パイレーツ・オブ・ナザリック ((^q^)!)
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プロローグ

「ヨー、ホー、ヨー、ホー……」

 

 呟くように歌われた言葉は円卓に広く伝播し泡のように消えた。さざめきのように思える歌は響く。誰にも届かず、誰にも伝えられないままに。

 

 ユグドラシルと言うゲームがブームになり、日本ではDMMORPGと言えばユグドラシルの代名詞であった。何万人もの人が熱中し、数々のユーザーイベントも執り行われたし公式イベント時にはサーバーがパンクするという事態もあった。ただしそれは何年か前の話だ。

 

 勃興があれば衰退もある。流行り廃りなんてのは繰り返される。人類の発展と同じだ。

ユグドラシルは廃れた。過疎は目に見える。ネット上での話は耳に聞こえない。そしてギルドには人がいない。

 

 リリースから十二年。人々の記憶に残ることもなく消え去ったいくつかのゲームを思えばユグドラシルは恵まれたほうだろう。ふとした拍子に話題に上がるかもしれないし、プレイしていた人は何かの拍子に思い出すことがあるかもしれない。誰かがおぼえているということはきっと幸せなことなんだろう。

 

「こんにちは、おひさーです」

 

 一人ぽつんといた円卓にもう一人がログインした。骸骨の見た目は恐ろしいが中身は優しい死の支配者(オーバーロード)。ナザリック地下大墳墓を拠点とするギルドであるアインズ・ウール・ゴウンの長、モモンガが先にいたメンバーに挨拶をした。

 

 その姿はまさしく異形だった。顔はタコそのもので顎や頬のあたりから髭のように触手が生えくねり、タコの下には人間のような体があるが指は細長く、背中には蝙蝠のような翼がある。

頭に巻いたバンダナの上からトリコーンの帽子を被り、よれよれの白いシャツは胸元までボタンが開けていてその上から袖のない革ジャンを羽織っている。革ジャンの上からまかれたベルトには剣やら銃が突き刺さっていて、穿いているズボンは分厚く、靴はブーツのような無骨なものだった。

常に水が滴り足元を濡らすが一定範囲以上には広がることはなく服や帽子も濡れない。顔に生えた幾本かの触手を器用に一本だけ持ち上げて軽く挨拶を返した。

 

「おひさーです、モモンガさん」

 

「今回は長かったですねえ、無事帰ってこられて何よりです」

 

 モモンガは心の底から心配したような様子で話しかける。事実彼は目の前にいるタコを親友のように感じていたし、タコもモモンガに対して似たような思いを抱いていた。

オンラインゲームの末期は悲しいものだ。ログインするメンバーが少なくなり、やがて幾人かしかいなくなる。その幾人かもかつての楽しさが薄れるにつれて消えていく。色あせない前に、思い出を宝箱に閉じ込めるために、去ってゆくのだ。

そんな中、残された側は必死だ。しかし届かないのだ。宝箱の中から声は届かない。

 

「大変でしたよ。今回はなんと五隻中一隻しか残らなかったんです」

 

「運よくその一隻に乗ってたんですか?」

 

「いえ、難破した方に乗ってたんですが救助が間に合ったんです」

 

「うわあ、すごい話ですね」

 

「まあその危険手当もあって今日から一週間休みですよ」

 

 タコは言ってからしまったと思った。一週間後はユグドラシルのサービス終了の日だ。モモンガとの縁もサービス終了と同時に薄くなるだろう。そんな別れの予感はサービス終了が告知されてから何となく感じていたものだったがここ一か月は特に強くなっていたのだ。今の自身の発言でそれはさらに強まったように感じる。

 

「そうですか、私も三日後から連休なので終了日までには十分遊べますね」

 

 タコの予想に反して帰ってきた声は軽かった。彼はモモンガが押し黙るか何かして、負の感情を抱え込むような気がしていたのだがそうはならなかったようである。

 

「そうですか……。実は少しやりたいことがあるんですよ。モモンガさんにもぜひそれに協力してほしくって」

 

「本当ですか? 私にできることならお手伝いしますよ」

 

 するとタコは外装を決められた通りに動かした。異形の様相は人間味を感じることができないが、その表情だけは万人に同じ思いを抱かせることができるだろう。

 

「悪そうな顔してますね」

 

「ああ、これだけはこだわって作ったからそう思ってもらわなくっちゃ。

事実、これからするのは悪事の企みですからね」

 

 タコは円卓に二つのマグカップを置き、その中に茶色く濁った液体を注ぐ。注がれた液体は上辺に白い泡の幕を構成した。エールである。タコは秘密の話し合いをする時に決まって酒を振る舞い飲み交わしながらその計画を話す。そして最後に言うのだ。

 

「力で奪え!」

 

「情けは無用!」

 

「「イェーイ!」」

 

 ガツンとマグカップをぶつけ合い、0pointというダメージ表示も気にかけずに笑った。それはきっと一人ではできないから。話し合いも、笑い合いも、一人ぼっちではできないのだ。モモンガもタコもそれがわかっているから最後まで残っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 玉座の間にて俺はモモンガさんと話していた。玉座に腕を載せて寄りかかりながらだらけている。目の前にはNPCが幾人か控えていて、ゲームのエンディングでも迎えそうな雰囲気だ。事実、もう終わりではあるのだが。

 

 俺の企みはうまくいった。終了間際で過疎っていたことや、終了だからとログインしてきたプレイヤーが鈍っていたこともその理由としてあるが、何よりもその準備の入念さがすべてを決めたといっても過言ではないだろう。チャットは荒れに荒れ、掲示板でも勢いが数時間にわたってトップを独占し続けるという事態に陥った。

 

「お宝を頂戴するってのは実にいい気分だ」

 

 玉座に座ったモモンガさんにそう話しかけると彼も興奮冷めやらぬ様子で返答した。

 

「ええ、しかしよく集まりましたね。警戒して集まりが悪いと思っていたんですが」

 

「モモンガさんの言うこともその通りです。

実はモモンガさんに話したことと同じことを他の集まった連中にも話してたんですよ」

 

 そう言うとモモンガさんは驚いた様子で振り返る。

 

「えっ」

 

「全員に、他の奴らが持ってきたワールドアイテムを奪っちまおうって話をして、その為には現物を持ってくる必要があるって話をしたんです。それぞれにそれぞれの違う計画を話して、我々がうまくいくように同士討ちさせたりして、最後に一網打尽ってわけです」

 

 お分かり? とモモンガさんに話し終えるとふうとため息をついた後、苦笑しながら話す。

 

「ぷにっと萌えさんみたいなことしますね」

 

「あの人だったら自分の仕業とすら思わせずにやり遂げるんじゃないですかね」

 

 そう笑いあう時にふと思うことがある。今いないメンバーの話題で笑いあうことのなんと悲しいことだろう。誰々がいたら、誰々だったなら何て言いあうことの何て不毛なことだろう。しかし我々の思い出の一番輝かしいことを語るうえで彼らが必要不可欠であることは動かない。そんな彼らを語ることは輝かしい思い出で自分を着飾るようなものなのだろう。鏡に映ったその姿をむなしいと思ってしまうのは自分の性分なのかもしれない。

 

「もう十二時まで五分もないですね……。モモンガさん。今までありがとう。あなたが止めないでいたから俺も止めないでいたんだと思う。長い間、ギルド長お疲れ様でした。そして、本当に、ありがとう」

 

「……そんな、言われるほどのことをしたわけではないです。ギルド長って言ったって意見の調節をしていただけですし」

 

「それがお疲れ様って言ってるんですよ。たっちさんとかウルベルトさんの喧嘩の仲裁できるのはモモンガさんくらいでしたよ。謙遜してるのか、自己評価が低いのかわからないですけど、モモンガさんがやってきたことは他の誰でもできなかったことだと思いますよ」

 

 時間を見るともう一分残されていない。何となく気恥ずかしいので誤魔化すように声を大きく張って最後のロールプレイをする。チャット欄にもシャウトで大きく宣言する。

 

「諸君! 今日という日を忘れるな、ワールドアイテムを根こそぎ頂戴されちまった日だ。この、キャプテン・スワリューシと、アインズ・ウール・ゴウンにな!」

 

 シャウトはきっと他のものに掻き消えただろうが、幾人かの目には止まったはずだ。真相をつかもうとするようなやつがいるとも思えないが、やがて犯人はわかるだろう。

 

「それでは諸君、また会おう」

 

 時間がゼロになる。0:00:00という表記はすなわち終わりを示していた。

しかし、終わらなかった。何かが切り替わるような感覚と同時、豪華絢爛な玉座の間に自分はなく、外にいた。

 

 濃厚な匂いは排気やゴミの腐った香りではなくこれこそが自然ということを感じさせ、目の前に広がる景色はすべてを圧倒した。

 

 空に輝く光はすべてが星なのだろう。夜空というよりは宇宙といったほうがしっくりくるような空は思考能力を奪った。感動に打ち震えるということは言葉でしか聞いた事がなかったが、今のこの感覚こそがそうなのだろう。

 

 背中に生えた蝙蝠の翼がふわりと自身を浮かせる。空には雲があった。リアルの世界にあるような紫がかった汚泥ではなくそれもまた自然の一部であることを感じさせる調和を持っている。

 

 それを突き抜け、地平線が円いと感じられるほどまでに飛び上がる。月だ。丸い、輝く衛星。その光は電気の明るさのように星の光を奪うことなく共存している。

 

 この光景を表すには美しいと言う他ない。どんな言葉でどんなふうに飾ろうともこの光景の前には霞んでしまうだろう。自分の中のすべてが奪われてしまったような感覚は喪失感ではなく充足をもたらしていた。

 

 どれくらいそこにいたのかわからないが、気が付くと太陽が昇ってきていた。地平線から上る夜明けの光景というものにも見惚れ、完全に日が出たときにふと気が付いた。はたしてここはどこなんだ?




ゆっくり続くと思います


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一話

 空中で自身の様子を確かめると違和感なく自分の体であると思えた。翼も触手も鉤爪もすべてが最初から備わっているかのごとく自然かつ潤滑に動かすことができる。それだけでなく知覚も何やら変化しているようで視野角が人間のそれではなかったりしたのだがそれらもすべて違和無く機能している。

 

 まるで現実のようだ。いや、この光景をゲームで表現できるはずがない。とすれば必然これは現実であるということになるのだが、そうなると今度はこの体がおかしい。

 

 ユグドラシルのプレイヤーキャラであるキャプテン・スワリューシは異形のバケモノである。今の自分の見た目はまさにその異形のバケモノなのだ。まさか特殊メイクで空が飛べるはずもなく、リアルにこんなおいしい空気が存在するはずもない。しかしコンソールが出ないもののゲームのようにいくつかのスキルが発動することも確かである。

 

 さっぱりだ。全くもってわけが分からない。せめて自分以外にも相談できる相手がいれば話は別なのだが周囲に人はいない。空中なんだからそれもそうだろうと心の中で思いつつもスクロールで伝言(メッセージ)を広範囲に飛ばすが応答はない。自分と同じ場所にいたモモンガさんなら居てもおかしくはないと思ったのだが、どうやらいないようである。どこか遠い場所にいるのかもしれない。

 

 まずは情報収集をする必要がある。滑空して地表の様子を確かめていると大きめの街があった。そこで話を聞こうかと考えたが入る前に気が付いたことがあった。この街には人間しかいない。

 

 もしかすると異形種お断り系の街かもしれない。異形種のペナルティに特定の街に進入禁止というものがある。こういう街は結界などで入れないならまだしも、入れるくせにNPCの守衛に見つかるとすぐ指名手配状態になって無限湧きの守衛やPCに追われるなんて言う悪夢みたいな状態になることがしばしばある。

 

 そうならないために街に入る前にはそこがどんな街かを調べる必要がある。

 

第七位階怪物召喚(サモン・モンスター・7th)

 

 ベルトにひっさげてある召喚アイテムを使ってモンスターを呼び出す。黒いランプをこすった後に呪文を唱えると体の中から何かが抜けたような感覚の後、無色の力の塊のようなものが目の前で蠢きながら形になり色がついた。全体的に赤い羽根の色をしているが尾羽は紫、翼の先は青色になっている。黄色い嘴の上にある目元は白く、眉毛のように黒い体毛もあった。

 

「よぉよぉご主人、ずいぶんとまあご無沙汰じゃあないの。オレをいつまであんなごみごみした場所に閉じ込めておくつもりだい、えぇ? それに久しぶりに外に出たと思ったらこんなどこだかわからねえ変な場所に連れてきやがってよお、ん? あんたの都合で振り回されるこっちの身にもなれってんだいこんにゃろう。

さてさてところで今回は一体何の用でオレを呼び出したんだい? いや、いやいやいや。オレとあんたの仲だ言わなくったってわかるさオレの助けが必要なんだろう? 今までだってそうさ、オレはあんたが行くだろう場所の偵察を幾度となくこなしてきた。そんなオレならわかるさ。今回もまたなんか調べて来いってんだろう? そんなこたあわかってんだ。ただなあ、オレも言いたいことがあるわけよ。偶にはなんか華のある仕事っつうもんがしたわけさ。

例えばそう敵の迎撃とかな。オレは結構あんたと一緒にいろんなところを旅してきたけど戦闘ってのは一回もやったことがないわけ。こないだなんて第三階層の連中に戦ったことないのかよって煽られちまったんだぜ? まあ恐怖公さんが来てくれて、御方の役に立つことは戦闘だけではございませんよとかって言ってくれたから鼻を明かすことができたんだがよぉ、でもほら実際戦ったことないってのは何つうか飛んだことない鳥みてえな気分なんだ。わかるかなー、わかんないか。まあオレも寡黙なほうだからとやかく言わねえけどちょっと心の隅にそんなことをこの静かなオウムちゃんが言ってたって覚えていてほしいわけよ」

 

「お、おう」

 

 このべらべらとやかましくしゃべっていたオウムは“知りたがる鳥”という偵察用のモンスターで、対情報系魔法などをすり抜けることができるのだ。その代わり物理的な防御はめっぽう弱く、三十レベル程度でも討伐が可能なうえ、得た情報をこちらに伝えるにはまた戻ってこなくてはならないという面倒くささもあってあんまり人気のないモンスターだった。

俺はこいつにデータクリスタルをつぎ込んでオウムの見た目と言葉を喋れるという設定を盛り込んだのだが、お喋りとまで設定したかどうかは覚えていない。いや、こいつ召喚した時はなんかチャット欄が騒がしかったような気もするけど正直ここ数年は呼んでいなかったので記憶が定かではない。

 

「そんで? 今回は一体全体どうして呼んだわけ?」

 

「お前のご明察の通り、あの目の前にある街の偵察を頼む。調べることは二つ。一つは異形種お断りの街かどうかってこと。もう一つはお宝の情報。オーケー?」

 

「アイアイサー、ご主人! ちょっくらいってくらあ!」

 

 そういうとオウムは空中なのに陸上選手のようなクラウチングスタートをして高速で街まで飛んで行った。

 

 考える。あのオウムはデータクリスタルをつぎ込んだとはいえもともとはAIで動くだけの存在のはずだ。ゲームでも一つ目の指示のような具体的かつすぐわかることなら今みたいにその通り動くが、二つ目のようなあいまいな指示では動かなかった。それにすぐ近くで触れ合えばわかるのだが、あれは生きていた。感情があり、思考があり、魂がある。

 

「さっぱりだ。全く、意味が分からんぞこりゃ」

 

 つぶやくようにこぼした言葉はため息とともに漏れ出た。

 

 

 

 

 

 エ・ランテルには三重の城壁があり、それぞれに入城のための門があり、そこでは日々守衛が目を光らせている。とはいえ、基本的に大まじめに仕事をするのは一番外円の城壁の守衛であり、中の二つはあからさまに怪しいやつ以外であれば取り調べたりすることもなく普通に通している。

 

「そこのお前、ちょっと待て」

 

 そんな城壁で、あからさまに怪しいやつがいた。守衛は声をかけるがそいつは止まらずに歩いて行ってしまう。

 

「お前だ、お前。ちょっと詰所まで来てもらおうか」

 

 そう言ってぐいっと後ろから肩を引くとそいつは驚いたような顔をして振り返った。まさか自分がとでも言いたげな顔をしているのだが、守衛からしてみればお前以外誰がいるんだよと言いたい気分だった。

 

 長い髪の毛は幾本も編みこまれているが風呂に入っていないためかべったりとしていて、服も同様に薄汚れていた。肌は日に焼けた褐色をしており、伸び放題の髭や髪の毛にはいくつものストラップがついている。目元は黒く塗られていて体臭は魚か何かのような生臭さがあった。そのうえまるで見たことがないような服飾をしている。

 

 詰所に引き入れ椅子に座らせる。出入り口に二人立たせて逃げ道をふさいだ後、目の前に座った守衛は威圧感を出しながら質問する。

 

「あんた、名前は? どっから来た?」

 

「名前、あーうん。名前ね。ジョン……はまあ安直だしジャックって呼んでくれよ」

 

 守衛はドンと強く机を叩くと再度聞いた。

 

「名前は?」

 

「……ジョーンズ。ジョニー・ジョーンズだ」

 

 ニッコリと笑いながら答えた男はそれ以上は何も言わない。守衛はイラついたがまだ目の前の人物は怪しいということ以外は何もしていない。何かしようとしてこの街に来た可能性も否めないがまだこいつは犯罪者ではないのだ。

 

「出身地は?」

 

「イギリスって国から船に乗ってきたんだが、聞いたことないか?」

 

 守衛は聞いたことがない国の名前だった。出入り口に詰めている二人にも視線を移すが二人とも首を横に振った。ともあれ船を乗り継いできたということは海の向こうから来たということであり、そうであれば服装のおかしさもまあ許容の範囲内である。

 

「何をしにこの街に?」

 

「この大陸に来たのは初めてなもんでね。観光ついでになんか売れそうなもんでもないかって思って立ち寄ったんだ。この後は王都に行く予定だから二三日滞在する予定かな」

 

「あんた商人だったのか? それにしては荷物が少ないみたいだが」

 

 守衛がそういうと不思議そうな顔をして男は空中に手を突っ込んだ。守衛たちが唖然としている中男はごそごそと空中を探り、スッと引き出す。その手には先ほどまでには無かった水の入った革袋が握られていた。

 

「アイテムボックスっていう魔法で荷物はこんなかに入れてるんだが……知らない? 割とみんな使ってたんだけど」

 

 一先ず男は解放された。その後、守衛から上がった報告を目にしたエ・ランテル魔術師組合長がその男を捕えるように指示を出したが足取りすらつかむことができなかった。



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二話

 月明かりが夜道を照らす。淡い光は遠くまで見通すことは困難だろうが近くを見るくらいであれば十分だろう。とはいえ、路地裏ともなれば建物の影によって近くすら見ることは難しくなる。

 

 一人の男が歩いていた。鎧に覆われた全身に、腰から下げられた剣は彼の職業が冒険者であることを表している。酒飲み共が騒ぐ声が風に乗って聞こえるが鎧がたてる音よりは大きくならない。今日は運が悪かった。討伐に行けば盾が壊れるし、報酬金の受け取りはギルド側の不手際があってかなり時間がかかった。飲んだくれる気分でもない。こんな日はさっさと寝てしまうに限ると男は足を速めた。

 

「はぁい」

 

 暗がりから黒いマントを羽織った女が出てくる。ふらりと飛び出たにしては足音もなく、いきなり出てきたようにさえ感じる。月は満月であるが女の口は三日月のように見えた。

 

「こんな時間に、こんな所を歩いていると、悪ぅい奴に襲われちゃうぞー?」

 

 腰に下げたスティレットを片手で揺らし、もう片方の手にはメイスをだらりとぶら下げている。

 

「な、なんだおまえ」

 

 すぐさまに腰にある剣の柄に手を当てる。女はそんな男の様子をあざ笑うように見た。持っていたメイスをぐるぐると回し、風を切る音が男にも聞こえた。

 

「なんだ、って聞かれちゃあ答えないわけにもいかないよねー。耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ?

私の名前はクレマンティーヌ。今からあなたをぐちゃぐちゃにする、超かわいい女の子」

 

 男にはクレマンティーヌの姿が消えたように感じられた。その存在を認知できたのは右足に鋭い痛みが走ってからである。悲鳴を上げながら足を見ると、膝から下がくの字に折れ曲がっている。次は左足だった。同じように、しかし逆方向に折れ曲がった足では立つことが不可能だろう。

 

「カジっちゃんにはあんまり目立つことはするなって言われてるけどー、やりたくなっちゃったんだもん仕方がないよね? ほら、いい声でなけよ」

 

 次の一撃は胸に突き刺さった。鎧がへこむが骨が折れている様子はない。

 

「ウっ、げほっぐえ」

 

 しかしそれが連続で幾度も襲ってくる。息ができないような苦しさの中、時折ほほをたたかれるような感覚もある。どこが痛いのか、何をされているのかもわからない。なぜ自分がこんな目に合っているのだろう。何か悪い事でもしたのかと考える暇すらない。

 

「ほらほら、もっと私を楽しませないと、死んじゃうよー?」

 

 楽しそうな女の声は聞こえても理解が及ばない。やがて男は息絶えた。クレマンティーヌはあまり楽しめなかったなという不満と、少しは発散できたなという爽快感があった。まあこの三日間誰も殺していなかったことを考えれば今日のこいつは必要経費だろうと死体の処理をしようとしたところに音が聞こえた。

 

 ジャラリ、ジャラリと微かに聞こえる音はクレマンティーヌかミスリル以上の冒険者でないと聞き逃してしまったことだろう。それはクレマンティーヌのいる路地の一つ隣から聞こえてきた。

 

 運が良いと思い、ニヤりと笑う。幸いこの周辺には誰もいない。音の主を殺してから二つとも処理したとしても目撃者が出ることはないだろう。

 

 音を立てないように忍び寄る。

 

 暗い路地裏は視認性が悪いというのは一般的な人の尺度である。クレマンティーヌほどであれば今日の夜程の光であれば明るいとすら言える。暗がりで人物が視認できないなんてことは万が一にもありえない。

 

 その男は酔ったようにフラフラと歩いていた。酔っぱらったような歩き方ではあるが酔っている様子ではない。まるで地面が揺れているかのような歩き方である。長い髪がユラユラと揺れるのが目につく。腰から下げられたベルトにはタオルやら何やらが無造作にひっかけてあり、いくつかの物がぶつかってジャラリと音を立てている様子だった。

 

 その服装はこの地域のものではないように思える。法国や帝国、竜王国にも男が着ているような服飾はないだろう。

 

 自分のことを棚に上げ、怪しいとクレマンティーヌは思った。エ・ランテルに潜伏してそこそこの期間が過ぎたが目の前の人物のうわさを聞いたことがない。それに、男が腰から下げているいくつかのアイテムに見覚えがあった。

 

 クレマンティーヌはかつて法国の漆黒聖典に属しており、王国や帝国が知らないような情報を多数持っている。その中に“ぷれいやー”という情報も当然あった。

 

 かつて人類を救い、法国の基礎を築いた六大神。彼らは自身のことを“ぷれいやー”と呼んだ。そんな彼らの残したアイテムは強力なものが多く、法国にはそんなアイテムがいくつも残っている。

その中の一つ“拭いたものが綺麗になる上に絶対に汚れないタオル”というものがあった。クレマンティーヌも教会の掃除などで使ったことのあるアイテムだ。たくさんあるので普段使いしているアイテムではあるがそれとて神である“ぷれいやー”の残した聖遺物である。

 

 男が腰から下げているタオルはそのアイテムそっくりだった。服飾も突飛である。六大神も当時の人々が見たこともないような服装で現れたと伝記には書いてある。

 

「お嬢ちゃん、付いてくるのはいいけどどこまでついてくるつもりだ? もう俺の泊まる宿まで着いちまうから用があるなら早く言ったほうがいいぞ」

 

 振り返らずにそうかけられた言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚があった。クレマンティーヌは戦士であるので本職のシーフ系と比べれば尾行なども大したことはないだろう。しかし身体能力や戦闘技能が人外の領域であるので普通の人であれば気づくことさえ困難なはずだ。しかし気が付いた。

 

 ゆっくりと歩み寄ると目の前の男はくるっときれいにターンして振り返り、クレマンティーヌを視界に収めた。

 

「……夏場とはいえ、その恰好はちょっと薄着すぎやしないか? ……ひょっとしてアッチの商売の人か? だったらちょっと今はお断りだ。非常に惜しいけど、また後で誘ってくれよ」

 

 クレマンティーヌは自分の機嫌が悪くなったことを感じた。こいつはいったい何を言ってるんだ? めんどくさいし殺してしまおうかと考えたが、目の前のこの男が万が一にも“ぷれいやー”にかかわる存在であれば手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

 

 聞いてみて、もし違ったのなら殺してしまえばいい。証拠の隠滅にはそれが一番だろう。

 

「……ねぇあなた、ぷれいやーって言葉を聞いたことがある?」

 

 男の胡乱げな目が大きく開かれた。

 

 

 

 

 

 

 なぜか詰所に連行されたものの、適当に誤魔化していたら解放された。オウムから魔法とかもあるという話を聞いていたのでアイテムボックスくらい誰だって使えるだろうと思って使ったのだがそうでもないようだ。そのくせ使う魔法はいくらかユグドラシルと同じというのがまた頭を混乱させる。やはりこの世界は作られたものなのだろうか。

 

 このエ・ランテルには宝が存在しないとオウムは言っていたのだが果たしてそれが本当に存在しないのか、あるいは指示が曖昧だったために調べることができなかったのか不明だったので一足先にオウムだけ王都に飛ばした。エ・ランテルで下した指示と同じ指示を与え、これの結果によってはオウムもAIで動いている可能性を考慮したほうがいいかもしれない。

 

 街のいろいろなものを見たり、スキルを使ってスった財布でおいしいものを食べたりしているうちに夜になった。服装が悪いのか、身分証明がないのが悪いのか、俺を泊めてくれる宿はスラム街の近くの安宿だけだ。

 

 服は変えようがない。なぜならこれは一つの外装だからだ。

 

 俺の採っている職業の中に海賊というものがある。これは盗賊系列の職業の一つで、異形種のようなデメリットのある職業だ。犯罪系ジョブといわれるこの系列にはいくつかの共通点があり、その一つが変装である。自分のアバターの服装を即座に変更できるスキルだ。

このスキルは攻撃をすると変装が解除されてしまうというデメリットがあるものの、不意打ちに非常に便利なスキルである。腰にぶら下げてある武器も何もかもが変装によって見えなくなる。鎧も覆い隠されるこの変装はPKによく重宝したものだ。

 

 それに加えて種族レベルで採っているタコのスキルである擬態を使えば見た目を人間種にすることができる。ユグドラシルではこのスキルを使っていろいろと悪さをしたものだなあなんてしんみりしていると誰かが後ろからついてきていることが分かった。

 

 また守衛かと考えたがそうではなさそうだ。正当な権力のある奴ならわざわざこそこそとするはずがない。どうどうと声をかけてくるだろう。それに女性であるようだ。

 

 今までであればこんな風に人の気配などを感じることなんてできるはずもなかったのだが、どうやらこの体はそういったことを敏感に感じ取るようで街を歩いているときも意図的に感じないようにしていないと精神に異常をきたしてしまいそうであった。

 

 ついてきている女に声をかけると彼女は驚いたように暗がりから出てくる。奇抜な格好をした女だった。いくつかの金属のプレートを鱗か何かのように重ね合わせたビキニのようなものを身にまとっている。その上からマントを羽織っているものだから、噂に聞く露出狂か何かかと思ってしまったのだが腰に下げている武器を見て、なるほどこれがこの世界のビキニアーマーなのかと感心した。

ユグドラシルにもビキニアーマーはあったのだが、基本PCは男であることが多いし女性のギルメンに話を聞くと“ビキニアーマーとかありえない”との言葉を聞いていたので女性はこんなの着ないだろうなと思っていたのだが、まさか実際にお目にかかるとは思ってもみなかった。

 

 そんな女から驚くべき言葉が発せられた。プレイヤー。これを聞いてくるということは目の前のこいつもプレイヤーなのだろうか。だとすると、ネカマプレイをしたまま俺みたいにここにきてしまったとかいう感じなんだろう。

 

「お前もプレイヤーなのか? ギルドはどこ……いや、そうじゃない。あんた名前は?」

 

「お前も? いや、私は“ぷれいやー”じゃねえ、じゃなくて、ないです。私の名前はクレマンティーヌ、です。

あなた様は、“ぷれいやー”なんでしょうか?」

 

 おかしなことを聞くやつである。その様子から違和感を抱き、詳しい話を聞いてみることにした。

 

「ユグドラシルのプレイヤーじゃないのか? 俺はキャプテン・スワリューシ。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに所属している。

……アインズ・ウール・ゴウンに聞き覚えはあるだろ?

