泡狐竜と少女 (佐渡山 創)
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はじめに:登場人物紹介 

※注意 物語のネタバレを含む所があるかと思いますが悪しからず。


ナギ

 

容姿:整った顔立ちで、物腰柔らかそうな青年。薄い銀色の髪を、防具の都合上常に後ろに纏めあげている。

武器:たまのをの絶刀の斬振

防具:ミツネsシリ―ズ

使用スタイル:ブシドースタイル

 

龍歴院に所属する上位ハンターで、太刀を使っている。物語が始まる2ヶ月前に骸龍オストガロアの討伐を達成し、現在はユクモ村の常駐ハンターという扱いになっている。面倒見の良い性格で、他人の悩みに対しては真摯に向き合ったり、相談では始めは苦い顔をしても結局親身になって考えたりする事も。

ハンター業に関してはブシドースタイルを使いこなし、相手の特徴を捉え対策を練る、考えてから行動するタイプ。

モンスターに対して礼儀を重んじ、討伐後の亡骸には毎回黙祷を捧げている。

 

 

タマモ

 

容姿:妖艶な深紫色の髪をサイドテールに纏め、凛とした雰囲気を漂わせている。

武器:つるぎたち研刃の切耶

防具:ミツネsシリ―ズ

使用スタイル:ギルドスタイル

 

とある出来事がきっかけで人間になってしまった、元タマミツネの少女。しっかりした性格で、真面目な喋り方だが少し抜けている所もある。

自分がモンスターだった時の知識と経験を生かしてナギと同じ上位ハンターになり、生活を共にする。狩りではギルドスタイルを扱い、絶妙な間合いを保ち、隙を見て斬り込む戦法を取っている。

ユクモ村やそこで生活する人々に尊敬の念を持っていて、自分も人間として生活する事を喜ばしく思っている。

ナギに邂逅した当初は警戒していたが、徐々に心を開いていく。

 

 

イジス

 

容姿:大柄で体格が良く、笑顔が映える健康優良超人。

武器:極星銃槍ストリゲーツ

防具:ガム―トsシリ―ズ

使用スタイル:エリアルスタイル

 

ナギの友人で上位のハンター。明るくおおらかな性格で、誰にでも親しく接してすぐに打ち解けられるが天然な面もある。

ガンランスの腕前は確かで、意外と狩りの最中でも機転を利かす事ができ、乗りを狙って強烈な砲撃を叩き込む戦法を得意とする。

 

 

エメル

 

容姿:ナギ達より頭一つ分ぐらい身長が低く、それに見合って体格も小柄。髪型は先が少しカールした翠のセミロング。

武器:歴曜剣クレテシア

防具:龍歴士シリ―ズ

使用スタイル:ストライカースタイル

 

龍歴院の研究者でありハンターで、龍歴士シリーズという一点物の装備を愛用している。間延びした喋り方をし、それが示すようにマイペースな性格。村や狩場でもナギ達を振り回していたりするがハンターとしての腕前はかなり高く、狩りの際には狩技を使い分け、スタンを取ったりするなどサポートも行っている。モンスターの気配を敏感に察知できる体質らしい。

小柄な体格に似合わずよく食べる。

 



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少女との出会い編
狩猟の準備は怠るべからず


モンスターハンターを軸に物語を一本作ってみました。
最後まで楽しんで頂けたなら嬉しいです。


ユクモ村の朝は早い。まだ眠気が抜けず目が半開きのまま、ゆっくりと体を起こした。

 

「んん~…あ?もう日が昇ってる…」

 

少し気だるげな口調で呟いた青年、ナギ。だるそうなのは断じて元からの性格ではない。

水瓶に張ってある冷水で顔を濡らすと、幾分シャキっと目も覚める。だんだん思考が明瞭になって行き、本日のやるべき事を思い出した。

 

「いっけね、今日は泡狐竜の捕獲依頼があったんだった」

 

慌てて外に飛び出すナギ。このユクモ村に常駐して、二ヶ月が経とうとしていた。

 

 

二ヶ月前、ナギは竜歴院所属のハンターとして正体不明の謎の龍「オストガロア」を討伐し、その名を竜歴院の管轄に轟かせた。

もちろんそれはユクモ村も例外ではなく、訪れるやいなや食えや歌えやの大宴会が始まった。ちなみにその時の記憶をナギはあんまり覚えていない。商人や村人に大量の果実酒を勧められた後、気付いたらベッドの上にいたという次第だ。

そんな二ヶ月前の追憶に浸りながら、一路村長の元を目指す。村長は今日も紅い毛氈(もうせん)の引かれた長椅子に座り、優雅に茶を飲んでいた。

 

「おはようございます。村長。」

「あらナギさん、おはようございます。まだ眠そうですわね。一杯お茶でもいかがです?」

「わざわざありがとうございます……げほっ!?」

 

ナギは勧められたお茶を口に含む。が、次の瞬間、思いっきりむせ返った。忘れていたが、このお茶の味は今でも慣れない。緑色のドロッとした物が入っていて、始めて見たときは薬草を煮込んだのかと思ったものだ。

 

「あらあら、ふふふ…」

「…いや、笑わないで下さい。それより、昨日相談した依頼はどうなりました?」

「それなら、受付嬢のコノハさんに話を通しておきましたわ。」

「そうですか、ありがとうございます。」

 

そう言ってナギは足早に村長の元を去り、受付嬢に依頼の事を伝える。

 

「えーっと、こちらの依頼ですね。タマミツネの捕獲になります。」

依頼は正式に通っており、書類を提示してきた。それに自身の名前を記入。印を押し、これで正式に依頼の受理は完了。

 

「よーっし、後は装備を整えるだけだな」

 

と自宅に戻り、装備BOXから愛用のミツネsシリーズを取り出す。

泡狐竜の素材をふんだんに使いこしらえられたそれは、泡立つ上滑液によって紫色に染め上げられている。

一式防具を着込んだ後、これまた愛用の太刀「たまのをの絶刀の斬振」を担ぎ、腰に結びつけた。

その他にもアイテムの常備も忘れない。こうして諸々の作業を終えたナギは、「準備完了」と呟き渓流へと向かった。

 

この後、予想だにしない事が起こると知らずに。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

渓流へ着いたのは夕方だった。昼過ぎにユクモ村を出発したが、いくら近いと言えど到着に半日はかかるのでこんな時間となった。

まぁ目的地は夜の渓流なので、ここまでは予定通りだ。

 

「ちょっと早いけど、探索始めるかな。」

 

ナギは誰に話しかけるでもなくそう呟くと、ベースキャンプを出発した。

 

 

 

 

エリア2に着くと、辺りはもう夜の帳が下りて暗くなっていた。しかし月明かりに照らされ周りは明るく、ジャギィが何頭かうろついているだけだ。

 

「ん~やっぱり居ないよな。次行くか…」

 

エリア2からエリア4へと続く坂を下る。

エリア4に入った瞬間、空気が一変した。

 

「…ここにいるな」

 

声を潜め呟く。ハンターならだれしもが持っている直勘がモンスターの存在を告げる。狩りの前独特の緊張した空気が流れ始め、獲物は侵入者に勘付きゆっくりと振り向いた。

 

泡狐竜タマミツネ。そう呼称される海竜種のモンスター。全身を紫色の毛と桃色の鱗で覆い、頭部には蘭の花弁の如くヒレが伸びる。その姿は花魁を彷彿とさせ、えも知れぬ柔らかい威圧感を放っていた。

しかしそんな威圧に怯えている場合ではない。コイツとはこの装備を作るべく何度も渡り合った、いわば因縁の相手なのだ。もう慣れている。

渇いた唇を湿らせ、ナギは冷静に一太刀目を振り下ろす。それを革切りに、泡狐竜の咆哮が木霊した。

 

「キエエアアアアアアアーーーーーッ!!」

 

や、やっぱうるせー!この防具には聴覚保護のスキルが付いておらず、ただ耳を塞ぐしかない。

咆哮にたじろいでいると、眼前から泡狐竜の姿が消えた。

 

「なっ!?」

 

違う、消えたのではない。泡狐竜はサマーソルトを浴びせようと、天高く舞い上がったのだ。

油断していたため、サマーソルトをモロに喰らって吹っ飛ばされた。

 

「痛ってぇ…容赦ねぇなっ!」

 

しかしこちらも負けてはいられない。背中のたまのをの絶刀の斬振を引き抜き、泡狐竜の後足に叩きつける。

会心の手応え。肉に刃が通り、紅い光芒がほとばしる。

 

「せいっ!」

 

そこから突き、上段斬り、切り下がりとコンボをつなげ練気を練っていく。

練気が溜まり、集中力と刃の切れ味が増す。

その時、泡狐竜はとぐろを巻き、口から水圧レーザーを繰り出した。

それを紙一重の所でジャスト回避し、一気に泡狐竜の元まで詰め寄る。ナギはブシドースタイルにしているため、ギリギリの回避ができるのだ。

 

(チャンス!)

 

それが予想外だったか、泡狐竜の動きが鈍くなる。

ジャスト回避、一文字斬りと繋げたその先は。

気刃無双斬りが炸裂し、刀身が白く、輝いた。

 

 

 

 

 

 



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予期せぬ出会い

ナギは苦戦していた。それも、泡狐竜の背ビレを狙い続けて部位破壊した所まではいいのだが、それが泡狐竜の逆鱗に触れ、怒涛の連続攻撃を許してしまったのだ。幸い、泡狐竜は疲労したらしく追撃はして来ず、隣のエリア5へ食事をしに移動。

しかしこちら側の疲労も激しく、すぐに追いかける気にはなれなかった。

 

 

とりあえず失ったスタミナを回復させるためにこんがり肉にかぶりつき、続いて回復薬グレートを飲み干す。そうすることで幾らか楽になり、再び狩る気も起こる。

 

「はぁ、まさかあそこまで追いつめられるとはな…油断してた」

 

自分がオストガロアを討伐して、心のどこかで舞い上がっていたのは確かだ。それが仇となり、ここまで追いつめられたのだ。

 

「今からは心して掛かるしかない。初心忘れるべからず、だな。」

 

そのことに気付かされてくれた泡狐竜に感謝すると同時に、心から相対しようと決めたのだった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

泡狐竜はまだエリア5におり、優雅に闊歩している。そこに背後から気付かれないように接近したが、やはり野生の勘には勝てず、先手を許してしまう。泡狐竜は泡と共に紫色の泡沫を撒き散らしながら猛スピードで突っ込んでくるが、その「チャンス」を逃すナギではない。

 

「同じ手は食らわないっ!」

 

ブシドースタイルは「ピンチをチャンスに変える」というスタイルだ。その分扱いが難しいにしろ、使いこなせた時の戦力も大きい。ナギはこれを駆使し、ここまで来たのだ。今更引くわけにもいかない。

 

「せいっっ!」

 

裂帛の気合いと共に気刃無双斬りを敢行し、練気のオーラを黄色まで引き上げる。それは泡狐竜の頭に見事ヒットし、切り裂かれたヒレの破片が飛び散った。

 

「よしっ!」

 

快哉を叫びながらも冷静に攻撃を続ける。そして何撃か与えた後、泡狐竜は苦しそうな声を上げ転倒した。

 

「ここで一気に決める!」

 

転倒した今がチャンス。さらに追いつめるべく、精神を集中させる。もちろん捕獲依頼なので、攻撃をほどほどに留めておく事も忘れない。

息を大きく吐き出し、たまのをの絶刀の斬振を構えて一歩下がる。

 

そして一気に精神を爆発させ、狩技・桜花気刃斬を繰り出す。紫色の刀身が月光を受けて煌めき、色が紅色に染まった。

 

泡狐竜を斬り抜くと、遅れて傷口が開いた。「ザクッ ザクッ」という音と共に一連の動作を終わらせる。

 

この一撃が効いたか、泡狐竜は足を引きずりながら隣のエリアへと移動し始めた。捕獲できる合図だ。

 

「よしっ、次のエリアで決着を着けるぞ…」

 

 

 

突入したエリア6では泡狐竜が苦しそうに立ち止まっていた。しかしこれも野生の常。少々心が痛むが、この際仕方ない。

対象から少し離れた所にシビレ罠を仕掛け、泡狐竜が近付いて来るのを待つ。

しかし狩りとは常に予想の斜め上を行くもので、泡狐竜は最期の余力を振り絞り突っ込んできた。

 

「うおおおおっ!?」

 

予想外の突進にまたも吹き飛ばされるナギ。しかし罠にはかかり、黄色の火花が泡狐竜を絡め捕えて離さない。

 

「やっべ、急がないとっ!」

 

ナギは罠にかかっている泡狐竜に急いで走り寄り、一心不乱に持ってきた捕獲用麻酔玉を全て投げつける。辺りに強い刺激臭がした霧が立ち込め、視界が覆われた。

 

「…っ!やったか!?」

 

刺激臭が消えるのを待ち、近寄る。これで依頼は達成だ、と安堵していたのも束の間、ある違和感に気が付いた。

捕獲されて眠っているはずの泡狐竜の巨大な体躯が見えない。霧がまだ残っていることもあり、余計に視界を悪くさせた。

思い切ってその現場に行ってみた。霧が晴れ、月光が照らし出した物とは。

 

電流が切れたシビレ罠の上で死んだ様に眠る、一糸纏わぬ少女の姿だった。

 

「・・・・・。え、ええええええええええっっっ!?!?」

 

夜の渓流エリア6、ナギの絶叫が木霊した。

 

 

 



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ハンターと少女

渓流のエリア6、先程まで相対していた泡狐竜が、突如人間と化した。

事実はこれだけ。しかし状況が飲み込めない。

目の前の少女の寝顔を黙って見つめているというのもアレなので、まずは声を掛けてみる。

 

「お~い、起きろよ~…」

 

大声、というよりは消え入りそうな声で、ましてや通じるかも分からない人間の言語だ。まぁ起きないだろう。

しかしそんな予想とは裏腹に、目の前の少女はゆっくりと体を起こした。寝起きらしいので今朝方のナギのように焦点の合わない目を動かし、あちらさんも状況認識を始めたようだ。

だが、自分と目が合った途端、急に後ずさる。思い切り後ろに重心を傾けたせいかナギとの距離はそんなに離れず、少女はその場で尻餅を付いた。

 

「なななななな、何だ貴様はぁ!?」

 

まぁそりゃ警戒されるでしょう。さっきまで命狙ってたんだから。それよりも元モンスターのくせにこちら側の言語が喋れるのはどういうことか。あまり深く触れない方が良さそうだ。

とりあえず怯えてる相手を落ち着かせるべく、背中のたまのをの絶刀の斬振を地面に置いてなだめる。

 

「大丈夫だよっ、もう狙ってないから!」

 

言葉の調子から自分もこの不可思議な状況に焦っているのが分かるが、そんな風になだめたせいか相手の疑いを更に深める。

 

「そんなはずがなかろう!貴様は本気で私を殺しにかかろうとしてたではないか!」

「いや、捕獲だから絶命はしないよっ!って、そうじゃなくて~…」

 

先程から何一つ相手の不安を和らげるような事ができていない。いくら冷静なハンターとはいえ、人間化したモンスターをなだめる術なぞ知るはずがないだろう。

しかしナギの真剣な眼を見て察したのか、少女は強張っていた顔の力を少し抜いた。

 

「……まだ信じがたいが、もう貴様に敵意はないのだろう?分かったから落ち着け。」

 

本来なだめる側なのに逆になだめられてしまった。かなり居心地が悪いが、まぁ結果オーライだろう。

ところで、ここまで言い合っていて服装の問題をすっかり忘れていた。あちらは特に気にしていないようだが、ナギは慌てて後ろを向いて持ってきていた防寒対策の毛布を投げつけるように渡す。ハンターたる者準備が肝心だ。

 

「まず話す前にこれ羽織ってっ!目のやり場に困るから…」

「私はこのままでも構わんが…何か変な物とかつけてないだろうな…?」

「付けてないから羽織ってよ。話ができないから…」

「むぅ、少し肌触りが…まぁいい。」

 

毛布貸されておいて触り心地が云々とは随分注文の多い奴だな、と思ったがコイツは元泡狐竜なので毛並に関しては人一倍うるさいのだろう。人ではなくモンスターだが。

 

「ここで話すのもアレだからとりあえずベースキャンプに行こう。付いてきて」

「貴様に従う筋合いはない」

 

と言いながらも距離を置いて付いてきているので、あちらも一人残される訳にはいかないのだろう。いきなり人間になって混乱しているだろうし。

こうして毛布を羽織った元泡狐竜の少女と、それを捕獲しようとしたハンターは、一路ベースキャンプへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

エリア6を抜け、ナギと少女はエリア2に居た。やはり変わらず何頭かジャギイがうろついている。足音を忍ばせ通り抜けようとするが、モンスターの感覚の鋭さには勝てず、1頭が気付きこちらに向かって吼え、他の仲間も同調するように吼えだした。

 

「ひゃっ!な、何だ貴様らはぁ!?」

 

それは自分ではなく全てあの少女に向いているらしかった。元が泡狐竜なのでジャギイ達も警戒してるのだろうが、少女も怯えており…

……怯えている?

 

「ちょっと待て、その理屈おかしくない!?」

 

本来大型モンスターの泡狐竜であるはずのあの少女が、ジャギイ如きに怯えるなどあり得ないだろうに。

ナギがたまのをの絶刀の斬振の刃を光らせると、ジャギイ達は委縮して巣穴に戻って行った。そして何故か件の少女も、

 

「ひ、ひゃあっ!」

 

と叫び涙目でエリア3へ一目散に走っていってしまった。しかしベースキャンプのあるエリア1方面とは真逆であり、慌てて呼び止める。

 

「ちょっ、そっち道違うってー!」

 

しかし時既に遅し。もう少女の姿は見えなくなっていたので、ナギは呼び戻すべくエリア3へと足を運んだ。

 

 

 

エリア3は所謂アイルーの巣だ。彼らも人間程ではないがそれなりに社会や物流があり、その集まりである巣に来るとたまにアイテムが拾えるとか拾えないとか…

しかし今はお宝探しをしている場合ではない。少女を見つけ出すべく辺りを見回すと、竹藪の影に隠れているモンスターの影…もとい人影に目が付く。たぶんあそこに居るのだろうと、ナギが近寄ってみると。

 

ンニャー、ニャア

 

「よしよし… あっ、ここにもいたか。」

 

ウニャ?

