テイルズオブベルセリア 世にも珍しい樹の聖隷 (メガネ愛好者)
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本作主人公紹介

新しい術技や情報が公開次第、常時情報を追記していきます



 

 

  ルィーン

 

 「俺はあんたを利用する……だからあんたも俺を利用しろ」

 

 性別:女性

 年齢:2000歳(外見は12歳)

 身長:148㎝

 武器:クロスボウ

 戦闘タイプ:弩弓狙撃士

 種族:聖隷

 

 自身を樹の聖隷だと述べる少女

 とある目的の為に一人旅をしていたルィーンは道中でベルベット達と出会い、ベルベットの復讐が自身の目的に繋がることを見い出したことで旅を共にすることとなる

 目的の為であれば何でも利用しようとする腹黒い一面があるものの、彼女自身の性格は割と感情的

 頭の回転や発想力は良いのだが、気に入らない事や我慢ならない事に遭遇した際は頭よりも体が先に動いてしまう。それが原因で危機に陥ってしまうことも

 終いには非情な選択に良心を痛めるなどの非情になりきれない一面を見せることもある

 それでも自身の選択に悔いは残さず、決めた事は必ず貫き通そうとする強い信念を心に持ち合わせている

 

 男勝りな口調で話す彼女だが、その小柄な容姿と少女特有のソプラノボイスのせいで威圧感を全く感じられない

 更に、時折見せる見た目相応の子供染みた言動のせいでベルベット達に子ども扱いされてしまうときがある

 その事に(いきどお)りを見せるルィーンだが、満更嫌そうにも見えないことから案外甘えたがりなのかもしれない

 しかし、その一方で大人顔負けの雰囲気を醸し出す時があるせいか、どうにも彼女の印象にはチグハグ感が拭い切れない

 

 普段は表に出さないものの、実は人間にあまりいい感情を持っていないようだ

 過去に人間絡みで何かあったようだが……?

 

 

 

 ―ルィーンの目的―

 

 ・聖隷の心を解放する?

 ・?

 ・?

 

 

 

 ―容姿―

 

 髪:深緑色。毛先が黒い

   肩辺りまで伸ばしている

 

 顔:童顔。眼鏡をかけている

   瞳の色はレモン色

 

 服装;身の丈以上の白衣を羽織っている

    白衣の袖が長いため肘辺りで腕捲りしている

    白衣の中はサイズが大きいシャツとズボンを着用

    ズボンの裾は引きずらないように捲り上げている

    後ろ腰には矢筒を提げているが白衣で隠れている

 

 

 

 ―装備―

 

 武器:クロスボウ

 固有:眼鏡

 防具:女性防具

 指輪:指輪

 靴 :靴/女性靴

 

 

 

 ―能力値評価―

 

 HP :D

 攻撃力:C

 術攻撃:B

 防御力:D

 術防御:C

 集中力:B

 

 

 

 ―術技タイプ―

 

 奥義・聖隷術タイプ

 

 

 

 ―使用奥義―

 

 ・射閃(しゃせん)

 威力:100

 属性:無

 種族特性:―

 確率効果:スタン(40)

 特徴:―

 ヒット数:1

 

 詳細

 霊力を帯びたボルト(クロスボウの矢)を敵に向けて放つ

 隙が少なく、放つ特性上距離を置いて攻撃ができる基本技

 

 

 ・序跳(じょちょう)

 威力:120

 属性:無

 種族特性:有翼

 確率効果:スタン(35)

 特徴:―

 ヒット数:1

 

 詳細

 △or✕で後方、□で左方向、〇で右方向にステップしながら敵にボルトを放つ

 どれも距離を離すことが出来るので敵から離れたい場合に有効

 

 

 ・離放(りほう)

 威力:155

 属性:無

 種族特性:獣人

 確率効果:スタン(40)

 特徴:―

 ヒット数:2

 

 詳細

 二回ほど身を翻しながら後退し、二度の翻し直後にボルトを射撃する

 ”序跳”よりも後退する距離が多く、遠距離での奥義や聖隷術に繋げやすいのが特徴

 

 

 ・囲挟み(かこいばさみ)

 威力:200

 属性:無

 種族特性:妖魔

 確率効果:マヒ(12%)

 特徴:―

 ヒット数:3

 

 詳細

 同時に三本のボルトを放ち、敵を左右上の三方向から打ち抜く

 曲線を描いて対象へ飛んで行く為、自身と目標の間に敵がいる場合は素通りしてしまうので注意

 しかし、ボルトは大きく湾曲する上に貫通性もあるため付近の敵を巻き込んで攻撃することが可能

 

 

 ・集連貫(しゅうれんかん)

 威力:260

 属性:無

 種族特性:装甲

 確率効果:スタン(58)

 特徴:―

 ヒット数:4

 

 詳細

 霊力によって集束した四本のボルトを放つ

 貫通性が高く多段ヒットする。威力もそこそこ出て火力は十分

 しかし反動などの隙が出てしまうので敵とは距離を置いて使おう

 

 

 ・裂想蹴(れっそうしゅう)

 威力:135

 属性:無

 種族特性:人

 確率効果:鈍足(10%)

 特徴:ダウン

 ヒット数:1

 

 詳細

 勢いよく前方に踏み込み蹴りを放つ

 相手を吹き飛ばす効果があるので相手との距離を離すには有効

 しかし発動後に隙があるので敵からの追撃に注意

 

 

 

 ―使用聖隷術―

 

 ・ルートウィップ

 威力:250

 詠唱時間:1.33秒

 属性:樹

 種族特性:甲殻

 確率効果:スタン

 特徴:引き起こし

 ヒット数:2

 

 詳細

 対象の足元から巨大な木の根を突き出して攻撃する

 地面からの突き出しにより相手の体を浮かせ、すぐさま薙ぎ払うことにより敵を吹き飛ばす二連撃

 薙ぎ払い時、周囲の敵を巻き込むことも可能

 

 

 ・レイジングミスト

 威力:420

 詠唱時間:2.84秒

 属性:火/水

 種族特性:獣

 確率効果:火傷(20%)

 特徴:引き起こし

 ヒット数:4

 詳細

 対象の足元から高熱の蒸気を噴き出して攻撃する

 範囲は広く、対象の周りにいる敵を巻き込むこみながら攻撃できるので集団での戦闘に有効

 敵を状態異常にする確率が高い傾向にあるが、威力が少々乏しい

 

 

 

 ―ブレイクスキル―

 

 ・ランダムラプチャー

 威力:600

 属性:樹

 種族特性:―

 発動方法:ソウルが3つ以上のときにR2(ゲーム仕様)

 確率効果:HP20%回復(100%)/BG25回復(100%)

 特徴:ダウン

 ヒット数:1

 

 詳細

 樹の聖隷であるルィーンの力を宿した種を相手に投げつける

 その種は何かに触れ次第破裂し、周囲にいる敵を吹き飛ばす

 更に確定で相手を状態異常にする効果があり、効果はランダムに変わる

 破裂の範囲が広いため、対象の周囲もまとめて状態異常にすることが可能

 しかし、ダメージは入るものの相手に有利な効果が現れてしまう場合があるので使いどころを見極める必要がある

 

 効果一覧

 スタン マヒ 火傷 鈍足 猛毒 疲労 石化

 HP回復 移動速度上昇 術無効 鋼体(10ヒット)

 

 



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一話 とある聖隷の目的

どうも、メガネ愛好者です

今回から定期的に本SSを書いていくつもりです
ベルセリアは個人的にとても楽しめたので気にいっています
とりあえず始まりはベルベット達の船が座礁し、ヘラヴィーサに来たところです

それでは



 

 

 とある海のとある島

 その島の奥深くには、時間の経過によって風化したことで酷く廃れ果ててしまった神殿跡が残っていた

 長い年月により崩れ落ちた神殿の壁や柱、天井は雨風の影響により大地に埋もれ、最早元の原形を知ることは不可能であろう……

 

 そんな神殿跡の片隅に、神殿の一部であったと思わしき石板が何らかの影響で大地から露出し、再び日の目に晒されていた

 一部はまだ大地に埋もれている為、掘り起こさなければその全貌を知ることは出来ないだろう。しかし、露わになっている部分だけでもそれがどんなの石板なのかを大まかに把握する事が出来る

 何せ、その石板には知る人ぞ知る紋章が刻まれているのだから……

 

 その紋章は——聖主の紋章だった

 石板にはいくつかの紋章が刻まれており、その一つ一つがそれぞれの聖主の証であった

 

 下段左、火の聖主”ムスヒ”の紋章

 

 下段中、水の聖主"アメノチ"の紋章

 

 下段右、風の聖主”ハヤヒノ”の紋章

 

 上段中、地の聖主”ウマシア”の紋章

 

 これら地水火風の四柱は、人々から”四聖主”と呼ばれる神々であり、現代の人々の信仰の対象とされている

 そして、それらとは別に上段右にも紋章が刻まれている。——四聖主とは異なる聖主の紋章が

 その紋章の主を知る者からは”第五の聖主”と呼ばれ、他には”鎮めの聖主”、または”忌み名の聖主”という別称が存在していた

 

 

 その名を――聖主”カノヌシ”と呼ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして()()()にもう一つ、他とは異なる紋章が刻まれていた

 

 その紋章を知る者はほとんどいない

 かの者を知る存在、かの者の文献、それらの全ては()()()()()()()()()()()()()()

 その中にも例外はある。かの者を知る者は確かにいはすれど……これだけは確実だ

 

 

 全ての人間は、”原初の聖主”の存在を知り得ない

 

 

 何故葬り去られたのか? その聖主はどういった存在なのか? 今やそれら全ては闇の中

 しかしながら、過去に存在していた事は事実である。今がどうであれ、昔は全ての人間が――それこそ四聖主以上の信仰を得ていたのだから……

 

 だからこそ、この石板は貴重な文化遺産であろう

 今やそのほとんどが失われた中で、こうして大地の下で守られていた歴史の証明なのだから

 

 いずれはこの石板を掘り起こす者が現れよう

 その時まで、この石板は静かに大地の中で待ち続けることだろう

 

 

 かの聖主の存在を知る、一人の聖隷を……

 

 

 

 

 

 ”原初の聖主”、または”大樹の聖主”と呼ばれていた今は亡き聖主

 

 

 その名は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ノースガンド領・ヘラヴィーサ——

 

 

 北の大地に位置するその街は、今日も変わらず白く冷たい雪が空から深々と降り注いでいた

 大地には雪が降り積もり、歩く事にサクッサクッと耳心地の良い音が鳴り響く

 この街の住人にとってはそれが当然の事なのだろう、誰もその音を気にすることなく各々が自身の目的の為に歩みを進めている

 

 「——この街に来るのもいつ以来だったっけか? 少なくとも、ここまで寒くは無かった気がすんだけどなぁ」

 

 そんな雪が降り続ける中、周囲の人間と比べて幾らか浮いた身なりの少女が一人歩いていた

 

 その少女の身なりを一言で言うならば……”科学者”であろう

 髪は肩程で切り揃えており、色は毛先が黒みがかった深緑色

 見た目相応の幼さを残した顔には黒縁の眼鏡を着用している

 身長は約150cm程であり、彼女が羽織る白衣が大人サイズの為に丈や袖が身に合っていない

 

 それでも少女が纏う雰囲気は、其処等の子供とは比べ物にならない程に大人びていた

 今にも引きずりそうな白衣を風に靡かせながら歩く少女の雰囲気は、背伸びをした子供と言いきるにはいささか無理があった

 しかし、その少女の服装からして、この北国の住人でない事は明らかだ。何せ防寒対策の一つもしていないのだから

それでも寒さに堪えた様子を見せないのは何故だろうか? そう疑問は残ろう

 

 そんな寒さをそこまで気にせずに歩みを進める彼女には目的がある。その目的を成すのに一番適した場所、様々な情報が飛び交っている酒場へと少女は向かっていたのだった

 

 「さみぃ……早く心水飲んで温まりたいぜ。うん、それがいいそれがいい」

 

 ……一つ言っておくと、少女の目的はあくまで情報収集であって、決して飲酒しに来たわけではない事をここに記しておこう

 

 

 

 「おい知ってるか? さっき聞いた話なんだが、商船組合のダイルって航海士が()()になって仲間の船員を喰い殺したんだとよ」

 

 

 

 「……ん?」

 

 少女が酒場へと足早に歩を進めていると、不意に街の人の言葉が耳に入った

 少し横目に見てみれば、中年の男性二人が気だるげに言葉を投げ交わし合っている

 その内容が少し気になった少女は歩幅を緩めて速度を落としつつ、その男性二人の会話を盗み聞きすることにしたのだった

 

 

 

 「マジかよ!? それってつまり、この街で()()()が出たってことだよな!?」

 

 「あぁそうだ。今はその航海士だけみたいだが……その内また発症する奴が現れるかもしれねぇな……」

 

 

 

 (業魔病、ねぇ……)

 

 通り過ぎる間に聞いた内容は、今を時めかす……いや、問題視される案件だった

 ”業魔病”……ようは人間が業魔と言う化け物に変化する病だ。——いや、これは最早呪いだろうか?

 十年前の”開門の日”以来、業魔や業魔病は世界に蔓延し始めた。攻撃の通じない業魔を前にして、人々は災厄の時代が訪れたと口を揃えて言葉を漏らしたという

 人の心を失い、文字通りの化け物となるその病にかかった者は二度と人の姿には戻れない。発症する原因もわかってない今、全ての人間は業魔病を恐れている

 なら発症者を殺せばいい? それは無理だ。何せ業魔病にかかり、業魔となった化け物は……普通の人間には決して倒せないのだから

 業魔には普通の武器が通じない。原理は不明だが、何の力も持たない人間には傷一つつける事すらできない特殊な生命体なのだ

 だからこそ——

 

 (業魔の相手が出来る人間なんて対魔士ぐらいだろうな……)

 

 今の時代、対魔士の存在は必要不可欠なのだ

 

 唯一業魔に決定打を与えられる存在、それが”聖隷”という存在を携えた対魔士と言う者達だ

 三年前に起きた”降臨の日”により世界に現れた聖隷の存在によって、人間は業魔を打ち倒す力を手に入れた

 そんな聖隷の力を行使し、業魔を討ち滅ぼす者達のことを人は対魔士と呼んでいた

 

 「……」

 

 この街に業魔病が出た……そんな話を聞いてもなお、少女は特に気にする様子も無くその場を通り過ぎ、黙々と酒場へと足を進めるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ヘラヴィーサ・酒場——

 

 

 

 

 

 「ふむぅ……心温まる小話を求めて数分、これと言って愉快痛快な話題が見つからないのう……」

 

 酒場の一席に腰を下ろすピエロ風の……いや、当人は自身の事を魔女と称しているのだから、ここは彼女の顔を立てる為にも魔女風と言っておこう

 彼女の名は”マギルゥ”、自称天才魔法使いの……脱獄犯だ

 

 「……何やら今、儂を陥れるような事を述べた奴を感じたのじゃが……」

 

 少々勘が鋭い彼女だが、事実だから仕方が無い

 

 少し前まで酒場に来ていた連れの脱獄犯二人を見送った後、マギルゥは温かいスープをスプーンに掬って飲みながらのんびりしていた

 スープを口に含みつつ両手を頭の後ろで組みながら背もたれに身を預けているその姿は見るからに暇そうだ

 因みにだが、数刻前まで犯罪者を収容していた島——”監獄島”から脱獄してきた身だ。……金などありはしない。ようは無銭飲食をしている訳だ

 そんなマギルゥに——

 

 「——ちょいとそこのピエロちゃん、お話いいかい?」

 

 先程の白衣の少女が話をかけるのだった

 その手にはボトルとグラスが器用にも片手で握られている。そのボトルの中には透き通った朱色の液体……心水だ

 少女の見た目から未成年だと判断されてもおかしくはない筈なのだが……

 そんな少女がマギルゥの座る対面に一声かけて席に着くと、マギルゥはそのことを気にした素振りも見せずに先程の言葉に異議を唱えた

 

 「なんじゃいなんじゃいピエロとは。儂はこの通り魔女ではあるが、ピエロなどとちんけな道化とは異なる者なんじゃがのー?」

 

 「……え? それで魔女なん? パッと見ピエロの方がしっくりくるんだけど?」

 

 「ガーン! お主にはこの求め抜かれた末に到達した魔女の威厳を感じぬのか!?」

 

 「もう少しダークな見た目じゃないと魔女感は感じないっすねー。マントとか箒とか持ってみたらどうなん?」

 

 「それら二つは儂のポリシーに反するので却下」

 

 「寧ろその魔女要素抜きでよく魔女感出す気になったもんだよ」

 

 「いやいやそれほどでも~」

 

 数回言葉を交えた結果、思っていたよりもすんなりと会話が弾んだことで意気投合する二人であった

 マギルゥとしても暇潰しに話し相手が欲しかったところだったのもあり、別に断る理由も無かった為話し相手になったと言ったところだろう

 それから二度三度言葉を交わし合う二人はお互いの理解を深めていくのであった

 

 そして、幾らか気を許したところで少女は……本題に入る

 

 「——ときに、魔女っ娘ちゃんや。先程たまたま視界に入ったんだけどさ? ……なんで()()()()()()()?」

 

 「……それはあやつ等の事かえ?」

 

 その一言を境に、マギルゥに多少ではあるが変化が訪れる

 その変化とは……愉悦の表情

 まるで連れの二人を自身の遊び道具——いや、暇潰しの見世物とでも思っているかのような感情がその言葉に込められていた

 

 ——なるほど、そう言う……——

 

 その言葉を聞いた少女はある程度推測する

 彼女、マギルゥと先ほどの連れ二人——業魔達の関係は、正確には仲間ではないのだろう。おそらく同じ目的を持っているだけか、行動を共にするのが都合の良い関係と言ったところだろう……少女はそう解釈した

 そして、同時に考える

 

 ——自身の目的を果たすのには丁度よさそうな連中だ、と——

 

 「そうそう。見た目はほとんど人間だから周りは気づかないんだろうけど……まぁ、気配がなぁ」

 

 「……ほう? 気配だけで業魔と察するか。もしやお主……()()かえ?」

 

 「……へぇ」

 

 マギルゥに聖隷と言われた瞬間、一瞬だけ少女の表情に変化が起きた

 その変化も多少目を見開いただけではあるのだが、それを見逃すマギルゥではない。少女の一瞬の変化を目にしたマギルゥは面白そうに顔を歪めた

 そんなマギルゥの表情に気づいた少女だが、別に隠している訳でも無かったからそこまで焦る様子も無かったのだった

 一旦眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げ、少女は再び話を進める

 

 「Exactly(その通り)。よくわかったもんだわー」

 

 「こう見えても儂は魔女じゃからのう。見る目はあるんじゃよ~」

 

 「まあなんでもいいけどな。それよりも……結構面白そうだな、あの業魔達」

 

 「そうなんじゃよー♪ 特にあの女業魔の方、ここだけの話なんじゃが……”聖寮”を相手取るらしいぞえ?」

 

 「……!」

 

 ”聖寮”とは、人々を襲う業魔を滅する対魔士の組織だ

 主に三つの階級があり、二等対魔士、一等対魔士、そして特等対魔士で分けられている

 それら階級に分けた役割を全うし、世界の秩序を保とうする組織なのだ

 

 そんな世界にとっての正義を、あの女業魔は打倒しようとしているのだ。驚くのも無理はない

 

 しかし、その驚きは――

 

 

 

 

 

 「……いいねぇ。ホントマジ、()()()()()()

 

 ——自身の掲げる目的の遂行に合う内容からくる歓喜によるものだった

 その少女の反応に多少の疑問を抱いたマギルゥが問う

 

 「丁度いい? 何じゃいお主、お主もまた聖寮を潰そうと考えておったのかえ」

 

 「いやいや、聖寮を潰そうなんて大それた考えなんかもってねーさ。——ただ、俺の目標の一つが結果的に聖寮が崩壊するだけだし」

 

 「お主はお主で物騒なことを考えておるようじゃのう。——一体何を考えておるんじゃ?」

 

 流石のマギルゥも少女の言葉に耳を疑った

 相も変わらない口調で話すが、内心はそれなりに驚いている。——まさかあの業魔と似たようなことを考えている愚か者がいようとは、と

 一体どんな目的を持っているのか? マギルゥは単純にそれが気になったのだ

 

 問い掛けられた少女は、一旦口を閉ざしてグラスに心水を注ぎ始める

 ゆっくりと注ぎ足される朱色の雫を眺めつつ、注ぎ終わればグラスを持ち上げる

 少女はグラスの中にある心水を口に含み、話して乾いた喉を潤してから……マギルゥの問いに答えるのだった

 

 彼女が抱える目標の一つ。三つある中で一番可能性があるその目標を、少女は……名と共に告げるのだった

 

 

 

 

 

 「俺の名は”ルィーン”。聖寮のクソッタレ共から聖隷の心を解放するのを目標にしている、身の程知らずの()()聖隷さ」

 

 

 

 

 

 口角を上げながら怪しく微笑むその姿は、内容がどうあれ決して正義の味方ではないだろう事は誰の目から見ても一目瞭然だった

 ……ただし、口調はともかくその見た目のせいで、あまり悪役らしさは出ていないのだが

 

 




オリキャラ紹介

名前:ルィーン
性別:女性
年齢:?歳
身長:148cm
武器:?
戦闘タイプ:?
種族:聖隷


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二話 こうして少女は巻き込まれる

どうも、メガネ愛好者です

文章量を少なめに、投稿ペースを上げる作戦
果たして上手くいくのだろうか……

それでは


 

 

 ”樹の聖隷”

 

 一言で言えば樹属性の聖隷という事になるのだろうが、それは通常あり得ない事なのだ

 理由としては、世界には基本的に五つの属性しかないとされているからだ

 無、火、水、風、地の五つを元にそれらを複合して違う属性を生み出す事はあれど、その中にさえ樹属性などありはしなかった

 

 「だから俺って結構レアなんよ? レアキャラなんよ?」

 

 「そーかそーか。儂でさえ知らなかった故その通りなんじゃろなー」

 

 「その通りなんですよー。……そんな希少な存在だからこそ周囲に目立たず問題も起こさず静かに活動してるわけなんですぜ? だから——」

 

 

 

 

 

 「うるさい! とっとと歩け()()()()!」

 

 「——密航とかみみっちい事する訳無いじゃないですかヤダー。冤罪ですよ? 対魔士様方」

 

 「儂だって密航なんてしておらんぞよー。……まあ不法入国はしておるがのう」

 

 「余計な事言わないでもらえますかねぇ!? てかそれも俺に当てはまらねーし!」

 

 「うるさいと言っているだろう!」

 

 「なんで俺の時ばっかりっ!?」

 

 現在、樹の聖隷ことルィーンと自称大魔法使いマギルゥは……聖寮の対魔士に密航の罪で連行されていた

 

 何故対魔士に捕まっているのかと言うと、簡単に言えば職質されたからだ

 この国の住民は服を着重ねて厚着しているのにもかかわらず、この二人は防寒の類を一切していない。それ以前に服装が明らかに住民のそれとは違うのだ。警備をしている対魔士の目に留まっても不思議な事ではない

 その結果、対魔士達は怪しげな装いの二人を問い詰め、後から判明したマギルゥの密航の件で拘束される事になってしまったのだった。そこに居合わせルィーンも、マギルゥと楽し気に話していたところを仲間と見なされ捕縛される事になったのはとばっちりであろう

 まあ見た目十代前半のルィーンが心水を飲んでいたところを目撃した対魔士が未成年の飲酒により捕縛した……と言う理由もありそうだが

 そんなルィーンの俺口調なのにソプラノボイスという何とも言えない反論の言葉が、この寒空の下に空しく響き渡るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして連行されること数分、二人はヘラヴィーサの聖堂に来ていた

 因みに聖堂に入ろうとした時、聖堂内から片目を包帯で巻いた美少年対魔士が出てきたので、ルィーンは「私、無実です。助けて」といった想いを込めて熱い視線を送るのだが、それに気づかなかった美少年対魔士はサラリと受けもしないて流したのであった

 その後すぐにマギルゥから「お主の一人称は”俺”じゃろ?」と言われたのにイラッとしたルィーンが舌打ちしてしまった事で、ルィーンを捕らえている対魔士から「態度が悪い」と叱られる羽目になったのを追記しておこう

 そして二人は聖堂内に足を踏み入れ、正面奥にいる綺麗な女性と対峙するのであった

 その女性なんだが……

 

 (……ねえ、なんかあの人怒ってね? 絶対機嫌悪いよな?)

