再来になりかねないので非常に困る。

 

 

『じゃあ、こういうのはどうだ?』

 

『え? ちょ、虎太郎、何――――ひぃぃっ♡』

 

 

 カーミラの怒りを収めつつ、嗜虐心を満たす方策。

 それが、エルキドゥの能力を奪い、その力で性感を高める生物を作り、焦らし続けるというもの。

 

 カーミラもこれを認め、矛を収めた。見るからに渋々であったが、内心は嬉々としてだっただろう。

 彼女は同性愛もイケる口。いや、その嗜虐心、残虐性を発揮するのならば、美しい少女の方がいいと考えている節すらある。

 虎太郎と出会ってから、すっかりと鳴りを潜めた性癖であったが、決してなくなったわけではないのだ。

 

 それから三日間、エルキドゥは悶々とした日々を送る羽目となった。

 虎太郎に能力を奪われれば、如何な英雄王と肩を並べるエルキドゥと言えども、諸人と大差はない。

 本来であれば、身体の感覚ですら鈍化、遮断すら可能であった彼女であるが、それも叶わない。

 

 胸と股間に張り付いた拷問器具は、生き物のようにエルキドゥの女の象徴を絶えず、刺激し続けた。

 

 控えめな乳房の頂点で恥ずかしげもなく乳輪から勃起した乳首を覆い隠した内側では、無数の肉突起が全体を撫で回し、時折、口のような器官で乳首を噛む。

 それがまた辛い。口の内側は歯に相当するらしいものがあったが、人のそれとは違いエナメル質ではなかった。

 歯すらも肉で出来ているのか、噛み付いたとしても大半が滑る。滑らなかったとしても、もどかしいばかりの刺激しか与えてくれない。

 触手が伸び、乳首に巻き付いて締め上げることもあったが、それもまた決して絶頂には至らない絶妙な加減で行われた。

 

 女性器を責める方は、より悲惨だった。

 勃起したクリトリスは乳首と同じように口と触手によって肥大化し、常に撫で回される女陰は見るまでもなく興奮から充血して膨らんでいるのが分かるほど。

 時には無数の細い触手が膣内と菊門へと入り込み、淫肉や腸壁を掻き毟る。

 入り込んだ触手は複数に折り重なり、張り型のように太い形状を取って抽送を開始することもあれば、吸盤のように吸い付くことさえあったほどだ。

 潮を噴いてしまうほどの快楽であったが、それでも虎太郎の形と違う、という理由だけで決して絶頂することは出来なかった。

 

 頭がおかしくなるほど気持ちがいいのに、決して絶頂できない。

 生半可な拷問よりも、遥かに肉体的にも精神的にも追い詰められる性的な拷問。

 

 まして、それが虎太郎の手によるものであれば、より悲惨さは増していく。

 何せ、エルキドゥの身体は知り尽くしていると言っても過言ではない。

 どのようなレベルの快楽を与えれば、絶頂するのかを知っているのならば、その逆もまた容易い。

 時間と共に高まっていく性感に対して、快感の度合いを調整するなぞ、造作もないことだ。

 

 不様な姿は晒すまいとしながらも、上気する頬と高まっていく性感を抑えられないエルキドゥの姿に、カーミラはこの三日間、ほくそ笑むのを隠すのに苦労した。

 そんなカーミラに怒りを覚えるエルキドゥであったが、そこはそれ。自分のタイミングが悪かったと堪え続けた。

 

 様子のおかしいエルキドゥに、何名かはあっ(察し、となり余裕のスルー。

 何名かは、そういうプレイか(白目、と受け入れた。

 何名かは、馬鹿な真似は止めなさい、と虎太郎に直接抗議を入れるも、事情を知るとああ、もう、と頭を抱えて引き下がった。

 

 そして、虎太郎がエルキドゥの限界を見極めていたのが三日目である今日。

 もうエルキドゥの頭は女の情念で煮立っている。極限まで焦らされているが故に、苛立ち易くもなろう。

 寧ろ、今まで他の誰かに当たらなかったでも凄まじい理性の持ち主であることを物語っている。

 

 

「ねぇ、もういいだろう? いい加減に、許してよ」

 

「許すも許さないも、それを決めるのはオレじゃないからな。ああ、それから、カーミラからの注文もあってね」

 

「あっ、ちょ、ちょっと、何を?!」

 

「撮影してくれとさ。オレが手を抜くんじゃないか、と疑ったらしいな。いやいや、それこそまさか、なんだがねぇ」

 

 

 ニッコリと微笑んだ虎太郎は、既に仕込んでいただろう鎖を天井から出現させた。

 鎖はそのままエルキドゥの両手首に巻き付いて、頭の上で固定させる。

 

 キッとエルキドゥが虎太郎を睨みつけるが、本人は気にした様子もなく、机の上にカメラをセットしているではないか。

 抵抗しようにも、能力を奪われたエルキドゥの力では、鎖を引き千切れる筈もなく。

 

 

「さて、カーミラを精々楽しませてやるんだな」

 

「御断りだよ。君を楽しませるならまだしもね」

 

「む。今のはちょっと嬉しかったな。オレを楽しませるのに拘るほど、今の立場と自分を気に入っているとは」

 

「それは、まあ。こんな体験したことないし。自分を女として再定義するなんて、考えてもみなかったからね――――んんっ♡」

 

 

 拘束されたエルキドゥの背後に回った虎太郎は、艶のある美しい薄緑の髪を掻き分けて露わになった耳に舌を這わせた。

 カーミラを楽しませるような不様な姿は晒すまい、甘い声など決して漏らすまいとしたエルキドゥであったが、それだけの刺激で全てが蕩けた。

 

 元々、性感は限界まで高められている。

 微弱な刺激であったとしても、それが虎太郎によるものであれば喘がせるなぞ訳はない。

 

 ぐちゅぐちゅと耳から伝わる音と舌の感触に、脳を直接掻き回されるような錯覚を得る。

 全身に鳥肌が立ち、頭から女の象徴たる子宮へと走る法悦に、腰は痙攣を繰り返し、股間を覆う拷問器具の隙間から愛液が漏れ、足の内側を伝う。

 

 

(こ、これ無理、無理だよぉ……耳、舐められただけで、こんなになるなんて……♡)

 

 

 何とかこの快楽から逃れようと身体をくねらせるが、鎖の拘束によってそれも叶わない。

 美しくも不様な女の姿に、虎太郎は文字通りの魔の手を胸へと伸ばす。

 

 

「はっ……はぁっ……ぁ……あぁっ……くぅっ……♡」

 

 

 胸を這うかと思われた手は、両胸を覆う拷問器具へと向けられた。

 まるでシールを剥がすように指によって端から摘み上げられる。

 

 ゆっくりと剥がされていく器具は、それ自体が意志を持つかのように、エルキドゥの胸へと張り付いた。

 触手や口は何とか離れまいとしたものの、創造主に逆らうことは出来ないのか、剥がされていく。

 器具自体が吐き出す粘液とエルキドゥの汗の混合液が銀の橋となって伸び、プツリと途切れるだけで、彼女は絶頂してしまいそうだった。

 

 露わになった両胸は、エルキドゥが参考にしたシャムハトのものとは明らかに異なっていた。

 この三日、撫で回され、巻きつかれ、吸いつかれた乳房は張りを増しており、乳輪と乳首は痛々しいまでに腫れ上がっている。

 体温と変わらない暖かな肉の感触から冷たい空気に晒されただけで、仰け反ってしまうほどに気持ちがいい。

 

 

「ふぅぅうぅぅーーっ……ふむぅぅううぅぅぅっっ……ぐ、くぅうぅぅうぅぅうぅぅうっっ……ふぎぃいぃぃぃぃいぃっっ……♡」

 

 

 そのまま背中で繋がった器具を剥がされていくエルキドゥは、雌声が漏れるのだけは避けようと耐えた。

 

 だが、絶頂を望む雌欲は滲み出ている。

 

 エルキドゥにあるのはカーミラに対する反抗心だけだ。

 彼女を楽しませまいとしていたが、全身から溢れてしまいそうな絶頂への渇望は消しきれない。

 口の端から溢れる涎は顎を伝い、長い糸を引いて、床へと落ちる。

 

 絶頂を貪りたい欲求と、不様な姿を晒すまいとする克己心が鬩ぎ合っていた。

 ぎゅっと拳を握り締めるが、全身は細波を立てるかのように痙攣を止められない。

 

 

「さぁて、お待ちかねだ」

 

「だ、誰がぁ、…………あひっ、ひぃぃっ、ふむむっ、ふぐっ、ふっひぃぃいいぃぃぃいぃ♡」

 

 

 いよいよ、背中側の繋ぎを剥がし終えると、続いて尻の合間と股間へ向かった。

 尻穴と膣へと入り込んでいた触手が、ぞるぞると引き抜かれていく。

 ご丁寧に触手の表面にはイボと細毛があり、菊紋と膣の襞を引っ掻き、撫で回す。

 

 エルキドゥの両膝は余りの快感にガクガクと震え、何度となく熱い雌潮を噴くが、頂点にまでは達しない。

 仰け反り、腰を振りたくって少しでも刺激を強めようとする。

 本当にあと一歩、ほんの一擦りで待ち望んだところに到達できる必死さに、虎太郎は笑いを堪えながらも手を抜かない。

 

 まるで、蜘蛛の糸を渡るような慎重さと繊細さ。

 右に左に、前へ後ろへ動くエルキドゥの腰に完璧に合わせ、あと一歩を踏み出させない。

 

 

「――――んっへぇっ♡」

 

 

 途方もない快楽を与えられた悦び。絶頂へと至れないもどかしさ。

 相反する二つの要素を、生臭い女の吐息と共に吐き出した。

 

 膣から本気汁が垂れて長い糸を引き、エルキドゥの痙攣に合わせて切れ落ちるを繰り返す。

 

 虎太郎は、これまで三日も己の思う通りにエルキドゥを責め続けた器具を興味を失ったかのように投げ捨てる。

 器具はエルキドゥが形を変えて扱う一部のように、黄金の砂となって消え失せた。

 

 

「クク、酷い臭いだな」

 

「はぁーっ、はぁーっ……ふっ、ふぅっ……だ、だって、仕方が、ないじゃないか……ひふっ……そこだけは、三日も、洗ってないんだから。に、匂いなんて、嗅がないでよぉ……!」

 

 

 そのまま虎太郎は拘束されたエルキドゥの前へと回り込むと、その前で跪く。

 目の前には、控えめな薄緑の陰毛と包皮から飛び出た陰核、充血して膨れた大陰唇があった。

 湯気が上がるほどに熱くなった女性器はひくひくと蠢き、雌の発情した臭いを漂わせて雄を誘う。

 

 陰毛を弄りながら、鼻を鳴らせて雌の香りを楽しむと、さしものエルキドゥも泣きそうな顔になった。

 酷い匂いの筈だ。いくら女と言えども、汗などの老廃物は男のそれと変わらない。

 

 だが、虎太郎はそれを楽しむ。

 酷い臭いではあるが、悪臭とは感じない。雄を求める雌の香りが、雄にとって悪いものであるはずもない。

 何より、エルキドゥの表情は嗜虐心を唆る。匂いと相まって、股座の一物は更なる熱を以て猛り狂う。

 

 

「あっ、あっ、あぁっ…………はひっ、あぁっ、ふぅうううぅぅううぅうぅっ♡」

 

 

 虎太郎は舌を出しながら、エルキドゥの股間へと迫る。

 その光景に、紛れもない期待で瞳を濡らし、歓喜の吐息を漏らしていた彼女は、舌が触れた瞬間に仰け反った。

 

 目の前が白く染まり、全身が泡立つほどの快感。

 思わず仰け反り、爪先立ちになって絶叫した。

 

 彼女自身、見たこともないほどに勃起したクリトリスを一舐めさせただけで、カーミラへの反抗心は吹き飛んだ。

 最早、頭にあるのは虎太郎によって、絶頂へと押し上げられることのみに染め上げられる。

 

 

「あぁっ、はっ、はぁぁっ、これ、イクっ、もうイクっ♡ あひぃっ、ふっ、ふぅっ、ぐっ、くっ、ふあぁああぁっぁぁぁぁあぁっ♡」

 

 

 エルキドゥは無意識の内に、虎太郎が責めやすいよう両足を大きく開いて腰を突き出す滑稽な姿を取る。

 

 ぶしっ、ぶしっ、と何度となく潮を噴き、迫ってきた頂きに悦びを示す。

 噴き出した潮と愛液は虎太郎の顔を汚していくが、当人は気にした様子はなく、寧ろ、楽しげに目を細めるだけ。

 チロチロとクリトリスを弾く舌は激しさを増し、石のように固くしこった感触を楽しんでいるかのよう。

 

 

「イク、いくいくいくぅ――――はぁぁっ!?」

 

 

 しかし、すんでのところで虎太郎は舌を離してしまう。

 陰核をヒクつかせながらも、エルキドゥは瞼を限界まで開き、信じられないものを見る目で虎太郎を見た。

 

 この期に及んで、彼はまだ焦らすと言うのだ。

 

 

「ほらほら、もっと気をしっかり持てよ。これから辛いぞ?」

 

「うそ……うそ、だよね? ……む、無理……虎太郎、無理だよぉ……ぼ、ボク、これ以上、我慢――――」

 

「そこら辺は、オレが加減してやるから」

 

「~~~~~~~~~~~っっっ♡♡」

 

 

 哀れみを誘う瞳と声で、再び背後へと回った虎太郎へ哀願したエルキドゥの全てを無視し、虎太郎は淫穴へと指を滑り込ませる。

 既に濡れそぼった膣は簡単に三本もの指を飲み込むだけには収まらず、程よく指を締め上げる。まるで、ボクの穴は気持ちいいんだよ、と示すように。

 

 声にならない叫びを上げたエルキドゥは一瞬、意識を失いかけたが、すぐさま現実へと引き戻される。

 余りにも的確に、自身の弱りどころを擦り上げる指の前では絶頂できなくとも、気を失うことすら許されない。

 

 

「あっはぁっ♡ あっあっあっ、あひぃっ、イクっ! じ、Gスポットォ、そんなに擦られたら、いひっ、あっへぇぇぇぇぇ♡」

 

 

 このまま階段を駆け上ろうとするエルキドゥであったが、またしても指はピタリと止まった。

 

 

「くっひぃぃいぃぃぃぃぃっっ……! ど、どうしてぇ! どうして止めちゃうんだよぉ……! あ、あと、あとちょっとだったのぃ……!」

 

「そりゃ、楽しいからな。女の泣く顔ってのはどうしようもなく男を唆らせるもんだ」

 

「こっのぉ…………ほぉっ、こ、今度は、お尻ぃぃぃっ♡」

 

 

 エルキドゥの恨み言の全てを無視し、虎太郎は今度は尻穴を責める。

 

 割り開いた尻肉の最奥に位置する菊門に舌を滑らせた。

 たったそれだけで触手を挿入されていたアナルは簡単に解れ、開かれる。

 腸液を零す穴へと容赦なく舌を突き入れ、門の締りと味を楽しんだ。

 

 

「ひっっ♡ はぐぐっ♡ や、ダメェっ♡ 凄い音でちゃうぅっ♡ 恥ずかしい音、止まらなひぃっ♡」

 

 

 口ではそう言いながらも、もっと奥へとねだるように、尻を差し出す。

 

 舌が引き抜かれる度に、ぶぴっ、と音が漏れる。

 入った空気が漏れたのか。それともガスが噴き出たのか。

 どちらにあるにせよ、女にしてみれば恥ずかしいことこの上ない。他人には決して聞かれたくない音だ。

 

 己を女として再定義したエルキドゥであっても同じ。

 だが、その表情は、誰の目から見ても明らかな喜悦に染まってる。

 そこまで晒すことにも、そこまで知られてしまうことにも、彼女の“女”は悦びを覚えていた。

 

 

「はぁぁっ♡ はっ、くぅっ♡ イックっ♡ キモチいいキモチいいっ♡ お、お尻、ホジられてイクっ♡ このまま、このままホジホジされて、イクぅぅーーーっ♡」

 

「おっとっと」

 

 

 またしてもアクメ寸前で、舌が引き抜かれる。

 虎太郎の緩急つけた責めを前に、またしても絶頂から遠ざかる。

 

 ポッカリと開いた尻穴は、エルキドゥの精神状態を表すかのように、或いは穴自体が虎太郎へ抗議するかのようにヒクついて腸液を垂れ流す。

 

 

「んんっ、はぁあぁぁあぁぁぁぁあぁっ………ど、どうしてぇっ!? ど、どうして止めちゃうんだよぉっ! やだ、やだやだぁっ! もうイカせてよぉ!」

 

「ダメだろ? お仕置きなんだから。お前の意見を聞いてたら立ち行かなくなる」

 

「ふ、ふざけ――――はぁあぁんんっ♡」

 

 

 今度は尻穴の上へ舌が登っていく。

 尻の間、腰、背中。涎を残しながら、伝う汗の味を楽しみながら上へ上へと。

 

 これまでの舌によるペティングに比べれば、随分とお優しい。

 だが、左手は疼く子宮を更に疼かせるように下腹部の上からぐっと押され、右手は乳輪をなぞり、今までのヴァギナ責め、アナル責めと何ら遜色はない。

 

 背中に立った鳥肌は更に際立ち、伝う汗は更に量を増す。

 背中だけではなく、脇腹や脇の下まで舌を這わせ、時に吸い付き、エルキドゥの汗を味わっていく。

 

 

「ひぅうぅっ、ひっ、ひぐっ……ふぅーっ、ふぅぅうぅううぅうぅーーーっっ♡」

 

 

 今度は、虎太郎に知られることなく絶頂に達しようとしたのか、エルキドゥは再び歯を食い縛る。

 漏れる熱い吐息までは無理ではあったものの、喘ぎ声は辛うじて漏れていない。

 

 勝手に痙攣しようとする身体を全身の筋肉で抑え込み、拳を握り締めている。

 

 

「そういう、ズルはいけないんじゃないのかなぁ?」

 

「ふぅううっ、くぅううぅううぅうぅぅぅうぅぅ……っっ!!」

 

 

 悪かったのは自分も理解している。

 カーミラとて、虎太郎との睦み合いを楽しみにしていた。それを邪魔したのだ。その件に関しては言い訳のしようもない。

 

 けれど、本当にこれ以上は限界だ。

 この三日間でどれだけのお預けを喰らったことか。高めるだけ高められ、伸ばした手が求める頂きに届かなかったのは何度であったか。

 

 

「い、いい加減にしてよぉ!!」

 

 

 ついに、エルキドゥの理性が崩壊した。

 高められること数百度。それはそのままエルキドゥが絶頂を逃した回数となる。

 

 

「なにを考えてるんだよぉ! もう何回目だと思ってるんだ! イカせてって言ってるだろうっ! 何回寸止めすれば気が済むんだよぉっ!」

 

 

 それだけ焦らされれば、誰とて怒りもしよう。

 普段の穏やかな彼女からは考えられない、低い罵声と血走った目。

 

 真実、限界なのだろう。

 罵声の一つも浴びせたくなるだろう。

 

 虎太郎はその全てが心地良いとエルキドゥの怒りを受け止め――――表情から一切の笑みを消した。 

 

 

「……あ、あぁっ……はっ、ま……」

 

「あーぁ、随分と生意気な口を利くな? 今度は、と思ったんだが……これは、覚悟して貰わないとな」

 

「あ、ぁっ、こ、虎太郎。ま、待って。や、やだぁっ! ごめんなさい! ゆ、許して! も、もう生意気な口なんて、利かないからぁ……」

 

「駄目だな。もう遅い。気が狂うまで焦らしてやる。簡単にイケるなんて思うなよ……?」

 

「あっ、あぁあぁぁっ、いやぁああぁあぁぁあぁぁぁ……っ」

 

 

 虎太郎は掛け値なしの懇願をまたしても無視し、目隠しでその両目を覆う。

 エルキドゥは蒼褪めた表情で、これから襲いかかる拷問染みた寸止め地獄に絶望の声を上げるのだった。

 

 寸止めは続いた。エルキドゥの心が折れるまで、徹底的に。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「はぁあぁあぁあぁっ、うぐぅぅうぅ~~~~っ、はっ、イぐぅっ、今度は、今度こそイクっ、イクっ、いくっいくぅぅっ♡」

 

「…………」

 

「ひあぁあぁあぁあぁああぁぁぁ~~~~っ! また、とまったぁああぁあぁぁぁぁっ! はっへぇぇえぇっ♡ イカせてぇぇぇえぇっ♡ イカせてぇぇえええぇっ♡」

 

 

 あれから三時間。

 お仕置きが始まった三日前から換算すれば、七十五時間が経過した。

 

 エルキドゥの姿は、まさに狂乱と言っても過言ではない。

 徹底した焦らしからの虎太郎の齎す快楽によって、エルキドゥの精神は崩壊寸前だった。

 

 最早、頭の中はイくことしか考えていないだろう。

 エルキドゥは涙と鼻水、涎塗れの顔で情けない声を漏らし、もうまともな言葉も発せられないほどだ。

 

 焦らし攻めの過程で鎖が一本加わり、右足を持ち上げるような体勢を取らせている。

 びくびくっ、とキスマークだらけになった身体を絶え間なく痙攣させる姿は、壊れかけた人形のようだ。

 

 

「これぐらいでいいかな。さて、イキたいか、エルキドゥ?」

 

「イキたい♡ イキたいイキたい♡ なんでもするっ! 虎太郎の肉便器でも、メス奴隷にもなる♡ 虎太郎のしたいことなんでもやるからぁ♡ もう、ホントにおかしくなっちゃうよぉ! イカせてぇ♡ イカせてぇぇええぇっ♡」

 

「…………よしよし、良い子だ」

 

「あっ……♡ あぁあぁぁあぁぁっ……♡」

 

 

 エルキドゥの返答に満足すると、虎太郎は目隠しを剥ぎ取る。

 その顔を見た彼女は歓喜の声を上げながら、涙を溢す。にやついた笑みは、いよいよもって絶頂を味合わせることを示していたからだ。

 

 

「何でもするって言ったな? じゃあ…………」

 

「はぇ……? な、何で、そんなぁ……?」

 

「何だ、嫌か?」

 

「い、嫌じゃない! 嫌じゃない! だ、だから、ちゃんとやるからぁ……♡」

 

「怯えなくてもいい、嘘じゃないよ。ちゃんと、イカせてやるからな」

 

 

 虎太郎が何故そんなことをさせたがるのか理解できなかったが、エルキドゥは聞いているかも怪しい速度で何度となく頷く。

 何度となく生唾を飲み込み、荒い呼吸を必死で整え、舌で口唇を舐め潤して、撮影しているカメラを見据えた。

 

 

「はっ、か、カーミラ、この前はごめんねぇ……で、でも、虎太郎は……しっかりキスアクメきめたら、許してくれるってぇ……」

 

「だから、カーミラはこれを見て、一人で寂しくオナニーしてね? ボクはこれから、虎太郎にたっぷり、ねっとり、こってり、愛して貰っちゃいまぁす……♡」

 

「こ、虎太郎っ♡ 早くっ♡ 早く早くぅっ……♡」

 

 

 明日にでもこれを見るであろうカーミラに向けてのメッセージ。

 カーミラを女として煽るために虎太郎がやらせたことだが、エルキドゥには関係がない。

 虎太郎の言いつけ通りに、キスでアクメをすることしか頭になかった。

 

 カメラへと向けていた顔を背後に立つ虎太郎へと向け、犬のように舌を伸ばして懇願する。

 

 

「んむっ……ちゅる……ちゅちゅっ……んへぇぁ……じゅるりゅ……ちゅぅうぅぅっ……♡」

 

「少しがっつきすぎじゃないか?」

 

「しふぁらないぃっ……はっ、へっ……んぐ、ごくっ……んむっ……じゅるるるるっ……♡」

 

 

 舌を絡ませ、唾液を交換する。

 初めは虚空で舌を突き合い、舌の腹同士で擦り合わせていたが、次第に激しさを増していく。

 遂には口唇を押し付け合い、口腔のあらゆる部分を互いに撫で回す。

 

 その度に、広げられた秘裂は歓喜を教えるようにヒクつき、新たな本気汁を溢し出す。

 

 

「はっ、じゅりょ……こ、こひゃろう……イクね……ボク、イクからね……きしゅあひゅめすりゅ……んむっ、はむむっ……ぷぁっ……ちゅぅぅ……」

 

「よしよし、いいぞ。イケっ」

 

「はむぅううぅううぅぅっ♡ んんっ、んむっ、んんんんんんんんん~~~~っっ♡」

 

 

 エルキドゥのねだるような舌の動きに合わせ、虎太郎はその舌に噛み付いた。

 

 瞬間、待ち望んだ時が訪れる。

 

 片足の爪先だけで支えられていた身体は、胸を、腰を、膝を痙攣させた。

 開いていた膣穴からは本気汁が噴き出し、尿道からは黄金水が漏れ出す。

 

 その間も、エルキドゥは少しでも長く虎太郎にアクメ姿を見せられるように、懸命に舌を動かし続ける。

 唾液の交換も、相手の口腔を擦り上げる舌も、己の口腔へと侵入してきた舌も、何もかもが気持ちがいい。

 

 

「んんんんんんっ、ぽぉんっ♡ はっへぇぇえぇっ♡ イったぁッ♡ イッたよぉ……♡」

 

 

 音を立てて、舌を口から引き抜いたエルキドゥは余韻に浸りながらも、絶頂を報告した。

 

 白痴の笑みを浮かべる姿は、どうしようもなく男の劣情を刺激する。

 虎太郎は鎖を消し去り、倒れかけたエルキドゥの身体を抱え、ベッドへと連れて行く。

 

 求めていた絶頂を与えられ、恍惚の表情を浮かべるエルキドゥをベッドへと寝かせ、愛液と潮で汚れた衣服を脱ぎ捨てる。

 股間で隆々と反り立つ一物は、熱を帯びて自らの役割を全うするのを待ちわびていた。

 

 

「はぁっ……はっ……ひぅっ……ふっ……ふぅ……あ、あぁっ……んぐぐっ♡」

 

「ようやく、戻ってきたみたいだな」

 

 

 忘我の彼方から帰還したエルキドゥは、虎太郎の言葉すら届いておらず、自らの股間に押し当てられた男性器へと釘付けとなっていた。

 

 ようやく、いやいよ、やっと。

 これまで貯めに貯め込んだ不満と性感が解放されると理解し、何度も生唾を飲み込んでしまう。

 

 

「こ、虎太郎っ♡ は、早くっ♡ ボクのおまんこ、オナホールみたいに使っていいから早くぅっ♡」

 

「おいおい、それはないだろう。ちゃんと言えよ」

 

「も、もう、本当に酷いな、君は……♡ こ、虎太郎のバッキバキの勃起チンポで、ボクのとろとろの欲しがりマンコ、ぐちょぐちょぉ、ぞりぞりぃってぇ、いっぱい愛してぇ……♡」

 

 

 やることは変わらずとも、エルキドゥを道具ではなく女として扱うことを良しとする。

 

 その姿勢に、ようやく虎太郎の肉槍から視線を離し、エルキドゥは拗ねたようにおねだりを口にした。

 けれど、それも仮初のものと一目で分かるほどに、彼女の目にはハートマークが浮かぶほどに蕩け潤んでいる。

 

 その言葉に、虎太郎はエルキドゥの両足首を掴み、一息で子宮口まで挿入した。

 

 

「おぉ……♡ はあああぁぁあぁぁあぁぁああぁあぁぁっっ♡」

 

 

 待ち望んでいた快楽、ようやく訪れた法悦にエルキドゥは潮を噴く。

 

 びくびくと痙攣する腰が止められない。

 仰け反る身体を元へと戻せない。

 呼吸すら忘れてしまうほどの気持ちよさ。

 

 歓喜の咆哮を上げたエルキドゥは預けた枕ごと両腕で頭を抱き締める。

 

 

「はぐぅぅううぅぅっ♡ イクっ♡ はひぃいいぃぃっ♡ どちゅ、ってェ♡ すっごぉぉっ♡ 虎太郎のチンポ、凄いよぉっ♡」

 

「エルキドゥも凄いぞ。締め付けも、熱さも、吸い付きも」

 

「だってぇっ、だってぇぇえぇっ♡ あ、頭おかしくなっちゃうくらい焦らされたら、誰だってぇ♡ はっ、はへぇぇええぇええぇっ♡」

 

 

 どちゅどちゅと音を立てて抽送される肉棒に、襞を掻き分けられ、子宮口を突かれ、またも襞を引っ掻かれる。

 カリ首の高さも、亀頭の大きさも、陰茎の固さも、全て知っているにも拘らず、限界まで焦らされ敏感になった淫肉には新鮮であった。

 

 今までの焦らしが嘘のように、容易くアクメを迎えさせてくれる。

 その感謝を伝えるように、膣肉は怒張を必死に喰い締め、子宮口は亀頭にキスをしようと吸いついた。

 

 

「ふっ、ふぐっ♡ あっ、あっへっ♡ イク、イクイクいくっ♡ イッてるのに、またイックぅううぅっ♡」

 

「今まで我慢した分、たっぷりとイけよ。ほらほら」

 

「ふににぃっ♡ あーっ♡ あひぃ、ひぃぃっ♡ こ、こた、虎太郎も、おぉっ、一杯、ひぅうぅっ、気持ちよく、なってぇ♡ オマンコでチンポ一杯、締めるからぁ……あひっ、我慢汁びゅーってっ、来たぁっ♡」

 

「済まん済まん。お前が可愛いことを言うから、つい、な」

 

「またびゅびゅってぇっ♡ すき、それ好きっ♡ 我慢汁びゅっびゅされながら、子宮口ぐりぐりするのいいよぉぉぉおぉぉっ♡」

 

 

 子宮口に亀頭を密着させた状態で、腰を回して撫で回す。

 白い喉を晒すほどに仰け反り、痙攣するエルキドゥであったが、彼女の弱点から虎太郎の肉棒は全くと言っていいほど外れない。

 

 開発されきった彼女の身体は何をされても絶頂し、膣は何処を擦り上げられ、削り落とされても快楽を齎す。

 

 

「あっはぁっ♡ こ、虎太郎のチンポ、大きくなったぁ♡ ボクもっ、イクの止まらないから、はぐっ、何時でもイってぇ♡ はおぉおぉっ♡ ああぁあ゛あぁっ♡」

 

「じゃあ、イクな。きっちり中出しアクメ決めろよ」

 

「うんっ♡ うんうんっ♡ イクね、虎太郎と一緒にイクからっ♡ 降りてきた子宮にいっぱいザーメン注いでぇぇっ♡」

 

 

 エルキドゥは、びゅーびゅーとアクメと同様に潮まで止まらなくなり、また止めるつもりもない。

 為す術もなく絶頂する女の姿。虎太郎が、その姿にこそ興奮を覚えることを、これまでの経験から知っていた。

 

 女の幸せと牝の悦び。

 その全てを見せつけながら、エルキドゥは緩みきった子宮の中にまで入り込み、全てを開放した剛直と同時に達していた。

 

 

「あっあぁっーーーーーーっ♡ 精液ぃっ、きてるぅううぅぅうぅうぅっ♡ イッ、あっ、イっ、イグぅっ♡ いぐぅうううぅううぅううぅっ♡」

 

「中出しザーメン、熱いぃ、熱いよぉっ♡ あ、あがっ、ひっ、いっぱい、いっぱいでて、ひぃいいぃいいぃいぃっ♡」

 

「はひぃっ、ひっ、ひぃぃっ♡ 中出し絶頂アクメェっ、癖になっへるぅっ♡ イっ、イクの止まらないぃっ♡」

 

「子宮、痙攣しへるっ♡ ひぐぅっ、ふぐぐぅっ♡ イクっ、ひへぇぁああぁああぁああぁああああぁあぁぁあぁっ♡」

 

 

 最後の一滴まで、子宮内で精液を放つ。

 心臓の鼓動のように音を立てて放たれる精液弾に、足の指を丸めて藻掻いたが、虎太郎が足首を押さえている故に無駄な足掻き。

 無意識であったのか、諦めであったのか。エルキドゥは搾り取るように襞を蠢かせ、迎え腰をくねらせて、精液を搾り取る。

 

 やがて、怒張の痙攣が終わると同時に、エルキドゥの全身からも力が抜けた。ようやく、長い互いの絶頂が治まったのだ。

 

 

「はぉおぉっ♡ ……はっへえっ……ひぅうぅっ……ザーメン、おもぉいっ……♡」

 

 

 大量の精液をしっかりと子宮で受け止めたエルキドゥは、ぽっこりと膨らんだ下腹部を手で撫で回す。

 絶頂の余韻は治まっていないのか、身体は痙攣を繰り返している。

 

 ぬぽりと音を立てて陰茎を引き抜かれ、ようやく子宮から溢れた精液が下品な音を立てる。

 ねっとりと濃厚過ぎるザーメンは蟻の戸渡りを越え、菊門までも伝っていった。

 

 虎太郎はエルキドゥの両脚首を掴んだまま頭の側に回る。

 うっとりとした表情で妊婦のように膨らんだ下腹部を撫で回していたエルキドゥであったが、虎太郎の行動を察したらしく、顔の横に差し出された剛直に舌を這わせた。

 

 

「んっ……ちゅる、ちゅちゅ……んれぇぇぇ……じゅるるるっ……♡」

 

 

 気怠さしかなく、思うように動かない身体に鞭を打ち、自分を散々苛め抜いた肉棒から精液と愛液を舐め、吸い落とす。

 カリ首の間に隠されたものも、陰茎にこびり着いたものも、尿道に残されたものも。

 

 

「ほら、エルキドゥ」

 

「じゅる……んもうっ♡ 分かったよぉ……♡ …………い、いぇーい、カーミラ、ボクの嬉ション姿を見てるー? ちゅる、じゅぶぶっ、ボクはこれから朝までいっぱい中出しされて、愛されちゃいまーす♡ ぴ、ピースっ、ちゅば、りゅりゅ……♡」

 

 

 カメラから視線を外さないまま虎太郎の一物のお掃除を怠らずに、緩んだ膣からは精液を、尿道からは小水を垂れ流す。

 そして、恍惚としながらも女としての優越感に浸った淫猥な笑みを浮かべ、エルキドゥは両手でピースサインを作ってみせた。

 

 エルキドゥはカメラのことも、カーミラのことも、もう忘れ去ったように虎太郎を媚びた目で見上げる。

 

 それから、肌を打ちつけあい、アクメを示す嬌声が響くのに、そう時間はかからなかった。

 その間も、カメラは無機質な瞳で二人の姿を写し続けていたのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 全くの余談であるが、後日このビデオはカーミラの下へと届けられることとなった。

 常夜の女主人が、話が違うじゃないのよ! と怒り狂い、エルキドゥがプークスクスしたのは、また別の話。

 

 更に、これが第一次エルキドゥVSカーミラ ビデオレター合戦勃発の引き金となった。

 更に更に、これを何処からか聞きつけた女性陣が、新たなスパイスとして戦いに参戦し、カルデアビデオレター大戦にまで発展。

 虎太郎は大喜び。ビデオレターの管理を任されることになったアルフレッドが静かに涙を呑んだのは、またまた別の話である。

 

 




はい、では、エルキドゥちゃんへの焦らしプレイ&アヘ顔ダブルピースビデオレター(ハーレム要員に向けて)&アルフレッド、どうでもいい動画を管理させられて泣く。でもこれでセキリティは万全だ。動画流出とかありえへんよ、彼ならなぁ! の回でした。

我ながら、業が深い話を書いてしまった。しかもこれ、過去最長じゃねぇ……?

因みに、これからも幕間の物語・蕩々と銘打って、他のキャラも書いていく模様。
自分がエロを書きたくなったらなぁ!(ゲス顔



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マタ・ハリ編『甘やかしてあげ――――あ、あら? 偶には甘えろって? もう……♡』


来た! 水着イベキターーーー!
頼光ママ! フランちゃん! エレナママ! ネロちゃま! ニトちゃん! ノッブ! オルトリア! これは突っ込むしかねえ! 回し続ける! 灰になるまで……!

それから、思いの外バニヤンちゃんが可愛い。これ☆1だからコスト面でもスキル面でも宝具速度面でも優秀やなぁ! 完全に周回要員ですわ!


では、引き続きエロ編。何でブーティカママンとかジャンヌじゃねぇって? 今回のイベントで言ってた聖杯捧げられねぇから、こっちで愛を捧げるんじゃぁ!

では、どぞー!


 

 

 

 

 

「こんなもんかー?」

 

「ええ。忙しいでしょうに、手伝わせてしまって申し訳ないわ」

 

「別に構わんさ。このくらい、どうということはない」

 

 

 晩秋。秋は深まり、徐々に冬が近づいてきたとある晩。

 誰もいない古ぼけた酒場で虎太郎はモップを手に、マタ・ハリは付近でカウンターを拭き、祭りの後始末に勤しんでいた。

 

 何故、カルデアのマスターとサーヴァントである二人が、このような場所で掃除などしているのか。

 事の発端は10月の半ば。エルサレムでの激戦、ベディヴィエールの忠節を見届けたカルデアは最後の特異点の探索と攻略の準備を推し進める中、微小な特異点の発生を観測した。

 

 場所はヨーロッパ・スロヴァキア。年代は16世紀半ば。

 この観測結果に虎太郎は死ぬほど嫌そうな顔をし、マシュはガックリと肩を落とし、カーミラは怒り心頭で顔を真っ赤に染め上げた。

 

 場所、年代、特異点発生の時期。

 ここまでくれば誰でも分かる。あの少女の仕業である、と。

 そう。何度も出てきて恥ずかしくないんですか? アイドル、エリザベート・バートリーの仕業だ、と。

 

 昨年のハロウィンは何処で手に入れたのか聖杯の欠片によって同様に特異点を発生させた。

 微小な特異点であった故に、虎太郎はスルーするつもりであったが、聖杯の欠片が発端であったと分かれば回収しなければどうなることか。

 心底嫌な思いを抱えながら特異点に向かってみれば、レイシフト時に消えたマタ・ハリとカーミラは相手側についていた。

 

 当時のマタ・ハリは虎太郎を非常に警戒しており、隙あらばエリザベートから聖杯の欠片を奪ってやろうとでもしていたのかノリノリであったし。

 カーミラは掃除婦をやらされていて、機嫌がすこぶる悪くなるわ。

 どういう訳だか、他のサーヴァントもエリザベート側についているわと散々であった。

 

 その上、エリザベートからは招待状が送られてきており――彼女にしてみれば完全無欠の招待状であったのだが――虎太郎はこれを挑戦状と受け取った。

 

 そもそもエリザベートと虎太郎は非常に相性が悪い。

 彼女側は人類最後のマスターであるから力を貸したいだけなのか、それとも虎太郎個人を気に入っているのか、一方的な好意を寄せている。

 だが、虎太郎は何をしでかすか分からないサーヴァントなど害悪にしかならないと顔を見ただけで加速度的に機嫌が悪くなるほどに嫌っている。

 

 完全にキていた虎太郎は、取り敢えずマタ・ハリとカーミラを説得してさくっと回収。

 その後、最早お前に付き合う気はねぇとばかりにエリザベートが聖杯の欠片で召喚したであろうサーヴァントをカルナとスカサハに捕縛させ、レオニダスの宝具による筋肉特盛り圧迫男祭りで弱体化させた。

 筋肉の圧力で衰弱したサーヴァント達を黒髭の“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”に搭乗させた上でチェイテ城に突っ込ませた挙句、令呪で黒髭諸共自爆させるという暴挙を敢行。

 

 

『ちょっとぉ、これは私の城でもあるのだけれど!? 誰も此処までしろなんて言ってないわよ!!』

 

(う~ん。これに私を巻き込まなかっただけ、マシ、なのかしらねぇ……?)

