銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界 (カイバーマン。)
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#1 雲時紫銀八

約束するよ、きっとまた逢えるって

だから泣かないで

次に逢う時は私はもう二度と死に別れない

だから生きていて

時の螺旋の中であなたがどの時代で生きようと

その時にあなたが変わっていたとしても

私はあなたを見つけられるよ

 

地獄の業火に身を焼き尽くされようと、閻魔様を出し抜いて

輪廻の輪を潜ってまた逢いに行く

だからもう悲しまなくていいんだよ

生まれ変わればあなたの事を忘れてしまうかもしれないけど

あなたと私ならきっと逢える

だって私とあなたは永遠の鎖で結ばれてるんでしょ

再び巡り合えた時は

もう二度と手を離さないよ

 

願わくば次に生まれ変わる時は

先生の言っていた侍になって

誰にも負けない強い力であなたを護りたい

あなただけでなくあなたの大切な世界も護れる位の強いお侍さんに

 

やっと泣き止んでくれわね

私とあなた一旦ここでお別れだけど

生と死を超えた境界でもう一度逢いに行く

例えあなたが変わっていようと

例え私があなたを忘れていようと

運命の螺旋はきっと巡り合わせる

それまではお互い頑張りましょうか

 

 

夢は現実に変わるもの

夢の世界を現実に変えるのよ

 

メリー

 

 

 

 

 

 

 

「屍を食らう妖怪が出ると聞いて来たんだが、もしかしてオメェの事か?」

 

無数のカラスが飛び交いあちらこちらに無残に捨てられている屍を啄んでいる血生臭い光景が広がる場所で

男は彼女と出会った。

 

「人食いっつうからきっと身の毛のよだつ強面の化け物かと思っていたんだが」

「……」

「こらまた随分と小綺麗な妖怪じゃねぇか」

 

こちらに背を向けてクチャクチャと音を立てて何かを食べている様子のみずぼらしい格好をした女性を見て思わず男はフッと笑ってしまうと、女性はクルリと長い金髪をなびかせてこちらに振り返ってきた。

 

口の周りを赤黒い血でベッタリと汚し、口の端には人の小指らしきモノが挟まっている。

 

「……マジで食ってたの?」

「……」

 

口から出てた人の小指をプッと吐いた後、女性は頷く。

 

「いやてっきり死体の身ぐるみ剥いでそれで生活しているただのガキだと思ってたんだけど……え? 本当に食ってるの? てことはマジで妖怪?」

「……」

 

さっきまでの余裕の態度はどこへ行ったのやら、眉間にしわを寄せながら恐る恐る尋ねてきた男に女性は再度頷くとその場からスクッと立ち上がった。

 

「……」

「ねぇ、いきなり立ったかと思ったら無言で人のツラ見つめるの止めてくれない? 食べようと思ってる? もしかして俺の事食べようと思ってる?」

「……」

「いやいやいや、なんでジリジリ歩み寄って来るの? オメェが食うのは死体だろ? こちとらまだ死んでねぇよ、確かに目が良く死んでるとは言われるけど本当に死んでる訳じゃ……」

 

若干焦りながら男が数歩程後ずさりすると、女性は突如ピタリと止まりその場にしゃがみ込んだ。そして泥にまみれ酷い死臭を放っている性別すら判別できない屍の一つを手で掴み上げる。

 

「……」

「ってなんだ、俺じゃなくて俺の足元にあった死体食いたかっただけか」

「……」

「……美味ぇのか?」

 

原型の留めていない屍の身体を弄りながら手当たり次第に口や手を血で汚しながら一心不乱に口に入れていく女性。

口の中で骨やら肉を必死に噛み千切っている様子の彼女を見下ろしたまま男が尋ねると、女性は死体に伸ばした手をピタリと止めて固まった。

 

「……美味くねぇのか?」

「……」

 

男の再度の問いかけに彼女は何も反応せずただ固まったままだった。それをしばし見つめた後、男は薄汚れた着物の裾から何か取り出そうとする。

その動きに女性は咄嗟にその場からバッと後退して警戒する様に身構えていると、男が取り出したのは藁に包まれた二つの握り飯。

 

「美味くねぇならこれでも食ってみるか」

「……」

「この近くにある村でお前を退治してこいって依頼があってよ。その時に前払いで貰ったもんだ、”この時代”じゃ結構貴重なのに羽振りのいい村だぜ全く」

 

男は彼女に二つの内の一つを手に持って差し出す。

 

警戒しつつ彼女はどれ程屍を食い漁っても満たされない空腹に耐えかねてゆっくりと血に汚れた手を伸ばし、彼の差し出した握り飯を掴むと恐る恐る無言で食べ始めた。

 

「……」

「せめて手と口周り洗ってから食えよ」

 

なんとも奇妙な表情で握り飯を食べる女性。

黙々と食べ続ける女性にため息を突きながら男もまた手に持ったもう一つの握り飯を食べ始める。

 

「それ食ったらもうこの辺に戻ってくんな、ここは身寄りのねぇ死体を捨てる場所だ。オメェみたいな人食い妖怪には絶好のエサ場だが、これ以上ここにいるとマジで退治されちまうぞ」

「……」

「わかったならとっととそれ食い終えてどこか行っちまえ、俺は今から村に戻って妖怪は退治したと依頼完了の分の報酬を貰いに行くんだよ、オメェを退治した事にすりゃあ素性の知れねぇ俺でも村に住ませてくれるんだとよ」

 

中々姑息な手を考えながら、男は自分の分をあっという間に食べ終えると踵を返して村の方へ向かおうとする。

 

だが

 

「あん?」

 

その場を去ろうとする男の身体がガクッと揺れて立ち止まる。けだるそうに振り返るといつの間にか食いかけの握り飯を手に持った彼女が項垂れながら自分の帯を掴んでいる事に気づいた。

 

「なんだよ、言っとくがもう握り飯はねぇぞ」

 

そうじゃないという風に彼女は首を横に振る。

 

「じゃあなんだよ、まさか俺を食う気か? 人に飯食わしてもらった上で今度は俺をデザートとして食す気かコノヤロー」

 

一瞬迷ったが、それではないと彼女は再び首を横に振る。

 

「……それじゃあ」

 

後ろ帯を掴まれたまま男は項垂れている彼女にそっと問いかけた。

 

「……どっか行けと言われても行く場所なんかねぇって事か?」

「……」

「そうか、お前も俺と同じ……」

 

その問いかけで初めて彼女は項垂れた頭を軽く起こしてコクリと頷いた。

行く当てが無い、それを知って男はしばししかめっ面を浮かべた後、「ハァ~」とどっと深いため息を突いて

 

「頑張れ、じゃあ俺はお前と違って行く場所あるんで、うぐ!」

 

薄情な台詞を吐いてその場を後にしようとするが今度は更に力強く帯を握られ男は危うくコケそうになった。

絶対に逃がさないと言った風に離そうとしない彼女に男は軽く舌打ちしながら

 

「んだよ、俺にどうして欲しいんだよ。さっきからずっと黙り込みやがって」

「……」

「言っとくが飯あげたのはテメェが不憫に思って哀れみで渡しただけだかんな、餌付けした覚えはねぇんだって」

「……」

「ダメだこりゃ……」

 

何を言っても手を放そうとしない女性に男は諦めたのか、ボリボリと後頭部を掻きながら

 

「こんなの連れてったら村に住ませてもらえるどころか村八分にされちまうよ。しゃあねぇ……」

 

踏ん切りついたかのようにそう言うと、男は彼女の方へ振り返って

 

「連れてってやるからさっさと飯全部食え。同じ”化け物”のよしみだ、こうなりゃ世界の果てだろうがなんだろうが何処へでも連れてってやるよ」

 

男がそう言うと女性は一瞬だけ目を見開くとすぐに残っていた握り飯を再び食べ始める。

 

「ったくそんな慌てて食わなくてももう逃げやしねぇよ、口元にご飯粒付けやがって……」

 

先程屍を食い漁っていた時とは雰囲気がガラリと変わったような気がした。彼女の目には先程無かった生気が見える。

握り飯を食べ終え、口元にまだご飯粒を付けた状態でこちらに顔を上げてきた女性に、思わず男はフッと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「ま、口元血塗れよりは可愛げのあるツラにはなったな……」

 

これが二人の出逢い。

 

かつて人であった化け物。

 

かつて人を捨てた化け物。

 

別れた二つの線が再び交わりそこから長い長い時間を重ねて

 

 

この物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと醤油取ってくんない?」

 

物語の始まりの第一声はなんて事のない日常で用いられる言葉であった。

 

とある人知れぬ秘境の地にひっそりと佇む古い作りの屋敷にて

銀髪天然パーマの男が死んだ魚の様な目で話しかけたのは、ちゃぶ台を挟んで向かいに座る一人の女性だった。

 

八雲紫

妖怪の中では古参中の古参と称されている大妖怪だ。

見た目は若い女性とも大人びた少女とも呼べるぐらいの人間の様な外見をしているが。

その外見とは裏腹に周りにその実力と性格から不気味な印象を持たせ、人間を始め妖怪からも避けられている極めて不可思議な妖怪でもある。

 

そんな相手と同じ部屋で同じ食事を取るこの男は一体何者なのであろうか……。

そして男が醤油取ってくれと言ってから数秒の間を置いて、彼の頭上にある空間から突如裂け目が現れ、そこから醤油がダラダラと男の頭上に降り注がれる。

 

「おい、誰が人の頭に醤油ぶっかけてくれって頼んだ」

 

頭上から突然醤油が降って来ても男は別段驚きもせずに向かいで黙々と食事を取っている彼女に目を細める。

 

いきなり空間に現れた裂け目は別名『スキマ』。八雲紫は境界を操る力のある妖怪、それを知っていた男は降り注がれる醤油を手に持った鮭漬けにかけ、冷静に自分の頭を手拭いで吹いた後。

 

「なにお前、ひょっとして怒ってんの? 今度はなんだよ」

「……」

「厠でデカいの流し忘れてた事はちゃんと謝っただろ」

「……」

「人里のかぶき町って所にある賭博場で、有り金スッた事なら土下座までしたじゃねぇか」

「……」

「ああきっとアレだな、前に博麗神社に来てたゴロツキの魔法使いと喧嘩した事だろ? いやあれはさすがに俺は悪くないよ、だってあの野郎ウチのガキに変なキノコ食わせようと……」

 

一体どれ程心当たりがあるのか手当たり次第に自分がやってきた事を言い始める男に。

紫は手に持ったお箸とお茶碗を置いて呆れたような表情を浮かべていた。

 

「……あなたとは随分と長い付き合いなんだし、なんで私が機嫌悪いのかぐらいピタリと当てて欲しいわね」

「機嫌悪い……もしかして女に毎月やってくるアレ?」

「男女の間以前に女性に対しての接し方を勉強してきたらどうかしら」

 

サラリと失礼な事を言って来る男にイラッと来ながらも、紫は彼の顔にジト目を向けながら

 

「今日は私とあなたが初めて出逢った日でもあり、後に婚儀を執り行った日でもあるのよ」

「……ああ」

 

それを聞いてやっと男はわかったかのか、突然立ち上がって台所の方へ歩き出す。

 

「もう何百回も繰り返してるからもうやんなくていいと思ってたわ」

「自分勝手に決めないで、祝日や記念日を祝いたがるのは人間だけじゃないわ、妖怪だって待ち遠しいと思える日があるのよ」

 

そう言いながら紫はご機嫌斜めと言った感じで台所にいる彼の方へ振り返り

 

「なのにあなただけそれを忘れて……」

「悪いけど俺は妖怪でも人間とも呼べる代物でもねぇ」

 

けだるそうに返事しながら男は彼女の下へ戻ってきた、手に持っているのは少々乱暴に作られた握り飯二つ。

 

「化け物の俺がテメーの結婚記念日祝うなんざお笑い草もいい所だろ、ほれ」

「化け物だろうと関係ないわよ。妻が祝ってほしいと言うならそれに応えるのが夫の役目でしょ」

 

差し出された握り飯を両手で受け取る紫に「ケッ」とひねくれた反応する男。

 

「世にも恐ろしい大妖怪が言うセリフじゃねぇだろそれ、ところで藍の奴どうした?」

「人里に買い物行かせてるわ、誰かさんと違って私の記念日の為に盛大な料理を作るって張り切ってるみたい」

「なんか鼻に付く言い方だなオイ」

「安心しなさい、長い付き合いだからあなたが私の為に盛大に祝ってくれるなんて一かけらも期待してないから。婚儀を執り行って今年でちょうど千年」

 

素直じゃない態度を取りながら握り飯を持ったまま向かいに座る男を見つめながら、紫は手に持った自分の握り飯を一口ほおばる。

 

「千年経っても何も変わらずあなたと、昔食べた握り飯を食べ合える事が出来ればそれでいいのよ」

「安上がりな嫁で助かるよ」

 

どうやらすっかり機嫌が直ったらしい彼女を見て、男は安心したように自分の握り飯を食べ始めながら紫に話しかける。

 

「おい、口元に米粒付いてるぞ。ったくホント昔と変わらねぇな」

 

男の名は『八雲銀時』。

妖怪でもなく人間でもなく

紫と同じく千年以上生き、不老不死の身体を持つ

 

不思議な侍

 

彼の素性や正体を詳しく知る者は誰もいない

 

ただ一人の大妖怪を除いて



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#2 銀夢時霊

幻想郷。

人里離れた辺境の地、妖怪を始め人外の生き物、つまり空想上・幻想の生き物だと言われている者達が住み、僅かながら人間も存在する世俗から結界により隔離された場所。

結界により通常は外部から認識する事も行き来も出来ず、その逆に内部から外の世界を認識したり行き来する事も出来ない。

 

その歴史は500年以上と古く、後に幻想郷の賢者と称される大妖怪・八雲紫が、人間の文明の発達と人口増加によって妖怪の勢力が人間に押され気味になった事で「妖怪拡張計画」を立案・実行し「幻と実体の境界」という結界を張った時が発端だと言われている。

これによりただの山奥に過ぎなかった場所が結界の作用により「幻となったものを自動的に呼び寄せる土地」へと進化し、国内だけでなく外国まで及び、勢力の弱まった妖怪が導かれ集まるようになり幻想郷と呼ばれるようになった。

 

しかし世界は時代の変化により科学文明は劇的に発達し、妖怪などは迷信と認識されるようになった事で、次第に外の人間に否定され始めるようになり妖怪は弱まり滅亡に瀕した。その為幻想郷も崩壊寸前だった。

 

そこで幻想郷の賢者は幻想郷と外の世界の境界に「非常識」と「常識」を分ける論理的な結界を張り巡らせ、幻想郷を「非常識の内側」の世界とすることで、外の世界の幻想を否定する力を逆に利用して幻想郷を保った。

 

この常識の結界・「博麗大結界」が張られた事で、幻想郷は外部から隔離された閉鎖空間となり、今日も博麗大結界の管理人として代々務めている「博麗の巫女」によって保たれているのであった。

 

 

 

 

 

 

「お腹減り過ぎてイライラするから結界緩めてやろうかしら」

 

保たれている”筈”だった。

しかし残念ながらそんな事知った事かと半ば八つ当たり気味に何かしでかそうとしている少女が一人。

現・博麗の巫女を務めている博麗霊夢≪はくれいれいむ≫は止まらない腹の虫に苛立ちを募らせながら、自宅兼仕事場である博麗神社の周りを箒で掃除しつつ天を見上げ呻いていた。

 

「なにが博麗の巫女よ! なにが博麗大結界よ! 幻想郷を護る為にこうしてキチンと管理してやってる上に幻想郷の異変も解決する役もこなしてるのに! 支給手当は極薄! おまけにたまに現物支給とかいうふざけた真似もしてくるし! なんなのよアイツ等!」

 

今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように霊夢は天に向かって大声で叫び始める。

どうやら空腹と日頃のストレスによってヒステリー気味になっている様だ。

 

「よし決めた! こんな世界知るか! すぐ滅べ! 今すぐ結界緩め……うご!」

「何やらかそうとしてんだクソガキ」

 

いよいよ彼女が本気で実行しようとする所で、霊夢の後頭部にゴツンと『霧の湖』と彫られた木刀が軽く振り下ろされる。

いつの間にか彼女の後ろには黒色の雲の様な渦巻き状と中華模様が描かれた着物に身を包んだ銀髪天然パーマの男が死んだ魚の様な目をして立っていた。

八雲銀時、この幻想郷を古くから見ている者の一人で、不老不死という謎の特性を持った男である。

 

「そろそろまたキレて何かやらかすんじゃねぇかと思って来て見たら、案の定コレだよ。お前巫女の自覚あんの? いい加減にしねぇと今月の給料コオロギにするぞ?」

「いつつ……今月どころか先月もコオロギだったわよ!」

「あれ、そうだっけ? じゃあ先月分どうした?」

「食べたわよ!!」

「たくましいなお前」

「血も涙も無い誰かさん達に育ててもらったおかげでね!」

 

先月現物支給したコオロギを全て胃の中に入れたと豪語する彼女に銀時が感心していると、霊夢は箒を持ったままジロリと睨み付ける。

 

「相変わらずなんの前触れもなくいきなり人の敷地内に出て来るんじゃないわよ。もしかして毎日私の私生活覗いてたりしてないでしょうね?」

「誰が毎日コオロギ食ってる小娘の面白味もねぇ私生活覗くか」

 

メンチ切って来る霊夢に彼はフンと鼻を鳴らす。

 

「それに俺が博麗神社に自由に出入りするのにいちいちお前の許可なんか必要ねぇんだよ、博麗の巫女、誰がお前を立派な巫女に育ててあげたか思い出してみろ」

「紫の所の式神」

「ちげーよ、そりゃたまには手伝ってもらってたけど」

「大半押し付けてたでしょどうせ、アンタ等の事だし」

「だから違ぇよ、お前に俺達の何がわかるんだよ」

「昔から一つだけわかってるわよ、二人揃って言動が胡散臭すぎる」

 

こちらが不満げに言い返すとすぐ様噛みつくように反論してくる霊夢。

この少女、どうも口喧嘩ばかり上達してるような気がする。

一体誰に似たのやらと銀時は苦々しい表情で舌を鳴らした。

 

「ったく、先代の巫女相手ならこんな面倒な口論する事も無かったのによ」

「先代の巫女? なに? 私よりも優秀だったとか言いたい訳?」

「いや優秀と言うよりどっかの小娘と違って素直に聞いてくれる奴だったんだよ」

 

先代と比べられる事に少々カチンと来ている様子の彼女に、彼はうんうんと頷きながらかつて彼女の様に博麗の巫女として働いていた者を思い出す。

 

「トーンに頼り過ぎるなとか、細かい構図で手を抜くなとか、背景をアシスタントにばっか任せるなとか、言われた事はキチンとやる奴だったよアイツは」

「それどこの漫画家だ! なんで巫女に漫画の描き方なんか教えてんのよ!!」

「仕方ねぇだろ、あの頃は先々代が急逝しちまって大変だったんだよ、大掛かりな結界を管理する巫女を探さなきゃいけねぇのに。だから時間もねぇから」

 

銀時はあの時の事を思い出す。

時代が大きく変化する事をキッカケに幻想郷の維持が危ぶまれていた時だ。

そして博麗大結界を張るために彼が出した策は……

 

「適当に北の里にいた漫画家志望のゴリラを連れてきたんだよ」

「おいちょっと待て! 漫画家志望のゴリラ連れてきたってどういう事!? 先代の巫女の話してたのよね!? どうしてそこにゴリラが!? まさかそのゴリラが巫女やってたとか言わないわよね!?」

「まあ男だから巫女っつうより巫覡だな」

「いや男以前にゴリラだった事が問題なのよ!」

 

博麗の巫女というのは先代が初代で自分が二代目だというのは知っていた。

だがその選ばれし最初の巫女、正確には巫覡がゴリラだったと聞かされてさすがに霊夢も動揺を隠せない。

 

「あのゴリラも随分と頑張ってたなぁ、読み切り何本か載せてから連載スタートしたものの最初は鳴かず飛ばずで打ち切りの可能性もあったんだよ、そこで俺達が第二の担当編集として影ながらアドバイス送っていたらとんとん拍子で人気が上がってよ」

「打ち切り寸前で一大事のゴリラを助けてる前に、崩壊寸前で一大事の幻想郷の方をなんとかしなさいよ!!」

「そっからやれ重版だの、やれアニメ化だのすげぇ勢いで昇って行って、遂には映画化までこぎつけたから完全に成功者になってたなあのゴリラ」

 

しみじみとした表情で思い出しながら、銀時は霊夢のツッコミを無視して話を続ける。

 

「ただ実写映画化の時はさすがに俺達も気を付けろとは言っておいたよ、主役が小栗君だからって調子乗んなとか、橋本環奈に下ネタやゲロ吐かせることになんの罪悪感もないのかとか、金が入ったらわかってるよな?とか」

「それもうただのアンタ等の醜い妬みになってんじゃないの!!」

「まあ最終的に連載終わったら野生に帰っちゃったんだけどね、今頃その辺の山に住み着いて汗かきながら木に登ってんだろうよ」

「逃げられてんじゃないの!」

「いきなり野生に帰ってこっちもびっくりだよ、また連載やらせて休みなくしごいてやろうと思っていたのに、いやでもいつかは戻って来ると信じてるけどね」

「アンタ等がそうやって企んでる限り一生戻って来ないわよそのゴリラ……」

 

強い眼差しで彼の事を信じてる様子の銀時に、霊夢はボソッと疲れ切った表情で呟くとガクッと項垂れる。

 

「じゃあ私ってゴリラの後釜として博麗の巫女に選ばれたの……消え失せてたやる気が今完全に消滅したわ」

「元気出せって、巫女としてはお前の方がズバ抜けて優秀だって、これからもっと俺達の話を素直に聞いてくれるようになったら尚更な」

「その手には乗らないわよ」

「チッ反抗期が」

 

今後動かしやすくする為に上手くおだてたつもりなのだが、すぐにケロッとした表情で顔を上げる霊夢に銀時は舌打ち。

 

「ここ最近になって随分と扱い辛くなりやがって、さてはあの魔法使いに色々吹き込まれただろ」

「はぁ?」

「確かアイツとは随分前からの付き合いだよな? いい加減あんな不良家出娘と付き合うの止めなさい、パパ許しませんよ」

「誰がパパだ、アレはただ向こうから来るから相手してるだけよ、別に仲良くやってるつもりはないわ」

「俺は認めねぇからなあんな奴、大体アイツは元々いけ好かねぇんだよ、なにが『何でも屋』だ」

「難癖にも程があるわよ、今時何でも屋なんて珍しくも無いでしょ、不景気のご時世なんだから」

 

彼のどこぞの誰かに対する愚痴を途中で遮って反論すると、霊夢は「それより」とジト目を銀時に向ける。

 

「アンタの方の古い友人は大丈夫なの? 紫から聞いたわよ、なんか血眼にしてアンタの事探してるって聞いたわよ」

「コイツに余計な事教えやがって……俺とアイツは友人でもなんでもねぇよ、友人なのは紫とアイツ、俺の場合は昔から向こうが一方的に因縁持ってるだけだ」

 

そう言うと銀時はすぐにバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「あのチビなんであんな昔の事引きずってんだろうなぁ、『酒たらふく飲ませてだまし討ちした』だけじゃねぇか」

「そりゃキレるでしょ、なんかどっかで聞いた事ある話ね……」

「あの頃はアイツも若くてよぉ、結構ヤンチャしてたんだぜ? お互い若気の至りだったと水に流すべきだろ。だから……」

 

ゴソゴソと懐から銀時はある物を取り出す。

 

「昨日屋台で酔っぱらってつい角折っちゃった事もついでに流してくれよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! アンタ何てことしてんのよぉぉぉぉぉ!!!!」

 

可愛らしい紫のリボンの付いたねじれた見事な角が見事にへし折られていた。

今彼の右手で持っている角を見て霊夢は悲鳴の様な雄叫びを上げた。

 

「明らかそれが原因でしょうが! どうすんのよアイツ等にとって角って凄い大事なモンだって聞いたわよ! それ折るとかアンタ何考えてんのよ!」

「大丈夫だってアイツ頭にもう一本残ってるし」

「そういう問題じゃないのよ! どうすんのよ紫が知ったらアンタすぐに捕まるわよ!」

「心配ねぇよ、アイツ今”外”行ってるから、だからこうしてのんびりと暇つぶしがてらにお前の所に来てんだろ」

 

手に持った角を肩に担ぎながら得意げに銀時はヘラヘラと笑いかける。

 

すると霊夢は見た、彼の背後にある空間から音もなく裂け目が開き

 

中からおどろおどろしい無数の目玉がギョロギョロとうごめいているのを

 

100%八雲紫の能力である。つまり彼女は既に……

 

「アイツとの駆け引きなんざこちとら何枚も上手だよ」

「へ~」

「ったくアイツもまだまだだな、きっと俺が昨日勝手に飲み行った事も気付いてねぇだろうよ。残念ながら銀さんを束縛するには千年はや……え?」

 

銀時が言葉を言い終えようとしたタイミングで。

彼は後ろからスッとあっという間に隙間に飲み込まれて消えてしまうのであった。

 

「さてと」

 

何事も無かったかのように霊夢は箒を持ったまま博麗神社へ向かい

 

「コオロギまだ残ってるかしら」

 

たくましい精神で今日もまた博麗の巫女として頑張るのであった。

 

 

 

 

 

 

一方隙間に飲まれて消えていった銀時はと言うと

 

「おかえりダーリン」

「……ただいまハニー」

 

八雲の者しか知らぬ秘境の地にある自宅で、無事に千年以上連れ添った奥さんと再会するのであった。

 

博麗神社で霊夢と話していたら、気が付いたら自宅のこじんまりとした畳部屋に移動していた。

向かいに正座してやんわりと微笑む八雲紫の姿を見て銀時は頬を引きつらせながら無理矢理笑みを浮かべる。

 

「あっれ~? 今日のハニーは随分と外から戻って来るのお早い事で……」

「あら? まるで私が早く戻って来た事に不満げな様子だけど、何かあったのかしら?」

「おいおいそんな訳ないだろ、ちょうどオメェが早く戻って来てくれねぇかなと霊夢と喋ってたんだよ」

「そうだったのぉ~」

 

相変わらずニコニコ笑っている紫に対して銀時は適当な事を並べながらそろそろと後ずさりしてどこかへ逃げようと考えていると

 

「じゃああなたを逃げられない様に連れて来るんじゃなくてこっちから博麗神社に行けば良かったかしら?」

「え、逃げられない様にってなに!? まさか俺の”能力”を遮断する為の結界でも張ってんのここ!?」

「あなたの能力は中々に厄介だからこうでもしないと閉じ込められないのよ」

「ちょっと待てよ紫ちゃん、家に監禁するとかいつの間にそんな束縛系の嫁になっちゃったんだよ。俺が一体何かやらかしたって証拠でもあんの?」

「その手に持ってるの何?」

「え?」

 

微笑みながら自分の右手の方を指差す紫、指摘されて銀時は自分の右手で掴んでいた物を思い出した。

 

紫の古い友人であるとある”鬼”の角である。

 

「……いや違うからコレは」

 

しばし手に持った角を見つめた後、銀時は誤魔化す様に自分の股間にズボンの上からそれを取り付けて

 

「最近巷で流行しているズンボラって妖怪の股間ケースなんだよ」

「あらぁ、随分と立派なモノになったわねぇ」

「だろぉ、俺も一時的とはいえこういう流行に乗ってみたいと思ってさ。コレ付けてると心なしか本体の方もデカくなった気分に……」

「それじゃあ」

 

股間に装着した鬼の角をブンブン振り回す銀時に対して紫は笑ったまま指をパチンと弾く。

 

「茶番はもういいから謝って来なさい」

「ええ!? ちょ……!」

 

銀時の真横から突如裂け目が生まれそのまま彼が避けようとする暇さえ与えずに飲み込んでしまった。

一瞬にして目の前から彼はいなくなり、紫は部屋の中央に置かれてる小さなちゃぶ台の上にスキマを開き、そこに顔を覗き込む。

 

すると開いたスキマの向こうからあの男の声が

 

「よ、よう久しぶり! こんな所で出会うなんて奇遇だな! どうしてそんな怒り狂った顔してんのかな!?」

 

「え? 俺の股間に付いてるコレがなんだって? コレはあれだよ、最近男達の中で流行ってるズンボラって妖怪の股間ケースだよ! 決してお前の角じゃないから!」

 

「い、いやだから違うって、別にお前の角なんて取っちゃいねぇよ俺は! 昨日飲み行った時の事だろ! ありゃあきっと一緒に飲んでた勇儀の奴が……あれ勇儀さんいたの?」

 

「何言ってんすか俺別に罪なすりつけようなんて企んでませんよ人聞きの悪い。だから俺じゃないですって、コレただの股間ケースですから。ちょっと離してくれません? 俺ちょっと娘をたぶらかす不良娘にヤキ入れないといけないでそろそろ……っておい紫! テメェまだ俺の能力使えない様にしてやがるな!」

 

「イデデデデデ! 引っ張るな止めろ! 何これ奇跡的に俺のとジャストフィットしてるから完全に取れなくなってるんだけど! イダダダダダ! 取れる! 角だけじゃなくて本体ごと持ってかれ……アァァァァァァァァ!!!!」

 

最後に聞こえた断末魔の悲鳴を聞いた後、紫はスキマをゆっくりと閉じ、普通に戻ったちゃぶ台に頬杖を付いてため息を突く。

 

「懲りないわねあの人も……」

 

今日も幻想郷は平和だった

 

 

 

 

 

 



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#3 リ時銀スア

魔法の森

幻想郷で最も湿度が高く、人間が足を踏み入れる事が少ない原生林が魔法の森だ。

なお幻想郷は規模そのものがあまり広くないので、森といえばこの魔法の森のことを指す。

ちなみに里というだけで人間の里。山というだけで妖怪の山を指す言葉となる。

 

だが、並レベルの妖怪にとっても居心地の悪い場所で、妖怪も余り足を踏み入れないという特徴もある。

そのため、化け物茸が放つ瘴気に耐えられるのならば、逆に隠れ蓑となって安全な場所ともいえる。

 

森は、地面まで日光が殆ど届かず、暗くじめじめしている。故に茸が際限なく育つ。

ここの茸は人間にとって食用に堪えうる物もあるが、見た目はあまりよろしくない。また、比較的幻覚作用を持つ茸が多い。

そもそも魔法の森と呼ばれるようになったのも、この幻覚作用をもつ茸が生える為である。

 

この茸は近くに居るだけで魔法を掛けられた様な幻覚を見せる。

また、この茸の幻覚が魔力を高めると言う事で、この森に住む『魔法使い』も多い。

 

そしてその森の中の片隅で一人で住む魔法使いの少女がいた。

 

アリス・マーガトロイド

自分で造ったからくり人形を精密な動作で操作し、まるで生きているかのように操る事が可能であり、やろうと思えば大量の人形に対して別々の動きをする事も容易に出来てしまう。その器用さは幻想郷でも随一と呼んでも過言ではない。

 

「もうこんな時間か、香霖堂で暇つぶし用に買ってみたけど悪くはない内容だったわね」

 

幻想郷では珍しい洋風に作られた自宅の一軒家でつい読書に耽っていたアリスは窓から差す夕焼けを見てやっと日が落ち始めている事に気づいた。

 

「夕食の準備しないと」

 

アリスは元々は人間で、修行を積んで魔法使いになったとされている。

魔法使いになってから日が浅く、そのため魔法使いであるのなら本来必要ではない食事や睡眠といった人間の習慣を続けていた。

 

「それにしても今日は朝から随分と頭痛が酷いわね……何故か昨日の夜の記憶も無いし、この前試した魔法の副作用かしら?」

 

何故かズキズキと痛む頭を手で押さえながらゆっくりと腰を上げて椅子から立ち上がると、アリスはキッチンへと向かう。

 

そんな彼女に向かいでテーブルに頬杖を付いて漫画を読んでいた八雲銀時がけだるそうに

 

「俺今医者に甘いモン止められてるからデザートは無くていいわ」

「あ、そう。なら作る手間が省けて万々歳だわ」

 

それはそれで作る物が一品減るから夕食に時間をかけなくて済むとアリスが調理にかかろうとするがその手がピタリと止まり

 

「……なんで当たり前の様にあなたが我が物顔で私の家にいるの?」

「そんなのどうだっていいだろ、さっさと夕食作ってくれよ。あ、なんか無性におでん食いたくなってきた、おでんでいいやおでんで」

「他人の家に勝手に上がり込んでるクセに夕食のリクエスト? さすが大妖怪の旦那様はツラの皮が大きいわね」

 

アリスは夕食を作るの止めてジト目で振り返る。

今その場に招かれざる客が我が家同然の態度で偉そうに座っているからだ。

 

「相変わらず能力を使って音も気配も無く現れるの止めてくれないかしら。とっとと出てってちょうだい、生憎あなたの遊び相手をしてあげる余裕は無いのよ」

「そう言うなよ。お前確か森で迷ってる人間を自分の家に招いて泊めて上げる事もあるんだろ?」

 

めんどくさそうに出て行けと言ってくるアリスに銀時は椅子から立ち上がる事無く両肘をテーブルについて手を合わせると

 

「家に帰れずにこの先どうするか迷ってる元人間も泊めてくれたっていいだろ……」

「何いきなりテンションだだ下がりになってるのよ……」

 

急に暗いテンションで語り始めようとする銀時を見て、怪訝な表情を浮かべながらアリスは彼の向かいにあるイスに座る。

 

「もしかして家庭の方で何かトラブルでもあったの?」

「いやまあ長くいると些細な事で喧嘩する事もしばしばあってさ」

「そりゃ千年連れ添ってる夫婦だったら喧嘩の一つや二つってレベルじゃない頻度でぶつかり合うでしょうね」

「いやホントよぉ、キッカケはしょうもねぇ事なんだわ。聞いてよアリスちゃん」

「アリスちゃん言うな」

 

しかめっ面で顔を上げて語りだそうとする銀時に相づちを打ちながらとりあえず聞く体制に入ってあげるアリス。

そして銀時は家庭で起こったトラブルを話し始めた。

 

「昨日の夜、ちょっくら酒持って博麗神社で霊夢と飲んでたんだよ」

「八雲と博麗の巫女は縁の深い間柄だったわね、仲がよろしい事」

「最初は俺とあのガキだけだったんだけど、あの手癖の悪い魔法使いもやって来てさ」

「ああ、アレね……」

 

手癖の悪い魔法使いと聞いてアリスも顔をしかめる。

 

「博麗霊夢の古い馴染みらしいし遊びに来る事もあるわね……」

「それでまあ仕方なく三人で飲む事になったんだよ、滅茶苦茶酔ってたなあん時は、あの不良娘なんか賽銭箱の中にゲロ吐き散らすしよ」

 

『オボロロロロロロロ!!!』

『ギャァァァァァ! 私の賽銭箱になに汚ないモン入れてんのよ!!』

 

博麗神社にとって神聖な道具である賽銭箱に吐瀉物を撒き散らすとはなんて罰当たりな。

巫女として後片付けをしなければならない霊夢に対してアリスは同情する。

 

「怒り狂う巫女が容易に思い浮かぶわ」

「ああ、賽銭箱汚されちゃアイツも黙っちゃいねぇからな、俺とアイツ両方正座させられて説教食らわせられたよ」

「なんであなたも説教させられたの?」

「いやだって」

 

『オボロロロロロロロロ!!』

『ドボロロロロロロロロ!!』

『なに仲良く二人で私の賽銭箱に吐いてくれてんのよ! 正座しなさい正座!!』

 

「俺も飲み過ぎててよ」

「……なんであなたまで賽銭箱の中に吐くのよ、なんでそんな時だけ仲良くするのよ」

「酔いが回ってまともに思考する事さえ出来なかったんだよ」

 

己の過ちをちっとも悔いて無さそう態度で頬を掻く銀時にアリスが呆れる中、彼は話を続ける。

 

「そんでその後、紫の奴が俺の帰りが遅いもんでやって来てな」

「なるほど、そこで後に喧嘩をする奥さんが現れたって訳」

「まあでもその辺は記憶曖昧なんだよな、確か紫がやって来てからもまた飲みまくって、最終的に紫が」

 

『全く、もういいわこんな酔っ払い。霊夢、お願いね』

『ちょっとアンタの夫でしょ、引き取りなさいよ』

『こんな状態の人を家に連れ帰りたくないわ、汚されたらたまったもんじゃないし』

『いやこんな状態の奴を人の家に泊まらせる方がどうなのよ!!』

 

「もう知らないって事で帰っちまったんだよ。結果的に博麗神社に泊まるって事になってさ」

 

酔っ払いのおっさんをどうするか押し付け合う二人を想像しながらアリスがため息を突く。

きっとそういう事はしょっちゅうなのであろう

 

「八雲紫と博麗霊夢も大変ね……」

「それであの不良娘の方もその時に完全にベロンベロンでよ、どっち道こっちも帰れそうにねぇから二人まとめて神社に泊まる事になったんだよ」

「最終的にダメ人間二人が同じ所に寝泊まりする事になった……なるほど」

 

今までの話を聞いてようやくわかったと、アリスは軽く頷いて見せた。

 

「大方酔っ払ってみっともない姿を周りに晒したのが原因で八雲紫に怒られて家から追い出されたって訳ね、情けない、だったらこんな所で道草食ってないですぐに戻って謝りに行きなさいよ。」

「いやアイツが怒ったのはそこじゃねぇよ、もっと後の話」

「まだ続きがあるの?」

 

どうやらアリスの予想は外れていたらしい、これじゃないとしたら一体なんだ?と彼女が小首を傾げていると銀時はいきなり小難しい表情を浮かべて話を続けた。

 

「それとこっからが一番大事な事なんだが……いいか?」

「聞かないと出て行く気無いんでしょ? 適当に聞いてあげるから早く言いなさい、夕食の準備があるんだから」

「……神社に泊まるのが決まって、そっからはまるっと飲み過ぎてたから記憶がねぇんだが、とにかく俺の意識がはっきりしたのは博麗神社で朝を迎えた時だったんだよ」

 

さっさと話し終えて出て行けと心底めんどくさそうな態度で聞いているアリスに銀時は徐々に表情を暗くさせながら口を開いた。

 

「目を開けるとそこは客室だった、んで俺は布団の中にいた。けどその布団の中には……」

 

『頭痛ぇ……俺寝ちまってたのか、あれ? なんで俺の隣膨らんでるの?』

 

「俺一人だけじゃなかったんだよ……」

「……え?」

 

それを聞いてさっきまで退屈そうに聞いていたアリスの顔つきが変わった。それはつまり……

 

「俺”達”は一緒の布団で寝てたんだ……」

「それってまさか……霊夢じゃなかったの?」

「アイツじゃねぇ」

「てことはつまり……」

 

アリスの表情は次第に険しくなっていく。もしかしてこの男神聖なる神社で巫女の友人と、とんでもない事をやらかしたのではないかと

 

「はぁ……どうっすかなぁ……」

「……念の為聞くけどそういう事をした記憶も無いのね?」

「ああ、俺は全くねぇ、けどもしかしたらもしかするかもしれねぇだろ?」

「……そうね、酒に飲まれて間違いを犯す事もよくある話だと聞いているわ」

 

自信なさそうな銀時にアリスはフォローするつもりなど毛頭なく正直に答える。

 

「けどそれならここに来るんじゃなくてもう一人の当事者の所へ向かった方がいいわよ、ここから近いしすぐに行くべきだわ」

 

それが彼女なりのアドバイスだった。もしかしたら向こうの方は何かしら覚えているのかもしれない、もし覚えているのであれば全面的に非を認めて事態をなるべく最小限に抑えてきっちり責任を取るべきだと思った上の助言であった。

 

だがしかし

 

「は? どこに?」

「いやだから博麗霊夢の友人のあの魔法使いの所よ」

「……なんで俺があんな奴の所に行かなきゃいけねぇんだよ」

「え? だってあなたアレと何かあったかもしれないでしょ……その、一緒に寝てたんだから」

「誰もアイツと一緒に寝てたなんて言ってねぇぞ?」

「……へ?」

 

急に顔をしかめて何言ってんだ?って感じでこちらに向かって首を捻る銀時にアリスは思わず変な声を出す。

何故であろう、いきなり話が噛みあわなくなった。

 

「だって神社にはあなたと霊夢とアイツしかいなかったんでしょ? 一緒に寝てたのが霊夢じゃないって事は残るのは」

「アイツは霊夢の部屋でいびき掻いて寝てたぞ、最終的にうるせぇから霊夢に廊下へ蹴飛ばされてそこで寝てたらしいけど」

「……じゃああなたの布団に一体誰が」

「いやだから」

 

ますます困惑している様子のアリスに銀時はハァ~とどっと深いため息を突いてすっと腕を上げて

 

 

 

 

『まさか俺、とんでもない過ちを……いや駄目だ全然記憶がねぇ……!』

『ん~……』

『両方とも服を着ているって事は何も無かったって事だよな……うんきっとそうだ、俺達には何もなかった、そうだろ……』

『……スー』

 

 

 

 

 

 

『俺がテンパってる時に幸せそうに眠ってんじゃねぇよ”アリスちゃん”……!』

 

 

 

 

 

「お前だよ」

「……」

 

ピタリと自分に指を突き付けた銀時に、アリスの頭の中が真っ白になった。

そして数十秒ほど固まった後、いきなりダラダラと頭から汗を流し始め

 

「どういう事よそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

今までずっと冷静だった彼女がとち狂ったように叫び声を上げてテーブルを思いきり拳で叩いて立ち上がった。

 

「なんで! なんでそこで私が出て来るのよ!! 私一切そんな覚えないわよ! 全然記憶にない!!!」

「あ~なんだ覚えてなかったのか、俺はてっきりお前が覚えてるかもしれないと思ってずっと話してたんだけど」

 

訳が分からないとパニックになりながら必死の形相で叫んでくるアリスに銀時は小指で耳をほじりながら

 

「実はお前あの時博麗神社にいたんだよ、これは霊夢から聞いたんだけど、酔っ払ってすっかり舞い上がった俺がさ、能力使って不良娘と一緒にお前の所に行って」

 

『ダハハハハハ!! アリスちゃん元気ぃ~!? 俺達と一緒に飲もうぜ~!!』

『珍しい組み合わせね、今何時だと思ってるの』

『いいからちょっと神社行って飲むぞ! 俺の能力使えば一瞬で行けっから!!』

『酔っ払いと付き合うつもりはないわ、とっとと帰って……ってうわ!』

 

「無理やり連れて行ってしこたまお前に酒飲ませてたらしい」

「……そういえば朝から頭痛が激しいと思っていたら」

 

自分の頭を押さえながらアリスは絶句の表情を浮かべる。

このひどい頭痛の正体が彼等に無理矢理飲まされた事が原因だとするのであれば。

昨日の夜の記憶がぽっかり抜けているというのも辻褄が合うのだ。

 

「てことは私……あなたと同じ布団で寝ていたの? でも私今日起きたら自分のベッドの中にいたわよ……」

「それは俺が能力使って隠蔽する為にここにそのままの状態で連れてきたんだよ……」

「さり気なくゲスな事やってんじゃないわよ」

「けどお前を運ぶ前に霊夢と朝迎えに来た紫がやって来て……」

 

『ほら、紫が迎えに来たからアンタもさっさと帰……え?』

『どうしたの霊夢……え?』

『どわぁお前等!! いや違う! コレは違うから! 何も無かったし何もしてないから!! 信じてハニー! 飲み過ぎて何も覚えてないけど俺は何もやってないから!!』

 

「てな事になってテンパった俺はお前を家に連れてった後逃走。現在、家にも博麗神社にも帰れなくなりました」

「どうすんのよ私まで巻き込んで! ていうか本当に何もしてないわよね! 私の純潔はまだ護られたままよね!?」

「……」

「なんでそこで黙って目を逸らすのよ! もし私に手を出してたらタダじゃ済まないわよ!!」

 

額から汗を流しながらスッと自分から目を逸らす銀時に、遂にアリスは身を乗り出して彼の胸倉を掴み上げる。すると彼は慌てた様子で

 

「落ち着け、そうと決まった訳じゃねぇだろ! だってあの時は二人揃ってしっかり服着てたんだから! お互い裸だったら完全にヤバかったがそうじゃなかった! つまり俺達の間には何もない! 多分!」

「多分って何よ! そこは男らしく自信持ちなさいよ!」

「仕方ねぇだろ俺とお前も覚えてねぇんだから! 霊夢は飲みまくってる俺達ほおっておいて先に寝てたって言うし!」

 

何があったのかは誰も知らない、つまり事の真実は迷宮入りとなってしまっているのだ。

二人は必死に記憶を呼び起こそうとするも、そんな事があったのかどうかなどちっとも思い出せない。

 

「だからお前に頼みがあってここに来たんだよ俺は」

「と、泊めるなんて絶対無理よ!! それともまさか責任取るって言うんじゃないでしょうね! アンタ奥さんいるんでしょ!」

「俺と一緒にカミさんに謝りに行ってくれ」

「なに家庭の修羅場に私も巻き込もうとしてんのよ! お断りよそんな事!」

 

突然の頼み事に正気を疑いながらアリスはキレ気味にツッコミを入れる。だが銀時はそれでも負けじと

 

「いやマジで頼むって、記者会見だけでいいから」

「記者会見ってなに!?」

「涙流しながら何もなかったって報告すりゃあいいんだよ、レギュラー番組下りてしばらく休業すれば視聴者も忘れてくれる筈だから」

「視聴者ってなによ! さっきからアンタどこのタレントと私を被せてんのよ!」

「それでも駄目なら中居君がなんとかしてくれっから」

「いい加減にしなさいよゲスの極み銀時!! 自分だけ助かろうって算段が丸見えなのよ! いいからあなたは奥さんに私達の事を上手く説明して……!」

 

彼の胸倉をつかんだままアリスが激昂した様子で怒鳴り散らしていると……

 

接近している二人の間に入るようにスッと”彼女”が

 

「私達の事? 一体私にどんな事を説明してくれるのかしらぁ……?」

「ギャァァァァァァァァァ!!!」

「紫お前いつの間にィィィィィィ!!!」

 

なんの前触れもなく突如現れたのは八雲紫、いきなり出てきた彼女にアリスと銀時は二人揃って素っ頓狂な声を上げてバッと離れる。

 

「何処にいるかと思って探してみたら……よりによってここにいたなんて」

「ち、違うって! 俺はただコイツが何か覚えてないか聞きに来ただけだから!!」

 

顔は笑っているがその背後からは何やらドス黒いオーラが……

思わずその場に腰を抜かしてしまった銀時は必死な様子で訳を説明し始めた。

 

「けどコイツも覚えてなくて!!」

「本当に何も覚えてないのよ! 誰かさんに酒飲まされたせいで!」

「だからきっと何もなかったんだよ俺達は! 服も乱れてなかったしただ一緒に寝てただけなんだって!」

「誰かさんに酒飲まされたから酔い潰れて一緒の布団で寝てただけなのよ!!」

「ふーん……そう」

 

銀時と一緒にアリスも加わって正直に洗いざらいの事を全て告白する。

すると紫はドス黒いオーラを引っ込めて意外にもあっさりとした表情で

 

「別に私はその事で怒ってる訳じゃないんだけど」

「へ、そうなの?」

「私が怒ってるのはいい年して女の子達と理性を失う程飲みまくった事よ」

 

やれやれと言った様子で紫は銀時に向かって首を横に振る。

 

「いきなり逃げ出したと思ったらあなたそんな事で私が怒ってると思ってたの? あの場に出くわした時は確かに驚いたけど、別に気にしてないから」

「……本当に?」

「ただ酔っ払って一緒の布団で眠ってただけなんでしょ? 確証がないみたいだけどいいわよそれで」

 

呆れた様子で両肩をすくめると紫は背後から人一人分入れる程のスキマを展開する。

 

「千年以上付き合ってればこちらも多少の間違いの一つや二つ目を瞑るわよ。さっさと家に帰りましょ、藍が夕食を作ってるから」

「あ、ああ……本当に? 本当に気にしてないの? だって俺もしかしたらコイツと……」

「いいから入って」

「……」

 

平然とした態度で親指で開いたスキマを指す紫に銀時は戸惑いを浮かべながらも立ち上がってアリスの方へ振り返る。

 

「おい、なんか向こう全然気にしてないっぽいぞ、良かったなお互い幻想郷から追い出されるような事にならなくて」

「長い結婚生活によって生まれた普通とは違う信頼関係ね……多少不安は残るものの向こうが気にしてないなら私はそれでいいわ、まだ頭がモヤモヤしてるけど」

「大丈夫だって覚えがねぇのは確かなんだし、じゃあ俺行くわ」

 

すっかり安心した様子で銀時はスキマの中へと入っていく。アリスはまだ腑に落ちてない表情を浮かべているが彼はあっけらかんとした態度で最後に振り返ると

 

「あ、そうそう何もなかったという事で今後もお互い気にせずいこうぜ。気まずい空気が流れるのもイヤだし」

「……だったら出来ればしばらく顔見せないで頂戴、こちらも色々と頭の中を整理する必要があるから」

「何も無かったんだからいいだろうがよ、まあいいや、それじゃあ」

「ええ……」

 

スキマの中から手だけ出してヒラヒラと振ると銀時は行ってしまった。

彼を見送った後アリスはとりあえず一件落着かと安堵のため息を突いていると

 

「そういえば最後にあなたに伝えておくわ」

「……え?」

 

まだ帰っていなかった紫がこちらにニッコリと笑いかけながらいきなり話しかけてきた。

何故だろう、その笑顔が先程黒いオーラを放っていた時と似ているような……ゾクッとした寒気が背中から感じながらアリスは彼女の方へ振り返る。

 

「過剰なアルコールの摂取は量とその人の耐性によって一時的な記憶喪失に陥る事になるのは身をもって体感したわよね?」

「ええ、無理矢理飲まされていたとはいえその点については私もちゃんと反省しているわ」

「そこで問題、あなたのその記憶喪失は本当にお酒のせいなのかしら?」

「……どういう事?」

「両方ともその事についてはっきりと記憶が無いなんておかしいと思わない?」

「まあそうね……けどそれは本当に何も無かったって事にも」

「もしかしたら……」

 

イタズラっぽく紫はクスッと笑いかける。

 

「誰かがあなた達のそういう行いを世から消す為に記憶を奪ったとか……」

「へ!? そ、それってどういう事!」

「ちなみにそれぐらいの事なら私の力で実行可能よ」

 

意味深な台詞を吐きながら紫はスキマに片足を突っ込む。

 

「本当に何もなかったのか、それとも夫に対して歪な愛情を持っている綺麗な奥様が隠蔽する為に記憶操作したのか……あなたはどっちだと思う?」

「ど、どっちって……!」

「それじゃあコレはあなたへの宿題という事で、何年かかってもいいからゆっくり考えてみなさい」

「宿題って……本当に何もなかったんでしょ! それともあなたが!」

「だから自分でお決めなさい、答えが出たら聞いてあげてもいいわよ、答えられればだけど……」

「ちょ!」

 

最後に一瞬だけ紫の目が笑っていない事に気づいてアリスは呼び止めようと手を伸ばすも、彼女はあっという間にスキマに飲みこまれて消えてしまった。

 

「け、結局どっちなのよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

夕暮れ時、アリスの叫びが森の中で静かに響いた。

 

その声に返事する者はもう誰もいない。

 

 

 

 



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#4 銀助之時霖

香霖堂。

その店は魔法の森入口近くにある。

見た目は瓦屋根の目立つ和風の一軒家。

幻想郷で唯一外の世界の道具、冥界の道具、妖怪の道具、魔法の道具全てを扱う道具屋であり。販売だけでなく買い取りも行っている。 人妖ともに拒まれず、誰でも利用できるお店なのだが。 店主が気に入ったものは非売品としてしまうため商品は少ない。

頻繁に仕入れを行っているのか商品の入れ替わりが早く、珍品が流れ着いていることも。

商品の値段は基本的に時価。要相談。

たまに紅白姿の巫女や白黒の魔法使いが入り浸っているのを見る事がある。

 

そして薄汚れた店内のカウンターには、今日も座って一人で店の切り盛りをしている店主の男がいた

 

「毎度の事ながら客足が少ないな、別に僕は構わないが」

 

森近霖之助。

半分人間半分妖怪、いわゆる半妖の一種であり、かつては人里にある「霧雨店」という大手道具屋で修業を重ねて、後にここでは自分の能力は活かせないと独立する。そうして結界の外から流れて来た品や忘れられた古の品を扱う古道具屋、香霖堂を開いたのだ。

しかし彼に関しては商売人と言うより趣味人と呼んだ方が正しい。

 

本人も多少自覚があり、商売というより趣味で店を開いているスタンスを続けており、金を払う気が全くない知り合い二人が「ツケ」で買い物をしたり、店の商品を勝手に持っていったりしてもあまり気にしていない。

とはいえ一応商売する気はあるようで、店主としての礼儀をわきまえ、売り時だと思った時には積極的に商品をアピールすることもあるようだ。

 

そんな気まぐれな性格な店主が営んでる訳か、常連はいるものの客足はいつも少なく店そのものとして成り立っているのかいささか疑問である。

 

「相変わらずワケのわかんねぇモンばっか並んでるなここは」

「気配も無く一瞬で店の中に現れるのはいい加減止めてくれないかな”大妖怪の亭主殿”」

 

そしてそんな彼の店にいつの間にかそこにいて雑に並んでいる商品を物色している男が一人。

この幻想郷では知る人ぞ知る、人でも妖怪でもない素性の知れぬ謎の人物、八雲銀時だ。

 

「生憎だがそちらが望む様な商品はまだ仕入れてないよ」

「別に買いに来た訳じゃねぇから、俺はただ暇つぶしがてらに来てるだけだ」

「冷やかしはもっとご遠慮願いたいんだがね」

 

彼はたまにこうしてやってきてフラフラと店内を見渡した後、気に入った物を買っていったりする常連の一人でもある。貴重なお得意様でもあるから無下には出来ないが、大抵は買わずにさっさと帰ってしまうので霖之助の接客の仕方もどこか雑だった。まあ彼は基本誰に対してもこんな感じだが

 

「ああ、でも今そちらがいつも買っていく書物が外の世界から流れついてきたんだっけな」

「んだよ、またいかがわしい本でも俺に売りつけようとしてんのか? カミさんの式神にバレて殺されかけたんだぞこっちは」

「それは買った方の責任だから売っただけの僕に非はないだろう」

 

ブツブツ文句を言う銀時を軽くスルーして霖之助はしゃがみ込んでカウンターの下から何かを取り出そうとする。

 

「心配しなくても今回の本は君が毎週買っている」

 

そう言って彼がカウンターの上に置いて銀時に見せたのは

 

「週刊少年ジャンプだ」

「おーコレコレ、コレがねぇと今週始まらねぇんだよ」

 

色々なキャラクターが所狭しと載っている表紙を眺めながら、銀時は嬉しそうに手を取る。

 

少年ジャンプ

外の世界にある漫画雑誌という奴で書籍の中には色々な作家が描いた漫画が並べられており、幻想郷ではこの店にしか売っていない。

こちらではあまり知られていないモノではあるが一部の人間や妖怪からは熱狂的な支持を得ていて香霖堂の貴重な収入源の一つともなっている。

そして銀時もまた数十年前からこの雑誌のファンでもあった。

 

「コレっていつもお前の店の所にしか売ってねぇけどどっから流通してんの?」

「生憎だがそれは言えないな、特に誰よりも八雲紫と繋がりのある相手には」

「なるほど、紫にとってはあまりよろしくない事をやらかしてる連中がいるって訳か」

「さあどうだろうね」

 

雑誌を手に取りながら銀時はジト目を霖之助に向けるも、彼は平然とした様子で肩をすくめて何も答えようとしない。

何を隠しているのか本来であれば紫に代わってここで吐かせるべきなのかもしれないが銀時は別段気にせずに

 

「ま、別にいいわ。俺はコイツが手元に来てくれるなら誰がコソコソとやってようが構わしねぇよ。ぶっちゃけ紫の方もその事についてはとっくに知ってるだろうしな」

「だと思ったよ」

「そんじゃ、俺はこれで、あ」

 

懐からゴソゴソと財布を取りだそうとする銀時だがすぐにある事に気づいてバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「ヤベェ、財布忘れちまった」

「生憎だが払うもんは払ってもらわないと商品は渡せないよ」

「わ~ってるよ、今からちょっくら家に戻るから待っとけ、1分後にまた来るから」

 

そう言って銀時はジャンプをカウンターに戻して一旦家に帰ろうとしていると、店のドアがガチャリと開いた。

 

「相変わらず商品ゴチャゴチャしてるわね……そろそろ整理とかした方がいいわよ霖之助さん」

「ああ、いらっしゃい」

「あん?」

 

聞き慣れた声に反射的に銀時は後ろに振り返ると、博麗の巫女、博麗霊夢が足元に散らばっている商品、もといガラクタを踏まないようにしながら店内へと入って来た。

すると霊夢も霖之助の前にいる銀時に気づいた様子で「あ」と声を出し

 

「ゲスの極みじゃない、何してるのこんな所で」

「ゲスの極み言うな、ジャンプ買いに来たんだよ」

「そう奇遇ね、私もそれ買いに来たのよ」

 

銀時がいる事など別に気にせずに、霊夢は彼の隣に立つと霖之助の方へ顔を上げる。

 

「霖之助さんまだ残ってる?」

「ああ、ここにあるのが最後の一冊だよ」

「ってそれ俺が買おうとしてた奴じゃねぇか!!」

 

先程お金が無いという事で渋々カウンターに置いたばかりのジャンプをなんの躊躇も見せずに霊夢に渡す霖之助に銀時がツッコミをいれているがその間に

 

「じゃあいつも通りツケでお願いね」

「いつか払いに来てくれよ」

「気が向いたらね、それじゃあ」

「おいツケってなんだ! なんで俺の時はちゃんと金払わせようとしたのにコイツからは一文も貰わずにジャンプ渡してんだコラ! ちょっと待て!」

 

まるで自分がいないかのようにトントン拍子で買い物済ませて帰ろうとする霊夢の肩を掴んで銀時は慌てて止める。

 

「おい小娘! それは俺のジャンプだ返せ!!」

「はぁ? 頭大丈夫なのアンタ? なんで私が買ったジャンプがアンタのジャンプになるのよ」

「そのジャンプはお前が買う前に俺が買うってここの店主と約束していたんだよ! そうだよな!」

「約束した覚えは無いが」

 

霊夢の持っているジャンプを無理矢理もぎ取ろうとしながら銀時は霖之助の方へ確認を取るが彼は冷静な態度で

 

「まあ最初に商品を買おうとしたのは確かにそちらだったね、けどそちらは財布を忘れてたから代価を払えなかった。てことは後に求めて来た霊夢の方に買う権利が移るのもなんらおかしくないと思うけど」

「いやおかしいだろ! そもそもコイツはツケ払いがOKでなんで俺からはキッチリ金取ろうとするんだよ!」

 

店主であるなら客に対して平等に接するべきだと抗議する銀時だが、生憎だが霖之助は客商売には向いていない性格。そういう常識は通用しない。

 

「付き合いの差かな、僕と霊夢はあの子を通じて昔から交流してるし」

「俺とも付き合い長いだろ霖之助君!」

「そちらは付き合い長い分胡散臭くて信用できない所あるんだよね」

 

霖之助の銀時への率直な評価に霊夢もうんうんと頷く。

 

「確かにあの紫の旦那だしね、最近人の神社で愛人まで作った男だし」

「人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ!」

 

いらぬ事まで付け足す霊夢に銀時は叫びながら霖之助の方へ振り返った。

 

「そもそもおかしいだろお前、どうしてコイツとあの不良娘にはとことん甘いんだよ! 知ってんだぞこっちは! お前がコイツの服作ったりアイツの為にマジックアイテム作ってあげたり!! しかも全部ツケにしてやってる事もな!」

「いやまあ別にそこまで収入が欲しいって訳でもないしね、この身体だから別に金欠でも困る事は無いし」

「じゃあ俺もツケ払いで!」

「それは出来ないな」

「なんでだよ!」

 

断固としてそこだけは譲ろうとしない霖之助に銀時は苛立ちを募らせながら霊夢をジロリと睨み付けて

 

「お前気を付けろよ、この男絶対ロリコンだ間違いねぇ。いつか溜まったツケを体で返せとか要求してくるぞ」

「霖之助さんがそんな事する訳ないでしょ、アンタじゃあるまいし」

「俺だってしねぇよ! 誰がテメェ等みたいな貧相の身体要求するか!」

 

呆れた様子で呟く霊夢にムキになって否定している銀時に霖之助は「思ったんだが」とおもむろに話しかけた。

 

「霊夢が読み終わった後に借りればいいんじゃないかい?」

「そうよそれでいいでしょ、たかが雑誌ぐらい貸してあげるわよ」

「そんなの俺のプライドが許されねぇんだよ! 俺はお前より数段ジャンプを愛してるんだぞ! むしろジャンプが俺を愛してる!」

「紫にチクるわよ」

 

堂々と浮気発言する銀時に霊夢がボソッとツッコんだ後やれやれといった感じで

 

「じゃあアンタに譲ってあげるわよこれ以上続けるのもめんどくさいし、好きなだけ読みなさい。んで読み終わったら貸してね」

「おーそれでいいんだよ、ちったぁテメーの立場わかって来たじゃねぇか小娘、ペッ!」

「コイツ……」

「人の店で唾吐かないでくれないか?」

 

根負けしてジャンプ買わせる権利を銀時に譲ってあげる霊夢だが、そんな彼女に彼は床に向かって唾を吐きながら悪態を突く。

あまりにも図太い神経に霖之助は呆れを通り越して感心していた。

 

「じゃあ霊夢がそちらに譲ったという事なら、代金キッチリ払って買ってもらおうかな」

「当然よね、むしろ値段倍にしてやったらどうかしら」

「なんだろうねコレ、博麗の巫女はツケ払いOKで八雲の俺は金払えって……もういいけど」

 

後頭部をボリボリと掻きながら銀時はため息を突くと

 

「じゃあちょっくら財布取りに行ってくるから」

「はいはい行ってらっしゃい」

 

霊夢が適当に手を軽く振っていると、霖之助がふと目をまばたきした一瞬で

 

銀時の姿は忽然と目の前から消えていた。

 

「相変わらず見事な移動方法だね、瞬間移動と言うべきなのかな?」

「あー違うわよ霖之助さん」

 

音もなく動作もなく、あっという間に姿を消して移動できる銀時に霖之助が感心していると霊夢が首を横に振る。

 

「アイツの力は”その程度のモン”じゃないのよ、アイツの力は正真正銘常軌を逸してるわ」

「霊夢がそこまで言うなんて珍しいじゃないか、彼は一体どんな能力を持っているんだ」

「めんどくさいから言わない、説明しにくいのよホント」

 

あっけらかんとした感じでそう言うと霊夢はボリボリと後頭部を掻く。

 

「ホントわけわからない力なの、紫が言うには「あの人の力は私とあなたの丁度真ん中辺りにあるような力なのよぉ」だとは聞いたんだけど。上手く説明してもらいたいなら紫にでも聞けばいいと思うわ」

 

あまり似てない紫の口調を真似した後、めんどくさそうにそう言いながら他人任せにする霊夢を見て霖之助は思わずフッと笑ってしまった。

 

「やっぱり君と彼はどことなく似ているな、掴み所が無いというかフワフワと漂う雲の様な所が」

「霖之助さんそれはさすがに怒るわよ。絶対似てないから」

「あくまで客観的な判断だよ、気にしないでくれ」

 

銀時に似てると言われてムスッとした表情を浮かべる霊夢に霖之助がまだ笑っていると

 

店のドアがゆっくりと開いた。

開いたドアから一人の人物がスッと中に入って来ると二人はそちらに顔を向けた。

 

「おや、珍しいなこんな時間に君が来るなんて」

「アンタ二日酔いが酷いとかで家で寝てるとか言ってなかった?」

 

現れた人物は二人と顔見知りだった。

 

 

 

 

 

それから数分後の事

 

「おーい戻って来たよー。財布取りに行ったついでに小便済ませてきたわ」

「あら今頃戻って来たの? もう遅いわよ」

「へ?」

 

店内に財布を持ってパッと現れた銀時に対し、待ってくれていたのか霊夢が悲しいお知らせを彼に伝える。

 

「アンタが戻ってくる間にジャンプ買いに来た奴が来てあっという間に持ち去って行ったわ」

「はぁ!?」

 

目を見開き驚く銀時に今度は霖之助が平然とした様子で

 

「ツケ払いでね」

「あんの盗人魔法使いがぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ここはあらゆる所から流れてきた商品を扱う香霖堂。

ツケ払いが出来るのは店主の知り合い二人のみ。

もしここに来るときはちゃんと財布を持っておくように

 

 



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#5 理沙銀魔時

ここは魔法の森入口近くにある香霖堂。

今日も今日とて客は滅多に来ないが一人のお客が店主である森近霖之助に会いにやってきた。

 

「よー生きてるか香霖≪こーりん≫」

「来て早々失礼な挨拶だな」

 

やって来た一人の少女に霖之助は慣れた様子で顔を上げる。

 

霧雨魔理沙

霖之助やもう一人の魔法使いと同じく魔法の森に住んでいる魔法をたしなんでる少女だ。

魔法使いの宿命として人々の生活から離れて暮らしていており、基本的に頭は切れるが勢い任せな所が多い現代っ子である。

博麗霊夢とは古い付き合いであり霖之助とは更に古い間柄の仲、親しげに彼を香霖というあだ名で呼ぶのは彼女だけだ。

 

「なんか良い掘り出し物とかあったりしないか、出来れば霊夢の奴に一泡吹かせそうな奴」

「生憎だがここ最近はてんでないね。ていうか君は買い物より先にいい加減溜めたツケを返してほしいんだが」

「細かい事気にしてるとハゲるぞ香霖」

「もはや細かい金額じゃ済ませられない所まで溜まっているんだが」

 

店にやって来ていきなりのこの図々しさ。

カウンターに歩み寄ると早速目星の物が無いかと溜まったツケも知らん顔で聞いてくる彼女に霖之助は相変わらずの彼女にため息を突く。

 

「それより魔理沙、君が先日僕の店で持って行ったジャンプ、アレのおかげで八雲の旦那が怒り狂っていたよ」

「え? ああ、アレか。最近幻想郷で流行ってるって人里で聞いたから持って帰った奴か、まあそれなりには楽しく読めたわ」

「感想を聞いたつもりはないよ、君も知ってるだろ、八雲銀時という男の事」

「ああ霊夢の神社にたまに出て来る銀髪のモジャモジャ頭か。よく一緒に遊んでるぜ」

 

銀時と聞いて魔理沙はすぐに思い出した、霊夢経由でなんだかんだで彼とは付き合いが長いのだ。

 

「あのお侍がどうかしたのか」

「君が持ち去ったジャンプ、アレは元々彼が買うものだったんだよ。それを君が彼がいない隙に持って行ってしまったから今の彼は怒り心頭って訳さ」

「ふーん、私は別に横から掻っ攫おうとしたつもりもないんだけど。相変わらず気が短い奴だな」

 

霖之助から経緯を聞いてケラケラと笑いながら全く気にしていない様子の魔理沙。

しかしそんな彼女の被ってる黒い三角帽子が突然ヒョイっと上に

 

「誰が気が短いだ、神妙にお縄につけこのジャンプ泥棒」

「痛ッ!」

 

魔理沙の帽子を奪い露わになった彼女の頭頂部にそのまま拳骨を振り下ろしたのは。

いつの間にか彼女の背後に現れていた八雲銀時。

相変わらず死んだ魚のような目でけだるそうにしながらも、どことなく苛立っている様子だ。

そんな彼の方に魔理沙は痛む頭を押さえながら振り返る。

 

「いってー……相変わらず妙な能力使ってくるじゃないか銀時さんよ」

「なら俺の力の真骨頂をこの場で見せてやろうか、こんなちんけな店軽く吹き飛ぶぞ」

「いやそれは勘弁してやってくれ、香霖が路上生活するハメになっちまうから」

 

一体どんな能力を使うのか気になる所だが、さすがに場所が場所なので魔理沙も遠慮した。

銀時が手に持つ帽子を奪って再び被り直すと、彼女は改めて彼に口を開く。

 

「香霖から聞いたけど私がジャンプ持って行ったから怒ってんだっけ? そんぐらいの事で怒るなよ、今度霊夢の所へ持って行ってやるからそん時に読ませてやるって」

「あのな、俺がお前にキレてんのはジャンプだけじゃねぇんだよ、ぶっちゃけ前々からキレてる」

「ん? そうなの?」

 

なあなあと言った感じで銀時を落ち着かせようとする魔理沙だが、彼の不満はそれだけではなかった。元より彼女に対して銀時はあまり快く思っていない部分があるからだ。

 

「テメェ霊夢の所に遊びに行って変な事ばかりアイツに教えてるだろ。元はといえばアイツがあんなに分からず屋になったのはお前と付き合い始めてからだ、という事で二度とウチの娘に近づくな不良娘」

「いやいやそれはないって、霊夢の性格はありゃ絶対おたくの影響だろ。私は何も教えてないしただ遊んでるだけだって」

「あぁ? どうして俺の影響でアイツがあんな風になっちまうんだよ」

「そりゃ二人を長く見ている私から言わせればわかりきった事だぜ、わざわざ口に出す必要も無いだろ」

 

分かってない様子で顔をしかめる銀時に魔理沙はやれやれと軽く鼻で笑う。どうやら自分がどれ程周りの人間や妖怪に影響を及ぼしているのか当の本人は気づいてないみたいだ。

 

「娘の交流関係に首突っ込むのは野暮ってもんだと思うがね親父さん」

「誰が親父だ、子持ちの年に見えるか」

「アンタの年齢を考えれば十分過ぎるぐらい見えるだろ」

「じゃあ霊夢云々の話は別にして。俺が個人的にお前の事が気に入らねぇ」

「おいおい遂に直球勝負仕掛けてきたぞこのオッサン……」

 

今度は余計な事すっ飛ばして一気にストレートで攻めてきた銀時。これにはさすがに魔理沙も頬を引きつらせる。

 

「私は別にアンタの事は嫌いじゃないんだけどな、一緒にいて面白いし」

「俺は全然面白くもなんともねぇから、お前なんか大嫌いだコノヤロー」

「そう言うなって、一緒によく霊夢の神社で飲んで騒いだりしてるだろ。ほら前もアリスが来た時とか……」

 

断固として嫌って来る銀時に苦笑しながら魔理沙はふと思い出す。

 

「そういえば最近アイツの様子おかしくなったって聞いたけど何か知ってるか? 確かあの時二人仲良く同じ布団に……」

「お前なんか本当に大嫌いだコノヤロー!!」

 

嫌な事を的確に思い出してくる魔理沙に対してますます腹が立つ銀時。

 

「もう限界だ、こうなったら今日は徹底的にギャフンと言わせてやる。そうでもしねぇと俺の煮えたぎったはらわたがおさまらねぇ」

「お、勝負するか? そういやアンタとまともにやり合った事無かったな。一度やってみたかったからこっちは大歓迎だわ」

 

大人げなく実力行使に出ようとする銀時に対し不敵に笑いながら真っ向から挑もうとする魔理沙。

火花を散らしすぐにでも戦闘開始しようとする二人を、さっきからカウンターの奥で眺めていた霖之助は

 

「勝負したいなら僕が用意してあげようか」

「お、急にどうした香霖。もしかしてお前も戦いたいのか」

「2対1だろうが俺は全然構わねぇぜ。二人仲良く地底にでも沈めてやる」

「いや違うよ、戦いの舞台をセッティングするだけさ」

 

こんな血の気の多い連中の戦いに参加するなど死んでもごめんこうむると思いながら、霖之助は二人に向かって説明する。

 

「舞台はこの店、そして勝負方法は力と力をぶつけ合わせて勝負するんじゃなくて、各々知恵を使って戦ってもらう」

「香霖の店で知恵を使った戦い? どういう事だ?」

「この店には色んな商品が並べてある」

 

香霖堂にはそれこそ外の世界から冥界のモノまで色んな商品が存在する。

しかしそれがどうしたのだと魔理沙と銀時が首を傾げていると

 

「ここに来たお客に君等二人は別々の商品を持って言葉巧みにそれを売りつけてくれ、そして商品を売った方が勝者だ」

「商品を売りつけるってそれが知恵比べとなんの関係があるんだよ」

「どんな物がそのお客さんに相応しい商品なのか考え、それをどうやって売るか自分なりに宣伝をする。こういうのって結構頭使う事だよ」

 

力をぶつけ合う事だけが勝負とは限らない、こういった頭を使う戦いもあるのだと霖之助はわかりやすく説明する。

だが二人は彼の思惑などすぐに読んでいた。

 

「おいどうするんだ銀時さんよ、香霖の奴絶対店の売り上げの為にあんな勝負内容持ちかけてきたんだぜ」

「腹の底隠すつもりねぇなアイツ、ハナっから俺達を店員として利用する目的か」

「人聞きの悪い事を、僕は二人が不毛な争いで怪我しない為に、こういう誰も傷付かずなおかつウチの店が儲かる戦い方があるんだと紹介したまでだよ」

 

手に持った本をパラパラと読みながら白々しい態度を貫く霖之助に魔理沙と銀時はジト目を向けていると、背後にある店のドアがガチャと開く音が聞こえた。

 

「こんにちわ霖之助さん、ここって虫取りアミとか置いてある? そろそろコオロギにも飽きてきたから山行ってカブトムシでも取ろうかと思ってて」

 

とんでもない事を口走りながらやってきたのはこの店の常連の一人であり銀時と魔理沙にとっては近しい存在である博麗霊夢であった。

 

彼女が店にやって来たことを確認すると霖之助は読んでいた本から顔を上げて。

 

「ほら二人共、勝負開始のゴングはもうとっくに鳴ってるよ。売った売った」

「コイツやるとも言ってないのに強引に始めやがった!」

「仕方ない、なら私の機転の良さを香霖と銀時に見せつけてやるぜ!」

「は? 何やってんのアンタ達?」

 

両手でパンパンと叩いて勝負を無理矢理始めさせる霖之助。

二人は仕方なく店内にある商品の中でどれが霊夢が買いそうな商品なのか模索し始める。

しかしそんな勝負事があるなど全く知らない霊夢は入り口付近で口をへの字にして立ち尽くす。

 

「霖之助さんこれどういう事? このバカ二人は一体何をやっているの?」

「プライドを賭けた真剣勝負だよ、君もそれに応えて彼等が売りつけて来た商品を片方買っていってくれ」

「バカ同士の戦いは戦い方もバカらしいわね」

 

霊夢が一人呆れている中、早速銀時が彼女の所に駆け寄って来た。

 

「おい霊夢今すぐこれ買っていけ! もう絶対手に入らねぇもんだぞ!」

「私限定品とかそういうの集める趣味ないわよ?」

「何言ってんだ、この夏限定のレア食材だぜ、欲しくねぇのかお買い得だぞ?」

「食材!?」

 

さっきまでテンションだだ下がりだったのに食べ物と聞かれて一瞬で目を輝かせる霊夢。

夏といえばスイカやマンゴー、パイナップルなど美味しい物がよりどりみどりだ。

期待の眼差しを向ける彼女に銀時は得意げにその商品を。

 

 

 

 

 

「この夏限定商品、その名もセミの抜け殻だ」

「それのどこが食材なのよ!!」

 

銀時が両手に持って出してきたのは空き箱に大量に入れられたセミの抜け殻。

一匹ならともかく集団で箱詰めされているその見た目はあまりにも気持ちが悪い。

 

「いくらなんでも食えないわよそんなの! 虫は食べるけど虫の抜け殻は食べる程落ちぶれていないわ!」

「フ、そういうと思っておまけでセミの死骸も一つ入ってるぜ」

「いらんわそんなセット! なにわかった風な顔してんのよ腹立つ!!」

 

ドヤ顔を浮かべてセミの死骸も見せつけて来る銀時に霊夢はツッコミながら霖之助の方へ。

 

「ていうかなんであんな物が店の商品に並んでいるのよ!」

「ああ、きっと妖精達がイタズラして置いていったんじゃないかな。廃品回収として引き取ってくれないか?」

「なんで店のゴミをわざわざ私が引き取らないといけないのよ! いるかそんなモン!」

 

こっちを見ずに本を読みながら適当な事を言う霖之助にキレる霊夢。するとそんな彼女の下へ今度は魔理沙が嬉しそうに駆け寄って来た。

 

「持ってきたぜ霊夢! セミの抜け殻なんて食えるわけないよな! だけど私が紹介する商品はちゃんと身がたっぷり詰まってるぜ!」

「身がたっぷり!? それってもしかして甘みが濃縮されたフルーツとか!?」

 

身が詰まってると聞いて一気に目の色を変えて彼女の方へ霊夢が振り返ると、魔理沙はフフンと勝ち誇った表情で出してきたのは

 

 

 

 

 

「ゴキブリホイホイに大量に駆除されていたゴキブリ達だ」

「ギャァァァァァァァ!! この夏最も恐ろしい生物を何堂々と持ってきてんのよこのバカ!!」

 

10体近くが貼り付けられて無残な死を遂げているゴキブリ達を収納したゴキブリホイホイを、少しも躊躇せずに取り出してきた魔理沙にドン引きで後ずさりする霊夢。

 

「身が詰まっててもそんなえげつないモン口に入れたくないわよ!」

「コオロギ食ってるんだからゴキブリだって食えるだろ? それに実はな霊夢、この中の1匹、まだ息があるんだぜ? つまり新鮮な内に食べれるって事だ、そそるだろ?」

「そそらねぇよ!! ゴキブリじゃなくてアンタを駆除してやろうかコラ!!」

 

ニヤリと笑ってゴキブリホイホイ持ったままこちらにジリジリ寄って来る魔理沙に怒鳴りながら再び霊夢は霖之助の方へ

 

「ちょっとなんであんなモンを商品に!!」

「いやあれはただの僕が床下に置いていただけの物だから、もう大量に貼り付けてあるなら持って帰ってもいいよ」

「だから私にゴミを押し付けようとするな! いるかそんなモン!! 私もう帰る!!」

 

セミの抜け殻の次はゴキブリの死骸。こんなモンを売りつけ、否、引き取らせようとするなど店以前の大問題だ。

もうたくさんだと霊夢は帰ろうとするが瞬時に銀時が彼女に前にパッと現れ

 

「揚げたら美味いかも」

「だからいらないわよ!」

 

グイッと無理矢理セミの抜け殻の入った箱を押し付けて来る銀時に霊夢は負けずに拒む。すると今度は背後から魔理沙が目をキランと輝かせ

 

「外の世界じゃゴキブリを揚げて大騒ぎになった事があったらしいぞ、つまり大騒ぎする程美味いって事だ」

「なわけないでしょ! それ悪い意味で大騒ぎしたの! ちょ! 前と後ろからセミの抜け殻とゴキブリで私を挟まないでよ!!」

 

虫の抜け殻vs虫の死骸。そんな最悪の物にサンドイッチされた状態で徐々に迫って来る銀時と魔理沙。

 

「ほらほら早くこっち買えよ~、セミの抜け殻だよ~、こんがり揚げればサクサクだよ~」

「こっちの方がお得だぜ~、なにせゴキブリの死骸だ、身もびっしり詰まってきっと食べたら良い食感なんだろうな~」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! こ、こっち来るなバカ共ォォォォォォ!!!」

 

霊夢は本気で嫌がっているのに二人は楽しげにニヤニヤとしながら迫っていく。

もはや勝負とか関係なく彼女の反応を楽しんでいるいじめっ子の顔だ。

 

悲鳴を上げて霊夢が遂に涙目になってしまっていたその時

 

「!」

 

彼女の横から突如空間が裂けて切れ目が生まれた。そしてそこからにゅっと現れたのは

 

「随分と面白そうな事してるわね」

「ゆ、紫!」

 

銀時の奥さんこと八雲紫。いきなり現れた彼女に霊夢が困惑の色を浮かべていると彼女はスッと何かを取り出し

 

「私も参加しようかしら、はいコレ」

「あーやっぱりそういう事ね、どうしてアンタ達夫婦はそうやっていつも悪ノリして……!」

 

また何か変なモン売りつけて来るのかと霊夢はそろそろ本気でキレそうな様子で紫が手に持った物を見ると

 

「その辺で採って来たイナゴの大群」

「……」

 

紫が両手に持って差し出してきたのは大きめの虫かごに収められた大量のイナゴ。所狭しとピョンピョンと跳ね回っている生きのいいイナゴ達を無言で見下ろすと、霊夢はそれに手を伸ばしてスッと受け取り

 

「……買ったわ、ツケで」

「はい毎度あり~」

「「なにィィィィィィィィ!?」」

 

あっさり買う事を決めた霊夢に先程からずっと拒否されていた銀時と魔理沙が驚きの声を叫ぶ。

 

「どういう事だテメェ! どうして俺のセミの抜け殻は駄目で紫のイナゴは良いんだよ!」

「私のゴキブリだって負けてないだろ!」

「何言ってんのアンタ達」

 

両手に持ったイナゴ詰めの虫かごを大事そうに抱えたまま霊夢は二人の方へ振り返る。

 

「イナゴはね、佃煮にすると美味しいの。昔から食べられているちゃんとした食材なのよ」

「いやセミの抜け殻だって潰してご飯にかければいけるって絶対!」

「ゴキブリも塩ふっかけて焼けばいいオカズになると思うんだ!」

「アンタ等いい加減さっさと引き下がりなさいよ……私に薦める前にそれ自分で食ってみなさいよね」

 

そう言い残すと霊夢はフンと鼻を鳴らしてイナゴの入った虫かごを抱えたままツカツカと店のドアの方へ歩き出す。

 

「あーいいモン手に入った。あんたに感謝するのは癪だけど一応礼を言っておくわ紫」

「食べ過ぎてお腹壊すんじゃないわよ、それといい加減虫じゃなくてまともな物も食べなさい」

「わかってるわよ、じゃあね霖之助さんに……そこのバカ二人」

「「……」」

 

最後に紫に礼を言って霊夢はドアを開けて出て行った。

残された銀時と魔理沙は両手に虫の抜け殻とと虫の死骸を持ったまま呆然としていると、カウンターにいた霖之助が本を読んだまま

 

「ウチの商品を扱った訳じゃないけど、勝者は彼女でいいのかな」

「ま、当然ね。じゃあねあなた、夕食までに帰って来るのよ」

「「……」」

 

それを聞いて満足したのか紫は先程開いたスキマにまた潜って中へと入っていく。

最後に銀時の方へ顔を出して笑いかけるとすぐに引っ込んであっという間にスキマごと消えてしまった。

 

残された二人は呆然としたまま顔を合わせて

 

 

 

 

 

「じゃあ今度は博麗神社で料理対決という事で、俺のセミの抜け殻かけご飯と」

「私のゴキブリ揚げ串で勝負か、霊夢にぜひ食べてもらわないとな」

 

再戦を誓い合うのであった。

 

 



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#6 ータニス銀ナサル時ー

時刻は昼過ぎ。

アリス・マーガトロイドは魔法の森にある自宅にて物思いに耽っていた。

おしとやかに椅子に座り、テーブルに置かれたカップを手に取り優雅に紅茶を飲みながら彼女が考えているのは

 

(……何故かしら、ここ最近あの男の顔が脳裏にチラつくようになったわ)

 

彼女が自分自身の状態に顔をしかめながら再び紅茶を一口飲んでいると、突然ドンドンドン!っと家のドアを激しく叩く音が聞こえる共に、ドアの向こうから女の子らしき声が悲痛に泣き叫んでいる。

 

「助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「家に入れてぇぇぇぇぇ!!!」

 

一体何事かとアリスはカップをテーブルに戻し、急がずに普通に客人を迎えるかの様にドアの前に立って開ける。

 

すると二人の妖精が一心不乱の様子でドアの隙間から入って来る。

 

「お邪魔します! どうするのサニー! ルナの事置いてけぼりにしちゃったけど!」

「諦めなさいスター! アイツはもう1回休み確定よ! 今私達が考える事はとにかくここに隠れる事よ!」

 

そう言いながらドタドタと勝手に人の家に上がり込んで来たのはアリスが知ってる妖精であった。

 

最初に急ぎながらも挨拶を忘れなかった黒髪の妖精はスターサファイア、通称『スター』

光の三妖精の一人で、友人二人と共に魔法の森の大木で暮らしている妖精だ。したたかに生きる性格で「妖精は基本アホ」という常識に比べ少々賢そうな雰囲気が見える。たまに一人だけで遊んでたり勝手に出歩いていたりするなど仲間意識は他二人に比べちょっと低い。

 

次になりふり構わず仲間を犠牲にした事よりもまず自分の身を守ろうとすることを最優先に考えながら入ってきたのはサニーミルク、通称『サニー』

三妖精のリーダー(自称)であり、三妖精の行動は彼女の発案によるものが多い。そこから三妖精の頭脳とも呼ばれるが(呼んでるのはサニー自身)、所詮妖精なのでそれほど頭がいいわけではなく、彼女の発案するイタズラはほとんどが失敗に終わる。

 

「危ない所だったわね、死に物狂いで逃げたかいがあったわ!」

「運良くアリスさんの家に辿りつけたしね、ルナには悪いけどここでジッとしてよう」

 

勝手に入って来て勝手に自分に匿ってもらおうと相談しているサニーとスターはそのまま部屋の奥の方へと移動していく。

 

「また誰かにイタズラして追われてるの?」

 

そんな焦っている二人にアリスは目を細めながら尋ねる。

 

「またあの白黒魔法使いの家を爆破でもしようとしたの? もし成功したなら私にとっては大変喜ばしい事なんだけど、その感じじゃ失敗みたいね」

「今回は魔理沙さんじゃないの! 聞いてよアリスさん!」

「くっそぉ! ただのマヌケ面のおっさんだと思ったのにぃ!!」

「……マヌケ面のおっさん?」

 

正直魔理沙が彼女のイタズラの犠牲になっていればいいなとかアリスは考えていたが、二人の反応を見る限り違うらしい。

 

相手の事をマヌケ面のおっさんと称したサニーの方がアリスに向かって口を開いた。

 

「私達が香霖堂にまたセミの抜け殻が大量に入った箱を商品棚に置こうってイタズラを相談していた時よ、あの男はこの森の日陰のある木の下でいびきを掻いて寝ていたのよ」

「それでサニーがその人にイタズラしようって言ったのが全ての悲劇の始まりだったの」

「あぁ!? アンタ達も賛同したじゃないの! 私のせいみたいに言わないでよ!」

 

話の途中で勝手にアリスの椅子に座っていたスターが相槌を打ってくると、サニーはムキになった様子で怒鳴りながら、再びアリスの方へ向き直る。

 

「……まあちょっとしたいつものイタズラよ、ただちょっと寝てる隙にその男の衣服を剝ぎ取って、森の中で全裸で放置させてやろうよ思ったの」

「それイタズラじゃ済ませないレベルなんだけど……」

 

妖精のやるイタズラというのは少々度が過ぎた事もやる事がある。妖精その者に命の危機という物に関しては皆無なので(妖精は例え一度死んでも”一回休み”つまり一時的に消滅するだけですぐに復活する)下手すりゃ常人なら普通に死ぬ様なこともなんの悪びれもせずにやってくるのだ。

 

「私にそんな事やったらマジで怒るからね、で? イタズラは成功したの?」

「失敗だったわ、そもそもイタズラする相手をあの男にした時点で大失敗……。私達が近づき、ルナが男の着物を脱がそうと裾を掴んだ直後よ……気が付いたら男は死んだ魚の様な目でこっちを見ていたの……」

「死んだ魚の様な目をした男……」

 

サニーのやたらと詳しい状況説明を聞いてアリスは反射的に一人の男を思い浮かべる。

ここ最近ずっと頭の中に現れるあの男の顔だ。

 

「あなた達が誰を相手にイタズラしようとしたのか心当たりあるわね」

「知ってるなら早いわ、あの男は危険よ。なにせ私達が隠れようとする前に着物の裾を掴んでいたルナの頭を鷲掴みにして……」

 

あの時の状況を鮮明に思い出してサニーは青ざめた表情を浮かべる。

 

「そのままアイアンクローかましてルナを手に持ったまま無言で私達を追いかけてきたのよ……」

「私達の力を使って隠れようとしてもすぐに見つけて、だから私達は常に後ろから聞こえるルナの断末魔の叫びを耳に入れながらも懸命に走ったの……」

「アレはヤバかったわね……ルナの頭に思いきり指食い込ませてたし」

「死ぬー!とか叫んでたよね、妖精のクセに」

 

二人で顔を合わせてそんな会話をしているサニーとスターを見下ろしながらアリスはボソッと。

 

「ていうかあなた達、捕まった仲間の妖精は助けようとか思わなかったのね」

「は? なんでルナなんかの為にそんな事しなきゃいけないのよ」

「あそこでビビッて動けずに捕まったルナが悪いんだし」

「薄情な連中ね」

 

あっけらかんとした感じで冷たい事を言いながら振り向いてくる二人にアリスが目を細めていると

 

コンコンとドアを軽く叩く音が聞こえる。

 

「サニー! スター! いるんでしょ! ここを開けて!!」

「あ! この声は!」

「生きてたのねルナ!」

 

聞き慣れた声にサニーとスターは同時にドアの方へ顔を上げる。

どうやら上手く逃げてきた様だ、二人はすぐにドアの方へ駆け出す。

だがアリスは怪しむ様にドアの方へ目をやり

 

(もし彼女達を追っているのがあの男であるとしたら……みすみす捕まえていた妖精を逃がすかしら?)

 

そんな事を疑いながら彼女はドアを開けようとするサニーとスターを止めようとする。

だが既にサニーは勢いよくドアを開いていた。

 

「ルナ!」

「良かった……二人共ここにいたんだね!」

 

ドアの向こうには息を荒げながら彼女達と同じ妖精がそこに立っていた。

 

ルナチャイルド

サニー、スターと同じく光の三妖精の一人

音をかき消すことが出来る能力を持っているのでかくれんぼの最終兵器担当でもある、ちなみに二人に比べややドジ。

コーヒーなどの苦みのあるものが好きで、自分の部屋にぬいぐるみや人形の人工物を置いているなど、少々他の妖精とはずれている部分がある。

 

捕まっていた筈の彼女がまさか無事に戻って来るとは、サニーとスターは危機感などすっかり忘れて彼女を家に招き入れる。

 

「無事で何よりだったわルナ!」

「私たちずっと心配だったんだから!」

(コイツ等……)

 

アリスの冷ややかな視線も気付かずに戻ってくれたルナに対して喜んで見せるサニーとスター。

しかしルナは二人を見ながら突如無表情になり

 

「本当に二人がここにいてよかった……もしここにいなかったら私の身が危なかったわ」

「え?」

「おかげで私の命だけは助かるんだから……」

「ルナ、何を言って……」

 

ルナの様子と言動に何処か違和感を覚えたのは長い付き合いであるサニーとスターはすぐに気付いた。

だが二人が心配そうに彼女に何か言いかけようとしたその時だった。

 

二人の背後から、本来この家の中にいなかった筈のあの人物のけだるそうな声が……

 

「よう、しばらく妖精さん達、そして大人しくしばかられろクソガキ共」

「「ギャァァァァァァァ!!!」」

 

その声に二人はバッと振り返るそこにいたのは彼女達が魔法の森で全裸放置にさせようとした人物。

八雲銀時がいつの間にかアリスの家に現れたのだ。

 

サニーとスターはすぐに逃げようとするが彼女達の肩に銀時はすぐに手を伸ばして捕まえる。

そして暴れる二人を抑え込みながら銀時は目の前に立つルナに向かって

 

「よくやった縦ロール、約束通りお前には慈悲を与えて生かしておいてやる」

「ありがたき幸せ」

 

どうやら銀時とルナの間には密約があったらしい。

差し詰め「仲間二人のいるかもしれない場所を教えればお前の命だけは助けてやる」とでも言われたのだろう。

 

「ルナァァァァァァ!! テメェ私達を売ったのかゴラァァァァァ!!!」

「最低よ! 私達は仲良し光の三妖精!! そう思ってずっとここまでやって来たのに!! この卑怯者!!」

「ああん? 私を見捨ててすたこらさっさと逃げていたのはどこのどいつ等だったかしら?」

 

銀時に腰を掴まれたまま持ち上げられた状態になってなお、自分達を棚に上げてルナに噛みつくサニーとスター、しかしそんな彼女達にルナはただ中指を立てて喧嘩腰に

 

「大丈夫よ私達なら1回休みで済むんだし、まあその休みが来るまでどれ程の苦痛がアンタ達を待ち構えてるのかは知らないけど……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「一生のお願いですアリスさん! 私達か弱い妖精達を助けて下さい! そして願わくばあの裏切り妖精に天罰を!!」

「えぇ……まあ裏切り妖精に天罰って部分はやりたくないけど……」

 

銀時の腕の中でジタバタ暴れながらこちらの方へ涙目で助けを求めるスター。

妖精の一生ってどれぐらいなのかと呑気に考えながらアリスは銀時の方へ歩み寄って行く。

正直彼とは色々あったので(ある意味ではなかったかもしれないとも言える)気まずい……

 

「コホン……あー銀時さんちょっとよろしいかしら?」

「アレ、お前いたの?」

「……当たり前でしょ、ここは私の家なんだから」

 

こちらがぎこちなく話しかけてるのに、向こうの方はケロッとした様子で振り返って来た。

アレだけの事があったのにもう気にしてないのかこの男は……彼の態度にそんな事を思いアリスは若干苛立つが、ふと彼が来ている着物の裾を見てある事に気付いた。

 

「ていうかあなた着物の裾、破れてるわよ」

「あ、きっと最初に捕まえたバカ妖精が暴れたせいだ。おい、やっぱお前も一回休みだ、覚悟しろ」

「えぇぇぇぇぇぇぇそんな!! 私の事は助けてくれると言ったのに!!」

「ざまぁみろ!! コレでアンタも道連れよ!!」

「……どっち道これから私等みんな同じ目に遭うって事だね」

 

銀時がサニーを捕まえている方の右手の部分の裾が軽く裂けていることに気付いた。

それに伴いすっかり安心していたルナにも死刑宣告、ルナは絶望、サニーは爆笑、スターは悲愴に暮れている。

そんな中でアリスはやるしかないという風に頭を掻き毟ってため息を突くと

 

「……破れた箇所縫ってあげようかしら?」

「あぁ? どうした急に」

「その代わり三人共逃がしてあげてくれる? どうせ暇つぶし程度にその子達の事追いかけてたんでしょ」

「まぁな、年取ると些細な事で遊びたくなるもんなんだよ」

 

銀時の能力であれば逃げた相手を追いかける事など文字通り一瞬で終わる。それをせずにひたすら追いつめていった所から察するに、彼はただ兎狩りでもするかのように逃げる獲物を狩る感覚でサニーとスターを追い回していたのであろう。長らく自分を脅かす強敵がいない者故の暇を持て余した神々の遊びという奴だ。

彼の事はそこまで詳しくは知らないがきっといじめっ子体質なのだろうなとか考えながらアリスは話を続ける。

 

「死なずに永遠を生き続ける身体というのも考えモンね……さっさと着物の上脱いで、縫ってあげるから」

「いやこんぐらいなら自分でも出来っけど……まあいいか、人に任せた方が楽だし」

 

そう言いながら銀時は両手に持っていたサニーとスターからパッと手を放す。

二人は床に着地するとすぐに慌てながらドアの近くにいるルナの方へ駆け寄り

 

「この裏切り者!!」

「友達を裏切ってまで生き残りたかったの!」

「最初に裏切ったのはそっちだろうが!!」

 

そんな事をギャーギャー言いながら罵り合いを続けながら、三人はドアを開けて出て行く。

 

「お、お邪魔しましたーアリスさんありがとうございまーす」

「ルナ! もう金輪際私の家の敷居跨らせないからね!」

「アンタの家は私の家でもあんでしょうが! このバカサニー!」

 

スターだけはアリスの方へ礼を言って出て行くが、サニーとルナは外に出た瞬間取っ組み合いを始めていた。まあしばらくすればいつも通りの三人組に戻るであろう。

たった一つの裏切りで簡単にバラバラになる程三人の絆は浅くない。恐らく

 

三人が家から去って行ったのを確認するとアリスは疲れた様子でため息を突き、改めて銀時の方へ振り返った。

 

「それにしてもよくもまあこっちに顔出せたわね……私とあなたに何があったのか忘れたの?」

「何ってお前……あ」

「本当に忘れてたのね、呆れた……」

 

アリスがジト目で睨むと銀時はやっと思い出したのか気まずそうに後頭部を掻き毟り

 

「そういや色々あったなお前とは……だったらここにいるのはマズイか、帰るわ俺」

「……待ちなさい」

 

頬を引きつらせながらそんじゃと出て行こうとする銀時にアリスはすぐ様近づいて後襟をグイッと掴む。

 

「裾縫ってあげるって言ったでしょ」

「いやだってこういう所を他人に見られたらマズいだろ、特にあの鴉天狗とか……」

「八雲紫とか?」

 

奥さんの名前を出されて銀時はピクリと反応してバツの悪い顔に。

 

「……あの日以来妙に笑いかけることが多いんだよアイツ」

「……何か聞いてないの?」

「ああいう笑みを浮かべる時は触れない方がいいって長年の結婚生活で熟知してるんだよ」

 

妖精には強く出れるくせに妻には何も言えないのかとアリスは内心ツッコミを入れながら、彼の両肩を掴んで無理矢理近くにあった椅子に座らせた。

 

「裁縫道具取って来るから待ってて頂戴」

「っておい、やっぱ俺帰った方が……」

「いいから」

 

そう言ってアリスは2階へと登る階段を上がっていく。

 

「……自分でもあなたとどう接すればいいのかわからないのよ」

 

こちらに背を向けながら溜まってたモンを吐き出すかのように吐露するアリス。

2階へと消えていく彼女を見送りながら、銀時はふとテーブルの上に置いたままであった彼女の紅茶入りのカップを手に取る。

 

「……俺だってわかんねぇよ」

 

その紅茶が彼女が用意してくれたモンだと勘違いしつつ、銀時はカップをズズッと音を立てて一口飲むのであった。

 

 

突如彼等の前に現れた光の三妖精。

彼女達の起こしたイタズラのおかげで

 

二人の関係はますます気まずくなるのであった。

 

 



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#7 神ル楽時ノチ銀

霧の湖

妖怪の山の麓にあり湖近くには吸血鬼が住むと言われている館と、その反対側に廃洋館がある。

普段は人が寄り付かない、この湖の周りは昼間になると霧で包まれていて視界は悪いのだ。

更に湖には妖精、妖怪が集まりやすく、特に夏は水場を求めて多くの妖怪が集まる。

何故昼間だけ霧が出やすいのかはよく分かっていない。

 

視界不良の為、湖はとてつもなく大きく見えるが、実はそんなに大きくないと思われる。一周歩いて回っても半刻も掛からない。

またこの湖は、新月の夜に怪物級の大型魚がごく稀に釣れることでも有名である。

その怪物魚を釣る事を夢見て多くの釣り好き達が釣りに出かけるのである。

しかし妖怪が多いので、常に危険と隣り合わせな状態なのは致し方ないが。

湖に流れ込む川は、妖怪の山から流れてくる。

ごく稀に白目を剥いた河童がプカプカ流れてくる事もあるという。

それを見ると心が和むらしい。

 

「ていやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うおらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どぶるちッ!!」

 

そしてその湖で先程から夜中だというのに取っ組み合いというお遊戯に励んでいる妖精と妖怪が1匹ずついた。

 

妖精が放った氷の飛礫を手に持った日傘で撃ち落として行きながら猪の様に突進し、一気に距離を詰めると思いきり妖精の顔面に豪快な蹴りをめり込ませてそのまま後方に吹き飛ばす妖怪の少女。

 

「フン、妖精程度の三下が私に適うと思ったら大間違いアル。ケツ拭いて出直してくるヨロシ」

 

神楽

妖怪としては上位の種族に存在する夜兎族であり、その実力は正にケタ外れ。

夜兎族というのはあの鬼にも匹敵する程の怪力と戦闘能力を持ち合わせた一種であり。

そのほとんどが地底という日の届かない場所に生息している。

何故に日の光の届かぬ地底に住み着いているというと、彼等の種族の肌は日の光に耐性が無く外に出るには日傘を常備しないといけないからだ。

しかし彼女の様に薄暗い地底に住む事を嫌って幻想郷に出ては遊びに呆ける物好きな夜兎も少なからず存在する。

 

「今日からここは私の縄張りネ、これからは毎日私に酢こんぶ1箱を献上しろと他の妖精達にも伝えるアル」

「クッソ~! なんだよ酢こんぶって! あたいそんなの知らないよ!」

 

勝ち誇った様子で倒れた妖精に向かってそう宣言する神楽に。妖精はすぐにガバッと状態を起こして抗議した。

 

チルノ

霧の湖に住む妖精の女の子。体からは一年中冷気が出ており触れれば凍傷、最悪その瞬間に氷漬けになる程その肌は冷たい。

妖精というのは本来人間以下の存在として妖怪や実力ある人間からは軽視されているが、チルノは妖精の中でも格別に力が強い存在であり並大抵の妖精では勝てぬほどその実力は高い。

 

「いきなり現れてボス気取りとか!? 一体何なのさアンタ!」

「私は地底から這い出た夜兎の神楽、いずれはこの幻想郷の支配者となる女帝アル。今の内に私に媚びへつらって従順なペットになっておけば領地の10億分の1分けてあげるネ」

「なんだかよくわからないけど、とにかくあたいはアンタに従うつもりなんかないんだから!」

 

しかしそれでも相手が鬼とも並ぶ夜兎となると分が悪い。何せいくら冷気を操っても己の力のみでなんであろうと強引にねじ伏せてしまう種族だ。

嘲笑を浮かべこちらを見つめる神楽に、力の差を見せつけられてなおチルノはグッと奥歯を噛みしめて立ち上がる。

 

「最強のあたいをナメるなよ! 変な喋り方してるアンタなんかに負けてたまるか!」

「変じゃねぇヨこういうキャラ付けなんだヨ、お前だって自分の事を「あたい」って呼んだりか古いキャラ付けしてんだろーが」

「あたいがあたいって言って何が悪いのさ!」

 

自分の一人称を小馬鹿にしてきた神楽にチルノはムッとした表情を浮かべ

 

「キャラ付けとかわけのわからない事言ってあたいを混乱させようたってそうはいかないよバーカ!」

「ああん!? お前の方がバカだろうが! 脳みそどっかに置き忘れた妖精程度が私をバカ呼ばわりするとかいい度胸だなゴラァ!!」

「フフン、またやるっていうの。言っとくけど次は絶対に負けないんだから」

「上等アル! 幻想郷のボスを倒す前にお前をいたぶって経験値稼ぎしておいて置くネ!!」

 

妖精の安い挑発に見事に引っ掛かる神楽。戦闘種族ゆえに血の気の多い連中ばかりの夜兎は、あーだこーだ考えるより先に手を出して相手を叩きのめした方が早いと短絡的に考える者達も多い。

彼女もその一人でありチルノに対して再び真っ向から対峙する。

 

だがその時

 

「おいうるせぇぞガキ共、魚逃げたらどうすんだコノヤロー」

 

ふと聞こえたけだるそうな男の声、神楽とチルノは反射的にそちらに振り返ると。

霧の湖の前に胡坐を掻いて、こちらに背を向けたまま釣り糸を湖に垂らす銀髪天然パーマの男がそこにいた。

言わずもがな八雲銀時その人であった、そして彼の隣には一緒になって座っているのは。

 

「面白い具合に釣れないわねー、このままだと藍には良い結果を伝えれそうにないわ」

 

彼の妻である八雲紫だ。神楽が持っている頑丈そうで地味な色合いの日傘と違い、優雅に編まれたレースを付けた華やかな日傘を差して、のんびりと銀時の釣りを鑑賞しているご様子。

 

「ここまで釣れないなんてあなた相当魚に嫌われるのかしらね」

「そうだと思うならお前の力で引っ張り上げて来いよ大物」

「あら、能力使わずに釣ってみせると豪語していたのはどこのどなただったかしら」

「それは藍に対してだろ、お前が使ってもアイツなら文句言わねぇって絶対」

 

プライドもへったくれも捨てて堂々と不正に走ろうとする銀時。

紫の能力を上手く使えば湖にいる魚など容易に取れるであろう。しかし彼女は鼻で笑い

 

「お断りするわ、私は監視役として来ているだけだし。夫と式神の勝負事を公平にする為にね」

「愛する夫と式神どっちが大切なんだよ」

「そんな女々しい台詞吐く程気になるのかしら?」

「……」

 

意地の悪い笑みを浮かべて尋ねてくる紫に銀時が顔をしかめて黙りこくっていると、二人の背後にザッザッと足音を立てて神楽とチルノが近づいて行った。

 

「おいお前等何やってるアルかここは私の縄張りネ、釣りデートなんてやってイチャつく様な奴等は即刻こっから出て行くヨロシ」

「まだアンタの縄張りになってないんだからね! ここはまだあたいの縄張りさ! イタズラされたくなかったら必死に逃げてみな!」

 

二人揃って似たような事を言っていると、銀時は振り向かずにはぁ~とため息を突いて

 

「ホントこの時期になると妖精共がそこら中を湖の近くで遊び回って嫌になるわ、妖精用の蚊取り線香とか無いのかねぇ」

「んだとゴラァ! 私は妖精じゃなくて夜兎アル! こんな雑魚共と同じにするんじゃねぇーぞ!」

「夜兎らしいわよ、そういえば最近地底で夜兎と鬼が勢力争いで戦ってるって聞いたわ。妙な事にならなければいいけど」

「いつもの事じゃねぇか、むしろアイツ等がいがみ合わずにいた時期があったか? 年がら年中殴り合って酒飲んで寝て、起きたらまた殴り合うようなサイヤ人みたいな戦闘バカ共だぞ」

 

神楽とチルノを無視して別の話題を始める二人。

完全に相手にしていない、彼等の態度を見て彼女達はナメられていると気付く。

 

「なんアルかコイツ等! 人の事無視して勝手に別の話で盛り上がりやがって!」

「あたい達を完全にナメ腐ってるみたいだね! こうなったら少し痛い目に遭わせてやるんだから!」

「おいそこのもじゃもじゃ頭! この私に対して随分とふざけた態度取るじゃねぇか!」

「さっきから何だよ一体」

 

すっかり喧嘩腰になった状態で銀時の背中に指を突き付けながら神楽が怒鳴り声を上げる。

しかし銀時の方は心底めんどくさそうだ

 

「私はいずれこの幻想郷で賢者とか呼ばれてる大妖怪を倒し! 新たなるボスとなる事を宿命づけられたヒロインアル! 今すぐこの場でぶっ飛ばされたくなかったら土下座をして私に許しを乞うべきネ!」

「幻想郷の大妖怪をぶっ倒すんだって、怖いね母さん」

「ええホント怖いわね、その大妖怪さんも今頃震え上がってるんじゃないかしら。なんか冷えるわねここ体が震えてきたわ」

 

怖い怖いと言っておきながら物凄く薄い反応をする銀時と紫。

そのあからさまな態度に屈辱を覚えたのか、神楽はギリギリと歯ぎしりしながら鼻息を荒くする。

 

「もう限界ネ! こいつ等にはじっくりと私がお灸をすえてやらぁ!!」

「あたいだって負けないもんね! 最強のあたいの力に震え上がらせてやるんだから!」

 

神楽に続いてチルノもまたプンスカ怒った様子で結束。二人はその勢いのまま銀時達の方へ飛び掛かろうとする。だが

 

「うおぉ! 来た! 遂に来た! 遂に大物が来たよハニー!!」

 

急に立ち上がって大声で叫びぶと、テンションが上がった様子で両手で持った竿を引っ張り始める銀時。どうやらやっと魚が引っかかったらしい。

 

「うお重ッ! ぬごぉぉぉぉぉ負けるかクソったれぇぇぇぇぇぇ!!! 紫手伝え!!」

「私はただの監視役だから無理よぉ」

「これぐらい手伝ってくれてもいいだろうが鬼嫁! 仕方ねぇ! おいそこの小娘二人!!」

「「え?」」

 

釣竿を持ってかれない様に懸命に足を地面に根付かせる様に耐えながら、銀時は初めて彼女達の方へ振り返った。

 

「俺一人じゃキツイんだよ! これ引っ張り上げるの手伝え!!」

「はぁ!? なんで私がそんな事しなきゃいけないアルか!」

「あたい達をナメてた癖に更に魚釣り手伝わせようとするなんて、おごがましいにも程があるよ!!」

「ぐお! こりゃきっと湖の中で最強クラスの大物だ! いいから手伝えって! 少し分けてやるから!!」

「マジでか!?」

「最強!?」

 

もう一人は食欲という欲求で反応し

もう一人は最強という言葉に反応し

 

目の色を変えて神楽が後ろから銀時の腰を掴むと、その彼女の腰をチルノが掴む。

 

「私ちょうどお腹ペコペコだったアル! 絶対釣り上げろよモジャモジャ!!」

「最強と言われてる相手に最強のあたいが引くわけにはいかないのさ!!」

「うおぉぉぉぉぉぉ!! 俺の力に合わせて全力で引っ張れぇぇぇぇぇぇ!!!」

「三人共頑張ってー」

 

銀時、神楽、チルノの順の大中小という綺麗な隊列で釣り竿を引っ張り上げようとする。

気の抜けた感じで紫が応援して上げていると

 

「「「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

三人の掛け声が揃った時、その大物が遂に湖の上から飛び出して銀時達の前に現れた。

 

「デ、デケェェェェェェェ!!!」

「ヨッシャァァァァァァ!!!」

「あたいでも中々見た事無いよこんな大きなお魚!!」

 

サイズはなんと7メートル近くある鯉の様な見た目をした大魚だ。

新月の夜は怪物級の大型魚が出るのは有名ではあるが、これ程のモノは滅多に出てこない。

 

釣られた大型魚はそのまま銀時達に引っ張られ、ズシンと彼等の横すぐ近くに落ちてきた。

あまりのデカさに三人はまだ竿と腰を持ったまま固まっている。

 

「おいおいマジかよ……とんでもねぇ釣り上げちまった」

「「イエーイ!!」」

 

ピチピチと巨体を動かす度に地面が揺れるぐらいの立派な大物を釣り上げて自分でも驚いている様子の銀時の後で神楽とチルノが喜びのハイタッチを交わしてる中、紫も立ち上がって銀時の隣でその魚を観察する。

 

「どうやら藍との勝負はあなたの勝ちみたいね、あの二人が協力したからこそ釣れた様なものだけど、その辺は大目に見て上げるわ」

「やっぱ奥さんなら式神より旦那の方を贔屓目に見てくれなきゃな」

「それは時と場合ね、今回はそういう風に見て上げるってだけ」

 

微笑みながら紫がそう言っていると、神楽が後ろから声をかけて来た。

 

「おいモジャモジャ! 一緒に釣り上げたら私にもわけるって言ってたよな!!」

「おおそうだったな、けど”今”わけるとは言ってねぇぞ」

 

口元に僅かに笑みを浮かべながら、銀時は彼女の方へ振り返る。

 

「近々博麗神社で”宴会”開く事になってんだ、コイツはその為の食材だよ。食いたかったらそこに来い」

「宴会……てことはコレ以外にももっと凄いモンが出て来るって事アルか!?」

「まあな、色んな意味で凄いモンも出て来るかもしれねぇが」

 

博麗神社の宴会、というより実際は常に空腹状態である博麗の巫女の為に開く食事会みたいなものなのだが、それを聞いて神楽は「うおっし!」と嬉しそうにガッツポーズを取った。

しかし銀時の方は何故か目の前の巨大な魚を見ながら顔をしかめる。

 

「けど参ったな、こんなデケェ魚どうやって宴会まで冷蔵しておけばいいんだ」

「それならあたいに任せな!」

 

今度は後ろからチルノが得意げな様子でやってきた。すると彼女は魚に向かってすっと手の平を向けると

 

地面の上で暴れていた巨大魚は瞬く間にピキピキと音を立てて氷に包まれていく。

 

「あたいの氷はそう簡単に溶けやしないから、これで当分持つよ」

「冷気を操る力か、通りでさっきから妙に冷えると思ってたんだ」

「へへーん、助けてやったんだからこれであたいも博麗神社の宴会行っていいって事だよね」

「構わねぇよ、好きなだけ食いに来い」

 

彼女が来る事をあっさりと了承すると銀時は紫に

 

「んじゃ、これ家に送ってくれや」

「はいはい、それじゃあ時間も時間だし私達も帰りましょうか」

「ああ」

 

短く返事する銀時、すると氷漬けにされた巨大魚の下ある地面にポッカリと大きな裂け目が生まれてあっという間に魚を飲み込んでしまう。

続いて今度は自分が潜る用のスキマを傍に展開をする紫。

 

「それじゃ行きましょう、屋敷の庭に落ちて来たものを見て驚いてる藍の顔が見てみたいし」

 

楽しげにそう言うと紫はスキマの中を潜って行ってしまった。すると銀時はおもむろに神楽とチルノの方へ

 

「おいガキ共」

「なにアルか? ってあれ、あのデッカイ魚どこ行ったアルか?」

「ウチの嫁さんがもう回収したよ」

「マジでか、お前の嫁さん凄い力持ちアルな」

「まあな、おかげでこっちもコキ使われて大変だ。夫婦喧嘩も相当負け越してるし」

「私のパピーが言ってたアル、この世で最も最強な生物は嫁だって」

「だろうな、今まで色んな化け物相手にしてきたけど、嫁さんより恐いモンなんか見た事ねぇ」

 

銀時は思わずフッと笑う。

 

「それにウチの所は幻想郷の賢者と呼ばれる大妖怪、八雲紫だからな」

「ええ!? てことはお前の嫁さんってもしかして私が倒そうと狙っていた!!」

「精々気を付けろよ、言っとくが命のストック99機あっても勝てる相手じゃねぇからな」

 

それだけ言い残すと銀時は自分の能力でパッと消えてしまった。

あっという間に姿を消してしまう事の出来る謎の夫婦。

残された神楽は「うーん」と困った様子で首を捻り

 

「マズいアル、倒そうとしていた奴の旦那が開く宴会に参加する事になっちまったネ……」

「お腹減ったからあたいも釣ろう~」

「あ! 私にもやらせろヨ!」

 

大きな野望を持っていた神楽だが、銀時が置いていった釣り竿を振り回しているチルノを見てそんな野望何処かへ吹き飛ぶ。

 

彼女の名は神楽。

乱暴者に見えて本当は友達が欲しいだけの女の子

 

 



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#8 ぎ銀かわさ時姫

 

釣り師達が集まる魅惑のスポット霧の湖。

今日もまた危険を顧みず、大物を釣り上げるようと釣り人達が集まった。

 

「お、また釣れた」

 

普通の魔法使いこと霧雨魔理沙は中々の良いペースで順調に釣り上げていた。

ピチピチ跳ねる10センチ程の魚を糸から取って脇に置いたバケツにほおり投げる、かれこれもう6回ぐらいこれを繰り返している。

 

「いやー、どうやら釣りに関しちゃ私の勝ちみたいだなー」

「バカヤロー、雑魚ばっか釣って浮かれてんじゃねぇよ」

 

機嫌良さそうに再び針にエサを引っ掛けて湖にポチャンとほおり投げる魔理沙に少々苛立った様子で返事をするのは

先日ここで見事な大物を釣り上げた八雲銀時であった。

さっきからうんともすんとも言わない浮きを虚空の目で見つめている。

 

「前に俺が釣り上げたビッグフィッシュを見せてやりたかったぜ。ったく天狗の野郎、ああいう時に限ってスクープ撮りに来ねぇんだよな」

「デカい魚が出るのが新月の夜だって決まってんだぜ? 月すら出てないこんなまっ昼間じゃもう不可能だって」

「いや、俺の超特性のエサなら不可能を可能に出来る」

 

そう言って銀時は試しに竿を引っ張ってみた。

すると湖の中から激しい水しぶきを立てながら、腰に巻かれた糸に吊るされた少女が浮かび上がって来た。

 

「この特性博麗印の巫女餌ならアーロンだって釣り上げてみせらぁ」

「だぁぁぁぁぁ! 全然大物いない! 次よ! 絶対デカいの取って来てやる!!」

「コイツも食べ物の事になると見境ないなぁ」

 

現れた少女は博麗の巫女、博麗霊夢。

どうやら先日、銀時から霧の湖で大物を釣った事を聞いて、ならば自分も捕まえて数か月分の食料にしてみせると決意してここまで来た様だった。

しかもその捕まえ方は自らエサとなり素手で魚を掴みあげるという成功性の薄いやり方で

 

「もういい加減諦めたらどうだ。並の魚なら簡単に釣れるんだしそれでいいだろ」

「そんな小魚1匹じゃ腹の足しにもならないわ!! 狙いは一攫千金! ほらもう一度私を沈めなさい! 次こそ獲る!!」

「へーい」

「おい霊夢……せめて服脱いでから潜れよ」

 

血走った目で湖に沈めろと言うので銀時は遠慮なく霊夢を再び湖の中に落とす。

沈んでいく彼女を見送りながら魔理沙はポリポリと頬を掻き

 

「アイツそんなに食い物に困ってたのか?」

「紫から貰ったイナゴを前にテンション上がり過ぎて数日で全部食っちまったみたいでよ、ここ最近はなんとか支給されたコオロギで食い繋いでるけど、もう道端に生えてる雑草に手を出しそうな勢いなんだわアイツ」

「おたくがもっといいモン与えてやれば解決するんじゃないか」

「我が家の方針は例え巫女でも決して甘やかさない方針なんだよ、人の家のやり方に口を挟むな」

 

死んだ魚の様な目をしながら呟く銀時に魔理沙が「うへぇ」と声を漏らした後、今度山で採って来たキノコでもおすそ分けしてやろうかなとか霊夢に対して珍しく同情の色を浮かべていると。

 

「お」

 

銀時の竿がグイグイと反応する。すぐに気づくと彼は一気に竿を引っ張り始める。

 

「遂にやりやがったなアイツ」

「げ! マジで獲ったのかアイツ! うおぉ凄い竿がしなってるな!」

「ったくこんな面倒事に付き合わせた分、分け前はたっぷりと頂かねぇとな」

「いや出来ればちょっとだけにして欲しいぜそこは」

 

重たいモノを一気に引き上げるかのようにふんぬと竿を引っ張っていく銀時。

すると糸の先に巻かれた霊夢が再びザバァと現れ

 

「やったわよ!! 見なさい魔理沙! 正真正銘の大物よ!!」

「まさか本当にやるとは、大したもんだなお前……って」

「……おい」

 

霊夢が絶対に離さぬようにガッチリ両腕ホールド決めている”大物”も湖から浮かび上がって来た。

しかしそれを見て魔理沙と銀時は愕然とする。

 

「や、止めて! 乱暴しないで下さい! 私食べれませんから!」

「獲ったどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

霊夢が湖の中から引っ張って来たのは

まさかのおとぎ話に出て来そうな人魚であった。

 

わかさぎ姫

普段は歌を歌ったり、石を拾ったりして暮している大人しい妖怪であり、

人間には敵対心を持たないおっとり系の淡水人魚である。

ちなみに水中では力が増すという特性があるのだが

 

「な、なんでこの人こんなに力が凄……! ダメ! 全然引き離せない!! 誰か助けて!!」

「これぞ長きに渡る貧困生活の末に辿り着いた火事場のクソ力よ! 目の前に食料があるのにそれをみすみす逃す訳ないでしょ!」

 

そう言いながら意地でも離そうとしない霊夢に涙目になるわかさぎ姫。

泣いてる妖怪に向かって歪な笑みを浮かべながら抱きしめている霊夢をしばし眺めていた銀時は、手に持った竿を一気に真上に振り上げて

 

「キャッチ&リリース!!!」

「ぐぎゃ!!」

 

糸にしっかりと繋げられていた霊夢はわかさぎ姫ごとまた湖の中にダイブ。

霊夢の短い悲鳴が聞こえた後、しばらくして水死体の様にプカーと浮かんできた彼女の姿が

 

「……今度人里に連れて行って飯でも奢ってやるか」

「ああ、時には甘やかしてやるのも悪くないと私は思うぞ」

「あんな悲しいモンスターには二度と遭いたくねぇしな」

「貧乏が時に人を妖怪よりも恐ろしい存在に変える、勉強させてもらったぜ霊夢」

 

湖に浮かぶ彼女をそっと竿を引っ張って救出すると、銀時と魔理沙は哀れみの表情を浮かべながら白目を剥いて気絶している霊夢を地面に寝かせる。

 

「しばらく寝てりゃあ直に回復するだろ」

「ほんじゃ、霊夢が起きたら帰るか」

「別にお前一人で帰れよ、つうか帰れ」

「相変わらず冷たいな銀ちゃん、さすがに私でも傷付いちゃうわ」

「誰が銀ちゃんだシバくぞ」

 

わざとらしく言いながら笑いかけてくる魔理沙に銀時が仏頂面で睨み付けていると、湖から再び何かが浮上してきた。

先程霊夢と一緒に湖に沈められたわかさぎ姫だ

 

「あの、先程の巫女はもう大人しくなりましたか……?」

「お、さっきの人魚だ」

「一緒に叩きつけてやったのにもう動けるのか」

「意識失いかけましたけど水の中だったのでなんとか……」

 

浮上してきたわかさぎ姫に特に驚きもせずに魔理沙と銀時が薄い反応をしていると、彼女はこちらに向かってぺこりと頭を下げる。

 

「危ない所を助けていただいてありがとうございます」

「いやいいって、その危ないモンを何度も湖に沈めてたのも俺だし」

「何かお礼をと言いたい所なんですが……生憎今は何も持ち合わせておりませんので……申し訳ありません」

「だからいいって、元々ウチの娘が悪いんだし」

 

重ね重ね頭を下げて来る彼女に銀時がめんどくさそうにしていると、横から魔理沙が首を突っ込んで来る。

 

「ああ、そういや人魚の肉って食べると不老不死になるとか霖之助から聞いた事あるな。だったらそれ貰ったらいいんじゃないか」

「へ!?」

「いやもう間に合ってるから俺」

「よし、じゃあ私が代わりに貰っておこう」

「ええ!?」

 

いきなりの魔理沙の提案に素っ頓狂な声を上げるわかさぎ姫。

 

「私の肉は駄目です! それに伝説上の人魚ならともかく、妖怪の人魚の肉を食べて不老不死になるのかどうかはわかりませんよ!!」

「あーまあ確かに妖怪の肉を食うってのは抵抗感あるな。けど不老不死には興味あるから一口だけかじっていいか?」

「だから駄目ですってば!」

「先っちょ、ほんの先っちょだけでいいから頼むよネェちゃん。なるべく痛くしないから」

「おいなんか卑猥な意味合いに取れるぞそれ」

 

ニヤニヤしながらいじめっ子の顔でわかさぎ姫に交渉し始める魔理沙にツッコミを入れながら銀時は目を細める。

 

「それにしてもお前……えーと」

「わかさぎ姫です」

「わかさぎ姫さんよ、湖の中で住み着き自由に泳ぎ回れるお前がどうしてただの人間にとっ捕まったんだよ」

「それが少し前にとても悲しい事があって……それで湖の底で落ち込んで泣いていたら上から女の子が降って来て捕まってしまったんです」

「ラピュタ水中版だな」

「つうか霊夢の奴湖の底まで潜ってたんだな、ここ結構深かった筈だぜ……」

 

それも貧困故に身に付けた能力なのかと魔理沙がまだ倒れている霊夢に向かって頬を引きつらせていると。銀時は後頭部を掻きながらため息を突く。

 

「まあ何があったのか知らねぇけどさ、今回は相手が相手だったとはいえ人間相手に捕まる様な真似はもう避けるんだな、活け造りなり刺身にされても知らねぇぞ?」

「はい、そうですよね。落ち込んでちゃダメですよね……」

 

小指で耳をほじりながら説教口調でそう言ってあげると、わかさぎ姫はシュンとした表情で目を瞑り

 

「新月の夜に友達が突然姿を消してしまった事でいちいち落ち込んでたら世話無いですよね……」

「友達?」

「ええ、と言っても私みたいな人魚ではなく大きめのお魚なんですが」

「大きめのお魚?」

「もしかしたらその日、湖の上で騒ぎ声が聞こえたから誰かに釣られてしまったのかもしれません。陸の者には決して釣られないとあれ程勇ましかった雪美がどうして……」

「……」

 

何か少々引っかかる話、新月の夜に釣られた可能性のある大きな魚。それを聞いて銀時が暗い表情で黙り込んでいると隣にいた魔理沙も勘付いて

 

「……おたくが釣った魚だよな……雪美釣ったんだよなアンタ」

「……いや違うって、変な事言うなよ、それじゃあまるで俺がコイツの友達を誘拐した張本人みたいじゃねぇか……雪美なんて知らねぇよ」

「いやだって前におたくから聞いた話とガッチリ噛み合ってるし……」

 

わかさぎ姫に聞こえぬようヒソヒソ声で喋っている魔理沙と銀時。

するとわかさぎ姫の方はふと魔理沙の傍に置かれていたバケツに気が付く。

 

「それは……」

「え? ああこれはさっき釣った私の魚で……まさかこの中にもお前の友達が」

「いえいいんです、この世界は弱肉強食。弱い方が強い方に食べられるのは極当たり前の事なんですから。でもせめて……」

 

バケツを両手に持って彼女に中を見せつけながら魔理沙が怪訝な表情を浮かべていると、わかさぎ姫は寂しげな表情を浮かべながらそっとそのバケツの方へ近づき

 

「別れの挨拶だけはやらせてくれませんか。さようなら真司、麻也、弘嗣、圭佑、夢生、元気……」

「……お父さんもしかしてサッカー好き?」

「仲の良いあなた達兄弟の事だからきっと一人で逝かせまいとみんな仲良く釣られたんでしょうね……」

「やけに当たりが多いと思ってたらそういう事だったのか……」

 

自分の弟に話しかけるかのように優しく魚達に語りかけるわかさぎ姫、仕方のない事だと自分で言っておきながらその目からはうっすらと涙が……。

それを見ていた魔理沙はさすがに自分がとんでもない酷い奴なのではと罪悪感を覚え始め

、バケツを傾けてザバーッと中にいた魚を全部湖に流す。

 

「……キャッチ&リリース」

「ええ! みんなを助けてくれるんですか!」

「いやだって目の前でそんな真似されたらさすがにこっちも食う気無くなるぜ……」

 

ジト目でそう呟くとわかさぎ姫は目に溜まった涙を拭いながら嬉しそうに頭を下げる。

 

「ありがとございます! コレで妹の雪美もきっと浮かばれると思います!!」

「雪美の兄貴だったのかよそいつ等……」

 

意外な血縁関係を知れて銀時が戸惑った表情を浮かべている中。

 

「それでは本当にありがとうございました! このご恩はいずれ必ず、では!」

 

嬉しそうに手を振りながらわかさぎ姫は雪美の兄達を連れて湖の中へと潜って行った。

 

残された銀時と魔理沙は無表情で固まっていると、傍で横になっていた霊夢がタイミング良く「う~ん」と目を開けて目覚める。

 

「あれ、ここは……は! 私の獲物はどこ!?」

 

目が覚めて早々すぐに自分の周りに捕まえた筈の人魚がいない事に気づく霊夢。

そしてこちらに背を向けて突っ立っている銀時と魔理沙に気づいて

 

「ちょっとアンタ達、私の食いモン何処へやったのよ! まさかもう食べたんじゃないでしょうね!!」

 

そう叫びながら起き上がる霊夢の方へ銀時はゆっくりと振り返って彼女の肩に手を置き

 

「もういいから、今日は人里で飯でも食おうぜ……奢ってやるから」

「え、なんでいきなり優しくなってんの!? 気持ち悪ッ!」

 

自分の左肩に手を置いて優しく笑みを浮かべる銀時に霊夢は両腕から鳥肌を立たせる程引いていると、今度は魔理沙が右肩の方にポンと手を覆いて

 

「くじけるなよ霊夢、雪美と違ってお前には未来があるんだからな……」

「雪美って誰よ!!」

 

訳のわからん励ましを貰って霊夢は混乱しながら「えーと」と呟き、銀時と魔理沙に対して小首を傾げると

 

「要するに何か奢ってくれるのよね」

「ああ、なんでも奢ってやるよ」

「私も奮発してやるぜ」

「怖いんだけどその笑顔、それじゃあ」

 

普段絶対に見せないであろう笑顔を向けて来る二人に困惑しながらも霊夢はしばらく考えた後チラリと目の前にある湖を見て

 

「刺身料理」

「「それはダメだ!!」」

 

思い付きで霊夢が言った提案に、銀時と魔理沙は仲良く同調して叫ぶのであった。

 



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#9 八時新藍銀

八雲藍

八雲紫の「式神」として長年使えており、幻想郷では最強格の妖獣とも呼ばれている。

ここで言う「式神」とは既存の妖獣等に式神という術を被せ、強化・制御したものを言い、藍の場合は九尾の狐という妖怪を媒体として、藍という式神を憑けている。

 

九尾の狐は数々の伝説にあるように、それ自体が最上位に位置する力を持つ強力な妖怪である。そこに藍という式神が憑くことによって超人的な頭脳まで併せ持っているため、その実力は計り知れない。

 

そんな強力な妖怪が式神の身に甘んじているのは、ひとえに主人である八雲紫の強大さによる。彼女と組めば力づくで逆らえる者は殆どいない。

 

ただし完璧でもなく、彼女は式神の身でありながら自らも式神を所有しているのだが、それに対して情が揺らいでしまう事があり、度々式神として不適切な行動という事で紫から仕置きを受けたりしている。自分の式神を今一つ言う通りに動かせない等、間抜けな部分も見られる。

 

そんな彼女は今来ている場所は人間の里。

幻想郷において、人間が住む里。狭い幻想郷の中では『里』と言えばここを指す。

昔ながらの木造平屋が軒を連ねており、主要な店の多さもあっていつも人間で賑わっている。

妖怪存続の為に、たとえフリでも「妖怪が人間を襲う」事が重要視されている幻想郷で、人間が命の危機をあまり感じずに生活できる数少ない地である。

妖怪が存在するためには人間の持つ心が必要不可欠なので、人間の種を残す意味でこの場所は存在する。その様は動物園のようだと喩えられていた。

 

幻想郷の人間の現状が変わらないように妖怪たちが見張っている、しかし昨今では人間を先導する何者かが現れ始め里は徐々に変わりつつあるようである。

今では里の中に”かぶき町”という少し風変わりな場所まで作られ。僅かながら人間が力を持ちつつある傾向にあり、その為最近は幻想郷のバランスが崩れぬように注意を払っている八雲紫が自らの式神である藍を里に行かせて情報収集させているのだ。

 

「幻想郷を人間によって掌握するために妖怪を放逐することを目指す組織……」

 

昼下がり、藍は甘味屋の前にある席に座り『文文。新聞』を眺めていた。普段は下らない事ばかり書かれているので滅多に読む気しないのだが、今回は少し気になる記事が小さく隅っこの欄にあったので読んでいたのだ。

 

「人間の身でありながら妖怪の住処を八箇所も潰した人物を筆頭に、彼等によるテロ活動がここ最近頻繁に起きている」

 

新聞に書かれている記事をスラスラと口に出して読んでいく藍。口に出しているのは隣で座っている男に聞かせる為である。

 

「「しかし私を含む多くの妖怪達はこれを相手にしていなく傍観している」か……」

「そりゃそうだろ」

 

欄の音読を隣で聞いていた男、八雲銀時が皿に乗った団子を持って食べながらあっさりとした口調で答えた。

 

「低級の妖怪は潰せても所詮は人間、鴉天狗や鬼の様な者達相手では勝負にもならねぇ、相手にするだけ時間の無駄ってこった」

「確かにこんな小さな記事になってる所から察するに妖怪がなんの脅威も感じていない証拠だな。我々が動く必要もないか」

「ちょこっとばかり探り当てるのも悪くはねぇと思うが、っておい」

 

銀時が取ろうとした皿に残った最後の団子を、隣から藍がサッと取って食べてしまう。

 

「甘い物は控えろと医者に言われてるんじゃなかったのか」

「テメェ、なんでそれ知ってんだ」

「紫様から聞いた、お前に甘い物の食べ過ぎを控えさせろとも忠告されている」

「あの野郎、余計な事言いやがって……」

 

嘲笑を浮かべている紫を想像した後、銀時は藍の方へ振り返り

 

「つうか前から思ってたんだけどお前どうして紫には最初から丁寧語で俺には最初からずっとがっつりタメ口なの? お前アイツの式神だよな」

「当たり前だ」

「てことはアイツはお前のママだ」

「なんでそうなる」

「という事は俺がパパになる」

「だからなんでそうなる」

「パパに対してなんだその口の利き方は」

「いい加減にしろ」

 

腕を組みながらいきなりお説教している感じで注意してくる銀時に藍はウンザリした顔で黙らせる。

 

「式神は主の絶対的な従者であって親子関係ではない、紫さまの事は母親だとも思った事はないし、ましてやお前を父親だと感じた事など一かけらも無い」

「やれやれいつになったら反抗期から脱却してくれるのかね、この娘は……よっと」

 

彼女との付き合いは随分と長いのだが、銀時に対してはいつもこの様に素っ気ない。

それでも無視はせずにまともに会話してくれる時点で一応それなりに藍が銀時の事をちゃんと見ているという証拠なのだが。

藍が団子を食べ終え、そろそろ出るかと銀時が席から立ち上がったその瞬間

 

「うわ!」

「お、悪い」

 

急に銀時が立ち上がったので傍を歩いていた少年にぶつかってしまった。

少年は派手に前のめりに倒れ、掛けていた眼鏡が藍の前に吹っ飛ぶ。

 

「いててて……」

「悪ぃなガキンちょ、怪我はねぇか」

「いえ大丈夫です、僕も前を見ていませんでしたし……」

 

そう言って少年はヨロヨロと体を起こしつつ、両手で地面を突いたまま外れた眼鏡を探していると

 

「探し物はコレか」

「え? ああすみません……誰だか知りませんがありが……」

 

目の前に落ちたので無視する訳にも行かず、藍はそれを拾って少年の方へ。

ヒョイっと目の前に眼鏡を手渡され、少年は礼を言いながらそれを受け取って掛け直すが、渡してくれた藍がはっきりと見えた瞬間急に顔色がみるみる悪くなる。

ふさふさに生えた九の尻尾、尖った二つの耳を隠しきれていない帽子を被り、獲物を狙う蚊の様な鋭い目つきをした……

 

「よ、よ、妖怪だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだ急に」

「す、す、すみません! 命だけは! 命だけはご勘弁をぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

藍を見るいなや悲鳴を上げたかと思いきや、今度は両手を地面に着いて深々と土下座をし始める少年。

いきなりそんな事を目の前でやられ藍が怪訝そうに見下ろしていると

 

「おいメガネ、何いきなり取り乱してんだよ。落ち着け」

「え?」

「コイツ別にお前を獲って食おうとかしてねぇから」

 

彼の反応を見ていた銀時が傍によって大丈夫だと促すと、少年は恐る恐る顔を上げた。

 

「それとコイツは妖怪じゃなくて式神な」

「式神?」

「要するにかつていた妖獣とか妖怪に式神っていう術を被せて強化したり制御した代物なんだよコイツは」

「……てことは元々妖怪だったものを術者が上書きして作り上げた存在って事ですか? ぶっちゃけそれ僕等人間からしたら妖怪と大して変わらないですよね?」

「なんだ察しがいいなお前」

「前に寺子屋で、そんな事を教えてもらった覚えがあったのを思い出したんで……」

 

簡単な説明を聞いていち早く理解した彼に銀時が素直に感心していると、少年は我に返ったのかゆっくりと立ち上がる。

 

「すみませんいきなり取り乱しちゃって、実は前に妖怪に襲われた事があったんですよ……それっきり妖怪に対して思いきり過剰な反応する様になっちゃってて……」

「襲われた? 人間の里でか?」

「いえ、博麗神社です」

「博麗神社ぁ?」

 

博麗神社で妖怪に襲われたなどと言う少年に銀時は思わず口をへの字にする。

 

「博麗神社つったら妖怪退治のプロの博麗の巫女がいんだろうが、そんな所に人間を襲う妖怪が出たっていうのか」

「いたんですよ確かに! あの時僕は姉上が新しい仕事上手くやっていけるようにと祈願する為に神社の賽銭箱に小銭を入れたんです、すると」

 

『……そんな小銭で願いを神様が叶えると思ってんの……』

『え?』

『叶えて欲しかったらありったけの食料よこせぇぇぇぇぇぇ!!!』

『ギャァァァァァァァァ!!!」

 

「って腹の虫を鳴らしながら血走った目で大口を開けた女の子が僕に襲い掛かって来たんです! どう見てもアレは僕を食おうとした妖怪に決まってるでしょ!」

「いやごめん、それウチの博麗の巫女」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

妖怪でなく人間、しかも妖怪退治を承っている巫女だと銀時は冷静に教えて上げた。

 

「タイミングが悪い時に参拝しに行っちまったんだな、アイツたまに腹減り過ぎて周囲のモノを見境なく襲い掛かるクセがあるから」

「見境なく襲い掛かるってそれ明らか妖怪並にタチ悪いじゃないですか!!」

「だから参拝する時は懐に何か食べ物を持っていけ。逃げる方向とは反対にそれを投げて注意を逸らせば簡単に逃げ切れるから」

「対処法まで妖怪みたいなんだけど!? 大丈夫なんですかそんな人が巫女なんて!」

 

襲われた時の対処法までキチンと教えてくれるのありがたいが、同時に博麗の巫女がそれでいいのかと少年は凄く不安になる。

 

「ま、まあ襲われたのが妖怪じゃなくて巫女だったって知っただけでも良かったですよ……もしかしたら僕等人間に対して妖怪が報復に来たんじゃないかとも思ってましたし……」

「報復?」

「大方コレが原因だと思ったんだろ」

 

安堵している少年に銀時が首を傾げていると、藍が手元にあった新聞をバサッと取り出して代わりに答えた。

 

「妖怪を襲う人間の組織。それのおかげで人間が妖怪から怒りを買い襲われたのだと思い込んでいたのだろ」

「なるほどね、心配ねぇよチェリーメガネ。俺等はお前等人間共が何しようが気にしちゃいねぇから、けどもし本物の妖怪に襲われた時は博麗の巫女や妖怪退治のプロに依頼しとけよ」

「チェリーメガネってなんだよ……え、でもちょっと待ってください」

 

銀時がキチンと説明してあげると少年はホッと胸を撫で下ろすがふと彼の言葉の中に気になる部分が

 

「俺等ってどういう事ですか? そっちの式神さんはわかりますけど、もしかしてあなたも人間じゃないですか?」

「ただの人間が千年以上生きていける訳ねぇだろ」

「せ、千年以上!?」

「この男は不老不死だ、妖怪でもなく人間でもない存在だ」

「不老不死!?」

 

銀時と藍から聞いて何度も仰天する少年。確かに不老不死の様な者がこの幻想郷に複数いるとは噂で聞いてはいたが

まさか目の前にいるこの天然パーマの男がそれだってなんて……

 

「驚きました……てことはその式神さんはあなたが所有しているんですか?」

「私の主はこんなちゃらんぽらんではない、私の名は八雲藍、主の名は八雲紫様だ」

「ええ! あの幻想郷の賢者と呼ばれているあの恐ろしい大妖怪!?」

「そしてこの男はその紫様の夫だ」

「ちーす、紫ちゃんの旦那の八雲銀時でーす」

「旦那ァァァァァァ!?」

 

藍の主があの八雲紫で更にその夫が銀時だと紹介されてますます目を開いて大げさなリアクションを取る少年。

 

「とととと、とんでもない大物の身内じゃないですか! あのさっきはぶつかってマジすんませんでした! 靴でもなんでも舐めるんで奥様にご報告はご勘弁を!!」

「だから頭下げなくていいって、ホント小心者だなお前。そんなんじゃ生きていけねぇぞ」

 

またこちらに深々と頭を下げる少年に銀時は後頭部を掻きながらけだるそうに呟く。

 

「まあいいや、お前名前なんて言うの?」

「え? ”志村新八”ですけど?」

「そうか、新八、人生の大先輩としてお前に大事な事を一つだけ教えておいてやる」

「どうしたんですか急に……」

 

志村新八

人里にある剣術を教える道場の跡取り息子であり極平凡な色恋も知らぬ少年である。

ちなみに彼の実家である道場で教える剣術はあくまで護身術であり、決して妖怪を襲う為に剣術を教えている訳ではない。

 

その新八に対して銀時は共に幻想郷で生きる者としてアドバイスを送ってあげた。

 

「もし妖怪に襲われそうになったらその眼鏡を外してぶん投げろ、そうすりゃ妖怪は眼鏡じゃなく眼鏡を掛けていた方を襲うはずだ」

「いやそれ何も変わってねぇだろうが! 眼鏡外す意味あんのそれ!?」

「大ありだ、眼鏡を掛けてない方を囮にして眼鏡だけ逃げる。名付けてピッコロさんの腕作戦だ」

「眼鏡だけ逃げるってなんだよ! 眼鏡に手も足も生えてねぇよ! 本体食われて終わりじゃねぇか!」

「え? 眼鏡の方が本体じゃねぇのお前?」

「当たり前だろ! さっき人間だって言っただろうが! 眼鏡が本体の生物とかどう考えても妖怪じゃねぇか! こちとら16年間ずっと人間だよ!!」

 

アドバイスというより完全に悪ふざけである、それにビシビシツッコミを入れた後新八ははぁ~とため息を突いて

 

「なんなんですかアンタ……もうちょっとマシになる事教えてくださいよ」

「そうだな、じゃあもう一つ」

 

不満げな新八に隣に立っている藍を手で指す銀時。

 

「ウチの藍がさっきから帰りたいと思っているのにお前に付き合っている俺に対して徐々にイライラし始めている、これはかなり危険な状態だ」

「危険な状態じゃねぇよ! サラッと命の危機じゃねぇかこっち!!」

「イライラはしてないが食ってやろうかとは考えている」

「ギャァァァァァごめんなさい!!」

 

銀時の言う通り藍は無表情ではあるものの明らかご機嫌斜めの様子だ。

思わず謝ってしまう新八に銀時はポンと肩に手を乗せて

 

「という事でこの辺に豆腐屋あるだろ、今すぐ油揚げ買いに行くぞ」

「いきなりなんすかそれ! なんで油揚げなんですか!? それで機嫌直るっていうんですか!?」

「コレが実際中々効くんだよ、ほら行くぞ」

「あ、ちょ! 待ってくださいよ”銀さん”!!」

 

本当なのかと疑って来る新八をよそに銀時が突如走り出すので、新八も慌ててついて行く。

もはや彼の中で銀時に対する先程までの恐怖心はすっかり無くなっていた。

ただがむしゃらに彼に追いつこうと追いかけて行く

 

コレが銀時による言葉を用いないアドバイスだという事を、彼自身が気付くのはまだ先の事であった。

 



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#10 ィスア銀ミ時テ

ミスティア・ローレライ

種族は夜雀、歌う事と人間を襲う事が大好きな、自他ともに認めるお気楽妖怪。

調子が良く激しい歌を好んで歌い、古参の歌妖怪からは煙たがられる一方、里の若者には人気がある。

だが「歌で人を狂わせる程度の能力」を持ち、更に人間を鳥目にするということも出来、これらの能力を使って夜道を一人で歩く人間を襲撃する事もよくある。

そんな彼女だが実は夜、人間の里で屋台を営んでいる。

幻想郷でもよく食されている焼き鳥……を撲滅させる為に開いた、八目鰻を専門とする店であり、その味はとある鴉天狗が絶品と称する程のものであり、少なくとも妖怪や人外の類からは普通の飲み屋として客も入ってきている。

 

「あなたは~もう~忘れたかしら~♪」

 

そして今日の夜もミスティアは人間の里でひっそりと人間を襲う算段を立てながら、屋台を開いて適当に歌を歌いながらお客の相手をする。

 

「赤い~手拭、マフラーにして~♪」

「その歌止めて欲しんだけど」

 

そして網の上で八目鰻を焼きながら歌っている彼女に、たった一人のお客さんが迷惑そうに顔を上げる。

気まぐれでこの店にやって来ていたアリス・マーガトロイドだ。

彼女がこんな所に来るのは滅多にない、この所色々悩み事を抱えていてたまにはこういった所で酒でも飲んで色々忘れたいと思い来てみたらしいのだが、店主の歌がやや胸に突き刺さる内容ばかりなので早速イライラしていた。

 

「二人で、行った~横町の風呂屋~一緒に出ようって、行ったのに~♪」

「ちょっといい加減にして、なんか知らないけどそれ聞いてると妙な気分になるのよ」

「ああこりゃ失敬、こっからがいい所なのに」

 

コップに注がれてる日本酒を飲みつついい加減にしろとアリスが声を大きめにして注意すると。ミスティアは反省する素振りも見せず平謝り

 

「いや~珍しい客が来たモンだからついテンション上がっちゃって」

「だからってなんで女視点の悲しい歌を歌い出すのよ急に」

「じゃあ別の歌にしよっか~。あなたが、好きだからそれでいいのよ~♪ 例え一緒に~街を歩けなくても~♪」

「その歌はもっと止めろ!」

 

これまた結婚してる男性を愛し続ける愛人の歌を歌い始めようとするミスティアに、アリスが遂にバンッとテーブルを叩いて黙らせていると

 

「あれ、なんだ客来てたのか。どうせ俺ぐらいしか来ねぇと思……」

「おや常連さん、ほらお客さん、左に詰めて詰めて」

 

屋台ののれんから顔を覗かせ中を伺う男が一人。ミスティアは見知った顔が店に来たと気付くとすぐにアリスに席を開けてくれと指示。

アリスは無言で振り向かずに左にどく。だが男は何故か固まってその場から動こうとしない

 

「どうしたの常連さん、せっかく可愛い女の子が席開けてくれたんだから入った入った~」

「お、おう……」

 

男は戸惑いつつもミスティアに促されて仕方ないと言った感じでアリスの隣に座った。

彼が座ると同時にアリスは日本酒を飲みながらチラリと横目でそっち方向を見ると。

 

銀髪天然パーマの男、八雲銀時がそこに座って頬を引きつらせながらこちらに手を振っていた。

 

「よ、よう久しぶり……最近見てなかったけど何してた?」

「ブゥゥゥゥゥ!!」

「うわ汚! 何するんだテメェ!」

 

思わず飲んでた酒を銀時目掛けて噴き出してしまうアリス。

会っていきなり酒ぶっかけられた銀時はミスティアから赤い手拭を借りて濡れた顔や服を急いで拭く。

 

「ったく、何もそこまで過剰に反応しなくてもいいだろうが、気まずいのはわかるけどさ。もうあの事はお互いキチンと忘れた筈だろ?」

「あの事ってどんな事~? もしかして私が気になる事~♪」

「お前は黙って酒持って来い」

 

カウンターの奥からまた歌い出すミスティアを黙らせる為に酒を持ってこさせると、銀時はアリスの方へ向いたまま話しかける。

 

「変な空気になるのは止めようぜ。こんなんだと周りにますます怪しまれちまうよ俺等」

「わかってるわよ……」

「紫もこの事にはちゃんと俺の事信じてくれたしさ」

「……」

 

とりあえず頷いてはみるものの、銀時の口から八雲紫の名が出た瞬間黙り込むアリス。

銀時は知らないのであろう、あの日紫は去り際にアリスに意味深な台詞を残して行った事を……

無言で黙々とお酒を飲み始めるアリスをよそに、銀時の所にもミスティアがコップに注がれたお酒を持ってきた。

 

「今日は一人? いつも連れてる奥さんは」

「もう寝ちまってるよ、ちょいと口喧嘩したら拗ねちまった」

「ありゃりゃそりゃ大変」

「いいんだよ別に、アイツとはもう長いから、そんなの慣れっこだって」

 

気にして無さそうな素振りでミスティアとそんな他愛もない話をしながらグビッと酒を一口飲む銀時。すると彼女はチラリとアリスを見た後また

 

「寂しさに~容易く、恋に落ちた~♪ 二人の夜を重ねる事に、躊躇う事もなく~♪」

「お前そのいきなり歌い始めるの止めろよ」

「僕のもう一つの、愛の暮らしにふれないように~♪ 逢う度ふざけてばかりいた~♪」

「おいその歌はマジで止めろ」

 