というか、プレイヤーじゃないんだったらその言葉をどこで聞いた?」

 

 うちのギルドや俺の名前は悪名のほうが大きいのでできれば明かしたくはなかったのだが今のこの状況であれば隠しているよりは大っぴらにしてしまったほうがいいだろう。

 

 女は口をパクパクと何度か開いては閉じてを繰り返し、やがて決心がついたのか低い声で静かに語りだした。

 

「実は……私は法国の」

 

「うわ! 死体だ! 誰かー!!!」

 

 その時である。隣の路地から大きな声が響いた。その声に応えるように何人もがこちらに向かってくるのがわかる。目の前の女もそれに気が付いたようで、小さく舌打ちをした後にこちらに近寄ってきた。

 

「もしあなたが本当に“ぷれいやー”だというのなら、その証をください」

 

「証ったって何が何の証になるんだ?」

 

「何か、証明できるアイテムか何かないですか?」

 

 切羽詰っているようだった。悪質なクレクレか何かかとも思ったが様子が違う。しょうがなくアイテムボックスからいくつかのアイテムを取り出した。

 

「あー、そうだな、これなんかどうだ? “大聖堂の三人組(ガーゴイル・オブ・ノートルダム)”ってアイテムで、こいつを鳴らすとガーゴイルが三体出てくる。コラボアイテムだから大したアイテムじゃあないがプレイヤーなら持ってて当然ってアイテムだ。あとはまあポーションとか……まあ非常に遺憾だがユグドラシル金貨も一枚」

 

 ボスが無駄にドロップするレア(笑)アイテムでもある。一応アイテムボックス入っていたとはいえゴミアイテムだから渡したって損はない。ポーションも同様。しかし一枚であろうとも金貨を無償で渡すことは癪である。

 

 クレマンティーヌはそれらをうやうしく受け取り、去ろうとした。

 

「ありがとうございます。よろしければぜひ、法国へいらしてください」

 

「おい、ちょっと待て。俺ばっかり渡すってのはちょっとばかり不公平じゃないか?

そっちはなんかないのか? お宝とか」

 

 そういうと、ごそごそと懐を探ったクレマンティーヌが差し出したのは宝石がちりばめられたバンダナのようなものだった。

 

「叡者の額冠という法国の秘宝です。お納め下さい」

 

 秘宝! いい言葉である。職業レベルのせいかあるいは元々か、宝と聞くとそれだけでいいものに思える。

 

「おお、ありがたく頂戴する」

 

 ざわめきもついには大きくなり俺たちのいる場所にも人が来ようとしていた。ここにいると無駄な詮索を受けるかもしれない。これ以上ここにいるのはまずいだろう。

 

「そんじゃ、また会おう」

 

「はい、スワリューシ様」

 

 そういって走り去ろうとするクレマンティーヌに声をかける。

 

「キャプテンをつけろ! キャプテン・スワリューシだ!」

 

 一度振り返ってから礼をした後にクレマンティーヌは去って行った。まああのアイテムと交換で秘宝が手に入ったというのは幸運なことだ。

 

「なんだかこっちから声がしたぞー!」

 

「あ、やばい」

 

 また詰所に厄介になるのは御免だったのでさっさと宿に帰ることにした。




無駄な設定

拭いたものが綺麗になる上に絶対に汚れないタオル
・上級アイテム
・使うと“濡れ”状態を解除できる
・あるいは“薄汚れた”などの修飾語がついた発掘アイテムなどに対して使うと売値が上がる
・上記の使い方では消費されない上に耐久値も減らない
・家政婦への就職クエストやモンクの寺での修行などで使われると消費される
・汚れない理由は汚れるエフェクトが用意されていないから
・ユグドラシルではどのワールドでも安値で売っているうえにいろんな敵がドロップする
・データクリスタルをつぎ込めば見た目などを変更することもできるがこのアイテムにデータをつぎ込むのはよっぽどの物好きだけだろう

・アインズ・ウール・ゴウンでは腐れゴーレムクラフターが牛乳を拭いた後数日放置した雑巾のようなタオルを製作しようとしたが臭いなど五感に作用する物は電脳法で禁止されていたために作れなかった


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三話

 夜が明けてからのんびりと朝食をとり、どうにも一昨日の夜に殺人事件が起こったらしいということを小耳にはさみながら市場を物色しているとオウムが戻ってきた。

オウムに話を聞くと、どうやら王都は異形種が入り込んでも大丈夫そうだということが分かった。その上、王都には宝があるという情報もゲットしてきたようだ。

 

「おお、流石、よくやったなあおまえ」

 

「いやあ、流石のオレもヒヤッとした場面が多かったけど余裕だったぜ。まず辛かったのはガキ共に追っかけられることだな。あいつら俺をとっ捕まえて売ろうって魂胆だった。それに感化されたような大人連中も追いかけてきやがるもんだから手におえねえ。まあそれでもオレの自由を奪うことはできなかった!

投擲された網をするりと潜り抜け、投げた奴にフンを落としてやった! 傑作だ! いかつい顔をした筋肉ダルマを煽って逃げると次は変な格好をした二人組の登場だ!

こいつらは他のやつに比べたら速かったがオレの翼ほどじゃあない。口笛吹きながら目の前で尻振って踊ってから手の届かない高さまで逃げてやった。そしたら今度は飛んでくるガキがいた。オレの見立てじゃありゃあ飛行(フライ)の魔法だね。そいつが結晶を飛ばしてくる魔法やらなんやらでオレを捕えようとするがそれもやはり無駄だった。オレの軽やかな羽は空気を裂いて空を自由に飛び回る。魔法なんかで飛んでるような奴らなんか目じゃないぜ! 空も自力で飛べない奴らにオレが捕えられるはずがないって説教してやるとそいつは無駄なことに魔法をバシバシ撃ってきたんだが」

 

「――なるほど。お前さんの話はよぉーく、わかった。そんで、お宝の話を聞こうじゃないか」

 

 オウムの話は止まることなく三十分ほど続き、それらを要約すると王城に宝があるということ、王国の五宝物という五種類と、黄金と呼ばれる何かの一種類の計六つあるということ、宝物は装備品の類らしいということだった。

 

 予想以上の成果である。宝の情報なんてクエストの初期段階の情報レベルで得られれば儲けものだろうと思っていたのだが結構詳細な情報を得ているし、宝自体のディティールまでわかるというのは予想もしていなかった。

 

 オウムに与えた程度の指示でこれほどのことがわかる。それにこのオウムは自ら考えて行動している。こんなことがAIにできるかと考えれば否である。俺の五感についても説明が不可能。

とすると、現在俺の身に降りかかっていることはなんなのかということに思考が飛ぶ。どう考えたってプログラムにできる範囲を超えている。ものすごくリアルなゲームという説明はできるかもしれないが、かなり低い可能性だろう。それこそここが異世界であるという可能性と同じくらいに。

ユグドラシルのプレイアブルキャラクターになりユグドラシルのシステムがある世界にテレポーテーションしたなんて可能性があるとすればそれはどれほどに天文学的な可能性なのだろう。

こうなると一昨日の夜に出会ったクレマンティーヌとかいう女性とろくに話もせずに別れてしまったことが悔やまれる。あいつは少なくともプレイヤーの存在について知っている様子だった。彼女がシステム的な存在なのか、あるいは俺以外のプレイヤーとの関わりのある存在なのかわからないがもっと詳しく話を聞くべきだっただろう。

 

「……法国がどうこうって言ってたな」

 

「そんでオレは城で出会った兵士にこう言ったわけだ。お前の剣はオレの翼みたいに自由じゃなさそうだなって――ん? 次はそこに行けってか?」

 

 つぶやいた言葉をまだべらべら喋っていたオウムに聞かれていたようだった。いや違うと否定して次の指示を与えた。

 

「次は帝国とやらに行ってみてくれ」

 

「帝国? そこに何があるってんだ」

 

「何もただ帝国に行けって話じゃない。まずは南に飛ぶんだ。そうすると法国って国がある。ここはまあチラッと見るくらいでいい。その後に北東に行けば帝国があるから、帝国はちゃんと偵察してきてくれ。そんでそっから西に行けばまたエ・ランテルに戻ってこれる。

ここから円を描くように飛んで、その途中途中にある国を見てくるって感じだ、お分かり?」

 

「なんだいやっぱりその国へ行けって話じゃねぇか。まあそれはいいけどよう、本当にその方向にその国があるのか? さっきは言わなかったけどあんたが指した方角に王都が無くって違う場所を調べちまったんだぜ?」

 

 オウムから飛び出した言葉に耳を疑う。

 

「なんだって? しかしコンパスはちゃんと王都を指していたはずだぞ」

 

 ベルトにぶら下げてあるコンパスを指さしながら言う。“望むものへの指針”という名の付いたこのコンパスはコンソールに求めるアイテムや場所の名前を入力するとその方向を示してくれるというアイテムだった。

ユグドラシルでは初期に登場したこのアイテムだがとある事情から持っているプレイヤーはかなり少ない。

現実っぽくなった今では求める場所や物を声に出してからふたを開けると場所を指し示すようになっていた。このコンパスが人物に使えればモモンガさんを探すこともできただろうに。

 

「聖王国とかいうところの王都をな! おかげでそいつらに話を聞いてからちゃんとリ・エスティーゼ王国の王都に戻る羽目になったんだ」

 

「なんだそいつはごくろうさんだったな。お前の好きなクラッカーあげようか?」

 

 アイテムボックスをごそごそと探るとオウムはあわてた様子で止めてきた。翼でぐいぐいと俺の顔を押してくる。羽が鼻の近くで暴れまわるのでむずむずする。

 

「いや、いやいやいや! お腹いっぱいだからいらねえよ! それよりいい情報があるんだ! お宝なんか目じゃねえぜ?」

 

 あわてた顔から一変してにやりと笑うオウムに勿体ぶってないでさっさと話せと頬をつつく。

 

「へへっ、聞いて驚くなよ! なんと王都の西には海があるんだってよ!」

 

「なんだと!? それは結構近いのか?」

 

「ああ、オレが一時間くらいで着けるからあんたならもっと早いだろうさ」

 

 海! まさかそんな近くにあるなんて。となるとまずは王都で船が買えるかどうか調べなくちゃならないな。アイテムボックスに入ってるのは小舟か移動用のものしかない。ちゃんとした海賊船はナザリックの第四階層に置きっぱなしだ。

 

 空や大地が綺麗だったように海もきっと綺麗なんだろう。いや、荒れたっていい。嵐にしたって海水と雨に塗れるのならどんと来いだ。自然の海というものが体験できるのならなんだっていい。まずは海に行ってから王都に行くことにしよう。

 

「そんじゃまああれだな。一週間後くらいにまたここに集合って感じにしよう。船を頂戴できればそれに越したことはないが、海図もなしに航海すんのは御免だ」

 

「クルーも必要だしな!」

 

「その通り! 命を預けることのできるクルーも探さなくちゃあならないな! 忙しくなるぞ!」

 

「おう! 任せとけよ!」

 

 オウムは飛び回り、俺はその羽を手に取って踊った。空中で浮遊しながらステップを踏むオウムと地に足をつけてちゃんと踊る俺の姿はファンタジックだろう。

 

 現実感がない光景だ。使っているアイテムだってそうであると設定されているだけでその構造や機構などは科学的な産物ではないだろう。しかしこここそがリアルなのだ。床のきしみも、響く音も、舞う埃だって作り出せるものじゃない。 

現代で作れるようなものではないのだ。

 

 

 

 

 

(うーん、スワリューシさんはいったいどこへいってしまったのだろう)

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層の自室でモモンガがベッドにうつぶせで寝転がりながら考えている。

 

(うぅ……それにしてもなんなのあの忠誠心の高さ。至高の御方とか、階層守護者の俺に対する高評価が重スギィ……)

 

「……スワリューシさんの評価も、同じように高かった」

 

 モモンガは自身をどう思っているか階層守護者に聞いた後、スワリューシについてどう思っているかも聞いたのだ。おおむね自由を愛する海の男という評価でありそれは彼のロールプレイをそのまま表しているようだった。

 

「あー、そういえばスワリューシさんの生み出したNPCにも説明に行かなくちゃならないな……。四階層の階層守護者はガルガンチュアだしアルベドには仕事があるし、他の守護者たちもそれぞれの階層を調べるって仕事があるしなあ」

 

 リアルの世界で堪能したこともないような極上のベッドで少し休憩したモモンガはなんとか気力を振り絞って甘い誘惑を断ち切る。

これでベッドからいい匂いでもしていたら起き上がるのにもう少し時間がかかったことだろうが幸いにして無臭である。モモンガの体が骨であるため寝具特有の温もりというものもない。服についたほこりを軽く払ってから歩きだす。

 

 自室から出るとメイドや何体かのモンスターが礼をした後ぞろぞろと後をつけてくるようであった。モモンガは転移したての昨日こそ彼らに威圧を感じてぎょっとしてしまったが二日目ともなるとなんだか偉くなったような気がしてなんとなくいい気分だ。精神安定化が発動しない程度のいい気分なので何とも言えないが、まあ悪いよりはいいのだろう。

 

「これから四階層の船に行く。転移で向かうので供はいらない」

 

「しかしモモンガ様、それではもしもの場合お守りすることができません」

 

 メイドがうるうると涙目の上目づかいで言ってきたのでモモンガは言葉に詰まった。もはや彼らはNPCではなくて生きている存在である。

しかもメイドの彼女たちはヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース、ホワイトブリムら三人の魂のこもった娘みたいなものだ。彼女たちの制作には信じられないほどの熱意と時間とリアルマネーがかかっている。

そんな彼女たちの表情を曇らせることはできる限りしたくないのだが、今日は午前中からずっと自分につきっきりで彼女も疲れてるだろうしと頭の中で言い訳をして命令を下す。

 

「スワリューシさんのことを彼が作ったNPC達に聞きに行くのだ。極秘にしなくてはならないこともある。故に、供はいらぬ」

 

 そう言うとメイドは涙をこらえながらわかりましたと言って一礼した。彼女はきっと涙もろいという設定なんだろうと痛む良心をごまかしながら転移すると九階層の明るさとは打って変わって薄暗い地底湖に出た。

 

 湖上を飛行(フライ)の魔法で飛んでいくと一隻の船がある。帆は張ってあるがぼろぼろで船体と同じように黒い。三本のマストの真ん中の一際高いマストの頂点には海賊船であることを表す髑髏の旗が掲げられていた。

 

(よくあの海賊旗を見てモモンガ旗だとかモモンガ船とか言われていたなあ。その度、スワリューシさんがあれは俺の船だーとかって言って怒って……)

 

 ナザリックの色々な施設や建造物、NPCを眺めているとかつての出来事が想起させられる。輝かしいあのころは思い出として残るのみである。いや違うとモモンガ思った。

 

(ナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンがある限り不滅のはずだ)

 

 モモンガが海賊船の甲板に降り立つとがやがやと盛り上がっている音が船の中から聞こえてくる。何かの弦楽器の音や陽気な歌声が幾重にも響いてくる。

 

「航海士! 航海士は居るか!」

 

 モモンガがそう声を張り上げるとがやがやとした喧騒は止み、どったんばったんと別の騒がしい音が聞こえてからすぐ目の前の床にあった扉が勢いよく開かれる。

 

「あっ、す、すいません! もう暫しお待ちくださいギルド長! ただいま航海士は準備中でございましてですね!」

 

 勢いよく出てきた男は水色と白の横縞のTシャツを着ており、髪は白髪で腹がでっぷりと出ている。大慌てでこちらにまくし立てる様子は必死であり、頑張っているなという感想と多少の愛着が持てる。

 

「あのですね、その、御方を待たせることは本当に申し訳なくクルー一同思っているわけなんですけどただ何と言いますかたまたま今回はいつもみたいに酔っぱらっていましてですね、航海士もちょっと目を回しておりまして」

 

 “たまたま今回はいつもみたいに”って矛盾してないかと突っ込まないのはモモンガの優しさである。

この目の前のどこか抜けている男はフォローなどが裏目に出てしまうということをモモンガは知っていた。それ以上に詳しいことは覚えていないのだが、スワリューシが紹介したクルー達のことはある程度であれば覚えている。

 

 それにこの船のクルーは一番レベルの高い航海士ですらLv20程度。警戒する必要はない。

 

「いや、いい。いきなり訪問したこちらに非がある」

 

「いえ! 何をおっしゃいますやら! 至高の御方を十分にもてなすことのできない我々が悪いのでございます!」

 

 ペコペコと頭を下げる彼らを責めるつもりは毛頭ない。彼らはそうあれと作られた存在なのだ。

陽気でおちゃらけなクルーとして設定された彼らは湖の底にいるクルーとは違ってお遊びで作られた存在だ。息抜きの設定。簡単な設定。そんな設定でも彼らは今目の前で自我を持って生きている。

 

 モモンガは自分がアルベドの設定をいじってしまったことを思い出した。最終日だからとギルド武器を用いて設定を変えてしまったのだ。

軽い、お遊び程度の気持ちで。その結果がどうだ。アルベドが自分に向けてきている感情は、熱量は自分が作り出してしまったものだ。制作者の思いを歪めてまで自分が設定したのだ。

 

「いやあ、申し訳ない我らがギルド長。準備に少々手間取りました。

航海士、御身の前に」

 

 モモンガの目の前に唐突に出てきたのは二足歩行のオウムだった。片手に黒い傘を持ち、エメラルドグリーンの羽の上から立襟のシャツを蝶ネクタイでしめて更にはクリーム色のジャケットを着ている。嘴に咥えた葉巻から燻る煙がかぶっているカンカン帽をよけて天井へと上がっていく。

 

「突然の訪問に応じてくれたことに感謝する。

さて、今回はスワリューシさんについて話がある」

 

 モモンガがそう切り出すと足元でどったんばったんと何かが二転三転する音が聞こえた。

 

「ゴホン、クルーにはよく言っておきます。ええと、我らが創造主様が一体どうかなされたのですか?」

 

 航海士が足の裏で床をトントンと叩くと音は静まった。

 

「実は、スワリューシさんがどこかへ行ってしまったんだ。居場所に心当たりがあれば聞きたいんだが」

 

 モモンガがそういうと航海士は不思議なことを聞くなあというような顔をした。オウムの顔なので普通なら表情が読み取れるはずもないのだが、コミカルな顔をした鳥人(バードマン)のその表情は三歳児が見たって同じように感じることができるようなものだった。

 

「キャプテンはたいていいつもどっかへ行ってるような気がしますけど」

 

「ああ、お前たちには話していなかったな。実は現在、ナザリック地下大墳墓は名称不明の場所へと転移している」

 

 それからモモンガは現在判明していることについて話した。ついでに四階層に異常がないかのチェックも底のほうのクルーに任せることにして、伝言を頼んだ。

最後にスワリューシの居場所を聞くと航海士は下あご――正確には下嘴と言ったほうがいいかもしれない――に手を当てて考えた後、ポンと手を打った。

 

「ああ、船長ならまず海に向かうでしょうね。とは言っても、船はここにありますから沿岸部にいるか、船を求めるんじゃないでしょうか」

 

 航海士のその言葉にモモンガは深く納得した。




無駄な設定

望むものへの指針
・聖遺物級アイテム
・使うことでアイテムや建造物、土地の場所がわかる
・ただし現在プレイヤーがいるワールド限定かつ名称が間違っているとその場所を指し示すことはない
・ユグドラシルではとあるイベントの達成報酬としてゲットすることができた
・しかしそのイベントの進行に必要不可欠なキャラクターがワールドアイテムである聖者殺しの槍(ロンギヌス)によって消失してしまったのでイベントをクリアしたものはかなりの少数である
・データクリスタルをつぎ込むことでその見た目を変更することができる

・アインズ・ウール・ゴウンでは隠し鉱山の探索に役立ったようだ


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四話

 薄暗がりであるのは雲が月を隠していることが理由だった。太陽がすっかりと地平線に潜ってから夜の明かりは永続光(コンティニュアル・ライト)か蝋燭の光くらいだろう。

 

 一週間前に起こった王都での騒動は警備を強固なものと変えた。喋る一羽の鳥に王都中が右往左往したことは記憶に新しい。あんなことはリ・エスティーゼ王国兵士として二度とあってなるものかと、普段さぼりがちな見回りもまじめに行うようになった。それゆえに一人の不審人物が捕えられたのは当然であった。

 

 ロ・レンテ城の兵士の駐屯所。その地下には犯罪者が囚われる牢獄がある。牢獄は一本の通路の両側にそれぞれ向い合せになるように設置されている。

夜通し監視のための兵士が出入り口にいるのだが地下牢の明かりは当然コストの安い蝋燭の光である為にその奥まで見張ることはない。気流の揺らめきで敏感に揺れる光は多くのうす暗がりを生み出す。

 

 光が揺れると影も揺れる。ゆらゆらと不定の形状を地面に投影する。

 

 ぐちゅりという粘着質の音が地下で鳴った。あまり大きい音ではなかったが、その音の発生源に近くではやけに大きく聞こえた。一番奥の牢獄である。その隣の牢にいた囚人は寝付けずにいたためにその音を明確に聞いてしまった。

 

 不審に思った囚人は鉄格子に顔を近づける。よく見えないが、通路の近くに寄ったことで気が付いたことがあった。水だ。地下牢の中央を通っている通路に水があった。それは徐々にその範囲を広げているようでやがて囚人の足元にも届いた。

 

 好奇心からその水を指先で掬い、一舐めしてみる。しょっぱい。しかしそれ以上にもっと飲みたいと思った。

 

 地下牢の土まで舐めとってしまっていることも気付かずに囚人は一心不乱に水を舐め続ける。

 

 そんな囚人を覆い隠すような影が横ぎった。床を舐め続ける囚人は気づくことはなかったがその向かい側の囚人はその影に気が付いた。

 

 びちゃりびちゃりと水の音を鳴らしながら目の前を歩く影。ふと顔を上げるとそこにはこの世のものとは思わざる異形の怪物がいた。

 

 彼は一目見た光景を信じることができずにずっと見ていた。その瞬間。怪物と目があった。数秒もなかったはずだが、彼にはそれが無限にも思えた。その中で彼がとることのできた行動は無言を貫き注目されないようにするということだけである。声を出して気を引かないように。目をつけられないように。まるでギガントバジリスクの石化をくらってしまったかのごとく動かなくなった彼はこの日から言葉を話すことができなくなった。

 

 同じようにこの光景を見てしまった囚人がいた。彼の行動はいたってシンプルである。見ないように、聞かないようにガタガタと震えながら縮こまっていたのである。しかし耳をふさいでいてもあの粘着質な音が。水辺を歩くような足音が聞こえてくる。耳の中に音が住み着いてしまったかのような地獄が絶えることはない。

 

 やがて音の発信源は出入り口へと至った。小さく何事かの言葉をつぶやくとゆらりと煙のように消える。そのまま音の行方は分からなくなった。

 

 地下牢で音が消えてから一時間ほど後。宝物庫の警備を担当していた兵士は不審な物音に気が付いた。

 

 それは宝物庫の中から聞こえてくる。大きな音こそたっていないものの、小さいがさごそという物音がする。ネズミか何かかとも思った兵士たちであったがその予想は崩れ去った。

 

「――なんだ、ゴミアイテムか」

 

 確かに人の声がした。

 

「おい」

 

「あ、ああ。俺にも聞こえた。人の声がしたよな?」

 

 宝物庫の扉の前に立っていた二人の兵士は顔を見合わせる。ゴクリと生唾を飲み込み、一人は槍を構えてもう一人は燭台を持ちながらゆっくりと扉を開ける。

 

 廊下の明かりと燭台の明かりが室内に光をもたらした。ゆらりと揺れる炎によって見通しが悪いものの視認には十分である。

 

 がさりとまた音が鳴る。勢いよく振り返る。ゆっくり歩いていくとそこには何かがあるわけでもない。

 

 宝物庫は出入り口が一つしかない。完全な密室である。だからこそ一人の兵士が槍を構えて扉の前で待ち、もう一人が蝋燭片手に確認を取っているのである。だから、槍を持った兵士は気が付く。おかしい。

 

 目の前の光景に違和感を抱く。何がおかしいかまではわからないものの、変なのだ。あるべきものがないというか、あらざるものがあるというか。

 

 よく目を凝らすと気が付いた。影だ。炎のゆらめきに対応する影のゆらめきが変なのだ。

 

 目の前の影もその変な影の一つだ。それを槍でつついてみる。

 

 感触がない。槍はどこまでも吸い込まれていき、やがて自分もその闇の中へと吸い込まれそうになる直前に肩を強く引き戻された。

 

「おい! おい何やってんだ!」

 

 燭台を持った男が傍らにいた。なぜ邪魔するのだろうと男は思った。自分はこの闇の中こそが居場所であるはずなのになぜ彼はその邪魔をするのだろう。

 

 敵だからだ。きっと彼が自分の敵であるからそういうことをするのだ。

 

 なぜ持っているかは分からないが自分の手には刺殺に役立ちそうな槍がある。

 

 ずぶりという感触は闇の中へと槍を突き入れたときに似ていた。燭台を持った敵の喉元に槍を突き入れるとあっけなく男は倒れた。何かを言いたげだが槍によって喉がつぶれているためか言葉を発することはない。男は笑った。これで邪魔をするものはない。そしていいことが分かった。

 

 闇は敵の体の中にある。あの槍を突き入れる感覚。あれこそが自身の居場所である。

 

 兵士だった男は槍を片手にフラフラと歩いていく。狩人のように無感情に人を殺す彼は朝までに三十一人の兵士を殺害した。

 

 

 

 

 ラナーはパチリと唐突に目を開いた。そのまま体を起こす。

 

 部屋を見渡すが何もいない。天井裏かと思い部屋の中をぐるりと歩き回ってみるが何かが動き回るような音も聞こえない。首をひねる。自分がこんな夜更けに勝手に目が覚めるなんてのは刺客や侵入者がある時くらいである。しかし何もいない。おかしいと思いカーテンを開けてみる。空はまだ曇っていた。明かりは自分で用意するしかなさそうである。

 

 部屋に置いてあるランプをつける。暗闇は幾分かその面積を減らしたが何者もそこにはいなかった。

 

 念のために衣装ダンスやベッドの下、机の下なども確認してみるが何もいない。

 

 気のせいかとラナーは嘆息してランプの明かりを消す。そのままカーテンも閉じようとしたところ、おかしなことに気が付く。窓から差し込む明り。きっと雲が晴れたのだろう。その月明かりが一つの影を生み出していた。

 

 先ほどまで何もなかったはずだがと影の元をたどっていくと床が水浸しであることに気が付いた。

 

 長靴のような分厚い靴。ズボンも同じように分厚く、羽織っているジャケットは限界まで水を吸っているようでぽたぽたと裾から水が垂れ落ちている。

袖から除く手はおおよそ人のものではない細長い鉤爪のような形をしており、何よりも目を引くのはその顔である。

細長いいくつもの吸盤のついた触手がぐねりぐねりとそれぞれに意思があるように動き犇めいている。その奥の瞳を見たときラナーは理解した。

 

 これは、この存在はまずい。こいつが少しの気まぐれを起こしただけで自分の命は蝋燭の灯より簡単に消えることだろう。その上、自分について何か思っている様子でもない。自分はこいつにとってみれば家具と同じような存在なのだろう。

 

「んん~? おかしいなぁ」

 

 怪物が声を出す。それだけで心臓が止まりそうだった。一瞬のうちにいくつもの思い出がよぎる。ほとんどがクライムのことだがその中で今の状況に役立ちそうな情報が唯一あった。ラキュースとクライムが話している時の記憶である。対処しようのない敵に出会った時にどうするかという話だったと記憶している。

 

 目を合わせて。ゆっくりと下がる――。

 

「ああ、おいそこの女」

 

 目を合わせれば当然話しかけられる。そんなことも普段であればわかるようなことであるはずだが今は唯一垂れ下がってきた蜘蛛の糸に縋り、見事に落ちた。

 

「この部屋に黄金とかいうのがあるらしいんだが、知らないか?」

 

 生き残るためにはなんと返答すべきだろうか。ラナーの優れた頭脳は現状について冷静にそろばんをはじいた。この怪物は幸いにして自分を殺そうとしてやってきたわけではなさそうだ。黄金を求めてやってきたとすれば金品であろうか。まさか自分の呼び名である“黄金”を勘違いしたわけではあるまい。

 

「え、ええ、黄金でしたらこの部屋ではなく宝物庫にあると思うのですが」

 

 怪物はその顔をゆがませてため息をつきながら口を開いた。機嫌を損ねてしまったかと身を固くする。

 

「宝物庫は五宝物とかいうのを頂戴しに行ったがとんだゴミアイテムと粗悪な装飾品しかなかったぞ?