 

『うるせー! こんなんやってられっか! 何がアイドルじゃ! 偶像(アイドル)やりたきゃ、マリーから姿勢を学んでからにしろ!!』

 

 

 サーヴァントの技量によって最高レベルにまで高まった“アン女王の復讐”の爆発は、チェイテ城を跡形もなく吹き飛ばし更地にした。

 

 チェイテ城跡地で聖杯の欠片を回収した虎太郎は、エリザベートと会話をすることもなく特異点を攻略したのであった。

 しかし、アメリカの特異点で再会した際も彼女は全くメゲておらず、花嫁姿のネロとアイドル合戦し始め、虎太郎はロビンに令呪で二人を抹殺させようとした。虎太郎を必死で止めるマシュが居なければどうなっていたことか。

 

 

『またかよ……』

 

『………………』

 

 

 そして、今年のハロウィンである。

 エリザベートが関わっているであろう特異点の発生に虎太郎はビキビキし始め、マシュは先輩の心労が増えてしまうと頭を抱えた。

 今年もチェイテ城を吹き飛ばしてやるよぉ! と獰猛な笑みを浮かべた虎太郎と何も言えないマシュはレイシフトを行ったのだが、今年は少しばかり事情が違っていた。

 

 チェイテ城には何故かピラミッドが刺さって、ハロウィン禁止令が城下町に敷かれていたり。一攫千金を狙う冒険者が城下町に集まっていたり。

 

 兎にも角にもカオスといった有様で。

 苦労に次ぐ苦労でイライラが溜まりに溜まった虎太郎の表情は鬼を通り越した怪物の表情になり、マシュは冷や汗を掻きながらその後に続いていたのだが、その最中――

 

 

『いらっしゃぁ~い♡』

 

『……………………いや、何やってんのお前?』

 

『え、えぇっと、マタ・ハリさん! どうして酒場の店主をしておられるのでしょうか!?』

 

『勿論、情報収集よ? それからちょっとお金も欲しくて。ロビンくんと静謐ちゃんも先行してレイシフトしているから、何がどうなっているのかはすぐに分かるわ』

 

『これこれ、こういうのが欲しかったんだぁ~。有能有能&有能。同僚はこうでなくちゃねぇ~』

 

(ホッ。先輩のストレスが軽減されました。これでエリザベートさんも多少は……)

 

『じゃけん、エリちゃんは確実に殺しましょうねぇ~。お前に明日の朝日は拝ませねぇ(ニッコリ』

 

『……ひぇぇっ』

 

『うーん、この』

 

 

 ――マタ・ハリの酒場、と銘打って、酒場を開いているマタ・ハリに出会ったのだった。

 

 去年の惨状に頭を抱えたアルフレッドが、虎太郎の怒りを鎮めようと情報収集を担当する三名を先行して特異点へと送り込んでいたのである。 

 マタ・ハリは普段の踊り子(ダンサー)としての衣装ではなく、ハロウィンに合わせてジャック・オー・ランタンの帽子を被り、緑のパレオを腰に巻いた看板娘らしい装束に身を包んでいた。

 ロビン、静謐は斥候としての役割を果たせるが、マタ・ハリは戦闘能力のないスパイ。城下町に潜伏して情報を収集した方が、能力を最大限発揮できる。

 

 そう考えた彼女は二人と別れ、寂れた酒場の店主を言葉と仕草だけで骨抜きにして、ハロウィンの期間限定で酒場を借り受け、冒険者達から情報を集めていた。

 エリザベートに代わる新たな城主がハロウィン禁止令を出しており、粛清騎士が取り締まりを行っていたものの、元より冒険者などというならず者が集う酒場、禁止令などお構いなしだ。

 

 因みに、ロビンは“顔のない王”を用い、新たな城主が召喚したサーヴァントを調べ上げており、静謐などカルデアのサーヴァントであることを隠して城主に取り入り、内情まで探っていた。

 

 何はともあれ、その優秀なスパイぶりにマシュは舌を巻き、虎太郎もニッコリ。

 迅速な情報収集により、事態の把握に一役買ったのだが、同時に厄ネタも引き入れていた。

 そう、追い出された城主であるエリちゃんが酒場に居たのである。

 

 関わりたくねぇと思わず逃げる虎太郎と必死で後に続くマシュ。

 大声で泣きわめきながら、ようやく出会えた心強い味方(まだ味方ではないし、あの男が味方になるはずがない)を追いかけるエリザ。

 騒ぎを聞きつけ、集まってくる新たな城主が配置した騎士。

 

 

『おう、もう面倒だ。捕まるぞ、マシュ! ドラ娘を気絶させて投降するんだ!』

 

『はい、りょうか――――へ?』

 

『面倒だからドラ娘を無力化して投降しよう。アイツが死んでもオレは痛くも痒くもない』

 

『…………えぇ』

 

『じゃあ、いいよ。オレがやる。おぉい! エリちゃん!』

 

『こ、この毒蜘蛛! ようやくあたしを――――』

 

『死ねオラぁっ!!』

 

『ぎゃふん!』

 

 

 全てが面倒になった虎太郎は脚を止め、あたしを助ける気になったのね、と顔を輝かせ走ってくるエリちゃんの顔面に蹴りを叩き込んだ。

 凄まじい勢いで突っ込んできたエリちゃんは蹴りをモロに喰らって転倒。虎太郎は勢いで脛の骨が折れた。

 

 その後、困惑するマシュと共に騎士達に投降し、連行されることになった。チェイテ城へ。

 そう、元よりそれが狙いだったのである。狼藉者として連れて行かれるのは間違いなくチェイテ城の牢獄だ。

 新たな城主が沙汰を下すまで、無駄な抵抗をしなければ害されることはない。城主が配置しているであろうサーヴァント諸々をスルーして城に入り込めるショートカットである。

 

 この男、相も変わらず酷い。相手に付き合ってやるつもりなど、更々ない。

 城主が配置したサーヴァントもスルー。召喚したらアカン系サーヴァント筆頭、頼光と清姫を静謐が涙目になりながら必死で手綱を握っている状況もシカトだったそうな。

 

 

『おい。あれ、ワラキア公か? オルレアンの時と姿形が随分違うな』

 

『あっ、オジ――――』

 

『 《 ● 》 《 ● 》 (じーっ』

 

『あの、エリザベートさんを、凄く見ているような……いえ、凄く睨みつけています!』

 

『お、叔父様が私を睨むなんて、ありえないわよ。睨んでるのは毒蜘蛛の方だわ!』

 

『 《 ● 》 《 ● 》 (じーっ』

 

『いや、見てる見てる、お前見てる。なにやらかしたんだよ。串刺しにされてピン刺しの標本になれ』

 

『ひ、酷いこと言わないでよ! 改心したのよ、私ぃ!』

 

『貴様等、きびきび歩かんか!』

 

 

 チェイテ城へと入城する際、門番であったヴラド三世がエリちゃんを憎しみを込めて睨んでいたが、それすらもスルーした。

 本当に自分が興味のない事柄には、まるで関心を示さない男だ。

 

 その後、エリちゃんを残して牢獄を脱出した虎太郎とマシュは、城へと忍び込んだロビン、静謐と合流し、城主の部屋へと突入した。

 新たな城主――クレオパトラの言葉を無視し、どういうわけだかクレオパトラに真面目に仕えていた人妻ンスロット卿と居眠り豚卿を――

 

 

『お前、騎士王はどうしたんだよ、おい。その日の気分で仕える相手を変えるとか、そらイゾルデもお前を憎むわ』

 

『私は、私は……私は、悲しいぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃ!!!!』

 

『いい加減にしてください、人妻ンスロット卿! そんなことだからギャラハッド卿から親と認めて貰えないのです! あと、私の父親面も止めて下さい! 不愉快ですっ!!』

 

『あ……あ? ……AAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaっっっ!!!!』

 

 

 ――言葉だけで自害に追い込む。

 

 あとは既定路線だ。

 クレオパトラを囲み、マシュが守り、静謐の毒とロビンの宝具でコンボを決めてボコにし、どういうわけだか現れたオジマンディアスを無視して、自分一人だけカルデアに帰っていった。

 マシュとロビンは付き合いがいいので残り、クレオパトラとカエサルの感動の再会に立ち会った。

 変わり果てたカエサルの姿に気を失うクレオパトラ、腹筋崩壊する最高最強のファラオの姿に、一緒に帰ればよかった、とマシュとロビンと静謐は思う特異点であった。

 

 

「しっかし、情報収集終わってたのに続けてたのか、酒場」

 

「ええ。此処を借り受ける条件に、ハロウィンの売上を一部譲渡する契約だったから。それにほら、お金が欲しいって言ったでしょう?」

 

「何でまた急に金なんざ。必要なものはこっちで揃えてるだろ? それに酒場をまるまる借りる契約だ。手元に残る金なんぞ雀の涙だろ」

 

「それでも、ね。やりたいことがあったから」

 

 

 酒場の掃除が終わると、虎太郎とマタ・ハリはカウンターを挟んで向かい合っていた。

 

 何故、このような酒場を借り受けてまで金が欲しかったのか。

 そもそも必要な物資は嗜好品も含めて提供している。金のかかるものでなければ虎太郎も文句は言わない。金のかかるものであっても虎太郎の許可が下りれば購入は許される。

 元よりカルデアを運営するために、延いては対魔忍を続けるためにアルフレッドが用意した資金故、虎太郎もそれほど口を挟まない。

 

 サーヴァントが自前で用意した金銭で購入する場合は、買うこと自体に意味があるのではなく、虎太郎に知られずに、という側面が強い。

 どう足掻いたところでレイシフト先からの物品の持ち込みはアルフレッドの検査からは逃れられないが、虎太郎も其処まで縛るつもりはないらしく、オレに知られたくないと思うものの一つや二つあるだろうと中身を見ずに知らぬ存ぜぬを貫き、アルフレッドに報告も義務付けていない。 

 

 そういった経緯がある故、虎太郎はそれ以上問うことを止めた。

 己の稼いだ金で何を買うかは自由。余程の危険物でもなければ黙認し、マタ・ハリがそのようなものを欲しがるようなサーヴァントではないことを知っていたからだ。

 

 口を閉ざした虎太郎の姿に信頼を見たのか、彼女は嬉しそうに微笑むとカウンターの奥に引っ込んでいった。

 

 その姿に首を傾げながらも、虎太郎は何も言わなかった。

 この特異点も、元凶である聖杯の欠片は既に確保済み。いずれは自然消滅する。持って一ヶ月と言ったところだろう。

 今の所、仕事の予定はあるが、急を要するわけではない。このまま戦闘能力が低いマタ・ハリを一人で置いていき、万が一などという展開も避けたいところであった。

 

 酒場の酒を店主の許可もなく開けるわけもいかず、咥えた煙草に火を点け、カウンターに背を向けて酒場を眺める。

 ハロウィンの飾り付けは片付けてしまったが、掃除の甲斐もあって店内は新品同様だ。冒険者同士の喧嘩で壁や床に穴が空いていたが、綺麗に修繕してある。

 

 そして、店内で気になっていた部分に目を向ける。

 店の奥には周囲よりも一段高い円形のステージがあり、その中央にはポールが天井と床を繋いでいた。

 虎太郎は直接目にしていなかったが、マタ・ハリ得意のダンスでもやっていたのだろうか。

 

 

(そういや、マタ・ハリ以外の店員もいたな。見た目はそれなり。身体も引き締まっていたし、アイツは店主と言っていたから、踊ってたのはそっちか)

 

 

 詳しくは知らないが、ハロウィン時の店の様子から、そう予測する。

 この酒場はクレオパトラを打ち倒し、一攫千金を夢見る冒険者達の寄り合い場でもあった。

 食事をするだけではなく、自分のパーティーには足りない人材を見つける出会いの場。マタ・ハリは管理こそしていないが、性質としては簡易的なギルドのような役割も担っていたはず。

 

 基本荒くれ者に過ぎない冒険者を暴走させず、更には飽きさせない余興も必要だったのだろう。

 そして、あの店の盛況ぶり。店主として切り盛りしていたマタ・ハリが直接踊っている暇はあるまい。

 従業員がサボらないように仕事を与え、冒険者達の諍いを仲裁し、愛想よく笑顔を振りまき、料理を運んで機嫌を取り、その上で情報を収集する。

 

 余りにも難易度が高い行為であるが、元々彼女は頭がいい自立した女性だ。不可能ではない。

 踊り子兼娼婦。そんな職業に身を窶していたが、周囲の失敗を押し付けられなければ、別の道も確かにあっただろう。

 

 何とも間の悪い人生と末路。

 

 虎太郎はマタ・ハリの人生への結論はそれ以上は何もない。

 悲しみもしなければ、哀れみもしない。そもそも自身と別の時代、違う価値観で生きた彼女に対して偉そうに批評なぞ恥ずかしくて出来もしない。

 

 かの喜劇王はこう言葉を残している。人生とはクローズアップで見ると悲劇、ロングショットで見ると喜劇、と。

 彼女はマタ・ハリとして名を残してしまった故にその人生を広く人々に知られ、クローズアップされているだけ。

 悲劇的な人生であったとしても、細やかな幸せと彼女なりの覚悟があったとだけ考える。

 

 

「はい、お待たせしたわ。今晩は、私の手料理とお酒で楽しみましょう?」

 

「こりゃまた…………もしかして、これのために金を?」

 

「ふふ。貴方の場合、何か形に残るものよりも、記憶に残るものの方が性に合っているでしょう? だから、ね?」

 

 

 カウンターの上に次々とオランダ産のビール、ワイン、ジンが並んでいく。

 そして、オランダの家庭料理の料理の数々。

 ムール貝の白ワイン蒸し。ヨーロッパのコロッケであるクロケット。オランダ版のマッシュポテト、ヒュッツポット。お袋の味、エルテンスープ。マスタードの添えられたビターバレン。

 

 オランダの国民性は質素で倹約的。派手さよりも堅実なものを選ぶ。

 食事にもそれが反映されているのか、ヨーロッパの他の国々に比べ、日本へと持ち込まれた料理は非常に少ない。

 それでも、これだけの量があれば壮観の一言だ。ましてや、己自身のために用意されたものであるのなら尚の事。

 

 

「だが、何だって急に」

 

「折角のハロウィンですもの。でも、虎太郎は気が多いから。それもどれもこれも本気ですし」

 

「あー、まあ……」

 

「ふふ。責めてはいないから、安心して。でも、独り占めしたくなる気持ちは私にもあるから。だから、何かのイベントの前か後なら、二人きりでも問題ないと思って」

 

 

 その為に、金が必要だった。

 アルフレッドに頼めば、もっと楽を出来ただろう。それをしなかったは、妙なところで頑固さを発揮する彼女の気質のせいだ。

 二人きりで楽しむのと己で決めたのだから、その準備も自分でやる。そんな風に考えたのだろう。実にいじらしい。

 

 そして、食事を選んだのも、虎太郎の物に対する執着の薄さを知っていたから。

 いずれは壊れると分かっている故に、どのような最先端技術であれ、神秘によって象られた宝具級の代物であれ、メチャクチャな使い方をするし、これ以上は使えないと判断すれば簡単に廃棄する。

 

 そんな彼に何かを残したとしても、信じた者を裏切らない彼のこと、それは必ず重荷になる。

 後で折角買ったのに、と互いに暗くなるくらいならば、朧気であろうとも華やかな思い出の方が良い。

 

 この辺りの手腕は流石としか言いようがない。

 相手の好みを把握する手練手管は、多くの軍人や政府高官を虜にしたことだろう。

 男を翻弄しようとも、本質的に彼女も尽くす側。そのお陰で、結婚生活を台無しにしたとも言えるのだが。

 

 自身の本質が、自身の末路へ繋がったことを理解していながらも、それを感じさせない軽やかな足取りでマタ・ハリはカウンターを回り、虎太郎の隣に腰を下ろした。

 そして、手慣れた様子で酒へと手を伸ばす。最初に手を伸ばしたのはハイネケンのグリーンボトル。彼女の生きた時代にも存在していた醸造会社のビールだ。

 

 虎太郎には瓶ごと、自身はグラスに中身を注ぐ。

 

 

「かんぱーい♡」

 

 

 キン、とガラス同士がぶつかる高音が響いた。

 二人は瓶とグラスをそれぞれ呷る。マタ・ハリは職業柄酒には強いのか、一息で飲み干してしまった。

 飲み方にも品がある。ペースは海賊達と変わらないが、酒が通るたびに上下する喉も、飲み干した後に吐き出された呼気も艶めかしい。

 

 

「ふふ――――あっ…………もう」

 

 

 酒を飲むというだけにも拘らず妖艶な姿を眺めていた虎太郎と目が合うと、マタ・ハリは艶然と微笑んだ。

 その笑みに、虎太郎は無言で彼女を椅子ごと自身の側に引き寄せた。

 

 肩と肩が触れ合う距離で、彼女の腰に手が回る。

 彼の行動を咎めるような声を上げるマタ・ハリであったが、その表情から笑みは消えていない。頬が上気しているのは酒のせいだけではないだろう。

 

 彼女は、こうした他愛ないスキンシップの触れ合いこそを好む。少女のような純真さは、娼婦として生きた反動なのだろう。

 普段の饒舌さは何処へ行ったのか、すっかりと口数の少なくなったマタ・ハリは愛すると誓った男の肩に頭を預け、この穏やかな時間を噛み締めるように瞳を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――おいおい。もう酒がないんですけど」

 

「だって、貴方が飲まないんですもの。折角のお酒が勿体ないわ」

 

 

 二人きりの細やかなハロウィンパーティーが始まって三時間。

 カウンターに並べられていた酒は全てなくなってしまった。虎太郎は空いたワインの瓶を引っ繰り返して呆れていた。

 

 マタ・ハリは相当な酒豪のようだ。

 流石に飲む量はドレイクほどではないが、様々な種類の酒を相当量飲んで頬が上気しただけで済んでいる辺り凄まじい。

 自分の酔わない量とペースを完璧に把握しているのだ。それでいて、気持ちよく酔える量まで把握しているのだろう。元々の強さも相俟って、飲み続けることに関してはトップクラスかもしれない。

 

 

「そりゃ悪かった。酒は一定以上は受け付けない身体でな。その分、料理は喰っただろ?」

 

「ええ。作り過ぎたかと思ったけれど、安心したわ。お味はどう……?」

 

「オランダ料理も、悪くないな。舌に合うか不安だったが、喰ってみれば何の事はない。美味かったよ」

 

「ふふ、たっぷり愛情を込めたから――――――んっ♡」

 

 

 この三時間、二人は一時も触れ合った身体を離すことはなかった。

 時折、肩と肩で、腰に回した手だけの感触では物足りなくなったのか、互いに指と指を絡めて手を握りもすれば、マタ・ハリの方から太腿に手を置いて撫で回すこともあった。

 

 静かに酒を楽しみながら、互いの気分を高めていく過程。

 虎太郎は女の、マタ・ハリの男の趣味嗜好を見抜くことに長けている。故に、互いに何を求めているかも分かっている。

 

 二人の視線が交わり、マタ・ハリは深淵のような深い黒瞳に、虎太郎は青みがかった灰の瞳に吸い込まれるように、口唇を重ねた。

 

 

「んっ……ちゅ……んっんっ♡」

 

 

 激しさはない。少年少女の行う、児戯のような触れ合い。

 触れる感触を楽しむように、マタ・ハリの瑞々しい口唇を控え目に押し付ける。

 

 余りにも優しいバードキス。

 丁寧に、丁寧に。衣服を一枚ずつ脱がせていくような丁寧さで、相手を求めた。

 一心不乱に求められれば求められるほど、女は燃え上がっていく。マタ・ハリでも、それは変わらない。

 

 

「んふぁっ……一先ず此処までにして。抑えが利かなくなっちゃう♡」

 

「えー」

 

「そう言うと思ったわ。でも、今日は特別だから。特別なショーを見せてあげる♡」

 

 

 必死で煮え滾った欲求を押さえ込んだマタ・ハリは立ち上がると、不満げな虎太郎の手を引いた。

 

 向かったのは先程、虎太郎が視線を向けたステージ。

 その正面には赤い一人がけのソファーが配置されており、其処へ彼を座らせた。

 

 此処までくれば、誰であれ分かる。

 あのマタ・ハリのダンスショーの始まりだ。それもただ一人のためだけに向けられ、催される踊り(ダンス)

 

 

「……うふふっ」

 

 

 彼女がステージに立つと、音楽が掛かる。

 アップテンポの激しい曲調は、彼女の生きた時代のものでも、この特異点の年代のものでもなく、現代のもの。

 それも当然。彼女の生前にポールダンスなどというものは存在しなかった故、召喚されてから学んだのだろう。このダンスに合う音楽も、カルデアから持ち込んだ機材が流しているに違いない。

 

 ポールを利用した曲芸の類は古くからあったものの、多くの人々が連想するようないかがわしさは微塵もない芸と呼ぶに相応しいものだった。

 

 現代におけるポールダンスも意味合いが変わってきている。露骨な性接待の一部というよりも、寧ろ技を競い合う競技としての側面が強くなっている。

 ポールダンスのトリックは見ている者が驚くようなアクロバティックなものばかり。ポールを両手で掴み、地面と並行に身体を支えるような技も少なくはない。引き締まった女体がポールを中心に舞い踊るさまは、妖艶さよりも技の凄まじさが目を引く。

 

 虎太郎もマタ・ハリの踊りは息を呑むほど。

 生まれ持った(サガ)なのだろう。その舞は尽く妖艶だ。だが、燃え上げるような情熱は彼女の人生を表しているかのようで、心を躍らせる。

 こういうのも悪くはないな、と感じながら、マタ・ハリを煽るように虎太郎は笑いながら指笛を鳴らした。

 

 若干の恥じらいを見せながら、マタ・ハリはポールを掴み周囲をぐるりと一周する。

 その一挙一投足すら艶めかしい。一歩踏み出す度に尻が揺れ、一歩踏み出す毎に胸が揺れる。

 

 いないはずの観客に自らの肢体を見せつけると、今度はポールに手足が絡まっていく。

 性接待のポールダンスはポールを男性器に見立てるという。蠢く手足の動きは、それだけで彼女がどれだけそれの扱いに長けているのかを示しているかのよう。

 

 けれど、妖艶だったのは其処までだ。踊りは激しさを増していく。

 ポールを掴んだと思えば、腕の力を利用して、ゆっくりと後ろに向けてくるりと回る。

 片足をピンと伸ばし、もう一方の脚をポールに絡めて身体を支え、大きく上体を反らせる。

 バレリーナのように一直線に伸ばした両足をポールにピッタリとつける。

 絡めた片足のみで身体を天地逆しまに支え、もう一方の脚を逆に折り曲げ、頭の後ろで掴む。

 

 見る者を魅了する技の数々。

 何よりの妙は彼女が音楽に合わせて次の技へと移行する繋ぎの巧みさにある。

 身体の動きが音楽のリズムから一切外れず、それでいて見ている者を飽きさせないように次の技へと至る。

 

 これがマタ・ハリの生まれ持つ才能と努力によって磨かれたもの。

 見ているものを魅了する洗脳じみた舞踊。その究極が、彼女の持つ宝具なのだ。

 

 音楽が止まると同時に舞の終わりを告げる。

 虎太郎は静かであるが力強い拍手を知らず知らずの内に送っていた。それが何であれ、人を魅了する技に賞賛が不可欠であることを理解していたからだ。

 

 全身を汗で濡らし、弾む呼吸を整えながらも、マタ・ハリは微笑みと共に一礼する。

 

 

「じゃあ、次は私がもっと得意なものをお見せするわね? 但し、お触りは厳禁よ♡」

 

 

 次に上がった顔に張り付いたのは淫靡な笑み。

 ペロリと乾いた口唇を潤すように舌で口唇を舐め上げると、くるりと背を向けてポールへと向かっていく。

 歩き方にすら艶が増している。頬杖をついていた虎太郎ですらが目を見開き、左右に振られる尻肉に生唾を飲み込んだほどだ。  

 

 

「ふふっ…………あっ、ん♡」

 

 

 音楽はない。

 だが、マタ・ハリの踊りに合わせて聞こえる筈のない弦と笛の音色が聞こえてくるかのよう。

 

 マタ・ハリは少ない布で覆われた胸をポールに押し付け、左右へと揺れる。

 硬い金属のポールは容易く柔らかな胸を潰し、形を崩れされるが、すぐにまた元の形へと戻り、柔らかさと張りを伝えていた。

 

 

「んじゅ……ちゅる……れろぉぉっ♡」

 

 

 股を開き、ポールを胸で挟みながら舌を這わせ、膝を折り曲げて下へと降りていく。

 すると、ポールの摩擦が肌の摩擦に勝ったのか、ぶるんと音を上げそうな勢いで、脂肪の詰まった乳房が露わになる。

 

 ブラはしていない。

 型くずれしていない双乳はただひたすらに淫らであったが、乳首と乳輪を隠すようにハート型のニプレスが張り付いていた。

 

 

「んっ……はぁっ……くぅっ……んふっ……♡」

 

 

 両手で胸を掴んでポールを締め上げるように押さえながら、マタ・ハリの身体が上下する。

 股間を擦り付け、全身で男根に奉仕するような動き。何度も何度も、流し目で虎太郎を見ながらも、決して言葉では誘わない。

 

 虎太郎は股間が熱く滾ってはいたが、動かない。

 まだ見ていたい、もう動きたいという相反する気持ちの鬩ぎ合いすらも楽しんでいるように見える。

 

 ダンスは次の段階へと移る。

 マタ・ハリはポールの前に移動し、背中を預けた。そして、下半身を覆う薄布をずり下ろす。

 其処にもやはり、ハート型のニプレスがあった。女性器を覆うように張り付いたそれは、彼女の薄い陰毛までは覆いきれなかった。

 既にニプレスの間からは蜜が漏れており、彼女の太腿に濡れ光る筋を幾本も作り出している。

 

 

「ふっ……んんっ……ひぁっ……ほ、ぉっ……うふっ……うふふっ……♡」

 

 

 背後のポールを頭の上で掴み、恥じらいなど忘れたように股を大きく開く。

 虎太郎の座るソファからでもニプレスを押し上げて自己主張する陰核が見て取れた。

 

 

(あぁっ……やっぱり、凄い……虎太郎のギラギラした視線、本当にケダモノみたい……でも、感じちゃう……♡)

 

 

 全身へと絡みつく虎太郎の視線に、ジリジリと熱を覚えながら、マタ・ハリはカクカクと情けなく腰を動かす。

 最早、ストリッパーの動きではない。浅ましい牝の痴態そのものだ。

 眉根を寄せて悩ましげな表情をしてはいたが、口元は笑みで象られている。

 

 かつての交わりを思い出し、より快楽を得ようとしているのだろう。

 その目論見は成功している。腰を振る度に愛液は漏れ、軽く潮を噴いているらしく、虎太郎に向かって女の欲望が煮詰まった飛沫が飛び散っていた。

 

 視線そのものが愛撫と化し、膣を抉る熱い肉棒の記憶に昂りは増していく。

 

 

「んあっ……はぁっ……んくぅっ……イッ、く……は、おぉ……イックゥっ……♡」

 

 

 ブシュ、と噴水のようにニプレスを押しのけて牝潮が噴き上がる。

 性器に触れることなくアクメへと達したマタ・ハリはガクガクと腰を痙攣させながらも、へたり込む不様は見せない。

 

 荒い呼吸を繰り返しながらも、ニプレスが剥がれてしまったヴァキナを指で割り開いて見せびらかす。

 完全に開いた女の園はヒクヒクと収縮を繰り返し、男を誘っている。

 

 彼女は身体を翻し、虎太郎に尻を向ける。

 ぐいぃと股を開いた姿はガニ股と呼ぶに相応しい下品さ。そして、片手で尻肉を掴み、ヒクつくアナルまでもを見せつける。

 これでもう彼女に見せていない部分はニプレスで覆われた乳首だけだ。

 

 股の中央から白濁した本気汁が溢れ、ステージの床近くにまで伸びてようやく切れる。彼女の足元は既に愛液で水たまりが出来ていた。

 こうまでされて黙っていられる男はいないだろう。左右に揺れる尻は、男を誘い、早く早くと急かしている。虎太郎も例外ではなかった。

 

 ズボンのチャックを下ろしながらステージに登り、尻を突き出したマタ・ハリの前に立つと猛り狂った肉棒を取り出した。 

 子供の握り拳はありそうなほどの亀頭、血管がビッシリと浮かび上がった茎、時折上下して痙攣しながら我慢汁が漏れる牡の象徴に、マタ・ハリはうっとりと目を潤ませた。

 

 

「うふふっ……お触りは厳禁って言ったわよ、ね?」

 

「ああ、そうだっけ? とは言え、ここまでされたら我慢できないよ、メグ」

 

「もぅ……ずるいわ。そう呼ばれたら、私は逆らえないもの♡」

 

 

 メグ。彼女の本名、マルガレータの愛称だ。

 マタ・ハリとして英霊となった彼女は生前の記憶を朧気にしか覚えていない。

 そういった生前の記憶の欠落は、英霊達には多々見られる。特に、彼女の場合は近代で成立した英霊故にか、人々の信仰がまだまだ薄い故にか、マタ・ハリをマタ・ハリとして成立させるための記憶ばかりで、マタ・ハリ以前の自分に関しては曖昧としている。

 

 記憶と人生の過程は穴だらけ。

 愛した誰かが居たことは覚えている。憎んだ誰かが居たことは覚えている。

 ただ、何ゆえ愛したのか、何ゆえ憎んだのか思い出せない。浮かび上がるのは煮え滾るような思いだけ。

 

 虎太郎としても初めはただの思いつきだ。

 どうせ自分の女にするなら、芸名でなど呼ぶのは面白くない。

 とは言え、マルガレータでは長いし、海外では愛称で呼ぶのも珍しくないと何気なしに口にした愛称がメグだった。

 

 それがマタ・ハリの記憶を刺激した。

 まだ幼かった時分。父が事業で失敗する前の幸せの絶頂期。その愛称は、母が口にしていたものではなかったか。

 彼女は溢れる涙を止めることが出来ず、今となっては辛いだけの記憶を呼び覚ました虎太郎を憎むと同時に、深く、何処までも愛すると誓った。

 己を破滅へと誘い、翻弄してきた男共と似てはいても、決して同じではない彼と地獄の底まで共にする、と。

 

 

「少し、遊びたい気分ではあるんだが……」

 

「はぁぁあぁっ……♡」

 

 

 ウエストは細いが、胸も尻も大きく肉付きのいい肢体を堪能したい。

 そう思いながら、突き出された尻に(いき)り立つ肉棒を差し出し、尻肉で挟む。

 

 菊門に押し当てられた勃起は、火傷しそうなほどに熱い。

 其処から子宮と背骨を通じて脳の深い部分に走る電流に、マタ・ハリは恐怖を覚える。

 

 相手が男であるのなら、どのような相手であれ、翻弄する自信はあった。だが、所詮は娼婦としての自信。

 ただの女として愛されたことのない彼女には、未知の体験、未知の経験、未知の領域である。

 初めて虎太郎に抱かれた時など、生娘のように泣き叫び、抱きしめられてようやく落ち着いたほどだ。

 

 けれど、今は恐怖に勝る期待があった。

 あの快楽を交換する歓び。確かにあった自分が溶け落ちて、相手と一つになっていく感覚。

 尻の間で肉棒が動く度に背中へと我慢汁が飛び、同じくマタ・ハリの女陰からは期待の涎が溢れていた。

 

 

「さあ、準備をしてくれるか?」

 

「本当、あなたは女を辱めるのが好きね。最低よ♡」

 

「口でそう言うなら、嬉しそうなのをもっと隠せよ」

 

 

 虎太郎は、くつくつと笑いながら尻肉の感触を楽しんでいた剛直を引き、今度は蜜の溢れる秘裂へと触れさせる。

 

 それだけで蕩けた性器からはネバついた本気汁が溢れ出し、腰が跳ねてしまう。

 マタ・ハリが恥じらいを覚えるよりも先に、戦く子宮に突き動かされるように無意識の内に腰を振っていた。

 

 

「んっ……んっふぅ……はっ、はっ……はぐぅっ……うぅうぅぅっ……♡」

 

 

 ねちゃねちゃと粘着質な水音を鳴らしながら、男女の性器が擦れ合う。

 挿入の誘惑を必死で堪えながら、それこそ必死で腰を左右前後に振りたくる。

 

 腰が動く度に男性器が本気汁で濡れていく。

 マタ・ハリのはしたない痴態に歓びを示すかの如く、カウパーが漏れ、互いの性器が汚れていった。

 

 

「はぁっ……ねぇ、あなたぁ、そろそろ……いい、でしょう……♡」

 

「ああ、そうだな、っとぉ!」

 

「あ、かっ…………はひぃぃぃいいぃぃぃいいぃっ♡♡」

 

 

 マタ・ハリが子宮から湧き上がるマグマのような欲情に根を上げて振り返る。

 すると、虎太郎は意地の悪い笑みを浮かべながら、彼女の腰を両手で掴むとパンと自らの腰を叩きつけた。

 

 挿入はしていない。

 ただ、恥ずかしいほどに勃起したクリトリスを怒張が擦り上げたのだ。

 

 目の前を白く染める快楽の放流に、マタ・ハリは耐えきれずにアクメ声を上げる。

 尻を突き出していた格好から、身体が跳ね上がり海老反りに反り返った。

 

 仰け反る身体を虎太郎に預け、尿道からは牝潮が激しく噴き上がる。

 

 

「はっ……はっへ……はっ……はっ……あぁ……はひっ……♡」

 

 

 何度となく潮を噴いて肉棒を濡らし、舌は口から溢れている。

 ぼうとした瞳は力なく天井に向けられており、短く犬のような呼吸を繰り返す絵に書いたような仰け反り絶頂。

 

 性に長けた彼女のアクメ姿に、虎太郎は射精しそうなほどの優越感を得ていた。

 彼女には苦労こそさせられなかったが、心を開かせるのには難儀した。聖杯を求める彼女であるのならば、ビジネスライクな関係も結構と割り切っていたが、関係が変化した今は別だ。

 

 自分に何処までも尽くしてくれる女。これほど愛おしいものはあるまい。

 このような愛し方しか出来ないが、その分だけ深く愛してやらねば嘘だ。何処までも彼女を蕩けさせ、何処までも彼女の心に踏み込み、何処までも深い絶頂を味合わせたい。

 

 

「メグ、大丈夫か? もう終わりにしてもいいが……」

 

「はっ……ら、らめ……あにゃたが、イってなひぃ……らから、らめなのぉ……♡」

 

「そうか。じゃあ、もう少しだけ楽しませて貰うからな。一緒に気持ちよくなろう」

 

「……は、はひぃぃっ♡」

 

 

 熱い吐息を漏らしながら呂律も回らない言葉でいじらしい科白を漏らすと、よたよたと覚束ない足取りでマタ・ハリは身体を離し、またしてもポールに背中を預けた。

 

 絶頂から戻ってきた彼女は、再び股を大きく開くガニ股のポーズを取った。

 そして、両手を使って秘裂を割り開く。開かれた淫穴は何本もの糸を引いている。

 

 胸を隠す衣装はずり上がって意味を為していない。

 股を覆う衣装はとうの昔に自分から脱ぎ捨てた。

 隠すものはニプレスと脚の先から太腿までを覆うニーソックスとハイヒールだけ。

 

 ニプレスを押し上げるほどに勃起した乳首、包皮から顔を出して発情を示す陰核。

 何もかもを曝け出した、女の被虐と服従の欲望、男の加虐と征服の欲望を表す姿。

 

 とろり、とまたしても本気汁が糸を引いて溢れだす。

 銀色の糸に虎太郎はゴクリと生唾を飲み込み、メグは淫らに微笑んだ。

 

 

「あなたぁ……んくっ、きて……はぐっ、はっ、私のとろとろに蕩けて、躾けられら牝穴に、あなたの逞しい女殺しのおちんぽで突き回してぇ……♡」

 

「ふふ。尽くす女だよなぁ、メグは。本当は、恥ずかしくて嫌なのに、必死になって誘ってくれて、可愛いな」

 

「うぅ……そうなるように、躾けたのはあなたなんだからぁ……娼婦じゃないお前が欲しいって、泣いて怖がる私を何度も何度も蕩けさせて、躾けた、癖にぃ……♡」

 

「そうだったな。だから、まあ、責任は取るさ――――愛してるよ、メグ」

 

「―――――あっへぇっ♡」

 

 

 真っ直ぐと目を見据え、言葉だけでも、と愛を告げる。

 自分の中には、そんな感情はないと分かっている。無論、マタ・ハリもだ。

 壊れているわけではない。生まれた時から、この男は致命的に何かが欠けていた。

 度重なる経験を積み、欠けていたものは更に広がっていった。まるで砂上の城が崩れるように。あとに残ったのは、機能の権化が如き、舞台装置じみた何かだ。

 

 そんな自分を愛すると言うのなら、せめて言葉にする。心にもない言葉であったものだとしても。

 

 普段の彼からは考えられない誠実さ。

 こうして自分を抱くときばかりに見せる卑怯な一面に、マタ・ハリには悦びしかない。

 例え、心にもない言葉だったとしても、それは彼自身が認めないだけで、私にとっては間違いなく欲しかったものなのよ、と。

 

 

「はっ、はっ、はひっ、ず、ずるいぃ♡ いつも、いつも、そうやって、私が言って欲しいこと、こんな、タイミングでばっかり、なのにぃっ♡」

 

「普段じゃなぁ。白けるだろ、オレが言っても。ほら、口を開けて」

 

「んむゅっ♡ ちゅる、れろる、んくんくっ、はむぅっ、れるれろろ、ずろろ、じゅりゅ、るろっ……♡」

 

 

 降りていた子宮口を狙い澄まし、一息で突きいれた肉棒が震える。

 迎え入れた秘裂は嬉しげに肉棒を締め上げ、襞は絡みついて抜かないでとせがむようだ。

 

 虎太郎が顔を近づけると、マタ・ハリは自らキスをした。

 目を細め、舌を絡めて互いの唾液を飲み下す。

 蛇のように絡め合わせ、舌の腹を擦り合わせて快楽を交換する姿は、とてもキスと呼べる上品なものではなかった。

 口から溢れた涎が顎を汚すことも厭わない様は、口で行う交尾のよう。

 

 けれど、それも長くは続かない。

 結局、マタ・ハリは押し切られ、一方的に口内を蹂躙されてしまう。

 口腔に広がる自分のものではない酒と煙草の味と舌の感触に、溢れる蜜液も牝潮も止まらない。

 

 それでも賢明に舌を使って相手の口内へと唾液を送り込み、舌に吸い付いて奉仕する。まるで、もっと私を感じて、という彼女の気持ちを表したかのようだ。

 

 

「はぅぅっ♡ ま、まっへぇっ♡ きしゅ、べろちゅぅ、れきないっ♡」

 

「上のキスも好きだけど、こっちのキスも好きだろう?」

 

「うぅ、ひっ♡ はひぃっ♡ すき、すきすきぃぃっ♡ 子宮で、あなたのチンポにきしゅ、すきぃぃぃっ♡」

 

 

 キスと共に開始された抽送に、マタ・ハリは堪えきれずに口を離してしまう。

 