妻子持ちの男性が不倫相手の女性に切ない想いを綴った歌だと気付いた銀時はすぐにその歌を中止させた。

 

「今日のお客さんは普段より過剰に歌を止めさせてくるね~。いつもなら一曲ぐらい歌わせてくれるのに」

「どうせ歌うならドラえもんみたいな明るい歌にしろ」

「そうよ、どうしてさっきから悲恋っぽい歌ばっかチョイスしてんの」

「そりゃたまたまですよたまたま~」

 

二人揃って文句を垂れる銀時とアリスにミスティアはニコニコしながら銀時に出す為の八目鰻を焼こうとする。だがそこで銀時が

 

「ああ、俺今日はいいわ八目鰻、なんか適当につまみ出してくれ」

「ええ~八目鰻の屋台で鰻食べないってどういう事ですか?」

「いいだろたまには、前にちょっと色々あって魚系のモノはしばらく食えそうにねぇんだよ」

「へーい、でも本当にいいんですか?」

「は?」

 

せっかく用意したのにと渋々鰻を引っ込めながらミスティアは銀時に尋ねる。

 

「鰻食べたら精力凄いつくんですよ」

「いやそりゃ知ってるけど」

「隣の彼女は鰻食べてますよね」

「だからどうしたんだよ」

「今鰻を食べれば彼女もセットで食べ放題に」

「「いい加減にしろお前!!」」

 

客に対してとんでもない下ネタを吐こうとするミスティアに遂に銀時とアリスが同時にキレて立ち上がった。

 

「なんなんだお前さっきから! 誰からの指図だ!」

「そのツラ焼き網に叩きつけて焼き鳥にしてやるわ……!」

「いやいやそれはマジ勘弁して~お客さん」

 

すぐにでも襲い掛かって来そうな二人に対し、ミスティアは枝豆の乗った皿を銀時に差し出しながら呻き声を上げた。

 

「二人共なんかぎこちなかったから場を和ませようとしただけですって~」

「どこが和むか! なお居心地悪くなってるんだよこっちは! 緊張して身体固まりそうなんだよ!」

「おおっと、そんな事言って固くなってるのは身体じゃなくて股間の方……」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!! なんだコイツ、どうしておっさんみたいな下ネタをなんの恥ずかしげもなく言えるんだ!!」

「おっさんばかり相手にする屋台の店主なら下ネタぐらいノリノリで言えますよ~」

 

笑顔でそう言いながらアリスの方にも枝豆を差し出すミスティア。

 

「はい枝豆どうぞ」

「私頼んだ覚えないけど」

「あちらのお客様からです」

「いや俺もそんな事させた覚えないんだけど!?」

 

勝手に自分名義で枝豆をアリスに差し出すミスティアに銀時が叫んでる中、アリスは出てきた枝豆を一つ剥いて食べ始める。

 

「まあ確かに私もこのままだとマズイなとは思ってたのよ。魔理沙の奴もいきなり家に来たと思ったら「お前あの日からほとんど家に引きこもってるけどどうしたんだ」とか聞きに来るし」

「おいその枝豆俺が買ってやった訳じゃねぇからな、ちゃんと金出せよ自分で」

「とにかくこのまま引きずって、どこぞの鴉天狗にでも聞かれて変な噂を周りに広められたら終わりよ」

 

枝豆を次から次へと剥いて食べながらアリスはジト目でこっちを見ている銀時に話を続ける。

 

「正直あの夜何があったのかははっきりと明確にする方法は無いわ、けどだからといってこのままそれを引きずって周りに「あの二人の間にはいつも変な空気が流れてる」と勘付かれない為にも一度整理しておいた方がいいわ」

「そうだな、じゃああの日の前と同じぐらいの関係に戻るべきだな」

「……いやそれはどうかしら」

「へ?」

 

頷きながらあの日以前、つまりあまり会う機会の無い、いつも通りの間柄であった頃にリセットしようと提案する銀時だがアリスは急に彼から顔を反らして小声で

 

「だってもう何人かは私とあなたの仲を怪しんでるのもいるんでしょ、それでいきなり私達がバッタリ会わなくなったらますます不審に見えて来るじゃない。だから出会った頃より少々仲良くなったってぐらいの関係に修正した方がいいと思うかなと……」

「いやいきなりそんな事言われてもよ」

「た、例えばそうね」

 

ミスティアが用意した日本酒のお代わりを一気に飲み干しながら、アリスは銀時に一つ提案する。

 

「これからは週一のペースで私の所に遊びに来るとか……」

「そんぐらいなら確かに周りも「アイツ等普通に仲良いんじゃね?」と思えるぐらいにはなるわな」

「待って、ここはいっそ週二にした方がいいかも……」

「いや週二はさすがにマズイんじゃねぇの? 俺もそこまで頻繁にお前の所にツラ出せる余裕ねぇし」

「そうね……」

 

週一はともかく週二はさすがにキツイと言う銀時にアリスはしばし黙り込むと

 

「じゃあこれからは週五ペースで私の家に来て」

「なんでそうなるんだよ!!」

「これなら文句ないわね、念の為に着替えと歯ブラシも持って来るのよ」

「しかもお泊りコースじゃねぇか!! ぜってぇ周りから怪しまれるだろそれ!!」

 

いきなりとんでもない事を言い出すアリスに銀時は素っ頓狂な声を上げると共にある事に気付いた。

そういえば先程からアリスの顔がどことなく紅潮している

 

「お前さては酔ってんだろ! さっきから日本酒ハイペースに飲みまくってたし! お前酒そんな強くないんだから飲み過ぎるなって!」

「酔ってないわよ、いいから早く決めなさいよ。自分の家に帰るか私の家に住むのか……」

「遂に住む所までいっちゃったよ!」

 

どうやら本格的に酔いが回ってきているらしい、舌の回ってない状態だし目も据わっている。頭をグラグラさせながらアリスは銀時に対し妙に色っぽい喋り方で

 

「選びなさいよ、家庭がいいのか私がいいのか……あなたが優柔不断だから私はいつも家で待ちぼうけなのよ……」

「いや止めてそういう事言うの! 酔ってるんだよね!? 酔い潰れてるからそんな戯言抜かしてるだけなんだよね!?」

「選びなさいよ、東軍がいいのか西軍がいいのか……あなたがいつも優柔不断だから陣地に鉄砲撃つわよ」

「アリスちゃんそれ関ヶ原の戦い! 小早川秀秋じゃないからね銀さん! アリスちゃんも徳川家康じゃないから!」

 

もはや言ってる事さえ訳が分からなくなってきたアリス、見てられなくなった銀時は遂に立ち上がり

 

「ダメだコイツ、このままだとまともに家に帰る事も出来ねぇ状態じゃねぇか、おい店主勘定だ、コイツの分も頼む」

「あいよー」

 

懐から財布を取り出してアリスと自分の分の代金をカウンターに置くと、そのまま彼女の腕を自分の首に回させて無理矢理立たせる。

 

「しゃあねぇ、このまま放置するのもアレだし家に送って行ってやるか……誰かに見られたら即アウトだな」

「お客さんお客さん」

「あ? なんだよ金ならキチンと二人分払っただろ」

「そうじゃなくて耳寄りな情報を一つ」

 

のれんを潜って出て行こうとする銀時を呼び止めると、ミスティアは楽しげな表情で

 

「人里にあるかぶき町って所で男女がいい感じになれる宿屋があるらしいですよ……」

「行く訳ねぇだろうがボケ!! どこが耳寄りだ! ただの悪魔の囁きじゃねぇか!」

「大丈夫ですよ~使いたい器具があるならその宿屋に置いてあるみたいですし、気にせずズッコンバッコン……」

「串焼きにして食ってやろうかコラァァァァァ!!!」

 

ここはミスティア・ローレライが営む八目鰻の屋台。

店主からの特定の相手の心を抉る歌と過度な下ネタに耐え切れるのであれば足を運んでみてみるのも悪くはない。

上手くいけば絶品の八目鰻と他の客の隠し事を好き勝手ベラベラと店主が喋ってくれるのだから。

とある鴉天狗がこの店を高く評価しているのは味だけでなくそういう所だったりもするのだ。

 

 



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#11 会宴

博麗神社では度々宴会という者が開かれる。

宴会といっても数十人集まって夜通し騒ぐとかいう訳ではなく、八雲夫婦が博麗霊夢の所に来て労いがてらにご馳走を与える、いわゆる定期的な餌付けだ。

そこに霊夢の古き知り合いである霧雨魔理沙が来るようになったので宴会と称して他に暇そうな連中を呼ぶ様になったのだ。

ちなみに呼んでも滅多に来ないが森近霖之助が来る事もある。

 

「デカァァァァァ!! コレが前に言ってたアンタが釣って来た巨大魚!? マジでデカいわね!」

「ああ、そうだコレは俺が釣り上げてしまった……」

 

神社の庭に置かれた巨大なオブジェに見えてもおかしくない程の巨大魚。

それを見て早速霊夢が口をあんぐりと開けて驚いてる中、釣った本人である八雲銀時と、とある事情を知っていた霧雨魔理沙は沈んだ表情で

 

「雪美だ……」

「兄貴達はお前の分まで懸命に生きてるだろうさ……」

「なんでアンタ等そんなにテンション低いの?」

 

数日前から氷漬けにされている魚を見つめながら何か呟いている二人を不審そうに眺めながら霊夢が首を傾げた後、二人に向かって話しかける。

 

「それよりアンタ等もっと食べ物持って来たでしょうね」

「んだよ、雪美だけじゃ足らねぇっていうのかよ」

「お前は雪美を食ってなお更に暴食の限りを尽くす気なのか?」

「なんで睨んで来るのよアンタ等……ていうか魚に名前付けてたの? どんだけ愛情持ってたのよ」

 

食べ物催促しただけで急に怖い顔で睨み付けて来る二人に霊夢が若干戸惑っていると、銀時はムスッとした表情で

 

「持って来いって言ったってそんなの最低限のモンしか持って来てねぇよ、酒なら一杯あるけど」

「私もつまみになるキノコしか持って来てないぞ」

「酒とつまみもいいけど、それじゃあ腹膨れないのよねぇ」

 

どうせこの巨大魚も全員で群がればあっという間に平らげてしまうであろう。

もうちょっと食べるモノが欲しいと霊夢は「う~ん」と腕を組んで悩んでいると。

銀時と魔理沙が同時に「あ」と何かを思い出す。

 

「そういえばお前と料理対決するの忘れてたわ」

「私も今思い出したところだ、そうだな丁度いい。ここでやっておくのも手だな」

「料理対決? アンタ等なんか最近妙に仲良くなって来たわね、周りでギャーギャー喚きながら喧嘩されるよりはマシだけど」

 

二人でそんな約束事をしていたのかと霊夢はあまり関心なさそうに眺めていると、二人は山の方へ歩き出す。

 

「じゃあ俺はセミの抜け殻取って来る」

「私はゴキか、香霖からホイホイ借りてくれば良かったな~」

「ってちょっと待て!!」

 

なにか料理に使う物とは思えないモノをハンティングしに行こうとする銀時と魔理沙を霊夢は慌てて呼び止める。

 

「なんでそんなゲテモノ取って来るのよ! もしかしてアレ!? 霖之助さんの店でアンタ達がやってた勝負事の続きみたいなモンなの!?」

「そうだよ、俺達の戦いはまだ始まったばかりだ」

「ちなみに審査員は霊夢だからな、腹いっぱい食わせてやるから感謝しろよ」

「んなモン食わされたら感謝どころか憎悪しか湧かないわよ!!」

 

また余計な事を巻き込むつもりだったのかと霊夢は怒鳴り声を上げながら二人の方へ駆け寄ってジト目で睨む。

 

「もういいからアンタ達はジッとしてて、どうせ紫も来るんだろうし藍も来るんでしょ。食べ物関連はあっちに任せるから。アンタ達はもう何も余計な事はしないで頂戴」

「ワガママな奴だなホント」

「全く、自分勝手で嫌になるわ」

「アンタ達本当に仲良くなったわね」

 

二人で顔を合わせてヒソヒソと会話している光景を眺めながら霊夢が呟いていると神社の庭に入って来る二つの人影が

 

「あ! 銀ちゃんいたアル!」

「ハッハッハ! あたいがやって来たよ感謝するんだね!」

「何よ今度は、妖怪と妖精って……アンタの知り合い?」

「雪美釣り上げる時に助っ人してもらった奴等だよ」

「ふーん」

 

やってきたのは夜兎族の神楽と妖精のチルノ。銀時と一緒に巨大魚を釣り上げ、更に冷凍保存までさせてくれた功績者だ。

しばらく見ない内に随分と仲良くなったのか二人揃って宴会にやってきたらしい。

初対面であった霊夢は近づいてくる彼女達を怪しむような視線を飛ばす。

 

「アンタ等ウチの神社内で勝手な真似するんじゃないわよ、もし変な事でもしたら即退治するからね」

「お前が銀ちゃんが言ってた薄命の味噌アルか」

「どんな味噌よ、博麗の巫女よ、巫女」

 

思いきり言い間違いをする神楽にすぐ訂正して霊夢は言い直す。

 

「それと悪いけどここの宴会に来るっていうなら食べ物はちゃんと持って来たでしょうね、妖怪だろうが妖精だろうがウチのルールにはちゃんと従って……」

「へー夜兎族に妖精か。変わった組み合わせだな」

「あ! あたいアンタの事見た事あるよ! たまに箒に乗って凄いスピードで空を飛び回ってたでしょ!!」

「箒に乗って飛ぶアルか!? すげー!」

「私は魔法使いだから当たり前だぜ」

「聞きなさいよ人の話!」

 

自分をほったらかしにして魔理沙と喋ってる神楽とチルノ。ナメた態度を取られて霊夢がイライラしていると彼女の下に銀時が歩み寄ってなだめに入る

 

「気にすんなよ、幻想郷でまともに人の話聞く奴なんて滅多にいないんだから」

「アンタが言うな」

「お前も言うな」

 

基本的に幻想郷の人間というのは何故か基本人の話を聞かない輩が多い。その為喧嘩やトラブルももはや日常茶飯事、無論、銀時と霊夢も同じ類のタイプである。

 

「人が増えても食べ物が増えなきゃ宴会の意味無いじゃないの。どうしてくれんのよ勝手に変な奴等連れ込んで」

「何言ってんだ人が増えて盛り上がるから宴会の意味があるんだろ。それともお前は一人ぼっちで豪勢な食事を食い続ける方が幸せって言うのか?」

「当たり前じゃない、なにわかりきった事聞いてんのよ」

「ごめん聞いた俺がバカだった」

 

正論を説いたつもりなのだが、人付き合いに対して全く積極的ではない霊夢に言っても無駄だという事を忘れていた銀時。

せめて魔理沙だけでなくもうちょっと他人とくだけた関係になってもらいたいものだと、後頭部を掻きながら銀時がため息を突いているとタッタッタと誰かがこちらに駆けて来た。

 

「あ、良かった銀さん来てたんですね。誰もいないと思ってたら庭の方だったんですね」

「なんだ新八、やっぱお前も来たのか」

「はい」

「誰よこのメガネ」

「人里で仲良くなった人間の新八って奴だ」

 

やってきたのは霊夢とそんな年も変わらないであろう眼鏡を掛けた少年。

誰?と小首を傾げる霊夢に銀時が後ろから教えてあげる。

 

「安心しろ、コイツは比較的まともに人の話聞くタイプだ」

「へーまだ絶滅してなかったのねそういう人」

「いやそんな人人里いけばたくさん会えますって……ってうわ! もしかして博麗の巫女!?」

「そうだけど何よ」

 

感心するように頷く霊夢に新八は返事をしようとする途中で彼女の恰好に気付く。

すると彼はすぐに彼女から距離を取る為後ずさり

 

「銀さん大丈夫なんですかそんなに近づいて! 食べられちゃいますよ!」

「誰が食べるか! 私は人間よ!」

「大丈夫だ新八、今のコイツは確かに腹は減っているがまだ人を襲う状態じゃねぇ。少しずつゆっくりと近づいていけ、だが視線だけは絶対に合わせるな」

「はい!」

「ちょっと人聞きの悪い事言わないでよ!」

 

警戒する様に、なおかつ銀時の忠告通り目を逸らさずに恐る恐る距離を寄せてくる新八に霊夢は叫ぶ。

 

「そりゃ確かにちょっと前に参拝に来たお客さんを空腹のあまり襲い掛かった事もあったけど! そん時は紫にこっぴどく叱られたから気を付けているわよ!」

「多分そん時に襲われたの僕です……」

「え、そうだっけ?」

 

虚ろな目で自分の方を指差す新八だが襲った霊夢の方はピンと来ていない様子。

 

「あん時はひたすら食べ物が欲しいという思いだけで動いてたから意識ほとんど無かったのよ、悪かったわね」

「空腹で意識が飛ぶってアンタ一体どこまで過酷な生活を強いられてんの!?」

「基本虫食ってるわ」

「平然ととんでもないモン食ってるの暴露したよこの娘!!」

 

真顔で虫食ってますと言うような女の子など初めて見た新八はやはり彼女はおかしいと再確認した。

 

「銀さん僕怖いです、よく見たら妖怪っぽい女の子や洒落にならないイタズラをする事で有名な妖精までいますし……まともな人いないんですかここ」

「んなもん幻想郷にいる訳ねぇだろ」

「……外の世界に住もうかな」

「んなもんウチのカミさんが許さねぇから諦めろ」

 

助けを求める新八を銀時は手で払うどころか完膚なきまでに叩き潰す。とどのつまり、彼は幻想郷で一生暮らし、今後もずっとまともでない者達と付き合っていかねばならぬという事だ。

 

「なんだろうな、この先の人生に全く希望を見いだせない実感がこの年になって湧いて来たよ……」

「アンタの希望とかそんなのでどうでもいいのよ、それよりなんか食材とか持ってこなかったのアンタ?」

「え? ああ、そういえば姉上からみんなに食べて貰えって無理矢理渡された物が……」

「重箱!」

 

落ち込む新八に早速食材を催促し始める霊夢、すると彼はなぜか申し訳なさそうに手に持っていた重箱を彼女の方に見せる。

 

「これで良かったら食べてもいいけど……あの、姉上の料理ってちょっと独創的だから食べたくなかったら別に……」

「食べるわよ!」

 

重箱であるからきっと豪華なモノがあるのだろうと霊夢は嬉々とした表情で新八が手に持った箱から蓋を取るとそこには

 

真っ黒い塊というべきかただの消し炭というべきか

名状しがたい物質が中にはあった。

 

「……なんか見てるだけで不安になる食べ物ね、どこの魔界の食べ物?」

「卵焼きなんだコレ、一応……」

「私の知る卵焼きは少なくともこんな禍々しい物体では無かった筈なんだけど」

 

あの霊夢でさえ食べる事に戸惑いを覚えるレベル、新八もこんなもの持って来てすみませんと言った表情だ。しかし霊夢はしばらく考え込んだ後すっと手に取る。

 

「まあ頂くわ、卵焼きって事は原料は卵でしょ。なら食える筈だわ!」

「ちょ! そんな簡単に姉上の料理食べようとしちゃダメだって!」

「私はコオロギだって食える女よ、こんなモン余裕よ」

 

止めに入ろうとする新八の制止を振り切って霊夢はなんのためいらもなくその卵焼き(?)をヒョイっと口にほおり込む。

 

「ぐッ!」

 

口に入れた瞬間彼女の舌に突然焼き爛れる様な痛みが走り出す。吐き出さなければ死ぬ、そんな警告が頭によぎるが、脳がそれを伝えて吐かせる前に。

霊夢の表情はみるみる青くなって

 

「がはッ!」

「霊夢ゥゥゥゥゥ!!!」

 

そのまま白目を剥いて後ろ向きにバタリと倒れて気絶してしまった。

最後に聞こえたのは倒れた自分に必死に叫ぶ銀時の声であった……

 

 

 

 

 

 

しばらくして霊夢はようやく目を開けると、目の前にあったのはこちらを覗き込む八雲藍の姿であった。

 

「大丈夫か」

「……」

 

後頭部に柔らかい感触があるなと思いながら霊夢はむくりと起き上がる。

どうやら倒れた自分を藍が膝枕してくれていた様だ。

ここは博麗神社の庭前の廊下、目の前にはもう誰もおらず、あるのはいつもの静かな夜。

 

「私確か、あれ思い出せない……なにかとてつもない事が身に起きた事は覚えてるんだけど……」

「もう平気か」

「まだ頭クラクラするけど、もう大丈夫よ……」

 

何故か頭が揺れるし耳鳴りもするが、霊夢はその場に座り込んで庭を眺める。

 

「私が意識失ってどんぐらい経ったの」

「まあ数刻程だな……」

「そういえばあの巨大魚の姿は何処にも見当たらな……もしかして全部食べたの!?」

「ああ、妖精が氷漬けにした魚を一旦解凍させ、私が捌いてそれを宴会に参加した連中が全部食べた、銀時とお前の友人の魔法使いは何故か寂しそうな顔をしながら一口も食べようとしなかったが」

 

余りにも残酷な仕打ち、ずっと朝から期待に胸を躍らせていたあの巨大魚を全て他の宴会参加者に食われたと聞いて絶句の表情を浮かべる霊夢。

しかしそんな彼女の横に藍がそっと大量に刺身の乗った大皿を渡す。

 

「かろうじてこれだけは残しておいた。お前の分だ」

「え!? 良かった残してくれたのね……アイツ等が全部食ったと聞いた瞬間、全員血祭りにしてこっから生きて帰さないとか考えてたわ……」

 

自分の分がちゃんと確保されていた事に霊夢は心底ホッと安心していると、背後にある部屋の襖を開けて銀時が現れた。

 

「あれ? お前やっと起きたの? 魚全部食っちまったぞアイツ等」

「どこぞの誰かと違って藍が私の分確保しておいて貰ってたわ、言っとくけどあげないわよ」

「あげると言われても食わねぇよ、てか食えねぇ……」

「魚嫌いだったっけアンタ?」

 

さっきからずっと魚に関しての事になると覇気が無くなる銀時。

しかし特に気にせずに霊夢は皿に乗った刺身を食べ始める。

 

「まあなんでもいいわ、食わなければ別に隣いても構わないわよ」

「どんだけ食い意地張ってんだよ、どっこいしょ」

 

そう言われたので銀時はスッと彼女の隣に座るとジーッと彼女の顔を見る。

 

「……何よ」

「いや」

 

 

 

 

 

「もう顔は虹色じゃねぇんだなと思って」

「ぶッ!」

 

仏頂面で呟いた銀時の一言に霊夢は思わず食べていた刺身を吐きだしそうにった。

 

「ゲホゲホッ! ど、どういう事よそれ!」

「いやお前が新八のねぇちゃんの作った卵焼き食った時は焦ったよマジで。まさかお前があんな事になるなんて」

「何それ!? ちょっと藍私に一体何が!」

「こっち向くな、また火でも噴かれたら困る」

「火噴いたの私!?」

 

顔が虹色になってたとか火を噴いてたとか、一体あの卵焼きを食べて自分の身に何が起きたのかと混乱していると。

てっきりもう帰っていたかと思っていた神楽と魔理沙が霊夢達の下へ駆けつけて来た。

 

「銀ちゃん魔法の森で例の儀式をやってきたネ! これで化け物巫女は鎮まったアルか!?」

「ああもう鎮まったらしい、これで元通りだ。ご苦労だったなお前達」

「まだ油断出来ないアル、二度目の時もこの巫女は上手く私達を欺いて騙し討ちしかけてきたし」

「儀式!? 二度目!? 騙し討ち!?」

 

駆けつけてはくるものの油断するなと霊夢を睨み付けながら拳を構え出す神楽。

そして魔理沙の方はドッと疲れたかのようにため息を突きながら

 

「ったくお前のせいで骨が折れたぞ霊夢、まさか魔法使いになってあそこまで高度な技術を要求される術を覚えなきゃいけないハメになるなんて……」

「何よ! 私が倒れている間に一体何を会得したっていうのよ魔理沙!」

「ちょっとこっちに顔向けるな、また毒の息でも吹かれたらさすがに対処できない」

「毒の息って何よ! 火じゃないの!?」

「あー第三形態の時は火だったかもな」

「第三形態!? 私そんなラスボスみたいな機能付いてないわよ!?」

 

魔理沙もまた警戒する様に後ずさりを始めるので霊夢がいよいよ訳が分からなくなっていると、今度は新八とチルノが

 

「銀さん持って来ました! 人間の里にあった貸本屋から無理言って借りて来ましたよ! ただこれ人間が読んだら発狂して死ぬらしいので銀さんや藍さんみたいな人外じゃないと読めません!」

「よし貸してみろ、確かに常人なら気が狂う程の禍々しい魔力を感じるな、だがこれでコイツの邪悪な魂を一気に浄化できる、もうバッチリだ」

「何よそれ! 何なのよその本! 何がバッチリなのよ! なんで私に向かって聞いた事の無い言語でブツブツ呟きだしてんのよ!」

 

汗だくで新八が持ってきたのは黒づくめの革表紙で奇妙な言葉が並べられた謎の書物。

それを手に取って急いで開くと銀時がこちらに向かって延々と霊夢が聞いた事の無い言語で呟き始める。

その間にもチルノが霊夢に向かって両手に持った大きな袋を取り出し

 

「あたいは霧の湖からありったけのカエルを獲って来たよ!」

「はぁカエル!? なんでそんなの持ってきたのよ!」

「ん? いやみんなが色々やってるからあたいも何かやっておこうと思って」

「てことはなんの意味もないんかい! いいわよそれ全部貰っておくから! 後で食う!」

 

袋の中でゲコゲコ合唱を始めているカエル達、霊夢に対しては特に意味は無い。ただチルノがノリで持ってきただけらしい。

霊夢がそれをぶんどって明日の昼飯にでもしようと考えいてた時、続いて現れたのは

 

「ようやく事が済んだ様だね、これで明日からも安心して自分の店を続けられるよ」

「ええ霖之助さん!? どうしてここに!? 今日の宴会に出席して無かったわよね!?」

「全く人騒がせな巫女ね、異変を解決する巫女が異変その物になってどうすんのよ」

「アリス!? アンタまでなんでいんのよ!」

 

いきなり出てきたのは森近霖之助とアリス・マーガトロイド。

今夜の宴会には足を運んでいなかった筈の二人まで自分が寝ていた間に駆けつけていたらしい。

ますます頭がパニックになっている霊夢を尻目に霖之助は眼鏡をクイッと上げながら

 

「いやはや新八君があの時機転を利かせてなかっらどうなっていた事やら、遅れてしまったが礼を言わせてもらうよ、ありがとう」

「何言ってんですか霖之助さん、あそこであんな発想を思いついたあなたの方が凄いですよ。礼を言いたいのは僕の方です」

「フ、それなら礼代わりに今度僕の店で買い物にでも来てもらおうかな」

「いいですよ、ただし高いもの売りつけようとしないで下さいね」

「おっと企み事がバレてしまったかな」

「ちょっとなんでそこ仲良くなってるの!? 私が寝てる間に友情イベントまであったっていうの!?」

 

お互いに自分の眼鏡をクイクイッと上げながら健闘を称えている霖之助と新八。どうやら何かのキッカケで霊夢の知らぬ間に二人の間で友好度が急上昇していたらしい。

 

そしてアリスの方もまた銀時に向かって

 

「礼なんか言わないわよ、ドサクサに変な所触った事だって絶対に許さないんだから……だから貸し借りナシでチャラにしてあげるわ」

「ozennsginnnkotokinere……え、なんだって?」

「知らないわよ……バカ」

 

顔を赤らめながら小声で銀時に話しかけるアリスだが、書物を読み上げる事に集中していた銀時はよく聞き取れなかった様子、それに対しアリスは更に頬を赤く染めながらプイっと顔を背けてしまった。

二人の間に変な雰囲気が発生する。

 

「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!! まさかこっちではフラグイベントがあったの!? 難聴主人公とツンデレヒロインみたいなテンプレ会話までしてるし!!」

 

そんな甘ったるい光景を見せられて霊夢は「紫に言いつけるわよ!」と銀時の頭をゴンと拳で殴っていたその時。

 

「何はともあれこれで全部解決って訳ね」

「って紫いたの!?」

 

先程銀時が現れた後ろの部屋から今度は八雲紫が出てきた。

 

「さっきから後ろの部屋にずっといたわよー。藍、宴の準備はまだかしら」

「は、すぐに行いますのでお待ちを」

「ああそれと、博麗の巫女」

「な、何よ」

 

どうやら後ろの部屋で何かが始まるのを待っていららしい。

藍に命令して速やかに彼女を動かすと、紫は霊夢を見下ろしながら

 

笑みを浮かべながらも目は笑っていない表情で

 

「次私にあんな口叩いたら別の巫女探すから」

「な、なんか物凄く怒ってない!? 私一体アンタに何言ったの!?」

「それじゃあ異変解決の祝いを始めましょうか」

「だからさっきからなんなのよ! どうして誰も私の身に起きた事はっきり答えてくれないのよ!!」

 

紫の態度がどことなく冷たく素っ気ない事にますます不安になる霊夢。だが皆は彼女を無視して続々と神社の中へと上がって行く。

 

「はぁ、霊夢のおかげでクッタクタだぜ、私もう二度とあんな目に遭うのごめんだからな」

「さすがに私も目からビーム撃ってきた時は焦ったアルな」

「あたいは焦ってないからね! 頭に角が生えて来た時はちょっとビックリしたけど!」

「やれやれ店の商品をほとんど霊夢に食べられてしまって、今日は本当に散々な日だ」

「全くよ、私も家を引っくり返されそうになって今日は散々……まあそれなりに悪くない事もあったけど……」

 

魔理沙、神楽、チルノ、霖之助、アリスと続々部屋へと入っていく中で、新八は呆然としている霊夢の下へ近づくと

 

「全ては姉上の料理を食わせてしまった僕の責任だ……君は何も悪くない、気にしなくていいよ。アレはただの悪い夢だと思って忘れてくれて構わないから……」

「いや忘れるもなにも本当に覚えてないのよ! てかもしかして私あの変なの食ったせいで何か体に異常が……!」

「しばらく銀さんが持ってる本に書かれた呪文で縛りつければ、元通りになれるってさ」

「ちょっと待って! アンタのお姉さん一体何者なのよホント! ねぇ!」

 

何か可哀想なモノを見る目をしながら優しげな口調で話しかけてきた新八に霊夢が説明してくれと言い寄るも、彼はそれを避ける様にスルーしてみんなの下へと言ってしまう。

そこに残されたのは自分の身に何が起こったのか不安で仕方ない霊夢と、ずっと呪文みたいな言葉を呟いている銀時。

すると銀時はやっと呟くのを止めて本をパタッと両手で閉じる。

 

「よし、これでお前の邪気は浄化された筈だ、これからは数日お前の所来て唱えてやっから。それまで神社で大人しくしてるんだぞ」

「ねぇ、私に一体何があったの……」

「心配すんな、もう全部終わった事だ」

 

残された銀時にすがる様に答えを求める霊夢だが、そんな彼女に彼は皆と同じく受け流して

 

「安心しろ、お前の事は赤ん坊の頃からずっと見てきたんだ、これからもキッチリ護ってやるよ。侍は一度決めたモンは絶対に守る生き物なんだぜ」

「……」

 

フッと笑いながら霊夢の肩を軽く叩いた後、銀時は黒い本を脇に挟んで立ち上がると皆の下へと行く。

 

「よーしじゃあ宴始めるかー。とりあえず酒持ってこい酒」

 

一人だけポツンと取り残された霊夢は

 

ゆっくりと銀時達のいる部屋へ振り返って

 

 

 

 

「良い事言って誤魔化そうとすんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!一体何があったのよ私ぃぃぃぃぃぃ!!!」

「どわぁぁぁぁぁ! 霊夢がまたキレたァァァァァァ!!!」

「落ち着くアル! 落ち着いてまた頭の角を狙えば良いヨロシ!」

「まだ生えてないから第二形態だ! あたいに任せろ!」

 

みんなでわいわい酒やら何やら飲みながら騒いでる中で

霊夢が叫びながら殴り込みに入ると一層騒がしくなる

 

 

博麗神社の宴会

 

今日はまた一段と騒がしい夜になりそうだ。

 

 

 




これにて第一章ひと段落です。
キャラ紹介と世界設定の説明を交えたチュートリアル的な感じで幕を閉じますが、今後もこんな感じでグダグダに色んな連中とくっちゃべる展開が続くと思われます。

それと感想欄にて「どうしてわざわざタイトルバラバラにしてんの?」と尋ねられました。

確かに作品名も話のタイトルも全て順序バラバラになっておりますね。
コレは要するに二つの作品が混ざり合い歪になってしまい狂ってしまった世界観として意図的にそうなっております。
この作品、とあるホラー映画の主題歌をイメージした所があるので根はちょっとヤバいんですよ。

第一章は魔法の森や霧の湖で色んな連中と交流を交えた銀時

次章からはそうですね、妖怪の山にでも行くと思われます。

それでは




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#12 田橙銀沖時

妖怪の山

人間より昔からこの地に住み着いている妖怪が多く住む場所。 通常、幻想郷で「山」と言った場合はこの妖怪の山のことを指す。

ここに住む妖怪達は、人間や麓の妖怪とは別の社会を築いており、幻想郷のパワーバランスの一角を担っている。特に天狗や河童は外の世界に匹敵するか、それ以上の技術力を持っており、天狗は写真・印刷・出版の技術、河童は鉄鋼や建築・道具の作成などの技術を持つ。

その為、この山に攻め入る妖怪は滅多にいないし人間も近づこうとしない。山の妖怪は幻想郷のどの種族よりも陽気で仲間意識も高く、高度な技術と相まって近未来的で豊かな生活を送っているという。

ただ、その仲間意識の高さから、余所者に対する風当たりは強く、山の侵入者に対しては、相手が何であれ全力で追い返されてしまう。特に天狗は、味方がやられると確実に敵対姿勢を取る。他の妖怪に無い特徴である。

 

「相変わらず固い警備態勢だ、いちいちこっそり入らなきゃいけねぇしめんどくせぇや全く」

「でも銀時様なら力を行使すれば私達の山の警備も問題なくすり抜けられるんですよねー」

 

そんな山の中をザッザッと茂みを木刀でかき分けなければ奥へと進んでいくのは八雲銀時、そしてその後ろからヒョコヒョコと2本の尻尾を揺らし小さな体で付いていっているのは式神の橙≪ちぇん≫

 

八雲紫の式神であり八雲藍の式神。つまり式神の式神。ちなみに式神は鬼神が憑いているらしいが、見た目はまんま子供の妖怪。

人間の子供程度の知識を持つ。同じ式神であっても、藍のように複雑極まる数字の処理等は出来ない。

その他、猫だけあってマタタビ好きである。藍もマタタビを使って橙を操ることがあるようだ。というよりマタタビを使わないと中々命令を聞かない。

藍も彼女の扱いには手を焼いていて、それが紫の苛立ちを募らせるキッカケともなっている。(主は本来式神を絶対的に服従させるのが常考だからだ)

 

「いつからこんなピリピリした雰囲気になったんだ」

「んー結構昔からだったと思いますよ。よくわかんないですけど」

「お前なぁ、住んでるならそれぐらい知っとけよ」

 

橙は銀時達とは違い妖怪の山で寝泊まりしている。式神とはいえ基本的には化け猫なので屋敷に置いておくより、だだっ広い山の中で勝手に遊ばせてやってた方が面倒見る暇が少なくなって便利なのだ。

 

「おかげでこうして俺がわざわざ出向いて、天狗の目を掻い潜りながら探りに来なきゃいけないハメになってんだぞコノヤロー」

「掻い潜らなくても、銀時様なら直接入っても問題ないんじゃないですか?」

「いやダメだ、この山の天狗共はよそ者相手なら誰であろうと入れようとしねぇんだよ」

 

そう言いながら銀時は最後の茂みをかき分けるとやっと目的地へと到着した。

周囲数メートルの草々は燃え尽き、未だ黒くなっている地面からは筈かに焦げ臭さがまだ残っている。

それはどう見ても山火事が起こった現場であった。

 

「ここが例の現場か、正体不明の何かが起こしたボヤ騒ぎっていうのは」

「はい、幸い最近編成された天狗のとある組織が速やかに見つけて対処したらしいですけど」

「とある組織ってなんだよ」

「さあなんでしょう? 詳しくは知りません」

「お前本当に住んでるのここ?」

 

銀時が探りに来たのは数日前に起こった妖怪の山火事騒動だった。

深夜未明、警備の目を欺き山に入り込んだ何者かが火を放ち、火事を引き起こした。

それが妖怪の仕業か、はたまた妖怪の存在を良しとせずに幻想郷から追い払おうという過激思想を持った人間がやったのかは未だ目星は付いていないが、火事が発生した場所で妖しい人影を見たと山の警備を務めている一人の白狼天狗が証言している。

どちらにせよ、妖怪の多くが生息しているこの山でそんな事が起きる事こそ問題なのだ。

 

「どこぞの誰がやらかしたのか知らねぇが、えらい命知らずがいたもんだわ」

「そんなに大変な事なんですか」

「この山に住んでる奴等は他の妖怪共と違って仲間意識が強い種族が多いんだよ。こんな真似したら連中はそうとう怒り狂うだろうぜ」

「なるほど! 私も仲間意識は強いですからね! 自分の住処を襲われて怒らない人なんていませんよ! うおー! こうなったら犯人の証拠をこの手で暴いてやるー!」

「今更思い出したかのように怒りだす奴に仲間意識もクソもねぇよ」

 

指の先にある爪を立てて突然シャーっと威嚇しながら焼き焦げた茂みの中へと突っ込んで行く橙に、冷ややかに銀時がツッコミを入れているとふと茂みの奥からガサゴソと何者かが現れる。

 

「あり、こんな所で何してやがるんでぃ?」

 

銀時の前に出てきたのは見た目は若い青年の様だった。黒い制服を着て腰には一本の刀を差してある。

 

「ここは俺達天狗組織、『真撰組』が捜査してる所だ。部外者はとっとと立ち去ってくれねぇかな……あり、ひょっとしてその銀髪天然パーマに特徴的な死んだ目……」

 

自らを真撰組と名乗った青年は銀時を見てパチッと目を見開いた。

 

「もしかしてあの大妖怪・八雲紫の旦那ですかぃ? いやぁこんな所で会うたぁ奇遇だ。あらゆる場所に出没する風変わりな不老不死とは聞いてはいたが、まさかここにも出向いていたとは驚きでさぁ」

「なんだお前、天狗か? 真撰組とか言ってたがそんな組織聞いた事ねぇぞ」

「ああこりゃ失敬、真撰組っつうのは最近ここらで出来た、まあ平たく言えば悪人をとっちめる為に編成された組織でね」

 

真撰組と言われてもピンと来ていない様子の銀時に、天狗の青年は簡単に説明して上げた。

 

「最近人間の中に俺等妖怪共を追い払おうだとか企んでるバカな連中がいんでしょ、そいつ等を捕まえるなりぶっ殺すなりして幻想郷を平和にする善良なる組織なんでさぁ」

「いやぶっ殺すとか物騒な発言が聞こえたのはともかく、確かにそういう人間は増えて来てはいるけど確かお前等天狗はそういった事に介入しないとか言ってなかった?」

「旦那、よもやどこぞのバカな鴉天狗が書いたゴシップ記事を鵜呑みにしてるとか言わないですよね」

 

自分の仲間である筈の鴉天狗の事を平然とバカ呼ばわりしながら、青年は仏頂面で話を続ける。

 

「天狗の中にも色々存在するって事は頭に入れておいてくだせぇよ、能天気で何事も浅い考えしか持てねぇ鴉天狗共や下っ端の白狼天狗と一緒にされるとさすがに俺達も心外だ、俺達は俺達としてちゃんとこの事態を危惧しているんですよ、あんな連中と一緒にまとめて欲しくないんでさぁ」

「ふーん、人間だけでなく天狗の中にもそういう別の思想を持った連中が出てきたって訳か。こりゃ紫に報告しておかねぇと」

「俺はその真撰組の一番隊隊長をやらせてもらってる沖田総悟ってもんでしてね、以後お見知りおきを」

 

沖田総悟

若くして(あくまで天狗の中では)天狗の組織、「真撰組」の一番隊隊長の席に身を置いた実力者だ。

食えない性格であり人間だけでなく仲間の天狗達までも翻弄するその姿は変わり者集団の真撰組の中でも一際浮いた存在となっている。

しかし実力の方は確かに本物であり、組織の中では欠かせない重要な存在として部隊の先陣を務める事が多い。

 

「今回の件は俺がやっておきますんで、旦那方は手ぇ出さなくて結構です。どうしても俺等の縄張りに首突っ込みてぇって言うんなら……」

 

ふと沖田が僅かに笑ったかと思えば、既に腰に差す刀に手を置いている。

 

「ちょっくら俺とやり合って貰わねぇと。実は旦那の噂は前々からよく耳にしていたんでね、前々から一勝負やってみたいと思ってたんでさぁ」

「……天狗にしちゃ随分と血の気の多い野郎だな」

「生憎俺は天狗は天狗でも”鬼天狗”っつう種族でして」

 

鬼天狗

その身体には祖先の鬼の血が混ざっているという天狗の中でも極めて特殊な種族であり、そのほとんどが並外れた戦闘技術を持っている。むしろ天狗というより鬼の方に近いのではと言われるぐらい戦いに意欲的な種族なのだ。しかし鬼と違い平気で嘘も付けるし狡猾に立ち回れる、そういった所は天狗に近いかもしれない。

 

「まあやるやらないかはおたくの自由ですぜ、どうしやす?」

「めんどくせぇからパス」

 

そんなすぐにでも刀を抜きそうな沖田に対して、銀時はめんどくさそうに小指で鼻をほじりながらあっさりと断った。

 

「俺はただカミさんに頼まれて様子見に来ただけだ。お前等がお前等で捜査してぇなら勝手にしろ」

「そうですかぃそいつは残念だ。大昔に鬼の四天王だとか呼ばれてた奴等を見事に退治しちまった御方だと聞いていたから是非にと思ってたんだが」

「酒飲ませまくって仕留めただけだ、正面からやり合ったらさすがに俺でもキツイわあんな連中」

 

そう言って素直に沖田は引き下がる。

 

「まあおたくがノリ気じゃないならやっても仕方ねぇ」

「そういうこった、戦いてぇなら人里に行って人攫いでもしてみろ。博麗の巫女が退治にくっから、そんでその巫女を倒したら俺がやってやる」

「ラスボス倒す前に中ボスやれって事ですかぃ? 一度あのクソ生意気そうな巫女をボコボコにしてぇとは思ってたがそいつは難しいな、そんな真似したらウチの局長に怒られちまう」

 

妖怪に人攫いを薦めるのは如何なもんかと思うが、幸いにも沖田の方はやる気はないらしい、博麗の巫女を倒す事には興味津々の様だが。

二人でそんな会話をしていると、彼等の下へタッタッタと先程単身で現場検証していた橙が勢いよく駆けて来る。

 

「銀時様ー! 見てみて変なの拾ったー!」

 

両手に上に何やら置いた状態で無邪気に駆けて来た橙に銀時は目を細める。

 

「……お前事件の証拠を暴くとか言ってなかった?」

「え? 何の話ですそれ?」

「藍が苦労する訳だぜ」

 

すっかり記憶にないらしく頭に「?」を浮かべて小首を傾げる橙に、銀時はため息を突きながらも彼女が持ってきたモノを見る為、丁度彼女と同じ身長になるぐらいにしゃがみ込んだ。

 

「どれどれ……あーこりゃタバコの吸い殻じゃねぇか。ばっちぃモン持ってくんなよな」

「タバコってなんですか?」

「この世のニコチン中毒者が愛用している葉っぱだよ、猫のお前には刺激が強いかもしれねぇから嗅ごうとすんなよ」

 

そう言って銀時は橙の手からひょいとそれを手に取る。

 

「ほれ見ろ、この紙筒の中に葉っぱがあるだろ。まずはコレに火を付けて……火?」

「旦那、もう結構です」

 

橙にタバコの使用用途を説明して上げてる途中でふと銀時がある事に気付くと同時に、沖田がニヤリと笑いながら彼の手のタバコを後ろから取ってしまう。

 

「ずっとコイツを探してたんでさぁ、そこの猫娘には感謝しねぇとな。なにせ犯人逮捕に繋がる重要な証拠を見つけたんだ、表彰モンだぜコイツは」

「ってちょっと待って、まさかここら一帯が燃えたのって……そのタバコか?」

「ええ、間違いありやせん。旦那、火災が起きた時にとある白狼天狗が人影を見たと証言したのは知ってますかぃ?」

 

手に取ったタバコを証拠品として密封出来る袋に入れながら沖田は銀時にとある話を始めた。

 

「その白狼天狗は千里眼っつう、要するにずば抜けて目が良い野郎なんですよ。そんな奴がただ人影しか見えなかったと証言するのはおかしいと思いやせんか」

「千里眼? ああ、あの犬ッコロか。確かにアレなら人影だけじゃなくてちゃんとはっきりと見える筈だな」

「大方犯人を見たもののその事実を公にしたくねぇとか考えたんでしょう、だからその犯人を匿う為にそんなデタラメ吹いたんでしょうね」

 

そう言いながら沖田は得意げにタバコの入った袋をヒラヒラさせながらほくそ笑む。

 

「だがそんな事は知ったこっちゃねぇ、あんな下っ端犬が誰を匿おうが、この山で行われた犯罪をおいそれと見過ごすわけにはいかないんでね。コイツをキチンと提出して犯人には責任取ってもらわねぇとな」

「お前誰が犯人か知ってるのか?」

「まあね、という事で旦那。あまりおススメしたくねぇんですが」

 

犯人逮捕の為の証拠品を手に入れたと意気揚々と沖田は銀時達の前から去って行く。そして去り際にクルリと顔を向けて

 

「明日の鴉天狗の新聞は見物ですぜ」

 

それだけ言い残して彼は銀時達を残して行ってしまった。

 

 

 

 

 

翌日、銀時は自宅の屋敷にて沖田の言う通り、鴉天狗が発行している新聞『文文。新聞』を買って庭の前の廊下で読んでいた。

 

「見て下さい藍様~、天狗の人から表彰状貰っちゃいました~」

「犯人逮捕にご協力感謝します……そうか、私が見てない間に立派になったな橙。今日はウチで食べていけ、お前の好きな物を作ってやろう」

「わ~い」

 

背後で天狗達から貰った表彰状を手に持って嬉しそうにはしゃいでいる橙と、早速甘やかしている藍の会話がふと聞こえている中で、銀時の隣に八雲紫がふと座って来た。

 

「何か面白い記事でもあるのかしら?」

「……いや特にねぇな、相変わらずつまらねぇ事ばっかだ」

 

そう言って銀時は両手に持っていた新聞をバサッと閉じて床に置くと、立ち上がって藍達の方へ歩き出す。

 

「おい、橙の好きなモノつったら普通の焼き魚だからな。間違ってもチーズとわさびをトッピングした煮干しとか出すんじゃねぇぞ」

「何を言ってるんだお前は、橙の好きな食べ物はチーズ乗せ煮干しセットだ。橙の主である私がそれを知る訳ないだろう」

「藍様それ作るなら山に帰らせてもらいます」

「えッ!?」

 

銀時が混じってそんな会話をしている三人をよそに、紫はふと彼がおいていった新聞に目をやると、表紙にはこんな記事が書かれていた。

 

『○月××日、妖怪の山があわや大火事となりかけた事件。その犯人はなんと我々天狗の一族の一つである鬼天狗が率いる『真撰組』のナンバ-2だった。誰が犯人なのか疑問が疑問を読んでいた展開の中で、原因が単なる彼のタバコの不始末というなんとも情けない幕切れでこの事件は無事に解決してしまった事に我々記者達も残念でならない。ちなみに事件解決を導いたのはあろう事か同じ真撰組であり彼の部下でもある男からの密告であった。取材に応じたその男は我々に対し「尊敬していた人物だったのに幻滅しました、一刻も早く責任を取って副長の座から下りて欲しいですね、つうか死ねコノヤロー」と例え相手が上司であろうと厳しい口調で弾叫し、正義感に燃える一面を覗かせていた。その後彼は組織のトップに対して自分が代わりに副長になると立候補し……』

 

そこまで読み終えると紫はフフッと笑って顔を上げた。

 

「天狗というのは仲間意識が強いと聞くけど、身内の不始末を隠蔽せずに堂々と告白できる天狗が”二人”もいたなんてね」

 

天狗の中にも色々いる。

 

改めて紫はそれを再確認するのであった。

 

 

 



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#13 銀文時

『文々。新聞』

発行は月に5回程度、号外が他の新聞と比べて比較的多いのが特徴。

妖怪、人間も購読可能だが、天狗以外で購読している者は殆どいない為、実質的には天狗の身内新聞であった。とある人物からは「学級新聞」と酷評される程内容は微妙。

更にぶっちゃけ身内の間でもさして人気は高くなく他の新聞と比べると確実に売り上げは劣っているのが現状である。

記事の内容は主に幻想郷の人物が起こす不思議な事件が主な記事とされているが、他にも自然の脅威や病気の流行等に対する注意喚起、各種イベントについての情報、食品関係の話題、香霖堂やとある竹林の奥にある病院の商品についてのインタビュー等、実に多様な記事が掲載されている。

しかし何度も言うが人気は全くと言っていい程無い。

 

「という事でこのままだと私の生活も危ないので~、三ヵ月契約でもいいですから取ってくれませんか?」

「いやお前の生活とか知らねぇから」

 

そしてその文々。新聞の制作者兼取材兼購買担当と全てを受け持った少女。

射命丸文は昼下がりに人里へ向かう道中をフラフラと散歩していた八雲銀時を捕まえて契約交渉を行っていた。

 

射命丸文

妖怪の山に住む鴉天狗の少女にして新聞記者。

博麗大結界の成立よりも以前、かつて妖怪の山に鬼が棲んでいた1000年以上前頃からこの辺に住んでおり、現在の幻想郷には無い「海」を知っている程長命だったりする。天狗の特性故か、決して力を見せびらかせようとはしないので実力は不明。

 

「お願いしますよ本当に、昔はなんだかんだで半年も契約してくれたじゃないですか~」

「アレはだってお前、お前があまりにも必死過ぎたから哀れんで取ってやっただけだよ」

「では今回も是非あの時の哀れみを思い出して私の為に1年契約を……」

「半年増えてんじゃねぇか、もうあっち行けよ」

 

さっきからずっとついて来て新聞取ってくれとしつこい文、めんどくさそうに銀時が追い払おうとするも彼女はめげずに諦めようとしない

 

「それなら洗剤付けますからこれでどうですか? お買い得ですよホント?」

「今時洗剤付けただけじゃサービスにもならねぇんだよ。どうせサービスするならもっと良いモンよこせ、だからといって新聞取らねぇけど」

「え、洗剤以上のサービス?」

 

周りをウロウロしながらあの手この手で契約取ろうとする文に、銀時はため息突きながらそんな事言っていると、彼女はふと思いつめた表情でアゴに手を当てて考えながら

 

「……まさか狙いは私のボディーですか?」

「違ぇよ! なんでサービス=そっち方向になるんだよ!」

「外の世界ではそうやって新聞取る方法があると聞いた事があるので」

「それただの企画物のAVだろうが!!」

 

目を細めながら明らか軽蔑している様子を見せながら文は後ずさりすると

 

「仕方ありません、あなたとは長い付き合いですし特別に」

 

突然草々が茂った地面にバタリと大の字で倒れ

 

「この生娘天狗ボディーを献上しようじゃないですか。しかしこれだけは覚えておいてください! 例え私の身体を奪おうと心だけは奪えないって事を!!」

「いい加減にしろよクソアマ! テメェの身体なんざ欲しくもなんともねぇんだよ! 一生そこで寝転がってろ!!」

 

さあいつでも来いと言った感じで仰向けに倒れる文に銀時が怒鳴り声を上げていると

 

「何やってんのよアンタ?」

 

道のど真ん中で騒いでいる二人に気づいて歩いて来たのは、博麗の巫女、博麗霊夢。

 

「なんかうるさい鴉天狗の声とうるさい天然パーマの声が聞こえたから来てみたけど。なんでそいつ倒れてるの?」

「ああお前か、いや今コイツが新聞取れってしつこくってよ……」

 

天然パーマの声ってどんな声?とツッコもうとしたが、銀時はとりあえず状況を説明しようと文の方に目をやる。

 

「チクショウ私の大切なモノをこんな鬼畜外道な男に渡す事になるなんて! でもこれで一年分は取ってもらいますからね!! さあカモン!!」

「新聞取ってもらおうとしてるのよね、何やってんのアイツ?」

「気にすんな、ただのバカだ」

 

必死の形相になりながらも目は涙目という、明らかおかしい態度の文を見ながら霊夢が眉をひそめる。彼女が妖怪、人間問わず新聞の勧誘をしてるのはしょっちゅう聞くがここまでヤケクソ気味なのは初めて見たかもしれない。

 

「ちょっとアンタ、何やってんのよ一体」

「あら、霊夢さんじゃないですか」

 

霊夢が歩み寄り言葉を投げかけると、文はウソ泣きだったのかすぐにケロッとした表情で上体を起こす。

 

「どうしたんですかこんな所で、今私は八雲の旦那様と肉体的交渉で新聞取ろうとしているので邪魔しないでほしいのですが」

「ああ本当だただのバカね。止めときなさいそういうの、コイツの奥さん怖いわよ」

「例え相手が大妖怪・八雲紫であろうと引くわけにはいかないんですよ! もう私には後が無いんです! 新聞取ってもらえないならこうするしかないじゃないですか!!」

「こうするしかないってどう考えればこうするしかなくなるのよ」

 

キレ気味に叫ぶ文に冷静にツッコミを入れながら霊夢は腰に手を当て首を傾げる。

 

「もしかしてそんなにアンタの新聞の方ヤバいわけ?」

「ヤバいなんてもんじゃないんですよ……このままだと長き伝統を誇る「文文。新聞」の発行が廃止されるかもしれないんですから……」

「売り上げがヤバいって事かしら」

「はい……ここ最近は特に買ってもらえなくなって……他の売上成績伸ばしてる鴉天狗達から白い目で見られる事に耐える毎日です……」

「ふーん」

 

要するにここん所彼女が発行している「文文。新聞」の人気がいよいよ深刻な状態になるまで落ちぶれてしまった様だ。

身内の天狗達でさえ買おうとしない新聞、こうなってはいずれ印刷するだけ無駄だと上の者達によって切られるのも時間の問題。だからもう前に契約した事のある者達に手当たり次第にぶつかるしかないと思って彼女は銀時の前に現れたのであろう。

 

「お気楽な河童共と違って天狗の世界は超シビアなんですよ……最近では暴力的で頭空っぽの鬼天狗共が妖怪を追い払おうとかしてるバカな人間相手に組織作りだしたり……」

「へーそうなの大変ねー」

「さすが霊夢さんわかってくれるんですね! ところで霊夢さんは新聞の購入のご予定は……」

「あー無理無理、超無理」

 

泣き落とし作戦に転じて今度は霊夢に新聞取ってもらおうと企む文だが、そんな事知るかとドライ気味に真顔で手を横に振ってバッサリ断る。

 

「言っとくけど私は新聞取らないわよ。そもそも新聞取る金も無いし」

「チッ、新聞どころかケツ拭く紙もまともに買えない貧乏巫女はこれだから……」

「……なんか言った?」

「いえいえ何も、そうですよねーお金なかったらしょうがないですよね~」

 

顔を反らして舌打ちしながらボソッと悪態を突く文に気付いた様子で霊夢が睨んでいると、彼女は何もなかったようにニコニコ笑いながら振り返る。

 

「やっぱり八雲の旦那様に買ってもらいましょうかね、三ヵ月、いや一ヵ月でもいいんで!」

「だから取られねぇつってんだろうが、極まれに買ってやってるだけありがたいと思いやがれ」

「いいじゃないですかちょっと取るぐらい! どこぞの貧乏巫女と違ってお金の方は心配な……おぉぐッ!!!」

「いい加減にしなさいよアンタ」

 

けだるそうに髪を掻き毟りながらやっぱり断る銀時に思わず口を滑らしてしまった文の頭に思いっきり拳骨をかます霊夢。

 

「ったく新聞記者もここまで落ちぶれると滑稽ね。そんな性格だから誰もアンタの新聞読もうとしないのよ」

「殴りましたね霊夢さん……こうなったらこの暴力事件を新聞に書いて巫女の評価をだだ下がりにしてやりますからね……」

「勝手にすれば?」

「く……他人の評価を気にしない彼女では脅しにもなりませんね……」

 

頭を押さえながら恨みがましい目つきで捏造記事を企む文に霊夢が平然とした様子で返事する。彼女の新聞でどんな風に書かれようが気にも留めないらしい。

仕方なく文は銀時の方にヨロヨロと歩み寄ると、突然地面に両膝と両手を突いて頭を深々と下げ

 

「お願いします! 愛人でもなんでもなるんで新聞取って下さい!」

「誰がそんな交渉で取るかぁ! いきなり土下座するわ愛人になるわ頭おかしいんじゃないかお前!!」

「プライドないのかしらコイツ……」

「そんなモンとっくの昔に燃えないゴミで捨てて来ましたよ」

 

霊夢の冷ややかな言葉に文は不敵に笑いながらゆっくりと立ち上がる。

 

「それに私があの八雲紫の旦那の愛人になればそれこそ特大スクープ! 幻想郷がひっくり返る特大スキャンダルに私の新聞も爆売れです!!」

「おいおい遂に自分自身を身売りにするどころか商売材料にしようとか企んでるよコイツ」

 

自らを犠牲にしてまで記事を書こうとする執念に、呆れを通り越して感心すら覚える銀時。

そんな彼の腕に文はガシッと抱きついた。

 

「さあまずはかぶき町にでも行ってちょっと良さげな宿屋で休憩しましょう! 入る瞬間もバッチリ撮っておかないといけないので霊夢さん私の代わりにカメラを!! あん!!」

 

腕に抱きつく文を振り払って、そのまま霊夢に殴られたばかりの頭に容赦なく拳を振り下ろす銀時。

 

「生憎こちとら嫁さんいるんだ、危ない橋は渡らねぇ」

「うう、でもこのままだと私大好きな仕事出来なくなっちゃうんです……」

 

二度も殴られてもなお頭を押さえながら全く引こうとしない文。

博麗の巫女と不老不死の侍にここまでやられてなお諦めないその根性は認めるべきであろうか。

 

「私には使命があるんですよ、人の秘密やプライバシーなど知った事かとお構いなしに覗き見して、数多の工作を行いそれを記事にし、多くの民衆にその事実を公開する大切な使命が……!」

「最低だなコイツ」

「もう行きましょう、付き合ってられないわ」

「いや! 見捨てないで下さい!」

 

一緒にいるのももう限界なのか霊夢は銀時を連れて人里の方へと歩き出す。

しかし即座に文は二人の前に躍り出て

 

「じゃあ誰か私の新聞取ってくれそうな人を紹介して下さい! 紹介したら諦めます! 出来なかったら私と不倫して下さい!」

「まるで不幸の手紙ね……どうすんのよ、誰か紹介してやれば?」

「そうさな……」

 

図々しい彼女にウンザリした様に霊夢が銀時の方へ振り返ると、彼は小指で鼻をほじりながら考え込んだ後、何か閃いたのか指を鼻から抜いて文の方へ近づき

 

「だったら丁度いい奴紹介してやるよ」

「え、いいんですか!? でも一体誰……」

「まあまあ、今から直接本人の所へ飛ばしてやるから。頑張れよ」

「え?」

 

誰の事なのかと気になっている様子の文の肩に銀時は優しくポンと触れると

 

二人の姿は霊夢の前から一瞬で消えてしまった。

 

しばらくしてまたパッと彼女の前に現れる、銀時だけが

 

「誰紹介したの?」

「いや幻想郷で起こってる出来事に興味持つかなぁと思ってよ、アレならアイツの下らねぇ新聞でも読んでくれるかと」

 

どうやら文だけを置き去りにして戻って来たらしい。どこの誰の所へ彼女を連れて行ったのかと霊夢が尋ねると銀時はまた小指で鼻をほじるのを再開しながら

 

「地獄に住む閻魔の所に」

「……いいお客さんになりそうね」

「だろ」

 

そう言って霊夢と銀時はすっかり静かになった道中を歩き始めた。

 

そして地獄に飛ばされた文はというと……

 

「ここが地獄だろうが相手が閻魔様だろうが構いません!! むしろ相手の敷地内に入って好都合!! 新聞取ってくれるまで絶対にここから動きませんからね! さあさあまずはこの射命丸文が誇る「文文。新聞」の素晴らしさを一から説明してあげましょう!!」

 

そこが地獄であろうが相手がどれ程の大物であろうが、物怖じせずに契約交渉に励んでいた。

 

射命丸文の戦いは始まったばかりだ。

 

 



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#14 りとに時銀

ある日、八雲銀時は妖怪の山ふもとにある川に来ていた。

理由はわかさぎ姫との一件が原因で出来なかった釣りをようやく出来る様になったからだ。

 

「はぁ~、まだ湖では出来ねぇがここなら遠慮なく釣り糸たらせるわ……」

「お、銀ちゃん見てみてまた釣れたアル」

 

八雲銀時と一緒にここまで来たの神楽だった。

別に彼女は釣りが好きという訳ではないのだが、なんかヒマそうだったので銀時が誘ってみたらあっさりとついて来たのである。

 

二人は共に岩場の上に腰を落とし、近くで激しい音を立てて流れ落ちる滝を眺めながらのんびりと釣りを楽しんでいた。

 

「これだけ釣れれば昼飯も豪勢になるかもな」

「おい飯係、飯の準備出来たアルか」

 

霧の湖へと流れる予定の魚達を釣り上げながら銀時が機嫌良さそうにそう言っている隣で、神楽は背後に振り返って後ろにいる者に声をかけると

 

「はいはいもう出来てるよ神楽ちゃん。いつでも焼けるからとっとと食べてズラかろう」

 

彼等と同行するハメになった少年、志村新八が石で囲った木の枝を燃やし、その上に鉄網を敷いて待っていた。

 

「全くいきなり呼び出したと思ったらこんな危険な場所に連れて来るなんて……僕、アンタ等と違って普通の人間なんですからね、妖怪に襲われたらどうするんですか」

「死ぬんじゃね?」

「死ぬというか食われるアルな」

「冷静に答えてんじゃねぇよ! 人を妖怪の山とかいう恐ろしい場所に連れて来やがって!」

 

銀時は不死、神楽は夜兎、しかし新八に至ってはごく一般的な市民、つまり正真正銘の何の変哲もない人間である。剣術を少々やっていることは聞いた事あるが、それで妖怪とまともにやり合う事など出来る筈もない。

 

「もし妖怪が出てきたら退治して下さいよ!」

「だから前に言っただろ、襲われそうになったら眼鏡をぶん投げて……」

「だからそれ助かるの眼鏡だけだろうが!」

「うっせーアルな、そんなに叫んでたら魚逃げちまうだろうが、ん?」

 

新八のツッコミに神楽がキツイ口調で注意していると、彼女の竿がピクリと反応する。

 

「おお! また来たアル、しかも今度は大物の予感ネ!」

「おいまた雪美クラスの化け物釣るんじゃねぇだろうな、そん時はわかさぎ姫に顔見てもらって食っていいのかどうか聞いてきてだな……」

「うるせぇ! 私はどんな悲しい過去を背負った魚でも問答無用に食ってやると決めてんだヨ! シングルマザーだろうが大家族の大黒柱だろうが関係ないネ!!」

 

心配そうに顔をしかめる銀時の忠告を無視して、しなる竿に興奮しながら神楽は思いっきり引き上げた。

すると川から浮上してきたのは

 

「いででででで! いで! いだいいだいマジでいだい! アレ、痛くない? いでででで! やっぱりいだい!!!」

 

神楽が釣り上げたのは口の端に針がぶっ刺さった状態で激しく痛がっている少女であった。

川の中から突然と現れた少女に、神楽の傍で立っていた新八が白目を剥いて言葉を失っている中、銀時は冷静にそれを眺めながら

 

「何かと思ったら河童じゃねぇか、コイツは食えねぇから捨てちまえ」

「えーこんなおっきいのに勿体ないアル」

「止めとけ河童なんて食ったら腹壊すぞ、おらキャッチ&リリース」

 

そう言いながら川の上で宙ぶらりん状態の河童目掛けて銀時は思いきり蹴りを放った。

 

「ごふッ!」

 

その衝撃で口に引っかかっていた針が外れ、再び川の中へと落ちる河童。一度底に沈んだかと思えばプカーッと水面に浮いてそのまま水死体の様に流れて行く。

 

そんな光景を見ながらようやく新八は震えながら口を開き

 

「ぎ、銀さんアレって……」

「河童だよ河童、たまに釣れるけど食用にならねぇからいつもああして放すんだよ」

「河童ァァァァァァ!?」

 

河童と聞いて新八が思いきり驚いていると、彼の背後からヌッと

 

「その通り私達は古くからこの山に棲む河童の一族さ」

「ギャァァァァァァ!!」

「やれやれ、そう驚くな盟友よ」

 

先程流れていった者と似たような格好をした少女が腕を組みながら現れた。

新八が悲鳴を上げる中、自らを河童と名乗った少女はそんな反応されても平然としている。

 

河城にとり

妖怪であるのに人間好きという変わった妖怪であり、危険な所へ行かせまいと無謀な人間達を止める為に立ち塞がる事もある。

河童の一族は皆手先が器用で技術面に関しては妖怪の中でもトップクラスであり、幻想郷随一のからくり技師とうたわれている者も河童だ。

好きな食べ物は河童らしくやはりキュウリ。河童である以上頭の上には皿があるはずだが、常に帽子を被っているため詳細は不明。ちなみに着ている服は光学迷彩スーツであり、手段は不明だがこれで姿を隠すことができる。

 

「それにしてもこんな所で河童釣りとは見過ごせないな、罰として食べてやろう」

「いやぁぁぁぁぁぁ!! 僕じゃない僕じゃないんです!! やってたのはあの畜生妖怪共だけです!! お願いですから食べないで下さい!!」

「いや俺妖怪じゃねぇから、おい新八」

 

口元からじゅるりと垂れた涎を袖で拭く様な動作をする河童こと河城にとりに新八が腰を抜かして必死に叫んでいると、釣りを止めていた銀時がめんどくさそうに彼等の方に歩いて来た。

 

「河童は少なくとも今のご時世には人間食わねぇよ、むしろ妖怪の中では比較的人間に対して友好的だ」

「え、そうなんですか……?」

「はっはっは、すまないね盟友。久しぶりに驚かれたもんでついからかってしまった。」

 

そんな事も知らないのかと言った感じで銀時が呆れながら言うと、戸惑っている様子の新八に笑いながら手を差し伸べるにとり。

 

「案ずる事は無い、八雲の旦那の言う通り私達河童は君達盟友に対しては敵意は無い。むしろ今後は友好的な関係を結びたいと思っている」

「ありがとうございます……人間に対してそう思ってくれる妖怪もいるんですね」

「妖怪にもそれぞれさ」

 

その手を握って立ち上がって信用してくれた新八ににとりは肩をすくめる

 

「盟友の中でも色んな考えを持つ者がいるであろう? 近頃幻想郷の妖怪を追い払おうとする者達がいるとか」

「ああはい、最近ではそういった思想の人達は”攘夷志士”とか呼ばれてますね」

「攘夷……外から来た敵を追い払うという意味だったかな、我々は彼等がいる前からここにるというのにおかしな言葉の使い方をするんだな」

「まあどっちが先にいたかどうかなんてどうでもいいんですよきっと、とにかく危険な妖怪を全部追い払って人間達が安全に暮らせる理想郷を造る事を目的とした集団だって事です」

 

新八は緊張した面持ちで攘夷志士について説明する、彼等の事を妖怪達が快く思わない事は明白だ。もしかしたらこの場でにとりが怒り狂って攘夷志士と同じく人間である自分に襲い掛かるかもしれないと危惧していたが、にとりの方は意外にも感心してるように頷き

 

「なるほど、随分と壮大でお粗末な野望だな、しかしそれもまた盟友らしい」

「え、怒らないんですか? あなた達妖怪を幻想郷から追い出そうとしているんですよ?」

「どうしてそんなちっぽけな事で私が起こる必要があるのかな。彼等が一致団結して妖怪達と戦争起こすのは少々ショックではあるが、どうせすぐに鎮圧されて終わりだ。何せそんな血気盛んな者達なら地底に住む鬼様達も喜ぶだろうしな」

「ち、地底に住む鬼って……」

「暇を弄んでいる鬼様達にとっては良い暇つぶしになるだろうね」

 

とどのつまりにとりは人間達が妖怪に勝利する事など万に一つもないと考えているのだ。

それもその筈、人間の中で妖怪と対抗できる者などほんのひと握り、更に地底に住むと言われている大昔に人間達と熾烈な戦いを繰り広げていた鬼達はきっとお祭り気分でその戦いに加わるであろう、そうなってはもう人間達が勝利する事など想像すら出来ない。

 

「攘夷志士達に伝えておいてくれ、我々河童や天狗殿の済むこの山ではなくいっその事地底に出向いたらどうかと。そしたら攘夷などというふざけた考えはすぐに諦めてくれるだろうよ」

「あの、鬼って本当にいるんですか銀さん?」

「いるよ」

 

とっとと諦めて妖怪に対して牙を剥くのは諦めろとやんわりと言うにとり。

それを聞いて新八は声を震わせながら銀時の方へ振り返ると彼は平然した様子で

 

「俺が昔退治した鬼がそこに住んでるしな」

「は!? む、昔退治したって! 銀さん鬼退治なんかやった事あるんですか!?」

「まあ時代が時代だったからな、あん時は鬼と人間の争い事なんてスポーツ感覚でやってたし、ちなみに俺自慢じゃねぇけどMVP獲った事あるから」

「なんでその時代にMVPとかあんの!?」

 

首をコキコキと鳴らしながらあの頃の事を思い出す銀時に新八がツッコんでいると、銀時の所へ釣りを中断した神楽も歩み寄って来る。

 

「鬼なら私も見た事あるネ、地底で私等夜兎としょっちゅう喧嘩してるアルからな」

「喧嘩してたって……神楽ちゃん怖くなかったの?」

「全然怖くねぇヨ、子供の頃よく遊んでもらってたし。むしろ地底で一番恐れられていたモンはもっと別の妖怪アル」

「そうなの? 鬼や夜兎よりも怖い妖怪って一体……」

 

鬼と夜兎と言えば人間にとってはとてつもなく恐ろしい存在だが、神楽曰くそれよりも恐ろしいモノが地底にはいるらしい。

気になって新八が神楽に尋ねてみようとするが、彼女を見てにとりの方が先に身を乗り上げた。

 

「む、先程の話といいその白い肌といい、そちらのお嬢さんは夜兎なのかな?」

「そうだヨ、なんだお前、夜兎見たの初めてアルか?」

「それはそうだろ、なにせ夜兎は太陽に弱い為に大昔から地底に住むと聞いている。私達河童の中で夜兎に出会った者など恐らく最年長であり色んな所を旅してきた平賀源外様だけだ」

 

地上に住んでいれば夜兎と出会う事など滅多にない、たまに変わり者の夜兎が地上に出て遊びに来る事はあるが、基本的に身内だけでひっそりと山の中で暮らしている河童の所へ赴く事は無いのだ。

 

「我々の盟友と鬼様と同列の強さを持つ夜兎、八雲の旦那は相変わらず人間であろうが恐ろしい妖怪であろうがお構いなしに連れてくるな」

「……この人、前にもここに人間連れてきた事あるんですか?」

「博麗の巫女と奥方と来ているのを見かけた事がある」

「ああ、あの巫女さんですか。それなら妖怪に襲われても問題ないですね、むしろ妖怪が逃げますねそのパーティだと」

 

それなら納得だなと新八が頷いているとにとりは更に言葉を付け足し

 

「そん時も我々の仲間を釣り上げて食えるか食えないか論争してたな、奥方が食えない派、博麗の巫女が食べれる派だったかな?」

「妖怪さん逃げてぇぇぇぇぇぇ!!! 攘夷志士より恐ろしい人間が今ここに存在すると確認されたよぉ!!」

 

相手が河童であろうが食おうとした人間がいる……その恐ろしい事実を他の妖怪にも聞こえるぐらい大きな声で新八は叫んだ。

 

「ちょっと銀さん! アンタ巫女さんにどんな教育してんですか! あの子の保護者なんでしょ!!」

「あん? 太くたくましく生きるように育てたつもりだけど? それが幻想郷でどれだけ大事か知らねぇのお前?」

「河童食おうとしてる娘育てた時点でアンタの教育法明らかに間違ってるよ!!」

「うるせぇな、そん時はさすがに俺も止めたよ」

 

なんでそんな事に突っかかって来るのかとしかめっ面を浮かべる銀時。

やはり彼も幻想郷に住む者だ、きっと常識からかけ離れた教育法で博麗の巫女を育てていたのだろう。

 

「僕等人間にも好意的に接してくれる河童達を食べようだなんてあんまりですよ! ですよね河童さん!」

「ふむ、残念だ。あの時私はその一部始終を影から観察していたが」

 

新八に尋ねられてにとりはアゴに手を当てながら

 

「我々河童をどの様にして捌き、どの様に食うのかを見る事が出来なかったのが非常に残念だ」

「おい河童! テメェ仲間食われそうになってるのになに考えてんだゴラァ!!」

「博麗の巫女が食べる派に1票、八雲の夫婦が食べない派に2票入れてたから思わず私は手を上げて「食べる派に1票!」と叫ぶ所だったよ」

「コイツ等やっぱ妖怪だよ! 少しでも僕等人間とわかり合える種族なのかもしれないと思った僕がバカだったよ!」

「どんな事であろうと観察して知識として吸収し、それを技術に変えて新たなからくりを作る。河童というのはそういう生き物なのさ」

 

彼女もまた河童という古参の妖怪。人間の一般的な常識とはやはりかけ離れていた。

それを理解してもらおうともせず、にとりはただうんうんと笑みを浮かべながら新八に頷いて見せる。

 

「そして河童といえばやはり相撲だ、どうだ盟友よ、ここで会ったのも縁。一勝負しないか?」

「いやいきなり相撲やろうと言われても困るんだけど……ていうか人間の僕が勝てる訳ないでしょ」

「心配するな、別に負けたら食ってやろうだなんて考えていないよ、尻子玉は抜くがね」

「尻子玉ぁ!? なんですかそれ! 何か知らないけどすっげぇ怖いんですけど! 絶対にやりませんからね相撲なんて!!」

 

唐突に腕を回し始めながら相撲をやろうと誘って来るにとりだが、彼女の口から放たれた尻子玉という言葉に新八は身の危険を感じながら後ずさりすると、ふと「あれ?」とにとりを眺めながら彼は疑問に思う事があった。

 

「そういえば今更なんですけど、河童って頭に皿乗っけてる筈ですよね? でもアンタ頭に帽子被ってるからお皿見えないし……本当に河童なんですか?」

「……」

「すみません疑っちゃって、いや信じてない訳じゃないですよ、でも証明する為にチラッと帽子を脱いで見せて頂ければ……」

「アホかお前」

「痛ッ!」

 

河童の特徴と言えばよく聞く頭の上にあるお皿であろう。しかし目の前にいるこの河童と名乗る少女は頭に帽子を被っていてその皿があるかどうかわからない。

そう思って興味本位で新八が帽子を取ってほしいと頼んだ時、突然後ろから銀時が彼の頭を殴った。

 

「な、何するんすか銀さん!」

「お前こそ今何言ったかわかってんの? 河童に皿見せて下さいとかよくもまあそんな破廉恥な事をこんなお昼時に言えたもんだな、一体どんな教育受けて来たんだお前」

「破廉恥!? どういう事ですかそれ!? 河童のお皿ってそんな人前に見せちゃいけない恥ずかしいモンだったんですか!!」

「人間の女に例えるなら、さっきのお前の発言は「服脱いでおっぱい見せて下さい」と言ってる様なもんだぞ」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

妖怪についての知識に乏しい新八らしい失敗だった。まさか河童の皿がそこまで隠さなければいけないモノだったとは……。

驚きで頭を抱える新八に対し、銀時と神楽は軽蔑の眼差しを彼に向ける。

 

「ったく思春期はこれだから、妖怪とはいえ女相手によくもあんな事言えたもんだぜ」

「マジ最低アル、もしかして私の皿も見たいと思ってたのかコラ、私のおっぱい見てみたいとかずっと思ってたのかこの変態眼鏡」

「いやいやいや! 待ってくださいよ二人共! 本当に僕知らなかったんですよ! 引かないで下さい! 僕は至って純情で奥手な少年です! おっぱいには興味持っても初めて会った女性に見せろだなんて死んでも言えませんよ!!」

 

ゴミを見るような目でこちらをジーッと眺めながらゆっくりと後ずさりしていく銀時と神楽に必死に弁明する新八。

すると彼の背後に立っているにとりはハァ~とため息を突き

 

「まあ仕方ない、君ほどの若い人間というのは年々発情期みたいなものだと聞いた事がある。だがいきなり皿を見せろなどというのは、それはいささか我々に失礼だぞ」

「い、いや違うんです河童さん! お願いだから僕の話を……!」

「今更いい訳とは見苦しいぞ盟友よ、いや……」

 

赤面させながら必死に否定しようとする新八に対し、にとりはキッと鋭い目つきをしたままビシッと指を突き付け

 

「このエロがっぱッ!!」

「いや河童はそっちぃ!!」

 

しばらくして天狗達の新聞にとある記事が載せられる。

妖怪の山にある川で、河童に対して「皿を見せてくれ」と強要した若い人間の眼鏡男が出没すると。

 

かくして志村新八の妖怪の山デビューは散々な結果に終わるのであった。

 

 



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#15 は時た銀て

場所は妖怪の山、立派に育った木の上にある家。

薄暗い部屋の中で一人の少女が机に顔をつっ伏したまま絶望の声を上げていた。

 

「マジ死にたい……新聞全然売れない……」

 

彼女の名は『姫海棠はたて』

妖怪の山に住む鴉天狗で、射命丸文と同じく新聞を発行している。新聞の名前は「花果子念報≪かかしねんぽう≫」。

持ってる小型カメラで念写をする事が出来、部屋から一歩も出ずとも幻想郷の何処かにある風景を撮る事が出来るという能力を持っている。

新聞記者ではあるが能力の関係であまり出歩かないため、(文に比べて)妖怪の山の中では顔は広くない

気に入ったものや感心したものには非常に素直な賞賛を送り、羨ましいものは素直に羨み、見習うべきは素直に受け入れる。しかし、嫌いなものや気に入らないものは遠慮なく貶したり、見下したりもする。良くも悪くも非常に素直。

 

そして今そんな彼女が悩んでいるのは、部屋中に乱雑に置かれてる大量の新聞。

全て彼女が作った新聞、『花果子念報』である。

 

「どこの店も置いてさえくれず日々部屋に溜まるばかり……このままだとヤバい、本当にヤバいわ私」

 

半ば新聞の在庫置き場に成り果てている部屋ではたては焦りながら机に伏せていた顔を上げるも表情には覇気がない。

飯を食べていないという訳ではないのだが、あまりにも自分の作った新聞が売れないという事に憤りや恐怖、売れている天狗への嫉妬、様々な感情がストレスとなりもはや精神的にも限界が来ているみたいだ。

 

「このまま同じやり方じゃもう無理……何かやり方を変えなきゃ、あーでもどうすりゃいいのよ……このままじゃあの女にも負けちゃう……」

 

頭を押さえながらブツブツと呟きだしながら自問自答を繰り返すはたて。

そしてそんな彼女の背後にある部屋のドアが静かに開き。

一人の鴉天狗が音もなく現れた

 

「フッフッフ、惨めなモノねはたて。頬も痩せこけ髪もボサボサ、まるで締め切り前の漫画家みたいな姿ね」

「!」

 

聞き慣れたその声にはたては我を忘れてバッと後ろの振り返る。

そこにいたのは長年同じ仕事をしてる内に常にどちらが上かと競い合っていたあの……

 

「そこまで滑稽だともうあなたはこの射命丸文のライバルとは言えないわね……へっへっへ、アレ、視界がなんかぼやけてきた……」

「文! アンタこそどうしたのよ! しばらく見ない内に凄いゲッソリ瘦せてない!?」

 

ライバルとして常に高みを目指して戦っていたあの射命丸文の姿がそこにはあった。

しかしどこかおかしい、今の文の姿は木の枝の様に痩せ細ってて目も虚ろだった。

その目の下にはこれまた濃いクマが出来ており、軽く押しただけで腰からポッキリと後ろに折れそうなぐらい弱っている様に見える。

 

「実は最近、私の新聞を長期間取ってくれる人を見つけてね……」

「は!? アンタのあのクソしょうもないチンケなクソ新聞を長期間取るバカがこの幻想郷にいたというの!?」

「アンタのクソつまらない新聞よりはマシよ、でまあ新聞取ってくれた時は最初は嬉しかったんだけど……」

 

挨拶代わりに悪態を突き合った後、文はますます死んだ目をしながら

 

「その取ってくれた人が私が持っていくたびに毎度毎度強烈なダメ出しをしてくる人なのよ……一生懸命考えてやっと出来た新聞を出す度にいつもグチグチグチグチグチグチグチ……正座しながらをそのダメ出しを聞きながら私はこの人との契約はいつ終わるんだろうと思いながらずっと耐える日々を送っているわ……」

「そ、そう大変ね……その三日徹夜してもなお締め切りに間に合いそうに無い状態の漫画家みたいな見た目から察するわ……」

 

感情のない声で長々と呟きつつ、立つことすら疲れたのか部屋の壁に肩を預けてもたれる文。

新聞の長期契約には成功したみたいだが、どうやらそう上手い話ではなかったらしい。

新聞記者相手にダメ出し出来るとはどのような人物なのか少し気になる所だが

 

(で、でもコイツにダメ出しするとはいえ長期間の契約を結んでくれたお客を見つけたって事よね……気に入らない、気に入らないわ)

 

それよりもあの文が新聞を取ってくれた相手を手に入れたというのが腹立たしくてしょうがなかった。

 

「アンタ一体どんな汚い手使ったのよ……自ら事件の種を作って新聞のネタにする事さえやってしまうアンタの事だからどうせ狡猾な手段でも使ったんでしょ」

「人聞きの悪い事言ってくれるわね」

 

懐から栄養ドリンクを取り出してグビグビと飲みながら文は彼女の追及にフンと鼻を鳴らす。

 

「せっかくアンタにお情けで私が良い事教えてあげようと思ったのに」

「良い事ですって……」

「このままだとアンタの新聞は廃刊まっしぐら、晴れて無職天狗になるのもそう近くはないでしょうね」

 

部屋中に大量に置かれているはたての新聞を手にしながら文は嘲笑を浮かべた。

 

「でもそれだと私がつまんなくなるのよ、アンタとはこれからも長く競い合っていたいし、それでこそ私のモチベーションが上がるってモンなんだから。踏み台であるアンタが勝手に脱落されたら困るのよ」

「ちょっと契約が取れたからっていい気になってんじゃないわよ……私にだってチャンスがあれば……」

 

まだ諦めきれない、自分ではもう何をすればいいのかわからないがこのまま終わりたくないと言った感じで奥歯を噛みしめるはたてを見下ろしながら、文はその反応に満足するかのように頷く。

 

「だからそのチャンスになるキッカケを与えに来たの」

「え?」

「アドバイザー! お願いします!」

 

キョトンとしているはたてを尻目に、突然文はドアの方に向かって大声で叫ぶ。

するとドアが再びギィっと音を立てて開き……

 

「どうも、敏腕アドバイザーの八雲銀時です」

「って誰かと思ったらあの大妖怪の連れの不死者じゃないの!」

 

入ってきたのははたても知る有名なあの八雲銀時であった。

けだるそうな感じで挨拶すると彼はそのままズカズカと部屋の中へ入って来る。

 

「せまっ苦しい部屋だな、ここにあるモン全部新聞か?」

「ちょ! 勝手に入って来ないでよ! プライバシーの侵害!」

「散々他人のプライバシーにお邪魔するテメェ等が言う事かそれ」

「それになんなのよアドバイザーって!」

 

いきなり現れた銀時にはたてはまだ戸惑っていると、そんな彼女を無視して文は銀時にヒソヒソと小声で

 

「ああ、アドバイザーさん触らない方がいいですよ。置き方も雑なせいでうっかり触れると雪崩の様に崩れると思いますから」

「片付けられない女か、こりゃあ問題だな」

「ええ、嫁の貰い手は一生無いでしょうね……そっちの方もアドバイスできます?」

「いや俺知り合い女ばっかだしな、ああ最近仲良くなった人間の眼鏡なら紹介できるけど?」

「聞こえてんのよ! なんなのよアンタ等! つうか人間の眼鏡って何!?」

 

失礼な事を言いながら部屋の中を物色し始める二人にはたてがキレながらヨロヨロと立ち上がる。

 

「もう帰りなさいよアンタ等! アドバイザーなんていらないわよ! 第一この男って胡散臭くて有名な不老不死でしょ! アドバイザーでもなんでもないわよ!」

「やれやれ、家に籠ってばかりの奴はこれだからイヤなのよ。私がとある御方と新聞の長期間契約を出来たのはね、この人がいてくれたこそなのよ」

「な、なんですって!?」

 

得意げに語る文にはたては驚愕の色を浮かべる。すると文はニッコリと笑いかけながら銀時の方へ振り返り

 

「そうですよねー八雲の旦那様、私が一生懸命作った新聞を端から端までダメ出ししてくるあの性格に難ありの御方と契約を取って”しまった”のは全部”あなたのおかげ”ですよね」

「へー、ところでお前痩せた? なんかあったの?」

「ありましたよ……肉体的にも精神的にも疲れ果てて、毎日栄養ドリンク飲まないとやっていけない程ボロボロですよ私の身体は……」

「ふーん、別にいいけど自分を偽って仕事し続けたらその内完全に体壊すぞ」

 

自分が蒔いた種とはいえ、原因を辿れば銀時のせい。逆恨みしている様子で見つめてくる文に、銀時は気づいてない様子で彼女の肩に手を置き

 

「仕事で大事なのはまずストレスを貯めない事だからな、肩の力抜いて気楽にやれ気楽にやりゃあいいんだろ、まずは銀さんを見習って生きてみろ」

(……アンタ働いてねぇだろうが、幻想郷に住む『プー太郎不死トリオ』の一人の分際で)

 

コレといった職業に就いていない銀時に内心ツッコミを入れながら文は「アハハ……」と頬を引きつらせ苦笑している中、はたては怪しむ様に銀時をジト目で眺める。

 

「ホント大丈夫なの、なんか噂通りの胡散臭い外見してるけど?」

「何言ってんのよせっかくどん底を這っているアンタの為に私が紹介したっていうのに。私はライバルであるアンタをここで失いたくないから救いの手を差し伸べてやったのよ」

「……そういえばコイツも胡散臭かったわ」

 

こっちに営業スマイルでニコニコしながら笑いかけて来る文にはたてはますます怪しむ目つきに変わっていると、銀時の方は勝手に彼女が作ったばかりの最新号、『花果子念報』を手に取って座れるスペースを作って読んでいた。

 

「なるほどな、ありきたりな情報ばっか書いてやがる。これじゃあ売れる訳ねぇよ」

「でしょー、はたては念写能力があってそれを使って記事を作ってるんですが、いかんせん思い通りの物が撮れないらしくてですね、どれもこれも微妙なのばかりなんですよー」

「ちょっと勝手に読まないでよ!」

 

畳の上に胡坐を掻いて新聞を読みながら早速ダメ出しする銀時、文も彼の隣に寄り添って一緒に見ながら、それに便乗しつつうんうんと頷く。

 

「どうしましょうかアドバイザー、ここはいっそスポーツ新聞みたいにエロ記事を載せまくって、いやもう開き直って全部エロ記事にしてそっち系の新聞にしてみるというのは?」

「ふざけんなそんなテコ入れお断りよ! エロ記事だけの新聞ってもはやただのエロ本じゃないの!!」

「いやそれはダメだわ、もし結果的にそれで新聞が売れる事になっても、そういう方向性にしたのが俺だという事をカミさんにバレたら殺されるし」

 

自分の肩に頭を乗せながら尋ねてくる図々しい文の顔に手をおいてグイッと退けていると、銀時はふと「ん?」と新聞の中に一つ気になる部分を見つけた。

 

「この四コマ漫画ってお前が描いたの?」

「え? ああそうだけど……普通の新聞だとそういうのはプロに任せるらしいけど、私そんな余裕ないからそこも自分で描いてるのよ」

「なるほどな……」

 

それは素人が素人なりにそこそこ頑張って描いたような4コマ漫画であった。

はたてが考えたのであろう架空のキャラが面白おかしく日常を謳歌してるかのようなよくある内容の4コマ。

 

しばし銀時はその4コマに何度も目を通した後「よし」と呟いて新聞を閉じ、はたての方に顔を上げた。

 

「じゃあこれからは漫画一本で勝負するぞ」

「なんでそうなるのよ!!」

「斬新だろ、記事よりも漫画の方に広く使っている新聞」

「それもう新聞というより漫画じゃん!!」

 

いきなり記事を減らして漫画のページを増やせと言われ、はたてはあまりの無茶ぶりに頭の中が一瞬真っ白になる。

 

「な、なんで漫画なのよ!」

「いや結論から言わせると、お前の記事って死ぬ程つまらないんだけど、この4コマ漫画だけには光る物感じたんだよ、いやマジで」

「マジで!?」

「だからマジで」

 

自分でも予想だにしていなかった感想を言われてはたてが驚いてる中、銀時は話を続ける。

 

「つまりもういっそつまらんモンは無理に向上させようとするのは諦めて、光る才能を持つこの漫画の方を徹底的に磨こう」

「み、磨くってどうすれば……」

「心配すんな」

 

いきなりそんな大掛かりな変更してみろと言われてもはたてはどうすればいいのかわからなかった。何せ今までずっと記者としてやっていたのにいきなり漫画の方に力を注げと言われても……

そんな困ってる様子の彼女に銀時はスッと自分を親指で指さしながら不敵に笑う。

 

「俺はこう見えてゴリラを一流の漫画家に育て上げた実績を持っている」

「ゴリラ!?」

「だから鴉天狗一人を一人前に育て上げるぐらいワケねぇんだよ」

「ゴリラって……え、本当にゴリラを……そういえば妖怪の山に漫画が描ける汗っかきのゴリラが住み着いてるとかどっかで……」

「いやもうゴリラの事はいいからさっさと打ち合わせ始めるぞ」

「自分から言っておいてゴリラの話ぶん投げた! あーもうわかったわよ!」

 

そもそもなんでゴリラを漫画家にしたの?とはたては言いたげな表情であったが、銀時がパンパンと両手を叩いて早速新聞の改善のための打ち合わせを開始した。

 

「とりあえずみっちりお前に漫画の基礎から教えてやる、短期間でものにしろよ」

「いいのかなこれで……まあいいか、もうこうなったらヤケクソだわ」

 

銀時の話に今一つ納得していない様子だったが、もはや考える事さえ面倒臭くなったのか素直に話を聞く体制に。

 

そんな彼女を見て文は満足げに微笑むと突如スクッと立ち上がる。

 

「それじゃあ私はこの辺で失礼します、八雲の旦那様、後はよろしくお願いします」

「え? アンタ帰るの?」

「私は漫画の事については詳しく知らないし、アンタのやり方をライバルの私が傍で聞いちゃマズいでしょ」

 

そう言いながら文はドアを開けてはたてに笑いかけながら出て行く。

 

「それじゃあね、私のライバルならライバルらしく這い上がってみなさいよ」

「……言われなくてもわかってるわよ」

 

彼女なりにライバルとしての激励を言い残すと、文は静かにドアをパタリと閉めた。

そして

 

「……いやはや、さっきから口元がニヤけてしょうがないですね、なにせ」

 

口元の笑みを隠す為に手で押さえつけながら、文はドアの向こうにいるはたてと銀時には聞こえない様に必死に笑い声を押し殺していた。

 

「グフフ、ここまで事が上手く進むと笑いが止まりませんよホント……!」

 

ほくそ笑みながら文をスタコラサッサとその場を後にする。

 

「ライバルとしてのよしみでアドバイザーを紹介する? な訳ないでしょ、ライバルであるからこそ落ちぶれた相手に自ら引導を渡してやるのが筋ってモンなのですよ」

 

背中の黒い羽を広げ、文は高く飛翔するとはたての家を上から見下ろしながら

 

「八雲の旦那のおかげで私も散々な目に遭いましたからね……せいぜい彼のアホなアドバイスを鵜呑みにしてそのまま地に落ちて下さい」

 

そう言い残すと文は何処へと行ってあっという間に消えてしまった。

 

しかしいずれ彼女は知るであろう。

後に銀時の奇抜なアイディアによってイメチェンしてはたての新聞、『花果子念報』は。

週刊発行の形式で19ページにも及ぶ超絶バトル漫画を連載し

人里の子供達や一部の妖怪の心を掴みまさかまさかの大ヒットを起こす事を

 

そしてそれを知って文ははたての描いた漫画が連載されている新聞を見て気付くであろう。

 

 

 

 

 

「……いやもうコレ新聞じゃなくね?」

 

 



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#16 方時土椛銀

妖怪の山には数多の妖怪が棲みついているがそれを統率するのは頂に住む天狗だ。

かつて鬼が棲んでいた時は彼等や河童もまた配下となり従っていたが。

鬼が地底に移動してからは、山は今事実上天狗の指揮下にあると称しても過言ではない。

天狗は長命であり生き延びる術に関しても長けており何より非常に賢い、山のリーダーになるには相応しいとも言える。

そんな彼等天狗にも種類という物がある。

 

天狗のボスである天魔

管理職である大天狗

報道部門を担当している鴉天狗

新聞の印刷担当の犬伏天狗

事務仕事担当、鼻高天狗

 

そして山の警備隊として働いている白狼天狗と

 

昨今、妖怪に対して過激な行動をしでかす人間に対しての抑止力となっている鬼天狗だ。

 

「ったく……なんで俺がこんな事しなきゃならねぇんだ」

 

そして丁度妖怪の山の入り口付近で不機嫌そうにタバコを咥えて立っている鬼天狗が一人。

鬼天狗が徒党を組んで結成した組織「真撰組」の副長、土方十四郎である。

 

土方十四郎

天狗でありながら「鬼の副長」という異名を持ち、冷静沈着に隊の指揮を取りつつ自らは鬼の様な強さで対立関係となった相手を容赦なしにたたっ斬る姿からそう呼ばれるようになった。

周りに厳しく、己にも厳しく、そんな性格ゆえに局長からも慕われ部下からの信頼も厚く(一人除く)真撰組にはなくてはならない存在である。

 

しかしそれほど強い妖怪であっても行った過ちは身をもって清算する事が天狗のルールであって……

 

「ちょっとタバコのポイ捨てしてボヤ騒ぎしただけじゃねぇか」

「いえ危うく山火事引き起こす所だったんですけど……」

 

ブツブツ文句を垂れながらタバコの煙を吹かす反省の色なしの土方に対し、隣に立っていた白狼天狗、犬走椛がジト目を向けてツッコミを入れていた。

 

犬走椛

山の見回りをしている白狼天狗であり、天狗の中では下っ端

下っ端である事を自覚しつつも上の者には結構ハッキリと言う性格であり、その為なのかは知らないが鴉天狗の射命丸文とはあまり仲がよろしくないらしい。

普段は山の警備に勤しんでおり、千里眼という珍しい能力を使って山に来る侵入者がいないか常に厳しくチェックするのが彼女の役目だ。

 

そして今は、数日前にとある出来事で不祥事を起こし、罰として真撰組から一時的に離されて自分達白狼天狗と同じく山の警備隊として加わる事になった土方のお目付け役となっている。

 

「土方さん、仕事中は喫煙するの止めて頂きませんかね、というか山に棲んでいるのだからタバコ自体止めて欲しいのですが」

「下っ端の分際で上司に指図するとはいい度胸じゃねぇか、腹切れ」

「切りませんよ、いいから真面目に仕事して下さい」

 

呼吸するかのように切腹命令されて椛はバッサリ断ると土方はフンと鼻を鳴らして

 

「そういや総悟から聞いたぞ、お前俺がボヤ騒ぎ起こした時に俺の事ちゃんと見えてたようだな、どうしてそれすぐに上の連中にチクらなかった」

「それはまあなんと言いますか……」

 

椛はバツの悪そうな顔を一瞬浮かべるとすぐに呆れた様子でため息を突き

 

「……それなりに私はあなた方の実力を買っているんですよ、あのような事で上の者があなた達の組織を御取り潰しになるのではと危惧したから庇ったまでです」

「アホか、あれしきの事で俺達真撰組が潰れてたまるか、そもそもウチの組織を編成したのはその上の者の一番上に立つとっつぁんだぞ、テメーで作った組織をみすみす潰すわけが……」

 

そう言いかけた所で今度は土方の方がしかめっ面を浮かべた。

 

「……おい、侵入者が現れたぞ」

「え!?」

 

彼の言葉に驚く椛を尻目に、彼女の背後に目をやりながら土方は腰に差した刀に静かに手を置く。

 

「この山に侵入する奴等はもれなく全員ぶった斬っていいんだよな?」

「私が何時そんな山賊みたいな事教えたんですか! 警告するだけでいいんですよ!」

 

鬼天狗というのは血の気が多い妖怪だ。他の天狗と違い手が出るのが圧倒的に早く彼等一族の歴史はゆえに血生臭い。

その事は椛も当然知ってはいるが、どうもこの土方という男。他の鬼天狗と比べても数段喧嘩早く、事あるごとに斬るだの、腹切れだのとのたまう始末。

 

椛は念を押して彼を抑え込みながらすぐ様振り返り、彼が見つけたという侵入者らしき人物の方へと振り返った。

 

「止まりなさい他の里の者よ! ここは長きに渡り我々妖怪がはびこる山! 命が惜しければすぐに引き返し……!」

 

出来れば相手を無傷のまま追い返したい椛はそう言いながら前方にいる人物達に向かって叫ぶ。

 

だがその叫び声は途中から消え入り、彼女はジッとやってきた連中を見つめる。

 

「……何やってんですか沖田さん?」

「ああチワワは気にしないでいいから、俺等の事はスルーで」

「は?」

 

やってきたのは椛の後にいる土方の部下の一人、沖田総悟であった。仏頂面をしながらこちらに向かって適当に返事してくるが、その態度に椛がカチンと来たのも束の間、彼の背後から現れたのはこれまたとんでもない者達であった。

 

「ほらほら見てママー、あんな所に白い犬ッコロと黒いニコチンがいるよー」

「キャー可愛いー、ハハハハハ」

「ってえええ!?」

 

やってきたのは幻想郷の最重鎮的存在である大妖怪・八雲紫と、その旦那である八雲銀時。

沖田の案内でここまでやってきたのだろうが、何故か上機嫌な様子で銀時の方はこちらを指差して笑っており、紫に至っては何故か何処ぞの鴉天狗が持っている写影機とかいう物を持ってパシャパシャと音を鳴らしていた。

 

「な、なぜ大妖怪と不死者の夫婦が妖怪の山にノコノコと!」

「んな事ぁどうでもいい」

 

疑問を浮かべる椛とは対照的に土方の方は既に自分の腰に差す刀にチャキっと手を置く。

 

「とっととお引き取り願うぞ、テメェも抜け」

「へぇぇぇ!?」

 

そしてこっちに至っては既に戦闘モードである、観光気分であるとはいえ相手はあの恐るべき幻想郷でも指折りの猛者である八雲紫だ。おまけに何をやっても死なない化け物である銀時まで傍に着いているのにこの男、どうやら引く気は無いらしい。

 

「来るものを追い払うのが門番の仕事なんだろ」

「いやそうですけど! 相手が悪いというかですね……ってああ!」

 

頬を掻きながらさすがにあの二人を相手取るのは無理があるんじゃないかなぁと椛が思ってた矢先。

既に土方の方がツカツカと動いて彼等の方に接近を試みていた。

 

「おいテメェ等、ここを誰のシマだと思ってやがる、のうのうと観光気分で遊びに来やがる所じゃねぇんだよ。火傷しねぇ内にさっさと失せろ」

「あらやだパパ~、私脅されてる~脅されちゃってるわ~」

 

早速脅し文句を付けながら追い払おうとして来る土方に向かって、紫の方は当然と言えば当然か、全く怖がり素振り見せずにまた写映機を彼に向ける。

 

「記念に撮っておきましょう~」

「おいちょっと、俺に向けてパシャパシャ音鳴らす奴向けるの止めろ」

「ハッハッハ、火傷するぞだってよママ、この山を大火傷させたテメーが何言ってんだろうねー、ハッハッハ~」

「アハハハハ! やだパパ面白ーい!」

「なんなんださっきからこの林家ペーパー夫婦!? 斬っていい!? もう斬っていい!?」

「わ~土方さんこらえて下さい! 私も確かにイラッときましたけどここで抜いたら幻想郷で戦争勃発ですよ!」

 

さっきからこっち指差してゲラゲラ笑っている八雲夫婦に土方は抜刀寸前、さすがに椛も少々ムカついている様だがここで手を出してはダメだと止めに入る。

そうしている内に紫の方がようやく笑うのを止めた。

 

「ごめんなさいねぇ、あなたの所の若い天狗さんにあなた達の事をからかいがいのある連中だって言うからついね」

「総悟テメェ……」

 

若い天狗といってチラリと脇目にいる沖田を見る紫に土方はすぐに察して彼の方を睨み付ける。

しかし沖田の方は目を細めながら挑発的に

 

「おいおい番犬如きがこの俺を呼び捨てかぁ土方、犬なら犬らしく上のモンには千切れるぐらい尻尾振るってモンだろうがよぉ」

「そうだよ、せっかくはるばるここまでやって来たお客様である俺達に対してなに刀抜こうとしてる訳? 全くココの犬ッコロは全くしつけがなってないんじゃないの?」

「すみません旦那、責任もって俺が後でしつけておきます」

「いい加減にしろコノヤロォ!! てかなんで仲良いんだお前等!」

 

二人揃って呆れた様子でこちらを見つめて来る沖田と銀時にそろそろ土方の我慢ゲージもオーバーヒートし始めた中で、紫がさっさと話を続ける。

 

「私はあなたの所の一番上の者と会う為にやってきたのよ。アポも取ってあるしここを通っても問題ないんじゃなくて?」

「一番上? つー事は相手はとっつぁんか……幻想郷のボスがウチの所の総大将になんの用だ」

「少し話をね、ここん所幻想郷に少々危険な思想を持った連中が増えてきているから、主な目的はそっちの事で話し合う事よ」

「危険思想……攘夷志士の連中の事か」

 

どうやら紫は攘夷志士の事について話し合う為にここまで来たみたいだ。土方はそれを聞いてしかめっ面を浮かべる。

攘夷志士、幻想郷から妖怪を追い払い人間だけの居場所にしようと目論む思想を持った過激派組織の事だ。

妖怪の大半はそんな妄想に近い企み事など耳にも入れずほったらかしにしているが、土方を始め一部の者は万が一にもあるのではと危険視している。

そしてそれは彼の隣にいる椛も同じである。

 

「攘夷志士ですか……この所活動が大幅に広まっているのはやはり彼等の中にいる”あの男”が動き始めた事が原因かもしれませんね」

「”桂小太郎”」

 

不安そうに顔を上げてきた椛に土方は一人の男の名を呟く。

 

「未だに素性も掴めねぇし何処にいるかも見当がつかねぇ、噂によれば『人間ではなく別の何か』とかも聞いた事あるな」

「人間でないのならならなぜ人間の味方をするんでしょうか?」

「そこん所がどうしても解せねぇ……そもそもその別の何かってのは一体なんだっていうんだ……」

 

土方と椛がその桂小太郎と呼ばれる人物について頭を悩ませているとそれを傍から聞いていた銀時はボリボリと首筋を掻き毟る。

 

「……アイツも懲りないねぇホント」

「どこぞの誰かさんと一緒ね、あなたの知ってる事を彼等に教えたら礼金ぐらい貰えるんじゃないの?」

「金には困ってねぇしめんどくせぇからパス、それにあのバカに関わる事はもうゴメンなんだよね俺」

 

紫と耳打ちしながら銀時が心底つまらなそうにそう返事した後、彼は再び土方達の方へ振り返る。

 

「まあそういう事だから俺達もう行くわ、邪魔したな番犬共」

「いやちょっと待て」

「あん? まだ何か俺達に用があんのか?」

 

それだけ言い残して紫と共に行こうとする銀時だがそれをすぐに土方が呼び止めた。

 

「大妖怪の用はわかった、だがお前は何の用でここに来た」

「は? んなの決まってんだろ、俺はカミさんの付き添いだ」

「あら、そんな事頼んだ覚えないわよ私」

「え?」

 

サラリと答えて再び行こうとした銀時だがそこで紫がキョトンとした様子で反応する。

さすがにこれは銀時も予想外。

 

「そういえばあなたどうしてついて来たのか?」

「どうしてってお前! 妖怪の山なんぞとかいう危険地帯にみすみすテメーのカミさん一人送り出す旦那が何処にいるんだよ!」

「その言葉はまあ素直に嬉しいと受け取ってあげるけど、今、この妖怪の山で一番恐ろしい存在って誰かしら?」

 

そう言って紫は優しく微笑む。その問いに対して銀時は「あ……」と察した。そして彼の代わりに沖田が小指で耳をほじりながらゆっくりと口を開く。

 

「そいつは間違いねぇよ、今現在妖怪の山に踏み込んでいるアンタだ。アンタがダントツで一番ヤベェ」

 

妖怪の山というより幻想郷の中でもその危険度はトップクラスと呼んでも過言ではない。

何せこの幻想郷で彼女とまともにやり合えるような者はほとんどいない。更に遊びでなく本気で彼女が動くとなれば……とにかくまともな思考を持つ者なら彼女と戦おうだなんてまず思わないという事だ。

 

「それは当然あなたもとっくにわかっているはずだと思うんだけど」

「バカ野郎そういう油断が命取りになるんだよ、いくらお前が敵無しの最強妖怪だってもしかしたらって事もあるだろ? だからこうして銀さんがお前の為に身を張って……」

「何が狙い?」

「家では妻が夫を支え外では夫が妻を支えるとか言うだろ? 言わない? まあどっちでもいいけど、とにかく俺はお前の事が心配だから……」

「何が狙いって聞いてるんだけど?」

「……」

 

なんだか読めた気がする周りにいる者がそう察した所で紫が笑顔で尋ねる。

すると銀時の表情が強張るとすぐに頭から冷や汗をかきながら恐る恐るスッと着物の裾からある物を取り出す。

 

「……妖怪の山に棲んでるお前の”友達の鬼”の角また取っちゃったから……謝るに行く時傍にいてくれない?」

「あらあら……」

「いやまた一緒に飲みに行った時についまた取れちゃって……」

 

銀時が取り出した物は紫もよく知るとある鬼の立派な角であった。可愛らしいリボンが角の先に結んである。

 

しかも今回は前回と違い2本だった。怯え切った表情で銀時は2本の角を両手で抱えながら紫に助けを求める。

 

「今度こそマジで殺されるかもしれないし、いざとなったらお前が俺を……」

「本当に懲りないわねあなたも」

「お願いします」

 

ニコニコと笑顔を浮かべる紫に銀時は深く深呼吸した後。

 

キリッとした表情を彼女に向けてゆっくりと口を開く。

 

「銀さんを助けて下さい」

 

その潔く情けない訴えに対し紫はやんわりと微笑んだまま

 

「無理」

 

その言葉と共に銀時の両端から紫の力である禍々しいスキマが現れ

 

「行ってらっしゃいダーリン、私の友人によろしく。殺されないよう”一応”祈っておくわ」

「ハニィィィィィィィィ!!!」

 

真顔を崩してすぐに泣き顔でこちらに手を伸ばそうとする銀時だが、彼女のスキマが瞬く間に彼を飲み込んで消してしまったのであった。

 

「さてと」

 

夫が消してしまった事も気にも留めず、紫は沖田の方へ振り返る。

 

「引き続き案内お願いするわね、山頂までに色々と巡ってみたい所もあるし」

「へーい」

 

気のない調子で沖田は返事すると、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま彼女の前を歩いて山頂へと歩き出した。

 

「さすが天下の大妖怪様だ、旦那の手籠め方もしっかり心得てるご様子で。とっつぁんがアンタを敵に回さないよう気を付けてる訳だ」

「あら大妖怪だろうがなんだろうが関係ないわよ。情けない夫のケツをひっぱ叩くのはいつだって妻の役目なんだから、どこの夫婦も同じ事やってるわよ」

「な~るほど、勉強になりまさぁ」

 

そんな談笑を続けつつ沖田と紫は寄り道しつつ山頂へと赴く。

 

そしてその場に残され何も言わずに紫の背中を見送っていた土方と椛はしばらくして。

 

 

 

 

 

「……俺、絶対結婚しない」

「だ、大丈夫ですよ、人それぞれですから……多分」

 

断固たる決意で呟く土方に苦笑交じりにフォローする椛であった。

 

妖怪の山は今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

しばらくして山の何処かでとある男の悲痛なる阿鼻叫喚が木霊したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#17 霊萃香夢

それはかつて妖怪の山を築き上げ、その頂点に君臨していた種族。

その強さは数多の妖怪とは一線を引き、強靭な生命力、怪力無双、大酒飲みと妖怪の中ではトップクラスに君臨する正に最強とも呼べる種族であった。

かつて鬼達は人を攫いそれがキッカケで鬼退治に出向いて来た者達と戦うという遊びに興じていたのだが

時代の流れと共に人間は知恵を付け、あの手この手を使った策略で彼等を根絶やしにしていくようになり。

次第に鬼達の住処は徐々に減り、今ではこの幻想郷からはるか下に存在する地底にヒッソリと住んでいる。

しかしそんな鬼達の中でこの幻想郷に度々遊びに来る者がいた。

 

伊吹萃香、あの大妖怪である八雲紫の古い友人にして、その実力を高く買ってもらっている程の屈指の実力者。

鬼としての自分に誇りを持ってはいるが誠実さがやや欠けている所があり、その為性格は豪快でも義理に厚いという鬼達の中では「異端児」扱いされている変わり者の鬼である。

 

そして今日も彼女は幻想郷に赴き、フラフラとした足取りでかつて自分達が支配していた鬼の山を我が物顔で歩くのであった。

 

「うぃ~萃香ちゃんが帰って来たよ~天狗共さっさと出迎えろ~、河童共は宴の用意しろ~い」

 

薄い茶色のロングヘアーを先っぽのほうで一つにまとめ、瞳は真紅、その頭の左右から身長と不釣り合いに長くねじれた角が二本生えている。

服装は白のノースリーブに紫のロングスカートで、頭に赤の大きなリボンをつけ、左の角にも青のリボンを巻いている。また呑んべぇなだけにいつも伊吹瓢という紫の瓢箪を持ち、三角錐、球、立方体の分銅を腰などから鎖で吊るしている。

 

彼女は常に酔っている、最後に酔いが醒めたの千年前の事だ。それ以来彼女が素面になった事は一度たりとも無いらしい。

 

「はぁ~ここ最近はあの忌々しい”卑怯者の銀時”のおかげでイライラする事ばかりだったから、気晴らしにここの天狗共に好き勝手命令させて遊ぼうと思っていたのに……」

 

彼女は自分自身に嘘をつかない、やりたいことがあればやり、やりたくないのであればやらない、つまりとびっきりの『自分勝手』な性格なのだ。故に嘘をつく者や騙そうとする者は彼女は特に大嫌いである。

 

「だ~れか私に付き合ってくれ~、暇すぎて死にそうなんだ~。一緒に飲んでくれればそれでいいから~ん?」

 

そう叫びながら萃香はおぼつかない歩き方でキョロキョロと見渡していると

 

ふと傍にあった草葉からゴソゴソと音が聞こえた、萃香はおもむろにその草葉の中に頭を突っ込んでみると

 

「行けぇ定春33号!今度こそ奴をぶちのめして定春32号の仇を取るアル!!」

「フッフッフ、何度やったって無駄だよ! アタイのグレートスーパーミラクル最強ちゃんはアタイと同じく最強なんだからね!!」

 

そこには鬼と同じく地底に住む夜兎族である神楽と、イタズラ好きで若干頭が弱い氷の妖精、チルノがしゃがみ込んでカブト相撲を行っていた。

 

と言っても神楽の方はフンコロガシでチルノの方はダンゴムシなのだが……

 

「いつも運んでるウンコと同じ要領でそいつも場外に転がり出すネ!」

「なに! そんな手があったなんて! 負けるなアタイのグレートハイパーデンジャラス……あれ? コイツの名前なんだっけ? まあいいやとにかく押し潰せぇ!!」

 

フンコロガシとダンゴムシは互いに敵意を向けることなくただ自由にウゴウゴと動き回っているだけなのも気付かずに本人達は無駄に熱くなっているご様子。

そんな平和な光景に萃香は口をへの字にして嘲笑を浮かべながら、草葉を掻き分けて彼女達の傍へ歩み寄る。

 

「ようよう我等が鬼と同郷の夜兎とチンケなイタズラするしか能のない妖精じゃないか。そんな虫っコロで遊ぶんじゃなくて私と一緒に飲まんかね?」

「あ、お前鬼アルな! 何しに来たんだこんな所に!」

「幻想郷で夜兎と顔合わせるなんて初めての経験だね、いや以前にやたらと頭の薄い夜兎と会った事あったような……まあどうでもいいか」

 

ヘラヘラ笑いながら萃香がやって来た事に気付くと、神楽はすぐに彼女が鬼だと気付いた。

夜兎族は本来鬼達と同じ場所、地底に住む一族なのでその存在を知っているのである。

しかしチルノの方は「ん~?」と小首を傾げながら知らない様子だ

 

「鬼って何?」

「私が住んでた所にいた連中の事ネ、滅茶苦茶強くて私達夜兎としょっちゅう喧嘩ばっかしてる奴等ヨ」

「ふーん、まあ最強のアタイには敵わないだろうけどね、あんな小さいの素手でいけるよ」

「寝言は寝て言うんだな妖精風情、鬼の私がお前なんぞ相手にもしないが調子に乗ってると痛い目に遭わせるぞ」

 

説明を聞いてもドヤ顔で全くビビらず笑って見せるチルノに萃香が座った目で酔いながら脅しをかける中、神楽は話を続ける。

 

「でもお前みたいなちっこい鬼は見た事ないアル、”勇儀姐”と比べて全然強そうに見えないヨロシ」

「勇儀姐? ああ~私の古いの友人である勇儀と知り合いなのか、アイツも私程じゃないが変わってるねぇ、夜兎の子供と仲良くしてるなんて」

「その勇儀って奴も強いの?」

「物凄く強いネ、それに超カッコいいしおっぱいもデカいし私の憧れアル、こんな昼時から酒飲んでベロベロになってる酔っ払いチビ助とは大違いヨ」

「……夜兎ってのは子供でも腹の立つ種族だなぁ~、いずれ絶滅させておくべきだろうかねぇ……」

 

どうやら自分の古い友人と彼女は知り合いだったらしい。そしてさり気なく自分をこき下ろしに来た神楽に対し、萃香は今後夜兎族をどうしてやろうかと瓢箪に入った酒を飲みながらしみじみと考えるのであった。

 

そうしていると今度はまた奥からゴソゴソと草を掻き分け何者かがヒョコッとこっちに体を出して現れる。

 

「ちょっとアンタ達、いつまでも遊んでないで私の食料探し手伝いなさいよ。あ、フンコロガシとダンゴムシ……煮たらイケるかしら……?」

 

やって来たのは博麗の巫女こと、博麗霊夢。どうやら極貧生活に耐えかねて妖怪の山で食材探しに勤しんでいたらしい。神楽とチルノが従えているフンコロガシとダンゴムシを見下ろしながらどう調理しようか悩んでいる所に萃香が「お」と嬉しそうに話しかける。

 

「おやおや霊夢、こんな所で会うとは奇遇だねぇ」

「あん? なんで萃香がこんな所にいる訳?」

 

いきなり現れた萃香に対して霊夢は面白くなさそうな表情でムッとする。しかし萃香は以前ヘラヘラと笑いながら機嫌良さそうに

 

「相も変わらず愛想が無いな、悪いけど今日もおたくの神社で寝泊まりさせてもらうよ」

「お断りよ、神聖なる神社に鬼が住み着いたなんて噂でもされたらたまったもんじゃないし」

「そうやってストレートに本音をぶつけてくる所が好感が持てるよ、今時の人間にしては珍しくてさ~」

「もし泊まりたいなら食材と酒を献上しなさい、そうすれば大歓迎よ」

「……人間というよりもはや我々鬼に近いな」

 

最初は拒否しながらも献上品を出すのであればいつでも泊まりに来いと腕を組みながら答える霊夢に

思わずヘラヘラ笑いを止めて苦笑してしまう萃香であった。

 

「まあそれで泊まらせてくれるならわかったよ、ならさっそく適当に人里から人間を一人や二人パパッと攫って……」

「んな真似したら即退治よ、つか私食材って言ったわよね? もしかして何? その攫った人間を食材と言い張るつもり?」

「そうなのか? 前に射命丸とかいうズル賢そうな天狗に「博麗の巫女は空腹状態の時、人間であろうが胃の中に収めようとする」と聞いたんだがね」

「あのパパラッチの話をまともに受け取るんじゃないわよ! あの野郎また下らんデタラメを風潮しやがって! 今度会ったらとっちめてやる!」

 

虫と雑草は食う彼女でもさすがに同じ人間を食すことは無理だ。

萃香にガセネタ吹き込んだ鴉天狗に怒りを覚えながら霊夢は舌打ちすると、ふと萃香の頭の上の二本の角の存在に気づいた。

 

「ていうかアンタの角元に戻ったのね、アイツがへし折ったらしいのに」

「なんとかな、角は我ら鬼の誇り、失った時はもうどうなるかと思ったが……」

 

八雲紫の夫、八雲銀時が二度に渡って鬼の角をへし折ったというのは何を隠そう彼女の角なのだ。

角は鬼にとって命の次に大事と呼んでもいい存在、それを折るという事は同時に鬼である誇りを失うという事に繋がるのだ。

 

そしてそんな大切な角が折れてしまった事を思い出しながら萃香は機嫌悪そうに霊夢から顔を逸らす。

 

「今思い出しても怒りがこみ上げてくるよ、あの卑劣なる不死の男千年前から何度も何度も我らの尊厳を奪って来たんだからな」

「数百年前ってアンタが昔アイツに騙し討ちされたって話?」

「ああそうさ、昔我等鬼が人攫いをしながら人間と戯れていた時、私はあの男と初めて出会ったんだ」

 

その話なら銀時からチラッと聞いた事もある霊夢、と言っても詳しくは知らない。

しかし恨めしい目つきで話す萃香を見る限り、忘れたくても忘れられない恨み深いエピソードだった様だ。

 

「その時の私はまだ若くやんちゃざかりで、鬼の四天王というチームを結成して日夜喧嘩に明け暮れる毎日だったんだ」

「どこの暴走族よそれ……」

「そしてアイツもまた三人の仲間を引き連れチームを作り、私達と頻繁に縄張り争いを続けてきた。戦いは一進一退、命取るか取られるかという殺伐とした戦いの中でもアイツ等は全く臆することなく我等に戦いを挑んでくる、アレこそまさに我らが望んでいた「鬼退治」だったねぇ~」

「あーヤンキーの喧嘩みたいな事してたのね、いつの時代も変わらないわねホント」

 

年寄りは酔うとやたらと自分の武勇伝を語りたがるのは鬼も同じなんだなと霊夢が呑気に考えている中で

萃香は頭をグラグラさせながら話を続ける。

 

「今思えば我等と互角に渡り合えるその強さには純粋に好感を覚えていたよ。なのにアイツと来たらよりにもよって……」

「あーはいはい、なんか長くなりそうだから今は勘弁してちょうだい」

 

こりゃ数時間は語りそうだなと察知した霊夢はすかさず萃香の話を止める、こんな所で彼女と付き合ってる暇はない、さっさと食材見つけてさっさと帰りたいのだ。

しかし萃香はまだブツブツ何か呟いている。

 

「というかアイツの能力、アレはかなり厄介だった。私や紫の力も相当ヤバいがアレもアレで中々相手するのがしんどい」

「ああ、確か『星との隙間を埋め、月へと届く能力』だっけ?」

「……アイツの能力に名前とかあったんだなぁ、しかもなんかアイツらしくない妙にロマンチックな名前だね」

「だいぶ前に紫が教えてくれたのよ。名付け親は本人じゃなくて紫みたいよ」

 

霊夢から銀時の能力の名前を聞いて思わず鼻で笑ってしまう萃香、確かにその名前はいかにも彼らしくない。

するとそこで先程から一緒に話を聞いていた神楽とチルノが身を乗り出す。

 

「銀ちゃんの能力ってどんなんアルか? そういえばよくパッと消えたりパッと現れたりしてたけど」

「アタイが見る限りアレはケツから物凄いオナラを噴き出してその勢いで色んな場所に飛べる能力だよ!」

「マジアルか? そういえば銀ちゃんの足って臭かったけどアレって銀ちゃんのオナラの匂いだったアルか?」

「アイツがそんな能力使いなら私全力でアイツとの縁を切るわ、足が臭いのは元々よ元々」

 

あまりにもアホ過ぎるチルノの推測に霊夢は呆れていると神楽の方は先程言っていた銀時の能力というのに興味津々の様子だ

 

「どういうのかお前は知ってるんだロ? 勿体ぶらずに教えろヨ」

「イヤよめんどくさい、ただでさえ説明するのも難しい力なのに、本人に聞けばいいでしょ」

「もし教えてくれたら私の酢こんぶ分けてやるヨロシ」

「気になる事があればなんなりと私めに」

「変わり身早い所は育ての親そっくりだなぁ」

 

ここ数日まともなモノにありつけていなかった霊夢にとって酢こんぶとは高級食材に匹敵する代物。

ずっと嫌々な態度だったクセにそれを餌にされた瞬間、すぐに輝いた笑顔を彼女に向ける霊夢。

その心変わりの速さに萃香があの忌々しい銀髪天然パーマを思い出していると、早速霊夢は説明を始めた。

 

「いい? まず星っていうのはいわば私達生きてる者の事を指すのよ、星との隙間を埋めるっていうのは自分と相手の間にある隙間を埋めるって事」

「銀ちゃんが瞬間移動みたいな事してたのはそれだったって事アルか?」

「そう、簡単に言えば対象の相手との距離を縮めるって事よ、色々と条件付きらしいけどそこまでは私も知らないわ」

 

相手がどれ程遠く離れた所にいようが銀時がちょっとその対象に狙いを定めれば一瞬でその人物の目の前に現れる事が出来る。

神楽の言う通り瞬間移動に近いかもしれないが、この力、行使する為には色々と制約がありあまり自由に扱えるものではないのだ。

 

「次に月へと届くって部分だけど、月ってのはまあ……簡単に言えば戦闘力とかって意味よ。届くいうのは相手の力に追いつくことが出来るって事」

「相手の力に追いつくってどういう事アルか?」

「どれだけの力の差があろうがアイツはそれを覆して同じ強さまで強くなれるって事、つまりアイツは距離の差だけじゃなくて力の差も埋められるのよ」

 

相手がどれだけ歴然の猛者であろうが銀時はその強さに追いつく事が出来る。

それはつまり彼に敵対する者にとっては厄介極まりないであろう、自分がどれ程の力を有しても銀時はその位置に手を届かせることが出来るのだから。

 

唯一救いなのはあくまで互角になるだけで銀時が絶対有利になるという保証はないという事である。

 

「あんなの使われたら反則よね、主人公としてどうなのかしら実際」

「それお前さんが言えるのかい霊夢?」

「は? なんで? 私空飛ぶ事ぐらいしか能力無いわよ?」

「いやまあ本人が気づいてないなら私は余計な事言わないよ、紫と違ってアンタに優しくアドバイスする義務も無いし」

 

どうやら銀時と同じく霊夢自身にも未知なる力が備わっているらしい。本人は口をへの字にして小首を傾げている辺りわかっていないみたいだが、萃香はやれやれとため息を突くとドカッとその場に座り出した。

 

「紫ほど凶悪でもないが力の行使は早い、霊夢ほど反則技でもないが、アイツもまた厄介。いわばアイツの能力はお前達二人の能力と比べると中間的な位置にいると呼んでも過言じゃない」

「それ紫にも言われたわね、「あの人の力は私とあなたの丁度真ん中辺りにあるような力なのよぉ」って」

「うわ、全然似てないな物真似」

「そうかしら? 我ながらよく特徴捉えてたと思うけど」

 

ダメ出しされても霊夢は全く気にしていない様子、そんな彼女に今度は萃香が話を始め出した。

 

「まあ霊夢の下手くそな物真似はいいとして、お前さん達、私とアイツが戦った時の話を聞かないかい?」

「あー聞かない聞かない、アンタとアイツの昔話とか心底どうでも良いし、後絶対長くなりそうだし」

「まあ聞け、年寄りの話は聞いてやるのが若いモンの務めだろぃ?」

 

と言って聞きたくなさそうな態度で死んだ魚の様な目をする霊夢と、いつの間にか体育座りして話を聞く体勢になっている神楽とチルノの前に座りながら

 

萃香は遠い遠い昔の事を話し始めた

 

 

 

 

 

 

「まだ幻想郷も無くアイツが紫と結婚していなかった頃の話だ、当時のアイツの名前はそう」

 

 

 

 

 

 

「坂田銀時」

 

 

 

 

 

次回、萃香が語る若き頃の侍の話

 

 

 

 

 



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#18 銀萃香時

時は永祚二年(990年)

鬼の四天王と呼ばれし妖怪が人里を襲い暴れていると知った平安の武将・源頼光は

たった四人の腕の立つ家来を率いて鬼退治へと赴いていた。

 

そしてその家来の一人の名は「坂田銀時」

幼生の記憶は彼自身がおぼろげにしか覚えておらず、どこで生まれ誰に育てられたかは不明。

奇天烈な術を扱うだの、首を斬られても死なないだの、妖怪の娘を連れているだの、おかしな噂が多い謎の青年であった。

素性も知れぬ輩として人々からは畏怖の目で見られ続ける人生を送っていたが、程無くしてしその腕と武勇を武将、源頼光に買われて彼の家来となった。

 

そしてこのお話はそんな坂田銀時と鬼の四天王の頂点に君臨する酒呑童子こと伊吹萃香との激闘の記録である。

 

事の始まりと終わりは永祚二年の四月二十八日。

 

大江山という鬼の巣窟へと足を踏み入れた銀時は、主である源頼光と他の三人の家来と離れ離れになってしまう。

鬼の住む山の中で孤立するという最悪の状況の中で、更なる不運が彼の前に現れた。

 

「ほう、お前が我等鬼を退治せしめんとはるばる遠い都からやって来たという侍か」

「……」

 

突如銀時の前に現れたのはなんと酒呑童子と恐れられ、鬼の四天王の頂点に立つ伊吹萃香が自分の方から現れたのだ。

 

「随分と若いな、しかしただの人間とは思えん覇気も見える。うむ、やはり鬼退治に来る相手はこうでなくてはな、かの桃太郎という男も中々の豪傑であったと聞くし」

 

見た目は小柄で華奢な女子ではあるが騙される事無かれ、彼女の扱う術は鬼でありながら仙人の如き奇想天外な類の者ばかり。もし彼女と出会ってしまっ場合。そんじゃそこらの人間ではただ泣き叫びながら彼女に食われるという悲惨な最期を遂げる未来しかない。

 

しかし銀時は違った。

彼はただ曇りのない目で彼女の心を見透かすかのように見つめながら、ただ一言だけ彼女に問いかける。

 

 

 

 

 

「あのすみません、ケツ拭くモンとか持ってませんか?」

 

現在銀時の状態はというと、主君も仲間も周りにおらず孤立状態、そして目の前には倒すべき鬼、萃香。

そして彼自身の状態はというと

 

茂みの中で腰を沈め、袴を半分下ろしたまま尻を出しているという、完全に野で用を足していた真っ最中であったのだ。

 

尻を出してしゃがみ込んでいる銀時はただ寂しそうな顔で、相手が誰であろうと構うもんかと言った感じで、鬼である萃香に助けを求める。

 

「いやあのね、俺もこうして敵地でウンコするとは思いもしませんでしたよ、だけど昨日の夜によ、知り合いの女に珍妙なモンを食わされてしまいまして、その結果朝からずっと下痢気味になるわ、ウンコしてる間に他の連中に置いてかれるわで散々なんですよホント。わかりますお嬢さん?」

「ほう……なんでしゃがみ込んで是が是非にでも腰を上げようとしない態勢を取っているんだと思っていたが……貴様我等の住む山に対してとんでもない土産を持って来てくれたようだな」

「持ってきたつうか、出したっつうか……とりあえずなんかねぇの? ここ近くに丁度いい葉っぱが無くて参ってんだよ、どれもこれもギザギザしてるし、これ使ったらケツ血だるまになるって絶対」

 

彼の手には鬼の山特有の鋭く尖った葉が一枚。思い切ってこれで拭いてみようと考えたのだが即座に諦めたのであろう、そんな相手を前にして萃香はただ手に持った酒入瓢箪をグビッと一口飲む。

 

「あ~まだまだ鬼の中では若い私ではあるが、こんなマヌケな恰好で鬼退治にやってきた奴と戦う羽目になるとは思いもしなんだ。さてさてどう料理してくれようかぁ」

「え、何? もしかしておたくこんな状態の俺を殺す気なの? いやいやそれはさすがに洒落にならないって、もしもコレが後々の伝記に記されるとなると大変だよ? 悪名高き酒呑童子様はあろう事か野グソしている最中の気高き武士を騙し討ちにしたって残されるよ? 一生の恥だよ?」

「気高き武士は野グソなんかせんだろ、ここで死ぬのはただの愚か者一人、それだけさね」

「待て待て待てって! 拳振り上げるな拳を!!」

 

若い鬼は世間をまだ詳しく知らないせいか、容赦というかためらいというモノが無い。

ただ刃向かう者は容赦無く殺すという極めて単純な物事で白黒付ける事を好む性格なのだ。

 

そして萃香もまた若き鬼、銀時がどれだけ抗弁を垂れても聞く耳持たず、拳を振り下ろしてさっさと殺してしまおうとしたその時

 

「あなた~お弁当持ってきたわよぉ~」

「うん?」

「ってオイ! なんつうタイミングで来てんだあのバカ女!!」

 

不意にこの様なタイミングでやって来るとは思えない様な呑気そうな女性の声に、萃香は思わずピタリと拳を止めてそちらの方へ振り向く。

銀時の方も物凄くバツの悪そうな顔で顔だけ振り向いた。

 

「も~あなたったらせっかく私が用意したお弁当持って行かずに戦に出掛けちゃうなんて酷いわぁ」

「誰があなただ! 前々から奥さんヅラで接してくるの止めろっつったろ! 周りが変に誤解するんだから普通に呼べ!」

「あら、あなたが私についてこいって言ったのよ? 男が女に対してそういうセリフを言うって事はもう求婚よね? それに私が応じたんだからあなたと私はもうその時点で結婚よね?」

「どうなってんのお前の思考回路!? ちょっと前に死体食ってウロウロしてるお前をただ拾ってやっただけだろうが! 新婚夫婦ごっこなんてしてる暇ねぇんだよさっさと帰れ!!」

 

突然と萃香と銀時の前に現れたのは長い金髪を優雅に流し、片手に布袋を持参している謎の女性。

この者、以前銀時が露頭を彷徨っていた時にうっかり拾ってしまった妖怪なのだが

それ以降何故か好意的に銀時の後をついて回り、おっ払おうにも払えぬ状態なのだ。

なぜ彼女がこうまで自分に懐いてしまったのかは銀時自身は知らないというのもおかしな話である。

ちなみに彼女の名は「八雲紫」というらしく、その名もまた誰が彼女に付けたのかわからないらしい。

 

「はいコレ、パンデモニウム」

「キシャァァァァァァァァ!!!!」

「だぁぁぁぁぁぁぁ!! 弁当ってそのグロテスクな化けモンだったのかよ! いらねぇよそんなの!」

 

紫が布袋から取り出したのはこれまた奇怪な生物、パンデモニウム。

何本の長い触指をガサゴソと動かす姿は虫にも見えるのだが、その顔面は地獄に堕ちた罪人の如く恐ろしい。

紫が両手で抱えなければいけない程の大きさを誇るそのパンデモニウムを見て、銀時はしゃがみ込んだ状態で指を突き付けながら怒鳴りつける。

 

「つーか俺が腹壊したのってお前が無理矢理俺にそれ食わしたのが原因だったんだろうが!! なんでそんなの持ってきたんだよ! また俺のナイーブな腹を下させるつもりか!」

「ええそうよ」

「ええ!? この子まさかの確信犯だったの!? だからあんな嬉しそうに俺の口にパンデモニウム突っ込んできたの!?」

 

こんな奇怪な虫を食べさせられたら誰だって腹を壊す、というより命の危機さえ覚えであろう。

だがそんなものを紫は嬉々とした表情で敢えて銀時をそんな目に遭わせるように無理矢理食べさせたいらしい。

驚愕する銀時に紫は話を始める。

 

「だってあなた、ここ最近夜の内に屋敷から抜け出してどこぞの女の所へ遊びに行ってるみたいじゃない? それって浮気よね? 絶対浮気よね? もしくはゲス不倫よね?」

「ゲス不倫って何!? 俺がどこぞの女と会ってようがテメェには関係ねぇだろうが!! 浮気も何も俺とお前は付き合ってもねぇんだし!」

「ひどいわぁ、もう随分と一緒にいる仲なのに……」

 

はっきりと交際を否定する銀時に紫はショックを受けたかのように顔を手で覆い悲しそうな目。

しかしすぐにケロッとした表情を浮かべて隣にいた萃香の方へ

 

「あなたはどう思う、鬼のお嬢さん?」

「全く酷い男だな、こういうのは抹殺するのが世の為だ、あ、そのパンデモニウム、食わないなら私によこせ」

「お前食うのそれ!?」

「ああ、妖怪にとってパンデモニウムはおやつみたいなものだからね」

 

蠢きながら金切り声を上げている不気味な生物を紫の手からヒョイとかすめ取ると、萃香は平然とした様子でそれを頭からガブリと噛みつき食べ始める。

バリバリと口の中で何度も噛み砕きながら萃香は改めて紫の方へ振り返る。

 

「それで、お前は何者だ?」

「この人の嫁です、夫がお世話になってまぁす」

「だから嫁じゃねぇって!」

「ああ、そうだわ。これつまらないものですけどどうぞ」

「お、酒かぃ?」

「あぁそれは俺が大事に蔵に隠してた!!」

 

萃香に丁寧に挨拶すると紫はニコニコ笑ったままパンデモニウムだけでなく別の物も萃香の方へ差し出した。

それは何の変哲もない酒の入った一升瓶なのだが、銀時はそれを見て顔を青くさせる。

 

「今じゃ絶対に入らない幻の名酒! 「幻想ごろし」じゃねぇか!! なんてもん鬼に上げようとしてんだクソアマ!!」

「どうせあのけだるそうな白髪女と一緒に呑もうとか考えてたんでしょうけど残念だったわね。あの女に呑ませるくらいならここで鬼にあげたほうがマシだわ」

「止めろぉ! その酒は! 伝説とまで呼ばれているその幻の酒だけは飲まないでくれぇ!!」

 

ここまで必死になっているという事は相当大切なお酒だったらしい。そんな半泣きの状態で叫んでいる銀時を無視し、萃香は「ほほ~」と機嫌良さそうに紫からその一升瓶を受け取る。

 

「聞いた事のない酒だが幻の酒とは興味深い、我々鬼は酒に目が無くてね。もしこれが私の舌を満足させる事の出来る上物であれば命だけは見逃してやらんでもない」

「命とかそんなんどうでもいいですから! どうか! どうかその酒だけは飲まないで下さい!!」

「はっはっは、もう遅いよ馬鹿め」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

珍しい上物の酒と聞いては、それを吞まぬなど鬼にとってはもってのほか。萃香は泣き叫ぶ銀時の声を肴に、意気揚々とその一升瓶に口をつけて一気にグビッと飲み干す。

 

そして次の瞬間

 

呑む体勢のまま萃香は後ろにバタン!と思いきり倒れてしまった、すると……

 

「Zzzzzzzzzz……」

 

口から寝息を立て、目を開けたまま完全に寝てしまった。酒を浴びる様に飲むことで有名な鬼が一升瓶一本で完全に熟睡するに至ってしまったのだ。

 

そして萃香が完全に眠ってしまった事を知ると、先程まで泣き顔だった銀時が「はぁ~あ……」とため息を突きながらけだるそうな表情を浮かべると、脱いでいた袴を履き直してスクッと茂みから立ち上がった。

 

「この程度の策も見抜けねぇたぁマヌケな奴だぜホント、ま、所詮鬼の中では新参者だからなコイツも」

「随分と長い芝居だったわね、これもあの人が考えた作戦なの? 源頼光さんの?」

「ああそうだよ、アレも物好きというか遊び好きというか……」

 

自分の主君をアレと呼ぶものの別に嫌悪が混じった感じではなく、少々呆れた様子で銀時は後頭部を掻きながら寝ている萃香の方へ近づくと、自分の腰に差していた刀を鞘からスッと引き抜く。

 

「さてと、パパッと終わらせるか」

「殺すつもり?」

「んまぁ殺した方が良いんだけどなぁ、けど痛い目に遭ったコイツを鬼の住処に帰した方が、鬼もビビッて人を襲う事無くなるかもしれねぇって頼光の奴が言っててよ」

「復讐でもされないかしら?」

「心配ねぇよ、そん時は」

 

紫との会話の途中で突如銀時は刀をヒュンっと縦に一振り。

しばしの間が置かれた後、萃香の赤い布切れが付いた方の大きな角がポロッと綺麗に取れた。

 

「鬼より恐ろしい夜叉が全員まとめて討伐してやるよ」

「あた頼もしい、さすがは私の旦那様」

「だから旦那じゃねぇって、俺はそういう所帯とかめんどくせぇの持ちたくねぇんだよ」

 

萃香の角を拾い上げて懐に仕舞うと、未だ寝息を立てて寝ている萃香の事など気にも留めずに、銀時は紫連れてさっさと山を下りて行く。

 

 

 

「ところであの白髪女の話なんだけど? 今度いつ会いに行くの? 私も連れて行って欲しいんだけど」

「ぜってぇ言わねぇ、それに言っておくけどお前の考えてる様な事はしてねぇぞ、俺はただお互い似たような境遇の身だから身の上話に付き合ってやってるだけだっての」

「あなたの口からだととても信じられないわ、だからその女に会わせて頂戴」

「しつけぇな本当に、何もねぇって言ってんだろうがコノヤロー」

 

疑り深そうにジト目でこちらを睨んでくる紫に、銀時は素知らぬ顔で流す。

山から下りても都に戻っても、二人が延々とこの件について話を続けるのであった。

しかしこの議論もすぐに何事も無かったかのように収まるであろう。

何故ならやがて時が過ぎ、なんやかんやあって二人は晴れて夫婦となるのだから

 

めでたしめでたし

 

 

 

 

 

 

 

「っという悲しい話が合ったんだよ、私に……」

「そら災難だったわね、てかなんでアンタが寝ている間のアイツと紫の会話までわかんのよ」

「後々紫から聞いたんだよ」

 

そして時は再び現代に戻る。

萃香の昔話を渋々聞いていた霊夢は腕を組みながら適当に答えてあげている中、一緒に聞いていた神楽とチルノは不思議そうに萃香を見つめる。

 

「結局お前、銀ちゃんに騙されて角取られてからどうなったアルか?」

「おめおめと命よりも大事と呼ばれている角を失くした私を、同志達が快く迎え入れてくれると思ったか? 鬼の里から追放されてそれから私は一生日陰者さね」

「あれ? でも今は角戻ってるじゃん? どうしたのそれ? 生えたの?」

「鬼の角は生えんよ、角を奴に奪われて数百年後だったかね……一人ぼっちでブラブラしていた私に紫の奴がひょっこり現れて取られた角を返しに来てくれたんだよ」

 

リボンの付いた方の角をさすりながら萃香は懐かしむ様に呟く。彼女にとって、否、鬼にとって角は命よりも大事と呼ばれている。

それを幾度も折ってしまっている銀時はまさに鬼より恐ろしい夜叉とも呼べるかもしれない

 

「でもアンタの話聞いて少し意外だったわね、アイツって昔は紫に対してツンツンしてたのね」

「私の悲劇の話よりもそっちの方が興味おありだったのかお前は」

「いやどっちも全然興味ないけど、まあアイツの昔の話とか全然知らなかったから」

 

自分の事より銀時の事に関心を持つのかと萃香は寂しげにガックリ首を垂れる中、霊夢はボソリと呟く。

 

「アイツってば昔から謎だらけなのよ、アイツだけじゃなくて紫もだけど」

「私がどうかした?」

「ってうおわぁ!!」

 

突如霊夢の背後からなんの前触れもなく現れたのは、先程話していた中で登場していた八雲紫本人であった。

萃香の話に出ていた時は安っぽい着物姿であったらしいが、今はすっかりきらびやかな服装に身を包ませている。

 

「いきなり出てくんじゃないわよアンタは! ったく何度も言わせるな!!」

「あらごめんあそばせ、呼ばれたような気がしたから」

「呼んでないわよ!」

 

現れた紫に対して霊夢はシッシッと手で追い払う仕草をするが、萃香は彼女を見て愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「おお~懐かしき友よ、コイツは奇遇だ、一緒に呑まんかね?」

「あらあなたまたこっち来てたの、だったらまたあの人連れてくるから三人で飲みましょうか」

「ああ!? 私はあのバカに角を何度もへし折られたんだぞ!」

 

あの人、アイツと呼ばれているのは当然銀時の事であろう。

何百年経ってはいるがそれでもここ最近で二度も奴に角を折られているのだ。

萃香が嫌がるのも無理はない。

 

「酔ったアイツと一緒に呑むのはコリゴリだ!」

「まあまあそう言わずに、私がちゃんと真ん中に入ってあげるから」

「約束だぞ、アレがへらへら笑いながら私に近づこうとした時は間髪入れずにアイツを止めろ、息の根を」

「はいはい」

 

紫がブレーキ役を買って出ると萃香は案外あっさりとした感じで銀時を交えた飲み会を了承した。

すると萃香は重い腰を上げて立ち上がると、紫の方へ歩み寄る。

 

「それじゃあアイツの所へ案内してくれ、じゃあな霊夢、夜兎に妖精」

 

そう言い残すと萃香の前に紫の用意したスキマがぽっかり開き、彼女は何の躊躇も見せずにその中へと入って消えていった。

しばらくしてスキマの先から「げぇ! なんでお前が! 前の件はもう済んだだろ!」と聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「それじゃあ霊夢、虫ばかり食べてないで野菜とかお肉も食べなさいよ」

「食べようにも食べれないから虫食ってんでしょうが、今度あんたの所の式神に持って来させてよ」

「気が向いたらね」

「持ってこさせる気0でしょアンタ……」

 

こりゃまた当分虫だけの生活になりそうだなと、霊夢が諦めている間に、紫は最後に神楽とチルノに笑顔で手を振ると萃香が潜った隙間に入って消えてしまった。

それと同時に「紫ぃ! 俺謝ったのにコイツまだ根に持ってんだよ! なんとかしてくんないマジで!?」と先程の声が聞こえてきた。

 

「やれやれ、千年前は殺し合いする関係だったのに今ではすっかり飲み仲間って……」

 

ポリポリと髪を掻き毟りながら呆れつつも、あの三人が飲んでる姿を想像して思わずフッと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「ま、現代のおとぎ話は多少展開がマイルドになっていると聞くし、こういう結末もありなのかもね、どーでもいいけど」

 

長きに渡り深き因縁を持っていた鬼と夜叉は、一人の妖怪が仲裁役となった事で仲直り。

口論はするし時には殴り合いをするも、そこにはもう種族とか関係なくただの飲み仲間としての関係を築いていたのであった。

 

これで本当のめでたしめでたし

 

 

 

 



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#19 銀紫時スアリ

ある夜の事、アリス・マーガトロイドは人里へとやって来ていた。

目当てはやたらと変な歌を歌う事が好きな店主のいる屋台ではなく、そこから少し近くにあるかぶき町という場所。

本来人里というのは夜であること者は滅多にいなくなり静かになるものなのだがこの町は違う。

昼よりも夜の方が多く人で賑わい、やたらと官能的な店が立ち並ぶ異様な雰囲気の場所である。

妖しい店が立ち並んでいるせいか治安も悪く、ゴロツキや札付きのワルが喧嘩している姿を見る事は日常茶飯事。

賭場場や居酒屋で傷害事件が起きる事も少なくはない。

 

そんな危ない場所に何故アリスが一人ノコノコとやって来ているのかというと

 

「……何しにこんな所に来てるのかしらあの人……」

 

賑わう人ごみに隠れながらアリスは悟られぬよう誰かの後を追っていた。

彼女がここに来た理由は一つ、偶然にも人里で見かけた彼がこの町へ入るのを見かけたからだ。

 

「ここっていかがわしい店が多くて有名な場所よね、何が目的なの一体……まさか所帯持ちでありながら夜遊びとか……」

 

家庭を持っている彼が何故かぶき町などという危険な誘惑の多い所へ来ているのだろうか、居ても立っても居られなかったアリスは怪しむ様な目を彼の背中に向けながら何処へ行くのかと必死に追跡する。

 

だがそこで

 

「え?」

 

彼の姿が一瞬にして消えた、そして次に後ろから

 

「何やってんのお前? 一人でこんな所来たら危ねぇだろ」

「うわぁ!!」

 

いきなり彼こと八雲銀時は一瞬にしてアリスの背後に立っていた、彼女が両手を上げて驚くと、銀時は仏頂面で見下ろしながら髪を掻き毟る。

 

「まさかお前、金に困ってこんな所で夜の仕事とかやってるんじゃねぇだろうな? お前糸操れるらしいしアレか、SMプレイ的な?」

「してないわよ失礼ね! 私はただあなたの後を隠れてついて来ていただけよ!」

「ああ、やっぱあれって俺を尾行してたのか、なんで後ろでコソコソしてるのかと思ってたけど。言っておくがこの町入る前からずっとバレてんだよ」

 

自分の後を追っていた事に薄々勘付いていた銀時は死んだ目で彼女を見つめながら話を続ける。

 

「別に普通に話しかけりゃぁいいだろうが、なんで黙って俺の後をついて来んだよ? そんなんじゃストーカーになっちゃうよ?」

「誰がストーカーよ、私はもしかしたらあなたが変な店で遊んでるんじゃないかと思って心配で見に来たのよ」

「なんでお前が俺が夜遊びしてるかどうか心配になんだよ、紫ならともかくお前に心配される筋合いはねぇって」

「い、いいじゃない別に!」

 

頭の上に「?」を浮かべながらアリスの行動にいまいち理解できないでいる銀時に、彼女は不機嫌そうに顔を逸らしつつ、そっと目だけを彼に向けた。

 

「……それであなたがここに来た目的はなんなの?」

「俺はただ行きつけの飲み屋に行こうと思っただけだよ」

「……まさかそこの飲み屋に凄い美人な人がいるとか」

「いねぇよ、そりゃいたら嬉しいけど、あそこには老い先短いババァと団地妻みたいな猫耳妖怪がいるだけだって、飲み屋というよりほとんどお化け屋敷だなあそこは」

 

手を横に振りながらけだるそうに否定すると、銀時はアリスに背を向ける。

 

「まだ疑うってんならついて来いよ、ただし今度は隠れてじゃなくて堂々と俺の隣歩け、この辺物騒だから離れるんじゃねぇぞ」

「た、確かにこの町って変な輩が多いし……一人で帰るのも怖いし仕方ないわね……」

 

ぶっきらぼうな言葉の中にも一応気遣ってくれているのだろうと悟り、アリスは面白くなさそうな表情をしながらもすぐに彼を追って言いつけ通り隣を歩く。

 

夜のかぶき町を男女で歩くという事に若干の抵抗感を覚えるも、アリスはふと隣にいる彼の横顔を眺めながら顔をしかめる。

 

