ペルソナ Blood-Soul (龍牙)
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-0- 愚者《フール》
登場人物設定 【紅 奏夜/仮面ライダーキバ】


紅 奏夜(くれない そうや)

一人称 僕

使用武器 小剣、打撃武器、銃・弓、ナックル

所属 月光館学園高等部2年F組

生徒会

管弦学部

備考 ペルソナ3における主人公にして、仮面ライダーキバの主人公『紅 渡』の子供。クォーターファンガイア。

10年前に両親を失い、親戚に引き取られキバットバット三世を兄代わりに育ち、その後は『影時間』の中に現れる敵(シャドウ)と戦い続け、自らの力である父より受け継いだ遺産とも言うべき『キバ』の力を磨いていた。

戦闘時は主に小剣を武器にして戦うが、打撃武器や、銃・弓、ナックル等の武器も得意としている。また、キバへ変身するのは必要最小限としている。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーキバ

名称 仮面ライダーキバ

備考 『紅 奏夜』の変身する姿、大半の設定は『紅 渡』の変身した姿と変わらず本編に添った物となる。

基本的に『紅 渡』の変身していた姿と大差は無いが、奏夜だけが変身することの出来る二つの姿が存在している。その一つであり、キバットやガルル達が知る姿の一つは変身する事は『暴走』を意味している。

また、キバに変身した際、奏夜はペルソナを使うことは出来ない。

フォーム キバフォーム

奏夜の最も扱いなれているキバの基本フォーム。キバ本来の力を制御した姿でもある。過去二回のファンガイアシャドウとの戦い、シャドウを撃破した。カラーは赤

 

ガルルフォーム

プローンファンガイアタイプ、シープファンガイアタイプ戦で初めて使用できるようになったキバの近接特化フォーム。プローンファンガイアタイプとの戦いで始めて使用し、敵の能力に苦戦していたキバを救い、圧倒的な力で勝利した。ガルルセイバーによる野生的な近接戦闘が得意。カラーは青

 

バッシャーフォーム

シープファンガイアタイプを倒す為にフォームチェンジした姿。遠距離・水中戦闘フォーム。原作でもキバはシープファンガイア戦でこの姿にフォームチェンジしていた。カラーは緑

 

シルフィーフォーム

カメレオンファンガイアタイプを倒す為にフォームチェンジした当作オリジナルの姿。魔力コントロール特化フォーム。イメージカラーは黄緑

 

デスフォーム

シルクモスファンガイアタイプと戦った時に発現した当作オリジナルのフォーム。奏夜の中に宿る何者かが力を貸してくれた為に一時的にその力を発現できた。

必殺技 キバフォーム:ダークネスムーンブレイク

ガルルフォーム:ガルルハウリングスラッシュ

バッシャーフォーム:バッシャーアクアトルネード

シルフィーフォーム:シルフィーインフィニットアロー

デスフォーム:???



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ーⅠー 魔術師《マジシャン》
第一夜


『巌戸台。本電車は巌戸台に到着しました』

 

 

 

 

 十一時五十五分……予定よりも三十分程遅れて付いた電車から溜息を付きながら、イヤホンを付け小さな鞄を持った少年が駅の改札口を抜ける。

 

「……ギ…ギリギリだよ……。もう少しで『時間』が来る所だった」

 

「良かったな~奏夜、あの時間が来る前に着いて」

 

 鞄の中から顔を出した『それ』は少年『(くれない) 奏夜(そうや)』に対してそう呟く。

 

「ん~、そうだね、キバット。一時間も無駄に過ごすのって、退屈だしね」

 

 奏夜が言葉を返すと鞄の中に入っていたヴァイオリン型の巣箱から赤い瞳、額に緑の宝石、黄色と黒の二色の羽を持った少し大きい丸い蝙蝠(?)が出てきて奏夜の周りを飛び回り彼の肩に停まる。

 

「ふぅ。あ~……やっと外に出られたぜ」

 

 よほど窮屈だったのだろうその蝙蝠『キバットバット三世』は奏夜の肩に降りると同時に安堵の息を吐く。

 

 目的地の駅から出ると、奏夜は転校先の学校で有る『月光館学園』の学園寮までの地図が書かれた紙を見つめる。以前まで暮らしていた街とはいえ、それは既に10年も前の話、地図を頼りにしなければ寮に辿り着くには更に時間がかかりそうだった。

 

 明日は不運にも転入初日なのだ。初日からの遅刻は避けたい所であり、明日に備えて寮に着いたら直に寝てしまおうと考える。幸いにも『一時間』以内に着ければ『まだ十二時には到着出来る』のだ。

 

 

 

  そんな事を考えていた瞬間だった。

 

 

 

 街が静けさによって支配された感覚が彼等を襲う。周囲の時間が全て凍結したかのような感覚。先程まで自分の耳へとクラシック音楽を流していたオーディオプレーヤーすらも止まっている。

 

 それだけではなく景色は緑色に染まり、地面には怪しい血のような跡が現れる。

 

 そして、何よりも異様を放っているのは、魔が増して全てを吸い込むような魅力を得た月と、『棺』へと変化した人間の姿だった……。

 

「やれやれ、いい所だったんだけどな」

 

 奏夜はそんな事をぼやきながら音楽を流さなくなったイヤホンを外すと、空を見上げ空に浮かぶ月を見上げる。その、魔が増した魅力を得た月の妖しい美しさに微笑みさえも浮かべている。

 

「それにしても、ここに帰ってくるのも十年振りか……」

 

歩き出すと同時に奏夜は感慨深くそんな事を呟いてしまう。

 

「なんだ、懐かしいのか?」

 

「……十年前だし……はっきり言ってさ、実感無さ過ぎるね…。キバットは?」

 

「ああ、オレ様は懐かしいぜ。ここには(わたる)と一緒に奴等と戦っていた頃の思い出が多いからな」

 

「そう」

 

キバットの言葉に奏夜は黙り込む。自分にとって兄の様な存在で有るキバットから何度も聞かされた父の話、父で有る先代『(くれない) (わたる)』と10年前から姿を消した奴等との戦いの場所である。

 

「……気を付けろよ、奏夜。奴等が消えた事と、この時間は絶対に何か関係してるはずなんだ。それに……」

 

「ああ、分かってる。ここには奴等とは別の『敵』も存在してる」

 

そう呟き奏夜は世界に有る闇を睨み付ける。その瞬間、そこで何かが蠢き自分達から逃げ出していく気配を感じる。

 

父が戦っていた敵である『奴等』とは違う『敵』……前に住む街でも自分が父から受け継いだ『力』を試す為に戦ってきた敵がここにも存在している。

 

そして、ここに居る奴等は以前の場所とは違い数も多く自分に隙が有れば直にでも襲い掛かってくるだろう。

 

そして、奏夜は静寂と妖しき月光、棺桶、そして彼へと向けられる敵意に支配された街を歩き続ける。

 

「さて、目的地に着いたようだし、オレ様は隠れるとするか」

 

そう奏夜に言葉を告げ、キバットは鞄の中に潜り込む。その中に有る自分の寝床であるヴァイオリン型の棺桶の中に入ったのだろう。

 

 

 

 

そう彼等は『目的地』に到着した。『月光館学園 巌戸台分寮』へと…

 

 

 

 

洋風の館を思わせるその造りに思わず息を吐く。目の前に有るのは自分が想像していたよりも遥かに豪奢な寮だ。多少古臭く見えるがそれが悪くない。学生寮等もっと安っぽい物と想像していたので、これ対して奏夜は驚きを隠せなかった。

 

「いいね~…いい寮じゃないか。」

 

鞄の中から顔を出し、感心した声を上げるキバットに対して、奏夜は落ち着いた態度でその造りに違わずしっかりとした扉に手をかけ、開く。

 

寮の中へと進んだ奏夜の視界に入ってきた内装もまた学生寮とは思えなかった。外と同じくやはり電灯の明かりはなく、僅かに差し込む月明かりに照らされるのみだったが、それが何処か幻想的な雰囲気をかもし出している。

 

上品な家具の数々や受付カウンターは歴史の有るホテルのラウンジを思わせる。

 

ソファーにでも座って時間を潰そうと考えながら周囲を見回す。この時間の中で棺桶になっていない人間が自分以外には存在しているとは限らない。この寮にそんな都合のいい人間がいるという可能性の低さからこの時が過ぎるのを待つしかないのだ。

 

「……遅かったね。」

 

「ッ!?」

 

ふいに掛けられたその声に振り向き、奏夜は全身を強張らせる。『受付』…そう書かれたプレートが置かれた確かに受付のように感じられるカウンターを挟んだ向こう側。そこで一人の少年がこちらを見つめていた。

 

(……この子供は?)

 

その少年は見るからに幼く、外見で判断するなら小学生くらいだろうか? 彼の姿は高等部の寮には似つかわしくはなかった。

 

いや、それ以前にラウンジが無人である事は先程確認した筈。そう、この少年はさっきまで確かに存在していなかったはずだ。

 

「長い間、キミを待っていたよ。」

 

「………。」

 

少年の言葉に奏夜は黙り込む。普通に考えればこの時間なのだから、はっきり言って十分に遅い。だが、彼は少年の言葉の意味は違うと判断していた。そして、目を閉じて、自分の判断と言葉の意味を考える。

 

考えが纏まらぬまま、閉じていた目を開くと少年はカウンター越しではなく、自分の前にやはり笑みを浮かべたまま立っていた。

 

「さて、それじゃこの先へ進むなら、そこへ署名を。」

 

「……署名?」

 

「そう、一応契約だからね。」

 

言われてカウンターを見ると、そこには宿帳の様な物があった。

 

(契約? どういう意味なんだろう? それに何で署名が必要なんだ?)

 

自分が今日入寮することは知られているはずだ。そうであるにも関わらず署名をしろと言う。しかも契約などと言うとんでもない事まで言われている。『自分が寮に入る手続きを忘れていたのか?』等とも考えてしまう。

 

「怖がらなくてもいいよ。ここから先は自分に責任を持ってもらうっていう、当たり前の内容だから。」

 

少年の言葉に従う様に宿帳を開く。その中に薄れていたが幾つかの名前が有るのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

それに気付かず自らの名前を書き記し、少年へと手渡す。

 

「書けたよ。」

 

受け取った宿帳らしき物を開き、奏夜の署名を確認すると少年は何処か満足そうにそう頷き、己の持つその宿帳らしき物を閉じた。

 

「時は、全ての者に結末を運んでくる。例え眼と耳を塞いでいてもね。」

 

「なにを………。」

 

その瞬間、奏夜は少年の背後から闇が広がっていることに気付いた。その様子に奏夜は眼光を鋭くし、相棒を呼び出そうとし、その全身に力を込める。

 

少年の手元から先程署名した宿帳らしき物がかき消えると同時に闇が少年を包み始める。

 

「キバ…!」

 

相棒の名を呼ぼうと声を荒げるが、闇に包まれている少年は未だに笑みを浮かべたままだった。そのまま闇が完全に少年を包み込む。

 

「さぁ、はじまるよ。」

 

そう告げるのを最後に少年の姿は完全に目の前から消えていた。『異常』そうとしか言えない状況に、奏夜は唖然としていた。

 

「……なにが…。」

 

結局、自分はどの部屋を宛がわれたのか? いや、それ以前の問題だ。そもそも本当にここが学園の寮なのかも疑わしくなってくる。

 

そう思ってポケットから地図を取り出し確認するが場所は間違えてはいない。

 

慣れている異常ではなく、今までに無い新たな異常、この寮…いや、自分の原点(ルーツ)のある筈のこの街、ここには…。

 

(…ここには何かが有るか…。ぼくの知りたい事の全てが…。)

 

そんな事を考えて、先程まで少年が存在していた空間を見つめる。

 

 

 

「誰!?」

 

 

 

再び聞こえてきた別の声-声の質から判断しておそらく女の子と考えられる-に対して驚きを浮かべながら、その声が聞こえてきた方向を振り向く。

 

ポーカーフェイスこそ崩していないが、その驚きは今までの人生の中で二番目に位置するだろう。それもその筈…この時間の中で活動できるのは自分が知る限り、自分以外には存在しなかった。先ほどの子供はその異常さから普通の人間ではないと考えていた。

 

声の聞こえた先にいるのは一人の怯えた様子でこちらを見つめ続けている少女。ショートカットの中々可愛らしい少女で、ピンクのカーディガンを着ているが、どうやらそれは月光館学園の女子制服らしい。

 

(…この時間の中を生きている…?)

 

この時間の中で初めて見る『奴等』に引き込まれた者達以外の自分達と『奴等』以外の『生きている』存在…。ともかく、互いの事情も知らない状態では話が進まないと考え、自分が今日この寮に来る予定の者と説明しようと彼女の姿を視界の中に納めた瞬間、もう一つの驚きが浮かんでくる。

 

(拳銃!? ここって日本だよ、アメリカとかじゃなくてさ。)

 

心の中で思い切り叫ぶ。彼女の足に付けられたホルスターに収められたそれは、確かに拳銃だった。残念ながら暗い室内では本物か玩具かの判断は付けられないが。

 

少女は依然としてこちらを怯えた目で見つめ続けている。その様子は冷や汗を流し、呼吸も荒く、震える少女の右手が足のホルスターを彷徨っている。それを見て奏夜はあれが本物と確信する。

 

(どうする?)

 

父から受け継いだ力は銃を持った程度の普通の人間等は相手にならないが、普通の人間相手に使う訳には行かず、その為にキバットも呼べない。

 

判断を誤らぬ様に、相手の僅かな動きも見逃さない様に少女を見つめ続ける。力を使っていない今、背を向けるのははっきり言って自殺行為。だが、自分の力を使う事が出来ないのは分かる。

 

相手が自分から少しでも意識を逸らした瞬間、何とか取り押さえ様と考えながら、身構えて、彼女を観察し続ける。

 

「待て、岳羽!」

 

新たに聞こえたその声は奏夜と少女の二人の動きを完全に止めた。彼等を止めた凛としたその声の持ち主を二人は同時に見る。

 

少女の後ろから現れたその声の主、その声の主も少女だった。ウェーブのかかった赤く長い髪を揺らしながら、奏夜へと歩み寄る。先に現れた少女と比べると大人っぽく、雰囲気もそれに応じて威厳めいたものを感じる。同じ学校の制服に身を包んでいる様子から、恐らくは上級生なのだろう。

 

「桐条先輩。」

 

安心した様に息を吐き、栗色の髪の少女が現れた人物-桐条先輩と呼ばれていた-を見つめる。

 

(桐条?)

 

(おお~…いい女じゃないか、『ジャンヌの肖像画』みたいな。)

 

奏夜はその桐条という名前に覚えがあった。桐条という名は世間でも多く知られる程の家だという事を奏夜も一般常識として知っているというだけの事だ。

 

彼女を見てどうでもいい感想を思っているキバットは置いてといて、その『桐条先輩』という人間の登場により、場の空気が柔らかいものへと変わる。

 

すると『あの時間』が過ぎ去ったのだろう、ロビーの中に強く明かりが広がった。天井を見れば、先程まで消えていた電灯が光を放っている。ついでに耳にかけたままだったヘッドフォンからもクラシック音楽が流れ始めていた。

 

「到着が遅れたようだね。」

 

桐条の言葉に溜息を吐きながら頷き、

 

「ええ、乗ってた電車が信号機の故障で立ち往生してました。連絡入れようかと思ったら、携帯のバッテリー切れちゃって。」

 

予定ではこの時間を警戒してもっと速く着くはずだったのだが…。

 

「そうか、それは災難だったな。しかし無事に到着して何よりだ。そういえば自己紹介がまだだったな。私は桐条美鶴。この寮に住んでいる者だ」

 

奏夜が自己紹介を返そうとしたところ、少女がちらりとこちらへ視線を向け「……誰ですか?」と口を挟んできた。少女の質問に美鶴は一つ頷き、言葉を続ける。

 

「彼は『転入生』だ。ここへの入寮が急に決まってね……。いずれ、男子寮への割り当てが正式にされるだろう。」

 

「……いいんですか?」

 

美鶴の言葉に少女が眉根を寄せる。しかし美鶴は瞑目して「……さぁな。」と答えを濁すような感じを見せた。

 

その様子を見ていた奏夜も眉根を寄せる。自分がこの寮へ入寮することになることは伝わっているようだが……それならばこの反応は一体なんだろうか。

 

「彼女は岳羽ゆかり。この春から2年生だから、君と同じだな」

 

美鶴が傍らの少女──ゆかりを紹介する。ゆかりはこちらに向かって「岳羽です。」と言って一礼をした。

 

「紅奏夜です。よろしく。」

 

その様子に奏夜も自分の名を告げて頭を下げた。

 

「今日はもう遅い。部屋は2階の一番奥に用意してある。荷物も届いているはずだ。すぐに休むといい。岳羽、彼を部屋に案内してくれ。」

 

「は、はい。」

 

美鶴の言葉にまだ奏夜に対する警戒心を残しながら答えるゆかり。奏夜は部屋へ案内すると言ったゆかりの後を素直についていくことにした。

 

階段を上がっていき2階へ着くと、廊下を歩きながら辺りを見渡す。かなり部屋数が有るが生活観が感じられない部屋が多く感じてしまう。そんな事を考えていると、やがて奏夜に宛がわれた2階の一番奥の部屋の前へと辿り着く。

 

「この部屋だね。一番奥だから覚えやすいでしょ?」

 

「うん、分かり易くて迷わなくてすみそうだよ。」

 

ゆかりの言葉に対して奏夜は微笑を浮かべながら答える。するとゆかりの表情が少し緩んだように思えた。今まで緊張していたらしい。

 

(……まあ、いきなり拳銃突きつけられそうになったんだしね。)

 

すると、こちらも今まで忘れていた事実を思い出す。あの拳銃はなんなのか? まさかとは思うが侵入者に対する自衛の為に手渡されているのだろうか。幾らなんでもそんな事は無いだろうとその考えを否定する。

 

「あ、鍵は失くさないでね。すごい怒られるから。」

 

「うん…分かった。」

 

「えっと、何か訊きたい事ある?」

 

何かを考えていた事を悟ったのだろう、尋ねてきたゆかりに早速銃の事を訊こうとするが、すぐに考えを変え、

 

「この寮に子供って居る?」

 

銃の事ではなく、最初に寮を訪れた際に遭遇した少年の事を尋ねる。ゆかりが銃を所持していることも異常だったが、それよりもいきなり現れ、そして消えたあの少年の方が異常だったからだ。

 

「え、子供?」

 

だか、彼の言葉にゆかりは目を丸くして、

 

「……誰の事? ちょっと、やめてよ、そういうの……。」

 

恐らく『そういう話』と勘違いしているのだろう、少し怯えを含んだ様子で答える。

 

「誰…って……。」

 

この寮に入った時の事を説明しようとも思ったが、奏夜はゆかりの反応を見てそれを止める。彼女の反応ははっきりの言って幽霊のような物に怯える雰囲気に似ている。

 

その事から嘘を吐いている訳ではなく、彼女は本当にあの少年の事を知らない様子だった。顔色も陰りを見せている事から、間違いなく、その手の物が苦手なのかもしれない。しかも、あの少年と会った時の状況から考えると間違いなくその手の話と間違われる。

 

「……あっ、ごめん。僕の勘違いみたいだった。」

 

そんな意図は無かったのだが結果的に彼女を怯えさせてしまった非礼を詫びる。だが、ゆかりはまだ不安なのだろう「……そう。」と言って顔を俯かせた。

 

だが、奏夜は彼女の反応から考えてあの少年の事が気になっていた。『彼は一体何者だったのだろうか。何故ここに……いや違う……彼は自分を待っていたのだ。彼は何故…自分を待っていたのだろうか……?』そんな考えが奏夜の頭の中に浮かんでは消えて行く。

 

(……やめておこう。今は情報が少なすぎる。)

 

軽く頭を振り、考えを霧散させる。今の自分が持っている情報は少なすぎる。それでは、正確な答え所か、満足の行く答えにさえもたどり着く事は出来ない。誤った考えは真実をもっとも曇らせる物なのだ…。故に今はまだ考えるべき時ではなく、情報を集めるべき時なのだ。

 

「あの……ちょっと訊きたいんだけど。」

 

「何を?」

 

「駅からここまで来る間、ずっと平気だったの……?」

 

 

彼女の言葉に緊張が走る。

 

 

『ずっと平気だったのか?』……その質問の意図は一つ…自分とキバットが体験しているあの『異常な一時間』の事だろう。人々が消え去った街とそこに蠢くモノ達、そして、奴等に餌として引き込まれる者達と無数の棺、彼女も自分達と同様にあの時間を経験しているだけでなく、異常さも認識している。ならば、間違いなくあの時間に存在する『敵』の事も知っている可能性も有る。

 

自分にとっては平気と言える世界、キバットと一緒に行動している限り自分には危険は無いとは言え無いが、ある程度の安全は確保できる。だが、その事を告げる事は出来ない。故に彼の答えは。

 

「別に何とも無かったけど。」

 

自分の考えを表に出さず表情を変えずにそう言いきる。それは何も知らない一般人の反応としては妥当な所だろう。

 

「そっか。なら、いいんだ。ごめん、気にしないで。」

 

じゃ、行くねとゆかりがその場を去ろうとした時、彼女の方から立ち止まり、

 

「あのさ……色々と、分からない事あると思うけど、それはまた今度ね……。」

 

「分かった。」

 

それで納得がいった訳はない。だが、今のゆかりに尋ねた所で彼女は間違いなく話してはくれないだろう………少なくとも今は。

 

それが分かる故に、「おやすみなさい」と言って部屋を出て行くゆかりに「おやすみ」と手を振って返した。

 

部屋の電気を点けて室内を見ると、その部屋は悪くなかった。広さがあり、家具も一通りは揃っている。部屋の隅には事前に送っていた荷物が届いていた。それを確認すると鞄に顔を近づける。

 

「キバット…まだ出てこないで。」

 

『オッケー。しかし、どうなってんだかな。』

 

届いていた荷物を広げながら、その幾つかを一つ一つ置いていく。最後にヴァイオリンを部屋の一角に飾り大まかな荷物の整理は完了する。後は小物や着替え等の荷物だけだが、それらは全部明日に回す。

 

そして、壁の一角に片手を置くと鞄の中からヴァイオリン型の棺を取り出してその壁の直傍に置く。

 

「キバット、ここに最後の一つが仕掛けられているから外に出る時は気をつけて。」

 

「おう。それにしても、不便だよな。」

 

奏夜の言葉に答えてヴァイオリン型の棺から飛び出し部屋の中を飛び回り、再び棺に降りる。

 

「メンド臭。」

 

「そう言わないでよ、キバット。その内ポスターとか貼って隠すから。」

 

「おう、任せたぜ、奏夜。」

 

文句を呟くキバットにそう答えて、奏夜は着ていたジャケットを脱ぎ、部屋の電気を消してベッドへと寝転がる。

 

今はただ眠るのみ、明日からは学校が有るのだから休息は取るに越した事は無い。全ては明日からだ。

 

奏夜の意識は目を閉じると直ぐに眠りへと落ちていったのだった。



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第二夜

「ん…。」

 

窓から差し込む朝日が奏夜の閉じられた目蓋を刺激する。その光に反応し、奏夜は目を覚ました。

 

目を開けた瞬間、朝日の光に刺激されて顔を顰める。昨晩カーテンを閉め忘れた事を思い出しながら、時計を見る。ハッキリ言って、転校初日から行き成り遅刻の危機に晒されていた。

 

直にベッドから降り、制服に身を包み、部屋に備え付けられた洗面台で顔を洗いながら、横目でまだヴァイオリン型の棺で眠っているキバットへと視線を向ける。

 

「カメラには映らないでよ、キバット。」

 

仕度を調えていると部屋のドアがノックされる。昨日は深夜の入寮となったために、部屋を訪ねる人物、知り合い等に心当たりは無いはず…と考えるが。

 

「岳羽ですけどー、起きてますか?」

 

二人だけ心当たりは有った。ドア越しに聞こえてくる声を聞いて昨日この寮で会った人を二人思い出す。ドアを開いて軽く挨拶すると、彼女…『岳羽 ゆかり』も挨拶を返してきた。

 

「おはよう、昨夜は眠れた?」

 

「まあ、荷物を少し片付けてからだから、少し遅くなったけど、よく眠った。それより、どうしたの?」

 

「うん。先輩に案内しろって、頼まれちゃって。それに時間もそろそろマズいし。」

 

「うん、ありがとう。」

 

「もう出られる?」

 

「うん、仕度はもう終わってるし。」

 

ゆかりの言葉に奏夜が答え、部屋のドアを閉めると、

 

「ファぁ…。あー、よく寝た? あれ、奏夜? もう出てったのか?」

 

奏夜とゆかりの二人が出かけてから目を覚ましたキバットが棺の中から顔を出して、そんな事を呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然ながら、本日から彼等が通う事と成る月光舘学園への道程は、学園に近付けば近付いて行くほど学生の姿が増えていく。モノレールから降りて駅を出る頃には既に目に付く人々の多くが同じ制服を着ていた。

 

やがて目的地である月光舘学園に到着し、ゆかりから職員室の場所を聞き、奏夜はここまで案内してくれた彼女に礼を述べる。

 

「あのさ……昨日の夜のことなんだけど。」

 

「……うん。」

 

「あれ、他の人には言わないでね。」

 

(いきなり釘刺されちゃったか。)

 

奏夜が『うん』と言葉を返すとゆかりは胸を撫で下ろし、職員室の場所を教えて、そのまま『じゃあね』と去っていった。

 

(行き成り、『深夜の寮で変わった格好した子供と会いました』とか、『同じ寮に住んでる人間が拳銃を持っていました』って言ってもね。)

 

先日の一件は全て事実と認識している。そして、彼女達も自分と同様に『あの時間』の存在を知っている。

 

自分が前に住んでいた場所で助けた人達とは違い、彼女達は恐らく自分と同じ様に日常的にあの時間の中で生きられるのだろう。

 

だが、彼女から何も言われない以上、今の自分にそれを知る術は無い。だから彼の考えることは一つ…。

 

(ちょっと、気に入らない…かな?)