 抽送と呼ぶは余りにも優しく、小刻みな抽送。

 亀頭は子宮口を何度となく突き回し、ぷっくりと膨らんだGスポットは幹に浮かび上がった血管の隆起で擦り上げられる。

 

 

「はぐぅぅぅっ♡ はっ、はぁっ、あっ、あっあっ、らめぇっ、抜けちゃう、ちんぽ抜いちゃ、いやぁ……」

 

「そんな泣きそうな声を出すなよ、ほら」

 

「あっ、おっ♡ おぉッ♡ おおぉ……あ、っ、おぉおおぉっ♡」

 

 

 吸い付いた子宮口が引き抜かれる亀頭に追い縋り、襞は更に絡みついて寂しさの余りに懇願する。

 

 けれど、それも一瞬のこと。

 本気汁を掻き出しながら膣口付近まで引き抜かれた肉棒は、すぐさま奥へと戻り、子宮口を叩く。

 マタ・ハリの女を蹂躙し、躾けながらも、彼の抽送は余りにも優しい。

 

 

「はは、またイったのか?」

 

「む、無理よぉっ♡ こ、こんなに、一心不乱にっ♡ 好きってこつこつされたら、女なら誰だってぇっ♡ 逆らえないっ♡ 好きな人に逞しいチンポでされたら、誰だって逆らえないのよぉっ♡」

 

「じゃあ、そろそろ射精すぞ、メグ」

 

「は、はいぃぃぃっ♡ 射精してっ♡ 私のどスケベマンコで、いっぱい気持ちよくなってぇぇぇぇぇえぇっ♡ ほ、ほぉおぉおおぉぉっ♡」

 

 

 ぶくりと亀頭が膨らみ、射精が間近であることをマタ・ハリの全身へと伝える。

 度重なる絶頂によって緩みきった子宮口は亀頭を、女にとって最も大事な部分へと招き入れる。

 

 虎太郎とマタ・ハリは、指を絡めて手を握り合い、その瞬間、共に高みへと上り詰めた。

 

 

「おっほぉおおぉおぉぉおおぉぉぉおおぉっ♡」

 

「ぐっ、っ―――」

 

「ひぐぅっ♡ で、射精てるっ♡ チンポ、跳ねぇっ♡ ザーメン、熱いぃいぃいいぃぃっ♡」

 

「はぐぅうぅっ♡ お、おぉっ、お潮、とまらにゃいぃっ♡ ひっ、ひぃぃっ、イク、イクイクイクっ♡」

 

「はっ、あっあっあっ、好き、あなたぁ、好きぃっ♡ 愛してるぅっ、愛してますぅ♡」

 

「手、離さないれぇっ、このままぎゅってしてっ♡ あぁっ、どちゅどちゅダメェっ♡ イク、またイクっ♡ おまんこぉ、おぉっ、イクゥゥゥウウゥウゥゥっ♡」

 

 

 決して離さないと手を握り合ったまま、肉棒が跳ね回り、秘裂は蠕動する。

 牝の本能に従うように、女の悦びに従うように、マタ・ハリの女は虎太郎の精液を本気で搾り取る。

 

 射精しながらもピストンを止めない。

 怒張を飲み込んだ女陰の隙間からは溢れた精液と本気汁の混合物が溢れ出す。

 

 最後を告げるように一際大きく亀頭が膨れ上がった。

 

 

「イィイイィィっっっくぅぅううぅうぅぅううぅううぅぅぅううぅっっ♡♡」

 

 

 最後の精液が吐精され、子宮の内部をみっちりと埋め尽くす。

 

 

「はっ、あっ、はっへぇっ……あひっ、あぁっ、れ、れてるぅ……おしっこ、漏れてりゅぅ……♡」

 

 

 身体を密着させ、深くで繋がったまま絶頂の余韻を噛み締めていたマタ・ハリは、自分の股間から漏れ、虎太郎のズボンを汚していく黄金水に端的な感想を漏らした。

 尿道で液体が動く度に、小刻みな絶頂が襲い掛かってくる。全身の痙攣は止まらず、甘いアクメの余韻が心地いい。

 けれど、虎太郎の手だけは離さない。これが、下半身の繋がりよりも遥かに強い、繋がりだとでも言わんばかりに。

 

 

「メグ、可愛かったぞ。それから、その、まだ出来そうか……?」

 

「あぁんっ♡ はっ、はぁっ、あなたの、まだおっきぃっ……♡」

 

「無理なら、本当に止めておくが」

 

「いやぁっ♡ して、もっとしてぇ♡ あなたの女、ですもの……♡ あなたのおちんぽ、おっきしなくなるまで、して下さい……♡」

 

「じゃあ、遠慮なく。続きは、風呂でしようか」

 

「あっ、う、うそっ♡ ち、チンポで支え――――あっひぃいぃいいぃぃぃいぃっ♡」

 

 

 ようやく開放された両手で、虎太郎はマタ・ハリの身体を持ち上げる。駅弁と呼ばれる体位だ。

 抜かれない剛直に身体を支えられながら、子宮から伝わる律動に、マタ・ハリは悲鳴染みた声を上げるが、間違いなく女の嬌声であった。

 

 虎太郎が歩く度に伝わってくるピストンとは違う法悦に目を白黒をさせながらも、迎え腰でくなりくなりと揺れ動き、互いの思いの丈を伝え、交換していた。

 

 誰もいなくなったステージに残ったのは、マタ・ハリの発情の跡と虎太郎の快楽の証明のみ。

 酒場に備え付けられた風呂からは、朝になるまで、マタ・ハリの甘い悲鳴が響き続けたのは、言うまでもない。

 

 





ほい、というわけで、御館様の簡単ハロウィン攻略&マタ・ハリさん有能&有能有能&マタ・ハリさん、好きな相手なら何でもやってくれる、の回でした。

マタ・ハリさん、ビリー君と同じく、親しくなってくると華やかで親しみやすい面以外も見せてくれそう感があるな、ということでこんか感じに。
でも、ダンサーとしての技とか娼婦としての技とかも使って一緒に気持ちよくなってくれるんだぜ? 最高じゃね? という妄想。

さぁて、自分のエロは満たされた次回からはSE.RA.PH編再開だ。何処まで書いたっけかな? 夏休みで終わればいいなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深海電脳楽土 SE.RA.PH編その2
『人権を認めた相手になら我儘に付き合ってやる程度の度量はある苦労人』


本日から水着イベ二部開始。
参ったね! 黒王様の水着スケベ、スケベすぎない?
頼光ママも、エレナママも水着ヤバい。ヤバすぎる。

一部は唯一弊カルデアにフランちゃんが来てくれたが、パパであるアラフィフと同じ気持ちで愛でる所存よ。ぶりびりのどっかんかん可愛すぎるのぉ!

というわけで、SE.RA.PH編再スタート。当分、エロはない。



 

 

 

「目を、覚ましませんね」

 

 

 床に横たえられたメルトリリスに視線を向け、ガウェインは紛れもない焦燥と憂慮に眉根を寄せて呟いた。

 虎太郎以外の者は同様の顔をしていたが、特にリップの動揺は凄まじい。あわあわと涙目で落ち着きなく歩き回っている。

 

 襲撃を退けた一行であったが、魔神柱に一度飲み込まれながら救出されたメルトはガウェインの言葉通りに目を覚まさない。

 魔神柱の有する能力による影響なのか、皆には判断がつかなかった。

 しかし、一行よりも黒幕についてよく知っているであろうリップの様子を見るに、それとはまた別の要因である可能性が高い。

 

 

(…………メルトの性能(ステータス)が低下している。となれば、リソースを奪われたと見るべきか)

 

 

 如何なる手法に依るものか。

 メルトは見る影もない弱体化――出会った当初の姿と大差のないレベルにまで――を果たしていた。

 恐ろしい話ではあるが、魔神柱に取り込まれた一瞬で百騎分のリソースを奪われてしまった。

 

 元よりそれだけの力があったのか、メルト故の事例であったのかは判然としなかったが、黒幕の狙いの一つであったのだろう。

 

 

(しかし、目を覚まさないのは解せない――――原因は、魔神柱じゃなくメルト自身にあるのかもな……)

 

 

 昏々と眠り続ける姿は、チャイコフスキーの眠れる森の美女のよう。

 彼女の表情は穏やかで、外傷も見られず、リソースを奪われた影響という訳ではないようだ。

 

 ならば、メルト自身が目覚めることを拒否しているとしか思えない。

 

 

(メルトもリップも黒幕の能力を喋れないだけで把握はしている。そして、メルトも廃棄はされても衛士(センチネル)。その身に押し付けられたKPを排除する必要性がある)

 

 

 思いもよらぬアクシデントはあったが、初めからそのつもりだったのだろう。

 わざわざ言葉にしなかったのは、この程度であれば、虎太郎ならば自身の考えに思い至ると信じたからに他ならない。

 

 事実として、虎太郎はメルトの精神へと入り込むための『鍵』をBBから購入している。

 何処かのタイミングで乙女の深層へと侵入する必要性があることは理解していた。しかし、このタイミングであるのならば――

 

 

(来い、ってことか…………戦う気、満々っスねぇ)

 

 

 ――メルトリリスは己の奥底で待ち構えているだろう。

 

 しかも、これは精神の戦い。

 リソースを奪われた脆弱な姿ではない、彼女の全盛期の姿――毒と蜜の女王の名に恥じぬ『快楽』のアルターエゴとして。

 

 虎太郎の予定では、話し合いでケリをつける筈であった。

 精神の戦いであるのなら、本来は力など必要はない。より相手を深く理解し、より相手に刺さる言葉だけで充分。相手の精神よりも強固な意思と言葉で立ち向かうことが正しい姿だろう。

 

 無論、意固地なメルトを相手に話し合いだけで決着が付く可能性は高くはない。

 それでもなお、怪物としての仮面の下に隠れた乙女としての弱味を突けば、野蛮を必要とせずに戦いを治められる自覚はあった。

 

 だが、魔神柱の行動で全てがおじゃんだ。

 この一件のお陰で、意固地な彼女が更に意固地になったと見て間違いない。

 

 全く碌なことをしない黒幕、マスターに迷惑をかけている自覚がある癖に方針を曲げないサーヴァントに凄まじい頭痛を覚えながら、虎太郎は首を振った。

 ともあれ、文句や溜め息を漏らさなかったのは、己も大差のない自覚があったからか。

 

 ふと、彼が視線を上げれば、エルキドゥ、キャット、鈴鹿が、早くしろと言わんばかりのきつい視線を向けていた。

 

 

「彼女が何を考えているのか、ボクでも少しは分かるよ」

 

「ま、責任取ってくるしかないっしょ!」

 

「ほれ。ちょっちゃと逝くがいい、虎太郎よ。巧くいった暁には、お主への仕置きは先延ばしにしてやってもよい」

 

「簡単に言ってくれる。しかも、お仕置きを止めるんじゃなくて、先延ばしかよ」

 

 

 どうやら、この三名はメルトの考えや気持ちが分かっているらしく、虎太郎を急かした。

 眠り姫となったメルトを目覚めさせるのは、虎太郎の仕事であり責任である、と。

 

 教会で一人朽ち果てるだけだった怪物を起動させ、挙句に怪物と認めながらもただ一人の少女として扱った男。

 成程、確かに彼にしか出来ない仕事であり、彼だけの責任だ。彼自身も認むるところである故に、否定だけはしない。

 

 自分には過ぎたものであると認識しながらも、手も足も止めるつもりはないらしく、『鍵』を取り出し、呼吸で上下する胸元に手を触れる。

 

 

「こ、こここ、虎太郎さぁん、メルトを、メルトをお願いしますぅ……!」

 

「はいはい、やれるだけのことはやりますよぉ、と」

 

 

 これで三度目となる心の戦いへと挑む。

 初回はBBの補助がなければ起動すら出来なかった『鍵』も、己の意思一つで簡単に使用することが可能になった。

 

 他人の心へ踏み入れる行為など、面白い筈もない。

 心とは理解はすれども触れるものではなく、共感せずとも踏み散らすものでもない。

 どれだけその性根が腐り果てていようとも、それが味方であるのなら一線を越えたくなどない。

 

 

(まあ、それがお前の望みであるのなら、オレは叶えてやるまでだが……)

 

 

 認識が引き伸ばされる。

 時間感覚を喪失する。

 

 周囲の全て(テクスチャ)が静止し、色を失い、剥がれ落ち、暗黒へと落ちていく。

 SE.RA.PHが崩壊した訳ではなく、虎太郎の意識がそう認識しているに過ぎない。

 

 深層への落下は始まった。

 向かうは意識の底の底。

 

 待ち構えているであろうメルトの我儘を叶えるために、弐曲輪 虎太郎は漏れそうになる溜め息を必死で抑え、其処の見えぬ闇の中を降り立っていくのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 一体、どれだけ闇の中を落ちていったか。

 胃の浮き上がる落下の感覚を味わいながら、虎太郎は無表情で落下を続けていた。

 

 酷く不快な感覚を覚えている。

 そもそも、虎太郎は独りであったとしても、堪えない人間だ。

 

 誰かと語らう喜びを知ってはいても、求めはしない。

 誰かと苦難に立ち向かう心強さを知ってはいても、縋りはしない。

 

 ある意味で完成された精神とも言える。

 ある日突然、自身以外の全てが死に絶えたとしても、これはこれで清々する、と笑って生きていける人間(異常者)なのだ。

 

 自分を含めた全てが疑いの対象。

 そんな異常な精神性を有しているのなら、確かに孤独など恐れるものではなく、寧ろ望むべきものなのかもしれない。

 

 故に、他者の深層に潜り込む感覚は酷く疎ましい。

 まるで生きたままの臓物の中へと滑り落ちていくような、そんな不快感が絶えず襲いかかる。

 

 常人ならば発狂しかねない感覚を、涼しい顔で耐え忍ぶ。

 他者の深層へ入り込むのは、好気と欲求が絡む。常人であれば、別の感想を抱くだろうに。

 

 

「…………おや、今度はお前が相棒(パートナー)とはね」

 

「私としても意外ですとも。しかし、精神の戦いですか。私如きでどれほどの力になれることか……」

 

 

 その時、上層から一人の騎士が姿を落ちてきた。

 

 “無駄なしの弓(フェイルノート)”を携えたトリスタン。

 本来、深層へのダイブは虎太郎と正式に契約したサーヴァント――現状ではガウェインか、エルキドゥしかいない――しか供を出来なかったはず。

 

 先の通信で教会を離れる決断を下したトリスタンは、自らを叱責し、最後には縋り付いてきたアーノルドを一蹴して一行を追った。

 その道中、どのような手段を用いて裏側へと至るべきかを思い悩んでいるところにBBが現れ、裏側へと誘われると同時に、この空間を落下していたらしい。

 

 

「成程、粋な計らいだな」

 

「御冗談を。どう考えても嫌がらせでしょうに」

 

「あぁ? お前、本気で言っているのか? それとも正気でも失ったか?」

 

「………………」

 

 

 虎太郎が皮肉混じりの笑みを漏らすと、トリスタンは何とも言えない表情で押し黙った。 

 

 そう、虎太郎の陣営において、メルトに最も気を遣っていたのは他ならぬトリスタンだ。

 言動はアルターエゴに対する敵愾心を剥き出したものであったが、その真意は彼女を気遣ってのもの。

 

 そして恐らくは、教会を後にした理由もまた――――

 

 何の事はない。

 ガウェインがリップを一人の少女として認識しているように。

 彼もまた、メルトを一人の少女として認識しているのだ。

 

 トリスタンが何を以て、怪物を少女と認めたのかは、定かではない。

 

 

「どちらのイゾルデに姿を重ねたかは、お前の名誉のために聞かずに置こうか」

 

「あぁ……私は恨めしい。心底から、貴方を恨めしく思います」

 

 

 虎太郎の全てを見透かしたかのような言動に、トリスタンは大きく溜め息を吐いた。

 

 どうやら、そういった理由であるらしい。

 容姿か、性格か、在り方か。

 ガウェインがメルトやリップ、BBの容姿に言及をしなかったことを考えれば――

 

 

「それは一旦置いておけ。無垢な少女を救うのは騎士の本懐なんだろう……?」

 

「――――私如き、かつての仲間すら手にかける悪逆の徒には、分不相応にもほどがありますが、ね……」

 

「あぁ? お前、まさか……」

 

「BBもかなり無茶をしたようですね。一瞬ではありますが、貴方の記憶と繋がってしまったようです。それに関してはご容赦を。流石に如何ともし難い…………この私とは別の私とは理解してはいますが、嘆かわしくも恥じ入るばかりです。同時に、気持ちは痛いほど分かりますが……」

 

 

 どうやら、この深層落下に送り込まれるサーヴァントは、マスターを介して侵入するのかもしれない。

 正規の契約を交わしていないトリスタンは、本来では通り得ない経路を渡り、落下を開始したらしい。

 

 その過程で、虎太郎の記憶を垣間見たのだろう。

 今此処に在る自らとは別の自身。鏡写しの己の選択。第六特異点(エルサレム)にて忠義の名の下に行われた、円卓の騎士の非道を。

 

 

「であれば、露払いはお任せを。メルトリリスは貴方に任せます。どうか、彼女を救って頂きたい」

 

「馬鹿を言うな。オレは憂さ晴らしに付き合うだけだ。だから、お前が救え。化け物の手から、あの意地っ張りな小娘をな。騎士の本懐、遂げてみせろよ」

 

「ふっ、言われるまでもなく。では、お先に」

 

 

 共に落ちていたはずのトリスタンは、虎太郎の発破に笑みを浮かべ、離れていくと闇の中へ消えていった。

 

 トリスタンは気付いていた。無論、虎太郎も。

 メルトリリスの内部に巣食ったモノ。魔神柱の置き土産。獣の残滓。

 

 呼び方はいくらでもあったが、それが何であるのか二人にも詳しく分からない。

 ただ、トリスタンは異様な気配から、虎太郎は獣の悪臭からその存在に気付いた。

 

 あの短時間で仕込みまで済ませていくのは驚きであるが、SE.RA.PHは時間の長短などさして関係はない。

 演算能力が高ければ高いほど、時間感覚を引き伸ばすのは難しいことではない。

 

 兎も角、黒幕はメルトの中に爆弾を残していった。

 意図は察しきれない。使いようなどいくらでもあるからだ。

 メルトを操り人形にし、土壇場で後ろから串刺しにするも良し。メルトを目の前で溶かし、動揺を誘うも良し。

 

 ともあれ、虎太郎としても、トリスタンとしても看過できるものではないだろう。

 恐らく、BBはこれを予想していた。だからこそトリスタンを送り込んできた。

 メルトを気にかける彼であれば、霊基が擦り切れるまで戦い、必ずや魔神柱の形をしたウイルスを討ち果たす、と。

 

 

「っとぉ、着いたか」

 

 

 そんなことに思いを馳せていれば、何時の間にやら底に辿り着いていた。

 

 コードキャストで設定されている戦いの舞台は、円形のステージ。

 これはリップであれ、鈴鹿であれ、変わりはない。変化があるのは、舞台に立つ役者だけだ。

 

 

「――――来たわね」

 

 

 降り立った虎太郎の存在に気付いたメルトはゆっくりと振り返り、瞳を潤ませながらも微笑んだ。

 まるで己の不甲斐無さに泣き出してしまいそうな、それでいて焦がれていた待ち人に出会えたかのような、そんな笑み。

 

 虎太郎は余りにも予想通りの表情に、予想通りで在るが故に何を言うべきか迷いながら、頭を掻き掻き近寄っていく。

 

 

「リップや鈴鹿と違って会話が成立するなら話は早い。さっさとSE.RA.PHに戻るぞ」

 

「――――――嫌よ」

 

「あぁ、そうかい。ったくよぉ…………一応、理由を聞いておいた方がいいか?」

 

 

 取り付く島もないメルトの様子に、虎太郎はカクンと肩を落とした。

 これ以上ないほどに予想通り。ましてや、この反応。戦いは避けられないだろう。

 

 

「だって…………だって、貴方には私の本当の力を見て欲しいじゃない」

 

 

 SE.RA.PHにおける自分は、もうまともに戦えない。

 サーヴァントをリソースとして取り込むことで初期化の影響を取り繕ってきたが、それも魔神柱に飲み込まれたことで奪われてしまった。

 

 怪物とも呼べない。人間にもなれない。後に残るのは、自ら壊れることすら出来ない役立たずの木偶人形。

 

 その事実は自尊心の強いメルトに耐えられるものではなく、また彼女も自分を許せない。

 とは言え、現実はもうどうにもならない。時間が巻き戻らない以上、それは絶対だ。

 

 時間の無駄だということは分かっている。

 知って貰ったところで何一つ変わらないことも分かっている。

 

 ただ、最後の戦いに、虎太郎はメルトの参加を認めない。

 思いや心を理解すれども共感はしない男だ。集団の脚を引っ張る存在に供をさせる筈もない。

 

 なら、せめて、知ってほしい。

 貴方の契約したサーヴァントが、決して役立たずなどではない、と。

 

 そんな言い訳染みた我儘に付き合って欲しい。

 子供の我儘にも劣る、怪物になりきれなかった少女の懇願。

 

 メルトもこれ以上は何かを言わない。

 もし、虎太郎が拒絶したのなら、全ての懇願を引っ込めるつもりだ。

 我儘だという自覚はあった。素直に頷けば良いものを、横に振っては何の益も得もない。この局面においては、ただただ虎太郎の時間と精神力を無駄にする行いだ。

 拒否されるのも無理はない。その選択に間違いなど一つもなく、不満などない。ただ、自らの願いを否定されるのなら、代わりに眠り続けるだけだ。虎太郎と出会う以前の廃棄された状態のまま朽ち果てる。

 

 彼が新たに入力した存在意義すら果たせない壊れかけの人形には、相応しい末路だと自嘲するように。

 

 

「はぁああぁあぁあぁっ…………やっても意味がない上に、オレが単騎で、最高の姿であるお前を倒せだと? 言っていることが無茶苦茶だ。まるで人間みたいだぞ?」

 

「…………ふふ、そう。そうね。本格的に壊れて戻れなくなったみたい。どうかしら? 一緒に踊ってくださる?」

 

「だが――――――だがまあ、とことんまで付き合うと言ったのはオレの方だったか。いいだろう。此処では心が折れなけりゃ死ぬこともないしな」

 

 

 特大の溜め息を吐いた後、顔を上げた虎太郎の表情は何時になく真剣であった。

 

 その意志に呼応するかのように、彼の眼前には二振りの剣が、両足には銀の具足が具現する。

 これは精神の戦い。自らの内にある記憶から、相応しい武具を呼び寄せるなぞ造作もない。

 

 それは、奇妙な武器だった。

 

 片や、身の丈ほどもある大剣。

 肉厚の刀身がすらりと伸び、華美な装飾など一切ない。

 刀身にこびり着いた赤黒い血が、機能だけを求めて打たれたものだと否応なしに理解させながらも、本来の美しい銀の刃は錆付いてなどいない。

 

 片や、刀身が屈曲した短剣。

 東南アジアで伝統的に使われ、現代の軍隊格闘技や護身術でも使用されるカランビットを連想させる形状。

 だが、大きい。現在、使用されるカランビットの多くは刃渡り10cmまでが主流である。この短剣は30cm以上はあった。

 

 どちらか単一で扱うならば何の変哲もない。

 けれど、これが二刀一対の武器だとするのなら、珍しいを通り越してあり得ない組み合わせ。

 大剣は片手で扱うには巨大に過ぎ、短剣はいざという時の備えであるべきだ。

 

 虎太郎は大剣を右に、短剣を左に逆手で握る。

 そして、大剣を握った右手を大きく前に突き出し、短剣を握った左手を右肩に当てた。

 

 

「――――――さあ、踊ろうか?」

 

「ふ、ふふ……ええ。燃え尽きるまで、付き合ってちょうだい! さあ、行くわよ――――行くわよ行くわよ行くわよ!」

 

 

 二人は同時に地を蹴った。

 メルトは、虎太郎を求めるよう一直線に。

 虎太郎は、メルトという名の死そのものを掻い潜るべく、狼の如く地を這う姿勢で。

 

 激突するクライムバレエと狼の剣技。

 

 こうして、二人だけの死の舞踏は、始まったのである。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 荒れ果てた教会に破砕音が響いた。

 暴動によって元の姿が分からなくなるほどメチャクチャにされた礼拝堂は、更に見る影もなくなっていく。

 

 

「お、落ち着いてアーノルド! きっと何かがあったのよ、悪気はなかったんだってば!」

 

「はあ!? 悪気はなかった、だって!? 切ったんだぞ!? 私からの通信を、一方的に!」

 

 

 トリスタンのいなくなった教会で何が起こっているのか。

 何の事はない、ただの子供の癇癪と大差はなかった。

 

 癇癪を起こしているのはアーノルドだ。

 手近にあった物を手に取ると、壁や床に投げ付けて破壊する。

 マーブルは必死になって彼を止めようとするものの、所詮は男と女、腕力の違いは明らかであり、止めるに止められない。

 

 やがて、破壊できるものがなくなると、次の標的になったのはマーブルだった。

 アーノルドは何一つ己を疑うことはなく、まるでこれが正しいことだと言わんばかりに、マーブルを蹂躙していく。

 マーブルは悲鳴すら上げない。彼の癇癪は止まるものではなく、ただひたすらに、嵐が過ぎるのを待つように耐えるしかないものだと理解したからだ。

 

 事此処に至って、彼は何一つ学んでいない。

 トリスタンがアーノルドを見捨て、碌な言葉もないままに教会を去った理由。その一つに、彼が隠しているつもりだった高慢で醜悪な本性があったことすらも。

 

 ――――尤も、彼は彼で哀れではある。

 

 彼は担ぎ出されただけの男だ。

 どうにもならない状況下で、集団のリーダーになぞをやらされた。

 当初は、皆で生還しようと奮起していたが、それも次第に萎えていった。

 

 集団は暴走を始め、それを扇動する者も居た故に、彼一人の奮起では事態は何一つ解決しない。

 その重責から逃れるように。身の丈に合わない役割から逃げ出すように。彼は、自らは有能であるという幻想に逃げ込んだ。

 巧くいかない理由全てを自分以外の全てに押し付け、自らの精神を守った。

 

 

 自分は何も悪くない。

 

 皆が怒りと不満をぶち撒け、所長と副所長を殺したのも。

 集団を制御する為に、掃除屋を使って粛清を行ったのも。

 アルターエゴなんて醜悪な怪物に攻撃命令を下したのも。

 

 何一つ、私は悪くない。

 

 悪かったのは有能な私ですらどうにも出来ない状況であり。

 私の制御から離れた皆の責任であり。

 私を歯牙にもかけず、言葉を聞こうとしないカルデアのマスターだ。 

 

 私は無能などではない。私は間違っていなかった。

 カルデアのマスターにどう扱われようが、トリスタンに見捨てられようが関係がない。私の価値を知っているのはただ一人でいい。彼女だけが――――

 

 

 なんて醜い勘違い(言い訳)だろう。

 そして、最早、彼の醜態は誰の目からも価値のないものになってしまっていることが、哀れでならない。

 

 

「っ?! だ、誰だ!? トリスタンか!?」

 

 

 その時、礼拝堂に軋みを上げる扉の音色が響く。

 一瞬、ありもしない外敵に怯えの表情を見せたアーノルドであったが、礼拝堂に脚を踏み入れる男の姿に安堵を漏らす。

 

 酷い勘違いもあったものだ――――

 

 

「黒い、アーチャー! 確か、エミヤ君だったか! いいタイミングで戻ってきてくれた! 私を――――」

 

「――――――」

 

 

 ――彼は無心の執行者に過ぎない。決して、誰か個人の守り手ではない。

 

 無慈悲な発砲音が二度響く。

 放たれた二発の弾丸は寸分違わずアーノルドの心臓を貫き、破裂させた。

 

 哀れ、アーノルド。

 何一つ気づかないまま。何一つ役に立つことのないまま。一つの命が消え果てた。

 唯一の救いは、彼が何一つ気づかずに死んだことくらいか。

 

 

「え……え? うえ――――ええええぇぇぇぇえ!?」

 

 

 呆然と、アーノルドの胴体で咲いた赤い花を眺めていたマーブルは一呼吸置いて、ようやく悲鳴を上げた。

 その身体にも、執行者の弾丸が叩き込まれ、悲鳴は止んでしまう。

 

 これにてセラフィックス職員は全員殉職した。

 欲望と狂乱に獣は死に絶え、唯一その中から逃れ得たのはトラパインだけ。

 

 エミヤの表情に変化はない。

 最早、見慣れた光景だ。抑止の守護者として何度となく熟した仕事。感傷など何一つない。

 

 彼がBBから提示されたのは、SE.RA.PH内部でまだ生きている人間の始末。その見返りとして、この案件全ての元凶である天体室の場所と入室方法を教えるというものだった。

 

 まだ生きている人間は一人だけいるが、其処は口先でBBから先に情報を絞り出した。

 エミヤの目から見てもBBは追い詰められていた。その為か、彼女は渋々ながらも先にカードを切ったのだ。

 

 虎太郎を殺すかは決めてはいない。

 カルデアが、今後も人理保証の為に必要な組織であると理解していた故だ。

 しかし、自らの目的を邪魔するのならば殺すまで。天体室で待ち構えていればいいだけの話。

 今後、人理が脅かされようが、自分か、或いは自分と同じ境遇の守護者が召喚され、滅びの要因を排除するだけなのだから。

 

 

「後は、天体室の破棄か」

 

「そうよね。貴方はそういう人だったわ。あの時も、そうやって結果の為に多くの人間を殺したものね?」

 

「――――!」

 

 

 礼拝堂に響く蠱惑的な声に、エミヤは跳ねるように地を蹴った。

 見れば、先程まで己が立っていた床は、何か悍ましい物体に侵食されているではないか。

 

 其処から礼拝堂はテクスチャが張り替えられていく。

 悍ましい物体――魔神柱の敷き詰められた光景は、彼が知り得ぬものではあるが、第一の獣が乗っ取った時間神殿ソロモンのそれに似ていた。

 

 いや、その程度の事態ならば動揺はしない。

 彼とて、この案件に魔神柱が関わっているのは得ていた情報から推測は容易い。

 

 動揺したのは、声の主を知っていたから。

 彼と赤い弓兵を分かつ最大の原因。剣の如き強靭な魂を失墜させた、聖母の如き慈愛を持つ魔性の女の声。

 

 

「馬鹿な。この気配は……この霊基パターンは……!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ああ――――満足した。久しぶりに、思う存分()っちゃった」

 

「……満足してくれたようで何よりだよ。何遍オレを串刺しにすれば気が済むんだ。何遍オレをどろどろのスライムにすれば気が済むんだ」

 

 

 どうやら、虎太郎は心の戦いを制したようだ。

 満足げな表情で目を覚ましたメルトは笑っていたが、傍らで膝をついていた虎太郎は顔を顰めながら溜め息を吐く。

 

 

「あら、言ってなかったかしら? 私、加虐嗜好なの。特に、貴方みたいに口の減らない相手を徹底的に蹴り倒せるなんて――――」

 

「メ゛ル゛ドォォオォ―――!!」

 

「――――うぎゅぅ! ちょ、リップ、駄肉を押し付けないで! 貴方の胸はダストボックスに、って……鼻水垂れてるじゃないのぉ!!」

 

 

 目を覚ましたメルトへ真っ先に声を掛けたのはリップだった。いや、声を掛けるというよりも突撃に近い。

 リップは巨大な両手でメルトを傷つけぬようにしながらも勢いのある突撃は、その双丘の間に華奢な身体を挟み込んだ。

 その光景に、ガウェインは雷に打たれたような有り様でありながらも、羨ましげである。どんだけ巨乳が好きなのか。

 

 

「これは――――遅れてしまったようですね」

 

「ええ、本当に。教会の守りを任せたのに、それすら放棄してこの始末なんて、笑えないわ」

 

「むぅ。その点に関しては面目次第もありませんが、貴女のその姿を見れば溜飲も下るというもの。大した減らず口です」

 

 

 遅れて現れたトリスタンに、メルトは憎まれ口を叩いたものの、嫌味で返され、互いにニッコリと微笑みながらもバチバチと火花を散らす。

 最終的に、負けたのはメルトの方だ。視線を外してそっぽを向いてしまう。弱りきった姿を恥じているのであれば、トリスタンの言葉には反論のしようもない。

 

 虎太郎は口を開こうとしたが、結局は何も言わなかった。

 トリスタンが口の前で人差し指を立てたのである。続き、指を折り曲げて握り拳を作ると胸の前に持ってきた。

 

 何も言う必要はない。彼女に認められずとも、彼女が知らずとも、騎士道の誉れはこの胸に。

 

 そういう意味なのだろう。

 メルトが事実を知れば、何を言うか。何を思うのか。

 それを慮った上で、この誉れは私と貴方だけのものにして欲しいという願いだった。

 

 虎太郎は律儀さと思慮深さに苦笑を漏らす。

 唯一、同じ円卓たるガウェインだけは何らかを察し、トリスタンの誰も知らないはずの健闘を称えるように、笑顔とともに肩を叩いた。

 

 

「それで、これからどうする? 何する?」

 

「SE.RA.PHの動力部である天体室を目指すべきですね。道中は邪魔をするエネミーがいるでしょうが、この顔ぶれであれば何の問題もないでしょう」

 

「むぅ、トリ殿。それは些か浅慮に過ぎる、そして反アルターエゴ筆頭とは言え非道だぞ? まずはメルトちゃんを教会に連れて行くべきでは?」

 

「いえ、私は置いていきなさい。KPを排除した時点で私の役目はほぼ終わったのだし。足手纏いはゴメンよ」

 

「いや、全員で教会に戻るぞ。何、足手纏いにならなきゃいいんだろ? それに多少の時間の猶予もあるしな」

 

「ちょっと待ちなさい、虎太郎、それはどういう――」

 

 

 メルトは虎太郎の言葉に困惑した。

 足手纏いにならないように、という部分はまだ良いが、時間の猶予があるというのはどういうことか。

 その言い分ではまるで、彼に残された時間を正確に把握しているかのようではないか。

 

 疑問から虎太郎を問い質そうとしたが、華奢な身体を抱え上げられ、メルトは何も言えなくなった。

 

 

「ちょっ――――危ないじゃない! 私を抱えるなんて、脚が触れたら斬れてしまうじゃない!」

 

「知ってる知ってる。心の中で何回も胴と首が泣き別れしたから。とは言え、お前は動けんわけだろ? だったら誰かが運ばにゃならんだろ」

 

「べ、別に、貴方でなくたって――」

 

「あ、ボクはそのつもりはないからね」

 

「あたしもないし」

 

「あたしもないナー」

 

「え、えぇっと、……私も、ないですぅ」

 

「だとさ。それとも何か? ガウェインかトリスタンの方がいいか?」

 

「嫌よ!」

 

「なら、我慢しろ」

 

 

 空気を読んだ女性陣の発言、にべもない虎太郎の科白にメルトも押し黙るしかない。

 見る間に彼女の頬は赤く染まっていく、リップからの羨望の眼差し、他の皆からの初々しいモノを見る眼差しと笑みに羞恥心を煽られた結果だ。

 

 湯気が立ちそうな程に茹だった頭で絞り出した言葉は――

 

 

「……なら、気をつけて。私の身体、部分部分、ちょっと硬いから。間違えて膝を持ったりしないよう注意……してください」

 

 

 ――そんな可愛らしい敬語混じりのものだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「はい、到着ぅ、っとぉ」

 

「うっわぁ、ナニコレ。お巫山戯にも程があるし」

 

 

 教会前の広場に、一行はそれこそ瞬きの間に辿り着いた。

 出発前、広場に刻んでおいたマーキングへ目掛け、瞬神を用いた空間転移を行ったのである。

 

 鈴鹿の漏らした言葉も尤もであった。

 

 基本的に、空間転移は大魔術に分類される。

 仮に彼女がキャスターとして現界し、神通力を自在に扱えたとしても、易々と行使できるものではない。

 神代の魔術師であるメディアであっても、大神殿を敷いた上で充分な魔力供給がなければ同じこと。

 

 それを、ただその道具を手に入れたからという理由で、何のデメリットもなく片手間で行使できるなど、真っ当な魔術師ならば憤死しかねないレベルである。

 

 

「どうやら、遅かったようだね」

 

「そのようだ。だから手を切るタイミングを間違えるなと言ったのに」

 

 

 エルキドゥは顔を顰めながらポツリと漏らし、虎太郎はメルトを抱えたまま涼しい表情で応える。

 

 教会の中に入ってみれば、荒れ果てた様子は相変わらず。

 ただ、サーヴァントやエネミーが暴れたにしては軽微な、人間が暴れたのならピッタリに、多少の模様替えが行われた。

 

 その光景に各々は不思議そうな顔をする者も居れば、眉を顰める者も居る。

 

 

「アーノルド氏とマーブル嬢が居ませんね。それに、虎太郎の話ではエミヤ殿がお二人の排除に動いているであろうと」

 

「ああ、その通りだ。見ろよ」

 

 

 虎太郎はメルトを長椅子に座らせると、顎で床と壁を指し示す。

 床には二つの血溜まりが、壁には弾痕が残されていた。

 これだけ見れば誰であっても、エミヤが二人を殺害したものと理解できるだろう。

 

 

(まだ血は温かい。それにこの臭気。二人が殺されたのは数分前か、そしてエミヤも……)

 

 

 血溜まりを指で触り、二人の命そのものであった体温を感じ、教会で行われた惨劇が何時であったのかを察する。

 死体が残っていなかったのは、()()()()()からだろう。

 

 血溜まりは時間が無くて処理できなかったか。或いは、処理する必要性を感じなかったのか。

 少なくとも、状況証拠としてはエミヤがやった以外には考えられず、この状況を第三者が望んでいた展開とも思えまい。

 

 

「さて。計算じゃ、SE.RA.PHが海底に接触するまで、SE.RA.PH時間であと七時間ほどの猶予がある」

 

「しかし、レディ・メルトのリソースが奪われました潜行時間が短縮される恐れが――」

 

「いや、それを加味した上での時間だよ。だから、天体室に向かう前に最後の休息を取るが、構わないな?」

 

 

 これまで虎太郎に付き合ってきたサーヴァントは皆一様に首を傾げた。

 彼の側から休息の提案があったのは今回が初めてだったからだ。

 

 付き合いが長いエルキドゥ、ガウェインの覚えた違和感はどれほどのものであったか。

 しかし、二人は口を挟むつもりがないらしく、黙して語らない。

 

 天体室の場所は既に割れている。

 教会から天体室までは30分。六時間の休息中に眠ったとしても、ベストコンディションまで持っていくには充分な時間である。

 

 

「それから、メルトは教会で待機だ。問題はあるか?」

 

「…………ないわ。悔しいけれど、足手纏いにはならないと言ったのは私だもの」

 

「良し。それから、自分一人で歩けるのに、どれくらい時間がかかる?」

 

「多分、三時間程度で。それでも戦力には数えられないでしょうけど」

 

「成程。じゃあ、メルトを残してお前らは外に出ろ。メルトは歩けるようになったら外に出てくれ。オレも一眠りしたいからな。同じ建物の中に他人が居たら、眠るに眠れんのだ、オレは」

 

 

 虎太郎はそれだけ言うと二階へと上がっていってしまう。

 皆は顔を見合わせ、肩を竦めるか、視線を合わせ、無言のまま教会の外へと出ていった。

 各々の消耗は少ない。リップとの戦闘が尾を引いているガウェインでも、後は座って気を楽にすれば、戦闘に支障のない領域に手をかけるだろう。

 

 最後にリップだけが、メルトを心配そうに眺めていたが、犬でも追い払うように手を振るわれると後ろ髪を引かれる思いをしながら皆の後に続いていった。

 

 礼拝堂に残されたメルトは全身を襲う倦怠感に目眩すら覚え、長椅子の背に全身を預ける。

 

 

「出来るだけのことはした。元々、あの女相手では私とリップは戦力に数えられない。精々、リップが盾になれるくらいのもの……」

 

「でも、まっとうな英霊なら、あの女にも呑まれない筈――――だから、お願いね。あの人に反撃の機会をあげて」

 

 

 誰にも聞かれることのない独白は祈るかのよう。

 

 全ての絶望を吐き出すように。

 全ての希望を差し出すように。

 

 聞き届ける神すらいない海の底。少女の祈りは静かに、ただ静かに響くのだった。 

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「う~ん、SE.RA.PH、ビースト、それにムーンキャンサー、か。実に興味深い」

 

『おや、ダ・ヴィンチ様。その様子では――』

 

「ああ、彼女の解析結果が出た」

 

『流石です』

 

「いやいや、大部分はロマニがやってくれてね。私は横から口を挟んだだけさ。いや、大したものだ。不安がるマシュを励ましながらだからね。親は強いよ」

 

『いえ、貴女に良い所を見せようとしたのでは……?』

 

「……ははぁん、そういう考えもあったね。男とはそういうものだった。いや、失念していたよ。私もこの身体になって長いからね。随分と意識を引っ張られているらしい」

 

 

 レイシフトルーム。

 カルデアの心臓部とも言える部屋にて、カルデアの頭脳そのものとなったアルフレッドと至高の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが言葉を交わしていた。

 

 レイシフトに必要なコフィンは虎太郎、ロビン、ガウェイン、エルキドゥの分が既に起動しており、更にもう一つ――

 

 

「それで、そっちの方はどうだい?」

 

『委細問題なく。霊基の調整は終了しました。後は送り込むだけですね。それから、もう一つの方も』

 

「流石だ。その辺りの術式(プログラム)作成は私でも敵わないよ。後は虎太郎の悪意と彼女の信仰心に期待しようか。あと拳」

 

『そうですね。此方の時間では数分後に、SE.RA.PHにおける最後の戦いが始まります。気を引き締めておかねば。では、レイシフト開始します』

 

 

 ――こうして最後の救援が送り込まれた。

 

 ある意味で彼女はSE.RA.PHにおいて、最も相応しくない英霊であり、同時に最も相応しい英霊でもある。

 

 祈り(物理)だけで荒ぶる竜を鎮めた女。

 ヤコブ、モーセと受け継がれ、聖なる格闘技を修めた乙女。

 

 マルタの(けん)が解禁される時が来た……!