ああ、そうだ。ついでに五宝物とかいうのについても教えてくれよ。あんたこの城に住んでるってことは偉いんだろ?」

 

 ラナーは怪物が話しているうちにいくつかのことに気が付く。まずこいつはそこまで気性が荒いというわけではない。そしてその上で自分たちとは倫理観が異なる。また、尺度が違う。

 

 宝物庫にあるものは他国からの贈り物や歴代の王が集めた高価なものばかりだ。五宝物もそこに安置されている。そこにすでに行き、そして先程のような評価であるということはこの怪物はあれらのものでは当然ながら満足しないということだ。

 

 ラナーは床に膝をついて首を垂れる。

 

「申し訳ございません。この城には宝物庫にある以上の金銭的価値のあるものはございません」

 

 頭を下げながらラナーはどうか怪物が愛想を尽かせて去ってくれることを祈った。怪物から広がる水たまりは自分の膝元まで広がってきていることがわかる。現実感のない現在のこの状況を水の冷たさが現実であると教えてくれる。

 

 怪物がうなる音が聞こえた。そのまま水たまりの波紋から怪物が動いたことがわかる。明確な死がどうにか動いた。そのことに恐怖を感じるがこの場に自分を助けるような存在はいない。

 

 そう思っていた。しかし現実は違った。

 

「あの、姫様よろしいですか」

 

 扉がノックされる。勢いよく振り返る。まさか、なぜ。

 

 いくつもの思考が入り乱れていったが結論はいたって簡単でなんとかクライムを部屋に入れないようにするということだけだった。思考の端々ではノックしないように言いつけたのに何でノックしてるのという現状にそぐわないものまである。

 

「どうかしたのか?」

 

 怪物が聞いてくる。今のノックが聞こえていないのだろうか。聞こえたうえでこちらを嬲る意図で聞いているのかもしれない。

 

 怪物に向き直る。怪物の異形の表情から感情を読み解くことはできないが相変わらずこちらのことを何とも思っていない無感情だけは感じ取ることができた。

 

「い、いえ、その、何でもありません」

 

「姫様? 寝ていらっしゃるのですか? このような時間に申し訳ございません」

 

 未だにドアはノックされ続けている。怪物はそれを聞こえないふりをしているようで、水たまりの中を歩きながら窓へと向かっていった。

 

「宝物庫にあるものがこの城の宝のすべて……じゃあ特に欲しいものもないし帰るとするか……」

 

 怪物の発言は心の底から安心できるものだった。願わくば、クライムが入ってくるまでに何とかこの怪物にはお帰り願いたいものである。

 

 その時、怪物の影が消えた。月が雲で隠れたようだった。それと同時に水たまりも消え、怪物のいたところには一人の人が立っていた。

 

 服装は特に変わらない。変化したのは体つきのみ。しかしその目は全く変わっていない。油断ならない怪物であるのだ。

 

「うん? ああ、姿が変わったから驚いているのか。月の光は本当の姿を暴く。死者は骨になるし人はタコになる。月光によって俺の擬態は無効化されてしまうんだ」

 

 お分かり? と語る怪物はどう見ても人間以外には見えなかった。

 

「そんじゃま、これ以上居たって仕方ないし、とっとと退散するかな」

 

 そう言って窓枠から身を乗り出し、背中から蝙蝠のような翼をはやして飛び立っていった。

 

 怪物が完全に見えなくなると床にへたり込む。何故あんな理不尽な存在がこの城の自分の部屋に来たのだというやるせない怒りがわく。

 

 理不尽を嘆くがそれ以上に対処しなくてはならないことがある。扉の前にいるであろうクライムのことである。

 

 どうしようかと考える。怖い夢を見たといって抱き着いてあたふたする姿を見てもいいかもしれないし、一緒に寝ようといって甘えるのもいいかもしれない。

 

「まったくもう、どうしたんですかこんな時間に」

 

 クライムの求めるお姫様の演技をして扉を開ける。先ほどまでの恐怖によって少しのぎこちなさが混ざるが彼なら気づかないことだろう。

 

「……クライム?」

 

 扉を開けるも返事がない。おかしいなと思いながら廊下を見る。誰もいない。変だ。先ほどまでクライムがノックしていたはず。

 

 彼に限ってこんな悪戯をするとも思えない。ノックした後に急な用事か何かでどこかへ行ったのだろうとあたりをつける。

 

 これは今度会ったときに文句を言わなくてはならないなと考えて、この日の夜は眠りについた。

 

 本当は、気が付いていたのだ。その真実に。

 

 

「まったく、クライムったらひどいんだから」

 

 次の日に頬を膨らませながら可愛く怒る。クライムはあたふたとした様子で自分をなだめる。ああ、この平穏な光景を彼と二人でずっと過ごしたいと思いながら昨日の夜のことについて言う。

 

「え? 昨日の夜……ですか?」

 

 クライムは不思議そうな顔をする。予想とはずいぶん違う反応だ。謝罪のために慌てふためくと考えていたのだが、そうではないようである。

 

「ええ、扉をノックして、寝ているんですかとかなんとかって言っていたでしょう?」

 

「……姫様、その、自分は昨日の夜兵舎から外に出ておりません」

 

「……本当?」

 

 クライムは疑問を抱くように首をかしげながら続けていう。

 

「ええ。きっと夢でも見たんでしょう」

 

 そういったクライムを見ているとなんだか昨日の夜の出来事が想起される。月の光によって暴かれる真の姿。もしかするとクライムも……。

 

「ねぇクライム。あなたは人間?」

 

「? ええ、そうですけど……」

 

「……ごめんなさいね。まだちょっと寝ぼけているようで」

 

 クライムは変わらないように見える。しかしそれ以外はわからない。もしかするといつもいるあのメイドも、庭師も、父でさえ人に化けた怪物である可能性があるのだ。

 

 本当に、夢だったらよかったのに。ラナーは窓枠についた泥を見て心の中でそう思った。




無駄な設定

地下牢誕生
・兵士が駐屯する場所があるんなら当然犯罪者とかもそこで面倒見るだろう
・でも実際兵士の訓練場とか王城の中にあるわけだけど王族が住む場所の近くに普通に犯罪者置くか?
・まあ地下に埋めとけばいいだろ

不定の狂気
・偏執症
・失語症
・幻聴
・殺人癖
・妄想

ラナーさんはダイスロールで激烈に運が悪かったら沙耶の唄状態にする予定だった


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五話

 イミーナの堪忍袋の緒は今にも引きちぎれそうであった。ロバーデイクとアルシェに窘められて早数時間。二人のまぁまぁという宥める言葉ももはや耳を素通りしていた。

 

「アハハハハ、なるほどそいつは傑作だ!」

 

 そんなイミーナの耳に引っかかる笑い声がある。また一つ彼女の堪忍袋が重くなる。

 

「そうだろうそうだろう。まあ結局そいつは姉に折檻を受けて間違えて教えた知識を訂正したんだが、またまたその教えられた人っていうのがけっこう天然で、どうにも理解しない。というか、どの知識が本当なのかもなんだか勘違いを起こしたようでずっと話がかみ合わないんだ。

“え? シャルティアの話す言葉は方言じゃないんですか?”

“いやいや、モモンガさん。たしかに新吉原はありんす国と呼ばれたこともあるんですけどそうじゃなくてですね”

“え? 外国語なんですか?”

とこんな感じで俺の仲間はいつだって愉快なんだ。まあ今ははぐれちまって会えないんだけどな。

……っとまあなんだかしんみりしちまったな。ほら、飲め飲め!」

 

「おっ、悪ぃな」

 

「いいっていいって」

 

 そういって目の前のアホ二人は昼間から、それも一人は護衛の仕事中にもかかわらずグビグビと酒を飲んでいる。足取りはフラフラでもはやいつ寝転がったとしてもおかしくなさそうだ。

 

 あふれる怒りをため息に乗せて吐き出す。最初からこいつらはこんな感じである。フォーサイトの仕事としてエ・ランテルまで商人の護衛をし、ここ最近働きづめだったので息抜きを兼ねて一泊していこうという話だったのだ。イミーナとヘッケランは商人を送り届けて宿を確保した後、ぶらりと街をデートし、夕食を食べてその後はしっぽり、という予定だったのだ。

 

 デートまではうまくいった。自分たちがこの街に来る直前に何やら大事件が起こったようであるが、それを漆黒とかいう冒険者チームがほぼ被害なしで食い止めたらしく、街はお祭り騒ぎだった。いくつもの露店が立ち並ぶ中でかわいいイヤリングをプレゼントされたし、二人並んで歩いた平穏な時間は心を温かくさせてくれた。

 

 すべてが崩れ去ったのは夕食の時だ。夕食といえば当然酒を飲む。それに夜の潤滑油にもなる。当然飲む。街もお祭り騒ぎのただなかで飲まない奴なんていないだろう。まあイミーナはなんでかヘッケランに止められたのでおとなしくミルクを飲んでいたのだが。

 

 夕食にはアルシェとロバーデイクも合流し、帝国のものとはまた違った料理に舌鼓を打つうちにある程度の時間が流れた。軽く腹に物もたまり、ちょっとゆっくりしてから店を出ようかななんてイミーナが思ったその時、ヘッケランの目が見開かれたのが見て取れた。どうやら視線の先は自分の背後。なんだろうと思ってゆっくり振り返るとそこには怪しさの塊のような男がいた。

 

 見たことのない服飾の数々に、髪や髭を編んでいたりストラップがついていたりと怪しさしかない。そんな奴が溜息を吐きながら落ち込んだ様子でいる。関わり合いにならないほうがいいだろうとロバーデイクやアルシェと目くばせした後にヘッケランのほうに視線を戻すと彼がいない。あれどこに行ったんだと首を振る間も与えずに声は後ろから聞こえてきた。

 

「なぁおいどうした? なんかあったなら吐き出しちまえよ。ここは酒の席だし相談くらい乗るぜ?」

 

 不審者と肩を組んだ酔っ払いがそこにはいた。ヘッケランの物怖じしなさというかある意味怖いもの知らずなところは自身の経験を持って知っているのだが、そいつにも話しかけんの? という思いがイミーナの中で膨れ上がった。アルシェもロバーデイクも同様に口をあんぐりとあけている。

 

「……お前、だれだ? どっかで会った?」

 

 不審者に不審げに見られた酔っぱらいはそんな態度を受けてなお機嫌を損ねていないようでにこやかである。

 

「ああ、俺の名前はヘッケラン・ターマイト。フォーサイトってチームのリーダーやってる。あんたとは初対面だ」

 

 よろしく、と握手を求めるヘッケランを物珍しそうな顔で見た後に不審者は名乗る。

 

「俺の名前は、そうだな、キャプテンとでも呼んでくれ」

 

「キャプテン? なんかの長なのか?」

 

 そういうと不審者は急ににこやかになり話し始める。

 

「そう! 俺は船長! キャプテン・スワん″ん″っとこれは秘密だった」

 

 慌てて酒を呷るこの不審者はどうにもなんというか胡散臭い。こんなのほっといて宿に帰ろうとヘッケランに言うが彼はなんだか面白そうなものを見つけたとばかりに目を輝かせていた。これはだめかもわからないとイミーナは頭を抱え、ロバーデイクはやれやれと頭を振り、アルシェは処置なしといわんばかりに肩をすくめた。

 

 キャプテンの話はまとめると簡単なことだった。どうやら集合場所に待ち人が来なかったらしい。結構待ったが全く来ないようで、連絡を取ってみてもまるで応答がないのだとか。そんなわけで途方に暮れているところでヘッケランが絡んだというわけだった。

 

「あーあ、帝国までの案内をしてもらうつもりがパアになっちまった」

 

 この言葉がすべての原因である。

 

「なんだあんた帝国に行く予定だったのか? 俺たちもちょうど明日帝国に帰るんだけどついてくるか?」

 

「お、そりゃ本当か? 助った! 飲め飲め! 今夜は飲み明かすぞ!」

 

「おう!」

 

 そう言ってバカ二人は意気投合した様子で酒を飲み始める。

 

「ちょ、ちょっと待った! さすがに依頼主でもない奴を連れて帝国まで帰るなんてのは勝手に決められたら困るわよ!」

 

 旅は危険が伴う。エ・ランテルから帝都まで帰るにはトブの大森林とカッツェ平原の間を抜ける必要がある。その道すがらモンスターに遭遇しないなんてのは考えづらいし、そんなモンスターを倒してやった安全な道をタダで通ろうなんていうのは虫のいい話である。

 

「じゃあ依頼主になろう。それで全部丸く収まるんだろ?」

 

 そう返した不審者にそれもそうだなとゲラゲラ笑うヘッケラン。頭に血が上ったイミーナはヘッケランにビンタを見舞った後に宿へとさっさと帰るのだった。

 

「……ヘッケランが悪い」

 

「私もそう思いますね」

 

 アルシェもロバーデイクもイミーナに続いて宿へと帰る。そこに残されたのはヘッケランという飲んだくれとキャプテンの二人だ。

 

「あー、まあ、そういうこともあるさ。ほら、嫌なことは飲んで忘れちまおう」

 

 慰める側と慰められる側が逆転し、その後もずっと飲んだくれたのだった。

 

 そして翌日。ヘッケランはすこぶる好調な様子で集合場所に現れた。二日酔いで苦しみながら歩けばいいと思っていたイミーナにとってみれば肩すかしである。当然その傍らには昨日一緒にいたキャプテンがいる。

 

「俺の名前はキャプテン。帝国まで一緒に行くことになった。よろしくな」

 

 そういって笑う不審者は薄暗い酒場で見るよりは胡散臭さが無くなったものの、信用がおけるかどうかという点において全く信用ならない。

 

「それで、依頼主さん。報酬はいくらいただけるのかしら」

 

 イミーナは嫌味たっぷりにそう言った。あまりに安いようだったら断ってやるという気概にあふれていた。

 

「そうだな、俺は知らないんだがここからその帝都ってのはどれくらいかかるんだ?」

 

 キャプテンはイミーナの怒りなんぞ全く意に介する様子もなくロバーデイクに聞く。それもまた彼女の怒りに油を注ぐ結果となっているのだが全く気にする様子もない。

 

「そうですね、大体二日ほどでしょうか」

 

 ロバーデイクは顎に手をやりながら何でもないように答える。彼にとってみても目の前のキャプテンという男は信用できるかどうかといえば微妙なところである。ヘッケランが気に入った様子なので悪いやつではなさそうという程度の認識であり、まあ油断せずにおこうかなという冷静な視点でもって観察を続けていた。

 

「二日、二日ね……。そうだな、十枚くらいでどうだ?」

 

「銅貨とか言わないわよね?」

 

 そう言ったイミーナにキャプテンは可笑しそうな顔をする。

 

「いや、あいにく、報酬として払える金はこいつしか持ってないんだ」

 

 そう言って各自に渡してきたものは女性の顔が彫られた金貨だった。

 

「……本物?」

 

 アルシェが呆然としたようにつぶやくとなるほどというふうにキャプテンは言う。

 

「報酬金に贋金をつかませるなんてよくそんな悪いことを思いつくな……考えたこともなかった」

 

 一応確かめて見るとちゃんとした金貨であることが分かった。その上意匠や含有率などを考えるとその金貨一枚が帝国金貨と等価とは思えないほどに素晴らしいものであるということがわかる。

 

「あんたどこからきたの?」

 

 思わずイミーナがそう聞くと答えは軽く帰ってきた。

 

「俺もそれを探しているんだ」

 

 かくしてフォーサイトの帰路に一人余分な荷物が加わったのだが、荷物どころではなく足かせだったようである。歩き出して早々に酒を飲み始め、ヘッケランにも飲ませ始めたあたりから堪忍袋は緒が切れそうになり、陽気に歌って話しながら歩く能天気な二人を見ていると堪忍袋は破裂しそうになる。

 

「九つの世界を旅し、その全ての海を制覇した時、俺は輝く一つの称号を手に入れた! それだけじゃあない! 船もだ! その船はどこへだって行ける。ミズガルズのヨルムンガルドもウートガルズの城壁も関係ない! その船でならどこへだっていける!

全てのものは航路の邪魔にならない。自由が、そこにある!」

 

 ついに酔っぱらいは意味の分からない戯言まで吐き出しはじめる。それに同調する酔っ払いもいるから始末に負えない。

 

「いいぞいいぞー! もっと言えー!」

 

「舵の向くままにどこへだって行くのが船ってもんだ。帆やマスト、甲板があるから船じゃあない。それらは船に必要ってだけの話だ。

それじゃあ船とは、船が象徴するものとは。

何か? 自由だ! 誰の指示でもない。自由に、気の赴くままに、向かえるのが船なんだ!」

 

「船に!」

 

「自由に!」

 

「「乾杯! アハハハハ!」」

 

「うるさい歩け!」

 

 げらげらと騒いでいた二人は結局イミーナに雷を落とされるまで酒を飲んだくれていた。

 

 やがて日も暮れる。夜はモンスターの時間だ。そんな時間に急用でもないのにあくせくと歩くということをわざわざしない。ひとまず森と平原の影響圏から抜けたので今日はキャンプをする。

 

「お前たちはどこに寝るんだ? 見たところテントも持ってないようだが」

 

 キャプテンがおかしなことを聞く。

 

「マントにくるまって寝る。わざわざテントなんて持ってくるのは貴族くらい」

 

 小さく答えるのはアルシェだ。暗くならないうちに野営の準備をしたいのでキャプテンは放置されている。特に今日は曇り空のようで急がないと暗くなって何も見えなくなってしまう。彼はそんなフォーサイトの行動をめずらしそうに見て、時たまこれはどういう効果があるのかやら今何をしているのかなどと聞いて回っている。

 

「ほー、なるほどなあ。マントはそう使うのか。魔法使い(マジックキャスター)なのになんでマントしてるのか気になってたんだよ」

 

 いろいろなことを知らない様子を見るとまるで高貴な身分かのように思えてしまうが彼の見た目や雰囲気、言動をみるとそんなことはあり得ないと感じられる。

 

 そんな中、フラっとイミーナに近づいていったキャプテンがすれ違いざまにこっそりと話しかける。

 

「お前のダーリンはお前にゾッコンだからそうカリカリすることはないぞ」

 

 さっと振り返り瞬間的に顔を真っ赤にしたイミーナは殺気を滾らせて罵倒しようとしたがキャプテンはすでにヘッケランと話していた。さすがに当の本人がいるところでとやかく言えないイミーナは怒りを鎮めて準備を続ける。あのニヤついた顔に一発ぶち込んでやると決意をしながら。

 

 結局夜もバカは二人で飲んでいた。キャプテンが持っているビンは底のほうが丸く、玉ねぎのような形をしており昼から同じものを飲んでいるように感じる。彼らの飲むペースを考えればとっくの昔に空になっているはずであり、まだ中身が残っていることに違和感を覚える。

 

「そのビンはマジックアイテムなの?」

 

「おうよ! 無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ラム)ってアイテムでいくらでもラム酒が出てくる」

 

 大振りにふらふらと揺れながら歌うように信じられない言葉が放たれた。

 

無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ワイン)もあるし無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ビール)だってあるぞ。火をつけるなら無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ウォッカ)だな」

 

「ボトル・オブ・エンドレス・エンドレスになってるじゃねーか!」

 

 ヘッケランのちょっと寒いギャグも気にならないくらいにアルシェは頭の中でそろばんをはじいていた。無限に酒が出てくるアイテムなんて売ったらいくらになるだろう。金貨百枚は堅いはず。とすればそれが今話に出ただけでも四本あるので四百枚は堅い。

 

 などと考えるが結局は彼がくれればという結論に至る。それか奪うか。しかし金払いがいい客から物を奪うなんてことをできようはずもない。護衛対象から強盗するなんてばれたら商売あがったりである。ワーカーはある意味冒険者よりもシビアだ。等級を表すプレートがない故に信用を勝ち取るのは相当難しい上に信用を失うのは驚くほど速い。

 

 そしてそんな風に皮算用をしてしまう自分をアルシェは恥ずかしく思う。いくら借金がつらいからって誰かから奪うことを考えてしまうなんてと自己嫌悪に陥る。

 

 薪の前で騒ぐ仲間たちはアルシェのそんな葛藤に気づくことはできないでいた。




無駄な設定

無限の~/~・オブ・エンドレス・~
・モモンガさんが原作で使っていた無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)と同じ系列のアイテム
・データクリスタルをつぎ込むことで設定や見た目を変えることができるが何の意味もない
・水やら酒やらが必要なクエストは大抵それ専用の酒アイテムや水アイテムが必要になるからである
・無限の~とついているが実際には限界がある

・ユグドラシル時代にはペロロンチーノが無限の聖水というものを作ろうとしたが設定として内容物を書き込んだ瞬間に一時間のログイン禁止措置を取られた


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六話

 帝都に着き、フォーサイトのメンバーに報酬金を払う。二日も道案内させて金貨十枚のクエストとか糞クエストだよなと思いつつもそれぞれに十枚のユグドラシル金貨を渡す。

 

「それじゃあ、諸君、また会おう! このキャプテン・スワリューシのクルーとしてならいつでも会おう!」

 

「だれがなるか!」

 

 旅の途中にクルーに誘ったのだがあまり色よい返事はもらえなかった。特にあの半森妖精(ハーフエルフ)のお嬢ちゃんなんて水に浮きやすく溺れにくい能力なんてのを持ってるんだからうってつけだと思ったのだがどうにも水辺が嫌いなようで海なんて死んでもごめんだといわれてしまった。当然お嬢ちゃんがだめならヘッケランの野郎もついてくるはずはないし、ロバーデイクは聖職者のくせに清く正しい。海賊行為を許しはしないだろう。

 

 海賊について一番見込みのありそうだったのはアルシェとかいう魔法使い(マジックキャスター)だ。報酬金に偽物を渡すだなんていう恐ろしい考えを今まで持ったこともなかった。リアルでは電子マネーであるゆえに金が偽物なんて想像もつかないし、ユグドラシルでもクエスト報酬金が偽物なんて考え付きもしない。貨幣のやり取りを物質的使っている者たちにしか気づけないような着眼点だろう。

 

 それに一瞬だが宝を狙う海賊のような眼をしていた。

 

 祝すべきクルー第一号候補として記憶しておかなくてはならないな。

 

 さて、帝都に来るまでは波乱万丈だった。まず第一の予想外なことは海が真水だったことだ。あまりの衝撃でこんなの海じゃないと叫び水に潜った。

種族:タコのおかげで水の中でも呼吸ができるのだがなんというか息苦しいというか無味乾燥な感じがした。水中での呼吸の感覚をどう表していいのかわからないのだが、いうなれば味や匂いの無い空気というべきだろうか。変な感じだった。

 

 そこから陸へ上がり一路王都へと向かったのだがここでも誤算だった。なぜか捕えられてしまったのだ。しかも詰所に連行とかそういう話ではなく拘留である。何罪だ言ってみろと言ったら公務執行妨害で捕まったことにされたのだ。むかついたので脱獄した後にたまたま近くにあった王城に忍び込みお宝を頂戴しようとしたのだがとんだゴミアイテムしかなかった。

 

 疲労無効やリジェネの効果の付いたアイテムやら多少切れ味がいい程度の剣に何のバフもついていない鎧なんて誰が欲しがるというのだろう。飾ってあった宝物も自分が持っている物以上のものはないように思えた。

美的感覚がもしかするとこの世界の人と違うのかもしれないなと考えつつ、歩いていた兵士に“黄金”のありかを聞くと一つの部屋を快く教えてくれた。

その部屋に忍び込むと、たまたま起きていた人がいたので海賊のスキルである“交渉”を使ったところ予想外に大きな効果を発揮したようで相手は膝をついて頭を垂れながら質問に答えてくれた。

もしかするとあれがあの国の交渉の礼儀か何かだったのかもしれないが、とにかく良いものもなかったのでさっさとおさらばして違う宝物を探しに行くことにしたのだ。

 

 そして最後の困難である。オウムがいくら待っても帰ってこなかったのだ。もしかして何かに巻き込まれたのかと強制送還の呪文を唱えても何の手ごたえもない。俺の管理下からいなくなってしまったような感覚だった。ありえないなとその考えを捨ててどうするか考えているうちに先ほどのフォーサイトのメンバーと知り合ったのだ。

 

 彼らとの話し合いでおぼろげながら世界の実情についてつかめてきたかもしれない。

 

 まず安心できることにどうやらユグドラシルのPCLv100というのは相当な強者であるらしいということが分かった。フォーサイトの面々が戦闘する様子を遠目から観察していたところ、おおよそLv30に届かない程度だろうなということが判明し、魔法使い(マジックキャスター)も第三位階魔法が使えることを誇らしく思っていたようであったのであまり強者が存在しないのかもしれない。

 

 とはいえ、それはこの近辺だけでいわばこの辺りは“はじまりの森”とか“初心者の平原”とかいう場所であるからレベルが低いだけかもしれない。あくまで現状は差し迫った脅威はないということを頭にとどめておくことにする。

 

 さてそうなるとこれからはかなり自由に動くことができる。今までは大事になると動きづらくなるかと考えてこっそりとしていたのだがその必要も特にない。好き勝手動ける。

 

 まずは拠点だ。どこか身を隠すのに良さそうな場所を探す必要がある。墓地とかに地下室とかないだろうか。無いか。そんな都合のいいものそうそうあってたまるものではない。となると帝都の入り組んだ場所とか幽霊屋敷とかあればその辺に秘密基地を作るのもいいかもしれない。

 

「……なんだかわくわくしてきたな」

 

 口をついて出る言葉は興奮を表していた。この高揚感はリアルで味わうことは不可能だっただろう。

 

「何がわくわくするのかね?」

 

「ん? この帝都を冒険するのが楽しみって話」

 

「そうかそうか。ちょっとそこまでついてきてくれる?」

 

 ふと横を向く。帽子をかぶったおっさんと武器を構えた若い何人かが俺の周りにいた。

 

「……あー、うん。君たちの言いたいことはよーくわかっているんだ。

まず俺の推理からいってもいいかな? 君たちは帝都アーウィンタールの警備兵とか守衛とかそんな感じ。どう、当たってる?」

 

「その通りだ」

 

「大当たり! やったな兄弟。そんで、次にあんたたちはこう言う。

“お前の名前と出身地。何が目的でこの街に来たか言え”ってな」

 

「その通りだ。じゃあちょっと一緒に来てもらおうか」

 

 

 

 

 アインズことモモンガがその伝言(メッセージ)を受けたのは夜も更けてからの時間より朝日が昇るまでの時間が短くなるような時間のことであった。その日はズーラーノーンという邪悪な教団の企みを撃滅させたので少し疲れていた。

 

 漆黒の剣のメンバーが少し目を離した隙にンフィーレアを攫われ、彼のタレントによってズーラーノーンの持っている死の宝珠というインテリジェンスアイテムの真の力を開放することで死の螺旋というものが発動していたらしく、それの対処にまあまあの時間と労力を要したのだ。とは言えまあかなり大規模な事件解決の立役者ということでプレートの階級を一足飛びで上げてくれることになったことが救いだろう。

 

『アインズ様』

 

 唐突に頭の中に響く声は高く、幼い少女であることに容易に想像がつくだろう。もし製作者である源次郎が聞いたならば思わず“はぁ…エントマちゃんかわゆ…”と心の底からの感想を漏らすことだろう。と言うより彼や他のギルメンはとある一時期からエントマを見かけるたびに同じセリフを言っていたはずだ。

 

『エントマか? どうした、何かあったのか?』

 

 アインズが夜も気が抜けないなあなんて心の中で思いながら支配者ロールをして返答する。続くエントマの要件は思わずアインズが発光するほどの衝撃的な内容だった。

 

『はい。キャプテン・スワリューシ様の召喚されたモンスターらしき存在が確認されました』

 

「なんだって!?」

 

 アインズは目が飛び出るほど驚き、発光した。その声でぐっすり眠っていたナーベラル・ガンマが飛び起きたほどである。

 

「な、ど、どうかされましたかアインズ様!」

 

『今から転移で四階層のクルーを連れて十階層に向かう。アルベドに情報をまとめてから十階層に来るように伝えろ』

 

 手早く通信を切ってからナーベラルにも指示を出す。

 

「私は一度ナザリックに戻る。ナーベラルはここで待機し万が一来客があった場合は後で向かうといってから私に伝言(メッセージ)を送れ」

 

「ハッ。承りました!」

 

 膝を付くナーベラルをそのままに転移でナザリックの地上部分まで向かう。マーレの魔法によってうまく偽装されていることを確認しつつナザリックの地上部まで近づくとそこには四人のプレアデスが待っており、主を綺麗な礼を以て迎え入れた。

 

「お帰りなさいませアインズ様」

 

 プレアデスのリーダー的立ち位置である長女のユリ・アルファに続き他の姉妹も同じ言葉を口にする。アインズは鷹揚に頷くと預けておいたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取り地底湖に転移した。

 

 湖上にある船に向かうと相変わらず船内でどんちゃん騒ぎをしているのがわかる。このNPC達にも何らかの仕事を割り振ったほうがいいのだろうかと考えたことがあったが彼らに何ができるのか考えても特にいい案が思い浮かばなかった。

 

「航海士! 航海士はいるか!」

 

 先日来たときと同じようなやり取りをした後、相変わらず洒落た服装のオウムが船内から出てきた。

 

「スワリューシさんの手掛かりが見つかった。あの人の召喚モンスターに詳しい奴に心当たりはあるか?」

 

 そう聞くとオウムはうーむと唸る。

 

「そうですね。我々について詳しいとなれば彼が最適でしょう」

 

 オウムが口にくわえた葉巻を思い切り吸い込み、口内にたまった煙で何らかの模様を空中に書き出した。硬いはずの嘴が柔らかに動くさまは現実離れしているがまあそういう鳥人(バードマン)なのだ。

煙を上げてから三十秒ほどで異変がある。湖の底からゆっくりと気泡とともに大きな何かが浮かび上がってくる。ビタンと船にくっつく触手は船より大きく、それが幾本もある。船がぐらぐらと立っていられないほどに揺れ動き、揺れがひどくなるごとに触手の数も増える。船体が軋みをあげて壊れてしまうと思ったその時、大きな水柱が上がり雨のような水しぶきを周囲にまき散らした。

 

「こぉれぇはぁこぉれぇはぁ、もぉもぉんがさぁまぁ、ごぉきぃげぇん、うぅるぅわぁしゅぅうぅ」

 