 

実験動物(モルモット)の檻の様に監視カメラ付きの部屋といい、自分と同様に『あの時間』の中で活動できる人間の存在。そこから出した結論は一つ、はっきり言って『気に入らない』だった。

 

だが、今の彼がすべき事は職員室を目指す事だ。既に場所は聞いていたので迷う事無く辿り着く事が出来た。

 

(やっぱり、キバットも起こすべきだったかな? って、学校の中じゃ相談出来そうも無いな…。)

 

「失礼します。」

 

自分の中で考えを纏めながら、奏夜は職員室の中へと入っていった。職員室で対応してくれたのは彼の所属するクラスの担任となる鳥海で、職員室での鳥海は自分の経歴……主に10年前に両親を亡くしたという出来事を見て、気まずそうな顔をした為に、奏夜自身も苦笑いしてしまう。家族と言える存在はキバット達がいる。

 

 

 

 

 

 

 

その後は彼女の案内で始業式が行われる講堂へ移動する。

 

無駄に長い校長の長話に欠伸をかみ殺しながら、『この手の話は生徒の忍耐力でも養うために有るのか?』等と考えていた時、後ろに座っていた男に声をかけられた。

 

何だと思って視線を向けると、どうやら、今朝ゆかりと一緒に登校してきた所を見ていた様で、『やたらと仲良さげだった』、『どういう関係なのか?』、『ゆかりに彼氏がいるのか?』とか、どうでもいいことを問いたださていれた。

 

(はぁ…。)

 

はっきり言ってこれには参った。考え事に耽る事が出来ず思わず溜息を付いてしまう。

 

とりあえず、男の言葉に適当に相槌を打ちながら聞き流す。

 

その後は特別目立った出来事も無く、放課後が訪れる。奏夜が街を回って、この辺の地理を覚えるかと考えていると、「よっ、転校生。」と、陽気な声でまた声をかけられた。

 

振り向くと顎鬚を生やした顔にしまりがないキャップを被った陽気な少年がいた。

 

「こんにちは、何かぼくに用?」

 

奏夜が振り向くと、その少年は『へへっ』と笑いながら、気安く声を掛けてくる。

 

「なんか、マイペースな奴だなー、オレは伊織順平、順平でいいぜ。よろしくな!」

 

それに応じるように奏夜も微笑を浮かべ、

 

「ぼくは『紅奏夜』。奏夜でいいよ。よろしく。」

 

微笑みながら、自分の名前を名乗ると順平から握手を求められたので、それに応じる形で握手をする。

 

奏夜自身彼の様なペースの人間は少しだけ苦手な分類に入るが、それでも悪い感情を持つタイプでは無い。そもそも、幸か不幸か、彼自身が悪感情を持つタイプは別に存在しているのだから、そう言った点では問題ではない。

 

「実はオレも中2の時転校してきてさ、やっぱあれじゃん、転校生って色々なじめないから、オレが先に声をかけようかなって思ってさ。」

 

彼の言葉を聞いて、奏夜が『親切な人だな』と彼の初対面での評価を定めていると、見知った顔、『岳羽 ゆかり』がやってきた。

 

「あ、岳羽さん。」

 

「んでよー。お、ゆかりッチじゃん。」

 

「まったく相変わらず馴れ馴れしいんだから。少しは相手の迷惑考えたほうがいいよ。」

 

ゆかりは順平を見ながら、呆れながら言う。

 

「なんだよ、親切にしてるだけだって!」

 

そんな二人の様子を奏夜が苦笑を浮かべながら眺めていると、ゆかりは順平をスルーして、奏夜へ話しかける。

 

「偶然だね、同じクラスになるなんて。」

 

「そうだね。」

 

奏夜が『にこり』と笑いながら答えると、順平が何かニヤニヤと笑いながら聞いてくる。

 

「なんか扱いちがくねえ? 聞いた話じゃ、お二人さん仲良く登校したらしいじゃないの。」

 

ゆかりは少し焦った顔をして否定すると、奏夜は落ち着いた様子で「ただ一緒に来ただけ。」と言って否定する。

 

ゆかりは溜息をつきながら奏夜を手招きすると、

 

「ねえ、昨日の夜の事、言ってないよね。」

 

「昨日の夜? ああ、あの事? 言ってないよ。」

 

「き……き、昨日の………夜って………? え?」

 

「ちょっ……なんか誤解してない? あぁ、もう、とにかく!」

 

完璧に誤解している順平と、焦りながら誤解を解こうとしているゆかりの様子を奏夜は楽しそうに眺めていた。

 

まあ、その誤解には自身も関係している以上は仕方ないと考え、奏夜も誤解を解くのに加勢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜

 

「なんて、事があってね。」

 

「オオー、良かったな、奏夜。楽しそうじゃないか。」

 

キバットの指示に従って、仕掛けられている監視カメラを阻害しない位置に僅かに動かされた家具の位置をさり気無く動かした後、ガムテープを取り出し今度は露骨なまでに全ての監視カメラを潰すと、ゆっくりと今日一日の報告をしていた。

 

「うん、明日も見つからない様にね。」

 

「オッケー。」

 

奏夜が明かりを消すとキバットも自分の寝床であるヴァイオリン型の棺の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後

 

 

奏夜は放課後の時間を利用して街の散策をしていた。幼い日の記憶は思っていた以上に少なく、久しぶりに歩く事と成った街は新鮮さがあった。だが、そこにある景色は昔とは違う物があり、変わっていない景色もある。それは幼い日の記憶を何処か刺激していた。

 

偶然寄ったCDショップには、前から欲しかったCDも有り購入する事も出来てちょっと嬉しい奏夜だった。

 

彼が寮に戻ると、眼鏡をかけたにこやかな紳士とゆかり達が居た。

 

「あ、帰ってきました。」

 

「なるほど……彼か。」

 

彼もこちらに気付いていたようで、すぐに近寄って自己紹介をする。

 

その紳士-『幾月修司』というそうだ-彼は学園の理事長だという。しばらく幾月と会話すると、まだ男子寮への部屋割りが決まっていない事と、他の住人についてなどを聞いた。もっとも、現在のこの寮の住人は後一人、『真田明彦』という先輩がいるのみだったが。

 

「他に何か質問はあるかい?」

 

「いえ、特に……。」

 

そう返事をすると、少し含みのある笑顔で確認された。幾月の口調は明らかに何か質問を促している。自分が知りたい事が有るのも事実だが、相手の手の平の上で踊る気は無い。その笑顔に含まれている意思を図りかねていると、

 

「転校初日は疲れるだろ? ゆっくり休むといい。身体なんてぐーぐー寝てナンボだからね。昔、マンガにあったろ、ぐーぐーナンボ。」

 

『何かを知っている』と言う考えを浮かべていた所に聞こえたその言葉に、奏夜の思考回路は一瞬にして停止した。

 

(今のって何? もしかして、シャレ? ………。)

 

なんと反応していいのか分からない奏夜を置いて、当の幾月は「なんちゃって。」と言い残して既にその場を去っていた。

 

しばらくして、ゆかりから深い溜息と共に「ごめんね。」と謝られたが、むしろ奏夜にしてみれば至近距離であの言葉を聞かせてしまった事に対して、自分が謝りたい気分になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜

 

「お疲れ様。」

 

部屋の中へと入ってきた幾月が先に部屋に居た者達へ告げる。幾月はその言葉に続いて部屋を見渡す。その部屋に居たのは、美鶴とゆかり二人だけ、本来ならばこの場に居るべきであろう、もう一人の姿が見えない事に気が付いて尋ねた。

 

「真田くんは?」

 

「……いつもの『トレーニング』です。」

 

「おやおや、相変わらずだね。」

 

申し訳なく答える美鶴に対して、幾月は意も解さぬ様に笑ってみせた。

 

「どうだい、彼は?」

 

話題を変える様に続けられた幾月の言葉に対して、美鶴は何とも言えない表情を浮かべて、視線で何も移っていない巨大なモニターを指す。

 

美鶴達の居る部屋の中にはそれ以外にも幾つかのモニターが有り、それぞれが寮内を映し出していたのだが、中央のモニターだけが何も映し出していなかった。

 

本来ならば、そこに映し出されるべき場所は奏夜の部屋なのだが、例によって今回もまた監視カメラの設置の様子を見ていたキバットの指示の元でその全てが一つ一つ、奏夜の手で潰されていたのだ。

 

「見ての通りです。」

 

「そのようだね。」

 

それ以外に返事の使用がないのだろう、幾月も苦笑を浮かべてそう一言だけ返した。

 

「これじゃあ、どうなっているのか分からないねえ。」

 

「ええ、もうすぐ影時間に入ります。」

 

「普通に寝ているか…それとも。」

 

幾月は時計を見て0時になったのを確認するが…

 

「……当然だけど、何もなしか。」

 

「ですが、彼がこの時間を体験していると言う事は。」

 

「…適正が…まあ、有るんだろうねえ、影時間の中を歩いて、ここまで辿り着いたと言う話し出し。でなければ、今頃は奴等の餌食だ。」

 

幾月は椅子から立ち上がる。

 

だが、彼らは知らない…奏夜は既に『奴等』にとって獲物ではなく、対等なる殺し合いの相手と言う事に…。

 

「まあ、一度監視してみないと。」

 

ほぼ毎日監視カメラは全て家具や小物等でピンポイントに潰されている。今日に至っては天井や壁に付けた物にまで気付いて(正しくは仕掛けている所をキバットが見ていた)、ガムテープを張ってその意味をなくしているのだ。はっきり言ってまともな監視など一日も出来ていない。自分達に出来ている事は、ただ真っ黒なモニターをただ眺めているだけなのだ。

 

流石に本人に直接『君の事を監視したいから、カメラを隠さないでくれ。』とも言えず、奏夜と『カメラを仕掛ける→潰される』と言った流れのイタチゴッコを繰り返すしかない。この数日で理解したが、どんな場所に隠そうが簡単に見つけて(正確には違うが)、潰している奏夜にある種、賞賛の感情まで持ってしまいそうなほどだ。

 

そして、幾月のその言葉にゆかりは顔を曇らせる。

 

「隠れてこんな事をするのは気が引けますけどね。」

 

僅かに彼女の表情に晴れやかな物が見えたのは…後ろめたさがあっても、監視が今日まで一度も成功していないからだろうか。カメラからは何も見えないがベッドで眠っているのだろうと幾月達は推測していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例え監視されていたとしても気付かれなかったであろう、ベッドの中、眠っていたはずの奏夜の意思は別の場所に飛ばされていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

奏夜が意識を覚醒させると、そこは巨大なエレベーターの中だった。

 

『先程まで自分が居た部屋は何処に消えたのか?』そんな考えが奏夜の脳裏を過ぎる。当然ながら、其処にはキバットの姿も見えない。

 

奏夜はいつの間にか腰掛けていた椅子が軋む音を聞く。目の前には異様に伸びた鼻、丸々とした飛び出さんばかりの眼球、尖った耳と明らかに人の物ではない風貌をした男が椅子に座っており、その隣に青い服を着た美人と呼べる風貌をした不思議な雰囲気を纏った女性が立っていた。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。」

 

目の前にいた男の声を聞いた。普通なら取り乱すところだろうが、奏夜は冷静だった。相手を観察する様にただ男へと鋭い視線を向ける。

 

「貴方は? 『ファンガイア』? それとも、『奴等』の仲間?」

 

「いえいえ、私はそのどちらでもありません。私の名は『イゴール』……お初にお目にかかります。」

 

その男……イゴールは隣に控えている女を示し、

 

「こちらは『エリザベス』。同じくここの住人だ。」

 

「エリザベスでございます。お見知り置きを」

 

エリザベスという女性がそう会釈するのを確認すると、

 

「紅 奏夜です。」

 

相手に自分に対する敵意が無い事を確認し、自分自身の名前を名乗る。

 

「それで、ここは何処?」

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……。」

 

(キャッスルドランの中みたいな物かな?)

 

「……貴方がたの言葉で分かりやすく言うならば、厳密には違いますが、異次元の様な物、とでもいいましょうか……。いや、しかし、人を迎えるなど何年ぶりでしょうな。」

 

奏夜の沈黙に対してそう答えるとイゴールはそう言うと口元を深く緩めた。

 

奏夜は無言のままイゴールの言葉にただ耳を傾けている。自分が知りたかった事…その一部か或いは全てか…それは分からないが、何れかの答えへと繋がっているであろう、手掛かりが目の前に存在しているのだ。

 

奏夜とイゴールが挟む形のテーブルの上には、あの謎の少年に言われるままに署名した宿帳…いや、カードというべきだろうか…それがあった。

 

「ここは、何かの形で『契約』を果たされた方のみが訪れる場所……。今から貴方は、このベルベットルームのお客人だ。」

 

『契約』…少年にも言われたその言葉を含むイゴールの言葉に奏夜は無言で答える。

 

「貴方はこれから、お父上から受け継いだ力とは違う、『もう一つの力』も磨くべき運命になり、それには必ずや私の手助けが必要となるでしょう。」

 

「…父さんから受け継いだ力とは別の物…ですか?」

 

「はい。貴方が支払うべき代価は1つ……。『契約』に従い、ご自身の選択に相応の責任を持って頂く事です。」

 

「…分かりました。」

 

「フム……では、これをお持ちなさい。」

 

イゴールが手を翳すと青い鍵が出現した。奏夜はイゴールの言葉に従い、その鍵を受け取る。

 

「では、またお会いしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を合図に意識を失うと、再び意識を呼び起こす。気持ち良さそうにヴァイオリン型の棺で眠っているキバットの姿が目に入る。そこは間違いなく寮の自分の部屋だった。目覚まし時計を見てみると時間はまだ四時十六分、起きるには早すぎる時間帯である。

 

手の平の中に何かの違和感を覚えて掌を開き、その中に有った物を見て、奏夜は笑みを浮かべる。その掌の上には

 

「……夢じゃないか……。」

 

あの部屋の中で渡された鍵が、月明かりに照らされて青い輝きを不気味に放っていた。

 

奏夜はその鍵の輝きを目に焼き付ける様に眺めるとゆっくりと目を閉じていく。そして、意識を再び眠りの中へと向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝…あれから、再び眠った物の良く眠れず、再び寝坊しそうになった時、奏夜は早起きしていて部屋の中を飛び回っていたキバットの「起きろー。」の声と共に放たれたとび蹴りで無理やり起こされたのだった。

 

眠気を抑えながらの授業ははっきり言って辛かった様で、思いっきり居眠りしている奏夜の姿が教室で目撃されたのだった。



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第三夜

「…………相変わらずですね」

 

相変わらず真っ暗なモニターを眺めながら、ゆかりは呆れた様子で呟いた。

 

「彼の様子は昨日と変わらずか」

 

美鶴は幾月の言葉に頷きながら、

 

「ええ。これでは適性があるか分かりません」

 

「そのようだね。彼に適正があるのは間違いないはずなんだけどね」

 

「……なんか、実験動物(モルモット)みたい……だったんですよね」

 

ゆかりのその言葉に一瞬沈黙が流れた。初日から監視カメラの存在には気付かれ、次の日からは徹底的に潰されている。実験動物(モルモット)と言う意見は入寮初日の奏夜も持った意見だったが、少なくとも、今の彼には絶対に当てはまらない言葉だろう。

 

「………そういうな。これも彼の為なんだが………」

 

自分達の間に流れる沈黙を振り払う様に、苦笑を浮かべながらそう会話を始め、言葉を続ける。

 

「理屈は、分かりますけど……」

 

一人でも仲間は多い方がいいと頭の中では……理屈としては理解していても罪悪感が有るのは隠せないはずだった。だが…こうも連日監視も何も出来ない状況では、罪悪感も薄れてきている。しかも、それでも罪悪感を持っているし、悪いとは思っているのだが…。

 

今後、奏夜の監視を如何するかと考えていると、無線の呼び出し音が鳴り響いた。美鶴が応答した所、通信の相手はここに居ない最後の一人である『真田明彦』の様だが……

 

 

『凄い奴を見つけた! これまで見た事もない奴だ!』

 

 

彼、『真田 明彦』の言葉には切迫した…必死な物が有った。『見た事も無い奴』とは、考えるまでもなく、相手はこの時間の中に存在する『敵』だろう。それも、自体は緊急を要している。

 

 

『ただ、生憎追われていてな……。もうすぐそっちに着くから、一応知らせておく』

 

 

「ッ!?」

 

続けられた明彦の言葉によって、美鶴達の間に緊張が走り、ざわめく。明彦は敵に追われていて、もうすぐこの寮に帰り着くという。それはつまり……

 

「それ……ヤツらがここに来るって事ですか!?」

 

「ひとまず今日の監視は中止だ! 理事長! 我々は応戦の準備をします!」

 

立ち上がり、そう鋭く言い放つと、美鶴は唐突な襲来に震えながら頷くゆかりと幾月を連れてラウンジへと降りて行く。

 

階段を下り切り、ラウンジに到着すると同時に、玄関の扉を開いて一人の少年が姿を現した。

 

「真田先輩!」

 

ゆかりが叫び、その少年……『真田 明彦』に駆け寄る。明彦は「大丈夫だ」と答えてはいるが、何処かを負傷しているのだろう、その表情は痛々しい。

 

だが、その場に居る3人の顔を順に見つめた次の瞬間、その顔に不敵な笑みを浮かべて、言葉を放つ。

 

「それより凄いのが来るぞ。見たらきっと驚く」

 

「面白がってる場合か! これは遊びじゃないんだぞ、明彦!」

 

「そ、それより真田くん、奴らなのかッ!?」

 

緊急事態なのに面白そうに放たれた明彦の言葉に激昂した美鶴を抑えて、幾月が震える声で問いかける。その問いを肯定する様に明彦は深く頷く。

 

「ただ普通の奴では……」

その瞬間、明彦の言葉を遮る様に寮全体を巨大な振動が襲いかかった。それは地震等の自然の揺れによって発生する振動ではない…。それは、物理的に何かが叩きつけられた事で起きた振動。

 

当然、その何かというのは考えるまでもなく、全員がその答えを持っている。そんな真似が出来る存在は、既に奴等しか存在していない。

 

「何この揺れ……冗談でしょ!?」

 

「理事長は作戦室へ! 岳羽は二階にいる彼を非難させてくれ!」

 

美鶴が事態に動揺することなく、冷静に指示を飛ばす。戦闘員では無い幾月を作戦室へ、戦闘経験の無いゆかりを無関係な第三者の避難へと向かわせる。

 

「えっ……? 先輩たちは?」

 

「ここで何としても食い止める。明彦、連れて来たのはおまえだ。責任は取ってもらうぞ」

 

「ヤツらの方が勝手について来たんだ! まったく……」

 

美鶴の言葉に毒づきながらも明彦は立ち上がり、ヤツらを迎える体勢を整えた。元々以前より戦闘を経験している最強戦力である二人が正面から敵を食い止める為にその場に残る。それは合理的であり、適材適所な判断だろう。

 

だが、彼等、彼女等は知らない…自分達が無関係な第三者と考えている奏夜こそ、今この場における真の最強最大の戦力なのだ。

 

 

 

 

奏夜の部屋

 

「おい、奏夜」

 

キバットの言葉を聞き、私服に着替えながら奏夜は彼の方へと視線を向ける。

 

「分かってる。……この感覚…奴等が出た」

 

キバットの言葉に答えながら、奏夜は窓の外に浮かぶ満月を睨み付ける。空に浮かぶ今夜の満月は、今までこの時間の中で見た物の中でもっとも禍々しく…もっとも妖しく…そして、もっとも、美しかった。

 

突然寮全体が揺れる。地震では無い…。恐らく、まだ推測の域を出ない事だが、ここを襲撃してきた奴等の仕業だ。

 

「これって?」

 

「ああ、今までの奴等じゃなさそうだ。キバって行けよ、奏夜!」

 

「うん」

 

キバットを手に取り、それを右手に近づけようとした瞬間…

 

「変……」

 

「紅君!」

 

「「ッ!?」」

 

突然、騒々しい音と共にドアが開かれ、ゆかりが部屋の中に飛び込んでくる。ドアに背を向けていた奏夜達には見えなかったが、部屋に飛び込んできたゆかりの表情は、酷く切羽詰った物だった。

 

奏夜とキバットはそれに思いっきり驚いてしまった。奏夜は反射的にポケットの中にキバットを隠す。

 

「うわ!」

 

突然の事に驚いてキバットが抗議の意思を込めて叫び声を上げるが、今はそれ所ではない。

 

「勝手に入ってゴメン。悪いけど、説明してる暇無いの。今すぐここから出るから!」

 

「う、うん!」

 

実際、自分達はその原因と今から戦いに行こうとしていたのだが、『キバ』の事を隠している以上、そんな事を言える訳も無く、ただ彼女の指示に従うしか出来ない。

 

「ふう、セーフだったな、今のは」

 

奏夜のポケットの中でキバットはそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

ゆかりに連れられて奏夜は部屋を飛び出す。ゆかりに案内されながら、二人と一匹は裏口へと辿り着く。

 

「ここ?」

 

「うん、ここまで来れば……」

 

裏口の前、そこで一息付いた所に電子音が鳴り響く。それに気が付いたゆかりが無線のスイッチを入れると、すぐに無線の向こうから美鶴の声が聞こえてきた。

 

 

『岳羽、聞こえるか!?』

 

 

「は、はい! 聞こえます!」

 

 

『気をつけろ、敵はあの1体だけじゃないみたいだ。こことは別に本体がいる!』

 

 

「マジですか!?」

 

美鶴の言葉にゆかりが慌てると同時に、目の前のドアが軋み声を上げる。

 

敵と言う言葉にこの扉の先に待っているのは自分達が戦おうとしていた相手と言う事を考え付くのはそれ程時間は掛からなかった。しかも、自分以外にもどこかで美鶴達が戦っている。それも…この寮全体を揺らすほどの相手と…。

 

しかも、それだけではない…通信から聞こえてきた美鶴の言葉が正しければ、この扉の先に居るのは先程、彼女達の話に出てきた『本体』の可能性が高い。

 

自分達だけならば、すぐに変身して扉を蹴破るべきだろう。…だが、今は自分達だけではないのだと、奏夜は頭の中から考えを消し去る。

 

「これ以上ここに居るのは拙い、すぐに離れよう!」

 

「う、うん!」

 

恐らく正面には敵と戦っているであろう人達が居る。裏口と正面…この寮の脱出ルートは全て相手に抑えられている。

 

自分を案内するゆかりに連れられて下から迫ってくる何かを叩く嫌な音に追われながら、屋上へと向かい走りながら、奏夜は考えを展開させていく。

 

(はっきり言って状況は最悪…岳羽さんが居たらぼくは変身できないし、屋上に逃げるのは時間稼ぎにしかならない上に追い詰められたら逃げ場は無いか。……どうする?)

 

そう考えていてもすぐに答えと言う名の一枚絵は浮かんでこない。気が付くと既に最上階から屋上へと出て、ゆかりが扉を閉めていた。

 

「ここまでくれば…少しは…」

 

「いや、寧ろ逆でしかないと思うよ」

 

安堵の感情を浮かべているゆかりとは正反対に奏夜は真剣な顔で後ろを振り向く。そこにあるのは満月の浮かぶ夜空だけのはず…だった。

 

「…………」

 

「うそ…」

 

無言のまま、それを睨み付ける奏夜とそんな声を上げるゆかり……二人の視線の先、そこに有るのは…夜空に浮かぶ仮面だった。

 

それに続いて屋上に這い上がって来るのはそれの持つ体であろう、剣を握り互いに絡み合う無数の手が作り上げている黒い塊…。夜空に浮かんだ仮面は無数の手の中の一つが剣の代わりに握り、掲げていたのだ。暗く確認こそ出来ないが、その仮面にはⅠらしき数字が書かれている様にも見える。

 

(…こいつが奴等の仲間…それも、ぼくが戦ってきた奴等よりも上級の奴か…?)

 

「岳羽さん…あれって?」

 

「アレは、ここを襲ってきた化け物………『シャドウ』よ」

 

互いに視線は常に敵に向けながら奏夜の言葉にゆかりが答える。奏夜は彼女の言葉に確信を持った。彼女達は自分と同様にこの時間の中を生き、そして、ここに出現する敵(彼女達の呼称では『シャドウ』と言うらしい)と戦っている。

 

「紅君、下がって」

 

その言葉に彼女の方を振り向くと、ゆかりが意を決した表情で前へと進み、逆に奏夜を庇う様な形となった。そして彼女の手には、入寮初日に彼女が持っていた武器で有る銃が有った。

 

彼女が銃を持っていた理由もこれで納得できた。何故なら、敵が存在している以上はそれと戦うための武器は必要になってくる。だが、ただの拳銃では気休めにも成らない事を…奴等の危険性を奏夜は良く知っているのだ。

 

だが、ゆかりは何を思ったのか……その銃を自らの眉間へと宛がった。

 

「って、ちょっと、岳羽さん!」

 

「キャアァッ!」

 

明らかに間違った使い方をしようとしているゆかりを止め様と奏夜は叫ぶが、それと同時にゆかりの持つ拳銃がシャドウによって弾き飛ばされ、彼女も思い切り床へと倒れる。

 

(どうする、彼女が居たら変身できない…武器はあれだけ…やるしかないか)

 

自分へと迫るシャドウの攻撃を回避すると意を決して、床を蹴り、先程彼女が落とした銃を回収する。

 

 

-ドックン-

 

 

それを手に取った瞬間、心臓を初めとする全ての臓器が…いや、脳が…血液が…細胞が…全身の…『紅 奏夜』を構成する全ての物が脈打つ。

 

その瞬間、奏夜は理解した。その銃の意味を…。それに弾丸は無い…いや、それは正しくは別に存在している。銃ではなく、これ自体が引き金(トリガー)、撃ち出される弾丸、それは……。

 

 

 

 

 

『さぁ、はじまるよ。』

 

 

 

 

どこかで、あの少年の声が聞こえた気がしたが、そんなのは関係ない。全ては…

 

「……ペル……ソナ」

微笑を浮かべてトリガーを引く。衝撃音と共に『それ』は打ち出された。

 

 

『我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……『幽玄の奏者』──オルフェウスなり。』

 

 

「オルフェウス…。……!!!!!!」

 

自分のうちより出た存在の名を呟いた瞬間、喉の奥から声にならない悲鳴が上がる。次に襲い来るのは自分の中から突き破ろうとしてくるモノが存在しているような不快感。

 

その感覚には過去に一度だけ経験が有った。『あの姿になった時』の感覚とまったく同じなのだ。そして、苦しみを堪えながら、オルフェウスを見上げると、オルフェウスもまた彼と同じように苦しんでいる。

 

「く、紅君!!!」

 

その様子にゆかりが彼の名前を呼ぶが、奏夜にはその声は届いていない。

 

そして、オルフェウスの口から無数の手が出現し、内部より破裂する。

 

「!? アァァァァァァァァァァァァァアアア!!!!!!」

 

体は何も傷ついて居ないのに感じられる全身が引きちぎられる様な激痛。響くのは奏夜の絶叫。オルフェウスを突き破って出現したのは…残虐な仮面をつけ、幾つ物もの棺を繋ぎ担いだ死の具現…黒衣の死神だった。

 

本能が理解する。これもまたオルフェウス同様、自分の内に潜んでいたモノ。だが、その力はオルフェウスよりも…目の前のシャドウよりも…そして、自分よりも強い。

 

無数の手に持つシャドウの剣は死神の持つ一振りの剣に劣る。その全てが死神には敵ですらない。圧倒的な力で相手を蹂躙し、その怪物達を喰らっていく。

 

そして、全てが終わった時、不快感が消え、死神はオルフェウスへと戻っていた。

 

「……終わったの?」

 

ゆかりがそう呟いた。彼女が安堵とともに奏夜に対しても僅かなに恐怖を抱いているのを彼は感じ取る。

 

異形の姿へとならずとも、自分へ向けられる恐怖の感情…。他者から拒絶されるのを恐れていた。恐れていたはずなのに…。

 

奏夜は少しだけ微笑み返し、自分達へと近付く敵の気配に気が付く。

 

「ごめん、岳羽さん」

 

「え?」

 

「もう少し、借りる」

 

這いずりながら、自分へと近付く敵の存在に気が付く。その数は2、先程よりも増えているが、前に居た町で何度も戦った敵の中でも簡単に倒してきた物と同種。

 

「…行くよ…。オルフェウス!」

 

自分の額へと突きつけた銃のトリガーを引き、自身の意識の中より奏者(オルフェウス)を呼び出す。

 

背中に背負う竪琴を外し、振り回し、力任せに叩きつける。乱暴すぎる程の力技に一体のシャドウは簡単に叩き潰す。

 

今度は先程の様な『暴走』は無い。一体を叩き潰した奏夜に二体目のシャドウが迫ってくるが、はっきりとした意識の元で相手の動きを見て避けると再びトリガーを引き、カウンターでオルフェウスの一撃で粉砕する。

 

キバットの力を借りずとも、キバの姿に成らずとも、あの化け物…彼女達の言うシャドウを倒せる力の存在に彼は戸惑いを隠せなかった。

 

「終わった…? なに!?」

 

今度こそ終わったかと奏夜が安堵した瞬間、その顔が驚愕へと変わる。

 

それは最初に倒した大型の相手の黒き肉片。死神に蹂躙され、千切れ跳んでいた黒い肉片の如きパーツは一つになり、粘土を捏ね合わせている完全な人型の何かを形成している。だが、それは人型であっても人ではない。

 

「おいおい、嘘だろう?」

 