 

 (何やら堪忍袋の緒がプッツンしておるようじゃ。余程機嫌を損ねるような事があったんじゃろうな~)

 

 小声で話す二人は、後ろで腕を拘束している対魔士達に「喋るな」と頭を小突かれながら、正面の女性が明らかに機嫌が悪いことを心中察していたのだった

 なにせその女性の瞳が全てを凍てつくさんとばかりに冷たい瞳をしているのだ。何があったのかは知らないが、無言なのが余計に怖い

 正直なところ、今お近付きになるのは少々遠慮したい二人である。しかしながら対魔士に腕を拘束されて歩いている為、無駄な抵抗など出来やしない。二人とも非力なのだ

 

 「テレサ様。密航者を捕らえました」

 

 そしてある程度近づいたところで対魔士達は正面にいる女性……言葉通りなら”テレサ”という名の対魔士に報告するのであった

 流石にこのままでは罪が確定してしまう。密航などしていないルィーンは弁明しようと口を開けるのであった

 

 「異議あり! 俺は密航なんてしてねーから!」

 

 「黙れ、聖堂内では静かにしろ」

 

 「あ、はい……」

 

 ある意味正論を言われた為につい口を閉ざしてしまうルィーンだった

 それを見たからなのか、目の前のテレサが足早に近寄ってくる

 これは怒らせてしまったパターンか? と、内心不安を抱いてしまったルィーンが今度は静かに弁明しようと口を開けようとした瞬間——隣の魔女が変わりに弁明し始めたのだった

 

 「濡れ衣じゃよ~! 儂は許可をとらずに乗っただけじゃのに~」

 

 (あかん。そりゃあかんよマギルゥ……)

 

 濡れ衣と言っておきながら自分の非を認めているマギルゥに焦りを浮かべるルィーン

 このまま事が進めば自分も巻き込まれて同罪にされる……その理不尽なとばっちりを受けかねない状況にルィーンは表に焦りを出さぬ様、打開策を思案するのであった

 そもそも現在進行形で機嫌が悪そうな相手を煽るようなことを言わないでほしい……そう思ってしまったのも無理はないだろう

 

 そして、そんな返答を聞いたテレサはと言うと――

 

 

  ——パァンッ——

 

 

 ——マギルゥの頬を振り抜くようにして叩いたのであった

 ルィーンはそれを見て「やはり怒ってたんだな」と自身が叩かれなかったことに安堵しつつ、マギルゥに対して「ザマァ」とほくそ笑んでいたのであった。マギルゥの罪を同じく被せられたとはいえ、結構腹黒いぞこの少女

 マギルゥは頬を叩かれた事で顔を歪ませている中、ちらりと見たルィーンの素っ気無い顔に「こやつ、内心ほくそ笑んでるな?」と推察する。大当たりである

 

 「貴方、監獄島から脱獄した女業魔の仲間ですね? ……あの者はどこです」

 

 そんな二人の内心など全く知り得ないテレサは、マギルゥに対してそう問い詰め始めたのだった

 女業魔……それは確か、酒場でマギルゥと話し合っていた黒髪の女性のことだろう

 聖寮は既にあの女性の事を手配しているのであろうか? そう疑問に思いつつ、ルィーンは大人しく会話を聞くことにしたのであった

 そして頬を叩かれたマギルゥは、テレサから顔を逸らしたままの状態で話し始めるのであった

 

 「……ふん、このマギルゥ様に拷問は無意味じゃぞ」

 

 相手に呆れたような表情で告げるマギルゥに、少し違和感を抱くルィーンであった

 何せルィーンから見たマギルゥの人物像は……相手がどうなっても気にしないような奴だからだ

 実際にマギルゥは、酒場でいろいろと女業魔——”ベルベット”の事を初対面のルィーンに面白おかしく話しているのだ。そんな口が軽いマギルゥが拷問されても無駄と言っている……何をされても連れは売らないってことなのだろうか?

 実は仲間想いの奴だったのか? と、ルィーンはマギルゥという人間を見改め——

 

 

 

 

 

 「——なんでもぺラリと喋るからの~♪」

 

 「やっぱり喋るんかーい!」

 

 ——ようとはしたが、結局変わる事は無かった

 この魔女、即座に自身の身を擁護しに行きやがった……そんな、予想通りではあったが実際にその展開を拝むことになるとは思わなかったルィーンは、ついマギルゥにツッコミを入れてしまうのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ヘラヴィーサ近辺・フィガル雪原——

 

 

 

 街の外の近く、街の門の死角となる岩場にて二人の男女が思考を巡らせていた

 見た目二十代前後の女性と男性に見えはすれど、彼女達は既に人間ではない

 彼女達は業魔。監獄島から船を奪って脱獄し、ここノースガンド領の浜辺に漂着した脱獄者達だ

 

 

 

 元々、彼女達は座礁した船の修理の為にヘラヴィーサへと訪れていたのだ

 ヘラヴィーサには港があり、それを取り締まる商船組合なるものが存在する。そこでなら船大工が見つかるだろうと彼女達は考えたのだ

 

 しかし、商船組合は見つかれど事は上手いように進まなかった

 

 どうやら商船組合にいた航海士のダイルと言う者が貴重な”炎石”の密輸をしていたそうで、そのせいで組合は業務停止命令を聖寮に下されたようなのだ。故に今、商船組合は船の修理さえもする事を禁じられているという

 どうやらそれはダイルが捕まり処罰されるまで続くそうで、ダイルが捕まらない以上、商船組合は何も出来ずにいるのだ

 

 だが、業務再開まで彼女——ベルベットは待っているつもりはない

 ベルベットは組合からダイルの情報を聞き出し、聖寮に勘付かれないよう隠密に行動する事にした。……ようはダイルを”喰らい”に行くことにしたのだ

 彼女の左腕は少々特殊で、左腕から業魔を文字通り”喰らう”事が出来るのだ

 喰らった業魔を自身の糧にし力を増幅させる……そう言った特殊で強力な業魔こそ彼女、”ベルベット・クラウ”なのである

 

 そしてベルベットは、「借りた恩は返す」と言う理由で自身に同行する右の顔周辺が業魔化した人型の業魔、”ロクロウ・ランゲツ”とダイル捜索に向かい、聞きこみの末に遭遇する事となるのだった

 ダイルの故郷である”ビアズレイ”と言う村の北に位置する”ハドロウ沼窟”と言う洞窟の奥にてダイルを見つけたベルベット達。——だったのだが、ベルベット達はダイルを殺なかった

 

 どうやらダイルに掛けられた容疑はダイルだけのものではなく、商船組合全体で行われていたそうだ

 組合の密輸が聖寮に暴露された時、組合はダイルが業魔化したのをいい事に全ての罪をダイルの押し付けたのだ

 それに怒りを抱いたダイルは追っ手を殺しつつ街から逃走、組合に復讐する為に機会を伺っていたそうだ

 しかしその復讐を成す方法も、街中で一思いに暴れようと言う無謀な特攻だった。ダイル自身は「どうせ殺されるなら一思いに暴れて散ってやる」といった考えで、既に生きる事を諦めているのだろう

 

 

 そんなダイルを……ベルベットは利用することにした

 

 

 ベルベットはトカゲの業魔と化したダイルの体の一部——尻尾を文字通り切り離し、それを持って組合にダイルが死んでいる事の証明として見せ渡すことに

 ダイルの尻尾を見せれば、聖寮はダイルが死んだと思うだろう。そして聖寮が警戒を解いた隙を見て攻め込めば、無謀に特攻するよりも多くの被害を——商船組合への復讐を成せるだろうとベルベットはダイルに提案する。ようはダイルの復讐の手助けをすると言っているのだ

 

 別にベルベットはダイルの復讐を手助けしたいと思った訳ではない。ただ自身の目的の為に利用できるものは利用しようというだけなのだ

 ダイルの死亡が確認できれば組合は業務を再開する事が出来るだろう。その見返りに座礁した船の修理を依頼する事が出来る

 今すぐには出来ないと言われようが、組合の密輸の件を聖寮に密告するとでも言えば多少の無理も聞くだろう……つまり、これも己が為の行動なのだ

 

 

 

 ダイルと別れた後、ベルベットの策は順調に進んだ

 商船組合は案の定渋ったので脅し、船の修理へと向かわせることに成功する

 

 後は船が直り次第すぐに出発するだけ……となる筈だった

 

 どうやら組合の船大工によると、船の竜骨——いわば人間の背骨に当たる位置の骨組みが折れているらしく、修理する事が出来ないとの事

 当初の目論見が外れたベルベット達は一先ずは船を手配する事を考え、一旦ヘラヴィーサへ戻ることにしたのだった……

 

 

 

 

 

 ——そして、帰り道にそれは起きた

 

 「聖寮から告知があった。何やら業魔を街に呼びこもうとした怪しげな魔女とガキの公開処刑を行うそうだ」

 

 帰り道で再び遭遇した組合の会長による情報により、ベルベット達は街に戻る事が出来なくなったのだ

 怪しげな魔女。おそらく……いや、間違い無くマギルゥの事だろう

 マギルゥを処刑すると告知でわざわざ広めているのだ。十中八九、罠であることは間違いない

 住人は巻き込まれない様に避難勧告を出されているだろうし、そこにわざわざ出向いたら自分が仲間ですと言っているようなもの。ベルベット達が門前の警備兵に気づかれずに街へ入ろうとした時に使った抜け道も、既に待ち伏せがいるに違いない

 

 これでは船を手配するどころか、街に入ることさえ出来やしない状況にベルベット達は今後の策を練り直すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ところで、魔女はともかく”ガキ”って……誰の事だ?」

 

 「……さぁ」

 

 組合の会長の話に出てきたガキ……おそらくマギルゥと共に捕まったのだと思うが、一体誰の事なのか見当もつかないベルベットとロクロウなのであった

 

 




スキットEX1 公開処刑までの二人



 マギルゥ
「いやはや、面倒な事になってしまったのー」

 ルィーン
「いやなんでそんなのんびりしていられるんですかねぇ? この後俺達処刑されちゃうんですけども」

 マギルゥ
「細かい事は気にしな~いのが儂なんじゃよー♪」

 ルィーン
「つまり単細胞……と? 何だスライムか、ゴミめ」

 マギルゥ
「ちょい待ちー! 今時のスライムを舐めるでないぞ!? 例えスライム、されどスライム。日々を必死に生き抜いておる猛者達は星の数ほどおるんじゃぞ!?」

 ルィーン
「まさかそこまでスライムを擁護するとは思わなかったわ。何か思い入れでもあるのか?」

 マギルゥ
「そうじゃのー……あれは儂がまだ大魔法使い見習いとして――」

 ルィーン
「あ、別に詳しく話さなくていいから」

 マギルゥ
「寒い冷たい心が冷える返答ー!? もうちょっと食い釣られておくれよ!」

 ルィーン
「だってオチが寒そうだったし」

 マギルゥ
「失礼じゃなお主! 儂の爆笑お笑いトークがすべると申すか!?」

 ルィーン
「そこまでハードル上げて大丈夫か~? もしそこでマジすべりしたら赤っ恥だぜ?」

 マギルゥ
「芸人とは、恥を捨てて笑いを掴み取りにいくものじゃよ。その程度で怯むものかえ」

 ルィーン
「なら火傷しない事を祈っとくわ」

 マギルゥ
「何やらそこまで念押しされると、不安がそこはかとな~く湧いてくるんじゃが……」

 ルィーン
「とりあえず俺としては爆笑トークよりも心温まる小話の方がいいと思うんだよ。マギルゥだってそっちの方が今の気分的にいいんじゃね?」

 マギルゥ
「おお! 儂としたことがついうっかりしていたようじゃのー」

 ルィーン
「そんな訳で小話を一つ紹介しようじゃないか」

 マギルゥ
「楽しみじゃのー♪ せいぜいすべらない事を期待するぞえ」

 ルィーン
「おうとも。あれは俺が冷えた池で凍ったスライムを釣り上げた時の——」

 テレサ
「何を無駄話しているのです。自身の立場をわきまえなさい」

 ルィーン
「あ、はい……」

 ルィーン
(何で俺の時ばっかり注意されんだろ……)

 マギルゥ
(凍ったスライム……予想していた以上に続きが気になる話だったというのに……)



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三話 戦闘にも場の雰囲気がある

メガネ愛好者です

今のうちにお伝えしておくと、これから先、原作とは異なる会話文や言葉が出てくると思います
私なりに詳しく補足させているような感じではあるのですが、大部分の理由は原作とまるっきり同じ会話文って言うのも味気ないかと思いまして……ようは気分の問題です

それでは


 

 

 ——ヘラヴィーサ・聖堂前——

 

 

 

 「なあマギルゥ。俺な? お前さんの連れ……来ない気がしてならないんだ」

 

 「奇遇じゃのー。儂もじゃよ」

 

 ルィーンとマギルゥは腕を縄で縛られた状態で聖堂前に立たされていた

 ルィーン達の周囲にはテレサとその契約聖隷らしき少年二人、そしてテレサ率いる対魔士達が十数人ほどで陣形を取っていた

 そこにつけ入る隙はあまり見当たらず、二人を救出するには空からでも来ない限り簡単に突破することは出来ないだろう

 

 「まさか一晩経っても来ねーとは……マジ見捨てられたんじゃね?」

 

 「そーんなばかなー! あやつ等が儂を見捨てるなど……大いにありおるのう!」

 

 「人望の無い魔女ほど哀れな者はねーな」

 

 「人望なぞ必要ないわい。魔女は孤高の生き物なのじゃよ~」

 

 「つまり永遠ボッチってわけだ。ぷぷぷ」

 

 「コラー、笑うなー! 笑っていいのは儂の渾身ギャグの時だけじゃてー!」

 

 周囲の対魔士がベルベット達の襲撃に備えて警戒している中、最早助けに来る可能性など考えていないのか、自身等の立場など全く気にしていないような緊張感の無い態度で二人は談笑し合っていた

 本来であればその談笑も注意するところなのだが……注意したところで聞く耳を持たないのだ、注意するだけ無駄である

 それに、助けが来る可能性を捨てている彼女等を見ると……なんだか哀れに思えて仕方がないのだ

 

 何せ公開処刑の告知をしてから一晩経って尚、ベルベット達は助けに来ていないのだから

 

 

 

 ワザと正確な処刑時刻を告知しなかった事で相手を焦らせて早期救出を誘おうという策をテレサは打っていた

 

 ——しかしその策は脆くも崩れ去る

 

 告知したその日、ベルベット達はテレサ達の前に姿を見せる事は無かった

 怪しげな人影も見当たらず、業魔特有の不穏な気配さえもない。そもそも全く来る様子を感じられない

 助けに来るなら夜襲をとも考えていたテレサであったが、そんな動きもありはしない

 これではこの二人の利用価値が無い。やはり業魔故に仲間意識など無いのだろうか?

 今も尚姿を見せないベルベットに、テレサは上手くいかなかった事に対して多少の苛立ちを抱きつつ、己が策を見改めようかと考え始めるのだった

 

 まあ一人は人質の価値皆無であるのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それからしばらくしてからの事——

 

 

 

 「——ギャアアアアア!」

 

 街の外からではあるものの、それでもハッキリ人の断末魔とわかる叫びが門の方から響き渡ってきた

 その叫びを耳にした対魔士達は各々が理解する。——来たのだ、件の女業魔が

 対魔士達の間に緊張が走り、慌ただしく迎え撃つ準備を始める。そこにはどうにも無駄な動きが目立っていた

 

 「静まりなさい。自身の役割を思い出し、汚らわしい業魔を打つ瞬間まで警戒を怠るな」

 

 しかしそれは、テレサの一括により規律正しい動きへと変化する

 流石は二等対魔士の上を行く一等対魔士、その中でも上位に入る実力を持つテレサの一括は周囲を鼓舞するには十分なもののようだ

 ——そんなテレサなのだが、実は自身の策がうまく行っていたのだと人知れず安堵していたりする

 

 

 

 そしてテレサが周囲に指示を送りながらベルベット達を待ち受けている間、二人は先の叫びを聞いて——

 

 「今の叫びって……お宅の連れ、対魔士殺したんかね?」

 

 「じゃろうの。あやつは血も涙も無い冷血極悪鮮血散らす非道な業魔、下っ端対魔士なぞ羽虫同然じゃろうて」 

 

 「おーこわ。哀れ対魔士、無駄死ににならない事を祈ってますザマァ」

 

 「最後本音出てるぞえ~」

 

 「しゃーねーじゃん。こちとら無実の罪で処刑されかかってんだぞ? ルィーンさんは怒り心頭ですぜ」

 

 「そかそか~。……案外根に持つんじゃな、お主」

 

 何処か楽しそうに話し合っていた

 その話の内容に数人の対魔士が怒りやら苛立ちを抱いたのだが、今から来る業魔を前に気を緩める訳にもいかない為、今は無視することにしたのだった

 

 最も、テレサが自身の持つ錫杖で二人の頭を殴り黙らせる事で、その場は一旦静まり返るのだが

 

 

 

 

 それからすぐに、わざわざ正面から二人の人間……いや、業魔が対魔士達の前に現れた

 その業魔達——ベルベットとロクロウは悠々と対魔士達の元に歩いてくる。そこには余裕なのか油断なのか、焦りの表情は一切無かった

 ベルベット達がある程度近づいてきた辺りで、対魔士達はベルベット達を取り囲むよう後ろに回り込む

 そしてベルベット達を中心に取り囲み終われば、同時にベルベット達も一旦歩みを止めるのだった

 

 「おお、まさか助けにきてくれるとは~! お主、意外にいい業魔だったんじゃな~♪」

 

 (いや、いい業魔は人を殺さんて)

 

 こんな罠同然の誘いに乗ったベルベット達にマギルゥはいつもの調子で軽口を叩いている。その内容に内心ツッコみたくなるルィーンなのだが、とりあえず場の雰囲気的に部外者である自分は黙っていることにした。今更部外者面するのも無理そうではあるが、それでも黙ってることにしておく

 そうすれば、勝手に物事は進むのだから

 

 「あなたが監獄島を脱した業魔ですか?」

 

 「だったら?」

 

 「オスカーを傷つけた罪……貴方の死を持って償ってもらいます! 楽に死ねると思うな!」

 

 テレサの問いかけにベルベットは否定せず、それを受け取ったテレサは一気に怒りを噴出させる

 そして、手に持つ錫杖をベルベットに突き出す形で指示を送り、周囲の対魔士はベルベット達へと襲い掛かるのであった

 

 

 

 そんな中、ルィーンは「いやオスカーって誰だよ」と隣のマギルゥにしか聞こえない程度の小声でツッコミを入れていた。急に話題に出てきた聞き知らぬ名、そしてテレサの言動に驚いてつい言葉を漏らしてしまったのだ

 

 ルィーンが驚いたのも無理はない。彼女が街で聞いた噂を聞く限り、テレサは常に冷静沈着であまり感情を表に出さない人間だ。それが今、テレサは激情を顔に浮かべてベルベットを憎々しげに睨んでいる

 噂通りの人間ではなかった……とは言いきれない。周りを見渡せば、少数ではあるが対魔士も多少の戸惑いを見せていたのだから

 

 テレサが言ったオスカーとは誰なのか? そもそも何故そこまでベルベットに怒りを向けているのか? そこがルィーンには分からない

 ルィーンは連行された後に見たテレサと対魔士のやり取りを思い出す。その内容は、このヘラヴィーサの街を騒がせているダイルについてだ

 その時のテレサの態度と今のテレサを比べると、それはもう目に見えて違うのだ

 ダイルに対しては噂通りの冷静沈着っぷりを発揮して見せていたのに対し、今のテレサは怒りで冷静さが損なわれている

 何故そこまでの差があるのか? たんに業魔だから憎いという訳ではなさそうだが……

 それらの事が気になったルィーンは思考を巡らせ始めるたのだった

 

 ”気になる事は追及する”、それがルィーンという聖隷なのだ

 

 

 

 そしてルィーンはとあることを思い出す

 

 それは先日、連行されて聖堂前まで来た時にすれ違った少年……片目を負傷した美少年対魔士の事だ

 今思えば、彼とそこにいるテレサは何処となく容姿が似通っている

 そこから考えるに、彼はテレサの弟か何かなのではないだろうかと思い至るルィーン

 そうなればテレサが言った”オスカー”と言うのはあの少年のことであり、その少年オスカーを傷つけたのがベルベットだとすれば、テレサの怒りも頷ける。身内を傷つけられたとなれば怒りを抱く理由にもなろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——あ、なんだ。一等対魔士もただのブラコンか」

 

 

 

 ルィーンは何故テレサはそこまでベルベットを敵視するのか考え、そして答えに辿り着く。その答えに至った瞬間、自身でも無意識のうちに言葉を漏らしてしまったのだった

 ルィーンのよく響くソプラノボイス故か、その言葉は辺りによく響き渡っただろう。それはもう……周囲の人間達に良く聞こえるような透き通った声で

 

 

 

 『……………………………………………………』

 

 

 

 その一言で場の喧騒は止み、辺りに静寂が訪れる

 先程まであった剣吞とした雰囲気は霧散し、誰もがその言葉にどう反応すればいいのかわからなくなってしまう

 その雰囲気に気づいたルィーンは、状況をよく理解していないような顔で隣のマギルゥに問いかけるのであった

 

 「……ん? あれ? 何この空気?」

 

 「ルィーンよ……今から殺伐とした殺し合いが始まると言うんに、そんな状況下で”ブラコン”などと緊張感を削ぐ言葉を発するでない。気が抜けるじゃろうて」

 

 「……あぁ、確かにそうだわ。でも事実なんだろうし別によくね? 弟思いなのはいい事さね。——例え街を荒らしたダイルって業魔の対処よりも弟を傷つけた業魔への仇討ちを優先しても——」

 

 「口を閉ざしていなさい。さもないと今すぐに処刑しますよ」

 

 「すいませんでした」

 

 ルィーンの戯言を冷たい口調で黙らすテレサ。流石に対魔士達のモチベーションを崩されるのは我慢ならなかったようだ。……それ以外の理由もありそうではあるが

 因みにこの時、ベルベットはルィーンの言葉に何か思うことがあるのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたのだった

 

 

 

 

 

 それからルィーンとマギルゥは黙り込み、業魔と対魔士の殺し合いを眺めていた

 その両者の殺し合いを見ているしかない……訳では無いが、とりあえず観察することにしたルィーンは思う

 

 ……ベルベット達は、何か企んでいる

 

 まぁそれも当たり前か、無謀に特攻を仕掛けるような馬鹿ではないだろう

 確かにベルベットとロクロウの動きを見れば、二等対魔士達の上を行く実力があるのは確かだろう

 ベルベットは右腕や足に仕込んである刺突刃を上手く使って、まるで獣のような動きで対魔士達を蹂躙していく。時折包帯が巻いてある左腕が肥大化し、まるで悪魔の様な腕で対魔士達を切り裂いたり喰らったりとやりたい放題無双だ

 ロクロウの二刀小太刀にも目を引くモノがある。リーチ差を埋める為に瞬時に懐へと入り込む足運びに、自身のペースに持ち込んでいく体捌き、一朝一夕では身につかないであろう熟練の動きはまさに圧巻の一言

 強い。流石は聖寮を潰すと豪語するだけのことはあると、ルィーンは静かに納得する

 

 

 しかし、この世には”質”と”量”という言葉がある

 

 

 ベルベット側はいわば”質”だろう

 二人は周囲の対魔士よりも飛び抜いた強さを持っているのは明白だ。二等対魔士が数人いたところで蹴散らしてしまうことだろう

 しかしながら、ここに集まる対魔士の数は数人では収まり切らない

 故に”量”。対魔士達は数十人単位で連携し襲い掛かる事で強者との差——ベルベット達との差を埋めているのだ

 これにはベルベット達も疲労を隠せない。いくら強いとはいえ、必ず体力の限界と言うものはある

 現に、今のところベルベット達はまだ余裕そうにしてはいるものの、少しずつ疲労が顔に浮かび上がってきている

 このまま物量で攻められればジリ貧だろう。それはルィーンだけではなく、マギルゥの目から見てもわかる筈だ

 

 だからこの調子で押しこめば、おそらくテレサ側に軍配が上がるだろう

 もしも二等対魔士を振り切ったところで、その後に控えるは一等対魔士のテレサだ

 いくら手練れのベルベット達だとしても、疲れている相手であればテレサが負けることは無い。彼女とて二等の上を行く一等、それも一等の中でも上位の者に送られる”ゼロナンバー”という称号を受け持つものなのだから

 

 テレサはベルベット達の様子を見て追い込みをかける。動きが徐々に鈍くなってきている相手を確実に追い詰める為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、勝利を目前としたテレサは気づかない

 

 テレサの指示によりヘラヴィーサ全域から集結する対魔士を見たベルベットが……怪しく微笑んでいる事に

 

 それに気づいているのは事前に”作戦”を知っているロクロウと、拘束されている……いや、ベルベット達に気を取られている間に腕に縛られた縄を解いたルィーンとマギルゥだけだった

 

 




スキットEX2 聖隷二号との出会い



 聖隷二号
「……………………」

 ルィーン
(——ん? あれは……テレサって奴の聖隷かな。なんで契約者から離れてんだ?)