「大丈夫なの私と二人でこんな所にいて? 奥さんが知ったら怒るんじゃない?」

「大丈夫だって、別に今からお前といやらしい場所に行く訳じゃないんだし」

「い、いやらしい場所!?」

「長年連れ添っていれば大抵の事は笑って流してくれるモンなんだよ、あ、でも……」

 

いやらしいと聞いて思わず変な想像をしてしまって赤面するアリスをよそに銀時は顎に手を当て眉間にしわを寄せた。

 

「もし”アイツ”と一緒にこの町来てたらキレるかもな……紫はアイツの事まだ嫌ってるし……」

「……アイツ?」

「いやこっちの話だから、気にしなくていいから」

「アイツって誰? 女の人? 八雲紫が嫌ってるって事はあなたとその人何かあったの?」

「急に怖い顔してどうしたんだお前……あー紫と結婚する前にな、ちょくちょく会ってた奴がいたんだよ」

 

何故かこちらをキツく睨み付けながら尋問するかのように尋ねてくるアリスに少々ビビりながらも、銀時はちょっとした昔の話をしてあげる。

 

「俺と同じ不老不死で、似たような境遇だから何かと話が合う間柄の女でな、そいつに会う度に紫の奴が機嫌が悪くなる一方で大変だったぜホント」

「もしかしてその人ってあなたの……」

「…………」

「ちょっとなんでそこで目を逸らすのよ、私の目をちゃんと見れないの? 真実を話しなさい真実を」

「あ~もう! いいだろうが別に! お前には関係ないだろ! 一体何なんだよ急に!」

 

意を決してアリスが彼女について尋ねようとした時、銀時が気まずそうにゆっくりと目を逸らしたのをハッキリと確認した。いよいよもってコレは怪しいと、アリスは彼の袖を何度も引っ張りながら答えさせようとするが、銀時は声を荒げながら袖を引っ張るのを止めさせる。

 

「もしかしてお前、まだ例の件引きずってんの? だからちょっと意識しちゃってるんじゃないの? もういい加減忘れようよ、忘れた方が俺とお前の為になるから、これからは過去を振り返らずに未来へと羽ばたこうやお嬢さん」

「な! あなたにとっては忘れた方が為になるかもしれないけど! 私の場合はそうはいかないのよ!」

 

例の件というのはちょっと前に酒で酔い潰れた銀時とアリスが一緒の布団にいたという事件の事だ(その時何があったかは不明)。

しかしそれを忘れろと安易に言ってしまった銀時に、アリスは歩くのを止めて立ち止まると突然怒鳴り声を上げる。

 

「こちとらあなたのせいでずっと眠れない夜が続いているんだからね! 責任取りなさいよ! 自分には家庭があるからとかいって私から逃げないでよ!」

「い、いやちょっと待ってアリスちゃん、別にお前から逃げようだなんて人聞きの悪い……俺はただお前に重荷を背負わせたくないと思った上で忘れた方がいいんじゃないの?って言っただけであって……」

「いいやあなたは私にやった事を逃げようとしているわ絶対! 奥さんとか過去の女を出して私を遠ざけようとしている! 何よもうあなたにとって私は用済みだっていうの!? 使い終わったら捨てる! それがあなたのやり方なの!! そうやって一体あなたは何人の女を泣かせてきたの!」

「ちょっとぉアリスちゃん!? 酔っても無いのに急に暴走モード入るの止めて! しかもこんな人気の多い場所で!!」

 

徐々に目を濡らしながらこちらを激しく責め立てるアリスに銀時はあたふたしながら周りを見渡すと、案の定通行人がヒソヒソと話しながらこちらを注目している事に気付いた。

 

「わ、わかった俺が悪かったから! ちゃんと謝るから! だからちょっと場所移そう! ここは人目多いし周りに迷惑だから! もうちょっと人目が付かない場所に! な!」

「……じゃああそこ行きましょう」

「へ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

とにかく事態を早く終わらせねばと場所を移す事に提案する銀時に対し、アリスは目を腕でこすりながらある方向を指差す。

 

指差した先にあるのはこのかぶき町でもかなりの大きさを誇る宿泊施設、名は『ガンダーラ・ブホテル』

 

「却下! あそこには銀さん行けません! アレルギーなんでホント!! ホテルと名の付くモンに近づいたら死ぬって医者に言われてるんで!」

「ほらやっぱり! あなたはただ私から逃げようとしか考えていないんだわ!」

「逃げてんじゃねぇよ! あんな所行ったらもう完全に奥さんに殺される!! あーもういいから俺について来い!!」

 

このままじゃ埒が明かない、そう思った銀時は彼女の手を取って無理矢理走らせる。

 

「こうなったらあそこに避難だ!」

「私を何処へ連れて行く気!? まさかどこぞの店に私を売り飛ばそうという算段じゃ……!」

「お前の中で俺ってどんだけ外道な存在なの!? もうこっちが泣きそうなんだけど!?」

 

手を持ってもまだ泣き声を上げながら喚いているアリスを銀時は人目を避けつつ必死に走るのであった。

 

 

 

 

 

 

数十分後、銀時はとあるスナックの横から2階へと続く階段を昇った先にある家へと辿り着いていた。

 

「おら着いたぞ、とりあえずここで一旦落ち着け」

「……どこなのここ?」

「俺が下の階でスナックやってるババァから借りてる部屋だ、基本ここで酔い潰れた時や紫と喧嘩した時はよくこっちで寝泊まりすんだよ」

 

部屋の中へと案内されて、アリスは若干腫れている目元をこすりながら周りを見渡す。

二つのソファ、事務机、壁に掛けられている掛け軸には『糖分』。あまり豪華な家具も置いてない所からして銀時の隠れ蓑みたいな場所なのであろう。

 

「なるほど、愛人を連れ込むにはもってこいの場所って訳ね、理解したわ」

「ううん全然理解してないから、銀さんの気持ち全然わかってくれてないから」

 

まだおかしな事を真顔で言うアリスに銀時は即ツッコミを入れると、台所から持ってきたコップに入った水を彼女に渡す。

 

「いやまあ忘れろとはもう言わねぇけどよ、悪いけど俺にはカミさんもいるからそこん所はキチンとわかって欲しいんだよ」

「……わかったわ」

「わかってくれたか」

「で? いつあの女と別れるの? 来年? 来月? 来週? 明日? 今?」

「わかってねぇじゃねぇか! ってか目怖ッ!」

 

銀時から受け取ったお水を一気飲み干すと、よどんだ目でこちらをジーッと見つめてくるアリスに寒気を覚えながらも、銀時は彼女をソファに座らせて、自分も隣に座る。

 

「はぁ~……どうしたもんかねぇ……」

「……そもそもあなた本当になんで八雲紫と結婚したのよ、相手はあの大妖怪よ、よく決心着いたわね」

「あ? なんでって言われてもな……コイツと一緒にいれば一生退屈しねぇかもなとか思っただけだよ、それに」

「それに?」

「……俺はアイツとは初めて会った時に初めて会ったような気がしなかったんだよな」

 

急におかしな事を言う銀時にアリスは「は?」と口をへの字にしながら首を傾げしばらく考えた後

 

「病院行く?」

「酷くないお前?」

「いやだって言ってる事意味わかんないし」

「だからなんつうかこう……現世じゃなくて前世の頃に会ってたような的な?」

 

少々照れ気味に銀時が言いずらそうにそう呟くと、アリスはしかめっ面を浮かべながら何言ってんだコイツといった感じで見つめる。

 

「前世? 前世って何? あなた前世の事覚えてる訳?」

「覚えてねぇよ、でもなんつうかこうたまにおぼろげに思い出す事はあるんだよ、こことは違うどっか別の場所で今とは違う姿でアイツと一緒にいたような……とにかくそういう事含めて俺はアイツの事ほおっておけねぇっつうか」

「はぁ~こりゃ相当重症ね」

「んだよ、また病院行けってか?」

「行かなくていいわよ、あなたの病気は病院じゃ治せないし」

 

言ってる事は相変わらず訳が分からないが、アリスはなんとなく彼が紫に対してどう思っているのかわかった。

それを知って更に彼女は面白くなさそうにため息を突く。

 

「あなた随分と八雲紫に骨抜きにされちゃったみたいね、そこまであの人の事を想ってるなんて。千年経っても冷めぬ恋とは恐れ入ったわ」

「別にそこまでアイツの事想ってねぇし、千年経っても一緒にいるのなんて、ただ離れる理由が無いから一緒にいるだけだし」

「素直じゃないわね、ま、そういう事にしておいてあげる」

 

フンと鼻を鳴らしながら言い訳する銀時、千年経っても未だこの感じである彼によく紫は付き合ってあげたモンだとアリスは内心感心した。

 

そしてアリスは水の無くなったコップを指でなぞりながらおもむろに呟く。

 

「前世に会ってました、だから一目見てすぐ好きになりましたなんて言い方されたら大抵の女の人はドン引きするもんなんだけどね」

「……いやアイツは多分、俺の前世の頃を覚えてると思う、だから最初から俺に妙に懐いてたんだろ」

「え?」

「アイツ自身はそんな事一言も言ってねぇが、たまに表情に出るんだよ、そういう時は俺を見てどこか懐かしむような顔で笑うんだアイツ」

 

銀時は合う前の紫の過去をよく知らない、何度か尋ねた事もあったが適当にはぐらかされるだけで彼女は多くを語ろうとしなかった。今になってはもう聞くだけ無駄だと察して、彼女の過去について気にはしてるものの追及する事は無くなった。

 

「俺の中で一番見ててつれぇのはあの顔だ。なんか腹ん中にあるモン全部ぶちまけたいのに吐きだしたら、俺が俺でなくなると思ってる様なそんな悲しい笑い方するのさアイツは」

 

我ながら何言ってんだという感じで銀時は頭をクシャクシャと掻き毟ると、改めてアリスの方へ振り返った。

 

「俺のつまらねぇ話はここで終わり、それでいい加減もう落ち着いたか? 丁度行こうと思ってたババァの店はこの下だし飲みにでも行くか?」

「そうね水飲んで少し頭も冷静になって来たわ、今更人の集まる場所で泣き出した事に後悔し始めた所よ」

「そいつは良かった、今度はババァの前でも泣かれたら俺が何かしたんじゃないかってあのババァにどやされちまう」

「したじゃない、現に」

「それはどうだかわからねぇだろ? もしかしたら何もして……あーもう何度もこの話繰り返すの飽きたわいい加減……」

 

そういえば会う度にこんなやり取りを繰り返してたなと銀時は思い出し、無理矢理話を切って立ち上がった。

 

「面倒事は酒飲んで綺麗さっぱり忘れましょうや、行くぞ」

「忘れる……? 私の事を……」

「おいまたメンヘラモードになるの止めろ、頼むから、300円分奢ってあげるから」

 

また彼女が虚ろな目をしてこちらに向かってブツブツと呟き始めたので銀時が焦り出す。

しかしアリスは先程とは違いフッと笑うとソファから立ち上がった。

 

「フフ、冗談よ、行きましょうあなたの行きつけの店とやらに」

「なんだ随分と機嫌よくなったじゃねぇか」

「まあね、あなたの秘密や恥ずかしい所をちょっと知れたからかしら?」

「誰にも言うなよ、霊夢にもこの事は言ってねぇんだから」

「さあ、どうしようかしらね」

 

からかう様にそう言いながらアリスは鼻歌交じりに歩きながら銀時と共に彼の隠れ蓑を後にした。

 

時刻は真夜中、空に昇るは半分の月。

玄関を出て戸を閉めると、銀時は真上に浮かぶその月を遠い目で眺めた。

 

「半月か……」

 

 

 

 

 

 

 

「そういやアイツがぼんやりと空を見て月を眺めている時はいつも半月だったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「半月ね……」

 

銀時が月を眺めていた同時刻、八雲紫も自宅の屋敷の庭にてそれを眺めていた。

彼の言う通りぼんやりと、今にもその月を手で掴もうとするかのように、右手を月に向かって伸ばしながら

 

「……今夜はあの男は帰りそうにないですね」

 

さっきからずっと月を眺めている紫の下に背後から式神である八雲藍がやってくる。

 

「全く何処ほっつき歩いているんだか……少しは紫様の旦那だという事を自覚して欲しいモノです」

「いいのよ、たまには私から離れて羽を伸ばしたい事だってあるでしょうあの人も」

 

返ってこない銀時に呆れている藍に対して、紫は以前月を眺めたままの状態で返事をする。

 

「千年以上あの人に枷を付けて一緒にいてもらってるんだもの、たまには外して自由にさせてあげないと可哀想だわ」

「そうなんですか? 昔紫様とあの男が結婚する前は、あの男が別の女の所へ行く度に紫様はえらく激昂なされていたとあの男から聞きましたが?」

「まだ私が余裕を持ってなかった頃の話よ、気が気がじゃなかったのよあの頃は……」

 

我ながら未熟だったなと愉快そうに笑うと、紫は月に伸ばしていた手をスッと下ろして藍の方へ振り返る。

 

「寝床の準備して頂戴、今日はもう寝るわ」

「承知しました」

 

彼女の命令に藍は頭をささげるとそそくさと屋敷の方へと戻って行く。

それを見送った後、紫は再び天に昇る月の方へ顔を上げ

 

「……まあ今でもそんなに余裕持ってる訳じゃないんだけど、あの白髪女は見ててたまに腹立つ事あるし、けどあの人形師との戯れぐらいは許してあげるわね」

 

月に向かってそう言うと紫はクスッと笑う。

 

「半月が昇るとつい語りかけたくなるのはどうしてかしらね、私にとって月は複雑な感情しか抱かないのに、半分が黒に覆われ半分が輝くその見た目がそういった気持ちにさせるのかしら?」

 

尋ねる様にそう呟く紫だが月は当然答えない。ほとんど彼女の独り言ではあるが、彼女は更に言葉を付け加える。

 

「月は私から一番大事なモノを奪ったと同時に、私にとって一番大事なモノを贈ってくれた」

 

 

 

 

 

 

「そしてもう絶対に手離さぬようにと、あの人を鉄の鎖と枷を付けて傍に置きたがる私」

 

 

 

 

 

 

「やってる事はただの自己満足、けれど今度こそは二度と同じ過ちを犯したくないのよ私は……」

 

 

 

 

 

 

 

「マエリベリー・ハーンはもう二度と宇佐見蓮子を見殺しになんかしない」

 

 

 

 

 




実写銀魂のドラマの方(ミツバ編)観ました。
観た感想は実写化大成功だなと思います、いやもう再現度も凄いけど小ネタも面白かったし何より熱演してくれたキャストの皆様が素晴らしかったです。
近い内に是非映画の方も観に行こうと思います。


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#20 近妙銀時藤

幻想郷では妖怪が人間を襲う事は度々ある、本来幻想郷ではやたらめったに妖怪が人を襲う事は八雲紫が敷いたルールの下によって禁じられているのだが、それを破り人食行為に及ぶ妖怪は未だに絶えない。

故にそういった輩には博麗の巫女が退治に出向くというのがいつもの事だ。

 

「久しぶりの妖怪退治ね、腕がなるわ」

 

 

今回もまた、人里にて妖怪が人を襲う事件が発生したらしい。

急いで現場に向かう為、博麗の巫女、博麗霊夢が珍しく駆け足で事件発生現場へと赴いていた。

するとそんな彼女の後を追ってスィーと箒にまたがり飛んできたのは

 

「よう霊夢、人里に来て何してんだ? 遂に物乞いでもするのか?」

「ああアンタか……」

 

大きな帽子を片手で押さえながらやってきたのは霧雨魔理沙。

彼女が飛んできたと同時に霊夢は嫌そうな顔を浮かべる。

 

「悪いけど今仕事中だからどっか行ってくれない? 出来れば一生」

「つれない事言うなよ、仕事って事は大方この辺で出没したっていう妖怪の退治だろ? 私に譲ってくれても構わないぜ?」

「あのね妖怪退治の仕事は博麗の巫女の仕事なの、なんの責務感も無い家出娘に任せられる訳ないでしょ」

「じゃあお前は博麗の巫女ってモンに責務感とかあんのかよ」

「あるわよ一応、これでもアイツ等に食わせてもらってんだから巫女としての仕事はキッチリするわよ、もっとも食わせてもらってるのはほぼ虫だけど」

 

人里という事もあり、箒から下りて霊夢と一緒に並走する様に走る魔理沙に霊夢がブツブツと呟いていると……

 

「やっぱオメェもこっち来てたか、お前に標準合わせて飛んで正解だったぜ」

「ってアンタまで来たの!?」

 

パッと突然隣に現れたと思いきやすぐに霊夢、魔理沙と並んで走り出したのは八雲銀時。

魔理沙はわかるが彼まで現れた事に霊夢は驚いている中、魔理沙は「ハハハ」と面白そうに彼に笑いかける。

 

「霊夢の親父まで出て来やがったか」

「テメェもいたのか腐れ魔法使い、さっさと帰れ」

「ヘイヘイ、人形を操る魔法使いじゃなくて悪うござんした」

「このガキ……」

 

相も変わらず魔理沙には素っ気ない銀時、そんな彼に彼女が皮肉たっぷりな言葉を浴びせていると、霊夢の方が銀時に話しかけた。

 

「ていうかなんでアンタまで現場に行くのよ、妖怪退治は巫女の仕事よ、アンタの出る幕じゃないわ」

「うるせぇな紫の奴に言われたんだよ、「一日中ぐうたらしてないでたまには幻想郷の為の仕事しなさい」って」

「だったら仕事しなさいよ!」

「してるだろ! こうして妖怪退治に出向いてんだよ!」

「それ私の仕事でしょうが!」

「いいだろたまには銀さんがやったって!」

「よくないわよ!」

 

どうやら妻である八雲紫にキツイ事言われた事がキッカケで彼も妖怪退治に来たらしい。

しかし霊夢には博麗の巫女としてやるからには自分でやるという義務がある。

そう簡単にこの仕事を友人であろうが身内であろうが譲る訳にはいかないのだ。

 

「ついて来るんじゃないわよアンタ達! これは私の仕事なの!」

「いいだろ霊夢! 友人のよしみで私にも一口噛ませてくれよ!」

「アンタと友人になった覚えはないわよ!」

「おい霊夢、パパの言う事をちゃんと聞きなさい!パパはね!仕事するまで家に帰って来なくていいってママに言われてるんだよ! このままだと家に居場所を失うんだよ!」

「アンタと親子になった覚えも無い!!」

 

両隣からギャーギャー叫びだす二人にいちいち返事しながらやっとのこさ霊夢は現場に辿りつく。

 

だがその場で彼女達が見た者は

 

「は!?」

「おお!」

「おいおいおい……」

 

霊夢は驚き、魔理沙は興奮し、銀時は呆れる。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

「こんの腐れゴリラがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

天狗、というよりもややゴリラに近いガタイの良い妖怪に、一見華奢に見えるポニーテールの女性がタワーブリッジを食らわせているではないか。(相手の背中に両肩を乗せたまま相手の頭を両足を掴みながら両手に力を入れて相手を落とすプロレス技の一種)

 

「人里にやって来た妖怪が人間を襲っている」と聞いていた筈なのに

「人里にやって来た妖怪を人間が襲っている」という事態に直面する羽目となった霊夢達は呆然とするばかり。

 

「いだだだだ! ギブギブお妙さんギブ! まさか俺に対するお妙さんの愛情表現がこんなにもハードだったなんてぇ~!」

「どこの口がほざいてんだコラァ! このまま真っ二つに引き裂いてゴリとラーにしてやらぁ!」

「お妙さんそれ今時の若い子は知らないネタ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

そろそろ限界に達しているのか涙目で叫んでいる天狗の名は近藤勲。

あの沖田総悟や土方十四郎を始め、多くの鬼天狗の中のトップである局長を務める真撰組の柱的存在だ。

しかし今その柱が人間の女性にとって脆くも二つに裂かれようとしている。

 

霊夢はそれを見てどうしたもんかと頬をポリポリと掻いた後、仕方なく二人の方に出向いて行った。

 

「あの~すみません、博麗の巫女なんだけど、この辺で人間を襲う妖怪がいるって聞いたからやってきたんだけど?」

「あらあなたが巫女さん? 丁度良かったわ」

「ギャァァァァァァァァ!! 裂ける!! 裂けちゃうぅぅぅぅぅぅ!!!」

「うるせぇ今人が喋ってる最中だろうが大人しくしろやァァァァァァァ!!!」

 

霊夢に話しかけられて一瞬優しそうな表情になる女性だが、決め技食らってる近藤が叫ぶとすぐにキレ顔になってますます両手に力を注ぎ始める。

そしてすぐに霊夢の方に向き直り

 

「私見ての通り今妖怪に襲われてるの? 良かったこのゴリラ退治して下さる?」

「いやどっからどう見てもアンタがそのゴリラ襲ってるようにしか見えないんだけど!?」

「巫女さん助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「あーもうとりあえず一旦そいつ落として! 話はそれから聞くから!」

「わかったわ、オラァァァァァァァァア!!!」

「ギャァァァァァァァァ!!! 遂に裂けたァァァァァァァァ!!!!」

「そっちの落とすじゃないわよ!!」

 

近藤の背中から鈍い音がバキボキと鳴り響き、遂には泡まで吹いてしまう始末。

ぐったりして動かなくなった近藤を、女性はポイッと地面に投げ捨てる。

 

「あー怖かったわ~」

「アンタの方が怖いわよ!!」

 

安堵したかのようにホッとする彼女に霊夢がツッコむ中、銀時と魔理沙は倒れてピクピクと痙攣している近藤の方へしゃがみ込む。

 

「おいゴリラ、生きてるか?」

「なんとか……」

「おい霊夢、このゴリラ生きてるぜ! 私がトドメ刺していいよな!」

「ふざけんなここは俺の役目だ、妖怪退治なら昔からお手のモンだっつうの」

「じゃあここは後輩に譲ってくれねぇかなぁ、八雲の旦那様よ」

「可愛げのねぇ後輩に誰が譲るかコノヤロー」

「俺に救いはないのですかぁぁぁぁぁぁ!?」

 

かろうじて生きている様子である彼を魔理沙と銀時がどちらが始末するか揉めている事に、倒れながら近藤は泣きながら訴えつつ上半を起こした、さすがは妖怪、回復が早い。

 

「お前等さぁ! ちょっとぐらい優しくしてくれたっていいんじゃないの!? 俺がこんなにも苦しんでるのになんの一体!?」

「とにかく妖怪退治がやってみたい魔法使いです」

「とにかく仕事して大手を振って妻のいる家に帰りたい不老不死の亭主です」

「とにかくってなんだよ! とにかく俺を殺したいの!? 発想がサイコパスだよ!」

 

二人の自己紹介に近藤がキレ気味で叫んでいると、話を終えた霊夢が女性を連れて彼等の下へと戻って来た。

 

「話はこの人から聞いたわ、ちょっとそこのゴリラ」

「え? いや俺ゴリラじゃなくて天狗なんだけど……」

「アンタこの人を散々つけ回してたみたいじゃない、追い払っても追い払ってもしつこく迫って来るアンタが迷惑で仕方なかったみたいよ」

「そうなのよ、本当にしつこくて困ってたんです」

 

どうやら話は霊夢がちゃんと女性から聞いていた様だ。女性は本当に困った様に深く頷く。

 

この女性の名は志村妙。

話の中に何度か出て来ていた志村新八の実の姉であり、霊夢が食べた卵焼きという名の未確認物質を作ったのも実は彼女である。そして志村新八の姉という事は彼女もれっきとした『人間』である。

 

「だからあまりにも諦めてくれないのでちょっと巫女さんに助けて欲しいと思ったの」

「助ける前にアンタが全部片づけてたじゃないの……」

「それにしても意外ね、新ちゃんから巫女さんの話は聞いてたけど意外と普通の女の子なのね」

「え?」

 

お妙は誰かから自分の事を聞いてたらしく霊夢は眉間にシワを寄せる。

 

「新ちゃんって誰の事よ?」

「新ちゃんってのは私の弟で、名前は志村新八っていうの、ほらアレよ、眼鏡を掛けてる人間というより、人間を掛けてる眼鏡というか」

「眼鏡? あーはいはい、あのやたらと叫んでばかりの眼鏡ね、思い出したわって……」

 

新八の事を思いだしやっとわかったといった表情を浮かべる霊夢だが、その表情はすぐに曇る。

確か前に新八の姉が作った卵焼きというのを食べてえらい目に遭ったような……

 

「アンタがアイツの姉ぇ!? てことは私が食べたあの卵焼きというか未現物質というか末恐ろしいモンを創造したのはアンタだって言うの!?」

「あら私の作った卵焼き食べてくれたのね、嬉しいわ」

「冗談じゃないわよ! アンタのせいで私がどんな目に遭ったと思ってるのよ!」

「そうだわ丁度よかった。実はさっき家で作り過ぎちゃったから誰かにあげようと思ってた所なの」

「聞きなさいよ人の話!」

 

正直自分がどんな目に遭ったのかは記憶が無いのでわかりようがないのだが、あの時の他の者達の反応を見る限りきっと恐ろしい出来事が自分の身にあったというのはわかっているのだ。

その事について彼女に激しく追及したい霊夢だが、お妙はそんな事も露知れず、ニコニコ笑顔で手に持っていたお弁当箱をパカッと開ける。

 

「ハムエッグよ、初めて作ったから味に自信はないんだけど良かったら味見してくれないかしら?」

「前の卵焼きと何が違うのよぉ!!  前と同じ禍々しい物体にしか見えないんだけどぉ!?」

 

お弁当箱の中身はこれまた漆黒の物質が黒いオーラを放ち佇んでいた。

しかも今度は前の卵焼きと違い微妙に蠢いているような気がする……

霊夢はすぐにその場から後ずさりして逃げようとするが

 

「はいあーん」

「いやちょっと待って! 私はもうアンタの手料理なんて食べたく……うぐ!」

 

逃げようとする霊夢の腕を掴むと、お妙はハムエッグ(?)を箸で一口分つまんで無理矢理彼女の口に突っ込む。

 

その瞬間、霊夢の顔が徐々に青ざめていき……

 

 

「おいおいマジかよ! 霊夢がまたあのヤベェモンを食っちまったのか!?」

「これはさすがにヤバいぜ……前回と比べて人手が足りなすぎる!」

 

霊夢がお妙の料理を食べてしまった事に気付くのが一足遅かった銀時と魔理沙。

二人が目の前で行われている霊夢の変化を眺めながら苦悶の表情を浮かべていると

 

「案ずるなお前等、ここに誰がいると思ってんだ」

「「ゴリラ!」」

「ゴリラじゃない俺は……」

 

この状況を前にして一人冷静に腕を組んで静かに微笑む者が一人。

いつの間にか完全復活し、自分の両足でしっかり立っている近藤であった。

驚く銀時と魔理沙を尻目に、近藤は腰に差した刀をスチャッと鞘から抜くと

 

「真撰組の局長・近藤勲だ! オメー等! 局長命令だ! すぐにここに集まれぇ!!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

「な、なんだこの叫び声は!?」

「妖怪の山からいっぱい聞こえるぜ……」

 

近藤が叫ぶと同時に妖怪の山の方角から応えるかのように男達の咆哮が飛んでくる。

するとすぐに彼の両隣にスタッと現れる妖怪が二匹。

 

「ったく一体何なんでぃ近藤さん、せっかく今から土方の野郎をいびる為に向かっていた最中だったのに」

「おい聞こえてんぞ総悟、誰をいびるだコラ、おめぇ絶対戻ったら殺すからな」

 

現れたのは真撰組一番隊長の沖田総悟と現在罰則を受けている副長、土方十四郎。

何事もなく自然と近藤の下へはせ参じながら、二人は顔を合わせて早々いがみ合う。

 

「あり? 近藤さんおかしいですぜ、この野郎は俺達真撰組の奴じゃありませんよ、近藤さんの能力ちょっとバグが起こったじゃないですか?」

「ふざけんな俺だってれっきとした真撰組だ! 勝手にバグ扱いにすんじゃねぇ! お前こそバグだ!」

「フ、相変わらずだなお前達、俺の能力はバグってねぇよ、この通り……」

 

二人の喧嘩には慣れっこの様子で近藤がフッと笑うと。

その後続々と彼の周りに同じ制服を着た鬼天狗が集い始める。

 

「全員俺の元へ集まってくれた、紛れもねぇ、俺の能力はいつだって健在だ」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」

 

近藤勲だけが使える能力、それは「自分の下へ同志を導く程度の能力」

彼が一声上げれば、隊士達は例え地の果てであろうが地底の奥深くにいようが瞬時に彼の下へ集まる事が出来るのだ。

周りを引っ張って導く存在である真撰組の局長らしい能力だ。

 

「おいおいゴリラのクセに随分と派手なモン見せてくれるじゃねぇか」

「こりゃ人手が足りないと言った事は撤回するべきだな、こんだけいれば頼もしいぜ」

 

みるみる数が増え屈強たる鬼天狗達が現れた事に、銀時と魔理沙は頼もしそうにフッと笑う。

 

「じゃあそろそろいっちょ行くか……ってなんだと!  霊夢の奴! いつの間にかあんなにデカく……! 50メートルはあるぞ!!」

 

その日、銀時は思い出した。

博麗の巫女があの物質を食べると想像出来ないほど恐ろしい変化が発生するのを

 

「しかもあの体の周りに発生させているのは蒸気か!? チッ! なんつうクソ熱い蒸気だ! 迂闊に近寄れねぇ!」

「こりゃあ前よりも手ごわそうだ! それにここは人里、このままでは人間に被害が!」

「うろたえるなお前等! お前等には俺達真撰組が付いている!!」

「「!!」」

 

あまりにも恐ろしく変わり果ててしまった霊夢にさすがに銀時と魔理沙も焦っていると近藤が喝を唱え刀を天にかざす。

 

「行くぞお前等ぁ!! 今日は妖怪ではなく人間達を護るために刀を抜け! そしてこの巫女を倒すんだぁ!」

「土方さん、久しぶりの実戦だから腕なまってるんじゃないですか? なんなら帰って結構ですぜ」

「ほざけ、こんな面白そうなモン相手に帰れるかってんだ、お前等ぁ! 近藤さんに続けぇ! 巫女退治だぁ!!!」

 

沖田の皮肉を流しつつ土方は久しぶりに部下達に激を飛ばし、先陣を走る近藤に続いていく。

それに応えて隊士達もまた彼等の後を追って霊夢の下へ突っ込んで行った。

 

それを眺めていた銀時はフゥーとため息を突き

 

「やれやれ、勝手に熱くなりやがって……しかし妖怪共が人間護るためにあそこまでやってくれてんだ」

「幻想郷の主の旦那と魔法使いの私が呑気に見物してる訳にはいかねぇぜ」

「だな」

 

珍しく魔理沙の意見に同意すると、銀時は彼女と共に地面を蹴り走り出す。

 

 

「行くぜチンピラ魔法使い!」

「おうよ! 八雲のヒモ旦那!」 

 

互いに罵り合いながらも二人は清々しい笑顔のまま戦いへと赴いた。

 

人里へと襲来した凶悪なる巫女を退治せんが為に

 

 

 

 

 

 

 

後日、この事については「文文。新聞」にてこう書かれていた。

 

平穏なる人里にて突如50メートル級の超大型巫女が出現、人間達が恐れおおのき逃げる中、我々の仲間である真撰組がなんと撃退する事に成功。

局長・近藤勲率いる先鋭隊によって早急に対処した結果、無事に負傷者も無く沈下するに至った。

ここ最近不祥事ばかりであった彼等のまさかの大活躍に、我々天狗もおおいに賞賛を贈るべきであろう。

 

被害が起こった場所に最も近い所で出くわしてしまった人間の女性、S・T(18)さんも「突然巫女さんが変貌した時は私とても怖かったの、けどあの人達のおかげで助かったわ、あのゴリラには今回は礼を言っておくけど金輪際私の事をつけ回らないで下さいね、さもないと今度こそ殺しますよ」と彼等に感謝の意を述べていた。

 

その一方で退治された博麗の巫女はというと「なんで妖怪退治を仕事にしてる私が妖怪に退治されなきゃいけないのよ……」と深いショックを受けて今もなお神社に引きこもっている。

取材を試みたが彼女は神社から一歩も出ようとせず、襖の奥から僅かに「一体何があったの、今度は私に何があったのよ……」と意味不明な言動を呟いているのが聞こえるだけであった。

 

ところで著者はこの事件の中で巨大化した巫女とか真撰組なんかよりも気になる事がある、むしろそっちが本題である。

 

それはこの事件の中で真撰組と共に銀髪の侍と白黒の魔法使いが戦っていたという情報があったという事だ。

 

銀髪の侍というのはいわずもがなあの大妖怪・八雲紫の夫。

白黒魔法使いというのは恐らく巫女の友人と思われるあの変なキノコばかり集めてる魔法使いの事であろう。

 

実はここ最近、著者がとある屋台の店主から聞いた情報なのだが、八雲紫の夫はとある魔法使いといかがわしい関係になっていると噂になっているらしい・

 

事実ならばこれはれっきとしたただれた不倫関係という事になる。

 

そしてもしこの魔法使いというのがその不倫相手だとしたら……

 

もしこれらの事に何か心当たりのある方はすぐに文文。新聞の著者、射命丸文にご連絡をお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#21 私と蓮子、そして先生

『侍の国』、私達の国がそう呼ばれていたのはもう昔の話

 

かつて侍達が夢を馳せた江戸の空には、今は異卿の船が飛び交う。

 

かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、今は異人がふんぞり返り歩く。

 

そんな世界で私達は出会った

 

侍も廃れ月の民達に支配されたこの江戸で

 

ひっそりと子供達に学を教え、剣術を教え、道を教える。

 

そんな変わり者な侍と

 

 

 

 

 

 

「蓮子、どう?」

「見えないわね、ガキ共がチャンバラごっこして遊んでるだけだわ」

 

宇佐見蓮子は大学が休みだという事を利用してマエリベリー・ハーン、通称メリーと共にとある場所へと電車を使ってやって来ていた。

 

そこは偉そうな月の民から隠れてひっそりと人達が暮らしてるかのような小さな田舎。

そしてそんな時代に置いてかれたかのような場所に、とある男が営む塾というのをバレないよう門の外からこっそりと蓮子は覗き込んでいた。

 

「教授の旦那がどんなもんかと思ってはるばるここまでやってきたのに、一体何処にいんのよその旦那ってのは……」

「ねぇ、私もう帰っていいかしら? 夏は暑いし外にいたくないのよ」

 

古い屋敷の中では子供達がキャッキャと木刀を振るっている、しかし探してる人物が見当たらない事に蓮子がイライラしている中、メリーは彼女の傍でしゃがみ込みながら疲れ切った表情でため息を突く。

 

「あなたの遊びに付き合ってあげるのは別にいいけど、まさかこんなへんぴな所に連れかれるなんて思いもしなかったわ」

「あぁ? 何言ってんのよメリー、隠された秘密を暴くのが私達「秘封倶楽部」のモットーでしょ」

「秘封倶楽部はオカルトやSFの謎を解明するサークルじゃなかったかしら?」

「なんでもいいわよ、とにかくあの教授の旦那であり、あのムカつく女の父親がどんなツラか一度拝んでおきたいじゃないの」

 

一旦覗くのを止めて蓮子は足元にいるメリーの方へ振り返る。

 

「だってあんな変人と結婚してなおかつあんな性格の悪いモンスターをテメーの金玉から生み出した男よ、アンタも気になるでしょ?」

「まあ、なくはないかしらね……ていうかあなた今なんて言った? レディーの身でありながら金玉とか言った?」

「それにしてもおかしな話よね、廃刀令のご時世に剣術をガキんちょに教えるなんて」

 

サラッと少女の口から放つには少々はしたない言葉が漏れた事にメリーがジト目でツッコミを入れるが、蓮子は気にせず自分の話を続けた。

 

「侍なんてもう時代遅れもいい所でしょ、今更教えてもらってもなんの役にも立たないし、やっぱ変人の旦那は変人って事かしら」

「というか子供に剣術とか教えて大丈夫なのかしら? 下手すれば反逆罪とみなされて月の民にしょっぴかれるわよ」

「いいわねそれ、出来るならば娘の方も一緒に捕まえて欲しいわ、捕まって即処刑でもしてくれたら尚更良し」

「あなた本当にあの教授の娘と仲悪いのね……」

「いけ好かないのよ本当に、はぁ~あ……なんであんな奴と同じ学年になっちゃったんだろ」

 

そう言いながら蓮子は再び屋敷の方へと目を覗かせる、だがそこで

 

「おい、そこで何してんだ」

「あん?」

 

不意に横から話しかけられて蓮子はそちらに振り返るとすぐに目を細める。

そこには今時珍しい着物を着た小さい子供が二人、目つきの悪い短髪と、礼儀正しそうな長髪の少年が怪しむ様に蓮子とメリーを見ていた。

 

「ウチの塾をコソコソと覗き込むするとは一体どういう了見だ、まさか幕府の役人じゃねぇだろうな」

「落ち着け高杉、この二人は見た所役人ではない、先生の娘さんと同じぐらいの年であろうし、もしかしたら娘さんの学友かもしれない」

「ケッ、あんな冷血女の学友? 桂、お前だって少しはまともに考えてみろ、アレに友達ができると思うか? 俺だったら毎日金貰ってでも遠慮する」

 

どうやら口の悪い少年の方が高杉という名で、彼をたしなめているのが桂という名前らしい。

蓮子は彼等の話を頭の中でまとめると、物凄い嫌そうな表情を浮かべる。

 

「私とメリーがあの女と学友? 冗談じゃないわよ、私がこのおんぼろ屋敷を見ていたのはここにうちの大学の教授の旦那がいるって教授本人から聞いたから興味本位で見に来ただけよ、そうよねメリー」

「私はあなたに無理やり連れてこられただけだけどね」

 

同意を求めて来た蓮子にメリーは嫌々顔で返事するが、蓮子は満足げに腰に両手を当てながら少年達を見下ろす。

 

「そういう事よ、ほらガキんちょ共はさっさとこのオンボロ邸で棒でも振り回して侍ごっこでもやってなさい、それかなんの得にもならない下らない講義でも受けてなさい」

「んだと! おい女! もう一度言ってみろ! 俺は侍ごっこなんてしてねぇ! 俺は先生の下で本物の侍とになる為にここに通ってるんだ!」

「今の言葉は俺も聞き捨てならん、早急に取り消してもらいたい。貧乏人であろうが落ちこぼれであろうが誰であろうと分け隔てなく金もとらずに勉学を教える立派な先生を侮辱されては、さすがに俺も黙ってないぞ」

「おーおーガキンちょ共がマジになっちゃって、もしかしてアンタ達本気で侍になるつもり? こんな時代でなに無駄な事してんのよ、親泣くわよ」

 

嘲笑を浮かべ小馬鹿にした態度を取って来た彼女に高杉も、そして桂までもが表情を険しくする。

蓮子にとって侍など時代遅れの遺物でしかない、そんなモノになる為にこんな所で稽古しているだなんてちゃんちゃらおかしいといった反応をしつつ、彼女はメリーの方へ目配せ

 

「ちょっと見たメリー、侍をバカにするとすぐに食ってかかるこのガキンチョ共の反応、この塾の先生の教育の賜物ね、一体どんな奴が教えているのかしら、私ならお金貰ってでもそんな教え受けたくないけど」

「まあ確かにこのご時世でやる事じゃないわね……でも」

 

全く悪びれない様子の蓮子に呆れつつも、確かに侍としての教育など今の時代では何の役にも立たないかもしれないと思うメリー、しかし彼女はふと考える

 

「選ばれた子供だけが勉学を学ぶ権利を得られるこんな時代に、どんな子供達にも教えを説くというのは少し興味あるわ」

「はぁ? アンタ何言ってんの!?」

「ほう、どうやらそちらの娘さんはちゃんとわかってるみたいだな」

「そっちのアホそうなネェちゃんと違ってな」

「誰がアホよ! 泣かすわよクソガキ!」

 

お返しと言わんばかりに高杉に嫌味を言われてキレる蓮子をよそに、桂はメリーの方へ向いて話を始める。

 

「数十年前に突如月からやって来た月の民に支配された事によって、出生率を低下させ、選ばれた者のみに教育を与え精神的に豊かな国民性を与えるなどという、この国の支配権を持つ月の民が無理矢理行った身勝手な政策をどう思う?」

「まああまり良い気分じゃないのは確かね、私と蓮子もその選ばれた側だけど、正直なんの面白味も感じれない事がほとんどだわ」

 

この国は豊かであるのは確かであるが、その代わりにこの国はとても大切な物を失ったような気がする。

桂の問いかけにメリーもキチンと子供相手に接するのでなく対等な立場で自らの意見を正直に出した。

 

「私がたまに面白く感じれるのは蓮子と一緒の時ぐらいね、私にとって蓮子は暗い世界の中で唯一導いてくれる光そのものだもの」

「よくもまあ本人がいる前でそんな恥ずかしげな台詞を堂々と言えるわねアンタ……」

「だって本当の事だし、あなたがもし男だったら異性として好きになってたかもね」

「はぁ~、そりゃようござんしたね……」

 

いつものほほんとしているメリーだが、たまにとんでもない事をなんの躊躇もせずに言う事があった。

それに対していつもドキッと反応してしまう自分に嫌気を感じつつ、蓮子は気まずそうに彼女から目を逸らす。

 

「で? ガキンちょは月の民によるその政策が間違ってるって言いたいの?」

「ガキンちょじゃない桂だ、選ばれた者だけが教育を受ける権利をもつなんてそんな不平等極まりない教えなど絶対に間違っている。だから俺達は日々先生の下で本当の教育を受けているんだ」

「月の民にでも知られたらガキ相手だろうが容赦なく反逆罪でぶち込まれるわよ」

「フ、覚悟の上だ」

 

鼻で笑い小生意気な態度を取る桂に蓮子はハァ~とため息を突いて頭に手を置く。

 

「なにが覚悟よガキのクセに、もういいわ、目当ての教授の旦那もいないし私達はそろそろ……」

「おや、何かお探しですか、お嬢さん?」

「!?」

 

何の気配も無く突然背後から話しかけられ、蓮子はビクッと両肩を震わすとすぐに後ろに振り返る。

メリーもまた彼女と一緒に後ろの方へと振り返ると、そこには着物を着た一人の男が静かに笑みを浮かべて立っていた。

 

「そろそろ来るんじゃないかと思ってました、私の妻の予想通りですね」

「妻!?」

「こんにちわ先生、今日はどこかへお出かけしていられたのですか?」

「先生!?」

 

目の前に現れた男に軽く会釈する桂を見て蓮子はすぐに気付いた。

ようやく探し人と遭遇できたことに

 

「もしかしてアンタがあの変人の旦那!?」

「はい、その変人の旦那です」

「てことはあの性格の悪い性悪娘を生み出したのはアンタの金玉!?」

「はい、私の金玉です」

「律儀に言わなくて良いのに……」

 

またしても蓮子が卑猥な単語を口走るにもかかわらず、男は微笑みかけながら肯定。

そんな彼にメリーはボソリとツッコミを入れる中、蓮子は出会ったばかりの相手をジロジロと眺めながら首を傾げる。

 

「そっかそっかアンタが侍という名の反乱分子を生み出している悪の親玉って訳ね、へぇ~」

「蓮子、あなたさすがに失礼すぎるでしょ」

「ハハハ、いいですよ別に」

 

蓮子というのは思った事をすぐ口に出してしまう悪い癖がある、その為他者と喧嘩に発展する事もしょっちゅうある。

それを知っているのでメリーはすぐに彼女をたしなめるのだが、男は別に気にしている様子はなかった。

 

「ですがお嬢さん、私は別に世に仇名すテロリストを育成する為にこの塾を開いているわけではないんですよ」

「じゃあ何の為にこんなへんぴな場所でガキ共に勉学教えてんのよ」

「さあ、なんででしょうね」

「はぁ!?」

 

こちらの問いかけに誤魔化すつもりもなく、本当にわからないような口振りで男は苦笑する。

 

「実の所、ここで子供達に教えを説くというも私の気まぐれから始まった事でしてね。最初は生徒は娘一人だったんですが、いつの間にかこんなにも増えてしまって正直私も驚いてるんですよ」

 

そう言って男は高杉と桂の方へ目を向けると微笑みかけ、そしてまた蓮子の方へ振り向く。

 

「ただ強くなりたいと望むやんちゃな子と子供でありながら立派な志を持つ子、教える側としてはこれがまた大変なんですよね、色んな子が相手となると教え方もそれぞれなので、その点に関しては私よりも妻の方が得意だと思うんですが、どうなんですか?」

「いやいやアレも大概よ、いきなり講義中に訳のわからん薬を出して生徒を実験台にするのよ、私なんか何度被害に遭ったか」

「そうですか、いかにも彼女らしい。私と娘もしょっちゅう飲まされます変な薬。厠で虹色のウンコが出た時はさすがに困り果てました」

「身内も巻き込むとかとんだマッドサイエンティストね……」

 

笑顔を浮かべながら末恐ろしい体験談を語る男に蓮子は頭を抱えながらも話を続けた。

 

「アンタのウンコが虹色になったのは置いといて、実際の所アンタは何者なの? ガキンちょを侍にする為に剣術を学ばせたり、アンタ自身はその侍なの?」

「さあどうでしょう、そもそもあなたの知る侍とはなんですか?」

「侍は侍でしょ、武士道だのなんだの建て前つけて、刀とか振って敵を斬り殺すとかそういう野蛮で古臭い生き物の事でしょ」

「フフ、確かにそういう輩もいますが、私が思うに武士道とは侍というのは刀を使うからとか忠義を貫き人に尽くすとかだけでないと思うんです」

 

蓮子のストレートな回答に笑いつつ、男はふと自分の屋敷内で木刀を振るって稽古している少年達に目をやる。

 

「弱き己を律し強き己に近づこうとする意志、自分なりの美意識に沿い精進する、その志を指すんだと思います」

 

そう言って男はまず桂の方へ目をやり

 

「だから勉学を歩み少しでも立派な志を本物に変えようと努力するこの子も」

 

続いて高杉の方へ目を向け

 

「少しでも強くなりたいと思い、この道場へと赴き何度も私の娘に挑み続けるこの子も、もう私にとっては立派な侍です」

 

そう言ってくれた男に対し桂と高杉が少々照れ臭そうに目を背ける。

侍というのは見た目だけで表せるモノではないという事だ。

 

「例え氏や素性が知れなくても、例え護る主君も地位も無くても、それぞれの武士道を掲げ、それぞれの侍になる事は出来る」

 

こちらに向かって一歩前に進む男に蓮子は思わず身構えるが

 

「そんな彼等を一人でも多く見届けるのが、もしかしたら私の掲げた武士道なのかもしえれない」

 

男はただ彼女の肩に静かに手を置いた。

 

「侍というモノをもっと知りたいのであればこの門をくぐってみて下さい、もちろん強要はしませんよ」

「へ、誰がそんな勧誘なんか……」

「あ、そういえばもうすぐウチの娘が帰って来るんでした、どうですかお嬢さん。彼女の稽古を間近で見てみるというのは? もっとも彼女は木刀ではなく別の得物を使うんですがね」

「ゲ! アイツがここに来るっていうの!?」

「そりゃあ彼女の家はここですから」

「なるほどねぇ……」

 

最初はやんわりと断ろうとする蓮子であったが、彼の娘がもうすぐ到着すると聞いて目の色を変えると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「アイツの稽古の見学なんて興味無いわ、けど直にアイツと直接やり合わせてくれるなら一回ぐらいここに入ってもいいわよ?」

「おいお前! あの女と真っ先にやるのはいつも俺だって決まってんだよ! 横入りしようとすんな!」

「黙ってなさいクソガキ、アイツを負かすのはこの私よ、それで先生さんよ」

「はい、どうしました?」

 

駆け寄って来た高杉の抗議を無視して、蓮子は男に向かって口を開いた。

 

「私剣術とかそんなの一回もやった事ないから、アイツが帰って来るまでにちょっと教えなさいよ。こう見えて物覚えが早くてね、5分で免許皆伝の域にまで到達してやるわ」

「ほほう、そうですか私に教えてもらいたいと……ではまず一つ目」

 

得意げに楽勝だと言ってのける蓮子に、男はニコニコと微笑んだまま彼女の頭上で拳を掲げると

 

「半端者が出来もしない大口を叩くなど100年早い」

「ぶべら!」

 

彼女の頭をコツンと叩いたと思った瞬間、突然地面に深々と突き刺さってしまった蓮子。

頭だけ地面から出した状態で、頭にぷくーと大きなたんこぶを作ると彼女はそのままガクッと項垂れて気絶する。

 

それを見てメリーは慌てて蓮子の方へ駆け寄る。

 

「だ、大丈夫なの蓮子!?」

「あなたはどうしますか?」

「え?」

「彼女は私の娘とやり合いたいという目的があるようですが、あなたには何かここで得たいモノがありますか?」

「私がここで得たいモノ……」

 

急にそんな事を言われてメリーは口をごもらせる。

しかし先程桂という少年の話を聞いたからか、メリーは少々この男に対して興味が湧いて来ていたのは確かだ。

 

どんな人間にも教育を受ける権利がある、一昔前はそんな事が当たり前だったのに、今では自分達の様な才能ありと認められた者しか教えを受ける事が出来ない。

 

メリーは知りたかった

 

 

こんな下らない世の中にまだまだ興味を持てるモノがあるのかを

 

「蓮子と違って剣術には興味はないわ、けどあなたの授業なら聞いてみるのも悪くないかもしれない」

「そうですか、ならコレを……」

 

男はスッと懐からある物を取り出す。

それは今の時代とは思えない妙に古ぼけた本……

 

 

 

 

 

「松下村塾へようこそ、私はあなた方の先生となる八意松陽≪やごころしょうよう≫です」

 

 

 

 

これが私達と先生との出会い

 

先生は彼女が後に彼となるキッカケを作り

 

私が後に人間を捨て長い時間を駆け巡る事になった原因を作った人。

 

けどその事については私は先生を責めるつもりは毛頭ない。

 

何故なら先生がそうせざるを得ない状況を作ったのは

 

 

 

 

他でもない私のせいなのだから

 

 




第二章はこれにて閉幕です、最後の最後にこういったエピソードを書かせていただきました。
この話だけタイトルがバラバラになってないのはまだ世界が歪んではいなかった頃の話という意味です。

そして次回からはまた歪みに歪んでしまった世界からスタート。蓮子ではなく銀さんの物語が再度展開されます。

次回からはなんでしょうね、とあるスタンド使いやその主であるスタンドとかが出てきたり、妖怪の山でおかしな神社があるみたいなので銀さん達が出向くみたいです。

それでは


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#22 妖銀夢時

前に読者の方から「松陽先生の娘はオリキャラですか」と尋ねられました。
オリキャラじゃないです、れっきとした東方のキャラですのでご安心を。



とある昼下がり、人里へと来ていた八雲銀時は、偶然出会った志村新八と共にフラフラと出歩いていた。

 

「銀さんすみません先日は、姉上がとんだご迷惑を……」

「ったくお前の姉貴ってなにモンだよ、おかげでこっちは数十話にも及ぶ激闘を繰り広げちまったじゃねぇか」

「いやそんな話数取ってないでしょ……」

「都合上大幅カットした、いやー本当に大変だったなー」

 

棒読み口調で適当な事を言いながら銀時が歩いていると、ふと前方に見知った顔の少女がいる事に気付いた。

 

「あり? アイツって確か白玉楼の……」

「え、知り合いなんですか?」

 

小指で鼻をほじりながら銀時が反応すると新八も釣られてそっちの方へ視線を泳がす。

 

そこには店の店員に商品を受け取っている銀髪の少女が立っていた。

 

魂魄妖夢

冥界の白玉楼に住む剣術指南役兼庭師。人間と幽霊のハーフというあまり見かけない種族。

ただしハーフといっても、人間と幽霊の間にできた子供ではなく、半人半霊体質の種族である。

帯刀しているのは長刀『楼観剣』と、短刀『白楼剣』、いわゆる二刀流というモノであり、二振りの刀を華麗に操る事で知られているが、腕の立つ者からすれば未だ半人前だと言われてしまうレベルであるらしい。

 

 

新八がしばらく見ていると彼女もまたこちらに気付いて振り返る。

 

「あ、銀時さんお久しぶりです」

「よう」

 

店員から貰った紙袋を片手にぶら下げながら妖夢が丁寧にお辞儀してくると銀時も手を上げて挨拶。

 

 

「なにお前、珍しいじゃねぇか人里に来るなんて」

「ええ、幽々子様が近々友人が来るから美味しいお茶菓子用意しておいてと言われたんで材料を調達に」

「友人って事は紫か? そういや俺も紫の奴に白玉楼行こうって誘われてたんだわ」

 

白玉楼

妖夢と、そして彼女の主人が住んでいるお屋敷の事であり、場所は冥界。

冥界には基本的に死者しかいないため、静かである。

四季も存在し、春には桜が、秋には紅葉で染まる。その美しさのあまり、死者も成仏することを忘れてここに留まることも少なくない。冥界には基本的に死者しか入ることが出来ないが、紫や銀時の様な特殊な能力を持つ者であれば入る事は可能である。

 

前に紫に言われた事に銀時がやっと思い出していると妖夢は「はい」と頷く。

 

「その事についても幽々子様に聞いておりますので、こうして材料は確保できましたので腕によりをかけて作らせていただきます」

「マジ? それじゃあ行かない訳にいかねぇわな、ところで何作んの? 団子? 饅頭?」

「それは来てからのお楽しみという事で」

 

微笑を浮かべながら銀時の質問をやんわりと流す妖夢。

そんな彼女を眺めた後、新八は銀時の方へ向き直る。

 

「銀さん、なんかこの子と妙に親し気げですけど一体誰なんですか?」

「ああそうだった、おい妖夢紹介しとくわ、コイツ最近知り合った眼鏡っていう新八、人間の方は名前知らねぇや」

「ちげぇよ! 人間の方が新八だよ! 僕の眼鏡は存在だけでなく名前まで奪ってたの!?」

「なるほど半人半眼鏡……半人半霊の私と同じ種族という訳ね」

「半人半眼鏡ってなに!? もはや妖怪寄りだよねそれって! あれ? ていうか今自分の事半人半霊って……」

 

半人半霊、聞き慣れない種族の名前に新八が気付くと、銀時が妖夢を脇で小突く。

 

「おいお前、自分の種族の名前間違えてんじゃねぇよ、ったく随分前にちゃんと教えただろ」

「あ、そうでした、ごめんなさい私は半人半霊などではなく……」

 

銀時に言われてハッとした表情を浮かべると妖夢は改めて新八の方へ向き直り

 

「半人半スタンドよ」

「どんな種族ぅぅぅぅぅぅ!?」

 

言い直したらさらに訳のわからなくなる種族になってしまった妖夢に新八がすぐ様ツッコミを入れて指を突き付ける。

 

「そんな種族ある訳ないでしょ! 半人はなんとなくわかるけどなんだよ半スタンドって!」

「平たく言えばスタンド使いよ、そうですよね銀時さん」

「そうだよ、妖夢ちゃんは昔古代エジプトで見つかった謎の矢に刺されて覚醒したスタンド使いなんだよ」

「嘘つけェ! 100歩譲ってスタンド使いだったら証拠そのスタンドとやらを見せて……」

 

銀時を口を合わせて出まかせ言っているんだろうと新八が叫んでいると

 

妖夢の周りにフワ~と白いオタマジャクシのようなモノが中に浮かび漂い始める。

 

「ってギャァァァァァァァァ!! ちょっと待って! そ、それってもしかして!」

「なんだお前も見えるのか新八、てことはお前も俺と同じで才能あるんじゃねぇの?」

「え、銀さんも見えるんですか! って事はやっぱりそれって!」

 

明らかに夜の墓場とかでウヨウヨ浮いてるのがしっくりくる物体、それを見て驚く新八に対し銀時は笑みを浮かべながら

 

「そう、これこそがコイツのスタンドだ、イカしたフィルムしてるだろ」

「いや違ぇだろ! コレどっからどう見ても人魂……」

「人魂じゃねぇスタンドだ!」

「スタンドよ! 人魂なんか存在する訳ないでしょ!」

 

新八が何か言いかけた瞬間、銀時と同じく先程までのやんわりとした表情から豹変して全力で否定する妖夢。

そんな中でもこの人魂、もといスタンドはあっちこっちへフラフラしながら宙を浮いている。

 

「全く……もしかして未だに人魂とか幽霊とかまだ信じてるの? そんな非科学的なモノがこの世にある訳ないでしょ、ですよね銀時さん」

「新八よぉ、お前も人間の身だけど数十年生きてんだろ? だったらいい加減そういうオカルト的な事を信じてたって痛いだけだよ、現実見ろ」

「現実見てねぇのお前等だろ!」

 

妖怪や妖精などという非現実的な存在がはびこるこの幻想郷で何を言うか、二人が頑なに否定するそのスタンドとやらを指差しながら新八は叫び続ける

 

「アレ絶対人魂ですよ! さっき妖夢さん自分の事半人半霊とか言ってましたけど! つまりアレって妖夢さんの霊体化した分身みたいなモンって事でしょ!」

「だからスタンドだって言ってんでしょ! なんなんですか銀時さんこの非常識極まりない眼鏡は! 斬っていいですか!? フレーム一本丸々斬っちゃっていいですか!?」

「おいそこに直れ新八、テメェの失言が元でこの子かなり不愉快になっちゃったじゃねぇか。責任取ってその場で切腹しろ、介錯はコイツがしてあげるから」

「アンタ等どうしてそこまで頑なに認めようとしないんだよ! もしかしてそういう事ですか!?」

 

 

確信を突こうとした新八に声を荒げ腰に差す刀にてを掛けようとする妖夢と機嫌悪そうにしかめっ面を向けてくる銀時に負けじと新八は反論。

相手が相手なだけに、この新八という少年、意外と度胸がある。

 

「二人共ひょっとして幽霊とかそう言うの苦手なんでしょ!」

「誰がそんなもん苦手だゴラァ!!」

「幽霊とかそんなモン全然怖くないわよ! だってそんなモノいる訳ないんだから!」

「……」

 

大方何か読めて来た新八、何やら必死な感じで幽霊などいる訳ないと言い切る銀時と妖夢の反応を見て、新八は無言になった後、ふと何もない方向を指差して

 

「あ! あんな所に首の無い魔法少女が!」

 

彼が適当にそんな事を叫んだ瞬間。

 

目の前にいた銀時と妖夢の姿が忽然と消えた。

 

何故なら二人共近くにあった店が展示している大きな壺の中にジタバタと暴れながら頭突っ込んでいたからだ。

 

それを見て新八は疑惑から確信へと変わる。

 

「あの二人共、やっぱオバケとかそういう類のモン苦手なんですか?」

「だから苦手じゃねぇって、たまたまこの壺の中にウマのフン見つけたから取ろうと思っただけだよ」

「売ったら1ゴールドになりますね銀時さん」

「……」

 

壺の中で仲良く頭突っ込みながら会話している銀時と妖夢を虚ろな目で新八が見ていると。

彼の背後からフラリと一人の少女が歩いて来た。

 

「はぁ~妙に体がしんどい……やっぱずっと引きこもってると体ナマっちゃうわ、ったく」

「あ、霊夢さん!」

「うわ、私を二度も酷い目に遭わせた姉の弟の眼鏡……」

 

数日前の件で寺に引きこもっていた博麗霊夢が気晴らしに人里へとやって来ていたらしい。

彼女を見つけて新八がすぐに叫ぶと霊夢は嫌そうな表情を浮かべるも、ふと彼の前で壺の中に頭を突っ込んでいる二人組に気付く。

 

「アイツと白玉楼の所の従者じゃない、なんで頭から壺に突っ込んでんの二人で? バカなの? いや元から知ってたけど」

「実は二人共幽霊とかそういう類を頑なに信じようとしないから、悪乗りで適当な事言ったら物凄くビビっちゃったみたいで」

「うわダッサ、ダサすぎて嫁さん逃げるわねこれじゃ、主人もこんな従者なら即刻クビにするわ」

「誰がダサいだコラ」

「その声博麗の巫女ね! 幽々子様が私をクビにする訳ないでしょ!」

「文句があるなら直接私の顔見て言いなさいよ、みっともないったらありゃしないから」

 

新八から話を聞いて霊夢は落ち着いた様子で二人を促すと、銀時と妖夢は渋々壺から頭を出して立ち上がる。

 

「んだよお前、もう平気なのか? 平気なフリしてまた巨人化しようと目論んでるんじゃねぇだろうな、うなじ削ぎ落すぞ」

「その件についてはもう何も触れないでくんない? 私本当に覚えてないのよ何も……」

 

銀時が何を言っているかはよくわからないが霊夢にとっては思い出したくもない出来事、というより思い出せない出来事なので出来れば一生そっとしておいて欲しいのだ。

しかしそんな彼女に妖夢はジト目を向けながら

 

「あなたの失態は冥界にも届いているわよ、博麗の巫女が聞いて呆れるわね」

「死者が行き交う冥界に住んでるクセにオバケが苦手なアンタの方が呆れるわ」

「オバケ!? あなたまでまだそんなの信じてるの!?」

「痛い痛い痛い痛い痛い! 痛いよーお母さーん!! ここに頭怪我してる人がいるよー!」

「絆創膏持って来てー! 出来れば人一人包めるぐらい大きいのー!」

「アンタ等本当にムカつくぐらい息ピッタリね、てかマジでムカつくから殴っていい?」

 

完全にこちらを馬鹿にした態度で変に叫ぶ銀時と妖夢に霊夢は青筋立てながら拳を握り締めていると、新八も二人を見て呆れながら彼女に尋ねる。

 

「この二人って昔からこうなんですか……? 仲良いんですね」

「まあ両方とも銀髪だし得物も似てるし幽霊嫌いだし何かと共通点が多いせいかしらね、何かとウマが合うのよあの二人」

「へー銀さんって結構当たり強いから何かと誤解されて敵作るタイプだと思ってたんですけど、仲良い子はちゃんといるんですね」

「そりゃまあ噛みつかれたら千倍にして噛みつき返す様な奴だからね、そりゃ友達出来ないわよ」

 

銀時に対する見解を言い合いながら霊夢は銀時を眺めてしかめっ面を浮かべる。

 

「そもそもアイツが敵作るのは昔の所業のせいもあるんだけどね……なんか鬼とか土蜘蛛とか色々と退治しまくってたらしいから妖怪からはすっかりビビられてたらしいわよ」

「妖怪退治のスペシャリストだったんですか、あの人本当何者なんですかね……」

「さあ? 知り合いの鬼から聞いた話だと結構偉い人の下に就いてたとは聞いてるけど、アイツ自身あんまり過去語らないし」

 

八雲銀時が坂田銀時だった頃、彼は今から数百年前から悪さをする妖怪を次々と懲らしめていたらしく、依頼があればすぐに引き受け、依頼料を貰ってそれで紫と共に生活していた事もあったらしい。

 

「妖怪退治なんて恐ろしい事良く出来ますよホント、今はその仕事は霊夢さんが引き継いでるって事なんですか?」

「私が引き継ぐというか博麗の巫女全体がそうなのよ、言うなればアイツがそれを築いた元祖みたいなモンよ」

「へぇ、一見ちゃらんぽらんですけど結構すごい人なんですね銀さんって」

「いやいや全然大した事無いわよあんなおっさん、奥さんにケツ引っ叩かれてるだけのダメ亭主よあんなの」

 

素直に評価する所は人が良いというかなんというか、そんな新八に手を横に振りながら否定していると、銀時が耳をピクリと反応させて彼女の方へ振り向く。

 

「おい誰がカミさんにケツ引っ叩かれてるダメ亭主だって? 言っとくけどアイツとの結婚当初はそれはもうさだまさしもビックリの関白亭主だったんだぞ俺は メシを作れ、俺の褌を洗え、浮気はしないと思うけどちょっと覚悟しておけと毎度毎度アイツに言い聞かせてたもんだよ」

「あれ、そうなんですか銀時さん? 幽々子様から聞いた話と大分違いますね」

「え、何が?」

 

うんうんと頷きながら自分の関白っぷりを語り出す銀時に妖夢が突如首を突っ込んで来た。

 

「幽々子様から聞いた話だと、紫様は全然家事が出来ないから代わりに銀時さんが全部やるしかなくて、その代わりに紫様が銀時さんに代わって妖怪退治をやってた事があったと聞いてたんですけど?」

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お、お前どうしてそんな事を!?」

「幽々子様、紫様と長年の付き合いみたいですし、夫である銀時さんの事も当然殆ど把握してるんですよね」

「アイツ……!」

 

いらぬ真実を妖夢に話していた事に銀時はここにはいない彼女の主人に腹を立てて奥歯を噛みしめている中。

霊夢と新八はすました表情で彼をジーッと見つめる。

 

「なるほど、そういえば私アンタに料理教えてもらったんだっけ? 男の割には器用に作れるなと思ってたのよ」

「銀さん、主夫だったんですね……」

「主夫じゃねぇよ! 紫には妖怪退治たまに手伝ってもらってただけだって! ただアイツ家事とか料理やらせるとロクな事にならねぇから仕方なく俺がやってたんだよ! アイツが式神を作ってから! 式神に家の事やらせるようになってからは銀さん本当に天下だったの!」

 

別に哀れんでる訳ではなく意外と家庭的なんだなと霊夢と新八に思われてるだけなんだが、銀時のプライドとしては許せないらしい。しかしそこに拍車をかけるように妖夢がまたしても

 

「はて? その頃からはもうすっかり紫様が夫婦の主導権を握っていたと幽々子様が……」

「妖夢ちゃんもう口挟まないで! このままだと俺さだまさしに顔向けできない!」

「雨上がり決死隊の宮迫となら顔合わせられるわよきっと、そういやあっちも浮気性だったわね、気が合いそうじゃない」

「いいじゃないですか銀さん、現代は家事に積極的な夫が理想だといわれてるんですから」

「そういう理想は追い求めてねぇんだよ! そんな夫は西野カナにでもぶん投げておけ!」

 

新八は別に悪意はないのだが霊夢の方は少々楽しんでるかのようにさっきからニヤニヤ笑っていた。

それが更に銀時をムキにさせる原因となる。

 

「そもそも俺は仕方なく家事やるようになっただけだから! 別に主夫でも家庭的な夫でも無ぇから! アイツがポンコツ過ぎたから仕方なくやってただけだから!」

「んな必死に言わなくてもいいわよ別に、しっかしアンタもそれなりに家庭の為にテキパキとやってる事やってるのね、ほんの少しだけ見直したわ、本当にほんの少しだけど」

「銀さん、今度ウチの姉上にも料理教えてくれませんか?」

「ああそれやって本当にお願い、私からもマジで」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

いよいよこの空気に耐えられくなったのか、銀時は遂にキレて怒号を上げると、すぐに彼女らにクルリと背を向け。

 

「テメェ等にこれ以上捜索されたら何言われるかわかったもんじゃねぇ! 帰るわ俺! じゃあな!」

「ああ待ってください銀さん! 僕は本当に姉上に是非料理の作り方を! って消えちゃった……」

「逃げ足は本当速いわねアイツ」

 

瞬きする間の中でフッと忽然と姿を消していなくなってしまう。

大方誰かを対象にしてここから遠く離れた場所へ飛んでいったのだろう。

彼の能力についてよく知っている霊夢はやれやれと首を横に振る。

 

「別にへそ曲げる事でもないでしょ、それとも恥ずかしかったのかしら?」

「もう昔の話なんだから気にしなくてもいいと思うんですけど、今はもう式神の藍さんがいるから別に主夫業みたいなのやってないんですよね?」

「いや、幽々子様が言うには」

 

いなくなってしまった銀時に霊夢と新八が各々の感想を呟く中、妖夢が三度目の主人からの情報を彼女達に話し出した。

 

 

 

 

 

「未だに紫様は家事全然出来ないから式神が留守の間は結局銀時さんが家事やってるみたいよ」

 

 

 

 

 

 

一方その頃、能力を使って消えた銀時は自宅である屋敷へと戻って来ていた。

 

「ただいま……」

「あらおかえり、随分と速い帰宅だったわね」

「めんどくせぇ巫女に絡まれたんだよ……」

 

目の前にいたのは能力の対象として定めていた八雲紫、畳の上で肘を突いて寝っ転がりながら煎餅を食べるグウタラ嫁に銀時は遠い目をしながら帰還報告をする。

 

「もう今日は外に出ねぇわ、なんかもう自分が築き上げてきたモンが崩れ去った気がしてブルーな気持ちなんだわ……」

「そう? なら厠とお風呂の掃除やってもらえない?」

「……」

「藍が買い出しに行ってて丁度いないのよ」

 

バリボリと煎餅を食べながら帰宅してきたばかりの銀時に早速家事をお願いする紫。

銀時はしばし頬を引きつらせた後、ハァ~と深呼吸すると、遂に溜まりに溜まったはけ口を彼女に

 

「なぁ、常々言おうと思ってんだけどいい加減お前も家事ぐらいまともに……」

「年中仕事もロクにせずにフラフラしてるあなたが食事にも家にも困らない生活を送れるのは誰のおかげかしら?」

「精一杯愛する妻を支える為にご奉仕させていただきます」

「それこそ私の愛する夫ね、それじゃあ蔵の掃除も頼めるかしら」

「はい、舐めれるぐらい綺麗に掃除しておきます、自分妻に愛される夫なんで」

 

一瞬にしてエプロンと三角巾を装備すると、ビニール手袋を両手にハメて慣れた様子で蔵へと向かう銀時。

彼女に弱みを握られている限り、銀時に家事をしないという選択肢は存在はしない。

 

 

さだまさしにはまだなれねぇな……ボリボリせんべいを食べながらのんびりくつろいでる嫁を尻目に、銀時は一人寂しくそう思いながらもすぐにどっから先に掃除すれば効率がいいのかと主夫らしい思考で頭を巡らせるのであった。

 

 

 



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#23 時々幽子銀

八雲銀時は妻である八雲紫と共に冥界にある白玉楼へと足を運んでいた。

死者が集い、もしくは通る為に設置された場所であるので当然あちらこちらに人魂やらはっきりとした幽霊が通り過ぎていく光景も日常茶飯事だ。

 

そんな中を歩きながら、銀時は屋敷に着くまで延々と「コイツ等はスタンド、コイツ等はスタンド、コイツ等はスタンド……」っと虚ろな目をしながらブツブツ呪文の様に唱え続け、最終的に妻に「いい加減にしなさい」と言われるまで呟いていたのであった。

 

「へぇ~そう、相変わらず旦那さん幽霊とか苦手なのね~」

「そうなのよ、昔からこの人本当にそういうのが苦手みたいで、いい年して怪談話聞くだけでも夜眠れなくなって私の部屋にやってくるのよ」

「あらそうなの、結構銀さんも可愛い所あるじゃない」

「最初はそう思うかもしれないけど、さすがにそれが何百年も続くといい加減にして欲しいのよホント」

 

白玉楼の屋敷にて、滅多に来ないお客を迎える用の和室で紫と親し気に話している者は彼女の古くからの友人だ。

 

西行寺幽々子

冥界にある白玉楼に1000年以上前から住んでいる亡霊の女性、ちなみに亡霊だが足はちゃんとある。

幽霊を統率できる能力を持っており、幻想郷の閻魔大王より冥界に住む幽霊たちの管理を任されている。

 

飄々としておりその真意が掴み辛く、従者である魂魄妖夢は日常茶飯事に翻弄されている。

同時に柔和な雰囲気も醸しており、その一見呑気な外見とは裏腹に、生き物の死すら操る能力を持っているという恐ろしい部分もある。

 

こういう性格もあってか、馬が合うのは同じく掴み所のない所と強力な能力を持つ紫ぐらいなものなのだ。

 

「ところでその銀さんは何処に行ったのかしら? さっきまであなたの隣にいたのに突然と姿を消しちゃたみたいだけど」

「あなたの従者が作っているお菓子が待ちきれなくて厨房まで飛んでちゃったわ、はぁ~いくつになってもオバケは苦手だし甘い物ばっか食べたがるし……まるで子供ね」

「いいんじゃない? 男はいくつになったって少年の心を忘れちゃいけないって聞いた事あるわよ」

「……それを言った張本人がまさしく私の亭主なの」

「あらそうだったかしら?」

 

友人との久しぶりに会ったせいか、今日の紫はやたらと夫に対する不満を幽々子にぶつけていた。

幽々子にとっては彼女のこういった姿はいつも通りなので、彼女の愚痴に優しく付き合ってあげている。

 

「でも千年も夫婦としてやっていけてるんだから羨ましいわよホント、私なんてずっと独り身だからそうやって旦那の愚痴とか言ってみたいものだわ」

「そういうものなのかしらねぇ……確かにあの人とは千年以上顔を合わせた関係だし、多少の不満はあるけれどそれ以上に好きな点があるのは事実だし」

「フフ、愚痴の次は惚気?」

「……別にそういう訳じゃないわよ」

 

手に持った扇子で口元を隠しつつ悪戯っぽく笑って見せる幽々子に対し紫はブスッとした表情浮かべたままジト目で睨み付ける。

紫がこういう表情を銀時以外にするのは本当に珍しい、それ程彼女にとって幽々子とは心許せる相手なのだ。

 

しばらくして彼女達の中で話題にされていた張本人である銀時が廊下を歩いて饅頭と団子が乗せられた皿を両手に持って現れた。

 

「おい銀さんが茶菓子持ってきてやったぞ、ありがたく食えや女共、7割は俺のモンだけどな」

「まあ銀さん丁度良かった、今、紫が夫であるあなたに対して評価してた所よ」

「幽々子、そうやって友人同士でしか出来ない会話を他者にバラすのはいい加減止めてくれないかしら?」

「ああ? コイツが俺に対して評価付けてただぁ?」

 

銀時が紫の隣にある座布団に座るとすぐに幽々子が先程の会話を彼に伝えると、銀時は思いきりしかめっ面を浮かべて恨みがましい目つきで幽々子を睨んでいる紫の方へ振り向く。

 

「どうせいつもみたいにまた愚痴ってただけだろ? 女同士で話す事なんて基本愚痴の言い合いだからな」

 

饅頭をヒョイッと食べながらあっけらかんとした感じで呟く銀時。

それを聞いて紫は少々ムッとした顔を浮かべる。

 

「そういう偏見はどうかと思うわね、別にあなたの事で愚痴ばかり呟いてた訳じゃないわよ」

「愚痴ばかり呟いてた訳じゃないって事はやっぱり愚痴言ってたんじゃねぇか、まあ俺は別に気にしないけど? テメーの奥さんが友人に年中愚痴ろうがどうぞご勝手にって感じ?」

「私の友人の前でへそ曲げないでよ恥ずかしい、別にあなたに対して文句だけを言ってた訳じゃないんだから」

 

何やら雲行きがあらしい気配、しかめっ面を浮かべる銀時とそれに負けじと目を細めて怒っている様子の紫を交互に見つつ、幽々子は苦笑しつつもなんとか流れを変えようと口を開く。

 

「紫の言ってる事は本当よ、彼女ったらあなたに対して不満は一杯あるけれどそれ以上に好きな所が一杯あるんだって」

「ふーん、マジで?」

「幽々子の嘘よ、私がそんな事言うと本気で思ってるのかしら? 少し自惚れが過ぎるんじゃなくて?」

「もう、千年連れ添ってる間柄なんだからさっさと素直に……あ、そうだわ」

 

せっかく助け舟を出してあげたのにそれを自ら沈没させる紫に幽々子は呆れつつも、ふと名案を思いついたかのように手をポンと叩く。

 

「そんな態度取るなら私が銀さん貰っていいかしら? 私もそろそ独り身は寂しいと思ってたのよね~、あ……」

「……」

 

幽々子が笑顔でそんな事を言ったと同時に

紫の顔からは感情が消え、視線だけで人を殺せそうな鋭い目つきでただジッと彼女を睨み付けた。

 

後に幽々子は従者にこの時の事を語った。

 

アレは完全に友人に対して向ける目ではなかったと。

 

「……ごめんなさい失言だったわね、だから今にも殺しにかかろうとしている様な目で私を見ないで頂戴……」

「そういう事は例え友人同士でも冗談で言うものじゃないわねぇ」

「おい紫、お前まだその嫉妬癖治ってなかったのか?」

 

すぐに非礼を詫びる幽々子に対し、いつもよりドスの入った低い声で警告する紫。

そんな彼女に銀時はテーブルに肘を突きながらやれやれと言った感じで口を挟む。

 

「大丈夫だって俺もちゃんとわかってるから、伊達に千年も連れ添ってねぇよお前と、仲が悪かったら普通こんな長く続かねぇだろ? もう変に嫉妬深くなるのは止めようぜホント」

「別にしてないし、あなたなんかの事で嫉妬とか全然してないし」

 

うんざりした様子で窘めて来た銀時に対しツンとした態度で否定する紫。

散々銀時の事を子供みたいだと言っておきながらコレである、

 

「ところで幽々子、あなた大事な話があるから私達をここに呼んだんじゃなくて?」

「え? 甘いモン食わしてくれる為に呼んだんじゃねぇの?」

「違うわよ、ていうかあなたさっきから饅頭食べ過ぎ、医者に言われてるんでしょ、甘い物は控えろって」

 

周りに嫉妬深いという印象を持たれたくないのか、わざとらしく話題を変える紫。

どうやら彼女は幽々子に話があるという理由でここまで足を運びに来ていたらしい。

ただし銀時の方は彼女の話なんかではなく単純に妖夢の作るお菓子目当てだが

 

「あらお医者さんに言われてるの? それなら妖夢に用意するべきじゃなかったわねぇ」

 

そんな事を言いながら実は彼女もまた銀時と同様団子を次々とペロリと平らげている。

いつの間にか自分が食べる分が彼女達によって消失してしまった事にカチンときながら紫は眉間にしわを寄せる。

 

「あなたもさっきから隙あらばお皿に乗ってる団子食べてるわよね? あなたも診てもらったら? 前から思ってたけどあなたって結構食べ過ぎる傾向があるわよ」

「心配ないわ、私亡者だし」

 

彼女の忠告に幽々子はあっけらかんとした感じで返事すると、幽々子は「さてと」と改まって向かいに座る二人と話を始めた。

 

「実はね、私ちょっと気になる人が出来たの」

「あらそう良かった……え?」

「……マジ?」

「マジでーす、フフフ」

 

あまりにも自然に話を始めたので紫は思わず流しそうになってしまったがすぐに目を見開く。

銀時もまたテーブルに頬杖を突きながら目だけを幽々子の方へ向け信じられない様子でいると

その反応を愉しむかのように幽々子はクスクスと笑い声をあげた。

 

すると屋敷の廊下を猛ダッシュで走る音が聞こえたと思いきや、閉じられていた襖が勢いよくバタンと開かれ。

 

「マジですか幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「こら妖夢、お客様の前ではしたないわよ」

 

どこからともなくやってきた彼女の従者、魂魄妖夢が素っ頓狂な声を上げてやってきたのだ。

いつもの冷静な態度は何処へやら、幽々子に想い人がいると知ってとち狂ったかのように彼女の下へ詰め寄る。

 

「私が気付かぬ間に一体どこの馬の骨と! その男の名を教えてください幽々子様! すぐたたっ斬ってきますから!!」

「気が早いわよあなた、大丈夫よ殺さなくても、その人もう亡者だから」

「亡者なんかいませんスタンドです! ならばすぐに閻魔様に連絡して地獄に連行させてもらいましょう! 冥界の主を誑かした罪で阿鼻地獄行きに!」

「それって辿り着くだけでも2000年かかるとか言われてる地獄? やぁねぇそんな所に連れてかれちゃ困るわ私」

 

妖夢にとって幽々子が素性の知れぬ輩にうつつを抜かすなどあってはならないのだ。

全力で阻止しようとする彼女を尻目に、銀時と紫は軽く驚ている様子では話を再開する。

 

「嘘だろオイ、おたくマジでその亡者……スタンドとやらに惚れちゃったの? 何百年も前からそんな浮いた話一つなかったおたくが?」

「友人としては喜ばしい事なのかもしれないけど……とにかく一体どういう経緯でその亡者と知り合ったの?」

「ウフフ、そうそうこういう話を一度紫としてみたかったのよ、今まではずっと私が聞く側だったし」

 

自分と比べて紫はもうとっくの昔に異性の相手がいて更に結ばれている。

そんな彼女の夫婦話を聞くのも確かに面白いのではあるが、密かに憧れていた所もあったのだ。

 

「ちょうど妖夢を外に出して一人で屋敷にいた時にね、その人は偶然ここに迷い込んで来ちゃったらしいのよ」

「冥界の白玉楼だから亡者がやってくるのは当たり前でしょ」

「それが普通の亡者と違うみたいなのよね、足もあるし姿形もはっきりしてるし、どちらかというと私みたいなタイプ? そういう人がここに来る事って滅多にないのよホント」

 

紫の冷静な指摘に対し幽々子は自分を指差しながら答えつつ話を続ける。

 

「彼、普段は人里にいるらしくて普通の人間の様に振る舞って生活してるらしいんだけど、屋根の上で気持ちよく昼寝してたら成仏しかけてここまで来ちゃったみたいなの」

「どんな成仏の仕方?」

「それで色々と話してる内に結構ウマが合って、あーこの人いいなーって思っちゃったの」

「それだけ? それだけでコロッと落ちちゃったのおたく?」

「ビビッと惹かれ合うモンも感じたわよ」

「なんつうチョロさだよ……」

 

なんとまぁ簡単に恋に落ちたものだ。恋愛など今までしてこなかったおかげで異性同士の駆け引きなど全く知らないまま今まで生きてきたのだろう(もう死んでいるが)

すっかり浮かれてる様子の幽々子に銀時が頭に手を置いてため息を突いていると、彼の隣に座っている紫が怪訝な表情を浮かべる。

 

「あのね幽々子、偶然白玉楼にやって来た素性もよくわからない男なんかに惚れこむのは如何なものだと思うわよ、もうちょっと長い目でその人を見た方が……」

「そうです幽々子様! そんな得体の知れない男など信用できません! さっさと忘れて私と楽しく二人で暮らしましょう!」

 

割とキチンとしたアドバイスを幽々子に送る彼女に続き、妖夢もまたテーブルを両手で叩きながら抗議する。

それに対して幽々子はニコニコしたまま首を傾げると

 

「あら、素性も知れないなんて誰が言ったかしら? あの人の事はあの人自身からたくさん聞かされてるもの」

「え?」

「その人って銀さんと同じ侍でね、人里で日夜人間達を護るべく戦っているらしいの、偉いわよねー」

「俺と同じ侍?」

 

それを聞いて銀時がピクリと反応すると同時に紫も無言で彼の方へ振り向く。

二人共何か嫌な予感を覚えたのであろう。

幽々子は銀時に「ええ」と答えながら更に言葉を付け加えた。

 

「攘夷志士?  だとかなんとか言ってたわね自分の事、幻想郷の新たな夜明けを担う救世主なんだって」

「あなた……」

「ああ……」

「名前はね」

 

銀時と紫は目だけ合わせてその人物が誰なのか察したらしい。

そんな事も知れずに幽々子は嬉しそうにその男の名を言った。

 

「桂小太郎さんって言うのよー」

「やっぱりね……」

「だと思ったよ……」

「なんでも亡くなる前からずっと人間の為に戦ってたんですってー」

 

すっかり上機嫌の様子で彼の名を言うと二人は同時に項垂れる。

よりにもよって好きな相手がそいつかとガックリする様に

 

「桂小太郎!? それが幽々子様を誑かした張本人ですね! わかりました今すぐ人里行って斬ってきます!」

「だからダメだって言ってるでしょ、全く今日のあなたはちょっと変よ」

「おかしいのは幽々子様の方ですって! 早く目を覚ましてください!」

 

主人である幽々子の両肩を掴んでユサユサと揺さぶり始める妖夢。

その必死な形相から察するに相当彼女の事を大事に思っているのだろう。

だからこそ、その桂小太郎とかいう男を抹殺したくてしょうがないのだ。

 

「銀時さんと紫様も一緒に幽々子様を止めて下さい! このままだと白玉楼! いえ冥界そのものの危機です!」

「そうだな、アレは止めておいた方がいいわホント。もっと自分を大切にした方がいいっておたく」

「確かにこの人の言う通りアレだけは止めておいた方がいいと思うわね、だって……」

 

こちらに振り向き助けを求める妖夢に銀時が頷くと、紫もまた言い辛そうにしながらも意を決して

 

 

 

 

 

「あの人、”亡者”じゃなくて”悪霊”よ」

「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お願いだから考え直してぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「この想いは何人たりとも止める事は出来ないわー」

「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

冥界の主が恋したのは悪霊でした。

 

 



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#24 ヅ銀ラじゃない時だ桂

深夜、人里の外れにある集会場にて、多くの人間達が集まり何やら不穏な空気を放っていた。

灯りは小さくし、薄暗い中で彼等は声を上げて叫んでいる。

 

「妖怪共をここから追い払おう!」

「俺達人間の力を奴等に見せてやれ!」

「幻想郷を統治するのは我々のリーダーを置いて他にいねぇ!」

 

熱気が上がり人々は思った事を次々と勝手な事を言いながら結束力をより高めようとする。

そしてその集団の前で注目を一際集めている男が一人。

 

「お願いします桂さん!」

「今こそ革命を! 虐げられる人間達を希望へと導いて下さい桂さん!」

 

名を呼ばれて皆の前に座る男は真っ直ぐな目で彼等の方へ顔を上げた。

 

「わかっている、それこそが攘夷志士であるこの桂小太郎の役目だ」

 

 

桂小太郎。

妖怪という存在に日々怯え恐怖を感じつつある人間達をまとめ、いずれはクーデターを起こし幻想郷の転覆を図ろうと計画している危険人物。

攘夷志士と呼ばれる妖怪に対して嫌悪感を示す者達を集め、こうして日夜来るべき革命の為に密談を交わしているのだ。

 

「この腐った幻想郷に今こそ天誅を下し、我等人間共による新たな理想郷を築き上げようではないか」

「おおさすが桂さんだ! 桂さんが言うと不思議と絶対に出来ると確信できるんでさぁ俺達!」

「確かにそうだな、まるで”普通の人間”である俺達とは違う匂いがするぜ! 歴史に名を残すであろう偉人ってのはきっと俺達凡人とは違う格ってもんがあるんだろうな!」

「俺達人間の事なんざ食用としか見てねぇ妖怪共に一泡吹かせてやりやしょうぜ!」

「フッフッフ、さすがは俺と共に悪しき妖怪共を成敗するという宿命の名の下にはせ参じた同志達だ、そなたらのその熱き魂を見せれば妖怪共も怯え逃げ惑うであろう」

 

桂の言葉を聞いただけで人々は活気づき勇気が湧いてきた。恐れぬ物など何もないと言った感じだ。

この士気の高さから察するにこの桂という男からには、並々ならぬカリスマ性を感じのであろう。

 

「しかし威勢は良いが事を焦ってはならぬぞお前達、確かに我々はいずれはこの幻想郷に新たな歴史を築き上げる者達となるのは確かだ、しかし功を欲しいがために焦って特攻を繰り返してはいずれは妖怪共に返り討ちにされるのもまた確実」

 

早急に厄介事を片付けたいのはわかるが、その厄介事というモノがどれ程強大なモノなのかは桂自身よくわかっていた。

なにせ人間と妖怪では天と地ほども差が出る程、その二つには圧倒的な力の差があるのだから。

 

故に桂は焦らず着々と小さな問題を片付けつつ、新たなる幻想郷とする為にコツコツと準備を始めているのだ。

 

「故に今我々がまず成すべき事はただ一つ、妖怪相手に単騎で対抗できる程の強い人材を確保する事だ」

「ええそんな奴がいるんですか桂さん!?」

「単騎って事はタイマンで妖怪と戦えるって事ですよね!?」

「そんなの俺達の中じゃ桂さんだけですよ!」

「フ、案ずるなお前達、俺を誰だと思っている?」

 

妖怪と戦える人間など早々滅多にいる訳がない。

噂ではとある森の奥深くに住んでいる白黒の格好をした金髪の魔法使いはそれなりに腕が立つとは聞いているが……。

しかし不安に思う彼等に対して桂は不敵に笑うと

 

「実はつい先ほどその条件に適任である者見つけて来た」

「ええ!?」

「妖怪とまともにやり合える人間なんて一体……」

「それではご紹介しよう、今日から俺達の同志に加わる新メンバーだ」

 

さすがは桂もう既に人材の確保に成功していたらしい。

彼はおもむろに立ち上がると、皆に見える様に”彼”を自分の傍に引っ張り出した。

 

「友である俺の為にはるばる駆け付けに来てくれた正に侍の中の侍、坂田銀時だ!」

「ちーす」

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」」

 

いきなり現れたのは幻想郷では知る人ぞ知る坂田銀時、否、八雲銀時だった。

彼が死んだ目でけだるく挨拶する中で、周りの者達は彼が新メンバーだと聞かされて一斉に驚き取り乱す。

 

「か、桂さん!? 銀時といえばってあの銀時ですかぃ!? 妖怪からも一目置かれているあの!」

「ほうよく知っているな、何を隠そう銀時は妖怪退治のプロ中のプロなのだ、あの鬼ですら倒した事もあるのだぞ?」

「まあまあ任せなさいよ、妖怪退治なんざ銀さんにとっては3時のおやつ前だから」

「いやでもその男! 今幻想郷を統括している大妖怪の!」

 

桂に紹介されるも銀時は以前やる気無そうに曖昧に答えるだけ、

部下達が大きな声でツッコミを入れるも、桂は聞いておらず

 

「何よりこの男は俺と共に数多の死線を潜り抜けてきた猛者の一人だ。かつては共に鬼を始め様々な妖怪を成敗して来た古くからの同志であって色々とやんちゃしてきたものだ、皆仲良くしてやってくれ」

「オス、オラ銀時よろしくな、みんなで八雲紫を倒そうぜ」

「聞いてる桂さん!? その人! その人一番仲間にしちゃいけない人だから!」

「俺達が倒すべきラスボスの旦那ですからその人! もはやラスボスの一人と数えても過言ではない存在ですから!」

「ていうかそもそも人間じゃねぇよ!」

 

銀時の事に関してより詳しく説明する桂ではあるが、部下達は待ってましたと言わんばかりに必死な形相で叫び出す。

それもその筈、銀時は彼等にとってのラスボス的存在、八雲紫の夫であり不老不死だ。つまり人間ですらない。

そんな人物を仲間に引き込もうとするなんて何考えてんだと皆の気持ちが一つになっているにも関わらず、桂は全く耳も貸さずに銀時との久しぶりの再会に喜んでいる様だった。

 

「銀時、まさかお前とこうして共に戦える日が来るとは思いもしなかったぞ俺は。まさかお前もこの幻想郷に流れ着いていたとは、かつては鬼もが恐れる白き夜叉とも呼ばれていた坂田銀時の力があれば100人力だ」

「まあ色々あって俺もここに住んでてさ……ところでヅラ、一つ訂正させてもらうわ」

「ヅラじゃない桂だ、訂正とはなんだ?」

「いや俺、もう姓変わってるんだよね、結婚してから」

「け、結婚!? まさかお前がか!?」

 

久方ぶりの友との再会だけでも喜ばしい事なのに、更に結婚していると聞かされ桂は驚きつつもすぐにフッと笑う。

 

「そうかお前が結婚か……まさか頼光殿に仕えていた頃は四天王と呼ばれていた俺達の中から二人目の既婚者が出ていたとはな……フ、俺もウカウカしてられんなコレは」

「俺以外に誰か結婚してた奴いたか? ああ、そういや坂本がいたな、アイツ嫁さんと姓別々にしてるから結婚してたなんて気づかなかったんだよな」

「お前もアイツと会っていたのか、いやはや俺も随分前だがアイツの職場に行った事があってな、その時直接嫁さんとも会って来たぞ」

「俺もたまにアイツの所行く事あるけど、夫婦で同じ仕事就いてるとかあり得ねぇよな」

「なんでも坂本自身は転職したいらしいのだが、嫁さんが許してくれないらしい」

「ああそりゃアレだよアレ、束縛系奥さんって奴。いやー俺そういうの絶対無理だわ、ウチは自由に遊び回って構わねぇ的なスタイルだからマジで無理だわ」

「なんだ貴様、よもや嫁さんの目が届かない所で別の女とふしだらな関係に発展しているのではないであろうな? 大体お前は昔から……」

「桂さんもういいから! 久しぶりに会えた友達と他の友達の話で盛り上がっちゃうのはわかるけど! お願いだから気付いて!」

 

何やら勝手に盛り上がって世間話を始める桂と銀時に部下達が止めようとするも桂は全く聞いてくれない。

この男、自分の話に夢中になると全く人の話を聞かなくなるのだ。

 

「というか銀時、お前いつの間に結婚していたのだ? もし言ってくれれば祝言でもあげてたというのに」

「あーもう千年前ぐらいだなー」

「千年!? 千年前って事はまだ俺達と共にいた頃ではないか! てことは待てよ……」

「なあ、今桂さん千年前とかどうとか言ってたけど……桂さんって千歳超えてんの? 人間ってそんな長く生きられたっけ?」

「桂さんを疑ってんじゃねぇ! 確かにさっきからずっと気にはなってたけど歴史に残る偉人ってのはきっと俺達の想像では到底考えれられないぐらいの長命になれるんだ!」

 

 

ヒソヒソとさっきから桂の言動に違和感を覚えてる者達が話し合ってる中、桂は突然「おお!」と言いつつポンと手を叩く

 

「もしかしたらお前が結婚した相手は俺の知ってる者ではないのか?」

「ああ? まあ何度か会ってるとは思うけど」

「やはりそうか、フフフ、察しがついたぞ銀時、確かにお前と彼女は昔から仲が良かった。いずれは夫婦となるのは目に見えておったな」

 

どうやら彼が誰と結婚したのかおおよそ検討が付いたらしい、随分と昔の事ではあるが桂はその時の頃の事を今でも鮮明に思い出せるのだ。

そして微笑を浮かべながら桂は銀時に人差し指を立てながら

 

「あの”白髪でちょっと無愛想なおなご”だな!」

「……」

「どうだ当たりであろう、てことはそうかお前は坂田銀時ではなく藤原銀時……」

 

我ながら鋭い考察力だなと思いながら桂は無言でこちらを見つめる銀時に自慢げに胸を張る。

しかし次の瞬間、銀時の背後の空間が裂け始め、次々と現れたスキマが大きく開いたと思えば

 

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「か、桂さぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

そのスキマから無数の刀や槍という殺傷能力が極めて高い武器が次々と出現し、一斉に桂目掛けて放たれたではないか。

突然の奇襲に避ける暇もなく桂はその無数の得物をモロに直撃してしまう、

哀れ刀で串刺しとなってしまった彼に、部下達が絶望の声を上げていると

 

「あ~死ぬかと思った」

「えぇぇ生きてるぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

体に刺さってる筈の刀や槍など気にせずに何も変わっていない桂がそこにいた。

よく見ると飛んできた得物は彼に刺さっているというより、彼を”すり抜けるかのように”床に刺さっている。

刺さってる箇所からは穴も開いてないし血すら出てない、というより体そのものに刺さっている様には見えない。

驚愕する一同を尻目に、銀時の背後にあるスキマが大きく広がり、今度は得物ではなく一人の女性がゆっくりと現れる。

 

銀時の妻であり幻想郷の管理を務める八雲紫であった。

 

「やはり効かないか……お久しぶりね桂さん……」

「オイィィィィィ! 嘘でしょなにこの急展開!?」

「来ちゃったよ! 一面からいきなりラスボス出て来ちゃったんだけど!?」

「どうするんスか桂さん!?」

 

口元は笑っているがその目は驚くほど冷え切っている。明らかに機嫌が悪い表情を浮かべる紫の登場に一同慌てふためく。

しかしそんな状況でも桂は決して動揺しない、唐突に現れた彼女に対して「おお!」と呟いて目を見開いた後しばらくして……

 

「……すみませんどちら様ですか?」

「桂さぁぁぁぁぁぁぁん!?」

「……」

 

一瞬思い出したかのような顔を浮かべたがすぐに首を捻ると、紫に誰なのかと尋ね出す桂。

あろう事か攘夷志士として最終的に倒さねばいけない幻想郷の統括者と呼んでも過言ではない大妖怪の顔すら知らなかったのだ、しかも昔銀時といる時に何度か会っていたというのに……。

 

”白髪の無愛想な女”は覚えているのに自分の事は覚えられていないと知ると紫はその目に一瞬殺意のようなモノを潜めるが、すぐに真顔になって返事をする。

 

「あなたとは随分昔に会ったきりだから覚えてないでしょうけど、この人と結婚した者よ」

「ヅラ、という事でこっちが俺の嫁さんな。二度と”アイツ”と間違えるなよ、今でもウチの嫁さんアイツの事嫌ってるから」

「おおそうだったのか! うーむ確かによくよく見るとこの様なおなごが銀時の家にいたような気がしないでもない」

 

まじまじと見つめて来る桂に紫が冷めた表情をしていると、おもむろに桂がポンと彼女の肩を叩く。

 

「ともあれ俺の同志である銀時の妻であるならばそなたも俺の同志という訳だな! よし! 俺と共に幻想郷を支配する悪しき大妖怪・八雲紫に天誅を下そうではないか!」

「あらぁお仲間にされて嬉しいわ~、一緒に八雲紫を倒しましょうねぇ~」

「フハハハハハハハ! さすがは銀時のおなご! 大妖怪を倒すと知っても微塵と恐怖を感じておらんとはな!」

「おい桂さんアレマジで素で言ってるの!? 素で気付いてないの!?」

「桂さん! 頼みますから気付いて下さい! アンタが仲間にしようとしてるその夫婦こそが俺等が一番倒さなきゃいけない敵なの!」

 

これは完全に気付いていない、部下達が落胆する中も桂は盛大に高笑いをしている。

それを見ていた銀時はやれやれとけだるそうに頭を掻き毟った後、桂の方へ顔を上げた。

 

「ヅラ、そういや俺の新しい姓教えてなかったな」

「姓?」

「”八雲”な、八雲銀時、今はそう名乗ってるんだよ俺」

「八雲……?」

 

八雲と聞いて桂が眉を顰めているのを見て、ようやく気付いたかとため息を突きながら銀時は改めて自分の嫁さんを紹介する。

 

「だから俺のカミさんの姓も八雲なの、そんで名前は紫、バカなお前でもこれでわかっただろう?」

「八雲……紫……まさか銀時お前は! お前の嫁さんは!」

 

ようやく気付いてくれたのかハッとした表情を浮かべる桂、コレでずっと勘違いしていた彼もようやく理解したであろうと部下達も安心していると、彼はビシッと正体を察した銀時と紫に指を突き付ける。

 

「いわゆるDQNネームというものを付けられたというのか!?」

「そうそう……え?」

「そうか、あの恐ろしい大妖怪と同じ姓だとをいい事に、きっと彼女の両親は悪乗りで娘の名前を紫にして役所に登録してしまったという事か……まさかあのおぞましく悪名高い妖怪の名を娘に付けて同姓同名とするなどなんて酷い親だ!」

「おいヅラ、お前本当に頭大丈夫か? そろそろ本気で心配になってきたんだけど」

「だが俺はそんな事気にはせん! DQNネームであろうが俺にとってはもう大事な同志だ! だから!」

 

よくもまあそんな妄想をスラスラと頭から出て来るなと、銀時が本気で桂の事を心配してるかのように目を細めていると、彼はグッと親指を立てながら紫にフッと微笑み

 

「共に八雲紫の首を討ち取ろうではないか八雲紫殿! ブホォ!」

「いい加減にしろバカ」

「「「「「桂さぁぁぁぁぁぁぁん!」」」」」

 

遂に我慢の限界が来たのか、ドヤ顔を浮かべる桂の顔面に思いきり拳をめり込ませぶっ飛ばす銀時。

そのまま桂は壁に背中から激突すると、白目を剥きながらズルズルと崩れ落ちて気絶してしまった。

 

「ったく、お得意のすり抜けはどうしたんだよ」

「どうやらすり抜け出来る物とすり抜けられない物があるみたいね」

 

拳が赤くなっているのを確認しながら銀時が桂を見下ろしていると、紫も冷静に彼を観察する。

 

「私達と会ってた時はまだまともだったけど、やっぱり強い恨みを残して死んでるから、時を重ねた結果随分と強力な霊になったみたいね」

「コイツが起こした祟りは現世でも有名だからな、コイツの本当の首は今でもデカい神社に祀られてるって話だし」

 

桂の正体については長い時間を過ごしてきた銀時は噂程度ではあるがよく知っていた。

そしてうろたえている桂の部下達の方へ振り返ると、銀時は親指でノビている桂を指差しながら

 

「お前等に言っておくけど、コイツ、人間じゃなくて悪霊だから」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「コイツはこの世に恨みを残して死んだ事でタチの悪い悪霊と化した正真正銘のバケモン、ぶっちゃけテメェ等が倒そうとしている妖怪よりもタチの悪い存在です」

 

悪霊、経緯は人それぞれだがこの世に強い未練を残すと現世に魂だけを留めて蘇るという事があるらしい。

そしてそれが時に悪霊という存在となり、生前から恨んでいたモノ、もしくは欲していたモノ、はたまたなんの関係も無いモノにまで危害を及ばすという極めて危険な霊と成り果てるのだ。

そしてこの桂小太郎という者も、現世に強い恨みを残して死に、悪霊となったのだ。

 

「確か大昔は別の名前使っててよ、そん時も今みたいに国を滅ぼして新たな国を造り上げるーとか言って反乱を起こしたはいいけど、すげぇ早くボロ負けしちゃってあっさりおっ死んだんだよな」

「その後、悪霊として復活してからはあなたと同じく源頼光さんに仕えたのよね」

「その頃からバカではあったけどまだまともだったんだよなー、やっぱ成仏できずに長い間現世に留まっていたのがマズかったか……」

 

実を言うと桂小太郎という名は悪霊として生まれ変わった時に源頼光に与えられた名であり、生前は別の名前を用いていた。

その名は現世でもひどく有名な名前なのであるが、銀時はそこまで彼に興味はないのでその名前までは知らないでいる。

 

「あ、そうそう、コイツの事なんかよりもまず一番大事な事をお前等に言わなきゃいけない事あったわ」

「「「「「……え?」」」」」

 

自分が仕えていた相手が人間ではなく悪霊だった事よりも伝えなきゃいけない事なんてあるものなのか?

怪訝な表情を浮かべる桂の部下達に対し、銀時はゆっくりと人差し指を突き付ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前等も”人間”じゃないからね、だから俺や紫を倒しても人間の理想郷なんて作れやしねぇから」

 

彼の言葉を聞いて皆しばし固まった後、ふと自分の足元に目をやる。

 

そこには本来あるべき筈の両足が無かった。

 

 

「とっくの昔に妖怪に食われて”死んだ””亡霊”だからねお前達」

 

霊は霊を集めやすい。彼等もまた桂小太郎という悪霊に惹かれてここに迷い込んで来た亡霊なのであろう。

 

桂に対し何度も気付け気付けと叫んでいた”半透明な姿”である彼等自身もまたようやくそれに気付くと。

 

 

 

 

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」」

 

 

 

この夜だけで何度も上げていた驚きの声を今までの中で一番力いっぱい彼等は叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 




坂本の奥さんが好きな食べ物は「こんにゃく」です

桂小太郎の悪霊設定の元ネタは今でも怖い話好きの中では有名なあの歴史人物



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#25 ???銀時??

Q銀時と紫は夫婦なのに別々の部屋で寝てるんですか?

Aはい、別々で寝てます。いつからかはわかりませんが自然とこういった形になったみたいです。
夫婦ならそういうケースはよくある事です。

でもたまに同じ部屋で寝る事があるみたいですよ。
なんでかって? 
夫婦ならそういうケースはよくある事です。



 

「ええ!? あの攘夷志士桂小太郎の組織を、銀さんと奥さんが一夜にして退治したんですか!?」

「まあ勝手に自滅しただけなんだけどなアイツ等」

「凄いじゃないですか! 伊達に千年生きてないんですねアンタ!」

「まあ、ただのバカだったからねアイツ等」

 

ここは人里、八雲銀時は行きつけの団子屋で団子をほおばりながら、隣にいる志村新八に前回で起こった話をしている真っ最中であった。

そして新八と反対方向で銀時の横に座っているのは、たまたま山から下りて来て銀時達と出くわした神楽である。

彼女もまた銀時以上に団子を食べ尽くし、既に皿がみるみる上乗せされて団子屋のオブジェと化していた。

 

「ゲプ、銀ちゃんも中々やるアルな、いずれ私と最強の座を賭けて戦う日もそう遠くねぇゾ」

「奢って貰ってるクセにどんだけ上から目線なんだよお前は。つーか食い過ぎだろお前、暴食妖怪として退治してやろうかコラ?」

「フッフッフ、この程度ではまだ腹三分にも満たないネ。さぁて次はどこの店に連れてってくれるアルか?」

「連れてかねぇよ、オメェが腹膨れる前にこっちの財布が萎み切るわ」

 

大きくなったお腹をさすりながらムフフと不敵に笑って見せる神楽に銀時はしかめっ面を浮かべた後、新八の方に向き直る。

 

「まあこれで当分の間は攘夷志士騒動なんてモンは起きねぇってこった。連中は確かにバカだったが妖怪と人間のバランスが崩れる要因となったかもしれねぇしな、妖怪なら霊夢に任せるけど、ああいう元人間が無闇に暴れられると俺や紫が困るんだよ」

「妖怪に食われた人間が恨みを持って亡霊化するなんてあるもんなんですね……」

「亡霊スタンド程度なら可愛いモンさ、恨みを持ちすぎると悪霊スタンドに成り果てる事もあり得るからな」

 

人の恨みというのはこれまた厄介なモノであり、それ等を完全に浄化しきるには仏や神でさえ難しいと聞く。

悪霊など特にマズイ、既に死んだ存在であるので殺す事は出来ず、成仏させようにも根本的なモンから排除しないと決してこの世から消える事は出来ないのだから。

 

「そうなっちまったら俺でさえ完全に仕留める事は容易じゃねぇ」

「あれ? てことはその桂小太郎って悪霊も?」

「一応冥界の主の所に送って行ったが……どうせすぐひょっこり戻って来るだろうなアイツの事だし」

 

桂小太郎もまた銀時達では消滅できず、仕方なく霊を集め輪廻へと導く為に、冥界の主のいる白玉楼へと彼も一緒に連れて行った。

ちなみにその時冥界の主である西行寺幽々子はやけに機嫌が良かったらしい。

 

「冥界の主って何アルか? そんな奴とも銀ちゃん知り合いだったアルか?」

「冥界の主つっても基本はのほほんとしたお嬢様って感じだけどな、ちなみにその悪霊に恋する乙女だ。オメー等もいっぺん死んでみれば会えるんじゃねぇか?」

「いや遠慮しておきます、僕まだ若いんで……亡霊といい冥界といい、本当幻想郷って不可思議な存在が多いですよね」

「だからこそ幻想郷なんだよ、そういう現世で忘れられた存在が集まる場所なんだからここは。ま、俺は大抵のモンなら全部わかるからなんでも答えてやるよ」

 

神楽と新八に得意げに説明しながら団子をまた一口頬張る銀時だが、ふと人通りを歩いている何者かを見つけ目を細める。

 

幻想郷に長く住んでいる彼でさえも何者かわからない程の存在がそこにいた。

 

 

それは一見アヒルのような黄色いクチバシをしているのだがきっとアヒルではないと断言できる。

一点の汚れも無い真っ白な見た目、見てるだけで吸い込まれそうな不思議な目をしたその生物はただこっちをジーッと見つめて来ていた。

 

「……何アレ?」

「え、何かあったんですか……何アレ?」

「何アルかアレ?」

 

三人がそちらに視線を向けて同じ事を呟いて顔をしかめると、その生物はかなり大きな図体の割には軽快なステップでこちらへ歩み寄って来た。

 

そして三人のすぐ目の前に立つと再びこちらを凝視。

 

「え、ちょっと待って、さすがにコレは銀さんも知らないんだけど? 妖怪? それとも神様の一種?」

「怖いんだけど、何も言わずにずっとこっちを見つめて来るんだけど……銀さんちょっと何か言ってみて下さいよ」

「確かエジプトにこんな神様がいたような気が……いやでもまさかエジプトから遥々こんな所まで来るような神様なんていねぇだろうし……」

「なんか私達というより銀ちゃんをガン見してるみたいアルヨ、おい天パ、お前神様怒らせたんじゃネーカ?」

「いや俺エジプト行った事ねぇんだけど、あのーすみませんなんか人違いしてませんか? 俺別にピラミッドで墓荒らしとかしてないんで」

 

新八は頬を引きつらせ、神楽はキョトンとしている中、銀時は恐る恐るその生物に話しかけると

その一点の曇りもない表情をしたまま彼(?)はヒョイッと一枚のプラカードを取り出した。

そこに書かれているのは

 

『桂さん知りませんか?』

「……ヅラ? ってかもしかしてそれが会話方法なの?」

「桂さんってさっき銀さんが言ってた悪霊ですよね、確か冥界に行ったんじゃ……」

 

どうやら言葉を使わずプラカードのみで会話を成立させる生物らしい。

怪訝な様子を浮かべる銀時にまたもやスッとプラカードを提示

 

『白玉楼にはもういません、ついさっきこの人里に再び降り立ちました』

「はぁ? アイツもうコッチ戻って来てんの? 幽々子の野郎ちゃんと見張っておけよ……」

『彼女はもう2~300年居てもいいとおっしゃたのですが、桂さんがどうしても下界に戻りたいと……』

「なんだコイツ、随分と詳しいじゃねぇか、ひょっとして白玉楼にはびこるスタンドか?」

 

やってみると以外と会話出来るモンだと思いつつ、どうやって瞬時に台詞をプラカードに書いているのだろうという疑問も浮かぶが、ツッコむのも面倒臭いので銀時はひとまずこの生物の正体を見極めようとしていると

 

「おーエリザベス! ここにいたのか探したぞ!」

『桂さん!』

「げ! お前!」

 

人込みの中から一際デカい声を出してこちらに向かって駆け寄って来たのはまさかの悪霊・桂小太郎。

いきなりの彼の登場に生物はすぐ様振り返り銀時もまた思いきり嫌そうな顔を浮かべた。

 

「ヅラ、テメェまたこっち戻って来やがったのか、いい加減成仏しろバカヤロー」

「ヅラじゃない桂だ、先日は世話になったな銀時。まさか突然気を失い目が覚めた時にはまた幽々子殿の屋敷で厄介になるハメになるとは。恐らく国家転覆を図る我等へ八雲紫が刺客が送り奇襲をかけてきたのだろう、くッ!」

「くッ!じゃねぇよ、まあおおむね間違ってはねぇけど」

 

どうやら前回の時に桂は気を失った事や部下達が全ていなくなってしまった事も全て自分達を狙った刺客がやった事だと判断しているらしい。

正確に言えばそれは銀時なのだが、やはりというかさっぱりその事に気付いていないのである。

銀時はそんな昔馴染みに呆れながらも髪を掻き毟りながら彼の隣にいる生物へ視線を泳がした。

 

「で? なんだよこの化け物、すっげぇ気持ち悪いんだけどお前のペット?」

「気持ち悪くないエリザベスだ、化け物などとそんな事を本人の前で言うな」

「エリザベス~?」

 

奇妙な生物=エリザベスだと聞いて銀時は首を傾げる。

そんな名前の生き物、幻想郷に長く滞在しているが聞いた事も見た事も無い。

 

「どこで拾ったんだよこんなの、なんか危なそうだから元いた場所へ捨てて来なさい」

「お母さんかお前は、エリザベスは幽々子殿から直々に賜った俺の新しき相棒だ、害はない」

「いや単体だとそうでもないけどお前とセットだと気持ち悪さが増すんだよ、てかお前が気持ち悪い」

「祟り殺すぞ貴様」

 

エリザベスに不信感を募らせ更には自分にも毒を吐いてくる銀時に桂が即座に脅しをかけていると、彼の話を銀時と一緒に聞いていた新八がふと気になった事があった。

 

「銀さん、桂さんの言ってた幽々子殿って人が冥界の主なんですよね? 桂さんに恋してるとかいう……」

「ああ、それがどうかしたか」

「さっき桂さん、このエリザベスって生き物、その幽々子さんから預かったみたいな事言いませんでした?」

「……幽々子がこのバケモンを?」

 

新八の言葉を聞いて銀時はエリザベスの方へ振り返ると眉間にしわを寄せる。

 

「アイツこんなの飼ってたっけ?」

『飼われてました』

 

あの屋敷には何度も足を運んでいるがこんな生物一度も見た事が無い、もし一度でも見ていれば絶対に忘れないであろうし、下手すれば一生夢の中に出て来そうなインパクトだ。

しかもエリザベス本人が自ら飼われていたとプラカードで主張するので、ますます胡散臭い。

 

「おいヅラ、お前コレ本当に幽々子から預かったのか? 俺こんな奴アイツの屋敷で見た事ねぇぞ」

「ヅラじゃない桂だ。幽々子殿から預かったのは本当の話だ、エリザベスとの出会いは下界へと降りる際、俺が屋敷を後にしようとした時に、幽々子殿から少し待って欲しいと言われ、玄関でしばらく待っていた時だ」

 

疑り深い銀時にムッとしながら桂はエリザベスとの運命の出会いを腕を組みながら語り始めた。

 

「そうしていると廊下をドスドスと歩いてエリザベスがやってきたのだ、そしてプラカードを取り出し『幽々子様の命令で、あなたのお傍に仕わせて頂く事になったエリザベスです』とご丁寧に自己紹介され、ちょうど部下も全て失っていた俺は幽々子殿のご厚意に甘えてこの者と共に下界へと降り立ったのだ」

「アイツ、ヅラに惚れてるからって甘過ぎるんだよ……コイツ悪霊だぞ? 本来地獄に叩き落とすべき存在ナンバーワンだろうが……」

 

幽々子が実の所、桂に対して特別な感情を持っている事は以前屋敷へ伺った時に直接本人に聞いた。

だからといってこの危険な悪霊を野放しにした挙句下界に降ろさせて、更にはなんだかよくわからない生物まで仲間として連れて行かせるとは……

 

「一度坂本の所へ行ってこの事相談した方がいいな……いや相談するならアイツの嫁さんの方が適任か……」

「何はともあれ俺は無事に攘夷志士として幻想郷を生まれ変わらせるという野望を胸に再びこの地に舞い戻ったのだ、そして新しき仲間、エリザベスとな」

『はい、桂さん!』

「ううむこうして見ると中々可愛げのある見た目をしているではないか、俺は流行には疎いとよく言われるがコレがきっと今流行りのゆるキャラという奴なのではないか?」

「幻想郷ご当地のゆるキャラとしては絶対に認知しねぇからなこんなモンスター」

 

まじまじとエリザベスを見つめながらフフッと笑う桂に銀時がけだるそうにツッコミを入れていると、

 

『……』

「む? どうしたエリザベス、急に背を向けて」

 

不意にエリザベスがクルリと振り返り桂に背を向けてしまった。

 

「一度お前をじっくり観察してみたかったのだ、もっとちゃんと見せてくれ」

『いや……さすがにそんないきなり……』

「ん? どうしてそんなに体を震わせているのだ? まさか見られて恥ずかしい訳ではあるまい」

『ごめんなさい……こういうの初めてなもので……』

 

急におかしな態度を取るエリザベス、プラカードに書かれてる文字も震えていて、大きな体も何やら恥ずかしそうに縮こませてしまう。

 

そんな態度を見て銀時はふともしや?と妙な予感が頭をよぎる。

 

「ヅラ……その生物幽々子から預かった時、幽々子も傍にいたか?」

「幽々子殿? いやいなかったぞ、俺を玄関に待たせた後幽々子殿は奥の部屋へと向かい、しばらくしてその部屋からエリザベスが俺の元へやって来たのだ」

「……」

 

予感がそろそろ確信へ迫りつつあると、今度はバタバタ慌てた様子で何者かがこちらに駆け込んで来た。

 

「銀時さん!」

「あ、妖夢、丁度お前を呼ぼうとしてたんだ、どうした?」

 

現れたのは普段は滅多に人里には下りてこない幽々子の従者、魂魄妖夢。

慌ただしそうに銀時の方へやってくるが、彼に向かって何か言おうとする前にふと銀時の前にいた桂が彼女の視界に入る。

 

「桂! あなたやっぱりこっちに戻って来てたのね! 私が見てない隙に幽々子様をたぶらかしておいて更にまた下界に逃げるなんてよくも!」

「ほぅ、白玉楼の従者殿ではないか、また俺にコテンパンにされに来たのか? 剣での勝負ならいくらでも付き合うぞ」

「く! 嫌な事を思い出させる……! いや今はあなたの相手をしている場合じゃなかったわね……銀時さん少しお話したい事が」

 

強い敵意を剥き出しにしてくる妖夢に対し桂は余裕綽々と言った態度で笑みを浮かべている。

どうやら白玉楼では何度も幽々子絡みの件で彼女と交戦し、それら全てに打ち勝ったような感じだ。

この男、一見ただのアホなのだが伊達に銀時と共に妖怪退治を行い、生前には英雄と呼ばれる程の猛将であった訳ではない。

 

彼の挑発に一度は一戦交えようと腰に差す刀に手を置こうとするが、今はもっと大事な用があると妖夢は銀時の方へ改めて振り返った。

 

「実は幽々子様が……先程から屋敷でお見えにならないんです、探してもどこにもいなくて心配で……」

 

妖夢のその言葉にエリザベスがギクリと僅かに動揺した様に動いたのを銀時は見逃さなかった。

 

「だから銀時さんの能力で見つけて欲しくてどうか協力してもらえませんか?」

「……俺の力使うまでも無ぇんじゃねぇかな?」

「え?」

「妖夢、このヘンテコな生き物、お前知ってる?」

 

スッとエリザベスを指差し銀時が質問すると、妖夢は振り返り始めてその生物と目が合った。

 

「いえこんなちんちくりんな生き物とは初対面ですけど? ていうかなんなんですコレ? そもそも生き物なんですか? あ……」

 

何故か目を合わせようとしないこの不思議生物を、妖夢がジロジロと観察していたその時、ふと彼女はある事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

「そういえば幽々子様が夜遅くまでこんな見た目をしたブサイクな着ぐるみをせっせと編んで作ってたような……ああ!」

 

その言葉を妖夢が呟いたと同時に

 

正体不明の生物エリザベスはクルリとこちらに背を向けて猛スピードで逃げ出した。

 

「なんであの生物いきなり逃げ……ってあぁぁぁぁぁぁぁ!!! まさかアレ!? 嘘ですよね!? そんなの嘘ですよね!?」

「どうしたんだエリザベス! 待ってくれ! 俺を追いて何処へ行くというのだ!!」

 

いきなり全力疾走して逃げ出したエリザベスの態度を見て妖夢は勘付き、そして悲鳴のような声を上げながらも追いかけ。

桂もまた行ってしまうエリザベスを慌てて妖夢と共に走り出す。

 

「待ってくれエリザベス! 俺の片腕としてこの腐った幻想郷を改革する事に手を貸すと言ってくれたではないか! エリザベス! エリザベスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「あなたはこんな事していい方じゃないんですよ! あなたは私が最も尊敬し忠誠を誓う御方なんです! これがあなたのやり方なんですか!? これがあなたなりに考えた愛の形なんですか!?」

 

何処へ向かって逃げ出しているのかわからないが、とにかくがむしゃらに走り去るエリザベスに必死に手を伸ばしながら桂と妖夢は一緒に後を追って行ってしまった。

 

その場にポツンと残された銀時は、しばらくした後両隣でこれまた彼同様無表情を浮かべている新八と神楽の方へ顔を向け

 

 

 

 

 

 

「よく覚えとけ、アレが恋愛経験ねぇ奴が自分なりに考えた不器用な愛情アピールだ」

「不器用過ぎますね、高倉健でもあそこまでいきませんよ」

「私は応援するアルよ、確かに不器用だけどあんな真似までして好きな男と一緒にいたいと思う所、嫌いじゃないネ」

 

新八と神楽はまた一つこの幻想郷で学んだ。

 

本気で愛を伝える想いは人同士であろうが亡霊同士であろうが関係なく

皆それぞれいろんな形で一生懸命伝えようとするのだと

 

 





残念ながらエリザベスの正体はいくら口の軽い私でもお答えする事は出来ません。
恐らく読者の方々は皆頭を捻りその正体がなんなのか考えておられるのでしょうに申し訳ない。
アレの正体は皆様が自力で解き明かしてくれることを切に願っております。


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#26 時苗銀早

 

八雲銀時は基本的にあちらこちらをブラブラと出歩くのが日課だ。

幻想郷のあらゆる場所を直で見にいって様々な者達に干渉し出来事の調査をする、という体で仕事と言っているのだが、実際は目的も無くただ忽然と現れては人間や妖怪に絡んで暇を潰してるだけである。

 

そして特に行く場所が無いなと思ったら、博麗神社へ赴いてそこにいる巫女を弄って遊ぶのがお決まりなのだ。

 

今日もまたやる事も無いので彼は博麗神社の方へとやって来ていた。

しかし今日はいつもより少し様子がおかしい。

 

「あぁ? 庭でなに騒いでんだアイツ?」

 

珍しく能力を使わず直接やってきた銀時だがどうも庭が騒がしい。

博麗の巫女、博麗霊夢がギャーギャーと叫んでいる声が聞こえたので、銀時はすぐに庭の方へと向かうと

 

「だーかーら!! アンタの要件なんて聞ける訳ないでしょーが!!」

「そこをなんとかお願いしますよ、ぶっちゃけもういらないんじゃないですか?」

「いるわよ! 無くなったら私が路頭に迷う事になるじゃないの!!」

「その時は噂の大妖怪さんに何とかしてもらって下さればいいんですよ」

「勝手な事言ってんじゃないわよ! そもそもアイツがアンタの言う事を許すわけないでしょ!」

 

霊夢が声を荒げて叫んでいる相手は緑髪の少女であった。

霊夢と同じく巫女のような姿をしているが、銀時はその少女に見覚えがない。

この幻想郷で自分が知らぬ者などほとんどいないというのに……

 

さては最近幻想郷に流れ着いた者なのだろうか、そう思いながら銀時はけだるそうに彼女達の方へ歩み寄る。

 

「おい霊夢、なんだその微妙にお前とキャラ被った見た目してるガキは」

「ああアンタ来てたの、アンタからもコイツに言ってくれないかしら、本当にしつこくて」

 

銀時が来ると霊夢はすぐに目の前にいるその少女の方へ指差す。

すると少女は銀時の方へ軽くお辞儀すると

 

「初めまして! 最近外の世界から神社丸まる幻想郷へ引っ越してきた守矢神社の風祝、東風谷早苗です!」

「は? え、どういう事?」

 

ご丁寧に自己紹介してくれた早苗という少女に銀時は困惑しながら顔をしかめて霊夢の方へ振り向くと彼女ははぁ~とため息を突いて

 

「どうやら妖怪の山に突如、神社が湖ごと出現したみたいなのよ。それで調べようと思ったらすぐにコイツがやって来てね、なんでも外の世界では信仰が少ないからこっちへ神社事引っ越してきたんだって」

「あぁ、そういや紫が妖怪の山でおかしな事が起きてるらしいって聞いたな。要するに信仰無くて消えちまいそうな神様が、奉られてる神社事こっちに避難して信仰を求めに来たって訳か」

 

神に死という概念はないのだが、唯一消える事があるとしたらそれは人間達から完全に忘れ去れる事である。つまり人々から信仰を得られないと最終的に消滅するしかないのだ。

この早苗という少女のいる神社の神様が一体誰なのかは知らないが、信仰目当てにこちらへやってきたとなるといささか迷惑な話である。

 

「ウチは基本的に向こうの世界からやって来たモンは受け入れる方針だけど、神様となるとめんどくさいんだよな。アイツ等基本的に自分勝手でワガママだろ? まあ全ての神様がそういうわけじゃねぇけどよ、幻想郷でトラブルの種になる様な奴はなるべく来て欲しくないんだよねこちらとしては」

「そんな外国人を住ませる事に抵抗感のあるアパートの管理人みたいな事言わないで下さい! 私の神社の神様は至って平和的で素晴らしい神様です! だから今日も私はその神様の言いつけで!」

 

相手が神の類であると何を起こすかわからないし対処も難しい。銀時が渋い表情を浮かべて完全に拒絶している姿勢を見せるが、早苗はへこたれず両手を上げて自信満々に大きく口を開いた。

 

「この神社を取り壊して第二の守矢神社にしようと思って来たんです!!」

「どこが平和的で素晴らしい神様!? やってる事普通にヤクザじゃねぇか!!」

 

どうやら早苗と彼女の神社にいる神様の狙いは博麗神社を乗っ取る算段らしい。

より信仰を集めたいが為にライバルになる神社は蹴落とそうって魂胆なのだろう。

しかしそんな事をはいそうですかと霊夢が簡単に了承する訳がない。

 

「だから私はさっきからずっとふざけんなって言って追い払おうとしてんだけど全然帰ろうとしないのよ」

「当たり前です! このまま何の成果も得られずに帰るなんて! ”神奈子様”と”諏訪子様”に見せる顔がありませんから! あなたが出て行ってくれるまで私はテコでも動きません!」

「そう、なら暴力で解決するってのも悪くないわね」

「神奈子様に諏訪子様……?」

 

シッシッと手で追い払う仕草をしても、勝手な言い分でここから絶対に動かないと宣言する早苗にそろそろ霊夢がキレそうになっていると、ふと銀時は早苗の口から妙な名前を聞いて眉をひそめた。

 

「お前の所の神様って、名前なんて言うの?」

「え? 興味あるんですか? 入信してくれますか?」

「いやそうじゃなくて、単純にどこの神様か教えてくれって言ってんの」

 

尋ねただけで目を輝かせて入信してくれるのかと尋ねてくる早苗に銀時が即否定すると、彼女は少々残念そうにしながらも質問に答えてくれた。

 

「八坂神奈子様と洩矢諏訪子様ですよ」

「……ん~」

「どうしたんですか?」

「……いやどっかで聞いた名前だなと思ってよ、随分と昔の話だけど結構有名な神様だった様な……」

 

大昔にそんな神様の名前を聞いた様な気がすると銀時は首を傾げると霊夢の方へ振り向き

 

「お前なら知ってるよな、その神様」

「いや全く知らないけど」

「お前それでも神様の世話する巫女か?」

「日本だけでも神様どれぐらいいると思ってるのよ? んなの全部把握できてる訳ないでしょ」

 

日本の神様はやたらと多い、お米一粒に88柱の神様が宿ってると言われてるぐらいだ。

さすがに巫女である霊夢でも全ての神様を覚えていられない。

 

「知ってるんならコイツが一番知ってんでしょ? なにせ直接仕えてる訳だし」

「はい! 加奈子様と諏訪子様の事なら私がいくらでも教えてあげますよ!」

 

霊夢が早苗の方へ話を振ると、彼女は嬉しそうに自分の胸に手を当てながら自信ありげに身を乗り上げた。

 

「お二人はお酒好きです!」

「いや神様なんて大概酒好きだろうが、そういんじゃなくて昔何やってたかってのが聞きてぇんだよ」

「そうですね……昔はお二人でよく喧嘩してたとかなんとか聞いた事あります」

「いやそれだけじゃ全然わかんねぇって、神様同士の喧嘩だって日本神話では日常茶飯事だし」

「もしかしてアンタ、自分の所の神様の事あんま知らないんじゃないの?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか!」

 

急にアタフタと慌て始める早苗の反応を見て銀時と霊夢はすぐに勘付く。

彼女は自分が使えてる神がどういった存在なのかぶっちゃけあまり知らないのであろう。

 

 

こうなったら直接彼女の神社に行って本人に確かめに行くかと銀時が考えていると

 

「ほう、随分と懐かしい名前で盛り上がってるみたいだな」

「ん? ってお前……」

 

不意に背後から声が聞こえたので銀時が振り返るとそこにいたのは前回と前々回に続き三度目の登場となる。

 

「よければこの桂小太郎が特別にその者について教えてやってもいいぞ」

「なに当たり前の様に出て来てんだテメェは、いい加減呼ぶぞ坂本の嫁を」

「あ、コイツ例の悪霊じゃないの? 退治しちゃっていいわよね?」

「全面的に許可する、やれ」

「いや待て待て待て! 落ち着け貴様等!」

 

悪霊・桂小太郎の登場に間髪入れずに退治しようとする霊夢に許可する銀時、しかし慌てる桂の前にバッと何者が護るように立ち塞がった。

 

最近桂の仲間に加わった『正体不明』の謎の生き物、エリザベスだ。

 

『桂さんは退治させません』

「え、何この気持ち悪い化け物!? こんなの幻想郷にいた!?」

「気持ち悪くないエリザベスだ、全く博麗の巫女がいかほどの人物かたまたま通りがかっただけだというのに血気盛んになりおって」

 

ヘンテコな生き物を前にして素っ頓狂な声を上げる霊夢を尻目に、桂はため息を突くと勝手に話を続けた。

 

「八坂神奈子とはあの、スサノオの子孫だ、スサノオぐらいなお前も知っているであろう銀時」

「ったりめぇだろ、姉ちゃんの家にウンコぶちまけた奴だろ?」

「いやそうだけどもっと別の覚え方があるであろう? 八岐大蛇を退治したとか」

「酒飲ませてだまし討ちしたって奴か、ひでぇ話だよな本当、それが英雄のやる事かよ」

「お前が言うな、お前自分がどうやって酒呑童子を倒したか思い出してみろ」

 

さすがに銀時でもスサノオぐらいなら知っている。色々とアレな武勇伝も多いが人気も高く今もなお広く知られている有名な神様だ。

 

「スサノオの子孫である八坂神奈子はスサノオの姉であるアマテラスのとある使者と戦って敗れ、出雲から追い出されると、次は諏訪の国を支配せんとそこにいる神と戦った、その神こそが洩矢諏訪子だ」

「なるほど! 神奈子様と諏訪子様が喧嘩したってのはその時の事だったんですね!」

「喧嘩ってレベルじゃないわよねそれ、神々の戦いとか洒落にならないでしょ」

 

桂の説明を聞いてようやくわかったかのように嬉しそうに両手を合わせる早苗だが、霊夢の方は反応薄めだ。

神々の戦いなどよくある事ではあるが、そんな神様がこの幻想郷に来てるとなるとやはり扱いに困るという事であろう。

 

「結果的に八坂神奈子は洩矢諏訪子率いる最新科学をあの手この手で打ち崩した事により洩矢諏訪子は国を彼女に明け渡す事になる、そして八坂神奈子は念願の諏訪の国を手に入れるのだがここで問題が……」

「ええー! 神奈子様が勝ったんですか!? そ、それからどうなったんですか!? ってアレ?」

 

もう何も知らないというのも隠す気さえなく、興奮した面持ちで早苗は桂の方にせがむように身を乗り上げるのだが、突如彼女の前にまたもやエリザベスが桂の前に立ち塞がる。

 

『ち、近づきすぎかと……』

「えーと、どうしたんですかこの……エリザベスさんという方は?」

「エリザベスこの者は今俺の話を聞いているのだ、途中で水を差す様な真似はよせ」

『す、すみません……』

 

早苗が桂の下へ近づく事に過剰に反応したエリザベスの行動に疑問を抱きつつも、桂は軽く彼を叱って下がらせる。

巨大な図体をシュンとさせて素直に下がるエリザベスを見て、何故か銀時は口を手で押さえながら声を殺して笑っていた。

 

「さて、無事に諏訪の国を手に入れたと思った八坂神奈子であるがそこで重要な問題が出来た、実を言うとその地を前に支配していた洩矢諏訪子はミシャグジ様という祟り神を使役していたのだ」

「祟り神!? それは恐ろしいですね!」

「今お前の目の前に似たようなのいるんだけどね」

 

祟り神と聞いて驚く早苗に、銀時がボソッと目の前にいる桂を眺めながらツッコミを入れる。

 

「ミシャグジ様の祟りを恐れて諏訪の国は新しい神を向か入れようとはしなかった、信仰が無ければ神は神として成り立てない、ゆえに支配しようにも出来ぬ状態になってしまったのだ」

「神奈子様ピンチですね! どうするんですか一体!?」

「簡単な事だ、あくまで自分が支配するのでなく新しい神を立て、その陰で国を明け渡した筈の洩矢諏訪子を呼び戻して統治してもらう、そうする事によって周りの国からは自分が諏訪の国を支配していると思い込ませるように図ったのだ」

「なるほど、諏訪子様がいれば祟り神の心配も無いですからね、それでその新しい神様というのは?」

「正体は当然八坂神奈子であるが、名はタケミナカタ、または「守矢」と呼ばれていたらしい」

「守矢……守矢神社!」

 

ようやくバラバラになっていたピースが一つになったかの様に、早苗は晴れ晴れとした表情でガッツポーズを取る。

 

「ようやくお二人の事がわかりました! だからウチの神社は守矢神社って言うんですね!」

「自分の神社の名前の由来ぐらい把握しておきなさいよアンタ」

「コイツやっぱ知らなかったんだな何にも」

「いやーそれにしても随分とお二人の事について詳しいですね、ロンゲ侍さん」

「ロンゲ侍ではない桂だ、フ、国を革命する為にまずは国を知る事と思い、生きてた頃から色々と勉学に励んでおったのだ」

 

霊夢と銀時の冷ややかな視線も気付かずに桂を絶賛する早苗、彼もまた満更でもない様子でドヤ顔を浮かべた。

 

「ちなみに最初に八坂神奈子と戦い負かしたアマテラスの使者というのは、なにをかくそうあの有名なタケミカヅチだ、お前も当然知っているであろう銀時」

「ケツに刀突き刺してドヤ顔浮かべてた相撲取りだろ」

「さっきからお前はどんな覚え方しているのだ! 雷神、武神、軍神などと呼ばれているんだからそっちで覚えろ!」

 

超が付く程有名な神様の事を澄まし顔で答える銀時に桂はツッコミを入れた後、ハァ~とため息を突いて小難しい表情で腕を組み始めた。

 

「実を言うと俺はこのタケミカヅチを始神としている一族に討たれていてな、タケミカヅチに敗れた八坂神奈子の気持ちも少々わかるのだ」

「そうなんですか!? うわー世間って狭いんですね!」

「ちなみにそこの銀時という男は、その一族の娘を手籠めにしたクセに別のおなごと籍を入れおった」

「そうなんですか!? うわー最低ですねこの人!」

「俺の下り関係ねぇだろうが!」

 

話を聞いて銀時の方へ振り向きすぐに笑顔で最低呼ばわりする早苗、完全にとばっちりを食らった銀時がキレていると、早苗は桂の話を聞けて満足そうに微笑む。

 

「いやーまさかこんな所で神奈子様と諏訪子様の話を聞けるなんて思いもしませんでした、桂さんって言いましたっけ? 神話について詳しいのならお二人とも仲良くなれそうですね!」

「ほう、確かに神と一席もうけて酒を組み交わすのも縁起がよさそうで悪くは無いな」

「向こうは悪霊と飲むなんて縁起悪ぃから絶対にごめんだと思うけどな」

 

ボソッとツッコミを入れる銀時であるが、桂と早苗はすっかり意気投合した様子でまだ語り合っている。

そしてそんな光景を一人寂しそうに眺めているのは

 

『か、桂さん……』

「ねぇ本当になんなのあの化け物?」

「だから言っただろ、エリザベスだエリザベス」

「エリザベスって何よ?」

「エリザベスはエリザベスに決まってんだろ、言わせんな恥ずかしい」

「は?」

 

後ろからヒソヒソと会話しながら霊夢と銀時を尻目に、思わぬライバル出現に内心焦りまくるエリザベス。

するといきなり彼は銀時達の方へクルリと振り返り

 

『銀さん……』

「何?」

『紫はあなたが他の女の人と仲良くやってた時、どうしてましたか?』

「紫? 今はそうでもねぇけど結婚する前はよく俺が仲良かった女にいちゃもん付けて喧嘩売ってたな確か」

『……』

「あ……」

 

つい反射的に本当の事を言ってしまった事に銀時がヤバいと思ったその瞬間。

エリザベスはしばしの間を取った後クルリと早苗の方へ振り返り

 

『う、うおりゃぁぁぁぁぁぁl!!』

「だぁぁぁぁぁ! 待て待て待て! お前はアイツと同じ事しなくていいから! そういうキャラ似合わねぇから!」

「えぇぇぇぇ! なんなんですか一体! エリザベスさんどうかしたんですか!?」

「エリザベス落ち着け! どうして早苗殿に向けてプラカードを掲げるのだ!」

 

多分人に暴力を振るうという行為自体考えた事すらないのだろう。

プルプルと腕を震わせ内心ビビりながらプラカードを掲げるエリザベスを銀時が後ろから羽交い絞めにして必死に止める。

 

早苗はそんなエリザベスの行動に戸惑いつつ、桂もまた彼の前に歩み寄って抑え込もうとする。

 

そんな光景を眺めながら霊夢は一人首を傾げながらボソッと呟くのであった。

 

 

 

 

 

「だから結局、エリザベスってなんなのよ」

 

 



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#27 リ紫銀アス時2

アリス・マーガトロイドは人里でひっそりと開いているミスティア・ローレライの八目鰻専門の店で飲んでいた。

 

「愛するって決めたから~愛して~♪」

「相変わらず騒々しい店主ね」

「お客さん、知りませんか? コレ最近人里で流行ってる歌なんですよ? 小栗なんとかって人から教えてもらいました」

「え、ちょっと待って、その人幻想郷に来ちゃったら色々とマズいんじゃないの? 芸能界にとって大いなる喪失じゃない」

 

お酒を飲んでる最中でも勝手に歌を歌い続ける店主、ローレライに相槌を打ちながらアリスはふと隣の席へ目をやる。

 

「今日は家帰らなくていいの?」

「お前は気にしなくていいんだよそんなの」

 

そこに座っているのは八目鰻をつまみにしてグビグビと焼酎を飲む八雲銀時。

死んだ目はどこか虚ろになっており、顔も少々赤くなっている所から察するにかなり飲んでるみたいだ。

 

「最近さぁ、妖怪の山に変なのが棲みつくしやんになっちゃうよな~ホント、幻想郷を管理してるこっちの身にもなってくれよ~」

「管理してるのはあなたじゃなくてあなたの奥さんでしょ?」

「俺だってさぁ大変なんだよ色々と、昔の知り合いがスタンド化してクーデターかまそうとするわ、嫁さんの友人がそのスタンドに惚れるわで散々なんだよ、誰でもいいからあの長髪電波バカを成仏させてくれないかな~?」

「誰よ長髪電波バカって……」

 

酒に飲まれた様子で銀時が愚痴をこぼしながらカウンターにテーブルを頬杖を突いていると、アリスと普通に会話している様子を見てミスティアが「あらあらあら」と呑気な声を上げる。

 

「お二人さん、前に店来た時より随分と雰囲気変わったみたいだね、前は気まずそうにしてたのに」

「ああもういいのよ、吹っ切れたのよ私達」

「ほうほう」

 

何やら探り出そうとして来る彼女にアリスは手を横に振りながらシラっとした表情で顔を上げる。

 

「私達もうこれから周りにオープンしようって決めたのよ、もう誰にも後ろ指差されずに二人で一緒に生きて行こうと決めたの」

「ほほ~」

「待ってアリスちゃん、俺その生き方全く知らないんだけど? 二人で生きて行くってどこで決まったのそれ?」

「結婚してようがそんなの関係ないのよ、大事なのは有耶無耶にして真実を隠す事だったの。だから今後は周りにひけらかすぐらいの勢いで前向きに交際しようと決めたのよ」

「決めたのよじゃねぇよ! 勝手に決めんな銀さんの人生設計を!! んな真似したらマジで紫に殺されちまうだろうが! もしかしてお前また酔ってる!?」

 

日本酒の入ったコップ片手にはっきりとした口調で決意めいた事をカミングアウトするアリスだが、その顔は真っ赤だ。

どうやら銀時と一緒に飲んでる内に彼女もまた酒に飲まれてしまっているらしい。

身も蓋もない事をあろう事か口の軽い店主に行ってしまう彼女に、酔いも忘れて慌てて銀時が制止する。

 

「頼むからさ~お友達の関係で行こうよ俺達、一線超えたらもう何もかもパーだよ? ウチのカミさん本当に怖いんだからね? 今はそうでもねぇけど昔は本当に嫉妬深くて凄かったんだぜ」

「何よそれ、そんな事で私が諦められる訳ないでしょ、なんなら今から奥さんここに呼びなさい。あなたに代わって私が別れるようにビシッと言ってあげるから」

「お前会う度にどんどん積極的になってない? ったくカミさんなんて呼べる訳ねぇだろ、もしこんな所で出くわしたら一巻の終わり……」

 

 

 

 

 

「はぁ~い、こんな所にいたのねアナタ」

「……」

 

ふと隣から千年以上聞き慣れている声が飛んできた、その瞬間銀時の酔いは一気に醒めて大量の冷や汗が流れ落ちる。

振り返りたくないと思いながらも体が勝手に動き、プルプルと震えながら銀時がそちらに振り向くと

 

「私もあの人と同じ奴で」

「へい、八雲の奥さん」

「でぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

いつの間にか自分の隣の席に座り、この状況下でニコニコと笑いながら店主に注文する八雲紫がそこにいた。

今この状況で銀時にとって最もエンカウントしてはいけない相手である。

 

「なんでお前こんな所に!?」

「あらヤダ、ここ私とあなたの行きつけの店じゃない? よく二人で来てるでしょ」

「いやそうだけども何故この最悪のタイミングで……!」

「妻がいる事に都合が悪いタイミングってどんな時かしらねぇ」

 

こちらに対して紫は妖艶な笑みを浮かべながら銀時の反応を楽しむかのように見つめて来る。

言葉を失いどう答えればいいのやらと銀時がしどろもどろになって明らか焦っていると、紫とは反対方向、つまり銀時を挟んで座っているもう一人の人物であるアリスが目を据わらせたまま彼女の方へ見を乗り上げる。

 

「あらあなたの所の奥様じゃない、よくもまあノコノコと私の前に顔出せたわね」

「ちょ! お前何言って!」

「なんならここで決着つけてやるわよ、ほらかかってきなさいよコラ」

「薬に長けた魔法使いが、お酒如きに飲まれてしまうなんて情けないわねぇ」

 

早速先制攻撃と言わんばかりに噛みついて来たアリスに、紫は特に怒りもせずに淡々とした口調で受け流すと、銀時の方へチラリと目を向ける。

 

「あなたもあまり飲み過ぎないでね、毎度毎度酔っ払ったまま家に帰って来られると困るんだから」

「お、おう……あれ? 怒ってないの?」

「怒って欲しいの?」

「いや全然……」

「ならいいでしょ別に」

 

紫は至って落ち着いた態度で咎めもせずにミスティアから酒の入ったコップを受け取ると、心なしか不安そうにこちらを見つめている銀時に話を続ける。

 

「今の私はあなたがそうやって私以外の女性とこんな飲み屋で密会してる事なんかよりも、もっと大切な事で頭を痛めてるのよ」

「いや別に俺は密会してる訳じゃ……え? 頭を痛めてるってどういう事? まさか慰謝料の計算とかそんなんじゃないよね?」

「密会じゃないわよ、周りにバレようがもうどうでもいいのよ私達、何故ならこの人はあなたなんかよりも私を選んだのよ! どうだ参ったかフハハハハハハ!!!!」

「オイィィィィィィ!! もう完全にキャラ崩壊してんじゃねぇか!! 一旦飲むの止めようアリス! そのコップをカウンターに戻せ! 300円上げるから!」

 

並々酒が注がれているコップを持ちあげながらゲラゲラと笑い出すアリスの両肩を掴んで必死に抑え込みながら、銀時は疲れた様子で紫の方へ振り返る。

 

「……それで、なんかお前あったの?」

「あったの?ってあなただって知ってるでしょ? 幽々子と彼の事よ」

「ああ、ヅラとアイツの事か……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! こんな所で私を抑えつけて何する気よ! 私達の家に帰るまで待てないのこのけだもの!」

「お前頼むから落ち着け! 今大事な話してる所だから!」

 

西行寺幽々子と桂小太郎の事、紫がその件で頭を抱え込んでると聞いて大体銀時は察した。

ジタバタと暴れ出して変な事を叫び続けるアリスの頭を乱暴にカウンターに抑え込みながら銀時はため息を突く。

 

「まあ確かにありゃあ惚れる相手間違えてると思うよ俺も、ただ部外者の俺達が止めておけと言ってもあの世間知らずの箱入りお嬢様が聞く耳持つと思うか?」

「変に頑固な所あるからね幽々子は、けど長い付き合いの私でもあの子が異性に興味を持つなんて初めての事だわ」

「まあ生前からずっと箱入り娘だって聞くしな……あの時代の女ってのは男を初めて知るのは嫁いだ時ってのがほとんどだったし」

「そうね、私も知ったのはあなたと結婚してからだし」

「なら私も嫁いだモンよね! 何故なら私はあの日あなたと初めてを……!」

「今のお前は話に加わるな、ややこしくなるから」

 

西行寺幽々子の時代と言えば千年前だ、その頃の女性の価値というモノは今の時代とは随分と違う。

紫もその時代から生きていたので、生前誰の家にも嫁ぐ事無く死んでしまった幽々子を少々不憫に思っていた節がある。

余計な事を言い出すアリスの首根っこに腕を巻き付けて締めながら、銀時は眉間にしわを寄せた。

 

「男に対する免疫がねぇせいであんな悪霊なんかに惚れちまったのか? ったくよりによってなんでそれがヅラなんだよ」

「霊同士だからいいんじゃないかとも考えられるけど……私としては素直に応援できないわ、相手が彼だし」

 

別に恋愛するのは勝手だが相手はキチンと選んで欲しいというのが友人である紫の思いであった。

桂小太郎という男は自分を討ち取って幻想郷を支配せんと企んでいる超危険な悪霊だ、あんなのと結ばれては後々面倒な事になるのは確実、下手すれば友人同士で対立する事だってあり得る。

 

紫が悩んでいるのはまさにそこであった、桂が幻想郷で革命を起こそうと企まずにただなんの事件も起こさずにひっそりと暮らしてくれるのであればそれでいいのだ。彼が改心して恨みを撒き散らす悪霊としての生き方を止めさえしてくれば、素直に幽々子の背中を押してやってもいいのだが……

 

「そうはならないでしょうねぇ、相手はあの外の世界でも有名な性質の悪い悪霊だもの」

「無理無理、幽々子に負けじとヅラも昔から筋金入りの頑固モンだからな。とりあえず今は様子見で見守っていようぜ、もしかしたらその内、ヅラのあの痛々しいキャラに愛想尽かしてくれるかもしれねぇしよ」

「そうなってくれれば幻想郷の管理者としても、西行寺幽々子の友人としても喜ばしい事なんだけどねぇ」

 

こうしてただ悩んでいても何も変わらない、今はとにかく長い目で彼女達を見届けてやろう。

銀時のその意見に紫は素直に頷いていると、彼女の前にミスティアがつまみの八目鰻をスッと差し出す。

 

「なんだか随分と込み入った話してますね~、ただ私から言わせてもらうとですね、男と女の関係なんてそんな小難しく考えなくてもいいと思いますよ? 今後どうなるかなんて神様だってわからないんですから、大切なのは今その人にとっての幸せとはなんぞや?って事ですし」

「鳥妖怪はシンプルな頭してて羨ましいわ、確かに彼女が幸せになってくれるならそれはそれでいいけど……」

 

彼女から受け取った八目鰻を箸で口に入れながら紫はチラリと銀時に抑えつけられているアリスの方へ目をやる。

 

「例えばこの子が幸せになるにはまず私という邪魔者が消えればいいって事でしょ? でも私にとってそんな事は絶対にごめんだわ、私はこの人と別れるつもりなんか出逢った時から一度たりとも考えた事すらないんだから」

「……嬉しい事言ってくれてありがと」

「なんでよ別れなさいよ! あなたがいなければ私達は幸せになれるのに! いつまで正妻気取ってんのよ!」

「死ぬまでよ、いや死んでもだけど」

 

あっけらかんとした感じで結構恥ずかしい事を平然と言う紫に、銀時が頬を引きつらせながら苦笑していると、彼に拘束されているアリスが真っ赤な顔を出して抗議してくる。

それに対して紫はあっさりとした感じで返事しつつ、話を続けた。

 

「つまり誰かが幸せを得るには、他の誰かが不幸な目に遭う必要も時にはあるって事、幽々子だけの幸せを願うのであれば、今後危険分子となり得るあの男を野放しにするというリスクを幻想郷の管理人である私が背負わなきゃいけない。人生とはそう簡単に物事を判断してはいけないのよ鳥妖怪さん」