キバットの驚愕の声が聞こえる。奏夜も、ゆかりも、それから視線を外す事は出来なかった。

粘土を捏ねる様に黒い泥は練りあわされ、一つの怪物を作り上げていく。

馬をイメージさせる頭部と鎧を纏った人間の如き体躯。

 

唯一キバットはそれには見覚えが有った。…それは絶滅したはずのモンスターの種族の一種…『ファンガイア』。

 

だから、キバットだけは他の者達とは違う疑問が浮かんでいたのだ。『何故、ファンガイアの姿をしているのか?』と言う疑問が…。

 

「アンビリバボー…」

 

キバットの呟きが漏れる。沈黙が支配する中、黒い『ホースファンガイア』は先ほどのシャドウのつけていた仮面を手に取り、自身の顔へと重ねる。そして、それと同時に焼き上がった陶器の様に、水分を失った粘土の様に…泥の様だった肉片は固さをもち、全身が黒から青と黒の色彩を得る。

 

その瞬間、青と黒の体に無理矢理シャドウの仮面を付けた『ホースファンガイア』の姿を模したシャドウが目の前に存在していた。

 

目の前の光景に対するショックから開放されない奏夜を衝撃が襲う。それはシャドウの突進によって体が吹き飛ばされたのだ。

 

「ぐっ!」

 

柵に叩きつけられて勢いは止まるが、全身のダメージは大きい。だが、それは立ち上がれないほどではない。

 

だが、吹き飛ばされた衝撃で手放してしまったのだろう、手の中にあの銃は無かった。

 

ホースファンガイアの姿をしたシャドウの手の中に大剣が現れ、横凪に振るわれると再び奏夜の体が宙を舞う。

 

「がは…」

 

奏夜の体はそのまま落下防止の柵を飛び越え、外へと吹き飛ばされる。

 

「紅君!!!」

 

ゆかりの叫び声が響く。寮は四階建てであり、そんな所から落下しては無事では済まないだろう。そして、落下に対するせめてもの抵抗の様に振るわれた手は虚しく空を切る。

 

 

 

 

 

 

 

絶対的な『死』を告げられる状況。だが、奏夜の目には絶望は無かった。

 

「ッ!? キバット!!!」

 

「よっしゃ! 待ってたぜ! ガブ!」

 

そう、ここなら誰にも見られる事無く変身できると確信しながら、屋上より落下する奏夜はその手を翳す。

 

翳された彼の腕をポケットの中から飛び出したキバットが噛む。それにより口内の牙『アクティブファング』から『魔皇力』と呼ばれる力の一種『アクティブフォース』を注入し、渡より奏夜に受け継がれ、秘められた『魔皇力』を活性化させる。

 

それに合わせ、彼の右手から右頬までステンドグラスの様な模様が浮かび上がり、何処からか現れ、腰に巻きついた鎖が砕け散り、『キバットベルト』を作り出す。

 

「変身!!!」

 

そして、彼の叫びと共にベルトのバックル部分『キバックル』にある止り木『パワールースト』へとキバットが停まり、彼の体を『キバの鎧』が纏う。奏夜に秘められた魔皇力を活性化させ、それを制御する拘束具である『キバの鎧』を纏う事により彼は変身するのだ。

 

「よっしゃ、キバって行くぜ!!!」

 

「ああ!」

 

赤き異形の戦士は壁に手を振れ落下の勢いを殺し、そのまま壁を蹴り先程までとは反対に上空へと舞い上がる。

 

 

 

 

 

 

 

「キャアァッ!」

 

大剣を構えたシャドウは獲物と認識したゆかりとの距離を詰めていく。手の中にはシャドウに吹き飛ばされた時に奏夜が手放した銃は有るが、その引き金を引くことは出来ない。

 

そして、シャドウが大剣を振り上げた瞬間、月を背景に背負いシャドウとゆかりの間に新たな異形の影が降り立ち、次の瞬間、振り下ろされた大剣を受け止めシャドウを殴り飛ばす。

 

「な・・なに?」

 

恐怖に震えた視線でゆかりは突然の乱入者を見上げる。黒のスーツに真紅の装甲、両腕両足に銀の部分も目立つ鎧を身に纏った異形の戦士。

 

彼女の言葉に振り向く。後ろからでは見えなかったその仮面は蝙蝠をイメージさせる瞳に相当する部分が黄色に輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其の物の名は『仮面ライダーキバ』



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第四夜

「何だ、あれは……!?」

 

作戦室のモニターを通してシャドウとの戦闘を眺めていた明彦達が本日二度目となる言葉をまったく同じ口調で呟く。

 

一度目はオルフェウスが黒衣の死神へと変貌した時の事。

 

正面玄関でシャドウを退ける事に成功した明彦と美鶴は、残りのシャドウの居場所を探るべく、幾月の待つ作戦室へと移動した。

 

だが、既にその標的は奏夜とゆかりを襲撃していた所だった。それを見て二人が慌てて駆けつけようとした所で、奏夜がオルフェウスを呼び出したのだ。

 

その後の光景を見て一度目の呟きを洩らした。それは信じられないものだった。奏夜に『適正』が有る事は大体分かっていたが、ペルソナの中から新たなペルソナを、『黒衣の死神』を呼び出すなどとは想像もしていなかった。誰もが唖然とした表情でモニターを見つめ続ける。

 

既にシャドウの姿はない。あの黒衣の死神も月に向かい吼え、オルフェウスの姿へと変化していった。

 

その直後に出現した二体のシャドウも初めての実戦だと言うのに奏夜がオルフェウスを使い殲滅した。安心して駆けつけ様とした時、異変は起きたのだ。

 

モニター越しとは言え、自分達の目の前で、倒しされたと思ったシャドウの肉片が重なり合い、先程よりも小型な姿をした馬の頭を持つ甲冑を纏った人の様な姿を作り上げ、己の仮面を自らに取り付け、新しい姿で再生したのだ。

 

そして誕生したのは今まで見た事の無い、初めて見る姿のまったく新しいタイプのシャドウ。それだけではない、再生等したシャドウは今まで存在していない。

 

「あれは…まさか……そんなはずはない…」

 

それを見て幾月が呟きを洩らす。

 

「理事長、あれを知っているのですか!?」

 

「あ、ああ…。でも、それよりも今は…」

 

理事長の言葉で美鶴は優先すべき事を思い出す。そう、今は詮索する時ではない。今は、あのシャドウと戦い、排除するべき時なのだ。

 

「何だ、あれは……!?」

 

「今度は何だ!?」

 

本日三度目となる明彦の言葉に美鶴は思わず言葉を失ってしまう。屋上の様子を写しているモニターに写っているのは、シャドウと対峙する黒のスーツに真紅の装甲、両腕両足の銀の部分も目立つ鎧を身に纏った異形の戦士。

 

「あれは…まさか……間違いない、あれは……キバ。そんなバカな…奴は……確かに…」

 

誰にも聞かれる事無く、幾月の呟きは闇へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

奏夜SIDE

 

床を蹴りキバはホースファンガイアの姿をしたシャドウへと殴りかかる。頭部に無理矢理取り付けたような仮面へと吸い込まれる様に叩き付けられるキバの拳。そのまま続け様に叩き付けられる乱打、そして、右足でのハイキックへと流れる様にキバの攻撃が打ち込まれる。

 

反撃として振りかかる大剣を紙一重で避け、裏拳、肘打ち、そして、正拳へと続く。よろけながら後ろに下がった瞬間に一歩踏み込み、サーマソルトキックを叩き込み、柵まで追い詰める。

 

「よっしゃ、お返しだぜ!」

 

ベルトから聞こえる軽快なキバットの声に従う様にキバは回し蹴りを打ち込む。それによって、柵を突き破り、そのまま外へと落下していく。

 

「逃がしゃしねえぜ」

 

「あっ、ちょっと!」

 

今まで呆然としていたゆかりの静止の声も聞かず、躊躇無く、キバはシャドウを追い階下へと飛び降りる。

 

 

 

 

 

落下の衝撃で作り上げたクレーターから這い上がるシャドウ、落下の衝撃で罅の入った大剣を杖代わりに立ち上がり、自分に迫る恐ろしい敵の存在に気が付き、すぐにそこから逃げ出そうとする。

 

「ストォップ!!! ちょっと、待った!」

 

「悪いけど、逃がさないよ」

 

だが、シャドウが落下した寮の屋上から苦も無く華麗に着地するキバから、キバットと奏夜の言葉が告げられる。

 

「…答えて貰うよ…。何で、お前がファンガイアの姿をしている?」

 

キバの言葉に答える事無く、自身に迫る脅威から逃れる様に大剣で切りかかって行くが、振り払う様に振られたキバの拳が容易くそれを粉砕する。そして、開いた拳をシャドウの顔面の仮面へと叩きつける。

 

再び大剣を出現させ、キバへと突っ込んでいくが空中でバクテンし、シャドウの背後へと回り込み、ラッシュを叩き込み、吹き飛ばす。

 

それにより吹き飛ばされた事でシャドウにとって幸(さいわい)にも、キバから距離が開く。そして、慌てて後ろを振り向き、一目散に逃げ出す。

 

「言ったはずだよ」

 

「逃がさないってな! 行け、奏夜!」

 

地面を蹴りシャドウの正面へ回り込み、蝙蝠の様に木にぶら下がるとパンチを連続で叩き込む、そして、地面に降りると同時に回し蹴りを正確に頭部の仮面へと叩きつける。

 

それによって吹き飛ばされ、後ろに下がるが直に体勢を立て直したシャドウが斬りかかる。それをキバは紙一重で避けていく。

 

「やるな~! 流石、渡の後継者だぜ!」

 

「それ程でもないよ。この程度じゃ、まだ父さんには追いつけない」

 

嬉しそうに言うキバットに対して奏夜は静かに言葉を告げる。

 

「ぬお~!」

 

攻撃のリズムを変え、シャドウがキバを突き刺す。だが、

 

「ナイスキャッチ♪」

 

「ありがとう、キバット!」

 

キバットが口でシャドウの突き出した大剣を受け止めていた。

 

「はぁ!!!」

 

そして、動きを止めた無防備なシャドウへと向け、キバはラッシュを再び叩きつける。それによって、一気に吹き飛ばす。

 

「よし、トドメだぁ!」

 

キバットの言葉に従う様に腰についている笛『フエッスル』を取り出し、それをキバットへと差し込む。

 

「行くぜ! ウェイクアップ!」

 

ウェイクアップフエッスルを差し込んだ瞬間に鳴り響く笛の音色、そして、それに合わせて夜を支配する色が緑から黒へと変わり、満月が真紅の三日月へと変わる。

 

それに合わせる様に右足を振り上げる。キバの右足をキバットが舞うとそれに合わせ、右脚の拘束具『ヘルズゲート』を封印していた鎖『カテナ』が解き放たれ、ゲートを開放し、足に翼を広げ中央に目が着いた物が現れる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 

左足だけで空高く舞い上がり、真紅の三日月を背景に急降下しながら、抑制されていた魔皇力が解き放たれ、強力な飛び蹴りをシャドウへと向けて放つ。

 

 

 

『ダークネスムーンブレイク!』

 

 

 

シャドウの体が道路に叩き付けられる。そして、更に力を込めた瞬間に開放された余剰エネルギーにより、シャドウは粉砕され、道路に蝙蝠の様な紋章、キバの紋が刻まれる。

 

「終わったな」

 

そう告げながら、ベルトからキバットが離れた瞬間、キバの変身が解ける。

 

「…違うよ…キバット」

 

「ん?」

 

「これは……ここから、始まるんだ」

 

奏夜はキバットへ向けて力強くそう宣言する。

 

「ああ、そうだな、奏夜」

 

奏夜の言葉に嬉しそうに告げられるキバットの言葉を聞きながら、奏夜は視界の中にこちらへと向かってくる三人ほどの人影が見える。その姿を視界に納めた瞬間、奏夜は目眩を感じた。

 

「それから、キバット。見つからない内に隠れて……」

 

辛うじてそう告げて意識を失って倒れた奏夜が意識を失う直前に最後に見たのは、彼の言葉に従って飛び去っていくキバットと…心配そうに自分へと駆け寄ってくるゆかりの姿だった。

 

(…どうしたんだ…? 何時もなら、こんな事……無いのに……)

 

必死な表情で自分を揺する彼女、ゆかりの顔を見ながら意識を完全に手放していく。

 

「………ごめん、心配掛けた………」

 

そう言葉になったかは本人さえも知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再び、お目にかかりましたな」

 

聞こえてきたのは、はっきりとした声。しっかりと耳に届いた声と眠りに落ちたはずなのに妙にはっきりとした意識。気が付くと奏夜は再びあの部屋の中に居た。

 

「ええ、そうですね」

 

奏夜が答えるとイゴールは次の言葉を告げる。

 

「貴方は『力』を覚醒したショックで意識を失われたのです」

その力…奏夜が無意識の中で『ペルソナ』と呟いた、『あの力』の事だろう。イゴールの言う通り、確かに、『ファンガイア』に似た姿へと姿を変えたシャドウを倒して、全てが終わった後、急激に全身の力が抜けていくのを感じた。

 

今までどれだけ使っていても負担を感じる事の無かった『キバ』の力とは違う力を原因として考えた方が正しいだろう。

 

「あれが…ぼくの力?」

 

「しかし、ご心配はいりません。少し休まれるといい」

 

思わず奏夜はその言葉にずっこけ掛けてしまう。

 

「あの、ぼくって休みかけた所だったんですけど…」

 

「ほぅ、覚醒した力はオルフェウスですか。成る程、興味深い」

 

全面的に奏夜の講義の言葉を全面的に黙殺しながら、微笑みながら告げた。

 

「……………無視ですか。それで、この力は?」

 

「それはペルソナという力……もう一人の貴方自身なのです」

 

「…………」

 

奏夜が聴かされた言葉は…イゴールの説明はこの段階までは感覚的な物だったが全て自分が理解していた事だけだった。それでも、己の感じた感覚が正しかったと証明された。『オルフェウス』の名前も、『ペルソナ』という力の名も全て知っている事なのだ。

 

もっとも、現れた時に名乗った『オルフェウス』の名はともかく、何故自分が『ペルソナ』と言う名を知っていたのかは分からないが。

 

「ペルソナとは、貴方が貴方の外側の物事と向き合った時、表に出てくる『人格』。様々な困難に立ち向かっていく為の、貴方の持つもう一つの鎧、『仮面の鎧』と言ってもいいでしょう」

 

「なるほど、言葉どおり『仮面(ペルソナ)』ですか」

 

然様(さよう)で。とは言え、貴方の力はまだ弱い」

 

(弱いって、あれが?)

 

イゴールの言葉に奏夜は始めて疑問を覚えた。今まで説明は知っていた事と納得した事は有っても疑問は入っていなかった。

 

だが、唯一つだけ、あの力…『死神』の力が弱いと言うのは納得できる言葉ではなかったのだ。自分の制御を離れ、一瞬にしてあの大型シャドウを葬ったあの死神が弱いとはとても思えない。

 

(いや、そうじゃない…『オルフェウス』か…弱いのは?)

 

確かに、そう結論を出すとイゴールの言葉も最も自然な形で納得できる。自分も力を振るって見たがオルフェウスの力は死神と比べると大きな差がある。

 

そして、『違和感が無さ過ぎた為』に、今になって初めて気が付いた事だが、今はあの死神の存在を自分の中に感じられない。オルフェウスの力は確かに感じているというのに。

 

(…それに、あの『死神』はあの時と…。前にキバットやガルル達が始めて見たって言ってた『黒いキバ』になった時と同じ感覚だった…。『黒いキバ』と同じ用に、あの死神は…ぼくの力と思わない方がいい。ぼくの力だったとしても、『黒いキバ』も『死神』も自由に使いこなせる様な物じゃなさそうだ)

 

「続けても、よろしいですかな?」

 

その言葉に思案を一時止めると、イゴールへと向けて眼で肯定する。

 

「貴方も薄々と気付いた模様ですが、『ペルソナ能力』とは『心』を御する力……。『心』とは『絆』によって満ちるものです。他者と関わり、絆を育み、貴方だけの『コミュニティ』を築かれるが宜しい」

 

「他人との絆?」

 

「然様で。『コミュニティ』の力こそが、『ペルソナ能力』を伸ばしてゆくのです。」

 

要するに『ペルソナ』を磨くのに必要なのは肉体的な成長ではなく、精神的な成長と言う事なのだろう。

 

精神的成長には一人では限界があり、他者との関わりによって築かれた『関係』、『絆』が精神的な成長を促すという事は理解している。まさにペルソナは己の心を映し出す、もう一人の自分と言えるだろう。

 

「苦手なんだよね、そう言うの」

 

苦笑を浮かべながら奏夜がそう呟くとイゴールは『クックッ』と喉を鳴らして笑う。

 

「なに……貴方は既にコミュニティを築いていらっしゃる。その証拠に」

 

イゴールの前に新たに現れる三枚のカード。そこに書かれている絵柄には何処か見覚えが有った。

 

一枚は蒼い人狼、一枚は碧の半漁人、一枚は紫紺の巨人。

 

「それは?」

 

「これが、貴方と貴方の仲間達との(コミュ)が生み出した『力』…。…なるほど、『ガルル』、『バッシャー』、『ドッガ』と言うのですか? 大変興味深い」

 

そう言いきり、イゴールは三枚のカードを奏夜へと渡す。再び確認してみたが、そこに書かれていた絵は間違いなく、自分の仲間のモンスター達の姿だった。

 

「さて…現世では、多少の時間が流れたようです。これ以上のお引止めは出来ますまい……」

 

「………」

 

「次にお目にかかる時には、貴方は自らここに足を運ぶ事になるでしょう」

 

イゴールのその言葉を境に、奏夜の身を不可思議な感覚が包む。それが、この部屋から現実へと復帰する兆しだと理解し、静かにその感覚に身を任せていった。

 

「また、お目にかかりましょう」



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第五夜

あれから…この街に帰ってきて初めて『キバ』へと変身した夜、『ペルソナ』と言う力を使った時から既に一週間の時が過ぎていった。

 

「……ん……?」

 

意識を現実へと戻った時、奏夜は目を開ける。時間の経過を知らない奏夜としてはまだ数時間程度としか捉えていないのだろう。

 

そして、彼の視界の中に日の光と共に飛び込んできたのは…心配そうな顔で自分を覗き込んでいる彼女、『岳羽 ゆかり』の心配そうな表情だった。

 

 

「……気付いた!?」

 

「…おはよう…。」

 

全身に妙な違和感を覚えながら、搾り出す様な声で奏夜は彼女の言葉にそう答える。

 

「…あ、気が付いた!? 大丈夫!? 気分はどう!? おかしいとこない!?」

 

「…大丈夫…だと思う。それより、ここ何処?」

 

最初に聞く事は自分の現状だろう。そもそも、こうして無事に居る所か、あの怪物(シャドウ)にはこの手でしっかりとトドメを刺したのだ。あの怪物がどうなったのかは聞くまでもない事だろう。

 

彼女からの奏夜の質問への答えは全部で二つ、『ここが桐条系列の病院である事』と『一週間過労で眼が覚めなかった事』。

 

「…一週間か…?」

 

(イゴールさん…一週間の何処が多少の時間なの? そんな事より、この疲労が初めて使う力の反動か。…まだ慣れてないだけって思いたいけど…。力使う度に一週間寝込んでたら、体が幾つ有っても足りないしさ。)

 

「…ぼくって、そんなに寝てたの?」

『時間経過し過ぎ』と言うイゴールに対する疑問を浮かべながらそんな疑問を漏らす。兄兼相棒(キバット)に心配を掛けたなと考える。

 

「…でも、ホント良かった。本気で心配したんだから。」

 

(あれ?)

 

「…なんで君がここに?」

 

安心した様に息を吐きながら、椅子に座るゆかりに自分の中の疑問を問いかける。

 

「え? だって……助けてもらったってのもあるしさ……放っとけないよ。」

 

ゆかりはそう言って僅かに顔を伏せる。だが、それ以外にもゆうりは奏夜に言いたい事があった。だが、今はそれよりも先に伝えなければならない事が有るのだ。

 

(『放っとけない』か…。…改めて思うけど、やっぱり苦手だよな…こういうのって。)

 

奏夜も奏夜でそんな事を考えながら、天井を眺めていた。本来、自分が関わっていた他者というのはキバットや仲間のモンスター達以外には自分を育ててくれた叔父夫婦だけなのだ。なんと話したら良いのか? と疑問に思ってしまうのも無理も無いだろう。

 

二人の居る病室の中を支配するのは妙に重い沈黙…その沈黙を最初に破ったのはゆかりだった。

 

「あのさ…。」

 

「なに?」

 

イゴールの言葉の中にあった今後の課題を考えつつ、何時もの自分を出しながら、ゆかりの言葉に答える。

 

本来なら、この地が自分にとっての始まりの場所なのだから、月光舘学園への転校への誘いはここに戻るためには好都合だった。…自分にとっては月光舘学園への転校はその為の理由でしかなかったのだ。

 

だが、自体は自分が思っていた方向から大きく離れ始める現状。自分だけで戦うつもりだったあの時間の中に現れる怪物達を『シャドウ』と呼称し、戦う力を持った者達。そして、自分の中に目覚めた恐らくは彼女達の持っている物と同様と思われる『(ペルソナ)』』。

 

そして、極めつけは今まで戦った奴等よりも上級な大型のシャドウ。そして、滅んだはずのモンスター一族『ファンガイア』の姿となったシャドウ。

 

そう、様々な疑問が奏夜の中には存在していたのだ。

 

「ゴメンね。あの時は何も出来なくて……。先輩達には、『お前が守れ』って言われてたんだけど。」

 

そう、そう言われたのにも関わらず結局の所、大型シャドウとその後に現れた二体の小型シャドウは始めて戦った(と思われている)奏夜によって倒され、より強力な姿となって復活したシャドウにも何も出来ず、突然現れた赤い仮面の戦士が倒したのだ。

 

「気にしなくてもいいよ。」

 

軽い口調で言葉を返す。そもそも、彼女は知らなかったとは言え、奏夜には戦う力(キバの力)が有る。護られる非力な側の人間ではないのだ。

 

「でも驚いた。ホント凄いね……紅君のあの力。それに私達を助けてくれたあの赤い人。」

 

「ッ!?」

 

彼女から告げられた二つの言葉に思いっきり動揺してしまう。『自分の力』と言われたのは『ペルソナ』の力…その中でも、オルフェウスの中から現れた『死神』の力の事だろう。

 

それに、彼女の言う『赤い人』は間違いなく自分の変身した『キバ』の事だろう。

 

そもに、自分が四階から吹き飛ばされて無傷な理由をどう説明するべきかと今更ながら思ったが…向こうがそう思ってくれているのなら、全面的にキバが助けてくれた事にしようと決めた。

 

そもそも、屋上にも監視カメラも合っただろうし、キバの存在は彼女(ゆかり)も説明してくれる。ならば、

 

「そうか…また助けられたのか…『キバ』に。」

 

そう言葉を告げておく。第一、これは満更嘘ではない、自分は先代のキバ(自分の父)に幼い日にも助けられているのだ。

 

「キバって、紅君、あの赤い人の事、知ってるの?」

 

「…まあね。前にも一度…助けてもらったから…。」

 

何時でも思い出せる『何か』と対峙する『金色のキバ』の後ろ姿。そう、それが自分が見た『先代のキバ()』の最後の姿だったのだから。

 

妙な感慨に浸ってしまう前に話を進めようと考えて、奏夜はゆかりへと質問をぶつける。

 

「キバの事はともかく…あのシャドウとか呼ばれていた怪物は一体何? 多分、ぼくを突き落とした奴はキバが倒してくれたんだろうけど。」

 

「うん。シャドウは私達が戦ってる敵。それに…紅君が使った力は『ペルソナ』って呼ばれてる。」

 

彼女の言葉は自分も良く知っている。自分の力の名も、あれが戦っている敵だという事も…。

 

(彼女も詳しくは知らないのか? いや、単に、こんな所で話す内容じゃないだけかもしれない。)

 

「でも、詳しい事はここじゃ無理だから、後で理事長や桐条先輩が説明してくれるから。」

 

「うん、ちゃんと説明してもらえるなら、文句は無いよ。」

 

微笑を浮かべながら、彼女の言葉にそう返す。

 

彼女以上に情報を知っている…彼女よりも上の立場の人間からの説明なら、シャドウの事も知ることができるだろう。そもそも、シャドウに付いて自分が知っているのは『あの妙な時間の何だけ存在する』と言う事と、『人の意思を食らい、影人間へと変える』と言う事だけなのだ。

 

(…何でそんな風にしか笑えないんだろう…?)

 

奏夜の浮かべる笑顔は常に何処か影がある。まるで、本当の自分を隠すために『笑顔』と言う『仮面』を付けているだけという様な印象を拭えない。その笑顔は他者との間に作られた他人との間に作られた『壁』の様に見える。

 

それは彼の心に有る自分と同じ、『傷』に関係しているのだろうと考えていた。

 

「……えっと…さ。行き成りでなんだけど…。」

 

「え?」

 

「私もね…。貴方と一緒なんだ。」

 

「……ぼくと…一緒?」

 

「実は私…あなたの身の上、色々聞いちゃっててさ…。…えと…。昔さ…この辺で大きな爆発事故があったの………知ってる。」

 

(っ!?)「うん。」

 

心の中に浮かんだ動揺を押し殺しながら、彼女の言葉に返事を返す。

 

「…私のお父さん小さい頃その事故で死んじゃってさ…。それから、母さんとも距離が開いてて。その…詳しいこと、分かって無いんだ…。」

 

覚えている…自分の父が死んだのも同じ時だったのだ。ゆかりはその表情に影を落としながら、次の言葉を続けていく。

 

「父さんが勤めてたの桐条グループの研究所だったの。だからここに居れば、父さんの事、何か分かるかもって思って……。」

 

同じだ…。彼女も自分と同じ目的でここに居る。…彼女も自分と同じ様に父の死の真相を知る事が目的なのだ。

 

だが、自分は知っている。父の死の真相は『何処からか戻る途中、母を殺した何者かと戦い、自分を庇って死んだ』のだ。あの最強の『金色のキバ』が敗れたのは自分のせいだった。

 

「学園に入ったのも、この前みたいなことやってるのも、そういう訳。」

 

『同じだ。』…奏夜はそう考えてしまっていた。彼女も自分と同じなのだ。自分と同じ様に父の死を調べる為に戦いに身を置いてこの地にいる。

 

唯一つ違うのは奏夜がこの地に身を置く前から、既に戦い始めたと言うこと。その程度の違いしかないのだ。

 

(…同じ日に起こった『研究所の爆発事故』と『キバットと共に何処かに出かけた父』か…。)

 

そして、妙に符合する『ゆかりの父の死』と『自分の父の死』に疑問を感じずには居られなかった。『自分の父も『研究所』に向かったのではないか?』とも考えてしまう。だが、肝心のキバットも、ガルル達もその日の事に関しては何故か『覚えていない』のだ。

 

(どうなってるんだ!? 父さん…貴方を殺したのは…? あの日、貴方は何処に行ったんだ!?)