 ルィーン
「どうしたよ君、迷子か?」

 聖隷二号
「……………………」

 ルィーン
(やけに物静かだな……当たり前か。心を封じられてる今、あの子は何も感じない、感じられないんだろうし……にしては)

 ルィーン
「おーい」

 聖隷二号
「……?」

 ルィーン
「やっぱりなんでもなーい」

 聖隷二号
「……………………」

 ルィーン
(完全に自分で考える力を奪われている訳ではなさそうだな。……こうして心の無い聖隷と直接話すのもそんな無い機会だし、少し話しかけてみっか)

 ルィーン
「……あれさ、君の名前って何て言うん?」

 聖隷二号
「……なま、え……?」

 ルィーン
「そうそう名前。マイネームさ」

 聖隷二号
「……二号」

 ルィーン
「それ名前じゃねーだろ、ナンバリングじゃねーか」

 聖隷二号
「……テレサ様が、つけた名前……」

 ルィーン
「それをガチで名付けたとなれば、お前のご主人、相当センスねーな。それか趣味が悪い」

 聖隷二号
「趣味……悪い……?」

 ルィーン
「悪いだろ。だってそれだと、自分が飼ってるペットに”一匹”とか”二羽”って名付けるようなもんだぜ? 頭おかしーだろ」

 聖隷二号
「頭、おかしい……」

 ルィーン
「そ。”お前のご主人頭おかしい”だ」

 聖隷二号
「お前のご主人、頭……おかしい……」

 ルィーン
「それかセンスが無い以前に、自分で己がセンスを壊してるようなもんだから”センスブレイカー”とでも名付けよう!」

 聖隷二号
「センスブレイカー…………カッコイイ」

 ルィーン
「……へぇ、カッコイイって思う気持ちはあるんだ」

 聖隷二号
「……?」

 ルィーン
「ああ、別に深く考えなくたっていいさね。とりあえず今はそのままの君が思うがままに動けばいいよ」

 聖隷二号
「……そろそろ、戻らないと……」

 ルィーン
「ん? そっか。お勤め頑張れよー」

 聖隷二号
(コクン)

精霊二号はテレサの元へ去っていった

 ルィーン
「……必ず、心を戻してやるからさ。それまで耐えてくれよ、アホ毛君」










 テレサ
「二号、何処に行っていたのですか?」

 聖隷二号
「……………………」

 テレサ
「全く貴方は…………? なんです? 私の顔をジロジロと見て……」

 聖隷二号
「……お前のご主人頭おかしい」

 テレサ
「……は?」

 聖隷二号
「センスブレイカー」

 テレサ
「……二号、それはなんです?」

 聖隷二号
「……白衣の人に……教えてもらった」

 テレサ
「……ほう……」










 ルィーン
「待って!? 悪気は無かったんです! だから許し——」


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四話 己が目的の為に

メガネ愛好者です

平日故に投稿速度ダウン。すいません
とりあえずなるべく急いで、だからと言って雑な出来にならないよう気を付けて投稿します

それでは


 

 

 ——ヘラヴィーサ・聖堂裏——

 

 

 

 ベルベット達が迫りくる対魔士達を相手に奮闘しているのを横目に、ルィーンは誰にも気づかれずにその場を後にしていた

 テレサを初めとした対魔士達は、皆ベルベット達の対処に集中していたので結構すんなり逃げられたのは僥倖だろう

 

 ルィーンは別にベルベット達を見捨てて逃げたとかではない。そもそも”まだ”仲間ではないのだから、ルィーンがその場から姿を消していても特に問題は無いのだ

 そもそもベルベット達とは直接的な関係を持っていないルィーンが捕まってても意味が無い。寧ろ状況が悪化した場合、ベルベット達が無関係のルィーンを見捨てる可能性が否めない為、何かあった時の為にもあのまま捕まっている訳にはいかなかったのだ

 故にルィーンはこの街に来た時、下手に警戒されぬ様にとある場所に隠した”得物”を回収しに行動に移ったのだ

 

 因みに、ルィーンがその場からいなくなっている事に隣にいたマギルゥとテレサの傍にいた”聖隷二号”と言う少年は気づいていたりするのは……ルィーンには言わないでおこう

 

 

 

 柵を越えて聖堂の裏手に回るルィーンは、周囲を見渡し誰にも見られていないことを確認する

 別に今からやる事を人に見られたくないとかそういった事情はないのだが、そこそこ目立つ事をする為に対魔士に見つかったら不味いのだ。一応捕まっている身だし

 

 そしてルィーンは直立したまま足元を見つつ、なるべく音を立てずに大地へと己が霊力を送り始め——詠唱する

 

 「隆起するは——『ルートウィップ』」

 

 静かな声で詠唱した瞬間に展開された深緑色の魔法陣、それは聖隷や対魔士達が使う”聖隷術”の発動紋だった

 聖隷術とは、主に五属性を元に構築された術式であり、簡単に言えば魔法の一種である

 炎を打ち出す、水が噴き出す、風が切り裂き、大地が割れる。そういった超常の力を操る(すべ)が聖隷術だ

 

 ルィーンが聖隷術を発動すると、程なくして目の前の地面に変化が訪れた

 街の石畳が徐々に隆起し、何やら大地から這い出てくる

 

 その正体とは……巨大な”木の根”だった

 

 人間の腕程の太さを持った巨大な木の根が螺旋状に複数絡み合い、まるでドリルのようにゆっくりと回転しながら大地から生えてくる

 本来は生えてきた木の根を鞭のように振るって敵を薙ぎ払う術なのだが、そこはルィーンの制御技術によりある程度の変化が加えられている為ここでは当てはまらなかった

 そして、その絡まり合った木の根が石畳からある程度顔を出すと、その突き出てきた頂点部からゆっくりと(ほど)け始める。それはまるで蕾が花開くような動きにも見えよう

 ゆっくりと木の根が(ほど)かれていくと、その中からある物が姿を現した。それこそがルィーンが愛用する得物である

 

 木の根の中から現れた得物とは、世間一般でいう”クロスボウ”という射撃武器だった

 

 形状としては弓が縦に取り付けられているタイプのクロスボウであり、女性が片手で持っても問題無いほどに軽い。耐久度も十分あり、剣を受け止められるほどには丈夫な造りになっている

 ルィーンはそのクロスボウを手に持ち、しばらくの間自分の元から離れていた愛弩に支障はないか動作確認をするのだった

 

 「うーん……どこも壊れてはねーな。とりあえず装填だけして隠しておくか」

 

 弦や引き金等を軽く点検し、確認が終われば一緒に出てきた小さな矢筒からボルト()を引き抜いてクロスボウへと装填する

 慣れた手付きでボルトを装填し、そのクロスボウを白衣の内側へと忍び込ませたルィーンは、ベルベット達が今どうなっているのかを確認しに静かにその場を立ち去るのであった

 

 因みに、矢筒を取ったことで役目を終えた木の根は再び大地へと戻っていき、そこには掘り起こされた石畳のみが残されたのだった

 

 

 

 

 

 ————————————————————

 

 

 

 

 

 聖堂を挟んだ向こうの方では、いまだに剣や槍が激しくぶつかり合う音が聞こえる。まだベルベット達は戦っているようだ

 ルィーンは聖堂の陰に隠れつつ様子を伺うと、肩で息をするベルベットとまだ余裕を持っていそうなロクロウの姿が視界に収まる

 周囲を見れば、剣で切り裂かれたと思われる対魔士達が数十人倒れていた

 

 (うわー地獄絵図だなこりゃ。俺の祈りは届かなかったようですザマァ)

 

 倒された対魔士達を労わる気が一切無いことが分かるルィーンの心情であった

 

 

 

 ベルベット達の猛攻に対魔士達は一旦体勢を立て直す為に距離を置き、お互いに睨み合うことで膠着状態が訪れるのだった

 両陣営共に疲労が見える中、未だに一切手を出していないテレサがベルベットに言葉を投げかける

 

 「大した生命力ですが……もう限界でしょう? 無謀にも仲間を助けに来たのは称賛に値します。……しかし、所詮は汚らわしい化物、暴れる事しか能のない貴方達に我ら聖寮が敗北するとでもお思いですか?」

 

 テレサはまるで見下すように、ベルベットを見据えて語り掛けている

 その言葉はベルベットに届いてはいるのだろう。しかし、テレサには返答を返さず周囲の対魔士達を警戒し続ける

 別にベルベット達に余裕が無いため返事を返せないわけではない

 彼女達は今戦闘の真っ最中なのだ。自身の命がかかった殺し合いの中、余計な話をして集中を途絶えさせるわけにはいかない

 それに……テレサの性格上、ここは無視した方が”効果的”だとベルベットは考えたのだ。自分の都合がいい流れに持っていく為に

 

 

 

 ——そして、その光景を盗み見ているルィーンはというと

 

 (あのブラコン、まだベルベット達が何か企んでいることに気づけていないのか? ……あの態度を見ると気づいてないだろうなぁ)

 

 ベルベット達を軽視して油断しているテレサに呆れて溜息を吐くのだった

 

 ルィーンは先程からテレサを観察して得た印象を元に判断する。——テレサは策士に向かないと

 テレサは人を鼓舞するのに十分な素質はあるのだろうが、裏の読み取り合いに関しては向いていないだろう

 自身の策を一貫して疑わず、搦め手などの相手の裏をかくような策には翻弄されるような愚直タイプなのではないかとルィーンは推測を立てたのだった

 故にベルベット達が策を弄しているのにも気づけず、自身のシナリオ通りに進んでいれば油断して隙を生んでしまう

 

 (人をまとめて秩序を保つ才能があっても、その裏で行われている非合法の企みには気づけない……この街の裏の顔に気づいてなかった時点で予想はしてたが、流石に勘が鈍すぎやしねーか?)

 

 実を言うと、ルィーンはこの街の商船組合が密輸をしていた件を知っていた

 何せ密輸の件は今に始まったことではなく、ルィーンが以前にヘラヴィーサを訪れたときには既に組合は密輸を行っていたのだ

 別に自分には関係無いことだった為に関わるようなことはしなかったが、例えルィーンが何かしたところで結果は変わらなかっただろう

 人は苦い薬よりも甘い蜜を啜るものだ。その後に迎える結末がどうであれ、楽な方へと足を進めるのが……ある意味”人間の理”というものだ

 

 その組合の闇にも気づけなかったテレサには、相手の策を読み取るなどといった勘の良さはないのだろうとルィーンは考えたのだった

 少なくとも、伏兵がいるかもしれないという危惧もせずに街全域の対魔士を呼び集めた時点で、彼女が場の流れを掌握することは出来ないだろうが……

 

 

 

 そんなテレサは、自身の言葉に反応を示さなかったベルベットに再び言葉を告げ始める

 

 「……まあいいでしょう。私が収めるヘラヴィーサに足を踏み入れたこと……そして、何よりもオスカーを傷つけたことを後悔させてあげましょう。——二号、やりなさい」

 

 テレサは傍にいた使役聖隷”二号”にベルベットを攻撃するよう命令する

 名前とは思いたくないその名に反応した二号はテレサの指示に何も言わず、何も思わずに行動する

 二号は両掌を胸の前で向かい合わせ、己が霊力を集めることで聖隷術を発動するのだった

 二号の足元に聖隷術の発動紋が展開され、展開と同時に二号の両掌で直径30cm程の火球が生み出される

 

 (へぇ、結構展開速度が早いのな……あの子の今後の成長に期待が持てるぜ)

 

 その二号の聖隷術の腕にルィーンは関心を示した

 別に上から目線でものを言うつもりはないのだが、ルィーンから見てもあの少年の才能には目を見張るものがあったのだ

 ”二千年程”生きているルィーンとしては、生まれてまだそこまで経っていないであろう二号のこれからに楽しみを見出していた

 これで心を持っていれば向上心を持つこともできよう。そうなれば二等対魔士ぐらいは軽く蹴散らせるぐらいには成長する筈だとルィーンは感じたのだった

 

 

 

 「——ぐぅぅ……ッ!」

 

 不意にルィーンの耳にベルベットの苦悶の声が届いた

 どうやらルィーンが思考を落としている間に事は進んでいたようで、視線を戻せばベルベットが吹き飛ばされていた

 おそらく二号は生み出した火球をベルベットへと向けて放ったのだろう。ベルベットは周囲の対魔士達に意識を向けていたことで反応が遅れたことで、火球を諸にくらったのだと予測する。彼女の服の一部が焦げているところからそう推測出来よう

 しかし、そのぐらいでへこたれる様な彼女ではないようだ

 

 「……対魔士を動かし、聖隷を使うだけ使って自分は見ているだけ……自分でとどめをさそうと思わないのか? 臆病者」

 

 「挑発であれば無駄ですよ。お前の左手は油断ならない。下手に近づいて返り討ちに会うような愚を私は犯しません」

 

 吹き飛ばされたベルベットはゆっくりと立ち上がり、テレサの行為を指摘する

 目に見えた挑発であろう。現にテレサもそのぐらいは気づいたようで、ベルベットの言葉を軽く流すことで誘いを避けるのだった

 

 

 

 そんなベルベットの誘いを、テレサはただの挑発でしかないと思っていることだろう

 

 

 

 (——あぁ、なんとなくベルベットの狙いがわかってきた)

 

 しかし、ルィーンにはベルベットの挑発から違う狙いが見えてきていた

 確かにベルベットの言葉は挑発であるのは間違いない。——だが、それは()()()()()()()()()()を目的とした挑発なのだろう

 先ほどからもわかるよう、テレサはベルベット相手にわざわざ言葉を交わしている。聖寮が掲げる”(ことわり)”に従うのであれば、ベルベットと会話をする必要性は全くないというのに

 業魔であるベルベット達を早急に討つ事こそが”理”であるのだ

 

 ——故にテレサの今の行いは、聖寮の対魔士として間違った行動だ

 オスカーを傷つけられたからという怒りに駆られ、ベルベットへ憎しみを向けるそれは最早”理”ではない

 

 私利私欲。自身の想いを優先するその所業は聖寮が掲げる”理”ではなく……一個人の人間としての”感情”だった

 

 

 

 

 

 ——だからこそ利用される——

 

 ルィーンが気付いたベルベットの狙いは——時間稼ぎだ

 わざわざ話す必要の無いテレサを喋らせることで時間を稼ぎ、その間にベルベット達の協力者が裏で事を進めているのだろう

 そうすればベルベット達の特攻も、”囮役”という立派な役割へと変化する

 

 (戦うだけが手段じゃない。ベルベットは自身が置かれた状況を理解し、手段を問わずしてその場を乗り切る機転を持ってる。……ただ特攻するだけの脳筋だったら手を貸そうとも思わなかったが、ベルベットなら……)

 

 マギルゥからの情報、そして実際に見たベルベットの動きから、ルィーンはベルベット達に手を貸そうと本気で考え始めるのだった

 彼女の手助けをすれば、必ずとは言い切れないまでも目的の達成に大きく近づける……そういった確信をルィーンはベルベットから感じ取っていた

 

 だからこそルィーンはベルベットの助けになろうと思った。それが結果的に、自身の助けになるだろうと予感して

 

 これから先、ルィーンがどう動こうが様々な困難が待ち受けているのは確実であろう。だからこそベルベット達に協力すれば、このまま一人で事を成そうとするよりは確実性は増し、危険性は和らぐはずだ。彼女の協力者になることもそこまで難しくはないだろうから、この機を逃す気はルィーンにはなかった

 先日マギルゥから聞いた事だが、ベルベットは”使えるものはなんでも使う”といった考えを持っているようだ。ならば自分を利用するよう仕向ければ共闘も出来よう。例え信用を得られなくとも、マギルゥの知り合いだと言えば信用されなくとも利用してもらえるだろうし

 

 これらの事をまとめ、ルィーンはベルベット達に協力する事にしたのだった

 

 

 

 

 

 ……ここまでの彼女を見てわかるように、ルィーンは決して善良な心を持った聖隷ではない。ある意味ではベルベットと似たような考えの持ち主であろう

 

 「利用できるもんはなんだって利用する。そうでもしなけりゃ……世界の”理”を曲げてまで成そうとする目的を達成出来やしないからな」

 

 自身の手で成すべき事、成さなければいけない事の為にルィーンは人知れず暗躍する

 そして、己が目的に辿り着く為の筋書きを頭に思い描きながら、ルィーンはそのレモン色の瞳を怪しく輝かせるのだった……

 

 

 

 ……そんなルィーンの言葉は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ドォォォォォォォン!!

 

 「——うひゃっ! な、何事ぉッ!?」

 

 彼女の後方から鳴り響いた爆発音によって、誰の耳にも入らなかったのであった

 

 




—プロフィール更新—

名前:ルィーン
性別:女性
年齢:2000歳(外見は12歳)
身長:148cm
武器:クロスボウ
戦闘タイプ:弩弓狙撃士
種族:聖隷

聖隷術
『ルートウィップ』
・大地から巨大な根を呼び出し相手を鞭のように薙ぎ払う。薙ぎ払う以外にも違う動きをさせる事も可能


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五話 利用し合う関係

メガネ愛好者です

遅くなってすいません。二週目やってました
コンプリートガイドの用語集が結構助かる件について
アイゼンの真名の意味が分からなかったから買って良かったです

それでは


 

 

 ヘラヴィーサの港が燃えている……

 

 火災現場である港の倉庫からはもうもうと黒煙が立ち昇り、爆発の衝撃によって崩れた壁からは激しく燃え盛る炎が噴き出していた

 更には港に吹く海風によって噴き出す炎の勢いが強まり、周囲への被害は拡大していく一方だった

 港の方で次々に上がる黒煙は遠目からでも視認することが出来るほどに大きく、一時的に避難していた住人や組合の者達が気付くのも時間の問題だったことだろう

 街の、自分たちの生命線とも言える港が燃えている……それがどれだけこの街に影響を及ぼすのかを理解している住人達、特に組合の者にとっては気が気じゃない事は間違いない。すぐさま消火しなければ自分達の生活が崩壊しかねないのだから焦らないわけがないのだ

 だからこそ、事の大事さに避難していた住人達は次々と港へ消火しに集まるのだった

 

 ——しかし、こういった非常時の対応に慣れている住人なんてそうそういないだろう。寧ろ急な事態に効率よく対処できる人間など、普段から緊急時の事態を想定して備えている者達ぐらいだ

 ほとんどの住民は消火に来るもののどうすればいいのか判断できず、この状況に混乱するだけで動けないでいる人が後を絶たなかった

 そんなことでは消火もままならないだろう。混乱する者達の存在は対処に慣れた者達の足を引っ張り、焦りから生まれる苛立ちを周囲にぶつけていらぬ混乱を起こしてしまう

 火を消しに来た者達の間でつまらぬトラブルがあちこちで衝突する間にも火の手は広がり、最早住人達だけで対処するには間に合わない程に被害は拡大している

 その状況に組合の者達の一部が対魔士の力を借りようと救援を求めに向かうのだが……例え対魔士達の力を借りて火災を食い止めたところで手遅れであろう

 それほどまでにヘラヴィーサの港は絶望的なまでに被害が及んでいたのであった……

 

 

 

 それもこれも、おそらくはベルベットの協力者が港の倉庫に保管していた炎石を手当たり次第に爆破させたのが原因だろう

 自身が囮役をすることで対魔士達を誘い出し、港の警備を手薄にすることで協力者が事を成しやすい状況を作り出す。住民は避難していていないだろうし、裏で動くには絶好の機会だ

 そして港に対魔士達が戻らぬようにベルベット達が注意を引き付けることで時間を稼ぎ、協力者が倉庫の炎石を爆破させる事で混乱を生み出す。後は混乱に乗じて船を強奪、海へと逃げればこちらのもんだ

 これこそがベルベットの作戦だった。協力者である業魔ダイルの商船組合への復讐、ベルベット達の船の調達を両立させた事で互いに手を取り合うことができ、結果はベルベットの策略通りに事が進んだのだった

 

 周囲の被害を鑑みずに人の営みを滅茶苦茶にするやり方ではあるのだが……その策を練った者達が業魔となれば、ある意味業魔らしい作戦だなとルィーンは納得していたりする。こういった手段を択ばない手を難なく実行する気概を持ってこそ協力する気にもなれるというものだ

 何事にも諦めない強い意志こそが人の可能性を引き出すのであれば、元々人間であり、自身の欲に忠実である業魔は人間以上の可能性を秘めているというのは皮肉なものだろう

 そんなことを考えつつ、ルィーンは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ははは、温かくていいじゃねーの。どうせこの街は寒いんだし、体を温める為にも全部燃えればいいんだよコンニャローめ」

 

 「自棄になるでない。どーせお主はベルベット達に協力するんじゃろ? ならばこれから先、様々な悪事を働くのは目に見えておる。——例え、”港を燃やした主犯”にされたとてどーということもあるまい」

 