 その大きさは彼の瞳がアインズの全身の大きさに等しいと言えばどれほどの巨大さかわかるだろうか。巨大であるこのモンスターの名前はクラーケンと言う。クラーケンは普段であればガルガンチュアの運搬や整備を任されているような存在であった。もちろん侵入者が来たときは戦うが、その程度の存在であったはずだ。その彼がなぜアイテムに詳しいのだろう。

 

「クラーケンが一番、召喚アイテムについて知っているのか?」

 

 アインズがそう疑問をこぼすとオウムは歌うように答える。

 

「キャプテン・スワリューシ様の冒険を語る上で一番最初に出てくるクルーこそが彼、クラーケンなのでございます」

 

 それは初耳だった。スワリューシが紹介してくれたクルーは基本的に船の中にいる連中ばかりだ。もしかするとそれ以外にもクルーはたくさんいたのかもしれない。

 

「そうだったのか……。クラーケンよ! スワリューシさんの召喚モンスターらしき存在を発見した! その詳細を知りたいので付いて来――ついてこれる、のか……?」

 

 巨体である。それこそガルガンチュアほどに大きい。王座の間などであれば軟体動物であるし入れるかもしれないのだがその道中はさすがに彼では通れないだろう。

 

「ああ、それは心配ご無用でございます」

 

 そんなアインズの心配とは裏腹に航海士のオウムはカンカン帽を取るとそこには帽子よりも大きなボトルがあった。

 

「それは?」

 

「説明するよりも見てもらったほうが早いかと思われます」

 

 シャカシャカとボトルを上下に振り、留めてあったコルクを抜くとその中から渦のような水流が飛び出しクラーケンに降りかかっていく。そのまま渦がなんとかクラーケンの全身を覆うと、今度は渦が逆流して戻る。クラーケンも当然渦の中に閉じ込められて一緒にボトルの中に入り込む。ボトルネックに近づくほどに縮尺がおかしくなっていく様子はやはり現実離れしており、夢の国(ドリームランド)もかくやといった具合である。

 

 吸い込み続けている間にもオウムのシャカシャカというボトルをふるう音はやまない。いや、むしろ大きくなってきている。シャカシャカ、シャンシャン。ドンドコドドン。弦楽器に打楽器、管楽器の音が幾重にも重なり、奏でられる音楽はラテンアメリカ。

 

「あぁ、これが、サンバだ」

 

 そう言ったオウムの言葉を皮切りにそこらじゅうにあるものがリズムに合わせて跳ねて踊りだす。幻想的な、なんでもどれだけでもありそうなその光景を見た瞬間にアインズは叫んだ。

 

「ストーップ! すまんが今は急いでいる。また後で守護者と一緒に見に来るのでその時に連れて行ってもらってもいいだろうか」

 

 ピタリと止んだ音楽に、動きを止めた何もかも。航海士のオウムは目をぱちくりさせた後、是非お待ちしておりますと告げてからアインズにボトルを渡した。

その中には巨大だったクラーケンがいくらかデフォルメされたイカになって入っていた。それでもアインズが運ぶにしては少し大きすぎるサイズである。一抱えほどもある上にその中に水やクラーケンまで入っているのだからアインズの筋力で持ち運びするのは大変な労力がかかると思われた。

 

「まだ大きいですかね」

 

 そういうと航海士は後ろに回した手から大きな緑の木槌を取出しボトルを殴った。するとボトルは800mlほどの通常サイズに縮小した。

 

 アインズはここは楽しいが感覚がおかしくなりそうだと感じながらボトルを手に取り、礼を言って去る。

 

『すいません。彼らはそうあることを定められているので誰がいたとしても誘おうとしてしまうのです』

 

 ボトルの中からややくぐもった声でそう言われる。その声は歳を重ねた者の声である。深く響く声にアインズはなんとなく背骨を伸ばしてしまう。

 

「わかっている。スワリューシさんと地底湖に訪れた時もたいてい同じようなことになっていた。

ところで、お前がスワリューシさんの最初のクルーだという話は本当か?」

 

 道すがらアインズがそう問うとクラーケンは照れたように触手で胴体をかきながら答える。

 

『ええ。お恥ずかしながら。そうですね。あれはまだ私が名もないメンダコだったころの話です』

 

 そうして話される内容はまさに大冒険と言ったものなのだがさすがに十階層に着くまでに全てを聞くことはできなかった。話の続きを聞きたいのも山々なのだが何はともあれ今はスワリューシを確保することが先決である。

 

 十階層に着き、玉座の間に入るとそこにはアルベドと縮こまって震えるシャルティアがいた。

 

「ん? なぜシャルティアが? 何かあったのか?」

 

 アインズが言うとさらに小さくなったシャルティアに代わってアルベドが口を開く。

 

「はい、アインズ様。そもそも召喚モンスターを見つけたのはシャルティアなのです」

 

「何? その時の状況を詳しく話せ」

 

 アルベドがまとめただろう紙を読み上げる。

 

 シャルティアは心の底から反省している様子で小さくしぼんでいた。




無駄な設定/本編で触れないだろう設定

湖上の船のクルー(ドリームランド人の誘い)
・召喚モンスター
・戦闘能力はない
・彼らの歌や音楽、踊りなどの見世物は見事なものでそれを見る者を魅了する
・実際ユグドラシル時代でも彼らの芸は侵入者達も足を止めて見る者たちが多かった
・あまり長い時間足を止めていると航海士から質問を受けることになるだろう
・「ねぇ、君、○○へ行ったことがあるかい?」
・そこは現代では存在しない場所である
・行ったことがないと言えば彼はこう言うだろう――じゃあ行こう!一度行けば、きっと帰りたくなくなるよ!
・深い人の眠りの世界であるドリームランドへと連れて行かれた者たちは意識を失うだろう
・すると湖の底から戦闘能力を持ったクルーがやってきてとどめを刺す
・湖上の彼らは餌であるのだ

追記:ドリームランドについて
・アミューズメント施設ではなくクトゥルフ神話に登場する世界の一つ
・人の夢っぽい平行世界っぽい場所で行くとたいがい発狂する
・ユグドラシルではいろいろな行き方があるが夢の世界であるので特定種族以外は眠る必要がある
・強制的につれてこられた場合は特定種族以外は強制的に睡眠状態になる
・ナザリックの地底湖にはどこへでも行ける船がある
・航海士は一時的なクルーを増やすことができる

伝言(メッセージ)
・ユグドラシルにあり転移後の世界にも存在する魔法である
・とはいえゲームであるユグドラシル時代のこの魔法の立ち位置を考えると、位階魔法とかそういうものではなくてどちらかといえば通信などのシステム的な機能であり、世界観を壊さないために魔法という立ち位置にしたものなんじゃないかと推測
・だってこんなゴミ魔法で制限ある魔法記憶のキャパ埋めるとかマジ無い
・転移後の世界で考えるとこれはもちろん通信手段として使えるはずであるがそうなると送信側と受信側でいろいろと問題がありそうである
・たとえば名前を知っていれば伝言(メッセージ)で通信できるとすればジルクニフの名前を知っているだけで一般人でも通信できることになってしまう
・そんなわけで転移後の世界では“一度以上会っていて、お互いの名前を知っている相手”に通信できるというほうがまあいいんじゃないかなって感じ
・あとはプレイヤーが転移した状況を考えると一度会っただのなんだのってのはリセットされてたほうが自然じゃないかなと思った

・メタ的に言うと最初から通信手段とれてたらキャプテンが冒険できないしまあモモンガによろしくって感じ


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七話

 アルベドによるとシャルティアは当初の予定通り犯罪者などのいなくなっても不審に思われない者たちの中で“武技”を使える者を拉致する任務を遂行している途中で血の狂乱によってやや我を失った状態になったらしい。

そしてそのまま続々と現れる冒険者を倒している途中にナザリックのポーションを投げつけられたことで血の酔いから醒め、周囲に放った吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)を殲滅した集団に出会ったらしい。これより先はシャルティアから詳しい話がされるそうだ。

 

 アインズはそこまでの話の中で気にかかったことを聞くことにする。

 

「ナザリックのポーションだと?」

 

 アインズがそう尋ねるとおずおずといった様子でシャルティアが答える。

 

「はい。ブリタという女がエ・ランテルの宿屋で黒い鎧に身を包んだ男に頂いたと言っていました。

申し訳ありません! 私がアインズ様の計画を台無しにしてしまいました!」

 

 そのまま土下座をするシャルティアに対してアインズは冷や汗を流す。

 

(ブリタ……? あ、ああ! そういえば宿屋であった女がそんな名前だったような。まずいぞ。こっちのミスでシャルティアにまで影響が出てしまうなんて……)

 

「ん、ん″ん″。その件は問題ない。その女とポーションはすでにある計画で動いてもらった後だったのだ」

 

「そ、そうでありんしたか……」

 

 ホッと胸を撫でおろすシャルティアはまさに安心したといった様子で、アインズは自分のせいで心労をかけたことを申し訳なく思った。とは言えそれを態度に出してしまうと自身の支配者という立場が脅かされるような気がして後で何か埋め合わせをしようと思うにとどまるのだった。

 

(トップの人が謝らない理由がわかったような気がする……)

 

「それで、続きは?」

 

 アインズがそう促すとシャルティアが言葉を続ける。

 

「はい。その後、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)を殲滅したと思わしき連中から攻撃を受けたので反撃しようとしたところ、一際強力な気配のようなものを感じました。

大きな盾を持った男とその後ろに隠れる老婆。老婆の体が光ったと思った瞬間、明確な脅威を感じたのです。一瞬ですが頭が真っ白になってぐちゃぐちゃにかき回されるような不快感でした。

そしてその瞬間に赤いオウムが目の前に現れたのです」

 

 シャルティアが脅威を感じるほどの相手ともなると確実にLv100に近いか、それ以上である可能性がある。とすればその存在についての情報がもっとほしい。それに、精神作用無効化があるアンデットのシャルティアの精神をかき乱すというのはユグドラシルではありえないことだ。

 

「その集団はどうしたのだ」

 

「そのオウムが光と私の間に入り込んだことで思考が正常になり、清浄投擲槍を投げつけると盾になっていた人間ごと貫き老婆は死にました。他に残っていた連中も皆殺しにしようとしたのですが、人間の一人が鐘を鳴らすと三体のガーゴイルが出てきたのです。その三体を相手取っているうちに人間どもは撤退してしまいました」

 

 再び頭を下げるシャルティアだが、アインズはしょうがないと感じた。状況がことごとく不利だ。ガーゴイルは高い物理耐性にいくつかの魔法耐性を持っている。

そのガーゴイルを見ないことにはわからないがシャルティアでは対処が難しいかもしれない。その上、探索や探知に向いているモンスターを随伴させていなかったことが一番のミスだろう。すなわち自身の管理ミス。未然に防げたはずのことだった。

 

「ふむ、その集団自体のおおよその強さなどはわかるか?」

 

「はい。一人を除き全員がプレアデスほどの実力を持っており、一人だけLv80前後はあるかという者もおりました」

 

「なんだと?」

 

 Lv80といえばこの世界ではかなり強い存在であるはずだ。少なくともこの世界の常識で言えば化け物と言われてもおかしくないほどだろう。ほかの連中もプレアデスほどに強いとなるとかなりの戦闘力を持った集団ということになる。

 

 この世界はまだまだ隠された真実がある。冒険者としてある程度知れた気でいたが、まだまだ不十分だ。

 

 かくなる上は、宝物殿のあいつも外に出したほうがいいのかもしれない。

 

「ふむ。シャルティアよ」

 

「は、はい! アインズ様!」

 

 アインズがいくつかの思考を終えて話しかけるとシャルティアはこれ以上ないほどに姿勢を正して続く言葉を待った。

 

「今回のことは」

 

 そこで言葉を切るアインズ。言ってしまってからなんと声をかけるか迷っているのだ。正直に言えばツイて無かったと言ったところだろうか。この世界でも実力的に上位であると推測される連中と鉢合わせしてしまうなんて誰が考えるだろうか。

与えた指示だって犯罪者を拉致するという強者とは全く関わりのなさそうなものだったしそれ以上に今回の件は編成の問題が一番大きいだろう。偵察や隠密のできる盗賊(シーフ)役がいないで任務を与えるということが大きな問題だ。シャルティアはそういう意味では失敗するべくして失敗したといってもいいのかもしれない。

 

「不問とする」

 

 長いこと言葉を待ったシャルティアはそれを言われたとたんに緊張の糸が途切れたようにへたり込んだ。

 

「しかしアインズ様、それでは示しがつきません」

 

 アルベドがそう提言するとアインズは手で制し、よいのだアルベドと言う。

 

「今回の件は不測の事態が多すぎた。武技を持った犯罪者の拉致というだけの任務のはずが、冒険者や謎の集団との遭遇など、想定の範囲を大きく超えたことが失敗の原因だろう。それに、何も失敗ばかりではないぞ」

 

 アインズの言葉に目を輝かせるシャルティアと曇らせるアルベド。アルベドは不満そうに羽をバサバサとさせるのだった。

 

「先に手を出してきたのは向こうである上に、人間の女を助けたのだろう? ということは万が一我々に対し何か言われたとしても、正当性はこちらにあるということだ」

 

 文句をつけられてもこちらに分があるというのはいいことだ。むしろその集団のほうが正義の行いを邪魔した連中とすることもできるだろう。そう続けようとしたその時、アインズのもとにナーベラルからの伝言(メッセージ)が届いた。

 

『アインズ様、失礼いたします』

 

 アルベドとシャルティアに断りを入れてから話を聞くとどうやら冒険者組合から呼び出しがかかったようだ。昨夜の件かと思ったがそうであるなら明日でいいはずだ。

別件かと思い至り何の用で呼んでいるのか詳しく聞くと、吸血鬼(ヴァンパイア)に関することで早急に集まってほしいとのことだった。

 

『近くに組合からの使者が来ております。どのように伝えますか?』

 

 十中八九、シャルティアが逃したという冒険者が原因だろう。もう報告されてしまっているということはいまさら揉み消すことは無駄な労力を使いそうである。一先ずは組合のほうの話を聞いておいたほうがいいかもしれない。

 

『では準備を終えたら向かうと伝えておいてくれ。私は少しした後にそちらに向かう』

 

『畏まりました』

 

 ナーベラルとの伝言(メッセージ)が切れ、意識を二人へと戻すとなぜか取っ組み合っていた。

 

 にらみ合う様子は竜虎相打つといった様子で入りがたい気配があったが少し時間がない。手を打ち合わせて自分に注目を戻すと二人は目にもとまらぬ速さでちゃんとした姿勢をとった。さすが前衛職は素早いなと思いながら指示を出す。

 

「どうやら冒険者組合のほうに吸血鬼(ヴァンパイア)の目撃証言が入ったようだ。私はこれから仔細を聞きに組合のほうに向かう。アルベドとシャルティアはこのクラーケンに出会ったというオウムの特徴を話し、その情報をまとめてから報告してくれ。また一度戻ってくる予定なのでその時でいい」

 

 そういってアインズは転移門で玉座を去った。そこに残るのはシャルティアとアルベドとビン詰めのイカである。

 

「シャルティア」

 

 アルベドが話しかける。その声はやや冷たく、真面目な雰囲気をまとっていたのでシャルティアはおとなしく待った。

 

「今回はアインズ様の優しさで許されたけど、次は無いと思いなさい」

 

「……わかっていんす」

 

 小さくつぶやいたシャルティアはこぶしを強く握りしめていた。守護者である自分は、たとえ想定外の事態が起ころうとなんでろうと、至高の御方から下された指示は何としてもやり遂げなくてはならなかったはずだ。使命といってもいいかもしれない。

それを失敗した挙句に現在主人がその尻拭いをしているのだと思うと忸怩たる思いを抱かずにはいられなかった。

 

「ただまあ、今回はツイてたわね」

 

「何がでありんすか?」

 

 ツイてなかったから邪魔者が押し寄せたんじゃないのかと怪訝な顔で聞くシャルティアに、やっぱりこいつ馬鹿なんだなあといった表情で溜息をついたアルベド。シャルティアの白い顔が赤く染まり額には青筋が浮かぶ。

 

「今回は、価値のある情報が色々と手に入ったからこその温情だったのよ。それでも失敗した事実は変わらないのだから肝に銘じておいてね。

後はそうね、今アインズ様が向かった先でももう一つメリットが生まれるころかしら」

 

 シャルティアにはさっぱりわからなかったがとりあえずは失望されるということがなくて一安心だった。自分が失敗して、それを失望されて見限られるなんてことになればどうなるだろうか。

考えたくもなかった。もう一度あの感覚を味わうだなんてことは考えるだけでもぞっとした。

 

「わかりんした。とくと、肝に銘じんす」

 

「ならいいわ。さて、それであなたがスワリューシ様のアイテムについてよく知っているNPC?」

 

 話をいったん切ってアインズからの指示を遂行しようとしたアルベドはボトルの中のイカに声をかけた。

 

『はい。クラーケンでございます。早速、特徴をお教え願えますか?』

 

 イカに詳しく話すシャルティアと、その情報を補強するように話を促すアルベド。アルベドのナビゲーションによって十分な情報を得たイカは一つの結論を出した。

 

『それはほぼ間違いなくスワリューシ様の召喚モンスターである“知りたがる鳥”でしょう』

 

「ということはスワリューシ様もこの地にいるのね!」

 

 シャルティアもアルベドも泣きそうになるのをこらえるのが精いっぱいだった。モモンガとスワリューシは至高の御方達の中で最後までナザリックに残っていてくれた二人だ。

そのうちの一人であるスワリューシが玉座の間から消えたあの瞬間の喪失感をアルベドは強く覚えているし、シャルティアは彼が消えたと聞いた時の悲しみを今でも思い出すことがある。

 

 ナザリックにいる全てのモノはあの日を忘れないだろう。モモンガがスワリューシもナザリックと同じようにどこかへ転移した可能性があるとは言っていたものの、だれもが他の至高の御方のように去ってしまったのではないかという思いを消すことができないでいたのだ。

 

 しかし彼はいる。この世界のどこかにいるのだ。必ず、探し出して見せると思いを新たにする。

 

「まずはこの事実をアインズ様に伝えましょう。そしてほかの階層守護者とメイドたちにも。探索部隊の設立も考えなくてはならないわね」

 

「わっ私は何かできることがありんすか!?」

 

 連絡や調整なんかのこまごまとしたいろいろなことはアルベドの仕事だ。この状況でできそうなことはなんだと聞いたシャルティアにアルベドはにっこりと笑った。

 

「クラーケンを四階層に戻してきて。今度は失敗しないでね」

 

「ぶっ殺すぞこのもりもりゴリラ!」

 

 

 

 

 法国。人類の防波堤であり守護者である彼らは今てんやわんやの大騒ぎだった。

 

「蘇生だ! そのための神官とアイテムを今すぐに用意しろ!」

 

「すぐには無理だ! 急ぐから少し待っていろ!」

 

 喧々囂々の理由は人類の矛たる漆黒聖典の面々が重傷あるいは死亡した状態での帰国であったからだ。彼らの話では全く恐ろしい吸血鬼のバケモノに遭遇し、戦闘。その結果がこれであるという。

 

「今すぐに追加で部隊を送るべきだ!」

 

「敵を知らずにか!? まずは調べないといけないからその部隊を編成してからだろ!」

 

 彼らは騒がしい。漆黒聖典がほぼ全滅するほどの強さの敵が出たというのだから一大事であるのはその通りだ。しかし瞳には希望があった。

 

 待ちに待った、“ぷれいやー”の降臨。その知らせが届いたのは一週間ほど前の出来事だ。

 

 クワイエッセの妹であり叡者の額冠を盗んだ大罪人であるクレマンティーヌが返ってきたのだ。すぐさまに法国の守備隊に囲まれ、ちょうどそのとき残っていた漆黒聖典の一員であるクワイエッセが彼女に対応したのだ。

 

「何の用で戻ってきた」

 

 彼の向ける言葉は実の妹に向けているとは全く思えないほど冷たく、硬い。そんな兄をにやにやとした表情で眺めるのがクレマンティーヌだ。

 

「あっれー? そんな口調でいいわけー?」

 

「話にならん。殺せ」

 

 一斉に構えられた槍と杖の目の前にクレマンティーヌは指で一枚の金貨をはじいた。それはまっすぐに飛び、クワイエッセの額を打ち据える。

 

「ッ」

 

 金とは比重が重い。金貨程度の大きさとはいえ、それが高速で飛び、当たるということはかなりの衝撃である。目に涙をにじませながら落ちた金貨に目を向ける。

 

「な!? お、お前、これをどこで!?」

 

 目を見開いたクワイエッセは金貨を拾い、クレマンティーヌをにらみつける。彼が手に取った金貨の名前は新ユグドラシル金貨というもので、“ぷれいやー”たちがいたユグドラシルという場所で広く使われていたという純度100%のありえざるものである。

 

 かつて法国にいたプレイヤーが残した金貨は今もなお現存しているが純金は劣化しにくいとはいえ六百年も前のものであるから当然ある程度のくすみなどがある。

しかしクワイエッセが今持っているこの金貨は全くの新品のように思えた。

 

「うーん、怖い人たちに囲まれてるとー怖くて怖くて、忘れちゃいそう」

 

 笑いながらそう答えるクレマンティーヌをクワイエッセは憎々しげに見た。目の前のこいつは身体能力でいえば自分よりはるかに勝る。

今ここに帰ってきたとはいえこいつは裏切り者だ。叡者の額冠を盗み去ったこいつを信用できるかといえばまったくの否である。

 

 しかし、自分の予想が正しければこいつに聞かなくてまならないことがある。それは、我々が今まで耐え忍んできたことの報われるときである可能性が非常に高いのだ。

 

「……皆の者、武器を下せ」

 

 その言葉に困惑しつつも武器を下げる守衛たち。クレマンティーヌは笑みをより深いものにした。

 

「こっちだ。ついてこい」

 

 そういってクワイエッセは議場のほうへと歩き出す。しかしクレマンティーヌは動かなかった。

 

「……ついてこい。早くしろ」

 

お願いします(プリーズ)、人にお願いするときにはちゃんとした言葉遣いをしなさいってママに教わらなかったのー?」

 

 奥歯が砕け散るんじゃないかというほどに噛み、手のひらから指が突き出るんじゃないかというほどにこぶしを握りしめたクワイエッセは何とかクレマンティーヌを連れて行くことに成功した。

 

 その後、クレマンティーヌは漆黒聖典に復帰という扱いになり、“ぷれいやー”をちゃんと法国まで連れてくる任務に就くこととなった。




無駄な設定
・設定したはいいものの、本編に関わりの無さそうなこと
・無駄な設定が無ければ書かれることはない

・なんか妙に人気、ひょっとすると本編より人気


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八話

 いったいオウムはどこへ行ったのだろう。召喚されたモンスターは一定時間の経過で消滅するはずである。アイテムで呼び出した存在であるので消えたら再召喚が可能なはずだ。しかしまだ再召喚はできない。その上、強制送還もできない。

 

 法国に行ってから帝国に行ってエ・ランテルに帰ってくるというルートを飛んだはずなのでそのどこかしらにいるはずだ。帝国の守衛にいくつか話を聞くとオウムらしき存在を見たという話を聞けた。とすれば帝国まで来たということである。

エ・ランテルから帝国の間は歩いたのでその近辺に何かあれば気づいたはずなのだが、特に何かあるというわけでもなかった。とすればいったいどこへ?

 

 もしかするとかなり到着が遅れただけでエ・ランテルにいるのかもしれない。そうであったとしても送還などもできないし迂闊にホイホイ移動するのも危ない可能性がある。まあ帝国見てからでもいいだろう。

 

 そんなわけで帝国の牢屋から脱走して一週間が経過した。一週間の間に帝都アーウィンタールをくまなく歩いたのだが隠れ家に向いていそうな場所はあまり無い。低所得者層が住んでいそうな場所は定期的に帝国兵がお掃除しているようで一時的な住処としては適していそうだが、隠れ家としての機能は期待できなさそうだ。

 

 反面、高所得者層の住宅街は隠れるのによさそうだった。閑散としていて人目がなく、住居も空き家が多い。実際に怪しい商人や黒づくめの集団が夜に出入りしており、帝都の闇とかそんな感じの部分はここが中心地だろう。

 

 そんなわけで高級住宅街の空き家を住処とすることにする。当然購入はしないで不法滞在だ。家具も備え付けなのか高級なものが揃っているし、申し分ない。ここを拠点とする。

 

 住居を整えたら次は金である。ユグドラシル金貨は古参プレイヤーらしくまあまあの量を持っているものの、これをいちいち両替するのは面倒くさい。帝国で広く使われている金が必要だ。

 

 大きく金を稼ぐ方法なんてのは決まっている。どこかから持ってくればいい。幸い、先日出会ったアルシェとかいう少女が金稼ぎの方法を示してくれた。

物質的な金についてはいくつかの知識があったので確認してみたところ、この国で流通している貨幣には通し番号がなかったのだ。何人もの財布をスッた上で確認したので間違いない。帝国の貨幣鋳造技術は大したことないのだ。

 

 王国で確認しなかったことが悔やまれる。宝飾品などは換金した時点で足がつくだろうし金貨などは通し番号が振ってあって使った瞬間に捕まると考えていた。あの時確認していればアイテムボックスに入るだけ金貨を盗んだというのに。

 

 いや、あの瞬間ではそもそも贋金がどうこうという発想すらなかった。アルシェの発言はコペルニクス的転回であったのだ。この世界での技術水準を知らなくてはどうしようもなかった。しかし知った今となればどうとでもできる。

 

 まずは隣の家にお邪魔するとしよう。

 

 

 

 

 帝都アーウィンタールはとある噂でもちきりだ。食事処や酒場に行けばほぼ必ず誰かがこの話をしているだろう。

 

「今度はグランブレグ伯爵んとこがやられたってよ」

 

「へへぇ、どんな身分の人だろうとお構いなしだな」

 

「そりゃもう。最初に被害にあったのが公爵様ってのがもう驚きだったじゃねえか。それが立て続けにもう十回目だ! そのうち帝都中のお貴族様は丸裸になっちまうんじゃねえか?」

 

 飲んだくれたちがそう言ってげらげら笑っていると近くの席からドンと大きな音がする。

 

「お勘定」

 

 大きな音を出した男は不愉快気にその酒場を去る。肩を怒らせて出口まで歩いていく様子は新規で店に入ってきた客が震え上がるほどだった。飲んだくれの一人が不思議そうにつぶやく。

 

「なんだってんだ?」

 

 訳知り顔で澄ました顔をしていた飲んだくれにそう尋ねるとくつくつと笑うように話し出す。

 

「ありゃあ騎士様だよ。貴族方から警備を厳重にするようにせっつかれて日々辟易としてるんだとさ」

 

 そう言ってぐいと酒をあおる男に飲んだくれは聞いた。

 

「なんでお前はそんなこと知ってんだ?」

 

「さっき出てった奴が一昨日飲んだくれてそう言ってた」

 

 そんな話をしている酒場から去った帝国騎士は悪態をつきながら夜道を歩いていた。

 

「クソっ、たくよぉ、なぁ~にが“給料分の働きはしてくれたまえよ”だ。お前らが雇ってる警備兵が無能なんじゃねえか」

 

 休日であるために帯剣こそしていないがその体つきは鍛え上げられている。腕は道行く女性の太ももほどの太さがあり、首も太い。その体格は戦闘を生業としている者であるということを物語っている。そんな奴が飲んだくれてふらふら歩き、道端に寝転がったとしても帝都民が助けようとすることは無かった。というか近づきたくなかった。

 

「おい、おいあんた、大丈夫か?」

 

 恐る恐るといった風に指でその兵士をつついたのは同じようにお近づきになりたくない感じの風体であった。服装こそ一般的な帝国のものであるが髪や髭にジャラジャラとついているストラップがそれらを台無しにしている。変な仮面やらマスクをつけるよりはよっぽど良いかもしれないという程度の怪しさである。

 

「ん? お、おおう。悪いな」

 

 そんな怪しい男も酔っぱらいの前では関係ないようだった。肩を貸してくれるというだけで騎士は彼に何となく心を開いていた。

 

「そんなに飲んだくれてどうしたってんだあんた」

 

「ああ、それがよう、聞いてくれよ」

 

 そんな風な語り口から始まった騎士の話は貴族の屋敷に入った泥棒の話をはじめとして、それを捕まえられないことを責める貴族の話や、捕まえることを命じられた帝国軍第五軍に対する他の軍の態度の冷たさなど多岐にわたって繰り広げられた。

 

「分かるよ、あんたの言いたいこと。いやー辛いなー」

 

「だろぉ? だから俺は言ってやったんだよそんなに言うならてめえらが捕まえてみろってさあ。そしたらあいつら“それはうちの部隊の任務じゃないから”とか言いやがるんだよ! ふざけんなって話だ」

 

「ほんとお役所対応だよねー」

 

「そうだろ!? いやああんた話が分かるねえ」

 

 いつの間にか話は盛り上がりこれまたいつの間にかどこかの酒場に入っている二人。そんな二人はついに店主に怒鳴られた。

 

「今日はもう店じまいだよ! さっさと帰れこの酔っ払い!」

 

「へーへーわかりゃあしたよ、ごっさんごっさん」

 

「あ、ごちそうさまでーす」

 

 気の大きくなっている騎士は会計を一緒くたに払い、その場を後にした。二人は仲良く肩を組みながら歩いているとその足は自然と高級住宅街のほうへと向かっていった。男はこんな時間にこんなとこ歩いてたら泥棒と勘違いされるんじゃないかと言っていたが騎士は見回りだなんだと言ってぐいぐい歩いて行ってしまう。