「へへ~、八雲の奥さんも苦労なされてるんですね~、旦那さんとは大違い」

「ああ? 俺だって苦労してるわ現在進行形で」

 

ピシャリと紫に言われて後頭部を掻きながらどさくさに自分の事をディスるミスティアに、銀時は未だ興奮気味のアリスを押さえながらしかめっ面を向ける。

 

「こちとらオメーが呑気に鰻焼いてる間にもずっとコイツの介抱してやってんだぞ? 嫁さん隣にいる状態で別の女の面倒も見なきゃいけないというこの緊迫した緊張感の中でそれを行う事がどれ程大変なのかわかってんのか?」

「ねぇ~今日はもう遅いから帰りましょ~? 私とあなたの愛の巣へ、ウヘヘヘヘ……」

「絡み酒の次は甘え酒かよ……コイツも忙しい奴だな全く」

 

さっきまで紫に対して敵意むき出しでいたにも関わらず、今度はこちらにベッタリと体を密着させながら甘ったるい事を言い出すアリス。

完全に我を失っている様子の彼女に銀時はやれやれと思いながら、彼女の肩に手を回して席から立ち上がる。

 

「紫、俺ちょっとコイツ家に帰してくるわ」

「あなたとその子の愛の巣へ?」

「ただ家に送るだけだっての!」

「冗談よ、けど念のために言っておくけど間違いは起こさない様にね」

「当たり前だろうが、ったく……送り終えたらまたこっち戻って来るからな、それまでここにいろよ」

「ええ、待ってるから」

 

トロンとした目でずっとこちらを見つめているアリスを立たせてあげながら、銀時はちゃんと紫に報告と確認を取った後、おぼつかない足取りで彼女の家のある魔法の森へと歩いて行ってしまった。

 

あっさりと彼がアリスを家まで送る事を許した紫は一人、店主から渡されたおかわりの焼酎を受け取る。

 

「いいんですかー? 旦那さんを別の女と行かせちゃってー? 下手すれば朝まで帰って来なかったりして」

「……別にそれはそれで構わないわよ」

「え?」

「言ったでしょ、人が幸せに得るには誰かが不幸になる事だってある」

 

注がれた酒を一口飲むと、コップをカウンターに置いて紫は静かにミスティアに呟いた。

 

「私はね、あの人があの人なりの幸せな生き方があるならば、その贄としてどれ程の不幸のどん底の突き落されようと構わないのよ」

 

ほんの少し寂しそうな目をしながら、紫はフッと笑う。

 

「それぐらいの事をあの人にしてあげないと、私は何時まで経っても”教授”に顔向けできないわ」

「……教授?」

「……口を滑らせたわね忘れて頂戴、どうやら私も少々酔いが回ってきたみたいね」

 

首を傾げるミスティアにポロッとつい余計な事を言ってしまったと紫は反省しつつ会話の流れをそこで止めた。

 

「とにかく私が旦那が幸せに生きてさえいれればそれでいいのよ、その為なら不祥事の一つや二つ見逃してあげるって事」

「うへー、歌舞伎役者の奥さんみたいですねー。大事な人が幸せに生きてさえいればそれでいいか……そういや前にこの店に来てくれたお客さんも似たような事をご友人に語ってましたねー」

「へぇ、なんだか私とウマが合いそうね、どんなお客だったのかしら?」

「えーとですね~、この店には極まれに足を運んでくれるお客さんなんですけど」

 

お客の事を平気で他のお客にも言ってしまう事でどこぞの鴉天狗からも気に入られてるミスティア。

そんな彼女がいつも通りの様子で紫に対してそのお客の事を教えてあげた

 

 

 

 

 

 

「アレですよアレ、おたくの旦那さんと同じく不老不死だとかで有名な”藤原妹紅”さんです」

「……」

 

ヘラヘラと笑いながらミスティアがその”名前”を出すと。

 

紫の表情からは笑みが消え、そして目にあった光も消え去り、八目鰻を取ろうと伸ばしていた箸がピタリと止まった。

 

「……あの女が私と同じ事を?」

「ええ、寺子屋で先生やってるご友人に対して酒飲みながら言ってましたよ~」

「……あの女、あの女が……」

「あり? どうしたんですか奥さん?」

 

その名前を聞いた途端、急にブツブツと呟きながら項垂れる紫に、ミスティアがどうしたんだと思ってると。

紫は突如バン!と両手でカウンターを強く叩きながら立ち上がると、向かいに立っているミスティアに対して無理矢理作ったかのようなぎこちない笑みを浮かべた。

 

「大事な事を三つ教えてあげるわ、一つはあの人が未来永劫私の傍にいてくれれば、彼がどこぞの女と遊ぼうが構わない。二つ目、けどこんな私でもただ一人だけどうしてもあの人に近づいて欲しくない女がいるのよ……」

「あーそれってもしかしてー?」

「三つ目、私の前であの忌々しい女の名を口に出さないで頂戴……」

 

常に陽気なミスティアでも思わずゾクッと身震いしてしまうぐらい、今の八雲紫はまさに幻想郷の支配者が持つオーラを纏っていた。

何があったか知らないが紫にとってその女の名前を出すだけでもタブーであるらしい。それを彼女の作り笑顔から察したミスティアは恐る恐る頷く。

 

「へ、へぇ~わかりやしたー。次からは気を付けまーす」

「ありがと、理解の早い店主で助かるわ。それと一つお願いがあるんだけど」

 

紫はまだ黒い笑みを浮かべたまま彼女に対して警告する様にジッと見つめる。

 

 

 

 

 

 

「もし今の私の事を他のお客に言ったら……二度とその口が開かなくなるよう縫い付けるわよ? そうなりたくないならその小さなおつむにちゃんと刻んで置きなさい……」

「ラ、ラジャー!!」

 

額から汗を流しながら慌ててビシッと敬礼するミスティア

 

幻想郷の支配者として君臨する大妖怪・八雲紫。

彼女の恐ろしさの片鱗をその身でしかと感じ、絶対に言わないと心の底から誓った。

 

怖いモノ無しの大妖怪でも、絶対的に相性が悪い人物はいるという事である。

 

 

 

 

 




最近暇さえあれば年甲斐もなくポケモンのアニメ観たりしてます。
サトシも好きですけどやっぱりロケット団が一番好きです、特にコジロウ。


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#28 源松銀神奈時平子外

 

妖怪の山に突如湖ごと現れた守矢神社。

 

それに対して山に棲む各々の妖怪のトップ達が集結し、神社へと足を運んでいた。

山でのトラブルは山の者で解決すると言わんばかりに、彼等は神社を訪ね、正面からそこに住む神と対峙していた。

 

「揃いも揃ってゾロゾロと、こんなに参拝客が来るとは何時振りだろうね、早苗」

「はい! これも幻想郷に移転した効果ですね! まさか妖怪の方達が参拝に来て下さるなんて!」

 

神社の中にある客を迎える用の茶の間にて

 

守矢神社を拠点に君臨する神、八坂神奈子がやって来た者達を前に堂々と姿を現し不敵な笑みを浮かべて座布団の上で座っていた。

隣りに立っているのは守矢神社の風祝こと東風谷早苗だ。

 

朝から早々にわざわざやって来てくれた”お客様”に対してニコニコと笑いながらすっかり上機嫌の様子。

 

しかし彼女は勘違いをしていた。

 

彼等がここに来たのは参拝ではない、畏れ多くも神に対して警告を促しに参ったのだ。

 

「おいおい嬢ちゃんよぉ、なーんか勘違いしてねぇか? 俺はよぉ、別にここで銭出してこの神様とやらに拝みに来た訳じゃねぇんだわ」

 

早苗から出された茶にも手を出さず、タバコの煙を口から吐きながら、ゆっくりとした口調で語りかける様に、凶悪な面構えをした男が一人早速口を開いた。

 

「この妖怪の山の頂で幻想郷が誇る最大の集団組織を統括している天魔・松平片栗虎の目がお前等に届いてる内は、勝手な振る舞いは例え相手が神であろうが仏だろうが許しはしねぇと忠告しにやって来たまでの事よ」

 

松平片栗虎

 

現在妖怪の山の頂点に立つ天狗を統括している天魔に君臨し、彼が一声かければ全ての天狗を動かす事の出来る程の実績とカリスマを兼ね備えた大妖怪だ。

その類稀なる指導力は、かつて昔、彼が外の世界にいる時に遡り、とある少年に対して修行をしてやった結果、その少年は後に長きに渡り語り継がれ、後世に残る程の英傑になったほどである。

 

「そういう事よ、天狗だけでなく俺達河童にとってもこいつは大事だからな。ここでキチンと幻想郷がなんたるか、そしてこの山がなんたるかをお前さん達に教えに来たって事よ。この平賀源外、幻想郷一のからくり技師にして河童の大将だ、河童だからってそう甘く見るんじゃねぇぞ、太古の昔から知恵を使い生き延びて、長きに渡るキャリアを持つ古参の妖怪なんだからな」

 

松平の隣で胡坐を掻いて座っているのは、これまた若干年のいってそうな見た目で、両目にはゴーグルが嵌められ背中にもこれまた年季の吐いた甲羅を被っている男がいた。

 

平賀源外

 

妖怪の山では主に技術面での真価を発揮し、河童の群れを率いて様々なからくりを発明し、今では妖怪だけでなく人間でさえ彼の名を知り、彼の発明したからくりを利用する程だ。

河童は天狗よりも下の扱いとされているが、近年では彼が率いる河童達による大掛かりな開発計画が進行中であり、近々その偉業の名の下に地位を引っくり返そうと算段しているというしたたかさと腹黒さも持っている。

 

「まあ今ではすっかり隠居的な感じで私もここに住まわせてもらってるんでね、妖怪の山はかつて鬼が支配していた場所、おいそれと他人が我が物顔で住まれてもらうと元支配者たる鬼としては、少々言いたい事もあるもんさね」

 

自前で持ってきた酒瓶から並々注がれた酒を皿に注ぎ込みながら、それを一気に飲み干すのは伊吹萃香。

 

伊吹萃香

 

言わずもがな酒吞童子としてかつて外の世界で恐れられていた鬼の四天王の一人だ。

現在は地底の生活に飽きて、妖怪の山にすっかり棲みついているからか。彼女もこの異変について言いたい事があるらしい

 

しかし実の所は何を言うか考えておらず、ただ天狗と河童の長が神様に会いに行くとやらで、神と一緒に酒でも飲んでみるかと興味本位で来ただけなのだが

 

「テメェ等の言いたい事は後に回しときな、コイツは妖怪の山だけの事じゃなく幻想郷全体での異変だ。おまけに相手は神様と来たらテメェ等でそう簡単に動く相手じゃねぇ、ここは幻想郷の管理人たる八雲紫、の旦那である銀さんに任せてもらおうか」

 

早苗が用意した茶を唯一飲みながら、凄まじい威圧感を放つ三人に対しても平然とした様子で話しかけたのは八雲銀時

 

八雲銀時

現在、屋敷に保管していた団子を勝手に妻に食べられた事がキッカケで喧嘩中。

家出して外をうろついてた所を偶然この現場を目撃したので暇つぶしにやって来た。

ぶっちゃけいてもいなくてもどうでもいい存在。

 

「おい早苗、お茶おかわりだ、あと茶菓子とかないの?」

「あ、はい、煎餅ぐらいならあったと思いますけど……」

「おいおい神様のいる神社でありながら客に出すのが煎餅だけか? コレはちょっとマイナス評価だな、次からは団子と饅頭をセットで用意しておきなさい、出来ればようかんもあれば嬉しいかな」

「は、はい! 次からは用意しておきます!」

 

腕を組みながら偉そうな事を言いながら、勝手に我が物顔で早苗に指示する銀時。

そんな彼を松平はグラサン越しに静かに見つめながら

 

「つーかなんでコイツがここにいんの? おい源外、さてはテメーの回しモンか?」

「俺は知らねぇよ、コイツと因縁があるのは鬼の方だろ」

「私だって知らんぞこんな奴、どうせ暇つぶしに来ただけだろ、ほおっておけ」

 

場違い感たっぷりの銀時に対して顔を合わせて「なんでコイツが……」と言った感じで完全に銀時はアウェーな雰囲気だ。

 

しかし銀時はそんなことも気付かずに、早苗に出された煎餅をボリボリと口に含んだまま、目の前に座る神奈子の方へと顔を上げた。

 

「さてと、オメーがこの守矢神社の住む神の一柱、八坂神奈子か」

「いかにも、私を知る者がいて嬉しいな」

「この幻想郷にやってきた理由はそこの風祝から聞かされているが、幻想郷だからってそう勝手な事はさせねーぞ、前に博麗神社に早苗をけしかけさせたのはテメェの指示だろ」

「ああそんな事もあったな、早苗、博麗神社は無事に取り壊せたか?」

「すみません無理でした! 博麗の巫女が全く説得に応じなかったので実力行使に出ようとしたんですが!」

 

博麗神社の件で文句があった銀時に対し、神奈子は至って余裕の構えで早苗に神社は取り壊せたかなどと聞く始末。

早苗は直立したままビシッと敬礼のポーズを取るとすぐにその事につてい報告する。

 

「私が一生懸命ツルハシで神社の破壊に勤しんでたら! 霊夢さんは私の腹に一発ボディブローかまし! その後チョークスリーパ―をかけて来て私の意識が落ちるまで全力で首を絞めてきました! そして気が付いたらゴミ山の中で埋もれて額に「燃えるゴミ・即刻燃やすべし」と書かれた札を貼られてました!」

「そうかい、じゃあ明日また行って来てくれ」

「ラジャー!」

「ラジャーじゃねぇよ! 人の話聞いてた!? ていうかなんでお前そこまでボコボコにされたのに平然としてんだよ! 明日もまたボコボコにされるよ! アイツそういう所容赦ないんだからねホント!」

 

即座にまた行って来いと促す神奈子に敬礼の姿勢のまま清々しい笑顔を浮かべる早苗。

 

その神に対する忠誠は風祝として評価できるが、相手はあの博麗霊夢だ、正直また喧嘩売りにでも行って彼女の寝床である神社を壊そうとでもするなら、今度こそゴミ山に捨てられるだけじゃ済まないと思われる。

 

「これだから神様ってのは相手するの面倒臭ぇんだ、人間や妖怪が立てたルールなんざ知ったこっちゃないと勝手な事をやりまくる……テメェ等が過去に行った事にはそりゃ俺達だって感謝してるよ? けどさ、だからといってテメェ等に好き勝手される権利を与える訳じゃねぇんだよ」

「まあそう言うな、不死の者よ。人間や妖怪共だって好き勝手やっているだろう? 悪いが私はまだ現世から消滅したくないし強引な手を使わなければやってられないんだよ」

「俺達下々のやりたい放題と、テメェ等神様のやるやりたい放題じゃ全然スケールが違うんだよ。俺達が暴れようが精々大勢の生物が死ぬだけだけど、アンタ等が暴れたらそれこそ国そのものが大きく傾くんだよ」

「だからこそこの幻想郷に来たのさ、ここは私達同様外の世界に忘れ去られた者達が住み付き、外の世界から隔離されている場所なんだろ? ならば神の1柱や2柱迎えてくれても構わないじゃないか」

 

銀時の言い分に至って冷静に言葉を返す神奈子。

 

これで彼女が霊夢の様な「嘘を付かずに素のまま感情を表に出していくタイプ」であれば自分を有利に立たせて話を進めていく事も出来たのだが

 

どうやら神奈子は紫の様な「冷静を保ち何考えてるか相手に読ませないタイプ」らしい、こういう相手と口論するのは苦手な銀時は、神に対して苦々しい表情で舌打ちしながら、どうしたもんかと後頭部を掻き毟っていると

 

「おいおいスキマ妖怪の旦那、勝手にしゃしゃり出た上に俺達を差し置いて神様とご対談とあぁ随分なご身分じゃねぇか」

「そうだぞ銀の字、ここは俺達の縄張りだ。部外者はすっこんでな」

 

タバコの煙を吹きかけながら松平は、威厳のあるドスの低い声を上げながら銀時を睨み付けると。

 

源外もまたうんうんと頷き銀時を追い払おうとする、しかし彼の言葉に反応したのは意外にも銀時でも神奈子でもなく、「ん?」と彼の方へ振り返る松平であった。

 

「俺達? ちょっと待って源外、ここがいつ俺達天狗と河童の共同の縄張りになったんだ? ここはかつては鬼が統治していたが今は天狗によって成り立っている、お前等はそのおこぼれに預かってひっそりと暮らしてるだけじゃねぇか」

 

目の前の神奈子ではなく隣に座る源外に対して脅す様な口調で諭す松平

 

「テメェ等だって所詮鬼のおこぼれに預かって頂上に偉そうに陣取ってるだけじゃねぇか、それに今この妖怪の山で十分な生活が成り立っているのは一体誰のおかげだと思ってんだ?」

 

 

だが源外の方もまたその言い方にカチンときた様子で、即座に反論する。

 

 

「俺達河童が汗水たらして日々妖怪の生活水準を上げる為にと画期的な発明と研究を怠らずに励んでいるのを忘れた訳じゃねぇよな?」

「その研究と発明を誰からも邪魔されずにやらせてもらってるのは誰のおかげなのかも忘れてねぇよな? 俺達天狗が日々妖怪の山に余計なモンが紛れ込まない様に睨み利かせてるからだろぉ?」

「余計なモンが紛れ込まない様にってか、へ、じゃあこの妖怪の山に君臨されたこの神様は余計なモンじゃねぇって事か? それなら俺達がわざわざここに足を運ぶ必要も無かったって事になるじゃねぇか」

 

何やら二人の間に徐々に不穏な雰囲気が立ち込み始める。

年寄り二人で睨み合いをはじめるが

 

「お茶おかわり」

「あと酒もくれ」

「えーお茶はあるんですけどお酒は……」

「ああ、確か蔵にあったらから取って来てくれ、私も久々に他人と飲みたくなってきた」

「あ、はい! 神奈子様!」

 

銀時は早苗にお茶のおかわりを再度要求し、横になっている萃香は酒を要求。

 

神奈子もまた松平と源外の喧嘩を何やら重しそうに眺めながらも、口を挟まずに早苗に酒を持ってくるようにと指示する。

 

「おい河童、さっきからテメェ誰に対してナメた口叩いてんだ? 他の妖怪、人間を監視する事を生業とする俺達天狗と、人間の金玉と相撲取ってばかりのテメェ等が対等な存在になるとでも思ってんのか、ああ?」

「金玉じゃねぇ尻子玉だ! 何時まで経っても天狗が河童の下だと思ってんじゃねぇぞ! 言っとくが俺はな、ハナっからテメェ等天狗より河童が劣る存在だなんてこれっぽちも思った事ねぇんだよ!」

「んだとテメェ! 河童なんざが俺達と釣り合う訳ねぇだろうが! 外の世界のテメェ等の伝説なんざ所詮ミイラ化した死体があるだけだろうが! 言っとくが俺は凄ぇぞ! なんせあの有名な源平合戦に出て来る英雄の一人を育て上げたんだからな! 伝説様々だよ! 天狗様々だよ!」

「それがどうした! その英雄だって結局兄貴に殺されてんじゃねぇか!」

「バカ野郎殺されてねぇ! 奴はモンゴル行って名を変えてまた新たな英雄として君臨し続けたんだ! 俺は今でもそう信じてる!」

 

徐々にヒートアップしていく二人の口喧嘩。松平も源外も決して譲らずに遂には立ち上がって唾を飛ばし合いながら互いを怒鳴り続ける。

 

一方銀時達は

 

「という事でー当分の間は大人しくしててくれませんかー? こうしてウチの山でもゴタゴタが続いてるんでー、これ以上ウチのカミさんに余計なストレス増やさないで欲しいんですわホント」

「そうか? 神々の争いよりは随分と平和な騒ぎだと思うんだがな、早苗、注いでくれ」

「うぃ~、神の用意した酒を飲めるたぁ私も幸運だねぇ~、おい小娘、ありったけの酒全部持って来い」

「神奈子様もこの鬼の方も随分と飲まれますね、銀時さんも飲まれますか?」

「いや俺はお前の所の神様を説得に……まあいいか、じゃあ1杯だけ」

 

徐々に飲み会ムードに発展していた。昔から神と鬼は酒好きと相場で決まっている。

両方が酒を飲んでしまったらもう話し合いどころじゃないのだ。銀時も早苗に勧められて一緒飲み始めてしまう。

 

「このクソ河童が! 今までの恩を仇で返しやがって! テメェ等がそう出るってんなら俺達天狗は一切容赦しねぇぞ! 俺が一声上げれば全国各地の天狗がここに集結し! 一匹残らず河童を絶滅に追いやる事も出来んだぞ! 河童ジェノサイドだ!」

「おうよやってみろや腐れ天狗! 何時までも河童がテメェ等に従ってると思ったら大間違いだ! 言っとくがこっちにはもうテメェ等天狗共をまとめてぶっ潰せるからくり兵器が出来上がってんだよ! テメェ等の目を盗んでコツコツと俺達河童が造り上げた最終兵器! 白い悪魔こと「頑侍無」がな!! テメェ等なんざビームライフルで一撃よ!」

 

そして楽しんでる彼等を尻目に、松平と源外は遂に決心した。

もはや神などどうでもいい、今真っ先に駆除すべき対象はこの河童(天狗)であると

 

「どうやらテメェも年貢の納め時みてぇだな河童……それならとことん味あわせてやるよ、天狗の恐ろしさをその身で味わいながら後悔と共に死んでいけ……」

「そっちこそ時代に残されたその古臭い脳みそと共に、俺達最新科学の結晶たるからくり共で一気に蹴散らしてやらぁ……」

 

グラサン越しとゴーグル越しに距離を取って啖呵を切りながら、搾りかす程残っていた理性を捨てて二人は遂に意を決する。

 

「天狗共出陣だぁ! 今を持って河童は俺達に仇名す逆賊だ! 一匹残らず絶滅させろぉい!!」

「河童軍団全員出撃! 愚かな考えしか持たぬ天狗共に! 秘蔵のモビルスーツで全員叩き潰せぇ!!」

 

妖怪の山全域に聞こえてるのではないかというぐらい声高々に叫ぶ松平と源外。

 

かくして長きに渡り友好的な関係を築き上げていた天狗と河童であったが、この守矢神社にて遂に互いの本音を暴露し合った事によって抗争が勃発。 

 

天狗と河童による血生臭い仁義なき戦いが今ここで始まるのであった

 

 

 

 

の筈だったが

 

「いい加減にしてくだせぇとっつぁん」

「頭に血が上り過ぎだぞ、大将」

「「うぐぇ!!」」

 

決戦の火蓋が開始しようとする直前で、突如松平と源外は背後から思いっきり後頭部を強打される。

 

二人は揃いも揃って一撃で意識を失い、その場に前のめりに倒れると

 

倒れた二人の背後からある妖怪が二人現れた。

 

「あーあ、毎度毎度顔合わせればすぐに戦争おっ始めようとすんだから、ったくこのおっさん共は」

「すっかりお約束になって来てるね、もはや妖怪の山で起こる風物詩として公開するのも悪くは無いと思うな」

 

そこに立っていたのは真撰組の一番隊隊長こと鬼天狗、沖田総悟。

 

そしてしたたかな発想力と危険を省みずに日々発明に力を注ぎこむことで有名な河童、河城にとり

 

沖田は仏頂面、にとりは愉快そうに笑みを浮かべながら、互いの大将の暴走を止めるべくここへとやって来たのだ。

 

彼等の存在に気づくと銀時は後ろに振り返り、「ああ?」と怪訝な表情をすぐ浮かべる。

 

「何してんのお前等?」

「ああ旦那もいたんですかぃ、俺は近藤さんの命令でウチの所の総大将を止めに来たんですよ、どうですかぃ? 神様とやらは上手く説得出来たんで? なんなら俺が直接その女に指導してやっても構いやせんけど?」

「おお何時振りだろうね八雲の旦那、あのドスケベメガネは健在かな?」

「オメェも来てたのか河童、まあいいや、来たんなら仕方ねぇ」

 

松平と源外がノックダウンされているのも気にせずに、銀時は盃に入った酒をグビッと飲みながら死んだ魚の様な目を彼等に向け

 

「せっかくだからオメェ等も飲んでけ、神様と鬼が同席してる宴会だ。こんな機会滅多にねぇぞ」

「おお若い天狗でおますがなぁ~、お前さんも来たんかえ~。だったらちょいと付き合いやぁ、明日の朝までウチと楽しもうやぁ~」

「見ろ早苗、また新たな参拝客だ、どうやら博麗神社を潰さずともこの山にいれば妖怪の参拝者が沢山来てくれるみたいだな」

「そうみたいですね! ならしばらくは分社を造らずに本社だけでやってみましょうか!」

 

話し合いは何処へやら、銀時はもうすっかり何杯目かの酒を口に注ぎ込みながら顔を赤くさせ

 

彼以上に飲んでいる萃香は既に泥酔した状態で呂律が回らずいつも違う口調で土方を誘う。

 

そして神奈子と早苗は次々とやって来てくれる参拝客(?)に機嫌良さそうにしている。

 

そんな光景を目の前にして、沖田とにとりはそっと互いに目を合わせた後

 

 

 

 

 

 

 

「つまみはあるんですかぃ? ねぇなら椛の奴に頼んで持って来させますが?」

「丁度良かった、我々河童が新たに発明した秘蔵の酒があるんだよ、同胞に持ってきてもらうよう連絡してみるよ」

 

すっかりノリ気な様子で宴会の為の食事と酒を用意し始めるのであった。

 

そしてそれから少し時が経つと。

 

沖田やにとりだけでなく、噂を聞き付けた他の天狗や河童もこぞって集まり出し、いつの間にか神社内だけでなく外にも多くの妖怪達がどんちゃん騒ぎし始める。

 

かくしてこうして神様との話し合いはすっかり神様と妖怪、そして不老不死の侍による大宴会となってしまう。

 

だがたくさんの妖怪達がこの守矢神社に来てくれたことに満足した神奈子は、今後はなるべく迷惑かけずに幻想郷で暮らしてみるよと銀時に誓うのであった。

 

「おいクソ河童、テメェの所の酒悪くねぇな」

「テメェの所のつまみも中々美味ぇじゃぇか腐れ天狗」

 

いつの間にか復活し、隣同士で語り合いながら酒を飲み交う松平と源外の姿もそこにはあった。 

 

 

神であろうが妖怪であろうが

 

酒が出て宴会が出来てバカ騒ぎ出来て

 

楽しめればそれでいいのだ。

 

 

 

 

 

 




ちなみに私も松平公と同じく「無事に生き延びた説」が本当だと願ってる一人です。

だってあの人子供の頃から本当に好きなんですもん……初めて全話がっつり見た大河ドラマも彼が主人公の話(主演タッキー)でしたから余計に情が湧いて……


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#29 諏山崎訪子

私の書く銀魂SSでは結構彼を主役にして書く話がよくあります。

それぐらい好きなキャラクターです。



山崎退

妖怪の山で真撰組密偵として働いている鬼天狗だ。

 

見た目も地味、仕事も地味なでその事に関しては少々コンプレックスはあるものの

 

その地味さのおかげで様々な諜報活動に専念出来ているので、その点に関しては己の地味さに感謝している。

 

そして今日はというと最近山に現れた怪しき神社、守矢神社の調査の為に足を運んでいた。

 

「ここか、きな臭い神様が隠れ蓑として暮らしている神社は……」

 

鳥居を超えて山崎はなるべく気配を消しつつコソコソと神社の方へと素早く進んでいく。

 

数日前にここで天狗と河童と鬼、そして神と不老不死による大宴会が開かれたらしいのだが、山崎は残念ながらその時任務中(とある花畑に住む妖怪の調査)だったので行くに行けなかった。

 

なんでも大層盛り上がったらしく、すっかり上機嫌になった神様はしばらく大人しくしていると不老不死の侍に約束したらしいのだが、密偵である山崎はそんな簡単な口約束を信じてはいなかった。

 

「神様ってのは鬼様と違って平気で嘘を突く輩も多いんだ、密偵であるこの山崎退が、神様の化けの皮を剥いでやるぜ」

 

ササッと物陰に潜みながらも徐々に神社との距離を詰めていく山崎。

 

しかし

 

「へー何か気配が感じると思ったらこんな所にどうもどうも」

「いっ!?」

 

背後から澄んだ少女のような声が飛んできたので思わずビクリと肩を震わして焦った表情を浮かべる山崎。

 

頬を引きつらせながら山崎は恐る恐る後ろへ振り返ると

 

「お兄さん、お祭りに来た口? 残念だけど祭りはもう終わったみたいだよ、私もつい寝過ごしちゃってて間に合わなかったんだー」

(……子供?)

 

そこにいたのは珍妙な帽子を被った金髪の女の子であった。

 

しかし妖怪の山にノコノコと人間の子供が近寄れる筈がない。

 

つまり彼女は妖怪、もしくはそれ以外の強力な力を持った生き物と考えるのが妥当であろう。

 

相手が妖怪であれば見た目はさほど関係ない、見た目完全にロリっ娘のあの伊吹萃香でさえ、かつて自分達天狗を従わせて好き勝手に暴れ回っていた実績の持ち主なのだから

 

「えーとですね、俺はただこの神社に参拝しに来たしがない客でしてー……」

 

我ながら物凄く下手くそな誤魔化し方をしてしまったと山崎は内心後悔する。

 

こんなコソコソしながら参拝に来る奴がいるわけねぇだろうが!っというツッコミさえ飛んできそうな状況で、山崎は目の前の少女を眺めながらどうしたもんかと考えていると

 

「へ? 参拝客? なんだそうだったんだ、それなら歓迎するよ。ようこそ私の守矢神社へ」

「え、信じた!? いや、ていうか今私の守矢神社って!?」

「正確には今は神奈子の神社だけど、元を辿れば私が元祖ここの神様、洩矢諏訪子だよ」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

その名を聞いて山崎は密偵である事を忘れて驚きの声を思い切り上げると、慌てて彼女の傍から飛び退く。

 

洩矢諏訪子

 

山の神であり、遥か古代は「ミシャグジさま」と呼ばれる土着神として祟り神達を束ね、日本の一角に洩矢の王国を築き、国王を務めていた程の実力者。

 

土着神とはつまり地方特有の神様であり、 特定の地域でのみ信仰される神であり、その土地を離れると殆ど力を失う。

 

しかし信仰されている地域内では、ときに最高神クラスの神格をも凌駕する力を持つと言われているのだが

現在の彼女は信仰地である諏訪地方を離れているため、全盛期にくらべてかなり弱体化しているらしい(と言っても神であるからその実力は天狗より遥かに上である)

古くは、同じく土着神であり祟り神であるミシャグジ様達を統べる神として祀られていた。

 

「洩矢諏訪子!? じゃなかった洩矢諏訪子様!? 諏訪子様ってこんなちっちゃかったの!?」

「おいおい神に見た目なんか関係ないよ、そもそもこの姿も私の正体って訳でもないしね」

「ま、まあそうですけど……まさか祟り神を統率していた神様がこんな見た目してたら逆に不気味だって……」

 

何かと情報収集の際にと細目に様々な分野の知識を長い時間をかけて学んでいた山崎は当然彼女の事も知っていたが。

一説には祟り神を操る事で「邪神」だのと呼ばれているあの神様が、こんなホンワカした見た目をしているとは想像だにしていなかったのだ。

 

「なんかアレですね……庶民的な感じで親しまれるゆるキャラみたいで驚きました……」

「ゆるキャラ? なんか前に早苗にも言われた事あったね……それよりお兄さんちょっといいかな?」

「え?」

 

外の世界では結構一代ブームを起こしている筈なのだが、基本的に神社から出る事は無い諏訪子にとってはあまり聞き覚えの無い言葉であった。

 

しばらく考えるがまあいいかと流し、彼女は改めて山崎の方へ振り返る。

 

「神奈子の奴が私が寝てるのいい事にみんなで大宴会開いてた事にさ、ちょっと腹立ててるのよ私。だから腹いせにこの山消してやろうかと思ってんだけど、いいよね?」

「あーなんだそんな事ですか、それならどうぞ神様のご自由に……ってはぁ!? 宴会呼ばれなかったからって山を消す!? どんだけレベルの高い八つ当たりだよ!」

「別にいいでしょ、減るもんじゃないし」

「減るだろ! 幻想郷のバランスが狂う程の大損害だよ!!」

 

なんという事だ、やはり今この目の前にいるのはちっこくて可愛らしい少女などではない。

 

正真正銘、生かすも殺すも自分次第とのたまう自己中心的な類の神様だ。

 

純粋無垢な笑顔を浮かべて見せるこの邪神にこの山を消されでもしたら明日から天狗や河童、他の妖怪達は何処へ住めばいいのだ

 

いやそれだけではない、妖怪の山は人間と妖怪のバランスを保つには重要不可欠な存在だ。コレが無くなるとなると今まで見張られていた妖怪達がこぞって暴徒と化し、人間であろうと誰であろうと襲いかねない。

 

そうなればいかに幻想郷の管理人である八雲紫でもまとめ上げるには時間がかかるであろう。

 

「もう冗談きついですってば、たかだか宴会に参加できなかったからって俺等の住処を奪わないで下さいよー」

 

触らぬ神に祟りなし、ではあるがこの神は触ろうが触るまいが結局は辺りに祟りを巻き起こす事で有名なあの洩矢諏訪子だ。

 

慎重に言葉遣いを選んでここは穏便に済ませる様に説得を試みる山崎。

 

妖怪の山、否、幻想郷の平和は今、普段ずっと地味に生きて日陰の人生を送っていた彼に託されたのだ。

 

「なんならまた宴会開けばいいじゃないですか、俺、仲間いるんでここに呼んできますよ」

「その仲間って、前に神奈子がやってた宴会に来てた連中かな?」

「え? まあそうだと思いますけど、基本的に俺以外の天狗はほとんど出席したと聞きましたし」

「じゃあイヤだ、やっぱ消そうこの山」

「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

まさか一分持つ事さえ出来ずに説得失敗するとは……不機嫌そうな表情で手をクルクル回しながら何かやろうとしている諏訪子に、山崎はまだ諦めるな!と自分に言い聞かせてすぐに詰め寄る。

 

「な、なんでダメなんすか!? 宴会やりたかったんでしょ!?」

「やりたいよそりゃ? けどやるとしたら前よりもずっとずっと豪華な宴会を開きたい」

「ご、豪華!?」

「前来た連中と同じじゃ結局神奈子の奴と同じじゃん、私はさ、神奈子や早苗も見た事無い斬新なメンバーで宴会を開いてあの二人があっと驚く宴会がやりたいんだよ」

「そ、そんな……」

 

山崎は絶句する、基本的に彼の知り合いはこの山に住む者だけである、しかし彼等だけでは諏訪子は満足できず、他にも宴会を彩らせる豪華なメンバーを呼べとまで来たもんだ。

 

一体どうすれば……山崎は恐る恐る諏訪子に一つ尋ねてみた。

 

「……ちなみにその宴会をいつまでにやればこの山消さずに放置してくれますか?」

「なに? 私の為に宴会開いてくれるって訳? そうだねぇ……今日の日が落ちるまでかな?」

「はい!?」

「今は昼過ぎだからもうちょっとだね、もし間に合わなかったら私の能力でドドーンとこの山を消してご覧にいれましょう」

「え、ちょ! マジでかぁ!? アンタそれマジで言ってんのかぁ!?」

 

あまりにも無茶苦茶だ、タイムリミットが数刻後とかそんなの間に合う訳がない。

 

自分は冴えない極々平凡な天狗であるので、自分が幻想郷の端から端まで渡り歩いて声を掛けても到底彼女が満足できる連中を集められる自信が無いのだ。

 

思わず声を荒げて慌てふためく自分を見て、諏訪子はその反応が面白かったのかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ出す。

 

「その反応を見る限り望みは薄いみたいだね、まあ奇跡でもなんでも願うならどうぞご自由に、あそこの賽銭の前で鈴でも鳴らして拝んでみれば? もっともその時に願いを聞くのは私なんだけど」

(こ、この神様マジ腹立つぅ! 沖田隊長に一度シバかれりゃあいいのに!)

 

普段温厚で人の良い山崎でも、これにはさすがに内心はらわた煮えくりかえりそうな感じで彼女を前に拳を握り締めていると

 

「あーでももし、私が望む宴会を開ける事が出来たら、そん時は特別に本当にあなたの願いを一つだけ叶えてあげるよ?」

 

諏訪子はクスクスと笑いながらもし自分の要求通りの行いが出来たら、神を喜ばせた褒美として願いを一つ叶えてあげると約束する。

 

「まあどうせ出来ないだろうけどね、せいぜい残り少ない時間で私を楽しませてよ。そんで楽しみが済んだらこの山吹っ飛ばすから」

「ぐぬぬぬぬ……! わかりました、やりゃあいいんでしょやりゃあ! 男・山崎退! 一世一代の神との大勝負だぁ!!」

 

山を消した後の事など考えていないであろう自由気ままな神を睨み付けると、山崎はすぐに踵を返して鳥居の方へ振り返ると

 

「文姐さぁぁぁぁぁぁん!! 誰もが驚くヤベェ特ダネがありますよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ん?」

 

急に両手をメガホン代わりに口に付け、空に向かって大声で叫ぶ山崎に諏訪子は「?」と首を傾げていると

 

「はいはいはい、特ダネと聞いて来ましたよー、さっさと教えなさいよ地味天狗」

「来るの早ぇ! さすが天狗界でもトップクラスの俊敏さを持つ文姐さんだ!」

 

瞬く間に背中に黒い翼を生やした鴉天狗、射命丸文がジト目をしたまま山崎の目の前に現れたではないか。

目上の者、お客様、もしくはカモになりそうな相手に対する丁寧語ではなく、同格か格下だと思ってる相手に対していつも使っているタメ口で早速喋り出す文。

 

「で、特ダネってどこ? 早く言いなさいよ、もしウソだったら八つ裂きにしてその体愉快なオブジェにトランスフォームさせるわよ?」

「そしてネタを求める貪欲さと残虐さは間違いなくマスメディア界一位だ!」

 

下手な事を言えば神よりも恐ろしいかもしれない……山崎は彼女から放たれている威圧に耐えながら懸命に口を開き始める。

 

「実はかくかくしかじかと大変な事になってまして……」

「なになに……真撰組の所のゴリラが露出狂に目覚めて夜な夜な山の中を全裸でうろつき、迷い込んで来た人間相手に己の恥部を振り回しながら歩み寄って、泣きながら必死に逃げる人間の姿を見るとムラムラするから止められないと……なにその探せばすぐ出て来そうなネタ? そんなの為にわざわざ呼び出したわけ?」

「んな事言ってねぇよ! かくかくしかじかって言ってるんだからすぐに察してくださいよお話の基本でしょ!? つーかテメーの上司がそんな奇行に走ってる事をパパラッチに教える部下なんていねぇよ!」

 

勝手な解釈して勝手にイラっと来ている文に対して訂正しつつツッコミを入れる山崎。

 

実際、彼の上司である近藤勲は夜な夜な全裸で人間相手に襲うような真似はしていない。

 

我等真撰組の大将である彼が絶対にするわけがない。

 

せいぜい庭の真ん中で夜な夜な全裸で木刀を素振りをしているぐらいである。

 

「とにかくここで諏訪子様が喜ぶ程の豪華な宴会を開かないとこの山がヤバいんですよ! 文姐さんのその俊敏さで幻想郷中に触れ回ってここに色んな人を呼んで下さい!」

「ちょっと! さっき「男・山崎退一世一代の大勝負」とか言っておいて結局他人頼り!?」

「フ、俺は俺の強さと弱さを知っているんですよ」

 

いきなり文を呼び出したかと思ったらまさかの助けを求める行動に出る山崎に、さすがに諏訪子も驚いて目を見開いていると、彼はキリッとした表情で彼女の方へ振り返る。

 

「俺の強さはここ一番でプライドを捨てて大事な選択が出来る事、そして俺の弱さは自力じゃ何もできないからすぐに誰かに助けを求める事だ! そして俺にとって強さも弱さも武器! ここ一番の時に活躍せずにただ黙々と地味に仕事をするのが俺の勝負なんですよ!」

「いやそれ結局ただのヘタレじゃん」

「ヘタレだろうがなんだろうが構わないんじゃボケェ!」

 

なに得意げに言ってんだとジト目を向けながらボソッとツッコむ諏訪子に山崎はヤケクソ気味にキレると、頼みの綱である文の方へ声を上げる。

 

「さあ文さん! お願いします!」

「んー無理」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

少しばかり考えただけであっさりと拒否する文に山崎は悲鳴のような叫び声を上げた。

ここで彼女の助けが無ければこの山は直に消滅するというのに……

 

「なんでですか!? 俺等天狗の危機! いや幻想郷の危機なんすよ!?」

「まあ単刀直入に言うと、私がこの事をどれだけ周りに言い触らしても、まともにそれを鵜呑みにして来る人っていないと思うわよ?」

「え?」

「私もね、自分の強さと弱さを知っているのよ」

 

自分の身がピンチだというのに山崎と違い文は至って冷静であった。

 

宙に浮いたまま腕を組み、僅かに微笑むと

 

「私の強さはどんな荒波に飲まれようとスクープやスキャンダルをゲットする事を絶対に諦めない事、そして弱さは、でっち上げの記事ばっか書いてるおかげで誰からも信用されていないって事よ」

「ってなんじゃそりゃぁ!」

「つまり、私が言ってもどうせいつものデタラメ抜かしてんだろ?っと笑われるのがオチなのよね。だから私がどれほど必死に訴えてもオオカミ少年よろしく、天狗美少女ちゃんの言葉なんか誰も耳を貸してくれません」

「いやそれただのテメェの自業自得じゃねぇか! それじゃあどうすんすか俺達は! このまま俺達の住処が滅びるのを待つしかないんですか!?」

 

意外と自分の事をよく理解していた文に、感心したいのも山々だがこの状況で言われてはそんな呑気に感傷に浸る暇など無い。

 

一刻も早くなんとかしなければならないのに、しかし文の方は嘲笑を浮かべ焦る山崎に静かに口を開く。

 

「落ち着きなさいよ、私が言えば信じてもらえないって事なら、私以外の奴が言えば済む話でしょ」

「で、でも! 天狗界トップクラスの俊敏さを持つ文姐さんでないと! 日が落ちる前に幻想郷中にこの事を通達する事なんて出来ないんじゃ!」

「たしかに私は幻想郷では一番速く飛び回れると自負しているけど、ここは常識知らずが集う幻想郷、私以外にも規則外な力を持つ奴はちらほらいるわ」

 

確かにこの幻想郷には妖怪や人間だけでなく、色々な者が集って来る場所だ、中には亡霊や魔法使い、はたまた不老不死や吸血鬼などがいると最近では観測されている。

 

文以外にもこの状況を打破できる者がいる可能性も当然あるという事だ。

 

「そして私はその中で一番この状況で役に立てる男を知っているのよねぇ」

「え、それって一体誰……」

「私の役目は大方その男を早く見つける事ぐらいかしらね? それとアンタは山だけじゃなくて人里からも酒やら食事やら必死にかき集めて来なさい」

「は、はい!」

「その男の相手は私一人で十分だからね、適当におべっか使えばすぐに私達の為に働いてくれるわよ、どうせ万年暇人のプー太郎だし」

「プ、プー太郎!? 幻想郷がヤバい状況で俺達の頼める相手がまさかのプー!?」

 

口を手で押さえて馬鹿にしたように笑いながら、文は山崎の方へとニヤリと振り返る。

 

 

 

 

 

 

「あの八雲銀時ならこれぐらいの事容易にやってくれるわよ」

 

次回、山崎VS諏訪子戦・中編

 

一癖も二癖もあるメンバーばかりのカオスなドキドキ大宴会スタート

 

 

 

 




神様ってのはキレると怖いんです

どこぞの神様がアホな弟の度重なる不祥事にキレて引きこもったら

太陽が昇らなくなってずっと夜になってしまったって事もありますからね



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#30 宴大会

今回から後編スタートと言ったな、アレは嘘だ。

尺が足りなくて3話構成になっちゃいましたー、すんません。ということで中編スタート。


前回のあらすじ

 

洩矢諏訪子が宴会に参加できなかった事にむくれて妖怪の山を消滅させると宣言

 

真撰組が密偵、山崎退は急遽、今日の間に前以上の宴会を開かせなきゃいけない事に

 

頼みの綱として山崎、天狗の先輩である射命丸文へ救援要請

 

文は自分では何ともできないので幻想郷の管理人・八雲紫の夫である八雲銀時を利用しようと企む。

 

 

そしてそれから数刻後、夕方過ぎの守矢神社にて彼女に呼ばれた八雲銀時が現れた。

 

幻想郷がピンチだというのにいつも以上にけだるそうにしながら小指でを鼻をほじっていると、彼の腰に何者かが抱きつく。

 

「いやいやいや! さすがは八雲の旦那様ですねー! 懐も広ければ人望もこれまた厚い! さすがは幻想郷の裏の支配者と呼ばれるだけあって多くのメンバーを集めて来て下さったようで天狗一同おおいに感謝していますよー!」

「下らねぇ世辞はいいからさっさと飯なり酒なり持って来い、ぶっ殺すぞ」

 

上の者へヨイショする時に用いる敬語口調にチェンジしていつもの様に腹に一物抱えながらお膳立てしてくる文

 

長い付き合いのおかげで彼女の言ってる事に全く信用できない銀時は、そんな彼女の頭を掴んで腰元から引き離す。

 

「ったく博麗神社でのんびり昼寝してたらいきなりやってきたと思ったら、「幻想郷を脅かす異変が起きたから今すぐ宴会に参加できる連中を大勢連れて来て欲しい」とかほざきやがって……そんなのテメーでやりゃあいいだろうが」

「無理です! 私皆さんに信用されてないんで!」

「だよねぇ、一応言ってみた俺がバカだったよ、お前信じるなら松永久秀の方がよっぽど信じれるわ」

 

文の頭に手を乗せながら銀時はもう片方の手で無事に鼻から鼻くそを取り出してピンと小指で弾いていると

 

神社の方から彼の下へ一柱の神様が手を上げながらニコニコしてやってくる。

 

「やぁやぁ初めましてだね、アンタが幻想郷の管理人さん?」

「管理人は俺じゃなくて俺のカミさん、アンタが祟り神を操る洩矢諏訪子か?」

「いかにもその通り、しばらく幻想郷で厄介になるからよろしく頼む」

「おたくが大人しくいてりゃあ問題ねぇよ、ただ今回の騒動はちぃっとばかし問題だな」

 

自分の下へやって来た守矢神社の裏の支配者たる洩矢諏訪子の登場に対して、銀時は全くビビりもせずに慣れた様子で窘める。

 

「ウチにとって妖怪の山は人間とのバランスを合わせるだけじゃなくて他の妖怪のお目付け役も担ってるんだ。例え神様であろうとおいそれと簡単に破壊されちゃ困るんだよ、次またこの山吹っ飛ばそうと企んだら、そん時は容赦無く全員外の世界へ強制送還だからな」

「んー実に正論だが神という存在は年中大人しくしているとたまにうさ晴らししたくなる時があるんだよ、火山だってそうだろ? 少しは大目に見てやるのも下々の存在の務めだよ?」

 

仏頂面で説明する銀時を前にしてもなお、諏訪子は反省するどころか開き直ってる様子。

 

「ま、今日の宴会が約束通り豪勢な大宴会となれば、そちらさんの事情に頷いてあげても構わないよ」

「……俺本当に神様って奴が嫌い」

「どこまで上から目線なんですかねこのロリ神様は」

 

機嫌良さそうに笑顔を浮かべ、私を楽しませてみろと言ってのけるこの神様に対して、銀時と文が軽く苛立ちを募らせていると

 

「何よ豪華な食事と酒が用意されるっていうから来たのになんにもないじゃないのよ!」

「ほほー、この神社、霊夢の所の神社よりデカいし綺麗だな」

 

自分たち以上に苛立っている様子の巫女、博麗霊夢が食べ物がない事に腹を立てて現れた。

一緒に来た霧雨魔理沙は、そんな事どうでも良さそうにただ神社を観察している。

 

「お、よぉ霊夢の親父と鴉天狗、呼ばれたから来てやったぜぃ」

「あ? テメェは呼んでねぇよ、呼んだのは霊夢だけだコノヤロー、テメェはさっさと帰れバカヤロー」

「やれやれ、相変わらず私に対してはツンツンだなこのおっさんは。何時になったらデレるんだ、それはそれでキモいから遠慮するが」

「あなたは白黒魔法使いこと霧雨魔理沙……」

 

銀時と文が二人で諏訪子と話してるのを見かけたので、軽く手を上げて挨拶する魔理沙だが、銀時はしかめっ面で彼女を拒絶。

 

魔理沙の登場を見て文はふと思い出し、ハッと気づいた。

 

「そういえば噂で聞いたんですけどね八雲銀時さん、あなたここ最近どこぞの魔法使いと夜な夜な密会をしていると聞いたんですがそれってもしかして……ぐお!」

「俺がいつこんなガキと密会してるって……? 山が大変だってのに下らねぇゴシップネタ考えてるんだったらこの場で焼き鳥にすんぞ」

「いだだだだだ! アイアンクローは止めて! 頭スイカみたいに割れちゃいますからそれ!」

 

口元にニヤリと笑みを浮かべて文が銀時に尋ねようとした瞬間、すかさず銀時の手が彼女の頭を上から鷲掴みにし、ミリミリと音を立てて彼女の頭部に彼の指が入り込むのであった。

 

それを見ていた魔理沙は苦笑しつつ後頭部に両手を回しながら

 

「残念ながらこのおっさんの愛人の魔法使いってのは私じゃないぜ? そいつはア……」

「なにパパラッチに情報売ろうとしてんのよこの盗人魔法使い!」

「あだッ!」

 

突然魔理沙の背中に軽く蹴りを入れて黙らせる少女が一人。

 

背中をさすりながら魔理沙が後ろに振り向くと、魔理沙と同じく魔法使い、アリス・マーガトロイドがジト目を向けながら立っていた。

 

「全く、これだから私はアンタの事が嫌いなのよ、少しは他人プライバシーを守るとか考えられない訳?」

「んだよ人がせっかくおたく等の関係をオープンにしてやろうとあげたのに」

「オープンって何? 別に私とこの男はなんの関係も無いわよ、ただの友人程度でしかないわ」

「あれ? そうだっけ? 私はてっきりもうとっくにデキてるかと」

「そ、そんな訳ないでしょーが! 色々とあったけど健全よ健全! あんな奴の事なんかどーでもいんだから!」

 

魔理沙に対してムキになって頬をほんのり紅色に染めながらも全面的に否定するアリス。

 

そんな彼女を見て文は銀時に鷲掴みにされた状態のまま

 

「……あ、魔理沙さんじゃなくてこっち……ぐがががががががが!!!」

 

何かに勘付いたか様子を見せる文の頭を突然片手でなく両手で掴むと、上下に動かして激しくシェイクし始める。

 

「まいったな、記憶を飛ばす能力なんざ持ってねぇしどうっすかな、ああそうか、殺せばいいんだ」

「ええぇ! 旦那様目がマジになっておられますよ! すみません今記憶が飛びました! アリスさんの反応や言動を見て何かに勘付いたような気がしましたが忘れてしまいました! だから殺さずに生かしてください! 身体でも新聞でもなんでも売りますから!」

「いやその二つはいらねぇから」

 

そう言って文の頭からパッと両手を離し、彼女を地面に落として尻もち突かせる。

 

地面に座ったままの彼女に脅すように睨み付けながら銀時はペッと地面に唾を吐き捨てると、そそくさとアリスの方へと歩み寄ると、ポンと彼女の頭に手を置き

 

「やっぱりお前はそのままのお前が一番いいよ、今度から酒飲まずに素面で付き合おうや」

「や、止めてよいきなりどういう事!? 頭撫でて来るなんてもしかして酔ってるのあなた!?」

 

唐突に自分の頭を撫でていつもよりちょっと優しそうな言動な銀時に、アリスはそのギャップ性に心打たれつつも気丈を振る舞いなんとか持ち直すのであった。

 

「おい鴉天狗、絶好の特ダネだぞ、記事にしないのか?」

「んな真似したら私殺されますよ確実に……あの人の目はマジでした、当分記事にするのは無理そうですね」

「当分って事は諦めてないんだな」

「ここで暴力に屈したら韋駄天のパパラッチの名が泣くってモンですよ……」

「いやお前のそんな二つ名聞いた覚え無いんだが?」

 

ズキズキする頭を押さえながらゆっくりと起き上がる文に、魔理沙が銀時とアリスを指差しながら尋ねてみた所、どうやらまだ彼女は記事にする事は諦めてない様子。

 

こりゃいつかマジで殺されるなと魔理沙が文を見てしみじみと思っていると、そんな彼女の下へ諏訪子が面白げに歩み寄って来る。

 

「ほほぅ幻想郷の管理人の旦那と、博麗の巫女、そんで魔法使いが二人か。まだまだパンチが甘いな、神奈子以上に宴会を行う為にはもっと集めて欲しいんだが」

「あん? コレが霊夢の言ってた神様か? 随分とちっこいな」

「言葉が過ぎますよ魔理沙さん、心配しないで下さい諏訪子様、あの八雲銀時という男はちゃらんぽらんですが無駄に人脈がありますので、まだまだ色んな連中に声掛けたみたいですよ」

 

まだ納得していない様子の諏訪子に、魔理沙を押しのけて文がすかさずフォローに入る。

 

するとそれからタイミング良く、銀時が呼んだであろうメンバーがゾロゾロとやってきた。

 

「ここがイタズラし放題の神社ね!よし! ルナ! スター! 早速そこら中にカラースプレーで落書きするわよ!」

「え、カラースプレー!? 私色鉛筆しか持ってきてないんだけど!? どうしようスター!」

「いやそもそもイタズラし放題って誰が言ったのさ……私達はただアリスさんと一緒に遊びに来ただけじゃん」

 

光の三妖精ことサニーが意気揚々と現れ、続いてルナが慌てて飛び出し、二人に遅れて呆れた様子でスターがやってきた。

 

どうもこの三匹、事情も聞かずにただ遊び目的のために来ただけらしい

 

「うわ~三バカ妖精がいるよ、あたい嫌いなんだよなあの三匹、弱いくせにやたらと突っかかって来るし。まだこのあたいが最強だって事を認めようとしないし」

「あ、バカチルノじゃないの! 何よアンタ! またバカな事して私達を邪魔する気でしょ!」

「あたいはバカじゃないっての! またまとめて氷漬けにされたいのかコノヤロー!」

 

今度は同じく妖精であるチルノがフラフラ~と宙を舞いながら降りて来た。三妖精を見た途端すぐにしかめっ面を浮かべて嘆いていると、早速三妖精の中のリーダー格(自称)であるサニーが食って掛かる。

 

どうやら妖精同士でも何かと相性が悪い関係があるのだろうか、そのまま2匹は空中で睨み合いながら言い合いを始め出した。

 

「見て下さい藍様! なんだか妖精達が喧嘩してますよ!」

「橙、妖精というのは頭が悪くてしょっちゅうああやって大騒ぎしてるんだ。バカがうつるから離れて……」

「私も混ぜろ~!」

「……まあ妖精の生態を勉強する事は必要かもしれないからな、橙は勉強家だな本当に」

 

続いてやって来たのは八雲紫の式神である八雲藍と、更にその式神である橙。

 

親子の様にやって来ると橙は早速妖精同士で言い合いをしているチルノとサニーの下へ元気に走り出す。

 

そしてそれを一瞬止めようとするも、つい甘やかしてしまうクセで彼女の行動を許してしまう藍。

 

「あなたいい加減自分の式神をまともに操れたらどうなのかしら? 一度は強めに言ってあげないとずっとあんな調子よあの子」

「も、申し訳ありません紫様、ですが橙はまだまだ子供みたいなものですからつい……」

「その言い訳何十年も聞いてるんだけど私」

「…………」

 

勝手に行ってしまう橙の背中を見送りながら自分に言い聞かせるように呟く藍を、彼女の主人である八雲紫がため息交じりに窘める。

 

彼女の言葉に蘭は申し訳なさそうに無言で頭を深々と下げていると

 

「おお、そこにいるのはいつぞやお会いした銀時のカミさんではないか」

 

紫の方へ嬉しそうに声を上げながら後ろからやって来たのは、まさかの攘夷志士・桂小太郎であった。

 

銀時は呼んでない筈なのだが、どうやら何処かで小耳に挟んだのか、勝手に来てしまったらしい。

 

「あの時は色々とゴタゴタしてしまい申し訳なかった、機会を改めて次こそは八雲紫の討伐作戦を決起しようではないか、八雲紫殿」

「……そうね、それを聞いて安心したわ」

「貴様は桂小太郎……!」

 

相変わらずの勘違いっぷりに紫が思わず無言で固まっていると、先程までシュンとしていた藍がすかさず二人の前に入って桂を睨み付ける。

 

「丁度いい、ここで貴様の息の根を……!」

 

攘夷志士であり八雲紫の命を狙う輩となればここで手討ちにしてしまうのが至極当たり前だ。

 

全身全霊を持って桂を仕留めようと動こうとする藍だが、底で桂の前にバッとあるモノが現れる。

 

メッセージの書かれたプラカードを掲げて

 

『桂さんは殺させません』

「な! なんだこの少しカワ……珍妙な生き物は! 紫様こんなの幻想郷にいましたか!?」

「……さあどうだったかしらね……」

「ゆ、紫様!?」

 

いきなり現れた訳の分からない生き物、エリザベスに藍は一瞬頬を染めてときめいてしまうもすぐに持ち直して紫の方へ尋ねるが。

 

彼女は言葉少なめにノーリアクションで、ただただジト目で眺めるだけであった。

 

するとエリザベスは固まっている紫に対してクルリと持っていたプラカードを裏返す。

 

『初めまして紫、私は桂さんの相棒、エリザベスです』

「……初めましてなのに私の名前は知ってるのね」

『え! い、いやその……なんか見た感じそんな名前なのかなと思っただけだから!』

「……そう、見た目だけで私の名前を言い当てるなんて大したものね」

 

特に追及もせずにあっさりとエリザベスの言葉を聞き入れる紫、すると桂は誇らしげにエリザベスの頭に手を置きながら

 

「フッフッフ、エリザベスの先見の明は俺も認める程素晴らしいからな、名前を当てるぐらい造作もない事であろう、先日も地獄から閻魔大王が人里をウロついていると事前に察知してくれたおかげで、俺は無事に逃げおおせる事が出来たのだからな」

『えへへ~』

(そりゃあ閻魔から直接事前に冥界へ報告があっただけでしょ……)

 

桂に褒められエリザベスは心なしか喜んでいる様子で体を揺すっている。

 

その光景をただ紫は何も言わずに黙っていると、桂が強めにエリザベスの手を両手で握って

 

「あの時のおかげで俺はよりお前の必要性を強く感じれたのだ! エリザベス! 例え地獄の底であろうが天界であろうが俺について来い! もはや俺達は一心同体と呼んでも過言ではないコンビだ!! このまま強気絆で結ばれた俺達の力で! あの悪の権現である憎き八雲紫を滅ぼしてみせよう!!」

『か、桂さんがそこまで言ってくれるなんて……! 私! エリザベスとして生きてて良かったぁぁぁぁぁ!!』

(いやあなたエリザベスじゃなし、てか死んでるし……)

 

敵無しだと言わんばかりに賞賛を送ってくれた桂に、エリザベスはプラカードで至上の喜びを表現している。

 

そんな様子をただずっと黙って見ている紫を心配したのか、藍がぎこちない様子で彼女に近づく。

 

「ゆ、紫様どうしたんですか!? なんかいつもと様子がおかしいですよ!?」

「……藍、私あなたに少し言い過ぎたかもしれないわ」

「へ!?」

 

幻想郷の管理人らしくいつもは余裕の笑みを浮かべていたりするのが八雲紫なのであるが

 

今の彼女は無の表情と呼ぶべきか、心ここにあらずといった顔をしていた。

 

こんな顔を見たのは生まれて初めてであった藍が戸惑っていると、紫はゆっくりと彼女の方へと振り返り

 

 

「親しい間柄になった事によって情が生まれたモンだからこそ……その者の行為を咎める事が出来ずに傍観者になってしまうあなたの気持ち、今思いきり痛感したわ……」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

まるで旦那みたいに死んだ魚の様な目をしながら

 

動転する藍に静かに呟く紫であった。

 

 

様々な思惑と悲しみを乗せて、遂に宴会が始まる。

 

 

 

 




紫が素で困惑したのはコレが初めてかもしれない。

桂&エリー、紛れも無く強敵ですな



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#31 あんぱあんぱんんああんぱんんあんぱんぱん

銀魂ポロリ編がいよいよスタートですね、楽しみです


守矢神社にていよいよ宴会が始まりそうになった頃、諏訪子の隣にはいつの間にかちゃっかり早苗が面白そうに一緒に集まって来たメンバーたちを眺めていた

 

「またこんなに人が……諏訪子様、また宴会を開くんですか?」

「そうだよ早苗、前にやった神奈子の時よりもずっと派手なのをね」

「わぁ、これでもっと信仰が集められますねきっと」

「そっち気にしてるのは神奈子の方だろ、私は別に気にしてないよ」

 

別に消える時は消えるんだというのが諏訪子の考えであって、信仰が薄れて消えるのがイヤだと思っているのは神奈子の方である。

 

故に諏訪子にとって二度開かれる宴会については、信仰よりもただ面白おかしくなりそうな派手な宴会を開く事、ただそれだけの為だ。

 

「か、神楽ちゃん!? だ、大丈夫なのここ!?」

「オイオイまだビビッてるアルかぱっつあん、せっかく私がわざわざここまで連れて来てあげたんだからいい加減ん慣れろヨ」

「いや慣れる訳ねぇだろ! 僕ただの人間だよ! 妖怪の巣窟に人間がノコノコやって来るなんて! シャチの大群にアザラシ放り投げる様なモンだから!」

 

諏訪子が気付くとまたもや参加者が増えていた。

 

夜兎の神楽が無理矢理後ろ襟を掴んでズルズルとここまで連れて来たのは人里の人間代表、志村新八である。

 

「しかも妖怪だけじゃなくて妖精もいるし! おまけに悪霊の桂さんまで! あ、エリザベスさんもいた……あの人大丈夫なのかな、冥界での仕事とかあるんじゃないの?」

「エリザベスはエリザベスネ、それ以上何も言うな新八、女の恋路は黙って見届けるモンアル」

「いやでもあれ以上桂さんと一緒にいたら職務放棄に……」

 

密かにエリザベスの青春を応援している神楽と違い、新八がやや心配そうに見つめていると

 

案の定、エリザベスの隣にスッと半人半霊の少女、魂魄妖夢が現れた。

 

「……いい加減にしてくださいよ本当に……」

『ど、どちら様ですか!?』

「いやもうそういうのいいですから、ほら、帰りますよ」

『い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!! まだ何も食べてないのに! 助けて桂さん!』

 

エリザベスの肌を直接グイッと引っ張って無理やり連れて行こうとする霊夢だが、エリザベスは必死に抵抗して桂に助けを求めると、それにすぐに彼は気付いて振り返る。

 

「おおなんだ! エリザベスを攫われようとしているぞ! お主それでもあの冥界の姫であられる幽々子殿の側近か! 幽々子殿から預かりしエリザベスを襲うだなと無礼にも程があるぞ!」

「黙れ悪霊! これ以上この方を誑かされてたまるもんですか!」

『あーれー!』

 

妖夢とは反対の方からエリザベスを引っ張って彼女の手から引き離そうとする桂。

 

それに負けじと妖夢も引っ張り返してエリザベス奪還を強行しようとする。

 

二人に反対方向に引っ張られているエリザベスはミチミチと不吉な音を鳴らしながらどんどん両側に伸びていく。

 

そしてそんな光景をただボーっと眺めているの八雲紫だ。

 

「……」

「どうした? 今日は随分と口数減ってるみたいで藍が心配してたぞ?」

「……そりゃこんなモン見せられたら何も言えなくなるわよ……」

 

どうしていいかわからない様子で固まっている紫の傍に歩み寄って来たのは八雲銀時。

 

彼女の様子がおかしいと藍から聞いたのでやって来たのだ。

 

「んだヅラの野郎呼んでもねぇのに勝手に来やがったのか」

「そうみたいね、そういえばあなたってまだ二人程古くからの友人がいたわよね? ここには呼んでないのかしら?」

「友人じゃねぇよあんな奴等、どうせ”坂本”の方はカミさんと仕事してる頃だろうし。”高杉”に至ってはどこにいるかも知らねぇよ」

「そう、少し残念ね。久しぶりの源頼光四天王が揃う所期待してたのに。まあもう一人はともかく坂本さんの方が来られたらまた面倒な事になるから、それはそれでいいかもしれないわね……」

 

けだるそうにボリボリと髪を掻きむしる銀時の話を聞いて、紫はチラリと傍に立っていた藍の方へ目をやる。

 

「あなたがいたら100%彼と揉めるだろうしね」

「申し訳ありません……私と彼は元々遥か昔から争っている関係なので面を合わせるとやはりつい血が騒いでしまい……」

 

紫に指摘されてガックリと肩を落とす藍、どうやらその男とは度々何かあったらしい。

 

「別にあの男を嫌っているわけではないのですが……やはりどうしても負けたくないという気持ちが勝ってしまい……」

「仕方ないわよ、きっと向こうもあなたの事は嫌ってる訳じゃないわ、あなた達の本能がそうさせるんでしょうね」

 

頭だけでなく耳と尻尾もシュンとさせて落ち込む藍に紫は優しく諭すと、突如ジロリと銀時の方へ目を向ける。

 

「そういえば私にも本能的に嫌いな女がいるんだけど……まさかそいつは呼んでないわよねあなた?」

「呼ぶ訳ねぇだろ……呼ぶ以前にアイツとはもう随分と長い間会ってねぇから……」

「どうだか、昔みたいに夜な夜なあの女のハウスに行ってるんじゃないでしょうね?」

「行ってねぇって、大体今アイツが何処に住んでるかも知らねぇよ、竹林の近くだとは聞いてるけど」

「へぇ、おおよそ目星は付けてるんだ、てことはそろそろ本腰入れて探そうとか思ってるんじゃなくて?」

「鰻屋の鳥妖怪が無理矢理俺に教えて来たんだよ、お前アイツの事になるとホント目の色変えるよな……」

 

疑り深く淡々とした口調で何度も尋ねてくる紫にウンザリしながら銀時がしかめっ面を浮かべる。

 

こういう掛け合いはもうかれこれ結婚する前からやっているので千年以上経ってなお続いているのだ。

 

いい加減にして欲しいという気持ちと、どこか後ろめたい気持ちに駆られながら銀時がハァ~とため息を突いていると

 

「ちょっとそこの熟年夫婦! どういう事なのよ一体!」

「あ?」

 

後ろから急にキレた口調で怒鳴られて、何事かと銀時が後ろに振り返ると

 

そこには一番最初に銀時がここに呼んだ人物である博麗霊夢が怒り心頭の様子で腰に両手を当てて立っていた。

 

「アンタが豪勢な宴会が始まるって言うからわざわざ飛んできたってのに! 一向に食べ物も酒も来ないじゃないのよ!! こちとらお腹と背中がくっ付き過ぎて飢えて死にそうなんだから!」

「ああ、そういやまだ食いモン来ねぇな、ったく食いモン担当はえーと……確かあの地味な鬼天狗だったな」

「誰だっていいわよ! 早く食いモン寄越せ!」

 

ガチガチと歯を鳴らしながら、飢えた野良犬の如く食べ物を求める霊夢。

 

そんな”いつも通りの彼女”を見下ろしながら、銀時も未だ来ない食料と酒に不信感を募らせていると

 

霊夢は銀時の隣に立っている紫の方へ矛先を変える。

 

「紫ならなんとか出来るでしょ! アンタの力で境界からボロボロと食べ物出しなさいよ!」

「あら? なんで私がそんな事の為に力を使わなきゃいけないのかしら?」

「はぁ!? 博麗の巫女が死に掛けてるのよ!? 保護者兼観察役のアンタがここで何もしないなんて育児放棄兼職務放棄もいい所よ! 終いには訴えるぞゴラァ!!」

「どこに訴えるのよ」

 

ギャーギャー喚きたてる”いつも通りの彼女”に呆れたように紫がフゥと息を漏らしていると

 

騒ぎを聞きつけて新八と神楽も彼女達の下へやって来る。

 

「どうしたんですか? って霊夢さんなんか怖いんですけど……」

「あ……そういえばアンタ」

「え?」

 

息を荒げる霊夢を前に新八が軽くビビっていると、彼の存在に気づいた彼女は急に真顔になって指を彼に向ける。

 

「確かアンタってメガネの方が本体だったわよね? だったら”それ以外の部分”は全部食べてもメガネさえ無事なら微々たる問題は何も無いって事よね……?」

「銀さぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ヘェェェェルプ!!!」

 

真顔のままダラダラだと涎を垂らしながら次第に焦点の定まらない目になっていく霊夢の変化に気付きすぐ様銀時に助けを求める新八。

 

新八は思い出した、今ここに妖怪よりも恐ろしい存在がいることを

 

「身を隠せ新八! 今の霊夢はビーストモードにトランスフォームしている! 早く眼鏡をキャストオフして逃げるんだ! そうすれば眼鏡だけは逃げられる!」

「眼鏡だけ逃げられるってなんだよ! それ単に眼鏡捨てるだけだろうが! 僕完全に食われる流れじゃん!」

 

口を大きく開けて「腕一本でも……」と不吉な事を呟く霊夢から距離を取りながら新八がツッコミを入れていると、すっかり腹ペコになっている様子の霊夢を見て神楽がうんうんと頷いていた。

 

「私もさすがに我慢の限界アル、食べ物一杯出るから来いって銀ちゃんに聞いたのに、右を向いても左を向いてもバカしか見当たらないネ。乙女が空腹を抱えているのに何も出さないというこの体たらくについては色々と文句があるのも無理ないアル」

「いや多分ちょっと遅れてるだけだって……神様の宴会なんでしょ? だったらきっともうすぐ凄い料理がわんさかやってくる筈だよ」

「本当アルか? もしあの日が落ちる前に食べ物来なかったら、お前の両腕はあの巫女と私の胃の中に片っぽずつ納まる事を忘れるんじゃねーゾ」

「誰か早く彼女達に食料をぉぉぉぉぉぉ! 僕の両腕が血に飢えた猛獣共の餌にされちゃうぅぅぅぅぅ!!!」

 

すっかり完全に日が落ちかけている夕日を指差しながら妖怪らしくサラリと恐ろしい事を言い出す神楽。

 

自分の両腕が無くなるという危機に陥った新八は必死な思いで天に向かって叫んでいると

 

「やぁ、随分と待たせたみたいだね」

「ってああ! 銀さん天狗が! 天狗が荷台を引きずってやって来てくれましたよ!」

 

その願いが天に届いてくれたのか、新八達の所に高々と荷物が詰まれたリアカーを汗だくで何者がやって来てくれた。

 

彼こそこの宴会の責任者である、山崎退だ。

 

「八雲の旦那、文姐さんを呼んで来て下さい……やっとこさ俺、宴会に出す献上品を用意して来ました……」

「凄いですよ銀さん! 布で隠れてますがあの大きさだと相当の食材が乗せられてますよ! 僕等全員で食べ尽くせる自信が無いですよ!」

「ああその辺は心配するな、腹ペコ巫女と夜兎一人、そして”アレ”がいるんだから残る事はあるめーよ。さてと」

 

きっと人里からここまで引っ張って来たのだろう、長い道のりの上に山を登るのだ。相当疲れたであろう山崎は額から滴り落ちる汗を拭いながらようやく一息突いていると、銀時は空に向かってボソリと一言

 

「あーあ、なんか面白そうな特ダネが書いてそうな新聞ねぇかな~」

「はいはいはい! ありますあります! 文文。新聞はいつでも購買者が求める情報をいち早くチェックできるリーズナブルな新聞です!」

「うお! 今度はまた別の天狗が出てきた!」

 

さほど大きな声で呟いた訳ではないのに、韋駄天のパパラッチ(自称)こと射命丸文は勢いよく空から彼の下へはせ参じて来た。

 

新聞を買う気など更々無い銀時は、飛んできた彼女に仏頂面で山崎の方へアゴでしゃくる。

 

「おめぇの所の後輩がようやく宴会の出しモン持ってきたみたいだぞ、早くデカいテーブルでも用意してさっさと並べろ」

「あり? 新聞の購入は?」

「早くしないとオメェを焼き鳥にして宴会の出しモンにするぞ」

「あ~それは遠慮しておきます、わかりましたよはいはい……用意すればいいんでしょ、すれば」

 

新聞の件は無かった事にされてガックリ肩を落としながら、銀時に言われるがままに渋々山崎が持ってきたリアカーの方へと向かう文。

 

「おのれ三大不死ニートの一角……なんで私がこんな雑用を、山崎、随分と遅かったけど神に捧げる宴会にピッタリな献上品は見つかったかしら」

「ええ、どうぞ見て下さい」

「随分と自信ありげね……まあパパッと見せてもらおうかしら」

「あ、でも布を剥がす時は慎重に、あ」

 

疲労して疲れ果てている山崎が背を預けて座り込んでいるリアカーの前に出ると、文は覆っている大きな布を掴んで一気にひっぺ返す。

 

すると彼女の目の前に現れたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあん

ぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん

 

 

「ギャァァァァァァァァァァァ!!! あんぱんが雪崩となって私に降り注がれ……ぐえぇぇ!!」

「文姐さぁぁぁぁぁん!!!」

 

そこにあったのは何故か山の如く積み重なれた数千個のあんぱん。

 

文が乱暴に覆っていた布をひっぺ返した事によってあんぱん達は一斉に激しい音を鳴らしながら彼女の上に降り注がれていく。

 

驚くの束の間、あっという間に下敷きにされてしまった文は置いといて、銀時は慌てて目の前に現れたあんぱんの山へと駆け寄る。

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! なんだこのあんぱんの量は! 一体いくつあんだ!? つーかなんであんぱん!?」

「これまた凄いわね、こうまで膨大にあると不気味だわ」

 

紫も近づき、この光景に口を少し開けて驚いていると、下敷きは逃れた山崎が急いで二人の下へやって来た。

 

「男・山崎退! ただいま宴会用のあんぱんを持参して参りました!」

「だからなんでだよ! どうして神の開く宴会であんぱん用意すんだよ! つーかよくこんな集められたなお前!」

「八雲の旦那、実は俺も旦那や局長みたいにとある”能力”を持っていましてね」

「能力?」

 

誇らしい表情でこちらに敬礼する山崎に銀時が叫ぶと、彼はまず自分の持っている能力を説明することにした。

 

「俺の能力はそう、名付けて『無からあんぱんを無限に創造出来てしまう程度の能力』です」

「いやそれどんな能力ぅ!? どういう経緯でそんな力に目覚めたのお前!?」

 

キリっとした表情で「凄くなさそうに見えて地味に凄いのでは?」と思わせるぐらいの能力を持っている事を話す山崎。

 

という事はこの大量のあんぱんは全て彼が生み出したという事であろう、しかし一体なぜ……

 

「いや実は宴会用のご馳走をこしらえる為に人里へ下りたのはいいんですけどね、生憎持ち合わせがあんまりなくてそんな豪勢なモノは買えないなって気付いたんですよ」

「まさかそれでテメーの能力使ってあんぱんオンリーで補ってみようと考えたんじゃねぇよな……? 幻想郷を支える柱の一角である妖怪の山をあんぱんで救おうと思ったんじゃねぇよな?」

「ハハハ、さすがにあんぱんオンリーで神への宴会が出来る訳ないって俺だってちゃんとわかってますよ八雲の旦那、だから……」

 

頬を引きつらせている銀時を笑い飛ばすと、山崎はリアカーにまだ少しだけ残っているあんぱんを軽くどかしてその下にあるモノを見せる。

 

ビッシリとスペースに並べられたこれまた大量の牛乳瓶だ。

 

「あんぱんだけだと喉が渇くと思い、相性の合う牛乳を人里でしこたま買い込んで来ました。これで宴会はもうバッチリです、ぐふぅ!!」

「どこがバッチリだぁ!! 宴会じゃなくてただの朝食会だろうがこれじゃ!!」

 

親指立てて勝利を確信する山崎の頬を思いっきり拳で殴り飛ばす銀時。

 

あんぱんには牛乳、確かに相性は抜群だが今この状況で神への供物にするにはあまりにも場違いである。

 

「どうすんのコレ!? せっかくメンバー集めたのにバカのせいで全部パーだよ! どうするハニー! 妖怪の山崩壊のキッカケを生んだ罰としてこのバカを処する!?」

「そう慌てないでダーリン、まだ妖怪の山が消えると決まった訳じゃないわよ」

 

両手を抱えて慌てふためく銀時とは対照的に、紫は至って冷静に彼を諭していると

 

騒ぎを聞きつけて他の者達もあんぱんの山へと駆け寄っていく。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!! 久しぶりに普通に食べられるモノを生で見たわ!! 草でも虫でもない食べ物がこんなにいっぱい! よっしゃぁ食ったるどぉ!!!」

「いや霊夢、さすがにこんだけのあんぱん食べ続けたら飽きるぜきっと」

 

突如目の前に現れた食べ物に興奮して、床に散らばるあんぱんを手当たり次第に口の中へとほおり込んでいく霊夢。

 

意地汚いなとは思いつつ、魔理沙は頬を掻きながら幸せそうに食べている彼女に忠告すると、霊夢はバッとすぐに振り返り

 

「え!? 食べ続けて飽きるって何!? それってつまり目の前に食べ物があるのに食べられなくなる状況に陥るって事!? そんな上流階級の世界にしか存在しない体験が私も出来るって事!?」

「いや庶民の暮らしでもよくある事……あぁ、そういえばお前は庶民の暮らしさえ知らなかったな……」

 

未だかつて体験した事の無い「食べ物に飽きる」という現象があるという事を初めて聞いた霊夢は、そんな贅沢な体験を一度でもしてみたいと霊夢はペースを上げてあんぱんをどんどん食べ進んでいく。

 

そんな彼女を遠い目で眺めながら、魔理沙もまた手元にあったあんぱんを一口食べるのであった。

 

「命拾いしたアルな新八、こんなに美味いモンを食べれるなんてラッキーアル」

「いやそれ人里でも普通に売ってるモンだから……てかなんでこんなあんぱんが? 宴会開くんじゃないの?」

「ほれ新八、お前には牛乳だけ恵んであげるヨロシ」

「なんで僕だけ牛乳だけなんだよ! ふざけんな小娘! 僕にもあんぱん寄越せ!」

 

口の中に大量にあんぱんを入れて頬がパンパンに肥大化しているにも関わらず次々と平らげていく神楽と、彼女に牛乳瓶だけ渡された新八も怒ってあんぱんを食べ始める。

 

霊夢と神楽も凄い食いっぷりだ、しかし所詮は小娘。

 

今の彼女では遠く足元にも及ばない程の食いっぷりを見せる猛者がいた。

 

もちろんエリザベスだ

 

「おお凄いぞエリザベス! みるみるウチに大量のあんパンが口の中に吸い込まれていくぞ!! 恐ろしい吸引力だ!! かの有名なピンクボールにも決して劣らぬ見事な吸い込みっぷりだ!」

『まだ腹一分目にも満たせません』

「あのーすみません、こんなたくさんあんぱん食べたら晩ごはん食べれなく……いやこの程度の数なら大した事無いですねあなたには……」

 

周りに突風を発生させる程の凄まじい勢いで、散らばっているあんぱんを瞬く間に吸い込んでいくエリザベス。

その吸引力は近くにいた妖精4匹が彼女に吸い込まれない様必死に木に両手で掴まっているレベル。

 

その光景に桂さんは賞賛し、一緒にいた妖夢はジト目でエリザベスの行為をただ見つめながら牛乳をゴクッと飲んでいた。

 

「おいおいおいなんだコイツ等!? 用意したのあんぱんと牛乳だけだぞ!? なのになんであんなはしゃいでいられるんだ!?」

 

周りを見渡すとあんぱんと牛乳を次々と食べ飲みしていく連中達に、銀時が混乱していると、いつの間にか彼の隣にアリスがそっと近づき、ヒョイッと手に持っていたあんぱんを一つ彼に差し出す。

 

「いいからあなたも食べたら? 結構いけるわよ」

「……お前まで何やってんだよ、なにごく自然にあんぱん食ってんだよ……」

「食べなさい、さもないと宴会が失敗だと思われるわよ?」

「は?」

 

仏頂面であんぱんを押しつけて来たアリスに銀時は戸惑いを見せつつ受け取っていると、彼女がボソリと小声で呟く。

 

「結局は楽しんでる光景をあの神様に見せればいいんでしょ? ここはとりあえず楽しんでるフリだけでもしておくべきだわ。そうすればあの神様も自分の主催した宴会でこんなにも楽しんでくれていると満足してくれると思うのよ」

「ああなるほどね……お前はお前でちゃんと考えてくれてたんだな、安心したぜ」

「まあどう転ぶかはわからないけどね、とりあえず神様がこれを見て良い反応をしてくれるか祈っておきましょう」

 

好き勝手に食べている連中と違い、どうやらアリスは色々と考えてくれていたらしい。

 

テンパると暴走気味になるが、落ち着いてる時は中々頭の冴える彼女に、銀時は感謝しながら貰ったあんぱんを食べつつ、彼女と共に賽銭箱の上に座ってこちらを眺めている諏訪子の反応を伺うのであった。

 

 

 

 

 

「見渡す限りあんぱんばかりですね諏訪子様」

「おい諏訪子、コレがお前の主催した宴会か? 随分と変わった催しだな」

「ん~……」

 

諏訪子の後には早苗だけでなく、いつの間にか同じく守矢神社に奉られている神である神奈子も立っていた。

 

諏訪子が自分のよりも派手な宴会をやると聞きつけて出てきたが、正直こうまでカオスな光景が目に飛び込むとは神奈子も予想外だったらしい。

 

「やれやれ神への供物が酒ではなく牛の乳、豪華な食材も無くて代わりにあるのは餡の詰まったパンのみとは」

「ん~……」

「だが連中は随分とはしゃいでるみたいだな、博麗神社の巫女を見ろ、他所の神社が開いた宴会であるのに随分と堂々としている」

「霊夢さん目の色変わってますね完全に、もはや巫女というより獣に近いですねアレ」

「そしてあの白いアヒルみたいなクチバシをした生物はなんだ? さっきから凄い勢いで吸い込んで行くぞ」

「ああエリザベスさんですよ、桂さんと仲の良いご友人らしいです、正体はわかりません」

 

霊夢達が自分達の神社でワイワイとはしゃいでるのを、神奈子は早苗と共に静かに眺めているのであるが。

 

主催者である諏訪子はさっきからずっとしかめっ面を浮かべて首を傾げていた。

 

「ん~……」

「さっきからお前はなに小難しい顔してるんだ諏訪子」

「いや連中が私の神社でハジケてくれちゃってるのは満足なんだけどさ」

 

尋ねて来た神奈子に諏訪子はしかめっ面のまま振り返る。

 

「果たして用意したのがあんぱんと牛乳だけという質素な宴会が、神の主催し宴会に相応しいかどうか決めかねている」

「……それは私もさすがにどうだろうかと思っているが、まあいいんじゃないか? 斬新で」

「斬新という言葉で片付けていいものなのかなぁ……」

 

まだ素直に認められない様子の諏訪子、そんな彼女の下へこの宴会をカオスな方向に導いた立役者が軽くなったリアカーを引っ張って現れた。

 

「諏訪子様! 山崎退があんぱんと牛乳持って来ました!」

「君は何故にそんな自信に満ち溢れた表情を浮かべているのかは疑問だが、ってアレ?」

 

何故この男はそんなにもあんぱんを自分に捧げる事に対してなんの抵抗も無いのであろうと、諏訪子が疑問を浮かべると、ふとリアカーに載せられているのがあんぱんと牛乳だけではないと気付く。

 

瓶底眼鏡をした上半身はジャージ、下半身は褌一丁というみずぼらしい白髪のおっさんが、牛乳とあんぱんを両手に持ったままリアカーの上で胡坐を掻いて座っていた。

 

「……誰それ?」

「あーこの人はその……人里でリアカー拝借した時に、そのリアカーの中で既に住んでいた方です」

「リアカーじゃねぇマイホームじゃ!」

「あ、すんません」

「オイ、あんぱんと牛乳だけじゃ飽き足らず、とんでもないモノまで供物として持ってきたぞコイツ、いらんぞこんな生け贄……」

 

あんぱんを黙々と食べていたかと思いきや急に叫び声を上げる謎の人物、山崎が彼に素直に謝っているのを眺めながら諏訪子もさすがに頬を引きつらせて動揺する。

 

「ここまで来ると怒る気も失せるなさすがに……まあいいや、こんなもの普通の宴会じゃ体験出来ないしな。よし、この宴会についてはとりあえず合格判定出しておこう、ギリギリだけどな」

「フ、言われなくてもわかってましたよ俺は」

「だからなんでお前そんなに自信満々なんだよ、根拠もクソも無いこの状況でよくもまあそんな清々しいドヤ顔を私に向けられるな」

 

リアカーの取っ手を両手で持ったままわかりきった顔を向けて来る山崎に、諏訪子は軽くイラっと来て「やっぱ山を吹っ飛ばそうかな?」とか思っていると、彼はおもむろに顔を上げて尋ねて来た。

 

「そういえば、宴会が成功という事は俺、諏訪子様に願い事一つ叶えてもらえるんですよね?」

「ああ、口約束でそんな事した覚えがあるな、まあ一応聞いてあげるよ、どんな願い事?」

「ええ、実はとても俺にとって大切なお願いがあるんですが」

 

こんな事になっておいて更に願い事まで叶えてもらおうとするのか……と諏訪子が内心呆れていると、彼はいきなり神妙な面持ちで人差し指を立てて彼女に一言

 

 

 

 

 

 

「人里で有り金はたいて買った牛乳の代金……そちらで立て替えてくれませんか?」

 

能力も宴会の内容もとことん地味尽くしな彼ではあるが、願い事もとことん地味だなと思わずフッと笑った諏訪子は

 

 

 

 

 

そのまま彼を遠く彼方に吹っ飛ばすのであった。

 

 

 

 




今回の話は登場キャラが多いから文字数多いですねぇ……

おかげで書く時間が延びて予定の投稿日に間に合うかギリギリでした……

次回はまた”彼女達”の話です。さて今度は誰が出て来るんでしょうね




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#32 私と蓮子、そしてみんな

これにて3章は終わりです、次章から新展開となります。


宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン、通称メリーは大学教授の夫である八意松陽と出会った

 

そしてそれから数か月後、彼女達は今もなお彼が開いてる学びの場、松下村塾へと顔を出していた。

 

今度は見物人としてではなく、彼から教えを学ぶ生徒として

 

「りぼるばぁ!!」

「一本!」

 

子供達が剣術を学ぶ道場にて、一人だけ背の高いかつ女の生徒が、自分よりずっと小さな男の子に腹に竹刀を食らって思いきり吹っ飛ばされた。

 

真ん中で審判役として立っていた生徒の一人、桂小太郎がビシッと手を上げた。

 

「そこまで、勝者・高杉」

「やれやれ、根気強く通ってるのは評価するけど、全然ダメだなこの後輩は」

 

竹刀を肩に掛けながらため息交じりに、高杉晋助は新たに出来た後輩に対して歩み寄る。

 

「おいまたノビてんのか? 水ぶっかけるぞ」

「誰が……誰がこんなガキンちょに竹刀突かれただけでノビるっていうのよ!」

「いやつい最近前もずっとぶっ倒れてたじゃねぇか、あの姉ちゃんがずっとお前の介抱してやってたんだぞ」

 

壁に背を掛けて、高杉達と同じく道着姿に着替えている蓮子がゆっくりと起き上がった。

 

どうやら悪態を突くぐらいはまだ体力が残っているらしい。腹を押さえながらヨロヨロと高杉の方へ歩み寄ると、蓮子は思いきり悔しそうな表情浮かべて睨み付ける。

 

「ったくどうしてこの私がこんな生意気なガキンちょにコテンパンにされるのよ……あり得ないでしょ、いくら私よりも長く剣術やってるからって……私の方が年上なのに」

「剣に年は関係ねーよ、お前才能ねぇんじゃねぇの? 何回やっても隙だらけだし」

「おいクソガキ! 誰が隙だらけだって! 言っとくけど私の身持ちは堅いわよ! ダイヤモンド級よ! 結婚するまで貞操は守り抜くって決めてるから!」

「いやそっちの隙じゃねぇよ、一生守ってろそんなの」

 

両手を腰に当ててどうだと言わんばかりに自信満々に叫ぶ蓮子に、高杉がジト目でツッコミを入れていると、彼の同期である桂が蓮子の方へと歩み寄る。

 

「蓮子殿、そなたはまだ剣を扱うというより剣に遊ばれてると言った方が正しい。己の中にある芯をズレない様に心がけて真っ直ぐに姿勢を保つのだ、そうすれば自ずと敵の動きを読む事が出来、己の剣を扱う事も次第にできる筈だ」

「は? 己の中にある芯ってなに? 一体どこにあんのよ」

「股下から頭の頭頂部までに一本の線を引いた場所だ、つまり人として最も傷つけられて死に至る急所が芯であり要なんだ」

「いや私股下に急所なんてないから、アンタ等と違ってチンコ付いてないし」

「おなごがチンコとか言うなはしたない! 大体それが無くてもおなごにとっては大事な場所だろそこは!」

「大事な場所? え、何それ? 名前なんて言うの? お姉さんに教えてくれない?」

「俺に何を言わせようとしてるのだ貴様はぁ!」

 

けだるそうに乱れた髪を整えながら自然に下品な事を口走る蓮子に桂もまたツッコミを入れていると……

 

「相変わらず子供相手にムキになって何してるのあなた……」

「あ、メリー!」

 

道場の出入り口から両手に重箱を持ってやってきたのは蓮子の親友であり同じ大学に通うメリーだった。

 

彼女は蓮子と違い剣術は学んでいないものの、学問の方は松陽の下できっちり教えを受けているのだ。

 

ここに来たのはもうお昼過ぎだからという事で、休憩時間であろう蓮子達の下へ足を運びに来たのであろう

 

 

「別にムキになってるんじゃないわよ! コイツ等があまりにも生意気だからちょっとヤキ入れてただけだって!」

「はいはい、で?」

 

抗議する蓮子の話を全く聞く耳持たずに、メリーは高杉と桂の方へ視線を下ろす。

 

「この子、剣の方はしっかりやってるの?」

「全然ダメだな、だってコイツ才能ねぇし」

「剣を取る前におなごとしての振る舞いを一から勉強するべきだと思う」

「やっぱり……」

 

キッパリと宇佐見蓮子という人物に相応しい評価を付ける子供達二人

メリーがジト目を蓮子の方へ向けると彼女はムッとした様子で

 

「何よその哀れみの視線は! 大丈夫よメリー! 来週の日曜にはこんなガキ共コテンパンにしてやるから!」

「その台詞はここに通い始めてからずっと聞かされてるんだけど私」

「こ、今度は本気よ来週までには必ず強くな……ゴホッゴホッ!」

「……蓮子?」

 

頭に血が上ったかのように必死に叫ぶが、言葉の途中で突然咳き込み始める蓮子。

 

そんな彼女にメリーはふと心配そうに彼女に歩み寄る。

 

「大丈夫? あなたここ最近ずっと咳が止まらない時とかあるわよね、ちゃんと病院行ってるの?」

「行ったわよ、アンタがあまりにもしつこく行って来いって言うから……原因は詳しくわからないから今度別の病院紹介するってさ」

「わからないって……」

「たまに咳と軽いめまいがする程度よ? んな深刻に考える程じゃないって」

「……」

 

1ヵ月程前から蓮子の体で起こっている異変、彼女は度々激しく咳き込んだり、めまいがすると言って小時間休憩する事があるのだ。

 

本人は大したことじゃない、どうせ月日が経てば治るだろうと楽観的な考えだが、メリーはどうも胸騒ぎがして気が気でいられないのだ。

 

医者でも分からない程の症状だ、何か厄介な事態になってなければいいのだが……

 

「そういえばメリー、さっきからアンタが持ってるその重箱は一体何よ?」

「え? ああコレの事? コレはさっき貰ったのよ、道場破りの方達から」

「道場破り~?」

 

ずっとメリーが持っていた重量感ありそうな重箱を指差しながら蓮子が尋ねると、どうやらそれをメリーに渡したのは道場破りという輩かららしい。

 

それを聞いて蓮子は大方予想付いた様子で眉間にしわを寄せる、するとその予想通りに

 

「おーい松下村塾のガキンチョ共、元気してたか!? 今日は久しぶりにお前等の所に道場破りとしてやってきたぜ!」

「やっぱりまたアンタ等か……」

 

メリーが入って来た出入り口からドカドカとやかましい足音を立てながら屈強そうな若者が竹刀を肩に担いでやって来た。

それに続いて仏頂面の長い髪を結った瞳孔開きっぱなしの男、そして一人だけ高杉達とさほど変わらないであろう少年が澄まし顔で入って来る。

 

彼等は松下村塾の近くで開いている小さな剣術道場の塾頭と門下生だ。

 

塾頭は威勢良く最初に入って来た男、近藤勲

続いて入って来た無愛想な男は土方十四郎

最後に現れた少年は沖田総悟

 

たった三人しかいない小さな道場なので、こうして道場破りと言ってはいるが、実際は他の道場と力比べをしてみたいという目的、そして何より交流を深めたいというのが理由らしい。

 

「ゴリラが先陣きって人間様のいる場所に入って来るんじゃないわよ、バナナ上げるからいますぐ立ち去りなさい」

「誰がゴリラだ! 俺はちゃんとした人間です! ヒューマンです!」

「なんで英語で言い直したのよ」

 

蓮子にゴリラと指摘されてムキになって否定する近藤にツッコミを入れていると、彼の傍らにいた沖田が高杉達の方へ歩み寄る。

 

「おいガキ共、俺が稽古付けてやるから竹刀取れよ。負けた方は鼻フックしたまま町一周な」

「んだその罰ゲーム! つうかお前俺等とそんな年変わらねぇだろうが! お前だってガキだろ!」

「待て、鼻フックは顔に痕が付く、負けた方は勝った方の為におにぎりを握り続けるとはどうだろうか?」

「なんだよおにぎり握り続けるって、勝った方に食わせる為か?」

「誰が食わせるか、握るだけだ」

「いやそれどんな意味があんだよ! 勝者全くメリットねぇだろ! ただ握り続けるの見てろってか!?」

 

少年でありながらSな気質を垣間見せる沖田と、たまに何考えてるのかよくわからない桂に、高杉がツッコミ役として両者に叫ぶ。

 

そうしてる間に、今度は土方の方がズイッと前に出て長い髪を揺らしながら蓮子の方へ近づくと

 

瞳孔開いた目で彼女を睨み付けた。

 

「おい、あの女は何処だ? さっさと吐け」

「あの女って誰の事よ、メリーならそこにいるけど」

「そいつじゃねぇよあの白髪頭の女の方だ」

「え、アイツに用があんの? なに? 告る気?」

「しねぇよ誰があんな無愛想で可愛げのない女にそんな真似するか。再戦を申し込みに来たんだよ」

 

普通の人なら睨まれただけで逃げ出してしまうであろうと思われるぐらい鋭い視線を向けて来る土方に対し、蓮子は逆に睨み返したばかりか更にヘラヘラと口元に笑みを浮かべる。

 

「再戦? ああそういやアンタ前に来た時にアイツに負けたんだったわね? なぁにバラガキさん悔しかったの? 女相手にボッコボコにされた事が悔しくて枕を涙で濡らしてたの?」

「濡らしてねぇよ! 相変わらずクソムカつく野郎だな! テメェみたいな弱っちいクセに威勢だけが良い野郎を相手にしてるヒマねぇんだよ! いいからアイツを出せ! 殺すぞ!」

「ああ!? やってみなさいよコノヤロー! 言っとくけど前回とはもう別人と錯覚する程私の剣の腕は上達してるから! 卍解覚えたから卍解!!」

 

土方に弱いと言われてすぐキレてメンチの切り合いを始める蓮子。ギャーギャーと喚き出す二人にメリーはやれやれと首を横に振りながら、ズイッと前に出て仲裁に入った。

 

「止めなさい二人共、とりあえず言っておくけど蓮子、あなた卍解なんて覚えてないでしょ? 今やってもどうせこの人に負かされる定めだから少しは自重しなさい」

「嘘ついてないわよメリー! 寝てる時になんかグラサン掛けたアゴ髭のおっさんが枕元に現れたのよ! 私が女の子だと気付いた瞬間急にしどろもどろになってどっか帰って行ったけど! ありゃきっと斬魄刀が具現化した姿よ!!」

「あなた斬魄刀なんて持ってないでしょ……それと土方さん、悪いけど今は彼女ここにいないから」

「どういう事だ?」

 

本当に見えたのかどうかは知らないが、抗議する蓮子の話をメリーは華麗に受け流しつつ、土方の方へ向き直る。

 

「彼女、近所の子供とたまに遊んであげてるのよ、なんでも小学校低学年ぐらいの小さな姉妹で、いつも空き地で二人だけで遊んでるから暇つぶしがてらに付き合ってあげてるんだって」

「なんだその似合わない真似は……アイツそんなキャラだったか?」

 

性格はおろか最近髪までも捻くれて来ている彼女が、そんな子供の遊びに付き合ってあげるなどという慈愛に満ちた行動をするとは想像すら出来ない土方。

 

するとメリーは肩をすくめながら話を続ける。

 

「まあ一緒に遊んであげてるというより、その姉妹で遊んでると言った方が正しいわね、特に姉の方は反応が面白いからよくイジッてたし、妹はもっぱら彼女と一緒に姉を弄んでゲラゲラ笑いながら楽しんでたわ」

「やっぱそういうキャラだったよ! 何その歪み切った遊び方!? 姉ちゃん大丈夫!? 妹の方もアイツに悪影響受けてるよね絶対!」

「まあもし今から再戦を望みたいなら、今頃チビッ子姉妹で遊んでいる彼女の所へ行く事ね、多分近所の空き地よ」

「……止めておく、行ったらなんかトラウマに残りそうな光景がそこにあるかもしれねぇから」

 

メリーの話を聞き終えると土方は素直に彼女に再戦を申し込むのを諦める。

 

あの女が道場で蓮子や高杉をいつもみたいに徹底的に負かしてる時に挑もうと、土方が決心していると蓮子はというと「フン、このチキンが」と彼に毒突きながらメリーの方へ振り向く。

 

「そうそうメリー、アンタが持ってる重箱ってコイツ等からの差し入れなのよね? 中身大丈夫なの? コイツ等の事だから毒でも入ってそうなんだけど」

「心配ないわよ、ただのおにぎりみたいだし、食べる?」

「おにぎりかぁ……まあ嫌いじゃないし食べるわ、うん」

 

ぎこちない動きで蓮子が頷くとメリーは床に重箱を置いて、一番上の蓋を取って中にぎっしりと詰まれたおにぎりを見せる。

 

確かに見た目は極々普通のおにぎりだ、「ふーん」と呟きながら蓮子はその中の一つを取ると、土方も続いておにぎりを一個取り出す。

 

「……なんでアンタもおにぎり取るのよ、これアンタ等からの差し入れなんでしょ」

「うるせぇな、細けぇ事言ってるとモテねぇぞ」

「モテない? 言っとくけど私は異性にはモテなくても同性のメリーは私に超ゾッコンだから、参ったかコラ」

「いや参ったかと言われても、悲しい奴だなお前という哀れしか感じないんだけど?」

 

二人でおにぎりを手に取りながらそんな言い合いをしていると、二人の間を小さな体で潜って高杉が重箱に近づいて同じくおにぎりを取る。

 

「この道場で一番先輩なのはこの俺だ、俺を差し置いて何勝手に差し入れを食べようとしてるんだアホ女」

「すみませんねクソチビ先輩、いやてっきりこの量だと先輩はさすがに食べきれないと思いましてね、だってこのおにぎり、先輩とほぼ同じ大きさじゃないっすか?」

「俺がいつこんな手の平に収まるミニマムサイズになったんだよ! ったく!」

 

先輩に対してナメた口を叩く後輩に苛立ちを募らせながらも、今は丁度昼過ぎというのもあって腹が減っていたのだ。

キレるよりも今は食欲の方を優先して、高杉は蓮子と土方と同じタイミングで差し入れのおにぎりをパクリと一口食べる。

 

すると次の瞬間……

 

 

 

 

 

 

「「「ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

「蓮子!?」

「トシ!?」

「高杉!?」

 

突如三人が一斉に口から天井に向かって火を吹き始めたではないか。

 

いきなりの出来事にメリー、近藤、桂が面食らって驚いていると。先程までずっと無表情だった沖田が静かにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ウチの姉上がわざわざ作ってくれたおにぎりだ、ちゃんと味わって食え。姉上特製の激辛タバスコを注入してあるから命の保証は出来ねぇけどな」

 

無垢なる少年と思いきや何処か腹黒い素質を兼ね備えている沖田

 

そして土方だけでなく蓮子と高杉も、そのあまりの辛さに白目を剥きながらバタリと倒れてしまった。

 

「しっかりしろトシ! なんか体がビクンビクン大きく跳ねてるぞ! 一体おにぎりに何が入ってたの!?」

「死ぬな高杉! ってなんだこの大量の汗は! 一体何を食べればこんなに発汗症状が出るというのだ!」

 

何がどうなったのやら、いきなり火を吹くわ変な症状を引き起こすわで近藤と桂は慌てて倒れた二人の下へ駆け寄る。

 

そしてメリーもまた白目を剥いて口からボコボコ泡吹き出している蓮子の下へとすぐに近づきしゃがみ込む。

 

「ちょっと蓮子起きて! 気をしっかりしなさい!」

「ハハハ……なんですかこの舟? え? これで川を渡れば良いんですか? わかりました巨乳のお姉さん……」

「蓮子!」

「は! 巨乳のお姉さんが一瞬でまな板メリーに! ぶッ!」

「誰がまな板よ!」

 

何か変な夢でも見てるのか、はたまた本当に死に掛けていたのか、幻覚を見ていたと思われる蓮子が目を開けたかと思いきやいきなり失礼な事を言って来たので、メリーは力任せに彼女の頬を思いっきり引っ張叩くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「騒々しいわね、一体何をしているの? 久しぶりの休日なのに新薬の発明も出来やしない」

「あなたは!」

 

すると道場の出入り口から一人の女性が何食わぬ表情でゆっくりと入って来た。

 

自分の一撃で再びノビてしまった蓮子を抱き抱えながら、メリーは顔を上げてそちらに振り向く。

 

そこにいたのは大学にいる時と同じくスーツの上に白衣を着て、履いているのはサンダルというおかしな恰好をした綺麗な白髪の女性だった。口にはタバコが咥えられている。

 

メリーは彼女の事をよく知っている、科学分野に特化したその頭脳で、様々な実験を生徒を使って何度も行っているマッドサイエンティスト……

 

そしてこの松下村塾の先生である吉田松陽の妻でもある……

 

 

 

 

 

「……八意教授」

「とりあえず意識を失って倒れている子達を地下室に運びなさい、貴重な実験体として私が預かってあげるから」

「そこは助けてあげて下さい教授!」

 

 

 

 

 

 

八意永琳、娘同様どこか掴めない性格をした変わり者

 

私、マエリベリー・ハーンが唯一頭が上がらない二人の内の一人でもある。もう一人は彼の夫だ

 

そしてこれから先の未来で、私は彼女に頭を地面にこすり付ける程懺悔しなきゃいけない相手でもあるのだ。

 

彼女の大事なモノを二つも失わせただけでなく

 

更にもう一つ、厚かましくも彼女から横取りして奪ったのだ。

 

だから今もなお、私は彼女に会わせる顔が無い……

 

 

 

 

 




次章予告

銀時の古き知り合い、坂本辰馬登場、更に彼の奥さんも

最期の四天王も遂に顔出し、アイツ今誰と何してるの?

そして銀時と何やら縁のある彼女が満を期して見参、正妻戦争回避不可?

銀さん病院に行く、そこにいたのは兎とニートとマッドサイエンティスト

今まで以上に銀さんの過去を知る者達が続々登場します、お楽しみに



幼少時代の銀さんを育てた人、その正体は……




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#33 時本坂金

特に何の異変も起きずに平和な幻想郷、しかし

 

「クソッタレェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

博麗神社にて、賽銭箱を覗きながら女の子にあるまじき怒鳴り声を上げる博麗霊夢がそこにいた。

 

「ファッキン! シット! サノバビッチ!!」

「おいおい神に仕えし巫女がなにとんでもねぇ下品な事口走ってんだよ」

「オーマイゴッド!」

「うんまあ、それはお前が使っても別にいいか」

 

賽銭箱に向かってガンガン頭をぶつけながらハイテンションで横文字の罵倒を浴びせる霊夢の背後に

 

いつも通り八雲銀時がけだるそうに歩み寄って来た。

 

「どうしたんだよそんなキレて、賽銭箱が空なのはいつもの事だろ」

「ああ!? 逆よ逆! さっきまでこの賽銭箱にはごっそり札束やら小銭やらが一杯あったのよ!」

「この博麗神社の賽銭箱に札束ごっそり? 間違いなく異変じゃねぇか、隕石でも振って来るんじゃね?」

「私だって最初は目を疑ったわよ、賽銭箱から溢れんばかりの大金を見て思わず魂が体から抜けかけたんだから……」

 

賽銭箱に大金が入ってたと聞いて首を傾げる銀時。賽銭はおろか人が来る事さえ滅多にない博麗神社に、一体誰が霊夢がショック死しかける程の大金を持ってきたというのだ?

 

しかもそれで霊夢がキレる意味が分からない、すると彼女は賽銭箱の隙間に手を突っ込むと、ヒョイッとある物を銀時に差し出す。

 

「喜びも束の間、気が付いたら全部コレよ」

「葉っぱ?」

「そう! あんだけあったお金が全部葉っぱに成り代わってるのよ! 希望から絶望に急転直下よ!」

「……ははーん」

 

なんの変哲もない葉っぱを受け取ると、銀時はクルクルと回しながらそれが本物の葉っぱだと確かめる。

 

怒り狂う彼女に対し、銀時は理解した様に頷き

 

「こりゃ化かされたな」

「化かされたってどういう事? やっぱ妖術や幻術の類を見せられたって事?」

「そんな所だ、まんまと騙されやがって、それでも妖怪退治のプロか?」

「あのね! 妖怪退治のプロでもド貧乏な私の目の前に今まで見た事の無い大金が現れたらそりゃ我を失うに決まってるでしょ!」 

「お前言ってて悲しくならないの?」

 

日頃から金や豪華な物に対してとことん縁の無い霊夢にとっては一番酷い嫌がらせである。

 

そんな彼女に銀時がまた何か飯でも奢ってやろうかな?とかちょっと不憫に感じていると

 

突如彼女は天に向かって高々と叫ぶ。

 

「こんな屈辱的で性質の悪いイタズラをするなんてただじゃ置かないわ! 出て来なさい!」

 

自分に対してこんな仕打ちをした奴を許せない様子で霊夢が激昂を露にしていると

 

ふと博麗神社の屋根の上からおかしな笑い声が聞こえて来た……

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハ! すまんすまん! ちょいとからかってやろうと思うたらまさかこげにキレるとは思わんかったわ!」

「ああ! アンタか私を騙した奴は!」

「ん? アイツ……」

 

屋根の上で笑っていたのはモジャモジャ頭のヘンテコな男であった。

 

グラサンを掛けているので余計に見た目が怪しい彼がイタズラの犯人だと確定して霊夢が怒っていると、銀時は彼の事を知った様子で顔を上げた。

 

「何やってんだお前、いい年こいてウチの娘で遊んでんじゃねぇよ」

「おお! なんじゃ金時! おまんもいたんか! 久しぶりじゃのぉ! アハハハハハ!」

「いや金時じゃなくて銀時だから」

「アンタ、あの変なオッサンと知り合いなの?」

「知り合いっつうか元同僚」

 

こちらに気付くと何がおかしいのやら、名前を間違えてる上にまた笑い声をあげる男に銀時がイラっとしながらツッコんでいると、霊夢があの男について彼に尋ねる。

 

「何者なのよ、この辺じゃ見ない顔ね」

「そりゃあそうだろ、奴が住んでる場所死後の世界だからな」

「死後の世界ってもしかして……」

「幻想郷の地獄だ、地底にある旧地獄じゃなくて今のな」

 

地獄

 

この幻想郷で死んだ者が必ず行きつき、そこにある是非曲直庁に務める裁判官によって裁きを受け、その者に相応しい所へと送る場所である。

 

死んだ者が善人なれば極楽へ、罪を犯した者なら地獄、そして地獄行きが決定するとその罪の内容に合わせた刑を執行する所へ連行されるのである。

 

当然拒否権はない、裁判官の判定は絶対でありそれを覆す事など誰であろうと出来ないのだから

 

元々は地底の底にあったのだが、今の裁判官が考慮して別の場所へとお引越ししたのだが、地底の底にはまだ地獄であった名残が残っているのは結構有名な話である。

 

「地獄? 何コイツ、もしかしてそっから逃げて来た亡者とか?」

「いんやコイツは亡者じゃねぇ、亡者に刑を執行する側だ」

「へ? てことはまさかコイツがあの有名な閻魔様?」

「こんな奴が閻魔様なら今頃地獄は北斗の拳みたいになってるよ、コイツは……」

「なんじゃなんじゃ! まさかわしの事について話ちょるのかおまん等!」

 

霊夢に銀時は胡散臭い男の説明をしてあげていると、話の途中で割り込んで、男は屋根から飛び降りてスタッと地面に着地する。

 

「なら本人であるわしが自ら聞かせてやるぜよ! 何を隠そうわしは生まれは土佐で! そして土佐だけでなくその名を日の本中に広く轟かせたあの有名な……!」

「ノコノコと降りて来たなに自己紹介始めようとしてんだコラァ!」

「うごぅ!!」

 

勝手に名乗りを上げようとすると男が目の前に現れた途端、霊夢は容赦もなく全力の右フックを彼の頬にお見舞いする。

 

「よくも乙女を弄びやがったわね! 博麗の巫女の名の下に退治してやるわ!」

「いてて……金時、おまん一体どういう教育したんじゃこの娘っ子に……」

「基本、虫ばっか食わせてたよ」

「そげなトカゲみたいに育てとったんかおまん……」

 

鼻血をポタポタと流しながら銀時に助けを求めるように男は顔を上げると、袖で鼻血を吹き終えると改めて自己紹介する。

 

「わしは坂本辰馬! かつては四国で最も恐れられた大妖怪として生き! その後は源頼光に拾われて四天王とし魑魅魍魎の退治に明け暮れ! 最終的には地獄で刑罰の執行役を務めさせてもろうとるモンじゃ! 好きなモンは無限に広がる大宇宙と船! 苦手なモンは狐と兎!!」

「……アンタ妖怪の一種なの? なら退治しても問題ないわね」

「ちょちょちょ! わかったわかった! 今度地獄産地の美味い飯でも持ってくるから!」

 

まだ怒ってるのかと男、坂本辰馬が慌てながら一つ提案してみると、霊夢はまだ恨みがましい目つきをしているがゆっくりと引き下がってくれた。

 

「また騙そうとしたら今度は絶対に退治するわよ……ていうかアンタどこの妖怪よ、見たまんまじゃ全然わからないんだけど」

「狸だよ、『化け狸』」

 

目を細める霊夢に坂本に代わって銀時が仏頂面で答える。

 

「昔の名はなんつったか忘れたけど、確か妖怪狸を従える親玉で四国地方最大の神通力を持つおっかねぇ大妖怪でありながら、かつては人間達の信仰の対象にされたりと、妖怪には珍しいかなりの人たらしとして有名だったんだ」

「へぇ、アンタ守矢神社の神様の事は知らなかったクセにコイツの事はよく知ってるのね」

「そらお前ちょっとの間だけど俺はコイツと同じ釜の飯食ってたからな。本人から色々と聞いてんだからわかるに決まってんだろ」

 

短絡的に坂本の過去を説明し終える銀時に霊夢が感心したように頷いていると、その坂本はヘラヘラと笑ったまま口を開く。

 

「いや~そげな事もあったのぉ、まあ結局人間に騙されて更には部下と一緒に洞窟に封印されとったんじゃがの。人を化かす側である筈のわしが人に化かされるとはこれまたおかしい話じゃ、アハハハハ!」

「アンタよく笑っていられるわね……」

「昔の話じゃしもう気にしちょらん、過去は過去ぜよ」

 

結構辛い過去をサラリと言ってのける坂本に霊夢は頬を引きつらせ呟くが、坂本自身はもう過去の事だと恨み言さえ無いみたいだ。

 

「そんでその後に頼光の奴が封印されているわしを解放してくれた上に坂本辰馬っちゅう名もくれての、そん時にコイツやヅラ、高杉の奴とも会うたんじゃから、むしろ封印されて良かったって思う所もあるきに」

「頼光、ああまた源頼光か……『不老不死の怪物』と『日本最大級の悪霊』の上に『化け狸の大妖怪』まで自分の傘下にいれるって一体何者なのよ……」

「確かに! ありゃあかなり変わりモンじゃったわい! のう金時!」

「銀時な、まあただの人間にしちゃ随分と強かったしな、つか強すぎだったよね? アレ完全に普通じゃ無かったよね?」

「そういやおまんと高杉が喧嘩した時も頼光の奴、簡単に止めておったの」

「ありゃあ間違いなく俺達以上の化け物だよ、あの時代の人間にしては相当長生きしたし、死んだ時は滅茶苦茶驚いたからね俺、「え? アイツ普通に死ぬの!?」って」

 

坂本とつい昔の話を思い出して語り合いながら、ふと銀時はちょいと彼に尋ねてみる。

 

「そういや高杉の奴って今何してんだ? 俺もう随分と長い間会ってないんだけど」

「高杉? そういやわしもかれこれ何百年も会っとらんの、アイツが地獄にはほぼ毎日の様に通い詰めてた頃があったんじゃが、ある日を境にパッタリと来んようになってしまうたきに」

「地獄に通い詰めるってどういうこったよ」

「そらまあ、アイツがやってる仕事が仕事じゃしの」

 

彼が一体どんな仕事に就いているのかと聞こうとしたのだが、銀時が口を開く前に坂本は話を続ける。

 

「直接わしと会う事はそれ程なかったが、ウチの所の死神コンビはよう会うてた筈じゃきに、今度顔ば見せてあのモン達に聞いてみればよか」

「あの性格正反対のデコボココンビか、なら今度三途の川にでもお邪魔するわ、紫と一緒に」

「三途の川デートか、アハハハハ! おまん等は相も変わらず仲が良くて何よりぜよ! こっちもあやかりたいモンじゃ」

「いや別に仲悪くはねぇだろお前等、死神コンビに負けず劣らずデコボココンビだけど」

「どうだかのぉ、わしの話全然ば聞いてくれん時もあるし融通が利かんのが悩みの種じゃきん」

 

アゴに手を当てながら何度かあった事のある異質なコンビでありながらもう何百年も一緒の仕事を務めている二人を思い出して、機会があれば会いに行こうと決めると、「あ、そうだ」っと銀時は話題を変えて別の話を坂本に切り出す。

 

「そういやお前、地獄からヅラの野郎を逃がしちまっただろ。今アイツこっちに来てるからさっさと連れ戻せよ」

「あーやっぱこっち来とったんかヅラの奴……かつては仲間として慣れ親しんだ経緯があるから穏便に減刑ばしてもろうと思うとったのに……ほんに困った奴じゃ」

 

悪霊・桂小太郎が蘇っている事については坂本も思う事があるらしく、どこか歯切れの悪い口調で呟きながら後頭部を掻き毟った。

 

「祟り神にでもならん内にはようしょっぴかんと大変な事になるしの、なんとか早急に地獄に連れ戻さんといかんぜよ。ったくこういう時に高杉がいれば役に立つっちゅうのに」

「もう半ば祟り神みたいなモンだろ? 外の世界で散々祟り引き起こしてるじゃねぇか」

「ああ、”嫁さん”もその事についてはえらくご立腹じゃて、国規模で迷惑かけた上に地獄からの脱獄、こりゃどれ程の刑が下されるのやら考えただけでも恐ろしいわい」

 

困り顔で力なく笑いながら銀時と会話する坂本の話を聞いて、おっさん同士の昔話にはてんで興味の無かった筈の霊夢がピクリと反応する。

 

「嫁さん? アンタそんなものいたの? 狸の嫁さんって事は雌狸?」

「いんや神様じゃ」

「……は?」

 

結婚していたこと自体が意外だと思っていたが、あっけらかんとした感じで嫁さんは神様ですとほざく坂本に霊夢は眉間にしわを寄せる。

 

「また私を騙そうとしてんの? いい加減本当に退治するわよ」

「いやいや本当の事ぜよ、わしと同じ職場で働く神様じゃ」

「アンタの職場って地獄でしょ、地獄で働く神様なんているわけ……あ」

 

疑いの目つきを向けていた霊夢は思い出した。

 

地獄には誰であろうと絶対に逆らえない恐ろしい神様がいる事を……

 

いやまさかそんな訳……と思いつつ霊夢は坂本ではなく銀時の方へと尋ねる。

 

「コイツの奥さんが神様ってホント?」

「あーそういやそうだったな、神様つってもまだ駆け出しのなり立てみたいなモンだけど」

「地獄で働く神様って事はやっぱり……」

 

ポリポリと髪を掻きむしりながらあっけらかんとした感じで銀時が答えると

 

霊夢は恐る恐る坂本の方へと振り返る。

 

すると彼は腰に手を当てながらニンマリと笑い

 

「閻魔大王じゃ、そんでその閻魔の旦那がわしです、アハハハハハ!」

「ウソでしょアンタが閻魔の夫!? 狸なのに!? オーマイゴッド!!」

「的確な使い方だな」

 

思わずまた英語で叫んでしまう霊夢に銀時は「おお」っと口を開けて感心した様子で頷くのであった。

 

 

幻想郷の閻魔様の旦那は

 

 

 

 

まさかの狸でした。

 

 




桂小太郎同様、坂本辰馬にもモデルがいます。

平成狸合戦ぽんぽこやぬらりひょんの孫とかで登場したり

水木しげるの漫画やら鬼灯の冷徹にも出る程広く知られている化け狸です。





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#34 小詠月銀紫時町

ここは地獄へと繋がる三途の川。

 

その入り口にて立つのは死者を導いて地獄での裁判所まで連れて行く二人の案内人であった。

 

「いや~暇だねぇ」

「なに、わっち等が暇なのはいい事でありんす」

 

死者の魂を舟に乗せて彼岸まで運ぶ役割を担う死神、小野塚小町と

 

彼女が連れてきた魂を地獄まで運ぶ役割を担う死神、月詠は

 

二人揃ってほんのひと時の休息を行っていた。

 

もっとも小町の方は年がら年中サボって休憩しまくっているのだが

 

「わっち等が暇という事は幻想郷での死人がおらんという事に繋がるんじゃ、ずっと暇なのもどうかと思うが、こうしてほんのひと時の中で一服できる時間があるというのもたまには悪くない」

「私はもっと暇な時間増やして欲しいんだけどねぇ~、人間の寿命もう100年ぐらい延びないかな~おっと」

 

キセルを咥えたまま悟った様に呟く月詠に目配せしながら、小町は船の上でゴロンと横になろうかなと考えていると

 

不意の深い霧の中から一組の男女がこちらへと近づいて来た。

 

こちらにやってきたばかりの死人かな?っと思いつつ小町が顔を上げると

 

「よう、なにサボってんだお前等? お前等が仕事しないと冥界の姫様が困るんだよ、いや困らせた方がいいかもないっその事……」

「久しぶりね、地獄名物、デコボコ死神コンビさん」

「ぬし等は……」

 

やってきたのは予想外にもあの幻想郷の管理人を行っている八雲紫とその旦那、八雲銀時であった。

 

彼等が来た事に月詠はキセルから灰を落としながら意外そうな表情を浮かべていると、小町の方は船の上で肘掛けながら目を細める。

 

「八雲の夫婦が揃って一体何しにきたんで? もしかして二人揃って仲良く死んじゃったとか?」

「そうかお前達も遂に……ならばわっち等が全身全霊を持ってぬし等を地獄へと送ろう」

「いや死んでないからね俺達、つーか俺そもそも死なねぇし」

 

夫婦で死んだと誤解されている事に銀時は仏頂面でツッコミを入れていると、フフッと笑いながら紫が小町と月詠に話を始めた。

 

「私達地獄の閻魔様に用があって来たのよ、この人の力があれば簡単に行けるけどなんか味気が無いから。こうして二人っきりでゆっくり行こうと思ってね」

「ああなんだ、ただの夫婦水入らずのあの世デートか」

「ほんに、幾年経っても仲の良い夫婦じゃ」

「伊達に倦怠期を何度も超えてないんでね」

 

紫の説明を聞いて納得した様子の小町とキセルを懐に仕舞いながら、八雲夫婦を微笑ましく思う月詠。

 

しかし仲が良くてもデートの目的地が地獄とはどうであろうか……

 

「ところで暇なんだろお前等? だったらちょっくら舟乗せて地獄まで連れてってくんない? 一度乗って見たかったんだよそれ、俺多分乗る機会ないと思うし」

「やれやれ、死者を地獄へと導く為の舟をアヒルボート気分で乗るつもりかいこの夫婦は……まあいいよ今日はあまりお客さんいないし、特別に乗っけてあげる」

「いいのか小町……ぬしがいなかったら死者の魂はここで待ちぼうけに」

「少しぐらい待ってもらうって事でいいんじゃない?」

 

軽く言いながら早速岸に着けてた舟を蹴って川に乗せる小町。

 

そんな彼女に月詠にはやれやれと頭を手で押さえながら首を横に振る。

 

「全く、ぬしは本当に適当じゃの」

「アンタはアンタで気負い過ぎなんだよ、もうちょっと手を抜かないと」

「手を抜き過ぎるのも問題だろうて」

 

きっとどちらも言っている事は正しいのであろう。この二人は長年こうして仲良く同じ死神同士でやっていけているのだがどうも性格は正反対なのだ。

 

適当な死神と生真面目な死神。そして彼女達の上司である坂本辰馬とその妻もまた、同じように性格が真逆である。

 

「それより月詠、アンタは乗らないの? 彼岸に付いたら地獄へ連れて行くのはアンタの役目だろ?」

「誰が乗らぬと言った、勝手において行こうとするな」

 

銀時と紫はもう小町が船頭する舟に隣同士で腰を下ろしている。

 

月詠もまた三途の川入口に「死神舟渡り中の為しばし待たれよ」という看板を置くと、すぐに舟へと乗った。

 

かくして銀時と紫のあの世巡りツアーの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「左に見えるが大蟹~右に見えるのが大蛇でございま~す」

「うわでっけー」

「本当ね、アレで蟹料理何人前作れるのかしら」

「前に気まぐれで調理した事あったけどね、地獄の職員全員総出で平らげる事になったよ」

「食ったのかよ!」

 

プカプカと大きな川の上を渡りながら、すっかり観光ガイドの気分で銀時と紫に川に住む巨大生物を見渡しながら小町は説明してあげる。

 

「彼等の仕事は主に地獄から逃げ出して三途の川を泳いで現世に戻ろうとする死者を捕まえる事だね」

「へー、あんなんに捕まったら一生トラウマモンだな、あ、早速亡者が蛇に食われてるぞ」

「こっちは蟹が亡者を挟みで真っ二つにしてるわ。地獄から死者が逃げ出す事ってよくある事なのかしら?」

「ありますよそりゃね、誰だって惨い目に遭いたくないでしょ? まあどう足掻こうとこっから逃げれる訳がないんですけど」

 

目の前で行われてる惨劇を慣れた感じで眺めている銀時と紫に小町が得意げに話していると、一緒に乗っていた月詠がそこで口を挟んだ。

 

「何を言うとるんじゃ、つい先日に地獄から抜け出して現世へと逃走した悪霊がいる事を忘れたのか?」

「え? ああそうだった、いやぁ実はちょっと前にかなりヤバい悪霊を取り逃がしちまいましたんですよコレが、桂小太郎って知ってます? 外の世界でも相当性質の悪い悪霊だったんですけどねコレが中々手強くてですね……」

 

桂小太郎と聞いて銀時と紫は同時に眉間にしわを寄せた後、彼女達の話を遮って銀時が口を開いた。

 

「実はそいつの事でちょっと文句言いに来た所もあるんだよね地獄の所のトップに。よりにもよってあんなモン逃がすとかどんなずさんな管理してんだってさ」

「いや~それはこちらとしても面目ないとしか言えませんね~」

 

嫌味ったらしく述べる銀時に後頭部を掻きながら「あはは」と苦笑しながらぎこちない様子で謝る小町。

 

「ただウチの閻魔様達も桂が逃げ出した事には相当責任感じてるみたいなんで、どうか穏便に済ませてくださいよ」

「は? 閻魔様”達”? 閻魔って一人じゃないの?」

「あら知らないのあなた?」

 

閻魔の事を複数形で呼ぶ事に銀時が違和感を覚えていると、川の下を覗いていた紫が彼の方へ振り向く。

 

「幻想郷の閻魔は”二人”いるのよ、24時間勤務で毎日交代制でやっているのよ」

「マジで? 俺たまに地獄へ行くときあるけど、そん時はいつも坂本の嫁さんしか見た事無いんだけど?」

「たまたまでしょ、ちなみにもう一人の閻魔は男性よ」

 

閻魔大王が二人いる事に初めて気づいた銀時、現世の地獄とは違うんだなと思いつつ銀時はポリポリと鼻の頭を掻いると、紫が小町の方へ振り返る。

 

「そういえば奥さん裁判官だけど、坂本さんの方は確か地獄で亡者へ刑を執行する担当者だったかしら?」

「そうですよ~辰馬様は地獄では亡者にとって閻魔様の次に恐れられてるお方ですから」

 

こちらに顔を上げて尋ねてきた紫に小町は舟を漕ぎながら陽気に答える。

 

「なにせなんにでも化けられますからねあの人は、その亡者が一番恐れてるモンに化けてそらもうバンバン痛みつけてるみたいですよ、ただ本人は「こげな精神的ば辛い仕事はさっさと辞めて転職したいぜよ」とか言ってましたね、まあ奥様がお許しになるとは思えませんけど」

「あの人は神の域に到達しかけた大妖怪だしね、重宝するだろうし手放したくないのかしら?」

「いやぁ~あれは単に奥様のワガママだと思うんすけどね~。少しでも目の届く場所にいて欲しいんですよきっと」

「……それはちょっとわかるかもしれないわね、同じ奥さんとして」

 

自分の上司に対してかなり個人的な推測をする小町だが、恐らくそうなのかもしれない。

彼女の話を聞いて紫は少々納得した様子で頷くと、自分の夫の方へチラリと目を向けると。

 

彼はそんな事も気付いてない様子で、後ろで座っている月詠の方へ話しかけていた。

 

「そういや辰馬の奴、前に一人で幻想郷に来てたけど大丈夫だったのか?」

「無論、奥方はお怒りじゃったわ。幻想郷に行く時はいつもは二人で出向くというのが約束であったのに、すっぽかして勝手に一人で行かれた事に相当我慢ならんかった様じゃ、恐らく今もなおその怒りは収まっておらんじゃろ」

 

キセルの煙を口から吐きながら月詠は優雅に坂本の妻の現在の状況を教えてあげた。

 

それを聞いて銀時は「うへぇ」と言葉を漏らすと早速紫の方へ顔を戻す。

 

「なあ、ウチはそういう事無いよね、紫ちゃん」

「まあそうね、だってウチはあなたが何処で何してようが瞬時に見つけられるし」

「……あれ? なんかカミさんに無理矢理GPS携帯を持たされている旦那の気分なんだけど……」

「見つけられる上にそのまま現場に直行する事も出来るしね、だから妙な事は考えないのが身の為よ、大概の事は笑って許してあげてもいいけど、もしかしたら怒る時があるかもね、銀ちゃん?」

「ハハハ……だ、大丈夫大丈夫、銀ちゃんは何時だって紫ちゃんを怒らせるような真似だけは絶対にしないから~」

「そう良かった……でも何故かしらねぇ、その台詞を本気で信じれることが出来ない私がいるのよ」

 

意味ありげな微笑みを返してくる紫に銀時は汗ばんだ顔を着物の裾で拭いながら、無理矢理話題を変えようとするかのように慌てて前にいる小町の方へ話しかける。

 

「そ、そういえば高杉の奴元気してるかな!? 辰馬が言うにはお前等は結構な頻度で会ってたみたいじゃねぇか!?」

「高杉ってもしかしてあの高杉晋助さんですか? ああそういやここ最近顔見せてないですねぇ、前はほぼ毎日こっちに来てたのに、やっぱりまだ苦戦してるみたいですね”彼女”に」

「彼女?」

 

舟を漕ぐのを一旦止めて、櫂にもたれながら返事する小町。

 

彼女と聞いて銀時が怪訝な表情を浮かべていると、今度は後ろに座る月詠が

 

「ちょいとした野暮用でな、高杉はそのおなごを数百年程追いかけ回しておるんじゃ、それっきりこっちには来ておらん」

「えぇ!? アイツ今女の追っかけなんてしてんの!? 知らなかった~アイツそんなキャラだったっけ?」

「別にそのおなごを好いておるから追いかけてる訳ではない、奴にとってはそれが大事な仕事なんじゃ」

「……そういやアイツ今なんの仕事してんの?」

「ふむ、要するにわっちや小町みたいな職務的に死神と呼ばわれてる者とは違い、高杉は本家本元と呼ぶべきかの」

「えー……もしかしてアイツって」

「ま、詳しい仕事内容は本人に聞くか……」

 

高杉の事情やどこの仕事に就いてるかについて聞いた銀時は意味ありげに目を細めていると、月詠は前方の方へ目を向けた。

 

「もしくは地獄で仕事しているアイツの仲間に聞いてみればいいじゃろ」

「は? アイツの仲間ってもしかしてあの有名な……。そいつ等が今地獄で働いてんの?」

「ああ、三人共皆地獄で大活躍じゃ、もう一人変なのが付いておったが」

「マジかよ、アイツ等の仲間がまさかの辰馬の同僚だったのかよ、世間は狭いねー……ん?」

 

銀時がしみじみと物思いにふけっていると

 

いつの間にか舟は”向こう側”へと到達していた。

 

舟が岸へ乗り上げると同時に小町は櫂をほおり捨ててこちらへと振り返る。

 

「さてと三途の川渡りツアーはこれで終わりだ。こっからは私の相棒の仕事だ、月詠、後は頼んだよ。あたいはしばらくここで昼寝してるから」

「いや寝るな、ちゃんと仕事しろ。閻魔様に言い付けるぞ」

「あ~それだけは勘弁してほしいかも……」

 

相変わらずのサボり癖に月詠は慣れた感じで小町をたしなめると、スクリと立ち上がって銀時と紫の横を通り過ぎて舟から岸へと降りる。

 

こっから先は死者のはびこる場所、彼岸だ。

 

月詠の仕事はここから死者の魂を地獄の門前まで連れて行く事なのである。

 

「ぬしらは別に死者ではないが今回は特別じゃ、地獄門まではわっちが案内してあげるでありんす」

「なんだよ、門までしか案内してくれないの? 固い事言わずに閻魔の御殿まで連れてってくれよ」

「わっち等の仕事は死者の魂を地獄へと導く事じゃ。門より先は別のモンがいるからその者に案内してもらえ」

 

舟からヒョイッと降りて来た銀時のお願いを即座に断ると、月詠は咥えていたキセルを懐に仕舞う。

 

「忠告しておくが地獄へ行っても失礼の無いようにな、ぬし等が地獄で迷惑をかけたとなったら、ぬし等をここまで連れて来たわっちや小町にも責任があるという事で、下手すればクビを飛ばされる」

「あいよ、別に喧嘩しに来た訳じゃねぇし何も問題なんざ起こさねぇよ。閻魔様ともよく顔合わせてるし結構長い付き合いだ、無礼な真似はしねぇよ」

「……残念じゃったの今日の閻魔様はぬしの知る閻魔様ではない」

「……え? てことはもう一人の男の……」

「ああ」

 

紫の手を取って舟から降ろしながら、銀時がきょとんとしていると月詠はコクリと縦に頷いて見せる。

 

 

 

 

 

「かつて夜兎族として最強の大妖怪とまで呼ばれていたほどの真の強者、夜王・鳳仙様じゃ」

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに幻想郷の閻魔は二人制というのは原作通りの設定です。


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#35 仙銀輪紫日時鳳

日本神話や日本史が好きな私にとって地獄の話は大好物。

銀さんと紫で地獄巡りを書き始めたのはほぼほぼ私の趣味みたいなものです


銀時と紫は地獄へと赴く為に死神コンビこと小野塚小町と月詠に案内されながら

 

気ままにゆっくり行こうと地獄観光を楽しむ事に。

 

舟が岸に着き小町と別れた後は、月詠に先導されて徒歩で彼岸を歩いて回ると

 

しばらくして地獄へと続く有名な地獄門が彼女達の前に現れたのであった。

 

「毎回ここ来る度に思うんだけどデカすぎじゃね、門」

「地獄は亡者だけでなく図体のデカいモンも出入りするんでな。これでもまだ小さいとよく言われる」

 

巨人でも容易に入れそう門を見上げながら銀時が呟いている間に

 

月詠はその門に付いてた出っ張りにそっと手を置いたと思ったら、開けるだけでも数十人がかりの力が必要そうな門がゆっくりと開いてしまった。

 

「最近じゃ河童の技術を応用して押しボタン式の自動門に造り替えてみた。これで力のないモノでも軽々と開けることが出来て随分と便利になったでありんす」

「それ地獄の門としてはどうなの!? 亡者も簡単に逃げれちまうじゃねぇか!」

 

外の世界にあるという自動ドアのイメージを採用したのか、亡者を絶対逃がさない様に閉じ込める為の頑丈な地獄門が、いとも容易く開かれる自動門へと変わり果ててしまった事に銀時が異議を唱えるが、月詠は淡々とした口調で

 

「便利さを取るか厳重さを取るかで議論が行われたんじゃが、7:3で便利さを優先させた結果じゃ」

「いやいやいや……7:3ってどんだけ便利さを求めてんだよ地獄の住人は」

「昔から窮屈な生き方してるからねあの人達って、わからないでもないわ」

「その内地獄内全域に届く巨大クーラーでも造るもんなら、いよいよ地獄として終わりだわ」

 

最新科学を把握してなおかつその技術を採用する地獄とは如何なものかと珍しく正論を言い放ちながら

 

銀時は不安そうな表情で紫と共へ門の中へと入っていった。

 

「わっちが案内できるのはここまでじゃ、閻魔の御殿までは自分達で向かうか誰かに尋ねてみるといい」

「ありがとう、仕事中なのに案内役させて申し訳なかったわね」

「世話になったな、相棒の方にもよろしく言っておいてくれや」

「ああ、どうせ今頃は舟の上で鼻ちょうちん膨らまして寝ている頃かもしれんがの、それじゃ」

 

紫と銀時に礼を言われた後、月詠は手を上げて踵を返すと来た道を戻って行った。

 

また仕事に戻るのであろう、地獄での裁判の為にやってくる亡者達を案内するという大切な仕事が彼女達にはあるのだから

 

月詠の背中が見えなくなる前に地獄の門は銀時達の前で再び自動で動き始めると、ゴゴゴゴゴと音を鳴らしてゆっくりと閉ざされた。

 

「さてと、そんじゃあ鳳仙とかいう閻魔大王のツラでも拝みに行ってくるか」

「粗相の無い様にね、幻想郷の閻魔は現代のあの世で裁判を行う十王の下の位だけど、それでも神様だというのは変わりないんだから」

「神様ねぇ、あの連中にはあまりいい思い出が無いんだよな俺」

 

閻魔もまた神々の一柱だというのを紫に指摘されて思い出し、後頭部に両手を回しながら銀時がけだるそうに大きな欠伸をしていると……

 

「あら? あんた達亡者じゃないね、もしかして迷い込んで来ちまったのかい? 月詠の奴は何やってるんだか」

「あん?」

 

欠伸をしている途中で不意に何者かに話しかけられ、銀時はゆっくりとそちらの方へ振り返る。

 

地獄には場違いであろう煌びやかで豪華な羽織を着た一人の女性がそこに立っていたのだ。

 

「迷い込んだわけじゃねぇよ、ちょっくら閻魔に会う為と観光目的でやって来たただの夫婦だ」

「観光目的? 夫婦水入らずで観光しに来る所が地獄とは随分と変わったお二人さんだね」

「そういうアンタは誰だ? 見た所亡者ではないだろうし地獄で働いてるモンか?」

「ああそうだよ、私は閻魔・鳳仙様の方の補佐役を務めさせている者でね」

 

見れば見る程美人なイメージがくっきりと表れる女性を前にしても、全く物怖じせずに銀時が尋ねると

 

女性は胸に手を置きながらゆっくりと自己紹介する。

 

「名は日輪っていうんだ、アンタ達観光しに来たんなら閻魔の御殿に来なよ、私も丁度行く所だからさ」

「おいおいまさか閻魔の補佐役とここで会うとはな」

「運が良いわね私達、せっかくだし連れて行ってもらいましょうか」

 

綺麗な女性の誘いを断る訳にもいかないと、銀時と紫は日輪と名乗る女性に連れられて閻魔の御殿へと赴く事になった。

 

銀時の知る閻魔とは違う別の閻魔、一体どのような人物なのかと考えながら

 

二人は日輪に案内されながら数分程で閻魔の御殿へと着いてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時達が辿り着く数分前、閻魔の御殿では物々しい雰囲気が立ち込められていた。

 

それもその筈現在御殿の中心部にて正にその閻魔大王が高台の座敷に座り

 

一人の亡者を圧倒的な威圧感で睨みを利かせながら

 

今正に判決を言い渡す所なのだ。

 

座敷に座るのは長い白髪を垂らした老人、なのだがその着物の上からでも分かる程の筋骨隆々の肉体と凄みのある目力は、とても老人とは思えない程恐ろしい姿をしていた。

 

これが第二の閻魔大王・鳳仙

かつて夜兎族として頂点に君臨し人々や他の妖怪だけでなく、神々にまで畏怖された恐ろしい大妖怪だ。

 

そんな彼がどうして神である閻魔大王になったのかは極一部の者にしか知られていない。

 

「……」

 

彼はパタパタと扇子を煽ぎながら無言で睨み付けているのは、亡者である中年の小太りの男性。

 

恐る恐る閻魔の顔を見つめながら、判決を今か今かと肩を震わせながら待っていると

 

パチンと扇子を閉じるとしばしの間をおいて、閻魔大王・鳳仙がゆっくりと口を開く。

 

 

「蔵場当馬……貴様は生前、妖怪達に媚びを売る為に同族たる人間を騙し、贄として奴等に食わせていた。そしてその報酬として人間では近寄れない地域にある多種様々な原料を手に入れて、それを人々に売りさばき私腹を肥やしていた」

「……」

「そして富と地位を得た貴様は妖怪達との取引を行い続け、その度にもまた多くの人間共を奴等に提供していた、時には女子供をも」

「……」

「最終的に貴様は罪悪感に苛まれた部下の一人が取り出した刃によって刺され死亡、少しも不憫に思えぬ哀れな最後だ。貴様は多くの者を騙し、なおかつその命を奪ったその悪行、まことに許し難し……」

 

裁判をする亡者の生前の経歴は全て閻魔とその補佐に伝わっている。

彼等の善行・悪行、数々の行動によって閻魔は処遇を決めて判決を言い渡すのだ。

 

震えながらも懸命に顔を上げて何か言いたげな様子の亡者へ向かって、鳳仙はカッと目を大きく見開いて

 

「判決を言い渡す! 貴様の行き先は焦熱地獄!! その醜き腐った魂ごと地獄の業火で身を焦がし! 殺した者達に対して懺悔を唱えながら焼かれ続けるがいい!!」

「!」

「安心しろ、地獄とて慈悲はある、貴様が刑期を終えればすぐに輪廻の輪に乗せて転生させてやろう……」

 

焦熱地獄

常に極熱で焼かれ焦げる状態に陥る中で。

赤く熱した鉄板の上で鉄串に刺されて、ある者は目・鼻・口・手足などに分解されてそれぞれが炎で焼かれる。

焦熱地獄の炎の熱さは、他の地獄の炎が雪のように冷たく感じられる程だという。

もし焦熱地獄の火を地上に持って来た場合、それは地上の全てが一瞬で焼き尽くされるほどの破滅的な炎だと言えば、その炎がいかに末恐ろしいのは容易に読み取れるであろう。

 

そんな恐ろしい場所に連れてかれると言われれば当然亡者も表情をこわ張らせて凍り付く。

 

しかし鳳仙はニヤリと笑うと更に話を続け

 

「安心しろ、地獄とて慈悲はある、貴様が刑期を終えればすぐに輪廻の輪に乗せて転生させてやろう……」

「ま、まことですか? それは一体どれ程の期間に……」

「大した事は無い、ざっと5京4568兆9600億年だ」

「は! はぁぁぁぁぁ!?」

 

聞いた事の無い長い年数を愉快そうに笑みを浮かべながら答える鳳仙に

 

亡者は絶句の表情を浮かべ、訳が分からないと両手で頭を押さえる。

 

人の一日と地獄の一日は時間の感覚が大きく大きく違う。集熱地獄の場合だと人間の感覚であればおよそ16000年間でやっと一日となる。

現世の刑務所とはまさに次元の違う刑期を送るハメになるのだ。

 

「い、いくらなんでもそれはあんまりなのでは!? 確かに私は罪を犯しましたが直接手を掛けてはおりませぬ! 人間を殺し食らったのは妖怪共の仕業! どうか慈悲を! 私はただ連中に脅されていただけで……ひっ!」

 

亡者は息絶え絶えに必死な形相を浮かべて罪の減刑を要求しようとするも

 

その様な命乞いを聞いても鳳仙は聞く耳持たずといった感じで立ち上がると座敷から飛び降り、神でさえ腰を抜かしたと言われる程の殺気を醸し出しながらユラリと亡者の方へ歩み寄っていく。

 

「この閻魔たるわしの判決が不服と申すのか貴様は……!」

「そ、それは……!」

「身の程をわきまえろ小童が……! 下された判決は誰が何と言おうと変わる事は……!」

 

そんな事ありません、と答える暇さえ与えずにただ怯え切った表情でこちらを見上げる亡者に向かって

 

閻魔大王・鳳仙は自らの拳を振り被ると

 

「このわしが閻魔である限り未来永劫ない!!!」

 

一気に亡者目掛けて振り下ろすと、その拳の風圧だけでみるみる亡者の顔は歪に変形し始め、最終的にその拳が亡者の顔に辿り着いた時には

 

その者の身体は原型さえ留められない程バラバラに引き裂かれてしまった。

 

 

地獄の亡者はいくら身体がバラバラになろうとすぐ様復活できる、砕け散った肉片はすぐに集まって元の一つに戻ると、痛みと恐怖でガクガク震えながら口から涎を垂らす亡者だけがその場に座り込んで現れた。

 

「連れていけ」

 

傍にいた鬼に向かって鳳仙が命令すると、軽くお辞儀をして鬼はすぐ様その亡者をズルズルと引きずりながら御殿か連れ出していった。

 

抵抗も出来ずにただ地面に背中をこすりながら顔面蒼白の表情で動けないでいる亡者は

 

判決された通り集熱地獄にてコレから先、途方もなく長い時間を送るのであろう。

 

そしてそんな亡者と同じ出入り口からすれ違いながら

 

「あれ? 今のってもしかして地獄行きの亡者?」

「そうみたいね、ショックで放心状態みたいけど」

「おや、私がいない間にもう裁判終わらせちまったんだね鳳仙様」

 

八雲夫婦と鳳仙の補佐役である日輪が無事に到着したのであった。

 

彼等がやって来ると鳳仙はまず銀時と紫の方をジッと見て、ゆっくりと視線を逸らして日輪の方へ顔を向ける。

 

「日輪、誰だこ奴等は。見た所亡者はおろか人ですらないではないか」

「観光客だよ」

「……なに?」

「現世から遥々こんな所へ夫婦で観光しにやって来た変わりモンさ」

 

常人なら目を合わせただけでも身を震わせて腰を抜かしてしまうであろう閻魔の刺すような目つきに対して、日輪はあっけらかんとした感じで正直に彼等の事を紹介し始めた。

 

「銀髪の方が銀さん、金髪の方が紫さんって言うんだとさ、なんでも幻想郷の管理人をやってる相当偉い御方みたいだ」

「フン、大方桂小太郎を逃がした件について聞きに来たのか、奴を逃がしたのはこちらの不手際だと認めてやる、これで文句はあるまい」

「何その上から目線の謝罪?」

 

凄みのある表情でやや悪びれている様子が見えない鳳仙に対し、日輪は呆れた様子でツッコミを入れていると

 

早速、銀時の方が堂々と彼の方へと歩み寄って行った。

 

「しっかしもう一人の閻魔とは随分雰囲気違うな、向こうは女性だったし。こっちの方がモノホンっぽいわ」

「……得体の知れん奴だ、死の気配がまるでない」

 

怖がりもせずにけだるそうに死んだ目を向けて来た銀時に対し、鳳仙は面白くなさそうに鼻を鳴らしていると

 

銀時の奥方である紫が柔和な笑みを浮かべて彼の隣に立って、こちらに対し一礼

 

「お初にお目にかかります、閻魔・鳳仙様。無礼も承知でやってきました、ちょっと地獄をグルリと廻りながら観光させていただけますか? それとなんか観光スポットとかありません? 例えば行けば夫婦円満になれる場所とか?」

「無礼にも程があるであろうが、そもそも地獄は観光地などではない、夫婦円満になりたければ自力で何とかしろ、共に支え合い暮らしていく事だけを求めるのが円満の秘訣であろうが」

「あ、割と適切なアドバイスどうもありがとうございます……」

 

見た目とは裏腹に結構真面目に夫婦として長持ちする為の助言をしてくれる鳳仙に、紫が珍しく一本取られて苦笑していると。

 

彼はまた日輪の方へと顔を上げた

 

「こ奴等は幻想郷の管理人だと言っていたな。ならば無下に現世に帰しては色々とめんどくさい、案内人でも呼んでこ奴等に地獄を好きに見学させてさっさと帰らせろ」

「はいよ、でも案内役は誰にするんだい? 今こっちは人手が足りないんだよ?」

「”陸奥”にでも頼め、奴は今日非番の筈だ」

「やれやれ、休みの日に仕事させるとはとんだ酷い御方だね」

「口答えするな、わしなどもう数千年も休みなど貰った事は無いわ」

「そりゃアンタが大昔に大暴れしてやんちゃし過ぎた結果だろ? 自業自得さね」

 

傲慢な態度で命令してくる鳳仙に対して、しかめっ面でため息交じりに日輪は頷いた。

 

「仕方ない、頼んでみるさ、もう一人の閻魔様の補佐役である人に観光ガイドさんみたいな真似させていいモンかねぇ」

「小言を呟いてないでさっさと仕事をしろ」

「はいはい、ホント人使いが荒いんだから」

 

亭主関白の様に指示しながら鳳仙は座敷の方へと戻って行った。

そんな彼に日輪はすっかり慣れた感じでいそいそと動いている。

 

残された銀時と紫は席に着く鳳仙をジッと見る。

 

「茶菓子でも持ってくればよかったな……」

「私達こういうの慣れてないからね、年も年だから目上の人と話す事滅多に無いし……」

 

アポなしでいけしゃあしゃあと観光しにやって来た二人に対して心底不機嫌な様子の鳳仙。

今度会う時には現世の美味しいモンでも持ってくるかと決める二人。

 

かくして、いよいよ亡者に刑罰を与える地獄へと二人は辿り着いた。

 

八雲夫婦の地獄めぐりツアーはまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#36 紫陸銀奥時

ピクシブにて当作品のイラストを描いて下さった方がおりました。

私めの作品の絵を描いて下さりまことにありがとうございます。

コレを励みにより一層精進し、全力で執筆にとりかかろうと思います!