 「燃えちまえよ! 燃えちまえよォ!」

 

 「聞く気ゼロじゃな……」

 

 ——何やら自暴自棄になりつつ被害の拡大を増長するような言葉を吐いていた

 

 港に出て未だに燃えていない船に向かう道中、周囲の状況を見て嘲笑うご機嫌斜めなルィーンなのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——話は数分前に戻る――

 

 ルィーンがベルベット達に協力しようと決めた直後に起きた爆発で周囲の状況は一変した

 倉庫の爆発にテレサを含めた対魔士達が気を取られ、その隙を狙ったベルベットがテレサを強襲したのだ

 不意を突かれたテレサは抵抗する間もなく文字通り一蹴され、対魔士達が動揺している間にベルベットは燃え盛る港の方へと走り出すのだった

 そしてロクロウとマギルゥもそれに続いて逃走し、ルィーンもその後を追おうとしたのだが……そのときにルィーンの機嫌を損ねる出来事が発生した

 

 「待ちなさい!」

 

 後を追いかけようとしたルィーンに背後から声をかけられる

 その声の主は……ベルベットに蹴り飛ばされて倒れていたテレサのものだった

 錫杖を支えにしながら立ち上がる姿にはまだ余力を感じられるものの、倉庫の火災によって生まれた焦燥感によって表情が強張っていた

 そんなテレサはまっすぐとルィーンを見据えながら—— 

 

 

 

 

 

 「——貴様! 倉庫の炎石を爆破させることがどれ程の被害をもたらすかわかっているのか!」

 

 「……はい?」

 

 ——倉庫の爆発を引き起こしたものがルィーンだと勘違いし、糾弾するのだった

 突然なことについ呆けた声で返事をしてしまうルィーン。その返事が自身の問いかけに肯定を示したのだとまたまた勘違いしたテレサは更にルィーンへと怒鳴り散らす

 

 「”はい”ですって……? 貴様っ、知った上でこのような悪行を働いたのですか!」

 

 「え、いや、違——」

 

 「最早貴様は業魔と何ら変わらない……人類の敵だ! その歪み穢れた邪心、貴様の死を持って抹消します!」

 

 「俺じゃない。俺じゃないから。何を根拠にそんな——」

 

 「今更命乞いをしても無意味です! 拘束を解き、人知れずいなくなっていたと思えば港へ通ずる道から戻ってきた。それからすぐに爆発が起きたのが何よりの証拠っ! 貴様が倉庫の炎石に自身が戻るタイミングで爆発するよう細工をしたに違いない!」

 

 「違いありだよ! なんだよその見当外れの推論は!? ——てかそんな豊かな発想力があるってのに、なんでベルベット達の策に気づけねーんだ!?」

 

 実を言うと、テレサはルィーンがいないことに後から気付いていた

 ルィーンが立ち去るときには気づかなかったが、テレサはベルベット達と対魔士達が戦闘している時に一度だけルィーンとマギルゥの様子を確認していたのだ

 何せ、あの無駄口を叩くのが義務とでも言わんばかりに喋るルィーンとマギルゥがあまりにも静かにしているのだ。先程だって戦闘開始直後に問題発言をしていたのだから、戦闘中に一切喋らないなんてテレサには想像できなかった

 

 そう疑問に思ったテレサが一度だけルィーン達の方に視線を向けることにした

 結果はマギルゥが暇そうに佇んでいるだけで、ルィーンの姿は何処にもなかった

 テレサはその事態に驚きはしたものの、今はベルベット達から注意を割くことが出来ない状況にルィーンの事は後回しにしたのだった。……それがいけなかったと悔いることになるのだが

 

 そして、ルィーンが身を潜めていた場所が”港への通り道側にある聖堂の側面”であり、その陰から事を伺っていたのが更に勘違いを加速させた

 ルィーンは爆発の音に虚を突かれたせいで反射的に体が飛び跳ね、その勢いで聖堂の陰から体を出してしまう。それと同時に驚きの声を出してしまったことでテレサが気付き、その姿を見られてしまったのだ

 

 

 ——ルィーンが港へ続く通り道から戻ってきましたと思わせるような配置に佇んでいる姿を——

 

 

 これがテレサに勘違いさせてしまった原因だ

 つまりはテレサが勘違いしてしまうような状況を、ルィーンは無意識のうちに作ってしまったという事になる訳である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして現在——

 

 

 

 テレサの勘違いに苛立ったルィーンはその場を後にしベルベットの後を追い駆ける

 テレサもすぐに追いかけたいところだったが、丁度その時に来た組合の者達から消火の救援を求められた事ですぐには追えなくなってしまう

 そしてルィーンは機嫌を損ねながら一隻の船の前に辿り着くのであった

 

 周囲の船は全て燃えているのにも関わらず、その船だけは何処にも損傷が見当たらない。つまりこの船がヘラヴィーサに残る最後の船というわけだ

 そんな船の甲板に一人の人間……いや、一匹の業魔が声を上げる

 

 「はっはっはっ! 盛大に燃やしてやったぜ! ざまぁ見やがれ、組合のクソッタレどもが!」

 

 その業魔を一言でいうのであれば——トカゲ男だろう

 緑色の鱗を持つトカゲの業魔。頭や腕、足は完全にトカゲのそれであり、何故かは知らんが尻尾が根元から切られている

 その事にも気にせず豪快に笑う姿は何処か晴れ晴れとしていた

 そんな業魔を見たルィーンは彼がベルベットの協力者なのだろうと瞬時に理解する。何より唯一健在の船にいる時点で察しが付くというものだ

 ……尻尾の断面の肉、なんか美味しそうだな……

 

 「……っ、な、なんだ……? なんか寒気が……」

 

 (なんか寒そうにしてるな……あ、トカゲって平温動物だから自分の体温変えないじゃん。だから景気よく燃やしたのかな? 自分が温まる為に)

 

 ルィーンはトカゲ業魔の事情にある程度の察しがついたので、特に嫌悪することもなく受け入れていた

 とりあえずこの場ではベルベットの協力者だと思っておけばいい。ある程度の経緯はこの際不要であり、今は逃げ果せることが先決なのだから下手に奇異する理由もないのだ

 そんな業魔——ダイルから再び声が上がる。それはベルベットに向けられた言葉だ

 

 「ベルベット! 出港準備はできてる——うおっ!?」

 

 準備が終わっていることを伝えようとするダイルだったが、その言葉は飛来してきた火球によって途切れてしまった

 火球を受けたダイルはその威力に吹き飛ばされたのだが……おそらくは大丈夫だろう。甲板の方で「あちちちちっ!?」という悲鳴が聞こえている以上、死んではいないだろうし

 

 そんなダイルにルィーンから一言

 

 「出落ち乙」

 

 「こらこらルィーンよ、いくら事実とてそれは心の内に秘め置くものじゃよ。いくら事実とて……な」

 

 「おいそこのガキども! 少しは心配の一つぐらいしろってんだ!」

 

 甲板から乗り出してルィーンとマギルゥを叱咤するダイル。やはり無事だった

 そんなダイルを攻撃したであろう者達は……もう分かりきっている事だろう

 

 「逃がさない……お前達は必ずこの場で討つ!」

 

 怒り心頭のテレサが聖隷二人を引き連れルィーン達の後方からやってきた

 おそらくだが、彼女の狙いはオスカーを傷つけたベルベットと港を焼いた(と勘違いしている)元凶であるルィーンだろう。最早テレサの視界にはその二人しか映っていないといっても過言ではない

 自身の大切な人を傷つけた、自身の統治する街を荒らされた……それによって、テレサが二人に対して強い怒りを露わにするのも無理はないだろう

 そんなテレサ達を前にルィーン達も臨戦態勢を取り——

 

 

 

 

 

 「——って、あんた誰よ」

 

 「今更ぁ!?」

 

 ——そこで初めてルィーンがついて来ていた事に気づいたベルベットであった

 流石に予想外だったルィーンはベルベットの方に勢いよく顔を向けて驚嘆してしまう

 

 「さっきからマギルゥと会話してたんだけど!? それでも気づかなかったんですかい姉御!?」

 

 「誰が姉御よ」

 

 「おぉ、さっきマギルゥと一緒に捕まってた子か。小さいから気づかなかったぜ」

 

 「例え俺が小さくても声は聞こえる筈なんだけど——って、お前も聞こえてなかったのかよ!?」

 

 「応! 全く聞いてなかった!」

 

 「耳にすら入ってない!? そんな堂々と言えるような事じゃねーよバァカ!」

 

 どうやらロクロウもルィーンに気づいていなかったご様子。案外影が薄いのだろうか?

 二人に何故気づかなかったのかと問い詰めるルィーンの姿は、どこか物寂しかったとかなんとか

 

 「……っ! いつまでふざけているつもりですか! 戦うのなら早々に構えなさい!」

 

 (……え? もしかして待ってたの? 戦う姿勢見せるまで待ってるのあれ?)

 

 (さっさと攻撃してこればいいものを……)

 

 ルィーン達のやり取りを見て我慢が出来なくなったのか、テレサがルィーン達を怒鳴り散らした

 それによってルィーン達の問答に終わりが訪れるのだが、わざわざ業魔と犯罪者相手に問答が終わるのを待っていたテレサにそれぞれ思うことがあるルィーンとベルベットであった

 とりあえずルィーン達は応戦する為にも武器を構えるなりして今度こそ臨戦態勢を取り始める

 ベルベットはいつでも戦えるように自然体に構え、ロクロウも己が得物である小太刀を敵に向ける。ついでと言わんばかりにルィーンも白衣の内側からクロスボウを取り出し応戦する意思を見せた

 そんなルィーンの行動を目にしたベルベットは問いかける

 

 「……あんたも戦うの?」

 

 「ダメかい? 俺にとってもあいつ等は敵だし、共闘した方がお互いの為になると思うんだけど」

 

 「急に現れた得体の知れないガキに背中なんて預けられないわよ」

 

 「ははは、そりゃそーだ」

 

 ルィーンが共闘する意思を見せた事にベルベットは怪訝な表情を浮かべながら警戒し始めた

 それも仕方がない。全く身に覚えのない他人が一緒になって戦おうとしているのだ。すぐに信用しろなんて無理な話だろう

 そのことはルィーンも自覚しているようで、カラカラと笑いながら返答する。その言動にベルベットの警戒が下がることはないのだが、ルィーンは全く気にしない

 そして、警戒するベルベットにルィーンは多少ずれている眼鏡をブリッジを押して定位置に直してから再び言葉を投げかけるのだった

 

 「信用しなくたっていいさ。信頼しなくてもいい。何せ俺は俺の目的の為にあんたを利用するつもりだからな。下手に信用されても困る」

 

 「あんたの目的? ……それが私の邪魔になるならあんたも敵よ」

 

 「そこは安心しとけ。その結果がどうあれ、聖寮をぶっ壊す事には違いないからよ」

 

 聖寮をぶっ壊す。その言葉にベルベットだけではなく、隣にいるロクロウや向かいにいるテレサも驚きに目を見開いた

 そんな突拍子の無い目的を聞かされれば驚かないわけがない。しかし、そんなことも気にせずルィーンは話し続ける

 

 「詳しい事はこの場を乗りきってから教えっけど、少なくとも……マギルゥから聞いたあんたの目的の手助けにはなっと思うぜ?」

 

 「だから仲間にしろとでも? いくらなんでも都合がよすぎるわ」

 

 「”理”から外れた者の目的なんて、大抵一致するもんだよ。それに……別に仲間だと思わなくったっていいさ」

 

 ルィーンは一度クロスボウを下ろし、ベルベットの方に顔を向ける

 その時のルィーンの表情は見た目不相応に大人びた雰囲気を感じさせ、鋭く光る眼差しから事の真剣さを伺えるだろう

 そんなルィーンの雰囲気に少し圧倒されるベルベットだが、続く言葉にベルベットは考えを改める

 

 「俺はあんたを利用する……だからあんたも俺を利用しろ。あんたの復讐の為に俺を使え。あんたが聖寮の対魔士どもに牙を向け続ける限り、俺はあんたを助力する。それだけだ」

 

 ”利用し合う関係”

 そこにはきっと信頼はない。信用もなければ仲間意識もあるかどうか定かではないだろう

 仲間じゃないから無下に扱っても構わない。裏切ったっていい、見捨てたっていい、とにかく利用するだけ利用しろ……そう言っているようなものだった

 しかしそれは、この場で共闘する理由としては十分なものだろう

 何せ、危なくなれば相手を囮にして逃げるという手段を手に入れられるのだから

 手を取り合うのもお互いの目的を成すまででいい。ルィーンから申し出た事である為、ベルベットが先に目的を成してしまえばそこまでの関係となろう。それまでの間はお互い協力し合えるはずだ

 それに、ルィーンは裏切るようなことをしないだろう。目的の為に聖寮を敵に回す意思を見せているし、スパイという可能性も薄い

 何故そんなことが分かるのか? それは……ベルベットだからこそわかることだった。何せ——

 

 

 

 ——今のルィーンがテレサに向ける瞳は……自身が仇に向けるそれと酷似しているのだから——

 

 

 

 ベルベットへのメリットが高い。デメリットとしてもルィーンが見限って離れていくぐらいであり、直接的な害はないだろう

 だからベルベットは、ルィーンの出した提案を……受け入れることにしたのだった

 

 「……いいわ。せいぜいこき使ってやるから覚悟しておきなさい」

 

 「お手柔らかに頼むぜー。例え俺が聖隷だからって理由で道具扱いされたとしても、流石に限度があるからよ」

 

 ベルベットとルィーンはお互いに不敵な笑みを交わし合う

 これで二人は”利用し合う関係”となった。この先の未来、この関係がどうなるかは定かでないにしろ、己が目的の為に動く彼女達は間違いなく聖寮の大きな障害となる事だろう

 

 そんな彼女達の初の共闘が、今始まろうとしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え? 聖隷?」

 

 「あぁ、俺は聖隷だぜ? ……因みに対魔士は殺してもいいけど聖隷はダメな? 代わりに俺が対処すっから見逃してくれ」

 

 「……はぁ!?」

 

 ……少し不安要素が残りつつも、大きな障害であることには変わりないであろう

 

 




スキットEX3 とあるトカゲ業魔の裏作業1



 港にいた対魔士達が招集された後

 ダイル
「……警備の連中は行ったみたいだな。よし、さっさと準備を済ませるか」

 倉庫に作られた抜け道からダイルが顔を出した

 ダイル
「それにしても、倉庫の炎石を爆破させるとはよく考えたもんだ」

 ダイル
「炎石の爆破は組合の連中に一泡吹かせるにはもってこいだ。ただ皆殺しにするよりも、奴らから船を奪った方が苦しむだろう」

 ダイル
「船を、港を奪われたあの野郎どもが絶望に顔を歪ませる……くははっ! なんか気分がいいぜ! それもこれもベルベット達のおかげだな!」

 ダイル
「……ベルベット達には借りが出来ちまったぜ。あのまま組合の連中に特攻を仕掛けたところで俺は死んでいた。対魔士達に無残に殺され、下手すりゃ一人も報復できねぇで狩られていたかもしれねぇ」

 ダイル
「それが今では復讐する事も出来て命も助かる。……こんな作戦、とてもじゃねぇが俺には思いつく事も出来やしなかっただろう」

 ダイル
「ホント感謝してもしきれねぇ。せめて恩を返してぇところだが……俺なんかに出来る事なんてそうそうねぇんだよなぁ……」

 ダイル
「……だからこそ、ベルベット達は必ず俺が逃がして見せる! これでも俺は航海士だ。業魔になろうと、トカゲになろうと変わらねぇ!」

 ダイル
「あいつ等は船を動かすことが出来ねぇから俺を頼ったんだ。頼ってくれたんだ。こんな不良船乗りを、しかも業魔になっちまった俺を……」

 ダイル
「——なら、期待に応えてこそ男ってもんだろう!」

 ダイル
「待ってろよベルベット! ロクロウ! さっさと仕掛けを済ませてあんた等を目的の場所まで連れてってやる!」

 ダイル
「それが、トカゲの恩返しだ! ……まあ、準備中に見られようが逃げやしねーがな。がははは!」

 意気揚々と準備に取りかかるダイルであった










 ダイル
「はあ!? なんで生餌の箱に俺の尻尾が入ってやがる!? 餌にでもするつもりだったのかあのクソッタレども!」



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六話 ルィーンの”信念”

メガネ愛好者です

おそらく今回でヘラヴィーサ編は終了です
ルィーンの術技が少しずつ公開されていきます
一応簡素な説明を後書きに載せます。後日ルィーンのプロフィールを作る予定ですので詳しくはそちらで

それでは


 

 

 まず、最初に動いたのはベルベットだった

 右腕に仕込んだ刺突刃を手を振りぬいて引き出し、その切っ先をテレサに向けながら駆け抜ける

 しかし、ベルベットがテレサに迫る間にも片割れの聖隷二人——一号と二号が聖隷術の詠唱を始めている。詠唱速度からしておそらくはベルベットがテレサへと辿り着く前に発動してしまう事だろう

 ——しかし、勿論の事相手の行動を妨害する者は現れてくる。何せ今は3対3の状況なのだから

 

 「左の方頼むよ」

 

 「任せろっ!」

 

 「あ、でも殺しちゃダメな? もしも斬ったら……殺すぞ♪」

 

 「お、おう……」

 

 一号と二号の聖隷術を妨害する為にルィーンとロクロウが行動に移るのだった。その時にロクロウへと警告したルィーンの表情は、ロクロウが少し委縮するほどにゾッとしたとかしなかったとか

 ルィーンはテレサの右にいる二号の詠唱を妨害する為にクロスボウに装填したボルトを放ち、ロクロウはベルベットに矛先が向かわぬよう一号へと急接近した

 ルィーンが放ったボルトを二号は反射的に体を捻る事で避けるのだが、避けたことで詠唱が中断され術を発動することに失敗してしまう

 一方、一号は聖隷術を問題なく発動し、光と闇の球が交じり合いながら直進する攻撃術”シェイドブライト”をベルベットに向けて放つのだが……

 

 「……!?」

 

 「ま、まじか……」

 

 ”シェイドブライト”は一号とベルベットの間に割り込んだロクロウによって防がれてしまうのだが……その時に見せたロクロウの防ぎ方に一号とルィーンは驚きに目を疑ってしまった

 

 

 ロクロウはなんと、一号が放った”シェイドブライト”を両手の小太刀を十字に振るって切り裂いたのだ

 

 

 流石は業魔……なのであろうか?

 普通は聖隷術を斬り裂こうなどと考えるような奴はいない。聖隷術はいわば霊力の塊であり、エレルギー物質とも言える力の源だ

 それを目視することは出来れど触れることは容易ではない。簡単に例えるのなら空気を掴めと言っているようなものなのだ

 しかしそれをロクロウは——

 

 「おお、案外やれるもんだな」

 

 ——初の試みで成功させてしまったようだ

 これには心を閉ざされている一号も反応を示してしまい、次の術を発動させるまでの間に僅かな怯みが生じさせてしまうのだった

 

 

 

 

 

 「はあっ!」

 

 「くっ……!」

 

 そして、聖隷二人を妨害したことでベルベットの刃はテレサを捉えるのだった

 しかしそこは一等対魔士、すぐさま自身が持つ錫杖を自身と相手の間に滑り込ませることでベルベットの斬撃を錫杖の柄で防ぐ

 

 だが、流石に接近してしまえばベルベットの方に分があるようだ

 

 ベルベットは右腕の刺突刃が防がれたことを瞬時に確認した瞬間、錫杖につば競り合う刺突刃に力を込めて無理矢理弾き返す

 更に、弾き返したときの勢いを生かして今度は蹴りを放つのであった

 

 「飛燕連脚(ひえんれんきゃく)ッ!」

 

 「あうっ!?」

 

 蹴り上げ、蹴り落としによる二連撃の蹴りはテレサの懐に深く入り、二連撃目でテレサを大きく後退させた

 そしてテレサが後退した隙も逃すまいとベルベットは再び距離を詰めて追撃しようとする

 

 「舐めないでください!」

 

 「ちっ……!」

 

 しかし、テレサは錫杖に霊力を流すことで追撃を阻止する。霊力操作によって自由自在に操る錫杖を高速回転させ、それをベルベットに向ける事で迎え撃ったのだ

 さながらそれはブーメランのような動きをしてベルベットに襲いかかり、その隙にテレサは一旦距離を置く

 テレサの得意とする戦術は聖隷術による後方射撃だ。接近戦闘も出来ないことはないのだが、接近戦を主にしている者達からすれば護身の域でしかない

 故に錫杖での攻撃は牽制に過ぎず、相手が怯んでいるうちに聖隷術を叩きこむ。それがテレサの戦闘スタイルなのだ

 

 だからこそ、今の状況は不利でしかなかった。何せ、テレサ側には近接格闘に秀でた者がいないのだから

 相手が理性の無い業魔であれば、本能的な行動の隙を伺って術を発動する事も出来るだろう

 しかし今の相手は知性を持っている。相手に付け入る隙などそうそう与えるわけがないだろう

 

 ベルベットの猛攻に、テレサは防戦一方になるしかなかったのだ

 

 

 

 

 

 その間にもルィーン達と聖隷達の攻防が繰り広げられていた

 

 「風迅剣(ふうじんけん)!」

 

 「ぐぅっ!?」

 

 「——あ! こらロクロウ! 斬っちゃダメだろーが!」

 

 「安心しろ! 峰打ちだ!」

 

 「突きに峰打ちとかあるんですかねぇ!?」

 

 一号が怯んだ隙を狙ってロクロウは一気に間合いを詰めながら鋭い突きを放つ。その突きにはどういった原理か真空波をまとっており、おそらくその真空波によって一号を吹き飛ばしたのだろう。だから斬ってない

 だが、周囲から見れば突き刺しているようにしか見えない訳であり、二号の相手をしていたルィーンはつい反応してしまう

 その間に二号は今度こそ術を発動させたのだった。一号と同じく詠唱時間の短い”シェイドブライト”をルィーンに向けて放ち、すぐさま次の詠唱に入り始める

 しかしその”シェイドブライト”にルィーンは気づいていたのだろう。何の苦も無くヒラリと交わせば、二号が再び聖隷術の詠唱を始めていたので……その聖隷術の魔法陣に目を向けた

 

 (次は火属性か……シェイドブライトが使えるんだし、無属性が混じってる可能性もある、か……)

 

 聖隷術には特徴がある

 主に無・火・水・風・土の五つの属性が存在しており、それぞれに白・赤・青・緑・黄の五色に分かれている

 また、他にも属性を混合させたことで色が変わる事もある為、五色だけとは限らない

 そんな属性の色なのだが、それが顕著に表れるのが発動時に展開される魔法陣なのだ

 それぞれ発動する属性によって魔法陣の色は決まり、そこから外れる事はまずありえない。色を偽り違う属性にすることは不可能なのだ。対応する属性の色を変えようなど構築式が成り立たず、不発するか……最悪、術が暴走するだろう

 だからこそ、下手に術式を弄ろうとしない限りは正規の色に合った属性で間違いないのだ

 その為、どのような聖隷術を発動するか知るのに一番簡単な判断方が詠唱中に展開される魔法陣の色なのだ。少なくともどんな属性の聖隷術が来るかは確実に判断できる

 だからルィーンは聖隷の相手をする場合、まず始めに相手の聖隷術によって展開される魔法陣の色を見るのだ。そこから発動される聖隷術を予測し対処する事で自身のペースに持ちこんていく。それがルィーンの戦闘スタイルだ

 それに聖隷術は相手の得意な属性で使えるものが決まってくる。判断方法は他にもあるが、相手が何の属性かを判断するにはうってつけなのだ

 今のルィーンの予想では、一号と二号はどちらとも無属性の聖隷だろう。彼らが最初に使おうとしていた聖隷術はどちらとも白色だったのだから、おそらくは合っている筈だ

 

 そして、勿論の事ではあるが……ルィーンは相手の詠唱中、事が終わるまで棒立ちしているようなことはしない

 

 「ランダムラプチャー!」 

 

 ルィーンは二号の魔法陣を見て判断するなり懐から握り拳ほどもある何かの種を取り出して二号に投げつけた

 その種は二号の方に向かって真っすぐ飛ぶのだが、飛距離が足りずに手前で落ちてしまう

 しかし、その種が地面に落ちた瞬間——

 

 

  ——パアァァァンッ!!

