モーレツ銀河海賊 (ノナノナ)
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1話

 ふふふーん ふふふふーん ふんふふーん♪

 鼻歌まじりで制服を整えていると、キッチンからはベーコンの灼ける香ばしい香り。

 「今日も部活かい。春休みももうすぐ終わりだが、勧誘活動の目途は立ったのかい」

 加藤梨理香が朝食のマフィンを作りながら声を掛ける。

 「ぜんぜん。ユグドラシルの騒動やらで絶賛休止中。だからこうして最後の追い込み。でもねー」

 キッチンに置かれたマフィンを摘まみながら茉莉香はため息をつく。

 「ヨット部の勧誘なのに、みんな海賊を前面に出したがるのよねー」

 ふんと口元に苦笑いを浮かべる梨理香。

 時間跳躍で統合戦争の時にあれだけ海賊して、それ程間を置かずハーベック・オダ彗星でのバルバルーサとの共同戦線。

 最近の白鳳女学院のヨット部部活は海賊一色だった。

 この一年の内容でも、まともにヨット部らしかったのはネヴュラ・カップぐらい。それさえ海賊の影がちらついている。まあ部員に海賊が二名も居たら仕方ないか。それに、ヨット部所有の練習船が、いまも現役の海賊船ときている。

 部員たちは海賊業のトリガー・ハッピーになっているらしい。その影響に、白銀の救難船で梨理香も一枚噛んでいる。

 「仕事の方はどうなんだい」

 「お仕事ノルマは亜空の深淵でクリア。本当は統合戦争でおつりが出る位だけど、記録に残せないからノーカンなんだって」

 少し不満げな茉莉香。ちょっとぐらい色を付けてくれても良さそうなものだが、記録上は弁天丸はガーネットA星域で遭難(ミッション未達成)となっている。

 「で、加藤茉莉香。いまは新部員勧誘に全力で取り組みますっ!」

 「そうかい。せいぜい気張んな」

 ぴっと敬礼して、行ってきまーすと家を出る。

 

 

 「ぶちょー、新勧案内のポスター出来ましたぁー。確認よろ~」

 部室のドアが開き、運び入れられるベニヤに張られたB0版の特大ポスター。持って来たナタリア・グレンノースより大きい。

 「オデット君ですけど、バルちゃんバージョンでいきます?」

 横ではウルスラ・アブラモフが着ぐるみと格闘している。

 「バルバルーサはまずいっしょ、だって海賊船だよ」

 「部長も海賊船長だし、オデットⅡ世だって現役の海賊船だよ。チアキちゃんの了解があればOKじゃない?」

 オデットⅡ世の模型を組み立てながらリリィ・ベルと原田真希。

 「そんなのダメに決まってるじゃない! それと、ちゃんじゃない」

 「そんなぁ~。これからはバルバルーサとも海賊営業があるかもっていうのにー」

 「それは無い。今のうちに言っとく」

 亜空の深淵があって後回しになっていた新部員勧誘の準備に、ごった返す白鳳女学院ヨット部部室。練習航海(という口実での銀河辺境までの遠征)で春休みが潰れ、新入生たちがやって来る入学式まであまり日にちが無い。それまでにヨット部の魅力を余すところなく紹介する新勧活動を仕上げなくてはならない。

 「それよか去年のネビュラ・カップ、前面に押し出さない。優勝はチアキちゃんだし、白鳳女学院も堂々の二位! アイちゃんは天測航行で特別賞だったしさあ」

 話題の流れを変えようと、それとなく部活に話を持っていこうとする茉莉香。

 「そうそう、それで弁天丸が大気圏まで降りて来ての大立ち回りだったもんね!」

 「うんうんディンギーを駆る茉莉香船長の、手に汗握る回避戦!」

 「悪の手からインターハイを護る、正義の海賊っ!」

 努力もむなしく、結局は海賊に戻ってしまう。

 仕上げなければならないのだが、その勧誘案内がどれも『海賊』を前面に押し出した物ばかり。春休み初日に出来ていたポスターも、海賊姿の茉莉香が『I WANT YOU』していたもので、その傾向は濃厚だったのだが、新規ポスターは輪を掛けて、茉莉香船長と白鳳海賊団が亜空を指差し、その背後をオデット=バルバルーサが跳ぶという代物。――ヨット部は何処へ行った。

 「オデットⅡ世の装備なら大抵の電子戦が戦える。それに探査もバッチリ」

 「海賊営業しながらトレジャーハンター」

 「なんて、お得なブカツド~♪」

 誰も茉莉香の意見は聞いていない。

 「ねえみんな、あくまでヨット部の勧誘なんだから。私たち女子高生なんだから、海賊とからはいったん離れて^^:」

 茉莉香は引きつった笑みを浮かべながら宥めるが、一向に効果が無い。

 「ねえ、どうまとめるの。このままだとヨット部じゃなくて海賊部になっちゃうわよ」

 仁王立ちしたチアキ・クリハラが組んだ腕で茉莉香を小突く。

 「ははははは・・」

 乾いた笑いしか出て来ない茉莉香部長。

 「宜しいんじゃありません、海賊部。白鳳海賊団の評判は上々ですし、なにより皆さん海賊したくてウズウズしてるんですから。前の航海も、衣装だけで本格的な海賊業はやってませんでしたもの」

 グリュンヒルデが澄ました顔でまとめている。

 イグドラシルの艦隊相手に電子戦でカチコミしたのを、「やってませんでした」はないものだ。中身は偽物でも船は星系軍の本物だったのだから。

 「でも、顧問の先生が不在というのは、やはり問題ですわ。海賊部でも」

 ニッコリ微笑む人形のような王女様。

 「ぐりゅうえるううう・・・」

 このままではヨット部は消滅で海賊部。

 どうする四面楚歌の加藤茉莉香。

 

 そのとき、部室の扉が開いた。

 

 入口に姿を現したのは

 「部長。いえ、ジェニー先輩!」

 「はあい、お久し振り。統合戦争以来だわね」

 ブロンドの髪を靡かせながら、白鳳ヨット部のパーカーを身に纏ったジェニー・ドリトル嬢だった。

 「先輩」

 「先輩お久しぶりです」

 「ジェニー先輩」

 目を輝かせて先代部長に次々と声を掛ける後輩たち。

 「先輩、宇宙大学に戻ったんじゃなかったですか。フェアリージェーンの営業依頼も宇宙大学からだったし、また調べ物ですか」

 加藤茉莉香が質問する。ヨット部が統合戦争に係わることになったのは、ジェニーが戦争時の資料を探しに母校へやって来たのがきっかけだった。戦争の終わり方について、担当教官から考えてみるようアドバイスをもらい、独立戦争時に統合参謀本部があった白鳳女学院を尋ねたのだ。そして弁天丸が、オデットⅡ世が、一二〇年まえに跳んだ――。

 「戻ったわよ。でも今回は資料集めじゃないの。実習できたのよ」

 「実習って・・なんの実習??」

 「なんのって、高校に実習しに来たんだから、教育実習よ」

 「でも先輩は政経学部で、それも初年生では?」

 チアキ・クリハラが聞き直す。先生を目指す教育学部でも実習は三年次だからだ。

 「ええそうよ。でも宇宙大学では、一年次に高校の教員免許は得られるの。三年次には一般の大学なら講師になれるわ。まあ色々な資格が必要だけど」

 「さすが、宇宙大学――」

 一同感嘆する。銀河系一の秀英が集まる学舎のレベルは伊達じゃない。そんな大学に九月からはリン・ランブレッタも進学する。白鳳女学院は二年連続で入学生を輩出したのだ。

 「政経学部の先輩が、どうして高校の教育実習なんか――。まさか!!」

 チアキと茉莉香は嫌な予感がした。オデットⅡ世の私掠船免状が出てきた時、ジェニー・ドリトルは何と言ったか。

 「そお、私は白鳳女学院の臨時講師よ。まあ実習というより研修と言った方が正確かな。そしていちおう「ヨット部」の顧問になるの」

 わざわざヨット部に『一応』と付け加えたのが怪しい。変な汗が流れる二人と違って、他の部員たちは期待に目を輝かせている。

 「まあ、では顧問の問題は解消ですわね♡」

 グリューエルまで手を組んで歓声を上げている。

 

 新顧問が高らかに宣言する。

 「茉莉香船長、さあ海賊の時間よ!」

 

 

 



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2話

 「新入生の皆さん、まずは入学おめでとう。白鳳女学院は皆さんを歓迎します。」

 「わが白鳳女学院は、今年で創立一二〇年を迎えます。その節目の年に皆さんはこの学園にやってこられました。一二〇年前と言えば、植民星独立戦争のさなか、突如現れた銀河帝国によって植民星連合と宗主星が併合され、ともに銀河帝国の一員に加わりました。こんにちでは平和裏に終結したこの戦争を統合戦争と呼んでいます。その舞台となったのが、皆さんが居るここ白鳳女学院です。」

 「白鳳女学院は、もと植民星連合の統合参謀本部でした。その当時の建物がいまも校舎として使われています。戦争をするための施設がなぜ学校となったのか。それには一人の女性の強い想いがあったと聞いています。その女性は、戦争の時代の中で育ちました。当時の子供たちはみんな幼少のころから戦争に向き合って生きる事を強いられていそうです。学徒招集、軍事教練、そこには部活動も普通の授業もありません。家庭に帰っても戦争の影がいつもあった。その女性は、自分が楽しむことの出来なかった学校生活を、次の世代の人々には普通に味わえるよう願いました。それが白鳳女学院の創立となりました。

 勉学にいそしみ、部活動に打ち込み、学友と語らう。これから皆さんが経験する学生生活には、そんな先人の強い思いが込められている事を心に止め置いてください。そして一日一日を存分に楽しんでください。白鳳女学院での三年間は、皆さんにとってかけがえのないものとなるでしょう。」

 「最後に、今――楽しいと思えることは、今が一番楽しめるのです。だから、いずれは変わっていく今を、この素敵な時間を、大切にしてください。」

 新入生たちを前に、校長が祝辞を述べる。

 校長は四月をもって定年退職、それに伴い教頭先生が新しい校長となった。白鳳女学院の生徒たちが親しみ(?)を込めて呼ぶ、あのブラックばばあだ。

 前に並んだ新入生たちは、みな真新しい制服を身に着け、緊張した面持ちで式典に臨んでいる。いちばん後ろに並んでいる茉莉香は、ああ三年前は自分たちもあんなだったんだなと思い返す。中等部から持ち上がりで高等部になり、水色の蝶タイとピンクを基調にした中等部の制服から緋のネクタイと青い襟元が印象的な白いブレザーに変わった時は、急に自分が大人びたように感じて気持ちが引き締まったものだった。中身はどうだったかというと、あんまり変わっていなかったように感じる。

 それよりも、高等部に進学してからの変化の方が凄かった。

 会ったことのない自分の父親が死んだと聞かされて、突然海賊船の船長をする羽目になり、セレニティー連合王国や大企業のお家騒動やら、辺境海賊ギルドや七つ星連邦との丁丁発止やら、ランプ館でアルバイトしていた日常とは全く違った非日常の連続。

 海賊連合での艦隊戦に、時間旅行まで経験して、銀河帝国を巻き込んだ星間戦争まで体験してしまった。高校生活ってこんなにハードなものだろうかと思わなくもないが、それも自分が選んだベスト。だってそのおかげで、グリューエルやヨット部のみんなや弁天丸のクルー達と出会えた。そして過去にこの星を救おうと努力してくれた海賊たちを知った。なによりそれが宝物だ。

 続いて生徒会長が歓迎のあいさつに立つ。サーシャ・ステイプルだ。ヨット部の中では一番しっかりしていて女らしい。いわゆる才色兼備というやつ。茉莉香も推されたが、部長でしかも海賊業との兼任ではさすがに無理で、丁重にお断りした。そういえば先々代部長だったジェニー・ドリトルも生徒会長を兼任していたし、去年は小林丸翔子が生徒会長だった(リン・ランブレッタの方が呼び声高かったが、保護観察中という事が災いしたらしい。本人は雑用をしなくて済むと喜んでいたが)。生徒会長はヨット部から出すという決まりでもあるのだろうか。

 「うん、やっぱサーシャは花があるねぇ」

 などと茉莉香は頷いている。

 式は粛々と進んでいく。

 居並んだ生徒たちの中に、幼馴染の遠藤マミやヨット部のみんながいる。横に並んだ教師たちの中にはジェニー先輩の姿もある。

 「今年は、どんな子が入って来るんだろう」

 前にいる新入生たちの後ろ姿を見つつ茉莉香は思いを馳せた。高校生活最後の年、いったいどんな年になるのだろう。

 

 次に、新入生挨拶が回って来た。

 壇上に上がったのは、グリューエルとは対照的な、流れるような銀髪の少女だった。華やかというより古風な印象を与える整った顔立ち。

 「わお♡ 美人」

 物静かな、しかしよく通る声が講堂に流れた。

 「このたび、歴史ある白鳳女学院への入学に当たり、新入生の私たちに温かいお言葉で迎えて頂いたことをお礼申し上げます。

 先輩方が残し築いて下さった想いと伝統に、恥じることのないよう勉学と学生生活にいそしむ覚悟です。どうか宜しくご指導のほどをお願い申し上げます。

 新入生代表、センテリュオ・ルクス・スプレンデンス」

 一礼して壇上から降りる。

 ごく普通の答辞、なのにしばらく講堂は時間が静止したように固まっていた。茉莉香を含めた全員が少女に見とれてしまったからだ。

 その中で、一人だけ別の意味で固まっていた。

 「あのお方は、確か」

 少女が席に戻ってから暫らくして、我に返った教師が式次第を進めた。全員も気を取り戻して式に臨んでいる。ほわーとした余韻を残しながら。

「どうして、このような所に…」

 グリューエル・セレニティーは、その整った顔に深刻な表情を浮かべながら式に臨んでいた。

 

 

 



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3話

 入学式のあとに続いた部活の新歓案内は、部長の意向を完全無視した内容で繰り広げられた。

 

 『忍び寄る銀河の危機! 敢然と立ち向かう、我らが白鳳女学院ヨット部!!』

  「アイちゃん、操舵もっと細かくできる?」

  「大丈夫です。先輩方のナビがありますから」

  「阿号吽号ともに出力安定。超光速跳躍いつでも行ける!」

  「電子戦準備オッケー」

 『しかし敵は強大。だが、船長はその上を行く!』

  「おいおい、太陽帆船で正面突破なんて、正気の沙汰じゃねえぞ」

  「細身な船体の方が相手は照準をつけにくい。いい判断だ」

  「正面から蹴り上げて、上前をハネるっ!」

 『戦士にも休息は必要。そんなひと時にもロマンが――』

  「この赦免状と装備があれば、銀河のどこにだって行けるね、チアキちゃん」

  「ああ、まさに天下御免よ。それと、ちゃんじゃない」

  「オデット二世でトレジャーハンター!」

 『オデット二世に待ち受ける冒険の旅! さあ君もクルーだ!』

  ―新年度より、本格機動開始!こうご期待―

 

 どこかで見覚えがあるシーンが満載だ。どうやらオデット二世だけでなく弁天丸の記録映像まで切り張りした様子。

 しかしどう見てもヨット部の勧誘じゃない。まるで特撮冒険活劇の予告編だ。実際ビデオを視た生徒の中には、映画同好会か新作映画の宣伝と勘違いした者も多かったという。

 「もおおお、どーして海賊船の記録データが流出してるのよー」

 部室で頭を抱える茉莉香部長。

 「クーリエさんにお願いしたら、ニッと笑って貸してくれたわよ」

 「うん、親指立ててね」

 ねー、とお互いに頷き合うウルスラ・アブラモフとリリィ・ベル。

 一方、チアキ・クリハラといえば、こめかみを押さえながら苦虫を噛み潰していた。

 「アンタ達ねー、なに勝手に私の映像使ってんのおお。そもそもこの学校の生徒じゃないのよ私は!」

 「でも、白鳳にいる間はヨット部じゃん」

 「海森星校よかこっちの方が居る時間長いんじゃない。そのまま卒業しよーよ、チアキちゃん」

 「だから、ちゃんじゃ…」

 と言いかけて止めた。部室内は二名だけ残してみんな盛り上がっている。このままじゃ、白鳳海賊部も時間の問題のようだった。

 「あれ、グリューエルは?」

 茉莉香は、部室にグリューエル・セレニティーの姿が無いことに気付いた。

 「お姉様は入学式のあとから見てません」

 「え、ヒルデ、一緒じゃなかったの」

 「ヨット部の次世代を担う逸材の発掘は、お任せくださいって、張り切ってたのにね」

 中等部への留学という事で白鳳女学院にやって来たグリューエル。三年生になり、もしかしたら最後の学園生活になるかもしれない彼女にとって、この一年は特別なものだった。そう新歓活動も含めて。

 「で、新入部員歓迎の目玉は、とーぜん“お仕事”よね」

 「これ以上ないって位のインパクトだもんね。伝説の海賊が直に見れるんだから」

 「部長、営業の予定は入ってますか!」

 この星系を含めて、よほどの辺境でもない限り海賊など生き残っていない。海賊。それは大方の認識では歴史の出来事なのだ。遥か一二〇年前の統合戦争で活躍したという。

 「予定は今のところ無いっていうか。あ。亜空の深淵で免状更新にも余裕があるし」

 アセアセと言葉を濁す加藤茉莉香。

 と、そこへ顧問となったジェニー・ドリトルが姿を現した。

 はしゃいでいる部員たちにパンパンと手を叩く。

 「皆さん、浮かれていては困ります。仕事を請け負った以上、顧客に満足していただけるだけの働きをしてもらわなくてはなりません。それにはまず、各個人の技量の向上です」

 開口一番、ビックニュースを告げた。

 「仕事を請け負ったって、どこですか!」

 原田真希が身を乗り出す。ジェニーの代わりに茉莉香が答えた。

 「フェアリー・ジェーン星間旅行会社・・・」

 「フェアリー・ジェーンって、ジェニー先生の会社」

 ジェニーがポンとキーボードを操作すると、テーブルのうえに契約内容が映し出される。

 契約の内容はこうだ。弁天丸に海賊営業の依頼。相手は護衛艦付きの豪華客船。ただしオプションとして当時の海賊船を同行させること。つまり海賊の艦隊戦という訳だ。報酬はいつもの三倍!

 おおおと、歓声が上がった。しかし部長は浮かない顔。

 豪華客船のお客は、統合戦争に興味がある歴史マニアの方々だそうで、ぜひ生き残りの海賊船を観たいとの強い要望。

 これは元々、弁天丸にやって来た仕事依頼だった。知り合いのジェニー先輩の会社からの注文で(報酬もいい!)一つ返事で受けたのだが、いま思えばそこに罠があったのだ。

 保険会社のショウさんに相方の手配をお願いしたら、バルバルーサと迦陵頻伽と村上丸はとある企業艦隊との演習が入っていて無理だとのこと。グラマラス・リディスもエル・サントも予定があるとかでブッキング。巡り巡って、伝説の海賊船なら茉莉香船長のところに一隻あるじゃないかということで、オデット二世にお鉢が回って来た。

 そんなの絶対無理です。だいたいオデット二世は、いくら白鳥号だったからって海賊船じゃありません。という茉莉香の非難に、ショウはサングラスを光らせてこう言った。

 「オデット二世なら、めでたく海賊名簿に載ってるぜ。向こうの返事はOKだそうだ」

 顧問の教師がクライアントで受け手が顧問している部、完全な出来レースだ。他の海賊船のブッキングも、ジェニー先輩ならやりかねない。ジェニーに詰問したら「うちの叔父様、またぞろ怪しげな商売はじめたようなのよ。兵器のいい宣伝になる相手を探しているようだったから手配してあげたの。女子高生相手にやられるようなへっぽこ艦隊には、いいお灸になるわ」と、涼しい顔。通常の三倍という破格の提示については、「弁天丸と白鳥号で二隻分、それに会社の宣伝料も入っているわ。白鳥号の分は部費収入になるし、出ていくところは弁天丸だけってとこね。すごく割のいい商売よ」とのこと。

 つまりは相方への依頼は保険会社を通すという穴を突いたわけだ。

 「オデット二世は海賊船籍に載っているようですけど、それって帝国とオリオンの腕文明圏の極秘事項じゃなかったですか」

 チアキが質問する。

 「そうだった、と言うべきね。確かに銀河帝国の私掠船免状の存在は、ステラ・スレイヤーの件も含めて秘匿されたわ。白鳥号の素性が割れたら大量破壊兵器のことも明るみになりかねないから。でも、そのパンドラの箱を開けたのは私たちよ。現代に戻った時、オデット二世のファイルを開けたでしょう。そして銀河ネットで私掠船免状を照会した。そもそもスタンドアロンされていた情報が、鍵で開けられてしまったのよ。いったんネットに乗った情報は消せないわ。しかもそれが船舶台帳となれば尚更ね」

 白鳥号とオデット二世という二隻の船が存在するのなら問題はない。だが二隻が同一となると私掠船免状は両方でリンクされる。公開されている全銀河船舶台帳をひらくと、『白鳥号=オデット二世。銀河帝国私掠船』と出る。ちなみに弁天丸は『オリオン腕圏私掠船』だ。船舶台帳は必ず一隻ごと。宇宙を航行する船の最も基本的な情報だ。それがトランスポンダーになる。

 いま、女子高の練習帆船だった船は、現役の海賊船として曝されている。

 「本題に戻りましょう。茉莉香さん、プロの眼で見ての意見を聞くわ。ヨット部クルーは海賊としての力量が備わっているとお思い?」

 茉莉香に降り向いて、ジェニーが問いかける。

 「ヨット部のみんなには、弁天丸クルー代役のときも、ファウンテンブロウのときも、このあいだの統合戦争のときも、とっても助けてくれました。操舵も電子戦も素人だったにしてはなかなかのものだと思います。」

 「素人だったらね。でも、海賊営業はプロの仕事よ」

 「――はい」

 言い淀んだ点をジェニーは鋭く突いてくる。これはビジネスの会話だ。

 「それに前まではあなたがいた。それにブラスターの異名をとる梨理香さんがいた。違って?」

 「はい。」

 「あなたは営業のときは弁天丸に乗らなくてはならない。船長が不在ではお仕事と見なされないんでしたものね。つまりあなた抜きで、私たちだけでオデット二世はお仕事しなくちゃならない。そのときオデットが弁天丸のオブザーバーであっても海賊出来るだけの実力があるかしら」

 みんなが茉莉香を見詰めて答えを待っている。チアキは結果が分かっているらしく静かに俯いている。

 「正直、無理だと思います」

 ジェニーは、そうねと相槌を打って微笑んだ。

 いくら筋書きがある海賊営業でも何が起こるか判らない。そういう時、咄嗟の判断が求められ、それに素早く対応できることが必要とされる。宇宙とはそういう場所で、海賊は誰の助けもなくそんな世界で仕事をする。

 「さっき、チアキがオデットが海賊船籍に入っていると聞いたわね。そうオデット二世は海賊船として公示されてる、しかも銀河帝国私掠船として。これはもう今までの練習船だけではいられないという事なの。まだ公示されていなかった時でも、オデットの素性に気付いた者たちがちょっかい出してきたことはあったでしょう? それがもっと多くなると思っていいわ」

 ジャッキー・ケルビンやミューラ・グラントは独自のルートでオデット二世を知り、船を狙ってきた。ジャッキーなどは降伏文書を巡ってこの学校にまで手を出している。私掠船免状にしても、茉莉香はしょっちゅうビスク・カンパニーに襲われている。しかもオデットの私掠船免状は船長でなく船に与えられているのだ。オデット二世がいままでのままでいられないのは茉莉香も判っていた。

 「いまのまま高校の練習船ではオデット二世を守り切れないわ。星系軍も帝国艦隊も民間船以上のことは護ってくれない。もしオデットが奪われるようなことがあったら、迷わず破壊を選ぶでしょうね。なら護ってくれるものを作ればいい。軍や組織に独立した武力は何?」

 「海賊です」

 茉莉香が答える。

 「でも、常に海賊に護衛を頼むことは出来ません。それでは依頼主の私兵になってしまいます。海賊の独立から離れます」

 「そうね、海賊であることに外れるわね。それに未来に渡ってずっと依頼をし続けるというのも現実的じゃあないわ。それなら、私たちが海賊になってしまえばいいのよ。私掠船免状をいただく海賊を襲えば、それは海賊狩りになってしまう。相手はおいそれとは手が出せなくなる。グランドクロスのとき、海賊狩りに対して海賊たちは一致団結を見せた。『俺たちは海賊狩りを許さない』てね。これは大きな抑止力よ」

 統合戦争以来の海賊連合、これは帝国艦隊も注目した。このまま連合し続けるなら、帝国内に軍の影響が及ばない勢力が生まれることになるからだ。しかも内政不干渉の原則で手が出せない。幸い自衛目的の緩い集まりで一過性に終わったが、だが自衛となれば――。

 「そのための依頼だったのですね。海賊船である実績作りに」

 そう感心する副部長のサーシャ・ステイプルに、ジェニーは頷いた。

 「別に弁天丸やバルバルーサのように、正規軍のお相手や、他に頼むには一寸ヤバイ物の輸送とかすることはないわ。要は現役の海賊船だぞって知ってもらう事が重要なの。そのためにはそれなりの働きをしなくっちゃだめ。見て『ああ海賊としての動きしてるな』って思ってもらえるくらいにはね」

 カテゴリーⅠ(恒星間航行)でそれなりの動きが出来るようになった程度で、操舵、航法ともに実戦にはまだまだだ。まして電子戦はリンが卒業してしまった今年度では穴が大きい。

 「そこで、特別講師をお願いしてあるの。もうそろそろ来る頃だわ」

 そうジェニーの言葉に姿を現したのは、

 「「リン先輩!」」

 ヨット部員の歓声に、よっと手を挙げて応えるリン・ランブレッタ。

 「いやあ、ジェニーから頼まれて。九月まで間があるだろ、それに入学までに与えられた宿題が電子戦闘の歴史についてなんだ。レポートでフィールドワーク(実地体験)に勝るものは無いからね」

 そういってジェニーにウインクを送る。統合戦争もジェニーの課題レポートだった。

 「私もいるわよ」

 「お久しぶりです、皆さん」

 「「ミーサ先生、ケイン先生!!」」

 一段と嬌声が上がる。

 「ミーサ先生には、非常勤の保険医として、ケイン先生には体育教師として赴任していただきました。」

 流石、白鳳女学院の経営権四十パーセントを握っているフェアリー・ジェーン星間旅行会社だ。講師も簡単に何とかできるらしい。

 「ねえ、あなたんとこ大丈夫? このままじゃ弁天丸のクルー、根こそぎ持って行かれかねないわよ」

 チアキが小声で茉莉香に言う。引きつった表情の茉莉香、確かにブリッジが船長だけを残してガラ空きとなりかねない。

 聞いてないわよという批難の目の船長をよそに、歓声にこたえているミーサとケイン。

 「一緒にお仕事することが多くなりそうだから、あっちのお仕事(弁天丸)の合い間にだけどね。ヨロシク」

 ミーサ・グランドウッドが挨拶する。

 「本当はケンジョー・クリハラさんにお願いしたかったんだけど、流石にバルバルーサ掛け持ちでは難しいって、泣く泣く断られたわ」

 ジェニーの言葉にチアキが目を剝いた。

 「当たり前です! 女子高生海賊だけでも非常識なのに、その顧問を親父(船長)に依頼するなんて無茶苦茶ですっ!」

 「あら、ケンジョーさんすごく残念がってたわよ。娘が船長の船に乗れるなんて父親冥利に尽きるって。俺が船長で無かったら~~~て、あれは本心ね」

 あんのクソ親父ぃと内心毒づきながら、重大な事に気が付いた。いま娘が船長って言わなかった?

 「当たり前じゃない。部長は茉莉香さんだけれど、弁天丸とのお仕事に茉莉香さんがオデットの船長をする訳にはいかないわ。加藤茉莉香は弁天丸の船長、これからのお仕事は茉莉香抜きで考えて行かなくちゃ。副部長のサーシャさんでもいいのだけれど、せっかく部員に海賊が二名もいるんだから、チアキちゃんが海賊船の船長するのが一番じゃなくって」

 いっと意表を突かれるチアキ。

 「私もそれが自然だと思います。なにより経験が重要ですから」

 サーシャ・ステイプルもジェニーに同意する。

 「お仕事のとき、ケイン先生は操舵手として弁天丸に戻りますが、ミーサ先生には不測の事態に備えて、このままオデット二世に残ってもらいます。――茉莉香さん、そろそろミーサさんに頼らないで船長する時期じゃない?」

 痛いところを突かれた茉莉香。

 そーか、ミーサはそのつもりでジェニー先輩からの依頼を受けたんだ。

 そーゆーこと。とミーサはウインクする。

 「ではミッションの説明に移ります。お仕事の相手はフェアリー・ジェーン星間旅行会社所属の豪華客船ビギン・ザ・ビギン号、弁天丸が前にお仕事した船ね。それとタルボット級戦艦二隻とコーバック級護衛艦が三隻、ビギン・ザ・ビギンが電子戦艦だったら立派な一個機動部隊よ」

 「タルボット級にコーバック級なんて、そんな戦闘艦どこで手配したんですか」

 ヒュー&ドリトル星間運輸の企業艦隊で相手したことのあるアイ・ホシミヤが尋ねた。

 「ウチの艦よ。VIPをお乗せすることもあるから、自前の護衛艦隊ぐらい持ってるわ。アイちゃん、腕が鳴るでしょう」

 「ジェニー先輩の会社って、他にどんな艦持ってるんです?」

 事もなげに艦隊所有を語るジェニーに茉莉香が恐る恐る聞く。

 「あとノイシュバンシュタイン級とデアフリンゲ級、残念だけど今回は出さないわ。統合戦争を追体験するには、あまりに最新鋭艦すぎるから」

 ノイシュバンシュタインといえば、帝国第五艦隊の第一打撃艦隊で旗艦を務めるほどの統合打撃指揮電子戦艦だ。デアフリンゲ級は対艦戦闘専門の機動巡洋艦。どちらもジャバウォッキーでもオーバー・キルな代物だ。ヒュー&ドリトル社はフェアリー・ジェーン星間旅行会社に手が出せないだろう。

 「この艦隊に弁天丸とオデット二世で海賊します。作戦はあなたたちで考えてください。戦力差の大きな相手には戦略と戦術が大きくものを言います。茉莉香さんチアキさん、腕の見せ所よ」

 船長とはどんなものかをよく知っている二人に緊張が走る。

 「そしてクルーの皆さんは、船長の采配に迅速かつ正確に対応する必要があります。設備と作戦がどんなに優れていても、それに応えられる技量がなければ何にもなりません。オデット二世を生かすも殺すも、いまここに集う皆さん次第です。皆さんの船を後世の部員に手渡すためにも頑張りましょう!」

 「「はい!!!」」

 一同が真剣な面持ちで返事する。それを確かめて、ジェニー・ドリトルは高らかに宣言した。

「さあ、海賊の時間よ!」

 

 

 



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4話

 春うらら。

 新年度が始まり、新入生は新しい学園生活に慣れるだけでも精いっぱい。そんな中、体験入部の期間中に、噂に名高い白鳳女学院ヨット部を覗きに来た新入生たちは結構いた。

 しかしヨット部員たちは特別講師を迎えて猛特訓中、放課後は中継ステーションまで出掛けてオデット二世で実地訓練の毎日。教師同伴なので校外学習扱いとなり、シャトル便もお安いとか。

 見学者のお相手は、もっぱら茉莉香部長ひとりだった。お陰で目が回るほど忙しい。

 「ああん、誰か手伝ってよー」

 「操船、レーダーからの状況分析、その他諸々でケイン先生から特別講習」

 「うちの転換炉ユニットは外付けで、かなり特殊な仕様だよ。構造計算ふくざつー」

 「電子戦は最期は人の判断ですか。リン先輩、勉強になります」

 「チアキちゃあああん」

 「わたしゃ、ミーサさんから戦術について教わんなきゃなんないの!」

 定時連絡で助けを乞うても、返ってくるのは冷たい返事。

 「グリューエルに手伝ってもらえば。あの子、ウチの学校で一番のスターでしょ。昨日の昼休みも新入生が大勢中等部に押しかけてたわよ」

 「え、グリューエルそっちに来てないの?」

 ハラマキに茉莉香が聞き返す。このところグリューエルは部活に来ていないのだ。

 「お姉様なら、この頃立て込んだ事情があるそうで、放課後はまっすぐ下宿(大使館)に帰っています。王宮秘密回線でセレニティーとよくお話してます。どんな事情かは私も存じません」

 「セレニティーでまたもめ事でも」

 茉莉香が心配する。黄金の幽霊船で内紛もいったん収まったとはいえ、内乱寸前までいったあの時から、まだ一年ちょっとしか経っていないのだ。

 「いえそのような噂は聞いていません。ただ、お姉様も話してくれませんので」

 少し寂しげな表情のヒルデ。

 「お姉様の分も、私が頑張らなくては」

 

 入学式から二週間、体験入部の期間もそろそろ終わろうという頃、今年度ヨット部へ入ってきた新入部員は二名だった。二人とも一年生。去年が三人だったから、まあそんなところだろう。ヨット部の行く末を考えると、些か心許ない状況ではあるが。

 「グエン・ティ・ファムです。よろしくお願いします」

 と、物静かな東洋系の少女。

 「キャサリン・ミラーですっ。自分のことはキャシーと呼んで下さい」

 物怖じ何それ、というような元気いっぱいな子。

 「ファムさんにキャシーさんか、ヨット部へようこそ。私が部長の加藤茉莉香、で副部長のサーシャ・ステイブルにチアキ・クリハラ。あチアキちゃんは、海森星校の生徒なんだけど、こっちに来ているときはヨット部なの。それに・・・」

 部員の紹介ごとに、先輩たちは「よろー」とか「一緒に頑張ろうね」と言葉を掛ける。

 一通り紹介が終わったところで、グリューエルとヒルデが入室して来た。

 後ろにもう一人連れてきている。

 「遅れて申し訳ありません。実は、中等部から一名入部希望者が居るのですが」

 「高等部の部活ですので顧問の先生(ジェニー・ドリトル)にお伺いしてからと思い、寄り道してました。先生は『部長権限で宜しいんじゃない』とのことです」

 グリューエルとヒルデに促されて、小柄な少女が前に出る。

 「あ、入学式のときの」

 答辞を読んでいた少女だ。

 「センテリュオ・ルクス・スプレンデンスと申します」

 「もっちろん大歓迎よ。ヨロシクね!」

 とびっきりの笑顔で茉莉香が答えた。

 「わー、グリューエルに続いて中等部から三人ゲットか」

 「これで当分はヨット部安泰だね」

 「船は三人じゃ動かせないでしょ」

 「それは今後の三人の働きに期待するとして」

 喜ぶ茉莉香や部員たち。

 ワイワイと出来る輪のなかで、チアキ・クリハラはグリューエルに浮かんでいる一抹の硬い表情に気付いた。

 「じゃあ、新入部員たちは二年生とシミュレーション・ルームへ。三年生とグリューエルは残って歓迎航海のミーティング。ヒルデはセンチュリオさんに付き添ってあげて」

 「はい」

 「よっしゃー、行くぞー」

 二年生の元気印、ナタリア・グレンノースの掛け声とともに、白鳳ヨット部の歌を歌いながら退室していく。

 

 「歓迎航海はいいけれど、お仕事の方はどうなのよ。有効期限ぎりぎりじゃない、間に合うの?」

 チアキが眼鏡越しに茉莉香に尋ねる。

 私掠船免状は五十日ごとに更新しなくてはならない。その間に仕事をしないと弁天丸の免状は失効してしまう。

 「途中に輸送のお仕事入れてもいいんだけれど、お仕事は船長抜きで出来ないから」

 白鳳海賊団でお仕事というミッションを控えて、余計な仕事は入れたくない。ヨット部クルーたちの練習が必要だし弁天丸との擦り合わせもある。

 「日々のシミュレーションでの練習も大切だけれど、まずはオデット二世の操船を高めます。新入部員たちには申し訳ないけど、今度の歓迎航海は、そのための完熟訓練を兼ねたいの」

 そう言って、茉莉香はディスプレイに航海プランを映し出した。

 「コースは、私たちが初めて航海に出た時と同じ、たう星を回って砂赤星を周遊します。そこに一寸したオプションを入れたいんだけど、いまのヨット部に足りないものを考えて、アイデアを出してほしい」

 「海賊としての操船という意味でいいのね」

 チアキの確認にうんと頷く茉莉香。

 「足りないところって…足りないとこばかりね」

 そう言って肩をすくめるチアキ。それをハラマキがなだめる。

 「まあまあ、足りないところを追々慣らしていくんじゃない。そのための訓練でしょ」

 「だから、その時間がないんじゃない。ぶっつけ本番みたいなものよ、御分り?」

 おとがいに指を立てながらサーシャが意見を述べた。

 「いちばん足りないもの、それは経験です。しかし経験は一朝一夕でどうにかなるものではありません。物事に動じない沈着冷静さも的確な判断も、経験があってこそ。それこそ場数に裏打ちされたものです」

 「それ言われると、私も自信ないんだけど…」

 茉莉香は首をすくめた。

 「でも全くの無経験じゃないよ。だいぶん梨理香さんにしごかれたし、おかげで初めてのお仕事の時を今思うと冷汗ものに思うし、無限君を援けに行ったときは茉莉香も梨理香さんも抜きだったしね」

 リリィが思い返す。

 「海賊のことは私も判りません。しかし物事を動かすに当たって一番大切なことはチームワークです。どんなに経験豊かでも、それを活かせる信頼や連帯が無かったら何にもなりません。それがあれば予想を超える事態にも結果は何倍にもなって帰ってきます。内戦ギリギリだったセレニティーはそれを学びました。白鳳ヨット部は、チームワークならかなりの水準にあると思います。それにチームにオデット二世を守ろうという一致した目的があります」

 「そうよね、私たちディンギー位しか動かしたことが無い中で弁天丸を操船したり、武器もシールドも持ってない船で実戦の中に飛び込んで行ったり、それで何とかなったほどにチームワークは出来てるわね」

 グリューエルの言葉にハラマキが同意する。

 「乗りと勢いはダントツだもんね」

 そうガッツポーズを取るウルスラ。アイデアにアホ毛がぴょこんと立つ。

 「今回の航海は、よりチームワークを高める内容でオプション考えようよ。例えば、鬼ごっこのように鬼さんのタッチを躱す操船とか、隠れて追跡をやり過ごす隠れんぼとか」

 「いいね。でも誰が鬼やんの、サイレントウィスパー?」

 「サイレントウィスパーは、オデットの手駒にします。一寸したオプションのお相手は弁天丸」

 「弁天丸が付き合ってくれるの? わお♡」

 「今回のお仕事は弁天丸との共同でしょ、さっきも言ったようにその摺合せ。いきなり本番でさあご一緒にじゃ無理だもの。今回は弁天丸が鬼さんという事で、オデット二世を襲わせてもらうわ。それにどう対処するかは、チアキちゃんを中心にみんなで考えてね♡」

 「茉莉香さんは作戦会議に参加しないんですか」

 「だって、襲う側が作戦内容知っちゃったらおかしいじゃない」

 「えー、部長が部の船を襲っちゃうの」

 うふと笑う茉莉香。

 「じゃチアキちゃん、あとお願い。フライトプラン持って弁天丸に行ってくるわ」

 「解った。あと『ちゃん』じゃない」

 茉莉香の退出と同時に、オデット二世の作戦会議が始まった。

 

 

 



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5話

 リン先輩やケインを交えてのシミュレーション訓練を終え、新年度初めての練習航海の日がやって来た。

 春のうららかな日差しを浴びて、ヨット部員たちが整列する。

 「皆さん、歓迎航海の日がやってきました。新入部員の中には、初めて宇宙に出る方もいると思います。宇宙は時に冷徹ですが、冷徹だからこそダイレクトに皆さんに感動を与えてくれると思います。皆さん、おおいに見て楽しみましょう」

 顧問のジェニーに続いて、部長が今回のフライトについて説明に立つ。

 「今回のフライトプランは、たう星系の母星たう星を回って第一惑星、砂赤星をフライバイして中継ステーションに戻って来る行程三日間の航海です。これは、私やジェニー先輩、いやジェニー先生が初めて航海した思い出深いコースでもあります」

 思えばこの航海が、自分が海賊になると決めたきっかけだった。

 「今回の航海に、申し訳ありませんが部長である私は同席しません。でも弁天丸でしっかり参加させていただきます。弁天丸はオデット二世の護衛を兼ねて、皆さんに一寸したイベントを用意しました。それは、鬼ごっこです」

 オデット二世が銀河帝国海賊船と公示されて二度目の航海だ。亜空の深淵のときはまだ日も浅く乗りと勢いオデット=バルバルーサで乗り切ったが、それから時間も経っている。ライトニングⅪのようにちょっかい出して来る者が居ないとも限らない。弁天丸はその護衛も兼ねている。これは白鳳女学院ヨット部から依頼された。免状更新にも余裕が生まれる。

 「航海の途中に弁天丸は皆さんにちょっかいを出してきます。電子戦、操船でそれを振り切ってください。短指向性射撃管制ビームを当てられたらタッチダウンです。電子戦で船のシステム乗っ取られてもゲームオーバー」

 「これは、こっちからの攻撃でも同じって事ですよね」

 リリィが質問する。

 不敵な問いに茉莉香やミーサとケインは瞠目した。

 「そうですね。でも海賊は、そう易々と勝たせてはくれないわよ」

 ヒョゥと一同テンションが上がる。

 「さあ、皆さん出発です!」

 

 白鳳女学院の連絡艇が中継ステーションのポートサイドに接岸し、ヨット部員たちはオデット二世が係留されているC-68埠頭に向かった。閉鎖型の大型船専用のドック、この船だけに使われている専用埠頭。他に使い道のない構造のため格安で借りられると聞いていたが、きちんと整備された状態で百年以上も使い続けていられた本当の理由を、今の茉莉香たちは知っている。

 巨大な閉鎖空間一杯に、すらりと流線型をしたスマートな船が浮かんでいる。

 間近で見る大型船の威容に、新入部員たちはみな驚く。閉鎖空間であればその大きさは尚更だ、歓声が沸き起こる。

 「ちょっといい?」

 埠頭に着いて、チアキが茉莉香とグリューエルを別室に呼んだ。

 「今度の新入部員についてだけれど、グリューエル、あなた何か言うことがあるんじゃない」

 グリューエルは口を閉じたまま俯いている。

 「センテリュオのこと? 確かに最近のグリューエル、いつもと調子が違っていたもんね。なんかワケアリって感じ。それも彼女だけじゃなくヨット部を気遣うってゆーか」

 「それに気付いてて、部員の素性を確かめようとしないの茉莉香」

 「そりゃジェニー先輩は、部長たるもの部員の素性は知っておくものですって言ってたけど、わたしはよーゆーのしない。みんなそれぞれ事情や都合を抱えてヨット部に集まってるじゃない。私やチアキちゃんもそうだった。グリューエルやリン先輩も」

 「そりゃまあ、そうだったけど…」

 「だから詮索はしない。もし問題が起きたときは向こうから話して来てくれると思う。そして問題解決に仲間として協力する」

 「まあ部長がそれでいいって言うんなら、私から口を差し挟む事は何もないわ」

 「そうして頂けると有難いです。私は立場上彼女を知っていますが、今後どう推移していくか判らない事ですので、今はまだ私の中だけにしておくのが一番適当だと思うのです」

 「知ってしまうと関わらざるおえない?」

 グリューエルは答えない。

 「でも、これだけは承知しておいて。白鳳ヨット部が巻き込まれるかも知れなくでも、自分だけ背負いこまないで。セレニティー王家までで問題を止めるみたいに」

 はっとして、グリューエルは「はい」と返事した。

 

 出航準備の荷積みに、フリーフライトチェックを済ませ、いよいよ出航。

 リンと顧問のジェニー、保険医のミーサは残り、茉莉香とケインは弁天丸に帰って行った。ここからのオデット二世の船長はチアキ。

 何度も経験しているだけあって上級生たちの手際はいい。そんな上級生たちの姿に新入部員たちは憧れの眼差しを送っている。

 「緊張しなくていいからね、私たちも初めはダメダメだったんだから。先輩に付いて学んで頂戴」

 ヤヨイ・ヨシトミの言葉にハイと答える一年生たち。

 「白鳳女学院ヨット部のチアキです。これからオデット二世はC-68埠頭より出航します。許可願います」

 チアキの通信に、聞き覚えのある声がブリッジに流れた。

 『こちら海明星中継ステーション。オデット二世、出航を許可するよ、気張って行ってらっしゃい』

 「「あ、梨理香さんだ」」

 海明星中継ステーションで知らぬ者のない、鬼管制の加藤梨理香の声に送られて、オデット二世は滑るように埠頭から出ていく。

 補助エンジンを吹かして海明星を離れる。

 確認を待たずに次々とクルーから報告が入る。

 「海明星管制空域からの離脱を確認。第三宇宙速度突破、座標軸をたう星に移行」

 「全天スキャン、周辺空域に船影なし」

 「システム、オールグリーン」

 クルーからの報告を受けてチアキが下命。

 「太陽帆展開。ミズンマスト、メインマスト、フォアマストの順で」

 「「了解」」

 「キャシー、メインマストは絡みやすいから、一気じゃなくじわっと滑らすように立ち上げるのよ」

 航法担当のリリィとアイが後輩を気遣いながら三つのマストを展開する。何の問題もなく帆を拡げ、オデット二世は帆船としての優美な姿を現す。

 「太陽帆、無事伸張を確認しました。帆圧六〇パーセント速力三分の二。現在位置、たう星系GPS、天測ともに誤差無し。予定航路に乗っています」

 補正推進を使うことなく、ピタリとフライトプラン通りの線に乗せたクルーたち。かかった時間もかなり短縮されている。

 「まずまずね。あとはゆっくりたう星に落ちていくだけだわ。新入生の皆さんもご苦労様、歓迎会は帰還した後だけれど、宇宙に出て初めての食事しましょう。ヨット部名物、カレーよ。明日は宇宙遊泳を行うから、英気を養って頂戴」

 リリィのカレーは、大財閥のお嬢様(ジェニー・ドリトル)や王族のお姫様(グリューエルにヒルデ)を唸らせるほどの絶品だ。たまに情熱の味<カプサイシン>が仕込まれたりするが。

 

 練習航海初日の夜、当直は二年のナタリア・グレンノースと一年のグエン・ティ・ファムだった。茉莉香が初めての航海のときはチアキとの一年同士だったが、レーダー監視の訓練で上級生とのペアを組んだのだった。

 「リン先輩の話では、敵が何か仕組んでくるとしたら今夜のうちだって。ファムちゃん、通信とレーダーの動きはどう」

 「別段変わったところは見られませんが…、仕組んでって、何をして来るんですか」

 ナタリアに言われて幾分不安げなグエン・ティ・ファム。

「直接攻撃とかじゃなくって、その前の仕込み。電子攻撃するためのデフリとか符牒とかを仕組んでくるの。ほらドロボウも仕事の前に相手のセキュリティ調べるでしょ。通信波に載せてこっちのシステムに忍び込むんだ。それがノイズになってログに残るんだけど…」

 定時連絡の通信ログとレーダーの記録をトレースするが、特にノイズなどは見られない。

 「うーん、ぜったい何かやってると思うんだけどなあ」

 「じゃあ見えないうちに、こっそり弁天丸は近付いて来ているのですか」

 「恐らくね、こっちの動きを見てると思う。茉莉香部長の時は、射撃管制レーダーで相手の手の内を見破ったんだって」

 「射撃管制って…、大丈夫だったんですか。あからさまな敵対行為ですよ。軍艦だったら警告なしでズドンです」

 「おっ、良く知ってるねー。だから近所に誰もいないのを確認してからぶっ放したんだ」

 「いちおう、周囲五〇万キロに船影はありません」

 「じゃあ、撃っちゃう?」

 「撃つんですか先輩!」

 驚く一年生。

 「うん、隠れてる方が悪いっ」

 そう言って、射撃管制レーダーのスイッチを押すナタリア・グレンノース。

 大出力のレーダー波が全天にわたって放出される。もし近くに船外活動中の者が居たら、たちまち蒸発してしまう程のエネルギー波だ。宇宙船を確実に炙り出し、正確な位置を計る。

 ――ただし彼女らが放ったのは、茉莉香の時のように短距離ではなく、高周波の全天長距離射撃管制波だった。

 「いた! え?一二〇〇万キロ後方?? ずいぶん遠いな」

 「反応、消えました」

 レーダーに反応が現れたのは一瞬だった。だがログには残っている。二〇〇〇万キロ離れたところに確かにいた。しかし距離があり過ぎた。超光速回線ならまだしも、通常回線でのクラッキングにはタイムロスがあり過ぎるのだ。

 

 「うひぇ、いきなり射撃管制波かよ。しかも高周波長距離スキャン、星系軍が警邏してたらどーすんだ」

 レーダー波を浴びた弁天丸では、三代目が呆れた声を上げていた。

 「思いっきりの良さも部長仕込みか」

 いきなり攻撃を受けたに等しいシュニッツアは、砲撃手として青筋を立てている。

 「なにやってくれるのよー」

 船長席で茉莉香が青くなっていた。

 「距離は十分離れてる。レーダーその他に影響はない」

 「オデット二世の周囲二〇〇〇万キロに船影はない」

 レーダー・センサーの百目と航法士のルカが現状を報告する。

 「勘所はいいんじゃない。仕掛けて来るなら今時分、ちゃんと状況分析出来てるわ。でも電子戦はクラッキングだけじゃないのよねー」

 と、電子戦担当のクーリエ。

 「ケイン、オデット二世にあまり近付きすぎないで。距離はこのまま、高周波射撃管制レーダーを喰らっちゃたまんないわ」

 「了解、船長」

 つかず離れず、弁天丸はオデット二世のあとをつける。

 

 「長距離射撃管制波をぶっ放したぁ!?」

 当直からの報告を受けたチアキは目くじらを立てていた。まあ、弁天丸のクルーが呆れたのと同じ理由だ。

 「でも、弁天丸を捉えました。オデットの後方二〇〇〇万キロです」

 「後をつけてるって感じね。仕掛けてくるとしたら、やはりたう星を回ったところか」

 ライトニングⅪの時と同じく、自分でも狙うならそうする。しかしタイミングは砂赤星をスイング・バイしたあとじゃなく、その手前。オデット二世が最もスピードを落とす地点。太陽帆の操船がいちばん複雑になり動きも限定されるからだ。

 「恐らく会敵と戦闘は二日目の夜になります。ミーティングは昼に行いましょう。ご苦労だったわ、あと代わってあなたたちは休んで」

 「「はい。」」

 しかしあの時、茉莉香は初めての航海でそれを見抜いていた。経験も無しで? 対抗手段まで思いつくなんて今になって思えば、あれは天性のものなのか。船長を任されてそう思ってしまうチアキ・クリハラだったが、その思いを振り払う。

 (だめだめ、出来るかじゃなくやるんだ。)

 でも、何か見落としてる気がする…。

 深夜に報告を受けたチアキ。眠れない夜になりそうだった。

 

 昼にミーサ、ジェニー、リンも交えての全体ミーティングが始まった。

 ブリッジ中央に浮かんだ立体ディスプレイに跳んで、チアキが状況説明する。

 「間もなくオデット二世はたう星を回って砂赤星重力圏に向かいます。砂赤星をスイング・バイするのは明日の朝。昨夜の報告では、弁天丸は本船の後方二〇〇〇万キロの地点にいます。推進動力を持たない本船は、これからスイング・バイ時に周回軌道を離脱しないよう、太陽風を利用しての減速に入りますが、一方の弁天丸は無推進でもたう星の重力で加速し、その差は縮まります」

 そこまでを球形の立体映像に映し出された二つの軌道を指示しながら述べる。うんうんと頷くクルーたち。

 「弁天丸はレーダー波ステルスを掛けながら無推進航行で、電子戦やビーム攻撃が有効な距離まで近付いてくるでしょう。こちらからは敵が見えません。でも相手はこちらが太陽帆船であることを利用して、ある程度の航路が予測できます。こちらが敵を見ることが出来るのは、相手がジャマ―など妨害電波を浴びせかけてきた時、つまり目の前に迫って来てからです」

 何というハンデだろう。攻撃を仕掛けてからならエンジンを噴かせて機敏な操船も可能だ。たがオデット二世は太陽帆船、補助推進で軌道を変える事も出来るが急速な運動は望めない。しかも攻撃を受けるのは必殺必中の距離になってからなのだ。

 「弁天丸が襲ってくるとしたら、ここ。」

 と、砂赤星にスイング・バイを掛ける手前の地点を指し示した。

 「いい状況分析ね、茉莉香ならそこを狙うわ。あの子普段は大雑把に見えるけど、結構慎重派なのよ。船長なら尚更」

 とミーサ。

 彼女の人物評価にチアキは意外な顔をする。

 迅速な判断と思いっきりの良さが信条の茉莉香に、そんな一面があるとは。いつも引っ張り回しているばかりだと思っていたが。

 「で船長、どう対処するの。茉莉香はライトニングⅪの時のことは知っているのよ」

 あのときキャプテンだったジェニー・ドリトルが訊いた。

 「こちらがライトニングⅪになります」

 そう答えるチアキ。

 「茉莉香は、自分がライトニングⅪだったらと考えていると思います。だから生半可な電子戦で応対したら、忽ち乗っ取られてしまう。システムがメインかダミーかなんて、クーリエさんならすぐ見破ってしまうでしょう。だから裏をかきます!」

 一通り作戦内容を説明し、質疑応答のあと、作戦開始時間は今夜9時と決まった。

 

 「さあ、野郎ども。持ち場につくわよ!」

 「「「おー!!!」」」

 鬨の声がブリッジに響き渡る。

 

 



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6話

 夕食を終え、いつもなら入浴や自室で暇している時間。ヨット部員たちはブリッジに集合していた。

 全員が持ち場につき作戦開始を待っている。

 「航行系異常なし」

 「補助推進動力、圧力OK。たう星からの太陽風問題なし」

 「レーダー、まだ弁天丸らしき影、確認できません」

 「オデット二世後方五時の方角からレーダー波あり。弁天丸のものと思われます」

 「電子戦、プログラム作動中。いつでも行ける」

 ブリッジ各部署からの報告を受け、チアキが格納庫のアイに確認を取る。

 「サイレントウィスパー、用意はいい?」

 「はい、準備OKです。同乗のリリィさんもOKです」

 サイレントウィスパーには、操舵のアイ・ホシミヤと航法のリリィが乗り込んでいる。リリィはサイレントウィスパーの肝である電子戦を担当する。

 二一時の時報と共にチアキが宣言する。

 「では、『眼下の敵』作戦を開始します」

 

 オデット二世の護衛を請け負った弁天丸は、ずっとオデットを捕捉し周辺空域を監視していた。――今回は襲う側だが。

 「ん、オデット二世が動き出した」

 空域をモニターしていた百目が報告した。

 「動き出したって、予定の航路を変更したってこと?」

 船長服に身を包んだ茉莉香が確認する。これは弁天丸が請け負った正式なお仕事なので、船長服は当然なのだ。

 「いやコースはそのままだが、船首の方向を変えてる。後方に向かって立てて、――こっちに対して水平だ。」

 「エンゲージ領域から消える。船影が捉えられない」

 射撃担当のシュニッツアからも。

 「どういう事」

 「こちらからのレーダー波に対して反射を最小にさせてるんだ。船幅一〇〇メートル越えの大型船でもオデットの断面積はすこぶる小さい。小型船並みだ。反射面を最小にしてステルス波を掛けられたら、弁天丸でも捉えるのは厄介だぞ」

 「だって帆を拡げてるんでしょ、断面積は大きいじゃない」

 茉莉香の疑問にクーリエが答える。

「船長、オデットが太陽帆船だってこと忘れてませんか。あの帆は何を受けてます?」

 「何をって、太陽光。光、あそうか」

 太陽帆船は光を運動エネルギーとして航行する。その帆は光を輻射させる訳だが、透過率をゼロにすれば後方に逸らすことも出来る。ライトニングⅪはそうやって光学照準器を焼き撃退した。光は電磁波の一種、レーダー波も同じ。オデット二世の太陽帆はレーダー波も透過でき帆自体が巨大なアンテナとしても機能する。

 「オデットはこちらを見ることは出来ても、こちらには見えないって事ね。やるじゃないチアキちゃん」

 好敵手現る、と不敵な表情の茉莉香。

 「どうします船長。少し早いけど仕掛けますか」

 面白くなってきたというケイン。

 「まだ。もうすぐスイング・バイの地点だからソーラーセイルの操作が難しくなるわ。そのときどうしても輻射が出るし、まだ距離もある。もう少し近づいたところで、オデットの電子妨害を待ちましょ」

 茉莉香の判断に電子戦担当のクーリエがニンマリする。相手が妨害は出してきたその時は――。

 

 「弁天丸、ついて来てる?」

 背面航行を続けながらチアキが聞く。

 「はい。レーダー波の方向変わらず」

 一年生のグエン・ティ・ファムが報告する。

 「オデットの推力最低に近付きます。彼我の差およそ二〇〇万キロと推定」

 機関をヤヨイとともに任されたキャサリン・ミラー。

 「そろそろね。サイレントウィスパー、始めるわよ」

 はい。と二人の返事とともに、サイレントウィスパーから弁天丸に向かって強力なレーダー波が放たれる。と同時に広範囲にわたるジャマー。

 

 「来た。敵の妨害電波」

 虚空の一点から放たれた電波にクーリエの眼鏡が光る。

 「さあ乗っ取るわよ。子供たちに本物の電子戦を見せたげる」

 「お手柔らかにね」

 猛烈な勢いでキーボードをたたき始めたクーリエに、茉莉香がお願いした。

 「行きますよ船長」

 ケインが舵を切ると同時に、船内に警報が鳴り響き、戦闘態勢に入ったことが知らされる。

 電子戦の始まりに、隠密航行を取っていた弁天丸は、スラスターを吹かして電波の発信源に向かって加速を始めた。

 「みんな、本当にお手柔らかにね」

 

 「弁天丸の電子攻撃、始まりました」

 「弁天丸からのアクセスは隔離領域に回すんだったよね」

 しかし隔離領域は、みるみるうちに敵の乗っ取りを示す黒に塗りつぶされていく。対抗コマンドを打ち出力を上げるが追いつかない。手際はライトニングⅪと大違いだ。

 が、あまりオデットの中に危機感が漂っていなかった。

 「さっすがープロの手練だね」

 「うんうん、どんどん隔離領域が無くなってく」

 「こっちも出力上げてるのに、全然無問題」

 オデット二世は電子戦力なら戦艦並み。艦隊戦も指揮できるほどの容量と出力を持っている。だが弁天丸も、対グランドクロスのときに海賊艦隊の指揮を取るため、指揮管系統に大幅な強化が加えられている。加えてあちらの装備は最新型だ。

 だが最新型の装備なら、オデット二世側の方も――。

 

 「よし、隔離領域征圧完了。メインシステム頂くわよー」

 ものの数分で隔離領域を意味不明のコードで埋め尽くしたクーリエは、舌なめずりしながら主機の乗っ取りを開始する。このままいけばオデット二世は航行不能、指向性の射撃管制ビームを当てられてゲーム・オーバーだ。

 「ちょっと待って、これ、オデットのメインシステムじゃない!」

 いつもの乗っ取った時とは違う手応えに、クーリエは困惑した。

 「隔離領域がもう一つ? オデット二世の容量ってそんなに大きかったっけ。マズイ、バックドアを付けられる!」

 「サイレントウィスパー!」

 茉莉香が気付く。

 

 「遅い!」

 チアキが叫んだ。同時にオデットの側から乗っ取りが開始される。

 弁天丸が隔離領域にかまけている間にバックドアを仕掛けたオデット二世。電子戦なら戦艦並み、だが戦艦以上な怪物がもう一隻居る

 「空域をあらゆる手段で精密スキャン。仕掛けた相手はオデット二世じゃないわ」

 茉莉香の下知が飛び、百目がソンソールを操作する。

 「前方の船影は小型船、光学観測でサイレントウィスパーと思われる。オデット二世は、一〇時の方向、距離一二〇万キロ!」

 オデット二世はソーラーセイルを弁天丸の方に向けていた。続けてオデットの方から精密観測のレーダー波が放たれる。

 「クーリエ、電子戦の対抗は」

 「やってる。でもバックドア付けられちゃったから、隔離領域で対抗中」

 一方オデットの側ときたら。

 「それいけー、ウ・イ・ル・ス~~」

 妙な節をつけて成り行きを見守るヨット部員たち。

 「流っ石、帝国の最新鋭艇よね。弁天丸のシステムでもキツイわー、でも何で女子高があんな船持ってんのよ!」

 猛烈な勢いでコマンドを打つクーリエから意外な弱音。

 だが対応し切れない。

 「駄目、システムに侵入されちゃう!!」

 「コンピュータ切って!」

 叫ぶ茉莉香、ほとんど悲鳴に近い。

 動力系の三代目が主機動力を保ったまま制御システムをダウンさせる。百目は初期設定から始めなくてもよいようにOSを保存にしてメイン・コンピューターの電源を落とした。

 メインコンピューターに制御されていた弁天丸は、いったん非常用電源が灯り、すぐ通常に戻った。しかし通信もレーダーも切れたスタンド・アロン状態。クーリエは再立ち上げに備えて、ログに残っているバックドアとウイルス潰しに掛かった。

 「どうする船長。航行に問題はないが攻撃はおろか追跡も出来ないぜ。何しろ耳を奪われた」

 「いや、攻撃なら出来る。光学観測なら問題ない。初弾命中は無理だが、夾叉で一度だけ試射すれば――」

 射撃担当のシュニッツアが自信をもって言う。相手が一二〇万キロ先のぼやけた画像でも、確実に仕留めることが出来る。

 「だめー、それこそ向こうの手のツボだわ」

 「それを言うなら思う壺」

 観測ゴーグルをつけたままルカの突っ込みが入る。

 「オデットはそれを狙っているわ。今度は目もやられる」

 「オデットもだが、先ずはあの電子のバケモンをなんとかしないと電子戦で力負けしちまう。実際スタンドアロンにされるというカウンターパンチを喰らってるんだ」

 チアキの考えた手はライトニングⅪと同じだが、肝心の役割が違う。ライトニングⅪは観測用ポッドを乗っ取りのアンテナに使ったが、チアキはオデット自身を中継アンテナにし、弁天丸の乗っ取り攻撃をサイレントウィスパーに誘導した。こちらが対応している隙に、余裕が生まれたオデットからバックドアを仕掛ける。

 「やるわね、チアキちゃん」

 好敵手あらため強敵と思った。

 「こちらが撃てばロックオンされたも同じ。正確な位置測定で、精密射撃管制波で狙い撃ち。しかも太陽光で目つぶしされるというオマケ付きだ。やることがえげつないぜ」

 あの百目が舌を巻く。

 「ミーサの野郎、どんな教育しやがったんだ」

 舵輪を握ったままケインがぼやく。

 「まさに海賊の戦い方だ」

 シュニッツアからの評価に三代目もルカも笑みを浮かべている。弁天丸のクルーみんながニヤリとしていた。

 「勝ちたいですか、船長」

 笑みを浮かべたままクーリエが聞いた。

 「ヨット部部長としてではなく、海賊船弁天丸船長『加藤茉莉香』に伺います。この戦闘に勝ちたいですか」

 しばしの沈黙ののち茉莉香は答えた。

 「そうね、このままじゃ面白くないもん、だって海賊だよ。勝機があるならどんな手も打つ、ダメなら尻尾を巻いて逃げる」

 船長の決定に苦笑いなクーリエ。

 「子供相手に大人げないですが、海賊の戦い方パートⅡをレクチャーしましょう」

 キーボードにショートカットを割り付けながらケインに告げた。

 「正確な射撃には電波照準が必要だけど、バックドアが残っていないか心配。そこでギリギリまでスタンドアロンのままオデットに近付き、乗り込んでの白兵戦に持ち込む。射撃管制ビームと目つぶしがバンバン来るからうまく避けて。かなりタイトな操船だけどいける?」

 「帝国艦隊の十字砲火の中でも突っ切たことあるから、まあ大丈夫だろ。けど、タッチダウンにはどうしてもレーダーは必要だぜ。」

 「こちらからレーダー照射はやらないわ。けど一回だけ信号を送る。向こうから位置を教えさせるために」

 

 「弁天丸こちらに向かってきます」

 「目視航行してるわね。ソーラーセイル弁天丸に照準合わせて。目つぶし掛けるわよ」

 一斉にマストが動き出し、弁天丸に太陽光の焦点を結ぶ。眩い光条が空間を突っ切る。

 弁天丸は細かな操船で光線を避けながら、オデットⅡ世に近付いてくる。

 「弁天丸からのレーダー波ありません。電子攻撃はスタンバイ中」

 オデットの電子戦席に座るセンテリュオから。

 「このままスタンドアロンで行くつもり? 白兵戦!? でもタッチダウンにはどうしてもレーダーが必要になる。いつかはコンピューター立ち上げなければならないわ」

 その時は余裕の電子兵装で、あちらの動力コントロールを乗っ取って終わりだ。

 「あ、向こうから電波。船籍確認信号」

 船籍確認信号は、相手のトランスポンダーを照会するときに送るコードだ。トランスポンダーは航行している船は常に出しているものだから、もっぱら名乗らない相手に送られる。

 「え、こっちはずっとトランスポンダー出してるよ。白鳳女学院籍オデットⅡ世て」

 おかしいと感じたチアキは、こちらのトランスポンダーを確かめた。

 「名乗りは正常。でも出力が強くなってる。これじゃ、誘導灯と同じ! しまった、仕組まれた!!」

 オデットⅡ世は出港準備の段階で、既にクラッキングを受けていたのだ。恐らく荷物業者に紛れた弁天丸のクルーによって。レーダー・センサー系やメイン・システムのように再チェックをする部分ではなく、船の名札に。トランスポンダーの役目はそのままに、ただ発信出力を強くするだけの。それも相手の確認コマンドを受けた時に発動するよう仕込んで。

 「出航前からって、ズルイ!」

 ヨット部クルーから非難の声が上がったが、チアキは爪を噛みながら瞑目した。

 「これが海賊よ。打てる手は何だって打つ」

 この勝負は始めから決していたのだ。弁天丸は電子攻撃を仕掛けなくても、船籍確認信号を送るだけで良かったのだ。それに向かって精密射撃管制波を撃てば、オデットⅡ世は撃沈判定でゲームオーバー。

 オデットⅡ世は、サイレントウィスパーからも射撃管制波をバンバン撃つが、当たらない。正確な夾叉攻撃を紙一重で躱しながら肉薄してくる。

 やがて軽い振動がオデットⅡ世の船体を揺るがした。

 弁天丸がドッキングポートに接舷したのだ。

 あとは回線を開いてハッチを開けるだけ。向こうとコンピューターは繋がるが、いまさら乗っ取りを掛けても遅い。物理的に乗っ取られているのだから。

 まだ、茉莉香からの通信は無い。恐らく再ハッキングに備えて、弁天丸が予防線を張っているのだろう。ここの辺りも実戦を想定して慎重に進めている。

 やがて回線が繋がり、茉莉香の声がブリッジに響いた。

 「こちら海賊船弁天丸の船長、キャプテン茉莉香です。タッチダウンしちゃいました。これからハッチを開けまーす」

 いつもと変わらぬ緊張感のない声。

 「負け、か」

 そう呟くと、チアキ・クリハラは深くキャプテン席に沈みこんだ。

 ヨット部員たちが諦めムードのなか、ひとり電子戦席の一年生。センテリュオ・ルクス・スプレンデンスは拳を握り締めていた。

 「まだ負けじゃない…」

 そう呟くと、ディスプレイにファイルを開けている。

 それを見て、あっと気付くグリューエル。彼女が開いたものは、この船の帝国私掠船免状だった。

 何をと言いかける前に、センテリュオは開いたファイルにコードを打ち込んでいた。

 「打てる手は何だって打つ」

 

 ハッチを開けようとするが応答がない。

 機械の故障かと確かめようとしたところで、ケインからのインターホンが鳴った。

 『船長、開けるの待った。ブリッジに来てくれ、弁天丸がおかしい!』

 ブリッジに戻った茉莉香が見たものは、大騒ぎしているクルー達。

 百目もクーリエもシュニッツアも三代目もルカも、それぞれの持ち場で慌てている。それはまるで戦場だった。

 「何があったの! ケイン。オデットⅡ世は!」

 只ならぬ雰囲気に茉莉香が叫ぶ。

 「そのオデットから突然攻撃を受けた。メインシスレムのほとんどがいう事きかない」

 クーリエが必死で対抗コマンドを何度も打ち込むが、反応がない様子。

 「鼬の最後っ屁? バックドアは潰したはずじゃなかったの」

 「そんな生易しいもんじゃない! 基本言語ごとOSがどんどん書き換えられてる。」

 プログラムが見たことのない記号に変わっていくのに百目が悲鳴を上げる。

 「基本言語って、プロトコル違っちゃそもそも相互通信が成り立たないじゃない!」

 「それが成り立ってるんだな。意味不明の記号の羅列じゃなく、きちんとプログラミング言語として機能してる。その言語を追ってるんだが、まるで解析できない。――対抗が出来ない。完全な乗っ取りだ」

 弁天丸の全機能が謎の命令に支配されようとしている。このまま進めば船内の生命維持環境すら危険だ。

 「すぐ弁天丸の電源落して! 強制終了!」

 茉莉香は船長席のコンソールにIDリングをかざして安全弁を外す。船長IDを確認して、シュニッツアが船のブレーカーを切った。

 全機能が停止し、弁天丸は暗闇の中で沈黙した。

 

 再立ち上げ途中の弁天丸船内。

 「で、思わず船長は電源を切りましたって? いい判断だったわ」

 ミーサに言われて頭を掻く茉莉香。

 「でも百目、違う基本言語でOSの書き換えってできるものなの?」

 「普通は出来ない。基本言語が違っちゃプログラム構文もプロトコルも受け付けない。翻訳が必要なんだが、そんな事したら時間がかかるし、悪意のあるプログラムって弾かれる。

 でも弁天丸のOSはその言語をすんなり通した。これはその言語が、いま俺たちが使ってる基本言語と同じ由来のもので、しかも上位にある最も基礎的な言語である可能性が高い。強制終了で初期化されちまったが」

 「弁天丸の損害は、フェアリー・ジェーンが全額保証させて頂きます」

「物理的な損害はなかったんだが、全部が初期設定からのやり直しで、手間が大変――」

 済まなさそうなジェニー。

 「それが帝国私掠船免状で発動したって訳? 私が持ってるようなただの書状じゃなかったの?」

 「免状がひとつのプログラムになっていたようね。ちょうど船長のIDリングのように。あの子なに者なの?」

 「それは直接聞きましょう。グリューエルも交えて」

 

 

 



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7話

 顧問のジェニー・ドリトルからの講評は上々だった。特に操船については、自分たちの時よりも数段上だとの御言葉。

 「電子戦についても、なかなかなもんだったぜ。オデットⅡ世の、容量は多くても装備が古いって欠点を最新鋭機を使う事で補ってる。それに、あのクーリエさんの手際に対応できたんだ。素直に凄いと思うよ」

 「そんな、あれはサイレントウィスパーが優れてからです。私たちのせいじゃありません」

 「どんなに優秀な機材があっても、それを扱うのは人だ。最後は人の側のコマンドだよ」

 むず痒いくらいなリン先輩の評価。

 「全体の作戦はチアキちゃんが立てたようだけど、その要諦は何処だったの」

 オデットⅡ世の医務室でずっと流れを見ていたミーサが尋ねた。彼女は練習の時はさまざまなアドバイスをしたが、作戦立案からミッションのあいだは一切口を出していない。

 「それは、茉莉香ならライトニングⅪの立場で考えるだろうと思ったからです。場所も設定もあの時と同じ、しかもあの時はオデットの中心に彼女が居た。一連の流れは彼女が一番よく知っている。ならライトニングⅪはどう動けばよかったかなって」

 「相手の立場に立って考えるという事は、作戦の基本ね」

 「だから、立場を逆転させたんです。オデットが襲う側のライトニングⅪになろうって。それはサイレントウィスパーがあったから出来た事ですが」

 「でもあの最新鋭機をまるまる隔離領域に使うなんてね。処理能力も早いし、普通は乗っ取りのメインに使うわよ」

 「それはクーリエさんのテクニックが半端ないから。オデットを隔離領域にしたら、こちらがサイレントウィスパーでコマンド打つ間に、メインシステムごと丸裸にされちゃいます」

 そう答えるリリィに、そうでもないかも、と付け加える。

 「それはそうと、オデットの船首を立ててステルスしようというアイデアはどこから?」

 「オデットⅡ世が白鳥号だった時、太陽帆船で海賊してたんですよね。あの統合戦争や七つ星共和連邦でのスズカちゃんや梨理香さんの戦い方を参考にしたんです。細身の船体を立てれば弾に当たりにくくなる。ならジャマ―を掛ければ姿も消せるんじゃないかと」

 操船担当のサーシャ。

 「上手い考えね。案外白鳥号はそうやって海賊していたのかもしれないわ。小回りはきかなくても無航跡航行で敵に近付くことが出来る。今後のお仕事のヒントになるかもしれないわ」

 そうミーサの言葉に、顎に手を当て考える茉莉香。

 「でも最後の最期で弁天丸は停電しちゃいましたよね。何があったんですか?」

 「ああ、あれは弁天丸のブレーカーが落ちちゃったのよ。電子戦で負荷がかかっていたところにスタンドアロンで動き回ったから電圧に無理が来たのね。うちの船古いから」

 ハラマキの質問に適当に返事する。海賊船は家電でも無かろうに。

 しかしタッチダウンされたが、最期は弁天丸側の謎のブラックアウトで勝ったという事実に、素直に喜ぶヨット部員たちだった。

 

 あくる日、オデットⅡ世の医務室に、センテリュオが呼ばれた。

 コンコン。

 軽いノックの音と「入ります」の声。

 医務室で待っていたのは、茉莉香とチアキにミーサ。顧問のジェニーの姿はない。センテリュオにはグリューエルが付き添っていた。

 緊張気味な様子のセンテリュオに、ミーサは咎める様子もなく優しく聞いた。

 「どうして、あんなことしたの」

 「タッチダウンで、もう勝負はついていたのに。恒星に近い宙域でのブラックアウトって、結構危ないのよ」

 恒星からは重力もだが熱や宇宙線などいろんな有害放射が出ている。恒星に近いほどその影響も強い。宇宙船の外壁はそれを遮蔽できるよう作られているが、冷却システムや保護シールドによっても護られている。当然電気が無ければ働かない。普段宇宙船が電源を切るのは、それらのものから安全な錨泊空域かドックの中だけだ。

 「勝ちたかったからです。負けたら終わりですから」

 言葉少なに少女は言った。それを心配げに見守るグリューエル。

 「でも、ブラックアウトするなんて知りませんでした」

 「そりゃ電源切ったのは茉莉香の判断だったから。でもあのプログラムの使い方は知っていたのよね」

 「どうなるかまでは知りませんでした。従叔母(いとこ叔母)からは『船の乗っ取りに使うもの』としか聞いていませんでしたから」

 「で、勝ちたかったから、思わずスイッチを押しましたって訳?」

 こくんと頷くセンテリュオ。

 そんな少女を見て、茉莉香はふと思い出していた。

 そーいえば、彼女も負けず嫌いだったなー。

 容貌も年齢もまるで違っているのに、何となく二人がダブって見えて、茉莉香は一人笑いした。

 茉莉香の一人笑いに四人が訝しがる。

 「いや全然似てないのに、ある人を思い出しちゃってねー。どうしてるかなって」

 そんな茉莉香をよそにミーサが真顔で訊いた。

 「あなた、海賊さん?」

 「彼女は海賊ではありません!」

 すかさず強い調子でグリューエルは否定する。

 「でも、あの私掠船免状の開け方を知っていた。私たちとは異なる括り『銀河帝国の海賊』免状のね。それを使える者しかキーの開け方は知らないわ。あなた何者、グリューエルは知ってるようだけど、言えないようね」

 チアキがミーサの問いに続けた。チアキの父ケンジョー・クリハラも茉莉香と同様のIDリングを持っている。だから以前バルバルーサを身売りに装った時も、船のコントロールを簡単に取り戻せたのだ。

 あ、そうか。と、海賊と聞いて茉莉香は気付いた。

 「彼女は、海賊じゃないと思う」

 人差し指に小首を乗せて言った。

 「打てる手は何だって打つって海賊みたいだけど、後先考えずってとこがねー。立場上『見えなくなってる』んじゃないかな。幽霊船の時のお姫様みたいに」

 茉莉香の言葉に顔が赤くなるグリューエル。

 「ね、お・ひ・め・さ・ま。」

 茉莉香の呼びかけに四人は驚いた。特に本人とグリューエルは衝かれたようにあっとしている。

 「どうしてセンテリュオさんを、お姫様と呼ぶのですか」

 動揺を隠しながらグリューエルが聞く。当のセンテリュオは押し黙ったままだ。

 「だってセンテリュオ、従叔母から聞いたって言ってたでしょ。従叔母さんは海賊免状の使い方を知ってる銀河海賊、名前はクォーツ・クリスティア。この周辺の海賊と接点がある銀河帝国の海賊さんは、鉄の髭さんと彼女ぐらいよ」

 クォーツ・クリスティアは重力制御の最新鋭機動戦艦グランドクロスを駆って、この周辺の海賊狩りをやっていた自分たちとは異なる括りの宇宙海賊だ。それを茉莉香たちは海賊連合を組んで艦隊戦で打ち破った。それを鉄の髭と名乗る男は、どちらにも与せず見守っていた。

「鉄の髭さんが海賊の巣に彼女を迎えに来たとき、女王陛下のご依頼によりって言ってた。結構芝居がかっていたけど、立場上目上の者に接する態度だったわ。てことは、クォーツさんは女王とゆかりの者、なんで海賊なのかは知らないけど。それにあと、グリューエルの態度かな」

 グリューエルが彼女に対する態度。いつも彼女の身を案じていて、それこそ敬語は使っていないが、自分と同等かそれ以上の身分の者に接するものだ。そして聖王家の者でも、クォーツは海賊だがセンテリュオは海賊じゃない。グリューエルは海賊にあんな接し方はしない。――だとすれば。

 「センテリュオさん、貴女は聖王家の王女様ですね」

 「私たちに身分を隠して」

 茉莉香の推理に唖然とする一同。ミーサとチアキは聖王家という意外な言葉に、グリューエルとセンテリュオは図星だということに。

 やがて諦めたようにセンテリュオは口を開いた。

 「グリューエルさまの言われる通りでした。海賊とは恐ろしいものですね、私のたった一言の失言から見抜いてしまうとは」

 ほうっとため息をついて、優雅な仕草で続けた。

 「改めて自己紹介させて頂きます。リーザ・アクシア・ディグニティ―と申します」

 セレニティー(殿下)の次にディグニティ―(聖下)が来た。

 グリューエルのようにスカートの両裾を摑み、ちょこんとお辞儀する。

 「センテリュオ・ルクス・スプレンデンスは、従叔母の名です。此処に来る際、『名乗るんだったら私の名前にしときなさい。バレても銀河海賊ゆかりの者だと思われるだろうし、その方がむしろ抑止になるわ』と言われたので」

 ということは、私たちクォーツの名前で呼んでたの!?

 少し複雑な気がしないでもない。

 「偽名まで使って、ここにいらした理由は何ですか」

 それには答えてくれない。

 「答えたくないですか。それなら言って頂かなくてもいいです。でも、グリューエルにも言ったんだけど、私たちに迷惑がかかるからと思っておられるんなら、駄目ですよ。貴方ほどじゃないけれど、ヨット部のみんなは、それぞれ色んな事情を抱えて集まってる。でもそんなの気にしません。だってみんな仲間だから」

 ニッコリ微笑む茉莉香に、グリューエルが言った。

 「亡命です。王女は誰にも告げずにここに参りました。手配したのは、うちのヨートフです。亡命の理由は、今はお聞きにならないでください」

 ――亡命――。ヨートフって、セレニティーの侍従長の長命種さんだ。

 長命種どうしには特別なネットワークがあると、ジェニー先輩から聞いたことがある。帝国には宇宙大学のアテナ・サキュラーさん、そして海明星に中華屋のおやじさん(銀九龍)。まえの統合戦争時にはそのネットワークを使った。

 ヨートフさんが動いているという事は、王女が亡命しなくてはならないほどの事態に、水面下でセレニティーは巻き込まれてしまっているんだろう。

 「わかりました。貴方が王女様だってことは、貴女が自分の口から言えるまで、ここだけの秘密にしときましょう。いいわねチアキちゃん」

 「わかったわ。でも帝国で何が起きてるかは、バルバルーサでも探らせてもらうわよ」

 そういえば、バルバルーサにも統合戦争をリアルで見て来た長命種さんが居るんだっけ。

 「んで、王女様がここに来た理由は『家出』ってことにします。家庭内のいざこざに堪らず実家を飛び出した。亡命って言うと深刻だけど、まあそんなもんじゃない?」

 「家出って、あなたねえ…」

 言いかけるが呆れて止めた。確かに大雑把だが茉莉香の言う通りだ。でもそういってしまえる所が茉莉香らしい。

 「それで貴方の呼び方だけど、リーザじゃダメかしら。あのクォーツさんの名前だと知ったら、なんか言いにくくって…」

 はにかみながら提案する茉莉香。

 「その方が私も嬉しいです。ひとの名で呼ばれるのって、私の事情ですけどやはり嫌なものです」

 と、嬉しそうな王女。

 「でも、流石に本名そのまま使うのは、身を隠してる意味ないし――」

 思案気な茉莉香にリーザが言った。

 

 「リーザ・アクシ…。そうですね、私のことはリーザ・アクアとお呼びください」

 「リーザ・アクア。うん、いいね。それで行こ♡」

 

 

 練習航海を終え、中継ステーションに戻って来た白鳳女学院ヨット部一行は、そのままステーションで新入部員歓迎会になだれ込んだ。

 女子高では弁天丸のクルー達を呼ぶわけにはいかないし、なによりリーザの本名(仮名)のお披露目が待ちきれなかったからだ。

 「という訳で、どういう訳で――センテリュオ改めリーザさんは、『家庭の事情』で白鳳ヨット部にやって来ました。名前が変わったからと言って、これまでと変わらず接してあげてね」

 顧問のジェニー・ドリトルが紹介する。

 「リーザちゃんか、センテリュオよかしっくりくるよね」

 「センテリュオって、気品があって彼女に合ってはいるんだけど、なんかツンとした感じだしね。やっぱ本名って凄いわー」

 「うんうん」

 名前がどうのこうので変化する部員たちではなかった。

 とうにリーザを囲んで輪が出来ている。

 「でリーザちゃん、家出して来たんだって?」

 「なんかすっごーい。」

 「まあ顧問のジェニー先輩も、実家のヒュー&ドリトル星間運輸会社とは犬猿の仲だし、ある意味絶縁勘当状態?」

 「もしリーザちゃんの実家が無理矢理連れ戻そうとして来たら、私たちが守ってあげるからね!」

 「ジェニー先輩の時と同じように、艦隊で押しかけて来ても、バーンとやっちゃうからね」

 周囲からリーザちゃんと呼ばれ、嬉しそうなリーザ。それを見て本当にほっとした顔をしているグリューエル。彼女も単身この星にやってきた時の心細さを知っているから、亡命を秘めた彼女の気持ちがわかる。しかし、今後どう事態が推移していくか予断を許さないのも事実。

 

 「リーザちゃんか。彼女もかなり訳アリのようだな」

 遠巻きに、リーザとグリューエルの様子を見て感付く百目。

 「でも家出っておかしくないか。家出少女が入学式の総代するのってアリ?」

 三代目がジュースを片手に言う。

 「少なくとも船長とミーサは理由を知っているようだ。それと学園の方も。詳しくはないようだが――」

 「まあ、船長が俺達にも黙ってるって事は、それが船長としての判断なんだろシュニッツア。ミーサも了解してるようだし」

 「船長からは、さっき帝国の内情について調べてみてって言われた」

 ケインの判断に、口いっぱいにピザを頬張りながらクーリエが言う。

 「見えない。」

 「いまは見る必要ないよ」

 水晶玉をかざすルカにケインが手を振る。

 顎を扱きながら百目が呟いた。

 「――帝国か。調べ甲斐がありそうだ」

 じっとリーザを見詰めながら。

 

 

 



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8話

 白鳳女学院。先の統合戦争を奇蹟的な終結に導いた英雄、キャプテン・スズカが創設した名門の女子校。今年で百二十年目を迎える。

 名門とは言っても、この地方でだけ通じるだけで、銀河帝国から見たら何の変哲もない普通の田舎学校だ。創立千年を誇るセレニティーの王立学習院や核恒星系にあるユニバニティー校と比べれば芥子粒の様な存在。しかし弁天丸が銀河帝国のお尋ね者になった時、今の校長であるブラックばばあは茉莉香を庇ってくれた。それだけのことが出来る学校という事だ。白鳳女学院は、宇宙大学のような権威が無くても学生の味方だ。

 白鳳女学院のヨット部には、一隻の練習帆船がある。名前はオデットⅡ世、船齢二百年を超えるロートルだが、昔は海賊船として活躍した船だといわれる。そのいにしえの白鳥号が、いま海賊船オデットⅡ世として復活する。

 乗り込むのは伝説の白鳳海賊団。白鳳海賊団の名は、帝国の中でまことしやかに囁かれてきた。曰く、あ 『分身の術を使い、核恒星系中枢まで乗り込み帝国艦隊を翻弄させた。』『帝国が認めた最後の海賊で、帝国を揺るがす鍵を握っている。』しかしどの資料に当たってもその名前は出て来ない、歴史の闇に包まれた存在。知っている者は、百二十年前に直接関わった事があるごく一部の人間だけだ。それが、あの時と同じクルーで乗り込むのだ。

 

 「皆さん、いよいよ本番です。お仕事するのはうちの会社のビギン・ザ・ビギン号、乗客の皆様にも前評判上々です。前にも言ったけど、護衛するのはヒュー&ドリトルの会社艦隊。商売敵に恥をかかせるって、手薬煉引いてるわ。ま、その方が臨場感あるし」

 事も無げに重大な事を言うジェニー。

 「ええええ? お相手するのジェニー先輩とこの会社艦隊じゃなかったですか!?」

 茉莉香がとんでもない変更に驚いた。

 「そうだったんだけど、海賊するのが『あの時と同じ』女子高生たちって聞きつけて、無理矢理ゴネ入りして来ちゃったのよー。まあ相手方へのキャンセル料も他への斡旋料も全部向こう持ちだから」

 「ジェニー先輩、ぜったい二重取りしてますでしょ」

 チアキがジト目する。こうなるとヒュー&ドリトルへの最初の海賊紹介も架空請求ぽい

 「あら何の話かしら。」

 と涼しい顔。

 「それで話を戻すけど、護衛艦はコーバック級護衛艦三隻の代わりにジャバウォッキー、あとタルボット級が三隻ね」

 「戦艦四隻の輪形陣って、戦力差があり過ぎます。こちらは旧式巡洋艦一隻に太陽帆船ですよ。しかもジャバウォッキーて、バリバリの新鋭艦じゃないですか。統合戦争の追体験じゃなかったんですか」

 「そーなんだけどねー。絶対入れろってヒュー&ドリトル側から猛烈な圧力。他の観光航路にも補給とかで影響がね。渋々条件を飲んだけど、あちらさん凄く張り切ってたわよ」

 困った風な表情を作るジェニーだが、絶対この状況を楽しんでいる。

 「それから、向こうさんからの伝言があるわ。『ガチでいく。事前の打ち合わせは無しだ』ですって。良かったわね茉莉香さん。余計な面倒をしなくて済んで」

 事前の摺合せをしないという事は、実戦モードで行くという事だ。実弾こそ撃っては来ないだろうが、確実にこちらをボコボコにする気でいる。小娘共にしてやられた遺恨があるから、まあ当然だろう。

 トホホな顔の茉莉香だが、内心危機感はない。あのオデットの戦い方を見て思った。大丈夫、このクルー達ならいける。

 

 静止軌道上に浮かぶ海明星中継ステーション。

 『こちら白鳳女学院オデットⅡ世、船長のチアキ・クリハラです。C-68埠頭からの出航許可を願います。』

 チアキの声が管制官のインカムに流れる。

 『お、いよいよ初仕事か。頑張ってらっしゃい』

 返ってきたのは、まえの航海の時と同じく加藤梨理香の声。白鳳女学院と名乗っていたが、トランスポンダーには『白鳳海賊団、私掠船オデットⅡ世』と出ている。

 『弁天丸、船長の加藤茉莉香です。同じく出航許可願います』

 『よう弁天丸、死なない程度にやって来な』

 梨理香さん、対応があっちとえらい違いじゃない。ぷうとふくれる茉莉香。そんな船長を見てクスリとする海賊たち。

 今回のミッションは、クライアントのジェニー、オデットのチアキ、弁天丸の茉莉香の、三人で最終的な打ち合わせを行った。もちろん顧問、部員代表、部長としても。

 まず航海の学校への届け出。『大型連休を利用して、新入生を交えた外宇宙に翔くための(海賊の)実習航海』というのが名分。何の実習かは微妙に伏せられている。それでもチアキは「実習じゃなく実戦航海でしょうが」とぼやいていたが。

 今回はオデットにミーサは同乗していない。これは正式なお仕事で、彼女は弁天丸の副長だからだ。あくまで受け手は弁天丸、クライアントの要望に応えるために、弁天丸が海賊船オデットⅡ世に協力をお願いした流れになっている。ちゃんと保険会社を通してだ。それに海賊船オデットⅡ世が始まり、いつまでも副長を取られているわけにもいかない。

 クルーが違う船に乗り込んで、海賊どうしが馴れ合っていると取られるのは得策ではない。これはミーサからのアドバイスだった。

 以前、ミーサは茉莉香にこう言ったことがある。

 「海賊が海賊でいられる訳は何?」

 その答えは、海賊だから。

 海賊は基本一匹狼。それを海賊たちは誇りとしているし、地方自治の尊重という大義名分もあるが、帝国もお目こぼししてくれている。では同じく辺境にいる「辺境海賊ギルド」はどうか。彼らは海賊掃討戦争時の残党、帝国はその存在を警戒し続けている。それは、海賊(戦力)たちが徒党を組んだギルドだからだ。帝国は海賊との戦争以来、新たな勢力が生まれることを決して許そうとしていない。

 「ねえ茉莉香。オデットⅡ世はこの界隈とは違った括りの海賊船なの。そのクルーの部長が弁天丸の船長。そしてバルバルーサの乗組員もいる。この意味解るわね。」

 当然、保険医として同乗するものと思っていた茉莉香に対する注告だった。

 

 ラグランジュ点に係留してある転換炉ブースターを装着し、カテゴリーⅠの恒星間宇宙船となったオデットⅡ世。海賊するのに超光速跳躍は欠かせない。複雑な外付け動力の取り付けも、いまは慣れたものだ。

 「しつもーん、火力もシールドもないオデットで、どうやって戦艦を相手しますか」

 ぴっと手を挙げてナタリアが質問する。

 「それにジャバウォッキーといえば、新型の電子戦艦です。電子戦も難しいのでは」

 一年生のファムは不安げな様子。

 「それなら心配ないよ。私たち一度お相手してるから、ねー」

 「ねー」

 とウルスラとリリィが、相槌を打ちながら返事する。

 「それに今回はサイレントウィスパーもいるからな。最新鋭ってことなら負けはしない」

 腕を組んだリンが力強く保証する。

 「戦艦の相手ですが、それは弁天丸がします。作戦の骨子は練習航海の時と同様にステルス。弁天丸はあくまで陽動で、相手の隙を突きます。名付けて霧隠れの術!」

 びっと指を立てて宣言する茉莉香に、一同おおーと感嘆の声。

「霧隠れか雲隠れか知んないけど、要はタイミングと相手に合わせた操船がキモって訳」

 「チアキちゃん、雲隠れは逃げるときに使う言葉だよ」

 「言い間違い、あんたに言われたくないわよ。それとちゃんじゃないっ」

 茉莉香の突っ込みに赤くなるチアキ。

 「でも、そんな複雑な操船、私に出来るでしょうか」

 「スラスターの調整もかなり繊細です」

 「大丈夫よ。アイちゃんの操船も、ヤヨイちゃんの調整も、ジャバウォッキーの鼻先を掠めたことで証明付き」

 十字砲火の中ジャバウォッキーすれすれに擦り抜けたと聞いて、尊敬のまなざしを送る新入生たちだった。そしてこの先輩たちとなら何とか行けそうという安心感が生まれる。依存心ではないが、相手に呑まれたままでは身体が動かない。

 「サイレントウィスパーの操縦はヒルデにお願い。ネビュラ・カップ準優勝の腕を見せてあげて」

 「――わかりました――」

 言葉少なく返事するグリュンヒルデ。

 「それで、電子攻撃の方なんだけど――」

 「それは、私にやらせてください」

 人選に迷っていた茉莉香にリーザが手を挙げる。

 「え、リーザちゃん電子戦経験あんの」

 「嗜み程度ですが…」

 電子戦で嗜みって何よと思わなくもないが、ああ、あの人の手解きだなと納得する。

 「じゃリーザちゃんにお願いするわ。でも、変なコマンドは禁止よ」

 耳を赤くしてハイと返事するリーザ。

 「では、私は戦況分析と通信に努めますわ」

 「いえグリューエルには、もっと重要な役目があります。船長は私とチアキだけど、たった二隻でも、いやサイレントウィスパーを含めれば三隻か、これはもう立派な艦隊よ。艦隊である以上、必要なものがあります」

 「まさか茉莉香さん。またアレをやれと仰るのですか」

 「そお、お願いね海賊提督」

 かくして白鳳海賊団の陣容は定まった。目指すは銀河回廊。

 用意万端整ったことを確かめて、顧問のジェニードリトルは宣言した。

 「白鳳海賊団、出陣。さあ海賊の時間よ!」

 

 

 



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9話

 広大な銀河の移動に亜空間を利用する超光速跳躍は必須である。それが無かった亜高速の時代には恒星間を数世代かけて移動した。セレニティーの黄金の幽霊船もそうした世代間移民宇宙船だった。

 超光速跳躍が当たり前になったいま、星々を結ぶ亜空のルートは銀河ハイウェイと呼ばれ、銀河ハイウェイ同士を結ぶ結節点や中継点にある宙域を銀河回廊と呼ぶ。銀河回廊は宇宙船が亜空間から通常空間に復帰する地点のため、周囲にデフリや不安定な重力元のない安定した宙域であることが求められる。だが広い銀河でも恒星間航行で利用できる銀河回廊は意外と少ない。亜空間の銀河ハイウェイがもともと少ないうえに、銀河系が無数の星(重力圏)の集まりで出来ている天体だからだ。銀河帝国の主な役割は、安全な航行を保証すること。だから銀河回廊の確保は帝国艦隊にとって最重要な任務である。ルートと銀河回廊を支配することは銀河帝国を牛耳ることに等しいのだ。

 亜空の深淵でユグドラシル・グループは、そこの寡占状態を目論んだ。しかし無限博士の遺児、彼方少年によってXポイントが解放され、その目論見は崩れ銀河ハイウェイが爆発的に増加し銀河回廊も増えた。つまり恒星間航行の規制緩和、民営化がなされたという訳だ。

 恒星間旅行会社フェアリージェーンは、そこに目を付けた。それまでくじら座宮周辺でしか行われていなかった海賊の観光営業を、オリオンの腕文明圏の外に拡大したのだ。もともと海賊という帝国内でも伝説となっているレアな存在の上に、運が良ければ女海賊に遭遇できるかもしれないというプレミア感もあって評判は上々。海賊ツアーは予約が常に満席状態だという。

 今回弁天丸が請け負った営業も、そんな銀河回廊の一つ西‐48で行われる。かつて黄金の幽霊船が現れた宙域で、グランドクロスとくじら座宮の海賊連合が戦った場所だ。いまはデブリも何もない安定した環境から、辺境の星系から銀河中央に向かう結節点として利用されている。

 

 虚空にプレドライブ現象の光の輪が五つ生まれ、そこからそれぞれ戦艦四隻と豪華客船「ビギン・ザ・ビギン号」が姿を現す。

 「標的現れました。本船から二時の方向、距離約一二〇光秒」

 レーダー担当のグエンが、ディスプレイに現れた輝点を即座に計測し報告する。一光秒が約三十万キロ、一二〇光秒はだいたい内惑星どうしの中間距離である。

 「船首を目標に衝ててステルス、もうすぐ始まるわよ」

 チアキの指示に従いオデットの船影は虚空から消える。少なくとも相手側からは。

 

 『乗客の皆さま、本船と護衛艦は西‐48銀河回廊に無事復帰いたしました。次の超光速跳躍は最終目的地セレニティー星系となります。現在銀河標準時二一時五八分、間もなくホールは深夜営業の時間となります。お客さまには引き続き快適な船の旅をお楽しみください。』

 シャンデリアが輝く豪華なホールに、フライト乗務員のアナウンスが流れる。

 やがて二十二時を告げる四点鍾が鳴り、室内楽の優雅な調べと共に、照明を幾分落としたホール内にシャンパンタワーとビュッフェが運び込まれてくる。

 手にグラスを持ち、ビュッフェの料理を楽しむ乗客たち。

 だが、みんな心持ちそわそわしている。交わす談話も気もそぞろといった感じ。

 「そろそろ、ですかね。」

 「ええ、そろそろですわ」

 天井に開かれた全天スクリーンに広がる宇宙空間を眺めながら、乗客たちは今か今かと心待ちにしている。このツアー最大のイベントの始まりを。

 「これのために、この船を選んだのですからねえ」

 「もうチケット手に入れるの、ホント大変でした。お金でどうこう出来ませんでしたもの」

 「特権階級に左右されない経営方針がね。不便ですが、まあ好感は持てます」

 そんなビギン・ザ・ビギンを護衛しているのがヒュー&ドリトルというのも皮肉な話だが。

 やがて、ビギン・ザ・ビギンの船団が進む前方に二つのプレドライブの光輪が現れ、中から海賊船がタッチダウンしてくる。

 先方に現れた緑色の光輪を目にして、乗客たちから歓声が上がる。

 海賊のお出ましだ!

 と同時に始まる、強烈な電子妨害。

 海賊を今か今かと待ち受けていたジャバウォッキーの艦長は、虚空の二つの光輪を見遣りながら舌なめずりした。

 「今回の海賊船は二隻、統合戦争時の艦隊戦の再現が客のリクエストだそうだからな。どっちが弁天丸だ?」

 「どちらも同型艦。姿が現れて来ると同時に妨害を受けています。判別できません」

 「まあいい。骨董艦が何隻出ようとジャバウォッキーの敵じゃない。それにこちらは、タルボット級が三隻いるんだ。まとめて返り討ちよ!」

 どっかと指揮席に陣取り護衛艦隊に指令を飛ばす。

 

 「凄い。通常空間に復帰するタイミングでの電子攻撃」

 「あれ、グランドクロスがやった手よ」

 感心するウルスラにチアキが答えた。敵に捕捉する隙を与えないでカウンターを噛ませる。タッチダウンの正確な座標設定と、操船と電子戦の高度な連携が必要とされる。グランドクロスは最新鋭艦だったが老朽艦の弁天丸でそれをやっている。

 

 猛烈なジャマ―嵐のレーダーに弁天丸が突然複数隻出現した。

 「弁天丸クラスと思しき船影、四隻に増えました!」

 ジャバウォッキーのオペレーターが叫ぶ。

 「最初に現れた船影にマーカーは付けたか。それが実体だ。絶対に見失うな!」

 以前弁天丸に文身の術を使われた船長は、慌てず対応する。

 「前のようにはいかんぞ」

 ジャマ―の嵐に掻き消えそうになるマーカーをレーダーの出力を上げて必死に追うジャバウォッキー。電子戦艦の力技だ。

 距離が主砲の射程に入ったところで砲門が開く。

 虚空に眩いエネルギー束が走る。だが、当たらない。

 「奴さん、全然見当違い撃ってるわよー」

 「見えないようね。力技で押そうにもサイレントウィスパー相手じゃねぇ」

 クーリエとルカが、鮮明に映っているスクリーン画像を見ながらぼやいている。

 タッチダウンしたうち一隻は、弁天丸のブレドライブ現象を演出したサイレントウィスパー。間髪を入れず弁天丸を装ったのだ。そして弁天丸が続いた。オペレーターが注意深かったならプレドライブ現象の二つのうち、そのうちの一つの質量数が僅かなずれでかなり小さかったことに気付いたかもしれない。

 小粒でも電子戦力は大型戦艦クラスだ。分身の術を演出しているのはサイレントウィスパー。しかも相手のレーダー波の力押しに乗じて乗っ取りを仕掛けている。

 やがてジャバウォッキーのモニターから、追い掛けている筈のマーカーも怪しくなり始め、焦るジャバウォッキー艦長。

 「全砲門、映っている船影に向けて、とにかく撃てえ!!」

 四隻の護衛戦艦から、あらゆる方角に向かって主砲とミサイルが撃たれる。

 乱れ飛ぶ光条の乱舞。

 「なにが始まったんざますの?」

 「海賊との戦闘が始まったんですよ。しかも相手は複数!」

 「じゃあ、いにしえの海賊艦隊戦が見られるんですね!」

 乗客たちは大喜びだ。

 

 弁天丸の幽霊に紛れて飛ぶ弁天丸。

 「おいおい、あれ実弾じゃないか? 模擬弾を使う予定じゃなかったか」

 演習のときとは違う光条の色に三代目が言った。

 「そのよーだな。エネルギー波、実体弾、全部ほんもんだ。向こうさん契約時の取り決めを無視するぐらいトサカに来てるみたいだな。お嬢さんたち前に何やったんだ?」

 「えへへへ――」

 モニターを確認する百目の言葉に頬を掻く茉莉香。

 「大分プライドをズタズタにされたようね。ま、女子高生にしてやられたんだから」

 溜息をつくミーサ。これから一層そのプライドとやらが傷付けられると思うと相手が気の毒になる。

 「向こうが攻撃して来たんだ。遠慮はいらない、こちらからも撃っていいか? お客に当てるようなヘマはしない」

 「まあ待て、こっちから居場所を教えてやることもないだろ。もっと右往左往させてやろうぜ」

 攻撃されれば撃つ主義のシュニッツアと様子見なケイン。

 「じゃ、誘導魚雷おねがい。護衛艦隊が散開するように。」

 「了解した。」

 シュニッツアがスイッチを押すと同時に、飛行するあいだに宙域に仕掛けておいた誘導魚雷が作動した。

 驚いたのは護衛艦隊だった。

 「何もない宙域から飛翔体出現! ぎ、魚雷です!」

 「なに!? 船影は感知したのか?」

 「ありません。突然現れました。」

 「回避!」

 意外と近距離からの実体弾攻撃に、艦隊の輪形陣が乱れる。

 それを見てビギン・ザ・ビギンの乗客たちからどよめきが起こった。

 「海賊の反撃だ!」

 「いよいよ、来る」

 魚雷は正確に戦艦がいた位置を貫き、一本がビギン・ザ・ビギンを掠めるように飛んだ。

 至近弾を受けたビギン・ザ・ビギンは鼻面をはたかれたように緊急停止した。当然、護衛艦隊との距離も開く。

 「重力子弾撃て! 敵の位置を重力輻射で計る」

 「艦長、この宙域でそれは…」

 「構わん、敵が見えなければ攻撃も出来ん!」

 クルーが止めるのも聞かず、ジャバウォッキーの艦長は禁じ手を打った。

 弁天丸の後方で爆縮が起こった。それは小粒のブラックホールが生まれたのと同じだった。本来は荒れた宙域を清掃するのに使われるもので、きれいな所で使うものではない。なにしろ恒星並みの重力原を生み出すのだ。重力発生源と自分との間にある物体を、強力な輻射で見ることが出来る。だがその宙域の時空平衡を乱してしまう。

 「あいつら! なんてもん使うんだ。銀河回廊を壊す気か!」

 百目が叫ぶ。その声には怒気が含まれていた。

「船乗りの風上にも置けん奴らだ!」

 同じくシュニッツアも吐き捨てた。

 銀河回廊は船乗りみんなの物、それを自分の勝手都合で使い捨てようとしている。大企業の艦隊だから多少の無理も効くし揉み消しも容易だという驕りがある。当局が調査に乗り出して来ても海賊がやった事にでもするつもりだろう。

 「クーリエ、映像撮ってる?」

 「戦況はバッチリ」

 「リーゼちゃん。銀河ネットに割り込めるかしら、GNN(ギャラクシー・ニュース・ネットワーク)。」

 茉莉香の問いにサイレントウィスパーから返しが入る。

 「それって、違法なのでは?」

 「そお、だって海賊だもん。海賊は無法者って言われるけど、違法なことはやっても無法は許さない」

 茉莉香の言葉にクスリと笑って答えた。

 「超高速回線で電波ジャック直接行けますが、電子戦ちゅうですので、ビギン・ザ・ビギンをアンテナに使用してはいかがでしょう。やるなら徹底的に」

 「オッケー、それで行きましょう。これから起きる事を全銀河に配信してあげて!」

 

 ビギン・ザ・ビギンではキャビンでGNNを見ていた乗員が、え?という顔になった。

 ニュースを流していたテレビモニターの画面が乱れ、いきなりいまこの宙域で行われている戦闘の様子に切り替わったからだ。ビギン・ザ・ビギン内だけではない。たう星系でも核恒星系でも、ヘッドラインニュースを流している主チャンネルが、どこかの実況中継になったのだ。

 「この戦闘、銀河じゅうに配信されてます」

 禁じ手を使ったことがネットに流れてしまい、狼狽するジャバウォッキーのクルー。

 しかし艦長は慌てず言い放った。

 「ネット配信だと? フン勝てば官軍さ。ヒュー&ドリトル社のいい宣伝になる。当社は顧客の安全を第一に考え行動する会社だとな。それよりも弁天丸への電子攻撃は、まだ終わらんのか、相手は旧式の老朽艦だぞ」

 「それが、容量がやたら大きくて。それに対抗も強力です」

 弁天丸からの電子攻撃と思っていた相手はサイレントウィスパー、それに容量だけなら戦艦並みというオデットⅡ世がバックアップに入っている。弁天丸には何の負荷もかかっていない。

 「発見しました! ジャバウォッキー十時の方向、距離二〇〇万キロ。弁天丸です」

 ジャバウォッキーは、重力輻射で隠れていた宇宙船を発見した。

 「よーし。全艦、精密管制後に目標に向かって斉射!」

 艦長が命令した。だがどの艦も撃てなかった。無理に撃とうとして不発煙を出す始末。

 「最期の射撃管制波が命取りだったねー。こちらを精密観測するって事は、射撃システムに直結するって事だから」

 オデットⅡ世の電子戦席に陣取っているリンがコマンドを打ち終えて言った。射撃管制波に伴って行われる電子戦対抗策は相手に向かって行われる。認識していない敵に対しては無防備なのだ。不用意に発した射撃管制波で、オデットⅡ世とサイレントウィスパーは相手の射撃システム乗っ取りに成功していた。

 そして、海賊が現れる。護衛艦隊の背後から近づく流麗なシルエット。

 ステルスを解いたオデットⅡ世だ。

 艦隊前方の弁天丸は、照準を正確に合わせている。正にホールドアップの体勢。

 悠然と拡げた太陽帆を畳んでビギン・ザ・ビギン号に近づき、接舷の準備に取り掛かる。その優美な姿に、ビギン・ザ・ビギン号のホール内にため息が漏れた。

 

 やがて強制通信が入る。

 『こちら海賊船オデットⅡ世、貴船のコントロール乗っ取りは既に終了しています。無駄な抵抗は止めなさい。これから白鳳海賊団がそちらに伺います』

 「白鳳海賊団?」

 ホールに流れたチアキ・クリハラの声に、乗客たちはざわめいた。聞き慣れない名前、と同時にその声が女性であったことに期待が膨らんだ。

 ビンゴだ! 女海賊だ!