 

「かっ、可愛い…」

 

少女は、アイルーの中心に居座り、一匹ずつ撫でたり抱っこしたりしていた。そんな光景を見ているとこちらまで癒されてしまいそうだが、とりあえず声を掛ける。

 

「何してるんだ?」

「巣に持ち帰りたい…はぅ……なっ!?」

 

沈黙が、二人の間を満たした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「まさかアイルー好きだったとは…言ってくれりゃあ連れてったのに」

「うっ、うるさいうるさい!たまたま移動した先で見つけただけだ!」

 

ナギ達はエリア1の滝の前を歩きながらそんな会話をしていた。

確かにナギもアイルーは好きだ。あの愛くるしい顔と行動を見ているとぎゅっと抱きしめたくはなる。少女の気持ちは分からなくもない。

 

「ま、俺もアイルー好きだし、いいじゃん。」

「貴様と一緒にするな。私は魚でも持っていないかと思っただけだ。」

 

頑なに否定するらしい。素直じゃない奴だ。

などと思っているとじきにベースキャンプへと続く道が見えてきた。今度は迷ってもらっては困るので、ナギは少女に念を押す。

 

「いいか、ベースキャンプは右の道だからな?反対側行くと迷うぞ」

「言われなくとも分かっている。」

「なんで分かるんだよ?」

「右の方面から人間の生活している気配がする。まぁ拠点だろうとは思ったがな。」

「襲撃されなくて良かったよ…」

 

そう思い頭を抱える。もしベースキャンプの位置が分かっていたのなら、襲撃されないのは単なる運だったのだろうか。

 

「ま、この際どうでもいいか…」

 

ナギは何故か重い体を引きずりながら、愛しのベースキャンプへ帰ってきたのだと実感したのだった。

 

 

 

到着したベースキャンプは狩りに出る前と何一つ変わっていない。先程予想だにしない出来事があったせいか、妙に懐かしく感じた。

その出来事の中心である少女が支給品BOXの傍で辺りを見回して立っている。ベースキャンプはモンスターに襲撃されにくい所に設けられるので、元モンスターの彼女にとっては初めて見る光景だろう。

そのまま放ったらかしにしておく訳にもいかず、ベッドの脇に置いてあった荷袋から携帯食料を取り出し、少女に投げて渡す。

 

「ほら。腹減ってるだろうしまずはそれ食べて。」

「何だいきなり。まあ、いただきます…」

 

ベースキャンプに来るまでの道程である程度危害を加えるつもりはないと分かってくれたようだが、それでも疑いの念は抜けないらしく時折こちらを見ながら携帯食料を食べている。

 

まぁこっちも聞きたいことは山ほどあるし、元がモンスターなのだ。いつ襲ってくるとも限らないのでとりあえず話を訊くべくベッドの上から手招きをする。

そうして二人で車座になり、聞き取り調査開始。服などという気の利いた物は持ち合わせていないので、申し訳程度に毛布を前後に羽織ってもらった。

 

「とりあえず、名前とかって無いの?」

「名前か…我々は便宜的に泡狐竜と呼ばれてはいるようだが、特にこれといった物はない。」

 

まぁ、いきなり出て来て「名前は○○だ。」などと名乗られても驚きだ。無いと考える方が妥当なので、思い切ってこう切り出す。

 

「そうだ。名前、付けちゃてもいい?」

「…貴様が付けたいのなら好きにしろ。あまり酷いようだったらそれなりに覚悟しておけよ…?」

 

…なんか楽しまれているような気がする。あれか、堅苦しい言い回しとは裏腹に案外楽天家だったりするのだろうか。

 

と、ここで改めて件の少女を見やる。

長い髪は泡狐竜の毛と同じように濃い紫色を持ち、妖艶さを醸し出している。目は水玉(すいぎょく)のように鈍色に光っており、光が入る角度によって微妙にその色を変える。すっと整った顔立ちと体つきは人間で言えば間違いなく美人の部類に入るだろう。流石美しさを持つ泡狐竜なだけある。

まぁ、こんなことを考えていては名前が決まらないので思考を元に戻す。

 

「うーん、タマミツネ…タマミツネ…タマm… 『タマモ』なんてどう!?」

 

おっ、我ながらいい感じのが来た。グッジョブ、俺。

 

「『タマモ』か…即興にしてはいい名前だな。少々言いにくいが」

「褒めてんのかけなしてんのかどっちだよ…」

「まぁ、しばらくはこれでいくかな。ふふ、タマモか…」

 

なんだかんだで気に入ってるらしかった。

 

「うん。名前はこれでいいとして、これからどうするつもりなんだ?」

「ふむ…いきなりこのような体になって、まだ戸惑ってはいるが…勝手は分かってきたのでこのまま元に戻れる算段が見つかるまで待つしかないな。」

「やっぱり人間として生活すんのか?」

「そうするしかあるまい。こうなった以上、以前と同じ環境では身が持たんと思うのでな…」

 

確かにそうだろう。ハンターならともかく、普通の人間が自然に身を投げるようなものだ。危険にも程がある。

 

「んじゃまぁ、とりあえず帰るか?背ビレ破壊がサブターゲットだったから荷車呼べるし」

「そうさせていただこうか…貴様に付いていくのは癪だが、身寄りがないのでな…」

「癪は余計だ。ほら、呼んだからもう少しで来ると思うぞ」

 

そんな事を話していると程なくして、ギルド派遣のガーグァ荷車がやって来た。御車のアイルーは来た時一人だったのが二人になっていて目を丸くしていたが、泡狐竜の被害に遭ってたから救出した、という理由で搭乗を許可してもらう。

そうして諸々の出発の準備が完了し、荷車はゆっくりとユクモ村に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

揺れる荷車の中、ナギはもう一つ気になっていた疑問をタマモに投げかける。

 

「そういやさ、何で人間体が雌なんだ?ハンターが狩る個体は雄の方が圧倒的に多いらしいけど…」

「貴様は雄だけで繁殖が成り立つと思うか?本日対峙した個体がたまたま雌で、この私だっただけだ。」

 

言われてみれば頭部のヒレの大きさが通常と比べて若干小さかったような気がする。まだまだモンスターの生態は分からない事が多いのだろう。

 

 

荷車は夜の闇を裂くように走る。ユクモ村に着くのは夜明けになりそうだ。

 

 

 




何やかんやでナギに心を開いた少女…改めタマモ。さて、これからどうなる事やら…?


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いざ龍歴院へ

「ん、んん~…」

 

いつもと違う環境での目覚め。狭い座席に長時間同じ体勢で居たせいか、四肢が幾らか痺れた。

 

「そうか、寝ちゃってたんだ…」

 

ナギは小さく呟く。思いの外疲れが溜まっていたらしく、荷車に乗り込んだまま寝ていたようだ。ふと隣を見るとタマモが自分の肩にもたれながら寝息を立てていた。疲れていたのはあちらも同じらしい。

とりあえず状況を確認すべく、外を眺めながら御車のアイルーに尋ねる。東の空は明るく霞み始めていた。

 

「あとどれぐらいで着きそうだ?」

「もうあと小一時間もしないうちに到着ですニャ。着いたら起こすので、もう少し寝ていても構わないですニャ。」

「そっか、ありがと。」

 

しかし一度目が覚めてしまったので眠気はなかなか来る気配がない。なので少しボーっとしていたら、パラパラと雨粒が母衣(ほろ)を叩く音がしてきた。どうやら雨が降ってきたようだ。まぁ明け方の雨は、山がちなこの地域ではあまり珍しくないので特には気にならない。

しばらく雨垂れの音を聞いていたら眠気が戻ってきた。ここは御車アイルーの言葉に甘えさせて頂こう。眠気に身を任せ、ナギは次第に意識を手放していった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

帰還したユクモ村はいつもと変わらない営みを続けていた。山間部に拓かれた、自然豊かな村。二ヶ月しか滞在していないのにまるで故郷に帰ってきたような感じがした。

 

「ほう、人間の拠点もなかなか美しいな…」

「まぁ、ここは紅葉も綺麗だし温泉も湧いてるからな…気になるんだったら浸かってく?」

「湯に体を委ねるなどしたことは無いから興味はあるが…それより貴様、村長、とやらに報告をしに行くのではなかったのか?」

「そうだった…信じてもらえるかな…?」

 

一気に気分が重くなる。この少女がモンスターだという事を知ったら村民はパニックになるだろうが、村長にだけは報告しておかなければならない気がした。

朱塗りの門をくぐって村の中央を貫く石段を登り、村長の元を目指す。彼女は今日も定位置でお茶を啜っていた。

 

「ナギさん、おかえりなさいませ。疲れてるとは思いますがゆっくりして行って下さい。」

 

労ってくれるのは有難いが今はそれどころではない。とりあえずこうとだけ耳打ちした。

 

「ちょっと相談事があるんですが、ここでは何なのでお宅で話をしてもいいですか?」

「私は構いませんけれど…何かあったのですか?それにそちらのお嬢さんは…?」

「…え―と、色々疑問はあるかと思いますが全部ひっくるめてこれから話します。タマモ、行くぞ。」

「言われなくても分かっている。」

 

こうして村長宅にお邪魔させてもらい、ナギは事の顛末を語った。

 

 

 

 

「そのような不思議な事があるなんて、人生何が起こるか分かりませんわね…」

 

一口お茶を啜ってから村長は答える。200歳を優に超えているであろう竜人族が驚いているところを見ると、よっぽど珍しい出来事なのだろう。まぁ、もしこういった事の前例があるのならばそこかしこで混乱が起きていると思うが。

 

「そういうことなんですよ…」

「このお嬢さんが泡狐竜だなんて…本人が一番驚いているでしょうね…」

「まぁ、はい…」

 

少し下を向いて答えるタマモ。人間になった経緯はそれとして、まず考えるべきはこれからの事だ。

 

「とりあえずこの後どうした方が良いんでしょうか…コイツ身寄りもないですし…」

「ん~…」

 

村長は口に人差し指を当て何か考えているようだ。しばしの黙考の末、彼女はこう切り出した。

 

「それならば、いっそ二人でハンターをやってみては良いのではないでしょうか?」

「「・・・・・・・・は?」」

 

こういう時だけ、二人の声はぴったり重なるのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「全く、何故私がこのような事をせねばならんのだ…」

「まぁ、職が見つかっただけでも良かったと思えばいいじゃんか。」

「そういう問題ではないだろう…」

 

ナギがユクモ村から借りている家、その一室で二人はそんな会話をしながら出掛けるための準備をしていた。

 

事の始まりは村長がタマモに「ハンターをやってみてはどうか」と提案したからだ。当のタマモはそんな提案を聞く筈もなく、現にその時は猛反発していた。そしてその心境はナギにも分かる。

なにせこの間まで自然界の一部、ハンターからしてみれば狩られる側だったのにいきなり「狩る側になれ」と言われてもそりゃ混乱するだろう。

しかし村長の巧みな説得によりタマモは徐々に聞く耳を持ち、ハンターになる事を受け入れたようだがまだ少し納得のいかない様子だった。

 

自分はタマモがハンターになるというのは肯定するし、何より仲間が増えるので嬉しい限りだ。その事についての不安は一度狩りに出てもらえば吹き飛ぶだろう。これはナギの経験則でもあった。

そんな事を考えながら作業をしているとあちらも準備を終えたらしい。まとめた荷物を愛用の茶色い荷袋に詰め込む。タマモの分は村に備品があったのでそれを使わせてもらった。

 

「これだいいのだろうな。忘れている物があったら承知しないぞ」

「だいたいの物はこれで大丈夫だろ。あとは龍歴院まで行くだけだな。」

 

ハンターになるにはハンター登録と諸々の手続き、そしてギルドマネージャーの許可が必要になるので、それらの手続きを行う為に龍歴院まで行かなければならない。しかし龍歴院までは飛行船で二日は余裕で掛かるので、このような支度をしているという訳だ。

 

「飛行船は今日…というかもうすぐ出る便と明日の朝あるけど…どっちに乗っていくつもりだ?」

「なるべく早い方がいい。ただでさえ狭い飛行船の中、貴様と二日間も乗ると思うと尚更だ。」

「ひでぇ」

 

だいたい今日乗ろうが明日乗ろうが飛ぶ時間は変わらないのでどちらでもいいではないかと思う。そこら辺はまだ信頼されてないという事だろうか。

 

「んじゃ、もうそろそろ乗るか?」

「そうだな。空を飛んだことは無いので、少し楽しみではあるが…」

 

海竜種が空を飛んだらこちらとしては立ち向かい様がない。まぁその逆は飛竜種が海を泳ぐような物だが。

 

リオレウスが魚雷のように海の中を進む姿を想像して少し吹き出しそうになってしまうのを堪えつつ飛行船に乗り込む。

周りを見渡すとハンターと思しき人もちらほら見えたり、恐らく他の地方から来たであろう湯治客の姿も多い。そんな人の波に揉まれて四苦八苦している二人をよそに、飛行船は静かに龍歴院へと向けて飛び立った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

それから一日が経ち、今日は航行二日目である。しかしどういう訳か天候が非常に悪い。窓の外を雨粒が打ち、時折遠雷も聞こえる。流石に大型の飛行船なので墜落はしないだろうが、到着が遅れることは予想できた。

 

「ひっ…!」

 

今窓の外で雷が鳴ったのだが、それと同時にタマモが自分の腕に飛びついてきた。

 

「な、何をしている貴様離れろ!」

「いや、そっちが飛びついてきたんだろうが?! …雷、怖いのか?」

「わっ、悪いか!私は雷が苦手でそういう力を扱うモンスターとは渡り合わないようにしてきたのだ…」

「それ克服しないとハンターは難しいぞ…?」

「むぅ…」

 

そんな他愛もない会話もそこそこに、ふと窓の外を見ると、遠くの暗雲の中に、何か白いものがあるのが目に入った。目を凝らせば、ハタハタとなびいているような感じにも見える。

 

「…何だありゃ…布?」

「おい貴様、何か見つけて…キャッ!」

 

タマモが話しかけようとした所で、稲妻が走った。

彼女は身を縮こまらせ、再び身を寄せてくる。

 

「いや…今、窓の外に白い何かが見えて…」

「…?何も見えないではないか。」

「え、あれ?…見間違いかな…」

 

ナギは心の中で小さな引っ掛かりがあるのを感じた。がすぐに打ち消し、次の雷に怯えるタマモの頭を撫でてやるのだった。

 

 

 

 



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龍歴院編
タマモ、ハンタ―になる


「よーっし、着いたな…」

 

ナギは飛行船の搭乗口から降りると少し伸びをした。天を仰ぐとと昨日の風雨はどこへやら、何処までも続く青い空が広がっていた。

乗っている時は遅れるかもと思ったがそんな事は無く、予定通りに航行していたようだ。

 

「うう…空を飛ぶというのは…結構大変なのだな…」

 

そんな事を思っていると遅れてタマモが降りてきた。顔色が悪い理由は陸上とは違い不安定な空の上で体調を崩した、つまり乗り物酔いをしたのだろう。

 

「案外乗り物に弱い、と…」

「だ、黙れ…」

 

しかしこのままだとハンター登録は愚かまともに行動する事すら難しいかもしれない。ナギはタマモを連れて近くにあった長椅子に腰掛けた。

 

「水飲めば少しはになるかもしれないから、これ飲んで…」

「あ、有難う…」

 

水を口に含んだタマモは幾らか楽になったようだった。徐々に元の血色を取り戻していき、もう一口飲むと今までのだるさが嘘だったかのように立ち上がった。軽い症状だったとはいえ、モンスターの超治癒力の片鱗を垣間見た気がした。

 

しかしいつまでも座っていては迷惑が掛かると思ったのでナギも立ち上がり、周囲の様子を窺う。ここは龍歴院なので周りはほとんど同業者しか居ないのだが、その人々の中に一際重厚な装備に身を包んだ男性ハンターを見つける。そのハンターはこちらを一瞥すると、重そうな装飾を物ともせずに走り寄ってきた。

 

「む、あれはハンター、なのか…?こっちに近付いてくるぞ…」

「あっ。あの装備…久しぶりだな、アイツと会うの…」

 

タマモの訝しげな問いかけを無視し一人で呟くナギ。やがて件の男がやって来た。

装備しているのは巨獣ことガムートの素材から作られたガムートsシリーズ。使用武器はガンランスで、今日はオストガロアの素材から鍛え上げられた極星銃槍ストリゲーツを背中に担いでいた。

その男はガムートsヘルムを取り、赤茶けた色の髪を出しながらナギと話し始める。

 

「よう、久しぶりじゃん。元気にしてた?」

「もちろんだ。いやぁー連日狩り続きで疲れたぜー」

 

言葉の割には笑顔で肩を回しながら話す男。こういう所はやっぱり変わってないなと思った。

 

「あの、ちょっと悪いのだがそちらの者は…」

 

案の定タマモを置いてきぼりにしていた。少し罪悪感を感じつつ、ナギは紹介の意味合いも兼ねてタマモに向き直った。

 

「こちらのハンターはイジス。俺の友達だ。」

 

ナギの紹介に合わせて同調したかのように頷くイジス。

 

「おうっ。宜しくな。んでこっちの小っちゃいのは誰だ?」

「こいつはタマモ。この間泡狐竜を狩りに行ったら倒れてたから村まで連れてきたんだ。ってか小さいってお前失礼だぞ…」

「はは、悪い悪い。まぁ何はともあれ宜しくなー。」

「む、宜しく頼む…」

 

タマモのことだから警戒するかもと思っていたがそうではなかったらしい。ファーストコンタクトは上々だ。

 

「そういや、何でナギはここに居んだ?」

「タマモのハンター登録をするために、はるばるユクモ村からやって来たんだよ。」

「お前、連絡取れないと思ったらユクモ村に居たのか。なら一報くれれば良かったのによー」

 

確かコイツにはユクモ村にいると手紙を送った筈だが、読んでいないのだろうか。あるいは封を切る前に捨てたか食ったのだろう。どちらにせよ、ちゃんと読んでほしいものである。

 

「んじゃあ俺はもう行くぜ。何日かはこっちに滞在するつもりだし、何かあったら声かけろよぉ。」

「おう、分かった。」

「さ―て、宿はどうすっかな~…」

「宿、取ってないのかよアイツ…」

 

暢気に鼻歌を歌いながら去っていく大きな背中を見送りながら、ナギは半ば呆れ気味に呟いた。

 

「あれが貴様の友達か。なかなか接しやすい奴だな。」

「ま、そこが長所でもあるんだけどな…」

「まぁ、もし貴様があそこまで軽ければ、私はもっと警戒していただろうな。」

「まだ俺でも信用されてないのかよ…」

「ふふ。まぁ良い。とりあえず登録とやらをしに向かおう。行くぞ、ナギ。」

「もうちょいゆっくりしてからの方が…あ、おい!」

 

ナギの事を無視して足早に龍歴院を目指すタマモ。彼女が自分の名前を初めて呼んだことに、ナギはまだ、気付かなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「これで良し、っと」

 

ナギはペンをカウンターの上に置き、たった今署名した書類をもう一度見直した。そこにはハンター登録の旨とナギ、そしてタマモの名前が書かれていた。それを目の前に座っている職員に提出して、確認を仰ぐ。職員は素早くそれらに目を走らせ、こちらを向きこう言った。

 

「これでタマモさんのハンター登録は完了しました。これから頑張って下さい!」

 

 

ここは龍歴院の建物内部、その一角にあるカウンター。そこでナギはタマモがハンターとなるための手続きを行っていた。

 

本来ハンターとなるには訓練所である程度の実績を残し教官に認められ卒業し、そこから初めて下位ハンターからの扱いとなるのだが、今回の場合、タマモは筆記試験の時点で並の上位ハンターをも凌駕する程の知識を長々と書き連ねたらしいので特例により上位ハンターとしての登録が認められた、のだそうだ。

 

「うん、俺忘れかけてたけどお前元々『狩られる』対象だったんだよな…」

「当然だ。あんな試験、易しすぎて欠伸が出るほどだったからな」

 

必死に努力してやっとの思いでハンターになった新米を全否定するかのような言葉だった。訓練所は愚か、筆記試験で落とされる見習いも居るというのに。

 

「何はともあれ、無事に登録できて良かったな…ってそうだ、まず加工屋行こう。武具ってどうする気だ?」

 

目的地を加工屋に定め、そこへ向かって歩きながらタマモに話し掛ける。

 

「ぶぐ?何だそれは…」

 

この反応を見るに、装備をしないで狩りが務まると思っているらしい。

 

「まさかなんも装備せずにモンスターを狩る気じゃないだろうな…?」

 

ここまで指摘して、タマモはようやく自分の間違いに気付いたらしい。場を取り繕うように、赤面しながら大きな声で返す。

 

「あ、あぁ!ぶ、武具か。うむ、もちろん知っていたぞ。さぁ~てどうするかな~…」

 

目が泳いでいるのは指摘しないでおこう。

 

「まぁ、選択肢はこっちの都合で一つしかないんだけどね…」

「む。装備できるのなら何でも良いが…」

 

と、言っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

「…何故貴様と同じ装備にせねばならんのだ…!」

「いや、こっちの都合でこれしか、ね…」

 

ただ今、タマモが装備しているのはミツネsシリーズ一式の剣士用。もう余裕を持って生産できる武具がこれしかないのだ。主に素材と予算の都合からして。

 

「…自分の肌触りに近いでしょ?だから妥協してくれないかな…?」

「むう、一応私と同じ泡狐竜の素材ではあるが…」

「もうこれでいいじゃん?ね?」

「まぁ、貴様がそこまで言うのならしばらくはこれでも…」

 

押しに勝ち、ナギは心の中でと快哉を叫んだ。これで懐事情も一安心だ。

ちなみに武器は双剣で、狐双刃アカツキノソラを選んだらしい。彼女曰く、「元の舞って狩るような感覚に最も近かったから」だそうだ。

 

 

そんなこんなで何とかタマモの装備も決まり、加工屋を後にするとそこにはイジスが落ち込んだ様子で立っていた。そして自分達の姿を捉えたのか、重そうな足取りでこっちへやって来る。

 

「どうしたイジス、何かあったのか?」

「うう、聞いてくれ…宿を…取り損ねちまったぁぁ!」

「はぁ!?だから早めに取っとけって言ったじゃんか!」

「いや、さっき取りに行こうとしたらお前らの姿を見つけて、その後行ったらどこも満室で…」

「あぁ、それで…何か悪いことしたな。で、なぜ俺達の所へきたのさ?」

「いや、その… お前らユクモ村へ帰るって言ってたじゃん?だったら俺も一緒にって…」

 

要するにこういう事だろう。行くあてがないから自分達と一緒にユクモ村へ連れてってくれ、という事か。

 

「…タマモ、どうする?」

「私は別に構わん。ただし、帰る時は陸路だがな…」

 

タマモは飛行船に弱いという事が判明したので、帰るときは荷車を呼ぶと事前に決めていたのだ。時間は掛かるが、この際仕方ないだろう。

 

「ん、じゃあ、仕方ないな…」

「本当か!?いやーありがとう!」

「ま、友の悩みだからね…」

 

悩んでいる時は、出来る限りその悩みを聞いてあげるのが友の役目だろう。尤も、それで尽くすとまではしないが。

 

「ならここにもう用は無いし、今からユクモ村まで行く、って事でいいな?」

「うむ…」

「おう。」

 

各々の方法で意見を肯定し、一つにまとまる。

 

「じゃあ荷車を…」

 

呼ぼう、としたその時、ナギが着ているミツネsアームが何者かに引っ張られるのを感じた。驚いて後ろを向くと、そこには龍歴院の制服を着た、研究者と思しき女性が立っていた。しかし背がナギより頭一つ分ぐらい小さく、制服のサイズが合ってない感があった。

それからその女性は、ゆっくりとした口調で喋り出す。

 

