我が家のジャンヌ・オルタちゃんは不器用可愛い (あーさぁ)
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二人で迎えた朝は

 

 ふと目が覚めると、自分が裸であることに気付いた。少し首を曲げると見慣れた風景、そこは間違いなく自分の部屋。だが、今この瞬間、通常ならば自室に居るはずのない誰かの吐息が聞こえる──規則正しい寝息を追うと、密着している肢体から伝わる体温、それは愛する人(ジャンヌ・オルタ)のモノ。

 

 同じベッドの中、同じく一糸纏わぬ姿のまま隣で眠るジャンヌ・オルタ。そんな彼女の寝顔を覗き込むと、人の腕を枕に、どこか幸せそうな表情。完全に眠っているので無意識なのだろうが、掛け布団の下では彼女の片腕が背中へと回され、細くしなやかな脚が巻き付いている、いわば抱き枕状態。

 

「……ん、ぅ……、……んーっ……すぅ……」

 

 こちらの僅かな身動ぎに反応し、ジャンヌ・オルタは先ほどよりも背中へ回す腕に力を込め、座りが良い場所を求めて脚を絡めてくる。柔らかい太股が腰の辺りを圧迫し、胸板へ彼女の豊満な乳房が押し付けられると──すごく、落ち着かない。嫌ではないのだが、このままではイケナイ欲求が沸き上がってきそうだ。

 

「……ん、ぅ……っ……ふ、ぁ……、……んぅ?」

 

 なんてこちらの葛藤を余所に、ジャンヌ・オルタは小さな欠伸と共に、僅かだが瞼を持ち上げた。まだ夢見心地な彼女の瞳は焦点が合っておらず、どこかボーッとした様子。だが、ふと嬉しそうに微笑むと顔を近付けてきて──彼女と唇が、触れ合う。軽く、触れるか触れないかという微妙な接触、ちゅっ、ちゅっ、と、小鳥がついばんでくるような優しい口付け。

 

「……ちゅっ、んっ……っ……んぅっ……んーっ、んふふぅ……」

 

 夢見心地というよりは、完全に寝惚けている、らしい。口付けの後ジャンヌ・オルタは満面の笑みを浮かべ、まるで甘えてくる猫のように額や頬を首筋へ擦り付けてくる。どこか甘い匂いを振り撒きながら、肌触りの良い髪と、陶器のような彼女の頬の感触──本当は起きてて、悪戯されてるんじゃないかと邪推してしまうほどに彼女の行動はあざとい。なんだ、この可愛い生物。

 

──結局、そんな年頃の青年には苦しい生殺しは

 

──彼女が完全に覚醒するまで、続いてしまった

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「……あー、ホント最悪。バカッ、すけべっ、死ねばいいのに」

 

 あの後、それほど待たずしてジャンヌ・オルタは目覚めてくれた。それは良いのだが、どうやら寝惚けていながらも彼女には薄ぼんやりと記憶があったようで──覚醒するなり「う"ぁ"ぁ"ぁ"」なんて奇声を上げてベッドから転がり落ちるわ、痛みと羞恥に焼かれ床上で悶え始めるわ、それはもう酷い取り乱しっぷりだった。

 

 何とか落ち着けることに成功したのが、つい数分ほど前の話。とりあえず裸なのは如何なものかと服を着るように促したのだが「普段着は動きにくいから嫌」と駄々をこねられ、仕方なくクローゼットの中の服を貸してやることにした──の、だが、よりにもよって彼女が選んだのは……

 

「……っ……ッ!! ま、まじまじと見ないでよ、バカ……」

 

──こちらの視線に気付き、頬を紅潮させ視線を逸らすジャンヌ・オルタ

 

──そんな彼女が纏っているのは男物の、白いYシャツ

 

──もちろん、サイズなど合うわけがない

 

 前を閉めボタンは止めているものの大きく開いた襟元からは彼女の鎖骨が見え、長い袖は彼女の掌を出すことさえ許さず、せいぜい指が顔を覗かせる程度。それだけでも絶大な破壊力、魅力を撒き散らしているというのに──極めつけは裾部分、辛うじて局部は見ることが叶わず、そこから伸びた彼女のしなやかで肉付きの良い脚が伸びている。

 

──まったくもって、目に毒でしかない

 

 だから、というわけではないが、ジャンヌ・オルタも唸っているので、言われた通りに視線を外す。直視しないよう目線を逸らしたものの、棒立ちというのもバツが悪い──寝起きということもあってか、ちょうど喉も渇きを訴えてきているし、退避がてら飲み物でも用意するとしよう。

 

「は? 飲み物? え、と……その……っ……任せる、わ」

 

 希望を聞いてからベッドへ座って待つよう促してから、冷蔵庫を開ける。するとミネラルウォーターが入ったペットボトルが数本、あとは果汁ジュースだったり炭酸飲料だったり。正直なところ、ジャンヌ・オルタが好みそうな飲み物は見付けられない。少し手間だが、珈琲でも入れるとしよう。

 

 水場へ移動しポットの水を入れ替え湯を沸かしている間に、カップを二つほど用意。一つは自分のお気に入り、もう一つは客用の真っ白で何の柄も入っていない陶器のカップ。あとは、珈琲の粉やシュガースティックなどを準備して──と手際よく作業していたのだが、ふと気付いた。背中へジャンヌ・オルタの視線が刺さってくることに。

 