 

 




はい、というわけで、御館様&トリ公、漢を見せる&黒幕起動&マルタの拳解禁、の回でした。

今回、御館様の使おうとした武器にも元ネタはあります。これも分かりやすいかなー。
まあ、魔界製の武器だからね、似たようなのが居ても何の不思議でもないのがlilithワールドの魔界の便利な所よ!

さて、後何話で終わるかなー? お盆休み中に終わればよいのだが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『苦労人は、ただの意地でも貫き通せば認めてやる男』


はー、今回のイベントの当たりは術ネロ、エレナママ、頼光ママらしいですなー。
でもな、黒王も欲しいんだよなぁ。イラストアド高いし。スキルも面白いからなぁ。ただ、ウチにはコアトル姐さんが居るから食い合ってしまう。まあ、強いから引くんじゃねぇ、欲しいから引くんだよの精神で行こう!(お目々ぐるぐる

そして、いよいよサブタイトルのネタが尽きてきた感よ。全く思いつかねぇ! 困ったもんやで。

では、SE.RA.PH編スタートじゃい! 


 

 

 

 

 

「準備は出来てるな……?」

 

 

 教会に戻ってから六時間。

 メルトが自分の脚で歩けるようになってから三時間。

 

 各自が霊基(からだ)の調子や武器の手入れをしている中、虎太郎は両手で教会の扉を開け放ちながら現れた。

 

 普段通りの――否、普段以上の無表情で総員の状態を確認する。

 

 

「私は此処でサポートをするから。尤も、大して役に立たないでしょうけど……」

 

「了解だ。やれることを可能なだけ頼む」

 

 

 最後の戦いに力添えの出来ない歯痒さを噛み締めながらも、メルトの表情に諦めはなかった。

 

 その顔を一瞥しただけで、任せられると判断したのか、虎太郎はそれ以上の言葉を掛けることなく歩き出す。

 皆が虎太郎の後を続く中、エルキドゥだけが彼の背中を見て、訝しげな表情をしていたものの、何か言葉を発することもなく列に加わる。

 

 

「リップ、虎太郎を守ってあげて。あの人、無茶ばかりだから」

 

「うん。メルトの分まで、だよね。私に何処まで出来るか分からないけど、頑張るから……!」

 

 

 最早、後に退くつもりなぞ微塵もない虎太郎は置いていくメルトを振り返りすらしない。今生の別れになるかもしれないにせよ、其処に変化はない。

 やれることを可能なだけ、と指示を出した。メルトならば、言葉通りに行動すると理解しているからだ。

 例え、微力であれども支援は支援。今それぞれが出来る全力で事に臨むのであれば、どのような過程であれ、どのような結果であれ、文句を言わない男である。

 

 メルトは最後まで残ったリップの顔を両手で掴み、額を合わせる。

 戦いに赴くことが出来ず、姉妹に思いを託す不様なぞ、かつての彼女であれば、受け入れられなかったに違いはない。

 そして、リップもまた同様だ。自身の想い人以外から託される思いなぞ、彼女にとっては僅かな重みもなかったはず。

 

 そのような余分は、目的のために設計された彼女達に必要な機能ではなく。

 また、ただ一人の人間が、彼女達のような怪物から逃げ出さずに立ち向かい、目を逸らさずに向かい合った結果。

 “あの人”の奮闘を讃え、感謝している故に自らの怪物性を理解しながら向かい合い、新たな出会いに光を見出した。

 

 見送る顔は暖かに。

 踏み出す脚は軽やかに。

 

 メルトは遠ざかっていく背中を見送った。最後の一人の背中が見えなくなるまで。

 

 涙が溢れてしまいそうなほどの不甲斐なさ。

 命を絶ちたくなりそうなほどの疎外感。

 

 それらを振り払い、彼女は教会の中へと戻っていく。

 サーヴァントとしては既に戦うことは出来ないが、AIとしての演算能力は健在だ。

 虎太郎の置かれた状況を常に測定(モニター)し、事態を打開する一助になれる可能性は残っていた。

 

 長椅子に座って大きく一度深呼吸し、気持ちを切り替える。

 

 その時――

 

 

「――――――誰っ!?」

 

 

 ――静まり返った礼拝堂に、彼女以外の足音が響き渡った。

 

 マズいと感じたが、ここまで接近されては既にどうしようもない。

 もし仮に、このタイミングで誰かが襲撃を掛けてくるとするのなら、()()()の差し金以外に有り得ない。

 

 あの女の性格上、役立たずになった自分に興味を持つなど予想外も予想外だ。

 だが、甘かったと認めざるを得ない。BBの愉快犯ぶりすら、あの女に比べればまだマシな方なのだから。

 

 他人を踏み台にし、苦しむ様を見ることに快楽を見出すことくらいあるだろう。

 その為ならば、どんなに回りくどい手段も、これまで推し進めてきた計画も、全てを投げ打つことも有り得る。

 

 

(――――逃げの一手ね。どれだけ能力が優れていても、あの女のこと。逃げる隙くらいはある……!)

 

 

 絶望的な戦力差。

 絶望的な状況下。

 

 その中にあって、メルトに諦めはない。

 やれることを可能なだけ。今し方、虎太郎に頼まれた事柄を実行するまでのこと。

 

 足音が近づいてくる。

 発生源は二階から。一歩、また一歩と階段を下って近づいてくる。

 

 すぐに逃げる愚は犯さない。

 今の性能(スペック)では見せた背中を串刺しにされる可能性の方が高い。

 ならば、会話の隙を突くしかない。あの女なら優越感に浸ってべらべらと話し出すに違いない。隙が必ず生じる。後は己の運次第。

 

 其処まで考え、腹を括った。そして――

 

 

「――――――――」

 

 

 ――彼女の思考は、掛け値のない白痴に犯された。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 天体室。

 本来であれば、アニムスフィアによる何らかの実験が繰り返されていた魔術工房。

 

 であったのだが、いま現在、部屋の主はBB。内装(テクスチャ)は彼女の思うままに張り替えられている。

 

 テレビ局さながらのカメラ機器。

 彼女の言葉を漏らすまいとする高性能マイク。

 カメラ映りを良くするため設置された無数の照明。

 NEWS BBと大文字で表記されたモニター。

 

 BBチャンネルを配信するために張り替えられたテクスチャは、スタジオと呼ぶに相応しい様相を呈していた。

 

 

「はーい、おかえりなさーい☆ ロビンさん、いつも買い出しご苦労さ――――え? はい? センパイ? なんで? なぜにわたしのスタジオに?」

 

「………………」

 

 

 その中央で椅子に座って寛いでいたBBは、入室してきたのがロビンと勘違いしたらしい。

 生憎であるが、入ってきたのは突入した虎太郎達一行である。

 

 予想外であったのか、それとも演技であったのか。

 ハテナ顔のまま椅子から立ち上がったBBに、虎太郎は会話もせずにツカツカと歩み寄っていく。

 

 

「――――――う゛っ?!」

 

 

 そして、無防備な柔らかい腹に、無言の腹パンを叩き込んだ。

 

 これまた予想外であったBBは躱せるはずもなく、お腹を押さえてその場に蹲ってしまう。

 

 

「あの、虎太郎。確かに、畳み掛けるべき場面ではありますが、その……」

 

「トリスタン卿。諦めて下さい。我らがカルデアではこの程度日常茶飯事。顔を見た瞬間に令呪込みの宝具をぶっぱさせなかっただけマシです」

 

「何一つ否定できないね。大抵、そのパターンだからね!」

 

「会話して貰えただけ、あたしマシだったんだ……」

 

「これにはキャットも苦笑い。BBチャンには悪いが、同情は欠片もしないがナ!」

 

 

 確かに、今まで散々妨害は受けていたのではあるが、それでもBBには何処か憎めなさがあった。

 サーヴァント達は怒りこそ抱いてはいても、心底から彼女を憎んでいる者は一人もいない。

 

 だが、虎太郎はそんな彼女にすらこの仕打ちである。そりゃ誰だってドン引く。

 

 

「……はぁ、かはッ…………ノ、ノックもなしに、女の子の部屋に、入るとか、デリカシーとか、微塵もないんですねセンパイっ!」

 

「生憎だが、デリカシーをくれてやる相手は選ぶタイプでな。お前にそんなものが必要あるとは思えんわ。死ね、BB。ただただ死ね」

 

 

 綺麗に鳩尾に入ったのか、BBは呼吸すら儘ならなかったようだが、持ち前のハングリー精神で立ち上がってみせた。

 

 相も変わらない減らず口の応酬と憎まれ口の叩き合い。

 目元が影で覆われ、悪意で象ったかのような、歪んだ口元だけが見える黒い笑みを互いに浮かべる。

 

 

「ふふふ。ふふふふふふふふ! でも、いいんですかぁ? 私、手加減しませんよ? スタジオに強襲されては私も退路はありませんので。(ユニット)の分際でゲームマスターに逆らう事がどれほど愚かしい事か、死を以て教えてあげましょう!」

 

「いや、勘違いも甚だしい。オレは(ユニット)ではなく、対戦相手(プレイヤー)だよ。負けそうになったら盤面を引っ繰り返すタイプのな。そして、駒の中にもゲームマスターに勝てる例外(やつ)はいる」

 

 

 邪悪な笑みを浮かべたBBであったが、同じく邪悪な笑みを以て応える虎太郎。この二人、相性が良いのか悪いのか。

 

 虎太郎は親指を立て、自らの後方を指し示す。

 BBが釣られて視線を向ければ、其処には虎太郎と契約或いは協力関係にあるサーヴァント達が居た。

 

 エルキドゥ、ガウェイン、トリスタン、タマモキャット、パッションリップ、鈴鹿御前。

 其処まではいい。元々、カルデアに召喚されたサーヴァント、SE.RA.PHにおいて協力を取り付けたサーヴァントである。

 

 最後の戦いへ共に赴くのは当然のこと。この程度は想定の範囲内――――

 

 

 ――――が、その中央に、見慣れない顔が居た。

 

 

 女子プロレスラーを彷彿とさせるド派手な水着。

 女性らしさを残しながらも骨太。しかして美しい印象をも受ける、生物として完璧な肉体。

 両腕には主と聖人達の加護による聖なる篭手(ホーリー・ガントレット)

 全身に纏った闘気をそのままに、ポキポキと拳を鳴らすその姿。

 

 彼女のハートに燃える火は、悪魔どもには地獄の業火。燃やし尽くすわ、隣人の為にっ!

 百鬼夜行を()()KILL、ベタニアの鉄拳・マルタであるッッッ!!

 

 

「…………………………ヒュー」

 

 

 マルタの姿を見つけたBBの心境はどのようなものであったのか。

 目をまんまるに見開き、か細く短い呼吸で喉を鳴らす。

 

 彼女の脳内に流れているのは、ジョーズのテーマか、ターミネーターのテーマか、デカマスターのテーマか、それとも愛で空が落ちてきそうな曲なのか。

 

 

「これが! これがっ!! アルフレッドの最適解だ――――!」

 

 

 そう。天体室に突入する直前にカルデアから送り込まれた、最後の救援である。

 アルフレッドがBBの霊基を解析し、最も相性が良いと判断したのが、マルタであった。

 

 ただ、水着という、いくら海に関係しているSE.RA.PHだからといって大火傷の姿は、アルフレッドが霊基をルーラーとして調整した姿でもある。

 カルデアに召喚された際、彼女のクラスはライダーとして固定されていたが、ルーラーとしての適正をも備えている。

 だが、以前の休暇でスカサハの原初のルーンで霊基を書き換えられた影響なのか、アルフレッドの能力をもってしても、ルーラーへクラス変更を行うと水着姿になってしまった。

 

 お陰様で聖衣と聖杖も失い、最早、彼女は素手で争いを治めるしかないのである。

 

 そして、BBの持つ能力はその大半が強化と対象の妨害に向いたもの。

 この辺りはAIらしく、直接戦うのではなく他者を戦わせる者としての側面が強く影響しているものと思われる。

 

 マルタはBBにとって、正に天敵である。

 主と聖人達の加護を受けた彼女は、BBからの妨害を弾くことが可能なのだから。

 

 

「せ、センパイ? その人は? 水着姿で拳を構えている人は……?」

 

「――――我がカルデア素手喧嘩(ステゴロ)最強の存在、凄女(マルタ)様だ」

 

「――――誰が素手喧嘩(ステゴロ)最強よ!(ドゴォッ!」

 

「ぎゃふん!?」

 

 

 カタカタと震えるBBにドヤ顔でマルタを紹介する虎太郎であったが、当の本人からクッソ重いボディブローの洗礼が打ち込まれる。

 BBに叩き込まれた腹パンなど比較にならない威力。鳩尾に入った拳はそのまま彼の身体を打ち上げ、照明器具を破壊しながら天井に背中から叩きつけた。

 

 重い。余りにも重い音に混じって、明らかに骨の折れる音が響いた。

 

 見よ、虎太郎の不様な姿を!

 腹を押さえて呻きながらのた打ち回る姿を!

 

 誰がどう見たって肋骨が二、三本は折れている! 内臓に傷でも付いたのか、血反吐まで吐いている!

 でもマルタは気にしない。何時もの事何時もの事。これにはロン毛のおっさんも思わず頭を抱えて溜め息を吐くこと間違い無し!

 

 

「やるってんならとことんやるわよ、ナメんなっての!」

 

「あわわ、あば、あばば。せ、センパイなんて人を! しかも自分も殴られてるじゃないですかーーーー?!」

 

「ふ、ふふ、ごはっ……?! オレは、人を傷つけるためならば、自分が苦しむことも厭わない。そして、最後に一言だけ言わせてくれBB――――――死にゆく君は美しい」

 

「いやぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ――――!?!?」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「悔い! 改めろっての!」

 

「はぐぅぅぅっ! 痛い痛い痛い痛いっ! な、なんですか、何なんですかこれぇ! ぜ、全身に、言葉に出来ない、痛みと悪寒、がっ、はぁっ……!」

 

「そ、それは、コブラ、ツイストと呼ばれる、技だ……おのれコアトル、余計なプロレス技を、仕込みやがって……!」

 

 

 BBの身体からギリギリと筋肉と骨が軋む音が響く。

 

 コブラツイスト。

 プロレスにおける超有名な必殺技(フィニッシュ・ホールド)の一つ。

 様々な派生技が存在し、背中、脇腹、腰、肩、首筋を同時に極め、完璧な形で極まれば呼吸さえ儘ならない。

 

 これを仕込んだのは言うまでもなくルチャの女神……違った、ルチャが大好きなだけの太陽の女神、ケツァル・コアトルだ。

 マルタの天性の肉体にルチャ・ドーラとしての資質を見出したコアトルは、彼女を熱心に勧誘。

 無論、そのような野蛮な見世物など聖女たるマルタに受け入れがたいもの、初めの内は拒否していた。

 

 が、其処は智慧の善神。

 異国、異教の神と言えども悪魔として扱わず、神として認めていないものの人を愛する超常の存在として一定の敬意を払うマルタを、言葉巧みに勧誘を続けた。

 その陽気さで絆し、プロレスと言うスポーツの魅力を語り、遂にマルタの口から、まあ、其処まで言うなら、と零させたのである。

 

 基本、ヤコブの手足は打撃中心の格闘法。

 その為か、プロレスのド派手な飛び技、投げ技はマルタには新鮮なものに映ったようだ。特に、関節技には並々ならぬ関心を寄せた。

 動きを完全に封じつつも、相手を傷付けずに無力化する多彩な技の数々にマルタもニッコリ。尤も、彼女の肉体から繰り出される関節技は充分に殺人級なわけではあるが。

 

 カルデアにて、相手を殺すことなく戦いを治める聖女様と女神様の最強タッグが密かに結成されつつあった。

 主な被害者、もとい練習台、ないし制裁相手はアマデウスと黒髭である。残念ながら当然の人選だね! しょうがないね!

 

 BBもよく頑張った方である。

 相性が悪いと判断するや、次々にシャドウサーヴァントを召喚。

 フェルグス、キャスターのクー・フーリン、メイヴなどのケルト勢。ヘラクレス、ナイチンゲール、スパルタクスなどバーサーカーの代名詞達。

 シャドウサーヴァントとは言え、元は力量も知名度も決して悪くはない英霊達。悪くない選択肢であるが、相手が悪かった。

 

 フェルグスにはヘッドバッド。クー・フーリンにはドロップキック。メイヴにはラリアット。ヘラクレスにはブレーンバスター。ナイチンゲールにはフロントネックロック。スパルタクスにはパロスペシャル。

 

 と、やりたい放題。

 決して無双状態などではない。一人一人丁寧に、相手の目を見て真摯にぶちのめした。

 これでは月の数学者も、雑ですねぇ! 実に雑! などとホザケない。ただ震えて自分の番が回ってこないことを祈るしかあるまい。

 

 彼女の活躍を前にして、味方はただ見守るだけ。

 エルキドゥはプークスクスしながら、グッと親指を立て。

 円卓の騎士は、ただただ呆然と推移を見守り。

 女性陣はガタガタと震えながら互いを抱き合う始末。

 

 そして、虎太郎であるが、相変わらず不様に地面に這いつくばっていた。

 ボディブローが効いている訳ではない。そんなダメージからはとうの昔に復帰している。

 余りにも一方的な展開にゲス顔で爆笑し、野次を飛ばし、挙句の果てに調子に乗ってマルタを覆面レスラーに仕立て上げようとしたところで、アルゼンチンバックブリーカーを極められただけだ。

 今も背骨がギシギシと嫌な音を立てているが、完全な自業自得であった。

 

 

「ふん…………ザケんじゃないわよ」

 

「か―――――ぐふぅっ」

 

 

 ようやくコブラツイストから解放されたBBは、そのまま地面に倒れ込む。

 やっぱり虎太郎とBBはよく似ている。どちらも共に調子に乗って痛い目を見ているあたり、決して相性は悪くないのではないか。

 いや、だからこそ相性が悪いのか。この二人が手を組もうものなら、調子に乗って暴走機関車になった挙句、自分達だけ盛大に爆死すること請け合いだ。

 

 

「こ、これで、勝った、なんて……思うな、よぉ、です……」

 

「……あぁん?」

 

「ひぃっ――――きゅぅう……」

 

 

 最後に短い悲鳴を上げながらも、這い蹲ったまま親指を立てて消えていくBB。

 

 この現実に大半は呆気に取られた。

 いや、マルタのぼうりょ――活躍に、ではなく、BBが簡単に退場したことに対してだ。

 特に、黒幕の存在について何の示唆もされていないキャット、鈴鹿、トリスタンは、信じられないと言った表情である。

 エルキドゥ、ガウェイン、マルタは黒幕の存在について聞いてはいる。備えてもいたが――真の意味で心構えは出来ていなかった。

 

 この中で心構えまで済ませていたのは、SE.RA.PHの真実に最も肉薄している虎太郎ともう一人。

 

 

「――――……!」

 

「ダークネス! ネコのインフラビジョンを以てしてもダークネス!!」

 

「……これは……音も遮断されているようです……聞こえるのは私達の音だけで……」

 

「あちち、あち!? 火を焚いても見えないってどういうコトよ!?」

 

「それだけじゃない。部屋自体の気配も変わった。BBの張ったテクスチャが剥がれたようだね、これは」

 

 

 彼等の間隙を突くように、スタジオの照明が落ちた。

 視界の全てが暗黒に覆われる。一寸先も見通せない闇に放り出され、僅かばかりの動揺に包まれたものの、混乱には至らない。

 

 

(良い手だが、黒幕の行き当たりばったりで快楽至上主義なやり方じゃない。この合理的かつ効率的なやり方は――――エミヤか)

 

(なら、マズいな。狙いはマスター殺し(オレ)か。位置は既にバレてるはず。動いても声を上げても位置をより正確に把握される。さて、どうするべきか……)

 

 

 地面に倒れ伏した状態のまま、暗黒の揺り籠で思考を巡らせる。

 

 教会に僅かに残された手掛かりから既にエミヤは退場したか、最悪、黒幕に取り込まれたものと結論づけていた。

 

 どうやら、その結論は正しかったらしい。

 だが、彼の自意識――有り体に言えば、彼の得意とした戦略や培ってきた経験を活かせる状態だ――が残されているとは思わなかった。そのような生易しい男ではない、と断じていたからだ。

 

 不用意には動けず、かと言って何らかの手段を講じなければ待っているのは確実な死。

 相手に不安と焦燥を覚えさせて選択ミスを誘いながらも、時間が過ぎれば過ぎるほど己が有利になっていく、舌打ちをしたくなるほど鮮やかな殺戮の手並み。これが、エミヤのものでなく誰のものだというのか。

 

 

「――――其処か」

 

 

 虎太郎が打開策を思い付くよりも早く、暗闇に身を隠したエミヤが動いた。

 暗闇の何処からか刺すような殺意を感じ取り、言葉を聞き取った瞬間に――――いや、もっと正確に言うのならば後手に回った瞬間から、手詰まりであったのだ。

 

 エルキドゥも、ガウェインも、マルタも動揺こそしていなかった故に、奇襲への心構えは出来ていなかった。故に一手遅れる。

 どう考えても間に合わない。数瞬先の死を避けられない。それら全てを悟り、虎太郎は状況の打開を諦めた。

 

 

「あっちゃぁ、手詰まり。任せるわ」

 

「はい――――っ!」

 

 

 暗闇の中を乾いた発砲音が連続し、閃光が発せられる。

 発火炎(マズルフラッシュ)と火花が別々に散り、弾丸を弾く金属音が続いた。

 

 次の瞬間、消えていたはずの照明が灯る。

 

 地面に倒れ伏したままだった虎太郎は無傷のまま。

 数発の弾丸を放ったエミヤは銃を構えたまま。

 そして、二人の間に割って入り、凶弾から虎太郎を守りきったリップの姿があった。

 

 そう。彼女は読んでいた。

 虎太郎以外に、この奇襲を読んでいたのはリップだけだった。

 戦えなくなった姉妹(メルト)の願いを聞き届けるために。姉妹の主を守るための盾と化すために。

 

 

「割とマジで危なかったな、今の」

 

「私には、そうは思えないですけど。でも、怪我がなくてよかったです」

 

「いやいや、お前の行動は100点だった。オレのは20点と言ったところだ」

 

 

 虎太郎の盾となったまま後ろを振り返ったリップの顔には、安堵よりも呆れの色が強い。

 

 それもその筈。手詰まりなどと嘯いた彼ではあったが、その全身は黒い光沢を帯びていたからだ。

 金遁・金剛体法。身体の一部、或いは全身を金属へと変化させる金遁の中ではポピュラーな忍術である。

 

 これではリップの呆れも尤もであったが、虎太郎に言わせれば即死を避けるためだけの苦肉の策に過ぎなかった。

 

 そも、エミヤの放つ弾丸の威力は測定していない。

 銃は50口径と言ったところではあるが、アレはエミヤの得意とする投影魔術によって改造された宝具。ただの拳銃がライフル並の威力を秘めていたとしても不思議ではない。

 またSE.RA.PHでサーヴァントを倒す際に見た彼の宝具は、弾丸を基点として発動する。弾丸そのものにも投影による改造を施せる可能性は充分にあり、此方も未知数である。

 

 虎太郎の行動は一か八か、破れかぶれに過ぎず、命を賭けるには勝ちの目が薄すぎるもの。

 その点、リップの行動は素晴らしい。敵の行動を予測し、完全に読み切って確実な手段を取ったのだから。

 

 

「これは……壁に並んでいるものは棺、ですか? 中には……幼い子供の……」

 

「――――――」

 

「カルデアの管制室に、よく似ていますね……」

 

「なら、アレはコフィン、か。惨いね、これは」

 

「フザけるのも、大概にしなさいよ……!」

 

 

 そして、エミヤの裏切りを前にしても、サーヴァント達は戦闘態勢を取れないでいた。

 

 それもその筈。

 虎太郎の得た情報から、ある程度は事実を察していた。

 察してはいたが、実際に己の目で事実を見れば、その衝撃と怒りは如何程か。

 

 彼等が目にしたものこそ、本来の天体室。

 壁にずらりと並ぶコフィン。その中に入れられたのは128人のマスターと言う名の犠牲者達(遺体)

 これこそがマリスビリーの残した遺産――――否、アニムスフィア家の罪状。人理保証の名の下に行われた非道の成果である。

 

 

「――――――そう。そういうコトだったワケ、SE.RA.PHの動力って」

 

 

 鈴鹿の声は震えていたが、同時に何処までも冷たい。

 抑えきれないはずの怒りを抑え、口の端を噛み締めて、目の前のエミヤに飛びかかることを抑えている。

 

 128騎のサーヴァントがいるのならば、128人のマスターがいるのは当然のこと。

 けれど、彼女も、キャットも、トリスタンも、そしてエミヤも、マスターを知らなかった。誰に呼ばれたのかも、今どうしているかすらも知らなかった。その答えがこれとは、余りに残酷に過ぎる。

 

 

 エミヤは茫洋とした表情でありながらも、滑らかな口調で訥々と語り始める。

 

 

 天体室がセラフィックスの心臓部。天体シミュレーター室、システム・アニムスフィア。

 魔神柱はセラフィックスに根付いた後、放棄された天体室の存在を知り、これの利用を目論んだ。

 

 コフィンの中は不確定の世界。

 もう何年も前に死んだ魔術師だろうと、マスター候補であろうと、コフィンに電源さえ入れれば生体回路(マスター)として使用できる。それこそ、何度でも。

 128騎のサーヴァントは天体室の亡骸が喚んだもの。それも幾度となく、何十回と。カルデアからの助けが来るまで飽きもせずに。

 

 

「――――こっ、のぉ!」

 

「落ち着け、鈴鹿。これを作ったのも利用したのも、エミヤじゃない」

 

 

 これ以上は我慢がならないと足を踏み出した鈴鹿の肩を掴み、虎太郎は押し留めた。

 何の事はない。事実としてエミヤは裏切ってこそいるものの、天体室を起動させたのは魔神柱――ひいては黒幕である。

 

 鈴鹿はその正当性を認めながらも、怒りの余りに肩に掛けられた手を払いのける。

 キャットも、トリスタンも、口を閉ざしてこそいたが、鈴鹿と同様の心境であった。

 

 

「――だが、それも終わりだ」

 

 

 彼等の怒りなど気にした様子もなく、エミヤは語り続ける。

 いや、その何処を見ているのかも分からない視線は、彼等を正しく把握しているかさえ分からない。

 

 一体、どのような変化なのか。

 彼の霊基はヒビ割れ、カビのような何かで包まれているではないか。

 

 コフィンの電源はエミヤが破壊したらしい。

 生きているか死んでいるか不明だったマスター達は、これで完全に死亡した。もう二度と、残酷な夢に苛まれることはない。

 

 そして。そして――――

 

 

「貴様も死ね、虎太郎」

 

 

 天体室の存在を知った者は、ひとりも、例外なく、生かしておかない。

 二度とは、同じケースを起こさせない。

 

 あらゆる悪の痕跡を消す。

 後に続く悲劇の可能性を潰す。

 

 

「オレはそうやって生まれたものだ。その為に、その為に――――」

 

 

 ――その為に多くの命を踏み躙った――

 

 蠱惑的な女の声が響く。

 菩薩の如き慈愛に満ちた、悍ましいほどに穏やかで、暖かな声色。

 

 女は語る。

 であるのならば、今回も例外は許されない、と。

 

 

『どうぞ思うままに、無銘の執行者。最後の責務、存分に果たされますように――――』

 

 

 その女の言葉を最後に、エミヤは名前を失った。

 全身はシャドウサーヴァントのように影に覆われ、彼を彼たらしめていた全ては燃え尽きた。

 

 人類らしい全体浄化の機構(システム)

 その場に居る全ての人間を殺し尽くすことで、人類全ての破滅という結果を回避させる最終安全装置(セーフティ)

 奇跡を詐称する高利貸しに、死後を売り渡した誰かの成れの果て(末路)

 

 ――抑止の守護者(ロストマン)

 

 それが、それこそが。魔道へと落ち、過去を損ない、理想を忘れ、腐り果てた男の理想の姿であったのだ。

 

 霊基は既に死に体。

 にも拘らず、死体(デッドマン)はまだ動く。

 自ら定めた役割を、自らが理想とした役割を果たすために。

 

 

「ほーい、ただいま、帰り、ました、よっ…………あんじゃこりゃぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁ!?」

 

 

 その時、空気を全く読まずに天体室へと入ってくる者がいた。

 BBの小間使いをやらされていたロビンである。

 

 スタジオの変わりよう、そして死体になっても動くエミヤの成れの果てを目にするや絶叫した。

 

 彼にしてみれば、いつも通りの買い物帰りに主人が殺されていたようなもの、叫びもしよう。

 

 

「話は後です、ロビンさん! 手が空いているなら協力して下さい! BBはゲームマスターとしての仕事を終えました! 後はBBを呼び出した魔神だけです!」

 

「あの女、目を離してる内に勝手に話を進めやがった……いやぁ、しかし嬢ちゃんも暫く見ない間に立派になったな。陰湿ストーカーが見違えやがったぜ」

 

「そういうロビンさんは変わりませんね! 全くぅ!」

 

 

 思いもよらない増援はあったものの、事態はそう変わらない。

 死体のまま動けるのも、死体にも拘らず凄まじい威圧感を放っていることから、ロストマンは黒幕からの後押しを受けていると見て間違いない。

 かつてエミヤと呼ばれた英霊とは異なるとは言え、決して侮れるものではないだろう。

 

 けれど、驚くべきことに。

 虎太郎は恐れなど何一つ抱いていない表情で、エミヤへと近づいていく。

 

 

「――――――」

 

「虎太郎、そいつはもう――――!」

 

 

 マルタの悲鳴も当然だった。

 これ以上ない無謀。単なる自殺行為。

 どれだけの手段と能力を有していようとも、サーヴァントに人間が立ち向かうとはそういうこと。

 エルキドゥは唖然と言葉すら忘れ、ガウェインは呆然と見守るしかなかった。

 

 ロストマンが銃を構えた。

 銃口は真っ直ぐ虎太郎の眉間に向けられ、引き金にかかった指が絞られていく。

 純然たる殺戮機構に失敗(ミス)は在り得ない。次の瞬間に、虎太郎の頭蓋は爆ぜ割れるだろう。

 

 

「おい、いいのか? お前の後ろに居る女が嗤ってるのはお前じゃなくて、()()()()()()()()()()()なんだぜ?」

 

 

 その一言に、殺戮機構に歪が生じた。

 彼自身、既に他者の言葉など理解できない有り様の筈だった。

 

 だが――――だが、当の本人すら忘れ果てた何かが、腐り果てた魂の奥底に眠る何かが、軋み上げて回り出している。

 

 錆び付いた機械が再び動き出すかのような動揺。

 動揺はそのまま彼の腕にまで伝わり、頭蓋を爆ぜ割る弾丸は、あらぬ方向へと消えていく。

 

 

「どうした、撃てよ? 引き金を引いて皆殺しにする。それだけの話だろ?」

 

「――――――」

 

 

 虎太郎は彼の握る銃を両手で掴むと、自らの額に照準を合わせて笑いながら唆す。

 

 しかし、引き金は動かない。

 まるで全てを失った男が、それは違う、それだけは違う、と最後の抵抗を見せるかのように。

 

 そうだ。

 彼にとって、それは違う。

 

 抑止の守護者などという体のいい掃除屋になったのは、決して誰かに唆されてのことではない。

 

 全てを失った果て。

 自らの理想を捨てて、本当に守りたかった誰かを手に掛けてでも殺さねばならない存在を殺し損なった。

 悪逆の報いを受けることも叶わず、後に残った鉄の心を抱え、腐り落ちた魂で己の不様を嗤い続けた。

 

 結果は得られなかった。それは仕方がないと割り切ろう。

 何故ならば、その過程を決断したのは他ならぬ己によるものだったから。

 

 

「出来ない。出来ねぇよなぁ? ええ、おい? エミヤよ?」

 

「――――ッ」

 

「下らねぇ事してねぇで、さっさと戻れよ、悪の敵(正義の味方)

 

 

 そうだ。出来るはずもない。

 皆殺しにするのはいい。それは己の決断故に。無心の執行者であることを自らの意思で選んだのだ。

 

 ――――あの女()の口車に乗せてなど、罷りならん。

 

 自らの決断を他者に委ねるなど、それこそ犠牲にした人々に申し訳が立たない。

 

 

「――――ハッ! 良い顔してるぜ。それでこそ“エミヤ”だ。ついでにプレゼントもくれてやるさ。歯を食いしばれ、『嗤う鉄心』如きじゃ耐えられねぇぞ?」

 

「……あ、あぁ………アァアアァアァァアァアアァっっ!!!」

 

 

 虎太郎が、無心の執行者の額に触れ、能力を発動させる。

 それは酷く単純な記憶を共有する能力。精神に経路(パス)を繋ぎ、使用者の許可した範囲で記憶を閲覧することを可能にする。

 言葉で説明し得ない状況を、瞬時に相手に伝えることの出来る、記憶を限定としたサトラレのようなものだ。

 

 

『なんだよ、なりたかったって、諦めたのかよ』

 

『うん。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ』

 

 

 それは虎太郎の知り得る筈のない記憶であり、エミヤにとっては原初の記憶。

 

 彼は調べていた。

 赤い弓兵が抑止の守護者であり、また現代以降の英霊という今まで召喚した試しのないケースであったために。そして、以前にも無数の聖杯戦争に参加した経験を欲した故に。

 蒼い槍兵と私闘を開始し、自害させた後。残された霊基のデータから彼の経験(きおく)を抽出した。

 

 抑止力による酷使によって、彼の記憶は大部分が摩耗していたが、残されていたものもあった。それが、これだ。

 

 

『じゃあさ、俺がなるよ。じいさんは大人だから無理だけどさ、俺なら大丈夫だろ? 大丈夫だって。じいさんの夢は俺がちゃーんと形にしてやっからさ』

 

『――ああ、安心した』

 

 

 幼い日の遠い約束。

 失われたものを思う余りに全てを台無しにした男の破れた夢を、空っぽの自分に詰め込んだ。

 

 既に忘れていた記憶。

 無心の執行者は関係ないと感じながらも、思い出していく。さながら、毒に蝕まれるように。

 

 それがどれほどの拷問であろうか。

 自らの犯してきた罪、重ねてきた悪逆が、罪悪感となって無心である筈の執行者を責め苛む。

 

 鉄の心は砕け散り、立っていることすらままならない。そもそも鉄の心など人の持つべきものではなかったのだ。

 

 

「あぁ、そうだ――――」

 

 

 だが、砕けた心の奥底で叫ぶものがある。

 

 叫びに応じ、鉄の心は熱を帯び、再び火が灯る。

 全身の血潮は燃え盛り、剣で出来た身体は錆を落とすが如く研ぎ澄まされる。

 失墜した魂は地獄以下の底辺から這い上がり、再び恥知らずにも失った理想に手を伸ばす。

 

 

「――――それだけが、オレの全てだった」

 

 

 自分以外の誰かの為に。

 それだけが、彼の理想の内に秘められた思いであり、彼の選んだ人生の根底にあったものであり、彼の全てだった。

 

 かつてのように、全てを救うなどと奮起は出来ない。

 座に刻まれた在り方はこれ以後も無心の執行者として、同じ悲劇を繰り返させないために多くの命を皆殺しにするだろう。

 

 けれど、その理想を二度とは忘れまい。

 

 

『問おう。貴方が私のマスターか』

 

 

 血反吐を吐きながら、涙を流しながら、務めを全うする。

 

 美しい思い出は絶えず彼を責め苛むことになる。

 自らに相応しい罰と罪悪感を受け入れて、意地を張って歩み続ける。

 何せ、その一念(意地)だけが、彼を英霊にまで押し上げたのだから。

 

 

「よお。お前の魂は落ちるとこまで落ちてたわけだが、何でだったと思う?」

 

「愚問だな。今ならば迷わず答えよう――――這い上がるためだ」

 

 

 随分と理想とは遠いところに来てしまったが、何の問題もない。

 胸の内では忘れた筈の理想が灯火のように燃えている。己を嘲嗤う鉄心は砕け散り、不破の鉄心として再起を果たす。

 

 そう。“エミヤ”の銘は、どのような形であれ、どのような在り方であれ、紛うことなき正義の系譜である証。

 

 ――――こうして、悪の敵(正義の味方)は、帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・不破の鉄心:A(最大:CT7 最低:CT5)

 

 効果:自身の攻撃力をUP(3回)&無敵貫通効果を付与(1ターン)&クリティカル威力をUP(1ターン)&スター集中状態を付与(1ターン)&ガッツ付与(3ターン)

 