「あのぉ~、いきなりすいません~。もし良かったらでいいんですが~…」

「はい、何でしょう?」

「三人共~、私の研究に、付き合って頂けませんか~?」

 

「・・・・・・・・・はい?」

 

このいきなり現れた女性が後に自分らに深く関わってくるとは、この時、ナギ達は知る由も無かった。 

 

 

 

 




作者の中で、イジス君はガッシリした体つきのイメージです。ついでにちょっと天然。


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舞い込んだ依頼

「・・・・・・・・・はい?」

 

三人は声を合わせて驚く。これから帰ろうとしていた時にいきなり呼び止められ、しかも『研究に付き合ってくれ』と言われた。何があるのか知らないが、驚かない方がおかしいだろう。

突然の申し出に面食らっている三人を余所に、女性はまた語りだした。

 

「あ、『付き合う』というのは少々語弊がありましたね~。まぁ立ち話も何なので、とりあえず私の研究室まで来てください~」

「え?あ、はい…」

 

つい流れに乗ってokしてしまった。これからどうなるのだろう。少し逡巡した後、確認を仰ぐべく二人に問いかける。

 

「ど、どうする…?」

「むぅ…承諾してしまった以上、行くしかないだろうな…」

「お、おう…だな。」

 

いつもは能天気なイジスも珍しく戸惑っている。それもあの女性がマイペースな雰囲気だからだろうか。まぁここでずっとつっ立っているのもマズイと思うので、三人は急いで女性の背中を追いかける。小柄故か、そんなに追いつくのに時間は掛からなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「ちょっと汚いですけど、まぁくつろいで行って下さい~。」

 

通された研究室は少々薄暗いにせよ、あまり不快感はなかった。

研究台と思われる机を見やると、モンスターの爪や鱗の化石らしき物体が幾つか載っていた。その他にも本棚は研究用の書物みたいなものがギッシリ詰められている。これだけ見ると典型的な研究室だが、その中心で紅茶を淹れるべくいそいそと動き回る背の低い人影。傍から見たら子供が悪戯をしているようにも見える。

そんな光景を眺めていると、イジスが何やら話しかけて来た。

 

「なぁナギ…あの人、綺麗じゃね?」

「初対面でその直球感想はどうかと思うぞ…」

 

イジスに言われてついその人に目が行ってしまう。眠そうな半開きの碧眼にのんびりとした口調、子供のように小柄な体。それに見合った感じで肩の辺りまで伸ばした緑色のセミロングの髪。その先端は少しカールしている。俗に言う「ゆる何とか系」と言う感じの女性だ。

ここまで見ていてイジスの言う通り美人だと思う。恐らく龍歴院の中では少しは噂になっているだろう。

 

「まぁ、否定はしないけどな…あ、戻ってきた」

「お待たせしました~、こんな物しかありませんがどうぞ~。」

 

カップの中を見て、タマモが不思議そうに呟く。

 

「これは…何なのだ?」

「これは『紅茶』っていう飲み物だ。熱いから気をつけろよ…っておい!」

「ズズ…ふむ、なかなか美味だな。」

 

淹れたてで熱々の紅茶になんの躊躇いもなく口を付けるタマモ。普通なら火傷する所だが、こんな些細な事は平気なのだろうか。

 

「うん、うまいうまい!」

 

イジスはイジスでお茶菓子を頬張っている。包装からして少しお高めの菓子だろうが、それをかっ食らうとは。少しは自重しろ、イジスよ。

ナギが呆れていると、それまで微笑んでいた女性が思い出したかのように口を開く。

 

「あ、申し遅れました~、私、龍歴院で研究者をしておりますエメルと申します~。気軽に、『エメ』って呼んで下さいね~」

「あ、はい…。それでエメさん、『付き合ってほしい事』とは?」

「単刀直入に申しますと~、研究材料の採集ですね~」

 

そういう事か。研究者からのハンターへの依頼はよくある事だし、ナギも依頼されたことがある。なら何故あんな誤解を招くような言い方をしたのか。ちょっと身構えてしまったではないか。

 

「して、その依頼というのは何なのだ?」

 

今度はタマモが二の句を継ぐ。初めてのクエストだし、彼女なりに興味があるのだろう。

 

「そうですね~…今は超電雷光虫が欲しいので、それの採集…ひいては、雷狼竜ジンオウガの狩猟をお願いしたいのですが~。」

「ジンオウガ、だとっ!?」

 

タマモは目を見開いて驚く。

無理もないだろう。雷が苦手な彼女にとって、その雷を操る竜へと挑むのはやっぱり怖いのだと思う。ここは、ナギもタマモのフォローをしなくてはいけない。

 

「あー…タマモ。 嫌なら、俺とこの菓子食ってるバカと二人で行ってくるけど…?」

「っ…!私が逃げるとでも思ったか!私は泡狐竜だぞ?あのような者に臆していては面目が潰れてしまう!」

「そうか…じゃあ、同行するって事でいいんだな?」

「……う、うむ。」

 

タマモは渋りながらも肯定する。

 

「あのぅ、やっぱりダメそうですか~…?」

 

一連の会話を聞いて、エメルは不安そうに尋ねてくる。が、ここまで来たものを受けない訳にはいかないだろう。

 

「いえ、大丈夫です。ちゃんと受理しますよ。」

「そうですか~、ありがとうございます~。じゃあこちら依頼書に…」

「もう書いてあるんですか!?」

「はい。もう誰かに受けてもらおうと思ってましたから~、依頼書は先に書きましたよ?」

「よ、用意いいですね…」

「あ、目的地は孤島ですよ~。渓流と間違えないようにして下さいね~」

 

雷狼竜、と聞く限り目的地は渓流だと思っていたのだが、今回は孤島だったらしい。近年では氷海にも出没しているらしいが、何がしたくてあんな寒い所に姿を現しているのだろう。

 

 

「じゃあ~、これでクエストカウンターを通して頂ければokですね~。どうか宜しくお願いします~。」

「了解です。よし、2人とも行くぞ~…って、いつまで食ってんだお前は!」

「ん?結局どうなったんだ?」

「はぁ…これから孤島に超電雷光虫の採集とジンオウガを狩りにいくんだよ。分かったら40分で支度しろ。」

「おっ、狩りだな!腕が鳴るぜ~!」

 

そう言いながらあの脳筋は研究室を飛び出していった。どうでもいいが、食った物ぐらい片付けてけ。

 

「じゃあ、俺等も行くか… タマモ?」

 

ふと見ると、タマモは何やら呪文のようなものをブツブツと唱えていた。恐らく雷大丈夫だとかいう念が込められているのだろうが、傍から見ると少し不気味である。

 

「あ―…では、いってきます…」

「は~い、宜しくです~。」

と笑顔で手を振るエメル。

 

大丈夫か、この面子で。そんな思いがナギの頭の中を過ったが、もう時既に遅し。

こうして、初めてとなる三人での狩猟は幕を開けたのであった。

 

 

 



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閑話休題:タマモ、料理の魅力を知る

いきなり狩猟の依頼が舞い込んだとはいえ準備は肝心だ。タマモにジンオウガを相手取る上での知識を教え、イジスと共に必要なアイテムの買い出しに出かける。丁度セールをしていたのでトラップツール等を買い込んでしまった。

 

「ナギ、罠とかって作っておいた方がいいか?」

「うーん、そうだな。落とし穴は持って行った方がいいな。」

「あれ?シビレ罠はいいのか?」

「ジンオウガには効きにくいだろ。効果時間はそれなりにあれど、超帯電状態を誘発しちゃうしな。」

「そういうモンだったか…?」

 

ダメだコイツ、訓練所で教官に習った知識を何一つ活かせていない。教えた教官が可哀想だ。

 

「そうやって習ったろうが。もう忘れたのかよ…」

「ナギ、そういう知識あるならモンスター学者にでもなったらどうだ…?」

「お前が単に座学の成績が壊滅的なだけだろうが。」

 

それでいて調合書は丸暗記しているらしい。何故そこだけ抑えているのだろう。世の中不思議なものである。

 

 

「こんなんでいいかな。そろそろ集合するか。」

 

予告通りキッチリ40分経った。龍歴院の広場に全員集まった事を確認し、皆に呼びかける。集まった所でお決まりの食事タイムだ。

 

「よし、じゃあご飯食べるか。」

「やっと来たぜー!」

 

イジスが待ってましたとばかりに拍手をする。しかしタマモは戸惑った様子で二人の顔を交互に見ていた。

 

「し、食事?貴様らハンターは、狩りに出る前に食事をするのか…?」

 

そういえば、タマモには食事の事を話していないのだった。

 

「うん、まぁ体力付けるためとかスキル出すためとかいろいろ目的はあるよ。」

「ふむ、そういう物なのか…」

「まぁ、コイツみたいに只美味しい飯を食ってから狩りに出たいって奴もいるようだけどな…」

 

当の本人はもう食事場の椅子に腰掛け注文する料理を選んでいた。どんだけ食い意地が張っているのか、と思いつつナギ達も席に着く。

 

「ほら、何にする?」

 

ナギはメニューを開きタマモに見せる。まぁいろいろ見たところでチーズフォンデュしか出てこないが。

 

「こういった人間が摂る食事は旨いものなのか?私は今まで生魚等しか食べてこなかったから分からないが…」

「そりゃもう旨いぞ~」

 

イジスが既に注文した古代真鯛のチーズフォンデュにかぶりつきながら答える。実に美味しそうに食べていたので、こちらも早く頼む事にした。

 

「俺はいつも通り屋台の特上まかない飯でいいかな…タマモは?」

「この『雪山ベルナスの朴葉焼き』と言うのが食べてみたい。これにする。」

「ん、分かった。すいませーん、注文お願いしまーす…」

 

ナギは二人分の料理を注文してから、たまには他のメニューもいいかな、と思うのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お待たせしました~、こちら注文の品です。」

 

と料理が運ばれてくる。ナギはいつも通りに副菜から手を付け、タマモはというと初めて見る調理された食材に目を輝かせていた。

 

「これが人間の食べ物か…どれどれ…」

 

彼女は早速主菜のベルナス揚げを眼前に運ぶ。したたり落ちる濃厚なムーファチーズが良い匂いだ。

 

「んっ…?」

「…口に合わなかったか?」

「…おいしい。こんなに美味な物を食べたのは初めてだ…!」

 

どうやら気に入ってくれたらしいが、何故か食べるスピードが速すぎる。ナギはベルナスが苦手なのであまり食べた事はないが、そんなに美味しいのか、それ。

 

「おっ、俺ももう一品頼もうかな…」

 

コイツはコイツでまだ食べようとしてやがる。

 

「お前はもう止めておけ…これ以上食うと狩りに差し支えるぞ?」

「うーん…それもそうだなっ」

 

イジスはしぶしぶ納得。タマモも美味しそうに食べているのでまぁ良かったと思う。

 

 

そんなこんなで食事を済ませ、依頼されていたクエストを受注する。因みに受注はナギがした。タマモは順序が分かっていないし、イジスは金欠だからだ。そろそろ自分も懐具合を気にした方がいいかもしれない。

 

「そんじゃま、行くか。」

 

ナギは順調に狩猟出来ればいいな、と思いつつ荷車に乗り込むのであった。

 

 

 



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狩人3人、挑むは雷狼竜

ナギたちは孤島のベースキャンプに居た。空高くカモメが飛び、眼下には青く渦巻く海が広がっている。各々荷袋からポーチにアイテムを移し替えたり、自分の武器を丹念に磨いていたりして、装備を整える。ジンオウガのいるエリアに予め目星は付いているので、準備ができ次第三人でそのエリアに向かう……

 

 

ハズだったのだが、どういう訳かイジスが『よし、やるか』と呟き、ナギの制止も聞かずに先に行ってしまっていたのだ。

 

「全く、チームワークを乱さないでくれよ…」

 

タマモに狩猟をする上での心得を説くまで待ってもらおうと思っていたのだが、行ってしまったものは仕方がない。自分達も行動を起こすとしよう。

 

「タマモ、行くぞ。」

「う、うむ…」

 

そう声を掛け二人はエリア1に出る。タマモはまだ幾らか不安そうだが、狩場では一瞬の不安や気の緩みが命取りとなる。気を引き締めて貰わねば。

 

そんな事を思いながら緩やかな斜面を乗り越えると、天高くから陽光が降り注ぎ、奥には海を臨む崖が待ち構える丘に出る。孤島といえばここからの眺めであり、ナギはこの景色が好きだった。

 

「おお…」

 

遅れて上ってきたタマモもこの景色に言葉を失う。孤島に来るのは初めてだろうから、より一層壮大に見える事だろう。

 

「いい景色だろ。俺は孤島に来たら、毎回ここに来るようにしてるんだ。」

「うむ、いい眺めだな…」

「感動的だろ?」

 

などと思い耽っていたが、すぐに無意味だった事に気付く。今はイジスとの合流、そしてジンオウガの狩猟が先決だ。

 

「こんな事してる場合じゃないな、行くぞ。」

「せっかく眺めていたのにな…まぁいい、了解だ。」

 

景色を見て幾らか落ち着いたのか、タマモの返事は先程よりも緊張の色が抜けていた。期せずしてリラックスに成功したらしい。

 

 

二人はエリア1と2を抜け、一路ジンオウガが居るはずのエリア5を目指す。そのエリアに到達し、果たしてナギの予想は。

見事に的中。雷狼竜は自分達に背を向け、悠然とエリア内を闊歩している。しかしナギは険しい顔になり、タマモも張りつめた空気を肌で感じ取ったか、真剣な面持ちを崩さない。

 

「行くぞ、左右から攻撃だ」

「…了解だ。」

 

各々の武器を抜刀し、走って雷狼竜に近付く。しかしナギ達が刃を振り下ろすより早く、雷狼竜は此方に気が付いた。相手の力量を見定めるかのように唸ると、四肢を踏ん張り跳びかかってきた。

 

「タマモ、避けろっ!」

 

そう指示すると、自分もジャスト回避をする。回避した後、雷狼竜に駆け寄って前脚に気刃無双斬りをお見舞いした。太刀の切れ味が冴え渡り、刀身が白く輝く。

 

(よしっ)

 

ナギは心の中で喜ぶ。タマモも上手く跳びかかりを回避したらしく、雷狼竜に斬撃を加えていた。

 

「雷を纏っていないなら、私だって…」

 

双剣を振り回しながらそう呟く。彼女は無難で扱いやすいギルドスタイルを選んだらしいが、それでも攻撃が当たらない絶妙な間合いを保っている。それは彼女の中のモンスターとしての感覚が遺憾なく発揮されている証拠でもあった。

 

雷狼竜は雷光虫を集めて帯電を開始し、背中が徐々に光を帯びていく。だがそれは同時に攻撃のチャンスでもあり、三振りの剣が確実に雷狼竜の堅殻を削っていく。

しかしそんなに攻撃を許す雷狼竜ではない。バックジャンプで後ろに距離を取ると、前脚を連続で叩きつけてきた。

 

「まずは右から来るぞ!」

 

攻撃の範囲外から見ていたタマモが方向を教えてくれる。それのお陰で一撃目は難なくジャスト回避出来たが、それ以降はどの方向から来るか分からない。もう一度雷狼竜を見ると、今にもナギを制さんとばかりにこちらを睨んでいた。ジャスト回避は連続では出来ない為、こういう連撃を持つモンスターとは相性が悪いのだ。

 

もう食らうしかない、と悟ったその時。

 

「うおおおおおおおりゃああっーーー!!」

 

青く澄み渡る空に現れた一つの影。その影は重力に身を任せ落下すると、手に持っている銃槍を叩きつける。そのまま渾身のフルバーストを放ち、雷狼竜の体を横倒しにした。

 

「どこ行ってたんだよ…イジス!」

「すまねえ、ちょっとな…」

 

現れたのはやはりイジスだった。エリアルスタイル装備の彼は通常よりフルバーストを放てる機会が多いので火力が高いのだ。

それにしてもピンチの時に駆けつけるなど何かのヒーローのようだが、どこかに隠れて隙を窺っていたのだろうか。勝手に行動した理由は後で聞いておこう。

 

「今になって現れるとはな…まぁ合流できたし、任務続行か?」

 

雷狼竜の頭に二段斬りをかましながらタマモが問いかける。

 

「勿論だ。このままたたみかけるぞっ!」

「了解だ!」

 

タマモは頭上で二つの剣を交差させ、刀身に紅い光を纏わせる。

双剣使いの技の一つである鬼人化だ。動きが大きく変わり、六段斬り、乱舞と繋げていく。斬撃が炸裂する度に沢山の水飛沫が飛び散り、辺りに小さな虹を創り出しては消えた。

 

だが雷狼竜は体制を立て直すと、さっきより目に見えて分かる程に多くの雷光虫を集め始めていた。背中が更に光を増し、遂に直視できない程の蒼光が迸って超帯電状態に移行してしまう。

 

「ひっ…!」

 

タマモの顔が恐怖に歪む。雷狼竜の反撃は、ここからだった。

 

 

 



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恐怖と克服

雷狼竜が超帯電状態に移行してから、狩猟は難航していた。

殆どの攻撃に雷属性が付与され、その雷に耐性の無いミツネsシリーズはダメージを受けやすい。イジスはガード、ナギはジャスト回避で幾らか避けられていたが、タマモは被弾する事もあり苦戦していた。

 

「くっ…ここで一つ、決めねばっ…」

 

ここでタマモは何を思ったか、シビレ罠を仕掛け始める。しかし超帯電状態となった雷狼竜にシビレ罠が効くはずもなく、足止めしようとした事が、逆鱗に触れた。

 

雷狼竜は、罠を仕掛けるべくその場に屈んでいたタマモに狙いを定める。

そして脚力を利用して飛び上がり、雷光虫を纏っている背中を下にして落下した。雷狼竜の巨大な体躯が、雷撃と共に一点に集中する。

 

「っ!」

 

ナギが叫ぼうとしたが間に合わず、タマモは雷狼竜のプレスをモロに食らい吹き飛ばされた。岩壁に叩きつけられ、糸が切れた操り人形のように動かなくなる。

 

「タマモっ!」

 

矢も盾も堪らずにナギは駆け出す。辿り着いたときには、彼女は雷狼竜の大技を食らって力尽きてしまっていた。ナギと同じようにしてイジスも雷狼竜の目を盗み駆け寄ってくる。

 

「大丈夫なのか?」

「……イジス、ちょっとの間、ジンオウガを引き付ける事は出来るか?一人じゃ難しいとは思うが、頼む。」

「…もちろんだ。早い復帰を信じてるぜっ」

 

そう言い残すと、彼は雷狼竜に向かって駆け出した。両者の攻防が繰り広げられている最中、ナギはイジスに感謝しつつベースキャンプに向かうのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ん、ん…」

 

毛布が擦れる音がし、ベッドの方から唸り声が聞こえる。ナギは容体を案じ、彼女の元へ駆け寄った。

 

「大丈夫か?痛い所はないか?」

「だ、大丈夫だ…」

 

そう言うタマモの声は消え入りそうな程細く、膝を抱えて震えている。呼吸も不規則だし、何よりナギを見つめるその双眸が、何か恐ろしい目に遭ったかのような恐怖で満たされていた。

 

そして少し沈黙した後、耳の上で結わえられているサイドテールを揺らしながらこんな事を呟く。

 

「やはり、私では無理だったのだ…雷狼竜に挑むなど…」

「な、何言ってるんだよタマモ!そんな事ないって!」

「貴様も見ただろう!?あの雷を!私にも…モンスターにだって、怖い物はある!」

「タマモ…」

 

今のタマモは完全に恐怖に打ちひしがれ、勝てる自信などないと雷狼竜を恐れている。もちろん、モンスターにも、それを狩るハンターだって怖い物はあるだろう。

実際ナギも駆け出しの頃ランポスにすら恐れを抱いていた始末だ。しかし、そういった「恐怖」を克服していかなければ今のナギは此処にはいない。

 

ナギは自分が昔から貫き通している信念を、強く言うのではなく優しく、タマモに語りかけるように説いた。

 

「なぁタマモ。もちろん、今の俺にだって怖い物はいっぱいある。だけど、それを一つずつでもいいから、克服していかなくちゃいけないんだ。」

「……克服?」

「うん。だから俺は怖い事とかがある時、いつも自分にこう言い聞かせてるんだ。『怖いときこそ楽しめ』ってね。」

「怖いときこそ、楽しめ…?」

「そうだよ、タマモ。…いや、タマミツネからしてみれば、ジンオウガなんて何ともないだろ?適当にいなして、泡で絡めて終わりだろ?」

「……」

「お前は、いつも通りの戦い方をしていればいいんだよ。そうすりゃ、雷だって怖くなくなるって。」

「……いつも、通り…」

 

そう呟くと、タマモの目は徐々に元の紫色を取り戻してゆく。何とか自信は取り戻せたようだ。

 

が。

 

…先程からエリア5の方角から打ち上げタル爆弾の爆発音がボンボン聞こえてくる。察するに、イジスはそろそろ持たないという事だろう。

 

「おっと、向こうは結構マズそうだな…じゃあ、決心がついてからでいい。できればでいいから、参戦してくれ。」

「…少し、考えさせてくれ。」

「…そうか。じゃあ、またな。」

 