 首を曲げ様子を伺うと、ジャンヌ・オルタは言われた通りにベッドへ腰掛けていた。ただ、どこか不機嫌そうな、それでいて困惑したような表情を浮かべている。まだ朝の失態が尾を引いているのかと思ったが、どうやら違うらしい──よくよく観察してみれば、そう、落ち着きがない、と言えば良いのだろうか。彼女は着ているYシャツへ視線を落としてみたり、こちらを睨んでみたり、不意に顔を綻ばせたり、と表情に一貫性がない。

 

 それを指摘して怒られるのも嫌だし、ちょうど湯も沸いたので気付かないフリ。さっさと珈琲を完成させると二つのカップへ珈琲を注ぎ、片方をブラック、もう片方には砂糖とミルクを加え微糖にして完成──二つのカップの縁を持ち、ベッドへ座って不機嫌そうなお姫様(ジャンヌ・オルタ)へ歩み寄る。

 

「え、あぁ……じゃあ、砂糖とミルク入ってる方、もらう……わ」

 

 どちらの珈琲が良いか聞いてみると、予想外にも彼女が選んだのは微糖の方。いや、"黒"というイメージがあったからブラックを選ぶかな、なんて考えてはいたが、それは偏見でしかなかったらしい──ともあれ熱いから、と注意しつつ差し出すと、彼女は少し怯えながらもカップを受け取ってくれた。

 

「んっ……や、安物ね……まっず……」

 

 ジャンヌ・オルタはカップを傾け、中身を一口。次いで口から出てきたのは酷評、しかし口ではマズいなんて言いながらも彼女が傾けるカップは一向に口から離れない。火傷しないよう、ゆっくり、味わうように何度も喉を揺らしている様は彼女の本心(美味しい)の現れだろう──ホント、壊滅的に素直じゃない。

 

 漏れてくる苦笑を堪えながら彼女の隣へ座ると、ブラック珈琲を一口。苦味が口の中へ広がり、熱い珈琲が喉を通っていくと体の内側から暖かくなっていく──

 

──緩やかで、穏やかな時間

 

──しばらく部屋の中では、珈琲を啜る音だけが、鳴っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

 

「はい、借りたシャツとカップ……じゃあ、ちゃんと返したから……ッ!!」

 

 夕方、わざわざジャンヌ・オルタが部屋を訪れてきたから何事かと思ったが、朝に貸したYシャツとカップを返しに来てくれたらしい──差し出された物をこちらが受け取るや否や、彼女はそそくさと逃げるように部屋から出ていった。なんでそんなに急いでいるのだろう?

 

 それにしても──

 

 洗って返すから、なんて朝方にYシャツとカップを持っていった時は信じられなかったが、ホントに二つとも洗ってある。ただ、まぁ、その、なんだ、Yシャツの方は畳もうとしてくれたんだろう、変なところにシワが付いてて、折れ方も不自然で、仕上がりは不恰好だけど──うん、根は真面目というか、素直なんだよね。ただ、ものすごく不器用なんだよね、分かってる、知ってた。

 

 明らかに妙なクセのついたYシャツをクローゼットへ仕舞い、カップを元の位置へ置こうとした時、ふと気付く。カップの裏面へ、何やら文字が書かれている──裏返してみると決して綺麗とは言い難いが、一画、一画を丁寧に書いたであろう慎重さが伺える文字。解読してみると、何のことはない。これは、彼女の声のない言葉。

 

 

 

──"ジャンヌ・オルタ専用"と書かれたカップの意味するところは?

 

──決まっている、"次の機会"のためだろう

 

 

 

 このカップは、もう客用ではなくなった。どこぞのワガママで、壊滅的なまでに素直じゃない聖女様の専用カップになってしまったらしい。戸棚を開け、自分用のお気に入りカップの隣へ、そのカップを置く──また、すぐにでも"これ"を使う機会があるだろう。そう考えると、顔が綻んでいくのを止められない。

 

 

 

──戸棚を閉める瞬間、仲良く並ぶ二つのカップが

 

──部屋の照明に照らされ、嬉しそうに光った気がした

 

 

 




寝惚けたジャンヌ・オルタに甘えられた後、裸Yシャツ強要して罵られながらも一緒に珈琲が飲みたい人生だった(死亡)


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言葉では伝えられないから

 

 夕方、クエストを終えてカルデアへ帰還するなりジャンヌ・オルタに捕獲されてしまった。怒り心頭な彼女の口汚い言葉から推測するに、何やら書いている時に"アルトリア・オルタから「これは何と書いてあるんだ?」"なんて突っ込みを喰らったらしく──何故、どういった経緯で、とは聞けなかったが、要するに悔しかった、気に入らなかった……らしい。

 

──というわけで、というか拒否する暇も与えられないまま

 

──ただいま、絶賛、自室で赤ペン先生をやらされている

 

「はい、これで完璧でしょ?」

 

 自室の中央辺りへ置いた椅子へ座り、簡易的な机上へ広げられたノートと教本を見比べていたジャンヌ・オルタが自信満々な様子で顔を上げる。どやぁっ、と典型的なドヤ顔を見せる彼女の傍らへ寄り開かれたノートを覗き込んでみると──うん、すごく、読み難いです。スペルは合ってるし、使い方も正しい、ただただ、読み難いだけだ。

 

「な、なんでよッ!? 読めるでしょ、これッ!!」

 

 むーっ、と不満そうに頬を膨らませるジャンヌ・オルタ。その表情は、つい頭を撫でて慰めてやりたくなる。が、ぐっ、と堪えた──代わりに手を伸ばすと、ペンを握る彼女の手へ掌を重ね、握る。

 

「……、……っ…………ッ!!」

 