 『嗤う鉄心』を改造して生まれた精神補強スキル。

 このスキルを保有する者の思考は人理守護を優先事項とし、それ以外の全てを見捨てる守護者本来の在り方をよしとする。

 だが、それを支えるのは抑止力に押し付けられた概念ではなく、蘇った理想。本人の意思次第で優先事項をある程度入れ替えることが可能。

 一種の洗脳ではなく、当人の意地がスキルとなったものである故に、思考に柔軟性が生まれており、より凶悪な判断を下す場合もある。

 

 虚仮の一念岩をも徹す。

 このスキルがなくとも、この男は反転した状態であっても力を十全に発揮することだろう。 

 

 





はい、という訳で、マルタの拳炸裂、BBちゃんフルボッコ&コアトル姐さん余計なことする&ボブミヤ、再起動でした。

実際のとこ、ボブがこんな簡単に理想を思い出すかは謎。
思い出したからと言って、理想に手を伸ばすかも謎。

まあ、根底にあるのはドンファンもボブも変わらないから、これでいいんだよ。基本的に他人優先のお人好しですしおすし。

なお御館様がエミヤに肩入れしてるのは、一本筋の通った正義の味方だから。こういう意地だけで戦ってきたような奴は嫌いじゃないのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『油断、慢心、他人を見下してる奴が苦労人を出し抜くとか笑い話にもならない』


NPCのネロちゃまを使ってみたが、EXアタックで斬撃皇帝とか言ってる……!
こういうお遊び要素とか、たまんねぇな! 余計に欲しくなるだろうが! どれだけ諭吉さんを犠牲にしろというのだ!(白目

そして、残念ながら盆休み中にSE.RA.PH編完結ならず


 

 

 

 

 

「さて、貴重な戦力が戻ってきたわけだが……」

 

「オレを――――私を戦力に数えるな。口惜しいが、現界していることすら厳しい。髄液(アンプル)が切れれば、即消滅だ」

 

「成程。殆ど根性だけで生き延びているわけだ。物理法則を捻じ曲げる根性。ハッ、いいね、嫌いじゃない。でも、あと一撃くらいは持つだろう? 折角だ、お前がトドメを刺していけ」

 

 

 膝を折り、両腕で身体を支える不様な姿であったが、腐った光を宿していた瞳には錬鉄の炎が宿っている。

 虎太郎が伸ばした手を、エミヤは何も言わぬまま間髪入れずに取ってみせた。

 

 今までの彼であれば無言で払い除けていた。

 その変化は、虎太郎の提案を受け入れた何よりの証左である。

 

 力の入らない、生きているだけの身体に肩を貸し、まるで誰かから距離を取るかのように歩み出す。

 

 

「――――意外ですねー。貴方はその為だけの機構であった筈。その恥知らずさ、貴方が奪った多くの命も報われないですよ」

 

「貴様はマーブル女史?! 先に天体室に来ていたというのかっ! …………なーどと言うと思ったか、イヌ紛らわしい。貴様が黒幕である事は、たった今なんとなく察したワン」

 

 

 エミヤの立っていた背後の暗闇。

 その中から、溶け出るように一人の女が現れた。

 

 彼女の名はマーブル・マッキントッシュ。

 アーノルドと共にエミヤによって殺害されたはずの職員であった。

 

 尤も、それも外面だけの話。

 内側に巣食っているのは全くの別人であり、キャットが察したようにセラフィックスの異常事態における元凶だ。

 

 

「恥知らずと言うのなら貴様も同類だ。大した面の厚さだ」

 

「ん? オレのこと?」

 

「虎太郎のことだね!」

 

「虎太郎のことですね……」

 

「虎太郎のことね……」

 

「「……………………」」

 

 

 虎太郎に放っていない筈の言葉を何故か受け取られ、そしてカルデアのサーヴァント達に肯定され、マーブル(仮)もエミヤも何とも言えない表情になった。

 とは言え、二人は悪くない、カルデアの皆も悪くない。事実として虎太郎は恥知らずを自認するところであり、他の皆も否定できる要素がなかったからだ。一体、彼等は何を見たと言うのか。

 

 

「…………何にせよ、正体を晒すが良い。薄気味悪くて吐き気がする」

 

「んんっ! そうですね。いい加減、他人の身体をまるっと着ているのは窮屈でしたから――――では、お言葉に甘えまして。人前で着替える不作法、お許し下さいましね?」

 

 

 浅はかならぬ因縁のある二人は、様々な反応を無視し、気を取り直して睨み合う。

 

 エミヤの言葉に促されるように、マーブルの身体(外面)が溶けていく。

 

 中から現れたのは一人の尼僧だった。

 奇妙な女だ。穏やかな眼差しに清楚な佇まいをしているにも関わらず、ただ立っているだけで人を引きつけるような蠱惑的な雰囲気を放っている。

 僧衣に隠された女性的な肉体がそうさせるのか。彼女から放たれる色香が人を狂わせるのか。

 

 

「この姿ではお初にお目にかかります。マーブル・マッキントッシュとは故人の姿――――(わたくし)は教会に務めていたセラピスト。名を、殺生院キアラと申します」

 

 

 それが彼女の名。

 

 外界から隔絶されたセラフィックスにおいてただ一人、努めて人間であろうとした聖女。

 だが、不運にも魔神ゼパルの依代に選ばれた哀れな女。尤も、それ以上に不運だったのはゼパルの方だったのだが。

 

 (けもの)は嘯く。

 彼女はゼパルと話し合いの末に和解を果たし、今では共に人を救う道を目指す者だ、と。

 

 彼女こそは7つの人類悪の一つ。3つ目の『快楽』の獣、ビーストⅢ。

 

 SE.RA.PHが女体を模していたのは、セラフィックスそのものを己の身体にしてしまおうとした故。

 引き伸ばされた時間の中、彼女は幾度となく召喚された英霊によって攻められ、壊され、見捨てられ――――

 

 彼女の話は確かに哀れみを誘うものだ。しかし、その違和感はどうか。

 その最たるものが彼女の表情。彼女が語るのは彼女自身に起きた悲劇にも拘らず、その表情は何処までも恍惚に包まれていた。

 

 BBを呼び寄せたのも、ゼパルに操られてのもの。

 ゼパルの力で彼女は多くの世界を知った。恐らく、ゼパルの並行世界を覗き見る力によるものだろう。

 

 そして数多にある世界の中から、彼女とゼパルはある時空の殺生院キアラを知った。

 

 ムーンセル・オートマトン。

 月に座す異文明の置き土産。月から太陽系を眺める神の瞳。七つの階層からなる七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)

 月そのものが聖杯となる月世界の彼女は、月の裏側と呼ばれた虚数空間で、ムーンセルを手に入れた。

 

 ゼパルは、またもほくそ笑んだのだろう。この女は()()()だったと。

 そうして、月世界の殺生院キアラと狂乱する職員に嬲られることしか出来なかった彼女を繋げてしまった。

 

 ゼパルの考えは正しい。

 彼の目的が何であったにせよ、強大な力、特異な運命を持つ者は隠れ蓑に相応しい。まして、その力をゼパルが振るえるのならば尚の事。

 

 もし、ゼパルに誤算があったとするのなら――――人間という生き物は時折、理不尽な怪物を生み出すということ。

 魔神柱という総体であり、同一規格の身体を持つ群体の一部であった彼には、人間の多様性と可能性を、ついぞ理解することはなかった。

 

 

「…………つまり、ゼパルはBBをサルベージしてセラフィックスを電脳化したのではなく、君を通じて、まずはSE.RA.PHに変換したんだね?」

 

「ええ、その通りに御座います」

 

「わたしもメルトもBBも、月世界(あっち)では貴女に取り込まれてしまっていたから……こうして貴女の中から再摘出されて、センチネルとして利用された……」

 

「……BBさんにも貴方達にも、悪い事をしました……」

 

 

 心底から申し訳ないと言いたげに、キアラは目を伏せる。

 だが、その場に彼女の言葉を額面通りに受け取っている者など、ただの一人も存在しない。

 

 ゼパルはセラフィックスをSE.RA.PHに変換は出来ても、運営する術を持たなかった。

 その為に、月の裏側でムーンセルに孤独な戦い(ハッキング)を挑んだBBとアルターエゴの力を借りるしかなかったのだ。

 

 

「…………じゃあ聞くけど。ゼパル様、ゼパル様って言うけど、そのゼパル様はどこ?」

 

「SE.RA.PHはアンタの身体そのものだって言うけど――アンタ、今まで何騎のサーヴァントを取り込んできたの?」

 

「いえ。サーヴァントを取り込むために、一体何度、ここにいた死者(マスター)達に残酷な夢を見せてきたのよ」

 

 

 事実を口にしているが、肝心な事を何も話していないキアラに、鈴鹿は堪りかねて口を開いた。

 その顔も声色も、怒りから凍りついている。当然だ。此処にゼパルの姿はなく、襲い掛かってきた魔神柱には中身がなかった。

 ならば、ゼパルは既に彼女に喰われたと見るべきであり、この事態の元凶が、この女であることは疑いようがない。

 

 

「それは……そんなに責めないでくださいませ……私も仕方なかったのです……」

 

 

 魔神柱の言いなりなぞはしたないと言いながらも、その顔は蕩けている。

 

 

「その、サーヴァントの皆さんの戦い様が余りにも気持ちよくて、美味しくて。私すっかり夢中になってしまいました。なので、死体がすり切れるぐらいまでなら、マスターの皆さんを酷使しても構わないかな、と」

 

「ですので、ええ、ごめんなさい? 70回を越えた辺りからは、もう数えていませんでした」

 

 

 そんな、吐き気を催すような事実を、さも当然と微笑みと共に語り出す。これが、この女の本性だ。

 

 キアラの言葉に、当の昔に限界を越えていた鈴鹿の怒りが吹き出した。

 この魔性をこれ以上は生かしておけば多くの人々のためにならない、などという小綺麗な理由ではない。

 自身に助けを求めたマスターの仇という、ドス黒く燃え滾るような理由であった。

 

 三振りの宝剣は、鈴鹿の怒りに応じて自ら鞘走る。

 キャットは爪を、トリスタンは弓を構えていた。言葉など、我々の怒りの前には不要だと示すように。

 

 けれど、三人の怒りは振り下ろしどころを失った。

 

 呆れ果てたことに、キアラは事もあろうに襲いかかろうとする三人をまるで見ていなかったからだ。

 この女が人を人と思わず、英霊ですらが娯楽の対象としてしか見ていないから――――――ではない。

 

 誰の目から見ても明らかに、掛け値なしにキアラは困っていた。

 今の今まで優越感と全能感に浸っていた筈の魔性が、自ら目にしたものに困惑していたのだ。

 

 

「……ええと……一体、何をしておられるのでしょう……?」

 

 

 キアラは堪らずに自らを困惑に陥れたモノに声を掛け、三人は堪らずにキアラの視線を辿る。

 

 其処には、天体室の壁に蜚蠊(ゴキブリ)の如く張り付き、コフィンの中を覗き込んでいる虎太郎の姿があった。

 

 全員が全員とも絶句していた。

 ようやく姿を表した黒幕を前にして、明かされるSE.RA.PHの事実を前にして、この男と来たら、全く話を聞いていない。

 どころか、困惑するキアラの言葉すら無視して、よじよじと移動してコフィンの一つ一つを覗き込むことを繰り返す。

 

 

「…………あの、ですから……」

 

「あー?! ちょっと後にしろ! オレは今忙しい! …………ったく、空気の読めない奴だな。見て分からねぇのかよ。つーか、オレ、前に言ったよな。話しかけんなって言ってたよな。ヤベェ、全身に蕁麻疹が出来てきた。どうしよ」

 

「……………………」

 

 

 前半は怒鳴り気味に、後半は完全に独り言である。

 これにはキアラも表情を引き攣った。この態度、まともに会話をする気配すらないのだから当然だろう。

 

 キアラ、人生初めての、掛け値なしの絶句であった。

 それもその筈、殺生院キアラというモノは愛されて生きてきた。

 ゼパルに取り憑かれる以前の彼女は、その善性から。月世界の彼女は、その魔性から。

 

 どのような世界であれ、彼女は誰かに愛され、また貪られた。理由は様々で、彼女を愛した者の末路もまた同様。

 

 その逸脱し過ぎた人間性を解脱と見紛い、菩薩の如く崇められもした。

 その破綻しきった本性を見抜かれ、殺さねばならない邪悪と憎まれもした。

 

 彼女は常に強大だった。

 性質が善であれ悪であれ、彼女は間違いなく救世主としての器を持って生まれていたからだ。

 

 だのに、あの男と来たらどうだ。

 殺生院キアラという存在に何の価値も見出していない。路端に転がる石と同じものと見做している。

 何処まで行っても、何をしようとも――――例え、世界を滅ぼそうとも。この男にとって、殺生院キアラは徹底して()()()()()()()()でしかない。

 

 

「えーっと。お、これか! おい、ガウェインこっち来い!」

 

「……………………はっ!? あっ、あ、え? は、はい!」

 

「ちゃんと受け止めろよ」

 

 

 虎太郎がコフィンの一つの前で止まる。

 そして、システムが緊急停止した際に備え、外部に取り付けられたハッチの開閉レバーを引く。

 

 どうやらこのコフィンはカルデアにあるものと基本設計を同じにしており、大差はないらしい。

 システムを維持するための主電源はエミヤが破壊したが、機構(ハッチ)を動かす予備電源は生きていた。

 

 空気圧式のハッチは、物々しい音を立てて開いていく。

 コフィンの内部を満たしていた保存液が漏れ出し、続いて中に保管されていた死体が倒れるように落ちてくる。

 急に名指しで指名されたガウェインは動揺していたが自らの役割を理解し、死体は地面に叩きつけられる前に受け止めた。

 

 それを四度繰り返し、虎太郎はようやく納得したのか、壁から離れ降りた。

 

 ガウェインが二人、虎太郎も二人の死体を抱え、仲間の前に戻ってきた。

 其処でようやく、キャットと鈴鹿は虎太郎が契約を果たそうとしたことに気付いたようだ。

 

 

「この赤毛がキャットの。黒髪が鈴鹿の。短髪がトリスタン、最後はお前のマスターだ、エミヤ。適当に選んだんじゃない。ちゃんと調べたから安心しろ」

 

 

 一体、どうやって調べ上げたのか。

 問い質すことを許さない、有無を言わさぬ口調であったが、彼の言葉にはキアラのそれとは違い、確かに最後に残された人間的な暖かさに満ちていた。

 

 床に並べられた四人の少年少女。

 

 どれだけの悪夢を見せられてきたのか。

 ある者は目を見開き、ある者は苦悶に表情を歪めたまま、ある者は眠るように、ある者は助けを求め、息絶えている。

 

 直に、この死体も消える。

 コフィンによって不確定の世界を漂い続けた死体は、意味消失から躯すら失われるだろう。

 

 鈴鹿は一筋の涙を流しながら自らの主の頬を撫で、キャットは開かれた瞼を閉じさせて頭を撫でた。

 トリスタンとガウェインは、裸のままでは忍びないと自らの外套を取り外し、彼等の身体を覆う。

 マルタは彼等が道に迷わぬように十字を切り、手を組んで文言を口に祈りを捧げている。

 エミヤにも思う所はあったのだろう。犠牲者の顔は忘れまいと一瞥し、黙祷を捧げた。

 

 エルキドゥとロビン、リップはその光景に心を痛めながらも、それが自分の役割とキアラから目を逸らさない。

 

 

「あら、ようやく到着したようですね。いえ、これからですけれど」

 

 

 凄まじい衝撃と轟音がSE.RA.PH全体を襲う。

 SE.RA.PHが海底にしたのではなく、マリアナ海溝の底を突き抜けた影響によるものだ。

 

 もともと電脳化している影響で、SE.RA.PHは海底についても潜行を止めない。

 このままでは大陸地殻、上部、下部マントル、D”層すら抜けて、地球内核に落ちていく。

 

 

「それで、このままだとどうなるんだ、嬢ちゃん!」

 

「このままでは。ビーストⅢは地球の頭脳体に昇格――――この惑星の、そ、その性感帯になるんです!」

 

「意味が分からないんですけどねぇ!? つーか、BB!! オレは何も聞いてねぇぞ、おい!!」

 

 

 キアラの目的がリップの口から語られ、ロビンは思わず既に退場した筈のBBを罵っていた。

 

 地球の内核に到達した時、魔神柱すら贄とした女は本当の意味で人類悪(ビーストⅢ)として孵る。この星そのものが、キアラの身体となるのだ。

 

 

「それを以て、今度こそ私は人を救いましょう。あらゆる苦悩。あらゆる痛みを救済する。70億の人間を、ただひとつの救いの為に使いましょう」

 

 

 その果てに、一体何が待つのか。

 地球の人間のみならず、地球上全ての生命が溶け、魂を彼女に飲み込まれるか。

 それとも理性を失い、見るに堪えない痴態を晒した挙句に快楽死を迎えるのか。

 

 どちらにせよ、碌なものではない。

 この星が、たった一人の人間の浪費(救済)によって終わるなど。

 

 

『やっと繋がった! ちょっと、そっちは大丈夫なんでしょうね!』

 

 

 その時、虎太郎の持っていた通信機から空間ウインドウが展開される。

 映し出されたのは、メルトリリスだ。教会で何かあったのか、その背後にはSE.RA.PHの通路が映っており、移動しているようだ。

 

 

「あぁ、メルトリリスですか。随分と見窄らしい姿になって」

 

『何処かの誰かのお陰でね。でも、まだ戦い始めていないなんて相変わらず前置きが長いのね。なに? 歳を取ると無駄話ぐらいしか取り柄がなくなるの?』

 

「…………その不愉快な態度もここまでです。貴女は特に、念入りに破壊します。捕まえたのなら…………いいえ、生かしてあげましょう。貴女が後生大事に守ろうとしたマスターを、目の前で溶かそうかしら?」

 

『――――!』

 

 

 マーブルの皮を被っていたのだ。

 メルトがどのような思いを虎太郎に向けていたかも、間近で眺めていた。

 

 それを理解して、キアラは虎太郎を舐め回すように視線を向ける。

 メルトを苦しめるのであれば、じわじわと身体を縊り壊すよりも、彼女の精神を痛めつけた方がいい。

 

 ぶるり、とキアラの身体が震える。

 その光景を想像しただけで、例えようもない官能が彼女を襲っているようだ。

 他人の人生を台無しにすることでしか絶頂することのない異常者。その逸脱性を、多くの人々は解脱と見紛うたに過ぎない。

 

 

「一つ聞かせて貰っていいかな? 君はどうして、ビーストなんてものになろうと思ったんだい?」

 

「え……まあ。何故ビーストになったのか、なんて――――それは、羨ましかったのです」

 

 

 エルキドゥが口を開いたのは、単純にキアラを理解できなかったからだ。

 今まで見てきた人間のどれとも違う人間性。嫌悪はあった、理解できないだろうと感じてはいたが、聞かずにはいられなかった。

 

 キアラは問いに、口惜しそうに答える。

 

 ゼパルと一心同体であった彼女は、時間神殿での戦いの記憶を垣間見た。

 

 本当に羨ましかった。本当に気持ちよさそうだった。

 星の数のような英霊達に責められ、殺される。

 

 その光景を思い出しているのか、キアラは夢のよう、と明らかな欲情と恍惚の溜め息を漏らす。

 

 しかし、それも人の身では手が届かない。魔神の身であっても叶わない。

 

 

 ――ならばもう。ビーストになってしまうしかないでしょうに。

 

 

 エルキドゥは掛け値なしに絶句した。他の皆も同じである。

 そんな理由で人はビーストになれるのか、と。そんな理由で、何の罪もなかった人々を踏み台にしたのか、と。

 

 これが殺生院キアラ。

 本来ならば救世主に手の届く資質の全てを、自身への愛だけで使い潰した女。

 有り余る慈愛も、心を癒やす言葉も、美しく見える真心も、全て自分のためだけに使ってきた。 

 

 その姿が聖母のように見えたから、人々は騙されたのではなく、見紛うた。

 

 

「だろうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう、殺生院」

 

 

 此処ではない極めて近く、限りなく遠い世界で、キアラの毒牙に掛かったエミヤは吐き捨てるように言う。

 キアラは吐き気を催すほどの慈愛に満ちた笑みで応えた。

 

 怪物である筈のアルターエゴよりも悍ましい自己愛の化身。

 地上全ての生命を快楽によって救い、またその快楽の受け皿となって最高の救済を求め、ただ気持ちよくなるためだけに、絶頂を迎えようとした快楽天。

 

 以上の本性を以て彼女のクラスは決定された。

 快楽天なぞ偽りの名。

 其は個人が到達した、人類を最も端的(最短)に救う人畜災害。

 

 

「『愛欲』の理を持つ獣。ビーストⅢ/(ラプチャー)、か」

 

 

 相も変わらず興味なさげに。虎太郎から漏れた呟きは誰にも聞かれることなく消えていく。

 

 ――その可怪(おか)しさも、誰にも気づかれることはなく。

 

 

「ええ、その通り。この世に人は私だけ。私以外の人間は全てケダモノ。私はそのような世界で生きたのです」

 

 

 彼女を悪と断じたのは極少数の希少種だけ。

 だが、そのような人間に限って――――エミヤのように人間社会から逸脱した罪人とされた。

 

 彼女のような悪を処断しようとした者を、自分達の利益にならないからと排斥する。

 

 

「そのようなケダモノ達が人間だとでも? それでは無銘の英霊達が、余りにも報われません」

 

「――――――」

 

 

 ギリとエミヤが表情を変えないままに奥歯を噛み締める。

 自分を嗤うのならば構わない。だが、排斥されてでも守りたかった無辜の人々を嗤うことだけは許せない。その為に、死に体の身体で立っている。

 

 

「煽りよるわ。おい、落ち着いてるか? 先走るなよ?」

 

「――――無論だ。忠告にも潔く従おう」

 

「そうかい。そいつは重畳。その代わりと言っちゃなんだし、先刻(さっき)も言ったが、トドメはお前にくれてやる」

 

 

 冷え切っている筈の身体から、怒りで熱を帯びた呼気が吐き出される。

 彼にとって切り売りした(おのれ)は弾丸に込めるもの。ならば、怒りであっても同じこと。

 怒りで先走ったところで、キアラは殺せない。機が来るまで耐え忍ぶ。

 

 そこまで考えた所でエミヤは笑みを溢した。

 何せそれは、彼が最も得意とする分野だったからだ。

 

 

「人間とは我ひとり、私だけが人であればいいのです。そうでなければこの世はとても救えません。では貴方がたも共に参りましょう。貴方達は初めから私の掌の上の猿。それをたっぷり、教えてさし――」

 

「あ、ちょっといいか……?」

 

「――――あら、嬉しい。貴方様もようやく私に興味を持って頂けたのですね?」

 

「いや、別に。相変わらず興味はないが」

 

「………………何でしょう?」

 

 

 何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの態度に、キアラはまたも顔を引き攣らせる。

 事此処に至ってようやく、キアラは虎太郎が苦手であると認め始めた。

 

 何だか、月世界で出会い、禅問答を繰り広げ、唯一自分を逃げ腰にさせたミラクル求道僧を思い出すからだ。

 

 その男は心底からの熱血漢だった。

 人々は救いと光を求めている。それに応える真の神もこの世に必ず御座(おわしめ)す。

 そう考え、世界を巡りに巡り、万策尽きた果てに心機一転、軽装備で単身ヒマラヤ登頂してしまうような男だ。

 

 彼との禅問答は、思い出しただけで頭が痛くなる。

 非常にテンションが高い上に、言動は様々な宗教観から無節操に言葉を引用するため意味不明の一言に尽きる。

 

 弐曲輪 虎太郎とミラクル求道僧。

 もし、両者を似ていると言えば、互いにこんな奴と一緒にするなと言うことだろう。

 どう考えても似てもつかない男達に見えるが、ある一点だけ共通する部分がある。

 

 人の話を聞かない、だ。その一言に尽き申す。

 

 事実として、虎太郎はキアラの話など右から左。

 重要な部分だけは聞いているようであるが、態度から何から会話をしている気にならない。

 本当に。心底から。一点の曇りもなく――――興味がないと伝わってくる態度。

 

 ミラクル求道僧とタイプは違えども、彼もまた人の話を聞かない人間なのだ。

 

 

「お前、こんなことして自分が最高に気持ちよくなれるって本気で思ってんの?」

 

「…………人の話を聞いていましたか? このSE.RA.PHの惨状と私によるもの。ええ、職員の痴態は大変に心地よく」

 

「ふーん。そうか。そこでそういう反応が出て来るのか。となれば――――――――――ぶはっ」

 

 

 暫くの間、虎太郎はキアラの言葉を咀嚼していたのだが、唐突に噴き出した。

 

 

「くく、いや、いやいやいや、まさかそんな、ふははっ! ははは! はははははは! あははははははははははははははははははははははははははははは――――っっ!!!」

 

 

 腹を抱えて笑いだした。

 その様は、サーヴァント達どころかキアラですら困惑するほど。

 まるで壊れた人形のように、笑い続ける。一体、何に思い至ったのか。一体、何を理解したと言うのか。

 

 

「一体、何がおかしいのでしょう?」

 

「は、はははははっ。いや、だって、ククッ、はぁっ。はぁっ…………あ、やっぱダメだ、笑けてしょうがない。我慢できんわ、これ。ははははははははっ!!!」

 

「……………………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて!」

 

「……何を、言って――――」

 

「ひぃー、はぁ、はは、笑うなって方が無理だって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、笑い話にも程があるッ!!」

 

 

 人の闇、多くの深淵を覗き込んで利用してきた黒い瞳が真っ直ぐに向けられる。

 

 そこで初めて、虎太郎はキアラを見た。

 そこで初めて、キアラは不安を覚えた。

 

 我知らずに一歩。キアラは一歩だけ後退した。

 

 その姿を虎太郎は見逃さず、浮かんだ笑みの意味合いが変わる。

 キアラですらが総毛立つ、吐き気を催すほど悍ましい悪意に塗れた笑みに。

 

 

「――――――お前、もう気付いているな?」

 

「…………仰っている意味が、分かりません」

 

「そう。簡単な話なんだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、な」

 

「――――待ち、なさい。今、なんと?」

 

 

 この男は、今なんと言ったのか。

 キアラにとって聞き捨てならない台詞だったのだろう。

 

 それもその筈。虎太郎は在り得ないことを言った。

 この世界における殺生院キアラの経歴はまだいい。何らかの手段によって、SE.RA.PHに残っていた情報から知り得る可能性はまだある。

 だが、月世界の経歴だけは、どうあっても調べようがない。何せ、並行世界の事柄だ。

 時系列としてもありえない。彼に従う機械仕掛けの神ならば、或いは可能だったかもしれないが、此処に彼の相棒はいない。

 

 ならば、どうやって――――

 

 

「お前は生まれながらに病に侵されていた。治療は可能だったが、真言立川詠天流の掟からそれは叶わなかった」

 

「――――――」

 

「転機となったのは14の時。信者の一人が破門を覚悟で山を下り、医者を呼んだ。名もない人々の見返りを求めない、美しい善意と奮闘によって、お前は救われた。これが此方側のお前だ」

 

「――――っ!」

 

「対し、月世界のお前は、信者の一人が戯れに教えた霊子ハッキングから自分一人の力で快癒。しかし、その信者は善意からお前に近づいたわけではなかったようだな。察するに交換条件でもあったか、ほら見返りに犯させてくれとか。まあ、これがお前の価値観を決定づける()()()であったのは後の経歴から疑いようはない」

 

「待ち、なさい。どうやって、そんなことを……」

 

「此方のお前はその後に山を下り、幸せな学生時代を過ごした。月世界のお前は、そのまま真言立川詠天流の信者同士を殺し合わせたようだな」

 

「いい加減に――――」

 

「さてさて。生まれと起源を同じくする同一人物の人生に何故此処まで差異が生まれるのか。土壌は同じであったろうに、此方のお前は何故、幸福という快楽と欲望に満たされた状態になれたのか。月世界のお前はただひたすらに満たされることなく快楽を追求したのか。それは――――」

 

「――――答えなさい!」

 

 

 動揺。羞恥。赫怒。

 あらゆる感情の混ざった怒号が響く。其処で虎太郎は肩を竦めた。

 

 何一つ変わったわけではないにも拘らず、今や立場は完全に逆転している。

 

 

「そうか。なら、先にそちらの疑問を解消しようか」

 

「BB――――ッ、シフト――――ッ!!」

 

「――――――なっ」

 

 

 虎太郎が指を鳴らすと、このSE.RA.PHにいるのならば、誰であれ知っている声が響き渡った。

 

 誰の目も引く光が虎太郎の頭上に輝き、弾ける。

 そのド派手な再登場に、ロビンは頭痛から目頭を押さえて、マルタは無表情になって拳を鳴らした。

 

 光の弾けた後、虎太郎の隣に立っていたのは、世界で一番可愛い会いたくて会いたくて震えてしまう自称後輩キャラ――――

 

 

「呼ばれて! 飛び出て! じゃじゃじゃじゃぁ~~ん! 皆の可愛い愛され系グレートデビル、BBちゃん、此処に再臨です!!」

 

「いやぁ、どう考えても大魔王の前口上なんですがねぇ、それは」

 

 

 ――――マルタに(二重の意味で)締められ、退場した筈のBBであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 時系列は虎太郎達が中央管制室に到達した折、BBにもう一人のBBの存在に気付いていることを示唆した後のこと。

 

 

「つーワケだ。随分と穴はあるが、大将は此処で何が起こったのかを情報から推測して、凡そ把握してる。勿論、再摘出された方のオタクがいることもな」

 

「…………呆れました。何の確証もないことを自信満々に言い切ったんですか、あの人」

 

「まあ、その点は全く同意。どんだけ人の反応を理解しているのかって話だ。だが、それがオレの頭目でね。こっちとしても仕事のし易いお人ですわ」

 

 

 BBが動揺しているのを見て、ロビンは交渉を持ちかけた。

 オタクにとっておきのカードをくれてやれるんだが、此処は安全か、と。

 

 その一言で、BBはロビンが虎太郎と繋がっていることを察した。

 忸怩たる思いであったものの、天体室(スタジオ)であれ、完全に安全とは言い難い。其処で、自分で作成した絶対安全圏へと緑衣の弓兵を招いた。

 

 其処は木造の学び舎。

 BBにとって思い出深い建物であると同時に、黒幕であるキアラも知らず、手も出せない彼女だけの領域だった。

 

 ロビンの申し出た交渉は、ムーンセルから派遣されたお前の仕事を手伝ってやるから情報を寄越せ、という虎太郎の指示通りのもの。

 このタイミングこそが、虎太郎が虎太郎自身を最高の高値でBBに売りつけられる瞬間だったからだ。

 

 

「しかも、寄りにも寄って月から連れてきた筈のロビンさんが、此方にセンパイが来た時点で寝返ってるとか、反則にも程が有ります……!」

 

「それも同意見。そういう望外の幸運も利用するんだよ、大将は。状況を利用するのも得意なんだよなぁ。呆れるしかねぇ」

 

 

 自分の計画を破綻させた根幹であるロビンを睨みつけたのだが、本人は肩を竦めるだけだ。

 確かに、苛立ちからロビンを攻撃したところで八つ当たりに過ぎない。そんな八つ当たりで恥を晒すほどBBも愚かではないと知っているからの態度であった。

 

 BBとしても、渡りに船の提案ではあった。

 自身の計画はあったものの、全てが綱渡り。

 キアラを欺く為に聖杯戦争の管理者として在らねばならない彼女は出来る範囲が限られており、あの魔性菩薩を倒し切れると断言できる要素が余りにも欠けていた。

 

 

「いいでしょう。センパイの思惑通りに動くのは小悪魔系後輩キャラとしては不服極まりますが、それを差し引いてもロビンさんを通じて連携を取れるのはありがたいです。これなら、彼女に悟られることはないでしょうから」

 

「取引成立だな。アンタは好かないが、能力は認めてんだ。お互い、馬車馬みたいに働きますか」

 

「ところで、彼女のスペックについて情報を提供するのは分かりますけど、経歴まで必要なんですか? 交渉でどうにかなる相手じゃないですよ? アレは真性悪魔の成りかけ、いえ、此方ではビーストの成りかけですけど」

 

 

 其処で交渉は成立した。

 元よりBBも、このセラフィックスで発生した案件を自らの手だけで解決できるなどとは思っていなかった。

 この時代のマスターと付き従う英霊を支援して、ようやく成し遂げられるかどうか、と考えていたのだ。

 より強力に支援できると言うのなら、彼女としても不満はあれども迷いはない。

 

 ただ、疑問はあった。

 虎太郎が、何故そうまでしてキアラの経歴を知りたがるのかを、全く理解できない。

 今やビーストの幼生と化した彼女に、人間としての歩みなぞ、何の意味もないものだろうに。

 

 

「そりゃね、ソイツの過去を想定して、ソイツの一番触れられたくない部分を容赦なく突いて動揺を誘うためですよ。虚仮にするため、と言い換えてもいい」

 

「………………うわぁ」

 

「気持ちはよく分かる。しかも、これだけじゃねぇな、多分。詳しく聞いちゃいないが、もうニ、三は仕掛けがあると見た」

 

「…………う わ ぁ」

 

 

 ロビンの返答に、BBはドン引きだった。

 

 排除対象に全く興味もないのに、この警戒心。

 排除対象だからという理由だけで、対象の過去を想定し、何に動揺し、何を恥じ、何に恐れるのかまで測り、嘲笑う悪意。

 

 BBとしては全く理解できない行動だ。

 そうまでしなければ生き残れない対象ばかりを敵に回してきた、と言う事なのだが、其処までするぐらいだったら素直に恭順を示したほうがマシだろう。

 

 

「では、センパイの端末に私の知り得る限りの事実と経歴を送ります」

 

「ああ、頼むぜ。オレは今まで通り、罠を張りつつ召喚されたサーヴァントの数を減らして、大将と。もう一つの方も、忘れずに、な」

 

「勿論です、私を誰だと思っているんですか! ロビンさんも、大半の仕事が終わったからって、気を緩めないようにお願いしますよ!」

 

「へいへい。精々、気をつけますよ」

 

 

 その言葉を最後に、BBはロビンをSE.RA.PHへと送り返す。

 

 こうして虎太郎とBBは、誰にも知られることなく手を組んだ。

 互いの仕事をより完璧に熟すには、必要な裏取引だったのである。

 

 全てはキアラを出し抜く為に。

 彼女は彼等を掌の上の猿と嘲笑ったが、これではどちらが釈迦の掌で転がされた孫悟空であったのか、分かったものではないだろう。

 





と言う訳で、キアラさん登場&御館様は平常運転&ロビンによってBBちゃん完全なる味方になってた、の回でした。

御館様とBBちゃんの関係は、完全にトムとジェリー状態。
互いに嫌い合っているから喧嘩はするが、能力的には認め合っているので共闘するとヤバい。ヤバい。

さて、次の投稿は何時になるか。
オラいい加減、SE.RA.PH編終わらせて、メルトのエロを書きてぇぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『巨悪を討つのは、少女の恋と少年達の夢の跡』

イベントのシナリオは、まあ、あの女神が碌なことするわけないわな、って感じでしたね―。エレちゃんワンチャンあるか、と思ったが、そんなことはなかった!
高難易度の天の牡牛、弊カルデアは初代様がバスターとアズライールでしばき倒してくれました。流石は初代様、強い(確信)

では、SE.RA.PH編も残り3話。お楽しみください。




 

 

 

 

「成程、貴方が手を貸したのであれば、私について知り得るのは当然のこと。種を明かせば何のことはありませんね」

 

 

 虎太郎がキアラについて知り得た要因がBBであったことを知ると、キアラは冷静さを取り戻した。

 BBに叛意があるのは薄々察していた故だ。それでも、今まで彼女を生かしておいたのはSE.RA.PHと聖杯戦争の運営に必要だったから。

 それも最早、無用の長物と化した。BBもまた凡百のサーヴァント同様に、溶かして取り込んでしまうまで。

 

 

「私の身体を這っていた虱風情にこれ以上邪魔されるのは不愉快です。最高の瞬間まで台無しになってしまいます―――――申し訳ありませんが、我が楽土で御眠りなさいませ」

 

 

 キアラの霊基が変質していく。それに伴い、天体室のテクスチャまでも書き換えられていく。

 霊基膨張行程(インフレーション)。かつて冥界の底にてティアマトが見せた変貌と同質の現象だ。

 ティアマトは、その霊基をジュラ紀にまで回帰させることで、神性から紛れもない神の体を得た。

 しかし、キアラのそれはまた別だ。数多の欲望を喰らい、その()の一部とすることで、星を――――否、太陽系を喰らえる存在へと変生する。

 

 見よ、頭に生えた異形の摩羅(つの)を。

 其れこそが獣の冠にして天魔の証明。関わる者全てが命を断った魔性菩薩の成れ窮て。

 

 ――――随喜自在第三外法快楽天。

 

 それが、この世で最も新しい(かみ)の名だ。

 

 悍ましくも美しい、清楚にして淫靡な姿を見た者は正気を、理性を、倫理を揺さぶられ、己を保てなくなる。

 其処は無限に続く肌色の地平。人を溶かす蓮の寝台に彩られた、顎が如き天上楽土。

 

 

「……………………ふーん」

 

「スゲェ! こんなに白けきった大将、未だかつて見た事ねぇよ! つーか、この尼さんがラスボスって分かってますぅ?!」

 

 

 その姿と光景を白けきった表情で虎太郎は眺めていた。

 正気を失っていない。理性を手放していない。倫理に揺れなど微塵もない。

 

 既に英雄として完成している英霊には、彼女の権能も効きは薄い。

 だが、まだ完成していない未熟なままの精神で、この男は欠伸をかきながら新しい天を眺めている。

 

 その異常さに驚くよりも早く、ロビンは悲鳴を上げる。

 確かに、人理修復の旅において虎太郎はやる気を無くす場面は多々あったが、白けていたことだけはなかった筈なのだが……。

 

 

「年増が何度も出て来て恥ずかしくないんですか?」

 

「貴方の前に現れたのは初めての筈ですが?!」

 

「このたたかい、われわれのー、しょうりだー」

 

 

 彼の人生でも、これほど白けきった表情と態度を取ったことはあっただろうか。

 最早、自分で立っていることすら儘ならないほどに白けきっているのか、マルタの胸に後頭部を預けるように全体重を預けている。

 

 

「何言ってんのよ! この、自分の脚で立ちなさいっての! コイツは快楽の――――」

 

『―――――あっ(察し』

 

(私は、こんなのに助けられたんだー、あははー(現実逃避)

 

(メ、メルト、し、しっかり!)

 

(オレ――いや私も、こんな奴に……?)