そう言い残し、ナギはベースキャンプを後にした。

 

タマモが来てくれることを、固く信じて。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

駆けつけたエリア5に、雷狼竜の姿は無かった。どうやら自分と入れ違いになって隣のエリアへと移動したらしい。しかし後を追うような事はしないで、とりあえずイジスと合流する。

 

「悪い、待たせて悪かった。大丈夫だったか?」

「おお、思ったよりは追い込んだと思うぞ。でも角折ったら逃げてっちまったけどな~…」

 

イジスは少し悔しそうにぼやきながら極星銃槍ストリゲーツを研いでいる。ガンランスは砲撃で斬れ味が落ちやすいので、こまめに研ぐ必要があるのだ。

そんなイジスを見ていると、自分もかなり消耗していた事に気付く。同じように武器を研ぎ直し、防具の帯を締める。こんがり肉の持ち合わせが無かったので、肉屋きセットで焼く事にした。例によってあの歌を脳内再生しながら焼き加減を見ていると、突然イジスが話しかけてきた。

 

「なぁナギ。俺がなんで一足先にベースキャンプを出たか分かるか?」

 

タマモの一件で忘れていたが、そういえばそんな事もあったな。焼きあがるまでにもう少し掛かりそうなので、理由をを訊く事にする。

 

「いや、分からん。あの後、作戦を立てようと思ってたんだけどな…」

「そいつは悪かったな。でもこれを手に入れないと、この依頼は失敗になっちまうだろ?」

 

そう言ってイジスは手に持っていた物を差し出す。それは細長い棒状の柄を持ち、先には網が付いていた。

 

「これ、虫あみか?」

「おう。あの依頼主さ、超電雷光虫も捕ってきてって言ってただろ?お前忘れてただろうしも俺も忘れてたから、急いで現地で生産したんだ。骨の入手に苦労したから合流すんのが遅れちまったけどな。」

 

確かにイジスの言うとおり、あの時自分は虫あみを持ってくるのを失念していた。それを道中気が付いたから調合で製作した、と言うのか。全く、細かい所で機転が利く奴だ。有難くて笑みが零れる。

 

「あー…忘れてたのは自分の責任だし、ありがとな。」

「いいって事よ!それより肝心の雷光虫を捕まえる方法なんだがな、俺が乗りを狙ってダウンを奪う。その隙にお前はジンオウガの背中から雷光虫を捕まえてくれ。」

 

エリアルスタイルを使用しているイジスなら、乗る事など造作もないだろう。それを見越して彼も言っているだろうから、ここは任せる事にした。

 

「うん、その作戦乗った。お前にしてはやるじゃんか。」

「『お前にしては』は余計だっての。行くぞ、ナギ。」

「おう。」

 

作戦が成功する事を祈りながら、ナギ達はエリア5を後にした。

 

 

 

 

エリア5に隣接しているエリア2。雷狼竜はそこに居た。あちらも消耗したスタミナを回復すべく、アプトノスを捕食している。しかしこの好機を逃す自分達ではなく、イジスが雷狼竜に向かって走り出す。堅殻に覆われている前脚を踏みエアステップを繰り出し、その背中に極星銃槍ストリゲーツを叩きつけた。

いきなりの衝撃に耐えきれなかったか、雷狼竜は横倒しになる。イジスは未だ帯電している背中に飛び乗り、ナイフを突き立て始めた。

 

自分も加勢すべくたまのをの絶刀の斬振を用いて斬り付けていくと、やがて耐えられなくなったか雷狼竜はその背中を無防備に晒け出した。

 

「ナギ、頼むぞっ!」

「了解だ!」

 

超電雷光虫が集まっている背中に向かって虫あみを振り下ろす。網に絡まった虫が何匹か零れ落ち、採集できる状態になった。素早くポーチに収め、これで超電雷光虫の採集は完了。

 

「よしっ。イジス、3、4匹ぐらい捕れたぞー!」

「え?なんだってぇー!?」

 

どうやら周囲の音が大きく、よく聞こえていないようだ。

 

「だから、捕れたってー!」

「りょうかいだぁぁぁーーー!」

 

イジスは自分より大きな声で叫び返しながら雷狼竜の頭に竜撃砲を撃ち込む。肉と鉄の焦げる臭いが仄かにしたが、それでも雷狼竜は立ち上がった。

 

「まだ来るのか!?」

 

かなり消耗しているだろうとは思ったが、まだ立ち上がるタフさに目を見張る。背中は更に輝きを増し、雷狼竜は怒り状態に突入した。アイテムも残り少なくなってきているし、もうここまでか。

一旦退いて体制を立て直そうかと思った矢先、紫色の禍々しいオーラを纏った影がナギ達と雷狼竜の間に割って入った。

 

「はぁ、こんなのに苦戦するなど、お前らしくないぞ。」

 

そう言うが早いか、その影は雷狼竜に向かって独楽(こま)のように廻り斬撃を繰り出した。それも一度ではなく何度も、雷狼竜を追いかけるようにして。

 

何度続いたか分からない斬撃の奔流を雷狼竜はまともに受けボロボロになっていた。太く逞しい前脚の爪は削れ、今までその威厳を示していた角は両方共折れている。

そうしてその場から逃げるようにして脚を引きずりながらエリア3の方向へと移動していった。

 

一方、その影は去っていく雷狼竜の背中を黙って見つめている。そしてこちらに向き直り、こう言った。

 

「待たせたな、二人共。足を引っ張ってしまい、すまなかった。」

 

陽光を受けサイドテールが鈍く輝く。そこに立っていたのは紛れもなく、タマモだった。

 

 

 

 



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決着、雷狼竜

タマモが戻って来てくれたことにより、二人の間に漂っていた不穏な空気はさっぱり無くなった。緊張の糸がほぐれたか、強張っていたナギの顔が次第に笑顔を取り戻していく。

 

「タマモ…戻ってきてくれたか…」

「当然だ。お前らが苦戦してると見て駆けつけた訳だが、以外と近くのエリアにいてビックリしたぞ。」

 

ここまで追い込めたのはイジスによる活躍が大きい訳だが、先程のあの合わせ技には驚いた。

 

タマモはギルドスタイルなので狩技を二つまで扱える。その狩技である血風独楽と獣宿し【餓狼】を鬼人化と併用し、あそこまでの痛手を与えたのだ。もうタマモは既に狩技を使いこなしており、彼女の適応能力の高さにナギは舌を巻くばかりだった。

感嘆するナギを後目に、イジスが話し掛ける。

 

「んで、雷の件は大丈夫なのか?」

「あぁ、もう大丈夫だ。私は少しずつでもいいから雷嫌いを直そうと決心した。私を勇気付けてくれたナギには、その、感謝をしたいが……」

 

始めこそ自信に満ちていたが、最後の方は俯き加減にして言いにくそうだったのでよく聞き取れなかった。やはり、と思いナギはタマモに問いかける。

 

「やっぱりまだ、自信ないか…?」

「そっ、そんな事はない。それより、雷狼竜の追跡はしなくて良いのか?」

 

仲間との再会で忘れていたが、今は狩猟依頼の方が先決だ。ナギは気持ちを切り替え、二人の目を見て言う。

 

「相手は弱っている。でも、気を抜いちゃダメだ。それにこれ以上狩猟時間を伸ばすと時間切れで撤退する事になるかもしれない。気を引き締めて行こう。」

「ああ。」

「おう。」

 

各々の方法で肯定する二人。依頼達成は、もうすぐだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

エリア3にて、雷狼竜は滝の前で佇んでいた。恐らくこれ以上消耗しないように体を休めているのだろうが、自分達にとってはこれ以上とないチャンスだ。ナギは狩猟の終盤で仕掛けようと思っていた物をタマモに投げ渡す。

 

「おっとと…何だこの円筒形の物は?」

「落とし穴だよ。そいつに誘導して、一気に決める。」

「私に仕掛けろと?」

「この中ではお前が一番気付かれないように移動できるはずだ。だから頼まれてくれ。」

 

しばし逡巡した後、タマモは、

 

「…了解だ。」

 

と承諾してくれた。走り出した彼女の素早い動きを見ていると、足元に泡があり、それで滑っているかのような錯覚を覚えた。

いや、錯覚ではない。ミツネsシリーズに付与されているスキル「泡沫の舞」による効果だ。しばらく彼女の舞うような動きを見ていると、仕掛け終わったらしくこちらに戻ってきた。

 

「あとは誘導するだけだ。罠に掛かったら…」

「すまん、俺に任せてくれないか?」

 

ナギの言葉をイジスが制する。その目には、何かに燃えるような闘志がみなぎっていた。

 

「いいのか?お前一人で。」

「俺もあの雷狼竜には痛手を被っちまったからな…俺の手でケリ付けてやりたいんだよ。」

「はは…じゃあ、任せた。」

「おう。んじゃ、ちょっくら仕留めてくるぜっ!」

 

言い放った勢いのままイジスは駆け出す。滝の前に立っていた雷狼竜はそれに気付き、自らの縄張りに入った小癪なハンターに跳びかかろうとする。しかしイジスはそれをガードで受け流し、雷狼竜を押し返す。その着地点に待っていたのは大きな穴だった。

トラップツールが正常に作動し、落ちた獲物をネットが絡め捕って離さない。イジスはもがき続ける雷狼竜の前に立ち、微笑を浮かべながら極星銃槍ストリゲーツを構えた刹那。

 

轟。と、小さな太陽が発生した。

 

その正体はガンランス使いの狩技の一つ、覇山竜撃砲だ。その炎球は雷狼竜の巨躯を包んでも有り余るほどの大きさで、肉を灼き、骨を焦がす。

 

そうしてイジスは一連の動作を終える。着弾点を見やると、雷狼竜の巨体は地に伏しており、二度と動くことは無かった。

 

「やった、のだな…」

 

タマモが信じられないといった様子で呟く。ナギは倒れ伏す雷狼竜に黙祷を捧げ、二人に向き直る。

そして三人共口を合わせてこう言った。

 

『任務完了』

 

ハイタッチの音が、孤島のエリア3に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「これが超電雷光虫なんですねぇ~…ありがとうございます~!」

 

エメルはその場でぴょんぴょん飛び跳ね、可愛く一回転した後こう言った。

 

「まぁ、忘れず採集できて良かったです…」

「今回は俺の手柄だな…感謝しろよぉ?」

 

イジスが我が世の春とばかりに主張してくる。確かに今回はコイツの活躍が大きい。とりあえず今は「ありがとう」とだけ言っておいた。後で何か奢ってやろう。

 

「まぁ、何はともあれ達成できて良かったです。」

「えぇ~こちらとしても大満足です~!あ、報酬については既にギルドに話を通してありますのでご心配なく~」

「よっしゃ!これで財布も潤うぜ―!」

「お前は場の空気を読めよ…ていうか何処で散財したんだ…」

 

とりあえず龍歴院には帰って来れた。しかし、帰りにタマモが『飛行船酔いも克服するぞ…』と息巻いていたのだが克服は失敗に終わり、見事にダウン。今は別室で休んでいる、とのこと。

 

「全く、タマモも無理するなぁ…それより、エメさん。」

「はい?何でしょうか~?」

「ユクモ村、自分達と一緒に着いてくるんでしょう…?というか、始めからそれが目的の一つだったから自分達に声を掛けたんじゃないですか?」

 

エメルは『?』という様子で人差し指を顎に当てながら小首を傾げる。あざとい事この上ないが、今は気にしない事にした。

 

「とぼけたって無駄ですよ。タマモが言ってたんです、『あの研究者、ユクモ村行きのチケットを持っていたな…』って。」

「ふっふっふ、歩が3つ。やっぱり~バレちゃいましたか~?実は今度は研究の材料にユクモ地方の品物が必要になりまして~、それを調達する目的が半分と~、」

「もう半分は?」

「もう半分は~、純粋に温泉とかお料理とかを楽しみたいだけです~!」

「研究より料理ですか……」

「おっ!?料理か…ユクモ温泉たまご、美味しそうだな~…」

「他にも~ドリンクとかいろいろあるみたいですよ~」

「マジか!?ナギ、頼むから旨い店案内してくれ!」

 

意気投合して盛り上がるイジスとエメルを見ていると、マイハウスが大所帯になる事だけは覚悟しておかねば…と思うナギであった。

 

 

 

 



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ユクモ村帰還編
ユクモの地に降り立つ四人 ~前編~


 

ナギは、「そこ」に立っていた。

 

右を見ると、見るも無惨に積み上がった瓦礫の山。

左を見ると、折られた木々や根本から抉りとられた大木が。

空は暗雲に覆われ、湿り気を孕んだ風が頬を撫でる。考えなくとも何かの災禍に見舞われたのだろうと分かった。

これはどうすればいいんだ。どうして自分がこんな所に。そんな事がナギの頭をよぎる。

 

(とりあえず、ここがどこなのか確かめないとな)

 

そう思い、歩みを進める。しばらく瓦礫の山を踏みながら探索していると、辛うじて形を保っている建物の横に人影が見えた。

 

近くまで行ってみると、どうやら8、9歳ぐらいの少年のようだった。周りを見ても保護者らしき者はいない。自分は救援隊ではないが保護しないと、そう考えて声を掛けようとした矢先。

 

少年はゆっくりと立ち上がり、少しふらついた足取りで何処かへと歩いていく。しかし目線はどこか上の空で、それがナギには魂が抜けた人のように思えた。

少年が歩いていく先を見やると、そこには大きく口を開けた渓谷があった。このまま歩いて行ってしまっては危ない。ナギが少年の肩に手を、

 

掛けようとして、その手が虚空を切った。

 

(え…?)

 

ナギは今確かに肩を掴もうとした。が、まるで霧を触るかのように、掴めた感覚がなかったのだ。

 

(どういう事だ…?)

 

物理でダメなら声しかない。そう思い呼びかけてみるも、聞こえていないのか一向に立ち止まる気配はない。

 

(…っ!)

 

走り寄って少年を止めようとするも、どういう訳か追いつく事ができない。一体何がどうなっているのだ。ナギが混乱している間にも少年は歩みを止めない。

 

(ダメだ、そっちは危ない!)

 

少年の体が支えを失うまで、あと───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああっ!?」

「ぬおっ、起きた。というか私の膝を枕にして寝るなぁ!」

「……え?」

「『え』じゃないだろう馬鹿か。ほら、ユクモ村に着いたぞ。早く降りる支度をしろ。」

「夢、か?」

 

…先程のは何だったんだろう。何か酷く嫌な夢だったような気がする。

 

「…大丈夫か?寝ている間、うなされていたように見えたが…」

「ん…大丈夫だよ。ちょっと疲れてただけだろうな。」

「む、ならば良い。」

 

ハンターたる者、疲労は大敵だ。帰って来たからには温泉に浸かって癒されたい所だが、ふとあの二人の姿がない事に気付く。

 

「あれ、イジスとエメさんは?」

「あの二人なら、『旨そうな店見つけたー!』とか言って早速食べ歩きに行ったが?」

「はは…」

「そりゃ4日も携帯食料じゃ、あいつらも私も我慢ならんだろう…」

 

こればっかりはナギも同意する。タマモの言った通り移動中は携帯食料だけで、ろくに美味しい物が食べられなかったのだ。そろそろナギもちゃんとした料理が恋しくなりつつある。

食堂に行って、久々に特産タケノコの煮物でも食べたいなぁ…

 

「何をボーっとしている。置いていくぞ?」

「ん…悪い、久々に帰って来たような気がしてな…」

「まぁ、いろいろあったからな…」

 

龍歴院での出来事はもう「いろいろあった」で纏めたい。具体的に語るのは億劫だ。

そんな事を考えながら村の中心を貫く石段を登り、やっと愛しの我が家へ帰ってきた。藍塗りの暖簾をくぐると、もう懐かしく感じる部屋の香りが出迎えてくれる。

 

二人は荷物の整理をし、これからどうするか話し合った。

 

「私は一人でこの村の中を少しうろついてくる。人間の生活が気になるし、何よりここは美しいからな。」

「そっか。なら俺もぶらぶらするか…」

「じゃあ自由行動という事で構わんな。あの二人と合流できればいいのだがな…」

 

そんな事を呟きながらマイハウスから出て行くタマモ。手持ち無沙汰になったナギは、折角なので一人の時間を楽しもうと集会浴場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「やっぱりユアミはちょっと涼しいな…」

 

ナギは今、集会浴場の男性の脱衣所にいた。ここの温泉は混浴で、一旦男女別に分かれた脱衣所でユアミスガタに着替えてから入浴する、という決まりなので着替えていた訳である。

 

風呂場に行くと、半露天なので外との気温差で湯気がもうもうと立ち込めていた。

体をさらっと洗い流し湯船に肩まで浸かる。熱くもなく、かといってぬる過ぎない丁度いい温度の湯がナギを包み込んだ。

 

「はぁ~、やっぱ温泉はいいよなぁ~…」

 

やはり疲れていたのだろうが、その疲れが一気に抜けていく。足湯でもそれなりに気持ち良かったが、本物の温泉は違う。

 

しばらく癒されながら目の前に広がる大渓谷を眺めていると、ふと浸かっているのは自分一人だけではない事に気が付いた。誰だろうと思って近付いてみると、それは見覚えのある人物だった。

タマモだ。恐らく村内を回っていたらここに行きついたのだと思う。前来た時に温泉に入りたいと話していたし、さぞかし喜んだだろう。

 

「どうだ?いい温泉だろ?」

 

少し自慢げに問うナギ。その時突風が吹き込み、湯気を殆ど吹き飛ばした。

 

「はぁ!?」

「んなっ!?」

 

双方の驚く声が浴場に響き渡る。

え、何でアイツ、ユアミ着てないの…?

いや、厳密に言えば腰の所で巻いて留めているが、使い方全然ちがうじゃんソレ。

 

「なっ、なっ…」

「おい、何でユアミしっかり着てな…」

「うわああああああ!!!!こっちを見るなぁぁぁぁっ!!」

「いやちょっと待……ってその桶の構えは、伝説のトルネイ…ギャアアアアアア!!!」

 

パコォーンッ

 

タマモの投擲したユクモ印の桶が、ナギの眉間に見事ヒットした。

 

は、初めて会ったとき同じ格好だったろうがーっ……

 

そう思ったが、彼女もいろいろあって成長したのだろう。また一歩人間に近付いたね。

 

タマモの抜群のプロポーションと、チラッと見えたあまり大きいとは言えない胸を脳裏に焼き付けたまま、ナギの意識は湯船の中へと沈んでいった。

 

 

 

 



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閑話休題:タマモ、ユクモ村を満喫する

ナギの家を出ると、柔らかな午後の日差しがタマモ向かってに降り注ぐ。理想的な昼下がりだ。これから村内を巡るには丁度いい塩梅である。実家である渓流からほど近いこの村の雰囲気が、タマモは好きだった。

 

「さて、まずはあそこに行くかな…」

 

そんな事を呟きながら石段を下る。少し歩くと、タマモの目指していた目的地が見えてきた。

 

加工屋だ。そこだけ熱気が充満し、錆臭い鉄の匂いがする。店先には工房の主である竜人族の爺さんが立っており、営業はしているようだ。

 

「あぅあぅ!よう来たなぅ。ありゃ?見ねえ顔だが、どっかから来たんかぇ?」

 

近付くと向こうから話しかけてきてくれた。しかし初対面なので、不思議そうな顔をされるとこちらもちょっと困る。

 

「少し前からここに滞在させて頂いている、タマモという者だ。見ての通りハンターをしている。」

「あぅ!あのハンターさんだったかい!まぁ、今日は何の用でい?」

 

あの、とはどの事か全然分からんが、とりあえず用件を告げる。

「この双剣を強化して欲しいのだが…これが素材だ。頼めるか?」

「あぅ、お安い御用でい!小一時間程で完成するけぇ、村ん中でも見てってくれや!」

 

タマモは既に自分の愛刀と化している狐双刃アカツキノソラを差し出す。やはり自分の見込んだ通り、双剣は良かった。

ちなみに強化の為の素材はナギのアイテムBOXからこっそり拝借してきた。沢山あったので少しぐらい使っても気付かれないだろう。同族の素材を見るのは少々心が痛んだが。

 

こうして強化を任せ、タマモは加工屋を後にした。これから何処に行こうか考えていると、不意に自分の着ているミツネsフォールドの裾が何者かに引っ張られていることに気付く。振り返ってみると、そこには薄水色の毛並みをしたアイルーがちょこんと立っていた。

 

「…っ!」

 

その可愛さに思わず息を呑む。抱いて撫でて高い高いしてあげようと思ったが、律儀に一礼して喋り始めたので手を止めた。

 

「いきなり申し訳ないですニャ。ボクはこの村の案内をしているアイルー、サジと申しますニャ。察するに、この村はあまり来たことがないとお見受けしますニャ。なので案内をして差し上げますニャ~」

「よ、良いのか?」

「はいですニャ。この村の魅力を、余すところなくお教えしますニャ。」

「そ、そうか…なら、宜しく頼む。」

 

こんな可愛いアイルーに村を案内してもらえるのだ、タマモは二つ返事で承諾した。尤も始めから断る気も無かったが。

 