 暖かく柔らかいジャンヌ・オルタの手、肌触りの良い手の甲、細く長い指先は、いつまでも握ったまま離したくないとまで思わせるほどに繊細で、小さかった──あまりにも突然のことに彼女は驚いた様子だが、あえて気付かないフリ。いま彼女は勉強、もとい、字の練習中だ。余計な感情、思いは棚上げ。赤ペン先生としての義務を、果たす。

 

 そもそも、字が読みにくい原因は分かっている。それは彼女の書き方によるもの、簡単に言えば癖だ。字とは本来、書く順番が決まっているもの、それを彼女は知らずして書こうとしているから形が崩れてしまう。言うなれば、今のジャンヌ・オルタは文字を書いているのではなく、文字に似た図形を書いているようなモノ。

 

 だからこそ重ねた手で、ノートへ正しい書き順を経て文字を綴っていく。教本にある一文を丁寧に、ゆっくりと、ジャンヌ・オルタを促すように。文そのものではなく、形を模写するだけではなく、アルファベットの一つ一つを確かめるように。

 

──そして、しばらくの間

 

──ノートにペンを走らせる音だけが、部屋へ響く

 

「……ち、ちょっと……、……も、ぃいっ、から……それに顔、近い……」

 

 そんな時、ふとジャンヌ・オルタに言われたことで、ようやく気が付けた。もう少し顔を出せばキスができるほどの至近距離に、ジャンヌ・オルタの横顔があることに──気恥ずかしそうに俯いた顔は表情を判別し難いが、赤くなっている頬と耳で大体は察することができた。今の今までは気にしていなかったが、成る程、たしかにコレは恥ずかしい。

 

 言われるがままにジャンヌ・オルタの手を離し、顔を上げる。しばらくは無音、沈黙が部屋へ充満するも、ふと思い出したかのように彼女は模写を再開、再び紙の上をペンが走る音が聞こえてきた──気にしてません、意識してません、なんて背中が語っているが耳が真っ赤、バレバレである。

 

 とはいえ、指摘はしない。おそらくは照れ隠しなのだろうが、せっかく模写を再開したのに余計な会話で彼女の集中を切るのも気が引ける──ここは一つ、休憩のための布石として、お茶の用意でもしておこう。珈琲と、あとは何か甘い物でもあればいいが。

 

 

 

──なんて思案しながら彼女から離れ、キッチンへ向かう

 

──あまりにも集中していたせいか、気付けなかった

 

──どこか不機嫌そうに頬を膨らませる、彼女の視線に

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタの模写を見始めてから、もう数時間が経過した。夜の帳も落ち、そろそろ深夜に入ろうかという刻限。余談だが、彼女の名前が入った専用のカップへ珈琲を注ぐのもこれで4度目である──だというのに、いまだに彼女は真剣な面持ちで教本の文字を追い、ノートへ模写し続けている。

 

 ちらっ、と彼女がペンを走らせるノートを覗き込むと、当初に比べ随分と文字が綺麗になっていた。教本の一文を模写し、自分が納得したら次の一文へ、という極めてスローペースだが自分に厳しいジャンヌルールの成果が出ている──何だかんだで、やはり彼女の本質は真面目、それも優等生になれるほどのポテンシャルを持っている。にも関わらず悪ぶったり他人から嫌われようとするのは、たぶん在り方の問題なのだろう。いやはや、難儀なコトだ。

 

「……よしっ、終わりっ、と……えーっと、次は……」

 

 なんて考えていると、ジャンヌ・オルタは教本へ視線を移しページを捲ろうとする。真面目なのは結構、むしろ大変よろしい。だが流石に、そろそろ勘弁願いたい。ページを捲ろうとする彼女の手首を掴み遮ると、非難の目を向けてくる彼女を尻目に壁へ掛けられている時計を指差してやった。

 

「あら、もうこんな時間だったのね……気付かなかったわ」

 

 どうやら、本当に時間の感覚が無かったらしい。驚いた、と目を丸くしたジャンヌ・オルタは、ひたすら机へ向かっていたせいで固まった体をほぐすように背中を逸らし、伸びを一回。途中、背中を逸らしたことで彼女の胸元が強調されたので、慌てて視線を逸らす──その途中、照れ隠しというか、話題逸らしというか、ついつい問い掛けてしまった。

 

 

 

──何故、時間を忘れてしまうほど練習に没頭するのか?

 

──何故、これほどまでに真剣なのか?

 

 

 

 と──

 

「……ぇ、ぁ……それ、は……っ……そのっ……」

 

 こちらの疑問を受けて、ジャンヌ・オルタは言葉を濁す。さらには歯切れ悪く、視線を迷わせるという挙動不審のオマケ付き──しかし、何やら観念したような、それでいて気恥ずかしそうに顔を俯かせると、ボソッ、と呟いた。

 

 

 

「……な、名前とか、やっぱり綺麗に書きたい……じゃない……そのっ……契約書、っていうか……っ……、……ここっ……こ、んぃん……とどけ、っ……とか……」

 

 

 

 言い終わった瞬間、ジャンヌ・オルタが勢いよく立ち上がる。その時の彼女の横顔、頬どころか耳まで真っ赤だったのは見逃さなかった。羞恥で頭から湯気を出すのでは、と心配になるほど──あまりにも突然で嬉しい一言に頭はショートしてしまい、上手く働かない。そんなこちらの事情を知ってか知らずか、彼女は足早に机から離れていく。

 