 

「…もっとも、怖くて、あの有様だったけどね…。私も初めてだったんだ。敵と戦うの…。ゴメンね。私が頼りないせいでこんな…。」

 

言葉が続くたびに彼女の表情に落ちる暗い影と、段々と力が無くなっていくゆかりの言葉。

 

「…君のせいじゃないよ。」

 

「え?」

 

「誰だって戦うのは怖いし、傷つくのはイヤだよ…。だから、あれは君のせいじゃない。」

 

彼女に落ちる影を拭い去る様に笑顔を浮かべながら告げられる言葉…それを聞く度にゆかりは心が軽くなって行くのを感じた。

 

(…そんな風にも笑えるんだ…。)

 

彼の浮かべていた笑顔は今までとは違う自然な笑顔。それは壁を作るための笑顔ではない優しい笑顔。

 

「…うん。でも、ごめん。待ってる間、色々考えちゃってさ。今まで色々隠してたし、まずは自分の事話さなきゃって…。」

 

今までの暗い表情ではなく、憑き物が落ちたような明るい表情でそう告げて立ち上がる。

 

「でも、聞いてくれてありがと。誰かに話したかったんだ、ずっと。」

 

「うん。ぼくの方こそ、ありがとう。」

 

「って、何で紅君の方がお礼なんて言うのよ?」

 

「…だって、今まで看病してくれたのって岳羽さんでしょ?」

 

自然と出た心からの笑顔。久しぶりに浮かべた笑顔、今までこんな笑顔を浮かべていたのは叔父夫婦と『仲間達』だけだろう。

 

「っ!? あ、じゃあ、そろそろ行くね。目を覚ましたって知らせなきゃいけないし。じゃね。」

 

奏夜は病室から出て行くのを見送るとのびをして、そのまま再びベッドへと横になる。

 

「…ふう…。同じなんだね…彼女も…。」

 

自分の中に確かに感じる『もう一つの力(ペルソナ)』…確かに自分の中に有る『第二の仮面(ペルソナ)』。

 

「…父さん…ぼくも父さんの様に…なれるかな?」

 

自覚こそ無いが一週間も眠っていたので眠気はすっかり消滅している為に眠れないし、眠る気もないが。退屈この上無い奏夜くんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日…4月18日

 

さて、目を覚ました当日、奏夜はまったく異常が無かったのでその日の内に退院する事となったのだ。だが、その夜にシャドウに関する説明は受けられなかった。奏夜自身予想していた事だが、向こうには即日退院と言うのははっきり言って予想外だったようだ。

 

そんな訳で昨日は理事長である幾月は寮には来られなかったのだ。当然ながら一週間も眠り続けた人間が何事も無かったかの様にその日の内に退院するとは予想は出来なくても、責める事の出来る人間は誰も居ないだろう。

 

当の奏夜自身、自分の体に何の異常も無い事に本気で驚いていたのだから。

 

説明をする役目の幾月が居ない以上、説明は受けられず、その日は素直に部屋に戻るだけで終わったのだ。『心配したんだぜ』と部屋に戻った瞬間、キバットが飛びついて来た事には申し訳なさを覚えてしまったが。

 

そして…自分が寝込んでいる間に届いたという荷物…部屋に届けられた『二つのヴァイオリン』を用意しておいた棚に収める。

 

もう一つ、これはどうでもいい事かもしれないが…眠っていない割に体は十分すぎるほど休んだと訴えてくれて、丸一日一睡も出来ない日々を送ってしまったが…。

 

そんな訳で転校早々一週間も休む事になってしまった自分の身の上の不幸をある種、呪わずには居られない奏夜だった。…………基本的に根は真面目なのだ。

 

まあ、担任には『しょうがない、任せといて』と(その後に『私の評価に関わることだし』と言われた事にはスルーしたが)言われたり、クラスメイトには『転校早々一週間も休むなんてやるねー、君も』等と言われてしまうし。

 

(…ノート如何し様かな…。)

 

奏夜は奏夜で、今考えるべき事は一週間も遅れてしまった授業内容に追いつく事と、そんな事を考えていた。

 

ふと、クラスメイトの『伊織順平』からノートを借りようと視線を向けかけたが、直に戻す(その間僅か『0.01秒』)。失礼ながら、奏夜が彼は真面目にノートを取っているタイプとも思えないと判断した結果で有る。

 

(…授業の進み具合を見てから考えるか…。)

 

そんな事を考え、自分の中の思考に決着をつける。だが、授業を聞いている奏夜の思考は別の場所にあった。それは『ファンガイアの姿に変わったシャドウと呼ばれている化物の事』。

 

(…キバットが言うには…あの化物は父さんが倒したファンガイアに近い戦闘能力を有していたらしい。それに…あの仮面に書かれていた『Ⅰ』の文字。これから先、もっと強い力を持った敵も出てくるな。)

 

もっと強くなる必要が有る。自分の記憶の中の父の背中に追いつける様に、この場所に戻った意味を得る為に、そう心に誓う奏夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。奏夜が寮に戻ると一階のロビーには、既に幾月、美鶴、ゆかりの姿があった。

 

「真田先輩、まだですか?」

 

(真田先輩?)

 

ゆかりの言葉に疑問を浮かべるが、恐らくこの寮に居る寮生の中でまだ会った事の無い、自分を除く三人目の住人の事だろうと想像する。

 

「ああ。」

 

「明彦ならもう一人を迎えに行っている。」

 

「もう一人?」

 

(もう一人…ぼくと同じ様に新人なのかな?)

 

「紅とは別の『適性者』だ。」

 

美鶴の言葉に対してそんな考えを浮かべていると、彼女の言葉に疑問を持った二人に対して、直に説明の言葉を続ける。

 

「ホントですか!?」

 

驚きの感情の込められたゆかりの言葉が響いた瞬間、寮の扉が開いて、丁度噂の人物で有る『真田 明彦』が戻って来る。

 

「遅くなってすまない。こいつの荷物が多くて手間取ってな。紹介しよう。」

 

そう言われ、大荷物を抱えながらもう一人、自分達と同じ月光館学園の制服を着た少年が寮へと入ってくる。

 

「……順平?」

 

「なんであんたがここに…!? え!? うそ!? 何かの間違いでしょ!?」

 

明彦に続いて、寮へと入ってきた新しい『適性者』は、奏夜とゆかりと同じ2年F組のクラスメイト、『伊織 順平』だったのだ。

 

「真田先輩…でしたか? 紹介と言う事は、まさか…順平が?」

 

「あぁ、2年F組の伊織順平だ。今日からここに住む。」

 

「テヘヘ…。今日からここに住む『伊織 順平』です。どうもっス。」

 

この寮への入寮者という事は考えられる理由は一つ…『自分達と同じ存在』と言う事に他ならない。

 

「この前の晩、偶然見かけたんだ。目覚めて間もないようだが、彼にも間違いなく適性がある。」

 

明彦の言葉が奏夜に確信を与える。信じられない事ではない、自分やゆかり、明彦と言った人間が既にペルソナ能力を持っているのだ。他にペルソナに目覚める…目覚める可能性の有る人間が居ても何ら不思議は無いだろう。

 

その点を考えるとゆかりの驚き方には疑問が残る。だが、単純に能力(ペルソナ)に目覚める者が数少ないだけと考えればその態度に対する答えは自然と出で来る。

 

明彦の言った『適正』と言う言葉。それは要するに、順平も自分達と同様にペルソナ能力を有しているという事になる。それがここに住むという事態に繋がっているのだろう。

 

「俺、夜中に棺桶だらけのコンビニでマジベソかいてたらしくってさ。いやそれが、正直あんま覚えてないんだけど、見られてたみたいで……ハッズカシーッ!」

 

順平はそんな事を叫んで、照れた様子を見せるように両手で顔を覆ってみせる。そんな様子をただ生暖かい眼で見つめていると、矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「でもまー、なんつーか、最初のうちは仕方ないんだってさ。記憶の混乱とかアリガチらしいんだよね。キミたち、そういうの知ってた?」

 

「そうだっけ?」

 

そう問われたが、奏夜には思い当たる節はなかった。自然とあの時間の中を当たり前の様に過ごし、高校に入学した頃にはキバット達と受け継いだキバの力をシャドウ相手に磨いていたのだ。

 

「まーた強がっちゃって。ま、これペルソナ使いの常識だから。」

 

奏夜の言葉に一瞬だけ驚いた様子を見せるが、何時もと変わらぬおどけた様子でそう告げてくれた。

 

(…『ペルソナ使いの常識』か。ぼくは常識の範疇の外に有る…? いや、そもそも…僕の中には父さんと同じ血が流れてるんだ…。『人間とは違う』所が有っても不思議は無いか。)

 

人間の中の異質が『ペルソナ使い』だとしても、自分はその中でも更に異質に位置しているのだろう。そうだとしても自分は不思議ではないと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、新しい住人の紹介も済み、奏夜達が案内されたのは寮の四階部分…大型のモニターとロビーと同じ様にテーブルを囲むようにソファーが置かれ、この寮の寮長で有る理事長の室へと繋がる部屋『作戦室』だった。

 

「……さて、いきなりでアレなんだけど、実は『一日は24時間じゃない!』…なんて言ったら、君たちは信じるかい?」

 

行き成り真剣な表情でそんな冗談にしてもつまらなさ過ぎる事を言われてなんとも言えない表情を浮かべている順平と、無言のまま言葉を聞いている奏夜。

 

「フフ…まあ、無理も無い…。しかし、もう君達はそれを実際に体験しているんだ。」

 

幾月の言葉を補足する様に美鶴が言葉を繋げて行く。

 

「消える街明かり、止まってしまう機械、街に立ち並ぶ棺の様なオブジェ…。」

 

美鶴の言葉に直感的に気が付く、自分の知っている『魔性の増すあの時間』の事だろう。

 

「そーなんスよ!!! ちょっとコンビニ行ってたら、いきなり明かりが消えて、まわりのみんなは棺桶になっちまうし。変な影みたいな奴はウロウロしてるし、マジベソかいてたらしくて! つーか正直あんま覚えてないんだけど、真田さんに見られてたみたいで………ハッズカシー!!!」

 

「順平、あんた少し黙ってて。」

 

「…順平、悪いけど少し黙ってて。」

 

妙にハイテンションに叫び、話の腰を折る順平とそれに対して呆れた様に呟くゆかりと奏夜。

 

「薄々は感じたんじゃないか? 自分が『普通とは違う時間』を潜った事……。」

 

気を取り直してと言う様子で繋がれる美鶴の言葉。そこから先の言葉こそが、奏夜の知りたかった事実の一つをようやく手にする事ができるのだ。

 

「ええ。あの時間は明らかに異常でした。あれは何なんですか?」

 

これ以上、順平に話の腰を折られてしまう前にと奏夜は先に言葉を繋ぐ。

 

「あれは『影時間』………一日と一日の狭間にある『隠された時間』だ。」

 

「隠されたと言うより、『知りようの無いもの』ってとこかな。でも影時間は毎晩『深夜0時』になると必ずやってくる。……今夜も。そして、この先もね。」

 

美鶴の言葉を補足するように続けられる幾月の言葉も含め、表情を変えずに一言一句残らず記憶する。やっと知りえたあの時間の正体の断片。今はまだ得られたのは既に知っている事実と『真実の断片』程度だが。

 

「……なるほど、一日は25時間ってと言う事ですか? そして、その一日の最後の一時間は普通の人間には理解できない、感じる事が出来ないと言う事ですか?」

 

「その通りだよ。察しがいいね。…だけど驚いたな。どうしてそう思ったんだい?」

 

「いえ、与えられた情報とここ数日の自分の経験。そこから推測しただけです。」

 

幾月の感嘆の言葉にそうとだけ言ってお茶を濁しておく。第一、自分の推測はキバット達と一緒に情報を纏めあった結果、手に入れた推論なのだ。

 

「そうだ。普通の奴は感じられないってだけだ。みんな、棺桶に入ってお休みだからな。」

 

明彦がそう言葉を告げて立ち上がりそう告げると、両手をぶつけ合って楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「けど、影時間の一番面白い所は見た目なんかじゃない。」

 

明彦は更にその表情に楽しそうな物を浮かべる。いや、正直なところ、楽しいのだろう。影時間の中の最大の『異質』が。

 

「お前等も見たろ、『怪物』を!!! オレ達は『シャドウ』と呼んでいる! シャドウは影時間だけに現れて、そこに生身でいる者を襲う。だから、オレ達でシャドウを倒す! どうだ…面白いと思わないか?」

 

「明彦!」

 

怒りの感情が篭った叫び声を上げて美鶴が立ち上がる。

 

「どうして、お前は何時も!!! 痛い目を見たばかりだろう!!!」

 

「まあいいじゃないか、ちゃんと戦ってくれる訳だし。」

 

怒り心頭といった感じで声を荒げている美鶴を取り成し、明彦を弁護する幾月。

 

「痛い目って大丈夫なんスか?」

 

「なあに、紅に比べればたいした事じゃない。」

 

明彦の返答に疑問を覚える順平だが、比較対照として上げられた奏夜は苦笑を浮かべて納得する。だが、それでも明彦の負傷の様子は奏夜を除けば作戦室に居るメンバーの中の最も重症だろう。

 

「結論を言おう。」

 

重々しく告げられた幾月の言葉に美鶴と明彦の間に緊張が走る。

 

「我々は『特別課外活動部』!! 表向きは部活ってことになってるけど、実際は『シャドウ』を倒すための選ばれた集団なんだ。」

 

 

 

Special

Extracurricular

Exeecute

Sector

『S.E.E.S』

 

それが彼等の所属する対シャドウチームの名前となる。

 

 

 

「シャドウは精神を喰らう。襲われればたちまち、『生きた屍』だ。」

 

「精神を…『喰らう』、『生きた屍』?」

 

美鶴の言葉にそんな疑問の言葉を呟きながらも、奏夜がこの街に帰る前までのシャドウとの戦いを思い起こしてみる。残念ながら、間に合わずにシャドウに襲われて手遅れになった人も何人か居た。その『被害者』達の様子を思い起こしてみると、確かに『生きた屍』と言う表現は最も適切だろう。

 

「このところ騒がれている『無気力症』とか言う事件も、殆どが奴等の仕業だろう。」

 

「………。」(確かに、精神を喰らうか…本当に食べているのか『破壊』しているのか分からないけど、性質の悪さは最悪だね。)

 

完全に命を奪われる訳ではないが、精神を失えば肉体は何れ朽ちていく。それはまだ『生きた屍』で有っても、遅かれ早かれ、結局は本当の『屍』に変わることだろう。

 

「影時間にはいわゆる普通のものは機能しなくなる。電気を初め、動物、人間。……そして、『時間』と言う概念すらもな…。」

 

その言葉には妙に納得できた。『自分』も『キバット達』も普通の人間にとっての『普通のもの』と言うカテゴリーの外に有るのだ。

 

「しかしだ。極稀にだけど影時間に自然に適応できる人間が居てね。そういう人間はシャドウと戦える『力』を覚醒できる可能性がある。それが、『ペルソナ』。あのとき君が使って見せた力さ。」

 

自分の中から現れた『もう一つの力(ペルソナ)』…『オルフェウス』や『黒い死神』の事を思い浮かべる。『キバ』の力と『ペルソナ』の力…シャドウと言う異質なる存在と戦う為の力を自分だけが『二つ』も持っているのだ。『何故キバである自分にそんな力まで覚醒するのか?』と言う疑問は常に浮かんでしまう。

 

「シャドウはあれを使わない限り、人間では『ペルソナ使い』にしか倒せない。つまり、今、奴等と戦えるのは君達だけなんだ。」

 

「…それは、ぼく達も仲間になれ。…そう言う事ですか?」

 

「要するに……。そう言う事だ!」

 

奏夜の言葉を肯定し、テーブルの上に置いたアタッシュケースを開き、奏夜と順平に二丁の『銃』と赤い『S.E.E.S』と書かれたリストバンドを見せる。

 

「君達専用の『召喚器』も用意して有る。力を貸して欲しい…。」

 

「オ…オレはやるっスよ!!! なんか、正義のヒーローみたいでカッコイイじゃないスか!!」

 

「…………。」

 

乗り気で即答する順平とは対照的に奏夜は直に答えるのを躊躇して考え込む。

 

「そんなに深刻に考える事無いだろ、ちょっと付き合えよ。」

 

「私からもぜひお願いしたい。」

 

軽い調子で参加を促す明彦と頭を下げて参加を願う美鶴。

 

「……。」

 

少なくとも、現時点で向こうが出してくれる情報はここまでが限界だろう。そして、情報を知っている人間は全員が何らかの隠し事をしている。ならば、相手の思惑に乗って、自力で真実の欠片を手に入れるだけだ。

 

「ちょ…! 先輩にそんな頼み方されたら、彼だって困るんじゃ! そりゃ、仲間になってくれるなら…その……心強いですけど。」

 

唯一参加を促さなかったゆかりも、本人の意思とは関係の無い範囲で、参加する事を願うように横目で視線を向ける。

 

「分かりました。協力しましょう。」

 

「っ!?」

 

「そうか! 助かるよ。」

 

「分からない事があったら何でも聞いてくれ。」

 

奏夜の返事にそれぞれの反応を見せる。

 

「いや、感謝するよ、本当に。これで……。」

 

「理事長、私からも一つ質問があります。」

 

幾月の言葉を遮り、美鶴の言葉が響く。

 

「……なんだい?」

 

幾月の言葉に美鶴は表情を引き締め、大型モニターを起動させ、一つの映像を浮かび上がらせる。

 

「ッ!?」

 

モニターに移っている本人(本人以外子の場に居る誰も知らないことだが)の反応。

 

「これって…。」

 

「これは…。」

 

先日見た事が有る人達の反応。

 

「何スか、これ? すんげー、特撮ヒーローみたいでカッコイイ!」

 

初見の人の反応。

 

「奴は何者ですか? 理事長は奴を知っているようですが…? この『キバ』とは何者ですか?」

 

「キバって言うんスか? この特撮ヒーロー。この人もオレ達の味方なんスか?」

 

奏夜を除く全員の視線が幾月へと集まる。……そんな中全員の視線を受けながら、幾月は重々しく口を開く。

 

「…あれは…キバはシャドウとは違う………人類の敵だよ。」

 

「ッ!?」

そう、奏夜(キバ本人)は誰にも気付かれること無く幾月の言葉にそんな反応を示していた。



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第六夜

「ともかく、感謝するよ、ホントに。これでやっと始められそうだよ。」

キバの事を話し終えた後、幾月はそう言って話を切り出す。

「おっ! 早速なんかはじまるんスか!? なんかワクワクするっス!」

無言のまま幾月へと視線を向けている奏夜を他所に順平は幾月の言葉にそう答える。

「これだけ頭数が揃えば『あの場所』に挑める。」

「あの場所って……『タルタロス』ですよね。」

何処か深刻な表情を浮かべながら明彦とゆかりがそう答える。

「タル………? …なんスか、ソレ?」

「『タルタロス』。あそこは言ってみれば、シャドウの巣。影時間の謎を解く鍵がある場所だ。…………恐らくな。」

『シャドウの巣』と言う美鶴の言葉に奏夜は表情を動かす。

「何でそんな危険な場所に? まさか…そこに…。」

「あぁ、そこは影時間の謎を解くカギがある場所だ……。『恐らく』、だがな。」

明彦の言葉に対して、奏夜は彼女を一瞥するだけという反応で返す。本来、彼にとって影時間の謎という点には興味はないとは言えないが、彼の影時間に対する興味の中では十数パーセント程度でしかないだろう。

ならば、彼にとって影時間に対する興味の大半はどこに有るのかと問われれば、半分はシャドウという存在との共存、または根絶の手段にある。

そもそも、今以上のペースで生きた死体である『影人間』をシャドウによって大量生産され続けては、いずれ全人類が影人間と化すだろう。それに対する対抗者がキバである自分や、ほとんど戦い慣れていないであろうペルソナ使い達では被害を食い止めるにも限界がある。

それを食い止めるにはかつての一部のファンガイアの様に人間と共存の為の手段を見つけ出すか、最後の手段として完全に生命の敵としてシャドウと言う怪物の存在を否定し、殲滅するしかない。

正体不明の異常の原因と推測できる影時間。その謎を解く鍵がそこにある──明彦や美鶴が『恐らく』、とだけ言ったのだから、それは確定ではないかもしれない。──のだから、確かめる必要はある。

それは飽くまで希望的な推測でしかない。他にも多数存在している末端の施設の一つなのかもしれない、何もないだけで危険の代償は徒労のみという可能性もある。だが、今の段階でシャドウに対する有力な情報が存在している可能性はそこしかないのだ。

(…やっぱり、影時間のまだ分かっていない点、それを知らない事には話は先に進まないか。それに…影時間を追っていれば…出会えるかもしれない…父さんを…先代のキバを殺した相手に。)

奏夜は美鶴達の言葉を聴きながら、そう思考を続ける。

そして、もう半分の興味は父を殺した相手にある。自分にある両親との最後の思い出。自分が見た最初で最後の金色のキバの姿と絶命の瞬間。ただ一つはっきりしていない父を殺したモノの正体。そこにあるのだ。

「…今日はもう遅い、これまでにしようか。」

美鶴のその一言を持ってその日の会話はこれで打ち切りとなる。それと同時に奏夜の意識も思考の中から戻ってくる。

「近々タルタロスへ行く事になると思うが、明彦は怪我が治っていない、同行はしてもらうが探索は無理だ。」

「分かってるさ。」

美鶴の言葉に対して明彦はそう答える。だが、実は『探索』に行くつもりだったのだろう、明彦はバツの悪そうな顔で目をそらしながら答えた。

「理事長はどうされますか?」

美鶴のその言葉に幾月は面白いほどに『ドキ!!』といでも言う様な擬音でも付きそうな様子で反応する。

「ぼくはここに残るよ。『ペルソナ』出せないしさ。」

幾月のその言葉に場の空気は重くなった。

(ペルソナが出せない…? 覚醒してないだけ? それとも、何事にも例外が有るって事なのかな?)

重くなった空気の中で奏夜はそんな事を考えてしまった。はっきり言って、自分の仲間のキバットを初めとしたモンスター達を除いて、『影時間』の中では意図的に引き込まれた人達以外はほぼ全員がペルソナとして覚醒しているのだから。

その中での例外。そして、『キバが人類の敵』と言う発言をした幾月に対して抱いてしまった不信感。その不信感を拭えずにいた。

「おい、どうしたんだよ、そのノート?」

部屋に戻った瞬間、キバットから掛けられた言葉はそれだった。何も荷物を持っていなかったはずの奏夜が大量のノートを抱えて戻ってきたのだから、当然といえば当然だろう。

「ああ、これ? ぼくが寝込んでいた間の授業のノートだって。」

「ふーん、誰かから借りたのか?」

「うん、実はね。」

遡る事数分前、四階にある作戦室から自室のある二階に戻る途中。

「けどさ、正直言うと驚いたぜ? お前等も『ペルソナ使い』だって聞かされた時はさ。」

奏夜、ゆかり、順平の三人での部屋への帰り道、順平がそう会話を切り出してきた。

「こっちも驚いたわよ。」

「確かにね。」

それはその場にいた全員の持つ、偽らざる感情だろう。何人いるかも分からないペルソナ使いが三人も同じクラスに在籍していたのだから。

転校生である自分とペルソナ使いとしては一応先輩に当たるゆかりの二人が同じクラスだったのには、偶然ではないかも知れないが、同じクラスに新しくもう一人がいたのだから、その偶然には驚くしかないだろう。

「でも…知ってる顔がいて良かったよ。一人じゃ不安だったしな。」

「順平…。」

「ま、お前等もオレっちが仲間になって、ホントんとこうれしいだろう?」

「「え?」」

「ま…まあね。」

「悪いけど、ノーコメント。」

ゆかりに続いて二人に表情を見せない様にそう答える奏夜。実際には最悪の場合、自分はキバに変身した場合、ゆかり達とも戦うことになるかもしれないのだ。そう、彼にとって仲間が増えると言うことはキバに変身しにくくなると言う事なのだ。

(…今はまだいいとしても…最悪、一人か二人にはキバの事を話す必要が出てくるかもな…。)

この特別課外活動部の中にも『自分独自の仲間を作る必要がある。』そう考える。実際、幾月の言葉で自分以外のメンバーはキバに変身している時は敵に回ってしまったのだから。そして、それはなるべく早い方がいいだろう、とも考える。何時またキバの力を必要とする時が繰るか分からないのだ。

「あ、そうだ。紅君、ちょっと待ってて。」

「え?」

嫌な予感がするも、ゆかりに言われた通り待っていると部屋に戻ったゆかりが数冊のノートを持って戻ってくる。

「はい、これ。鳥海先生から預かってきたから。」

「ま、まさか…。」

「先生、あなた用の宿題作ったんだって。あと、授業のノートのコピー。」

「うあ…なんかいきなり現実に戻されたぜ…。」

「…いや、正しくは嫌な現実を思い出されたって言った方がいいと思うよ。」

暗い表情になってそう呟いた順平に奏夜はそう言葉を返す。実際、自分達はゲームやファンタジー小説の主人公になった訳でない、シャドウと戦うと言う『危険』が自分達を取り巻く現実の一つになったに過ぎないのだ。

「これ必ず渡してやらせる様にって頼まれちゃったんだよね。今は授業の出だしの時期だからって、かなり心配してたし。それに…休んだのって私にも原因あるしさ。だから、私にも責任あるって言うか。…だから、とにかく渡します。」

一週間…そのブランクは大きいようだ。その量の多さに一瞬、現実から逃避しそうになってしまった。仲間にも手伝って貰おうとも思ったが、それははっきり言って論外。第一、自分の授業のブランクを埋める為の宿題を他人に手伝わせても意味がない。

そして、あの昏睡の原因である黒い死神のペルソナは絶対に使わない、もしくは制御してみせると心に誓うのだった。

「じゃ、がんばってね。」

「ご愁傷様…。」

「あ、順平にも。」

奏夜の方を叩いて『ご愁傷様』と言った順平には奏夜の倍近いノートが渡される。

「順平、もう少し真面目に授業受けた方がいいってさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうだったのか。がんばれよ、奏夜。」

「うん。ありがとう、キバット。」

キバット自身哀れな相棒の宿題を手伝ってやりたくても、自分はペンは持てないし、基本的に真面目な所のある相棒は納得しないだろう。励ましの言葉を言って暖かい目で見ているしか出来ないのだ。

「明日も学校なんだから、きりのいい所で終わらせろよ。」

「うん。」

そう答えて机に向かう奏夜を眺めつつ、キバットは部屋の窓から見える月を見上げた。

(渡、お前の息子は立派に育ってるぜ。だから、音也達と一緒に安心して天国から見守っててくれよな。)

「さて、早速だが、ちょっと聞いて欲しい。」

昼間の学校で美鶴に呼ばれたとおり作戦室には奏夜を初めとするペルソナ使い達と幾月、『S.E.E.S』に所属するメンバー全員が集まっていた。そして、集まったメンバーの顔を見回して欠席者がいない事を確認すると、幾月が説明を始める。

「我々の擁するペルソナ使いは、長い間、桐条君と真田君の二人だけだった。けど、最近とんとん拍子に仲間が増えて、いまや5人にまで増えてる。……そこでだ。」

幾月はそこで一度言葉を切り、その決意を言葉にする為に表情を引き締める。

「今夜0時から、いよいよ、『タルタロス』の探索を始め様と思う。」

その日、改めて聞かされた言葉、『シャドウ達の巣』、『影時間の謎を解く鍵のある場所』、等々と言われている場所の名を告げられ、奏夜は表情を変えず、幾月へと視線を向ける。今回はポケットの中にはキバットもいる。

ここに来るまでの時間でキバットにはつい先日の幾月の語った言葉を含めて自分が聞いた全てを伝えている。

そして、それにより、幾月に対する不信感を益々強める結果となったのだ。だが、今優先すべき事はタルタロス──影時間の謎を解くカギが眠っていると推測される場所-を探索すること。

そこはどんな場所なのか分からず、自分達しか気づけない何かがあり、一週間前に戦ったファンガイアの姿をしたシャドウの同種も現れるかもしれないのだ。キバに変身できないのは危険と判断し、キバットにも同行を頼んでいる。

ただ、唯一にして最大の問題が一つ。

「あの、昨日も聞いたんスけど、タル……なんとかって、ソレなんスか?」

「タルタロス。でも、それが何処にあるのかも聞かされてないんですけど。」

そう、唯一にして最大の問題点、それはこれから向かう場所が何処に存在しているのか? と言うことにある。まあ、まだ聞かされていないのだからそれも仕方ないと言えば仕方ないことだが。