 『さあ、金目の物を寄こしな!!』

 

 

 



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10話

 白鳳海賊団の初営業の反響は大きかった。

 何しろ電波ジャックで銀河系じゅうに配信されたのだ。可憐な乙女たちによる海賊団、海賊船はかつての白鳥号。凛々しいキャプテン・チアキの雄姿は、その知的な面立ちとのギャップに眼鏡属性の殿方たちの心を捉え、乙女たちが乗るにふさわしいオデットⅡ世のシルエットは多くの人々の琴線に触れた。海賊を行ったのが太陽帆船だったという事がまず驚きだった。

 そして帝国の市民たちは、まだ合法の海賊が居たことを知った。

 「そう、居たんだよねー。合法の海賊」

 「居たんだよー」

 ネットに拡散しているユー(ユニバース)・チューブの映像を見ながら盛り上がるハラマキやキャシーらヨット部員たち。

 でも小首をかしげるヤヨイ・ヨシトミ。

 「でも銀河帝国の私掠船免状って、うちの所だけですか?」

 「部長、部長が以前に戦ったクォーツさんて、帝国公認の海賊じゃなかったですか。あの方たちも私掠船免状持ってるんじゃありませんか」

 ふーむと思案する茉莉香。

 「ちょっと違うんじゃないかな。私掠船免状とは異なるとゆうか。帝国の私掠船免状って船に与えられたものでしょ。でもクォーツが乗ってた船は実験船、私のものと同じように個人に与えられた物だと思う。海賊の巣のおやっさんは、肩口の髑髏のバックルが帝国公認の証しだって言ってたし」

 「私も違うと思うわ。もしクォーツがオデットと同じ私掠船免状を持っていたのなら、うちの海賊連合との戦いの時にそれを使ってた。そりゃ海賊相手の実験もあったでしょうけど、相手のOSを強制的に書き換えられるような代物よ。いざとなれば使っていたわ」

 チアキの指摘に一同が驚いた。

 「えー!? うちの私掠船免状て、そんな物騒な代物なんですか」

 「道理で弁天丸が謎の停電」

 自分で言って、しまったという表情のチアキ。弁天丸の停電はブレーカーが落ちたせいにしてあったのだ。

 「ゴメン、あの時はまだ原因がよく分からなかったの。でもどうやら私掠船免状が自動攻勢するようにプログラムされてたようで。だから、そんな危ない物は今後封印」

 パンと手を叩いて茉莉香は話を打ち切る。

 グリューエルが急いでそれとなく話題を変えた。

 「白鳳海賊団の評判が良かったことは判りましたが、銀河回廊で重力子弾を使ってしまったことで、ジェニー先生の会社に迷惑は掛からなかったのですか」

 「ヨット部では先輩でいいわ。先生といっても教育実習生だし、自分で言うのもなんだけど、先生って呼ばれると年取っちゃったみたいでイヤ」

 ブロンドの髪を撫で上げてジェニーが片目を瞑る。

 「会社には運輸局から聴取が来たわ。そりゃ二日間だけど銀河回廊が使えなくなったんだもの。でもあの中継のお陰で、こちらの落ち度でないことが分かってもらえたわ。むしろこちらは被害者。一方的に契約内容を無視したあちら(護衛艦隊)のせいだもの、実弾まで使ってた。弁天丸の実弾使用は正当防衛ってこと。――違約金はしっかり払って頂きました。」

 銀河回廊が閉鎖になるような事をして、女子高生相手に(実際は弁天丸にだが)実弾まで使用して、しかも完敗したとあっては、ヒュー&ドリトル星間運輸の評判はがた落ちだった。目的のためなら手段を選ばない会社。女子供にも平気で手を上げる無法者。だけどドジ集団。先の武器横流し疑惑の記憶もあり、会社に付いたイメージを高めるだけだった。

 「ジャバウォッキーの艦長をはじめ艦隊の主だった下士官全員、第五艦隊の再教育キャンプに送り込まれたそうよ。違約金の腹いせに、陰険な伯父様がやりそうなこと。ホホホ」

 シュニッツアの話では、帝国特殊部隊の精鋭も泣きを入れるほどの再教育らしい。――ご愁傷さま。

 「――ああ、茉莉香さんにチアキさん。今後の営業についてお話したいから、後でちょっといい?」

 はいの返事を受けて、ジェニーは部室を後にした。

 とにかく、オデットⅡ世のデビューとしては上々の出来だった。弁天丸とサイレントウィスパーの連携、みんなの操船技術、なによりも太陽帆船というハンデを、推進剤なしで航行できるという長所を生かした運用の仕方を、実際の海賊営業で確かめられたことが大きいと茉莉香は思うのだった。

 

 茉莉香たちが呼ばれた会議室は、一つの出入り口のほかに開閉部は無く窓もない部屋だった。扉を閉めれば完全な密室。白鳳女学院が星系連合の総司令部だった頃、作戦室に使われていた部屋で、ニュートリノの透過も阻む完全な電子暗室である。

 一般の女子校にそんなものは必要ないのだが、元が総司令部だったがために残っており、機密性の高さから教職員の会議室や個別面談室に使用されている。白鳳女学院には高セキュリティーな電子暗室がほかにもあり、その一つががヨット部部室だ。

 「ねえ、今回のミッション。海賊として二人の船長から見てどうだった。」

 ジェニーが二人に聞く。

 「大したものだったと思います。みんなの技術も飛躍的に向上してますし、チアキちゃんの作戦も、オデットの利点をよく生かしていました」

 「私の作戦じゃないわ。みんなが知恵を出し合った結果よ。私はオデットの特徴をどうカバーしたらいいかを考えただけ」

 二人の感想に頷きながらもジェニーは言った。

 「そうね、ミッションとしては大成功と言っていいわ。でも私は聞いたはずよ。海賊としてって。海賊船としてオデットはどう?」

 「海賊…ですか」

 「海賊は一匹狼よ。仕事は基本単独で行われるわ。合同を組むのは、お互いの危機が一致していて、それに対処する必要がある場合よ。弁天丸やバルバルーサもそうでしょう」

 「海賊するのに、いつも違う海賊と一緒にお仕事するんじゃ現実的じゃないわ。まあ弁天丸やバルバルーサなら一つ返事で引き受けて下さるでしょうけど」

 弁天丸との共同作戦としてなら成功。しかし毎回それでは、オデットは単独では海賊出来ない事になる。だが統合戦争当時は、白鳥号は単独で仕事をしていた。それもかなりのハイスコアで。

 「電子戦も当時とはずいぶん進化してるし、オデットⅡ世の電子兵装は旧式。でも新型ならこちらにはサイレントウィスパーという切り札がある。今すぐでなくてもいいわ、オデット単独でもお仕事できる方法を考えてみて頂戴」

 二人に宿題を出す。

 確かに共同での仕事ばかりというのはまずい。帝国は戦力を持つ者が徒党を組むことには敏感なのだ。

 「当面は知り合いの海賊さんとの共同で、お仕事のスコアを上げましょう。特にバルバルーサは、船長さんが是非オデットⅡ世の船長を見たいって言ってたから」

 そう言ってウインクするジェニーに、チアキは赤くなるのだった。

 コンコン。

 会議室にノックの音があった。

 中に入って来たのは、グリューエルとグリュンヒルデの姉妹。

 「茉莉香部長。」

 「チアキ船長。」

 二人の姿を見て、あれという顔をする。

 「お邪魔じゃなかったですか」

 「いいのよ、二人への話は今終わったとこだから。あなたたちを呼んだのは別の話。この二人にも関係のある事だから」

 自分にも関係のある話と聞いて、茉莉香はリーゼのことが頭に浮かんだ。どうもグリューエルも同じ様子だ。

 二人が部屋の扉を閉めると、ジェニーは自分の携帯を取り出し、電波の有無を調べる。

 「盗聴…ですか?」

 女子校に盗聴って、一体。やはり彼女の話か。でも彼女の素性はジェニーにはまだ話していない。

 「大丈夫な様ね」

 部屋内に電磁波の出入りがないことを確認すると、ジェニーは一枚のカードを取り出した。それを見て驚くグリューエルとヒルデ。

 「まあ、ラザルス・カードですね。ヨートフが持っているのを見たことがあります」

 そうと頷くジェニー。

 「ジェニー先輩って、メトセラだったんですね。」

 「そんな訳ないでしょ! これは大学に戻った時に先生から頂いたのよ。これ以上お婆ちゃんにしないで頂戴」

 宏大な宇宙で再びまみえた奇蹟に交換する、長命種のグリーティングカードだ。それは長命種(メトセラ)どうしのコネクションも兼ねている。

 「先輩の担当教授は、一二〇年ものあいだ、ずっと待ってらっしゃったんですね……」

 ラザルス・カードを見て、悠久の時を思うグリューエル。

 「先生から、こんなメールが転送されてきたのよ」

 そう言って指先でタッチすると、一通のメールが浮かび上がった。

 『ルビコンを渡れ』

 ただ一言、そうある。

 「これって、どういう意味ですか??」

 茉莉香が?を浮かべる。

 「ルビコンて、核恒星系のある星団の名前ですよね」

 ヒルデが答えた。

 「え、そうなの?」

 「茉莉香、それ小学校の社会科で習うから」

 チアキの指摘に頭を掻く茉莉香。

 「帝国にとって絶対不可侵領域。それを渡るって――」

 不穏な空気を感じ取るグリューエル。絶対不可侵領域を越えるという事は、帝国への反逆を意味するのだ。そんな言葉が、メトセラ・コネクションに流されてきた。

 「問題は、ここ。」

 メールの発信元の名前を指差した。

 送り主の名は、『マイラ・グラント』とある。

 辺境宙域の娼婦船「愛の女王号」の船長。オデットⅡ世や加藤家とは因縁浅からぬミューラ・グラントの姉で、帝国の賞金首である。茉莉香とグリューエルは面識があった。

 「タグにガーネットAとあるから、コネクション全体に流されたものじゃなく、統合戦争に関係したメトセラだけのようだけど。セレニティーの長命種さんや中継ステーションの銀九龍さんの所には行ってると思う。もしかしたら、妹を通じてあなたん家にも」

 「ヨートフからは何の連絡もありません…」

 「梨理香さんも何も言ってないけど、昨日から長期休暇取ってバカンスに出掛けてる」

 また豪華客船でクルージングだそうだが、どこに行ったかまでは聞いていない。

 「ヨートフさんも銀九龍さんも、あなた達に黙ってるって事は、巻き込みたくないって思ってるのね。これは自分たちの世代の宿題だからと」

 自分たちの世代の宿題。それは統合戦争でやり残した問題があったという事だ。元老院議員パク・リーを捕まえたことで全てが終わった訳ではなかったのだ。帝国内で何かが起こっている。そしてリーゼがやって来た。

 「ねえ、もうそろそろ、転校生ちゃんの素性を教えてもらえないかしら」

 そう言ってニッコリ微笑むジェニー・ドリトル。しかしその笑顔には、もう下手な言い訳は通用しないわよという凄みがあった。

 四人は、覚悟を決めた。

 

 

 



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11話

 教育実習の期間が終わり、「提出しなければならないレポートがあるから」と言い残して、ジェニー・ドリトルは宇宙大学に帰って行った。

 やっと女子校本来の穏やかな部活に戻ったヨット部、にはならなかった。

 しっかりとハロルド・ロイド保険組合を通して「海賊依頼」が入って来たのだ。担当者は弁天丸と同じアフロヘア―の怪人。お仕事の相手は、フェアリージェーン社のリゾート・クルージング船「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号」。今回はオプションを伴わない(戦闘のない)普通の海賊。

 オデットⅡ世のお仕事は、ちゃんと中間テスト終了後に予定されていたが、弁天丸の方はテスト期間前にも入ってきた。半日で終わる物資の輸送だから大丈夫だろうと入れられたのだった。

 そんなこんなで、何かと忙しい茉莉香の日々。でも、バイトのシフトは変えない。

 

 閉店時間が近づいたランプ館。店内には客の姿もなくメイド姿の店員たちは、片付けや掃除をやっている。

 「茉莉香、私たち三年生じゃない。夏休みまでには進路を決めとかなくちゃならないじゃない。茉莉香はもう決めてる?」

 キッチンで洗い物をしながら遠藤マミが聞いた。

 「ううん、全然。マミはどう」

 「私は地元就職。中継ステーションのオペレーターになるために、いま資格試験の勉強中。」

 「へえ、てっきり服飾デザイナーになるんだと思ってた」

 「それも捨てきれないんだけどねー。いちおう手堅くいこうと思って。でも服飾デザインは止めないよ、趣味で行くつもり」

 やっぱりマミは地に足が付いていると茉莉香は思った。

 「茉莉香はどうなの。やっぱ海賊?」

 「いまは女子高生と海賊を掛け持ちしてるけど、海賊になりたくて海賊になった訳じゃないし、もっといろんなことを知りたいって気持ちもあるし」

 「じゃあ、行く? ジェニー先輩やリン先輩のように宇宙大学」

 「無理無理。何より大学に行って、何を学びたいかが決まってないもん」

 宇宙大学と聞いて、かぶりを振って否定する加藤茉莉香。

 「ふーん、茉莉香らしくないね。いつも即断即決だと思ってた」

 「そりゃ将来を決める事だもん、私だって迷うよ。でも、もっと世界を見てみたい」

 らしくないと自分でも思う。あれこれ思い悩むのは自分の性に合わない。海賊になったきっかけは、親の仕事を継ぐこともあったが、「宇宙を見てみたい」という気持ちからだった。

 (このまま営業の海賊を続けるつもり?)

 ふとクォーツの言葉がよぎった。海賊業は性に合っているが、いまのままでは銀河の片隅を飛んでいるだけだ。

 ――おいでなさい。広い宇宙へ――

 からからん、とドア鈴の音が響いた。

 「すみません。もう閉店――」

 店にやって来たのはチアキだった。外からの風に長い黒髪が揺れる。

 隣の椅子に厚いカバンを置いて、カウンター席に座る。

 本人が注文する前に出て来るチョコ・パフェ。それを見て、幾分顔を赤らめながら頬が膨らむチアキ。

 「私、帰るから。」

 唐突に、出されたチョコ・パフェを摘まみながら言った。

 「え、帰るってどこに」

 「海森星に決まってるでしょ。もともと海森星校の生徒だから中間考査はあっちで受けるの。――それに、親父からも呼ばれた。来たのよ、うちにも」

 チアキの話では、バルバルーサにもマイラのメールが届いたらしい。

 「そうか、バルバルーサのノーラさんて長命種。」

 副長をやっているノーラは、統合戦争にバルバルーサで参加している。

 「それで、こんなものが来た理由が聞きたいって。電話やメールで済む話じゃないから」

 「ガーネットAのタグが付いていれば、もろオデットに関係してるもんね。じゃあリーゼのことも話すの?」

 「バルバルーサが関わって来るんだったら、船長に話さない訳に行かないでしょ」

 「…そっか…」

 今はまだミーサでとどめているが、帝国の様子を調べてもらっている以上、いずれ弁天丸のクルー達にも打ち明けなければならない。

 「聞かれればね。親父が尋ねなかったら言う必要ない。聞かない方がいいという判断もあるし、その辺、親父は鼻が利くから。――じゃあね」

 空のグラスにお代を入れて、チアキは店を出て行った。

 茉莉香を残して空いたカウンターに、遠藤マミが顔を出す。

 「チアキちゃん、なんだって」

 気を利かして外していたマミが聞いた。

 「帰るって、海森星に。」

 ぽつりと茉莉香。

 「そっかー、寂しくなるね」

 ――うん。

 

 

 皇女は、ここ二ヶ月足らずに自分の身に起きたことを思い返していた。

 中等部への進学を控えて、第五星系にあるユニバニティー校を訪問した。しかし期日を過ぎてもセナートに帰らなかった。彼女の消息はそこからぷっつりと切れている。

 公式には、そのままユニバに滞在していることになっている。しかし実際はユニバから宇宙大学に渡航、どうやらそこに皇女は居るらしい。元老院をはじめとする当局はそこまでは摑んでいる。そこから先が分からないのは、宇宙大学が銀河帝国の手が及ばない治外法権だからだ。

 宇宙大学から少女は、ある長命種と親族の手配で、秘密裏にくじら座宮たう星系にやって来た。

 亡命するめに。

 亡命は、相手先が帝国の干渉を跳ね返せるだけの独立性と影響力を持っていないと成り立たない。独立性は帝国の基本原則が内政不干渉だから、ある程度は保たれており、思想犯や政治亡命を受け入れる星系もあるが、それも中央政府からの圧力を跳ね返せるだけの影響力を持っていないと出来ることではない。帝国との関係がぎくしゃくすることは避けられないからだ。そんな星系は限られる。

 くじら座宮たう星系は帝国の版図のうちでも辺境に位置する。属しているオリオンの腕文明圏の統合戦争で名前が出て来るが、それは稀に見る平和的な併合の舞台だったという事で、帝国の威光を増させるだけのエピソードに過ぎない。これといって帝国を代表するような産業や文化がある訳でもなく、飛び抜けた科学技術を有している訳でもない。そもそもオリオンの腕文明圏が帝国内ではごく平凡な存在なのだ。

 そんな文明圏の片田舎な星系に亡命する、彼女を匿えるような力は何処にもない。

 聖王家の皇女が亡命してきていることを、オリオンの腕文明圏の連合政府も、当のたう星系行政府も知らない。知っているのは、手配してくれた人々と、今いるこの学園のほんの数人だけ。

 どうして喋ってしまったのだろう。帝国の私掠船免状を使ったことは確かに軽率だった。きっと緊張が続いていて、思わず使ってしまったんだと思う。いつもの私ならありえない。でも、「加藤茉莉香」から正体を推理されて認めてしまった。普段なら、あの程度の詰問なぞ軽く受け流していただろう。宮中内にはもっと海千山千の者たちが蠢いている。その扱い方も幼い頃から叩き込まれている。どうして。

 ――どうして、自分は、彼女たちを巻き込んでしまったのだろう。

 たう星系にやってきた理由は、そこに「生きた帝国の私掠船免状」を持つ「現役の海賊」が居るからだった。

 その情報は突然現れた。今からほんの数か月前のこと、いきなり船籍ライブラリーに「帝国私掠船」の項目が現れたのだ。それは、実に二百年振りのことだった。

 いろいろ調べてみると、その船はオリオンの腕統合戦争で海賊をやっていた「白鳥号」だったらしい。発行年から免状は「白鳥号」に与えられている。当時まだ帝国の版図外にあった辺境の海賊が、しかも海賊掃討戦争から八〇年も経って「帝国私掠船免状」を持つに至った経緯は不明だった。皇族でもアクセスに制限がかかる「超極秘」だったのだ。

 帝国の私掠船免状は、船名が変わっても継続される。それが船に与えられるからだ。船が破壊されるか、聖王家が無効としない限り更新され続ける。

 その船の私掠船免状が生きていて、それが帝国船籍に現れたという事は、公式の海賊として再び名乗りを上げたという事だ。そこに逃げ込むつもりだった。帝国艦隊も帝国政府も手が出せない、聖王家が認める「帝国の海賊船」に。

 その船の名は、「オデットⅡ世」。

 

 宇宙大学の長命種の方からの紹介でやって来たのが白鳳女学院だった。勿論、身分を隠して。オデットⅡ世の船籍名簿の項目に、帝国私掠船とともに「白鳳女学院練習船」とあったが、女子校は恐らくカモフラージュで、海賊の窓口になっているんだろうと思っていた。

 聞けば、まだこの周辺にはローカル・サイドな海賊が居て、叔母はその海賊たちと戦火を交えたことがあると言っていた。叔母も公式ではないが政府公認の海賊だ。そんな帝国海賊の叔母が苦々しく話していたところを見ると、そうとう強力な海賊なのだろう。そんな海賊に囲まれて、一二〇年ものあいだ船を保持し続けた「白鳳女学院」という組織は当てにできる。そしてその船も。

 自分が白鳳女学院に行くと話したとき、叔母は「そうかい、アイツのところに行くのかい。アイツは頼りになる海賊だよ」と、ニヤリと笑いながら言っていた。確か叔母が辺境宙域から帰って来て会ったときだった。

 来てみて、ぜんぶ自分の見当違いだと分かった時は唖然とした。

 白鳳女学院は本当に女子校で、オデットⅡ世はヨット部の練習船。しかも旧式の太陽帆船。これでは頼れない。

 ますます素性を知られないようにしなければと覚悟していたところに、現れたのがグリューエル・セレニティーとグリュンヒルデ・セレニティーの姉妹だった。なぜ連合王国の姫君がこんな所に、確か体制改革で王国も大変なはずと驚いたが、グリューエルと面識があることが問題だった。彼女は自分の素性を知っている。彼女には自分の素性を明かさないようお願いした。

 彼女はそれに応じてくれたが、聡明な彼女のこと、帝国に抜き差しならない事態が起こりつつある事に、すぐ気付いた様子だった。それと、「いつまでも隠し通せるものではないと思います。茉莉香さんはじきに気付くでしょう。いっそ、全てを彼女に打ち明けたらどうですか。セレニティーはそれで救われました」と言っていた。

 全てではないが、加藤茉莉香に素性を打ち明けて、身が軽くなった自分がいた。

 何も解決していないのに、ほっとしている。

 オデットⅡ世は、本当に帝国の海賊船だった。私掠船免状も現役のものだった。

 そして、確かにここには「海賊」がいた。

 

 

 「オデットⅡ世の初仕事からこっち、帝国政府内の通信量が二割増しに増えてる」

 「へええ、衆目を集める事には成功したようね」

 百目からのリポートに、興味ない様子でミーサが漏らす。

 「帝国艦隊統合参謀司令部から各ナンバーズ・フリートへの司令、情報部の通信、交通運輸局から帝国経団連への通達、官軍民総出だ」

 「二百年振りの出現だ。領内にいない筈の公式の海賊船、注目するのは当たり前だろう。同時に警戒もな」

 さも当然だというシュニッツア。

 「警戒の方は大丈夫みたい。情報部の通信内容見てみたんだけど、事実確認ばっかり。まあ、あれだけ派手な実況中継見たら、乗り込んでる海賊が何者かすぐ分かるけど。ネットの方も拡散凄いよー」

 「えっ情報部の通信て、潜り込めるものなのか?」

 「まあ蛇の道は蛇」

 「見える。――簡単じゃないけど」

 今更ながらのクーリエの手腕に驚く三代目に、女性陣からの突っ込みが入る。

 「各方面の通信も情報部のものと似たり寄ったりだ。いい宣伝にはなったわな」

 「やっぱ、見えるんだ」

 何だか帝国のセキュリティーが心配になる三代目。ここは弁天丸の通信・電子担当者の方が凄いという事にしておこう。

 「ただ…」

 と、百目が言葉を濁す。

 「気になる通信回線が開いているんだな」

 「なあに?」

 「聖王家に繋がる秘密回線。監察局のものだ」

 監察局と聞いてミーサが気を向けた。

 「内容は?」

 「こればかりはセキュリティーが固くて見れない。あまり深く潜るとこちらが危ない」

 ブリッジの全員が真顔になった。

 監察局といえば、聖王家直属の諜報機関だ。その任務は、帝国への反乱や王室に対する反逆の芽を未然に防ぐこと。対象は政府の手が及ばない有力な元老院議員や帝国貴族で、一二〇年前のパク・リーの一件から設置された組織だ。

 「オデットを調べているのか」

 シュニッツアの問いに、分からないと百目は首を振る。

 「遡って調べたんだが、二ヶ月前から皇族どうしのプライベート回線や元老院の通信が活発になってる。それが今回の仕事以来爆発的に増えた。そこに監察局だ。聖王家内で何かが起きている。――船長は知ってるんだろ」

 「ミーサもね。だいたい予想はつくけど」

 イカゲソを口に咥えながらクーリエが付け加えた。

 勘のいい頼れる仲間たちに観念したのと、信頼した様子でミーサは言った。

 「そうね、船長も話すと思うわ。ヨット部にメールが届いたのよ。差出人とタグが問題だったから、部員たちに見られないよう隔離したけど、同様のものがジェニー・ドリトルにも送られていたの。恐らく梨理香にも」

「差出人は誰だ」

 シュニッツアは、内容は訊かずに差出人を訪ねた。

「マイラ・グラント。ヨット部と梨理香に転送したのは、妹のミューラよ。ジェニーの方は別ルートね」

 辺境海賊ギルドの首領の名が出て来たことで、じゅうぶん容易ならざる事態だという事だった。

 

 




「モーレツ併合海賊」では、銀河帝国の海賊掃討戦争が千年前としていましたが、二百年前の出来事と変更しました。それは、ミューラたち長命種にとって、海賊掃討戦争を実際に経験した過去としたかったからです。また、アニメのグランドクロス編にある、海賊爺さん三人組の「帝国に海賊ありというのを、当時の政府がパクったからじゃよ」のセリフと整合させる意味もあります。
今から二百年前というのは、独立戦争当時でも既に八十年の時間が経過しています。八十年は、私たちにとっては世代を超えた時間ですが、長命種にとっては生々しい自分の出来事なのです。


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12話

 宇宙大学の始まりは、知識の記録庫としての宇宙船だったという。それを造った種族はもう存在しない。その宇宙船は、自分の文明が滅んでも、恒星の寿命が尽き星系そのものが消滅しても、知識は失われないようにと宇宙空間に送り出された。

 それが何時だったかは判っていない。何百万年という気の遠くなるような時間の流れの中で、超光速のない時代に恒星間航行をし続け、幾度か違う知性体に再発見され、その知性体の発展の援けとなり興亡を見届けた。そして補修と知識の蓄積をし続ける。そのあいだに船は一隻でなく数隻の船団となっていった。出会った知的生命体ごとに記録庫としての船が造られていったからだ。知識は単一の文明でなく、多くの文明の集合体となっていった。

 また船団は知性体との出会いのあいだに、永い放浪のなかで、いろいろな宇宙の出来事を見てきた。星の誕生や終焉、亜空間の裂け目、ブラックホール、実際にその場に立ち会わないと観測できない事象や物理法則の発見を蓄積していった。出会った知性体にとっては、それは望んでも手にすることが出来ない夢の宝箱だった。数十万光年先の現象を観察したとしても、光の壁を越えられなければそこに行くまでに自分たちの文明は終わってしまう。行けたとしてもその現象は既に過去の出来事なのだから。

 やがて船団は、銀河系の中心で、自分たちと同様な多文明からなる共同体と出会う。

 こんにちの核恒星系であるルビコン星団の中の五つの文明、それらが緩やかな星間連合を形作っている共同体。のちに銀河帝国と名乗ることになる知性体の集まりは、一つの国家としての纏まりを見せつつ、自分たちの星団から飛び出して行こうとしていた。そうしたなかで知識の船団と出会った。

 星間共同体は、それが特定の文明だけに利することを怖れて、政治的利害関係から離れた学術研究機関を合同で設立し、そこに知識の記録庫の管理を委ねることにした。場所も各文明圏の外に置かれ、居住可能な無人の星系が選ばれた。これが今ある宇宙大学の前身である。

 宇宙大学の知識は、等しく全共同体の財産とされた。記録庫が蓄えていた膨大な知識は、共同体の科学技術を飛躍的に発展させ、銀河系という大洋に漕ぎだすのに必須な技術を生み出した。超光速技術と、それを可能とさせる惑星一個分のエネルギーを叩き出す転換炉の開発である。航海に亜光速と冷凍睡眠が必要だった時間の壁と、あまりある膨大なエネルギーを手にした星間共同体は、銀河系に飛び出し、その版図を拡げていった。そして宇宙大学も、銀河帝国による様々な文明や宇宙現象との出会いの中で知識を増やしていった。

 いま記録庫は安住の地を得て、再び知性体を見守り続けている。その文明は知識を保持し続ける資格があるか。――知性にはそれにふさわしい資格が必要――銀河帝国の興亡を。

 もし知性体が資格を喪失した場合、そのときは、また記録庫は流浪の旅に出るだろう。

 

 ユニバー星系第四惑星、タニア。

 純粋に知識の保管と学術研究のためだけにデザインされた星。

 安定したスペクトルG型の母恒星を持ち、気温や湿度も保存に適するように気候制御され、地軸や惑星軌道さえ調整されて四季の変化は乏しい。また常に科学技術の頂点を生み出している学問の星でありながら、むしろ装いは前時代的な開発当初の姿を残している開拓惑星である。

 四つの大陸と多くの島々が散らばる海の星の静止軌道上には、開発物資搬入のためのプラットホーム『リング』の輪がそのまま残り、そこから古典的な軌道エレベーターが赤道上に伸びている。そのような惑星の姿は、今では、未だ亜光速の段階にある文明圏かテラフォーミングを始めたばかりの開拓惑星でしか見ることが出来ない。しかもその軌道エレベーターは現役で、現在も惑星タニアの玄関口となっている。

 十数万年の歴史を持つタニアの街のなかでも、最古の都市アカシアは、記録庫としての宇宙大学の核心である。街の中心に聳え立つ円錐形の建物「ビブリオ」は、宇宙船だった時代からの記憶を保管し、いまも新たな知識を蓄え続けている。その記憶を維持し、蓄えた知識をいつでも利用できるよう情報を管理しているのがアカシアである。アカシアは、様々な記録媒体、例えば文字、彫刻、紐、口承、思念、様々なフォーマット(情報伝達手段)に対応できるよう学術体系が整備された都市。人文科学部門を中心に、情報工学、素粒子学、大統一物理学、超心理学らの各研究機関が置かれた。アカシアは巨大な情報工場なのである。

 ためにアカシアは第一線で活躍している研究者や教授陣が多い。そんな教授陣が住んでいる地区を、学生たちは畏敬の念を込めて「閻魔横丁」と呼んでいる。自分たちの成績を順位付けする人種へのやっかみも多分にあるが。

 その中でも特に勤続年数が長い学者たちが多い区画が、通称「地獄の一丁目」。

 ジェニー・ドリトルは、古色蒼然とした静かな街路を歩いていた。ここを訪れるのは三回目になる。以前と変わらず街に学生の姿はない。そもそも人がいない。閑静な住宅地の昼下がりといった佇まいだ。ただ、何の変哲もない建物が奇天烈な色で塗られていたり、家の前に駐車しているものが、人力車や蒸気自動車だったり、折り畳み式のはばたき飛行機だったり、そもそも乗り物なのか理解に苦しむ物体だったりするが。

 時代劇に出て来るような、惑星開拓民の住まいといった官舎のひとつに足を止めた。古びた壁とびっしり覆ったツタが時代を感じさせる。相変わらずあまり手入れのされていない前庭を通り、玄関のノッカーを叩く。

 『どなた?』

 玄関わきの伝声管から、くぐもった女性の声がした。

 「一年生のジェニー・ドリトルです。再試のレポートを見て頂くて伺いました。それと、ひとつ聞きたいことが――」

 ガチャリとドアが開いて、中年の女性が姿を現した。

 「そろそろ来る頃だと思っていたわ。いらっしゃい」

 官舎の主、アテナ・サキュラーがジェニーを中に入れる。

 家の中は、庭と同様だった。

 「年代物が多いから、ひっかけないようにお願いね」

 植物を薄く剥いで繋ぎ合わせたものの巻物や、動物の皮で出来ている書物が、所狭しと積み重ねられ、博物館に展示してあるような遺物が、廊下といわず家中に散乱している。相変わらず片付いた様子はない。むしろ増えている気がする。

 「先生、そのうち家に居場所がなくなりますよ」

 「片付けてはいるんだけど、そのぶん実家から送られてくるのよ。物置の一つとでも思っているみたい」

 ゆっくりと、荷崩れが起きないよう足場に気を付けながら奥へと進む。

 居間も、まあ相変わらずの散らかりようだった。だが意外と雑多な感じがしない。物で溢れ返っていることはゴミ屋敷と同じなのだが、それぞれが系統立って意味を持って置かれている。それに生活の匂いがまるでしないのもあるかも知れない。

 「先生、普段はどんな料理していらっしゃるんですか」

 レポートを手渡しながらジェニーは尋ねた。

 「ん、昼と夕は外(学食)で済ますことが多いから。家にいるときは冷蔵庫からレーション出してレンジでチン。食べたらゴミ箱(原子分解機)にポン」

 それは料理とは言わない。長命種といえば長い時間の中に生きて、凝り性な人が多いと聞くが、それは興味がある分野だけで、他の場面では以外と野放図なのかも。何となく担当教授の食生活が心配になる。

 「あら、研究テーマを変えたのね」

 レポートには『経済面からみる、私掠船の活動と社会的影響について序論』とあった。

 「オリオン腕統合戦争時の歴史については、未だに開示されていない事が多いので。その点、経済に絞れば数値としてデータが残っていますし、現にいまも活動している私掠船がいます。私の専攻も経済学部ですし」

 「そうね。私たちの知っている歴史がアレじゃ、証明することが出来ないものね」

 本当は栄光ある統合ではなく、帝国の恥部を抱えた戦争だった歴史。いずれ明らかになる日が来るかもしれないし、このまま闇に葬られたままかもしれない。少なくとも今ではない。一二〇年という時間は長いように思えるが、歴史の闇が明らかになるには足りないのだ。

 「先生、レポートを読んでいただいている間に、何かお造りしても宜しいでしょうか」

 「別に構わないけど、今日の晩御飯はシリアルで十分だわよ」

 「長命種の帝国貴族ともあろう方が、御自分の食生活管理もなさらないようでは困ります。――キッチン借りますね」

 ジェニーはパタパタと台所に消えた。

 冷蔵庫を開けると、見たことのない食材が詰まっていた。

 「レギアンド産ポストルテーゼ? 南桑菜? ゴッグワンド乳? 繚蘭香?」

 一つ一つ手にして品名を口にするが、覚えのない名ばかりだ。

 『ああそれ、造ってみようと思って集めたものだけど、暇がなくてね』

 と居間からの声。

 賞味期限を確かめると、ゆうに十年以上の余裕があった。でもこれで何が出来るんだろう。思案していると、キッチンの上に紙切れがあった。食材名が冷蔵庫のものと一致する。どうやら先生が作ろうとしていたレシピのようだった。

 ジェニーはレシピを参考に調理に取り掛かった。

 が、材料の捌き方が分からない。ボンレスハムに似たレギアンド産ポストルテーゼは、動物肉の燻製のようだったが、切ってみると魚の練り物のようにも見える。南桑菜は見た目からも野菜の一種だろう。ゴッグワンド乳は乳製品なのだろうが固形物だ。まあバターやチーズも固体か。繚蘭香は香草やスパイスの類。ジェニーは見た目と名前から類推して、調理の手順にあたりを付けた。

 レシピ通りに下ごしらえをして、グリルで焼き、鍋を火に掛けて煮込む。

 人のいない居間で、アテナはゆっくりとレポートに目を通している。時折ページをめくる音がキッチンにも聞こえて来る。

 コトコトいう俎板の軽やかなリズム、じゅうじゅうと肉が灼ける音、ぐつぐつと物が煮える音、この家で久しく絶えていた音がキッチンからしてくる。

 やがて料理の匂いが家じゅうに漂ってきた。

 どこか懐かしく、気持ちを安定させて、それでいてワクワクしてくるような優しい香り。

 苦節三時間。料理が出来上がる頃には、アカシアに夕暮れが近づいていた。

 「遅くなりました。思ってたより下準備に手間取ってしまって、それに煮込むのに時間が掛かりました」

 出来た料理をテーブルに並べる。今日の夕食とアテナが言っていたシリアル・ライスは添え物に拝借した。

 「私も丁度読み終えたところよ。よく出来ているじゃない。物証も押さえてあるし、C-といった所かしら」

 ――評価は及第点だが平凡より下。

 「序論とあるからには、現状の分析から一歩進んで、そこから導き出される推論の展開が欲しいところだわね。――あら?」

 感想を述べたところで出された料理に目を引かれる。

 「アリシア文明のベネ料理だわね。一万五千年前の家庭料理よ、よく知ってたわね」

 「これが、そうなんですか?」

 「私も初めて目にするわ。これが作れるって事は、本当はあなたメトセラ(長命種)だったのね」

 「先生のレシピを見て作ったんです。私も初めてですっ」

 ヨット部だけでなくメトセラからも長命種扱いされるとは。そんなに老け顔なのかしらと心配になる。

 煮込み料理を口にしてみると、匂いと同じ懐かしい味がした。見ず知らずな知性体の料理なのに舌に合う。

 「この料理、はじめての味なのに、前にも食べたことがあるような気がします」

 ずっと昔に、伯父との確執を知る前に食べた味。

 「それは、これが家庭料理だからよ。気負いもてらいもなく日々の糧になった食べ物、家族の団欒に並んだ料理。そんな味に、種族や文明の違いはそれ程変わらないわ」

 「きっと家族の笑顔の中で楽しまれているんでしょうね」

 ジェニーの感想にアテナの手が止まった。

 「それはもうないわ。アリシア文明は文献の中だけだもの」

 えっ、とジェニーの手も止まる。

 「手工業から産業革命を経て、原子物理学を使い始めた頃、滅んだのよ。同一文明内での戦争によってね」

 古代史の授業で習ったことがある。知性体は段階を踏んで文明を発展させるが、宇宙に出ようとする段階でよくある陥穽。その知識を十分に理解していない未熟なうちに次のステージに上がろうとすると、手にした技術に酔い自滅する。原因は環境破壊や戦争などいろいろあるが、知性体が等しく同じ文明だという認識不足から来ている。銀河帝国はそのような文明内抗争まっ只中の星に出会い、無理矢理レスキューした例もあるが、基本内政不干渉だ。そのまま自滅の道を進んだ星系も多い。アリシア文明は、銀河帝国に見出された時には既に滅んでいた。文明の段階は違うが、自分たちオリオンの腕文明圏も同じ間違いを犯すところだった。一万五千年どころかたった一二〇年前に。

 「アリシア文明も、私たちのように未来を知っている者が居れば、今も続いていたんでしょうか」

 「さあ、未来は変えられないから。あなた達の場合は、すでに確定している未来があったから変えられたのでしょう。それに当時代人の意思選択もあった」

 ――未来からの情報伝達があった場合、当時代人の選択は未来に責任を負えるか――

 「未来からの情報伝達があって、それが誰も望まない未来の姿だったら、当時代人はその未来を避けようと努力するわ。でも、それは未来の改変。その結果は変えてみなければ分からない」

 「例えば、大量破壊兵器が使用されて、沢山の人が死ぬと知ったとしましょう。その事実を前に大量破壊兵器が使われないように出来たとしても、大量破壊兵器の悲惨さは使われて初めて実感することが出来る。でも改変された時代人はそれを体験していない。大量破壊兵器の本当の怖さを知らないのよ。だから、いずれはその兵器は使われることになる。より大規模に、多くの悲劇を生み出しながらね。それも未来からの情報伝達による選択の結果。――どう。責任を負える? 」

 そこから導き出される課題。

 ――未来における情報伝達が、当時代人の選択の結果である未来に責任が負えるのかという現実的課題――

 「ジェニー例題ですね。」

 自分の名前がついている、アテナ教授の研究テーマだ。先生は若い頃からずっと答えを探している。

 「統合戦争時の選択は、ひじょうに幸運な稀有な例なの」

 「そして、それに往々に人々は忘れてしまう…」

 様々な歴史を見てきたその長命種は、無力感で寂しそうだった。

 日常の話が出ただろう。仕事の様子、買い物で小耳に挟んだ特ダネ、学校での出来事。暖かい煮込み料理を囲んで、今日あったことを喋り合っていた人々はもういない。

 「大切なことは、過去の経験をどう現代に生かすかという事なんだけどね。」

 

 

 



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13話

 夕餉が終わり、食後のコーヒーを飲みながら、ジェニーは今日伺った一番の理由に話を移した。

 ラザルス・カードのメールだ。

 「この『ルビコンを越えろ』は、どういう意味でしょう。ルビコンって、あのルビコンですよね?」

 銀河帝国の絶対不可侵領域、核恒星系のあるルビコン星団。いまは死語となっているが、それを越えるという事は帝国草創期には反逆を意味した言葉だ。核恒星系から銀河に乗り出したころ、ルビコン星団が帝国の最終防衛ラインで、そこに軍事力を持ったまま許可なく踏み込むことは敵対行為とみなされる。たとえ大災害が起きて、核恒星系が混乱状態に陥っていて連絡が取れない場合でも、許可なく帝国艦隊が入ることは出来ない。それが救援活動であってもだ。この原則は今も生きている。

 そしてメールの発信者が問題だった。帝国が敵視している辺境海賊ギルドの関係者。海賊ミューラの姉、マイラ・グラントだったからだ。これをアテナが自分に転送して来た理由も聞きたかった。

 「あら、私は転送なんかしていないわよ」

 アテナはあっさりと否定した。

 「タグに『ガーネットA』とあるでしょう、タグに関係したメトセラに自動配信されるのよ」

 「私メトセラじゃないし、マイラっていう人と面識もないから、てっきり先生が転送したものと思ってました」

 自分の早とちりに頭を下げる。

 「あなたも持ってるじゃないラザルス・カード。そういう仕様なの」

 「…着信拒否とかできないんでしょうか」

 同様のメールが、メトセラだけでなく加藤茉莉香や母の梨理香にも届けられたことを伝えた。こちらはミューラから。

 「ということは、二人のメトセラが共同歩調をとってることになるわね。あの二人は姉妹で海賊なのだけれど、お互い不干渉なのよ。マイラはギルドに加盟していない一匹狼。でも、ミューラからメールって、あなたの周りはどんな人たちなの。お姫様までいるし」

 「そのお姫様についても、伺いたいことが」

 そう言いかけた所で、アテナは口元に指を立てた。小さなブロックを取り出してスイッチを押し、自然な姿でカーテンを引く。いかにも日が暮れたからというふうで。

 室内に優雅な調べが流れだすが、それはジャマ―だった。

 「これでいいわ。艦隊旗艦の電子暗室ほどじゃないけど、盗聴は遮断できる。――あのお方は元気?」

 そこまで、とジェニーは思った。だってここはタニアなのだ。治外法権な宇宙大学でも核心に当たる星、そこの中心地アカシア。そこで盗聴なんて、まずあり得ない!

 「元気にしています。この頃はヨット部のみんなとも、すっかり馴染んで」

 吃驚しながら様子を伝えるジェニー。

 「良かった、それを聞いて安心したわ。いまのあの子には、それが一番必要なの」

 ほっとしてアテナは椅子にもたれた。

 「意外そうね。ここで聞き耳の心配? これは、それほどの事態なのよ。宇宙大学は世間から隔離された安住の地ではないわ。治外法権は完全に守られているけど、それを利用しようとする者たちもいる。象牙の塔は聖人君子たちの集まりじゃないのよ」

 「では、亡命の手配はやはり先生が。でも、どうしてウチ(たう星系)なんです? 強力な軍隊がいる訳でもないし、帝国で発言権が強いわけでも無い。もっと他の有力な星系が――」

 「帝国艦隊に対峙できる軍事力は存在しないわ。有力な勢力が関係することは、事が大ごとになるということ。それは帝国にとっても、あの子にとってもまずい事なの。聖王家の内紛は帝国の崩壊に繋がる」

 たった一人の少女の家出で、銀河帝国が崩壊!?

 「以前にもなり掛けたことがあったのよ。海賊掃討戦争のことは学んだでしょう」

 「はい。中学で」

 「あれがそうだったの。表向きは通商破壊を続ける海賊との戦いって事になってるけど、海賊を利用した聖王家内の勢力争いだったの。王家は真っ二つに割れて、それを取り囲む勢力がお互いの力を削ぐために通商破壊を始めた。内紛はまだ帝国外にあったセレニティー王家のとりなしで大事にならずに終結したけど、そのまま続いていたら帝国の星系を巻き込んだ内戦になっていたわ。セレニティーが帝国内でも重要な地位を占めているのは、古い王家というだけじゃなくそんな経緯があるのよ」

 「学校では教わりませんでした」

 「そりゃそうよ。今でも帝国のトップ・シークレットだもの」

 アテナはさも当然といった様子で言い放った。

 「そんな秘密を、一般の学生に明かして大丈夫なんですか」

 「あら、あなたにはもうその資格があるじゃない」

 知性にはそれにふさわしい資格が必要、一二〇年前のゴタゴタも根はそこから来ているという事か。そして今回も。

 「問題なのは、それに辺境海賊ギルドが絡んでいるらしいこと。帝国は彼らを裏切っている。」

 「裏切りって」

 何となく聞かなくても判る。組織が問題を起こして取る後始末の方法は、いつもトカゲのしっぽ切りだ。

 「そう。利用するだけ利用しといて、内紛が終結すると彼らが邪魔になった。そこで彼らに騒動の責任を押し付けてスケープゴートにしたのよ。通商破壊をした海賊が悪いってね。だから名称も海賊掃討戦争。辺境海賊ギルドはその時の残党、首領のミューラもマイラも直にあの時のことを体験しているわ」

 帝国にはじゅうぶん遺恨があるという事だ。

 「今回のこと、聖王家の内部で起こっている事とは一体何なんです?」

 「わからない。一介の帝国貴族に情報は流れて来ないわ。でも推察は出来る。長く生きてるとね、見えなくてもいい事まで見えて来ちゃうものなのよ」

 長命種で歴史学者とは、因果なものだとアテナは思った。

 「王家に繋がる人から頼まれたのよ。王族なんだけど王家の立場からは離れている人。リーゼ王女をたう星系にある白鳳女学院に逃してほしいって。白鳳って具体的な名前が出てきたのにも驚いたけれど、逃がす理由については話してくれなかった。ただ、さる海賊から頼りになる海賊がいると聞いたと」

 「それ、クォーツ・クリスティアですね。本名はセンテリュオ・ルクス・スプレンデンス」

 「あの子、そんな事まで打ち明けちゃったの?」

 ジェニーは、加藤茉莉香が言い当ててしまった事。そしてクォーツとは因縁があることを説明した。

 「彼女から相談を受けた時すぐピンと来たわ。容易ならざる事態だと。それでメトセラのコネクションを使って彼女を白鳳に送り届けたのよ。目立つところに逃がすより、目立たない星の海の中に紛れさせる方が、確かに判りにくいと思ったから」

 受け入れたのは中継ステーションのおやじさんだろうと、中華屋の壁に掛かっている額縁を想い出しながら思った。

 「彼女の立場ってどうなっているんです」

 「彼女が正統皇女、皇位継承権第一位だってことは知ってるわよね」

 「名前ぐらいしか知りませんでしたが」

 「まだ、正式な社交会デビューを果たしていないから。写真も公表されていないわ。それらは彼女が高校に進学してからというのが女王の意向で、義務教育のうちは普通の学校生活を送らせてあげたいっていう母心だったのよ」

 小学校のうちから社交界に出されていたジェニーは、ちょっぴり羨ましく感じた。が、立場が違う。普通の学校生活といっても自分とは大違いだったろう。

 「その彼女には年の離れた再従弟(またいとこ)がいるのよ。女王の叔父のお孫さんね。子供は全部女だったんだけど、娘に男の子が出来たことで野心が生まれた」

 「自分の血筋を皇位にという事ですね。でも既に皇位継承者が居るのに、随分乱暴な野心ですね。無理筋もいいとこじゃありませんか」

 「そうでもないのよ。なぜ今の皇帝が女王と呼ばれているか判る?」

 「そりゃ女性ですもん」

 ジェニーの返しにアテナは首を振って続けた。

 「そういう意味じゃなくて、なぜ女帝や皇帝と呼ばれないか。聖王家は昔は男子相続だったのよ。それが継承者不足や継承権争いの元となって、いまのような長子相続となった。でも女性は帝位で呼ばれない。その名残なの。――名残だけならいいのだけれど」

 「いまでも、そのような考えを持つ者も居ると」

 「彼らは自分たちのことを『聖流派』と呼んでいるわ。表向きは聖王家の権威高揚が目的だけれど、そんな集団に帝国の利権やらが群がってる。そんな勢力が神輿にかついでいるのが女王の叔父である侯帝よ」

 「いくら近い血筋でも、皇室でもないのに自分は『帝』を名乗るんですね」

 ジェニーの一言にアテナは新鮮な驚きを感じた。

 「女王の叔父という立場もあったから、周りはあなたのような矛盾を感じてないわね。私もあなたが言うまで気付かなかった」

 「じゃあ、その聖流派とやらがリーゼに危害を加える危険性があると」

 「流石にそこまでしないと思うけど、狂信者が居て背中を押す者が居たら、テロの可能性は捨てきれないわね。彼女が進学予定だった学校は核恒星系の只中よ。しかもセキュリティーは女王の意向で宮廷ほどじゃない」

 「女王は、立憲君主というより諸文明統合の象徴として振る舞っておられるわ。帝国が女王に求める立場もそうだけど、女王もそれから一歩も踏み出そうとされない。むしろ帝政より民主制にシンパシーを持っておられる。でもそれは、かつてのような政治的発言権も影響力も持たないことなのよ」

 それを快く思わない者たちもいる。たった十二歳の少女の周りが敵ばかり。どんなに気を張っていたか、どんなに心細かったか。練習航海のときに彼女が言った『負けたら終わりですから』の意味が分かった。自分の負けは彼女だけでなく母親である女王も終わってしまうのだ。

 「聖流派はいま、血眼になってリーゼの行方を追っていると思うわ」

 だが女王は動かない。いや動けないのだ。自分が動いたら政治的意味合いを持ってしまう。最悪、帝国を二分する恐れすらある。だからいとこであるクォーツに頼った。帝国の政治力学から外れた『海賊』となった彼女に。そして彼女は宇宙大学を通してリーゼを白鳳に送った。白鳳に何がある? 海賊の加藤茉莉香がいる。でもそれなら弁天丸だ。結局は、グリューエルの時と同じに白鳳に来ることになるだろうが、彼女は弁天丸を介さずに直接白鳳を指定して来た。なら弁天丸になくて白鳳にあるものは――。

 「オデットⅡ世!」

 いきなり大声を出したジェニーに、アテナはびっくりした。

 「どうしたの急に。オデットって、あの時あなたたちが乗ってた太陽帆船よね」

 「あの後、現代に戻った時とんでもないものが出てきたんです」

 「とんでもない物って」

 「私掠船免状。それで帝国船舶籍にも載っちゃって」

 そう言ってモバイルを操作し船籍簿を呼び出す。オデットⅡ世の所属欄には「帝国私掠船」の文字。

 「帝国私掠船て、現役?――て、そうね。船籍にそうあるものね。でもこれを帝国の一般市民が知ったら大変。だって掃討戦争後、居ないことになってるから」

 その呟きにジェニーは気まずさを覚えた。だって――

 「もう知られてると思います。オデットで海賊仕事して、ネットに流れてますから」

 「そんな仕事、誰が依頼したの!」

 「あの、私です。会社のいい宣伝になりますから。お陰で予約が殺到してます」

 呆れた、という顔でジェニーを見詰める先生。

 「道理で、海賊業の経理分析がよく出来てると思ったわ。実地体験だもの」

 そこまで言ってアテナも気付いた。クォーツが白鳳女学院を指定した訳を、そしてマイラ・グラントがあのようなメールを送った訳を。

 現役の帝国海賊船、オデットがあるからだ。

 「帝国じゅうにオデットは知られてる訳ね。当然、帝国政府は知っている。で、当局からなにか言ってきた?」

 「何もありません。帝国政府からも、海明星行政府からも」

 「でしょうね。帝国私掠船は帝国政府でも手が出せないもの。上手く考えたものね、オデットがあるから白鳳を指定した」

 私掠船免状を発行した政府が、与えた相手に手が出せないとはどういう意味かと尋ねると、意外な答えが返って来た。

 「帝国政府でも手が出せない相手はただ一つ。聖王家の権威だけよ。帝国私掠船とあるけれど、正しくは聖王家の私掠船なの。さっき海賊装戦争は聖王家の内紛だったことは説明したわよね。その当時のことを調べていて判ったことは、両陣営とも私掠船免状と黄金髑髏の肩章を発行している。船には免状を、海賊には黄金髑髏をね。どちらの陣営の船でも聖王家お墨付きの海賊船ってわけ。盾突く者は逆賊よ、誰も手が出せない。」

 「でも聖王家は私掠船免状にある細工をしたの。もし逆らって相手の陣営に組することになったら、免状が失効するどころか船が行動不能になるように。まあ保険だわね。それが出来たのは、両陣営ともその直系の者だけだったといわれているわ。で、内紛終結で即発動。海賊にしてみればとんだ裏切り行為よ」

 「オデットⅡ世、一二〇年前は白鳥号だったわね。その私掠船免状は、掃討戦争後に与えられたものなのよ。しかも免許は、聖王家それも発行した直系のものでしか失効出来ない。つまり今の皇室。帝国政府も帝国艦隊も手が出せないわ」

 それでジェニーは、弁天丸が突然行動不能になった理由が分かった。弁天丸は白鳥号と行動を共にしていた。いわば同盟関係だ。その相手が自分に牙を剝いて来た。それに直系の子孫であるリーゼが対抗し、弁天丸はブラックアウト。確かに血の証しは今も生きている。

 「そのオデットⅡ世にリーゼがいる訳ね。なら第七艦隊に匿われたよりも安全だわ」

 只の太陽帆船でしかないオデットⅡ世に、そんな戦力があるとは到底思えないが、聖王家の権威とはそれ程のものなのかとジェニーは嘆息した。

 「マイラは白鳥号が現役なのを見て、『ルビコンを越えろ』と打ったのね。何も恐れるな、打って出ろと。――でも、辺境海賊ギルドと繋がっていると思うと、複雑だわね」

 そう言って思案に耽るアテナだった。

 

 

 



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14話

 帝国の規定航路から外れている辺境の宙域。アクセスする回廊もない、海図の空白地帯。そこに浮遊要塞は浮かんでいた。下部に工場施設が付随した球体の外殻に、二つのドックが口を開ける姿から、付いた名前が髑髏星。

 辺境海賊ギルドの本拠地にして、神出鬼没の放浪者。

 その奥深くで三人の海賊退治している。一人は辺境海賊ギルドの代表、ミューラ・グラント。あとの二人の右肩には、黄金の髑髏が光っていた。

 「帝国の使い走りが、こんな所までご苦労な事だね」

 ミューラが見下した態度で二人に接する。

 「私は海賊さ、自分の考えで自由に行動する。帝国政府なんざ関係ないね」

 「ふうん。それにしちゃ、例の新造戦艦のテストなんか請け負って、骨董品の集まりにこっぴどくしてやられたそうじゃないか」

 その挑発にすぐ顔に出るクォーツ・クリスティア。

 「骨董品にやられたのは、お宅のキミーラ・オブ・スキュラも同様だろ。しかも相手が丸腰の太陽帆船だったそうだね」

 珍しく、むっとした表情が長命種に浮かんだ。

 「加藤茉莉香。」

 「オデット。」

 お互い、それぞれに含む所があるようで呟いた。そして苦い笑みを浮かばせる。そんな二人に、がっしりした体格の仮面の男が溜息を漏らす。

 ――やれやれ、アイツも見込まれたものだな。もっともミューラは『山の神』の方だったが――

 とげとげしい空気のなかで二人が話を進める。

 「荷物は無事に届いたようだね」

 「ああ。でも何で協力する気になったんだい。聖王家には恨みがあるんだろ」

 「――さあ。」

 「帝国への意趣返し?」

 「聖王家に遺恨が無いと言っちゃ嘘になるが、海賊なら、あれ位のトラップは想定すべきだったんだよ。

 聖王家のお墨付きだ、天下御免だと有頂天になって、やりたい放題やって、用済みになりゃ切られる事ぐらい当り前さ。気付かなかったこっちが馬鹿だった。高くついたが、勉強代だったと思えば呑み込めるさ。だが、付いた濡れ衣は晴らさせてもらう」

 「ギルドは、七つ星連邦とも、関係がぎくしゃくしているようだね。いよいよ居場所がなくなって来たのかい」

 「ラキオンがうちの頭越しに七つ星連邦と取引し出したからね。居場所は別な所に作ればいい話だが、仁義は切らせてもらわないと」

 凄みのある眼光でクォーツを見据える。

 企業連合体ラキオンが七つ星連邦に売り込みを図っているのが、自分がテストをした機動戦艦の技術なのだ。帝国でもまだ採用されていない。

 後ろめたさもあってクォーツは目線を逸らす。

 「お前さんも、いいように使われたようだね」

 ただの新造艦テストかと思ったことが、ラキオンの宣伝に使われた。それは通常でもある事なのだが、結果は旧式艦に敗北したことで、帝国艦隊への売り込みは見送りになった。だがラキオンは重力制御の技術を売り込んだのだ。帝国と緊張関係にある七つ星連邦に。

 はじめラキオンは辺境海賊ギルドをパイプに使おうとした。だがミューラはそれを断った。ファウンテンブロウの一件以来、七つ星連邦ともラキオンとも、ぎくしゃくしていた関係がより冷え込んだ。

 「それはそうと、マイラさんがメトセラのコネクションでメールを打ったそうね。どうしてマイラさんが絡んでいるのかしら。随分ぶっ飛んだメールよね。いきなり『反逆を起こせ』だもの」

 「お姉様も加藤茉莉香と面識があるの。今回のことを知って、あの娘の所なら大丈夫だと太鼓判を押していたわ。なんだか楽しそうな顔をしてね。何でも『愛の巣号』で営業を手伝ってもらったことがあるみたい。でも、メールの真意は不明」

 悪名高い売春船で営業と聞いて、仮面の男は心穏やかでなかった。

 「大丈夫よ。パーティーを手伝ってもらっただけだから」

 「父親も大変ね。もっとも私はそんな愛情、かけてもらった記憶ないわ」

 動揺を見透かされた突っ込みに、思わず咳き込む。

 ――裏社会シンジケートの顔役までとは、どんだけアブナイ繋がり作ってんだ? それも無自覚で――

 それにしても、『加藤茉莉香に対する不可侵協定』は追いつけそうにない。

 「で、私ら二人は帝国に何らしらの蟠りがあるんだけど」

 「貴方はどんな思惑がお有り?」

 二人からの問いに、仮面の男は暫らく沈黙した。

 

 「宇宙の果て。果てしない先を見据える人間は、一人では足りない。より多き人々が目指すからこそ、宇宙の果てに何時かまみえん。」

 

 遠くを見る眼差しでひとりごちる。

 「何よ、それ」

 素っ頓狂な言葉に意味不明という二人。その二人に目を落として仮面の男は続けた。

 「海賊よ。お前は何を見詰める?」

 

 

 ジェニーは、アテナから聞いた話を茉莉香に伝えるべきか迷った末、思いとどまった。宇宙大学は象牙の塔ではないというアテナの言葉と、アカシアでも盗聴を心配する現実に、超高速回線を使う事は、相手にどうぞ聞いて下さいと言っているのも同じだ。オデットⅡ世が帝国私掠船なことは広く知られてしまっている。

 情報部は、オデットⅡ世を所有するヨット部の顧問で海賊営業のクライアントでもある、いわば実質的なオーナーであるジェニー・ドリトルの動向に注目している。聖流派はリーゼの探索に情報部の動きも追っているだろう。そんなところに迂闊なことをしたら、リーゼの居場所を知らせることになる。

 それに、弁天丸のクルーならば、そんな情報ぐらい自前で探知するだろう。

 

 加藤茉莉香は、ジェニーが得たのと同じ内容を、弁天丸のブリッジで聞いた。

 「表立っては帝国政府内に何か起きてる様子はないんだが、監察局が動いているのが気になる」

 「監察局って?」

 百目は監察局が聖王家直属の秘密機関であることを説明した。

 「諜報や謀略を専門とする、王家の目、王家の耳というやつさ。場合によっては手にもなる。こいつが動くのは、帝国に影響が大きい有力星系の反乱か、政府が手を出せない王族関係の場合ぐらいなもんだ。」

 「銀河帝国に反乱の動きがある様子はない。まあ七つ星連邦があるが、ありゃ帝国領外だ。だとすれば、聖王家に内紛が起きている。お家騒動だな。問題なのは、いまの監察局を牛耳っているのが女王じゃなくて侯帝だということ。船長とこの家出娘を追ってるんじゃないか」

 「ミーサ話しちゃったの!」

 椅子から身を乗り出してミーサを降り向く。

 「話してないわよ。船長から帝国の内情について調べろって言われれば、みんな大概の察しはつくわ」

 「あちゃー」

 クルー達の今更感な様子に、茉莉香は椅子にもたれて首を竦めた。

 「じゃあ隠し立て終了。他に分かったことは。もう調べてるんでしょ?」

 茉莉香はあらためてミーサに聞いた。

 「海賊掃討戦争時に、聖王家は私掠船免状と黄金髑髏の肩章を発行してる。で聖王家は海賊に濡れ衣を着せた。辺境海賊ギルドはその時の残党。これ、バルバルーサのノーラさんからの情報」

 「はいはい」

 「その辺境海賊ギルドは七つ星連邦と微妙な関係にある。七つ星連邦とラキオンの仲介を断ったためだ。で両者が直接取引を始めたが、何の取引かというと、重力制御推進だ」

 「グランドクロスの!?」

 シュニッツアからの報告に茉莉香は跳び起きる。

 「だってあれ、帝国でも極秘の研究なんでしょ」

 「重力制御推進を開発中の企業が三社。そのどれもがラキオンと繋がりを持ってる。ダミーやらで誤魔化してラキオンから七つ星連邦に送ってるけど、ばらばらな注文品を集めてみると、アラ不思議。重力制御推進システムの出来上がり―。帝国政府向けにはガッチガチにセキュリティー掛けてるけど、あちら行きは甘々ね。バレても大丈夫って感じ」

 メインスクリーンに出された情報チャートを示しながら、クーリエが説明する。

 「なんで情報部が動いてないの? 監察局が動いてるから?」

 「監察局は全然動いていない。帝国情報部は、動かないじゃなくて、動けないんじゃないかな。ナッシュにそれとなくカマかけてみたけど、アイツ思いっ切り白々しく惚けていた。グリューエルでなくても判るぐらいにね」

 ナッシュとは、ナット・ナッシュフォールのことだ。彼は帝国艦隊統合参謀司令部付きのエージェントで、クーリエの幼馴染のクローンである。

 「帝国艦隊も政府も手が出せない、雲の上の方々のクーデターってわけか。しかも敵である筈の七つ星連邦が絡んでいやがる。いったい何考えてんだ。外患誘致罪どころか下手をしたら内戦だぞ!」

 ケインが吐き捨てるように言った。

 「お孫さんの事で目が見えなくなってるようね」

 「内戦って、俺達に関係ないところでの権力争いで終わらないのかよ」

 転換炉の調整コンソールから三代目の声が掛かった。

 「聖流派の勢力がいるように、女王派の有力星系もいる。皇室と誼の深いセレニティー連合王国がその代表だ。権力争いが表面化すれば、侯帝派と女王派の争いになる。星系自治を掛けた争いにな。帝国外勢力が表に出て来れば尚更だ」

 シュニッツアの言葉に冗談じゃないと三代目が叫んだ。

 それをグリューエルは解っていたんだ、と茉莉香は思った。

 リーゼが侯帝派の手に落ちれば、皇室は傀儡、皇統は侯帝の流れになる。しかしリーゼをたう星が匿ったとなれば、確実にたう星系は戦乱に巻き込まれる。だからリーゼのことを隠そうとした。だけどグリューエル。匿っているのはたう星じゃなく海賊よ。

 「でも、どうして辺境海賊ギルドは、七つ星連邦の仲介を断ったのかしら」

 ふとした疑問を茉莉香は口にした。

 「だって大儲けできるじゃない。相手がそんな大口ならマージンだって吹っかけ放題だわ。それに辺境海賊ギルドは、帝国に恨みがあるんでしょ。帝国がどうなったって知らないはずよ。なぜ、帝国を助けるようなことをしたのかしら」

 「さあ、長命種の考えてることは判らないわ。私たちの二十倍も生きてる人たちだもの」

 「それとメールよ。まさか私掠船免状を押し立てて、核恒星系に殴り込みを掛けろって言ってるわけ?」

 「案外そうかもね。オデットなら一二〇年前にもやったじゃない」

 ミーサの返事に、そんな無茶なと茉莉香は思った。あれは一二〇年の電子技術差があったから出来た事なのだ。

 「それはそうと、これからどうするの船長」

 「銀河帝国はお家騒動中、それに企業連合体や七つ星連邦が絡んでいる、辺境海賊ギルドは何考えてるか判らない。ミューラやマイラさんの考えは後で聞きに行くとして」

 おいおい、聞きに行くのかよとクルー達。

 「まずは、リーゼちゃんの思い。彼女が何を望んでいるのか聞かなくっちゃね。」

 

 

 

 



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15話

 中間考査が終わった日の午後、茉莉香は「一緒に夕食しない?」と、リーゼとグリューエル、ヒルデの三人を食事に誘った。

 新奥浜空港の地下、開発惑星だった頃の面影が残る古い区画。もう使われていない同じような事務所の並びと無秩序に通路が入り混じり、勝手を知らないとまず迷う。関係者以外は立ち入らない場所だから案内表示もない。グリューエルは以前に来たことがあるが、リーゼとヒルデは初めて訪れる場所だ。

 そんな一角の、うっかりすると見逃してしまうような店の間のドアを開け、階段を下りる。

 「こんなところにレストランがあるとは思えませんが」

 先を行く茉莉香とグリューエルに従って、ヒルデとリーゼは恐る恐る足を踏み入れる。

 暗い階段を下りて再びドアを開けると、中華屋の厨房。

 「いらっしゃい。」

 隻眼の親父が肉を捌きながら、不愛想に出迎えた。

 「オヤジさん、よろしく。グリューエルは知ってるわよね」

 「お久し振りです」

 じろりと隻眼が四人をねめる。ヒルデとリーゼは思わず二人の影に隠れる。

 「ああ。もう来てるぜ」

 そう言って顎で座敷に誘う。

 襖を開けると座敷に三人が座っていた。

 「ヨートフ」

 あっという表情のグリューエルとヒルデ。

 「ご健勝なご様子、何よりでございます」

 老人が二人の姫に頭を下げる。相変わらずタキシードを身に着けている固い姿で。

 「チアキちゃん!」

 「そこはアタシじゃないでしょ! 呼ばれたのはこっち。考査期間があなたたちより一日早く終わったから、一緒に来たの!」

 抱きつこうとした茉莉香を引っぺがすチアキ。そんな様子をよそに物静かな女性が会釈する。バルバルーサの副長、ノーラだ。

 全員が席に着き、料理が出されたところで、隻眼のコックも一緒にテーブルを囲んだ。

 「リーゼちゃん。この方々が、あなたの亡命に関わってるメトセラの皆さんよ。宇宙大学のアテナさんや、本当は、辺境海賊ギルドのミューラやマイラさんも呼びたいんだけれど」

 「呼べるの!」

 驚くチアキに、無理無理と首を振る茉莉香。

 「アテナさんやミューラやマイラさんは立場もあるし、帝国に目立っちゃうから。ヨートフさんに来て頂くのも冷や冷やだったんだけれど、二人の姫の留学先だってことで」

 「呼ぶつもりだったんだ」

 普段はクールなノーラが、くっくと笑いを噛み殺している。

 気を取り直して、茉莉香は三人の長命種をリーゼに紹介した。

 「こちらは、セレニティー連合王国の枢密院侍従長、ヨートフさん。宇宙大学からたう星への亡命を手配して下さった方よ」

 「リーゼです」

 グリューエルの時のように、裾を摘まんでのお姫様スタイルの応対はしなかった。ごく普通にお辞儀をする。一方ヨートフは、目を閉じて恭しくリーゼに接した。

 「お初にお目にかかります。ヨートフ・シフ・シドーです。失礼でなければ皇女殿下とお見受けいたしますが、御無礼がございましたら平に御容赦のほどを。」

 「ここではリーゼ・アクアと名乗っております。その、真名は、セレニティーのお立場も御座いましょうから名乗らないでおきましょう」

 姿勢を正し深々と首を垂れる老人。

 「ここでは盗聴の心配はいらねえ。惑星軌道上から高出力のレーダー波当てても聞こえない。そうでなくちゃ海賊の談合は出来ないものな」

 「え、そうなの?」

 さんざん弁天丸の打ち合わせをやっていて、はじめて聞く話という茉莉香に、チアキがこつんと肘で突く。

 「えっと、このオヤジさんは新奥浜空港の元締めで、もと第七艦隊突撃遊撃艦隊の提督をやってた人。白鳳女学院への入学手続きをして下さいました」

 「銀九龍と申します。やんごとなきお方に老兵が御目文字叶うとは、光栄の至りで御座います」

 いつもの、茉莉香や梨々香に対するため口とは違う、オヤジさん。

 「統合戦争時の帝国艦隊と、植民星連合艦隊司令部との盟約は、いまも生きていたのですね」

 そんな銀九龍にリーゼが感慨深げに言った。

 植民星連合艦隊司令部って、そうかウチの学校…。

 だからリーゼは盟約があって海明星行政府を通さずに入学できたんだ。それに弁天丸が銀河帝国から指名手配受けた時も、星系軍からの身柄確保の要請を無視することが出来た。

 って、いうということは、未だにウチの学校は植民星連合の司令部扱い!?

 目をぱちくりする茉莉香とチアキに、さあどうかな、という顔の銀九龍。

 こほんと咳払いをして、三人目の紹介に入る。

 「こちらの御婦人はノーラさん。チアキちゃんとこのバルバルーサの副長をやってます。統合戦争を直に見てきた人で、今回のメールを受け取ったひとり」

 「気を張り過ぎね。あなた位の女の子は、もっとふっくらしていた方がいいわ」

 「――はい」

 そのやりとりに、グリューエルがぷっと吹いた。自分がミーサに言われたことの既視感を覚えたのだ。

 それにしても、改めて見回すと奇妙な面子だった。

 有力星系の要人に、帝国艦隊に今も繋がりを持つ退役軍人、それに古参の海賊。今日は居ないが、これに宇宙大学の教授と帝国のお尋ね者が加わる。立場もばらばらで、本来ならば決して混ざり合う事のない人々が、リーゼの亡命に関わっている。メトセラとガーネットAという繋がりで。

 「私のことは、ほかの海賊の方々までも巻き込んでしまっているのですね」

 俯いて、苦し気に言った。

 「この界隈の海賊で長命種は私くらいなものだけれど、一二〇年前のいきさつで考えると、植民星連合の海賊ぜんぶが関わっているわ」

 「バルバルーサだけじゃなく、海賊ぜんぶってどういうことですか」

 茉莉香がノーラに聞いた。

 「迦陵頻伽やビラコーチャ、デスシャドウも。茉莉香船長も見たじゃない。白鳥号と一緒に髑髏星へ殴り込みかけたでしょう、白鳥号は海賊艦隊の旗艦だったのよ。いまオデットとなっている白鳥号が、植民星連合の海賊たちと絶縁しない限り連合は続いているわ」

 そうだった。シラトリ・スズカが帝国の私掠船免状を貰って、オデットを追い掛けて来た。第七艦隊からの依頼で植民星連合の海賊たちを引き連れて。その後シラトリ・スズカは船を降り、白鳥号は免状を持ったまま有耶無耶。海賊連合も有耶無耶。

 「じゃあ、今回のことで、バルバルーサはオデットと縁切りした方がいいんじゃ…」

 絶縁なんて嫌だが、迷惑かけるよりはと心細そうに言う。

 「娘が乗っている船に絶縁は出来ないでしょう。ケンジョーはチアキさんの船長姿が見たくてたまらないんだから」

 チアキが目を剝いて真っ赤になる。

 「それに、他の海賊もオデットとの絶縁なんて、絶対望まないわ。だって海賊出来なくなるから」

 「それって、どういう…」

 「シラトリ・スズカが、宗主星艦隊との最終決戦を前にして、雇い主だった植民星連合と絶縁してるの。海賊一同が独立を宣言して宣戦布告までやっているわ」

 うんうんと頷く茉莉香とチアキ。リアルタイムで様子を見ていた。そこであることに気付く。――ちょっと待って、それって銀河帝国の併合前よね。政府と絶縁したのに、私たちの免状は更新され続けてる。

 「植民星連合が降伏したのは海賊だ。順番から言えば、海賊に併合された植民星連合を銀河帝国が受け取り、その後に宗主星側も併合したことになる。公式文書には載っていないが、その証拠が降伏文書だ。降伏した側が相手の資格をはく奪するなんてできないだろ」

 銀九龍がノーラに続けた。

 「でも、弁天丸もバルバルーサも、私掠船免状の発行者は、もと植民星連合だった星系政府です」

 「それは銀河帝国も秘密にしておきたい事情ってやつさ。だから免状の更新は船が無くならない限り続けられている。免状は船長の直系が相続することになっているが、あくまで船に与えられている。そこは帝国の私掠船免状と一緒だな。更新期限が設定してあるのは、出来れば海賊がいないことにしたい帝国の意向だ。星系政府は業務の代行をしている訳だ。表向きは星系ごとの自治権だがね」

 「いまの海賊がオデットと縁が切れたら、私掠船免状を更新し続ける意味がなくなるわ。帝国政府は、星系政府を通じてすぐ非合法とするでしょうね。船長さんもその事は知らない。自分たちの私掠船免状を担保しているのが白鳥号だってことを知っているのは、当時を知っている者ぐらいでしょうから」

 「親父もですか」

 とチアキがノーラに聞いた。

 「キャプテン・クリハラは知っているわ。ミューラがオデットⅡ世を狙ってきた時に話したもの。ミューラは単結晶の衝角を欲しがっているけれど、そのためにオデットを破壊することまではしない理由をね」

 そういえば、ミューラはあの時オデットを撃たなかった。単純に衝角を手に入れたいなら、オデットを破壊すれば事足りたはず。船は乗員もろとも宇宙の藻屑になるが、単結晶は壊れない。むしろその方が回収しやすい。

 「ミューラも白鳥号と協定を結んでいる。どちらかが反故にするか船が消滅しない限り協定は生きている。辺境海賊ギルドは帝国にとって敵だけれど、正面切って討伐したことある? やってる事といえば、せいぜい帝国内での犯罪行為の取り締まりぐらいよ。それは、辺境海賊ギルドも白鳥号と同盟関係にあるからよ。だから殲滅作戦は受けない。その事をミューラは知っている」

 「それにしては、あけすけな敵対行動だったわ。協定を反故にされても文句が言えないくらいの」

 茉莉香があの時の事を思い出して脹れた。ジャッキー、七つ星連邦、ミューラと散々だった。

 「あのときのオデットは、私掠船免状を表に出していなかったでしょ。あくまで白鳳女学院の練習帆船。きっとオデットは知らないんだと高を括ってたんだと思うわ。あのあとオデット側も絶縁状を送ってないし」

 確かに自分たちは知らなかった。て、知ってまだ半年も経ってないし。代わりに、ギルドから参加招待状が届けられた。

 「まだ同盟関係は続けましょうね。の意思表示ね、ミューラなりの」

 くっくっくと銀九龍が笑いを堪えている。

 「そこへ、このメールですか」

 「この、ルビコンを越えろ、ってどういう意味でしょう」

 茉莉香がラザルス・カードに送られたメッセージを見ながら尋ねた。

 「きっと、そのままの意味だと思うわ。帝国に対して行動を起こせと。まだ一二〇年前に関わった者たちだけの範囲だけれど、クーデター派がリーゼの所在を突き止めたら、辺境海賊ギルドはオデットにも檄を飛ばす。そしてオデットが動いたら、辺境海賊ギルドも自分たちの思いで動く。それがどういう思惑なのかはわからないけど」

 「ギルドの思惑って、何なのかな」

 「相手は、犯罪者の集まりよ。しかも帝国に含むところを持ってる。危険だわ」

 チアキが厳しい目つきで言った。

 「でも、マイラさんはそんな感じじゃなかったなあ」

 「だから、アンタは甘いのよ」

 茉莉香の意見も一言で切り捨てたが、ノーラは違う印象を持っていたようだった。

 「確かに何考えてるか判らない集団だけど、辺境海賊ギルドはただ帝国憎しで固まっている連中じゃないわ。普通に海賊を続けたいっていう者も多いのよ。実際、帝国とは正面切って争いを起こしていないし、暗躍はしているけれど、それも商売の範囲内。彼らは海賊でいたいだけなのかも知れないわ」

 「海賊でいたい、かあ」

 そこで再びメールに目を落とす。いろいろ考えは浮かぶが纏まらない。

 茉莉香は考えることを止めて、リーゼに向き合った。

 「では、改めてリーゼちゃんに聞きます。あなたの望みはなんですか」

 リーゼは茉莉香に質問されて、一瞬戸惑った。

 「私の望みですか…」

 暫らく沈黙して、言葉を選ぶように繰り出した。

 「望みは、帝国が二つに割れて争うようなことがないことです。帝国が割れるようなことになったら、多くの星々が不幸になります。恐らく血も流れます。女王は分裂を避けるために、むしろ女王派を退けています。女王はそれで回避できるのであれば躊躇いなく退位を選ぶでしょう。でも、それでも問題は解決しない。私を亡命させたのもそのひとつ――。いえ、嘘です。女王はいま宮廷内で孤立無援な状態です。幽閉といってもいいでしょう。私は、母様を助けたい!」

 最後の、母親を助けたいという言葉は嗚咽に近かった。

 グリューエルとヒルデは、そんなリーゼにそっと寄り添った。二人の表情は複雑だった。彼女たちには、王女の立場として国を想う気持ちが痛いほど解った。かつて、それで姉妹で争う羽目までした二人だったから。だが、それ以上に母親を思う強い気持ちに戸惑った。遺伝子だけでない。本当の血の繋がりとはこうも強いものなのかと。

 「わかりました。海賊は、困っている女の子の味方です。リーゼの望み、確かに受け取りました」

 どんと胸を叩いた茉莉香に、チアキが安請け合いするなと小突く。でも、その請け合いにぱっと表情を明るくするグリューエルとヒルデ、そしてリーゼだった。

 「まあ、ヨット部のみんなには、事情を説明しないといけないけどね」

 「やっぱ、話すんかい!」

 くあっと、牙を剝くチアキだった。

 

 

 



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16話

 リーゼが聖王家の皇女だという事を打ち明ける事にした茉莉香。

 姫三人も了承した。

 チアキは彼女の素性が広まることを危惧した。わざわざ相手に知らせてやるようなものだと。

 「どうせリーゼを探している連中には、遅かれ早かれここは知られちゃうと思う。そうなれば、当然ちょっかいを出して来るだろうし、その時になって打ち明けるよりも断然いい。事前に何が出来る訳でもないけれど、みんなが事情を知ってた方が、訳もわからずアタフタしてしまわなくて済むもの」

 「なにより、これから何が起こるか判らないけれど、何も知らないままに、みんなを巻き込んでしまう訳にはいかないわ。それに、公然と知られていれば、相手の動きをそれだけ牽制できる」

 「そりゃ、そうだけど――」

 秘密は知っている人数の少ない方が保持しやすい。しかし周りが知らないまま相手に知られると、向こうはどんな手も使い放題になる。目が無いぶん拉致誘拐だってずっとやりやすいのだ。それは解るチアキだった。けれどそれには、どうしても周囲全部に秘密を明かすことが必要。

 「学校はどう説得するのよ。政府も知らない皇女の存在を、そのままにしておくと思う?」

 常識で考えれば、学校は星系政府に下駄を預け、星系政府は帝国政府にお伺いを立てて、自分に火の粉が降り掛かってこないうちに皇女には恙無く聖王家に帰って頂く、という所だろう。だが、皇女は侯帝派の手に落ちる。

 「その点は心配ないかな。ブラックばばあ…いや校長は、とっくにリーゼの素性を知ってると思う。彼女が入学してきた時からね。宇宙大学から中華屋のオヤジさんを通して、知ってて彼女を受け入れてる。星系政府に連絡してるかどうかまでは判らないけれど、恐らく素性が公けになっても、星系政府は何も言ってこないと踏んでいるんじゃないかな」

 「その根拠は何よ」

 「う―ん、何となく。オヤジさんの話を聞いててそう思った」

 いつもの何の証拠もない茉莉香の直感だったが、その感が侮れないことをチアキは知っている。

 「で、みんなにはいつ説明するの」

 「あしたの部活でみんなに話すわ。その上で、みんなにこのまま付き合ってくれるかどうか聞こうと思う」

 「聞くまでもないと思うけど。みんなのあのノリじゃあね」

 「それと、今度のお仕事には一寸したオプションを付けようと思うの。これからクライアントのジェニー先輩にお願いするんだけれど」

 「オプションて…また艦隊戦? 茉莉香、まさかクーデター派をご招待してドンパチなんて考えてないでしょうね」

 「あ、それ面白いかも♡」

 「茉莉香!」

 真剣になって怒るチアキ。

 「今回のオプションは、お召艦での海賊。そして、海賊の宣伝」

 「公然と、皇女はここに居るぞって、宣言しちゃうわけね。でも、言うまでもない事だけど、これから始めることは、みんなを巻き込むって事だから、潮時も考えておいて」

 真顔になってチアキは忠告した。

 「わかってる。ありがと」

 

 茉莉香は電話で、リーゼの気持ちとヨット部のみんなに打ち明けたことを、ジェニーに報告した。勿論、女王や皇女という単語を避けて。

 「まあ、話しちゃったの。で、みんなの反応はって、聞くまでもないわね」

 電話口でジェニーが呆れた口振りで言う。

 「チアキちゃんも同じこと言いました。先輩のご想像の通りです」

 「事の違いは大きいけれど、私の時もそうだったものね」

 一寸、間を置いて茉莉香が付け加えた。

 「学校も、変化なしです。星系政府からも何も」

 「そう。はじめての海賊営業が電波ジャックで公開されても、そのあと何も言ってこなかった学校ですものね」

 弁天丸の免状更新がピンチのとき、ヨット部のみんなが助けてくれて、初めての海賊営業のままヒュー&ドリトルの会社艦隊と一戦交えることになったジェニーの脱走劇。

 部活の申請内容とまるで違った事をやっていたにもかかわらず、しかも出航時にクラッキングの疑いもあったのに、詰問も注意も受けなかったヨット部。その後も女子高の部活とはとても言えない事をやって来たが、いままで何のお咎めもない。オデットⅡ世で生徒たちが堂々と白鳳海賊団をやっても、行政府から指導が来ている様子もない。

 「それで、噂が広まるのは時間の問題だと思いますので、今度の営業にオプションを加えたいと思ってるんです」

 「オプション?」

 「そうです。詳しくは、先輩が学校に戻ってからお話ししようと思ってます」

 「そうね、私からも色々話したいこともあるから。明日には戻るわ」

 「待ってます!」

 

 

 侯帝派が躍起になって皇女の行方を追っているなか、主星系連合の第一星系、惑星セナートに女王宛ての親書が届けられた。送り主はセレニティー連合王国の当主、シムシエル大公。

 親書は大使館を通じての電文ではなく、セレニティーから枢密院侍従長が直接持参し、宮中に参内して女王陛下に謁見した。

 セレニティーと帝国とは、これといった外交案件もない中で、突然もたらされた親書。内々でクーデターが進行中の宮中では、心中穏やかでない。先日には辺境海賊ギルドに繋がる要注意人物からメトセラを通じてメールが流されたとの情報も聞く。

 親書を持参したセレニティーの使者もメトセラだ。出来れば親書の内容を前もって知りたいところだが、直接女王に宛てられた正式な外交文書である以上、そんなことは出来ない。事前にスキャンしただけでも大変な外交問題に発展する。またセレニティーの機密保持から、スキャンが行えても恐らく中身を知ることは出来ないだろう。

 謁見の間で、周りの侯帝派の人々が固唾を飲んで見守る中、セレニティーの枢密院侍従長は、女王の前に進み出た。

 枢密院侍従長は女王の目の前で、誰も開ける事が出来ない文書箱のロックを外し、恭しくシムシエル大公の手紙を女王に献上した。

 『この度、女王陛下には、皇女リーゼ・アクシア様の白鳳女学院ご留学をお選びいただき、私の孫娘たちが皇女とご学友の栄を賜りましたことは、大変喜びとするところであります。 これまでと変わらぬ深い誼を、次の代も続きますことを願って止みません。

 女王陛下は、御心安んじ、幾久しくご健勝でありますよう』

 ごく普通の挨拶状だったが、文面を見た女王は、深く安堵の息をついた。

 「皇女様はヨット部に入られ、友人たちに囲まれて日々活発にお過ごしだとのことで御座います。オデットⅡ世という船で練習航海にも出掛けたとか」

 ヨートフは言葉少なく、しかし周囲にも聞こえるように皇女の近況を伝えた。

 「セレニティー連合王国の御厚意ありがとう御座います。大公には良しなにお伝えください」

 そう返した女王の目には、うっすらと光るものがあった。

 その日、帝国宮内省は、リーゼ・アクシア・ディグニティ皇女の白鳳女学院中等部留学を正式に発表した。

 中央の学校よりも地方の学校に通わせることによって、皇女が辺境の星系の文化と人々に触れあう事が目的だとされた。それは、オデットⅡ世が練習航海(という名の海賊営業)に出発する三日前のことだった。

 

 侯帝派は皇女の居場所が突然発表された事に驚いた。監察局まで使って調べていたにもかかわらず、宇宙大学からオリオンの腕の何処かに向かったらしいという所までしか摑んでいなかったからだ。その点、皇女の亡命に加担した者たちは、見事に目的を果たしていた。だがいずれは、居場所は割れると踏んでいた。

 女王にしてみれば何としても秘匿しておきたかった皇女の所在を、なんと自分から明らかにした。その行動の意図を計りかね、訝る侯帝派だったが、折角教えてくれた情報を存分に活用させてもらおうと、早速行動を起こした。

 皇女へのテロである。

 オリオン腕にあるくじら座宮たう星系、海明星に監察局のエージェントを送った。これが星系政府を相手にするなら仕事は容易い。反逆者でもテロリストでも、錦の御旗である監察局の鑑札を振りかざすだけで事は済む。だが立場は自分たちの方がテロリスト、皇女を狙っているのに身分を明かすわけにはいかない。これでは幾らすぐれた工作員であってもはぐれ狼と同じだった。

 海明星では、セレニティーの精鋭部隊が警護に当たっていることは想定していたが、その他にも秘密警察、マフィア、星系軍の特殊部隊、旧植民星連合の海賊たちが、十重二十重と彼女の周りを取り囲んでいた。正確には、加藤茉莉香とその周囲だが。

 結果は、いつぞやのビスク・カンパニーの下っ端同様、ボコボコにされ、ほうほうの体で逃げ帰るのがやっとだった。よそ者である彼らの面子はすぐにばれてしまい、彼女に近付くことさえ出来なかった。加藤茉莉香を巡る不可侵協定は、しっかり機能していたのである。

 監察局にしてみれば、帝国領内で初めてのミッション失敗だった。

 

 

 

 



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17話

 「駄目です。絶対ダメ!」

 チアキがかぶりを振ってモーレツに反対した。

 「あらどうして? 今回のオデットは海賊船だってだけじゃなく、皇女のお召艦でもあるのよ。護衛ぐらい居なくちゃおかしいじゃない」

 「だからって、弁天丸はいいとして、どうしてバルバルーサなんです? 迦陵頻伽やビラコーチャでもいいでしょう。ビラコーチャなら船長も女性ですし」

 「あら女海賊で揃えるのもいい案ね。でも前に頼まれちゃったのよ。今度海賊する時は是非うちにと、キャプテン・クリハラから。あの強面で迫られると断りづらくって」

 仕方ないといった顔で説明するジェニーだが、しっかり船長名をクリハラ姓で呼んでいる。

 ギリギリと歯ぎしりしながら口撃の対象が茉莉香に飛んだ。

 「茉莉香! アンタがお召艦で行こうなんて言い出すから、こんな事になっちゃったじゃない!」

 「ええええええ、私のせい!? ってそうか」

 チアキの剣幕に仰け反ってから、ペロと舌を出す茉莉香。お召艦の護衛が弁天丸だけでは格好がつかないと、もう一隻をと思い付いたのがバルバルーサ。まあよく知っている同業者だったからだが、ジェニーにその名前を出したのは茉莉香だ。保険会社のショウを通じて、既に契約は成っている。

 「もう諦めなよチアキちゃん。すっかり外堀は埋められてるよ」

 と、チアキの肩に手を置いて慰めるウルスラ。頭の飛び出た毛がぴょこんと跳ねる。

 「そうだよ。娘の成長は、父親なら誰だって見たいもんだよ。チアキちゃん」

 うんうんと腕を組んで訳知り顔で頷いている玉葱頭のハラマキ。

 「女には、思い切りが必要なときもあるもんさ」

 「親孝行はなさった方が良いと思います」

 「このまま聖王家艦隊の顔になっちゃえば」

 外野がそれぞれ勝手なことを言っている。

 今回も、オデットⅡ世の船長はチアキだ。

 「帝国政府が正式に発表してくれたから仕事もやり易いわ。いちいち『皇女様はここに居るぞ』って宣伝しなくて済むし」

 「やり易いんですか?」

 と尋ねるヒルデ。

 「そりゃ自前で言うより信用度が段違いよ。なにしろ帝国政府の証明付きですもの。ウチの旅行会社にツアーを申し込めば、もしかしたら深窓のお姫様と御目文字が叶うかもしれないなんて超レアものよ。宣伝なんて手間かける必要もないわ。リーゼさんて社交界デビューもまだなんでしょ、元老院の貴族だって見たことがない幻の存在なのよ」

 やっぱ、お金?と思わない事もない茉莉香だった。

 「じゃあ今度の海賊が、リーゼさんの社交界デビューという事になりますね」

 自分の社交界デビューの時をヒルデは思い出していた。青い妹の離宮で、姉のエスコートを受けながらサロンの中央に進み出て、周りには色んな思惑を持った人々が私たちを取り囲んでいた。掛けられる鋭い視線に針の筵のようだった事を覚えている。あの時にもう王国派と独立派の争いが始まっていた。

 「格式も華やかさもない海賊でのデビューは、やっぱりお嫌ですか」

 「とんでもありません。むしろ国民の皆さんに楽しんでもらえる、心から喜んでもらえる社交界デビューなんて幸せです!」

 身分を隠している事に、どうしても引け目を感じていたリーゼは、今回その枷がとれて明るい顔で喜んでいた。

 「でも、どうして急に帝国はリーゼの留学を発表したのでしょう」

 サーシャが顎に指を立てて疑問を口にした。

 「セレニティーから親書が届いたそうよ。皇女とセレニティーの姫様たちがお近付きになれたことに感謝するって。それで皇女が居ないことが他所にもバレてるって解って、慌てて公表したみたい」

 そう言いながら、貴女のせいねとグリューエルに目配せするが、グリューエルは余所行きの笑顔で応えるばかり。

 「お客さんには色んな人達がいるんでしょう? リーゼをいじめてる伯父さんの手下が中に混じって来るかも」

 元気印のキャサリンが真顔で指摘し、大人しいファムが怖がる。

 「皇女様との対面があるかも知れないので、うちの会社の船は今後セキュリティーを一層厳重にします。お客の皆様はそれでも当社のツアーに喜んで参加下さるでしょう。でも皆さんも、もしもに備えて防弾シールドの着用をお願いします」

 ブラスターなど高出力のビーム束は無理だが、フェイザーや銃弾などは防いでくれるローションタイプの防護膜だ。肌に直接塗り込むもので、三〇分位なら裸で宇宙遊泳が出来るほどの優れ物だが、多少べたつくため評判は悪い。しかしエネルギー兵器や爆発物は計器で検知できるが、暗殺に用いるような携帯型の小火器は巧妙に隠されると見落とす危険があるため使用を求めたのだった。

 一同頷く。

 「では今度の日曜は海賊です。皆さんヨロシクね♡」

 そんな部員たちにウインクするジェニー・ドリトルだった。

 

 

 「全滅だと!?」

 周囲を睥睨する眼光に睨まれて、報告した監察局の長官は身を縮めた。

 「送り込んだエージェントが、目標に近付くことも出来ずに全滅しただと? いつから監察局はそんなに質が低下したのかね」

 「恐れながら、エージェントは影として動くものでございます。対象から伸びる影に紛れ、調査し工作します。今回の対象は、その、影がございません。当地の行政府に揺さぶりをかけようにも、事が事であるため使えません」

 「聞けば、片田舎の女子校だというではないか。人に紛れて近付くことなど造作もないはず。それとも、セナートの王宮より警備が厚いとでもいうのかね」

 語気を強める主人に、男はやっとの思いで返答した。それが言い訳にもなっていないことを重々承知しながら。

 「その田舎というのが問題なのです。皆顔見知りというか、余所者はすぐ面子が割れてしまい…、旅行者を装っても動きが封じられてしまいます。それに、女子校の周りは有象無象の集団が取り囲んでおりまして、あの、すぐ見破られてしまいました」

 「監察局であることは、ばれていないんだろうな!」

 「はい。」

 それは確信をもって答えることが出来た。

 「地元警察に、女子校に忍び込もうとした変質者という事で捕まりました」

 軽蔑する目で、返答した男をねめつける。

 「有象無象の集団と言ったな」

 「はい。地元警察の公安から星系軍の特殊部隊、マフィアの実働体、海賊、そしてセレニティーの近衛小隊……」

 最後の方はほとんどゴニョゴニョだった。

 「セレニティーは解る。なんでも姫が二人留学しているそうだからな。だが何だ、その雑多な集団は。立場も利害関係もばらばらじゃあないか」

 「なんでも、海賊を巡る秘密協定があるようでして…」

 「海賊。」

 気になるワードだった。いまでは遺物となった存在。たがその遺物は、かつて海賊掃討戦争という名の聖王家の内紛に使われたもの。

 「その女子校には、海賊がいるのかね」

 「二名ほどおります。その女子校には練習帆船がありまして、オデットⅡ世という太陽帆船で、かつては海賊船『白鳥号』を名乗っていたようです」

 帝国発行の私掠船免状が出て来たことは報告を受けて知っている。その船も、オデットⅡ世とかいう骨董品の太陽帆船だという事も。だがオデットⅡ世が白鳥号!?!

 「何故それを早く言わん!!」

 突然の 責に男は狼狽した。なにを怒っているのか咄嗟には解らなかったのだ。主人は監察局の失態に御立腹だった。それがいきなりの太陽帆船(骨董品)。とりあえず調べて来たオデットⅡ世の情報を主人に話した。

 「オデットⅡ世は昨年までバウ・スプリットに単結晶を装着していたようですが、現在は有りません。辺境海賊ギルドとの諍いで対消滅したようです。それが縁で、オデットⅡ世を所有する白鳳女学院に在籍する加藤茉莉香という女子高生海賊は、帝国艦隊の依頼で辺境海賊ギルドの本拠地『髑髏星』に情報部員を案内したそうです。ちなみにセレニティーの第七皇女も同行しました。近々では、辺境空域に発生した時空歪の調査にオデットⅡ世は協力しています」

 バウ・スプリットの単結晶は、海賊掃討戦争に次ぐ帝国の黒歴史だ。それに辺境海賊ギルドに時空歪の調査だと? 時空歪は時間跳躍の調査だ。帝国でも秘中の秘だ。

 黒歴史のオリオンの腕統合では、白鳥号は整合性のない動きがあったと聞く。違う場所に二隻同時に存在していたとか、侵入不可能な核恒星系にアンノウンな船が居たとか。それらが時空歪の調査をしていた船だったとすれば…。

 オデットⅡ世とやらは、帝国の負をぜんぶ知っている!