 ジャンヌ・オルタが向かったのは、自室とシャワールームを繋ぐ扉。荒々しく扉を開けた彼女は捨て台詞のように「着替え用意しといて」なんて言い残すと、シャワールームの中へと消えていった──扉越しに「う"ぁ"ぁ"ぁ"」なんて彼女の奇声が聞こえたが、むしろ奇声を上げたいのはこっちだ。

 

 

 

──顔が熱い、心臓が早鐘を打つ、口端が吊り上がるのを止められない

 

──色々と突然で、いまだに上手く頭が働かない

 

──ただ、だからこそ、今やらなければならないことをしよう

 

──そうだ、考えるのは後だ

 

 働かない頭でそう結論付けた(問題を棚上げした)後クローゼットへ向かい、もはや自室での彼女の普段着になりつつあるYシャツを引っ張り出す──準備が終わってからも、やはり頭は回らない。どんな顔をしてシャワールームから帰ってくる彼女を迎えればいいのだろうか、なんて言葉を掛ければいいのだろうか、と脳内で思考は袋小路に入り込む。

 

 

 

──そして、とうとう……考えるのをやめた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

 

「おい、マスター」

 

 カルデア内を歩いていると、アルトリア・オルタに呼び止められた。振り返ると、いつもと変わらぬ能面のような感情を伺えない表情。だが、あえて言えば、そう、何やら楽しそうな様子──常に威圧感を漂わせている彼女にしては珍しく、どこか柔らかい雰囲気を纏っているような気がする。

 

「ジャンヌ・オルタから何か貰ったか?」

 

 はて、何故そのようなことを聞いてくるのだろう?

 

 直近では彼女から贈り物を貰った記憶などないし、そもそもアルトリア・オルタの質問の意図が分からない。どういうことなのか聞いてみると、彼女は溜め息混じりに首を左右へ振り──にやりっ、と意味深に微笑んだ。

 

「いやなに、私の勘違いだ、忘れろ──」

 

 「そうかそうか」、なんて一人だけ納得した様子のアルトリア・オルタは踵を返し行ってしまう。彼女の言動の意味、深意が理解できない。何が何やら、と思い考えてはみるものの答えが分かるはずもなく──早々に思案を諦めると、さっさと自室へと向かう。

 

 

 

──その後は、特に誰へ呼び止められることなく自室へ到着

 

──部屋へ入ろうとした時、ふと目に留まったモノがある

 

──自身の目線の高さで、ドアへ張られていたモノは

 

──ピンク色の可愛らしい、フォウくんらしき動物がプリントされた便箋

 

──はて、こんなモノ部屋を出る時にあっただろうか?

 

──よく見れば便箋に、すごく見慣れた"誰か"の文字が書いてあった

 

 

 

──ただ一行だけ、"貴方を愛しています"と

 

 

 





ジャンヌ・オルタにラブレターを貰いたい人生だった(死亡)


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一緒に居たいの

 

 クエストから帰還した直後、どっと疲れが押し寄せてきた。朝から晩まで特定の素材を狙って幾度となく特定の地域を探索し続けた結果、疲労はピークに達している。ただ幸いなことに夕食はレイシフト先で済ませておいたから、あとは自室へ戻り眠りに着くだけ。

 

 本当はシャワーを浴びてからベッドへ入りたいが、そうも言ってられないほどに体は休息と睡眠を求めている。体を清めるのは明日にしよう──なんて考えていると自身の進行方向に、廊下へ背中を預けるように佇む人影が居たことに気が付いた。

 

「やっと戻ってきた……って、酷い顔してるわよ。元から酷いけど、今日はさらに酷いわ。控えめに言って、目も当てられないくらい──」

 

 待ち伏せていたのは予想通り、どこか不機嫌そうな表情のジャンヌ・オルタ。彼女が仏頂面を浮かべている理由は分かっている、今日は彼女に同行を依頼しなかったからだ──今朝、留守番するよう伝えた時と同じ表情。どうやら一日経っても彼女の機嫌は直らなかったらしい、朝方ぶりに再会したというのに彼女の口から出た辛辣な一言は、ついつい苦笑を浮かばせてしまう。

 

「……っ……ちょ、ちょっと、本当に大丈夫……?」

 

 だが、どうにもジャンヌ・オルタの様子がおかしい。廊下の壁から背中を離すと小走りに駆け寄ってくる、そして目の前まで来たは良いものの酷く慌てた様子。明らかに狼狽えている彼女は、不安げな表情で見上げてきた──どうやら、本気で心配してくれているらしい。それほどまでに、今の自分は酷い顔色をしているのだろうか?

 

「……ホラ、腕貸しなさい……っ……歩ける? 無理しないでよ?」

 

 壊れ物を扱うように優しく、何の躊躇いもなくジャンヌ・オルタはこちらの腕を取ると体を寄せてきて、自らの首へと回す。第三者が見たら、自分がジャンヌ・オルタの肩へ手を回しているように見えたことだろう──まぁ実態は、体を支えてもらっているだけなのだが……

 

 ふわっ、と鼻先を掠めていくのは女性的な香り、あまり意識したくはないが、密着した彼女の肢体の柔らかさと暖かさを衣服越しに感じながら歩き出す──二人して体を寄せ合いながら歩くこと数分、気付けば、すぐそこにジャンヌ・オルタの顔。やはり、どこか心配そうな、不安げな表情。

 

 大丈夫だから、ただ疲れてるだけだよ、と安心するよう言ってやってもジャンヌ・オルタの表情は変わらない。今にも泣き出してしまいそうな表情は、何とかして慰めてやりたくなるほどに弱々しくて……