「……てか二人とも、あれマジに見た事ないの?」

「はて……? 紅、お前なんか見た?」

「全然。」

「あぁ、見て無くても不思議はないさ。何せタルタロスは、影時間の中だけに現れるからね。」

「え?」

『影時間の中だけに現れる。』と言う事は『シャドウと同じ』と言う事だ。それなら、まさかシャドウと同じく影時間の中にのみ現れる建物の存在を知らなかった自分が見ていなくても不思議ではない。

「シャドウと同じって事さ、面白いだろ?」

まさにその心中の問いに答えるように、明彦が続く。

「それに、オレ達のスキルアップにもうってつけの場所だ。なんと言っても、あそこは『シャドウの巣』だからな。」

「…………。」

明彦の言葉を聞き流しつつ、自分の中で情報を整理し始める。

影時間の謎を解く鍵が有ると考えられるタルタロス。そして、その場所は影時間にのみ現れて、その上にシャドウの巣だという。明らかに怪しい。影時間とシャドウ、自分を取り巻く異常が連なって存在している場所なのだ。

「100%何かありますね。影時間の謎は全部そこに。寧ろこう言うべきでしょう…『無いと考える方が不思議だ』って。」

「確かにな。」

奏夜の言葉に明彦が笑ってみせると、明彦の様子を見て隣のゆかりが眉を潜める。

「て言うか、先輩。その身体で行くんですか?」

彼女の言葉通り、明彦の体はまだ完治がなされていない。先日の大型シャドウの何時件で更に重症を負っている。彼がどれほどの実力者であっても、シャドウの巣へと赴くには無理と言うものだろう。

「まぁ、深入りさえしなければ、真田君抜きでも大丈夫だ。シャドウを相手にしていく以上、タルタロスの探索は避けて通れないからね。」

幾月が彼らを励ますように言葉を続ける。

「うっし! 先輩の分は、オレがばっちりカバーしますってッ!」

「……なんか、不安だな」

「…同感。」

一人意気込んでいる順平に呆れた様子で奏夜とゆかりは溜息をついた。

「あのキバとか言うのが出てきてもオレがバシッと遣っ付けてやりますから。」

「っ!?」

順平の言葉に思わず動揺してしまう。やはり、キバの悪口を言われているのは聞いていて気分が悪い。自分だけではなく、父まで悪くいわれている気がするのだから。

明彦と美鶴に先導され、暫くの間夜の街を歩き続けていくと影時間…0時前に目的地へとたどり着く。

「えっと……? ここ……?」

順平が間の抜けた顔で呟いた。それも無理はないだろう、そこははっきり言って自分たちに馴染みのありすぎる場所、奏夜達が通っている月光館学園の正門前だった。

(もしかして…。)

携帯電話を開き、そこに表示される時刻に目を向けると『23:59:30』あと三十秒で、0時…影時間へと至る。思わずこれから起こるであろう事を直感的に感じ取ってしまう。

『自分はタルタロスへ向かっていた』、『タルタロスは影時間にのみ現れる』そして、最後に『学園の前』。自分の前に提示された情報から導き出される一つの答え…それは。

『目的地に行かなくていいのか?』等と疑問をぶつけてくる順平に対して、『見てれば分かる』何処か楽しそうに答える明彦や、緊張した表情を浮かべているゆかりと美鶴を見て自分の予想を核心へと至らせる。

「……まさか……ここが。」

彼がそう呟いた瞬間、影時間が、その訪れを告げる。街灯が消え、辺りを何とも言えない不気味な感覚が包み込む。………そして、

『眼の前に確かにあった学園が、その姿を変えていった。』

 

それははっきり言って異様な光景だった。何かの玩具がアトラクションの様に形を変え、何かの生物の様に空へと、月へと伸びていく。そして、その途中で植物の様に枝分かれする様に伸びていき、新しい物質を構成、またはお互いに取り込みあい、新たに形を構成していく。

既に原型を失った学園…それこそが…

 

「これが……影時間の中だけに現れる迷宮……『タルタロス』だ。」

美鶴が静かに、その物の名を告げる。

かつて学園だった『それ』は既に見る影もない。ただ常識を嘲笑う様にその姿を変え、そこに存在していた。

「な、なんなんだよ、これッ!? 俺らの学校! どこいっちまったんだよッ!?」

その光景に混乱しているのだろう、順平が喚き散らすように声を荒げていた。対して美鶴は、落ち着いて彼に向き直る。

「落ち着け伊織、影時間が明ければまた元の地形に戻る…。」

 

「てか、オカシイっしょッ!?なんだってウチの学校んトコだけ、こんな!!!」

「…順平、だから落ち着いて。」

「落ち着けるかっつのッ!」

「…その謎を解くためにも、ぼく達がこれから上るんでしょう。この『タルタロス』を。」

時間の無駄だとばかりに何処か冷たく長で話す奏夜の言葉に美鶴は『ああ』と一言だけ答える。

「きっと色々有るんでしょ、事情が…。いいじゃん、別に。」

奏夜の言葉を聴いても、なおも食い下がろうとする順平にゆかりが言い切る。だが、奏夜の中には新しい不信感が渦を巻いていた。何故この場所が…こんな風な異常の集合体になっているのか? そう考えれば考える程、一つの答えに行き着いていく。

(…どうして、あの時の記憶が…。)

自分の記憶の中に間違いがなければ、あの日、先代のキバが向かった方向は…。

「ここには絶対、何かがある。影時間の謎を解く為の鍵になるものがな。その為の探索だ。ワクワクするだろう!?」

「明彦。意気込むのは勝手だが、探索はさせないぞ。」

「う!? うるさいなっ! 何度も言うな!」

残念そうに叫びながら明彦はタルタロスの中へと入っていく。それに続いて美鶴、ゆかり、まだ目の前の威容に圧倒されている順平と続いていく。

「今はそれを考える時じゃないか…。行くよ、キバット。」

「おう、奏夜。キバっていくぜ!」

ポケットの中から顔を出したキバットへとそう告げて最後に奏夜達がタルタロスの中へと入っていく。

そう、今すべきことはタルタロス探索のみ。だが、

10年前の奏夜の記憶が正しければ…あの日…先代のキバが向った先には…今のタルタロス…月光館学園がある方角だった。




最初のタルタロス侵入までを一章と位置付けて、一章はこれで完結です。次回は物語が本格的に動き出す第2章、女教皇です。

本作オリジナルキャラも登場するので第2章の最後にキャラクター紹介を書く予定です。


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-Ⅱ- 女教皇《ハイプリーテス》
第七夜


キバット「タロットカード。その起源については、エジプト起源説(クール・ド・ジェブラン)、ユダヤ起源説、インド起源説などが唱えられてきたが、いずれも信憑性に乏しく。
歴史上辿れる限りでは、15世紀前半の北イタリアで製作されたのが始まりと思われる。その当時は、貴族や富豪の為に画家が描いた手描きの物が主流で、ゲーム用に使用されていたらしく、この頃のタロットは、元来あった数札に、よりゲームを複雑化するための絵札を追加して行ったものと考えられていて、まだ枚数や絵柄なども確定していなかった。その後、16世紀頃から木版画の量産品が出回るようになり、徐々に庶民へ、全ヨーロッパへと普及して行った。
18世紀頃に、ミラノ辺りでほぼ現在と同じ絵柄、枚数が確立。この当時の絵柄のタロットは、当時一大生産地となったマルセイユにちなみ『マルセイユ版タロット』と呼ばれる。この頃からタロットを神秘的な物と見る風潮が高まり、ようやく占いに多用されるようになる。クール・ド・ジェブランがエジプト起源説を唱えるなどし、それを受けてエッティラが新解釈の『エッティラ版タロット』を創作し、『タロット=神秘的』というイメージを確立する。」


 タルタロスの中に入ると、そこは外観に似合った広々とした空間だった。もっとも、得体の知れなさを思わせる概観に反して、何本もの石柱に支えられた空間は中世の神殿を連想させる物では有ったが。

 そして、その空間の中央に座し、己こそこの空間の主であり、その空間が己のために存在していると主張するかのごとく聳え立ち、その中央には先へと続く長い階段が存在していた。

「なんか、気味悪い」

「おお、中もスゲェな」

「……なんだか……嫌な感じがする場所ですね……」

 自分達よりペルソナ使いとして先輩に当たるゆかりでさえ、そんな反応を示す事から考えると、このタルタロスと言う空間の探索自体、今日が初めてなのだろう事はたやすく想像できる。

「ここはまだ『エントランス』だ。迷宮は階段の上の入り口を抜けてからだ」

 美鶴に言われ、奏夜は階段の先へと視線を向けてみる。その奥には装飾が施された壊れた時計を連想させる円状の造形物が扉と一体化していた。

「しばらく探索はお前達三人で行ってもらう」

「え!?」

「…三人と言うと…怪我人の真田先輩は論外として…。…ぼくと、岳羽さんと、順平ですか?」

「そうだ。深入りさせるつもりはない。私は通信でここからお前達をナビゲートする。タルタロスの内部は複雑でな、しかも日によって構造が変わってしまうんだ。」

機材の詰まれた珍しい形のバイクの傍に立ちながら告げられた美鶴の言葉に新人三人だけで探索させる理由に納得する。確かに、ナビゲート…後方からのサポートはタルタロスの中で活動するのにもっとも重要な役割となってくるだろう。

どうでもいいが、『論外』といわれた明彦がショックを受けているのは些細なことだ。

「だが、私のペルソナの能力でなら、内部の構造を僅かだが確認出来る。本当は私もそちらに加わりたい所だが、私は外部から内部を探索する君たちを通信でナビゲートする。……もっとも伝えられるのは声のみだから、君たちの苦労を考えると心苦しいのだが。」

「いえ。前線での戦力よりもこう言う場合は重要な役割だと思いますから。」

「そう言ってくれると助かる。」

順平とゆかりの二人の方を振り向いてみると、二人ともその表情には少し不安げな物が浮かんでいるが、納得したのだろう。…もっとも、納得の前に『渋々と』と言う言葉が間違いなく、つくであろうが。

(…気持ちは分かるけどね…。)

これから自分達が挑もうとしているのはシャドウの巣。どんな奴が潜んでいても不思議ではない場所なのだ。先日戦ったファンガイアの姿を模した強力なシャドウ以上の固体が存在していたとしても不思議ではないのだ。

「安心しろ、今日の所は深入りさせるつもりはない。」

その表情を見て美鶴がそう言い切る。『今日の所は』と言っている所が有る程度の深入りはさせるつもりなのが伺えるが、今日は肩慣らしのつもりなのだろう。特に自分以外の新人組み…特にその中でも戦闘どころかシャドウとの遭遇さえも初めてであろう、順平も存在しているのだ。

「分かりました。」

「それと探索にあたり現場でのチーム行動を仕切る『リーダー』を決めておこうと思う。」

「リーダー? 隊長!? ハイ! ハイハイッ!! オレ、オレッ!」

リーダーと言う言葉に過剰に反応した順平が手を上げて自己主張するが、周囲の面々は冷めた視線で彼を見た後、明彦と美鶴の視線が奏夜へと向けられる。

「……紅、お前がやれ。」

「え゛? ぼ、ぼくですか?」

「なんでっスか!? こいつ、隊長っぽくないっしょ!」

リーダーになれないのが不満なのだろう、順平が抗議の声を上げる。…自分がリーダーと言う立場になってしまうと後々、万が一の場合に姿を隠してのキバへの変身ができなくなってしまう危険があるのだ。

「あ、あの…なんで、ぼくなんですか?」

「彼が実戦経験者だからですか?」

「えっ……マジ?」

口を開いて出たゆかりの言葉に順平が驚きの声を上げる。自分と同じ新人と言う事もあり、同じく実戦未経験と思っていたのだろう。

確かに、奏夜はキバとしてだけでなく、一度だけだがペルソナ使いとしての実戦経験もある。

「…それだけが理由じゃないみたいですけど…。」

いくら実戦経験者でも、そう言う事には向き、不向きがある。故に自分をリーダーに選んだ理由は他に存在していると考えて、そう問う。

「ああ。選んだ理由はもっと簡単だ。順平、それに岳羽もだが………。」

そう言って二人へと視線を向けると、明彦はホルスターから召喚器を抜き、自分のこめかみに宛て、にやりと笑ってみせた。

「ペルソナの召還、紅の様にちゃんとできるか!?」

「も、もちろんっスッ! バッチリ、決めますってッ!」

「私も、大丈夫です。」

「…分かりました。現場の指揮はぼくが引き受けます。」

明彦の言葉に同様を浮かべながらも、二人はそう答える。奏夜はそんな仲間の様子を眺めつつ、覚悟を決めて、既に決定事項となり、断った所で無意味と感じ、リーダー就任を引き受ける事を告げる。

(…やれやれ、大丈夫かね、これからこんな調子で?)

奏夜のポケットの中から顔を出しながら、キバットはそんな事を考えてしまう。奏夜ならば心配は要らないだろうと考えながらも、彼へと嫉妬と言う意識の篭った対抗心を燃やす順平を見て、思わずそんな事を考えてしまう。

「相手はシャドウだ。出来なきゃ話にならないぞ。」

「はい、分かってます。」

「よし。では、探索を頼む。」

美鶴はゆかりの言葉にそう返すと幾つかの装備を渡す。

「君達専用の召還機にガンベルト、傷薬に通信機。少々心許無いが、武器も用意した。」

美鶴の言葉に従い、三人は各自、自分の装備を確認する。三人共通の装備である召還機をガンベルトへと収め、それぞれが迷宮に挑むに置いて命綱となる通信機と、非常用の傷薬を持つ。

その後に確認するのはそれぞれの武装。奏夜に渡された武器は片手剣、奏夜はそれの使い心地を確かめる様に軽く構える。

ゆかりが渡された武装は弓と矢、弓道部に所属している彼女にはもっとも使い慣れた武器であるはずだろう。

そして、最後に順平に渡された武器は奏夜の物よりも大型の両手剣。それを両手で持ち上げながら『スゲー』と言って、玩具を渡された子供の様に喜んでいる。

各自がそれぞれの装備を確認した所で、階段へと向かおうとした時、奏夜は立ち止まり、エントランスの中央へと視線を向ける。

(扉?)

エントランスの隅にある青白い光に包まれた扉が視界の中に止まる。一同の中から離れるとその扉に近づいていく。

「紅君?」

「ごめん、ちょっと待ってて。」

ゆかりの言葉を聴き、その『扉』が普通の人間に視認で来ていない物と判断する。

「キバット…見える?」

「いや、壁しか見えないぞ。何か有るのか?」

「…そう…。今から何が起こっても心配しないで、多分、大丈夫だから。」

小声で話したキバットとの会話に自分の考えが真実と判断、確信を持って、契約者の物とされる鍵を差し込み、扉に手をかける。

軋んだ音と共に開かれた扉、その先には…エレベーターの中の様な部屋の中に置かれたテーブル。それを挟んで奏夜の目の前に座る長い鼻の老人『イゴール』と青い服の女性『エリザベス』の姿があった。

「お待ちしておりました。」

そう言われ、手で椅子に座す様に促されると奏夜はそれに従い座る。

「さ、いよいよその力、使いこなす時が訪れたようですな。」

「そうみたいですね。」

「今から挑まんとする塔は、果たして何故生まれ、何の為に存在しているのか……? 残念ながら現在の貴方では、二つの仮面の力を持ってしても、まだ答えを導く事はお出来にならぬでしょう。」

イゴールの言葉には妙に納得してしまう。父より受け継いだキバの力も完全に使いこなせるとは言えず、まだ『真のキバ』の力は一割も引き出してはいないのだ。

「…なんだか…その答え知ってる様に聞こえますけど?」

探る様にそう問いかけてみても、『さて』と惚けて見せられる。

「しかし、だからこそ、進まれる前に知っておかれるが宜しい。貴方ご自身の、力の本質というものを知っていただきたいのです。」

「力の本質?」

イゴールが言うのだからペルソナの方の事だろう。だが、その言葉には『他の者とは違う』とでも言っている様に聞こえる。

「貴方の力は、他者とは異なる特別なものだ。言わば、数字のゼロの様な物……からっぽに過ぎないが、無限の可能性も宿る。」

そう言うと、イゴールは『オルフェウス』の絵が描かれたカードを取り出す。確かにそこには『0』の数字が書かれていた。

「なるほど…それで、ぼくの力の本質とは?」

奏夜が先を促すと、イゴールは『にたり』と笑いを浮かべて、

「貴方はお一人で複数のペルソナを持ち、それらを使い分ける事が出来るのです。」

「いや、それは想像出来たから。」

思わずイゴールの言葉に突っ込みを入れる。先日、ガルル、バッシャー、ドッガのカードも見せられたのだ。そして、その力は今も自分の中に確かに感じている。

だが、未だにあの『漆黒の死神』だけはその力は感じられない。

「…なるほど、他の人だと一体しか使えないんですか?」

「然様でございます。」

イゴールは神妙に頷いてみせる。

(また、ぼくだけが特別か…。)

自分にだけ与えられた『特別』な力…キバの力だけでなく、自身の中にあるまた他者とは違う力に内心辟易していたのだ。

「敵を倒した時、貴方には見える筈だ……自分の得た可能性の芽が、手札としてね。」

「…敵を倒せばカードを一つ貰える…ぼくだけに採用されたアンティルールですか。しかも、スタートの時点でさえ手札は合計四枚の。」

「然様で。それらは捕らえ辛い事もある。しかし、恐れず掴み取るのです。貴方の力はそれによって育ってゆく……。よくよく心しておかれるが良いでしょう。」

「わかりました。」

そう簡潔に答えると、席を立って扉へと向かっていく。

「──いよいよ私も忙しくなりますな。新たな力を手にした時に、またここを訪れるが良いでしょう。その時こそ、私の本当の役割……貴方への手助けについて、お話しましょう。」

イゴールのその言葉を背中に受けながら軋む音と共に扉が閉じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、大丈夫?」

後ろから聞こえてきた言葉に振り返ってみるとそこにはゆかりと順平の姿があった。

「うん、大丈夫。心配ないよ、岳羽さん」

その扉の存在もベルベットルームの事も説明でない以上、そうとだけ言って会話を即座に切り上げる。

「紅、大丈夫なんだな? 岳羽と順平には実戦経験がないんだ。お前がサポートしてくれないと困るぞ。」

「大丈夫です。」

明彦の言葉に答え、内部へと続く階段を上り、

「二人共、心の準備はいい?」

奏夜の言葉にゆかりと順平が頷く。それを確認すると奏夜達はタルタロスの内部へと続いていく入り口を潜っていった。

その内部は外見に似合わず異常な光景だった。

例えるならば『騙し絵』の中と言うべきか、『立体迷路』と言うべきか…表現に困る場所だった。外見に似合った異常さを持った空間と言うのが一番適切な空間だろう。

「なんか、気味ワリィな。」

「迷いそう…。」

(…外観…エントランスの広さに比べて部屋の空間が広すぎるな…キャッスルドランの中みたいな所を想像してたけど、はっきり言って全然別物だね。空間が捻じ曲がっている…とでも言うべきかな、これは?)

三者三様の感想を漏らす三人、そんな三人の耳に通信機を通して美鶴の声が聞こえてくる。

『三人とも、聞こえるか?』

「はい、聞こえます。」

通信機から聞こえる美鶴の言葉に奏夜は応答する。

『通信状態は良好だな。ここからは出来得る限り、私が声でバックアップする。』

「えっ…中の様子が分かるんスか?」

美鶴からの通信に答えたのは順平。

『私の『ペルソナの特徴』でな。

(『ペルソナの特徴』…桐条先輩のペルソナは探知能力とかが有るのか…? 次からはキバに変身する時は出来るだけ気を付けた方がいいな。)

そもそも、ただでさ自分がキバである事は黙っておきたい上に、敵とも公言されている身の上なのだから。変身して自分の反応がキバに変わればバカでも気づくだろう、『奏夜=キバ』と言う公式に。

(はぁ、犯罪者の心境ってこんな感じなのかな? はっきり言って理解したくないけど。)

美鶴から聞いた彼女のペルソナ能力に対して、万が一の際にキバに変身する時の事を考えていた奏夜の耳に、再び美鶴からの通信が聞こえてくる。

『いいか? このタルタロスは時間によって中の構造が変わってしまう。ある程度こちらからサポートできるが、くれぐれも三人纏まって行動してくれ。今、君らの居る場所は、既にいつ敵が出てもおかしくない。『習うより慣れろ』だが、充分に注意して進めよ。』

「分かりました。」

「うっす!」

「了解です。」

美鶴からの通信に三者三様の答えを返す。

(…探知能力の妨害が出来るペルソナを手に入れて、変身する前に離れた後、自分の周辺だけ妨害…それ位しか今は『対策』が出来ないな。)

状況から考えて自由に変身するには全員にキバの正体を教えるしかない。だが、それははっきり言って『却下』と言うべきだろう。そもそも、『キバが人類の敵』と伝えた人間の顔がまだ見えないのだ。それは危険過ぎる。

そして、美鶴の立場上、キバの正体を教える事は全員に伝わるだけでなく、影にいる第三者にキバの正体を教える事になる。『キバの正体』は今の自分にとっての最大の切り札(ジョーカー)なのだ。

(…それに桐条先輩も何かを隠している…。隠し事はお互い様って、言う事で許してもらおうかな。)

そんな事を考えながら、三人によるタルタロス探索の講習会は始まった。

映像を写せないのにどうやってこちらの状況…こちらからの話している余裕が無い時はどうするのか疑問に思い聞いてみた結果、奏夜にとっては更に悪い事に、『映像は写せないが解析画像らしき物は見れる』らしい。

『紅! 前方にシャドウ反応だ、分かるかッ!?』

「はい。」

今後のファンガイアの姿をしたシャドウ、美鶴のペルソナ能力に対する対策を考えていた事で意識が思考の中に居たのだろう、美鶴の言葉通り前方から三体程シャドウらしき影が近づいてきている。同族なのだろう、三体とも奏夜がオルフェウスに覚醒した時に始めて倒した敵と同じ姿形をしていたのだ。

「来た!」

そう叫ぶとより強く武器として渡された片手剣を握り、床を蹴り、まだ反応しきれていないゆかりと順平を置いてシャドウとの距離を詰める。

不意打ちの形で振り下ろされたそれが簡単にシャドウの仮面を真っ二つに切り裂き、弾けるような音と共に消滅していく。

「まずは一つ。」

あの時は…最初に戦った時は生身と言う事も有り、オルフェウスの力に頼りっきりになってしまったが、その時の経験からこの固体が…恐らくだが、最弱の固体と推測できる。そして、素早く懐のホルダーから召還器を取り出し、自分の額へと向ける。

「………来い。」

躊躇無く自身へと向けた銃口、そして、引き金(トリガー)を引く。

「オルフェウス!!!」

目の前で行われている有る意味、自殺にも似た光景に未だに動けないゆかりと順平の体が緊張する。しかし、それは当然、奏夜の命を奪う所か、彼に傷一つ付ける事無く、自身の分身…『オルフェウス』の姿を具現化させる。

そして、振りぬいた剣を引きずりながら、後へと下がり召還器を持った手を召還器毎、シャドウへと向け、

「『アギ』!」

次の行動を定めた瞬間、自然と口からそんな叫びが出た。

オルフェウスの能力…技…魔法が知識として彼の中に流れ込んでくる。否、全てを一瞬で『理解』する。それは誰に教えられずとも手足を動かす事が出来るように当然の動作として、オルフェウスの力を発動させた。

オルフェウスが背中に背負うハープを外し、それを鳴らした瞬間に打ち出された炎が残るシャドウを纏めて焼き尽くす。

『アギ』…数ある魔法の中の初級に位置する単独の敵を対象とする初級の火炎系魔法の一つ。その攻撃力は低いが、だが、それは十分に対象としたシャドウを焼き尽くすには十分すぎる攻撃力を有していた。

「ふっ。」

だが、本来は単独の相手を対象とした魔法なのだ。『巻き込まれたニ体目』までは倒しきれなかったのだろう。まだ炎に包まれ、辛うじて生きているそれを横薙ぎに振った剣で切り裂く。

『別格』…二人の中に浮かんだ感想はそれだろう。美鶴からのサポートが追いつく間も無く三体のシャドウを瞬殺したのだ。

奏夜に実戦経験が有るのは、ゆかりは直に見た、順平も話だけは聞いていた。だが、たった一度の戦闘で奏夜と自分達との間にある『圧倒的なまでの』実力差を突き付けられてしまったのだ。

躊躇無く自分に向けてトリガーを引き、二度目だと言うのに熟達した使い手の如く、自在にペルソナを操っており、彼の動きは実戦熟れしている。だが、『そんなもの』よりも、ゆかりが気になっているのは彼の表情だ。

(…ホント、どっちが本当の彼なんだろう…?)