閻魔、鳳仙に地獄への入り口で待機しておけと言われて数分後

 

銀時と紫の前に三度傘を被った一人の女性がフラリと現れる。

 

「わしが陸奥ぜよ、お前さん達が日輪の言うておった地獄ば観光に来たモンか?」

「どうも、幻想郷でトップ張らせてもらってる八雲銀時です」

「嘘おっしゃい、この人は幻想郷でフラフラしながら遊び呆けているダメ亭主です、私はこんなダメな夫に愛想尽かさずに慈悲なる心で受け止めて良き妻として立派に支えてあげている八雲紫です」

「オメェも嘘言ってんじゃねぇか! どこが良き妻だ! ロクに家事も出来ねぇクセに!」

 

日輪と同じく閻魔の補佐役を務める者、陸奥

 

鳳仙と同じく夜兎族であり、坂本辰馬とは妖怪同士で昔から何かと縁があったとか

 

その縁がキッカケで坂本の推薦により彼女が閻魔の補佐役として抜擢されたのだ。

 

彼女の前で自己紹介がてらに早速二人でボケとツッコミを行っていると

 

陸奥は全くのノーリアクションで表情一つ動かさずに話を続ける、

 

 

「遠路はるばるようこげな場所にやってくるたぁ随分変わった夫婦じゃ、物好きと呼ぶべきか阿呆と呼ぶべきか困ったモンじゃきん」

「まあ本題はおたくの所の閻魔に会いに来たんだけどよ、今日は非番らしいからとりあえず観光だけでもしておこうかなと思ってさ」

「閻魔ならついさっき会っておった筈じゃが?」

「いやもう一人の、ほら坂本の奥さんの方」

「ああ、わしが補佐しちょる閻魔様の方か、それなら安心せい、彼女ならここに来ちょる」

 

地獄の温度はやはり高く、何度も高温の熱風を食らいながら汗だくになっている銀時に対し

 

陸奥はずっと涼しい表情を浮かべたまま二人にとある方向へ指差す。

 

「今頃血の池地獄の視察でもしちょる頃じゃろ。例え非番であろうと地獄の中を歩いて亡者共に説法を説く事もようあるんじゃ」

「それっていわゆる休日出勤てやつ?」

「そりゃ会社側から要求されて仕方なく休みの日に出るっちゅうパターンじゃろ、ウチの閻魔様は自主的にやっておるきん、好きで亡者に説教かましておるんじゃ」

「やな趣味だな、自分を地獄に叩き落とした張本人に更に説教までされんの? やっぱ地獄だわここ」

「色々と自分が判決を下した亡者の様子も見ておきたいのよきっと」

 

どうやらもう一人の閻魔はここで色々と亡者に話をしている真っ最中らしい。

 

例え休みの日であろうが自主的に仕事現場に出向くとは大したものではあるが、少々生真面目すぎやしないか?と銀時は首を捻る。

 

「まあ好きでやってるんなら別にいいけどよ、とりあえずその閻魔様もいる方向まで案内してくれや、その道中で観光ガイドも頼む」

「全く、休みの日に叩き起こされたと思ったらよもやこのような事せんといかんとはとんだブラック企業じゃ、その内転職でもしてみようかの」

「ごめんなさいね、私達この辺は来た事も無いし土地勘無いのよ、うっかり阿鼻地獄にでも落ちたら怖いし」

「いやおまん等には文句はなか、文句ばあるのはいきなり命令してきおった鳳仙様の方ぜよ。同族のよしみだという事で色々とわしにめんどくさい事押し付けてくるんで迷惑しておるんじゃ」

 

ブツブツとここにはいない鳳仙に対しての文句を呟くと、陸奥は踵を返して歩き出す。

 

「よしついて来い、閻魔様の所へ案内しちょるきん。はぐれて鬼共に釜茹でにほおり投げられてもわしは知らんからの」

「へいへい、ところでなんか涼しい地獄とか無い? さっきから暑くてたまんねぇんだけど?」

「そげなモンはない、現世の地獄であれば八寒地獄があるが、生憎ここはそこまで広大に土地のある地獄ではなか」

「まあ現世の地獄は半端ない程デカいらしいしな、一度見てみたいモンだがあそこの補佐官は怖ぇからな……」

「デカいというより深いんじゃなかったかしら? それより早く彼女について行くわよ、地獄で迷子になるなんて冗談じゃ済まされないし」

「わーってるよ」

 

考え事をしている最中に紫に急かされ、銀時は渋々陸奥の後をついて行く。

 

スタスタと慣れた様子で進んで行ってしまう陸奥に対し、地獄特有のデコボコした歩きづらい土地に悪戦苦闘しながら、銀時と紫は彼女との距離を離さないように気を付けて進むのであった。

 

 

 

 

 

 

「ほれ見てみぃ、あそこで虫が鉄板で亡者焼いちょる。虫によってミディアム派かレア派かとか変わるらしいが、あの虫はミディアム派らしいの」

「でっけぇ虫だなおい、あんなの虫嫌いの亡者にはたまったモンじゃねぇな、おっと」

 

6本足の巨大なアリのような生物が器用に泣き叫ぶ亡者を鉄板の上で転がしながらその身を上手く焼き上げている。

 

そんな常人であればトラウマ確定の光景を平然と見ていた銀時がうっかりよろけてしまうと、すぐに隣にいた紫が彼の手を掴んで立たせる。

 

「気を付けて。それにしても亡者の焼けてる匂いがここまで漂って来るわね、生半可な覚悟じゃここの仕事に就く事は無理そうね」

「辰馬の野郎はよくこんな場所で働けるな」

「慣れればそうキツイもんでもないぜよ、ところでおまん、もしかして坂本のバカと知り合いか?」

「まあな、ざっと千年近く前からだ」

 

転ばない様に紫の手をしっかりと握りながら二人揃って歩いていると、陸奥が振り返り坂本の事を聞いて来た。

 

彼女もまた坂本とはかなり付き合いが長い方である、それこそ彼の妻である閻魔よりも

 

「ならわしの方が付き合い長いの、アイツと初めて会うたのはまだ奴が四国で大名の守り神的存在として祀られる前からじゃきん、土佐のちっぽけな山で他の化け狸を率いてしょうもないイタズラ三昧しちょってた時に、わしはアイツと会うたんじゃ」

「そんな古い仲なのお前等? 俺はアイツが人間に騙されて洞窟の中に封印された頃からしか知らねぇわ」

「まあ俗にいう腐れ縁というモンじゃきん、ところであっち見てみろ、鬼が亡者同士で殺し合いさせておるぞ」

「うわえげつねぇ……」」

 

話の途中でまた陸奥が指をさす。

 

見てみると金棒持った鬼が亡者に武器を手渡して無理矢理他の亡者と殺し合いをしろと強要している所であった。

 

 

「現世の漫画とか映画でよくああいうデスゲーム的なノリで殺し合いさせるってパターンあるけど、地獄が元祖だったのか」

「見た所ここって等活地獄ね、確か地獄の中では一番軽い方の地獄だったかしら?」

「コレで一番軽いのかよ……刑期何年ぐらいなんだ?」

「約1兆6653億年ぐらいじゃの、地獄の中では一番短い期間で済む所じゃ」

 

仏頂面でサラリととんでもない年数を答える陸奥に銀時は唖然としながらため息を突くと

 

「……不死で良かったわ俺」

「残念じゃが不死でもここに堕ちる事はあるぜよ」

「え、マジで!?」

「現世には不老不死となって己の寿命を延ばしたモンだけを狙って殺す事の出来る神様がおるんじゃ、正式名称は『死神』」

 

例え朽ち果てずに永遠の命を持つ者でも地獄へ落される事があると聞いて銀時が驚いていると

 

向こうから飛び散ってきた返り血をヒョイッと避けながら陸奥が話始める。

 

「亡者の魂を運ぶ小町と月詠も死神ではあるが、アレは本物ではなく役職の名称みたいなもんじゃ。本物の死神は現世を漂い、禁忌を犯して己の寿命を延ばしおった輩を成敗して、生き物の生態バランスを崩さぬ様調整する役目を持っておるんじゃ」

 

死神というのはいわば生死を司る神、その者が罰するのは不死という生命に対する冒涜とも呼べる代物をこの世から絶やし、この世とあの世の魂の循環を修正する存在だ。

 

しかしそれを聞いて不老不死の身である銀時は若干危機感を覚える。

 

「あれ? てことは俺ヤバくね? つーか幻想郷にもう三人程不死身の奴等知ってんだけど?」

「安心せい、というのもわしが言うのはおかしいが。ここ最近死神は一人の不死のモンだけを追いかけ回しちょるきん、そやつを倒さんと次の獲物を狙う気になれんと、数百年間ずっと付きっ切りで殺そうとしてると聞いちょる。おまんの出番は当分先かもしれんの」

「他の仕事ほったらかしにして一人の不死者にご執心たぁ頑固な死神だなオイ、まあおかげで命拾いしたけどこっちは」

「……そうね私も安心したわ」

 

陸奥にそう聞かされて安心したかのようにため息を突く銀時の手を紫は強く握りしめる。

 

「まだ貴方には生きていて欲しいしね、夫に先立たれて未亡人になるのはごめんだわ」

「ああ? 大丈夫だって、お前置いて逝っちまうほど俺はやわじゃねぇよ、死神なんざ来てもおっ払ちまうから」

「……」

 

彼女を安心させるかの様に銀時が得意げに笑いかけると、紫は無言で押し黙りジッと彼の顔を見つめる。

 

 

 

 

 

 

『大丈夫だって、お前置いて逝っちまうほど俺はやわじゃねぇよ』

『大丈夫……アンタを置いて逝っちまうほど私はやわじゃないわよ……』

 

 

 

 

 

 

「その台詞を”あなた”から聞いたのは二度目ね」

「そうだっけ? よく覚えてねぇや」

「ええ、覚えてなくていいのよ、”今のあなた”は」

「……」

 

紫の表情を見て銀時は何か勘付いた。

 

彼女はきっと、『今の自分ではないもう一つの自分』とやらと自分を被せていたのだろう。

その寂しげな表情を見て銀時の胸に謎の痛みがチクリと走る。この痛みは過去幾度も味わっているがどうにも慣れない。

 

こういう時の彼女の表情はいつも銀時に嫌な気持ちをさせる。

 

しかし銀時はその事について追及せず、黙って聞かなかった事にし、話題を逸らす為に陸奥の方へと振り向いた。

 

「……まあ死神が現在進行形で別の不死者に固執してるんなら安心したわ。ところであそこの地獄はもしかしてアレか? 地獄名物の『血の池地獄』って奴?」

「名物とは思っちょらんが有名と言えば有名か、案内するからついて来い」

 

不意に向こう側へと指差した銀時に頷くと、陸奥は再び歩き出し、銀時と紫もまた無言で彼女の後をついて行った。

 

少々険しい道のりを歩いて数分後、程無くして銀時達の前の非常に鉄臭く煮えた真っ赤な池が現れた、

 

血の池地獄

 

現世で「性」に関する罪・性欲に溺れた、異性をかどわかして苦しめた事を犯した者が落ちる地獄であり

 

落ちた亡者は溺れてもがき苦しみ、身体が血に染まり出すと徐々に体が重くなり、やがては底に沈み、溺れ死ぬと再び浮いた状態で復活して更なる苦しみを体験する事になる恐ろしい地獄

 

頑張って泳いで岸へ這い上がろうとする者もまた、監視している鬼が金棒で叩いて再び池に落とす。

 

溺死の苦しみは他の死に方に比べても相当きついといわれている。

亡者は死にたくても死ねない状態なのでこの地獄もまた強烈な責め苦を与える刑なのだ。

 

「俗にいう己の性欲に負けて不祥事を犯したモンが入る所じゃ、ちなみに不倫を繰り返したモンもここに容赦なくぶち込まれるのでそこの旦那も気を付けた方がいいぜよ」

「あのーすんません、いきなり失礼な事言わないでくれます? 俺これでも奥さんの事しっかり大事にしてるんで? 生まれた時代はアレだけど俺はそんな中で一夫一妻を千年貫いた生粋の旦那だよ? 今更別の女が現れようがおいそれと簡単に現を抜かすかってんだ」

「あら嬉しい事言ってくれるわね」

 

さっきまで少々元気がなかった紫が銀時の言葉を聞いてコロリと機嫌を良くしたかのように笑顔になる。

 

「ならもうあの白髪女との件は完全に無かった事にしていいのね? まだ未練タラタラ引きずってると知ったらタダじゃ済まさないから」

「いやアイツと色々あったのはお前と付き合う前の事だから不倫でもなんでも……おいその笑顔止めろ! 笑顔なのに殺気が半端なく滲み出てるんだよ! わかったから落ち着け! もう何もないから俺とアイツは! 引きずってるのは俺じゃなくてオメェだろうが!!」

 

笑顔というより内なる殺意の波動を隠す作られた仮面。銀時は彼女の両腕を掴みながらなんとかなだめに入っている中、陸奥は勝手に血の池地獄を指差しながら説明を始めた。

 

「あそこで亡者共が浮いたり沈んだりしちょるぜよ、身体が重くなり沈んだら溺れ死に、再び浮いたまま復活して再び溺れ死ぬ、コレを延々と繰り返す地獄が血の池地獄じゃ、勉強になっちょるか?」

「いや勉強になるけどこっちはこっちで血を見る事になりそうなんだけど!? 主に俺自身の血で!」

「そんであそこにアホ面しながら溺れておるのが

 

銀時がなんとか紫を制止させて大人しくさせることに成功していると、安堵のため息をこぼす彼に対し

 

陸奥は再び亡者共のたむろ場へ指差すと。

 

水面からモジャモジャ頭のグラサンを掛けた男が必死の形相で飛び出したではないか。

 

「わしが担当しちょる閻魔の旦那、坂本辰馬でございます」

「ぐっぱぁ! 陸奥ぅ助けてくれぇ! このままだとわしも亡者と共に溺れ死ぬぅブクブクブク!!」

「えぇぇぇぇぇ!? 何してんのアイツ!? なんで地獄の刑執行者が自ら血の池にハマってんの!?」

 

まさかのここで坂本辰馬と再会するとは思ってもいなかった銀時。

 

彼が血の池地獄で亡者達同様に責められている事に疑問を問いかけると、陸奥は旧知の仲の者が助けを呼んで来てるのも無視して

 

「心配せんでもよか、ちょいと前にあのバカはウチの閻魔をほったらかしにして幻想郷に出向いたとして罰を食らっているだけじゃ、血の池地獄よそいつをはよ重くして沈めちゃってー、特に股間を重心的に」

「なに!? アイツの股間に何か恨みでもあるのアンタ!?」

「陸奥ぅ! お前ぶっ殺すぞぉブクブクブクブク……!」

 

陸奥の望みが届いたのか坂本は再び血の池の底へと深く沈んでいく。

 

ちょっとほったからしにされただけであのような仕打ちを与えるとは……坂本の妻である閻魔はそれ程彼の行いを許せなかったのであろうか……

 

夫に対してこの仕打ち、いやはや怖すぎて頬を引きつらせて呆然とするしかない。

 

「俺のカミさんがお前で良かったよ紫……」

「ちなみにあなたがあの白髪女とふしだらな関係に戻った時、血の池地獄どころか阿鼻地獄に叩き落とすから」

「え!?」

 

辿り着くまでにまず2000年落ち続け、地獄の中でも最下層、つまり最も罪の重い者のみが落とされるという阿鼻地獄へ突き落すと、サラリと笑いながら言う紫に対し銀時の表情は強張った。

 

この世で最も恐ろしく怒らせてはいけないモノ

 

それは遠い存在である未知なる神でも仏でもなく、身近にいるかつよく知っている存在なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




坂本辰馬のちょっとしたミニ設定

彼は狐は苦手だが兎はもっと苦手

昔、古い本で狸が兎に惨たらしく殺される本を読んでからトラウマになりました。

今でもどこぞの兎の耳を付けた少女を見かけただけでも

背後からカチカチと幻聴が聞こえて全速力で逃げ出すとか……


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#37 坂映姫本銀紫時

前回の話で、思った以上に現世の地獄の補佐官殿が知られていて驚きました。

本題には関わらないでしょうが、一度だけ特別ゲストとして出すのも悪くないかもしれませんね。

でも東方とあの作品を絡ませると、白澤や篁さんが二人になっちゃうんだよな……



地獄の案内役として抜擢された閻魔の補佐役、陸奥によって様々な地獄を見物していた八雲銀時と八雲夫婦。

 

そして二人が血の池地獄に寄ってみると、古い付き合いであり、地獄で働いている坂本辰馬が

 

血の池で溺れながら必死に助けを求めていた。

 

「おーい! はよ助けてくれー!」

「助けないの?」

「え、なんで俺が助けなきゃいけないのあんな奴?」

 

亡者と共に必死に手を伸ばして助けを求めている様子の坂本を指差して、紫が後ろにいる銀時の方へ尋ねるが

 

彼はキョトンとした様子で首を傾げ当然の如く拒否する。

 

「ほっとけほっとけ、テメーの身から出た錆だ。ほら次行くぞ、地獄はまだまだあるんだから」

「そんじゃ黒縄地獄にでも出向くとするかの」

「まあそれなら別にいいけど」

 

案内役の陸奥が指差しながら別の地獄へ赴こうとするので、銀時と紫も助けを求める坂本を無視してその場を後にしようとした。

 

しかし紫がふと最後に坂本の方へと振り返った時

 

「あ、ちょっとあなたアレ見て」

「え、なに? 辰馬死んだ?」

 

一筋の、本当に細い一筋の長い糸の様な光がキラリと輝きながら坂本の上へと落ちていくのが見えたのだ。

 

紫がすぐに銀時の裾を掴んで振り向かせると、彼はその光り輝く糸を見てギョッと目を剥き出す。

 

「おいちょっとアレ!? アレってもしかしてあの有名な!?」

「小説の世界だけかと思ったらまさか本当にあったなんて神秘的ねー」

「……」

 

落ちて来た一本の糸目掛けて泣きながら「天の助けじゃあ! 流石は仏様じゃあ!」と感謝しながら飛びつくと

 

その糸をしっかりと掴んでスルスルと上へと昇って血の池から無事に脱出する坂本

 

そしてそんな光景を見て銀時と紫が驚いている中、陸奥は一人だけ無表情で視線を上げて糸がどこから落ちて来たのか察していた。

 

「残念じゃがアレは仏様が哀れに思った亡者を救おうと落とした「蜘蛛の糸」じゃなか、アレは……」

 

血まみれになった状態で這い出て来た坂本は「わしの糸じゃ! おまん等は昇って来るなぁ!」と原作通り叫びながら他の亡者共を蹴落としつつ必死に糸を手繰り寄せて昇って行く。

 

するとその先に待っていたのは

 

「ふむ……やはりまだ反省の色が見えませんね、辰馬」

「へ?」

 

がむしゃらに糸を昇っていった結果。血の池地獄から7メートル程の真上にある場所で一人の女性が釣竿を持ったまま仏頂面で坂本を出迎えてくれた。

 

坂本は気付く、この糸は仏が落とした慈悲ではなく、”彼女”による罠であったと

 

その証拠に今自分の生命線であるこの糸は、彼女の持つ釣竿の先から出ているのだから

 

そんな光景を見て陸奥は静かに目を瞑る。

 

「仏様の『慈悲の糸』じゃなく、閻魔様の『制裁の糸』じゃ」

「ん? あそこにいんのって俺が知ってる方の……」

 

陸奥だけでなく銀時も気付いた様子で目を凝らすと、坂本を釣り上げた女性を知っている様子。

 

そう、彼女こそが鳳仙と同じく閻魔として君臨する御方にして

 

「おうい! ドメスティックバイオレンスも程々にせんとわしマジで死ぬぞぉ! そろそろ助け……」

「私に対して言い訳は通用しません辰馬、長年夫婦として生きているのにまだわからぬのですか?」

 

坂本辰馬の妻でもあるのだから。

彼女は懐からハサミを取り出して、坂本を吊るす釣り糸を躊躇なくチョキンと切って

 

「ごっぱぁ! ぶくぶくぶく……!」

 

落として再び血の池地獄に強制送還させる。

 

「……」

 

底に沈んでいく彼を彼女は冷たい目で見下すだけ

 

 

四季映姫

 

それが坂本辰馬の妻の名

何事にも一度決めた事は迷いなく選択し、自らの行いと選択に一切私情を挟まず相手の罪を見定める性格で

 

その白黒はっきりさせるこだわりは正に閻魔になるのに申し分ない器であった。

 

ただ一つ、そんな彼女でも私情を含ませる行為に移る時は

 

「それが妻たる私を疎かにして一人で遊びに行った罰です」

 

決まって身内に対して制裁を与える時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「幻想郷の管理人が尋ねに来るなんて聞いてませんよ?」

「ごめんなさいね、思い付きで来たモンだからアポ取るの忘れちゃってたのよ」

「面会に来るのであれば事前に報告するのは地獄はおろか現世でも常識です、それも幻想郷の統括役でもあるあなたが怠るとは嘆かわしい……あなたの幻想郷の管理がずさんだという確かな証拠ですよコレは」

「はいはいわかりました、だから謝ってるでしょ全く」

 

坂本を血の池に落としてからすぐに閻魔・映姫は、陸奥が案内している八雲夫婦の下へと歩み寄って来た。

 

顔を合わせるなりいきなりブツブツと小言を呟いて来る彼女に対し、紫はウンザリした様子で聞き流す。

 

「私この人苦手なのよね、相手が閻魔だから迂闊な真似も出来ないし。あなたちょっと代わってくれない?」

「ったく、お前って結構苦手な奴多いよな。竹林で病院やってる医者とも会うの拒むし」

「……彼女とは色々と顔合わせ辛いのよ、色々とね……」

 

隣りにいる銀時の裾を掴み、バトンタッチしながら紫は眉をひそめて何か呟くが

 

銀時には聞こえなかった様子で、彼は映姫の方へと顔を向けていた。

 

「どうも閻魔様、せっかくの休日だってのに地獄で亡者共に説教巡りたぁ大したもんだな。ここに来るまでもずっと小言呟きながら回っていたのか?」

「いえ、あなた方と違いちゃんと事前に来ると予定を出していた方と地獄の視察がてら案内をしていました」

「ふーん、ちなみにどなた?」

「現世の地獄の補佐官、と白い犬です、今しがた帰られましたよ」

「……鉢合わせしなくて良かった」

 

現世の地獄の補佐官と言えば、閻魔の次に偉い役職、つまり地獄のナンバー2である。

幻想郷の地獄が上手く動いているのかわざわざ調べに来たのであろうが、「そんな事は部下にやらせとけよ……」と悪態を突きつつ、銀時はその補佐官と遭遇しなかった事に一安心した。

 

「現世の補佐官殿がもう帰ったっつう事はおたくもしばらく予定空いてるんだろ、ならちょっと聞きたい事あんだけど?」

「構いません、どの様な困り事であろうと解決を導くのもまた元地蔵である私の務めです」

 

映姫は元々お地蔵様であり、現世では長年多くの人々の悩みや告白、懺悔などを聞き続けていた。

 

尋ねたい事があるのであれば当然聞いてあげるというスタンスである彼女に、銀時は一つ聞いてみる。

 

 

「常々気になってたんだけど、なんであのバカと結婚したの?」

「……てっきり桂小太郎を取り逃がした件について聞いてくると思ってたんですが、なるほどそう来ましたか……」

 

予想が外れたと映姫は若干バツの悪そうな表情を浮かべ、口に手を当て考える仕草をしていると

 

背後からザバァ!と音を立てて、何者かが血の池地獄から這い出て来た。

 

「お、おまん等ぁぁぁぁぁ!! なにずっと無視しとるんじゃあ! 国一個潰しかけた化け狸の本領発揮させたるぞ!!」

「おや自力で出てきましたか、流石は四国一の大妖怪と称される程の神通力を持つ狸ですね」

 

血の池から生還してきたのは坂本であった、全身から血をポタポタと滴り落としながら現れた彼に、映姫は辛辣な言葉を浴びせながら冷たい目で睨み付ける。

 

「ではもう一度池の中に潜って下さい」

「この期に及んでまだわしを血の池に沈めるつもり!? もういいじゃろ映姫! 一人ぼっちにさせてしもうた事は散々謝り尽くした筈じゃぞわしは!」

「駄目です、まだあなたに裏切られた私の心は癒えていません、この心の傷が完治するまで血の池でクロールでもしながら反省する事こそ夫の務めです」

「おまんのその心の傷が治る前にわしの身体の方はズタボロになる一方なんですけど!」

 

流石に理不尽すぎる要求に坂本は体にこびり付いた血を払い落しながら抗議していると、ふと映姫の前に見知った顔である銀時達がいる事にやっと気付いた。

 

「っておまん等、よう見たら金時と紫ちゃんじゃなか。なんじゃおまん等来とったんか、溺れてて気づかんかったわ」

「その前に人の名前を覚え間違えてる事に気付けボケ」

「久しぶりね坂本さん、今もなお奥さんとの仲は良好みたいで安心したわ」

「アハハハハ、紫ちゃんしばらく会わん内に目ぇ悪うなった?」

 

ジト目でツッコミを入れてくる銀時と朗らかに笑みを浮かべる紫に苦笑しつつ、坂本は今度は傍にいた陸奥の方へ振り返る。

 

「てか陸奥ぅ! おまんなんでわしが必死に助けを呼んでおったのに来てくれんかったんじゃ! 長年の友を見捨てるとは! そこまで薄情だとは思わんかったぜよ!」

「アホか、わしは閻魔・映姫様の部下、その閻魔様がおまんに下した罰に邪魔する様な真似出来るか」

「あー職場に一人も味方がおらんというのはほんに辛いのぉ……やっぱ転職したい……」

 

感情の無い目ではっきりと反論する陸奥に対し、坂本はガックリと腰を下りながらつい仕事を辞めたいとポツリと呟くと

 

またもや映姫がジロリと見下ろしながら少々怒った様子で

 

「転職はさせませんよ辰馬、あなたの力は地獄でこそ真価を発揮するというモノ、そもそも私の目の届かぬ場所に行かせるような真似は断じて許しません、夫婦というのはいかなる時でも互いの傍にいるのが当たり前なのです」

「そりゃおまんの中での持論じゃろ、全く心配症というかワガママというか……紫ちゃんどう思う?」

「夫婦の価値観は人それぞれでしょ? ウチはウチ、あなた達はあなた達で解決して頂戴」

「あーなんか昔に比べて随分とドライになってない?」

「大人になるってそういう事よ」

「しばらく見ん内に悪女になったのぉ紫ちゃん……」

 

キッパリと自分なりの理想の夫婦像を語る映姫に坂本はため息をこぼしつつ紫に助けを求めるも、彼女は関わりたくなさそうに手を振って受け流した。

 

坂本はともかく映姫と口論になるのは極力避けたいのが本音であろう。

 

「それより閻魔様、彼がいきなり横やり入れて来たから話が流れそうになったけど、実際の所あなたどうして彼と結婚したの?」

「えぇ……まさかあなたも聞きたいのですか幻想郷の管理人……? 個人的にはあなたこそどうしてこの様な変わり者と結婚したのか甚だ疑問なのですが……まあ別にいいでしょう」

 

銀時の次は紫からも尋ねられ、映姫は少々嫌そうな顔を浮かべながらも、ここでしっかりと答えねば後々面倒な事になりそうだと思った彼女は話をしてあげる事にした。

 

「陸奥、ここからは私が彼等を案内します。あなたはもう宿舎に戻って結構です」

「わしは別にこのままこの連中をば案内しても構わんのですが? 閻魔様こそお休みになられた方がいいんでは?」

「お気遣いありがとう、ですが賽の河原にて子供達を見に行こうと思っていたので」

「ああ、確か道信とかいう男が管理しちょる……」

「子供達だけでなく彼がキチンと仕事をしているのかもこの目で見てみたいのです、彼もまた子供ですし」

 

どうやらまだ地獄内を巡るつもりらしい映姫、少々働き過ぎでは?と陸奥もやや心配そうに目を細めるが、どうせ言っても聞かないだろうと思い、彼女のお言葉に甘えて踵を返した。

 

「なら後はお頼みします、それではお二人さん、閻魔様の案内もあれど、くれぐれも気を付けるんじゃぞ」

「ああ」

「ここまで連れてきてくれてありがとう」

「それとそこのアホたれ、また閻魔様の機嫌を損ねるような真似したらば、今度は黒縄地獄にほおり投げられるかもしれんから気ぃ付けちょれ」

「ハハハ、なんじゃ陸奥、やっぱりわしの事心配してくれとったんか?」

「……付き合い切れん」

 

映姫に後の案内を頼み、銀時と紫に別れを言うと、最後に坂本に忠告をして陸奥はスタスタと帰って行った。

 

「あなた方が聞きたい話は賽の河原に向かう道中でしてあげます、ついて来なさい」

「あ、そうだ。ついでにヅラをどうするかについても聞きてぇんだけど?」

「……そっちがついで扱いなんですか、まあいいでしょう」

 

思い出したように地獄から逃げ出した桂小太郎をどうするかについて尋ねて来た銀時に、映姫は「順序逆では?」と思いつつも、その事についても話してあげると約束しつつ、歩みを進めた。

 

紫、銀時、そしてドサクサに坂本も彼女の後をついて行く。

 

「賽の河原、親より先に死んだ子供達が辿り着く場所だったかしら?」

「延々と石積みをさせられて、どれだけ頑張って積んでも鬼が崩しに来るからまた一から積み直すとかそんな事させる場所だろ? ひっでぇよな」

「そう責めんでやってくれ、鬼達も心ん中では申し訳ない気持ちで一杯なんじゃ、仕事だから仕方ないぜよ」

 

三人はそんな談笑を交えつつ映姫の後を追って賽の河原へと向かうのであった。

 

 

かくして閻魔・四季映姫と合流出来た銀時と紫は、陸奥と別れた代わりに坂本を加わえて

 

映姫と坂本の結婚秘話を聞きながら地獄巡り、最後の目的地となる場所へと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




私の別作品、竿魂を呼んでる方ならわかっていると思いますが

恐らくですが来週は休載となるかもしれません。ここ最近旅行に赴いたり、更に風邪引いたりと、執筆する時間が普段より大分減ってしまった為に、締め切りの日に追われる状況になってるからです。
他二作品も同様、定期的に更新出来るよう一週間だけ時間を貰おうと思います。

次回の更新は再来週の11月26日になると思われます、申し訳ありません


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#38 坂映本姫

一週間ぶりの投稿です。それでは二人の過去回想からスタートです


今から千年以上前に遡る。

 

源頼光によって集められた人ならざる者達は

 

頼光のいる屋敷での会議を終えて、雪も積もった寒い夜道を徒歩で歩きながら家へと帰る所であった。

 

「は~こんなクソ寒い日にわざわざ俺達を呼びつけるんじゃねぇよ、頼光の野郎」

「なんだその言い方は、お前俺達が一体誰のおかげでこうして公の場を歩けると思っているのだ。人外である俺達を拾って世話してくれているのは他でもない頼光公だぞ」

「俺をお前等と一緒にすんな、テメェやそこの化け狸と違って俺は平然と人間の中に紛れ込んで普通に食っていけるんだよ、ちょっと年取らなかったり死なない点を除けば俺もごく普通の人間だ」

「除けるかそんなデカい要素! 完全に化け物だろ!」

 

雪が積もり歩きにくい場所を、しっかりと身を暖かく包んだ格好で先頭を歩くのは坂田銀時。

 

そしてその後ろを彼よりも軽装ではあるが防寒着をキチンと着飾っている桂小太郎だ。

 

 

「人間の中に紛れ込んだらひたすら浮きまくるぞ! 「え、なんであの人十年以上この村にいるのにずっと同じ見た目してるの?」って怪しまれるわ普通に!!」

「問題ねぇ「ちょっと美容に気を使ったり適度に整形してるんです、叶姉妹の如く常に美しくあり続けたいんです」とか言えば大抵の主婦は誤魔化せる」

「叶姉妹って誰!? 主婦だけ誤魔化しても意味ないだろ!」

 

銀時の適当な言い分に対し桂がすかさずツッコミを入れて叫んでいる中

 

そんな二人をよそに、後ろでしゃがみ込んでいるのは彼等の仲間である

 

「おーおー、こりゃ寒そうじゃのぉ、どれ、わしのを貸したるか」

 

四国の大妖怪こと化け狸・坂本辰馬の姿があった。今とは違いサングラスは掛けていない

 

銀時や桂よりもずっと薄着な上に、唯一防寒対策として被っていた三度傘と持っていた手拭いを、あろう事か道の途中にあったあるモノに楽し気に被せていた。

 

それに気付いて銀時はふと後ろへと振り返る。

 

「おい何してんだお前、ってなんだそれ? もしかして地蔵か?」

「おう金時、ふと見かけたんじゃが、こげな人気の少ない道で一人でポツンと頭の上に雪ば乗せちょってて可哀想と思っての。せめて笠と首に巻くモンでも付けりゃあ暖かくなるじゃろうと思うてな」

「銀時だバカヤロー、長くつるんでるんだから名前ぐらい覚えろよ腐れ狸。地蔵をいたわる前にまず俺の名前を一語一句間違えずに覚えろ」

 

坂本が傘を被せて、手拭いを首に巻いてあげているのは、こんな人も寄り付かない小さな道にひっそりとあった地蔵であった。

 

ボロボロで所々欠けている所から察するに、相当昔からここに置いてあるのだろう。

 

そんな地蔵を前にして、坂本はちょっとした気まぐれで行動を起こしてみたらしい。

 

「確かに地蔵っつうのは閻魔の化身だから丁重に扱えって、ガキの頃に俺も教えてもらった事あったけどさ。何もこんな寒い日にわざわざテメーの傘貸してやるバカがどこにいんだよ」

「いいではないか、坂本、お前もたまには味のある真似をするではないか。地蔵様もきっと喜んでくれているであろう」

 

しかめっ面の銀時に対し桂は坂本の行いを素直に褒め称えると、坂本は「アハハハハ!」と大きな声で笑い

 

「まあぶっちゃけ! 最近読んだ書物でこういう展開があったの思いだしたからついやって見たかったんじゃがの! 笠売りのじいさんが家に帰る時に七つの地蔵に売り物の笠と自分の手拭いを付けて! そんで家ば帰ってすぐに寝て朝になったら! 戸の先に地蔵様からの贈り物が仰山あったちゅう話じゃけんど!」

「その話なら俺も最近読んだな、なるほど、大方自分にも福が舞い込んで来るかと思い面白半分で実践したという訳か、お前らしい」

 

笑いながら後頭部に手を置いて白状する坂本に桂がフッと笑い返していると、銀時も彼等の話を聞いて思いだしたかのように「あ~」と言いながらポンと手を叩く。

 

「俺もその話読んだ事あるわ、アレだろ? 武闘家の爺さんがケツに尻尾生えた赤ん坊を見つけて育てて、その赤ん坊が成長して七つの玉を集める為の冒険に出る摩訶不思議なアドベンチャーだろ?」

「爺さんが出てくる所と七つという個数以外全く違うではないか! ていうかなんだそのハチャメチャが押し寄せて来そうな物語は! なんか物凄く面白そうな予感がするぞ!」

「いや~急に頭の中にフッと湧いてさ、きっと海の先にある国で実写の劇も作ってもらえそうなぐらい売れるんじゃないのコレ?」

「それは多分止めて置いた方がいいと思う! なんか原作者も「あれ?」って思うぐらいハチャメチャで摩訶不思議な劇になる様な気がする!!」

 

坂本と桂の知る物語とは全くかすりもしない話を思い出している銀時。

 

昔からこの男はよくわからない発言や行動をするので、それを嗜めるのは決まって桂の役目である。

 

すると銀時はまたもや急に動き出し、自分達が向かう方向とは別の道へと歩き出す。

 

「あ、俺今日はこっちの方へ行くんで、んじゃまた」

「ちょっと待て銀時、そっちは別方向であろう。俺達の家はこのまま真っ直ぐ向かわねば辿り着けんぞ」

「いや今晩は家戻るつもりないから俺、家に帰ってもあの女房面した妖怪がいてめんどくせぇし」

 

腕をさすりながら体を暖めつつ、銀時はそそくさと別方向へと歩き出して行ってしまう。

 

「あんな訳の分からねぇ事で喚き出す妖怪女なんざよりも、俺の話のよくわかってくれる不死女の所で寝泊まりしてた方がよっぽど落ち着くんだよ」

「不死女……ああ、例の白髪のおなごか。そういえばここ最近のお前はよくあのおなごとつるんでる機会が多いな、嫁にでもする気か?」

「なんじゃ銀時! おまん紫ちゃんがおんのに別の女に乗り換えたんか!? あんなええ女がこげに寒い中おまんの帰りをまっちょるのに! おまんは勝手に別の女の所へ行って夜な夜な遊んどるっちゅうんか!?」

「いや別に俺あの妖怪と付き合ってる訳でも夫婦になった覚えもねぇし、ただアイツが勝手に俺の家に居座ってるだけだから。という事で銀さんはそんな居候はほっといて気の知れた女の所へ行ってきまーす」

 

坂本が声高々に叫んで銀時を呼び止めようとするも、自由気ままに生きる事を生業とする彼はそんな事知ったこっちゃないと言った感じで歩みを止めずにそのまま行ってしまった。

 

吹雪の中でゆっくりと消えていく彼の後ろ姿を見送りながら、残された坂本はやれやれと呆れたように首を横に振る。

 

「女に困らんというのは羨ましいとも思うが、あんな男じゃ紫ちゃんも大変じゃのぉ」

「全く、侍でありながらおなごなどに現を抜かすとは、いずれ奴の性根を叩き直してやらねば」

「おまんはおまんで生真面目すぎるぜよ、ヅラ。どこぞに惚れちょる女とかおらんのか?」

「ヅラじゃない桂だ、俺にはそんなものは必要ない。俺はもうとっくに人としての生を捨て、霊と成り果ててしまった、相手が同じ霊となれば別だが、人間と今更恋に焦がれる事などあり得ん」

 

相も変わらず堅物な物言いをすると桂は踵を返して銀時とは別の方向へと歩き出す。

 

取り残された坂本はボリボリとクセッ毛の強い髪を掻きむしった後、最後に地蔵の前へとしゃがみ込んで両手を合わせて拝んでみる。

 

「え~地蔵様地蔵様~、何卒わしに可愛い嫁さんば連れてきてください、それと女をたぶらかす金時の奴になんらかの制裁と、ヅラの奴に何時かでいいんで出逢いの一つでもくれてやってください」

 

随分と長い願い事を言い終えると坂本は目を開けて地蔵を眺めてみる。

 

無論何も起こる筈がない、相も変わらずみずぼらしい外見をした地蔵だ。

 

当たり前か、と言った感じで坂本はフッと笑った後立ち上がり、行ってしまう桂の方へと駆け足気味で追いかける。

 

「おーい待たんかいヅラ~」

「ヅラじゃない桂だ、それにしても今日は随分と冷えるな……」

「はよう家ば戻って暖かいモンでも飲まんと凍え死ぬぜよ」

「こんな時期でも洞窟に住んで平気でいられるお前ならその心配はないだろ」

 

彼の笠と手拭いを付けた地蔵は

 

降り続ける雪の中で

 

去っていく坂本の背中をただ静かに見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は進んで早朝。

 

坂本は真っ暗闇な洞窟の中で甲高いいびきを掻きながら爆睡中だった。

 

彼の住処は銀時や桂とは違い薄暗い洞窟。

 

石造りの床に藁を敷いただけの簡易な寝床でさえ、狸として長年暮らしていた彼にとっては何も不自由はない。

 

今日もまた源頼光に呼ばれているので、すぐにでもここを発たなければいけないのだが……寝る前に飲んだ酒が効きすぎて一向に起きる気配がなかった。

 

すると

 

「全くいい加減起きたらどうですか、早くしないと遅刻しますよ」

「……んあ?」

 

耳元で聞き慣れない女性の声が聞こえた気がする、と坂本はつい反射的に目をパチリと開けるとムクリと上半身を起こした。

 

未だ覚醒していない状態でそのままボーっと座り込んでいると、彼の前へスッと何かが差し出される。

 

「なにぶん料理の仕方はまだ覚えていないので味の保証は出来ませんが……木の実をダシにして作った汁物です」

「え? ああどうもどうも……」

 

木の皿の中には細切れになった木の実が水の中で浮いているだけという、なんとも料理とは言い難い代物であったが。

 

ボケーっとしたまま坂本はそれを有難く受け取ると、何の抵抗も無くそれをグッと一気飲みしてすぐに飲み干す。

 

「どうですか? 口に合いましたか?」

「……何とも言えない苦々しさが口の中で混ざり合っとるの、まあ昔は木の実ばっか食うてた時期があったし、懐かしい味がして料理自体は悪くなか……」

「そうですか、それは良かった」

「ところで聞きたい事あるんじゃけど……」

 

虚ろな目でググッと首を動かしていくと、坂本はようやく声のする方向へと振り向いた。

 

「おまん、誰?」

「いきなり何を言うんですか、まさかこの笠と首に巻かれた手拭いを見て気付かないとでも?」

「……」

 

次第にぼんやりしてた視界がハッキリとなって、坂本の目の前にはとある女性が立っていた。

 

短い緑髪の、これまた桂よりも生真面目そうな印象を持つキリっとした表情を浮かべている

 

そして頭に被っているのは笠、首に巻いてるのは手拭い。

 

坂本はその二つのアイテムをジーッと眺めた後、急に思い出したかのようにパチリと大きく目を開ける。

 

「ありゃ? それって確か、昨晩わしが地蔵様に付けてやった笠と手拭いじゃなか? どげんしておまんが付けとるんじゃ?」

「やれやれまだ寝ぼけているのですか? コレは正真正銘あなたが私に送ってくれたモノではありませんか、私はその地蔵本人です。昨晩の礼をする為にここへと足を運んだのです」

「あーそう、それはわざわざどうも……ってはぁ!?」

 

彼女の正体を聞いてやっとこさ坂本の脳は完全に目覚めた。目を大きく見開きながら素っ頓狂な声を上げ、まじまじと彼女を見つめる。

 

「おまんがあの地蔵様がか!? な、なげにそげな姿に!?」

「路上に立つ姿はいわばば仮の姿です、こちらが本当の姿、本名は四季映姫と言います」

「ああどうも、わしは坂本辰馬っちゅう化け狸です、いや言ってる場合じゃないぜよ! まさかおまん! あの本の通りにまさか傘を被せたわしに本当に恩返しにでも来たというんか!?」

「その通りです、寒さに凍えそうな私に対して傘を被せ、手拭いを首に巻いてくれた恩を返す為に来ました」

「うおぉ、まさかほんにに来てくれるとは思わなかったぜよ、こっちは冗談半分じゃったのに……」

「という事で改めまして」

 

あの時の地蔵だと聞いて坂本は驚きつつも、後頭部を掻きながら恩返しに来てくれたという事に喜んでいいのやら申し訳ないやらの気持ちで仕方なく苦笑して見せる。

 

すると彼女は突然、地面にぺたりと正座になると、こちらに向かって仰々しく両手を地に付け深々と頭を下げて

 

「あなたの願い通りこれからはあなたの妻となり一生を共にすることを誓います。今後もよしなに」

「まさかまさかの急展開にわしビックリ!! わしがいつおまんを嫁さんにしたいと願ったの!?」

「昨晩私に拝みながら祈っていたではありませんか、自分に可愛い妻を下さいと。 可愛いかは私自身よくわかりませんが、とにかく嫁になる覚悟が出来ました」

「嫁ば行く事は一晩で出来る覚悟じゃないと思うんじゃが……いきなり押しかけて妻になるとは信じられん話じゃ、事実は書物よりも奇なりとは言ったもんじゃて」

 

早朝からいきなり自分に汁物を作ってくれたのはそういう意図があったのかと納得しつつ、坂本はこうもあっさりと妖怪である自分に嫁ごうとする地蔵様に対し呆れたようにため息を突くと

 

「まあとにかくわしから言う事はただ一つじゃきん、地蔵様、こげな真似されたらいくらわしでも驚きを隠せん、じゃからこの場で遠慮なくハッキリと言わせてくれ」

 

急に改まった様子で坂本は珍しく真顔になると、仏頂面でいる彼女をジッと見つめ、そして……

 

 

 

 

 

 

 

「こんなわしでもいいなら喜んで~!! いやー地蔵様と夫婦になれるとは夢にも思わなんだ! これからよろしゅう頼んます~!!」

「理解が早くて何よりです、ところで私の事は地蔵様ではなく映姫と呼んでください。私もこれからはあなたの事を辰馬と呼ばせて頂きますので」

「はいはい! 夫婦となれば当たり前じゃきん! 共に頑張ろうぜよ映姫ちゃん! アハハハハハ~!!」

「ちゃんは付けなくていいです」

 

いつもの様にヘラヘラ笑いながらアッサリと彼女からの求婚を承諾する坂本。

 

快く了承してくれた彼に少々満足げな様子で頷きつつ、ポーカフェイスは一切崩さない映姫は晴れて彼の妻となる事が決まった。

 

恐らく何も深く考えちゃいないのであろう、夫婦になるという重大な決断であろうと、まあなんとかなるだろうという安易に決めてしまうのが坂本辰馬という男である。

 

かくしてここに、大妖怪の化け狸と閻魔の化身である地蔵がまさかの洞窟内で夫婦の契りを交わした。

 

数刻後、源頼光の屋敷にて坂本は映姫を連れて、銀時や桂、そしてもう一人の仲間と主君の頼光公に

 

上機嫌な様子で結婚の報告をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っという事でそれから私と辰馬はあなた方に祝福されながら夫婦の契りを交わし、今に至るという訳です」

「いや展開早すぎるだろうがぁぁぁぁぁぁ!!! なにそんなアッサリとお互いに受け入れてんだよ!!」

 

そして時間は再び今に戻り

 

地獄の閻魔となった映姫はハッキリと記憶している夫との馴れ初めを銀時と紫に話し終えていた。

 

しかしあまりにも簡潔かつ、なんの捻りも無くサクッと結婚してしまった二人に、聞き終えた銀時は即座に彼女に向かってツッコミを入れた。

 

「出会って即結婚するってなんなのアンタ等!? いや確かにおたくが坂本に連れられてきた時はそりゃ驚いたけども! まさかその日に初めて会ったばかりだったなんて知らなかったよ俺達! もうちょっと二人で長い時間過ごしてから決めるべきだと思うよ本当に!!」

「願いをかなえるのは地蔵菩薩の務め、故に嫁が欲しいと願った辰馬の想いに応えて私が自ら出向いたまでの事。交際期間など不要です、彼が私を必要と求めた時点で私の決心は着いていたのです」

「じゃあ何か!? おたくは坂本以外の奴にも嫁が欲しいと言われればホイホイ嫁になっても良いと思ってた訳!?」

「無論そんな訳ありません、私が彼と夫婦になっても良いと思ったのは、純粋に地蔵である私に対して寒さを凌ぐ為の笠と手拭いを身に付けさせてくれたその優しさです。その優しさに私は心打たれました」

「どっちにしろチョロ過ぎるだろうが! 捨て犬に餌あげる不良にときめく少女漫画のヒロイン並みにチョロ過ぎるんだけどこの閻魔様!」

 

そもそも神や神の化身というのはあっさりと相手と結婚する事パターンが非常に多い。

 

映姫もまた例に漏れずに、ちょっと優しくされただけで即結婚してしまおうと安易に考えてしまうタイプだったらしく、銀時はそんな彼女にツッコミを入れつつ、今度は後ろでヘラヘラ笑いながらついて来ている坂本の方へと振り返る。

 

「おい坂本! お前もお前でなに簡単に地蔵様と結婚してんだよ! 少しは疑問持ったり抵抗感持てよ! 何すんなり受け入れてんの!?」

「いやー確かに最初は驚いたが、そろそろわしもええ人が欲しいと思うておったからの。わざわざ地蔵様が嫁にと向こうから来てくれるのでだから、それこそ甘んじて受け止めなきゃ神様からバチを食らっちまうぜよ」

「テメェもやっぱ安直にそんな考えで決めてやがったのか、結局似た者同士だったって事かよ……なんつうばかげた話だ、結婚なんて大切なモンをそう簡単に決めやがって……」

 

二人の馴れ初めと結婚話にに呆れつつ、銀時はどっと深いため息を突いた後、ふとさっきからずっと黙り込んで何も言わない紫の方へチラリと目配せ

 

「おい、お前もこのお気楽夫婦になんか言ってやれよ紫」

「……私は彼等よりもあなたに言いたい事があるんだけど」

「へ?」

 

銀時が話を振るとようやく紫が重い口を開く。

 

しかし彼女が文句を言いたい相手は坂本でも映姫でもなく……

 

「閻魔様の話で、あなたが私をほったらかしにしてあの女の所へ遊びに行ったって下りがあったんだけど……どういう事かしら? その日私はずっとあなたの帰りを待っていたんだけど、寒い中ずっと一人ぼっちで……」

「ひッ! い、いやあの時の俺はまだ青二才もいいとこで! テメーの中で本当の大切な存在が誰なのか知らなかったんだよ! でも安心してハニー! 今の俺は昔と違ってちゃんと誰が一番なのかわかってるから! 俺の隣は今も昔もお前だけしかいないんだってしっかりとわかってるつもりだから!!」

 

マズい、またもや過去の過ちで紫がえらくご機嫌斜めの様子だ。

 

昔と比べて今はだいぶ丸くなった彼女だが、未だ”彼女”の事となると昔のように嫉妬心を剥き出して攻撃的になる習性があるのだ。

 

銀時が慌てて彼女の肩に手を置きながらなだめようとするも、紫はずっと冷たい視線を彼に向けながら

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇあなた、どこの地獄に堕ちたい?」

「……すんません、なんでもしますんでそれだけは勘弁して下さい」 

 

次の目的地である賽の河原まで

 

銀時は心の底から必死に懺悔しながら謝り続けるのであった。

 

 

 

 




地獄巡り編は次回でラストになると思います、賽の河原……今時の読者は知ってるのかな……


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#39 紫時道銀信

舞浜にある夢の国に行ってきました
クリスマス仕様になったからバリエーションどう変化したのか気になったので

ジャックがカッコよすぎて辛い……あ、海賊じゃなくて骸骨の方です。

まあ海賊の方も大好きですけどやっぱりあの素敵ドクロが……グッズもっと増えないかな……



「お久しぶりです閻魔様、地獄の各所を巡っているとはご苦労様です」

「久しぶりですね、道信。賽の河原の状況はどうですか?」

「以前変わりなく、皆輪廻の輪を潜る時を待ちながら修行に励んでおります」

 

賽の河原。

 

親より先に死んだ子供だけが堕ちる地獄であり、河原でせっせと石を積み続けるという修業を送る場所。

 

石積みが完成する直前に鬼がやって来て、子供達が積み上げた石積みを壊して去っていき、再び最初から積み直す。

 

コレを延々と繰り返して行き、最終的に完成させた者はようやく輪廻の輪を潜り再び現世へと転生出来るという訳だ。

 

そしてこの賽の河原を取り仕切っているのは鬼、ではなく亡者である人物、名は道信。

 

生前は殺しを生業として人間だけでなく妖怪をも斬り捨し、鬼道丸という名で自らの手を幾度も血に染めていった。

 

しかしその一方で親に捨てられた、親を妖怪に殺された子供達を養って育て上げ、多くの命が救われた。

 

悪行を働きつつ善行を積み重ね、それを踏まえて彼の死後、地獄行きは確定だが、刑を受ける形ではなく、刑を取り仕切る側となって罪を償うという判決が下されたのだ。ちなみにこの時判決を下した閻魔は鳳仙である。

 

結果、亡者にして彼は賽の河原を取り仕切る立場となり、生前と変わりなく子供達に囲まれながら自分なりに罪を償っているという訳だ。

 

そんな彼に対し、映姫と共にやって来た八雲銀時がフラリと現れて尋ねる。

 

「アンタがここの賽の河原の責任者か?」

「ええ、そういった立場ではありますね、閻魔様、このお二方は?」

「八雲銀時と八雲紫、幻想郷の管理人です、此度は地獄の様子を伺うために夫婦で観光なさっているとか」

「左様ですか、子供達にとっては私や鬼以外の者と会う事は滅多に無いですからね。私の名は道信、観光目的であろうとここに足を運んでくれた客人は大歓迎です」

 

名乗りながら道信はペコリとご丁寧にこちらに頭を下げて来たが、銀時の妻の八雲紫も軽く会釈する。

 

「ここは亡者の人が担当しているのね、地獄ではよくある事なのかしら?」

「そうですね、幻想郷の地獄では私と映姫様のもう一人の閻魔大王、鳳仙様は勿論ですが他にも何人か……それと現世の地獄だと有名な一寸法師や、歴史上に名を残す偉人、平賀源内殿がいます」

「なんか妖怪の山に似たような名前の河童のジジィがいたような気がすんだけど?」

「あなた、そこはツッコんじゃダメな所だから。なるほどね、偉業とも呼べる功績は持っているものの、それ相応に罪を犯した人は地獄で働くというシステムなのね」

 

聞き覚えのある名前を聞いて理解した様に頷く紫の横で、銀時は一人口をへの字氏にして首を傾げる。

 

「ていうかあの鳳仙とかいう方の閻魔って亡者なのか? 俺はてっきり神様の類だと思ってたぞ」

「神様であり亡者なのよ、そもそも元の閻魔大王だって亡者よ。閻魔は常に亡者が亡者を裁くという罪で己自身を裁かなきゃいけないの、焼けた鉄板の上で煮えたぎった銅を飲むというのを一日に三度やるそうよ」

「へー、そちらの閻魔様もやってる訳?」

「私は元亡者ではなく閻魔大王の化身として生まれた存在ですのでやる必要は無いのですが、閻魔の一人として義務的にやっています」

「んなあっさりと……閻魔の仕事も大変だなオイ」

 

紫の話を聞いて銀時はふと映姫に尋ねると、彼女は真顔でケロッとした様子で答える。

 

焼けた鉄板の上でドロドロに溶けた銅を飲む……考えただけで気分が滅入る刑だ。

 

「辰馬、お前奥さんにそんな真似してるのに黙ってんのか?」

「そりゃわしだって最初は反対しちょったんじゃが、映姫の頑固さはおまんも知っちょるじゃろ? ウチの嫁は己で言った事は絶対に曲げん、だからもう諦めて代わりにわしも一緒に同じ刑を受ける様になったんじゃ」

「え、じゃあお前もその鉄板の上で銅を飲むって奴やってんの!?」

「嫁さん一人にやらせる訳にはいかないぜよ、朝昼晩に分けて食事後にするのが日課じゃ、最近じゃこれが無いと物足りぬようになってしもうたわい、アハハハハ!」

「なんかもうスムージー飲む感覚で飲んじゃってる訳!?」

 

坂本もまたあっけらかんとした様子で答えるので、この妻にしてこの夫ありと、銀時は戦慄を覚えながら若干引いていると

 

彼の背後からタタタッと何者かが書けてくる足音が聞こえて来た。

 

「先生! オイラいい加減飽きちゃったよ!! 早く転生させてくれよ!」

 

背後から甲高い年端も無い少年の声が飛んで来た。

 

そちらに気を取られて銀時が後ろに振り返ると、そこにはみずぼらしい身なりをした小さな少年がジト目をしながら立っていた。

 

彼がいる事に気付いた道信はすぐに顔を振り向かせる。

 

「晴太、この修行は飽きたからといって止めさせる訳にはいかないんだよ。コレを成し遂げてこそ再び現世で生きる事を許可されるんだ。根気良く行なわなければ何時まで経っても転生させてもらえくなる」

「だからって飽きるモンは飽きるんだよ! 今時の現代っ子がジェンガだけを延々と続けられる訳ないじゃんか!」

「ジェンガ!?」

 

道信に抗議する晴太という少年の話を聞いて銀時は我が耳を疑いながら、急いで道信の方へ

 

「賽の河原でやる修行って石積みだろ!? え、今ってジェンガ積みになってんの!?」

「はい、最近の子供には石積みは少々難易度が高いという事でこの様な形となりました、ちなみに現世の地獄の賽の河原でもジェンガを採用しています」

「地獄にもゆとり世代の波が来てるって事か……」

 

よく見ると確かに子供達が一生懸命積んでいるのは石ではなく木製のジェンガだ。

 

確かにアレなら積むのは簡単だし現代っ子の子供達にとっては馴染みある玩具なので取り組みやすい。

 

しかしそれは罪を償うべき地獄にしては少々甘過ぎではないか?と疑問視する銀時をほおっておいて

 

先程やって来た晴太という少年に対して、道信の代わりに閻魔である映姫がザッと前に現れる。

 

「親より先に死んだ子は親不孝者として罪に問われる、その解釈に対しては私自身も不満を持っているのは確かです。ですがそれはそれ、コレはコレ、ジェンガを積み上げる事程度で音を上げていては現世に蘇ってもやっていけませんよ? 道信に対して不服を申す前に、まず己自身を見つめて再び世に出れるよう磨き上げる事です」

「ゲ! なんで閻魔様がここにいんだよ! それによく見たら知らない奴もいるし!」

「ようやく気付いたかクソガキ」

 

長々と語り出す映姫の話よりもまず、銀時や紫の事に気付いて驚く晴太。

 

すると銀時は小指で鼻をほじりながら見下すような目で

 

「俺はな、お前みたいにすぐ死んじまったガキと違って永遠に生きれる体を持った八雲銀時っつうんだよ。地獄に来たのは俺と違ってあっさりと死んだお前等を見下しながら笑う為に来たんだ、ほーれ羨ましいだろ、こちとら不死身だバカヤロー、地獄で罪を償う? 何それ美味しいの?」

「うおぉぉぉぉぉぉ!! すっげー腹立つぅぅぅぅぅぅ!! 初対面でここまでムカつく奴は現世でも地獄でも見た事無いぞオイラ!!」

 

ピンと鼻からほじり出した鼻くそを飛ばしてくる銀時に対し激しい苛立ちを覚える晴太、するとすぐに踵を返して自分が今まで組み上げていたジェンガの方へと走り出す。

 

「今に見てろよ!! 急いでジェンガ組み上げて転生して! 現世に戻ってお前なんか見返すぐらい凄い人間になってるんだからな!」

「言っておくが転生先はランダムだぞ? また人間として復活できるかどうかはわからねぇからな」

「なんになろうとお前位軽く超えてみせらぁ!」

 

そう捨て台詞を吐くと晴太は再び子供達の場所へと戻って行った。

 

そんな彼を道信は見送りながら銀時の方へは振り向かずに一言

 

「発破かけてくれた様でありがとうございます、これであの子も真面目に修行に取り組むでしょう」

「はん、俺はただガキのクセに大人に向かって偉そうな口叩いたからムカついてただけだよ」

 

素直に礼を言われた事に対してぶっきらぼうに銀時が答えると、隣にいた紫がクスリと笑う。

 

「あなたも優しい所あるのね、ちょっとばかり見直したわ」

「マジで? じゃあ”アイツ”との件はチャラにしてくれる?」

「それはそれ、コレはコレです」

「この野郎、閻魔様と同じ使い方しやがって……」

 

笑みを浮かべながら先程映姫が言っていた言葉を引用して使って来た紫に、銀時が不満げに目を吊り上げていると

 

そんな二人のやり取りを見て道信は真顔でゆっくりと口を開いた。

 

「お二方は夫婦でしたよね、失礼ですが子供はおられるのですか?」

「子供? いや俺達にはいねぇよ、娘みたいなガキは一人いるけど」

「私は妖怪でこの人は不死者だから、種類上難しいのかもしれないわね」

「そうですか、ですがもし子を持つ事になったらコレだけは忘れないでいて下さい」

 

当分子を持つ予定はない銀時と紫に対して、道信は真っ直ぐな視線を二人に向ける。

 

「子供は親の背中を見て育つモノです、あなた達が正しき事をやろうが間違った事をやろうが、子供はそれを見て日々成長し続けます。我が子に対して恥じぬ生き方をし、そして同時に愛情を持って育て上げて下さい」

「あーおたくの言いたい事は大体わかったよ、ここに来るガキってのは親より先に死んだガキ共、中には親の愛情も受けずに死んじまった奴等も多いんだろ?」

「無論全員ではありませんが……そうやって心に深い傷を負った子達がいるのもおりますね」

 

子供にとって親というのは非常に大切な存在、その親から見捨てられた時、子供にとっては何よりも恐怖を感じる事であろう。

 

この賽の河原にいる子供達も例外に漏れず、口では言えないよう惨い仕打ちを受けて来た者もいるという事らしい。

 

「私は現世で身寄りのない子供達を育てていた時期がありました、その中にもそういった子供達もいましたし、この賽の河原に配属されてからは更に見る様になりました。だから私は願わくば、その子達の心の傷を取り除いてから現世に還してあげたいと思っています」

「酔狂な野郎だな……ま、それならアンタが代わりに親として勤めればいい事さ」

「それは難しいですね、何せ私はこの賽の河原の責任者であり大罪を犯した亡者です、血に汚れた手で、そして血の繋がらない私がそのような真似出来るとは思えませんよ」

「血が汚れようが繋がっていなかろうが関係ねぇよ」

 

自分では親という立場など務まる筈がないと言い切る道信に対し、銀時は首を掻きながら思い出すように呟く。

 

「俺もガキの頃はは血の繋がってねぇ奴に育てられたんだ、かなり昔の事だからよく覚えてねぇんだけどよ、そいつに色々と教えてもらったおかげでこうして無事に生きていく事が出来た、剣の扱い方を教えてくれたのもそいつだしな」

「え! 何じゃ金時! おまんにも育ての親がおったんか!?」

 

銀時の話に反応したのは道信ではなく坂本の方であった。

 

長年腐れ縁を築いておきながら、彼に親がいる事など全く知らなかったのである。

 

「意外じゃのぉ、てっきり紫ちゃんやわし等と会うまでは天涯孤独じゃと思うとったんじゃが」

「親と呼べる程のモンかどうかはわからねぇが、ま、ガキの頃から独り立ちするまではそいつの所に厄介になって養ってもらってただけだ。記憶は曖昧だが、お前ん所のカミさんぐらい堅物な奴だったのは覚えてるよ」

「映姫と同じぐらい……そげな人に育てられたというのに随分と捻くれた性格になったもんじゃて」

「相手が融通の利かねぇ頑固モンだったからこそ、反発心が増長した結果だ」

 

銀時の口から初めて親がいたというのを知って「ほへ~」と声を漏らして軽く驚いてる坂本。

 

そして紫の方はというとそっと銀時から目を逸らしながらポツリと

 

「……あの人はどんな思いでこの人を育てようと思ったのかしらね……」

 

銀時には聞こえぬ様小声で呟いた後、紫はそっと彼の方へと振り返る。

 

「それよりあなた、丁度いい機会だから賽の河原のお仕事の手伝いでもしてあげたら? 確か子供達が積み上げてるジェンガを片っ端から崩していく簡単な作業よね?」

「は? なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだよめんどくせぇ」

「無事に仕事を終わらせられたら、あの女と夜な夜な密会していた件は”少しの間”許してあげる」

「少しの間だけかよ! ちゃんと許してくれよマジで! 今回ばかりは銀さん本気で反省してるんだからさ!」

「あらそう、それならその本気を見せて頂戴」

「ったく昔の頃はちっとは可愛げあったのによ……」

 

口元に軽く笑みを浮かべながらサラリと指図してくる紫に銀時はブツブツと小言を呟きながら子供達の方へと向かっていった。

 

するとそれを見ていた映姫もまた坂本の方へ振り返り

 

「辰馬、あなたも手伝って来なさい。私を一人にして遊びに行った罰は未だ継続中ですよ? 亡者を懲らしめる立場として最高地位に君臨しているのだから、子供の相手位なんてことない筈ですよね」

「いやぶっちゃけわしは大人の亡者相手にも刑罰を施すのはあまり好きじゃないんじゃが……まあぶち殺すんでなくてジェンガ崩すぐらいならまだマシか」

 

彼女に促されて坂本もまた渋々銀時の後を追って子供達の方へと歩いて行く。

 

そして

 

「おらぁガキ共! ジェンガ積みは終わりだぁ! こっからは大人達による大人げないジェンガ崩しの時間だぜ!」

「本当はすぐにでもおまん等を転生させてやりたい所じゃがこれも修行ぜよ! わし等のいびりを超えてまた一つ成長せぇ!!」

 

子供達の方へ颯爽と現れると銀時と坂本は雄叫びを上げながら次々と彼等が頑張って積んでいたジェンガを蹴り飛ばしていく。

 

すると子供達もまたその行為にすぐ様銀時達の方へと顔を上げ

 

「止めろよ! みんな一生懸命やってるのに何でこんな事するんだよ!」

「うぇ~ん、せっかくもうちょっとで完成だったのに~!」

「酷いよ~! こんなのってあんまりだよ~!」

「ぐ! 思った以上にこの仕事、ガキの言葉が心に突き刺さって辛い! そんな目で見るな! 俺だって辛いんだ! こうしないとカミさんに許してもらえないんだよ! 夫婦関係を良好にする為に犠牲になれ!」

 

崩してまた一からやり直しになってしまった子供達からの抗議やすすり泣く音を聞きながら、流石に銀時も少々罪悪んを感じて必死になって叫んでいる。

 

そして坂本もまた彼と同様、鼻水を垂らしたあまり賢くなさそうな子供から

 

「おじちゃ~ん、どうして子供相手に平気でそう言う真似出来るんですか~? どうして転生させると言っておきながら何度も邪魔ばかりするんですか? どうして早死にしてしまった僕等子供がこんなひどい目に合ってるのに、おじちゃん達は何も助けようとしてくれないんですか?」

「ほわッ! 一見アホそうなガキのクセにえらい言いよるなこの鼻たれ坊主! 子供のまま死んでしもうたおまん等にはわからんじゃろうが! 大人には大人としてやらなきゃいけない事があるんじゃ!」

「そうやって言い訳ばかりして現実から目を背けようとするのが大人なんですか~?」

「そうだそうだ大五郎! こんなひっでぇ大人になりたくてオイラ達は修行してるんじゃねぇやい!」

「あの~晴太君? おまんとそのガキンちょが同時に喋られるとわし物凄く危機感覚えるんじゃけど? なんかこう、親子螺旋丸とか撃たれそうで……」

 

小生意気な子供達相手に苦戦してたじろいでいる様子。

 

子供相手にすっかり押され気味な彼等を前に道信はゆっくりと手に持っていたある物を被る。

 

それは鬼の顔をしたお面であった。

 

「やはり子供相手に仕打ちを与えるというのは、いかに強者であろうと難しいモノです。純粋な心を持つ彼等に責め苦を与える事に罪悪感を覚える事は、人としては正しい事ですので気にしないでいいですよ」

「アンタいつも一人でコイツ等のジェンガ崩してきたのか……?」

「ええ、それがこの賽の河原でのルールですから、子供達が立派に修行をこなす為であれば、私はいくらでも鬼となりましょう」

 

かつて鬼道丸と呼ばれ、多くのモノを虐殺してきた鬼畜外道であった経歴を持つ道信。

 

子供達が真っ直ぐ育ってくれるのであれば再びその仮面を被る事も躊躇いはない様子で、子供に囲まれて困惑している銀時と坂本をよそに、頑丈そうな金棒を手に持って、一人飛び出すと次々と子供達のジェンガを破壊していく。

 

「彼等に憎まれようと構いません、例え憎まれながらも私はこの子達全員を輪廻の輪に潜らせたい、ただその一心でこの仕事をこなしているのです」

 

鬼道丸と化した道信はそう呟きながら淡々と仕事をこなしていく

 

「それが己の犯した罪を償う為に私ができる唯一の方法なのですから」

 

そんな姿を眺めながら銀時は頭に手を置きながらやれやれと首を横に振り

 

「酔狂にも程があるぜ、だが嫌いじゃねぇよそういう奴は」

「わしもよ、ああいう不器用な奴はほっておけんきに」

「こっちも恨まれるなら慣れっこだよな、辰馬」

「おうよ、ならいっちょガキ共に社会の厳しさってモンを今の内に叩き込んでやろうかの」

 

そう呟きつつ二人は互いに顔を合わせてニヤリと笑った後。

 

まだ残っている子供達に向かって同時に駆け出す。

 

「くおらぁガキ共! 怖いのは赤鬼だけじゃねぇ! 白夜叉がお前等のジェンガを片っ端からぶっ潰してやらぁ!!」

「長年亡者を責め続けた化け狸の本当の怖さ! トラウマになる程たっぷり味あわせてやるぜよ!」

 

子供達の悲鳴や罵声を浴びながら二人の大人は笑い声を上げながら彼等のジェンガを破壊していくのであった。

 

そんな光景を少し離れた場所から見ていた映姫は静かに頷く。

 

「現世というのは様々な障害を幾度も乗り超えていかなきゃいけない場所、これしきの事で音を上げられていてはいけません、故にやるからには徹底的にやらなければいけないんです。辰馬もようやくわかったみたいですね」

 

坂本はどちらかというと他人に甘い所があるので、度々亡者に対して同情して手を緩める傾向があった。

 

その事に関して映姫は度々彼等の罪を責める事こそが我々の仕事なのだから躊躇はするなと教えて来たのだが

 

今回はキッチリ子供相手でも手を抜かずに仕事をしているので、満足げに彼女は呟くと、ふと思い出したかのように隣にいる紫の右方へ振り返る。

 

「ああ、そういえば桂の件について話すのがまだでしたね。安心してください、彼なら現世の地獄と連携して捕まえるという方向で進めていくと、本日の地獄の補佐官殿との会談の途中で決まりましたので。間もなく向こうから選りすぐりの鴉天狗警察が応援に……」

「……」

「おや、どうしたんですか?」

「ごめんなさい、少し考え事をね……」

 

しかし紫の方はというと、暴れる銀時を眺めながらどこか上の空、不思議になって映姫が尋ねると、彼女が頭に被ってる帽子を握りながら俯いた。

 

 

(己の犯した罪を償う為に私ができる唯一の方法、か……自分の過去の所業を清算出来る方法を知ってるなんて羨ましいわホントに)

 

頭の中でポツリとそう呟いた後、紫は再び銀時の方へ顔を上げる

 

 

 

 

 

 

(私は未だ、己が過去に犯した罪にどうすれば向き合えるのかわからないままなのに)

 

泣き出す子供達にムキになった様子で暴れ回る銀時を

 

紫は悲しげな目をしてそっと眺め続けるのであった。

 

 

 

 

数々の地獄を巡り続けた今回の観光で、紫は常々思った事があった。

 

地獄とは亡者に対して現世での所業を清算する為の場所。

 

もし自分もまた観光ではなく正式にここへ堕ちた時は

 

 

 

 

 

自分はどう裁かれるのであろうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて地獄巡り編は一旦終わりです。次回からは再び現世パート……

ではなく毎度おなじみの『彼女』のお話です。


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#40 蓮子と先生、そしてあの子

蓮子の話、ここから事態が変わっていきます


松下村塾にて派手な音が鳴り響く。

 

稽古中の宇佐見蓮子がまたいつもの様にぶっ飛ばされて地面に転がっていた。

 

先生として静かに微笑みながらその光景を静かに見守るのは八意松陽

 

倒れた蓮子に対して何も言わずにただジッと見つめていると、程無くして彼女は木刀を杖代わりにしてヨロリと立ち上がる。

 

彼女の親友であるメリーは今はここにはいない、松陽の妻であり大学の教授である八意永琳に残されて話があるとかで来ていないのだ。

 

「まだよ、まだ私の剣は折れてないわよ……!」

 

以前は倒れたらすぐに気絶して起き上がるのにしばらく時間がかかったのだが

 

今では倒れてもなお歯を食いしばりながらすぐに立ち上がれるようにまでなった、負けっ放しなのは相変わらずだが

 

眼前の敵を睨み付けながら蓮子はフラリと体を揺らしながら歩み寄っていく、そして一歩前に強く足を踏み込むと

 

「その仏頂面! 今日こそぶっ飛ばしてやらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

少女でありながら少々乱暴な言葉遣いで叫びつつ、蓮子が木刀を持って飛び掛かる相手は

 

 

 

 

クセッ毛の強い銀髪の、右手に短い得物を持つ蓮子とさほど年の変わらない少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、日が沈みすっかり夜になり、月が空にくっきりと現れ始めた頃。

 

よくよく見れば可愛い部類に入るであろう蓮子が顔に腫れを作りながらすっかりボロボロになった状態で

 

松下村塾の庭が見える腰掛にガックリと肩を落としながら座っていた

 

そんな彼女の隣に座っているのは、ずっと彼女の戦いを見守っていた松陽だ。

 

「先生、さっきの戦いどこが悪かったんですか……?」

「そうですね、やはりあの辺ですかね?」

「あの辺ってどの辺?」

「やっぱりその辺とこの辺でしたか」

「いや先生、もう意味わかんないんだけど」

 

意味不明なアドバイスを送る松陽にツッコミを入れながら蓮子ははぁ~とため息を吐くと、俯きながらボソリと小さく声を漏らす。

 

「先生、アンタの娘は強過ぎるわ……どうやっても勝てないんだと思えるぐらい強い、正に化け物よ」

「人の娘を化け物と呼ばれるのは父親としてショックですね、まあ彼女は仕方ないですよ、普通の人とはちょっと違うんです」

 

普通の人、それは自分も含まれているのだろうかと思うと、蓮子はムスッとした顔を浮かべて松陽の横顔へ目を向ける。

 

「大学で一緒にいた時からどこかいつも浮世離れしているのはわかってたけど、一体どんな風に育てたらあんなに強くなれるのよ」

「育て方ですか、何分彼女の事は妻や弟子に任せっぱなしだった所もありますので、父親としてやった事と言えば……精々悪い事したら拳骨してた事ぐらいしか思い出せません」

「だったら今からあの娘に拳骨して来たら先生? いたいけで可愛いあなたの弟子がこんなにボロボロになるまで痛めつけられたのよ?」

「なら妻に診てもらいなさい、丁度体の傷を癒す薬を作っていた所ですよ、副作用として体中に無数の腫れ物が出来るみたいですが」

「マッドサイエンティストの怪しい薬とか絶対にいらないわよ、てか副作用ヤバ過ぎでしょそれ……」

 

娘もそうだが父親もまたどこか掴み所の無い性格をしている。

 

きっとあの女は見た目は母親似でも性格は父親に似たんだろうなと思いながら、蓮子は目を細めてジッと彼を見つめた。

 

「ねぇ先生、あの女って昔からあんなに強かったの?」

「蓮子、誰であろうと昔から強い者だなんていやしませんよ。彼女もまた小さき頃から努力を積み、私の弟子の一人に鍛えられて強さを得たんです」

「その弟子って誰よ? 出来れば会わせて欲しいんだけど」

「おや、もしかして彼女に指導して貰いたいと思ったんですか? 残念ながら彼女はここにはいません、”少し遠く離れた場所”で、もう一人の弟子と共に一生懸命仕事に励んでいる頃でしょう」

 

そう言うと松陽は空に浮かぶ月を眺めながら一層微笑む。

 

「もしかすれば、いずれあなたも会う事があるかもしれませんね。稽古をつけてもらいたいならその時に聞いてみなさい、ですが彼女の指導は厳しいですよ、ウチの娘でも最初はかなりヘバッていたぐらいですから」

「ふーんあの女がね、そりゃ一度拝見してみたかったわ」

 

仏頂面でたまに生気のない目をしながら誰であろうと容赦のない彼女がヘバッている姿を想像して蓮子はニヤリと笑っていると

 

突然気配もなく忽然と、コトンと音を立てて自分の隣に何かが置かれていた。

 

それは紅茶の葉が入ったティーカップだった。

 

「おや、娘があなたの為に紅茶を淹れてくれていたみたいですよ。飲んであげなさい」

「え? でもどこにもいないわよアイツ?」

「友人の前で父親といるのが恥ずかしくてすぐ隠れちゃったみたいですね」

「誰が友人よ、アイツは敵よ敵」

 

周りを見渡しても自分とこちらに愉快そうに笑う松陽しかいない。

 

不思議に思いながら蓮子は彼女が淹れたと思われる紅茶の入ったティーカップを手に取り、恐る恐る口に付けてみる。

 

するとすぐに目をパチクリと開かせ

 

「あれ? 結構美味しい……てか美味過ぎじゃない?」

「ハハハ、何処で覚えたのやらわかりませんが、お茶を淹れるのが結構得意なんですよね彼女」

 

そう言って松陽も自分用に用意された湯飲み茶碗に手を伸ばして一口飲む。

 

蓮子と違って彼が飲んでいるのは紅茶ではなく普通のお茶の様だ。

 

「家事も私や妻よりも得意ですし、将来的にはその辺を生かせる仕事に就いてもらいたいものです」

「お茶淹れるのが得意で家事も万能? ならメイドにでもさせてあげたら? アイツがメイドとかマジでイメージ出来ないけど」

「ほう、良いですねそれ。彼女ならきっと可愛らしいメイドさんになってくれますし、今度彼女に言っておいてあげましょう、蓮子があなたを是非メイドにしたいと」

「誤解を招く言い方止めてくんない? てか冗談だからね? アイツがメイドとか絶対あり得ないから」

 

やれやれと首を横に振りながら蓮子は本日二度目のため息を突くと、紅茶を飲みながらふと松陽に尋ねる。

 

「ねぇ先生、私ってばあの女に負けてばっかりだけどさ、少しは強くなったのかな?」

「私が見る限りじゃ、確かに初めてここへ来た時に比べれば少しは強くなってると思いますよ」

「そうか、そこん所自分じゃよくわからないのよね……色々と自分なりに工夫して剣を振ってんだけど、やっぱり基礎をもっと踏まえた方が腕の上達も早くなるのかしら? でも基礎の鍛錬って地味だし退屈だから嫌いなのよね……」

「……一つ質問してよろしいですか?」

「え、なに?」

 

随分と汚れてしまった自分の手の平を見つめながら蓮子がブツブツと呟きつつ反省点を踏まえて今後の課題を探していると

 

そんな姿を見て松陽は一つ彼女に尋ねてみた。

 

「どうしてあなたは、そこまでして剣の道で強くなろうとしたのですか?」

「別に小難しい事情は無いわよ……まあ強いて言うなら、窮屈な世界に反抗したかったから?」

「反抗、ですか?」

「そう、月の民に地球を支配されてからこの星で生き抜くには、ひたすら良い成績とったり優秀な論文を発表したりと、とにかくひたすら周りと競争し続ける社会になっちゃったじゃない?」

 

空から月の民が侵攻してきた事によってこの星は大きく変わってしまった。

 

彼等に好き放題されすっかりこの国はかつて築き上げた歴史さえも過去に捨て去り

 

ただの傀儡と化してしまった事に蓮子はどうも気に食わないらしい

 

 

「そりゃあそのおかげでこの星の文明も飛躍的進化することが出来たけどさ、人類の進歩に貢献したとかなんとかで、連中のご機嫌伺いながらヘラヘラ笑っている大人達みたいになるなんて絶対にごめんだわ」

「……月の民は嫌いですか?」

「嫌いというよりいけ好かないって言った方が正しいわね、直接会った事も無いし。ていうかアイツ等を本心から好きな奴がいたらむしろ一度見てみたいわよ」

「そうですね、地球の人にとっては彼等はただの侵略者みたいなものですから」

 

松陽はどこか寂しげにそう言った後、コトリと手に持っていた湯飲み茶わんを床に置いた。

 

「蓮子、もしや君が剣を取った理由が、そんな月の民を相手に戦争でもおっ始めるつもりとかではないですよね」

「当たり前でしょ、未だ人類の最新科学でさえ到達できない未知のオーバーテクノロジーを持つ相手に刀一本でどうしろって言うのよ」

「フフ、今時の子らしい現実的かつ冷めた意見ですね」

「事実だからね、私はただ連中からの言われるがままの教育を受け続ける中で、ほんの少しでもいいから奴等の教えにはない事をやりたいだけなの、要するにただの暇潰し」

 

剣だけで月の民相手に勝てるわけがないなど誰でも知っている。

あっけらかんにそう言いながら蓮子もまた飲み干したカップを床に置き、両足を地面に着けて庭の方へと歩き出す。

 

「でも最近では、ここでの時間を過ごすのは悪くないと思ってるのよ先生。自分でもびっくりだけど、ここのガキ共やゴリラが率いている芋侍軍団とワイワイ騒ぐのって、不思議と嫌いじゃないのよね」

「それは私の娘と戯れている時もですか?」

「さて、どうかしらね……ただアイツがメリーと話し込んでいるのを見ると無性に腹が立つのは事実だけど」

「嫉妬ですか、青春ですね」

「違うわよ、アイツがメリーに変な事教えてないかと心配になってるだけ、だってメリーに私がどれだけ自分に負け越しているのか淡々と説明していたんだもの、ありゃ絶対に私の事嫌ってるわねあの女」

 

茶化すような言い方にカチンと来ながら、蓮子がムッとした様子で答えると、松陽は微笑みながらスクリと立ち上がる。

 

「私の娘はあなたの事は嫌ってなんかいないですよ、彼女は興味のない相手から勝負を吹っ掛けられてもまず受けようともしない、ですが彼女は君からの挑戦はいつも受けて立ってくれる。案外嬉しいのかもしれません、あんな性格ですから今まで同年代の友人などいませんでしたから」

「友達が欲しかったらまずはあの捻れくれた性格と、たまに死んだ魚の様な目になるのを控える様にって父親として警告したらどうなのよ、最近じゃ髪まで捻くれまくって凄い事になってたわよ」

「ハハ、その辺は母親に似たんですから仕方ありません、まあ捻くれた髪の方は妻の様に美容院でストパーにでも矯正させておくべきですかね……寝起きの朝とか特に酷いですし」

 

こちらに振り返りながら忠告してきた蓮子に松陽は冗談交じりに答えると、踵を返して居間へと続く襖を開ける。

 

「さてと、娘がそろそろ晩御飯の支度を済ませているかもしれません。今日は妻もまだ帰ってきてないので父と娘だけ、年頃の娘とどうコミュニケーション取るのかよくわからない父親の為に、あなたも是非ご一緒にどうですか?」

「どんだけ情けない父親なのよ……あの女と一緒に晩飯共にするのはかなり嫌だけど、一応先生は私の師匠でもあるんだし、その誘いを無下に断る訳にもいかないからご馳走になってあげるわ」

「素直じゃありませんね君も、ではお上がりなさい」

「お邪魔しまーす、あ、当然デザートはあるんでしょうね? 私定期的に甘いモン食べないとイライラ……ガハッ! ガハッ!」

 

松陽に誘われて嫌な顔しつつも、本音は稽古疲れで腹が空いているし彼の娘も作る料理が絶品だというのは知っていたので

 

仕方ないと言いつつもノリノリで彼の方へと歩み寄ろうとする蓮子

 

だが突如、彼女の身体に異変は生じる。

 

「ぐえッ! また例の奴か、今回は随分とキツイわね……」

 

蓮子はここ最近、めまいや吐き気がしたり咳が止まらなくなるなどといった病院に行ってもわからない原因不明の症状に見舞われている。

 

メリーが常々心配している事なのだが、当人の彼女はさほど気にしている素振りは見せなかった。

 

「ったくめまいまでして来た……やっぱ日が経つにつれて悪化して来てるみたい……」

 

口を押さえて咳き込みながら、蓮子はふと焦点が定まらずはっきりと見えなくなっているのを感じた。

 

この症状は刻々と時が経つに連れてどんどん酷くなっている。メリーには心配かけたくないと内緒にしているのだが、ここ最近ではめまいどころか短時間ではあるものの目の前が真っ白になった時もあった。おまけに視力だけでなく聴力にも難が現れ始めている。

 

メリーに秘密でこの国でも有名な病院にいる腕利きの医者に頼ってみてもやはり原因はわからなかった。

 

その事に対して蓮子自身は表面上は平気だと見繕っていても、内心では徐々に不安感を募らせていた。

 

もしかしたら、自分の身体はこのままどんどん悪くなっていくんじゃないかと

 

(落ち着け、どうせしばらくすれば症状も収まる……先生の屋敷の居間で少し休めばすぐに元通りよ……これ以上メリーを心配させる訳には……)

 

前にいる松陽に気付かれぬ様必死に口を手で押さえつけながら咳込んだ後、心の中で自分自身に言いながら呼吸を整えようとする。

 

だがその時

 

ゆっくりと口から離した手の平を見て

 

蓮子は未だはっきりしない視界の状態でただその部分を一点集中して凝視した。

 

 

 

 

 

 

自分の小さな手の平が、今まで見た事のないぐらい真っ赤な血で染まっている事を

 

「おいおい、勘弁してよもう……」

 

口の端からたらりと血の雫が落ちるのを感じながら、蓮子はふと足元の方へと目をやると

 

地面には手の平におさまらなかった自分の吐いた血が、おびただしく飛び散っている。

 

そんな衝撃的な光景を前に、蓮子は自虐的な意味で思わずフッと笑って頬を引きつらせる。

 

「メリーに謝らないといけないわね……」

 

額から突如流れ落ちる大量の汗を拭いもせずにそう呟いた蓮子は荒い息を吐きながら

 

 

 

 

 

彼女の視界は完全に真っ暗となり、そのままフッと意識がなくなった。

 

 

別れのカウントダウンが始まった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話は一旦ここまで、次回はまたいずれ書こうと思います。

41話目からは久しぶりに幻想郷でのお話

地獄巡りを終えて土産をアリスに渡しながら世間話を始める銀時

そんな二人の前に、遂に散々その存在を匂わせていた彼女が姿を現す……

次週、修羅場編・開幕


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#41 紅妹銀時スリア

”彼女”の口調は原作通りの女性口調か、二次ではすっかりお馴染みの男性っぽい口調にするか結構迷いましたが、最終的にこの口調に決めました。

こっちの方が銀さんと上手く会話させやすいので


「何この不気味な生き物?」

「地獄行った時の土産」

 

ある日の昼下がり、人里にて八雲銀時は偶然出会ったアリス・マーガトロイドと歩きながら彼女にとあるモノを渡していた。

 

つい先日に八雲紫と共に地獄へ赴き夫婦観光を堪能した時に手に入れたお土産だ。

 

銀時から受け取ったモノをアリスは訝しげな様子で、手の平でプルプルと震えるその奇怪な生き物を見つめる。

 

真っ白な体と小さな耳、物凄く細い手足、そして夢に出て来そうな黒い目と黒い口。

 

どこぞの誰かが適当に描いたというのは不気味過ぎるその生き物はアリスの手の平で蠢きながら

 

「……にゃー」

「にゃーって鳴くって事は一応猫なのかしら?」

「そうみたいだぞ、名前は確か『猫好好≪まおはおはお≫』つってたな」

「にゃー……」

「なんか異様に声が低くてますます不気味ね……」

 

猫好好、中国語という事は中国の生き物なのだろうか?と疑問に思いつつ、アリスはそれを手の平から地面に置いてみると、自分の足下へ歩み寄りながら無言でこちらを見上げ始める。

 

「……なんかこっちずっと見てるんだけど」

「気に入られたんじゃねぇの?良かったな、そいつ気に入った相手なら3日ぐらい絶対に離れないらしいぞ」

「にゃー……」

「え? てことはこの不気味な見た目をした生き物はこれから3日間ずっと私につきまとうって事?」

「にゃー……」

「あのさ、地獄に行った事は良いとして、どうしてこんなモノを土産に寄越すのよ」

 

自分のブーツにスリスリと頬ずりを始める猫好好に急に寒気を感じつつ、ムスッとした表情で銀時の方へ顔を上げると彼は「あー」と呻きながらポリポリと頭を掻き

 

「なんか閻魔様が現世の地獄の補佐官に貰ったみたいでよ、なんでも天国に住むとあるアホ神獣が創造した生物らしいんだけど、いらねぇからあげるって閻魔様から貰ったモンなんだよ、そんで俺もいらねぇからお前にあげる」

「いらないモノをたらい回しにされた結果私の所にやって来たって事!? 土産というより厄介払いじゃないの!」

「にゃーご……」

 

土産と聞いてほんの少しだけ期待した自分がアホらしいと思いつつ、アリスは足元ですり寄って来る猫好好をジト目で見下ろしながらハァっとため息。

 

「まあ害は無いみたいだから別に良いけど、ていうかその天国に住むアホ神獣とやらはどうしてこんなモノを創ろうと思ったのかしら」

「さあな、偶然の産物か、はたまたその神獣のセンスが壊滅的かのどっちかだろ」

「少なくともコレを創造する時点でまともじゃないのは確かだわ」

 

銀時とアリスが一緒に歩き出すと猫好好も黙って細い4本の足を使って後ろからついて来る。

 

本当に付き纏って来るんだ……と思いつつ、アリスは土産の事は置いといて銀時に口を開いた。

 

「それで夫婦水入らずの観光はどうだったの?」

「基本視界に映るのはお子様には到底お見せ出来ない様なグロデスクな景色ばっかりだったな」

「そりゃ地獄だから当たり前でしょ、そうじゃなくて」

 

顎に手を当てながら地獄での光景を思い出す銀時に、アリスはバツの悪そうな顔をしながら再度問いかける。

 

「私が聞いたのは地獄で夫婦で巡って楽しかったのかって意味よ」

「楽しかった? 一応は仕事として行っただけだし場所が場所だし楽しむ所もねぇよ、ただ久しぶりに二人で長々と話す事が出来て良い機会だったのは確かだわ」

「ふーん……家じゃあまり話す機会ないの?」

「いやあるにはあるけどよ」

 

紫と仲良く話せた事に満更でもなさそうな彼の態度に、悶々とした気持ちになるのを抑えるアリス。

そんな彼女の心情にも気づかずに銀時は話を続けた。

 

「家にはアイツの式神がいるし外に行っても霊夢とかがいるし基本的に二人っきりの空間を作る事はあんまねぇから、二人だけで話す機会は最近めっきり減ったな」

「それっていわゆる倦怠期って奴かしら?」

「そういう訳じゃねぇって、もうかれこれ千年連れ添ってるから言葉使わずとも大体相手の事はわかるんだよ」「言葉じゃなくて心で通じ合ってるって感じって奴? 私にはわからない領域ね……」

 

流石、千年もの長い間夫婦の関係を築いて来ただけあって妙に達観している。

 

こんなちゃらんぽらんな見た目をしているクセに、妻にはキチンと愛情持っているのかとアリスは複座な気持ちで理解しながら顔を背けた。

 

「それじゃあこうして私と二人っきりで人里を練り歩いてちゃいけないんじゃないの」

「いいんじゃねぇの? 俺が何処で何しようがアイツはとやかく言わねぇからな、俺が数日家空けてる時があっても特に気にしてる素振りも見せねぇし、お前や霊夢とかと飲みに行った事話しても、「あらそうだったの」ってあっさりとした感じで答えるだけだし」

「霊夢はあなた達の娘みたいなモンだからいいけど、間違いがあったかもしれない私と一緒に飲んだ事を聞いても得に反応しないってのはちょっと引っかかるわね……」

 

紫の中では自分はどんな存在なんだろうか、自分の旦那とこうして堂々と人里を二人で歩いてる事に何の文句も無いのであろうか……

 

「もしかして私だったら彼を奪われる心配はないと確固たる自信を持っているのかしら……なんだか少し腹が立ってきたわね」

 

自分等もはや敵ではないという正妻の余裕という奴かもしれない、そう思うとアリスは段々苛立ちが募り始める。

 

「いっその事、不義の子を産んで一泡吹かせて……」

「そういう企み事は心の中で呟いてくんない? 流石に俺も薄々お前が俺の事をどう思ってくれてるかはわかってるけど。頼むから変な真似はするなよ」

「ねぇ、不死者と魔法使いって子供出来るの?」

「どストレートに聞いて来たよ、もはや隠す気無いよねそれ?」

 

どうも一度でも冷静さを失うとなりふり構わなくなるというか……真顔でとんでもない事を聞いて来るアリスに銀時は呆れながら、彼女にその問いに一応答えてあげた。

 

「少なくとも俺と紫じゃそういうのは出来なかったし、やっぱ種族が違うと難しいんじゃねぇの?」

「つまり不死者は同じ不死者としか子供を作れないって事でいいのね、 それで不死者ってどうやればなれるのかしら、資格とか必要なの? 専門学校はどこにあんの?」

「お願いアリスちゃんいつもの君に戻って、不死者とかそんな就職気分でなれるモンじゃねぇから潔く諦めて下さいマジで」

 

段々目つきがヤバくなってきた事に銀時は危機感を覚えつつ、彼女の肩に手を置いてなだめながら別の話題に切り替える。

 

「そういや不死者で思い出したけどよ、基本的に紫は俺がどこの女と遊んでようがなんの文句も言わねぇんだけど、ただ一人の女の事にだけは敏感に反応して俺の事をネチネチ責めて来るんだよな、俺と同じ不死者の女なんだけど」

「え、そうなの? てことはその女は正妻であろうと油断できないという相手って事?」

「昔は俺も紫の事を邪険に扱っていた時があって、そん時にそいつと出会ったんだよ」

 

あの八雲紫でさえ脅威と思っている人物、一体何者であろうか……

アリスが少し気になり、是非参考がてらにその銀時と同じ不死の存在の女の事を聞こうかと思っていたその時

 

「……あ」

 

隣りを歩いていた銀時が突然ピタリと歩みを止めた。

 

口を開けて何かをヤバいのと遭遇したかのような表情をしている彼の様子に、アリスはおもむろに彼が向いている方向に目をやる。

 

するとその視線の先にいたのは……

 

「よ、久しぶり」

 

白髪の頭に大きなリボンを付けた仏頂面の女性が銀時の方へ近づくや否や、スッと手を軽く上げて挨拶。

 

そんな彼女に銀時は肩をビクッと震わせた後

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「へ!? ちょっとどうしたのよ急に大声出して!」

 

隣りにいたアリスが驚くほどの大声を上げながら一歩下がって現れた女性から距離を取ると、慌てた様子で銀時は周りをキョロキョロと見渡し

 

「来るぞ! 一体どっから紫の制裁が!!」

「落ち着けよ、そもそもお前とこうして顔を合わせることが出来るって事はまだアイツも気付いてないって事だろ。気付いてれば顔を合わせる前に私をスキマを使って別の場所に移動させてる筈だし」

 

とち狂ったように紫が出てくるのを待つ銀時に対し女性の方は至って冷静な様子で肩をすくめると、ふと彼女はアリスの方へと目をやる。

 

「ところでそのお嬢さんはどちらさん? もしかしてあのスキマ妖怪と別れてこの女と縁を結んだとかじゃないよな?」

「そんな訳ねぇだろ! 俺と紫は今も昔も変わらず順調そのものだよ!」

「今はともかく昔は違うだろ、少なくとも昔はあの妖怪よりも私の方になびいてた筈だし」

 

ムキになって否定する銀時に対し女性は長い髪をサラッと手で払いながらはっきりと否定の否定。

 

それを聞いてアリスは耳をピクリと動かしていち早く反応した。

 

「どういう事? もしかしてこの女とあなたって過去に色々とあったという事なの?」

「い、いや確かに色々あった気もするけど……ほらさっき言っただろ、紫の奴が唯一俺の傍に近づけたくない不死者の女がいるって、それがコイツだ」

「えぇ!? この女がさっき言ってた人!?」

「なんだ私の話してたのか、やっぱりちゃんと忘れてなかったみたいだな私の事」

「忘れられる筈ねぇだろうが、俺と同じく不老不死にして今じゃ名家の血を最も濃く持つ娘……」

 

アリスに指を差されながら銀時が自分の事を話していたと聞き、満更でもなさそうに後頭部をかく彼女に銀時が冷や汗を掻きながら呟く。

 

「名は藤原妹紅、似たような境遇だったせいですっかり気が合って長い間つるんでた事のあるお前には、紫と結婚してからは色々と複雑なモンがあるんでね……」

「他人行儀みたいにフルネームで呼ぶな、気分が悪い。昔みたいに妹紅で良いって」

「そうだったな、もこたん」

「その呼び方は止めろ、燃やすぞ」

 

腕を組みながらこっ恥ずかしい昔のあだ名で呼んできた銀時に即座に訂正を促しつつ、妹紅は顔をしかめて腰に手を当てて睨み付ける。

 

「こっちは何度もお前の顔でも見に行こうとしていたんだが、毎回の如くあのスキマ妖怪に邪魔されててな。なんとかアイツの隙を突いて会うことが出来たけど、どうやら昔と変わってないみたいだな、いつも通りの腑抜けた顔だ」

「ったりめぇだろうがこちとら年取らねぇんだよ、オメェだって何も変わってねぇじゃねぇか。どうせ昔と変わらずタケノコばっか掘り当ててんだろ」

「私は私でちゃんと変わってるさ、ちょっとばかり前に初めて友人が出来たしこうして人里に赴く機会も増えたしな」

「友達って何? もしかして竹林に住んでるあの引きこもりの事?」

「私がアレを友人と称する機会があると思うか? アレは昔と変わらず私の敵のまんまだよ、今も定期的に殺し合ってる」

 

久しぶりに再開できたのを機に、二人で長々と語り出す銀時と妹紅。

 

そんな光景を目の当たりにしたアリスは、自分がすっかり蚊帳の外にされている事に気付きムッとした表情を浮かべる。

 

「いやちょっと待って一体なんなのこの女、あなたが昔この女とつるんでた事があったのはわかったけど。要は元カノみたいなモノでしょ? 今はあなたちゃんと所帯を持っているんだし、そんなあなたにどうしてこの女は馴れ馴れしく話し掛けることが出来るの?」

「なにを嫉妬してんだか、私がコイツと仲良く話してようが他人にとやかく言われる筋合いは無いだろうに。そもそもお前こそ本当になんなんだ、コイツの愛人かなんかか?」

「あ、愛人じゃないわ……アリス・マーガトロイド、森に住む魔法使いよ」

 

銀時との話の途中で脇からブツブツ呟く彼女に気付いて、妹紅がぶっきらぼうにこちらに向かって言葉を投げかけると、アリスもまた不機嫌そうな顔をしながら負けじと名を名乗った。

 

すると妹紅は目を細めながら彼女の足下にまだいた奇怪な生き物・猫好好を見下ろして

 

「魔法使いねぇ……そんでその足元にいる気持ち悪い生物がお前の使い魔かなんかか? 変な趣味してるなホントに」

「んにゃー……」

「違うわよ! コレはただこの人が地獄からのお土産として持って来てくれたのよ! この人が直接私の為に贈ってくれたの! 羨ましいでしょ! どうだ思い知ったかこの元カノ!」

「いや全然羨ましくもなんともないんだが? それとさっきから私の事をコイツの元カノ扱いしてるみたいだが、それは大きな間違いだとこの場で言っておく」

 

どうだ参ったかと言わんばかりに胸を張って答えるアリスに、低い声で鳴いている猫好好を見下ろしながら妹紅は静かに首を横に振って見せた後、銀時の元カノ扱いしてくる彼女に訂正を促した。

 

「私は元カノじゃなくて今カノだから」

「い、今カノ!? ちょっとあなた奥さん一筋だと言っておきながらそんなふしだらな関係を!!」

「違う違うコイツとはもうそういう関係じゃねぇって! ホント今は何も無いから!」

「確かに今は何も無いな、「今」は」

 

問い詰めて来たアリスに銀時が必死に手を前に出しながら激しく否定すると

 

意味ありげな事を言いながら妹紅はズボンのポケットに両手を入れながらニヤリと笑って見せる。 

 

「だがいずれは私の下へコイツは帰って来るんだ、不死者である限り私達はその運命からは決して逃れられないのさ」

「おい妹紅、お前まさかまだ昔の事を……」

「へ、私はあのスキマ妖怪にただちょいとばかりの間「貸してる」だけさ」

 

きっと銀時は自分の下へ戻って来ると確信した表情を浮かべながら妹紅は顔を上げる。

 

「なあ銀時、久しぶりにお前と出会えた事をお祝いに、たまには昔話にでも花を咲かしてみるか? そこの愛人候補にも是非聞いてもらいたいしな、私とお前の話を」

 

半ば楽しげな様子でそんな事を言い出す妹紅に、銀時は頬を引きつらせながら無言で固まってしまうのであった。

 

 

 

今明かされる、二人の不死者のお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




猫好好のデザインが知りたい人は名前で画像検索してみて下さい。

ただし、その画像を見て呪われようとも自己責任でお願いします。


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#42 妹銀時紅

八雲銀時がまだ坂田銀時として源頼光の家来として妖怪共と戦っていた頃

 

彼は藤原妹紅と知り合った。

 

出逢いのキッカケは覚えていないが、お互いに不死者だという事で自然とウマが合い、彼女の住処にしょっちゅう遊びに行くことが増えて行った。

 

妹紅もまた無下に追い出さずに自分の家に彼を泊めてやり、時にはこっちから誘う事もあった。

 

周りが変化する中で自分だけ何も変わらないという不死者特有の孤独感

 

同じく不老不死であり、自分の心情を唯一理解できる存在である銀時に、彼女が徐々に惹かれていったのはそう長い時を要する必要は無かった。

 

最初の頃は毎日の様に銀時は彼女の家にやって来て会話をしたり食事をしたり、酒を飲み交ったり、一日中二人で寝っ転がってたりと

 

ずっと一人で生きて来た妹紅にとっては悪くない生活を謳歌していた。

 

しかしここん所最近、銀時が自分の所へ遊びに来る事がめっきり減ってしまった。

 

どうして遊びに来ないのだと不満を募らせてつい久しぶりにやって来た銀時に怒鳴り散らした時に彼女は気付く。

 

最初に彼と出逢った頃から数十年。

 

孤独だった自分にとって特別な存在だった彼は

 

同時にまた自分の中に「寂しい」という気持ちを思い出させてくれた大切な人だったという事に

 

これは妹紅の家に銀時が、”坂田銀時”として最後に立ち寄った時のお話

 

 

 

 

 

 

「随分と久しぶりに寄って来たな、もう来ないと思ってたぞ」

「悪いな、こっちはこっちで色々と忙しい事になってたんだわ」

 

竹林に奥深くにポツンと建っている小さな小屋が妹紅の寝床。

 

彼女の家に長い間隔をあけて遊びに来た銀時は、入って早々ため息を突きながら床に胡坐を掻いて座る、

 

「相変わらず殺風景な住処だなオイ、『週刊鳥獣戯画』とかぐらい置いとけよ」

「私はそういうの興味ないの昔から知ってるだろ、それより今回は何しに来た?」

「お前の家に来る事に理由なんか必要だったか? まあ今回は確かにあるっちゃああるんだけどな……」

 

顔をしかめながら向かいの壁に背を預けながら座った妹紅に対し、銀時はゆっくりと重い口を開く。

 

「……結婚する事にした」

「ふーん、相手は誰だ、私も知ってる奴か?」

「前に何度も会った事あるだろ、紫だよ紫、八雲紫」

「へぇそいつは驚いた、てっきりお前はあの妖怪の事を嫌ってると思ってたのに」

「まあ出会い始めた頃は心底ウザったらしくて仕方なかったのは確かだな」

 

彼が結婚すると聞いても不思議とショックはなかった。こんなにも長い間遊びに来なかったしきっと何処かで自分よりももっと特別な存在と出逢えたのだろうと思っていたからである。

 

しかしそれがあの自分に対して何かと敵意を剥き出してくる金髪の妖怪だという事を彼の口から聞いた時は、流石に目を丸くさせて少々驚いたリアクションを取る。

 

「あの妖怪は勝手にお前の家に住み付き、勝手に自分の事をお前の妻だと自称していた痛い奴だった筈、良くあんな奴と結婚しようと思ってたな、何か脅されたか?」

「脅されてなんかいねーよ、俺がアイツを嫁にしたいと思ったのは紛れもなく本心だ」

「……私に対してはそうは思わなかったのか?」

「答え辛ぇ事を聞いて来んな、お前はお前で俺の中では特別だったよ。ただ紫はな……」

 

遠慮せずに素直に思った事を口にして来た妹紅に対し、銀時はバツの悪そうな顔で髪を掻きむしる。

 

「アイツの顔見てるとよ、どことなく変な感じがするんだよ、まるで遠い昔に出逢った様なそんな気が」

「おかしな事を言って適当に誤魔化すつもりなら燃やすぞ」

「おかしな事ねぇ、確かに俺自身もなんでアイツに対してこんな感情が芽生えたのか不思議で仕方ねぇよ」

 

妹紅からすれば自分と別れる為のでっち上げに聞こえるが、銀時自身はそういうつもりではないらしい。

 

「徐々にアイツといる内に、たまにアイツの姿が違って見える事があったんだ。今のアイツじゃなくて、まるでアイツがガキだった時のような姿によ、そん時のアイツを見ているとこう、護ってやりてぇって思いが不思議と沸き上がるんだ」

「……作り話じゃないよな?」

「正真正銘俺がこの目でハッキリと見た事実だってぇの、多分俺はガキの頃のアイツとどこかで会ってたのかもしれねぇな、記憶はねぇが俺の魂にそう深く刻まれてるのは確かだ」

「記憶には無いが魂に保管されている思い出……全く奇妙な話だな」

 

聞けば聞く程不思議な話だ、妹紅は腕を組みながら首を傾げた後、はぁ~とおもむろに深いため息を突く。

 

「そんな事でお前がアイツに惚れたのか? 案外チョロいんだな」

「それだけじゃねぇよ、なんつうかアイツはずっと俺の後をウロチョロしながらついて来たり、色々とテメーなりに考えて一生懸命俺に尽くそうって頑張ってたしな、ここらで褒美の一つでもやろうと思ってよ」

「褒美ねぇ……こんなにもウマが合う私を差し置いてあの女と結婚か」

「オメェと俺は結婚するって感じじゃなかっただろうが、狭い家の中でダべりながら愚痴を言い合ったりする関係が丁度良いんだよ、俺とお前は」

「まあな、私も冗談で言ってみただけだよ」

 

そういう銀時に妹紅も肩をすくめて苦笑する。

彼の言ってる事に関してはどうも信憑性が無いが珍しくふざけた態度ではない、つまり本気であの八雲紫とかいう胡散臭い妖怪と所帯を持つと腹をくくっているらしい。

 

「わかったよ、あの妖怪と結婚するというなら勝手にするがいいさ」

「お前には悪いと思ってるよ」

「気にするな、どうせ相手は妖怪といえど寿命は存在する、つまりあの八雲紫もいずれは死ぬ」

「へ?」

 

あっさりとした様子で銀時の結婚を認める妹紅ではあるが、彼女の口から何やら不吉な言葉が……

 

「アイツが死んだらまた私の所に戻って来い、そん時は同じ不死者として、またこうして二人で語り合おう」

「おいおいどんだけ先の事を考えてんだよ……言っておくがアイツは妖怪の中でもかなり特別だからな、寿命も相当長ぇぞ」

「それでも長い時を生きる私達に比べれば些細な時間だ、だから待ってるよ、それまではしばらくお前の事をあの妖怪に貸しておいてやる」

「いや貸される覚えはねぇんだけどこっちは」

 

意地の悪い笑みを浮かべる妹紅に対し、銀時はしかめっ面を浮かべながらボソリと呟く。

 

それからしばらく二人で談笑した後、銀時は妹紅の家を後にした。

 

そしてそれから銀時は、彼女の所へ赴く事は二度となかった。

 

しかし妹紅は彼が来なくなっても不思議と寂しさは感じなかったのである。

 

何故ならもうしばらく時が経てば、彼が必ずここへ戻って来ると信じていたからであった。

 

 

 

 

 

 

 

「っとまあそんな訳で、つまり私はコイツをただあの妖怪に貸してやってるだけだという事だ」

 

そしてそれから千年後。

 

幻想郷に移り住んだ妹紅が銀時と再び再会する事となった。

 

事の顛末を銀時と一緒にいたアリスに長々と語り終えると、話を聞いたアリスの方は眉間にしわを寄せてボソッと

 

「なんか色々と長ったらしい回想流してたけど、要するにこの人にフラれたって事でしょ」

「違う断じてフラれてない、貸してるだけだ」

「まずその貸してるって表現が何処かおかしいわよね? ただの負け惜しみにしか聞こえないんですけど」

「負けてない、最終的に私が勝つ」

 

アリスの冷静な指摘に対し妹紅は表情は仏頂面のままだが声からして少しイラついている様子。

 

それをすぐに察した旧姓・坂田銀時、八雲銀時は頬を引きつらせながら慌てて二人の間に入った。

 

「ま、まあまあその辺にしておこうよお二人さん達~。アリスちゃんもどうしたの急に~? そんないきなり噛みついちゃ相手に失礼でしょ?」

「噛みついてないわよ、妄想へ逃避している失恋女の顔面に現実叩き付けてやってるだけ」

「だから少しは言葉選べってつってんだろが!」

 

腕を組みながら冷めた視線を向けてくるアリスに銀時は叫んだ後、クルリと踵を返して妹紅の方へ

 

「お前もさぁ、えーそのなんというかその……いや久しぶりに会えた事は俺も素直に嬉しいよ? でも言いにくいんだけどこっちはもうかれこれ千年近く夫婦生活を営んでおりまして……だからその~いい加減俺の事は諦めてくれないでしょうかねぇ……」

「諦めたらそこで試合終了だってどこぞの偉い神様も言ってたらしいぞ」

「いやそれ神様じゃなくてデビル!」

 

シレっとした表情で答える妹紅にツッコミを入れながら、銀時は辺りをチラチラと伺った後、そっと彼女の方に顔を近づけで小声で話しかける。

 

「それに紫の奴がそろそろお前に気付くかもしれねぇだろ? 面倒事になる前にさっさと俺から離れろ、もしお前と一緒にいる所をアイツにバレたら、俺まで巻き込まれんだから」

「私よりまず自分の保身を考えるのは相変わらずだな、流石二人の女を天秤にかけるようなゲスの極みは格が違う」

「そんな酷い事言わないでここは昔のよしみとして銀さんの頼みを聞いて……」

 

眉一つ動かさず冷たくそう言い放ってくる妹紅に銀時は胸にグサリとキツイ一撃を浴びせられた様な感覚を覚えつつも、そこはなんとか堪えて頑なに動こうとしない妹紅を説得しようと試みる。

 

だが

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、昔のよしみとして一体何を頼もうとしているのかしら? 久しぶりに会えた事をお祝いにどこぞの宿で休憩しようとか? 妻たる私の目の前で?」

「いやいやそんな事頼む訳ねぇだろハニー、紫の奴が俺達が一緒にいる事に気付いてブチ切れる前にさっさと……」

 

背後から聞こえたとても長く聞き慣れた声が聞こえたのでつい反射的に返事をしながら振り返る銀時であるが……

 

そこに立っていたのはこちらに菩薩の様に優しく微笑みかける八雲紫の姿が

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! オボロロロロロロロロロォ!!!」

「奥さんの登場にいきなり吐いた! どうしたのよ一体! そこまで怖れていたというの!?」

 

一番この状況を目撃して欲しくない彼女が既に現れていた事に、銀時はショックのあまり突然自分の足下に向かって嘔吐。

 

明らかな彼の動揺っぷりにアリスが思わず驚いていると、紫はゆっくりと彼等の方へと歩み寄り

 

「ちょっとばかりお昼寝してたせいで監視を怠っていたわ、まさかこの人に直接接触するまで近づいて来るなんて、余程未練がましいみたいね」

「監視? もしかして常日頃から私が何処にいるのか能力使って調べていたのか? はん、昔から本当に気持ち悪い趣味してるな」

「趣味じゃないわ、誇り高き幻想郷の管理人としての立派なお仕事よ、既婚者の男に近づく危険な輩は徹底的に排除するのは常識でしょ?」

「そこの魔法使いはどうなんだ?」

「彼女はいいの。どこぞの女狐と違って可愛げがあるから」

「まさか嫁さん公認の愛人候補か? なら私もエントリーしていいだろ?」

 

妹紅は変わらず仏頂面で、紫はニコニコ笑ったまま言葉を突き返すという光景を見せつけられてアリスが額から汗を流しながらどうすればいいのか困惑していると

 

ニヤリと笑って余計な事を言ってしまった妹紅に対し、紫は笑顔を浮かべながら両目を開ける。

 

その目は決して笑っていなかった。

 

「ほざくな白髪頭、不死者なのを良い事にその五体を那由他の数まで千切り食ってやろうか」

「ようやく本性を現したな妖怪、それにしてもお前いつになったら死んでくれるんだ? そろそろ借りたモンを返して欲しい所なんだがね、なんなら今ここで私が直接殺してもいいってんなら」

「……やってみろ、この人里で血を流す行いをすればそれだけで重罪、例え元人間といえど幻想郷の管理人としてその罪に制裁を加えることが出来る事を、一度やられた貴様がゆめゆめ忘れた訳ではあるまい」

「え、前にも一度会ったの……!?」

 

いつものおっとり口調ではなくドスの低い声をしながら挑発的な妹紅を軽く脅して見せる紫。

 

彼女の口から放たれた言葉に、アリスはつい声を出して目の前で項垂れている銀時の方へ歩み寄った。

 

「……もしかして前にもこんな事あったの?」

「……す、数百年前に妹紅の奴がフラリと幻想郷に引っ越してきた時の話だ……あの時はマジで死ぬかと思ったぜ、俺が……」

「なんであなたが!?」

「必死にコイツ等を止めようとしてたら何度も巻き添え食らって……」

「不死者のあなたが死にかける戦いってどんなレベルよ……!」

 

予想だにしていたことが起きてしまってすっかり元気のない銀時の話を聞いてアリスは戦慄していると

 

その過去にとんでもない大喧嘩を始めた二人がジリジリと歩み寄る。

 

「あの時はこっちがやられちまったが次はどうなるかはわからないぞ?」

「夫の温情によって竹林の隅に住まわせてやることを許可したというのに二度も私に歯向かうつもり? 親子そろって恥さらしも良い所ですこと」

「……相変わらず人が一番頭に来る事を平然と言えるんだな」

「そっちこそ、見てるだけで頭に来るわ」

「ちょ!ちょっと待ちなさいあなた達! まだこんなに人もいる中であなた達が戦いでもしたら巻き込まれるじゃないの!! 少しは頭冷やして落ち着きなさい!!」

 

激突間近の雰囲気がピリピリと伝わってくる中で、アリスがなだめに入ろうとするもやはりまともに話しを聞いてくれる様子はない。

 

どうすればいいのかと彼女はチラリと助けを求めるかの様に銀時の方へと振り返るが

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺ちょっと一人で飲み行ってくるんで、後はお好きにどうぞ」

「ってコラァ八雲銀時! なにこの不穏な空気漂う中で一人だけトンズラかまそうとしてるのよ!」

「うるせぇコイツ等の喧嘩に巻き込まれるのはもうゴメンだ! 銀さんは平和に生きたいんだよ!」

「元はと言えばあなたのせいでしょうが! 逃げるな無責任男!!」

 

こちら手を振りながら背中を見せると、一気に駆け出して逃げようとする銀時の後襟を、間一髪のタイミングで掴んで見事彼の逃亡を阻止するアリスであった。

 

次回、修羅場編・夜の部、開幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に顔を合わせてしまった妹紅と紫

自分を取り合う二人に銀さんが出した答えとは……?


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#43 マパ霊紅紫妹夢パマ

八雲銀時は妻である八雲紫、元色々と関係のあった不死身の元人間の藤原妹紅、それとおまけでアリス・マーガトロイドを連れてとある場所の前に立っていた。

 

「いやいや、それでなんで私の神社に来るわけ?」

「人里でコイツ等が暴れてみろ、この幻想郷にどんだけ被害を与えるか容易に想像できるじゃねぇか」

 

八雲銀時が話しかけているのは、博麗神社の巫女である博麗霊夢。

 

腕を組んでしかめっ面を浮かべる彼女に、銀時がバツの悪そうな顔で髪を掻きむしる。

 

「どうせ周りのモンぶっ壊すんなら、大した被害にもならねぇここで好きに暴れれば良いと思ってよ」

「それは私に対する宣誓布告と思っていいのかしら? 買うわよ? 全力で買ってアンタに勝つわよ?」

 

自分が蒔いた種で争い始めようとする女達を連れて来て厄介事に関わせようとするばかりか、あまつさえ自分の寝床を戦場にしようと企んでいた銀時に、霊夢は仏頂面のまま拳を掲げて威嚇してみせる。

 

「こちとら夕食の準備で忙しいのよ、アンタが地獄で持ってきたお土産の「地獄草」を煮込んでる最中だってのに」

「え、あのずっと奇怪な声で泣き叫ぶ口が付いている変なモンを食う気なのお前? 俺洒落であげただけなんだけど?」

「いや食う気とかじゃなくてもう既に食べてるから私、煮込めばいいダシが出るのよあの草、干したヤモリを入れればなお味が良くなるし」

「そこまでいくとたくましいというより、もはやお前を人間としてカウントするかどうか悩むわ俺」

 

霊夢の食事事情には度々ツッコミを入れていた銀時であったが、いくらなんでも地獄産の植物を躊躇なく煮込んで口に入れているとは思ってもいなかった。

 

少しずつ人間離れして来ている彼女に銀時がやや心配そうに死んだ目で見つめていると、ふと霊夢が彼の背後にいる者達の方へ視線を傾ける。

 

「それよりアンタの後で紫と妹紅がメンチ切り合ってるわよ、止めたらどうなの?」

「ん? ああ心配すんな」

 

銀時の背後では紫と妹紅が真顔で無言のまま、静かにただジッと顔を近づけながら見つめ合っていた。

 

その光景に霊夢がやや危機感を覚えていると銀時は安心させるかのように

 

「睨み合ってるまでならまだ可愛いモンだ、ほっとけほっとけ、もういちいち止めるのもめんどくせぇ」

「そもそもアンタのせいでしょうが」

「どちらかが先に手を出したらもう誰にも止められねぇけど、その場一帯が焦土と化し生き物全てが死に絶えるだろうけど」

「それだけ聞けばもう心配しかしないわ! ちょっと私の神社の外で戦争おっ始めようとしないでよ!!」

 

真顔で恐ろしい結末を語り出す銀時にツッコミを入れつつ、霊夢は止める気のない彼を押しのけて自ら紫と妹紅の方へ歩み寄る。

 

「いい加減にしなさいよアンタ達! 頭冷やしてアンタ達が争ってるその原因についてよく考えてみなさいよ!」

 

大妖怪と不死者が相手であろうと平然と思った事を口に出来るのが霊夢の強い所である。

 

そして彼女は二人に啖呵を切ると、ピッと自分の背後にいる銀時を親指で指さしながら

 

「アンタ達が取り合ってるのは”アレ”よ、ぶっちゃけ争う価値があると思うのあのバカに?」

「霊夢ちゃん! いきなり流れ弾が飛んできたよこっちに!!」

 

はっきりと正論を述べる霊夢とその後ろで叫ぶ銀時。

 

そんな二人に先程まで睨み合っていた紫がようやく振り返ってため息を突いた。

 

「そりゃ私だってあの人なんかの事でこんなに熱くなるなんてアホらしいとは思ってるわよ」

「あの人なんかって言った!? テメーの旦那の事をあの人なんかって言った!?」

「でもこの女が妙にウチの人にしつこく付き纏うもんだから、つい負けじと対抗してしまうのよね」

 

少し落ち着いた様子で軽く旦那をディスりながら呟く紫に、隣にいた妹紅がフンと鼻を鳴らしながらチラリと霊夢の方へ横目をやる。

 

「コイツは私の方がしつこく付き纏うとは言っているがな霊夢、ぶっちゃけ千年前はコイツの方がずっとこの男に付き纏っていたんだぞ」

「ああ、それは萃香に聞いた事あるけど……」

「それで根負けしたこの男が仕方なく結婚してやったんだ、紛れもなくストーカーはコイツの方だよ、それもかなり悪質な」

「ウチの人は根負けしたから私と結婚したわけじゃないわよ、年月を重ねる内に誰と共に人生を送るべきかキチンと選んだ結果だから、自分が捨てられたからって私の事をストーカー扱いしないで欲しいわね」

「黙ってろ、今私は霊夢と話してんだ、口を挟むな妖怪風情」

 

向かいにいる紫が霊夢との会話の途中でしゃしゃり出て来たので、妹紅は不機嫌そうに彼女を黙らせると改めて霊夢の方へ振り返った。

 

「なんつうかお前も大変だな霊夢、こんな奴が親代わりで。最近ちゃんと飯食ってるのか?」

「食べてるわよ、虫とか草とか水とか」

「現代社会じゃそりゃまともに食べれてるって言わないんだよ、仕方ねぇ今度またタケノコ持って来てやるか」

「マジで!? 久しぶりに固い物が食べられるわ!!」

 

さり気なく食料を提供する事を約束する妹紅に嬉しそうに歓喜の声を上げる霊夢。

 

そんな二人のやり取りを見て銀時はある事に気付く。

 

「おい「また」ってどういう事だオイ、もしかしてお前、前にも霊夢の奴に食べ物とか与えてたのか?」

「ずっと前からたまにな、お前等がロクな食べ物与えないって聞いてたからさ、不憫に思って私が畑で採れたモン上げに来てんだよ」

「何それ俺知らなかったんだけど……」

「霊夢には私から言うなって釘を刺しておいたんだよ、お前に教えたらいずれそこの妖怪の耳にも届いて面倒事になるだろ?」

 

自分達の知らぬ所で勝手に霊夢に食べ物を提供していた事を初めて知った銀時が微妙な表情を浮かべていると

 

紫もまた心底面白くなさそうな表情で妹紅にジト目を向ける。

 

「大方まずは外側から攻略しようって魂胆だったのでしょ、霊夢を自分に懐かせていずれはウチの亭主も攻略しようとか企んでたって所ね。昔からよくある汚い手口よ」

「言っておくけど私はあくまで腹を空かしたコイツを哀れんだから施しを与えていただけだ、お前等の娘同然だからとかそんな事は関係なくただ個人的に前々から気になってただけだ」

「口でならなんとでも言えるわ」

「あーそういや昔からよくある汚い手口で思い出したけど、自分に構ってくれない男を振り向かせる為に、男の上司に散々自分が男の正妻だとアピールしていた滑稽な大妖怪様がいたっけな?」

「……」

 

耳の上を掻きながら口元に笑みを浮かべて、どこぞの妖怪が千年以上前に行っていた事をポロッとバラす妹紅に

 

紫はジト目を止めて本気で殺意の込めた目つきで睨み付ける。

 

「それ以上その口滑らせるとダルマにして永遠に地底の更に底に沈めるわ」

「おうやってみろよ、逆にお前を灰になるまで何万回も燃やし尽くしてやる」

「待った待ったアンタ達ストップ! 私の神社で面倒事起こすなって言ったでしょ!!」

 

再び二人の間で熱い火花が散らし始めていると、すぐに険悪なこの状況を察した霊夢が慌てて二人の間に入って止める。

 

この二人が暴れたら流石に本気で洒落にならない。 

 

「全く、そもそも紫の事も妹紅の事も私は母親だとかそんな感覚持った覚えは一度も無いわよ、小さい頃はアンタの式神の藍に対してそういう幼心はあったかもしれないけど」

「おい、妹紅よりも先にテメーの式神に母親のポジション奪われてるぞ」

「そういえば霊夢は赤ん坊の頃からほとんどあの子が育ててたわね、私も一応やってはいたけど」

 

生みの親がいない彼女にとっては一応銀時と紫は育ての親的なモノなのかもしれないが

 

実の所彼女をここまで育て上げてくれたのは彼等よりも、式神である八雲藍の功績の方が遥かに大きかった。

 

「とにかく、私には親とかそんなモンは必要ないから。こうして一人で自由気ままに生きてる方が割に合ってるのよ、だからこれ以上この場で不毛な争いをするのは止め……」

 

ドライ気味にそう言って霊夢が二人を上手く黙らせようとしていると、彼女の背後にある神社兼自宅である屋敷の戸がガララッと勢いよく開いた。

 

「ちょっと霊夢、さっきからずっと呼んでるんだけどどうして返事しないのよ、ご飯冷めちゃうでしょ早く食べなさい」

「え? ってちょっと何してんのアリス!?」

 

戸を開けたのがまさかのアリスだった事に霊夢はギョッと目を見開く。

 

いつの間に自分の家に入り込んでいたのだろう……

 

 

「さっきから姿見えないと思ってたらなんで私の家にいんのよ! てかご飯ってどうゆう事!? もしかして勝手に家に入り込んだ上に料理までしてたの!?」

「あんま時間無かったからパパッと出来るモンしか作れなかったわ、カルボナーラと牡蠣のガーリックソテー、ミネストローネスープにマッシュルームサラダ、それとデザートのカスタードプリン」

「うっそぉなんなのその横文字一杯のフルコース!? 私の乏しい食生活では全然想像の付かないメニューだわ! ていうかプリンってアレ!? 噂に聞く幻の黄色くて甘い食べ物!?」

 

めんどくさそうにしながらもスラスラと一度も噛まずに自分が作ったと主張してみせる料理の名前を聞いて霊夢は目を丸くさせて驚愕を露にする。

 

そんなモノ彼女は生まれてこの方一度たりとも食べた事が無い。

 

「ちょ! ちょっとどうしたんであられますかアリス様! あなた様が私の家でわざわざ料理作ってくれるなんて初めてじゃござりませんか! ていうか本当に作ってくれたのですか!? 作ったんならそれを食べてよろしいのでございますか!?」

「まあ当然の事をしたまでの事よ、てかあなたが慣れない敬語使うと凄い違和感覚えるから止めて頂戴」

「玄関からでも嗅いだことのない匂いが飛んでくるわ……アリス、アンタまさか本当に私の為に……マジで感謝するわ本当にありがとう」

「ところで霊夢、さっきから私の事を名前で呼んでるけどどういうつもり?」

「……へ?」

 

久しぶりにまともな食事を取れる事に心の底から喜んで思わず変な言葉遣いになる霊夢。

 

しかし珍しく率直に礼を言う彼女に対し、アリスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと

 

「私の事はちゃんと「ママ」か「お母さん」と呼びなさい、もしくは「マミー」でもいいわ」

「アンタも母親候補にエントリーしてたんかい! 私の為にご飯作ってくれたのはその為!?」

 

平然とした様子で腕を組みながら自分の事を娘扱いしてきたアリスに霊夢は素っ頓狂な声を上げながら叫んだ。

 

するとアリスはいきなり沈んだ表情を浮かべて

 

「だって仕方ないじゃない……片方は正妻でもう片方はずっと昔に恋仲だった人……それに比べて私はまだなんにもあの人を振り向かせる要素が無いの!! もうこうなったら母親になるしかないじゃない!! 母親になってあの人と一緒にあなたを真心込めて育てるしかないじゃない!!」

「いやその理屈はおかしい!」

「だから霊夢」

 

何やら彼女なりに色々と悩んでいたらしいが、その結果がコレとは如何なものかと霊夢がツッコむも

 

アリスはガシッと彼女の両肩を強く掴みながらそっと微笑み

 

「これからは私もここに住むわ、それで一緒にお父さんが帰って来るのを待ちましょう」

「アンタ暴走するといつも来世の方向につっ走ろうとするわね!! 頭冷やして冷静になりなさいよ!」

「これからずっと私の事をママと呼んでくれるなら、毎日あなたの為にご馳走作ってあげるわよ」

「……」

 

極貧生活でひもじい思いをしている霊夢には効果てきめんの交換条件、笑いかけながら良い話だろと誘って来るアリスに霊夢は真顔になって固まると……

 

「い、いや無理! やっぱ無理!! 流石にそれだけは出来ないから! ご馳走は死ぬ程欲しいけどなんかそれをしたらもう引き返せない気がする!!」

「おう、よく言ったじゃねぇか霊夢」

 

ちょっと迷いはしたが首をブンブンと横に振ってアリスからの誘惑を断ち切る事に成功した霊夢

 

するとアリスの背後、つまり家の玄関から銀時がズルズルと音を立てて皿に乗ったカルボナーラを食べながら戻って来た。

 

「伊達に博麗の巫女を名乗ってるだけはあるな、魔女との取引に応じないたぁお前も成長したな」

「アンタはアンタで何勝手に人の家上がり込んでモノ食べてんのよ……何その白くて長いの? ラーメン?」

「いやカルボナーラに決まってんだろ」

「カルボナーラってラーメンだったの? 知らなかったわ」

「嘘だろコイツ……」

 

キョトンとした表情で銀時が何を食べているのかよくわかっていない様子の霊夢。どうやらカルボナーラという存在そのもの自体よく知らないらしい。

 

確かにこの幻想郷では珍しい類の料理ではあるが……彼女は決して頭は悪くない、むしろ賢い方だとは思っていたが生まれてこの方あまり良い食べ物を食した経験が無いのが仇となり、その辺の知識についてはとことん疎いらしいのが初めて分かった。

 

「今後はお前の食生活について真面目に考えた方が良いのかもしれねぇな、育ち盛りだし……ところで紫と妹紅の奴の戦争は終わったのか? 被害状況はどんぐらいだ? 何人死んだ?」

「誰も死んじゃいないわよ、今の所はただ睨み合ってるだけだけど、このままだと一触即発よ」

「……しゃあねぇな」

 

フォークでつまんでカルボナーラを一口頬張りながら銀時はまだ睨み合いながら何かブツブツと毒を吐き合っている紫と妹紅を見てふぅっとため息。

 

「酒でも飲ませて酔わせてみるか、それで大人しくなるかはわからねぇけど。おいアリス、ちょっくら人里行って酒買って来い、金はこっちで出すから」

「はいパパ」

「パパ!?」

 

アリスが真顔でまさかのパパ呼びだった事に銀時が驚きつつも、彼女は気味が悪いぐらいに自分の指示に従って人里へと向かう為に神社の階段を降りて行くのであった。

 

「……パパってどういう事だオイ」

「知らないわよパパ」

「え!?」

 

素知らぬ顔で言いながらもしれっとパパと呼んで来た霊夢に銀時はまたもや驚き言葉を失う。

 

自分が見てない所で一体何があったのだろうか……

 

銀時も疑問もよそに、ギスギスした飲み会が博麗神社で幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#44 場修羅

モンハンのせいで執筆速度が大幅ダウン……

でも私は悪くありません、悪いのはモンハンです(キリッ


「そりゃ俺だって悪いとは思ってるよ?」

 

酒の入ったコップを一気に飲み干すと、すっかり出来上がった様子で銀時はちゃぶ台にコップを置く

 

「だからこうして幻想郷を破壊しかねないコイツ等に仲直りしてもらいてぇんだよ、わかる?」

「いやわからないしわかりたくもないわ、つうか興味ない」

「あーあ、お前はいつもそうだよ、そうやって何事にも干渉せずに興味ないの一点張り、少しはさぁ、相手に気を使って優しい言葉の一つでもかけられない訳?」

 

呂律の回らない口調で、赤らめた顔をこちらに近づけて来る銀時に、隣に座って一緒に酒を飲んでいた霊夢は面倒臭そうにジロリと横目をやる。

 

「ていうかさっきからうるさいんだけど、どんだけ飲んでんのよアンタ。ていうか私に絡む前に」

 

いつも以上に目が死んでいる銀時を嗜めると、霊夢はアゴを向かいに座っている彼女達の方へしゃくる。

 

「自分の嫁さんと元カノの仲裁でもして来たらどうなの、元々それが目的だったんでしょ」

「あーいやそれは……」

 

鋭い指摘をされて銀時は一瞬酢に戻った様子でバツの悪い表情を浮かべつつ、恐る恐る向かいの方へと顔を動かす。

 

この狭い客室で小さなちゃぶ台を挟んで彼等の向かいに座っていたのは

 

御存知、八雲銀時の妻である八雲紫と、銀時が過去に色々あった藤原妹紅であった。

 

顔を合わせれば常に険悪なムードを醸し出す彼女達が、今は隣同士で座りながら無言で酒を飲みほしていく。

 

ただずっと会話もせずにいた彼女達であったが、ついに紫の方から重い口が開く。

 

「……ペース落ちて来たんじゃなくて? いい加減私に対抗するのは諦めたらどうかしら?」

「別に対抗しているつもりはハナっからない、お前の方が私を意識して勝手に勝負してると思い込んでいるだけだろう」

「それにいい加減帰ったらどうなのあなた? 大好きなタケノコ達がアナタを待っているわよ」

「いや別に好きでタケノコ採ってる訳じゃねぇから、金が無くて売り払う為に採ってるだけだから」

 

相も変わらずピリピリしたムードを放ちつつ、二人は杯に注がれた酒をハイペースでどんどん飲み続けていた。

 

しかし銀時とは違いこの二人は全く酔っている様子はなく、素面の状態でまだ口喧嘩を続けている。

 

そんな二人を向かいの席で眺めていた銀時はいつ爆発するのかと恐れつつ、そっと霊夢の方へ顔を近づけ小声で

 

「……とりあえず暴力的な解決ではなくどっちがより多くの酒を飲めるかっていう勝負になったみたいだし、そっとして置いた方が良いと銀さんは思うんだ……」

「うわヘタレ過ぎ、自分じゃ抑えつけられないから酒に頼ろうって訳? しかもあんたは完全に向こう二人より先にベロンベロンになってるし」

 

ここは博麗神社の中にある霊夢の住む屋敷。

 

今夜は珍しく彼女の部屋に大量の酒やらつまみ等が揃えられていた。

 

これ等すべて銀時が用意したモノであり、紫と妹紅の仲を酒で通じて少しは改善出来ればと考えて

 

こうして酒の席を霊夢の屋敷で作ってみたという訳だ。

 

酔い潰れれば二人の熱くなってる頭も冷えるかもしれない、と企んでいた銀時だったが……

 

 

「なにが仲直りさせようよ、自分だけ勝手にはしゃいで酒飲みまくって勝手に潰れてるクセに」

「仕方ねぇだろ、アイツ等昔っから酒に対して滅茶苦茶強ぇんだよ……俺がどんだけアイツ等に潰されてきたの知らねぇのか?」

「知らないし興味も無いわ」

「だからその興味無いとかツレない事言うなよ霊夢ちゃん! 反抗期とはいえそうやって冷たい態度取ってるとお父さん傷付いちゃうでしょ! 全国のお父さんは年頃の娘に邪険に扱われるのが一番辛いんだよ!」

「あーうるさいわねもー! 誰がお父さんよ! 私はアンタみたいなちゃらんぽらんを父親にしたつもりはないってぇの!!」

 

紫と妹紅そっちのけで勝手に潰れて勝手に霊夢に絡む情けない夫・銀時。

 

紫は酒豪の中の酒豪の鬼や天狗とさえ互角に飲めるので、普通の人間とさして変わらないレベルの銀時ではまず一緒に飲んでても次第に潰されてしまうのは極々当たり前の事なのだ。

 

「クソ……! 俺にもっと力があれば……! どれだけ飲んでも酔いに潰れない屈強なる力があれば……!」

「ウコンの力でも飲めアホンダラ」

 

ちゃぶ台に頭を乗せたまま悔しそうに呟く銀時に霊夢が冷たくボソッとツッコミを入れていると、そんなグロッキー状態の彼の前にスッと水の入ったコップが一つ。

 

「そもそもあなたはペース配分が下手なのよ、相手に負けじと対抗して飲むから」

「いやお前にだけは言われたくないんだけど酔いどれアリスちゃん……」

 

銀時はコップを差し出してきた人物の方へと顔を見上げる。

 

立った状態でこちらを呆れた様子で見下ろすアリスの姿がそこにあった。

 

「お前なんか俺よりも酒弱いじゃねぇか、しかもすっげぇ性質の悪ぃ酔い方するしよ……」

「でも今のアリスは見た目普通っぽいわよ」

「あれホントだ? そういやお前ずっと隣にいたけど酒飲んでる所見てねぇぞ」

「ええだって今日は一滴も飲んでないから、酒の席だからって別に酒を飲む必要は無いでしょ?」

 

てっきりまた悪酔いして自分に絡んで来るのかと思いきやアリスは意外にも至って冷静な様子で自分の隣に座り直す。

 

「禁酒してるのよ私、だからしばらくはお酒は控えさせていただくわ」

「いやそんな話今まで聞かなかったけど俺? どういう風の吹き回し?」

「健康の為に決まってるでしょ」

「魔法使いが健康なんか気を遣ってどうすんだよ、お前等って基本飲み食いしなくても普通に生きていけるんだろ」

「は? 私じゃないわよ」

「?」

 

今更健康なんて気にする必要あるのかという銀時のふとした疑問に、アリスはキョトンとした様子で首を傾げた後

 

「そう」

 

まるで慈愛に満ちた表情で大事そうに自分のお腹をさすり始めるのであった。

 

 

「もうすぐ産まれるこの子の健康の為よ……あなたももうすぐパパになるんだからお酒はなるべく控えなさい……」

「酒で酔う前に既に自分自身で酔ってたぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何勝手に一人で想像妊娠してんだコラァ!!」

 

既に腹の中にはあなたの大事な赤ちゃんがいますよと言った感じで、既に母親になったつもりでこちらに話しかけてくるアリスに銀時は思わず酔いも忘れて騒ぎ出した。

 

「あの日からまだそんな月日経ってねぇだろうが! そもそも俺とお前じゃ子供出来るかどうかわかんねぇし! いやそもそもあの日の出来事自体あったかどうかわかってないんだからね! 正気に戻れ! そこまで妄想癖が強くなると病院行くことになるぞ!! あのマッドサイエンティストに脳みそこじ開けられるぞ!」

「いやァァァァ乱暴に揺すらないで!! 私の赤ちゃんが! 私とあなたが愛し合った結果によってお腹に宿った私達の赤ちゃんが!! あなたがなんと言おうと私は絶対にこの子を産むんだから!!」

「止めろぉぉぉぉぉぉこれ以上騒ぐんじゃねぇ! 奥さんいる所でなにとんでもねぇ事叫んでんだ!!」

 

銀時に肩を揺すられた事に涙目で訴えながらヒステリックに叫ぶアリス。

 

紫に続いて妹紅という強力なライバルが出現した事によって

 

恐らく彼女は自分が持つべき武器は何かと必死に考えすぎたせいで頭の中が一時的なパニックに陥ってるらしい。

 

勝手な妄想で取り乱し始めたアリスを宥めようとしながら銀時は慌てて紫と妹紅の方へバッと振り返り

 

「違うからねハニー! コイツの腹には決して俺の子とかいないからね!!」

「はいはいわかってるわよダーリン、その子がちょっとアレなのは私もよく知ってるし」

「なにお前が返事してんだよ、アイツは昔からハニーって呼んでたのは私の方だぞ」

「すっこんでなさい、今の彼のハニーは私ただ一人よ」

 

銀時に対してやる気無さそうに返事する紫に対して面白くなさそうに口をとがらせる妹紅。

 

もはや不毛な争いになりつつある中で紫は噛みつく彼女に睨みながら答えると、ため息を突いてちゃぶ台に頬杖を突く。

 

「いい加減にして欲しいものだわ、千年経っても未だに未練がましく……しつこ過ぎて逆に笑えてきちゃう」

「そいつは悪かったな、けどこっちだっておいそれと諦める訳には行かねぇんだよ、不死者にとって最も欲しいモノは永遠の時の中を一緒にいてくれる相手なんだからな」

「だったら”竹林の奥に住んでる彼女”と一緒になればいいじゃない、彼女もこの人と同じく不死身よ、女同士未来永劫イチャイチャしてれば?」

「お前、アイツと私が仲悪いの知ってるだろ? 未来永劫殺し合う中だぞアイツと私は」

 

妹紅は目を細めながらイラッとしつつ、頬杖を突いてこっちを見ようともせずにそっぽを向いている紫に自分から話しかける。

 

「それとしつこいって言ったらお前の方がずっとしつこかっただろ。元々アイツに厄介モン呼ばわりされて邪険に扱われてたのに、絶対に諦めずにアイツの傍に付き纏っていた所とかもう完全にストーカーだぞ」

「ストーカーじゃないわよ、私は彼がいつかこっちに振り向いてくれるってわかってたのよちゃんと、だからずっとその時が来るのをあの人の傍で待っていただけ」

 

昔の頃の行動に難癖を付けてきた妹紅に対し紫はチラッと顔を半分だけ見せて振り返り

 

彼女の目をしっかりと見ながらハッキリとした口調で

 

「私と彼は、初めて出会った頃よりずっと前から結ばれる運命にあったのよ」

「……アイツも似た様な事言ってたな、前世とかどうとか」

「記憶には無いんでしょうけど、きっとあの人の魂にはキチンと刻み込まれてる筈だわ」

 

そう言って紫は向かいでまだアリスと揉めている銀時の方へ視線をずらす。

 

「彼は私との約束をちゃんと守って再び戻って来てくれた、だから確信したのよ、私達二人の間には誰にも断ち切る事の出来ない鎖で繋がっている事に」

「……私が昔っからお前が嫌いなのはそこだ、八雲紫」

 

意味あり上げなことを突然言い出す紫に妹紅は低いトーンかつ囁くような声で呟き始めた。

 

「アイツの何もかもわかってるかのようなその口振りがいつも私の癪に障っていたんだ」

「あらそう良かった」

「それとお前の、私達が知りえない事も知っているという口振りも昔からよくわからないから更にムカついてた」

 

妹紅は怪しむ様に紫を見つめながら尋ね出す。

 

「なんなんだオマエ、現世から逸脱した幻想郷という奇天烈な場所を造り上げ、まるで何もかもお見通しと言った感じで飄々としている態度、神様にも近しい力を持つお前は一体何者なんだ?」

「今更あなたが私自身の事を興味持つなんて薄気味悪いわね……」

「なんだよそのドン引きしてる目、変な意味で興味持ってる訳じゃねぇよお前なんかに」

「あらそう良かった、でも残念だけどあなたの質問には何も答えるつもりはないわ」

 

何やら身の危険を感じたかのようにジト目を向けつつ、紫は彼女からの問いかけに曖昧に返事する。

 

「誰だって言いたくない秘密の一つや二つあるってもの、だから私はあなたなんかの質問に答えるつもりは毛頭ない」

「だろうな、「あの女はいつだって自分の素性は何も語ろうとしない」ってアイツがよく愚痴ってたからな」

「……」

 

やれやれと言った感じで肩をすくめながら妹紅がそう言うと、紫はしばしの間を置いて

 

「私が言わずともいずれあの人は気付くと思うわ、私とこの世界の正体、そして自分自身が何者なのか……」

 

呟きつつ紫は銀時の方へとまた振り返る。

 

相も変わらずギャーギャー言いながらアリスや霊夢と叫び合っているその姿をどこか懐かしく思いつつフッと微笑みながら

 

「そして全てを知るその時が来たら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼は私の下を離れていく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




修羅場編はこれにて一旦終わりですね、なんだか意味深なラストになっちゃいました。

さて次回は45話という話数にちなんで銀さんの話ではなく、ちょいとしたゲストキャラのお話です。

本来なら45話ではなく459話が良いと思うのですが、残念ながらそこまで長く続けられないので……

銀さんの話が見たい人はごめんなさい、次回は今までずっと存在をほのめかされた他所の作品のキャラが現れます。

祝、第二期其の二決定記念




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#45 徹冷の灯鬼

今回は特別編、「鬼灯の冷徹」との小コラボ話・前編です。

残念ながら銀さんは出ないです、彼の出番は次回に。





あの世には天国と地獄がある

 

地獄は『八大地獄』と『八寒地獄』の二つに分かれ

 

更に二百七十二の細かい部署に分かれている。

 

戦後の人口爆発

 

悪霊の凶暴化

 

あの世は前代未聞の混乱を極めていた

 

この世でもあの世でも統治に欲しいのは冷静な後始末係である。

 

 

 

 

 

 

そういう影の傑物はただのカリスマなんかよりもずっと少なく、その器用さ故に様々な場所へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

ここは現世の地獄ではなく、あの世とこの世の境に置かれる存在・幻想郷

 

そしてこの場所にもまた現世と同じく亡者を裁判する地獄が存在した。

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、閻魔大王より閻魔大王っぽい幻想郷の第二閻魔大王の鳳仙殿」

「相変わらず、いきなり訳の分からん挨拶をするな貴様は」

 

幻想郷の閻魔の一人、鳳仙

 

裁判席にて座る彼から迸る威圧感にものともせずにおかしな挨拶をするのは

 

赤い襦袢に黒い衣服で帯を貝の口に締め、その上から結び切りの帯飾りを付けた切れ目の一本の角の鬼であった。

牙が生え揃い両耳が尖っているなど鬼らしい容姿をしているが、髪の毛は鬼には珍しい癖のない黒髪

 

鬼灯

 

現世の閻魔大王の第一補佐官を務める一本角の鬼神であり

 

非常に有能だが、仕事に関しては部下の獄卒はおろか閻魔大王すらドン引きする厳しさで当たるドS。

 

加えて「大王の第一補佐官」と言う鬼の中ではトップの地位にいるため、周囲からは尊敬されつつも畏れられている。

 

あらゆることに対して情け容赦が無く、自分の意見もきっぱりと述べる等ある意味自分に正直な人物と言える

 

上司である閻魔大王であろうとサボるだの言い訳するモンなら、問答無用で愛用している金棒で殴ることも日常茶飯事である事からもそれが伺える

 

「常々思う事があるのですが、一度でもいいから鳳仙様が「なんでも鑑定団」のナレーション風に判決をする所が見てみたいです」

「なんでこのわしがそんな事しなきゃらならんのだ、陽気な声で亡者共に刑を下す閻魔が何処にいる」

「あの番組観てると、鑑定される品物よりもやたらと博識な鑑定団の方に興味が映っちゃうんですよね私」

「知るか、それより……」

 

相手が鳳仙であろうとお構いなしに勝手に持論を始めるのは流石というべきか天然と呼ぶべきか……

 

鬼灯の事は付き合いも長いのでそれなりに熟知している鳳仙は、まずは彼の話を軽く流し、そして彼の傍に従う様にちょこんと立っている”白い犬”を一瞥した。

 

ヘッヘッヘと舌を出しながら笑ってるかのような表情を浮かべるその犬を、鳳仙はただジッと見つめた後

 

「いつツッコめばいいのかどうかずっと考えていたが、その白い犬はよもや貴様のペットか。出張先にペットを同伴させるとはどこのOLだ」

「ああご心配なく、シロさんは現世の地獄で働くれっきとした獄卒です。ほら挨拶しなさい」

「こんにちは! シロっていいます!」

 

鬼灯に促されるとシロと呼ばれた犬は尻尾をブンブン振りながら口を開いて無邪気に答えた。

 

「不喜処地獄(犬や鳥に骨までしゃぶられる地獄)で働いてます! これでも昔は桃太郎の仲間として悪い鬼を懲らしめてました!!」

「貴様は何の用でここに来た」

「なんか面白そうだと思って鬼灯様について来ました!」

「……」

 

聞いてない事まで自己紹介かつ、動機としてはあまりにもわかりかねない理由で応えるシロに対し

 

あのや夜王と恐れられ、夜兎として日々殺戮の時を長く過ごしていた過去を持つ鳳仙でさえ、思わず数秒言葉を失ってしまった。

 

「貴様の地獄で働く者はこういった恐れを知らぬアホ共しかおらぬのか、鬼灯」

「いえ、確かにアホは多いですが真面目に働いてる人もいますよ。私もその一人です」

「貴様もまたどこかアホな所があると思うんだが? こちらに許可なく勝手に犬っころを連れて来たりな」

「すみません、シロさんが是非こちらの地獄と幻想郷を見てみたいとおっしゃったので」

 

動物に対してはどこか甘い所がある鬼灯は、謝罪しつつしゃがみ込んでシロにコッソリと耳打ちする。

 

「この方は、この幻想郷の地獄を統括する二人の閻魔大王の内の一人、鳳仙様です。あまりふざけ過ぎると頭かち割られるので気を付けて下さい」

「そうなんだ、でもこっちの地獄の閻魔大王とえらい違いだから俺凄いビックリした、もう一人の閻魔様もこれぐらい迫力あるの?」

「もう一人の閻魔は女性です、そちらはこの方程迫力はありませんが、また別の意味で相手にプレッシャーをかけてきます」

「へー現世の地獄とは色々違うんだー」

 

鬼灯の話を素直に聞きながらシロは感心したように頷いた後、何か思い出したのかすぐに彼の方へ顔を上げる。

 

「もしかしてここに来る途中で案内してくれたあの凄い美人な人?」

「アレは鳳仙様の補佐役の日輪さんです。元々は天照大神の遣いだったんですが、大妖怪として現世で大暴れしていた鳳仙様を諭して改心させ、更には彼が犯した罪を償わせる為にそのお手伝いをしてあげているんです」

「大暴れって、どれぐらい暴れちゃったの?」

「色々と昔からヤンチャしてたみたいですよ、元々は中国で生まれた妖怪で好き勝手暴れ放題だったらしいです。彼のハチャメチャな暴れっぷりは今もなお後世に伝わってる程ですから」

「……なんだろう、事の詳細を言わずにただ暴れてたってだけの表現にするから、ますます何をしていたのか気になって来た……」

 

どういう風に暴れていたのかは詳しく語ろうとしない鬼灯にシロが怖いと思いながらもついつい興味を持ってしまっていると

 

彼等の所に一人の女性がスッと歩み寄っていく。

 

「おや、見知らぬ犬が1匹鳳仙殿の過去の所業に興味をお持ちになられてますね」

 

四季映姫、鳳仙と同じくこの幻想郷の地獄にて亡者に判決を下す閻魔の一人だ。

 

「彼の話はあまり詳しく聞かない方が良いですよ、なにせその数々の悪行は、地獄の刑罰だけではとても精算できない程なのですから」

「あ! なんか閻魔様っぽい帽子被ってる女の人だ!」

「先程言っていた女性の閻魔大王、四季映姫・ヤマザナドゥさんです」

 

やって来たもう一人の閻魔、映姫をシロに紹介しながら、鬼灯は彼女にもまた深々と頭を下げる。

 

「お久しぶりです、幻想郷の地獄の視察とこちらの資料提出、それと例の件についての対談を目的にやってきました、忙しい中わざわざ閻魔大王本人が話し合いの席を設けてくれてありがとうございます」

「気にする必要はありません鬼灯殿、こちらも早急に片付けておきたいと思いましたので」

 

映姫もまた鬼灯に頭を軽く下げた後、眉一つ動かさない厳格そうな表情で話を切り出す。

 

「逃げ出した大悪霊・桂小太郎を再度地獄に封印する為に、どうか現世の地獄の方達のお力添えを頂きたいと思います」

「こちらも出来る事ならなんなりと、既に鴉天狗警察の方々をこちらに出撃されたみたいです」

 

鴉天狗警察とはかの源義経が率いる地獄で罪を犯した鬼や妖怪、逃げ出した亡者を取り締まる精鋭部隊だ。

 

彼等が動くともなればあの桂小太郎もそう安々と逃げおおせる事は出来ないであろう、多分……

 

「ですがアレは悪霊ではありますが現世では多くの方達に供養され続けていますので、その点を踏まえて私は是非とも祟り神として仕事を行って欲しいと思ってます」

「ふむ、しかし確かに供養は大事ですが桂は今に至るまで多くの者達を呪い殺した存在ですよ? そんな者をそう簡単に許すというのは地獄の裁判官としてどうかと思うのですが」

「許すのではなく鳳仙様の様に仕事を行い過去の清算をさせるという名目です」

 

鬼灯としては桂小太郎は祟り神として扱って彼でしか出来ない仕事をやらせたい

 

しかし映姫は、桂小太郎をただの悪霊として地獄に封印し、二度と転生出来ぬ様未来永劫閉じ込めておくべきだと考えているみたいだ。

 

現世の地獄と幻想郷の地獄だと、些細な部分がズレているのでこういった事で議論が展開されるのはよくある事である。

 

「まあ最終的にどうするかについては、まず桂小太郎を捕まえてから決める事にしましょう」

「私はこの場でハッキリと決めておくべきだと思いますが? どちらの地獄が彼の担当にするかについても是非とも語り合いたいです、当然こちらが担当する予定ですが鬼灯殿に正式な承認を貰いたい所なので」

「そうしたいのは山々ですが私は私でこれから幻想郷に出向いて視察を行いたいので、それからならたっぷり付き合いますよ、まあ現世の地獄はあなた方にあの悪霊を任せる気は毛頭ないですが」

 

徐々に話し合いの中で真顔のまま火花を散らし始める映姫と鬼灯

 

どうやらどちらの地獄が桂を担当するか、桂にどの様な処遇を与えるかについて互いに譲る気は無いらしく、真っ向から挑む姿勢が見て取れる。

 

そんな二人を交互に見ながら、シロは顔から汗を掻きながら戦慄する。

 

「す、凄い……鬼灯様に正面から言葉で真っ向勝負仕掛けようとする気満々じゃんこの人……」

「彼女は私でも油断できない程討論するのが得意なんです、むしろそれが彼女の趣味ともなっています」

「討論が趣味!?」

「鳳仙様が力で亡者を屈服させるのであれば、彼女は言葉で亡者を屈服させる、肉体的に責めるか精神的に責めるか、その対を為すお二人だからこそ裁判官として成り立っているんです」

「どっちの閻魔様も恐ろしいな……やっぱりどこの地獄でも厳しいんだ」

「ええ、ただし彼女は……」

 

鬼灯とまともに討論を始める気満々の映姫にシロが驚くが、当の鬼灯はそんな彼女を眺めながら

 

「どういう訳か、信じられないぐらい男を見る目がない」

「ええ! あんな真面目そうなのに!?」

「聞き捨てなりませんよ鬼灯殿、私が異性を捉える目が節穴だと?」

「事実を言ったまでです、貴女の旦那であるあの”化け狸”を見れば誰であろうと即座に私と同じ結論を導きますよ」

「化け狸!? この人の夫って狸なの!?」

 

映姫を指差しながら率直に言いたい事を言ってのける鬼灯には彼女もカチンときた様子だが、鬼灯の話は終わらない。

 

「名は坂本辰馬といい元々は四国で名の知れた大妖怪だったんですが、バカという言葉をそのまま具現化させたような見た目の男でしょっちゅう周りを巻き込む程の迷惑を行う常習犯です」

「奥さんの前でそこまで言わなくてあげなくても……」

「仕事となるとこれ以上ない働きっぷりを披露するんですがね、それでも加減を知らないせいでとんでもない事になるのも日常茶飯事、だからなのか私の友人の鳥頭さんと同じ匂いがするんですよ」

「それなら鬼灯様とも上手くやっていけそうだけどなー、その狸の旦那さん」

 

こき下ろしつつも一応フォローを入れておきながら映姫の夫である坂本辰馬の説明をする鬼灯

 

シロは彼の話を聞きながら、詳細に語る所からしてその男と結構接点が多いんだなと呑気に考えていた。

 

「俺なんだかその狸に会ってみたくなっちゃった、今どこにいるの?」

「私を放置して遊びに出向いた罰として、今は血の池地獄に落とされています」

「軽い気持ちで聞いたらとんでもない所に落とされてた!」

「彼女は夫にほっとかれると拗ねて度々刑に処するんです、前に来た時はあの男を釜茹でにほおり投げてました」

「あの時は一緒に帰る約束だったのに一人で勝手に帰った罰です」

「えー……そんな理由で地獄に落とされるのヤダなー俺……」

 

見た感じはかなり有能で凄く真面目そうな印象が強い映姫だが

 

鬼灯の話を聞く限りやはり地獄の住人、色々とやはり変わっている人物、ぶっちゃけていえばかなりの変人なのだという事をシロはよく理解した。

 

「それでも仕事の方はさっき鬼灯様が言ってた通り凄く出来る人なんだよね?」

「はい、そこはハッキリと断言できます。この二人は片方だけでもウチのアホ大王よりも有能ですししっかりしてますから」

「なら鬼灯様もこっちの閻魔様に就いてれば休みとかもっと貰えたかもしれないね」

 

現世では休日出勤も当たり前なほどオーバーワーク気味の鬼灯。

 

彼も休みが欲しいだろうと思っていたシロであったが、鬼灯は相も変わらず仏頂面のまま手を軽く横に振って

 

 

「私は今の閻魔大王で結構です、確かにお二人は非常に優秀ですが、その分我も強い所があるので操れないんですよ」

「え、操る?」

 

サラリと恐ろし気な事を言いながら鬼灯は自分で納得したかのように腕を組みながら縦に頷く。

 

 

 

 

 

 

 

「やはり地獄一頑丈でヘコまない大王をぶっ叩きながら地獄の黒幕を演じるという役割が私の性に合ってます」

「わしも閻魔として長い事過ごしたが……やはりこ奴ほど部下にしたくないと思った者はおらぬわ……」

「やはり器の大きい現世の閻魔大王様でないと、この男の相手は務まりません」

「鬼灯様にとっては今の閻魔様がベストパートナーなんだねー」

 

彼の名は鬼灯

 

現世の地獄で閻魔大法の補佐官として日々仕事に励む事を生業とする鬼神だが

 

今日も今日とて、幻想郷の地獄に出向いてもなおその変人っぷりを周りに隠すつもりなく曝け出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は小コラボ話・後編

鬼灯様ととシロが幻想郷に出向く

偶然出くわした銀髪天然パーマの男

二作品の主人公が幻想郷にて激突!?