 そして、今回のリーゼの失踪には、外交問題や治外法権があるため深くは追及できないが、メトセラが関与した形跡がある。メトセラは当時を知る者たちだ。

 老人は頭がくらくらした。

 そんな船に孫の障壁が乗り込んでいる。

 「オデットⅡ世を徹底的に調べろ! 田舎のローカル海賊もだ!」

 侯帝は語気荒く厳命した。

 

 

 「C-68埠頭オデットⅡ世、船長のチアキ・クリハラです。出航の許可をお願いします」

 一寸の間を置いて、スピーカーから男性からの返答が流れて来た。

 『こちら海明星中継ステーション、白鳳女学院オデットⅡ世のトランスポートとフライトプランを確認しました。現在、出航に支障となる船舶や障害はありません。オールクリアです。出航を許可します。――良い旅を』

 「有難うございます。出航します」

 インカムを切り通信を終えると、C-68の閉鎖ドックのハッチが開き、細身の船体がゆっくりと宇宙空間に滑り出て来た。

 補助動力を使い、静止軌道に浮かぶ中継ステーションから離れて行く。

 「海明星管制空域から離脱しました。ラグランジュ点L2ポイントにブースターを確認。ランデブーに入ります」

 「ドッキング後、作業班はユニットの取り付け作業を。終了後、補助動力のまま第三宇宙速度で航行」

 ブリッジに軽い振動があり、オデットⅡ世はラグランジュ点に係留されている外付けの超光速跳躍ユニットとドッキングした。

 チアキの指示に従い、船外作業の部員たちは、てきぱきとユニットをオデットⅡ世に接続し、ブリッジでは流れて来るユニットからの情報をオデットのメインシステムと同調させていく。

 「同調終了、外作業班の収容を確認。第三宇宙速度で惑星間空域に入ります」

 「超光速跳躍の計算終了」

 「該当の空域オールグリーン」

 「ブースターの反応炉、出力上昇順調。跳躍に問題なし」

 操舵、航法、レーダー、機関、それぞれから報告が入る。

 「もう一度空域を確認してから超光速跳躍の用意」

 空域の安全を確かめた後、ブリッジに警告音が鳴り赤い照明に変わる。

 クルー全員がチアキの号令を待っているあいだ、一寸間が空いてチアキが言った。

 「――トランスポンダーを白鳳女学院から白鳳海賊団に変更。超光速跳躍!」

 蒼い光の条が船首に集まり、オデットⅡ世は跳んだ。

 メインスクリーンには、星のない藍色の空と、超高速通信が飛ぶ輝線が走っていた。変な歪みもなく、亜空間は凪いでいる。

 無事に超光速跳躍に移り、ヨット部員たちにも余裕が生まれる。みんな緊張をほぐして三々五々お喋りしている。出航から超光速跳躍までの手順も手慣れたものだ。そこいらの船乗りよりずっと場数を踏んでいるベテラン並みだとチアキは思った。

 が、お喋りしている内容は、やっぱり女子高生だった。持ち込んだお菓子の話だったり、最近オープンしたブティックの話題だったり。

 「ねえ、中継ステーションの管制官、ちょっといい男だったじゃない?」

 「梨理香さんじゃなかったね」

 「梨理香さん、豪華クルーザーでバカンス中だそうよ」

 「うあ、アヴァンチュール? 帰ってきたら茉莉香に新しいお父さんが出来てたりして」

 「なにそれー」

 本人が居ないことをいいことに、好き勝手言ってるクラスメイトたち。自分も居ないと、なに言われてるんだろ。

 「それにしても、私たち、今年に入って海賊ばかりしてない?」

 「そう言やそうか。新歓航海も戦闘演習だったし」

 「でも、その方が面白い!」

 「そうそう、面白い」

 キャッキャと黄色い声。

 確かにみんなの言う通り、統合戦争に巻き込まれてこの方、ヨット部はこの船での戦闘以外していない。女子高のヨット部なら、もっと別の活動がある筈だ。例えばディンギーとか、戦闘とか想定していない練習航海とか。少なくとも海森星校だったらそうだろう。でも、これは絶対『ヨット部』じゃない。

 おーい、茉莉香―。このままじゃ本当に海賊部になっちゃうぞー。

 まあ部長と船長が海賊じゃ、そうなるか。

 そう嘆息するチアキだった。

 

 「嫌、絶対に嫌。」

 またチアキがごね出した。

 「普通の格好でいいじゃない。印なら帽子で十分だわ」

 「海賊行為は軍務に準じていて、制服を着なければならない事ぐらい、知らないチアキちゃんじゃないでしょう?」

 クールビューティーのサーシャが嫌がるチアキを説得する。

 「今更、海賊服が嫌だなんて通じないよん。この前の営業では、ノリノリで着てたじゃん」

 「海賊服が嫌なんじゃなく今回が嫌なんだってば。それに、ノリノリじゃない!」

 リリィが突っ込むのを否定する。いつもリリィの突っ込みは辛みが効いている。

 「もうすぐ通常空間に復帰ですよ。四の五の言わずにちゃっちゃと着替える」

 「だがら嫌だって、おい私の話を聞け―」

 ハラマキの号令一下、ヨット部員たちに寄って集って着替えさせられるチアキ・クリハラ。

 三分後には、海賊姿のチアキがムスッとした顔て船長席に沈んでいた。

 「あと三〇秒でタッチダウンです。警報慣らします」

 「あ、そ」

 「当該予定地、障害物無し。オールグリーン」

 「あ、そ」

 渦上のプレドライブ現象の中から、スリムな船体が出て来る。

 通常空間に飛び出すと同時に全天走査が行われる。

 「レーダー異常なし。一〇時と二時の方向にブレドライブ現象を確認。本船から二キロの距離です。近い。流石ですね」

 レーダー担当のヒルデが感心した。宇宙空間で視認できる距離というのは、衝突しているのと同じなのだ。

 「トランスポンダー取れてます。一〇時は弁天丸、二時はバルバルーサ」

 報告にチアキは、ますますムスッとして椅子に沈み込む。

 「通信入ります。」

 グリューエルが繋ぐかを確認するが、チアキは黙ったままだ。

 「あのう、一応手順ですので。繋ぎますか」

 「わかってるわよ。回線開いて」

 チアキからの許可に双方向回線が開かれる。

 「こちらキャプテン・茉莉香。チアキちゃん。オンラインに間があったけど、何かあった」

 スクリーンで船長服姿の茉莉香が訊いた。

 分割されたスクリーンにもう一方が映し出されると。

 「うおおおおおおおお………」

 形容し難い嗚咽がブリッジに響いた。

 「ち~~あ~~き~~よおおおおお……、目の黒いうちに、二度目だあああ~~~」

 ああこのせいね、と茉莉香は心の中で合掌した。

 「キャプテン・チアキです。この度は、御二人方にご協力感謝します」

 仏頂面で挨拶すると、一段と嗚咽が大きくなった。

 「キャプテン~チアキ~。生きている間にその名乗りが聞けるとは。この前はキャプテン・茉莉香の代役だったもんなあ。亡くなった婆ちゃんに、いい冥土の土産ができたああ」

 もう髭面が、涙と鼻水でぐじゅぐじゅだった。まあ年頃の娘なら、こんな親父の姿をクラスメイトには見せたくないだろう。

 「親父!いい加減にしろ!!」

 チアキが切れた。

 

 

 



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18話

 「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号、タッチダウンして来ます」

 「パッシブ・ステルスはどう?」

 レーダーを担当するファムからの言葉に、チアキは航法席に向いて確認を取る。

 「船首断面積最小、レーダーの太陽帆も反射率は僅かです。向こうからは見えません」

 「相手が全天スキャン掛けてきたらアクティブ・ステルスに移行、そのまま接近しつつ電子戦に入るわ。用意はいい?」

 「フライミー・トゥー・ザ・ムーン号のレーダー波、待ってまーす」

 「予想されるルーチンにパッチを展開。いつでも行けます」

 電子戦担当のナタリアとリーゼからスタンバイ・オーケーの返事がくる。

 「いま最後の加速を掛けました。しばらくは、このまま慣性航行で行きます。あとは向こうからのレーダー波の圧力で微調整」

 操舵スティックを握るアイの報告に、良しと無言で頷くチアキ。

 船長席に座る自分の姿もだが、刺客のように相手に忍び寄る部員たちの手際に、こりゃあ、ますますヨット部じゃないなと思った。

 だが被りを振るう。いや、ヨット部じゃない。いま自分たちは、海賊船オデットⅡ世に乗る海賊なんだと。

 「船長、ちょっといいですか。気になる影が幾つか空域にあるのですが」

 レーダー担当のヒルデが言った。通信席に座るグリューエルが妹の方を見る。

 「巡洋艦クラス一隻、コーバック級とみられる護衛艦一隻、あと小型船」

 「トランスポンダーは」

 「巡洋艦の方は取れてます。銀河帝国第五艦隊所属。コーバック級と小型船はアンノウン」

 「観客のお出ましのようね」

 チアキの眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。

 

 野次馬の出現は、弁天丸やバルバルーサも捉えていた。スクリーンに出ている空域情報では、位置が微妙だ。攻撃を意図するにはまだ遠いが主砲が届かない訳でもない。一番前に出ているものが艦隊所属の巡洋艦。少し後方にコーバック級。二隻の軍艦から距離を取って小型船が展開している。

 「巡洋艦は空域の警備という所ね。コーバック級と小型船は巡洋艦に属していない単独行動。でもコーバック級は、身元を明らかにしてなくても巡洋艦が攻撃してこないと解っている。小型船は、敵意は有りませんよーって距離を保ちつつ観察してる」

 「ここでステルス使って偵察行動すれは、巡洋艦は警告なしで発砲するだろう。問題はコーバック級だ」

 「そうよね。護衛艦クラスと言っても軍艦だもんね。ただの偵察行動に軍艦はいらない」

 茉莉香は巡洋艦にくっついているコーバック級は監察局だと踏んでいた。皇女がいる空域にアンノウンで軍艦を持って来られるのは、帝国中枢部にある部署だけ。それでも、武器も速力も劣る艦で帝国艦隊を刺激しないようにしている。だが、なぜ軍艦。

 「今は何もしてこないと思うけど、コーバック級の動きには注意しといて。でも小型船も気になるんだなあ」

 茉莉香はシュニッツアに、いつでも対応できるよう頼んだ。

 「恐らく帝国の内紛に気付いている者ね。オデットだけでなく、帝国艦の動きも観察できる位置にいる。ただの野次馬って線もあるけど」

 ミーサの意見にうんうんと頷きながら茉莉香は言った。

 「そちらはバルバルーサに頼みましょう。クーリエ、指向性回線で連絡お願い」

 衆目を集める中、お召艦での海賊が始まる。

 

 『フライミー・トゥー・ザ・ムーン号にご乗船の皆さま。こちらは船長のジャン・リュック・ピカードです。本船は只今、海賊からの電子攻撃を受けています。メインコントロールは海賊船の手中にあり停船を命じられました。間もなく海賊が現れます。皆さま、くれぐれも失礼の無いようお願い申し上げます。――海賊船の名前は、オデットⅡ世です。』

 船長の緊張した船内放送が流れると、メインホールは静寂に包まれ、やがてどよめきが広がった。

 オデットⅡ世の名は、つい三日前にメインニュースで流され知っている。皇女が留学したという学校の練習船。リーゼ皇女はヨット部に入られ、のびのびと学園生活を楽しんでおられるという。という事は――。

 フライミー・トゥー・ザ・ムーン号の船内に、割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 『ほ~ほっほっほっほ、ほ~ほっほっほ』

 甲高い笑い声と共に、眼鏡をかけた女海賊船長の姿がメインホールの大スクリーンに現れた。

 その高笑いが一瞬凍る。映像と共に古臭い歌が流れてきたのだ。若い娘の声で。

 『声を上げろ、鬨の声を。

 俺達ゃ誰の助けも借りぬが、食えねぇ奴らにゃ、つるんで叩くぜ~。

 勝った後の酒は旨いー』

 それを聞いて、チアキの顔が引きつった。

 茉莉香も驚いた。ここでバルバルーサが通信をジャックして、割り込んでくるとは思わなかったからだ。

 (親~父~い! ぶっ殺す!)

 と、叫びたいチアキだったが、リアル放送中の最中である。ぐっと堪えて名乗りを続けた。

 『こちらは白鳳海賊団。オデットⅡ世の船長、キャプテン・チアキさまだ。これから海賊たちが貴船にお邪魔する。無駄な抵抗は止めてお宝を用意しな!』

 うおおおおと、雪崩のような大歓声が、モニターを通じてオデットⅡ世のブリッジにも聞こえて来た。これだけで向こうの期待がいかに大きいかが解る。皇女の乗るお召艦の効果は絶大だった。

 『皆さんご期待のサプライズもありますから、ヨロシクね♡』

 思わず付け加えて、ウインクしたチアキ。通信を切ったあと、しばらく『またやっちまった』と、ズーンと船長席で落ち込んでしまった事は言うまでもない。

 メインホールの照明が落とされ、正面踊り場の大扉に、閂を焼き切る閃光が走る。

 扉がゆっくりと開かれ、スモークと共にわらわらと海賊たちが躍り出て来る。それは、思い思いにコスプレをした少女たち。その中心に立つのは、海賊船長の衣装を纏ったキャプテン・チアキ。

 モニターで聞こえたよりも大きな歓声が、少女たちを迎えた。その歓声を破るように、一発のブラスターがホール上に放たれる。

 静まり返ったホールに、ブラスターを構えた女海賊の姿がスポットライトに浮かび上がる。女海賊はゆっくり踊り場の正面階段を降りつつ口上を述べた。

 「白鳳海賊団への出迎えご苦労。お前たち、ちゃんと貢物は用意できたかい? 言っとくが私等を満足させるには、そん所其処らの金銀財宝じゃ駄目だよ。そんなものは有り余る御方をお連れしているんだからねえ。」

 「紹介しよう。我ら帝国市民の明日の標、白鳳海賊団の総督、リーゼ皇女だ」

 ホールに明かりが戻り、煌びやかなシャンデリアの照明の下、頭に海賊である印の帽子を被っていたが、白鳳女学院中等部の制服姿のリーゼが海賊団中央に現れた。

 万雷の拍手が鳴り響き、色とりどりの花がホールを舞った。乗客たちが金銀財宝よりも価値のある、皇女への祝福の気持ちを表したのだ。

 リーゼは胸が詰まった。宮廷で人から拍手を受けたことは何回もあるが、こんなにも熱い拍手で迎えられたことは無かったから。おざなりな追従はあっても、ほんとうに祝福してくれたのは母だけだった。――白鳳女学院に来るまでは。

 

 モニターに映っているフライミー・トゥー・ザ・ムーン号の様子を視ながら、三代目が茉莉香に訊いた。

 「なあ、どうして皇女さまだけ制服なんだ? セレニティーのお姫様たちも今回はコスプレ…いや彼女は正装か、してるのに」

 グリューエルとヒルデは、ふわりとしたスカートのプリンセス・ドレスを着こなしている。

 「国民の皆さんの前に初めて立つのに、失礼ではいけないと正装したんだって。だから学生の正装は、学校の制服」

 「お姫様は、プリンセスでいるより白鳳女学院の生徒を選んだって訳ね。――でも、凄い絵面ね。色んなコスプレの中で、一人だけ制服ってのも」

 同じくモニターしていたミーサが感心して言葉を漏らす。

 花の嵐が舞う中で、着ぐるみ、ナース、婦警、忍者、お姫様(こちらは本物)、娘海賊(こちらも本物)、妖精…。そんな集団で制服というのは浮いている。

 「奇天烈な中で正常だと、むしろ特異に映ってしまう典型だな」

 百目の感想通り、衆目を集中させることには成功している。

 「グリューエルもだけど、リーゼがほんと綺麗。学校で見るときよりずっと輝いて見える。あんな大勢な人たちの前でも、全然気後れしてないんだもん。ただの制服なのにオーラが凄い」

 普段は控え目なリーゼの、見違える立ち居振る舞いに感服する茉莉香。

 「そりゃお姫様だから」

 「やっぱ血かあ。鶏口牛後?いずれ人の上に立つひとは違うわ」

 船長席の背凭れに身を預けながら言った。

 「彼女が引き継ぐ帝国を鶏口はないでしょ、それを言うなら鶏群一鶴」

 「掃き溜めに鶴ともいう」

 変な慣用句の使い方にミーサとルカから修正が入る。でも、掃き溜めはないだろうと言いたくなる茉莉香だった。

 いつまでも鳴りやまぬ拍手。

 乗客たちの感激と熱い期待が、モニターを通じて伝わって来る。

 それを見て、茉莉香はこのリーゼの社交界デビューを本当に良かったと思った。

 しかし、それは突然に起こった。

 モニターに、黒い影が乗客たちの前に飛び出してきた瞬間、踊り場に立っていたグリューエルが仰け反ったのだ。

 その異変に、弁天丸のクルー達は血相を変えた。同時にモニターしていたバルバルーサも。

 ホール内にいた警備員が、すぐさま黒い影を取り囲んだ。

 最初、乗客たちは何が起きたのかわからなかったが、やがて悲鳴が上がった。

 撃たれたのだ。――恐らく、皇女を狙って。

 浮足立ちかけたホールに、ブラスターの光条が走る。

 チアキの放った一発で、ホールは凍り付いたように沈黙に包まれた。

 銃を向けられた黒い影に、一人の男の腕が捩じ上げられていた。男の手の平には、すっぽり収まる短針銃が握られてあった。

 男を捩じ上げる黒い影。大柄でマントを羽織り、仮面をつけている。その肩口には黄金の髑髏。

 「お待ち下さい。その方は私の警護の者です。女王が私のために依頼したのでしょう。帝国の海賊です」

 リーゼがよく通る声で言った。

 背後では、ヒルデとヨット部員に肩を借りながら立ち上がるグリューエルの姿があった。

 ――良かった、無事だ――。

 防弾シールドは、しっかりその役目を果たしたようだった。

 リーゼの一喝で銃口が下がった輪に、仮面の男は無造作に暗殺者を放り投げる。

 「警備は、乗船時に武器を所持していなくても警戒を怠らないものだ。アサシンは、目的を果たすためなら、平気に自分の手足ぐらい犠牲にする。義手の中に武器の部品を仕込むことなぞ造作もない」

 見れば、暗殺者の腕は義手だった。

 包囲を解かれた仮面の男は、リーゼのいる階段下、チアキの隣まで進み出て、跪いて詫びた。

 「お初に御目文字致します。鉄の髭と申す無頼のもので御座います。女王陛下のご依頼により参上しました。事が及ぶ前に片付けることが出来れば良かったのですが、折角の社交界デビューを台無しにしてしまった事をお許しください」

 「――そうですか。有難う。女王には、私が感謝していることをお伝えください」

 そう言って、言葉を続けた。

 「ここに集まって下さった方々、私を温かく迎えて下さった皆さんの楽しみを、このような形で台無しにしてしまった事をお詫びします。ごめんなさい」

 深々と頭を下げるリーゼ。

 皇女に頭を下げられて、どう返したらいいか困惑する乗客たちだったが、やがて、再び歓声と割れんばかりの拍手の嵐がホールに満ちた。

 

 そんな中、隣に立っているチアキに、鉄の髭は小声でささやいた。

 「ヨット部員達の立ち位置は素晴らしい。巧妙に皇女への射線を防いでいる。正面が空いて観客たちに皇女の姿を晒しているが、それはキャプテン自身が盾になっている。しかしそれでは誰かが傷を負う。身体に怪我は無くても、人に撃たれるという事は、結構心に傷を負うものだよ。それを考えることだな、キャプテン・チアキ」

 

 

 



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19話

 下手人は帝国艦隊の巡洋艦に引き渡され、沢山の戦利品(プレゼント)と共に、白鳳海賊団はフライミー・トゥー・ザ・ムーン号を離れて海賊営業が終わった。

 オデットで彼女たちを迎えたのは茉莉香だった。

 部員が撃たれ、部長として安否を確かめずにはいられなかったのだ。

 「茉莉香さん。弁天丸の方はいいのですか?」

 何事もなかったかのように、グリューエルが茉莉香に言う。

 「グリューエル! 立場を考えてよ。何もなかったから良いけれど、いくら相手が皇女だからって、あなたが盾になることは無いわ!」

 半分涙目で怒る茉莉香に、グリューエルは静かな声で言った。

 「では、誰が盾になればよかったのです?」

 そう返されて言葉に詰まった。

 リーゼも涙目だった。フライミー・トゥー・ザ・ムーン号では気丈に振る舞っていたが、自分のせいで友人が撃たれたことにショックを受けていた。

 盾になっていい人なんて居ない。

 相手はプロだ。どんなにセキュリティーを厳重にしても、その網の目を潜って狙ってくる。今回狙ってきた者も、義手の中に短針銃の部品を仕込んで、フライミー・トゥー・ザ・ムーン号の船内で組み立てて持ち込んでいた。そうすれば、乗船時の透視スキャンでも分からない。自分の手足を切り落とす事も厭わない、そんな連中が相手なのだ。茉莉香は、自分の見通しが甘かったことを痛感した。

 「でも、リーゼの留学発表からお仕事まで間があったわよね。どうして海明星では何もなかったのかしら」

 「襲ってましたよ。キャサリン小隊長の話では、10人ばかりが潜入して来たそうです。みんな地上に降りたと同時に、マフィアやら特殊部隊やらに捕まってしまいましたが」

 「それを知ってて、なんで出航前に教えてくれなかったのよ」

 「だって知らせたら、茉莉香さんのことです。きっとお仕事をキャンセルしてしまいますから。それに、フライミー・トゥー・ザ・ムーン号のセキュリティーなら大した武器は持ち込めません。何事もならず仕事にならないという事です」

 「なにごと、もあったわよ!」

 ニッコリ営業用の笑顔で微笑むグリューエルに、茉莉香はなじった。でももっととんでもないことを続けた。

 「重要なのは、今回のことで、皇女を狙う何者かがいる事が帝国じゅうに知られたことです。――図らずも、私が撃たれてしまいましたが、少なくともセレニティーは、何が起きているのかと問い合わせて来るでしょう。正規のルートで」

 これは正式な外交問題となる。一人で戦争を起こし終結させる者というのは、本当はこの子のことなんじゃないかと思えて来る。

 「先程の続きですけど、弁天丸はどうしたのですか」

 「弁天丸は、コーバック級の追跡をクルー達にお願いして来た。ずっと場数を積んでいる乗組員だから、私が居るより安心。小型船の方はバルバルーサが追ってる」

 そう答える茉莉香だった。

 

 チアキ・クリハラは、船長服のままひとりキャビンで沈んでいた。

 ずっとすれ違いざまに聞いた、鉄の髭の言葉を反芻していた。

 そんなチアキに茉莉香は謝った。

 「御免、見通しが甘かった。部長として失格。みんなに怖い思いをさせてしまった」

 チアキは茉莉香の方を振り向かずに言った。

 「鉄の髭がね、私に言ったのよ。身体に怪我は無くても、人に撃たれるという事は、結構心に傷を負うものだと。私や茉莉香は海賊だから、普段あまり気にしてなかったけど、彼女たちは違う。本来そういうドンパチとは無縁な世界の娘(子)なのよ、それをどこかで失念していた。クルーを預かる船長失格ね。」

 「もともとみんなを海賊に巻き込んでしまったのは、私だから。私が海賊免許の更新でみんなに頼んだ。梨々香さんをキャプテンに、ファンテンブローに行った時も、タイムトラベルで独立戦争に行った時も、私も考えていなかった」

 チアキの隣に座って茉莉香は振り返っていた。

 「乗りと勢いのみんなだと思ってたけど、一番の乗りと勢いは、私だったなー。」

 「それが解ってりゃ、上等。」

 そう言って、ほうっと息を吐くチアキ。

 「きちんと、みんなにお話ししなくちゃね。」

 「そうね、そしてこれ以上関わらない方がいいとお願いしてみる。それから私とチアキちゃんで、ルビコンを渡っちゃいましょ」

 そう言う茉莉香にチアキは笑みを浮かべて言った。

 「私と茉莉香でか、いいわ。でもちゃんじゃない」

 

 

 ケンジョー・クリハラは、スクリーンに映る小型船を追いながら怒り心頭に達していた。

 「チアキの顔に泥を塗りやがって、絶対に許さん。あの鉄の髭とかいう野郎もだ。多分に芝居掛かりやがって、何が、事が及ぶ前に片付けることが出来れば良かっただぁ。とんだ大根役者だよ」

 娘の晴れ舞台を台無しにされたことが、黒髭船長の逆鱗に触れたのだ。

 「あん時、咄嗟に暗殺者の手を捩じったって事は、とっくに目星がついていたって事だろ。事が及んでから手を出したって事だ!」

 鉄の髭、いったい何を企んでやがる。

 「おい、距離を取りつつ絶対に逃がすなよ!」

 荒ぶる銅鑼声に、ピリピリした空気がバルバルーサのブリッジに満ちていた。とんだ八つ当たりだ。

 捕まえることも撃沈することも、こちらの火器からすれば容易い。でもそれでは小型船がどこから来たものか判らない。下手な手出しは相手の自爆を誘ってしまう。

 小型船はコースもばらばらに超光速跳躍を繰り返している。こちらに気付いているのか、用心して韜晦しているのか。向こうから走査を掛けて来る様子もなく、ステルスも使わずに航行している。あくまで民間船を装っている。

 何回目かの跳躍ののち、そこが前に通った亜空間の回廊であることに気付いた。

 「あの野郎、こっちが追っていることに気付いてやがる。何か仕掛けてくるぞ。非常警報! 艦内戦闘準備!!」

 ブリッジに赤いランプが灯り、警報と共に隔壁が降りて耐衝撃モードに移る。

 スクリーンには相手の距離、火器の射程、予想進路が投影される。本来は航法担当のチアキがするのだが、いまはここにはいない。

 「距離こちらの射程からはまだ遠すぎます。近付きますか?」

 副長のノーラがチアキに代わってトレースした。

 「距離このまま。誘っているのかもしれん。機雷や留置魚雷に注意しろ」

 ケンジョーが言ったそのすぐに、亜空間に異常が起きた。

 航法とレーダーのコンソールが、一斉に緊急のアラートを表示する。

 「亜空間航路前方に強振動発生!」

 「航路が滅茶苦茶です。隣接する亜空間航路まで影響が出ているっ」

 「光速の三倍のスピードで膨張中。巻き込まれる!」

 次々と緊迫した報告が入る。前にも同じことが起こった。ユグドラシルによる亜空間航路の破壊工作で、請け負った貨物をパージする羽目になった時だ。

 「急速反転、出力全開で亜空から脱出しろ!!!」

 ケンジョーは船長席から身を乗り出して叫んだ。あの時と同じものなら、空間もろとも船体が圧潰される。

 バルバルーサは一八〇度回頭して、メイン及び補助ブースターをぶっ放し、亜空から消えた。

 

 「そんなことがあったの。で、船は大丈夫だった?」

 弁天丸では、メインスクリーンに映った黒髭船長と、船長代理のミーサが会話をしていた。

 「ああ、前にあったからな。クルー達がすぐに対応してくれたよ」

 「流石バルバルーサね。その優秀なクルーにこう言っちゃ何だけど、オデットⅡ世にクラッキング掛けたでしょう。オデットの電子戦プログラムをチューニングしたの、ウチのクルーだったの。お陰で電子戦担当(クーリエ)、へこんじゃって」

 「そりゃ済まなかったな。まあ蛇の道は蛇、ウィザードは弁天丸だけじゃないって事だ」

 そう言って髭面が派手にウインクする。

 「仲間だからと油断したのが間違いでした。あれだけはっきりと通信乗っ取られるなんて、プログラム走らせてあったら、システムまで持って行かれます」

 ジャンクフードだらけの電子戦席で、黒髭に振り向きもせずバンザイするクーリエ。大分ヤケ食いした様子だった。

 「それで、相手の素性は判った?」

 「それが、亜空の擾乱でまんまと逃げられた。だが気になるのが、やり口がユグドラシルと同じってとこだ。ユグドラシルは先の騒ぎで解体された筈だろ、残党が絡んでいたとしても、大規模な空間テロを起こすだけの力はない」

 「ユグドラシルか…ちょっと、待ってくれ」

 そう言って百目がキーボードに指を走らせる。

 出てきたデータに目を通しながら、百目は続けた。

 「コングロマリットとしてのグループは分割解体されてる。いまは只の独立した中小企業の集まりだ。それも当局の監視付きと来てる。」

 「その中で、幾つかが他のグループに吸収されてる。例えば、ラジル運輸はヒュー&ドリトル星間運輸、機械メーカーやオーマ電脳なんかは企業連合体ラキオン……他のグループに溶けちまえば、当局の監視も対象外」

 「ラキオンて、辺境星系で手広く商売している複合企業体か」

 「ああ、七つ星共和連邦とも繋がりを持ってる。オデットⅡ世とは単結晶衝角で因縁付きだ。」

 「ラキオンの来歴を調べたんだが、これが一二〇年前のコンサル会社サーティナインに行き着く。当時の代表者の名前はゲドー・アインザッツ。ともうひとり名無しの人物。」

 「名無し?」

 「帝国から消去された人物で、居なかった事にされている人間さ。だが一二〇年前に関わった者なら知っている。パク・リー帝国貴族元老院議員だよ」

 「ステラスレイヤーの黒幕だった人間か」

 ケンジョー・クリハラは腕を組んで唸った。今回の帝国の騒動は、二〇〇年前の海賊掃討戦争に繋がっている。それだけでなく一二〇年前にも因縁を持っている。侯帝と女王の跡目争いは、きっかけに過ぎないのかもしれない。帝国の擾乱に乗じて蠢めいて来た奴らが居る。

 目的は、何だ。

 「弁天丸、そっちはどうだったかい?」

 ケンジョーはコーバック級の行方を訊いた。

 「逃げ隠れもせず、一直線にポルト・セルーナに入港。」

 両手を上げてミーサは答えた。

 「トランスポンダー無しでか」

 「そ。無条件で空間シールドの桟橋に乗り付けて行ったわ。そこからは音沙汰無しでドック入り」

 「帝国艦隊もあえて素性は聞かない、いや聞けない相手という事か」

 「そーゆーこと。でもそのコーバック級、そこから艦隊司令部のラインを使ってお話ししてたわ。相手はセナートの監察局よ」

 「おい! 軍要塞の高位機密ネットをジャックしたのか!?」

 「ええ、前にも入ったことあるもの」

 「以前って、それは一二〇年前のことだろう? 相変わらず凄まじいウィザード振りだな」

 軍要塞の、それも帝国の心臓であるセナートへのネットとなれば、防壁はただ事で無い。不正アクセスしただけで重罪だ。それを事も無げに言うミーサにケンジョーは舌を巻いた。

 「もっとも、通信の内容までは解らなかったけど」

 「とても怖くて、アクセスする気にならねえよ…」

 

 

 惑星セナートにある侯帝の宮殿。もともとは皇帝の離宮であったものを、皇帝の弟君だという事で、期限付きで下賜され、皇帝が崩御した後もそのまま住み続けている。本来ならば女王に返還し、第一皇位継承者が住むべき場所だ。

 その謁見の間で、侯帝は獅子の如く吼えていた。

 怒れる竜顔に拝し、奏上する男の顔は、緊張で汗だくになっている。侯帝の御前というだけでなく、報告する内容が問題だったからだ。

 「衆目のある前で小娘を狙うとは何事だ!」

 侯帝は激怒していた。

 「王家の諍いを市井に知らせるつもりか。今回のことは、帝国じゅうに放送されたんだぞ!」

 「いえ、私たちではありません…」

 かすれる声で弁明する長官。

 「リーゼ様を公然と害して、こちらに得るものは何もありません。それが知れれば帝国は分裂、侯帝陛下の勢力が痛手を被る事ぐらい解っております。決して私どもでは御座居ません」

 「では、誰だというのだ」

 持って回った長官の言いように、侯帝は顔を赤くして怒鳴りつけた。

 ますます縮こまる男。

 「只今調べておりますが、辺境の星系勢力が絡んでいるかと…」

 「辺境? 例のギルドか」

 「いえ、辺境海賊ギルドに、帝国と面と張り合える戦力も度胸も有りません。恐らくは、帝国と反目している七つ星共和連邦――」

 上目遣いに、長官は七つ星共和連邦の名前を出した。

 「今回は、セレニティーの第七皇女が襲われました。連合王国は正式に詰問してくるでしょう。ここは、シムシエル大公には外部の勢力であることをお伝えし、帝国に動揺が走らぬよう、公式発表ではご協力をお願いすることが肝要かと。」

 「あのご老体が協力すると思うか。あの方は女王派だぞ!」

 今回の騒動に乗じて、侯帝派の切り崩しを図ってくるかもしれない。

 「いくら侯帝様を快く思っていない御仁でも、帝国の分裂は望んでいない筈。必ずや協力すると思います」

 苦々しく長官の意見を聞く侯帝。

 「齢一三〇を超えて、なお矍鑠とした老人めが!」

 そう吐き捨てるように言った。

 

 

 帝国のヘッドラインニュースでは、今回のリーゼ皇女へのテロ騒ぎは、ツアーを盛り上げようと仕組んだ旅行会社のイベントだったと説明された。襲われた白鳳海賊団の少女たちには全く知らされていなかったらしい。だから迫真の映像だったと――。

 だが旅行を企画したフェアリー・ジェーン社からは、何のコメントも出されていない。帝国政府もセレニティー連合王国も声明は無かった。ただ、ニュースでコメンテーターがそう解説しただけだった。いわば『噂話』の信憑性しか与えていなかった。

 銀河帝国外の勢力が絡んでいるとなると、どう流動するか判らない。だから正式な声明を出すわけにはいかなかったのである。

 因みに濡れ衣を着せられたフェアリー・ジェーンはというと。

 「ほんと営業妨害だわ!」

 ジェニー・ドリトルはかんかんだった。皇女へのテロ騒ぎで自粛を求められ、フェアリー・ジェーンの海賊営業は凍結。一般の観光業は続けられたが、売り上げはがた落ちだった。

 「今回の黒幕、ぜったい炙り出して、落し前付けてやる!」

 ジェニー先輩、だんだん自分より海賊になってきていると感じる茉莉香だった。

 

 オデットⅡ世が海明星中継ステーションに帰った翌日、辺境海賊ギルドからオデットⅡ世宛てに、『ルビコンを越えろ』の檄文が届いた。

 それと、短い追伸が一つ。

『過去の経緯を水に流し、白鳳海賊団に加わりたい。』

 白鳳海賊団への参加申請だった。

 

 



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20話

 加藤茉莉香は、今回の海賊営業の打ち上げの席で、チアキ・クリハラと共に部員たちに改めて話をした。帝国が危険視している海賊までも乗り出して来て、これからのオデットⅡ世は、乗り続けることが危険だと。今回、厳重だった海賊営業の中でも狙撃が起きた。海賊でない練習航海でも狙われる危険性は十分考えられる。現にグリューエルの話だと、この海明星に潜入を試みた形跡がある。潜入は、この星の色々な勢力によって、足を踏み入れた途端に失敗したようだが。だから、いまはこの星が一番安全な場所であることを、茉莉香とチアキが入れ替わり説明した。

 じっと聞いていた部員たち。二人が話し終わるとサーシャが尋ねた。

 「それは、いつまでなの?。」

 「今回の騒動にけりが尽くまでよ」

 チアキが答える。

 「侯帝と女王の確執が消えるまでですよね。それってリーゼが居なくなるまでって意味ですよね。女王の下に帰れるか、侯帝に引き渡すか。侯帝に引き渡すなら、絶対反対です!」

 「リーゼも、この星に留まってもらう。それがリーゼにとって最も安全。それに、こんな言い方したくないんだけれど、海賊の見方で言わせてもらうね。リーゼがオデットとここに居てもらう事が、植民星の海賊には都合がいいの。侯帝派も女王派も表立って出て来れない。帝国からの干渉を抑止できる」

 「茉莉香、それって本気で言ってるの? そりゃそうかも知れないけど、それじゃ現状を打破できないことくらい、解ってる茉莉香やチアキちゃんでしょ?」

 「待ってるだけじゃ、何も解決しないと思います」

 普段控え目なヤヨイまでもが口を挟む。

 「でも、これがいま考えられるベスト――」

 「嘘です。」

 グリューエルが言った。

 「それはベターであって、茉莉香さんにとってベストではありません。」

 「解ってよグリューエル! あなただってリーゼを危険に晒したくないでしょう」

 「それは本当。でもヨット部員もが抜けています。心配して下さるのは有難いですが、私たちに失礼ではないでしょうか」

 何処かのメトセラのように、人の本心を見抜く目で茉莉香を見据えるグリューエル。

 「茉莉香、私ら銃を直接向けられたことはないけどさ、砲口を向けられたことはあるんだよ」

 「丸腰の状態でね」

 そう言うハラマキとウルスラ。

 「確かに素人だけどさ、それなりの場数は踏んでるよ。皆、危険は納得づくでね。こちとら何故今回に限ってというのが正直なところだよ」

 真っ直ぐ見据えるリリィ。

 「茉莉香さんやチアキさんは、海賊だけで解決しようと思ってらっしゃるのではありませんか? でも、それは無理です。私たちは既に白鳳海賊団と名乗ってしまいました。ヨット部と海賊団を使い分けるのはこちらの都合であって、他所から見れは、私たちは海賊です。動かずに様子見でいるのは、結局相手の付け入る隙です。私たちは、クラスメイトを助けたいのです」

 グリュンヒルデの言葉に、ファムとキャサリンも頷いている。

 とうとう、茉莉香は弱音を吐いた。

 「チアキちゃん、――私、グリューエルたちを説得する自信ない」

 ばは――と、チアキは大きな溜息をついた。

 「茉莉香、それじゃあ説得するんじゃなくて焚き付けてるようなものよ。外堀埋められちゃったじゃない」

 「いい、あなたたち。オデットは私たちだけのものじゃないのよ。この先の後輩たちのものでもあるのよ。それに植民星の海賊免状はオデットで保障されてるようなものなのよ。百年後も二百年後も伝えていく義務があるの。いまの勢いだけで失う訳にはいかないわ。そこのところお解り?」

 「じゃあ、オデットを未来に残すために、いま出来ることをするべきだと思います」

 「出来ることなんてない」

 「状況に流されてるだけじゃ、相手のいいようにされるだけです。侯帝だか何だか知らないけど、相手がちょっかい出して来たんなら、きっちり対抗すべきです。植民星の海賊も含めて、今後舐められないようにこちらの態度を示すべきです」

 「決断は自分が選んだベスト、でしたよね先輩」

 下級生の言葉にチアキは目を剝いた。ナタリアやアイの言う通りなのだ。

 だがそれには、海賊会議が必要。基本一匹狼の海賊が連合を組むのだ。もしまとまっても免状を発行している各星系政府がどういうか――、連合を組んでの相手が『帝国』なのだ。

 「茉莉香、外堀どころか内堀まで埋められちゃったよ。この子達、前にも言ったけど、もう海賊だよ。――でも、親父になんて言えばいいんだ」

 チアキもうな垂れた。

 「そのままで宜しいのではありませんか? 時勢に敏い海賊の方々なら、すぐ重要性にお気づきになられる筈です。辺境海賊ギルドまでが表立ってオデットⅡ世に関わって来たのですから」

 そうにっこり微笑むグリューエルだった。

 二人の海賊は、白旗を上げた。

 

 ケンジョー・クリハラの招集で開かれた海賊会議には、チアキとグリューエルが状況説明のために出席した。グリューエルの臨席は、チアキが「みんなの前で説明するの、自信ない」とお願いしたものだった。

 海賊連合については、もともと一二〇年前に白鳥号で連合を組んでいた船どうしだ。今更連合を組むには及ばないと、あっさり通った。問題は帝国の内情だった。それがどう自分らが属している星系に圧力をかけて来て、私掠船免状がどうなるか。

 それについては、ケンジョーと同席したノーラが「心配には及ばない」と解説した。私たちの免状は、白鳥号に与えられた免状によって補完されている。その船と連合を組んでいる以上、星系政府がどうこう出来るものではないと。

 連合を組んでの相手が『帝国』となる事がもっとも危惧されるところだったが、撃たれたグリューエル本人が同席していることが、一番説得力を持った。彼女が撃たれたという意味を、時勢に敏い海賊たちはすぐに悟ったのだ。

 グリューエルは一言も発言しなかったが、ただ涼しい眼差しで海賊たちに臨んだだけで、それだけのことを成し遂げたのだった。

 「つまり俺達は、どうあってもオデットⅡ世を守り抜かなきゃならない訳だ。」

 そう締めくくるケンジョーに、居並ぶ海賊たちは同意した。

 

 

 加藤茉莉香は、サイレント・ウィスパーのコックピットにあった。

 行き先は、銀河系の辺境オケアノス。

 今回のフライトに、クーリエや艦隊の情報部員はいない。それに密航者の心配もない。グリューエルはチアキと海賊会議中だ。だからこのタイミングを選んだ。本当はミーサも一緒に来て欲しいところなのだが、それでは弁天丸の代表となってしまう。まだ海賊連合がどうなるか(恐らく纏まるだろうが)解らない段階で、それでは不味いのだ。

 あくまでヨット部『白鳳海賊団』の部長として茉莉香は向かっている。ジェニー・ドリトルはヨット部の顧問だが、教育実習生として来ている彼女は、いわば臨時の顧問。社会的にはフェアリー・ジェーンの社長であり、そんな彼女がこれから向かう先に一緒に行くわけにはいかない。

 座標オケアノス7187g3まで、あと短距離跳躍を一回という所まで来たときだった。以前、マイラの「愛の女王号」と会合した地点だ。ここで、髑髏星へ案内する先導者と待ち合わせをすることになっている。髑髏星は、セレニティーの黄金の幽霊船と同じ亜空間移動要塞。座標も、その辺で会えるかも知れないという程度のもので、定まった地点を持たない。

 付近を航行する船影も、星間物質もまばらな寂しい宙域で、ひとり待っている茉莉香の後ろで、突然ノックの音がした。

 「ひゃう!」

 緊張と心細くなっている所の音に、茉莉香は変な声を上げた。

 音は座席の背後のカーゴ・ハッチからだった。

 あんの密航皇女!と思ったが、グリューエルはいないはず。頭にいくつかのハテナマークを浮かべながら、後部ハッチを開けた。

 中から現れたのは、やっぱり密航皇女だった。ただし妹の方の。それともう一人。

 「ヒルデ!それにリーゼも!!」

 「どうしてもと頼まれまして、私がお連れし同行しました。」

 白鳳中等部の制服姿で二人が出て来る。

 「でもどうやって!? フライト前に重量チェックも生命反応チェックもやったのに!」

 「茉莉香さんが航路プログラムを設定する前に、予め船体情報を変えておきましたから今回は誤差も出ません。船内の生命維持環境は、コックピットと貨物室になっています。事前にお調べになりましたか?」

 慌ててコンソールの船内情報を見ると、コックピットとカーゴがグリーンになっている。ここ最近、サイレント・ウィスパーは貨物室も使う事が多かったため、つい見逃していたのだ。

 「この密航皇女! そんな技どこで覚えたのよ」

 「私が、ただ電子戦席に座っていたとお思いですか? こんなこともあろうかと日々研鑽を重ねてきましたのよ。リーゼも同じです」

 「そんなスキル、お姫様にはいらない。てか持っちゃ駄目!」

 密航は皇女の嗜みと言わんばかりのヒルデに、被りを振って否定する。

 「それに私たちは、いろいろ使えますよ。お姉様と同じ教育を受けていますので、人の嘘を見抜く目は持っているつもりです。これは王族の嗜みです」

 「そりゃそうだろうけど、でも相手はギルドなのよ。何かを企んでいて、リーゼに含むものを持ってる海賊。そんなところに本人が行くなんてどうかしてる」

 「それは、私も承知で諫めたのですが…」

 そこでリーゼが口を挟んだ。

 「だからこそ、私が行かなくてはならないのです。今回の騒動は、不本意ながら私が中心で起きている事。それに帝国の派閥も、くじら座宮の海賊も、辺境海賊ギルドも巻き込んで動いている。騒動の核である私が態度を決めなければ、混乱は増すばかりです。これは、皇女としての責任です」

 茉莉香は意表を突かれた。これまで巻き込まれてばかりだと思っていたリーゼが、自分が巻き込んでいると言った。それは守られるだけの対象から、自分から動くという意味だ。

 彼女の強い意志を感じた。

 「わかりました。リーゼ皇女。ここは皇女と呼ばせてね。皇女に、改めて白鳳海賊団の代表をお願いします。私たちはその介添人です。」

 海賊帽を取り、胸に帽を当てて挨拶する茉莉香。それに、両手で制服のスカートの裾を摘まんで軽くお辞儀を返すリーゼだった。

 

 待ち合わせの宙域に小型艇が現れた。案内人の船は、茉莉香たちが乗るものと同じサイレント・ウィスパーだった。

 「相手のトランスポンダーを確認しました。銀河帝国所属、船名グランドクロス」

 「グランドクロス!?」

 ヒルデの報告に茉莉香は意表を突かれた。あのクォーツが乗っていた巨大な機動戦艦と同じ名だからだ。

 やがて通信に呼び出しがかかる。スクリーンのエンブレムは黄金の髑髏。

 通信に出ると、あの勝ち気な懐かしい顔が現れた。リーゼと同じプラチナ・ブロンドだ。

 『久方ぶりね、茉莉香。』

「先日はどうも、でも何で船名がグランドクロスなんです? それに何であなたがギルドの案内人なんですか」

 『先のはアンタ達にやられちゃったじゃない。私が乗る船は、それがグランドクロス。黄金髑髏は船じゃなく人に与えられるものだからね。ギルドの案内人は、まあ一宿一飯の義理という所かな。――あれ?』

 クォーツ・クリスティアは、モニターの後ろに映る少女に気付いた。

 『リーゼじゃないか! 何でお前がここに居るんだ? 茉莉香!どういうつもりだ』

「お久しぶりです、叔母様。私は聖王家の皇女としてだけでなく、白鳳海賊団の代表として来ました。ギルドの連合と『ルビコンを渡れ』の真意を聞くために。」

 暫らくの沈黙ののち、クォーツは口を開いた。

 『――白鳳海賊団の代表。それが、どういう意味を持つか、解って言っているのかい――』

 「はい。」

 『そうかい。――あいつ(鉄の髭)も、とんでもない子(娘)を持ったものだな。銀河帝国の世継ぎを海賊にしてしまうなんて』

 彼女の言う「あいつ」と「とんでもない子」が、誰を指しているのか分からない茉莉香。

 「叔母様もですわ。聖王家に連なるものが海賊ギルドと通じているなんて、スキャンダルを越えています。お母様は知っていたようですが」

 『女王も大したタマだよ。それを知ってて政敵の攻撃に使わない』

 そう言って苦笑いするクォーツ。

 『茉莉香! 髑髏星が現れる座標を送る。付いて来な。』

 二隻のサイレント・ウィスパーは、最後の跳躍に消えた。

 

 茉莉香たちは、髑髏星の内奥深くにある、辺境海賊ギルドのアジトにいた。

 そこで対峙しているのは、ギルドの頭目ミューラ・グラント。

 メトセラにして、今回のリーゼの亡命に関わり、『ルビコンを渡れ』のメールを送った本人。

 「折角メトセラが、苦労して安全地帯に送ってあげたというのに、オデットでは心細くなってこっちに来たのかい?」

 「いいえ、私は白鳳海賊団の代表として、貴方とお話をしに来ました」

「ほう。」

 人を見透かすミューラの目が細くなる。

 「それはクォーツから聞いた。でも本人の口から直接聞きたかったものでね」

 「それはこちらも同じです。今更縒りを戻したいなんて、どういう風の吹き回しかを。聞けば去年、ギルドはオデットを襲ったとか」

 「アレはやんごとない事情だったんだよ、浮世の義理ってやつでね」

 きゅうっと細かったミューラの眼が元に戻り、仕方がなかったという表情になる。

 「嘘です。」

 茉莉香と一緒に立つヒルデが呟いた。

 その言葉にミューラの視線が強くなるが、ヒルデは怯まない。ミューラは構わず続けた。

 「あの時の失敗のお陰で、向こうの信用は落すし取引は減るしで散々だった」

 「それは本当。でも隠してる」

 リーゼも、まっすぐミューラを見据えたまま返した。

 「あなたが欲しかったものは、単結晶の衝角ではなく、オデットⅡ世そのもの。いやオデットが持つ私掠船免状ではありませんでしたか」

 「それが解っていてここに来たのかい? 私掠船免状(オデット)が無くても、正統後継者が居れば代わりになっておつりが出ることぐらい、解るだろう」

 「それならば、私たちがここに降り立った瞬間に麻酔でも使って眠らせてしまえば事足りました。でもそうせず、私たちと会っている。今回の目的が別にあるからです。それは何ですか」

 「それは今後の交渉によるねえ。帝国の世継ぎに有力星系のお姫様付きだ。言い値で買い手はいくらでもいる。帝国とだって交渉できる」

 「嘘と本音が混じってる?」

 ヒルデが呟く。

 茉莉香は気が気で無かった。さっきから冷や汗が出っぱなしだ。ここはギルドの本拠地で自分たちは丸腰なのだ。それに対峙しているのが、あのミューラなのだ。なのに二人のお姫様は平然と相対している。

 「リーゼ・アクアとあるが、君の本名はリーゼ・アクシア。偽名を使う相手に代表が務まるのかい」

 「アクアは、白鳳海賊団での名乗りです。人からつけられた称号ではなく、自分でつけました」

 「――価値ある血統じゃなく、海の道すじかい――」

 ミューラの独り言に、え?そういう意味なの?と茉莉香は首を傾げた。

 「リーゼは、根本という意味なのです。聖王家の正当な流れ、リーゼ・アクシアとはそういう世継ぎの尊称です」

 ヒルデが小声で囁くのに、本名にまで尊称とは難儀な、と思う茉莉香だった。

 「本当に皇女としてよりも、海賊として来たようだな。」

 ミューラの目から鋭さが消えた。

 「では、改めて申し入れる。辺境海賊ギルドは、訳あって白鳳海賊団に加わりたい。理由は、ギルドが接している銀河帝国と辺境星系連合との戦争だ。」

 「辺境星系連合の中心は、いまギルドが反目している七つ星共和連邦。それにサンピエント自治政府やファミール共和国、セリア王国などが連なっている。どれもギルドのお得意様だった星系だ。だがギルドはどちらの陣営にも組みするつもりは無い。それは海賊の独立に反する。だが現状のままでは、帝国と連合のどちらからも擦り潰されるのは目に見えている。そこで、帝国私掠船免状を持つ白鳳海賊団に我々は注目した。全面戦争が起きれば、海賊は商売が出来なくなる。全面戦争を避けたい」

 ミューラ・グラントは、とんでもないことを言い出した。

 「本当?」

 茉莉香は小声でヒルデに訊いた。

 「少なくとも、嘘は言ってないようです…」

 ヒルデも顔には出ていないが動揺していた。ことが帝国とはいえ王家の世継ぎ争いだった話から、いきなり銀河大戦に飛んだからだ。内戦という事態も悲惨だが、それに外患が加わるとなれば、もっと混乱を極め収拾がつかなくなる。

「帝国は、今は平静を保っていますが、要である聖王家は分裂状態です。外部の勢力が王室の内紛に目を付けて攻め込んでくるとなれば、分裂が一気に表面化し纏まりを失います。戦力に劣る勢力でも、勝算はあります」

 「その結果はどうなるのよ…」

 「多くの星系が、文明と共に失われるでしょう――」

 ヒルデの言葉は、最後はほとんどかすれ声だった。

 「…うそ…」

 二人をよそに、リーゼは落ち着き払って言った。

 「いま私たちには、その話の信憑性を確かめるすべはありせん。ただの法螺なら安心、事実だったら大変な事ですね。でも信じましょう。貴方が海賊だからです。ここで噓を言っても海賊の誇りを貶めるだけですから」

 「しかし、なぜ白鳳なのです? 確かに私たちはいにしえの私掠船免状を持っていますが、それだけの事。ただの太陽帆船に、戦争を止めるほどの力はありません」

 「おやまあ、普命種(ノーマー)はそんなことも忘れてしまったのかい。長命種にとってはつい昨日のことなんだがねえ。帝国の私掠船免状は天下御免さ、抗えるのは発行主である皇帝以外いないんだよ。だから高らかに宣言して欲しい。海賊がここに居るぞってね」

 「それが、『ルビコンを越えろ』の意味なのですね」

 ミューラは頷いた。

 「内憂外患で狼狽する中に現れる第三の勢力、帝国は戦争どころではなくなるだろう。」

 「――しかし、新たな勢力の出現に、帝国と星系連合が手を結んでこちらに向かってくる可能性はありませんか」

 「それはそれで終戦の一つの姿だ。少なくとも両者が傷付く事はない。だがそれに対する保険が、君だよ。なぜ海賊ギルドが皇女を私掠船免状の下に送り届けたと思う」

 星系連合はお構いなしに襲ってくるだろうが、帝国艦隊は皇女を攻撃出来ない。もし、帝国と星系連合が手打ちとなれば、星系連合もおいそれと手が出せなくなり、両者にとって八方塞がりの状態となる。そんな姿を両国の国民は見て何故だと思うだろう。

 メトセラは、言葉を続けた。

「皆に思い出させてやってもらえないか。たった二百年前の掃討戦争を、帝国に海賊が居たことを、今も海賊が居ることを。」

 

 

 白鳳海賊団と辺境海賊ギルドとが会合を持ったその日。

 辺境の緩衝地帯に七つ星共和連邦を主体とする星系連合の艦隊が集結しつつありとの報を受けて、第七艦隊に緊急警戒出動の命令が下った。

 

 

 



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21話

 私掠船は、敵対する相手の経済力を削ぐために設けられた制度である。

 それは海軍力の不十分な後進国が優勢な海軍力を持つ国家への通商破壊を目的とする場合と、海軍力が低下した国家が通商路の維持を目的として募る場合がある。前者のケースが独立戦争時における植民星連合であり、後者のケースが海賊掃討戦争と一括りにされる帝国騒擾時の前期に当たる。

 私掠船は、編成される度に共同保険組合が立ち上げられ、企業や貴族など有力者が出資者となった。私掠船の航海で得られた利益は、国庫、出資者、船長以下乗組員に所定の比率で分配されたが、出資者にとって私掠船はおおむね儲かる事業だった。その時の利益やコネクションが、銀河回廊の接合点整備や多国籍企業の形成に繋がっており、帝国の交通網と経済の発展に大きく寄与している。植民星連合は、国家存亡の危機にあった国民総動員の性格があるが、掃討戦争は、国内の勢力争いに乗じた企業の経済活動という意味合いが強い。

 海賊行為が儲かるためには、雇い主が確固たるものであり、雇い主どうしが正規で争わない状況が必要である。正面きっての戦争となれば、対抗できない戦力を相手にすることになり、また交易路は破壊され経済活動が出来なくなるからだ。そのような場面では海賊でなく海軍が活躍する。雇い主どうしの争いに決着がつけば平和となるが、そうなれば通商破壊の必要がなくなり海賊は邪魔な存在となる。海賊が活躍するためには、全面戦争に至る前のグレーゾーンが要るのだ。むしろ植民星連合の私掠船は特異な例で、利害を度返しした義勇軍は、同一の文化を持った中でのみ成立する。多文化、多国籍の集合体から成る銀河帝国では無理だろう。

 

 かつて掃討戦争で帝国からお払い箱とされた海賊たちは、帝国と対立関係にある星系との緩衝地帯に活路を見出した。オケアノスと呼ばれる辺境である。そのグレーゾーンが、辺境星系連合の進出でレッドゾーンに変わった。いま辺境海賊ギルドが居る地帯は、戦場となりかねない緊張の最前線となった。海賊は、再び居場所を奪われたのだ。

 未だ大航海時代の余韻が残るとはいえ、世が落ち着くとともに、海賊はその役割を終えた。時代に取り残された過去の遺物として、やがて歴史の一ページの中に消えていくのか。

 辺境海賊ギルドの頭目、ミューラ・グラントは、海賊の居場所を見出すべく動き出した。

 いまや帝国で唯一残っている合法の海賊たちも、営業をしているだけの存在から時代のうねりの中に巻き込まれようとしている。

 それは、薪が燃えたあとの熾火のように、消えゆく者たちが放つ最期の煌めきなのか。――それとも。

 

 

 七つ星共和連邦を中核として、サンピエント自治政府やファミール共和国、セリア王国など五〇余りの辺境勢力が連合した辺境星系連合の艦隊一万5千隻は、オケアノスの緩衝地帯まで進出し、統合参謀司令部は、銀河系外縁部を担当する第七艦隊に緊急出動を命令した。

 第七艦隊が見守る中で、一大艦隊群は大規模な軍事演習を行った。これまで単独星系で軍事演習を行う事は度々あったが、これほど大規模に星系同士が連合を組んでの艦隊行動は初めてのことだった。これは帝国への示威行為であり敵対行動だった。演習が終わっても、連合艦隊は帝国との国境ぎりぎりに展開したままとどまった。警戒する第七艦隊に対して挑発する動きは見せず、艦隊陣形を組んで沈黙したまま対峙していた。ただ陣形は、相手を包囲し殲滅する意思を持つ『衝軛(こうやく)の陣』だった。

 警戒にあたる第七艦隊の派遣艦隊(と言っても他のナンバーズ・フリートの規模だが)は、こちらの十分の一の規模に過ぎないにも関わらず包囲殲滅する陣形を取ることに、真意を測りかねていた。本当に仕掛けるのなら、ここは敵の正面を一気に衝いて相手の陣形を崩す魚鱗か鋒矢だろう。ただのブラフか、それとも何か隠し玉があるのか…。

 第七艦隊は、相手の包囲から距離を取り、陣形の変化に対応できるよう、斜めに艦隊を配置する雁行の陣を取って不測の事態に備えた。

 この膠着状態は、三日間続いて、突然に消えた。一万五千隻にも及ぶ船影がいきなり宙域から居なくなったのである。

 敵艦消ゆの報告を受けて、統合参謀司令部はいったん第七艦隊に国境地帯からの後退を命じ、一部打撃艦隊群を残して哨戒の任に当たらせた。相手の意図は解らないが、大規模な艦隊がグレーゾーンに展開していることは、いたずらに緊張を高めるだけだからだ。しかし、その消え方が問題だった。

 

 

 「急に消えたって、1万5千隻が同時にか?」

 「全部同時にじゃないけど、ほぼ一斉にだって」

 弁天丸のブリッジでは、ニュースのヘッドラインで『緊張解かれる』の番組が流れていた。辺境星系連合は一体どんな意図があったのか、その目的とするところはで、コメンテーターが様々に意見している。

 そんなテレビを聞き流しながら三代目に茉莉香が答えていた。

 星系連合の艦隊と帝国艦隊の展開図と、宙域の戦況データがメインスクリーンに出ている。第七艦隊から中華屋の銀九龍経由で弁天丸に送られてきたものだ。

 「よほど統率の執れた軍隊じゃなければ、このような撤退行動はとれない。跳躍時に起きる互いの時空震の影響を考えれば、その練度も相当なものだ。だが急に出来た集まりに過ぎない連合艦隊に、とてもそんな技量があるとは思えない」

 シュニッツアが疑問を口にする。

 「それが、時空震は検出されなかったんだって。代わりに観測されたのが、これ。」

 茉莉香がファイルをコンソールで操作しながら、メインスクリーンに映し出す。

 「重力波反応? 海賊狩りの時の、あれか。」

 百目がグランドクロスとの戦闘記録を呼び出しながら言った。

 「でも、例のジグザグも高速移動もないわよー」

 あの戦闘の時の敵進路と今回の連合艦隊の動きを比較しながらクーリエが言う。

 「しかし、データを見るかぎり確かに重力制御が使われた形跡がある――」

 データを見比べる百目からの報告を受けて、ミーサが思い付いて言った。

 「あのグランドクロスの航跡は、私たちにはジグザグに飛ぶ滅茶苦茶な高速移動に映ってたけれど、空間を移動してたんじゃなくて、タイムロスなしに空間が移動してたんじゃないかしら」

 「それって、どういう意味?」

 茉莉香が質問する。

 「グランドクロスが空間ごと跳躍してたって意味よ。超光速跳躍だって空間を移動するけれど、船が亜空間に入って移動する。光速は越えるけど亜空間を含む時空は越えられない。だから長距離の移動には時間が掛かる。空間ごと跳躍できれば時空に縛られないからタイムロスは掛からない。ちょうど短時間な未来に向かって跳ぶ、タイムマシンのようなものね」

 「外からは、見えない」

 「タイム・マシン」

 時間旅行は、茉莉香も弁天丸クルーも経験がある。一二〇年の時を越えて帰還した時も、三分の時間しか経過していなかった。ルカの言うように、その間は外から見れば、弁天丸もオデットⅡ世も時空から消えていた。

 「グランドクロスは戦闘のあいだ宙域を小刻みに移動していただけだ。いきなり消えはしなかったぜ。動きに相手するのはしんどかったがよ」

 コーヒーを口にしながらケインが指摘した。

 「グランドクロスは研究段階だったじゃない? あの負けず嫌いさんも『試作α号』って言ってたし。本来は時空移動するものが中途半端に跳躍していた。それでも充分トリッキーだったけど」

 「あのグランドクロスの機動が未完成品――」

 では完成品はどんな機動を見せるのだろう。銀河の果てから中心でも対岸でも、自由自在に出現できる船、そんなものがグランドクロス同様に鋭角な運動が可能としたら…。茉莉香は身震いした。

 「それが本当だとしたら、とんでもない技術だぜ。船旅がガラッと変わってしまう。連合艦隊が消えた時に観測されたのは重力波だけ、それも質量分だ。いくら戦艦1万5千隻でも恒星の質量ほどじゃあない。その重力波で宙域に与える影響なんて微々たるものだ。船一隻でも超光速跳躍すれば、周囲に影響が出るほどの時空震が起こる。だから亜空間の出入りには十分注意を払うわけだが、そんな輻射を出さず、質量分のエネルギー変換で空間移動出来ちまうんだ。凄まじいエネルギー効率だよ」

 百目が唸った。

 「少なくとも、辺境が開発できるようなものじゃない」

 「ラキオンが売った」

 「そんなところだ。グランドクロスのような重力制御推進技術と思ってたが、そんな代物じゃなかったって訳だ」

 クルー達がそれぞれに思う所を口にした。

 しかし、茉莉香はそれだけじゃない気がした。

 「なにが気になるんだ船長」

 訝しがる茉莉香にケインが尋ねる。

 「あの連合艦隊の陣形が気になるのよ。どーして縦二列? 包囲する陣形だというけれど、それには相手が多すぎる。とんでもなく高出力の武器を搭載してた? でもそんなエネルギー反応は無かったって言うし、何だか敵を引き付けておいて、いざとなったら横に飛んで射線を避ける、みたいな」

 「逃げること前提の陣形か。突然消えたんだから、そんな所だったかもな」

 「逃げるんだったらいいんだけれど…」

 なお腑に落ちない顔をしている茉莉香を、ミーサが変な胸騒ぎを覚えて見つめていた。

 デレビの解説者は、今回の示威行動は、戦力にはるかに劣る辺境星系が、『俺達の事を忘れるな』と帝国にアピールしたんだろうという所でお茶を濁し、ヘッドラインは次のニュースに移っていた。それは近頃多国籍企業の株価が好成績なのと海賊の話題だった。

 「あ、この前カメラが来てたの、このニュースだったんだ」

 海賊の話題では、白鳳女学院に通うリーゼの姿が映っていた。

 「元気そうじゃない彼女。で、船長。海賊会議すっぽかして、どこに行ってたのかしら?」

 ミーサが怖い視線を茉莉香に送った。

 茉莉香の背中に冷たい汗が流れる。

 「ちょっと、確かめたいことがあって。その、髑髏星に…」

 最後の方は口ごもっている。

 「スカルスターって、茉莉香! それは海賊会議を受けて行くならまだしも、順番が逆でしょう! それも抜け駆けで、一体どういうつもり」

 ミーサはかんかんだ。

 「いや、海賊会議にグリューエルが参加してるし、どうせ止められるんだったら抜け駆けするには一番かなーと、本当、御免なさい!」

 手を合わせて平謝りする茉莉香船長。

 「で、どうなったの。海賊ギルドとの交渉」

 一段と険が強くなるミーサに、只々低頭平身の茉莉香。

 「辺境海賊ギルドの参加申し入れは、まだ返事をしてない。でも、海賊連合の代表は勝手に決めてしまいました。その、リーゼちゃんです。」

 「海賊連合の代表なんて大切な事を勝手に!? 第一、彼女の立場も気持ちも確かめないで、本当にどういうつもり!!」

 横っ面を叩かれるのを覚悟で茉莉香は続けた。

 「リーゼちゃんが、騒動の中心にいる自分が態度を決めなきゃ、皇女としての責任だって覚悟しちゃって、成り行き上お願いしちゃいましたっ!」

 ブンと手が飛んでくるのを待って目を瞑る。

 「ちょっと待って。リーゼが覚悟したって、あの子も一緒に行ったって言うの!?」

 「はいっ。去年クーリエとおじゃました時と同様、密航されちゃいました。ヒルデとっ。」

 あの姉妹なら仕方ないわ、というクーリエ。

 「呆れた。」

 結局、ビンタは跳んで来ず、かわりに心底(この娘たちには)呆れたという声がした。

 「聖王家の世継ぎがギルドに赴くことの危険を知らない彼女じゃないわ。それだけの覚悟で行ったという事ね」

 髑髏星であった事を茉莉香は話した。出迎えたのはグランドクロスという名のサイレントウィスパーに乗ったクォーツであったこと、リーゼが直接ミューラと交渉したこと、銀河系を巻き込む戦争が近づいていると知らせて来たこと、そして、最後にミューラが「海賊がここに居るぞ」と宣言して欲しいと頼んできたこと。

 「あのミューラが、そんなことを。その交渉をリーゼが一人でやったの? そうなら本当に凄い意志の持ち主ね」

 人を見透かす眼力を前に、一歩も引かなかったリーゼ。それは、あの一二〇年前のキャプテン・スズカの姿と重なった。

 「それで返事はしていない訳ね。で、リーゼ総帥や茉莉香参謀長はどうするつもり?」

 「総帥に茉莉香参謀長って……。流石に海賊会議に計ってからでないと、でも、この申し入れ、受けようと思います。」

 「その根拠は? 信用出来る相手?」

 「信用はしてない。でも信頼しようと思う。だって相手が海賊だから。利害の一致する所では信頼に値する相手です。でも、海賊会議での説得は難しいかなぁ」

 「難しいでしょね。でもオデットを中心に結成された海賊団よ。最終的にはオデットの意志に海賊団は従うわ。――いちばん説得が難しいのは、勝手に代表を決めてしまった事ね」

 「はい。誰の指示で動くかという事を、僭越にも決めちゃったから…」

 今更ながら事の重大性に茉莉香は後悔する。何しろ海賊団の中では、茉莉香が一番の新米船長なのだから。でもミーサは意外そうな顔で言った。

 「あら、いま言ったじゃない。オデットの意志に海賊団は従うって。初めから代表はオデットに決まってるわ。提督でも総帥でも、代表は陣営の方針に指示を出すだけで船の指揮は執らないものよ。そういうのは指揮官や船長のお仕事。参謀長は工作と作戦の立案かな」

 「あ、そ」

 海賊狩りでも、艦隊行動の指揮を執っていたのは、電子戦取りまとめ役のクーリエだったし、艦隊戦を行っていたのは各船長の連携プレー。

「で、オデットの茉莉香かチアキちゃん。でも茉莉香は弁天丸の船長でもあるし、海賊会議に無断欠席してたでしょ、だからチアキちゃんに内定してたのよ。もうケンジョー船長の喜びようったら無かったわ。俺がチアキの指示で動くう~ってね。だから、説得が一番大変なのはケンジョーさん」

 そうかと思い当る茉莉香。チアキの船長姿に、バルバルーサから随喜の雄叫びが流れて来たことを思い出した。

 「でも、ミーサ。その『総帥』や『参謀長』って何」

 「海賊連合の元締めなんだから総帥でしょ。並み居る古参の海賊たちを出し抜いて交渉を始めちゃうような古狸は参謀長。勝手なコトして来ちゃったんだから、そのぐらいは受け入れなさい。あと、ケンジョーさんの説得よろしく」

 はい、と答えるしかない茉莉香だった。

 

 



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22話

 加藤茉莉香は、弁天丸の連絡艇で中継ステーションに乗り付け、そこからからシャトル便で新奥浜宇宙港へ降り立った。第一種航宙免許を持っている茉莉香は、自分でシャトルを運転できるので直接弁天丸から降りられるのだが、それはあくまで自家用シャトルを持っていればの話。一介の女子高生にそんなものは持ち合わせていない。新奥浜宇宙港からだって、茉莉香の自家用車は一年の時から愛用しているマウンテンバイクだ。

 街から離れた丘の中腹に建つ茉莉香の家まで、結構距離がある。しかも上り坂。マウンテンバイクのギアを落として一気に坂を駆け上る。

 家に辿り着いた頃には、日も落ち夕闇が迫っていた。

 薄暗くなった中で、玄関のセキュリティー・ロックの暗証番号を打ち込み、ドアを開ける。

 家の中は明かりが灯っていた。そして漂ってくるいい匂い。茉莉香は鼻をひくひくさせた。

 「ポトフだ。」

 キッチンに向かうと、エプロン姿の母親が鍋を火に掛けている。

 「梨理香さん。いつ戻ったの?」

 「お帰り。今日の昼さ。もうすぐ出来るから、制服着替えてテーブル用意しな」

 「はあい」

 久し振りの母娘の団欒だった。

 「豪華クルージングはどうだったの」

 茉莉香は梨理香が行っていたという旅行の事を聞いた。

 「楽しかったよ。銀河の中心から端の辺境までね。まあ疲れることもあったがね」

 梨々香はグラスに注いだテーブルワインを、ぐっと飲み干して言った。

 「茉莉香の方も、銀河の端まで行って来たそうじゃないか。なんでもこちらの海賊と、海賊ギルドとの連合話が持ち上がっているとか」

 「どこで聞いたの? まだ決まってないんだけれど」

 「宇宙(そら)に居るとね、いろいろ聞こえてくるものなのさ」

 「豪華クルージングなのに?」

 茉莉香のかま掛けにも動じず梨理香は応じる。

 「旅先がゴージャスなら、豪華クルージングさ」

 ホント、どこ行ってたんだろと思う茉莉香。

 「で、どうするんだい。ギルドの申し込み受けるのかい」

 「弁天丸のみんなにも言ったんだけど、受けようと思う。まあヨット部のみんなにも、海賊会議にも図らなくちゃいけないけど、リーゼがその気でいる」

 ほこほこと湯気を立てているポトフに、視線を落としながら茉莉香は言った。

 「この前の営業の時、グリューエルが撃たれたの。」

 その様子は、銀河に生中継中だった。

 「ああ、見てた。」

 「犯人は鉄の髭さんに捕まったんだけど、その時ね、チアキちゃんが言われたのよ。身体に怪我は無くても、人に撃たれるという事は、結構心に傷を負うものだって」

 茉莉香の言葉に梨理香は飲みかけワインを噴いた。

 ――なに格好つけてんだ。人のこと言えた義理か――と、心の中で思った。

 「前に梨理香さん、私が初めてブラスターを撃った時、それがいまお前が手にしているものが力だって言ったよね。海賊を指揮すれば、もっと巨大な力をふるう事になる。海賊は、いつ射つか、射たないのか、全部自分で決めて自分でやらなきゃならないって」

 「ああ」

 「それは、船長は結果だけじゃなく、クルーにも責任を負うっていう事」

 「そうだ」

 「私、解ってたつもりだったんだけど、全然わかっていなかった。弁天丸のクルーは私なんかよりずっと前から海賊してて、そんな覚悟言うまでも無いって感じだったし私もそれに乗っかってた。でもオデットのクルーは違う。みんな私が巻き込んだ普通の女子高生」

 梨理香は娘の独白を黙って聞いていた。

 「でね、撃たれたグリューエルが言ったの。誰が盾になればよかったのですかって。誰も盾になっていい人なんていない。それにヨット部のみんなも言った。銃を直接向けられたことはないけど、砲口を向けられたことはあるんだよって。相手がちょっかい出して来たんなら、きっちり対抗すべき。植民星の海賊も含めて、今後舐められないようにこちらの態度を示すべきって言ってくれた」

 「あのひよっこ共がねえ。言うねえ。思いっきり詰め込んだ即席教練でも、音を上げずに楽しんじまうだけのことはあるねえ」

 かつてオデットⅡ世の指揮を執った母親は言った。

 「茉莉香。弁天丸のクルーは、そりゃ経験も豊富で年数も経ている。でも覚悟ってもんは経験や年数で価値が変わるものじゃないんだよ。その人が自分で決めたベストって事だ。

 オデットのクルーは、もう立派に海賊の覚悟を持ち合わせているよ」

 「それはチアキちゃんも言ってた。」

 そして笑い合う二人。

 「だが、相手は大人だ。どうオデットを利用しようとしてくるか分からない。そこん所は用心しな。こっちの海賊は、まあオデットが自分らの保証人みたいなもんだからいいが、ギルドや帝国は別の考えを持っている。」

 「うん」

 「あたしが宇宙海賊になったのは、それが宇宙を知る一番手っ取り早い方法だと思ったからだ。」

 「茉莉香、お前はどうしたい? それを考えるとき、自分がなぜ海賊になったのかを考えてみるのもいいかもしれないね」

 そう言ってグラスをあおる。

 「まあ海賊狩りで、海千山千の海賊たちを連合艦隊で纏めちまったお前だ。期待してるよ」

 「連合艦隊って、それって辺境星系連合…」

 「ばらばらなのはどっちも同じ。この際、海賊ギルドだけじゃなく、帝国艦隊も引き入れたらどうだい」

 ははははと、破顔する加藤梨理香だった。

 

 

 ジェニー・ドリトルは、核恒星系の第四星系第五惑星メルクリウスにいた。

 宇宙大学のいち学生ではなく、急成長著しいフェアリー・ジェーン社の社長であり帝国を代表する大財閥ヒュー&ドリトル社の有力な次期社長候補、若き新進気鋭の経済人としてである。

 その経営手腕は大胆かつ繊細。現当主の伯父や、その弟で覇を競っている父親よりも上だと専らの噂だ。一部ではヒュー&ドリトルを越えている部門もあり、ヒュー&ドリトル(財閥)とフェアリー・ジェーン(新興)を両天秤にかけて取引している企業も多い。

 海賊観光ツアーでは、やりすぎとの批判を受けて自粛しているフェアリー・ジェーンだが、会社経営は揺るぎもしていない。むしろ観光クルーズは売り上げを続伸中である。

 それは、あの実況中継が本当にヤラセだったのかという疑惑があるからだった。これまでクレームや悪どい商法の噂を聞かなかった会社が、皇女相手にそこまでするかという疑問。そんな中で辺境星系連合という敵対勢力が現れたことは、その勢力が実際に皇女暗殺に乗り出して来ていて、それをフェアリー・ジェーンは未然に防いでみせたという印象を持たせた。むしろヤラセを喧伝している報道は、当局が帝国に敵対する者がいることを認めたくない事の裏返しではないか。そんな穿った見方もある。

 フェアリー・ジェーンの海賊ツアー再開を望む声は大きかったが、ジェニーは再開する積もりは無かった。濡れ衣の方を付けるまでは。

 重厚なネオ・バロック様式の建物が並び立つ本通り。帝国銀行や帝立中央証券取引所をはじめとして、銀河帝国を代表する大企業の本社が集中する地区である。

 その中で、円柱のファザードが特徴的なヒュー&ドリトル財団のビル。もとは、ヒュー星間運輸会社の本社だった建物だ。ヒュー星間運輸会社は一一九年前にドリトル商社と合併して(というより乗っ取られて)ヒュー&ドリトル星間運輸となった。来年は創立一二〇周年を迎える。ヒュー&ドリトル星間運輸の本部はドリトル商社があったオリオン腕にあり、かつてのヒュー社社屋は文化事業の法人ビルとなっている。もっとも核恒星系での本店業務も担っているが。

 ジェニー・ドリトルは、ファザード前の石段を上がって太い円柱の間を通り、正面玄関の回転扉をくぐる。回転扉は、最初少し重い抵抗を見せ、すぐ慣性でジェニーを取り込み中に引き入れる。その後に、スポーツバックを肩に掛けたショートカットの茶髪の女性が続く。ジェニーの恋人、リン・ランブレッタだ。

 リンは空色のジャケットとパーカー・キュロットにハイソックスという、相変わらずボーイッシュないで立ち。一方ジェニーはエレガントなホワイト・ノースリープ・ビジネスドレスを着こなしている。

 エントランスホールに入って来たジェニーの姿を見て、受付嬢が恭しく応対する。

 「これはお嬢様、よくいらっしゃいました。今日は社長にご用件で?」

 「社長にアポは取っていないわ。今日は、ここの『商談室』を使わせてほしいの。うちの会社まだ日が浅いから、メルクリウスにあるオフィスも代理店程度しか無くて。――核恒星系と辺境星域をカバーできる相互会議室程度の規模がいいわ」

 「カンファレンス・ルームですか。少々お待ちください。」

 ちらと隣のリンのバックに目を遣りながら、受付嬢は二人から離れる。

 「受付嬢でも一目でジェニーが解るのか? 流石は次期当主候補だな」

 「そんなんじゃないわ。さっきの回転ドア、スキャン・ルームになってんの。危険物持ち込みの確認から生体認証までしてるわ。リンのバックの中身もね」

 核恒星系で危険物の持ち込みは、惑星ごと不可能だ。だが危険物は武器や生命体だけとは限らない。ビジネス街にとって危険物とは情報のやり取りである。

 「こんなところに、コイツを持ち込んで大丈夫なのか」

 リンは肩にかけたバックをひょいと揺すった。

 「だから商談室なの。どうせ覗き窓だらけの部屋でしょうけど。それに三〇メートル以上離れられないんでしょ」

 「そりゃま、そうだけどさ」

 立ち話をする二人に、さっきの受付嬢が戻って来て伝えた。

 「お部屋は空いております、どうぞご自由にお使いください。」

 2003のルームキーをジェニーに手渡す。

 「借用書は?」

 「一族の方にそんなものは必要ありません。社長が良しなにと申しておりました」

 ここの社長は伯父の息子だ。伯父は息子に会社を継がせたいと思っている。だからここ(核恒星系)の店長に置き、帝国中枢との顔繫ぎをさせている。

 「ありがとう。」

 そうとだけ返して、二人はエレベーターホールに向かった。

 二〇階にある会議室の並びの3号室。広さは、カンファレンス・ルームといいながらさほど大きくない。楕円形のテーブルにモニターが並んでいる、ちょっと広めの会議室といったところ。

 しかし人が集まって商談する場所ではない。そのようにも使われるが、ほとんどはネットを介した双方向テレビ会議だ。大企業の責任者が集まる会談には、席に立体映像が映し出されるが、実際は学校の相談室程度のスペースもあれば事足りる。

 リンは、バックをテーブルに降ろして中身を取り出した。出てきたものは、タワー型のサーバーと愛機のHAL坊。

 テーブルに並ぶPC端末をサーバーに繋いで立ち上げる。PCのモニターには、幾つかの企業のロゴが表示されている。それぞれの会議用プラットフォームにログインされたのだ。

 「用意はよし。行こうか」

 リンはプログラムが作動したことを確認すると、HAL坊を持ってジェニーと共に部屋を出た。ドアを閉めれば、会議室は気密性の高い電子暗室となる。

 無人となった会議室では、モニターに相互通信でジェニーと相手会社の役員が出ている。だが、それはダミー。ログインは本物だが、実際にリアルタイム会議などはされていない。サーバーに予め録画されている架空の会議。

 ジェニーが先頭に立ち、社内LANの端末がある一室に向かう。そこは普段は、社員が事務に使うビジネスルームだ。デスクが一つ置かれているだけの、用務員室より狭い空間。しかしここが、これから始める電子戦の指令室となる。

 リンはデスクの端末にHAL坊を接続し、戦闘を開始する。まずは社内端末を先程の会議室にリンクさせる。もちろん、ここから繋いだ形跡など残さない。

 各企業のプラットフォームをバックドアに、それぞれの企業の内情を探るのだ。

 「じゃ、始めるぜ」

 幾つかのショートカットを組み合わせて、企業の外部からのアクセスを防ぐファイアウォールを次々と突破して、正規でない取引が記録されている中枢領域へと侵入する。あまり公には出来ない内容だ。

 「手慣れたものね。流石はクラッキングのおリン」

 「そこ変な二つ名付けない。まあ、自覚はあるけどね」

 流れるような手際にジェニーが感心するのに、リンが手を休めずに答える。

 「よし。開いたぜジェニー」

 先ずは、正規軍を中心に手広く商売をしている、軍需会社シャイロック・テクノロジー。

 「ここは携帯火器が主ね。辺境に近い星系を窓口にしてる。口利きは――、やっぱり地元選出の帝国議員と元老院議員。まあ、小遣い稼ぎってとこかしら」

 そして、ジェニーの実家、ヒュー&ドリトル星間運輸。

 ヒュー&ドリトルも辺境星系連合に武器輸出をしていたが、もっぱら完成品だった。一件ごとの取引額は大きいが回数はそれ程でもない。多国籍企業が有力議員に働き掛けて、潜在的敵対勢力に武器輸出、その利益を議員にキックバック。誰かさんの伯父がよく使う手で、うんざりするほど見飽きてる。

 辺境と最も手広く通商を行っているのは、企業連合体ラキオンだった。企業連合体というだけあって、所属している各社がそれぞれに商売をしている。各社ごとの取引は小さいが、コングロマリットとしてならかなりの量だった。

 一件一件の取引額は小さくても、頻繁にやり取りしている。秘密裏な技術提供の裏にあるものは、巨大な利権。何処かの実家でよく見た構図だ。ホント解り易い。

 「茉莉香の話では、七つ星連邦は海賊ギルドを介さずにラキオンと取引を始めたそうよ。重力制御のね。システムそのままでなくても、一見バラバラな品物の中に部品となるものを忍ばせて、組み立てると重力制御推進システムの出来上がりって寸法。密貿易でよく使う手なんだって」

 「密貿易って、弁天丸もしてるのか?」

 「もともと海賊がやってた事だそうよ。それで、システムになりそうな品物のリストで、百目さんからの情報。比較してみてくれる?」

 ジェニーが情報の入ったチップをリンに渡す。

 ものの見事に、ラキオンの取引が一致する。

 そのなかで、突出した取引額がひとつ。

 「結晶体固定プリンター」

 工作機械の切り出しに使うエッジを作る機器だが、

 「これって…」

 「単結晶を造り出すことも出来る。」

 許可なく持つことが禁止されている。ラキオンの傘下にある企業のうちで許可を受けているメーカーはいるが、当然、輸出することは出来ない御禁制の品だ。

 「ビンゴ、ってとこか?」

 「そのようね。」

 二人は、HAL坊に表示された書類を見てニンマリした。

 「この取引でキックバックを渡してる相手判る?」

 「一寸待ってな」

 コマンドを打ちこむと、次のファイルが現れた。

 「まあ、どこの会社も外部からのアクセスは用心してても、いったん入り込まれるとザルだな。こりゃ」

 「内部文書までセキュリティー高くすると、書き入れや管理に手間だものね。――うちの会社は違うわよ」

 「ジェニーとこは、ガチガチだものな。海賊ツアーのファイルに辿り着くまで一苦労だったよ。花丸をあげよう」

 「それは光栄ね。と言いたいけれど、うちまでハッキングしたの!?」

 ジェニーがリンを睨む。

 「そう怒るなよ。セキュリティーをテストしたと思ってくれ」

 ブラインドタッチの手を休めすにウインクするリン。

 「よし、出たぜ」

 真っ黒黒のラキオンと、役人との繋がりを探っているうちに、一人の官僚が浮上した。

 「ルヴァンシュ・ネメシス。監察局参事官。出身は、あら宇宙大学。――私たちの先輩だわ」

 「学歴詐称てこともあるぜ。宇宙大学校とか、銀河宇宙大学とか」

 「宇宙大学と言えば、無印の宇宙大学。待って、卒業名簿調べてみるから」

 ジェニーは自分の学生証から、大学学生課にアクセスし、卒業者の名簿を照会した。

 「あった。本当に宇宙大学出身――」

 「てことは、宇宙大学にも繋がりが有るって訳だ。茉莉香からの話、聞いてるだろ」

 「重力操作がタイムトラベルと関係があるって話ね」

 ジェニーは、初めてアテナ教授の自宅を訪ねたときに見た、恒星エネルギーを丸々使う巨大なプラントを思い出していた。

 リンも帝国人事院が出している公務員経歴から、ルヴァンシュ・ネメシスという人物について当たってみた。公務員経歴は公式に出されているものだから、ハッキングでも何でもない。聖王家の宮内省書記官から始まり、枢密院、総務省通商部、統合参謀本部付官僚とキャリアを重ね、現在は監察局参事官。

 「待てよ、ネメシスって一族、もと帝国貴族だ。一二〇年前に平民に降下されてる。その時の氏名は。――無い、記録から抹消されてる。一族の一人が消去処分で平民となってる」

 「それって、まさか――」

 自分たちにとって、ほんの数ヶ月前に関わった人物の子孫の可能性があった。

 「とにかく、これで濡れ衣を着せた相手は判ったわ」

 「侯帝派に繋がる監察局ってわけか?」

 モニターを確信に満ちた目で見つめるジェニーにリンが問いた。

 「ううん。」

 ジェニーが被りを振った。

 「侯帝派とか監察局じゃなくて、今回の騒動をプランニングしてる者が居るってこと。侯帝派や監察局は自分の勢力争いに乗じて利用されてるだけ。恐らく七つ星連邦などの辺境連合も」

 「構図は一二〇年前と変わらないのよ。オデットⅡ世の単結晶が狙われた時と一緒、銀河帝国はぜんぜん進歩してない、紛争で一儲け企んでる者達が居るってこと。」

 「グリューエルが前に言ってた、戦争をプロデュースするってやつか!」

 ジェニーは深く頷いた。

 「今回の仕掛け人は、恐らくこのルヴァンシュ・ネメシスって奴だわ。でも彼を排除できたとしても、同じような考え方が残る限り、別のネメシスが後を引き継ぐでしょう」

 「でも、それでどうするんだい? 相手はいろんな思惑が寄せ集まってる集合体みたいなもんだ。誰か一人に狙いを付けるのと違って、雲を摑むようなものだぜ」

 「ユグドラシルだって似たようなものだったじゃない。ユグドラシルって一つの形をとってたから解り易かったけど、あれも企業のコングロマリット、集合体だわよ」

 「じゃあ今回集まっている中心にいるものは?」

 「人間の、欲よ。」

 「欲って――、それじゃ排除できないぜ。人間である限り」

 「別に聖人君子にならなくてもいいのよ。もっといい儲け口があれば、それに人は飛び付くわ」

 「具体的には?」

 「いまはまだビジョンが纏まっていないけど、とりあえず紛争が儲かる事業にならなければいい。」

 「てことは、青写真みたいなものはあるようだな。いったい何だい」

 「まだ夢想のようなものよ。無限彼方君が拓いたXポイントを見て思い付いたんだけど、全く思い付きのもので、自分でもイメージ出来てないわ」

 そう言ってジェニーは肩をすくめた。そんなジェニーにリンの顔が赤くなった。それを語るジェニーは、まるで子供のような目をしているなとリンは思ったからだ。

 「とりあえず、宇宙大学と監察局にクラッキングを掛けられないかしら」

 不敵な事を言い出す時の戦闘モードに戻ったジェニーは、またとんでもない注文をしてきた。

 「おいおい、どっちも超の十乗も付く所だぞ。それに宇宙大学って、俺も秋から行く大学だぜ。そんなところにクラック(書き換え)掛けたら合格がフイだ」

 「出来ないんなら出来ないでいいのよ。無理はしないで」

 リンを慮るようにジェニー。

 「なあ、それってアドバイスになってないぜ。煽ってるよ」

 背伸びをしながら手を前に組んで伸ばし、指をぽきぽき言わせてキーボードに向かう。

 「あーあ、九月から浪人生活か。来年も宇宙大学、無理だろーな」

 そうぼやきながら、凄まじいスピードでコマンドを打っていく。HAL坊のディスプレイはコマ落としのようにファイルが現れては消え流れている。

 ものの五分で外部からのファイアウォールの関門を突破できたようだった。内部に侵入を果たしたリンが指を止めて訊く。

 「で、どの場所にクラッキングを掛けるんだ?」

 「監察局は例の参事官とラキオンとのプラットフォーム。宇宙大学の方は、ユニバーGs1にある高エネルギー粒子研究ステーションの超次元宇宙論研究室」

 「何を研究してるところなんだ?」

 「プラント施設は恒星制御が表向きだけど、ほんとうの目的は時間跳躍」

 書き換える内容はこうよと、リンに文面を渡す。それは、ジェニーの会社、フェアリージェーンのロゴマークだった。

 「おいおい、そんな物送ったら、こっちのクラッキングを教えてやるもんじゃないか。足跡を消す意味がない。それに、品行方正な社名に傷がつくぜ」

 「別に取り潰しになったって構やしないわ。これは私からの果たし状なの。全部知ってるぞってね」

 端正な顔が凄みのある笑みを浮かばせていた。

「解った。パートナーだもんな、付き合わせてもらうよ」

 そう言うと、リンはロゴマークに一言付け加えて文書を送り付けた。

 文書には、フェアリージェーンのロゴと一緒に、by.リン・ランブレッタの署名がしてあった。これでジェニー・ドリトルとリン・ランブレッタは、銀河帝国通信法第一級容疑のお尋ね者になった。

 

 

 



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23話

 宇宙大学に戻ったジェニー・ドリトルは、着いて早々、担当教官からの呼び出しを喰らった。

 きっちり署名付きで大学ネットにクラッキングを仕掛けたのだ。大学当局からの召喚は覚悟している。だが呼び出したのは、学生課ではなくアテナ・サキュラーだった。

 ジェニーが向かった先は、タニアの閑静な地獄の一丁目でなく、教授のゼミや研究室が並ぶ、通称『煉獄回廊』。宇宙大学の学生たち(雛っ子)が揉まれる場所という意味だ。ここはプライベートな住空間ではなく、機能一点張りの事務室と同じ。会社を経営しているジェニーにとっては、むしろ馴染みある雰囲気だ。

 そっけなく「アテナ・サキュラー」の名札だけが掛かった部屋のドアをノックし、中に入る。

 「あら、随分と緊張感のないノックね」

 自宅に見られたような重厚さの欠片もない椅子に座ったアテナが、ジェニーを迎えた。

 「私が呼び出した理由、解ってるでしょ」

 開口一番、厳しい口調である。

 「はい。」

 「何てことしてくれたの。大学管理部はカンカンよ! というより頭を抱えてるわ」

 叱責されるのは判る。大学当局が怒るのも当然だ。だが頭を抱えているとは。

 「それって、どういうことですか?」

 「これまで、宇宙大学がハッキングを仕掛けられた事は幾らでもあるわ。いま現在も盛んにアタックされてる。そりゃ知識と技術の宝庫ですもの、喉から手が出るくらい欲しい情報が星の数ほどある。でも、成功したためしがなかったの。ここのセキュリティーは、外の最新のものより五〇年以上の差があるわ」

 ここで開発された技術が確かめられた後に帝国に出ていく。帝国発の技術が宇宙大学と同等というケースは、まず無い。

 「それが、あっさり破られて、極秘研究部門の中枢まで侵入されて、足跡も残さずに書き換えをされちゃったのよ。システムエンジニアの教授も暗号の研究者もみんな蒼くなってるわ。管理部はお通夜状態。犯人の署名が無かったら、そこまで入られたことに今も気付かないほどに決められたんですもの」

 そこでまた疑問が湧く。何故呼び出したのが大学当局じゃなくアテナ教授なのか。

 「犯人の署名を見ると、一人はあなた。侵入先が、例の研究をしている超次元宇宙論研究室。――そこで、まず関係者である私が話を聞くことになった訳」

 「先生が関係者とは?」

 「タイムトラベルの関係者だということ。いま大学で進んでいる超次元跳躍研究の最大の貢献者は、タイムトラベルのデータをもたらしてくれた貴方なのよ。それに当局が査問に入るとなると、極秘の研究も時間跳躍の事実も広く知られる事になる。だから私が選ばれたの。それに、宇宙大学がハッキングを決められたなんて、公にしたくないもの」

 つまりまだ大学は、知らんぷりしている訳だ。

 「あなたがそれほど電子情報に長けているとは思えないから、一緒に署名してあった子がしたんでしょうけど、リン・ランブレッタって何者?」

 「私の後輩です。大学当局はもう知っていると思いますが、九月からここで学ぶ予定です」

 「まあ、新入生。だとしたら、宇宙大学は素晴らしい原石を得ることになるわね」

 素直に喜んでいるアテナ教授。

 「何でも電子情報技術の一点突破だったそうです。――あの、合格は、やっぱり取り消しになるんでしょうか」

 「そんな貴重な逸材を逃すほど、宇宙大学はおバカじゃないわ。ここの方針知ってるでしょ」

 「知性にはそれに相応しい資格が必要。ですね」

 「その子は、見事に証明して見せた。大学入試の一点突破以上にね。まあ保護観察にはなるでしょうけど」

 高校だけでなく大学でも、リンの保護観察処分は続く様だった。

 「どうやってハッキングを決めたのか、話してくれないかしら。私も詳しくないけれど、うちのシステム、そんなにヤワな作りとは思えない。恐らく帝国の統合参謀司令部でも破れないんじゃないかしら。ハードだけでも星系一個分の出力が必要と思うから」

 使ったのは、軍用のノートパソコン一個でしたとは、とても言えない。

 「あの、筐体はそんな大層なものは使わなかったんですけど、その、ソフトにアレを利用したそうです」

 「アレ?」

 「私掠船免状…。リーゼが前に弁天丸に使ったのを見て、そのプログラムを改造したんだそうです。そしたら、大学サーバーもすんなり受け入れたって」

 アテナは絶句した。

 「あのプログラムを改造って…、プログラム自体解析を許すような代物じゃないのに…。相当な手練れのようね、貴方の後輩」

 「そう思います。クラッキングされた弁天丸の電子戦担当者も、使われたプラグラム解析に匙を投げていましたから」

 ウィザード級のクーリエでも、弁天丸のシステムでは解析できなかった。今とはまるで違う基本言語を使っているという所は摑めたのだが、内容までは無理だったのだ。リンは容量が大きいだけでシステム的に劣るオデットⅡ世で解析した。だが白鳥号に与えられた私掠船免状には相性が良かったらしい。確かに苦労はしたが、解析できない事は無かった。それをハッキングの手駒にしたのはリンの手腕だった。どんな船(システム)でも乗っ取ってしまえるプログラムだ。電子戦に利用しない手はない。

 「あの言語は、銀河系で一番古いものなの。そして今あるプログラム言語の基礎になっている。だからあらゆるシステムがあの言語を受け入れるけれど、その逆はロゼッタ(翻訳)が無ければ無理。宇宙大学の情報システムも、あの言語を使っているわ。だからハッキングが不可能だったのよ」

 「だから、監察局にも侵入できたんですね」

 「監察局にもアレを送り付けたの? だったら銀河じゅうのお尋ね者じゃない。でも宇宙大学は関係ないから」

 まるで他所事のように受け流すアテナ。それは、宇宙大学は治外法権だからだ。学生や大学関係者だけでなく、入学前の新入生にも「大学が認めた者」として適応され、帝国政府は身柄を拘束することが出来ない。

 「実は、そうでもないんです。」

 と、ジェニーは、ルヴァンシュ・ネメシスとラキオンとの癒着を話した。彼が今回の騒動の中心人物であるらしいこと。宇宙大学出身者であること。そして、ラキオンを通して重力制御に関する技術を辺境連合に渡した疑いがある事。

 それを聞いたアテナの表情は硬かった。

 「そうなの…。前に話したと思うけど、宇宙大学も、世俗から切り離された象牙の塔ではないという事だわ。ここの研究を外に持ち出すことには強い制限が掛かってて、基本許されない事なのだけれども…」

 宇宙大学と外との技術差は相当な開きがある。

 ために宇宙大学が特定の勢力と結びつきを持つことを銀河帝国は禁止している。それは帝国自身にとっても例外ではなく、他勢力が大学と結びつきを持てば大変な脅威となる一方で、帝国がその知識を独占すると、傘下にある星系政府に警戒と疑念を生み出して帝国崩壊の危機となる。そのための安全保障が治外法権なのだ。銀河帝国は宇宙大学に干渉しないが、宇宙大学も外部には関与しない。これは、銀河帝国が宇宙大学と出会った時からの大原則なのだ。

 「でも、いくら宇宙大学出身だといっても、一介の卒業生に大学最新の研究を持ち出すことが出来るのですか」

 「出来ないわ。たとえ大学院を修了してても無理でしょうね。知性にはそれに相応しい資格が必要よ。その知識に触れられるのは大学に残る決心をした研究者以上の者だけよ」

 宇宙大学は、帝国中枢や星系政府に俊英を送り出してきた。その者たちは帝国のまたは故郷のエリートとして活躍している。しかし知識の深淵に触れようとするなら大学に残る。だがそれは宇宙大学を終の棲家とする覚悟がいるのだ。最新の研究成果を持って大学を去ることは許されない。研究者が大学を去ろうとするには、研究から離れて最短でも一〇年の待機期間を必要とされる。外部との技術差が大きければそれだけ待機期間は長くなる。ものによっては、寿命が尽きても待機期間が終わらないケースもあるのだ。

 とくに、社会への影響が大きい科学技術分野の研究者は、外部との接触も著しく制限される。アテナのように、人文系の研究者なこともあるが、教授でありながら帝国貴族で元老院議員でいられる研究者はごく少数なのだ。

 「恐らく超次元跳躍研究のスタッフの誰かが横流しした。ネメシスという人物が、大学時代のコネを使って唆した。自分の知的好奇心で大学に残ったけれども、それだけでは満足できない研究者もいるという事よ」

 全銀河のエリートが集う宇宙大学でコネを作ろうと思っていたジェニーには、複雑な思いにさせる言葉だった。

 「ネメシスが横流ししていた技術は、そうそう表に出せる代物じゃないのに。考えたくないけど、研究の中枢にいた学者が手引きしたとしか思えないわね。大学の腐敗も根が深いという事か。でも、渡ったのが重力制御だけでなく単結晶というのも気になるわね」

 そう思案に耽るアテナに、ジェニーが突然振った。

 「なら、やっちゃいましょうか」

 「やっちゃうって、何を?」

 「こそこそ隠し事しているから、儲け話になるんです。通気が悪いと旨味も腐りに変わる。小遣い稼ぎ程度なら目も瞑れますけれど、帝国の内紛に乗じて荒稼ぎしようなんて度が過ぎています。そのために可愛い後輩が危険な目に遭いました。私の会社も大損害です。」

 「儲け話を価値の無い物にしてしまえばいいんです。腐った旨味は腹痛の元、きっちりリスクがあることを思い知ってもらいます。」

 「だから、何するつもり」

 向こう見ずな目をした教え子に、一抹の不安を覚えてアテナが訊く。

 「重力操作と超次元宇宙論を、情報公開します。」

 「それは、大学でも超極秘の研究よ。ただの学生に過ぎないあなたが公にすることは許されないわ!」

 間違いなく査問。良くて放校処分、悪くすると監視付きで一生大学から出られない。

 「あら私、宇宙大学の学生ですけれど、白鳳海賊団の顧問でもありますのよ。研究データのマスターは、リンが持っています。もう海明星に着く頃です。白鳳海賊団の総帥がそれを見た時、どういう反応を見せるか。恐らく私と同じ決断を下すでしょうね。皇女は、それだけの見識を持ったお方です」

 アテナは、これまで数えきれない数の学生を受け持って来た。その中にはユニークな視点を持った学生もいた。極めて優秀な学生もいた。しかし皆、宇宙大学の学生であることを外した子はいなかった。だが、この教え子はどうだ。容易に宇宙大学の肩書を捨てることを躊躇わない。まるで取るに足らないものであるかのように。

 「象牙の塔? 帝王の目帝王の耳? 宇宙大学にも監察局にも、しっかり落し前は着けてもらいます。その後は――、宇宙大学と帝国の自浄努力に期待します」

 

 



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24話

 辺境星系連合の艦隊が突然に現れて消えた現象は、帝国科学院の調査で、それが重力操作によるものだと解った。機動戦艦グランドクロス試作α号の戦闘データと付き合わせて判ったことだ。しかもそれは、キロから光年単位まで距離に関係なく精密移動ができるものらしい。だが、その技術の出所が分からなかった。

 そんなところに、帝国の官僚と宇宙大学との癒着が、白鳳海賊団の名ですっぱ抜かれた。

 大学出身の官僚が、一部企業へ研究データを横流しし、その謝礼を研究者に渡した通信のメール内容である。そして企業が、真っ当な取引に見せかけて行っていた技術流出を、その項目と帳簿とを付け合わせて公開した。

 それと合わせて、疑惑の証拠として、流出した技術の核心である『超次元理論による重力操作』を情報公開してしまったのだ。――これで、企業と研究者が持っていた極秘な技術の独占という価値は無くなった。

 前々から一部企業の技術突出から、その噂は流れていたが、余りに自明な事なので誰も問題にしていなかった。だが、こうして裏取引の証拠を突きつけられると、あらためて問題の大きさに気付かされた。宇宙大学の独立性は、そもそも何の為だったか。そして今回の技術流出が、敵対勢力に行われていたという事が衝撃的だったのだ。

 とくに外交部は、事態を深刻に捉えていた。すでに有力星系の幾つかから、説明を正式に求めて来ているからだ。

 帝国政府は宇宙大学に事実確認を求めたが、もう片方が政府の人間とあって、どうにも歯切れが悪い。大学当局も『現在調査中』との返事だけでである。その間にも、星系政府からの突き上げが来る。セレニティー連合王国の特使として枢密院侍従長がやって来たが、言葉の内容は穏当なものだったが、老人の鋭い眼光に、応対に当たった外務大臣は心底震え上がったという。

 セレニティー枢密院侍従長は、帝国外交部が各個対応している間に、星系代表部を纏め上げ、帝国議会の下院に当たる星系院に特別審査の議会開催を求める手筈を整えた。ここで監察局の査問と帝国政府弾劾が行われる。

 上院の元老院は、この動きに反対の立場をとったが、実は元老院も一枚岩で無い。侯帝派が多数を占めるが女王派の議員もいる。そして星系院は女王派が多数派なのだ。これでは侯帝派にとって劣勢。それに、元老院と星系院が対立する構図となれば、いくら元老院の議決が優先されても帝国が真っ二つに割れることになる。それは元老院も望む所ではない。今はまだ議会開催の正式な要請は出されていないが、これからの成り行きでどうなるか分からない。

 このところの動きに、侯帝の血圧は上がりっぱなしだった。七つ星共和連邦はリーゼさえ片付けてくれればよいものを、あろうことか帝国を挑発して来た。肝心のオデットⅡ世は、海賊業を自粛しているのか、さっぱり動きが無い。そんな所に、今度は監察局の汚職ときた。

 「長官! これは一体どういうことかね。七つ星共和連邦はリーゼを狙っていたのではなかったのか。そのための工作が、最先端技術の横流しだったのかね!!」

 「決してそのような。それはルヴァンシュ・ネメシスという者が勝手にしていた事。監察局が関与していた事ではありません」

 「一介の参事官にこれほどの機密漏洩が出来る訳なかろう! お前も小遣い稼ぎしていた事ぐらい容易に判るわ!」

 侯帝が一喝する。事実、長官はラキオン相手にキックバックを貰っている。情報部より詳細に帝国の機密が集まることを良い事に、多国籍企業や星系政府の内部情報を渡していた。その窓口に使っていたのが、ルヴァンシュ・ネメシスという小役人である。宇宙大学出身で、研究畑にも経済界にもやたら顔が利くことを良い事に、いろいろ便利に使っていた。

 だが只の小役人ではなかった。

 「いったい奴は何を目論んでいたのだ? これでは帝国に戦争を起こそうとしていたとしか思えん」

 「案外、そのような所かもしれません。戦争が起きれば、軍需産業界は莫大な利益と影響力を手に出来ますから」

 「外患誘致と内乱罪ではないか! そのような会社はネメシスともども消去してしまえ!」

 自分がリーゼにやっている事を棚に上げて侯帝は吼えた。だが、長官は困った顔で返答した。

 「ネメシスは公務員法で罰せますが、企業の方は取り締まることが出来ません。何しろ流出した技術は行政府も把握していないものでして、禁輸項目に無い物です。外患誘致も明らかに敵勢力を招き入れたという物的証拠がありません。むしろ……帝国の内紛に乗じられたとみるべきかと」

 侯帝は苦虫を噛み潰した顔で、懐から薬を取り出し口に入れた。このところ胃の調子がつとに悪いのだ。

 「……で、ネメシスはどうした。身柄は拘束したのだろうな」

 現行法で罰せられなくても、贈収賄罪で企業を締め上げることは出来る。

 「それが、事態が明るみになる前から姿を消しておりまして、監察局がハッキングに遭った直後に逃亡したようです。いま、全力で探索しております」

 ますます渋い顔の侯帝。

 「陛下、お体ご自愛ください」

 小声で身を案じた長官に、思わず錠剤を投げつけて怒鳴る。

 「いったい、誰のせいと思っているか!!」

 頭に降り注ぐ錠剤に平身低頭するしかない長官だった。

 

 侯帝は女王に拝謁し、白鳳海賊団を取り締まるよう迫った。理由は、ハッキングによる電波法違反だ。

 だが、女王はそれをきっぱりと断った。むしろ帝国の膿を晒してくれたと評価する口ぶりだった。

 当然、侯帝は激怒する。帝国の法の秩序を何と心得ているかという訳だ。ほんとうは帝国艦隊を差し向けて海賊団を掃討してしまえと言いたいところだが、無法な通商破壊をしている訳でもない相手にそれは無理筋だ。

 「白鳳海賊団を名乗る一党は、帝国のお尋ね者「辺境海賊ギルド」とつるんだ様ではないか。それでも白鳳が無法者でないと?」

 辺境海賊ギルドの名を出して、侯帝が凄む。帝国内に海賊は居ないという、交通の自由を基本とする帝国に歯向かう集団だ。

 「辺境海賊ギルドは、確かにお尋ね者ですが、実際の罪状は何です? せいぜいが密貿易ではないですか。何ら帝国の軍艦や商船に対して、破壊活動は行っておりません。辺境星系や海賊どうしの小競り合いはしているようですが」

 辺境海賊ギルドは潜在的敵対勢力だが、第七艦隊も本腰を上げて取り締まってはいない。海賊ギルドも帝国艦隊が乗り出して来るような事態は避けている。潜在的敵対勢力とはいっても、その危険度はずうっと低いのだ。

 「むしろ、辺境星系連合が喫緊の課題です。あれほどの戦力を突然展開してみせる勢力は帝国の脅威です。海賊ごときにかまけている時ではありません。――それは叔父様も同じでしょう?」

 女王の言葉に侯帝は肯んずる。

 「聞けば、辺境海賊ギルドは、辺境星系とも対立関係にあるようです。革新技術の取り次ぎをすることを拒んだとかで。それならば、海賊ギルドも帝国に引き入れてしまえばいいでしょう。辺境星域の哨戒戦力ぐらいにはなります。己の陣営の増強に海賊を使う事は、昔からよくある事です」

 女王は帝国の方針を一八〇度転回することを言い出した。

 「それには、白鳳海賊団を政府が公式に『帝国の海賊』として表明すれば、同盟関係にあるギルドを迎え入れることが出来ます。今回、白鳳がやったスキャンダル暴露も、帝国が認めたこととして国民に説明がつきます。いま帝国に不信の目を向けている星系も一応の納得が出来るでしょう。知らぬ存ぜぬでは何も良い事はありません」

 何を言い出すんだこの女は、と侯帝は思った。

 「反対だ。ここで海賊を認めてしまっては、これまでの公式表明と矛盾する。帝国の威信に関わる!」

 「海賊は、一二〇年前にオリオン腕領域が帝国版図になった後でも、ずっといたのです。帝国はそれを地方自治とはいえ認めていました。海賊は帝国に存在していたのです」

 「それは、海賊のまねごとをしている集団に過ぎなかったからだ。戦力を認めた訳ではない」

 「帝国艦隊は、くじら座宮の海賊に調査や軍事演習を依頼しています。戦力として評価しているからですよ。今更矛盾していると目くじらを立てる者は居ません」

 「戦力! だからリーゼを送ったか。本音が出たな女王、自分の脆弱な立場を海賊で補うか!」

 女王は答えなかった。が、こう言った。

 「星系議院が特別審査会の開催を決定すれば、女王として国会の召集を認めないわけにはまいりません。帝国議会は、元老院、星系院とも割れることになりますが、仕方ありません。それに、もし辺境星系連合との間で戦争という事態になれば、尚更、帝国議会の承認が必要となります。そこでは、戦争遂行の指揮を誰が執るかが議題となるでしょう。今回の疑獄事件を受けて、現行の行政府がそのまま執権することは難しいでしょうから。」

 「て、帝国を分裂させるつもりか!」

 侯帝のそれは、悲鳴に近かった。

 「皇位継承権で割れるような帝国なら、所詮そこまでの存在です。ほぼ銀河系全域まで拡大した銀河帝国ですが、これしきでぐらつく様な国家では、とても維持経営して行けるとは思えません。――叔父様、これが聖王家というだけで、たかが家の相続争いではありませんか。帝国が統合の要を必要とした時代は、既に過ぎ去っているのです。聖王家の権威にすがらなければならないほど帝国は脆弱ではありません。むしろ利用しようとする輩を跋扈させるだけです。今回の、戦争をプロデュースする者が現れたことが、それを証明しています。」