表情一つ変えずに躊躇無く、何の感慨も無くシャドウを葬った彼は今までの彼とは別の人間を見ている様に感じてしまったのだ。

「………。」

その一方でまた順平も別の感情を感じていた。自身の手の中に有る両手剣を握る手に必要以上に力が込められる。その感情の名も、その感情の持つ意味も今は未だ形にすらなっていなかった。だが、確実にその感情は彼の中に芽生えている。

動き始めた運命と初期のタルタロス探索メンバーとなった三人の中に芽生え始めた三者三様の感情。

伊織順平の中に生まれた感情はまだ形を持たず。

岳羽ゆかりの中に生まれた感情の名は『興味』と『疑問』。

そして、『紅 奏夜』の中に生まれた感情の名は『不信』。

だが、

「二人とも…大丈夫?」

仲間を気遣う優しい口調。だが、その中に有る本当の意思は氷よりも詰めたく刃よりも鋭い物。

「え? 大丈夫って…。」

「大丈夫だから。次は私だって、ちゃんとやってみせるからね。」

その真の意味を理解したゆかりはそう答える。それを聞き順平も理解したのだろう、奏夜の言葉の意味に。

今はそれはまだ小さい物、

「それじゃ、行こうか。」

その後次の戦闘は先ほどのシャドウと同族の固体が二体。奏夜が下がる事で奇しくも一対一の状態になった。

「「ペルソナ!!!」」

己へと召還器を向け、引き金を引く。打ち出される『力』と言う名の弾丸。その『弾丸』の名は『ペルソナ』。

奏夜のオルフェウスと同じく炎を操り、物理攻撃能力さえも持つ順平のペルソナ『ヘルメス』

今後の戦いの中で最も重要になるであろう、疾風と癒しの魔法を操るゆかりのペルソナ『イオ』

初陣としては上出来と言った所だろう。

万能型と言える奏夜と前線型の順平、後方での援護に長けたゆかりと、メンバーとしてはこの三人はバランス型と言えるだろう。

そして、記念すべき初探索は最初の階のみで終わりを告げた。

初めての探索という理由もあるのだが、その最大の理由はタルタロス、否、影時間の中では、通常の時間の中より、多くの体力を消耗する事となる事があげられるのだ。



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第八夜

コーヒーショップ『シャガール辰巳店』

 

「すみません、遅れてしまって。」

 

既に席に座っていたライダースーツの男に向かって、『彼』…『紅 奏夜』はそう声をかけてテーブルを挟んだ席に座る。

 

「気にするな。…それより、頼まれていた物だ。」

 

ライダースーツの青年はそう答え一つの封筒を差し出す。

 

「はい。」

 

封筒の中に有る書類には『『すばらしき青空の会』構成員、調査結果』と銘打たれていた。それを一枚一枚目を通していく。

 

「名護啓介…父と共に戦った『イクサ』だった人…。」

 

そこに書かれている文字を確認すると全ての書類を元に戻し青年へと返す。

 

「お忙しい所、すみませんでした。……先輩。」

 

「いや、いい。『彼』から頼まれていた事だ。」

 

伝票を持って立ちあがると丁度彼と入れ代わる様に奏夜の注文したコーヒーが届けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探索開始から十数日

 

学園生活や明彦が警察の協力者『黒沢巡査』と引き合わせてくれたりと昼の生活と…夜のタルタロス探索と合わせて十数日が過ぎていた。

 

シャドウの巣『タルタロス』…そこは単純に迷宮が存在しているだけでなく、一定の階層毎に『ボス』と呼ぶべき強力なシャドウが存在していた。

 

実際、各階層の番人とも言えるだけ事はあり、その能力は『ファンガイアタイプ』と呼称されている固体程の戦闘力は無いが、どれもやっかいな相手だった。

 

最初に戦った5Fの番人。鳥の姿をした同種三体のシャドウ、呼称『ヴィーナスイーグル』。『女帝』のアルカナに属すシャドウであり、こちらの上空と言う射程外からのヒット&アウェイの攻撃も厄介な物だったが、一番厄介だったのはこちらの手持ちの魔法『火炎系(アギ)』と『疾風系(ガル)』の魔法に対する耐性だった。

 

空を飛びまわる相手に対して接近戦での攻撃は当たらず、痺れを切らした順平が奏夜の指示も待たず魔法を主体に切り替えた時は逆に不利になってしまった。

 

逆に向こうから進んで炎の中に特攻してくるヴィーナスイーグルと、ペルソナを使た事と自分の放った魔法攻撃が直撃した事による油断で、無防備な状態で敵の魔法攻撃を受けて派手に吹き飛ばされる順平。

 

寧ろ炎に焼かれた事で生命力を強くしているその姿は伝説の不死鳥(フェニックス)を連想させた。

 

しかも、不幸にも順平のペルソナの持つ弱点は、相手とゆかりの得意な属性と同じく疾風系(ガル)だったのでそれは致命傷となってしまった。

 

その結果、ゆかりが順平の治療へと回り、順平の治療が終わるまでの間、奏夜一人で三体のシャドウの相手をする事になってしまったのだ。そして、順平の治療が終わった事で、やっと体勢を立て直す事が出来たのだ。

 

(アギ)は無意味所か相手に利を与える事から、敵に対して使う事を考えから除外し、相手も得意としている事から、ゆかりの持つ疾風(ガル)も通用しないと考える事が出来る。故に奏夜はゆかりに回復以外の魔法の使用を止め、彼女の弓による攻撃を主体にした戦い方に切り替えたのだ。

 

奏夜の考えは巧く行き、室内での戦いが自分達に有利に働き、ゆかりの弓によって次々と打ち落とされて床に落ちていくヴィーナスイーグルを、奏夜と順平が各個撃破していく事で辛くも勝利できた。

 

 

 

 

次に戦ったのは10Fの番人。手袋に『魔術師』を意味する仮面をつけた黒い頭部を持つシャドウ、通称『ダンシングハンド』が三体。

 

ヴィーナスイーグルと同じく疾風に対する耐久力を持ち、得に厄介なのは火炎(アギ)以外にも電撃(ジオ)や、凍結(ブフ)と言った魔法も操り、ゆかりも使う疾風(ガル)の魔法よりもワンランク上の魔法『マハガル』による全体攻撃も持つ。更に精神攻撃と癒し(ディア)の魔法さえも操る等、そのアルカナである『魔術師』に恥じない能力を持っていた。

 

精神力を消費する魔法とは違い、体力を削られるのでなるべく使う事を控えていたペルソナによる物理攻撃。幸いにもそれが有効打となり、勝利する事が出来た。

 

 

 

 

 

そして、現在…タルタロスF14

 

番人のシャドウの特徴として…こちらが一定の範囲に近づくか、こちらが攻撃を仕掛けるまでは向こうから動き出そうとしない事がある。故にこうして相手の姿を覗いながら、ある程度体制を整える事が可能なのだ。

 

目の前に居るのは今までの物より大型のシャドウが一体だけ。顔に当たる部分に着けられているのは『戦車』を意味する仮面。円形の盾の様なパーツの付いた脚部と腕のある所に鋭い刃の様なパーツの着いたシャドウ、通称『バスタードライブ』。

 

単独でいるが、こうして様子を覗っているだけでも、寧ろ今まで三体ずつ存在していた敵よりもその戦闘力は高い物と簡単に推測できる。

 

(仕方ないか…。)

 

既に手持ちの治療薬は底を付いている。ペルソナを使用する為の精神力も無理をすれば、あと一回位は戦えない事も無い。

 

だが、それは飽く迄通常のシャドウを目安とした物で、相手は今までの番人の中でも得に強力な物と推測できる程の敵。ここで無理をするのは不利益しか生まないと判断し、本日の探索を切り止める決断をする。

 

「桐条先輩。」

 

決断を下した後は行動は早い。素早く美鶴との通信を繋げる。

 

『どうした、紅?』

 

「…今日はこれで一度帰還します。」

 

『分かった、では、そのフロアにある転送装置を起動させてくれ。ご苦労だった。』

 

「はい。」

 

帰ってくる美鶴からの返事を聞くと自身の言葉を告げ、奏夜の判断に美鶴も同意の意思を示す。

 

「んだよ、折角ここまで来たっのに。」

 

一人不満の声をあげる順平を一瞥しつつ、熟れた手つきで奏夜は転送装置を起動させる。

 

「残念だけど、もう治療薬が切れた。ここの番人と戦うのは一度戻って準備を整えてからだ。」

 

「んだよ、まだ戦えるだろう。」

 

「ちょっと、順平。」

 

「…確実に勝利する為にも一度戻って体勢を整えたい。リーダーはぼくだからね、判断には「へっ、オレ一人でやれるってとこ見せてやるよ! 華麗に活躍して、リーダーの座ゲットだぜ!」順平!」

 

『待て、伊織!』

 

「順平!!!」

 

奏夜、美鶴、ゆかりの三人による静止の声が響く前に番人『バスタードライブ』へと向かっていく。時は既に遅い、既に順平は敵の領域(テリトリー)に入ってしまっている。

 

「あのバカ!!! 岳羽さん、ぼくと順平のサポート、お願い! ぼくが順平と一緒に前に出る!」

 

「分かった!」

 

ゆかりへと指示を出し、既に戦闘に入っている順平に加勢すべく、剣を持ってバスタードライブへと切りかかる。

 

だが、順平の刀も、奏夜の剣もバスタードライブの透明な壁に弾かれる。

 

「ペルソナ!」

 

弾ける音ともにゆかりの叫び声が響き、疾風(ガル)がバスタードライブの体表へと叩き付けられる。

 

(接近戦は不利…一度離れて…。倒せるまで持つか?)「順平、一度離れてペルソナの魔法で!」

 

その隙を逃さず素早く後に下がりながら順平へと指示を出す。だが、当の順平は何を意地になっているのか、奏夜の指示を無視して効きもしない物理攻撃を繰り返しているばかりだった。

 

「何考えて「うるせぇ!」…バカが。」

 

こっちの指示を聞かずに暴走する様に戦っている順平に怒りを覚え、このまま順平を置いて逃げるべきかとも考えるが、直にその選択肢を頭の中から消す。

 

(まったく、リーダーなんて引き受けるべきじゃなかった。)

 

「紅君。」

 

ゆかりの言葉に我に返るとバスタードライブの動きが醒めた頭の中に刻まれる。ダメージを受けていないはずのバスタードライブが無意味な攻撃を繰り返している順平に対して、反撃するでもなく、『動きを止めている』のだ。

 

(…まさか…。)

 

「おい、なんかヤバイぞ。」

 

ポケットの中に隠れていたキバットが奏夜へと言葉を継げる。そして、奏夜の頭の中に浮かび上がって来るのは最悪の可能性…。

 

「二人共、逃げて!!!」

 

既に叫んで後方へと下がるがもう遅い。彼が警告の叫びを上げた瞬間、バスタードライブより放たれるのは『雷の豪雨(マハジオ)』の魔法。

 

「オワァ!!!」

 

最初にダメージを受けたのは至近距離に居た順平だった。だが、順平のペルソナ『ヘルメス』には耐性こそ無いが『電撃』は弱点ではない。これもいい薬だと思って、ゆかりと自分へと注意を向ける。自分とゆかりの…ペルソナの弱点は電撃なのだ。

 

「グァ!」

 

「キャア!!!」

 

反応が早かった奏夜でさえ、片足を雷に貫かれる。そして、奏夜でさえそうなのだ、『反応できなかった』ゆかりは全身に雷の洗礼を受ける事となった。

 

『紅、岳羽、無事か!?』

 

通信を通じて美鶴からの声が聞こえる。

 

「…桐条先輩…。順平は少し痛い目をみた方がいい位に元気です。ぼくは何とか回避しましたけど、右足に…。岳羽さんは最悪と言った方が良さそうです。」

 

状況を確認しつつ、自分達の現状を美鶴へと報告する。

 

現状は順平の暴走を止められなかった自分のミスと言ってしまえばそれまでだが、勝手に暴走した順平の方に一番責任があるだろう。

 

まだ右足に痺れと痛みが残るが、辛うじて動く事の出来る奏夜はともかく、ゆかりはダメージが大きく、まだ動く事が出来ない。倒れていては召還器を取り出す事も出来ず、集中も出来ない以上、彼女のペルソナ『イオ』の癒しの魔法も使う事は出来ない。

 

(どうする?)

 

自分の手持ちの手段(カード)の中で現状を打破できる可能性が有るのは二つ。一つは勿論、キバへの変身。

 

キバへと変身してしまえば、この悩みなど一瞬で消え去る。キバへと変身すれば目の前の相手に等負けはしない。だが、ゆかりや順平の前で変身する訳にもいかない。ならば、使える切り札はただ一つ…。

 

(仕方ない…使うか。)

 

自分の持つ切り札の一つ、自分の中に座す存在を別のものへと変える。『オルフェウス』に変わって現れる碧色の半漁人…『バッシャー』へと。

 

弱点はオルフェウスと同じく『電撃』だが、幸いにも直に次の『マハジオ』の魔法は使えないのだろう。まだ時間が有る。

 

「『バッシャー』!」

 

(え?)

 

奏夜は自身の中に宿る『仲間』の名を呼び、引き金を引く。ゆかりが奏夜を見た時、撃ち出されたペルソナはオルフェウスではなく、碧色の半漁人、彼が『バッシャー』と呼んだそれはゆかりへと手をかざし、

 

「『ディア。』」

 

碧色の半漁人の放つ癒しの光りがゆかりの体を包み込み、全身の痛みと痺れが消えていく感覚を覚える。

 

「えっと……紅君…それって?」

 

「話は後。次は…君の番だ…奴と…ついでに順平の頭も冷やしてもらう。頼んだよ、力さん。『ドッガ』!」

 

再び、こめかみへと押し付けた召還器の引き金を引くと今度も別のペルソナが奏夜の内より、その姿を表した。

 

「うそでしょ…。」

 

奏夜の内より現れたのは先ほどの碧の半漁人とも、オルフェウスとも違う、紫の巨人。重厚感の有る紫色の体と前方で握り拳をぶつけ合う様な体勢で現れた巨人へと指示を出す。

 

「…順平が倒れない程度に…だけど、『奴』には最大限の一撃を…。『ジオ』!!!」

 

単体が対象の電撃系の初級の魔法をバスタードライブと再び大剣を持って切り掛かろうとしていた順平へと向かって放つ。先ほど同じ魔法で大したダメージは受けていないのだ、巻き込んでも大丈夫だろうと判断した結果である。

 

「ウギャァ!!!」

 

それを受けて後ろに倒れるバスタードライブ…と行き成りの不意打ちで叫び声を上げる順平。バスタードライブを観察しつつ、電撃の魔法を操る割に電撃が聞く物だと思ってしまう。

 

「テメェ! なに「魔法攻撃、早くやれ!!!」オ、オォ。」

 

自分も巻き込む攻撃に対して抗議の声を上げるが、怒気を含んだ奏夜の指示と言う名の叫び声を聞き、おとなしく直にそれに従う。

 

召喚器撃ち出す様な破裂音とともに現れた順平のペルソナ『ヘルメス』の操る炎がオーバードライブの装甲を焼く。奏夜の指示に従った瞬間、今までの苦戦が嘘の様にバスタードライブへとダメージを与えられているのだ。

 

「…もう一度受けておいた方がいい…『自分がされて嫌な事を人にしちゃいけない』って、いい教訓になるよ。」

 

微笑を浮かべながら引き金を引き、現れた紫の巨人から放たれた電撃が再びバスタードライブの全身を焼き尽くす。その一撃に辛うじて耐えていたバスタードライブだが……奏夜の冷たく睨みつける瞳がその姿を捉えていた。

 

「…終わりだ…。『ジオ』!!!」

 

冷たさが感じられ言葉と共に三度放たれた電撃がバスタードライブを打ちぬき、砕け散る様に倒れ、跡形も無く崩れて消えていく。

 

「よ、ヨッシャー!」

 

消え去っていくバスタードライブを見て、強敵に勝利したと言う達成感から、順平は剣を持っていない手を振り上げて勝利の雄叫びを上げている。

 

「…順平…。」

 

「テレッテー…。オゥ、なんだ「歯を食いしばらないで力を抜いて。」へ?」

 

いつも以上に穏やかな声で順平の名前を呼んだかと思えば、衝撃音と共に順平の体が後方へと吹き飛んでいく。それを成したのは順平の頬へと打ち込まれた奏夜のパンチだった。

 

「何すんだよ、テメェ!!!」

 

「ちょっと、紅君!」

 

「悪いけど、岳羽さん、少し黙ってて。」

 

突然の事に順平とゆかりの抗議の声を笑顔を浮かべていながら、有無を言わせぬ言葉で、そう一言だけ答えると、順平へと視線を向ける。

 

「順平…君は自分が何をしたのか…分かってる?」

 

「分かってるよ、シャドウを倒したんだろう!」

 

「違う! ぼくは『そんな事』を言ってるんじゃない! ぼくの指示も聞かず、君の勝手な行動でぼく達は危険に晒されたんだ。特に岳羽さんは危ない所だった。もし、奴があの魔法を連続で使えたら…岳羽さんの命が無かったかもしれないんだ。」

 

「………。」

 

「…今回は警告だけにしておく…。今度また勝手な行動をとるようなら…桐条先輩達と話し合った上でそれなりの罰を受けてもらう。いいね?」

 

そう順平へと告げると通信機の向こうにいる相手へと声をかける。

 

「桐条先輩。」

 

『あ、ああ。』

 

完全に奏夜の気迫に圧されて口を挟む事が出来なかった美鶴は通信機の向こうで奏夜の言葉にそう答える。

 

「…今日はこれで帰還します。」

 

『分かった。ご苦労だったな。』

 

美鶴の返事を聞くとこの階に有る往復可能なタイプの転送装置を起動させていると、ゆかりが近づいてくる。

 

「紅君…気持ちは分かるけど…あれは少し遣り過ぎなんじゃ。」

 

「…確かにね…。でも、今回全員が無事だったのは、はっきり言って運が良かっただけだ。誰かが犠牲になっていてもおかしくなかった。ぼくの切り札が無かったらね。」

 

「切り札って? なんで…。」

 

「ごめん。悪いけど、説明は明日させてもらう。」

 

『本来なら、一人一つだけのはずのペルソナを三つも使えるのか?』と言う疑問を続けたかったゆかりだが、奏夜のその言葉で説明を遮られてしまう。

 

(…また、守られちゃった…。)

 

一階へと転送されながら、ゆかりはそんな事を考えてしまう。結果的に奏夜に守られたのはこれで二回目なのだ。

 

 

 

 

 

 

…もっとも、『キバ=奏夜』に助けられた事は一回と合計でカウントしていいのだろう。まあ、キバの正体を知らない人間に対してはどちらにしろ一回でいいのだろうが。

 

そして、順平の中に湧き上がった僅かばかりの蟠りの種火…『劣等感』と『嫉妬』…そして、『羨望』が生み出した暴走はまだ解決はしていないのだが…神ならぬ身の奏夜にそれを知る術は無かった。



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第九夜

さて、先日の複数のペルソナが使えると言う事は『気が付いたら使えていた』としか言えなかった。自分にも解らない事だらけな上に実際に説明するとなると、ベルベッドルームやイゴール達の事も説明するしかないので、その辺は適当に誤魔化したが。

そして、説明の中で言ったのはバスタードライブとの戦いで見せた二つのペルソナ『バッシャー』と『ドッガ』の二つのペルソナだけだった。残る『ガルル』のペルソナはまだ見せていない事も有るのだが、他にも理由がある。もっとも、その理由は一応先の二つにも適応されるのだが。

その理由とは、『重力(グライ)』『大地(マグナ)』『流水(アクア)』と言う三つの属性の魔法攻撃ができると言う点に有る。奏夜の個人的な意見としては……『意味有るのか、それ?』と言った所だろう。

イゴール曰く『この三つの魔法は『失われた属性』』なのだそうだ。もっとも、シャドウ相手には耐性を持っていない事も有り、確実にダメージを与えられると言う長所は有るのだが。

さて、そんな訳で前回より一日ほど休息を挟んでのタルタロス探索…本日でそろそろ二十日目に突入すると言う状況なのである。

「行き止まりよね。」

「そうだね。」

現在、タルタロスF16…敵も存在せず、部屋も広くない階段らしき物が存在している部屋に、奏夜達S.E.E.Sの一年生トリオ三人はいた。

先ほどのゆかりと奏夜の言葉と『階段らしき物』と言う言葉の意味は単純に、壁に閉ざされて階段だと言う事が見えないのである。

「…これ以上は進めそうも無いね。」

『そうだな。よし、一度帰還してくれ。』

「了解しました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

(…オルフェウスやガルル達以外にも手札は有った方が良いからね。)

タルタロスの探索中、シャドウを倒した後にイゴールの言葉通りに新しいペルソナを手に入れる事が何度か有った。そんな中でのタルタロスの終着……と言うよりも通行止めを受けた状況。『人工島計画』と言う書類を入手したと言うどうでもいい事は有ったが、現在は休憩中とも言える状況に有る。

さて、話は変わるが以前、奏夜の携帯にエリザベスから電話が掛かって来たのだ。番号を調べた手段こそ謎だが…『まあ、いいか。気にしたら負けだ。』と言う事で自分の心境に決着を着けた。その内容とは『お願いしたい事がございます。』と言う物だった。強力なシャドウの体の一部や、希少なアイテムを持ってきて欲しいと言う内容のお願いだった。

『人工島計画』と言う書類もその一つであり、丁度それをポロニアンモールの路地裏に有った扉を潜り、エリザベスへ届ける序でにイゴールにある事を頼んだ帰りと言う事だ。

イゴールが言うには複数のペルソナを合体して、全く異なる新たなペルソナを作り出すという秘術により、より強力なペルソナを生み出す事が出来るそうなのである。

だが、当然ながら強力なペルソナは、簡単には扱えない。新しいペルソナを得るにはそれを扱う最低限のランク…レベルまで奏夜自身も成長する必要があるのだ。

そして、もう一つ…ガルル達のペルソナには可能な合体は無いという事である。それは何故かと疑問にも思ったが、それはそれで問題無い、今は判断する材料が無いと考え、深く考えない事にしたが、それでも気になる事は気になる。

幸いにもドッガやバッシャーの力を借りる事でバスタードライブを倒す事は出来たが、今後はより強力なペルソナを得る必要が有る。今後は何度かこまめに足を運ぶ必要も有るだろう。

(…でも、あの書類…エリザベスさんが言うには他にも有るみたいだけど…後で叔父さんに連絡して調べてもらった方が良いかな?)

そんな事を考えていると、CDショップが目に入る。ワゴンで売られているのは古いCD…その中の一つが自分の意識の中に止まり、それを手に取る。

(…父さん…。)

気が向いたと言うべきか…そのCDを手に取り購入する。古いCDはそれほど高くなく500円でもお釣りが来るほどだった。

「キバット。」

「おう、どうした?」

何日目かの影時間の感覚…その中で奏夜は一枚のCDへと視線を向ける。

「…『影時間』…父さんが死んだ日の事…まだ思い出せない?」

「………ああ。」

落ち込んでいると言う事が簡単に理解できるほど沈んだ声での肯定。それをある種の当然として受け入れている自分自身…そして、『父の時には無かった』、キバの鎧の持つ第六の姿『漆黒のキバ』。自分自身の事なのに解らない謎もあるのだ。

(…先は長いか…。)

現在の自分が得られる謎の手掛かりが得られる可能性が有るのは『影時間』に関する事だけであり、それ以外の事は手掛かりすらも得られないと言うのが現状なのだ。そして、その手掛かりが有るとされるタルタロスでさえも現状ではその断片も得られていないというのが現状なのだ。

「やあ。そっちのコウモリ君とは初めましてって言った方が良いかな?」

「っ!? お前は。って、誰がコウモリだ!!!」

そんな聞き覚えが有る声が聞こえた先へと視線を向けると、そこには寮に来た初日に有ったあの少年の姿があった。

「ああ、久しぶりだね。それで今日はどうしたの?」

「それで…今日はどうしたの?」

自分だけでは無くキバットまでも接近されるまで気が付かなかった相手と言う時点で普通ではない…そんな相手が来たと言う事は、何か有ると警戒しながら、そう問い掛ける。

「もうすぐ満月だよ。」

「満月?」

「……気をつけて。また一つ、試練がやってくるんだから」

確かに少年が告げた様にあと数日が過ぎれば満月となるのは知っている。月を眺めるのは好きな方なのだが…そこまで詳しくは調べていなかった。

だが、何故それが『試練』と言う言葉と繋がっているのかが疑問ではあるが…。

「…満月と試練…どうして繋がるのか教えて欲しい?」

「満月はキミが試練に出会う日の事さ。試練はキミが奴等と出会う日の事さ。」

奴等と言うのは間違い無く『シャドウ』を指していると推測できる。態々『試練』等と言う言葉を使っているのだから、

(待てよ…前に変身した日は…。その日は確か…ぼくがここに来て、始めてシャドウと戦った日…ファンガイアタイプのシャドウと戦った日…。)

奏夜はキバットへと視線を向けなおして口を開く。

「キバット。」

「おう、どうした?」

「…こっちに来て変身した日の月って…。」

「確か…満月だったな。」

そこから導き出される答えは一つ、『ファンガイアタイプへと変化する可能性を持った大型のシャドウ』の出現を意味している。奏夜とキバットの言葉を聞いて少年は微笑を浮かべる。

「理解が早くて助かるよ。試練と向き合うには準備が必要だ。でも時間は、無限じゃない。」

少年の言葉に奏夜とキバットは頷いて見せる。時間が有限なのは理解している。今この時もゆっくりと時間は試練へと向かって近づいているのだ。

「じゃ、それが過ぎたらまた会いに来るよ。」

その言葉が告げられると同時に少年の姿は見えなくなった。少年の言葉から大型シャドウの出現時期はある程度絞り込める。だが…

「…あいつ、只者じゃないな。…でもなぁー…あいつって、どっかで会った事が有るんだよなぁー。」

「…会ったことが有る? まあ、それは今考える事じゃないか…。確証は無いけど、今は準備だね…薬の準備…タルタロスの中でのみんなの戦闘訓練…あとは満月の日を調べて、その前日は休んで貰おう。問題は…。」

「問題?」

そう唯一にして最大の問題がある…それは…。

「…この事どうやってみんなに説明しようか…?」

「あー。」

奏夜の言葉にキバットは納得してしまう。そう行き成り目の前に現れて言うだけ言って消えてしまった…下手をすれば怪談話になってしまいそうな少年の事も説明する必要がある。まあ、次の満月の日に大型シャドウが出現してくれればそれを理由に報告する事も出来るのだが。

『この場合『出て来てくれ』と祈るべきか? 出て来ないことを祈るべきか?』等と本気で悩んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数日の時が流れ、満月の日の当日、5月9日(土)

奏夜が部屋に有った砂時計を眺めながら、警戒心を露に無事に影時間が過ぎ去ってくれる事を祈っている頃、作戦室で、彼女…『桐条 美鶴』は一人で解析用の機材に手を加えていた。

「………ふぅ………。」

美鶴が零した重い溜息が、静寂に支配されている作戦室の中には良く響く。

(やはり、タルタロスの外部まで見張ろうとするのは、私では無理だと言うことなのか?)

そう思ってしまう。タルタロス内部では自身のペルソナと現行の機材でもかなりの精度で解析、索敵を行う事が出来ている。だが、それはタルタロス外部では範囲の広さからか、それとも、他の要素が原因なのかは不明だが、巧く行かない。

それも無理も無いだろう、本来彼女のペルソナは『索敵能力が高いだけ』の本来は戦闘向きのペルソナなのだ。それでも、索敵と言う分野で活躍できているのは、一重に彼女の努力による所だろう。

今までならば、タルタロスの中だけでも問題は無かっただろう。

さて、何故彼女がそんな事をしているのかと言えばその理由は二つ、一つは未だに正体も、居場所も分かっていないキバの存在と、一ヶ月前に寮を襲撃して(明彦を追い掛けて)きた大型シャドウが原因だ。

彼女の中に有る漠然とした不安、それは一ヶ月前のそれが最後とは思っていなかったのだ。

そして、もう一つ、ここ数日の影人間の急激な増加と言う事実。それから判断するとそう遠くない日に何かが起こるはずと言うのが、彼女の考えなのだ。故に美鶴はこうして万が一に備えて、タルタロス外部に出現するシャドウの反応を捉える事が出来る様に色々と手を尽くしているのだが、巧く言っていないと言う所だ。

「なんだ…まだやってたのか?」

「…まあな。敵は何時来るとも限らない。」

その声に答える。明彦も美鶴がタルタロスの外までシャドウの反応を探ろうとしていたのは知っていた。

「タルタロスの外まで見張ろうなんて、そう簡単に出来る物なのか?」

明彦のその言葉に顔を伏せて沈黙してしまう。『そう簡単に出来る物ではない』その厳しい現実に今現在、突き当たっていた所なのだ。無言のままで答える美鶴に『剛健美茶』と書かれた缶を投げ渡す。

「…本音を言えば…。」

彼女は投げ渡された缶を受け止め、そう口を開く。その事実は彼女自身理解している…。だが…

「本音を言えば…力不足だな。私の『ペンテシレア』では、情報収集はこの辺が限界かもしれない。」

『ペンテシレア』…それが彼女の持つペルソナの名。そのペンテレシアをその身に宿しているから、彼女の情報収集能力は飛躍的に跳ね上がっている。その能力を持って彼女は奏夜達のサポートを行って来たのだ。

「元々、『ペンテレシア』は索敵用ではないしな。」

だが、重ねて言うが、本来彼女のペルソナ『ペンテシレア』は元々、奏夜のペルソナ『オルフェウス』や順平の『ヘルメス』と同じく戦闘用…遭えて分類するならば『万能型』と言う分野に属するペルソナである。故に特化していない為(・・・・・・・・)、その情報収集能力は限界が有る。

そして、今現在、その限界へと突き当たってしまっているのだ。

(いや。こんな事で弱気になっていてはダメだな。)

弱気になる頭の中で、首を振って弱気を振り払う。仮に奏夜の持つペルソナの中に索敵用のペルソナが有ったとしても、彼は戦闘には欠かせない存在なのだ。故にチーム全体の事を考えるならば、自分が限界を超えると言う選択肢しかない。

(今までは上手くやってきたじゃないか。)

そう、美鶴は今まで幾月に従ってS.E.E.S(特別課外活動部)を立ち上げる事に尽力し、ペルソナ能力の解明や、召喚器の開発にも積極的に協力し、自分自身を最初に確認されたペルソナ使いとして、被検体として自分自身を提供してきた。

結果、それ等の努力は全て実を結ぶ事となってきた。だから、『この程度で根を上げては居られない』と決意を新たに、顔を上げて明彦へと向き直る。

「しかし、ペルソナの力と言うのは、想像していたより大分幅広い物らしい。何しろ、次々とペルソナを替えながら戦える者まで現れたくらいだ。」

『ペルソナの力』と言う言葉から浮かび上がってきたのは、奏夜の『特殊』な力。様々なペルソナを自由に操り、強敵を打倒したその姿は衝撃的なものだったのだ。

今までペルソナ能力の研究は様々な角度から行われてきたが、複数のペルソナを持つという事例は今回が始めての事なのだ。

「彼の能力には特別な物を感じる。まだ、覚醒して間も無いと言うのにな。」

「確かに、あんな奴が現れるとは驚きだ。」

美鶴の言葉に明彦も相槌を打つ。現在見たのは『バッシャー』と『ドッガ』と呼んだ二つのペルソナだけだが、まだまだ他にもペルソナを持っている可能性も有る。

だが、それだけではない。本来、ペルソナは『神話の中に存在する』『神』や『英雄』『悪魔』しか確認されていないのだが、奏夜の見せた二つのペルソナに該当する存在は確認できていない。

そこから奏夜が複数のペルソナを操る理由を調べられないかと調べてみたが、一向に解らない。それも、童話や絵本、民話と可能な限り調査の幅を広げてもイメージの元になった存在にはたどり着かなかった。……ただ一つだけ手掛かりは有る…だが、

(確かに…似てはいたが…当てには出来ないか。)

そもそも、ペルソナの外見は持ち主のイメージにも由来している。だから、外見は手掛かりにはならないと判断していた。キバと共に立つ奏夜のペルソナと『似た姿』の怪物の画像が古い記録から確認できたが、その程度なのだ。

(…ん?)