 

「こんなんで俺、捕まりたくないんだが」

 

「だぁいじょうぶ、だぁいじょうぶ。俺は騎士だぞ~」

 

 こりゃ駄目だなと男が考えていると唐突に騎士が静かになった。身をかがめて何かを見ようと目を凝らしている。

 

「どうかしたのか?」

 

「静かに、今何か怪しい影が……クソっ酒のせいで目がぼやけやがる」

 

 そう言って目をごしごしとこする騎士に男はポケットから一つのビンを取り出した。それ自体が芸術品か何かのように見えるそのビンの中にはぼんやりと輝く液体が入っている。

 

「酔い覚ましに良い薬なんだが飲むか?」

 

 騎士はいまいち疑心を持っていたが飲んで倒れるのも酔って倒れるのも一緒だと考え、男から受け取ったビンを開けて一息に飲み込んだ。

 

「う、ん? お、おお。すげえ、一気に酔いから覚めた」

 

「そうだろうそうだろう。こないだ飲んだやつもそんな感じのこと言ってた」

 

 この薬を売ってくれという思いも強くあったがそれはさておき今は影を追うことが先決だ。

 

 酔いから覚めた騎士は足音を立てないようにこそこそと歩き、時に壁や柱の陰に身を隠しながら影を追った。時折見失いそうになるも、男がこっちに行ったんじゃないかなどという方向に行ってみると見事追いつけたりしてついにその影の集団が入っていく家にたどり着くことができた。

 

「ここは……」

 

 着いた場所は高級住宅街の一角。かつて貴族であった者の家だ。

 

「どうかしたのか?」

 

 男がそう聞くと騎士は迷うように考え、言った。

 

「ここは、かつて貴族の住んでいた家だ」

 

「かつて? 今は空き家なのか?」

 

「いや、そうではない。今も人は住んでいる。そいつらはかつて貴族だったのだ」

 

 つまりは廃嫡された貴族の家ってことだなと男が言うが騎士の耳には素通りした。

 

 こんな夜更けに来客というのは非常に考えづらい。新月であるために今宵は月が出ていないが普段であれば月も中天を過ぎる頃だろう。そんな夜更けの客がこの家に……。

 

 騎士の灰色の脳細胞は冴えわたっていた。吟遊詩人が歌うような知恵ものにでもなったような気分であった。

 

「おいあんた、帝国騎士の詰所の場所わかるか!?」

 

「え? あ、ああうん。たぶん」

 

 そう聞くと騎士は懐から取り出した紙に何か書き記すと男に押し付けるように渡す。

 

「これを詰所に持って行ってくれ! 俺はここを見張っている。頼む」

 

 騎士は真剣なまなざしで男に告げる。男は素っ頓狂な顔をしていたが何かに納得したようで騎士の頼みを受け入れた。

 

 男が走り去り、どれくらいの時間が過ぎたことだろう。じっと待つ騎士にはわからないがそれは唐突に訪れた。先ほど入ってきた連中が出てきたのだ。館の執事らしきものに見送られつつ出てきたその連中は何事か執事に言いつけているようだが距離が遠くて聞き取ることができない。ぺこりと一礼した執事をしり目に大股歩きで去っていく影。彼らは二人組だった。

 

 一人はさほど大きくは無いが鍛えられているように見え、もう一人は大きいがさして鍛えられている風ではない。決まったと思い騎士は飛び出す。

 

「そこのお二人さん、ちょっと話を聞きてえんだが、いいだろう?」

 

 二人は後ろからかかった声に一瞬驚くように肩を跳ねさせるが、振り返った先にいたのが一人であることを確認すると途端に強い口調で話し始める。

 

「あぁ? なんでてめえについて行かなきゃならねえんだよ」

 

 大きいほうがそう言う。もう一人はその背後から何かをしているようだ。

 

「俺は、帝国騎士だ。お前たちに話が聞きたい」

 

「帝国騎士だぁ? 嘘つくんじゃねえよ。なんで帝国の鎧着てねえんだよてめえ」

 

 いわれてみればその通りだった。騎士は今の今まで普段通りの装いだと思い込んでいたのだが、今日は休日ということで剣もぶら下げずに飲み歩いていたのだった。騎士は途端に弱気になったが、心を奮い立たせる。

 

 男に渡した紙にはここの住所と、怪しい連中がいるから来てくれという応援の頼みを書いておいた。ちゃんと届いていればもうすぐ来るはずだ。

 

(届いていなかったら?)

 

 いや、いやいやと悪い考えを振り払う。大丈夫と言い聞かせ、時間稼ぎをする方向に考えをシフトする。

 

「鎧を着ていない理由を聞きたいのか?」

 

「ん? ああ聞きたいねえ」

 

「鎧を着ていない理由、それは……」

 

「それは?」

 

「それはだな」

 

「てめえ、時間稼ぎするつもりだな?」

 

 後ろに隠れていた男がそう言う。ピクリと騎士の眉が跳ね上がり、大柄な男はそれを見逃しはしなかった。

 

「それはどういうことだ?」

 

「ああ、周りに人はいない。こいつは一人でノコノコここまで来た。ということはだ、時間稼ぎする必要なんて一つしかないだろう。応援を呼んだんだ」

 

 それを言われた大柄な男は一瞬焦る様子を見せたがすぐに収まった。

 

「ああ、なら安心だ」

 

「何がだ?」

 

 騎士がそう聞くとにやりと顔を歪めた男が楽しそうに言う。

 

「お前、俺たちが不用心に二人っきりでこんなとこに来たと本気で思ってんのか? ここから詰所までは何人かが見張ってるに決まってんだろ。今頃、お前が助けを呼ぶように走らせた奴も捕まって、ボッコボコだろうよ。よかったな、お揃いだ」

 

 そういってげらげらと笑う二人に騎士は真っ青になった。自身が走らせた男は何のことはない一般人だ。彼らのような裏の人たちが相手ではひとたまりもないだろう。

 

 唐突に、拳が迫ってくる。騎士は身をかがめて避けるがさらに蹴りが迫ってきていた。腕でガードしたはいいものの衝撃を殺し切ることもできずにゴロゴロと石畳の上を転がる。

 

「さっすが騎士様。鍛えてるゥ~」

 

 寝転がった騎士にまたけりが迫る。笑いながら蹴り続ける男の足をつかみ、起き上がろうとしたところで背後から後頭部を思い切りけり上げられた。ちかちかとする視界の中振り返ると大柄な男がいた。

 

「おいおい、どこみてんだよ」

 

 続く攻撃は上からの肘鉄だったもろに背骨に直撃し、耐え難い痛みが通る。騎士が痛みに転げまわるさまを男二人は笑いながら見物している。

 

「なんだ、帝国騎士っつったってこんなもんかよ」

 

「これなら王国との戦闘もガチでぶち当たれば負けちまうかもな」

 

 と笑う二人に騎士は何も言えなかった。いくらなんでも助けが遅すぎる。これ本当に彼らの言う通り、捕まってしまったんだろう。目の奥から熱いものがこみ上げる。自分のふがいなさが悔しかった。これがかの四騎士であったならば無手でも制圧できたのだろう。しかし自分はたかが騎士。特別な階級も役職を担っているわけでもない騎士である。そんな自分が、手柄を立てようなんて思ってしまったのが間違いだった。

 

「さて、見つかんねえうちに始末するか。おい、俺が片付けとくから伝言(メッセージ)で支部に運び人を用意するように伝えといてくれ」

 

「あいよ」

 

 ナイフを持った男が迫る。振り上げた手の行く末を騎士が見ることは無かった。

 

 ――後日。一つの家に強制捜査が入ったらしいという噂で町はもちきりだった。どうにもその家はかつて貴族の位を剥奪された家であるにもかかわらず、高級な美術品や宝飾品が幾つもあったらしい。しかも当主は麻薬で頭がパッパラパーだったらしい。収入がないのにどうやってそんな高級品を買ったり消費したりしたのかと人々は口々に噂し、やがてそれは一つの結論に至った。

 

 あの家の持ち主が犯人なのではないか?

 

 事実、かの家を見張っていた騎士が何者かに殺された瞬間を、駆け付けた騎士たちが目撃したという。殺人犯は逮捕され、彼らを洗った結果“八本指”とかいう組織の存在が明るみに出たらしい。これを機に鮮血帝ジルクニフは帝都の一斉捜査を下した。

 

 その結果は帝都中の人々の知るところであろう。晒された首のもとには幾つもの罪状が書かれている。特に大きく書かれているのは黒粉の販売に従事していた罪という文字である。

 

 その後、貴族の家への泥棒もなくなった。きっとそれもこれも八本指とかいう犯罪組織がやったことだったんだろう。人々はそう考え、もう泥棒におびえることはないんだと安心したのだった。

 

 彼らの記憶の中に、一人の殉職した騎士の名前はまるで残っていない。それは行動を共にした怪しい男の記録が残っていないのと同じようにそうである。



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九話

 おそらく十分なほどの金は手に入った。クルー候補は一人しか見つかっていないがそんなものわざわざ帝都で探す必要もない。となれば次は船だ。船なんて沿岸部に行けばあるだろう。そんなわけで王国の沿岸部まで行くこととする。

 

 歩いて行ってもオウムを見つけることができなかったので今度は空からオウムを探すことにする。とはいえ本命はエ・ランテルで待っているということだ。のんびりと月の光と星の光を眺めながら空をゆく。こんな贅沢誰にだってできることではないだろう。本音を言えば誰かとこの喜びを分かち合いたいのだが、この光景を当たり前に享受しているこの世界の人々と自分では共感できないかもしれない。

 

 ゆっくりと飛んだことでエ・ランテルに到着したのは明け方だった。そこからまた擬態をし、服装は帝国で購入したものを身に着けている。これでどこからどう見てもおかしくない帝国商人の誕生だ。

 

 空から城壁内に侵入し、オウムと待ち合わせる予定だった場所に行ってみる。居なかった。昼時までそこで時間をつぶしていたが来る気配はない。どこへ行ったのだろう。集合場所であるここに居なく、帝国には居た形跡があり、帝国―エ・ランテル間は探したが見つからない。帝国には法国の後に訪れているはずなのでそこにもいないと思われる。

 

 本当に一体どこへ行ったのだろう。とはいえここで考えていても仕方がない。当初の目的通り船を頂戴しに行こう。そうして王都まで向かったのだが道中で面白い話を聞くことができた。

 

「へぇ、漆黒なんて言う冒険者の二人組ねえ」

 

「ああ、なんでも最近はギガントバジリスクだって倒しちまったって言うんだから驚きよ」

 

 話を聞くに相当強いモンスターであるようだ。確かに彼らでは苦戦しそうである。帝国の騎士だってかなりの訓練などをしているようだがLv10前後のようであったし、鍛えられた兵士がそのくらいのレベルであるなら戦うのは厳しいだろう。

 

 漆黒と聞くといつだったか誰かがそのようなことを話していたような。あれはウルベルトさんだったかホワイトブリムさんだったか。

 

 商人と別れるとまた空を飛び、道すがらに人を見つけては降りて話を聞くという旅を続けているといろいろな情報が手に入る。その中で最も多く聞いたのが漆黒に関する話題だった。史上最速のアダマンタイト冒険者だとか最新の英雄なんていういろいろな話を吟遊詩人もかくやと言った様子で話す商人がとても多い。

彼らに雇われている冒険者たちも同じようにまくし立て、その人望の高さや名声の高さがうかがえる。

 

 ナーベにモモンか……。モモン、いやまさかな。なんでわざわざモモンガさんが近接職の真似事をやるというんだ? 理由がない。いや、俺のように盗賊系のスキルがないからお金を稼ぐのに苦労して冒険者をやっているのか? いや、だったらなおさら近接職である必要がないな。魔法使ったほうが効率がいい。

 

 会ってみないことには何とも判断がつかないと思うが、長いことエ・ランテルなどで商売している彼らでさえそうそう会うことができないらしい漆黒に俺が正当な手段で会おうとするのはかなり難易度が高い。かと言って依頼などでいつどこにいるともわからない彼らのためにいちいちエ・ランテルまで引き返すのも面倒である。

 

 また近いうちにエ・ランテルに行けばいいかと考え、話してくれた連中と別れてまた空に飛び上がる。夜の飛行もいいが昼に空を飛ぶのも格別に気持ちがいい。時期なのか強い日差しが暑く感じることもあるがそれにしても気分の良さを盛り上げる効果がある。

 

 空から降りて王都に着く。快晴である。ばれない様に降り立つために特殊能力(スキル)を使う必要があった。そのまま裏路地にひっそりと隠れてアイテムボックスから黒いランプを取り出す。

 

 この召喚アイテムは“知りたがる鳥”ともう一体のモンスターを呼び出すことのできるアイテムである。“知りたがる鳥”は使い道が限定される使いづらいモンスターなのだがもう一体は違う。十位階のまあまあ使えるモンスターだ。とはいえ同じ十位階のモンスター召喚魔法であるならもっと強い最終戦争(アーマゲドン)系列のものがあるのだが、あれはあれで使用条件が厳しいので目をつぶってもらおう。

 

第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)

 

 ランプをこすりながらそう唱えると口の部分からモクモクと赤い煙が渦のように吹き出し雷電を伴いながら上空に上がる。

 

「ストップ。登場演出はいらないからさっさと人型になれ」

 

 そういうと煙は動きを止めてビデオの巻き戻しのように上空に上がった赤い煙がランプの中に戻り、もう一度小さく煙を吐き出すとそれが人の形へと変貌していく。ひょろりとしている背丈や指はその人物がいかにも狡猾であるかのように思えるだろう。蛇のような瞳や顎鬚、大きく開く口も彼のカルマ値を物語っている。服も偉そうで、手にはコブラを模した金の杖が握られていた。

 

「私をお呼びで? 主人(マスター)?」

 

 魔神と呼ばれるモンスターである。最初のほうのクエストでは願いを叶える役であったり妨害する役であるモンスターだったのだがアップデート等によって召喚モンスターとなった。クエストでの配役から分かるとおりかなり強力なステータスであるのだが、召喚モンスターに搭載されているAIではそこそこ耐える壁という程度の役回りであった。特殊なスキルも何もない純粋に能力だけが高いモンスターである。その能力の高さも超位魔法で呼べるモンスターには全く敵わないという何とも微妙な立ち位置のモンスターだ。

しかし思考するようになった今では違うだろう。その上ここでは周りの基礎能力が大して高くない。であるならば彼はゲームの時以上の活躍をしてくれることだろう。

 

「ああ。魔神、俺は今から船の都合をつけようと思うのでその間にお前はクルーになれそうなやつを探しておいてくれ」

 

「クルー? クルーであれば航海士やその他にもたくさんいるではないですか」

 

 そういう魔神に説明するの面倒くさいなと思いながらも一通り現状の説明をする。すると彼はニヤリと笑いながら顎を撫でさすり笑いながら話しかける。

 

「なるほど、ではこうしてはいかがでしょう。今から王城に忍び込み王やそのほかのことごとくを抹殺し、あなたが王になる。そして船を作るか徴収するかしてあなたは航海に出る。

その間の国の面倒は不肖この私めにお任せいただくというのはいかがでしょうか」

 

「却下だアホ」

 

 そういうと魔神は目を見開く。

 

「何故です? この世界の者どもは一様に弱いのでしょう? なんでしたら私が制圧を担当してまいりましょうか?」

 

 魔神の目は本気だった。設定で悪役のような設定を書いていた覚えがあるのでこうなるのも当然かと思いつつどう説得しようか悩む。正直に言えば国の運営などというものをやる気はまったくもってない。仮に俺が制圧して後始末を魔神に任せるとしてもそんなことをするつもりはない。理由は単純でそれをする必要がないからだ。

 

 したほうがメリットが大きいというのならそれをしてもいいのだが国を征服した時のメリットがまるで無い。せいぜい金の苦労がなくなるという程度だろうか。とはいえ金だって困っていない。

 

「いいかよく聞けよ。国を盗ってもメリットがない。だから盗らない。お分かり?」

 

「む、ぐぅ。了解しました」

 

 そうして黙った魔神のは不満がありありと浮かんでいた。召喚したモンスターは無条件でこちらの意思に従うと考えていたのだがそうでもないようだ。これは設定によるものなのだろうが彼は今俺の言ったことに対して反感を抱いている。それを行動に移せるのかどうかということが境界線であるように思える。それもついでに検証してみることとしよう。

 

「そんじゃ、指示。一つ、クルーに相応しそうなやつらを探しておくこと。二つ、食べ物とかを集めておくこと。三つ、お前の相棒の鳥が今行方不明なので王都にいたら捕まえておくこと。四つ、暴力は襲われたり危険な時以外は使わないこと。以上、オーケー?」

 

「アイアイサー、主人(マスター)

 

 魔神はその場でクルリと一回転し、マントをはためかせる。マントに隠れた体は一回転のうちにたちまち消えてしまう。ボンと小さく地面が爆発して赤い煙を立ち上らせながら魔神は消えた。

 

 まぁいずれかの指示を実行しにいったのだろう。俺も俺で早く船を手に入れないとな。

 

 

 

 

 セバス・チャンはナザリックの家令(ハウススチュワート)であり執事(バトラー)だ。そんな彼は当然栄えあるナザリックの九階層と十階層で主に活動しているのだが、現在は違う。彼は今、王都リ・エスティーゼにあった。

 

 足をくじいていた老婆を助け、魔術師組合本部でめぼしい巻物(スクロール)を購入し、いざ帰路につこうと思ったところふと音が聞こえたのだ。

 

 ――チャラン、チャラン

 

 小さな金属のぶつけ合うような音である。取るに足らない、小さな金属音。しかしセバスにはなぜか懐かしい気がした。音の方向へと進んでいくとだんだんと王都の中心地から外れて行っているように思える。最初は歩きで。次は速足。最後には駆け足でその音を追うと数十メートル先に見慣れた三つ編みがあった。

 

 その服装は普段のそれでは無いし、武器の類も持っていない。そしてただの後ろ姿である。確証はない。しかし感じ取っていた。その気配は紛れもない。

 

「――スワリューシ様!?」

 

 セバスの必至な叫び声はぎりぎりに届かないようで、振り返りつつあった目の前の存在は幻のように消え去った。しかしそのふと見えた横顔は確かに彼のものであったのだ。

 

 しばし呆然と立ち尽くすセバスは消えたあたりを調べてみることにする。特に何もない。両脇は壁であり、一本道。上に行ったとすれば自分が目で追えないはずがない。転移か何かの魔法だろうか。いずれにせよ、掻き消えた。

 

 報告の必要があるだろうか。そう考え引き返すこと数分。重そうな鉄の扉が開かれズタ袋のようなものが投げ出された。

 

 セバスが厄介ごとに遭遇したころ、ソリュシャンは持ち前の探索能力で王都に大きな存在が現れたことを感じ取っていた。自分よりも強い。しかしセバスほどではない。そんな存在が唐突に表れた。

 

 何か探りたいのはやまやまであるが自分がいま動くことは与えられた指示の上で不利に働くことだろう。影に潜ませている下僕を使うかどうかも自分だけの判断で動かせるものではない。

 

 そんなわけでセバスの帰りを待っていたソリュシャンは彼が大荷物を持ってきたときにはそんな場合ではないと叫びたい気持ちでいっぱいだった。しかし上位者として指示されてしまえばそれに従うほかない。イラつきながらもちゃんと治療を施し、その症状や状態をセバスに告げて拾ってきた大荷物であるツアレが眠っている部屋の前で待つ。

 

「報告がございます。できる限り、お早くお願いいたします」

 

「こちらも報告があります。わかりました。少々お待ちください」

 

 時間にして数分だろうか。確かに短い時間であるかもしれないのだが、ソリュシャンにとってその時間は数十倍に感じられた。重要な使命を遂行するにあたって問題が生じた可能性があるのになぜそんな下等生物を待たなくてはならないんだろう。貴重な時間を無駄にしなくてはならないんだろう。ソリュシャンは自身の劇毒が高まるのを感じたが、何とか飲み込んで抑える。

 

「お待たせいたしました」

 

「さっそく私から。先ほど、強力なモンスターの存在を感知いたしました。強さでいえば私より上、セバス様より下といった程度です」

 

「そうですか……。実は私も、街でキャプテン・スワリューシ様らしき人影を発見したのです」

 

 完璧なメイドであるはずのソリュシャンは体勢を崩すことを我慢できなかった。スライムの体が沸騰しそうなほどに熱くなったのを感じる。

 

「……セバス様。至高の御方の情報がありながら、あの人間の治療を優先させたのですか?」

 

 レベル差はあれどその怒りは明確に感じ取ることができただろう。しかしセバスはしっかりとした口調で返答した。

 

「言い方が悪かったかもしれません。正確には幻影と言いましょうか。よくわからないのです」

 

 続きを促すとセバスはその話をこまかに話してくれた。それを聞いたソリュシャンは右手を額に当てながら困惑する。

 

「何かわかりますか?」

 

「はい。それは盗賊系のスキルである隠し身(ハイディング)に分身系のスキルを組み合わせて使ったものと思われます」

 

 とだけ、ソリュシャンは言った。それ以上は言えなかった。どうして至高の御方がそのようにして隠れたのかわからなかったからだ。心の奥底では一つの可能性に突き当たっているがどうかあたってほしくないという思考も手伝いそれ以上に何かを言うことはできなかった。これほどまでにいろいろな出来事があったのだ。自らの主人に連絡をしなくてはならないだろう。

 

「……アインズ様になんと連絡したらよろしいやら」

 

 それに対するセバスの答えは沈黙だった。押し黙るように何かを考え、結論を出そうと考えている様子である。

 

「ソリュシャン」

 

「はい」

 

「まずは私たちでもう一度調べましょう。不確定な情報でアインズ様のお手を煩わせるのは申し訳ないです。

今夜、王都中を調べ上げた後に報告いたします」

 

 かしこまりましたと頭を下げたソリュシャンは心の奥で葛藤する。すぐに知らせなくていいのか? 時間をかけると余計に不利なことになるのではないか?

 

 考えても答えが出ることはない。今は割り振られた仕事を全力でこなしたほうがいいと結論付けて、いくつものスキルを発動させた。



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十話

 王都の冒険者組合は賑やかである。交易の護衛依頼はもちろんモンスターの討伐依頼、採取依頼や巡回の依頼なんてものもある。帝国であれば巡回なんて常備軍で賄うのだが、王国では人員の関係から重要でない場所の巡回などは冒険者組合に任せてしまうことが少なくなかった。

基本的に巡回の依頼を受ける冒険者なんてのはさしてクラスの高くない、討伐などで金を稼ぐことも難しい者ばかりだ。生活が苦しい。そんな者だからこそ、賄賂を受け取るというのも当然である。

 

 王都リ・エスティーゼは中心地から離れるごとに治安が悪化する。その娼館も中心地から離れた場所にあった。薄暗い裏道はそこで行われていることを如実に表している。重い鉄の扉は中の音の一切を遮断しているが、その中の音が外に漏れださないことは外を通る者にとって幸いであると言えるだろう。

 

 水の入った袋をひたすら殴るような音と漏れ出る苦しげな声。その音から想像できることは正しい。一人の人間が声を上げることすら許されずにゆっくりと締め付けられるように殺されているのだ。

 

「おい、てめえらもこいつみてえになりたくなかったらちゃんと言われたとおりに仕事しやがれ」

 

 顔に古傷のある筋肉質な男がぐったりと床に倒れ伏している。顔はもとの造形がわからないほどに膨れ上がっており、目や口や鼻などのあらゆるところから血が漏れ出ている、服の上からではわからないが体も顔と同じかそれ以上に痛めつけられているだろう。

 

 彼はつい先日、従業員の廃棄を担当していたものだった。廃棄から帰ってきて、妙に怪しい挙動について吐かせると廃棄するはずのものを金で売ってきたらしい。それを聞いた仲間は上司にチクリ、今制裁を受けているというわけだ。

 

 八本指の奴隷売買部門を担当するコッコドールはそれを眺めながらどうするかを考える。従業員を買った者の情報を見ればそれが誰なのかすぐに思い当った。

上品そうな老執事となれば最近王都でにわかに人気になっている新参者だろう。貴族に仕える執事で八本指の名を出しても引かないような奴なんてそれ以外に思いつかない。むろん確認のために調べるつもりではあるがほぼ確定と考えていいだろう。かなりのお人好しで、困っている人を見かけたら絶対に助けるとかいう変人だ。

偶然か何かで廃棄の瞬間に立ち会ってしまい、それを助けたという形だろうか。

 

 感動的な話である。しかし残念なことにハッピーエンドとはならないだろう。浅はかなことだ。証拠隠滅をしないなんて正義の味方はどうかしている。

 

 今朝の会議で警備部門からの腕利きを借り受けた。ちょうど彼が取り立てに行っているはずだ。すべては円満に解決することだろう。

 

 コッコドールは立ち上がり、廃棄しておけとだけ告げて隠し通路へと向かった。

 

 

 

 

 

 セバスは内心焦っていた。拾った人間、ツアレという者についてである。彼女はまさしく厄介ごとの種である。現状、彼女をかくまうことで得ることのできるメリットは何一つない。

 

 そして、この王都に至高の御方がいるかもしれない。それを主人に隠し立てすることはあり得ない。その報告をするにあたってツアレについて黙っているのも不自然である。一晩くらいは彼女に休む時間を与えたいことと、実際本当に居るのかを調べるために報告を先延ばしにしたが時刻はもう朝。

 

 夜通し探したことによっていくつかの痕跡を見つけることはできたが存在を確認することはできなかった。

 

「セバス様。これ以上の情報を私たちの能力では得られません」

 

 ソリュシャンの言うことはもっともだ。何より彼女のスキルが一番活躍したのだから。これ以上となるともっと適した下僕を使うか人海戦術的な方法の何れかになるだろう。

 

「わかりました。アインズ様に連絡いたします」

 

 ツアレはすでに起きている。現状について簡単な説明もした。仮に死ぬ可能性があったとしても彼女は自分についていきたいと言ってくれている。説得の時間はなかった。しかし、彼女の気持ちを受けてそれに応えられないのであれば創造主に顔向けできない。

 

 小さく、深呼吸をする。伝言(メッセージ)巻物(スクロール)を開く。

 

『アインズ様。セバスでございます。お時間、よろしいでしょうか』

 

『セバスか? 構わないが、何かあったのか?』

 

『はい。王都のことでお耳に入れておきたいことがございまして』

 

『何か特別なことがあったのか? まあ、わかった。では報告を、いや少し待て』

 

 アインズがそう言うと伝言(メッセージ)の魔法が更に繋がったような感覚があった。

 

『――よし。アルベドとデミウルゴスにも同時に伝言(メッセージ)を繋げた。後で私から同じことを言うのでは二度手間だしな。さて、それでは報告を頼む』

 

 まずい、とセバスは思った。アルベドはナザリック外の者に対してかなり苛烈な姿勢である。そんな彼女にツアレについて説明しても帰ってくる答えは一つだろう。

 

 デミウルゴスは自身とそりが合わない。彼が下す判断は合理的であるのだがあまり自分の好みではない方向であることが多い。それらを考えれば下される判断は望ましいものではないだろう。

 

『はい。ではまず巻物(スクロール)についてです』

 

 当たり障りのない情報の報告をしながらも頭はフル回転である。何か、何か彼女がいることでメリットはないか。思い当たらない。当然だ。彼女を拾ってきたのが昨日の夜。それから回復のために寝たきりである。彼女という人物を知ることのできる時間はそうそうない。話したのだって傷が回復してからの数分と、今朝起きてからの一時間ほどだ。何ができるかということを聞いてはみたが実際にどの程度できるかなどは全く見ていない。

 

 メリットを憶測で語ることは難しい。それを裏付ける根拠が必要だ。

 

『ふむわかった。しかしそれはいつもの報告書に書いてあるようなことだろう? それ以外に何かあったのか?』

 

 ごくりと喉が鳴る。額には汗をかいていた。セバスはまず、至高の御方についての情報を言うつもりでいた。

 

『三つ、報告がございます。まず、キャプテン・スワリューシ様が居たと思しき痕跡を発見いたしました』

 

『なんだと!? それはどういう、いや、すまない。報告を続けてくれ』

 

『はい、昨日の夕方ほどになるのですが――』

 

 セバスが話すことは昨日自分が体験したこと。そして夜にソリュシャンや影の悪魔(シャドウデーモン)によって集められたいくつかの痕跡について話をする。

 

『高い魔力の残滓と塩辛い水、空を飛ぶ何かの目撃証言と数か月前の鮮やかな鳥による騒動……王都にいるのか? ……鳥はシャルティアが遭遇したモノと同じとみて間違いないだろう。水はそう、確かそのような性質を持つものを常時滴らせていたはずだ。

しかしそれ以外は弱いな。情報不足だ。アルベド』

 

『はい、アインズ様。情報収集に長けた下僕を編成し王都に放ちます』

 

『任せた。二つ目の報告はソリュシャンが感知した強大なモンスターだったな。これも先ほどの対応で間に合うだろう。それで、報告は三つと言っていたな。最後の一つはなんだ?』

 

 セバスは躊躇う。良い解決策もなくここまで来てしまった。

 

『どうかしたのか?』

 

 アインズからの促しの言葉がまるで十三階段のようであった。己の力不足を痛感しながらついにセバスはその報告を口にした。

 