 

「疲れてるだけにしては、顔色が悪すぎると思うんだけど……ホラ、もう貴方の部屋に着くから、しっかりしなさいよ……ッ!!」

 

 もう支えられているというより引き摺られているのだが、足が動かないので仕方がない。心なしか霞んできた視界で、ジャンヌ・オルタが慣れた手付きで自室のドアを開けてくれたのが見えた──と、どうやら自室へ戻ったことで安心してしまったらしい。もう、まったく腕や足に力が入らなくなった。

 

 

 

──霞む視界、襲ってくる激しい眠気、自由の利かない体

 

──寄り添うジャンヌ・オルタの体温を感じながら

 

──彼女の声が、どこか遠くで聞こえたような気がした

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタは、いきなり自身が支えているマスターが完全に脱力したことに驚いた。先ほどまでは足を引き摺ってはいたものの、歩こうとしてくれていた。憎まれ口しか叩けなかったが、声を掛けると弱々しい声だが返事をしてくれた──だが、今のマスターは無反応。

 

「……っ……ね……ねぇ、ちょっと……マスターッ!?」

 

──声を掛けても返事はない

 

──揺らせども動く気配がない

 

 焦燥に駆られるジャンヌ・オルタは狼狽えた様子で、脱力したマスターをベッドへ寝かせる。仰向けで寝かせた彼を見下ろすと、やはりその顔には生気がない。およそ健康とは言い難い土気色──服の上からでも分かるほどに男性らしい胸板は一定間隔で揺れ、規則正しい寝息を立てていた。

 

「息は、してるわね……でも、顔色が悪い……っ……」

 

 その時、ふと、生気のないマスターを見下ろしているジャンヌ・オルタの胸に不安が過る。それは、マスターの命が失われるかもしれないという恐怖。ただ疲れているだけだと言っていた、眠りたいだけだと言っていた、でも、それでも、"もしかしたら、もう目を覚まさない"のではないか、という小さな恐怖を──

 

 そんなワケがない、とは思いながらも意識してしまっては止められない。どんどん不安は大きくなり、無性に声が聞きたくなってしまう、起きてほしいと思ってしまう、その想いから彼女膝を折るとベッドの脇へ膝を突き、眠る彼へと囁きかけてしまう。

 

「ねぇ、起きるわよね? ちゃんと目、覚ますわよね?」

 

 

 

──問い掛けに、反応はない

 

 

 

 ただ眠っているだけだ、大丈夫、もう目覚めないなんてありえない。けれども意識してしまった、不安の影に囚われたジャンヌ・オルタの心中は悪い予感、悪い結末ばかり想像してしまう。意思では止められない、考えるのを止められない、際限なく沸き上がってくる不安は、恐怖へと変わっていく。

 

──もう彼の人懐っこい笑顔が見れない

 

──もう彼に真っ直ぐ本気で叱ってもらえない

 

──もう彼に頭を撫でてもらえない

 

 "その結末"を想像し、冷たくなった彼を想像し、ジャンヌ・オルタの理性は砕かれた。緩んだ涙腺からは大粒の涙を流し、恥も外聞もなく顔をクシャクシャに歪め、まるで幼い子供が駄々を踏むように泣き出した──不安から変化した恐怖が、彼女の心を揺らす。

 

「……っ……ぁ……ゃ、だっ……ひぐっ……死んじゃ、やだっ……いゃ、っ……いやぁぁっ……起きてよ……ッ……起きなさいよ、バカッ……ぉ……置いて、ぃかないで……ぇ、ぐっ……あぁぁ……」

 

 自制ができない、溢れる涙を止められない、揺れる視界そのままに、ジャンヌ・オルタは涙で歪んだ顔をマスターの胸板へ落とした。ベッドの傍らへ膝を突き、すがるように、彼の衣服へ涙が落ち染み込んでいくが、今の彼女は気にも止まらない。ただただ、彼女はマスターを失うことへの恐怖に、身を焼かれていた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。いつも目を覚ました時に見る見慣れた天井は、"ここ"が自室なのだと教えてくれる。背中へ感じる柔らかい感触は、おそらくベッドだろう。ということは、今の自分は自室のベッドへ仰向けで眠っていた、ということだ──だが問題、というか疑問が二つほどある。

 

 一つは、なぜ自分が自室で寝ていたのか、ということ。

 

 そして、もう一つは……

 

「……う"ぅ"……ッ……ぇぐっ……、……あぁ"……ますたぁ……ッ!!」

 

 仰向けになった自分の胸板へ顔を押し付け、涙声を溢すジャンヌ・オルタの存在だ。何というか、この状況についていけない。どうしてこうなったんだっけ、と記憶の引き出しを開けると、おぼろげながら思い出してきた。クエストから帰還して、ジャンヌ・オルタに出迎えられて、部屋まで肩を借りたは良いものの、そこで安心して──そこから先は、覚えていない。

 

 つまるところ気を失ったのだろう、というのは察した。あとはジャンヌ・オルタが泣いている理由だが、こっちはサッパリだ──けど、大切なのは理由じゃない、と苦笑が浮かぶ。何故かは分からないが愛する人(ジャンヌ・オルタ)が泣いている、それは駄目なこと、嫌なことなのだ。

 

 そう頭で考えると、体は勝手に動いた。寝起きで怠い体、重い腕を上げジャンヌ・オルタの頭を撫でる。サラサラとした肌触りをしている彼女の髪を鋤くように、できる限り優しく、ゆっくりと──すると、頭を撫でられる感覚に驚いたのか彼女が顔を上げる。