 

 

 「っ!?」

 

 ——大きな破裂音と共に衝撃が走った

 どうやら”ラプチャー(破裂)”と名付けるほどの事はあるようで、弾けた種はまるで空気の塊を詰め込んでいたかのような衝撃を辺りに解き放ったのだ

 手前に落ちたとはいえ、その衝撃は人を吹き飛ばすには十分な威力を秘めていたようで、直撃ではないものの二号は軽く後退するように吹き飛んだ

 そして、二号が吹き飛んだのを見てルィーンは追撃する

 破裂の衝撃に二号はなんとか立ち上がりはすれど、遠目からでもわかるほどに頭を押さえて体が揺れている。どうやら種の破裂音が頭に響いて平衡感覚を失っているようだ

 

 ルィーンは周囲を確認する

 ベルベットとテレサの攻防は未だに続いており、ベルベットの猛攻にテレサは後退しつつ応戦していた

 その時のベルベットの表情からは一切の慈悲を感じさせず、まさに相手を狩るだけの殺戮マシーンと化している。テレサはそんなベルベットに恐怖を抱いているのか少し怯えた表情をしていた

 そんな二人の距離は、テレサが放つ錫杖によってある程度の距離が保たれていた

 

 ロクロウの方は丁度一号を倒したところのようで、ベルベットの加勢をしようと介入するタイミングを見計らっていた

 仰向けに倒れている一号の様子を見るに、どうやら気絶させるだけに留めてくれたみたいだ。微かに上下する腹部から一号が気を失っているだけなのがよくわかる

 

 そして戦闘に参加していないマギルゥとダイルはというと、既に出港する準備を済ませて身を潜めていた。おそらくは全員が乗ればすぐに船は沖に出られる事だろう

 

 潮時か……そう考えたルィーンは聖隷術を詠唱しながらロクロウに合図を送る

 

 「——ロクロウ、ベルベットに撤退するよう言ってきて。そろそろ援軍とか来そうだし、少しデカいのぶつけて隙つくっから逃げるよ」

 

 「了解した!」

 

 ルィーンの言葉に頷いたロクロウはベルベットとテレサの戦闘に介入する為に駆け始めた

 あらかじめ頃合いを見計らっていたのもあり、すぐさま行動に移ったロクロウの刃はベルベットに集中して気を割くことが出来ないテレサを捉える——

 

 

 

 

 

  ——ガキンッ!

 

 「——まさかあなた達が業魔だったとは……ッ!」

 

 「あんたは……!?」

 

 ——ことはなかった

 テレサに接近したロクロウの前に一人の対魔士が現れる

 二股の槍を構える赤毛の髪の少女はロクロウの介入を拒み、更には聖隷を一度に二人召喚した

 一人は気を失っている一号の傍に駆けつけ、もう一人はベルベットの猛攻を止める為に聖隷術による火球を放つ

 ベルベットは咄嗟に火球を防いだが、テレサとの距離が離れてしまった。まあルィーンとしては丁度良かったことではあるが

 ロクロウも後ろに後退することで赤毛の対魔士から距離を置く、すると自然にベルベット達とテレサ達の間に距離が置かれることになったのだった

 

 テレサと赤毛の対魔士、それに聖隷が四人となった今、明らかにルィーン達の分が悪い……

 

 

 

 

 

 しかしルィーンにしてみれば

 

 (二対同時使役……一等対魔士か。まあそれでも——)

 

 少し駆けつけるのが遅かった事が否めない

 

 

 「苛烈なる蒸気、噴き焦がすは——『レイジングミスト』!」

 

 

 ベルベットとロクロウが離れた事でルィーンは気兼ねなく聖隷術を発動させた

 テレサと赤毛の対魔士達を中心に、その足元の大地から高熱の蒸気が噴き出し始める

 その噴き出す蒸気の熱にテレサ達は行く手を阻まれベルベット達に近づけない。それを確認したルィーンはベルベット達に撤退を告げるのだった

 

 「今は逃げよう? 別に、絶対対魔士達を殺さないといけない訳じゃないし……いちいち相手するのもアレだろ?」

 

 「そうね。よくやったわ……えぇと……」

 

 「……あぁ、そういえばまだ自己紹介がまだだったな。俺の名前はルィーン、さっき言ったように聖隷だ」

 

 「そう。……そっちは知ってるようだけど、ベルベットよ」

 

 「あぁ、口の軽い魔女から聞いてるよ」

 

 「やっぱりか……」

 

 テレサ達がこちらに来れないことをしり目にルィーンとベルベットは改めて名乗り合う

 更にベルベットがルィーンの言葉に出てきた魔女を忌々しげに睨んでいる間に、ルィーンはロクロウとも簡素に名乗りを済ませるのであった。名前を告げての「よろしく」だけだったが、今はそれだけで十分だろう

 

 そして、さっさとこの場から逃れる為にルィーン達は船へ乗り込もうとした時——それは告げられた

 

 

 

 

 

 「……一等対魔士の名において命じます。奴らを逃がすな! 行きなさい二号っ!」

 

 その命令が意味することは……特攻だった

 未だ気を失っている一号に代わり、テレサは二号へと命令を下す

 

 

 ——噴き出す蒸気を無視して突っ込めと

 

 

 「ぐぅぅぅぅぅっ!!」

 

 「……え?」

 

 高熱の蒸気に触れれば火傷する。それは常識だろう

 だからこそ攻撃手段として成り立つし、敵も下手に触れようとは思わないはずだった

 

 しかし、聖寮の対魔士からすれば聖隷は道具だ。怪我しようが火傷しようが構わない、目的の為ならなんだってさせる……

 

 だから二号を、火傷覚悟に蒸気の壁を越えさせたのだ

 

 そのことに船へ乗り込もうとしていたルィーンは呆けてしまい、足を止めてしまう

 そして蒸気によって少し焼け爛れた皮膚をチラつかせつつ、二号は掌に火球を生み出しながら突っ込んでくる

 そんな二号の行動に意図を察したマギルゥから声が上がった

 

 「ルィーンよ! そやつ自爆する気じゃぞ!」

 

 「な……っ! 何やってんだよお前っ!」

 

 マギルゥの声にルィーンは意識を戻し、瞬時に状況を理解する。おそらくテレサは二号に自爆を命じたのだ

 

 ——ベルベット達が乗る船を爆破する為に

 

 そうすればベルベット達は海へ逃げることが出来なくなり、逆に袋のネズミと化す

 いくらベルベット達が強かろうが一等対魔士二人の後ろには二等対魔士が数多く控えている。それら全てを振り切って逃走など現実的ではない

 それに、聖寮の本部があるミッドガンド領に行くには船を使わざるを得ない為、今ここで船を失うわけにもいかないのだ。他の船を燃やした以上、次の船を狙う機会がいつになるか分かったものではない

 その上で聖寮側の警戒も厳重になるだろう。それでは今度、思うようには動けない

 だから二号に自爆をさせるわけにはいかないと誰もが思う事だろう。現にルィーンもその思考には至っている

 

 しかし、ルィーンにはそれ以上の理由があった。爆破させる訳にはいかない理由があったのだ

 

 

 

 「俺の目の前で心にもない自爆なんかしようとすんじゃねえっ!!」

 

 

 

 ルィーンは聖隷を見殺しにするようなことをしない。救える可能性があるのなら救う選択肢以外はあり得ない……それがルィーンの”信念”だった

 

 

 

 

 

 今や多くの聖隷が心を消され、道具と化しているこの世界の現状にルィーンは納得していない。納得するわけがない

 ”あいつ”の”理想”から外れた今の現状を、ルィーンは認める気が一切なかったのだ

 ”あいつ”が求めた”理想”はこんな世界じゃない。”あいつ”の”理想”を汚すんじゃないと、ルィーンは心の内で密かに怒りを溜め込んでいる

 だからルィーンは目の前で明確に行われている聖隷の道具としての扱いに腹が立って仕方がない

 道具のような扱いをする対魔士への怒り。内に秘めるその激情の片鱗をルィーンは表に出しつつ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「裂想蹴(れっそうしゅう)!」

 

 「——おぐぅ!?」

 

 (うわぁ……えっぐ……)

 

 ——自爆する為に駆け寄ってきた二号の腹部へとヤクザキックを放つのであった

 

 ……別に聖隷に暴力を与えない訳ではない。そんなこと一言も言ってないとでも言わんばかりの鬼畜の所業

 そんなルィーンの行動にドン引きするマギルゥ達なのであった……

 

 




術技紹介

 奥義

『射閃』(しゃせん)
・クロスボウから霊力を帯びているボルトを放つ。霊力の調整次第で非殺傷にも出来るらしい

『裂想蹴』(れっそうしゅう)
・所謂ヤクザキック。クロスボウに似た武器を持つ”彼”とは何かと共通点のあるルィーンだが、特に関係は無い。そもそもあっちは”翡翠色”でこっちは”深緑色”だし


 聖隷術

『レイジングミスト』
・高熱の蒸気を大地から噴き出す。範囲が広く、相手の行く手を阻むことにも役立つ上に視界を曇らせる事も可能


 ブレイクスキル『ランダムラプチャー』
ルィーンの力を宿した拳程の大きさの種を投げつける
その種にはスタンやマヒ、火傷、鈍足、猛毒、疲労、石化等の多種多様の状態異常効果が秘められており、その上効力が高い。当たれば確実に状態異常に陥るだろう
発現する状態異常の効果は完全にランダムだ
たまに回復効果を発揮する場合もあるため使いどころには要注意

……実は”ルィーンボム”と名付けたかった
眼鏡に緑色の髪、術特化型でボムに自身の名前を付ける女性と言えば……わかりますかね?



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七話 これで一歩前進したが……

どうも、メガネ愛好者です

キャラの詳細を作っていたのですが、投稿する為の文字数が足りないという悲劇が……
何かしら肉付けしなければ……

それでは


 

 

 ——ヘラヴィーサ沖・強奪船——

 

 

 

 結果から言うと、ルィーン達は無事に逃げ果せることに成功した

 今や燃え盛るヘラヴィーサの街も見えなくなる程遠ざかり、火災による騒動も聞こえなくなってきた

 周囲を見渡しても聖寮の船などが確認できないことから、追手が向かってきている様子もない。一先ずの危機が通り過ぎた事により、船に乗り込んだ者達は一部を除いて一息つくのだった

 

 そんな彼女達を乗せた船の甲板にて……少し問題が発生していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんで連れてきたわけ?」

 

 「いやーあはは……わっかんねぇ……」

 

 「……」

 

 ある程度ヘラヴィーサから離れた辺りで、ルィーンは鋭い目つきで睨んでくるベルベットにどう言い訳しようかと悩んでいた。——ルィーンの傍にいる”二号”を連れてきた訳を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、二号を蹴り飛ばしたルィーンはすぐさま船に乗ろうとした

 何せ二号が自爆特攻を仕掛けてきた時点でベルベットはダイルに出航させるよう指示を出していたのだ。流石にルィーンも焦っていた

 ここで乗せてもらえなかったらこの場に集まる対魔士全員をルィーン一人で相手しなければいけなくなる……それは流石にルィーン一人で相手取ることなど出来やしない

 多勢に無勢。そもそも戦うこと事態あまり得意な方でもないルィーンにとって、一対多の戦闘など願い下げだ

 

 それらの理由をふまえ、ルィーンは徐々に加速している船に飛び移ろうとする

 ……のだが、そこでルィーンは不意に二号の方に視線を送ってしまった

 

 元はといえば自分のせいだが、テレサの命令により高熱の蒸気の壁を無理に突破してきた二号の体には火傷の跡が残っていた

 更には”ランダムラプチャー”によって吹き飛ばされたときに負ったであろう手傷が火傷のせいで悪化していたのだ。その姿は何とも痛ましい

 ルィーン自身殺すつもりで戦っていた訳ではなかったので重症と言えるような傷は追っていないが、それらの要因で二号は戦う前の姿と比べてボロボロになっているのは明確だった

 

 そんなボロボロの姿の少年が腹部を押さえて蹲っている……

 

 

 

 

 

 ここで一つ、ルィーンの一面について紹介しよう

 ルィーンは目的の為なら何でも利用しようとするし、えげつない行為をする事も躊躇わないようにしているのは間違いない

 

 

 ——しかし、その一方で彼女自身の感情は割と素直でもあった

 

 

 楽しそうなら面白くなるように行動するし、悲しかったら泣きもする

 怒りが沸けば暴れるし、どうでもいい事ならとことん興味を示さない

 全て自身の気持ち次第でどうするかを決め、自身の感情のままに目的を果たすよう行動する。それがルィーンという聖隷の一面だった

 要は気分屋なのだが、だからと言って自身の目的を違えようなどとは絶対に考えないので、全て感情のままに行動するというわけではないのだが……

 

 

 

 

 

 そんな自身の感情に素直なルィーンは、二号の姿を見て何を思ったのか――二号を担いで船に乗り込んだのだ

 二号を担いで船に乗り込んだルィーンを見てベルベット達は驚きに目を見開いたのは言うまでもない。何せルィーンが連れてきたのは対魔士の(しもべ)であり、明確な敵なのだ。そのようなものを連れてくるなど何を考えているのだと思わずにはいられなかった

 

 そして現在、ルィーンは傷ついた二号に回復術で火傷などを治しながらベルベットを説得しようと試みている

 最早今のルィーンに二号を見捨てるなどという選択肢はなかった。せっかく対魔士から引き剥がせたのだから、このまま二号を自由の身にしたかったのだ

 二号の為にも、ルィーンが抱くその想いをベルベットに伝えようと説得を試みる。未だ警戒を解かないベルベットが受け入れてくれることを願って……

 

 因みにベルベット以外の者達は、ルィーンが二号を連れてきたことにはそこまで気にしていなかった

 ロクロウはその持ち前の寛容さですぐに受け入れ、マギルゥはルィーンの行動をただ面白がるばかり、ダイルは二号の見た目が子供だった事もあってそこまで邪険にすることが出来ないといったところだ

 

 「大丈夫だよベルベット。対魔士から離れた以上、契約者の命令さえなければ敵対しようなんて考えないはずだから」

 

 「それはどうかしら。事前に命令とやらをされていれば、今この瞬間にも自爆するかもしれないわよ」

 

 「心が無い以上、自身で物事を考えることが出来ない聖隷に自爆するタイミングなんて謀れねーよ。もし命令されてるんだったらとっくの昔にドカンと吹き飛んでる」

 

 ルィーンの言い分にベルベットは強く否定できないでいた

 確かにベルベットから見ても、二号にそのような器用なまねが出来るとは思えなかった

 何せベルベットの常識でいうと、聖隷は”意思を持たない道具”なのだ。それは目の前の二号にも当てはまる

 現に二号はテレサに使役されていた訳であり、その扱いもまさに道具のそれだった

 反論することもせず、ただ命令に忠実な操り人形である二号。逆に言えば、命令が無ければ自ら行動しようともしないはずだ

 ―—まあ、だからと言って納得するほどベルベットは許容のある人物ではないのだが

 

 「ヘラヴィーサに来る前、その子は単独で街の外を出歩いていた。単独で動いていたぐらいなんだから、ある程度は自分で考えることが出来る筈よ。それこそ自爆のタイミングを謀るぐらいには――」

 

 「もし自分で考える事が出来るんだったら流石のこの子も道具扱いは嫌だろ? 聖隷だって生きてるんだから道具扱いなんて気分がいいもんじゃねえ。……だからもし、この子が心を持った上で街の外に一人で出たんなら……そのまま街に戻らず逃げる筈だよ」

 

 「それは……」

 

 誰だって道具のように扱われることなど望まない。例え人間と聖隷の思考が異なろうとも、自身の意思を蔑ろにするような行為は拒んで当然だとルィーンはベルベットに言っているのだ

 それにベルベットは言葉を詰まらせる

 現に目の前のルィーンは聖隷であるにも関わらず、心を持った上で自身の意思で行動している

 聖隷術を単身で行使した事が聖隷である証明でもある為、ルィーンが聖隷であることは間違いない

 そんなルィーンも多少変わった奴ではあれど、言動事態は人間のそれと変わらない……そうベルベットは理解してしまったからこそ、ルィーンの言葉を否定できなかったのだった

 

 それでもまだベルベットは食い下がる。今度は違う方面から……

 

 「……そもそも、どちらかと言えば私はあんたの方が信用ならない。言動から怪しさ満点だし、あんたが聖隷だって言う時点で聖寮側のスパイだってことも考えられるわ」

 

 「それは……確かに俺は聖寮のもんじゃないなんて証明は出来ないけど……まあ、大目に見てくんねーかな? ははは……」

 

 自分が聖寮のスパイではないという証拠など見せられないルィーンにとっては何とも答えづらい問いかけだった。そんなルィーンの反応を見て、ようやく一本取ったとでも言わんばかりに少し満足そうな雰囲気を漂わせるベルベットなのだった

 

 確かに自分の目的はベルベットに告げはした。だがそれで信じてくれるとはルィーンも最初から思っていない。そもそも信じなくていいと言ってる時点でベルベットの信用を得ようとはルィーンもそこまで考えてはいない

 しかし、二号を連れて来たことで疑惑を深める形になってしまったのは想定外と言えよう。見過ごしておくことが出来なかったとはいえ、自身の言動によって疑われてしまっては今後の関係に支障をきたしてしまう

 だからと言って、今更二号を見捨てることなんてルィーンには出来やしない。そんなことをしてしまえば自身の行動が無意味に終わってしまう

 さて、どうしたものかと回復術を行使し続けながらルィーンは打開策を編み出そうと模索する。ベルベットが納得し、二号を受け入れてくれる方法を……

 

 そんなルィーンの様子を見たベルベットはというと――

 

 「……はぁ、もういい。その子の術は役に立ちそうだし、意思が無いなら好都合。利用出来るだけ利用させてもらうわよ」

 

 「……あれ? いいのか?」

 

 「今更どうしようも出来ないでしょ。結果としてはあのテレサっていう対魔士から戦力を削ぐことが出来た訳だし、それに……」

 

 「それに……なんだ?」

 

 「……なんでもないわよ」

 

 「……とりあえず、ありがとな。やっぱり同族を助けられた……と言えるかはわかんねーけど、聖隷を道具扱いする対魔士から引き剥がせたのは素直に嬉しいからさ。お礼は言っとくよ」

 

 「……」

 

 ルィーンが対処法を考えていると、なんとベルベットが先程までとは打って変わって二号を受け入れ始めたのだった

 一変したベルベットの言動が気になったルィーンはどうしたのかと問い返してみたのだが、最後に何とも意味深げな言葉を漂わせたことで余計に気になってしまう返答となってしまう

 しかし、ベルベットの雰囲気からしてあまり触れられてほしくなさそうな感じだった事は感じ取った為、彼女の機嫌を損ねない為にもルィーンは感謝の念だけ伝えることにしたのであった

 

 そしてベルベットは一旦その場を離れて他の皆の様子を確認しにいった

 周囲の状況が気になったというのもあるし、先ほどからロクロウ辺りが忙しなく動いているのだ。帆のロープを結んだり、荷物を固定したりと明らかに一人でやる作業ではない

 ダイルは操船で手が離せないし、ルィーンは未だに二号の治療中、マギルゥはそもそも手伝う気がないのか近くで暇を持て余している

 

 そうしてベルベットがルィーンから離れている間、ルィーンは二号の体に火傷などの傷が残らないよう念入りに回復術をかけ続ける

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……ホントによかった。()()()()術を取りやめるのは少々まずいからな、ベルベットがこの子を受け入れてくれて助かったよ)

 

 ——回復術と並行して、二号が心が消えた原因となる力を解析するのであった

 ルィーンは確かに回復術をかけている。しかしその裏では回復術に隠れて”解析術”を二号に使っていたのだ

 

 聖隷術に関して疎いであろうベルベットでは気づくことが出来なかっただろう。しかし、見る者が見ればわかる事がある

 

 ——明らかに()()()()()()()()()――

 

 確かに傷を残さないようしっかりと術をかけているというのもあるが、それにしては進みが遅い。——それこそ違う作業を同時に行っているほどに

 その原因こそが解析術だ

 未知の力の解析には多少の時間を要してしまう。その間、ただ解析するだけで終わらせるのも勿体無い。場合にもよるが、あまり気づかれたくない事である為ルィーンはこうして回復術に隠して行使することにしたのだった

 

 別に初めから解析が目的だった訳じゃない。確かに最初は回復するのが目的だったのだ

 だが思い出してほしい。ルィーンが掲げる目的を

 彼女の目的の一つは”聖隷を聖寮から解放すること”だ。その為に必要となることは数多く存在する

 何も対魔士を殺せば万事解決という訳ではない。結局は聖隷の心が解放されなければ意味を成さないのだ

 

 だからルィーンは実際に心を失っている二号の体を解析することで、心を解放させる術を編み出そうと考えたのだ。——その先に聖隷達が救われることを信じて

 

 (もうすぐで原因の起点だ。その原因の仕組みさえわかれば解呪法も見い出せる…………よし! 捉えたぞ!)

 

 数分の解析の後、ようやく心を縛り付けている原因まで解析が進んだルィーンは内心で歓喜する

 原因さえわかってしまえば後はルィーンの独壇場だ。新たな術式を構築してその原因を取り除く術を創り上げるだけになる

 今までにも心を失った聖隷とは出会っているものの、そのほとんどが聖寮の対魔士に使役されている者達ばかりだったから例え対面しても皆が皆襲いかかって来るので解析する暇なんてなかった。しかし、今はゆっくりと解析、構築する時間がある。そう考えると今回二号を連れて来たのは僥倖と言えよう

 これで聖隷を自由にすることが出来る……そう思ったルィーンは意気揚々と解呪法を編み出そうと原因を調べ——動きを止めた

 

 (……これって……やっぱり……)

 

 ルィーンはその原因を調べ上げた事で、それがどういった力なのかを理解する。聖隷から心を消した者の正体を自身の記憶から導き出したのだ

 ルィーンにとってその者にはあまり良い印象を抱いていない。……寧ろルィーンにとっては最悪でしかなかった。何せそいつは——

 

 (……っ、いけね、今はそんなこと考えてる暇はないんだった。とにかく原因は分かった以上、解呪法もすぐに作れるだろうし……よし、この子に試してみるか)

 

 ルィーンは一旦自身が思い浮かべた存在を頭の隅に追いやり、手始めに二号の心を解放するための術式を編み出し始める

 長い年月を術の開発に費やしてきたルィーンとしては即席で術を創り上げることなど造作もない。……実用性があるかは置いておくとしてもだ

 

 そうしてルィーンは短時間の間に聖隷の心を確実に解放するための術式を創り上げた

 誓約のように条件を課して術の成功率を上げることでその術式は完成する。まだ改善の余地はあるものの、二号の心を解き放つには十分な効力を発揮出来るまでに仕上がったのだった

 

 (”相手が無抵抗かつ生命活動に異常をきたしていない場合に限る”……まあこんなところだろ。確実性を下げて失敗し、その挙句に心を壊してしまったなんて目も当てられねーしな。……よし、やるか)

 

 ルィーンは術式が正常に仕上がったことを確認し、回復術を止めてから創り上げた術を行使する

 一応周囲の状況を確認した上で術を行使する。ベルベット辺りに見られればまた疑われかねないし、そこは慎重に行うことにした

 

 そしてルィーンが創り上げた術式は正常に効力を発揮したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「……あれ?」

 

 ——しかし、二号に目立った変化が現れることはなかった

 

 術式は成功した。確かに二号を縛る原因の力は取り除いたのは確認できたのだ

 そして取り除いた結果、二号は……何も変わらなかった

 

 未だに虚ろな瞳で正面を見続ける二号。その瞳には何も映っていない

 自ら動こうとする気配が無いどころか、発動前から何一つ変わらないかのような立ち振る舞い

 それにルィーンは目に見えて困惑する。なぜ何も変化が無いのかと

 

 ——術式を間違った? ……いや、それはあり得ない

 術は確実に成功した。現に二号の体からは原因となる力が消え去っているし、失敗であれば何かしらの影響が体に現れる筈だ

 それでは何故何も変化が無いのか? 考えても考えても確証の無い理論ばかりが並んでいく

 

 

 そして……ルィーンは一つの答えに思い至ったのだった 

 

 

 (……まさか。この子は元から……心が、無い?)