『お待たせして申し訳ありませんアインズ様。

その、先ほどお話したキャプテン・スワリューシ様を追いかけた後の話になります』

 

 拾った時のことを話す。そのために金貨を使用したこと、その治療のために大治癒(ヒール)巻物(スクロール)を使ったことまで洗いざらいすべて話した。それは悔恨であったのかもしれない。ナザリックに属するもの以外へと向けてしまう優しさは異端である。集団の中で例外であるというのはかなりのストレスを伴う。その上、自分自身でもその行為を間違っていると感じているのだ。

 

 しかし胸の内から湧き出る衝動は、波紋は広がるばかりだ。そしてそれはきっと自身の創造主の影響であるのだろう。一時は呪いのような鎖かとも思っていた。その答えはいまだに出ないままだ。

 

『アインズ様、不躾なこととは思います。どうか、彼女をナザリックで働かせることはできないでしょうか』

 

 セバスの申し出に返答したのはアインズではなくデミウルゴスだった。

 

『セバス、彼女をナザリックに入れることでどんなメリットがあるのかね?』

 

 セバスはデミウルゴスからの問いに少しの間を置いた。今まで全くと言ってもいいほどに浮かばなかったメリットというものが唐突に思いついたからだった。なぜだろう。デミウルゴスと話すといくらでも反論の言葉が湧き出てくるような気さえした。

 

 ツアレがいることによって生じるメリットについて話す。それは人間がナザリックで過ごせるかどうかというテストケースやアピールに使えること、料理を学ばせることでそれをできる人数を増やすこと、彼女がユグドラシルと同じようにメイドとしてレベルアップしたり職業レベルを採ったりできるかという実験に使えるかということ。様々であった。

 

 デミウルゴスとの口論はアルベドによる制止の時まで続いた。思わず熱中してしまったことにセバスとデミウルゴスは謝罪をすると、帰ってきたのは笑い声であった。アルベドも息をのむほどにアインズは上機嫌に笑い、そしてセバスの願いを確約ではないが聞き届けることとしたようだった。

 

『実際に会ってみてからだな。近いうちに――そうだな、明日の昼ごろにナザリックに連れてこい。その時に最終的な判断を下そう』

 

『ありがとうございます! アインズ様』

 

 伝言(メッセージ)では姿が見えないというのに頭を下げるセバスの姿は感謝をありありとあらわしていた。困っていることを助けるということ。そしてそれが成されるということ。それは絆が確かに存在しているかのように感じることができたからだった。

 

『よい。気にするな。

アルベド、下僕の編成はどうなっている』

 

『はい、アインズ様。すでにリストアップは終えていますので後は召集して王都まで放つだけです』

 

『よし。今夜シャルティアに転移門(ゲート)で下僕を運搬してもらい、二日ほどかけて情報収集をしてもらう。お前たちから上がる情報もそろそろ十分だろう。その二日の間に撤収の準備を済ませておけ。ああ、最後の仕事として小麦を買い集めるのを忘れないようにな』

 

 それだけ言うと通信は切れた。セバスは全身から力が抜けたような気がする。それでも体勢が崩れないのは彼がナザリックの家令(ハウススチュワート)たる所以であろう。

 

「セバス様、アインズ様はなんと?」

 

 その気配を感じてか、部屋に入ってきたソリュシャンにセバスはこれからの予定を伝えるのだった。




少し時系列が錯誤しています
ゲヘナまでには収束すると思うんで許して


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十一話

ゆっくり続くと思います


 月が沈み、黒のように濃い青が橙のような薄い黄色に浸食されつつある空。明けの時間帯は静かだ。日が出れば街にもいろいろな音が上がるがまだ夜といってもいい時間帯はみな眠っている。

農村であれば異なるかもしれないが、ここは王都リ・エスティーゼ。ここで暮らす者たちは第一次産業に従事する者は少なく、故に朝から畑のために起きたり漁のために船に乗ったりということはないのだ。起きている者といえば、貴族の屋敷で働く下働き程度であろう。そんな彼らだって、寝ている者の割合のが大きい。

 

 太陽も完全に昇りきらないそんな静寂に動く影がいくつもあった。そのうちの一つ。夜の王とも呼ばれるヴァンパイアがあくびをかみ殺していた。

 

「ふぁ、ん。どうにも、この夜明けというもんは眠くなりんすねぇ」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンがそう言うと横に佇んでいた悪魔がやれやれといった様子で声をかける。

 

「シャルティア、これは至高の御方の情報収集というとても重要な任務なのですよ? それをそんな気の抜けた様子で大丈夫なんですか?」

 

 デミウルゴスが眼鏡の位置を正しながらそういうとシャルティアは失礼なと言わんばかりに頬を膨らませて反論する。

 

「はぁ? わたしは夜明けはどうにも眠くなるって言っただけでありんす。それに、万が一気を抜いていたとしても至高の御方であるペロロンチーノ様に創造していただいたこのわたしが転移門(ゲート)の魔法を失敗するはずがありんせん」

 

 そう言って胸を張る彼女の胸部は大きく膨らんでいた。頬よりも大きいが急に胸を張ったことで膨らみが若干減ったような気がする。横に立つデミウルゴスはデキる悪魔だったので特にそのことに触れることはなかった。

彼は度々転移門(ゲート)で出てくるモンスターに何らかの指示を与えているようだった。シャルティアが何となく聞く限り、それは調べる区画の指示を与えているようだということが分かった。ナザリックの下僕の中でもトップクラスに優れた頭脳を持っている彼が考えただろう情報収集の区分けや手順であるのなら完璧に調べ上げることができるのだろう。

 

「それじゃあ、セバスの居る館とやらに行くとしんす」

 

 転移門(ゲート)から恐怖公の眷属が波か何かのように出てくるのを鋼の精神でこらえたシャルティアはデミウルゴスにそう促した。シャルティアはこの後セバスとセバスの拾ったペットを連れてナザリックに帰還する手はずとなっており、デミウルゴスは王都に残って状況に応じて柔軟な指示を与えるようにアインズに命令されていた。

そのために与えられた権限は必要とあればセバスさえも動かすことができるという破格のものであり、アインズがいかにスワリューシについて重要視しているかということを如実に表していた。

 

 シャルティアが人の営みをくだらないものだと言い、デミウルゴスはそれがいじらしいんじゃないかと道中に議論を交わす。彼らが転移門(ゲート)でセバスのいる館に向かわずに歩いているのはアインズが王都の街並みを歩いて観察してみるのも良いと言っていたからである。

それに対する感想が先ほどの議論だ。シャルティアがすべて下らぬゴミと判断したのに対し、デミウルゴスは人間の分を弁えているせせこましいささやかさで良いじゃないかという判断である。議論の結果二人は、アインズ様は世界征服の暁に来る新世界ではこんな街は失敗作だから作らないようにという教訓として我々にこの街を見せたかったのだろうというところに落ち着いた。

 

 やがてセバスのいる館の扉の前まで行くと、扉はひとりでに開いた。

 

「いらっしゃいませ、シャルティア・ブラッドフォールン様並びにデミウルゴス様」

 

 出迎えたのはソリュシャンだった。彼女は王都滞在中のスタンダードな恰好ではなくナザリックのメイドにふさわしい恰好をしている。セバスも同様におり、頭を下げている。

 

「ん? セバス、君が拾った人間がいないようだが」

 

 デミウルゴスがそう言うと、セバスは背を伸ばして眼光鋭く切り返す。

 

「彼女はつい先日、怪我から回復したばかりでまだ体力が十分に回復しておりません。なので出迎えには連れてきていないのです」

 

「ほう? それで栄えあるナザリックのメイドが務まるのかな?」

 

「彼女はまだナザリックのメイドたる教育も受けていません。それに、そういった教育で成長できるかどうかということも彼女をメイドにするメリットの一つであると説明したはずでは?」

 

「成長させるにしても別にナザリックでなくても構わないのでは? 私の経営している牧場でも成長できるような環境下にあると思うよ」

 

「デミウルゴス、あなたは私が説明したメリットを忘れたのですか? 彼女をナザリックで働かせることは人間種に対するアピールにもなりますしテストケースにもなります。彼女は我々に強い感謝の念を抱いており裏切る可能性もありません」

 

「感謝の念? 情欲の念の間違いではないかなセバス。それに彼女には高価な大治癒(ヒール)巻物(スクロール)まで使ったのだろう? それに対するリターンは見込めるのかね?」

 

 二人が額をゴツゴツとぶつけ合いながら議論(ケンカ)をする中シャルティアとソリュシャンは食堂にいた。

 

「ソリュシャン、紅茶はありんすか?」

 

「はい、ございます」

 

「それじゃあ紅茶と何か菓子を用意してもらえる? セバス達をアインズ様のところまで連れてくまで暇でありんすし、何かお話でもしんしょうか」

 

「ええ、そういたしましょう」

 

 二人の二組は人間であるツアレが起きるまで優雅な時と騒々しい時を過ごしたのだった。

 

 そんな朝の一幕が行われている館。それを外から眺める影が一つ。狡猾にばれないように観察していた影は日が昇ってくるころにはその姿を消していた。

 

 

 

 王都の天気は快晴で雲はない。日差しが強いこの季節は薄着をしている人が多い中、その人物は暑そうな格好をしていた。場所は冒険者ギルド。昼食をどうするかと考え始めるくらいのこの時間にギルドにいる冒険者は討伐依頼に不真面目であるか今日は休日と決めたものくらいである。荒くれ者が集うこの場所で粗野な雰囲気に合わない高貴なオーラも相まって絡む奴もいない。さらに話題が最悪と来ている。誰も“イグノニックに水をかける”様な行動はしないのだ。

 

「ですから、その件に関しては教えることはできないんですよ」

 

「何故だ? たかだか鳥一羽の話だぞ? 金も払うといっているし、難易度だって話をするだけだから対して高くない。なぜそれが禁止されているのだ」

 

 ギルド職員も言葉を詰まらせるばかりである。禁止にしている理由は簡単で、メンツの問題である。二か月ほど前に起こった王都での大騒動は青の薔薇というアダマンタイトチームまで出張る事件であり、彼女たちが解決できなかった事件でもあるのだ。その時のことをわざわざ蒸し返すように話すなんてのは青の薔薇に堂々とケンカを売るようなものだ。今こうして話しているだけで聞かれたら何を言われるか分かったものではない。

 

「私はその鳥についての情報を集めているのだ。さあ、話してもらおうか」

 

 その男がカウンターの下から金の錫杖を持ち上げる。持ち手の部分の蛇の目が赤く光り、なんとなくギルド職員は話してもいいんじゃないかという気分になった。ぼんやりとした思考のまま口を開こうかというまさにその時である。

 

「あー、ったくこんなに暑くっちゃあ夜寝る時も汗かいてしょうがねえな」

 

「……そりゃあお前は普段だって暑苦しいからな」

 

 ギルドに入ってきた人物に目が行き、ギルド職員は真っ青になった。

 

「どうした? 早く話せ」

 

 目の前の人物に小さな声で耳打ちする。

 

「話せないんです。あなたが言ってるその鳥っていうのは今入ってきたアダマンタイト級冒険者の青の薔薇が捕え損ねてしまった奴なんですよ! 」

 

「何? そうなのか……ところで、『青の薔薇』というのはなんなのだ? アダマンタイト級というのは?」

 

 少し考えるそぶりを見せた後そう口にした男に対してギルド職員は信じられないものを見るような目で彼を見やった。

 

「ご存じないのですか?」

 

「生憎、遠方よりこちらの地方に来たばかりでな。このあたりの世情に疎いのだよ」

 

 男は表情一つ変えずに涼やかに言う。さて、と一言置いた男はこれまでとは少し違った様子でギルド職員に話しかけた。それはまるで獲物を捕らえる算段を終えた獣のようであるのだが、事務仕事ばかりで荒事には不慣れなギルド職員はその様子に気が付くことはなかった。

 

「では、依頼を変えよう。このあたりの世情、あるいは常識などを簡単に教えてほしい。とはいえ、この辺りにはそれほど滞在するわけでもないので簡単なことだけでいい。おすすめの宿だとか、料理屋だとか……そういった簡単なことで構わないのだ」

 

 先ほどまでの詰問するような鋭い話し方ではなく、優しく言い聞かせるかのような言葉はするりとギルド職員の中に入り込んだ。ギルド職員は目の前の男の豹変した様子に特に気に留めるということもなく、クエストの発注に了承を返した。

 

 十数分ほど待つとクエストを受注した冒険者がやってくる。その冒険者は王都生まれ王都育ちであり、王都に存在する道で知らないものはないと豪語する男である。

 

 道案内なんてものを依頼するのは決まって金持ちである。そんな彼らは当然役所などの公的な機関を利用するか、そのお付の者があらかじめ手配しておくものである。

急遽冒険者ギルドで直接道案内の依頼を頼むというのは考えづらい出来事である。しかも依頼を出すまでは窓口のギルドの職員と揉めているのも見えていた。

 

 無用なリスクを冒すようなことをその冒険者は絶対にしないが、それはリスクを冒す可能性があればの話である。

クエスト内容は道案内。それに怪しげな男が聞きたい様子である青の薔薇の騒動だって彼女たちに聞こえないようにひっそりとするくらいであれば許されるのだ。ギルドの窓口で聞くからこそ問題があるというだけの話だ。従者などはいない様子ではあるが裕福そうではあるし、役所を使わない事情でもあるのかなど疑問はあるが、男の口ぶりからすればそういった事情も知らない様子である。であれば、少し高い授業料だったとしてもまあ許容されるだろう。

そういった事情から彼は怪しげではあるが金回りはよさそうなその男を案内するクエストを買って出たのである。

 

 冒険者はひどく場に似つかわしくないその男に連れられて冒険者ギルドを出た後に飲食店に入った。その店は冒険者がおすすめした店であり、適当に話ができて腰を落ち着ける場所に案内してくれという風に男が言ったのでそこに案内した。奢ってくれるのではないかという少しの下心もあり、普段自分が寄らないような少し高い店を案内したが、どうにもそれは正しかったようで、彼は有意義な昼食をとることができた。

 

「さて、貴様に聞きたいことがある」

 

 ひとしきり料理を食べ、腹も落ち着いたそんな頃。男がそう言って口を開いた。食事中にも一通り王都の話だとか最近の国家間の情勢などを冒険者が知る限り話したが、目の前の男はさほどそれらには興味がない様子であった。

 

「ああ、ギルドの窓口でもめてた話だろ? 青の薔薇が取り逃がした鳥の話。知ってる限りのことを一通り話すよ」

 

 話し出した冒険者の男の口調は滑らかである。二か月前のことを今まさに起こったかのごとく話し、ちらりと男を窺う。男は顎に手を当ててふむと唸ると、冒険者の男に礼を言った。

 

「つまりその鳥は王都を騒がせただけで特にこれといった被害は及ぼしたというわけではないのだな?」

 

「そうだなあ、鳥自体はそういう被害を与えたってことはなかったみたいだが、その鳥を追いかけた連中が露店だとかに突っ込んだりして一応被害はあったみたいだぜ」

 

「そうか。……ところで、その鳥はどの方向に飛んで行ったかなどはわかるか?」

 

 怪しげな男がそう問いかけると冒険者は待っていましたとばかりに答える。

 

「ああ、どうやら帝国のほうに飛んで行ったらしい。一部では帝国の陰謀なんじゃないかとか言われてるぜ」

 

 それ以後はまた周辺地域の話や、王都の店についての話をして男と冒険者は別れた。

 

 冒険者が店を出て、自身の財布がないことと案内した人物の容姿を全く覚えていないことに愕然とするまでにはもう少しの時間が必要だった。



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十二話

 ナザリック地下大墳墓。その十階層である玉座の間にアインズ・ウール・ゴウンたるモモンガの姿があった。その傍らには守護者統括であるアルベドが控えており、座して傅く人間を睥睨していた。

 

「面を上げよ」

 

 アインズのその声にビクリと肩を震わせるその人間の名はツアレといった。

 

 本名をツアレニーニャ・ベイロンという彼女。その生い立ちを一冊の本にしたならばその読者は皆一様に同情するだろう。ただでさえ厳しい環境に育ち、その上さらに奪われる。人間であるという人が当たり前にもっているべき尊厳も何もかもが奪われ、壊された彼女。そんなどん底に存在した彼女が救われたのは人ならざる者の手であったのである。

 

 優しげな老人の手であった。しかしその人物が在籍する組織は世にも恐ろしい異形が、生者を恨むアンデッドを頂点として構成されたピラミッドだったのである。周囲から集まる視線にはツアレニーニャに対する温かみなどない。軽蔑、無感情、おおよそにおいて下のヒエラルキーであるということをツアレニーニャは彼女あるいは彼らの雰囲気から明確に感じ取っていた。

 

 誰もかれもが同情するだろう。可哀想だと憐れむかもしれない。しかし、ツアレニーニャはそうとは思わなかった。

 

 誰だって助けてくれなかった。助けを呼んだり悲痛から出た悲鳴は聞く者たちを喜ばせるだけであった。そんな自分の悲鳴を、助けを受け取ってくれたのがこの傍らに立つ老人であったのだ。

 

 底の底。底辺すら突き破った下に堕ちきったツアレニーニャは通常の感性であればだれもがそんな場所での幸せを想像できないだろう。だが彼女にとってはこここそが幸福であり希望であるのだ。

 

 震える声を必至に抑え、震える体を何とか起き上がらせるとそこにあるのは絶対的な支配者を体現したかのようなオーラを背負った骸骨である。髑髏の瞳の奥には赤く仄暗く光るものがある。あれが眼であるのだろうか。笑っているように感じるのは自身の希望的観測であろうか。

ツアレニーニャには何もわからない。しかしそれが自身の手の届くような存在ではなくとても高い場所に、それこそ貴族だとか王族なんてものを飛び越した先に存在しているのだということはわかった。

 

「……似ている」

 

 そうして顔を上げたツアレニーニャの顔を見たアインズはそうつぶやいた。その声はツアレニーニャにこそ届きはしなかったもののアルベドには明確に聞き取れた。

 

「お前、名前は何という」

 

 続いたアインズの言葉に答えようとするツアレニーニャであったが喉が張り付いたかのごとく声を出すことが困難であった。口を何度かぱくぱくとさせるが、声は出ない。泣きそうである。玉座の傍らに立つアルベドが眉を顰め、叱責しようかとしたその時である。

 

 ツアレニーニャの背中に温かいものがふれた。それは薄く覚えているものであった。冷たいあの路地。意識も朦朧として、その時の感情は死にたくないというものだけであった。動きづらい手で何かをつかんだあの時、汚れた自分を抱えてくれた逞しく暖かなあの感触。それがこれである。

 

「アインズ様。恐れながら、御方の威光を前に彼女は身動きが取れない様子でございます。不敬でございますがお力を抑えていただけないでしょうか」

 

 セバスの言葉にアルベドが目を剥く怒るという一幕もあったが、その後アインズがオーラを抑えることで恙なく面会を終えた。

 

 セバスはその後アインズに王都の物資の購入の指示を与えられ、ツアレニーニャはナザリックにてユリ・アルファの教育を受けることとなった。

 

 ツアレニーニャはセバスと離れ離れになることにひどく狼狽したが、数時間する頃には笑顔で送り出すこととなった。そのツアレニーニャの顔がうっすらと赤かったのを見たアインズは風邪かな? なんて感想を抱いたが、サキュバスの種族を持つアルベドにはなんとなく察することができた。

 

 そんな面会も終わり、アインズは自室に戻る。

 

 自室に入り、お供を全員部屋の外に追い出してからベッドの上でコロコロと左右に回転した。

 

「あ゛~、辛い。う゛~、やめたい。お゛~ん、でもやめられない止まらない」

 

 グダグダと漏れ出すのは鈴木悟の残滓からの悲鳴だろうか。愚痴として出るそれは日々の抑圧から解放された弛緩が原因である。アインズことモモンガは疲れていた。守護者たちからの羨望の眼差しや失敗をしないようにと気を張り続けなければならないそんな日々に疲れていた。先ほどだってうっかりと絶望のオーラを出してしまっていた。ハムスケに使ったきり出していなかったためかLv1のオーラで助かった。もしLv5のオーラを出していたらセバスが連れてきた彼女は死んでしまっていただろう。

 

 もし、ここにスワリューシがいたならば。何か変わっていたのだろうか。

 

「いや、あんまり変わんなさそうだな」

 

 そう口にして小さく笑う。モモンガが擦り切れていないのは希望があるからだ。スワリューシは今でこそナザリックに居ないがこの世界に来ていることはほぼ確実である。彼の耳に我々がいるということが届けば向こうからやってくるということは想像に難くない。

 

 王都での捜索はまだ半日ほどしか経過していないが八割以上の場所を調べつくしたとデミウルゴスから伝言(メッセージ)があった。もう王都にはいないのだろうか。彼のクルーが言っていた通り海のほうに行ってしまったのかもしれない。

 

 そのまま航海に出てしまっていたらどうしよう。いやそれは考えたって仕方ない。八欲王や六大神しかり、そもそも自分よりも前の時間軸に転移した可能性だってあるはずだ。そう考えればこのアインズ・ウール・ゴウンの名を全世界に轟かせるほうが彼に届く可能性は高い。

 

 悩むのはこれきりだとモモンガは決意した。立ち止まって悩むことも大切だが、今はそれをすべき時ではない。

 

 モモンガはキリッとした気持ちに切り替えて伝言(メッセージ)をアルベドに送った。

 

(アルベドよ、聞こえるか)

 

 そうすると帰ってくるのは弾んだ声である。

 

(はい、いかがなさいましたかアインズ様)

 

(宝物殿に行く。お前にも宝物殿の守護者を紹介しておこうと思う。一緒に来てくれ)

 

 アルベドの了承を聞き、服装を簡単に正してから宝物殿に転移した。モモンガが転移するとそこにはすでにアルベドがいる。お待ちしておりましたと頭を下げる彼女を前に内心で良しとガッツポーズをとる。あまり早く行き過ぎて待っているとNPCたちは待たせてしまったとかなんとか言い始めて厄介なことになるのだ。それを回避するために少し時間をかけて転移してきたが、今回はちゃんと後から来ることができたようだ。

 

 いくつものギミックを解除しアルベドと共に奥へと向かう。その道中でアルベドが問いかける。

 

「アインズ様、宝物殿の領域守護者を紹介するためにこちらへといらしたのですか?」

 

「いや、それも目的の一つではあるが主たる目的ではない。……この世界に転移する直前のことを覚えているか?」

 

 そう問いかけたアインズであったがその後に後悔した。アルベドがとても悲しそうな顔をしたからだった。しかしここに来た理由を話すうえでこの話題は避けられそうにない。

 

「はい……。キャプテン・スワリューシ様とアインズ様がお二人で楽しそうにしていらっしゃいました」

 

 そう、楽しかった。全盛期ほどの盛り上がりではなかったが、あの最終日にアインズ・ウール・ゴウンという名前を大きく知ら示すことができたのはとても楽しかったのだ。

 

「ああ、そうだな。あの時は、ッチまた抑制されたか。まあいい。そうか、お前たちはあの日に私たちが何をしていたか知らないのだったな」

 

「はい。アインズ様とキャプテン・スワリューシ様が喜んでいらっしゃったということしか存じ上げておりません」

 

 アルベドが楚々とした様子でそう答えると上機嫌にアインズは当時のことを語った。

 

 アルベドにとってそれはとても痛快で、やっべかっけくふふるのは当然の帰結であった。

 

「実際私とスワリューシさんのスキルコンボは対策も難しい類な上に、あの時は誰もかれもが予想外の一撃だったということもあって成功したのだ。いいかアルベドよ、思いがけない一撃というのは避けるのが難しい。だからこそ、常に警戒することが大事なのだ」

 

「はい」

 

 ウキウキと自分たちの功績を聞かせているうちにはっと我に返ってなんだか恥ずかしくなったアインズは最後のほうをなんとなく訓戒として言い聞かせたが、何よりアルベドの称賛するような視線がくすぐったい。こんな時ばかりは精神抑制がほしくなるのだが、その兆候は全くない。先ほどの楽しい気分は抑制する癖になんと不自由なパッシブスキルだろうか。

 

 アインズがアルベドに当時のことを話しているうちに二人の目の前にとある人物が見えてくる。その人物は敬礼の姿勢をとったままにアインズに向けて敬意を持って挨拶をする。

 

「お待ちしておりましたッ! 私の創造主たるアインズ様!」

 

 よく通る声で高らかにビブラートをきかせてオペラ歌手か何かのように放たれた言葉は演技がかったものであり、そのしぐさや様子からそれらの動作を心の底からかっこいいものだと信じて疑わずに行っているということがありありと分かった。

黒のネクタイや赤のシャツ、金の装飾が施されたその服装はかつてアーコロジー戦争でネオナチが着用していたものを参照したのが見て取れる。上背やガタイの関係で服装は似合ってはいる。

しかし悲しいかな、その顔はハニワであるし卵頭である。これでデミウルゴスが同じ服装であれば映えると思うが、いかんせんハニワ。その見た目もあってかっこいい仕草は完全にピエロとなってしまっていた。

 

 かつては逆にありじゃねとギャップ萌えの波動に飲まれてしまっていたが、改めて冷静に見つめ直すとアインズは思うのだ。

 

(うわー、ださいわー)

 

 三歩後ろをついてきているアルベドの顔を見ることもできない。アインズはかつての自分を殴りたい気持ちになったが、今は先にすべきことがある。

 

「ン″ン″! パンドラズ・アクターよ、敬礼は辞めるように言っただろう」

 

「ハッ! 申し訳ありません!」

 

 ビシィ! と音が鳴りそうなくらいにきっちりと気を付けの姿勢をとったパンドラズ・アクターに若干げんなりとしながら精神の安定化が起こったことを確認したアインズが後ろに控えていたアルベドに対して言う。

 

「アルベドは存在だけは知っているのだったな。こいつはパンドラズ・アクター。私が創造した宝物殿の領域守護者だ。その能力はアインズ・ウール・ゴウンのすべてのメンバーの能力を80%程度であるが引き出すことのできるドッペルゲンガーなのだ。

転移後は鑑定などが得意なメンバーの外装になってもらい、とあるアイテムの解析を頼んでいた」

 

 それを聞いたアルベドははっと息をのむ。鑑定が必要なアイテムと聞いてピンと来るものがある。先ほどのアインズの話でそれらは出てきた。

 

世界級(ワールド)アイテム……!」

 

「その通りだ。我々が奪ったものの中には効果がわからないものもあった。いくつかは私もその効果を知っていたが、中には見たことがないようなものもあった。下手に動かして何があるかわからなかったので、パンドラズ・アクターに頼んでその効果を調べてもらっていたのだ」

 

 アインズがそういった行動を起こしたのはスワリューシのクルーに会いに行ったすぐ後である。彼につながりのあるクルーを見ていて自分の創造したNPCのことが思い浮かんだのだ。

精神衛生上の理由からあまり積極的に会いに行きたい相手ではなかったが、アインズの手元にはスワリューシと一緒に奪った世界級(ワールド)アイテムがあるのだ。

結局はこれを預けに宝物殿に行くことは必定。ならばできるだけ早いほうがいいだろうと思い、ナザリックのギミックなどをすべて覚えているという設定のシズと一緒に宝物殿まで行った。

 

 その時のシズの反応は彼女が自動人形(オートマトン)であるがゆえに感情こそ読めなかったものの、彼女の放つ雰囲気からなんとなく埋まりたい気分になった。

 

世界級(ワールド)アイテムッ! 世界を変えれるッ! 強大な力、至高の御方々の偉大さの証ッッッ! 新たなそれらの数々ッ! 新たな世界級(ワールド)アイテムは解析が非常に困難ではありましたが、至高の御方々の能力を前にしてはそれも丸裸同然ッ! 惜しむらくは我が身の未熟! 至高の御方々であれば仔細まで解析することもできましょうが、私の能力ではおおよその効果がわかる程度でございます! 申し訳ございません、アインズ様ッ!」

 

 やめてくれ。アルベドもそんな顔をしないでくれ。

 

 アインズは切にそう思った。パンドラズ・アクターは一文節ごとに何らかのオーバーなリアクションを取りながら先ほどの言葉を放った。声もやはりビブラートが効きすぎなくらい効いている。もちろんそれらのオーバーなモーションはかつてアインズが設定したものではあるのだが、それが自発的に歌って踊るということのなんとむず痒いことだろう。頭蓋骨の内側をブラシでこすりたいような気分になる。

 

 当然、アインズは精神の安定化が行われる感覚を味わうことになる。どうにか取り乱さずに済んだアインズは咳ばらいをした後にパンドラズ・アクターに世界級(ワールド)アイテムの説明を求めた。

パンドラズ・アクターは先ほどまでの興奮した様子を抑えて説明を始める。とはいえ彼はマジック・アイテム・フェチであるという設定があるので話しているうちに若干息が荒くなるのだが、先ほどよりは落ち着いていた。

 

「えー、そうですね。この“深海の契約書”はアインズ様のお役にたつのではないかと思います」

 

「ほう? 聞いたことがないアイテムだ」

 

 アインズがしげしげと見るとそれは古ぼけた羊皮紙のようにしか見えなかった。名前の通りであればそれは契約書であるのだろう。だが何のどのような契約であるのかがわからない。

 