キーワードは以上です

それでは


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#46 弐ノ其 徹冷の灯鬼

現世の地獄の補佐官・鬼灯はかつて桃太郎と共に鬼を懲らしめた犬・シロと共に幻想郷へ視察に来ていた。

 

「ほへーこれが幻想郷かー」

「あまりウロチョロしないで下さいね」

 

やや興奮した面持ちで人里の中を走り回るシロに後ろから注意すると、鬼灯はすぐに彼の横へと並んだ。

 

「シロさんは幻想郷に来るのは初めてみたいですけど、ここがどういう場所なのかぐらいは当然把握してますよね」

「んとね、ルリオから聞いた事あったんだけど、確か現世と地獄の中間にある場所なんだっけ?」

「その答えはあまり正確ではありません、世に忘れられた者が流れ着くと言われるあの世とこの世の狭間の境に置かれた秘境スポット、そして人間と妖怪が共存して住んでる場所というのがこの幻想郷です」

 

仲間の雉であるルリオから聞いたのであろうがどこかうろ覚えなので

 

人里を散歩がてら鬼灯は簡単に幻想郷の説明を始めた。

 

「まずここに住む人間はかつて昔はよくあった村を栄える為の生贄として選ばれた者達の様な、いわゆる信憑性の無い風習によって理不尽な目に遭った者達の子孫なんです」

「生贄かー、昔はどこにでもあったよねー。雨が降らないから子供を神に捧げるとか」

「そんな彼等を幻想郷を創り上げた大妖怪・八雲紫が神隠しの如くここに連れて来た事が始まりです」

「その八雲紫?って妖怪はどうして人間をここに連れて来たの?」

「一つは人間の文明開発力は他の生き物より優れているから、それともう一つは妖怪を生き残らせる為ですね」

 

ふと目に入ったとある古本屋を眺めながら鬼灯は顎に手を当てる。

 

「妖怪というのは人間の存在は必要不可欠なんですよ、人間に「いる」と強く認知されていなければ次第に存在の力が薄れ、最終的に存在その者が消滅してしまいます」

「あーそれは俺も聞いた事ある、あんま覚えてないけど……」

「現世で妖怪が減っているのはそのせいです、だから人間が妖怪の存在を認知しているこの幻想郷では、妖怪もまたなんとか存在を保つことが出来ます」

「八雲紫さんは生け贄に子供達や忘れられた妖怪を救ってくれた救世主なんだね、めっちゃ偉い人じゃん!」

「どうでしょうね、私あの人とは何度かお会いしましたが、どうも胡散臭いですよ」

 

古本屋から出て来た店主と思われし少女と軽く会釈を交えた後、鬼灯は再びシロと共に歩きだした。

 

すると向かいから千鳥足でフラフラーっとしながら歩いて来る男女を発見する鬼灯

 

「こうして説明してみると幻想郷の役割は確かに忘れられた妖怪や人間達のオアシスだと言えますが、もしかしてそれはただの建て前であって、ホントは別の目的があるんじゃないかと最近思う事があるんです」

「流石に鬼灯様の考えすぎじゃないの?」

「いえ、彼女は確かに人間や妖怪、更には忘れられた神でさえこの地に住ませてあげていますが、どうも彼等に対してはさほど関心が無い様に見えるんですよね、彼女が唯一関心・強い愛情を持つ相手は……」

 

徐々に向こうからやって来る男女と距離を縮めていく、その二人は……

 

「あ~もうダメだ、俺もう飲めねぇ……やっぱ昼間っから鬼と一緒に呑むなんざやるもんじゃなかった……」

「うぃ~なに勝手にグロッキーになってんだ我が宿敵~、これからあと10、20件ははしごするんだから付き合え~」

「20件って人里の飲み屋全部回る気かよお前! ん?」

 

こんな日も昇ってる時間から堂々と飲み歩いているのはかつては人々に恐れられた存在の鬼・伊吹萃香と

 

そんな彼女を過去に討伐した事がある不死者・八雲銀時であった。

 

どういう経緯があったか知らないが、二人は身長差があるにも関わらず、仲良く肩を組み合いながら上機嫌でフラフラ~と歩いて来たのだ。

 

「なぁ、アレどっかで見たツラじゃね?」

「あ~? ああ確かに、どこぞで見た仏頂面だな」

「……」

「……」

 

 

そして橋の上でバッタリと鬼灯と出くわす二人。

 

顔を赤く染めすっかり酔った様子で二人は首をダランとさせながら仏頂面の鬼灯の顔をしばし見つめた後……

 

 

 

 

 

 

「逃げるぞ」

「言わずもがな」

 

先程まで酔ってまともに歩く事さえ出来ていなかったのに、鉢合わせした相手が誰かと分かった途端回れ右して全速力で駆けて行く銀時と萃香

 

しかし鬼灯は無言で手に持った金棒を上に掲げると

 

「あだすッ!」

「えぎるッ!」

 

逃げる彼等の後頭部目掛けて勢いよくぶん投げた。

 

綺麗に食らった二人はそのままバタリと前のめりに倒れると、鬼灯はやや速足で彼等の方へ歩み寄り

 

「まっ昼間からなに酒飲んでんだ、働け」

「イテテテ……テメェいきなり金棒投げるとかなに考えてんだコラ!」

 

珍しく敬語ではない口調で鬼灯が窘めると、銀時はすぐにガバット起き上がって彼に向かって叫び出した。

 

「つうかなんでテメェがここにいんだよ! テメェがいつも用があるのは幻想郷じゃなくてここの地獄だろ!」

「ああ幻想郷の地獄には先刻顔を見せて来ました、今はここがちゃんと機能しているのか視察に来ているんです」

「オメェが来なくてもここはちゃんとやっていけてんだよ! 帰れテメーの地獄に! 塩ばら撒くぞ!」

「その程度の魔除けが効くと思うなら好きなだけばら撒いて下さい」

 

不死身であっても痛いモンは痛いので、やられた後頭部を摩りながら銀時が凄い剣幕で怒鳴るも

 

鬼灯は全く悪びれも無い様子で真っ向から立ち向かう態勢。

 

そうしていると二人の下へ慌ててシロが駆けてきた。

 

「どうしたの鬼灯様! その銀髪のモジャモジャ頭って誰!? もしかして鬼!?」

「いえ、確かに鬼は基本天パが多いですが彼は違います、鬼はこっちの小さい方です」

「はぁ~、相変わらず同族に対してなんという真似をするんだお前は……」

 

驚いてるシロに鬼灯が萃香の方を指差しながら説明していると、萃香もまたムクリと起き上がる。

 

「やはり同じ鬼であってもお前とは相容れないな、鬼灯。我々が牙を剥くのは同胞相手ではなく人間相手だろうに」

「鬼を自分基準に考えないで下さい、真っ当な鬼は私と同様まともに働いています、あなたもいい加減仕事に就こうとか考えないんですか?」

「たわけた事を……昔から鬼は人間に恐れられ人間を襲う事が仕事なのだよ」

「たわけはどっちだ、また退治されたいのか」

 

鬼灯は地獄の補佐官として休日出勤する程の激務を行っているのに対し

 

同族である萃香は未だに職に就かずにダラダラと酒を飲み歩いているだけの日々

 

そんな彼女に鬼としての定義を言われても全く説得力が無かった。

 

鬼灯と同じ鬼の萃香、シロは彼女を見ながら尻尾をフリフリと左右に振る。

 

「ホントだ頭におっきな角が二本生えてる、でも普通の鬼と比べるとちょっと小さいね、唐瓜さんや茄子さんと同じ小鬼なのかな?」

「あ~? なんだこの白い犬は? お前のペットか鬼灯?」

「ペットじゃないよ俺はシロ! 桃太郎の仲間なんだけど今は鬼灯様の下で獄卒として働いているんだ!」

「桃……太郎……?」

 

目を細めながら尋ねて来た萃香にシロはいつもの様に元気にご挨拶

 

しかし彼の口から出て来た桃太郎というワードを聞いて

 

萃香の目つきがガラリと変わり

 

「貴様ァー!!! 我等が鬼を退治したあの桃太郎の仲間かァァァ!!! よくもノコノコと私の前に姿を現したな! 仲間の仇をここで取ってやるわ!!」

「ひぃごめんなさい!! あの頃は若くて俺達もブイブイいわせてただけなんです!」

「そんな言い訳が通用すると……ぎぶッ!!」

 

怯えるシロに対し可愛げのある見た目とは裏腹に、鬼としての本性を見せようとする萃香

 

しかし彼女が襲う寸前にまたもや鬼灯が彼女の頭に金棒を振り下ろす。

 

「桃太郎さん達が退治した鬼は人間に害をもたらす”薀鬼”。無闇に人を攫い続けていた貴女と同様退治されるのは自業自得なんですよ」

「くぅ……! 何故だ! かつては鬼の四天王と呼ばれた私がこうも一方的に……!」

「日々の積み重ねがモノを言うんです、自堕落に生きて来た己自身を恨みなさい」

 

頭からポタポタと血を垂らしながら悔しそうに歯を食いしばって嘆く萃香に鬼灯が至極現実的な正論を述べていると

 

シロが桃太郎のお供だったと聞いていたのか、今度は銀時の方が「ほーん」と呟きながらしゃがみ込んでマジマジとシロを見つめる。

 

「あの有名な桃太郎の犬がコレかぁ? なんか軽くデブってるしどうも胡散臭ぇなぁ、ホントにこんなのが鬼を退治したのか?」

「俺だって昔はもっとスマートだったよ! 現代のご飯が昔より美味しくなったせいで食べ過ぎただけですー!」

「つーかそもそも鬼退治した犬が鬼の所で働いてるってどうなんだよ、おかしくね?」

 

太ってるという部分には敏感なのか、尻尾を逆立てながらムキになって言い訳するシロを見て、銀時はますます怪しむ様に眉間にしわを寄せる。

 

「俺も昔は鬼や色々退治したのによ、現世ではこんなメタボ犬の方が有名だってのが腹立つよなホント」

「メタボ犬って言うな! え? ていうか鬼退治した事あるの?」

「彼はかつて源頼光の配下として多くの妖怪を懲らしめて伝説になっています」

 

銀時とシロの会話の間に鬼灯がシレッと加わる。

 

「ちなみにその退治した鬼というのが彼女です」

「そうなの!? 退治した鬼と一緒にお酒飲んでるとかそっちだっておかしいじゃん!」

「うるせぇワン公、カミさんのダチのよしみでたまたま付き合ってやってるだけだっての」

「カミさん?」

「ああ、実を言うと彼は」

 

ギャンギャン吠えて来るシロにウンザリした様子で銀時が後頭部を掻き毟っていると

 

そんな彼を鬼灯が指さしながらシロを見下ろす。

 

「先程話していた幻想郷の管理人・八雲紫の旦那・八雲銀時です」

「はぁ!? ここで一番偉い人の夫がコレ!?」

「映姫さんといい、どうもここの女性陣は変な男とばかり所帯を持つんですよね。まあぶっちゃけ女性陣もかなりアレな方が多いので似たり寄ったりなんですけど」

 

幻想郷には変わり者が多い、男も女もてんでまともな者はいやしない奇人変人の巣窟だ。

 

それは勿論、今目の前にいる銀時や萃香も例外ではない、そしてこの幻想郷を統治する八雲紫もまた

 

「しかしシロさんが驚くのも無理はありません。妻が管理人として働いてる傍ら、この男は毎日こうしてプラプラと遊び回っている、こんな典型的なヒモ男とどうして何百年も夫婦関係を築いてるのか私も不思議です」

「俺達の夫婦の間柄に疑問持つ前にテメーの相手でも探してろワーカホリック馬鹿」

「余計なお世話だニート馬鹿、さっさと何でも屋なり教師なり働いたらどうなんですか?」

「そっちこそ余計なお世話だ、てかなんでその二択?」

「……なんだろう鬼灯様と白澤さんの下らない口喧嘩思い出した……」

 

天界に住むどこぞの神獣とよくやっている様な事を銀時相手にしている鬼灯を見て

 

あー鬼灯様と一番合わないタイプだなこの人と内心密かに思うシロであった。

 

「それより鬼灯様、もっと幻想郷回ってみようよ、あそこにあるデッカイ山とか面白そう」

「あそこは天狗が統治している妖怪の山ですよ、こちらから鴉天狗を派遣する趣旨を伝える為に出向く予定です」

「鴉天狗ぅ? そういや前に地獄の閻魔がそんな事言ってたっけな、 ヅラ捕まえる為に現世の地獄から応援を要請したとかなんとか……」

 

人里からでも良く見える一際大きな山を興味を持ってシロが見上げていると、鬼灯の隣から銀時が顎に手を当てながらふと思い出す。

 

「あんなバカ相手に現世の地獄まで本腰入れる必要もねぇと思うけどな」

「確かにバカですが半ば祟り神に近い悪霊ですし、こちらも本気で捕まえておかないと後々厄介になるのは目に見えてるんですよ。実際今もなお現世に呪いを振り撒いてるらしいですし」

「そんなに捕まえたかったらとっとと捕まえて来いよ、ほら」

 

悪霊である桂小太郎には是非とも現世の地獄で祟り神としての力を発揮して欲しいと思っている鬼灯

 

彼が地獄から鴉天狗を派遣してでも捕まえたいと聞いて、銀時はスッと一軒の店を指差すと

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハ! 昼飯も食べ終えたしそろそろ来るべき決起の為の集会にでも行くとするかエリザベス!!」

『はい桂さん!』

 

噂をすればとタイミング良く現れた桂小太郎と、謎の生命体エリザベスがガララッと店の戸から出て来たのであった。

 

お尋ね者でありながら一切周りに警戒せずに堂々と現れた彼に流石に鬼灯も一瞬硬直してしまう。

 

「……」

「ああ! アレって鬼灯様が探してた悪霊じゃん! 隠れる気ゼロで高笑いしながら向こうから現れたんだけど!」

「あそこのラーメン屋アイツのお気に入りなんだよ、未亡人の店主がいるから尚更な」

「未亡人好きなの悪霊!?」

 

銀時曰くあそこのラーメン屋は桂にとってお気に入りの店だったらしい。

 

向こうから探してた人物が現れた事でシロが驚く中、鬼灯は一人目を細める。

 

「……何をしているんでしょうね一体」

「チャンスだよ鬼灯様! 早くあの悪霊を捕まえよう!」

「いやそっちじゃなくて」

「え?」

 

キョトンとするシロを尻目に鬼灯はゆっくりと桂とエリザベスの方へと近づいていく。

 

何やら不穏な気配を放つ彼に気付き、桂もまた「ん?」と振り返って来た。

 

「はて、そなたどこぞで会った様な……」

『あ! 桂さんヤバいですよ! この人は……!』

 

少々見覚えがあると首を傾げる桂に慌てて警告を伝えようとプラカードを掲げるエリザベス。

 

しかし

 

彼等の距離が縮まった時

 

鬼灯の腕がまっすぐと伸びて

 

 

 

 

 

 

エリザベスの口の中へ思いっきり突っ込まれた

 

「冥界の主が何をやっている……」

『うぐおッ!』

「エリザベスゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

バリトンボイスが更にドスの利いた口調になり、完全にキレた感じで睨み付けながら鬼灯はエリザベスの口の中で”何か”を掴んだままズイッと顔を近づける。

 

「そちらで働いている従者の方からよく連絡が来てました、「近頃最近ウチの主が悪霊に現を浮かして仕事をしない」と……ですがまさかここまでバカげた真似をしているとは私も考えてませんでしたよ」

『あ、頭が割れ……!』

「どうしたんだエリザベス! おのれぇ何者かは知らんがエリザベスを苦しめるのなら容赦はせん! 覚悟!!」

 

別に頭は掴まれていないというのに突然頭の不調を訴え始めるエリザベス。

 

鬼灯が腕を突っ込んだ黄色いクチバシの中ではミシミシと何か鈍い音が鳴り響いている。

 

エリザベスの危機を察知して桂もすぐ様腰の刀に手を置きながら鬼灯に襲い掛かろうとするが

 

「ガウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「どぅ!!」

 

突如、彼の顔面に鋭い牙を立てて襲い掛かったのは鬼灯のお供であるシロ。

 

伊達に桃太郎と共に鬼を退治しただけあって、ここぞという時は凄まじい形相で敵に容赦なく頭からかぶりつく。

 

桂がシロに襲われているのも露知れず、鬼灯はただエリザベスだけを凝視しながら

 

「迷える死者の魂を導くという大事な仕事をサボってるばかりか、そんなアホな格好して災いを振り撒く悪霊と仲良くデートとは……どうやら私直々にお灸を据えてやらないといけませんね……」

『な、なんの事でしょうか……私はただのエリザベスです……』

「ていうかそのプラカード使っての会話方法ってどうなってるんですか?」

『き、禁足事項ですぅ……』

「随分と懐かしいネタを……」

 

誰もがツッコミたいと思っていた疑問をポツリと呟きながら、鬼灯は何かを掴んだままグイッとエリザベスを引きずっていく。

 

「ほら行きますよ、こうなったら白玉楼で妖夢さんに土下座して全力で謝ってもらいます」

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 桂さぁぁぁぁぁぁぁん!!!!』

「エリザベスゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

頭から血を垂らしながら連れ去られるエリザベスに懸命に手を伸ばす桂だが、ふと自分の頭をかじっているのが犬であるシロだと気付くと

 

「しまった! フワフワな毛並みと肉球に包まれてしまい動くに動けん! あーもうどうして肉球というのはこんなにも触り心地が良いのであろうか!」

「ふわ!? この人噛んでるのにどんどん嬉しそうな顔してるんだけど!」

 

噴水の如く血を噴き出しながらも桂の表情は笑顔。シロにかまれてる状況でありながら彼の足に付いてる肉球を触りながら嬉しそうな声を上げるので流石にシロも困惑。

 

無事に桂を捕らえたのは良いが、鬼灯は一人でエリザベスを連れて何処かへ行ってしまったし

 

桂は桂で自分の身体に頬ずりしながらかなり余裕といった感じなので、どうしていいのか途方に暮れるシロ。

 

そしてそんな状況をあくまで傍観者として見ていた銀時と萃香というと

 

「……邪魔者もいなくなったし、飲み直しにでも行くか」

「そうだな~、働きたい奴には好きなだけ働かせて、遊びたい奴は好き勝手遊ぶ、これもまた世の摂理というものよな~」

 

そう言い残すと二人は仲良く再び昼間からやっている飲み屋を探しに出向くのであった。

 

 

そして後々知る事になるのだが

 

あの後鬼灯は迷える魂が集まるという白玉楼にて

 

ジト目で正座しながら何も言わない魂魄妖夢に対してエリザベスの頭を鷲掴みにしながら何度も謎の謝罪をさせて

 

一方シロはというと

 

実は無類の肉球好きであった桂に骨抜きにされる程己の肉球を触られ続け

 

あっさりと彼を捕り逃がす事となってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鬼灯の冷徹コラボ回はこれにて終わりです

ホントはもっと長く書けますがあくまでちょっとしたコラボだからここまでです。

次回からは銀魂×東方だけの物語でお送りします、鬼灯ネタは今後もあると思いますが

それでは感想お待ちしております。


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#47 文理沙時霊銀夢魔

ちょっとした事件が起きたようです

霊夢に、そして銀時にも


ここは人間の集う人里

昼頃に来れば多くの人で賑わいあちらこちらで店が開いている。

そして時には人ならざる者もこの地に足を踏み入れてゆっくりと羽を伸ばしのんびりと時間を過ごす姿を見せる事もあるのだ。

 

「はぁ~今日の取材終わり~……やっぱり一仕事終えた後に来るこの甘味屋の団子とお茶は格別よね~」

 

そんなジジ臭い事を言いながらとある団小屋の腰掛に座ってお茶をすするのは射命丸文。

現在出ている新聞の中で売れてない新聞1位に輝く悲しき新聞記者である。

 

「しかし近頃はたての奴は景気が良いのに私は相変わらずのドベ……どこかに面白いニュースになりそうなネタないかしら……あ」

「ゲ、パパラッチガラスじゃねぇか……めんどくせぇ奴に会っちまったな」

 

串団子を一口食べながらなんとか新聞記者としてひと花咲かせたいと思ってた矢先、そんな彼女の下へ団子目当てにやって来た男が現れる。

文と会って早々早速思いきり嫌な顔を浮かべる八雲銀時がタイミング良くやって来たではないか。

 

「ちょっと席詰めろ、おい親父、団子とお茶くれ」

 

真ん中に座っていた文を追い払い、ドカッと彼女の隣に座ると同時に銀時は早速店の店主に注文する。

 

「いつも通りみたらしとあんこトッピングで」

「あいよ!」

「相変わらずみたらしとあんこのダブル乗せと甘ったるいモン頼みますね、糖尿病になりますよ? 一度医者に診てもらった方がいいのでは」

「医者の所には定期的に通ってるよ、このままだとマジでヤバいから控えろってさ」

「ならなんで団子にダブルトッピングぶちかましてるんですか? 完全に医者の忠告無視してるじゃないですか」

「週一なら食っていいって言われてんの、おい親父、おかわり」

「あいよ!」

「食べるの早ッ!」

 

いくら週一だけ食べて良いとはいえその一日の中で大量に甘い物を摂取してしまっては意味が無いのではなかろうかと心配する文をよそに、銀時は黙々と出されたきた新たな団子を一口食べる。

 

「そういやお前の所は景気どうよ? 儲かってんの?」

「全然ダメです、このままだと廃刊コースまっしぐらです、だから買って下さい、1ヵ月契約でもいいんで」

「無理、たまに買ってやってもいいけど毎日読もうとは思わねぇし」

「今なら私の体が付いてきます」

「洗剤よりいらねぇや」

 

顔を合わせればすぐに新聞を購読してくれとしつこくせがんでくる文を銀時は軽くスル―。

最近ではもう曖昧な返事で適当に流すのも慣れて来た。

 

「はぁ~どこかに良い記事にでもなりそうな特ダネとかあればいいんですがねぇ……あなたも結構遊んでそうですし愛人の一人や二人いませんか?」

「んなもんいねぇよ」

「私とかどうですか? 年も近いですし話も合いますよきっと、だから体の相性も合うと思うんです」

「思うんですじゃねぇよ、どういう繋がりでそうなるんだよ。いいからあっち行け、団子食いに来てんだよ俺は」

 

飛び切りの笑顔で自分を愛人にしないかと紹介してくる文に死んだ目を向けならが拒否する銀時。

銀時にとって文は新聞関係の話が無ければ結構きさくで話しやすい相手ではあるのだが……やはり売れ行きがヤバい為かここ最近はずっとこの調子なのである。

 

「俺が紹介した閻魔様はどうしたんだよ、長期購読してくれたんだろ?」

「してくれてますよ、今でも……私の書く記事一つ一つにダメ出しを言うので精神的にキツイですが、あの方のおかげでなんとか首の皮一枚繋がってる状況なんですよ私……」

「まああの閻魔は小言は多いしネチネチとしつけぇけど、仕事と自分の発言にだけは嘘を付かねぇ奴だからな、長く付き合えばそれなりにお前のダメ新聞も面白くなるんじゃねぇの?」

「そういえば八雲の旦那様は彼女とは結構なお知り合いの様で」

「ちょっと前に地獄観光がてらに会って来たぞ、相変わらずクソ真面目な感じだったわ」

 

そう言いながらやってきたおかわりをサッサと食べきり、またおかわりを注文する銀時。

 

「地獄で働く偉い奴ってのはどこも堅物過ぎていけねぇよ。この前も現世の地獄の補佐官が視察に来てて大変だったぜ」

「え、現世の地獄の補佐官!? そんな凄い人が幻想郷に来てたんですか!?」

「桃太郎のお供だとかいうデブの犬連れていつもの仏頂面でやって来たぞ」

 

滅多に来ないと言われるあの地獄の補佐官が視察に来ていたなんて全く知らなかった。

 

銀時の話を聞いて文は頭を抱えながら時遅しと後悔する。

 

「あー! どうしてその時に私を呼ばなかったんですか! ファッキン!」

「呼んだら呼んだらでオメェがアイツの金棒の餌食になるだけだろうが」

「相手が女でも殴るんですかその補佐官!?」

「お前そんな事も知らないの? アイツは冥界のお姫様だろうが首根っこ掴んでそのまま頭を地面に擦り付けさせる生粋のドSだぞ?」

「その時の彼女のお姿を是非写真に収めたかった……」

 

ガックリと肩を落としながら文はどさくさに銀時のお団子をほおばりながら、ふと顔を上げて天を仰ぎ見る。

 

「でもなんなんでしょうねホント……ここ最近ちょっと平和過ぎじゃありませんか? 博麗の巫女が出る様な異変が起きる気配もなし、あるとすれば外から悪霊やら地獄の補佐官がやってくる程度……」

「良いじゃねぇか平和で、俺は俺で色々と大変な目に遭ったけど」

 

ついちょっと前に元カノと現嫁が戦争をおっ始めようとしていた事を思い出していた銀時をよそに文ははぁ~と深いため息を突く。

 

「もっと幻想郷を脅かすビックリ事件とか起きてくれないモンですかねぇ……それを独占スクープ出来れば私の評価も天狗の中でうなぎ上りなのに……」

「なんでそこで俺を見つめるんだテメェ」

「旦那様ちょっと奥様にクーデター起こして幻想郷を支配してみませんか?」

「それをやっているのはヅラだ、そして俺は勝ちの無い戦はしねぇ」

 

サラッと銀時にあの八雲紫に反旗を翻せと催促してくる文にボソリとツッコミつつ、銀時は一気に注文した大量の団子が乗った皿を自分の膝の上に置く。

 

「大体事件や異変なんてない方が良いんだよ、めんどくせぇだろそんなの。ただこうしてまっ昼間からのんびり団子食ってる今の生活が幻想郷におけるベストライフなんだよ」

「いやそれ出来るの仕事もせずにブラブラしてるあなただけなんですけど……ていうかさっきから団子食べ過ぎですよ! なんなんですかその量!」

「だから言っただろ、週一なら甘いモン食って良いって医者に言われてんだよ俺」

「いくら週一でもその量を食べてると医者に知られたらグーパンで殴られますって!」

 

指に串を挟んで器用に団子を一気にほおばって胃の中に収めていく銀時に怪訝な表情で文が叫んでいると

 

「うぐ!」

「え、どうしたんですか?」

「うぐ! うぐぐぐぐぐ!」

 

お皿に乗った団子をあらかた口の中に入れていた途中で突然銀時が口を手で押さえて苦しみ始めた。

 

みるみる顔が青くなっていく彼の様子を見て、文はジト目で察する。

 

「……もしかして一気に食べ過ぎて喉に団子詰まらせたとか?」

「ごは! ごは! し、死ぬ……!」

「いやあなた不死身ですから、死なないですから」

 

不死身とはいえ苦しいモンは苦しい、予想通り喉に団子を詰まらせた銀時はもがきながら文に手を伸ばして助けを求めて来た。 恐らく早くお茶でも持って来い!と言いたいのだろう。

 

しかし

 

生憎、射命丸文とは弱っている相手に慈悲の手を差し伸べる様な、そんな甘い女ではなかった。

 

団子を詰まらせて彼が弱っているのを好機と捉えると彼女は目を怪しく光らせ

 

「仕方ありませんねぇ~……長年の付き合いのよしみで助けてあげましょうか」

「ふぐ!?」

 

突如銀時の方へ文はニタニタと笑いながら顔を近づけ、右手には常に持ち歩いている射影機が既に握られていた。

 

「知ってますか? 団子やお餅がのどに詰まった方をすぐに助ける方法を、”吸い上げる”んですよ……」

「んんんんんんんんんんんん!!!!」

「スクープが無ければ自分で作ればいい……という事でいただきまーす」

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!」

 

自らと銀時がよく映る様に射影機を構えながら、文は銀時に覆い被さる様に襲い掛かる。

 

まっ昼間の団子屋にて、店主のおっさんや通りすがりの人が唖然とする中で

 

何度も射影機のシャッター音が鳴り響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和だなぁ」

「そうね、私もアンタが来るまでは平和だったわ」

 

銀時と文が大変な事になってるそんな頃、場所は変わっていつもの博麗神社。

 

博麗の巫女・博麗霊夢が日課の掃除を終えて賽銭箱の中身をチェックしてる隣で

 

定期的に遊びにやって来る彼女の友人(?)である霧雨魔理沙が退屈そうに空を見上げていた。

 

「なんか異変でも起こらねぇもんかねぇ、空から宇宙人が降りてくるとか隕石が落ちてくるとか」

「そんな事が起きたら幻想郷だけじゃなくて地球そのものの異変よ、天変地異よ」

 

先程の文と同様この平和過ぎる幻想郷にそろそろ刺激が欲しいと思う様になった魔理沙を嗜めながら

 

いつもの様に賽銭箱が空だった事に舌打ちしながら霊夢がけだるそうな顔を上げる。

 

「でも確かにここ最近はなにも目立った事件は起きないわね、基本的に騒動ばっか起こす輩が多いこの幻想郷がこんなにも平和だと逆に不気味だわ。むしろこれこそ異変かもしれないわね」

「ここん所ずっと弾幕ごっこすらやってないからな~……誰か一騒動起こしてくれないかねぇ」

「騒動が起きてもそれを収めるのは私の役目よ、アンタが出る幕じゃないわ」

「おいおい霊夢さんよ、まさか楽しみを自分一人で味わうつもりかい?」

「楽しみじゃなくてそれが私の仕事だからよ、関係ないアンタは大人しくキノコ食って泡吹いて倒れてればいいのよ」

 

さり気に酷い事を言いながらやたらと騒動に自ら首を突っ込みたがろうとする魔理沙に手で追い払う仕草をしていると……

 

「ん?」

 

ふと前方からこの神社に向かって歩いて来る足音が

 

ゆっくりと近寄ってくる気配に気付いた霊夢が振り返ると

 

底には一人の男が立っていた。

 

蝶の刺繍が施された紫色の着物

 

左眼を覆う様に巻かれた包帯。

 

右手に持つのは一本のキセル。

 

そして腰にあるのは一差しの刀

 

 

初めて見たその異様な男の姿に、霊夢はジッと目を細めながら口を開く。

 

「誰よアンタ、見るからに参拝客じゃないみたいだけど、用がないならそこから回れ右して出て行きなさい」

「お、中々面白味のありそうな奴が来たな、なんだかえらくギラギラした雰囲気があるぜ」

「バカ言ってんじゃないわよ、変な連中の相手はもう沢山だっての、ちょっとアンタ……」

 

魔理沙は現れた男に少しワクワクしている様子だが、霊夢はジロリと横目でにらんで注意した後。自ら男の方へと歩み寄っていく。何が会ってもすぐに反応できるように警戒した足つきで

 

だが

 

「!?」

「……」

 

男がこちらにゆっくりと顔を上げて見せると突然霊夢の表情が凍り付く。

 

博麗の巫女であるがゆえに何か異様な気配を敏感に感じ取ったのだ。

 

男の右目は異様に鋭く、獲物を求める獣の如くギラつかせ。そして徐々に口元を歪ませて霊夢を見て笑みを浮かばせる

 

(ヤバい……コイツは絶対にヤバい……!)

 

目を合わせた時点で急に額から冷や汗が流れだした事も気にせずに霊夢は金縛りにあったかのようにその場を動けずにいた。

 

そして同時に悟った。

 

この平和だった幻想郷に

 

 

 

 

 

とてつもない混沌を巻き起こす異物が紛れ込んでしまった事を

 

 

 

 

 




幻想郷をぶっ壊しに満を喫して遂にあの男が登場。

次々と仲間を殺され消えていくのを前にして、遂に銀時の怒りが頂点に

神々によって封印されていた腰の木刀を遂に抜く時が来たのだ

次回・『死神降臨編』お楽しみに


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#48 銀天時子

天人ではありますが天人ではありません、何言ってるかよくわからないと思うけど


博麗神社に暗雲が差し込んでる中、人里にもまた新たな脅威が迫り込んで来た。

 

「思い切って下界に降りてみたけど、なるほど、下々の存在も随分と楽しく暮らしてるみたいね」

 

慌ただしく動いてる人間達を観察するかのように眺めながら歩く少女が一人。

 

長い青髪を揺らしながら優雅に、そしてナチュラルに一般庶民を見下す彼女は実はこの幻想郷に住む者ではない。

 

 

比那名居天子

天界という雲の上に住む天人で、比那名居一族の娘。

 

天人というのは天界の神々から認められ、天界に住む事を許された元人間の事を指し、決して宇宙人を指す言葉では無い。

 

名家のお嬢様という事もあってワガママで自己中心的、何より自由奔放な性格の為に他の天人から不良娘として扱われ半ば邪険に思われている。

齢数百歳以上。その理由は単に寿命が長いのではなく、死神を追っ払っているため。死神に負ければ死ぬからである。

 

彼女の帽子に付いている桃の実は仙果と呼ばれ、神仙に霊力や不老長寿を与える実とされており、天人の主食でもある。

 

しかし彼女曰く「これぐらいしか食べるモノが天界にないからぶっちゃけもう飽きてる」らしい。

 

「天界の退屈な生活、しつこい死神との戦い、腐るほどある桃、そういうのにウンザリしてたから気晴らしの下界バカンスも悪くないわね」

 

退屈な生活に嫌気がさしていた常日頃からこの幻想郷の地に降りてみたいと思っていた。

 

そして今日は周りの目が届いてないほんの僅かの隙を突いて、半ば天界から脱走した身で呑気に遊びに来ていたのだ。

 

「立川とかいう場所で長期休暇取ってる仏と神の息子の気持ちが少しわかった気がするわ、ん?」

 

上機嫌な足取りで橋の上を歩いていたその時、天子は橋の下の河原で何かを見つけた。

 

銀髪の天然パーマの男が人一人分は入るであろうドラム缶を用意して

 

黙々と中に河原の石を拾って詰めているではないか。

 

「何かしらアレ、普段は下民風情のやってる事なんかどうでもいいけど、せっかく下界に舞い降りたんだから話でも聞いて来ようかしら」

 

無言でより重そうな石を選んでドラム缶に入れていくその男に興味を持ち、下界バカンスで気分の良い天子は河原の方へと歩いて来た。

 

「ちょっとそこの天パ頭、こんな河原で一体何の儀式をしているのかしら?」

「あ? なんだお前、この辺じゃ見かけねぇツラだな」

 

銀髪天然パーマの男がドラム缶に手を置きながら振り返る。

 

その人物は幻想郷の管理人・八雲紫の夫の八雲銀時なのだが

 

下界の知識にはてんで疎い天子は相手が誰なのかわからずに腕を組みながら得意げに鼻を鳴らす。

 

「私の名は比那名居天子、天人よ」

「天人? あー神様の気まぐれのおかげで天上界に住むことが出来た成金共か」

「私を前にしてどストレートに失礼な事言ってくれるわね……」

「で、そんな神様の下僕共が何しに幻想郷に来てんだ? 悪いけど今俺忙しいからよそ行ってくんない?」

「私が来たのはただの気晴らしよ、そして私が今気になってるのはそれ」

 

死んだ魚の様な目で天人の事を成金風情、神様の下僕と片付ける銀時に少々カチンと頭にきたものの

 

天子はそんな事よりも彼が手を置いているドラム缶をビシッと指差した。

 

「アンタがやってる怪しげな行為がなんなのか教えなさい」

「……いや別に怪しい事なんてやってないんで」

「はぁ? どっからどう見ても怪しいでしょ、ちょっとそのドラム缶なんなのよ中身見せて……」

「いやいやホント危ないから近づかないで、怪しい事なんてしてないって言ってんだからさっさと向こうに……」

 

尋ねた瞬間銀時はあからさまに目を逸らして何かを隠してる様子だった。

 

それを見抜いて天子はサッとそのドラム化の方へと駆け寄って中身を見ようとが銀時は彼女の首根っこを掴んで引き離そうとするも……

 

ドラム缶の中身をほんの少し除く事に成功した天子はあるモノを目にする

 

ギチギチに縄できつく縛り付けられ、口にピッタリとガムテープを張りつけられた

 

妖怪の山の鴉天狗・パパラッチの射命丸文の姿を

 

「んんー!!!」

「え、あのちょっと……今この中に明らか妖怪がいたんだけど……」

「……いないよ」

「んー!!!」

「いやいるでしょ! さっきからんー!って涙目で叫んでるじゃない!」

「そう? 俺は何も聞こえないけど?」

 

銀時にすぐにドラム缶から引き離されたが天子はハッキリと見た。

 

妖怪が一匹身動き取れない状態で涙目で必死に助けを求めているのを

 

しかし銀時は問い詰めて来る天子に手を横に振りながらすっとぼけた態度を取りながら足元にあった大きな石を両手で拾って

 

「ほーらやっぱり中には誰もいないじゃないですかー」

「んぐほッ!」

「いや呻き声上げたわよ! 重い石をほおり投げられてんぐほッ!って叫んだわよ絶対!」

「あーはいはいわかりました、じゃあいいよ中にいるって事で」

 

指を突き付けながら叫んでくる天子に銀時は諦めた様子でため息を突くと、突然キッとした目つきで彼女に向かって

 

「けど今見てるモノは誰にも言うんじゃねぇぞ……言ったらお前もこの淫獣鴉と共に川の底に沈める」

「淫獣鴉と共にって……てか沈める気だったのそれ! 川の底なんて浅いんだからすぐバレるでしょうが!」

「いいんだよ、見つかるまでに中の奴が水死してくれれば」

「……その妖怪となんかあったのアンタ」

「いいえ何もありません、決して何もなかったと誓います、神に誓います、妻に誓います」

「そう何度も誓われると逆になんかありましたって白状してるモンよ……」

 

光の無い目で何度も誓う誓うとブツブツ呟き始める銀時に天子が若干引いていると、彼はコキコキと肩を鳴らしながら

 

「なんか石詰めるの疲れたわ、ちょっとお前やってくんない?」

「この期に及んで私を共犯にする気!?」

「大丈夫、中の奴が暴れても石でぶっ叩けば大人しくなるし、さあ遠慮せずにどんどん投げ入れなさい」

「ぐほーッ!」

「……そこまで殺したがるって事は余程の事があったんでしょうねきっと」

 

ドラム缶の中の文がまたなんか叫んでいるのもお構いなしにどんどん石を投げ入れていく銀時の持つ強い殺意に勘付いて、天子は気になったのでドラム缶へと顔を覗かせると中へと手を伸ばし

 

「はい、これで喋れるでしょう」

「ぷっはーッ! 誰だか知りませんが助かりましたーッ!」

「あ、テメェ! なに勝手な真似してんだ!」

「アンタが事情を言おうとしないから直接こっちに聞こうと思っただけよ」

 

射命丸の口を塞ぐガムテープをビリッと引き離して彼女から話を聞く事にした天子。

 

勝手な真似をされて怒る銀時をよそに、天子は文を見下ろしながら腕を組み

 

「で? アンタこの男となんかあったの!?」

「はい! キッスしました!」

「……え?」

「この男が妻に隠れて不倫しているという証拠をでっち上げる為に私のファーストキッスをあげてそれを記事にしようとしました! しかしコレは決して悪意があった訳ではなく純粋なる記者魂に従っただけであり私はなにも悪く……!」

 

尋ねたこちらに向かって文はやや早口で洗いざらい全て吐き出すかのように事の経緯を教えて来た。

 

そう、全ては彼女がこの銀時という男を利用して記事をでっち上げる為にやらかした事。

 

その話を聞き終える前に天子はそれを静かに諭すと……

 

「ふん!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! がばぁぁ!!」

 

ドラム缶から文を両手で引っこ抜いて、そのまま川に向かって全力でぶん投げた。

 

突然の出来事に文は叫びながら川の底に頭からダイブし、ゴン!という鈍い音を立てた後、プカーっと背中から浮いて静かに下流に流されていくのであった。

 

「……アンタが殺したい気持ちはなんとなくわかったわ」

「おい何勝手にアイツを放してんだ、アイツを野放しにしてるとまたなんか企みそうじゃねぇか」

「そうだったわね、ついノリで思い切り投げちゃったわ」

 

せっかくこの世から抹殺してやろうと目論んでいた銀時の計画がパーである。

 

しかし天子は全く悪びれもせずにフンと鼻を鳴らした。

 

「しかしこの幻想郷ってのはホント天界とは大違いね、まさかこんな太陽も昇ってる時間から河原で妖怪一匹を殺そうとする男に出くわすなんて」

「こんな事幻想郷じゃ日常茶飯事だ、むしろ最近は平和続きで割と充実してるんだよ。天界から来たのは別に構わねぇが、余計な災厄も連れ込んで来るならあの鴉の様にテメェも駆除されるって事は覚えとけ」

「あら下民の分際で私に勝てると思ってるの? どっからその自信が現れるのかは知らないけど発言には気を付けた方がいいわよ、こちとら最強の死神と何十年も殺し合いを続けて来た……」

 

外部から余計な面倒事を持ち込まれてはたまったものではない

 

けだるそうな顔つきをしながら天子に警告をする銀時だが、彼女はやれやれと首を横に振りながら自分がいかに強いかを証明してやろうとしていると……

 

「おーい八雲の旦那ー! 大変だ―!」

「ああ?」

「なによあの金髪の魔女っ娘」

 

いきなり上空から叫び声が聞こえてくると思ったら、銀時と天子の所に箒に跨った一人の少女が目の前にスタッと着地した。

 

博麗霊夢の悪友・霧雨魔理沙である。

 

「やっと見つけたぜ、アンタこんな大変な時にどこで油売ってんだよ」

「市民の平和を守る為のゴミ掃除だ、テメェこそなんだいきなり」

「実は博麗神社にとんでもねぇ奴が来ててさ……」

「博麗神社にとんでもねぇ奴なんざひっきりなしにやってくるのがデフォルトだろうが」

「いやいや今回は更にヤバいって、なんつうか雰囲気が別物なんだよ」

 

魔理沙に対しては何かと嫌悪感を示す銀時、顔を合わせて早々しかめっ面で追い払おうとするが

 

珍しく彼女も額から汗を流して焦っている様子だった。

 

「そいつがアンタを連れて来いって言って来てさ、そんで私が仕方なく人里を飛び回ってようやく見つけたって訳だぜ」

「そっちから俺に使いを出して呼びつけてくるたぁふてぶてしい野郎だな……で、そいつの名前は?」

「ああ、「俺の名前を出せばあの野郎はすぐに食いつく」って言ってたからちゃんと覚えてるよ名前は確か……」

 

向こうから呼びつけて来る真似なんてされて銀時はますます不機嫌な様子。

 

魔理沙にその人物の名前を尋ねてみると、彼女は人差し指で頭を突きながらしばしの間を置いて……

 

 

 

 

 

 

「あー”高杉晋助”確かそんな名前だったな」

「な! まさかあの高杉か!?」

「なんだやっぱり知り合いか?」

「あの野郎……いきなりこっちに来て俺を呼びつけるとはどういうつもりだ……」

 

高杉晋助、その名前に敏感に察知して目を大きく見開いて驚く銀時。

 

彼にとってはよほど関わりのある人物だったらしい。

 

しかし高杉の登場により苦々しい表情を浮かべる銀時の背後で

 

何故か天子がしかめっ面で舌打ち

 

(アイツまさか私を追いかけに来たっての? どんだけ私に対して執着してるのよったく……モテる女は辛いわ~)

 

内心そんな事を思いながら天子はそっと二人から距離を取ろうとしたその時

 

慌てた様子で魔理沙が口を開いた。

 

「つうか本当に何者なんだあの男、いきなり神社に来たかと思ったらアンタを呼んで来いって命令してくるし、挙句の果てには霊夢の家に勝手に上がり込んでやがったぞ」

「年頃の娘の家にいきなり押しかけてくるたぁふてぇ野郎だ、しゃあねぇ、霊夢が半ば人質にされてる様なモンだこっちから……」

「高杉が年頃の娘の家にいるですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「うおわ! なんだよお前いきなり!!」

 

高杉が霊夢の家にいると聞いては流石に出向かない訳にはいくまい。

 

渋々銀時は博麗神社へと出向こうとしたその瞬間

 

背後でコッソリ逃げようとしていた天子が彼等の方へ振り向き物凄い形相で叫び出したのだ。

 

「どういう事よそれ!! 私を放置してなにアイツ別の娘の家に遊びに行ってるのよ!! あり得ないでしょ!! この私が近くにいるのに違う女といるとか……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「だからなんなんだよお前! もしかしてお前高杉の事知ってるのか!?」

「当たり前でしょ! 私とアイツはずっと昔からほぼ毎日一緒にいたんだから! 私がどんだけ引き離そうとしてもアイツはその度に私に付き纏って来る!! そう!!」

 

狂ったように喚き散らす天子に銀時と魔理沙が表情をこわばらせていると、彼女は自信満々に胸を張りながらスゥッと息を吸って

 

 

 

 

 

 

「あの男は確実に私の事が好きで好きでたまらないのよ!!! 殺したいほど大好きな私を放置して別の女に鞍替えなんて断じて許さん! ジーザス!! そこの金髪銀髪コンビ! 私をその神社に案内しなさい!!」

「おい八雲の旦那、一体誰なんだコイツ……」

「俺だって知らねぇよ……とりあえず高杉の野郎となんらかの関わりがあるみたいだし、連れてってみるか……」

 

幻想郷に舞い降りた二つの凶星によって

 

新たな波乱が巻き起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死神と天人が共に幻想郷を焦土と化す

消えゆく我が故郷に遂に銀時の怒りが爆発

大妖怪に封じられた能力をいま解き放つ時が来たのだ

死神降臨編、仲間の死を踏み抜いてでも前に進むべし……


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#49 杉時銀高

悪しきパパラッチ射命丸文を川に流した八雲銀時と比那名居天子

 

しかしまたしても波乱が巻き起こる、今度は霧雨魔理から高杉晋助という男が博麗神社を占拠したという報告が届く。

 

人質にされたと思われる博麗の巫女・博麗霊夢の救出する為に銀時達は急いで博麗神社へと向かった。

 

「本当にここにいるんだろうな、高杉の野郎が」

「ああ、間違いないぜ」

「本当にいるのよねあの高杉が! 下民の分際で私に嘘付いてたら天罰下すんだからね!」

「だから間違いないって言っただろ、さっきからなんなんだお前?」

 

博麗神社の前へとやってきた銀時は魔理沙と何故か苛立ってる天子を連れて庭の方へと移動する事にした。

 

「しかしアイツが一体なんの理由で俺を呼びつけて来たんだ?」

「八雲の旦那、アンタあの怪しげな雰囲気を持った男とどんな関係なんだ?」

「昔一緒に妖怪共と戦った程度の仲だ、その頃からお互いにそりが合わなくて何度も斬り合いに生じたモンよ」

「アンタと昔からの戦友か、てことはあの男も相当長生きなんだろうな」

「アイツにはそもそも生きてるとか死んでるとかそういう概念自体ねぇけどな」

 

高杉という男について魔理沙に尋ねられ、銀時は思い出すのもめんどくさそうにしながら舌打ちしていると

 

いつの間にか自分の前をズンズンと歩いていた天子がブスっとした表情で振り返って来た。

 

「なにアンタ、高杉と過去に知り合ってましたっていう私に対しての幼馴染アピール? ムカつくわ~、大事なのは時間じゃないのよ、距離なのよ」

「俺と高杉で変な想像しないでくれる? つうかオメェこそアイツとどんな関係なんだよ」

「永遠に殺し合う関係よ」

「は?」

 

あっけらかんとした感じで肩をすくめながらおかしな事を口走る天子、意味が分からないと首を傾げる銀時をよそに天子はまた歩き始める。

 

「アイツは常日頃から私の命を狙い続けてるの、知ってるでしょ? 天人は天界に実る桃を食べる事によって寿命を引き延ばすことが出来る」

「いや知らねぇけど」

「けどそれは己の命を無理矢理引き延ばすという反則技、それを許すまじとアイツは私を殺しにやって来るの」

「……そういや地獄で聞いたっけな、高杉は俺達みたいな寿命の概念を失った奴等を抹殺する仕事に就いてるって」

 

高杉が現在行っているのは寿命を引き延ばす輩を殺して生命のバランスを保つ事

 

つまり彼は天界に住みながら寿命を淡々と伸ばし続けているこの天子を日々殺そうと励んでいるという事だ。

 

それを聞いて納得した様子の銀時に対し、天子は再び振り返って得意げな笑みを浮かべる。

 

「だから今のアイツは私を殺す事、つまり私の事で頭が一杯なのよ。残念だけどアイツはもう私の事しか眼中にないわ、哀れな幼馴染キャラは引っ込んで部屋の隅っこで泣いてなさい」

「オメェはどんだけ俺と高杉をおホモだちにしてぇんだ、そういうの無いから、俺もう結婚してるんで、美人な嫁さんいるんで」

「へぇ、果たしてその嫁さんは私の高杉と釣り合うレベルの男なのかしら?」

「女だよ! いい加減ぶっ殺すぞお前!!」

「フン、悪いけど私を殺せる奴は……」

「!?」

 

天子と言い争ってる途中で銀時達は庭へと辿り着いた。

 

その瞬間、周りから何やら嫌な気配を一同は感じる。

 

間違いない、ここら一帯を全て破壊しかねない程の強い殺気だ。

 

そしていきなり天子目掛けて勢いよく何者が飛び掛かり……

 

 

 

 

 

一瞬にして天子は突っ込んで来た人物の刀を手掴みで受け止め、余裕の表情でその人物と目を合わせていた。

 

「この”死神”だけよ」

「よう、まさか天界から逃げたテメェがノコノコと俺の前に戻って来るとはな……」

「高杉!」

 

左眼に包帯を巻き、蝶の刺繍が施された着物を着飾りし獣

 

高杉晋助が銀時達の前に隠れもせずに堂々と現れたのだ。

 

天子に持ってる刀を突き立てたまま、高杉はゆっくりと驚いてる銀時と久しぶりの再会をする。

 

「久しぶりだな銀時、相変わらずマヌケなツラしてやがる」

「テメェの方はしばらく見ねぇ内に随分と厨二臭いファッションになってんじゃねぇか、なんだその包帯? ひょっとしてカッコいいと思ってる訳?」

「はん、大した事ねぇよ、左眼はちょいとコイツに奪われただけだ」

「コイツが!?」

 

数百年ぶりの再会だというのに互いに悪態を突き合う高杉と銀時

 

彼の巻かれた包帯について小馬鹿にする銀時だが

 

その原因がこの天子だと知ってすぐに目を見開いて見せた。

 

「まさかテメェ程の奴がこんな小娘に後れを取るとはな、随分と剣の腕がなまってんじゃねぇの?」

「なまってるかどうか知りてぇならいっそこの場で斬り合いでもおっ始めるか? 俺は全然構わねぇぜ」

「上等だ、小娘にやられたテメェ如きに俺が負ける訳ねぇって事をその身にキッチリ教えてやらぁ」

 

売り言葉に買い言葉

 

ニヤリと笑いながら軽く挑発してきた高杉に銀時はすぐに腰に差す木刀を抜こうとする。

 

だがその時、高杉の刀を素手で受け止めていた天子はプルプルと震えた後……

 

「高杉の分際で!! 私を無視して昔の男と仲良く話してんじゃないわよぉーッ!!」

 

そう言って彼の刀を乱暴に振り払うと、天子は肩を怒りで上下させながらフーフーと息を荒立てる。

 

「アンタは私だけを見ていればいいのよ!!」

「おい銀時、どうやらオメェをわざわざ呼びつけた必要は無かったみてぇだな」

「あん?」

「だから無視すんなゴラァァァァァァ!!!」

 

相手にされてない事にキレて殴りかかってきた天子をヒョイッと後ろに軽く避けて見せながら

 

高杉は懐から一本のキセルを取り出して口に咥え始めた。

 

「俺は天界から脱走してここに逃げて来たコイツを連れて来いとオメェに命令するつもりだったんだ、手間が省けたぜ、何時まで経ってもテメーの女房の尻に敷かれてるオメェでも少しは役に立てるようになったんだな」

「こんなガキの尻に敷かれてるテメェにだけは言われたくねぇんだよ、わざわざそんな事を頼む為に俺を呼びやがったのか、死神のクセに情けねぇなマジで、テメーの女ぐらいテメーで探せバカ」

 

優雅に口から煙を放つ高杉に銀時が口をへの字にして文句を言っていると、その間に立っていた天子はますます機嫌を悪くさせていき

 

「もうなんなのよアンタ達! 狙いは私なんでしょ! だったらなんで私を放置して二人でぺちゃくちゃお喋りタイムに突入してるのよ! どうせなら私も混ぜなさいよ!」

「お前、自分が殺しに来てる奴がいるのに随分と余裕だな」

「そりゃそうよ、私と高杉はもう何十年も殺し合いを続けてる仲なの! こんな死神怖くもなんともないわ!!」

 

銀時に言われても平然とした様子で天子は叫びながら高杉に指を突き付けていると

 

イマイチ状況が掴めていない魔理沙が眉間にしわを寄せながら銀時に口を開いた。

 

「なあ、アンタ等はアイツの事を死神って呼んでるけど、具体的に死神ってどういう意味なんだ?」

「はぁ? そのまんまの意味に決まってんだろ、死神は死神、全ての生き物の命を管理している神様の1柱だ」

「神!? あの男って神様なのかよすげー!」

「元々は人間だったけどな、俺達とつるんで戦ってた頃は、野郎はまだ人間だった筈だ」

 

着物の袖を彼女に引っ張られながら、銀時はめんどくさそうに説明して上げると魔理沙は目をまんまると見開いてビックリした。

 

よもや高杉がそんな大物であったとは……しかし銀時は更に衝撃的な事実を漏らす

 

「かつては桃太郎と呼ばれて鬼退治に勤しんでた奴が今じゃ不死者退治に転職したって事だ」

「桃太郎!? コイツがあの有名な!?」

「正確にはもう一人の桃太郎だ」

 

顎に手を当てながら銀時は話を続ける。

 

「有名な桃太郎は本物の犬・猿・雉を連れていたが、コイツの場合は”犬の様に強い忠義を持つ男”と、”雉の様に飛び回る女”、”猿の様に悪知恵の働く男”、そして”フェミニスト”を引き連れて鬼退治してたんだ、コイツ等は有名だった桃太郎にちなんで、後々そう呼ばれるようになったんだよ」

「ちょっと待って一人変なの紛れ混んでるぞ! フェミニストってなんだ!?」

「俺もよく知らねぇけど本人がよく言ってたんだとよ、まあフェミニストというよりただのロリコンみたいだけど」

「明らかに浮いてるなそいつだけ……」

 

高杉とその愉快な仲間達の簡単な説明を聞いて魔理沙が頬を引きつらせ困惑の色を浮かべていると

 

当人の高杉はトントンとキセルに溜まった灰を落としながら口元に僅かな笑みを浮かべている。

 

「まさかオメェが俺の同胞を覚えてるたぁ驚きだぜ」

「ついこの前に元祖桃太郎が連れてた犬が幻想郷に来てたからそれで思い出しただけだ、つーかそんな事より」

 

無駄話はここまでといった感じで、銀時はフラッと一歩前に出る。

 

「ウチの巫女はどうした、さっさと出さねぇとそのニヤケ面を叩き斬ってや……」

「そうよ! アンタ大好きな私がいながら他の女の家にスティするってどういうつもりよああん!?」

「オメェは会話に入ってくんな! なんかややこしくなるから!」

 

単刀直入に霊夢の居所を吐かせようとする銀時を遮って天子が彼よりも前に出て高杉を問い詰めようとする。

 

彼女の肩を掴んで銀時は制止させようとするも、天子はそれを振り払い勢いよく高杉の方へ駆け出す。

 

「この浮気野郎! 日頃殺しにやってくるアンタを! 今回は私の方からお前を殺してやるわ!」

「だから待てって! こっちはお前等の痴話喧嘩に巻き込まれたくねぇんだよ!」

 

背後で呼び止めようとする銀時の言葉も無視して、天子は威勢良く叫びながら高杉の方へと飛び掛かった。

 

 

すると

 

「この御方になにしようとしてんのよアホンダラぁ!!!」

「はぁ!?」

「!?」

 

高杉目掛けて天子が飛び掛かったと同時に、高杉を護るように突如何者かが庇う様に現れて彼女に飛び蹴り。

 

お腹に深く蹴りを入れられて天子の方は驚きはしたものの、ダメージは無かったようでスタッと地面に手を着いて着地する。

 

すると彼女の前に立ち塞がる様にして

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女・博麗霊夢が仁王立ちの構えで立っていた。

 

「アンタ達ぃ! 高杉さんに指一本でも触れてみなさい! この私がギッタンギッタンにして懲らしめてやるんだから!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? お前何やってんだマジで!?」

「どうして霊夢がアイツの味方を? わけがわからないぜ……」

 

シャーッと威嚇しながら完全にこちらに敵意を向けて来る霊夢に銀時と魔理沙も訳が分からず戸惑いの表情。

 

そんな霊夢の背後で高杉は何事も無かったかのようにまだキセルを吸っていた。

 

「やれやれ、どいつもこいつも騒がしくて仕方ねぇ」

 

霊夢の裏切りに困惑する一同をよそに

 

高杉晋助の革命が今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




娘同然の巫女に牙を剥かれ重傷を負う銀時

その裏で死神が密接にかかわってると知り、やられた痛みよりも彼への怒りが勝る

悪しき死神を打ち払わん為に遂に銀時の内なる封印されし力が覚醒する時が来たのだ

次回、死神降臨編、激闘の末のフィナーレ、お楽しみに



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#50 高天杉子銀時

死神降臨編・最終話

最後に倒れたのは……


突如自分を助けに来た銀時達に対して牙を剥くのは博麗霊夢。

 

いきり立った状態で背後の高杉を護るかのように立ち塞がる彼女を前にして銀時も流石に困惑の色を浮かべていた。

 

「テメェ! 高杉を護る様な真似をして一体どういうつもりだ!」

「お黙りなさい、高杉さんはね、私を救ってくれたのよ」

「救った?」

「この人はね……」

 

 

銀時に対してしかめっ面でフンと鼻を鳴らした後、霊夢は背後に突っ立ている高杉をビシッと指差して

 

 

 

 

 

「空腹で死にかけていた私に対してヤクルコを与えてくれたのよ!」

「いやそんな理由ぅぅぅぅぅぅ!?」

 

ヤクルコというのはいわば大人も子供も飲める小さな容器に入った飲み物だ。

 

どうやら霊夢はそれを高杉に貰った事で彼に強い恩義を感じたらしい。

 

「いきなりやって来た時は見た目がアレだし100%不審者だと思ったけど! 屋敷でアンタが来るのを待たせて欲しいって言ってその代わりに私にヤクルコを1本くれたの! こんな高級な飲み物をタダで譲って下さるなんて……! まさにこの方こそ本当の神様よ!」

「いや確かにそいつは神様だけどもね! 知らない人から物受け取っちゃダメって散々言っただろ! つーかヤクルコっていつ高級な飲み物になったんだ! あんなの子供の小遣いで普通に買えるだろ!」

「その子供の小遣いレベルの金額さえ渡してくれない奴はどこのどいつよ!」

 

幻想郷の異変を阻止するという重要な役割を持つ霊夢に対して銀時や紫は彼女に対してロクな支給品を与えなかった。

 

実を言うと昔は度々普通の食料を持って行ってあげていたのだが、霊夢が意外にも人間離れした生命力を持っていたことが分かったので、ここ最近は「もうほったからしにしても生きていけるだろ」という安易な判断の結果。

 

ここ最近彼女に渡す仕送りは虫系と穀物系ばかりになってしまっている

 

「コオロギしか食べさせてくれないアンタなんかより高杉さんについた方が100倍マシだわ!」

「別にいいだろお前だったらコオロギで普通に生きていけんだから! ヤクルコ貰ったぐらいで裏切りやがって! つうか高杉! お前もお前だよ!」

「あ?」

 

霊夢と口論の最中で銀時は他人面してそっぽを向いている高杉の方へ指を突き出したまま叫ぶ。

 

「ウチの娘に勝手にヤクルコなんてあげてんじゃねぇよ! もしかして霊夢を謀る為にあげたのか!?」

「は、んな訳ねーだろ、俺はただテメェが来るのを待つ為に屋敷を使わせろと言っただけだ、ヤクルコあげたのは手ぶらで家に入るのもどうかと思っだけで他意はねぇよ」

「意外に常識人だったよ高杉君! 人様の家に上がり込んでつまらないモノですが的な感じでヤクルコ献上したの!? なんだろ! なんか負けた気がする!」

 

高杉本人は別に悪意があった訳ではなく、ただの粗品として彼女にヤクルコをあげただけだったらしい。

 

意外と人に対する礼儀はしっかりしているらしく、見た目からは到底思えない意外な心遣いをしていた高杉に

 

基本的に他人の家に入ってもモノなんて絶対にあげない銀時は少々敗北感を味わった。

 

しかしそんな状況も束の間、先程からずっと黙り込んでいた比那名居天子が

 

一人ワナワナと体を震わして絶句の表情を浮かべているではないか。

 

「私……高杉からそんなの貰った事無い……!」

「そりゃあお前さん、殺そうとしてる相手にモノ与える奴なんていないだろうさ」

 

霊夢が彼にヤクルコを貰っていたことがショックだったらしく動揺して声を震わせている天子に、魔理沙がへらへら笑いながら歩み寄る。

 

「どうせ霊夢がずっとひもじい顔してたから哀れみであげたんだろ? 捨て犬に餌あげたみたいなモンだろうし気にすんなって」

「下民の分際で私にわかった様な口を叩くんじゃないわよ! 高杉! これは完全なる私への裏切り行為よ!」

「……オメーはオメーで天界でもこっちでも相変わらず騒がしい野郎だな」

 

魔理沙もフォローも聞かずに天子は怒った口振りで高杉に食って掛かると

 

それに反応してめんどくさそうに高杉は彼女に対して目を細める。

 

「いい加減そのツラ見るのも飽きてんだ、そのキャンキャン喚く鳴き声にもな、さっさと俺に殺されてくんねーか? 俺はまだ残る不死者を殺す仕事が残ってんだ」

「はん! 誰がアンタなんかに殺されえるもんですか! アンタと私はこれからもずっと未来永劫殺し合う運命なのよ!」

「そう思ってるのはテメェだけだ、俺はさっさともう一人の不死者を殺したくて仕方ねぇ……」

 

胸を張って自信満々に答える天子だが、高杉の目はもはや彼女等見ておらず、隣にいる銀時のみを見据えている。

 

「そうだろ銀時、テメェもお天道様から見れば立派な大罪人よ、今の今までずっとこの世に寄生しやがって」

「そう言うなよ、ちょいと住み心地良いんで長居させてもらってるだけだ。何なら今から俺の引っ越し作業を手伝ってくれてもいいんだぜ?」

「なるほどねぇ、俺は今の仕事をキッチリ終わらせてから次の仕事に取り掛かる主義なんだが……」

 

座っていた石壁からスタッと降りて立った後、高杉は腰に差した刀を鞘ごと引っこ抜く。

 

「テメェを殺れるなら話は別だ」

「高杉、お前とは昔からずっと一緒に戦ってた間柄だったけど、こんな時だから言わせてくれ」

「ああいいぜ、多分俺も同じことを言おうとしていた、あの日あの時から俺は……」

 

銀時もまた腰に差す木刀に手を置き、互いにニヤリと笑いながら視線を合わせると

 

 

 

 

「「いつかテメェをこの手で斬ってやろうと思ってたんだよ!!」」

 

互いに得物を振りかざし真っ向から挑もうとする高杉と銀時

 

深い因縁を持つ二人が遂にこの場で雌雄を決する……

 

 

 

 

 

かと思われたのだが

 

「私の神社で暴れるなぁ!」

「ごっふッ!」

「私を無視するなぁ!」

「!」

 

ぶつかり合う直前でまさかの霊夢が銀時の頭頂部に、天子が高杉の後頭部に蹴りを入れて邪魔に入って来てしまった。

 

せっかくここでぶった斬ってやろうと思ってたのにと、銀時と高杉は一旦離れて自分を蹴って来た彼女達を睨み付ける。

 

「あのー霊夢ちゃん? こういう男同士が得物を取り合って戦うシーンの時に横から出てくるのは展開的にあまりよろしくないんだけど?」

「ここでやるなって言ってんのよ! 不死者と神様が暴れたりなんかしたらウチの神社が間違いなく跡形もなく破壊されるのが目に見えてるのよ!」

「高杉ィィィィィィィィィ!! 一体どうしたのよアンタ! アンタが見てるのはずっとこの私唯一人でしょ! あんな天パの白髪頭のどこが良いの!? 私とあの天パどっちが大切なのよ!」

「……どっちも殺そうとしか思ってねぇよ」

 

だが霊夢に叱られ、天子に訳の分からない事を言われ、すっかり銀時と高杉は徐々にやる気が削がれてしまった。

 

「アホらし、興が冷めたぜ、高杉、テメェと決着つけるのはまた今度だ」

「お互い妙な奴に目ぇ付けられちまったな、邪魔者が入っちゃオメェとの戦いも面白くねぇ」

 

髪を掻きむしりながらハァ~とため息を突いていつもの感じに戻る銀時にそう呟くと

 

高杉は天子の方へとと視線を動かす。

 

「俺に相手してもらいてぇならさっさと天界に戻れ、そこで思う存分お前を殺してやるからよ」

「へぇ~そう言われちゃ仕方ないわね~、やっぱりアンタ私のこと好きなんでしょ? そうなんでしょ?」

「……」

 

何をどう思えばそういう発想になるのだろうか、高杉は彼女とは嫌々ながらも長い付き合いだがこういう所は本当に昔からよくわからない。

 

しばし黙って彼女を見下ろした後、高杉はスッと踵を返して神社の出口へと向かおうとするが

 

「待ちなさい高杉! 天界に戻るのは構わないけどその前にこの私に何かしなければいけない事があるでしょ!」

「……なんだ?」

 

後ろから呼び止めて来たので今度は何だと高杉が振り返ると、天子は手の平を彼の方にかざしながら

 

「ヤクルコよ! 私にヤクルコをプレゼントしなさい!」

「……あぁ?」

「会ったばかりのあの巫女には簡単にあげておいて! ずっとずっと一緒にいた私にくれないなんて不公平だわ!」

 

高杉に恵んでもらった霊夢に対して対抗意識を燃やしたのか、今度は自分にヤクルコを寄越せと要求してくる天子に、流石に高杉の表情にも呆れてるのが見て取れた。

 

「なんで俺がオメェにヤクルコ奢んなきゃならねぇんだ」

「ヤクルコくれないと天界には戻りませーん! あ、R-1でもいいわよ!」

「ふざけんな、R-1の方が明らか高くつくじゃねぇか」

「いいから寄越せつってんだろうがゴラァァァァァ!!」

 

ヤクルコよりも高い飲み物まで要求して来た天子、そしていきなりブチ切れた様子で高杉に食って掛かる。

 

「もしかしてアンタ、好きな相手にプレゼント送る事がそんなに恥ずかしいの!? きっとそうでしょ! 自分の気持ちに素直になれないなんてホントにアンタは子供よね!」

「……」

 

今すぐにでもコイツを殺したい、高杉の形相と目は明らかにそう訴えていた。

 

しかし天子はそう簡単に殺せる相手ではないのはもう嫌というほどわかっている。

 

いざとなれば自分の左眼さえ奪い取る程恐ろしい力を持ってるのだから

 

だからここで無闇に刀を抜いて斬りかかる様な真似はせず、チッと舌打ちするのみ

 

「いいだろ、テメェのその下らねぇ妄想癖に付き合うのもめんどうだ、ヤクルコ奢ってやるから天界に帰れ」

「そうよ高杉やればできるじゃない、アンタはそうやって自分自身に素直になればいいの、それが男女の仲を進展するキッカケになるんだから……って何一人で勝手に行こうとしてんのよ!」

 

仕方ないと言った感じで承諾する高杉に満足げに頷きながら持論を説く天子だが、その最中に高杉は一人勝手に出口の方へと行ってしまう。

 

「待ちなさいよね! 私を置いて何処に行くつもり!」

「何処ってモノ売ってる人里に決まってんだろ、オメェがヤクルコくれって言ったんじゃねぇか」

「だったらそう言いなさいよ! 全くこの恥ずかしがりピュアボーイはいつもいつも……行くんなら私も連れて行きなさいよ!」

「……くだらねぇ」

 

苛立ちを募らせながら吐き捨てる様にそう呟く高杉の隣に目を輝かせながらドヤ顔で駆け寄る天子。

 

そうして二人は全く合わない歩幅のまま石造りの階段を降りて人里へと行ってしまった。

 

そして去っていく彼等に向かって、霊夢は大きく腕を振りながら見送る。

 

「さようなら高杉さーん! 今度は10本入りのヤクルコ持って来てー!」

 

どさくさにもっと寄越せとおねだりしながら別れの言葉を霊夢が送ってる中、取り残された銀時はやれやれと首を横に振る。

 

「ったくとんだハタ迷惑だぜ、いきなり高杉が来たって聞いたからてっきり幻想郷をぶっ壊しに来たと思ったのによ」

「でも悪人面の割にはあんまり悪い奴じゃなさそうだったぜ、霊夢にヤクルコあげたしよ」

「悪党だろうが善人だろうが俺は野郎は気に食わねぇけどな、とにかくこれで一件落着、幻想郷は依然平和のままですって事だ、はぁ~終わった終わった」

 

高杉の事をてっきり幻想郷に騒動を巻き起こそうとする悪党だと誤解していた魔理沙だったが、霊夢に施しをあげる程度の良識を持ち合わせていたと知って考えを改めるも、銀時にとっては彼がどっちであろうといずれはぶった斬る事に変わりない

 

「俺も人里に戻るとするか、アイツと鉢合わせしねぇ様にしねぇと。おい霊夢、久しぶりに一緒に飯でも食いに行くか?」

「え!? アンタがご飯連れてってくるってどうゆう事? なんか企んでるじゃないでしょうね!?」

「企んでねぇよ、ヤクルコ1本であっさり裏切るお前を今後の為に手懐ける為だ」

 

いきなり飯に誘われて警戒する素振りを見せる霊夢にけだるく答える銀時だが、魔理沙はジト目でボソリと

 

「それは企み以外の何モンでもないだろ……ていうか私も連れてってくれよ八雲の旦那」

「テメェはその辺に生えてるキノコでも食ってろ」

「自分に素直になれよ八雲の旦那」

「あの天人の真似すんのは止めろ、そもそも俺はずっと昔からテメーに素直に生きてんだよ」

 

ニヤニヤ笑いしながら天子みたいなことを言う魔理沙に銀時がしかめっ面で返事すると

 

思いきり背伸びをしながらふぅ~とため息突き、彼女達と人里へと向かおうとする。

 

だがそこへ

 

「フッフッフ……見つけましたよ旦那様……」

 

突如茂みからガサッと物音がしたかと思えば、そこから一人の少女が銀時達の前に躍り出る。

 

「先程は手痛い目に遭いましたがついさっき完全復活した射命丸文ここに見参!」

「あ、パパラッチガラスだ」

 

ここへ来る前に川に流しておいた筈の射命丸文であった。

 

銀時は彼女を見て無表情で固まっていると、魔理沙は指差して彼女の存在に気付く。

 

「相変わらずいきなり出てくる野郎だな」

「てかどうしたのアンタ? ずぶ濡れじゃない」

「この鬼畜天然パーマに川に突き落とされたんですよチクショー!」

「いや突き落としたのは俺じゃねぇし」

 

よく見たら全身からポタポタと水を滴り落とし、髪の毛も服もすっかりビショビショである。

 

霊夢がその事に指摘すると彼女はすぐに銀時を指差して犯人は奴だと主張するが

 

実際の所彼女を川に突き飛ばしたのは天子である。

 

「おい腐れガラス、さっさと俺の前から消えねぇと今度こそ川の底に沈めるぞ」

「フッフッフ、いいんですか私にそんな真似をして……! 私にはあなたを脅すとっておきのネタがあるんですよ!」

「は?」

 

彼女に対してはちょっと前の出来事のせいでかなり頭に来ている銀時だが

 

そんな彼に対し挑発的な物言いをしながら、文はドヤ顔で一枚の写真を取り出す。

 

「これはあなたと私が一線を越えてしまった瞬間を捉えた大スクープ写真です、私に指一本でも触れたらこれをうっかり霊夢さん達に見せてしまいますよ?」

「え、アンタってアイツともなんかやらかしたの? アリスといいあの元カノといい、いい加減にしないと紫怒るわよ?」

「おいおい八雲の旦那、アンタ見かけによらずモテるんだな」

「……」

 

霊夢から非難の目、魔理沙から意外そうな表情を浮かべられながらも銀時はずっと無表情のまま

 

それに対してヒラヒラと手に持った写真を振りかざしながら得意げに語る文

 

そして

 

「まあでも安心して下さい、私からの条件を飲めばあなたが私と過ちを犯した件については黙っておきましょう(写真は今後の為に残しておくけど)とりあえず私の新聞を旦那様がざっと百年ほど購読して下されば……」

 

写真をネタに上手く脅し取ろうとしていたその時

 

突如文の口元をガッと強く抑えつけられる手が伸びた

 

彼女が気付かない内にいつの間にか銀時が彼女の目と鼻の先に能力を使って移動していたのだ。

 

「おい知ってるか? 俺はどんなに相手が素早かろうが遠くへ逃げようが、認識さえすればあっという間にその距離を縮める事が出来んだよ」

「んんー!?」

「お前は確かに幻想郷じゃトップクラスの速さだ、だが例えお前が地の果てに逃げようが俺は一瞬で追いつくことが出来る、つー事でこの意味わかる?」

「ん! んんんんんんんんん!!!」

 

顔をメキメキと強く握られていく感触と痛みを覚えながら涙目になる文に対し

 

銀時の目が鋭く光った

 

「俺を脅すという事はそれは俺に死刑宣告されるって事なんだよ……!」

「んんんんんんんんんんんんんんんんー!!!!」

「川の底に沈めるのは止めだ、やっぱお前には俺直々に制裁を加えてやらないとダメみてぇだな」

「んー!んー!」

 

「ごめんなさい私が悪かったです!」と言いたいのだろうが、口元を抑えられているので上手く喋れず、文はただ涙を流すばかり

 

そんな無体な彼女相手に銀時は怪しく目を光らせ

 

 

 

 

 

 

「そんなに欲しけりゃくれてやるよ、その身体にたっぷり銀さんのキスマーク刻んでやらぁ……」

「んごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

銀時だって普段はここまで怒らない、だが強引に唇を奪われた事が彼を怒りの頂点に導いてしまったのだ。

 

今までずっと鳴りを潜めていた銀時の怒りが遂に爆発した瞬間であった。

 

 

 

その後、長い間文の悲鳴が絶える事無く博麗神社で続いた。

 

「いや~やっぱり最近平和だよな幻想郷、なんか異変でも起きねぇかな~」

「それよりも早く食事連れてって欲しいわ」

 

近くで行われている惨劇にも全く目もくれずに

 

魔理沙と霊夢は退屈そうにため息を突くのであった

 

 

今日も幻想郷は平和です

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告と全然内容が違った? まあそんな日もありますよ(すっとぼけ

という事で次回はまた”彼女”の話

大切な友を助ける為に、手を差し伸べた先にいたのは……


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#51 私と蓮子、蓮子、蓮子、蓮子……

言い忘れてましたがちょっと前に始まった勇者ヨシヒコとこの素晴らしい世界に祝福を!のクロスオーバー

「勇者ヨシヒコと魔王カズマ」の方もよろしくお願いいたします!


松下村塾にある居間にて彼女は布団の上で静かに眠っていた。

 

筈かにスースーと寝息を立てている事から生きているのがわかってホッとする。

 

連絡が来てすぐさま様ここへとやってきたメリーは

 

こちらがどれだけ必死に走ってやって来たのも露知れずに、蓮子は一時の安らぎを得たかのように眠っている。

 

「あらもう来てたの、早いわね」

 

自分達しかいなかった居間に襖を開けて女性が気の抜けた調子で入って来た。

 

八意永琳

八意松陽の妻にして蓮子やメリーの大学で教授を務めている女性。

 

いつもけだるそうな感じでしてる割には危険な実験を繰り返す常習犯であり、その度に蓮子が実験台として酷い目に遭わされている。

 

しかし今回ばかりは彼女も神妙な面持ちで震えるメリーの隣にゆっくりと座った。

 

「彼女の病名は”アルタナ欠乏症”」

「アル……タナ?」

 

聞き覚えの無い病名にメリーが困惑していると永琳は眠っている蓮子に目を細める。

 

「地球にはアルタナという大地の生命エネルギーの事、この星では龍脈と呼ばれてるんだったかしら? 彼女は生まれつき大地から発生するアルタナを取り込んで生命活動を維持する特異体質だったのよ」

「じゃあどうして蓮子はこんな風になったんですか……」

「地球のアルタナは今”月”の管理下にある、本来発生するべき地球のエネルギーを牛耳ってよりここの生命体を支配する為にね」

 

アルタナ、龍脈、大地の生命エネルギー……様々な言葉がメリーの頭の中でグルグルと駆け巡っている。

 

蓮子は今苦しんでいる、そのアルタナというエネルギーを体に取り込めないから、そして取り込めなくなったのは月が地球のアルタナを統治する様になったから……

 

「蓮子は……蓮子は助かりますよね? 大きな病院に行けばきっとな助かりますよね……」

「……残念だけど地球の病院でどうこう出来るモノではないわ、だから私がここで診ているんだもの」

「教授が診てくれれば助かるんですか……蓮子は助かるんですか?」

「……助からないわ、私の役目はせいぜい苦しみを和らげる為の治療薬を施す程度よ」

「!」

 

何度も助かるのかとすがる様に弱々しく呟くメリーに、隠し事もせずにハッキリと辛い現実を突き付ける永琳。

 

その言葉を聞いてメリーの頭の中は真っ暗になる、震える体が一際大きくグラついた。

 

「アルタナというのは、月の方達に頼めば提供してもらえるんですか?」

「止めて置いた方が良いわね、連中は地球人の話なんか聞く耳持たないと思うわ、彼等にとって地球は研究所・地球人はただの実験動物に過ぎないんですもの、せいぜい貴重なアルタナ生命体として彼女を死ぬまで実験体にさせるだけよ」

「じゃあ何か! 何か蓮子を救える方法は無いんですか!?」

「……無いわね、この子はもう数日で体内の残り少ないアルタナを使い果たして死ぬ」

「死……」

 

聞きたくなかったその言葉を聞いてメリーは抗う事の出来ない絶望を覚えた。

 

目の前が真っ白になり思考も完全に停止

 

今目の前で静かに眠る少女があと数日で……

 

自分にとって最も大切な友達が……

 

「貴女がやるべき事は、この子の最期を見届けてあげる事でしょうね」

「私……私は……蓮子……蓮子……!」

「背筋伸ばして前を見なさい、この子の姿をしっかりとその目に焼き付けてあげて」

 

不思議と涙は出なかった、深い悲しみに打ちしがれている筈なのに

 

メリーがただ虚ろな目で求める様に蓮子の名を呟き続けると、永琳がふぅっとため息を突く。

 

「……ウチの娘も流石に落ち込んでたわ、本人は絶対に認めないだろうけど、あの子にとって貴女達は数少ない同年代の友人だったみたいだし」

 

見るからに気が狂いかけているメリーを宥める華の様に彼女の頭に手を置いた後、スッと立ち上がる。

 

「あの子と二人で、彼女の最期の時間を支えてあげなさい、私や夫も出来る限りの事はやってあげるし塾の子達もきっと協力してくれる」

「……」

「頼んだわよ、メリー」

 

そう言い残すと永琳は静かにその場を立ち去った。

 

残されたメリーはただ目の前で眠っている蓮子を食い入るように見つめながら

 

彼女にそう遠くない場所から死が迫っている事を受け入れたくないと全力で拒否していた。

 

「蓮子は助かる……きっと助かる……この子がそう簡単に死ぬ訳ないじゃないの……」

 

自分にそう言い聞かせながらギュッと拳を握り

 

その目から徐々に光が失われつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

松陽に今晩はウチに泊まりなさいと言われたがメリーはそれを断って帰路についていた。

 

トボトボとおぼつかない足取りをしながらどこへ向かっているのかも正直定かではない状況で

 

ただどこから何か幸運が巡って来るんじゃないかと淡い期待を寄せながら歩を進める。

 

「どうして蓮子が……どうしてこんな事で死ななきゃならないのよ……こんなの現実じゃない、ただの夢よ……」

 

長い髪を揺らしながら首を左右に振って歩くその姿は傍から見ればお化けかなんかと誤解してしまうかもしれない。

 

しかしメリーは他人にどう見られようがこれっぽっちも気にしてない様子で、ただ頭の中でずっと早くこの悪夢が覚めて欲しいと願い続けていた。

 

「目が覚めたら蓮子はきっといつも通りに戻ってる……またいつもの様にふざけた調子でバカな事やって……それに私が呆れながら疎めて……そして松下村塾のみんながまたやってるって笑い出す……その後ろで先生が見守るように立ってて、先生の隣にいるあの子が私達を見てけだるそうに髪を掻き毟って……それで最後に教授が変な薬を持って来て蓮子に無理矢理飲まそうとする……ハハハ」

 

我ながら下らない絵空事だなと思わず渇いた笑い声を上げるメリー

 

こうして刻々と時間が経つ内に段々と頭の中がハッキリしてきた。

 

コレは夢ではなく現実なのだと

 

そして蓮子はもう……

 

 

 

 

 

 

「こんな夜中にフラフラしながら歩いて、まるで幽霊みたいね」

「!?」

 

いきなり聞こえて来た声にメリーはやっと我に返ってバッと顔を上げた。

 

そこに立っていたのは長い黒髪を腰まで垂らした自分とさほど年の変わらない少女……

 

こちらに対して友好的だと言わんばかりに張り付けた笑みを浮かべ見据える様に見つめて来る。

 

「なにかよっぽどショックな事でもあったのかしら?」

「……」

「警戒しなくていいわ、私は”月の民”、あなた達地球人をよりよい生活を送らせる為に切磋琢磨してる者の一人よ」

「月の……!?」

 

突然自分が月の民だと名乗り出す少女にメリーは目を震わせる。

 

月の民、今現在蓮子が苦しんでいる原因を作った元凶……彼等さえ地球に来なければこんな事には……

 

「……何か目に憎しみが込められている様だけど、まあ地球の人達に誤解されているのは慣れているから別に良いわ」

 

メリーに睨み付けられながらもさして気にしてない様子で肩をすくめて見せると、少女はあっけらかんとした感じで話を続ける。

 

「何かお困り事でもあるなら力貸そうかしら?」

「……だったらアルタナを渡しなさい、私達には今それが一番必要なの……あなたを人質にして力づくでも……」

「アルタナ? ああ惑星の生命エネルギーね、構わないわよ、好きなだけあげる」

「え!?」

 

即答する少女にメリーは思わず口をポカンと開けて目を大きく見開いた。

 

アルタナを……貴重なエネルギーを個人の考えであっさりと渡すと言ったのかこの少女は?

 

「でもその代わり条件があるの、まあ凄く簡単な事だから安心して」

「条件……?」

 

条件と聞いて怪訝な表情を浮かべるメリーに、少女は笑いかけながら首を傾げた。

 

「蓬莱……八意松陽のいる場所に案内して欲しいの」

「先生の……居場所……?」

「あの男は私達月の民のが近づいたり監視できない様に特殊な結界を張り巡らせているみたいでね、さっきからずっと私この辺を延々と歩かされて疲れて来たの」

「ちょ、ちょっと待って! どうして先生がそんな事を!」

「決まってるでしょ」

 

急にどういう事だと驚いたメリーが咄嗟に疑問を投げかけると

 

少女の笑みがスッと消えた。

 

「松陽は月から逃げて来た脱走者よ、同じく月の民である永琳の手助けを借りて上手く逃げたつもりなんだろうけど私の手からは逃れられない、まあ見つけるのに何十年も費やしたけど」

「先生と教授が……月の民……!?」

「やっぱり知らなかったのね、まんまと上手く騙されたのねアイツ等に、可哀想に」

 

間違いなく本気で可哀想だと思ってない口振りで哀れみの目を向けてくる少女にメリーは言葉を失う。

 

あの二人が月の民? 脱走した? どうして? この地球に逃げ隠れている理由は?

 

様々な疑問が頭の中に浮かんでは消えの繰り返し

 

ショックで動揺を隠しきれていないメリーに少女はゆっくりと歩み寄っていく。

 

「私の手を取ってあの男の下へ案内してくれればそれでいい、そうすれば貴女は月の民の為に力を貸してくれた功績者として私達から褒美を授かる権利を貰える、つまり……」

「アルタナを……惑星の生命エネルギーさえもくれるというの?」

「もちろん、あの男を捕まえればその程度の事ぐらいお安い御用」

「……捕まえる、先生を……」

「ええ、あの男だけは許さない、絶対に……」

 

最後に吐き捨てる様にそう呟く少女にメリーは自分はどうしたらいいのかと混乱し始める。

 

彼女の話が本当であれば、協力するだけで蓮子を助けられる道が開く。

 

だがその手を取ったら先生を裏切る事に他ならない、数少ない心許せる恩師を自ら売るという事に……

 

「迷ってる”フリ”は終わった?」

「!?」

「本当はもう決まってるクセに、あなたが本当に心の底から手に入れたいモノはなに?」

 

 

ずっと動けずに震えるだけだった自分に勿体ぶった様子で少女が声を掛ける。

 

迷ってるフリ……確かにそうかもしれない、何故なら遅かれ早かれ自分がこの決断を下すのは既にわかり切っていた事なのだから……

 

メリーは手の平を見つめながらスッと目を閉じた。

 

頭の中で思い浮かぶ多くの人物達に必死に謝り、そして最後に未だ眠りについてるであろう蓮子に対して

 

ごめんなさい、やはり私にはあなたが必要なの、例えどんな大切なモノを斬り捨てようと……

 

 

再び目を開けた時、メリーは少女の手を自然と手に取っていた。

 

それは彼女を松陽のいる松下村塾へ案内するという意味である。

 

「賢明な判断をしてくれて礼を言うわ」

 

遂にこちらの手を取ったメリーに対して

 

少女は朗らかに笑って見せた

 

 

 

 

 

 

「私の名前は蓬莱山輝夜、短い間だけどよろしくね」

 

あの日、どうして偶然私が彼女と鉢合わせする事になったのかは今でもわからない。

 

偶然か必然か、そのどっちもでなかったのか

 

どちらにせよ私の中の歯車が狂い出すキッカケが生まれたのは間違いない

 

 

 

 

 

 

 

 



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#52 天藤ス近々子子リ幽ア慧音

幻想郷の人里には子供達が勉学を教えてもらう寺子屋がある。

 

「よーし今早速授業始めるぞー、今日もちゃんと私の話を聞く様に」

 

教壇に立って子供達を見渡しながら早く授業を行いたいと内心ウズウズしている女性

 

実は彼女は授業を行って子供達の為に教師を務めているものの

 

まさかの人間ではなく半分人間半分妖怪の血を持つ半妖であったりする。

 

上白沢慧音

半分妖怪の身でありながらも人間を愛しており、常に人間側に立って行動している。

 

しかし授業は難解で退屈なことに定評のある授業らしく、また宿題を忘れたりするとお仕置きとして頭突き、もしくはゲンコツが待っている。なんでも地面に埋まる程凄く痛いのだとか

 

満月の夜には妖怪の血が騒ぎだし、その時は幻想郷中の知識を持ち、幻想郷の歴史の編纂作業を行なっている。一夜漬けの編纂作業の為か、はたまたハクタク化によって好戦的な性格に変わった為か、不用意に近付くと角のある頭で頭突きをされる恐れがある。

 

「それと今回は特別に私の授業を受けたいと希望者が出たのだ、今日はまず彼等からどんな授業をして欲しいか聞いて回ろうと思う」

 

彼女がいつもよりややテンション高めになっているのはまさかの自分の授業を自ら受けたいと強く志願した者達が数人ほどやって来たからだった。

 

何でも来いと言った感じで教壇で嬉しそうに生徒達にそれを話していると、早速一人の生徒が手を高く掲げて挙手した。

 

「はい先生! 教えて欲しい事があります!」

「おおなんだ、なんでも私に聞いてくれ」

 

積極的に教えを乞う者にはより一層嬉しそうに目を輝かせる慧音。

 

すると挙手した一人の生徒が掛けている瓶底眼鏡をカチッと上げて

 

「好きな人に粘着質に付き纏って、常日頃から家の屋根裏から彼女を見守る行為は! 至って健全な愛の表現方法としてよろしいでしょうか!」

「……私は全くそうは思わないが、どうしてそんな事を聞く?」

「はい先生! 実は僕、ちょっと前にお妙さんという美しい方とお会いしたんですけど!」

 

さっきまで顔をほころばせていた慧音がすぐに顔をしかめて首を傾げると

 

周りの生徒よりも一際大きな体付きをした、というより完全に子供の中に大人が混じっている状況で

 

自ら彼女の指導を乞いに来た一人である近藤勲が興味津々の様子で話しを続けて来た。

 

「何度アプローチしても全然俺に振り向いてくれないんです! 告白しても無視され! デートだけでもと頼んでも唾を吐かれ! これなら絶対イケると確信したフラッシュモブでのプロポーズをしたら思いきりぶん殴られるわ、協力してくれた部下達から哀れみの目を向けられたんです! 先生僕は間違っているのでしょうか!」

「うん間違ってるな、明らかに己の中で勝手に飛躍し過ぎている、彼女の事を想うならまず彼女が自分の事をどう思っているのかよく考える様に」

「いやー多分結構いい線いってると思うんですよ僕達! なんでだろうなー! もしかしてツンデレのかなお妙さん! 単に俺に照れちゃってるだけなのかなー!」

「その自分勝手な思い込みこそが何よりのマイナスポイントになっているのだと何故気付かん……」

 

気恥ずかしそうにしながら後頭部を掻いてああだこうだと呟く近藤に、慧音がジト目を向けながら先生らしいアドバイスをしていると、今度は別の方から手が伸びた。

 

「先生、ゴリラの戯言なんかほおっておいて私の話を聞いて下さい」

「ゴリラじゃなくて俺はれっきとした妖怪だ! 今俺が先生に話を聞いているのに邪魔をするなぁ!」

「いやもういい、座れゴリラ。で? そちらの彼女は私に何を聞きたいのかな?」

「はい」

 

いきなり横やりを入れられて怒れるゴリラ、否、近藤をめんどくさそうに座らせた後、慧音は手を挙げた人物の方へとすぐに顔を向ける。

 

挙手した彼女もまた掛けている瓶底眼鏡を知的っぽくクイッと上げると慧音に向かって

 

「好きな相手がたまたま結婚して所帯を持っていても、本気で好きな気持ちがあるのならば自らの愛を貫いて良いのでしょうか」

「っておい! なんかさっきよりもドロドロし始めて来たぞ! それは完全に不倫じゃないか! 絶対にやっちゃダメだぞ!」

「いやでも、私から見るに多分旦那の方は奥さんよりも私の方が好きだと思います」

 

大きな瓶底眼鏡を付けていても正体が丸わかりのアリス・マーガトロイドが表情を崩さずに慧音に詰め寄る。

 

「一夜の過ちがあったかもしれない後も私の家に一人で何度も訪問する姿勢、アレは完全に私にその気があるからだと思うんです、隙あらば私ともう一回あんなことやこんな事をしようと僅かに期待していた筈です。なのにその時の私はそれに気付かずにただ一緒にお茶を飲みながら話をするだけで帰らせるという失態を犯してしまいました。先生、私はあの時やはり彼と確固たる既成事実を作っておけば良かったのでしょうか、いっそ子供でも作ってあの人の子を産んであげればよかったのでしょうか、そうする事があの人が一番望んでいる事なのでしょうか、それなら私はあの人の子供を何人も産む覚悟は出来ています、教えて下さい先生、彼の妻という邪魔な存在の目を掻い潜って彼と子作りする方法を」

「あぁぁぁぁぁ長い! そして重い! 重過ぎるし怖い!」

 

体からドス黒いオーラを放ちながらブツブツと早口かつ長々と語り出すアリスに慧音が慌てて止めに入る。

 

これ以上聞くとなんだか頭がおかしくなりそうだ、慧音は頭を抑えながら彼女に向かってビシッと

 

「惚れた相手が結婚しているなら潔く諦めろ! 男なんてこの世界どこにでもいるんだからもっと良い人を探して来い!」

「そうだそうだ! さっきから聞いてみれば完全にアンタが一方的に自分の愛を押し付けてるだけじゃないか! そんな下らん事で俺とお妙さんの話を邪魔するな!」

「ゴリラ黙れ、お前も似た様なものだから」

「他の男なんて眼中にないわよ! 私にはあの人しかいないのよぉぉぉぉぉぉl!! お願いだから奥さんと別れて私の下へ来てぇぇぇぇぇぇぇ!!!! このままだと私は! ただ弄ばれるだけの哀れな人形じゃないのぉぉぉぉぉぉ!! いやいっそ人形扱いでもいいから私を愛してぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「思いの丈をこの場でぶちまけるな! 年端も行かぬ子供達もいるのに大人の汚い部分を見せるんじゃない!!」

 

突然机につっ伏して全力で泣き叫ぶアリス、ここまで来るともうヤケクソである。

 

普通に授業を受けに来ている子供達もいるというのに、この妖怪と魔法使いはお構いなく勝手な言動を……

 

授業を受けたいからと志願したからここに呼んだのは失敗だったか?と慧音が一人はぁ~とため息を突いていると

 

「はい先生ー、私も質問よろしいかしらー?」

「へ? ああ構わないよ、と言ってもこの二人みたいな変な質問は勘弁してくれよ」

「大丈夫でーす」

 

さっきに比べて随分と気の抜けた話し方をする女性に慧音は髪を掻きながら疲れた様子で呟くと

 

近藤とアリス同様、瓶底眼鏡を掛けた桃髪の女性がゆっくりと体を傾けながら

 

「好きな人に己を偽りながら接するという行為は、本当に愛と呼べるのでしょうかー?」

「なんか思った以上に高難易度な話して来たな! それは本当にお前自身が聞きたい事なのか!?」

「うう……実はちょっと前にウチの従者や友人に同じような事を言われたの……」

「急に泣いた!」

 

瓶底眼鏡の奥から涙を光らせ始め突然泣き出す女性、西園寺幽々子に慧音はあんぐりと口を開けて驚いた。

 

「私自身よくわからないの……このまま向こうが自分の正体に気付かずに隣に居続ける事が本当に正しい事なのかって……でも今更正体をバラしたらずっとあの人を騙していたことがバレてしまう、それでもし嫌われでもしたらと思うと私怖くて……」

「あーう~ん……そ、そっかー大変だなー、でも自分の事をキチンと相手に伝えないと後々大変な事になるかもしれないからキチンと話しておくべきだと思うぞ、うん……」

 

どう答えてあげればよいのか困った様子で慧音が彼女にそれなりの助言をすると

 

話を聞いていた近藤とアリスも幽々子の方へ振り向き

 

「ダメだな、自分の素性を明かさずに相手に接するなどそれは愛とは呼べない。互いにすべてを曝け出し、本音で向き合える間柄になってからこそ本当の愛と呼べるんだ」

「貴女はまだその人の事を本気で愛してないのよきっと、本気でその人の事が好きであれば自分を偽るなんていう下らない真似する訳ないでしょ、本当の愛を証明したいのならまずは自分の殻をこじ開けなさい」

「おいおいストーカー妖怪と不倫魔法使いがアドバイスし始めたぞ……」

 

わかった風に幽々子に助言し始める近藤とアリスに慧音が呆れ顔を浮かべていると

 

彼等からキツイ事を言われて幽々子は落ち込んだように机に顔をうずめる。

 

「だって最初は自分の身分と隠す為と顔を合わせたら恥ずかしいからってそんな理由で偽ってただけなのよ……でも最近気づいたの、あの人の笑顔は本当の私ではなく仮初の姿をした私にしか向けられているんだと……」

「だったら素顔を曝け出してその男に会いに行けばいいじゃないか! まどろっこしい真似は止めて堂々と直接会いに行け!!」

「こんな所でウジウジ悩んでても時間が経つだけで何も解決できないわ、ヒステリックに愚痴を呟いてないでさっさと現実と向き合いなさい」

「言っておくがお前等、それお前等にも当てはまる事だからな」

 

落ち込む幽々子に喝を入れる近藤とアリスに対し慧音が冷ややかにツッコミを入れていると

 

「さっきからアンタ等なんにもわかってないじゃないの!」

 

と突然一番後ろの席で大人しく座っていた一人の少女がガタッと席を立つ。

 

「愛だの本当の自分だのなんてクソどうでもいいのよ! 大事なのはいかに相手と同じ時間を共有しているかどうかでしょ! その点私はアイツとは常日頃から殺し合いをする仲だからね! 向こうから積極的に何度もアプローチし掛けて来るから嫌になっちゃうわホント!」

「ここに来てまた新しいの湧いて来た! 誰だお前いつからそこにいた!」

「控えなさい下民、天界のアイドル天子ちゃんよ」

「いや誰だよ!」

 

瓶底眼鏡も掛けずに堂々と素顔で座っていた比那名居天子に驚く慧音を尻目に

 

彼女の登場とその発言に近藤が慌てて振り返る。

 

「え、ちょっと待って! 向こうから積極的にアプローチ!? それは一体どんな風にすればなれるんですか!?」

「簡単よゴリラ、こっちから押さずにただじっと高みで見物しながら待っていればいいの、そうすれば向こうの方から必死に私のいる高みへと昇って来るのよ、そして昇って来たら蹴落としてもう一度地の底に落とし、何度も何度も私を求めさせる為に教育するのよ」

「教育ですって! わ、私も同じような事をすればあの人も私無しじゃいられない体に出来るかしら!?」

「まああなた達程度がこの私の領域に達するのは到底無理でしょうけど、それなりの形ぐらいは築き上げれるんじゃないかしら?」

 

彼女からの返答を聞いて近藤とアリスが「おおー!」と感心した様に頷く。

 

自分に対してここまで自信を持っている人もそうはいない。

 

その確固たる自信は一体何処にあるのだと慧音が内心ツッコんでいる中で、天子は今度は幽々子の方へ歩み寄り

 

「アンタはね、男に対して自分を合わせようとしてるからダメなのよ、逆よ逆、男を自分に合わせるの。男なんかに気を遣わずに正々堂々いつもの自分で貫いて、その上で自分の要望通りに動いてくれる男に仕立て上げればいいのよ」

「えぇ……私としてはただ傍にいられるだけで十分幸せなんですけど……」

「傍にいられるだけで幸せ!? はん! 甘ったるい事抜かして自分を誤魔化してんじゃないわよ! 私なんか顔合わせればいつもアイツに言う事を聞きなさいって命令してるのよ! 大抵無視されるけど……ちょっとこっち来なさい!」

「あのちょっと……!」

 

今までロクに色恋と縁がなかった幽々子にとって、男に対しての扱い方など当然知っている訳がない。

 

それを感じ取って天子は我慢できない様子で彼女の後襟をつかんで無理矢理その場に立たせる。

 

「こうなったら私がビッシリ指導してやるわ! ついて来なさい!!」

「いや私は別に、ってあ~れ~」

「あ! すんません俺もついて行って良いですか!?」

「わ、私ももっと相手に興味を惹かせる方法を……!」

 

強引に嫌がる彼女を連れて教室を出て行く天子に、慌てて近藤とアリスも是非指導して欲しいと後を追いかけて行った。

 

自分の話も聞かずに勝手に出て行った4人組を見送った後、慧音は改まった様子で教壇の上から残った生徒を見渡し

 

「……はい、という事でさっきの連中みたいな大人になったら将来ロクな事にならないから気を付ける様に」

「「「「「は~い!」」」」」

「ではこれから先生は用事が出来たので悪いが自習をしてくれ、先生は今から勝手に教室を抜け出したあの連中に頭突きとゲンコツを3セットかましてくるから」

「「「「「は~い!」」」」」

 

子供だ性質の無邪気な返事に慧音はフッと笑った後

 

 

 

 

 

「待てゴラァァァァァァァ!!! 私の授業中に勝手にフケて許されると思ってんじゃねぇぞ!!」

 

勢いよく教室から飛び出して、去って行った彼女達に向かって全速力で追いかけるのであった。

 

その後、子供達のいる教室に、廊下から鈍い音が何十発も飛んで来たのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 



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#53 時妹紅藍銀紫

「おう、奇遇だなこんな所で会うなんて」

「……」

 

一人夜の人里をブラブラと歩いていた八雲銀時の前に、自分と同じく暇そうにしていた藤原妹紅とバッタリ鉢合わせした。

 

銀時はいきなり現れた彼女に頬を引きつらせて言葉を失うも、すぐにそそくさと彼女の横を通り過ぎようとするが

 

「っておい、無視はないだろ無視は」

 

逃げようとする彼の腕を掴んで、妹紅は横目を向けながらまた話しかける。

 

「今日は月も綺麗な事だし、丁度飲みたいと思ってた所なんだよ、付き合え」

「いやお前さ……それ意味わかって言ってるの?」

「何が?」

 

自分の腕を離そうとしない妹紅に飲みに行こうと誘われるものの、銀時は浮かない表情で彼女にそっぽ向いたまま

 

「お前紫の奴に完全に目ぇ付けられてるのに、それでもなお俺を飲みに誘うって頭おかしいだろ!! 流石に銀さんもフォロー出来ないよ! なに死にたいの!?」

「いや死ぬに死ねん身体だが?」

「不死身の身体に飽きたからいい加減死んでみたいと思った訳!? なら頼むから一人で死んでくれよ! 俺はこれからもずっと自由気ままに生きていたいんだよホント!」

「私があんなメンヘラ女に殺されると思ってるのか? いくらスキマを操る大妖怪だからってそう簡単に不死者は殺せないだろ」

「仮にお前が死ななくても幻想郷が滅ぶんだよ! アイツの嫉妬ナメんなよ! 千年前はアイツホントヤバかったんだから!!」

 

このまま能力を使えば自分だけでなく、腕を掴んでる妹紅も一緒に転移してしまう。

 

仕方なく銀時は逃げるのを諦めた様子でため息を突くと、クルリと彼女の方へと振り返った。

 

「ぶっちゃけお前の事は好きか嫌いかと問われると好きだよ? だって同じ不死者だし話は合うし気を遣う必要もないし、けどね、それだけじゃ世の中そう甘くないんだよ、例え俺がお前の事を気に入ってようが、俺の愛するカミさんがお前の事を心底嫌ってて、俺に対して「アイツと付き合うな」と言うのであれば、俺はそれに従わぜるを得ない状況なんだよ」

「もしかしてお前、夫婦関係だとアイツの方が上なのか?」

 

確かに幻想郷を取り仕切っているのは実質紫だけでやってるし

 

方は年中フラフラして遊び歩いてるだけの暇なヒモ旦那

 

彼がそう感じてるのも仕方ない

 

「一応己の立場を自覚していたんだな、意外だったよ、何も考えずに充実したヒモライフを送ってると思ってたんだが」

「うるせぇ何がヒモライフだ! これでも銀さんめっちゃ働いてるんだからな! この前なんか天界からやって来た死神と天人を追い出してやったんだぞ!」

「その天人、またこっちに降りて来て平然と人里の寺子屋に遊びに来てたらしいぞ、友人の半妖から聞いた」

「うっそアイツまたこっちに逃げて来たのかよ! てことは高杉まで!?」

「そこまでは知らん、私はお前や紫、博麗の巫女と違って外からの来訪者にはてんで興味ないんでね」

 

唯一の友人である寺子屋で教師を務める半妖から聞いた所によると、どうやら例の天人はまたこっちに脱走して来たらしい。

 

それを聞いて銀時は顔を抑えながらため息をこぼしていると、妹紅はグイグイと彼を引っ張り始める。

 

「まあそんな事よりも、さっさと飲みに行くぞ飲みに」

「だから俺は嫌だって言ってんだろ! お前と一緒に飲んだ事が紫にバレると間違いなくめんどくせぇ事になるんだよ! 頼むよ! 察してくれよホント!」

「もうそういうのいいから、ホントは一緒に飲みたいのは私がちゃんとわかってあげてるから」

「お前が単に飲みたいだけだろ! 頼むから俺の事はそっとしておいてくれぇ!!」

 

必死に嫌がり始める銀時の腕を掴みながら、どこか美味い飲み屋でもないかと探索し始める妹紅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数分後、銀時は妹紅に無理矢理連れられ近くの酒場に来ていた。

 

「なぁ、最近あの女おかしくないか?」

「おかしいのはお前だろ……言っておくけどコレ一杯飲んだら俺すぐ帰るからな……」

 

カウンターに二人で座りながら、渋々飲み始める銀時に不意に妹紅が口を開く。

 

「この間までは私がお前に近づく事さえ出来なかったのに、ここ最近では簡単にお前に近づけるばかりか、こうして一緒に飲む機会まで出来た、不思議だと思わなかったのか?」

「……まあ正直アレ?っとは思ってるけど、別におかしくはねぇよ、最近のアイツは今頃家で寝てるし」

「まだ日はそこまで暗くなってないぞ」

「アイツは寝るのに朝も夜も関係ねぇよ、寝てぇ時に寝るんだアイツは。一日中寝る事だってよくある事だしよ」

「……」

 

コップに注がれた酒をクイッと飲みながら銀時が答えると、妹紅は顎に手を当て神妙な表情を浮かべる。

 

「それってここ最近の話か?」

「いや昔からたまにそういう日があるんだよ、でも一緒に地獄観光から帰った辺りから、妙に家に籠る日が増えて来たなそういや」

「なるほどな……」

 

そういえばここ最近紫は寝る機会が増えて来た、しかも段々と寝る時間が増えて来てる様な……

 

妹紅の質問でそれに気付き、銀時もまた表情に若干険しさが浮かぶ。

 

「なあ妹紅、妖怪の寿命ってどのぐらいだっけ?」

「知らん、けどあの女と近い年代の妖怪は今も活発に動き回ってるだろ? 年を取って衰えたって訳ではないだろきっと」

「だよな、アイツが病気にかかった事なんかも聞いてねぇし……寝る時間が増えたのは単なるアイツの気まぐれか?」

「なんだ急に心配になったのか? 確かに私達と違ってアイツは長命と言えど不死身じゃない、いずれは私達より先に死ぬ存在だからな」

 

コップをカウンターに置きながら考え込む銀時に、妹紅はニヤリと笑いながらカウンターに頬杖を突く。

 

「だがアイツはそう簡単に死ぬようなタマじゃないだろ、もしかしたらなんらかの方法で不死になれる力でも手に入れて、お前と永遠に添い遂げたいとかそんな野望ぐらい抱えてそうだしな」

「まあそうだよな、俺が心配しても「なに馬鹿な事言ってるの?」って言いながら呆れた顔浮かべるのが目に浮かぶわ」

「あーそうだ辛気臭い話はもう止めよう、酒がマズくなる。私としてはアイツが死ぬのがこの上なく喜ばしい事だが、お前にとっては何よりも恐れてる事態だからな、こんな話したくないだろ?」

「……相変わらず気を遣うのは上手いなお前、不安にさせたのもお前だけど」

「私はただ気になったからお前に聞いただけだ、悪意はない」

 

長年のよしみで銀時を上手く安心させるような事を言ってあげる妹紅。

 

と言っても彼女自身はただこうして彼と飲みたいのであって、別の女の話題をするのはこれ以上耐えられなかった、というのが本音である。

 

「よし今日は朝まで付き合ってもらうとするか、親父さんおかわり」

「朝ってお前……てことは俺朝帰りになるじゃねぇか! そんな長居できるか! これでバレたら紫にますます誤解されちまうだろ!」

「おうされろされろ、そしてさっさと別れろ」

「悪魔かお前は! ふざけんな俺はもう帰る!」

「まあそう言うなって」

 

朝帰りなんてしたらそれこそ紫に怒られるに決まっている。

 

急いでこの場を立ち去らねばと銀時が席を立とうとすると

 

そんな彼の肩に妹紅が不意に体を傾けて自分の頭を乗せて来る。

 

「こうして二人で飲むだけでも、私にとっては何百年振りの事なんだぞ。今日だけでいい、どうか今日だけは私に付き合ってくれ」

「……」

 

祈る様に銀時に向かって優しくそんな事を言いながら

 

 

 

 

 

妹紅の両腕はガッチリと銀時の左腕を強くホールドしていた。

 

絶対に逃がさないという、紫に負けない強い執念みたいなモノを感じた銀時は、寒気を感じつつ大人しく立つ事を諦めた。

 

「ったくわかったよ、けど朝までは勘弁してくれよ」

「別にいいだろ仕事してる訳でもあるまいし、ほらコップ出せ」

「しょうがねぇな……」

 

二人だけの飲み会は続行という形となり、妹紅はすぐに彼に向かって酒瓶を向けると、やれやれと言った感じで銀時は置いていたコップを彼女に向かって差し出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺すしかないわね」

 

彼等の一部始終をスキマで捉えていた八雲紫は

 

屋敷の庭の前で座りながら静かに呟いた。

 

ついさっきまで寝ていたのか、服装は寝着のままである。

 

「ここの所寝っぱなしだから油断してたわ……なんなのあの女、どれだけ過去に未練タラタラなのかしら」

 

ボサボサ気味の頭を掻き毟りながら苛立ちを抑え込もうとしつつ、紫は目の前に開いていたスキマを閉じてはぁ~とため息を突く。

 

「ま、それは私も同じ事なんだけど……」

 

頬杖を突きながら思いつめた表情を浮かべる彼女の傍に

 

従者である八雲藍がふと歩み寄って来る。

 

「大丈夫ですか、紫様?」

「大丈夫? 何の事かしら?」

「とぼけないで下さい、ここ最近紫様の就寝時間が伸びている事です」

 

こちらに振り向きもせずにただ前だけ見据える紫に、藍が更に話を続ける。

 

「まさか前に紫様が話されていた”時間”が……もう迫って来ているのですか?」

「……どうかしらね、でもなんだか徐々に感じて来ているのは確かだ」

 

そう言って紫は夜空に浮かぶ月を眺める。

 

そろそろ満月だ、あと二日といった所であろうか

 

あと二日……

 

「もはや自分でも制御できないぐらい身体が勝手に眠る様になっちゃったし……いよいよ”目覚める時”が近いのかもしれないわね」

「では紫様、もしその時が来たら」

「ええ、前に言った通りよ」

 

渇いた笑みを浮かべながら月を眺めつつボソリと呟く紫

 

藍がやや不安そうな目をしていると、そんな彼女にやっと紫が月を見下ろすのを止めて振り返った。

 

「あなたは彼の傍に仕えてあげて、あの人器用だから家事は出来るけど、基本的にめんどくさがりでやろうとしないから、あなたが生活面を支えてあげて」

「はい」

 

まるで彼女に銀時を託すようにそう言うと

 

藍はなんの疑いも無く真顔で深々と頷いた。

 

「それと蔵に置いてある例のアレも……そろそろ出して手入れしておきなさい」

「紫様……! それはまさか……!」

「お願いね」

「……はい」

 

微笑みながら頼んで来る紫に、初めて動揺した様に目を見開く藍だが

 

すぐに彼女の命令を聞いて蔵の方へと向かっていった。

 

「さてと……」

 

一人残った紫は再びスキマを開いて銀時と妹紅の様子を見た

 

二人は酒を飲みながらこれまた楽しそうに盛り上がってる様子。

 

それを見て紫はムカッとしつつも、口元には小さな笑みが

 

 

 

 

 

「最後の夫婦喧嘩をやりましょうか、あなた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ終わりが見え始めましたね


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#54 鈴時仙銀

鈴仙・優曇華院・イナバ

 

竹林の奥深くにある永遠亭で暮らす月の兎でとある藥師の弟子。

元々は月に住む「月の兎」だったのだが、現在は月から逃げ出して幻想郷にある永遠亭で暮らしている。

永遠亭では師匠に学びつつ、日々様々な雑用を担当。

その仕事内容は”永遠亭の主”のお守から師匠の補佐、永遠亭の家事全般や迷いの竹林に住む妖怪ウサギたちの監視統率、薬の訪問販売、幻想郷の他勢力との交渉・折衝、門番、異変の調査に至るまで恐ろしく多岐にわたる。

 

同居人にして迷いの竹林の主には手を焼かされており、彼女と師匠達の板挟みで中間管理職のような苦労をしいられている。

戦闘のセンスは高いらしく、永琳から永遠亭の荒事全般を任せられており、月にいた頃からも上司に高く評価されていたらしい。

 

 

そしてそんな彼女が現在何をしているのかというと、師匠に言われて嫌々ながらも薬を売る為に人里へと赴いて来た所だった……

 

そして

 

「すんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

人里へやって来て早々、彼女は目の前でとんでもない光景を見て唖然とする。

 

師匠曰く、「幻想郷で最も必要な存在」と称する程高く評価している男、八雲銀時が

 

師匠曰く、「幻想郷で最も大切な存在」と謎の評価をしている女、八雲紫に

 

喉の奥から思いきり声を出しながら頭に地面を擦り付けて、道の真ん中で白昼堂々と土下座する光景を目の当たりにしてしまったのだ。

 

「ホントにすんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ダメ、全然反省してる感じがしないわ、もう一回」

「ホントにマジですんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「本当に謝ってるつもりなの? もう一回」

「ホントに反省してます!! マジですんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「声が枯れて来てるわよ、喉から血が出てもいいから叫びなさい」

「お願いだから許してハニィィィィィィィィィ!!!」

 

必死に土下座しながら叫ぶ銀時を

 

紫は腕を組んで冷たい視線で見下ろしながら何度も彼を謝らせる。

 

ここまで夫に怒っている彼女を見るのは初めてだなと思いつつ、鈴仙は恐る恐るその現場に歩み寄っていく。

 

「あ、あのー……一体何があったんですか?」

「あらあなた永遠亭の兎ね。師匠の言いつけで人里で訪問販売でもしてるのかしら?」

「ええまあそんな所なんですけど……それよりそちらの旦那様がさっきから物凄い形相で謝ってますけど……」

「コレのどこが謝ってる様に見えるのかしら?」

「いやだって土下座しながらずっとすみませんって……」

「形だけよ、本気で謝ってる気配が全く見えない」

 

幻想郷の管理人夫婦の仲は師匠から極めて良好だと聞いていたのだが……

 

何度も頭を下げている銀時を飢えた野良犬を見ているかの様に蔑んだ目をしながら言葉を吐き捨てる紫を見て

 

彼女が並々ならぬ怒りを抱いていると感じ鈴仙はごくりと生唾を飲み込む。

 

しかしここでいそいそと逃げる訳にはいかない、師匠からは幻想郷で起こってる事についてはこまめに報告しろと言われているのだ。

 

それも何故だかわからないが、「八雲銀時の事は特に詳細に教えなさい」とかなり念を押して言われている。

 

ここはキチンとどういう経緯でこうなったのか聞いておくべきだろうと思い、鈴仙は腹をくくって紫に詳しく聞こうとした。

 

「その、旦那様は一体どのような事をしでかしたんですかね」

「……浮気」

「浮気!?」

 

浮気と聞いて驚く鈴仙、紫は更に眉間にしわを寄せて銀時を睨み付け

 

「あの白髪女と会うなと忠告した私を無視して、この人は昨日の夜に彼女と飲み歩いていたのよ」

「いやだから違うんだって! 別に忠告を無視したとかじゃなくて無理矢理付き合わされただけなんだよ!!」

 

ずっと頭を下げていた銀時が目を血走らせながら必死の形相で顔を上げて弁明する。

 

「強引に腕掴まれてそのまま飲み屋に連れてかれたの! そんで酒が回ったせいでのらりくらりと店を転々として気が付いたら朝に……」

「断る事も出来た筈よね? なんならあなたの能力があれば簡単に逃げれたでしょ? それをどうして日が昇った頃にあなたはコソコソと家に戻って来たのかしら?」

「いやそれはまあ懐かしい話も一つや二つあった訳だからつい弾んじゃっただけで……それと朝帰りはしたけど別に何も無かったからね! ホント何も無かったから!」

「……」

 

決して間違いは犯してはいないとはっきりと宣言する銀時ではあるが、朝帰りしたご身分ではとても信じきれない。

 

鈴仙が内心そう思ってる中、紫は無言でそんな彼を見下ろしながら

 

「実の所何も無かった事は私も本当はちゃんとわかってるのよ、あなた達の一部始終は全部スキマから覗いていたから」

「え、そうなんですか!? じゃあどうして旦那様にそんなに怒って……!」

「問題なのはこの人が私が嫌ってるあの女とワイワイ盛り上がりながら飲み回った事よ、ずっと見てたわよ、ずっとね。私が付き合うなと散々言っていたのにそれも忘れてずっとずっとずっと……」

 

声が小さくなりブツブツと同じ言葉を繰り返し始める紫に鈴仙はゾクリと背筋に冷たいものを感じた。

 

コレは単純な嫉妬や焼きもちではない……ずっと自分を想ってくれている人に裏切られた事への憎悪だ。

 

「しばらく反省しなさい、それまで家に帰らくなくていいから。その間ちゃんとスキマで監視してるから変な事考えない方が身の為よ」

「いやそれは酷くね!? アイツと一緒に呑んだのは確かに俺が悪かったよ! けど家に帰るなは流石にあんまりだろ! じゃあ俺は一体何処で寝泊まりすりゃあいいんだよ!」

「知らない、その辺の道端で寝てればいいじゃない」

「おい待てって! ああ行っちまった……」

 

目の前にスキマを開いてその中に迷うことなく入って何処へ消えてしまう紫。

 

伸ばした手をげんなりと下ろして、銀時は「ったくなんなんだよ今更他の女に妬いてんじゃねぇよ年考えろ……」とぼやきながら膝に着いた砂をパンパンと払いながら立ち上がると……

 

 

 

 

 

 

「じゃあしばらくそっちでお世話になるわ」

「は!?」

 

偶然現場にやってきた鈴仙を見つけてあっけらかんとした感じでお願いしてくる銀時

 

先程まで怒られていたというのにこの代わり映え、鈴仙も思わず口を開けて固まってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、鈴仙は仕事場兼自宅の永遠亭へと戻って来た。

 

後ろで小指で鼻をほじりつつフラフラしながらついて来た銀時と共に

 

「もう一度言いますけど、師匠がダメだって言ったらダメですからね」

「へいへい」

「……というか旦那様は他に泊まる所ぐらいいくらでもありますよね? 博麗神社とか」

「ここが一番良いんだよここが」

 

本心としてはあまり上がらせたくない鈴仙、そんな彼女に銀時はもう目の前に現れている永遠亭を鼻をほじった指でスッと指しながら

 

「紫の奴は何故かここだけ監視に来ねぇんだよ、よくわからねぇけどここの医者が苦手なんだとよ」

「お師匠様の事ですか? そう言えば旦那様の奥方はここに来た事は一度もありませんね」

「なんか今更顔を合わせに行ける訳ないとか言ってたな……まあ昔なんかあったんだろ」

 

紫の事については間違いなく誰よりもよく知っている銀時ではあるが、彼であっても彼女の知らない部分はまだまだ多い。

 

そんな事よりも銀時はふと鈴仙の言葉の使い方が引っかかった。

 

「ところでお前ってどうして俺の事をわざわざ旦那様って呼ぶの? もうちっとフランクな呼び方にしても構わないよ俺は、銀さんとか銀ちゃんとか、流石に天パとかヒモ野郎とか呼んだら顔面グーパンだけど」

「はぁ、まあお師匠様が何かと旦那様の事を丁寧に扱えと言っていましたので……」

「あの医者か、昔からな~んか俺の事を目に掛けてるんだよなぁ……どうしてだかお前わかる?」

「私だってわからないですよ、まあ姫様か本人に直接聞いてみたらどうですか?」

 

鈴仙もまた師匠の事はかなり知っている方ではあるが、やはり彼女も知らない点が多くある。

 

他に師匠をよく知る者と言ったら、永遠亭の主ぐらいのものであろう

 

そしてそんな風に銀時と会話している内に、鈴仙は永遠亭の入り口の戸をガララッと開けた。

 

「お師匠様、ただ今帰りました」

「どもーしばらく世話になりやーす」

「いやまだ世話になるって決まってないでしょ……」

 

玄関に入って早々後頭部を掻きながら居座ろうとする銀時に鈴仙がジト目でツッコミを入れていると

 

すぐに奥から一人の女性がフラッと現れる。

 

「あら鈴仙、随分と早く戻って来たわね。また人間と接触したくないからって適当にやってたんでしょ」

「違います! ちょっと人里でトラブルに遭って仕方なく戻って来たんです!」

「嘘おっしゃい、罰として今日一日中私の実験を手伝いなさい」

「それってつまり実験体にされるって事ですよね! 勘弁して下さい本当なんです!」

 

 

長い銀髪を一つに結った女性がけだるそうにやって来て、鈴仙の言い訳も聞かずに問答無用で罰を与えようとしていると

 

ふと彼女の背後に突っ立っている銀時と目が合った。

 

「あらアナタ来てたのね、今日診察の予定あったかしら?」

「生憎診察してもらう為に来たんじゃねぇよ、ちぃっと嫁さんとトラブちまってよ。家に戻れねぇから少しばかりここで寝泊まりさせて欲しいんだわ」

「彼女と喧嘩したの? 喧嘩自体は珍しい事ではないけど、家から追い出されるなんて相当やらかしたみたいね」

「いやいやただアイツが誤解してるだけだって、俺と妹紅の奴がまだ付き合ってるんじゃないかって疑ってんだよアイツ」

「ふーん……」

 

互いに死んだ魚の様な目を合わせながら銀時がここに来た経緯を聞き終えると、彼女はしばらく目を逸らしながら間を置いて

 

「いいわよ、普通は許可しないけどアナタなら別だし、空いてる部屋があるからそこで好きなだけ寝泊まりすればいいわ」

「え!? 本気ですかお師匠様!? いくら旦那様とはいえ、この永遠亭にそんな簡単に住まわせる許可を与えるなんて!」

「ギャーギャーギャーギャーやかましいわよ鈴仙、発情期? ああ、兎は年中発情してるから仕方ないわね」

「してません! 兎を変に誤解しないで下さい!」

 

自分が許可を与えるとすぐに反論してくる鈴仙に対し

首筋を掻きながらシレッと酷い事を言って来る彼女

 

鈴仙が顔を赤らめながらすぐに否定していると、その隣で銀時がスタスタと永遠亭の中へと入っていく。

 

「それじゃあお言葉に甘えて厄介になるわ、いやー悪いね急に来ちゃって、なんの手土産もないけどよろしく」

「何か足りない物があったら言いなさい、鈴仙に取りに行かせるから。そうそう、鈴仙、あなた彼を部屋まで案内してあげなさい」

「わかりました……」

 

ヘラヘラと笑いながら全然悪いと思ってない態度をする銀時に顔色一つ変えずにご親切に使いの者まで彼に用意する彼女。

 

そして鈴仙に向かって銀時を部屋に案内させろと指示し、鈴仙もまた嫌ではあるものの大人しく従うしかなかった。

 

「こちらです、ついて来て下さい旦那様」

「へーい、そんじゃあまた」

「夕食の時間になったら呼ぶからそれまでご自由にどうぞ」

「おいおい飯まで用意してくれるの? 至れり尽くせりだねホント」

 

流石に食事まで出してくれるとは思ってなかったので、銀時は機嫌良さそうにしながら先導してくれる鈴仙の頭をパンと叩く。

 

「よう、随分前から思ってたんだけどよ、お前のお師匠様って滅茶苦茶親切だよな、流石は医者になるだけあるわホント」

「いた! 正確には医者ではなく薬師なんですけど……旦那様には特別甘いだけです」

 

いきなり頭を叩かれた事にビックリしながら、鈴仙は頭をさすりながら彼の方へ振り返る。

 

「私にはホント厳しいんですからあの人、全く毎度毎度コキ使われているんだから少しぐらい優しくしてくれても……」

「案内が終わったらすぐ戻って来なさい、薬の調合手伝ってもらうから」

「は、はーい……まああの方に頼りにされてるんだからありがたいとは思ってるんですけどね……」

 

こちらに背を向けたまま振り返りもせずに命令してくる彼女にぎこちなく返事をしつつ、鈴仙は彼女の背中を遠い目で見つめる。

 

 

 

 

 

 

「今では幻想郷永随一の医学を持ち、この永遠亭を実質的に仕切っている凄腕薬師、そしてかつては月の都の創設者の一人として名を馳せ、「月の頭脳」とも称された偉大な功績者……」

 

 

 

 

 

 

「”八意永琳”は私にとっては勿体ない自慢の師匠です」

「……」

 

鈴仙がそう呟くと銀時はジッと彼女の、永琳の背中を見つめる。

 

 

 

『○○、ちょっと私の実験に付き合いなさい、あなたはそこに縛り付けられるだけでいいから』

『ちょっと何そのデカいカプセル!? そんなの効果が効く以前に飲み込める訳ないんでしょうが!!」

『飲むんじゃないのよ、尻に入れるのよ』

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 私のキューティクルなケツになんちゅうモン突っ込もうとしてんだコラァ! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

 

それは遠い昔に見たような光景、と一瞬思ったがすぐに踵を返して

 

「行くぞ、さっさと部屋案内してくれ」

「あ、はい」

 

すぐに前に向き直って先頭を歩く鈴仙を促した。

 

これ以上彼女を見ていると何か思い出しちゃいけないモンまで思い出すかもしれないと感じたからだ。

 

かくして銀時は永琳の営む永遠亭にお世話になるのであった。

 

 

 

 

 

 



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#55 ゐ銀て時

前回のあらすじ

 

紫と喧嘩した銀時は追い出され、仕方なく永遠亭に厄介になる事になった

 

「ここが客室です」

「ああ? なんか随分と狭くねぇか?」

「仕方ないですよ、元々ここ旅館とかじゃないんですから……」

 

鈴仙に案内されて連れてこられた部屋はこじんまりとしたスペースの来客用の部屋。

 

ほとんど使われてない形跡もあり、殺風景な部屋の内装に銀時が文句を垂れながら中へと入っていく。

 

「まあいいわ、居候の身だから文句言わねぇよ」

「詰まる所聞きますけど、旦那様は何時までここに滞在する気なんですか?」

「紫の機嫌が直るまでだよ、まああの怒りようから察するに2、3ヵ月ぐらいだろうな」

「想像してた以上に長すぎるんですけど! 奥様の機嫌が直るのってそんなに時間掛かるんですか!?」

「掛かるよ、特に妹紅絡みになるとアイツ相当引きずるんだぞ」

 

早速畳の上に寝転がりながら、驚く鈴仙にケッと面白くなさそうな顔を浮かべる銀時。

 

「なんなんだろうねアイツ、旦那が元カノと飲んだ事ぐらいサラッと水に流せないのかねホント」

「同性として言わせてもらいますけど、それ普通に別れようと思うぐらい許せない事なんですけど……」

「まあ確かにこれが逆の立場だとしたら俺も相当ショックだな、紫が他の男と飲みに行く事だけでも想像したくないわ、まああり得ないだろうけど」

「そこをわかってるならどうしてそんな事するのかさっぱりわかりませんよ……」

 

男という生き物の事が全く理解できない様子で、鈴仙は銀時に呆れた様子でため息を突きながら畳の上に正座すると

 

ふと閉めた襖が少し開いて誰かが覗き込んで来る。

 

「ほーん、使われない小部屋に男女二人っきりでいるとは……一体ここで何をおっ始めるつもりだ鈴仙」

「……いや何も無いから、あなたこそ何してるのよ、”てゐ”」

「そら暇だから遊びに来たんだろうよ、邪魔して悪かったな」

 

背後から聞こえた声の主がすぐに誰だか気付いた鈴仙は、振り返りもせずにその声にぶっきらぼうに言葉を返す。

 

すると襖を開けてその声の主が銀時の前に現れた。

 

「どうも、幻想郷の旦那様、こんな時間からメス兎とお楽しみ不倫とはゲスの極みだねぇ~」

「んだお前、どこの文春だ、一体何処のセンテンススプリングだ」

「いんや安心しな、私はスキャンダルを求む週刊記者じゃない、妖怪兎達をまとめるリーダー、因幡てゐだ」

 

因幡てゐ

 

迷いの竹林と、その奥にある永遠亭を住処とする妖怪兎であり

 

竹林や永遠亭に住む妖怪兎達のボスであり、彼女達は全ててゐの手下である。

 

気性は激しく嘘つきで悪戯っ子だが、時折カリスマめいたものを醸し出すような立ち振る舞いや発言をする事があるので一目置かれている。

 

何より色々と謎が多く、ガードが堅い永遠亭にいとも容易く入って来れたり、あの八意永琳でさえ彼女の事は詳しくは知らない。

 

だが因幡という名をヒントとその巧みな口の使い方と狡猾な知恵の働かせ方から

 

もしかしたら伝説の”因幡の素兎”なのではと推測されている。

 

その場合彼女の実年齢は少なくとも180万歳以上となるのだが……

 

「お師匠様がやたらと機嫌よく見えたからちょっと不思議に思ってたが、なるほどおたくが来てたのかい」

「は? お師匠はいつもと変わらずけだるさ全開のだるだるフェイスだったじゃないの」

「鈴仙、お前もまだまだなぁ、私から見れば一目瞭然だよ」

「また私をからかってるんじゃないでしょうね……」

 

我が物顔で部屋に入って来てドカッと座り込むてゐに、鈴仙は怪しむ様に目を細めていると

 

肘を突いて横になっていた銀時は「あん?」とてゐを見て口をへの字にする。

 

「お前等の言うお師匠様ってあの永琳だろ? さっきコイツにも言ったんだが、なんで俺が来る事でアイツの機嫌が良くなんだ?」

「それがねぇ、私もよく知らないのさ。もしかしてお師匠様に惚れられてるんじゃないのおたく?」

「いやーそれは無いわー、仮に俺が独身だとしてもどういう訳かあの女だけはそういう目で見れねぇ」

「なんでですか、お師匠は普通に綺麗ですよ、性格は最悪ですけど」

「お前自分の師匠の性格をサラリと最悪つったな、そうじゃなくてよ、別に見た目とか内面関係なく、何故かそういう風に見れないんだよ俺」

 

真顔でつい本音を漏らす鈴仙に銀時は横になるのを止めて、髪を掻き毟りながら胡坐を掻いて座る。

 

「ま、長く世話になってるからな、糖尿病になりかけてからなるべく足を運んでるし色々と世間話もしてるから友人ぐらいには思ってんじゃねぇの? 俺は思ってねぇけど」

「どうかなー、あの目は友人や親しい者を見る様な目ではなかったと思うんだが」

「だからどうやって見分けるのよ、お師匠の目を、いつも死んだ魚の様な目をしてるのに」

「鈴仙、私が言うのもなんだがお前って本当にお師匠様の事尊敬してる?」

「当たり前でしょ、けどそれ以上に不満もあるのよ私は。ストレス抱えながら毎日胃薬飲んでるの」

 

さっきからちょくちょく師匠である永琳に対して毒を吐く鈴仙に、流石にてゐも頬を引きつらせながら尋ねるも

 

鈴仙は至って真面目な表情でハッキリと返す。

 

「旦那様が糖尿病になりかけてるで思い出しましたけど、それはお師匠もですよ。あの人前に一人でケーキ1ホールを作って自分一人で食べてたんですよ?」

「ああ、定期的に甘いモン食わないと死ぬとか言ってたな、けどアレじゃあ糖分過多で死ぬことになるぞ」

「その辺は大丈夫よ、お師匠は不死身だから……あれ?」

 

永琳の話をしながらふと目の前にいる銀時を見て鈴仙は何かに気付く。

 

そういえば彼もまた永琳と同じく不死身だった、それにこのけだるさ全開の表情と死んだ目

 

二人共甘党だし銀髪だし……永琳は天パの銀時と違ってストレートだが、早朝は毎回異常に跳ね回っている頭のクセッ毛を長時間かけて矯正しているのを鈴仙はよく知っている。

 

永琳と銀時、二人があまりにも共通点が多い事に鈴仙は怪しむ様に銀時をまじまじと見つめながら顔を近づける。

 

「いやまさか……でも確かにそう言い切っても別になんらおかしくは……いやいやでもお師匠は月の民だし……」

「なに? なんなのいきなり顔近付けて、言っとくけど俺ここ最近女に顔近付けられるのトラウマだから勘弁してくんない?」

 

どんどんこちらに顔を近づけてじっくりと自分の顔を観察してくる鈴仙に

 

銀時が仏頂面のままほのかに危機感を覚えていると

 

 

 

 

 

突如、部屋の襖が勢いよくパン!と開かれて

 

「え!? わ! お、お師匠!?」

「……」

 

八意永琳本人が突然三人の前に姿を現したのだ。

 

彼女がいきなり現れた事に慌てて鈴仙がバッと振り返ると

 

永琳は銀時の顔に鈴仙が自分の顔を近づけていた事を無言で察すると白衣のポケットからキラリと光るモノを取り出し

 

「ってぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

慌てて鈴仙は真横に転がって回避する。

 

つい先ほど彼女がいた場所に、何本ものメスが畳の上に突き刺さっているではないか。

 

「戻ってこないから変だと思ってたけど、やっぱり万年発情期の兎は油断ならないわね」

「違いますそういうんじゃないんです! 私はただちょっと気になった事があっただけで!」

「なにが気になったの? 子供の作り方? その人で実践してみようと思った訳?」

「だからなんでそうなるんですか! 毎回私の事発情期扱いするの止めて下さい!」

 

まだ手に持っているメスを指の間に入れてクルクルと回しながら銀時同様死んだ魚の様な目で見下ろしてくる永琳に、すかさず鈴仙は抗議しつつ立ち上がった。

 

「私別にそういう事に興味無いんで! お願いですからそういう変なキャラ付けしないで下さい!」

「てゐ、あなたも来てたのね? 一体何なの? この狭い空間で三人揃ってどんなパーティーをやろうとしていたのか正直に言いなさい」

「私はただ遊びに来ただけだよお師匠様、けど鈴仙はセンテンススプリングやらかそうとしてたね」

「そう、センテンススプリングをね。やはり鈴仙、あなたはここで死ぬしかないみたいね」

「センテンススプリングってそんな日常的に使う言葉でしたっけ!? ていうか裏切り兎! なに自分の身が危険だと察した瞬間私だけ売ろうとしてるのよ!」

 

こちらを冷ややかな目で睨んで来た永琳にすかさずヘラヘラと笑いながら自分”だけ”は無罪だと主張するてゐ。

 

もはやここに自分の味方はいないのか鈴仙は途方に暮れていると、まさかの銀時が「あー」とのんびりと手を上げて

 

「なんで気になるかは知らねぇけど俺はコイツ等と乱交パーティなんざしてねぇよ、センテンススプリングもな」

「あらそう、じゃあ私の勘違いね。命拾いしたわね鈴仙」

「……はい」

 

勘違いだとわかったんならせめて謝れや!と本気で叫びたい衝動に駆られつつも、鈴仙はなんとか銀時のフォローのおかげで命の危機は去った事に一安心。

 

それにしても自分の話は信じないクセに銀時の話はあっさりと信じてしまうとは一体……

 

「もしかして本当に……? いやでも確かに性格も似てるし……」

「それで? あなた達は本当は何してたの?」

 

疑問に思って訪ねて来る永琳にてゐがサラッと答える。

 

「お師匠様についての話ですよ、お師匠様はなんでこの旦那様の事を気に掛けているかについて、実際の所なんでです?」

「直球で本人に聞くの!?」

「は? そんな下らない事で盛り上がってた訳?」

 

未だ銀時と永琳の謎を解き明かそうとブツブツ呟いている鈴仙をよそにまさかのてゐが本人に直接聞いてみる。

 

すると永琳は口をへの字にして首を傾げ

 

「別に変な気がある訳でも気に入ってる訳でもないわ、ただこの人は重要な局面においての最後の一手の一つ、と感じてるから特別扱いしてあげてるだけよ」

「……重要な局面?」

「来るべき時が来たらあなた達に教えるわよ」

 

どうにも意味不明な答えだなとてゐと鈴仙が怪訝な表情を浮かべると、永琳はそれ以上は言わないと話を勝手に終わらせてしまう。

 

だが銀時の方へチラリと目を向けて

 

「ま、そろそろタイムリミットだし、あなたにはそろそろ話す頃合いかもしれないわね……」

「は?」

「意味は分からなくていいわ、いずれわかるわ、いずれね」

 

首を傾げて先程の自分とそっくりな顔を浮かべる銀時に思わずフッと笑いながら、永琳はずっと指の間で回していたメスをポケットに仕舞う。

 

「それじゃあ鈴仙、実験を手伝って欲しいと思ってたけどもう時間だから姫様呼んで来て頂戴、私は夕食の支度するから」

「え? 今から夕飯の支度ですか? それにいつもはお師匠が姫様を呼んで、私が夕食の支度するって流れじゃありませんでしたか?」

「今日は私が作るわ、言ったでしょ? その人は特別なのよ」

「……」

 

夕食は自分で作ると頑なに言い切りながら永琳がチラリと銀時の方へ視線を向けた時、彼女と付き合いの長い鈴仙は何かを感じ取った。

 

確かにその視線は恋焦がれる相手や仲の良い友人とかなどに使う目ではなかった。

 

恋人でも友人でもない、そう、あの目はまさに……

 

「なにボーっとしてんの、早く行きなさい鈴仙」

「あ、はい!」

 

つい考え事をしていた事をしてしまっていた鈴仙は不機嫌そうに呟く永琳の声に反応してすぐに立ち上がった。

 

「ただいま呼びに行って来ます!」

「ダダこねてもちゃんと連れてくるのよ、暴れたら麻酔で黙らせなさい」

「姫様はゾウですか!? 永琳さま本当にあの人の事大切にしておられるんですよね!」

「そりゃあ大切に決まってるでしょ」

 

姫様と呼んでいる人物のいる部屋へと直行しながら言葉を投げて来た鈴仙に永琳はめんどくさそうに返す。

 

「まあ過去に色々あったのは確かだけど、あの子はあの人の大事な娘だしね……」

 

誰にも聞こえない様な小さな声でそう呟くと、永琳は改まって銀時の方へ振り返る。

 

「それじゃああなたもついて来て頂戴、夕食にはまだだけど、ちょっと彼女の話し相手をして欲しいのよ」

「おいおい彼女ってもしかしてアイツか? あの……」

 

永琳の言う彼女の事にすぐに銀時は誰の事だかわかった様子で顔をしかめていると

 

突如、長い廊下の向こうから

 

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 勝手に私のサンクチュアリに踏み込むんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ここからでもハッキリと聞き取れる叫び声を耳にし、銀時ははぁ~とため息を突いた。

 

「相変わらず部屋からも出ようとしないのアイツ?」

「仕方ないわ、彼女引きこもりだし」

「そうそう、永遠亭の姫様は永遠の時をひたすら何もせずにダラダラと過ごす事のみを求めてるぐらいの生粋のニートだからな」

 

永琳が仏頂面で答えると、てゐもまたうんうんと頷く。

 

 

 

 

 

 

 

「蓬莱山輝夜、永遠亭の真の主にして真の引きこもり。鈴仙なんかじゃ彼女を部屋から引っ張り出すのも無理だろうね」

「私の傍に近寄るな発情兎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

またもや廊下の奥から、彼女の事が木霊する。

 

こりゃ鈴仙一人ではとても部屋から出す事は出来ないだろうな

 

そう思った銀時は内心めんどくさいと思いながらもゆっくりと立ち上がった

 

「しゃーねぇ、しばらく厄介になるんだし家主に顔出しておくか」

 

そう呟くと銀時は鈴仙の助けに入る為に向かう事にした。

 

 

彼自身が知らないが、実は何かと縁のある蓬莱山輝夜の下へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#56 夜銀輝時

蓬莱山輝夜は八意永琳同様謎だらけの人物だ。

 

銀時や妹紅と同じく不死者であり、ある日突然永琳と共にフラリと幻想郷へやってきた少女であり

 

そして永遠亭の中、特に自分の部屋を絶対領域と称して滅多に外出する事が無い生粋のニート。

 

輝夜を部屋から出すのさえトイレや風呂の時ぐらいであり、食事の時間でさえ基本的に永琳が呼ばないと出てこようとしない。

 