 文書に残るだけでも数万年の歴史を刻む聖王家の役割が、もう終わったものだと女王は言った。

 それは侯帝も感じていたことだ。だからこそ、帝国の威信と聖王家の権威を取り戻そうと聖流派は頑張って来たのだ。その流れにあったのが皇位継承問題、やはり、女王でなく自分が皇位に就くべきだったのだ。侯帝は怒りに震えた。

 そんな侯帝をよそに、女王は続けた。

 「聖王家よりずっと若いセレニティーは、その危機を乗り越えました。王国派と独立派に分かれた争いを一つにまとめ、新しい体制作りを始めています。彼らを統合に導いた星間移民船にあたるものが、帝国にとって何なのかは分かりません。ですが、聖王家の責任として帝国の新しい指標を示さなければなりません。私たちは彼らに学ぶべきです。セレニティーは喜んで協力してくれるでしょう。」

 なんてことだ。女王はセレニティーを通じて根回しをしていたのだ。普段は上品なだけのセレニティー連合王国が、何故あんなに強硬だったかが理解できる。星系院が僅かな時間でまとまった訳も。だが、次に爆弾が控えていた。

 「先程の戦争遂行の指揮を誰が執るかですが――」

 「それは、女王がすれば良いではないか」

 どうせそのつもりだろう。それに乗じて侯帝派を取り潰す、決まりきった事を聞くと侯帝は思った。

 「いえ、私は女王です。皇帝は君臨すれども統治せずが決まりです。非常大権を持つことは出来ません。ただ承認するだけです」

 「では、リーゼにさせる心算だろう。そうすれば大手を振って帰れるという訳だ」

 「リーゼは子供です。たとえお飾りでも国民がついて行けません」

 誰に任せるつもりだと思っている所に女王は言った。

 「叔父様に指揮を執って頂きたい。」

 政敵に非常大権を渡すという言葉に驚いた。

 「皇位継承権を越えて皇室が一つになったとなれば、議会はまとまれます。ですが、実体が伴っていなければ説得力を持ちません。監察局の解体と聖流派の活動停止は必須です。そして私が大権を叔父様に託せば、国民も安心するでしょう。帝国は安泰だと」

 これはお願いではない。そうしなければ国家が崩壊すると言っているのだ。これは恫喝だ。政治に疎いお飾りなだけの女王と思っていたが、状況を機敏に利用する、とんだ女狐だ。

 侯帝は首を横に振ることが出来なかった。

 

 

 ジェニー・ドリトルは、白鳳女学院に帰って来た。

 ジェニー自身の話では、アテナ・サキュラーからの査問?を受けて、「このまま貴方に居てもらったんじゃ、話が余計にややこしくなるから」との理由で、「追い出されて来ちゃった」とのことだった。

 いきなり白鳳海賊団の名でスキャンダルすっぱ抜きのニュースが流れて来て、その犯人がジェニーだと知り、てっきり身柄を拘束されたと思っていたヨット部一同は、ひょっこり戻って来た先輩にあっけにとられた。

 「ジェニー先輩、それにリン先輩も。いい加減にしてくださいよ、私おなか痛い」

 そう言ってお腹を押さえる茉莉香部長。

 銀河ネットの文屋たちが大挙して、たう星を訪れ白鳳女学院に取材に来ている。学園は取材を断っているが、校門の外では十重二十重と取り巻いて、取材のチャンスを待っている。お目当ては、茉莉香部長とセレニティーの王女姉妹、そしてリーゼ皇女だ。お陰でヨット部員は半ば軟禁状態。

 「それにしても、あの監視の中を、よく搔い潜って来れましたね」

 「随分人がいるなと思ったけれど、あれがそうだったのね。外へ出て来る人には注目してたけれど、中に入っていくのには注目してなかったみたい」

 ジェニーは涼しい顔をしているが、張本人が居るとなれば、ますます取材に熱が入るだろう。

 「でもジェニー先輩、大学はどうなるのです? やっぱり退学、リン先輩は合格取り消しですか?」

 グリューエルが心配そうにしている。

 「リンは大丈夫みたい。むしろ大学が欲しがる力量を見せつけてくれたと、アテナ教授は評価していたから。でも、私は放校処分かな。大学の極秘研究を勝手に情報公開しちゃったから」

 あっけらかんと話すジェニー。

 「でも、間違った事をしたとは思っていない。違法なことは判っているけれど、戦争を儲かる道具にしないようにするのに、てっとり早い一番の方法だったから」

 軍事技術を等しくしてしまえば戦争は生まれない。むしろ抑止力として働く。

 そう言ってリーゼに微笑む。

 「はい。」

 頷くリーゼ。

 「リンは何処? 私より先についている筈なんだけど?」

 部室にパートナーの姿が無いことにジェニーが訊いた。

 「先輩は、LCC(ローコストキャリア)便で来るそうです。ジェニー先輩とこのファーストクラスでは勿体なくて、乗り換えたって」

 「まあ、リンったら。自分が出す訳じゃないんだから、気にしなくていいのに」

 「だから、余計に気にしちゃうんですよ」

 「それよりも安全第一よ、あん・ぜん・だい・いち。自分がどれだけ最重要人物か解ってるのかしら」

 帝国を揺るがした情報ソースの持ち主なのだ。そう愚痴るジェニー・ドリトル。

 そのとき、リリィ・ベルが息せき切って部室に飛び込んで来た。

 「リン先輩が襲われた! いま、新奥浜宇宙港の集中治療室に運ばれたって!!」

 その言葉に、全員が顔色を変えた。

 ジェニー・ドリトルは過呼吸を起こし、気を失ってその場に倒れ込んだ。

 

 

 



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25話

 茉莉香とリリィは、倒れ込んだジェニーに救急手当てしていた。バイタルチェックを行いつつ医療バックからマスクをジェニーに当てがい応急処置を行う。

 一連の作業は手早い。茉莉香は弁天丸で、ミーサに何でもやらされていたし、リリィは、営業時に看護師のコスプレをしていたが、実際に救急救命の心得があるのだ。

 リリィと茉莉香がジェニー・ドリトルを介抱しているあいだ、グリューエルは近衛隊のキャサリン小隊長に連絡を取っていた。状況確認と車を手配するためである。

 他の部員たちが心配そうに見守る中、二人の処置でジェニーの意識は戻って来たが、顔が蒼白で強張っており、いまにもまた過換気症を起こしそうだった。

 「先輩、落ち着いて。ゆっくり呼吸してください。吸って、吐いて、吸って…」

 リリィがジェニーの呼吸を整える。言われるまま息を吐くうち、ジェニーの顔に血の色が戻って来る。

 やがてすっかり気が付いて、当てたマスクを外す。

 「ありがと…見苦しいところ見せちゃったわね……」

 落ち着きを取り戻し、強がるジェニーだったが顔は強張ったままだ。

 「…リン…」

 小声で呟く。

 「いま車を手配しました。学校のゲートからは出られませんので、非常手段を取ります。地下駐車所までお願いします」

 グリューエルが携帯を畳み、ジェニーと茉莉香に伝えた。

 「先輩、大丈夫ですから!」

 リリィがジェニーを見据えて言葉を掛ける。部員たちも固唾を飲んで見守っている。

 「茉莉香、ジェニー先輩を頼んだわ。」

 チアキに言われ、うんと頷きジェニーの手を引く茉莉香。

 「とりあえず、急ぎましょう。」

 グリューエルに誘われ、三人は地下駐車場に急いだ。

 教員の自家用車が並ぶ地下駐車場に、黒塗りのリムジンが待っていた。車のボンネットにはセレニティーの国旗が翻っている。外交官特別車だ。キャサリン小隊長が一行を見とめると後部座席のドアを開ける。一行が車に乗り込むと、素早く車は発進した。

 駐車場から地下通路を走り、ハイウェイに出る。しかし一般車両が走っていない。ハイウェイを行くのは黒塗りリムジンだけだ。

 ここは、新奥浜宇宙港の自家用滑走路まで一本道の、セレニティーの専用道路。茉莉香は黄金の宇宙船の時に走ったことがあった。

 道すがら、茉莉香はリンの容態も心配だが、リンを襲った者が誰なのか気になっていた。

 「リン前部長は、中継ステーションで襲われたそうです。犯人は不明、目撃者もありません。現場の監視カメラは動いていましたが、犯人の姿は映っていませんでした。リン前部長は…、血塗れの状態で発見されて、直ちに宇宙港のICUに搬送されたそうです。手配は加藤梨理香さんがして下さいました」

 そんな茉莉香の心を読んだかのようにグリューエルが状況説明する。血塗れという所で少し言い淀む。ジェニーを気遣ってのことだ。

 グリューエルの話に、ジェニーはくっと唇を噛み締めている。茉莉香は、そんなリン先輩の容態も気になったが、ふと疑問が浮かんだ。リンが襲われたのが、旅客船の中でなく、たう星系に着いた後だという所だ。

 リン先輩は、ジェニーが用意したフェアリージェーンのVIP便を使わずに格安航空便を使ったそうだ。格安航空便ならセキュリティーも甘く暗殺者を潜り込ませることは可能だろう。なら、凶行は船の中で行われるのが現実的だ。現場は大混乱になるし、逃亡もそれに乗じてやり易くなる。

 「現場の、監視カメラの映像です。ご覧になりますか?」

 グリューエルがそっと耳打ちしてポータブルを差し出す。

 茉莉香は、ジェニーに見えないよう気を使いながら映像を確認した。

 旅客ウィングと思しき通路をリンが歩いている。

 ふと立ち止まり、右手に持っていたケースを胸まで持ち上げたところでそれは起きた。何かを確認しようとしていた途端、ケースが壊れてリンが仰け反ったのだ。

 仰向けに倒れたリンに血の海が広がっていく。一〇秒もしないうちに人が気が付き、救急隊が駆けつけて来てリンを運んでいった。映像はそこまでだった。

 映像に顔を顰めつつも、かなりの手練れだ。と、茉莉香は思った。

 これまでも侯帝派は工作員を送り込んで来た。だが、彼らはたう星系に着いた途端に排除され、自分たちは影すら目にしていない。「加藤茉莉香に関する不可侵協定」は、茉莉香を含む周囲まで完璧すぎるほど機能している。そんな中で、誰にも気とられずにリン先輩に近付き、暗殺を実行し、逃亡するなんて出来るのだろうか。

 出来るとすれば、それは、不可侵協定の中の者。しかもプロの仕業であること。そこまで考えた時、茉莉香は混乱した。

 白鳳女学院から宇宙港まで一〇分足らずの道のりが、ひどく長く感じた。

 やがて宇宙港のターミナルビルが見えて来て、リムジンは素早く宇宙港の国賓専用玄関に滑り込んだ。

 一行は慌ただしく集中治療室に向かう。

 誰も居ない廊下を走り、『ICU』のプレートが掛かった病室に飛び込んだ。

 「リン!」

 ジェニーが叫ぶ中、ドアを開けた一行の目に飛び込んで来たものは――

 ベッドに座って、ハーブティーを口にしているリンの姿だった。

 リンの胸には、大きく血の染みが滲んでいる。それを見て、ジェニーはまた気を失いかけた。

 「ジェニー先輩! しっかりしてください。胸に穴が空いて、お茶してる怪我人なんかいません。」

 茉莉香がジェニーを諭した。

 リンの方はといえば、みんな血相を変えてどうしたんだ? みたいな顔をしている。

 その隣に、白衣姿のミーサが居た。ミーサは、え?もう来たの? と茉莉香たちを迎えた。

 「どうしたもこうしたも、リン先輩が撃たれたと聞いて、慌てて駆け付けたんですよ。いったい何があったんです?」

 茉莉香が尋ねる。

 ジェニーはリンの胸を指差している。その視線を追って自分の胸を見遣ると、リンは「なんだあ!?」と仰け反っている。どうやらリンも目覚めてまだ間がないようだった。

 「彼女、いま気が付いたばかりなの。だから着替えも未だ」

 と、ミーサ。

 「いやあ、HAL坊を抱いていたら、急にHAL坊が砕けて、胸に衝撃を感じたまでは覚えてるんだが、気が付くとここに居た。いま、気付けのハーブティーを飲んでた。」

 「大丈夫、血糊です。」

 弁天丸が営業でよく使う「リアルを演出する小道具」だ。どうやら、リンは麻酔銃を撃たれた様子だった。

 茉莉香とグリューエルは、リンの無事な姿を見てひとまず安心する。ジェニーは足元がぐらついていた。極度の緊張が解れて気が抜けたのだ。

 「ジェニー!?」

 リンがジェニーを気遣い立ち上がろうとしたが、それよりも早く、ジェニーの方がリンに駆け寄っていた。

 ジェニーはリンに抱き付くと、いきなり唇を奪った。

 リンは突然の口付けに戸惑い、君の服が汚れると引き離そうとしたが、嫌嫌とジェニーがそれを許さない。

 ジェニーの頬に涙が流れている。

 「貴方が…、LCCなんか使うから…」

 半ば泣き声のジェニーに、一言。

 「――ごめん。」

 そのまま二人は抱き締め合い、逃避行の時に見せたよりも、熱い接吻を交わす。――そんな二人に、思わず顔を赤らめてしまうグリューエル。

 傍らには、見事にまん中を撃ち抜かれたノートパソコンが置かれていた。

 穴は反対側まで貫通しており、これを抱えていたリンまで届いたという事だ。だが、HAL坊の砕けようは麻酔銃のそれではない。明らかに鋼弾によるものだ。けれどもリンは傷ひとつ負ってない。考えられることは、鋼弾に血糊と麻酔針が仕込んであり、ノートパソコンを破壊したのち、中の針だけが飛び出してリンを昏睡させた。あるいは、連射でノートパソコンとリンを別々に撃ったか。

 先輩はHAL坊を胸に抱いていたから、仕込み弾を使った可能性が高かった。だとすれば凄まじい腕だ。一寸でも目測を誤れば、鋼弾がリンに届く。本当に胸に穴が空いてしまうのだ。茉莉香は、相手がかなりの手練れであることを確信した。――そして茉莉香の心臓を、冷たいものが鷲掴みにした。

 そんな茉莉香を、ミーサが無言で廊下に誘った。

 誘いのまま、熱い抱擁が続く病室を静かに離れる。

 人気の無い廊下でミーサが告げた。

 「あなたがいま考えていることは、半分当たっているけれど外してるわ。撃ったのは梨理香じゃない、鉄の髭よ。」

 意外な名前に茉莉香は驚いた。鉄の髭は「不可侵協定」に関係する人物ではないからだ。

 「梨理香は、例えお芝居だとしても、娘の友達に銃口を向けることは決してないわ。でも梨理香も関係してる。――お母さんを信じてあげて。」

 そう言うと、顎で後ろをしゃくった。

 振り返ると、母親の加藤梨理香がいた。

 「――茉莉香さん」

 母娘二人を残して、ミーサは立ち去って行った。

 

 二人きりの所で梨理香が言った。

 「ミーサはそう言うが、実際、私が撃ったも同じさ。」

 否定しない加藤梨理香。

 ――どうして。

 「依頼があったんだ、ラキオンからね。『ワイルドカードの確実な破壊と無効化』これが、パラベラムの受けた注文だ。」

 パラベラム、それは鉄の髭が乗っていた宇宙戦艦の名だ。私達という事は、梨理香さんはいま鉄の髭の一味か、少なくとも関係者――。

 ワイルドカードというのは、リンが使ったハッキングの方法。確実な破壊とはデータのこと、無効化がリン自身のことだろう。

 「どうして! そんな依頼を承知したの!」

 「私等が引き受けなければ、他の誰かが受けるだろうから。たう星系の外では、安全が保障できない。」

 データは破壊しているが、リンは無事のままだ。

 「じゃあ、ヤラセ? リン先輩には、事前に知らせてあったの?」

 「いいや、知ってると不測の所作をされる危険があった。彼女の相棒に掛ける愛着を見るとね。だから黙って襲わせてもらった。相棒を壊してしまった事は、本当に申し訳ないと思っている。それに、怖い思いをさせちまった事もね」

 「いくら狂言でも、度が過ぎるよ梨理香さん!」

 「これは狂言なんかじゃない。本当にリンが亡くなったか人事不省になったと思わせることが必要なんだ。彼女が作ったワイルドカードは、それほど危ない代物なんだ。今の彼女は帝国のあらゆるものを支配できるんだよ」

 民間企業はおろか、帝国公文書も帝国銀行の口座も統合参謀司令部も乗っ取り放題。銀河帝国を一瞬で破産させることだって出来る。喉から手が出るほど欲しい輩はごまんといるだろうし、帝国は全力で阻止しようとするだろう。

 「ラキオンと言ったが、ほんとうの依頼主は情報部だ。これは、帝国政府自身からの依頼なんだよ。彼女は、たう星どころか銀河系のどこにも居場所はない。」

 「!」

 「申し訳ないが、あのデータは破壊させてもらった。」

 きっぱりと梨々香は言った。依頼云々でなく、海賊の意思としてやったと

 「これは、ステラスレイヤー以上の脅威だ。一二〇年前は阻止できたが、実際に使用していたらオリオン腕文明圏はどうなっていたか知れない。だが彼女は使ってしまった。」

 「じゃあ、リン先輩はどうなるの? データは無くなっても、リン先輩の頭の中には残ってます」

 「ハッキングを受け付けるコードを変える必要がある。それが出来るのは女王だけだが、変更にはコードの元が要るんだ。私掠船免状だよ」

 私掠船免状、オデットⅡ世が核恒星系に行く必要がある。

 「それまで辛抱して、彼女には死んだふりをしていて貰いたい」

 もうひとつ、茉莉香は訊いた。

 「お母さん、いまお母さんは海賊なの?」

 「ああ。」

 「お母さんは何をしようとしているの?」

 遠くを見るように一呼吸置いて梨理香が言った。

 「――宇宙の果て。果てしない先を見据える人間は、一人では足りない。」

 それって。確か、海賊会議で鉄の髭が私に言った言葉…。

 「宇宙の果てを見てみたいからさ」

 そう言って娘を見詰める。

 「精々気張んな茉莉香。それと、リンと彼女の思い人には謝っといてくれ。」

 手を振りながら、梨理香は踵を返した。

 一人残された茉莉香。

 「そういってもなあ。リン先輩はともかく、ジェニー先輩に説明する自信ないよ。お腹痛い。」

 

 複雑な思いを抱えながら茉莉香は病室に戻った。

 病室に戻って目に飛び込んで来たものは、

 ある意味、修羅場だった。

 上半身裸で、モーレツに愛し合う恋人同士と、真っ赤になって硬直しているグリューエルの姿だった。

 「ふっ、ふっ、二人とも何やってるんですうっ…」

 思わず、声が仰け反る茉莉香。

 「そ、そっ、それが…。服が汚れるからとリン先輩が上をお脱ぎになって、それなら私もって、ジェニーさんも脱いでしまわれて…、そのまま――」

 グリューエルも声が上ずっている。顔を両手で覆っているが、指が微妙に開いている。

 「グリューエルの前ですよ! しし、刺激が!?!」

 強すぎる刺激に、女子中学生の目を塞ぐ茉莉香。だが自分も、耳まで赤くなってテンパってしまう。

 抱き締め合い、お互いに手はあらぬところに――。

 「だめえっ、…リン、みんなが見てる…」

「見せつけて、やろうぜ。ああっジェニー!」

 衆目などまるで気にしていない。

 どのような光景だったかは、このさい割愛させて頂く。

 

 

 

 



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26話

 とても話の出来る状況ではなかったので、茉莉香とグリューエルは病室を出た。

 茉莉香は、自分たちだけの世界に入ってしまっている二人にメッセージを残した。

 『理由は後でお話しします。リン先輩は、昏睡状態という事で暫らく病院にいて下さい。ジェニー先輩にはオデットの今後についてお話があります。勿論、リン先輩に関係することです。加藤茉莉香。』

 打ち終わって、ほうっと息をつく。まだ心臓がドキドキしている。グリューエルも顔が真っ赤だ。

 「同性どうしで、あんなにも愛し合えるものなのですね。」

 「驚いたわね―。先輩どうしが、そういう関係だって事は、知ってたけれど」

 「お二人は、将来を誓い合った仲なのでしょうか?」

 「さあ、聞いてないけど。あの様子なら有りかもね。」

 同性同士での結婚は決して珍しい事ではない。子供も普通にもうけている。

 女性にとって出産は、長い間、命の危険が伴う一大事業だった。それは生まれて来る子供にとっても同じで、生身を使う分娩は、一歩間違えば障害をきたすかもしれない危険な賭けだった。だから生物は、母と子の絆は種に関係なく強い。しかし科学の発展により人類はその枷からも解放された。遺伝子操作と人工子宮である。

 単純な体外受精から始まった流れは、母体を使わずに胎児を育てる技術を生み、一方で遺伝子治療の発達から、障害を予防する遺伝子コーティングを生み出す。その両者が結び付いて人工子宮が誕生した。だがそこで二つの問題が出て来た。一つは性の役割だったが、それは社会的問題で、既に女性の社会進出が当たり前の世の中では些細な事だった。もう一つは、より良い子孫を得たいという欲求だった。遺伝子コーティングは先天的な身体の障害は予防できたが、個体ごとにIQの違いはあったからだ。だがそれは古代の優生学の考え方に繋がるもので、より良い子孫とは何かを考えるとき、それは個性だという解を人類はすでに得ていた。それは、人類が恒星間移民に乗り出す頃には一般的となっていた。画一的な基準の選択は、硬直した結果しか生み出されない。世代を超える時間が必要となる移民では、あらゆる事態に対応できる多様性が必須だからだ。また親子の繋がりは、先天的なものでなく後天的なものである。それは子育てという過程で育まれる。

 性の役割からの解放は、パートナーのあり方も変えた。性染色体を乗り越えた遺伝子の交換は、同性間でもお互いの子供を持つことが出来るようになった。パートナーを求めるという本能は変わらずに有り、単にパートナーの幅が拡がったという事だ。

 分娩に命を賭ける必要がなくなったいまでは、あえて自然出産を選ぶ女性もいる。自分のお腹を痛めて、より絆を実感したいという事なのだが、むしろその方が多数派だ。加藤梨理香も重たいお腹を抱えて茉莉香を生んだ。

 「きっと素敵なlovebirdsでしょうね。」

 「あの二人のことだから、子供が出来たら『絶対、自分で生む』って言うわね。もしかしたら二人もうけて、お互いに大きなお腹だったりして」

 「お子様もさぞ凄いでしょう」

 あの美貌と才能と性格を、二重に受け継いだ子供だ。末恐ろしい。

 「グリューエルだって凄いじゃない」

 「凄くなんかありません。私たちは人工的に作られた遺伝子です」

 グリューエルとヒルデは薔薇の蕾によって調整された個体だ。だから親は居ない。二人は姉妹だが血の繋がりはない。二人は顔立ちがよく似ているが、それは遺伝子操作を同じくするもので前後に誕生しているだけだ。薔薇の蕾で最後に生まれた弟も、祖父のシムシエル大公も、高曾(曾々)祖母に当たるミスティル王女もそうだ。それはむしろ分身に近い。

 薔薇の蕾は、何故か、セレニティーが変革を必要とする時や危機が訪れている時に赤子を生み出してきた。シムシエル大公の時は銀河帝国との併合で、ミスティル王女の時は掃討戦争の帝国動揺期で、王国は意図せずに困難な時期の導き手を得て来た。それがセレニティーの血の魔法と呼ばれる由縁だ。だからヒルデは、王国の未来に渡る安泰を信じて薔薇の蕾を守ろうとしたのだ。決して王家を存続させようとしただけではない。しかし一方で、薔薇の蕾で赤子が生まれるという事は、王国にとって不吉の前兆ともされて来た。それをグリューエルは打破したいと考えた。赤子で左右される国運、セレニティーの血の魔法にすがるだけでは未来は拓けない。自ら考え動いてこそ本当の国家ではないか。しかし結局は、権力争いの道具になっただけだった。

 「それは違うよ。だって、グリューエルとヒルデ、ぜんぜん別だもん」

 え?という表情のグリューエルに茉莉香は続けた。

「性格も考え方も違うし、それにグリューエル運痴じゃん。まあ似ている所は、突拍子もない行動力と頭のいいところ。きっと弟さんも凄いだろうな」

 プッと噴き出すグリューエル。

 小さく笑いながら、「それは、よく言われます。」と答えた。

 「同性であれ異性であれ、素敵なパートナーと出会いたいものだね。グリューエルお姉さんなのに妹に先を越されてるよ、頑張んないと」

 茉莉香は自分のことは棚に上げて、彼方少年の事を言った。

 「茉莉香さんには、チアキ様がいらっしゃるから…」

 そう呟くグリューエルに、頓珍漢な顔を向ける茉莉香。ぜんぜん少女の気持ちに気付けない唐変木だった。

 

 

 リンの狙われた理由がハッキングだったからという事を、二人が落ち着いたところで茉莉香は話した。だから、当分は身を隠していた方がいいと。

 リンは不満そうだったが、ジェニーに諭されて納得した。

 茉莉香はその場では、『ハッキングが理由』以上のことを言わなかったが、帝国を脅かすプログラムだったということを、一国の王女である彼女の前で打ち明けるのは、立場上まずいのではないかと思ったからだ。グリューエルの方は、不可侵協定が働いている中での初めての凶行に、何やら感じるところがある様子だったが、茉莉香が言わない事を勘のいい彼女はあえて追及してくれずにいた。

 茉莉香は、ジェニーと二人きりの所で、改めて説明した。お腹が痛いのを覚えながら。

 「リンのプログラムが、そんな物だったなんて…」

 茉莉香からの話にジェニーは絶句した。

 易々と監察局や宇宙大学のネットに侵入出来、書き換えまで行えたことで気付くべきだったとジェニーは思った。

 「で、リンを襲ったのは、やはり侯帝派の息が掛かった監察局――」

 「いえ、情報部だそうです。直接ではありませんが――。つまり、帝国当局の意向という訳です。だからリン先輩には、ICUから出ないようお願いしました」

 容易ならざる事態だという事だ。内紛の一方ではなく銀河帝国じたいが敵という訳だ。

 「この現状を打開するには、リン先輩のプログラム・コードを無効化する必要があります。それが出来るのは銀河帝国の女王だけ。けれども、元となった私掠船免状が要るそうです。」

 「つまり、オデットが惑星セナートに行く必要がある訳ね」

 「そういう事になります」

 「でも、その情報。どこから知ったの? 犯人レベルより上でないと知り得ない内容よ」

 流石にジェニーは鋭い。さっきから微妙に隠している点を突いてくる。

 「それは――、犯人の一味からです。その人が言うには、他の誰かが必ず襲撃してくると。たう星でも恐らく守れないだろうと」

 「ふうううん――。」

 思いっ切り怪しんだ目を向けるジェニー。

 茉莉香は冷汗が出る。

 「あの、私たちとは異なる括りの海賊です。味方かどうかは分からないけれど、少なくとも敵ではないようです」

 「ふうううううううんんん――」

 訝しむ声が大きくなる。

 確かにリンは無事だ。話の辻褄も通っている。でもあの茉莉香が、襲った張本人からの言葉を鵜吞みに出来る相手など、ジェニーが思い当る限り一人しかいない。だから信用できるともいえる。

 「帝国がリンを狙うって言うんなら、いっそ破産させちゃおうかしら。リンがプログラム作ってるの私見てたもの」

 さらりと内乱勃発のスイッチを押すという。

 「そんな! 銀河系が崩壊しちゃいますっ!」

 「あら、戦争を儲からなくするには、一番手っ取り早い方法だと思わない?」

 ブンブンと首を振る茉莉香にジェニーは言った。

 「無理よ。あんな複雑なプログラム、たとえ残っていてもリン以外には扱えないわ。ショートカットだらけだったもの」

 ほっとする茉莉香にジェニーは付け加えた。

 「兎に角。次のオデットⅡ世の目的地は決まったわ。ルビコンを越えるって訳ね」

 「ルビコン…」

 「そう、核恒星系のルビコン星団。その中心の惑星セナートよ!」

 「何だか先輩、殴り込みでも掛けるような勢いなんですが――」

 テンションの高いジェニーに茉莉香はおずおずと訊く。

 「あら殴り込みよ。だって相手はこっちを敵って見てるんだから」

 ジェニーはクラッキングに自社のロゴマークを使ったが、ジェニー・ドリトルもリン・ランブレッタも白鳳海賊団の関係者だって事はもとより知っているだろう。そして白鳳には問題のオデットがある。

 「今度の航海にはリンもだけれど、リーゼちゃんを連れて行くわけにはいかないわ。セナートには彼女の母親もいるけれど、侯帝と元老院が牛耳っている聖流派の巣窟よ」

 コクリと頷く茉莉香。

 「それに、今回はグリューエルとヒルデにも遠慮してもらった方がいいと思います。帝国とセレニティーとの外交問題に飛び火しちゃいそうだし」

 「そうね。ことは慎重に、秘密裏に進めるしかないわね。クルーも最小限に抑えて」

 しかしこちらの動きは情報部も当然注視しているだろう。そんな中で極秘にオデットⅡ世を出航させることなんかできるだろうか。

 「黙っているのはヨット部だけでいいわ。すぐわかる事ですもの。宇宙大学もどうせ放校処分でしょうけれど、それまでは大学の学生、教育実習のレポートも送るつもりだし」

 決まったことはきちんと済ませる、几帳面なジェニーらしい。

 「私、何事も中途半端は嫌なの。だから――」

 と、茉莉香に向き直った。

 「リンを助けるためだったってことは、この際だから呑み込んであげる。でもリンを、もしかしたら傷付けるかも知れなかったことは、ぜええっ対許さない。至近距離で居並ぶ銃口を弾き飛ばせるブラスターの名人さんに、もし会うことがあったら伝えておいて頂戴!」

 口では冗談を交えたものだったが、目は本気だった。

 

 後日、リンには最新鋭の軍用PCマシンが、ジェニーには幻の宝石と言われる、クリスタル・ヒヒイロカネのエンゲージリンが、ペアで送られてきた。

 

 



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27話

 七月、夏本番。あと一ヶ月もしないうちに夏休みが始まる。

 ヨット部員たちがソワソワし始めている。

 夏休みが待ち遠しいこともあるが、それよりも、いよいよインターハイが始まるのだ。ネビュラカップ・ヨットレース。去年、五年間の出場停止を経て出場し、惜しくも優勝を逃した白鳳女学院。今年はその雪辱をと燃えている。特にアイ・ホシミヤの気合の入りようは半端じゃない。ビスクカンパニーの横槍が入って大切なディンギーを壊され、それでも完走したアイだ。熱も入るというものだ。

 茉莉香たち三年生にとっても最後の対外部活動となる。あとは後輩への引継ぎと追い出し航海ぐらいなもの。

 次期部長はナタリアかな、と思っている。しかしそれは後輩たちが決めること。

 問題なのは、白鳳ヨット部が海賊団を兼ねているという事だ。自分やチアキが卒業した後、誰が海賊団を率いるのか。新部長が? ヨット部に自分とチアキ以外海賊は居ない。いまの海賊団総帥はリーゼだが、彼女は中学部だし、なにより皇女なのだ。今回の騒動が収まったらいるべき場所に帰る身の人。では海千山千の海賊どもを前にして一歩も怯まないグリューエルか。それは――あまり考えたくない。彼女なら嬉々として受け入れそうだが、名前がセレニティー・海賊二重王国なんて付きそうで怖い。

 まあ、最期の大会を存分に楽しんでから考えることにしよう、と思う所なのだが、茉莉香は、今年もネビュラカップには出場出来そうになかった。

 何故なら、ヨット部に内緒でオデットを持ち出せるのは、この機会しかないからだ。

 ヨット部員を大会に送り出してから、こっそり出航。というのが、ジェニーとチアキを交えて立てた計画だった。それならヨット部員たちを危険な航海に巻き込まなくて済む。乗組員は、迦陵頻伽やデスシャドウら海賊連から借りる予定だった。普段乗っている船と大分勝手が違う帆船だが、向こうはベテランだ、何とかなるだろう。弁天丸やバルバルーサから来ないのは、二隻ともオデットⅡ世の護衛に就くからだった。

 そこまでの算段がついてから、茉莉香は期末考査に臨んだ。

 日にちは決まっているのだから、追試は何としても避けなければならない。監察局やら海賊ギルドやらハッカー事件やら、何かとごたごたが続いた一学期後半で学業に集中し切れなかったが(いままで集中できた事あったっけ)、とにかく全力投球で臨んだ。

 そして期末試験明け。

 身も心も軽くなった面持ちで部室に向かう。

 そこで、大きな番狂わせが待っていた。

 「茉莉香、今度のネビュラカップだけど、急に会場が変更になったんだって」

 サーシャが部室にやって来た茉莉香に注進する。

 「へ、聞いてないよ?」

 初耳の茉莉香。茉莉香だけでなく他の部員たちも寝耳に水の話だ。

 「さっき大会運営本部からファックスが届いたところ。なんでも太陽帆船レースも兼ねるんだって。記念大会だって」

 「記念大会?」

 今年の年次計画には、そんな記念大会があることなど載っていなかった。

 「ネビュラカップとソーラーセイル協会との合同だそうよ。ソーラーセイル協会には記念大会が計画されていたそうだけど、うちは所属してないから」

 リリィが説明する。

 「で、なんの記念大会? 何処に変更になったの?」

 そう茉莉香が尋ねると、サーシャがファックスを読み上げた。

 『聖王家・セレニティー修好二百年記念、ネビュラカップ二十周年記念大会。掃討戦争時の固い友情を顕彰して。

 出発地、セレニティー青い姉。目的地、核恒星系セナート。

 青の星銀河回廊からルビコン・セントラルまではカテゴリーⅡとする。

 なお、ディンギー会場はセレニティー星系青の姉妹で行う。』

 セレニティー! あんの王女(姉妹)‼

 「でも、うちの参加はディンギーだけで、ソーラーセイルは無関係だよね?」

 一途の望みを託して確認した。ディンギー競技が行われている隙に、こっそり出航という手がある。だが無慈悲な宣告。

 「オデットも仮エントリーされてるよ。ソーラーセイル協会から参加要請が来てる。」

 どういうことだと思っているところに、グリューエルが説明した。

 「実は、リーゼが白鳳女学院に留学になってから、セレニティーに問い合わせがあったのです。ディンギーの大会とソーラーセイル記念大会を合同で開催できないかと。そこに白鳳には太陽帆船があると解って、大会組織委員会は是非とも参加をとのことです。お受けになりますよね」

 「良かったねー。これで正々堂々とリーゼをお家に帰せる!」

 素直に喜んでいるハラマキ。

 「リーゼを押し立てて、一番でセナートに乗り込むですぅ」

 ウルスラがガッツポーズにアホ毛を立てて宣言している。

 茉莉香たちがこそこそ暗躍している間に、セレニティーの姉妹は先手を打っていたのだ。これで考えていた計画は御破算になった。

 「ぐりゅううえるうううう」

 恨み節にグリューエルを睨むが、本人はいたって涼しい顔だ。

「貴重な太陽帆船が集まる場に、栄えあるオデットⅡ世が加わらないのでは画竜点睛というものです。それにオデットは船齢二百年というではありませんか、これも何かの縁かと」

 「それに民間船のレースとあっては、当局も表立って来れないですわ。これ以上安全な航海は無いと思いますけど」

 ヒルデまでもがとどめを刺す。

 チアキが溜息をついて耳打ちした。

 「外堀埋められてるわね。記念大会なら両家の人間も出席しない訳にはいかないでしょ。中学部だからって言い訳もきかない。去年は出場してるもの。」

 そうなのだ。去年はグリューエルが開会宣言をして、ヒルデは準優勝している。それに主賓はセレニティー姉妹とリーゼ、受けるしかない。

 「でも、セレニティー星系から核恒星系まで超光速跳躍なんて、ソーラーセイルでカテゴリーⅡの船ってそんなにあるの?」

 茉莉香は素朴な疑問を口にした。

 「多くありません。もともと星系内での移動の船ですし、外洋に乗り出せるクラスの帆船でも、わざわざ転換炉ブースターを持ってる船はごく僅かです。オデットⅡ世は特殊な例の様です」

 でしょうねと茉莉香は思った。独立戦争時に海賊するために設えたエンジンなのだ。

 「ですから、今回参加する船に応じて、特注でブースターをご用意させて頂きました。ブースターを装着できない小型船については、跳躍区間をカーゴで運ばせて頂きます。参加総数は一二〇隻。ほんとうは二〇〇隻と行きたかったのですが、そこまで集められませんでした。カテゴリーⅡについては、今回限りの特例で認められたそうです」

 太陽帆船が一二〇隻。大小もあるだろうが、そんなにいるんだ。でも全銀河で一二〇隻しか残っていないとも言える。と、茉莉香は感慨に耽った。

 聞けば、専用のブースターはセレニティー王国が用意するという。恐らく新鋭戦艦が買えるほどの出費だろう。しかも大会後はそれをプレゼントするそうだ。他に使い道もない代物だが、なんちゅう太っ腹だ。恐るべし、セレニティーの財力!

 

 

 「C-68埠頭オデットⅡ世、船長の加藤茉莉香です。出航の許可をお願いします。」

 一寸の間を置いて、スピーカーから流れてきたのは男性の声。

 梨理香ではない。梨理香はまた家を留守にしている。行き先は聞いていない。

 『こちら海明星中継ステーション、白鳳女学院オデットⅡ世のトランスポートとフライトプランを確認しました。現在、出航に支障となる船舶や障害はありません。オールクリアです。出航を許可します。――良い旅を』

 前と同じフレーズだ。定型文でもあるのだろう。

 「有難うございます。出航します」

 C-68の閉鎖ドックのハッチが開き、細身の船体がゆっくりと宇宙空間に出ていく。

 補助動力を使い、静止軌道に浮かぶ中継ステーションから離れる。

 今回の航海に弁天丸とバルバルーサは同行していない。最初の目的地がセレニティーで、レース中の護衛は帝国とセレニティーの艦隊が行うからだ。だから茉莉香はチアキらと共にオデットに居る。

 てきぱきと各々の役目をこなしている部員たちを、オブザーバー席から顧問のジェニー・ドリトルが見守っている。

 ラグランジュ点L2ポイントに係留されている補助ブースターを取り付けて、オデットⅡ世は海明星管制宙域外縁のたう星系銀河回廊インターへと向かう。ここからカテゴリーⅠからⅡに切り替わるのだ。

 「ブースター出力安定」

 「目標座標、セレニティー青の姉妹星にセット完了。」

 「周辺宙域、オールグリーン」

 クルー達からの報告を確認して茉莉香は命令した。

 「超光速跳躍!」

 ゆっくり動いていたオデットのスピードが桁違いに早くなり、時空震の青白い光の中に、吸い込まれるように消える。

 「亜空間に入りました。船体情報に問題なしです。」

 ブリッジの中に安堵の息が洩れる。亜空間突入が船にとって一番危険な場面なのだ。茉莉香もほっと息をつく。

 「じゃあ、ちょっと早いけどランチにしましょ」

 そう言いかけた所で、いきなりアラートが鳴った。船内異常を知らせるものだった。

 「カーゴ区画で異常警報!」

 何事と、緊張が走る中でキャサリンから報告。

「生命維持装置がいきなり点灯しました。いえ、ずっと入ってる? 生命反応を確認。密航者です!」

 密航者!って、グリューエルもヒルデもリーゼも、ブリッジに居るし…。

 「体温三六,五℃。身長と体重は――」

 そこまで言いかけた時、ブリッジに声が流れた。

 『それは言わなくていい』

 「リン!」

 その声を聞いてジェニーが立ち上がった。愛するリン・ランブレッタの声だったからだ。

 やがて、ブリッジに現れたリンにジェニーが跳ぶ。

 両手を差し上げて向かえるリン。

 そのまま抱き合う二人。

 また濃密な光景が繰り広げられるかと心配した茉莉香だったが、二人はキスを交わすだけだった。それでもブリッジ内に黄色い声が飛び交ったが。

 「どうしたの、病院に居る筈じゃなかったの? 日にちも知らせていなかったのに」

 ジェニーが言った。

 「わお♡ ジェニー先輩、ぴんぴんしてる」

 「ご無事だったんですね。心配していたんですよ。お見舞いに行っても面会謝絶だって」

 「もう会えないのかなって、寂しくて、心配で――」

 事情を知らない部員たちがリンに詰め寄る。ナタリアやリーゼは涙を浮かべて、ヤヨイなんかは泣き出している。

 「ごめん。」

 「フリーフライトチェックで、念入りに調べたつもりなんですけど、どうやって忍び込んだんです?」

 この機に乗じてテロリストが何か仕掛けるかもしれない。あるいはアサシン・アンドロイドがと、今回は綿密に船内チェックをしていた茉莉香だった。

 「これのお陰さ」

 と、真新しい軍用PCを見せるリン。

 「お父…いや、鉄の髭さんから送られてきた物なんだけどさ、凄いんだぜ、HAL坊の一〇〇倍のスペックがある。並の戦艦なら乗っ取ってしまえる代物だ。これで監視モニターや茉莉香の動きをチェックさせてもらった。あとは隙に乗じて忍び込んで適当にダミーを噛ませて――」

 襲った相手をさん付けすることに訝しんだ茉莉香だったが、手口がまるでエージェント並みだ。

 「聞けば、私の作ったプログラムを無効にするには私掠船免状が要るそうじゃないか。でも、女王でも無理だと思う。元になったプログラムを大分改変してあるからねえ。私が受け入れコードを打ち込まないと弾かれる」

 「でもワイルドカード・プログラム、あ、これ帝国側がそう呼んでるんですが、HAL坊と一緒になくなったんじゃ。…まさか、コピーが!?」

 「いや、コピーはないが、残っているんだな。ここに」

 と、自分の頭をコンコンと指差すリン。

 「それで、解除用のプログラムを組んでおいた。今ならまだワイルドカードとしても使えるぜ」

 リンが襲われてから三週間余り、時間は十分にあったが、リンの手元にはオデットも私掠船免状も無い。つまりあのプログラムを記憶と知識だけで再構築したという事だ。

 「まさか、またクラッキング――」

 「もうしないさ。流石に戦争をおっぱじめるつもりは無いよ。大量殺戮のは引き金は引きたくない。それにしても、そんなにおっかないプログラムだったとはねえ…」

 そう言って頭を掻くリン。

 「それで、オデットが引き返せないタイミングで出てみえたと」

 副長席でチアキが言った。

 海明星管制宙域ならステーションに戻れる。だが亜空間に入ったら目的地まで一直線だ。航路変更もできるが、それは非常事態の時のみ。海賊船なら軍務に準ずることから比較的自由度が高いが、民間船ではまず無理。各船舶がそんな勝手な航行をしていたら、管制の意味がないし事故も起きる。今のオデットⅡ世は海賊船ではなく、レースに出場する練習船なのだ。

 もっとも管制宙域内であっても引き返せなかっただろう。リンが降りれば、リンがピンピンしていることが知られてしまう。

 リンは照れ笑いしながら頭を掻いていた。

 「先輩が病院から抜け出す姿やオデットに忍び込む姿、誰かに見られませんでしたか?」

 「いやあ大丈夫だと思うよ。病院や中継ステーションもクラッキングしておいたから」

 ほっとするチアキ。先輩の腕なら大丈夫だろう。変装も男装すれば美青年にしか見えない。

 「このまま行くしかないわね」

 そう言うチアキだった。

 

 ジェニーはリンが姿を隠さなければならなかった事情をみんなに説明した。

 襲撃依頼が情報部によるものだと聞いたときの、リーゼの衝撃は大きかった。

 「そんな事になっていただなんて…知りませんでした。なんてお詫びしたらよいか」

 「いや、リーゼは関係ないぜ。これは私とジェニーがやった事、クラッキングは事実なんだし、造ったプログラムがそんな代物だったなら、帝国政府が危険視するのは当たり前のことだ」

 「だから、身の証しを立てなければならないんだ。まあ確かに情報テロだったんだが、これは帝国を危機に陥れようとしたものじゃないってね。そのためにも私が行かなくちゃならないんだ。身を案じてくれたのは嬉しいけど、水臭いぜジェニー」

 「御免なさい。」

 「でも、先輩がオデットに居ると解ると、この先面倒ですね。」

 「まさかとは思うけど」

 セレニティーの警備を疑う訳ではないが、不特定多数の者たちが大会に集まって来るのだ。その中に暗殺者が紛れ込まないとは限らない。皇女の警備を口実に情報部自身が乗り出して来ることだって考えられる。

 「オデットの係留は王室専用ポートをお使いください。皇女様のお召艦ですもの当然ですわ」

 そうグリューエルが言った。

 「ただ、誠に言いにくいのですが、セレニティーにいるあいだ、リン先輩には外を出歩かないで頂きたいのです。帝国に借りは作りたくありませんから」

 王国の賓客として安全は保障できるが、テロリストを匿ったとなると帝国政府に負い目が出来る。

 「解った。セレニティーには迷惑かけるな」

 頭を下げるリンに、済みませんと申しわけなさそうなグリューエル。

「ここでネビュラカップの様子を見物させてもらうよ」

 

 

 



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28話

 セレニティー青の星(姉妹)青い姉。緑豊かな山並に抱かれたファースト・ヴァージニアの、王室夏宮の宮殿前庭に設えられた式典会場で開会式が行われた。

 宮殿前には、セレニティー王家と帝国聖王家のエンブレムが染め抜かれた大フラッグが翻り、儀仗隊が整列する中、金の縁取りが付いた天蓋付きの壇上に二人の皇女が立つ。

 星王家第七正統皇女グリューエル・セレニティーと銀河帝国聖王家日嗣御子(ひつぎのみこ)リーゼ・アクシア・ディグニティ―だ。

 二人とも淡い水色のドレスコード・フォーマルに身を包んでいる。整った顔立ちに、それぞれブロンドとプラチナの髪には黄金のティアラが慎ましく載っている。グリューエルが優麗ならリーゼは清楚、それは正に花のような美しさだった。

 二人は涼やかなよく通る声で、開会の式辞を述べる。

 「帝国との出会いは、セレニティーに大いなる飛躍をもたらしてくれました。銀河系数十億の星と友となれる機会です。そして帝国の責任ある立場を得て、こうして銀河じゅうから友人たちが集まってくれたことを嬉しく思います。リーゼ皇女と共に、大会宣言をすることの栄誉を誇りに思います。また、このような場を与えて下さった大会運営協会の皆様には感謝を申し上げます。」

 「セレニティー連合王国は、帝国の一員となる前から最も重要な友人でした。それは帝国が困難な状況にあった一時期においても、変わらぬ友情と厚い助力を見せて下さいました。帝国は今も感謝に絶えません。セレニティー連合王国を帝国の一員に迎え入れることが出来たことは、オリオン腕文明圏統合と合わせて帝国の誉れであります。いま私は、そのオリオン腕で貴重な薫陶を受けつつグリューエル皇女と共に学べる幸運を得ています。その薫陶を与えて下さる方は、競技に参加されておりこの場に居らっしゃいませんが。この、素晴らしい出会いと友情を企画して下さった皆様には感謝に堪えません。この大会を通じて、帝国の絆が確かであることを、リーゼ・アクアは期待して止みません。」

 開会式の様子は、全銀河に生中継されている。主だった星系の放送局はプレスセンターを構えて中継している。正体不明な辺境星系連合の影がちらつく中、今回の大会は明るいニュースとして格好のソースなのだ。特に星系政府の変わらぬ団結を示すという意味で。

 リーゼが白鳳女学院留学について触れたことは、後々騒動になるだろう。去年は茉莉香目的で入学して来た子が多かったが、今年はセレニティー姉妹で希望を集めた。これに聖王家皇女が加わるとなれば、来年の入学願いは大変だ。

 しかし各プレスは、リーゼが名前をアクシアでなくアクアと言ったことに余り注意を払わなかった。単に言い間違えたのだろうと解釈したのだ。当のリーゼは、意識して言い変えたのだが。

 三日間の記念大会は二人の皇女の開会宣言で幕を開けた。

 このセレモニーの後、二人にはレセプションという外交の仕事が待っている。加藤茉莉香も強く出席を懇願されたのだが、そこは顧問のジェニーにお願いした。以前、『皇女拉致誘拐容疑』で『審問』されたが、昼夜ぶっ通しで続く審問会はかなわないと逃げたのだ。まあジェニーなら社交界にも慣れているし、三六時間でも四八時間でもすっきりした顔でこなしてくれるだろう。

 

 ディンギー競技のネビュラカップは、翌日に行われた。

 二人が記念大会の主賓ということもあるが、リーゼは白鳳に来るまでヨットの経験すらなく、それにグリューエルの方は運動不如意で、そろって貴賓席からの観覧となった。

 出場者は記念大会に合わせて二〇〇名と大幅に増加。白鳳からは、アイ、ヒルデ、フェイ、そして茉莉香。

 普段大人しいフェイが、選抜でナタリアを破って出場した。家が漁師なせいか風見の勘所がいいのだ。思わぬダークホースだった。チアキは今回も海森星校での代表である。

 二百名の代表選手たちは、青い妹星静止軌道上のプラットホーム・ステーションで、ディンギーに乗り込み発進の号令を待っている。いま解っているのは、スタート地点が青い妹の惑星軌道上であることだけ。だから舞台が青い妹であることははっきりしている。でも、それだけでないことを皆が思っていた。

 ディンギー会場となった青の姉妹の一番の特徴は、非常に近い双子星であることだ。

 二つの星は互いの直径の三倍程度しか離れていない。そのため、お互いの大気が引き合い、惑星の間にチューブ状の大気圏が存在し複雑な気流を生んでいる。また、月よりはるかに強い潮汐力のために気象も変化しやすい。長い歴史、恵まれた自然、お伽噺に出て来るような美しい星だが、なかなかと荒々しい星なのだ。

 やがて、今回のコースが発表された。

 まず大気圏突入して、青い妹星に設えた三カ所のチェックポイントを回る。ここまでは、これまでの大会と変わらない。違うのは、このあと成層圏の上まで上昇し、双子星の間にある連星大気層を渡って青い姉に移動。再度青い姉星の成層圏に下降して、二カ所のチェックポイントを回ってゴール地点のファースト・ヴァージニアに向かうというものだった。

 そのコースを見て、リンは唸った。

 「こりゃあ、燃料が足りないどころの話じゃないぜ。いったん対流圏まで降りたディンギーが、チェックポイントを回って再び宇宙まで行くんだ。連星大気層の流れに乗り損なうと、即アウト。青い姉に渡ってもなお二カ所まわらなくちゃならない。ほんとうにエンジンは微調整ぐらいしか使えないって事だ」

 これで速さを競うのだ。ほんとうに風頼りのレース。地形と気象を的確に読む力と操舵術がものを言う。

 選手たちは、発表されたコースに息をのんだ。緊張が走って、操縦桿を握り締める手に力が入る。そして発進の瞬間を待った。

 皇女たちの撃つ号砲一下、青い妹の静止軌道ステーションから一斉にディンギーが放たれる。

 降下する眼前に、青い妹の大気層がみるみる近付き、ディンギーの機首が赤く発光し始める。

 その中で、他のグループよりも早く姿勢を変えたディンギーが五艇あった。有るか無しかの希薄な大気だが、抵抗を受けて遅れる。操るのは白鳳チームとチアキ。

 他のディンギーは船体が白く灼熱したところで、各々機首を上げて大気圏突入角度を取っている。しかし五艇のディンギーは可変翼まで使って降下している。進行方向に対する投影面積を最大にして減速する、茉莉香直伝のエアロブレーキングだ。船体を包むプラズマが消えたところで機首を鋭角に倒し、再突入の姿勢を取る。船体の赤化は取れていない。

 やがて成層圏に達し、可変翼を拡げてばらけていく集団。これから風を摑んで最初のチェックポイントを目指すのだ。だが五艇は既に姿勢制御を終え、上層大気を抜けた時とあまり変わらぬスピードのままチェックポイントにループしている。そして誰よりも早くポイントを回る五艇。

 大気圏突入しながら進路を変更し、減速しつつ機をチェックポイントにねじ込んだのだ。ここまで無推進。飛び出したところで、ようやく機首を上げ風に乗っている。

 「凄。」

 遅れて続く選手たちから感嘆の声が上がった。

 だが感心ばかりもいられない。各ディンギーとも無駄のないコーナリングでポイントを通過し、的確に気流を摑んで白鳳を追いかける。レースは始まったばかりだ。

 ディンギーは降下しつつジェット気流に乗って、次のポイントを目指す。

 第一ポイントは成層圏にあるが、第二・三ポイントは対流圏にある。つまり気象と地形の影響を直に受ける訳だ。

 薄い雲の層を幾つか通過し、綿雲の下に、細かく煌めく海が見える。この頃には、操縦桿に大気の厚みと、ディンギーが押し上げられたり引き下げられるのを感じる。

 先頭を行くのはアイとチアキ。

 流石に大気分布の読みの確かさと、昨年優勝は伊達じゃないと、続く茉莉香は思った。

 しかし操船については、他校の方が一日の長があった。引き離したと思った距離が徐々に詰まって来ている。誰も補助エンジンを使わない。風の強弱を瞬時に感じ取りながら、ウイングを細かに調節して最適な風乗りを見せていた。

 ジェット気流上の第二ポイントが見えて来た頃には、五艇だった先頭集団は、もう団子になっていた。

 「やっぱ代々先輩に付いて腕を磨いてる学校は違うわ――」

 並走するディンギーの、他校の選手たちの貌を見て茉莉香は思った。

 昨年度の大会で、電磁嵐で視界を失った事例を反省して、今大会から閉鎖型のコックピットではなく耐熱コーティングが施されたキャノピータイプに改められたのだ。気流、コースの各情報は、透過スクリーンに投影される。

 『あなたたちの実力は認めるけど、私達だって先輩方に報いる意地があるんだから!』

 キャノピーから見えるその真剣な顔立ちは、皆そう言っているようだった。

 『去年は、変な妨害にあったけれど、今回は正々堂々行きましょう』

 「うん。」

 セレニティーならビスクカンパニーも手出しができない。おかしな船が近づこうものなら、監視衛星のビームで撃ち落とされる。

 第二ポイントをめぐる争いは、茉莉香がヒヤリとするほど際どいものだった。一五艇ほどが、接触すれすれの距離でコーナリングを攻め立てる。そのすぐ後に、第二集団が先頭集団の空気抵抗を利用しながら距離を詰めて迫って来る。気合の入り方が凄い。

 そして迎える第三ポイント。

 青の姉妹は、お互いの海の側が常に向き合いながら三六時間で自転しており、母恒星の周りを公転している。それは、可憐な姉妹がワルツを踊っている姿に例えられる。

 近い距離でお互いの周りを公転する連星は、潮汐相互作用で軌道及び自転のパラメーターを変化させる。双子星の合計の角モーメントは保存されるが、角モーメントは軌道周期と自転速度の間で転移されうる。それによる膨らみは重力の方向と若干揃わなくなり、重力がトルクを生じ角モーメントが転移される。自転軸が軌道平面に垂直でない場合は、この作用はさらに複雑になるが、青の姉妹は垂直であるため安定している。しかし地軸が垂直である惑星は、対流が平坦となり四季が生じない。しかし青の姉妹では、二つの星が常にお互いに向き合いながら自転しているため、赤道面の一点だけ日食が生じ地表温度が周囲より低い。また還流し合う連星大気層のために、大気が撹拌されて気象の変化がある。ただし、その変化は非常に気まぐれだ。

 天頂に、淡い青空を透かして夜の青い姉が見える。そこへ伸びる巨大なエアチューブ。青い妹で潮汐力が最も大きい地点だ。そして気流も複雑になる。

 船体のバウンドが激しい。晴天なのに、突き上げるような衝撃と叩き落されるような落下が交互に来る。

 見かけは穏やかな空に、翻弄されるディンギーの、少女たちの声にならない悲鳴がこだまする。

 その中で、アイ・ホシミヤは右舷下方向に太い空気の層があるのを発見した。温度と密度の差で出来た滞留大気だ。南中時には青い姉による日食状態となるこの周辺では、周辺と比べて低温となり重たい空気が下降気流となって溜まっている。

 その大気の層に乗って滑走する。アイのディンギーは波乗りをするように跳ぶ。乱高下することもないそれは、まるで中空のサーフィンだ。

 「アイちゃん、やるぅ」

 歓声を上げて茉莉香たちも後に続いた。

 「なんて子なの! 大気分布を見通して飛んでる」

 去年は完走がやっとだった少女だ。だが噂では観測機器を失って、コックピットを開けて、夜の空を天測だけでゴールしたという。

 何人かの選手はそのルートをまねて大気に乗ろうとするが、一寸したバランスで重い大気に呑み込まれてしまう者や、弾かれてしまう者が続出した。

 その目と技量の確かさに、他校たちは戦慄を覚えた。

 アイのディンギーは軽くホップして気流を離れると、第三ポイントをくぐり、次のコースを目指す。

 向かうのは、巨大な煙突のように立ち上がる連星大気層。

 まずは上昇気流を捉えて、一気に成層圏まで舞い上がった。そしてチューブに吸い込まれていく気流を待つ。

 双子星の間に流れる連星気流束は、姉妹の息吹と呼ばれる。

 青い姉は夜で青い妹は昼。昼の側は日食部分に周囲から暖かい空気が吹き込んでくる。そして上層大気も表面が温められて気圧が高くなった方から、冷えて気圧が低くなった方へと流れが生まれる。青い妹から姉星に向かって大気が動く。青い姉が昼で青い妹が夜の時は逆の現象が起きる。連星である重力偏移や慣性力、星の大きさの違いもあり、実際はそう単純でない。

 風待ちをしているあいだに、第三チェックポイントを回った他の船が追いついて来た。

 勝負は振出しに戻った訳だが、ここに至るまでに、既に半数余りのディンギーがリタイアしていた。大方が第三ポイントの複雑な気流に、燃料を使い果たして回り切れなかったか、上昇気流に乗れなかったのだ。

 中継はここでの注目校をテロップで流していた。

 「ここからが本当の勝負だな。」

 残った顔ぶれを見てリンは呟いた。いずれも過去に上位入賞を果たしている強豪校ばかりだったのだ。

 注目株は、まず一艇の脱落も出していない白鳳女学院と優勝の常連校である風凪星女子高校。そして去年の優勝校である白鳳海森星校だ。

 風凪星校の白鳳に対する敵愾心は強い。白鳳にはホームグランドでの大会を滅茶苦茶にされた因縁がある。去年の大会で、先輩から聞いていた悪評とはまるで違った戦いぶりに印象を改めたが、長年にわたる蟠りはそう簡単に払拭できるものではない。白鳳海森星校はチアキひとりが傑出している。他にも悪夢の第一三回大会で苦杯を舐めた因縁校が――。つまりは、ディンギーは個人競技だが、白鳳の周りはみな敵ばかりという事だ。

 

 



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29話

 成層圏、高度約三万メートル。

 対流圏界面を流れるジェット気流はこのすぐ下だ。大気層が厚い青の姉妹では、対流圏が青い姉では一万五千メートル、青い妹では二万メートルまである。二つの違いは惑星の大きさによるもので、妹の方が姉より重力が軽い。(決してグリューエルがヒルデより重いという意味ではない)

 ここから、赤道付近で生じているブリューワー・ドブソン循環に乗って、成層圏上部へと移動する。螺旋軌道を描きながら、より大きな上昇気流『姉妹の息吹』を待っている。

 高度七万メートル。

 成層圏界面が近い。この上は中間圏に入り気圧は地表の一〇〇〇分の一程度。だが気温は意外にも高く0℃前後だ。これは成層圏にあるオゾン層が紫外線を吸収しているからで、空気密度が低いために温度が上昇しているのだ。

 ために成層圏では冷たい空気が下に溜まり暖かい空気が上を覆っているため安定している。しかし高層大気を共有し合う連星では事情が違ってくる。星どうしの昼と夜の温度差から循環が起き、大きな対流が発生するのだ。非常に薄い空気だが、それでも移動時に五〇ヘクトパスカルぐらいの気圧差が生じる。

 その風を待っている。

 ブリューワー・ドブソン循環は、赤道域で上昇し南北に分かれて子午線域で下降する。風は上昇を緩めて頂点に達しようとしている。このままいけば循環流は下降に向かってしまう。空気もかなり薄くなっており、ディンギーも揚力を維持するのが難しくなっている。

 あと5千メートル、いや一千メートル、五〇〇メートルだけでも……。少しでも高度を稼ごうと、ブリューワー・ドブソン循環の中心で、中間圏との境界まで吹き上げている上昇気流を摑もうと循環流の真ん中に肉薄する。

 やがて、空が暗くなり出した。

 日の光が無くなり、天頂に青い姉の夜の側が被さって来る。南中時に起きる日食だ。

 ディンギーの風切り音が止んだ。

 無風の中で滑空するディンギーの群れ。

 すっと、エレベーターが落ちるように高度が下がった。

 ――来る――

 下から空気の塊がやって来る。

 それは、周囲との密度の違いに陽炎のように揺らめいて見えた。

 高度一万メートルから対流圏の一部を剝ぎ取り、成層圏を巻き込んで、中間圏と熱圏を突っ切る、風。

 日食で急激に冷やされた大気が、冷たい空気が下に下がり暖かい空気の塊りが上に押し上げられる。気圧の上がった青い妹の大気が夜で冷えて気圧の下がった青い姉に向かって吹き昇る。

 ――それは、宇宙に吹く風。

 これがあるために、セレニティーは他の星系と比べて手軽に宇宙へ到達できた。燃料をバカ食いする噴進式ロケットや軌道エレベーターを使わずに、いわば帆掛け船で宇宙空間に飛び出すことが出来たからだ。それには複数に渡る大気圏突入と滑空を可能とする軽くて強靭な鋼材が必要だったが、既に恒星間航行の段階まで進んでいたセレニティーの技術では難しいものではなかった。だが姉妹の息吹を利用するには数多の犠牲を必要とした。工学技術と操船の技は、また別のものだからである。けれども、最初の世代間宇宙船クイーン・セレンディピティが青の姉妹に到達してから、他の星々へ植民に乗り出すまでそれほど時間は掛からなかった。

 一斉にディンギーは宇宙へと向かう。

 チューブ状の星間ハイウェイだ。

 だが、そのハイウェイは細い。距離は六五〇〇〇キロにも達するのに直径は五〇キロに未たない。青い姉と青い妹は繭状の大気圏で包まれている。しかしそのほとんどが熱圏でで、芯に当たる部分に薄い皮膜のような中間圏があり、一日に二回、そのが細いダクトを大量の大気が行き来するのだ。

 当然、猛烈な奔流となる。大赤斑の風とまでは言わないが、ジェット気流並みの風が吹く。しかも逆流する流れもあり、のたうっている。

 ディンギーは青い妹の大気圏を出たところで木の葉のように舞った。この段階で三分の二が脱落した。

 「なによ、これっ! まともに操縦できないじゃないっ!!」

 選手たちは歯を食いしばりながら、翻弄されるディンギーを立て直そうと必死だった。

 アイもヒルデもフェイも、操縦桿とペダルを調節しながら翼を操る。だが、風圧に押されて思うように動かない。

 チアキは何とか風を読もうと、計器と目視で流れを追いつつ姿勢を維持していた。

 「これって、ハーベック・オダ彗星よりキツイ!」

 茉莉香は無限博士のラボに乗り込んだ時のことを思い出していた。あの時も乱流に弁天丸は苦労したのだ。だがあの嵐の中を、梨理香は小型艇で見事に乗り付けていた。

 のたうつ流れの中で、所々に渦を巻いている場所もある。

 次々と棄権していく中、流れをつかんだのはフェイだった。

 滅茶苦茶に見える暴風の中に確実に本流を掴み、ディンギーを乗せている。あえて流れに逆らわず、右に左に揺れながら滑る。

 それは、荒海を行く名うての船乗りのようだった。

 嵐の中でみるみるチアキを追い抜く。

 「あの子、あんなに上手かったっけ?」

 選抜の時も目を見張ったが、これほどとは思っていなかった。

 『さっすが海の子。眠れる獅子は爪を隠すってねぇ!』

 「それを言うなら能ある鷹よ。ホント、変な慣用句作らない。」

 感心する茉莉香にチアキが正す。

 レースの様子は、大会式典会場にも衛星中継されていた。

 大型スクリーンに、多元カットで必死な様子の操縦席が映っている。

 やがてディンギーは、青の姉妹の中間点に差し掛かった。

 「ここは、ローレライと呼ばれた難所なのです。沢山の船が航路開拓のために遭難しました。そこにはセイレーンという魔物が棲んでおり、船乗りを宙に沈めたとか」

 スクリーンに映るみんなの必死な形相に、グリューエルは心配そうに言った。

 「セイレーン?」

 リーゼが聞き直す。

 「そう、美しい歌声で男たちを惑わしたといわれています」

 不安げに見守る二人。

 連星大気層が最も細くなる地点。もう幅は一〇キロもない。その向こうは、宇宙空間。

 すると、空気のチューブが青白く光り出した。

 チューブの周りを燐光を放つ帯がたなびいている。

 ――オーロラだ――

 普通は極地で観測されるものだが、引き伸ばされた電離層に太陽風のプラズマが当たり発光しているのだ。ただし極地で見られるようなカーテン状ではなく、チューブに巻き付く帯のように展開している。

 ヒューィ、ヒューィ、ヒューィ

 口笛のような、女性の歌声のような音が聞こえる。

 ピュチパチと何かが爆ぜるようなものも混じっている。

 姉妹の磁力線を竪琴に電磁波が奏でるホイスラー波と磁気嵐の放電音だ。

 「これがセイレーン。初めて聴いた。」

 ヒルデは頭上から聞こえて来る音に聞き入った。青い妹育ちの彼女でも、初めて聴く天上の音楽だったのだ。もう移動に姉妹の息吹を使う事もない今では、耳にすることは滅多にない。それに、目近で見るオーロラは、地上で見られるものより何倍も壮大だった。去年見た風凪星のものよりも――。

 藍、紅、碧、橙…。

 様々な色彩の幻のような帯。

 淡い光を放ちながら、姉妹の息吹に纏わり流れる。

 風凪星の選手たちも、光の乱舞に目を見張った。目を奪われた選手の数人が、操舵を誤り奔流の渦に巻き込まれた。

 たちまち錐揉み状態となる。大会の救助船は周辺にセレニティー艦隊の巡洋艦や駆逐艦が展開しており遭難の恐れはないが、このままならレース続行は無理だ。

 その時、ヒルデのディンギーがバンクして、渦に巻き込まれたディンギーに近付いた。

 そして渦の周りをターンしながら、ロープを射出し錐揉みしている艇に絡ませた。そのまま自分のディンギーを風に対して直角に立てる。

 「ヒルデ!」

 茉莉香が叫ぶ。

 ガクンと、錐揉みは収まったディンギーから通信が入る。

 『何をしてるの?! 巻き込まれるわよ!』

 だが抜け出せない。ロープはピンと張り詰めたままだ。

 秒速一〇〇メートルを超える風の中だ。巻き込まれるどころか自分のディンギーも壊れかねない。

 「このまま此処まで来たんです。棄権なんて、しないで下さい。」

 自分を凧にして、強引に引っ張るヒルデ。

 「一緒に行きたいんです!」

 ――あの子。――

 風凪星の選手も、茉莉香たちも、見守る会場の観衆たちも言葉が詰まった。

 『――わかったわ。』

 諦めかけていた選手は、ヒルデの牽引に助けられながら、渦からの脱出を図った。

 渦と無理に逆らわないように、ディンギーを流れから擦らせながら渦から抜け出る。

 それを見た風凪星チームと白鳳、次々と同じ要領で渦に捉えられた選手の救出活動に続いた。

 『ありがと。――でも』

 なんて危険なことを、と言いかけた所でヒルデは遮った。

 「一緒に行きたいだけでは無く、ディンギーどうしを繋ぎ合わせた方が、揺れも相殺できるかと思いまして。」

 そう少しつんけんな口調で説明した。

 二〇〇あったディンギーが、ここまでで僅か一二艇にまで減ってしまっていたのだ。

 クスリと少し微笑みながら、風凪星チームのキャプテンが言った。

 『連環の計ね、いいわ。』

 連環の計は敵内部に弱点や争点を引き出す計略なのだが、ここでは敵同士の結束を作り出した。艇の構造計算を素早く出し合い、一二艇のディンギーどうしを結わえ付ける。

 フェイを先頭に軽量の白鳳チームとチアキのディンギーを前列に、後方に残りの七艇が続く鋒矢の陣形。軽快だが横風に弱い白鳳を、安定性のある七艇が抑える。謂わばヨール(外洋ヨット)の、白鳳がメインマストで風凪星らがミズンマストに舵となるわけだ。

 一隻の船ではなく、横波にも縦波にも、前後左右にしなりながら乗りこなすヨット。それを波乗りのフェイが誘導する。

 『右舷二時方向、上下角三〇度。風来ます』

 『よーそろ。』

 風見の水先案内はアイだ。

 茉莉香は全てを二人に任せた。『船頭多くして船山に上る』では何にもならない。山に登るだけならいいが、波に乗り損なって風に弾かれると即宇宙空間行きだ。二人の技量は、これまでを見ていて風凪星らも納得していた。彼女らは艇と進路の安定だけに努めた。

 やがて奔流だった風の流れが揺らぎ始めた。ちょうど束がバラけていく感じだった。

 姉妹の息吹が青い姉の大気圏に入ったのだ。

 ここで、ディンギーたちは結んでいたロープを解き放つ。

 息吹から離れて電離層に出る。

 風が凪ぎ、しんとした空間。

 『練習を重ねてきたのは、私達だけではなかったって事ね。』

 『そのきっかを作った貴方たちが、一番練習を重ねてたって訳ね』

 『去年も思ったけれど、やっぱ強いわ、あなた達――』

 周りの選手たちから、白鳳に言葉が掛けられる。あの去年のような余所余所しい雰囲気はもう無い。それがとても嬉しい白鳳チームだった。

 『さあ、最期の勝負よ!』

 風凪星のキャプテンは宣言した。

 それに一同が頷く。

 電離層から再度の大気圏突入だ。

 青い姉星に向かって、やや深めの侵入角度でもって突っ込んでいくディンギー。

 眩いプラズマの尾を引きながら、一二艘は青い姉の昼の側を目指していく。

 

 

 今回のレースで、完走したのは八艇だった。再突入を果たした一二艘のうち、四艇は操舵不能と燃料切れをきたして辿り着けなかったのだ。

 二〇〇艇中、完走八艇。実に二五分の一。

 出場者一四二名、完走者二名に次ぐ記録である。これが悪夢の一三回大会と並び称せられる『悪魔の二〇回大会』の結果だ。もっともその悪魔は、コースを改竄した者ではなく競技の難易度ゆえだったが。

 いずれにせよ、ローレライで見せたスポーツマンシップは感動を呼び、完走できなかった選手たちにも惜しみない拍手が送られた。そして選手たちは、お互いの敢闘を讃え合ったのだった。

 え、レースの結果はどうなったかって?

 それは言わないでおこう。

 勝負の勝ち負けよりももっと素敵なものを、観客を含む参加者たちは得たのだから。

 

 

 



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30話

 大会三日目、最終日。

 記念大会のメインイベントが行われる。太陽帆船による星間レースだ。

 出発地の青い姉セントラルポート・ステーション前には、大小さまざまな船が並んで、出航の時を待っている。その数一二〇隻。

 「うあー、改めて見ると壮観なもんだねぇー」

 セントラルポート・ステーションのデッキから見える光景にナタリアは歓声を上げた。

 「でも銀河中からかき集めても、これだけしか残っていないんですよね」

 そう寂しげに言うヤヨイ。

 「そうだねー。航海用のものは二〇〇年前から造られなくなった船種だしね。その頃からもう無人の観測用ポッドぐらいしか太陽帆船は使われてないし」

 リリィの言葉にリンが尋ねた。

 「でもオデットⅡ世て、船齢二〇〇年なんですよね」

 「そう、だから帆船航海時代の最期の船。いちばんの新造船かな」

 「オデットが最新船…」

 太陽帆船のカテゴリーは、掃討戦争時から主恒星の観測用か星系内宙域の連絡機ぐらいしか使われていない。いずれも無人のポッドだ。スピードも出ず恒星間移動も出来ず、航海にたくさんの人数を必要とする帆船は使い道がない。

 「まあウチの文明は遅れてたから」

 そうリリィは言うが、時代遅れとなっていた帆船をわざわざ造り、仮装巡洋艦扱いとなり、超光速跳躍転出来る転換炉ブースターまでつけて戦闘していたオデットⅡ世は、かなり特殊な例なのだ。

 「この中で一番古い船はどれでしょう」

 「それはうちの船ですわ。メイフラワー号、船齢は一〇〇〇年を越えます。もっとも記念艦で、普段は博物館にいますけれど」

 「扱える者が居りませんので、スタート・フラッグだけの参加です」

 サーシャの質問に答えたのがセレニティー姉妹。

 聞けば、メイフラワー号は、あの姉妹の息吹を行き来していた最後の船なのだそうだ。風を使って星を行き来していたのだから、文字通りの帆船。ここで、セレニティー連合王国の元首であるシムシエル大公のフラッグを合図にレースは開始される。

 三方向に張り出したマストの形式はオデットと一緒だが、船体はかなり小さくオデットの半分もない。しかも今にも朽ちそうなほどに古い。そもそもセレニティーの生き証人で博物館級の『国宝』なのだ。表に引き出していい代物ではない。それだけセレニティーは今回の大会を大切にしている。

 「さあ、私達も行くわよ」

 「このまま見ていたいけど、私たちも参加者なんだから」

 見とれる部員たちに声を掛ける茉莉香とチアキ。二人の声掛けに「はーい」と答えて部員たちはわらわらと動き出した。

 そこに、他校の生徒が立ちはだかった。風凪星の生徒だ。

 「あなた達、帆船レースも出るんですってね」

 あ、はい。と返事する茉莉香。

 「流石、名門校ね。太陽帆船まで持っているなんて。高校ではあなたたちだけなんじゃない? てか大学でも聞いたことないか」

 「のようです。私たちも初めてな参加だもんで」

 「健闘を期待しているわ。あの姉妹の息吹で見せた戦いぶりを見せて頂戴」

 あんな過酷なレースをオデットでと、思わなくも無かったが。

 「はい。頑張ります」

 「それと有難う。三年最後の大会で最高の思い出を作れたわ。来年、また後輩たちが戦えることを楽しみにしてる」

 茉莉香の両手を固く握り締める風凪星のキャプテン。

 「こちらもです!」

 そう応じた茉莉香を残して、手を振りながら風凪星の生徒たちは離れて行った。

 「いい子たちよねー。ちょっとボーイッシュで凛々しくて、リン先輩に似てると思わない?」

 「どこ見てるのよアンタは!」

 いい雰囲気だなとしみじみしていたのに、茉莉香に台無しにされたチアキだった。

 

 オデットに乗り込むと、既にコントロールの計器類が立ち上がっていた。

 「よお、遅かったな。暖気は済ませておいたぜ。」

 「リン先輩。無人のはずのオデット動かして怪しまれませんか?」

 「スタンドアロンで立ち上げたからな。外からは自動アイドリング・システムにしか見えないだろ」

 リンの言葉を聞いてほっとする茉莉香。

 わらわらとブリッジに集まって来た部員たちを前に、顧問のジェニーが訓示をした。

 「ではヨット部の皆さん。これから核恒星系までの航海です。コースはそう難しいものではありませんが、札付きのお尋ね者を二人も乗せて、帝国中枢に乗り込むのです。何が起こるか判りません」

 ジェニーはそう言ってリンと目配せし合う。

 「今回の航海は、リンの汚名を払拭することもありますが、一番の目的はリーゼをお母さんの元に帰すことです」

 「勢力を弱めたとはいえ、侯帝派がどう動くか予断は許されません。帝国自体が私たちを警戒している以上、最も危険な航海と言えます。今ならリタイアできます。もう一度確認します。それでも行きますか?」

 ジェニーの言葉にブリッジ内が緊張する。そして全員が無言で挙手をする。

 ――準備オールルクリア—―、という意味だ。

 誰からともなく歌いだした。ヨット部の歌だ。

 

  星はさや立つ日の光る 海明星空遠く

  お嬢お嬢と言われても 狭い世界にゃ住み飽きた

  広い宇宙銀河の果てに 一体何が待つのやら

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

 

  空は青く風もそよぐ 弾む心を帆に託し

  例え光は超えずとも ゆらり揺られて参ろうか

  オデット二世のシャフトは長い 一体どこまで続くのか

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  我ら白凰白いおおとり 帆を張れ風を読め、あらヨット

  あ~らヨット~

 

 「それでは、皆さん出航に取り掛かって下さい」

 「出航用意! システムの最終確認よろしく。」

 部員たちは茉莉香と副部長のサーシャの言葉に、一斉に持ち場についた。

 やがてセレニティーの王家専用ポートから、純白の船体が滑り出して来る。

 三本のマストを拡げスタート地点へと向かう。細身の優美なシルエットは、ひときわ目立った。

 一二〇隻の中には、オデットより大きな船もあった。オデットも太陽帆船の中では大型なのだが、超光速跳躍が無い時代に星間を行き来していた外洋船だ。世代間宇宙船ほどではないが航海に数年かかるため居住スペースが半端ない。だが古い。どうしても戦艦のような武骨な印象を受けてしまう。なかには仮装ではなく、ほんとうに戦艦として造られた船もあった。

 しかし、そのような大型船は三〇隻あるかで、大方はもと輸送船か連絡艇かの小型船だった。当然転換炉ブースターは装着できない。そのような船は、跳躍地点でセレニティーが用意したカーゴに積まれる。もっとも自前で転換炉ブースターを持つ船もオデット一隻だったが。

 すべての船舶がスタートラインに揃ったところで、船団の中央に位置するメイフラワー号で、シムシエル大公のスピーチが始まった。

 メイフラワー号のマストにはフラッグがはためき、甲板に大公がお立ちになる。

 齢一四〇歳に近いが、矍鑠としたご様子だ。

 「宇宙空間に生身で立ってるの? てか、でかくない。もしかしてグリューエルの曽お爺さんてサイボーグ?」

 その様子を見てハラマキが言った。

 「立体映像よ。フラッグだってそう。失礼なこと言わない」

 チアキの説明に苦笑いする茉莉香。鉄の髭の時もハラマキと同じ事を言ったような気がした。

 やがて強制入力で、大公のスピーチが流れて来た。スピーチは簡潔だが、銀河系の安寧と人類のさらなる飛躍を願った印象深いものだった。

 そしてスタートのフラッグが振り下ろされる。

 ふぁさっという、旗が翻る効果音とともに、一斉に船は走り出した。

 スタートダッシュは、やはり小型船が有利だった。軽い船体を活かして飛び出して行く。オデットⅡ世も早い方だった。このクラスの中では軽量なのと最も新しい船だからだ。だが、大型船もいったん走り始めると、その多い帆を活かしてスピードを増しだす。

 こうして、太陽帆船記念レースは始まった。

 

 コースは青の姉妹から、同じ公転軌道上の反対側にある星、碧の兄弟へと向かう。そこでスイングバイして外惑星宙域に出て跳躍ポイントを目指す。跳躍ポイントでカーゴに積みこむかブースターを装着して超光速跳躍に移る。オデットのブースターも跳躍ポイントに係留してある。そのピットインでの工程も、速さを競う競技なのだ。

 そこからポルトセルーナまで跳び、核恒星系に入る手続きを行う。いくら帝国とセレニティーの公式競技でも、手続きなしで帝国心臓部に乗り入れる訳にはいかないのだ。それにポルトセルーナでは、帝国側の歓迎式典が用意されている。まあランチタイムみたいなものだ。

 そしてチェックインした時間差に応じて再出発し、惑星セナートに向かう。

 「碧の兄弟って、どんな星? セレニティーの惑星って青の姉妹しか知らないから」

 立体ディスプレイのホログラフィーに映った星系航路をチェックしながら、茉莉香はグリューエルに訊いた。

 「青の姉妹に劣らない美しい星です。碧の兄弟もその名が示す通り連星ですが、二つの星には距離があり青の姉妹のような連星大気層は持っておりません。お互いが公転しあいながら傾斜角を持って自転しており、海明星に似た四季を持っています。青の姉妹に降り立ったセレニティーが最初に植民した惑星でもあります」

 「セレニティーの星って、他に三つあるんだっけ」

 「はい。赤の父、藍の母、白の子供です。それぞれ近い別の星系にあります」

 「ふーん。セレニティーって本当に星間国家なのね」

 感心したように茉莉香は言った。それは、帝国の核恒星系に似ていた。

 「もし銀河帝国より先にセレニティーが銀河系に乗り出していたら、帝国はセレニティー王家だったかも知れないね」

 「それはありません。私たちが当ても無く宇宙を彷徨っていた頃、帝国はいまの第五艦隊の領域まで版図を拡げていました。故郷を無くして星を探していた私たちには、そんな資格は元々なかったのです」

 それは科学技術の速い遅いの結果ではなく、資格の問題だったとグリューエルは語った。

 「黄金の幽霊船で街やジーンバンクをご覧になりましたね。あれが元々のセレニティーの姿です。超光速段階まであと一歩だったとしても、結局、自分の星を住めなくしてしまったのです。」

 黄金の幽霊船で見た近代的な都市。環境は完全にコントロールされ、機能的で科学技術も相当進んでいるように見えた。超光速技術がないだけでとても古代のものには見えなかった。だがいまのセレニティーにそのような景観は無い。むしろ古色豊かなおとぎの国だ。

 あの街に、「国民が居ません」とひとこと言った、グリューエルの言葉の意味が解った。

 「ですから、茉莉香さんが黄金の幽霊船を持って帰って下さったことは、本当に感謝しているのです。私たちが忘れかけていた建国の歴史を、思い出させて下さったのですから」

 そう言って微笑むグリューエルだった。

 その言葉を聞いてリーゼは思った。人は過ちを犯す、しかしその過ちから学んで人は前に進んでいく。でも帝国はどうだろう、同じ過ちを何度も繰り返している。とくに聖王家はそうだ。セレニティーの方がよっぽど資格があると。

 オデットⅡ世は公転周期軌道を逆向きに進んで、恒星の反対側に出た。軌道面を四分の一周過ぎたところで碧の兄弟星が見えて来る。

 「光学観測できるよ。見る?」

 レーダー担当のウルスラがそう言って、メインスクリーンに光学映像を投影した。

 まだ遠く画像も小さいが、宇宙空間に浮かぶ、青い姉妹に似た兄弟星。姉妹より距離は離れているが、しっかり寄り添い合っている。それは肩を組む仲の良い兄弟みたいだ。そして、その名の通り緑の星。

 「じゃあスイングバイの用意。キャシー、ハラマキと軌道計算宜しくね」

 「えー、連星の軌道計算むずいんだよな。合成モーメントとか面倒だし」

 ハラマキが文句を垂れる。

 「私が手伝ってあげる」

 と、リリィ。

 「三人でお願い。それから機関の方はどお?」

 「ブルーグレイス星からの太陽風に変化はありません。帆圧七〇パーセント、順調です」

 「太陽活動も変化なしです。黒点やフレアーも爆発的なものが生じる兆候は今のところ見られません」

 キャサリンとレーダー担当のファムが揃って報告する。

 「帆圧は七五パーセントに。じゃあアイちゃん。コースこのまま、公転軌道面から楕円周回軌道に移って」

 「分かりました。」

 アイは茉莉香の言葉を受けて少し右に舵を切る。

 これで公転軌道を逆向きに進んでいたオデットは、外側に少しはみ出して緩い楕円を描きながら碧の兄弟に近づいて行った。まだ距離はあるが碧の兄弟の重力は確実にオデットに働いている。

 最初の目的地と星の位置は解っているのだから、コース取りはどの船も同じだ。一二〇隻が同じような軌道を描きながら、スイングバイの準備に取り掛かる。

 オデットのスイングバイは、碧の兄弟の重力で鋭角に接近しつつ兄星の公転を利用した。引っ張られ押されるように外軌道に飛び出す。ピンボールの球を弾く要領だ。

 そのまま内惑星と外惑星との間ある跳躍ポイントまで飛ぶ。恒星は背後にあり、太陽風も最大に受けている。セレニティーの外惑星は、内惑星圏の一番外側にある青の姉妹・緑の兄弟軌道とひらきがある。あいだにもう一つ惑星があってもいいぐらいの距離だ。そこにセレニティーの王家専用インターがある。普段は王家か艦隊か外交使節しか使用しないポイントだ。一般の銀河回廊インターは他と同じく星系の外側にある。だから他の宇宙船に邪魔されることなく競技だけに使えた。

 各船とも自分のピットに到着すると、転換炉ブースターの装着やカーゴへの積み込みが始まる。

 オデットのクルー達は、手慣れた様子でブースターの取り付けを行った。何しろ自前の部品で今年度になってからも三回目の作業だ。ピット競技は白鳳がダントツの一位だった。取り付け作業の間に超光速跳躍の計算入力も終えてしまっていた。

「超光速跳躍!」

 茉莉香の号令で、オデットⅡ世は早々と亜空間へと飛び込んで行った。

 その手際の良さに、まだ取り付けや積み込みでアタフタしていた他の船たちは、唖然としながらオデットの残した青白い時空震の航跡を見送るばかりだった。

 

 



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31話

 「なかなかの手際だったわね。」

 ジェニーが満足したように言った。何よりも負けず嫌いの彼女にとって、一番、というのが心地良かったのだ。

 「ブースターの取り付けって普段は面倒なだけだけど、これが競技になるなんてねー」

 「そうそう何が役立つか判んないものだねー」

 「これって、もしかしてセレニティーの策略?」

 部員たちの思い思いな感想にヒルデが応えた。

 「たまたまコースに超光速跳躍が必要な場面があって、たまたまブースターを持っていたオデットが有利になっただけのことです」

 あくまで澄ましたままの言いように、グリューエルがクスリとする。

 そこに銀のお盆を持った新入生たちがやって来た。

 「お茶をお持ちしました。セレニティーから良い葉っぱを頂いたのです。先輩方、どうぞお召し上がりください」

 そう言って恭しくお茶配りするリーゼら三人。それにグリューエルやヒルデも手伝いに加わる。

 ありがと、と最初にジェニーが受け取っている。

 「ちょっと茉莉香! 皇女に続いて聖王家にまでお茶汲みさせる気? 外交問題どころか滅ぼされるわよ」

 チアキはやっぱり眼を剝く。まあ部活で後輩にお茶汲みさせて文明滅亡もないだろうが、と思わない訳でもないような…でも冷汗も出る茉莉香だった。

 それぞれが自分の席でのんびりお茶している時だった。

 オデットの船体に衝撃があったのだ。衝撃はごく軽いものでアラートも鳴らない。

 しかしクルー達はすぐ自分の役目に戻った。

 これが亜空間で起きたからだ。亜空間に基本障害物は無い。行き交うものは航行している船と通信ぐらいなもので、衝突が起きないよう十分距離を取り計算もしている。

 もしかしたら、超光速跳躍に慣れてない参加船が接触したのかも。そう思った。

 「周辺、船影や障害物は探知されません。」

 「オデットにも何も損傷らしきものは出ていません」

 レーダーと機関からの報告。しかし航法が伝えた。

 「銀河回廊、現在イエローが出されています。銀河回廊交通センターによると、亜空間に衝撃波があったそうです。」

 「衝撃波!? またユグドラシルみたいな妨害があったってこと?」

 ジェニーが質した。

 「いえ、テロとは違うようです。衝撃波は亜空の中で起きたものではなく、通常空間で起きたもののようです」

 「通常空間、それってどういう意味?」

 通常空間で起きた衝撃が亜空間に響いてくるなんてあり得るだろうか。反物質爆弾でも無理だ。亜空と通常空間との壁を破るには恒星ぶんのエネルギーが要る。転換炉はその辺を誤魔化してきわめて狭い範囲の空間を歪ませ跳躍している。回廊の近くで超大型船でも爆発したのだろうか、それこそ黄金の幽霊船クラスの。そう茉莉香は思った。

 「事故でもないようです。原因は調査中、通行に支障はないが注意されたし。だそうです」

 嫌なものを感じながら茉莉香は報告を聞いていた。

 そんな茉莉香にチアキが近寄った。

 「茉莉香――。帝国とは違うと思うけど」

 「チアキちゃん、私お腹痛い」

 そう言いながらお臍の辺りを押さえる茉莉香。

 「はあ…そういった辺のアナタの勘て、妙にいいから」

 「そんなこと言わないでよ。余計痛くなっちゃう」

 お大事に、それとちゃんじゃない。そう言い残して離れる。

 

 

 亜空間はその後何も起こらずに、中継地点ポルトセルーナにダッチダウンした。

 続く船も全船無事に到着する。ここまでの第一位はオデットⅡ世、亜空間では差が生じないのでピットインでの差がそのまま出たのだった。

 かつて要塞基地だったポルトセルーナは、いまでは交通の重要な中継点としてのグランドセントラル・ターミナルだ。要塞だった面影は消え、見かけは完全に商業港である。しかし軍港としての機能は無くなっていない。事実、第五艦隊の母港でありステーションの周囲には軍艦の姿も見える。

 ポルトセルーナでは参加者全員が下船して、核恒星系への立ち入り許可の手続きを行う。

 しかしこれが問題だった。顧問のジェニーとリンは帝国電波管理法の第一級容疑者なのだ。つまりはお尋ね者。一応今回の大会にエントリーし、ジェニーの名前が載った名簿を提出して出場も出来ている。だか今まではセレニティーだった。ここは軍港で帝国の直轄地なのだ。

 「まあ捕まったら捕まった時よ。どのみち手続きしなければセナートには行けないんだし。その時はあなた達だけで行って頂戴」

 「このまま無許可で、海賊として乗り込むって手もあるぜ」

 何ともお気楽に言う二人。

 しかしなんの咎めもなく、ジェニーの手続きは通った。

 覚悟して臨んだ割りには何もない。むしろ肩透かしだった。

 「変ね。事情聴取ぐらいはされると思ったのに」

 「ジェニー先輩、お尋ね者になってから、当局から呼び出し掛かりましたか」

 チアキからの質問に、全然と首を振るジェニー。

 「まあ私が宇宙大学の学生だからかしら。放校処分が決まったら呼び出しぐらい来るでしょうけど」

 「私はまだ宇宙大学の学生じゃないけど、呼び出しないぜ。命は狙われたけどな。まあランチ楽しんでおいで」

 そう言って皆を送り出すリン。リンはここでもオデットでお留守番だ。彼女はここに居ないことになっている。

 参加者の親睦会を兼ねたランチは、気軽な立食パーティーだった。それでも帝国側の歓迎レセプションとあって主催者はポルトセルーナの総督だ。彼は第五艦隊の総司令官でもある。つまり文民ではなく軍人なのだ。こんな所にもポルトセルーナが軍事基地であることが現れている。肩苦しい式典よりも気軽な場を用意してくれたのは、合理性と迅速を旨とする武人としての心配りだった。

 気楽なパーティーといっても、出される料理は超豪華なものばかりだった。フルコースといった様式ばったものでなく、オードブル形式なのだが、使われている材料が凄い。名前でしか聞いたことがないような食材が、これでもかってくらい使われている。セレニティーの姉妹には馴染みある食材なのだろうが、そのグリューエルが、ミラ星系産ウォーフ牛のシャトーブリアン・ステーキがちょこんとクラッカーの上に載っていたのには面食らった。

 「このお肉を、こんな使い方するなんて非常識です。普通はコースのメインに持ってくるものですよ」

 「うあ、グリューエルが食べ物で驚くところなんて初めて見た。そんな物なの?」

 「これ一グラムで車が買えます」

 味なんか吹っ飛びそうな話だった。値段のことをセレニティー姉妹に聞くのはやめておこう。とにかく、育ち盛りの子の胃袋をじゅうぶんに満足させる内容だった。

 目移りばかりしていて、ぜんぜん箸がが進まない(というより、さっきのグリューエルの話を聞いて値段のことが気になって仕方がない)茉莉香に代わって、ひょいひょいと取り皿に料理を盛って行くグリューエル。

 そんな二人のところに、見知った顔が近づいて来た。

 「お久しぶり。ポルトセルーナにようこそ」

 「ホーガスさん。」

 ポルトセルーナ軍警察のピーター・ホーガス大尉だった。

 「今日は、――きちんとしてらっしゃるんですね。」

 軍服をきちんと着こなしているホーガスをじろじろ見ながら茉莉香は言った。

 「流石に総督主催のパーティーですからねえ。いつもの格好は出来ませんわ」

 襟元からズボンの裾まで、ぴしっとしている。しかも服に着せられている様子はなく着こなしているのだ。いつぞやのようなだらしなさの微塵もない。しかし別人のようなという印象はない。見違えるようでも雰囲気はホーガスのものだった。

 ふと茉莉香は襟元の階級章が、前と異なる事に気付いた。階級は大尉だが所属が違う。統合参謀本部、帝国艦隊中枢部のものだった。

 「あの時はすみません。特殊任務に就いていたので所属を偽ってました」

 弁天丸が輸送船襲撃容疑を掛けられ、事情聴取をしたのがこのピーター・ホーガス。統合戦争時にも彼のご先祖様とは関わりがある。

 「まあ一二〇年前からの縁ですからねえ。私が引きずり出されたって訳で」

 てことは、先の取り調べは、統合戦争がきっかけだったってこと?

 「今回も一二〇年前の因縁でお話があります。ご一緒願えませんか、ジェニー・ドリトル嬢と海賊の方々で。」

 ホーガスは因縁話に海賊でと言った。

 「それは、リーゼも一緒にという意味ですか」

「媛殿下にも関係することなのですが、あのお方は、その、私たちにとっても微妙なお方ですので」

 少し言葉を濁すホーガスだった。

 話は、茉莉香とチアキ、ジェニーで伺う事にした。

 

 ヨット部員たちがそのモーレツな健啖ぶりを発揮していた頃、リンはレンジで戻したレーションを電子戦席でつついていた。食堂で食べればよいのだが、ここの方が何故かしっくりした。彼女もその師匠の生態に似つつあった。

 愛用の密閉型ヘッドホンを耳に、音楽を聴きながらスプーンを口に運んでいると、不意に肩を叩かれた。

 振り返ると、スーツ姿のやさ男がにこやかに立っている。

 リンがヘッドホンを耳から外したところで男は言った。

「リン・ランブレッタさん。少しお話があるのですが、御一緒頂けないでしょうか。私は情報部のもので、ナット・ナッシュフォールといいます。」

 リンは情報部という言葉に戦慄した。

 

 

 



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32話

 軍服姿のホーガスに連れられて場を離れることは、他の部員に見られると不安がる恐れがあったため(とくにジェニーはそうだ)、少し間を取りそれぞれで向かう事にした。

 みなに気とられないようにパーティー会場を出る。うまい具合に勘のいいグリューエルもいなかった。

 パーティー会場は盛り上がっている。その喧騒から離れて指定を受けたオフィスに向かう。

 角を曲がった時に、茉莉香を待っている者が居た。

 「茉莉香さん、私を避けて何をしに向かわれるのです?」

 「いくらお知り合いでも、帝国軍人に呼び出されて、ホイホイ行ってしまうのはいかがなものかと」

 リーゼとヒルデだった。

 「え――!? グリューエルは撒いたと思ったのにー」

 「丸解りです。お三人方が人目を避けて、ばらばらに出て行かれるのはむしろ悪手ですわ。お姉様は、参加者皆様のお相手をされています。――お姉様もお気付きですわ」

 グリューエルは自分に人目を集めて、二人が抜け出やすいように仕向けたのだ。

 「でも、二人が一緒だと不味いんじゃない。リーゼは帝国艦隊にとって上司みたいなもんだし、ヒルデは外国の皇女なんでしょ。もろ内政と外交がごっちゃになっちゃう」

 「だからです。むしろごちゃごちゃにした方がイニシアチブを握れます。相手のペースにしてはいけません。それに、私たちは何かと使えますよ。」

 あーこれ、企んでる時の黒ヒルデの顔だ――。と茉莉香は感じた。そして早々に二人を説得することを諦めた。口車に関してセレニティー姉妹には絶対かなわない。がっくり肩を落としてオフィスに向かう。

 オフィスではホーガスが待っていた。それともう二人。

 オデットで待っているはずのリンと、茉莉香がよく知る人物だった。

 「先輩! それと、――ナッシュさん」

 ナッシュフォールの顔を見て緊張する。彼の素性を知っているからだ。

 ホーガスとナッシュの方も、茉莉香が連れて来た二人を見て困惑した顔をしている。とくにリーゼを見た時は、示し合せたようにやれやれといった表情を見せていた。

 そこにチアキとジェニーもやって来た。ジェニーもリンの姿を見て驚いている。そして、見知らぬ顔がある事に怪訝を示した。

 「チアキちゃんも初顔だったわね。ジェニー先輩、この方はナッシュさん。うちのクーリエの幼馴染(のクローン)なんだけど、――情報部の人です」

 二人も息をのんだ。情報部の人間とリンが一緒にいるという事は、これは交渉というより脅迫と同じだ。

 ジェニーがリンに走り寄ろうとしたが、茉莉香がそれを止めた。普段は理性的で冷静な彼女だが、リン絡みになると我を忘れてしまうところがあるのだ。

 五人が自分に注目しているのを確認してから、ナッシュは自己紹介した。

 「茉莉香さんからの紹介がありましたが、初めまして。ナット・ナッシュフォールといいます。統合参謀司令部付きで情報部員をやってます。そちらのお方々はお見受けしたところ、海賊団のチアキ譲とジェニー嬢、それにセレニティーのグリュンヒルデ姫と推察いたします。そして、リーゼ様。このような場所でご尊顔を拝し、恐悦至極で御座います」

 そう言って恭しくリーゼの前に跪く。続いてホーガスも。

 リーゼは吞まれることなく、ちょこんとスカートの裾を摘まんでお辞儀を返した。ここは自分より交渉上手なお姫様に任せることにした。

 「このような所で形式張ったことは不要です。海賊団にお話とは何でしょう」

 リンがこの場に居ることなど、おくびも介さずにリーゼは切り出した。

 「いきなりビジネスライクですか。私たちが聞き及んでいるリーゼ様は、もっと落ち着いたお方だと思っておりました」

 「皇女は宮廷を離れて留学されたのです。お変わりにもなります。私もそうでしたから」

 そうヒルデが返した。

 「これはグリュンヒルデ姫。お姉様のグリューエル姫には、茉莉香さんと共に大変お世話になりました。よろしくとお伝えください」

 「わかりました。それと私のことはヒルデでお願いします。姫もいりません。今回のお話はオデットⅡ世に関することですね」

 「そうです。今回の大会に白鳳女学院が出場すると聞きまして。」

 「それで、オデットがゴールに向かうことに不都合があると。何か問題があるのですか」

 「オデットⅡ世に問題があるのではありません。オデットの持つ私掠船免状に支障があるのです。私掠船免状を持つ船は海賊船、帝国は海賊を認めておりません。オデットの免状が星系政府の出した物なら地方自治で済ませられるのですが、その免状は帝国が発行した物です。帝国の海賊という事になり非常にまずいのです」

 「海賊船がルビコンを越えてもらっては困ると」

 「そういう事です」

 ここでリーゼが質問した。

 「ここに軍が帝国艦隊統合参謀司令部の軍人と情報部員がいらっしゃるという事は、帝国艦隊の意見だと認識します。政府はオデットにどうして貰いたいのですか」

 それにはホーガスが答えた。

 「誠に申し上げにくいのですが、私掠船免状をリーゼ様にお渡しして、リーゼ様には船を降りて頂きたいのです。茉莉香さんからも説得してもらえませんか」

 いきなり自分に降られて茉莉香は手を振った。

 「無理無理。お姫様への説得なんて、グリューエルでとっくに諦めてます」

 「移すには皇位継承者であられる血の認証が必要ですが、私掠船免状を移すデータボックスはこちらで用意してあります。」

「意向は伺いました。でも、今更感がありますね。オデットが帝国の海賊船だと名乗りを上げてから日にちが経っています。ここに来て原則論を持ち出して来る時は、たいてい疚しさがあるものです。帝国艦隊が動かなければならないような事態が起きているのではありませんか。そのために私掠船免状が必要なのではありませんか」

 参ったなという顔の二人。

 「私掠船免状で海賊営業をしている分なら問題ありません。しかしその船にはリーゼ様がいる。そして宮廷内で内紛が起きているセナートに来ようとしている。いま帝国が割れるわけにはいかないのです。帝国の脅威に辺境星系連合が出てきました。外からの脅威にされされることは、帝国にとって今までに無かった事態です」

 「帝国に敵対できる勢力があるとは思えません。辺境星系が無視できない辺境海賊ギルドでさえ艦隊はほおっておける程度のものです。いくら星系の集まりとは言っても、戦力差は歴然としています」

 「じつは、星が消えました。」

 「ごく普通の主系列星だったのですが、何の前触れもなく新星爆発を起こしたのです。そのまえに司令部には、辺境星系連合から座標が送信されていました。周辺に何もない孤立した宙域で被害は無かったのですが、送られていた座標と一致したのです。」

 『超新星爆発ぅ?!』

 茉莉香とチアキが声を上げた。あまりに馴染みある言葉だったからだ。

 「いえ新星爆発です。超光速跳躍中に皆さんが亜空間で感じたものです。」

 ナッシュが聞き間違いを正した。恒星一つが回廊近くで爆発すれば、亜空間にも影響がある。銀河回廊は星の影響が少ないルートで設定されている。

 「そこで一二〇年前です。皆さんが関わったステラスレイヤーですが、元々何を目的とした技術だったかご存知ですか?」

 「たしか、恒星のエネルギーを、エネルギー資源の乏しい宙域に送るものだったと聞いています。ただ亜空間での座標制御が難しくて、それで超新星爆弾に転用したとか」

 オリオン腕植民星の歴史を調べていたジェニーが答えた。

 「そう私たちも聞いています。もっともこれは隠された歴史で、知る人はごく限られていますが。それには単結晶が必須です。そしてあなたがすっぱ抜かれた資料によって、単結晶を造り出す工作機器が辺境星系側に流れたことが判りました。そして重力制御の技術も。情報部は今回の新星爆発が二つの技術を応用したものだと分析しています。これは辺境星系連合からの、いつでもどこにでも攻撃出来るぞという威嚇と警告です。帝国艦隊が総出撃するに足る事態です」

 ナッシュからの説明に言葉を失う中、リーゼが質問した。

 「辺境星系連合は、帝国に何を求めているのです。目的無くただ威嚇する訳はありません」

 「非公式ではありますが、連合政府側は辺境の帝国からの完全な独立と影響の排除を求めています」

 「影響の排除とは?」

 「辺境海賊ギルドと黄金髑髏海賊です。ギルドは辺境星系とも関係がぎくしゃくしているようで、黄金髑髏と関係を結んだようです。黄金髑髏は、その、聖王家に絡むことなので…」

 そうだった。クリスティアは聖王家ゆかりの人物、しかも侯帝の娘だ。

 「それで帝国の立場はどうなのです」

 統合参謀本部の出している見解をホーガスが述べた。

 「ギルドに関しては問題ありません。独立を認める向きもありますが、ただ完全なものとなると問題があります。とくに危険な技術を手にして帝国と敵対した以上、これを認める訳にはゆきません」

 「それでは戦争になってしまいます」

 「致し方ありません。女王もそれは認めておられます。ただ和平の道も探るようにとの意向であられせられます」

 威嚇で帝国が呑んだとなれば、帝国は属する星系の信頼を失う。広範囲な自治が認められているとしても、星系政府が帝国の傘下に甘んじているのは、その安全保障とそれを可能とする強力な軍事力があってこそだからだ。

 「わかりました。女王がその覚悟でいるのなら何も申しますまい。――しかし、そのことと私掠船免状は関係ないではありませんか。私の事にしても、たかがお家内の諍いに過ぎません。」

 「ですから、帝国が割れる訳にはいかないのです。このような危急存亡の秋には特に!」

 「それは中央政府と帝国艦隊がしっかりしていれば何の問題もない事です。権力争いに左右されてしまってどうするのです。帝国艦隊が一枚岩であれば、属している星系に動揺など起こりません」

 「情報部にしてもそうです。危険な技術が流れてしまったのなら、それに対処すべきではありませんか。流した側、受け取った側、ルートは幾らでもあるはずです。そのための情報部です。所詮借り物の技術は補填するために次の情報を必要とするものです。口封じだけでは何の解決にもなりません」

 ちらとリンの方を見て、少し言葉を区切ってから続けた。

 「動揺しているのは帝国艦隊ではありませんか? 統合参謀司令部はそれを纏めるために私掠船免状が必要なのではありませんか」

 艦隊を率いる艦長や提督の中には、心情的に女王派の者もいれば侯帝派の者もいる。これがいざ作戦行動をしようという時、どう影響するか分からない。その際、命令を下す統合参謀司令部が船を乗っ取れる私掠船免状を持っていれば、一糸乱れぬ艦隊行動がとれる。

 はあああと、長い息を吐いて情報部員は観念した。

 「ご推察の通りです。そのために私掠船免状のプログラムを統合参謀司令部のシステムに移行することの出来る、リン・ランブレッタ嬢にもご足労願った次第でして」

 「まあ、命を狙いながら今度は協力しろと」

 険のある目付きでジェニーが言った。

 「それについては誤解があるようです。女王陛下のつてで、さる海賊に依頼はしましたが、ハードの破壊と彼女を利用するのを無効にすることであって殺害はありません。」

 「へ?」

 意外な依頼内容にあっけにとられる茉莉香。

 「確かに暗殺者は放たれましたが、監察局が情報部に吸収されたとき保身に走った元監察局員が勝手に行いました。そこで急遽、彼女の身の安全を計った訳です。外からは彼女が死んだか人事不明になったように見えるように。海賊は見事に依頼を達成してくれました」

 「じゃあ、何故今になって接触して来たんです?」

 「あなた方が彼女をここまで連れて来て下さったからです。しかも外部には全く知られずにです。情報部が海明星で接触しようとすれば、彼女が生きていることが知られてしまいます。ですから動くわけにはいかなかった。実は、情報部も彼女が来る確実な情報は摑んでいませんでした。艦隊OBが知らせてくれたのです」

 あの空港の元締めだと茉莉香は思い当った。海明星宇宙港で彼に隠し事は出来ない。

 「道理で、情報部の仕事にしては、やることがちぐはぐだと思ったわ」

 「え、そうなの?」

 「だいたい情報部が、帝国の機密保持のために暗殺を外注するなんてありえない。余計に機密の存在を漏らすようなものだもの。それに頼んだだけで結果を確認しようともしてない」

 そうチアキが言った。

 「つまりは、情報部内も割れていると」

 帝国中枢部がガタガタじゃないかと茉莉香たちは呆れた。

 それを受けてホーガスは言った。

 「その通りです。帝国艦隊は揺れています。とくに侯帝が聖流派から手をお引きになり監察局が解体になってから、上級士官の間で動揺が起こっております。聖流派は元老院や司令官の方々が多かったものですから。この度、侯帝が総司令官に任じられましたが、それでは女王派が納得できず、それでリーゼ様を提督にと」

 「帝国艦隊ともあろうものが、たかが一三歳の小娘に何を期待しているのです…。」

 リーゼは情けない表情で言った。

 そんなリーゼを見ていて、自分が一三歳の時はどうだったろうと思っていた。白鳳女学院中等部に入学して、右も左もわからなくて、でも何もかも新鮮で――。グリューエルやヒルデもだが、『やっぱ王女様は違うわー』と納得してしまう茉莉香だった。

 「それで、一三歳の女の子に縋ってしまう帝国艦隊を、あなた方はどう思っているのです? それでも神輿をかつぎますか?」

 「私たちは女王派でも侯帝派でもありません。ただ帝国に仕える公僕です。中枢部の姿勢をとやかく言う立場にありませんし言うべきだとも思いません。ただ――。そのような帝国艦隊は、やっぱり情けないと思います」

 「そうですか――」

 自分たちが所属している組織を『情けない』と言わせる心情をリーゼは慮った。そしてそんな状況を生み出してしまった聖王家の一員として、申し訳なさで一杯だった。母も同じ気持ちなのだろう。しかも母には帝国全体の運命が伸し掛かっているのだ。

「母や大伯父様には申し訳ないのですが、私が神輿になる訳にはいかないとお伝えください。それに私掠船免状も帝国艦隊に託すわけにはまいりません。今のように動揺した中ではむしろ危険なだけです。司令部が艦隊を信用していないと言っているようなものです。あなた方もそう感じているのではありませんか?」

 「今はまず、私掠船免状を女王の元に届けて、ワイルドカードの危険性を取り除く方が先だと思います」

 リーゼはこのままセナートまで行くと二人に告げた。

 二人の交渉は決裂した。

 「だから、嫌だったんだよ。この前の時も皇女様相手に余計な事まで喋らされてしまったんだ。あれだけお姫様は連れて来るなと念を押したのに」

 「そうだったか? まあ始めから乗り気しない任務だったしなぁ」

 愚痴るナッシュに頭を掻くホーガス。

 そんな二人に茉莉香は尋ねた。

 「あのー、二人はお知り合いで?」

 「まあ弁天丸繋がりもありますが、俺たち士官学校で同期なんですよ」

 「腐れ縁」

 ヒルデが言ったのを、皇女がそんな言葉使うんじゃありませんとジェニーが窘める。

 「でも、このままでは艦隊司令部が纏まらないのも事実でして」

 ホーガスが困った顔で言う。

 「それに任務もあります」

 ナッシュもそれに続く。

 「いっそ、洗い浚いぶちまけた方がスッキリ出来ると思いますわ。帝国の諍いも、私掠船免状も、海賊も」

 突拍子なくヒルデが言い出した。

 「そんなことをしたら、帝国は大混乱になってしまいます!」

 ナッシュもホーガスも驚く。みんなも驚いている。

「そうでしょうか。むしろそうすることで、セレニティーはまとまることが出来ましたわ。何も国民に懺悔して説明する必要はありません。ただ見せれば良いのです。女王の前に、帝国の私掠船免状を押し頂く海賊が居ることを」

 「それいいわね!」

 チアキがぽんと掌を打った。ヒルデの考えに何か気付いたようだった。それにヒルデが微笑み返す。

 「お二人の任務は、帝国にリーゼと私掠船免状を届けることでしたわね?」

 ヒルデが確認するように言った。

 「リーゼが言う通り、このまま私たちはセナートに向かいます。そうすれば皇女を帝国に送ることも私掠船免状を届けることも出来ます。これは私たちの今回の航海での目的でもあります。それに目的地は多少違いますが、帝国士官さん達も任務を果たすことが出来ます」

 茉莉香も遅ればせながら気付いた。ただ嫌な予感がしていた。とんでもないことを言い出すことが判っているからだ。士官たちはまだ気付いていない様子。

 「ただし! 白鳳ヨット部でなく、白鳳海賊団としてでです。」

 ――やっぱりいいいいい!!