 

 

 今考えられる選択肢において、それが一番有力な結論だった

 そもそも心が無ければ、心を消し去る力も意味を成さない。何せ縛るもの()が無いのだから、心を消されても意味が無いのだ

 そして、更にそこからルィーンは考察を深めていく。何故心が無いのか? そもそも心が無い状況にどうやったら陥るのか?

 考えられることは——

 

 

 

 (——この世に生まれた時点で心を縛られていた……?)

 

 そもそも聖隷は、清浄な霊力が集まった末に生まれ出でる存在だ

 大半の聖隷は”穢れ”の無い清らかな霊力場にて自然発生する

 そして、稀に人間から聖隷に転生する者も存在する。その者達のほとんどは生前の記憶を維持しておらず、まさに”生まれたままの姿”ということになる

 そこから周囲の状況に適応していき、やがては心を確立していくものなのだ

 

 ——しかし、もしもその過程で心が育つことを妨害されてしまえば?

 

 それがまさに今の二号の状態なのではないだろうか? 心が確立する前に心を持つことが出来なくなれば、このようになってもおかしい話ではない

 

 だがそこで、ルィーンは一つの疑問に悩まされる

 

 (聖隷が心を消されたのは三年前だ。それからは再び聖隷の心を奪うような事例はない筈……そうなると、この子は()()()()()()()()()()()()()()()ことにならないか?)

 

 心が確立するのなんて数ヶ月もあれば事足りる筈だ。それからは長い年月をかけて精神が鍛え上げられて行く為、心に変動はありはしないはず

 

 そうなると二号は、聖隷が心を消された日に生まれた事にならないだろうか?

 

 奇しくも聖隷達の心が消された日に誕生した存在……何かしらの関係性がありそうだ

 もしかしたらこの子は”アレ”に関わりのある存在なのかもしれない……もしそうだったとしたら、ルィーンは二号を——

 

 (……考えるのはよそう。今は心を解放する術を手に入れたことを喜べばいい……それに、心を縛る原因を取り除いたんだ。これからこの子は感情を抱いていくはずだから、そうなれば他の聖隷と何ら変わらない子になる筈だ)

 

 ルィーンはあまり想像したくもない未来を多い浮かべ、その瞬間すぐに首を振って思い至った考えを吹き飛ばす

 

 

 

 初めて助けた聖隷なんだ。今はただ、それだけを考えて喜べばいい……

 

 

 

 ルィーンは二号の様子を伺いながら、重い感情を引き上げようと空を見上げる

 しかし、空は不吉を漂わすかのように暗い雲で覆われていたのであった……

 

 




スキットEX4 魔女は見た



 マギルゥ
「……ルィーンめ、なかなかに器用な真似をしおるな」

 マギルゥ
「術に隠して別の術を……”多重詠唱”と言ったところか。流石の儂でも出来るかどうか……」

 マギルゥ
「それにしても……あれはお師さんが創り上げた術式とは異なる。独自に作り上げたものか?」

 マギルゥ
「しかも術の行使と同時に新たな術式を構築するなど、一歩間違えれば術式が暴走するぞえ。器用で済ませる範疇に収まらんぞ」

 マギルゥ
「だがあやつはそれを安定させた上で発動しておる。……あれ程の高度な技術を持つ聖隷、お師さんが知らぬわけがない」

 マギルゥ
「……もしや見逃している? ……いや、ありえん。”理”の為なら非情な選択も辞さないお師さんが見逃す筈が無い」

 マギルゥ
「しかし……儂がお師さんの元にいた際にはあのような術式を使った覚えが無いのも事実」

 マギルゥ
「何やら謎だらけの奴じゃのー。樹の聖隷であり、高度な術式を操る異端の存在」

 マギルゥ
「これからあやつはどのような道を選び、進み、踏み外すのか……何とも楽しみじゃわい」

 マギルゥ
「せいぜいベルベット同様、儂を楽しませておくれよ? ルィーンよ……」

 マギルゥ
「……ま、あやつらがどうなろうが儂にはどーでもいいことなんじゃがの~♪」




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八話 聖寮の次は海賊ですか

どうも、メガネ愛好者です

ようやくアイゼンが出せるひゃっほう
後、何気にロクロウよりもダイルの方が出番が多い気がしてならない……
別にロクロウは嫌いじゃないですよ? むしろ好きです。ただルィーンと絡む状況が共に心水を飲むことしか思いつかないという……ね?

因みに原作とは異なる変化があります。主にフィー(二号)関係で

それでは


 

 

 二号の心の枷を解いてから数分後、ルィーン達の元にベルベットが戻ってきた

 皆の様子はどうだったかを問いかけてみれば、概ね予想通りの返答が返ってくる

 ロクロウとダイルはやはり一人で作業するには手が足りないと口々に述べ、マギルゥは一人のんびりと海を眺めていたという

 その話の中でルィーンは気になることがあった

 

 

 それは、ダイルがミッドガンドまでの航路の事で何か考えていたことだ

 

 

 話の流れから人員の事だろうと考えたベルベットは特に気にしなかったようだが、ルィーンはダイルの含みのある言葉に”ある施設”を思い出していた

 その事で一度ダイルに話を聞くことにしたルィーンは、ベルベットに二号の相手を任せて一旦ダイルの元に行くことにした

 その時にベルベットが「なんで私が……」などと不満げな呟きを漏らしていたが、その時のベルベットの表情はそこまで嫌そうな感じはしなかったので問題はないだろう

 どちらかと言えば「どう接したらいいかわからない」といったような感じだろうか? 少なくとも、二号に危害を加えるような気配は感じないので任せても構わないはずだ

 それにダイルの元に向かう途中で見えたのだが、ベルベットと二号は羅針盤を通して何やら話を交えていた。案外馬が合うのだろうか?

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちにダイルの元に辿り着くルィーン。そういえばまだ自己紹介を交わしていなかったと思い出し、手始めに名乗ることから話し始めることにしたのであった

 

 「どうもダイルさん。ルィーンです」

 

 「ん? おう、お前さんか。そういやまだ名乗ってなかったな。俺はダイル、下手に言葉を見繕うことはないぜ? 気軽に話してくれや」

 

 「そっか。んじゃ、これからよろしくなダイル」

 

 「ああ、よろしく頼むぜルィーン。……ところで、俺に何か用でもあったのか?」

 

 「うん。まだ名乗ってなかったってのもあるけど、それよりも気になったことがあってさ?」

 

 「気になったことだぁ?」

 

 「さっきベルベットがダイルと話してた時に出てきた内容だよ」

 

 ルィーンはダイルと名を交わし終えると早速本題に入る

 そんなルィーンの言葉にいまいちピンと来ていないのか、首を傾げてルィーンの言葉を待つダイル

 因みに船の舵を取っているダイル以外は周りにいない。ベルベット達は下の甲板にいるし、ロクロウは横でせっせと働いている為か二人の話が耳に入っていない。つまり、今この場の話を知ることが出来るのは二人だけだということだ。まあ別に隠れて話し合おうとしている訳ではないのだが

 

 「さっきダイルはベルベットに”この先には”って感じの話をしなかった? それって……”ヴォーティガン”の事でいいか?」

 

 「あぁ、お前さんは知ってたか。そうだ、ベルベットの目的地であるミッドガンドに行くにはあそこをくぐらなきゃいけねぇ。船を動かす人員が足りない以上、外洋を大回りしていくなんてあまりにも無謀だからな。……だが」

 

 「うん。あそこは王国海軍の”要塞”だ。ヘラヴィーサを燃やした主犯を乗せる船を通すわけがない……こっちを確認次第迎撃してくるぞ?」

 

 「だよなぁ……」

 

 そう、ルィーンはこのことを確認したかったのだ

 

 ”海門要塞ヴォーティガン”

 

 ノーズガンド領とウエストガンド領の間にある海峡に建設された要塞であり、無許可の船の進行を妨げるかのようにそびえ立つ大きな門が海峡を塞いでいる

 そこには王国の警備団体が常駐している。手練れの兵士はどんな襲撃にも堪えず、隙が無く統率の取れた警備にはその要塞の鉄壁さを物語っていた

 少なくとも王国の警備兵は対魔士ではないから業魔の相手をすることは出来ない。あくまで海を荒らす海賊達や”理”に合わない密航船の進行を阻むことを目的としている

 一応業魔対策に聖寮から対魔士が数名派遣されてはいるだろう。しかし、人相手であれば警備兵でも事足りるのだ

 

 「遠回りになるけど、一旦レニードに向かって船員を確保した方がいいんじゃねーの?」

 

 「そうは言うけどよ……よくよく考えれば、まともな人間が誰一人いないこの船に乗るような物好きがいると思うか?」

 

 「……ノーコメントで」

 

 このままヴォーティガンに向かったところで結果は見えている。いくらこちらに業魔がいたとしても、船を沈められればそれで終わりだ

 故にルィーンは一番近場である港を持つ村”レニード”に向かうことをダイルに提案するのだった

 レニードは外洋航海の寄港地も兼ねているし、そこで人員を雇う事も出来るだろう

 

 しかし、その考えもダイルの言葉で希望が薄くなってしまう

 何せこの船の乗務員は業魔が三人、聖隷二人に魔女一人。とてもじゃないがまともな人間が……というか人間いないのだ。……遠くで「儂は人間じゃぞ!?」という声が聞こえた気がするが幻聴だろう

 とりあえずまだ進路を変更することは出来る為、この後どうするかを悩み始める二人であった

 ……いや、一人と一匹か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ——ドゴオオオオォォォォォン!!

 

 「うひゃっ!? い、いきなりなんだよもう! ビックリするじゃないか!」

 

 今後の方針を考えていた時、突如として背後から船を揺らすほどの衝撃と騒音がルィーン達を襲った。甲板にいるベルベット達も船が揺れるほどの衝撃によって海に放り出されるようなことはなかったものの、明らかに混乱しているのが遠目からでもわかる

 そしてルィーンは驚きつつも後方を確認する。その瞬間近くにいたロクロウが大きな声で状況を伝えたのだった

 

 「後方からの砲撃だ! 海賊船が来てるぞ!」

 

 そのロクロウの言葉を元にルィーンは後方から迫ってくるその……普通の貨物船とは異なるシルエットを持つ大型船を目にするのだった

 続いてダイルも後方の大型船を確認し、目を疑うようにして驚きの声を上げるのだった

 

 「あの旗は……まさか『アイフリード海賊団』か!?」

 

 「アイフリード海賊団……あの船が?」

 

 「間違いねえ!! そもそも聖寮や王国の船にあんな奇抜な帆を張る奴らがいるかっての!!」

 

 「……そうか」

 

 次々に砲撃を浴びせてくるアイフリード海賊団に、ダイルが焦りと共に舵を切る

 

 そんなダイルとは裏腹に、ルィーンは酷く冷静でいた

 ダイルが”アイフリード”と口にした瞬間、ルィーンが一瞬だけ表情を変えたのだ

 その表情が何を意味するのかは分からない。しかし、何かしら思うことはあるようで、周囲が慌ただしくなっている一方で一人落ち着いていたのだった

 ルィーンがおとなしくしていると、いつの間にかに近くまで来ていたマギルゥが海賊船を見て口を開いた

 

 「バッチリ狙いをつけられとるぞー。海の上でやりあうのは、ちとこちらが不利そうじゃ。何せこの船は貨物船、大砲などありはせんからのう」

 

 「くっ!! ダイル!! 近くに上陸出来るところがあればすぐに向かって!! 陸で向かい打つ!!」

 

 「おう! 任せろ!」

 

 マギルゥからの報告、そして飛んできた砲弾が固定していた積み荷に着弾したことで、ベルベットも状況の不味さを理解する

 そんなベルベットはすぐさまダイルに上陸を促し、陸にて迎え撃つことで海賊を蹴散らそうと考えた

 海賊とはいっても所詮は人間だ。業魔の自分達に敵う筈はないとベルベットは踏んだのだろう

 そしてベルベットの指示にダイルはすぐさま了承し、近くにある陸に航路を向けるのであった

 

 「船の進み具合を考えると……西側のラバン洞穴辺りが近いか?」

 

 「そうだな。確かあそこには()()()()()()()海岸があったはずだ。そこに向かう」

 

 「……」

 

 「どうしたルィーン? 何か不味いことでもあるのか?」

 

 「……いや、そんなんじゃないけど……」

 

 ダイルに行き先を確認するルィーン。彼女の表情は何処か優れなかった

 別に行き先は問題ない。”西ラバン洞穴”はルィーンも行った事がある為、その内部構造もある程度は把握している

 その為、洞穴を抜けた先に()()()()()()()()()()()()()()()()()()事も知っているのだ

 

 ——それは一度考えた方針だった

 奇しくも西ラバン洞穴に行こうという選択肢を、ルィーンは選択肢の一つとして考えていた

 海から攻めても陸から攻めても守りが鉄壁なヴォーティガン。しかしそれは、人間に対してのみ当てはまる事だった

 対魔士でなければ業魔は止められない。警備兵は数多くいるだろうが、対魔士でなければ業魔の敵になりはしない

 対魔士もいるにはいるだろう。しかし、こちらにはヘラヴィーサにて蹂躙の限りを尽くしたベルベットとロクロウがいるのだ。生半可な実力者じゃ相手になりはしないだろう

 つまりヴォーティガンを陸から攻めることで門を開き、船を通らせることも可能かもしれないのだ。そうすればレニード経由で大回りする必要も無い

 

 

 ——だからこそ、ルィーンは海賊達の動きに何かが引っかかるのだった

 

 

 (あの海賊達……なんでこのタイミングで攻撃を仕掛けて来たんだ? 巷で有名になるぐらいには大きな海賊団がラバン洞穴の事を知らない訳がないだろうし……)

 

 ルィーンはアイフリード海賊団が襲撃してきたタイミングに疑惑を抱いていた

 マギルゥは言った。「バッチリ狙いをつけている」と

 それはつまり、簡単に言えば”船の被害を鑑みていない”ということだ。ルィーンから見ても、あちらはただ船を沈める為に砲撃しているように感じていた

 更に海賊達はこの船と一定の距離を保っている。明らかにあちらの船の方が速度が出るような造りをしているにも関わらず、それをしないどころかこちらに乗り移ろうという気配も全く見せないのだ

 

 そんな理由でこちらの人間や物資を奪う目的で襲撃している訳じゃないことが察せられた

 なら何故襲撃しているのか? 船を奪う訳でもなく、ただただ砲撃を討ち続けている。あれでは砲弾を無駄に使っているようなもんだ

 砲弾を無駄に使ってまで沈めたいのか? ……いいや違う。なんとなくだが、無駄なことをしているような感じもしない

 

 

 なら——

 

 

 (……誘っている? こっちが陸に上がることを? 一体何のために……)

 

 ルィーンは一人思考する

 相手の狙いを……そして、この後に予想される海賊達の対策を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——西ラバン洞穴・洞穴外の海岸——

 

 

 

 アイフリード海賊団に襲撃されて以降、ルィーン達は船の積み荷に着弾した以外は被害もなく無事にラバン洞穴の海岸に上陸した

 ……その時、ベルベットがヘラヴィーサで聖寮を相手にしていた時以上の殺気を纏っていたことに疑問と同時に恐怖を覚えたルィーンであった。一体ベルベットに何があったのだろうか?(スキットEX5にて)

 

 そんなルィーン達に続いてアイフリード海賊団の船からも次々と上陸してくる

 ルィーン達はすぐさま陸で迎え撃つよう待ち構え、海賊達は各々武器を携え彼女達を囲むような陣形で敵意を向けてきた

 一応業魔という利点でベルベット達が有利ではあるものの油断はできない

 上陸前、ルィーンは自身の疑惑をベルベット達に話していた

 「誘われてる。罠かもしれない」というルィーンの言葉にベルベット達は警戒を強めることに

 ……ただ一人、ベルベットに関しては「喰らう理由が増えて好都合」などと悪人面で物騒なことを言っていたが……とりあえずルィーン達は忘れることにした。”触らぬ神に祟りなし”である

 

 そうして両陣営が睨み合う中、海賊側の一人がお気楽な声ではしゃぎ立て始めたのだった

 

 「うっはー! 本当に業魔の集団だ。これは使えるかもな……」

 

 「業魔と知った上で襲撃したのか? 対魔士でもないのに業魔に挑むとは随分いかれた連中だな」

 

 頭にシルフモドキの雛鳥を乗せている男の言葉から、少なくともこちらが業魔だと知った上で襲撃したことが見て取れた

 やはりルィーンの考え通り、ベルベット達は誘い込まれたようだ。目的はまだはっきりしないものの、業魔に挑まなければいけない理由があるのは間違いない

 そして雛鳥を乗せた男の言葉にロクロウが海賊達に正気かどうかを問いかけたところで……一人の男が海賊船から現れた

 

 

 

 「いかれていて結構……だが、業魔を倒すことが出来るのが対魔士だけとは限らない」

 

 

 

 雛鳥を乗せた男の背後から一人の長身の男が現れる

 目つきが鋭く、眉間にしわを寄せる強面の顔は見る者を圧倒する。それに加え、身に羽織る黒色のコートが余計に威圧感を醸し出していた

 悠然と歩いてきた強面の男はベルベット達に視線を送る。業魔に対して一切物怖じしない態度からなかなかの手練れだと感じたベルベット達は警戒を強め始めた

 

 「……二号。思う存分蹴散らしていいわよ」

 

 「わかった……」

 

 業魔だからと油断はできない。そう感じたベルベットは二号に強面の男を攻撃するよう指示を出す。強敵を前に流石のベルベットも冷静になったようだ

 

 心が育ち始めたとはいえ、未だ自身の判断で動くことが困難である二号は誰かの指示に従うしかなかった。ルィーンもそれはわかっているのだが、どうにも指示する立場にはなれずにいる

 ルィーンは指示することも、されることも好きではないのだ。指示によって自身の意思を通せないなどルィーンには我慢ならないから……

 

 そして二号はベルベットの指示の元、強面の男に向けて何かを投げつけた

 ルィーンがその何かを確認する為に目を凝らしてみると、それは何の変哲もない無地の紙葉だった

 しかし投げられた紙葉は風を切りながらまっすぐと目標に飛んでいる

 地形上、海風が吹くこの場で紙がまっすぐ飛ぶなどありえない。風に飛ばされるか、直ぐに空気抵抗で落下を始めるのが常識だ

 それでもまっすぐ飛んでいるのは、おそらく二号が霊力で硬化させたからなのだろう

 それはまるでナイフのように飛び、空気を切る音が微かに聞こえるほど鋭さを帯びた紙葉は殺傷力に優れるだろう。投げナイフよりも断然軽く、荷物にかさばらないのは利点である

 そんなナイフ同然の紙葉は——

 

 

  ——ガガァンッ!!

 

 

 ——男の目の前に突き出した岩によって防がれるのだった

 その突き出てきた岩を前に男は全く動じない。そもそも男の足元で輝いた魔法陣からして彼が発動させた術なのだろう

 つまりそれが意味することは——

 

 

 「あんた、まさか聖隷!?」

 

 

 男はどうやら聖隷のようだ。それなら先程の発言も合点がいく

 対魔士以外に業魔の相手が出来る者、それは同じ業魔か……霊力を操る聖隷だけだ

 業魔に効果的なダメージを与えるには自然界に溢れる霊力を使わなければいけない。だからこそ霊力を操れない普通の人間には業魔は傷つけられないのだ

 その逆に、霊力さえ扱えれば業魔にダメージを与えることが可能なのだ。故に対魔士は聖隷を通して霊力を操っている

 

 そして、目の前の男の周囲には聖隷が見当たらない。術の発動もルィーンのときと酷似しており、彼が聖隷だということは間違いないだろう

 これにベルベット達は驚愕する

 無理もない。まさか聖隷が海賊をやっているなどと考えもしなかったのだ

 感情を持っていることに関してはルィーンという前例があるため動揺も少なかったが、それ以上に海賊達が聖隷を受け入れているという事実が信じられなかった

 

 そんなベルベット達の反応を見た男は——

 

 

 

 「いいや……”死神”だ」

 

 

 

 ——自身を聖隷ではなく死神だと否定したのだった

 否定はすれど、彼が聖隷であることには間違いないだろう

 死神とは何なのか? 少なくとも……それを知るにはこの場を乗り切らなければいけなかった

 

 どうやら話し合いは終わりのようで、男は己が構えでベルベット達に戦意を向ける

 そもそも二号が攻撃した時から始まっていたのかもしれない。とにかく今は目の前の男を倒さなければ進まない

 

 

 

 周囲に不幸を撒き散らす死神が今、ルィーン達の前に立ち塞がったのだった……

 

 




スキットEX5 育ち始める心



ルィーンに二号を任されたベルベット

 ベルベット
「…………」

 聖隷二号
「…………」

 ベルベット
「……ねぇ、あんたの名前ってなんていうの?」

 聖隷二号
「……? ……二号」

 ベルベット
「それは名前じゃないでしょ。本当の名前を聞いてるのよ」

 聖隷二号
「本当の……名前……?」

 ベルベット
「っ……もういいわよ……」

 ベルベット・聖隷二号
「「…………」」

 ベルベット
「……ね——」

 ロクロウ
「おーいベルベットー! 今の方角であってるかー!」

 ベルベット
「——え? あ、えっと……」

羅針盤で方角を確認しようとするがうまく見れないベルベット

 聖隷二号
「……持ち方」

 ベルベット
「……え?」

 聖隷二号
「持ち方が、違うよ。下の台座を持って、上から覗き込む」

 ベルベット
「……ふぅん」

 ロクロウ
「ベルベットー! 聞こえてるのかー!」

 ベルベット
「問題ないわよ! 今の方角であってるわ!」

 ロクロウ
「そうか。そのまま確認頼むぞー!」

 ベルベット
「わかってるわよ! ……」

 聖隷二号
「…………」

 ベルベット
「……助かったわ」

 聖隷二号
「……?」

 ベルベット
「教えてくれたことに感謝したのよ……」

 聖隷二号
「……うん」

 ベルベット
「はぁ、全く……ん?」

 聖隷二号 
「…………」

羅針盤を凝視する二号

 ベルベット
「……持つ?」

 聖隷二号
「……え?」

 ベルベット
「触りたいから見てたんじゃないの?」

 聖隷二号
「えっと……」

 ベルベット
「はぁ……触りたい? 触りたくない? どっちか答えなさい」

 聖隷二号
「それは……命令?」

 ベルベット
「命令じゃない。あんたがどうしたいか、それだけよ」

 聖隷二号
「命令じゃない……僕が、どう……したいか……」

 聖隷二号
「…………」

 聖隷二号
「……触り……た……い」

 ベルベット
「……そう」

二号の小さな返答に、ベルベットは微かに微笑みながら羅針盤を渡そうとする

 ——ドゴオオオオォォォォォン!!