当然、永琳の弟子でしかない鈴仙では、そんな上級ひきこもりの輝夜が張る凄まじく分厚い心の壁を取り除く事が出来ないのであって

 

「なんでですかーもー! 部屋から出てくるぐらいいいじゃないですか!」

「イヤよ私はこの部屋から一歩たりともでないわよ! きっと油断して出て来た所で私を連れだして! あわよくばハローワークとかいう身も凍る恐ろしい悪魔の施設に連れて行くって魂胆なんでしょ!」

「なんですかハローワークって!? 訳の分からない事言ってないでさっさと出て来てください! それといい加減部屋に引きこもるの止めて下さい!」

「あの女の弟子の分際で私に指図すんじゃないわよ発情兎風情が!」

「誰が発情兎ですか! てかなんでお師匠もあなたも私の事をそんな年中発情期キャラに仕立て上げようとするんですか! 何度も違うと否定するのもめんどくさくなってきましたよ!」

 

長くて美しい黒髪を掻き乱しながら、ほんの小さな畳部屋から一歩たりとも出ようとしない姿勢を取る少女こそ

 

永遠亭の主として君臨する蓬莱山輝夜その人である。

 

そんな彼女を、襖を開けて廊下から必死に声を掛けるのは永琳の弟子である鈴仙。

 

「いいから早く出て来てください! お師匠に言われてるんです! 姫様が出てこないと今度は私がお師匠に怒られるんですってば!」

「テメーの事だけ考えてるんじゃないわよ! 他者の気持ちをリスペクトして寛大な心を持つ事が一人前ってもんなのよ!! つまり今あなたがやるべき事はこの私のサンクチュアリに触れる事無くやんわりとした笑顔を浮かべながら私の前から立ち去る事ただ一つよ!」

「姫様こそ自分の事しか考えてないじゃないですかー!」

 

さっきからずっとこの調子で不毛争いを続けている輝夜と鈴仙

 

このまま部屋と廊下の境界で、二人で永遠とやり続けるのかと思ったその時

 

「よう、やっぱ出てこねぇのかそいつ」

「あ、旦那様!」

「げ……あなた来てたの……」

 

廊下の方からズイッと鈴仙の隣に現れた人物に輝夜はバツの悪そうな表情を浮かべて急に声が小さくなった。

 

口論していた鈴仙と輝夜を見かねてやって来たのは八雲銀時

 

ついさっき、永琳に許可を貰ってしばらく滞在する事になった、輝夜と同じく不死者である。

 

なんでもこの八雲銀時と蓬莱山輝夜、そして藤原妹紅の三人で幻想郷では「プー太郎不死トリオ」などと言う当人は全く嬉しくないあだ名で呼ばれているのだとかなんとか

 

「何しに来たのよココに……」

「紫と喧嘩して家から追い出された、だからここにしばらく厄介になるわ」

「は!?永遠亭の主である私の許しも聞かずに誰がそんな事を勝手に許可したの!?」

「この兎の師匠だよ」

「あ~やっぱりあの女ね、そうよね、そりゃあの女ならあなたの方から出向いて来ればそらそうするわよね……」

 

やって来た銀時から目を逸らしながらブツブツと小言で呟いた後、輝夜は鈴仙の方へジッと目配せし

 

「ちょっと席を空けて頂戴、彼と話があるから」

「いや私はお師匠に言われてるからそういう訳には……」

「構わねぇよ、お前の代わりに俺がコイツを部屋から出してやるから」

「旦那様が? わかりました……ダメだった場合はまた私を呼んで下さい」

 

自分の任を引き受けると言った銀時の言葉を信じ、鈴仙は軽く頭を下げると大人しく永琳のいる方へと向かった。

 

残された銀時は「さてと」と呟きながら、相も変わらず部屋から出ようとしない輝夜の方へ振り返る。

 

「で? 話ってなんだ?」

「あーそれは……まあいいわ、とりあえず私の部屋に入ってくれないかしら」

 

そう言われて銀時は怪訝な反応をしつつも、とりあえず彼女の部屋の中へと入っていく。

 

中は物という物が全くない殺風景な内装だった。

 

輝夜がいなければ、ここはただの空き部屋だと言われても信じてしまう程ひどく寂しい部屋だった。

 

「茶菓子もなにも無いけど、そこで適当に胡坐掻いて座ってて」

「なんにもねぇなここ、お前こんな所に一日中いて退屈にならねぇの?」

「随分と長い時を生きてると、退屈なんて概念はさしたる問題じゃなくなるわ、あなただってわかってるでしょ?」

 

人間は限りある命の中で悔いのない人生を送りたがる為、退屈という時間の無駄を怖れる傾向にある。

 

だが不死者に命の限りなど存在しない、故にいかに退屈な時間を過ぎようとそれに危機感を覚える必要も無いのだ。

 

「こうして安心したスペースでゆったりしながら、一人天井のシミを数えながら過ごす事が今の私の楽しみよ」

「随分と空しい人生満喫してるなオイ、不死身なんだからもうちっと好きに生きてみろよ」

「好き勝手に生きたわよ昔はね……ただ今はちょっとそんな気分じゃないの」

 

輝夜の言う通りに畳の上にドカッと胡坐を掻いて座る銀時と向かい合う様に、輝夜はやや緊張した面持ちで正座になる。

 

「久しぶりに会ったけどあなたは相変わらずみたいね、その……八雲紫とは仲良くやっていけてるの?」

「仲良くやっていけてたらここに厄介になろうとは思わねぇよ、さっき言っただろ、追い出されたんだよアイツに」

「そう、まあ彼女の事だから本気であなたを追い出したつもりはないだろうから安心しなさい」

「なんでお前がそんな事わかるんだよ」

「……」

 

目を細めて尋ねて来る銀時に対し、輝夜は目を逸らしてしばし無言になった後

 

「そんな事より」と呟いて無理矢理別の話題に切り替える。

 

「あの女とは、八意永琳とはなんか話したの?」

「なんか話したってなんだよ……別にいつも通り普通に会話はしたけど?」

「ホントに? なんかこう……大事な話とかしなかった?」

「してねぇよ、相も変わらず死んだ魚の様な目をしながらけだるそうに話しかけて来ただけだよあの女は」

「それはあなたも一緒でしょ」

 

永琳とは特に気になる事は無かったらしい、輝夜はそれを聞いて小難しい表情を浮かべながら考え込んだ後

 

「やっぱりいくらあの女でも言い辛いのかしらね……この人相手になるとそりゃためらいも起きるわ……」

「それよりお前の方はどうなんだよ」

「え、私?」

 

つい考えていた事をボソッと口に出していた輝夜に、銀時が肩を掻きながらふと尋ねる。

 

「お前この幻想郷で上手くやっていけてんの? ずっと部屋に引きこもってばかりじゃやっぱ不死者と言えどつまんねぇんだろ、たまには外出してハメ外そうとか思わない訳?」

「そうね、極々まれにそういった事も考えるけど……やっぱりこの小さな部屋こそが私にとっての理想郷だから外出とか絶対イヤね、外なんて危険ばかりだし家の中にいるのが一番安全だわ」

「まあ俺がとやかく言う筋合いはねぇけどよ」

 

断固拒否するという構えで左右に首を振る輝夜に、呆れながら銀時は口をへの字に曲げる。

 

「あの兎の言う通り、家から出なくてもいいけど流石に部屋からは出てきた方が良いんじゃねぇの?」

「ダメよ、外は魔物共の巣窟よ、十分な装備が無い限りすぐに恐ろしい目に遭うのは明白だわ」

「魔物ってなに?」

「労働者よ、連中は日々汗水たらして生活賃金を稼ぐという優越感に浸りながら、無職で一銭も稼ごうとしない私達を嘲り笑い見下してくるのよ。資格の一つや二つ装備してない限り絶対に近づこうだなんて思わないわ」

「いやそれただの真面目な社会人だろ、どんだけ働くという言葉に恐怖を感じてるんだよお前!」

 

思わずツッコミを入れる銀時に輝夜は両腕をさすりながらブ怯えた目つきでブルルッと肩を震わせる。

 

「あの連中が目を輝かせて笑顔を浮かべながら日々労働に励みながら、自分や家族が食べていく為の金を稼いでいる……なのに私達はこうして一日中ダラダラ過ごしながら安息の地を得ている……その事に対して私はとてつもない罪悪感を覚えて、連中を見るだけでも心が激しく痛むのよ……」

「なら働けよ! 働いて自分で金稼いでみろや!」

「それはイヤ、だって私にとって働いたら負けだから、ニート万歳、これからも一生周りに寄生して日々堕落した日々を過ごすわ」

「なんなんだよお前! 働いてる連中に罪悪感覚えてたんじゃないの!? 結局無職のまま過ごしたいだけならグダグダ言い訳してんじぇねぇよ全く!」

「あなたはどうなのよ! 私と同じニートのクセに!」

「俺なんか罪悪感とか全く感じてないから! 働かずとも飯が食えるこの俺こそが真の勝ち組だと誇りすら覚えてるね!」

 

自分の生活改善については全く考えておらず、むしろこのまま永遠に現状維持出来ればそれで満足だとぶっちゃける輝夜

 

額に青筋を浮かべながら銀時がそんなまるでダメな女に怒鳴っていると、閉ざされていた部屋の襖がバッと開く。

 

「随分と二人で盛り上がってるみたいね」

「永琳!」

 

襖を開けた人物は、この永遠亭を切り盛りしている八意永琳であった。

 

彼女が現れた直後、輝夜はバッと立ち上げてすぐに指を突き付ける。

 

「あなたこの人がここに泊まりに来る事どうして私に言わなかったのよ!」

「言おうとしましたわ、けど夕食の時間があったので後回しにしました」

「私と夕食どっちが大事なのよ!」

「夕食です」

「即答!? 私よりもご飯が大事なの!?」

 

輝夜に問い詰められながらも心底めんどくさそうな態度で髪を掻き毟りながら適当な感じで答えると

 

永琳は彼女の向かいに座る銀時の方へ視線を下ろす。

 

「へぇ、案外仲は悪くないみたいね。こうして二人で同じ部屋で仲良く語り合えるんですもの」

「多少はムカつきもするが別に仲悪くはねぇよ、どうして仲悪いと思ったんだ?」

「気にしないで良いわ、単に私がそう危惧していただけの話だから」

 

そう言いながら銀時から顔を背ける永琳

 

(……色々と因縁がありながらも、やっぱりあの人の下で繋がってるのね二人共……)

 

しばしそんな事を頭の中で考えた後、永琳は改まった様子で二人の方へまた振り返る。

 

「そうそう、もうすぐ夕食出来るから二人揃って広間に来て頂戴」

「私はいいわ、ご飯は部屋に持って来て」

「わかりましたわ、なら鈴仙にワサビの盛り合わせ持ってこさせますので、姫様唯一の安住の地でゆっくりとご堪能下さいませ」

「なによそのどストレートな嫌がらせの方法は! わかったわよ! 部屋から出ればいいんでしょ!」

 

部屋から出るのを案の定拒む輝夜に軽く脅しを入れる永琳。

 

仕方なく輝夜は彼女に従って渋々と立ち上がると、あまり歩き慣れてない様子でフラフラと部屋から出て来た。

 

「それにしてもあなたが夕食の準備をするなんて珍しいじゃない、余程彼が来た事が嬉しかったの?」

「フフ、”初めて”ですから、彼と食事をするのは……」

「……そういえばそうだったわね」

 

輝夜の問いに微笑を浮かべて永琳が答えると、彼女の笑顔に輝夜は直視できずに目を背けて廊下を歩き出す。

 

「愚問だったわね、ごめんなさい」

「あら珍しい、姫様が謝るなんて、空から月でも降って来るかもしれませんわね」

「止めてそのジョーク、割と洒落にならないから」

 

自分達にとっては全く笑えない冗談を言い出す永琳に一瞥した後、輝夜は一人で夕食の置いてある広間へと向かっていった。

 

それを確認して銀時も立ち上がって、輝夜の部屋を後にする。

 

「んじゃ、俺も行くか。サンキューな飯まで用意してくれて」

「お安い御用よ、沢山作っておいたから好きなだけ食べなさい」

「お、悪いねー、実は朝から何も食ってねぇんだよ俺。遠慮とかしない性質だからあるモンだけ食わせてもらうわ」

「構わないわよ、その為に作っておいたんだから」

 

自分がずっと空腹状態だったことを思い出したように、好きなだけ食べろと言われてつい顔をほころばせてしまう銀時に、永琳はフッと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「小さい頃のあなたに何もしてあげれなかった分、これぐらいするのは当然ですもの……」

「あん? なんか言った?」

「デザートはいる?って聞いたのよ」

「おいおい、アンタ俺を誰だと思ってるんだ、幻想郷の糖分王と言われた男だぜ? 甘いモンなら大歓迎に決まってんだろ」

「はいはい、でも出来るだけ糖分は少なめにしないとね、あなたこれ以上甘いモン食べ過ぎるとホントに糖尿病になっちゃうから」

 

 

様々な人達の思惑が交差しながら

 

永遠亭での夕食会が始まった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 



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#57 高本銀桂時坂杉

永遠亭で夕食を食べさせてもらう事になった八雲銀時

 

泊まらされた上に飯まで用意してくれるとはと、銀時は上機嫌だったが

 

「うっぷ、もう食えねぇ……」

「い……いくらなんでも作り過ぎよ……腹爆発しそう……」

 

居間に迎えられて食卓に並ぶ大量の料理をしっかり食べ尽くした銀時であったが

 

一緒に夕食を取った蓬莱山輝夜と共に、お腹パンパンの様子で苦しそうに呻き声を上げていた。

 

「いくらなんでも多過ぎだろ……食卓に溢れる程のフルコースとか俺達だけじゃ食い切れる訳ねぇだろうが……」

「とか言ってるクセにちゃんと全部食べ切ったじゃないの……」

 

数時間かけて空になった皿が散乱している食卓を眺めながら輝夜が柱に背を預けながら呟いていると

 

パン!と器用に足で襖をあけながら、今日の調理担当の八意永琳が澄ました顔で両手に大量の唐揚げが乗せられた大皿を持ってきた。

 

「おかわり持ってきたわよ」

「「はぁ!?」」

 

ここに来てまさかのお代わり追加、しかも大量の唐揚げというほとんど嫌がらせに近い暴挙に

 

銀時と輝夜は同時に目をひん剥けて大きく口を開ける。

 

「バカ野郎こちとらもう胃の中に何も収まらねぇぞ! あれだけ食わしといて今度は唐揚げとか無理に決まってんだろ!」

「遠慮しなくていいからどんどん食べなさい、男の子は唐揚げ好きなんでしょ?」

「いや好きだけどさ! 流石にあんだけ大量に食った後じゃ唐揚げも嫌いになるわ!」

「アンタね……いくらなんでも張り切り過ぎなのよ! こっちは不死者でも流石に腹爆発したら洒落にならないわよ!」

「姫様はレモンよりも塩派でしたわね、すぐに持って来ますのでお待ちを」

「しかもそれ一人用なの!? 無理よ無理! 私もう食べきれないから!」

 

まるで孫が美味しく食べるのを見たいが為に次々と料理を持ってくる祖母の如く

 

先程からずっと食卓に料理が消えれば追加を持ってくるの繰り返しをする永琳。

 

これにはいかに不死者の二人と言えど限界であった。

 

「悪いけど俺はもうギブアップだ……部屋に戻らしてもらうぜ……」

「私も、私の聖域に戻らないと……」

「あらそう、仕方ないわね」

 

パンパンになった腹を抑えながら二人して立ち上がるのを見て、永琳は少し残念そうにため息を突くと

 

「鈴仙、残った物は全てあなたが食べて良いわよ」

「すみませんお師匠……私もあの方達と一緒に食べていたので……もう限界なんですけど……」

「師匠が真心こめて作った料理を食べられないと言うの?」

 

実は銀時達と同伴して永琳が作りまくった料理をひたすら食べていた鈴仙。

 

彼女もまた苦しそうに膨らんだお腹を押さえながら呻くも、永琳は素っ気ない態度で

 

「食べなさい、唐揚げだけじゃなくて他にもまだまだ作ってあるから」

「へ!? 唐揚げだけじゃなくて他にも……!? うう……」

「あら気を失ったわ、しょうがない子ね」

 

唐揚げ以外にもまだまだ援軍が沢山やって来ると聞いて、鈴仙は頭をフラッとさせた後バタリと倒れてしまった。

 

そんな彼女を呆れたように見下ろした後、永琳は残った料理をどうしたもんかとしばらく考えた後

 

「ああ、そういえば”彼等”ももうすぐ来る時間ね、丁度良いわ彼等に任せましょう」

 

そう言って永琳は両手に持った唐揚げが乗った大皿を持って一旦台所へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

夕食をようやく終えた銀時はというと、すっかり暗くなった廊下を一人でヨロヨロと歩きながら部屋へと戻って行く所であった。

 

「全くとんでもねぇ量を食わせやがって……これなら霊夢の為にタッパーでも持参して来るんだったぜ……」

 

日頃ロクなモンが食べれない霊夢の為に、今度彼女をここに連れてくるのもアリだなと思いつつ

 

銀時はようやく自分の部屋の前に辿り着くと、安堵のため息を突き

 

「やれやれようやく寝れるぜ……さぁて明日からどうしたモンかね、朝飯まであんだけ出されたらマジで腹が爆発するぞ俺…」

 

明日の朝の事を心配しつつ銀時は部屋の襖を開けると

 

 

 

 

 

両手に酌を持ったまますっかり出来上がっている坂本辰馬と

 

ちゃぶ台を挟んでその向かいに正座して座る桂小太郎がそこにいた。

 

「おお! 待っておったぞ金時! ほれほれ! お前もはよ飲め! 飲んで嫌な事全部忘れろ!」

「ハッハッハ! 久しぶりだな銀時! お前が夫婦喧嘩して別居生活する事になったと聞いて駆けつけてやったぞ! コレでお前も俺と同じくひとり身になった事だし! お前も安心して俺と共に攘夷活動に取り組めるな!」

「……」

 

安息の地だと思われていた自分の部屋に招かれざる客が二人いるのを確認すると

 

銀時は部屋に入らずそっと襖を閉めた。

 

「あーやべぇ……酒飲んでないのに急に幻覚と幻聴がダブルで来やがった……こりゃあ部屋戻る前にちょっとあの女に診てもらう事にするか」

「アハハハハハ! 何をしとるんじゃはよこっち来い! おまんの席はちゃんと空けて置いとるぞ!」

「主役のお前がなに恥ずかしがっておるのだ! 「銀時君を慰める会」にお前がいなくてどうする!」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! チクショウやっぱ幻覚でもなんでもねぇ! 正真正銘本物のバカ二人だ!」

 

そっと永琳の所へ戻ろうとするも、閉めた襖がバッと開いて坂本と桂に再び遭遇すると

 

遂にこれが現実なのだと痛感してしまう銀時であった。

 

「てかなんでお前等がここにいんだよ! それに「銀時君を慰める会」ってなんだ!」

「およ? わしはここの永琳っちゅう女性に、おまんの事を聞かされて遊びに来いと誘われたから来たんじゃが?」

「俺も永琳殿にお前が夫婦喧嘩して大変な事になったから友人のよしみとして励ましに来て欲しいと言われたので、友の為に駆けつけて来たまでだ」

「はぁ!? どういう事だあの女……!? 俺が知らない間に何勝手な真似してんだよ……!」

 

どうやら二人を呼んだのは永琳だったらしい、一体どうしてそんな事を勝手にしたのか銀時が疑問を持っていると

 

「あらもう来てたのね、まだ一人来てないみたいだけどゆっくり楽しんで頂戴」

「ってお前!」

 

何食わぬ顔でいつの間にか背後にいた永琳に驚く銀時だが

 

そんな彼の横を通り過ぎて、先程しまっていた唐揚げ持って来て坂本と桂のいる部屋の中へと入っていく。

 

「唐揚げ沢山あるから」

「ほほぉ、やっぱ酒のつまみには唐揚げがベストじゃきん、こげに仰山作ってもらって悪いのぉ」

「坂本、最初に言っておくが唐揚げ全てにレモンをぶっかける様な真似はするなよ、俺は塩派なのだ」

「ヅラ、おまんは相変わらず塩じゃないと食べんのか、たまにはレモンをかけて食ってみたらどうじゃ?」

「ヅラじゃない桂だ、侍たるもの一度選んだ道はひたすら突き進むのみ、故に俺は唐揚げには絶対に塩しかかけんと心に決めているのだ」

「いやいやいや! 唐揚げにレモンとか塩とかどうでもいいからさっさと帰れよお前等! つうか!」

 

永琳が唐揚げて持ってきただけですっかり唐揚げ談議に花を咲かせる坂本と桂に

 

銀時がようやく部屋の中へと入ってすぐに二人を交互に指差して

 

「お前等捕まえる側と捕まえれらる側じゃねぇか! おい辰馬! 嫁さんが捕まえたがってるこのバカ悪霊と何普通にどんちゃん騒ぎしてんだお前!」

「ハハハ、わかっちょらんのぉ金時、今宵はお前の為に身分も立場も忘れて、かつて同じ飯食った同志として集まったんじゃ、じゃからわしも今日はヅラを捕まえる気なんざ更々起きん」

「地獄の監獄長的な存在のお前がそれでいいのかよ! お前マジでこの事嫁さんに言いつけるよ!?」

「大丈夫じゃ、今日はちゃんと嫁さんに連絡しておるきに、家に「今日金時やヅラと飲んできまーす」と置き手紙残しておいたし、コレで帰ってもお仕置きはされん筈ぜよ」

「あ、お前それ完全に地獄フルコース巡りだわそれ」

 

ヘラヘラ笑いながら映姫にはちゃんと断っていると言う坂本だが

 

今時置き手紙で、ましてや捕まえるべき相手と飲むと書かれた内容であれば、彼の妻である映姫の激怒も必然である。

 

銀時はそれに気付いて少々哀れみの視線を彼に送っていると、「フッフッフ」と今度は桂が不敵な笑みを浮かべる。

 

「所帯持ちは大変だな坂本、いっその事俺や銀時の様にお前も独り身になったらどうだ? そうすればお前も自由にあちこち行くことが出来るぞ」

「いや俺まだ別れてねぇよ! ただ喧嘩しただけだから! さっきからお前だけなんか誤解してるけどなんなの!?」

「いやーわしは無理じゃ、別れる気も更々無いし、そげな話をアイツに斬り出せば泣いてしまうきに」

 

桂の提案にサラッと坂本が拒否しながら、永琳が用意した唐揚げを食べ始める。

 

そんな彼等を見下ろしながら銀時はどうしたもんかと顔を手で覆いながら考えていると

 

彼の肩にポンと永琳が手を置く。

 

「ほら、あなたも座ってみんなと一緒に唐揚げ食べなさい」

「食えるか! こちとらお前に散々食わされたせいで腹一杯だってさっき言っただろうが!」

 

まだ自分に料理を食べてもらおうとするのを諦めていない様子の永琳に、銀時が肩に置かれた手を払いのけながら額に青筋を浮かべる。

 

「大体何でこんなバカコンビ連れて来てたんだよ! そもそも俺がコイツ等と知り合いだったなんてお前に教えた事あったけ!? 一体お前は何がしてぇんだよ!」

「あれ? 友達を家に入れてあげれば喜ぶと思ったのだけれど……もしかして違ったかしら?}

「友達でもなんでもねぇよコイツ等なんか! たまたま同じ時期に同じ奴の下で働いてただけの同僚みたいなモンなの!」

 

小首を傾げながらわかってない様子の永琳に銀時がムキになって怒鳴りつけるも、彼女は仏頂面のまま坂本達の方へ振り返り

 

「そうなの?」

「気にせんでよか、そりゃあ金時のただの照れ隠しぜよ。昔からコイツはわし等や紫ちゃんに素直になれんかったんじゃ」

「フ、銀時は俗にいうツンデレという奴だからな。本当は俺達が来てやった事に凄く喜んでるクセに、昔から変わらんなお前は」

 

そう言ってフッと笑いながらまた酒を飲み始める二人を見て

 

永琳は銀時の方に顔を戻す。

 

「って彼等は言ってるわよ」

「コイツ等の話を真に受けるな、化け狸と悪霊なんかの戯言よりも、同じ不死者である銀さんの話を信じて下さい」

「まああなたの言う事を聞いてあげても良いけど、私から見たら普通に友達だと思うんだけど?」

「バカな事を言うな! 俺達は……!」

 

キョトンとした表情でまだ言ってくる永琳に銀時がはっきりと抗議しようとしたその時

 

 

 

 

 

 

「そいつの言う通りだ、俺達はダチでも、ましてや同志ですらねぇ……」

「おお! なんだまだ俺の味方してくれる奴いたのかよ……てえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

背後から飛んで来た低い声に反応して銀時がすぐに振り返ると

 

そこに立っていたのは……

 

「俺とテメェは今も昔も、ただ本気でぶっ殺してやりてぇとしか思ってねぇよ。だよな銀時……」

「た、高杉くぅぅぅぅぅぅぅん!? なんでお前までここにいんのぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「なにぃ高杉!? あ、本当じゃ! 久しぶりじゃのぉアハハハハハ!」

「高杉! お前今まで何処に行っておったのだ!」

 

現れたのはまさかの高杉晋助、こんな所にノコノコと彼が来るとは思ってもいなかった銀時が驚くと

 

すぐに部屋から坂本桂も顔を覗かせて驚きの声を上げる。

 

「どどど、どういう事だ一体!?」

「私が呼んだのよ」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「野郎(天子)がまたこっちに逃げたから追いかけて来たら……偶然その女に出くわしてお前の話を聞いたんでな……」

 

高杉も誘うとか何してんだこのアマ! と内心叫びながら銀時が驚いていると

 

相も変わらず口元を歪に広げながら高杉は、懐に手を伸ばしてあるモノを取り出す。

 

「お前、なんでも女と別れてここの家主と籍をを入れるみてぇじゃねぇか……ほれ、祝いにヤクルコ持ってきてやったぜ……」

「こっちはこっちで変な誤解してるぅぅぅぃぅぅぅぅぅぅぅ!!! てかなんでヤクルコ!? 止めて! そういうボケしないで! お前だけはボケないでホント!」

 

ニヤリと笑いながらヤクルコをこちらに突きつける高杉に銀時は絶句の表情を浮かべて叫ぶのであった。

 

どうやら今宵の宴は久方ぶりの同窓会になりそうだ。

 

 

 

 



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#58 銀頼光時

夜中、夕食を終えてお腹パンパンになった銀時の所へ

 

まさかの

 

悪霊・桂小太郎

 

大妖怪・坂本辰馬

 

死神・高杉晋助

 

という世界でも征服しかねない連中がこぞって集まって来たのだ。

 

久しぶりの四天王勢揃いによってまさかの小さな部屋での飲み会

 

「奥さんに捨てられた銀時君を励ます会」が始まったのである。

 

「いやーこうして4人集まるのは何時振りじゃ? 頼光殿の所におった頃を思い出して懐かしくなるのぉ」

「うむ、頼光殿が亡くなってからは皆バラバラになり己の道を歩んで行ったからな」

 

久しぶりの勢揃いに坂本は嬉しそうに酒を飲むペースが上げ

 

桂も彼に合わせながら満更でも無さそうにフッと笑う。

 

「坂本は地獄で妻に束縛されながら奴隷の様に働き、高杉は天界で娘の尻を追いかけ回し、銀時は幻想郷で妻に愛想尽かされて家から追い出され、そして俺は現世で祟りを撒き散らしていた、皆充実した人生であったな、乾杯!」

「どこが充実した人生!? どいつもこいつもロクな目に遭ってねぇじゃねぇか! お前に至っては自分から災厄振り撒いてるし!」

「おいヅラ、誰が小娘のケツを追いかけ回してるって?」

 

満足げにコップを掲げて乾杯の音頭を取る桂にすかさずツッコミを入れる銀時と

 

不服そうに片方の目を細めながら酌を手に取る高杉

 

「俺が野郎を追いかけてるのは殺す為だ、長く生き過ぎた連中を殺す事が俺の仕事、テメェも銀時も、あの娘を片付けたらすぐに斬り捨ててやるよ」

「いや待て! 俺はもう既に死んでる身だぞ! 既に生きていないのだから俺はノーカンにするべきであろう! 殺すのは銀時だけにしてくれ!」

「テメェなに平然と俺を生け贄にしてんだコラ! お前はさっさと殺されて成仏しろ悪霊!」

 

霊だという事を利用してすぐに誤魔化しに入る桂だが、残念ながら死神の高杉には効かない。

 

「現世で祟り引き起こしてる悪霊の時点で立派な抹殺対象だよお前も、坂本、この飲み会が終わったらコイツを地獄に連れてってやりな」

「承知しました軍曹殿ー!」

「……お前もう酔ってるのか?」

「酔ってないでありますよ隊長殿ー!」

 

周りの者達はまだ酔いすら回っていないのに

 

一人だけ顔を真っ赤にして坂本はベロンベロン状態になっていた。

 

すっかり上機嫌の様子で高杉に敬礼すると、ちゃぶ台にバタリと頭から倒れる。

 

「か~こげに美味い酒飲んだのも久しぶりじゃきん! やっぱおまん等と一緒に飲む酒は別物じゃて!」

「俺はお前等には一刻も早くこっから立ち去って欲しいんだけど」

 

勝手に舞い上がっている坂本をよそに、銀時は苦い表情を浮かべながら酒をすする。

 

「なんなんだよホント、どうしてこんな狭い部屋に野郎4人で酒飲まなきゃいけねぇんだよ、俺もう腹一杯だし眠いんだよ、さっさと寝かせてくれよ」

「そうつれん事言うモンじゃなか、金時よ、わし等はお前の為にこうして集まっておるんじゃぞ」

「いや金時の為に集まってるなら人違いなんだけど? 俺銀時なんで」

 

もはや千年以上の長い付き合いであるのに何故にこの男は自分の名前を覚えられないのかと

 

心底呆れながら銀時は坂本に訂正していると、桂がうんうんと頷き

 

「坂本の言う通りだ、俺はお前が妻に見捨てられた事で心身共に弱り果て、今にも腹を切って自刃しかねないと永琳殿から聞いて参ったのだぞ。希望を捨てるな銀時、もう一度這い上がって俺と共にこの幻想郷に天誅を下そう」

「いやそれ自分の家にウンコ投げる様なモンだからね俺の場合、つうか腹切っても俺死なねぇから」

 

自分を勧誘する事に積極的な桂に冷ややかに拒否していると高杉がニヤリと笑い

 

「クックック、ヅラ、お前知らねぇのか? コイツ嫁に捨てられた後すぐに別の女に鞍替えしたんだぞ。何食わぬ顔でここに住もうとしているのが動かぬ証拠だ、なんでも永遠亭の主の輝夜とかいう女と所帯を……」

「お前はお前で一番ぶっ飛んだ誤解してるよね高杉君! なにそれどこ情報!? どこでそんな屈曲した話聞いて来たの!? 俺まだ紫と別れてねぇしそもそもここの主と何もねぇからホントに!」

 

笑いながらなに言い出すんだとツッコミながら、改めて卓を囲む彼等を見まわしながら銀時ははぁ~と一段と深いため息を突く。

 

「お前等ってホント自分勝手だよな、勝手に集まって勝手に飲み会始めて勝手に俺を嫁さんに捨てられた哀れな夫に仕立て上げやがって……こういう時に頼光の野郎がいればなぁ、すぐにこの場を収めて俺はさっさと寝れるっつうのに」

 

「自分勝手なのはお前もであろう、まあだが、頼光殿がここにいればと思いを馳せるのはわからんでもない。俺もたまに遠い昔の事を思い出す時があるからな」

 

「確かに、頼光殿は素晴らしい御方じゃった。わし等みたいな胡散臭い連中を集めて導いてくれたすんごい男じゃき、それもただの人間の身でありながらじゃ」

 

「あの人は俺達なんかじゃ計れねぇとんでもなくデケェ器を持っていた、だからこそ俺達みたいな好き勝手しまくって、てんでバラバラの方向を向いていた化け物供を纏めることが出来たのさ」

 

銀時が頼光という名を呟くと、桂や坂本、そして高杉までも「源頼光」という男の存在の凄さにフッと笑う。

 

そして銀時は一人、遠い昔にあった頼光との中であったある日の会話を思い出していた

 

アレは確か、自分が紫と結婚する事を決めた時である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銀時、私に話とは何ですか?」

「……」

 

源家ゆかりの大きな屋敷の門前にある長い階段に座り

 

屋敷で他の連中がワイワイ騒いでる中、一人で酒を飲んでいた坂田銀時の所へやって来たのは

 

彼の主君・源頼光だった。

 

長い髪を風になびかせ優しそうな目でこちらを見下ろす頼光に、銀時は言い辛そうにしながらそっと月を見上げる。

 

「頼光、俺あの妖怪を嫁に取るわ」

「……そうですか、そろそろ頃合いかと思っていましたが、めでたい事ですね」

「んだよ、いずれ俺がアイツを迎えるのをわかっていた口振りじゃねぇか」

「ええ、あなた達二人なら、そうなるのも時間の問題だとわかっていましたよ」

 

全てわかっていたかのような口ぶりに銀時は少々面白くなさそうにしかめっ面を向けると、頼光は微笑みを崩さないまま彼の横に立ったまま一緒に月を見上げる。

 

「今宵は満月ですか……満ちた月をこうしてぼんやりと眺めていると、妻や娘といた日々を思い出します」

「あぁ、前に言ってたなそういや。参考の為に聞くけどお前の嫁さんはどうだったんだ?」

「一般が求める妻としての理想像とは程遠い人でしたが、私には勿体ないぐらい良い人でしたよ」

「じゃあ娘の方は?」

「一般が求める娘としての理想像とは程遠い子でしたが、私には勿体ないぐらい良い子でしたよ」

「なるほど、つまり両方共まともじゃねぇ変人だって事か」

 

似たようなセリフを2回連続で言う頼光に、銀時はジト目を向けながら酌に入った酒を一口で飲み切る。

 

「カミさんと娘には会いに行こうとか考えた事ねぇの?」

「ありますよ、二人には長年苦労を掛けてますし。けど私はこの地から離れる事は出来ない、この地で人間として生き、人間として死ぬ、それが今私がやるべき責任ですから」

 

そう言いながらゴホゴホと軽く咳を突く頼光

 

ここ最近の彼は日に日に弱っているのか、咳を突いたり床に着く事が増えて来ていた。

 

その事に関しては銀時からは何も言わないが、何か嫌な胸騒ぎを感じているのは事実である。

 

「最愛の存在をもうこの手で二度と抱きしめることが出来ないというのは、ある意味この世で最も辛い事です。あなたもあの子と共に生きるというのであれば、それ相応の覚悟を務めなければいけない」

「……」

「あの子はずっと孤独に歩き続けてようやく君に会うことが出来たんです、どうか彼女の残された時間の許す限り、あの子の傍にいてあげて下さいね、彼女のお侍さん」

「残された時間ってなんだよ、アイツは確かに俺と違って不死者じゃねぇが妖怪だぞ? 少なくとも千年以上は生きれるんだ、そんだけありゃあお互い気楽に仲良くやっていけんだろうよ」

 

何を言ってんだと笑い飛ばしながらおもむろに銀時は立ち上がると

 

頼光に背を向けたまま「そんじゃ」と手を軽く上げる。

 

「今からちょいと野暮用で出かけてくるわ」

「おやおやこんな時間に何処へ行くんですか? 家であの子が待っている筈ですよ?」

「いやさ、俺一応結婚するだけど、それまだ先の事だし」

 

そう言って銀時は頼光に小指を立てながら振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

「結婚する前にちょいと妹紅の奴の所へ行ってくる、アイツには朝になったら戻るって伝えておいて」

「……そうですか、では私から一つ指導をあなたに与えます」

 

婚前とはいえ堂々と別の女に会いに行くとぶっちゃける銀時に

 

頼光は微笑みを崩さずにゆっくりと右手を掲げると

 

「家で待つ最愛の存在をほったかしにして浮気を行うなど……一万年早い」

「ぶふぅ!!」

 

頼光の拳が銀時の頭部に炸裂した途端、彼は一瞬にして階段にめり込んでしまった。

 

首だけ残したまま頬を引きつらせてこちらを見上げる銀時に、頼光はいたずらっぽく小首を傾げながら笑いかけた。

 

 

 

 

 

「私と約束して下さい、どうかあの子の事ずっと護ってあげて下さいね」

 

 

 

 

 

 

 

「もし約束を破りでもしたら、死後生まれ変わって、もう一度ゲンコツ食らわしますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいどげんした金時、ボケーっとした表情浮かべながら上の空になってからに」

 

坂本に尋ねられて銀時はハッと我に返った。

 

つい昔の出来事を思い出してしまった事に銀時はボリボリと後頭部を掻きながらバツの悪そうな顔で

 

「なんでもねぇ、昔の頃思い出したらしょっちゅう頼光にゲンコツ食らわされたの思い出しただけだ」

「アハハハハハ! やっぱおまんも思い出しちょったか! いやーわしも昔の事を振り返るとその事ばかり思い出してのぉ!」

「ゲンコツか、フ、そういえばお前達がしょっちゅうトラブル起こすせいで俺も散々巻き込まれて大変だったな、アレは痛かった」

 

銀時の呟きに坂本も同意しながら高笑いを上げ、桂も思わずフッと笑って見せて懐かしむ。

 

「一番頼光殿に殴られていたのは間違いなく銀時であったが、二番目はお前であったな高杉」

「け、やな事思い出させるんじゃねぇよ、俺はコイツがいちいち突っかかって来るからその度に追い払おうとしてただけだ。ゲンコツねぇ……」

 

昔は銀時としょっちゅう喧嘩していたので、その度に頼光から鉄拳制裁を食らっていたのだ。

 

高杉は渋い表情でそれを思い出し、キセルを吸いながらふとある事を呟いた。

 

「そういや天子の野郎が、随分前にどこぞの寺子屋でとんでもねぇゲンコツを食らわす女教師に出くわしたとかほざいてやがったな、人一倍頑丈なあの野郎が言うんだから相当痛ぇんだろうな」

「高杉、おまん殺そうとしちょる奴とそげな日常的な会話しとるんか? ホントは仲良いんじゃか?」

「気持ち悪い事言うんじゃねぇよ、アイツと俺は常に殺し合いの日々だ。会話すんのは定休日ぐらいのモンだ」

「定休日!? 死神の活動って休みとかあるんか!?」

「週休二日制だ」

「い、意外とまともな職場なんじゃの死神って……」

 

高杉の死神としての活動にもちゃんと休みがあるのかと驚く坂本をよそに

 

ゲンコツを食らわす女教師と聞いて桂と銀時もふと眉を顰める。

 

「そういえば以前幽々子殿の屋敷出向いた時にそんな話を俺も聞いたぞ、亡者である自分でも凄く痛いと感じるゲンコツを食らわすとんでもない半妖と人里で出会ったと」

「あぁ、俺もアリスから聞いた事あったなそういや。多分人里で寺子屋開いてるあの半妖の女教師だろうな」

「知っているのか銀時?」

「直接顔を合わせる事は滅多にねぇが、妹紅がアイツと仲良いから話だけならよく聞いてんだよ、えーとそいつの名前は確か……」

 

顔はハッキリと覚えているが名前はちょっとド忘れてしまった銀時

 

思い出そうと懸命に頭をひねっていると

 

部屋の襖が静かに開き、隙間から一人の女性がひょっこり頭を覗かせた。

 

「む? 珍しく今日は騒がしいなと思ったら男4人で卓を囲んで仲良く飲んでいたのか」

「確か慧音とかそんな名前だった気が済んだよな~」

「ああ、私が慧音だがどうした?」

「え?」

 

やっと捻りだして名前を呟いた銀時にその女性がキョトンとした様子で話しかける。

 

銀時はすぐにバッとそちらに振り返ると「あ!」と声を出しながら彼女を指差して

 

「コイツだコイツ! 寺子屋で人間のガキ相手にクソ面白くねぇ授業やってる半妖って奴!」

「いきなり人を指差しながら私の授業がクソ面白くないだと……喧嘩売ってるのかお前」

 

女性こと上白沢慧音はいきなり失礼な事を言われてカチンときた様子で眉間にしわを寄せる。

 

「授業に面白いも面白くないも関係ない、大事なのはいかに生徒達の頭に知識を加え込むのが大事なんだ、近年では画期的だと称して生徒達に面白愉快に授業を教えるのが流行っているというがアレは大いなる間違いだ、私から言わせればあんな遊んでるだけの教え方じゃ全然なってない、そもそも……」

「あ~もういいからいいから! ここでいきなり授業始めようとすんじゃねぇよ! ったく妹紅の言う通りホントに隙あらば他人に教えたがるなお前……」

「妹紅? あ、そういえばお前は……」

 

長ったらしい授業を始めようとする慧音を銀時が慌てて止めに入ると、彼女はふと銀時が誰なのか気付いた様子で

 

「妹紅と男女の関係である銀時という男だったな、確か幻想郷の管理を務める八雲紫の夫で……あれちょっと待て? 妹紅と付き合っていながら所帯持ち? 一体これはどういう訳だキチンと説明しろ、場合によっては私の友人をたぶらかした罪で裁かせてもらうぞ」

「自分で言って自分で疑問持ってんじゃねぇよ……俺と妹紅はもうとっくに終わってんの、今の俺の相手は紫唯一人だから」

「……妹紅と言っている事が合わないんだが?」

「アイツどんな風に俺の事説明したんだよ……」

 

こちらを怪しむ様に目を細めて来る慧音に、銀時はここにはいない妹紅に対して軽く舌打ちする

 

「つうかお前こそなんで永遠亭に?」

「なんか話をはぐらかされたような……私は永琳と話に来たんだ、時間も時間だし今日は短めですぐに帰るつもりだがな」

「……お前等って仲良かったっけ?」

「ああ、頻繁ではないがちょくちょくここに誘われるんだよ、なんでも私と話をすると落ち着くだとか。きっと私の教えが彼女の心に優しく響いているのだろう」

 

お前の話聞いてもただ退屈で眠たくなるだけだろ、安眠療法に使われてるだけじゃね?と言いかける銀時であったが

 

得意げに笑っている彼女にそれ言うと何されるか容易にわかるので言わないでおく事にした。

 

「というか私はともかくそちらはどうしてこんな所に集まっているんだ?」

「妻に見捨てられた銀時を励ます会としてここに集まった」

「おいヅラ! 余計な事言うんじゃねぇ!」

「妻に見捨てられた? どういう事だ?」

 

慧音の疑問に桂が銀時の制止も聞かずに真顔で話を続ける。

 

「どうやら銀時の方が粗相を働いたらしくてな、それで堪忍袋の緒が切れた妻が銀時を家から追い出してしまったらしい」

「……この男が粗相を働いたという部分を詳しく説明してくれ」

「なんで乗り気になってんだよお前も!」

 

腕を組んで静かに話を聞く態勢に入る慧音に、桂と坂本、高杉が同時に

 

「「「浮気した」」」

「ってオイィィィィィィィィ!! なにデタラメ言ってんだゴラァ!!」

「……なるほど非常にシンプルかつ男として最低な行いだ」

 

三人の答えに銀時がすぐに抗議しようとするも

 

慧音は腕を組みながら深く頷き、銀時を冷たく見据える。

 

「よしそこの者、私の前に立て」

「は!? いやだから違うんだって! 俺は浮気とかしてないから! 遊んでる様に見えるけどそっちは真面目だから!」

「ホントに言い切れるのか浮気してないと、私の目を見ながら一度もそんな間違いは犯してないと誓えるか」

「……」

 

そう言われて銀時は言われるがまま彼女の前にバッと立って言い訳しようとするも

 

ふと前にアリスと酔った勢いで何かやらかしてしまったのではとパニックになった時の事を思い出した。

 

銀時は頬を引きつらせながら無言で彼女から目を背けると

 

何か隠してるとすぐに勘付いた慧音は彼に向かって優しく微笑む。

 

「そうか、君は先生に何か隠しているのか。ではそんな君の為に先生から一言」

「い、いや待って! アレは未遂だ! 未遂な筈だから! 確証たる事実も無いんだし……!」

 

スッと右手で拳を握って上に掲げて来た慧音に慌てて銀時が何か言おうとするも……

 

 

 

 

 

 

「護るべき愛する存在がいながら! 他の女に現を抜かすなど!! 九千年早い!」

「だっふんだ!!」

 

慧音の教育的鉄拳が銀時の頭部に直撃し

 

彼はそのまま床を抜けてズボッとめり込んだまま、頭だけ出した状態のまま白目を剥く

 

そしてあまりの痛みに意識が朦朧としている彼に向かって

 

慧音はいたずらっぽく小首を傾げながら笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

「忘れるな、お前が思うよりもずっと、お前の妻はお前の事を愛し続けている事に」

 

 

薄れゆく意識の中で銀時はぼんやりと目を開けながらこちらに微笑む慧音を見上げた時

 

ふと一瞬、別の人物に見えたような気がした。

 

 

 

 



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#59 時永琳銀

慧音からゲンコツ食らってから数時間後、桂、坂本、高杉はようやくこの場を後にした。

 

結局あれから一緒にどんちゃん騒ぎして既に午前零時を回っていたので、流石にもう眠いと銀時は布団も敷かずに畳の上で寝ようとするが

 

「ちょっといいかしら?」

「あん?」

 

閉めきった襖の向こうから聞こえて来た声に、銀時はめんどくさそうにしながら開けると

 

「なんだお前か、こんな時間に何の用? 俺もう眠いんだけど?」

 

そこにいたのはこの永遠亭をし切っている八意永琳であった。

 

今度は一体何の用だと銀時がけだるく問いかけると、彼女はやや険しい表情を浮かべながら

 

「さっき報せが入ったわ、”あの子”がいよいよ動いたって」

「あの子ってどこの子?」

「流石にそこまで把握はしてないか……この話は近い内に話す事にしてたんだけど……どうやら今日がその時みたいね」

「は?」

 

あの子だのその時だの訳の分からない事を口走る永琳に銀時が顔をしかめていると、彼女はしばらく迷う様な仕草をした後

 

「急用で悪いけど、今ここであなたに大事な話があるわ」

「……その大事な話、数時間後とかに出来ねぇの? ちょっくら眠らせてくれよ」

「安心なさい、眠気も吹き飛ぶ元気になる薬を処方してあげるから」

「あのそれ、大丈夫な薬だよね? 普通に人が飲んでも問題ないお薬なんだよね?」

 

是が是非にでも話を聞いてもらおうとする永琳に銀時は上手く状況を掴めないまま困惑していると

 

「話ぐらい聞いてあげなさいよ」

「姫様」

「その女もあなたに話すべきかどうかずっと悩みに悩んで、最終的に腹をくくったのよ。ここらで優しくしてあげなさい、その女に」

 

永琳の背後から眠たそうにまぶたを掻きながら現れたのは永遠亭の主である蓬莱山輝夜。

 

「お前、起きてたのか?」

「どうも寝付けなかったのよ今日は、ドタバタ誰かが大騒ぎしてたせいで」

 

皮肉交じりにそう言うと輝夜は腕を組んで傍の柱に背中からもたれた。

 

「八意永琳、あなたの話を私にも聞かせてくれないかしら? 私だって無関係じゃないんだし」

「……そうですわね、姫様にも聞いてもらいましょうか」

「おいおい、二人揃ってなんなんだ一体、なんの話が始まるんだホント」

 

輝夜と永琳が目配せしている中で一人だけ理解していない様子の銀時に永琳が振り返る。

 

「あなたも薄々わかって来てるんじゃないかしら? この世界の事を」

「は? 世界っていきなりデカく出たな、薄々わかってるって何が?」

「彼女の事よ、あなたにとって最も大事な人」

「紫? アイツは別に何も変わっちゃ……」

 

首を傾げながら眉間にしわを寄せる銀時に永琳は彼の目を真っ直ぐに見据えながら

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲紫に残された時間はもう無いわ」

 

 

大きからず小さからず、ハッキリと聞き取れる声でその言葉を呟く永琳に対し

 

銀時はふと顔を背けながらフッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「知ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所変わってここは人里からほんの少し離れた土地。

 

 

真夜中の人が通る様には出来ていない道を一人トボトボと歩くのは志村新八。

 

不安そうに周りを見渡しながら新八は小さな紙を手に持ちながら進んでいく。

 

「ホントにここで合ってるのかなぁ……それにしてもこんな用事ぐらい自分で済ませればいいのにあのおっさん……」

 

新八が手に持っているのは今日、自宅のポストに入っていた一通の手紙であった。

 

宛先は自分で送り主は銀時と書かれており

 

何でも嫁さんにやべぇモンがバレそうだとかですぐその場所へ行って処分して欲しいと書かれていたのだ。

 

「カミさんに隠してたエロ本バレそうだから燃やしてくれとか、救いようのないアホとしか言いようが無いよホント」

 

数少ない男の知り合いである自分だからこそ頼って来たのだろうが、とんだ迷惑な頼み事である。

 

愚痴を言いながらそのまま進んでいると、新八は手紙に書かれていた目的地にようやく着いた。

 

「えと、確かあそこの誰も使われてない井戸の中に、大量のエロ本が隠されているんだっけ」

 

何故にそんな所に隠すのだと内心呆れながらも、新八は目の前にあったその古びた井戸にゆっくりと近づこうとする。

 

だが

 

 

 

 

 

 

 

「こんな夜中に一人でコソコソと何をしているのですか」

「!?」

 

井戸に手を伸ばそうとしたその時、ふと背後から突然女性の声

 

新八が慌ててバッと後ろに振り返ると

 

そこには銀髪の女性が、俗にいうメイドの恰好でこちらを見つめて立っていた。

 

気配も前触れもなく、突然現れたその女性に新八はギョッとさせて言葉を失っていると、彼女は怪しむ様に目を細めながら

 

「ひょっとしてそこに隠すように入ってたいかがわしい本の持ち主だったんでしょうか?」

「え!? ちょ! 違いますって! 僕が持ち主じゃないんです! そこに隠したのは僕じゃなくて銀さんです!」

「いいですよ別にしらばっくれなくても」

 

慌てる新八にメイド姿の女性はあっけらかんとした感じで肩をすくめる。

 

「年頃の男の子は皆エロ本を持っているのが当たり前なのですから、持ってない方が異常ですので、昔一緒の道場にいた男の子も普段は堅物キャラを演じていましたが、川の流れる橋の下で人妻のエロ本を無我夢中で読んでいる事を何度か目撃した事ありますし」

「いや流石に人妻に目覚めるの早過ぎだろその男の子! いやいや本当に違うんです! 僕はただ頼まれただけなんです! カミさんにバレるとマズいから燃やしてくれってコレを……え?」

 

真顔でいきなりどこぞの少年の性癖を暴露してくる女性に後ずさりしつつ、新八はなおも必死に持ち主は自分ではないとアピールしながら彼女に背を向けて井戸の中を覗き込む

 

だが

 

 

 

 

 

「中に何も入ってない……」

「そりゃそうですよ」

「!」

 

井戸の中は既に埋められており、泥臭い土しかない

 

その事を新八が確認していると、突如女性の言葉がさっきよりも大きく聞こえた。

 

そさっきまでは数メートルは離れていたのに

 

今はすぐ自分の真後ろに立った所から話しかけてるとハッキリと感じられるぐらいに

 

「そもそも最初からそこにいかがわしい本なんか置いてませんし、あの男もあなたに手紙なんて書いていません」

「ど、どういう事ですかそれ!?」

「おやおやここまで言わせておいてまだわかりませんか?」

 

すぐ真後ろにいた女性の方へ半ば混乱した様子で新八が振り返ると同時に

 

女性手元から小さなナイフをスっと取り出す。

 

「あの男の振りして手紙を書いたのも、あなたに送ってまんまとここに誘い込んだのも、全て私がやった事です」

「あ、アンタは一体!?」

「申し訳ありませんがあなたには」

 

何も得物を装備していない新八にジリジリと歩み寄りながら

 

少女はナイフを空に浮かぶ月に照らしながら怪しく輝かせる。

 

そしてその少女の目はまるで

 

「目的を叶える為の贄となってもらいます」

 

死んだ魚の様な目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様」

「……何かあったのかしら?」

 

自宅の寝室に従者の八雲藍が急に入って来たので、八雲紫はただならぬ事が起きたのかとムクリと上体を起こす。

 

「紫様が懸念していた通り、例の館の主が私達に宣誓布告を唱えました」

「そう、やっぱりね……」

 

起きたばかりの状態でなんとか頭を上手く回転させながら、藍の伝令を耳に入れて理解していく。

 

「どうせ上手く”彼女”に担ぎ上げられてまんまと乗せられただけでしょうけど、喧嘩を売るなら買うしかないわね」

「紫様直々に出るのですか?」

「私はもうまともに戦える体力も残ってないわよ、それに彼女に合わせる顔も無いわ」

「……」

 

自虐的にそう呟く紫に藍が俯いていると、そんな彼女に紫が振り向く。

 

「早朝、博麗の巫女にこのことを伝えなさい、異変の解決はあの子の役目だし」

「わかりました」

「それと恐らく永遠亭にいる、あの人にも伝えておいて」

「……いいのですか?」

 

永遠亭にいるであろうあの人、それが恐らく銀時の事であろうと勘付いた藍は戸惑いの表情を浮かべるも

 

紫は静かに笑みを浮かべたまま縦に頷く。

 

「藍、もうこの残り少ない時の中でどうして彼女がこんな事を起こしたのかわかるかしら?」

「……それはやはり紫様を」

「それもあるかもしれないわね、だけどそれだけじゃない気がするのよ、私」

「と言いますと?」

 

神妙な面持ちで尋ねて来る藍に紫はそっと囁くように

 

 

 

 

 

 

「最期にもう一度……あの人と思いきり喧嘩したいのよきっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#60 私と…………

それはあっという間の出来事であった。

 

松下村塾の周囲は数十人の顔を隠した月の民に包囲され

 

銀髪の娘は後ろに回した手を縛られ、座らされた状態で悔しそうに奥歯を噛みしめながら顔を上げる、

 

彼女の視界の先には同じく両親である松陽と永琳が、自分と同じく両手を縛られた状態で一人の少女と対峙していた。

 

「随分と逃げ回ってくれたものね、私達が探してる間にまさか娘まで作ってたなんて」

 

片目を細めながら面白くなさそうな顔を浮かべるのは蓬莱山輝夜。

 

どうやったのかは知らないが、彼女は幾重にも張られている対月の民用の結界を打ち払い、遂に彼等を見つけたのだ。

 

月から逃げた脱走者である松陽と永琳を

 

「死んだ母上が聞いたら嘆き悲しむわね、自分の事を道具としか扱ってなかったかつての男が、こんなへんぴな場所で他の女と所帯を持ち、子供も作って幸せそうに暮らしていたなんて」

「……あの頃のなんの感情も無く玉座に座り続けていた私は、それはそれは酷い男でしたね」

 

敵意を持った眼差しを向けて来る輝夜に松陽は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「あなたにも大変寂しい思いをさせて来ましたね、すみませんでした」

「そんな言葉が欲しくて私はここに来たんじゃないわ、あなたは過去を捨てる為に民や弟子、そして私さえも捨ててこの星にやって来た」

 

今更謝罪など遅すぎると、輝夜はギリッと歯を食いしばる。

 

「”虚”という己の名さえも捨ててまで、一体あなたが何がしたかったの」

「……今の私は八意松陽です」

 

そう自分の名を名乗ると、松陽は隣に立っている永琳の方へ振り向き

 

「彼女が私の為に付けてくれた名前です」

「八意永琳……」

「お久しぶりですね姫様、長年姫様の教育係として働いておりましたが、あの頃よりもずっとお美しくなられて何よりですわ」

「世辞はいらないわ、月の王をたぶらかして勝手な行いをした始末は、いずれキチンと償わせてやるわ」

「ええ、私の身であればどうぞ姫様のお好きになさってください、ですが」

 

こちらに対して嫌悪感も隠さずに睨み付けて来る輝夜に優しく微笑むと、永琳はチラリと後ろで捕縛されている娘に目をやり

 

「あの子に何か危害を加えるモノであれば、今すぐにでも彼女の父と母が天に牙を剥く事もお忘れなく」

「……」

 

改めてこちらに振り返って来た永琳は、先程と同じく微笑んでいあるが目は笑っていなかった。

 

その表情に一瞬ゾクリと背筋に冷たいモノが当たったかのような感触を覚えると、つい動揺してしまった事をバレない様にしながらコホンと咳する輝夜。

 

「……心配しなくてもあなた達の娘などどうだっていいわ、元より月に連れて帰るのはあなた達二人だと最初から決まっている、この星で生まれた娘の方はここで捨て置く」

 

そう言って輝夜は二人の娘を一瞥する。

 

「せいぜいこの地球で父と母のいる月を眺め続ける余生を送ればいいわ」

「……」

 

彼女の言葉に娘は顔を上げたまま無言のままじっと動こうとしない。

 

捕縛される前は散々暴れたが、今はすっかり大人しくなっている。

 

しかしその目はいつもの死んだ目とは違い、ギラギラとこちらを殺そうと気を伺っている獣の目だった。

 

その目を睨み返しながら忌々しそうに輝夜はフンと鼻を鳴らすとクルリと踵を返す。

 

「行くわよ」

 

そう言って輝夜が歩き出すと、松陽と永琳の両手を縛っている縄を掴む部下らしき者達も後に続こうとする。

 

しかしその時

 

「なぁに心配はいらないよ、すぐに私達は戻って来る」

 

連れてかれようとする所で、松陽が振り返らずに背後にいる娘に口を開いた。

 

「だからそれまで待っていて下さい、どんなに辛くても生きていてください。必ずもう一度、会いに行きますから」

 

そう言って松陽は縛られている右手の小指をそっと立たせる。

 

「約束、ですよ」

「……!」

 

その言葉を聞いて娘は悔しそうに両手を地面に叩き付けながら、髪に泥が付く事も気にせずに額を地面に擦り付け、こうして何もできないまま二人を見送るしか出来ない自分自身に腹を立てていた。

 

そんな娘に一切振り向きもせず、松陽は永琳と共に行ってしまった。

 

月の民達もこぞって行ってしまい、一人その場に取り残された彼女は

 

 

 

「―――∸―――∸―――∸―――∸!!!!」

 

言葉にもならない叫び声を上げて空しく響かせるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数時間後の事

 

輝夜が松陽達を捕まえて連行していく瞬間を遠くから呆然と眺めるしか出来なかったメリーは

 

近くの公園の噴水広場で

 

自分が彼等を売ったのだという実感を覚えつつt身体を震わせながらベンチに座っていた。

 

そして彼女の隣には

 

輝夜が襲撃した際に紛れて屋敷から連れ出した蓮子がグッタリとしている。

 

「ハァハァ……」

「蓮子、しっかりして……!」

 

こんな寒い時間に彼女を外に連れ出してしまった事に後悔しつつ、メリーは罪悪感も忘れて必死に彼女に呼び掛ける。

 

「約束の時間までもうすぐ……もうすぐあなたを元に治す事が出来るのよ、それまで耐えて……!」

「……メリー?」

 

ふと両手に温もりを感じて蓮子はぼんやりと目を開ける。

 

そこで初めてここが寒空の中の外で、時刻は夜で、目の前にメリーが必死な形相で自分を見つめているのがわかった。

 

「私は一体……」

「時間通り来てやったわよ」

「!」

 

虚ろな目で現状をゆっくりと理解しようとしてる最中。

 

突然飛んで来た声にメリーが待ちわびていたかのようにバッとそちらに振り返った。

 

そこに立っていたのは輝夜、彼女との約束を果たしにお供も連れずにたった一人でやって来たのだ。

 

「こちらの用事は済んだわ、約束通りあなたに報酬をプレゼントしないとね」

「……先生と教授はどうなるの」

「八意松陽と八意永琳はこのまま月に強制送還される」

 

メリーに抱き抱えられながら蓮子は、輝夜が言った二人の人物の名前を聞いて微かに目を見開く。

 

「本来月からの亡命は厳罰に処するべきなんだろうけど、月の発展に大きく貢献した実績を持つあの二人は特例として免除されるでしょうね。けどもう一生こっちに戻ってあなた達と会う事は無いわ、何故なら一生月の地下にある完全なる密室の部屋で監禁されるでしょうから」

「……」

「メリー……この女何言ってんの?」

 

事実を知らされてメリーが悲痛な表情で黙り込んでいると、不意に蓮子が息絶え絶えに話しかける。

 

「なんでコイツさっきから訳の分からない事を言ってるの……松陽とアイツが月に行くからもう会えないってどういうこと……一体どういう事なのちゃんと話して……」

「……その子があなたが救いたがっていた子かしら?」

 

先程からずっと苦しくて呼吸すらままならないが、それでもなお松陽達がどうなったのか聞き出そうとする蓮子に

 

興味を持ったのか輝夜が歩み寄って来た。

 

「初めまして、あなたがアルタナを摂取しないと生きていけない特異体質の子ね、彼女から話は聞いているわ」

「アルタナ……? なんなのよアンタ、さっきから意味深すぎるのよ……しかもメリーから話を聞いたって一体……」

「あなたの友達はね、あなたを助ける為に私に手を貸してくれたの」

「……手を貸してくれた?」

 

さっきから何の話をしているのだと頭の中が混乱しかけている蓮子に輝夜は優しく微笑みかける。

 

「彼女が私を松陽達のいる場所まで案内してくれたの、おかげで遂に脱走人のあの二人を捕まえることが出来た、この事に関しては月の民を代表して本当に感謝しているわ」

「……」

「メ、メリー……?」

 

彼女の話を聞いて蓮子はハッとするとすぐに自分を抱き抱えているメリーの方へ振り向く

 

するとメリーは俯いたまま

 

「彼女が言ってる事は紛れもない事実よ……私はアナタを救う為に先生達を彼女に売った」

「!」

「彼女はアナタを救うことが出来るの、だから私が交換条件を出して先生達を……」

 

ぼんやりとだがようやく話が読めて来た。

 

蓮子は俯きながら答える彼女を無言でジッと見つめていると

 

輝夜が二人にスッとある物を差し出す。

 

それは宝石のように光り輝く結晶体

 

「これがあなたが欲しかったアルタナのエネルギーを結晶化させたモノよ」

「これが……!」

 

アルタナ、蓮子が生きていくには無くてはならない地球のエネルギー……

 

それを見てメリーはあまりの眩しさに目がくらみそうになっていると

 

輝夜はそれを彼女の手になんの躊躇もなく置いて渡した。

 

「約束通りあげるわ、その結晶体を飲み込ませるなり体内に入れさえすれば、その子はもう大丈夫よ」

「……本当にこんな貴重なモノを渡していいの?」

「いいわよ、”ウチには”余るほどあるし」

 

少々引っかかる物言いをする彼女だが、コレがあれば蓮子は助かるんだと過信していたメリーは聞き逃してしまった。

 

受け取ったアルタナの結晶体を、彼女はすぐに蓮子に近づける。

 

「蓮子コレを飲み込んで……! そうすればあなた助かるのよ……!」

「何言ってんのよアンタ……そんな食い物でもない奴を口に入れたらそれこそ身体が悪くなるじゃないの……私は食べれる物しか口に入れない主義なのよ……」

「いいから口に入れて! 入れなさい!」

「……」

 

自分の口に結晶体を近づけて来るメリーに蓮子は素っ気ない事を言いながらそれを拒否する。

 

僅かしか残ってない体力でどうしてそう強情を張れるのか、メリーは苛立ちを募らせながら無理矢理にでも口を開かせて飲み込ませようとする。

 

しかしその時であった。

 

 

 

 

 

 

「あら? こんな時間に女の子同士だけで何してるのかしら?」

 

不意に聞こえたそのひどく澄んだ声に、蓮子の口を開かせようとしていたメリーの手が止まった。

 

全身から冷や汗が流れるのを感じながら彼女は恐る恐る顔を上げると

 

「こんな時間に女の子だけでいちゃ危険よ? それともこんな人気の無い場所だからこそ出来る事でもある訳?」

「あ……あ……」

「もし良かったら私も混ぜて貰えないかしら、ねぇメリー……?」

 

クセッ毛の強い銀髪の少女が

 

こちらの状況を瞬時に読み取っているかの様に見透かした目を向けて立っていた。

 

彼女が現れた途端、メリーは金縛りにあったかのように動けない。

 

しかし目の前の少女はゆっくりとこちらに向かって歩み寄っていく。

 

「あなたどうしてその女と一緒にいるの、その女から貰ったそれは一体なんなの、あなたは一体何をしたの」

「やれやれ見逃してやったのにまさかまた私の前にあなたが現れるとはね……」

 

震えて声が出ないメリーの代わりに、輝夜が顔をしかめながら彼女を睨み付ける。

 

 

 

 

「出来ればあなたとは二度と会いたくなかったんだけど、松陽と永琳の娘……」

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜」

 

名を呼ばれた彼女は、輝夜に向かって目を細めながら懐から一本のナイフを取り出す。

 

いつも稽古で使っていた様な木造ではなく

 

本物のナイフを

 

「早く答えなさいメリー」

 

輝夜を完全に無視して静かな口調でメリーを問い詰めようとする彼女だが

 

その手に持つナイフをゆっくりとこちらに突き付け、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えなさい、私の両親をコイツ等に売ったのかどうかハッキリと、その身が完全にこの世から消えるまでに……」

 

 

あの時の咲夜の表情はいつも通りの仏頂面だったけど、内心では怒狂っているのがよくわかった。

 

この時私はただただ彼女に怯えて口をパクパクさせながら何も言えなかったのを覚えている。

 

今にも死にかけている蓮子を救える手段を前にして

 

私は彼女の両親を売った代償をここで払わなければいけないのだと実感していた。

 

蓮子、そして咲夜……

 

本当にごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終章開始


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#61 魔館紅

日は開けた

 

外でチュンチュンと鳴くスズメの鳴き声が、やけに今日はしっかりと耳に鳴り響いてる中

 

ガララッと銀時は永遠亭の戸を開けた。

 

「やれやれ、誰かさんと随分と話し込んだせいでロクに眠れてねぇわ、だる……」

「悪かったわね長く付き合わせちゃって」

 

眠たそうに目蓋をこすりながら銀時が外に出ると、すぐ後ろから八意永琳が出て来た。

 

彼女の方へ振り返ると銀時はふわぁっと欠伸を掻き

 

「いや……こっちは色々と溜めになる話聞けたらありがたいと思ってるから気にすんな」

「そう、それなら良かったわ……」

 

夜通しずっと永琳との二人で話をしていたらしく

 

しかしそれでも不満を言わないどころか逆に礼まで言う銀時

 

どうやら彼女の話を聞く前と後でちょっとだけ心境の変化があったらしい。

 

そんな彼に永琳が静かに微笑んでいると後ろからドタドタと慌てた様子で鈴仙が駆け寄って来た。

 

「旦那様どうしたんですかこんな時間から! ま、まさかもう家にお戻りになられるとか!?」

「ああ? まあそんな所だ、良かったな俺が早く家に戻ってくれて」

「も、もうちょっとだけお泊りされてもよろしいのでは!?」

「は?」

 

いきなり玄関から飛び出て来て自分の事を慌てた様子で引き留めようとする鈴仙に銀時が訝し気に目を細める。

 

昨日はさっさと帰って欲しいというオーラを放ちまくっていたというのに一体どういう訳だと疑問を持っていると

 

鈴仙は恐る恐る腰を低くさせながら

 

「い、いえ実を言いますと昨日の夜中、自分の部屋へと戻る途中でバッタリ姫様に出会いまして……その時に今お師匠と旦那様が二人で話していると聞いて、私つい気になって姫様に尋ねてしまったんです、あの二人はどんな関係なのですかと……」

「ふーん……アイツなんか言った?」

「ざっくりとした感じですが単純にお二人の本当の関係を教えてくれました……」

 

どうやら姫様こと輝夜が偶然鉢合わせただけの鈴仙にあっさりとバラしてしまったらしい。

 

まあどうせその内他の人にも知られる事だろうし、厳重に秘密にするべき事でも無いので銀時は特に気にした様子は無く

 

「あっそ、まあそういう事だから。今日はコレでお暇するが今後はもっと頻繁に通う事もあるかもしれないからよろしくな」

「は、はいわかりました! いつでもお遊びに来てください!」

「あなた……」

 

鈴仙に軽い感じで返事をする銀時を見て永琳はすぐに悟った。

 

「そう……”これから”もここに来るという事は、それがあなたが選んだ選択だと言う訳ね」

 

ポツリと小さく呟く永琳に、銀時は力なくフッと笑いながら肩をすくめていると

 

「あらアンタもう行くの? まあ時間も無いし丁度いいかもしれないわね」

「え、どうしたんですか姫様、珍しくこんな早い時間に起きられているなんて」

「ニートだってたまには早起きしたい時もあるのよ」

 

開いた戸から輝夜が眠たそうに現れたのだ。

 

鈴仙がそんな彼女に軽く驚いていると、輝夜は腕を組みながら銀時の方へ目をやる。

 

「永琳から色々と話を聞いたみたいじゃない、私の事も聞いた?」

「どうだったかねぇ、ぶっちゃけ色々と話が長くて所々抜けてんだよな俺の記憶」

「それ言われると普通に傷付くんだけど」

「まあお前との因縁はなんとなくわかってはいるから安心しろ」

「いやなんとなくじゃ困るんだけど私」

 

アバウトな感じで答える銀時に輝夜がジト目でツッコミを入れていると

 

「ほら、あなたのお出迎えが到着したらしいわよ」

「あん?」

 

ふと竹林から何者かがやって来たのを輝夜が先に気付くと、銀時もすぐにそちらに振り向く。

 

「あ」

「……丁度お前を呼びに来た」

 

そこには八雲紫の式神・八雲藍が神妙な面持ちで現れたのだ。

彼女が迎いに来る事は流石に予想していなかった銀時が軽く目を見開いていると、藍はゆっくりと彼の方へ歩み寄る。

 

「実は昨日の夜、緊急事態が起こってな。お前にはやってもらわなければいけない事がある」

「緊急事態、それってまさか……」

「話は博麗神社に向かう途中で話す、さっさと行くぞ」

「ちょっと待てって、最後にやっておかなきゃならねぇ事が残ってんだ」

 

藍に促されつつも銀時はそっと永琳達の方へ振り返るとヒョイと軽く手を挙げながら笑って見せて

 

 

 

 

 

「んじゃ、行ってきます」

「……行ってらっしゃい」

 

永琳もまた彼に向かって笑って答えるのであった。

 

まるで家を出る息子を見守る母の様な表情で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって博麗神社

 

博麗の巫女である博麗霊夢が

 

神社の賽銭箱の前で、早朝いきなりやってきた八雲紫から話を聞いている途中であった。

 

「ふーん、紅魔館といえば霧の湖の所にあるデカい館の事よね」

「ええ、だいぶ前に外の国から越して来た連中よ。初めてやって来た時もそこの館の主が私に喧嘩を売って来たんだけど」

 

異変が起きたと聞いて久しぶりに仕事モードに入っている霊夢に、紫は異変を起こした人物の情報を簡単に教える。

 

「見た目はちっこい子供みたいなのよね、実力はそこそこあったのは確かだけど。まあ私が本気を出す事も無くピチュったわ」

「それからは大人しく屋敷の中に籠り続けていたんだけど、しばらくしてまたこっちに喧嘩を売りに来たって訳ね」

「ご名答、流石は博麗の巫女ね」

「ナメてる? これぐらい誰でもわかるわよ」

 

なんかバカにされた感じで可笑しそうに笑いかけて来る紫に霊夢がイラッと来ていると

 

神社の入り口から、先程永遠亭から出たばかりの銀時と藍が揃ってやって来た。

 

「よぉ、どうやらずっと暇だった博麗の巫女にもようやく仕事が舞い込んで来たみてぇだな」

「フン、暇なんか無いわよ、こちとら毎日生きるか死ぬかのサバイバル生活なんだから」

 

いきなり現れた銀時に対しても特に驚きもせずにしかめっ面で霊夢が鼻を鳴らしていると

 

銀時と共に来た藍も霊夢の隣に立っていた紫に深々と頭を下げる。

 

「紫様、お目付け通りこの男も連れて参りました」

「ええ、それじゃあ異変についての詳しい話はあなたからして頂戴」

「はい」

 

紫は突っ立っている銀時に目も合わせずにそう言うと、説明役を藍に任せて自分は数歩彼等から遠ざかる。

 

そんな彼女を銀時が無言で眺めていると、藍が彼と霊夢に向かって早速話を始めた。

 

「改めて問うが、二人は既に『紅魔館の主が再び我々に喧嘩を売りに来た』という話は知っているな」

「紫から聞いているわ」

「俺もここに来る途中でお前から聞いたよ」

「結構、ならコレを見てくれ、その紅魔館の主が寄越してきた書状だ」

 

二人がすぐに頷くと藍は一枚の紙を取り出して彼等に突き付ける。

 

「書状? まあどうせ果たし状みたいなもんでしょ、どれどれ……な!」

「決闘を申し込むのにわざわざ手紙まで送りつけてくるたぁ随分と古臭い習慣だなおい、ってコイツは!」

 

 

霊夢が受け取ってそれを隣に立った銀時も覗いて一緒に書かれた内容を見て愕然とした

 

 

 

 

 

 

 

 

「字ぃ汚ッ!」

「全く読めねぇ……! まるでミミズがフラダンスしてるかの様な解読難解な字体だ!」

 

二人揃って書かれた少女の内容よりも、その字の恐ろしい汚さに驚いていると

 

藍が複雑そうな顔でポツリと呟く。

 

「……まあ紅魔館の主は外国住まいだったと聞くし、慣れない国の言葉は書きにくかったんだろうきっと」

「いやここまで汚ねぇ字を書く奴は母国語で書いても汚ねぇよきっと、フォローする必要はねぇよ」

「寺子屋通ってる小さなガキンちょの方がまだ上手く書けるわよ、うわホントに酷い……」

 

彼女のフォローも虚しく紅魔館の主は恐ろしく字を書くのが下手だという第一印象を持ってしまった銀時と霊夢。

 

いかん、このままでは彼等からやる気が削がれてしまうと思った藍は、咳ばらいをしつつすぐに次の話を始める。

 

「こちらで書状の内容は大方解読済みだ、要約すると、「我々は人間の子供を人質に取った、返して欲しくばそちらで最も強い者等を我が館に連れてこい、盛大な宴を開いてそなた等を迎え入れてしんぜよう」という感じだ」

「盛大な宴やってくれるんだってよ、よかったな霊夢」

「その宴ってタッパー持参でもいいわよね?」

「いやそこじゃない、お前達が気にする所はまず冒頭の部分だろう」

 

宴を聞いた途端盛大に腹の虫を鳴らす霊夢にすぐにツッコミを入れる藍。

 

「こちらが最も気にしている点は人間の子供を人質に取ったという点だ、妖怪が無闇に人間を襲う事はこの幻想郷では固く禁じられている、しかしこの館の主はその禁忌を破って人間に害を与えた。ならば然るべき報いを与えなければいけない」

「まあ確かにね、人間を襲っちゃったらもうただで許す事は出来ないわ」

「しばらく平和が長続きしてたって言うのに、下らねぇ真似しやがって、こりゃあ痛い目に遭わせなきゃダメだな」

 

書状に書かれたい内容の中で一番の問題なのは紅魔館の主が人間、それも子供を攫ったという事である。

 

幻想郷は人間と妖怪のバランスを保つ為にある場所、ここでそのルールを犯すのであれば成敗しなければならない。

 

「けどよ、この屋敷の主って奴は一度紫に倒された事あったよな? それからずっと大人しくしてやがったのにどうしてこんなまた喧嘩を売る様な真似して来やがったんだ?」

「……実はここ最近の間に、紅魔館が一人の召使いを雇ったらしい」

「召使い?」

「まあ俗にいうメイドと呼ばれる者なのだが、なんでもそのメイドは知略と武勇に優れた類稀ない実力と、絶対に老いる事も死ぬ事も無い能力を兼ね備えた不死者だとか、色々と誇張されているのかもしれんがただ者ではないのは確かだろう」

「不死者……」

 

その言葉を聞いて銀時はピクリと反応する。彼の反応を見つめていた紫もそっと目を逸らす。

 

「今回こちらに再び勝負を挑んだのは、恐らくこのメイドを仲間に入れたことが原因だと紫様はお考えだ。いや、もしかしたらこの騒動事態彼女が主を裏で操って計画した可能性もあり得る」

「テメーの主をたぶらかして反旗を翻させた黒幕の不死メイド……こりゃあ一筋縄じゃいかねぇみたいんだ」

「相手が不死身ならアンタの出番ね、そのメイドの相手はアンタに任せたわよ」

「ハナっからそのつもりだ、そのメイド、どうも引っかかる事があるんでね……」

 

自分と同じく不死者だと思われるメイドに対し、銀時は何か奇妙な感覚を覚えた。

 

まるで彼女の事を既に知っていた様な、いずれ出会う事は必然だったのだと思えるぐらい、銀時にとってそのメイドは紅魔館の主よりも気になっていた。

 

「そうと決まれば話は早ぇ、俺と霊夢でさっさと紅魔館に行ってみるとするか」

「そうね、相手の陣地なのだから当然向こうも待ち構えてるでしょうけど。それも含めて完膚なきまでに叩き付けてやれば二度と刃向かおうとは考えなくなるでしょうし」

 

藍の話を聞き終えて銀時と霊夢はすぐに出発する事に決めた。

 

まず目指すは霧の湖、そして霧の奥深くにあると言われている紅魔館だ。

 

「ちゃちゃっと終わらせてやるか、紅魔館なんざ跡形もなくぶっ壊して、連中をホームレス生活に追い込んでやる」

「館まで壊すのはどうかと思うけど、まあ連中と戦闘になったら確実にお屋敷もただじゃ済まないだろうし、それもまた仕方ない事ね、崩れた館の下で眠ってもらいましょ」

 

そんな風に言葉を交えながら銀時と霊夢は藍と紫の方へと振り返った。

 

「んじゃ俺達行くから、土産に期待してオメェ等はここで待ってな」

「ああ、よろしく頼む。紫様は現在訳ありで戦う事は出来なくてな、お前達でなんとかしてくれたら助かる」

「なによ、紫の奴どっか具合悪いの? あまりそうは見えないけど」

「……」

 

紫が戦えないと聞いてあまりピンと来ていない霊夢をよそに

 

銀時は彼女を見つめたまま自分からゆっくりと歩み寄るも、紫はずっと目を逸らしたまま振り向こうとしない。

 

すると銀時はそんな彼女にフッと笑って見せて

 

「実はよ、永遠亭の色々と話聞いたんだよ、この幻想郷の事も、俺の事も、そしてお前の事も……」

「……」

 

それを聞いて紫はやっと彼の方へ振り返った。しかし今だ目を合わせる事は出来ずに俯いたままだ。

 

「今日の夜は満月だろうな……用事済ませて戻って来たら、久しぶりに一緒に月でも眺めてみるか」

「……戻って来るのね」

「ああ……」

「それなら……待ってるわ、あなたが戻って来るのをずっと……」

 

小さな声で銀時の言葉に返事する紫に銀時は静かに頷くと、踵を返して待っている霊夢の方へ

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

それだけ言って銀時は出発しようとすると、紫は顔を上げて彼の背中に向かって

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい、あなた」

「ああ」

 

僅かに微笑んで彼の背中を見送った。

 

 

まるで今生の別れを惜しみつつも感情には出さない様にしいている健気な伴侶の様に

 

 

 

 

 

 



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#62 鈴楽美神

人間の子供を誘拐した、返して欲しくば紅魔館に来い

 

といった感じの事が書かれた書状を受け取った八雲銀時と博麗霊夢は

 

霧の湖を超え、そのまた深い霧に覆われた中に存在する大きな館が彼等の目の前に現れた。

 

紅魔館

 

窓も無く内部も見る事の出来ない完全に密閉されたような不気味な屋敷を前に

 

銀時はケッと面白くなさそうに口をへの字にする。

 

「呼ばれたから来てやったのに迎えも出さねぇのかよここの館の主は」

「……迎えはいないけど門番ならいるみたいよ、一応」

「あ?」

 

広大な庭や像を所有する今まで見た事がない程の立派な屋敷を見上げながら銀時が嫌味を言っていると

 

霊夢がふと大きな門の前で何かがいるのを見つけて指を差す。

 

銀時が霧を見通すように目を凝らしてジーと見てみると

 

「おや、客人が来るのは何時振りでしょうね」

「!?」

「しかし残念ながら私は主に何人たりとも通すなと強く言われておりますので、あなた達には……」

 

霧の奥にぼんやりと人影が現れ、そこから聞こえた女性の声に銀時は目を見開く。

 

やはりこちらが来るのを前提に、既に門番を館の前に置いていたのか

 

銀時と霊夢が警戒していると霧はゆっくりと晴れていき、門の前に立っていた人物が遂に姿を現す

 

その正体は……

 

「ここで眠ってもらいますZZZZZZZZ」

「ってオメェが眠ってんじゃねぇかァァァァ! 何もしかして今の寝言!?」

 

門の隣にある壁に背を預け、腕を組んだ状態で両目をしっかり瞑りながら鼻ちょうちんをこれでもかと膨らませている中華風の恰好をした女性。

 

紅美鈴

 

紅魔館の門番を務める凄腕の拳法使いの妖怪。

 

なのだがいつも気を張り詰めた性格をしているおかげで

 

一度その気を緩ますとこの様にどこででも寝てしまうという失態を犯す事が稀にあるのだという

 

銀時と霊夢は先程彼女が言っていた言葉は全て寝言だったのかと理解すると、門の方へと歩み寄ってまじまじと美鈴を見つめる。

 

「ZZZZZ……」

「寝てるわね気持ちよさそうに……」

「寝てません、寝てませんよ……寝てませんからお仕置きは勘弁してくだZZZZZ」

「おい寝ながら寝てる事の言い訳してるぞコイツ……」

 

頭を上下にガクンガクンと動かしながらブツブツ寝言を呟く美鈴に二人は怪訝な表情浮かべた後顔を合わせて

 

「え~と……どうなのかしらコレ? 先に行っていいのコレ?」

「起こしたら起こしたらで面倒だぞコイツ、寝てるクセに一分の隙も見当たらねぇ所から察するに相当の猛者に違いねぇし」

「そうね、それじゃあここでしばらく寝かせてあげましょう」

「そうそう、人が昼寝してる所を邪魔しちゃいけないってよく言うだろ」

 

そう言い合って二人は寝ている美鈴を起こさずにそっと門を潜ろうとする

 

だがそこへ

 

「んぐはッ!」

「「え!?」」

 

何が起こったのやら、突然美鈴の頭頂部に深々と鋭いナイフが突き刺さったのだ。

 

その痛みで目を覚ましてしまった美鈴は、寝ぼけた様子で声を出しながら慌てて頭に刺さったナイフを引っこ抜く。

 

「ふぅ~死ぬとこでした……」

「……」

 

手に持った己の血がたっぷり付いたナイフをその辺にポイッと捨てると

 

真横で唖然とした表情でこっちを見ながら固まっている銀時と霊夢に気付かずに

 

美鈴は再び壁に背を預けて

 

「さて、どうせ誰も来ないでしょうし二度寝でも……ふんごッ!」

「「また刺さったぁ!!」」

 

まさかの二度寝をおっ始めようとする美鈴に再び鋭いナイフが彼女に眉間にグッサリと食い込む。

 

人間だったら、いや妖怪でも即死じゃないかと思われる致命傷を受けてなお

 

驚いている銀時と霊夢を尻目に美鈴はまた起きてナイフを引っこ抜く。

 

「ふわぁ~今日は随分と頭にナイフが刺さ……ん?」

「「あ……」」

 

欠伸をしながらチラリと横に目を向けると美鈴は初めてそこに銀時達がいる事に気付く。

 

銀時と霊夢が頬を引きつらせながら無言で彼女に笑いかけていると

 

美鈴はキョトンとした表情をしばし浮かべた後、ふと銀時の方へ目を向けた次の瞬間

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! すみませんすみませんすみませんすみませぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」

「え、なに!? どうした急に!」

 

急にとち狂ったように叫び始め、そして急いで両膝と両手を突いてこちらに謝りながら土下座する美鈴

 

「ちょっと暖かかったから魔が差してしまっただけなんです! どうせ誰も来ないだろうしちょっと寝ててもバレないでしょって私の中の悪魔が囁いたせいなんです! 私自身はちゃんと一生懸命仕事に励もうと思っていたんです! だからもう1カ月間食事抜きとかそういうお仕置きはもう勘弁して下さい!」

「うわ……アンタいつの間にこの女を飼いならしてたの……引くわー」

「な訳ねぇだろ! こんな奴に調教プレイなんざ仕込んだ覚えはねぇよ!」

 

何度も頭を地面に擦り付けながら必死に謝って来る美鈴を見て

 

霊夢はすぐに銀時が彼女に何かしらのドSなプレイをしていたのではないかと彼に軽蔑の眼差しを向ける。

 

だが当然、銀時は彼女に会った事さえ初めてなので覚えはないので首を激しく横に振る。

 

「ったくお前のせいで変な誤解されたじゃねぇか……とりあえずお前頭上げてもう一度俺の顔見てみろ」

「え? うわぁぁぁぁ!! 本当にごめんなさい許してください!」

「なんで顔見てもビビってんだよ! 一体俺を誰と間違えてんだテメェ!」

「あ、あれ? よく見たら男? でも顔と雰囲気がどことなくあの人に似てる様な……」

 

こちらの顔を見てもなお素っ頓狂な声で悲鳴を上げる美鈴だが

 

しばらく彼の顔を見続けてようやく何か変だと気付いたらしい。

 

「ん~とですね……もしかして私の人違いでよろしいのでしょうか?」

「そうだよ、俺は八雲銀時、お前の所の主に用があるから来ただけのお客様だコノヤロー」

「ハハハそうだったんですか……つい目の前でお見苦しい醜態を見せてしまい申し訳ありません……でもホントに似ててるなぁあの人に……」

 

銀時の顔をまじまじと見つめながら、どこぞの誰かと勘違いしてしまった事を苦笑しながら謝る美鈴。

 

「えーと初めまして、私はこの紅魔館の門番を務めている紅美鈴という者です。生憎ですが今主には誰も通すなと言われておりますので、申し訳ありませんがお引き取り願えませんか?」

「そうはいかねぇんだよこっちも、テメェのその主とやらがちょいと狼藉を働いたもんでね、幻想郷の管理人としては見過ごす事出来ねぇんだよ」

 

ご丁寧な口調で帰って欲しいという美鈴に銀時が仏頂面ですぐに無理だと返事をするも

 

そこに霊夢が突如ジト目を彼に向けながら

 

「あんた自身は管理人じゃないでしょ、アンタは幻想郷の管理人の八雲紫のヒモ旦那やってる八雲銀時でしょ?」

「余計な口挟むんじゃねぇよ! 俺だって幻想郷の為に頑張ってるんだから管理人と自称しても良いだろうが! 少しぐらい背伸びしたって別に良いだろうが!!」

 

霊夢に向かってキレ気味に銀時が怒鳴りつけていると、美鈴はそんな二人を見て困った様子で首を傾げる。

 

「えーどうしてもここを通りたいとおっしゃるのであれば、まずはこの私と戦って勝ってもらわねばいけませんね。失礼ですがお二人はそれなりの実力はお持ちですか? こう見えて私結構強いですよ? 素直に退いてくれるなら追いはしませんけど……」

「いやそういうやられ役みたいな台詞はいいから、さっさとかかってこい」

「な! 一応こっちは親切心で言ったんですよ!?」

「いいから来いって、ワンパンで沈めてやるから」

 

悪意はない警告をする美鈴に対して銀時は挑発的に手でクイクイッと誘った後、隣にいた霊夢の背中をポンと叩き

 

「コイツが」

「ってアンタが戦いなさいよ! 今完全にアンタがコイツと戦う流れだったじゃない!」

「前菜なんぞ食べる気もしねぇ、こちとらメインディッシュ一択だ。それ以外は全部お前が食っていいぞ」

「その台詞は本当の食事を食べる時に使われたら嬉しいけど……敵アジトの中ボスフルコースなんざ嬉しくもなんともないわ……」

 

すべてを託そうと他力本願っぷりを発揮する銀時に霊夢が恨めしそうな顔で睨み付けていると

 

二人が素直に退かないと判断した美鈴は、「え~と……」と敵対する相手にも関わらず慎重な様子で拳を構える。

 

「とりあえずあなた達を素直に通したらあの人に酷い目に遭わされるんで……わが身を優先してあなた達をここで倒させ……」

 

彼等を通したら今度は頭にナイフだけじゃ済まされない。

 

そう危惧した美鈴は即座に二人の排除を試みようとしたその時

 

 

 

 

 

「ほわちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「な! く!」

 

突如背後から雄叫びと共に明らかな敵意を感じた美鈴は、すかさず振り返って手をクロスさせ

 

チャイナ服を身に纏った自分と同じ中華風の娘の飛び蹴りを間一髪のタイミングで受け止めた。

 

蹴りを受け止めた美鈴の視線の先には

 

「フ、私の蹴りを腕だけで防ぐとは大したもんネ」

「ほう……今日は随分と客人が多いですね」

 

戦闘力だけなら他の妖怪の追随を許さない戦闘民族・夜兎族の血を引く娘、神楽が現れたのだ。

 

「銀ちゃん! 腹ペコ巫女! 早く行くヨロシ! コイツの相手は私がするアル!」

「神楽! お前なんだって一体こんな所に!」

「アネゴから聞いたアル! ここのセンスの悪い館の一番偉い奴に! 新八が連れて行かれたって!」

「なに!? 新八が!?」

 

美鈴と拳でやり合いながら神楽は銀時に誰がここにいるのかを教えてくれた。

 

そう人間の子供が誘われたというのは、あの志村新八の事だったのだ。

 

「アネゴから聞いて私も居てもたってもいられなくなったネ! だからここにカチコミにきたんだヨ!」

「そうか新八の奴がここに……」

「なるほどね、誘拐されたのはあの新八だったのね……」

 

ふらり揃って頷きながら目の前の館を見上げる銀時と霊夢、そうしている間にも神楽と美鈴の戦いは苛烈さを極めていく。

 

「さっさと行くアル二人共! 私もコイツをぶっ飛ばしてすぐに追いかけるネ!」

「わかった、なら俺達は先に新八を助けに行ってくる」

「新八の奴を助ける前にアンタも死ぬんじゃないわよ」

「おう!」

 

美鈴の蹴りを正面からの拳でぶつけながら自分に構わず行けと言ってくれた神楽の為に

 

新八奪還の為に銀時と霊夢は脇目も振らずに門を潜り抜け

 

いよいよ紅魔館の大きな扉目掛けて走り出すのであった。

 

「あ、待ってください! ちょっとあなた! どうしてあの二人を助ける様な真似を!」

「うるせぇ! 別にアイツ等の為に私はお前の足止め役を買った訳じゃねぇんだヨ! 私の狙いはお前だ!!」

「え?」

 

自分とここまで互角に戦える者がいるなんてと内心驚いている美鈴に向かって

 

神楽は目を血走らせながら恐ろしい形相で彼女に明確な殺意を向ける。

 

「物語終盤でいきなり出て来たぽっと出のわき役の分際で! 私と同じチャイナキャラだとかふざけんじゃねぇぞゴラァ!!」

「ええ!? そんな理由で!?」

「チャイナ娘キャラは私一人で十分アル! 消え去れエセチャイナァァァァァァ!!!」

 

美鈴に対して強いライバル意識をと危機感を持った神楽は

 

熱い咆哮を上げながら彼女との激闘を開始するのであった。

 

 

 

 

 

一方彼女のおかげで無事に門を通過出来た銀時達はというと

 

「待ってろ新八! 今すぐ助けに行くからな!」

「ねぇ、所で一つ聞きたい事あるんだけどいいかしら?」

「あん?」

 

扉の前に向かう途中でふと霊夢が銀時にボソリと尋ねた。

 

 

 

 

 

 

「新八って誰だっけ?」

「……知らね」

 

霊夢の問いにしばらく考えた後サラッと素直に返す銀時

 

結構長い間接点が無かったおかげですっかり彼等の記憶から消えてしまっていた新八。

 

かろうじて覚えているのは眼鏡の様な形だった気がする……という曖昧な表現のみであった。

 

「とりあえずこの館にいる奴等全員シメて、そのシメた中にいる連中から新八と思われし奴を拾って持って帰ればいいだろ」

「そうね、最悪2、3発殴っても問題ないわよね、こっちは死ぬ気で助けに来てんだから向こうもそれなりのリスク背負ってくれないと」

「そうそう、という事で紅魔館へ……」

 

ひどく雑な救出方法で人質を助けるを決めた銀時と霊夢は

 

紅魔館の扉に向かって二人揃って思いきり

 

 

 

 

 

「「お邪魔しまぁぁぁぁぁぁぁぁす!!」

 

二つ扉を片方ずつ蹴破り、堂々と正面から攻略を開始するのであった。

 

いざ紅魔館戦

 

 

 



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#63 チュリー理沙パ魔 

んー……これちょっとマズイかもしれませんなぁ……


紅魔館の門版、紅美鈴を突如やって来た神楽に任せた銀時と霊夢は遂に内部へと侵入する。

 

館の中は薄暗く、唯一の明かりは火がともされた燭台のみ。

 

そんな気味の悪い廊下を歩きながら彼等はひたすら奥へと進んでいく。

 

「ったく呼ばれたから来てやったのに、何処歩いても誰もいねぇじゃねぇか」

「招待した客にディナーも寄越さないとはとんだケチな家主ね、出会った瞬間ドロップキック決めてやりたいわ」

 

二人で一向に姿を見せない家主に対してブツブツと文句を言いつつ、無駄に長い廊下を歩いていた銀時達の前に

 

天井に届く程少々大きめの扉が前に立ち塞がった。

 

二人はその前で立ち止まると無言で目を合わせて軽く頷き

 

ギィっと小さな音を立ててゆっくりとその扉を二人で開けてみた。

 

すると彼等の視界に現れたのは

 

「っておいなんだコレ? いきなり滅茶苦茶広い空間に出て来たぞ?」

「そこら中に本棚が置いてあるわね、ここまで膨大な書物があるのを見るのは初めてだわ」

 

そこは天井高く本棚がひしめき合っている巨大な部屋であった。

 

所狭しにみっちり分厚い本が綺麗に整頓され、どれもこれも貴重に保管されている。

 

これ程の数の本がある所なんて、人里でも香林堂でも無いので流石に霊夢も目をも開いて驚いていた。

 

「ホントに凄い本の数ね、これが噂に聞く図書館って奴かしら?」

「いいから先に進むぞ、確かに幻想郷では珍しい光景だがのんびり眺めてる場合じゃ……」

 

ちょっと立ち止まって何冊か取ってみようかと思っている霊夢だが

 

銀時はしかめっ面を浮かべたまま全く興味無さそうに奥へと進もうとする。

 

だがそこで彼は一つの本棚が視界に入ってピタリと足を止めてしまった。

 

その一際大切に保管されている大きな本棚には

 

 

 

 

 

 

上から下まで全て『少年ジャンプ』という雑誌で埋め尽くされていたのである。

 

「ジャ! ジャ! ジャンプゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「うわ! 急にどうしたのよアンタ!」

「嘘だろオイ!! 幻想郷じゃ入手困難なあのジャンプが!! ずっと昔の頃から今の奴までキチンと全部置かれているなんて!!」

 

創刊号から今週号までのジャンプがまさか幻想郷のこんな館で拝めるとは思いもしなかった銀時

 

思わずその本棚を食い入るように見つめながら、彼は震える手でゆっくりと触れようとしたその時

 

 

 

 

 

 

「汚い手で私のジャンプに触らないで頂戴」

「!?」

 

突如鋭い少女の声が部屋の奥から発せられた。

 

その言葉に手を止めてすぐに銀時が振り返ると

 

大量の書物が乗った机の奥で、椅子に腰かけて両手に持った本を集中して読んでいる紫髪の少女がそこにいた。

 

 

彼女の名はパチュリー・ノーレッジ

 

紅魔館の主と長く友人関係を築いている魔法使いであり、膨大な書物を読んだ事によって得た知識は幻想郷でもトップクラスに値する。

 

しかし自身の身体はやや病弱な為に滅多に外出する子は無く、基本はこの図書館に引き籠ってただひたすら本を読む事に人生を費やしている少々不憫な少女である。

 

「ここにある本は全て私の私物よ、借りたきゃキチンと私の許可を取りなさい、まあ許可なんてする気は無いけど」

 

本のページをめくりながらこちらに一瞥もせずに口を開くパチュリー。

 

あまりにも隙だらけかつ余裕を見せるその態度に、銀時と霊夢は怪訝な様子で彼女の方へと歩み寄る。

 

「ここにある本全部オメェの私物だと? てことはあのジャンプも全部お前が揃えたっていうのか?」

「そうよ、少年ジャンプは万の魔法書に匹敵する程読んだ者を魅了させる書物、より優れた魔法使いとなる為には必要不可欠な存在と言っても過言ではないわ」

「いやそんなのアリスから聞いた事も無いんだけど……あのぉちなみにジャンプ作品の単行本とかも置いてある?」

「愚問ね、ヒット作品からすぐに打ち切りにあってしまった作品まで全て完備しているわ」

「マジでか!?」

 

一向にこちらに顔すら上げようとしないパチュリーの話を聞きながら銀時は口を大きく開けて驚愕の表情。

 

一体どうやって外の世界にあるジャンプを手に入れることが出来ているのかはわからないが

 

とにかく彼女もまた自分と同じ熱狂的ジャンプファンだと知ってやや親近感を覚えた。

 

「おいコイツ見てくれは無愛想だがいい奴っぽいぞ、なんか同じジャンプを愛する者同士として強い絆的なモンを感じたんだけど俺」

「いやコイツ紅魔館に住んでるんでしょ? だったらもれなく私達の敵じゃないの、ジャンプの絆とかそんなしょーもないモンよりまずさっさと倒しましょうよ」

「バカ野郎! ジャンプを愛する奴に悪い奴はいねぇんだよ! コイツは敵じゃねぇ同志だ!!」

「アンタねぇ……」

 

なに言ってんだコイツといった感じで呆れた表情を霊夢が浮かべていると

 

力強く叫んでいる銀時の言葉が聞こえていたのか、パチュリーは手に持った書物

 

今週号の少年ジャンプを読みながら再び口を開く。

 

「ああ、一体誰かと思えばあなた達もしかしてレミィに会いに来た人達? 新参者のメイドにそそのかされておかしな事やらかしたとは聞いて来たけど、大方それを懲らしめにやって来たって事ね」

「おいよく見たらアイツが読んでるのジャンプだぞ! それも今週号だ! すみませんワンパークだけでもいいから読ませてくれませんか!?」

「アンタはちょっと黙ってなさい」

 

パチュリーが夢中になって読んでいるのがジャンプだと気付いて、本来の目的も忘れて舞い上がっている銀時の前に手を出して嗜めながら、霊夢は彼女の方へとジト目を向ける。

 

「アンタの予想通り私達はここの家主をちょっとばかりシメに来てやったのよ、そいつがどこにいるか教えてくれない? 素直に吐けば危害は加えないわよ」

「悪いけどそれは出来ないわね、この前その家主に「この館にやって来た奴等は完膚なきまでに叩きのめしなさい、さもないとアンタの大切な漫画ごと館から追い出すわよ極潰しが」と釘を刺されているのよ」

 

霊夢の忠告に初めてパチュリーはこちらに顔を上げると、パタンとジャンプを両手で閉じながらやる気無さそうにゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

「毎日働かずにこの部屋で大好きなジャンプに囲まれながらのニートライフ、そんな私の幸福を奪おうとするのであれば、悪いけど私は全力であなた達をここから追い出すしかないの、そうしないと私が彼女に追い出されるし」

「いっそ追い出された方が良いわよアンタ……見るからに堕落しきってるから」

 

働きたくないニートの下らない理由に霊夢はしかめっ面で頷いていると、席から立ち上がったパチュリーがフラフラした足取りでこちらの方へ歩み寄ろうとする。

 

「堕落した立派なニートであろうと私自身は本物の魔法使い、二人がかりで来ようと負けるつもりは毛頭ないわ」

「魔法使い……厄介な相手ね」

「魔法使いかぁ、俺魔法使いにはあんま良い思い出ないし、何より同志に手を出したくないから今回はお前に任せるわ」

「はぁ!? だからアンタも一緒に戦いなさ……!」

 

向こうは戦う気満々だが銀時はどうしても魔法使い兼ジャンプ同志であるパチュリーとはやり合いたくない様子。

 

そんな彼にすかさず霊夢が振り返ろうとすると……

 

 

 

 

 

 

「おいぃ~す!! おいパチュリー! またジャンプ借りて来てやったぜ~!!」

「「!?」」

「あなた……! 性懲りもなくまた……!」

 

突然この部屋の扉をドーンと乱暴に開けて勢い良く叫びながらズカズカと入って来る少女が彼女達の前にいきなり現れたのだ。

 

パチュリーと同じく魔法使いではあるが人間

 

白黒魔法使いこと霧雨魔理沙が

 

「ああん? どうして霊夢と八雲の旦那もいるんだ?」

「魔理沙!? アンタこそどうしてこんな所にいんのよ!!」

「ひょっとしてお前達もパチュリーからジャンプ借りに来たのか?」

「違うわよ! 異変の解決に来てるのよ!」

「チッ、よりにもよってなんでコイツが現れるんだよ……」

 

現れて早々銀時と霊夢を見てキョトンとくびを傾げる魔理沙に

 

銀時が思いきり嫌そうな顔で舌打ちしていると

 

それ以上に不快感を現した表情を浮かべるパチュリーがすぐに強い敵意を彼女に剥き出す。

 

「ここん所頻繁にやってくるわねあなた……毎度毎度ジャンプを借りパクして何度私を怒らせれば気が済むのかしら……?」

「おいおい会っていきなり睨み付けるなよパチュリー、同じ魔法使い同士仲よくしようぜ? つー事で今週号のジャンプ貸してくれ、死んだら返すから」

「あぁ!? 半端モンの自称魔法使いの分際でこの私と同列に扱おうとするなんて随分とナメた態度取ってくれるわね! もう限界だわこの場で叩き潰してやるわ盗人!」

「うわぁ今度はいきなりキレだしたぞコイツ……情緒不安定?」

 

どうやらパチュリーはこうしていつもやって来る魔理沙に何度も愛するジャンプを借りパクされる被害に遭っているらしい。

 

メラメラと怒りの炎を燃やしながら銀時と霊夢を無視して魔理沙だけを恨めしそうに睨みつつ、彼女は両手をバッと突き付ける。

 

「先週号のジャンプだってまだ私読み切ってなかったんだから!! それと一緒に盗んだヒロアカの単行本も全巻返しなさい!!」

「あぁ悪かった悪かった、今度いつか返すから、気が向いたらな持って来てやるから、だから今週号貸してくれ、あとギンタマン全巻」

「この期に及んでまた借りパクする気かおんどりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヘラヘラ笑いながら全く反省していない態度で手の平を向けて来た魔理沙に

 

すっかり激昂した様子で襲い掛かるパチュリー

 

両手から放った青色の玉を思いきり魔理沙目掛けてぶん投げて、いきなり戦いをおっ始めるのであった。

 

「返せぇ! 私のジャンプを返せぇ!!」

「ったくいつもは無愛想で冷めた感じのクセに、ジャンプの事になるといきなり熱くなりやがって……キャラ変わり過ぎだろ全く」

 

パチュリーの放った青い弾丸を帽子を手で押さえながら軽く避けつつ、魔理沙は傍にいた霊夢に声を掛ける。

 

「おい霊夢、こいつの相手は私がしておくから先に行ってくれ」

「は?」

「話なら紫から聞いているぜ、ここの館の主が人間の子供を攫ったんだろ?」

「ア、アンタ知ってたの……?」

 

どうやら彼女がここに来たのは単にパチュリーからジャンプをパクろうとしていた訳ではないらしい。

 

それに気付いて目を見開く霊夢に、魔理沙はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「異変の解決なんていう面白いイベントを私が見逃す訳ないだろ? 私も一口食わせろよ、相手がいつも戦ってるコイツなのが少し不満だけど」

「……礼は言わないわよ」

「素直に礼なんて言うキャラじゃないだろお前」

「……」

 

パチュリーの攻撃をモロともせずに反撃し始めた魔理沙を一瞥すると、霊夢はクルリと踵を変えてこの部屋の奥にある新たな道へと続く扉を見つけた。

 

「負けんじゃないわよ」

「お前もな」

 

短い言葉を交え終えつつ霊夢は扉の方へ、魔理沙はパチュリーの方へと駆けて行った。

 

そして銀時もまた霊夢を追う前にクルリと魔理沙たちの方へ振り返り

 

「絶対に負けんじゃねぇぞ、オメェがこんな所でくたばる奴じゃねぇって俺はちゃんとわかってるさ。そんな奴さっさとぶっ倒しちまえ」

 

そう言いながら銀時はフッと笑って見せた後、スゥーと大きく息を吸って

 

 

 

 

 

 

「頑張れパチュリィィィィィィィィ!!! そんな腐れ魔法使いなんざぶっ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

「っておい!! 応援するのは私じゃないのかよ!」

 

最後に敵である筈のパチュリーに力強いエールを送ると銀時は霊夢と共に扉の方へと向かって行くのであった。

 

次回、二人の前に遂に館の主が現れる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#64 王魔臨降

 銀時と霊夢が仲間を用いて着実に紅魔館の侵攻を進めている頃

 

紅魔館の奥底にある部屋で

 

彼等が徐々にこちらに近づいてきているのを薄々勘付き始めている一人の少女がいた。

 

「フゥ」

 

ローソクの火だけが唯一の明かりの薄暗い部屋で高級そうな椅子に座りながら

 

手に持っていたティーカップをカチャリとテーブルの上に置く。

 

こうしている間にも紅魔館は銀時達に攻められているというのに

 

まるで彼女は一時のティータイムを楽しんでるかのように微笑を浮かべながら余裕を現していた。

 

彼女の名はレミリア・スカーレット

 

小柄な見た目に騙されそうだが、実は紅魔館の主にして齢500年以上の時を生きる吸血鬼。

 

人間の血を飲み干す際にその身を返り血で赤く染める事から、スカーレット・デビルと呼ばれ人間達から畏怖されている。

 

最も食糧同然の人間に恐れられようが憎まれようが、彼女にとっては至極どうでもいい事であった。

 

彼女が長い時の中で唯一恐れているのは「退屈」のみ

 

何も目的も無く無駄な時間を潰す事を彼女は何よりも嫌う。

 

故に彼女は、使用人のメイドを使って人里から人間の子供である志村新八を誘拐し

 

かつて苦渋を飲まされた唯一の宿敵・八雲紫に対して再戦を要求した張本人である。

 

「門番とパチェがやり合ってるみたいね、まああの二人と拮抗して戦える戦力が向こうにいるのは概ね予測していたし、大して驚きもしないわ」

 

この部屋にずっと閉じこもっている筈なのに、なぜか外の状況を詳しく把握している様子のレミリア。

 

自分の部下と友人が今現在戦っている事にも全く動じずに

 

紅魔館の主として余裕綽々の態度で椅子の背もたれに身を預ける。

 

「さてと、連中がここに来るのも時間頃合いかしら……さてさてあの女は一体どんな手練れを連れてやって来たのかしら」

 

そう呟きながら少女は、ふと廊下の方からコツコツと静かな足音が扉越しに聞こえて来た。

 

ここ最近の忌々しい「平穏」という存在を掻き消してくれるに値するかもしれない者がここに近づいて来るのを感じ

 

玉座の上で足を組みながら肘掛けに肘を突いて、紅魔館の主・レミリア・スカーレットは不敵な笑みを浮かべながら待ち構える。

 

「楽しみだわ、ええ本当に」

 

口の中にある尖った歯を光らせつつ、レミリアは内心「追い詰められている」というこの展開に心から興奮し、深く酔いしれていた。

 

「この私の圧倒的な力を前にしてあの女が信頼する者が、無様に這いつくばり惨めに泣き叫びながら許しを乞う様が見れるなんて、ね」

 

扉の前で足音が止まる、相手が何者なのかは知らないが、それが誰であろうと吸血鬼であるレミリアにとっては一介の獲物に過ぎない

 

かつて自分を打ち負かした八雲紫、もしくはここで働いているあのメイドを除けば……

 

 

そして目の雨の扉はゆっくりとギィッと音を立てて開かれる。

 

それが合図だったかのように、レミリアは扉の先に現れた人物に優しく笑いかけゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

「さあ久しぶりに私を愉しませてちょうだい、出来る限り生き延びて精一杯足掻いて、ほんの一時の間だけ私の暇つぶしに付き合いなさい」

 

扉の先に現れた人物にいかにもカリスマ性溢れる台詞を放ちながら

 

 

紅魔館の主は静かに対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃

 

「あー出た出た、ずっと我慢してたからすんげぇデカいの出たわー」

「アンタさぁ……敵の本拠地で何やってんのよ全く」

「仕方ねぇだろ、ここに来るまでずっと我慢してたんだから」

 

紅魔館の主が何者かと戦おうとしてる中で

 

八雲銀時は呑気にトイレから出て来た。

 

廊下で待っていた霊夢はそんな彼に呆れた表情

 

「そういうのは出発する前に済ませておきなさいよ、何よいきなり「あーヤバいもう無理、これもう出る、出るから、間違いなくウンコ出る」とか」

 

銀時のけだるそうな声真似をしながら霊夢はため息

 

「この館の主よりも先にいっそアンタを退治してやろうと思ったわよ」

「つうか俺の物真似するのは良いけど、年頃の女の子が堂々とウンコとか言うなよ」

「アンタの台詞を再現する上では使わらざるを得なかったのよ」

「いや無理して再現度を上げなくてもいいから」

 

変な所で真面目な霊夢に今度は銀時がツッコミ返すと、彼女と共に再び館の廊下を歩き始めた。

 

「しかしアレだな、図書館から出てから一向に奥まで辿り着けねぇなココ、まるで迷路だ」

「住んでる奴は不自由しないのかしらね」

「それ考えるとすぐにリフォームした方がいいなここ、とりあえず窓が無いなんて欠陥も良い所だろ」

「建てた後に窓貼り忘れたの気付いたのかしら、だとしたらここの館の主は相当マヌケだわ」

 

幾度も同じ場所をグルグルと回っているような感覚に陥りながら

 

銀時と霊夢がこの館の構図についてブツブツとクレームを呟いていると

 

「欠陥じゃないわ、この館に窓が無いのは元々そういう設計だったのよ」

「!?」

 

突然後ろから聞こえてきたけだるそうな声に銀時と霊夢はすぐにバッと後ろに振り返ると

 

「こんにちはお客様、そしてようこそ紅魔館へ」

 

そこにはクセッ毛の強い銀髪をなびかせたメイド姿の女性が立っていた。

 

気配もなく突然現れた彼女に銀時と霊夢が反射的に一歩下がって牽制しつつ

 

こちらに対して死んだ魚の様な目を向けてくる彼女に銀時は腰に差す木刀に手を置きながら口を開く。

 

「……オメェが紫から聞いていた不老不死の使用人か?」

「あら、わたくしの事を知って下さっていて光栄ですわ」

「なによこの女、なんかどっかで見た様なツラね……」

 

銀時に対して棒読み気味に全く感情のこもってない表情で言葉を返してるメイドを見つめながら、霊夢はふと彼女がどこぞの誰かと似た雰囲気を感じた。

 

「あ、そうか。誰かと似てると思ったらアンタと似てるんだ」

「バカ言うんじゃねぇ、いつ俺がこんな死んだ魚の様な目になったよ」

「ツッコまないわよ」

「いきなり失礼な事言ってくれるわね、私はこんなに頭爆発してないわよ、キチンと毎朝矯正してるんだから」

「してる様には見えるけど、残念だけど所々髪の毛跳ねてるわよアンタ」

 

すぐに霊夢は気付いた、このメイドが誰と似ているのかを

 

銀髪といい死んだ目といいこのけだるそうな感じといい、どうも彼女は銀時と酷く似通った箇所があるのだ。

 

「と言っても似てるからなんだって話だけどね」

 

この二人が似てようが、それがどういう意味なのかなどと考える時間は今はない。今最も大事なのは異変の解決、それだけだ。

 

霊夢はあっさりとその疑問を投げだすとすぐにメイドに向かって話を始めた。

 

「アンタがここに現れたって事は、私達を主に会わせまいとしてるって事かしら?」

「逆よ逆、会わせようとしない為に立ちはだかったんじゃなくて、ウチの主の所まで案内させてあげる為に来たのよ」

「は?」

「いやだってあなた達、この館に来た時からずっとウロウロしてて全然奥まで辿り着けないじゃないの」

 

主の所まで案内してやると、呆れた調子でメイドは肩をすくめて見せる。

 

「それで流石に痺れを切らしたウチのお嬢様が、あなた達を迎えに行って来なさいって私に命令したのよ。まあ2度3度断ったけど、それでお嬢様がちょっと泣きそうになったから、めんどくさくなる前にこうしてやってきた訳」

 

主の命令を三度も拒否するとかどんだけ忠誠心が無いんだこのメイドは……それに主が泣きそうになったって……

 

様々なツッコミが頭の中で浮かび上がりつつも、霊夢は一旦それを飲み込んで話を続ける。

 

「とにかくアンタが私達をこの館の主の所まで案内してくれるというのなら話は早いわ。さっさと連れてってちょうだい、アンタの主をボコボコにするから」

「ええ、ならちゃんと私の後ろをついて来なさい」

「主をボコボコにするって言ったのにスルーするってどういう事よ……大丈夫なの? 今からあんた自分の主をボコボコにするかもしれない連中をわざわざ案内するのよ?」

「したけれりゃお好きにどうぞ」

「アンタホントにメイド!?」

 

めんどくさそうに返事しながら、メイドは振り返らずにさっさと前へと進みだした。

 

それにすぐに霊夢は怪訝な表情を浮かべながらも後を追い、無言で目の前の彼女の背中を見つめつつ銀時も共に歩き出す。

 

「……アイツ」

「どうしたのよそんなに凝視して、もしかしてあのメイドに惚れた?」

「お前、独身ならともかくこっちは妻帯者だぞコラ、そういう冗談は止めろ頼むから」

 

変な事を口走る霊夢に銀時はすぐに諫めると、メイドの背中を眺めたままじっと目を細め

 

「ま……ちょいと気になっただけだ。アイツとやり合う時は打ち合わせ通り俺が相手するから任しとけ」

「向こうはあまりこちらと戦う気は無い様に見えるけど?」

「どうだろうな、ああいういかにも切れ者のナンバー2って感じのキャラは、内面色々と企んでるようなもんだぜ」

 

ニヤリと笑いながら銀時がそんな事を言っていると

 

目の前のメイドはふと少々大きめの扉の前でピタリと立ち止まった。

 

「ここが我が主の……レミ……レミゼラブル? あ、レミリア・スカーレットお嬢様のいるお部屋よ」

「アンタ今主の名前完全に忘れてたでしょ? どうしてアンタこんな所でメイドとして働いているのよ」

 

主の名前さえド忘れしてしまう程関心が無いのだろうか

 

もはや自分のメイドにここまでコケにされている主に対して哀れみさえ感じてしまう中

 

メイドは銀時達よりも先にそっとその扉の取っ手を掴む。

 

「それじゃあ存分に相手してあげなさい、言っておくけどお嬢様は一応強いわよ? あなた達に彼女の遊び相手は務まるかしら?」

「一応って何よ、そこはちゃんと強いってハッキリ言ってあげなさいよ……」

 

彼女の忠告に微妙な表情を浮かべるもすぐにあっさりと答える霊夢

 

「生憎遊び相手になるつもりは無いわ、博麗の巫女が動けばその先にあるのは退治する側と退治される側のみ、そして相手が誰であろうと私は常に退治する側の方よ」

「ほーん、随分と決まった台詞を吐くようになったじゃねぇか小娘、よし、俺も今回ばかりはビシッと決めてやるか」

 

フンと鼻を鳴らす霊夢と同じく、銀時もまた話を聞く態度では無かった。

 

二人が全くあの吸血鬼の赤い悪魔と称されるレミリアに対し微塵も恐怖を覚えていない事を悟ると

 

メイドは「そう」と短く呟き、その手に掴んだ取っ手を引っ張ってギィィと扉を開く。

 

「ならばその目でとくと見て、その身体で味わいなさい」

 

 

 

 

 

 

「500年以上生きる吸血鬼・レミリアお嬢様の禍々しい力を」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が開いた扉の先に

 

そのレミリアと思われる小さな少女がいた。

 

 

 

 

 

 

笑顔を浮かべた着物姿のポニーテールの女性に

 

首根っこを掴まれて宙ぶらりんにされながら

 

「「「……」」」

 

その光景を見て銀時と霊夢だけでなくメイドもまた呆然と固まってしまう。

 

突然現れたポニーテールの女性、それは志村新八の姉である志村妙であった。

 

どうやら弟を誘拐された事にすっかりご立腹の様子で

 

単身でこの館に乗り込んできた上に、銀時達が事を済ます前に自分だけで総大将を片付け始めている真っ最中らしい。

 

「で? 新ちゃんは一体何処にいるの? 早く言わないとこのまま首を握力だけで千切るわよ」

「い、言う……! 言うからちょっと首を放しなさい……放して……! 放してください! 千切れます! 首千切れちゃいますって!」

 

レミリアと思われし少女は、青白い顔を浮かべながら必死に答えようとしているのだが

 

お妙に首を思いきり掴まれている為上手く声が出ない

 

涙目になりながらこのままだと死ぬ!と感じたレミリアだったが

 

ふとこの部屋の扉が開いており、その先に自分のメイドと銀時達がいる事に気付いた。

 

それを見てレミリアはすぐに藁にも縋る勢いで彼等に向かって目から涙を流しながら

 

「ご、ごきげんよう私がこの紅魔館の主・レミリア・スカーレットよ……早速で悪いけどちょ、ちょっと助けてくれないかしら……?」

 

情けない態度で助けて欲しいと懇願して来たレミリアをしばし三人で見つめた後

 

メイドはそんな彼女を残して開いていた扉を再びそっと閉じた。

 

「すみません部屋間違えました、アレはただのレミリアお嬢様の名を用いてごっこ遊びしてるだけの近所のクソガキです」

「ああそうか、良かったー、俺てっきりあんなのがラスボスなの? マジでヒヤッとしちまったよ」

「全く驚かせないでよ、今度こそ本当のレミリアの居場所まで案内しなさいよね」

「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 行かないでぇ! レミリアこっち! レミリアこっちだからぁ!!」

 

扉の向こうから聞こえる悲痛な叫びを無視して、銀時達はそそくさと後にするのであった。

 

その間、三人が再びこの部屋に戻ってくるまで

 

お妙に首を絞められながらもなお懸命に彼等に向かって助けを求めるレミリアであった。

 

「た、助けて! 人間に! 人間の皮を被ったゴリラに殺されるぅぅぅぅぅぅ!!!」

「誰がゴリラだコラ?」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ヤバいこの握力半端ない! ゴリラの握力半端ない!!」

 

次回、運命を操る力を持つレミリアの運命は……



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#65 レミ妙リア

散々な目に遭ってるお嬢様ですが

ちゃんと本気になれば銀時や霊夢でも苦戦するぐらい強いんだとフォロー挟んでおきます


前回のあらすじ

 

新八の姉の志村妙が、銀時達が来る前に主であるレミリアをKOしていた。

 

紅魔館攻略完了である

 

「あら銀さんに霊夢ちゃん、二人共来てたんですか?」

「まあな、幻想郷で妖怪が人外に危害を加えるのはご法度だからよ」

「と言っても私等の役目無くなっちゃけどね」

 

ジト目でそう呟き霊夢は

 

すぐ傍でうずくまっている吸血鬼を見下ろす

 

「主にアンタのせいで、どうしてくれんのよ、主人公の登場までにラスボス倒しちゃって」

「あらそうなの、ごめんなさいね、私ったら弟が攫われたもんだからついカッとなっちゃって」

 

紅魔館の主にいる部屋にて銀時と霊夢を相手に気軽にのほほんと話しかけるのは

 

つい先ほど出会った人間の志村妙。

 

どうやら彼女は銀時達よりも遅れてここへやって来たのにも関わらず

 

たった一人でここに辿り着き、更には人間の身で強力な力を秘めた吸血鬼であるレミリアを征するという末恐ろしい成果を上げて

 

おかげで銀時と霊夢の立つ瀬が無くなってしまったのが現状である。

 

「フッフッフ……よもや人間という下等種族にこの私が遅れを取るとはね……でも安心するのは早いわよ」

 

さっきからずっとうずくまったまま、ちょくちょく嗚咽を漏らしていたレミリアが

 

お妙にビビリつつもまだ心は折れてない様子で頬を引きつらせて無理矢理笑みを浮かべ

 

「私にはこんな事もあろうかととっておきの秘策があるのよ、コレでお前達もおしま……ひ!」

「御託は良いからさっさと新ちゃんのいる場所を吐きなさい」

 

隠された秘策を用意しようとするレミリアだが、それを放す途中で短い悲鳴を上げてビクッと肩を震わせる。

 

目の前でお妙がニコニコしながらポキポキ拳を鳴らし始めたからだ。

 

「私、女の子にこれ以上乱暴な事はしたくないの。だから正直に答えて頂戴、さもないと尻をお猿さんみたいに真っ赤に染め上げるわよ」

「地下でございます! あなた様の弟はここの近くにある階段を下ってすぐにある地下におります!」

「うわぁ、コイツ簡単に吐きやがったわ……ボスのプライドないのかしら」

 

見た目は小さな少女だが実年齢は500歳以上の彼女にとって

 

お尻ぺんぺんなどという恥ずかしい真似をされるくらいならすぐに白状すると言った感じでレミリアは慌てて敬語で新八のいる場所を話してしまった。

 

そんな紅魔館のボスを霊夢は呆れた様子でため息を突く。

 

「紫に二度も喧嘩を売るもんだからてっきり少しは歯ごたえのある相手だと思っていたんだけど……拍子抜けもいいとこね」

「黙れ博麗の巫女! お前にはわからないのよこの女の恐ろしさが! 凄い種族だとか凄い能力だとかそんなんじゃ太刀打ちできないの! 怪物なのよこの女は!」

「それには素直に同意するわ、うん」

 

自分達がここに来る前にレミリアは相当お妙にお灸を据えられていたらしい。

 

心底恐怖している表情で震えながらお妙を指差す彼女に、霊夢が頷きつつ哀れんでいると

 

おもむろにお妙がスッと動き出す。

 

「ありがとね教えてくれて、それじゃあ私は新ちゃんを迎えに行ってくるから。銀さん達は後の事お願いします」

「あ、待って私も行くわ。地下とは言ったけどコイツの言ってる事が全部正しいかどうかわかんないし」

「まあ、可愛らしいボディガードさんですこと」

「いや言っておくけど私とアンタってそんな年変わらないから」

 

すぐに弟の救出に向かおうとするお妙に、霊夢もまた何か嫌な予感を覚えて彼女と共に地下に行く事にした。

 

「そんじゃ私も地下に行くから、ここはアンタ一人に任せるわ」

「あいよ、さっさと連れて帰って来いよ。俺もうここ飽きたから帰りてぇんだよ」

 

最後に言葉を交えて霊夢はお妙と共に地下へ、銀時はここにいるレミリアと共に彼女達を待つ事にするのであった。

 

二人が扉から出て地下へと向かった後、銀時が退屈そうにしながら部屋の中をウロウロと歩き回っていると

 

「クックック……愚かね、私の素晴らしい演技にまんまと騙されたわあの女……」

 

さっきから這いつくばってレミリアがようやく体を起こして立ち上がった。

 

それに気付くと銀時は彼女の方へと振り返る。

 

「なにお前まだ余裕あんの? じゃあ今から俺がサクッと退治しちゃうけど良い?」

「クックック……構わなくてよ、でもさっきあの女にボコボコにされたからちょっと休憩を……イタタタ」

「おい大丈夫かお前? 立つ事もしんどそうじゃねぇか、ちょっとそこ座っとけ」

 

まだお妙にやられたダメージが残っているのか、腰を押さえながら苦い表情を浮かべる彼女に

 

銀時は彼女用に置かれているのであろういかにも館の主が使ってそうな豪華な玉座に座らせる。

 

「で? お前さんなんでまたウチに喧嘩売ろうとしたんだ? 一回紫の奴に負けたクセに、一体どんな心境の変化があったのか教えろ」

「フン、この私に対して尋問でもする気? 身の程をわきまえなさい天然パーマ、一体私を誰だと……」

「早く答えないとさっきの女呼びに行くぞ」

「最近ウチにやってきた新入りに進言されて、それでつい一時のテンションに身を任せてこうなった次第でございます」

 

座ったまま退治する銀時に低い声で軽く脅されると、レミリアはやたらと饒舌になって素直に答えた。

 

それを聞いて銀時は顎に手を当てしばらく考えた後

 

「……それってあのメイドか? 俺達をここまで案内してくれた」

「ええそうよ、ちょっと前ににフラリと現れて私の下僕になったんだけど……仕事が凄く出来る点は素直に評価出来るんだけど、どうも私に対する忠誠心が欠けている所があって……」

「それは俺もすぐにわかった、ありゃあ完全にお前の事ナメてたわ」

 

自分で言うのも辛いと言った感じでメイドの愚痴を漏らすレミリアに銀時もコクリと頷いて周りを見渡す。

 

「今だってお前がピンチなのに、いつの間にかどっか行っちまったしな」

「そうなのよ! あのメイドはいつも私が大変な時に助けてくれないの! アレ絶対Sよ! 生粋のドSよ!」

「そんで、どうしてまたそんなドSメイドにお前はまんまと乗せられてこんな真似しようと思ったんだ? 主なんだろお前、部下の言う事素直に聞いてどうすんだよ」

「えーそれはその……」

 

目を細め静かに追及してくる銀時に、レミリアは両手の人差し指をツンツン合わせながら言いにくそうな表情で

 

「あのメイドが……「お嬢様があの八雲紫を倒す事が出来れば、私も素直にお嬢様に忠誠誓えるんですけどねー」って、泣きながらお風呂掃除してる時に後ろから独り言のように呟いてたから……」

「あーそれでついやってやろうじゃねぇかという心境に……てかちょっと待てオイ、メイドいんのになんで主のお前が風呂掃除してんだ? しかも泣きながら」

「そ、その件については触れないで! 今思い出しただけでも目頭が熱くなるのよ!」

 

そう言ってレミリアは銀時からバット目を逸らして小さな瞳を潤わせながら

 

「いやちょっとささいなイタズラしただけなのよ、日頃やられてる仕返しにと思って、アイツが寝てる隙を見計らって部屋に忍び込もうとしたらあの女とベッドの上でバッチリ目が合って……」

「……それから?」

「それ以上追求しないでぇぇぇぇぇぇぇ!! 油断してたの! 私も油断してたのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」  

 

怯えた様子で頭を押さえながらふさぎ込む彼女を見て銀時はそっと察している中、レミリアが泣き顔も隠さずに取り乱していると……

 

「敵である相手に向かってなに泣き顔晒して懇願してるんですか、レミリアお嬢様」

「は!」

 

扉の方から突如けだるい表情を浮かべながらレミリアに声をかける人物

 

彼女がすぐにそちらに振り向くと、先程の話から真の黒幕だとわかった、あの銀髪のメイドだった。

 

「そんなみっともない真似するから私もお嬢様に対しては常に厳しくなってしまうんですよ。主なら主らしくもっとカリスマってモンを上げて下さい」

「う、うるさいわね私の下僕のクセに! メイドならメイドらしく主の私をキチンと立てなさいよ!」

「一体どう立てろと言うのです? 八雲紫を倒すと言っておきながら、彼女どころか、その彼女の遣いどころか……」

 

現れた彼女にレミリアは言葉を震わせながらも激しく責め立てようとするも

 

メイドは全く効いてない様子で死んだ魚の様な目をしながら歩み寄って

 

「彼女となんの関係も無い人質の姉にやられてしまうあなたを私は一体どうフォローしてあげればよいのですか? あなたの下僕であるこの無知なメイドに教えて下さいませ」 

「……すみません全面的に私が悪いです、反省してます、私は村の娘に負けた哀れで無様な負け犬です……」

「敗北宣言早過ぎるだろお前! 頑張れよ! そこはもっと頑張れよレミリアお嬢様!」

 

椅子にもたれながらポロポロとスカートに涙を落としながら懺悔するレミリアに

 

流石に一緒にいた銀時も大きな声でツッコミを入れてしまった。

 

「どんだけこのメイドに弱いんだよお前! ちょっとキツく言われたからって負けてんじゃねぇ! 主なら主らしく一喝して黙らせてみろ!」

「む、無理! 絶対無理! だってあの女ここに初めてやった時も! 私の首根っこを掴んだまま「ここで働かせてください、さもないとこの館燃やします」って売り込みと脅しを同時にやってのけた強者なのよ!」

「なにそのバイオレンスな千と千尋の神隠し? つー事はアレか? 主のお前よりもあのメイドの方がずっと強いって事か?」

 

必死な形相を浮かべるレミリアからメイドと会った時の経緯を軽く聞かされて

 

銀時は彼女よりも強い存在がここにいた事を知り、すぐにメイドの方へ振り向く。

 

「おい、テメーより弱いガキを上手く担ぎ上げてウチのカミさんに喧嘩売らせるって、いったいなに企んでやがんだお前」

「なにを企んでるかですって? あなたもしかしてまだ気付いてないの?」

「は?」

 

銀時の質問に対しメイドは呆れた様子で呟くと

 

 

 

 

 

 

 

「……この世界に残された時間の中で、私が彼女に何をしようとしてるのかわかるでしょ?」

「……」

「え?え? な、何どういう事? あのー私何もわからないだけど……の、残された時間って?」

 

彼女の意味深な言葉に対し

 

銀時は黙り込んでジッと彼女を睨み付ける、どうやら彼女の言っている事がわかっている様子らしい。

 

 

しかしレミリアの方はよくわかっておらず、不安そうな表情で彼女達を交互に見つめていた。

 

「も、もしかしてあの八雲紫がキッカケで幻想郷が大変だとかそんじゃないわよね? 私ココ以外住む所ないんだけど……」

「安心して下さいお嬢様、ダンボールの中は意外と暖かいらしいですよ」

「ダンボールに身を包んで暮らせと!? そんなのただのホームレスじゃないの! 絶対に嫌!」

「オメェがホームレスになろうがなるまいがどうでもいい、それよりも……」

 

もしここに住めなくなったら?と不安そうに尋ねるレミリアに対してあっけらかんと回答するメイドに

 

銀時は抗議するレミリアを遮って、自分がメイドの前に出る。

 

「とりあえず今俺が倒さなきゃいけねぇ相手はやっぱりテメェだって事が確信した。オメェが紫に会いに行く前に、俺がここで決着を着ける」

「元よりそのつもりよ、でもあなたが私に勝てるかしら?」

 

珍しく好戦的な姿勢を見せる銀時に対し、メイドは腕を組みながら自信たっぷりの様子でボソリと

 

「昔からあなたに負けた事無いし」

「……場所を変えるぞ、ここじゃちと狭ぇ」

「ええ、それじゃあちょうどいい場所へ案内するわ」

 

彼女の言葉に銀時は眉をひそめながら歩き出すと、彼女が先導して部屋から出ようとする。

 

「それではお嬢様、これからメイドらしく侵入者の排除に勤しみますので、お嬢様はいても邪魔なだけなのでそこで大人しくしていてください」

「ええ!?」

「あばよお嬢様、後でお前にもたっぷりお仕置き食らわしてやるから覚悟しとけ」

「な、なんなのよ、どうしたのよ急に……」

 

全く訳が分からず途方に暮れているレミリアをほっといて、二人は部屋を後にして何処かへ行ってしまった。

 

一人玉座に座ったまま縮こまった様子でレミリアが表情を強張らせながら

 

そんな彼等の背中を静かに見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

「とりあえず次の引っ越しの為に素材の良いダンボールでも探そうかしら……」

 

 

 

 

 



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#66 名前を呼んではあの人例のいけない

夏なのでホラー回

観覧注意です


”その存在”に最初に気付いたのは紅魔館の門前にいた美鈴と神楽だった。

 

 

 

 

 

美鈴は銀時と霊夢の突破を阻止しようとしたがそれを神楽が身を挺して彼等を庇い

 

チャイナキャラは二人もいらぬという運命に基づけられ二人は戦いを始めた

 

それから数十分後

 

「Zzzzzzz」

「Zzzzzzz」

 

激闘の真っ最中であった筈の二人は今、門前にある平原の上で寝そべってお昼寝タイムに入っていた。

 

なんだか戦ってる途中で朝早く起きたせいで眠くなったという理由で、敵同士であるにも関わらず二人仲良く寝入ってしまったらしい。

 

しかしそれも束の間、涎垂らしながら爆睡していた美鈴がパチッと目を覚ます。

 

「しまった私とした事がまた居眠りを……すみません起きて下さい、お昼寝はもう終わりです早く私と戦って下さい」

「うーんまだ眠いアルゥ……Zzzzzzz」

「そうですか仕方ありません、では私もZzzzzzzz」

 

隣りで鼻ちょうちん膨らましていびきを掻きながら寝ている神楽をユサユサと揺らして起こそうとするも

 

彼女は全く起こる気も無くゴロンと転がってこちらに背を向ける。

 

ならば、と美鈴は特に咎める気も無く、むしろチャンスとばかりに同じように彼女に背を向けて眠りに入った。

 

因みにこの動作を先程から何回も繰り返している。

 

しかし

 

「!」

「は!」

 

安らぎのお昼寝タイムに突如感じたある気配に、二人は即座に目を覚ましてバッと起き上がったのだ。

 

美鈴と神楽はすぐに振り返って、何かとてつもなく禍々しいオーラを感じた方向へ目をやる。

 

「おいニセチャイナ、お前も感じたアルか?」

「ニセチャイナって呼ばないで下さい……私も感じました、今まで感じた事のない気がこちらに迫ってきています」

 

二人は互いに確認し合うと、静かにかつ確実にこちらに迫って来る脅威を体中で感じ取っていると

 

”その存在”は彼女達のすぐ目の前にやってきた。

 

「コ、コイツ……!」

「あ、あなたは……!」

 

そのかつてない威圧感を持つ相手に二人は目を見開き、まるで足が根を張ったかのように地面から動く事が出来なくなった。

 

少しでも動けば殺される……戦闘センスがピカイチの二人でさえ容易に動く事が出来なくなるほど

 

その存在を肉眼で拝見しただけで、今まで感じた事のない恐怖が全身に襲って来たのだ。

 

「ヤバい……! コイツ絶対ヤバいアル……!」

「この様な恐ろしい方を屋敷の中に入れる訳には……しかし体が……!」

 

自分達の事を気にも留めずにその者は平然と紅魔館の方へ

 

一言で言うのであれば「真の闇」、それを体現したかのような禍々しい雰囲気を醸しながら

 

震えて動けずにいた神楽と美鈴をよそに門を潜って中へと入って行ってしまった。

 

「マズいアル……あんなのが銀ちゃん達の所へ向かったら……」

「お嬢様たちの身が危ない……一刻も早く止めなければ……」

 

その者の背中を見送りながら二人はすぐに紅魔館に恐ろしい脅威が迫っていると感じると

 

恐怖感が薄れてようやく自由に体が動けるようになったと確認すると、神楽と美鈴は顔を合わせてコクリと頷き

 

「よし! とりあえず一旦もう一度寝てから考えるネ!」

「そうですね! 睡眠不足で負ける訳にはいきませんからね!」

 

と言い合って、新たな脅威を前に再び横になって眠りに着くのであった。

 

 

 

 

 

 

次に”その存在”に気付いたのは図書館で戦っていたパチュリーと魔理沙であった。

 

 

 

 

 

図書館に引き籠っていたパチュリーは銀時と霊夢の突破を阻止しようとしたが、それを魔理沙がが身を挺して、というより半ば偶然鉢合わせし

 

ジャンプを借りパクされた恨みでパチュリーは彼女に戦いを申し込んだのだ。

 

それから数十分後

 

「あれ? 私が好きだった作品が打ち切りになってんだけど、おいパチュリーこれ一体どういう事だぜ?」

「ジャンプの世界は常に弱肉強食なのよ。『チャゲチャ』が、即打ち切りになった時は泣いたわ」

「お前って相変わらずアレな作品が好みだよな」

 

激闘の真っ最中であった筈の二人は今、図書館にある椅子に座って向かい合わせでジャンプタイムに入っていた。

 

考えてみたら大切な書物が保管されているこの部屋で戦えるわけないでしょ、という理由で、二人は戦うのを中断して一旦休憩を取る事にしたのだ。

 

「私はどっちかというとギャグ物の方が好みなのよ、ちょっと前は多かったのに、最近じゃ掲載されてもすぐ終わっちゃうからやるせないわ」

「ギンタマンがあるじゃねぇか」

「アレそろそろ終わると思ったのにまだ完結しないのよね、なんなのアレ? いつ終わるの?」

「知らねぇよ、編集に引き延ばししろって指示されてんじゃねぇの?」

 

ジャンプのページをめくりながら仏頂面で疑問を投げかけて来るパチュリーに魔理沙が適当に返事をしていると

 

ふと何か妙な気配を感じ取って、魔理沙は両手で持っていたジャンプから顔を上げる。

 

「……おい、さっきからなんか妙な寒気を感じるんだが、これはお前の仕業か?」

「……いいえ、違うわ、何かしらこの異様な気配……扉の向こうからやってくるような」

 

二人は読書を止めて一旦扉の方へ振り返ると

 

大きな扉はギィッと静かに開き、ガラガラガラという奇妙な音と共に

 

”それ”は現れた。

 

唐突にやってきたその存在に魔理沙とパチュリーは無言で目を見開き

 

自分達にさしたる反応も見せずに悠然と奥へと続く方の扉へと向かって行く。

 

「お、おいお前……」

「よしなさい」

 

恐る恐る魔理沙が相手に向かって声を掛けようとすると、すかさずパチュリーがハッキリとした口調で止めに入った。

 

「見てわからないの? 今の”彼女”は普通ではないわ、触れたら痛い目を見るって程度であれば止めはしないけど、どう見ても関わったらマズいってあなたでもわかるでしょ?」

「い、いやそうだけどさ……いいのかお前? この先にあんなの行かせたら館の主がどんな目に遭うのか……」

「私は何も見なかった、ここでずっとジャンプ読んでいて気づきませんでした。レミィにはそう言っておくわ」

「それはそれで館から追い出されるだろお前……」

 

現実逃避するかのように再びジャンプの方へ視線を傾けるパチュリーに呆れつつ

 

魔理沙はチラリと末恐ろしいオーラを放つその存在の方へと再び目線を送る。

 

ガラガラガラと奇妙な音を奏でながら、館の主であるレミリアがいる方への扉をゆっくりと開けて中へと入ってくのが見えた。

 

「あーあ、なんであぁなっちまったのかねぇ……やっぱ八雲の旦那のせいだなきっと」

 

そう呟きつつため息を突きながら、魔理沙はクルリと視線を前に戻し、パチュリーと一緒に再びジャンプを読み始めた。

 

「直にとてつもない嵐がやって来そうだし、今の内にしっかりここにあるジャンプ読んでおかないとな」

「不吉な事言わないで、レミィは無理でしょうけどあのメイドならなんとかしてくれるわよきっと」

「いやそこはお前が何とかしてやれよ居候」

「絶対に無理、今の彼女には関わりたくないわ、闇に飲まれそう」

 

 

 

 

 

 

紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは現在一人奥の部屋に籠りながら玉座に座っていた。

 

「マズいわね……先程の失態といいビビッてしまう私といい……このままでは自分の部下にさえ愛想尽かされてしまうかも……」

 

人間であるお妙に負けたり、彼女に脅されてすぐ人質の居場所を教えてしまったり。

 

挙句の果てには自分の雇っているメイドにすら強く出れずに頭を下げてしまう始末。

 

肘掛けに手をお置きながらレミリアは己の弱さを改めて実感していたのである。

 

「カリスマが欲しいわ……周りの者達を恐怖で支配し、なおかつ魅了させて惹きつける程の強さを兼ね備えたカリスマ性が……」

 

ぼんやりと天井を見上げながら遠い目を浮かべるレミリア。

 

自分は他の妖怪とは一線を引く真の怪物・吸血鬼なのに……

 

「つうかどうしてこの幻想郷の連中は私に全くビビらないのよ……吸血鬼よ吸血鬼? ちっとは気を遣って怖がりなさいよこのすっとこどっこい」

 

幻想郷の住人に対してもブツブツと文句を垂れながら、意を決したかのようにレミリアはすっと席から立ち上がった。

 

「これ以上周りにナメられない為に、どうやら真の本気を見せるしかないみたいわね」

 

そう言って小柄な体で胸を張りながら、レミリアは決心した。

 

もう二度と負けてはいけないと、今からここに誰が来ても全力で打ち倒してやろうと腹をくくったのだ。

 

「さあ誰でもかかって来なさい! この私の全力でねじ伏せてくれるわ!」

 

高らかにそう叫びながらレミリアは一人部屋で新たなる驚異の登場を心待ちにしていると

 

「んあ!?」

 

彼女の期待に応えるかのようにその新たなる驚異はすぐそこまで迫って来ていた。

 

「な、なにこの不気味な気配は……こんなの長く生きた私でさえ経験した事ないわ……」

 

扉の向こうの廊下からヒシヒシと伝わって来るこの尋常じゃない恐怖感は一体……

 

レミリアが思わずブルッと身震いしていると

 

「!?」

 

この部屋の扉がゆっくりと開いた、それと同時にビクッと肩を動かしながらもレミリアはすぐに身構える。

 

「ふ、ふん! どこの誰だか知らないけどもうこれ以上この館の中を出入りさせる訳にはいかないわ! かかってこいコラァァァァァァァ!! こちとら500年生きた吸血鬼様じゃあ!!!」

 

内心ちょっとだけビビッてはいるも、それを隠してただ強気に攻めて行こうという心構えで

 

レミリアは新たなる侵入者の前に仁王立ちで咆哮を上げた。

 

すると開いた扉の奥からそっと扉を開けた人物が現れた。レミリアはそれを見てすぐにギョッとした様子で目を見開く。

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは魔法の森に住み人形を操る魔法使い、アリス・マーガトロイドであった。

 

「あ、あなたって確かパチェと同じ魔法使いの……ってうえぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「……ここにもいない」

 

やってきた相手はアリスだと知ってレミリアは一体なぜ彼女が?と疑問を浮かべるも

 

すぐに彼女の周りから発せられるドス黒いオーラに気付いて思わず悲鳴を上げてしまう。

 

彼女自身に恐怖を覚えたのも事実だが

 

「パパは何処に行ったんでしょうねぇ~……」

「う、あ……」

 

何よりその彼女が両手で押して

 

 

 

 

ガラガラガラと音を鳴らして進む乳母車が何よりも怖かった。

 

「ここにいるって聞いたのに……匂いを辿ってせっかくやって来たのに……どうして見つからないのかしら……」

「あ、あなたどうしたの……? どうしてここにいるの……」

 

闇を抱えているどころか闇そのものなのではないかと思うぐらい気味の悪い雰囲気を纏わりつかせたアリスは

 

部屋に入るとすぐに虚ろな目だけを左右に動かしてか細い声で小さく呟くと

 

焦点の定まらないその目をスッと部屋の中心に立つレミリアへズラす。

 

「……ねぇ、この子のパパ知らないかしら?」

「ひ! パ、パパ? ご、ごめんなさいちょっと話が読めないんだけど……」

「久しぶりにね、会いに来たのよ。この子も産まれたしあの人に顔見せたくなって……パパはかくれんぼでもしてるんでしゅかね~?」

「う、産まれたって何言ってんのよ、さっきからアンタが乳母車に乗せてるのってそれ……」

 

いきなり話しかけられた事に驚きはしたものの、レミリアは意を決して彼女の方へと歩み寄っていく。

 

そしてあやすような感じでアリスが乳母車の中に話しかけていると、震える指で指して

 

 

 

 

 

 

「どう見てもただの人形じゃないのォォォォォォ!!!」

「……」

 

金髪のこじゃれた洋風の衣装を着せられたその無機質な小さな人形を指差してレミリアが叫ぶと

 

人形の頭を撫でていたアリスの手がピタリと止まった。

 

「……まあ確かに人形みたいに可愛らしいわね、流石は私の子、パパに似なくて良かったわ」

「いやいやいや! 人形みたいじゃなくてモノホンの人形そのものでしょそれ!」

「おかしな事を言うお姉ちゃんでしゅね~フフフ……」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

何も喋らないただの人形に向かって歪な笑みを浮かべて話しかけているアリスを見て

 

さっきの覚悟は何処へ行ったのやら、悲鳴を上げながら後ずさりを始めるレミリア

 

「ここにはあなたが探しているパパなんていないわよ! お願いだから帰って! 帰って下さいお願いします! 土下座なりなんなりしますんで!」

「あらあら嘘は良くないわ、ここに銀髪天パの目が死んでる男が来ているのはわかっているのよ?」

「え? あ、あの男を探しに来たのアンタ……」

「それ以外にここに来る理由なんてないわ」

 

天パの男、十中八九あの八雲銀時の事であろう

 

彼の事を探しにここまでやってきたと聞いてレミリアがキョトンとする中

 

アリスはガラガラガラと乳母車を押しながら彼女の方へ首を傾げながら

 

「それでどこにいるの?」

「確かにそれらしい男はここに来ているけど……今は私の忠実なる部下とどっか行っちゃってわかんないのよ」

「フフフ、忠実なる部下と言う事は当然主のあなたもどこへ行ったのか検討付いてるのでしょ、教えてくれないかしら?」

「すみませんホントは全然忠実じゃないんです! どっちかというと一方的に私があのメイドにコキ使われたり利用されたりで! どこへ行ったのかもわかんないんです本当です!」

「大丈夫ちゃんとわかっているわ、部下の為を思ってそうやって道化を演じてるんでしょ? 部下の居場所を教えない為に。中々立派なご主人様ね」

「ち、違うんですホントに知らないんです! ホントに私は哀れなピエロなんです! ただのカリスマ(笑)のアホな吸血鬼なんです堪忍して下さい!」

 

両手を突いて土下座の態勢を取りながら必死に泣き叫ぶレミリアだが

 

それもまた演技だと思ってアリスは薄ら笑みを浮かべたまま彼女に歩み寄り

 

「まあいいわ、愛に障害はつきもの、そこまでして仲間の居場所を吐かないつもりならこっちも手加減しないから……」

「あ、あ……」

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

紅魔館の中心で断末魔の雄叫びが鳴り響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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#67 眼フ鏡ラン

今回はスプラッター回

前回に続き観覧注意



レミリアが病みに病んでしまったアリスと出会って永遠に残るトラウマを刻み付けられてる頃

 

お妙と霊夢は館の地下へと続く階段を下りている所であった。

 

「明かりもついてないせいでうっかり足を踏み外しそう、霊夢ちゃん気を付けてね」

「誰に対して言ってるのよ、こちとら博麗の巫女よ。ていうかアンタ……さっきから迷いなくズンズンと降りていくわね……」

「そりゃあ可愛い弟が捕まってるんだから、美しく可憐な姉としては居ても立っても居られないじゃない」

「今自分で美しいって言った?」

 

前を歩いて恐怖心の一欠片も持ち合わせてない状態で進んでいくお妙に霊夢が頬を引きつらせながらついて行っていると

 

程無くしてこれまた薄暗い地下牢の様な部屋に辿り着いた。

 

「なんだか気味の悪い場所ね……アンタの弟さんは何処にいるのかしら?」

「大丈夫よ、新ちゃんは私の弟、離れていても心で通じ合っているんですもの、私にはわかるわ、あの子ならあの辺に……きゃあ!」

「え? はッ!!!」

 

部屋にやって来てすぐに新八を探そうとしたその瞬間、姉弟の絆を頼りに探し出そうとしたお妙が突然短い悲鳴を上げる。

 

恐ろしく肝の座った彼女が悲鳴を上げるという事はただ事ではないと感じ取った霊夢は、すぐに彼女が目を見開き見つける先に視点を動かして驚愕を露にする。

 

物もあまり置かれていない殺風景で不気味な部屋の隅っこで

 

 

 

 

 

新八と思われし者が無残にも元の形がなんだったのかわからないぐらいに

 

バラバラになって体の一部をそこら中にぶちまけていたのだ。

 

「む、惨い……あの館の主人、ただのマヌケだと思っていたけどここまで残酷な事をしでかしていたなんて……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ新ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

表向きはうつけを装ってその正体はどんな残酷な事でもやってのける狂った吸血鬼

 

既になんの施しも出来ない完全なる手遅れの状態になってしまった新八を呆然と見下ろしながら、霊夢は頭の中でレミリア・スカーレットの恐ろしさを思い知らされる。

 

そして無残に散った亡き弟を見て、今までずっと気丈に振る舞っていたお妙もまた、その場に膝をついて目の前の現実に泣き叫ぶしかなかったのであった。

 

薄暗い地下室で

 

弟を失った姉の泣く声だけが空っぽの部屋で鳴り響くのみであった。

 

 

 

 

 

「いや、なにしてんすかアンタ等?」

 

 

しかし泣き叫ぶお妙の声を遮って

 

彼女達の背後から不意に飛んでくる少年の声

 

その声に霊夢と泣くのを一旦止めたお妙が振り返ると

 

 

 

 

 

「さっきから志村新八ずっとここで縛られてるでしょうが」

 

バラバラになった新八とは反対方向の隅っこで

 

いつも掛けていた眼鏡を失った状態で縄で縛られている志村新八がこちらにジト目を向けて正座していたのだ。

 

「お前等さっきからシリアス感出して意気消沈してるけど……」

 

 

 

 

 

「それただの眼鏡だろうがァァァァァ!!」

 

そう、霊夢とお妙が先程からずっと新八と認識していた存在は、ただの砕け散った眼鏡。

 

そうとも気付かずにてっきり新八がバラバラ死体になってしまったと誤解していた霊夢とお妙に、本物の新八は縛られながらも思いきりツッコミを繰り出す。

 

「お前等僕をなんだと思ってんだコラァ!!」

「……アンタ誰?」

「新八じゃボケェ!」

「新ちゃん! の眼鏡掛け機! あなただけは生きてたのね!」

「誰が眼鏡掛け機だ! 正真正銘志村新八本人だよ!! なにが心で通じ合ってるだよ! 今までずっと僕の事を眼鏡だと認識してたんですか姉上!?」

 

 

心から誰だか覚えてない霊夢と心から嬉しそうに喜ぶお妙の両方に叫ぶと、眼鏡掛け機もとい本物の新八はすぐに縛られた状態でもがき始める。

 

「そうだ! 助けてくれた事には素直に嬉しいですけどここは危険です姉上! ここには見た目は可愛いけど性格はかなりイカれた恐ろしい吸血鬼がいるんですよ! 僕の事はいいですからここはすぐに逃げて下さい!」

「いいえそれは出来ないの、だってこのままでは気が済まない」

 

自分の身を省みずにお妙と霊夢に脱出する様に言うも、お妙はそれを素直に聞き入れず、泣くのを止めてスクッと立ち上がる。

 

「殺された新ちゃんの仇を取らずして逃げる訳にはいかないわ」

「だから新ちゃん死んでねぇよ! 死んだの新ちゃんの眼鏡!」

「吸血鬼? それってあのレミリアとかいう奴の事? なら安心しなさい、この幻想郷で眼鏡を殺した者はそれなりの罰を受ける事が決まりよ。眼鏡に代わって博麗の巫女が退治してあげるから」

「眼鏡に代わってってなんだよ! それにあの抜けてる方の吸血鬼じゃありません! 僕が恐ろしいと言っている吸血鬼は彼女の妹です!!」

「妹?」

 

亡き眼鏡の無念を晴らす為に二人がレミリアと一戦交える気迫を漂わせるも

 

新八曰くこの館で恐ろしい吸血鬼というのは姉のレミリアではなくその妹の方らしい。

 

するとすぐにこの地下室と繋がっている階段の方から

 

コツコツと何者かが降りてくる足音が……

 

「あっれ~? なんか私の部屋で人間の匂いがするよ~? 上が騒がしいと思ったらこっちでも面白い事が起きてるのかな~?」

「あ! ヤバい! 彼女が姉上達の気配に気付いて戻って来た!」

 

 

無邪気な少女の声と共に徐々に近づいてくる不穏な気配にいち早く気付いて慌てる新八

 

霊夢とお妙もすぐに階段の方へ振り向くと

 

「うわぁ人間の女の子が二人もいる~! 初めまして~私はフラン!」

 

そこへ現れたのはレミリアと同様小柄で似たような帽子を被った、金髪の少女であった。

 

フランドール・スカーレット

 

レミリアとは5才違いの妹であり、見た目は可愛らしいものの実態は姉と同じく吸血鬼。

 

その性格は極めて残虐性に特化しており、かつ常に狂気に身をゆだねているので、己の快楽を満たす為だけに生き物を殺す事も厭わない。

 

邪魔する者であれば誰であろうと殺すという、いかにも狂ったその性格を危惧し、実の姉のレミリアは最後の秘密兵器と称して半ば監禁状態でこの地下室に閉じ込められているのだが

 

警備がずさんなので極稀に上へとやって来て、勝手に遊びに行ってしまう事もただある様だ。

 

「”アイツ”がまた連れて来たのかな~? この前の奴はもう壊れちゃったから丁度良かった~、あなた達は簡単に壊れちゃダメだからね?」

「アイツ?」

「もちろんレミリアお姉さまの事~、私が言うアイツってのはアイツしかいないよ~」

「実の姉をアイツ呼ばわり……とことん周りから酷い扱いを受けてるみたいね……」

 

あのメイドといいフランといい、レミリアはとことん周りからナメられてるらしい。

 

なんだか同情するわ……と思いながら、霊夢は右手を腰に当てながら改めてフランを睨み付けた。

 

「で? アンタが直接あの眼鏡をバラバラにしたのは素直に認めるって事でいいのよね、ここがアンタの部屋って事は、そこに転がっている眼鏡もアンタが始末したって事にした方が辻褄が合うんだけど」

「そうだよー、ちょ~っと私が思いきり遊ぼうとしたら簡単に壊れちゃったの。とんだ不良品だよね~」

「そう、あっさりと白状してくれてありがと。コレで私が誰を退治するべきかはっきりとわかったわ」

 

 

にこやかに笑いながら真実を話すフランに対し、霊夢はすぐに戦闘準備に入る。

 

「アンタがやった罪は外の世界では極当たり前の行為だけど、この幻想郷では絶対に破ってはいけない禁忌」

 

博麗の巫女らしく厳しい表情を浮かべながら、楽し気に首を傾げて来るフランの方へ一歩前に出る。

 

「妖怪、人外の存在はいついかなる時でも眼鏡を壊さずべし。それを犯した者は博麗の巫女によって退治される。この幻想郷を作った大妖怪がここで生きる者達に敷いたルールの一つよ」

「どんなルールだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 眼鏡ってそんなに幻想郷で重要視されてたの!? 壊しただけで退治されんの!?」

「へーそんな下らないルールがあったんだー、でも私、そういう決まり事に縛られるなんて絶対に無理なの、本能のままに生きて、本能のままに殺す、そして本能のままに眼鏡を壊す、それが私なの」

「本能のままに眼鏡を壊すってなんだよ!」

「言い訳なんか並べる必要はないわよ、もうわかってるでしょ、アンタはここで退治される。博麗の巫女である私によってね」

 

新八のツッコミも無視して何やらシリアスな雰囲気を醸し出ながら対図する霊夢とフラン

 

するとそこへ拳を鳴らしながらお妙もスッと加わり

 

「あらあなた達、この私を置いて一体何をしようというのかしら? 弟の仇討ちは姉がやるべしという幻想郷のルールを忘れた?」

「勝手にルール捏造しないで下さい姉上! つうか弟ここぉ!!」

「わーあなたがあの眼鏡のお姉様? ねぇねぇあなたの眼鏡はもう壊れちゃったけど眼鏡掛け機の方は貰っておいていい? アレっていっつも叫んだりツッコんで来たりして反応が面白いの」

「別に構わないわ、ウチにいてもうるさいだけだし」

「ちょっとぉぉ!! 眼鏡だけじゃなくて眼鏡掛け機も大事にしてぇぇぇぇ!!! これからはなるべくツッコミ控えるから僕も引き取って下さい姉上ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

自分をそっちのけで勝手にフランに自分の身を提供させようとするお妙にやかましく叫ぶ新八だが

 

既にやる気満々の彼女達の耳にはもう届かない。

 

「さあ楽しみましょう、盛大なるラストバトルを私達で彩るの、今まで出番が少なかった分思いきりやるわよ」

「主役を抜きにして私達で締めをやろうって訳ね、気に入ったわ」

「てことは私がラスボス? やったーじゃあラスボスらしく派手に暴れちゃうね、よーい……」

「ちょ! アンタら三人が揃って地下で暴れたら大変な事に……!」

 

自分達で勝手にラストバトルをおっ始めようと同時に動き出す。

 

しかし並大抵ではない戦闘力を誇る彼女達がここで戦ったら紅魔館は間違いなく下から綺麗に崩れ落ちて

 

極々一般レベルの人間である自分は一人寂しく館の下敷きにされて圧死されるという最悪なオチを予想する新八

 

なんとかしてこの戦いを阻止しようと新八が縛られた状態で前に出ようとしたその時……

 

 

 

 

「「「「!!!!」」」」

 

三人が戦おうとする前に、突然地下室がグラグラと激しく揺れ始めたのだ。ほんの一瞬だけだが

 

しかしそれは今まで体験した事のないような強い揺れ、あまりの衝撃に薄汚れた天井にビシィ!と大きな日々が出来る程。

 

 

一瞬で天井にヒビが出来る程の衝撃を体験した4人は、即座に上の方へと顔を上げる。

 

「……今何が起こったのかしら?」

「わからないわ、けど……どうやら私達より先に戦いを始めてる誰かさんがいるのは間違いないわね」

「え?」

 

上で何が起こってるのかわかってない様子のお妙に、腕を組んで顔を上げながら淡々とした口調で霊夢は上で起こってる出来事を予感する。

 

「上の館よりずっと下のこの地下室にまで、衝撃の圧だけで天井にヒビが出来るというのは明らかに普通じゃないわ。戦ってるのよ、それもとびっきり強い誰かと誰かが……」

「へぇ~面白そう~、ねぇねぇ、私達で戦う前にちょっと覗きに行かない?」

 

霊夢の話を聞いて無邪気に笑い出すと、小首を傾げながら早速提案するフラン。

 

「多分今戦ってるのって、紅魔館で一番強い奴だと思うんだ」

「アンタ等の中の奴が? 一体誰よ?」

 

フランの言葉に霊夢が反応して尋ねると、彼女はヘラヘラと笑いながら

 

「まだ会ってないの? 無茶苦茶強いクセにレミリアお姉様なんかに従っている使用人だよ」

「あ、あのメイドが……!?」

「紅魔館にいるのは大抵みんな強いけど、その中で群を抜いて強いのが間違いなくアレだよ、私も何度か殺してやろうと思ってんだけどその度に返り討ちにされてるの」

 

上で戦っているのがあのメイドだと聞いて驚く霊夢に、サラリと物騒な事を言いながらフランは話を続ける。

 

「でもあのメイドとまともに渡り合って戦っているのって一体誰なんだろうね、私そっちも楽しみになっちゃった」

「まさか……」

 

 

ニコニコと笑いながら上には何が待っているのか期待しているフランをよそに

 

霊夢はあのメイドと戦っているのが誰なのかが覚えがあった。

 

『不死者相手なら不死者の俺が適任だ』

 

「仕方ないわね、譲ってやるわよ……」

 

ここにやってくる前に”彼”が言っていた事を思い出し、霊夢は静かに上で戦っている人物が誰なのか察した。

 

 

 

 

 

「やっぱりラストバトルは主役がやるのが定説って訳ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにフランが姉の事を当人がいない所でアイツ呼ばわりするのは原作でもあります。

レミリアもフランの事をアイツ呼ばわりしたりします

別に仲が悪いからという訳ではないみたいですけどね、親しい間柄だからそう呼んじゃう時があるのかも?