 「それは帝国艦隊が承知しません。ヨット部ならいざ知らず海賊にルビコンを越えさせるなど!」

 「だからこそ、国民に見せつけるのですよ。それに白鳳海賊団の総帥は、誰あろうリーゼ皇女です。そうでしたよね茉莉香さん」

 そうだった。海賊ギルドとの間でそういう流れになってしまっていた。植民星の海賊からも特に異論は来ていない。

 「私たちを無理矢理拘束する手も御座いますが、それでは帝国艦隊が反逆罪に問われますわ。それに私の立場上、セレニティーとの外交問題にもなるかと」

 さらりと恐喝まで言ってのけている。

 「おい、やっぱお姫様相手に説得なんかするもんじゃないだろ」

 「ああ、お前さんの言ってたことがよく解った。事態がとんでもない方向に持って行かれる。しかしどう報告するんだぁこれ」

 「なんなら、ご一緒されますか」

 とびっきりの黒ヒルデの顔で二人に微笑み返した。

 

 

 



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33話

 オデットⅡ世は順調に亜空間を航行している。

 今のところオデットがダントツの一位。何事もなくポルトセルーナを出航し、問題なく転換炉のブースターを付け直し、早々と超光速跳躍に移行した。ポルトセルーナでのピット時間も大幅に稼いでおつりが出るほどだ。

 第一星系に到着するのはオデットが最初だろう。続いて他の船も次々とタッチダウンしてくるだろうが、タッチダウンした宙域を見て恐らく腰を抜かすだろう。予想もしていない光景が待ち構えているだろうから。

 予想もしていない光景と言えば、今このブリッジの中もそうだ。部員たちが思い思いの格好をしている、コスプレだ。

 グリューエルはお姫様(これは正装か)、ヒルデはいにしえの軍服(こんなもんいつ用意してた!?)、ハラマキは魔法少女(行動も魔法少女)、サーシャはバニーガール(美人だもんな)、リリィは看護師(中身と一致)、ウルスラは怪獣(着ぐるみ好きだもの)、アイは妖精(うん妖精!)、ヤヨイはカウガール(どんな荒馬も手懐けちゃうもんね)、ナタリアはチアガール(ヨット部の元気印!)、フェイは漁師(それお父さんの?)、キャシーはアメフト選手(時は世紀末ぅ~♪)、ジェニーとリンはウェディングドレスにタキシード姿(えええ~このまま結婚!?)、リーゼは中等部の制服(一番まともなのに凄く浮いてる)に海賊帽。

 そして茉莉香とチアキは、海賊服に着替えている。

 「チアキちゃん、巫女姿じゃないんだね」

 「お仕事なんだから、仕方ないでしょ」

 そう海賊営業なのだ。ヨット部は、いまは白鳳海賊団。オデットⅡ世は海賊船オデットとしてルビコンを越えようとしている。

 「その方が、ケンジョーさんも喜ぶもんね」

 「何言ってんの、親父は関係ない。それにちゃんじゃない!」

 海賊として乗り込むために、茉莉香とチアキは弁天丸とバルバルーサを呼んでいた。目的と時間と座標は、ポルトセルーナを出るときに送ってある。予定通りならば、このレースに参加している船たちは、通常空間に出た途端に海賊船団と出くわすわけだ。しかも核恒星系の只中で。腰を抜かすのも当然だ。

 「でもなんでリーゼはコスプレさせないの? 本人もやりたがってたのに」

 「アンタ何言ってんの。皇女にそんなことさせられる訳ないじゃない。女王が卒倒するわ」

 「でもグリューエル達には何も言わないんだね」

  はあーと溜息をついでチアキは茉莉香に向いた。

「あの二人が大人しくいう事を聞くとお思い? 私もとっくに諦めてるわ。本当はリーゼには海賊帽も被って貰いたくなかったんだけど、規約上仕方なく……」

 そうブツクサ言っている所に、アメフト姿のキャシーが言った。

 「通常空間に出ます。」

 茉莉香は船長席で座り直すと帽子を正して命令した。

 「非常警報、警戒態勢に入って。全隔壁閉鎖。各員タッチダウンに備える!」

 タッチダウンした向こうは適の領分。弁天丸たちは来ないかもしれない。それでもオデットは行く。

 「タッチダウン成功。通常空間に戻りました。座標も予定通りです」

 茉莉香は時計を見た。時間も予定通りだ。

 「オデット両舷にタッチダウン反応あり。弁天丸と、バルバルーサです。」

 漁師姿のファムが報告する。

 ――良かった、来てくれた。これで海賊が一人じゃないことを示せる――

 そう安堵した時だった。

 「一二時後方にタッチダウン多数反応あり!」

 怪獣のウルスラが前髪をぴょこんと出して叫んだ。

 「え、もう後続がやって来たの!?」

 茉莉香が予想していたよりもずいぶん早い。

 「違います。大型船、戦艦です。それに駆逐艦三隻。船名は――、クイーン・セレンディピティ!」

 「間に合いましたね。流石、我がセレニティー艦隊です」

 安堵した顔のグリューエルに茉莉香が叫んだ。

 「ちょっとグリューエル、いったいこれはどういう事!」

「帝国未曽有の危機に、古くからの盟友であるセレニティーが駆けつけるのは当然のことです。帝国の危機は連合王国の危機、クイーン・セレンディピティが出撃するには十分な理由です」

 そういえば、ヒルデはセレニティーいにしえの軍服を身に着けていた。という事は、最初から――。

 またレーダーから報告が入った。今度は軍服姿当人のヒルデからだ。

 「前方にタッチダウン、戦艦です。セレニティーのものではありません。しかも二隻!!」

「ああ、それは私がお願いしたの。面白そうだと思って」

 ざわつくブリッジの中で平然とジェニーが言った。

「誰にお願いしたんです? ――まさか」

 「トランスポンダー取れてます。一隻は、大宇宙を駆ける大いなる海賊船パラベラム。もう一隻は、海賊船キミーラ・オブ・スキュラ?」

 辺境海賊ギルド、ミューラの船だ。

  ジェニーはラザルス・カードを持っている。メトセラ・コネクションを使える。

「ミューラにはマイラさんを通じてお願いしたんだけど、鉄の髭さんも来てくれたのね」

 そう言って茉莉香に微笑むジェニー。

 「キミーラ・オブ・スキュラから通信が入ってます」

 看護師姿のマリィが言った。

 「出して」

 スクリーンに凄艶な美女が映る。ミューラだ。茉莉香は海賊帽を目深に被った。彼女の目は人の心を見透かす。

 『こちらキミーラ・オブ・スキュラ、船長のミューラ・グラントだ。白鳳海賊団からの檄により参上した。盟約の誼でパラベラムとグランドクロスも同行している。』

 茉莉香はレーダーの情報を確認するが、ミューラの船とパラベラムしか確認できない。

 『グランドクロスは格納庫の中だ』

 そうだった。いまのグランドクロスはサイレントウィスパー。

 「こちら海賊船オデット、船長の加藤茉莉香です。ルビコンを越えにやって来ました。もう越えちゃってるけど」

 画像が半分に割れ、右側に鉄の髭が現れた。

 『海賊の盟約により推参した。いま銀河系は大きな岐路に立っている。その場その場をしのぐだけの安寧に満足するか、それともより広い外へ向かうか』

 「何よそれ、海賊会議んときのを少し変えてるだけじゃない」

 眼鏡をずり上げながらチアキが辛辣に言う。

 『リーゼ。すっかり海賊だねえ』

 「叔母さま!」

 右下に現れたウィンドーが大きくなって鉄の髭と入れ替わる。クォーツだ。

 『でも帽子だけかい。海賊服の方が甥っ子も喜ぶと思うんだがねえ』

 「着たかったのですが、絶対ダメとチアキさんに言われまして。母が卒倒するからと」

 ははははとクォーツが笑う。

 『茉莉香。』

 「はい?」

 『前に免状を推し抱くだけが海賊じゃないと言ったよね。』

 「はい」

 『その考えは今も変わっていない。けれど免状を持ち続ける大変さも解ったよ。免状を推し抱く海賊の戦いぶり、とくと見せてもらうよ。』

 右半分が消え画像はミューラに戻った。そして告げた。

 『あの私の言葉を覚えていてくれたな。帝国に海賊が居たこと、今も海賊が居ること。これで帝国に二百年前のことを思い出させてやることが出来る。父の想いも果たせる。――ありがとう。』

 え? あのミューラがお礼? 意外な言葉に茉莉香は驚いた。そして思わず目を見てしまった。しかしその目は、冷徹なものでなく険の取れた少女のもののようだった。――マイラさん、と以前と逆に思ってしまう。

 「マイラさんから伝言があります。」

 と、ジェニーが割って入りミューラ伝えた。

 「『お父ちゃん子だったからって、いつまでも過去を引きずっていないで。』だそうです」

 それを聞いたミューラは、耳まで真っ赤になった。

 『交信終了!!』

 そう叫んで通信は切れた。

 「部長―、クイーン・セレンディピティが接舷を求めてまーす」

 「お役目、宜しくお願いしますね。」

 「はいお姉様。王族の名に恥じぬよう、立派に勤めを果たしてまいります」

 グリューエルがリルデの手を取り励ました。

 「あの~、ちょっといいですか」

 茉莉香が口を挟むと、二人は「なんでしょう」と顔を向ける。

 「あの船だけどさ、今からでも帰って貰わない? うちらと一緒でも問題あるのに、ギルドだよお尋ね者だよ、絶対ヤバイって。そんなんと旗艦が一緒に居たんじゃ、セレニティーが海賊認定されちゃうよ。侍従長さんきっとかんかんだよ」

 『枢密院侍従長ヨートフです。姫様ご座上の支度は整っております。接舷の許可を』

 旗艦を持って来たのは侍従長さんだった。

 「海賊認定で宜しいではありませんか。前にも言いませんでしたか? セレニティー海賊連合王国!」

 あちゃ~~となる茉莉香だった。

 

 

 「あーあ。お姫様ほんとに乗り込んじゃったよ。でもどうして妹なんだ?」

 メインスクリーンに映っている光学映像の様子をぼんやり追いながら百目がぼやいた。

 「ヒルデの方が着慣れしているからですって。グリューエルは茉莉香と居たいんじゃない」

 「船長も大変だな。バルバルーサんとこにお姫様に」

 「本人に自覚はないけれどね。本当、罪な子」

 両手を上げて肩をすくめるミーサ。

 「罪と言えば鉄の髭も大概だぜ。知らないんだろ」

 同じくメインスクリーンを見ながらケインが言う。いつでも弁天丸が動けるように、手は操舵を握ったままだ。

 「ええ、周りはみんな知っているのにね。知らぬは本人ばかりなり」

 弁天丸では本人が居ないことをいいことに勝手な事を言っていた。

 その時、レーダーに広範囲にわたって反応が現れた。

 「前方にタッチダウン多数。一〇〇、五〇〇、一〇〇〇……まだ増える。大型艦だ」

 「おいでなすった!」

 「先頭はノイシュバンシュタイン級、旗艦と思われる。――トランスポンダー取れた、第五艦隊所属第一打撃艦隊旗艦ノイシュバンシュタイン。」

 シュニッツアがデータを読み上げる。

 「サイレントウィスパーも出てきたわ。一番先頭に位置取りしてる。船名は、グランドクロスⅡ。ほんと目立ちたがり」

 その数は一五〇〇隻にまで増えた。一五〇〇対一〇、しかもその殆どが最新型の戦艦と巡洋艦だった。

 「ひょえー壮観なもんだな。これでも少ない方なんだろ。でも何で第五艦隊なんだ? ここらは第一、第二艦隊だろ」

 三代目がシュニッツアに聞く。

 「準戦時体制に伴って艦隊が再編された。第四、六、七のナンバーズは辺境宙域に飛ばされている。第三、第五艦隊は帝国内の主だった星系宙域、まあ威圧だ。で第五艦隊の精鋭艦隊と第二艦隊がルビコンの防衛に当たっている。艦隊と言っても第二艦隊は老朽艦の集まりで戦力にならない。元々ルビコンの防衛に当たっているのは第一艦隊だが、これは女王陛下のご座舟艦隊だ。実質的な絶対神聖圏の戦力はこの一五〇〇隻に駆逐艦五〇〇と言った所だろう」

 「じゃあ総出でお出迎えって訳だ。てことは今の帝国って、中はスカスカのガラガラ?」

 「辺境宙域が絶対防衛線と同義だ。あそこが崩壊すると一気にここまでなだれ込まれる。そして詰む」

 「なんでそんな布陣したんだ。ふつうは段重ねで敵を迎えるもんだろ」

 それにはケインとルカが答えた。

 「それが出来ないからさ。敵がどの辺境から攻めて来るか全然分からない。なにしろ瞬間移動してくるんだ。事前の空間異常サーチも長探査亜空間レーダーも使えない」

 「見えない。」

 「じゃあ、銀河の真ん中に突然出現だってできるじゃないか」

 「出来るが、戦略的に意味がない。帝国を滅ぼそうってんならいいが、敵が欲しいのは影響力だ。いきなり中枢を叩いても残るのは崩壊した星系文明の集まりで、一気に中世まで逆戻り。そんな世界じゃ辺境星系連合も生きられない。恒星が消えただろ、あれだってアピールだ。本気で滅ぼすなら、あの時点で核恒星系をやってる。それに、見たところジャンプは出来ても一回か二回。短距離移動のグランドクロスもここぞという時にしか使っていない。それでは、銀河帝国内への出現は戦術的にも意味がない。」

 「どうでもいいけど、うちの識別反応オデットより遅くない?」

 「向こうの敵味方の識別で、システムに私掠船免状が関係しているみたい。ほら敵味方で瞬時に動けなくさせるものだから」

 そうクーリエが説明した。

 「あとは、銀河帝国がどう対応するかだわね。弁天丸の時に、リーセちゃん血の認証を打ち込んじゃてるから。私掠船免状は作動してる」

 

 

 ゴールを目指している後続の船たちが次々とこの宙域にタッチダウンして来る。

 そして一様に船足を止める。

 なんなんだ、この異常な光景は。これがみんなの感想だった。

 ゴールの前には雲霞のように帝国艦隊が展開しており、その前にオデットⅡ世と見慣れない戦闘艦が対峙している。

 始めは帝国側のセレモニーかと思った。にしては大事過ぎる。だがトランスポンダーを見た時それが間違いだと気付いた。

 大型戦艦と駆逐艦はセレニティー星系軍のものだが、後のものは『海賊船』を名乗っていたからだ。オデットⅡ世も含めて。

 そういえば、白鳳のオデットⅡ世は、海賊営業をやっていた。と参加者たちは思い出した。

 海賊船のなかには彼らでも知っている名前がある。キミーラ・オブ・スキュラ、悪名高い辺境海賊ギルドの船だ。という事は、ほんとうに海賊…!?

 「ノイシュバンシュタインから通信入ってます。『発、絶対神聖圏防衛艦隊旗艦ノイシュバンシュタイン艦長フリードリヒ・フォン・カイデル。宛、白鳳海賊団海賊船オデット艦長殿。貴艦らは許可なくルビコンを越えている。直ちに退去されたし』以上。」

 「グリューエル、通信は全チャンネル・オープンにして。最大出力でお願い」

 「銀河じゅうに実況中継するんですね」

 うんと茉莉香は頷く。

 「これからのお話をみんなに聞いてもらう」

 「海賊と名乗っているのに、攻撃するとは言ってこないのね」

 ぽつりとチアキが言った。ちらと茉莉香は向く。本来あってはならないものが居てはならない場所に居るのだ。

 『こちらは白鳳海賊団、海賊船オデットの艦長加藤茉莉香です。当方に帝国と敵対する意思はありません。帝国の私掠船免状を女王陛下にお届けするために、ここまで参りました。道を開けて下さい。』

 『帝国に海賊は存在しない。これが帝国政府の海賊に対する基本認識です。今のあなた方は各星系に属した民間船に過ぎません。あなた方が星系でどのような立場にあるかは帝国の関わる所ではありません。星系に属さない民間船はただの犯罪船で帝国が取り締まる対象となります。今回は、超光速跳躍のミスによって出現したものと判断します。速やかな退去を命じます。』

 それを聞きながらグリューエルが顎に指を立てている。

「命令というよりお願いしてる感じですね」

 「そうね。帝国艦隊旗艦の艦長さんが民間船に対する物言いではないわね。恐らくリーゼを配慮してる」

 『帝国領自治の原則ですか。御配慮には感謝しますが、私たちは自らの意思でここに来ました。またオデットの私掠船免状は、自治政府が与る所ではなく帝国聖王家が発行した物です。私たちは、帝国の海賊です。』

 言っちゃったよ。と弁天丸は思った。まあそれが目的だったんだが。

 見守るレース参加者たちは驚いていた。聖王家の私掠船免状と帝国の海賊という台詞にだ。恐らくこの中継を観ている人たちも。

 『帝国に海賊は居ない。これが掃討戦争時からの帝国の立場でした。しかし海賊はいた。私掠船免状を聖王家から賦与されて、一方的に無い物にされて海賊は居ないことにされているに過ぎません。当時の帝国や聖王家に何があったのかは知りません。しかし海賊は存在しましたし今も居るのです。ここにいるキミーラ・オブ・スキュラもそうした海賊です。しかし辺境海賊ギルドはいまオデットと盟約関係にあります。つまり彼らも帝国の海賊という事です』

 『辺境海賊ギルドは帝国のお尋ね者だ。それと行動を共にすることは、帝国艦隊はあなたたちも犯罪組織と断じざる負えなくなります。それでもいいのですか? どうか引いて下さい。』

 「艦隊のエネルギー反応は変化ありません。電波妨害もありません。しかし進路は塞いだままです。」

 ファムが艦隊の現状を伝える。

 『失礼ですが、帝国艦隊にそれを判断する権限はありません。御存意の通り私掠船の行動は軍務に属します。しかし私たちは帝国艦隊の配下にありません。これは帝国艦隊と同様の軍事行動に当たります。命令できるのは女王だけです。』

 『女王陛下の命令書に基づく行動だと言われるのか?』

 『いいえ、そのようなものは受けていません。海賊は基本自由です。正義のために行動するのが海賊です』

 『それは聖王家を僭称するのも同義だ。そのような行動を帝国艦隊は断じて認める訳にはいかない。あくまで前に進むと言われるならば、こちらもそれを排除せざる負えない』

 ここで艦隊旗艦艦長フリードリヒ・フォン・カイデルは、初めて排除という言葉を使った。

 「帝国艦隊の主砲にエネルギー反応!」

 攻撃も辞さないという事だ。

 そこで、いきなり全船のスクリーンに、海賊帽を被った女子中学生の姿が映った。

 『あなた方は、そこで何をしているのです!』

 少女の声に、帝国士官たちはいっせいにその場で起立した。

 『私はこの白鳳海賊団の総帥、リーゼです。私が聖王家を僭称するとはどういう意味ですか?この船に私が乗り、船団の代表を務めている。それだけで理由は通るはずです。女王は海賊を認めているのです。宮廷内の諍いに帝国艦隊が左右されてはなりません』

 「主砲のエネルギー変わらず、――いえ、下がります。位置はそのまま」

 成り行きを見守っているレースの船も、ネットで見ている人々も、この少女に見覚えがあった。開会式に出ていたリーゼ皇女だ。女王の一人娘であり帝国の正当な皇位継承者、その彼女が海賊団の代表?海賊とは、なんだ。どういう存在なのだ? そう思った。

 『あなた方が居るべき場所は、ここではありません。いたずらに艦隊を動かしては、国民は動揺するだけです。――道を開けなさい。』

 しばしの沈黙ののち、旗艦ノイシュバンシュタインは動きを見せた。後方に下がったのだ。そして周囲の戦艦群も左右に分かれ、オデットの前に道が出来る。

 『オデット艦長、本艦は準戦時体制でセナート防衛の任についている。したがって本艦のあとに続いてもらいたい。ノイシュバンシュタインが、セナートまでの道案内を務める。皇女が貴船に乗っておられる訳は問いません。その判断は政府に任せます。通信終了』

『ありがとうございます。ノイシュバンシュタインに感謝します。回線を閉じます』

 オデットとノイシュバンシュタインとの会話は終わったが、一五〇〇隻の艦隊が見守るなか、中央を一〇隻の船が進んでいく光景は、そのまま銀河にネット中継された。それは歴史の転換というセレモニーそのものだった。

 

 

 



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34話

 「それにしても、流っ石は帝国艦隊ね―。躾がしっかりしてるぅ」

 第五艦隊のノイシュバンシュタインとは演習で何回かお付き合いがある。だから艦隊行動の見事な連携や規律の高さを知っている茉莉香だったが、そこに不安もあったのだ。相手が少女らの乗る船でも、感情や私情に流されない。

 「まさに恭順の意ってやつ!」

 「しっかりなどしていません。セレニティー艦隊が羨ましいです。躾がしっかりしていれば、第五艦隊があそこに出張ってなぞいません」

 リーゼちゃん、皇女が出張るなんて言葉……。いつ覚えた、って私達か。何かと頭の痛いチアキ。

 「セナートまで距離7億キロ、内惑星領域に入ります。惑星セナート光学観測できます。正面に映します。」

 リリィによってスクリーンに映し出されたセナートは、まだ他の星と見分けがつかない。カーソルと情報表示で一点が惑星セナートだと判る。

 「ノイシュバンシュタイン停止します。後方からのレース参加船、付いてきています」

 ノイシュバンシュタインの道案内はここまでのようだ。ここからセナートまで光速巡航で四〇分も掛からない。目と鼻の先なのだ。

 「オデット微速前進。レース船が追いついて来たところでマスト展開」

 茉莉香が指示を出した。

 「じゃあ、レースに復帰するんですね。」

 「だって、このままリタイアなんて嫌じゃない。せっかく参加したレースなんだから最後までやる。弁天丸やミューラさんにはまどろっこしいスピードでしょうけど、ちょっとだけ待ってもらう」

 「クイーン・セレンディピティは問題ありませんわ。ヒルデも共にゴールしたいと思います」

 「後続船追いつきまーす。太陽帆展開。ミズンマスト、メインマスト、フォアマストの順で立ち上げまーす」

 サーシャ、チアキ、ヤヨイによってマストが立ち上がり、帆が太陽光を受ける。

 ゆっくり走り出したオデットの脇を、先に風に乗った船たちが追い抜いていくが、それほど時間を掛けずにオデットもスピードが乗って来る。

 やがて出遅れたように見えたオデットは、その(船齢二〇〇年でも)最新鋭帆船のアドバンテージによって追いつき、他の船を抜き去っていく。

 惑星セナートの静止軌道上に浮かぶインペリアル・ステーションに、真っ先にゴールしたのは白鳳のオデットだった。レースに復帰してからここまでに掛かった時間は四五分。光速巡航とほぼ変わらぬ時間だった。これは、太陽帆船が叩き出したスピードのレコード記録だった。

 

 

 セナートの国会議事堂、星系院。球形の会議場で一〇〇万人もの議員が集まる。それでも帝国の全ての星系からではない。加盟する星々は数十億にも及ぶため、文明圏や複数の星系をブロックに分けてその代表者が集うのだ。(例えば海明星はオリオン腕代表区に属し、評議員は一名)

 その大会議場で、聖王家・セレニティー修好二百年記念大会閉会式が行われた。主賓は、セレニティーからは開会式に代わって妹君のグリュンヒルデ・セレニティー第八正統皇女、聖王家からは女王陛下の従甥子であるソリス・ルクス・スプレンデンス王子。

 グリュンヒルデ姫は、凛々しくもセレニティー王家に伝わるいにしえの戦衣に身を包み、八歳のソリス王子を守護奉るように見えた。聞けばセレニティー王家は、このセレモニーのために由緒あるクイーン・セレンディピディで彼女を送ったという。セレニティーは女王派と言われていたが、侯帝の孫に寄り添う姿を見て評議員たちは安堵した。

 レースの表彰式に、白鳳ヨット部の部長の姿は無かった。トロフィーを受け取ったのは、顧問のジェニー・ドリトルだった。

 

 セナートの小高い丘に建つ聖王家の王宮。

 その謁見の間に二人は居た。それにもう二人。

 「女王陛下、リーゼ皇女と共に白鳥号の私掠船免状をお渡しに参りました」

 茉莉香が言うと、リーゼがチップを掌に載せて女王の前に進む。リンが私掠船免状が入っていたオデットⅡ世メモリーバンクのフォルダーから移したものだ。フォルダーをチップにドラックしたところで、コピーはされず、オデットⅡ世のメモリーバンクから私掠船免状は消えていた。

 女王はチップを受け取ると、聖王家の紋章が入ったジュエリーボックスの中に入れた。

 クリスタル・ヒヒイロカネで出来た、超新星爆発にも耐えるという代物だ。それ自体が宝石と言える。

 「確かに受け取りました。コード書き換えまで預からせてもらいます。」

 「書き換えまでって、どういう意味ですか?」

 女王に訊き返した。てっきり返上だと思っていたからだ。

 「そのままの意味です。事が済んだらお返しします。先々代の皇帝がお決めになったことを軽々しく替えるつもりはありません。その方が、そちらに居る方にとっても良いでしょうから」

 そう言って、銀色の髪を持つ長命種の方に顔を向けた。

 「ミューラさん。あなた方に私掠船免状を出すことは出来ません。もう新たに免状を発行することは、帝国には出来ないのです。一二〇年前に白鳥号に私掠船免状を出したのは、帝国の恥部を解決するために――あなたと交渉する為ですが――非常時特例としてでありますが、それ以上に帝国に対する監視の意味があったのです。帝国が過ちを犯さないために、二〇〇年前の軽挙妄動を繰り返さないためにです。だから白鳥号以来、私掠船免状は発行されておりません。今回、ここにあなたをお呼びしたのは、聖王家の犯した軽挙妄動をお詫びする為です。誤って済む話と時間ではありませんが、すまなかったと言わせてください」

 そう言って女王は海賊に頭を下げた。そして告げた。

 「帝国は、辺境海賊ギルドの存在を認めます。しかし私掠船ではなくギルドとしてです。その活動は帝国民法の範囲内でと承知されたい。」

 これを受けてミューラは言った。

 「いま女王は、海賊と言わず私掠船とされたことに、まず感謝したい。辺境海賊ギルドは、そのお言葉だけで十分です。女王陛下のお詫びの言葉は、いまはそれを受け入れる立場にありませんが皆に伝えます。――私個人の気持ちを言わせて貰えば、――ありがとう――。これで父の無念も果たされたと思います。」

 海賊帽を押し頂き礼を返すミューラから、女王は視線を移した。

 「センテリュオ、もう海賊ごっこは止めて家に戻って来ませんか。あなたの甥っ子も寂しがっています」

 「私はクォーツ・クリスティアだ。スプレンデンス家とは何の関係もない」

 「でも軍事企業に、いいようにされていたではありませんか。いい加減に落ち着いて、伯父様を安心させておあげなさい」

 「あれはもう父ではない。娘を政争の道具としか見ていない親だど、こちらから勘当した」

 「でも、あなたに男の子が出来たら、伯父様はその子を皇位に就けようとするかも知れませんよ。何しろあなたが伯父様にとって一番可愛く思っていらっしゃるのですから」

 「そういう女王の態度が今回の事態を招いたとは思われぬのか。リーゼの気持ちを考えているのか!」

 怒鳴るクォーツ。そんな彼女を放っておいてリーゼを見た。

 「リーゼ、本当によく成長しましたね。あなたを辺境に送ったことは正直賭けでした。でも、その試練を見事に乗り越えてくれた。帝国艦隊の提督にあそこまで言えるとは思っていなかった。嬉しく思います。大伯父様を恨んではいけません。あなたを育てて下さったのですから」

 「はい。リーゼ・アクアは今後も精進します」

 アクシアと言わずアクアと名乗った娘に、女王は満足げに微笑んだ。

 ミューラやクォーツ、リーゼとのやり取りを見つつ、自分たちは侯帝派も含めて女王のいいようにされていたのではないかと茉莉香は思った。海賊も侯帝も帝国も、全てはリーゼの元に、帝国の権威と国民の支持を集中させるために利用されたのではないか。娘も守ってやれない情けない女王と思っていたが。その実とてつもない御仁なのだ。

 「――加藤茉莉香さん」

 「はひ。」

 いきなり振られて、茉莉香は素っ頓狂な声を上げた。

「娘と従妹をお願いします」

 リーゼはともかく仏頂面なクォーツさんはどうもと思わなくもなかったが、女王に頼まれて頷くしかなかった。

 

 女王に渡された私掠船免状でワイルドカードを無効にするコードの書き換えは、統合参謀司令部ではなく王宮内で行われた。それも女王専用のプライベート通信室で。

 設定はリンによって行われた。本来なら、プライベート通信室は女王以外誰も入れない場所なのだが、今回は特別処置がとられた。女王でさえ滅多に使わない部屋に、女王と並んで入る。

 「思いのほか小さい部屋なんですね。」

 中は東屋程度の広さがある、窓のない密室。中央にモニターとキーボードだけというコンソールが置かれてある。

 「まあ電話室みたいなものだから」

 リンの感想にそう言う女王だが、全銀河のネットと端末に繋がることの出来る通信室なのだ。この部屋自体がワイルドカードみたいなもので、どこへでも侵入できる。この部屋が最後に使われたのは二〇〇年前、海賊に与えられた私掠船免状を無効とした以来だった。

 「いまは使えません。あなたが書き換えをしてしまいましたから」

 「いやあ、どうもスイマセン」

 「今後も使う予定の無い部屋なので、使えなくても宜しいのですが、帝国艦隊はこの部屋がいまも使えるものだと思っています。そうでなければコードの書き換えを司令部で行うと言いませんもの。あなたが作ったワイルドカードと通信室は別物だと考えているようですが、今ワイルドカードが帝国の通信室なのですよ。――これはナイショです」

 しいーっと口元に指を立てて言った。

 ほんとうに帝国を乗っ取れる訳だ。しかも無効のしようも再書き換えも出来ない。これでは命が幾つあっても足りない。リンはぶるっと震えが来た。

 女王はジュエリーボックスからチップを取り出すとコンソールに繋げた。

 「では、お願いします。」

 女王に代わってコンソールに就くとリンは作業を開始した。『私掠船免状』を開き『通信室』と同期させプロンプトを展開する。そして自分がワイルドカードで打ち込んだコマンドに変更していく。

 単調で根気のいる作業。普段のリンなら目にもとまらぬ速さでプロンプト画面は切り替わっていき書き換えていくのだが、今回は慎重に手順を勧めた。自分の頭の中にあるワイルドカード・プログラムと比較しながらコマンドを打っていく。したがって時間も掛かる。

 変更を終え、最後に『使用者権限』の項目に自分のコードを打ち込んだ。

 これで終わりなのだが、リンは一部を書き換えた。『使用者権限』の項目をもう一つ作ったのだ。

 「女王陛下、お願いします。」

 促されリンと代わる女王。

 「あら、これは?」

 空欄の『使用者権限』は、今までのものの上位に位置付けられている。

 「最終権限者です。たとえワイルドカードが現れても、それを無効とするように保険を掛けました。女王のコードをお願いします」

 「――そうですか」

 女王は空欄にコードを打ち込むと、Enterを押した。

 スタンドアロンだった通信室がネットと繋がったことがモニターに表示された。

 女王は通信室が正常に作動していることを確認して、コンピュータを切った。そして私掠船免状をジュエリーボックスに戻し、リンに手渡す。

 「では、オデットⅡ世にお返しします。茉莉香さんにも言いましたが、これは帝国の保険ですので」

 判りましたと、チップだけ取り出そうとするリンを女王が制止させる。

 「そのジュエリーボックスはあなたに差し上げます。婚約指輪をそれに入れて、想い人にお渡ししなさい」

 そう言ってウィンクする女王。それを聞いてリンは真っ赤になるのだった。

 

 

 



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35話

 白鳳海賊団はそれぞれの帰路にあった。オデット、弁天丸、バルバルーサは海明星へ、キミーラ・オブ・スキュラはスカルスターへ、パラベラムとグランドクロスⅡは何処とも知れぬ宙域へと旅立って行った。

 パラベラムに梨理香さんも持っていたのではと思ったが、結局姿を見ずじまいだった。女王の前に鉄の髭も姿を現さなかった。いったい何しに来たんだろうと思う茉莉香だった。

 「ミューラさんたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたね」

 「うん、あんなミューラの顔初めて見た。ファウンテンブロウんときは怖い顔してたもんね。あんな顔もするんだね」

 ハラマキとリリィが言っていることはこうだ。

 閉会後、参加者たちが自分の船に戻ろうと宇宙港の出発ロビーに集まって居た時だ。そこにミューラが現れて、それを見かけた人々が取り囲んだのだ。急に自分の周りに人だかりが出来てミューラは面食らった。

 「貴方が、本当の海賊のミューラさんですね。私、以前からファンだったんです。」

 「海賊ギルドに憧れているんですが、どうすれば入れるんでしょう?」

 帳面を手にサインをねだる者や、握手を求める者、果ては入会希望を申し込む者もいる始末。まだ正式な認可が発表される前に、犯罪組織に入会希望って何なんだろう。ミューラはそれをことごとく体良くあしらいロビーから消えていったが。しかしヨット部員たちは、そんなミューラの半分照れた表情を見逃していなかった。

 「ヒルデはクイーン・セレンディピティで帰らなかったの? 夏休みなんだからセレニティーに戻ってもよかったのに」

 そう言った茉莉香にヒルデが脹れた。

 「私が帰る場所は白鳳女学院ですわ。それとも茉莉香さんは私が居ては迷惑とでも?」

 いやいやいやいや。

 焦って打ち消す加藤茉莉香。

 「でも残念です。せっかく海賊と一緒に行動したのに、帝国がクイーン・セレンディピティを海賊船と認知してくれなくて。セレニティー・海賊連合王国を名乗る絶好のチャンスでしたのに――。茉莉香さん、今からでもセレニティーが白鳳海賊団に加盟することを認めて下さいませんか」

 「駄目駄目駄目駄目。絶対に駄目! このややこしいご時世に余計ややこしくなっちゃう」

 グリューエルのお願いを茉莉香は全力で断る。でもと言いかけるグリューエルを必死で止める。ここで問答になったら絶対に負けるからだ。そしてあらん限りの外交的手練手管で既成事実化されてしまう。

 「ヒルデはセレニティー艦隊の来る前から軍服着てたわよね。あれって閉会式に侯帝の孫が出ると知ってて用意してたの? さすがはセレニティーの外交ね。あれで会場の雰囲気が一変したもの」

 チアキはセレモニーの様子を思い返していた。軍服のヒルデと王子が一緒に立つ姿を前に、評議員たちがほっとしていたのだ。帝国議会は宇宙大学と帝国政府の一部との癒着でぎくしゃくしていたと聞く。それは議会の女王派と侯帝派、元老院と星系院の対立だが、ヒルデとソリス王子を見て一様に安堵の空気が流れた。

 これがセレニティーの皇女と侯帝の孫だったから説得力があったのだ。しかも皇女が軍服を身に纏う意味でもって。セレニティー連合王国は女王派の有力星系と目されている。その星系がクイーン・セレンピディティーで乗り付け、いにしえの戦衣で侯帝の孫を護るように立つ。たったそれだけのことで対立を消して見せたのだ。

 「違いますよ。いにしえの戦衣はいつもオデットに用意してあります。クイーン・セレンピディティーにドレスを持って来させていましたが、ヨートフがこの方がいいと」

 さすがは、一人で戦争を始めて終わらせると言われる男。と思ったが、気になるフレーズがひとつ。

 「へ、いつもって?」

 「皇女が乗る船には常に戦衣が用意してあります。いついかなる時も立ち向かえるよう備えています。皇位継承者の当然の心得です。ちなみに、私のもありますわ」

 グリューエルがにこやかな外向けの顔で補足する。

 「立ち向かうって、オデットよ。戦艦じゃないのよ」

 「戦衣を身に纏う皇位継承者が乗る船は、何であれセレンピディティーです」

 そこでヒルデが、ああああああと、大きな声を出した。

 「お姉様、私はとんでもない間違いを犯しました。セレンディピディにはドレスで乗り込むべきだったのです。それでお姉さまが戦衣をお召になれは」

 「そうでした! そうすれば、このオデットがセレンディピディ。海賊団の船にしてセレニティーの旗艦。帝国も王国を海賊と認め負えなかったのに…。グリューエルは絶好の機会を逃してしまいました…」

 そう言って悔悟に暮れる姉妹。まあそんな事態はヨートフが認めないと思うが。

 「あの、いちおー言っときますけど、部活に関係ないもの持ち込み禁止ですからね」

 海明星に帰ったら、まずロッカーの一斉点検だと固く思う茉莉香とチアキだった。

 リーゼは、女王の元に還らずオデットに乗っていた。侯帝派の脅威で帰れないからではない。リーゼの望みでそのまま留学を続けたのだ。だから彼女も、海明星への帰路にある。

 帝国艦隊を前に毅然と言い放った姿に、女王派、侯帝派の区別なく彼女を認めた。彼女こそ帝国を継ぐにふさわしいお方だと。何より動揺していた帝国艦隊の空気が一変した。お神輿でと考えていたリーゼ提督の話が、本気で迎えようという話になっていた。リーゼはそれを断った。

 侯帝が折れた一番のきっかけは、女王の言葉だった。女王は彼にこう言ったのである。

 「リーゼは私の前でもアクシアを名乗らずアクアと言いました。あの子は皇位に未練を持っておりません。私もあの子が帝位に就かなくても良いと思っています。ただしそれが帝国にとって良い事であれば。

 私はソリスを養子に迎えようと思います。ソリスもリーゼに懐いておりますしね。ですから伯父様。ご隠居なされませ。」

 侯帝は項垂れるしかなかった。

 「それでリン、国家乗っ取りの容疑は晴れたの?」

 ジェニーがリンに聞いた。リンがジャンクフートまみれになっている電子戦席から振り向く。この辺も、茉莉香にとって見覚えのある光景になっていた

 「ああ、あのあと統合参謀司令部に出頭して、女王の通信室で無事書き換えが終わったことを報告したよ。それでワイルドカード無効化になったことを検証して無事放免。まあワイルドカードをもういっぺん目の前で作らされる羽目になったけどさ。女王の通信室と聞いて技術士官の連中は青くなってたよ」

 帝国艦隊を統率するためにワイルドカードを利用しようと考えていたのだ。それが、通信室で、との意味を悟って震えあがったのだ。

 リンに掛けられていた容疑は国家内乱陰謀罪。国家乗っ取り罪なんて罪状は無かったので、それによって引き起こされる事柄でつけられた。それは晴れたが、電波通信法の容疑はそのままだった。それに対する判決は『保護観察処分』だった。

 「茉莉香―、保険会社のショウさんから通信。弁天丸に繋いだけど船長こっちだからって回されてきた」

 「え?こっちで取る。廻して」

 マリィが茉莉香に送った。

 ハァイ!と、いつもの乗りでアフロ怪人がモニターに出た。

 話の内容は、弁天丸の仕事依頼だった。そろそろ私掠船免状の更新がヤバイんじゃないかと付け加えて。

 「ああああああ忘れてた! 更新! 海賊ギルドやら期末考査やらネビュラカップやらですっかりお仕事忘れてた! 受けます、受けます、是非やらせてください!」

 そうショウに手を合わせて拝む茉莉香。

 とりあえずの日常が戻って来たようだった。

 

 

 夏休みもそろそろ終盤という頃。茉莉香は部活にバイトにお仕事に、高校生最後の夏を満喫していた。それこそこれでもかって位に。勉学の方はどうかというと、やってはいるのだが受験生のそれではない。ジェニー先輩の今頃は、それこそ必死に勉強していた。それは宇宙大学を目指すという明確な目標があったからだ。

 周囲の者たちは

 「ヨット部の部長は、宇宙大学を目指すのが慣例じゃない。ジェニー先輩にリン先輩、茉莉香も当然宇宙大学でしょ」

 などとお気楽に言う。

 「海賊を続けるかどうかは、後で追々――」

 などと言っていたが、そろそろ本気で決めなければいけないのだ。海賊か、進学か、別の道か。

 決断は自分が決めたベスト。それが幼い頃からの身上だった。じゃあ自分にとってベストは何だろう。そう思いかけて茉莉香は被りを振った。逆だ逆! 決めた事をベストにするんだった。やりたい事すべき事を決めてベストに導く。

 自分がやりたいことは、ヨット部に入ったことも弁天丸の船長になったことも動機は一緒だった。――広い宇宙を見てみたい――

 「よし!」

 とりあえず茉莉香は、母親が使っていた参考書を開くことにした。

 

 九月からは新年度、しかし入学は九月一五日に行われ実際に新学期がスタートするのは一〇月からだ。だがどんなに遅くとも八月一五日までには進学できるかどうか通知される。しかしジェニーの元にはなんの沙汰も来ていない。

 リンには入学に当たっての諸連絡とタニアへの上陸許可証が来ている。オデットが海明星に帰投したその日に届いた。

 退学かそれとも停学か。通知を寄こさないのは、大学側は処分を決めず、仕出かしたことを鑑みて自分で決済せよという事なのかもしれない。退学処分となるより自主退学した方が経歴に響かないだろうという温情の積もりなのだろうが、そうなると、意地でも退学届けなんか出してやるもんかという気持ちになる。切るなら切れだ。

 しかし宇宙大学は、ジェニーとリンが仕出かした事でそれどころではなかったのだ。機密漏洩と癒着の精査もあるが、それは大学運営の問題で些細なことだ。むしろ風通しが良くなって組織の虫干しになる。問題は、漏洩した内容が大学創設の根幹に障る事態となったことだ。宇宙大学は特定の文明や勢力に肩入れしない、これが創設時からの基本姿勢である。むしろ肩入れを防ぐために創設されたものだ。これが破られた。星が消え、銀河系が戦争の瀬戸際に立っている。その原因を作ったのは宇宙大学。明らかに辺境星系連合に技術の肩入れをしてしまったのだ。これをどう解決したものか、まるで出口が見いだせない。治外法権があるため、有力星系に助力を求めることも出来ない。

 外交的努力で、帝国には辺境星系連合の独立を認めてもらい、辺境星系連合は大学から流出した技術を封印するという案が建てられたが、歴史学者からの評価は芳しくない。一度流れた技術は止めようがないというのが歴史の必然なのだそうだ。とくにアテナ・サキュラー教授はそうで、何の保証もない融和は疑心暗鬼を生み滅亡へと悪化させるだけだという意見だった。

「ジェニー先輩。オデットにお仕事の依頼が来ています。」

 ジェニーはそのまま白鳳女学院でヨット部顧問をしている。大学に戻ることも出来ず、会社の経営は白鳳に居ても出来るからだ。

 そのヨット部に仕事依頼のメールが届いた。

 ジェニーは一年生が持って来たメールを見た。フェアリージェーンの海賊営業を見て他の旅行会社が頼んで来たかと思ったが、依頼主は宇宙大学だった。

 考えあぐねた挙句、宇宙大学は権力に属さない力を使う事にした。海賊である。

 銀河系で宇宙大学が依頼できる海賊は、白鳳海賊団しかない。白鳳には宇宙大学の関係者がいるからだ。いまジェニーに大学へ戻ってもらう訳にはいかない、これが沙汰の無い理由だった。

 

 



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36話

 ジェニーは茉莉香、チアキ、リーゼの三人を呼んだ。部員でではない。茉莉香は弁天丸船長、チアキはバルバルーサの船長代理、リーゼは海賊団の総帥としてだ。場所は宇宙港の中華屋。いまはさしずめ海賊団のアジトか。ここにミューラとグリューエルが揃ったら白鳳海賊団最高幹部会議だ。

 「ここに来てもらったのは、部活じゃなくて白鳳海賊団としてのお話なの」

 そう切り出してジェニーは三人に仕事依頼のメールを見せた。

 「差出人は宇宙大学、宛先が白鳳海賊団。依頼内容は、ステラスレイヤーの破壊と技術の無効化ですって。自分たちから流れた技術を封印したいようね」

 「ステラスレイヤーって、あの超新星爆弾!」

 「オリオン腕統合戦争時の、宗主星側の殲滅兵器の名前ですね」

 「リーゼちゃん、知ってるの!?」

 「ええ聞き齧り程度に。正史には出てきませんが、聖王家に伝えられています」

 旧植民星連合出身の三人は複雑な気分だった。自分たちと無関係な星系を巻き込んで大量殺戮をしようとしたオリオン腕文明をいまだ帝国は警戒しているのか。

 「帝国にとっても伏せておきたい事情があるのでしょう。通史では稀に見る理想的な併合だったと言われていますし、オリオン腕文明は自分たちの手で解決したではありませんか」

 その事情とやらを茉莉香たちは知っている。

 「その元となった高エネルギー転送システムをそう呼んでるようなの。もともとそれが本来の目的だったし」

 「その技術を封印したいって大学は思ってるんですね」

 「でもプラントを破壊したって、出てしまったノウハウは無くならないわ。辺境星系連合のステラスレイヤーが、いまはまだ独自開発じゃなく借り物の技術の寄せ集めだとしても、やがで知識の集積が進んで自前で作れるようになる。一度使われてしまった以上、」

 チアキはそこまで言って、ちらとリーゼを見て続けた。

 「帝国も対抗して作ろうとするだろうし、むしろ拡散するわね。帝国の企業を通じて流出したものだもの、それを封印するには使わないし使わせないと決めた強力な勢力のコントロールが要る。でもそうなると全面戦争になるしかない。結局は銀河帝国が勝つだろうけど、それまでに幾つも星が消えるわね。大きな犠牲を払っての全銀河統一では、帝国もこれまでのように自治と不干渉のままではいられない」

 それに頷いてジェニーは言った。

 「宇宙大学もね。宇宙大学は研究員も大学を管理運営する理事たちも、その殆どが銀河帝国出身者で占められてるわ。様々な星系からの出身者で文明も異なるけれど、帝国が銀河系全般に拡がったいまでは右を見ても左を見ても帝国市民。でも一部には帝国に属さない人々もいる。でもその人たちの名誉のために言っとくけど、今回の事件にその人たちは関わっていない。流出させたのは帝国出身者よ。むしろ彼らの方が大学設立の理念をよく理解してる。自分の周りが同じ勢力ばかりの帝国出身者はその認識が甘くなっていたようね。そこを、戦争をプロデュースする連中に付け込まれた。銀河系統一の暁には、宇宙大学はこれまでのような治外法権や大学自治は認められないでしょう」

 「アテナ先生の話では、統合戦争の時でみんなも知ってるように、未接触の文明にはとても気を使うわ。でも交流のある文明にはそれ程じゃない。辺境星系は銀河帝国に属していないだけで既知の文明、本当はそうしたものにこそ神経質になるべきだったのに怠っていた。

『知性にはそれに相応しい資格が必要』。文明が次のステップに飛躍するためには、踏み出すだけの十分な基盤と変化を受け入れられる能力が必要である。それを知性と呼ぶ。

――銀河帝国も含めて勢力というものにね。」

 そう語るジェニーは少し寂しそうだった。それを見て茉莉香は、ああ先輩は本当に宇宙大学の人なんだなと思った。

 「それで白鳳海賊団の方々に集まってもらった訳。大学の尻拭いを海賊が受けるかどうか」

 「話の流れは判りました。でもなぜ私たちなんです? むしろこういった依頼は海賊会議やミューラたち大人の前ですべきなのでは」

 チアキがジェニーに向き直って尋ねた。

 「海賊依頼が船に対してならね。でも船の指定はされてなく『白鳳海賊団』とあるわ。大学に問い合わしてみたのだけれど、海賊団に加盟している辺境海賊ギルドや植民地連合の海賊には出されていないの。茉莉香やチアキの所には来てる?」

 ううんと被りを振る二人。

 「つまりオデットがある私たちに依頼して来た。」

 「でも太陽帆船ですよ。ろくなというより、全く武器もない船ですよ。大学は何を考えているんです」

 「船の人選と作戦はこちらに任せるようね。それと参加する海賊船はタニアに立ち寄られたしとのことよ。当方に希望する技術供与の準備がある――と。」

 「流出させておいてなお出すつもりなんですか!」

 チアキがくあっと眼を剝いた。

 「それだけ切羽詰まってるんでしょうね。前代未聞の大判振る舞いよ」

 「依頼を受けるかどうかの前に、確認しておきたいことがあります。流出を企んだ人たちや戦争をプロデュースするはどうなっているんですか」

 と茉莉香は聞いた。

 「流出させた研究員の特定と内容の精査は終わっているわ。それを帝国政府には報告済み。私とリンがすっぱ抜いた内容とそれほど変わらないようだけど」

 「帝国政府は、それをもとに捜査を進めています。戦争をプロデュースするという企業間提携は解体され、その責任者も含めて拘束されています。まあこの手の話は後を絶ちませんが。それと、プロデュースを企画した元監察局参事官は行方知れずです」

 ジェニーとリーゼの話に、今回は宇宙大学が絡んだだけで後を絶たないのかと茉莉香は思った。

 「じゃあ、とりあえず戦争をプロデュースする流れは断ち切ったんだ。黒幕の参事官は行方不明でも帝国内に居場所はないし、辺境星系連合に逃げたとしても、持ってる情報は帝国のスキャンダルぐらいなもの。いくら優秀だっていってもネゴシエイターの手腕でしょ、そのパイプはもうない。辺境星系連合でも利用価値ないでしょうね」

 かつての、パク・リーの末路を思った。

 「この話、受けようと思います。本当は総帥のリーゼが決定することなんだろうけれど、彼女には帝国皇女って立場もあるし、海賊として判断します」

 「海賊としてとは?」

 ジェニーが茉莉香に訊いた。

 「ステラスレイヤーです。超新星爆弾ではないけれど、もともと私たちの文明が生み出したアイデアです。それ自体は素晴らしい考えなのにそれを兵器として転用してしまった。そしてもっと恐ろしい兵器として生まれ変わってしまった。かつて海賊たちはステラスレイヤーを葬り去ろうと必死で戦いました。ここで落し前をきちんとつけないと、戦ったご先祖様に顔向けが出来ません。」

 チアキが、ふんと黙って頷いている。

 「それに単結晶です。ガーネットA星で白鳥号が持ち去ってからの因縁がオデットにはあります」

 「そうよね。考えてみれば一二〇年前からずっと繋がっているわよね」

 ジェニーが思い返した。ステラスレイヤーのガーネットA然り、単結晶を巡ってのラキオンや七つ星連邦然り、時空跳躍のきっかけとなった時間旅行然り。全部にオデットⅡ世が関わっている。

 「オデットって船齢二〇〇年余りでしたね。ちょうど帝国が掃討戦争をやっていた頃です。初めは実験船として造られたそうですが、なんの実験だったのですか」

 そうリーゼが尋ねた。

 「そういえば何の実験だったんだろ。その当時でも太陽帆船なんてとっくに時代遅れなものだったのに」

 「どこで造られたかもはっきりしてない。私たちのオリオン腕だとは思うんだけど、何処の何製か記録がないわ。ログが二〇〇年前から始まっているから船齢が解るだけで」

 物理領域の枷が無くなって以来、船は建造から廃船になるまで行動がログとして残される。もっともその記録の多くが正体不明のファイルに置き換わっているが。

 「超光速跳躍のユニットだってそうよ。帝国製らしいというだけで出所が明らかでない。あれってオデット用の特注品だそうだけど、船体構造が詳しく解ってないと造れない。併合前から何らかの交流があったって証拠なんだろうけど、取り付けるオデットの側も、予め想定した船体構造を持ってたようなのよね。バルバルーサとの連結や今回のレースでそれがよく解った」

 三者三様に思い巡らすが、オデットの謎は深い。

 「受けるにしても非武装のオデットだけで海賊は出来ないわ。商船を襲うのと訳が違うのよ、海賊たちに召集掛けるの?」

 チアキが茉莉香に言った。

 「受けたことをお知らせはするけど招集は掛けない、だから『海賊の歌』も流さない。知らせを受けて来てくれた戦力で作戦を考えます」

 海賊の歌は流さないと聞いてチアキはほっとした。あれがまた宇宙に流れるのだけは御免だ。

 「最悪、弁天丸とバルバルーサだけって事もありうるわけね。」

 「その時は尻尾巻いて逃げる。ステラスレイヤーの破壊は帝国艦隊の方が戦力あるし。でも、所在位置の確認と流出した技術情報は何とかしたいなあ」

 「尻尾巻いてって…まあ、勝てない戦はしないのが海賊よね。でも流出した技術情報を何とかするって、実際問題どうするつもり? 技術のノウハウを消し去ることは出来ないのよ」

 うーんと顎に指を立てて思案しながら茉莉香は言った。

 「消し去ることが出来ないんなら、無意味なものにしちゃえばいいんじゃない? 下手に隠そうとするから問題が起きる、対抗策も限られる。みんなが知っちゃえば、それだけ知恵も出し合えるし――」

 「そんな! 火種が全銀河に広がるようなものよ!!」

 当然、眼を剝いたチアキだけでなくみんながあっけにとられた。

 「相互確証破壊ね、むしろ抑止になるって言う。でも危険だわ。その陥穽に落ちて滅びてしまった文明も多いのよ。その段階に至らずにステップを越えようとすれば、技術革新に押し潰されるか疑心暗鬼に囚われて自滅するか」

 ジェニーはアテナの自宅で聞いたアリシア文明の話を思い出していた。

 「抑止力とかそんなんじゃないです。単結晶で思い付いたんですが、あれって同じ反物質でないと対消滅させられないんでしたよね。だから恒星並みエネルギーの精密照準に使われてる。なら、やって来るエネルギー波の避雷針に出来ないかなーって」

 「それにステップに届いているかどうかは、その時代の人たちが判断することです。たとえば未来からの情報伝達があって、それが与える影響に今の人たちが未来に責任が持てるかって話ですけど。まあ宇宙大学の技術は未来からの情報みたいなものですから」

 その言葉にジェニーは刮目した。それは、アテナ教授の言うジェニー例題。

 「宇宙大学に技術の公開をお願いします。」

 そう加藤茉莉香は要求した。

 

 



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37話

 宇宙大学は散々悩んだ挙句に、加藤茉莉香の要求を飲んだ。

 そして、今回の恒星新星化は超次元宇宙論によるエネルギー転送技術によるものだと、正式に発表した。人為的に引き起こされた現象だという事だ。つまり兵器として利用され、いつ何処から何処へでも攻撃を受ける可能性がある。市民は恐怖したが、宇宙大学はこう付け加えた。『今回の兵器としての利用に対する対抗処置を宇宙大学は開発している』そして、『この技術は元々平和利用を目的として考えられたものだ。原点に立ち戻り考えを改めよ、知性にはそれに相応しい資格が必要』――。

 重力操作と超次元宇宙論は、宇宙大学のスキャンダルと前後して既に流布していたが、出所が詳らかでなく(何しろ宇宙大学生からのリークという話だった)、追試をするにも技術が足りないために信用に欠けていたが、この度の宇宙大学ホームページでの公式な情報公開で、それが正しいことが立証された。

 辺境星系連合の動きは散発的なものだった。銀河系辺境緩衝地帯に、ぽっと艦隊群を出現させては消えることを繰り返しているが、大規模な軍事行動は起こしていない。そしてステラスレイヤーの使用も前回のもの一回きりだった。これは、超次元宇宙論技術をまだ自由自在に使いこなせる段階にいないことを意味する。少なくともその使用には制限がある。新兵器にはメンテナンスや調整が必要なものだが、その部品調達や技量に難があるようだった。

 これに対する帝国艦隊は、始めのうちは恐慌にも似た慌て振りだったが、いまは腰を据えて向かい合っている。ナンバーズ・フリートの配置も元のものに戻され、しかし一朝事が起きればすぐに駆け付けられる体制をとっていた。これは、リーゼが艦隊を前に放った一言が効いていた。目が覚めたと言っても良かった。もっとも聖王家のごたごたが収まったことが一番の理由だが。

 重力操作は帝国でも開発が急ピッチで進められていた。そもそも辺境星系連合のものは帝国出自のプロトタイプを基にしているのだから開発は早い。しかし出遅れの感はある。相手が完熟するまでに時空跳躍が間に合うかどうか微妙な所だった。それが宇宙大学から詳細なデータがもたらされたのである。これまで蓄えられた実験との検証で一気に進んだ。重力操作は長距離跳躍と短距離での連続使用が可能となった。そして、帝国側でもステラスレイヤーの建造が始まった。抑止力と言えば聞こえはいいが相互確証破壊、止まるところのない超兵器開発競争は現実のものとなった。利用する恒星はガーネットA星だった。

 

 『えー白鳳海賊団、弁天丸船長の加藤茉莉香です。白鳳海賊団は一〇月一〇日をもって銀河帝国と辺境星系連合に宣戦布告しました。理由は『殲滅兵器を許さない』です。従って、弁天丸とオデットはステラスレイヤーの破壊に向かいます。』

 茉莉香が海賊たちに打った通信はこれだけだった。

 

 

 顧問のジェニーからオデットが宇宙大学で大改修を受けると聞き、ヨット部員たちは色めき立った。しかも何でも秘密兵器だそうだ。

 「秘密兵器!」

 「だったら波動砲なんかどお? ほら、やってみたいじゃん。エネルギー充填一二〇パーセント!とか」

 「タキオン粒子砲のこと? アレ手間の割にジョボいよ。せいぜい大陸島吹き飛ばす程度だし、デブリ掃除に使う反物質魚雷の方が威力あるよ。それよかフェイザー砲がいいね」

 それぞれが勝手な事を言い合っている。

 「防御力ゼロの太陽帆船に今更武器取り付けてどうするのよ」

 軽く頭を押さえてチアキが言った。

 「太陽帆船でも軍艦でも、ドンパチする時にはあらかた勝負かついてる」

 そんな後輩たちを、電子戦席に巣を作ったリンが笑いながら言う。

 彼女はオデットが寄ったタニアで乗り込んできたのだ。彼女は宇宙大学入学式の直前にタニアに行っていた。ジェニーの処分がどうなるか前日まで粘ったが、とうとう来なかった。後ろ髪魅かれる思いで旅立ったのだった。

 それに心強さを受けたのは電子戦を担当していたリーゼやナタリアだ。かなり慣れたと言っても、これからの実戦を前にして不安がなる。そこに歴戦の勇士が戻って来てくれたのだ。けれど一番喜んだのはジェニーだった。居並ぶヨット部員たちの前で硬く手を握り合い、そのまま熱い――。まあいつもの流れだ、割愛しよう。

 「で、オデットの改修って何やるんですか」

 機関担当のヤヨイが尋ねる。オデットは太陽帆船である。船足も遅く戦闘には最も不向きな船種だ。それを、実戦を前に改装すると言えば動力系が考えられる。エンジンを任されている彼女にとって動力系が変わることは一番の関心事なのだ。

 「いまの補助推進システムを重力制御に変更するそうよ。メインは太陽帆のまま」

 「それって、むしろ補助推進の方が強力なのでは?」

 主従逆転である。

 「茉莉香があくまでオデットは太陽帆船で居たいって。一〇〇年後の後輩たちまでそのまま残したいそうよ。私も同意見だけど」

 「でも調整が難しくなりそうです…」

 これまでの噴射式ではなくなるのだ。推力の扱いも異なって来る。

 「その辺は大丈夫そうよ、コンソールもそのままだから。ただ推力上げると跳躍しちゃうから気を付けてね」

 「ひえええ、操舵が難しそうです」

 「そうね、腕の見せ所ね」

 悲鳴を上げるアイ。

 「その他には? 部長が居ないのも関係してるんですか」

 副部長のサーシャが聞いた。

 「ええ、あと一番大きな変更は単結晶が取り付けられる。そのためにいま茉莉香が大学に行ってるわ」

 

 タニアの静止軌道上に浮かぶユニバーシア宇宙ステーションから、開放型ドッグに係留している新装オデットⅡ世が見えた。

 装甲板も真新しく新造艦のように見える。だが外観に目立った変化はない。

 「あのう、これって外装を塗り変えただけなんじゃ」

 「そうだよ、よく判ったねえ。」

 そりゃペンキ塗りたてみたいな姿を見れば誰だって気付にますと思う茉莉香に技術主任は続けた。

 「オデットの外壁に単結晶コーティングが施してある」

 「へ、単結晶コーティング?」

 「本当は船体丸ごと行きたかったんだが、船の構造上、剛性と柔軟性のバランスが難しくてね。それで薄い単結晶の被膜で全体を覆っている。単結晶としての性質はそのままだから、破壊しようとしても反物質でなきゃ無理だ。恒星エネルギーも余裕だな。しかも、単結晶を造るときに出来た反物質を当てても、極めて微細でその部分に使われたところだけが対消滅するわけだから、宇宙塵が当たった位にしかならない」

 それって最強の盾なんじゃないかと感心する茉莉香に技術主任は付け加えた。

 「ただし船体構造は元のままだから、物理的衝撃には弱い。ミサイルが一発当たれば、コーティングは無事でも中はバラバラだろう」

 そんな事態になったら、オテットの形をした白い風船が宇宙空間にプカプカ漂うわけだ。

 「今度のオデットには重力制御も付いてるから、回避もそれ程難しくないでしょう」

 「あ、アテナさん。」

 説明を受けている茉莉香のところにアテナ・サキュラー教授が現れた。技術主任が頭を下げている。それをアテナは受け流した。アテナはいま、超次元宇宙論研究所の責任者の立場にあった。今回のオデットをはじめとするミッション参加の海賊船改修も、超次元宇宙論研究所が行っている。物理科学の研究所に、比較文明論研究者のアテナ教授が責任者に当てられたわけは、新技術の研究には文化論や政治面の視点が必要だという宇宙大学の反省から来ていた。

 「相変わらず素敵な船ね、あの時とちっとも変ってない」

 アテナはテラスの手摺に腕を置いて、感慨深げにオデットを眺めている。

 「変わらないって、まだ一年も経ってませんよ」

 「あら、私には一二〇年振りの再会よ」

 そうだった。前に会ったのは統合戦争のときだったと思い返す茉莉香。

 「ジェニーは元気にしてる? いくらパイプが必要だからって、ほったらかしにする本当に悪い学校だわ。でも、そのおかげであなたのアイデアが聞けた」

 それにはひと悶着あった。

 茉莉香が思い付いた避雷針アイデアに対し、茉莉香は学者たちから筆問攻めにあったのだ。やれエネルギーモーメントはどの位を見積もっているかとか、時空拡散に当たってのスカラーはどうかとか。

 「そんな専門的な事聞かれても、私に解る訳ないですよ」

 愚痴る茉莉香に、そんな後付けは聞き流せばいいとアテナは笑った。

 「防ぎようのないエネルギー波にどう対抗するかばかり考えて、あえて受けることを思い付けなかった頭の固い連中のやっかみだわ」

 基本宇宙船は頑丈に出来ている。オデットⅡ世のような華奢な船でも、質量の大きな反物質どうしの対消滅を目視距離で受けても大丈夫なくらいだ。戦艦クラスなら超新星爆発の衝撃波にも耐えられる。だが、地上にある都市は違う。惑星ごと無防備なのだ。地形を変形させるくらいのエネルギーが降り注いだら、そこにいる人々は地上と運命を共にする。防ぐには惑星ごと宇宙船並みの甲殻で覆ってしまうか、やって来るエネルギーを弾き返すほどの高出力波を撃つかしかない。だが何時何処を狙って来るか分からない以上、無理がある。惑星を甲殻で覆う案も工期と費用が嵩み現実的でない。それをあえて受けるという茉莉香の思い付きは逆転の発想だった。しかもどこにでも配備可能で、何より安い! 単結晶は確かに高価だが、星系政府が手が出ない程ではない。

 オデットの船首には、かつてと同様に単結晶衝角が取り付けられてあった。

 「これで、前の白鳥号に戻った訳ですね」

 茉莉香は船首衝角を見つつ、ぽつり呟いた。

 「またあれが付く事が気に入らない?」

 「過去のしがらみとかじゃ無いです。そんな物に囚われてたんじゃ前には進めない。でも白鳥号はこの役回りを知っていたのかなあって。白鳥号の気持ちを考えると、なんだかなあって思うんです」

 「船の気持ちね。確かにあの船は複雑な来歴を持っているわ。初めは実験船、輸送船、武装商船、仮装巡洋艦扱いの海賊船、そして女子校の練習帆船。いまがいちばん幸せな時かもね」

 茉莉香もそう思う。決して戦場が似合う船ではない、そして戦争をこれ限りにしたいと思っている。

 「ねえ、最初に作られたときの実験船って何だったか知ってる?」

 茉莉香は首を振った。ジェニーを始め代々の部長も教師も学校関係者も誰も知らない。そもそもオデットにその記録がない。そんな茉莉香にアテナが悪戯っぽい目をして言った。

 「ここの船だったのよ。」

 「ええええええ??」

 「改装に当たって船の資料が送られてきた時は驚いたわ。船体構造をシミュレーションするために大学のサーバーにデータ打ち込んだら、同一ファイルがあります。って出たんですもの。それで調べたら二〇〇年前のうちの科学実験船だったのよ」

 「帆船なんて時代遅れな船種で、一体なんの実験してたんですか」

 茉莉香が恐る恐る聞いた。二〇〇年前でも宇宙大学だ、技術の進歩は市井とは段違いなのだから。

 「時代遅れだなんて、最先端の研究よ。いまでも実用化されていない位のね。あの帆は、太陽光じゃなくエーテル流を捉えるものなの」

 「エーテルって、あの遍く宇宙に流れているというエネルギーのことですか?」

 「そう、そのエーテル。宇宙開闢の元となりいまも宇宙を膨張させ続けている力。銀河系では星の重力が強すぎて観測できないけれど、影響の少ない外宇宙で星雲間航行に使おうとしたそうなの」

 なんとも壮大な旅の話だ。

 「で実験はどうなったんです!?」

 「成功したけど失敗。」

 「へ?」

 「エーテル流で走ることには成功したんだけれど、結局光速を越えることは出来なかった。まあエーテルによる宇宙の膨張が光速なのだから当たり前と言えばそうなんだけれど。ここから一番近い大マゼラン雲までだって、行くのに十六万年も掛かるんじゃとても実用的とは言えないわね。世代間どころか文明間宇宙船だわ」

 「じゃあオデットのやたら大容量な記憶領域も、その実験のためだったんですね」

 「そのようね。それに太陽光より弱いエーテル流を捉える帆だから変換効率もいいし、太陽帆船としてならとても優秀な船よ」

 帆船レースの時も、オデットⅡ世はぶっちぎりの早さだった。

 「でも帆船で、どうやって外宇宙まで出たんですか。それだけで何年も掛かっちゃう。あ、銀河系腕の外にステーションがあったんですね」

 「そんな物いまもないわよ。ここから超光速跳躍で出たの。あなたたち持ってるじゃない」

 ああ、あの外付けブースター。

 「それでプロジェクトが終いになると、とくに秘密の研究とか技術水準に影響を与えるとかのない実験船だったから、データを初期化して民間に払い下げられた。それからどういう経緯かは知らないけれど、あなたたちの文明圏に流れ着いたようね」

 いままた明らかになるオデットの秘密というやつだ。

 「知りませんでした。何処の何製かまるで記載が無いものですから」

 「そりゃそうよ。宇宙大学謹製なんて記録残したら、いくら太陽帆船だとしても変に勘繰られるわ。――それから、オデットを造った人がお礼を言ってたわ。よく残してくれたって」

 「えええ? オデットを造った人って、まだ生きてるんですか!?」

 「私だって二〇〇年前ならもう生まれてたわ。普通にいるわよ」

 ああ、その方もメトセラか。

 「いまは宇宙航行力学の教授なんだけれど、研究員だった頃の作品だそうよ。今回の改装も、俺の青春だ!誰にも任せられねえ!!って、一人で図面ひいてたわ」

 熱くなって青春を語るメトセラというものが、いま一つピンとこないが。

 「彼が、あなたが一〇〇年後の後輩たちに太陽帆船を伝えるんだと聞いて泣いていたわ」

 「じゃあ、その人のためにも絶対成功させなきゃですね。」

 「そうね。色んな人達の想いが詰まっている船ですもの」

 そう言って、オデットに取り付けられている単結晶を見詰める二人だった。

 ふと、背後に人の気配を感じた。

 「おや、来たわね」

 振り返ると、茉莉香の見知った顔があった。

 「彼方君!」

 「お久し振りです。」

 亜空の深淵で一緒だった無限彼方少年だ。背も心なしかちょっぴり高くなっている。

 「確か二人は無限回廊で一緒だったわよね。紹介するまでもないか」

 二人はユグドラシルの一件で知り合いだが、なぜかアテナも彼を知っている様子。

 「彼方君、今までどこにいたのよ。いちどサイファさんと亜空間探査してるって手紙貰ったけど、それ以来音沙汰無しだったから。て、なぜここに居るの?」

 「アテナ教授に頼まれたんです。茉莉香さんたちの手伝いをしてくれないかって」

 「頼まれた? 手伝い??」

 無限少年がここに居ることにもびっくりだが、手伝いとは何か。

 「彼は亜空間ダイバーとして宇宙大学の客員講師をしているの。准教授扱いだわ。史上最年少の宇宙大学のプロフェッサーね」

 「准教授…プロフェッサー…。彼方君っていくつだっけ、学校は?」

 「ここのモットーは、知性にはそれに相応しい資格が必要、よ。学歴なんか関係ないわ」

 茉莉香の質問にアテナが意に介さず言った。銀河系の最高学府が、学歴なんか関係ないとはよく言うよと思わくも無かったが、父の見付けたXポイントを再発見し銀河回廊を拡大させたのは彼だ。

 「彼は亜空間のことを誰よりも詳しく知っているわ。Xポイントで拡大した銀河回廊の観察は他の研究員でも出来るけれど、Xポイントが持つ性質や意義は、その目で見た者でなければわからない。それに広がっていった銀河回廊のこともね」

 それが今回の茉莉香たちの手伝いとどう繋がるのか。

 「茉莉香さん。僕がアドヴァジーレで亜空間の底まで潜った時、そこは見知っている亜空間とはまるで違っていたんです。亜空間には普通流れがありますが、そこは時も止まってしまったかのように静かでした。そしてXポイントを見た。Xポイントを開いた時に亜空間に凄まじい奔流が生まれたんだけど、亜空の深淵は静かなままでした。まるで次元から切り離されたみたいに。僕がそこで感じたのは、亜空間の底は時間と空間が曖昧になっている、Xポイントは次元の外に繋がっているという事でした。でも、オデットが垂らしてくれた超光速通信の糸は繋がっていた。これは通常空間と繋がっているという意味です。――あの時聞いたヨット部の歌は忘れられません」

 「これが彼がプロフェッサーたる所以よ。それにXポイントには彼にしか潜れない」

 無限少年の回想にアテナがそう言った。

 「無限博士が造った亜空間超深潜水艇が宇宙大学でも造れないんですか」

 「同じものは作れるわ、でも駄目なの。深淵の底までは潜れても、その先のXポイントまでは届かない。触れることが出来るのはアドヴァジーレだけ。そのアドヴァジーレも彼しか受け付けないの。特別な認証が必要なようね」

 フリントだと茉莉香は思った。フリントにプログラムされたクロスワードとともに、無限博士をはじめとした亜空間ダイバーたちの思いがインプットされている。

 「彼に亜空間の深淵の再調査をお願いていたのだけれど、Xポイントは次元断層と関係があるようなの。しかもそれは閉ざされたものじゃなく通常空間ともつながっている。ステラスレイヤーで放たれたエネルギー波を避雷針で受けたとしても、何処に持って行くかが問題なのだけれど、Xポイントを使えば宇宙空間に希釈させることが出来る。亜空間に僅かな漣ぐらいは起きるでしょうけれど」

 「エネルギー波のゴミ箱ですね」

 Xポイントをゴミ箱扱いされて、無限少年は露骨に嫌な顔をした。茉莉香はゴメンと謝る。

 「そのXポイントの正確な座標を彼が指定するわ」

 Xポイントは硬い地殻にあるものでなく亜空間の底で漂っている。ポイントを正確に狙わないと、超新星並みのエネルギーは銀河回廊で津波となってしまう。宇宙船の航行だけでなく通常空間にも影響が出る。

 「ステラスレイヤー波は僕がナビします」

 「うん、ヨロシクね♡」

 緊張したの面持ちの無限少年に、茉莉香は屈託のない笑顔で応えた。それにチョッピリどきまきする少年だった。

 

 



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38話

 「前に言ったと思うけど、うちの船長って大物だったんだな」

 三代目がしみじみと言った。

 「ああ、あん時ゃ『今頃気付いたのか』って軽口叩いたが、銀河帝国に喧嘩売るに飽き足らず、銀河大戦の引き金を引いちまうとはな」

 つい半年前の『一二〇年前』を思い出して、百目が感慨深げに相槌を打っている。

 「銀河系を相手にするというのに、よくまあ集まったもんねえ。これ、招集掛けてない自由参加でしょ」

 「なんだかんだ言って、結局植民星界隈の同業者たちは全員参加だもんな。前からうちと色々関係があった迦陵頻伽やデスシャドウ、グラマラス・リディス、シンドバットはまあ分かるが、海賊狩り以来の大集合だぜ。しかも帝国艦隊の援護無しと来ている。しかし――現金なものだな」

 クーリエの言葉にケインが返している。

 「ロハで船の改修が受けられるってんで皆飛びついたんでしょ。どこも台所事情は苦しいし」

 そうぼやくミーサ。メインスクリーンに広がるこの宙域に集まった総勢二〇隻余りの海賊軍団を眺めつつ、半ば呆れ顔の弁天丸クルーたち。

 「そりゃ銀河帝国にも宣戦布告したんだ、帝国艦隊が護衛するわけないだろ。何しろ手始めにガーネットAをやろうってんだから」

 百目が銀河大戦と言ったが、それに三代目が振り向いた。

 「でも何で銀河帝国なんだ? 直接の脅威は辺境星系連合だろ」

 「船長の宣戦理由見ただろ、殲滅兵器を許さない。だから帝国も作ろうと言うなら、それも潰す」

 「しっかし、その場所がガーネットAだってのも因縁じみてるよな」

 向かい合う帝国艦隊の後ろに、赤く燃える赤色巨星のガーネットA星が浮かんでいる。

 「因縁なんかじゃねえ。実際に単結晶でビーム制御を試みた実績のある恒星なんだ。その時のデータもしっかり残ってる。あん時のステラスレイヤーは正史に載ってないが、帝国政府は併合に当たって宗主星からデータをすべて押収したそうだ」

 「その時のデータもネメシスの奴が辺境星系に流してた――」

 「だろうな。手っ取り早く戦争を引き起こせるブツだもんな」

 恒星超新星化、確実に周辺の星系を巻き込む禁じ手、もしオリオン腕文明が使っていたら滅ぼされていたであろう代物。そのデータがあったから帝国側のステラスレイヤー建設は早かった。何しろエネルギービームの調整に不可欠な恒星の観測資料が揃っているのだ。

 そのプラントを護衛しているのが、第五艦隊所属の第一・第三打撃艦隊と特別遊撃艦隊群が三個。

 「で、これが終わったら辺境星系連合艦隊とお相手か」

 頭に腕を組んで三代目がぼやいた。

 「その前に、目出度く俺たちは銀河帝国のお尋ね者だ。帝国の財産を破壊するのだからな」

 そうシュニッツアが付け加える。

 これから帝国相手に一戦交えようというのに何故か余裕だ。それどころか帝国艦隊との一戦よりも次の辺境星系連合との戦いの方を気にしている。それは集まっている海賊船たちもそうだった。

 海賊たちはこの戦闘を前にして、宇宙大学のタニアで大改修を受けていた。動力システムの重力制御推進化、電子装備の大幅な強化、外殻装甲版の強化などなど、宇宙大学が提示して来た技術供与である。帝国艦隊もそれなりに重力制御など改修しているだろうが全部ではない。それに重力制御のお相手は、既にグランドクロスで経験している。

 しかし数が数だ。こちらは二〇隻余りというのに向こうは二〇〇隻以上、ざっと一〇倍の戦力差。それに最新鋭艦とまではいかなくても船齢もずっと新しい。

 「まあいつもの帝国艦隊相手の軍事演習ってとこか」

 百目が圧倒的な戦力差を前にのんびりと呟く。この程度の差は、第五艦隊相手に何度も経験している古参の海賊達である。

 「それは無い。ここにいる帝国艦隊はプラントを護るよう命令されている。撃って来るビームもミサイルも全て実弾だ。こちらが攻撃する以上、向こうは本気で向かって来る。そうでないと正確な戦闘データも取れない」

 シュニッツアがコンソールで宙域状況を確かめながら否定した。

 帝国艦隊のナンバーズ・フリートの中でも、最も強力で先陣を切る役目を追う打撃艦隊や遊撃艦隊群は優先的に重力制御の改装を受けていた。だが実戦経験がない。植民星海賊たちは実際に重力制御の機動戦艦と戦った経験がある。その戦い方を海賊相手に得られるチャンスなのだ。重力制御はどこが弱点で戦術的意義があるか。グランドクロスのデータはあるが、データだけでは得られないものが経験だ。

 「今回の事態にいちばん面食らってるのは、辺境星系連合だろうな」

 ケインが操舵しながら言った。

 海賊団が帝国と辺境星系連合を相手にすることは、銀河帝国と辺境星系連合の対立に海賊団という新たな勢力が加わり、戦局は三極構造となる。碁で言う紛れというやつ、一気に勢力図は複雑となる訳だ。当然、辺境星系連合は当惑する。当面の敵である海賊を掃討しようと帝国と和議を模索するかもしれない。そのためには、帝国艦隊と海賊団は本気でやり合わなけれなならない。

 もう一つ重要なのが国民の目だ。いくら女王が殲滅兵器を望まないにしても、強力な武器を持った敵の出現に、それに対抗する武器を持たないことは国民が納得しない。国民を説得するにはその超兵器が絶対的な存在ではない事を示すことだ。

 海賊と帝国艦隊はお互いともメリットがある戦いだが、船の改修がただで出来るという理由でこの界隈の海賊たちが集まったというには説得力が薄い。要は皆ステラスレイヤーが気に食わないのだ。自分のご先祖たちが必死になって潰したものを、またぞろ引っ張り出されたことに。

「何やってんの、たるんでるわよ。これに失敗したら三極化は御破算だし、軍事演習だなんて思われたら、足元見られてそのまま銀河大戦なのよ」

 船長席で船長代理のミーサが叱咤する。

 「解っている。だがな、今一つしっくり来ないというか。向こうは撃って来るのにこちらは撃てないんだろ、そんな戦闘ない」

 「撃てないんじゃなく撃たないの。あくまでもこちらの目的はステラスレイヤーの無効化。帝国艦隊を敵にすることじゃないわ。」

 「だがな、オデットが攻撃されたらどうする。いくら外装が強化されたと言っても、ミサイルのひとつでも当たりゃバラバラだぜ」

 「帝国艦隊も皇女が乗ってる船は撃たないわ。こちらにはバンバン撃って来るだろうけど。流れ弾でも来たら、こちらが盾になればいいんだし」

 旧式とはいえ戦艦だ。ミサイルなら装甲版の一部に穴が空く程度で済む。それに今回は装甲も強化してある」

 「電子兵装もチューンアップされてるし、こっちには隠し玉があるんよ。そうそう容易くやられないわ。けれどバリヤーも期待できるのに、何故断ったの?」

 クーリエが厚底眼鏡をぐりぐりさせながらニヤニヤしている。

 「あの白いやつか?」

 クーリエの言葉に渋い顔の三代目。弁天丸がペンキ塗りたてのように白くなることは、頑として反対した。他の船も白くなっていないところを見ると、海賊としての美学に反するらしい。

 「あんなみっともない恰好出来るかよ」

 「ビーム兵器は避けられても、ミサイルの飽和攻撃にどこまで通用するか」

 水晶玉を弄びながらルカがぽつり言う。

 「それを検証するための改装じゃない。それに当たらなければどうという事はないわ」

 ザコとは違うのだよザコとは、と言わんばかりのミーサ。

 「まだ始まっていない。先行きは、見えない。」

 水晶玉を見詰めたままのルカ。

 「空間に重力波。質量から見てオデットだ」

 「真打ち登場ってとこか!」

 シュニッツアからの報告に百目が待ってましたと言った。

 「茉莉香お嬢さんの立てた大戦略がうまく嵌まるといいがな」

 「まあっ女子高生に嵌まるだなんて。でどうなの、不満?心配?」

 「不満だなんて、上等すぎるよ。統合参謀司令部のやつら、船長がステラスレイヤーを攻撃しますって言ったら目を白黒させてたもんな。枢密院侍従長様もまっつぁおな外交手腕だよ」

 ミーサの質問に、ニヤリと不敵な面構えで答えるケインだった。

 

 

 「無限君。おひさ―」

 「よっ美少年!!」

 「いまも亜空間ダイブしてるんだって、どこ行ってるの」

 「宇宙大学のプロフェッサーなんだってぇ? うんうん、少年の成長にお姉さんは嬉しいよ!」

 歓声を上げながら無限少年を迎えたヨット部員たち。勝手に姉になっている者もいる。

 「ヒルデが寂しがってたよー」

 「体も、大きくなったねえ」

 なぜかハラマキは舌舐めずりしていて、無限少年は無意識にズボンを押さえた。かつて飢えた狼たちが少年のパンツを剥いだ事は、白鳳ヨット部の超秘だ。いちおー名門となっている女子校の評判が案じられる。

 「ねえねえ先輩、彼は誰ですか。ヒルデさんとはどうゆうご関係?」

 キャシーが興味津々にナタリアに聞いた。

 「どうって、二人はああ言うご関係」

 ナタリアが顎でしゃくった。

 「彼方さん…」

 もじもじと無限少年を迎えるヒルデ。

 「御免、連絡もあれっきりになってしまって。――その、忙しくて、あの…」

 向かい合ったまま俯いている。そんな二人に周りから黄色い声が上がる。

 「ヒョウ、青春だね!」

 連絡が無かったのは、忙しいじゃなくて意識しすぎて出来なかったんだろーがと囃し立てる女子高生たち。無限少年とヒルデは固まってしまい、頭から湯気が出るほど真っ赤だ。

 「こりゃ先んじられたねえ。姉としては焦るんじゃない?」

 リリィがグリューエルを肘で小突いた。

 「え、どうしてですか? とても素晴らしい事ではありませんか」

 スパイスを利かせたつもりでも、当のグリューエルはいたって涼しい顔。

 「あそうか、グリューエルはそっち系だった…」

 無限少年には是非とも妹と清い交際を深めて貰いたいと応援している。齢上に憧れてもらっては困るのだ。

 「船長、バルバルーサから通信が入っています」

 通信席からグリューエルが茉莉香に報告した。

 「オヤジから? 弁天丸じゃなく?」

 チアキが振り向いて言った。

 「繋いで。」

 スクリーンに黒髭船長が現れる。

 『来たな白鳳女学院。みんな集まってるぜ、お前さんの下知待ちだ』

 髭面でウインクするケンジョー・クリハラに茉莉香は文句を言った。

 「ケンジョー船長、みんなに召集掛けたでしょ。海賊の歌も流してないし、宣戦布告しましたってお知らせしただけなのに」

 ジト目で睨む茉莉香にケンジョーは破顔する。

 『俺は特に何もしてないぜ。俺も含めてみんな勝手に来たんだ。この界隈の海賊はステラスレイヤーが気に入らない。理由なんざそれだけで十分さ』

 その言葉に、茉莉香は静かに頷いた。

 「わかりました。では、始めましょう」

 『そう来なくっちゃ! じゃあ、景気づけに一発流させてもらうよ』

 「え、流すって? ちょ、待っ――」

 茉莉香が止める間もなく、大音量の歌が宇宙空間(に展開している宇宙船の艦内)に響き渡った!

 

 声を上げろ、鬨の声を。

 俺達ゃ誰の助けも借りぬが

 食えねぇ奴らにゃ、つるんで叩くぜ~。

 勝った後の酒は旨いー

 男も女も海賊は強い

  酒も喧嘩も海賊魂!