そんな事を考えながら、明彦から渡された缶ジュースに口をつけ、目の前の機材へと手を伸ばした瞬間、僅かなノイズと共にその反応を捉えた時、美鶴に緊張が走った。それを間違える訳も無い。

「これは! シャドウの反応!?」

「なにっ!?」

美鶴の言葉を聞いた瞬間、明彦にも緊張が走る。

「ホントに見つけたのか!?」

「その様だ。でも待て、反応が奇妙だ、大き過ぎる。こんな敵は今まで…。」

そこまで言った後、美鶴の中に先月の『大型シャドウ』と『ファンガイアタイプ』の事が思い浮かぶ。そう、大き過ぎるシャドウの反応には一つしか思い浮かばない。

「まさか、先月出たのと同じ、『デカいヤツ』かッ!?」

明彦の叫びは奇しくも、正しく美鶴の心中を代弁していた。

「間違いないだろう。」

「そうか……思いがけず、楽しめそうじゃないか。」

怪我をしている事も忘れ、明彦は何処か試合の前にも良く似た緊張感を感じていた。

『自分が何処まで強くなれるのか?』という、その疑問の答えを得る事が出来るかもしれない。正に、その課題に適した相手とも言えるからだろう。

明彦はすぐに緊急事態を知らせる為、装置を作動させると、他の者達を作戦室へと呼び出す。

「お待たせしました。」

「何スか!? 敵スか!?」

「………。」

作戦室に飛び込むと同時に叫ぶゆかりと順平の二人。そんな二人とは対照的に、奏夜は無言のまま落ち着いて作戦室の中に入っていく。

彼が落ち着いているのは当然だろう、奏夜としては『予告』されていた結果なのだ。

「タルタロスの外でシャドウの反応が見つかった。」

「「「ッ!!!」」」

美鶴の言葉に驚きの感情を浮かべる順平とゆかり、そして奏夜は『予想通り』と言う考えが頭の中に浮かぶ。

「先月出たような『大物』の可能性が高い。外に出て来た敵は仕留め損なう訳にはいかない。」

奏夜の予想は美鶴の言葉と一致していた。あの少年の言葉から考えると、ほぼ間違い無く大型シャドウだろう。最悪…変身できない状況でファンガイアタイプのシャドウと戦う事になるのだ。

「影時間は大半の者にとって『無い』物だ。そこで街が破壊されたりすれば『矛盾』が残る。それだけは絶対に避けたい!」

美鶴の言葉にも認めたくないが、納得してしまう。突然、街が破壊されていたと言う状況よりは、悪い言い方だが、『突然、人が死んでいた』方が矛盾は無い。

だが、奏夜としても『人が犠牲になる』と言う事態だけは絶対に避けると心に誓っているのだ。

「要は倒しゃいいんでしょ? やってやるっスよ。」

「またあんたは…。」

「はぁ…。」

能天気に言い放つ順平に対して、呆れた様に呟くゆかりと、同じく呆れた様に溜息をつく奏夜。

「言い心掛けだ、伊織!!! 今回はオレも!!!」

やる気満々と言った様子で立ち上がり、片手を掌に叩き付ける。だが、

「明彦はここで理事長を待て。」

「当然ですね。」

「なッ!?」

美鶴の言葉と奏夜の同意に思わず言葉を失ってしまう。彼にしてみれば、不覚を取って戦線離脱してしまった者と同じタイプの敵、そんな相手との待ちに待ったリターンマッチ。しかも、タルタロスの探索も出来ずにやる気が空回りしていたと言う追加条件も有るのだ。

「冗談じゃない! オレも出る!!!」

「いや、真田先輩。まだ怪我が完治してないんでしょう?」

「紅の言う通りだ。まずは身体を治す方が先だ。足手纏いになる。」

「なんだとッ!!!」

美鶴の言葉に声を荒げるが、それは美鶴に利する事になってしまう。それに加えて、自身の実力に自信を持っている明彦には認められない『足手纏い』と言う言葉。

奏夜は美鶴の言葉通り、明彦の怪我は完治していないが、待ちに待ったこの状況で指を咥えて見ている等納得出来ないのだ。

「真田先輩…自分の怪我を治す事も戦士には必要な事だと思います。残念ですけど、今の真田先輩のするべき事は治療です。」

「その通りだ。彼らだって戦えるさ。少なくとも、今のお前よりはな。」

「ッ!」

二人の言葉に歯噛みする。明彦自身理解している。確かに、今の自分よりは奏夜達の法が戦えるのだ。だが、仮に理解していても納得できる物ではないのだ。

「もっと彼らを信用してやれ。みんなもう実戦をこなしているんだ。」

(…仕方ないな。)「真田先輩。恐らく大型シャドウは今回で終わりと言う事はないと思います。だから、今回はぼく達に譲って下さい。その代わり、次の戦いには嫌でも、参加してもらいます。頼りにしてますよ。今回の露払いはしておきますから。」

心の中で『怪我が完治したらですけどね。』と付け加えておく。実際、今回の戦いも恐らく『露払い』等と言う楽な戦いになる事はないだろうと言うのは断言できる。だが、あえて今回は『露払い』と言う。

それは参加できない事への悔恨の念が有る明彦を参加させない為の方便だが、頭に血が上っていた明彦は言葉の裏に隠されている奏夜の真意を理解し、頭に上っていた血が冷えて行く様な気持ちだった。

「スマン。」

そう一言だけ洩らした。実際、奏夜の言葉に明彦自身少しは気は楽になっていた。

「任して下さい! オレ、マジ、やりますから!!!」

次に聞こえてきた叫び声は奏夜の物ではなく、順平の物だった。順平は順平なりに自分の力で役に立ちたいと考えているのだろう。だが、明彦にははっきり言って『不安』と言う言葉が浮かんでいた。

「…まだ反省してないのかな…順平。」

奏夜の呟きは正に明彦の不安に的中していた。順平の力が奏夜に比べて劣っていると言う訳では…………いや、実際、圧倒的にとは言わないが奏夜の方が順平の前に立っているが、それが問題なのではない。仲間を纏めるリーダーとしての資質、状況を判断し、時には退く事も考えるような判断が必要なのだ。

彼の場合、自分が活躍する事を意識し過ぎ、前回の戦いではその結果、リーダーである奏夜の指示を無視して勝手な行動を取り、仲間を窮地に追い込んでしまったのだ。

「……仕方ないな。紅、現場の指揮を頼む。」

奏夜へと視線を向け、そう言いきる明彦の言葉に思いっきり凹む順平だった。

「やっぱコイツかよ。」

「頼むぞ、出来るな?」

「やってみます。」

順平の言葉を無視する訳ではないが、今の状況でこれ以上時間を取られる訳には行かない。美鶴と奏夜はそんな会話を交わす。

「初探索から二週間、君はリーダーとしてよくやってくれている。できるさ、自信を持ってくれていい。」

「つーか、なんかお前、このままリーダーが定位置になりそうだよな……ま、別にいっけど……。…いいよな、隊長さんは認められててサ。」

『嫉妬心』も露にそんな事を言う順平を横目で見る。『やっぱり、前回、殴って済ませるんじゃなくて、もう少しキツイ罰でも与えるんだったかな? …また変な事にならないと良いけど。』等と考えてしまう。

「何ひがんでんのよ。」

「アテッ。」

ゆかりが順平の腹を肘で小突く。そんな様子を見て今まで浮かべていた暗い考えが払拭された様に感じた。

「ありがとう。」

奏夜は彼女に対して、聞こえない様にそう一言だけ呟いた。

(なんだよ、オレだってやれるっつーの…。)

横目で奏夜を睨みつけながら順平はそんな事を考えていた。だが…

(…少しは考えて欲しいんだけどな。…虚栄心なんて物でリーダーの立場なんて…ダメに決まっているだろう。)

自分の能力から考えてリーダーの立場は枷でしかないのだが、彼の様な考えの人間に、リーダーの背負う責任の重さを理解していない人間に、全員の命を預かると言うこの立場を任せる訳にはいかなかった。

「よし、三人は先行して出発だ!」

「駅前で待っていてくれ、準備が整い次第直に追い着く!」

先輩二人の言葉を聞き、一度装備を整えに戻る。奏夜はともかくゆかりと順平の二人は突然の呼び出しだったので、服も着替えていない。

 

 

 

 

「キバット…。」

ゆかりや順平に先行して玄関に逸早く到着した奏夜はキバットへと声をかける。

「おう、どうした?」

制服ポケットの中から顔を出して聞き返してくるキバットに奏夜は、

「…第二幕…もう直始まるね。」

「…第二幕…ね。オレはまだ序曲の中盤…良くて終盤だと思うぜ。」

まだ始まったばかりだと言うキバットに対して無言で肯定の意思を示す。

「…そう…。……キバット……今度も『ファンガイアタイプ』に変化するシャドウが出てくる可能性は…。」

「まだ一回しか見てないんだ、確実な事は言えないけどな…。間違いなく出てくるだろうな。」

「…最悪、生身で倒すしかないか…。」

キバットとの会話をそう言って切り上げた時、丁度、ゆかりと順平の二人が降りてくる。そして、合流した三人は現場へと向かう…今宵の舞台へと…。



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第十夜

現在、寮を出た奏夜達三人(二年生トリオ)は駅前で美鶴の到着を待っていた。曰く、外でのバックアップには準備が必要と言う事で、三人は先行して駅前で待機と言う事になっていたのだ。

「……まだかな?」

「すぐ来んだろ。」

「…………。」

ゆかりと順平の二人がそんな言葉を洩らし、奏夜は空に浮かぶ満月を眺めていた。三者三様の様子を見せる三人。

だが、順平の言葉通り美鶴はすぐに来るだろう。万が一彼女が遅れて影時間が開けてしまったら、現実に矛盾が出来あがってしまう。それを防ぐ為には影時間の終了前にシャドウを倒す必要が有る。

だが、事態は切迫しているのだ、影時間は一時間だけ、故にタイムリミットは僅か一時間だけなのだ。

「紅君? あっ、今夜は満月か……影時間で見ると不気味ね。」

「…そうかな? ぼくは綺麗だと思うけどね。」

「そうなんだ? …私はちょっと、ダメかな。」

魔性が増した月を美しいと思ってしまうのは、自身の中に流れる『闇の一族(ファンガイア)』の血故とも考えて、自嘲気味に笑ってしまう。

空にはキバの力によって作りかえられる夜や現実の夜とは違う、碧色の光を放つ満月の月が浮かんでいた。

(…満月…彼の言った言葉は本当の事だったのか?)

空に浮かぶ満月を眺めながら改めてそんな考えを浮かべる。満月…月齢が大型シャドウの出現する目安となるのなら、それはそれで対処がし易い事この上ない。十分に準備が整ってから迎え撃てるのならば、強敵であっても打ち勝てる可能性の芽を得る事が出来る。

(…この先、今のぼくで対処できない相手が出て来ないなんて言い切れないからね。影時間じゃ、次狼さん達の力を借りる事も出来ないからな。)

過去の戦い…転校前に街中に出現したシャドウを相手にキバの力を訓練してきたが、何故か何度やっても、『ガルルフエッスル』を始めとするアームズモンスターを召喚する為のフエッスルを使っても、効果が現れないのだ。

故に影時間の中に置いてキバの力で頼れるのは『キバフォーム』のみなのだ。そのキバフォームの力にしてもみても自分が『100%使いこなしているか?』と問われれば『否』と答えるしかないのだ。

そんな事を考えていると此方へと近づいてくるエンジン音が聞こえてくる。

(エンジン音!? まさか、シルフィー姉さん!?)

「って、あれ?」

慌てて視線を向けて見れば、こちらに向かってくるのは美鶴が解析用の機材を積んでいる『白いバイク』だった。

(…オイオイ、マジかよ? あれって、『イクサリオン』じゃねぇか?)

奏夜のポケットの中から顔を出してそのバイクを見た瞬間、キバットが驚きも露にしてそう心の中で呟く。

だが、奏夜とキバットの驚きは質が違う物なのだ。奏夜が驚いたのは『影時間で機械が動いていると言う事』である。自分が知る限り、本来、影時間の中では全ての機械が『唯一の例外』を除いて動きを止めるのだ。

キバットはそれ以上に…『自分の良く知っているマシン』の存在に対して驚きを浮かべていたのだ。彼女の乗るマシン『イクサリオン』の事に…。

「遅れてすまない。」

バイクを停めヘルメットを外した美鶴が奏夜達にそう告げた。

「バ・・バイク。」

「すげぇ…。」

「要点だけ言うぞ。」

ゆかりと順平が驚きの声を黙殺しつつ、美鶴は作戦内容を説明する。

「今日は情報のバックアップをここから行う。君等の勝手はこれまで通りだ。シャドウの位置は駅から少し行った辺りに有る列車の内部。そこまでは線路上を歩く事になる。」

「線路を歩くって……それ、危険なんじゃ…。」

美鶴の説明に順平が疑問を告げるが、

「…影時間は機械は動きを止める…ですよね?」

今まで黙っていた奏夜が口を開きそう言葉を続けた。

「気付いていたのか。その通りだ、影時間には機械は止まる。むろん列車もだ。動くはずは無い!!」

「…や、でも、そのバイク……。」

そう先ほどまで立派に動いていた機械(バイク)を見せられていたのだ、動くはずも無いと自信を持って言われても信じられる訳が無いのだ。

その順平の疑問に美鶴は『フフ』と笑い、バイクの車体を軽く叩き、

「このバイク、『イクサリオン』は『特別製』だ。」

少し誇らしげに言って見せる。その説明で(何処がどう特別なのか等、解らない点も有るが)順平は納得する。なにしろ、解析用の機材を積んでいるのだから、動かなければ何の意味もない。

(イクサリオン…って。父さんから聞いた『イクサ』の…。)

(オイオイ…マジでイクサリオンだったのかよ。)

奏夜とキバットはそんな事を考えていたのは彼等しか知らない事である。

「状況に変化が有ったら、私が逐一伝える。それでは、現場の指揮を頼んだぞ!」

「はい。」

美鶴の激励の言葉に落ち着いた口調で答える。だが、心の中で奏夜は『どうやって、キバに変身するべきか?』等と考えているのだが…。

(正直言うと。)

奏夜の方へと視線を向けながら、順平は思う。

(先輩がコイツをリーダーにしたのも分かる。……コイツからは“特別な何か”を感じる!! オレみたいな凡人とは違うってか? ちくしょ…。)

奏夜は確かに特別であろう…『キバ』と言う名の力を父より受け継いでいる事、複数のペルソナを操ると言う力…だが、順平は気付いていないそんな表面的な物ではない、本当の意味で特別な何かは別に有るのだ。

その時、彼女の無線が鳴る。美鶴はそれに応答すると、

「よし。では、作戦開始だ!」

美鶴の号令の元に奏夜達は動き出した。

三人が線路に上がって直ぐに美鶴からの通信で伝えられてきたのは目的の位置だった。シャドウの居る列車は前方約200メートルに停車しているモノレールの中。時間が時間なので、有る程度の人数は限られるだろうが乗客に被害が出る前に対処しなければ拙い。モタモタしている時間は無い。

やがて、モノレールが見えてくると彼等は立ち止まり、

「これ……だよね?」

「そう…だよね?」

奏夜は疑問系でゆかりの言葉に同意を示す。走行中に影時間に入った為なのだろうが、線路上に停車している列車と言う光景は珍しい事この上ない。

『三人とも聞こえるか?』

通信機を通して美鶴の声が三人の耳に届く。

「はい、大丈夫です。」

「でも、今着いたんですけど、パッと見じゃ特に…。」

『敵の反応は間違い無く、その列車からだ。三人とも離れ過ぎない様注意して進入してくれ。』

『了解』と答える。だが、『一応は走行中の列車にどうやって進入するか?』と考えながらモノレールへと近づく。

運良く扉は開いていたが、ここはホームでは無いので列車に付いている梯子を上る必要があるようだった。

(あれ?)

先ほどまでの考え…今停車しているのは影時間に入った為に停車しているに過ぎず、今は『走行中』なのだ。と言う考えからの違和感が奏夜の頭を過り、彼の本能が『危険』を告げる。

「へへっ、腕が鳴るぜっ!!! つーか、ペルソナが鳴るぜッ!!!」

順平の能天気な声であと少しで形を作り出しそうな疑問と、今まで頭の中でなっていた警鐘が掻き消されてしまった。

既にゆかりが梯子を上っているのを見て、近づこうとした時、その視界の中に揺れるスカートの裾が見えた瞬間、慌てて顔を横へと向ける。

その瞬間、彼女は片手でスカートの裾を押さえ、奏夜と順平を睨みつける様に見ると

「ノゾかないでよ……。」

先に気が付いて既に目を逸らしていた奏夜は兎も角、思いっきり睨み付けられた順平は慌てて横を向くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順平が列車の中に入り、最後に殿として奏夜が中へと入る。列車の内部には当然ながら乗客が象徴化していた。深夜と言う時間帯が幸いとして、数は少ないが、車両の内部に棺が存在している光景とは…なんとも言えない不気味さと、ホラー映画のワンシーンを連想させる。

「これ、人間……つか、乗客だよね?」

「象徴化って奴なんだろうけど…まあ、これはこれで幸いって奴かな?」

周囲の光景を眺めながら呟かれた、ゆかりの言葉に奏夜が答える。象徴化している人間はシャドウに教われる事は無い。つまりは一応は安全と言う事だろう。

「“象徴化”って奴か、マジ気味ワリィ。」

棺に近づきながら順平が呟く。そして、ポケットの中からキバットが飛び出し、奏夜の肩へと止まる。

(おい、奏夜。)

(どうしたの、キバット?)

(いや、さっきから気になっていたんだけどよ。)

耳元で小声で続けられるキバットの言葉に耳を傾ける。キバットの疑問も先ほど奏夜と同じ違和感を感じていたのだろう…。キバットのその言葉に奏夜の顔が青褪める。先ほどの違和感の正体と本能が鳴らしていた警鐘が意味する『危険』の正体に気がついたのだ。

「あれ、ちょっと待って…。」

そんな時、ゆかりも口を開く。

「なんで駅でも無いのにドアが開いていたんだ!?」

「こんな駅でも無いとこに止まっているのにドア全開っておかしい!」

同時に言葉が告げられると同時に列車のドアが一斉に閉まろうとする。慌てて順平がドアに駆け寄るが無情にもドアは閉まってしまう。

「気が付いてた?」

「…ちょっと遅かったけどね。」

悔しそうに奏夜とゆかりの二人はそんな会話を交わす。

(やれやれ、罠だったって訳かよ。気を付けろよ、奏夜…そろそろあちらさんも次の手を打ってくるぜ。)

(分かってる。気を引き締めたほうが良い…。それに、ここが最後尾なのは、まだ運が良かったかもしれない…後から襲われる危険もないしね。)

キバットはそう言って奏夜のポケットの中に再び隠れていく。そして、奏夜は武器で有る剣を構えて周囲の様子を覗う。

「くそっ、開かねぇ! ちっくしょヤラレた、つか指すげーイテェし! 見てほら! ここんトコ、指先ヘコんでんだろ!?」

そう言って右手を見せてくる順平に思いっきり緊張感をそがれてしまう。

『どうした、なにが有った!?』

次に響いてきたのは美鶴からの通信。

「オレっちの指さ「それが…閉じ込められたみたいで。」」

能天気な事を喚いている順平を平手で殴り飛ばして、ゆかりが説明をする。

「岳羽さんの言う通りです。列車の中に閉じ込められました、位置は列車の最後尾です。」

奏夜はゆかりの説明に詳しい状況を付け加えて説明する。

『シャドウの仕業だな。確実に君等に気付いていると言う事だ。何が来るかわからない、より一層注意してくれ!』

「「はい。」」

美鶴の言葉に奏夜とゆかりの返事が重なる。そして、横目で列車のドアを見る。

(キバに変身できれば脱出も簡単だけど…飽く迄、それは非常手段だな。こんな所でドアが開いてたら影時間終わった後で危険だろうし。ん?)

前方から何かの気配を感じ、前方へと視線を向ける。

「いる。」

奏夜が前方へと視線を向けると車両を隔てるドアが開き、テーブルにシャドウを意味する仮面が付き、ナイフ、グラス、皿、お玉の様な物が舞うと言う奇怪な姿のシャドウが姿を見せて直に奥に戻っていく。明らかに此方を挑発している。

「待ちやがれ!」

『待て! 敵の行動が妙だ、イヤな予感がする。』

その挑発に乗った順平が追いかけようとするが、それを美鶴が止める。その言葉にしたがって順平は足を止めていた。

「追っかけないと逃がしちまうっスよッ!?」

だが、彼が足を止めたのは、飽く迄『待て』と言われたからであって、状況を理解している訳でもなければ、冷静になった訳でも無い様だ。思わず、彼が自分の望むリーダーになって『オレに続け』と言いながら無謀にもシャドウに突っ込んでいき、見事に全滅すると言う未来を幻視してしまう。

(リーダーになりたいなら、状況を理解する事を覚えようよ…。)

既に彼に対して怒りを通りすぎて悲しみさえ浮かんでしまう奏夜であった。

『現場の指揮は紅、君だ。この状況…どう思う?』

「…間違いなく罠ですね。慎重に先に進むべきです。」

『私も同意見だ。うかつに追うべきじゃないな。』

そう言った後後ろにいるゆかりに視線を向ける。彼女も奏夜の言葉に納得したのだろう、頷く事で返す。

だが、それに納得できない者がこの場にはただ一人存在していた。

「………んでだよ……。」

順平である。

「なんでだよ!? あんなのオレらで倒せんじゃん!!! イチイチ、お前の意見なんかいらねェよ!!」

「はぁ…。」

この後に及んでまだそんな事を言っている順平に対して、頭を抱えながら深々と溜息をついた。

(…頭痛い…。)

そんな順平の言葉に頭痛さえ覚えてしまう。

「てか、オレ一人でだってやれるっつーの!!!」

「あっ!!!」

そう叫んで順平は一人で勝手にシャドウを追いかけて列車の中を進んで行ってしまう。

「コラ、順平ッ!?」

ゆかりが慌てて声をかけるが、順平はそれにも答えずに、一人で先に行ってしまったのだ。ゆかりは順平を追いかけようとしたが、

『危ない、後だ!!!』

「岳羽さん!」

「!?」

美鶴と奏夜の声が同時に響く。此方の戦力が分散された所で、シャドウが強襲を仕掛けて来たのだ。それに気が付いたゆかりが後を振り向くが、既に回避できるタイミングではない。だが、

「ペルソナ…。」

シャドウ達は一つだけ大きなミスを犯していたのだ。戦力を分散させたのは正しかっただろう…分散した所を襲撃したのも間違っていない…だが、

「ガルル!!!」

咆哮と共に奏夜の内より出でた蒼き人狼、ウルフェン族最強の戦士『ガルル』の姿を模したペルソナがゆかりを強襲したシャドウを薙ぎ払う。

そう、ここに居るのは最強の戦力…『紅 奏夜』なのだ。

「…すごい。」

更に呼び出した新しい蒼い人狼のペルソナに驚きを隠せないゆかりは思わずそう呟いてしまう。

「怪我はない? 立てる?」

「う、うん。」

「だったら、援護お願い…まだ生きてるし…新手だ!」

先ほど薙ぎ払った…テーブルの様な姿に『魔術師(マジシャン)』のアルカナを意味する仮面を付けたシャドウ『泣くテーブル』が立ちあがり、更に真上からニ体の同型のシャドウが合流する。

『気を付けろ、紅…そいつ等は…。』

「分かってます…『番人』級でしょう?」

「うそでしょ!?」

美鶴の通信と奏夜の言葉に思わずゆかりがそんな叫び声を上げる。無理も無い、前回のバスタードライブ戦での苦戦も記憶に新しい番人級のシャドウ、この先で強力な大型シャドウが待っていると言うのに目の前には強力な番人級が三体も存在しているのだ。この連戦ははっきり言ってきつい。

『キバに変身しないと不利かな、これは?』等と考えながら、片手に剣を、片手に召喚器を構える。

「番人級が相手となると…ぼく達としても後の事を考えながらって訳には行かない…全力で仕留めさせてもらう。」

額に付きつけた召喚器のトリガーを引く。

「重力魔法(マハグライ)!!!」

奏夜の中より撃ち出されたペルソナより放たれる暴力的な重力が先制攻撃でシャドウ達に叩きつけられる。



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第十一夜

なお、今回からオリジナルキャラの登場です。


「ガルル…『ハウリングスマッシュ』!!!」

炸裂音と共に撃ち出された青き人狼のペルソナ『ガルル』の持つ技の一つにして、最も強力な技である『ハウリングスマッシュ』の一撃が、電車の中に巨大な狼の爪痕の様な傷を残しつつ『泣くテーブル』の最後の一体を粉々に粉砕する。

「すごい…。」

圧倒的な力を見せる奏夜の力に対して、ゆかりは思わずそんな感想を零してしまう。

奏夜が『ガルル』のペルソナを使うのはこれが始めてだが、使って見て純粋な戦闘力では恐らく現時点での手持ちのペルソナの中でも一、ニを争うほど強力な物だろうと想像できる。

だが、それと同時に強力な力にはそれなりのリスクが付きまとう物と言う事に直に思い知らされていたのだ。具体的に言えばガルルのペルソナの持つ『技』の反動のダメージとも言うべき疲労。確かに三体の『泣くテーブル』は強敵では会ったが、反動の大きさは戦闘の疲労とダメージを除いてもかなり大きい。

(…かなり辛い。もう一つはそれほどでもないけど、『ハウリングスマッシュ』は一日一回…無理をしても二回が限度か。)

だが、ニ回目の大技の使用は使えたとしてもその反動で、確実に奏夜の意識を刈り取ってしまうだろう。リーダーである自分の戦線離脱はパーティーの全滅を招く恐れがある以上、無理は控えて、一日一回と限定すべきだろう。

現時点でまだこの先に居る大型シャドウとの残されているのだから、こんな早々に切り札の『ハウリングスマッシュ』を使ってしまったのは不利にしかならない。

「…せめて順平が居れば……居ないよりマシだろうし。」

表面的には冷静に振舞っているが奏夜としては、内心、怒り心頭と言う所である。

「そうだね。ったく、早速敵のペースじゃん。」

番人級…それも複数タイプとは言え三体を同時に相手にして二人で勝ってしまった事にはある種、ゆかり自身も驚きを隠せない。その代償として、既に最強戦力である奏夜の疲労はかなり大きい物になっている。

「ん?」

奏夜の心の中に声が響いてくる…それは何処かで聞き覚えの有る声…。

“私は貴方、貴方は私…私は『金色の王』に使えし従者の一人――『緑碧の射手』――シルフィー。遅れ馳せながら、貴方の力となりましょう。”

(今のは…シルフィー姉さんの声?)