こっちでも二人の仲は別に険悪とかではないのでご安心ください






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#68 銀咲夜時

今回はバトル回です

結構グロイです、観覧注意(三回目)


紅魔館の屋根の上で、幾度も激しい音を立てて衝突し合う二つの影

 

一方は死んだ魚の様な目をした侍・八雲銀時と

 

同じく死んだ魚の様な目をしたメイド

 

「……そういえばまだ名前言ってなかったわね」

 

さっきからずっと戦っている状況の中で、ふと思い出したかのようにピタリと足を止めると

 

メイドはけだるそうに肩に手を置いて首を傾げながら

 

「十六夜咲夜よ、以後よろしく」

「って今更自己紹介とか遅すぎんだろッ! 何もよろしくねぇよ!」

 

戦う前に己の名を名乗るというのはよく聞くが、戦ってる途中でしかも全く緊張感の欠片も無い表情で名乗り出るメイド・咲夜に、銀時は両手に持った木刀を振り下ろしながら叫ぶ。

 

そしてそれを右手に持ったナイフ一本で涼しげな表情のまま華麗に受け流す彼女。

 

「釣れないわね、久しぶりの感動の再会だってのに」

「感動の再会? 笑わせんな、テメェと顔合わせて湧き上がる感情は」

 

咲夜が軽く指を鳴らすと一瞬にして四方八方から現れた無数のナイフが銀時に襲い掛かる

 

しかし彼はそれを避ける事さえ無く思いきり身体で受け止め。

 

「今も昔も腹が立つって事だけだぁ!!」

 

体中に突き刺さるナイフもお構いなしに、銀時は右手に持った木刀を咲夜で左胸を突き抜く。

 

だが心臓を貫かれてもなお咲夜は全く怯みもせず、次第に身体がみるみる修復されて元に戻っていき

 

銀時の身体もまたあっという間に回復していた。

 

「ずっとそのけだるそうなツラと死んだ目が気に食わなかったぜ、母親譲りのそのツラがな」

「それは今のあなたも同じでしょ」

 

対峙する不死者と不死者。互いに朽ちぬ身体を持つ二人の戦いは永遠に終わる事はない。

 

だが二人はそれを従順知っていてなお戦う事を止めない。

 

「もう察してはいるけど、あなたもう昔の記憶を思い出して来てるんでしょ? ならもうわかってるわよね、あなたじゃ私には勝てないって事も」

「悪いがそれだけはわからねぇな、けどここん所最近、段々と色んな事を思い出すようになってきたのは確かだ」

 

ナイフと木刀をぶつけ合いながらもなお二人は会話を続ける。

 

かつて彼女と対峙する時は息をする暇さえ無く負けていた忌々しい過去から成長したのだとアピールする様に、銀時は余裕を持った笑みを浮かべて木刀で斬り払う。

 

「紫の事もお前の事も、そしてこの世界や俺自身の事も。最初は現実性のない夢かなんかだと思っていたが、どこぞのマッドサイエンティストの話を聞いて完全に確信した」

「そう、あの人元気だった?」

「晩飯御馳走になったら大量に唐揚げ作って来るんで死ぬかと思った」

「男の子=唐揚げ大好きっていう単純な発想は相変わらずみたいね、あの人」

 

マッドサイエンティスト、つまり八意永琳の話をしながら、咲夜はパッと消えて銀時の背後を取った。

 

「この世界の理も理解したというのなら素直に手を引きなさい、あなたが”役目”を背負うのは、それはあまりにも荷が重すぎるわ」

「オメェならその荷を背負えるとでも? 言っておくが他人のお前に紫の事を任せる事なんざ絶対にさせねぇぞ」

「他人じゃないわ、私とあなたは」

 

銀時の首目掛けてナイフを一閃浴びせるも、彼はポロッと首が外れかけるもすぐに両手でくっつけ

 

そのまま振り向きざまに彼女の右腕を木刀で斬り飛ばす。

 

「家族よ、だからこそ家族の為に私があなたの代わりを受け持つって言ってるの」

 

咲夜は片腕を失ったままフンと鼻を鳴らし、ボトリと屋根の上に落ちた右腕を何事も無かったかのように拾ってくっつけ直した。

 

「認めたくはないけどね、全くどういう原理であなたとこんな関係になってしまったのかしら」

「そいつは俺も聞きてぇよ、俺だってもっとまともな家庭に生まれたかったわ」

 

ピクピクと直ったばかりの自分の右腕を確認しながら、再びパチンと指を鳴らして自分の周りに大量のナイフを展開する咲夜。

 

銀時はそれに臆することなく木刀一本で真っ向から飛び掛かっていく。

 

「けどこんな化け物一家の中で生まれた事にたった一つ感謝している事はある、アイツと長く一緒の時の中を生きれた事だ」

 

無数に降り注がれるナイフの雨で全身を削がれそうになるものの、落ちてくるナイフを2本を手で取ってすかさず咲夜に投げつける。

 

「惚れた奴と共に生きるってのは、案外悪くねぇ人生だったぜ」

 

投げられた2本のナイフは彼女の両目に突き刺さる。

 

ほんの一瞬視界を失った彼女に、チャンスとばかりに銀時が一気に距離を詰めて飛び上がり

 

「けどもうそんな時間も残ってねぇ、俺の時間じゃねぇ、アイツの時間よ。だからこそ俺は俺としてやるべき事をやる義務があんだ」

 

彼女の頭部目掛けて思いきり木刀を叩き付けた。

 

すると衝撃で屋根にビシィッ! ヒビが発生したと思いきや

 

崩れ落ちると共に屋根は崩壊し、下にあった部屋に二人は落ちる。

 

「義務とか理屈とか、そんな言葉で片づけてなんでもかんでも背負ってればカッコいいお侍さんになれるとでも思ってるの」

 

部屋の床に叩き付けられてなお、咲夜は全く無事な様子で、目に突き刺さっていたナイフを自分で簡単に引き抜くと、あっという間に治癒されていく両目を銀時に向けながら、倒れたままの状態で自分の顔の傍にあった彼の右足をグッと掴む。

 

「本当の事を言いなさいよ、辛いんでしょ、苦しいんでしょ、逃げれるモンなら逃げたいんでしょ」

 

銀時の右足が突如宙を舞う、気が付くといつの間にか咲夜の手には既にナイフが

 

彼の足を斬り飛ばしてすぐに体勢を崩した所を反撃に映る。

 

「昔からいつもそうよあなたは、そうやって誰にも助けを求めず意地張ってカッコつけて自分を追い込んで、きっと自分ならやれると思い込んで己の不安や恐怖を無理矢理抑え込む」

 

木刀を持った右腕を斬り落とし、こちらに掴みかかって来た左手も斬り落とし、そして最後にまたその首目掛けてナイフを振るい

 

「そういうガキみたいな所が、本当に嫌いだったのよ私は」

 

スパッと短い音と共に彼の首を刎ねる咲夜、しかし首を刎ねても銀時の身体はまだ動き出し

 

唯一残っていた左足が彼女目掛けて飛び上がると

 

「ガキだからどうした、俺はいつだって少年の心を忘れねぇって決めてんだよ」

 

そのどてっ腹に思いきり深く入る程の蹴りを入れた。

 

成す総べなくその蹴りで後ろに吹っ飛ばされ、背後の壁を思いきりぶち破る咲夜。

 

「それがジャンプを愛する者としてのたしなみって奴だ、わかったかコノヤロー」

 

ガラガラと崩れ落ちてくる壁の破片を顔に受けながら咲夜がムクリと起き上がると

 

銀時の身体はあっという間に元に戻っている。

 

「俺に何を言っても無駄だ、誰に何と言われようと俺は俺のやる事をやる、例えお前に言われてもな」

「……昔から生意気だったけど少しは可愛げがあったのにね。今じゃすっかり話を聞かない年取ったおっさんになっちゃって……」

 

頭に刺さった壁の破片を抜いてポイッと捨てると、咲夜は立ち上がってボリボリと髪を掻き毟りながら

 

 

 

 

 

 

「時の流れというのは残酷ね、”蓮子”」

「……はん、懐かしい名前で呼んでくれるじゃねぇか……」

 

彼女に自分の名ではない別の誰かの名で呼ばれて銀時は軽く苦笑して見せると

 

右手に持った木刀を強く握りしめて彼女目掛けて走り出す

 

「けどその名前は”俺”の名じゃねぇ」

 

こちらに木刀を振り上げる銀時に、咲夜は何の動きもせずにじっと見つめる。

 

「俺は、八雲銀時だ」

 

全力で振るった一撃を相手に浴びせようとした銀時だったが咲夜は忽然と姿を消していており

 

その攻撃は空振りに終わる。

 

「宇佐見蓮子は、お前に毎回勝算の無い喧嘩を売って返り討ちに合っていた弱っちいガキは……」

 

だが銀時はすぐにバッと後ろへ振り返り

 

「もうここにはいねぇ!!!」

「!?」

 

 

いつの間にか自分の背後を取り、三本のナイフをこちらに投げつけようとしていた咲夜に向かって

 

今度こそ本命の一突きを繰り出して彼女の腹に突き刺す。

 

彼女が次にやるであろう手を先読みしていたのだ。

 

「段々とお前の動きが見えるようになって来たぜ……! 俺は相手が強ければ強い程どんどん強くなれんだ……!」

「……そう、それがあなたが求めた強さ」

 

自分の腹を貫いた木刀を右手で強く掴むと、咲夜は左手に持つナイフを銀時の首に押し当て……

 

「そんな力を手に入れてでも……あなたは大切な人を護りたかったのね……」

 

ほんの少し、銀時に対してフッと優しく微笑む咲夜であったが、すぐにその顔はいつもの冷めた顔付きへと変貌し

 

「だったらなおの事、あなたを彼女の所へは行かせないわ」

 

彼の首に押し当てた咲夜の手に持つナイフが鋭く光る。

 

しかしそのナイフが彼の首をほんの少し切れた所で

 

「!」

 

銀時の姿が目の前でフッと消えた、先程から自分がやっていた手の様に、跡形もなく一瞬で

 

「悪いな、俺もお前と似たような芸当出来んだよ」

 

咲夜の腹部に木刀を突き刺したまま、銀時は彼女の頭上から現れた。

 

『星との隙間を埋め、月へと届く程度の能力』

 

対象との間にある隙間を操作し、一瞬で移動する事が出来るという紫が名付けてくれた能力

 

「もうわかっただろ、誰であろうと俺はアイツは絶対に譲らねぇ」

 

意表を突かれて目を見開く咲夜の頭を掴むと、銀時は全体重を彼女に預けて

 

 

 

 

 

 

「後生だ、最期のアイツを看取るのは俺にやらせてくれ、咲夜」

「……」

 

そのまま咲夜を頭から勢い良く押し倒して床に叩き付ける銀時

 

あまりの衝撃に床は抜け、一階の廊下にまで二人一緒に落とされた。

 

背中から床に叩き付けられた事で腹に刺さっていた木刀は抜けて銀時の手に収まり

 

腹部の傷口が回復していくのを感じながら、咲夜はゆっくりと目を瞑る。

 

「……まさか不死者同士の戦いの中で、力でなく言葉で勝ちを取りに来るとはね……」

 

肉体は健在ですぐにでも戦いを続行する事は出来るが、もはや戦う理由は無くなったかの様に戦意を失う彼女

 

「いいわ、そんなにやりたきゃ勝手になさい、ただし……」

 

銀時に押し倒されてる様な状況の中で、咲夜はそっと両手を彼の背中に回してそっと抱き寄せる。

 

 

 

 

 

「ちゃんとまたそのツラを見せに来なさい、それが”姉”である私との約束よ……」

「……ああ、またその泣きっ面を見て思いきり笑ってやる」

「……今の状態じゃ私の顔なんて見えないでしょ」

「さっきから誰かさんのせいで顔が濡れてんだよ」

 

咲夜に強く抱きしめられたまま銀時はフッと笑いながら彼女と約束する。

 

今度は喧嘩ではなく、茶でも飲みにまたここへ遊びにやって来ると

 

 

 

かくして紅魔館で起きた不死身の姉弟喧嘩は

 

負けん気の強い弟に折れて姉が勝ちを譲るという結果で幕を閉じたのであった

 

 

 

 

 

 




最初で最後のバトルシーンです

さてそろそろ……


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#69 戦終

霧でわからないが時刻は夕暮れ時だと思われる頃

 

銀時と咲夜が暴れ回ったおかげですっかりボロボロになってしまった紅魔館

 

そんな中、地下室から階段を上って、何が起こっているのか確かめに来た博麗霊夢がひょっこりと顔を出す。

 

「うわ、何よコレ見事に半壊してるじゃないの、アイツどんだけ派手に暴れたのよ……」

 

あちらこちらに破壊された後や破片が飛び散っているのを見渡しながら霊夢が上へと上がり切ると

 

「あらまあ随分とボロボロね、立派なお屋敷だったのに」

「うわー、これじゃあレミリアお姉様涙目だー」

 

続いてお妙、そして地下に住むフランもまた何故かやって来た。

 

「もう、新ちゃんを助けるついでにあわよくばこの館も乗っ取ってやろうと思っていたのに、残念」

「……アンタ人間じゃなくて鬼の一種なんじゃないの?」

「いや、確かにヤバい料理作ったり性格も真っ黒だけど、これでも姉上は人間ですから……」

 

密かに紅魔館乗っ取り作戦を考えていたお妙に、霊夢が振り返って疑問を投げかけていると

 

地下の方からこちらに上がって来る足音と共に、壊れた眼鏡を無理矢理セロハンテープでくっつけて直して掛けている新八が現れた。

 

「うわぁホントに散々な事になってますね……一体誰がこんな風に暴れたんだろう……」

「……」

「……」

「ってアレ? なんで二人共僕を見て黙ってるんですか?」

 

館の惨状を壊れた眼鏡越しに眺めながら驚いている新八だが、そんな彼を何故か信じられないという表情で固まって見つめる霊夢とお妙

 

一体どうしたのだと彼女達に新八が怪訝な表情を浮かべていると

 

「ア、アンタ……あんなにバラバラにされていたのに生き返ったの……?」

「うそ……奇跡だわ、新ちゃんが奇跡の力で生き返ってくれたのね!」

「いやただ壊れた眼鏡をセロハンで直しただけだからね! お前等眼鏡があればそれだけで新八なのかよ!」

 

まるで死んだ奴が生き返ったかのように驚愕する霊夢とお妙だが

 

新八にとってはただ壊れた眼鏡を急ごしらえにその辺のセロハンで修復しただけである。

 

そして二人に向かって勢い良くツッコミを入れていると、「へー」とフランが興味持った様子でまじまじと彼の顔を見つめる。

 

「私がキュッとしてドカーンしたのに直ったんだその眼鏡、癪に障るからもう一度壊していい?」

「なんでそんな頑なに眼鏡壊したいんだよお前! 後で弁償代払えよな!」

「私お金持ってないよ、お金なら私の姉に払ってもらって」

 

フランが新八に弁償を要求されるも、自分じゃ払えないと笑顔でフランがきっぱりと断っていると

 

「あれ? ちょっとあそこにいるのあの天パじゃないの」

「あらホント、銀さんだわ、一体何して……」

 

霊夢はふとアナ開いた天井から落ちて来たかのように倒れている銀時を発見した。

 

お妙もそれに気付いて彼の方へと駆け寄ってみると

 

 

 

 

 

 

紅魔館のメイドである八意咲夜を下にして

 

まるで押し倒してるかのような形で銀時が上から抱きしめているではないか

 

そして銀時の方も霊夢達に気付くと「ん?」と顔を上げて

 

「ああオメェ等無事だったのか? お互い助かってよかったな、こっちもちょいと大暴れしちまったがなんとか……」

「なにしとんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「げしゅぺんすとッ!!」

 

咲夜の上に覆いかさばったまま普通のトーンで話しかけて来た銀時に

 

怒りの形相でお妙は飛び蹴りをかまして彼を吹っ飛ばす。

 

「大暴れってどういう事ですか? ウチの新ちゃんが大変な目に遭ってた時に自分だけ可愛いメイドと大暴れしてたんですかあなた?」

「勘違いしてんじゃねぇよ! 確かにコイツとは暴れてたけどお前が考えてる様な大暴れじゃねぇわ!!」

「はぁ~アリスといい妹紅といい今度はメイド? アンタそろそろマジで紫に八つ裂きにされるわよ?」

「人聞きの悪い事言ってんじゃねぇ! コイツと何かあったらそれこそ別の意味で問題になるだろうが!」

 

ゴミを見るような目つきで睨んで来るお妙と霊夢に銀時は叫びつつ立ち上がりつつ否定すると

 

彼に下敷きにされて倒れていた咲夜もパンパンと服に付いた埃を払いながらゆっくりと立ち上がる。

 

「改めましてこんにちは、私がこの人の実姉の八意咲夜よ」

「ふーん、アンタってコイツの姉だったのどおりで顔が似て……って姉ぇぇぇぇ!?」

「まあ、てことは銀さんは彼女の弟って事? 困ったわ、唯一の弟キャラが新ちゃんだけだったのにますます影が薄くなっちゃう」

「僕のキャラの薄さはどうでもいいでしょ! いやどうでもよくないけども!」

 

サラッと銀時の姉と名乗り出た咲夜に、霊夢は思わず普通に流してしまう所であったがすぐに驚愕の表情。

 

それに対してさほど驚いてない様子のお妙をよそに、新八もまた頬を引きつらせ銀時の方へ目配せする。

 

「ていうかこの人本当に姉なんですか銀さんの……? まあ雰囲気とか色々似てますから姉弟だと聞いても妙にしっくりくるのは確かですけど」

「色々似てるってどの辺が? 全く似てねぇだろ俺とコイツ」

「鏡見ろや! 死んだ魚の様な目とかあちらこちらにちらばってる銀髪とか! 何より人生ナメ腐ってるかのようなそのけだるそうな顔つきがクリソツじゃねぇか!!」

 

本人としてはあまり似てないと自覚しているのか、銀時は咲夜と似てると思われるのは不本意な様子。

 

新八に指を突き付けられ細かく指摘されると、彼は口をへの字にして眉をひそめ

 

「いやいや俺みたいなツラは血が繋がっていてもそうはいねぇだろ、オメェに言われた通りこうして鏡で見ても、こんな中々の美形の奴はそう滅多にいる訳ねぇって」

「それ鏡じゃなくてアンタの姉!!」

 

傍に鏡があると思ってまじまじと自分の顔を覗き込もうとした銀時であったが、それは鏡ではなく銀時を同じ表情で見つめ返している咲夜であった。

 

「とりあえず生き別れの姉と感動の再会が出来た事は喜ばしいですけど、僕等どうすればいいんですか? 館は滅茶苦茶になりましたけどもうこのまま帰っちゃっても良いんですかね、僕一応被害者ですし」

「帰っていい訳ないでしょうがァァァァァァァ!!」

「え?」

 

元より新八は咲夜にここへ誘拐された身、出来るならとっとと人間の里へと帰りたい所なのだが

 

それを許すまじと立ち塞がったのは

 

「この紅魔館の主たるレミリア・スカーレット様が! 人間風情に辱められた挙句にマイホームをこんな滅茶苦茶にされて! ここから一人でも生きて返すと思うんじゃないわよスットコドッコイ!!」

 

瓦礫の山を必死に払いのけながら現れたのはこの館の主のレミリア

 

ヒステリック状態でこちらに向かって怒り心頭な様子で叫んでいると、そんな彼女をフランはスッと指差して

 

「あれが私の姉ー、眼鏡の弁償代はアイツに払ってもらって」

「あのーすみません、おたくの妹が僕の眼鏡壊しちゃったんで弁償してくれませんか?」

「この期に及んで弁償代までせびろうとか良い度胸してるじゃないの人間!!」

 

自分を誘拐した首謀者にも関わらず真顔でひび割れた眼鏡を持って金銭を要求してくる新八に

 

どこまで図々しいのだと被害者ヅラして更に怒るレミリア

 

「咲夜ぁ! コイツ等全員八つ裂きにしてやりなさい! ここまでコケにしくさってタダで済むと思ったら大間違いよ!」

「いえ、私は彼等を傷つける理由は無いので。八つ裂きにしたいならお嬢様がやって下さい」

「よーしわかったわ咲夜! けどお願いだから私の言う事聞いて咲夜! 土下座でもなんでもするからここは私のメンツを立てて下さいお願いします!!」

「いやまず彼らを相手にするよりも」

 

調子良さそうに早速咲夜に始末を任せようとするレミリアだが彼女はやはり言う事を聞いてくれない。

 

しかも咲夜はそれよりもまずレミリアの背後からこちらに向かってゆっくりと歩み寄って来る人物に目を細める。

 

 

 

 

 

「まずはお嬢様の背後から人形の入った乳母車を押しながらやってくる禍々しいオーラを放つ人物を対処すべきでは?」

「ってギャァァァァァァァァ!!! アンタまだいたのぉ!? お願いだから成仏して!!」

「何よ一体……地震が起きてこの館が壊れたかと思ったら……ようやく探し人を見つけたって言うのに……」

 

乳母車を押しながらやって来た人物、それは銀時達がここへ来てちょっと経った頃にやって来たアリスである。

 

かなり病んでる様子で逃げ惑うレミリアを追ってここへとやって来たみたいだが

 

レイプ目の状態で咲夜の方へとゆっくりと歩み寄っていく。

 

「なんなのあなた……やけに顔付きがあの人似てるわね……顔や髪形を同じにしてあの人に近づこうって魂胆? そんな真似を私の前でやっても言い訳?」

「何を勘違いしているの? 私と彼は姉弟よ、私は彼の姉、おわかり?」

「どんな言い訳しても無駄よ、私とこの子の前でたとえなんと言おうと……え? 姉?」

「そう言ってるでしょ」

「……」

 

病み切っているアリスに対し咲夜は特に同時に冷静に自分の身の上を話すと

 

姉と聞いてアリスの表情は固まりしばらくフリーズ状態でいると……

 

「え、お、お姉さん!? お姉さんなんかいたの!? ちょちょちょ! ちょっとあなた!」

「あ? おう久しぶりだなお前、元気してたか」

「どうかしらねぇ、誰かさんが最近遊びに来なかったからちょっとブルーになって……ってそうじゃないわよ!」

 

今さっき初めて彼女に気付いたかのように軽く手を挙げる銀時に、いつもの調子に戻った様子で慌てて彼の方へ詰め寄るアリス。

 

「どういう事……あなたの身内って八雲紫だけじゃなかったっけ? お姉さんって本当なの? これドッキリとかじゃないわよね……?」

「俺も最近知ったがアイツは正真正銘俺の血の繋がった姉だよ、それよりその乳母車に入ってる人形ってなに?」

「バカねこれはアナタと私の愛の結晶じゃないの、おかしな事言わないでよパパ」

「いやおかしな事言ってるのお前だよ、なんかもうエスカレートし過ぎて笑えないんだけど? 怖すぎてこっち泣きそうなんだけど」

 

自分の姉だとハッキリと言いながらふとアリスが持っている乳母車に入ってる人形にツッコむと

 

彼女は真顔で来れは自分とあなたの子供だと言い張るので、銀時は平静を保ったままどうにかして正気に戻って欲しいと思う銀時だが

 

それをよそにアリスはすぐにクルリと咲夜の方へと振り返ると

 

「初めましてお義姉様、弟さんと肉体関係を築いているアリス・マーガトロイドです。以後よろしくお願いします」

「オイィィィィィ!! なに人の姉にホラ吹き込んでだコラァ!!」

「アリス? 私の弟の妻の名は紫だった筈だけど?」

「結婚してる訳じゃないので、あくまでボディだけの関係です」

「ああボディだけの関係なのね、おめでとう」

「あの! 生々しい嘘を深く考えずに適当な感じで信じないでくれますお姉さん!?」

 

さっきまで喧嘩腰であったにも関わらず急に丁寧な物腰かつドロドロした自己紹介をするアリス

 

咲夜は相手にするのも面倒だと言った感じで適当に頷くのですぐに銀時が横から入って必死に否定していると

 

「ちょっと咲夜! なにそんな奴等と仲良くしてんのよ! アンタの主が今ピンチなのに!」

「あらお嬢様いたんですか」

「いたってなに!? さっき会話してたじゃないの私達!」

 

ふと咲夜達から離れた場所でまたレミリアが何か叫んでいる

 

「あーもううっさい」

「うぐ!」

 

彼女が目を細めて振り返ると、レミリアは何故か霊夢に胸倉を掴まれ、ヤンキーに絡まれた感じで縮こまっていた。

 

「つべこべ言ってないで大人しくしなさい、なんであろうとアンタが人間に害を与えたことには変わりないわ。幻想郷のルールを犯した者にはそれ相応の罰を受けるのがここの決まりよ」

「わ、私はただその眼鏡を誘拐しただけよ! それに誘拐の件もアンタ達をここへ誘い込むのも全て咲夜がやった事よ! よって咲夜が全部悪い! 私は悪くない!」

「部下の責任を取るのは上司の務めでしょ」

 

どうやらレミリアは人間に危害を加えたという事で霊夢から落とし前を付けられるハメになっているみたいだ。

首を横に振りながら咲夜に罪を着せようとする彼女だが、霊夢は全く聞き入れない様子でしかめっ面を浮かべる。

 

「さてどうしてくれようかしら、人間の里でみんなが笑うまでひたすら一人一発芸を続ける刑も悪くないわね」

「そ、そんな目に遭うなら死んだ方がまだマシじゃないの! 高貴な吸血鬼一族たる私になにやらせようとしてんのよ!」

「あ、私いい事思いついたー」

「フラン!?」

 

中々に精神に来る罰を提案する霊夢にすぐにレミリアが激しく拒否すると

 

今度はフランが楽しげに手を伸ばして

 

「お姉様を見世物小屋に閉じ込めて、一生人間達に晒し物にされながら惨めな人生を送らせるとか」

「ああ、檻に閉じ込めて「吸血鬼」って立て札付けて里の隅っこに放置して送って事ね、採用」

「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! それだけは絶対止めてぇぇぇぇぇぇぇ!! 私これから改心しますから! 心入れ替えて人間様に二度と危害は加えないと誓いますから!」

 

フランのアイディアに乗り気な様子で採用を検討する霊夢へ、遂には涙目で勘弁してくれと懇願するレミリア。

 

もはやどっちが悪役なのかわかったもんじゃない。

 

「ていうかフラン! どうしてアンタがそっち側にいるのよ! 私の妹であればこの賢くてステキなお姉様を護る事が当たり前でしょ!」

「えーだってお姉様ってずっと私を地下に閉じ込めてたしなー、私これから外の世界で自由に生きて破壊の限りを尽くすって決めたんだー」

「今の聞いた博麗の巫女! 今ここに新たな魔王が誕生したわよ! 巫女として速やかに倒すべきだわ!」

「段々アンタの事が可哀想に思えたわ……まあ問題起こしたら当然アンタと同様始末つけるから安心しなさい、とりあえず今はアンタをどうするかが先決だわ」

 

メイドからも実の妹からも酷い扱いを受けるレミリアに、流石に霊夢も哀れみを隠せないでいると

 

彼女に対してどんな罰を与えようか考えてる途中でふと自分のお腹をさすってみる。

 

「そういえばお腹減ったわね、ここ最近虫と雑草しか食べてないから久しぶりにまともなモン食べたいわ……あ」

 

まともな食事にありつけない程の貧困な状態に苦労している事を思い出し、霊夢は微かに鳴る腹の虫にため息を突くとふとレミリアを見てある事に気付く。

 

「そういえばアンタって金持ってそうね。もしかして普段食ってるモノもかなり上物?」

「フフフ、よくわかってるじゃない。確かに私は金持ちよ、ウチの咲夜も性格はアレだけど作る料理は一級品よ、見るからに貧乏くさいアンタじゃ到底拝めない様な料理をいつも食べているのよ私は、たまに食事抜きにされるけど」

「そう、それじゃああんたに対する罰は決まったわね」

「……へ?」

 

胸倉を掴まれながらも自慢げに胸を張って嘲笑を浮かべるレミリアに対し、霊夢もまたジト目を向けながらニヤニヤした笑みを浮かべ

 

 

 

 

 

「ここにいる私達全員を満足できるぐらい豪華な宴をやりなさい、出来なかったら見世物小屋直行よ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

終わりの宴が始まる

 

 

 

 



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#70 宴最の後会

遂にこの作品も連載開始から2年か……もうちょっと早く終わらせたかったなぁ……


銀時と咲夜のおかげで半壊してしまった紅魔館

 

騒動を終わらせて日もすっかり落ちて夜になってもなお、霊夢達はまだここにたむろっていた。

 

「ちょっとぉ! もう食べるモンないんだけど! 早く持って来なさいよ!」

「テメェ等これっぽっちで私の胃袋が満足されると思ってんのかアァン!? 今すぐ牛を丸ごと持って来るアル!」

 

すっかりボロボロになってしまった館をよそに、霊夢と神楽は大きな庭でギャーギャーと喚いている。

 

すると家主であるレミリア・スカーレットはそんな彼女達に威厳のある態度で強く窘める、と思いきや……

 

「つ、追加の料理をお持ちしました……」

「おっそいのよ! さっさと持って来なさいこのグズ!」

「40秒で支度するネ!」

 

ヨロヨロとおぼつかない足取りしながらレミリアが両手に持って来たのは料理がふんだんに盛り付けられた大きなお皿

 

彼女が弱々しい声で呻くと、霊夢と神楽は文句を垂れながらも彼女が持って来た料理に急いで飛びつく。

 

「うま! こんな美味いモン食ったの生まれて初めてかも! もっとよ! もっとジャンジャン持って来なさい!」

「アンタ達さっきからどんだけ食うのよ……こんだけ大量に食べられると私としてはマズいんだけど……」

「アンタにそんな事言える権利はないわ、これは人間に危害を加えたアンタへの罰よ。はいもう食べ終わったから早く新しいの持って来て」

「食べ終わるの早ッ! ていうかコレの何が罰よ! ただ単にアンタが好き放題食ってるだけじゃないの!」

 

庭に置かれた大きなテーブルに置かれる事無く、レミリアが抱えた状態のままで霊夢は悪態をつきながら神楽と共に皿を空にしてしまう。

 

そしてレミリアの意見も無視して、早く新しい料理を持って来いと催促。

 

「ほら早く出しなさい、こちとら人間らしいモン食べたの本当に久しぶりなのよ。長年過酷な生活を強いられてる内に、好きな食べ物はと聞かれたら「煮たカブトムシ」と真顔で答えれるぐらいこっちは感覚崩壊してるのよ」

「冷静に自分がヤバいと認識できる程度ならまだマシだと思うわよ……てかカブトムシって食用だっけ……」

 

サラッと話す霊夢にレミリアは吸血鬼の身でありながら人間である彼女に対して若干恐怖を覚えていると

 

「はいはーい、新しい料理持って来たわよー」

「あ、やっと来たわね。さて次は一体どんなモンがって……」

 

新しい料理が運ばれたと聞いて霊夢はレミリアを睨むのを止めてすぐにそちらに振り返る。

 

だがそこでニッコリと笑みを浮かべたままお皿を持って来た女性を見て表情は一瞬にして強張ってしまった。

 

料理を持って来たのは先程から姿を消していた志村妙だったのである。

 

「げぇぇぇぇぇ!! なんでアンタが料理を……てうわ! なによそのグロデスクな焦土物は!」

「私も霊夢ちゃん達に新ちゃんを助けてくれたお礼をする為に、ちょっと厨房を借りて料理作っちゃったわ」

「料理というより細菌兵器じゃないの! うわ! 中から煙噴き出した!」

 

どうやらお妙は霊夢達の為に自ら料理を作って持って来たようだった。

 

これ以上ない真っ黒な光沢を放ちながら、中からシューシューと煙を噴き出し、聞き耳を立ててみると中から恨みを持ったまま死んだ怨念の呻き声みたいな不気味な音も聞こえる……

 

「霊夢ちゃんは私の料理大好物だったわよね」

「今までの私を見てそれ言う!? 私、食ったせいで記憶飛んだり周りから変な目で見られたりするからトラウマ抱えてんのよ!!」

「今日は私も頑張って作ったの、いつもの卵焼きじゃなくて今度はオムライスよ」

「どっからどう見ればこれがオムライスだと認識出来んのよ! 煙吹くわ囁き声聞こえるわ! それでいてこんなにも威圧感あるのに一切臭いがしないのが逆に怖いわ!」

 

更に収まらない程の大きなオムライス(呪)を軽々と持ったままお妙は笑顔を崩さず、頬を引きつらせてゆっくり後ずさりしていく霊夢の方へと歩み寄って行き

 

「さあこれが私の感謝の気持ちよ、霊夢ちゃんまだまだ食べれるんでしょ? 沢山あるからいっぱい食べなさい」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! その悪魔を持って笑顔のままこっちに近づかないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

笑顔ではあるが絶対に逃がさないという強い覇気をお妙から感じた霊夢は金縛りにあったかのようにその場で動けなくなり

 

段々と距離を縮めて来るお妙に必死の形相で悲鳴を上げるしかないのであった。

 

そんな光景を間近で見ていたレミリアは霊夢でさえも怯えるお妙を見て自分も彼女にボコボコにされた事を思い出して、また激しい恐怖感を覚える。

 

「よりにもよってどうしてあの女の弟を攫ったのよ咲夜の奴……あんなの人間じゃないわ、妖怪でも人間でもない怪物よ……」

「まあこれに懲りたらお前も二度とこんな悪さを企もうとしない事アルな」

「……」

 

いつの間にか自分と同じくお妙から距離を取って離れていた神楽にそう言われて

 

すっかりお妙の事が恐怖の対象としか見られなくなったレミリアは素直に頷くのみであった。

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「まあ大変、私の作ったオムライス食べた霊夢ちゃんがあまりの美味しさに伝説のスーパーサイヤ人みたいになっちゃった」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 誰かカカロット呼んで来てぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

霊夢が庭で悲鳴を上げてる一方、八意咲夜は厨房にてめんどくさそうに料理を作っていた。

 

「住む家がボロボロにされた上に食事まで用意しろとか無粋な客も良い所だわ」

「いや家壊したのはアンタでしょ」

 

けだるそうにしても手慣れた感じで料理を作っていく咲夜に、お手伝い役として彼女の補佐を買って出た新八が隣からボソリとツッコむ。

 

「ていうか大丈夫なんですか? さっき姉上がいつの間にかこっちで料理と呼べないクリーチャーを創造して庭の方へ行ったみたいなんですけど」

「庭にいるのはそちらの巫女と大食い妖怪と、お嬢様だけでしょ、誰が被害に遭おうと私には関係のない事だわ」

「いやお嬢様はダメだろ! 一応アンタあのロリっ子吸血鬼のメイドなんだろ!」

「え、そうでしたっけ?」

「自分の設定忘れてんじゃねぇ!」

 

とぼけた感じでレミリアがどうなろうが知ったこっちゃないといった感じで、お妙の事など気にせずに料理を作る事だけに集中する咲夜。

 

野菜を包丁で刻みながら新八が流石にレミリアが不憫だと思う様になっていると

 

「ねーねー、私もお腹空いたんだけど、「人間丸ごと焼き・ミディアムver」まだー?」

「そんな料理作る訳ねぇだろ! ていうか調理場の上に乗るなや!」

 

いつの間にか自分が使っている調理場の上に、レミリアの妹であるフランが足をバタつかせながらヘラヘラ笑いながら座っているではないか。

 

どうも彼女、新八がここに誘拐された直後から、何かと彼に声を掛けたがる。

 

恐らく他の紅魔館の連中よりも反応が面白いせいであろう

 

「つうか邪魔だから庭の方にでも遊びに行って来てよ! 今頃姉上の殺戮兵器によって凄い事になってる筈だから!」

「殺戮兵器!? 何それ! それでお姉様の首がグルグル回って最終的に千切れたりとかしちゃってる訳!?」

「なんちゅうバイオレンスな事を言いながらキラキラと目を輝かせてんだ小娘! ちょっとぉ! 咲夜さんと美鈴さんもこの娘っ子に言ってやって下さいよ!」

「いやーアハハ……」

 

純粋無垢な笑顔を見せつけながら、物騒な展開を期待した眼差しを向けて来たままこちらに身を乗り上げるフラン。

 

新八は同じく厨房にいた咲夜と、何故か調理中の彼女の肩揉みを担当している美鈴に声を掛けるが、美鈴の方は申し訳なさそうに苦笑を浮かべ

 

「残念ながらこの館に仕える私達からは彼女に強く言えないんですよ、フラン様はお嬢様の妹君であられますし、機嫌を損なわせればうっかりピチュられる事だってあり得ますし、だから正直あなたがそうやって対等な感じでツッコミを入れられるのを凄いなと感心しているんですよ」

「いや僕の場合立場上誰であろうとこういうテンションでツッコみをしないといけないという哀しい宿命に囚われてるだけなんで……」

 

相手が誰であろうと常にこういうテンションでツッコミを入れなきゃいけないという、ツッコミ役としてのプライドがあるからこそ新八はフランであろうと誰であろうと容赦なくツッコめられるのだ。

 

フランと仲良く出来ている様子の新八をちょっと羨ましそうにする美鈴だが、新八自信としてはいとも容易くなんでも破壊できる吸血鬼とは距離を置きたいのが本音だ。

 

「ていうか美鈴さんはともかく咲夜さんの方は主にズケズケと言えるじゃないですか、こっちの金髪娘にも言ってやって下さいよ」

「知ってますかフラン様? 鳩はベトナムでは「チンポコ」と呼ばれているんですよ」

「へぇ~、ベトナムってどこ?」

「なんで今このタイミングでトリビア言った!? しかも酷ぇ下ネタの! そういう「言う」はいらねぇんだよ!」」

 

 

死んだ目をしながらフランに丁寧かつこの状況下でもっともいらん知識を与える咲夜。

 

銀時の姉だと聞いてはいるがやはり彼女も何考えてるかよくわからない節がある。

 

 

 

 

 

 

新八が厨房でひたすら周りにツッコミを入れているその頃

 

図書館ではパチュリー、魔理沙、そしてアリスの三人の魔法使いが珍しく揃っていた。

 

館そのものはすっかり壊れてしまったが、幸いにもパチュリーの拠点であるこの図書館だけは無傷で済んだ様子である。

 

「で? どうして私の城に盗人魔法使いとメンヘラ魔法使いがいるのかしら?」

「細けぇ事言うなよパチュリー、せっかく遊びに来てやったんだから」

「あなたね、館を無茶苦茶にした連中のお仲間のクセに、よくもまあそんな事をヘラヘラしながら言えるわね」

「だから細けぇ事気にすんなって、ところで「ギン肉マン」の単行本がある場所ってどこだ?」

「細かくないわよただの正論よ正論! しかもこの期に及んでまだ私のジャンプコレクションを奪うつもり!?」

 

椅子に座りながらテーブルに足を乗せてジャンプを読み始めた魔理沙に、この部屋にあるモノ全てを大事にしているパチュリーは再び追い出してやろうと立ち上がる。

 

「さっさと出て行きなさい! キン肉バスター食らわすわよ!!」

「いや病持ちのお前がそんな技やったら死ぬだろ。心配しなくても私はこの館のメイドの料理食べたらちゃんと帰るって、美味いんだろ?」

「まあ美味いのは確かね……ただあのメイド、どうも愛想が悪い上に何考えてるかよくわからないから私は苦手だわ」

 

だったらさっさと庭に行って食って来いと魔理沙を睨み付けながらパチュリーが答えると

 

「そんな事言っちゃダメよパチュリー」

「?」

 

そこへ不意に一緒に座っていたアリスが静かに語りかける。

 

「お義姉さんはきっとあの人と同じく感情を表に出すのが苦手なだけなのよ。しっかりとお義姉さんの目を見て理解しようと努力すれば、きっとお義姉さんの事をわかる事が出来るはずだわ」

「そうね、でもまず私はアナタの事が理解出来なくて困惑しているわアリス」

「まさかとは思うがお前の言っているお義姉さんというのは咲夜の事じゃないだろうな?」

「当たり前でしょ、私のお義姉さんは彼女一人よ」

 

咲夜の事を義理の姉と呼ぶアリスにどことなく違和感を覚えるパチュリーと魔理沙

 

この館に彼女が来た時から思っていたのだが、どうもアリスの様子が変だ

 

何が変って彼女のまるで銀時と夫婦になってるかのような口ぶり、そしてずっと大事そうに抱き抱えている西洋の人形だ。

 

「さっきからずっと怖くて聞けなかったけどこの際だから尋ねるけど、あなたが抱えてるその人形は一体何?」

「人形? おかしな事言うわね私は人形なんて抱えてないわ、私が抱えてるのはあの人と私の愛の結晶であるこの子だけよ、そうでちゅよね~上海ちゃん」

「……ごめんなさい今日色々あって私疲れてるみたい、私が唯一自分と同格だと認める魔法使いがなんか以前とは別人になってる様な……」

「いや別にお前が疲れてる訳じゃねぇよ、今のアリスは誰からどう見てもヤバいから」

 

猫撫で声を出しながら大事そうに持つ上海と名付けられた人形を高く掲げながら朗らかに笑うアリス

 

そんな彼女にパチュリーは顔を右手で覆いながら自分が正気なのかどうか混乱していると

 

魔理沙がポンと彼女の肩に手を置いて、正気じゃないのはアリスの方だと優しく諭してあげる。

 

「なんでも事の発端は八雲の旦那と一夜の過ちを犯しちまったからみたいなんだ、まあ実際ヤッちまったかどうかはわかんねぇけど。それっきりアリスの奴、旦那の事を意識しまくりでよ、終いには妄想と現実の区別が出来なくなっちまった」

「恋愛経験ゼロだから急な展開に脳が対処しきれなくなり暴走したって所かしらね……妄想を打ち消す魔法とかあったかしら?」

「そんなモンがあるのかは私も知らないが、出来れば早い内にそれをアリスに掛けて欲しいぜ……」

 

上海人形をあやしながら「良い子でちゅね~」と赤ん坊口調が定着しつつあるアリスを見て

 

同じ魔法使いとして本気で心配になってきたパチュリーと魔理沙

 

普段はいがみ合う三人だが、流石に長年の知り合いがこんなヤバい状態になっているのを見過ごす事は出来ない。

 

「ていうかその八雲の旦那って人が原因なら直接本人を出せばうまく解決してくれるんじゃないの? その人何処行ったのよ」

「あぁ、そういや姿見てねぇな、ちょっと前に庭で見かけたけどそれっきりだ」

 

アリスがこうなった原因が銀時にあるならここに呼びつけて彼に対処させればいい

 

そう思ったパチュリーだが魔理沙曰く、彼はもうここにはいないらしい

 

「ったく一体どこ行ったんだか……」

「奥さんの所よ」

「へ?」

 

魔理沙が文句を呟いている所へ口を挟んだのは、上海を両手で優しく抱えたアリス。

 

「ここに来る前に私あの人と会ってたのよ、その時言ったの「そろそろ約束の時間だからカミさんとの約束守りに行く」って」

「約束を守る……? どういう意味だ?」

「さあ、私なんかが知る訳ないでしょ」

 

首を傾げて尋ねる魔理沙に、アリスは思わずフッと笑う。

 

「けど絶対にやり遂げようと決心している顔だったわ、きっと本当に凄く大事な約束なのよ彼女との……」

 

 

 

 

 

「やっぱり私じゃ、彼女には敵わないわねぇ……」

 




銀魂がいよいよ終わるらしいです。

正直終わりが見えなかったからコレ今年中は続くんだろうなと思ってたんで驚きました。



という事でこちらの作品も残りカウント5です。

最後までお付き合いして下されば幸いです



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#71 銀時紫

1話と同時に完成していたお話


今思えば自らの決断について迷う所もあった。

 

このまま自分で終わらせるよりも、いっそ世界の理に身を任せて全てを白紙に戻す事も良かったのではと

 

そうすれば過去のしがらみも未練からも解き放たれ、彼女と共に消える事も悪くないと思えた。

 

だがその迷いは頭の中ですぐに消えた

 

過去のしがらみ、未練、かけがえのない人物を失った苦しみ

 

それら全てひっくるめて彼女と共にいた大事な記憶と感情なのだから

 

 

何より彼女が、彼女が愛したこの世界を道連れにする必要は無い

 

彼女という存在がいたという証として、この世界はもう自分にとっても同じぐらい大切な存在なのだから。

 

 

銀時は、八雲紫の夫である八雲銀時は

 

満月が昇る空の中、彼女の待つ屋敷へと帰って来た。

 

「けぇったぞ~」

 

普段と変わらぬけだるそうな感じで戸を開けて玄関へ入ると

 

そこにはずっと待っていたかのように式神の八雲藍が

 

「お待ちしておりました、銀時”様”」

 

普段とは口調も態度もガラリと変えた様子で正座しながら出迎えて来た。

 

そんな彼女に銀時は何も言わずに無言で家へと上がろうとすると、藍がスッと彼に向かって手を出し

 

「紫様はお庭でお待ちです」

「……ちょっとの間でいいから、家でのんびり話でもしたいと思ってたんだがな」

「残念ながら、あの御方にもう時間が残されておりません」

「……そうか」

 

ポリポリと頬を掻きながら呟く銀時に藍は深々と頭を下げると

 

長い袋に包まれたあるモノをスッと彼に向かってさし上げる。

 

「既に紫様が準備を整えております、どうぞこちらを」

「……オメェが手入れしてくれたんだろ、ありがとよ」

「……」

 

藍が差し出したそれを感謝の言葉とともに受け取ると、銀時は踵を返して入って来たばかりの戸をもう一度開ける。

 

「お前も来るか?」

「お二人の邪魔をするつもりはありません」

「余計な気ぃ回すんじゃねぇよったく……まあいいや」

 

誘いをきっぱりと断る藍の真面目さに軽くため息を突くと

 

銀時は家を出て傍にある庭の方へと歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

屋敷の庭にやってくると

 

そこには質素な椅子に背を預けてのんびりと揺れながら月を見上げる八雲紫がそこにいた

 

銀時が袋入りの長物を右手に持って無言で歩み寄っていくと

 

彼女はすぐに気付いてこちらの方へ振り返ってフッと微笑を浮かべる。

 

「……遅かったわね」

「悪ぃな、ちぃとばかり姉貴が作ったモンを食ってた」

「そう、そういえば彼女、料理作るの上手だったわね」

「昔よりもかなり腕上がってたぜ、ありゃもうプロだな」

「へぇ、私も食べておきたかったわね……」

 

軽い談笑を交えながら銀時は彼女の傍へと寄ると

 

椅子に座る彼女の肩にスッと手を置く。

 

「怖ぇか?」

「ちっとも」

「嘘つくなよ」

「相手があなただから怖くもなんともないわ」

 

銀時の口調が普段よりもちょっと柔らかくなってる事に気付いた紫はクスリと笑うと

 

自分の肩に置いた彼の手にそっと頭を預ける。

 

「最初の出逢いを覚えてる? あなたが雇われの身で私を退治しに来た時」

「アレはお前、人の屍を食らう妖怪が出たから殺して欲しいって言われただけだっての」

「あの時は私と顔を合わせても何も思い出せなかったのにね……」

「……そうでもねぇよ、随分昔にどっかで会ったツラだっけな?ってうろ覚え気味にちゃんと覚えてたわ」

「うろ覚えじゃちゃんと覚えてた事にならないわよ」

 

銀時の返しに紫は面白そうに笑みを浮かべながら、肩に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。

 

「でも楽しかったわ、あなたともう一度一緒に歩く事が出来て、それに千年という人間の時には想像も出来ない長い時を一緒に送れたんだもの、これ以上望むのは贅沢ってものよね」

「不死者として生まれ変われてよかったよ、人間の時だったら”また”お前より先におっ死ぬところだった」

 

自分の手に重ねられた紫の手の温もりを感じながら、銀時はフッと笑う。

 

「おまけに男になれたおかげでこうしてお前と夫婦になれたんだしな」

「あら別に女でも良かったのよ? 夫婦という形じゃなくてもあなたと一緒にいられるのならどんな関係でも構わないんだから」

「オメェが良くてもこっちはダメなんだよ、テメーの女を護るっつうなら男の方が様になるだろ?」

「それ男女差別よ」

「最期ぐらい細けぇ事気にすんな」

 

一々細かい事に突っかかるなと言うと、銀時は懐に手を入れてあるモノを取り出した。

 

「姉貴の奴から貰って来た」

 

そう言いながら紫の前に差し出したのはお猪口二つと安っぽい酒瓶

 

紫に一つを渡すと、自分はもう一つを手に取ってそこへ酒を注ぐ。

 

「祝宴挙げた時とおんなじ酒だ」

「あら懐かしい、でもよく彼女持ってたわね」

「もしかしたらこうなる事を予測してやがったんじゃねぇかアイツ」

 

紫の方へも酒を注いでやると、銀時は彼女の方にゆっくりとお猪口を突き出す

 

「フフ、乾杯」

 

無言で突き出す笑いながらお猪口をカチンと合わせると、二人仲良く注がれた酒を一気に飲み干す。

 

飲み終えると銀時はふとずっと右手で握っている長物に視線を見下ろす。

 

「……」

「大丈夫、あなたは何も気負う必要はないわ」

 

無言で持っている物を見下ろす銀時を見て、紫は咄嗟に彼が考えている事を理解して優しく声を掛ける。

 

「こうなる事は最初からわかってた事なのよ、これは私の夢の物語……夢はいつか覚めるモノなんだから」

「……夢なんかじゃねぇさ」

 

視線を上げて紫の方へ振り向く銀時。

 

「この夢はもう現実だ、オメェは夢の世界を現実に変えちまったんだ」

「あ……」

 

そう言って銀時が微笑を浮かべると、紫は”彼女”と交わした最期の言葉を思い出した

 

夢は現実に変わるもの

 

夢の世界を現実に変えるのよ

 

「俺の願い、叶えてくれてありがとよ」

 

珍しく目を見開いて少し驚いた反応を見せる紫に銀時は約束を守ってくれた礼を言う。

 

「この世界は俺がいる限り夢じゃなくて現実に存在する、俺はここでずっとお前の帰りを待ってる、ずっとな」

「……礼なんていらわないよ、だって私は何もやってないわ、全部あなたが導いてくれたおかげ……」

 

紫は力なく微笑むと、銀時の姿をまじまじと見つめる。

 

「あなたはちゃんと自分が言った通り、誰にも負けない強い力で私を護ってくれた、私だけでなく私の大切な世界も護れる位の強いお侍さんになって戻って来てくれた」

 

 

 

 

 

「そんなあなたの妻になれた事が私の長い人生の中で一番の誇りです」

 

裏表のないまっすぐな言葉を紫が嬉しそうに伝え終えると

 

銀時もまた何処か安心した表情で手に持った長物の袋の紐を解く

 

中から現れたのは

 

 

 

 

綺麗に手入れをされた立派な一本の刀

 

「ガラにもねぇ事言うなよ、本気にしちまうだろうが」

 

そう言いながら銀時は刀を鞘から抜き、刀身をさらけ出す。

 

月の光に照らされたその刀は、今まで見た事のない程の美しい輝きを見せていた。

 

「まあ俺もムカつく事もあったし嫌な事もあったけど、お前との人生は悪くなかったよ」

 

 

静かに銀時は紫の背後へと移動し、彼女の後ろ姿を見つめる。

 

その姿をもう二度と忘れぬ様にとハッキリと頭に刻みながら

 

「だから俺はまたもう一度必ずお前を迎えに行く、約束だ」

「そう、期待しないで待ってるわ」

 

紫は空に浮かぶ満月をしばし見つめた後、銀時の方へと振り返り

 

 

 

 

「あなたと逢えて本当に私は幸せでした、ありがとう、銀時」

 

 

 

 

 

眩しい程に輝く笑顔を浮かべてそう言ってくれた紫に

 

 

 

 

 

銀時は一瞬、寂しさと哀しみが込み入った様な表情を浮かべながらフッと笑った後

 

 

 

 

右手に持った刀を鋭く光らせ

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の首が飛んだ

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、彼女の身体と首は青白い光の粒状になっていき

 

それらは全て天高くにある満月の彼方へと飛んで行ってしまった。

 

彼女の首を刎ねた刀を握ったまま銀時は、力のない笑みでそれを見守る様に静かに見上げる。

 

 

 

 

 

「俺もお前と逢えて幸せだったよ、紫」

 

 

 

 

 




紫は作中、銀時の事は基本的に名前ではなく「あなた」としか呼んでませんでした

それは彼女にとって銀時は銀時だけの存在ではなくもう一人の彼女も含んで「あなた」と呼んでいたんです。

最期の最期に銀時の事を名前で呼んだ時、彼女は一体どんな心境だったんでしょうね。


次回からは真相解明編です、この歪な世界の理が徐々に明かされていきます



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#72 夢

全てはここから始まった


輝夜と取引した事によってよって手に入れたアルタナの結晶

 

コレを使えば蓮子もまたいつも通りの元気な姿に戻れると確信したメリー

 

しかし誰かを、大切な人を犠牲にして手に入れたという事を二人の会話で察した蓮子はそれを受け入れる事を拒絶

 

そうこうしている内に彼女達の前に

 

松陽と永琳の一人娘である咲夜が姿を現したのだ。

 

「こうして状況を眺めてみる限り、あなたはその石ころを手に入れる為にその女に私の両親を売ったと見解出来るんだけど、そうなのメリー?」

「……」

「だんまり、か……それはつまり私の言い分を概ね肯定するという事で間違いないと判断してよろしいみたいね」

 

蓮子を抱き抱えたまま固まって動けない様子でいるメリーに対して軽くため息を突くと、咲夜は着物の裾からスッとあるモノを取り出す。

 

「まあだからといって、もう別にどうでもいいんだけど」

「!」

 

裾の奥から事前に用意していたのか、1本の鋭いナイフを満月の光に照らしながら冷めた様子で取り出す咲夜。

 

これが輝夜を松陽達の所へ案内した報いなのか……と考えながらメリーは蓮子を抱き寄せたまま恐怖で目を見開いていると

 

「悪いけど、このまま泣き寝入りなんて私の性に合わないのよ……」

 

その束の間、いつも死んだ魚の様な目をしていた咲夜の目が強くカッと見開いて、手に持ったナイフを素早く投げて来たのだ

 

すると

 

「ぐッ!」

「え!?」

 

ナイフが飛んで行った先はメリー達の方ではなく、一緒にいた輝夜の喉に向かって深々と突き刺さったのだ。

 

一瞬の出来事にメリーが混乱していると、輝夜は喉元を押さえながら口から微量の血を吐きつつ地面に両膝を突く。

 

「フ……なによ面白い事でも起きるかと思ったのに……最初っから狙いは私だったって訳……?」

「そらそうよ、ここで私が一番恨んでる相手を選ぶとしたら、他でもないあなたに決まってるでしょ、一等賞当選おめでとう」

「残念ね、あなたにはちょっとした親近感も持っていたのだけれど、でも……」

 

喉元から来る強い痛みを我慢すると、輝夜は自ら突き刺さったナイフを素手で引き抜く。

 

すると刺さった部分は瞬時に回復していき、傷の再生を終えた輝夜はニヤリと咲夜に笑いかける。

 

「こんなちんけなナイフで殺せるほど、私に流れる不死の血はそう安くてはなくてよ?」

「……あなたの身体、やはり私と同じみたいね」

「ええそうよ、私の身体は不老不死、つまりはあなたと一緒」

 

手に取ったナイフをめんどくさそうにポイッとその場にほおり捨てながら、輝夜は何事も無かったかのように両手を腰に当てる。

 

「賢いあなたなら察してるでしょうけど、母親は違えど私とあなたは同じ父親の下で生まれた存在、父が持つ不死の力も当然備わっているわ」

「……父親、そう、あなただったのね、父が唯一故郷に残した大切なモノ」

 

彼女の言ってる事が正しければ、輝夜はつまり咲夜の母親違いの……。

 

そんな衝撃的な事実を聞いてもなお、咲夜は特に驚く様子を微塵も見せない。

 

「あなた自らこの星へ来たのも、全ては父親を自分の所へ連れ戻したかったから? 親離れできないとんだファザコンね」

「私からすればあなたがドライ過ぎるのよ、普通両親と引き離れそうになったら必至に足掻くモンよ? それなのにあなたは両親と今生の別れになる時もただこっちを睨み付けるだけって」

「コレから殺す相手の顔をハッキリと覚えなきゃって記憶に叩き込んでたのよ」

 

 

刺々しい口調で輝夜に対して殺意を露にする咲夜

 

しかしそんな中、緊迫した雰囲気の中でどうすればいいのかと困惑していたメリーに抱き抱えられていた蓮子が遂に動き出す

 

「全く……目が霞んでほとんど見えないけど……どいつもこいつも私を置いて勝手な真似してくれちゃって……」

「蓮子!」

「まあ、元を辿ればこんな事になってるのも私達のせいって事よね、メリー……」

 

 

メリーの両腕から残った力を振り絞って引き離すと、アルタナの結晶を手に持ったまま自力で立ち上がる蓮子

 

目の色は既に失われており、もはや限界の領域に達してしまった彼女は声を出す事さえも苦しそうだ。

 

「ケジメつけなきゃね……終わらせてあげるわよ私が全部……松陽を、先生をどうにかして連れ戻してアンタ達が納得できるよう上手くまとめてやるわ……」

 

自分が原因でこの騒動が始まったなら自分で始末をつけるとのたまう蓮子に、輝夜は面白くない冗談だと鼻を鳴らす。

 

「大層な事を言ってくれるわね死にかけの娘さん、既に目の光も消えて呼吸もままならない状態のあなたにそんな事が出来るとでも思ってるのかしら?」

「問題ないわよ……癪だけどメリーから貰ったコイツを使わせてもらうから」

 

メリーが松陽と永琳を輝夜に売った事で手に入れたアルタナの結晶を取り出す蓮子。

 

本当は二人を代償にして手に入れたこんなモノに頼りたくなかったのだが

 

このまま大人しく死ぬ前にまだ自分がやらなければいけない事が見つかったと蓮子は決心し

 

「私は……まだなれてないのよ、松陽のいう侍って奴に……己の思想に真っ直ぐに従い、大切なモノを護り抜く……その為に私は……!」

 

そして覚悟を決めた表情で、蓮子は手に持ったアルタナを思い切って口にほおり込む。

 

心配した様子で見つめていたメリーが、無事に彼女がアルタナを摂取したのを見た時にホッと一瞬安堵の表情を浮かべるも

 

「!?」

「ひッ! れ、蓮子ぉ!」

 

次の瞬間、蓮子の身体からドクン!と強い音が鼓動したと思うと、蒸気のようなモノが湧き上がり始めたのだ。

 

膝から崩れ落ちてシューシューという音を立てながら、己の身体が内側と外側両方がボロボロと崩れ落ちていくのを感じる蓮子

 

一体どういう事だ、何が起きたと蓮子が困惑していると、「あーあー」とこの状況下で唯一呑気な声を出す人物が一人

 

蓮子が飲み込んだアルカナの結晶を持って来た張本人、輝夜である。

 

「やっぱりダメみたいね、同じ結晶ならイケると思ったんだけど。ま、これもまたあなたの運命ね、受け入れなさい」

「ど、どういう事よ……」

「私があげたアルタナの結晶は私達の故郷、つまり月で取られたモノなのよ。でもあなたってば生まれは地球なんでしょ? だったら必要なのは地球産のアルタナだったって話よ」

 

崩れ落ちていく身体でなお自分に問いかけて来た蓮子に、輝夜は淡々とした口調で説明してやりながら肩をすくめる。

 

「ま、要するにあなたの身体の体質上受け入れられるのはこの星のアルタナだけって事、そこに月のアルタナを無理矢理摂取しようとしたモンだから、別のエネルギーを吸収しちゃった事で身体が制御できずに自壊しちゃったの」

「そんな……嘘でしょ……」

 

気楽な様子ではあるが言っている事はあまりにも残酷な真実

 

それを聞いて目を見開きながら思考が定まらない状態で、震える声でメリーはゆっくりと彼女に尋ねる。

 

「あなたもしかしてそれをわかってる上で……私にあんな話を持ち掛けたっていうの……それじゃあ私が先生達をあなたに引き渡したのも全てあなたの手の平で踊らされただけ……」

「いや完全に把握はしていなかったわよ、もしかしたら地球生まれの奴でも適応するかもしれないとは考えていたから、ま、こうして見る限り無理みたいだったらしいけど、ごめんなさいね」

「お前……!」

 

己の所業に全く罪の意識すら感じない様子でこちらに首を傾げて見せた輝夜に

 

メリーは初めて心の底から怒りと憎しみが湧き上がるのを感じた。

 

「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「……はぁ、カッコ悪過ぎでしょ私……」

「!!」

 

今すぐにでも落ちてるナイフを拾って輝夜に飛び掛かってその顔を引き裂いてやりたいという衝動に駆られるメリーだったが

 

そんな彼女を引き止めるかのように蓮子が自嘲気味に力のない笑い声をあげる

 

砂の様に崩れ落ちていく身体で

 

「せっかくもう一度やり直せるチャンスだと思ったのにさぁ……あんだけ偉そうな事言っておいてコレとか、三流コントもいい所よ……」

「れん、こ……」

「ねぇ咲夜……あんたそこにいる? ちょっと私の最期の頼み聞いて欲しいんだけど……」

「……」

 

サラサラと粒状になって消えていく中で、蓮子がメリーを置いてひとまず先に話しかけたのは

 

ずっと黙って目の前の出来事を傍観していた咲夜であった。

 

彼女は返事するのを少し躊躇した後、意を決したかのように蓮子に向かって口を開く。

 

「……いるわよ、なに?」

「……メリーの事をお願い」

 

遠のく意識の中で蓮子が最期に咲夜に頼んだのはメリーの事であった。

 

「この子私にベッタリだったから……私死んだらすぐに私を追う様な真似しかねないのよ……だからアンタが止めてやって、それと出来るなら私の代わりにアンタがこの子の傍にいて欲しい……」

「後追い自殺の件は止めてやってもいいけど、あなたの代わりに傍にいるという件は承諾しかねるわね」

「……なんでよ」

「あなたの代わりなんてあなた以外に務まらないって事よ」

 

不満げに呟く蓮子に咲夜は自分の腕に手を置きながらあっさりと答える。

 

「私には私にしか出来ない事があるの、あなたにだってそうよ、もし彼女を今後泣かせたくないのなら、生まれ変わってでもしてもう一度彼女の傍にいてやりなさい」

「おいおい随分と難しい事言ってくれるわねコノヤロー……まあでも生まれ変わりか……」

 

その発想は無かったなと咲夜の提案に蓮子はフッと笑う。

 

「確かにアンタなんかに任せるより来世の自分自身に賭けてみるってのも悪くないわね……」

 

生まれ変わりだの前世だの、そういうオカルト的な話は昔から好きだったが半信半疑な所もあった。

 

でも今はそれで彼女が救われるなら……

 

例え彼女が一時的な僅かな希望にすがって生きてくれるならそれで……

 

「……メリー、私の傍にいる?」

「! 私はここよ蓮子!」

 

彼女が傍にいるかと尋ねると、すぐにメリーは急いで蓮子に返事をする。

 

蓮子からはもう見えないが、彼女が泣いているのが音で聞こえる

 

「お願い死なないで! あなたが死んだらもう私には何も残ってないのよ! あなたのいない世界なんてもう生きていけない!!」

「約束するよ、きっとまた逢えるって、だから泣かないで……」

「!」

「次に逢う時は私はもう二度と死に別れない……だから生きていて……」

 

残っている方の右腕をゆっくりと伸ばして、メリーの顔を触りながら蓮子は優しく語りかける。

 

「時の螺旋の中であなたがどの時代で生きようと、その時にあなたが変わっていたとしても……私はあなたを見つけられるよ……」

「また逢えるって……」 

「地獄の業火に身を焼き尽くされようと、閻魔様を出し抜いて、輪廻の輪を潜ってまた逢いに行く」

 

我ながらなに無茶苦茶な事言ってるんだと思いながら、蓮子はそっとメリーに笑いかけたまま最期の言葉を彼女に残そうと全力注ぐ。

 

「だからもう悲しまなくていいんだよ、生まれ変わればあなたの事を忘れてしまうかもしれないけど……あなたと私ならきっと逢える……」

「そんな事言っても……」

「だって私とあなたは永遠の鎖で結ばれてるんでしょ? 再び巡り合えた時は、もう二度と手を離さないよ……」

「蓮子……」

 

彼女がこれからも生きてさえいてくれればそれでいい

 

メリーの事を気遣って蓮子が最期に出来る事は、彼女を安心させる言葉を投げかける事だった。

 

「願わくば次に生まれ変わる時は、先生の言っていた侍になって、誰にも負けない強い力であなたを護りたい……あなただけでなくあなたの大切な世界も護れる位の強いお侍さんに……」

「……」

 

メリーの嗚咽が聞こえなくなった、無言で自分の話を聞いてくれている彼女に蓮子は安堵の表情を浮かべる。

 

「やっと泣き止んでくれわね、私とあなた一旦ここでお別れだけど、生と死を超えた境界でもう一度逢いに行く」

「うん……」

「例えあなたが変わっていようと、例え私があなたを忘れていようと、運命の螺旋はきっと巡り合わせる」

「うん……うん……」

「……それまではお互い頑張りましょうか」

 

暗闇の中で蓮子はただ自分が消えていくのを感じながら

 

最後の最後にメリーに向かっていつもの調子で見せていたあの頃の笑顔を浮かべ

 

 

 

 

 

 

「夢は現実に変わるもの、夢の世界を現実に変えるのよ……メリー」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最期に蓮子の身体はサラサラと音を鳴らしながら砂状になって地面に崩れ落ちていった。

 

宇佐見蓮子が死んだという現実に、メリーは焦点の定まらない目で、震える腕で彼女であったその砂を反射的に拾い上げようとするも

 

突然の突風が発生して蓮子だった砂を天高く舞い上げていき、あっという間に見えなくなるほど飛ばされてしまった。

 

「あ……あ……」

 

彼女は死んだ、死んでしまったのだという現実を叩き付けられたメリーはたどたどしい声を上げながら両手で頭を抱えてふさぎ込む。

 

「いや、いやぁ……」

 

これが現実であって欲しくない、現実じゃダメなんだと自分自身に何度も言い聞かせながら頭を揺すり始めるメリー

 

「ダメよ、ダメダメ絶対ダメ……!」

「落ち着きなさいメリー……無理もないけどあなたが壊れちゃったら彼女は……」

「蓮子、蓮子、蓮子、蓮子……!」

 

激しく取り乱し始めたメリーを神妙な面持ちで咲夜が声を掛けながら歩み寄ろうとする

 

だがその時であった

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「!?」

「なに! これは……!?」

 

不可解な現象が突然起き始めた。

 

喉の奥から全力でメリーが声を上げると

 

突如彼女を中心に次元に切れ目が入ったかのような歪な裂け目が生まれ始める

 

その裂け目の隙間には無数の目玉がこちらを静かに見据えている。

 

突然の出来事に咲夜も声を失って驚き

 

「どうゆう事……アンタ一体何を……!」

 

輝夜でさえも動揺していると

 

その裂け目は瞬く間にメリーを飲み込んでいき……

 

 

 

 

メリーは

 

 

 

 

 

 

この残酷な世界を拒絶し両目を瞑った

 

 

 

 



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#73 境界

この歪な世界の真実


幻想郷に朝が来た。

 

銀時の選択によって、もしかしたら二度とこの世界に来る事の無かった朝が

 

 

「全ての発端は、マエリベリー・ハーンが宇佐見蓮子の死によって、現実に対して強い拒絶反応を示した事が始まりだったわ」

 

ここは人里から遠く離れた永遠亭

 

その庭で席を設けて椅子に座りながら語りかけるのは

 

この世界の真実を知る数少ない人物、八意永琳であった。

 

「大切な人を助けられなかった己への怒り、悲しみ、憎しみ、哀れみ、そういった負の感情が一気に押し寄せた瞬間、彼女の眠っていた力が暴走したのよ」

「……その眠っていた力ってなんだったんですか?」

「眠る力よ」

「……は、はい?」

 

永琳に紅茶を淹れて上げながら話の聞き役になっていた鈴仙は、彼女の言った事に混乱した。

 

眠っていた力が眠る力?

 

「まあ正確に言うなら、辛い現実から離脱して自分の思い通りの世界に入り込んで眠る、つまり己の夢の中に閉じこもる力よ」

「ゆ、夢の中ですか? もしかして私達が住むこの幻想郷って……」

「彼女自身が生み出した夢の世界よ、ここは正に彼女が望んだ理想の都、幻想で作られし世界なの」

 

ここが八雲紫、否メリーが作った夢の世界……?

 

という事は今まで何も知らずにここで生きていた自分達は一体どんな存在なのだろう……

 

鈴仙の表情に不安と恐怖があるのを察すると、永琳は彼女が淹れた紅茶を一口飲んだ後すぐに口を開く。

 

「夢の世界といってもここもまた確かに存在する世界よ、現実の世界との鏡合わせ……並行世界と呼称した方がわかりやすいわね」

「すみません全然わからないです……ただこの世界は決して全てが偽物な訳じゃないという事で良いんですか?」

「ここにあるモノは全て本物よ、偽物なんてありはしないわ。少なくともメリーにとってはね」

 

 

鈴仙はふと自分の人生を思い出す、かつては月で生まれそこで育ち、やがて色々あってこの地球に逃亡して、そこで永琳と出会いこうして師弟関係を結んだ状態で共に住んでいる

 

「メリーは私達を造り上げた訳ではなく、元の世界とまるっきり同じ世界をコピーしてそこへ逃げ込んだという訳ですか?」

「そんな感じかしらね、ただ完全なるコピーではないの、例えば私はこっちの世界じゃなくてメリーや蓮子がいた世界の住人だからよくわかるんだけど」

 

テーブルに頬杖を突きながら永琳はちょっとずつ理解出来ている弟子にクスッと笑いかける。

 

「私達の世界には近藤勲という道場の跡取り息子がいた、人間のね。けどこっちの世界での近藤勲は天狗という妖怪だったわ、見た目や性格やゴリラ度は完全に瓜二つなんだけど、根本的に違う部分もあるのよ」

「ゴリラ度ってなに……? まあつまり、ここは歪みに歪んでいる世界なんですねここは……」

「メリーにとっての歪な願望が、この世界を元の世界とは全くの別物にしようと躍起になっていたのかもしれないわね」

 

歪んだ世界、それがメリーが望んだ理想郷だったかどうかはわからないが

 

少なくとも辛い現実から逃げたかった彼女は、最初はこの夢の中を隠れ蓑にしてふさぎ込んでいたのであろう

 

「誰だって眠れば一度は夢を見るもんでしょ、彼女はその夢の中を永く永く彷徨える力を持ってしまった。長い時を生きる為にその身を妖怪とし、誰であろうと立ち向かえるほどの強い力を欲し、その結果彼女の中に生まれたのが八雲紫という大妖怪よ」

「夢の中だからそれを実現できたって訳ですか……でもどうして長く生きようと願ったのでしょうか、その蓮子って人が死んでしまったのだから、もうさっさと死んでしまいたいとか思わなかったんですかね?」

 

意外とキツイ事を言ってのける弟子に永琳は思わず吹き出しそうになってしまっていると

 

二人の下へ一人の女性が長い黒髪を垂らして歩いて来た。

 

「わかってないわね、彼女は信じてたのよ、宇佐見蓮子と最期に交わした約束を」

「あら姫様、二日連続で早起きするなんて珍しいですわね」

「寝てないだけよ、夜中妙に寝付けなくてずっと起きてたの」

 

そう言いながらけだるそうにやってきたのは蓬莱山輝夜

 

「きっと宇佐見蓮子が生まれ変わってもう一度会いに来るのを確信していたんでしょうね、彼女なら絶対に約束を破らないって」

「そこまで信頼できるって凄いですね、ちょっと怖いですが……」

「あの時のメリーは正気じゃなかったでしょうしね、少なくとも彼と会うまでは」

 

彼女は永琳と向かい合う様に席に着くと、急いで紅茶を彼女にも淹れる鈴仙

 

「メリーが能力を開眼した時、私と妹、あなたの娘の咲夜も一緒に巻き込まれて境界のスキマに吸い込まれてしまったのよ、あの時は焦ったわ本当に、いきなり訳の分からない世界に放り込まれて」

「それは私達も驚きましたわ、けど私達は誰かさんのおかげで月での軟禁生活を強いられていたので、そう簡単に抜け出せませんでした」

「棘のある言い方ね……けどしばらくしたらやって来たじゃない、よくもまあ月の民を出し抜いてメリーの創り出した異世界なんかに潜り込む事出来たわね」

「道を切り開いてくれのは松陽です、この世の理に干渉できる力を持つ彼であれば、メリーの夢の中もまた彼の力の範囲内ですから」

 

輝夜と咲夜はあの時、メリーの力に巻き込まれて長い間異世界を彷徨う羽目になる。

 

しかしそこに現れたのは、彼女達の父である八意松陽であった。

 

「でもまさか娘二人の行方を捜しに単身で異世界に行くとは思いませんでしたわ、まあその時は私もお腹が膨らんでいたので追うに追えない状況だったんですけどね」

「ええ! お師匠様妊娠なされてたんですか!? もしかしてその時お腹の中にいたのが!」

「ご察しの通り、姫様と咲夜の弟よ」

 

さっきから色々ととんでもない話ばかり聞かされて驚きっぱなしの鈴仙が慌てて問いかけて来ると

 

永琳はあっさりと自分のお腹を軽くさすりながら答える。

 

「あの子を産んだ後すぐに私も松陽の後を追いかけたけどね、中々時間がかかったけどメリーの創った世界を見つけて、赤子を連れたまま大冒険よ」

「異世界に一家全員集合ですね……その後どうなったんですか?」

「その世界で出来た知り合いの女性に息子を預けたわ、坂田ネムノって名前の山姥の妖怪にね」

「ちょ! 連れてきた息子さんを山姥に預けたんですか!?」

 

大切な我が子をそんなあっさりと他人に、しかも妖怪に預けるとはどういう事だと鈴仙が不思議がっていると

 

永琳は眉間にしわを寄せ気難しそうに

 

「私の傍にいたらあの子が危なかったのよ、だってあの頃は人々が激しい勢力争いを繰り広げていた時代だったし、突然現れた素性の知れぬ子連れ狼の私なんか、胡散臭過ぎてしょっちゅう周りから警戒されてたり襲われそうになったもの」

「確かにお師匠様って時代関係なく常に胡散臭い見た目ですもんね……」

「あら言うわね鈴仙、後で尻に全力タイキックかましてあげるから覚悟しなさい」

「すみませんでした勘弁して下さい!」

 

永琳をジロジロ見ながら思わずポロッと本音を出してしまう鈴仙に彼女はにっこり微笑んだ後

 

輝夜の方へ振り返って話を続ける。

 

「でもやっぱり血の繋がった子と別れる事は身を引き裂かれるぐらい辛いものでしたわ、父であった松陽と離れ離れになってしまった姫様のお気持ちもあの時痛い程よくわかりました」

「フン、別にアンタに共感なんてされても嬉しくないわよ……」

 

永琳の事をジロリと軽く睨みむと輝夜は不機嫌な表情で目を逸らす。

 

「アンタが私の所へ来たのは自分の赤子を山姥に預けた後だったのね、全く……父親と二人暮らししてた所に水を差しに来るなんて」

「いやその父親は一応私の夫なので」

「まあアンタの存在はうっとおしかったけど……あの頃は私にとってほんの一瞬の間の幸せな一時だったのは認めるわ」

 

永琳が輝夜で再会した時には、もう松陽は彼女と共に一つ屋根の下でひっそりと暮らしていたらしい。

 

だが異世界に来て遂に父と暮らす事が出来たのも束の間、輝夜に思いもよらぬ事件が起きた。

 

「でもそれからしばらく時が流れると、父は私達の前を去ってしまったわ、しかも不死の源であるアルタナエネルギーを全て私に託し、人として生きる事を決めて……」

「仕方ありませんわ、姫様の身体はあの時はもう月のアルタナエネルギーが欠乏していて満足に動く事も出来ませんでしたから、かつての蓮子と同じように」

「……私のせいで夫が死んでしまう事に、あなたは私を責めるつもりは無いの」

「子のためなら親はいくらでも命を捧げる覚悟は出来ている、私はためらいもせずにそれを実行した彼を誇りに思っています、姫様を責めるのは筋違いもいいとこですから」

「……」

 

自分を責めるつもりは毛頭ない、むしろ夫の行動には誇りすら覚えると自信満々に笑顔で答える永琳に

 

輝夜は複雑な表情を浮かべてはいるがやっと彼女の方へ振り向いた。

 

「父はその後多くの妖怪退治に参加して、やがては武家の位を手に入れてそれなりの地位を築いたと聞くわ。そしてその時出逢ったのがあなたの息子であり私の腹違いの弟の坂田銀時……」

「運命だったかもしれませんね、己の父とは知らず拾ってくれた恩を返す為にあの子も随分と妖怪相手に暴れ回ったと聞いております」

「な、なんだかすごい偶然ですね……まるで本の物語みたいです」

 

 

輝夜と永琳の話を聞く中で、鈴仙がそんな事をぼやいていると、不意に「ん?」と永遠亭の方へ振り返る。

 

「何やら誰かの声が聞こえますね、お客さんでしょうか? 私ちょっと見てきます」

「簡単な診断ならあなた一人に任せるわ、私はまだしばらく姫様と話してるから」

「あ、はい!」

 

永琳にそう言われると鈴仙はそそくさと庭を後にして永遠亭の玄関へと駆けて行った。

 

「……松陽は彼が己の息子だと気付いてたんでしょうかね」

「気付いてたわよきっと、だってアンタの息子、アンタそっくりじゃないの」

「あた、そんなに似てるでしょうか?」

「性格も見た目もクリソツよ、娘の方もね」

 

ちょっと古い表現を使いながらハッキリと断言すると、椅子の背もたれに身を預けながら輝夜は静かにため息を突く。

 

「父は……私を庇って人として逝ってしまったけれど、幸せだったのかしら……」

「幸せでしたわきっと、なんなら今度本人に話を聞いてみたらどうですか?」

「はぁ? バカ言わないでよ、もうとっくの昔に死んでしまったのに今更話を聞ける訳……」

 

悪い冗談をいう永琳によしてくれと輝夜が苦笑しながら一蹴していると

 

ふとこちらに歩み寄って来る足音が聞こえた。

 

「お師匠様! お師匠様に会いにお客様がお見えになりました! あ、お師匠様だけじゃなくて姫様にも用があるとか!」

「私に? 一体何処のどいつ……あれ?」

 

いきなり鈴仙がスッとんで来たと思いきや、その後ろからはどこか見覚えのある姿をした女性が

 

確か永琳はよく彼女と二人で話をしていると聞いた事がある、

 

だが自分は彼女とは挨拶ぐらいしかした覚えは無いのだが……

 

「すまないお邪魔させてもらうよ、一昨日、永琳と話してた内容がどうも気になってね」

「……あなた確か人里で寺子屋の教師をやっている半妖の……」

「上白沢慧音だ、こんな朝っぱらから会うのは初めてだな、蓬莱山輝夜」

 

やって来たのは永琳がよく話し相手になってもらっている慧音だった。

 

突然現れて、しかも自分に用があるらしい彼女に怪訝な様子で輝夜は首を傾げていると

 

永琳は彼女の方へクスッと笑って

 

「ほら姫様、さっきの話を聞いてみたらどうですか?」

「は? 何を言ってんの? どうして彼女に父の……」

 

 

 

 

 

「あぁすまない、実は私も一昨日永琳に伝えられたばかりであまり自覚は無いんだ、それにその頃の記憶も無いしな、たまに夢でおぼろげに思い出す事はあるんだが……」

「……え?」

 

困惑している輝夜をよそに慧音もまた急に首をひねって思い出すような仕草を取り始める。

 

その行動と言動に輝夜は目を細めて彼女をジッと見つめると、慧音は口元に小さく笑みを浮かべながら

 

「確固たる根拠はないが、永琳が言うにはどうやら私は」

 

 

 

 

 

「輝夜、君の父の生まれ変わりの様だ」

「はいィィィィィィィ!?」

「パパと呼んでくれても構わんぞ」

「呼べるかァァァァァァ!!!」

 

ここに来てまさかのとんでもないカミングアウトを聞かされて、席から転げ落ちかける程驚いて見せる輝夜。

 

今明かされる衝撃の真実

 

 





松陽の能力はずっと前から決めていたんですが結構ヤバいですね

まあでも、東方のキャラにはもっとヤバいのが沢山いるから大丈夫ですね、うん。

次回は解明編・後編です

新しい幻想郷の管理人もやって来るかもしれません


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#74 輪廻

 

「まあしかし生まれ変わりと言ってもアレだ、確たる証拠も無い上に私自身にも自覚は無い。だが永琳が言うには、その八意松陽と私は非常に近い匂いと気配を感じるみたいなんだ、それにその男は私と近しい力を持っていたというし」

「う~ん、言われてみれば確かにそんな感じするかもしれないわね……」

 

人里で子供に授業を教える事を何よりの楽しみである半妖、上白沢慧音

 

永遠亭で永琳に訪問しに来た形でやってきた彼女をジッと見つめながら

 

その彼女が自分の父である八意松陽の生まれ変わりと聞いて輝夜は怪訝な様子で首を傾げると

 

「じゃあ聞くけど、アンタは子供が粗相をしでかしたらどうする?」

「愛の拳を頭に食らわして地面に埋めさせて反省させる」

「あ、これ完全に私のパパだわ」

「いやそんな判断基準で良いんですか姫様……」

 

こちらの問いに胸を張って自信満々に即答する慧音を見てすぐに確信して頷く輝夜

 

そんな判断方法でいいのかと、同席していた鈴仙は頬を引きつらせ困惑の色を浮かべていた。

 

「お師匠様も本当にそう思っているんですか?」

「まあ確かに絶対にそうだとは言い切れないけど、もしそうだったら面白そうじゃない?」

「面白そうじゃないって……こっちもこっちで適当過ぎるでしょ……」

「地獄に出向いて彼女の前世が誰だったのか聞ければ手っ取り早いんだけど、守秘義務もあるからって教えてくれないのよあの仏頂面頑固補佐官」

「ああ、地獄には行って確かめようとはしたんですね……仏頂面頑固補佐官?」

 

なんだその特徴的なあだ名は?と鈴仙が疑問に思う傍ら、永琳は慧音の方へと顔を上げる

 

「でもこうして彼女が作ったこの幻想郷で慧音と巡り合えたのも、もしかしたら彼女が望んだ夢のシナリオだったのかもしれないと思うのよね」

「幻想郷を作ったという事は八雲紫の事だな、前に永琳から色々と話を聞いてはいたが……彼女であればそれは可能なんだろうな、そもそも彼女の方から私をこっちに誘って来た経緯だし」

 

腕を組んでこの幻想郷の管理人である紫と初めて会った事を思い出し、慧音は眉を顰める。

 

「だがどうしてこの世界の創始者である彼女は幻想郷などという、あの世とこの世から隔離された場所を作ったんだろうな」

「恐らく隠れ蓑としてでしょうね、妖怪である自分や不死者の夫では外の世界で暮らすには何かと窮屈だったのよ。それで自分達と近しい境遇の連中を集めて妖怪と人間が共に暮らす都を作り上げた」

「なるほど、最初の目的は自分達夫婦の安寧の地を作る事だったという訳か。その為に他人も巻き込んで都まで作ってしまうとは、中々にしたたかな奴だ全く」

 

あの世とこの世の境界にスキマを作り、そこに世に忘れられた者達を集わせ共に生活させる

 

それはあくまで表向きの理由であり、事の実態はただの夫婦が余生を過ごす隠れ蓑を生み出す為だったという紫の目的に慧音は不満そうな声を漏らしながらも口元は若干笑っていた。

 

「それでは彼女はまんまとこの幻想郷で夫と仲慎ましく暮らせたという訳か、しかし解せぬのは、どうして自分の事情を知る永琳や輝夜、そして私の親友であり夫の元カノである妹紅もここに住まわせてやったのだろうな」

「事情を知っている私達だからこそ監視をしやすくしたかったのでしょう」

 

鈴仙にカップの追加をしながら永琳は慧音の疑問に答える。

 

「妹紅という者はわからないけど……張り合う相手でも欲しかったんじゃないの? 暇つぶしの良い相手になるでしょうし」

「安寧の地で平和を謳歌し過ぎても退屈だから、それで彼女を幻想郷に入る事を許可したのか。やはりどうも紫という女は根っこから歪んでるみたいだな」

「昔は裏表の無い良い子だったのよ、授業も真面目に受けてたし人見知りのウチの娘とも打ち解けてたし」

 

そう彼女は変わってしまった。

 

この世界で結局彼女は自分に会いに来る事は無かったので詳しくは知らないが

 

彼女が作ったこの歪な世界を見てそれはすぐに感じ取っていた

 

「蓮子がいなくなり、その後私の息子に会うまでの間はすっかり荒れてしまったみたいなのよ、元々独占欲は強そうな彼女だったけど、この世界ではそれが更に強くなっていたみたい、それに……」

「焦っていたのでしょうねきっと、もっと彼と一緒の時間を過ごしたのよ彼女は」

 

永琳の考察に口を挟んだのは輝夜

 

「でも夢はいつか覚めるモノよ、彼女、ここ最近の間で疲弊していたみたいじゃない、それはそろそろ夢から覚める兆候だったのよ」

「えと、八雲紫様が夢から覚めたらどうなるんですか? それと彼女が焦る事に関係でも?」

「夢から覚めるという事はまた起きるって事よ、現実でね、そしてこの世界は彼女の夢の一部、彼女が起きるという事はつまり」

 

恐る恐る小さく手を挙手して尋ねて来る鈴仙に、テーブルに頬杖を突きながら輝夜はあっさりとした感じで

 

「この世界の消滅」

「!?」

 

彼女が夢から覚める、それは彼女の願望で作られたこの夢の世界が消えるという事に繋がるのに他ならない

 

それをさも当然の様にぶっちゃける輝夜に鈴仙はビクッと肩を震わせて恐怖に慄いた。

 

「そしたらこの世界そのものが全て無かった事にされるでしょうね、当然部外者である私や永琳でさえも、この世界にいれば一緒に消えていたわ」

「あの、姫様やお師匠様はどうしてそこまでわかっていたんですか……?」

「私は知らなかったわ、知ってたのは永琳よ」

「その私は松陽から聞きましたわ、彼は世界の理を知る者、不安定で歪に出来たこの世界の仕組みも理解出来ていたみたいなので」

 

世界の理を知る者、それが一体どういう事なのかは鈴仙は知らないし、恐らくは輝夜、もしかしたら永琳も詳しくはわからないのかもしれない。

 

長年月の民の頂点に立ち、王として君臨し続けた彼だからこそ持ちうる能力、それがあるからこそ彼はこの世界に入り込む事も、その存在の理由も、そして存在の消滅方法も容易に理解出来たのであろう。

 

「そうか、前世の私はそこまで出来た男だったのか、偉いぞ前の私、まさか世界、この世の全てを知る者だったとは」

「それ自分で自分を褒めてるのと一緒よ」

 

感心した様に自画自賛しながら頷く慧音に輝夜がツッコミを入れると永琳もクスっと笑って

 

「あなたもあなたでこの世の歴史を造ったり削ったり出来るし十分凄いと思うのだけれど」

「え、この女そんな事出来るの? マジで私の父と似た力じゃないのそれ」

「私の場合は不完全な力だがな、妖怪化していないと上手く扱えんし」

「いやそれでも十分チートでしょ」

 

慧音の持つ能力を聞かされて輝夜が軽く驚きつつ話を続けた。

 

「まあそれで話は戻るけど、私の父はこの世界の終わり方、そして同時に救う方法も永琳に教えたみたいなのよ」

「救う方法までわかっていたんですか!? は~お師匠様の旦那様はホントに凄い方ですね……」

「ハハハ、そう褒めるな照れるだろ」

「いやあなたじゃないですから」

「コイツ散々自覚は無いとか言ってたクセに、あっさりと受け入れてるじゃないの前世の自分……」

 

何故か嬉しそうに顔をほころばせる慧音に鈴仙がジト目を向け、輝夜がはぁとため息を突いている中で話を続ける。

 

「この世界を救う方法はただ一つ、八雲紫とこの世界を断ち切り、彼女の支配下から脱却させる事、そうよね永琳」

「はい、彼女と世界を断ち切る事で初めてこの世界は真実に到達し、夢という不透明な存在ではなくなり完全なる世界へと変わるのです」

「で、その方法ってのが……」

「彼女、をこの世界の創造主である八雲紫が夢から覚める前に殺す事です」

「はい!?」

 

世界を救う方法が創造主を殺すというあまりにもぶっ飛んだ回答に、話を聞いていた鈴仙が我が耳を疑う。

 

「殺すんですか!? この世界を作った張本人を!?」

「まあちょっとシンプルに答えちゃったけど要はそういう事なのよ」

「え、えぇ……」

 

あっけらかんとした感じで答えながら、鈴仙が寄越した紅茶のおかわりを飲みつつ永琳は話始める。

 

「夢を見てる途中で自力で起きる前に、他人が頭叩いて無理矢理起こす、人というのは夢を見てる途中で強制的に起こされると現実と夢の判別がつくのが遅れるモノなのよ、つまり寝ぼけた状態ってのが強くなるって意味。その曖昧なタイミングを見計らってゆっくりと慎重に世界と彼女を切り離して独立するのが、この世界を救うたった一つの方法よ」

「……この世界ってとてつもなく不安定なバランスに立っていたんですね、八雲紫が目覚めればそこで世界に終末が訪れていたなんて」

「世界なんてモノは常に不安定なバランスの上で成り立ってるのよ、夢であろうが現実であろうが」

 

この世界の仕組みを知ってしみじみと実感している鈴仙に永琳が正論を言いつつフッと笑う。

 

「そして私は二人の子供に八雲紫が目覚め掛けてるのを教えた、あの二人の事だからどちらが彼女の最期を看取るかで揉めたでしょうね、でもこうしてまだこの世界が健在という事は……」

「どちらかが彼女を殺したという訳ですね……それでこの世界は無事に救われたんでしょうか……」

「少なくとも世界はね、ただ、あの子だけはまだ……」

 

冷静と話をしながらティーカップ片手に永琳が顔を曇らせる。

 

自分の娘と息子が争ったのだ、母親である彼女としては複雑な気持ちなのも無理はない

 

しかしそこでザッザッとこちらに向かって庭を歩いて来る足音が

 

 

 

 

 

 

「まだだ、まだ終わっちゃいねぇよ、この世界の事もアイツの事も」

「!」

 

前触れも気配もなくフラッとやって来た人物がぶっきらぼうにそう言いながら

 

驚く一同の前に姿を現す。

 

「この世界はアイツがいてこそ完成形だ、だからアイツを殺した俺は、アイツをまた取り戻さなきゃならねぇ」

 

全てを、世界の作り手を殺した張本人である八雲銀時が

 

いつもの着物の上に陰陽の印が背中に刻まれた紫色の羽織を背負って

 

「それが旦那の務めであり、アイツの代わりを務める俺の役目だろ?」

「……やっぱり咲夜ではなくあなたが彼女に引導を渡したのね」

「だ、旦那様!? いつの間にいらしたんですか!?」

「おお、お前がまた遊びに来てくれって言ってたからお望み通り来てやったんだよ」

 

永琳や鈴仙に軽く手を挙げて挨拶すると、彼のすぐ後ろにお供としてついて来ていた式神の八雲藍が口を挟む。

 

「銀時様、今はまず紫様の跡を継ぐ為に色々な引継ぎを済ませる方を優先すべきだと思うのですが」

「やっぱお前のその態度には慣れねぇな……せっかくの一家全員集合なんだ、面倒事は後でまとめてやっから水を差すんじゃねぇよ」

「わかりました」

 

かつて紫に接して来たかのような丁寧な物腰で接してくる藍に多少の違和感を感じつつ

 

幻想郷の新たな管理人となった銀時はめんどくさそうに手を振って彼女を下がらせた。

 

「紫は俺が殺った、そんで今は俺がアイツの代わりにここの管理者だ、つー事で俺に逆らう奴は容赦なく幻想郷から出てってもらうんでヨロシク」

「権力フルに使う気満々じゃないの、こんなのが管理人とかもう幻想郷も終わりね……」

「黙れニート、言っとくが一回俺をハメて殺した事を忘れた訳じゃねぇんだぞコラ」

「この野郎……自分だけ就職できたからって偉そうに……」

 

一応姉である輝夜だが、蓮子の時代に一度痛い目に遭わされた事も既に思い出している銀時

 

彼女に対していつもの死んだ魚のような目で脅しながら、彼は彼女達と共に席へと着く。

 

「紫は、現実に戻っちまったアイツはまた俺が探しに行く、どんだけ時間が経とうがな」

「あなたなら絶対にそう言うと思っていたわ、でも果たして出来るのかしらね、あまり簡単には思えないんだけど?」

「俺は輪廻を超えて黄泉の世界からアイツに会いに行ったんだぞ? こっちの世界から向こうの世界に飛び越える真似なんざ安いもんだよ」

 

永琳と笑いかけながらそんな会話を済ませると、銀時はふと一緒に座っている慧音の方を指差し

 

「つかどうしてコイツがいんの?」

「ああ、彼女あなたの父親の生まれ変わり」

「え、マジで? じゃあお前聞くけど、もし目の前に悪さしたガキがいたらどうする?」

「フ、私の愛の拳を頭に食らわして地面に埋めさせて反省させるに決まってるだろ」

「あ~これ完全に俺のダディだわ」

「いやだからそんな判断基準で良いんですか姫様といい旦那様といい! てかなんで欧米風の呼び方!?」

 

こちらの問いに当たり前の様に輝夜の時と同じ答えで返す慧音に、即座に彼女が松陽の生まれ変わりだと納得する銀時

 

そして鈴仙がツッコむ中、彼はテーブルに頬杖を突きながらまた永琳の方へ振り返り

 

「そういやここにアイツも呼んでおいたから、もうそこまで来てんじゃねぇか?」

「アイツ? それってもしかして……」

 

彼からそう聞くと、永琳はもしや……と思っていると彼の背後を見てその目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

彼の後ろからこっちに向かって歩いて来る新たな客人の姿が

 

「弟にしつこく頼まれたから仕方なく来てやったんだけど……変わってないわね」

「フ……あなたもね」

 

メイド姿の恰好をした”彼女”が照れ臭そうに目を背けて後頭部を掻きながら歩いて来ると

 

永琳は静かに微笑み、共に座っている輝夜、慧音、銀時も彼女を迎え入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

ここは幻想郷

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえり」

 

忘れられた者達が集い、住む場所

 

 

 




原作銀魂は終わるとか言っておいてまさかの移籍という事で完結しやがりませんでしたが

こっちは予定通りちゃんと完結します。

次回、最終回

銀時と紫、二人が導く答えとは……


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#75 銀魂東方

この作品のモデルとなったのは
ホラー映画「輪廻」の主題歌・扇愛奈さんの「輪廻」です。

歌詞が思いきりネタバレになるから今まで伏せていましたが

本作の完結がてらに一度聴いてくれたら嬉しいです。


あ、映画の方の「輪廻」も面白いですよ、ホラーの中で一番好きです。


これは”あの頃”から数年の時が流れたもう一つの世界

 

「おもしれぇ妖怪や景色を描く奴がいるって聞いたんだが、もしかしてオメェの事か?」

 

沢山の人々が集う都市・東京

 

活気づいて多くの者達が歩いている所とは程遠い雰囲気の、人気の少ない薄暗いトンネルで

 

男は彼女と出会った。

 

「妖怪描いてるっつうからきっと水木先生みてぇな身の毛のよだつ強面の化け物描いてんのかと思っていたんだが」

「……」

「こらまた随分とガキみてぇな妖怪ばかりじゃねぇか」

 

地面に敷いたシートに座る彼女と共に置かれている絵を見て男はフッと笑う。

 

「けど俺は絵なんてモンは全く興味ねぇが、こういう非現実的なモンに見えて案外現実にいそうと思える存在を描くっつうのは、結構嫌いじゃねぇよ」

 

この日本ではすっかり見なくなった森や山が美しく描かれ、そこで妖怪と思われし少女達が遊んでるかのように動き回っているかの様であった

 

妖怪以外にも紅白色の巫女、人形を操る金髪の魔法使い、9本の尻尾を持つ狐耳の女性などと一癖も二癖もある絵が多く置かれている。その中に何故か毛深いゴリラが1枚描かれているのは不思議だったが

 

こんな陰気臭い場所で地面にシートを敷いて絵を売ってるとは中々に酔狂だと思ったが

 

彼女の描く独特で斬新な妖怪や化け物の絵はこういった人気のない場所で売られているからこそミステリアス感があって悪くないと思えた。

 

すると女性はクルリと長い金髪をなびかせてこちらに顔を上げる

 

澄んだ瞳でこちらをジッと見つめる彼女の表情は

 

絵を褒められたことに感謝するかのように男に優しく笑いかける。

 

「……ありがと、実はこの子達は私が夢の中で見て来たモノなの」

「へぇ、コイツは驚いた、お前さん夢でこんな奴等と会ってたってぇのかい?」

「ええそうよ、彼女達と出会ったあの時の夢は、これだけの時が流れてもなお忘れた事は無いわ」

「そりゃ忘れられねぇだろうよ、こんな面白そうな連中ばかりに会ってたら嫌でも頭に残っちまう」

 

夢の中で見た光景、彼女がシンプルにただそれだけを描いていたのだ。

 

普通ならば思い出す事さえ難しい夢の中身をここまでリアルに描いている事に男は女性に感心する。

 

「けどお前まともに食っていけてるのか? こんな薄暗いトンネルの中じゃ買う客なんかいねぇだろ」

「あら私の事心配してくれるの? でもお気遣いなく、案外物好きな客はどこにでもいるモンなのよ、例えばあなたみたいなのとか」

「へ、悪ぃが俺は別に買うつもりなんざねぇよ、ただ珍しかったから冷やかし程度に見に来ただけだ」

 

男はヘラヘラしながらそう言った後、彼女と視線を合わせる為にスッとその場にしゃがみ込む。

 

「それとそんな絵を売ってる変人だって有名なお前さんのツラを拝みに来たってのもある」

「酷い人ね、そしてそんな変人に会う為にわざわざやってきたあなたも相当変わっているわよ、自覚は無いのかしら?」

「ねぇな、基本的に俺がいる所は変人揃いだし、その中にいる俺一人だけまともだと常々思ってるから」

「そう考えてる時点でもう手遅れよ変人さん」

 

全く自覚のない変わり者の男に対して変わり者の女性はくすくすと笑うと

 

周りに置かれているの中の絵の一枚をスッと彼に差し出す。

 

「久しぶりに人と話せて面白かったわ、暇つぶしに付き合ってくれた礼にあげるわ」

「ああ? だからいらねぇって……誰だこのガキ? コイツだけどう見ても妖怪にも見えねぇ普通のガキにしか見えねぇんだけど」

「彼女の名前は宇佐見蓮子」

 

突然差し出された愛想の悪そうな少女の絵を見て、男はそれを受け取りながら顔をしかめていると

 

彼女が懐かしむ様に目を瞑りながらその絵に描かれた少女の名を呟く

 

「彼女は夢の世界の住人じゃない、この世界にいた唯一の私のお友達だったの」

「へーコイツが……なら尚更貰う訳には行かねぇだろ、オメェの唯一の友達だろ、大切にしてやんな」

「……裏を見て頂戴」

「裏?」

 

そんな絵を渡されても困ると男が絵を突っ返そうとすると、不意に彼女から裏面の方も見て欲しいと言われたので

 

宇佐見蓮子という少女が描かれた絵を引っくり返して裏を見てみると

 

そこには腰に木刀を差し銀髪天然パーマの空色の着物を着た男の後ろ姿が描かれていた。

 

「彼は蓮子と対を為す存在、そして私が見ていた夢の中で私の夫となってくれた男なの」

「……夫なら後ろ姿じゃなくてちゃんと前向かせて描いとけよ……」

「実を言うとここん所最近忘れかけていたのよ、夫の顔だけじゃなくて他の事も……でも」

 

その絵をジッと見つめながら呟く男に対し、女性はどこか安らぎを得たかのように安堵に満ちた表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

「あなたの顔を見れたおかげでまた思い出せたわ」

「ったく、しばらく会ってなかったからって旦那のツラ忘れんじゃねぇよ」

「冗談よ、夢から覚めて何年経とうと、私があなたを忘れる事なんて絶対に無いわ」

 

彼女がそう言うと死んだ魚のような目をした男ははぁ~と深いため息を突き、懐からスッとあるモノを彼女に差し出した。

 

「ほらよ」

「あら、フフ」

 

それは手の平サイズの握り飯

 

ぶっきらぼうに突き出されたそれを見て彼女は吹き出しそうになりながらも、両手でそれを大事そうに受け取る。 

 

「なんというか、いきなりコレを出されるとは思ってもいなかったわ」

「ここに向かおうとする時に藍に呼び止められて渡されたんだよ、受け取った時は完全に忘れてたが、久しぶりにお前のツラ見て咄嗟に思い出した」

「相変わらずね……藍は元気?」

「俺が主人になっても変わらず口うるせぇ奴だよ」

 

彼の話を聞きながら彼女は握り飯を一口食べる。

 

男もまた手に持ったもう一つの握り飯を食べ始めながら

 

「長い事待たせちまったな……すぐに迎えに行こうと思ったのに随分と時間かかっちまった」

「あなたが謝るなんて気味が悪いわね、そこは「来てやったぜコノヤロー、文句あんのかコラ?」ぐらいで丁度いいのよ、らしくない真似されると何か企んでるんじゃないかって思っちゃうじゃない」

「何それ、はるばる遠くから来てやった俺に対してまさかのダメ出し? 言っとくけど俺マジで頑張ったんだからね? 姉貴と母ちゃんと一緒に散々お前の事を探しまくったんだからね?」

「そうそう今の感じがあなたらしくていいわ」

 

謝ってやったのにと男が軽く彼女を睨み付けながら握り飯を食べ終えると

 

彼女の頬に付いていた米粒をヒョイと手に取って自分の口にほおり込む。

 

「ったくまた口元にご飯粒なんか付けやがって……」

 

そういや昔もこんな事あったな、思わず男はフッと笑ってしまいながら

 

 

 

 

「また会えたな、メリー」 

「初めましてよ、銀さん」

 

これが二人の出逢い。

 

 

かつて人であった化け物 

かつて化け物であった人。

  

別れ、繋ぎ、そしてまた別れた二つの線が三度目の交りをしたその瞬間

 

 

この物語はこれにて完結する。

 

 

 

 

 

 

「おい、ちょっと醤油取ってくんない?」

 

しかし物語はほんの少しだけ続く、それはなんて事のない日常で用いられる言葉からだ。

 

とある人知れぬ秘境の地にひっそりと佇む古い作りの屋敷にて

 

銀髪天然パーマの男が死んだ魚の様な目で話しかけたのは、ちゃぶ台を挟んで向かいに座る一人の女性だった。

 

マエリベリー・ハーン

 

れっきとした人間であり見た目からして20代。

 

その外見とは裏腹にかつてはこの幻想郷を取り仕切る管理人として、人間を始め妖怪からも避けられている極めて不可思議な大妖怪でもあったのだが……

 

今は極々普通の人間としてここの生活を送っている

 

そんな相手と同じ部屋で同じ食事を取るこの男は当然彼である。

 

そして彼が醤油取ってくれと言ってから数秒の間を置いて

 

「自分で取りなさい」

「んだよ、前はスキマでひょいとかけてくれたのに、倦怠期ですかコノヤロー」

 

男に悪態を突かれてもなお黙々と食事を取りつつ彼女は男に向かって目を細める。

 

「なにお前、ひょっとして怒ってんの? 今度はなんだよ」

「……」

「一人で勝手に地底に行って、そこで地底の連中と飲み騒ぎしてしばらく帰らなかった事は謝っただろ?」

「……」

「命蓮寺の僧侶とまたアリスの時の様な事故を起こした時は土下座までしたじゃねぇか」

「……」

「ああきっとアレだな、3日前の高杉と天子の結婚式に、俺とヅラと坂本で式場に盛大なゲロをぶちかまして……」

 

一体どれ程心当たりがあるのか手当たり次第に自分がやってきた事を言い始める男に。

 

メリーは手に持ったお箸とお茶碗を置いて呆れたような表情を浮かべていた。

 

「……あなたとは随分と長い付き合いなんだし、私が今何を考えているのかピタリと当てて欲しいわね」

「長いと言っても今のお前は紫じゃなくてメリーだからな、新婚みたいなモンだろ俺達」

「やっぱりあなた、女性に対しての接し方を勉強してきなさい」

 

空気も読めないこの男にイラッと来ながら、メリーは彼の顔にジト目を向けた後ふぅとため息を漏らし

 

「まあいいわ、実を言うと今私はあなたに言うべきかどうかずっと迷っている事があるの」

「ああ?」

 

それを聞いて男が首を傾げると、メリーはさっきまで不機嫌そうにしていたが急にコロッと表情を変えて

 

「でもこの際だから言う事にするわ、どうせ遅かれ早かれ言う事になるだろうし」

「なんだよ勿体ぶりやがって、言いたい事あんならさっさと言えよ」

 

口の中にモノを詰めながら銀時がけだるそうにそう答えると

 

メリーはそんな彼ににっこり微笑んで

 

 

 

 

 

「この前突然体調が悪くなったから永遠亭でお義母さんの所へ行ってきたの、そしたら……」

 

 

 

 

 

 

 

「「あらビックリ、あなたのお腹の中に私の孫がいるわ」ですって」

「ぶうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

その告白に男は思わず口の中に入れていたモノをテーブルにぶちまける。

 

男の名は『八雲銀時』。

 

妖怪でもなく人間でもなく

 

千年以上生き、不老不死の身体を持つ不思議な侍にして幻想郷の二代目管理人

 

そして

 

彼はもうすぐ父となるのであった

 

 

 

輪廻と夢を超えて幸せを掴めた二人の物語は

 

これにて本当におしまい

 

 

 

 




これにて本作は完結です、2年以上こんなロクでもない連中の珍道中に付き合って下さってありがとうございました。

ここまで長くなるとは思いませんでしたが無事に完結出来て私としても感無量です。

それではまたどこかで


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#?? レミリアと咲夜 

久しぶりに書いてみました、1話限りの外伝です。

個人的には気に入ったキャラだったんですが、終盤に出た為に出番が少なかったコンビをメインに書かせてもらいました。

時系列で言うと銀時が幻想郷となり、彼女と再会する前の話です


万物の運命を操る事が出来る程度の能力を持つ紅魔館の主・レミリア・スカーレット

 

彼女はとある悩みを抱えていた。

 

ちょっと前に半壊してしまった館がようやく修復され元に戻って来た頃

 

彼女は相談相手としてある人物を客室に呼んでいた。

 

「んで? 俺に聞きてぇ事ってなに? こちとら幻想郷の管理人として忙しいんだからよ、しょうもねぇ事だったら灰にするぞ」

 

「どの口が言うか職に就いても万年暇人のクセに……まあいい、こっちだって緊急事態なの、話ぐらい聞いて頂戴、お茶も出すから」

 

レミリアが相談相手としてこの場に呼んでおいたのは幻想郷の新たな管理人・八雲銀時。

 

先代であり己の妻であった八雲紫が現界から消滅した後、それを引き継ぐ形で夫である彼がその役割を担う事になったのだが

 

仮にも世界の管理者となったにも関わらず、以前と同様ぐうたらでやる気の無い様子で、いつも何処かへとほっつき歩いて管理者としての自覚は全く皆無である。

 

一応異変やちょっとした騒動が起きれば、重い腰を上げて動きはするのだが、大抵は博麗の巫女に丸投げし、彼自身が異変の解決を行う事は滅多に無いのが現状だ。

 

しかしそんな万年死んだ魚の目をした男であっても、レミリアはどうしてもそんな彼に悩みを聞いて欲しかったのだ。

 

”アレ”の身内であるこの男に……

 

「ウチの咲夜の事でちょっと相談聞いて欲しいのよ、あなた、一応アレの弟なんでしょ」

 

「咲夜ぁ?」

 

咲夜と言えばレミリアの下で従者として働いているメイド長の事だ、そして銀時の実姉でもある。

 

しかし彼がその名前を聞いた途端、即めんどくさそうに呻きながら眉間にしわを寄せた。

 

「姉弟つっても未だ距離感も掴めずに互いに牽制し合っている微妙な関係だぞ俺等、ビートたけしとビートきよしみたいなもんだからね、そんなたけしの俺になに聞くつもりだよ」

 

「……あの暴虐鬼畜メイドをどう上手く接すれば、従者として私に仕えてくれるのでしょうか……?」

 

「それはお前が頑張れコノヤロー」

 

実の姉とはいえ咲夜とは以前出会ったばかりだ、現在はおろか彼女の過去さえよく知らない銀時からすれば、ぶっちゃけ他人とほぼ変わりないのである。故にレミリアから相談されてもなんて答えれば良いのかわからない。

 

「つうかまだここでメイドやってる事が驚きだわ、もうここで働く理由なんて無いだろアイツ」

 

「クックック、私の圧倒的カリスマに惹かれてしまったのが運の尽き、あの女はもう永遠に私の従者よ……」

 

「家の風呂掃除やらされてるクセにどっから湧いて出てくるんだよその自信」

 

「風呂掃除だけじゃないわ、最近じゃトイレ掃除も私担当よ」

 

「威張るな」

 

銀時の素朴な疑問にレミリアは鼻高々に己が自然に身に着けたと自負するカリスマ力を自慢げにアピールするも、散々咲夜に虐げられる日々を送っていると聞いている銀時からすれば滑稽としか思えなかった。

 

「つうかお前って本気になればそこそこ強ぇんだろ? いっそ殺す気でアイツに直接ぶつかって見ろよ、力でねじ伏せちまえば皿洗いぐらいはしてくれるんじゃねぇの?」

 

「幻想郷の管理人らしい野蛮で短絡的な解決論ね、たかが従者一人従わせる事だけに主が刃を振りかざすなんてただの暴君じゃない、そんな愚かな真似をこのレミリア・スカーレット様がやると思って?」

 

「本音は?」

 

「アレと戦うとか怖いから嫌です、堪忍して下さい」

 

「お前の建て前やプライドも捨ててすぐに正直に答える所、嫌いじゃねぇわ」

 

最初の反応で偉そうに語りながらも、即座に尋ねればすぐにしゅんとしながら本音を零すレミリアをちょっと面白いなコイツと思いつつ、銀時ははぁ~とため息を漏らした。

 

「ならいっそ直接本人とキチンと話つけちまえよ、自分が主なんだから従者らしく従え、とか、テメェに給料払ってるのは誰だか言ってみろ、とか」

 

「そんな事とっくの昔に何度も言ってるわよ! けど何言っても返ってくる答えは「拒否」「無視」「飛び蹴り」の三択しかないのよあの女! あ~もう! 主に対してなんなのよあの態度!」

 

「おい待て、拒否と無視はともかく飛び蹴りってなんだよ、なんでそれを答えの一つとして受けとめてんだよ、思いきり謀反じゃねぇか、どんだけ心広いんだお前」

 

聞けば聞く程レミリアがいかに従者にナメられているのかが生々しく伝わって来る。

 

ここまで来ると流石に銀時でも彼女の事を不憫に思い可哀想な目で見ていると、そこへ……

 

「何やら盛り上がっておられるようですね、お嬢様」

 

「ぎょ! いきなり出てくるんじゃないわよ咲夜!」

 

唐突に二人が座っているテーブルの合間にパッと現れたのはふてぶてしい様子でお茶を持って来た咲夜であった。

 

どこから盗み聞きでもしていたのか、いきなり現れて早々死んだ目でこちらを見下ろす彼女に慌てて席から飛び上がるレミリア。

 

「ただでさえ傍にいるだけで恐怖を覚えるのに前触れもなく現れるのは止めてって言ってんでしょ! こっちにも心の準備ってモンがあるんだから!」

 

「それで一体なんの話題で盛り上がっていたんですか? 内容次第では今持ってる熱々のお茶をお嬢様の頭にうっかり注いでしまうかもしれませんが」

 

「聞いてない上に脅しまでかけてきたわこのメイド! これはもう明らかな主に対する反逆よ! 退治して幻想郷の管理人さん!」

 

季節外れの湯気が立ち込む緑茶を持ったまま歩み寄って来る咲夜に、咄嗟に銀時を指さして助けを求めるレミリア。

 

すると彼女の代わりに銀時がめんどくさそうに髪を掻き毟りながら

 

「おめぇが言う事聞いてくれないから身内の俺になんとかしてくれって頼まれてたんだよ、おめぇの主に」

 

「あらそうなの? お嬢様、私の事でお困りなら主として直接言えばいかがかと? わざわざ私の身内まで巻き込まないで下さいませ、面倒なので」

 

「直接言っても聞かないからアンタの弟を呼んだんでしょ! なんなら親の方も呼んでやろうかしら!? 母親に「娘さんにどんなしつけしたんですか?」って言い付けてやるわよ!」

 

「ああ、そっちはますます面倒になるのでご遠慮願います、あの人が関わると面倒を通り越してカオスになるので」

 

基本的に表情は正に鉄仮面で何事にも動じない咲夜ではあるが、レミリアによる「家族への言いつけ作戦」は意外と効果があったらしい。

 

如何に彼女とて、自分の事を弟ならともかく母親にまで言われたくないのだと。

 

「で? お嬢様は私に一体どこまでお求めを? これでも私、館内の整備や警護、食事の用意など完璧にこなしていると自負しているのですが?」

 

「それは当然の行いでしょ、けどアンタって定期的に主である私を何かとコキ使うわよね、風呂掃除やらトイレ掃除やら無理矢理……そういうメイドがやる仕事を私にやらせるの勘弁して欲しいんだけど」

 

「いかに私であってもこの広い館全般を管理する事は不可能に決まってますわ」

 

本来レミリアに出すべきお茶を自分でズズッと飲みながら、銀時とレミリアの間の席に座る咲夜

 

「ですからお嬢様には一日中部屋の中でゴロゴロして堕落した日々を送らせぬ様、私は心を鬼にしてお嬢様に様々な形で体を動かしてもらってるんです」

 

「嘘ばっかこくんじゃないわよ! 私知ってるんだからね! アンタ私に無理矢理掃除押し付けた後パチェのいる図書館で漫画読み漁ってたみたいじゃない! ホントは全然忙しくないんでしょ! 面倒だから私に仕事やらせてんでしょ!」

 

「そんな訳じゃないじゃないですか、どうして私が暇潰しに主に仕事やらせて、その間自分は図書館でのんびり紅茶を飲みながら「ヘルシング」全巻読みふけるなんて真似すると思いますか?」

 

「うおぃ! 全部自分で白状してんじゃないのよ! 隠す気ゼロか! ヘルシング読んでるならウォルター執事を見習え!」

 

「ならお嬢様もアーカードを見習って下さい、同じ吸血鬼として」

 

売り言葉に買い言葉、平然とした様子で全く反省する素振りを見せない咲夜にレミリアはツッコミに疲れてゼェゼェと息を荒げていると

 

さっきから黙って両者の話を聞いていた銀時は眠たそうに欠伸をすると

 

「なんだかんだで仲良いんだなお前等、ダメダメ主とポンコツメイドでお似合いのコンビじゃねぇか、良いんじゃねぇのこのままで?」

 

「良い訳ないでしょ! このままだといずれコイツだけじゃなくて他の奴にもナメられる様になるじゃない!」

 

何を言うかと、ダメダメ主呼ばわりされているのも気づかずにレミリアは断固として拒否する。

 

彼女の望みはただ一つ、この紅魔館の主に相応しいカリスマを持つ主として君臨する事だけだ。

 

「現にフランなんか完全に私の事を下に見てんのよ! 姉としての面子が丸潰れよ!」

 

「お嬢様、妹様がお嬢様をナメているのは私は一切関係ありません、あの方は元からお嬢様を馬鹿にしています、なにせ私との会話の中で妹様がお嬢様を呼称する時は基本「アレ」か「アイツ」ですから」

 

「チクショウ! もうみんな嫌いだバーカ! 全員地獄に堕ちろ!!」

 

 

余計な事を言い出す咲夜からの聞きたくなかった情報に、レミリアは遂に両手で頭を押さえてテーブルに顔をうずめながら子供みたいな事を叫ぶ始末。

 

すると銀時はそんな彼女に向かって頬杖を突きながら

 

「まあそんなクヨクヨするなって、なんだかんだ言ってもここを離れないって事は、別にお前の事が嫌いな訳じゃないって何よりの証拠じゃねぇか、自信持っていいんじゃねぇの?」

 

「そ、そうかしら……確かにみんな主である私に好き勝手言って来るけど、勝手にどっか行っちゃう事は今まで一度も無かったわね……」

 

「それに苦労してるのはお前だけじゃないんだよ、俺も式神の部下がいるんだけど、そいつには毎日のように偉そうに小言言われてるからね、「働いて下さい」だの「遊んでる暇あるんですか?」だの」

 

「ああそれ私も言われてる……よそも一緒なのね」

 

自分もまた部下に色々と言われる立場だと呟く銀時になるほどと頷くレミリア。

 

するとそこへ彼女の従者である咲夜がふと興味を持った様子で彼の方へ振り返り

 

「一体どうしたのあなた? いきなりお嬢様の肩を持ってフォローとか柄にも無い真似するなんて、もしかして奥さんがいなくなったのを良い事に今度はお嬢様を狙ってるの? ロリコンなの? 私の弟はロリコンなの?」

 

「2回もロリコン言うな、いやそういう訳じゃねぇんだけど、なんつうか話聞いている内にコイツが不憫に思えて来てよ、最初はめんどくさかったが話聞いている内に段々可哀想な奴だなと」

 

意外にもあの銀時がレミリアを優しくフォローするなんて思ってもいなかった咲夜

 

どうやら銀時はレミリア・スカーレットという可哀想な吸血鬼に哀れみを抱いて同情しまったみたいだ。

 

「こういう「何百年も生きてるクセに周りにナメられっぱなしのダメダメなロリっ娘吸血鬼」っていうキャラを、昔どっかで会った様な気がするから余計に思う所あってよ、いや正確にはこの世界の俺ではなく別作品の俺が会っていた言うべきか」

 

「急に突拍子もないおかしな話をしだしたわね、あなた頭大丈夫? 一体どこの世界にお嬢様と同じぐらいダメダメで周りにナメられまくってるロリっ娘吸血鬼がいるっていうのよ」

 

「いやさっき一瞬だけだけどなんか頭にぼんやりと浮かび上がったんだよ、金髪でからくり連れた威勢だけは良いアホなロリ吸血鬼が」

 

ずっと昔にこういう光景をどこかで見た覚えがあるなと、銀時がふと不思議に感じながらレミリアを眺めていると、そこへ咲夜がふと彼に対して

 

「よくわからないけどウチの御家事情に首突っ込もうとかするのは止めて頂戴ね、私は私でここを気に入っているから残っているのよ、ここにいればいくらでもお嬢様で遊べるし」

 

「結局遊びたいだけなんじゃねぇか、ったくお嬢様が不憫で仕方ねぇや、よりにもよってこんな厄介な奴に目ぇ付けられちまって」

 

「ホントそうよ! 私って本当に可哀想! だからもっと励まして! 優しくして!」

 

彼女には彼女なりの事情があり、今の生活には十分満足しているらしい。

 

確かにレミリアは主としては少々、いやかなり物足りない器ではあるが、傍にいると退屈しない性格をしているのがよくわかる。

 

なんだかんだでいい組み合わせなのかもしれない、まあレミリアの身が持つかどうかが心配ではあるが

 

「優しくしてあげても良いですがその分厳しくしてもよろしいですか? おやつ作ってあげますからその代わり人里に行って材料買って来て下さい、逆立ちしながら」

 

「弟ぉ! アンタの姉様がまた私をイジメるんだけどぉ!? 頼むからどうにかしてぇ!」

 

「はぁ~……仕方ねぇな」

 

こちらに助けを求めて来たレミリアに銀時はため息を突くと……

 

 

 

 

 

 

「じゃあ母ちゃん呼んでくるわ」

 

「それだけはやめてお願いだから」

 

「ヘルプミー咲夜ママ! あなたの娘さんの件で言いたい事が!」 

 

「お嬢様も悪ノリしないで下さい、あの人なら叫んだらホントに来そうですからマジで止めて下さい」

 

ボソッと呟き最終兵器を投入しようとする銀時に

 

レミリア弄りを止めて即座に勘弁してくれと初めて表情を変えてしかめっ面になる咲夜であった。

 

 

今日も幻想郷は平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、母ちゃん連れて来たぞ」

 

「どうも、娘さんの件で言いたい事ってなに?」

 

「ぎょ! 本当にいきなり出て来たぁ!」

 

「まさか本当に呼んでくるなんて……」

 

咲夜が母親に「弱いモノいじめはいけません」とこってりお説教を食らう5分前

 

咲夜の母親にナチュラルに「弱いモノ」呼ばわりされてレミリアが傷つく5分前

 



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#?? レミリアとアリス

お久しぶりです、前回と同じくオマケ回です。


ここは人間達が集まり生活する人里。

 

そこにある少し大きめな広場にて、七色の魔法使いことアリス・マーガトロイドが日課の人形劇を人間の子供達に見せていた。

 

「そして金太郎は見事に鬼をやっつけ、彼等が盗んだお宝や人々を持って帰ることにしました」

 

あまり他人との接触に積極的では無いし、なぜこういう事をする様になったのかさえ自分でも覚えていないのだが

 

とにかく子供達が楽しみに来てくれる内はやっておくかと軽い感じで行っているうちに現在に至ったのである。

 

「お宝を持ち帰った金太郎は村人達に返してあげ、一部は横領して自分の懐に蓄えて、晴れて勝ち組となり毎日女をはべらしてどんちゃん騒ぎします……」

 

しかしここ最近の彼女が行う人形劇は、何処となく違和感があった。

 

両手の指で釣り糸を垂らし、人形達を操るアリスの表情はどことなく暗い。

 

「年月を重ねるたびに金太郎は堕落していきます……鬼を倒したという功績が元で皆から崇め立てられ、その恩を使って人々から遊ぶ為の金を無心し尽くし……気に入った娘を見つければ声をかけて否応なく手籠めにし……その目は徐々に腐りきった魚のような目となり、かつての英雄の姿はどこにもありませんでした……」

 

そして何より劇の内容にアレンジが施され、児童向けの物語なのに妙に生々しいというかドロドロしている。

 

彼女の前に座り込んで劇を見ていた子供達も徐々に怯え始めてるのをよそに、アリスは肩を震わせ、衝動的になにかを訴えかけるような話し方で淡々と進め

 

「その姿と行いははまさしく鬼そのものでした、そうです、鬼を倒した金太郎は、支配欲に溺れていき、己自身が鬼と成り果ててしまったのです……」

 

アリスの操る人形達はとても可愛らしい見た目なのだが、内容のおかげで逆に禍々しく見えてしまう。

 

遂には一部の子供達が震えか、泣き始めたにも関わらずアリスは劇を止めようともしない。

 

「今となってはもうまともに見る事も出来ないほど醜く腐り果ててしまった金太郎……それに耐えかねて彼を最も影ながら支えていた一人の魔法使いは決めました、かつての英雄がこれ以上堕ちないよう、いっそ自分たちで終わらせてあげようと……」

 

 

 

 

 

 

 

「金太郎は綺麗な月が空に浮かぶ真下で、魔法使いの手によって容赦なく殺されました!! ひゃはははは死ねぇ!!! ざまぁ見なさい! 私を選ばなかった罰よぉぉぉ!!!!」

 

「なにやってんだテメェはァァァァァァァァ!!!」

 

「ぶふぅ!!」

 

子供達に読み聞かせる童話は一瞬にして殺伐とした血生臭い復讐劇

 

血走った眼を光らせながら片方の人形をもう片方の人形でズタズタに引き裂きながら狂気の笑いを上げるアリス

 

そしてそれを後ろから思いきりドロップキックをかますのは幻想郷の管理人、八雲銀時である。

 

人形の舞台と一緒に吹っ飛ばされた彼女は子供達の方に前のめりに倒れると、それが引き金となって次々と子供達は泣き叫びながら四方八方に逃げ惑うのであった。

 

「いたたた……なにするのよ金太郎! せっかく子供達の想像力を豊かにさせる為に人形劇をやってたのに!!」

 

「誰が金太郎だ! ガキ供が逃げたのは俺のせいじゃねぇよ! 想像力どころかトラウマになるモン植え付けてるお前が元凶だろうが!!」

 

逃げて行った子供達を見送るとアリスは恨めしそうに銀時の方へ振り返り睨みつけると、立ち上がって抗議する。

 

しかし実際子供達が逃げた原因は、後半からラストにかけて自分の感情を混ぜ合わせてアレンジし、恐怖の物語を仕上げた彼女の責任であった。

 

「近頃人里で苦情が来てんだよ! 頭のおかしい金髪の魔法使いがガキ供におどろおどろしい人形劇を無理矢理見せてて困ってるって!」

 

「頭のおかしい金髪の魔法使い? やれやれまた魔理沙がなにかやらかしたのかしら、ほんと同じ魔法使いとして恥ずかしいわ」

 

「ちげーよお前の事言ってんの! アイツも大概だけどお前は完全に常軌を逸してるから! ブレーキぶっ壊してフルスロットルで走り続けてるから!!」

 

銀時がここに来たのはちゃんとした理由がある。

 

八雲紫が去ったあと、今の管理人は夫である彼が引き継いでおり、人里で面倒なトラブルが起きればキチンと対応しなければならない。

 

そして今回のトラブルの解決方法は、全く自分が問題の原因だと自覚していないアリスをどうにかする事だ。

 

「お前さ、ここ最近いつにも増しておかしくなってね? なんかもう最初会った頃とは全くの別人なんだけど……幻想郷ではお前、一応良識ある方じゃなかったっけ?」

 

「だ、誰のせいでこんなに苦しんでると思ってるのよ! あの日あなたに襲われ全てを捧げてから! 私の中の歯車は自分でも制御できないほど狂ってしまったというのに!」

 

「こんな人が見てる中で誤解を招く発言すんじゃねぇ!!! 違いますよ皆さん! 俺は別にこいつからなにも奪ってませんからね! ホントこいつ頭おかしいんですよ!」

 

「私の心を奪ったじゃないのぉぉぉぉぉぉ!!! いや心だけじゃ飽き足らず私の貞操も……!」

 

「いい加減黙れテメェはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

野次馬達が様子見にやって来てる中でもアリスの暴走は止まらない、銀時の襟をつかみ上げながら昼ドラみたいな戯言を繰り返し、もはや手に負えない。

 

必死に周りに向かって叫ぶ銀時だが、自分の襟を掴んだまま足から崩れ落ち、「認知してよぉぉぉぉぉぉ!!!」と泣き叫ぶアリスのおかげで誤解を解くのが非常に難しい方向に

 

このままでは「幻想郷の管理人」という立場から、「幻想郷のクズ」として今後見られてしまいかねない。

 

アリスの頭を押さえながら銀時は、いっそ能力を使って彼女を連れてどこかへトンズラしようかと考えていたその時

 

「ねぇちょっと、お芝居はもうお終いなのかしら?」

 

「あん?」

 

抵抗する彼女を銀時が必死に抑え込んでいると、そこへふと、たった一人、この場から去っていなかった一人の子供が話し掛けてきた。

 

人里では見かけない洋風の服装をし、右手に日避けの為のパラソルを持ち、早く劇を続けろと催促する体育座りの少女

 

「で? 金太郎の奴はちゃんと死んだの? どんな風に? 内臓とか脳みそとかちゃんとグチャグチャに飛ばしまくったのよね? 簡単に殺さずちゃんとじわじわと四肢をもいで痛めつけるのも復讐劇として当然よね?」

 

「……なにやってんだ吸血鬼?」

 

こちらにジト目を向けてサラリと残酷な事を口走る少女、否、彼女は紅魔館の主人にして吸血鬼

 

レミリア・スカーレットが銀時が気付かぬ間に、餌である人間達がはびこる人里に堂々と乗り込んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとぉ! 離しなさいよ! 私が何したっていうのよ! この私を誰だと思ってるのスカポンタン!!」

 

「妹にも従者にもゴミ同然に見られてる哀れな吸血鬼」

 

「聞き捨てならないわね! 泣くわよ!」

 

「勝手に泣け」

 

数分後、喚き散らすレミリアを銀時は後ろ襟を掴んで、ズルズルと音を鳴らして人里の中を引きずり回す。

 

理由は明白、人間に危害を加えかねない恐ろしいヴァンパイアを人里から追い払う為だ。

 

人間に慣れてる妖怪やそれ以外の種族ならまだしも、無邪気であり残酷という性格に難のあるレミリアを放置するのは幻想郷の管理人見過ごせない。

 

「あーもう次から次へと仕事が増えてなんなんだよチクショウ……紫に全部任せていた頃が懐かしいよ、つうかあの頃に戻りたい、しがらみもなく毎日ブラブラしてたい」

 

「ククク、滑稽ね過去の女にまだ未練を残してるなんて……」

 

「現在進行形で滑稽な醜態晒してる奴に言われたくねぇよ、周りの目を見て見ろ、みんなお前の事を恐ろしい吸血鬼じゃなくて、可哀そうなモノを見る目になってんぞ」

 

踵を地面につけて精一杯の抵抗するレミリアを連行しながら、そんな状態でもなお嫌味を言ってくる彼女に銀時はけだるそうに返事する。

 

「つうかアイツ(咲夜)はどうしたんだよ、一応お前の従者なんだろ、一緒じゃねぇのか」

 

「咲夜なら私を置いてどっか行ったわよ……なんでもこの辺にある寺子屋で働いてる半妖に話があるとかで……」

 

「半妖……ああ、アイツか……話ってどんな?」

 

「……私を生徒として預けれるかどうか聞いてみるとか言ってたわ……」

 

「マジ? 勘弁してくれよ……」

 

引きずりながらも銀時は普通にレミリアと会話し、彼女の口から色々と情報を探る。

 

なんでも彼女の従者であり、銀時の実の姉でもある咲夜が、レミリアをとある半妖が開いている寺子屋に預けようと考えてるみたいだ。

 

しかしなるべくこの吸血鬼を人里に近づけたくない銀時にとっては眉間にしわを寄せる話だ。

 

「どうしよう私、このままだと人間のガキ供と仲良くお勉強させられる羽目になるわ……そんな事になったもう私の吸血鬼としてのプライドが……」

 

「安心しろ、そんなプライドはもうとっくの昔にティッシュにくるめて捨ててるからお前、テメーの従者に振り回されてる時点でプライドもクソも無いから」

 

「いやまだ挽回のチャンスはあるわきっと……いずれ咲夜に思い知らせてやる、それにフランやあなたにだってね……」

 

「そうかい、期待してねぇで待ってるわ」

 

腕を組み、また不敵な笑みを浮かべてまた悪巧みを我策している様子の彼女を、銀時は冷めた調子でボソッと呟く。

 

すると二人がそんな会話をしているのを、ずっと恨めしそうに見つめながら黙ってついて来た人物が……

 

「なんかその子と随分仲良さげね……私の時よりも楽しく喋ってない? もしかしてこんな小さな子にも手を出そうとしてるの? 私の体だけじゃ飽き足らず今度はロリまでつまみ食いしようとしてるの?」

 

「おい頭のおかしい魔法使い、いい加減にしねぇとお前も人里に入るの禁止にするぞ」

 

ブスッとした表情でいらぬ誤解を抱いている頭のおかしい魔法使いことアリスに

 

銀時は歩くのを一旦やめると、振り返ってしかめっ面で言葉を返す。

 

「つうかもういいだろマジで、いい加減俺の事を引きずらずに忘れて、とっとといつものクールで知的で面倒見のいいまともな子に戻ってくれよ」

 

「あのね、これでも忘れようとしてるのよ、でもそうすればする程、私はあなたの事ばかり考えるようになって、それで怒りが込み上げてくるの」

 

「へー怒りってどんな?」

 

こうして一緒にいる内に少しは落ち着いたのか、とち狂った叫びもせずにアリスは真面目に銀時の問いに答えてくれた。

 

「さっきその吸血鬼が言ってた通りよ、あなたはまだ彼女の影を追いかけている。八雲紫、いや、”八雲紫だった存在”を」

 

「……」

 

「前に霊夢から聞いたのよ、あなた、暇さえあれば彼女の手がかりを必死に探し回ってるんでしょ?」

 

アリスの口から予想だにしない人物が挙げられ、銀時は思わず口を閉じて黙り込む。

 

そしてこちらにそっぽを向いてまた歩き出す彼に対し、アリスはなおもついて行きながら静かにため息をつく。

 

「私にとってそれが最も腹が立つのよ、失ってもなお、彼女の事を諦めようとしないそんなあなたにね……全くどんだけ想ってるのよ彼女を、張り合ってる私が惨めになるじゃないの」

 

「……我ながら女々しいとは思ってるよ、ぶっちゃけ、頑なに俺に固執し続けるお前と大差ねぇって自覚もある」

 

この世界を作った張本人である八雲紫は、今はもうここにはいない。

 

しかしそうだと言って彼女は死んだ訳ではない、きっとどこか別の場所で生きていると銀時は信じつけているのだ。

 

例えそれが八雲紫としてでなく、別の姿になっていても、彼女に対する想いは決して変わらない。

 

「昔初めて会った時、”俺はアイツを拾った”、いや今考えると”俺の方が拾われた”のかね……どっちにしろそん時から俺達は繋がった、誰であろうとぶった斬れねぇ鎖で結ばれてな」

 

「……」

 

「まあ、会ったばかりの頃はそんなこと気付かず、別の女と繋がったりしたけども」

 

「おい」

 

後頭部を掻きながら一言余計な事を付け足す銀時に思わずツッコんでしまうアリス。

 

「ま、そんなこんなで俺はまだアイツと繋がっていると確信しているんだわ、だから俺は絶対にアイツを見つける、例えどんな事をしてでもまたアイツを探して拾ってやる、それが八雲銀時として、”宇佐美蓮子”としてやるべき務めなんだよ」

 

「……宇佐美蓮子って誰よ?」

 

「……さあな」

 

意味深めいた事を言いながらも、自分はこれからも彼女との再会を諦める気は微塵も無いと宣言する銀時に

 

アリスは小首を傾げながら、やはり面白くなさそうな表情を浮かべながら彼の隣を並走する様に追いつき

 

「いいわ、それなら私にも考えがある、あなたが八雲紫を諦めない限り、私も絶対にあなたの事を諦めない」

 

「いやそこは諦めてくれよ、頼むから、300円あげるから」

 

「……だからあなたも絶対に諦めるんじゃないわよ、もう一度彼女に会えることを」

 

「……へ?」

 

ぶっきらぼうに言いながらも、僅かに口元に笑みを浮かべ、アリスは銀時の背中を押してやる事にした

 

彼の目的が叶えば、また自分の想いは彼から遠ざかってしまう、しかしそれでもやはり

 

やはり彼には彼女が必要なのだと理解している自分がいる。

 

だって彼は、彼女の傍にいてこそ八雲銀時なのだから

 

「互いに頑張りましょう、叶うかどうかわからない夢を目指して」

 

「……はん、精々この銀さんの浮気心を持たせるぐらい良い女になって見せろや」

 

「ええ、期待して待って頂戴、最後に笑うのは私」

 

なんとも歪な約束だなと、思わず笑ってしまう銀時にアリスもニヤリと笑い返す。

 

どちらが先に自分の目的を叶えられるのかという勝負、その勝敗が付くのはまだまだ先の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてずっと銀時に引きずられながら、腕を組んで黙り込んでいたレミリアもまた

 

「そうね、己の夢、己の野望を諦めちゃったらそれこそ試合終了じゃない……よし、私は決めたわ!」

 

 

 

 

 

 

 

「近い内! 必ず咲夜を私に従順なメイドにしてやるんだから!!」

 

「「それは無理だわ」」

 

「なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

無謀にも拳を掲げて意を決して、絶対にあの畜生メイドを更生させえると宣言を放つ彼女に対し

 

銀時とアリスは冷めきった表情で、綺麗にハモるのであった。

 

 

 

 

 




最近筆のスピードが急激に落ちた私、すみません、今連載している作品をストップさせてる状況で……

とりあえず予定としては

ディズニー×ダンまち

ヨシヒコ×オバロ

ディズニー×ダンまち

銀魂×sao

ディズニー×ダンまちor銀魂×ネギま

と順に書いていこうと思います。

投稿ペースが前みたいに戻ったら、また週3投稿にしようと思います、それでは


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