 

 強制入力である。前と違うのは、デュエットではなくトリオだという点。

 歌が流れると同時に、海賊船の上に船長たちの伊達姿が浮かび上がっている。そしてその背後に、大きく、宇宙空間を睥睨するように立ち上がる三人の娘海賊の姿。

 加藤茉莉香。チアキ・クリハラ。リーゼ・アクア・ディグニティ。

 突然流れてきた歌声と、現れた皇女の姿にぎょっとなる帝国艦隊。

 艦長の中には、思わず直立不動の姿勢を取った者もいたという。

 びっくりしたのはチアキだ。振りを付けて歌っている自分と茉莉香の映像は記憶がある。海賊の巣でレコーディングしたものだ(それだけでもチアキにとっては黒歴史だ)。でもリーゼと歌った覚えはない。

 「ちょ、親父。いつの間にそんなん撮った。てかしてないしっ!」

 『あれか? 茉莉香船長がギルドとのヌケガケを謝りに来た時に、ちょいとお願いして録らしてもらったんだ。それを合成して――』

 「まあああ りいいい かあああ!!!」

 鬼の形相で茉莉香に襲い掛かるチアキ。

 「召集の歌を流さなかった理由は、それかああああ!!!!」

 『良かったなチアキ。これで帝国艦隊にも目出度くお披露目だ』

 そう言って感無量な様子の黒髭親父。

 「ぐあああああああああ」

 こうして、銀河の趨勢を決める大戦は幕を開けた。

 

 



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39話

 通常空間に最後に復帰して来たオデットは、海賊の歌が流れる中ゆっくりと海賊船船団の中央へと進み出た。

 『ところで加藤茉莉香。弁天丸のみんなは船長不在で寂しがってるんじゃないのか』

 娘から期待通りの反応を貰って満面の笑みを浮かべるケンジョー・クリハラが茉莉香に振った。

 「弁天丸のクルーはみんなベテランです。私なんかが居なくてもむしろ上手くやっちゃいます。でも、これは海賊としてのお仕事ですから船長不在はチョット不味いんで、私は弁天丸に戻ります。ここから先のオデットの船長はチアキちゃんにお願いします。集まって下さった海賊軍団の提督はリーゼです」

 『嬉しいねえ。俺っちの目が黒いうちにまたチアキの船長姿が拝めるって訳だ。だがそれだと寂しがるねえ、なあチアキよ』

 「ちょ、お前ぇ。何言ってんだ!」

 にやけた髭面に噛み付くチアキを尻目に、豪快な笑い声を残して通信は終わった。

 「じゃ、あとお願い。」

 そう言って、ポンと椅子を蹴って宙に舞う茉莉香。

 空になった船長席を見て、チアキが静かにその席に就いた。

 「解ったわ。行ってらっしゃい」

 チアキの声を後にして、手を振りながらブリッジを離れる。

 クルーが差し向けた連絡艇で、茉莉香は弁天丸に戻った。

 

 「よお、お帰り」

 「弁天とオデットの二足の草鞋、ご苦労さん」

 「いつもながら、バタバタと慌ただしいねえ」

 営業用(海賊衣装)に着替えながら、アタフタと弁天丸のブリッジに現れた茉莉香をクルー達が迎える。

 茉莉香は船長席に座るとコンソールを開いて状況を確認した。そんな茉莉香にクルー達がそれぞれ報告を入れる。

 「見ての通り植民星の海賊船二一隻、ガーネットA宙域に展開中。ちなみに先の海賊狩りでやられたビッグキャッチやシルバーフォックスもいるぜ。竜骨の一部が残ってたってんで海賊免状は失効しなかったそうだ。で、タニアで修復を受けて無事復帰、でもビッグキャッチは、ありゃほとんど新造艦だな」

 「やられ得」

 百目とルカの言葉に、船長さん海賊止めずに済んだんだとほっとする茉莉香。

 「その海賊船長たちから通信入ってるわよー」

ミーサがコンソールに向かっている茉莉香に振る。

 「あ、出る」

 通信を開くと、グランドクロス以来の海賊たちの顔が出る。

 『銀河系を相手とは、また剛毅だねえ。手始めが帝国艦隊かい?』

 ビラコーチャの女船長、カチュア・ザ・レディだ。

 『荒くれ共の闘いぶり、とくと御覧じろ』

 『…ふむ…』

 忍者姿のマスター・ドラゴンに、ワインを揺らすデスシャドウのクルップ侯爵。

 「皆さん、私たちの我儘に付き合わせちゃって御免なさい。でも、お尋ね者どころか凶状持ちになるかも知れないのに…」

 『でも殺らない。こんな面白そうな事をやらない訳ないだろうが。え、加藤茉莉香』

 『海賊は正義の味方ってな』

 胸に「見習い」から「新米」のゼッケンをつけた白銀号の船長や、村上丸の擂粉木船長の姿もある。みんなワクワクした顔をしている。

 『俺たちもいるぞい!』

 『先の独立戦争から、もう一回海賊団をやった気がするが…いつじゃったかのう?』

 『さあ、忘れた!』

 オリジナル・エイト、ナイン、テンの三爺さんだ。

 「おいおい、半年前を忘れたって、大丈夫なのかよ」

 げんなりした顔で三代目がぼやく。

 「大分、進んでるようね…」

 同じくミーサ。

 『グランドクロスと同様に、散々小突き回して、付け入る隙を衝く寸法だな』

 「はい。」

 茉莉香の返事に、ウィザースプーンのスプーンがぐにゃりと曲がり、不敵な笑いを浮かべる。

 「それじゃあ、皆さん。お願いします!」

 おう、という返事で一同、戦闘位置に就く。

 「第五艦隊プラント防衛艦隊群は、ガーネットA星四億キロ軌道上に展開。こちらは六億キロ、彼我の差二億キロ、約十一光分。まだ距離はあるが防空識別圏内だ」

 シュニッツアがモニターしながら報告する。

 「気付かない、って訳ないか。こっちは派手にトランスポンダーと名乗り上げてるし。ねえ、向こうに動きは? なんか言って来てる?」

 「電子妨害すらないわ。まああっちにすれば相当やりにくい相手だし、様子見ってとこじゃない?出来ればお相手したくないとか」

 「その防衛艦隊の統合参謀司令部への通信が増大している。こちらの取り扱いを照会しているようだ。それに対する司令部の返事は、判で押したように同じ。『決められた手順通り』だそうだ」

 通信を傍受している百目が言った。

 「そりゃ主筋に当たる御人が敵じゃ複雑だわ」

 「司令部も面と向かって『撃て』とは言えない。現場の判断に任せるってわけね」

 揚げゲソを口元でピコピコさせながらクーリエの感想に、ミーサが同乗するように付け加えた。

 「このまま見逃し、てのは無いわね」

 「それは無い。絶対防衛ラインを越えてくれば腹を括るだろう。相手が皇女だろうと艦隊

 司令部の命令は絶対だ。距離が一〇光分になれば応対せざる負えない。――いま、入った」

 薄い期待をシュニッツアが否定する。

 海賊船団がガーネットA星の内星域領域に入ったところで動きがあった。

 各星系ではガス状惑星の内側、岩石惑星からが内惑星領域だが、惑星を持たない単体星では、恒星を取り巻く小惑星帯かその重力と恒星の大きさによって内領域と外領域が比定されている。一般的な主系列星の内惑星軌道まで膨れ上がった赤色巨星では恒星と外領域との距離は短くなる。といっても内惑星軌道が二つは入るほどの広さはあるが。そして内星域領内からが絶対防衛ラインである。

 「せんちょー、第五艦隊旗艦ノイシュバンシュタインから通信。『所属不明船団の旗艦、船長』宛てでーす。」

 通信は二一隻すべての海賊船に送られていた。

 「あえて白鳳海賊団とリーゼの名は出さないのね」

 相手の苦しい胸の内を思って、茉莉香は通信文を開いた。

 『貴船団は帝国艦隊の特別防衛圏に侵入している。直ちに退去されたし。このまま進めば撃墜も辞さない。第五艦隊旗艦ノイシュバンシュタイン、ガーネットA防衛司令司令長官フリードリヒ・フォン・カイデル』

 「あっらー、核恒星系に乗り込んだ時の艦長さん。」

「栄転ですね。旗艦とはいえ艦長から司令長官に昇進ですから。貧乏くじだけど」

 申しわけなさそうな茉莉香にルカが言う。前にリーゼとお相手したことがあるという事で、総司令部が押し付けたのだろう。

 オデットがどう返答するか注目していたところに、通信機から拍子木の音が響いて来た。

 「なに?」

 そして、メインスクリーンには三色の幕に舞い散る華吹雪の映像が流れる。

 

 ――『絶景かな、絶景かな!!』――

 

 思わず茉莉香は、船長席で盛大にずっこけた。

 スクリーンに現れたのは、大キセルを手に持ち金地に紺色褞袍という、ド派手な装束のリーゼ・アクアだった。

『銀河の眺めは値千金とは小せえ、小せえ。このリーゼには値万両。もはや赤色巨星も西に傾き、誠に恒星(ほし)の夕暮れに帝国艦隊の盛りもまたひとしお。はて、うららかな眺めじゃなぁ!』

 流れるような銀髪を大毛玉のような百日蔓にして、キセルをかざして艦隊群を望む仕草。

 これには第五艦隊側も驚いた。総司令部から白鳳海賊団を名乗る一党の頭目がリーゼだとの報告で、皇女が海賊姿で現れることは覚悟していた。しかしこの出で立ちは想像を絶していた。

 『…いったい、何という…』

 オープン回線のまま、フリードリヒ・フォン・カイデルは絶句した。これが全艦艇に流れている――。

 『それがし、元は大帝国の皇女リーゼと申す者。』

 『ひ、姫様。兎に角お引き下さい、このままでは、こ…攻撃せざう負えなくなります』

 気を取り直して老将フリードリヒ・フォン・カイデルは言うが、微妙に噛んでしまっている。それに構わずリーゼは続けた。

 『本国に母を残し、白鳳に渡りて反逆を企て、今月ただいま露見なし、

 たとえ空しく相果つるとも、

 この銀河に在りし悪の思惑を海賊を頼りになにとぞ尋ね出し、

 わが存念を語り、力を合わせ、ステラスレイヤーを討ち取るべきものなりぃ~』

 口上を述べて大見栄を切る。

 「これって、総司令部も見てるわよね…」

 恐る恐る茉莉香が聞いた。

 「総司令部だけじゃねえ。あの悪童どもがそれだけで満足すると思うか? 絶賛銀河中継中だ。」

 そう言って百目が銀河ネットの映像を茉莉香に回した。ヨット部が散々乗っ取りしているジーチューブだ。

 「親(女王)が見たら泣くぞ」

 眉を寄せてケインが呟く。

 「不敬罪ものね」

 ルカもボソッと言うが、帝国に宣戦布告している以上いまさら不敬罪もない。だがケインの親が泣くには茉莉香も肩を落とした。

 そして台詞はヨット部員たちに移った。

 『石川や 星の真砂は尽きるとも――』

 びっくりするフリードリヒ・フォン・カイデル。

 『や、何と!』

 そしてヨット部員とリーゼが合わせて言った。

 『世に盗人の 種は尽きまじ。』

 『巡礼にご報謝!』

 哀れ老将は、ショックのあまり椅子から転げ落ちた。

 「ちょ――、みんな何言ってんの~。もう海賊ですらないし!」

 茉莉香は船長席から立ち上がって叫んだ。

 これ見たら、女王、ぜったい娘をオデットに送ったこと後悔するだろーな、と思う。グリューエルもだけど、いちおー自分の立場というものを考えて欲しい。

 「おおおっ、濃密な電子妨害だ。奴さんたち腹括ったようだぜ」

 百目のレーダー・センサーに白くノイズが入った。宙域全体に強力な電子妨害の嵐。

 「大丈夫よん、しっかり見えてる。画面に靄が掛かる程度だわ」

 余裕の電子戦席。以前の弁天丸なら感度を上げようと迂闊に出力を上げると、オーバーフローして焼き切れてしまう所だが、今回チューンアップされた電子系はびくともしない。

 「みんなとのネット回線はどお?」

 茉莉香からの確認にクーリエはO.Kと指の輪を立てる。グランドクロスでやった時のようにネットを張っての共同戦線だ。

 その取り纏めを今回もクーリエがやっている。事前に取り決めたものではなく、集まった海賊船たちとのツーカーで自然とそうなった。歴戦の海賊は一度経験があれば仕事が早い。新たにやったことと言えば、オデットをネットに加えることぐらいだった。旗艦はオデットだが、実際の司令船は弁天丸という事になる。

 「ケイン。これまでと大分勝手が違うけど、操船しっかりお願い」

 弁天丸をはじめ今回集まった海賊船は、主転換炉の他に重力制御も装備している。

 「誰に言ってんだよ、オデットのクルーじゃないんだぜ。まああっちは大変だろうが」

 「その辺は大丈夫よ。半ば自動でするようにプログラムしてあるから」

 新たに補助推進に重力制御を組み込んだオデットだが、重力制御の難しい調整と操舵は自動で行えるようにしてある。攻撃時の戦術的な挙動は出来ないが、旗艦は戦闘の矢面に立つわけではないのだからそれで十分だ。戦闘は武装艦がする。

 「出力安定!」

 「重力波センサー感度良好」

 「兵装、シールド、その他戦闘に問題なし」

 「天気晴朗なれど、波高し」

 「宙域に問題あるも、航行に支障なし」

 頼もしいクルー達を船長席から見廻して、茉莉香は言った。

 「弁天丸、行きましょう。」

 

 兵装を持たないオデットを後ろに、二一隻の海賊船は第五艦隊に突進した。

 戦闘は三六〇〇万キロまで近付いたところで始まった。

 「敵の射程に入った。撃って来るぞ」

 「まだ有効弾は来ないわ。相手の有効射程ぎりぎりまで近付いて」

 口火を切ったのは、最も強力な砲を持つノイシュバンシュタインだった。

 光の速さで約二分の距離だが内惑星どうしの隣近所ほどはある。狙って当たる距離ではない。狙うには熱源か反射波が必要だが電子妨害でそれは効かない。光学照準もあるが、大きさが小天体クラスならまだしも、戦艦がいくら大きいといっても数キロの規模はない。

 敵の距離位置が正確に把握できない場合、精密挟叉砲撃で敵位置を測る。

 挟叉がだんだんと狭まり、砲撃の振動がびりびりと弁天丸に伝わって来る。

 そろそろ有効打も来る頃だが、いまのところ電子妨害は上手くいっている。エネルギー波の閃光が船体を掠めていくが一発も当たっていない。

 「オデットはどう?」

 砲撃の振動はオデットにもあるはずだ。乗り込んでいるのは、全員女子学生。

 「進行方向、速度そのまま。堂々としたもんだよ」

 百目の言葉に安心する茉莉香。流石はヨット部、初めての練習航海でのライトニングⅦから伊達に戦闘回数を重ねていない。

 「敵の砲撃にも躊躇いがある。まあ皇女が乗っているんだから仕方ないが」

 「あんまりためらうと、当たらないものも当たっちゃう事あるのに」

 敵砲撃をサーチしているシュニッツアに茉莉香が毒づいた。

 「そろそろ反撃するか? 距離的には十分だ」

 砲撃が大分近くなって来てシュニッツアは言うが、茉莉香はとどめる。

 「まだよ。どうせなら一撃必殺で行く。そのうち機動力がある遊撃艦隊が飛び出して来るわ。肩透かしを食らわせて、そのままどてっ腹にぶち込む!」

 第五艦隊プラント防衛艦隊は互いの距離を固めた魚鱗の陣形で進んでくる。砲撃密度も濃くなるが、それ以上に重力制御でシールドをたかめビーム攻撃を防御しているのだ。なにしろ相手は十倍の戦闘艦数、いわば巨大な壁だ。

 対する海賊船二一隻は、オデットを中心に散開して飛んでいる。

 「まだ有効打は出ないのか。密集陣での集中砲火だぞ、当たらない訳がない!」

 ノイシュバンシュタインの艦橋でフリードリヒ・フォン・カイデルは苛立って怒鳴った。

 「こちらの砲撃はことごとく避けられています。艦どうしの距離を取って挟叉攻撃を紙一重で擦り抜けています」

 「では、重力制御の防御ではないというのだな。」

 なんて奴らだとカイデルは唸った。これだけ濃密な砲撃を、あえて電子妨害と操舵で躱している。こちらも盛んに電子妨害を展開しているが、向こうが撃って来なければ意味がない。

 「反物質魚雷およびヒッグス粒子ミサイル攻撃用意、飽和攻撃で揺さぶりをかける。間髪を入れず遊撃艦隊突入で敵連携を断ち切る。」

 カイデルは相手の電子妨害が、連携を取り合って宙域の戦況把握をしていると読んだ。だから攻撃に当たりもせず隊列を乱すことなく向かって来る。ならばその網を破ればよい。乱れたところで隊列を整える時間を与えず各個撃破だ。

 ミサイル発射と前後して、主砲のビーム攻撃も熾烈さを増す。着弾までの足止めが目的だ。

 「敵さん、盛大にぶっ放して来たぜ。全部実体弾! おっ艦隊前翼に重力波増大!」

 百目からの報告に茉莉香は椅子から立ち上がる。

 「ミサイル着弾寸前に跳ぶ。引火性チャブ散布用意! クーリエ!!」

 「例のジグザグが来るわよ~。学生注目ぅ!!」

 クーリエは物凄い勢いでキーボードを叩き、重力波を見せた遊撃艦隊の突入予想進路を海賊船団の電子戦担当に送信する。

 『頂きぃ!』

 弁天丸が実体弾に効果の薄いチャブを撒いたことで、各海賊船の船長たちは何をするつもりかを悟る。

 二〇〇隻余りの戦艦巡洋艦から放たれたミサイルの飽和攻撃は、二一隻の海賊船目掛けて飛び、続いて遊撃艦隊の機動戦艦が猛烈なスピードで不規則なジグザグを描きながら向かって来る。予測不能な軌道もグランドクロスとやり合った海賊たちには既知のもの。

 ミサイル群が目標を捉えると同時に、盛大な火球がそこかしこに花開いた。

 「やったか!」

 カイデルはスクリーンに釘付けとなって椅子から身を乗り出した。

 爆発から半歩遅れて目標の海賊船に跳躍した遊撃艦隊から報告が入る。

 『海賊船消滅。しかし該当空域に残骸の反応もありません』

 「なに?」

 その途端、ノイシュバンシュタインに衝撃が走った。カイデルは椅子にしがみ付く。

 「どうした!!」

 ノイシュバンシュタインの艦橋にアラートが鳴り響く。

 「敵からの直撃弾!」

 「何だと!」

 ブリッジ士官からの報告に驚く。けたたましいアラートの中でカイデルは叫んだ。

 「被害報告! それと、敵位置の確認!」

 「被害…は、ありません。直撃位置は艦橋部分です。模擬弾と思われます。」

 「模擬弾……」

 また船体が揺らいだ。

 「今度はエンジン部分です! 直撃です! 被害はありません。航行に支障ありませんが、演習規約では本艦は大破してます」

 (演習規約だと? これは実戦だ。)

 なんて不謹慎なことを言ってやがる。弛んでいるにも程があると思った矢先、同様の報告が僚艦や他の二〇の艦隊群から入る。

 「ミサイルの飽和爆発はチャブによるものと思われます。海賊船の位置は、こちらの重力波と干渉し合って把握し切れません。どうやらジグザグに飛んで実体弾を撃ち込んでいる様子です」

 その間にも船体に断続的に衝撃が来る。戦闘機で空襲を受けているみたいだった。船体に穴が空くような重大な被害は出ていないが、レーダーやセンサー系には被害が出ている。それが索敵を余計困難にさせつつあった。

 このままではタコ殴りだ。だが、防空弾幕は意味がない。たいしたことはないだろうが僚艦に被害が及ぶ。戦闘機のような小型艇なら効果もあろうが、攻撃している相手も戦艦クラスなのだ。当たっても効果が薄い。

 「各艦散開。いったん戦域を離脱して体勢を整える。アンテナが駄目になる前に知らせろ!」

 たった二〇隻を前に、二〇〇隻の大型戦闘艦が跳んだ。

 「あ、逃げた。」

 戦域を離れた第五艦隊を見て茉莉香は言った。

 「さっすが帝国艦隊よね。実害が出ていなくても戦況をよく解ってる」

 艦隊群が旗艦の指示待ちで通信系統をズタズタにされる前に、さっさと動く。艦隊行動を取る各艦長もよく理解していて、迅速に従う。

 「やっぱ辺境と違って、中央の艦隊は規律がしっかりしてるなあ」

 サンピエトの艦隊がたった一隻のミューラに散々弄ばれた、髑髏星での戦闘を思い出していた。あの時は情報部のナッシュさんも一緒だった。その戦い振りは参謀総司令部にも報告が入っているだろう。

 「前も開いたことだし、そんじゃあ行きますか!」

 舵輪を握ってケインが陽気に言った。

「行っちゃって行っちゃって。チアキちゃんと黒髭船長さんに連絡。始めますと」

 弁天丸、オデット、バルバルーサの三隻が、ガーネットAのプラント目掛けて跳躍した。

 

 

 



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40話

 ガーネットAステラスレイヤー・プラントの前には、戦艦五、巡洋艦一二隻が展開していた。これが本来の直衛艦隊だ。ロキュータス級電子戦艦とマラコット級大型戦艦、タルボット級戦艦が三。一二隻の巡洋艦はすべてデアフリンゲ級機動巡洋艦という対艦戦闘専門の新鋭艦で揃えて来ている。二〇〇隻から比べれば僅か一七隻だが、強襲を目的とした戦艦から足の速い破壊工作船まで対応できる極めて強力な陣容だ。

 いまオデットを指揮する船長はチアキ・クリハラ。海賊船なので当然、お仕事の衣装(海賊服)を着ている。黒地をベースにしたゆったりした厚手のコートにカリビアンな海賊帽という出で立ちは、流れるような黒髪の彼女によく似合っている。父親が見たら感涙ものだ。

 「所定位置に就きました。これからオデットは潜航艇を降下させます。」

 手短にチアキが僚艦の弁天丸とバルバルーサに伝える。

 『オーケー、チアキちゃん』

 『こっちはいつでも行ける。お前の指揮で動けるなんて嬉しいよ。しかし、声だけってえのは、ちと素気無いんじゃないか』

 船長同士の通信に出なくてはいけないのだが、バルバルーサとの交信にはずっとサウンド・オンリーを通している。

 「今更、娘の顔拝んでどーする。それと茉莉香、ちゃんじゃない。通信終わり!!」

 ステラスレイヤー突入を前に、オデットの格納庫では小型艇の発進準備が行われていた。

 「彼方さん、気を付けて」

 ヒルデがヘルメット越しに特徴的な球体を持つ潜航艇を心配している。

 『ああ、行って来るよ。これが成功したら、僕の理論を証明することにもなるし』

 インカムから少年の声。

 「そんな実験のことより、危険を感じたらすぐに浮上するように!」

 『解ってる。何回も潜ってるんだ、危険は無いよ』

 「でも、重力操作で宙域は荒れているから…」

 『だからこそ潜るのさ――』

ちなみに二人の会話は、ここに居る船外活動中のクルーにもモニターしているブリッジにもまる聞こえである。

 その初々しい会話に、女子校のお姉さんたちから失笑が漏れている。二人は人前では顔を真っ赤にして否定しているが、関係まる解りだ。

 彼方少年が乗る超深々度亜空間潜航艇アドヴァジーレは、格納庫を離れ宇宙空間に出る。格納庫の扉が閉まって行くあいだも、ずっと潜航艇を見つめているヒルデ。

 アドヴァジーレはオデットから距離を取ると、小さなプレドライブの輝跡を残して亜空間に降りて行った。

 オブザーバー席にはジェニー・ドリトル。大人っぽいタイトなスーツに白鳳時代のパーカーを重ね着している。そこは、電子戦席に巣を掛けているリンも一緒だ。

 いつもはオブザーバーを兼ねた通信担当にグリューエルが就いているのだが、今その席に居るのはグリュンヒルデ。グリューエルはレーダー・センサーに回っている。

 その理由は、いま亜空に潜っている無限彼方と交信するためだ。思い詰めたような顔の妹に、さりげなく姉が席を譲ったのだ。

 これから亜空間の通常空間、浸航層、潜航層、中間層、深層、深々層と、幾層にも重なった亜空間を潜り亜空の深淵へと向かう。目指すはXポイント。Xポイントは、無限少年がこれまで見つけた地点は、ハーベック・オダ彗星などどれも荒れた宙域である。これがXポイントを見つけにくくしている原因でもあるのだが、無限少年は荒れた宙域にXポイントがあるのではなく、宙域の騒擾がXポイントを見つけ易くしていると考えた。Xポイントは亜空間のどこの底にもあるが、凪いだ亜空では亜空間層が固く安定していて深く沈みこんでいる。それが宙域が荒れることで亜空間が撹拌され、Xポイントが浮かび上がって来る。それでも充分深々度なのだが。

 いま、この宙域は重力操作で空間が掻き回され荒れた状態にある。人工的に造られた荒海だ。ここを潜ってXポイントが発見できれば、彼の推論は証明される。そして今回のミッションではXポイントが重要なのだ。

 「アドヴァジーレ聞こえますか?」

 少しの間を置いて返事が来た。

 『感度良好。亜空は予想通りうねっている。しかし操縦には支障ないよ。いつもの潜航と同じだ』

 順調に潜航を続けていることを聞き、チアキはクルーに言った。

 「じゃあ行くわよ。サーシャ、展帆!」

 直衛艦隊を目前にして、あえて的が大きくなる行動を取るオデット。しかし太陽帆が展開すれば電子戦の精度も上がる。電子戦担当リンの出番だ。

 「電子妨害、目いっぱい行くよー」

 オデットが帆を拡げたのを見て、弁天丸とバルバルーサは先行を開始する。オデットは機関推進を使わず帆船航行で、ゆっくりと後を追う。

 「ヤヨイ、重力推進システム」

 「出力安定。太陽帆の方にも重力波行けます」

 これから太陽帆船が重火器の攻撃に向かって突っ込んでいく。無謀としか言いようのない行為。第五艦隊の防衛線なら御目こぼしもあっただろうが、露骨に本丸を衝こうとする敵に手加減はない。向かって来る海賊船にエネルギー・ビーム派が十重二十重とやって来る。幾つかはオデットに当たっているが、華奢な太陽帆船でも支障なく航行を続けている。ただし、直撃は避けているが。

 「リーゼ、Xポイントの方はどう?」

 戦況を見つつチアキが通信席に訊いた。

 「まだのようです。通信も段々遅くなっていて…」

 途切れはしないが、ワンテンポづつ遅れて届く彼方の声がもどかしい。

 『深度一〇〇〇…中間層を通過…。……深度五〇〇〇…深々層……』

 「――まだ掛かるようね。」

 オブザーバー席のジェニーの呟きにチアキが注意を向ける。

「アイ、操舵細かく。そろそろミサイルも目いっぱい来るわよ!」

重力波シールドにビーム攻撃の効果が薄いことは、帝国艦隊側も知っている。これは敵の進行を規制する牽制攻撃なのだ。重力波シールドに有効なのは、あくまで実体弾。猛烈なミサイル群が続いて飛んで来る。

 それをアイが跳躍で躱す。着弾する寸前に、向かって来る複数の弾道を読んで時空跳躍を刻むのだ。相手のレーダー・センサーには、オデットの機影がジグザグでなく小刻みにぶれて、振動して飛んでいるように映っているだろう。アイの操舵術もさることながら、リンのサポートと自動化された重力推進システムに依るところが大きい。グランドクロスでは見られなかった重力推進の使い方だ。同様の動きは他の二隻の海賊船も見せている。

 直衛艦隊はリポートになかったその挙動に当惑した。散開しつつミサイルの弾道を交叉させるよう動きを取る。しかし、二〇〇隻と違って飽和攻撃が取れない。

 『よし、隙が出来た。艦隊はこっちで引き付ける。オデットはステラスレイヤーに向え!』

 ケンジョー・クリハラからの下知。

 『リーゼちゃん。コマンド宜しく!』

 弁天丸の茉莉香から通信。

 しかし通信席から船長への復唱がない。

 「三〇秒経過。ああ、彼方さんからの通信がない……」

 他からの通信そっちのけで、潜航艇からの声に全神経を向けているヒルデ。見かねてチアキが窘める。

 「あのね、心配なのは解るけど、深々度の亜空間なのよ。超光速通信でも届くのに一分は掛かるから。それと、一応戦闘中なんだから」

 そんなチアキの苦言も耳に入っていない。いつものクール・アンド・ニヒルな第八皇女は何処行った――。

 『…深度一五〇〇〇を突破…潜航限界深度に到達。アドヴァジーレ通常形態に……』

 入って来た無限少年の声に、パッと顔がほころぶヒルデ。そんな様子に、こりゃ駄目だ、とチアキはこめかみを押さえた。

 帆船航行中のオデットは遅い。這っているように遅い。それを置いてきぼりにして突出して来た二隻の海賊船に、直衛艦隊は気を取られた。

あまつさえ向かって来る海賊船は、派手にビーム砲を撃って来る。直衛艦隊も重力推進を装備しておりビーム砲は効かない。しかも最新鋭の戦闘艦だ、装甲も厚く直撃を喰らってもびくともしない。それが解っていても、これまでの戦闘のセオリー通りに動いてしまう。艦隊を二手に分けて、その二隻に向かって行ってしまった。――オデットに対してステラスレイヤーはがら空きになっていた。

 

 「やっぱ、長年の経験ってやつを切り替えるの、大変ねー。攻撃してくる方に目が行っちゃう」

 「え、そういうものなの?」

 ミーサの言葉に茉莉香が振り向いた。

 「船長は日も浅いから気が付かないだろうが、古参になればなるほど思考が固くなる。マニュアルに縛られ自由がきかない。軍隊ともなれば尚更だ、元々自由裁量が許される組織ではない」

 「まあ、そのお陰で、俺らは船長に振り回されっぱなしだけど」

 シュニッツアとケインが付け加える。言外に新米船長って言われている。

 「まあそのマニュアルって奴も、まだ頭に入ってませんので…」

 照れ隠しに頭を掻く茉莉香。

 「マニュアルなんて頼るものじゃないのよ。単なる参考に過ぎないんだから。新しい海賊は新しい戦い方をすればいいだけ」

 ミーサが気にしないという風に手を振る。

 「その方が面白いしな」

 「見えない方が先が楽しみ」

 「他の海賊たちも、絶対面白がってるな」

 笑いながら頷く百目やルカに三代目。

 「でも俺たち、これって帝国艦隊に、新しい推進システムでの戦い方をレクチャーしてる事になりはしないか?」

 チャブを使っての欺瞞、艦隊戦に向かないゲリラ的戦闘スタイル、外連味を使わない小刻みな重力推進の使い方、グランドクロスの戦闘データだけでは決して得られない実戦経験。それらを三代目は思い返して疑問に思った。

 「そうよ。だって実戦経験あるの、私たち植民星海賊だけだもの」

 それをあっさりとミーサが認める。しかし戦術は戦う者にとっては財産、何よりも大切なもののはずだ。

 「手の内晒すって…誰得だよ。相手に塩を送るようなもんだぜ」

 「だから手の内を晒すの。誰も得しない、最新の推進システムも絶対じゃないって解らせるために」

 ミーサに頷きながら茉莉香が付け加えた。

 「だって宇宙大学の注文が、ステラスレイヤーの破壊と技術の無効化だもん。ステラスレイヤーは超次元宇宙論と重力操作が不可分でしょ。プラントをただ破壊するだけじゃ駄目、こんなすんごい兵器技術持ってるんだぞーっていう考えをペシャンコにしなくっちゃ!」

 だから、あえて相手もこちらも無傷で済むようにやっている。私たち海賊は、普段は営業の海賊だなんて言われているけれど、帝国艦隊も辺境星系連合もやっていることは演習、所詮戦争ごっこと同じなんだと。

 「じゃあ、チャチャと済ませましょ。このあと辺境星系連合もお相手しなきゃなんないし」

 はよ次と言わんばかりに手を送る。

 「そんじゃ、スコアを稼がせてもらいますか。」

 「バルバルーサに負けるわけにはいかない」

 「あ、重力推進で宙域掻き回すの忘れないでね」

 通常推進でも十分やっちゃいそうなクルー達に、茉莉香が慌てて注文を出す。

 縦横無尽に宙域を駆け巡る弁天丸とバルバルーサは、全艦に模擬弾の命中マーキングを叩き込んだ。

 

 深度三〇〇〇〇、間もなく亜空の深淵に近い。深々層上部まで見られた通常空間からの重力震の影響もなく、あたりは静まり返っている。恐らく銀河系誕生の頃から変わっていない静寂の世界。

 ぼんやりと揺らぐ底に、小さくバツ印が見えて来る。無限彼方には見慣れた光景、Xポイントだ。

 「あった。思った通りだった…。」

 少年は父と共に荒れた宙域を彷徨い、亜空を潜った幼い日々を思い返していた。友達と遊ぶこともなく、そもそも友達というものが無かった少年時代。それが当たり前だと思っていた。父を失い、初めて学校というものに通って、友達同士で遊んでいる周囲の少年たちがあまりにも自分と違っていることに衝撃を受け、自分は父親の都合に振り回されて来ただけだったと思った。ただの道具にされたと父を恨んだ。

 それが、茉莉香さんやヒルデ、白鳳のみんなと出会った事で違うんだと気付いた。

 茉莉香さんは生まれてから父というものを知らない。ヒルデにも父親が居ない。ヒルデや姉のグリューエルは、自分たちは国家の都合で生み出された命だと言う。またそのように幼い時から育てられて来たと。でも振り回されてなんかいない。自分で考え決断し行動している。

 決断は、自分が選んだベスト。

 父さんが見つけたもの、自分の幼年期を犠牲にさせてきたもの、父さんが見たかったもの、いや父さんが自分に見せたかったもの。それを確かめたい気持ちを、あの言葉が背中を押してくれた。――そして、Xポイントを解放した。

 あの時、自分の幼年期は終わった。

 「…父さん。」

 そしていま、自分はXポイントの可能性を見たくてここに居る。

 『オデット、こちらアドヴァジーレ。Xポイントを発見した。これから最終形態に移行し、作業を開始する。』

 すーっと息を吐いて、フリントをキーボックスに格納する。

 多元モニターに現れる最終確認。

 『進みゆく魂。Trigger you have?』

 それに応える彼方少年。

 「Trigger I have!」

『意思を確認。フリントシステム起動、アームドリル作動開始。』

 アドヴァジーレはロボット形態になり、腕が高速で回り出す。亜空間の地殻に相当する境界面にある亀裂、その形状からXポイントと呼ばれる断層を励起させ、膨大なエネルギーを解放させる。一気に解放させると銀河系全体に影響を及ぼし、亜空間ハイウェイを生み出す。人と物の往来を盛んにさせる新たな道が出来る。これは自分が行ったが、本来は父の功績だ。

 そして今回、無限少年がやろうとしているのは、人工的に生み出したXポイントでエネルギーを調節利用しようというもの。成功すれば、恒星や転換炉システムに頼らない無限のエネルギーを手にすることが出来る。

 『オデットⅡ世、この通信回線をアドヴァジーレのアームに切り替えます。上手くいけば、行けます。いったん通信は終了します』

 そう言って、通信を切り替える前に無限少年は付け加えた。

 『ヒルデ。命綱無しでも、ちゃんと戻って来るから。』

 そしてアドヴァジーレとオデットの通信は切れた。

 「行くよ、アドヴァジーレ」

 無限少年は、レバーを引いて上腕をアドヴァジーレから切り離し、アームドリルはXポイントの亀裂めがけて降下していった。オデットとの超光速回線の糸を引きながら。

 

 プラントはそれ自体が要塞化され、自動で攻撃してくる。

 一二〇年前は黒鳥号が盾となりプラントに突入した。しかし今回はオデットただ一隻。

 しかしいまのオデットⅡ世=白鳥号には、黒鳥号に代わる盾がある。

 「さっすがプラント要塞だね。弾幕密度が半端ない」

 艦隊並みの斉射がオデット一隻に向かって撃って来る。リンは電子戦で対抗しているが、ミサイルの飽和攻撃を避け切れるものではない。

 「そろそろ苦しいわね。アンテナ帆がダメージ受ける訳にもいかないし。どう? 有効距離?」

 「充分行けます。攻撃してくる要塞を敵と認識しています」

 同じく電子戦席にいるリーゼから返事が来る。彼女のモニターには、私掠船免状が開いている。

 「帝国艦隊でも、皇女に歯向かう者は敵って訳ね」

 アンダーリムの眼鏡からニヤリと目が光る。

 「リーゼちゃん。コマンド宜しく!」

 チアキからちゃん付けで呼ばれて、なんが違和感を感じつつコマンドを打つリーゼ。正統皇統だけに伝わるコマンドだ。

 その途端、要塞からの攻撃がぴたりと止んだ。攻撃だけではない、プラントのすべての機能が停止している。弁天丸の時と同じブラックアウトだ。

 「うひょー、皇室家の『お黙り!』だ。効果抜群!」

 リンが目を見開く。

 プラントが沈黙したのを見て、弁天丸とバルバルーサが挟撃体制で突っ込んでくる。

 そしてミサイル攻撃。

 が、プラントは爆発しない。これも模擬弾だった。

プラントが攻撃されたのを見て、直衛艦隊も急速反転し駆けつけるが、これも皇室家の『お黙り!』で機能停止させられてしまう。これから起きることを、ただ黙って見ているしかない。

肝心の第五艦隊は、海賊船団との戦闘で体勢を整えようと第一線を離れ、ステラスレイヤー・プラントから距離が出来てしまっている。まんまと誘き寄せられてしまった。

 「プラントを精密サーチ。生体反応がないか確かめて」

 「生命反応なし。」

 「弁天丸、バルバルーサからも、生体反応は見られないとのことです」

レーダー・センサー担当のウルスラとナタリアからの報告。

 「完全に自動化されてるって訳ね。」

巨大なエネルギー波を送信するシステムなため、危険を避けてプラントは無人化されている。コントロールはロキュータス級電子戦艦で行うようだ。その電子戦艦のユーザー権をもぎ取ってプラントはオデットの手中にある。

 彼方少年が放ったアームドリルが、Xポイントに到達すると、オデットの重力推進システムのゲージが振り切った。そして超次元転送機関に火が入る。タニアでオデットの船首に取り付けられた単結晶衝角だ。

 「来ました。成功です。システム・オールクリア!」

 悲鳴に近いヒルデからの報告に、チアキはほっと息をついた。

 「ぎりぎりセーフね。これより突入を敢行する!」

 丸裸となったプラント正面にオデットが進み出る。

 「ハラマキ、ちゃんと質量計算と座標を間違えないでね。それと、くれぐれも変なスイッチは押さないように!」

チアキが火器管制の原田真希に念を押す。

 「解ってるよチアキちゃん。座標ガーネットA宙域0・0・0地点。質量ステラスレイヤー・プラントに設定。いつでもO・Kよ。」

ちゃん付けで指で丸を作るハラマキに、チアキの眉目が上がる。

 「て・ん・そ・う!!!」

チアキの掛け声と共に、オデットの太陽帆が輝き出し、光は船首に集中して、眩いエネルギーの光線がステラスレイヤー・プラントに放たれた。

光線が当たったステラスレイヤー・プラントは、全体が白く輝き、光芒の中で輪郭を薄れさせ、やがて光の弱まりに吸い込まれるように、恒星軌道上から姿を消した。

ステラスレイヤー・プラントは、単結晶もろともガーネットA星の中心に転送されて消えた。

プラントは恒星の重力で潰れ、核融合の熱で原子レベルにまで分解される。単結晶は残っているだろうが、まあ恒星に沈んだものを引き上げるのは困難だろう。

 

 



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41話

 「チアキちゃん、やったあ!」

 茉莉香はモニターに消えていくステラスレイヤーを見て歓声を上げた。

 「今の、統合参謀総司令部とギャラリーも、ちゃんと見ていてくれたかな」

 宙域をモニターしている百目に質問した。

 「ああ、一部始終を見ている。それこそ全銀河がネットでな。それに、戦闘開始からいる偵察プローブも健在だ」

 「じゃあ、辺境星系連合も見てた訳だ。これでステラスレイヤーを諦めてくんないかなあ…、元々の使い方に戻るって」

 期待を込めて言うが、大人は冷めている。

 「それは無い。一度手にした強大な力をそうそう簡単には手放せない。開発には大変なコストが掛かっている。それが非合法な手段ともなれば相当な額だ」

 「金勘定の問題じゃ無いと思うんだけどなぁ…」

 「大人は無駄なしがらみに捉えられて生きているもんだ。――俺達もだが」

 つれない返事に茉莉香は口を尖らせる。

 「その大人たちだが、任務に失敗した第五艦隊は、遮二無二向かって来るぞ。それこそ死に物狂いでな」

 「ええええ、そうなの? 護衛する対象が無くなっちゃったんだから、それこそ無駄じゃない!」

 シュニッツアの指摘に茉莉香が反論する。

 「無駄とわかっていても男には引けない時がある。面子を潰され、任務に失敗して、何よりも大切な誇りを傷付けられた軍人は、何をするか判らない。」

 「軍人の誇りって?」

 「経歴だ。」

 経歴ねえ…と、ゲンナリする茉莉香だったが、ミーサが続けて言った。 

 「撃沈と大破の違いを、楽して無駄を省くでは済ませられないの。お・と・な・は」

 

 ハインリッヒ・フォン・カイデル元帥は、呆然自失の状態だった。

 これまでの戦果はゼロ、しかしこちらの損害も無い。ただし護衛の対象を失い任務は失敗。

 それだけでは無い。損害はないが、これが実弾だったなら被害は相当なものだ。戦艦のほとんどが撃沈か大破、二〇〇隻の大艦隊は大半が行動不能になっている。軍事演習なら、こちら側は全滅判定を受けているだろう。皇女に手を上げるという、帝国軍人にあるまじき不本意を飲み込んで得た結果がこれだ。

 そして、直衛艦隊で見た衝撃。

 帝国の私掠船免状とは、これほどのものだったのか。それを最初から使わず、海賊船団は、始めは重力制御相手に通常動力で戦い、次に重力制御で縦横無尽に暴れ回り、最期に私掠船免状の威力を見せつけ、ステラスレイヤーはこう使うものだよと言わんばかりにプラントを消して見せた。

 これでは、帝国艦隊は生徒と同じだ。

 いや、確かに海賊たちは先生で、帝国艦隊は教えられたのだ。だが、それで良しとするのか?

 データは取れた。貴重な重力制御推進での戦術も得ることが出来た。だが、プライドはズタズタ、経歴もボロボロ。第五艦隊のナンバーズ・フリートとしての名は地に堕ちた。

 これ以上、失うものがあってはならない。そう、帝国艦隊の名誉だけは――。

「全艦に通達。これより本艦は電子戦とネットワークを遮断する。その上で、敵に体当たり攻撃を敢行する。もとより無事では済まないが、ここで一矢報いるにはこの方法しか無い。任務には失敗したが、ここで止めたら我々に帰る所は無いと思う。付いてくる者だけで良い。また、クローンで逢おう」

 老将は最終攻撃を決断した。しかし、重大なことを失念していた。クローンは全ての兵卒に用意されている訳ではないことを。

 

 「第五艦隊に動きあり! 回頭しこちらに向かって来る。ノイシュバンシュタインの目標はオデット!」

 「全部じゃないけど、二〇〇隻の殆どが、それぞれ海賊船に向かってる。レーダー波も無い。各艦の連絡は発光信号でって…、オデットの私掠船免状絵を警戒してスタンドアロンになってる!」

 「みんなに知らせて! 急いで!」

 百目とクーリエからの報告に茉莉香は緊張した。シュニッツアの『何をするか判らない』の言葉が頭を過ぎったのだ。そしてそれは的中していた。

 艦隊は撃って来ない。撃つにはレーダー・センサーが必要だからだ。だがその電波が出ていない。そのまま艦を砲弾にして直接肉薄してくる。

 「回避行動!」

 「回避出来ない。向こうは軸線をこちらの進行方向に合わせて来る」

 ルカからの報告にクルー全員が戦慄した。

 「特攻――」

 「冗談じゃないわ。乗組員の命を何だと思ってるんよ!」

 ミーサの呟きに、クーリエが低く警戒音を唸らせながら怒っている。

 茉莉香はマイクを引っ手繰って言った。

 「全乗組員に告ぐ。隔壁を閉じ弁天丸の中央に退避、衝撃に備えろ!」

 第五艦隊の衝突コースを回避しつつ韜晦している所に、オデットのチアキから通信が入った。

 「チアキちゃん! いま――」

 『ちゃんはいいから――。向こうが形振り構わず特攻仕掛けて来てるんでしょ、それならこちらの転送システム使えるんじゃない?』

 そりゃあ向かってくる相手を、ぱぱっと消してしまえれば簡単だ。

 「でも、いまから艦隊の質量計算するの無理よ。計測しているあいだに衝突されちゃう」

 はあーと、ため息を吐いて何言ってんのよというチアキ。

 『何のための被害判定よ。当たった攻撃と艦種、当たり所によって大破や小破が出るんでしょ、帝国艦隊相手に何度も軍事演習してるじゃない。演習に使う被害判定データ呼び出しゃ一発よ。模擬弾撃ったんだから、精密位置までマーキングされてるわ。――出来るでしょ、クーリエさん』

 あ、そうだったと気付く茉莉香。

 「いい手ねえ、十分使えるわ。でも転送させる前に、私からもお願いがあるの」

 『何でしょう?』

 「そっちの私掠船免状、使わせてくんない?」

 そう言ったクーリエの目は、怒りに燃えていた。

 

 弁天丸に回って来た私掠船免状の画面に、クーリエが何かコマンドを打つと、『終わったわよー』との返事とともに私掠船免状プログラムは閉じられた。何処かにハッキングを仕掛けたようだ。いま特攻を仕掛けて来ている第五艦隊ではない。第五艦隊は全艦艇がスタンドアロンしているからだ。

 「それじゃ、さっさとお帰り願おうかしら」

 全艦艇の位置と質量の情報入力を終えて、あとは転送場所の指定だけという所でジェニーが言った。

 「どこがいいと思いますか、リーゼさん」

 「やっぱり、お家がいいと思います。」

 リーゼの返事に、どっと沸くブリッジ。

 「ハラマキ、座標を『お家』に設定して。終わったら転送お願い」

 苦笑しながらチアキが言う。飛ばされた場所に気付いたら、第五艦隊は面目丸潰れだろうなと思いながら。

 「システム安定。」

 「エネルギー充填一二〇パーセント」

 「対閃光防御よし」

「波動砲…じゃなかった。超次元転送ビーム照射!」

 ブリッジに戦闘態勢のアラートもエネルギーゲージが上昇する音もなく、派手な発射音も轟かない中で、オデットの船首衝角から、白い閃光が再び発射された。

 先ずは向かって来るノイシュバンシュタイン。

 そしてオデットはビームを出しながら回頭しつつ、宙域を舐めるようにビームを走らせる。

 ビームが当たった艦艇は、次々と白く発光し、光の繭の中で輪郭を薄れさせ、この宙域から消えていく。

 ビーム照射が終わった後、ガーネットA星宙域に残っていたのは、赤色巨星と二一隻の海賊船だけだった。

 それと、一隻の潜航艇。アドヴァジーレ。

 仕事を終え、無限少年は無事、通常空間に帰還した。

『彼方さん!』

 格納庫で彼を真っ先に出迎えたのは、やっぱりヒルデだった。宇宙服で思わず抱き付いてしまう。抱き付かれた無限少年が戸惑っている。周りのクルー達もあっけに取られている。

 思わず取ってしまった自分の行動に、我に返ったヒルデは、ヘルメット越しで真っ赤になっているだろう。そして無限少年も。

 ブリッジに戻った彼方少年を、ヨット部員が歓声を上げて迎えた。並んで立つ無限少年とヒルデの周りに輪が出来ている。

 「よくやったよ」

 「ありがとう彼方君」

 「君の理論が証明されたね」

 「おめでとうございます」

 「おめでとー、結婚式には呼んでね」

 ねぎらいの言葉の中に、若干違うものも含まれていたが。

 そこに、弁天丸から通信が入った。茉莉香だ。

 茉莉香の顔が出ると、さっとヒルデからモニターに走り寄る無限少年。

 『彼方君、無事成功したね。これは父さんが目指したものと同じだけれど、違う道。あなたが拓いた新しい道よ』

 亜空間と超光速跳躍に依らない、人と物資の瞬間大量移動。これで銀河系の交通と輸送は大きく変わる。

 「はい!」

 彼方少年は、茉莉香の言葉に誇らしく返事した。

 そんな彼方少年に、グリューエルが近づいた。物凄く社交辞令な笑顔を浮かべている。

 「無限さん、ここがオデットで良かったですね。もしセレニティーだったら、いまのあなたの行動、キャサリン小隊長から査問を受けるところですよ」

 ぽつんと置かれたヒルデに目を遣って、何気に怖い事を告げた。

 

 

 白い光に包まれて、気が付くと別の宙域にいた。

 「何が起きた?」

 「ここは、何処だ?」

 あの赤色巨星の姿がない。海賊船も消えている。

 「位置と時間を確かめろ。宙域のサーチ、それと艦と艦隊の被害状況!」

 自分に続いて我に返った士官たちに、カイデルは指示した。

 事態を呑み込めない士官たちが、ぽつぽつと自分の持ち場で作業に入る。

「時間は+-ゼロ。時間経過は銀河標準時で正常です。」

 「ノイシュバンシュタイン、艦に被害はありません。システムに異常なし」

 「艦隊は、宙域に散開しています。被害はない模様です。」

 次々と報告が上がる。艦隊の艦艇からも旗艦に連絡が入って来る。

 「現在位置は――これは……」

 一等航海士士官が言葉に詰まりながら、宙域をメインモニターに映し出した。

 画面に出たのは――、

 行き交う沢山の輸送船や客船。

 係留している軍艦の姿。

 そして見慣れた、巨大な宇宙ステーション。

 ブリッジの全員がその光景に絶句した。第五艦隊の母港、ポルトセルーナ基地だ。

 「強制的に、帰還させられたという訳か…」

 いつもと変わらぬ風景を目にしながら、カイデルは力なく椅子に沈み込んだ。

 「ステーションから事態の説明を求めてきています」

 通信士官が、どうするかと質問して来る。そりゃ第五艦隊二〇〇隻が、連絡もなくプレドライブ現象も無く、いきなり出現したのだから、向こうも相当戸惑っているだろう。しかし、いまのカイデルにはそれに応える気力もない。

 「これが、ステラスレイヤーを、ガーネットAに沈めた転送というやつか。」

 向こうがその気なら、艦隊ごとあの恒星に転送することも出来ただろう。初元入力が済んでいるのだからその方が容易い。

 「なんて奴らだ。」

 カイデルは呟いた。それをわざわざ此処に入力し直して飛ばした。――第五艦隊が傷付かないように。

 「流石はリーゼ様だ、――完敗だ――。」

 

 後日、核恒星系の統合参謀総司令部に呼び出されたハインリッヒ・フォン・カイデル元帥は、事実説明のあと将軍に降格させられた。任務失敗が理由だが、元の提督に戻っただけだ。

 そして事の顛末を女王に報告するために、セナートの聖王家王宮に参内した。

 謁見の間では、帝国艦隊の最高司令長官、戦時総督である侯帝陛下も臨席していた。

 二人を前に、老将は今回の経過を報告し、第五艦隊の失態を詫びる。

 女王は任務失敗を詰るどころか、カイデル及び第五艦隊にねぎらいの言葉を送った。

 「何よりも、艦隊の将兵を一人も失うことなく、帰還してくれたことを嬉しく思います。」

 その言葉に、老将は耳まで赤くなった。帰還させたのはリーゼ様だ。自分はあの時、艦隊もろとも特攻するつもりでいた。

 そして女王は続けた。

 「銀河帝国の記憶バンクがハッキングを受けていたのです。あのワイルドカードと同じ、私掠船免状によるものでしょうね。記憶情報の上書きや呼び出しは出来ませんでした。」

 ではあの時死んでいたら、自分の人生は終わっていた?

 老将は青くなった。そしてはたと気が付いた。自分や士官たちにクローンは用意されているが、多くの兵士にはそれがない事に。

 政府や大企業の最重要人物、及び危険な任務に就く者にはクローンが用意されている。もし本人に何かあった場合でも滞りなく業務や任務を続けられるようにだ。政府機関ともなると、他人に引き継げない個人だけが知る機密情報もある。外交や交渉事でそれを失う訳には行かない場合もある。

 クローンを持つ人物またはクローンは、就寝時に一日の体験を情報として記憶バンクに送信する。個人の命そのものであるから、記憶バンクは帝国でも最高ランクの機密に位置付けられ厳重に管理されている。利用に煩雑なことはなく、ただ寝るだけで送信機となっている枕から情報が送られてバンクに上書きされる。危険な任務に就いている場合は二四時間リアルタイムでモニターされている。それで、いつどこで肉体が消滅という事態になっても、容易にそれまでの記憶を引き継いだクローンと入れ代われるのだ。

 従ってクローンを持つ人物またはクローンは車を乗り換える気軽さで自分の命を扱える。尤もそれは人命の警視にもつながるという事で、クローンへの引継ぎは三回、特殊な任務においても五回までという上限が設けられているが、それでも命は一回限りからすれば気安さは否めない。

 「今は復旧していますが、この機会にクローンのあり方を考えてみても良いのではないかと考えています。命というものについてです。有識者に諮問していますが、私は記憶バンクを廃止すべきだと思っています。」

 政府や大企業の最重要人物にクローンは用意されているが、女王をはじめ、聖王家にはいない。歴史に『やり直し』などというものは無いからだ。老将は、ただただ平伏した。

 カイデルが退席して、近習たちも居なくなった謁見の間で、女王と侯帝は二人きりになった。

 「女王よ」

 侯帝は今の報告を振り返りながらいみじくも言った。

 「世継ぎは自分の責任を果たした訳だな。帝国が犯そうとしていた過ちを、皇家の者が正した」

 「そうですね。リーゼは良くやってくれました。国民の不安に応えて配備したステラスレイヤーですが、幸い使わずに済みました。この意味を辺境星系連合も汲んでくれると良いのですが…」

 「まあ無理だろう。いきなり身の丈を越えた武器を手にしたんだ。その責任まで考えは及ぶまい。だからこそ海賊に期待するのだが――」

 半ば諦めにも似た、愁眉の相を浮かべる侯帝。

 「…ええ…」

 女王もそれに同意する。

 「今回は、帝国艦隊と海賊の双方に被害が出なくて何よりでした。」

 「被害なら出ているぞ、いや今まさに進行中だ」

 自らを慰めるように言葉少なく言う女王に、侯帝は反論した。

 女王は驚いて問い質した。

 「辺境星系連合のステラスレイヤーが、何かやったのですか!?」

 そんな報告は受けていない。

 「いや我が家だ。うちの孫がな、あれ以来、『絶景かな 絶景かな』と、テーブルに登っては言いおる!」

 一応、煩わしいと言いたいのだろうが、侯帝の顔は思いっ切り惚気ていた。

 

 

 これから辺境に向かう弁天丸。海賊船団の戦勝祝い(どんちゃん騒ぎ)は無い。

 まだ辺境星系連合との艦隊戦が残っている。皇女に対する気兼ねがない分、こちらの方が難しい。浮かれている場合ではないのだ。もっとも旗艦(オデット)の方は、何かと理由を付けて騒いでいるだろうが。

 「今頃オデットでは、無限君を囲んで祝賀会だろうね。船長、行きたいんでしょ」

 ニヤニヤ顔でクーリエが誘う。

 「まあね。でもクーリエ、オデットの私掠船免状使って何やったの?」

 「ちょっとした警告よん。記憶バンクを一時的に凍結させたの」

 「記憶バンクって、あのクローンの? 帝国銀行並みの超SSS防壁よ!」

 「自分が死んでもデータとして引き継がれる。だから無問題なんて思ってる奴らに、あのトーヘンボクも含めて思い知らせてやったの。クローンだか何だか知らないけど、今そこに居るあなたは、他の誰でもないあなた自身なんだかんねって!」

 そもそもあの私掠船免状は、敵対する艦艇を乗っ取るために使われるもの。それを帝国政府の機関に使うって、それじゃあ丸っ切りワイルドカード。ってクーリエ、ワイルドカード作っちゃったの!?

 「作ってません。私掠船免状を窓口に利用しただけです」

 同じことのよーな気がする。という茉莉香の視線に、ぐるぐる眼鏡は涼しい顔。師匠が弟子に後れを取る訳にはいかないのだろう。

 「それはそうと、リーゼちゃんの口上のお陰で、私たち海賊だか盗賊だか判らなくなってるんだけど、海賊部長としてはどうするつもり?」

 腕組みしながら、背後からミーサが聞いて来た。

 「いやあ、あはははは。」

 どーすんだよと思いながら、笑って誤魔化すしかない。

 「しっかり手綱を握っといてね。部長なんだから」

 「はい、善処します。」

 しおらしく返事をする加藤茉莉香。

 「盗賊って言やあ盗人だろ。まあ海賊もそうなんだが、今回、俺達は何を盗ったんだ?」

 三代目がクルー達に訊ねて来た。

 「壊したもんなら、ステラスレイヤーに帝国艦隊のプライドだろ。何も盗っちゃいねえ」

 「一文の得にもなんないもんばっかし!」

 「まあ、向こうさんには得難い経験が手に入った。重力推進システムの闘い方だ」

 重力制御は艦隊戦には不向きな物。むしろゲリラ戦で効果を発揮する。

 ――結局、請け負った注文は半分果たしたが、まだ実利にはなっていない。訝るなかで、ケインがしたり顔で言った。

 「何を盗ったか? そりゃあ『貴方(帝国)の心です。』だろ!」

 ブリッジがしらける。

 思いっ切り滑ったケインだったが、一人だけ反応してくれた者がいた。三代目だった。

 「それ先週の金曜日にやってたやつだろ!」

 「そうそう。ドロボーが、お姫様を悪者の手から救い出すってやつ!」

 意気投合する二人に、何よそれという目を向けてる女性陣たち。

 「ヒロインがいいんだよなー」

 「楚々としていて、可憐で、悪巧みなんかかとは無縁という感じでさ。まさにお姫様!」

 うんうんと頷きながら話に花を咲かしている二人に、茉莉香が注文を出した。

 「あのー、解ってると思うけど、この海賊団にもお姫様が居るから。しかも三人」

 「今の言葉、聖王家とセレニティーを敵に回したわよ。あなたたち」

 冷たくミーサが突き放し、ぎくりとなるケインと三代目。

 「帝国情報部と連合王国枢密院から刺客が送られる。」

 「三角頭巾を被った暗殺者が、鉄爪をワシャワシャいわせながら取り囲むわよ~」

 ルカの一言に続いて、クーリエが指を鷲掴むようにくねらせて言う。

 「なんだかんだ言って、お前らも見てんじゃんか!」

  そんなクルー達に、コホンと咳払いをして、茉莉香は言った。

 「これからもう一仕事です。これをやんなきゃ意味がない。上手くいくかは運任せってって言うけど、そうも言ってられない。目指すは辺境宙域、辺境星系連合と銀河帝国との緩衝地帯よ!」

 おうと、クルー達が持ち場に就く。

 「さあ、海賊の時間だ!」

 

 



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42話

 銀河系を巻き込む全面戦争の危機を目前に、――実は大艦隊同士の激突が起こっていないだけで、加藤茉莉香茉が宣戦布告した時点で銀河大戦は始まっていたのだが――、大きな問題が銀河系の命運に立ち塞がっていた。

 それは、銀河大戦の中心にいるのが、女子高生達だということだ。一部には中学生も混じっている。学生の本分は勉学である。定期試験は、宣戦布告が中間考査後の十月十日に行われた事でクリアされているが、いくらこの航海(戦闘行為)が練習航海(という名の実戦)であったとしても、勉強をしなくていいことにはならない。だいいち出席日数に響く。

 そこで白鳳女学院が執った手は、『出席日数は練習航海を部活の遠征扱いとし出席と見なす。ただし、単位は座学レポートを提出すること。』である。

 幸いオデットには、教員資格を持った宇宙大学の学生が二人もいる。リンは入学したてだが、卓越したハッキングの知識から、高校数学程度ならという限定で特別に認められた。ジェニーは文科系全般である。生物化学は保険教師のミーサがいる。体育は顧問をしていたケインだ。数学や地学はどうしたかというと、なんと無限彼方が担当した。彼は年少ながら宇宙大学の客員講師である。亜空間を潜航しXポイントを研究する彼の物理や地学の素養は伊達じゃない。幼い頃から父である無限博士に叩き込まれている。一種の英才教育だ。

 そこでいまオデットのブリッジでは、ジェニー、リン、無限少年に、弁天丸から出張して来たミーサとケインによって、集中特別講義中である。茉莉香も参加している。何しろオデットがいま白鳳女学院だからだ。

 入れ代わり立ち代わり講師が立ち、生徒たちに容赦ない詰め込みが行われる。

 「和歌とソネットとの特徴的違いは何? 言葉が違うじゃ許さないわよ。それと古今和歌集は当然暗記してるわよね?」

 「いいか、数学はいかに楽をして大きな成果が得られるかだ。どうだ、お前たちにピッタリだろ? ハッキングは向こうの暗号を読み裏をかくことだが、暗号には数論や代数幾何、離散数学が必須だ。離散数学なんかは行列,集合,順列組合せ,論理と証明,帰納法と漸化式、数列などが総動員される。みんなお前たちが習ってきたものばかりだぞー。負けたくなかったら、苦労してでも楽を見つけろ!」

 「今の時代、二重螺旋での遺伝情報だけでは済まないから。遺伝子組み換えにおける最も基本的な概念は? はい、茉莉香さん」

 「健全な精神は、健全な肉体に宿る。これは五体満足という意味じゃないぞ。常に切磋琢磨し己を鍛えるという意味だ。コンジョー!」

 「確率論には古典的確率論と公理的確率論がありますが、基礎概念では、標本空間とその部分集合のうち特別に選んだものを事情と言って、集合上で定義された実数値関数でF可測であるものを確立定数と呼ぶ……て、皆さん。ついて来てますか?」

 目が点のヨット部員。これではブラックばばあの補習の方が(今年から授業を持っていないが)数段ましだ。特に年下の無限少年から講義を受けるのが辛い。一人、ヒルデは楽しくて仕様がない様子だったが。

 

 『だあ~疲れた――』

 茉莉香とミーサが同時に椅子に倒れ込んだ。茉莉香は教わる側で、ミーサは教える側でだ。

 「やっぱ、女子校の教師なんてやるもんじゃない。解ってははいたんだが――」

 ケインもげんなりしている。

 「特別ボーナスに目が眩んだんでしょ」

 クーリエが見向きもせずに言い放つが、ケインは言い返せない。事実、白鳳女学院(のスポンサーであるジェニー)から魅力的な報酬が提示されたからだ。

 「でも何で、あらゆる方法を使ってサボろうとするのよ、あの子達…」

 「まああのリンの後輩だからな。あいつらリンの『いかに楽をして大きな成果が得られるか』で目を輝かせていたぜ。喩えを実践しちまうんだもんな~。参ったぜ」

 「遺伝情報のレポートを書かせたら、二重螺旋を∞で閉じた図だけで提出した子もいたわ。あながち間違っていないけれど。――ねえ船長。ヨット部って、普段どんな活動方針でやってるの?」

 「活動方針と言われましても…、いかにサボるかです。はい…」

 一日五時限のスパルタ講習に加え、部員たちの気ままな行動に、心底疲れた茉莉香が力なく言う。まあ、去年までの時自分もそうだった。それを纏め上げていたジェニー先輩やリン先輩の凄さが解る。

 「シュニッツア、体育教師代わってくれ。ボーナスぜんぶ渡すから…」

 「いや、断る。」

 ケインのたっての頼みも、すげなく断るシュニッツア。ケインのやつれ様から、本能が警報を鳴らしている。女子高教師はジャングルでの撤退戦より過酷だという事を。

 植民星の海賊船たちは、オデットを先頭に、現在、辺境の緩衝地帯に向けて進出中である。

 第五艦隊との戦闘を終えて、海賊団は統合参謀総司令部に向けて電文を送った。

 

 『ステラスレイヤーは破壊させてもらいました。これより、辺境星系連合のステラスレイヤーも片付けます。銀河統一も独立も、殲滅兵器は必要ありません。正義の海賊は、相互確証破壊などという考え方に鉄槌を加えます。』

 

 これをわざわざ平文で打った。聞き耳を立てている相手にも聞かせるためにだ。

 二一隻の海賊船は、刻むように超光速跳躍を繰り返し、派手にプレドライブ現象を起こしながら辺境に向かっている。特にステルスもかけていない。盗み見している相手に現在位置を知らせるためだ。

 何故そんな目立つ行動を取るかというと、見せびらかすためだ。第五艦隊との戦闘は辺境星系連合も掴んでいる。戦域に展開していた無人プローブがその証拠だ。恐らくリアルタイムで観ていただろう。その他にもギャラリーが一人。

 「ねえ、まだピケット(斥侯艇)は居る?」

 百目は戦闘開始からずっと宙域をモニターしている。

 「ああ、戦域をかなり離れているのに、奴さんずっと張り付いてる。」

 よしよしと頷く茉莉香、余程演出が効いたと見える。派手なやり方で一〇倍の戦力を消し去って見せたのだ。アピール度は満点だ。さしずめスタンディングオベーションという所か。

 「でも誰なんだろう」

 小首を傾げた。とっくに無人プローブも消えたのに、単独で追い掛け続けている。その様子から、こちらが監視していることに気付いてないらしい。よっぽど自分のステルスに自信を持っているか、或は他に目的があるのか。事実、タニアでチューンアップされていなかったら見落とすほどに微弱な反応だった。

 やがて辺境との緩衝地帯に近くなると、そのギャラリーも消えた。

 何度目かの跳躍ののち、水素原子もまばらなオケアノス宙域に到着した。辺境星系連合との国境地帯、ここが最初の目的地だ。

 「着いたぜ、オケアノス7187g3。緩衝地帯だ。」

 百目がコントロールパネルを確認する。元々オケアノス宙域はグレーゾーンだった。帝国の法律もここまでは届かない、そこに海賊ギルドが目を付けて活動の場としていた。帝国が海賊ギルドの存在を認めたために帝国領内に組み込まれたが、ギルドが参加している白鳳海賊団が銀河帝国に宣戦布告して、また緩衝地帯に戻された。

 「前方に重力波反応、質量から要塞と思われる。――出て来る。」

 空間サーチするルカが知らせる。

 何もない空間の、二一隻の近距離に、球形の巨大な要塞が出現してくる。

 特徴的な眼窩のように見える二つの穴、髑髏星だ。

 茉莉香にとって、ここを訪れるのは四度目になる。一年前と一二〇年前と、数か月前にそして今回。

 『こちらスカルスター管制。そちらのトランスポンダーは確認しました。オデットと弁天丸は、右桟橋のアップサイド・オープンポートに入港して下さい。他の海賊船は錨泊空域で停泊をお願いします。修理等が必要な船があれば申し出て下さい。ダウンサイドのクローズドポートで整備ドックが使用できます。――オリオンの腕の海賊団の皆さん、ようこそ。』

 通信画面に出たオペレーターの対応は、ずいぶん友好的なものだった。

 「あっらー、前とは全然違うわね。スカルスター周辺空域での戦闘は厳禁、挑発行為でも戦闘と見なすから極力穏やかな飛行を、なんて警告してたのに」

 クーリエは、以前来た時との変化に驚いた。茉莉香たちとサイレントウィスパーで訪れた時には、「変な動きを見せたら、即撃つぞ。」とホールドアップを噛ませてきたのだ。

 「そりゃ帝国艦隊と、『軍事演習』っていう接触のあとに乗り込んで来てたんだから、警戒するのも当たり前よ。けれど今は、こちらとは同盟関係。それ以上に、海賊ギルドに長年掛けられていた濡れ衣を、オデットが晴らせてくれたって事が大きいようね」

 ミーサの意見に、そうなんだと思う茉莉香。けれど、リーゼを白鳳に送り届けるよう手配し、『ルビコンを越えろ』と檄を飛ばしたのはミューラだ。

 オデットと弁天丸は、髑髏星の右側の眼窩に進入し、揃ってエアシールドの桟橋に着けた。

 桟橋はオデットと弁天丸が並んで接岸できるほどに大きい。他にも幾つもの大型船が、対岸や上部の桟橋に接岸している。その中には、深紅のキミーラ・オブ・スキュラやピンク色の愛の女王号の姿もあった。

 茉莉香ら弁天丸の乗組員とオデットのクルーたちは、宇宙服無しで桟橋に降り立った。

 いま入港して来た大きな入口の向こうに、宇宙空間が見える。港はほぼ無重力で、ポンと跳躍しながら、巨大な空間のなかで行き交ったり作業する人の姿が見える。

 エアシールドの解放型宇宙港は、開発星のステーションや古い宇宙港にありがちな、淀んだ空気は無かった。見た目はガントリークレーンやロボットアームが剥き出しで雑多な印象を受ける宇宙港だが、機械や油の臭いがしない。中央やポルトセルーナのような大型のジャンクションで見られる地上と同じような澄んだ空気だ。これだけでもかなりな設備が施されている港だと解る。

 桟橋には、白鳳ヨット部に続いて、連絡艇で乗り付けた海賊たちが続々と上陸してくる。

 桟橋に降り立った茉莉香たちを迎えたのは、ミューラ自身と姉のマイラ、そしてクォーツ・クリスティアだった。

 「来たわね、茉莉香」

 「はい。帆船レースではお世話になりました」

 「――見たわよ。リーゼにあそこまでさせるなんて。叔母としては、ちょっと言いたいことがあるわね。あなたの学校のヨット部は、普段どんな方針で部活動しているのかしら」

 いきなりのジャブである。部長として、『あれは私も知りませんでした』とは言えない。

 「お前さんも、大分海賊ってものが分かって来たようだねぇ。でも、何だい?あの衣装は。海賊じゃないじゃないか。まあ派手で良かったけどさ。でも、演出が足りないねぇ」

 今度はミューラからストレートが来た。

 「…は。はは……」

 乾いた笑いで堪える。

 「まあまあ二人とも、それぐらいにしてあげなさいな。――そう、あの子。まだ小さいのに海千山千の男共を蕩かしてあしらっていたけれど、セレニティーの皇女だったのね。誰の影響なのかしら。聖王家の世継ぎをあのように化けさせたのも貴方なの?凄い手練手管だわね。ねえ貴方、愛の女王号を継いでくれない?」

 ここで必殺のアッパーカット炸裂。とんでもない誤解の嵐に、茉莉香はマットに沈むしかない。

 髑髏星に来た理由は、ミューラと合流することもあったが、ここで辺境星系連合の情報を得てこれからの行動を擦り合わせるためだ。闇雲にステラスレイヤーに向かっても、相手の戦力が判らなければ危険極まりない。

 『ザ・海賊会議!・イン・スカルスター』というところか。

 海賊会議は、髑髏星にあるパレスホテルで行われた。ここが訪れた海賊たちの宿泊所にもなっている。会議は船長らで行われ、会議が終われば、乗組員全員参加の大宴会だ。

 オデットからはチアキと海賊団総帥の立場のリーゼ、そして各海賊船の船長。ギルドからはミューラと、オブザーバーとしてマイラ。黄金髑髏はクォーツひとりで鉄の髭は来ていない。

 「よく集まってくれた。辺境海賊ギルドは、あなたたちを歓迎する」

 会議を仕切るように、ミューラ・グラントは、その鋭い目で全員をねめるように見渡しながら言った。

 「歓迎するのは俺達の方だ。よく白鳳海賊団に参加してくれた。ギルドに集まったんじゃなく、あんたらの方が来てくれたんだ。」

 何でも見通す目を平然と受け流しながら、バルバルーサのケンジョーが釘を刺した。

 「ギルドには数千隻もの海賊が所属していると聞いたが、いまここに居るのがキミーラ・オブ・スキュラと愛の女王だけというのはどういうことだ?」

 クルップ侯爵がワインを傾けながら質問する。

 「知っての通り、ここは辺境星系連合との最前線だ。宣戦布告となる前から、海賊ギルドは連合とは険悪な状態にある。越境攻撃も頻繁に受けており、たいした装備を持たない海賊は、いまギルドを離れている。戦力は総勢一二〇〇隻といった所だ。それで防衛に対処しなければならない。――今回の遠征は、私と姉だけで十分だ。ミューラは強いからな」

 そう言って凄みのある笑みを浮かべる。

 「まあ、こっちも消し飛びそうな二一隻だがな。でも十分強い」

 それは強がりでも何でもなく、第五艦隊の精鋭二〇〇隻あまりを散々引っ掻き回した実績がものを言っている。キミーラ・オブ・スキュラも、以前サピエント自治軍の艦隊をたった一隻で撃退していた。しかも帝国の諜報部員を前に手の内を晒したくないからと適当に手を抜いて、相手を本気にさせずに諦めさせて追い払った。

 「グランドクロスを忘れてもらっては困る。重力操作には一日の長があるフネだ。戦い方は君たちを参考にさせてもらう。跳躍推進を攻撃でなく防御に使うとは中々面白かったよ。田舎の海賊も侮れない」

 ツンとすました顔でクォーツ。

 「あのー、鉄の髭さんは参加しないんですか?」

 そう茉莉香が訊いた。

 「アイツは勝手気儘に動いている。いまは連合の動向を確かめているかな。正面衝突になれば戦いに参加するかもしれん、だそうだ」

 自由行動で行くらしい。

 「戦うったって、重力操作も無い艦でどう行動するつもりなのか…」

 「えっ、改造してないんですか!?」

 「勘が鈍るとか言って宇宙大学には立ち寄っていない。いったい何考えてるんだか分らん。」

 あいつのことなんか知らんと、話を放るクォーツ。

 「さて、今後の作戦なんだが、どう動く?」

 話を作戦会議にミューラは戻した。

 「敵の戦力は、どうなってる」

 「軍事衝突がまだ無いからな。総勢一七〇〇〇まるっと残っている」

 総数一七〇〇〇という事は、初めて銀河帝国に現れて見せた一五〇〇〇隻の大艦隊は、その戦力の殆どだった訳だ。残りの二〇〇〇隻余りは補給艦や星系の哨戒部隊。

 「辺境星系連合は、一五〇〇〇の戦力を六つに分けている。二〇〇〇を五つと五〇〇〇、二〇〇〇づつが各星系の防衛に、五〇〇〇が進出して来た帝国とやり合うって算段だ。」

 ミューラが敵戦力の情報を説明した。

 「最初に喧嘩売って来た割りには、専守防衛に徹した布陣だな。しかし、第七艦隊相手に五〇〇〇てえのは力不足じゃないのか?」

 その布陣にウィザー・スプーンが疑問を差し挟む。

 「ステラスレイヤーに賭けているのだろう。そのステラスレイヤーの護衛に二〇〇〇を割り当てている」

 「そのステラスレイヤーの位置は解っているんですか?」

 茉莉香が質問した。これからぶっ壊しに行く場所だ。

 「ああ、七つ星連邦の主星に設置されている」

 「自分とこの母恒星に!?」

 茉莉香は、驚いて素っ頓狂な声を上げた。超兵器はいちばん狙われやすい対象だ。それをわざわざ母恒星に置くなんてどうかしてる。遠距離攻撃されたらどうするつもりだ。例えば帝国のステラスレイヤーなんかに――。

 「だからこそ人口密集地に置いたんだ。人口が密集する場所に遠距離攻撃仕掛ければ大変な被害になる。そうなれば、後は全面的な殲滅戦突入しか選択肢がない。それに、ステラスレイヤーのリスクを自らが負うことで、連合の信用を得る意味合いもあったのだろう」

 銀河帝国がステラスレイヤーで相手のものを攻撃しても、そのリスクに合う効果は得られない。そのまま殲滅戦に移っても戦力に勝る帝国側が勝利するだろうが、銀河帝国も大きな痛手を被る。そして帝国の威光は地に堕ちる。

 「銀河帝国だってそうよ。何故ステラスレイヤーをガーネットAに設置したのか、周囲に何もない宙域で基礎データも揃ってることもあったけど、そもそも宗主星があそこにアレを置いたのは、植民星側を灼くためだったのよ。あそこがステラスレイヤーで攻撃されたら、帝国版図にある旧植民星は全滅、近隣にある星系だって只じゃ済まない。その中には、有力なセレニティーだってある。――そのまま殲滅戦に移行よ」

 チアキが耳打ちした。だから、双方ともに長距離攻撃できない。

 「超兵器の傘…」

 まさに相互確証破壊の考え方だ。でも間違っている。

 「ステラスレイヤーを沈めるには、近距離から精密攻撃するしかない。しかしそれには敵の中枢域に突入する必要がある。当然守りも分厚い。さっき二〇〇〇は星系の防衛に当たると言ったが、それとステラスレイヤーの守りの二〇〇〇とは別だ。つまりステラスレイヤーは四〇〇〇の兵力で守られていることになる」

 それに引き換え、こちらはたったの二四隻。二〇〇〇でも無謀な差だというのに。しかし、ミューラは言った。

 「二〇〇〇だ四〇〇〇だと言っているが、所詮烏合の衆だ。各星系からの寄せ集め艦隊だよ。中心となる七つ星連邦は各方面に艦隊を振り分けている。他の星系軍も同様だが、自分の星系が属する方面軍に戦力を多く振り分けている傾向が強い。だが、盟主を気取っている七つ星連邦はそれが出来ない。――どうしても参加している星系軍を信用し切れないんだろうな、御目付艦隊となっている。後ろから銃を突き付けられているような気分の中で一致団結できると思うか? つまり、各方面軍とも内では疑心暗鬼が渦巻いているという訳だ」

 「じゃあ、ステラスレイヤーを守っている七つ星連邦軍はどの位なんですか」

 「星系方面軍とプラント防衛軍合わせて一〇〇〇といった所だろう」

 四〇〇〇からすればかなり減った。だがまだ辛い。

 「そこで、私事で恐縮なんだが――」

 そう唐突に前置きして、ミューラが続けた。

 「先日、辺境星系連合の攻撃を受けてね、うちの海賊船が大破させられた。沈みはしなかったが、かなりの被害を受け怪我人も大勢出た。船長も人事不省で、その船長が結構仲間内に人望がある奴だったものだからギルドの連中がいきり立ってしまってね。御礼参りだって収拾が付かないんだ。この業界、舐められたら終わりだから。それで、髑髏星を防衛するはずの一五〇〇隻が出入りとなってしまった。いま必死でとどめている。――目標は、七つ星連邦だ」

 海賊団の中からどよめきが起こる。一気に戦力が一五〇〇増えたのだ。

 「勝算は、十分ある。」

 チアキの眼鏡がキラリ光る。けれど異論が出た。ケンジョー・クリハラだ。

 「しかしそれは、相手の戦力を都合よく微分した計算だろ? いくら寄せ集めでも、海賊が攻めて来るってんで各方面軍が駆けつけてきたらどうするんだ。一五〇〇は結構目立つ戦力だ」

 娘と違ってケンジョーは現実を見据える。

 「各方面軍の足止めが必要だ」

 その言葉に、リーゼが立った。

 「その足止めには、元帝国艦隊が当たるでしょう」

 元?と、一同が訝しんだ。それに帝国艦隊とはどういう意味だ?

 「実は、プラント破壊以来、帝国艦隊で脱走が続出しているようなのです。第五艦隊を中心にナンバーズフリート全般で艦隊ごと」

 「えええええ?? そうなの!?」

 茉莉香が大声を上げた。そんな話は弁天丸でも聞いていない。

 「ええ、お母様が電話で嬉しそうに嘆いていました」

 リーゼがそう茉莉香に返事する。しかし、嬉しそうに嘆くって何よ。

 軍隊で脱走は重罪だ。危急存亡の秋にあっては尚更だ。しかし綱紀粛正がはかられたという情報は弁天丸に入っていない。つまり、部隊の大規模な戦線離脱を、統合参謀総司令部は見て見ぬふりをしている――

 「脱走した艦隊は、海賊を名乗っているそうです。お母様、楽しそうでした。私も乗りたいって!」

 いやいや、女王陛下が脱走して海賊って…。

 「それは初耳だね。で、脱走艦隊の頭は誰なんだい」

 「フリードリヒ・フォン・カイデル将軍だそうです。降格を不服にとの事だそうです」

 表向きは…とミューラの目が、面白い話だと細くなった。

 「どうやら、役者が揃ったようだねえ」

 

 



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43話

 グリューエルはパレスホテル近くにある美術館に寄り、並んだ絵画を足早に眺めていた。

 岩、動物の皮、樹皮、布、紙、金属、それこそ身の回りにあるあらゆる材料に描かれた人の想いが、無限とも思える暗い回廊の両側に続いている。

 ゆっくり見て回りたいのはやまやまだが、そんなことをしていたら時間が足りない。この絵画一つ一つにある歴史に思いを寄せてしまい、つい描いた人やその星のことを考えてしまうからだ。だから絵に囚われないよう流し見している。彼女には、これから人と会う予定がある。

 以前、ここでグリューエルは一人の少年と出会った。正確には誘拐されて友達になった。その少年と再会するためである。一年前の彼の住まいは知っているが、今も同じところに住んでいるとは限らない。そこで渡したレシーバーで連絡を取った。また会えませんかと。

 新しい住所を聞いて訪問するのも、向こうだって都合があるだろうしぶしつけ過ぎる。だから初めて会った場所で会いませんかと話した。――彼とその妹弟たちの環境は、ずいぶん変わっている筈だ。

 

 暫らくして少年が現れた。齢は自分と同じくらいだが、背は以前よりもっと伸びている。あの時と同じに作業服にぶかぶかのジャケットを着ていた。

 「リシャールさん、元気そうですね。」

 「久しぶりグリューエル。今度は何しに来たんだい」

 そう言ってから彼は気付いた。白鳳海賊団が辺境星系連合への出入りをまえに、髑髏星に来ていることを。

 「あの時は、やけに度胸が据わって場慣れした子だと思ったけれど、きみ海賊だったんだね。道理で軍用のレシーバーを持ってた訳だ。でも、あれ? 姉ちゃんの話ではお姫様だって…」

 顔にはてなを浮かべる少年に、グリューエルは笑顔で返す。

 「うちの海賊団には聖王家の皇女も居ますから」

 そう言えば、白鳳海賊団の首領はリーゼ皇女だと聞いている。今回その海賊団にギルドのボスも加わるって話だ。何でもありの海賊団に皇女も居ますの一言で納得してしまえる。

 「ギャッピや妹弟さんはお元気ですか? それにシャホ爺さんも」

 「ああ、みんな元気だよ。これからみんなに会っていくかい? 時間があればだけど」

 「宜しいのですか?」

 「全然いいよ。みんな喜ぶ」

 無人バスを乗り継ぎ、髑髏星の上顎にあたる古い工場地区まで案内された場所は、見覚えのあるダウンタウンの鉄屑横丁だった。

 初期に無秩序に増改築を繰り返して出来た、この要塞で最も古い区画のひとつである。いまも初期開拓ステーションの面影を残し、というより再開発に取り残された地区。どのダウンタウンの例に漏れず、難民や棄民、不法労働者、脛に傷持つ者など社会の最下層の人々が溜まる場所だ。だが自由、外のしがらみはここには無い。

 しかしそれは、犯罪やブラックマーケットの温床でもある。辺りの空気がピリピリし、常に何かしらの不安と警戒感が漂っていた。身寄りのない小さな子供たちには過酷な場所だ。事実、人身売買や子供攫いが横行していた。以前訪れた時は、グリューエルも人買いに攫われそうになった。

 髑髏星では、昔から人身売買は御法度だった。

 髑髏星に流れ着いた人々はその被害にあって来た人が多かったし、孤児となったグラント姉妹が、子供狩りが大嫌いだったことが大きい。それでも、人買い、子供攫いは後を絶たなかった。

 それが一年前、紫紺の戦魔女の異名を持つノエル・ブルーの身内が、その被害を受けたことで事態が好転した。児童誘拐と人身売買を生業としていたゲインズ・ファミリーが摘発され、間髪を入れずダウンタウンに大規模な手入れが入った。御法度に手を染めていた個人、組織が芋蔓式に摘発され、売買に手を貸していた商船や海賊船は、ギルドからの追放または問答無用で撃沈された。髑髏星の人身売買のブラックマーケットは壊滅したのである。

 小さい雑多な商店、入り組んだ通路、所々明かりの消えた照明、不安定な人工重力。見たところ一年前と変わりがない。しかし、あのオドオドした張り詰めた空気が無かった。

 「まあ、ここって――」

 立ち止まった先でグリューエルは上を見上げた。

 『宇宙の海は――』

 インターホンから小さな声が聞こえて来る。ハッチの前でリシャールが言葉を返した。

 『みんなの海。』

 玄関代わりの宇宙船のハッチが開くと、三人の子供たちが少年目掛けて飛び込んで来た。

 「にーちゃ、おかえりー」

 「あっ、あん時のお姉ちゃんだ!」

 「ほんとだー」

 その勢いから身を躱す十二歳前後の少女。――あの時と、まんま一緒だ。

 「こんにちは、ギャッピさん。合言葉変えたんですね」

 グリューエルが苦笑しながら挨拶する。そんな彼女を不思議に思いながら少女は迎えた。

 「いや合言葉なんか必要ないんだけど、長年の習慣で。なんか変だった?」

 「いえ、私たちが使っている合言葉と同じだったものですから」

 ふーんという顔のギャッピ。

 「にーちゃ、これ教えて―。がっこで出た宿題なんだけど、ノエルねーちゃ教えてくんない」

 「私は星間史が専攻なんだ。数学は専門外!」

 七才くらいの男の子がノートを拡げてリシャールにせがんで来る。それにつられるように紫紺の髪を持つ女が姿を現した。

 「ノエルさん!」

 「お姫様か、あん時ゃ有難うよ。ジャッキーの奴は捕まえられなかったが」

 「まだ追い掛けてみえるんですか」

 「そうだ。殺しても死なない奴だから、確実に捕える必要がある。それに、一度決めた仕事を中途で止めるのは、プロの意地が許さない」

 ノエル・ブルー。背まで流れる紫紺の髪を持つ、プロの賞金稼ぎ。大型の携行火器を自在に使いこなし、紫紺の戦魔女の異名を持つ。

 彼女もここ鉄屑横丁の出身だ。大きくなり出ていってそれっきりの若者が多い中で、彼女だけは育ったこのダウンタウンに度々帰って来る。

 「いま加藤茉莉香もこの髑髏星に来てたんだったな。彼女に話したいことがある。ジャッキーについてだ。」

 ジャッキーと聞いてグリューエルは緊張した。

 「が、その前に片付けなければならない難問があってね。済まないが手伝ってもらえないだろうか」

 そう言ってノエルは、男の子が持っていたノートをグリューエルに渡した。どうやら宿題を見てやってくれないかという事のようだった。

 グリューエルは渡されたノートを見て、え?という顔になり、ノートの持ち主を見直した。

 小学校低学年くらいの男の子である。

 中身は学校で出された算数だ。だが、内容が小学校のそれではない。英才教育を受けているグリューエルがびっくりする位だ。それは、高校で習う程度のものだった。

 髑髏星にはフェアリージェーン星間旅行会社の支店がある。旅行代理店も行っているが、ここでの主な業務は社会福祉だ。

 身寄りのない子供たちに教育の機会を与える慈善事業である。一年前にフェアリージェーン社が、身寄りのない児童たちに基礎教育の提供を申し出て来た。まだ帝国が海賊ギルドを認めていない時で、きれいな経営方針で知られる会社がどうやって髑髏星と渡りを付けたのか人々は不思議がったが、それは企業機密である。

 教員には宇宙大学の実習生などもおり、授業内容のレベルは高い。しかも義務教育以上を経済的理由で望めない子供等であるため、内容はかなりのハイペースで進み、中卒で大学の教養課程程度は済ませられる。これは中卒でも実践社会で役立つようにとの配慮からだった。受ける側にしても身一つで宇宙に生きる子供たちだ、基礎教育こそ受けていなかったが飲み込みが早い。

 答えは解っているのだが、解答の導き方をどう小学校低学年に説明したらよいかと思案中のグリューエルに、ひょいとノートを取り上げたリシャールが弟に教え始める。

 「ベクトルは春に習っただろ、それを応用するんだよ。ほら、この数式に公式を当てはめて――」

 わかり易い解き方に、幼い弟の瞳がみるみる輝く。

 「とっても上手な教え方ですね。凄く解り易いです」

 グリューエルが胸に手を組んで感心している。

 「いやあ、いまシュレーディンガーを習ってる所なんでね。波動関数と状態ベクトルは得意なんだ」

 恐らくここの子供たちが、銀河系で最も高度な初等教育を受けているだろう。

 

 「ジャッキーですって!」

 海賊会議を終え、部屋に戻った茉莉香を待ち受けていたものは、一番耳にしたくない人物の名前だった。

 「あのイカレポンチ、またオデットを狙っているって言うのか?」

 リンも渋い顔をする。奴には苦い思い出がある。ハッキングの裏をかかれたり、高出力なスキャン波を浴びせられたり。

 グリューエルに案内されたノエル・ブルーは、茉莉香たちに説明した。

 「どうも奴は辺境星系連合から偵察を頼まれたが、それを蹴っている。なのに、動きが斥侯そのものなんだな」

 不審な小型艇が髑髏星に近付くまで追っていたことを思い出す。

 じゃあガーネットAからずっとつけていたピケットは、ルナライオン?

 「ジャッキーが髑髏星に向かっていると判って先回りしたんだが、そこで奴の足取りが消えている。そして現れたのが君たちだ」

 「奴の狙いは君たちのオデットで間違いないだろう。奴がオデットと関わりを持ったのは単結晶衝角からだと聞いている。オデットのことを調べていて只の練習船でないと知り、独立戦争時の動きを洗ううちに降伏文書の存在を知った。オデットは独立戦争で植民星と帝国に深く関わっている。いちどオデットを奪われかけたことがあるだろう?その時奴はスキャンを掛けている筈だ。お得意のハッキングでな。でも内容までは解らなかった。オデットの記憶領域には、意味不明なフォルダやらが一杯あるんじゃないか?」

 確かに、開けるのが怖いフォルダが沢山ある。しかも、オデットの行動によっては増えたりするから余計に怖い。その道に詳しいリンでも、おいそれとは触れられない代物だ。

 「奴にとっては宝の山だ。そして今回、君たちが見せた強制乗っ取りと転送だ。恐らく喉から手が出るほど欲しがっている」

 それだけじゃ無い気がする。オデットはジャッキーのご先祖様からの、因縁の船だ。

 辺境星系連合との戦闘を前に、えらい厄介者が出てきたものだ。

 ここに集まっている一同がウンザリという顔をしている。これをオデットでしたら、みんな同じ反応をするだろう。

 「じゃあオデットを餌に、ジャッキーを捕まえるつもりなんですか?」

 茉莉香が露骨に嫌な顔をした。

 「君たちの同意と協力が得られれば」

 「協力はしますけど、その内容によります。オデットを囮に使うなんて同意できません」

 きっぱりと断る茉莉香。けれど頷きながらもリンが言った。

 「でもなあ、囮で有る無しに関わらず、あのイカレポンチは確実にオデットにチョッカイ出して来るぜ。むしろここで、奴とは決着を着けるべきだと思う」

 「危険すぎます。ジャッキーが近付けないよう、輪形陣で行くべきです」

 囮とすることは、オデットが船団から突出することだ。それに気付いたグリューエルが反対した。

 「でもね、輪形陣で固めても恐らくそれを擦り抜けて来るわ。茉莉香も見たでしょ、バルバルーサのデッキに着艦するまで、ルナライオンは気配すら見せなかったのよ」

 以前弁天丸に投降すると連絡して来て、散々サーチしていながらもバルバルーサの着艦デッキに降りて来るまで捉えることが出来なかった。ステルスを解いて姿を現したパッチワークな船体を、チアキと茉莉香は見ている。

 対抗するにはどうするか。

 しばし茉莉香は思案した。そして決断した。

 「解りました。オデットを囮にします。でも生半可な小細工では、あのジャッキーを出し抜くことは出来ません。ここは輪形陣で行って、その上でジャッキーにオデットを進呈します」

 「茉莉香さん!」

 トンデモな事を言いだした茉莉香にグリューエルが悲鳴を上げた。

 「その上で、オデットをあのイカレポンチの籠にします」

 「何か策があるようだけれど、最悪、本当に乗っ取られたらどうするつもりなの?」

 それまで話の推移を見守っていたジェニーが聞いた。

 「その時は、私が、弁天丸でオデットを撃ちます.」

 一〇〇年後の後輩たちまで引き継がなければと言っていたジェニーに、茉莉香は言った。同時にそれは、人殺しもするという意味だ。

 全員が言葉を失った。

 「それで協力の報酬は何になりますか」

 もとより取引などするつもりのない茉莉香だったが、プロ相手に無報酬の商談は失礼にあたるというミーサや百目の言葉から言った。

 「残念ながら、こちらには支払う対価がない。このところ持ち出し一方なんでね。でも、報奨金が入れば支払える、と思う」

 断腸の想いで返すノエル・ブルー。最後の言葉も歯切れが悪い。その報奨金でも、これは必要経費では賄えないからだ。

 

 



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44話

 

 髑髏星二日目。

 辺境星系連合への進出を前に、最終ブリーフィングが行われた。ここから先には、全船が立ち寄って話し合いを持てる場所はない。そして新たな懸案もある。ジャッキーだ。――それともう一つ。

 「その賞金首がオデットを狙っているって言うんだな?」

 「しかし、チンピラな野郎なんだろ。海賊相手にちょっかい掛けて来るかねえ。今回はギルドも絡んでるんだ。この先商売できないんじゃないか?」

 居並ぶ船長たちは疑いを口にするが、ケンジョーはきっぱりはね付けた。

 「奴はそのギルド相手に七つ星連邦と二股掛けたり、平気に出汁に使うような野郎だ。そのくせ電子戦の手腕はウィザード級ときてる。言っとくが、弁天の電子戦担当とギルドのミューラを手玉に取るだけの技術と度量を持っている。ただのチンピラじゃない」

 ミューラは露骨に嫌な顔をしたが言葉を否定しない。

 向こうが通信して来ながら、ステルスを切ってデッキに現れるまで、バルバルーサも弁天丸もサイレントウィスパーも相手の姿を捉えられなかった件を聞いて、居並ぶ海賊たちは容易ならぬ相手だという事を認識した。三方向からサーチを受けて、その使い手がくじら座宮きっての電子戦担当者で、しかも一隻は最新鋭の電子戦戦闘機。そんな中で完全に決めるなんてことが出来るだろうか。

 「んで、そこのお嬢さんが賞金首を追っていると」

 「なんとも、めんこい戦魔女さんじゃわい」

 「ブラスター・リリカに似とるのう」

 大口径の銃をホルダーに下げたノエル・ブルーを見て三人の老海賊が眼尻を下げている。

 「ジャッキーを追っているノエル・ブルーだ。以後お見知り置きを」

 紫紺の髪を揺らしてノエルが頭を下げる。

 「ジャッキーがオデットを狙っているという情報の他に、皆さんにお知らせする情報がある。辺境星系連合の意向についてだ」

 「ほう、無条件降伏でも伝えに来たか?」

 どっかと椅子にふんぞり返ったウィサー・スプーンが、銀匙を扱きながら言った。そんなことはあり得ないと、スプーンの柄がぐにゃりと曲がる。

 「その逆だ。辺境星系は銀河帝国と和平を模索している様子がある」

 自分から手を出しておいて、大規模衝突も無しでか? という雰囲気が会議場に流れた。

 「その話なら、セレニティーにもあります。昨日、非公式なルートを通じて連合王国に取り持ってくれないかという申し込みがありました。相手の素性が定かでなく不確実な情報なので、こちらを攪乱する謀略の疑いがありますが」

 「お嬢さんのところに、そんな話が来てるのかい。でノエルさんよ、その情報とやらの信憑性はどの位なんだい」

 「確かなことは言えない。ただ辺境の動きを総合するとそんな気がする。大規模な軍事行動が、あの軍事演習とステラスレイヤー以来見られていないが、実は連合は一枚岩じゃない。はじめは銀河帝国からの自主独立を求めて連合艦隊を組んだが、各星系政府はそこまでの積もりだった。精一杯背伸びして帝国に己の存在を認めてもらおうとしたんだな。それを七つ星連邦の誰かが先走って超兵器を使ってしまった。お陰で示威行動だけだった筈のものが本当の戦争になってしまった。今更鉾が納められない、そこに君たちの海賊団が現れた。」

 海賊一同が注目する中でノエルは続けた。

 「ガーネットAのステラスレイヤーを破壊して見せたことで、辺境側はまず共通の敵を叩かないかと帝国に打診している。セレニティーに来た非公式なルートってのがそれだ。いったん休戦としたところで、辺境側はステラスレイヤーを封印する用意があるそうだ」

 ノエルの話に、グリューエルが目を閉じて呟いた。

 「あくまで封印であって、手放すとは言わないんですね。外交の順序が間違っています」

 手にした強力な力を、しかも使ってしまった後に手放すことは、なかなか出来ない。意思決定をまとめられる強い権力と順える全体のコンセンサスが必要だ。第三の勢力である海賊の出現を渡りに船の積もりだろうが、外交戦術が行き当たりばったりだ。

 「失礼ながら、賞金稼ぎにそんな内部事情が判るとは思えないんだが、話の出所はどこなんだい」

 ミューラが眼を細めて尋ねた。

 「ソースは言えない。ただ賞金稼ぎのクライアントは、帝国だけじゃなく星系政府単位、多国籍企業と多岐に渡っていてね。その内部でもそれぞれが自分の利益で動いている。そこから上がる情報の総括と思ってくれ。賞金稼ぎは請負契約の信憑性が命だ。うっかり乗せられるとこちらが賞金首になりかねない」

 話の信憑性は高いという事だ。

 「どうしても戦争したい人がいるんですね」

 一連の話に、茉莉香がどうしようもないと溜息をついた。

 「その、七つ星のステラスレイヤーを動かした者はどうなったんですか?」

 「技術傭兵だったそうだが、七つ星連邦に捕まる前に逃亡して、サンビエント自治政府軍に逮捕された。サンビエントは反乱軍の仕業だといってるけれど、反乱軍も辺境星系連合の一員となっているから、帝国企業側のスパイという事にしてあるみたい」

 まあ軍事企業の工作員である可能性は高い。茉莉香は今回の一連の元となり行方知れずのルヴァンシュ・ネメシスの名前が頭に浮かんだ。それと、一二〇年前のパク・リーの顔も。

 「それで交渉の手土産にオデットを使う。そのためにジャッキーを雇ったという訳か」

 ケンジョーが顎髭を摩りながら言った。

 「いや、昨日加藤船長たちにも話したんだが、奴はその話を蹴っている。独自で手に入れて辺境星系、帝国どちら側にも高値で売りつけようという腹か、他に目的があるのか」

 「お前さんの読みは」

 「奴が欲しいのはオデットそのもの。紐付きになれば中のものをいじれない。奴はオデットの記憶領域にある情報と私掠船免状を狙っている。詐欺と電子戦を得手とするものにとっちゃあ垂涎ものだろう。これには辺境星系連合側も注目している。帝国第七艦隊よりもオデット一隻に脅威を感じている位だ。帝国艦隊はステラスレイヤーをぶっ放せば片が付くが、オデットはその艦隊群を一発で消して見せた。辺境星系連合は、まだ何か隠し玉を持っているんじゃないかと恐れている」

 やはり効果は抜群だったわけだ。でも、戦艦だけでも数千を超える第七艦隊より大陽帆船のほうが脅威って……。と思う茉莉香。

 「まあ無いって訳じゃないけど、攻撃に使えるものじゃないしなあ」

 殴り込みを掛けるこの期に及んでも、オデットに武装はない。

 「注目されるってのはいいことじゃないか。海賊ってのは見栄えでナンボだ。相手の機先を制することにもなる」

 カチュア・ザ・レディーが見事な脚を組みながら言った。

 「いいか、オデットが私たちの旗印だ。全銀河に海賊ありと知らしめてやるためにも、殲滅兵器は絶対にぶっ潰す! チンケなハイエナ野郎に出し抜かれる訳にはいかない。オデットは守り抜く!」

 「旧式な太陽帆船が時代の行く末を決めるってかい? 古い考え方に囚われている銀河系にゃ似合ってるよ」

 ミューラがニヤリと牙を見せて笑った。

 そして、作戦が練られた。

 

 

 「管制コントロールから出航の許可来ました」

 「ドッキングポート、係留解きます」

 船を固定していた接岸引力が消え、細身の船体が桟橋からゆっくりと浮き上がる。

 「船体に異常なし!」

 「構造、推進、制御系、すべて正常!」

 「帆走系異常なし」

 「通信系、ネットワーク繋がってます」

 「ポート内進路に障害物無し」

 航法・帆走、機関、通信から報告が次々と上がる。

 「オデット、オールグリーン」

 副部長のサーシャが状況総括する。

  「オデット、出航! 微速前進!」

『これよりオデットは、辺境星系連合に向けて出港します』

 海賊船各船に通信を入れるチアキ。

 船長服に身を包んだチアキの下、オデットは静かに進み出した。

 操舵のアイがいちばん緊張する場面だ。いくら前方が空いているにしても、エアシールド内の宇宙港の中、周囲には沢山の宇宙船や作業用ポッドが浮遊している。しかも海賊ギルドの本拠地、髑髏星の港なのだ。うっかり飛び出しているクレーンなんかに引っ掛けでもしたら、後の請求書を考えたくない。

 『こちら茉莉香。弁天丸もオデットに続いて出航する』

 そう言って、横でカチコチになっているアイに言葉を掛けた。

 「アイちゃん、いつものようにやればいいんだから、肩の力抜いて」

 「はい。普段とちょっと勝手が違うものですから」

 緊張しまくりながらスティックを操作する。

 「お、動き出したぞ。俺達も行くか船長」

 メインモニターに映るオデットを見て、百目が船長席の方を振り向いた。

 「オーケー、行きましょう。バルバルーサやキミーラも続いて出るから」

 髑髏星の右眼窩から、オデット、弁天丸、バルバルーサ、キミーラ・オブ・スキュラ、グランドクロスⅡが出て来る。

 錨泊宙域で待機していた海賊船たちも動き出す。

 「トランスポンダー発信。船名、海賊船オデット」

 「白鳳海賊団海賊船オデット、トランスポンダー出します」

 チアキの命令を復唱して、リーゼがトランスポンダーの名乗りを上げ、証である私掠船免状を掲げる。これで練習帆船オデットⅡ世は、海賊船オデットとなる。

 モニターのエンブレムも、白鳳女学院の校章にHKUOU PIRATESと書かれクロスボーンが掛かったものに変わっている。船体に描かれたマークもそうだ。もっとも、この『部活』が終われば、クロスボーンの×印は外される。デカールで張り付けただけのものだ。

 『こちらグラントクロスⅡ、オデットの前方に就いた。このまま進路を合わせる』

 オデットへの返信を終え、いまトランスポンダーを出した通信士に振り向いて言った。

 「海賊の名乗りを上げることに、なんの抵抗もないようだね」

 「ええ、私は海賊ですから。海賊が海賊であることに蟠りを感じることはありません。むしろ皇女である方が邪魔です」

  ホオと意外そうに従姪の顔を見る。

 「そりゃそちらのお姫様の影響かい?」

 「私たち姉妹は、自分の皇位にそれ程こだわりを持っていません。周りがどうであれ、自分は自分ですから」

 「でもその周りとやらは、簡単には切り離してはくれない。それが浮世のしがらみって奴さ、私はそれが嫌で海賊になった。もっと広い世界を見てみたいってね」

 「まあ、部長と同じこと言うんですね」

 クォーツの言葉にヒルデが返した。

 「茉莉香が? ――そうか」

 グランドクロスで、別れ際に茉莉香に言った自分の言葉を思い出していた。

 「だが気を付けるんだな。お前たちの特殊な立場を、当然利用しようとする大人もいる。そんな思惑に騙されないようにしないと――」

 「あら、そんな思惑をお持ちの相手なら、最大限こちらが利用するだけです。使えるものなら実家も使えです」

 自分を雁字搦めにしていた聖王家を、実家も使えと言ったリーゼにクォーツは唖然とした。あの宮廷で塞ぎ込んでいた少女は何処へ行った。

 「そうかい、お前はもう立派な海賊だよ。ほんとうに自由人だ」

 そう呵呵と大笑いするクォーツ。

 『こちらはキミーラ・オブ・スキュラ、君たちの後衛にいる』

 『同じく愛の女王号よ。あなたたちのすぐ後ろにいるわ』

 『こちら弁天丸、船長の加藤茉莉香です。オデットの右翼に展開中』

 『バルバルーサのケンジョーだ。お嬢さん方の左に居るぜ』

 頼れる歴戦の勇士たちが、姫の周りを囲むようにして飛んでいる。そしてその前方と後方には、古参の海賊船が横隊で展開している。まずは髑髏星の管制空域外だ。

 「オデットを中心にした輪形陣、位置に着いた」

 「前衛後衛、それぞれ二列で展開してまーす」

 「ネットワークに今のところ異常なし」

 「空域にも怪しい船影なし」

 レーダー・センサー系それぞれから、海賊艦隊の位置と空域状況、通信状態について報告が入る。

 『キミーラ及び愛の女王号のスキャンでは、いまのところ問題は出ていない』

 そう各船に報告してからブリッジに檄を飛ばした。

 「見落すんじゃないよ。相手は一癖も二癖もある詐欺師なんだ、まだ髑髏星の管制空域だからって油断してると痛い目見るよ!」

 こんな奴らに去年後れを取ったかと思うと忌々しいが、見たところ手際はいいようだ。こちらが指示する前に情報を上げて来る。しかし所詮ひよっこだ、メトセラは何でも見通す目でクルーたちを叱咤する。

 「梨理香さんと同じこと言うんだな。シゴキも若しかして一緒!? そんならアッチの方がよかったなあ……センサーも大分強化されてるみたいだし」

 頭に腕組みしながらリンがぼやく。

 梨理香って、あの年増女? そう思いつつ通信でのブラスター・リリカの顔を思い出した。自分よりずっと年下なのに、私の目を見て話していやがった。

 「ひよっこの癖に、この船の電子戦装備が気に食わないって言うのかい? さぞや自信があるんだろうねえ。ただの虚勢なら宇宙空間にほっぽり出すよ!」

 ミューラの目がすっと細くなる。

 「ミューラ、子供を脅してどうするの。あなたならこんな子供の考えている事ぐらい、すぐわかるでしょ」

 穏やかな表情をしたミューラそっくりの姉が妹を窘めた。

 「ああ。どうサボるか、イカサマ打つか、イタズラ仕掛けるか、そんなんで一杯だよ! 先が読めない」

 「まあ、天下のミューラ・グラントともあろう者が」

 クスリと笑う。

 「だって隠すよーなことじゃないもん」

 全然悪びれた様子のないリン。しかしそんな二人のやりとりを見ていて、姉はひよっこが妹の目を見て会話していることに気付いていた。

 そこにジェニー・ドリトルが、コンソールを調整しながら言った。

 「リン、センサーには何もまだ出ていないわ。ネットワークにちょっかい出して来てる様子もない」

 「ジェニー! あああ、そっち行きたいよ!!」

 切実な視線を送るリン・ランブレッタに、あっちがいいと言った訳はコレかとミューラはため息をつく。

 ヨット部員たちは、五隻の海賊船に分乗していた。

 茉莉香の弁天丸にはグリューエルとアイ、チアキの乗るバルバルーサにはヤヨイとハラマキ、グランドクロスⅡ世にリーゼとヒルデ、マイラ・グラントの愛の女王号にはジェニーにサーシャ、リリィ、ファムといった面々、そしてキミーラ・オブ・スキュラには、リン、ウルスラ、ナタリア、キャサリンたちが。つまり、いまオデットはもぬけの空だ。

 そこからそれぞれに指向性ネットワークを張り、オデットを遠隔操作している。弁天丸で操縦、バルバルーサで機関と火器管制、グランドクロスⅡ世で通信、愛の女王号とキミーラでレーダー・センサー系と電子戦を担当している。指向性ネットでの通信も、オデットから各船に連絡を取る通常の回線は別系統で行うという念の入れようだ。いると見せかけて罠を仕掛ける。

 しかし、あのイカレポンチに通用するかは未知数だ。だからこそ、本当に乗っ取られた時を考えて無人にした。最悪、失うものは太陽帆船一隻で済む。しかし、その後の作戦行動を海賊団は大幅に変更せざる負えなくなることも事実だ。ジャッキーに当たるには背水の陣で、全力で当たらなければならない。

 そこにノエルから通信が入った。

 『オデット用意はいいか。相手は白鳥号を手に入れたい魔法使いだ、何だってする』

 賞金稼ぎの紫紺の戦魔女は、サイレントウィスパーで状況確認をしている。もし、あのイカレポンチが逃げ出した場合、俊足を生かして追いかけるためだ。電子装備も充実している。

 「オデット姫に呪いをかける魔王ロッドバルト、まあ、あのイカレポンチも凄腕魔法使いなんだが、しっくりこないよな」

 「魔王なら様になるけど、パッチワーク野郎に横恋慕されるなんてどーよ」

 「どっちかってゆーと、チンドン屋」

 ナタリアとリリィ―のリンへの返しに、ヨット部員たちがどっと沸く。

 「白鳥は魔法が解けると姫に戻るけれど、オデットが戻るのは海賊船ですしね」

 そうサーシャも突っ込みを入れて苦笑している。

 「まあ海賊ミューラの掌中の内で、手を出すような向こう見ずは居ないと思うけど」

 そう言うマイラに、通信状態をモニターしていたリンが気付いた。

 指向性相互ネットとは違う、船ごとの直通回線で連絡を取る。

 『愛の女王号。サーシャ、そっちのアクティブ波で何か捉えてないか?』

 『ちょっと待ってください。――ありません。この宙域には一.五メートルほどのダストも感知されてません。水素原子の分布も極めて希薄なきれいな空間です』

 『いや、影じゃなくて、サーチした時のノイズだよ』

 空間走査の履歴を見つつ再度確認する。

 軽口を言い合いながらもやる事はしているヨット部員たち。

 『ええ、ありました。凄く小さなノイズ波ですが、こちらがサーチ掛けた時に出ています。でもこれって、レーダーで出る空間放電の電磁ノイズなんじゃ…』

 『いま言ったろ、ここは極めて希薄な空間だって。こちらの放ったレーダー波が何に当たって電磁波出してるんだ?』

 船長席で脚を組んでるミューラも、自分のコンソールで改めてデータを見返した。

 ――確かに、出ている――

「奴さん、もう取り付いてるぜ。ネットワークのフレームじゃなく、船ごとのレーダー波から乗っ取る足場を図ってる。裏口から来やがった」

 

 

 



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45話

 「へええ、指向性ネットで連携ねえ。しかも輪形陣と来やがった。輪形陣の中はっと……凄んげえ走査線の嵐! 中に潜り込むのは、ちと骨だねえ。でもやってやれない事はなしと。でも今はまだやんないよお、ネットの解析がまだだかんね」

 カップ麺やレーションの空が散らばるコンソールで、キーボードに向かうパッチワークの男。頭の山高帽も着ているスーツも色取り取りの継ぎはぎだらけだ。その姿は、気障を通り越してまさにチンドン屋。

 「向こうに気付いてる様子はないっと。まあ念入りに対抗させてもらってますからねえ。

 しっかし短距離サーチをこまめにランダム変更してくるな、対抗するのも一苦労だぜ。もしかして、こっちを警戒? 俺が狙ってる事どっかから漏れた?」

 人間離れしたスピードでキーボードを叩くパッチワーク男。ランダム変更してくる電磁波、重力波、時空歪らを、まめに対応してアクティブ・ステルスを調整する。合わせて光学、熱探知のパッシブ・ステルスの方も余念がない。この船のステルスモード・プログラムなら、いままで手塩にかけて育てて来たデータから自動対応も可能なのだが、念には念を入れよだ。それに新しい更新データも手に入る。格好はチャランポランだが、やる事は細かい性格している。

 「いやあ、一筋縄じゃイカナイねえ……おっと、うっかりすると反射波パターン読まれちまう、アブナイアブナイ……」

 この男、さっきから自分のステルスを微調整しながら相手へのハッキングもこなしている。一隻でもやる事は沢山ある。刻々と変化する数種類のレーダー波に対して欺瞞を掛けそれが齟齬が生じないよう辻褄を合わせ、併せてプロテクトの固い指向性通信波に乗っ取りをかける。その工作にも、気付かれないよう慎重に足跡を消す。それを電子戦艦並みにバージョンアップしている海賊船の電子兵装を数隻同時にだ、人間業じゃない。

 ショートタイマー(短命種)は、寿命が短い分その生きる時間を濃密に使うと言われている。ひとが一つの事をこなす間に十をこなしてしまう。ショートタイマーに天才的な人物が多いと言われる所以でもある。この男、ジャッキーもそうだ。特に電子戦技術と騙しにかけては天才的なものを持っている。それと、逃げ足の速さ。持って生まれた才能もあるのだろうがそれを加速しているのがナノマシンだ。体の中に幾種類ものナノマシンを飼っていて、只でさえ早い反射神経や判断能力を加速させている。但しそれは諸刃の剣で、肉体や神経節に影響が出るし、ナノマシン同士にも反作用し合う因子があり、それを辻褄合わせるのに中和剤を使わなければならない。彼の身体は、ナノマシンと中和剤のカクテル状態で、彼自身にもどれがどう肉体に影響しているかなど判らなくなっている。でもそれが人間離れした業を可能にしている。

 さっきから乗っ取りの橋頭堡を築こうと、輪形陣を組んでいる五隻の海賊船にアタック掛けているが上手くいかない。相手の通信防壁が固いこともあるが、そんなものは一寸強引にねじ込めば何とかなる。しかしこちらが仕掛けていることもバレてしまう。今はまだ此処に居ないことにしておきたい。

 それでも何とか、狙いの本命であるオデットと四隻のあいだとの交信を摑むことに成功していた。内容は判らず、オデットからの音声のみだったが。

 「どうやら並列同時通信している。オデットと海賊船との間に時間のズレはない。話の様子からすると、ヨット部御一行様は打ち揃ってオデットを運行中、それを海賊船がサポートしてる?」

 ん? 待てよとジャッキーは思った。声に茉莉香ちゃんやミューラ、姉のマイラらしきものが混じっている。てことは海賊団の主だった人物がオデットに乗り込んでる!?