 ベルベット
「何!?」

 聖隷二号
「っ!?」

しかし砲撃の衝撃でベルベットがよろめき、渡す瞬間に手から羅針盤が離れてしまう
そして羅針盤はそのまま海に転がり落ちてしまった

 ベルベット・聖隷二号
「「あ……」」

 ベルベット
「えっと……」

 聖隷二号
「……ぐすっ……うぅ……」

 ベルベット
(……何、この罪悪感。私悪くないわよね? これで私が悪かったら理不尽すぎるでしょ……)

 ロクロウ
「後方からの砲撃だ! 海賊船が来てるぞ!」

 ベルベット
「……へぇ……海賊、ねぇ……」










 ベルベット
「海賊なら……加減しなくていいわ。ふふ……」

 聖隷二号
「ひっ……」



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九話 際立つルィーンの腹黒さ

メガネ愛好者です

特に関係の無い話ですが……アルトリウスの長剣の柄の先がモンスターボールに見えてしまう不思議

今回はオリジナル展開です

それでは


 

 

 「俺が相手だ。全員でかかってこい」

 

 そう言い放った強面の男――改め”死神”は独自の構えを取り、ルィーン達に向けて殺気を放ってくる

 肌を刺すような鋭い殺気にルィーン達は気圧されかけるも、殺気で戦意を失うほどルィーン達は軟な心を持ち合わせていない。すぐさま気を取り直せば各々武器を取り出して臨戦体勢に入っていく

 

 因みにマギルゥは後退し、その傍には一応とでも言わんばかりにダイルが護衛としてついていた

 それに関しては何も言うつもりはない。今更マギルゥに何かを期待する気はないし、ダイルは貴重な航海士だ。失う訳にはいかない

 

 よって、死神と戦うのはベルベット、ロクロウ、ルィーン、二号の四人となるのだが……

 

 

 

 

 

 「……」

 

 そんな状況で一人、ルィーンは未だに武器も取り出さずに突っ立っていた

 顔を少し俯かせ、微かにだが口元が動いている。周りからは何かを呟いているように見えることだろう

 また、白衣のポケットに手を突っ込みながら直立するルィーンの姿からは戦闘する気配を一切確認できないのだ。そもそも戦う気事態が元から無いということだろうか?

 

 「……ルィーン? 何ボーっと突っ立ってるのよ。早く構えなさい」

 

 「……」

 

 「ちょっと、聞いてるの?」

 

 そんなルィーンの様子に気づいたベルベットが呼びかけるも、ルィーンの耳に届いていないのか一切の反応を示さなかった

 ベルベットの呼びかけで周囲の者達もルィーンの様子に気づいたようで、海賊達から怪訝そうな視線が送られてくる

 しかし、そんな周りの雰囲気にも気がつかない程、ルィーンは思考を巡らせるのであった……

 

 

 

 

 

 まずルィーンが感じたものは違和感だった

 

 不可解なのだ。死神の……いや、海賊達の様子が

 

 周囲にいる海賊達は、ルィーン達を取り囲みはするものの襲いかかってくるような気配が全く感じられなかった。ただこちらを警戒するだけ……いや、警戒というよりも()()()()()()ような感じだった

 唯一戦う姿勢を見せている死神も四対一である状況だというのにも関わらず、その表情には焦りや不安が一切見られない。あちらから誘ってきた事とは言え、流石に四対一は手練れでもきつい筈だ。その筈なのに……その男は妙に落ち着いている――()()()()()()()()()のだ

 こちらを圧倒するほどの自信があるのか、それとも何か思惑があるから焦らないのか……周囲の海賊達の様子を考えると、おそらくは後者じゃなかろうか?

 

 情報が少ないながらも周囲の状況を冷静に見て判断することで、ルィーンは海賊達の思惑を導き出そうとしていた

 

 何故俺達を襲撃して来たのか?

 何故この場所に誘い込んだのか?

 何故業魔相手だと知って挑んできたのか?

 

 それらの要因を繋ぎ合わせていく。ほんのわずかな可能性も視野に入れ、相手の思惑を看破しようと思考の海に意識を沈めていく

 その間ルィーンは無防備になるものの、それさえ気にならなくなるほど推測を建てるのに没頭していた

 最早周囲の言葉など耳に入っていない。完全に意識は外に向いていない

 ただただルィーンは感じた違和感を解消したいが為に思考を巡らせ、そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あぁ、そっか」

 

 ルィーンは数分かけることでようやく一つの答えに辿り着いたのだった

 疑問が解消したことで思考の海に沈められていた意識は浮上し、ゆっくりと俯かせていた顔を上げる。そんなルィーンの表情は、心にあった引っ掛かりが消えた事で何処か晴々としている

 

 そしてルィーンは周囲の状況も気にせずに、彼――死神と名乗った聖隷に問いかけるのだった

 

 「なぁあんた、戦闘前にいくつか聞いていいか?」

 

 「……いいだろう」

 

 先程までのルィーンを見ていた死神は、戦闘する気がなさそうなルィーンを訝し気に睨みながらも質問を許すのだった

 そんな死神の鋭い睨み付きの返答に「おーこわ……」などと少し委縮して見せるルィーンだったが、次の言葉を発するときにはその委縮した姿も何処かに消え去っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結論から聞くけどさ。あんたが喧嘩売ってきたのって……俺達がヴォ―ティガン攻略に足りうる実力かどうかを判断する為のもんだろ?」

 

 そのルィーンの一言に、海賊達が固まった

 それは目の前の死神も同様で、先ほどまで冷静に事を捉えていたであろう澄ました表情が驚愕に変化している

 雛鳥を乗せた男なんて動揺を隠そうともしていない。明らかに図星を突かれたかのように戸惑っている

 

 それとは別に、ルィーン側でも何かしらの変化が現れている

 戦闘に備えていたベルベット、ロクロウ、二号は何の事だかわかっていないみたいで虚を突かれ、その一方で戦闘に不参加のマギルゥとダイルはルィーンの言い放った言葉の意味を全てではないものの理解していた

 ルィーンの言葉の意味を理解してかマギルゥは愉快そうに怪しげな笑みを浮かべ、ダイルは「そういうことか……そういうことなのか?」と本当にわかっているのか判断がつきにくい呟きを漏らしている

 

 周囲の変化、特に海賊達の動揺にルィーンは満足そうにしていた。自身の推測がどうやら的外れではないことが分かったからだろう

 そんな中、ルィーンの真意が分からなかったのであろう者がルィーンに詳しい説明を求めてくる

 その者とは……心が未発達だった事で驚くことはなく、ただ純粋にルィーンの言葉に疑問を感じた二号だった

 

 「ヴォー、ティガン?」

 

 「ん? ……あぁそっか。ヴォ―ティガンの事を言ってなかったな。俺の知ってる範囲で教えてやっからよく聞いてくれな?」

 

 「うん」

 

 二号の純粋な疑問にルィーンは丁寧に返答を返していく

 自分達が向かっていたミッドガンドに行くためにはヴォ―ティガンをくぐらなければいけない事

 ヴォ―ティガンは王国の警備兵がと少数の対魔士が配属されている海峡を塞ぐ要塞である事

 その守備は鉄壁で、海から攻めても陸から攻めても落とせない難攻不落の要塞だという事

 

 これらの事をふまえ、ルィーンはヴォ―ティガンの簡単な説明を二号に説いたのだった

 ルィーンの説明を聞き終えた二号は、反応が薄いものの内容はきちんと理解したようだ。聞き返すこともなくさっきまで自分が立っていた場所に戻っていった

 そして、二号への説明を聞いていたベルベットもヴォーティガンの事を一通り把握し、その内容の中で気になったことをルィーンに問い始めることとなる

 

 「ヴォ―ティガンの事はわかった。あのまま進んでたら不味かったこともね……ただ、それで海賊に狙われる理由がわからないんだけど?」

 

 ベルベットが気になる点はそこだった

 ヴォ―ティガンが生半可な事じゃ攻め落とせないことは十分に理解した

 今思えば先程二号を任せてダイルの元に向かったのもそれが理由だったのだろう。ルィーンに聞けば海賊の襲撃が来る直前にベルベットに相談しようと考えていたようだし

 しかし、それで何故自分達が海賊に襲われることになるのかがベルベットはわからなかった

 海賊であれば王国の兵や対魔士とは敵対しているのだろうから、その敵である業魔と無理に戦う必要はないだろう

 海賊達はこちらに業魔がいることを知っていたのだ。下手に犠牲を出す可能性があるんだったらわざわざ敵対する意味が無い

 

 海賊達の行動に疑問が浮かぶベルベット。そんな疑問もルィーンが導き出した推測で解消されることになる

 

 「そりゃーあれだ。海賊流の”腕試し”ってやつじゃねーの? 知らねーけど」

 

 「腕試し?」

 

 「そ。さっきも言ったけどヴォ―ティガンの守備は固いからな、強行突破するにはちと無理がある。——それが人間だったらの話だが」

 

 「……どういうことよ」

 

 「例え鉄壁だろうが何だろうが、それを守っているのは王国の警備兵……要はただの人間だ。人間相手の対処は出来ようとも……()()()()()()()? 対魔士じゃないんだから」

 

 「……! 業魔の相手が出来ない以上、私達みたいな理性を持った業魔が味方に付けば……」

 

 「そういうこった。対魔士っつー敵はいれど、ヴォ―ティガンの主要戦力は王国兵だ。いたとしても片手で数えられるぐらいしかいねーだろうし、その程度だったらヘラヴィーサで大勢の対魔士を相手に大立回りしたベルベットやロクロウの敵じゃないさ。……ま、一等対魔士で固められてなければの話だけどな」

 

 ようやく海賊達の思惑に気づき始めたベルベットは海賊達に苛立ちを抱き始めた

 言ってしまえば、自分達は相手の思惑に乗せられるところだったのだ。結果的に利害が一致しようとも、()()()()ような真似をされるのは気分が良い話ではない

 

 最早戦闘する雰囲気も霞んでしまい、両者共に構えを解いてしまう

 死神も先ほどまで放っていた強烈な殺気をその身の内に隠した事で、戦闘開始直前だった空気は一変して静まり返るのだった

 

 

 そしてルィーンは死神に向けて語り始める。ここまでの流れで得た情報を元に導き出した推論……

 

 

 「前提として、あんたらは俺達がヘラヴィーサで暴れていたことを知ってるだろ?」

 

 「……何故そう思う?」

 

 「何故そう思ったかは、ザックリ言っちまうと……その隣の奴のおかげだな」

 

 そう言ってルィーンが指差したのは——雛鳥を乗せた男だった

 突然自分が話題に出てきたことで混乱する男だったが、死神に睨まれた事でとりあえずは大人しくなる

 そして死神はその理由を追及する為か鋭い視線をルィーンに向けなおす

 その視線にまたもや委縮しつつも、ルィーンはそれに堪えて自身の推論の述べ続けるのだった

 

 「そいつが頭に乗せてる雛鳥、それって”シルフモドキ”の雛だろ? 雛がいるってことは親であるシルフモドキもいる筈だし、そいつを伝書鳩代わりに遠くの仲間と情報のやり取りをしてると思ったんだわ。―—それこそ、ヘラヴィーサにいるだろう仲間とさ」

 

 雛鳥を乗せた男の図星を突かれたかのような反応から、まず間違いなくこの理論はあっているだろう

 シルフモドキはしつける事さえ出来れば頼もしい存在だ。人が放つ波長を記憶し、判別した上で特定の相手の元に飛んでいく特性を生かすことで、遠くの者に情報を伝えることが出来るのだ

 つまり、ヘラヴィーサでベルベット達が対魔士達と戦っている現場を目撃した仲間の者が、自分達の思惑に利用出来るかもしれないと考えた事で、その者からの情報を頼り今回の件が始まった……そうルィーンは考えたのだ

 

 「それを決定づけるのもそいつがさっき言ってたしな……”本当に業魔の集団だ”って。これ、”仲間の送ってきた情報通りだ”って意味に取れるぜ?」

 

 「そ、それは……」

 

 「因みにだが、その言葉にみんなは意識が言ってて気に留めなかったのかもしれねーけど……その後に言った”使えるかもな”って言葉、もう俺達を利用する気満々ですって言ってるようなもんだろ」

 

 「ベンウィック……」

 

 「すんません……」

 

 俺の証言を聞いた死神は片手を顔に当てて溜息をついている。その事で雛鳥を乗せた男――ベンウィックと呼ばれた男が申し訳なさそうに誤っていた

 そんな二人の雰囲気を見て「そこまで悪い奴らじゃないっぽい?」と考え始めるルィーンは、一旦間を置いてから説明の続きを話し始めるのだった

 ここからはルィーンが長々と推論を語っていくことになる。その間、誰一人としてルィーンの推論に口を挟もうとしなかった

 

 

 

 

 

 「結論から言うと、あんた等の目的はヴォ―ティガンの先に進むこと……だろ? だから俺達をこの海岸に……ヴォ―ティガンの正門前に繋がってるラバン洞穴まで誘導した」

 

 「海門がある以上、海と陸のどっちが攻めやすいかって聞かれれば断然陸だからな。そもそも門を開けるには結局内部に行かなきゃいけねー訳だし、そうなると陸から攻める方が効率がいい」

 

 「更に言えば、ヴォ―ティガンの警備兵に極力感づかれないよう近づくにはラバン洞穴から進むのが手っ取り早い。正門はウエストガンド領側にしか設けていなかった筈だから、そのすぐ近くに出られる”西ラバン洞穴(ここ)”は奇襲するには丁度いい」

 

 「勿論相手側の警備体制もあるだろうな。下手すれば”西ラバン洞穴(ここ)”の出口に警備兵を置いてるかもしれねーわ。……でも、多分その辺りも既に調べ上げてんだろ? あんた等見てるとただ単純に突っ込んで行くような猪突猛進タイプには見えねーからな、事前に情報は得てるはずだ」

 

 「だからこそ、襲撃をより確実なものにする為に俺達……いや、業魔であるベルベット達をあんた等は目を付けたんだ。警備体制を調べた結果に、対魔士が少ない事が確認できたからこそ業魔の手が借りたかったとかじゃねーかな?」

 

 「だが、あんた等は仲間の情報を疑う訳ではないものの、本当に使えるかどうかが分からなかったんだ。戦力として十分だったとしても扱いに難があったら利用出来ねーからな」

 

 「だからあんたは俺達が使えるかどうかを確認する為に襲いかかってきた。本気で戦わせようとするために全力で殺気を放ってな……」

 

 「因みに、周りの連中が手を出そうとしなかった理由としては……実力を測るとはいえ殺気を放ったんだ、こっちが手加減する訳がない。殺すか打ちのめす気で戦う俺達のせいで無駄な犠牲を出すのを避けたかったんだろ」

 

 「そして、ある程度戦うことで実力と共に人格を探ろうとしたんだろうけど……それは俺のせいで確認する事が出来なくなった。——そして現在に至るって感じだ」

 

 

 

 「……と、まあ……俺の推論はこんなところだな。何か間違いがあったら言ってくれ」

 

 

 

 長く続いたルィーンの推論。しかしそれは、まるでこちらの事情を聴いていたのではないかと疑ってしまうほどに的を射すぎていた

 海賊達は自分達の思惑を悟られてしまった事で焦燥感が沸いてくる。まるでルィーンに今までの行動を監視されていたんじゃないかと思えるほどに正確な内容は、一部の海賊達の心臓を鷲掴みにしたのだ

 ベンウィックに到っては自身の発言のせいで作戦が失敗してしまったと後悔の念に苛まれていた。彼らにとって失敗することが許されない今回の作戦を、自身の油断と驕りで見破られてしまう原因を作ってしまったのだと深く後悔する

 そんな彼を責める者などアイフリード海賊団にはいないのだが、それでも責任を感じてしまうのがベンウィックという男だった

 

 自身らの思惑を見破られた事で海賊達は次々に意気消沈していく

 ―—しかし、その中で一人……動揺せずにルィーンと相対する者がいた

 

 

 

 「……どうやら俺は、お前等の事を見誤っていたようだ」

 

 

 

 そう、死神と名乗った聖隷だ

 

 ルィーンの推論を聞いた後、死神は何かを考えるように瞳を閉じつつ腕を組みながら沈黙していた

 そして沈黙から数秒後、考えがまとまったのか死神は静かに言葉を口にする。そこには最早敵対の意思は全く感じられなかった

 

 「見事だ。ベンウィックが多少口を漏らしたとはいえ、よく気がついたものだ」

 

 「気になる事は些細な事でも解消したくなる質でな。今回は最初から不可解だった分、余計に気になったってだけだよ」

 

 「悪い事ではない。寧ろ些細な点をも見逃さず、追及する事で真実に辿り着くことが出来る者は貴重だ」

 

 死神はルィーンの推論を高く評価していた

 聡く、頭の回る者ほど敵に回すと厄介この上ないが、味方であれば頼もしい存在に代わる

 だからこそ、死神は無駄に敵対する事をやめたのだった。自分達にとって不利益になる原因を作らない為にも

 

 「こちらの思惑が知られた以上、最早隠す意味はない。だからこそ単刀直入に言わせてもらおう……海峡を進む為に力を貸せ、ヴォ―ティガンを落とす」

 

 上から目線な物言いではあるものの、その言葉には強制させるような威圧感はない

 寧ろ、ルィーン達が了承さえすれば全面的に協力する姿勢を見せている。周囲の海賊達も真剣な表情でルィーン達の返答を待っていた

 

 そんな死神の提案に、ルィーンは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それはベルベットに言ってくれ」

 

 「——はあ!?」

 

 ―—ベルベットに丸投げした

 

 さっきまでルィーンが中心となって展開を進めていたからか、ベルベット達は事が終わるまで様子見に徹することにしていた

 勿論こちらに不利益な要求があれば会話を遮ってでも反論していたところではある。もしこちらの意思を無視してまで強制してきたとしても、”自分達は関係ないからあんた達で勝手にやれ”と言って別れる事も出来るからこそ、そこまで話し合いに入ろうとは思っていなかった。このままルィーンと死神で話を進めてもらっても構わないまであったのだ

 

 何故ベルベットがそこまで協力的ではないのか?

 それも仕方が無い事だ。ベルベットとしては海賊達をそう易々と信じる気が無かったのだから

 どんな思惑があれど、海賊達がこちらを襲撃したことには変わりない。そんな相手をすぐさま信用する事なんて出来る筈がなかったのだ

 更に、信じられないと言えばルィーンも同じである

 ルィーンとあの死神は聖隷だ。今のやり取りを見ても、もしかしたら襲撃の前から結託していたかもしれないと疑う事さえ出来るのだ

 ベルベットとルィーンは”利用し合う関係”であり、”信用できる仲間”ではないからこそ、ベルベットはルィーンと海賊を信用できなかった

 故にルィーン個人と海賊達が勝手に協力する分には、別にこちらとしてはどうする気もなかったのだ

 

 

 しかしそれもルィーンの一言で状況が変わってしまう

 何せ、ルィーンの言葉はベルベット達を巻き込むような言い回しだったのだから

 

 

 ”ベルベットに言ってくれ”……この言葉は、捉え方によっては”俺はベルベットの判断に任せる”と解釈できる

 それが意味する事は——ルィーンがベルベットの仲間であり、決定権はベルベットにある……だから要求を呑むかはベルベットの意思次第だ——と、そう言っているのと大差ない意味を秘めていた

 これでは海賊達に”ルィーンはベルベットの手駒”と認知されてしまう。ルィーンの仲間だと認知されてしまえば、自分達には関係無い事だと断言できなくなってしまうのだ

 

 

 つまり今、ベルベットはルィーンに利用されそうになっていた

 ルィーンがベルベットの仲間だと認知させることで、ベルベットを作戦の一部に組み込ませるかのように……

 

 

 実際のところはベルベット達もヴォ―ティガンを抜けなければいけない為、海賊達に協力するのは吝かでもないのだが……相手の思惑に乗る形になる事がベルベットは許せなかったのだ

 何よりルィーンに利用されることが気に食わない。確かに”利用し合う関係”とは言ったものの、こうも目に見えて利用しようとする姿勢を見せられるのは気に入らなかった

 ある意味堂々と利用しようとする姿は清々しくもあるのだが、その外見上小憎たらしくて仕方がないのも事実だ

 

 「……はぁ……少し考えさせて……」

 

 「いいだろう。ゆっくり考えると言い」

 

 ルィーンの思惑を察したベルベットは二つ返事で了承する気になれなかった為、とりあえず苛立つ心を落ち着かせてから返答しようと時間をもらうことにしたのだった

 そんなベルベットがロクロウ達を連れ、海賊達から少し離れた場所に向かう中……未だにルィーンは死神の近くに立っている

 そんなルィーンに、死神は呆れたような視線を送りながら話しかけた

 

 「見た目の割に、随分と腹黒いもんだな」

 

 「あ、気づいた?」

 

 「あの業魔の反応。そして一瞬だが……あの業魔が目を逸らした時に見せた意地の悪い笑みを見れば自ずと、な」

 

 「利用できるもんは利用する。それはあいつも同じ考えだし、今回は俺に分があったってだけさ」

 

 「ふっ……恐ろしい限りだ。せいぜいこちらも気をつけるとしよう」

 

 「あーらら、そりゃ参ったわ。あんた等も利用する気だったっていうのに……」

 

 「面と向かってそう言えるんだ。どうせ、何かしらで利用する気ではいるのだろう?」

 

 「Exactly(その通り)♪」

 

 自身の黒い一面を一切隠そうとしないルィーンに、癖のある奴と関わりを持ってしまったと頭を抱える様な気持ちになる死神

 おそらくは利用されることになるのだろうが……それが一体どんな場面でなのかが分からない以上、気を抜くことが出来なくなった死神であった

 

 「とりあえずベルベット達の返答を待ってる間は話し相手になってよ。……あ、俺はルィーンっていうんだ。今後からよろしく!」

 

 「……アイゼンだ」

 

 そんな死神――アイゼンの気も知らないでルィーンは己がペースで話し、途中で今気づいたと言わんばかりに名乗り始めるのだった

 そんなルィーンに簡素に名乗り返しつつ、作戦とは全く関係の無い内容の話を交わした事で、アイゼンはルィーンに”面倒な奴”という印象を新たに加えるのだった……

 

 

 