 

 

 其処まで言って、マルタを始めとしたカルデアのサーヴァントが一斉に声を漏らした。

 いやいやいや、確かにそうかもしれないけど、これに対してはいくらなんでも、と。

 

 その無体な姿に、メルトとエミヤは気が遠くなる。よりにもよって、あの女を前にして、これなのだ。

 まして、自分達には黙ったままBBと手を組んだ挙句に、だ。二人でなくとも頭が痛くなろうというもの。

 

 

「でも……あちゃ~!! オレは()()があっても……皆にはないんだよなぁ! そいつの権能への耐性が……」

 

「耐性、ですって……?」

 

「センパイ、センパイ! あるんですよ!! 皆さんが耐性を獲得できる素敵な術式(コードキャスト)が……っ!」

 

「――――――」

 

 

 虎太郎は困った困ったとピシャリと額を叩いたが、BBが耳元で囁いた言葉に、目を剥き、口を大きく開けながら端を吊り上げる変顔を披露する。

 

 とんだ三文芝居だ。

 人を小馬鹿にするにも程がある。

 

 この二人、人を怒らせることに関しては超一流。手を組むともう手がつけられない。

 

 

「世迷い言を。智慧あるものはどのような知性体であれ『欲』があり、この指はその魂を摘み上げる。欲望(ちせい)あるものは(わたくし)には敵いません。それこそ、悟りを開いた覚者でもなければ」

 

「ええ、その通りです、殺生院キアラ。貴女の持つ最ッッッッッッッッッ低のチート権能“ロゴスイーター”は、知性体ならば問答無用でテクノブレイクさせるでしょう」

 

「今まで聞いてきた中で、一番最低の表現なんですけどねぇ!?」

 

 

 思わずロビンのツッコミが入るほどの表現であったが、それも仕方がない。全て事実なのだから。

 

 キアラは月世界において万色悠滞と呼ばれる医療ソフトを作成した。

 余人の肉体と精神と魂を分離させ、魂を裸の状態にし、悩みを聞き、苦しみを取り除くものであったが――――無論、それは表向きの話。医療ソフトなどとは名ばかりのとびきりの外法だった。

 万色悠滞の本質は、無防備になった魂を喰らうための究極の魅了であり、信徒化にあった。

 

 ビーストと化したことで万色悠滞もまた強化、派生した。その権能こそが“ロゴスイーター”。

 どのような規模の、どのような構造の知性体であれ、知性(かいらく)を有する魂の欲を刺激して強制的に肉体、精神から切り離し、快楽死(溶け)させる。

 

 違法(チート)尽くしのBBですら最低と呼ぶチート。

 

 これに対抗できるのは、スキルではなく精神の在り方。

 それこそ、あらゆる現世の欲望から開放され、命の答えへと至った覚者でしか不可能だろう。

 

 

「ですが、人間は恐ろしいものですね。貴女とはまた違った、ぶっ飛んだ発想に至る人間もいる」

 

「どういうことです……?」

 

「貴女はただひたすらに自分の欲望を突き詰めることでその領域へと至った。ですが、世の中には人のあらゆる欲望を知り、学び、体験し、窮めようとして思いもよらぬ特典を手にする人もいます。其処の、性技の味方(センパイ)のように」

 

 

 キアラは、BBが何を言いたいのかまるで分からないという顔だ。 

 その困惑しきりの様子に、BBは大変満足げだ。それもそうだろう。今まで散々苦労させられた存在に一矢報いることが出来るのだから。

 

 

「センパイは覚者の真逆。欲望から解放されるのではなく、欲望を突き詰めた先を見た。悟りの領域にはどうあがいても至れませんが、彼なりの境地に立っているんです」

 

「…………何を言いたいのか、まるで分からんぞ」

 

「…………安心するがいいぞ、デミヤ。キャットもまるで分からん」

 

「では、簡潔に言いましょう。センパイは、“知性”と“欲望”を完全に乖離させることが出来るんですよ」

 

『――――は?』

 

 

 そう。虎太郎は知性をそのままに欲望を切り離せる。

 本来、それらは同一のもの。智慧あるが故に欲があり、欲がある故に智慧が生まれる。

 

 だが、虎太郎はこれを乖離させた。どうしても必要な過程だったのだ。

 

 対魔忍として魔界の媚薬、肉体改造に対抗するため、彼は人界の性技を学び、窮めていった。

 しかし、それは決して生易しい道程ではなかった。何せ、それはある種の膨大な学問であり、実技であり、快楽に根ざした人の欲望そのものであり、人の心の闇そのものでもあったからだ。

 

 人は痛みに耐えられても、快楽には耐えられない。

 それは彼が見てきた事実だった。人間は欲に塗れ流され、本来あった志すら忘れ、快楽に溺れていく。それは対魔忍であっても変わりはなかった。

 

 あくまでも彼が求めたのは快楽を自在に操る術であり、より強大な快楽を得る術ではない。

 あくまでも彼が望んだのは快楽の海を自在に泳ぐことであり、快楽の海に溺れることではない。

 

 その為に、彼は快楽の海に飛び込み、底へと潜っていった。

 あらゆる性癖を学び、それを持つ者の精神性を理解し、何に悦びを覚えるのか、何が彼等を突き動かすのかを学んでいった。

 

 被虐性愛、加虐性愛、同性愛、身体障害性愛、獣姦性愛、昆虫性愛、音響性愛、死姦性愛、etc。

 

 人の欲望に果てはなく、人の快楽に際限はない。

 彼は未だその途上でこそあったものの、その過程で己のみならず、他者の欲と快楽に呑まれない必要性があった故に、欲望を知性から切り離す必要があったから、そうなるまで()()()()()()()()()()()()()()()

 知性と欲望が切り離され、キアラの与える快楽よりも、より深く広い快楽を知っている故に。覚者と同じく精神の在り方による対抗手段故に耐えられるのだ。

 

 

「成程、その話が事実であるのなら、その、まあ? 確かに耐えられる、かもしれませんね?」

 

「自分以上の変態を見たからって引いてんじゃねぇよ、年増」

 

「引いていません! そもそも、何を以て私を年増扱いするのです?! 貴方と年齢はそう変わらないと思いますが?!」

 

「いやぁー! ないわー! こんな年増とかないわー! ウチのブーディカとかスカサハとかコアトルとか見習って欲しいわー! こんなんオレでも食指が動かないわー!! な、ガウェイン!!」

 

「まさしく! ラグネル以外の年上の妻など二度とゴメンです! あと十年は肉体的にも精神的にも若返ってから出直してきて頂きたい! それでも私はラグネルの方がいいですがね!!」

 

 

 引いてはいないと言ったものの、完全に顔が引き攣っている。

 どんな変態でも、自分以上の変態に出逢えば、自分を棚上げしてこんなもんである。

 

 それを見た虎太郎と来たら、ガウェインと一緒に言いたい放題に嫌がらせを開始する。どれだけ嫌がらせに命を賭ける男なのか。

 

 

「おほんっ。ですが、その話には穴がありましょう。貴方一人が耐えられたところで意味がない。耐性であって無効にはならない以上は、時間を先延ばしにしているに過ぎません」

 

「そもそも、サーヴァントの皆様方は私の指からは逃れられない。それに何の意味がありましょうや」

 

 

 キアラの言い分も尤も。

 虎太郎の精神は他の知性体に比べて、キアラによって溶かし難いと言うだけ。

 知性と欲望が乖離されていようが、其処に欲望がある以上はいずれは呑み込まれる。

 他の者よりも限界点が先にあるだけという延命治療にも似た無意味な行為。

 

 ましてや、サーヴァントはその限りではない。

 キアラは孵ってはいないとは言え、ビーストに変生している。只の人間ひとりで挑むのは、無謀に過ぎる。

 

 

「全く、絵に描いたような視野狭窄ですね。滑稽過ぎて哀れみすら覚えます」

 

「滑稽? それを言うのなら貴女の方でございましょう? 勝てる見込みのない側に付き、徒労を重ねる。これ以上に滑稽な姿があるとでも?」

 

「勝てる見込みならあります。そう、例えば、センパイの精神構造をサーヴァントの皆さんに強制できるなら、どうですか?」

 

「それこそ見込みのない話。どれだけ強大な力を誇ろうとも所詮はAI。貴女は人ひとりを理解は出来ない。ましてや、それを解析するなど不可能です」

 

「――――えぇ、()()()、ですけどね」

 

 

 そうだ。それは彼女には不可能な事柄だ。

 BBに出来るのは精神へと入り込むことが限界。それを理解し、自在に組み替えるなど不可能だ。

 その為、BBはキアラから別けられたKPを解析し、対キアラ用のプログラムを作成しようとしたが、絶望的にリソースが足りなかった。

 

 だが、彼女ではないならば、どうだ。

 彼女以上に人の精神性を理解し、これを慈しみながらも見守ることを良しとした者ならば、どうだ。

 或いは、虎太郎に寄り添い、時に諌め、時に手を貸し、共に成長してきた機械の神であるのならば、どうだ。

 

 

「――――まさか、そのような……!」

 

「いいえ、そのまさかです。私はとうの昔に()へ救援と貴女の解析データを送りました。流石はムーンセルに匹敵する機械仕掛けの神様です!」

 

「うーん、良い仕事してますねぇ」

 

「対快楽天用精神防御術式――――その名も! 欲望分離式『変態防御』です!」

 

 

 アルフレッドが作成していた術式(プログラム)は、これだったようだ。

 虎太郎の精神の在り方を、人格に一切の影響を与えないまま模倣させる特殊術式。

 

 それは長年、共にあったからこそ出来た荒業だ。

 アルフレッドは虎太郎の相棒として、その精神の在り方を脳内の電気信号として解析し続けた。時に精神そのものまで計測して。

 

 斯くして、快楽天(最新の神)との戦いが始まった。

 

 

「未だかつて、こんなに酷い開戦があったかなぁ……?」

 

「ないですね。ありません」

 

「酷いなんてもんじゃないわよ! 何これ、私達、大丈夫なんでしょうね!?」

 

「副作用とかねぇだろうな、おい! あったら恨むぞ、アルフレッドォッ……!」

 

「やだぁ! あの変態と同じになりそうだし!」

 

「右に同じく。あぁ、私は悲しい。ですが、どうやら効果はあるようですね。思考がクリアになっていくような……」

 

「ぬあぁッ!! 背に腹は変えられぬ! ゆくぞぉ、ネコの鉤爪を喰らえぇいッ!!」

 

「ところでエミヤ。お前の弾丸、いくつかくれよ。オレもあの宝具使ってみたい」

 

「今か!? その話を今するのか?! 私以外に使えるものか、馬鹿者め!」

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「くぅ、あぁ――――っ!!」

 

「レディ・マルタ、ご無事で!」

 

「何とか、ね……」

 

 

 戦いは拮抗していた。

 

 キアラの力は、同じビーストたるティアマトやゲーティアには遠く及ばない。

 元より、その魔神よりも悍ましい精神性だけでビーストへ至ったようなもの。その能力も、精神や知性に作用する方面に特化している。

 

 故に、これだけのサーヴァントが揃えば対抗自体はさして難しくない相手ではある。

 

 しかし、アルフレッドの対抗術式はあくまでも一瞬で終わるはずの戦いを先延ばしにするだけに過ぎない。いずれはキアラの権能によって破られる。

 詰まる所、彼等には時間制限があるのに対し、キアラには時間制限がない。

 

 

「――――あぁ、もっとっ!!」

 

 

 だが、不利な条件はキアラも同じ。

 霊基の質においてならばいざ知らず、数の上では負けているも同然だ。

 

 けれど、彼女にはまだ余裕があった。

 ビーストとなった者には共通する能力を持つ。

 マスターのいないままに現世に留まれる単独顕現。

 人の生み出したあらゆる物体、能力、文明に強い耐性を得る獣の権能。

 

 更にはビーストそれぞれの思想や根幹に生まれる、(ネガ)の資質からなる固有の能力までもある。

 

 

「ほんと、腹立つ女ね……!」

 

 

 それらに最も影響を受けたのは、マルタだった。

 

 どう考えたところで似ても似つかない。

 思想から何から、あらゆる要素が違っている。

 だと言うのに、どうしてあの女に、“()()()”の姿が脳裏を過ぎるのか。

 

 キアラに近づく度に、あらゆる力が抜けていく。

 キアラに拳を振り上げる度に、躊躇いを覚えてしまう。

 

 それもその筈。

 キアラは使い潰しているとは言えども元は救世主の器を持ち、自己の世界の救済にのみ動いている。

 世界を救う者であるセイヴァー、世界に安定を齎す者であるルーラーは誰であれ、彼女の姿に何かを救おうとした誰かの姿が被ってしまうのだ。

 

 怒りと戸惑いに揺れる心を、マルタは呼気と共に吐き出した。

 

 

「――――主よ」

 

「れ、レディ・マルタ? 何を……!」

 

 

 真性悪魔に対抗できるものは唯一つ。

 悪魔の齎す現象は、人の想像が及ばぬものばかり。

 故に、必要なのは鋼鉄の信仰心。揺るぎのない主への祈りと隣人への愛が悪魔祓いを可能とする。

 

 今再び、揺るぎのない信仰を手にする為に、マルタはガウェインですら驚く行動に出る。

 

 ――事もあろうに、主への祈りを捧げながら、隣人への愛を胸に懐きながら、自らの拳を自らの額に打ちつけ始めた。

 

 手加減なしの全力で。

 邪念を払うが如く力強く。

 

 都合三度、拳を打ちつけると、彼女の額は裂けて血を流していたが、瞳には揺るぎない信仰の火が灯っていた。

 

 

「ガウェイン、私が隙を作るわ。露払いをお願い」

 

「…………承知しました。どうか御武運を!」

 

 

 マルタの行動に面を喰らったガウェインであったが、すぐに称えるような笑みを浮かべた。

 苛烈で過激ではあるが、彼女が間違いなく聖女であると再認識したからだろう。

 

 そして、二人は同時に地を蹴った。

 

 キアラの周囲には、無数の魔神柱が蠢いている。

 それらは彼女の手足であり、盾であり、武器でもあった。

 サーヴァントの猛攻を防いでいるのも、サーヴァントを消耗させているのも、全てがそれだ。

 サイズは様々であるが、推察するにキアラの体内で飼われているものを使い捨てにしているのだろう。

 

 突如、床や何もない虚空に孔が出現し、その中から無数の魔神柱が槍と化して襲いくる。

 

 速度は大したものではない。厄介なのは、その数だ。

 一体、どれだけの魔神柱を飼っているのか。そして、どれだけの魔神柱を生産しているのか。

 

 

「陰気後宮を満たし、みな正体を見失う、ここは午睡の楽園、彼は誰時、誰そ彼の狭間なり───ゆくぞ午睡酒池肉林(ひるやすみしゅちにくりん)、真っ直ぐ行けぃ、鉄拳聖女!」

 

「真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす……!」

 

「そういうことね! 文殊智剣大神通! 恋愛発破『天鬼雨』――――!」

 

「右ストレートでぶっ飛ばす……!」

 

 

 マルタの行く手を阻む魔神柱を、キャットの爪が切り刻み、無数の宝剣が刺し貫く。

 

 彼等の共通認識としてあったのは、第三の獣を倒し切れるのはエルキドゥかガウェインの宝具による一撃というもの。

 あらゆる不浄を薙ぎ払う太陽の聖剣の熱量。或いは抑止力をその身に受け入れて放つ神造兵器の穂先。

 そのレベルの火力がなければ、あの怪者(けもの)の霊基と霊核を破壊し切れない。

 

 キアラもそれを分かっているのだろう。

 エルキドゥへの猛攻は反撃を許さぬほどであり、仲間を傷つけることでガウェインには護りに徹させていた。

 

 この状況を打開せぬ限り、勝利はない。

 僅かな隙を生み出し、彼等の宝具を解放するだけの時間がなければ、全員が溶け果てる。

 

 マルタの無謀極まりない特攻は、閉ざされている道を無理やりにでも抉じ開けるもの。

 

 

「串刺しをご所望ですか? では、存分に――――」

 

「……あぁ、私は悲しい。円卓(われわれ)を、忘れられては困ります」

 

「薙ぎ払う――!」

 

 

 マルタに襲いかかる魔神柱の数が増すが、誉れ高き円卓の騎士の前には、妨害にすらなりはしない。

 

 妖弦が弾かれ、音階の矢刃(やいば)が放たれる度に魔神柱は文字通りの輪切りとなる。

 聖剣の疑似太陽が回転して生み出される炎と熱によって、魔神柱は焼き尽くされる。

 

 これでマルタとキアラを遮るものはなくなった。

 

 キアラの余裕に変化はない。

 霊基の強大さ故に、攻撃を受けたとしてもさしたる脅威にはならず、いくらでも避けられる。

 

 しかし――――

 

 

「ナメんなっつってんのよ! 『刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)』――!」

 

「――――っ」

 

 

 ――――その視界を、巨大な甲羅に遮られた。

 

 これもマルタの宝具の一つ。

 彼女の死後も守護霊(ほうぐ)として付き従うタラスクの甲羅を一時的に召喚する防御宝具。

 ローヌ川の辺りに住んでいたリヴァイアサンの仔・タラスク。その甲羅は討伐に訪れた戦士や勇者の矢と刃を通さず、マルタの鉄拳を以てしてすら砕けぬ代物。

 

 タラスク自体を召喚しなかったのは、キアラに溶かされるのを避ける為。

 如何に怪物として君臨する竜種であれども、確かに知性が存在し、人のものより複雑で高度。キアラには対抗し得ない。

 だが、この甲羅(たて)は切り離された肉体の一部。マルタを守ろうとするタラスクの祈りの具現。

 

 一瞬――――一瞬ではあるが、キアラは迷った。

 盾を弾いてマルタを攻撃するか、避けるか、それとも喰らうか。

 より気持ちいいのがどれなのかを考えるという、彼女を彼女足らしめている愚行。

 

 

「――――鉄拳聖裁!」

 

 

 その間隙にマルタの拳が滑り込む……!

 

 彼女の選択は実に単純だった。

 視界を遮る盾に向かって渾身の右ストレートを叩き込むだけ。

 

 キアラとは違う無駄のない真っ直ぐな思考と拳の軌跡。

 タラスクの盾を挟んでの聖なる一撃であった。

 

 己が身を襲う痛みにすらキアラは嬌声を上げるが、マルタの攻撃に間断はない。

 一発で足りぬのなら二発。二発で足りぬなら三発。まだ足りないのならもっと、もっと、もっと――!

 

 繰り出した拳の数はどれだけであったのか。

 遂にはキアラの身体は浮かび上がり、脚は地を離れ、殴り抜かれる。

 

 

「『人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)』――!!」

 

 

 天高く飛び上がったエルキドゥの身体に、黄金の光を放つ鎖が伸びていく。

 それこそが抑止力。エルキドゥを基点として呼び込むことで特異点への介入を可能とした、滅びを拒む星と人の無意識そのもの。

 

 数え切れぬ程の(ひかり)は、巻きつき、絡みつき――巨大な槍の穂先と化す。

 放たれる極光は聖剣の頂点に立つ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に勝るとも劣らない。威力たるや、英雄王の『天地乖離す開闢の星』と拮抗するほど。

 

 構造体として勝っているティアマトですら、まともに喰らえば只では済まない一撃。

 単純な破壊者として劣るキアラに耐えられるものではない。

 

 

「――……その程度、読んでいないとお思いですか?」

 

「――――っ!」

 

 

 最大級の威力を持つ宝具を前にして、キアラは艶然と微笑んだ。掌の上で踊る蟲を慈しむような優越の笑み。

 キアラの身体は光に呑み込まれ、貫かれる直前、液体に溶け、床の上に広がった。

 

 エルキドゥは顔を顰める。

 自分達の一手上を行かれたと認めざるを得なかったのだ。

 

 今のキアラは魔神柱で形作っただけのダミーだった。

 入れ替わったのは、マルタが盾越しに連打を加えている最中だろう。

 キアラにとっても視界を遮られる事態は予想外ではあったが、自身の視界が遮られるということは、他人からの視界を遮ったも同然。

 危機と好機は表裏一体。この好機を逃すような女ではない。

 

 まして、キアラにとって痛みもまた随喜。

 英霊のように痛みを耐え忍ぶのではなく、受け入れる事ですら愉しめる。

 

 その前提の違いが、この結果を呼び込んだ。

 

 

「こ、虎太郎!」

 

「……はん?」

 

 

 ならば、次に彼女が打つ手は何か。

 余りにも分かりきった答え。マルタは我知らず、泣き出しそうな声で叫んでいた。

 戦いを一歩引いた視点から見ていた彼は今の一撃で倒したと判断したのか、間の抜けた声を上げるだけ。

 

 その背後に出現したキアラの姿に全く気づいていない。

 

 

「――――ガッ!」

 

「きゃぁッ――!」

 

 

 霊基の損傷から戦えなかったエミヤ。

 生みの親たるキアラに攻撃を加えられないリップ。

 

 戦いを見守る虎太郎の側に立ち、戦えないながらも護衛という役割を果たそうとした二人はキアラの鶴翼のように広げられた両の掌打によって弾き飛ばされた。

 

 キアラの顔には蕩けた笑みが張り付き、英雄達の顔は絶望から蒼褪める。

 

 ロゴスイーターはキアラを五感から感じ取った相手を侵食する権能。

 五感の内の、いずれかでもより強く彼女を感じ取れば、その効果は著しく増加する。

 直接手で触れようものならば、虎太郎が如何に彼女の権能に耐性を持とうとも、一瞬で溶け落ちるだろう。

 

 

「センパイッ!」

 

「――――あぁ?」

 

 

 虎太郎が背後を振り返ろうとするが、余りに遅い。キアラにはスローモーションにすら見える。

 最早、彼を守る者は誰もいない。囮に気取られた者では間に合わない。

 

 その絶望の表情が心地良い。

 数瞬先に待ち構えている勝利よりも、彼等の――――いや、もっと正確に言えば、あの生意気な木偶人形(メルトリリス)が悲鳴を上げて泣き叫ぶ様を思い浮かべるだけで絶頂してしまいそうだった。

 

 加えて言えば、この男もまた気に食わない。

 たかが蟲の分際で、この私を虚仮にした挙句、恥をかかせた。とてもではないが許容できない。到底、許すことはできない。

 

 

「――――」

 

 

 キアラは気づいていなかった。

 その感情こそが、紛れもない天敵の証である、と。

 彼以外の存在であれば、彼女の精神を此処まで掻き乱せなかった。

 

 人は蟲が相手ならば、噛まれようが刺されようが、特段の感情を抱かない。運が悪かった、で済ませるのが常だ。

 もし其処に怒りを覚えるのであれば、それは当人に余裕がないか、器の小ささを物語っている。

 

 だからこそ対応できなかった。天敵であるなどと想定しなかった。

 

 

「――――――は?」

 

 

 彼女に触れられて、溶けることもなく、何の影響も受けずに立っているモノがいるなどと――!

 

 溢れた驚きは誰のものか。

 いや、間違いなく()()()()()()()()()()()()だ。

 

 あのBBですらが事態を想定していなかったのか、固まっている。それほどまでに、ロゴスイーターは驚異的だった。

 

 何故。どうして。そんな。まさか。

 驚愕と不可思議から完全に固まったキアラを、虎太郎は全く気にした様子もない。

 

 それどころか顔に触れられたまま、笑ってしまうほどのテレフォンパンチをお返しとばかりに叩き込む――!

 

 

「ぶっ――――あぁ――――!」

 

「あー、やっぱ効かねぇ。なのにこっちの手が折れた」

 

『まあ、当然でしょうね……不様よ、殺生院。勝ってもいないに舌舐めずり。本当に、貴女らしい恥の晒し方だわ』

 

 

 キアラは蹈鞴を踏んで後退し、そのまま尻から床に崩れ落ちる。

 顔を殴られたことには何の問題もない。いや、確かに虫螻風情に殴られるなど不愉快極まる事実であるが、それ以上に脳髄を掻き乱される不可解極まる現実の方が、余程問題だった。

 

 何が起こったのか、何をしたのかを知っているのは、相変わらず無表情の虎太郎と画面の向こうで笑っているメルトだけ。

 何をした、と問おうとしながらも、自らの力に対する絶対の自信を崩されたキアラは言葉が出てこないようだ。

 

 

「考えてみれば簡単な話だがな。お前、自分に縋った人間で散々遊んで、その後は興味を失ってポイだ。そしてそいつはお前に愛してもらえないと絶望して自殺する――――つまり、お前がつまらないと捨てた人間には、その権能は及ばない」

 

 

 キアラがその言葉を理解するよりも早く、虎太郎は自らの顔を掴んだ。

 驚くべきことに、彼の味方をする者は口を揃えて誰よりも厚いと称する面の皮をばりばりと音を立てて剥がし始めた。

 

 

「人を騙すのは得意でも、騙されるのにゃ慣れちゃいない。切り札を先に見せるなら、更なる奥の手を用意しておくのは基本だろうが。ったく、退屈通り越してムカついたよ」

 

 

 その下から現れた手術痕だらけの顔に、キアラは見覚えがあったが、名前を思い出せなかった。

 

 彼女に思い出せよう筈もない。

 彼は彼女によって、つまらないと捨てられた挙句に、薬物に逃避した哀れな被害者(かがいしゃ)であり、とうの昔に死んでいる。

 

 

「――――死姦の趣味もないとか。それで快楽を窮めるとか笑えるな」

 

 

 ――――今の今まで誰もが虎太郎だと思っていたのは、ホリィと呼ばれた男の死体だった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 時は、虎太郎達一行が教会を後にした時にまで遡る。

 

 メルトが誰もいなくなった教会で、二階から降りてきた人物に思考を白痴に染めていた。

 

 

「その驚きようなら、他の連中も気づいちゃいないな。いや、エルキドゥは気付いているか。流石に、気配感知までは騙せない」

 

「――――――――」

 

 

 当然だ。

 今し方、出ていった筈の虎太郎が、こうして二階から降りてくるなどメルトであっても驚きもしよう。

 

 

「ど、どうして…………い、いえ、そもそも、出ていった貴方は一体なに……!?」

 

「ありゃ死体だよ。ほら、中央管制室から持ってきた。ホリィとか言ったっけ?」

 

「死体って……い、いえ、それは兎も角、体型すら違う上に、どうやって動かしているのよ……!?」

 

「そんなこと? オレ、死体で遊んだこともあるんだ。それに魔界医療も多少であるが学んでいる。死体を弄るなんて、そう難しいことじゃない」

 

 

 教会の長椅子に脚を組んで座りながら、ひょいとメルトの足元に何かを投げた。

 見れば、袋からは赤黒い血が僅かに滴っている。袋の中身は、死体から削ぎ落とした皮と脂肪だろう。

 そして、今し方出ていった死体の中には、自身の身体に近づける為に、何かを詰め込んでいるに違いない。

 

 キャットに対して死体を手厚く扱うパフォーマンスと見せておいて、この扱いだ。

 それも当然。虎太郎が手厚く扱うといったのは彼女のマスターであって、それ以外の者は契約の対象外。

 まして、自分勝手に狂乱し、その果てに自滅した男の死体など、敬意を払う必要も、哀れんでやる謂れすら虎太郎にはなかった。

 

 

「じゃ、じゃあ、死体はどうやって……?」

 

「勿論、過去に奪った能力を再現している。消耗は激しいが、もうオレは戦うつもりはないから問題ないな」

 

 

 メルトの疑問に、虎太郎は煙草に火を付けながら答えていく。

 

 人形劇場(パペット・マペット)と呼ばれる能力は、かつて殺し合いを演じた魔界の人形遣いのものだ。

 この人形遣いも、他の魔界からやってきた対魔忍の粛清対象と同様に、人界において好き放題に犯罪を犯していた。

 今現在は、虎太郎が能力だけは有用と判断した者と同様に、廃人にされた挙句に、この世の何処かで氷漬けにされている。

 

 人形遣いにも、色々とタイプがある。

 例えば、虎太郎と協力関係にある人界における当代最高の人形遣いは、質を突き詰めたタイプである。

 一体一体の価値は計り知れず、彼女が学び、研鑽してきた魔術理論をこれでもかと詰め込んだもの。下手をすれば、サーヴァントに対抗可能なものも存在していることだろう。

 

 対し、魔界から来た人形遣いは数を突き詰めたタイプであった。

 自分の作った人形も質は粗雑であったが、とにかく数が多かった。虎太郎が彼を追う過程でも、その数に苦戦を強いられた。

 結局、虎太郎は自らに休みを許さずに一ヶ月以上も追い掛け、彼の人形の作成速度、入手速度を上回ることで捕らえることに成功した。

 

 人形遣いの能力で便利だったのは、自分の作成したものでなくとも人形であれば何であれ操作可能だったこと。

 実際に、人形遣いが購入したであろう人界のフィギュアやテディベアーですらが、武器を持ち虎太郎に襲い掛かってきた。

 

 

「ただ、オレが扱うようになってから、思いもよらぬ変化があってな」

 

 

 その人形遣いにとって、人形とは完璧な身体そのものあり、崇拝の対象だった。

 生物のように手入れすれば劣化することはない。時が経つにつれて弛み、皺に覆われ、萎み、腐ることもない。

 

 生き物は醜い。人形は美しい。

 余人には到底理解できない造形師ならではの感性、或いは心の闇を理解した時に、何となしに思いついたのだ。

 

 ――人形遣い(やつ)には無理でも、オレならば死体を操ることも可能なのではないか、と。

 

 虎太郎にとって人形も死体も、共に動かない塊だ。どちらも経年による劣化は免れない。人形は朽ち、死体は腐る。価値など大差はない。

 能力を奪った者の心の闇を理解し、己のものとしていく。それが己が邪眼の利点だと微笑むように。

 

 虎太郎は奪った能力をそのまま扱うのを嫌う。それでは猿真似と差がないからだ。

 ならば、相手の能力を相手以上に理解し、己の独自性(オリジナリティ)を加えながら一段高いものとして昇華するまでのこと。

 今回加えたのは、能力の及ぶ範囲の拡大。操作の緻密さの向上――それこそ、自分と大差のない動きと所作が可能なほどに。

 

 

「中央管制室を出た後にBBとも取引をして黒幕の情報を得ていてね。間違いじゃなかったろう?」

 

「呆れた……ええ、知性(よくぼう)のない操り人形なら、あの女の権能が及ぶ範囲じゃない。でも、それじゃ道理に合わないわ。だって、貴方がそれを知ったのは中央管制室を出た後でしょう?」

 

「それか。キャットとの契約を優先したのもあるが、何となしに黒幕の趣味嗜好は分かっていてね。死姦は趣味じゃないらしい」

 

 

 SE.RA.PHを探索して感じたのは、黒幕がどうやら本当に人間というものを愛しているらしいということ。

 無論、それは真っ当な愛の形ではない。愛と欲を同じものと捉える破綻した感性であった。

 

 其処で目をつけたのはSE.RA.PHにおける死体の扱いだ。

 SE.RA.PHの内部では死体はデータとして分解され、取り込まれてしまう。

 

 これに虎太郎は、黒幕が愛しているのは人間の痴態や破滅。つまり、生きている間までしか価値のないモノと推測した。

 そうでもなければ、死体が腐っていく様を見るのを愉しめるし、生きていた頃の意識や記憶がデータとして残留する筈もない。

 

 SE.RA.PHという特異点に特性という形で発露した黒幕の偏向を、あらゆる快楽を極めんとした者として感じ取ったのだ。

 

 

「死姦も中々悪くないんだがなぁ。冷たくなっていく肌や肉を感じ、どれだけ引き裂いても文句一つないままに遊び尽くせる。すっきりした後は蛆が集り、肉が崩れ落ちて腐臭を放つ様を眺める無常さもたまらない」

 

「………………」

 

「そんな顔するなよ。悪くはないだけで好きじゃない。流石にアルにも怒られたしな。もう大分、昔の話だ。やっぱり、オレは可愛らしい反応を見る方が好みだよ」

 

 

 全く理解できない感性にメルトは顔を引き攣らせる。

 あらゆる手段を以て、愛した者に徹底的かつ一方的に奉仕する『快楽』のアルターエゴであっても、理解できないものらしい。人間の業はかくも深く悍ましい。

 

 

「まあ、最大の要因は――――相手にするのも馬鹿らしい相手だから。端的に言って、面倒だったからな」

 

「そんな、理由で……」

 

「そんなもんですよ。構ってちゃんへの応対なんざ」

 

 

 BBから得た情報。

 黒幕の経歴に、虎太郎のなくなっていたやる気は、ゼロを通り越してマイナス方向に振り切れた。

 

 またか、と。

 

 ゲーティアもそうだったが、黒幕も最初の一歩を間違えた者という点で同類だ。

 

 黒幕はこの世界においては幸せを手にした。名前のない人々の献身と善意によって。

 其処から見えてくるこの世界と月世界における黒幕の差異は、人間への失望だ。

 

 生まれた時からベッドに縛り付けられていた黒幕は、周囲の人々に失望していた。

 自身を可哀想だと憐れむばかりで、助けてなどくれない。そんなものは、病魔と戦い続けた彼女には蟲の羽音に等しい雑音でしかない。

 

 やがて彼女は思い至る。

 もしや、この世に人間と呼べるものは、もう自分一人しかいないのではないか、と。

 

 けれど、彼女は見たはずだ。人が時折見せる陽の光を思わせる暖かさを、本当に美しいものを。

 

 彼女の為に破門を覚悟で山を下った者の献身を。

 教主たる父に食って掛かり、やがては治療の許可を勝ち取った医師の覚悟を。

 治療と共に快癒し、よかったと涙を流す誰かと笑みを溢す医師の善意を。

 

 その美しさに、固まりかけた価値観は粉砕された。

 後の人生は美しいものだったに違いない。自身と同じく病や境遇に苦しむ人々の心を癒やし続けた。

 

 なのに、どうだ。

 善意を封じられ、月世界の自身と同期させられた程度で、その初心を捨て去るなど呆れ返って言葉もない。

 

 結局、月世界の黒幕が行っていたのは逃避に過ぎない。

 人間などケダモノ同然と断言するために自分を使って痴態を晒させ、自分の快楽のために使い潰す。

 人間に失望し、そんな自分を肯定する(気持ちよくする)ための逃避、或いは代替行為。

 その様に虎太郎は他人に失望しながら、他人に積極的に関わったのは、単に構ってほしかったから、と断じた。

 

 確かに、堕ちるだけの土壌は育っていた。

 けれど、抗おうと思えばいくらでも抗えた。けれど、月世界の自分が余りにも気持ちよさそうで、今までの価値観を揺るがされてしまった。

 

 もし、今も尚、抗おうとする気概が僅かでも残っていたのなら、命をかけてでも手を差し伸べてやってもよかったが、それもないのでは関わりたくもない。

 

 疲れた。面倒。阿呆臭い。勝手に一人でやってろ間抜け。オレはお前と戦ってやる気も失せた。

 黒幕の全てを理解した虎太郎の結論は、自分自身で手を下すまでもない、という一山いくらの悪党にすら劣るものだった。

 

 

「……さて、と」

 

「…………どうするの?」

 

「あぁ? 決まってるだろ。お前にもう一踊り見せてもらおうと思ってな」

 

「――――?」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「この程度の、ことで……!」

 

『そりゃそうだ。死体でぶん殴った程度で死ぬなんて思っちゃいない』

 

「…………っ!」

 

 

 メルトだけが写っていた空間ウインドウに加え、もう一つの空間ウインドウが展開される。

 写っていたのは言わずもがな、種を明かした虎太郎であった。

 

 ウインドウ越しに虎太郎を睨みつけるキアラであったが、虎太郎は何処吹く風といった様子。

 

 

「成程、(わたくし)も予想外でした。このような悍ましい――――」

 

『べらべらと下らねぇ。オレは手癖が悪いんだがね、そんなことくっちゃべってる暇あるのか?』

 

 

 外面ばかりを取り繕おうとするキアラの言葉を遮るように、ウインドウの向こうで手を差し出す。

 最早、話など聞いてやるつもりはないと言った態度に、キアラの頬は怒りから朱に染まった。

 

 彼が手を差し出していたのは操っている死体だ。

 その手には、弾丸と見慣れぬ液体に満たされた容器(アンプル)が、指の間に挟まれて握られていた。

 

 キアラは容器について何かは理解できなかったが、弾丸については理解できた。

 目を見開いて、もう既に死に体となっているエミヤを見ると同時に、自身の腹部に手を伸ばした。

 今はすっかりと修復されてしまったが、先程までタラスクの盾によって開いた傷があったのだ。

 

 

I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)───」

 

 

 エミヤは床に倒れ込んだまま侮蔑の笑みを浮かべ、(キアラ)を睨みつけていた。

 彼の口から溢れるのは祝詞が如き、己が生き様。

 

 

『おぉっと、そっちばかりを見てていいのか?』

 

「――――!?」

 

 

 エミヤへと魔神柱の槍を伸ばそうとしたキアラの左脇腹に痛みが奔った。見れば、矢が突き刺さっている。

 

 

「森の恵みよ、圧制者への毒となれ――――」

 

 

 奇しくも、緑衣と黒衣のアーチャーは宝具の前提条件が似たものであった。

 

 ロビンは宝具の威力を最大限発揮するために、対象の体内へと毒を打ち込む必要があり。

 エミヤは宝具を発動させるためには、対象の体内へと弾丸を撃ち込む必要がある。

 

 その前提も、虎太郎がクリアした。

 キアラの顔を殴ったのは気を逸らすために過ぎない。

 全ては、マルタの与えた傷からエミヤの投影した弾丸とロビンの宝具と相性の良いイチイの毒を滑り込ませるため――! 