「じゃあ、始めはこの商店街からですニャ。観光のキホンは、やっぱ食ですニャ~!」

 

元気よく走り出す水色の背中を見て、タマモの足も少し速まったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「どうでしたかニャ?」

「うむ、最高だった…」

 

村の中心を貫く石段を上りながら話す一人と一匹。商店街では、雑貨屋や素材屋の他にもかなりの数の料理店が軒を連ねていた。

その中の何件かをサジと共に回り、少し雑貨屋を見て戻ってきた。やはり人間の作る食べ物は旨い。前に四日間程食べていなかったので尚更だ。

惜しむらくはエメル達と出会えなかった事だろうか。

 

 

「さて…最後は、あそこですニャ」

 

サジがビシッと指差す先は、村の一番奥に鎮座する他のより一回り大きい建物だった。

 

「前から気になってはいたのだが…何なのだアレは?」

「あの建物こそが、ユクモ村が誇る温泉!まぁ集会浴場ですニャ。」

「む、あの建物だったのか…」

 

前からユクモ村に温泉がある事は知っていたが、まさかあんなに巨大だとは。もっとひっそりと湧き出る秘湯のようなものをイメージしていた。

 

「ささ、最後は温泉に浸かって旅とか歩き回った疲れを癒しますニャ。その後は厳選されたドリンクが冷えて待ってますニャ。心ウキウキワクワクですニャ~」

「ほう…なら行こうか。」

「了解ですニャ!」

 

これ以上飲み食いするのもアレだとは思うが、満喫する為にも気にしない事にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…?これはどうすればいいのだ…?」

 

タマモは今、集会浴場の脱衣場に居た。勿論女性の。

どうやらここは混浴で、ユアミなるものを着用してから風呂に入る決まりらしい。が、肝心のユアミの付け方が分からず苦戦中なのだ。

 

「ここをこう結べば…?むぅ、違う…」

「タマモさん、結べましたかニャ?」

「いや、何処をどうすれば良いのか分からなくてな…」

「それなら、今がチャンスですニャ。浴場に誰もいないうちにゆっくりするのですニャ。」

「それもそうか…ならば入るとしよう。」

 

そう言い湯船に向かい足を浸けると、実にいい感じの湯加減だった。熱くもなく温すぎなく…こういうのを「適温」と言うんだったか。

 

「ニャ~、やっぱいつ来てもいい湯ですニャ…」

 

気持ち良さそうな顔をしながら肩まで浸かるサジ。そんな姿を見ているとちょっと意地悪したくなる。お湯をチャプッと掛けてやると「何するんですかニャ~。」と言う。あぁ…可愛い……。

しばらくサジと戯れながら絶景を眺めていると、自分達の他にも人が入ってきた事に気づく。タマモは今の姿を見られるのはマズいと思い、必然的に湯船の奥へと移動する。そして声の大きさを落としてサジに話しかけた。

 

「悪いがユアミを着せてくれぬか…?着用の仕方が分からんのだ…って何でアイツこちらに来るっ!?」

「別にいいですけどニャガボォッ!?」

 

まずい。近付いてきたから動揺してサジを湯船の中に沈めてしまった。いや、寄ってくるならまだ平常心を保てたが、その前に呼び掛けられた声が物凄く聞き覚えのある声だったのだ。

もう壁伝いに逃げようと思って後ずさった時、急に風が吹き込んだ。それまで充満していた湯気が殆ど吹き飛び、タマモのボディラインが明らかになる。

 

湯気の向こうに立っていたのは誰であろう、やはりナギだった。その瞬間、彼女は手元にあった檜の桶をひっ掴み、体を捻って思いっきり投擲した。

ナギの驚く顔が一瞬見え、遅れて盛大に水飛沫が飛び散る。

 

タマモが我にかえった時には、既にナギは湯船の中に倒れていたのであった。 

 

 

 

 



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ユクモの地に降り立つ四人 ~後編~

「ナギ、風呂で泳ぐのはどうかと思うぞ…?」

「はっ!?」

 

その一言でナギは目を覚ました。目線を上に遣ると、そこには美術品の彫刻のような体をしたイジスが立っていた。

 

「お、起きたか。ずっと倒れてたから溺れたのかと思ってたぜー」

「人を勝手に溺れさせるなよ…ってか、俺どうしたんだっけ…?」

 

ナギはあやふやな記憶を一つずつ思い出していく。確か風呂に入りに来た後、タマモを見つけて近寄ったのだ。しかし何か良くない琴線に触れてしまったのか、桶を投げられて……

そうだ、あいつに桶投げつけられたんだ。そしてその原因は多分彼女の上裸を目撃してしまったからだと思われる…

 

「…タマモは?」

「あいつだったらあっちの方で浸かってるぞ?」

「まだ入っているのかよ!?」

 

そう思い目を凝らして立ち込める湯気の奥を見てみると、確かにタマモと思しきシルエットが湯船に浸かっているのが分かる。その影はこちらが見ている事に気が付いたのか、お湯を掻き分けて近付いて来た。

 

「さ、先程はすまなかったな…」

 

タマモは少し俯き呟いた。頬がほんのり紅くなっているのは湯に浸かり過ぎたせいではないだろう。対面に一瞬身構えたが、今度はちゃんとユアミを着てくれていた。ナギはホッと胸をなで降ろす。

 

「いや、俺の不注意もあったけどいきなりは流石に驚いたよ…」

「あ、あれはその、反射的に…」

 

まぁその気持ちは分からなくはないが、桶を投げつけられるとは予想外であった。もっと穏便にやり過ごす方法はあっただろうに…

 

「ん、何の話だ?」

 

話の流れをぶった斬るようにしてイジスが割って入ってくる。ナギは話題転換の意味も兼ねてイジスにこう振った。

 

「何でもないよ。それより、何処の店を食い歩いて来たんだ?」

「ん?まあ目についた店は片っ端から回って来たぞ。特産タケノコとモスポークの甘辛和えとか、薬草粥のユクモ温泉卵とじとか…もう全部美味かったぜ~!ユクモ村っていいとこだなぁ!」

「お。おう…」

 

ナギは苦笑いする。それは食の観点に於いてのみ、だと思うのだが。それより、こんな大食漢と一緒に回っていたエメルは大丈夫なのだろうか。今頃苦しそうにしている気もするが。

 

「一緒にいたエメさんは大丈夫だったのかよ?」

「それなんだけどな、こーんぐらいの皿を、『やっぱり、お料理っていいですね~!』とか言って平らげてたから大丈夫なんじゃないか?」

 

イジスは今、俗に言う「大盛」ぐらいの皿のことを指したのだと思う。それを難なく平らげるとはエメルもコイツと同じく大食いなのかもしれない。正直ちょっと驚いた。やっぱり学者は頭を使うので、その分カロリー消費も激しいのだろうか。

 

「タマモは村を回ってみてどうだった?」

「私もそれなりに良い所だとは思った。村の人々は余所者の私にも暖かく接してくれるし、それに…優秀なガイドさんに案内してもらえたしな…」

「ガイド?」

「呼びましたかニャ―?」

 

そんな声と共に一匹のアイルーが湯船から顔を出す。これがそのガイドとやらなのだろうか。

 

「申し遅れましたニャ、ボクはタマモさんの村観光案内をしているアイルー、サジという者ですニャ。どうぞ宜しくですニャ。」

「へぇ、観光ガイドアイル―って本当に居たんだな…」

 

サジはそう言われてエッヘンと胸を張る。ナギも噂でしか聞いた事が無かったが、まさか自分の村に居るとは思わなかった。

少し話を聞きたいと思ったが、それはタマモによって制されてしまう。

 

「ずっと浸かっていて苦しかったろう?なでなでしてやる~」

「や、やめて下さいニャ~」

 

そう言いながらまんざらでもない様子で撫でられるサジ。そういやタマモってアイル―好きなんだったっけな…

満足げな表情でサジを撫でくりまわしていたタマモだが、ふと思い出したようにイジスに問いかける。

 

「ところで青果店で何かの果汁ジュ―スを飲んだのだが…イジス達も飲んだのか?」

「あ―、飲んだ飲んだ!アレ旨いよなぁ!俺なんか4つも飲んじまったぜー!」

「流石に飲み過ぎだろうが。私もこの後もう一杯買って行こうかな…」

 

暫く二人の会話を聞いていたが、体が火照って来たのでそろそろ温泉から上がることにする。

 

「俺はもう上がるけど、二人はどうする?」

「私もそろそろ出る。いい湯だったのでちょっと名残惜しくはあるがな…」

「先に行ってて貰っていいぞ。俺はもうちょい浸かってくぜ~。」

 

という事でイジスを残しナギとタマモはそれぞれの脱衣所へと入って行った。防具を再び着込みながら、ナギはこれからどうしたものかと考える。

 

イジスとエメルは暫くこの村に滞在するらしいからそれでいいだろう。だがタマモはどうなるのだろうか。今の所はナギの家に住み込んでいる形になっているが、同居人を養えるほどナギの稼ぎは多くない。いつかは家を見つけてもらう羽目になるだろう。

そんな事を考えていると、隣接している女性の脱衣所から何やら話し声が聞こえてきた。ここは通気の為だか知らないが天井と壁の上の所に隙間が空いているので、時折向こう側の音が聞こえたりするのだ。別に差し支えはないが。

 

「ちょっ、そこを触るのか…」

「触るワケではないですが、ここ引っ張んないとユアミがほどけないんですニャ…」

「なっ、そこは…ちょっと待て。一旦その手を止めろ…」

「でもこうした方が早いですニャ。えいっ」

「うひゃあっ!な、何をする!?」

 

…前言撤回。差し支えありまくりである。傍から聞いてると完全に勘違いされそうな内容だ。それも少しだけなら我慢できるが、「あっ…」だの「ふえっ…」だの着替えるだけなのにそんな声出るハズないだろと思うものまで混ざっている…

遂にナギの堪忍袋の緒も切れた。

 

「あの、お前らさぁ…そういうのは他所(よそ)でやれぇっ!」

 

脱衣所に、ナギの嬉しい悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「全く、ここは公共の場だ…」

「うう、すまない…まさかあのような事が必要だとは…」

「そうやって誤解を招くような事を言うなって!」

 

今、二人は集会浴場から出て石段を下っている最中である。風呂上り緒後の醍醐味である温泉ドリンクは少し高めだったのでやめておいた。ハンターたる者、節約が大事だ。しかし、節約つながりで聞きたいことがある。

 

「ところでさぁ…その背中の双剣は、『つるぎたち研刃の切耶』だよなぁ?いつ強化したんだぁ~?」

 

ナギが尋ねると痛い所を突かれたらしく、タマモは明後日の方向へ目を逸らした。

 

「なっ…ゼニーは、自分のから出したぞ…?」

「素材は?」

「そっ、それは…… ナギのBOXからちょいと拝借を…」

「使ったんだな…?」

「うむ…すまない…」

「……まぁ、自分の武具を強くする目的なら俺はいいけどね。正直、レベル1辺りじゃ不安だったろ?」

「そうか、なら良かった…」

 

タマモの装備は近々強化してやろうと思っていたし、これで良かったのかもしれない。

 

 

石段を下り足湯の前まで行くと、聞き覚えのある声で話しかけられた。

 

「あ、いたいた~やっと見つけましたよ~」

 

振り向いてみると、そこにはやはりエメルがいた。まぁその独特の喋り方で誰かは一発で分かったが。

 

「あぁエメさん。何か用ですか?」

「さっきまで足湯の泉質調査をしてまして~、そこでお二人さんを見つけたので丁度良いかと~」

「足湯の調査って…」

「実は~ちょっと相談しようと思ってた事がありまして~…」

「む、何事だ?」

「はい、研究材料の件、なんですけどね~…」

 

この相談が、今後のタマモのハンター生活を揺るがす事になろうとは、思いもしなかったのだった。

 

 



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ざわめく森

「で、その材料がどうかしたんですか?」

 

エメルから相談を持ちかけれたナギ達は茶屋に来ていた。別に立ち話でも良かったのだが、「そういう訳にはいきませんよ~」とここに通されたのだ。そんなに大事な話なのだろうか。

彼女は茶を一口啜って喋りだす。

 

「前に、ユクモ地方の素材が研究に必要だと言う事は話しましたよね~?それで村の皆さんに色々聞いて回った結果、『ユクモの堅木』が最適だと思いまして~…」

「それを私達に採集してきて欲しい、と?」

「いえ、今回は私も同行します~。当初は一人で行こうと思っていたのですけれど、大勢で集めた方が多く取れそうなのでお二人に協力を求めた次第です~。」

 

ナギはなるほどと思い納得した。ユクモの堅木の採集程度ならすぐ終わるだろう。それにエメルの言う通り、一人よりも多人数で行った方が採集の効率は上がると思う。

しかし、ナギには一つ引っ掛かる事があった。

 

「ハンターではない龍歴院の研究員が、フィールドに立ち入って大丈夫なんですか?」

 

基本的にハンターとモンスターの生態を観測する気球以外は、安全と生態系をみだりに乱されるのを防ぐためフィールドへの立ち入りは禁止になっているはずだ。その事を問うと、彼女はこう答えた。

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?私達研究員は狩猟や素材の採集も行う為に、ハンターも兼任している事が多いんです~。勿論私もハンターですよ~」

「そ、そうだったのか…!?」

「いや、初耳ですよ…というかエメさん、ハンターってイメージが無いんですが…」

「失礼な~、私はこれでも多少は自分の腕に自信があるんですよ~?」

 

エメルはぷぅ、と少し頬を膨らませながら答える。初めて会った時から感じていたマイペースな雰囲気と、自分達のようなハンターという職業が結び付かなかったから驚いたのだ。

というか、同業者なら何でジンオウガ狩猟の時に付いて来なかった。研究が忙しかったのだろうか。

しかし、意外な人がハンターやってるもんだなぁ…人は見た目に依らないという事だろう。

 

「素材を採りに行くと言っても採集ツアーですので、時間はそんなに掛からないかと思います~。」

「そうですよね。俺はいいけど、タマモはどうする?」

「私も付いて行く。少し前から実家が恋しくなっていたし…久々に渓流を回りたいからな。」

「そっか。なら、俺らも同行させてもらいます。」

「助かります~。では、すぐ行きましょ~う!」

 

エメルは二人の手を引き茶屋を出る。こうしてナギ達はユクモの堅木の採集に付き合う事となった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

三人は予定通り渓流に到着し、準備を進めていた。とは言っても採集のみなので、狩りをする時程入念な準備は要らない。使うかは分からないが、ナギは一応ピッケルを持ってきた。

 

「ふぁぁ~、ここはすごい景色ですね~…」

 

エメルが遠方に見える山々を指しながら呟く。きっと初めて訪れた渓流からの眺めに感動しているのであろう。

 

「あの山なんか、巨大なモンスターの牙の化石みたいですね~!一度研究してみたいです~。」

 

…どうやら違ったようで、彼女の眼を通すと山すらも研究対象として見えるらしい。職業病かよ。

 

そんな彼女でも準備はしっかりしており、ナギの見たことのない装備をしていた。名を「龍歴士シリーズ」と言うその防具は白いマントのような物を羽織り、所々化石を模している鎧が付けられている。さながら白衣のようで、学者である彼女にはぴったりだろう。

武器は片手剣の「歴耀剣クレテシア」で、灰と藍の色彩が目を引く。ナギが駆け出しの頃支給されたベルダ―ソードの最終強化らしい。

これらのことから、生半可な実力ではない事が伺える。やっぱり見た目によらず凄いハンターなのかも知れない。

 

「ところで、堅木はどのエリアから採れるんですか~?」

「私の知っている範囲ではエリア5、4の倒木から採集できるらしいが、他の所からも取れるかも知れんな…」

「タマモさん、よく知っていますね~」

「まぁ、少し前まで住んでいたからな。」

「やっぱり────でしたか~…」

「…?何か言ったか?」

「いえ、独り言です~。」

 

エメルの呟きを訝しがるタマモ。ナギも何を呟いたのか気になったが、二人共準備は出来ていたのでそろそろ行こうと促す。ナギは二人に声を掛け、一行はベースキャンプを後にした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

三人はエリア1、2、3を抜けてエリア9に来ていた。ここはユクモの堅木が採集…もとい、剥ぎ取れるエリアで、ベースキャンプから近かったので始めに訪れた。途中のエリア3でタマモがアイル―の皆さんと戯れていた分少し時間を食ったが、さしたる問題ではない。

 

「う~ん、大量大量!皆さんはどうですか~?」

「私は3つ剥ぎ取れた。ナギはどうだ?」

「俺は2つかな。1つユクモの木だったから。」

「首尾は上々~、でも、このエリアからはもう取れなさそうですね~。」

 

まずはユクモの堅木をトータルで9つ採集できた。いくつ必要なのかは分からないが、なるべく耐久性がありそうな部分を選んで剥ぎ取った方が良さそうだ。

これ以上このエリアに用は無いので、ナギ達はエリア5へと向かうべく、南側に口を開けている洞窟の中へと入っていく。

 

 

「私もこのエリアには訪れた事が無かったが…こんなに美しい所だったのだな。」

 

タマモはそびえ立つ石筍や淡い黄金色に輝く洞窟奥部を眺めながら呟いた。この景色はナギも初めて訪れた時に圧倒されたものだ。エメルも同じように景色に感動するかと思ったのだが。

 

「おぉ…カブレライト鉱石に…これは太古の塊じゃないですか~!ナギさん、ピッケルありがとうございます~!使い切っちゃいましたけどね~」

 

彼女は景色に目もくれず、洞窟内の採掘ポイントを巡り掘り出された鉱石類に目を輝かせていた。

…そんなに掘りたいなら火山にでも籠ったらどうですか。まぁ、もし連れて行ったら戻って来なくなりそうなので止めておこう。

 

「いや~、良い研究材料が取れました~。そろそろ次行きますか~。」

「はは…」

「それは良かったですね…」

 

半ば引きぎみに言うナギとタマモ。学者として研究熱心なのは良い事だが、それに没頭し過ぎて本来の目的を忘れないか心配だった。

 

 

 

 

 

それからナギ達は順調に足を進めていき、今はエリア5にて採集を終えた所だ。

 

「よし、こんなもんかな…」

「終わったか?なら次のエリアに向かうか。」

「そうだな…って、エメさんは?」

「彼女なら、あっちで何かしているみたいだが…」

 

見ると、タマモの言う通りエメルはエリア6の入り口付近をうろついていた。始めはキノコでも探しているのだろうと思ったが、何故か必要以上に辺りをキョロキョロと見回し、まるで何かに警戒しているようである。

ナギは近づいて声を掛ける。

 

「エメさん、どうかしたんですか?」

「えっと、あの~…そろそろ採集をやめて、帰りませんか~?」

「へ?まだ次のエリアもありますけど…?」

「と、とにかく!採集は切り上げて、さぁ帰りましょう~!」

 

いきなり帰ろうと言い出すエメル。彼女のこういう気まぐれな言動は何回か経験してきたが、今回は少しばかり強引な気もする。

 

「うーん…そこまで言うのなら…タマモ、切り上げるか?」

「私は別に構わんが………っ!?」

 

タマモに意見を求めようとした時、彼女の目が大きく見開かれた。その視線は、自分の後ろを見据えている。異変に気づき、背後を向こうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

ナギの身体に、衝撃が走った。

そのまま横に思い切り吹っ飛ばされ、木の切り株に全身を叩き付けられる。骨が軋み、肺の中の空気が一気に吐き出された。

 

「がっ!?」

「ナギっ!」

「ナギさん!?」

 

タマモとエメルの驚愕の声が聞こえて来るが、そんな事は気にしてられない。何者だ。一体何が、ナギを襲ったのだ。

意識を必死に保ちつつ、さっきまでナギが居た所に目を遣ると。

 

「タマミツネ…」

 

ナギを襲ったのは、紛れもなくタマミツネだった。しかも、頭部と尻尾に何やら黒い障気を纏っている。

 

突然のモンスター登場に二人は面食らっており、その場に立ち尽くしていた。しかしタマモは気持ちを切り替え、背中のつるぎたち研刃の切耶を引き抜きながら泡狐竜に向かって駆け出す。

 

「いきなり奇襲とは、卑怯にも程があるだろう!」

 

タマモは双剣を振り回しながら言った。だがそんな彼女の奮闘空しく、泡狐竜はナギに狙いを定め、華麗な身のこなしで一気に肉迫してくる。

逃げようと思ったが体が言う事を利かない。先程の一撃で、体力を半分以上奪われてしまったようだ。

泡狐竜の尻尾が、一段と赤黒く輝きながら降り下ろされた瞬間──。

 

 

ナギの意識は、そこで途切れた。

 

 



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狩りの後の幕間

 

目が醒める。自分の体の下には、フカッとした感触の物があった。パチパチと、かがり火の薪が弾ける音が耳に心地良い。

 

「……っ!?」

 

ナギはゆっくりと上体を起こし、自身の置かれている状況を確認する。ここは…ベースキャンプか?