 茉莉香は解る。なんてったってヨット部の現役部長だ。しかしギルドのミューラまでとは。

 しかし、考えてみればこれから辺境星系連合の艦隊と一戦交えようっていうんだ。素人じゃ当てに出来ない。それに恐らく切り札はオデット、自ら乗り込んでサポートしたくなるのも当然だ。七つ星連邦と単結晶衝角を争った時も、オデットには歴戦の女海賊キャプテン・リリカが乗り込んでいた。

 「いやだねえ…。これから頂戴しようという船にあのメトセラさんか…。そりゃ美人ですよお、認めますって。でも、出来ればモニター越しでも会いたくないんだが――」

 どうせ御目文字するんなら茉莉香ちゃんがいいと思っていたところに、宿敵の声まで聞こえて来た。五隻とオデットとの相互ネットワークとは別のラインからのものだった。

 「げえええ、あの女まで居やがる。散々俺を追い掛け回して、こんな所にまで。ひょっとして俺っちに気がある??」

 何処をどう都合良くとればそんな考えになるのか。しかし、自分がオデットを狙っているという情報は、あの宿敵から知られていることは確実だった。

 「そうなると、あの輪形陣も辺境星系連合よか俺を警戒してのものか」

 ならばやたら固い指向性ネットも直接乗り付けに警戒した輪形陣も解る。前方からの敵に内向きな対ステルスは意味がない。辺境星系連合の斥侯にもここまで防壁を固くする必要はない。

 ――そーかあ、俺を意識してかぁ――

 と、自尊心を擽られてまんざらでもない気分のところに、いきなり電話のベルが鳴った。

 意表を突かれてジャッキーの手が一瞬だが止まる。

「誰だい誰だい、こんな時に俺を呼び出す奴は!」

 散らかった物を乱暴にかき分けて、旧式なダイヤル式電話を取り出す。何で繋がったんだろうと不審に見ると、肝心の電話が着信拒否を切ってある。

 思わず、あちゃーとなるジャッキー。気の抜けたベルの音を上げている電話を取る。

 「はいはい。お掛けになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか――」

 受話器を首に挟んで応対するが、ハッキングの手は休めない。

 『冗談はいい! いまオデットを狙っているそうだが誰からの依頼だ!? こちらの話は断ったくせに!』

 出た途端、相手はかなりご立腹の様子。

 お得意さんのひとつ、辺境の軍事企業アルキュラ社のエージェントだった。アルキュラは軍産多国籍企業体ラキオンの傘下にある。

 「ええ、断ってますよお。貴社だけでなく七つ星からのものもね。只今私めは単独行動中です」

 『クライアント無しで独断でやっているのか?』

 「さいです、はい」

 『なら話は早い。そのオデットをこちらに売ってくれ。報酬は言い値でいい!』

 言い値でとは破格だ。こちらがその気なら、最新鋭の艦隊をダースでも、何なら星系でも取引しようというのだ。

 「そりゃまた剛毅な話ですな。でもそれじゃ商売になりませんぜ。それだけの価値があの船にあるって事だ。それをいきなり相手に教えてどーするんです? 私ゃあの船の中にあるものが欲しい。それが手に入ったら船はどなたにでも払い下げしますけどね。――言い値で買い取りますか」

 電話の向こうでエージェントが言葉に詰まる。

 「紐付きでは、こちらが困るんですわ。それじゃ船の中をいじれない。まあ、あの船が海賊団からなくなれば、そちらの商売にも利益があるでしょうから、ここは黙って見ていてくれませんかねえ」

 ステラスレイヤー最大の障害が、ガーネットAで艦隊ごと消して見せたオデットだ。あの船さえ無くなれば海賊船など数にものを言わせてなんとでもなる、相手はたった二〇隻余りなのだから。第五艦隊が後れを取ったのは、そこに皇女が居たからだろう。――しかし。

 『これだけは言っておく。オデットを狙うのはいいとしよう。だが、辺境星系連合との戦闘中に乗組員だけには危害を加えるな。交戦の中で皇女に何かあれば、間違いなく全面戦争になる。我々が望んでいるのは、相互確証破壊の中での限定戦争だ』

 女子高生のヨット部員と言わず乗組員と言っている。しかもその後に商売できるように限定戦争だとの注文。そして、ちょろりと本音が出た。

 『――まあ、辺境領域に辿り着く前なら、言い訳もつくが』

 「はいはい。こちとりゃ無益な殺生はしない主義なんで、ご安心ください。――んじゃ、取り込み中だもんで!」

 そう言うと一方的に通話を切る。そしてこの手の電話が掛かってこないよう着信拒否のスイッチを入れた。

 だがそれは、オデットの方にも知られていた。念入りに空域をサーチしていたから気付けたのだ。

 『本船の後方に超高速通信波を検知』

 レーダー・センサー席のリリィが、僅かに捉えた超高速通信によるエネルギー・ノイズを発見していた。一瞬現れて消えたが、ログに残っている。

 『位置取れてます。かなり離れています。しかも小さい、推定一,五メートル』

 「ステルス掛けてるんじゃない? この距離だとキミーラの主砲でも射程外だわ」

 チアキがバルバルーサで同調した機影を見て言う。しかしケンジョーが娘の顔を見ずに呟いた。

 「あれがルナライオンだと思うか? 俺だったら、外部との通信にそのまま直接って事はしねえな。大きさは、恐らく実測値だ」

 「中継プローブ! じゃあ乗っ取りの――」

 「アンテナにもなってるわな」

 『茉莉香。居場所は不明だが、ハッキング用のプローブ発見! 前の経験から見て、アイツはもう輪形陣の近傍まで来てると思った方がいい。』

 『こちらも確認してる。いよいよ戦闘開始ね』

 チアキからの言葉に茉莉香も同意する。タイミングは、いつハッキングを諦めて直接乗り込んでくるかだ。それには相当あの魔法使いとお相手しなければならない。早々に船が空っぽだと判ると罠だと警戒される(実際罠なんだが)。操作系を乗っ取られないよう頑張って、それでも部員の安全を考えて予め無人航行していたよう(事実そうなんだが)装わなければならない。

 『こちらオデット。正体不明から電子攻撃を受けている恐れあり。これよりオデットは無線封鎖し帆船航行します。そちらからの声は聞こえていますので安心してください』

 そう僚船に連絡したのち、オデットからの通信は途絶えた。

 輪形陣に動きが出る。

 状況の変化に、ジャッキーは唸った。

 「ほお、オデットの通信波が消えた。無線封鎖?ここで? あ、マストを展帆してる。こりゃ気付かれたか」

 太陽帆を拡げているオデットを見て、さっきの電話のせいだ、とジャッキーは舌打ちした。

 「あん時、電話のベルで手が止まった。一瞬だったが聞き耳立ててる相手にゃ十分な時間だ。あの野郎、こっちが神経使ってる時に掛けてきやがって!」

 そう毒づくジャッキーだったが、電話の主だってこっちが取り込み中だと解っていた訳じゃない。それよりも自分の甘さに毒づいたのだ。――奴ら、俺が取り付いてる事に気付いていた、だから対応している。あちらに戦魔女がいる時点で解っていた事なんだが、どこかに緩みがあったのだろう。

 しかし、こちらの居場所までは捉えられていない。もし判っていたら、輪形陣の海賊船から十字砲火が飛んでくるはずだからだ。特にミューラは躊躇いなく撃って来るだろう。

 「オデットの通信は無くても海賊船からの通信量は変わらずか。おーお心配なんだねえ。お父さんお母さんたちは雛鳥から目が離せないんだねえ。随分と甘やかされていること」

 輪形陣の通信状況を見てジャッキーは笑った。

 「だいたいのネットの状況は把握した。では、乗っ取らせていきますよぉー」

 ポキポキと指を鳴らして、モーレツな勢いでコマンドを打ち始めた。

 「レーダー波から、通信フレームには取り付いたっと。いえ、そちらにイタズラはしませんからご安心を。ちょっとお借りするだけですから。――さて、通信波に荷物を運んで頂いて…」

 ジャッキーが狙うのはオデットのシステム・コントロール。オデットを囲んでいる海賊船も乗っ取れれば言う事ないんだが、流石にジャッキーでも電子戦艦並みに対抗している船五隻を同時並行で乗っ取るのは無理だ。自分を警戒している五隻には目暗ましをかましてオデットの制御を頂き人質に取る。

 レーダー波は六隻からバンバン来ている。これがルナライオンの足掛かりになる。通信波は五隻同士には相互交信があるが、無線封鎖中のオデットとは一方通行のみ。これが乗っ取りのメインフレームになる。

 「無線封鎖すれば安心って事はないんだよ。向こうから声掛けられていれば、そこから乗り込むって方法もあるんだ。しかも自分からは応答しないから、電波にウイルス乗せられている事を発信元は気付きにくい。むしろやり易くなってるくらいだ」

 受け手のヨット部員たちは気付けるか。そしていつ気付くか。気付いた頃には、あらかた仕込みは済んでいる筈だ。

 オデットは太陽帆船だ。人力で動かしている推進システムを乗っ取ることは出来ない。しかし他の制御系統はメインコンピューターで動いているから、システムを乗っ取れればいじり放題だ。狙い目は船内環境システム、生命維持装置を手に入れれば、相手の生殺与奪権を手に入れられる。いくら航行が自由でも、中の空気をいきなり抜かれたらお手上げだ。ホールドアップさせてオデットに乗り込み記憶ユニットを頂く。仕事が終われば、後はご自由に航海の続きをして頂くという寸法だ。

 

 「オデットのコントロール・システムに進入の痕跡あり。レーダー・センサー系です」

 「航法ユニットにも入り込んで来ようとしています!」

 「あ、環境にも潜り込んでる」

 それぞれの部署から報告が上がる。

 「流石、仕事が早いわね。これだけ固いネットワーク防壁にちょっかい出して来た」

 チアキが目を丸くする。

 「それじゃあ皆さん、適当にしっかり対抗してください。リン先輩、電子戦お願いします。――それとクーリエ、こっちの守りも宜しく。海賊船の方が乗っ取られたら終わりなんだから!」

 適当にしっかりって、どういう意味なのと、チアキは思わないでもない。

 「あいよ!」

「船長、誰に言ってるんですか。まあオデットが遠隔操作されてるって、いつアイツが気付くかですが、矛先をこっちに切り替えてきたら、そん時がアイツの最期です。ギッタンギッタンのこてんぱんにしてやるんだから!」

 茉莉香の言葉に、リンとクーリエが嬉々として目を輝かせている。二人は連携して電子戦を担当している。リンはオデットのフレームを使ってジャッキーの電子攻撃に対抗、そしてクーリエはリンの対抗に乗せてウイルスを仕掛ける。

「電子攻撃するってことは、相手と交信してるって事だからね。逆乗っ取りも可能!」

 あれ?おかしいぞ??と気付いて、お相手し出したフリを始めるリン。

 オデットから出ているレーダー波に妙なノイズが出ている。

 向っている先はルナライオンと中継しているプローブだ。

 「おう、もう気付いたか。お嬢さんたち腕を上げたな。まあこの俺様が仕込んだようなものだからな。」

 去年の顛末を思い出しながら、うんうんと勝手に頷いているジャッキー。

 「でも、そっちにゃ居ないよお。それに遅いぜ。そちらのコントロールはあらかた奪わせてもらってる。まあダミー領域って線もあるが、その用心のために各ユニットごと別々にお仕事させてもらった。ダミーならそれぞれの反応が平易になるからな。その様子は無しと」

 隔離領域のダミーは所詮コピーだ。反応は予め組まれたプログラムで返される。レーダーや船の環境など刻々と変化する状況に対応した動きは、リアルタイムでの対応と比べて変化の乏しいものになる。その差でダミーかそうでないかをジャッキーは見抜いている。モニターしている計器の反応を見る限り、そのような薄っぺらさはない。もっともこれは、ジャッキーだから気付ける範囲の差なのだが。

 

 キィーンというハウリングの音とともに、ブリッジのスピーカーから声が流れ出した。

 『あーあー、マイテスマイテス。聞こえますか? 皆さんのお友達、ジャッキーでぇす』

 二度と聞きたくないイカレポンチの声だ。画像はない。

 「あんの野郎、通信領域乗っ取りやがった!」

 いきなりの甲高いノイズに、ヘッドホンをかなぐり捨てたリンが耳を押さえながら叫んだ。

 「えええ、もう?」

 「早過ぎ! 隔離領域には――足跡すらない!」

 「いつやったの…」

 クルー達が計器を見直しながら驚いている。

 「乙女の乗る船に、いきなり後ろから伸し掛かって来るなんて。」

 そう言って呆れ顔のジェニーに、グリューエルはポッと顔を赤らめて口元を押さえた。

 「ま。お下品」

 調子のよい軽薄な口調でジャッキーは言った。

 『茉莉香ちゃん、元気ぃ? そちらのコントロールは頂いちゃったよん。下手な抵抗は、無駄無駄無駄無駄。』

 「だあれが、ちゃんかあああ――」

 ダンとコンソールを叩いて怒鳴った茉莉香に、チアキがまなじりを上げる。

 コホンと咳払いを一つして、ジャッキーは続けた。

 『いま貴船のコントロールは、我がルナライオンの掌中にある。オデットに告ぐ、無条件降伏せよ。そちらの移動の安全は保障する。』

 それを聞いて、クルー達は船のコントロールを確認し、一様に首を振った。操舵を除いて計器上では全部持って行かれていた。通信は後方から来ているが、それはプローブからのものだ。ルナライオンの場所は掴めない。

 『ああ、一部訂正。航行系は無理だが、生命維持、通信、電子系はこちらの掌中にある。この意味わかるよね。だから無駄な抵抗は止めて、大人しくオデットを明け渡しなさい。』

 それを聞いてグリューエルが尋ねた。

 「まあ、移動の安全を保障するなんて。船を乗っ盗いておいて、私たちを人質に取らないんですか?」

 船を乗っ取られているというのに、平然とした可愛らしい声。

 「悪者らしく、私達を人身売買の闇ブローカーに売ったりしないんですか」

 それに対するジャッキーの返事は意外なものだった。

 『とんでもない。誰も買い手がつかねーよ』

 「あらま、私達そんなに魅力ないですか。お姫様や海賊や大企業の令嬢など、結構商品価値は高いと思いますけれど」

 『その逆だ。自分たちがそんな一般的な商品で収まると思ってんの? まずアンタ。お姫様なんぞ売買したら星間戦争になるわ。買った方は、セレニティーなら帝国も乗り出して来るから星系レベルで滅ぼされる、聖王家の皇女様だと文明圏ごと消滅だ。ヒュー&ドリトルの御令嬢だって、本人がいくら本家と険悪だと言っても、手ぇ出したらこの先、銀河系内で一切の取引が出来なくなる。他のヨット部員たちも似たよーなもんだ。恐ろしすぎて商売出来ない』

 そして一区切りして付け加えた。

 『それに茉莉香だ。海賊売ったとなりゃ、闇のシンジゲートそのものが闇からはじき出されるよ』

 「こちらオデット、部長の加藤茉莉香です。船長のチアキちゃんやヨット部員たちとも相談したんですが、このまま何もせずに船を明け渡すことなんて出来ません。船と運命を共にする、なんて考えはありませんが、航行系はまだこちらにあります。それに、海賊船だって周りに居ます。」

 『解ってんの? 生命維持だよ、生殺与奪権はこちらにあるんだよ、いきなり酸素の供給を止めたり温度を宇宙空間と同じにすることだって出来るんだよ。そこん所理解してる?』

 「酸素がなくったって、船外活動は出来ます」

 『あー宇宙服ね。まあそらそうだろーけど、いつまでもつの? そっちのお仲間さんにはこちらが見えていないんだろ、攻撃しようがなけりゃ、事態はオデット側のじり貧でしょーが! お仲間さんが右往左往しているあいだに、こっちは乗り込んじゃうよお』

 「来るなら来いです。と、言いたい所なんだけど、アナタの顔は金輪際見たくないから、乗り込んで来なくていいです」

 『つれないねえ……茉莉香ちゃん』

 茉莉香の返事に肩を落とすジャッキー。

 「だから、ちゃんって言うな! ところで、ペテン師さん。あなたは本当にオデットを乗っ取っていますか?」

 『は?』

 ルナライオンの計器は、オデットをコントロールしていることを示している。ダミーでないことは確認済みだ。しかし念のため、レーダー系を操作してみる。

 『え? 反応なし?』

 走査波を変えたりスイッチを入れたり消したりするが、何の手応えもない。他のシステムもかまってみるが、うんともすんとも言わない。

 「残念でした。フレームを切り替えさせてもらいました」

 あれだけ微細でリアルタイムな感応値がダミーだって!?

 どんなプログラム組んだんだとジャッキーは舌を巻いたが、たとえダミーでも力押しすれば片がつく。相手は戦艦並みの大容量でも旧式なシステムなのだから。

 一気にこちらの出力を上げる。

 向こうも対抗してくるだろうが、処理速度はこちらの方が早い。対抗に手間取るうちに向こうの隔離領域はオーバーフローをきたす。そしてメインフレームに乗っ取りコマンドが侵食し溢れ出すはずだ。

 ――だが。

 『え、え???』

 どれだけ出力を上げても、乗っ取りを掛けている時の手応えがない。向こうが電源切っている肩透かしじゃない。こちらの出力が、砂に水を掛けたように吸われていくのだ。

 ――いったい、どれだけの容量なんだ!?――

 そう思ったが、事態はそれだけじゃ無かった。自分はダミーを躱すために各システムごとに乗っ取りを掛けていた筈だ。そしてそれぞれに負荷を掛けて力押ししている筈だ。対抗が敵わないようコマンドを変えながらだ。それなのに、なんの抵抗も無く消えて行ってしまう。これは、あの船一隻で賄え切れる処理じゃない。

 『そうかネットか! 各システムのフレームを船ごとに分散させて、ダミーを組みやがったな!』

 「正解です。花丸をあげましょう、パチパチパチ。いまあなたは五隻の海賊船の隔離領域を相手にしている訳でーす。いくらルナライオンでも役不足でしょ♡」

 そう言ってパチリとウィンクする茉莉香だったが、ミーサから訂正が入る。

 「それを言うなら力不足よ。慣用句は正しくね」

 それなら――

 と、ジャッキーは生命維持管理のシステムを受け持っているラインをサーチした。

 ラインはオデットを介して弁天丸に伸びている。おあつらえ向きに通信もだ。乗っ取りの窓口は大抵レーダー波か通信からだからだ。その船のフレームを乗っ取れば――

 

 「来ました! 弁天丸にハッキングです!」

 通信状況をモニターしていたグリューエルからの声に、クーリエの瓶底メガネが光る。

 「はい、ぽちっとな。」

 パンパカパ~ン。

 派手なファンファーレがクーリエのモニター画面に流れて、今週のビックリドッキリ・メカ…もとい、追跡型ウイルスが仕事を開始する。

 「中継プローブ乗っ取り終了!」

 「プローブからルナライオンへの通信ライン確保。直結です」

 「ラインは超光速通信を使っている模様」

 「よし、それならタイムロス無しだ! いっけえええ!!!」

 クルー達からのサポートを背に、リンが力いっぱいキーボードを叩く。それを横から見ているミューラだったが、何をしようとしているのかは判るが、一体何がどうなっているかまでは掴み切れないようだった。ただ、この女子高生たちの手際の良さには感心していた。

 みるみるルナライオンのコントロール系を蚕食していく。

 立場は逆転した。いくら隔離領域での応対でも、電子戦艦クラス五つからの圧力にルナライオンの電子脳では処理しきれない。

 『あ、』

 『え、』

 『い、』

 『お、』

 『う――』

 自分の船のコントロール表示が次々と赤く塗り替えられていくのを見て、ジャッキーは妙な悲鳴を上げていた。

 『こんのお――、六対一ではフェアじゃないでしょーが!』

 「六対一なのは始めっから判っていて、チョッカイだしてきたんでしょーが」

 ジャッキーの苦情に茉莉香も負けていない。

 『うおおおおおん~』

 泣き声まで漏らすジャッキー。

 『みんなで、こんなにか弱いショートタイマーをいたぶって……、茉莉香ちゅわああん』

 どうやら向こうは、打つ手がない様子だった。何となく、タコ殴りに合っているジャッキーが気の毒になってしまう…。

 「茉莉香さん、駄目ですよ。あんな人が泣くわけありません」

 そんな茉莉香に耳打ちするグリューエル。周りを見ると、ミーサも百目も、アイちゃんまでも白けた顔をしている。ちょっとでも気持ちが揺れた自分に、思わず顔が火照る茉莉香。

 『おんおんおん…んんん、んふふ、ふふふふぁはははは!』

 嗚咽が、何故か笑い声に変わる。

 『え、え、茉莉香ちゃん。いまチョッピリ俺の事心配してくれた? はい大丈夫ですよお。ジャッキーさんはそれ位では参りましぇん』

 声の調子まで変わっているジャッキーに、チアキはリンに連絡した。

 「先輩、通信ラインをもう一度確認してください。それ本当にルナライオンから出てますか?」

 「いま確認してる! 見掛けはルナライオンのメインフレームなんだが……いや、プローブからの超光速通信波は空域に伸びてない、いったん別に経由してる。これは――、髑髏星だ!」

 「髑髏星だと!?」

 それを聞いたミューラが、思わず椅子から立ち上がった。

 ジャッキーは、いま乗っ取りを仕掛けているルナライオンのメインフレームを髑髏星に設置していた。

 別の場所のコンピューターを介してダミーヘッドで乗っ取りを仕掛ける手口は、以前たう星の中継ステーションで見せたものと同じものだ。これではルナライオンに逆乗っ取りは掛けられない、ラインを自由に切り替えられるからだ。ただ場所が問題だった。いくら自由港と言っても、髑髏星は海賊ギルドの本拠地であるからだ。ギルドからも賞金首付けられているジャッキーにとって立ち寄れる場所じゃない。

 「ジャッキーは、以前ミューラさんと取引があったんですよね」

 リンがミューラの方を振り返って確かめた。

 「ああオデットの単結晶衝角の時にな。それ以来、奴とは手切れだ」

 憮然と答えるミューラ。

 「手切れとなる前は自由に立ち入れたわけだ。当然、上陸もしてますよね?」

 「と、思う。いちいち寄港者の履歴なんざ照会してないよ」

 「じゃあ、その時に仕込みをしていた可能性がある訳だ。あいつはイカサマ師で詐欺師なんだ。いざという時の保険ぐらい掛けてる。私ならそうする」

 真っ直ぐに目をミューラに向けるリン。そこに愛の女王号から声がした。

 「まあまあ、戸締りはちゃんとしておくようにって、いつも言ってたじゃない」

 「ホント、ザルよね。髑髏星の中のセキュリティー。メインコンピューターの演算領域を、あらかた蚕食されてるじゃない」

 「ミューラは戦略や戦闘は得意なんだけど、電子戦は昔から駄目駄目ね」

 髑髏星のハッキング状況をモニターしたマイラとジェニーだ。情報戦を得意としている愛の女王号は、サーバーを髑髏星に置いている。従ってメインコンピューターの状態は常に確認できるよう専用の回線を敷いている。しかし、サーバーの防壁は別にしていて、相互乗り入れは出来ないよう設定していた。これはマイラに髑髏星のセキュリティーが、いまひとつ信用できないからだった。

 「うるさい! 同じ騙しでも、ちまちましたことが大嫌いなんだよ。物事は臨機応変に、大胆かつ繊細にってのが私の身上だ!」

 なまじ人の考えが読めてしまうからだろう。その場で相手の裏をかくことは得意だが、事前に罠を仕掛けて待つタイプじゃない。そこのところは長命種として変わっている。一方、念入りに仕込みを掛けてから仕事に掛かるジャッキーは、短命種では変わり種だ。そこを突かれた。

 忌々し気なミューラに、突然リンが叫んだ。

 「やばい。ミューラさん、髑髏星のメインコンピューター落とせますか。このままじゃ、戦艦六隻分からの負荷が掛かって、髑髏星がショートしちまう!」

 そうなのだ。電子攻撃は続行中なのだ。いくら要塞とはいっても、電子系統を大幅に増強した海賊船六隻からのアタックを受けている最中だ。処理能力は格段に落ちているだろう。このままいけば間違いなく電子脳はバグに塗り潰されてしまう。しかしこちらの電子攻撃の手を緩めるわけにはいかない。いったん手を付けた以上、攻撃を止めたらそのラインからジャッキーは対抗策を付けて乗っ取りを仕掛けて来る。そうなったらこちらが乗っ取られてしまう。そしてミューラの答えは非情なものだった。

 「無理だ。建て増しだらけと言っても要塞だ。そのメインコンピューターを切るとなると、バックアップや手順やらで、簡易的でも三〇分は掛かる」

 作業しているうちに髑髏星はダウンするだろう。ジャッキーは髑髏星を人質に取って来た。ハッキングを止めて乗っ取られるか、髑髏星を使い物にならなくするか、大人しくオデットを渡すかだ。

 「〇,五秒でいいんだ。一瞬でもラインが消えれば、サブルーチンが働いて、ルナライオンの居場所が掴めるんだが…」

 そこにグランドクロスⅡから声が掛かった。リーゼだ。

 「出来ます! 私掠船免状です。弁天丸へのハッキングをオデットが攻撃を受けてると認識出来れば、私掠船免状は髑髏星を敵と見做します。それで発効時間を設定すれば――」

 「〇,五秒間だけブラックアウトできる!」

 「ブラックアウトじゃなく、正確には休眠です。すべての機能を明け渡してもらって、口と耳を閉じてもらいます。上位者の書き換えが行われますから、バグも消えると思います」

 「おいおい外部に繋がっている通信を全部止めるというのか!? 髑髏星には民間企業だっているんだぞ。その時に行われていた取引がパーになる!」

 リーゼの言葉にミューラが嚙みついた。髑髏星の当主とすれば、利用している顧客への信用が気になる。

「髑髏星が停電になっても同じことです。むしろ物理的実害の方が多いのでは? ネット取引の損害は、事態を引き起こしたジャッキーに請求したらどうですか」

 ミューラを丸め込んでしまうリーゼ。何だか口調もあの第七皇女と似て来ている。

 「それで行こう! クーリエ、先輩、お願いします。」

 ミューラが是非を言う前に、茉莉香は事を進めてしまう。

 『こちら弁天丸です。髑髏星の電波が止まると同時にルナライオンの位置がわかります。座標が届き次第、そこに向かって攻撃をお願いします』

 「バルバルーサ、ケンジョーだ。射撃管制はお前んとこの玉葱お嬢さんが受け持ってる。――えらく張り切ってるが、任して大丈夫なのか?」

 「弁天丸でレーザー撃った時の快感が忘れられないんだって…」

 黒髭船長にチアキが付け足した。玉葱というのはハラマキだ。バルバルーサが輪形陣の射撃管制指示を受け持っている。

 「まあ、大丈夫とは思いますけど……」

 何でも、夏祭りに夜市で特訓していたと、幼馴染のマミが言っていた。

 「設定終了。総裁、お願いします」

 クーリエの言葉に、リーゼが頷いてコマンドを打つ。

 

 一瞬、満艦飾だった髑髏星の明かりが消えた。

 「ん?」

 ほんの一瞬だったから、ジャッキーは錯覚だと感じた。しかし、その次にモーレツな攻撃を受けることになる。

 

 「位置判明! オデットの上方約三万キロ、座標は0022、0035 0078」

 「近い!」

 「まるっきり輪形陣圏内じゃないか!」

 砲撃戦にはあるまじき至近距離である。ジャッキーは濃密な走査線の中に入り込んでいた。それでも尻尾すら掴ませていなかった。

「座標頂きました。射撃管制波とともに斉射で行きます。――落ちろ、蚊トンボ!」

 ハラマキが射撃スイッチを押す。戦艦クラスの四連装主砲からエネルギー波がぶっ放される。

 バルバルーサの第一射に続いて、輪形陣から一斉にエネルギー波が放たれた。十字砲火どころでない複数からの交叉攻撃だ。

 宇宙空間に拡散していくビームの他に、幾つかがパッパッと当たり、何も無かった空間に不格好な船の影が浮かぶ。

 最初に当てたのは、ハラマキが撃ったバルバルーサからのものだった。

 『うあ、うあ、うあ』

 インカムから慌てたようなジャッキーの声。

 『おい、危ないじゃないか。同士討ちが出たらどーすんだい!』

 これだけの近距離だと、下手をしたら見方を撃ってしまいかねない。いくら相手が軸線から上方に居るといっても、ほとんど仰角が取れないからだ。それでも、オデットにさえ当たらなければいいと、容赦なく撃って来る。

 「ご心配なく。味方を慮って躊躇うような海賊はいません」

 『茉莉香ちゃん、ほんと情け容赦ないね。てか、何でルナライオンが判った?』

 「そちらの負荷数値を確かめて見てください。目の玉飛び出るくらいハネ上がっていると思いますよ。――ほら、ステルスにも影響が出てる」

 命中弾があるたびにシールドが揺らんで、当たった箇所の影が出ていたルナライオンだったが、全体がぼんやりと姿を見せつつあった。

 『えええ? 通信波が直接こっちに来てる!? やべえ!!!』

 髑髏星のラインがいつの間にか切れている。髑髏星が請け負ってくれていた圧力が、そのままルナライオンに――。

 海賊船団の後方で小さな爆発が起こった。それとともに乗っ取りを掛けていた通信ラインが切れる。ぼんやり現れかけていたルナライオンの機影も掻き消えた。ジャッキーがプローブを爆破したのだ。

 「ライン、切れました」

 「相手からの電子攻撃、止んでいます」

 「でも逃がさないよ! もう位置は当たるたんびに知れるんだから!」

 五隻の海賊船は、砲撃の手を緩めない。少しづつ射線を調整しながら虚空に向けて撃って来る。幾つかが当たり、その度にパッパッと、ルナライオンの影が浮かぶ。

 「大分当たっている筈なんだが、まだ有効弾が出ないのか? なんてシールド張ってやがるんだ!」

 タコ殴り状態のルナライオンを見てケンジョーは唸った。

 こちらの射撃管制を妨害しているのだだろうが、これだけの至近距離だ。標的が小さくて当たりにくいこともあるが、生じる誤差はあまり期待できない。それに実際当たっている。並のシールドならとっくに砕けている。

 雑音に混じりながら、ジャッキーから通信が入った。

 『今回は、この位で見逃してやる。覚えていろ~』

 通信に指定は無く、六隻全部にだった。

 『それと、もう一つ。改めて言わせてもらおう。こんの、卑怯者めえ!』

 それ切りルナライオンから声は無く、機影も消えた。

 「逃げ足早―」

 「覚えていろなんて、なんて古典的な子悪党の捨て台詞でしょう」

 呆れたようにヨット部員たちは言った。

 『こちらサイレントウィスパー。逃げられた、影が追えない。かなり手傷を追っている筈なんだが、完全に姿を隠している。近くに超光速跳躍した形跡もないから、まだこの周辺に居ると思うんだが…』

 口惜しそうな、ノエルの声。

 「ここはまだ髑髏例の管制空域だから、どこぞの船の跳躍に紛れて高跳びするだろうよ」

 苦々しくミューラが吐き捨てる。そうなると、もう後は追えない。

 「なあ、最後のジャッキーの通信なんだが」

 腑に落ちない顔をして、コンソールに向かったままリンが呟いた。

 「これ、通信からじゃないんだ。六隻同時に聞こえてきただろ、オデットはネットを通じてだろうが、五隻は射撃管制波のラインを使ってる」

 「それ、どういう意味?」

 茉莉香が尋ねると、電子戦席のクーリエが言った。

 「つまり、クラッキングによるものって訳。しっかり射撃管制から乗っ取りかましていやがったわアイツ!」

 

 敗退したジャッキーは、遁走中ながら目は嬉々としていた。

 所々船体にアラートが出ている。

 「大分喰らったからな、でも航行に支障は無しと。正直、改装を受けてなかったら危ないとこだった」

 ダメージを確認しつつ、ジャッキーはほっとして山高帽を脱いだ。

 赤毛をくしゃくしゃと掻きながら独り言ちる。

 「こりゃあ罠だっか。この俺を撃退しようってんじゃなく、捕まえようってか?」

 相手の力量は認めよう。俺を待ち受けていて引っ掻き回すなんざ女子高生にしては大したものだ。だが所詮そのレベルでの話だ、捕まえることなんて出来っこない。撃退するのが精一杯のはずだ。しかし、ここで撃退出来ても、第二第三ラウンドが待っている。

 それにあの私掠船免状だ。要塞レベルでも通用する。しかも時間指定まで出来ると来ている。

 「敵に不足無しってか。精々、楽しませてくれよお!」

 そう言って舌なめずりするジャッキーだった。

 

 

 



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46話

 「海賊船団、目的空域に出ました」

 「現在位置確認。銀系〇三度四六分五四秒、銀緯一二度二四分三〇秒、辺境星系連合領内七つ星共和連邦の恒星間宙域です」

 航法士のリリィとファムが、数字を読み上げながら現在位置を銀河系宇宙図にプロットした。

 「時間軸プラスマイナス・ゼロです」

「動力系、船体構造に異常なし」

 あわせてサーシャ、ヤヨイからも素早く報告される。

 普段超光速跳躍する距離を、初めてワープで移動したのだ。船は問題なく跳躍している。

 「周囲に船影はありません。半径一〇〇万キロ圏内に観測用ブイと思われる小物体が二つ」

 「哨戒ポッドか」

 「時空移動と同時に位相ステルスを掛けましたから、まだ発見されていないと思います」

 レーダー・センサー担当のウルスラとナタリアより、この宙域の状況報告があった。

 ここはもう敵地である。

 プレドライブ現象を伴わない時空移動は、空間出現の際に派手な重力波やエネルギー拡散を撒き散らさない。そのため敵に探知されにくいが、通常航行すればエネルギー波は出る。海賊たちが越境してきたと知れるのは時間の問題だろう。

 「以前、ミューラさんとお相手した空域ですね。予定通りです」

 宇宙図に浮かび上がる赤い輝点を見ながら、茉莉香が話しかけた。

 「ああ、帝国領との国境地帯だ。この宙域の状態はデータに入っているしな。初めてのワープには、前もって知っている空間がいい」

 「でもワープって妙な感じです。超光速跳躍なら亜空間の中を飛んでるって実感できるんですけど、なんだかページをめくるように目の前が入れ替わるっていうか」

 「実際入れ替わってるんだよ。船が占めている時空を跳ぶ先の時空と入れ替えるのがワープだ。だから質量保存の法則もエントロピーも同時間軸では変化しない。――私も初めてだがな」

 この先は辺境星系連合、七つ星共和連邦にとって絶対防衛線だ。敵艦隊が展開し、その向こうにステラスレイヤーがいる。

 いよいよ殴り込みである。向こうは、特に七つ星共和連邦の艦隊は必死になってステラスレイヤーを守りにかかるだろう。この超兵器は銀河帝国への切り札であると同時に、星系連合をまとめる恫喝の手段でもあるからだ。

 『どうする? 一緒に来て欲しいなら、何処へでもついて行くぜ』

 『多勢に無勢だからな。しかも皇女様の御威光は、向こうには通じない』

 『戦力は分散させるより集中運用が戦術の基本だ。特に戦力に劣る場合はそうだ』

 迦陵頻伽、デスシャドウ、ビラコーチャから言ってきた。髑髏星での打ち合わせでは、船団を二つに分けて一方が攪乱に回り、オデット、弁天丸、バルバルーサ、グランドクロスⅡ、キミーラ・オブ・スキュラ、愛の女王号がステラスレイヤーの破壊に向かう予定だった。

 しかしステラスレイヤーは七つ星共和連邦の主星系にある。もっとも防衛も厚い。そこにジャッキーという不確定要素が加わって来た。

 「いえ、このまま予定通りいきます。一撃離脱です。向こうの防衛艦隊が集結する前に、やる事やって、あとは尻尾巻いて逃げるっ」

 『尻尾巻いてってか? それはいいが、敵も時空跳躍出来ることを忘れなさんな。遁走する前に圧し掛かられるぞ。まあ、こっちもなんだが』

 「忠告ありがとうございます」

 海賊船からの通信に、リーゼから内線が入った。

 ネットワークで結ばれた六隻の間の交信は内線扱いなのだ。いまはオデットを遠隔操作していることもあるが、各々の射撃管制やレーダー・センサー系を共有し合い六隻が一つの船となっている。

 「皆さんも、どうか無理はなさらないで下さい。勝つことが勝利条件では無いのですから」

 その言葉に、茉莉香もチアキもおやと思った。弁天丸との模擬戦のとき、勝たなければ終わりだと言っていた頃と随分な変わりようだ。

 『そうともさ。負ける戦はしないのが海賊、それは相手に勝つって事じゃねえ。逃げ道を作って差し上げるのが今回のお仕事だ。それには、そっちの成否如何に掛かっている。精々気張んな、こっちは存分に引っ掻き回してやるからよ!』

 ウィサースプーンが、カールした髭をぴょんと立ててウィンクしてくる。

 『嬢ちゃん達も気ぃつけてな』

 『本当は、儂ら大人たちがケリを着けとく話じゃったんだがな』

 『一二〇年分の落し前じゃ、いや二〇〇年分、かな』

 惚けているのかいないのか、よく判らない爺さんたちからも話が入る。

 それを聞いていて、ジェニーは、アテナ教授の例題を思い出していた。未来における情報伝達が現代に責任が負えるのかという現実的課題だ。未来から過去への情報伝達があった場合、それを意思決定するのは当事者である時代人の選択に拠る。スズカたちの選択は未来に責任を負った、だから私たちはいまここに居る。一方で、私たちの時間跳躍は、超次元宇宙論の基となってしまった。そして時空跳躍やステラスレイヤーが生まれている。これは未来における過去への情報伝達の結果だ。それが現代に責任を負えるのか、過去の海賊達の選択に対してもそうだ。いま私たちはその落し前を着けようとしている。

 「茉莉香、私たちはこのまま輪形陣ネットで跳ぶのか? だいぶん機動が制限されるが」

 クォーツが陣形について訊ねて来た。確かに単艦ごとの方が動きやすい。

 少し考えて茉莉香は言った。

 「いえ、このままで行きましょう。まだジャッキーの事が気になりますし、こちらが動き回らなければならなくなったら、それで負けです」

「そうだな、各個撃破で終いだな。こっちはステラスレイヤーを防げないしオデットには武装がない。だが跳んだ先は恐らく機雷原だ。輪形陣では避ける範囲が広域になる。身動き取れないぞ」

 時空跳躍は、簡単に言うと跳んだ先の空間を入れ替えて跳ぶ。最初の跳躍で機雷に当たる心配はないが、その後の機動は困難となる。

 「宙域を確認しつつ、短ジャンプで行きます。そこで一気にステラスレイヤーに肉薄です。重力制御でクォーツさんが見せてくれた手ですよ」

 「重力制御は単艦でのゲリラ攻撃が有効なんだが、それを艦隊でやるってか。折角出来たセオリーをまたひっくり返すか、茉莉香は」

 そう言ってクォーツは面白そうに笑った。

 「それならば、ここに置き土産を残して言ったらいかがでしょう」

 「置き土産って?」

 クォーツとリーゼの隣りからヒルデが提案した。

 「ここに重力子爆弾を仕掛けて置けば、向こうの機雷原がこの宙域に出現したときに爆発と重力波が起きて、プレドライブ現象に見えませんか? さっきの観測ブイがそう錯覚して誤った情報を送るのではないかと」

 「思いっきり時空跳躍の範囲を拡げれば、それだけ機雷原の掃海にもなるし、船団が跳躍してきたように見える」

 「超光速跳躍で敵地に入る時は、まず跳躍先の宙域を掃除してから突入する。爆発は掃海作業と判断されるし、重力波はプレドライブにつきものだ。見間違える可能性は高い」

 「それいい! みんなの攪乱もやり易くなる」

 ヒルデの思い付きに皆が賛同した。敵に集中運用を許さず分散させる。やはりセレニティーの姉妹、侮りがたし。

 「恐らく機雷は留置型じゃなく、艦船に寄って来る魚雷タイプだと思うから、他の海賊船にも重力子爆弾撒いて行ってもらったらー」

 クーリエが揚げゲソをくちゅくちゅさせながら付け加えた。

 『みなさん、お聞きの通りです。こちらの戦力が一〇倍くらいみ見えるよう、盛大にお土産置いて行って下さい!』

 ワハハハと笑い声とともに、重力子爆弾をばら撒いて、海賊船たちは宙域から消えた。彼らの行き先は、七つ星共和連邦の艦隊司令部がある第三星系だ。そこは辺境星系連合艦隊総司令部を兼ねている。

 彼らを見送った後、静かな宙域に六隻が残された。

 「さあ私たちも行くわよ。三代目、思いっきりエンジンの出力上げちゃって!」

 茉莉香が威勢よく注文出すが、三代目は慎重だ。直接反応炉を使って超光速跳躍するわけではなく、重力制御システムのアクセルとして使用するから、負荷が掛かってエンジンが吹っ飛ぶ心配はない。だがこのエンジンは古い。

 「いくら数値上でも、リミッター解除にゃ手順があるんだよっと。オーケー船長、ゲージ一杯だ。行けるぜ」

 「座標、七つ星共和連邦第一星系主星、第一惑星軌道に設定。」

 「時空跳躍範囲、他の船とも連携取れてる。現在10万キロだ」

 「再出現時の応戦、何時でも行ける」

 三代目に続いて、ルカ、百目、シュニッツアからオールグリーンの報告。他の船のブリッジでも、航行系、センサー系、火器管制系から同じ報告がされているだろう。

 「それじゃあ、リーゼちゃん。号令お願い」

 茉莉香はリーゼに振った。

 『白鳳海賊団、行きましょう』

 六隻の輪形陣は、敵の本陣に跳んだ。

 ――少しの間を置いて、何もない静かな空域に、派手な爆発と重力波が巻き起こった。

 

 

 『銀河帝国との国境に近い星間宙域で、予定にないプレドライブ現象が検知されました』

 連合統合艦隊総司令部の管制セクション・アイランドから報告が上がった。

 『第七星系外惑星領域にある、観測ブイA一〇二-〇〇七三RVとC二二-五八四一RBからです。規模は一〇万キロに渡り複数、小型魚雷によるものと思われる爆発を伴っています』

 隣りのレーダーセクション・アイランドからも同様の報告がされる。

 ドームの中央には、辺境星系連合領を網羅した大型球形スクリーンが浮かび、アイランドから報告があった地点が輝点と情報付箋で映し出されている。それを取り囲むように、島形ブースが球形スクリーンと向き合う形で壁全面に並び、そこから中央に突き出した一本の橋の先端にも円形のブースがある。

 司令官が一段高い所に陣取って部下たちの仕事振りを睥睨する艦橋型ではなく、丸く部署が並ぶアリーナ形式でオデットⅡ世のブリッジに似ている。植民星の司令部はこの形態のものが多く、たう星にあった旧植民星連合の総司令部(いまの白鳳女学院)もそうだ。天上にも島形ブースがあり、上下左右どちらからも視覚的に情報共有は計りやすいが地上に在っては無理な配置だ。それは、この司令部が衛星軌道上に浮かんでいるからで、辺境星系連合統合艦隊総司令部は球状要塞の中にある。

 「典型的な進出現象だ。機雷を警戒して掃海しつつの跳躍。帝国はついに出てきたか」

 橋にある円形ブースでスクリーンを見ながら総司令は言った。

 しかしレーダーセクションは、コンソールに出ている数値を見つつ否定した。

 『いえ、帝国ではないようです。牽制行動にしても規模が小さすぎます。せいぜい巡洋艦クラスが二〇隻程度と見積もられます』

 「偵察艦隊ではないのか?」

 『それには多すぎます。人命を第一に考える帝国艦隊ですから、過ぎるという事が無いのかもしれませんが…偵察行動だと動きが制約されます』

 「海賊か――」

 報告を聞いて、総司令は吐き捨てるように言った。

 この界隈で活動している辺境海賊ギルドとは去年から関係疎遠になっていた。多少は使える奴らだったが、こちらがステラスレイヤーを持つとなってから、何を血迷ったか一方的に関係を切り、あからさまな敵対行動を取るようになっている。今では険悪だ。とうとう居場所がなくなり白鳳海賊団とかいう帝国でも片田舎の海賊と手を結んだと聞いている。その海賊は、あろうことか帝国と星系連合に宣戦を布告して来た。ギルドの思惑は帝国との和解だったのだろうが、見事に当てが外れた訳だ。

 白鳳海賊団は取るに足らない兵力で、宣戦布告は只の売名行為かと思っていたが、実際に帝国内で建設中だったステラスレイヤーを破壊した。しかも、その海賊団の総帥が聖王家の皇女だとの話だ。帝国が皇位継承権を巡って内部に争いが起きていることは報告で知っている。最近、内部抗争は女王と侯帝の手打ちで収まったとされているが、侯帝は帝国艦隊を牛耳る総督に就いている。そして皇女の反乱。恐らく女王は失脚しており軟禁状態、それで居場所を失った皇女が侯帝に反旗を翻した。ステラスレイヤーを狙ったのは、帝国艦隊を牛耳る侯帝の権威を貶めて自分の発言力を高めるため――、そんなところだろう。

 いやはや、帝国も内情は四分五裂という事か。だからこそ、帝国に挑戦できるのは今しかない。だが、皇女よ。海賊に頼ったのは過ちだ。それは帝国にも辺境にも居場所がない根無し草の泥舟だ。そして辺境星系連合に歯向かってきたこともだ。帝国艦隊相手なら手加減もしてくれただろうが、こちらはそんな斟酌をする理由がない。

 『侵入してきた敵の目的は、ステラスレイヤーの破壊と推測します』

 作戦参謀セクションから意見が具申された。

 「その根拠は」

 『敵は海賊と思われます。白鳳海賊団は宣戦布告の理由にステラスレイヤーの名前を上げています。そして事実、帝国側の建設途上にあった施設を破壊しております』

 「一応の理由にはなるが、海賊は利害無しでは動かん。帝国の施設を破壊したのは、栄光ある銀河帝国が無差別大量破壊兵器に手を染めることは許さないという大義名分が成り立つ。海賊団の首領は皇女だというからな。だから帝国のものの破壊には利がある。しかし今回は海賊ギルドが加担していることを忘れるな。海賊ギルドにとって障害は大量破壊兵器ではない、奴らにとってそんなものはどうでもいい。目の上のたん瘤と思っているのは、直接敵対関係にある七つ星共和連邦だ」

 『つまり総司令は、ここを狙って来るのではないかと?』

 参謀の質問に総司令は頷いた。

 「残念ながら、我が辺境星系連合も決して一枚岩ではない。それを纏め上げている求心力がステラスレイヤーへの恐怖だという事も否定しない。ステラスレイヤーを破壊すれば七つ星共和連邦の力は低下するだろから狙ってくる可能性はある。だがリスクが大きすぎる。帝国側と違い、こちらのものは既に実戦配備が済んだものだ。その火力には誰も太刀打ちできない。ただ七つ星共和連邦の権威を失墜させたいのなら、この要塞を叩くだけで良い。それとて容易ではないが、星系レベルで破壊できる超兵器と比べればリスクの軽重は明らかだ。この要塞自体を破壊できずとも、我が方の艦隊にダメージを与えることが出来れば、辺境星系連合に動揺を起こすことが期待できる。そこに付け入ろうと海賊ギルドは狙っていると思う」

 『――成程。』

 「哨戒を厳にしろ。防衛艦隊は臨戦態勢に入るよう、各司令官に通達」

 命令一下、総司令部の各セクションが慌ただしく動き始める。

 「それと、ステラスレイヤーにも警戒せよと連絡を入れろ。もしものこともあるからな」

 だが、その命令が届くと同時に、総司令部を護っている防衛艦隊は、突然現れた敵の攻撃を受けた。

 白鳳海賊団の襲撃だった。

 



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47話

 七つ星共和連邦領域を担当する二〇〇〇の艦艇のうち、ステラスレイヤーがある第一星系と総司令部がある第二星系とに約半数が割り当てられている。総司令部要塞を防衛している五〇〇の艦艇は一〇の艦隊群に編成されて要塞宙域に展開されていた。

 けたたましく警報が鳴る。

 ブリッジの中は、何が起こっているかを確認する士官たちで慌ただしい。次々に上がる報告で混乱をきたしている。ここに展開している他の艦隊も同様だった。

 「現況!」

 イライラしながら艦長が怒鳴った。自分も困惑しているのだが、そんな顔を見せれば、余計に士官たちが動揺する

 「敵船は三隻。艦隊の中にいきなり現れました。艦隊陣形の中を飛び回ってミサイル攻撃を仕掛けています。行動は、例のジグザグです」

 「他の艦隊からも、二ないし三隻から攻撃を受けているとの報告!」

 何処から来たんだ?

 プレドライブ現象なんか無かったぞ!

 防空識別圏は何をやってたんだ!?

 士官たちが対応に追われながら首を傾げる。こちらの臨戦態勢はまだ取れていなかった。ついさっき総司令部から命令を受けたばかりのところだ。全くの奇襲だった。

 「被害は軽微ですが、敵はこちらのレーダーと主機関を集中的に攻撃中! 索敵と操船に影響が出つつあります!」

 装甲が厚い戦艦クラスに豆鉄砲のようなミサイルは通用しない。だが、剥き出しになっているアンテナやエンジンノズルは別だ。そのような場所は、通常の戦闘ではまず当たらない。電子妨害で射線は逸らすことが出来るし、何よりそんなピンポイントな攻撃は、撃ち合う距離から無理だからだ。余程の接近戦でもない限りは――。

 「応戦はどうなってる!」

 艦長は声を荒げた。

 「それが、距離が近すぎます。艦隊の中で撃つと同士討ちの危険性があります!」

 艦長は席の肘掛をこれでもかというほど強く握り締めた。こちらは砲も実体弾も強力過ぎるのだ。味方に当たればただでは済まない。

 「対空弾で弾幕を張れ! それなら味方に当たっても装甲が剥がれる程度で済む!」

 襲撃を受けているそれぞれの艦隊が、一斉に火箭を開いた。

 五〇〇隻とは言っても、その全てが大型戦闘艦ではない。輸送艦も含まれるが、軍用である以上武装はしている。その小型船までもが果敢に攻撃してくる。

 だが、当たらない。敵の動きが複雑すぎて、弾幕が追いついて行かない。むしろ、装甲が薄い小型船の方に弾が当たって被害が出ている。

 「艦隊を散開させて距離を取れ。そして、小型船を下げさせろ!」

 

 「うひょー、派手に同士討ちしとるわい」

 手をかざしてコジャ船長が言った。

 「鬼さんおいで、甘酒しんじょ」

 スリーJが軽口を叩いて、手に持ったグラスの氷をカラリと言わせる。

 「お前さんのは甘酒じゃなくて、ウイスキーじゃろうが」

 「違いねえ!」

 すっかり出来上がっているスリーJは、キャプテン・ザ・ピースの突っ込みに、酒焼けした額をぴしゃりと叩いた。

 「それにしても、重力操作てのは便利なものじゃのう。スラスターの調節無しで自在に飛びよるわい」

 ロウ・オブ・ウォーが自分の数倍もある戦艦の脇を擦り抜けながら、アンテナ類を狙い撃ちにする。

 「全くじゃ、圧力調整やら過重移動やら、面倒な計算をせずに済む」

 ラブマシーンが不規則な飛行を取りつつ、相手に防空弾幕を撃たせ、味方の船体に風穴を空けさせる。

 「船体アライメントやショックアブソーバーを気にせんでいいとは、ほんに楽じゃのう」

 ダークスターは素早く戦艦の背後に回り込み、メインエンジンのノズルにミサイルを叩き込む。

 オリジナル・エイト、ナイン、テンの海賊たちは、自在に敵艦隊の中を飛び回りながら確実にスコアを上げていく。その動きに、要塞護衛艦隊の射線は全く追いついていけない。

 

 「ほほう、僚艦どうし距離を置いての挟叉攻撃に移るか? それじゃあ、折角の弾幕が薄くなるぜ」

 ビッグキャッチが、ヒヤシンス、クロッカス、クローバーとともに弾幕の中を掻い潜りながらメインエンジンを叩いていく。断続的に推進ノズルを攻撃されて、ノズルが変形しエンジンがオーバーヒートをきたした戦艦も出て来た。

 「今更戦列を整えようとしても、この慌てようじゃあ無理だ。それ故付け入る隙だらけだ」

 ウィザースプーンが、スプーンを曲げながら僚艦を指揮しつつ敵の艦隊行動を妨害する。エル・サントとビッグキャッチは、僚艦がたった三隻ながら立派に艦隊と言えた。それぞれが単身一〇〇隻の敵艦群に飛び込み攪乱している。

 

 「ぬおおおおおお、根性ぉー!!!」

 たった一隻で飛び込んで行く猛者も居た。村上丸の擂り粉木船長だ。持ち前のタフガイ精神で吶喊を敢行し、敵のブリッジ目掛けてミサイル攻撃を仕掛ける。が、最も装甲の厚いバイタル・コアだ。効果は薄い。人はそれを無謀という。しかし相手を怯ませるには十分な攻撃だった。

 

 快刀乱麻、居合宜しく擦れ違いざまに相手を断つ。

 「成敗!」

 マスター・ドラゴンが結んだ印とともに、敵戦艦上に起こる猛烈な火焔。

 シャングリラが撒いた反物質爆弾だ。戦艦を焼くことは出来ないが、装甲にダメージを与える事は出来る。そこに味方の弾幕が当たって傷口を大きくさせていく。

 

 

 「まだ海賊を黙らせることが出来ないのか! 敵はたった二〇隻足らずだぞ、いったい何をやっとるんだ!」

 総司令は肘掛をダンと両手で叩いて吼えたてた。

 「あれがここに配備されていたなら、一斉に焼き払ってやるものを…」

 その呟きに、ここに居る士官たちはぎょっとした。

 あれの配備が終わっていたら、味方がいる中にぶっ放すつもりなのかと。

 ステラスレイヤーは恒星のエネルギーを利用するため、いまは第一星系の母恒星に設置されている。しかし行く行くはこの要塞にも設置される予定になっている。この司令部要塞は移動要塞。変幻自在に恒星に現れて、予期せぬ場所から攻撃することが出来るようになる。

 そうなったら、この司令官は手段を選ばず、見方を犠牲にしてまで目的を果たすのか!?

 その空気を察してか、参謀がそっと耳打ちした。

 「総司令、言葉を選びませんと…兵の士気に関わります。それに、盟軍の司令部付きの目もありますので…」

 幾分気まずい思いで、こほんと咳払いをする指揮官。

 「現在の、我が方の損耗率はどうなっているか」

 いきなり振られて、軍令セクションが艦隊の状況を確認した。

 「大破はおろか中破した艦もありません。損害は軽微ですが、ただ、艦隊行動不能で撤退、もしくは停船を余儀なくされた艦艇が多数出ております。」

 「なんだと? 損害軽微で行動不能とはどういう訳だ」

 「先程の報告にあったように、レーダー・センサー系や推進系を集中的に攻撃を受けており、味方からの被弾もそこに命中するよう、敵は巧妙に仕向けております。目と耳、そして足回りをやられては艦隊行動がとれません。ドック入りすればすぐに修理が可能ですが、それには戦列を離れるしかありません。そうした現在の損耗率は、二六パーセント…」

 総司令は言葉を失った。死者が出たという報告はまだ入っていない。しかし行動不能となった艦が三〇パーセント近いとは。これが艦隊戦での損耗率なら全滅という判定が視野に入って来る数値だ。

 この戦闘は艦隊戦というより、まるでゲリラ戦だ。隊列を整えた正規軍に突然殴りかかって来た夜盗の集団。神出鬼没でちまちまとこちらの戦力を奪っていく。ふつう海戦では動きが鈍くなった敵艦に集中攻撃を加えて確実に仕留めていく。たとえ動きが止まっても砲撃が出来れば戦力だからだ。水に落ちた犬は棒で叩くが戦闘艦のセオリー。だがこの海賊は、身動きが取れなくなった艦艇に見向きもしない。ひたすら目と耳、足を奪って、早々に御退場願っている。――そうこうするうちに、確実に敵はスコアを上げている。

 「これが海賊の闘い方か」

 総司令は唸った。限られた戦力で最も効果的な戦果を上げる。それは勝つことを目的としていない。ならば敵の目的は陽動か、こちらに動揺を引き起こさせるための宣伝工作か。

 陽動ならばステラスレイヤーが考えられる。だが一つプラントを破壊したところで状況は変わらない。第二第三のプラントが造られるだけだ。海賊にとって利益にならない鼬ごっこだ。帝国がスポンサーなら筋が通るが、奴らは帝国のプラントを破壊している。とするとやはり宣伝工作。

 そこまで考えて総司令は自分の言葉に気付いた。

 『スポンサー』、『宣伝』というキーワードにだ。

 正規軍の艦隊を虚仮にして、ステラスレイヤーを破壊して、一体だれが一番得をする? それは、兵器を売る軍事産業ではないか。不甲斐ない戦艦群にはバージョンアップを勧める、破壊されたプラントには新たに注文が入る。濡れ手に粟の商売だ。

 「そうか、奴らのスポンサーはコングロマリットか!」

 総司令は戦争をプロデュースしている者の存在に気付いたが、導き出した答えは見当違いなものだった。海賊にとって利害は重要だが、白鳳海賊団は算盤勘定だけで動く者達ではない。

 突然叫んだ総司令に驚きながら、言いにくそうに参謀が報告した。

 「総司令。この戦況について。お耳に入れておかなければならないことがあります」

 「何だ。帝国艦隊がこの機に乗じて乗り出して来たか?」

 「いえ、帝国に動きはありません。ただ先日の第五艦隊との戦闘と同様に、この戦闘も銀河系にネット配信されております。連合に所属している星系にもです」

 不味いと総司令は思った。

 取るに足らない海賊共に、いいように小突き回されている辺境星系連合きっての精鋭艦隊。これでは、連合を仕切っている七つ星共和連邦が足元を見られる。

 「艦隊を下げさせろ」

 「は? いま何と??」

 「艦隊が、射線の邪魔だと言って居る。要塞の全出力をエネルギー・ダイナモに回せ!」

 総司令の命令に射撃管制セクションから異議が出た。

 「しかし単結晶は未配備、狙いが定まりません。高エネルギー波を広範囲にまき散らすだけです」

 「それでもいい。高エネルギー波の輻射で海賊の船を電子レンジにしてやる!」

 

 

 最初にビラコーチャが変化に気付いた。必死で海賊船を追い掛け回していた対空砲火が乱れ始めたのだ。そして艦隊が散開しようとしている。

 『敵艦隊群に動きあり!』

 カチュア・ザ・レディーが素早く変化を伝えた。

 「どうした、尻尾巻いて逃げるような相手じゃないだろ?」

 報告を受けて海賊たちは戦闘空域を確認した。

 確かに艦隊群が動いている。しかも自分たちを引き連れたまま。そして、散開していく。丁度、漁の網を手繰り寄せといて開くように。

 『空域が空いていく。正面は…司令部要塞だ。おい、司令部要塞の軸線に乗ってる!』

 サザンアイランドのジョンが言った。

 『ステラスレイヤーほど高出力、精密でなくても、エネルギー・プラントがあれば拡散波を撃てる。俺にはあの目がそう見えるねえ』

 カーン伯爵が言うように、黒い球体をした司令部要塞の真ん中に、巨大なパラボラ状の射出口が出来ている。丁度それは目玉のように見えた。

 『古代の映画で見たものに似てるいな。そいつはエネルギー集束波をぶっ放してた』

 クルップ侯爵も嫌な胸騒ぎを覚えつつ呟く。

『それ、ステラスレイヤーじゃないのか?! 司令部要塞はまだ未配備じゃなかったのかよ!』

 悲鳴に近いバックスラッシュの見習い船長。

 ――要塞に、高エネルギー反応!――

 クルーからの報告に、海賊船長たちは戦慄した。

 「「「ヤ・バ・イ」」」

 一様に危険を感じ取り、それぞれが申し合わせたように、一斉に空域から跳んだ。

 その直後、凄まじいエネルギーの津波が空域を襲った。

 三〇万キロの扇上に広がったそれは、辺りに重力場異常と電磁波の嵐を撒き散らしながら拡散していった。

 まだ空域に残っていた艦艇と要塞が反動で被害を被り、第二星系全体が停電を起こす事態となった。しかし、成果は海賊を打ち払っただけだった。

 

 



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48話

 『七つ星共和連邦第一星系第二惑星間空域にタッチダウン確認しました。正面に見えるのが主星アルキュオネです。』

 たう星と同じ主系列星スペクトルG型のアルキュオネは、距離が近いため海明星で見るより一回り大きく見えた。

 『船体構造、航行、通信系に問題なし』

 『空域状況。前方に護衛艦隊群、オデットの周囲は機雷原です。ステラスレイヤーは第一惑星間空域内の静止軌道上に確認』

 『機雷は感応式浮遊機雷! こちらに向かってきます!』

 ワープ終了と同時に、クルー達がてきぱきと状況確認を行っている。超光速跳躍での通常空間復帰とは大分勝手が違うジャンプなのだが、適応が早い。

 一方おっとり刀の弁天丸ブリッジ。

 「空域状況っと、間違いねえ。お嬢さんたちの報告通りだ」

 「航法も確認」

 「火器探査も同様だ。ステラスレイヤー護衛艦隊も確認、三〇ポイント前方に陣取ってる」

 百目とルカとシュニッツアが遅れて報告する。どうやら他の海賊船も同様なようだった。

 「おい百目、俺たちゃロートルになっちまってないか」

 弁天丸の操舵をしながらケインがぼやいた。

 「ジグザグに跳ぶ連続短ジャンプなら、同じ空域内だから勝手が判るが、宙域がまるっと入れ替わるワープだと、どうもなあ…勘が狂うな」

 ポリポリと頭を掻く百目。

 『という訳だから、後の指揮はお前さんに頼む。茉莉香船長』

 バルバルーサのケンジョー船長が言って来た。他の船からも、それに何も言って来ない。

 「じゃあ、まずこの空域からもう一息跳びましょう。護衛艦隊の後方、ステラスレイヤーの真ん前!」

 ぴしっとスクリーンに映ったアルキュオネを指差す茉莉香。

 「それだと後ろを取られるんじゃない?」

 オブザーバー席のミーサが言った。しかし自信に満ちた目でグリューエル。

 「いいんです。どのみちステラスレイヤーと向き合わなくっちゃならないんですから、いらぬ回り道は時間の無駄です」

 それにニッコリと茉莉香が応じる。

 オデットを中心にした六隻が再びジャンプした。

 何もなくなった空域に、殺到した機雷がお互いに感応し合って誘爆した。

 

 「機雷原に誘爆現象!」

 「計器故障による自爆か? プレドライブは見られていないぞ」

 レーダー・センサー席からの報告に、提督は再確認を求めた。

 「いえ、故障ではありません。何かに感応して向かっていったものと思われます。しかし誘爆によるエネルギー放出は、機雷によるもの以外検知されていません」

 ステラスレイヤー護衛艦隊は、機雷原の後方一〇ポイントの地点に展開していた。艦隊はプラントの正面に配置すればよい。プラントを襲撃する敵を機雷で漸減させ、突破した敵を五〇〇で包囲殲滅する。アルキュオネ星の背後から回り込もうとしても距離があり遠回りだ。他の艦隊を呼び寄せる時間的余裕がある。挟み撃ちにして殲滅。

 つい先程もかなり広範囲で機雷の反応が消えたのだ。それには爆発が確認されていなかったが、今度は爆発が起きた。しかも消えた機雷の辺りに設置してある機雷がだ。爆発は消えた機雷群の中心で起きていた。

 いきなり防空圏内で起きた爆発に、護衛艦隊は色めき立った。

 

 星系内中距離ワープし、六隻の海賊船は惑星間を一気にジャンプした。主星アルキュオネがスクリーンいっぱいに映っている。伸し掛からんばかりの恒星の赤道面中央に、黒くプラントが浮かんでいる。ステラスレイヤー・プラントだ。

 『とうとう来たな。キャプテン茉莉香』

「はい、もう一息です」

 感慨深げなケンジョーに茉莉香が頷いた。

 『でもこれからが正念場よ。どれだけ耐えられるか、丸腰で装甲なんてまるで期待できない太陽帆船が表になるのだから。――私は我慢出来ずに飛び出してしまったけれどね』

 海賊との果し合いで、ちまちました相手の攻撃に耐えられず飛び出してしまったクォーツが言う。

 『今なら気付かれずにステラスレイヤーに肉薄出来るわ。ジャンプで至近に出て、ありったけの反物質弾とビーム砲をぶち込めば、プラントは破壊できる』

 マイラが物騒な事を言って来る。そんなことをしたら、プラントが暴走してアルキュオネが超新星爆弾化する恐れだってある。七つ星共和連邦は只では済まない。マイラさんて、こんな人だったっけ??

 「あのう、一応言っときますけど、私たちは殲滅戦をするつもりは無いんで。それにただプラントを破壊するだけでは駄目なんです。ステラスレイヤーが兵器として使い物にならなくなるのを、しっかり皆さんに見てもらう必要があるんです」

 『だからって折角の勝機を――。ま、いいか。相手に逃げ道開けといてやるのも海賊の闘い方だ。お前のやりたいようにするがいいさ』

 伏せ目がちにミューラがごちる。何だか普段と姉と妹のキャラが入れ替わっているみたいだった。

 『あの超兵器を沈めるために、海賊たちはみんな結集し犠牲を払った。白鳥号のシラトリ船長は船乗りを続けられなくなったし、黒鳥号は大破沈没、その現場に私は居た。そして同じ名を持つ超兵器の前に再び立っている。海賊の思いとやり残したことを今ここで果たすわ』

 バルバルーサのノーラの言葉は重かった。あの場面に茉莉香たちは関わっていたし、ステラスレイヤーの重力制御を完成させたきっかけが、自分たちの時間跳躍だったからだ。

 「はい。片を付けましょう」

 茉莉香はきっぱり答えると、ケンジョーが言ってきた。

 『じゃあ名乗り上げだ。隠れマントを解くと同時に一発行くぜ!』

 「やっちゃってください!」

 あっと娘が止める間もなく、ケンジョー・クリハラは、ステルス解除と同時にスイッチを押した。

 

 「いったい何が起こっているんだ?」

 訝しがる提督に、再びレーダー班が叫んだ。

 「敵です! 艦隊の後方、ステラスレイヤーの前に敵出現。いきなりです」

 「敵艦は六隻。戦艦クラス二、巡洋艦クラス四!」

 六隻の海賊船がステルスを切り、護衛艦隊には突然背後を突かれたように見えた。

 慌てて応対し一八〇度回頭する。

 そこへ、いきなり歌が流れて来た。荒々しい靴音とともに三人の娘達の歌声、例によって強制入力による海賊の歌だ。

 

 『声を上げろ鬨の声を

 俺たちゃ誰の助けも借りぬが

 食えねえ奴らにゃ つるんで叩くぜぇ

  勝った後の酒は旨い

  男も女も海賊は強い

 避けも喧嘩も海賊魂ぃ』

 

 前は音声だけだったが、今回は立体映像もというサービス付き! 茉莉香が、チアキが、そしてリーゼが、ワンピース姿振り振りで宇宙空間で踊っている。

 茉莉香は『うん、二人ともカワイイ』などと満足気だが、チアキは肩を震わせて俯き、リーゼは真っ赤になって固まっている。楼門五三桐で見せた大見得は何処へ行った、やはり普段着だと女子中学生に戻ってしまうのか。

 親父ぶっ殺す、親父ぶっ殺す、親父ぶっ殺す………

 爪を噛みながら、何かブチブチ言っているチアキが怖い。

 「海賊船?です」

 幾分歯切れの悪い作戦参謀士官。

 「見りゃ判る。全速前進、攻撃用意」

 艦長は命令するが、砲手から報告が来る。

 「撃てません、軸線上にステラスレイヤー!」

 「敵はステラスレイヤーを攻撃できる圏内にいます!」

 レーダー・センサーから悲鳴が上がった。

 「ええい、左右に分かれ三五度で廻りこめ。側面から攻撃する!」

 渋面で艦隊行動を指示する提督。回り道を余儀なくされたのは防衛艦隊の方だった。

 

 『敵が回り込もうとしている。ミサイル攻撃を開始する』

 のたのたと向きを変えて前進を始めた相手を見て、ミューラが淡々と言って来る。

 『大した効果は出ないだろうが、向こうを慌てさせるには十分だ』

 意地が悪そうに黒髭船長が続ける。

 「そうですね、それでステラスレイヤーが起動してくれたら良いのですが、それまで妨害の方お願いします」

 『こちらは電子戦スタンバイOKよ。邪魔が入らなければ良いのだけれど』

 マイラが茉莉香の要請に返事する。マイラの愛の女王号は電子戦対応に特化されている。元々が諜報や秘密裏な要人輸送をしていた船なのだ、この船が輪形陣の電子戦を取りまとめている。ここでマイラが言う邪魔とは、そうジャッキーの動きが懸念された。

 輪形陣ではジグザグ運動によるミサイル回避は困難だ。どうしてもジャンプが緩慢になり操船も六隻同時リンクでは複雑となる。ミサイル攻撃は、通常通り電子攻撃によるジャミングに拠る。ミサイル回避が出来なかったら、五隻が装甲の薄いオデットの盾になればいい。

 兵装のないオデット以外の海賊船から、ミサイルがステラスレイヤー目掛けて発射された。

 ミサイルは全弾プラントに吸い込まれて行き、少しの間を置いて盛大な爆発の華を咲かせた。

 ミサイルの火力の割には大きな爆発だった。予想通り相手に被害はない。実態より火勢が大きかったのはミサイルに閃光弾が仕掛けてあったからだ。しかしそれを見た守る側の方はたまったものではなかった。虎の子の超兵器が攻撃を受けている。それだけで浮足立つには十分だった。碌に被害を確認しようともせず、過剰に反応してしまったのである。

 まだ距離があるうちから艦隊が攻撃して来た。当然狙いは鈍く、電子妨害の必要がないほど誤差がある。

 しかしステラスレイヤーの方からも攻撃して来た。こちらは距離が縮まっているぶん正確だった。けれども電子妨害は上手く働いている。

 「あちゃーステラスレイヤーから撃って来たかぁ。てことは有人の可能性もアリか」

 帝国のが無人プラントだったから期待したのだが、こちらのは人が配置されている可能性が出て来た。攻撃はリモートコントロールなのかもしれないが、有人プラントの線もあるのでプラントを恒星に沈めることは出来ない。正義の海賊は、無益な殺生はしないのだ。もっとも茉莉香に、はなからプラントを恒星に沈める選択肢は無かったが。

 『ステラスレイヤーまで距離一.七ポイント。四時と八時の方向から追撃中の護衛艦隊は二.一五ポイントまで接近。そろそろ相手も有効射程に入ります』

 サーシャが警告してくる。こちらは時間稼ぎをしながらの巡航スピード、向こうは先速力で追っている。彼我の差はどんどん縮まっている。

 『電子妨害は正常に稼働中』

 ファムが愛の女王号の電子戦状況を伝えて来る。そろそろ有効弾もありそうな距離になったが至近弾すらない。しかしスキュラのリンの方からコメントが来た。

 『正常に稼働中なのは、そうなんだが…。こちらが出しているより効果が高いっていうか、出力が大きいんだよな』

 「え、それってどういう意味なんですか」

 茉莉香が聞き直したところで、電子戦席のクーリエがコンソールを操りながら捕捉した。

 「こちらが設定してるより強く電子妨害が働いてるってこと。何処からかアシスト受けてる」

 「それって……」

 『そう、あのイカレポンチが手助けしてる気がする。奴にしてみればオデットを壊されたんじゃ堪んないからだろうが、問題はこちらの電子攻撃に乗っかってるって事だ。あいつしっかりハッキングかましてる』

 「何処から!?」

 驚く茉莉香のところに、調子の良いイカレた声が流れて来た。

 『は~い。皆さんのアイドル、ジャッキーさんでーす。茉莉香ちゃ~ん元気してたぁ―』

 「ちゃんて呼ぶな! それと何のつもりですか!!」

 知らぬ間に通信ネットワークにまで入り込まれている。

 『そちらの魔法使いのお嬢さんが言ってる通り、こちらとしても仕事の前にオデットが壊れて貰っちゃ困るんだよ。輪形陣もいいけど身動き取れないだろ? で、白馬の騎士がご登場って訳』

 「あなたの手助けがなくても大丈夫です。ていうか手を出すな!」

 『つれないねぇ。ところで茉莉香ちゃん、ここは一時共同戦線で行かない?』

 「そーゆーのを呉越同舟って言うんです」

 利害が一致すれば敵同士でも助け合うという意味だが、果たしてコイツと協力が成立するのか。

 「同床異夢ですわ」

 グリューエルも胡散臭げだ。

 そこにジェニーが質問して来た。

 『ジャッキーさん、あなたのルナライオンは大丈夫なのですか? 大分私たちの攻撃をお受けになっていらっしゃったようですけど、半壊だったらむしろ足手纏いです』

 『大丈夫ですよお、まあ結構危なかったが、改良を受けてたもんで私ともどもピンピンしてます。船体、航行、装備には何ら問題なし、大船に乗ったつもりで居てちょ―だい!』

 ドンと胸を叩いたか、ケホケホと咽る声がして来る。

『あらぁ、あんなに直撃喰らったのに大丈夫だなんて、丈夫な船ですね。――それと、貴方の船のプレドライブ現象が全く見られないのですが、一体どんな推進をお使いで?』

 ジェニーの声の調子がすっと冷たくなる。

 『え、まあ、知り合いから「えーもんありまっせ旦那」って紹介受けて改造を――』

 いかにも怪しい。

 『それって重力制御推進ですわよね。それに、あれだけの実体弾やらビーム砲を受けても平気なのは、装甲に単結晶コーティング使ってるでしょ。いまこの銀河でそれが出来るのは、ただ一カ所のみです。あなた、またやりましたね』

 ジェニーの言葉に、皆ピンと来た。それならジャッキーの神出鬼没ぶりもルナライオンの不死身さも説明がつく。

 『てめえ、うちの学校騙しやがったな!』

 リンが叫んだ。

 『来てる。宇宙大学から被害届と指名手配の依頼!』

 ノエルが指名手配書を照会した。どうせ白鳳海賊団の名を騙って改造を受けたのだろう。

 『ホント確認が甘いんだから…。ジャッキーさん、いま貴方は宇宙大学からも賞金首を掛けられている訳です。まあ宇宙大学につてを持ちたい方々は、目の色変えて貴方を追い掛け回すでしょうね。あなたと取引する方もぐっと減るでしょう。企業体は宇宙大学の目を気にするでしょうから――』

 ジャッキーは黙っていた。恐らく散らかったブリッジの中で脂汗を流している事だろう。ジェニーの言葉は本当なのだ。宇宙大学が持つ知識や技術の企業への影響は大変なものがある。その宇宙大学にそっぽを向かれたら、厳しいビジネス社会の中で生き残っていけない。

 『指名手配を解いてもらうには、本当に白鳳海賊団に入るしかありません。ステラスレイヤーを葬るまでの一時的であってもね。それを承認するのは当方です。いい加減な糊塗や利用では済みませんよ』

 え、え、ジャッキーが白鳳海賊団に入っちゃうの?

 急な話の進みように戸惑っている茉莉香。

 少しの間を置いてジャッキーが返事をしてきた。

『解った、アンタの言う通りだ。この作戦が終わるまで白鳳海賊団に加えて欲しい。俺の船はどう使って貰っても構わない。全てそちらの指示に従う』

 『あら、随分としおらしいですね。本当ですか?』

 『本当だ』

 『ホントに本当ですか』

 『ホントに本当の、本当だ。…たく、しつこいな…。こう言っちゃ何なんだが、ひとつお願いがある。というより提案なんだが、お宅んとこの相互ネットにうちの船も繋げてくんないかな?』

 スクリーンのジェニーを見ながらブンブンと頭を横に振る茉莉香。舌の根も乾かぬうちに早速来たと思った。

 『その理由は?』

 『電子戦の精度を上げるためだよ。射撃管制波から入ってたんじゃ、どうしても回りくどくなる。相互ネットなら情報のやりとりはリアルタイムだし正確だからな』

 『貴方、射撃管制レーダーから潜り込んでいたのですか! いつの間に……』

 『ああ、派手に撃たれてた時にだよ。射撃にレーダーは付きもんだ』

 こちらの索敵を誤魔化しながらミサイルを躱しつつ、しっかり侵入するルートを付けていた、しかもこちらからのハッキング攻撃に対応しつつだ。それらを一人で同時にこなしていたなんて、やはり油断ならぬタフさだ。

 そんな奴と相互ネットで結ばれるとなると、何をしでかすか判らない。

 『信用ならないって事は解ってる。信用できないのが普通だな、だけどリアルタイムで俺が何をしているのかもトレース出来るぜ。心配なら監視プログラムを走らせておくといい、船のエネルギー機関フレームをそちらに預けておく、怪しいと思ったら停止させるなり暴走させればいいさ』

 エネルギー機関を停止されたら生命維持も止まる、暴走したら自爆だ。けれども茉莉香は信用できない。

 「またダミーで騙そうとするんでしょ」

 『おー愛しの茉莉香ちゃん。ダミー使った所で、そっちは電子戦艦クラスが六隻分だ、すぐに力負けしちまうよ』

 髑髏星管制空域では、髑髏星をダミーに使っていた。だがこの空域にジャッキーが使えそうな施設はない。

 『それと、もう一つお願いがあるんだ。俺っちを先頭に立たせてくれないか。オデットは単結晶コーティングされているようだが、他の船は違うんだろ、俺が盾になる』

 その言葉でジャッキーの白鳳海賊団入り(仮り)は決した。

 「こちらの相互ネットワークに接続することは認めましょう。でも通信回線はダメです。

 あなたの調子っ外れな声は聞きたくないですから。」

 『ええええ――そりゃないよ、茉莉香ちゃん。』

 ジャッキーから不満の声。

 「そのおチャラ気が嫌なんです。それと、ちゃんじゃないっ!」

 まあ一応、不測の事態に備えて緊急回線だけは許した茉莉香だった。

 

 ステルスを解いたルナライオンが先方に立つ。

 『野郎、本当に至近に居やがった』

 いきなりオデットの前面に姿を現したルナライオンに、リンが吐き捨てるように言った。

 「前に見た時と、大分印象が違いますね」

 グリューエルも驚きながらその姿を見ている。

 以前バルバルーサのデッキで見た時は、ジャッキー同様に様奇天烈な色彩とゴテゴテとアンテナが飛び出てる、これ本当に飛ぶんかいといった風体の船だったが、いまのルナライオンは白一色で、強襲揚陸艦のような頑丈一点張りの姿をしている。

 先陣を切るルナライオンは確かに有能だった。そのことに輪形陣の海賊たちは感嘆していた。

 ビーム攻撃は輪形陣による重力制御で無効化されている。しかし雨霰と撃って来るステラスレイヤーからの砲撃も、後方からの護衛艦隊からのミサイル攻撃も、操舵による回避行動を必要とせずに全弾躱している。愛の女王号の対電子戦特化もあるが、ルナライオンの化け物じみた電子戦性能は、愛の女王号の能力を何倍にも増幅させてアシストしていた。

 ジャッキーも驚いていた。相互ネットの即応性もさることながら、オデットの操舵、電子戦、その他の航行機能が、周囲の海賊船に見事にサポートされていたからだ。

 「本当に甘やかされてるな、ヨット部のお嬢さん方は」

 致せり尽くせりの様子を見て苦笑するジャッキーだったが、妙な事に気付いた。

 ――ん? 船内環境まで後方支援?――

 

 こちらの攻撃が全く効果がないまま、敵がステラスレイヤーにどんどん近づいて行くことに護衛艦隊の提督は焦った。

 このままではプラントが危険だ。ステラスレイヤーが破壊されたら任務失敗。それだけではない、もし敵の攻撃にプラントが暴走したら――。

 提督は決断を下した。

 「艦隊を後退させろ。ステラスレイヤー機動用意!」

 「この距離で撃つのでありますか!? 近過ぎます。敵艦は蒸発するでしょうが、エネルギー波はそのまま飛び続けます。減衰するまでの間に帝国領の星系が幾つかあります!」

 「それがどうした。帝国とは戦争中だ。星系丸ごと吹き飛ばす訳じゃない、惑星が少し消えるくらいの事だ」

 「し、しかし――」

 「うろたえるなと言っている。もしこのまま攻撃されるに任せて暴走という事態になったら、我らの星系が吹き飛ぶんだぞ。星系連合もろともにな」

 自分たちの故郷が消えるという言葉に、参謀は黙り込むしかなかった。

 重い空気の中、命令を受けたステラスレイヤー・プラントでは、発射に備えての準備が粛々と行われた。

 

『護衛艦隊、散開しつつ後退しています』

 『ステラスレイヤー・プラントにエネルギー反応の上昇がみられます』

 ヨット部員からの報告に百目が茉莉香に告げた。

 「船長! 来るぜ」

 茉莉香は待ってましたとばかり、海賊服のマントを翻して叫ぶ。

 『オデット全マストを展開。透過率ゼロで!』

 号令一下、オデットが太陽帆の展開を始めた。

 純白の帆が、煌めきながら細身なオデットの周囲に拡がる。それはドレスを翻したお姫様のようだった。船首には単結晶の衝角がティアラのように輝いている。

 ここに来て太陽光帆走?と、ステラスレイヤー側は奇妙に思ったが、臨界に達しつつあるプラント作業をそのまま続けていた。

 オデットはアルキュオネからの太陽風を受けて、幾分船足を落とす。それに合わせて輪形陣を組む海賊船も進む。猛烈なステラスレイヤーからの攻撃に際どい至近弾も出てきたが、進行方向の軸線は変えない。プラントを正面に見据えながら電子妨害の出力を最大に上げて対抗している。

 ステラスレイヤー・プラントの中央にある射出口に燐光が纏わり付き出し、発射が間近なことを知らせている。

 「クォーツさん、ミューラさん、ケンジョーさん、オデットの背後に回って下さい。ジャッキーさんも!」

 茉莉香の弁天丸に続いて、三隻がオデットの背後に着く。しかし、ジャッキーが動かない。

 「ジャッキーさん、何やってるんですか! ステラスレイヤーをまともに受けたら蒸発しちゃいます。早くオデットの影に!」

 『オデットだって蒸発しちまうだろう? 普通は。何やるつもりか判らないが、ここで帆を拡げるって事は太陽帆が鍵って事だ。だが帆船の帆はそれだけ的が大きくなる。帆を傷付けられたら困るんだろ、このまま軸線上で妨害してやるよ。――なに、心配はいらない。逃げ足は速い方なんでね』

 ジャッキーがとぼけた調子で返して来た。確かに電子妨害は、船の正面からの方が効果が高い。

 『重力制御スタンバイOK』

 『転送座標、ポイントXにランダム設定』

  『アンチ・ステラスレイヤー回路、システムと同調』

『給油給油はいつでもチャージできるよん』

 機関、航法、火器管制、レーダー・センサー、ヨット部員たちがそれぞれ受け持つ船からゴーサインを送って来た。

 「ジャッキー…」

 再度呼びかけようとした茉莉香をミーサが止めた。

 「今は目の前のミッションに集中しなさい。それが彼の選択なら彼の責任よ。それに、殺しても死なない奴だわ」

 グリューエルも黙って、自分の部署で上がって来る情報をモニターしている。

 茉莉香は、一寸目を落として、正面のスクリーンを見据え直した。

 「海賊船はオデットの後方軸線に乗ってる?」

 「はい。一直線に並んでいます。オデットの帆は最大に拡がっています。損傷は…今のところありません」

 グリューエルが報告した。損傷がないのは、ルナライオンのお陰だ。

 発射口の燐光がいよいよ強くなり、白熱したエネルギーの球の形をとって、それは爆発した。

 本来なら射出されると同時に目的に転送されて、空間を走る事はないのだが、余りに近距離のために直接宇宙に迸り出た。

 太陽を消す巨大なエネルギーの奔流だ。それは直に目にして、どれほど強力な力なのかを見せつけるのに十分だった。

 

 プラントと背後の恒星が眩い閃光に消えた。

 そして凄まじいエネルギー波がオデットに襲い掛かった。

 それはオデットの数十倍もありそうな光の柱だった。

 恒星アルキュオネが収束して飛んできたかのような閃光の束だった。

  ――しかし――

 太陽帆船を先頭に縦に並んだ海賊船たちは、閃光に呑み込まれていなかった。弁天丸もバルバルーサも、キミーラ・オブ・スキュラも愛の女王号もグランドクロスⅡも。

 光の奔流は、オデットの手前で止まっていた。

 華奢な太陽帆が奔流を押しとどめているのではない、オデットの先端に吸い込まれるように消えていた。そう、単結晶の船首衝角にだ。

 鯨飲という言葉があるが、膨大なエネルギーを飲み込んでいく様は、巨龍が蟻に呑まれていくようだった。

 その様を離れて見ていた護衛艦隊は、一様に自分の目が信じられなかった。ありえない。相手は超新星並みのエネルギーだぞ。熱量だって衝撃波だって、まともに喰らえば戦艦でも蒸発してしまう量だ。それをあんな紙切れのような太陽帆船が――、ありえない!

 ステラスレイヤーからの放出が終わって、タップリとエネルギーを食べたオデットが、宇宙空間に何ごとも無かったように佇んでいた。

 

 『オデットのエネルギー・ゲージは、〇.一秒で振り切れました。満タンです』

 機関担当のヤヨイがゲージ一杯のメーターを確認する。

 『うわ、やっぱ星系ごと吹き飛ばすだけの事はあるわね。えげつないほどのエネルギー量』

 ジェニーが桁外れの破壊力に感心した。

 『余剰エネルギーは、問題なくXポイントに還元されています』

 『ほとんどの量を余剰っていうのも何だわね』

 しっくりいかない顔でチアキが漏らす。

 オデットはステラスレイヤーのエネルギー波を受け止めたのではない。転送したのだ。Xポイントのエネルギーを使って第五艦隊を転送させた事を逆にやったのだ。オデットはそのアンテナと中継器の役目をした。送り先は無尽蔵なエネルギーの海だ。

 『ステラスレイヤー・プラントの転送準備出来てまーす』

 火器管制のハラマキが催促して来た。そう、まだプラントの始末が終わっていない。ステラスレイヤーの始末は、実はまだもう一つあるのだが。

 「いけないっ、ジャッキー!」

 転送ビームの軸線上にルナライオンがいることに気付いて茉莉香は叫んだ。

 ルナライオンも健在だった。あくまで見た目には――。

 相互ネットワークは切れている。呼び出しにも応答はない。

 「ケンジョーさんノエルさん、ルナライオンの収容をお願いします」

 牽引のために弁天丸から発進したサイレントウィスパーから通信が入った。

 『茉莉香、解っているとは思うけど、あれだけの放射を直に浴びたのよ。一応ルナライオンの姿はしているけれど、恐らくは――』

 「解っています。でも――」

 次の言葉は続けられなかった。ノエルも、ただ解ったとだけ返して来た。

 オデットも単結晶コーティングを施されているが、華奢な船体構造ではミサイルの一発でも当たれば船は砕け、白いオデットの形をした風船が宇宙空間にプカプカ…。オデットの単結晶コーティングは、ステラスレイヤーの放射を単結晶衝角に集めるために施された。転送ビームを照射するパラボラの役目も担っている。一応防護も果たすが、熱量や衝撃までは防いでくれない。

 暫らくして、バルバルーサからルナライオン収容の連絡が入った。

 いまはルナライオンの確認は求めず、仕事の続きを行う。

 「転送ビーム照射用意。――照射!」

 白いビームがステラスレイヤー・プラントに放たれ、プラントは輪郭を暈かし、居た場所から消えた。

 そして六隻の海賊船は、やる事をやり終えてアルキュオネ宙域から消えた。

 

 呆然自失だったステラスレイヤー護衛艦隊は、気を取り戻して追撃に映ろうとした途端に、海賊船は宙域から居なくなった。

 代わりに、エネルギー源を奪われたプラントが、自分たちの行く手を遮るように出現した。

 見たところ、損傷はない様子だった。

 しかし、恒星から引き離され、何もない宇宙空間に漂うそれは、役目を果たせないガラクタも同然だった。

 

 

 



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49話

 先に仕事を終えて撤収した海賊たちのところに、六隻が戻って来た。

 ここは、帝国と辺境星系連合との国境地帯。星系連合の大艦隊が銀河帝国の前に現れ、大規模軍事演習を行った場所だ。

 『おう、やり遂げたな弁天丸』

 『一部始終は放送で見ていたよ。効果は抜群だ、って所か』

 『うちらとそちらさんの二元中継で、視聴者はさぞ忙しかったことだろう』

 総司令部要塞への殴り込み攻撃も、ステラスレイヤー沈黙も、ガーネットAの時と同様に全銀河へネット配信されていたのだ。

 「皆さんご苦労様でした。でも、もう一仕事あります。これが済まなくちゃ宇宙大学との契約は終わりせん」

 『そうだったな。プラントを破壊しただけじゃあ、ステラスレイヤーは仕舞いにならないものな』

 ビラコーチャのカチュアからの返しに、茉莉香はニッコリと営業スマイルで答えた。

 「そうです。じゃあリーゼ総帥。全銀河に宣言しちゃって下さい!」

 画像が切り替わって、モニターには白鳳海賊団のエンブレムが映る。これからの放送も全銀河に流されている。

 そしてグランドクロスⅡの船内が映る。大きな海賊旗の前に立つ、リーゼとグリュンヒルデの二人。リーゼは古式にのっとった海賊の衣装、ヒルデはいにしえの戦衣といういで立ちだった。

 「まあヒルデったら、グランドクロスⅡにまで持ち込んでいたのですね」

 それを見てグリューエルが言った。少し羨ましそうだ。王家の人間たる者、何処であっても最前線に立つ覚悟が必要。と言っていたが、あの姿で居るって事は、グランドクロスⅡがクイーン・セレンディピティってことに成りはしないか?? と茉莉香は思った。

 

 『全銀河の皆さん、白鳳海賊団のリーゼです。

 私たちはステラスレイヤーを沈黙させました。ここで白鳳海賊団は、銀河帝国と辺境星系連合が和平のテーブルに着くことを提案します。

 相互確証破壊の思想は、人類は古代に乗り越えたはずです。それをまた復活させて利権を画策した者たちがいます。利益追求は人類の幸福の上で求めるべきものです。恐怖で得ようとすれば自分の首を絞めて必ず破たんします。

 この先、同じ施設を建設しようとしても兵器としての用は成しません。それより、新しい可能性を秘めた宇宙開発技術として、皆さんの前に現れるでしょう。』

 

 リーゼの宣言とともに、技術情報が開示された。今回のステラスレイヤーの攻撃を無効化させたエネルギー転送とXポイントの座標位置だ。

 これは、茉莉香の思い付きを基にしたものだった。避雷針、ステラスレイヤーのエネルギー波を単結晶アンテナで受けてXポイントに流すというもの。その名もまんま『ライジングロッド・システム』。単結晶の技術と転送に必要な重力制御は銀河帝国も辺境星系連合も既に持っているもの、Xポイントは亜空の深淵で知られている。逆もまたしかりで、膨大なエネルギーの海からエネルギーを利用することも出来る。

 宇宙大学の注文は、超兵器の破壊と技術の無効化だ。既に流れてしまった技術の封印が不可能なら、兵器として使い物にならなくすればいい。これが白鳳海賊団が導き出した回答だ。

 ライジングロッド・システムは、本来のステラスレイヤーの使い方なのだ。ステラスレイヤー・システムが持つ兵器としての負の面に対する安全弁でもある。白鳳海賊団は、宇宙大学の依頼を見事に応えた。それ以上の、新たなエネルギー革命をもたらすという結果でもって。

 重力制御推進にしたってそうだった。海賊たちの闘いぶりで、それが艦隊戦には全く不向きなことが証明された。ジグザグ行動やいきなり雲霞のごとき大艦隊を出現させるなど外連味のある使い方は出来るが、一対一でタイマン張るかしかない戦術では艦隊での意味がない。重力制御推進が通常推進でも対処可能な事は、既にくじら座宮海賊たちによって示されていたのだが――。むしろジグザグ行動で浮遊岩石群からの危険回避とか、長距離を一気に飛ぶ移動方法などは、輸送船や商船にこそ使い道があった。

 

 「ジャッキーは…」

 リーゼの演説を聞きながら、茉莉香はバルバルーサに尋ねた。

 『生体反応は無し。中の様子は――。聞かない方がいいと思う、コーティングを残して金属蒸着しちゃってる』

 チアキの言葉は、ジャッキーの消息は絶望だと知らせていた。

 嫌な奴だと思ったが、こんな最後だなんて。と茉莉香は言葉に詰まった。散々な目に合わされ続けていたリンをはじめとして、ヨット部クルーも、ノエルやミューラも同じようだった。

 リーゼの演説は続いていたが、重い空気が海賊団の中に流れていた。

 最後に、『知性にはそれに相応しい資格が必要』と、宇宙大学の理念を引き合いに、『銀河系は助け合ってこそ資格が生まれ、次へのステップに繋がる知性を得ることが出来る。』と結んだ。

 演説が終わっても、みんな押し黙っていた。ヨット部員の中にはすすり泣く者もいた。そんな湿っぽい空気の中で、聞きなれないすすり泣きが聞こえて来た。男のものだが、弁天丸のクルーや他の海賊からのものではない。

 『うぐ…う、うう…、クシュン!』

 鼻を噛む音までする。

 「『ジャッキー!!』」

 ヨット部員たちは叫んだ。

 『あんの野郎! 何処からだ!?』

 リンが通信の痕跡を追うが、それより早く相互ネットをモニターしていたヒルデが言って来た。

 『オデットです! オデットからの通信です!!』

 「『ええええええ??』」」

 一様に上がる驚きの声。

 『不法侵入だ!』

 『出てけえ!』

 『乙女の船に、いつの間に!』

 『きゃあああ!!』

 『家宅侵入罪と痴漢行為で訴えるぞ、こらあああ!!』

 轟々と非難が上がる。最も乗り込まれたくない殿方が自分たちの家に居るのだ。それはもうゴキブリでも出たような騒ぎだ。

 「ジャッキーさん、生きてたんですね。てか、いつの間に!?」

 茉莉香が尋ねた。

 『いやあ、茉莉香ちゃん…おいらの事をそんなにも心配してくれて…リーゼちゃんのカンドー的なスピーチも相まって…おらあ…おらあ……嬉しくって泣いちゃうよおおお~ん』

 また泣き声が聞こえて来た。

 「ふざけてないで質問に答えて下さいっ。いったい何をするつもりですかっ!」

 『いつの間にって? ステラスレイヤーがぶっ放してくる前からだよ。正確には、ルナライオンが先頭に立つ前だ。オデットがステラスレイヤーに対する鍵だってことは、この船が一番安全だって事だろ? だから緊急避難させてもらった。ステルスを解く前に船外に出て、ルナライオンを遠隔操作しながら様子を見させてもらっていた』

 「そんな前から――」

 『輪形陣で航行し続けてるから、サポート受けてるって思ってたんだが、いやあ、本当に無人航行だったんだな。』

 しかしオデットに、外部ハッチが開けられたという記録はない。

 『お前、相互ネットでクラッキングかましたな!』

 『そこは、緊急避難という事で――』

 リンの非難を躱すジャッキー。

 『実際、それ以上の事はやっていないぜ。オデットの航行もコントロールも何もなかっただろ。俺がやったのは、無人のブリッジから自分の船を遠隔操作してた事だけ。自分の船を犠牲にしてまでな。お役に立っただろう?』

 以前、オデットⅡ世を無人にして居るように見せかけたリンの手口を、そのままされたわけだ。

 「肝心の事を聞いてません。緊急避難だって後付けでしょう? これから何をするつもりですか」

 『白鳳海賊団としての働きは果たさせてもらった。だから本来の仕事に戻らせてもらうよ。オデットを頂く』

 茉莉香に戦慄が走る。オデットは無人、そこに電子戦の超ウィザードが乗り込んでいる。

 「ハイジャックしたつもりでしょうけど、まだオデットは相互ネットの中です。コントロール権はこちらにあります」

 『おいおいこの船が太陽帆船だってことを忘れていませんか、ネットを切断されても機関を止められても、この船は動けるんだぜ』

 「周囲には海賊が居ます。船足の遅い帆船では逃げられません」

 『重力制御推進は相互ネットでそっちにあるからな。帆船航行では逃げられないだろう。でも、俺の目的は船体じゃない。オデットのメインコンピューターにある情報だ。それと私掠船免状。それさえ頂けば、オデットそのものはヨット部に恙無く返却する。』

 じゃあ、どうやってジャッキーは逃げ出すつもりだ? そう思っているところに愛の女王号のリリィから知らせが入った。

 『オデットの格納庫が開いています。それと、サイレントウィスパーが無人でバルバルーサから発艦しました。遠隔操作されてます!』

 サイレントウィスパー! それなら早い。電子戦も戦艦並みの出力がある。逃げられる!