 

 

「――――『無限の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』!」

 

「『祈りの弓(イー・バウ)』―――――――!」

 

 

 キアラの体内で毒が火薬の如く炸裂し、無限の剣が霊基(からだ)を内側から刺し貫く。

 彼女は体内で取り込んだ魔神柱を量産、複製を繰り返し、飼育しており、その裡はある種の宇宙と化している。

 しかし、それも概念上の話。物理的な側面から見れば、通常のサーヴァントと大差はない。

 

 

『現代アートみたいだな』

 

 

 腹部が破裂して内臓がこぼれ落ち、刃で手足を、腹を、胸を、喉を貫かれた剣山の如き有り様。

 美しいながらもグロテスクな姿に、虎太郎はとぼけた感想を漏らした。それが却って興味の無さを引き立たせている。

 

 

「ぁあ――――この私にここまでの傷を―――な、んて――乱暴な――――」

 

「我々の勝利です! 観念しなさい、殺生院!」

 

 

 キアラは真紅に染まった身体を見下ろして忌々しげに呟き、BBは勝ち名乗りを上げる。

 

 しかし、キアラは微笑んだ。まだ、負けてはいないとでも言うように。

 

 

「ええ、認めましょう。此度の戯は、貴方達の健気な努力が実を結んだ、と。ですが、最終的な勝ち負けはこれから。人である私が、蟻などに負ける道理はありませんもの――――」

 

 

 その言葉と同時にキアラの身体は溶け落ち、SE.RA.PH全体が鳴動する。

 今まで彼等が戦っていたのは、あくまでも()()に過ぎない。本体はSE.RA.PHの方だ。

 キアラは既に生まれ持った身体を捨て去っていたのだ。

 

 本当に今までの戦いは戯れに過ぎなかった。

 無数の英霊に殺されたいなどと嘯けども、本当の目的に固執するのが殺生院 キアラという女だ。

 

 天体室――いや、SE.RA.PH全域から重力がなくなっていく。

 SE.RA.PHとしての外装を捨てることで、SE.RA.PHに蔓延る蟲を全て追放する腹積もりなのだ。

 

 電脳化の影響によって周囲全ては、地球内部だというのに光り輝く電子の海となっていた。

 呼吸こそ出来るものの、サーヴァント達の身体は浮遊し、海の中で揺蕩うように浮かび上がる。

 反対にSE.RA.PHそのものとなったキアラは、内核(かいてい)を目掛けて沈んでいく。

 

 

「ちょっと、何とかならないの、BB!」

 

「そうだ! このままではマズいぞ! お主、お得のチートアイテムはないのか!」

 

「残念ながら品切れです! 残ったリソースもほんの僅か――――ですので、これは貴方に託します。思う存分に、責務を果たしてください!」

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 堕ちる。堕ちる。堕ちる。

 虎太郎が深層に落下したように、キアラは地球の内核へと堕ちていく。

 元の身体など形だけになった巨大な身体で堕ちていく。

 

 その様を何と表現すれば良いものか。

 

 最も相応しいのは、やはり彼女の人生だろう。

 快楽の海に溺れる姿は、愚かしくも美しい。

 

 

「ふふ――――うふふ――――」

 

 

 何も出来ない蟲の無力さを嘲笑いながら、キアラはこのもどかしい時間すらも愉しんでいた。

 

 これで何もかもが思い通り。

 あと数分もしない内に、彼女の願いは成就する。

 

 その暁には人生最大の絶頂を得られることは間違いない。それは、どれほど気持ちがいいだろう。

 胸が高鳴る。舌が踊る。万願成就の時は来たのである。

 

 

「――――?」

 

 

 その時、不思議なものを見た。

 

 キアラは知らなかったが、パ・ド・ドゥというバレエの踊りの一つ。

 特徴は男女二人によって展開され、多くはバレエの中で最大の見せ場となっている。

 

 踊っているのはメルトと虎太郎だ。

 電子の海の中で、メルトがリードをしながら、虎太郎がそれに合わせる。何とも締まらない形だ。

 

 キアラは自分でも理由が分からないままに二人の踊りを――――いや、輝かしいまでの笑みを浮かべて羽ばたくメルトを、羨ましいと思ってしまった。

 

 

「あら、ようやく気付いたのね。図体が大きくなると気も大きくなるようね」

 

「メルト、リリス……!」

 

「でも、それもお終い。茶番(ぶたい)はハネた。出演者は素直に退場するとしましょう」

 

「う……? ぐぅぅ――――!?」

 

 

 生まれて初めての二人一組の踊りを楽しみ終わったメルトは、堕ちていくキアラを眺めている。

 

 その時、キアラの心臓――その巨体の霊核から痛みという危険信号が放たれた。

 自身の身に何が起きているのかを知る術はなかったが、メルトの仕業であると直感で理解した。

 

 既に仕込みは済んでいた。

 本来、SE.RA.PHは様々な防衛機構が備えられている。どのような手段であれ、破壊することは叶わない。

 

 キアラは自らの意思でそれを脱ぎ去った。

 ならば、メルトの持つスキル『メルトウイルス』も十二分に効果を発揮する。

 

 ただ、攻撃に用いるだけでは何の効果も得られまい。

 それほどまでにキアラは超構造体(メガストラクチャー)と化しており、メルトの性能は廃棄された直後にまで落ち込んでいる。

 

 けれど、超構造体の奥底に眠る霊核に、直接毒を打ち込めるのなら話は別だ。

 

 それを可能とする能力を虎太郎は保有している。

 自らの因果を極限まで希釈することで、あらゆる攻撃を、あらゆる物体を擦り抜ける霞狭霧(かすみのさぎり)を。

 

 

「どうして……! どうして、此処まで……! 貴女と私は同じ快楽の海から生まれたもの。それが、このような……!」

 

「そう。最後に主役(プリマ)として教えてあげるわ、殺生院。“自分の(ユメ)は自分で守る”。女の子として当然でしょ、そんなの」

 

 

 キアラの問い掛けに、メルトはさも当然と応える。

 それが、キアラとメルトを隔てる最大の要因。

 

 恋を知り、(ユメ)のために駆け抜けた。

 見返りなんて求めない。ただ一心不乱に、恋する人のために走り抜けた。ありふれた、自分以外の誰かを愛する心を以て。

 

 一瞬、キアラは呆気に取られたような、全てに納得したような顔をして――――

 

 

「そう! 知るものですか、そんな当たり前! 私を、アナタ達と一緒にしないで――!」

 

「はぁ……ほんと、つまらねぇ女だ。恋の一つもしていりゃぁ、世界の一つも変わったろうに」

 

 

 ――――メルトの何一つを認めず、激情のままに叫んでいた。

 

 虎太郎の呆れ返った言葉など、耳にするつもりはないとばかりに、キアラは髪を伸ばしていた。

 メルトによって溶かされた霊核は、最早どうにもならない。

 内核に到達するよりも早く、SE.RA.PH(からだ)は崩壊するだろう。

 

 ならば、新しい(からだ)に移ってしまえばいい。

 幸いに、良い器が目の前にあった。メルトはキアラから再摘出されたもの、実によく馴染む器であるだろう。

 キアラの生き汚さを形にしたかのように、魔神柱と化した髪がメルトへ向かって伸びていく。

 

 

「ならば、少年少女の(ユメ)を守るは騎士(われら)役目(つとめ)―――――『痛哭の幻奏(フェイルノート)』!!」

 

 

 虎太郎ごとメルトを呑み込もうとして髪全てが、追いついたトリスタンの弓によって斬り刻まれる。

 

 メルトは驚きから自らを救った騎士の姿に目を向けたが、トリスタンは涼しい表情をしているだけだ。

 その澄ました態度が癪に触ったが、更なる驚きに塗り替えられてしまう。

 虎太郎にしがみついて浮上していく自分とは反対に、キアラに追い縋る二つの騎影を目にしたからだ。

 

 

「じゃあな、せっ……、きあ……? 名前、何だったっけ? まあ、ビーストⅢでいいか。死体の確認も、お前らに任せるぞ」

 

 

 最後に、虎太郎はキアラを見たが、その言葉も届いていたかどうか。

 皮肉にも、彼女が喰い物にした者達へ向けた視線と同質のものであり、つまらないものとして捨てられたゼパルに向けたものと似たような言葉だったのだが。

 

 

「この剣は太陽の写し身。もう一振りの星の聖剣――――」

 

 

 騎影の一つはガウェイン。

 胸にあるのは幼い頃に見た夢。騎士としての道を歩む過程で置き去りにした憧憬そのもの。

 手にした太陽の剣は、遣い手の意思に応えるように最大の光を放ち、ガウェインに向けて祝福の言葉を送っているかのよう。

 

 灼熱の炎が迸る。あらゆる不浄を払う焔の陽炎が渦巻く聖剣の銘は――――

 

 

「この光は、永久に届かぬ王の剣――――」

 

 

 もう一つはエミヤのもの。

 胸にあるのは遠い日に見た敬意と憧憬。悪辣な女に全てを台無しにされながらも、再び手を伸ばした理想そのもの。

 本来であれば投影など不可能だ。彼の魂は度重なる苦痛と戦いから摩耗している。だが、BBから受け取ったリソースがある。再び灯った理想がある。地獄に堕ちても忘れない光景を確かに思い出していた。

 

 黄金の光が放たれる。常勝の王が手にした聖剣の似姿。其は――――

 

 

「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』――――!!」

 

「―――『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』!!」

 

 

 太陽と月の聖剣が、真名と共に振り抜かれた。

 少女の恋を守り、巨悪を討つという、少年時代の夢のままに。

 極炎と極光が交わり、あらゆる敵を薙ぎ払う究極の斬撃となって悪を討つ――!

 

 

「そん、な――――あ――――ああ――――」

 

「メルトリリスが離れていく――――私のSE.RA.PH(からだ)が解けていく――――」

 

「あんな――――あんなに気持ちが良かったのに。あんなに苦しかったのに。あんなに時間をかけたのに――――」

 

「あ、ぁぁ、あああぁぁぁぁ――――!」

 

 

 二振りの聖剣の光に呑まれながら、キアラは泣き出しそうな声を上げる。

 これはもう無理だ。どうにもならない。これだけの熱量に、抗う術は存在しない。

 

 

「痛い、痛い、崩れる、私のカタチが崩れていく……! 生と死が瞬きの間に輪廻して――――いい、だめ、耐えられない、耐えられません……! 誰か、誰か助けて、止めて、止めないで――――!」

 

 

 最後に出たのは支離滅裂な泣き言だ。

 だが、悲しいかな彼女の泣き言も助けも、誰にも届かない。彼女を助けようとしたであろう誰かは、既に彼女に喰わ(殺さ)れている。

 

 

「いや、いやです! こんなのいや! やり直し! やり直しを求めます……!」

 

「不可能です、ビーストⅢ/(ラプチャー)。神であれ、やり直しはきかない。貴女が犠牲にした方々と同様に」

 

「だって、だって――――だって本当に、私、まだ満足してないのにぃぃいいいい(あともう少しだったのにぃぃいいいい)!!」

 

「不様な断末魔だ、殺生院。お前が嘲笑った無辜の人々(もの)と同じところに堕ちていけ」

 

 

 崩れていく身体を気にせぬまま、悪の敵(正義の味方)は堕ちていく宿敵の姿を前に、怒りも憎しみもなく眺めていた。

 

 かくして、巨悪は断ち切られた。

 歪み抱えたまま迷走した愛は、少女の(ユメ)と少年達の夢によって断ち切られたのである。

 物語のありふれた王道。その、なんと清々しきことか!

 

 

(……でも、愉しかったのは紛れもなく)

 

(何が違ったのでしょう――――私と彼女。快楽に沈んだ私と、快楽の湖面から飛び立った、あの――――)

 

(……ああ、そうですね。その疑問こそ、私に与えられた罰ならば……彼女のように、アルターエゴになってみる顛末も、有り得るかもしれませんね――――)

 




ほい、というわけで、御館様、最後の最後までマトモに相手をしてやんない&淫らで歪な愛に少年少女の夢が勝つ&エロ尼アルターエゴフラグ、でした。

ちなみに、今回の話ですが、EX出演勢は宝具開帳の台詞をEXの方で統一しています。
そこら辺のFGOとの違いも楽しんでもらえればなぁ、と。やってない人には申し訳ありませんが。

しっかし、大人数が入り乱れる戦闘シーンは苦手だ。
エロも複数人になると途端に筆が進まなくなるし、ホンマにもー!

では、残るは二話。エピローグとエロだぞエロだぞぅ……!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『BBちゃんの逆襲/電子の海で会いましょう……なんて言うと思いましたぁ? こっちからカルデアに乗り込んであげますよぉ!』


どうしよう、イベント辛いなぁ、これ。モチベを維持するのキッツイ。
イベント礼装一枚も落ちひんし。これ終わるまでに揃えられるかなぁ。まあええ、回転数が全てじゃ。回すぞ回すぞぉ!!

久しぶりに筆がのってる。
そして、BBちゃんが副題を乗っ取る。

さあ、エロの前にBBちゃんの逆襲が始まるぜ!




 

 

 

 

 

「ビーストⅢ/(ラプチャー)、霊基の完全消滅を確認」

 

「て、こぉ~、とぉ~、はぁ~……?」

 

「未帰還者が一名ありますが、はい、我々の勝利です! 皆さん、お疲れ様でした!」

 

 

 BBの作成した学び舎の中で、一同から歓声が上がった。

  

 最も霊基に深い傷を負ったマルタ、傷の様子を見ているロビンとエルキドゥ。

 リップが細心の注意を払ってキャットと鈴鹿に腕を回し、二人もリップと共に互いの身体を抱き合っている。

 ガウェインとトリスタンは皆の、また互いの健闘を讃え、微笑んでいた。

 そんな中、虎太郎とメルトリリスは神妙な面持ちをしていた。未帰還者の最後を思っているのだろう。

 

 

「ねぇ……あの黒いアーチャーは……」

 

「気にするな。アレは自分で決めた自分の責務を果たしたんだ。それに、敵の完全な死亡を確認するのは当然のことだろう?」

 

 

 未帰還者はエミヤだった。

 霊基の損傷が激しく、現界できていたのも奇跡的。

 独自に手にしていた髄液(アンプル)とBBに託されたリソース、何よりも当人の意思だけで持っていたようなもの。

 それを押して戦っていた。キアラへの憎しみからではなく、自ら選んだ道――悪の敵(正義の味方)の義務として。

 

 虎太郎は、確かに見ていた。彼の表情をではなく、彼の背中を。

 身も心も見る影もなく傷ついてはいたが、微笑ましくも逞しい、理想を背負い立つ者の背中だった。

 

 

「何よ、ソレ。男同士の共感(シンパシー)ってわけ? 気持ち悪い。貴方とアイツって辺りが特にね」

 

「オレは共感なんぞしないさ。だがまあ、男の人生なんぞ独り善がりで報われないもんだ。だったら、最後は清々しく終わった方がいいだろう?」

 

 

 復讐を果たした満足ではなく、理想を追って去っていったのだ。

 少年は何時だって暗闇の荒野を進んでいく。ならば、正義の味方とて同じだろう。何せ、理想(ユメ)を追い求めるのは、少年だけの特権だ。

 

 エミヤは、その過程で此処に立ち寄っただけ。たまたま道が交わり、その背中を見送った。

 決して明るい未来など彼にはなく、その道は暗黒に閉ざされているが、せめて見送る者は晴れやかに送り出してやらねばなるまい。それが餞別というものだ。

 

 

「それで、暫くしたら特異点からの退去が始まるだろうが、カルデア(ウチ)に来る物好きはいるか?」

 

 

 今回の件で、よく分かったことがある。

 逃げた魔神柱を倒したとしても、2017年以降の未来は、まるで安定していないということだ。

 人理焼却という引く波による、人理再編という寄せる波が大きいだけかとも思ったが、違うとしか考えられない。

 

 マリスビリーの残したシステム・アニムスフィア。

 未来へのレイシフトを意図的に封じていた点。

 カルデアには、アニムスフィア家には、オルガマリーすら知らない秘密が、まだ隠されている。

 

 どのようなどんでん返しが待っているか分からない以上、戦力は増強しておいて損はないだろう。

 

 

「私はパース。今回の共闘だって苦渋の決断だったし。アンタに扱き使われるのは今回だけね」

 

「そうですか、レディ・スズカ。残念です…………トリスタン卿、貴方は?」

 

「………………」

 

 

 もともと性格的な相性の良くない鈴鹿は、にっこりと厭味ったらしい笑みを虎太郎に向けてハッキリと断った。

 これには虎太郎も、ああ、良かった、とでも言いたげな笑みを浮かべて応える。

 バチバチと見えない火花が二人の間で散っていた。

 

 ガウェインに促されたトリスタンは、僅かに迷っている素振りを見せた。

 今回、生前は果たしきれなかった騎士としての務めを果たしきれたのは、虎太郎あってこそ。

 サーヴァントとしての役割は第一義であるが、それに伴って騎士として仕えるのも悪いものではない、と思い始めていたのかもしれない。

 

 しかし――――

 

 

「それに――――」

 

「あ、バカ……」

 

「聖槍を持つ我らが王やベディヴィエール卿もいることですし」

 

「私も遠慮しておきます! 私の役割は此処まで! 十分な働きであったと自負していますので!」

 

「……そ、そうですか。残念ですね」

 

 

 ――――ガウェインの不用意な一言に、高速で拒否が入った。

 

 円卓において、誰よりも自分を恥じているのはトリスタンだ。

 いや、ガウェインやランスロットも同じように様々な後悔を抱いているのだが、二人は王の下で引き起こした己が失敗が原因である。

 対し、トリスタンは苦しんでいた王の下から、王の苦しみを理解せずに見捨てた裏切り者、と自認している。

 ある意味において、トリスタンは二人よりも後悔の度合いが大きい。

 

 合わせる顔がなく、また後悔を払拭できるほど、精神的に強くはなかった。

 だから、エルサレムにおいても円卓同士で殺し合い、悲しみでもう戦えないと分かっていながらも、王を二度とは裏切らないという思いから“反転”のギフトにまで手を出して外道に堕ちた。

 

 それにガウェインも悪かった。

 彼の親友たるベディの名前を出しながら、叛逆の騎士であるモードレッドの名前を出さなかった。

 これでは居た堪れない。トリスタンにしてみれば、ガウェインとベディは最後まで王に尽した忠節の騎士なのだから。 

 せめてモードレッドの名前を出していれば、彼の心境も多少の変化はあったのだろうが。

 

 

「では、私は行きますね! ムーンセルからは案件を解決後、消滅されているように命令されていますが、このBBちゃんが潔く消えるわけがありません!」

 

「その前に、お前にはやることがあるだろうが、もう一人のお前――――キアラから再摘出されたBB/GOを倒してからだ」

 

 

 そう。BBには、まだやり残した仕事がある。それがBB/GOを倒すこと。

 キアラに手を貸すわ、エミヤを焚きつけるわ。BB以上に厄介で危険なAIと言えよう。

 BB/GOの目的が何なのかは定かではないが、キアラに勝って貰っても困る上に、BBに出し抜かれるのも困るような目的。碌でもないことだけは間違いない。

 

 

「むっふっふ~、ご安心を! キチンとプランを考えていますので」

 

「ああ、そうか。なら良かった。カルデアはこの件から手を引く」

 

「…………は? あの、セン、パイ? 此処は、頑張りに頑張った後輩に、快く手を貸す場面じゃ……」

 

「知るか。マルタを休ませてやりたいしな。自分のケツくらい、自分で拭きな」

 

「ちょ、ちょちょちょ! 待って! 待ってください! 別に、もう一人の私が暴走しているのは、私のせいじゃ……!」

 

「そうだね。でも、オレなら手を組むと決めた段階で、後の暴走を未然に防ぐ手を打っていた。目の前の大事に拘って、後の小事を見過ごす阿呆はオレのカルデアには必要ない」

 

 

 BBが虎太郎に積極的に手を貸したのは、その能力を認め、BB/GOとの対決に使えると踏んだからだろう。

 諸々の目論見やら悔しさを呑み込んで手を貸した努力やらが破綻し、BBは頭を抱えてしまった。

 

 

「BBちゃんの色々な努力が台無しにー?!」

 

「そうだよ。オレは他人の努力を踏み躙る事に定評のある男だよ」

 

「いやいやいやいや、でもですねぇ!?」

 

「さーて、けぇるべけぇるべ(ガン無視」

 

『えぇーーーーーー!? このまんまーーーーー?!』

 

 

 BBの泣き言なぞ聞きたくないらしく、虎太郎はガン無視。その場に居たほぼ全てが驚きの声を上げた。

 

 虎太郎にしてみれば、最終試験だ。

 BBの性格は好かない。ひたすらに面倒な、人理に関係しない案件でなければ、決して手を組まない相手。

 性格的な相性すら押し退けて手を組みたくなるような、能力を見せてみろ、ということ。虎太郎としては、このままBBに消えて貰っても構わないのだから。

 

 

「あー…………大将、なんだ。オレの本来の霊基はカルデアの方にあるわけだから、こっちの霊基を放棄すりゃ、そのまま戻れる公算も高いよな?」

 

「まあ、そうなるか? 今回の案件は他の特異点のような、カルデアからの再召喚ってわけじゃない。何とも言えないが、可能性は高いかもな?」

 

「じゃあ、こっちに残ってBBに手を貸しても問題ねぇよなぁ?」

 

「……ろ、ロビンさん!」

 

 

 ロビンの意外な提案に、虎太郎は片眉を上げ、BBは泣きそうな表情で彼を見た。

 

 元よりロビンは面倒見が良い。

 生前は、敢えて守りたかったものを守るために人の輪からは外れ、名も顔も隠して戦い続けたが、元来の性格はそういったものなのだろう。

 それに月世界で召喚された時からBBとは縁があった。冷徹で現実的な意見を口にするが、何のかんのとお人好しなのが、彼の魅力の一つだ。

 

 

「…………オレとしちゃ、貴重で有能な斥候を失う可能性は極力を減らしたいんだがな。何だ、パシリ根性でも染み付いたか」

 

「違ぇーですよぉ! このポンコツAI、追い詰められると何しでかすか分からんですし。あと、手を貸しておいて貰って、このままじゃ義理に欠く。それは大将の方針じゃねぇだろう」

 

「ふむふむ。…………じゃあ、私も手を貸すし! このまま消える前にもうひと暴れしましょうか!」

 

「では、私も共にしましょう。これだけの戦力があれば何とかなりますね、BB?」

 

 

 ロビンに釣られてか、鈴鹿とトリスタンもBBに力を貸すようだ。

 放っておけない人格というのも立派な能力の一つ。それに何も、BB一人で全てをやれとは指定していなかった。

 虎太郎は物好きと思いながらも、彼等の助力を否定はしなかった。

 

 

「それよりもメルトとリップ、ウチクルー?」

 

「――――ハッ?! メ、メルト! しっかり答えなきゃ、駄目だよ!」

 

「――――別に。別に、見返りが欲しくて、戦ったわけではないもの。私は」

 

 

 虎太郎のドライさにフリーズしていたリップであったが、声を掛けられてようやく再起動を果たし、メルトを見た。

 しかし、メルトは如何なる心境であったのか。照れていただけなのか、迷っていたのか、答えない。

 

 彼女の頑なさに、リップはもうと頬を膨らませたが、虎太郎は気にした様子はなかった。

 

 

「キャットはどうする?」

 

「あたしか? あたしは別にカルデアに行きたいわけでもないし、お主に力を貸したいわけでもないからなぁ。もうお主の指示で戦うのはゴメンだワン!」

 

「……え? キャットさん、来ないんですか?」

 

「――――うん?」

 

 

 キャットのつれない返事に、ショックを受けたのは他ならぬリップだった。

 何せ、最も仲が良く、キャットもまたぶっ飛んだ理性で妹のようにリップを猫可愛がりしていたのだ。

 

 リップの落胆は如何程か。見る見る内に肩を落とし、ショボくれていく。

 出会いがあれば別れがあるのは常なれど、絆を深めた者との別れは寂しくて仕方がないと言った風情だ。

 

 

「むぅ…………虎太郎よ、カルデアにメイドは足りておるか?」

 

「炊事洗濯係は大歓迎だ。オレの場合、お前には戦闘をやらせるよりも、そっちをやらせていた方が楽でいい」

 

「決まりだな! このキャット、リップちゃんの守護獣としてカルデアのメイドとなろう。如何せん、騎士ガウェインはスケベ。虎太郎はド変態と来ておる、誰かが守ってやらねばナ……!」

 

「やったー! ばんざーい!」

 

 

 輝く笑顔で巨大な両手を振り上げ、万歳三唱をしてみせるリップ。それほどまでに嬉しい。

 うむうむ、素直は可愛い、とキャットは顎を擦りながらその姿を眺めている。

 

 いい落とし所ではあるだろう。

 基本的に、キャットとは彼女のマスターを人として眠らせてやるまでの関係だった。

 特異点攻略へと共に向かうのは不安、戦闘を行わせるのも不安。

 ならば、カルデアの生活水準を一ランク上げることに貢献してくれるならば、虎太郎としてもありがたい。

 

 日々の温かい食事は癒やしと活力となる。

 サーヴァントである英霊には不必要なものではあるが、あるならあった方がいい。

 それで余計な軋轢が解きほぐされるなら、万々歳である。

 

 

「うむうむ! 攻めのメルトに守りのリップちゃん。そして、帰る場所を守るこのアタシと来た! 三騎のアルターエゴが揃えば無敵と言っていいのでは……?」

 

「私をか――――いえ、待ちなさいキャット。何か、とても、聞き捨て、ならないことを……」

 

「うん? 憎き本体から不要なものと切り離された一尾がこのアタシ。霊基はバーサーカーだけど、アルターエゴだよ?」

 

「ちょっと待って。いや、いやよ、やめて! そんな事実、知りたくなかったんだけど……!!」

 

「あ、やっぱりメルト、気付いてなかったんだ」

 

 

 思いもよらぬ事実に、メルトは情けないほど狼狽えていた。

 プライドの高いメルトのこと、キャットと同類などと思われるのは耐えられない。

 だが、事実は事実である。粛々と受け入れるしかなかったのか、げんなりとした表情で首を振った。

 

 けれど、カルデアに行くとだけは言わなかった。

 

 自分を怪物だと理解しているから人と分かり合えるとは思っていない。

 自らの愛のカタチが、恋をした人にとって、どれだけ危険なことをよくよく理解しているからこそ、恋した人の為に首を縦に振る訳にはいかない。

 

 そんな当然で、だが意固地な態度に虎太郎は苦笑を漏らしながらキザったらしく告げる。

 

 

「なんだ? 舞台から無理矢理にでも攫ってほしいかい、プリマドンナ」

 

「――――――ッ」

 

 

 胸中を見透かしての一言にメルトは頬を朱に染めて虎太郎を睨みつけたが、肩を竦めるだけ。これでは暖簾に腕押しだ。

 

 羞恥と苛立ちと妙な安心感に鼓動が高鳴る。

 

 メルトの悩みなど下らない、と虎太郎は笑ったも同然だ。

 何せ、彼は知っている。どれだけの怪物性を持とうが、どれだけ完璧な存在であろうが、メルトはもう以前の自分には戻れないと。

 

 自分の意思で、快楽の水面から飛び立った。

 あの時、教会でたまたま手を取ってくれたというだけの理由で、振り回されながらも相手に尽し、自分の心と折り合いをつけ、相手の心を慮る苦しさと悦びを知った。

 

 命懸けの恋をした。本当の愛を知った。他人の存在にときめいた。

 そんな少女で、ましてや有能であるのなら、虎太郎がその手を離すはずもない。

 

 

「…………はぁ、もう分かった。私の負け、貴方の勝ちよ、マスター。何処へでも、何処までもついていくわ。貴方と一緒に、行けるところまで、ね」

 

 

 愛して欲しくて戦ったのではない。

 彼女は、恋をするために快楽の湖から飛び立った。

 これは、飛び立った先がカルデアだっただけの話。

 

 けれど、メルトの顔には、少女そのものの笑みが輝いているのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『お帰りなさい。今回もいつも通りの戦果のようですね』

 

「当然だろ――――しかし、何があったんだ?」

 

 

 BBの手によって特異点から戻った虎太郎をレイシフトルームで出迎えたのは、相棒たるアルフレッドだった。

 しかし、カルデアのおかしさに気づき、首を捻る。

 

 まず、いの一番に出迎えるであろうマシュがいない。

 彼女は自分が虎太郎のサーヴァントであることを誇りに思っている。

 そんなマシュが戦いの助けにもなれず、その上で出迎えすらなしとは異常だろう。

 

 そして、レイシフトルームを俯瞰できる位置にある中央管制室では、ロマニとダ・ヴィンチが談笑しながら何事かの調整をしていた。

 彼等は戦いのバックアップが主な仕事。それが出迎えもなく、いつも通りの仕事しているなぞ在り得ない。

 

 

「BBの奴、とんでもない裏技を使ったようね――――――機械仕掛けの神なんて言うから、どんな名前負けしている奴かと思ったけど、とんだ思い違いだったわ。BBがチートなら貴方はバグね、アルフレッド」

 

『メルトリリス様、パッションリップ様、タマモキャット様の霊基基盤(キューブ)の受け入れ完了。名前負けは否めないかと、今の私は虎太郎の相棒ですので』

 

 

 虎太郎が背後を振り返ってみれば、メルトとリップ、キャットの三名が変わらぬ姿のまま立っていた。

 

 何事かと話を聞いてみれば、BBは特異点での一件を虚数事象として全てなかったことにしたらしい。

 セラフィックスは既に解体済み。職員達も皆無事であり、各々が別々の道を辿っているそうだ。

 唯一の例外が、ゼパルとキアラの最後。この二人だけは、BBの救済から弾き出されたとのこと。

 

 あの特異点での事実を覚えているのは、当事者たる虎太郎とサーヴァント達。観測と記録を行い、BBから三人の霊基基盤を預かったアルフレッドだけ。

 

 虎太郎は当然か、と思う反面、余計な事を、と嘆息した。

 これでマリスビリーの遺産が一つ消えたこととなる。彼とアニムスフィア家の所業と狙いを追い難くなったことを意味する。

 BBとしても2017年以降の未来を知ることは、アニムスフィアの秘密に簡単に辿り着くことは避けたいらしい。

 

 ともあれ、落胆はない。

 いつも通りだ。来るかも分からないものに徹底して備え、地道な調査を繰り返して情報を得るのみである。

 

 差し当たって必要なのは、カルデアの案内と新たなサーヴァントの紹介だった。

 これから三人はカルデアで生活することになり、多くの仲間と生活を共有する。

 

 その為に、カルデアの施設とルールを覚えて貰わねばならない。

 生憎、彼女達を任せられる人物は己以外に存在せず、虎太郎は自ら買って出た。

 

 カルデアの内部を物珍しそうに眺めるリップとキャット。

 微妙な利便性の悪さを上から目線で指摘してくるメルト。

 

 そんな三人を伴って、まず始めに彼女達に割り当てられる自室へ案内し、後は施設を回りながら擦れ違ったサーヴァントに新たな仲間を紹介していく。

 

 

「虎太郎! それにお三方も! 問題ないようで何よりです!」

 

「ガウェインさん!」

 

 

 その途中、ガウェインとも合流した。

 聞けば、既にエルキドゥやマルタとも話をしているようで、三人ともBBの荒業及び裏技に呆れ返ったらしい。

 

 時間帯は昼も中頃。

 この時間帯に皆が集まっているのは食堂ということもあり、キャットの新たな職場の見学も兼ねて食堂へと向かった。

 

 

「ほほぅ、食堂も厨房も中々の広さ。これならば、リップちゃんへのお料理教室が開けるナ!」

 

「え、で、でも、キャットさん。私の手はこんなですし……」

 

「あー、メルトもリップもそんな手足じゃ生活しにくいな。アルフレッドとメディア、スカサハに相談して、霊基の書き換えが出来るか相談してみるか」

 

「呆れた。そんなことも出来るわけ? ほんと、反則にも程が有るわ」

 

 

 人の数こそ少ないものの、活気溢れる食堂の様子にキャットは満足げだ。

 そして、メルトとリップは思いもよらぬ特典に、目を丸くしている。

 SE.RA.PHでの一件からアルフレッドの性能は薄々と、実際に見てからはBBですら敵わない存在であると認めていたが、流石に予想外だったようだ。

 

 

「さて、じゃあまずは――――」

 

『センパーーーーーーーーーーーーイっ!!』

 

『ちょ、ちょちょちょ! 君、誰ぇ!?』

 

『サーヴァントのようだけど……英霊、じゃないようだね? うーん、興味深い!』

 

『うぉい! BBの嬢ちゃん、いきなり何やってんのぉ、オタクぅ!?』

 

 

 その時、カルデアの館内放送からBBの声とそれを止めようとしたロマニとロビン、一歩引いた視点で眺めているであろうダ・ヴィンチの声が響き渡った。

 

 サーヴァント達は聞き慣れぬ声に、何事だとスピーカーのある天井や壁を眺める。

 自身のアイデンティティを揺るがしかねない一言に、ガタッ、と食堂の椅子から立ち上がっていた。

 

 仕事の早いことである。

 どうやら、もうBB/GOを倒してきたらしい。いや、あの特異点では時間の概念も曖昧なものなのだろう。

 恐らくはハリウッドの長編映画のような冒険活劇を越えてきたに違いない。BBとロビンの声の疲れ具合からも、何となくそんな気がしないでもない。

 

 

『はぁ……はぁっ……BBちゃんの逆襲は、これからですよぉ!!』

 

「はぁ? BBの奴、何を言っているのかしら?」

 

「負け惜しみではないのか、ワン?」

 

『センパイとガウェインさんの失言を垂れ流しにしてやります!!』

 

「……はい?」

 

「…………………………ハッ!? ロビン、アル、そいつを止めろぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉっ!!!」

 

 

 皆がハテナマークを頭上に浮かべる中、一足早くBBの思惑に気付いた虎太郎は叫び声を上げるが、もう間に合わなかった。

 

 

『いやぁー! ないわー! 年増とかないわー! オレでも食指が動かないわー!! な、ガウェイン!!』

 

『まさしく! 年上の妻など二度とゴメンです! あと十年は肉体的にも精神的にも若返ってから出直してきて頂きたい!』

 

 

『何やってくれてんのぉ、オタクぅぅぅうぅっっ!?!』

 

『『ガウェインと腐れ外道ェ……』』

 

 

 さあ、地獄の幕開けだ。

 キアラに向かって放たれた筈の虎太郎とガウェインによる暴言が、BBの悪意ある編集によってカルデア全域に垂れ流されたのだから……!

 

 虎太郎は目頭を押さえ、ガウェインは大きく口と目を見開いている。後ろの三人は、笑えばいいのか憐れめばいいのか。

 食堂に居た女性陣は一様に鋭い視線を向けている。あたかも女を年齢で判断するなど最低だ、とでも言わんばかりに。

 食堂に居た男性陣は、これから二人の身に起きるであろう悲劇に、哀れみと呆れを向けている。

 

 時が止まってしまったかのような空間の中、ゆらりと食堂に来た一同に向かう者――――いや、ガウェインに向かう者が一人。

 

 本日の食事当番であったラグネルである。

 I ♡ Gawainと自ら刺繍したであろうエプロンを脱ぎながら、近づいてきている。

 

 

「………………ガウェイン様」

 

「ら、ラグネル。ちが、違うのです。これは編集がされています! 私は君を決して――――」

 

「いい、のです。私との婚姻は、貴方様の望まれたものではありませんでしたから……」

 

「い、いえ、確かに私にとってそれはトラウマですが、君は良き妻として、私を――――」

 

「今まで、お世話になりました――――――ガウェイン様のおっぱい大好きバスターゴリラァっ!!」

 

「――――――――(チーン」

 

 

 わっ、と泣きながら食堂を走り去っていくラグネル。後に残されたI ♡ Gawainのエプロンが痛々しい。

 そして、ガウェインは更々と赤い砂とメロン色のキューブに還元されていく。

 

 

「き、騎士ガウェイーーーーーーン!!」

 

「ガウェインさん! こ、呼吸をして下さい! いえ、それどころか、これマナプリズムになっちゃってますぅ!?」

 

「バッ! “座”に還ってる場合じゃないわよガウェイン、追いかけなさい!!」

 

「――――――――――ラグネェェェェェェェェェェェェェルっっっ!!!」

 

 

 危うく“(じっか)”に戻りかけたガウェインであったが、メルトの言葉に再起動を果たした。

 身体を翻し、去っていったラグネルを追い掛けるために地を蹴る。閉ざされた食堂の自動開閉ドアをショルダータックルでぶち破り、カルデアの何処かへ消えたラグネルを追いかけていった。

 

 被害。ドアの修繕費数百万、及びラグネルの心の傷、キャメロット一の鴛鴦夫婦(ガウェイン自称)破綻の危機。

 

 ガウェインの武運を祈りながら、虎太郎は前に進みでる。

 其処では、一人の女性が待ち構えていた。

 

 

「何があったか知らないが……やらかしたねぇ、アンタもガウェインも」

 

「………………はい」

 

 

 両腕を組んで呆れ顔をしていたのはドレイクであった。

 少なくとも彼女も肉体年齢的には、虎太郎よりも年上である。

 

 だが、怒りと言った感情はまるで見受けられない。

 事実として年増だろうしねぇ、とでも考えているのだろう。それに普段から黒髭にBBA、BBAと呼ばれている。この程度では動揺しない。

 

 

「あたしゃ気にしないが、分かってるね」

 

「…………はい。スカサハとかコアトルとか此方に飛んできてるんと思います。ブーディカとか泣いてるかも」

 

「だねぇ、一番の爆弾はスカサハだ。アイツに年齢の事でイジるのはタブーさね。コアトルは、女神様だからちょっと分からないね」

 

「…………そっすね」

 

「アタシが何を言いたいか、何をするか分かるね?」

 

「オナシャス……!」

 

「よぉし! いい返事だ! 歯ぁ喰い縛んなぁ……!!」

 

 

 瞬間、虎太郎の身体は宙に舞った。

 ドレイク必殺のボディーブローが決まったからである。

 

 事の一部始終を見守っていたメルト、リップ、キャットの三名には、自分達の頭上を凄まじいスピートで飛んでいく虎太郎の姿がスローモーションに見えたような。

 

 スカサハやコアトルなどが今の放送に如何なる感情を抱こうとも、先に制裁を加えられているのなら、出鼻を挫かれたようなもの。その勢いも削がれるだろう。

 ドレイクはそれを見越して、虎太郎を殴り抜いたのである。

 

 ガウェインがぶち抜いたドアの上部の壁に減り込むほどの勢いで殴られた虎太郎は、血塊を吐き出しながら、地面へと叩きつけられた。

 

 被害。壁の修繕費数十万、及び虎太郎の肋骨胸骨の全壊、内臓破裂複数。

 

 

「ほん……と……、オレ、…………こんなん……ばっか――――――ガクっ」

 

『あっはっはっは! センパイのボロボロになってる姿、初めて見ましたよ! いい気持ちだッ!!』

 

 

 こうしてセラフィックスでの幕が閉じ、新たな幕が上がった。

 『虎太郎 VS BB オタク等ちったぁ仲良く喧嘩してぇ! 大戦』の幕開けであったが、それはまた別の話。

 

 カルデアは新たな仲間を迎え入れ、喧騒の中で日常を過ごしていく。

 多くの英霊、怪物、そして人も加えた守護者達は、変わらずに人理を守っていくのであった。

 

 





というわけで、アルターエゴ三人衆、ようこそカルデア&ガウェイン夫妻、とばっちりで離婚の危機&BBちゃんの逆襲が成功し、杉谷選手になる、でした。

御館様とBBちゃんはトムとジェリーの関係。なお、御館様がジェリー、BBちゃんがトムの模様。これは痛い目を見る比率と力関係からね。大抵は御館様がやりたい放題だけど、時々酷い目に合わせるのがBBちゃんよ。

あ? ガウェイン? 完全にとばっちりだよ?

よし、これで次回はメルトのエロやでぇ! 気合入ってきたぁ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『怪物は少女となり、成就した恋は真実の愛となる』


キタキタキター! ボックスガチャがキター!
回すぜぇー、超回すぜぇー! 今のうちに石を目一杯集めるんじゃぁ! 修練場の周回はもううんざりだからな!!

去年の超高難易度は殆どクリア。あとはフィナーレを残すのみ。これは試行回数で勝負だな。
今年の高難易度はスパさんからか。もうちょっと情報が出揃ってから挑戦しようねぇ!

ほい、ではSE.RA.PH編の最後。ご褒美回のエロやでぇ!

それから活動報告でも書きましたが、こっちは一旦区切ります。
今後は、苦労人奮闘記と此方で章ごと書いていく予定。なお、気分によっては変える模様なのであしからず。書きたいもんを書くのが一番モチベを意地できるんじゃ!!