 

「俺、どうしたんだっけ…?」

「む、起きたかナギ。身体の具合はどうだ?痛い所はないか?」

 

不意に自分以外の声が聞こえ、その方向を向くとタマモが心配そうにこちらを見ており、近寄ってきて隣に腰掛けた。ナギは自分の体を一通り見回してこう言う。

 

「そうか……。俺、さっき泡狐竜の一撃を食らって…」

「そのまま力尽きてしまっていたぞ。見た感じ今は大丈夫なようだが…どうなのだ?」

「うーん、少し寝てたみたいだし、回復はしたかな。普通に動く分には問題無いよ。」

「そうか…なら良かった。あの時は流石の私もどうしようかと思ったぞ…」

 

タマモの瞳が不安そうに揺らぐ。ナギはそれを見て、泡狐竜の気配に気づけないでいた自分の不甲斐なさを悔やんだ。

 

「…ゴメン、心配かけて悪かったな…」

「いや、ナギのミスではないからな……。気にする事はないさ。」

「おや?おぉ、目を覚ましましたかナギさん~。具合は大丈夫ですか~?」

 

タマモと話していると、そこへエメルがやって来る。口調こそいつもの感じに戻っているが、言葉の端から自分を心配してくれている気持ちが滲み出ていた。

 

「えぇ、少し寝たお陰でだいぶ回復しました。心配掛けてすみませんでした…」

「そうですか、良かったです~。私も心配してましたけど、あの時はタマモさんが『なっ、どうすれば…どうすれば…』って取り乱して、ネコタクを呼ぶ前にナギさんをおぶってここまで連れてきたんですよ~。」

「そうなのか、タマモ?」

「…っ!そ、それを言うなぁエメル!」

「ありゃ、すいません~。つい口を滑らせました~。」

 

…それ程にまで自分の事を心配してくれていたのだろうか、少し嬉しく感じる。

 

「…その、ありがとうな…」

「ん…うむ……」

 

お礼に頭をぽんぽん、と撫でてやると彼女は顔を赤らめ、少しばつが悪そうに俯く。そんなやり取りを微笑みながら眺めていたエメルは、ぱんっと手を叩くと切り替えるように声を出した。

 

「でも……今日はもう引き上げた方がよさそうですね。そろそろ制限時間が迫っていますので~……」

 

ふと西の空を見やると、太陽は山の稜線に隠れ、微かな残光を残し沈もうとしていた。

ギルドはハンターが疲労したまま狩りを続行し、事故が起こってしまうのを防ぐ為に一つ一つのクエストに制限時間を設けている。採集ツアーも例外ではなく、ナギ達はその時間ギリギリまで渓流にいた事になっていた。

 

「そうですね。あの泡狐竜の事も早めに報告をした方が良いと思いますし、さっさと荷車を呼びましょう。タマモ、引き上げるから準備しておけよー。」

「ナギの手…以外と大き……はっ!?わ、分かった!」

「? 何ボーっとしてたんだ?」

 

どこか上の空だったタマモを後目に、ナギも荷物を纏め始める。少し腕に鈍痛が走ったが、普通に生活する上での支障はなさそうだ。

 

程なくして到着した荷車に乗り込み、三人は夕暮れの渓流を後にした。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「…はい、採集ツアーお疲れ様でした!それにモンスター出現の情報提供ありがとうございます。こちらの件はギルドに報告しておきますので、何かあればまた聞いてください。」

 

三人はユクモ村に戻り、ハンターズギルドで受付嬢のコノハに渓流での出来事を報告したばかりだった。ちなみに龍歴院のハンターでもギルドに介入したりできるので問題ない。実質名前が違うだけで組織の垣根はないようなものだ。

 

「でも、獰猛化モンスターが現れるとは珍しいですね~…」

「そうですね…この地域ではあまり目撃報告がありませんし、何かあったんでしょうか?」

 

エメルとコノハが、カウンター越しにモンスター談義に花を咲かせている。

 

獰猛化。

それは、モンスターが何らかの要因により極度の興奮状態に陥った状態の事を指し、最近になって確認され始めた状態だった。ナギも何度か対峙した事はあるが、普通のモンスターより攻撃が激しい上に体力も高く、討伐には手を焼いたものだ。

 

「それで、獰猛化したあの泡狐竜はどうなるのだ?」

「今は発見の報が舞い込んだばかりなので、しばらくは経過観察です。人家に被害を出すようであれば討伐に踏み切りますけどね…」

「討伐…やはりそうなるのか…」

 

今度はタマモが問いかけるも、討伐というその言葉を聞いて苦い顔をする。彼女にとっては同族の個体が殺されるか否かの話になるので、心配せずにはいられないだろう。

 

「えーっと…すぐに討伐される訳ではないですし、そう気を落とす事もないですよ。というよりそんなにタマミツネに愛着があるんですね、タマモさんは。ちょっと憧れちゃいますよ。」

「へっ!?あ、愛着ではないのだがな…まぁ、好感を持っているという事は否定しないな。」

「じゃあ、今度色々お話を聞かせて下さ…」

 

「……な~にが『色々お話聞かせて下さい』なんですか早く持ち場に戻ったらどうですか…?」

「ひっ…ササユさん…?」

 

気がつくとコノハの後ろに人影が。その人物は誰であろう、同じ受付嬢のササユだった。彼女は鋭い声で呟くと、コノハの襟をひっ掴みずるずると引きずり出した。

 

「あなた今日は下位受付と書類整理担当でしょう…こんな所で油を売られていては困ります。ちゃんと仕事して下さい。」

「いや、さっきは新たなモンスター出現の情報をですね…」

「問答無用。今日のおやつは抜きです。」

「え!?それは勘弁して下さいよ!ナギさーん、助けて下さーい!……」

 

ササユはそのまま彼女を引きずって奥の事務所へと消えていった。自分に助けを求められても困る。というかおやつ抜きが罰ってギルド軽いな。ちゃんとタマミツネの件は上に報告されるのだろうか、今のやり取りでちょっと不安になってきた。

受付嬢二人が去り、いる意味が無くなったナギ達は。

 

「あ―…このまま立ち往生するのも何だし、とりあえず帰るか…」

「そうだな…」

「ですね~…」

 

二人も倣って意見は同じらしい。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ナギ達がマイハウスまで帰ってくると、何故かイジスが出迎えてくれた。

 

「おぉ、遅かったな。どこ行ってたんだ?」

「…何でいるんだ、お前。」

「いやー、村ん中探してみたけどお前らが居なくてよ、行く当てもないからお邪魔してたぜ。で、どっか行ってたのか?」

「あぁ、それはだな…」

 

とりあえずイジスに何があったのかを説明する。

ユクモの堅木の採集に同行した事、エメルの職業病が思ったより酷かった事、獰猛化したタマミツネが乱入した事、ナギが力尽きた事、コノハのおやつが抜きになった事……

等々、これまでの出来事をかいつまんで説明した。

 

「ふ―ん、そんな事があったのな。そいつと戦えなかったのは残念だけど、村に居る間にいろいろ出来たから良かったぜ~」

「…まぁ何してたのかは聞かないけど。それより、今日はもう遅いけど皆は宿とかどうするんだ?」

 

渓流を出たのは夕方なので、今はすっかり夜である。彼らの宿はどうする気か気になって聞いてみた所、三人はばっ、と明後日の方向に勢いよく視線を逸らした。

…まさか。

 

「お前ら、その反応は…?」

「私はお部屋を取り損ねたので~、ナギさんのお宅に泊まらせて頂ければ…」

「私は宿の取り方が分からないから、その…ナギの家でもいいかなって…」

「お、俺は金欠で宿取る金がねぇんだ。だから泊めてくれ―」

「………いやいやいやちょっと待て!?村に滞在するつもりだったんなら初めから宿取っとけよ!というかイジス、お前はジンオウガ狩猟の時の報酬金があっただろ!」

「村で全額使い果たした」

「バカかお前は!計画性持って使えよ!」

 

いや、計画性がないのはイジスだけではない。コイツら全員行き当たりばったりで何とかしようとしてやがる。

 

「え~、良いじゃないですか~ナギさん~…?」

「私も妥協するから、ここは一つ頼む…!」

 

タマモとエメルに上目遣いで迫られて言葉が出ないナギ。すがるような目で見つめられるとこちらも心にくる物がある。というかタマモ、何を妥協するつもりだよ。

 

「…………あ―、分かったよ。みんな他に行くあてもないんだったら、しばらく泊めてやるから……。」

「やった~!ナギさん、ありがとうございます~!」

「ふう、何とか了承を得た…ありがとう、ナギ。」

「おーし!そうと決まれば宴会しようぜ宴会!!」

 

おい誰だ宴会とか言い出した阿呆(イジス)は。

 

「お、いいですねぇ~。そうと決まれば、私達は買い出し行ってきます~。」

「…いや勝手に決めないで下さいよ。」

「わ、私はどうすればいいのだ?」

「何もするな…もう俺は疲れたよ~…」

「だ、大丈夫か…?」

 

そんなタマモの呼び掛けも耳に入ってこず、ナギはベッドに向かってドサッ、と倒れ伏した。

この後、イジスとエメルによって主催された謎の宴会は夜遅くまで続くハメになるのだが……

 

…まぁ、たまにはこんなのも悪くないかな。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

夜も更け、朧月に掛かる雲が晴れる頃、タマモは一人縁側でその月を見つめていた。

昔はこうして一人で月を眺めていたな…今となっては彼らと一緒に過ごしているが。

 

「ん…?タマモ、まだ起きてたのか。」

 

ふとそんな言葉がタマモの耳に届く。振り向くと、そこにはナギが立っていた。大方寝床に就こうとしたところで自分の姿を見つけたから声を掛けたのだろう。

 

「あぁ、ちょっと考え事をしていてな。」

「考え事って、まだあのタマミツネの事が気になる、とか?」

「ん…まぁ、そうだな…」

 

そう、月を眺めながら考えていた事は昼間、渓流で出会ったあの泡狐竜の事だった。尻尾や頭に黒い霧を纏っていたとはいえ、あれは確かに……

タマモは、今までナギに黙っていた事を口にした。しかしそれは、できれば隠しておきたかった事だ。

 

「……あの泡狐竜は、私がまだ幼かった頃に狩りの事や、あの厳しい世界で生き抜く方法を教えてくれた…いわば『兄』みたいな存在だったんだ。」

「へぇ、そうなのか…。」

 

ナギは何かを悟ったように黙り、それ以上は深く聞いてこなかった。

そして彼は「タマモもそろそろ寝ろよ。おやすみ」と言い残して廊下を歩いていった。

 

 

 

……何だろう、この気持ちは。

心の中にある、ほんわかとした感じ。

モンスターだった頃には無かった、暖かい気持ち。

 

ナギといると、気付いたらそんな気持ちになっている事がある。何なのだ?これは。

 

少し考えてみるも答えは出てこず、その疑問は泡のように浮かんでは、夜空に消えて行くのだった。

 

 

 

 



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タマミツネ編
ナギ達の朝


 

鳥のさえずりが聞こえたような気がして、ナギはぼんやりとまぶたを開く。最初に目に映ったのは、見知った我が家の天井だった。

 

「………もう朝か。」

 

昨日の謎の宴に付き合わされたせいで就寝時間がズレてしまったが、昼までは寝過ごしてはいないようで一安心するナギ。でももうちょっと寝ようかな…と思っていると、ふと違和感がある事に気付く。

 

「……ん?」

 

自分の体が、まるで金縛りにでも遇ったかのように動かない。いや、正確に言えば動きはするのだが、いつもと違いあまり身体の自由が利かないように思えた。だが寝返りぐらいは打てたので、違和感の正体を確認しようと反対側を向く。

 

「………………。」

 

そして言葉を失った。なぜなら、タマモが居たからだ。

ホントに居た。布団の中で、自分の目と鼻の先ですやすやと寝息を立てている。

 

(は、はあああああぁぁぁっ!?)

 

ナギは動揺した。当たり前だ、同じ歳ぐらいの少女が自分と布団の中で一緒に寝ているのだ。戸惑うなと言う方が無理である。何故だ。しっかり自分の布団に入って寝たはずなのに、何故彼女が目の前で寝ている。

それにこの状況、一つの布団に二人で向かい合わせという構図なので顔が物凄く近い。彼女の下ろした長髪から漂う良い香り、柔らかく閉じられたまぶたに小さな桃色の唇、すっと整った鼻から寝息が直に伝わってくるので自分の焦りを一層増幅させた。

 

(ど、どうすれば……)

 

このままの状態ではマズい。かなりマズい。自分のせいではないけれど、バレたらタマモに引っ叩かれそうだ。

とりあえず、顔が近いのを何とかしようと、逃げるようにして下に顔を向ける。

 

「・・・・・・・。」

 

向けた先で目を逸らした。

こっちはもっとダメだった。小さいけど、形のいい二つの膨らみが服の隙間から見えていた。

完全に詰んだ。こんな状況下に於いて二度寝出来る程自分の精神は強くない。

ナギは仕方なく、未だに寝ているタマモに気づかれないように床から抜け出したのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ナギさん、おはようございます~。」

「ふぁ…あ……。ナギ、おはよう。」

 

ナギが朝食の準備をしていると、次にタマモとエメルが起きてきた。エメルはいつも眠そうな雰囲気なので違いは感じないが、タマモは常に横で纏めてある髪は下ろしており、若干眠たそうに半開きの目をこすっている。

それが普段の彼女とは違いしおらしく見え、先程の出来事も相まって言葉に詰まりかけたが、何とか平静を装い返事をする。

 

「あ、あぁ……エメさんにタマモ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「それはもう、ぐっすりと~」

「うむ、特に不自由は無かったな。しかし、昨日私はあんな場所で寝ていただろうか…?」

 

痛い所を突かれギクッ、となったが、同じ布団に入っていた事には気付いていないようなので適当にあしらうと、タマモは特に訝しむ様子もなくエメルを連れて洗面所へ向かっていった。

もし発覚していたら先が思いやられるなぁ…と思いつつ朝食の準備を再開すると、いつも通りに髪を結わえ上げたタマモが台所にやって来て、何を思ったか魚籠(びく)に入れてあるサシミウオを掴んで捌きだした。

 

「朝っぱらから生魚なのか…?」

「何を言っているのだ。これは『サシミウオ』と言うのだろう?刺身で食べるのが相場ではないか」

「まぁ、確かに名前にあるけどさ……」

 

朝食に刺身を食う奴なんてそうそう居ないって。確かタマミツネは肉食で、魚を多く食べるのでそれに倣っているのだろうが、人間になっても食性はそんなに変わらないらしい。

 

調理にそんなに時間を割く訳にもいかないので手早く盛り付け、食卓に運ぶ。ちなみに今朝は焼きサシミウオともやしを使った副菜である。

もやしは良い、煮ても焼いてもかさ増しになるし、ゼニーの節約にもなるので一人暮らしの必需品だ。まぁ今は食客が3人増えているが。

準備した膳を人数分並べ、食卓を見回してから、ナギは短く溜め息をついた。

 

「……あいつ(イジス)はまだ起きてこないのか…?」

「そのようだな…」

「そうなんですよ~。揺すっても全然起きないんです~。」

「はぁ、ちょっと起こしてきます…」

 

確かにあいつは朝に弱い。かなり前にイジスと夜通しで狩りをした時、夜が明けてから帰りの荷車に乗せるのにも一苦労したものだ。

 

仕方ない、あの手を使うか。

 

そう思いつつ先程まで自分達が寝ていた部屋に行くと、案の定大きい体が布団に横たわって未だに惰眠を貪っていた。

ナギは部屋の奥にあるアイテムBOXの中から目当ての物を取り出した後、再びイジスを見やると、

 

「………もぅ、食えねぇよ~……」

 

幸せそうな顔をして寝言を垂らしていた。コイツは夢の中でも食ってやがるのか。いい加減起こそうと思いナギは一呼吸置いてから、その手に持った物を思いきり叩きつけた。

 

「………………うぉ!?」

 

パァン、と小気味のいい音が響き渡り、飛び起きるイジス。

 

今コイツに見舞ったのは主にフルフルなどの体内から取れる「電気袋」という物だ。朝寝起きが悪い奴の目を覚ます為には手っ取り早いし、文字通り雷に打たれたようにスカッと起きれるのでそれなりに使える方法である。

そんな電撃を食らわされた事などつゆ知らず、この健康優良超人は朝にこそ相応しい爽やかな笑みを見せる。

 

「おはよう、ナギ!いい朝だな!」

「はは…そりゃ良かったよ。もう飯も出来てるから早く食べるぞ。」

「おぉ、早速飯か?なかなか準備が良いじゃんか」

 

お前が遅くまで寝ていたから朝食の準備が追い付いたんだよ。

そうは思ったが言葉には出さずに、イジスを連れて居間へ向かう。

 

 

「む、来たか。先に頂いているぞ」

 

その言葉通り、二人は食事を始めていた。タマモは味噌汁を啜り、エメルは幸せそうな顔をしながらもやしをもっしゃもっしゃと頬張っている。

ナギ達も席に着き、手を合わせて食べ始めた。

 

 

「そういえば前から気になってたんですけど、エメさんの言ってる『研究』って具体的にどういう事してるんですか?」

「あぁ、その事ですか~。実は今、龍歴院の中で『調査の為に新しい拠点を造る』という話が持ち上がってまして、私はその柱や梁に使われる木材の研究をしてたんですよ~。」

「へぇ、新しい拠点ですか…」

「ん、何か出来んのか?」

 

白米を口に含みながら、イジスが食い付いてくる。

 

「うん、どうやら龍歴院が新拠点を造るらしいけど、イジスも興味あるのか?」

「もちろんだぜ!そこではどんな美味い飯が食えるんだろうな?」

「お前、ハンターなら狩りしろよ…」

「あ、私もそれは気になりますね~。おいしいご飯、食べたいです!」

「エメさんまでそんな事を……」

 

新拠点の事より飯の事で楽しそうに盛り上がるイジスとエメル。

一方、そんな二人とは裏腹に、タマモは浮かない顔をしていた。

 

「なぁ…タマモ、あのタマミツネの事は、そんなに気に掛けなくてもいいと思うぞ。」

「…っ。そうだな。大丈夫だ、心配するな。」

 

ナギはタマモの胸中を悟って声を掛ける。昨日の夜中にも月を見上げながら考えていたのだから、彼女にとっては相当心配なのだろう。そりゃ飯も喉を通りにくくなる。

タマモは目を伏せて素早く味噌汁と白飯を食べると、『ご馳走さま』と言い残し去って行った。

 

「ん、どこ行くんだ?」

「ちょっと、な。ハンターズギルドに…」

「タマモさん、元気ないですね~…」

「もっといっぱい食べりゃ、悩み事も吹っ飛ぶのによっ」

 

そう言いながらタマモの食べ残したサシミウオに手を付けようとするイジスだが、ナギはそれを制する。

 

「待て待て。これはエメさんに食べてもらう」

「お、そうか…ちょっと残念だけど、まぁいっか。」

「あれ、ナギさん食べないんですか?タマモさんの食べ残しですよ?」

「え、何で俺が?ひょっとしてエメさんももう食べられないとか?」

「いえ、別にそうじゃないですけど~……間接キス、見たかったですね~……

 

エメルがめっちゃ小声で何か呟いていたが、聞き直す程の事でもないのでスルーする。

 

居候が3人も増えて始めはどうなる事かと思ったものの、蓋を開けてみれば今までよりちょっと賑やかになっただけで生活にほとんど変化はない。

自分も心のどこかでは寂しかったんじゃないかな?などと思いつつ、この穏やかな生活が続く事を望んだ───矢先だった。

 

あの(しら)せが、舞い込んだのは。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ナギさんっ!いますか!?」

 

朝食を終えてから一時間程経ち、少し休んでいると突然そんな声が響き渡った。何だろうと思い、ナギは戸口に向かう。

 

「あれ、コノハさんじゃないですか。」

 

声の主はユクモ村のハンターズギルド受付嬢、コノハだった。服装はいつもの制服だったが何やら慌てた様子で肩で息をしており、集会浴場から走ってきた事が伺えた。

 

「はぁ、はぁ……良かった、居てくれて…」

「そんなに慌てて、どうかしたんですか?」

「あのあのっ、そんな悠長な事言ってる場合じゃないですよ、ナギさん!」

 

こんなに取り乱している彼女は初めて見た。イジスもエメルも、何事かと思ったらしく奥から顔を出してくる。

 

その場の全員が言葉を待つ中、彼女は息を整えながら、こう告げた。

 

 

「タマモさんが…………武器も持たずに、渓流へ狩猟に行ってしまわれたんです!」

 

 

 

 

 



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柔能く剛能く狩人らを制す

「タマモさんが…………武器も持たずに、渓流へ狩猟に行ってしまわれたんです!」

『……っ!』

 

その言葉を聞いた瞬間、ナギ達に動揺と緊張が走る。しかし、この文言だけでは状況が掴めない。ナギは一呼吸して心を落ち着かせると、今一度コノハに問い直した。

 

「タマモが一人で狩りに……という事は、獰猛化タマミツネが出現したんですか?」

「はい、実は今朝、渓流周辺の村から『泡狐竜がもたらす被害は思ったより大きい。物流にも影響が出ているので、早急に狩猟願う』と依頼が入ったんです。」

「そんなに影響が…」

「ふむぅ…そこまで事態が大きいのは~、タマミツネは獰猛化の影響で好戦的になっている為だと推測されますね~…」

 