 『駄目だ、相互ネットからオデットを切り離せない。フレームをロックされてる!』

 リンが色々試すが、すべてコマンドを弾かれる。

 「こっちも駄目、サイレントウィスパーのコントロール完全に乗っ取られてる」

 クーリエも焦っている。

 「じゃあ、相互ネット上の弁天丸やバルバルーサも危ないって訳!?」

 茉莉香が慌てた。

 「そこまで深刻じゃない。今のところハッキングはオデットとサイレントウィスパーだけのようだけど――」

 このままじゃ相互ネット自体が乗っ取られることも有り得るという訳だ。何しろ常時監視状態にあったオデットの管制を、気付かれずに乗っ取ったような奴だ。

 『茉莉香ぁ! オデットのライブラリがアクセスされてる!』

 『データが圧縮されてコピーされてる様子!』

 ウルスラとナタリアがモニター席から悲鳴を上げた。

 『イカレポンチめ、始めやがった』

 『でも不正の警告がありません。――どうやって』

 キャサリンが、これも超ウィザード級のなせる技かと思っている所に、リンが答えた。

 『不正でも何でもない。オデットの中からなら誰でもライブラリにアクセスできる。私もそうやって、オデットの過去ログをコピーして持ち帰ったことがあったからな。――意味不明のファイルばっかで、メインフレームのまま開けるのは危険だったから』

 『で、開けたんですか?』

 『いや止めた。ハル坊にどんな影響があるか知れないから、そのままコピーは初期化したよ』

 先輩が二の足を踏むデータって、どんなヤバイ物なんだと思ったが、そうこうするうちにもコピー圧縮は進んでいく。コピーを持って行かれる事にオデット自体に影響はないが、中身が問題だ。それをジャッキーがどう使うが知れない。

 「オデットの船体コントロールはどうなってる?」

 「まだこちらに回ってる」

 クーリエが答えた。ということは、環境もまだコントロール下という事だ。それを聞いて茉莉香はジャッキーに続けた。

 「ジャッキー、降伏しなさい。まだ船内環境はこちらにあります。船内大気を窒素で満たすこともゼロ気圧にすることも出来ます」

 『一応こちらはまだ生身だが、いざとなれば宇宙服を着込むさ。知らない間に毒ガス仕込んだって無駄だぜ。こっちはそういう物に耐性があるんでね。それに、茉莉香ちゃんはそういう事は出来ないだろう?』

 「人と場合によります。やる時はやります!」

 お―怖い怖いと、ジャッキーは取り合わない。そしてやる事があるからと通信を切ろうとしたところに、リーゼが割り込んで来た。

 『聞いたところでは、オデットのライブラリは時系列に齟齬や矛盾があるそうです。意味不明の内容も多いとが。そんな物を持ち帰ってどうするつもりですか?』

 『お、皇女様か。君たちには意味不明でも、別のデータや記録と照らし合わせると意味ある物に変わるという事はよくある話でね。こちとら、そんな情報が商売なんだよ。特にオデットのように来歴に訳アリの船のはね』

 『わかりました。こちらからでは止めようがないようですので、お好きになさって下さい』

 ちょっとおおおおお――。

 何を言い出すのかと茉莉香は心の中で叫んでいた。

 『でも、私掠船免状はやめておいた方が宜しいですよ。あれは王家の者にしか触れない代物、後でどんな結果をもたらすか判りません。――警告文はお読みになりましたか?』

 どうもリーゼは船を開ける際に、何やら書き残して行ったらしかった。

 『ああ、「資格無き者、我に触れる能わず」てか。血の認証の事だろ。大層な言い様だが、お宅んとこの魔法使いのお嬢さんは触れれたんだ、あんま説得力ないなあ――』

 『それはリン先輩だから出来たのです。貴方が持ち出すとなると、別です』

 『はいはい。』

 ジャッキーに抑止効果は無い様子だった。

 『諦めてくれませんか』

 『イヤ』

 『ねえ、止めません?』

 『ダメ』

 はあーと大きく息を付いて、リーゼは仕方なくそうに言った。

 『決断は自分の決めたベスト、と言いますが、必ずしも良い結果とは限らない事をご了承下さい。警告はしましたから』

 とても残念そうなリーゼを残して、ジャッキーの通信は切れた。

 そんなうちに、ライブラリからコピー転送終了の知らせが入って来た。

 『ねえ、あなたどんな警告文を残していったの?』

 バルバルーサからチアキが聞いて来た。聖王家に伝わる秘密の呪文か、それとも防壁のプログラムか。

 『ジャッキーの言ったとおりです。資格無き者、我に触れる能わず、て紙をモニターに…』

 『貼っ付けただけかい! それじゃ「部外者禁止」とまんま変わんないじゃんか!!』

 『そうですか!? でも危険ですって書いてあれば、普通手は出さないかと』

 『普通じゃないから、アイツは普通じゃないから。てか、子供でも通用しないっ!』

 チアキが目を剝く。

 『それに、リン先輩だから出来たんですって、それ完全に誘ってるよ』

 『えええええええええ』

 その剣幕に驚いているリーゼ。

 『どうしましょう――。部長! ミーサ先生をオデットに寄越して下さい。早く!!』

 どうしてジャッキーが私掠船免状に手を出してミーサが必要になるのか解らないが、リーゼは本気で急いでいた。

 

 茉莉香もミーサも理由が呑み込めないまま、兎に角オデットに行く事にした。このままジャッキーに、オデットを蹂躙されるままにして置く訳にもいかない。シュニッツアも同伴する。

 私掠船免状が起動したとの知らせを受けたのと同時に、茉莉香たちを乗せた連絡艇はオデットの格納庫に着いた。

 そこで、シュニッツアの身体に異変が起きた。

 「船長、体が言う事をきかない…。…凄い可変電磁波の嵐だ…」

 「電磁波って、あなたサイボーグじゃない」

 サイボーグは磁気や電磁波が飛び交う、真空の宇宙空間でも生身で居られる。そのシュニッツアが苦しんでいる。

 「サイボーグ…そうか! シュニッツアはオデットの中に入っちゃ駄目、連絡艇で待機してなさい。電磁シールドを忘れないようにね!」

 そう言うが早いか、オデットに飛び込んでいくミーサ。

 慌てて茉莉香が後を追う。

 「ねえ、ミーサ。一体どうしたの? ジャッキーとシュニッツアの変調と何か関係でもあるの?」

 メインシャフトを飛翔しながらブリッジに向かう。

 「大有りなの! もし推察が当たっていたら、ジャッキーは大変なことになってる。――茉莉香は、見ない方がいいかも」

 ブリッジに上がって、二人が見たもの。

 それは、卒倒して痙攣を起こしているジャッキーの姿だった。

 口から泡を吹き、白目をむいて、全身がのた打っている。目や鼻や耳から血や体液が流れ出している。

 意識があるらしく、二人に気付き、痙攣しながらこちらを見るジャッキー。

 「あば、あば、あば、やぁっば…ヤバいもの、だぁっだ……。は、は、は、体じゅゔが俺ゔぉ、攻撃じで…やがる」

 何を言っているのか、よく解らない。

 「喋っちゃ駄目! いま鎮静剤を打つ。茉莉香、医務室から急冷モグル(死体袋)持って来て!」

 「し、死体袋ぉ!?」

 「ここでは治療できないから、早く!!」

 言われるまま、茉莉香が医務室から寝袋のような物を持って来た。その袋にジャッキーを納め、急速冷凍のスイッチを押すミーサ。

 袋の中で全身痙攣していたジャッキーが静かになる。

 見た目はまるでミイラ。名前は死体袋だが、重傷者にダメージが拡げないよう冷凍して救急搬送するためのものだ。まあ死体を運ぶことにも使われるが――。

 

 ジャッキーは、愛の女王号の集中治療室に運ばれた。

 VIPを乗せることの多い愛の女王号の方が、医療設備が整っているのだ。それに電子戦に特化しているこの船は、治療に必要なデータベースが揃っている。

 緊急手術は結構な時間が掛かった。

 疲れた顔でニーサが集中治療室から出て来た。

「あ、まだ面会は出来ないわよ。意識も戻ってないから、顔を見るだけならそこから見れるわ」

 そう言ってモニター控え室の窓をしゃくった。

 その先には、寝台で眠っているジャッキーがいた。

 吊架板から何本ものチューブと配線が体に伸び、ピクリともしない。表情も急速冷凍された時のまま、上目を剥いてだらしなく口を開けている。眉や無精髭にはまだ霜が残っていて、まるで冷凍マグロのようだった。

 「凍ってるみたいじゃなくて、凍ってるの。身体の恢復もあるけれど、意識が戻った時に何するか判らないから、そのままコールド・スリープして貰ってる」

 どっかとソファーに身を沈めて、紙コップのコーヒーに口を付ける。

 「てことは、ジャッキーは助かるのね」

 茉莉香の質問に頷くミーサ。

 煮立ったコーヒーの苦さと熱さに、心地よい疲労の痺れを感じながら言った。

 「私が執刀して助からなかった者は居ないわ。助かる見込みがあっても自分が生きようと思わない限りはね」

 やっぱ苦いと、飲みかけのまま、傍らのダストボックスにコップを投げ入れた。

 「かなりひどい状態だったけど…」

 「普通なら死ぬけど、奴の生命力が尋常じゃ無かったわ」

 流石は海賊狩りでのビッグキャッチや、統合戦争時の白鳥号で見せた腕前だ。神話に出て来る、顔に傷を持つ天才医師もかくやと思う。

 「でも、助かる見込みのない者は?」

 「それは聞かない事。医者に対するエチケットよ」

 ジャッキーを捕まえたと聞いて、みんながやって来た。ずっと追いかけて来たノエルも。

 「ミーサ先生!」

 ミーサにリーゼが詰め寄る。自分が手を出した訳ではなくても、自分が封印を空けた私掠船免状で人が亡くなるのは辛いのだろう。

 「電子の魔人も、とうとう年貢を納めるか。奇天烈な野郎だったが、死ぬ間際になってもイカレポンチな顔してやがる」

 締まらない顔で固まっているジャッキーにケンジョーが言った。

 「親父、まだ死んでない」

 チアキが蒼白な顔をしているリーゼを見て、肘で小付く。

 「大丈夫だって」

 茉莉香の言葉にほっとする。

 

 「ジャッキーの身に何が起こったの?」

 茉莉香が尋常で無かった様子を思い返して尋ねた。

 「私掠船免状がジャッキーに電子攻撃を仕掛けたの」

 「電子攻撃!? だからシュニッツアが動けなくなったのね。というよりも、人体に電子攻撃ってアリなの?」

 その問いにミーサは首を横に振った。

 「シュニッツアのは電波酔い。攻撃で出た電磁波に当てられただけよ。そして人体への電子攻撃は、条件によっては有り得るわ」

 みんなミーサの言葉に注目した。海賊たちにとって電子戦は当たり前な事、その手際で仕事の良し悪しが決まる。日々電子攻撃に晒されている彼らだが、それで体に変調をきたしたなんて聞いたことがない。それとも自分たちの知らない特殊な症例があるのか。

 「それって、俺達にも起こりうることなのか」

 ケンジョーが真顔で質した。

 「ええ、条件によってはね。でも大方の海賊や電子戦を生業としている者達は大丈夫だと思う。それに、この症状は私掠船免状だから起きた事だし」

 帝国の私掠船免状って、そんなに恐ろしい物なのか。茉莉香の不安に気付いて付け加えた。

 「あ、オデットのみんなも大丈夫よ。ヨット部でそんなこと起こってないでしょ。私掠船免状に手を出したリンも含めてね」

 リンは私掠船免状を解析してワイルドカードを作った。私掠船免状に手を出したわけだ。でもあんな目には合っていない。

 「ナノマシンよ。」

 「ジャッキーの奴、私掠船免状を丸ごとコピーか持ち出すかしようとした。でもそれには血の認証が必要になるわ。そこで生体認証を誤魔化そうとしたの。恐らく身体に飼っているナノマシンを使ってね」

 生体認証をハックするのにナノマシンを使う事はよくある事だ。認証で求められた身体情報をナノマシンで生身のそれとすり替える。

 「遺伝子を誤魔化そうとしたのね。とくにあれの血の認証は聖王家直系が条件だから。でもその誤魔化しを私掠船免状は電子攻撃と捉えた。で、ナノマシンに攻勢を掛けた」

 「ナノマシンに電子攻撃掛けたってこと!? でもそれであんなんになっちゃうなんて」

 茉莉香は絶句した。

 「ナノマシンもプログラム情報で動いている。そして遺伝子もDNA情報で成り立っている。双方に齟齬があって触れてこようとすれば自分への攻撃だと判断される。それにジャッキーは体中にナノマシンを飼ってる。彼の身体はナノマシンのジュースみたいなもので、相反する働きをするものやそれを中和させるものとかで、自分にも何がどうなってるのかわからない位よ。そのナノマシンが一斉に暴走を始めた。生身には大変な負担よ。内臓器官はズタズタ、脳細胞だって破壊されナノマシンもろとも真っ新になるわ。」

 脳味噌が真っ新…。

 ミーサの説明にリンはぞっとした。

 「リンちゃんはオデットのコンソールでプログラムを開いて中身を見ただけで、それ自体を書き変えようとか持ち出そうとかしなかったから、攻撃と判断されなかったようね。でも、彼女もナノマシンを飼ってたら危なかったわ。コピペでもしてたら一発だったわよ。そこは天性の勘?」

 「いやあ、一応やばい物に手を出すときは、安易な方法を取らずを自分の決まりにしてるもんで……」

 そう言いつつ頭に手を置くリンだった。

 「で、透析を掛けて体中に飼ってたナノマシンを除去したの。あとは彼の肉体次第ってとこだけど、でも凄い生命力よね。あれだけ痛めつけられたのに、余り後遺症は残らない様子だわ。普通だったら命があっても廃人よ。回復力もありそうだし」

 ミーサの言葉に、一同いま一度ジャッキーを見つめる。

 「じゃあ、あの人間離れした身体能力は、もうジャッキーには無いという事ですか」

 ノエルが質して来た。

 「そうよ。いまの彼はショートタイマーとしての体だけだわ。」

 自分の手を擦り抜け続けて来た、あの神出鬼没な運動神経も、驚異的な頭の回転の速さも、電子戦の魔人だった彼はいない。

 「本当に仕舞っちまった訳だ。で、とうするんだ?」

 ケンジョーのどうするとは、賞金首を何処に届けるのかという意味だった。

 「丁度ミューラもいるし、手っ取り早く海賊ギルドに引き渡すか?」

 「いや断る。生死をこの目で確認した以上、賞金は払う。だがコイツを髑髏星には入れたくない」

 ミューラは露骨に嫌な顔をした。まあ受け取っても始末に困るだろう。

 「それじゃあ何処にする? 辺境星系連合とは戦争状態だし、星系政府、多国籍企業、犯罪コネクション……。こいつに恨みのある奴はごまんと居るぜ」

 「賞金はミューラさんから頂きますから、二重取りなんかしません。ここは銀河警察に引き渡します。そうすれば、いろいろダークな流れも引き出せるでしょうし」

 そしてミューラに向い直して言った。

 「それで賞金の事ですけれど、白鳳海賊団に掛かった経費を差し引いた分を、こちらに振り込んでもらえませんか」

 そう言って口座振替の容姿を渡す。それには、フェアリージェーン財団髑髏星支店の口座番号が記されてあった。

 「そうかい。丸々振り込ませて貰うよ、今回の掛かった経費は、元々海賊が請け負った仕事の必要経費なんだ。保険会社と依頼者が支払ってくれる。そうだろ、茉莉香」

「はい。」

 

 後日、髑髏星孤児への教育福祉事業財団に、賞金額の倍の金額が振り込まれた。倍増の分はグラント姉妹からの寄付として。

 

 



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50話

 ノエルが辺境でいちばん近い銀河帝国の出先機関がある、自由貿易都市明夜に向けて飛び立って行ってから三日が過ぎた。そこで銀河警察にジャッキーを引き渡すためだ。

 ノエルが明夜を選んだのは、そこが帝国領では無い事。帝国と敵対している勢力から、直接帝国に乗り込む訳にはいかないからだ。その点、明夜は自由港であり中立的立場にある。帝国を排除している訳ではなく、出先機関があり、帝国と国交を結んでいない星系との外交の場にも利用されている。

 白鳳海賊団は、いったん髑髏星で待機していた。

 リーゼが送ったメッセージの反応を見るためだが、辺境星系連合も銀河帝国も、まだ何の音沙汰も無い。

 やる事やったから、この戦争いち抜けた――では済まないのだ。終戦はおろか停戦にも相手の同意が要る。白鳳海賊団はいまだ両面戦争継続中なのだ。

 「いつ海明星に帰れるのかなあ」

 伸びをしながらキャサリンがぼやいた。

 「いま帰ったら、一週間後に期末考査だよ」

 それに、手持ち無沙汰げなファムが返す。

 「それは嫌だなあ」

 「この状態が一週間続いたら、帰宅困難者ってことで期末考査免除してくれたりして!」

 「それいい!」

 キャサリンの都合の良い思い付きにウルスラが相槌を打っている。

 「でも戦争終わんなかったら、このままずっとこの状態?」

 「それはそれで嫌だなあ」

 ヨット部員たちが、暇を持て余している。

 あまり髑髏星の中をうろつかないで欲しいとのミューラからのお達しがあったのだ。話では聞いていても、本当にオデットのクルーが女子高生なんだと目で見るのは、髑髏星としては複雑なのだ。前に上陸した時も、周囲の目がやたら気になった。キミーラやアイの女王号でのブリッジでも乗組員の視線が痛かった。ステラスレイヤーを沈黙させたいまとなっては余計そうだ。それで、現在ヨット部員たちは船内待機中。

 そこにジェニーがやって来てパンパンと手を叩いた。

 「期末考査の事なら心配しないで。ここでしっかりと受けてもらいます」

 え――、と不満げな声。

 「冗談はさておき、先ほどセレニティーから船が来たわ。表向きはグリューエルとヒルデ滞在に対する、白鳳海賊団への表敬となっているけれど、帝国の意向を伝えに来たようなの」

 「帝国の意向て、降伏勧告?」

 「やる事やったし、これで帰れるわね」

 しかしチアキが疑問を投げかけた。

 「白鳳海賊団は帝国に降伏するとは言っていないわ。他の海賊船との擦合せが未だだってこともあるけれど、ここで私たちが降伏しても、帝国の財産を破壊した事実は事実。リーゼは第一級反逆罪に問われるし、私たちは監獄行きよ」

 「えー、皇女様でも?」

 「だからこそよ。ましてや世継ぎとなれば尚更。それが法と秩序を第一とする銀河帝国だわ。」

 向き直してみんなに告げた。

 「それに戦争は、帝国と星系連合との正面戦争に変わるだけよ。帝国と星系連合に宣戦布告をした以上、どちらかに降伏したからハイ退場ってわけにはいかない。白鳳海賊団は吹けば飛ぶような勢力だけど、双方の決戦兵器を沈黙させた実績がある。海賊はどちらにも与しない戦力で、両勢力の緩衝材になってる。茉莉香はそれを狙って宣戦布告をした。私たちが退場できるのは、両者の戦争が終結した時なのよ。その時の白鳳海賊団の立ち位置が重要になるわね」

 「何だかややこしいね」

 「じゃあ、チアキちゃんなら、どうやって戦争を終結させる?」

 「それは――切り札を失って生ぬるい戦争に移るか、落とし所の妥協点を見つけて和平協議するか――、まあ時間は掛かるわね」

 「それじゃ他力本願じゃない。海賊として出来ることはないの?」

 「ない。いまは潮目を待つ時なの。待つことも戦いなのよ」

 きっぱりとチアキは言った。

 「そう、時間は確かに掛かるわね。銀河帝国はまだしも、辺境星系連合はこちらが降伏宣言したところで、おいそれとは受け入れてくれないわ。白鳳はこれでもかって位に向こうの面子を潰しちゃってる。たいした戦果を上げていない連合艦隊は反対するでしょう。」

 ジェニーもチアキに同意した。

「銀河帝国はまだしもって、帝国艦隊もいいところ無かったじゃないですか。降伏します。はい分かりました。ってふうには行かないかなあ」

 ナタリアも同じな様子。

 「それに今のままだったら、リーゼちゃん第一級反逆者だよ」

 それに付け加えるキャシー。

 「もしかして、セレニティーの船って、その潮目なんですか!」

 目を輝かせたナタリアにジェニーが微笑む。

 「よくぞ気付いてくれました。いまセレニティーの皇女とリーゼが、帝国の意向とやらを聞いているわ。使者はあのヨートフさんよ。それともう一人いるみたい」

 

 「ヨートフ、お勤めご苦労様です。私たち姉妹は、こうして元気に過ごしておりますよ」

 「第七・第八皇女様のお健やかなご尊顔を拝し、老体これに過ぎる悦びは御座いません」

 グリューエルの言葉に拝跪し、ヒルデの方をちらと見るヨートフ。

 「ヒルデ様は、よくぞあの場でいにしえの戦衣を纏って下さいました。お陰でどれだけ援けられましたか」

 そう言って深々と頭を下げる。

 援けになったとは? と不思議に思う二人の前に、一人の少年が姿を現した。

 それを見てリーゼが声を上げた。

 「ソリス!」

 侯帝の孫、ソリス・ルクス・スプレンデンス王子だった。

 「リーゼ義姉さま」

 人懐っこい男の子の顔が、リーゼを見ていっそう輝く。

 「あなたが、どうして此処へ?」

 「先ずは、銀河帝国行政府より、白鳳海賊団に免状をお渡しします」

 そう言って一枚の免状を手渡す。

 それは、白紙免状だった。

 海賊業務における契約事項や脱法行為を一時的に棚上げに出来るというもの。使い方によっては違法行為すら合法としてしまえるため、そうそう発行はされない代物だ。その効力の発揮には帝国中枢部による監査を必要とするが、例えば帝国への反乱も無かったことに出来るのだ。

 そして、姿勢を正した。

 「私は帝国艦隊総督の名代として、銀河帝国女王陛下の使者としてここに参りました。白鳳海賊団総帥であられるリーゼ・アクア様に親書をお届けするためにです」

 親書は二通あった。

 今年小学部に上がったばかりとは思えぬ立派な口上とともに、まず一巻の封書をリーゼに捧げた。

 受け取ったリーゼは、蝋で閉じられた封印を切り、聖王家の紋章が透かしに入った文書を開ける。

 書面を見たリーゼの顔が、みるみる驚愕の色に染まった。

 そのまま手渡されたセレニティーの姉妹も、それを見て目を丸くする。

 「ヨートフ、あなたが言った援けになったとは、この事だったのですね!」

 何も答えず、ただ深々と下げる老執事。

 「独立艦隊も、続々と集結中とのことです」

 そうソリスは付け加えた。そして、晴れやかな顔で言った。

 「銀河系の行く末を決める時局で、その勤めを初めての外交で行えた事は、聖王家の一員としてこれ以上の無い誉です!」

 

 

 翌々日、髑髏星の防空識別宙域に、辺境星系連合の大艦隊が出現した。

 その数、一万隻。

 『よくもまあ集まったもんだ。第七艦隊が慌てて集結するのも無理はない』

 『でも、あの時は一万五千隻じゃなかったか。あとの五千は何処へ行った?』

 『さあ、トンズラこいたんじゃねえの。一万はほぼ七つ星で編成されてるようだし』

 『てことは、連合に所属する星系へのお目付け役は、留守ってことか』

 『壮観な眺めじゃのう』

 対峙する海賊船たちが口々に言って来る。

 迎え撃つのは、白鳳海賊団二〇隻余りと海賊団に同盟する海賊ギルドの船一二〇〇隻。

 数だけは多い。だがその多くが旧式の仮装巡洋艦や武装商船だ。重力制御推進を装備している艦はキミーラと愛の女王号の二隻に過ぎない。どう見ても寄せ集め艦隊の感は拭えない。

 「こうして見ると、たう星沖海戦を思い出させるわね」

 「あん時の植民星艦隊も寄せ集め艦隊だったもんな」

 「集結している艦艇は今の方が多い。でも戦力差も大きい」

 「でも旧式艦での戦い方は、オリオン腕海賊がお見せしたから、いい線いくんじゃねえの」

 「いちおー、ネットでの共同戦線はレクチャーしておいたわよー」

 「見えない。戦況次第では危険が危ない」

 「まあ、こっちは寄せ集めだからね。根城を失っても一匹狼でって奴らも多そうだから。それとルカ、用法が間違ってるわよ」

 茉莉香の感想に、弁天丸クルー達が続いている。一部、船長の影響を受けた者もいるようだが。

 

 「辺境連合艦隊は艦隊を三つのグループに分けて展開。左右に二五〇〇隻、正面に五〇〇〇隻、それぞれが五列縦陣を取っています。――こちらを囲い込む形です」

 「数を頼りに力づくでの包囲ね」

 レーダー・センサーに就いているヒルデの報告に、チアキがコンソールで確認しながら言った。ヨット部員たちはオデットに戻っている。

 「この包囲網、あなたならどう戦う?」

 メインスクリーンに映し出された宙域を見ながら、通信席に座っているグリューエルに意見を求めた。

 「向こうは殲滅戦で行く気です。数は圧倒的ですが、それなりの損害も覚悟の上だと思います。つまり向こうには後顧の憂いがあるのではと思います。それを利用すべきです」

 「具体的には?」

 「こちらは海賊らしくゲリラ戦で応戦し、手子摺った所で逃げ道を用意する、という所ですか…」

 「例の白紙免状ね。それ本物なの?」

 以前に情報部が髑髏星との渡りを付ける際、茉莉香やケンジョーらは艦隊での演習で提示されたことがあるが、その席にチアキは同席していなかった。

 「はい。免状には帝国行政府の印がありました。ソリスが使者だったことからも、大伯父様も承認しています」

 リーゼが答える。

 「帝国の総意って訳? でもよくこんな決定呑んだわね、特に侯帝は。」

 白鳳海賊団を反逆者にして置く方が、帝位を狙う侯帝としては都合が良い筈なのだ。それなのに帝国は白紙免状を出した。しかも、それには予め認証印が押してある。何を免状するかが書かれていないまま、それに対する監査も無しに承認するという破格の白紙免状なのだ。

 「それだけ追い詰められているという事ですよ。何でも帝国艦隊でも統率が執れておらず、脱走が相次いでいるとか」

 「ヨートフが申すには、ヒルデの戦衣姿が決定的だったようです。形だけとはいえ、セレニティーが海賊に与したことになりましたから。あとはヨートフが根回しを行ってくれたたようですが、今回の合意は、あくまでも秘密会談の扱いだそうです。その方が辺境星系連合にとっても都合が良いでしょう」

 外向けのすました顔で答えるセレニティーの皇女たち。

 「フン。」

 何やら他にも企んでいそうな雰囲気だが、またまた頭をもたげる大人の事情って奴かと、チアキは鼻であしらう。

 「船長、辺境星系連合から通信が入ってます」

 「どーせ降伏勧告でしょ」

 憮然としたチアキに、グリューエルはクスリとした。

 回線を開くと、定型文のように決まりきった文言が並ぶ。

 チアキは通信文を読み上げた。

 『白鳳海賊団とやらに告ぐ。

 お前たちは連合政府の財産であるステラスレイヤーを破壊した。一方的に連合を攻撃する暴挙に出た。宣戦布告と言っているが、領土も国民も居ない集団は只の野盗に過ぎない。辺境星系連合はそのような存在を断じて認めない。

 しかし、辺境星系連合は、広大無辺なる慈悲の心を持って、海賊ギルド及びオリオン腕海賊に提案しよう。

 徒党を解散し降伏せよ。そして白鳳海賊団の首謀者たち、リーゼ・アクア、加藤茉莉香、セレニティー姉妹、ジェニー・ドリトルを引き渡せ。そうすればお前たちの罪は問わない。

 今からでも遅くない。既に包囲は完了し戦力は当方に利がある。抵抗は無意味だ。』

 それを聞いてグリューエルは、ぽっと頬を赤らめた。

 「まあ♡ 茉莉香さんと名前が並ぶなんて、光栄ですわ」

 「奴ら、数にものを言わせて、その上動揺を誘ってきたか!」

 「リーゼやグリューエル達を使って、帝国との外交カードにするつもりね」

 「私の名が乗ってるのは、帝国経団連に和平工作を依頼するためね」

 ジェニーの名が登っているのを見て、リンが敵対心をあらわにしている。チアキも海賊ギルドが一枚岩出ない所を衝いて来たと思った。

 そこに茉莉香から通信が入った。

 『リーゼやセレニティーのお姫様やジェニー先輩の名があるのは解ります。でも、どーして私の名前があるんです!? 一介の女子高生なんか、取引材料になんないでしょ』

 その素っ頓狂な声に、周囲から冷たい視線。

 「茉莉香。それ気付かずに言ってるんだったら、もう罪だから――」

 チアキが呆れて言い返す。

 降伏勧告を聞いていたヨット部員たちが、口々に文句を言った。

 「どーも向こうさんは、私たち白鳳海賊団を知らないようだね」

 「ただのプレゼンだと思ってるみたい――」

 「海賊ギルドはまだしも、オリオン腕の海賊は違うのにね」

 「私たちの歴史を知らなさ過ぎる」

 ヨット部たちは怒っている。

 「ここは、しっかり教えとくべきだと思う!」

 「じゃあ、名乗りやっちゃう?」

 「やっちゃう、やっちゃう!」

 「辺境でのご当地初御目見え! いくよー」

 「さんせー」

 緊張感のないやりとりにチアキは手を上げて、グリューエルは通常回線を開いた。

 そしてみんなが一斉に声を上げた。

 

 『『『知らざア言って聞かせやしょう!』』』

 

 全員の言葉に続いて、部員それぞれが台詞を継いでいく。

 『浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人の――

 『種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の海賊働き

 『以前を言やあ白鳳で、ヨット部通いの女生徒が――

 『クルー代わりに弁天を、あてに義賊の真似仕事

 『一つが二つと営業の、コスプレ姿も段々に

 『悪事はのぼる上の宮

 『ファンテンブローで辺境の、実戦相手も度重なり

 『強面部活と札付きに、とうとう入部を控えられ

 『そこから看板(表)は海賊部

 『時空超えでの統合戦争で、ちと関わったステラスレイヤーの

 『似た使い道での強請りたかり

 

 『『『ぜってえ許せぬ白鳳海賊団たぁ、私等のことだぁ!』』』

 

 オデットから入った返答に、連合艦隊は面食らっただろう。

 「ははは…。みんな、ノリノリだねえ…」

 茉莉香が乾いた笑いを浮かべた。

 『他人事じゃないよ。私たちもやるんだから』

 高飛車な声で、クォーツから通信が入った。

 「えー、ホントにやるんですかぁ?」

 渋る茉莉香。

 しかし続くミューラからとどめの一言。

 『この業界、見栄えで劣ちゃあ負け組なんだよ。それともこの私の顔に泥を塗るつもりなのかい?』

 長命種の目がすっと細くなる。

 「いえいえいえいえ、決してその様な!」

 茉莉香は慌てて被りを振った。

 「――でもなあ…」

 なおもブツクサ言いながら、立体投影のスイッチを押す。

「聞きもの、いや見物かな」

 

 一〇〇〇隻余りの海賊船に覆いかぶさるように、宇宙空間に雪を被った霊峰が立ち上がる。その麓には吉祥の松竹梅。荒波が打ち寄せ、霊峰が髑髏マークに代わって、日輪のように光条が走る。

 場面がフェードアウトして行き、音もなく宇宙空間に舞い散る、桜吹雪。

 そして――。

 高らかに拍子木の響きが強制入力され、居並ぶ五人の女海賊の姿。

 みな唐笠を差している。

 衣装は当然、金襴緞子の超ド派手なものだ。電飾まで入って眩しい。

 

 『問われて名乗るもおこがましいが 産まれはくじら座たう星系

 いきなり見知らぬ父と別れ 身の生業も見習いの

 宙(そら)を越えたる船長働き 盗みはすれど非道はせず

 人に情けを弁天から ドンパチかけて星々で

 義賊と噂高札に 回る配布の時空越し

 危ねえその身の境涯も 最早高校卒業に 不可侵協定もあとわずか

 銀河帝国に隠れのねえ 賊徒の張本加藤茉莉香。』

 

 『さてその次は海森の バルバルーサの通信士

 平生着慣れし作業姿から 髪も墨田に由比が浜

 セーラー服にしっぽりと 女生徒に化けた探り入れ

 油断のならぬ小娘も 加藤茉莉香に身の破れ

 勢い乗りも龍の口 身代わり船長も二度三度

 だんだん増える黒歴史 黒髭野郎の身内にて 

 海賊無頼と肩書きも 宙に育ってその名さえ

 娘海賊、チアキ・クリハラ。』

 

 『続いて次に控えしは 銀河の海賊メトセラ育ち

 幼児の折から手癖が悪く 掃討戦争からぐれ出して

 旅をかせぎに帝国を 回って首尾も吉野山

 まぶな仕事も大峯に 足を留めたる辺境の

 ギルドと言って星系や 企業へ入り込み盗んだる

 金が御嶽の罪科は 蹴抜の塔の二重三重

 重なる悪事に高飛びなし 後を隠せし海賊の

 御名前存知の、ミューラ・グラント。』

 

 『またその次に列なるは 以前は侯帝の姫育ち

 勝手気儘な騒動に 親勘当の腰越や 砥上ヶ原に身の錆を

 砥ぎなおしても抜け兼ねる 高飛車心の深翠り

 田舎のくじら座 私掠御免の切取りから 黄金髑髏と名も高く

 忍ぶ姿も人の目に 月影ヶ谷神輿ヶ嶽

 今日ぞ命の明け方に 消ゆる間近き星月夜

 その名も、クォーツ・クリスティア。』

 

 『さてどんじりに控えしは 波風荒き皇宮の

 磯慣れ松の曲がりなり 人となったる深窓育ち

 仁義の道も白鳳の オデットに乗り込む大首領

 波にきらめく稲妻の 免状に脅す船殺し

 背負って立たれぬ罪科は その身が重き聖王家

 反逆上等というからは どうで終いは星屑と

 覚悟は予て髑髏星 然し哀れは身に知らぬ

 皇位無用な、リーゼ・アクア。』

 

 各々傘を差し上げて振り返り、白波五人娘は大見栄を切る。

 ――どん どん どん どん どおーん――

 鮮やかに五色の爆発が背後で巻き起こる演出付きだ。勿論、大音響での強制入力で。

 「まあ、茉莉香さん素敵ですわー」

 グリューエルは手を胸元に組んで、目をハートにしている。

 「チアキちゃんも決まってるよねー」

 「効果は抜群だ!」

 「私たちも負けてらんない! 締めに掛かるよー」

 再び、ヨット部員たちのナレーション。

 

 『五つ連れ立つ雁金の 五人娘にかたどりて、

 『案に相違の顔ぶれは 誰海賊の五人連れ。

 『その名もとどろく白鳳の 音に響きしわれわれは

 『千隻あまりのその中で 極印打った頭分。

 『太えか布袋か盗人の 腹は大きな肝玉。

 『『『ならば手柄に からめてみろ!!!』』』

 

 打ち鳴らされる拍子木に、艶な姿で龍田川。

 五色の瑞雲背に纏い、大音声の名乗り揚げ。

 すわ威勢熱たき心意気、

 降魔折伏の霊験あらたかに、辺境連合押し黙る。

 これ以上ないというほど顔を真っ赤にして、チアキが文句を言って来た。

 『なんで、私が出なきゃなんない訳? 海賊団の代表ならあなただけでいいでしょ』

 「そーなんだけど、植民星の海賊達って事で、私とチアキちゃん――」

 『なら、他にもいるじゃない。女海賊って言うんなら、ビラコーチャのカチュアさん。あの人船長だしピッタリじゃない!』

 「娘海賊五人衆だから…」

 『それじゃあミューラはどうなのよ! あの人一二〇年前からギルドの頭目やってるけど四二〇歳よ! オバサンすら過ぎてるじゃない』

 「あの、それ言わない方がいいよ…。ミューラさんの耳に入ったら…」

 フンと、鼻を鳴らしてそっぽを向くチアキ。

 「長命種の人って私たちの二〇倍の時間を生きてるでしょ。だから換算するといま二一歳だそうよ」

 チアキは、え?という顔になった。

 「そうなのよ。凄く大人っぽい人だから、もっと年上だと思ってた。梨理香さんと同じ位に見えてたから」

 そりゃブラスター・リリカが若作り過ぎるからよ、とチアキは思った。とても高校生の娘がいるようには見えない。

 そこまで言ってから茉莉香は気付いた。一二〇年前のミューラさん、今より齢若に見えていたけれど、いま四二〇歳で一二〇年前という事は、あの時は三〇〇歳。

 自分らの年齢にすると…一五歳?? グリューエルと同い年だ! でもグリューエルを見ていると、妙に納得してしまう自分だった。

 

 娘白波五人衆の顔見世興行に、辺境星系連合の総司令は言った。

 『お前たちの料簡は解った。折角の最期のチャンスを、みすみす見逃すという訳だ。ならば、最早情けは掛けない。辺境海賊ギルドも少しは使える奴だと思っていたが、とんだ間抜けの集団だったという訳だ。皇女という肩書に縋った愚かさを悔いるがいい、そいつは只の反逆者だ。謀反人だ。我らに加わればそれなりの地位を約束してあげたものを。

 ――先ずは帝国への手土産に、用無しのお前たちを血祭りにあげてやる!』

 しかしそれを聞いてるヨット部員たちは、いたってのんきだった。

 「それって、悪役の決まり文句」

 「大抵、やられる前の台詞なんだよね。」

 「ね――」

 辺境星系連合の艦隊群が、一斉に横一列に並び全砲塔を海賊団に向ける。

 砲口がエネルギーをチャージしていく。

 『攻撃用意。全砲口開け!』

 総司令が艦隊に命令を下すと同時に、艦隊の背後が爆発した。

 

 

 

 

 




第51話を投稿するに当たり、一部を改稿しました。原作で出ていた「白紙免状」を出すためです。


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51話

 濛々と沸き起こる煙、そしてチャブの嵐。

 ――撃てぇ――

 何処からか強制入力された声を共に、無数の実体弾が、連合艦隊の背後から跳んでくる。

 巻き上がった火焔と『轟音』に包まれる連合艦隊。

 が、被害はない。

 「何事だぁ!」

 鼓膜を劈く轟音に耳を押さえながら、総司令は叫んだ。

 「敵からの攻撃ですぅ」

 同様に耳を押さえながら士官が言う。

 「そんなことは判っとる。何者だぁ」

 「模擬弾と思われ被害はありませんっ、これは警告です!」

 「警告だと? それよりこの音何とかならんのか!」

 「指向性レーザー通信による直接強制入力ですぅ。切れません!」

 「レーザーだと?! こっちは一万の艦隊だぞ!」

 一万の艦艇に、それぞれ同時に直接入力している。千や二千の船では聞かない筈だ。いったいどうやって?

 ドラム缶の中でガンガン叩かれているような音に、ブリッジでの会話もままならない。

 やがて攻撃が止み静かになると、これまた大音量で男の銅鑼声が響いて来た。

 

 『暫く。アイヤ、暫くぅ!!!』

 

 カンカンカンカンと、六方の拍子木とともに立ち現れる、異形の姿。

 『知識余りあって足らざる時は、宇宙にとって万人に援け、前後する所無しとか。何ぞその帝国と辺境とを問わん!』

 升紋の入った柿染素襖に、前髪付油込の五本車鬢。身の丈ほどもありそうな大太刀を手に、赤い隈取の入った顔で大見得を切っている。

 『問わでもしるき源は、銀河の星に身体ばかりか肝玉まで、すすぎ上げたる無法者。

 ゆかり黄金髑髏の海賊と人に呼ばるる鉄の髭。

 当年ここに十八番、久しぶりにて顔見世の、昔をしのぶ筋隈は、

 色彩見する寒牡丹、素襖の色の柿染も、渋い男の相伝骨法、

 機に乗じては藁筆に、腕前示す荒事師、

 銀河一流の豪宕は、家の技芸と、御免なせえと、ホホ敬って白すぅ~』

 

 それを見て、百目がげんなりして言った。

 「またあの御仁だよ。」

 ルカもミーサも呆れた顔をしている。

 「白波五人娘に焦った様ね」

 「あの性格も相当ね。家の技芸って…家族がどう思うかしら。それより、あの人今まで何やってたの?」

 茉莉香だけが突然の鉄の髭の出現に訝しんでいた。確かに黄金髑髏も白鳳海賊団に加わっている。クォーツがそうだが、それは従姪がいるからで、黄金髑髏の海賊は団ではなく一匹狼だからだ。鉄の髭がどう関わっているのか、得体が知れない。

 そんな自分と違い、特に鉄の髭を警戒する様子でもないクルー達の態度が不思議だった。

 「ねえミーサ。鉄の髭って何者なの? 海賊の巣でもそうだったけど、なんだかみんなは知ってるんじゃない?」

 「知らないわよ、あんなカブキ者さん。ただ以前に見知ってた人とよく似てるってだけ。ところで茉莉香、梨理香はいま何やってるの」

 「梨理香さん? 何でもまた旅行だって。このところ家を空けてることが多いわ。連絡もあまり来ないし、旅行を楽しんでるみたい」

 茉莉香の答えに、クルー達はピーンと来た。梨理香があの御仁と一緒だったら、あんな台詞は言わせないだろう。という事は別行動を取っている、それも連携を取りつつだ。そして帝国から親書が届き鉄の髭が現れた。

 

 連合艦隊の背後に現れた大型戦艦、「大宇宙を駆ける大いなる海賊船パラベラム号」の後衛には、総司令がよく見知っている艦隊群が並んでいた。その数、なんと二五〇〇。

 現れた艦隊の砲門はこちらの方を向いている。

 「連合に加盟する星系軍の寝返りです!」

 レーダー士官が悲鳴を上げた。

 さっきの指向性レーザー通信は、あの艦隊が放ったものだ。そしてそれは、射撃管制波でもある。

 ここに参集していない戦闘艦の約半数だが、残りは各星系の守りに就いている。そして星系政府ごと寝返っていると見ていい。辺境星系の連合は破れた。

「うろたえるな。数の上ではこちらが有利だ。それに実戦経験も我が七つ星共和連邦が上。敗残の裏切者にいかほどの事が出来ようぞ!」

 横列を取っていた艦艇を縦に回頭し、正面はそのままに、左右の艦隊の船首を後ろに向かせる。

 海賊を攻撃しようとした直前だったから、砲門のエネルギー・チャージは済んでいる。そのまま総司令は撃とうとした。そこに参謀士官から意見具申が来た。

「総司令、本当に攻撃するのでありますか?」

 「当たり前だ。攻撃して来る敵に撃たせる馬鹿がどこにいる」

 「ですが、相手はまだ撃っていません。先程のは空砲です。確かに敵対行為は取っていますが攻撃行動は行っておりません。何らかの意図があると見るべきです。それに統合政府からも連合破棄の報告は入って来ておりません。連合解消は政府と議会で決定されるものです。ここで我々の方が先に攻撃すると、我々が連合への反乱軍となってしまいます」

 「そんな馬鹿な話があるか! 連合艦隊は我々が主力だぞ」

 「そうですが、条約上ではそうなります」

 これが七つ星共和連邦軍なら撃てる。しかし名目上この艦隊は辺境星系連合艦隊なのだ。ちょっと挑発を受けたくらいで、政府の許可なく同士討ちを始めたら、確かにそうなる。総司令は歯ぎしりした。

 「統合政府に確認を取れ!」

 

 両者睨み合いの中、鉄の髭が言った。

 『史記に曰く。

 陳勝なる者は、陽城の人なり、字は渉。呉広なる者は、陽夏の人なり、字は叔。二世元年の七月、閭左を発して漁陽に適戌せしめ、九百人大沢郷に屯す。陳勝・呉広 皆次として行に当たり、屯長と為る。たまたま天大いに雨ふり、道通ぜずして、度るに已に期を失す。期を失すれば、法として皆斬らる。陳勝・呉広乃ち謀りて曰く、「今、亡ぐるも亦死し、大計を挙ぐるも亦死せん。等しく死すれば、国に死するは可ならんか」と。

 それより先、陳渉少き時、嘗て人の与(ため)に傭われて耕す。耕をやめて壟上に之き、長恨することこれを久しうして曰く、「苟も(いやしくも)富貴ならば、相忘るることなからん」と。傭者笑ひて応へて曰く、「若は傭耕を為す。何ぞ富貴ならんや」と。陳渉太息して曰く、「嗟乎、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と。

 いま春秋の秋。銀河の趨勢この一戦にありと言えど、後顧に憂いを持ちて何ぞ野心を果たせんや。汝らの大志とは如何。』

 小難しい事を言っているが、芝居気たっぷりだった。

 

 「ねえ、あれ何て言ってるの」

 言ってることがちんぷんかんぷんの茉莉香は、そっとミーサに尋ねた。

 「煙に巻いてるだけで、大したことは言ってないわ。前に海賊の巣で茉莉香に言ったでしょ、あれと同じ。『宇宙の果て。果てしない先を見据える人間は、一人では足りない。より多き人々が目指すからこそ、宇宙の果てに何時かまみえん。お前は何を見詰める?』よ」

 「なにそれ?」

 「でしょ、それを『今、亡ぐるも亦死し、大計を挙ぐるも亦死せん』とか、やれ『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』とか、まったく持って回った言い方!」

 説明を受けても、やっぱりちんぷんかんぷんな茉莉香だった。

 そんなところに、海賊たちから声が掛かった。本人からすれば、屋号での大向うを掛けて貰いたかった所だろう。

 『おい、ゴンザ。何気取ってやんだ? まあ見栄えを気にするお前らしいって言えば、らしいか――』

 『あれだけ娘に決められた後じゃ、二番煎じ』

 『辺境星系で焚き付けて来たな。根回しはメトセラ・コネクションだろ?』

 『その辺はバルバルーサが詳しいんじゃないか。ノーラが居るからさ』

 親父? バルバルーサと聞いてチアキが飛び上がった。

 ゴンザ? それが鉄の髭の名前? どこかで聞いたよーな…。でもなんで海賊船長たちが知ってるの? 

 不審に思う茉莉香やチアキに、ミーサもケンジョーもしまったと思った。『加藤茉莉香に関する不可侵協定』で、内緒にしてあるはずのものだったからだ。どうも船長たちは、久し振りに見る歌舞いた姿に忘れてしまっているらしい。続けてこうも言ってきた。

 『もうすぐ、かみさんも駆けつけて来るんだろ。今回はどんな一物携えて来るんだ?』

 え、え、え、鉄の髭さんの奥さんまでやって来るの?

 戸惑う茉莉香をよそに、今度は、白鳳海賊団の背後が爆発した。

 

 パッパラッパ、パッパラッパラー。パッパラッパラー。

 強制入力される、突撃ラッパの音。

 わざわざ、プレドライブ現象を派手にまき散らしながら、戦艦が次々と通常空間に姿を現して来る。

 パッパラッパラー。パッパラッパラー。

 一カ所二カ所ではない。宙域全体に渡って、雲霞のごとき大艦隊が出現してくる。その中には、見知ったノイシュバンシュタインの姿もあった。

 「帝国艦隊!?」

 耳をつんざく突撃ラッパのなかで、それを見た茉莉香は椅子から立ち上がった。

 

 ――『お待たせ。騎兵隊の到着だよ!』――

 

 とてもよく知っている声。

 「「梨理香さん!!」」

 通常空間に復帰すると同時に、射撃管制波を浴びせ、間髪を入れずに一斉掃射する。

 こちらは、辺境星系の艦隊と違って容赦がない。全部実弾、エネルギー・フルチャージだ。忽ち、白鳳海賊団に向いている連合艦隊の幾つかが被弾する。

 『おー、今回のブラスターは、また剛毅だなー』

 『いつもながらの抜き撃ち。見事なもんだ!』

 惚れ惚れした様子でウィザー・スプーンやミスター・ドラゴンが言っている。

 現れた帝国艦隊は、何と、十万隻だった。

 

 「一挙に形勢逆転?」

 「力で押す奴は、力に弱い」

 「十万て、帝国艦隊の殆どだよね?」

 「てことは、帝国は空? 総力戦?」

 「でも、私たちも、まだ帝国の敵であって…」

 「あれ、茉莉香のお母さんだよね?」

 「何がどーなってるのか。サッパリ判らん!」

 オデットのブリッジでは、クルー達がハテナマークを飛ばしまくっていた。それは茉莉香も。連合艦隊の総司令も同じだった。

 『帝国艦隊が、海賊に加担するだと? さては始めからグルだったな!!』

 総司令は叫んだ。そこにノイシュバンシュタインから通信が入った。

 『元第五艦隊司令、ハインリッヒ・フォン・カイデルである。我々は帝国艦隊ではない。帝国を離れた脱走艦隊である。第三から第七艦隊の有志たちは、これより独自に行動し、海賊団に加勢する――』

 それを聞いた茉莉香やヨット部クルーたちは悲鳴を上げた。

 「「「え―――」」」

 これは一体どうした事だと思っている所に、グリューエルはニコニコしながら言った。

 「先程言ったではありませんか、帝国でも脱走が相次いでいると」

 「相次いでるって、十万だよじゅうまん、帝国艦隊の大半じゃない。それ、脱走とは言わないわ」

 「残っているのは、核恒星系を担当する第一・第二艦隊と、僅かな各艦隊の艦艇だけです。第一・第二艦隊も参加したがっていたそうですが」

 トンデモない事態にも関わらず、三人の皇女たちはいたって涼しい顔。

 「アンタ達、事情を予め知っていたわね!」

 そんなお姫様をチアキは睨んだ。

 「事態を知ったのはヨートフがやって来た時です。ソリス王子の言葉から、これは女王陛下も了承していることを確信しました」

 「だから、それはもう、脱走とは言わない」

 そんなやりとりをしている所に、弁天丸から通信。

 『チアキちゃん!!』

 「茉莉香、アンタお母さんから何も聞いてないの? それと、ちゃんじゃないから」

 ぶんぶんと被りを振る加藤茉莉香。

 「海賊船から何か言って来てる?」

 これも、弁天丸にも問い合わせがない様子。

 そう言えばさっき、カーン伯爵が鉄の髭に辺境を焚き付けて来たなと言っていた。カチュアもブラスターがどうのとか。その辺の事情はバルバルーサが詳しいんじゃないかとも言っていた。大人たちは、この艦隊の規模までもかは知らないが、いまの事態を想定していた!?

 「あんのクソ親父ぃ~」

 大人たちはこちらに黙って互いに連絡を取り合っていたのだ。

 「茉莉香! まんまと乗せられた。親たちに一杯食わされたよ!」

 

 チアキの怒声に、茉莉香もようやく気付いた。梨理香さんは旅行だと偽って、帝国艦隊の取り纏めをしていたのだ。根回しは恐らくあのヨートフだろう。そして鉄の髭は辺境で。

 鉄の髭と梨理香さんは海賊狩りの時も行動を共にしていた。

 え、ちょっと待って。さっきカチュアさんが「かみさんも」って言ってた。

 船長たちは鉄の髭を知っている様子、そして弁天丸のクルー達も。

 と、ゆーことは…。

 茉莉香に冷たいものが走る。

 クルップ侯爵の言うゴンザとは、ゴンザエモン加藤……

 ――えええええええええ!!!!!――

 これ以上ない悲鳴が、弁天丸のブリッジを越えて宇宙に響き渡った。

 「あなた達、知ってたわね! あの、あの」

 「あのトーヘンボク」

 わなわなと指差す茉莉香に、ミーサが言った。

 「私を騙していたの!!」

 語気強く迫る。そりゃいきなり父親が食中毒で死んだと知らされ、それで海賊船の船長になって、海賊狩りで現れた怪人が実は父親ですって、なんなんじゃ~となる。

 「騙してた訳じゃないわ。黙っていただけ。ほら加藤茉莉香に関する不可侵協定があるでしょ、アレよ」

 クルップ侯爵にカチュアさん、とんだ協定破りよ。とブツブツ言っている。

 「バレちゃったから改めて言うけど、鉄の髭はあなたのお父さん、ゴンザエモン・加藤芳郎よ。クルーと船長たちは知っているわ。あとはグリューエルかしら、あの子先代と面識があったから」

 ぐりゅ~えるぅ~~~。

 思わず脱力する茉莉香。

 「それはそうと、使い時じゃないの?」

 ミーサが放心している茉莉香に指摘した。

 「あ、白紙免状」

 圧倒的戦力の差を見せつけている今が、相手に逃げ道を用意してあげる好機なのだ。白紙免状で帝国に対する反乱は反故に出来ることを提示する。向こうがどうすればいいか迷っているうちでないと、破れかぶれになる可能性がある。

 オデットに連絡すると、意外にもグリューエルが待ったをかけて来た。

 『ここで白紙免状を使う事は、適切ではないと思います。それは向こうにとって帝国の傘下で居ることを認めることと同じで、独立宣言した意味がありません。平和協定が結ばれた後で外交的に使うものです』

 「じゃあ、ほかにどんな手があるの。まさか、このまま力押しで――」

 いえいえと、にこやかに首を横に振る。

 『もっと、上手い手があります。』

 そこでリーゼが代わった。

 『茉莉香さん。私に連合艦隊の総司令さんとお話しさせてもらえないでしょうか』

 「え、そりゃリーゼが海賊団の総帥なんだから、いいんじゃない。でもなに話すの?」

 『いえ、海賊の総帥よりも、帝国の代表としてですが』

 「帝国の代表って、ああ、セレニティーの船で王子様が一緒に乗って来たっけ」

 『そうです。実は帝国から密書が届きました。それで女王は、私に辺境星系連合との交渉を任せると』

 密書、只ならぬ言葉の響き。

 たいてい密書と名のつくものに碌なものはない。周りに内緒にしておく内容で『陰謀』が付いてくる。まあそれで戦争に片が付くのならそれでもいいのだが、問題はそれをリーゼがするという事だ。確かに聡明な彼女だが若干一三歳。そういう駆け引きにはもっと適任者がいるだろう。例えば情報部の辣腕諜報員とか外交に長けた枢密院侍従長とか――。

 『これは、リーゼにしか出来ない事です』

 不安な茉莉香に、そうグリューエルが言ってきた。

 『どうかリーゼ皇女を信じて下さい。それに、茉莉香さんの出番はちゃんとありますから』

 え、私の出番?

 聞き直そうとしたところに、通信は連合艦隊と切り替わった。

 

 『辺境星系連合の皆さん。聞いて下さい』

 秘密回線でオデットからリーゼが語りかけた。秘密回線だというのに弁天丸にも交信の内容が聞こえている。

 『どうか矛を収めてください。戦力の差は歴然です。ここで敵対しても益はありません。あなたたちが独立を訴えていた銀河帝国は、白鳳海賊団に降伏します』

 ・・・・・・・。

 しばしの間を置いて、今度はオデットに悲鳴が起きた。

 「助詞の使い方が逆なんじゃない?」

 「あの子、核恒星系の人だから田舎とは文法違うのよ」

 「どっちも銀河標準語じゃない」

 「いきなり何言いだしてるの??」

 「リーゼちゃん!!」

 喧しいオデットの外野陣。でも突っ込みどころはそこじゃない。

 『貴様は帝国にとって敵対者、海賊団の首領だろ。何の権限あって帝国を代弁する? ましてや降伏などと…』

 総司令は苛立ちながら言った。こんなところで小娘の冗談に付き合っては居られないのだ。

 『カイデル将軍を出せ、なぜ帝国艦隊を脱走などと偽る? さては帝国は手を汚さずに、海賊の仕業として七つ星共和連邦を根絶やしにするつもりだな!?』

 よくもまあ悪い方に考えるものだと茉莉香は嘆息した。しかしこれだけ正体不明の大艦隊に取り囲まれては、そう危惧するのも無理はない。

 『カイデルです。我々は正真正銘の脱走兵ですよ。辺境で、あれだけ大規模に反乱を起こされて、何一つ手を打てない帝国政府に嫌気がさしたのです。帝国に戻れば反逆者として処分される身ですので、ここは第三の勢力である白鳳海賊団に加わった次第』

 『嘘だ!』

 と、総司令は叫んだ。『そんな猿芝居、誰が信じる!』

 『実は、女王はこの戦争が終結するまで退位なされました。帝国艦隊が崩壊した責任を取ってです。いま帝国政府に独立を求めても、それを判断する者はおりません』

 『侯帝はどうした。戦争遂行の最高司令官だろ!』

 『侯帝は謹慎なさっております』

 艦隊が崩壊? 帝国が空位状態!? 

 何処に交渉すればいい? 

 ――まさか。

 そこにリーゼが続けた。

 『ここに親書があります。一通は私に宛てたもので、帝位を私に譲るというものです。この戦争が終結するまでとの期間限定ですが。先程、何の権限あってと申されましたが、そういう理由があっての事です』

 そう言って、親書の中身を総司令に示した。確かに帝国全権をリーゼ・アクシア・ディグニティ―に禅譲すると記されてあり、女王の署名と見届け人として侯帝のサインがあった。

 『もう一通は、辺境星系連合政府に宛てたものです。密書扱いですので、外部に漏れる心配はありません』

 総司令は密書を受け取り、しばし沈黙した。

 『吾輩の一存では決めかねる。統合政府に問い合わせるので、しばらく待って頂きたい』

 そう答えるのがやっとだった。

 

 統合政府からの返事は意外と早かった。リーゼ、グリューエル、ヒルデの三人は相当時間が掛かるものと覚悟していたが、ものの一時間で来た。しかし待つ方の総司令としては、途轍もなく長い時間に思えた。何しろ、国家の運命を決める内容だったからだ。

 『聖王家の助言に従い、要求を呑むとの決定だ――』

 絞り出すように総司令は言った。

 『では、代表は?』

 『私がせよとのお達しだ。全権大使の任命書も届いた。いくらなんでも…あんまりだ。田舎芝居もいいところだ!』

 総司令は苦渋に満ちていた。

 そんな総司令の心の内を他所に、グリューエルが嬉々として言ってきた。

 『田舎芝居でも決定は決定です。付き合ってもらいますよ。では茉莉香さん、お待たせしました。出番ですよ!』

 「へ、私??」

 いきなり振られた茉莉香は、自分を指差しながら問い返した。

 『そうです。茉莉香さんが居なかったら終わりません。なにしろ、銀河大戦を始めた張本人なのですから』

 ヒルデまで。

 オデットが、海賊船が、辺境と連合の艦隊が、帝国の脱走艦隊が見守る中、オープンチャンネルでそれは行われた。

 静かにリーゼが言った。

 『銀河帝国女王の名に於いて、帝国は「白鳳海賊団の加藤茉莉香」に降伏します。』

 苦々しく、総司令が言った。

 『辺境星系連合は加藤茉莉香の宣戦布告に対し、降伏を表明する。』

 しばらく間が空いた。

 インカム越しにグリューエルが急かして来た。

 ――茉莉香さん!――

 『は、はひ。』

 茉莉香の応え(?)に、すかさずグリューエルとヒルデが続いた。

 『ここに終戦の交渉は、セレニティー連合王国が見届けました。第七皇女グリューエル・セレニティー』

 『銀河帝国と辺境星系連合の処遇は、加藤茉莉香に一任されたことを確認します。第八皇女グリュンヒルデ・セレニティー。』

 

 『『以上で、戦争。終わり!!』』

 

 うえあああああああああああああ~~~

 悲鳴とも歓声ともつかぬ声が宇宙空間に響き渡った。もちろん、誰かさんの強制入力で。

 

 

 

 



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52話

 銀河帝国がその勢力を増大させ、周辺の星々との併合を次々と重ねていた頃、辺境宇宙においても、独自の星圏を有する星々が存在した。辺境星系連合は、開拓星系だった。開拓地の多分に漏れず、人口が増え世代を重ねるにつれ、総主である銀河帝国との対立が深まり、遂に独立戦争が勃発。星系連合の独立政府は、脆弱な戦力を打開する為にあるものを建設した。ステラスレイヤーである。宇宙海賊達は私掠船免状を盾に辺境連合の施設を襲い、独立戦争の終結に大きく貢献した。そして意外な形での終戦を経た今、これはそれから100秒余り後の物語である。

 「みんないなくなっちゃったね…」

 「ホント、きれいさっぱり」

 「この宙域に残っているのって、私たちと茉莉香んとこだけ?」

 「みたいだね。バルバルーサまで消えちゃってる」

 「あの、クソ親父!」

 戦争終結宣言を受けて、海賊たちは高らかに笑いながら空域を離れて行った。海賊だけではない、脱走艦隊も辺境艦隊も、潮が引くように一斉に消えていった。七つ星共和連邦の連合艦隊などは、こんな空域に一秒たりともいたくないという勢いで、真っ先に居なくなった。

 一〇〇秒後には、ぽつんとオデットと弁天丸だけが取り残されていた。

 

 未知への道は開かれた。

 決断の連続の果てに見える世界は一体何なのか。弁天丸船長、加藤茉莉香はどんな決断をして、どんな未来を摑むのか。

 果たして・・・

 ――ちょっとお、まだ終わってなーい!――

 何処かで聞いたことがあるようなナレーションに突っ込みを入れる加藤茉莉香。

 『どうしたんですか、茉莉香船長』

 茉莉香の叫び声にグリューエルが聞いてくる。

 「どうしたも何も、一体なに? 総司令じゃないけど何の茶番?」

 『茶番だなんて。あれが戦争終結には一番良い方法だったのですよ。銀河帝国にも星系連合にも傷が付きませんし禍根を残しません』

 「そりゃそうだろうけど、プライドってモンがあるでしょうが。連合国家が、ましてや帝国が海賊に降伏するなんて」

 『だからこその秘密協定です。この終戦はその場に居合わせた者しか知りません。見た者も何らかの談合があったと思うでしょう。本当はネット中継したかったのですが、残念です』

 本当に残念そうなグリューエルだった。

 『それに今回の降伏劇は、もともと茉莉香さんが行った手なのですよ』

 「私がした?」

 『そうです。オリオンの腕統合戦争で見せてくれた降伏のどんでん返しです。あれを参考にさせてもらいました』

 「あ。」

 帝国と偽って偽艦隊を出現させ、キャプテン・スズカに植民星政府を降伏させた。それを銀九龍さんに渡して無事植民星連合は帝国傘下、宗主星も降伏。しかし実際には、植民星側は帝国に降伏をしていない。降伏したのは海賊に対してだった。

 ヒルデが姉に続いた。

 『宗主星は帝国に降伏したとなっていますが、交渉の窓口となったのは、海賊に降伏した植民星を通してです。ですから、宗主星も帝国に直接降伏をしておりません』

 「そおなの!?」

 そしてリーゼ。

 『なぜ占領や征服と言われず統合と呼ばれるのか。両者とも降伏した相手は海賊だからです。海賊から領土を委託されて帝国領に編入された、あの戦争が統合戦争と言われる所以です。その立ち位置を変えただけです』

 いつから、そんな手を思い付いていたんだろう。何という権謀術数だ。改めて思うやんごとなき血筋というやつ、恐ろしい子供たち。

 『私たちにそんな力はありません。お膳立てはヨートフが整えました。あと茉莉香さんのご両親も。私たちはそれに乗っかっただけです』

 そう言ってニコニコしているグリューエル。とびっきりの外交的笑顔でもって。

 いま明かされる故郷の裏歴史。

 呆然とする茉莉香にミーサが振って来た。

 「もっと他に聞くことがあるんじゃない。茉莉香」

 我に返って再び聞いた。

 「それで、どーして降伏の相手が私な訳? 白鳳海賊団の総帥はリーゼなんだし、彼女でいいじゃない」

 それにはリーゼが返答して来た。

 『それは駄目です。あの時、私は帝国の国家元首でした。自分が自分に降伏することは矛盾です。また連合も私に降伏することは帝国に降伏することになります』

 「あ、そうか」

 『それにさっきも言いましたが、宣戦布告をなさったのは茉莉香さんです。ここは加藤茉莉香で締めて頂かないと』

 ヒルデまでが黒い顔で言って来る。

 『で、どうなさいますか。銀河帝国と辺境星系連合の全権は、いま貴方様にあります』

 「全権だなんてトンデモない! まあお芝居なんだし、私だったら星系連合には独立を認め、帝国はもっと緩い連合にってとこかなぁ。その方がゆくゆく帝国に戻るにしてもやり易いだろーし」

 『流石は茉莉香様。統一銀河の首領たる度量の持ち主ですわ』

 胸に手を当ててグリューエルが感激している。

 「またまたー。グリューエル、もう冗談はよしてよー」

 傍でやり取りを聞いていたクルー達もニヤニヤしている。

 「船長、冗談なんかじゃねえ。これは非公式でも正式に結ばれた外交なんだ。しかも星系政府代表のセレニティー連合王国まで認めちまってる。いまのアンタは、全銀河の元首様なんだぜ」

 いみじくも百目が解説した。

 「加藤茉莉香大帝。」

 ぼそり呟いて、ルカが水晶玉を見ている。

 「国民は銀河系百億の星々に百億の…て幾つだ?」

 「垓だよ」

 三代目の言葉にケインが答える。

 「版図は十万光年に渡る」

 ご丁寧にもシュニッツアが付け加えている。

 「海賊帝国の、誕生だぁー」

 そう言って、派手にキャンディーをばら撒くクーリエ。

 「えええええええ???」

 悲鳴を上げる茉莉香に、スクリーンの三人の皇女が床に膝を付き首を垂れる。臣下の礼だ。

 『永遠の忠誠を誓います。マイ、マジェスティ』

 『我らをお導き下さい』

 『銀河系の幾久しき繁栄を』

 「はえええええええええ!?!?!?」

 その様子を見て、クルー達はたまらず爆笑した。

 

 弁天丸のスクリーンには、ぽつんとオデットが浮かんでいる。

 初めてオデットの船外活動で見た宇宙空間を、茉莉香は思い出していた。

 「ホントに、ぽつんだ」

 傍にはいま茉莉香が居る弁天丸が一緒に飛んでいる。オデットから弁天丸を見ても、やはり同じようにぽつんと見えているのだろう。

 「ねえ船長」

 宇宙空間を前に、舵輪を握りながらケインが振った。

 「思うんですよ。弁天丸はこの先、何処へ向かっていくのかなあと。船長は何処へ行きたいですか?」

 しばし考えてから茉莉香は答えた。

 「今の私はみんなに支えられてる。私の知らないところで、私のために私の知らない色んな人達が動いてるんだなって、今回実感した。」

 ほう、という顔をするクルー達。

 「誰がどう動いてるとかなんとかは今は解らない。みんな内緒だろうから、それは追々。

 だから、遠慮なく大学に暫らく行かせてもらうね。それが私の今!」

 そう言うとミーサから注文が来た。

 「ケイン、茉莉香、それ海賊狩りでやったから。弁天丸の船長はどうするのよ、女子大生海賊で行くつもり?」

 「女子高生海賊よか、インパクトに欠けるよなあ」

 百目が腕組みしながら思案する。

 「え、お父さん。先代の船長が居るじゃない」

 それを聞いて、気まずい空気がブリッジに流れた。

 「私が船長になったのも、先代が亡くなったからでしょ。そりゃ残念な気持ちもあるけど、生きていたんだから免状もIDリングもお父さんの物」

 「だよなあ~」

 「やっぱ、そうなるか」

 「でも、商売はガタ落ち」

 「保険会社が嫌な顔しそう」

 「将来が見えない」

 たちまち暗い雰囲気に包まれる。

 「え、え、そんなにヒドイの!?」

 意外な反応に驚く茉莉香。

 「そりゃあ、先代ときたら――ま、いいか。」

 「むしろ元の鞘に戻る訳だ。意外性より、正確な操船と硬派な演出、謹厳実直な営業にな。本人はいい加減だけど」

「茉莉香が選んだ道ですものね」

 「でもその前に、期末試験と大学入試頑張んないとねー」

 

 海明星へのジャンプを前に、加藤茉莉香はオデットに戻った。この航海は、いちおう部活扱いなのだ。管制空域に入って部長が不在では、都合が悪い。

 銀河の端にあたるオケアノス宙域からオリオンの腕くじら座宮たう星系まで、銀河中心部を越えてざっと七万光年。超光速跳躍で二日は掛かる距離をワープなら一瞬で跳ぶ。だから、月曜日からの期末試験に十分間に合うという次第。

 「あーあ、明日っから試験かぁ」

 「嫌だねえ」

 「そうだっ茉莉香。銀河大帝権限で試験チャラに出来ない?」

 「それいい! ついでにヨット部には無試験でハナマルあげちゃうとか♡」

 「駄目よ。天は自ら助くる者を助く。ズルは貴方たちの為にならないわ」

 後輩たちの勝手な言い分に、ジェニーがぴしゃりと釘をさす。でも、こうも言った。

 「全銀河から集まる税金をF・J・G・ファンドに扱わせて貰えないかしら、手数料は〇.〇一パーセントでいいわ」

 「F・J・G・(フェアリージェーン・ギャラクシー)ファンドて、先輩とこの金融会社ですよね。私は銀河を支配するつもりも王様になるつもりもありません。商船大学を目指すんです!」

 そう言った茉莉香に、ヨット部員たちから声が上がった。

 「茉莉香、とうとう進路決めたんだ」

 「宇宙大学じゃないんだ」

 「勿体ないよ。今の茉莉香なら無試験で宇宙大学だって入れるのに」

 まあ銀河の支配者だってんなら、確かに可能かもしれない。ただしそれが、より多くの知識をもたらしてくれる者であるならば。

 「知性にはそれに相応しい資格が必要。私にはそれに見合う学力がないし、宇宙大学にも私が求めているものは無いってだけ」

 そう言い切る茉莉香。

 「宇宙大学は、茉莉香にとって魅力が無い?」

 ジェニーが聞いて来た。

 「そりゃ宇宙大学には色んな星系から人が集まってますし魅かれますけど、それは他の大学でも同じです。私はもっと広い世界を見てみたいんです。ヨット部に入ったのも海賊になったのも、宇宙に出てみたかったのが切っ掛けでしたから。それは、宇宙大学では叶いません。だから船乗りになるために商船大学を選びました」

 「そう。」

 「私の学力でも、何とか合格出来そうですしね」

 屈託なく笑顔を向ける茉莉香、でもジェニーは何だか寂しそうだった。

 それは茉莉香が、宇宙大学を志望してくれなかった事に、ではなかった。自分が宇宙大学を選んだ理由に対してだ。彼女が銀河一の難関校を目指したのは、人脈作り。そこのエリート達と繋がりを持ち、それを事業に利用する。それが目的だ。大学で学ぶ内容はその副産物に過ぎない。動機の純不純では無い。それを目的とすることに疚しさは無い。宇宙大学は銀河きっての俊英が集まっていることで価値があり、いわばジェニーに選んでもらった資格がある。大学にとって学生が、知性にはそれに相応しい資格が必要なのと同じく、学生にとっても、その大学が選んでもらうに相応しい資格があるかどうかなのだ。

 だがネメシスのように、人脈構築を宇宙大学に求めて、今回の事態を招いたことも事実。そこに自身の志望理由の淋しさを覚えた。

 弁天丸は一足先に海明星に帰って行った。

 オデットは途中タニアに立ち寄り、ジェニーとリン、無限少年が宇宙大学に帰って行った。

 そして――。

「では、最終ジャンプ、行くわよ」

 キャプテンのチアキ・クリハラがヨット部員たちに呼びかける。

「座標、くじら座宮たう星系青海星。セット完了。」

「重力制御推進システム異常なし」

「出力正常に上昇中」

「タッチダウン地点、空間に遺留物無し」

 部員たちの確認を受けて、チアキが茉莉香に目配せする。

「帰りましょう、私たちの学校に。ジャンプ!」

 茉莉香の号令とともに、虚空からオデットの姿は消えた。

 

 今回もいろいろあったねえ、などと感慨に耽る間もなく、オデットは海明星管制空域にタッチダウンした。

 「早い事はいいんだけれど…」

 「何というか、あっけないというか」

 「旅の余韻ってものは無いわね」

 目の前には、出発した時と変わらぬ故郷の星と中継ステーションの様子。丁度ラッシュアワーと重なり、出入りする船が多い。

 『おい、いきなり出現したそこの船! トランスポンダーが戻ってないぞ、いい加減に慣れろ!!』

 スピーカーに飛び込んで来たお叱りの声。

 「「梨理香さんだ―♡」」

 管制官の声を聴いて、ブリッジに歓声が沸く。

 「いけね、オデットのままだった」

 航法のリリィが慌ててトランスポンダーを『白鳳女学院練習船、オデットⅡ世』に戻す。

 「梨理香さん、もう業務に戻ってるんですか?」

 驚いてサーシャが尋ねた。オケアノスで別れたのは、ほんの一時間前の事だったからだ。

 『ああ、タップリ休暇を楽しんだからね。戻って、すぐ仕事だ』

 普通、帰って来た日は空けるだろう。でもこうしてオデットの帰還を迎えてくれている。

 「有難うございました。辺境の援軍と騎兵隊、とても助かりました。」

 グリューエルがマイク越しにお礼を述べる。

 『騎兵隊? 何のことだい、私はただ自分の休暇を楽しんだだけだよ。入港はC-68埠頭でいいんだろ。さっさと入っちまいな、港が混んでるんだから、ぐずぐずしてるんじゃないよ!』

 威勢の良い差配にヒルデがクスリとする。

 「流石は梨理香さん。情け容赦のない管制ですこと」

 オデットⅡ世は、流れるような一連の挙動で、バックから閉鎖ドックに一発入れした。姿勢制御の微噴射もほとんど使わなかった。

 一二〇年前から使われている専用のドックに、優美な船体が係留される。海賊団のマークも、いまは白鳳女学院のエンブレムに戻っている。

 オデットⅡ世が見渡せるデッキにヨット部員たちが整列している。展望窓を背に茉莉香たち三年生が、正面には後輩たちが向かい合っている。

 「私たちに追い出し航海を計画してくれた、あなた達に感謝します。今回の航海で、オデットを安心して後輩たちに任せる事が出来ることを、皆さんは示してくれました。三年生は正式に、ここにオデットⅡ世をあなた方に委ねます。」

 茉莉香が部長として、後輩たちに訓示を述べる。

 「計画したのは、私たちヨット部じゃないけどね」

 「これって、追い出し航海になるのかなぁ」

 「なんか海賊部の追い出しみたいですね」

 二年生が口を挟んで失笑が漏れた。

 「「先輩方、三年間有難うございました。私たちはこれからも、オデットを一〇〇年後の後輩達まで引き継いでいきます」」

 二年生以下、中等部を含めた後輩たちが、一斉に三年生に頭を下げる。

 それを受けて、加藤茉莉香、チアキ・クリハラ、サーシャ・ステイブル・リリィ・ベル・原田真希、ウルスラ・アブラモフら、三年生は踵を返してオデットⅡ世に向かい合った。そして深々とお辞儀をした。

 

 「「「三年間、本当にありがとうございました。」」」

 

 こうして、茉莉香ら三年生の、最期の練習航海は終わった。

 

 

 



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53話

 帰宅した茉莉香を迎えたものは、懐かしい匂いだった。ここのところ目まぐるしかったから余計そう感じた。

 「わあ、ポトフだぁ♡」

 「お帰り。もうすぐ出来るから着替えて来な」

 「うん。お母さんもお帰りなさい」

 「――ああ。」

 久し振りに自分を、お母さんと呼んだ娘に加藤梨理香は鼻白んだ。

 煮立ったポットを鍋敷きに置き、カタカタと副菜と食器を並べる。

 パタパタと着替えて降りて来る。

 すっかり整ったダイニングに着く母娘。

 「「いただきます。」」

 ふたりで料理にお辞儀する。これも久し振り。

 「こうして、親子水入らずの食事も、あと少しなんだね」

 あつ。

 唐突な言い様に、茉莉香はポトフを噴いた。

 「なにその娘を嫁に出す親のようなセリフ」

 「はあ? だってお前大学に行くんだろ」

 「ああ、そうか――」

 でもこうして母親の作るポトフを味わえるのも、あと僅か。大型船舶免許を夏休みに取った茉莉香は、商船大学の推薦枠を取り付けていた。だからといって試験が無くなる訳ではない。成績如何によっては推薦を取り消される。だから定期考査も入学試験も手を抜くことは出来ない。

 「明日の期末試験もだけど、入試対策は大丈夫なのかい?」

 食後の洗い物をしながら梨理香が言った。

 「まあまあ、かな。夏休みに大型免許取っておいたのが効いてる」

 茉莉香は洗った食器の布巾掛け。

 「よく取ったな。ネヴュラ・カップやら聖王家のお家騒動やらで、結構ドタバタだったと思うけど」

 「うん、頑張った」

 仕事の合間に第二種免許を取得したから、茉莉香の大変さが判る。それは茉莉香も、母親の大変さが理解できたことだった。

 「四月からは、本格的に一人暮らしか―。船長のIDリングを返す前に、中にあった『加藤家秘伝のレシピ』をマスターしとかなくちゃ」

 片付けが終わって、焙じ茶を口にしながら茉莉香は言った。

 テレビでは、『戦争、突然の終結か!?』と特番を流している。まあ事実はほとんど報じられないだろう。

 その横に座る梨理香。

 「あれかい。大抵は私のレシピだが、とんでもないゲテモノもあるから気を付けな」

 「ゲテモノ?」

 「ゴンザエモン・加藤のサバイバル料理。あれで先代のクルー達は死にかけた」

 いったいどんな物を食べさせられたのだろう。でも以前に、ミーサが『かつてブラスター・リリカの料理で死にかけた』と言っていたよーな。

 「IDリングを返すって事は、弁天丸は降りるんだな」

 「うん。とっても楽しい船だし、クルーたちには迷惑かけちゃったけど、私にとっては一番の宝物の船。淋しい気持ちもあるけれど、やっぱちゃんとした船乗りになって船長をするべきだと思う。ミューラやケンジョーさんや、他の海賊船長たちを見てそう思った」

 「鉄の髭を見てもかい」

 「あれは――ちょっと、なんとゆーか…」

 梨理香の問いに微妙な顔になる。

 「鉄の髭さんがお父さんだったって知った時は驚いたけど、正直実感湧かない。お父さんが居たって聞いた時と同じかなあ。」

 「あれが父親だよ。いい加減で格好付けで面倒臭がり屋で、その癖いいところは持って行こうとする。それでも船長は務まるものなんだ、クルー達によってね」

 梨理香が笑いながら言った。

 「ねえ、お父さんて弁天丸の船長してくれるかな。だってパラベラムって大型戦艦持ってるし」

 「あれかい? あれは旧植民星の黒鳥号と同型の中古品さ。個人で買えなくもないがレンタルだ」

 「レンタルって何処!?」

 確かに統合戦争時を彷彿とさせる旧式だが、戦艦は戦艦。気軽にレンタルなんかできるものだろうか。

 「聖王家だよ」

 あ、そこも黄金髑髏繋がりか、と思った。

 「船長するかって? さてねえ。気紛れな奴だからねえ。ま、名義だけゴンザエモンで、実際の営業は船長代理って事もあるが――」

 お気楽にそんな事を言う。

 「そんないい加減!」

 茉莉香が目くじら立てて文句を言った。

 「お前だってあっただろ、大した事ない仕事はクルーに任せて早退」

 「あ。」

 指摘されて口をぽかんと開ける。思い当る節は…いっぱいある。

海賊営業のあと、残りの生体コンテナ輸送を振ったことがある。実はコンテナの中身が生物兵器実験用のネコザルで、クルー達が感染してえらい目に遭った。テスト前なんかは特にそうだ。ランプ館のバイトを優先して、なんてのもある。

 「まあ、そんなもんだ」

 でも、船長不在で海賊って、成り立つものなのかなあと思う。

 「期末テストが終わったら、正式に名義変更の手続きしようと思ってるんだけど、また大変なのかな」

 「ああ、それ申告書一枚で済むと思うよ」

 「へ、私の時はお役所周りしたりハンコ押したり、書類を整えるの大変だったのに?」

 意外な返事に茉莉香は意表を突かれた。

 「あれは新規の更新手続きだったからさ。ゴンザは前にやってる」

 「そうそう、そこよ。前から不思議だったの」

 身を乗り出して梨理香に迫る。

 「私が弁天丸の船長になったのは、先代が亡くなったことが理由だったでしょ、直系の子孫でしか私掠船免状が下りないから」

 「そうだよ」

 「食中毒で急死と公示に出てたけど、本当は生きていた。そんなに私掠船免状の更新はいい加減なものなの? そりゃあ申請出すのに書類は山ほどだったけど、肝心な事実関係の審査がおざなりになってる。だって海賊船は軍務に準ずるんだよ」

 「まあ、お役所仕事だからね」

 「この界隈に海賊が居るのは自治って建前だけど、帝国は公式には海賊を認めて来なかった。出来れば居なくなって欲しいと思ってる。これは海賊ギルドがいい例、でもここの海賊だけ違ってる。どうも帝国は植民星のと私掠船免状は保全したいように見える」

 「統合戦争の件があったからね」

 統合戦争は銀河帝国の版図拡大でも、最も理想的でスムーズに行われた事例とされているが、実際は征服する側される側ともに疚しい所を抱えた併合だった。それが超新星爆弾だったステラスレイヤーで、植民星海賊たちは、その解決と、実際は合併だった併合に深く関わっている。――そして今回も。

 「ねえ、梨理香さん。お父さんはいつから関わっていたの?」

 茉莉香の問いに、「そう来たか」と、梨理香は話しをした。

 「ここの海賊だけ違ってると言ったがその通りさ。その訳はお前にあるんだよ茉莉香」

 加藤茉莉香に理由がある、そしてゴンザエモン・加藤の失踪も。

 「お前、去年に一二〇年前の統合戦争でやらかしただろ、弁天丸とオデットを使ってね。時系列が前後するからややこしいんだが、いまの弁天丸とオデットでこの世界が守られたようなものだ。それは統合戦争から一二〇年後に起きる時間跳躍が切っ掛けで、この世界を護るために、この界隈の海賊をその時まで保全しなければならなかったということさ。これは必要条件。そして茉莉香、お前が海賊になる事は絶対条件だったんだ。統合戦争の立役者であるキャプテン・スズカに影響を与えてしまったからね。これが『加藤茉莉香に関する不可侵協定』の中身だ」

 「加藤茉莉香に関する不可侵協定…」

 この世界を護るためには、統合戦争時の殲滅兵器を阻止しなければならない。それには白鳥号とキャプテン・スズカに影響を与えた人物を、その時が来るまで守らなければならない。特に白鳥号は重要だ。その周囲を含めて全力で、秘密を保持しながら保持しなければならない。失われれば、自分たちの存在意義を無くす。海賊や星系軍やマフィアや警察が、合い入れぬ者たちが不可侵協定を順守した理由がこれだ。

 「加藤茉莉香は海賊にならなければならない。これは既定路線だった。だからゴンザエモン・加藤は船を降りた。ただその時期が思っていたより早かったがね」

 「早かった?」

 「本当は今年あたりと踏んでいたんだ。けれど、辺境で独立の機運が生まれた。原因がステラスレイヤーの存在、何処で嗅ぎつけやがったんだか、過去の亡霊を持ち出して来た奴らが居たんだな。それに新開発の重力制御が合わさって、高エネルギー転送技術の可能性が出て来た。けれどそれには単結晶が必須。ステラスレイヤーに利用可能な大型の単結晶といえば白鳥号の船首衝角さ。それを探しているって情報がゴンザエモンに入った。そして失踪した。黒幕と一連の流れを探るためにね」

 「今回のことは、そんな前から始まっていたの!?」

 思い返すと、ミューラやジャッキーが関わったオデット強奪未遂や、弁天丸をはじめとするこの界隈の海賊を排除しようとしたファンテンブロウでの企業連合体ラキオンの画策、そして軍事企業がスポンサーとなった、海賊狩りでの重力制御システムの実験。みんな一本の線で繋がっている。しかも帝国は、この界隈の海賊と白鳥号を知っていて黙認して、利用して、お父さんに黄金髑髏を授けた。

 つまりお父さんは帝国の、と云うより聖王家のエージェント!?

 「と言うのはタテマエで、アイツには別の思惑があった様なんだな」

 裏で色々動いいていたらしいことは茉莉香も気付いていた。そこで別の思惑とは?

 「なんでも、この界隈の海賊は大きな曲がり角に立っているそうな。いやアイツに言わせると銀河系全体だそうだ。新しい世界には新しい世代の誕生がいる、奴はそれをSTAR・CHILDと呼んだ」

 「星の子供。」

 「今回の騒動で、『確かに見届けた!』て言ってたよ」

 そう言って呵々と笑う。その母の顔は晴れ晴れとしていた。

 梨理香はセラーから一本のワインを取って来た。手には二本の細身のグラス。

 いつも梨理香が鯨飲しているものとは素性が違う、古色蒼然としたボトル。とんとテーブルに置き、慎重に封を切る。

 「一二〇年物のポルト・ワインだよ」

 深い深紅の液体がグラスに注がれる。

 「私、お酒は苦手…」

 そう後ずさるが、梨理香は顎で促した。

 「この時のためにとっておいたんだ。形だけでいいから付き合っておくれ」

 母親にそう言われ、仕方なく手に取る茉莉香。

 「STAR・CHILDに乾杯。」

 「乾、杯…」

 誘われるまま、グラスを交わす。

 陶然とした香りが口に拡がり、ふくよかな風味が鼻に抜ける……。

 というのは梨理香の方で、茉莉香にはやっぱり苦いだけだった。

 「うげ・・、やっぱジュースがいい」

 ひとくち口を付けただけで顔を顰める。

 「一二〇年物って言ったけど、ちょうど統合戦争時のものなんだ――」

 味は解らないが、年代を聞いて感慨に耽る。

 「そうだよ。これは私の祖母から受け継いだものなんだ。果たせい事だけれど、いつかお前と酒を酌み交わしたい、自分に代わって交わしておくれってね」

 梨理香さんの祖母って、確か、キャプテン・スズカ!!

 「ねえ、お母さん」

 再び自分を母と呼ぶ娘に向く梨理香。

 「今回の騒動の、本当の黒幕って、実はお父さんとお母さんだったりして…」

 

 

 加藤茉莉香に関する不可侵協定は、オデットⅡ世が無事に海明星に帰還したところで終わる。少なくとも、加藤茉莉香が弁天丸を去れば終了する筈だった。

 しかし、そうはならなかった。今現在も協定は生き続けている。それどころか、前よりもっと強力に働いている。これまで帝国は海賊と協定に見て見ぬ振りをしていればよかったが、今はそうもいかない。何しろ秘密条約上では、茉莉香は全銀河の支配者なのだ。事情を知らない星系軍やマフィアや警察に加えて、帝国情報部や統合参謀総司令部まで絡んで来た。そして渦中にあった海賊共は勿論である。

 

 



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54話

 秋が終わり、冬。

 期末考査の結果も、茉莉香の言うところでは「まあまあ」だったとのこと。

 三年生たちは部活を後輩たちに譲り、本格的な受験シーズンを控えて自由登校に入っている。普段お気楽な性格のハラマキやウルスラたちも目の色が変わっている。正に真剣モードだ。

 ハラマキは帝国艦隊士官学校を目指している。どうやら火器管制での快感が忘れられないようだ。でも士官候補生になって亜 「つい押しちゃった」が心配だ。新たな銀河大戦の火種とならねばよいが…。

 ウルスラは地元の普通大学、サーシャは家政科系の大学だそうだ。順当と言えば順当。でも優等生のサーシャならもっと上の大学だって目指せただろうに。

 以外だったのはリリィだ。なんと、宇宙大学を目指すのだそうだ。浪人覚悟で学びたいことがあるのだという。それは比較文化学。統合戦争で目にしたアテナさんのフィールドワークに影響されたらしい。

 そしてチアキは、彼女は進学を志望しなかった。父親の下で海賊業を磨くとの話。

 加藤茉莉香も、推薦枠があるとはいえ只今臨戦態勢中。目指すはポルトセルーナ商船大学。連日四当五落の生活を送っている。

 バイトも十一月から行っていない。ランプ館へはたまに気晴らしに行く程度だった。補習の後にでも、疲れた頭を休めに覗きたい所なのだが、営業時間を過ぎてしまっている。土日にも補修があるから、昼間にランプ館の扉を訪ねるのは久しぶりだ。

 かららん――。ドア鈴の軽い音と共に、迎えてくれるいつもの声。

 「いらっしゃい」

 親友のマミはウェイトレスのバイトを続けている。彼女はオペレーターの資格を見事に取り、中継ステーションに就職の内定をもらっていた。だから受験とは無縁の生活。

 カウンター席の隣りの椅子にカバンを置いたところで注文を取りに来る。

 「お疲れのようで。何にする?」

 「頭煮えてるから、ハーブティー」

 ミントの爽やかな香り。ひとくち口に含むと、仄かに花の香りがする。

 「いつものとブレンド変えた?」

 「判る? より鎮静効果にセントジョーンズワートを加えてみました」

 「うん。癒されるわあ~」

 さりげない気配りに、ほうっと息を付く茉莉香。

 「進路が決まってる就職組はいいわね。お気楽で」

 「そりゃ、その分資格試験で頑張ったもん。茉莉香だって推薦貰ってるんでしょ、あなたの実力なら志望校余裕だと思うんだけど」

 「でもねえ、一般の学校と違って公民が入ってるからねえ。あと数理が必須」

 「公民も、茉莉香船長やってたじゃん。一般よりは詳しいんじゃない」

 「その船長やってたってとこが問題なのよ~。ほら弁天丸の船長だったでしょ、勉強し直すと、色々交通法違反をしてたなあって…。なんか冷や汗もの」

 「履歴書データで、折角の推薦枠が相殺されると」

 「ああああ……」

 絶望的な声とともに、カウンターに突っ伏す茉莉香。

 「でも後悔はしてない。やっちゃったもんは仕方ないから、いまを頑張ると」

 マミの言葉に突っ伏したまま、こくんと頷く。

 「それで目下全面戦争中です。撃沈されないように。でも、マミのお茶で頑張れる」

 「ありがと」

 お互いに小さい頃からの気心が知れた仲だ。こんなときは持つべきものは友だって思う。その親友とも、あと数ヶ月で別々の道を歩むと思うと、やっぱり寂しい。

 「ヨット部はどうしてるの?」

 「全面的に後輩に譲ってる。だからあんまし覗いては居ないけど、次期部長はアイちゃんに決まったみたい」

 「へえアイちゃんかあ。てっきりヤヨイだと思ってたけど」

 「うん。でも部長にはいざという時に意外な実力を出せる人材がいいんだって。普段アタフタしてる方が守り甲斐があるとゆうか、イジリ甲斐があるとゆーか」

 「なにそれ、丸っきり茉莉香じゃん」

 部員たちの意見では、周囲からコワモテ部活と思われている現状を打破するには、顔となる部長は萌えキャラがいいのだそうだ。アイは「えええええ!?!」と困惑していたが、ナタリアが『いわゆる一つの萌えってやつ!』などと強引に決めてしまった。ヤヨイちゃんが副部長に就きバックアップするという。

 「でもこの頃、ぜんぜん練習航海にも中継ステーションにも行ってないよね」

 「いまオデットⅡ世がオーバーホール中なの。追い出し航海の時に無茶な使い方したのと大分改造しちゃってたから宇宙大学で整備受けてる。戻って来るのは新年度あたりかなあ」

 太陽帆に単結晶コーティングを施したり、船首衝角から転送ビームをぶっ放したり、戦艦とネットワーク張ったりと、女子校の練習帆船で普通そんな使い方はしない。

 「チアキちゃんも帰っちゃったよね」

 「海森星で卒業するんだって、学籍があっちだから。いっしょに卒業したかったなあ――」

 残念そうな茉莉香。チアキに言わせると「卒業式の時に、アンタのフニャフニャした顔は見たくない」のだそうだ。涙でフニャフニャになった自分を見せたくないのだろう。

 「もうすぐ卒業だね」

 「うん」

 「いろいろあったね」

 「うん」

 「六年間、茉莉香と一緒に居られて本当に良かった」

 「私も。マミに助けられた」

 「何か役立つような事しましたっけ」

 「山ほど。マミが居たから海賊出来た。帰る場所があるって」

 「そりゃあ、私は港ですから。」

 そう言ってお互い笑い合う。

 しかしそこでマミが注文を付けた。

 「でも茉莉香さん。卒業前に大学入試突破しないと」

 「そこで、それ言うかなぁ~」

 

 

 仰げば尊し我が師の恩。

 巡る三年間の思い出。

 送る側も送られる側も、みな涙を浮かべている。とくに白鳳ヨット部はそうだった。高等部生は泣きじゃくっているのに、中等部のグリューエルとヒルデ、リーゼの三人は、気丈にも涙を浮かべず外交的微笑みで茉莉香たちを送っている。流石は高貴な血筋というやつか。

 みんな校長の送別の辞なぞ聞いていない。茉莉香も泣いた。

 そして、加藤茉莉香は、海賊を辞めた。

 

 

 茉莉香は、無事に商船大学の入学を果たした。

 四月から始まる新しい生活。新しい出会い。

 ドンパチを交えた刺激的な日常とは無縁になるけれど、これで普通の女の子の生活に戻れる。ちょっぴり残念さはあるが、これからの大学生活を思うと期待が膨らむ。思わず鼻歌なんぞも出てしまう。

 「なんだい? 浮かれてるねえ。こっちはまた二足の草鞋を履かなくちゃならないってのに」

 そんな茉莉香に梨理香から愚痴が入る。

 ゴンザエモン・加藤は、やはり素直に弁天丸船長に戻っては来ないようだった。船を空ける方が多く、その分、梨理香が船長代理をすることになったのだ。

 「でも保険会社の方は喜んでいたじゃない。ブラスター・リリカが復活するって」

 女子高生海賊で評判だった弁天丸が、またむさい男海賊に戻るという事で、ハロルド・ロイド保険組合は苦い顔をしていたのだ。それが梨理香が空きを務めると聞いて安堵した。

 「その保険会社が問題なんだ。弁天丸の担当が代わった」

 「ショウさんじゃないの?」

 「ハロルドの奴さ。あああ嫌だ。あいつの顔を思い浮かべただけで虫唾が走る!」

 本当に嫌そうな梨理香。ショウさんから契約内容を巡って殴り合ったこともあると聞いたことがある。

 「もともとハロルドが軍や海賊などコワモテ担当さ。ロイドって人が企業や大口個人、星系政府や国際機関を相手してたのがショウだ。それが、弁天丸の船長に茉莉香がなるってんで代わったと聞いている」

 「星系政府や国際機関て、エージェントがする相手じゃないじゃん」

 「そうさ。大方、誰かさんの不可侵協定について調べたんだろう。彼の肩書は、代表取締役だ」

 「それって…」

 「社長。」

 そういえば、ヒュー&ドリトルから取引を止めるって脅された時も、陰険なやり口は嫌いだって即決してたもんなあ。でもあのアフロ怪人が社長て、大丈夫なんだろうかハロルド・ロイド保険組合。

 「茉莉香が海賊船を降りたことで、元の仕事に戻ったという事さ。いまは宇宙大学を担当してるそうだ」

 そうなんだ。

 自分の周りで、確実に変化が起きている。大きな変化と言えば、やはり銀河帝国だろう。もともと大幅な自治を認めてはいたが。帝国はこれまでの支配する側という立場を変えて、緩やかな連合体の形を取る方向で動いている。帝国艦隊も、ナンバーズフリートが星系ごとの連合艦隊となる様子だ。これは辺境星系連合がとっていた体制で、辺境星系連合側も帝国版図に入りやすいようにとの配慮からだ。勿論、各星系軍に御目付艦隊などはつかない。

 核恒星系も銀河系の一員という立場だ。帝国は確かに学んだのだ。

 でも、変わらなかった事もある。グリューエルとヒルデは、そのまま白鳳女学院の生徒。リーゼも核恒星系には戻らず留学している。

 リーゼが白鳳に残れた理由は、白紙免状だった。白紙免状によって白鳳海賊団の帝国への宣戦布告は無かったことにされたのだ。派手にネット中継されたガーネットAでの顛末も、殺戮兵器への人道的方針転換を行った帝国との、新技術実験と軍事演習という事になっている。秘密条約を消すことは出来ないが、帝国内では降伏という不名誉を無かったことに出来る。そこに白紙免状は使われた。もっともリーゼ本人が白鳳女学院に居ることを強く望んだことが大きいが。

 皇女三人は引き続きヨット部員だ。きっと素晴らしい学園生活を送ってくれる事だろう。

 

 

 そして四月。

 桜の花とともに、それぞれの新生活が始まる。

 加藤茉莉香も、生まれ育った海明星を離れる日が来た。目指すはポルトセルーナ商船大学。

 

 だが、

 大学で新生活を送ることは叶わなかった。

 

 「ええええええ、なんで大学じゃなく『ここ』なんですか!!」

 茉莉香が盛大に文句を言う。

 「私、まだ入学式も済ませてないんですよ!」

 大学の門をくぐるどころかポルトセルーナすら着いていない。彼女が立っているのは、海明星中継ステーションC-68埠頭。

 目の前には、改装なったオデットⅡ世が横たわっている。

 見たところ、改装前とあまり変わっていない。

 船体の単結晶コーティングもそのまま。船首には単結晶衝角が付いている。

 「いや、君は我が校から留学という事になってね。たってのお願いに大学としても断る理由が無いんだ」

 ポルトセルーナ商船大学の航海学部長が言った。

 「留学って、どこ…」

 わざわざ新規改装のオデットを前にするって事は、嫌な予感しかしない。居並ぶ人たちも胡散臭い。星系軍のお偉いさん。フォン・カイデル将軍(このたび帝国艦隊の提督に復帰した)。それにナット・ナッシュフォールさんにヨートフさん…。ブラックばばあ、もとい校長先生までいる。

 「それはウチよ」

 馴染みある凛とした声。そしてニヤニヤ笑いを浮かべているボーイッシュな赤毛。

 ジェニーとリンだ。

 そしてアテナ教授も居た。

 「てことは、宇宙?大学??」

 急な成り行きに目を白黒させる茉莉香。でも何で私なんだ???

 アテナが説明する。

 「このたび宇宙大学は一大プロジェクトを立ち上げたの。ポルトセルーナ商船大学と銀河連合との共同でね」

 銀河連合というのは、銀河帝国と銀河系全体の統合体の呼称だ。

 それに航海学部長が続けた。

「ポルトセルーナ商船大学は、今年創立一二〇年にあたり記念事業を立ち上げた。これは銀河系の新たな第一歩となる事業だ」

 ポルトセルーナ商船大学は、統合戦争で帝国に組み込まれたオリオンの腕の船乗りたちに帝国航海法を習得してもらう目的で創設された歴史を持つ。だから旧宗主星や植民星の航海士たちはここの卒業生が多く、茉莉香が選んだ理由でもある。

 「それは深宇宙の探査よ。銀河系の外に拡がる外の世界、銀河系が一つとなった事でそれが可能になったと大学統括理事会がそう決定づけたの。銀河文明の次のステップね。宇宙大学は新しい知識を必要としている」

 ほえええと茉莉香は感心したが、すぐ我に返った。それが自分の編入と何の関係があるのだ? それに今立っているのはオデットの前。

 「まさか……」

 「そのまさかよ。以前に話したでしょ、この船は宇宙大学の実験船だったって。これは元々深宇宙航海用に設計された船だったの。ただ当時の技術がそれに追いつかなかった」

 「それが今回可能になったと!?」

 満面の笑みで頷く教授。

 対ステラスレイヤー用にライジングロッド・システムを取り付けたが、もともと宇宙大学はこのミッションを考えていたのではないだろうか。と、勘繰ってしまう。

 「なんで、初の深宇宙航行船がオデットなんです? 帆船ですよ、はんせん。もっと高性能な船なら幾らでもあるのに、例えばデアフリンゲ級とかノイシュバンシュタインとか」

 茉莉香の疑問にリンとジェニーが答えた。

 「それ、みんなカテゴリーⅡの転換炉だろ、転換炉のエネルギーじゃ精々一回分のワープしか出来なくて一万光年がやっとなんだ。光年距離をちまちま飛ぶ戦術的価値ならあるだろうけど、それじゃ無理だ。大マゼラン雲までは十六万光年、アンドロメダなら250万光年もある。とてもじゃないが近傍の銀河すら辿り着けやしない。もし行くんなら、転換炉を幾つも束ねて、使い捨てにしての世代間宇宙船が必要になるだろうな」

 「それは解ります。だから銀河系の外探査はあまり進まなかったって。でも何でオデットなんですか」

 「帆船だからよ。自前で燃料を持つ必要がない。帆で深宇宙に流れるエーテル流を捉えて、還流させてワープするんだって。航行にエーテルを使う事は前から研究されていたけれど、銀河系の中では恒星の重力波やらが邪魔をするし、利用できたとしても亜光速までしか行かない。そこに重力制御推進がぴたりと嵌った訳。最新鋭の技術よ。銀河じゅうがいま残っている太陽帆船を探してるし新造も進んでいる。その中でも、オデットはワープ航法を済ませてるどころか四回もタイム・ワープを経験してるから、ワープの信頼性が段違いなのよ。既に航行テストを済ませているようなものだから。」

 「太陽帆船が最新鋭だなんて、どんだけ周回遅れなの…」

 「この船を設計した老教授、二〇〇年温めて来た技術をぜんぶぶち込むぞって張り切ってたわ。今回も一人で図面引いていたし」

 と、アテナも付け加える。カングリじゃなくてヤッパリだった。

 「まあ元々星系内航行船だったからな。その次が星間宇宙船に世代間宇宙船だろ、でもって超光速跳躍がくる。そして次の段階――、それが先祖返りとは驚きだよな」

 「これまでの超光速跳躍は、いわば亜空間に飛び込むまでの手漕ぎ船のようなものよ。あとは潮流に乗ってゆらゆらと。その点ワープは文字通り航海よ。深宇宙という大海原に乗り出していく大航海時代の幕開けね。」

 大航海時代はいい。それにオデットを使うという事も理解できる。なんせ現役で航海している太陽帆船なんてオデットぐらいなものだ。それは太陽帆船レースで実感できた。問題は、ここに校長が居るって事だ。そして何より問題なのが、オデットのエンブレムだ。女学院のものでなく『白鳳海賊団』のものが付いている。

 「太陽帆船を運航できるのが白鳳女学院だけなのよ。しかもオデットを使い慣れてるとなると…それで宇宙大学から打診があったの。クルーを含めて船をレンタルできないかって。勿論最初は断ったわよ、なんせ生徒だから。でもあちらさんも強引で、生徒は女子高生のまま宇宙大学に飛び級させるからって。なんでも『知性にはそれに相応しい資格が必要』だとか。二年連続で宇宙大学生を輩出して、その上毎年輩出できる。中等部も加えれば今後六年連続よ! 銀河中探したってそんな進学校ないわ!」

 校長が力説する。やっぱブラックだ、学校の名声に生徒を売りやがった。

 「あ、確認のため言っときますけど、生徒と保護者の了解は取ってあるわよ。キャプテン・茉莉香さん」

 やっぱりかああああああ~~~。

 「加藤茉莉香さん。ポルトセルーナ商船大学を志望した理由は、『もっと広い世界に出てみたい』だそうですね。それなら我が校としても、初の深宇宙探査にあなたを推さない訳には行きません。大学が迎える前に留学となってしまう事は残念ですが、我が校としても大変名誉なことです」

 「銀河帝国情報部としても、オデットからもたらされる情報に期待しております」

 「帝国艦隊は、あなたの船長としての力量を認めております。到底不可能と思える状況にあっても解決してみせる作戦立案力と遂行能力は、お見事の一言に尽きます」

 「此度の航海は、未接触の文明にとってオデットⅡ世は外交使節団という事になりますから、セレニティーとしても姫様方がおられる事は重大です。帝国星系院もそこのところに期待しておりました。聖王家からも、良しなにとのことです」

 「もし異文明との接触で問題が起きますと文明間戦争にもなりかねませんから、星系政府や銀河帝国とは無関係という事で。『自由の旗の下に』です。」

 大人たちが次々と言葉を重ねる。

 オデットが担う役割は、一年間の深宇宙調査実験航海。

 出会う異文化との文明間外交使節。

 そのため、船は特定の勢力に与しないフリーハンドな存在で、自由の旗の下に。海賊船だ。

 こうして、キャプテン・茉莉香が誕生した。

 

 

 「ぶちょー」

 鈴を転がすような声でアイが飛び込んで来る。

 「部長はあんたでしょ、だから元部長。」

 ナタリアからの即突っ込みに兎耳帽を掻く。

 「みんな元気そうね」

 勢揃いしたヨット部員たち。ナタリア、ヤヨイ、アイ。ファム、キャサリン。自分と同じ色のパーカーを着たグリューエル、黒いパーカーのヒルデにリーゼ。ほんの数日会っていなかっただけなのに、凄く懐かしい気持ちになる。それは自分も久し振りに着たパーカーのせいかも知れない。

 その中に見知らぬ顔があった。パーカーの色から、グリューエルと同じ一年生と中等部。

 「あ、この子たち新入生なんですよ!」

 アイに促されて三人がおずおずと前に出る。なんかシチュエーションがジェニーの前に立ったときのアイと同じだ。

 「リシャール・アスールです。出身はスカルスター・フェアリージェーン校です。」

 「フェアリージェーン校て、ああジェニー先輩の。リシャールて…確か、グリューエルを誘拐した少年と同じ名前ね。あ、ごめん。変なこと言って」

 それを聞いたグリューエルとリシャールが目を合わせて笑っている。

 「そのリシャールですよ。彼は女の子だったんです」

 「家をよく空けるノエル姉さんに代わって、家族を守るには男が居なくっちゃ駄目、だから俺、いや私は男で通して来ました。ずっと男だと自分にも言い聞かせていました。でも、髑髏星もすっかり治安が良くなって、人買いも居なくなって、こうして教育も受けられるようになって、姉さんはたとえ僅かな時間でも本当の学園生活を送っておいでと、私を白鳳に送ってくれたんです。女の子としてね」

 「背も私より高かったから、てっきり年上だと思っていました」

 「ギャッピ・アッズッロ、一三歳です。出身はリシャール姉さんと同じフェアリージェーン校です」

 彼女もノエルさんに送られた。

 「ノエル姉さんから伝言があります」

 「何?」

 「ジャッキーが逃げたと」

 ジャッキー・ケルビン、稀代の詐欺師にしてウィザード級を凌ぐハッカー。その人間離れした能力を失い帝国艦隊特別監獄に収監されたと聞いたが。本当に脱走か、それとも情報部と司法取引したか。いずれにせよ大した逃げ足だ。

 そして。

 「ミスティー・グラントでーす。ヨロシクお願いしまぁす」

 くるくるした赤い瞳がとても可愛らしい。プラチナブルーのおさげ髪、そして何より美人だ。まるでお人形さん。でも一二〇歳だという。長命種でグラント姉妹の従妹。

 中学生だがリシャールやグリューエルよりも、ギャッピよりも若い。どう見ても小学生にしか見えない。

 「ちょっと待った。一二〇歳って、メトセラの方は私たちの二〇倍の時間を生きているんですよね? てことは――」

 少女というより幼女…。

 「先代部長さん。いまとても失礼な事を考えてたでしょ」

 ミスティーの目が、すっと細くなる。

 「少なくとも貴女の母上様より長く生きておりまぁすわ」

 流石はあのミューラの親戚。

 「これで茉莉香やチアキが高校卒業した後でも、海賊部は安泰という訳だな」

 「リン先輩!」

 「何しろあのギルドの海賊ですものね」

 「ジェニーさんも!!」

 「わお部長に元部長、先代部長に先々代部長。部長のフォーカードだあ!」

 二人に後輩たちが湧きたった。

 また『教師』としてオデットに乗り込んでくれるのか。長期に渡る航海に、先例があるとして、オデット二世は白鳳女学院洋上分校扱いとなったのだ。宇宙大学生の二人には教員資格がある。

 「一緒に行きたいのは山々なんだけど、これから専門課程に移るから無理」

 「私も今は艦隊司令部の研究員だからなあ。いやあ宮使いじゃ自由がきかない」

 統合参謀司令部付宇宙大学研究員。それがリンの肩書だった。四年制のカリキュラムをすっ飛ばして、いま大学職員に居る。彼女の電子スキルがそうさせた。帝国艦隊はワイルドカードを生み出した犯人を目の届くところに置いておきたいらしい。

 「あーあ、四年間のモラトリアムが…」

 リンがそうぼやく。

 「いいじゃない。大学よりも、より実践的な経験が得られる場所よ」

 「はいはい。裏口突破の俺としちゃ、正規の学士様(予定)には敵いません。」

 「七面倒なゼミのレポートやら卒論無しで卒業よ、羨ましいわ。でも、後輩が自分より学籍名簿の上に来るなんて、なんか複雑な気分」

 「その分、学生生活を謳歌しろよ。事業の人脈作りも合わせて」

 「はいはい」

 相変わらずの人目を憚らないイチャイチャぶり、まるで夫婦善哉。

 「じゃあ、後輩たちの勉強は誰が見るんです? 私のカリキュラムも…」

 「あなたたち卒業組よ。課題は定期的に送るからそのリポートを取りまとめるのが茉莉香さんのカリキュラム」

 つまり通信教育。

 「て、いまあなたたちって言いましたよね?先輩。」

 聞き直す茉莉香に声が掛かった。

 「私も乗るから、オデット。未確認地域のフィールドワークと勉強を見るのが私の課題。茉莉香は船乗りになるんでしょ、船員のリポートをまとめるスキルは船長として大切じゃない?」

 リリィだった。彼女は見事宇宙大学入学を果たした。さぞスパイスの効いた査定が後輩たちを襲うだろう。

 「健康管理は心配ないわよ~」

 「ミーサ!」

 はあい~。と部員たちに手を振ってるミーサ・グランドウッド。

 どうしてあなたがという茉莉香にミーサが言った。

 「弁天丸には梨理香がいるでしょ、だからゴンザエモン・加藤に副長は必要ない訳。それに彼女は救急医療の心得もあるから。弁天丸のみんなは羨ましがってたけど」

 逃げた。と茉莉香は思った。

 そんな茉莉香にミーサが目配せした。その先には――。

 「チアキちゃん!!」

 ちゃん付けされて苦い顔をするチアキ・クリハラ。

 「植民星海賊の御目付よ、変なことされたら海賊の名誉にかかわるから。別にアンタと一緒に居たい訳じゃないんだからね!」

 眼鏡顔を膨らませて赤くなるチアキ。

 海森星に戻って父親からこう言われた。海賊狩りの時に言われた言葉だ。

 「今回の闘いは植民星海賊の矜持の為だった。この家業に俺は誇りを持っている。だがそれに満足しない奴もいる。――加藤茉莉香と行くか」

 それに続いた言葉が殺し文句だった。

 「あの船には、キャプテン・茉莉香に魅かれた皇女様もいる」

 副長ノーラによれば、その時のチアキは鬼の形相をしていたそうだ。

 ポロンと、茉莉香の携帯が鳴った。普段の着信ではなく、お仕事の時の着信音だ。

 携帯を開くと、あのアフロ怪人が出る。

 『はあ~い。保険組合のエージェント、ショウです。キャプテン久しぶりだな』

 「ショウさん! でも私免状返納したんですよ、IDリングも返したし」

 『そりゃ弁天丸のだろ、オデットの私掠船免状は船に与えられている。それに海賊船長の証しはIDリングじゃない。保険組合は加藤茉莉香を引き続き海賊船の船長として登録済みだ。というわけで、今後もヨロシク』

 ショウが担当を代わったという理由がこれだった。

 かくして銀河系初の深宇宙航海に、海賊は揃った。

 

 

 知性体には様々な形態がある。生命体という枠組みにおいてでも、原子価が四つの炭素を中心に構成された炭素体生物、そして同じく原子価が四つの珪素を中心とした珪素生物。

 生命体の多くが炭素体生物だが、炭素体生物のなかで知性を宿した生命体でも、植物由来のものや動物由来のもの、一般人類の十分の一以下の寿命しか持たないショートタイマーや二十倍以上の時間を生きるメトセラなど多様に存在する。その一方に珪素生物がいる。珪素生物は原子量がかなり大きくなることから反応速度も格段に遅くなり、メトセラが百年から千年単位で生きるのに対し、珪素生物の時間経過は万年単位となる。一般人類が見ていても生命活動に気付かない位のスピードだ。それは、その生命体の文明の在り方にも影響を与える。

 知性体という枠組みを考えるとき、生命体は肉体という枠組みを持つことで共通している。それは、時間の長短はあるとして一様に寿命を持つという事だ。文明の在り方に多様性はあるが、炭素体生命でも珪素声明でもその点では一致している。つまり文明の違いは、時間の捉え方が違うという事に集約されている。

 しかし知性体には、肉体という制約を持たないものも存在する。それが思念体だ。

 思念体は、意志や意識だけで活動している存在。そこには物質の寿命という制約はない。思念体の時間経過は、ゆうに数十億年単位となる。それは、宇宙を記憶している時間なのだ。

 

 いま、新しい地平に向かってオデットが出航する。

 見送るのは、ジェニー・ドリトルとリン・ランブレッタ。

 「小さい時に好きだった時代劇が、こんな言葉で始まってたわ。

 『宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。 そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。』って」

 「それ私も見てたよ。そのうち私たちの歴史も、こんな風に語られるのかな。

 ――『A long time ago, in a galaxy far, far away. 』(遠い昔。遥か彼方の銀河系で)。」

 「そうね、統合思念体ならそう言うかも知れないわね」

 統合思念体。それは統括理事会にして宇宙大学そのもの。何処から来たか由来は知らない。肉体を持たずその姿を見た者は居ない。話によれば銀河系草創期から存在していたという。

 宇宙大学は決定した。外の世界への拡張を見せた彼女たちSTAR・CHILDなら、知識を新しい地平に導いてくれると。まだ宿主を変える必要はなさそうだ。

 「でも、統合参謀司令部のハッカーが海賊」

 「帝国気鋭の企業人もね」

 「それに、聖王家の世継ぎにお姫様にギルドに、みんな海賊」

 「銀河の外に打って出るには、ちょうどいい陣容ね」

 「私たちは船に居ないけれど、想いはいつも後輩たちと一緒…」

 そう呟いて、オデットが旅立つ満天の星空を見上げる。

 

 オデットが目指すのは、一四万八千光年先の大マゼラン星雲の外縁部。

 そして、その彼方。

 「モーレツ宇宙海賊。」

 「さあ、海賊の時間だ!」

 

――完。

 

 




 これにてモーレツ銀河海賊は終わります。モーレツ併合海賊から合わせて全八五話となりました。『モーレツ宇宙海賊』の世界の、私なりの終わり方を考えてみましたが、いかがだったでしょうか。楽しめたなら幸いです。
 二〇一五年の六月六日から投稿を始めて二年近く、お付き合い下さり本当にありがとうございました。Gonzakatoさん、almanosさん、ddhkさん。コメントありがとうございました。あなたの書き込みが励みになりました。おかげで結末まで持って行くことが出来ました。そしてアクセスして下さった皆さん。拙い文章に付き合いお読みくださった皆皆さん。本当にありがとうございました。


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