「この契約書にできることは失ったレベルと同じ分のレベルを得ることです。ただし時間制限がございまして、最大で三日間、また使用した後は同じだけの時間を置かなければ再使用できないという制限もございます。

ただ、職業レベルなどは前提条件をクリアしていなければ採れないものがあるなど、いくつかの制限があるようです」

 

 アインズは世界級(ワールド)アイテムにしては大人しいなと思ったが、すべての能力が明らかになったわけではないということを思い出した。隠し要素のようなものがあるかもしれない。だがそれを今確認しようにも簡単にできることではない。

 

「使いようによってはかなり有用だろうな。だが、まだ判明していないデメリットなどがあるかもしれん。そのアイテムは召喚した下僕などで実験をしてから活用したほうがいいかもしれんな」

 

 わかりましたと敬礼しかけたパンドラズ・アクターはわたわたと気を付けをしてからそう返答した。そこへアルベドが問いかけた。

 

「その“得るレベル”というのは種族レベルも含まれるのかしら」

 

「そのようですね。ただこちらも同じく前提条件などをクリアしていなければ採れない種族レベルなどもございますね」

 

 そう、とつぶやいたアルベドは次いで鬼気迫るような迫真の面持ちで問いかけた。

 

「仮の話なのだけれど、種族レベルを全て職業レベルに変換したりなんてことはできるのかしら」

 

「そうですね、そういったことも可能だとは思いますが私の能力ではそこまで解析できなかったので今後実験していかないといけませんね」

 

「種族レベルを失うと()()()()かというのも大事なことね。報告の際には私にもお願いできるかしら」

 

 アルベドの言葉にパンドラズ・アクターはちらりとアインズのほうを見た。アインズはそれに頷き返すことで、ようやくパンドラズ・アクターは了承を返したのだった。

 

「まあそのあたりは追々やっていくことにしよう。ところで、その他のアイテムはどうだ?」

 

 アインズの言葉があり、パンドラズ・アクターはいくつもの世界級(ワールド)アイテムの説明をする。それらはなるほど破格の能力であるがその全容がわかるものではないので使い道に困るものばかりであった。

 

「何か十全にわかるものはないのか?」

 

「一つございます」

 

 そう言ってばさりと一枚の布を取り外した先にあるのは石壁にはめ込んである鏡であった。鏡の周りには十二の各星座をモチーフにしたと思しき意匠があり、中の鏡には何も映らない。鏡には透明度があり、鏡であるということは明確に分かるがしかしそれは反射の機能がなかった。

 

「これは“真実の鏡”。その効果は、いかなる質問にも答えることができるというものであります」




無駄な設定
スキル
・ユグドラシルのシステムがそのまま現実になった証そのもの
・例えば料理スキルがないとろくに料理すらできない
・現地勢がナザリック勢に勝るのはその辺の自由度くらいかもしれないあるいはそこに勝機があるのかもしれないが俺は全く思いつかない
・この小説では判明しているスキルは効果量の増減なくそのままテキスト通りの効果が発揮される
・だからまあレベル差とかでめっちゃ怖かっただろうけどアインズの絶望のオーラLv1ではツアレニーニャは恐怖するだけで死んだりはしない
・まあ心が弱かったらショック死してたかもしれないけどそれはなんか娼館とかで鍛えられたとかそんな感じ
・設定ではPOW18とかそんな感じ
・セバスがそばにいるときは+5してもいいかなってくらいの設定
・でもツアレニーニャにダイスロールする必要性とかあんまり感じないので完全にフレーバー


P5、ポケモン、FF15
明日はラストガーディアン
今年の秋は目白押しで忙しい


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十三話

 この国はもうだめだろうな。そんな思考を持つようになったはいつの頃からだろうか。入ってくる情報をまとめて、いくつかの要素を兼ね合わせると、もう寿命が迫ってきているということはラナーにとって語るまでもない結論である。

 

 権力争い、腐敗、対外戦争の負担。積み重なる要素は王国が建国以来積み上げてきた財があるからこそいまだに国として存在できているに過ぎない。延命もやがては限界を迎える。それは、自分がクライムと一緒に天寿を全うするより早く訪れることだろう。その対策を講じなくてはならない。

 

 だというのに、正体不明のじっとりとした感覚がここ数日の間ラナーを悩ませている。押しつぶされるような圧迫感。危機感。誰かにつけ狙われているかのような、自分が誰かの獲物になったかのような感覚。

普段あるような刺客だとかそういった連中によるものではない。ただの感覚である。友人であるラキュースが来た時にも感じていたそれはしかし彼女では感じ取ることもできないようである。自分の感覚がラキュースより優れているかと言われれば疑問ではある。冒険者として戦闘に身を置く彼女のほうが感覚器官は優れていて当然なのだ。

 

 だが彼女はこの感覚を持っていない。つまりは彼女の埒外にあるものによる感覚なのだろうか。

 

 ラナーは結論を出そうとするが、脳裏によぎるいやな記憶があった。忘れもしない。月の夜。彼女が出会ってしまったのはこの世の暴力であり、理不尽であり、絶対強者である。頭脳で上回っていようともどうすることもできない。ただ純粋に力で敗北した。あの瞬間において確かに自分が下であり、あの侵入者が上であったのだ。

 

 それをどうすることもできない力関係があそこにはあった。その感覚と何となく似ているような……。

 

 優秀な頭脳は本能がやめろと叫んでもその働きを止めることなく動く。あの感覚と一緒。つまりは今この城にあれと同じものがいるのではないか? 推論は感覚を伴ってやがて結論に至る。そういえば今夜は月が出る。あの存在は何と言っていただろうか。月の光は真の姿を暴くとかなんとか。

 

 ラナーはごくりと喉を鳴らした。真の姿。姿とは何だろう。外側である。皮膚だとか、毛髪、服装も姿なのかもしれない。その内側こそが人の真の姿であるのなら、真実の証明は中身をこそ見るべきである。

 

 鏡に映る自分はかつてクライムを手に入れる前からすれば随分と変わっただろう。きっと内側も。であれば、その真実はどう証明したらいいのだ?

 

 ラナーのそんな思考の渦は答えの出ない場所に留まっていたが時間は先へと進む。太陽も落ちて月が上る時間にラナーが出会ったのはやはり人外の存在であった。

 

 利発そうな、紳士然とした彼との邂逅はかつてと同じく突然である。ラナーは心臓が止まってしまうのではないかというほどに驚いたものだがある程度の覚悟があったためにそれを外側に出すことはなかった。

相手はなぜ自分の部屋にわざわざ来たのか。それは彼の雰囲気などからひしひしと感じることが可能だった。彼は、自分が現在の王国の状況を正しく理解しているとわかっているからこそここに来たのだ。そんなラナーの様子を見た相手はニヤリと笑う。

 

「ふむ。やはりあなたは他の人間とは違うようですね」

 

 眼鏡をクイと上げて笑う彼から感じるのは邪悪なもの。彼の背後には長く太い尾がある。それは紛れもない人外の証である。ただ、話が通じそうであるという事実はラナーを内心喜ばせた。

 

「ええと、あなたは人間ではないようですが、何かご用がおありでしょうか」

 

 黄金の名の通りにラナーは挙動を行う。本心からのものではない。ただその挙動をクライムが望んでいるから。それらの事柄がかみ合いラナーは普段からこの黄金の外側を着飾ることができる。

それは内側の思惑だとか思考だとかを隠すのに非常に便利であるはずなのだ。

 

「うん? ああ、いいですよそんな風にしなくても。シンプルに行きましょう。あいにく、それほど多くの時間を割くわけにもいきませんので」

 

 しかし目の前の人外はラナーの変貌をいともたやすく見破った。つまり目の前の奴は力のみならず、頭の分野でも優れていることの証明に他ならない。

シンプルに、彼は何をしたいのだろう。残念なことにラナーの中に目の前の存在がどこの誰でどの組織に所属しているかということがわかるような情報はない。故に、その目的も定かではない。

 

「そうですね。では単刀直入にお聞きしますが、あなたはなんという名前で何を目的にこちらへいらしたのですか?」

 

「おお、これは失礼。私の名前はデミウルゴス。栄えあるナザリック地下大墳墓の第七階層の階層守護者を至高の御方より仰せつかっております。今宵は少々知恵比べでもと思いましてね」

 

 お辞儀と同時に広げられた翼は蝙蝠のようであり、その細さ、薄さからは予想もつかないような力強さが感じられる。悪魔だとラナーの頭脳は告げていたデミウルゴスのダイアモンドの瞳が輝き、さてと言葉が続く。

 

「実を言いますと“知恵比べ”というのはついででして、本題は別に存在するのですよ」

 

 ラナーの周りをゆっくりと歩いて回るデミウルゴスの顔から読み取れる感情は憤怒、そして期待である。いったい何がと戦々恐々とラナーが聞いていると、デミウルゴスはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「二か月ほど前のことでしょうか。この王都で一羽の鳥が大きな騒動を起こしたらしいですね。そしてその鳥は青い薔薇というアダマンタイト級冒険者チームですら捕えることはできなかった。

本題は、その一週間後のことです。とある一人の人物がこの王都にて囚われ、牢に入れられたそうですね。幸い、拘留のみで不躾な行いはされなかったようではありますが、薄汚い地下の牢獄に犯罪者扱いをして、一晩、とどめようとしたそうですね。我々が探し求めてやまないとても大切な敬愛すべき至高の御方を!」

 

 徐々にご気が荒くヒートアップしたデミウルゴスは怒りを隠すこともなく表情に浮かべてラナーに肉薄した。その迫力はラナーの意識を軽く吹き飛ばすかのようなものである。しかし彼女は意識を手放すわけにはいかなかった。それは彼女の頭脳が彼の怒りは自分に対するものではないということが理解できていたからだった。

 

「……失礼。で、だ。至高の御方はその後、何かをなさった。その結果、近くの牢にいた犯罪者や王城で警備にあたっていた兵士の何人かが発狂し、彼の方はお隠れになった」

 

 ラナーには強い思いあたりがあった。あれは、そうか。この目の前の存在も、あれの仲間であるのか。何故、自分の前にそんな理不尽が現れる。叫びたい気分でいっぱいだったが、ぐっとラナーはこらえた。

 

「あなたは何か知っていることはございませんか?」

 

 その目は確信に満ちていて、どこからか自分が彼に出会ったということを知りえたようであった。ラナーは別に隠し立てする必要がないことと、あの存在が彼あるいは彼らにとってとても大切な人物であるということはその話をすることは会話のアドバンテージを得るきっかけになるのではないかと思い、話すことにした。

 

「はい、あの夜に起きたことは存じております。

ところでお聞きしたいのですが、あなた方の探している方というのは顔から何本かの触手のようなものを生やしておられる方だったりしますか?」

 

 次の瞬間のデミウルゴスの表情はこれほどまでの喜びを表すことができるのかと思える見事な喜悦だった。裂け上がった口に輝く瞳、羽や尻尾はバサバサバタバタと動く。

 

「おぉ、おぉぉぉー! やっと、やっと確証をつかみました! さあ、その話をよく聞かせてください!」

 

 ラナーがデミウルゴスに話した内容は嘘偽りなく真実だけである。途中に挟まれてくる彼がどこへ行ったかという質問はラナーには見当もつかなかったし、空を飛ぶことのできる存在なのだし行動に制限などもないだろう。

 

 そしてそのお礼、というわけでもないだろうが続けて行われた“知恵比べ”はラナーを大変に満足させる結果となった。デミウルゴスとの楽しい企みも、しかし時間に制限が来る。

 

 コンコンコンコンとドアがノックされる。

 

「あなたの愛しの君が来たようですので、そろそろお暇させていただきましょう」

 

「ええ、とても有意義な時間を過ごすことができました」

 

「それでは手筈通りに」

 

 そう言って去っていくデミウルゴスを見た後、再度扉がノックされた。入室を促す。

 

 もしかしてまた幻聴であるのかもしれないという不安はしっかりとクライムがやってきたことで解消された。それは、自分たちの行く末だって同じだった。ラナーは黄金へと変貌し、その内側ではクライムでは想像もつかないような、悪魔的な笑いをするのだった。

 

 それを、薄く見つめる何かがいた。それはもしかするとラナーが鋭敏に感じ取っていた圧迫感の正体であったのかもしれないが、少なくともラナーの心は軽く晴れやかであった。

 

 

 

 朝の風は冷たい。海から吹き付ける風はべったりとした潮の香りとともに肌寒さを感じさせる。海沿いにある町はリ・エスティーゼに海の恵みをもたらす都市として栄えている。漁は朝早くからということで港ではあわただしく人が動き回っている。

 

 そんな中、キャプテン・スワリューシは困惑した。港で船を買おうとしたが駄目だった。金はある。しかし残念なことに船を作ったり買ったり、航海するには国の許可証だなんて物が必要だというのだ。

 

 彼の辞書の、航海に必要なモノの項目に“国の許可証”なんてアイテムは存在しないのだ。そんなものどうやって手に入れたらいいのだ。というかなんでそれがなくては海に出れないのだ。

 

「どう考えたって不自由だろ。海に漕ぎ出すのに許可なんて必要か? そんなの誰にだって禁止できるようなもんじゃない」

 

「だが、規則だ」

 

 そう言う髭もじゃの船大工はふうとため息をついて言った。目の前のこの怪しさの塊みたいな男がこうして直談判に来るのは初めてではない。彼の熱意や放つ言葉は何人もの船乗りを送り出してきた自分としては納得ができるものでもあるのだが、じゃあ造ってやるよとはいかなかった。それをしたら犯罪者だ。さすがにそんな危ない橋を渡るほどに彼に対して共感もしていなければ恩もない。

 

「……じゃあ逆に聞きたいんだが、その許可証ってのはどうやったら手に入るんだ?」

 

 お、と船大工は意外に思った。この男はどこかの船に乗せてもらってから漁から帰ってきて、毎回うだうだと飲んだくれのように管を巻いて同じ話題でゴネてから帰っていくのだが、今回に限ってはより建設的な話になりそうである。

 

「そりゃあ王様が発行するんだし、王城とかじゃねえか?」

 

「王城? それってあれか? ロ、ロ、ロロロ? ……なんつったっけ」

 

「ロ・レンテ城な。なんにしてもまずはリ・エスティーゼまで行かなきゃなんねえ」

 

 そう聞くとそうだったのかとばかりに男は納得した顔になり、おほんと喉の調子を整えてから偉そうに言った。

 

「では、許可証を盗ってくるので船の設計でもしておいてくれたまえよ」

 

「あ? 簡単に貰えるもんじゃないぞ」

 

 そう言った船大工に男は真面目な顔をしながら言う。

 

「あのな、俺はキャプテン・スワリューシ。お分かり?」

 

 少し演技がかった様子でそんなことをのたまう様子は酒場であれば船大工もまあ許容できるのだが、仕事場でしかも素面の奴が言っていると考えると何ともおかしなことだ。何か言ってやろうかと口を開く前にスワリューシはさっさとその場を去ってしまった。

船大工は何か釈然としない気持ちを整えつつ、今日の仕事に取り掛かる。それは奇しくも新しい船の設計である。もちろんあの男に言われたからやっているというわけではなく、何か月か前から依頼されていた仕事だ。

 

 理不尽に釈然としない感情は説明がしがたい。もちろん自分でも理解ができているというわけでもないのでふつふつと炭が燃えるようにいつまでもその感情は燻る。その日の仕事はいつもの半分も進まなかった。

 

 一方、その場を去ったスワリューシはというと船大工の仕事場から出た後、埠頭に腰かけて海を眺めながら一人で何事かをぶつぶつと呟いている。彼の周囲には人がいない。彼と一緒に漁に出た船乗りたちはまあ悪い奴じゃないかななんて印象を抱いているが、そうでない船乗りたちはいつの間にやら仕事場に紛れ込んだ異分子に対して若干の忌避感を抱いでいるからだった。こいつ誰なの? という感想や、新入りなら挨拶しろよなどという各自の思いと、こいつアブないやつなんじゃねーの近よらないようにしておこうという危機回避の観点から彼は避けられていた。

 

「うん? 王都からは出て行ったのか。ってことは帝国だか法国だかって場所でなんかやらかして捕まったかなんかしたのか?」

 

『その可能性が高いでしょうな』

 

 彼の頭の出来などの話はさておき、ぶつぶつとつぶやく言葉は独り言ではなかった。魔法の力によって遠くの何者かと会話をしていたのだ。

 

「そうか……オウムの状態がわかれば予想もたてられるんだけどな。コンソールが出ないせいで召喚したNPCの状態とかその辺が全然わからん」

 

 ため息とともに紡がれた言葉には残念そうな感情が大いに含まれていた。それに呼応するかのように通話先でもあぁと同情するかのような息遣いの後、提案される。

 

『なんと……現在の我々の状態が確認できないのですか?』

 

 しまったとスワリューシは思った。通話先の奴は利益のためには裏切ることを躊躇わない。それでいて、彼の設定は王位簒奪を狙う悪党である。現状で奴はそれをしていないようであるが、どうなるかわかったもんじゃない。

 

 釘を刺しておこうかと思ったその矢先、いや待てよと彼の頭の中に閃くものがあった。

 

「そういやお前、王様になりたいんだよな」

 

『ええ、まあそう設定されましたからな』

 

 何を当たり前のことをと言った様子でそう返す奴に内心にやりと彼は笑った。

 

「頂戴していいぞ、王位」

 

『は? 今なんと?』

 

「王位を貰ってきていいって言ったんだ」

 

 通話先の魔人は小躍りしたい気分だった。まさか、こんな形で夢がかなうなんて。

 

『二言はございませんな?』

 

「うん? ああ大丈夫、予定変更になったら言うから」

 

 あっけからんとそう言う主人に魔人はそうじゃないと言いたい気分だった。




ケル銃作れました
以下番外編




番外編を書いてみたはいいもののこれオバロ二次でやる必要ある?
って思ったのであとがきにでものっけとけっていう無駄な番外編


 ナザリック地下大墳墓は計算されつくした芸術のようなものである。POPするモブやギミック、NPCなどのすべては計算され尽くしたうえで各所に設置されている。

 Lv100NPCも同じである。適切な場所に適切な戦力を配置する。それは勝利のために惜しむべきではない。ユグドラシルで多数である人間種からのヘイトを集めているアインズ・ウール・ゴウンとしてはそうするのはもはや義務であるとさえいえる。

 ただ、そこで少し問題が起こった。どのようなスキル構成にするかなど最低限度のことは頭脳派達が決めたものの、Lv100とキャパシティはそれだけでは埋まらなかった。つまりその余剰部分にロマンだとか設定を差し込む余地ができたのだ。みんなその権利がほしい。しかしその数は十に満たない。

 結果的にそれを決める権利は話し合いやらくじ引きやらでなんやかんやあって決まったのだが、その設定だとかをできなかったメンバーもいた。

 そんなわけでアインズ・ウール・ゴウン内部で配置されたNPCにデータクリスタルを突っ込んで見た目を変更したり設定だけ盛り込んだりするというブームが起こったのだ。その最たる例といえば餡ころもっちもちが創造したエクレア・エクレール・エイクレアーが挙がるだろう。執事助手はもともとちゃんとした人型のバードマンだったのだが、データクリスタルによってイワトビペンギンの見た目になった上にナザリックの簒奪を狙うという設定がなされた。

 それ以外にも沢山のNPCが見た目を通常のものとかけ離れたものとなる。とはいえそれは種族レベルの許す範囲での変化なのでLv100NPCほどの自由度はないが、その分は設定や装備品などにつぎ込むことで満足したのだった。

 スワリューシもそんなメンバーの一人であった。彼の場合は自身のペットモンスター、通称クルーに対してその欲求の発散を行っていたのだが、ペットモンスターは数に限りがある。あるいは種族に偏りがあるなど、あまり自由にいろいろといじくることができなかったのだ。

 そういうわけでナザリックのNPCに対してデータクリスタルをつぎ込んで見た目を変えたり設定を盛り込んだりということは盛んにおこなわれており、転移後のナザリックにもそれは反映されていた。

 ナザリック内のNPCやモブモンスターは全員が至高の四十一人に仕える仲間であるが、その中でもある程度の派閥のようなものがある。例えばそれはアインズの正妻は誰になるかなどの派閥であったり、あるいはかつて至高の四十一人が血みどろの戦いを繰り広げたシチューにご飯は有りか無しかという料理人同士の話でもあるかもしれない。

 ただ、そういった意見の派閥とは別に存在する派閥というか仲間意識というものがある。それは“どの至高の御方によって創造されたか、見た目を作られたか”という部分である。創造された者にとってみればとても大切な部分であり、それが共有するということはそれだけで断金の交わりがあることを示している。

 そんな存在同士での話し合い、プレアデス達の言い方を変えるならば“お茶会”をするのはよくあることである。もちろん毎日のようにするというものではないが、組織の長であるモモンガが働いてはならない日というものを制定した結果、調整などをしてその日は“お茶会”をするという風になっていた。

 “お茶会”には会場が必要である。それはウルベルト・アレイン・オードルに設定された者であれば第七階層であるだろうし、アインズ・ウール・ゴウン女子組に設定された者であれば第六階層など、各プレイヤーに縁のある場所にて行われる。

 であれば、キャプテン・スワリューシによって設定された者は第四階層の船でお茶会が行われる。今日はそんなお茶会の日。
第五階層の雪女郎(フロストヴァージン)の二人はゆっくりとした足取りで船まで向かっていた。五階層からは一階層分しか離れていないのでそこまで疲れないが、これがロイヤルスイートだとかの場所に仕える人たちだと遠くて面倒かもしれないなんて思うが、至高の御方のために働くこともできない事のほうが辛いし別にそうでもないかと思い直した。

 ゆっくりと歩く彼女達の後ろから慌ただしく走る音が聞こえる。

「あぁーっ! 大変大変! 遅刻しそうだ!」

 そういって走り去っていくちょっと太り気味のウサギの後をついていくのはイノシシとその頭の上でくつろいでいる小動物。

「遅刻だってよどうする?」

「大丈夫だって、俺たちの合言葉あるだろ? 悩まずに生きることさ、ちょっとくらい遅れたって平気平気」

「それもそうだな!」

 お気楽な様子で歩いていく二人組を見ると若干の羨ましさを覚える。自身の創造主であるキャプテン・スワリューシ様のお創りになったNPCの設定はおおよそ三つに分類される。陽気か、陰気か、思慮深いか。彼らはもちろん陽気な連中である。自分は、まあ陰気な部類だろう。どちらかといえば自分も陽気な風で居たかったと思う事は不敬なんだろうか。いや、そう考えることも設定されたうちでの事であるのだし、そうでもないだろう。

 ちらりと隣を見ると自分の同僚でもある雪女郎(フロズトヴァージン)が歩いている。彼女は思慮深いほうでいいのだろうか。自分と比べると幾分かしっかりとした印象を抱きそうな大人っぽい見た目をしている。キャプテン・スワリューシ様の被造物では彼女と第六階層のもう一人以外はコミカルな見た目をしている。彼女たち二人は特別ということなのだろうか。

 もしかするとあれだろうか。最近よく噂されてるアインズ様の正妻がどうこうっていう話のように、キャプテン・スワリューシ様の奥方の有力候補ももしかするとこの二人のどっちかってこと!?

 いやんいやんと身体と左右に揺らす雪女郎(フロストヴァージン)をもう一人の雪女郎(フロストヴァージン)はなんだこいつという目で見ていたが彼女は気づくこともなかった。

 彼女たちが四階層に到着すると既にお茶会というか飲み会は始まっている様子だった。遠くからでも船の上の陽気な音楽が聞こえる。今はジャズが聞こえる。ということは、いつものワニがトランペットを吹いているのだろう。
船の上では怪しげな魔術師が音楽に合わせて踊り、彼の影もゆらゆらと踊っているのが見える。その近くでは白い卵のような自動人形(オートマトン)と少しボロな自動人形(オートマトン)がブースターで飛びながら楽しそうに笑い合い、赤いマスクをつけた怪しげな男の合図でドレスを着た女が扇情的とも思えるダンスを踊っている。それを見た彼のクルーや被造物が歓声を上げる。

 ニューオリンズの歌の後はヨーデルだ。でかいパンツの男がギター片手に見事な歌声で歌い上げるリズムに乗って各々がダンスを踊る。

 船の甲板ではそんなパーティーが行われているが、船内はもう少し落ち着いていた。

 ゆっくりと立ち込める煙はランプの光をさえぎって船内の影を不定形に変える。グラスの中の飲み物をこぼれるほどに打ち付ける音が一番大きな音で、それ以外では小さな笑い声とひそひそ話が漏れ聞こえる程度だ。

「いやしかしキャプテンはどこ行ったんだろうねほんと」

 そういったクルーに対してピクリと反応するのは少しばかり薄汚れた黒猫だった。

「キャプテン・スワリューシ様でしょ。ちゃんと敬称つけなさいよ」

「いやでもそんなのきっとキャプテン嫌がるぜ?」

 クルーは機械で出来た左手のギミックうまく使って料理をしていた。黒猫はやれやれといった様子で出来上がった料理を尻尾に乗せて各テーブルに運んでいく。

「はいチーズのチーズサンドおまちどうさま」

 黒猫が運んだ先では二匹のリスと二匹のネズミがいた。彼らはしきりに何か秘密の作戦について話しているようであるが、二匹のネズミのうち一匹がチーズのにおいに誘われて皿に突っ込んできた。

「あんたのチーズ好きは知ってるけどネズミがネコに突っ込んでこないでよ」

「あはは、すいません」

 ちょっとひきつった笑いで謝るハツカネズミに気にしないでと言って黒猫は立ち去ってまた料理を受け取って次のテーブルへ。

「仕事で休む暇もないっていうのも嫌だって話だけど、仕事がないほうがよっぽど嫌だね。一応設定では俺って冥界の番人というか管理者とかやってるって話だけどそんな仕事無いじゃない。というかここで死ぬやつなんていないじゃん」

「……」

「ああそういえばあんたも魂とかそういうの燃やしたり集めたりするみたいな感じのやつだった。俺あんたのいるあの山結構いけてると思うよ」

「……」

「わかる? やっぱりあんた見る目あるよ。どう? 一緒にゼウスとかあの辺滅ぼs」

「おまちどうさま」

「お、ありがと猫ちゃん。で、さっきの話に戻るんだけど――」

 黒猫がその場を去るとバインと何かにぶつかってコロコロと転がった。

「スイマセン。大丈夫 デスカ?」

 白いマシュマロの赤ん坊みたいな形状の自動人形(オートマトン)にぶつかったのだと理解した黒猫はダメージを負っていないことを確認する。

「大丈夫よ。そうだ、あなたも給仕手伝ってくれない? 結構忙しくて」

 それを聞くと自動人形(オートマトン)はキュインという駆動音を鳴らしてからビシッと敬礼の姿勢をとって黒猫に答えた。

「了解 シマシタ。次ノ“大丈夫だよ”ト 言ウ コマンド ガ 入力 サレルマデ 給仕 ヲ シマス」

 そう言うと滑らかに動く自動人形(オートマトン)を見てこれで楽ができるかしらと黒猫は考えて、ぐいっと伸びをした。



 ナザリックでは、スワリューシに創られた者が一番彼を心配していないのかもしれなかった。


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十四話

今回の話:牧場体験

デミウルゴス牧場の話なので稚拙な残酷な表現が苦手な方は戻るといいと思います


 王都リ・エスティーゼの一角にある一軒の屋敷。そこは朝から慌ただしく動いている。その広い屋敷の二階でデミウルゴスがはぁとため息をついた。その様子は普段であれば表情にさえ浮かべないような憂鬱の色をはらんでいる。

 

「全く、度し難い。愚かとはまさにこれであるのでしょうね」

 

 クイとメガネの位置を正して部下に今捕まえた侵入者をニューロニストのところに送っておくように指示する。その後、計画の進捗状況を確認する。この調子であれば予定時刻までに余裕をもって準備を完了することが可能だろう。

 

 デミウルゴスがこの後の予定などを立てているとドアがノックされる。不躾にも力強く、粗暴であり野性的であることの証明であるかのような音だ。ナザリックに属するものであれば間違ってもこのような非文明的なノックの仕方はしないだろう。舌打ちをしてから一階に降りてドアを開ける。

 

「これはこれはようこそいらっしゃいましたヘーウィッシュ様」

 

 へりくだった態度でデミウルゴスが対応した先にいたのは王都の巡回使であるスタッファン・ヘーウィッシュという太った男である。デミウルゴスにとってこの存在は目障りである。デミウルゴスは今日の夜にはこの問題も一挙に片が付くのでさっさとスキルの“支配者の呪言”でお帰りいただこうかと考えたのだが、彼がなぜ今日も来たのかということが気にかかった。

 

 このヘーウィッシュという男の邂逅は昨日の出来事である。王都での使命を果たしているデミウルゴスやセバス、シャルティアとプレアデスの面々が撤収の作業や物資の買い付けを行っているときにやってきた。

 

 サキュロントと名乗る男とともにやってきたヘーウィッシュはアインズが保護を約束したツアレニーニャを明け渡すように要求するだけでは飽き足らず、金銭やプレアデス達の身柄までをも要求し始めるという恥知らずっぷりであった。

 