 

 

 

 

 

「すごい! 凄い、凄いです! ありがとうございます、メディアさん!」

 

「礼ならアルフレッドに言いなさいな。私は手伝っただけよ。経過は順調。問題なし、と」

 

 

 メルト達がカルデアに迎え入れられてから一週間。

 神代の魔術工房と化したメディアの自室で、リップの喜びの悲鳴が上がっていた。

 

 リップの怪物性を示していた筈の手は、人間のそれと変わらないものとなっており、メディアが触診を行っていた。

 

 虎太郎の指示とアルフレッドによる霊基の書き換えによるものだ。

 アルフレッドは彼女達の手足を武装として捉え、体格に合わせた人間のそれと変わらない手足を設計し、適応させた。

 つまり、サーヴァントが戦闘時に纏う鎧や宝具と同じく、当人の意思で出し入れが可能となったのである。

 

 その恩恵だったのか、リップは神経過敏から、メルトは神経障害から開放されていた。無論、武装を行ってしまえば、元に戻ってしまうのだが。

 アルフレッドは無茶苦茶な違法改造の結果、神経に障害が引き起こされていたのではないか、と推測している。

 ロマニによる診断も神経性の異常は見られず、二人ともに通常の感覚を手に入れていた。

 

 本日は、メディアの解析の魔術による霊基構造のチェック。

 これに問題がなければ、以後はこの姿のまま生活を送ることになっている。

 

 すっかり慣れた空間ウインドウの操作を行い、虎太郎、アルフレッド、ロマニ、ダ・ヴィンチへ結果のメールを送信する。

 

 

「早いわね」

 

 

 既に結果を待っていたのだろう四人からは、数分としない内に承認の許可が降りた。

 医学的見地からはロマニが、魔術的見地からはダ・ヴィンチが、両側面からアルフレッドがメディアの判断に同意している。虎太郎は、それぞれの意見を確認し、最終的な判断を下しただけだろう。

 

 今日のメディアの仕事は終わってしまった。

 大きく身体を伸ばし、凝り固まった筋肉と関節を解していく。

 解析の魔術など彼女にとっては難しくもない単純なものではあるが、如何せん他人の身体に関わることだ。気を抜けなかったらしい。

 

 リップは、何度も何度も手を握っては開きを繰り返す。顔は今にも泣き出してしまいそうな笑みが刻まれている。

 本当に欲しかったものが、望んでも得られなかったものが手に入れば、誰であれ同じ顔をするだろう。

 

 その時、部屋にチャイムがなる。

 予定が元からあったのか、メディアはそのまま入室を許可して来客を招き入れた。

 

 

「メディアさん、リップさんの調子は――――あら? あら?」

 

「この通り、順調よ」

 

「まあまあ! 良かったわね、リップさん!」

 

 

 部屋に入ってきたのはフランスの王妃、マリーだった。

 純心無垢なリップと悲劇だった最期を覚えていながらも天真爛漫さを失わないマリーは、相性が良い。

 

 リップがカルデアを訪れた初日から、二人は親交を深めていた。

 フランスの特異点からの付き合いであるジャンヌも、余りの仲の良さに微笑ましさと同時に初めて出来た友人を取られてしまったような可愛らしい嫉妬を覚えたほどだ。

 

 マリーはリップの様子を見に来たらしく、彼女の手が何の問題もないことを知ると小走りで走り寄り、その両手を握る。

 今まで体験したことのない両手から伝わってくる他者の温もりに、リップは大きい目を丸くした。 

 

 

「――――ふぇ………………うぇ、うぇぇえぇぇ……」

 

 

 事実を理解し始めたリップは、喜びから大粒の涙を流し始めた。

 

 触れたくても触れられなかった。

 触れてしまえば壊してしまった。

 

 可愛らしいものも。暖かなものも。好きな人の手であっても。

 

 手で触れる。

 誰しもが持つ筈の当たり前の幸福を、怪物である彼女は享受できず、彼女自身も何時かは叶うなどと信じてはいなかった。

 けれど、マリーの手の温もりが、ようやく手にできた幸福を優しく伝えてくる。

 

 

「ええ……ええ。嬉しいのなら泣きましょう? きっとその方が、もっと素敵な笑顔になれるもの」

 

 

 マリーは微笑みながらリップを抱擁し、リップも恐る恐るながらマリーの背中に手を回して泣き続ける。

 

 メディアは、その光景をただ微笑んで見ていた。

 裏切りの魔女と呼ばれていようが、根は善人である彼女が他人の幸福を嘲るはずもない。

 例え、彼女の与り知らぬ過程を経て誕生した怪物であろうとも、その姿は少女のそれ。祝福してやるのが彼女の筋であった。

 

 

「十分に泣いて?」

 

「はい。ありがとうございます、マリーさん」

 

「まあ、素敵な笑顔! やっぱり、リップさんにはそちらの方があっていてよ?」

 

「……え、えへへ」

 

 

 泣き止んだリップの顔には、花ような笑みが綻んでいた。

 

 マリーもまた微笑みながら、涙と鼻水で汚れたリップの顔を自らのハンカチで拭っていく。

 それなりに高級そうなハンカチであったが、汚れていくことなど気にしない。流石に民の笑顔の為に偶像で在り続けただけのことはある。

 

 

「さて、それじゃあショッピングに行きましょう? 女の子ですもの、それだけなんて勿体ないわ!」

 

「ふぁっ?! で、でもでも、お金とかないですし、それに人の街なんて、行ったこと……」

 

「気にしないでいいわよ。そっちの方の面倒も見てやれって、虎太郎に頼まれているからね。付き合ってあげるわ」

 

「……ところで、メルトさんは? 彼女も一緒に、と思ったのだけれど……」

 

「メルトは診察が終わったら何処かに…………でも、メルトは誘っても来る、かなぁ……?」

 

「いいわよ。あの娘に関しては、次の機会にでも私から聞いておくから」

 

 

 メルトの姿が見えなかったのは、診察が終わるとそそくさと何処かへ行ってしまったからだ。

 

 残念ね、とマリーは呟いたものの、メディアの言葉にお願いします、と微笑んだ。

 

 メディアは超一流の魔術師であると同時に、超一流の造形師(モデラー)でもある。

 メルトの趣味は人形鑑賞であるが、メディアの場合は造形全般、人形ばかりではなく、ジオラマや模型、ボトルシップ、服飾作製まで行ける。

 前々からフィギュア作製を黒髭に嫌々ながら教えたりもしていたようで、メルトも其処に参加している。どうやら、鑑賞だけでは満足できなくなってきたようだ。

 

 マリーとリップの仲が良いように、メディアとメルトの仲も良好なのであった。

 

 

「さあ、ジャンヌにも声を掛けて、行きましょうか!」

 

 

 この後、ジャンヌも加えて女四人でショッピングへと向かうこととなる。

 それは、マリーに振り回されながらであったものの、他の三人にとっても、何処にでもありふれた幸福であったようだ。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 さて、この一週間、虎太郎が何をしていたのか。

 

 当然ながら、仕事である。

 

 新入り四名の皆への紹介と生活基盤の調整。

 メルトとリップの手足についても、アルフレッドが担当し、ダ・ヴィンチとメディアが補佐する形を取っていた。

 これに関しては、基本的に指示を出しただけなので、それほど時間はかかっていない。

 

 次に、セラフィックスでなかったことになった事象の報告書の作成。

 いくら“なかったこと”になったとは言え、ビースト案件。誰かに報告する為のものではなく、実に彼らしい、自身の記憶を全く信用していない故の作業。

 どのような形であれ、記録として残すことで曖昧な部分をなくし、思考作業をよりスムーズ化し、見落としを極限し、今後に最大限活かせる形をとった。

 

 更に、オルガマリーへの報告も。

 報告内容にはオルガマリー自身も唖然としていた。

 魔術師ならではの黒い部分、父親が秘密裏に行っていた実験内容に、蒼い顔で虎太郎に、自分は知らなかったと弁明していた。

 その反応は、自身とカルナの二名から見ても嘘ではないと呼べるものであり、アニムスフィア家内部で何が起こっているのか、何をしようとしたのかの調査も快諾した辺り、オルガマリーにとっても寝耳に水であったようだ。

 

 そして、アニムスフィア家の内部からの調査のみならず、外部からの調査も依頼を掛けた。

 最近、借金が嵩んできた某人形遣い、義理の娘に苦しい思いをさせずに生活をしたい死霊魔術遣いは声を掛けると二つ返事で承諾し、既に動いているようだ。

 後は結果を御覧じろ。二人であれば、どのような事実が浮かび上がってこようとも、必ず成果を上げることは間違いない。

 

 

「はいよ、開いてる」

 

「失礼するわ」

 

 

 鳴り響いたチャイムに自室への入室を許可すると、入ってきたのはメルトだった。

 彼女の両脚は、リップの両腕同様に、ただの少女のそれとなっている。

 

 服装もアルターエゴとしてのものではない。

 空色のチューブトップに、デニムのホットパンツ。

 痛々しいまでの攻撃性を表していた両脚は、今や黒いニーハイソックスとピンヒールのサンダルで包まれているだけ。

 どうやら、リップとは違って服装に関しても既に考えていたらしく、アルフレッドに頼んで取り寄せていたらしい。

 

 見た目の年齢相応の格好に虎太郎は一瞬だけ視線を向けたものの、何も言うこと無く手元の書類に視線を落とす。

 感想のない無神経さにメルトは眉を顰めたが、入ってくる以前から彼女の機嫌は悪かった。

 

 

「どうした? 不景気そうな面をしているが」

 

「当然でしょう。文句の一つも言わないとやってられないわ」

 

 

 メルトは両腕を組み、咎めるような視線を向けていた。

 

 

「やってくれたわね。何一つ足りないものがなかった私の身体を、こんな風に……」

 

「仕方がないだろ。あんな脚でまともな生活なんぞ送れるか。誰かを傷つけるかもしれんし、何よりもお前が傷つくぞ」

 

 

 機嫌が悪かったのは、脚を人間と同じ不完全なものにされてしまったから。

 

 メルトにしてみれば、あの脚は完全にして完璧なものだった。

 彼女の設計思想に基づいた攻撃性、残虐性を有していながら、何一つ無駄のない機能という名の美しさがあった。

 

 彼女は完璧主義だ。

 不器用なリップとは違い、大抵のことが巧く出来るアルターエゴだった。それが完璧主義に拍車をかけた。

 不完全なんてものは醜い。そういう思想が、彼女の根底には確かに存在している。それでは文句の一つも言わなければ、やっていられないだろう。

 

 

「良いじゃないか、足りなくて。不完全、大いに結構。完全だの完璧は終わることと同義だ。それ以上先がない。なら、不完全であっても成長の余地があった方がいいと思うがね、オレは」

 

「…………まあ、一理あるわね。でも、もっと他に言うことがあるのではなくて?」

 

「お前、そういうとこホント不器用な」

 

「うるさいわよ!」

 

 

 誰にでも言える正論に、メルトはジト目で睨みつける。

 彼女の欲しかった言葉はそんなものではない。

 もっとずっと。他でもない虎太郎に言って欲しい言葉があった。

 

 虎太郎は全てを分かっているからこそ、メルトを不器用を称したのだが、お気に召さなかったようだ。

 こうなると女という生き物は何処までも意固地になるのは知っている。ならば、彼女の求めている言葉をかけてやるまで。

 

 

「ああ、似合ってる。洒落てるじゃないか、可愛いよ」

 

「…………ハっ、ありきたりな言葉ね。そんな程度で――」

 

「いや、オレが可愛いって言ったのは、お洒落してまでオレの気を引こうってところだ」

 

「――――っ」

 

 

 揶揄うような科白にメルトのぐっと口を噤み、頬に朱が差し込んだ。

 ありきたりな褒め言葉であっても彼の口から溢れれば、メルトには例えようもない喜びであった。

 喜びを見せなかったのは、素直になれない乙女心故であったが、見透かされては意味もない。

 

 羞恥とも怒りともつかない曖昧な感情にメルトは握り拳を震わせたが、やがては息と共に感情を吐き出して肩を落とした。

 

 彼女が気を引こうとしたのには理由がある。

 ここ数日で虎太郎の女癖の悪さを目の当たりにしたからだ。

 

 セラフィックスの案件で戦いを共にしたマルタやエルキドゥを部屋に連れ込む。

 BBの逆襲で不興を買った女性陣の点数稼ぎをする傍ら、上機嫌になった彼女達をお持ち帰りをしたりとメルトにしてみれば腹立たしい事この上ない。

 

 愛して欲しくて戦ったわけではない。

 だが、舞台から攫われた主役(プリマ)として、放置される現状は納得がいかなかった。

 無理に手を出して欲しいわけではないが、かと言って何もされないのでは女としてのプライドが許さない。

 

 泣きたくなるような怒りをぐっと抑え、メルトは椅子に座ったままの虎太郎へと近づいていく。

 

 其処でようやく、虎太郎は手元の書類から視線を外した。

 彼の瞳は相変わらず無感動な光が宿っていたが、注意深く観察すれば、明らかな警戒の色が見て取れる。

 

 はぁ、とメルトは大きく溜め息を吐いた。

 見返りなど求めていなかったが、これではあんまりだ。

 命をかけて戦った成果がこれなど、誰であっても泣きたくなるだろう。

 メルトがそれでも泣くことも悔しがることもなかったのは、虎太郎が誰であれ、同じように警戒を解かないからだ。

 猜疑心の強さはセラフィックスの一件から知ってはいたが、何度目の当たりにしても慣れることなく呆れ返ってしまう。

 

 最早、魂にまで刻まれた在り方故に、誰にも変えることは叶わないと諦め、メルトはすっと手を差し出す。

 その行為に、虎太郎は無表情を崩して怪訝から眉根を歪めた。

 

 

「なんだ?」

 

「…………前は、手の感覚なんて、殆どないようなものだったから、その――――」

 

「そういう所が可愛いと言うんだ」

 

「――――ッ」

 

 

 底意地悪の悪い笑みを浮かべての言葉に、メルトの頬にさっと朱が差した。

 

 彼女の愛らしい反応に肩を竦め、虎太郎は迷わずに手を差し出す。

 そのまま握り締めるような性急な真似はしない。まずは、指と指から。

 

 

「…………んっ」

 

 

 指と指の腹、指紋だけを合わせるような繊細な触れ合い。

 たったそれだけの接触、たったそれだけの感触に、メルトは片目を閉じて吐息を漏らした。

 

 生まれて初めて指先から感じる他人の存在は、まさに痛烈と言っても過言ではない。

 

 モノを叩きすぎて皮が厚くなり、人間らしさを失った男の指の感触。

 真っ当な感覚器官で感じ取った他人の体温は、焼けた鉄のような熱さ。

 

 石膏で出来た手が、人のそれになっていくような。冷え切った身体に熱が移ってくるような感覚。

 メルトは訳も分からないままに涙を溢してしまいそうだった。

 

 十分に相手の感触と体温を交換し合うと、虎太郎は指を握り込み、メルトもそれに倣った。

 手の甲から伝わってくる圧と僅かな痛みに、感動と官能の入り混じった吐息が、メルトの口からまたも漏れる。

 

 触覚が低下する神経障害で厄介な点は、現実感の喪失にある。

 圧力、痛覚、熱が、まるごとなくなった世界はどんなものであるか、想像すればいい。

 

 光も匂いも音もあるが、直接的な接触を感じ取れないのであれば、それは現実性を正しく認識できないも同然だ。

 

 画面の向こう側の映像を眺めているだけのような。

 額縁の向こう側の絵画を眺めているだけのような。

 途端に、自分とは無関係な世界を眺めている感覚に陥るだろう。

 彼女の加虐嗜好も、自分だけでは他人の存在を感じられないことから生じた反動であった。

 

 その世界が壊され、画面の向こう側に過ぎなかった映像が、額縁の向こう側に過ぎなかった光景が、正しい形で彼女の胸を打つ。

 

 

「――あぁ、この出会いに、この運命に感謝します。私の、マスター……」

 

「おい、口調が戻ってるぞ……?」

 

「も、もぅ……そうやって人を揶揄って………………ふふ。なら、私も……!」

 

 

 口唇を尖らせて拗ねていたメルトであったが何を思いついたのか、目を輝かせた。

 

 そのまま距離を詰め、不敵に笑いながら顔を寄せる。

 彼女の突飛な行動に虎太郎は目を丸くしたが、抵抗する気はないらしく動こうともしなかった。

 

 メルトは瞳を閉じ、虎太郎の口唇に向かって一直線に向かっていく。

 

 暗闇の中で口唇から伝わる柔らかな触感は、心が溶けてしまいそうなほどに満たしてくれる。

 児戯のように幼い触れ合いであったが、指を絡めた手を思わず強く握ってしまう。

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、してやったりといった表情で目を見開いたメルトであったが、想像とは違う光景に目を丸くした。

 

 虎太郎は口唇の前で、空いた手の指を二本立てていたのである。これではキスではない。

 

 

「……~~~~~~~~ッ、あ・な・た・はぁ…………!!」

 

「待て、落ち着け。手が潰れちゃう……!」

 

 

 少女としての幸せを享受したつもりだったメルトは、虎太郎の行動から一転して怒り心頭となった。

 

 当然だ。揶揄うにもほどがある。

 嫌なら嫌で拒絶すればいいものを、この始末。これで怒らぬ乙女は居るまい。

 

 ギリギリと握り合っていた筈の手を、今度は握り潰す勢いで締め上げる。

 メルトの筋力のランクはサーヴァント中最低ランクだが、この時この瞬間に限ってはEXランクになっているのは間違いない。乙女の怒りはそれほどまでに強い。

 

 それに照れもあった。

 どれだけ自分に自信を持とうとも、恋や愛、性に関しては知識は豊富であっても経験は皆無。

 口唇と指の感触を勘違いしてしまうなど、メルトには赤面しても飽き足らない恥を晒したようなものだった。

 

 

「オレはまだ、お前の気持ちを聞いていない。これじゃあ順序が逆だ。出来るわけあるか」

 

「あら、お目出度い。散々、色んな女に手を出しておいて、何よソレ。それに、私の気持ちくらい理解しているでしょうに。それこそ今更でしょう……?」

 

「返す言葉も無いがな。言葉にすること自体に意味があることもある」

 

 

 ギリギリと音を立て始めた手に冷や汗を掻きながらも、虎太郎は冷静な――――いや、冷徹な口調で言い放つ。

 

 それが彼の保つ最低限のラインだ。

 度を越した女好きを自覚しているが故に、甘い罠(ハニートラップ)を警戒して、自分からは決して手を出さない。

 仕事以外で手を出すのはあくまでも、本心から自分を好いてくる物好きな女が、心からの言葉を口にした時だけだ。

 

 ぐっ、と口唇を噛み締め、悔しげに表情を歪めたメルトであったが、やがて根負けしたように口を開こうとする。

 

 社会の法を無視しても、自分の定めたルールは破らない。

 それが、この男の数少ない美点であることは疑いようがない。メルトも認める所である。

 ならば、彼を愛している自分が破らせる訳には行かず、また自分も彼を変えてしまうのは望む所ではなかった。

 

 

「マスター、好きよ、愛しているわ。今は、私だけのアルブレヒトになって……」

 

「勿論。お前がそう言う限り、何度でも、いくらでも、な」

 

「――――――ぅ、んっ」

 

 

 笑みを浮かべながら、メルトの頬に手を伸ばす。

 それも愛撫だったのだろう。くすぐったいながらも、優しい感触にメルトは甘い鼻息を漏らした。

 

 無骨な、節くれ立った手からは想像も出来ない繊細な接触(タッチ)

 急いてはいない。焦らしてもいない。頬を撫でているだけなのに、全身が炙られたように熱くなっていく。

 

 

「色々としたいことはあるだろうが初めて、だろ? 初めくらいはオレがする。いいな?」

 

「はい、お願い……します……んっ、ふぅっ……♡」

 

 

 経験の伴わない知識では意味がない。

 常々、虎太郎の語る言葉が真実であると、メルトは身を以て体験していた。

 

 頬を撫でられ、耳をくすぐられる。

 身体はもどかしくも、心は満たされていくような奇妙な感覚にメルトは全身を震わせた。

 

 今まで他人の存在など、まともに感じたことはなかった。

 神経障害による触覚の鈍化を解消され、肌から伝わってくる感覚に脳は混乱している。

 メルトの苛烈な性格が表れた切れ長の目は、今やとろんと目尻が落ち沈んで蕩けていた。

 

 子宮からマグマのように湧き上がってくる。

 それが、女が満たされていきながらも、まだ足りないと嘆く欲情の証であると気付かされた。

 

 

「じゃあ、そろそろ……」

 

「……はっ、はぁっ……ふぅ……ふっ……」

 

 

 虎太郎の呟きに、メルトは瞳を潤ませてこくこくと何度となく頷いた。

 

 耳を弄っていた手は頬を伝い、顎を掴むと自分へと視線を合わさせる。

 深い黒瞳には、雄の暴虐と男の優しさが同居しており、それがまたメルトの情欲を刺激した。

 

 知らず知らずの内に、作法であるかのようにメルトは瞼を落とす。

 視線を合わせたままでの口付けは気恥ずかしさに耐えられなかったというのもあるが、視覚を遮ることでより深く相手を感じるためでもあった。

 

 

「――――――んっ♡」

 

 

 触れた僅かに乾燥した口唇に、思わず鼻息が漏れてしまう。

 繋いだままの手を握りしめ、想像を絶する快楽にメルトは堪える。

 

 初めは優しく、触れ合わせるだけ。

 

 

「んっ……んふっ……ちゅ……んんっ……♡」

 

 

 暫くすると虎太郎の動きに合わせ、メルトもまた自分から口唇を押し付けた。

 まだプレゼントの包装を解いている段階だと言うのに、鼻息ははしたない程に荒くなっている自覚があるにも拘らず、自分ではどうする事も出来ない。

 

 教えられた通りに、相手の口唇に己の口唇を押し付けるだけではなく、啄み、吸い付き、徐々に気分を高めていく。

 ぐつぐつに煮え滾った血液が全身を駆け巡り、口内は唾液で溢れ返り何度となく生唾を飲み込む。

 

 

「いっ……ひぅっ……♡」

 

(舌で、口唇、舐められ……!)

 

 

 口唇を舌で舐められ、メルトの口からは堪らず甘い嬌声が溢れる。

 咄嗟に目を開くと、其処には愉悦から笑みを浮かべた男の顔があった。

 

 弄ばれる怒りよりも、教えられる悦びの方が大きい。

 メルトもまた蕩けた表情で笑みを浮かべ、持ち前の負けん気の強さで動きを真似ていく。

 

 控え目でありながらも貪欲に。

 動きは相手を気遣うように丁寧でこそあったが、口唇に走る皺の一つ一つに舌を這わせる。

 

 

「んんっ……♡ んちゅ……っ、ちゅちゅっ……んれぇ……んぐっ……♡」

 

(すごい……舌のぶつぶつまで、全部、分かっちゃう……♡)

 

 

 いよいよ、キスは深くなっていく。

 舌と舌を絡めさせ、唾液を交換する。

 

 ポタポタと顎を伝うことも気にせず、口腔に溜まった唾液を送り込み、逆に送り込まれた唾液を飲み下す。

 口腔を舌が這い回る度に、勝手に涙が溢れてしまう。快楽に依るものだけではない。成就した恋に依る歓喜のためでもある。

 

 

「んひっ……はふっ……じゅるるっ……んんっ……ちゅる……れる……ずろ……んんんんんっ♡」

 

(舌に吸い付くと喜んでくれる♡ あっ、はぁっ、私、上顎、舌で撫でられるの弱いんだ……♡)

 

 

 相手の舌を口内に迎え入れて、吸い付きながらも口唇で扱きながら引き抜いていく。

 その際、上顎を舌で撫でられ、腰が二度三度と跳ね上がった。

 軽い絶頂の波に、処女穴からは本気汁が零れ落ち、下着どころかホットパンツにまでも大きな染みを作ってしまっていた。

 

 はしたなさに羞恥を覚えるも、羞恥すらもが悦びに変わっていく。

 当然だ。興奮しているのは何も自分だけではない。相手もズボンを押し上げるほどに男の象徴を熱く滾らせていたのだから。

 

 

「んふっ!? ひあぁっ♡ ま、待って! 今、そんなのされたら……!」

 

(キス、集中できなくなっちゃうじゃないのよぉ……!)

 

 

 自分と虎太郎の口に集中していたメルトであったが、握りあった手とは逆の手で本格的な愛撫が始まった。

 

 剥き出しの背中を指先だけで軽く触れられ、上から下に、下から上に這い回る。

 特に反応を抑えられなかったのは背骨の窪み。つーっ、と遅くもなく速くもない指の動きに、ゾクゾクと電気のような悦楽が背骨から脳へと駆け上っていく。

 

 最早、熱く滾った女性器に近い内股を撫でられるだけで、腰が何度も跳ねる。

 もどかしさの募る動きに、女陰から漏れ出している愛液の量は冗談のように増していった。

 

 下腹の辺り、子宮を腹の上からぐっと掌で押される。

 鈍痛にも似た疼きは収まったかのようにも思えたが、火に油。疼きは益々強くなっていく。

 

 チューブトップを押し上げる乳首を抓まれる。

 痛みは絶無であったが、様々な方向に押し倒され、引っ張られる度に、口からは嬌声が漏れる。

 

 

「あっ♡ あっ♡ そ、それ、ダメ♡ んむっ……んちゅ、ちゅるろ……じゅる、ふぅ……んふぅ♡」

 

(またキスぅ……はっ、そ、それに、クリトリスまでぇ……な、何で、そんなに簡単に分かっちゃうのよぉ……♡)

 

 

 女の弱点を衣類の上から指で引っ掻かれる。

 見えてもいない部分を的確に探り当てられ、メルトは目を白黒とさせた。

 無意識に腰を振って逃れようとするものの、キスの最中であり、大きくは逃げられず、手は決して外れてくれない。 

 

 かりかりと爪から伝わる微振動は、強烈だった。

 まだキスを愉しんでいたいのに、身体は絶頂を求めている。

 愛した人に最大の快楽を与える事こそが最大の悦びと信じて疑わなかった彼女であるが、此処に来てあっさりと自らの考えを改めざるを得なかった。

 

 

「んんっ、はっ、らめ、もっ、きしゅできな……あっ♡ あひっ、ひあぁああぁああぁああぁぁあぁっ♡」

 

 

 衣類の下で完全に勃起した淫核を指で押し込まれると、メルトは仰け反りながら絶頂した。

 

 爪先立ちで腰を持ち上げ、何度となく腰を震わせる。

 生まれて初めての絶頂は、雷に打たれたかの如くメルトに衝撃を与え、そのままの格好で失禁していた。

 

 

「いやぁ……あぁ……っ、み、見ない、でぇ……」

 

 

 衣服を汚していく黄金水は、床へびちゃびちゃと広がっていく。

 まるでメルトの羞恥と興奮を形にしたかのように、臭気と湯気が立ち上っていた。

 

 一度決壊してしまえば、女性の尿道の造り故に止めることは叶わない。

 死にたくなるほどの惨めさにメルトは涙を溢して見ないで、と懇願したが、虎太郎は笑みを浮かべるばかりで視線を逸らさない。

 粗相を責めてなどいない。寧ろ、快楽に翻弄される姿を楽しんですらいた。

 

 

「く、屈辱よ……こ、こんな、惨め過ぎるわ……」

 

「良いじゃないか。気持ち良かったろ……?」

 

「そ、それは、そうだけど……」

 

「なら問題ない。これからは、お前の全てを見せて貰うから覚悟しろよ。…………じゃあ、本番と行こうか」

 

 

 絶頂から戻ってきたメルトは、いつもの強気な態度を取り戻したものの、語気は弱い。

 誰の目から見ても明らかな強がりであったが、虎太郎は指摘すらせずに椅子から立ち上がった。

 

 繋いだままの手を引き、未だに足元が覚束ないメルトをベッドまで連れて行く。

 虎太郎は、背中を向けたまま何を言うまでもなく、服を脱ぎ始めた。

 

 その姿に、メルトはいよいよなのね、と期待半分、不安半分の心持ちで背中を向けて服を脱いだ。

 全身が汗で濡れて気持ちが悪い。更には、愛液と小水でぐちゃぐちゃになった下半身はもっと酷い。

 ホットパンツごと下着をずり下ろすと、それだけで全身が震えてしまう。秘裂と下着を繋ぐ本気汁の糸に改めて赤面せざるを得ない。

 

 

「――――――あっ♡」

 

 

 全ての衣服を脱ぎ去り、裸体になると待っていましたとばかりにベッドへと押し倒される。

 

 自分とは違う男の身体。

 人間という脆弱な生き物であっても、雄の逞しさというものを否応なしにメルトは教えられる。

 

 完璧さなぞ何処にもない不完全で不器用な身体。

 傷の上に重ねる傷で才能の無さを、執念と信念で補ってきたのを理解できてしまう。

 彼の傷一つ一つには物語があるのだろう。目に見えるだけでも数十。回復能力か医療によって綺麗になくなった傷も考えれば数百は下らないに違いない。

 

 それが堪らなく愛おしい。それを理解できたことが誇らしくも喜ばしい。

 自分が愛情を注ぐだけの人形を求めていたかつての自分が馬鹿馬鹿しくなってしまうほどだ。

 互いの身体を重ねるということは、互いの人生を重ねること。今になってようやく、メルトは愛し合うことの意味を理解した。

 

 

「――――何だ、敵うわけないのよね」

 

「……どうした、急に?」

 

「いえ、気にしないで。当然のことに気付いただけだから…………続きを、しましょう?」

 

「そうか…………自分の心は、必ず言葉にしろよ。その方が、気が和らぐ」

 

「うっ。そういう所が、敵わないって言ってるのよ…………その、やっぱり、少し怖いから、優しく、お願い……します」

 

「ああ、そういうのも得意だからな。任せてくれ」

 

 

 いよいよ露わになった互いの性器。

 メルトの女陰は本気汁で蕩々に蕩けており、既にぱっくりと花開いていた。

 対して、虎太郎の一物は雄々しくそそり勃っており、今すぐにでも欲望を開放してしまいそうだ。

 

 初めて見る雄の威容にメルトは明確な恐怖を覚えたが、虎太郎の言葉に従い、胸中を吐露すると、今まで感じたことのない類の恐怖に締め付けられていた心が、すっと和らいだ。

 一人の男に身を委ねることが、こんなにも嬉しく、安らぎになるなど考えたこともなかった。

 今は、快楽のアルターエゴではなく、一人の女の子として在れることが堪らなく嬉しい。

 

 

「そ、そんなに、じろじろ、見ないで……♡」

 

 

 両膝に掛けられた手が、股を割り開く。

 中央では、今か今かと散らされることを待ち望んでいる処女穴がヒクついていた。

 

 虎太郎の視線は品定めをするかのよう下劣なもの見えて、その実、メルトを一心に気遣った視線である。

 どうすれば苦しみを与えずに済むのか、どうすれば満足させてやれるのか。今は、それだけしか考えていない。メルトも分かっているからこそ、抵抗をしなかった。

 

 

「ゆっくり行くからな。痛かったら、言えよ」

 

「……は、はい。マスターのおっきいの、私の奥まで、来てください♡」

 

 

 それがメルトの精一杯だった。

 虎太郎が、自分の女に卑猥な台詞を吐かせ、その上で犯すのを好むのは知っていたが、とてもではないが口にできない。

 女としてのプライド故にではない。そんなものは、キスを任せてしまった時点で捨て去ったも同然だ。ただ、一人の女として、愛して貰いたかったからこそ、口には出来なかった。

 

 

「――――あぅっ♡」

 

 

 メリ、と音を立てて亀頭が女性器に侵入する。

 どろどろに溶けた膣は、メルト自身ですらが信じられないほど一切の抵抗なく、受け入れていた。

 

 処女を喪失しているというのに、痛みは一切ない。

 代わりにあるのは、下半身が溶けてしまったのでは、と錯覚するほどの快楽であった。

 

 

「はっ、ふぅんっ……あ、くっ……ひぃ……ふひぃっ……ふぅうぅっ……♡」

 

(う、嘘ぉ……♡ 痛く、ない……こ、こんなに、き、気持ちいい、なんてぇ……♡)

 

 

 媚肉を割り開かれる圧迫感が有りながらも、苦しさは欠片もない。

 呼吸を忘れるほどの快感の電気信号が膣を駆け巡り、子宮を更に疼かせ、脳髄まで犯されていくかのよう。

 

 彼女の身体の小ささ同様に、淫穴はきつくはあったが、狭くはない。

 寧ろ、虎太郎を迎え入れるように、易々と呑み込んでいく。とても、処女のそれとは思えない。

 

 

「クリもこんなに勃起させて、可愛いもんだ」

 

「い、いやぁ……言わな、ひぅうっ、あっ、あっ、だ、ダメェっ、そ、それ、グリグリしないでぇ……はへぇええぇぇぇっっ♡」

 

 

 ゆっくりと挿入をしながら、虎太郎は自己主張するように勃起した陰核へと指を伸ばした。

 愛液を親指で掬い上げ、指の腹で擦り上げる。時に強く押し潰すように、時に弱々しく焦らすように。

 

 虎太郎に組み敷かれた状態で、メルトは訳も分からず藻掻く。

 恥ずかしい声を上げまいと口唇を噛み締め、ベッドのシーツを握り締め、脚で船を漕ぐ。

 けれど、肉棒が奥へと進む度に雌の悲鳴が口から漏れ、クリトリスを擦られる度に手の力は抜け、カウパーが噴き出る度に脚はピンと伸びる。

 

 

「ひぁ、ひあぁああぁあぁぁぁあぁあぁあぁあぁぁああぁっ♡」

 

 

 何もかもが思い通りにならないことを楽しみながら、メルトは口の端から涎を溢していたが、男根がある部分を擦り上げた瞬間に、最大の嬌声を上げた。

 

 蕩けた膣の一部分。牝の弱点であるGスポットだ。

 

 

「へひっ……ふぁ、い、今の……、な、なにぃ……♡」

 

「此処が、Gスポットだ。どれ、少しだけ慣らそうか」

 

「ま、まっ……へひゃぁっ、ひふぅっ、ぐっ、あ゛あぁ゛ああぁあぁぁぁあぁぁっ♡」

 

 

 待って、という言葉すら紡げない。

 

 今の今まで奥へ進むだけだった一物にピストン運動が加わった。

 開いた笠で、ぷっくりと膨れたGスポットを執拗に擦り上げる。

 

 バチバチと目の前で白い火花が散り、尿道からは熱い牝潮が吹き上がった。

 手足までバラバラになってしまいそうな快楽の波に、メルトは顔を涙や涎だけでなく鼻水まで垂らして翻弄される。

 その度に、男根を締め上げて、女の悦びと感謝を示していた。

 

 

「はっ、はぁっ、はっへぇ……♡ す、すごいすごいすごいぃッ♡ こ、こんなの、しらないい、しらにゃいぃいぃぃぃぃぃっ♡」

 

「まだまだ、こんなもんじゃないんだが……そろそろお前が限界だな」

 

「――――――おひっ♡」

 

 

 こつん、と軽い衝撃が奔った瞬間、メルトの瞳が上へと持ち上がる。

 

 ようやく最奥に存在する子宮口に、亀頭が到達したのだった。

 

 

「おぉっ……ほぉっ、あっ……へぁぁ……んっ、んっ……ふっひぃぃ……♡」

 

 

 余りの快楽と多幸感に言葉すらない。

 ちゅうちゅうと子宮口が精液を求めて亀頭に吸い付いているのが自覚できる。

 これまでのクリトリスやGスポットへの責めが、児戯だと思えてしまうほどだ。

 

 水鉄砲のように潮を拭きながら、メルトは自らの手で腹の上から自らを蹂躙した雄を撫でていた。

 そうせずにはいられない。まるで蹂躙してくれたことを感謝するかのようであり、また愛する男を受け入れた自分を労っているようでもある。

 

 

「あっ♡ あっ♡ そ、それ、すごっ、いいっ♡ こつ、って、こつこつって、されるの、好き、かもぉ……♡」

 

「こうか?」

 

「んっ♡ そ、それっ♡ 子宮口、こつこつされると、またイっちゃうぅっ……♡」

 

「いいぞ、一杯イって、気持ちよくなってくれよ」

 

「や、やだっ! 嫌ぁっ、マスターも、マスターも一緒に、一緒にぃ……♡」

 

 

 子宮口を優しく揺さぶられる度に、メルトは軽い絶頂を味わった。

 じわじわと子宮が精液を求めて更に昂ぶっていくのを感じながらも、自分一人だけが気持ち良くなってしまうのは嫌だと涙を流す。

 

 泣きながら、精一杯自分のことを考えながら優しくしてくれる彼に両手を伸ばしての哀願までしてしまう。

 プライドなどない。今のメルトにあるのは、愛した男に甘え、同時に気持ちよくなって貰うことだけだった。

 

 

「分かった。射精すからな」

 

「はいっ、はひぃっ♡ マスターの、気持ちよくなってくれた証、私に、下さい……♡」

 

「う、くっ――」

 

「おぉ、ほぉ、あっ、ひぃ、へっひゃぁああぁああぁあぁあぁあぁぁああぁあぁっっ♡♡」

 

 

 伸ばした両手に応え、指を握りあった瞬間、熱い精液が解き放たれる。

 

 亀頭にピッタリと吸い付いた子宮は、一滴も漏らすことなくザーメンを貪欲に呑み込んでいく。

 媚肉は締めると同時に蠕動し、より雄を気持ちよくしようと竿全体を扱き上げる。

 べちゃべちゃと子宮に張り付いていく精液の熱さに、脚の指を丸めながらピンと伸ばし、腰を痙攣させた。

 

 

「イってるっ♡ イクイクイクっ♡ イッてるのに、またイクぅぅううぅっ♡」

 

「はぁっ、はひっ、もっと、もっとぉ♡ マスター、気持ちよくなって、もっと射精してぇっ♡」

 

「な、なるぅっ♡ マスターのっ、マスターだけの女の子になって、またイクっ♡」

 

「うぅっ、ひうっ、へっひゃぁっ、あ゛ぁ、ふひぃいいぃいいぃいいぃいいいぃぃぃぃぃぃぃっ♡」

 

 

 止めに、一際大きく痙攣した肉棒が最後の塊を放出した瞬間、メルトの尿道からはちょろと勢いのない黄金水が漏れた。

 本気汁と精液が溢れる女陰を更に汚水で染め上げていたが、彼女の頭には入ってきていない。

 

 涙と涎でぐちゃぐちゃになったアヘ顔は、少女と牝の悦びを噛み締めているかのようだ。

 

 虎太郎はその顔を見下ろして、満足と安堵から溜め息を吐き、未だに萎えていない男性器を引き抜いていく。

 ご丁寧に、出した精液を媚肉に塗り込みながらゆっくりと。その度に、メルトは無意識の内に膣を締め上げていた。

 

 音を立てて引き抜かれると、どろりとした白い粘液がまだまだ女の中に入っていたいと名残惜しむようにゆっくりと垂れていく。

 精液が膣道を伝うだけで軽く絶頂しているのか、メルトの腰は時折痙攣し、更には潮まで吹いていた。

 

 

「ふぅ……ひっ……はぁ、はぁ……はっ……はっへぇぇ、こんな、しあわせ、なんてぇ……♡」

 

「余り、無理をしなくていいぞ。そのまま寝てしまった方がいい」

 

 

 悔しさと嬉しさを混ぜ合わせたかのような口調で、メルトは起き上がる。

 全身は絶頂の余韻で気怠い。虎太郎の言葉通りに眠ってしまうのも悪くなかったが、それ以上にやりたいことがあった。

 

 

「いいえ、今度は……はぁ、私が、貴方を、ふぅ……気持ち良く、して、あげたいわ……♡」

 

「……そうか、分かった。じゃあ、お願いしようかな。でも、無理だけはするな。一緒に、だぞ」

 

「――――はい、マスター……♡」

 

 

 思うように動かない手足を必死で動かし、虎太郎の胸にしなだれ掛かると軽くキスをする。

 そのままメルトの口唇は顎を伝い、喉を下り、胸板を舐めあげ、腹筋の割れ目をなぞり、牡と牝の欲望で汚れながらも勃り立つ剛直へと辿り着く。

 

 それからじゅるじゅるという粘着質な音が一物から響き、彼女の肉穴からはくちゅくちゅという本気汁と精液を掻き回す音が溢れ出すのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 こうして、快楽のアルターエゴの恋は成就し、愛となる。

 それは怪物と人の間に生み出されたものとは思えない、一人の少女と一人の男として酷く真っ当な形であった。

 





という訳で、メルトエロ回でした。
いやー、すげー難産だった。こう、初々しい感じって自分は苦手ですわ。
アレだな、自分の経験とか今までやってきたエロゲーとか呼んできた官能小説とか、性癖が滲み出ていますなぁ!

さて、活動報告のアンケートはどうなるか。楽しみだなぁ……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。