スキットEX6 強面のアイゼン



 ルィーン
「そういえばさ? アイゼンはなんでさっきからそんな不機嫌そうなんだ?」

 アイゼン
「……この顔の事を言ってるのか?」

 ルィーン
「そうそれ。眉間にしわを寄せてるし、ずっと睨みつけてるのはなんでなのかなって。……正直ずっと睨まれんのはきつい」

 アイゼン
「……素だ。別に睨んでない」

 ルィーン
「え、あ……マジ?」

 アイゼン
「マジだ。目つきが悪いのは自覚しているが、生まれつきのものだからどうしようもない。無理に笑顔を作りでもすれば……周囲は阿鼻叫喚となる」

 ルィーン
「うわぁ……なんか、悪い。気に障った、よな? ……ホントごめん」

 アイゼン
「気にするな。いつもの事だ」

 ルィーン
「……因みにだけどさ、さっき俺がベンウィックって人から情報を得たって言ったときに、そいつの事を睨んでいたのは……」

 アイゼン
「あれも睨んだつもりはない。本当かどうかを伺っただけだ」

 ルィーン
「……その事はベンウィックって人も……」

 アイゼン
「わかってはいる。だが……未だに慣れてはいないそうだ」

 ルィーン
「…………」

 アイゼン
「……行き着いた街で転んだ子供を助け起こした時に泣かれたこともある」

 ルィーン
「いや聞いてないから」

 アイゼン
「また、警備兵に暴漢だと勘違いされて一悶着あったこともある」

 ルィーン
「ホント聞いてないから!? 何急に不幸談議に入ってんの!? それ以上言わなくていいから!!」

 アイゼン
「更には通りすがった民家の住人に借金取りだと思われ、手に金を握りしめながら命乞いをされたこともある。……その光景を見た警備兵にまたもや暴漢扱いを——」

 ルィーン
「もうやめろよぉ!! 聞いてるこっちが辛くなるから!! あんただって辛いだろ!? 辛いなら無理に言わなくていいからぁ!!」

 アイゼン
「そんな周囲の反応から、いつしか俺は……”死神”と呼ばれるようになっていた」

 ルィーン
「……まさか、死神って名乗ってるのはそこから――」

 アイゼン
「いや、別の理由だ」

 ルィーン
「違うのかよっ!? それなら今までの思わせ振りな流れは何だったの!?」

 アイゼン
「死神ジョークというものだ。……言っておくが、今言ったことは全て事実だ」

 ルィーン
「笑えねージョークかますなや……」



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十話 気の緩み


どうもお久しぶりです。メガネ愛好者です

今回はルィーンとアイゼンさんがちょっと衝突します

それでは


 

 

 ルィーンの推論から数分後、なんとか苛立ちを抑えたベルベットはアイゼンへと再び対面していた。先ほどの返答を返すためだ

 

 「私達も要塞を抜ける必要がある以上協力してもいい。……ただし、要塞を抜けた後に王都までの船と船員を貸すことが条件よ」

 

 「それで構わん。業魔の手が借りられる以上、しのごの言うつもりはない」

 

 どうやら海賊達と共闘する気にはなってくれたらしい。……まあ依然としてアイゼン達の事を警戒してはいるようだが

 それも仕方がないだろう。ルィーンのせいで協力する流れになってしまったものの、海賊達が信用出来ない事には変わりないのだ。だからベルベットの対応は何ら間違ったものではないだろう。……例えベルベット以外の者達が既に海賊達と意気投合していたとしても、ベルベットの対応は間違っていない筈なのだ

 

 しかし、一刻も早く王都へと向かいたいベルベットとしては、例え信用ならない海賊達の申し出を呑む事もやぶさかではなかったのだ。決して周りの能天気さにあてられた訳ではない。絶対ない。断じてあり得ない

 

 それでも無償で協力する事に納得がいかなかったベルベットは、こちらからも海賊達に要求する事にしたのだった

 その条件とは、”こちらが協力するにあたり作戦が成功したら当初の目的地である王都まで連れていく”と言うものだ。船を確保出来たとはいえ、ベルベット達だけでは例えヴォーティガンを抜けたとしても王都まで無事に辿り着くかがわからなかったのだ。事実、航海するに必要な船員がベルベット達には圧倒的に不足しているのだから

 その上、船員を雇うにしても自分達は業魔だ。人間達が快く引き受けるとは思えない。寧ろ逃げられるか聖寮の対魔士達に告げ口を言われるかの二択になるだろう。前者はともかく、後者の可能性がある以上、態々危険を晒すような真似をするのは得策ではないのだ

 だからベルベットはアイゼンにこの要求を提示したのだ。自分達の目的を、より確実なものにする為に……

 

 

 

 ここでルィーンの言葉を借りるのならば、『お互いに利用し合え』と言ったところだろう

 どちらか一方が利用する関係だと、大事なところで足を引っ張り合う事になる可能性が極めて大きいのだ。しかし、お互いに利用し合うことを容認しているのならば、お互いに譲れない場合は除くとしても、意図せずして発生する無駄な衝突を避けることも出来るだろう

 今回の共同戦線もそれと同じだ。ベルベット達は王都に行く為に海賊達を利用し、海賊達はヴォ―ティガンを抜ける為にベルベット達を利用する。お互いに利益があり、目的までの過程で協力が出来るのであれば、思い切って協力するのも一興だろう……つまりはそういう事なのだ

 

 そして、一度協力した者達の間には僅かながらの”繋がり”が形成されることだろう

 その繋がりによって、再び協力する機会が訪れる事があるかもしれない。利用出来る機会が訪れるかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……だからこそ、ここは海賊達と協力する方が得策なんじゃねーかな?」

 

 ——と、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 決めあぐねていたベルベットを見かねてか、ルィーンはベルベット達の方に赴き自身の考えを伝えてきた

 「あくまでもこれは助言であり、この後どうするかを決めるのはベルベット自身だ。俺じゃあない」——そうルィーンが言葉を最後に添えたところで、最早ベルベットに他の選択肢を選ぶ余地はなかった

 自分達では航海するにも困難な現状を、自分達の目的の為に成すべき最善を、今後に再び利用出来るかもしれない可能性を一気に提示されたのだ。例えルィーンが信用できないとはいえ、その提示された内容が自身の目的に適している以上無理に反論するのは得策ではないだろう

 自分にとってそれが最善策であれば、それを無暗に突き返す必要は無い。それを上回る策があるのなら話も変わるのだが、現状ベルベットには他の選択肢が思いつかなかった

 

 助言? とてもそうは思えない。寧ろ一つしかない選択肢を突き付けられたようなものだった

 先程からルィーンの都合がいいように物事を勧められている気がしてならなかった。それによって、ベルベットの苛立ちは増していく一方だ

 利用する事を隠そうともしないルィーンの厚かましさには感服するが、それの相手をするベルベットからしてみれば堪ったものではなかった。本人も自覚している分、尚更質が悪いだろう……

 

 とにもかくにも、ベルベットが提示した条件をアイゼンは了承した。別に断る程の条件でもないし、アイゼン達も王都に少々用事があったので、最早ベルベットの提示した条件はあってないようなものだったからだ

 こうして業魔組(一部例外あり)と海賊達の交渉は難なく成立することとなるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まあルィーンに対するベルベットの苛立ちは未だに晴れていないみたいだが

 そんなベルベット達の意見も聞かずに海賊達と共闘する流れを作ったルィーンはというと——

 

 「大丈夫か?」

 

 「……むり、すげーいたい……たんこぶできてるきがする」

 

 「あぁ、見事に腫れてるな」

 

 ——苛立ちがピークを達したベルベットに拳骨をもらっていたのだった。よく見ると目じりに涙を浮かべている辺り、余程ベルベットの拳骨は痛かったのだろう

 

 ベルベット曰く、”矯正”である

 先程のルィーンの言動から、ルィーンがある意味でイイ性格をしている事を身を持って理解したベルベットは、ルィーンが今後に出会う者達との交友関係に支障をきたさないようにとの”親切心”を持って対応したのだ

 その一環として、ベルベットは”何もかも他人任せにするのはよくない”との理由でルィーンを躾(物理)たまでに過ぎなかった。——と、ベルベット・クラウ氏は述べている。真意は不明

 これに対し、ルィーンはベルベットに『理不尽だ!』と抗議しているのだが……ベルベットが見せた満面の笑み()に背筋がゾッとしたルィーンは小鹿のように震えあがっていたという。強ち躾と言うのも間違っていなかった

 

 そうして現在、ベルベットから送られた拳骨の痛みにルィーンが悶えている状況が続いていた。殴られた瞬間に与えられた痛みよりも、今も尚継続してじわじわとくる痛みの方が辛いらしい

 そんなルィーンの様子を見たロクロウが気にかけてくれたのだが、ルィーンはタンコブの痛みに耐えていたせいで少し舌足らずな返事になってしまった。ルィーンの見た目上そこまで違和感もないのだが……どうにもルィーンはそれが恥ずかしかったようで、ロクロウに返事した後すぐに顔を俯かせてしまう。その顔はほんのりと朱に染まっているのは気のせいではないはずだ

 

 「ん? どうしたんだ?」

 

 「……なんでもない」

 

 「そうか? ならいいが……あまり無理はするなよ?」

 

 「だ、大丈夫だって……」

 

 しかしロクロウはそんなルィーンの心情も知らずにどうしたのかと追及してしまう

 決してロクロウに悪気は無い。ただルィーンが急に顔を俯かせたから具合でも悪いのかと心配して問いかけただけに過ぎなかった。……その心配が、ルィーンにとって反応に困るものだとも知らずに

 ルィーンとしてはあまり掘り下げないでほしい話題であったのだ。だからルィーンがロクロウに意図せずして素っ気ない返事を返してしまうのも仕方がないだろう

 しかし、心配してくれた相手を自身の醜態から来る苛立ちと気恥ずかしさによって突き放す様な態度を取ってしまったルィーンは、ロクロウに対して少なからず罪悪感を抱いてしまうのだった。……まあ、元を辿れば自業自得ではあるのだが

 

 因みに、そんなルィーンを愉快そうに眺めていた魔女は後にこう語った——「お主の照れ顔、なかなかに(うい)ものだったぞえ~」と

 それに対してルィーンは自分の醜態に身を捩ったとかなんとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——西ラバン洞穴・内部——

 

 

 

 

 

 あれからしばらくたった後、ルィーン達はヴォ―ティガンに向かう為に洞穴内を進んでいた

 内部構造は複雑だったものの、ルィーンやアイゼンが道順を知っていたのもあって迷わずに進めている

 洞穴内を進んでいるのは五人——ベルベットとロクロウの業魔二人にルィーン、二号、アイゼンの聖隷三人である

 とりあえずは道筋を知っているルィーンとアイゼンが先行しつつ、後の三人が周囲を警戒しながら二人の後ろをついていく現状が続いていた

 

 それと、ここにいない二人——マギルゥとダイルは海賊達と共に海からヴォ―ティガンを目指していた

 マギルゥは戦えないので海賊達の乗っていた船——”バンエルティア号”に乗せてもらっているだけだが、ダイルはアイゼンが船から離れている間、業魔からバンエルティア号を守る役割を担うことになっていた

 彼は本来航海士ではあるものの、業魔となった事でそれなりに戦えるようになっている。故にその役割を与えられるのは自然な流れだったと言えるだろう。事実、ベルベットとロクロウの二人を相手に、ダイルはそれなりに戦えたらしい事を当事者から聞いている。ある程度の業魔なら撃退できることだろう

 

 そんなダイルは「任せろッ!!」との二つ返事でこの役割を承諾している

 何故そうも簡単に決められたのかと疑問に思うところだが、彼のこれまでの人生を考えると不思議な事でもないのだろう

 

 ダイルは”周囲に頼られる”という状況に喜びを感じていた

 今までの自分——人間だった頃は、周囲から”期待”されるような事が全くと言っていいほどなかったのだ。それによってか、初めは真面目に働いていたダイルも徐々にやさぐれていき、終いには業魔になるまでに至ってしまった

 しかし、ベルベット達に出会った事をきっかけにダイルは他者から頼られるようになっていた

 船を動かすのに協力してほしい、王都に連れて行ってほしい、業魔から船を守ってほしい……この短期間のうちに様々な事で頼られた

 自分には取柄など無いのだと自暴自棄になっていたダイルにとって、頼られる事がどれ程喜ばしい事か……同じくしてやさぐれて言った物なら、今のダイルを羨ましがるのではなかろうか?

 だからダイルは護衛の任を受けることにしたのだろう。自分に出来る事ならと、周囲の”期待”に応えるが為に——

 

 そんなやる気満々のダイルを見たベルベット達が、一方でやる気なさげにのらりくらりと船に乗り込むマギルゥに対して呆れた視線を送るのも無理はないだろう。……まあいつも通りか

 

 

 

 そうして彼女達が洞穴内を進む中、ルィーンとアイゼンは後ろの三人に気づかれない程度の声量で密かに言葉を交わし合っていた

 別に聞かれて困る内容ではない。アイゼンとしては後程後ろの三人にも問うつもりである以上、ルィーンとの会話を聞かれても何ら支障はなかったりする

 それでもルィーンだけに話を聞こうとしたのは……ルィーンが自身の知りたいことについて、何かを掴んでいる気がしたからだろう。言ってしまえば勘だ

 

 「ルィーン。一つ聞きたい事がある」

 

 「俺が答えられる範囲でなら何でも聞いてくれていいぜ」

 

 「助かる。……お前が知る限りでいい、”ペンデュラムを戦闘に使う人物”に心当たりはないか?」

 

 「……ペンデュラムだと?」

 

 アイゼンの問いにルィーンは適当に答えようとしていたのだが、アイゼンの言い放った一言でその考えが一変する

 ペンデュラム——簡単に言うと、ダウジングなどの時に用いる振り子の事だ

 決して武器として扱うようなものではない。それを使うんだったら鞭や鎖などを使った方が利口だろう。もしもここでルィーンがその相手に心当たりが無かった場合、彼女の性格上「振り子を武器にするとか何考えてんのソイツ?」と笑い飛ばしているところだろう

 

 ——しかし、ルィーンは一切笑わなかった

 

 逆に、今のルィーンの表情は誰から見ても真剣なものだった。寧ろ、アイゼンに対して明らかに警戒しているようにも見受けられる

 そしてそんなルィーンの反応に、勿論の事アイゼンも気づいていた

 

 「……知っているんだな?」

 

 「……だから何?」

 

 「単刀直入に聞く。……そいつは今何処にいる?」

 

 「…………」

 

 ルィーンの反応から確信を抱いたアイゼンは、ルィーンを脅すかのように鋭く睨めつけながら低い声で問い返す。……傍から見れば、幼子を脅す強面の大人の図が出来上がりなんとも犯罪臭がする光景だが……今の二人にそのような事を気にする余裕は無かった

 アイゼンの問いに黙り込むルィーン。別にアイゼンに脅されて委縮している訳ではない。ただ、どう答えるべきか悩んでいるだけだ

 アイゼンの事情を知らないルィーンとしては、別にその事を言う義理なんてないのだが、下手に機嫌を悪くされては今後の行動に支障が出てしまう。もしかしたら敵対するようなことになるかもしれない可能性が出てきてしまった以上、返す言葉を慎重に選ばなければいけないだろう

 

 「……一つ、問いに答えてくれ」

 

 「……なんだ」

 

 暫く間を置いた後、ルィーンはアイゼンに確認取るかのように語り掛けた

 その時のルィーンは至って平常心で、普通なら怯えてもおかしくはないアイゼンの睨みを前にしても一切動じることはなかった。図々しさに加え図太さも持ち得ているようだ

 

 今からルィーンが問いかける内容は、おそらくルィーンにとって譲れないことなのだろう。先程までのお気楽な雰囲気とは打って変わって、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気からそれを察することは容易だった

 

 そんなルィーンの雰囲気に、アイゼンはより身を引き締める。下手に気を抜けば()()()()()()()……そう思わせるだけの気迫が今のルィーンにあったからだ

 アイゼンはルィーンに顔を向けて言葉を待つ。向けた先にいるルィーンもいつからかアイゼンに顔を向けていた。どちらも険しい剣幕でお互いの顔を見つめている。その張り詰めた空気には何者も口を挟むことは出来やしない。

 そして、ルィーンはその言葉をアイゼンへと突き付けるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あんたは……どんな目的があるのかも知れない他人に、”大事な仲間”の情報を売るってのか?」

 

 「……!」

 

 ルィーンの言葉に、アイゼンは不覚を取られたかのように息を呑んだ

 

 ルィーンの言葉は最もだ。普通の人格者であれば、誰もがその問いを肯定することだろう

 先程知り合ったばかりの相手に大切な仲間の情報を渡すなどありえない。それを行った場合、裏切者やスパイなどと罵られるに決まっているからだ

 勿論アイゼンだってすんな卑劣な行為をするような男ではない。だからルィーンの言い分は理解できる

 ——しかし、アイゼンが息をのんだ理由はそこじゃない

 

 

 ”お互いに利用し合う”——それを己が身を持って体現するこの少女が、”大切な仲間”だと断言したのだ

 

 

 ルィーンが誰彼構わず使えるモノだったら使おうという考えの持ち主であるということはこの少ない時間で気づいていた。現にベルベットとのやり取りを見ていたアイゼンは、ルィーンがそういった人物だという事を少しの会話で掴んでいる

 だからこそアイゼンは、彼女に協力者はいれど仲間はいないと思っていたのだ。——その考えを覆されたアイゼンが、驚きに一瞬唖然としてしまうのも無理はないだろう

 ルィーンはそれだけ言って黙っている。おそらくはアイゼンがどう答えるかを待っているのだろう

 勿論答えは決まっている。しかし、それを言ってしまえばアイゼンが知りたい情報を得る事が困難になりかねない。何より自分が拒むことを相手に強要するなどあってはならないし、その行為は……自身の”流儀”に反するものだ

 

 「そうか……ならいい。例えお前が教えなくとも、自分で調べるまでだ」

 

 「それがいいと思うぜ。今ここで俺が嘘を吐く可能性だってあるんだし、それなら自分の足で探した方が賢明ってやつさ」

 

 アイゼンはルィーンを無理に問い詰める事をしなかった

 問い詰めたところで正確な情報が得られるとは思えない。ルィーンの性格上、下手に問い詰めれば何かに利用される可能性もあっただろう。だからこれがきっと最善なのだとアイゼンは考えた

 何もルィーンからでしか情報を得られないとは限らないのだ。焦ってはいけない。例え時間がなかろうとも、自身の”流儀”を貫き通した上で——”あいつ”を見つけ出し、連れ戻す。そうアイゼンは再び心に誓うのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんなアイゼンの返答を聞いたルィーンは一気に先程まで纏っていた雰囲気を霧散させた

 いつまでも()()()()空気を纏っている必要がなかったし、それに……少し落ち着きたかったのだ

 ——危うく”過ちを犯してしまうところだった”自分に喝を入れる為にも——

 

 

 

 今のルィーンは自分のしようとしていた行いに自己嫌悪していた

 当初の考えとしては、アイゼンの質問に辺り触りの無いよう答えるつもりだったのだ。今後の作戦に亀裂を残したまま行動するなどよろしくない状況であろうことはわかりきっている

 

 だからルィーンはある程度の情報を教えればいいかと考え、”彼”についての情報を——————話すことはなかった

 

 気づけば相手の質問を拒むような事を言ってしまっていた。明らかな敵意をアイゼンに向け、情報を与える事を拒んでしまっていた

 何故そんな対応を取ってしまったのか? 今は目先の問題(ヴォ―ティガン)を確実に片づけるべきなのに、何故自分から亀裂を入れるような真似をしてしまったのか?

 ……いや、わかっている。わかっているんだ。いくら些細な事だったとしても、”仲間”の情報を売るなんて行為を自分はしたくなかったのだ

 

 

 だってそれは——”あいつ”から受け継いだ”信念”を汚す事になってしまうから

 

 

 それだけは駄目だ。それだけは例えこちらの状況が不利になろうとも、やってはならない行いだった

 別にルィーンは仲間の情報の秘匿に”誓約”を課した訳ではない。しかし、ルィーンにとっての”それ”は誓約をも上回る程に優先度が高かった

 

 

 何せそれは——()()()()()が”あいつ”と交わし引き継いだ”信念”であり、俺にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()優先すべき”誓い”なのだから

 

 

 結果的には話さなかったが、ルィーンは”あいつ”と交わした”誓い”に反そうとした

 例えそれが一時の気の緩みだったとしても、ルィーンは自分自身の行いが許せなかった。”あいつ”と交わした”誓い”が軽いもののように感じ、そうさせてしまった自身の至らなさに自己嫌悪してしまう

 それをルィーンは態度に表す事はしないだろう。それこそ変に勘繰られ、調子を崩されては元も子もないからだ。だからルィーンは平静を保ち続けることに努めた。内心で自身を叱咤し、二度とこのような事が無いように気を引き締めながら……

 

 

 

 二人はお互いに心を改める。一方は己が”流儀”を、もう一方は己が”信念”を貫き通すよう……人知れず気を引き締めるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ねぇ、早く進んでくれない?」

 

 「「…………ごめん(すまん)」」

 

 そんな二人に、暫くの間待ち惚けを喰らわされていた女業魔の苛立ちがぶつけられることになるのは、そのすぐ後の事だった

 

 





スキットEX7 頭上注意



 ルィーン
「——そうそう、ここでは頭上に気をつけてな」

 ベルベット
「何よ急に。崩落でもある訳?」

 ルィーン
「いや、崩落はそこまで心配しなくていいんだけど……」

 ロクロウ
「なら何に気をつければいいんだ?」

 アイゼン
「上を見ればわかる」

 聖隷二号
「……?」

ルィーンとアイゼンの言葉に天井を見る三人
そこには——シードやスパイダーを始めとした業魔が天井に張り付いていた

――――数十体程

 聖隷二号
「ひっ……!」

 アイゼン
「複数の業魔共が天井に張り付いている。下手に騒ぐと落ちてくるぞ」

 ベルベット
「ちょっ——そういうことは入る前に言ってくれない!?」

 ルィーン
「すまんすまん、久しぶりに来たから忘れてたわ」

 ベルベット
「笑い事じゃないでしょ……」

 ロクロウ
「うぅむ……しかしまぁ、こうも天井に多くの業魔がいるとなると、気が落ち着かないものだな」

 ベルベット
「当たり前でしょ。いつ落ちてくるのかがわからないんだから、気を抜ける訳ないじゃない」

 ルィーン
「因みに、時折寝ている業魔の涎なんかが落ちてきたりもするぜ? 正直心臓に悪いんだよなぁアレ」

 アイゼン
「まだいい方だ。運が悪いと、排泄物まで落ちてくる場合がある。……あの時ほど、死神の呪いを呪ったことはない」

 ベルベット
「呪いを呪うってどうなのよ……」

 ルィーン
「まぁでも、一番面倒なのが……アレだな」

 アイゼン
「アレか……確かにアレは、苦い経験だった……」

遠い眼をする二人。何処か悲壮感を漂わせている

 ロクロウ
「うん? アレってのは……なんなんだ?」

 ルィーン
「あー……うん、それはだな……」

 アイゼン
「待てルィーン、下手に言うべきではない。俺の呪いを忘れたか?」

 ルィーン
「あ……そ、そうだな。ごめんロクロウ、ちょっと言えないわ」

 ベルベット
「何よそれ。勿体ぶった挙句に言わないとか、後味悪いんだけど」

 アイゼン
「聞いた場合、面倒事が増える事になるかもしれんが……それでもいいのか?」

 ベルベット
「……パスね」

 ロクロウ
「そうだな。今はこの先に進むことの方が先決だ。その話はまた今度でもいいだろう」

 ルィーン
「そうしてくれ…………ハァ、どうかアレが起こりませんように」

 アイゼン
「やめろ。今は忘れるんだ……」

 ルィーン
「おう……そうだな……」

 聖隷二号
(…………気になる)


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