 当然そんなものを認めるはずがないのでデミウルゴスは“支配の呪言”を用いて追い返し、その後でネチネチとセバスに嫌味を言い、出て行ったセバスが件の娼館を物理的手段を用いてぶち壊すなんて言う非常に頭のいい(・・・・・・・)解決法をやらかしてくれたのでその対応などをいろいろしてから夜にラナー王女となんやかんやと話をして、深夜には八本の指だか六本の腕だかわからないような奴らが侵入していてそいつらの対処を申し訳なく思いながら至高の御方に相談して、撤収の準備をしている最中にまた来たこの男は一体何の用事があってわざわざ来たというのだろうか。

 

 ちなみにセバスはなぜ娼館に突撃したのかを聞いた時に『手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔します。それが嫌なので手を伸ばしました』なんて言い放ったのでデミウルゴスの罵倒が放たれたが誰も止めはしなかった。もしかするとこの男が来たのは昨日のことが原因であるのかもしれない。

 

 昨日来たときは自分たちに請求した代金そのままを自腹で支払うように“支配の呪言”で指示したし、それを疑ったり思い出したりできないようにもしてある。彼が今日訪れるとしたら夜の出来事以外にはないだろう。夜のことを国側がどう受け止めているのかという情報は今のところ持っていない。ついでに今この男からそれを得るのもいいかもしれない。

 

「今日はどのようなご用向きで?」

 

 デミウルゴスがそう水を向けるとヘーウィッシュは申し訳なさそうな顔をしながらも悪辣な笑みを浮かべて慇懃に答えた。

 

「うむ。実はな、昨日言った金額であるが計算ミスをしていたようである。正しくは金貨八百枚であった。申し訳なく思うが、即金で今すぐに貰わねば我々としても君たちを捕えなくてはならない状態となる」

 

 デミウルゴスは失望という言葉でも足りないくらいには、失望した。デミウルゴスという存在はアライメントの割に人間種に対して好意的であるといえる。彼らを塵芥だとか餌程度にしか見ていない異形種が多いナザリックにおいて彼は上から数えたほうが早い程には人間に対して好意的なのだ。

それは人間種が彼の玩具足りうる程度には面白い(・・・)からであるのだが、今この瞬間に限って言えばデミウルゴスの人間種への対応はアライメント通りのモノであろう。

 

「……なるほど。ちなみに、内約をお聞かせ願えますかな?」

 

「内約? 君にそれを気にする暇などないと思うがね。急がないと警備隊が来てしまうぞ?」

 

 ヘーウィッシュの表情は上位者のそれであり、自分が上で相手が下であるということを疑っていなかった。ニヤニヤと笑うヘーウィッシュはついに続く言葉を言ってしまった。

 

「即金が無理であれば、君たちのご主人を働かせても――」

 

 ヘーウィッシュが言葉を詰まらせたのは本能がその動きを止めたからだった。おぞましい。生物の根幹から震え上がらせるような恐怖。それは目の前の男が放つ異様な雰囲気が原因であり、それが一般的に殺気と呼ばれるものであることをヘーウィッシュは知らない。

 

 ヘーウィッシュがこの屋敷にまた来たのは当然金額の計算漏れなんてことではない。昨日この家の連中からがっぽりと金を巻き上げたはずであるのだが、家に帰るといつの間にかため込んでいた金が減っていた。得た金で今回の依頼主の娼館にでもお世話になろうかと考えていた矢先であっただけにその怒りはおさまりがつかない。その発散と実益を兼ねて今日もまたここへとやってきたのである。

どうせバラされてまずいのはこいつらである。絞れるだけ絞ってやろうと考え、実行するのは正当な権利であるとヘーウィッシュは考えていた。

 

 しかしなんだ、この雰囲気は。まるで自分が下であるかのようではないか。その事実に気が付いた瞬間に憤慨したヘーウィッシュは自身が感じた恐怖だとかそういった感情をねじ伏せて目の前の男を怒鳴りつけた。

 

「き、君たちの主人を早く連れてきたまえ! 一使用人ごときと話し合っていてもらちが明かない!」

 

 そう言えば目の前の男はヘコヘコと頭を下げるに違いないとヘーウィッシュは確信していた。しかし、そうはならなかったのだ。

 

「……はい。申し訳ありませんこのようなことでお時間を取らせてしまって。はい、了解いたしました。では、またお時間になりましたら連絡申し上げます。……なるほど、流石は――」

 

「――貴さm」

 

 自分を無視するのかと激昂しようとしたヘーウィッシュの口は目の前の男の手でガッチリと掴まれて何も言うことができなくなってしまった。ヘーウィッシュは必死にその手をどかせようと足掻くが、びくともしない。ギリギリと強くなっていく締め付けに涙目になりながらバタバタとあがく。

 

 目の前の存在がヘーウィッシュに意識を向けたのはそれから五分ほど経過したからである。その眼は下だとか上だとかそう言った物として見ていることもない。だが優しげであるように思えた。

 

「ああ、君、安心したまえ。おそらく君が生きているうちで最も益のあることができるようになる。そこで生きていくことは君という存在が少しでも至高の御方の役に立つために必要なことだから、健やかにすごして下さいね」

 

 ヘーウィッシュの意識が暗転する。次に彼が目を覚ました時。彼は自由に動くことができなくなっていた。

肘や膝が曲げられたままの状態で固定されているようで自然と獣のような姿勢でいることを余儀なくされる。しかも全裸である。その上、口は円状の何かがはめ込まれているようでうまく言葉を話すことができない。必死に首を振ってあたりを見回すと、そこは狭い小屋のようだった。

 

 いや、小屋というには狭い。ヘーウィッシュがギリギリ寝転がれる程度の広さしかない。それに屋根というか、高さも低い。立ち上がることはできないくらいの低さだろう。光は正面にある扉の小窓から差し込むわずかなもののみであり、それも大きなものではないので全体的には薄暗いと言えるだろう。

 

 荒くなる息と動悸。怒りで頭に血が上る。なんなのだこれは。ヘーウィッシュには自分がこのような状態にあるなど理解不能であった。叫ぼうにも、人を呼ぼうにも漏れ出るのは意味不明の音のみである。悪態もつけない状況に怒りは鎮まることはないがその熱量は下がっていく。するとどうだろう。ヘーウィッシュは自分以外にも誰かの声らしきものが聞こえることに気が付いた。

 

「! おおい(おーい)! おえあほほあー(俺はここだー)! ほほははははひへふへー(ここから出してくれー)!」

 

 しかしその声に応えるものは誰もいない。ヘーウィッシュの怒りのボルテージが上がっていき、呼びかける間隔も短くなり、言葉遣いも荒くなる。

 

おいっ(おいっ)! おえはおうほふほふんはいひはほ(俺は王国の巡回使だぞ!)! ひははは(貴様ら)ほほほへひほんははへひへ(この俺にこんな真似して)ははへふーほほほっへひふほは(ただですむと思っているのか)!」

 

 普段であればそこいらの平民が我先にと自分に近寄ってきて不愉快な思いをさせまいとするはずであるのだが、今日に限ってはそうではなかった。いや、この状況を考えればそれは想定の範囲であるかもしれないがヘーウィッシュは怒りによってその考えに至ることはなかった。

 

 今ここで騒ぐということが一体どのような結果を招くのかを彼は知らなかったのだ。

 

 ガチャガチャと扉から金属の擦れる音がする。それはヘーウィッシュに鍵を開けている、あるいは扉を開けていることを想像させるには十分だった。扉は軋むこともなくスッと開く。こんな状況の説明と謝罪を要求しようかとするヘーウィッシュであるが、四つん這いの状態であることと、先ほどまでの薄暗い光に目が慣れていたこともあって扉から差し込む光がまぶしいこともあってどこのどいつが扉を開けたのかということがわからない。

 

 そうしているうちに奇妙なことにヘーウィッシュは気が付くだろう。先ほどまで聞こえていた自分以外の誰かの声が全くと言っていいほど聞こえなくなっていた。聞こえるのは押し殺したような息遣い程度のものであり、それ以外は意図的に出さないようにしているようだということが感じ取れた。

 

 “何故だ?”という疑問はわかなかった。そんなことを感じるより何よりもさっさとこの狭い家畜小屋のような場所から出せとヘーウィッシュは思っていた。

 

 やがて、やけに大きな手が扉から差し込まれる。その手は力強くヘーウィッシュの平均よりかなり太い腹を両脇からつかんで持ち上げる。

 

ひはい(痛い)! ひはい(痛い)!」

 

 当然、全体重が手との接点にかかることとなり皮が引っ張られて鮮烈な痛みが走ることとなる。涙がにじむがそれよりもやはりヘーウィッシュを突き動かすのは怒りである。憤怒と言ってもいいそれは彼が生まれてから一度たりとも超えたことがない上限を突破しているといってもいい。絶対に、絶対に許さない。どれだけの屈辱と苦痛を感じたことだろう。この首謀者には同じことを百倍にしたって許せるかはわからない。

 

 扉から引っ張り出されたヘーウィッシュはそこが粗末なテントのようなものの中であるということに気が付いた。そこにいくつもの木箱のようなものが並び、自分も今まではその中にいたのだ。これではまるで畜生の扱いではないか。こんな屈辱は初めてだ。自分はその木箱から取り出された後は肩に担がれている。

 

 文句を言おうと、自分を抱える者に目を向けた。

 

 それは全身に紫色の血管が浮かび上がった大男であるようだった。見ていて不安になるほどに長い腕とそれに付随する見たこともないような量の筋肉。顔だとかそういった皮膚の露出しているだろう部分は何かの皮を無理やりに被っているといったほうがいいような感じにみっちりと全身を覆い、先ほどの血管はそれでも抑えられない何かが隆起しているかのようである。

腰からは歩くたびに何か金属のぶつかる音が聞こえる。ちらりと見えるそれは赤黒い何かがこびりついた道具のように見えた。それは大工だとか料理人が使うような器具のようである。なぜそんなものをこいつは腰につけているんだ?

 

 やがて、テントから外に出る。外は快晴であった。しかしそれよりなにより、ヘーウィッシュは驚愕に目を見開いた。周囲を歩くのはモンスターばかりであったのだ。虫が二足歩行しているようなものだとか、この世に非ざる悪魔のような存在など様々であるが、それらは一まとめにモンスターと言って差し支えないだろう。

 

 やがて新しいテントに近づく。近づくにつれて嫌でも聞こえてくる。人の絶叫だ。ヘーウィッシュは王都の娼館で何度かこのような悲鳴を聞いたことがあったが、それよりも数段、その悲鳴は必死さだとか懸命さがあるように思えた。

その声は老若男女関係なく聞こえる。これは自分へのもてなしだろうかなんて言う考えもふと浮かんだが、だとしたらなぜこのように不自由な格好であるのだという思いが首をもたげる。

 

 さっさとこの拘束具だとかを外せと暴れるが、自分を抱えるこの大男はまるでびくともしない。

 

 ヘーウィッシュの頭に嫌な考えがよぎる。まさかとは思うが、この大男も先ほどテントの外にいたモンスターと同類であるのではないだろうか。

 

 ありえない。その愚かな考えをヘーウィッシュは切り捨てる。モンスターであれば人間をわざわざ生かしてとらえるだなんてことはしないだろう。ましてや、テントを立てたりあのような木箱を作るなど文化的な行動ができるとも思えない。

 

 テントに入る。そこは嫌なにおいがした。

 

 血の匂いだ。ヘーウィッシュは何度も嗅いだことのある匂いだ。しかし、あまりにも濃い。血の海の中にいるのではないかと思うほどにその匂いは染みついている。そしてそこで行われているあまりにも凄惨な光景をヘーウィッシュは直接見てしまった。

 

 自分を抱えている大男と全く同じ見た目をしている(・・・・・・・・・・・・)大男が、台座の上にいる自分と全く同じ格好をしている(・・・・・・・・・・・・・・)固定された女の皮膚を見覚えのある器具を使って丁寧に剥がしている。

 

「……()おい(おい)ははは(まさか)ほへほっ(これをっ)ほえひはふはへははいほは(俺にやるわけないよな)

 

 空いている台座にゆっくりとした足取りで近づいていく。その足取りは一定である。ヘーウィッシュには近づいてくる台座が死刑台と同じであるように思えた。

 

()ひはは(嫌だ)!」

 

 ヘーウィッシュは力の限り暴れるがやはりまるでびくともしない。台座に先ほどの女と同じように固定される。まずは何か筆記用具のようなもので自分にマークを付けているようである。それは見る人が見れば効率よく解体するための線引きであるということがわかるだろう。

 

 それも終わったのか大男は腰にさしてある刃物を取出し、台座の脇に置いてある砥石でシャコシャコと刃を研ぐ。ヘーウィッシュはそれを見るしかなかった。シャッシャと音が鳴る。周りではそれ以上の悲鳴だとかの人の声があるはずだが、刃を研ぐ音以外は次第に耳から離れていく。刃物を研ぎ終わったのか、確かめるように眺めた大男は頷くと、ヘーウィッシュの右脇に立った。

 

 グっと背中が抑えられる。

 

「ひゃ、はゃへ」

 

 熱い。背中のまっすぐな骨に沿って鋭い痛みが走った。

 

 ヘーウィッシュという男の皮がちゃんとスクロールの役割を果たすことができたのかどうか。彼はどれだけの期間生きることができたのか。わかりはしない。

 

 リ・エスティーゼ王国では、彼は王都で起きた多くの人が死んだ事件。それに巻き込まれたものとして取り扱われている。




オイラはハデスマン!

無駄な設定
デミウルゴス牧場
・ナザリックでおそらく一番仕事してる上に有能だろうデミえもんの経営する完璧で幸福な牧場です。
・そこにいる生命は全てが完璧で幸福です。
・そこに勤めるデミウルゴスの配下達も完璧な仕事を幸福にこなし、そこで管理される家畜もまた完璧で幸福であるように努めています。
・誰もが幸福であることは全て、偉大であり完璧であり究極な支配者である至高の御方によってもたらされています。
・なので今までが完璧で幸福でなくともそこに行くことでそれらの諸問題はすべて完璧に解決することでしょう。

・将来的にこの場所はパラノイア的であるとする


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十五話

 運の良し悪しというのは非常に判断の難しいものである。運良くキャンセルができて飛行機に乗れた者と、運悪く搭乗時間に間に合わなかった者。しかしその後、飛行機が墜落したとしたら運の良し悪しは変わってくるだろう。

 

 そういった意味で言うと、彼らはこの時点では運が良かったといってもいいだろう。彼らの今日の仕事は人攫いである。

 

 王都に巣食う犯罪組織である八本指の警備部門に六腕という集団がある。それぞれがアダマンタイト級冒険者にも匹敵する戦闘力を有するといわれている彼らは当然最強である。だからこそ巨大な犯罪組織の中で暴力という部門のトップに立つことができるし、他の連中も警備として彼らに安心を覚えるのだ。

 

 その六腕の一人が敗北するということの意味。それは彼らの存在意義が根本から疑われてしまうということに他ならないのだ。強さの証明は敗北によって否定されてしまう。だからこそ、その原因の排除に動くのは当然なのだ。

 

 その男達はその原因になった女を攫ってくるように指示され、実際に対象の屋敷に来た。鍵も平凡なものだったので手慣れた様子で開けることができる。そうして侵入した屋敷の中は雑多なものがいくつかある程度で人はいない。

何もありませんでしたと帰るわけにはいかない。そうしたら彼らも悲惨な結末を迎えることとなってしまう。

 

「おい、いねえぞどうすんだ」

 

 仲間の一人がそう言う。そんなことはここにいる誰だってわかっていた。馬鹿がという文句は胸の裡にとどめて、次善の案をとる。

 

「人攫いはあくまで手段だ。重要なのはその爺をおびき寄せるってことだろう? なにか重要そうなものだとか、そういうのでも代用になるんじゃないか?」

 

「……それもそうか。これだけ探していないってことは女は別のとこにいるのかもな。とりあえず家にあるものは全部頂いちまおうか」

 

 そういって男達は作業に戻る。家具だとか、書類だとかそういうものを運び出す。書類は彼らにとって馴染み無い言語で書かれているので必要かどうか不明ではあったが何もかもすべてを彼らは運び出した。

 

 運良く、屋敷の住人は誰も帰って来ない。彼らは見事にすべての物を運び出すことができた。

 

 彼らは本当に運が良かった。八本指のアジトに帰った後、それほど苦しむこともなく死ぬことができたのだから。

 

 

 

 そこに集まったのは過剰な戦力といってもいいだろう。デミウルゴス、シャルティア、マーレ、エントマ、ソリュシャンにデミウルゴス配下の高位のシモベ。これらを自由に使って行える知的な遊戯にデミウルゴスは胸を躍らせるとともに気を引き締めた。もちろん楽しくはあってもいい。だが失敗は許されない。完璧にこなさなくてはいけない。

 

 デミウルゴスが順調に進めてきていたその計画を伝える。一応その前に注意事項などを伝えた後に今回は全権を自分が握ることを各守護者に伝達し、その了承も得た。

 

「今夜行われる計画は大きく分けて二つの段階が存在する。第一段階は八本指という連中の拠点をすべて制圧もしくは破壊することだ。その際に八本指のトップと思しき連中をできるだけ捕縛する」

 

 デミウルゴスの計画に対して何か異議を唱える者はいない。それぞれの様子を見て、何も意見はないとわかるとデミウルゴスは詳細な話をする。

 

「君の呼び出された場所に屋敷に置いてあった家財一式がすべてある、と残されたメモには書いてあったがそれが真実かどうかはわからない。おそらく君を呼び出すための罠であることを考えればあの屋敷の物は別の場所に保管されている可能性は高いだろう。

だが、セバス、君にはそこに行ってほしいのだよ」

 

 デミウルゴスの計画にセバスは頷いた。そこに何かの蟠りはないように思える。

 

「はっきり言ってしまえば屋敷に置いてあったものなんて言うのはたいして価値があるというものでもない。だからまあ、君に明かすことはできないがこれから行われる第二段階のついでに(・・・・)それらは探すから君は君の任務を優先してほしい。

君の任務は、君が呼び出された場所にいるだろう犯罪組織の連中を捕えることだ。下っ端はどうでもいいから地位の高いものを捕えてほしい。捕縛した連中はソリュシャンに渡してあるアイテムを使ってニューロニストのところに送ってくれ。君はそのままナザリックに帰還する。

君の任務は以上だ。何か質問はあるかね」

 

「ありません。それでは、ご武運を」

 

 セバスのみが部屋から出ていく。ソリュシャンは残り、その後の話を聞く。音を立てないように扉が閉まり、さてと前置きをしてからデミウルゴスは話し始めた。

 

「シリュシャン、実を言うと盗まれた家財類は囮だ。彼らが盗んだ物資だとか集めた書類などの集積場を探るために盗ませた。その場所を探すための巻物(スクロール)は用意してあるのでセバスと別れた後君はそこに行って物資を回収してほしい」

 

「かしこまりました」

 

 その直後、デミウルゴスに影の悪魔(シャドウ・デーモン)が寄ってきて耳打ちする。

 

「……ふむ、そうか。急な話で悪いけど、マーレはエントマと一緒に拠点の制圧を頼む。やることはセバスと一緒だ。地位の高いものを捕縛して、物資の回収。いいね?」

 

 はいと帰ってくる二重の声に満足そうに頷くデミウルゴスに、シャルティアは期待の視線を向けた。

 

「わらわは?」

 

「君の出番は第二段階から。それまでは私と一緒に遊軍として待機だ」

 

「つまりは切り札というやつでありんすね!」

 

 にこやかなシャルティアにデミウルゴスはそうだねというやさしい言葉しか伝えられなかった。

いよいよ第二段階の話である。シャルティアだけでなく自身の配下にも言い含めるように計画を伝える。

 

「第二段階ではいくつかのアイテムやスキルを使用する。それによって王都から出られないようにする。この作戦の目的は大規模な物資の回収。シャルティアはそれらの物資をすべてナザリックに転移門(ゲート)を使って運ぶこと」

 

「ん? それだけでありんすか?」

 

「……重要な仕事で君以外にはできない事だ」

 

 目に見えてむくれるシャルティアであるが、デミウルゴスの続けて放たれる言葉にそうもしていられなくなる。

 

「さらに言えば、この作戦でもう一つ、我々に課せられた作戦がある」

 

「そ、それは何ですか?」

 

「これはアインズ様のご提案された計画だ」

 

 その前置きに今まで以上に身を引き締めて聞く。シャルティアも先ほどまでの様子はなく、真剣そのものであった。

 

「財貨を一か所に集める。その場所からナザリックに転移門(ゲート)を使って物を運ぶのは最後にせよとのことだ」

 

「拝命しんす。……デミウルゴス、わらわにはなんでその計画をするのかわかりんせんけど、一体それにはどういった意図がありんすか?」

 

「す、すいません、ぼくもわからないんですけど、デミウルゴスさんはわかりますか?」

 

 二人の疑問はもっともだと思いデミウルゴスは頷く。この作戦の意図を理解するにはとても重要な一つの情報がある。それを知らないのだから仕方がないだろう。

 

「ああ。実は、数か月前。この王都にはキャプテン・スワリューシ様がいらっしゃった」

 

 その言葉から始まるデミウルゴスの話は彼らのやる気をより一層強めることとなった。

 

 

 

 戦況はかろうじて拮抗しているように見える。しかし現実はそうではない。じわじわと、削られようにこちらが不利になっていく。ガガーランがその判断を下すのはかなり早かった。最悪、この目の前の存在が言うとおりに自分を捕食している間にでもティアだけでも逃がしてやりたいと思っていた。しかし彼女はモンスターの起こした爆発によって戦闘をできるような状態にない。

 

 ガガーランが襲撃する予定だった八本指の拠点に行くとそこにいたのはモンスターだった。それも、この王都を単体で滅ぼせるのではないかというほどの戦闘力を持ったモンスターだ。かわいらしい見た目をしているが、その存在は強大だ。人を食べるという残虐性。その口ぶりからは今まで何人もの人を食し、それらに好みまであるというグルメな様子だ。

 

 この存在を放っておいた場合、どれだけの被害が出るのだろう。このままこうしていても不利であるがガガーランには希望があった。それは同じチームの仲間だ。彼女たちが来ればこいつは倒せるだろうという予感もあった。

 

 10mはあろうかという長い蟲に拘束されていたガガーランの希望はわりと早くにやってきた。自分はあと少しで食物になるところを水晶の槍によって救われたのだ。その方向を見ると空中から降りてくる自分の仲間がいる。

 

 イビルアイの魔法によってガガーランはその拘束から解放され、傷ついたティアのもとへと急ぎ治療をする。ポーションによってゆっくりとだが回復するティアはひとまず放っておき、戦っているイビルアイに加勢をしようと武器を構えたその時である。

 

「あー、少し良いか?」

 

 およそ戦場に似つかわしくない声がした。気の抜けたような真剣みのないそれはどこまでも無責任であり適当である。命のやり取りをする戦士の場所に相応しくないそれに対する不愉快な気分を押さえつけて声の主を探すと近くである。

 

 その男は見慣れない格好をしていた。丸っこい帽子のようなものは見慣れない。服装もひらひらとしていて、いまいちその出身地がわからない。その服装からわかることは王国近辺の出では無いだろうということぐらいだろう。彼の持っている杖のようなものは宗教的なものだろうか。その身に着けてある装備は高価に思えるが、彼自身の戦闘力のようなものはわからなかった。

 

 ゆったりとした歩みは自信に満ちていて、その出自が高貴なものなのではないかと察することができるがその高貴さも人を食ったような慇懃無礼な声や所作で嫌味にしか思えなかった。

 

「……なんだ貴様は」

 

 イビルアイがそう言うと眦を下げて上から目線というか、自明の理をわざわざ話すことが苦痛であるかのような雰囲気で話し出す。

 

「ああ、やはりマナーがなっていないのだな。貴様たちは二人で一人を相手にしていたな? そこに加勢が来て、三人で一人を攻撃するという構図になった。これを貴様たちはよもすれば戦術だなんだというのかもしれないが、見ていた私からすればそれは卑怯以外の何でもない」

 

「……何を言っているんだ貴様は。こいつは、モンスターだぞ」

 

 ガガーランも理解ができなかった。彼の言っていることは正論ではある。しかしその正論というルールに明確に適用外である目の前の化け物を擁護する目の前の彼はおかしいとしか考えることができなかった。

 

「ああ、そうだな。そうだ。モンスター。異形種。そうだな。その通りだ。だから狩る。ボーナススコアみたいに。複数で一人を攻撃したって良い。モンスターだから」

 

 彼の様子を元からおかしいと考えていた彼女たちはそれに気が付くことができなかった。彼の様子の変化は彼女たちからすれば無いも同然であったが、その差を明確に感じることができたのはモンスターたるエントマだけだった。

 

「ああそうだ。だから邪魔をするな」

 

 その一言をイビルアイが言った次の瞬間である。

 

 身も凍るような、という表現がある。ガガーランは今までの長い冒険者生活の中でどれほど強大な敵と相対した時であっても高揚を感じるか覚悟を決めるのみであった。自身の四肢がなくなるかもしれない。殺されるかもしれない。どんな状況でも恐怖することはなかった。だから、彼女は身も凍るような思いをしたことはなかったのである。

 

 だからガガーランは最初、自分の思考の意味がわからなかった。

思い出したのは遠い子供のころの記憶。母や父、幼いころにかわいがってくれた大人達。今までに出会った気のいい連中。閨を共にした連中。そういった今までの人生の輝かしい、明るいものを自然と想起していたのだ。

 

 それが、あまりにも冷たく厳しい今から目を背けるための逃避であるということに気が付くことも対抗することもできずに意識を手放した。

 

 ティアはなまじそういった方向への対策ができていただけに意識を失うこともできずに真正面からそれを受け止めた。自然と体が震える。動きが鈍くなる。恐怖で動けないという状況は正直に言って信じられない。昔所属していた組織でその方面での対戦は完璧だと思っていただけにその衝撃たるや相当なものだった。

彼女は結果、意識を手放すこともできずにその原因から目が離せなくなる。下手に動くこともままならない。

その変化を彼女は欠片とも逃すことなく全て見ることとなった。足元から立ち上る赤い煙は彼を包んだかと思えばそれは現れた。渦巻く煙が立ち上るよりも大きいそれを先程まで自分たちの目の前にいた人物と結びつけることは容易だった。太く大きい体に相応の腕を組み、怒りの形相を浮かべたそれは彼女の知っている言葉であればかつて十三英雄が戦った“魔神”というものがそれに近い。

 

 イビルアイはすぐに察した。これは勝てない。歯が立つだとか一矢報いるだとかそういった全てが無駄である。仮面の下ではうっすらと涙すら浮かんでいた。

どうにか自分以外の二人だけでも逃がそうと横目に見るが、彼女たちは身動きができる様子はない。これでは時間を稼いでも無意味だろうか。

そんな考えが頭の片隅にあったが、イビルアイはいやと思考が切り替わった。それでも、彼女はここで何もしないで仲間を見殺しにすることはできなかった。それは嫌だと思うことができた。

 

 彼女の勇気は尊く、その在り方は美しい。その行動は普段のイビルアイから感じることができない熱量のようなものがあった。

 

「おや? これはこれは何とも……なるほど。御方はまさしく未来を見れるといってもよいのかもしれません」

 

 だが現実は尊くても美しくても厳しい。熱があろうとなかろうと動かないものがあった。

 

 追加された絶望。仮面をつけたその存在は人の形を保っていたが、明らかに先ほど変容した存在と同じだけの力を持ち、それを隠そうとしていなかった。

三対三という数の上での互角と質としての不均衡。もはやイビルアイが何かできるような状況ではなかった。イビルアイはそれが信じられなかった。まさか目の前の存在に匹敵するようなものがもう一体いるだなんて誰が想像できるだろうか。

 

 誰か助けて。そんな情けない縋る言葉が出そうになる。喉の手前で引っ込んだそれは紛れもない本心である。だが、現実としてそんなものはないとイビルアイは二百五十年の人生で学んでいた。

自分より強い存在というのは数えるほどしかいない。そんな数えるほどの中で目の前の存在に対抗できるものもまた限られる。そんな連中が運よくこの場に現れるなんてことはあり得ない。

 

 冷静な思考がはじき出したそれは本心の望むものでない。だがそれが現実だ。イビルアイは叫びそうな声を噛み殺して必死に現状の打開を練る。

 

 現在は目の前で二体の化け物が何事かを話し合っている。最初に戦っていたモンスターは仮面の男が何かを言った後にどこかへと行ってしまった。戦力が減ったと考えることはできない。敵の中で唯一倒せる可能性のあった存在。つまりはそれを人質として使える可能性が喪失したのだから、有利ではなく不利になったのだ。

 

 何か、何かこの状況を好転させられる要素はないか。そうイビルアイが考えているとそれは唐突にやってきた。

 

 落ちてきたと言ったほうがいいその勢いは目にも止まらぬといった速さだった。つまりはそれだけの高さから落ちてきたはずである。イビルアイは最初それを瓦礫か何かが降ってきたのだと感じたほどである。

 

 土煙の中から現れた黒いそれは何でもないように立ち上がり、真紅のマントを靡かせながら身の丈ほどもある剣を二つ抜刀したかと思えばそれぞれをこちらと敵側に向けている。剣が月明かりを反射して輝く。

その様相はまさに伝え聞く漆黒の英雄のそのままであり、彼女の脳は今までにないくらいに歓喜に震えていた。

 

「うん? 私の敵はどちらなのかな?」

 

 イビルアイはその問いかけに食いつくように叫んだ。



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