 

「……ぅ"っ……っ……、……ぁ……」

 

 その泣き顔は、いつもの凛々しく覇気に満ちているものではなかった。ボロボロと瞳から流れる涙をそのままに、まるで小さな子供のよう。ジャンヌ・オルタが泣いている理由は分からないが、その顔は、似つかわしくない。

 

 わざと悪ぶって、自分から嫌われようとする天の邪鬼。でも、知っている。本当の彼女は優しくて、根は真面目で、意外に不器用で、寂しがり屋なことを──だから、こんな顔(泣き顔)は彼女に似合わない、相応しくない。

 

 なんて考えていると、いきなりジャンヌ・オルタが抱き付いてきた。細い両腕を首に回してきて、頬と頬を密着させてくる。溢れてきた涙であろう湿り気を頬に感じながら、耳元に寄ったことで大きくなった彼女の嗚咽。

 

「……も、ぉ……目、ぇ……覚まさない、かもっ……てっ……かん、がぇたらぁ……ッ……」

 

 眠いだけと伝えたはずなのだが、その言葉から、彼女が不安を感じて泣いていたであろうことは察することができた。心配してくれた、という事実に込み上げてくる思いがあるか、まずは、その前に──泣いている彼女を、そのままにはしておきたくない。

 

 

 

──怖かった?

 

 

 

「……、……っ………」

 

──いまだ嗚咽が鼓膜を叩いているが

 

──密着した彼女の頭が、頷いたように身動ぐ

 

 

 

──心配させて、ごめんね

 

 

 

「……………ッ……」

 

──ぎゅっ、と首に回る彼女の両腕に力が込められた

 

──さらに強く密着してきた彼女の柔らかい頬

 

 

 

──大丈夫、大丈夫だから

 

 

 

「……………………」

 

──安心させようと軽く彼女の背中を叩くと

 

──彼女は体を弛緩させ身を預けてきた

 

 

 

 ベッド上で抱き合う形となって、その後も何度か言葉を掛けながらジャンヌ・オルタを慰め続けた。その甲斐あってか嗚咽は収まり、頬に感じていた涙であろう湿り気も感じられなくなる──ようやく落ち着いてきた、そう思い身を離そうと彼女の肩へ手を掛けた、その時。

 

──ぎゅぅっ、と更に彼女の両腕が強く首へ巻き付いてきた

 

──身を離そうとしたのを察して、だろう

 

「…………………」

 

 "離されないように"両腕の力を強めたのは間違いない、つまりそれはジャンヌ・オルタが"離れたくない"と言っているのと同意。ためしに聞いてみるも反応はない、頬を密着させているせいで彼女の表情を確認することもできない。

 

 

 

──あの、離してくれない?

 

「……やだ……」

 

 

 

──部屋に戻らないの?

 

「……いい、今日はここで寝る……」

 

 

 

──お、襲っちゃうぞー?

 

「……ッ……、……す、すきに……すれば……?」

 

 

 

 どうやら、取り付く島はないらしい。それにしても驚いたのは最後、冗談だったのだが彼女の体がビクッ、と跳ねたのは見逃さなかった。おまけに、「好きにすれば?」ときたものだ。あまりにも可愛らしいジャンヌ・オルタの言動に苦笑が浮かんでくるが、見られなかったのは幸いだろう。

 

 ともあれ部屋へ戻るよう強要しても、また泣かれてしまいそう。それは、とても困る。どうやら今夜は、彼女と同じ布団で眠るしかなさそうだ──が、まずは体を密着させているせいで彼女の肢体の感触に触発され、下半身で暴れ始めているモノに自制を掛けるのも限界なわけで。

 

 

 

──承諾も得たことだし、いいよね?

 

 

 

 この後、滅茶苦茶セックスした。

 

 

 




泣いてるジャンヌ・オルタ慰めた後、泣いちゃったのをネタに言葉攻めしながらセクロスしたい人生だった(白目)


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でも、それでも、構ってほしい

 

「──ねぇ、暇なんですけどぉー?」

 

 そろそろ夕刻を越え夜に入ろうかという時分、ジャンヌ・オルタが自室を訪れてきた。部屋へ迎え入れるや否や、彼女は慣れた様子で備え付けのクローゼットからYシャツを取り出し着替えるとベッドへダイブ。それが、十数分前の話──今現在、彼女は不満そうに頬を膨らませながらベッド上でゴロゴロと転がっていた、咎めるような視線のオマケ付きで。

 

 だが、あえて無視。

 

 何故なら、こちとら最も重要な仕事の真っ最中なのだ、ジャンヌ・オルタには悪いが構ってなどいられない。なにせ今やっている仕事は、サーヴァント達のための"意見書"の処理。つまり苦情や意見、要望などを確認しているところなのだから。

 

 たかが苦情と侮るなかれ、その苦情や意見、要望の出所はサーヴァントだ。"その気"になれば人間など瞬殺され、カルデアなど簡単に吹き飛ばせるほどの力を持った英雄達の苦情。もし、不満を抱えたサーヴァントが暴走でもしたらカルデアは壊滅、すなわち"世界の終わり"──ここまで言えば、この"仕事"の重要性は理解してもらえると思う。

 

「……むぅっ……」

 

 そんなこちらの心境などお構い無し、と言わんばかりにジャンヌ・オルタはベッドから立ち上がるとテーブルの方へ歩み寄ってきた。そして体を揺らしてきたり、その豊満な胸を押し付けて逆セクハラしてきたり、と健全な男の子には耐えがたい誘惑を仕掛けてきた、構ってオーラ全開である。