エメルも会話に参加し、学者らしい意見を述べる。ナギも確かにその通りだと思うし、小さい村ならその分受ける被害も甚大なのだろう。

だが、問題はそれだけではなかった。

 

「タマモ…あいつ、武器も持たずに狩りに行ったのか…」

「そうなんです。私がタマミツネ討伐の依頼が入っている事を告げるやいなや、慌てて集会浴場を飛び出して行ってしまって…。」

 

ナギは部屋の一角を見る。そこには、彼女の武器であるつるぎたち研刃の切耶が綺麗に立て掛けられていた。

元がモンスターとはいえ、今は生身の人間である。何も持たずに狩り場へ出るというのは危険な行為であり、命の保証すらないかもしれない。タマモの事は、早急に手を打たねばならない状況だった。

 

「とっ、とにかくナギさん達は準備をして、早く渓流に向かって下さい。依頼書は私が手配しておきますので!」

 

コノハは集会浴場へ駆け戻っていき、再び残される3人。

 

「武器も持ってねぇって、何をそんなに慌ててたんだ?」

「タマモさん、大丈夫なんでしょうか~…」

「今は大事に至らない事を祈るしかないな。コノハさんに言われた通り、タマモを捜しに早く渓流に向かおう、二人とも。」

「おう、了解したぜ!」

「わかりました~」

 

イジスとエメルにそう呼び掛け、早速準備に取りかかる。

 

程なくして準備を終えた後、各々の装備に身を纏った二人を連れて家を出ようとしたが、再び、壁に掛けられたタマモの双剣が目に留まった。

 

 

彼女の双剣は鍔も刀身もピカピカに磨き上げられており、手入れが丹念に行き届いている事を物語っている。

 

「……無事であってくれよ。タマモ…。」

 

ナギは双剣を布で丁寧に包んで荷袋に入れると、タマモの無事を祈りながら渓流に向かった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「おー、ここが渓流かぁ。綺麗な所だな~」

 

ガーグァが牽いてきた荷車から降りると同時に、イジスがそんな感想をもらす。そういえばこいつは渓流に来るのは初めてだったのかと、ナギは思った。

 

「自然に関心を持つのはいいが、今はそれどころじゃないだろ。タマモを捜さないと。」

「渓流はエリアの数からしてそんなに広くはないのですが~、どこか安全な場所にいると良いですね~。」

 

エメルが地図に赤丸を付けながらそう言う。

今はタマモが居そうなエリアに目星を付けながら、獰猛化タマミツネを狩猟する作戦を考えている最中だった。今回の依頼では、獰猛化タマミツネの狩猟とタマモの捜索の両方をこなさなければならないのだ。

 

「どうです、目星は付きましたか?」

「うーん……中心部の雑木林周辺か、その隣のエリア4が気になりますね~。まぁ、一番近いエリア4から5、6と回っていきましょうか~。」

 

エメルが巡回ルートを提示してくれたので、二人はそれに従う。まずはエリア4からだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

渓流のエリア4は元々小さな集落だったらしく、傾いた家屋や井戸、遠方に見える棚田の跡から人が住んでいた事が分かる。しかし長年このままの状態だからか、まるで時が止まっているかのようだった。

ここには廃屋もあるので、ひょっとしたらタマモが身を潜めているかもしれない。ナギ達はそれらを覗いて見回り、姿を捜し始めた。

だが結局見つからず、三人は顔を合わせる。

 

「タマモ……一体どこに居るんだろう…」

「こんだけ捜しても居ないって事は、別のエリアで隠れてるんじゃねえか?」

「そうですね~。そこで上手くモンスターをやり過ごせていると良いのですが~……」

「じゃあ、エリア5に行きますか…」

 

ナギが次のエリアに向かおうとすると、ふと、視界の端に異様な光景が飛び込んできた。

ある所だけ地面が黒く焦げており、そこがすり鉢状に抉られている。その中心には、鋭角的な何かが深々と突き立っていた。

 

 

「二人とも、あれ、何なんだ……?」

「あ?…何か刺さってんぞ?」

「ホントですね~。ちょっと気になるので見てきます~!」

 

エメルはそう言って謎の物体の方へ駆け出していき、それを調べ始める。

 

 

その時だった。エリア7の方向から、件のタマミツネが姿を見せた。獰猛化の影響か気が立っているらしく、近くにいたエメルを見つけるなり尻尾を振り上げ襲い掛かろうとしている。彼女は採集に集中しており、背中ががら空きだった。

 

「エメさんっ、危ない!」

「…っ!」

 

ナギがそう叫んだと同時に、イジスが駆け出す。そして泡狐竜とエメルの間に走り込むと彼女を庇うようにして盾を構え、間一髪で攻撃を防ぎ切った。

 

「大丈夫かっ、エメル!」

「あ…っ、ありがとうございます~…」

 

攻撃が防がれるとは思っていなかったのか泡狐竜はグルルと唸り、身を翻して三人の前に着地する。

そのヒレは、すでに紅に染まっていた。

 

「もう怒ったのか!?」

「いきなり戦闘かよっ!」

「じ、刃薬の準備が~…」

 

イジスとエメルはいきなり戦闘に突入した事に面食らっていたが、泡狐竜は待ってはくれない。次にナギに狙いを定め、懲りずにもう一度尻尾を振りかざしてきた。

それをジャスト回避で迎え撃つナギだが、タイミングが早すぎた。尻尾が赤黒く煌めき、一拍置いて攻撃されたからだ。

 

「ぐぁっ!」 

「ナギさん!」

 

それをまともに喰らい、堪らず吹っ飛ばされる。二回目でもやはり痛い。早急に回復しなければ、この前みたいにやられてしまう…。頭では分かっていても、体がいう事を聞かなかった。

 

遠くから、泡を纏いながら突っ込んで来る泡狐竜が見える。開幕早々、ここまでかと思った矢先。

 

 

エメルが、ナギの体を抱きながらきりもみ回避で戦線から離脱、泡狐竜の突進を紙一重の所で避けた。狩技の一つ、絶対回避だ。

 

「ナギさん、大丈夫ですか!」

「ありがとうございます、エメさん…。」

「こういう時のための、絶対回避ですから!」

 

エメルのお陰で何とか力尽きずに済んだので、冷静になり回復薬グレートを飲みながら今の状況を確認する。

イジスは標的を見失った泡狐竜の背中に乗っており、エメルは会心の刃薬を塗り斬撃を与えていた。

 

「うぉっ、よく暴れんなぁ!」

 

泡狐竜は背中のハンターを振り落とさんと機敏に動き回る。

迂闊に近付くとナギも巻き込まれるので乗りを成功させるのは難しいかと思われたが、何とか泡狐竜からダウンを奪った。

練気の色を上げたいが、ダウン中は思うようにジャスト回避ができない。なので、ナギはイジスにこう呼び掛けた。

 

「俺を撃て、イジス!」

「毎度毎度、乱暴な方法だなぁ!」

 

長い時間狩りを共にしてきた間柄、その意図はすぐ伝わったらしい。ナギはガンランスの砲撃をジャスト回避すると泡狐竜に駆け寄り、一文字斬り、続いて気刃無双斬りとお決まりのコンボを決める。

 

「いい連携ですね~、私も負けてられません!」

 

エメルはそう言いながら、ダウン復帰した泡狐竜を更に拘束すべく落とし穴を仕掛けていた。しかしこれだけだと避けられてしまうので、角笛を吹いて自分に注意を向ける事も忘れない。

 

ナギとイジスは二手に別れ、罠に誘い込もうとエメルの元へ。泡狐竜は見事に、策略と落とし穴に嵌まった。

 

「これが、痛手になればいいのですが~…」

 

泡狐竜の前に立ち、青い滅気の刃薬を歴曜剣クレテシアに塗りたくるエメル。次の瞬間、一歩後ろに下がり、頭へと狙いを付けて突進斬りを繰り出し…

 

そのままの勢いで、盾を天に衝き上げた。

 

エメルが使ったのは「昇竜撃」という片手剣専用の狩技で、上手く頭に当てれば気絶を狙えるという大技だ。オーラを纏って泡狐竜の頭を揺さぶる様は、まさに天に昇る竜の如し。そして、その勢いは止まらない。

更に追撃を見舞うべく、盾を下に向けて上から叩きつける形でフィニッシュを決める。バキィン、と小気味のいい音が3回し、頭部のヒレが砕け散る。泡狐竜は呻きながら頭を地面に垂れた。

 

「おぉっ、すげーよエメル!」

 

感嘆しながら、嬉々として竜撃砲を撃ち込むイジス。ナギもエメルの効果的なアイテムの使い方、そして狩技を的確に当てる腕に舌を巻くばかりだった。

このまま行けば泡狐竜を退け、タマモの捜索に戻れる。

そう思っているが、ナギには引っ掛かる点が二つあった。

 

 

一つ目は、なぜ自分達と遭遇してからすぐに怒りだしたのか。

これは獰猛化の影響と考える事も出来る。しかし、ナギ達は出会った時点で、泡狐竜よりも先に攻撃を仕掛けていない。よって、これは少し不可解なのだ。

 

二つ目は、こうもあっさり頭部のヒレ破壊が出来たという事だ。泡狐竜の頭部は耐久性が高く、破壊の仕方は二段階に分けられる。いくら昇竜撃といえ、破壊出来ても裂け目が入る程度であり、今のように一発でヒレが砕け散るのはおかしい。

 

以上の二つの出来事を鑑みるに、この泡狐竜は「自分達と遭遇する前、何者かと戦っていた」とナギは思う。もしこれが本当ならば、この渓流にもう一体、大型モンスターがいる事となる。

水獣か、青熊獣か。あるいは雷狼竜か。

この仮説を皆と共有したいが未だに戦闘中であり、そのような隙はない。

一旦退くべきか、と考えていた時、その予想は見事に的中する事となる。

 

 

「おいっ、ナギ!もう一体何か来たぞ!?」

「どうします、ナギさん!」

「やっぱりそうか。このままじゃ、どんどん厄介になっていく…ぞ……」

 

やってきた「何か」を見て、ナギは絶句した。

 

 

 

それは、タマミツネのようだった。

唯一、決定的な違いを挙げるとすれば、人の形をしているという事。二の腕から先は泡狐竜の腕のような形で、長細く、それでいて鋭い爪が生えているのが分かる。

何より目を惹くのは、その尻尾。いつも結んでいたサイドテールが、そのまま根元から泡狐竜の尻尾にすげ替わっていた。特徴的なヒレが見受けられないのは、雌だからであろう。

 

容姿、体格、髪の色、その他全てが、ナギの知っている人物と一致する。

 

 

「…………見つけた。」

 

 

 

 

先程まで戦っていた泡狐竜と寸分違わぬ眼光で、こちらを見据えるタマモの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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泡狐竜と決意

 

そこからは、熾烈極まりなかった。

 

タマモは泡狐竜を発見するやいなや、50mはあろうかという距離を跳躍で一気に詰め、頭から生えた尻尾の部分で思いきり打撃を食らわせた。

スタン復帰から間もない泡狐竜の動きは鈍かったにしろ、種としての本能で攻撃を避け、泡で反撃する。

二体とも互いの攻撃に当たりながら、反撃を喰らわせの繰り返し。

 

その様子は、いつ尽き果てるとも分からない、「モンスター同士」の闘いそのものだった。

 

「なんだありゃ…ナギ、これはどういう事なんだ…?」

「こっちが聞きたいよ…タマモ、どうしちまったんだ…!」

 

遠巻きにこの状況を眺めるナギ達は、完全に蚊帳の外。激しい泡狐竜同士の闘いをただ見守る事しかできない。

一体どうしたらいいんだ。介入するにしてもそんな隙は無いし、何よりタマモの眼光が、獲物を狩る者のそれだった。まともに意志疎通が出来るとは思えない。

 

ナギがあれこれ思案しているうちに、タマモが仕掛けた。目の前の泡狐竜を討ち取らんと、鳴き声のような叫びをあげて飛び掛かる。

しかし、そこは一枚上手だった泡狐竜。タマモ渾身の一撃をいなしきり、逆にサマーソルトで吹っ飛ばす。彼女の身体が、紙屑のように宙を舞った。

 

「たっ…タマモっ!」

 

矢も盾も堪らずナギは駆け出す。幸いな事に泡狐竜はこれ以上の痛手を嫌ったのか、エリア5の方へ去っていった。

 

体を揺さぶってみるが、ぴくりとも動かない。しかし、彼女の身体は人間の姿へと戻っていた。

イジスとエメルも寄って来て起こすが、それでも反応は無い。

 

 

「一旦、ベースキャンプに戻ろう。体勢を建て直せるし、何よりタマモに何があったのか気になるから……。」

 

仕切り直しの意味を含め、二人にそう伝える。イジスとエメルは黙って頷いたので、ナギはタマモを背負い、ベースキャンプまで戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「これで大丈夫かな…」

 

日暮れ時、拠点まで戻ってきたナギはタマモをベッドに寝かした後、水を口に含みながら呟いた。落ち着いて見てみると、特に目立った外傷などはなくすぅすぅと寝息をたてており、ホッと一安心する。

 

イジスもエメルも泡狐竜相手に押してはいたが、やはり消耗はそれなりにあったらしく、各々武器を研いだりこんがり肉を食べたりしていた。

そんなナギの視線に気が付いたのか、二人は口を開き、いきなり核心を突いてくる。

 

「ナギ。こんな言い方はアレだがよ…タマモって、ありゃ普通の人間じゃあ、ねえよな?」

「…ですねぇ。あれはまさしく、タマミツネ……」

 

タマモのあんな姿を目の当たりにすれば、そう思うのも無理はないだろう。常人はあんなに跳躍したり、モンスター特有の「気配」など放ちはしない。ここで、彼女との馴れ初めを打ち明けるべきだと、ナギは思った。

 

「うん…エメさんの言う通りだよ。タマモは…………元は泡狐竜なんだ。

あいつとは、とある捕獲クエストで出逢ったんだ。焦ってて、麻酔玉を沢山投げた後確認したら、そこに人間の姿をしたあいつがいて……」

 

こんな感じで、ナギは彼女との出会いの経緯を事細かに説明していると、ベッドの方から毛布が擦れる音と小さな呻き声が聞こえてきた。タマモが目を覚ましたらしい。

 

 

「うぅ…」

「タマモ、大丈夫か?」

「…ナギ。私は……本当に兄者を手に掛けてしまったのか…。」

「兄者…って、あのタマミツネの事か?」

 

無言で頷くタマモ。

ナギはかけられる言葉が見当たらずに黙ってしまうと、ゆっくりとエメルが問いかける。

 

「タマモさん。あの姿になった顛末を、話してくれませんか?」

 

 

「………あまり、覚えていないのだが。私はユクモ村を出た後、兄者を追って渓流に入った。暴れ狂う兄者を見て、心が痛んだな。まず意志疎通を図ったが、…できなかった。それで確か、黒いもやみたいな部位の攻撃を受け始めた頃だったか……だんだん意識が遠のいていって、気が付いたらあの姿になっていたのだ。」

 

黒いもや…恐らく、獰猛化による部位の事だろうが、何か関係があるのだろうか。

 

「うぅむ~…まだ狐につままれた気分ですけど、これについては後で考えることにします~…」

 

ナギが再びタマモを見ると、やはりショックは隠せないようだった。彼女は、あのタマミツネの事をずっと考えていたのだろうが、よもやこんな形で再会するとは思わなかっただろう。

 

 

「タマモ…」

「あぁ、分かっているさ…。ギルドで聞いてきたのだが、兄者が周りの村に危害を加えているのだろう?心は痛むが……私は今は人間、ましてやハンターだ。狩る側の者なら、それなりの『けじめ』はしっかり付けなければなるまい。」

 

それは、「人間として」彼女が出した苦渋の決断だった。

だが、タマモはナギが思っていたよりずっと、強くなっていた。ジンオウガ狩猟の際、ベースキャンプで怯えていたあの時よりも。

 

「それが、お前の答えなんだよな…?」

「だがっ…!兄者のことは必ず捕獲をすると、約束してくれ。そうしてくれないと……私は、おかしくなってしまいそうだから。」

 

そう微笑むタマモの表情からは決意が感じ取れたが、目尻には涙が浮かんでいた。

 

「タマモさん…分かりました、私も全力を尽くして捕獲に当たります。その代わり、ユクモ村に帰ったらタマミツネとしての貴方のお話、いっぱい聞かせて下さいね?」

「タマモ…俺はお前の意志に従うぜ。お前が捕獲したいんだったらそうするし、…もし、殺めるとしても、黙って見守るぜ。」

 

今まで成り行きを見ていたエメルとイジスも口々にタマモを励ました。

 

「そうだ…タマモ、これを。」

 

ナギは荷袋をひっくり返し、中からつるぎたち研刃の切耶を取り出してから、それをベッドの上に置くと、こう告げる。

 

「心の整理が付いてからでいいから…出来たら、俺達の元へ来てくれ。」

「……分か、った。」

「それじゃあ、行ってくる。」

 

身を翻して、タマミツネのいるエリアに駆けていく三人。タマモは、その後ろ姿を静かに見守っていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「…ふぅー………。」

 

しばらくして、ベッドの上に置かれた剣を一瞥してから、すっと手に取る。その片方を天に掲げてみると、刀身は淡い桃色に輝いた。

空には、もう月が昇ってきている。

 

この剣は、兄者。

そしてこっちの剣は、ナギ達。

私はどっちを取るべきなのだろう。二振りの剣に例えて考えるも、答えは出ない。

 

「……少し、横になるかな…」

 

タマモはベッドに横たわり、自分の中の答えを探す。

思索しているうち、まぶたが重くなる。意識が遠退く。

暫くの間が空く。彼女がはっきり意識する前に、うとうと、寝入ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

夢の中で、誰かが語る。

 

(…マモ…タマモ……)

 

私の名前を誰かが呼ぶ。お前は、何者だ?

 

この声は、ナギ───ではない。でも、ナギに良く似ている誰かだ。それでいて、どこか懐かしい声でもある。

 

(まさか……兄者か!?)

 

もしかして、兄者が語っているのだろうか。意志疎通が難しかったのに、夢の中で。

 

(…いや、違う。これは……私の、思い出…?)

 

そう意識すると、突如目の前にある景色が浮かんできた。視界の中には、幼い私と、兄者がいる。

 

 

(なぁ…タマモ。)

(なんだ、あにじゃ?)