 

 だが、これだけは捨て置けない。コレが終わってから、と何度も言い聞かせること数分、ようやくジャンヌ・オルタも諦めてくれたらしい。ちょっかいを出すのを止め、大人しく隣へ腰掛けてくれた──いまだに頬は膨らませ、不満そうに仏頂面のままだったが。

 

「──それにしても、意外に量があるのね」

 

 だが、そんなジャンヌ・オルタの興味がテーブルの上へ散らばる"意見書"へと移った。いい暇潰しを見付けた、と言わんばかりに興味深そうな面持ちで彼女は呟くと、近場へあった一枚の"意見書"を持ち上げる──用紙の端から端までを極小の文字で、びっしりと埋め尽くされた"意見書"を。

 

「なにこれ? 文字が小さすぎて読みにくいわね……」

 

 "意見書"は主に匿名で出されるので、差出人は分からない。だが、この小さ過ぎる文字で埋め尽くされた"意見書"は差出人の特定が容易だ──内容は見なくても分かる、主に"マスターへの不満"だろう。『マスターが女性サーヴァントと仲良さそうに談笑していた』とか『マスターが女性サーヴァントに色目を使っていた』とか、そんな内容のはず。

 

──どこか猟奇的で、狂気すら感じる

 

──極小の文字で埋め尽くされた"意見書"の差出人は

 

──おそらく、というか十中八九、清姫だろう

 

 それをジャンヌ・オルタに伝えると、彼女は「うわぁ」と露骨に嫌そうな呟きと漏らすと共に、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ"意見書"を取り零した──こら、その汚物を見るような目はやめなさい。

 

「あ、こっちにもある。あれ、こっちにも……うわ、キモッ……」

 

 そう、清姫が書いたであろう"意見書"は一通ではない。少なくても十数枚、多いときは数十枚という破格の投函枚数を誇る。この類いの、いわゆる"文字で埋め尽くされた意見書"は、もう最初から目を通さないことにしている──こう言っては睨まれそうだが、本当に呪われそうな気がするから。

 

「とんでもないわね……もうちょっと、こう、普通のはないのかしら?」

 

 げんなりとした様子のジャンヌ・オルタを尻目に、ひたすら手元の"意見書"へ目を通していく。何十枚も積み上げられた"意見書"を一枚ずつ持ち上げ、一つずつ内容を記憶に残るよう吟味する──

 

 

 

 『どんなクエストでも、どんなイベントでも僕を駆り出すのは止めてほしいです。もう僕の体は限界です、そろそろ切実に休みが欲しいです。お休みをください、お願いします、このままでは死んでしまいます』

 

 

 

──この"意見書"、端の方に赤い汚れが付いてる、赤いインクだよね?

 

──筆跡とか内容から推測すると、差出人は孔明かな?

 

──うん、でも残念ながら無理な相談だ、孔明は外せない

 

──悪いが、レイシフト先で散ってくれ

 

──さて、次は……

 

 

 

 『ティーチさんにセクハラを控えるよう注意して頂きたいです』

 

 『ティーチの視線がいやらしいので目を潰してくださいませんこと?』

 

 『そろそろ黒髭の言動に我慢できません、聖剣の使用許可を』

 

 『ティーチの言動が不快だ、んー、そうかそうか、殺すぞ?』

 

 『黒髭死ね』

 

 

 

──ああ、またあいつ(ティーチ)絡みの苦情か

 

──何度も注意してコレだ、このままじゃカルデアも危ない

 

──後で"自害しろ"って令呪発動しとこう

 

 

 

「…………ん?」

 

 淡々と苦情を読み漁っている途中、ふと隣へ座っていたジャンヌ・オルタが一枚の"意見書"を持ち上げた。他の白紙と違う、可愛らしい動物が描かれている便箋。だからこそ、彼女の目に止まったのだろう。

 

「……あら、良かったわねマスター?」

 

 苦笑とも失笑とも取れない表情のジャンヌ・オルタが差し出してきたのは、大きく『おかあさん だいすき』と拙い文字で一文だけ書いてある便箋。文字や内容から、間違いなく差出人はジャックだろう、"意見書"というよりは手紙なので本来なら止めるよう伝えるべきなのだが……

 

 止めるよう本人に言おうとした時、いざ本人を目の前にすると「よんでくれた?」なんて不安そうに上目遣いで聞かれたので、ついつい頑張ったね、と褒めてしまった。その返事が嬉しかったのか、満面の笑みでジャックに抱き着かれた時、彼女に手紙を投函するのは止めるよう言うのは諦めた──という経緯がある、親バカだよね、自覚あります。

 

「…………はいはい、ご馳走さま」

 

 そんな経緯を説明しつつ、"どこか不機嫌そうな"ジャンヌ・オルタから微笑ましいジャックの"意見書"を受け取ると立ち上がり、以前ジャックから貰った手紙を保管している棚へと向かった。これで何通目だったかな、と考えながら──途中、ふと時計が目に入る。かれこれ数時間は"意見書"へ目を通し続けていたのに、今更ながら気付いた。

 

 時間も時間だし、立ち上がったのなら、ついでに休憩がてら珈琲でも淹れようかな。そう思い立つと、座りっぱなしで固くなった体を伸ばしながらキッチンへと向かう。と、何やら背後でジャンヌ・オルタが、いまだテーブルへ着き何やらゴソゴソと不審な行動を取っていた──ような気がした。まさか"意見書"に落書きでもしてる、なんてことはないよな?

 

──ともあれ、別に指摘する必要はない、か

 

──彼女の不審な行動に見て見ぬフリをしながら

 

──そのまま珈琲を淹れる準備に取り掛かった

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そろそろ日付が変わろうかという時刻、山のように積み上がっていた"意見書"は残すところ、あと1枚。密かに日付が変わるまでには"この仕事"を終わらせたいという目標があったので、どこか達成感のようなものを感じている──余談だが、隣で構ってオーラ全開だったジャンヌ・オルタは先ほどベッドインした。どこか不機嫌、というかソワソワと落ち着かない様子を見せていた彼女だが、何の脈絡もなく「眠い、寝る」なんて唐突に呟いてから。

 

 それにしても、あと少しで"意見書"の処理が終わる、というタイミングでジャンヌ・オルタが就寝してしまうのは予想外だった。ようやく構ってやれる、なんて考えた矢先だったので出鼻を挫かれた気分だ──相手してやれなかったという罪悪感もあってか、浮かない気分で溜め息を吐いてしまう。

 

──これは明日の朝、謝罪すべきかな

 

 自分の力不足のせいでジャンヌ・オルタに寂しい思いをさせてしまった、という負い目に引き摺られそうになるのを堪えて最後の処理に取り掛かる──1枚だけ取り残された"意見書"、それを幾度となく繰り返した動作で持ち上げると文字を目で追っていった。

 

 

 

『マスターが構ってくれない。少し寂しい。』

 

 

 

 最後に残った"意見書"に書かれていた内容が、すごく時事的な内容なんだけど、どういうことだろう。なんて思いが頭を過るも、すぐに察した。というか、文面と文字で分からないか…?──たぶん、というか絶対、これを書いたのはジャンヌ・オルタだ。ああ、なるほど。夕方に珈琲を淹れていた時に彼女が何やらコソコソしていたのは、"コレ"を忍び込ませるためだったのか。途中、テキトーな所へ紛れ込ませるんじゃなくて一番下へ入れる辺り、根は真面目な彼女らしい。

 

 漏れてくる苦笑を抑えることができないまま、ふとジャンヌ・オルタが寝転がっているであろうベッドへと視線を移すと──

 

「………、……ッ…………」

 

 ばっちり、しっかり目が合う。そして次の瞬間、ジャンヌ・オルタは素早く体を反転させ、こちらへ背を向け壁の方へ顔を隠した。目が合った上に、羞恥のためか赤く染まっている耳が隠せていない──なんだ、このあざと可愛い生物。

 

 ジャンヌ・オルタが書いたであろう"意見書"片手にベッドへ近付くと、腰を下ろした。すると彼女は素早く手近にあった枕を引っ掴み顔を隠すように埋めてしまう。「う"ぅ"」と、枕から可愛らしい呻き声を漏らしながら。

 

 

 

「…………何よ……?」

 

──うん、マスターが構ってくれない、なんて"意見書"に書かれてて

 

「……ふ、ふぅん……わざわざ貴方に構ってほしいなんて、物好きなサーヴァントも居たものね」

 

──そうだね。で、さしあたり一番近くに居る人を構ってあげようかと

 

「はぁ、なにそれ? 自意識過剰すぎ、ホント迷惑、正直キモいんですけど……」

 

──あれ? 嫌だった? なら放っておくけど?

 

「……ッ……や、違っ……ぁ……、……う"ぅ"……」

 

 

 

 なら放っておこうか、なんて意地悪な言葉へ反射的に反応してしまったジャンヌ・オルタが驚いた顔で見上げてくる。と、次の瞬間、それが誘導尋問であったことに気付き顔を真っ赤にした。おまけに照れ隠しなのか、顔を隠すために使っていた枕で叩いてくる──柔らかい枕で背中を叩かれ、ぼふっ、ぼふっ、という布擦れの音を聞きながらも、手を彼女の顔へと寄せていく。

 

 指の背でジャンヌ・オルタのキメ細かく肌触りの良い、少しだけ赤くなった頬を撫でてやる。仄かに高い彼女の体温を指背へ感じながら、その感触を楽しんでいると──いつしか照れ隠しの枕撃は止んでいて、代わりに裾の辺りが引っ張られている、または握られているような感覚。

 

「……、……っ……ふんっ……し、仕方ないから、その構ってちゃんなサーヴァントの代わりに、ぁ、相手してあげるわ……か、感謝しなさい、よね?」

 

 ぎゅっ、と裾を掴むジャンヌ・オルタの指先に力が籠ったのが分かった。心なしか彼女の頬は緩み、雰囲気には喜色が含まれている、ような気がする。もう少しだけ大丈夫かな、と不安を感じながらも、今度は指背だけではなく掌全体で陶磁器のような滑らかな頬を撫でてやると──こちらの不安を余所に彼女は目を細め、どこか気持ち良さそう。まるで、愛撫される猫のようだ。

 

 

 

──不意に頬を撫でる掌へ重ねられる、ジャンヌ・オルタの掌

 

──ふと見れば、気恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうに微笑む彼女

 

──吸い込まれるように顔を寄せていくと、彼女の瞳が閉じられた

 

──掌と唇を重ね、そのまま、ゆっくりと、優しく

 

──彼女の負担にならぬよう、覆い被さる

 

──彼女の本心(寂しい)が綴られた紙を、手にしたまま

 

 

 




構ってモードなジャンヌ・オルタをあえて無視した後、ひたすらに猫可愛がりしたい人生だった(死亡)


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