(もし。もしだぞ。将来、お前に俺より大切な仲間が出来たなら、俺を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────っ!?」

 

タマモはベッドから飛び起きた。そして先程天に掲げていた剣を手に取ると、ゆっくりと呟く。

 

『俺を…………殺せ。』

 

…あぁ、そういうことか。

これが、兄者の──

──私の、答えだ。

 

 

そう頭で認識してから、すうっと思考が明瞭になる。

早速準備に取り掛かろう。ハンターたる者、早い準備が肝心だ。

 

自分の荷袋からアイテムポーチに荷物を移し、携帯食料を一口かじる。

地面には鈍い銀色の円盤が転がっていたので、それも拾ってポーチに入れた。

 

ベッドの上の武器、つるぎたち研刃の切耶を背中に仕舞い、ふと、腕を見る。

腕には、昔自分の爪だったものがある。

次に、頭を触ってみる。

結わえていたサイドテールは、昔、自分の尻尾だった物に。

 

 

「…………………往くか。」

 

 

それからぽつり呟くと、泡狐竜の装いをしたタマモはベッドからゆっくりと、ゆっくりと立ち上がったのだった。

 

 

 

 

 



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今日の日はさようなら

「はぁっ…はぁっ…どういう事だ…?」

 

ナギは、自分のアイテムポーチの中を見ながらそう呟く。

 

「おかしいな…確かに持ってきたはずだったのに…」

「おい、ナギ!そっちに行ったぞー!」

 

イジスの声がした方向を向くと、タマミツネの尻尾がすぐそこまで迫っていた。ジャスト回避でギリギリ避けるが、尻尾は後ろにあった木に命中し、木はメキメキと音を立てて倒れた。当たっていたらと思うとぞっとする。

 

「ナギさん、どうですか?罠はありましたか~?」

「それが…!くっ、どこにいったんだ…?」

 

 

ナギ達は、エリア5にてタマミツネと互角の闘いを繰り広げていた。

動きもだいぶ読めてきて、ジャスト回避の回数も増えている。他にもエメルによる生命の粉塵でのサポートや、イジスの乗り拘束によって少しずつではあるがタマミツネを追い詰めていた。

のだが……

 

「これじゃあ、捕獲が出来ないじゃないか…」

 

タマモ曰く、この個体は自身の兄者なのでこれ以上傷つけたくない。が、近隣の村の迷惑になっているのは看過できないので野放しにしておく訳にもいかない。

なので捕獲は熟孝の末の、苦渋の決断だった。

 

本人が捕獲してくれと言うのなら、ナギはその気持ちを第一に尊重する。

タマモは、兄者を殺されたのならばおかしくなってしまうかもしれない、と言っていた。もし討伐してしまった時、例え彼女がハンターを辞めたとしても自分が引き留める事はできないだろう。

 

「でも、罠が無いなら話にすらならないだろ………おいイジス!本当に持ってきてないのか!?」

「俺がそんな小道具に頼ると思うかぁー、ナギ!」

 

まぁ元より脳筋狩人のイジスが罠を持って来ないのは別にいいと思っていたが、こんな所で裏目に出るとは。

エメルに訊いてみても、さっき使った落とし穴が最後の罠だったらしく「調合分は今日は持ってきてないんです~…」と苦い顔をしていた。

 

「ん…?ひょっとしたら、タマモが持っているかもしれない…!」

 

と思ったが、彼女は武器も持たずに村を飛び出す程焦っていたため、罠を持っているはずがないだろう。

立ち止まって思考を巡らしても、肝心の罠がない以上答えは出ず、焦りだけが加速していく。

その時だった。

 

 

 

「いつまでつっ立っているつもりだ、ナギ!」

 

突然声が聞こえたと同時に、赤い泡がナギ目掛けて飛んで来、当たって砕け散った。

周りを見てみると、イジスとエメルの元にも飛んできたようだった。二人は泡狐竜の攻撃か、と思ったがすぐに違うと気付く。

 

「どうだ、私の一喝で気が楽になっただろう?」

 

そう言いながら自分達の元へ近づいてくる人影。間違いない。あれは、タマモだ。

 

彼女は手につるぎたち研刃の切耶を持ち、腕からは爪を生やしているので、まるで4振りの刀を携えているように見える。

そして、何かを決意した者の眼差しをしていた。

 

「私は決めたんだ。お前達と過ごす為に、昔の思い出を断ち切ると。その方が兄者も安心するだろうしな…」

「タマモ…」

「タマモさん…」

「案ずるな。私が自分で、手を下す…!」

 

そう呟くと、タマモは自身の口に尻尾を当ててから思いきり振り抜き、泡を周囲に撒き散らした。彼女なりの臨戦体勢だろう。

相手の動きを認識した泡狐竜は身を翻しタマモの元へ。甲高い声で咆哮すると、空気がビリビリと震えた。ナギ達はしゃがんで耳を塞ぐしかない。

 

 

咆哮が合図となったか、間髪入れずに泡狐竜同士は互いの尻尾をぶつけ合う。しばらく鍔迫り合いのように力が拮抗していたが、やがてタマモが押し負けた。

 

「力技では兄者が上手か。ならば…!」

 

次に、タマモは足に泡を纏い、滑らかに高速移動を始めた。泡狐竜の死角に回り込むと爪でブレーキをかけ、鬼人突進連斬をお見舞いする。

 

ここまで冷静にタマモの戦闘を見ていたナギだったが、そんな場合ではない。今、タマモは戦いの最中。兄者と、自分自身と戦っている。ここで参戦せずにどうしろというのだ。

 

「二人とも、タマモのサポートを頼む!エメさんは閃光玉、イジスは~…何か泡狐竜の気を引く物を!」

「わかりました~」

「何だよ気を引く物って!?まぁ、やってみらぁ!」

 

イジスとエメルに拙いながらも指示を出し、ナギは泡狐竜の元へ駆け出す。丁度泡狐竜がとぐろを巻いている中に飛び込んだため、タマモと背中合わせのような状態になった。

ナギは太刀を構えながら話す。

 

「タマモ、今どんな感じだ?」

「出方を伺っていて気付いたが、闇雲に攻撃している印象が強い。頭の黒い霧が、目も見えにくくしているのかもな…」

「じゃあ、霧は晴らしてやらなきゃな…」

「次、来るぞ!水ブレスだ!」

 

頭が赤黒く煌めき、泡狐竜は今度は二拍分遅れて水ブレスを放つ。タマモは泡を纏って回避し、ナギはジャスト回避で懐へ。気刃無双斬りが決まり、刃の色は黄色く輝いた。

だが、相手は怯まない。泡狐竜はナギに狙いを定め、サマーソルトで打ち据えようと空へ上がった。

 

その時。

 

「エメル!今だ!」

「はいです~」

 

一瞬、夜が蒸発したかのように眼前が眩く輝いたので、ナギは目を瞑ってしまった。

目を開けると、泡狐竜は地面でもがいており、立ち上がれないようだった。一体何が起こったんだろう、と思っていると、エメルの声が耳に入る。

 

 

「いや~、凄いですねイジスさんは~。泡狐竜が飛び上がるタイミングに合わせて私に閃光玉を投げさせて、そのまま落としちゃったんですよ~?」

「どーよナギ!俺の動・体・視・力!!」

 

イジスは泡狐竜が飛び上がるタイミングを、ずっと伺っていたのか。どおりで砲撃の音が全く聞こえなかった訳だ。

ダウンした泡狐竜の前足に、タマモは斬撃を食らわせていた。二本の刀と二振りの爪、計四振りの刃が泡狐竜の爪と鱗を削っていく。

 

めまい状態から復帰した泡狐竜の身体は大小様々な傷があり、頭部のヒレは破れ、鋭爪は先程のタマモの連撃により折られていた。タマモの気持ちになり、思わず目を逸らすナギ。

しかし、タマモは泡狐竜を見据えながら、次の行動を淡々と告げる。

 

「罠を仕掛ける。一気に畳み掛けよう」

「罠……。タマモ、罠なんだけど…その…」

「まさか、持っていないと言うんじゃあるまいな…?」

「その通りだ……ごめん。」

 

ナギは謝るが、タマモは微笑みポーチから何かを取り出す。

その手には、銀色の円盤が握られていた。

 

「これ…俺の罠だ!どこかで落としていたのか…?」

「ベースキャンプに落ちていたのを、私が拾って持ってきたのだ。」

「あっ、あの時か…」

 

そういえば、ベースキャンプでタマモに双剣を渡そうと、荷袋の中身をひっくり返したのだった。その拍子に落としたのか……

 

「フッ、私が持ってきたから良かったものの、気付かなければどうなっていたことか…」

「…俺は、皆に救われてばっかだなぁ。ありがとう、タマモ。」

「作戦会議は終わったかぁー!?」

「もう、これ以上は限界ですよぉ~!」

 

ここまでの会話をしている間、イジスとエメルが泡狐竜を引きつけてくれていたのだが、エメルの言うとおり二人とも限界のようだ。

罠の所在が判明した所で、ナギとタマモはそれぞれ行動を起こす。

 

「タマモは罠を頼む。仕掛け終えたら、俺達三人で誘導をするから、そこからは…」

「私が手を下す、か…了解。」

 

ナギはそう伝えると、足早に泡狐竜の元へ走り出した。

罠を仕掛けるという事は、今が捕獲のタイミングなのだろう。そう思い、あまり攻撃はせずに、武器をちらつかせながら泡狐竜の気を引く。

 

後ろでは丁度タマモがシビレ罠を仕掛け終えたようで、バチバチと電撃が迸る音が聞こえてくる。

それを合図に、ナギはシビレ罠の向こうまで走り抜け、たまのをの絶刀の斬振を高く掲げた。

 

菫色の刃が月光を反射し、キラリと輝く。泡狐竜はナギに向けて突進を繰り出そうとしたが、その途中で思惑通りシビレ罠にかかった。

 

「よし!今しかないぞ、皆!」

「おうよ!」

「了解です~!」

 

最後のチャンスを逃すまいと、捕獲用麻酔玉を一斉に投げる3人。

強い刺激臭がした霧が泡狐竜の身体を包み、捕獲は完了。

 

 

 

…………したかに思われたが、どういうわけか、麻酔玉を3発投げても4発投げても、泡狐竜は一向に倒れる気配を見せない。

 

まさか、タマモは焦って罠を仕掛けるタイミングを誤ったのだろうか。

 

「タマモ、まずいぞ…捕獲が出来ない!」

「タマモさん、どうする気ですか~!?」

 

 

「これで、いいんだ…。言っただろう、『私が自分で手を下す』と……」

 

 

 

タマモはぽつり、そう呟くと、次の瞬間には紫色のオーラを纏っていた。二つの眼には紅い光が灯っている。

 

「獣宿し!?まさか、本気で…」

 

それから、タマモは助走をつけ、未だ痺れている泡狐竜に向かって走り出す。

段差で跳躍し、頭部に連撃。更にそのまま、泡狐竜の体を踏みつけ、空へと舞い上がる。

 

黄金色の月と、タマモの姿が重なった。

 

「破ぁッ!」

 

 

天翔空破断、炸裂。

裂帛の気合いと共にタマモは、自分の双剣を、爪を、尻尾を、持てる力の全てを泡狐竜に叩き付けた。

 

 

一拍置いて、シビレ罠の拘束が切れると同時に、泡狐竜は地に倒れ伏した。

 

 

 

 

「……討伐、したのか…?」

「はぁ…はぁ…いや、まだ息はある……」

 

息を切らしながらタマモが答える。言われてみると、確かに絶命はしていない。

獰猛化の障気が消えたことで、顔がよく見える状態になっていた。タマミツネの眼には、タマモの姿がしかと映っていることだろう。

 

「エメさん……このまま捕獲は出来ないんですか」

「…残念ですが、私達はもう罠も、捕獲用麻酔玉も持っていません……それに、ほら…」

 

エメルが指差す先には、タマミツネの首筋につるぎたち研刃の切耶をあてがっているタマモがいた。彼女がその剣を振り払えば、今度こそ泡狐竜は絶命するだろう。

 

 

「…………兄者。私は、後悔はしないぞ。」

「タマモ……本当に、いいのか?」

「…あぁ。私は、『人間として』お前達と一緒に生きたい。だから未練が残らない道を選んだだけだ。」

「……。」

 

タマミツネの眼は、静かにタマモを───妹の眼を、見つめ返しているようだった。

 

「………兄者。…ありがとう。ありがとう。本当に、ありがとう…。」

 

その言葉に呼応して、タマミツネのまぶたがすうっ、と閉じる。

 

「では、兄者。また、逢う日まで…………」

 

 

 

タマモの手が、タマミツネの顔に近づいていく。

 

 

そうして、ゆっくりと、ゆっくりと、その首筋に、剣を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら、兄者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で、一つの命が、絶えた。

 

モンスターを狩るのがハンターの使命。そうして狩られていったモンスターには、それなりの敬意を表さねばならない。

 

ナギは、息絶えたタマミツネに黙祷を捧げる。

いつもより長く、眼を瞑ってタマミツネに向かって祈った。

 

イジスは、ナギの隣に来てタマミツネの顔を一瞥した後、倣って黙祷をした。

 

エメルも目尻に浮かんだら涙を拭ってから、タマミツネに黙祷をした。

 

 

 

 

 

「………よし。さぁ皆、村に戻ろうか…」

 

黙祷を終えた後、ナギは3人に呼び掛けるが、そこにタマモが寄ってきた。

 

「………ナギ。」

 

そしてナギを抱き寄せ、ミツネsアームの袖をきゅっ、と掴んだ。

 

「タマモ…」

 

ナギは、彼女の名前を呟いた。

 

タマモの、噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。眼には涙が溜まっていく。

やがて────

 

 

「うっ、ぐすっ、うわああああああああん!うわああああああああん!わああああああ!!兄者…兄者ああああああああ!!!」 

 

 

彼女の最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがなかった。堰を切ったように、ずっと堪えていた涙が、感情が溢れだしてくる。

 

 

 

ナギは、自分の胸に顔を埋めて泣き叫ぶ彼女の頭を、ただ撫でる事しかできないでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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一つのけじめ

「これで完成、っと……皆さーん!味噌汁が出来ました!どうぞ召し上がって下さーい!」

 

ナギは声を張り上げ、村の皆さんに呼び掛けた。

先程まで作業していた人達や、女性や村の子ども達がわらわらと集まって来たので、一人一人によそって渡す。この人数だとすぐ無くなりそうだな、と思いながら二つ目の鍋に水を入れ、火に掛けた。

 

 

 

タマミツネを討伐した後、ユクモ村ギルドの命で、ナギ一行は渓流付近の村である「マカの村」にて復旧作業の手伝いをしていた。

村民から聞いた話だと、直接タマミツネによる被害はなかったが、触発された小型モンスター達による被害が主との事だ。何でも、家屋を打ち壊されたり、物流ルートが遮断されたりしたので、食料不足に陥っているらしい。

なので、料理が得意なナギは給仕に従じている訳である。

 

「まさか、ここで料理のスキルが役立つとはな…」

 

冬で無いとは言え、渓流地域一帯は標高が高いので夜は冷える。なので、村の皆さんには暖かい味噌汁を振る舞い、空腹と肌寒さを凌いでもらうつもりだ。

 

 

「上手に焼けましたぁぁぁー!ほら、こんがり肉だぞ!皆食べろーっ!」

 

一方イジスは、村の子ども達にこんがり肉を振る舞っていた。いつも生肉と肉焼きセットを携帯している事が、こういう時に役に立ったようだ。

 

「…うめぇ!おれ、こんな美味しい肉初めて食べた…」

「はっはっはー、どうだ旨いだろ!メシが満足に食えなくなるのが一番辛い事だからなぁ。よっしゃ、じゃんじゃん焼くぜぇ~!」

 

肉が焼ける香ばしい匂いにつられて、子どもだけでなく大人もちらほら集まっているのが見える。

…後で自分が持ってる生肉も渡しに行こうかな。

 

 

そんな事を思いながら、鍋の中に具材を投入するナギは、タマモの事が気になっていた。

 

 

 

 

自分の家族を永遠に失うこと程、悲しい出来事はない。詳しくは語れないが、ナギにもそういった経験がある。

なので、泣いているタマモを見ていると心が傷んだ。独りで抱え込んでいた彼女に、何故ひと声掛けてやれなかったのだろう、自分は。

もし相談に乗っていれば、彼女の悲しみを少しでも和げられただろうかと、今更後悔する。

 

「あの~、ナギさん~」

 

今、タマモは村外れの河原に座っている。ナギがいるテントからでも、月明かりに照らされた背中がぼんやりと見えた。

あんな場所にずっと座っていて寒いだろうに、一向に動く気配を見せない。

 

「…聞こえてますか~?」

 

こちらから声を掛けたいけれど、彼女には一人で考える時間も与えてあげたい…。

二つの思いが拮抗し、ナギは行動が起こせずにいた。

 

「ナギさ~んっ!」

「ひゃいっ!?」

「あ、やっと気づきましたぁ。味噌汁を貰いたいんですけど、いいですか~?」

 

声を掛けてきたのはエメルだった。

しまった。タマモの事に気をとられて手元が疎かになっていた。呼び掛けられていた事にも気づかなかったため、変な声を出してしまうとは…

 

「すいません、ちょっと考え事してて…。今よそいますね」

「考え事、ですか~……。ひょっとして、タマモさんについてですか?」

「えっ、何で分かったんですか?」

「いや、ずーっとタマモさんを見つめていましたし~…」

 

どうやら、気持ちだけだと思っていたのに行動にも現れていたようだ。

 

「私、こう見えても勘が鋭いんですよ~?…タマモさん、落ち込まれてますね~…」

「そうですね…何とかして慰めてあげたいんですが…」

「ふ~む…では、私が慰めに行って差し上げましょう~!」

 

そう言いグッと拳を握りしめるエメル。

 

「本当ですか?」

「はい、私にお任せ下さい~。こういう時は、女のコ同士で腹を割って話せばなんとかなるモンですよ~」

 

確かに自分が行くよりも、女性同士の方が話しやすい事があるかもしれない。こういう時は尚更だ。

エメルに味噌汁を渡して作業に取り掛かろうとするナギだったが、再び彼女から声を掛けられる。

 

 

「ところで、ナギさん。貴方のタマモさんを憂う姿が、私には『想う人がいる』ように見えたのですが~…」

「…?『想う人』って、どういう事ですか?」

「ふむぅ…端的に言うなら、『恋人』ですかね~?私にはよくわかりませんが~…」

「こっ、恋人!?」

「あ、味噌汁もう一つ貰っていきますね~」

 

 

ナギの心がざわめくような一言を残して、今度こそエメルはタマモの元へ向かっていった。

 

 

「恋人…そういう関係に見えるのか…?って、あぁっ!?やばい!煮詰まってる!!!」

 

慌てて鍋の中を見ると、グツグツと煮えたぎっており、お湯の量が半分程減っている。

ナギは急いで味噌を手に取り、湯気の火照りで顔を赤くしながら味噌汁作りを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

先程から、何度ついたか分からない溜め息をまた一つ、つく。月の光を反射した銀色の河面すら、今は沈んだ色に見えた。

私は決めた筈なのに、未だにこれで良かったのだろうかと迷っている。

心にぽっかり穴が空いたようなこの気持ちは、どうしたら埋まるのだろうか。

 

「後悔しても始まらないのは……分かっているのだがなぁ…」

「タマモさ~ん、寒いでしょうから味噌汁を持ってきましたよ~」

「あ、エメル…」

「ナギさんが作ってくれたんですよ~。具だくさんで美味しいですよ~」

 

そう言って味噌汁を差し出してくるエメル。受けとると、汁の温もりが器を通じて冷えた手に染み渡った。

 

「あったかい…」

 

思わず口をついて出た言葉。お腹もぐぅと鳴る。そういえば、朝に村を飛び出して来てから何も口にしていない。味噌汁を飲み、はぁ、と先程とは違うため息をついた。ため息聞いたのか、エメルが微笑んでこちらを見てくる。

 

「…タマモさん。ここでちょっと、私の昔話をしてもいいですか?」

「…何だ?」

 

体が内側からじんわりと暖まっていくのを感じながら、タマモは答えた。

 

「私…実はタマモさんと同じで、元はモンスターだったんです。」

「……え?」

 

突然、予測もしてなかった告白に、頭の中が真っ白になる。だがそれは、先ほどまで悩んでいた自分の事とは全く真逆の事で、少し面白く感じてしまった。

 

「…ふふっ」

「あー、タマモさん笑わないでくださいよぉ。これ割と人に話した事ないんですからね~!」

「あはは…すまない。さっきまで悩んでいた事とは似つかぬものだったのでな。

それにしても…エメルがモンスター?思いもしなかったが…」

「私、元々ケルビっていう小型のモンスターから人間になったんです。タマモさんの姿を龍歴院で見かけた時に親近感を感じまして~…だからでしょうかね、初めてタマモさん一行に声を掛けたのも…」

 

確かにあの時はいきなりジンオウガ狩猟の依頼を持ちかけられて面食らった記憶があったが、そういう背景があったのか。ケルビだというのも、思い当たる節がない訳でもない。

初めて兄者…獰猛化タマミツネと邂逅した時も、採集を切り上げて帰ろうと言っていた。今思えば、あれはモンスター特有の危機察知能力だったのだろう。

 

「だが…何故ハンターになろうと思ったのだ?私も人間となった時は不安も恐怖もあったのだが…怖くなかったのか?」

「そりゃ…怖かったですよ。私、多分龍歴院の実験で人間になったんです。人間は冷たいもの、そう思ってました。でも…そんな時に、『お料理』に出会ったんです。」

「…料理?」

「お料理って、人間が作るものじゃないですか。暖かくて、こんなに幸せになれる物ってなかなかないですよ?凄いじゃないですか。人間がこんな暖かいものを作れると思うと…不安も恐怖も、自然と消えちゃってました」

 

はにかんで味噌汁をすするエメル。ぷはー、と白い息を吐きながら、続けてこう言った。

 

「…だから、タマモさんもそう悲観なさらないで下さい。家族を失ってしまった悲しみは私には計り知れませんが…ここにはイジスさんもナギさんもいます。二人とも優しい人たちです。それでも悲しくなったなら…こうして私の昔話でも聞いて、一緒に笑い飛ばしてしまいましょう。」

 

そう語るエメルの横顔は、やはり満ち足りていた。目の前には、私を思いやってくれている一人の仲間がいる。

…そうだ、私は人間として生きると決めたのだ。いつまでもくよくよしている訳にはいかない。そう思うと、自然に涙と、笑顔がこぼれた。

 

「ふふっ、そうだな。こうして落ち込んでいては、兄者に示しがつかないではないか……ありがとう、エメル。私を励ましてくれて」

「いえいえ~、大丈夫ですよ~。タマモさんこそ、私のお話を聞いてくれてありがとうございます~」

「かなり衝撃的な内容だったがな。…ひっくしゅん!」

 

思わずくしゃみが出る。こんな川の側で物思いに耽っているから体が冷えてしまったようだ。

 

「うう…冷えるな」

「向こうに焚き火がありますから暖まりに行きましょう~。そうだ、イジスさんがこんがり肉を焼いてくれていますよ~!」

「あぁ…何も食べてないからお腹がすいてしまったな。腹を満たしたら、村の復旧作業の手伝いといこうか」

「そうですねぇ~…」

 

 

 

兄者。私には、貴方より大切な仲間ができた。

これから私は人間として生きていくが、どうか…見守っていてほしい。

下を向いていてはいけないと思い、天を仰ぐ。

 

 

広場に向かって歩き始めた二人の背中には、金色の月明かりが優しく降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 



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