そう考えた瞬間、掌の中に弓矢を構えた碧色のドレスの女性の絵の書かれた『カード』が現れて、消えていく。それと同時に己の中に座する者が一つ増えた事を感じ取った。

『紅、岳羽、危ない所だったな。…紅、君は…大丈夫か?』

美鶴からの連絡が届く。実際、奏夜の第四のペルソナ『ガルル』がなかったら、冗談抜きで危ない所だったのだ。流石はペルソナとは言え、ウルフェン族最強の戦士の面目躍如と言った所だろう。だが、そのペルソナを使い、戦った結果、奏夜の披露は大きい。

「ええ、なんとか…。桐条先輩、ここにはもうシャドウは居ない様ですけど、順平は何処に?」

自分に起こった異変を気取られない様に気を付けながら、奏夜は美鶴からの通信へと答える。

『ああ、反応では何両か先に行っているだけだ。だが、このままでは各個撃破の的だ、キミらもすぐに伊織を追ってくれ。』

「ああ、もう!!! 順平の奴、自分からはぐれてどうすんの!」

「まあ、はぐれてる訳じゃないよ…勝手に突っ走ってるだけだから。」

怒りを込めながら、奏夜はそんな事を言いきる。

(うん、絶対にそれなりに戦力が整ったら、罰を考えておこう…。)

ゴウン…

奏夜が順平に対してそんな物騒な事を考えていると、突然、床がゆれた。

ウィィィ…ィィイン

「な、何? うそ、動かないんじゃなかったの!?」

「何で…待てよ、桐条先輩、まさか!?」

『ああ、どうやら列車全体がシャドウに支配されているらしいな…。』

外れてくれと考えながら告げた言葉に対して、通信を通して美鶴は奏夜の考えを肯定する。

「やっぱり…。」

「らしいって…ちょっと、大丈夫なんですか?」

「最悪だと思う…確か、前の列車は……。」

『その通りだ。このまま加速していけば、あと数分で一つ前の列車に。』

「衝突する。」

『………。』

美鶴の言葉に続くように告げられた奏夜の言葉に美鶴は無言で肯定した。

「衝突…。衝突!?」

唯一人自体のとんでもなさに呆然と呟いたゆかりがそんな事を叫んだ。はっきり言って、大事故が確定するそんな事だけは避けたい。

「さて、事故防止の為にも、急いで列車を支配しているシャドウを倒しに行こう。………あと、ついでに順平も見つけないと。」

「うん。って、順平の事はついでなの!?」

「…だって、一本道だし…流石に相手が大型シャドウでこんな場所なら、さっきの番人級とは違って隠れて奇襲も出来そうもないしね。危険が有るとすれば…。」

『ファンガイアタイプか?』

「………。」

奏夜の言葉に継いで告げられた美鶴の言葉を、奏夜は無言で肯定する。ファンガイアタイプのシャドウに関しては自分達に奇襲も可能だろう。

自分とキバット以外知る者は居ないが、前回はキバに変身した自分が倒した物の、間違いなくファンガイアタイプのシャドウは変身しなければ危険な相手だ。

それに…最初に戦ったファンガイアタイプは『ホースファンガイア』…彼の父である先代のキバが最初に戦った大して強い部類に入らない敵であったのだ。

「岳羽さん、急ごう。」

「うん。」

「くそっ…くそっ! くそくそくそっ!!! オレ一人だってなぁ!!!」

一人(勝手に)先行する順平の行く手を遮る様にシャドウが姿をあらわす。順平はその歩みを止める事無く、召喚器を自分の米神に押し当て、

「ヘルメェェェェェェェェス!!!」

引き金を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『状況を説明する。落ち着いて聞くんだ。』

通信機越しに告げられる美鶴の説明を聞きながら二人は車両を進んでいく。

『今、君達の乗っているモノレールはシャドウの支配下に有り、加速状態に有る。このままではあと数分で一つ前の列車に衝突してしまう。』

「…そんな、ご丁寧に…。」

『状況を理解しろ! いいか! 先頭車両に強い反応を感じる。多分、それが“本体”だ。行って倒し、列車を止めるんだ!!!』

奏夜とゆかりは互いに頷き会い、前の車両へと移動する為、通路のドアを開く。

『まずは、一人先行してしまった伊織に追いついてくれ。このままでは各個撃破される!』

「確かに…ご丁寧にぼく達の所には番人級を三体も用意していた相手が、今、一番撃破しやすい順平に手を出さないはずはない。」

「ったく、また順平の奴!」

『私の不注意のせいだ。すまない…。』

「そんな…。」

「いえ、リーダーのぼくの対応が遅れたせいです。すみません。」

実際、戦力低下を防ぐ為に今日まで順平への罰を先送りにしすぎていた。前回の独断先行で殴っておいたが、やはり、自分の愚行を反省させる為に直に何かしらの罰を与えておくべきだったと後悔する。

だが、それはリーダーと言う立場に憧れるからでた、それに選ばれた奏夜への反発故での暴走だろうとは推測できる。

これが、年齢・経験共に先輩である明彦や美鶴がリーダーと言う立場ならば何一つ反発する事はなかっただろう。ゆかりがリーダーの立場であっても…自分達よりもシャドウやペルソナに関わったと言う点で先輩である彼女なら、自分よりも反発が小さいだろうと考えてしまう。

そう、どれだけ実力・経験に差が有っても…自分は彼にとって近い存在…言い方を変えれば、ライバルとでも言うべきなのだろう。と奏夜はそう考える。

もう一つ考えられる物とすれば『ペルソナ』と言う人知を超えた能力に目覚めた事への高揚感からだろう。だが、残念ながら、奏夜はそんな感覚からは実際問題、縁がなかったのだ。それはキバの力に対しても同様である。

父である先代の黄金のキバ(キバ)『紅 渡』。

叔父である闇のキバ(ダークキバ)『登 大河』。

偉大なる先代が二人も目の前には揃っているのだ。まだまだ未熟と考える事は出来ても、舞い上がる事など出来はしない。

『っ!? たった今、計算が出た! 列車衝突まで残り丁度、五分だ!』

「オォウッ!!!」

叫び声を上げてのヘルメスの再召喚、その物理ダメージを与える『突撃』により、奏夜達が戦った物とは種類の違う、テーブル型のシャドウを粉砕する。

「ハァ…ハァ…ハァ…。」

呼吸の乱れる順平に対して前方車両のドアが開き、王冠の様な頭に仮面、蛸の様な足で構成されたシャドウが三体、追撃の形で出現する。

(こいつら、次から次に、キリがねぇ…。)

疲労を隠せない順平へと襲いかかるシャドウを手持ちの武器である刀で叩き切りながら、そんな事を思う。

(シャドウ? キバ? 人類の敵? なんだそりゃ。)

ニ体目のシャドウの一撃が順平の体を刀ごと弾き飛ばし、そのまま床へと倒れる。

(誰も知らない時間の中で戦う孤独のヒーロー。)

襲いかかるシャドウを迎え撃つ為に召喚器を取り出し、再びペルソナの召喚を行おうとするが全身を疲労が襲い、倒れそうになる。

(…………って、あら、ダメじゃんか。一人で勝手にキレて突っ走って、バカみたいだな、オレ…。カッコワリ―――。)

無常にもシャドウの一撃がトドメとして撃ち出されようとする。

(はは…“力”が有ってもヒーローにはなれないってか。なんだよそりゃ、ヒデェじゃねぇか。あー、なんか泣けてきた…。いや、寧ろ、おかしいな。へへ………。)

順平の真横を通ってトドメを刺そうとしたシャドウを後方から飛翔する矢が撃ちぬき、

「っ、せい!」

奥に控えていた最後の一体を奏夜の剣が真っ二つに切り裂く。そして、天井付近を一瞥すると…十字架に天秤の皿がついた形のシャドウが三体ほど降りてくるが、

「岳羽さん!」

「分かってる!」

その十字架のシャドウの存在に気が付いた奏夜がゆかりへと叫び、床を蹴って後方へと下がる。彼女が引き金を引いた瞬間、風は疾風の刃となり、疾風の刃(マハガル)は十字架を切り刻む。

「ったく、言わんこっちゃない! 一人で勝手するからよ、もう……で、大丈夫?」

「だ…大丈夫に決まってんだろ!! つーか、助けなんか…。」

呼吸も整わぬまま順平は答えるが、その様子は明らかに大丈夫には見えない。

(はぁ…。)

思わず彼の態度に頭を抱えながら心の中で溜息をついてしまう。

(…順平…いい加減反省してよ…二度目だよ、これで。)

「ちょっと、あんたねぇ!!!」

奏夜が順平を睨みつけて一言言ってやろうとした瞬間、ゆかりが声を荒げる。行き成りの勝手な行動に疑問を持っていた。それ以上に、勝手な行動しておいて、その態度はないだろうと言う考えからである。

「岳羽さん、 “そんな事”はあとでいい。残念だけど、今は時間がない。」

『あと、三分四十秒。時間がないぞ、急げ!』

「急がないと。順平、時間がない。これ以上勝手な行動をとるのなら…命の保証は出来ない。」

既に死へのカウントダウンは始まっているのだ。そう言いきり、奏夜は振りかえる事無く、死を告げる時計を先頭車両へと足を進み始める。

「そうだった! 話しはあと、死んだらもとも子もないからねっ!!!」

奏夜の言葉にゆかりも順平へとそう言い残して彼の後を追いかける。

先へと進んでいく二人の背中を見送りながら順平は…

「くそっ!!!」

心の中で毒づきながら二人を追いかけて走り出す。

合流した奏夜達三人(一年生トリオ)は先頭車両へと向けて走り出す。

最初の番人級との戦闘で大きく消耗している為、奏夜は本体との先頭に備えてペルソナを温存する為、武器での接近戦が主体となるが、それでも、手持ちのペルソナの恩恵を利用しての前衛を勤め、同時に順平も大人しく彼の指示に従っての前衛となって、ゆかりがペルソナと弓矢での援護と言う形のチーム戦で、確実に戦闘へと進んでいく。

そして、

「えーと、大丈夫?」

「ハァ…ハァ…ガス欠っス…。」

奏夜の言葉に息を乱しながら、そう順平は答える。

「先はもうないみたいよ。」

「そうだね。」

『紅、その先だ! 時間はまだあるが、加速が続いている! 急がないと…。』

「分かってます。岳羽さん、順平………行くよ!!!」

奏夜の掛け声の元、先頭車両へと続くドアを開きその車両へと足を踏み入れていく。

「うわぁ…。」

「……す、すげーことになってんな……。」

「確かにこれは凄い。」

先頭車両に陣取っていた大型シャドウ。それは女性のようでいて、確実に人間ではない。列車の横幅程も有る巨体が床に座り込んだ形で有りながら、頭部は天井へと届いている。体と顔は白と黒のモノトーンに彩られ、シャドウの特徴である仮面を付けているその姿は、威厳のある聖職者……言うなれば、女教皇(プリーステス)を思わせる姿である。

ドックン!!!

そのシャドウ…プリーステスを見た瞬間、奏夜の中の何かが強く反応する。

(おい、どうしたんだ、奏夜!?)

ポケットの中からキバットが小声で聞いてくる。

(いや、何でもない…それよりも…。)「来るよ!!!」

数時間前

「これで…この子達の修理は完了しましたね。そして、“あれ”を組み込んだ事で“あの時間”の中でもこの子達は変わらず貴方様の力になってくれるでしょう。」

緑色の髪のメイド服を来た女性が、自分の目の前に座す真紅のバイクとモアイ像を連想させる金色の像を一瞥しながら、神に祈りを捧ぐ様な仕草でそう呟く。

「奏夜様、貴方様のお父様より託された御力は完全な形を取り戻しました。私も今、貴方様の力となるべく、貴方様の元へ参ります。」

『真紅の鉄馬』-『マシンキバー』-と『ブロンブースター』、そして、奏夜に仕える四魔騎士の一人『シルフィー』はそれぞれ、赤、黄、緑の光に包まれ、飛び去っていく。



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第十二夜

キバット「“女教皇”。タロットカードの大アルカナに属するカード一枚で、カード番号は『Ⅱ』。女司祭長と呼ばれる事も有る。正位置では『知性』や『理解』、『清純さ』、『聡明さ』、『常識』と言った整然で穢れの無いものがイメージとして上げられる。逆に逆位置(リバース)だと、『思慮に欠ける軽率な行為』、『激情』、『無神経』、『我が儘』、『ヒステリー』等が上げられる。」

飛び去った後、『女教皇』のタロットカードを咥えて戻ってくる。

キバット「ペルソナやシャドウもこのアルカナを持っていて、奏夜の未来にあいつに近い位置にこのカードが有る。他にも何枚かあいつの近くにあるけど、今、あいつの仲間にこのカードと同じアルカナのペルソナを持っている奴は居ないんだぜ。」


「来るよ!!!」

奏夜が叫んだ瞬間、プリーステスはその長い髪のような物を操り、攻撃を仕掛けて来る。だが、

「ガルル!!! 重力魔法(グライ)!!!」

己の内より召喚した蒼き人狼『ガルル』の操る重力魔法(グライ)を此方へと襲いかかる髪の様な物へと叩きつける。それによってプリーステスの攻撃は奏夜達に触れる事無く、床へと叩きつけられた。

「順平、岳羽さん、今だ!」

「おっしゃぁ!」

「オッケー!」

二人が同時に引き金を引き、炎(アギ)と疾風(ガル)がプリーステスの本体へと襲いかかる。それにより、怯んだプリーステスの姿を一瞥せず、奏夜は己の中に座す物を『ガルル』から紫紺の巨人(ドッガ)へと変える。

そのペルソナが全身に与える『力』と『防御力』…スピードや反射速度等はガルルの与えてくれる恩恵には圧倒的に劣るが、そのパワーは正に無双…手持ちの他のペルソナを含めても並ぶ物は居ないだろう。

「フン!!!」

小剣程度では『ドッガ』のパワーに耐えられないであろうと推測し、炎と風の作り出した爆煙を抜けて至近距離まで近づいた奏夜の拳がプリーステスの体へと叩きつけられる。

(痛っぅ…でも、やっぱりこの剣じゃ使い捨てになる。)「…大地魔法(マグナ)!!!」

追撃とばかりに召喚器のトリガーを引き、『雷撃(ジオ)系』の魔法とは別にドッガのペルソナのみが所持する魔法『大地(マグナ)系』の魔法を叩きつける。何処からともなく岩石が出現し、それがプリーステスへと叩きつけられる。シャドウとペルソナの扱う魔法体系にないその魔法は確実にプリーステスにダメージを与える。

そのまま床を蹴る様にして後方へと下がる。『制限時間』という枷が焦りにならない様に冷静に戦っているつもりなのだが、ここの何処かに焦りは有る。

(…キバになれれば…。)

そして、奏夜に有る枷は順平とゆかりと違い『制限時間』だけではなく、『キバへの変身が出来ない事』と『大技が使えない』と言う二点も奏夜にとっては枷なのだ。

『ガルル』以外にも『バッシャー』と『ドッガ』にも存在している固有の必殺技(最強スキル)とも言うべき大技。今の奏夜では一日に一回程度が限界であろうそれは、残念ながら既に使ってしまった今となっては、使う事は出来ないだろう。

無理をすれば使えなくも無いだろうが、『迂闊に使ってしまって、相手を倒せずに自分が倒れてしまったら』と考えると、使う事を躊躇される。

そんな事を考えた瞬間…周囲の温度が急激に低下していくのを感じた。

(これは…。)「岳羽さん、順平、気をつけて!」

『車内の温度が急速に低下! 気をつけろ!!』

同時に響く奏夜と通信を通しての美鶴の警告の声…そして、距離を開けたまま岩(マグナ)の魔法の直撃を受けたプリーステスが置き上がると同時に攻撃体勢に入る。

「『凍結魔法(ブフ)だ!!!』」

警告の声が重なって響いた瞬間、奏夜は自身の中に宿る者の座する場所をドッガから碧の半漁人(バッシャー)へと変える。

その瞬間に膨れ上がった異様な力が破裂し、氷の刃を作りだし列車の車内を覆い尽くすそれが撃ち出される。

プリーステスが撃ち出した凍結魔法の名はブフでは無く『マハブフ』…ブフよりも一つ上位に辺り、破壊力こそブフとは大差がないが、その恐ろしさは効果範囲の広さに有る。特にこの狭い列車内やタルタロス内部では回避のしようがない。

「おわぁ!!!」

「キャア!!!」

「こいつ!」

ペルソナの持つ弱点とは違う為に、動けないほどのそれは受けなかったとは言えダメージを受けた二人に対して、ペルソナ『バッシャー』の耐性『凍結無効』により、ダメージを無力化させる。それでも、普通の人間相手なら一撃で即死しかねない魔法でさえもペルソナの恩恵により、その程度のダメージしかないのだ。

そう、耐性/弱点からも分かるようにバッシャーの得意な魔法は『凍結(ブフ)系』と『流水(アクア)系』の二つの魔法系統と回復(ディア)系の魔法なのだ。

「バッシャー! 治癒魔法(メディア)!!!」

引き金を引き撃ち出されたバッシャーから放たれるのは、広範囲に渡って降り注ぐ癒しの光(メディア)、それはゆかりと順平の受けたダメージを完全ではないが回復させる。

だが、大人しくそれを見送っていたプリーステスも反撃の準備を整えていた。プリーステスが耳障りな声を上げた瞬間、新たにニ体のシャドウ『囁くティアラ』が現れる。

その内の一体が奏夜の使った物のワンランク下の魔法でプリーステスの傷を癒し、残った物が奏夜達へと炎(アギ)を放ってくる。

「オワァ! なんだよ、こいつ等!」

「あー、もう! 邪魔!」

「それは同感!!!」

プリーステスの呼び出した護衛のシャドウ、ニ体の『囁くティアラ』に攻撃を阻まれてプリーステス本体への攻撃の手は緩めるしかない。そして、それを好機(チャンス)と見たプリーステスが放つ氷の刃(マハブフ)が迫ってくる。

「これじゃあ、手が出せない!!! 時間がもう無いってのに!」

それを阻む為に奏夜達も炎(アギ)、風(ガル)、雷(ジオ)で対抗するのだが、それでも防いでいる間に護衛達によってプリーステスのダメージを回復される。敗北は勿論、長時間戦っている訳にも行かないと判断した奏夜は自身の切り札の二枚目を使う事を決断する。

「余り多用したくないけど…仕方ない…力さん、任せました。ドッガ!!! 中位雷撃魔法(マハジオンガ)!!!」

奏夜が引き金を引いた瞬間、彼の精神力の大半を削り取るような疲労感が彼を襲い、続いて彼の内より撃ち出された紫紺の巨人(ドッガ)が力強く無双の腕力を誇る両腕を叩き合わせた瞬間、撃ち出された雷の束が護衛毎プリーステスを飲み込んでいく。

光が消えた瞬間、ニ体の護衛は消滅し、残っているプリーステスも全身が黒焦げになっている。

「す、すげェ…。」

「反側じゃないの…?」

その圧倒的な破壊力に呆然としている順平とゆかり…無理も無いと思いながらも、二人へと振り向く。だが、はっきり言って今のは『中位』攻撃魔法であり、攻撃魔法としては『高位』の魔法や、それよりも上に位置する攻撃魔法も存在しているのだ。

「順平、トドメだ! 岳羽さん、援護!!!」

「「わ、解った!!!」」

奏夜の指示を受け、ゆかりの放つ疾風(ガル)と矢の援護を受けながら、順平がプリーステスへと肉薄する。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

床を蹴り跳躍し、頭上まで振り上げた日本刀をプリーステスへと向けて一気に振り下ろす。

振り下ろされた日本刀はプリーステスの頭部を叩き割り、プリーステスは黒い泥が蒸発していく様に消え去っていく。最後に二つに割れた『Ⅱ』の文字が刻まれた『仮面』が乾いた音を立てて床へと落ちる。

「おっしゃゃゃゃゃゃゃゃゃあ!!!」

「やった!!!」

《『仮面』を残して》消え去ったプリーステスをみた瞬間、最後の一撃を打ち込んだ順平と、ゆかりが叫び声を上げる。だが、奏夜だけは真っ直ぐに運転室へと足を進める。

「って止まんねぇじゃんか!!!」

それも、ある種当然の事だ。列車は少しずつ減速しているが、先ほどまでの加速が手伝って、直に停止しそうには無かった。結果的に大元であるプリーステスを倒した事で暴走こそ止まったのだが、衝突を免れる為には…

「ブレーキ掛けないと、すぐには!」

ブレーキを掛けて停止させるしかない。

『待て!!! 奴はまだ“生きて”いる!!!』

通信機越しに美鶴の叫び声が聞こえてくる。その声に反応して後を振り向くといつの間にか後部車両への通路の間に“女教皇”の仮面が落ちていた。

その真下から泥の様な手足が伸びていき、子供が粘土を捏ねる様に人間と蛸を混ぜた様な形を作り上げていく…。顔の部分に割れたはずの仮面が修復されて収まるとその姿を『オクトパスファンガイア』の物へと変えていく。

「こんな時に。」

「な、なんだよ、ありゃ?」

「…………。」

半ば予想していた事とは言え、最悪のタイミングで再生してくれたファンガイアタイプを忌々しげに睨みつけると奏夜とゆかり。それに対して大型シャドウの『再生』とファンガイアタイプへの『変異』を始めて目の当たりにする順平は驚愕の声を上げる。

『あと一分を切った! 紅、もう奴の相手をしている時間は無い、先にブレーキを!』

「わかりまし…岳羽さん、危ない!!!」

「え? キャア!」

ゆかりを突き飛ばした瞬間、伸びたオクトパスファンガイアの腕に拘束され、奏夜はそのまま列車の外へと投げ出される。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「紅くん!」

『紅!!!』

「テメェ!!! よくも!!!」

ゆかりと美鶴の叫び声が響き、怒りに任せて順平がオクトパスファンガイアの姿をしたシャドウへと襲いかかる。だが、

「………!」

「ぐぁ!!!」

『アサルトダイブ』…シャドウもペルソナと同様に持つ物理攻撃スキルによって順平の体が弾き飛ばされる。

「きゃ!!!」

同様に自分を狙っていた、ゆかりの弓をオクトパスファンガイアの腕が弾き飛ばす。

「…ペルソナ…『シルフィー』!!! 中位疾風魔法(ガルーラ)!!!」

素早くペルソナをシルフィーに付け替えて、線路に魔法を叩きつけ落下の衝撃を完全に殺して体制を立て直す。

『……………。』

「桐条先輩…聞こえますか? 聞こえませんね。よし、これで…。」

「オウ、これで変身できるな! 流石、シルフィーちゃん、頼りになるぜ!」

自身の中に新たに宿ったシルフィーのペルソナの持つ能力は疾風(ガル)系の攻撃魔法だけではない。…それは『ジャミング』…美鶴からの通信や索敵を妨害できる能力なのだ。普段の戦闘には役立たずな能力だが…彼にとってこのペルソナは無くてはならない物だ。

奏夜は準備が整った事を確認すると、ポケットから飛び出して周囲を飛びまわっている相棒(キバット)へと視線を向ける。

「キバット。」

「ああ、キャッスルドランを呼んで追いかけるぞ、奏夜。ガブ!」

それは誰にも気付かれる事無くキバへの変身を行えると言う事だ。

キバットが奏夜の腕を噛んだ瞬間、ステンドグラスのような物が浮かび上がり、全身に魔皇力が迸り、同時に彼の腰にカテナが巻きつき、キバットベルトが出現する。

「変身!!!」

バックル部分にキバットが座した瞬間、奏夜の体を『キバの鎧』が包んでいく。この瞬間、彼は『仮面ライダーキバ』へとその姿を変えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、高層ビルの一角から龍の首が生えた。龍が咆えた瞬間、ビルの一部が怪しく光る。すると、ビルの一部がクルクルと巻かれ、まったく別の建物…西洋風の城が出現する。

咆哮と共に翼を羽ばたかせて飛翔するキバの居城『キャッスルドラン』、必要になるであろう、主の騎馬を届ける為に。

「くそ、紅! 聞こえるか、紅! ………ダメだ、返事が無い。」

何度も呼びかけるが、通信機から奏夜の言葉が帰ってくる事は無かった。

「甘かった。私のバックアップではやはり…ん?」

何かに気がついて美鶴は空を見上げる。彼女の瞳に飛び込んできたのは禍々しい月が浮かぶ空に、咆哮を上げて飛翔する龍の城(キャッスルドラン)。

それを見た瞬間、呆然として言葉を失ってしまう。

「なんだ…あれは?」

やっと出た言葉はその一言だけだった。

「キャッスルドラン? まだ呼んで居ない筈なのに。」

まだ呼んでもいないと言うのに己の元へと向かってくるキャッスルドランに対して疑問に思うが、それも直に氷解する。

「奏夜さま!!!」

キャッスルドランの中から聞き覚えの有る声が聞こえてくる。そこへと視線を向けてみると、そこには緑色の髪の美しい女性―シルフィー―が居た。

「シルフィー姉さん!」

「奏夜さま、貴方様の騎馬をお届けに参りました。お受け取りください。」

「ありがとう、シルフィー姉さん!」

「流石、シルフィーちゃん! ホント、頼りになるぜ!」

シルフィーが一礼するとキャッスルドランの城の部分から何かが疾走し、キバの前へと降りる。

「これは…。」

「そいつは『マシンキバー』。奏夜、渡が使っていた物だぜ。」

「これを…父さんが…。」

キバットの説明を聞きながら、キバは感慨深げに真紅の鉄馬(マシンキバー)の車体に触れる。

「って、こんな事話してる時間は無いぞ、奏夜!」

「そうだった、急がないと事故が…それに岳羽さんと…ついでに順平が危ない。行くよ、キバット!」

どうでも良いが…まだここ二回に渡る順平の勝手な行動に対してまだ怒っているようだ。

キバットベルトの腰の右のフエッスロットから金色のフエッスル『ブロンフエッスル』を取り出し、

「よっしゃ、行くぜ、奏夜! 『ブロンブースター』!!!」

キバットに加えさせる。そして、フエッスルの音色が響き渡ると同時に奏夜はモノレールを追跡するべく、マシンキバーへと騎乗する。その瞬間、キャッスルドランの口から黄金の魔像『ブロン』が出現した。

「奏夜、キバって行くぜ!!!」

「ああ!!!」

キバはアクセルを全開にし、マシンキバーを疾走させる。そして、魔像ブロンもまたマシンキバーと平走する様にマシンキバーを追いかける。

「奏夜様、御武運を。」

そのキバ達の背中をシルフィーは一礼して見送るのだった。

魔像ブロンのボディーが二つに割れ、それはマシンキバーと合体し、『ブロンブースター』となる。

「よし、行くよ!!!」

「おう!」

「「フルスロットルだ!!!」」

マシンキバーの最高速度の三倍近くの最高時速1550kを誇る『ブロンブースター』のスピードは一気に前方を走るモノレールの姿をキバ達の目に捉えさせる。

「追いついた。」

「どうするんだ、奏夜? って、おい、今からブレーキを掛けても間に合わねェぞ。」

既に追跡中のモノレールの前方には前を走っていた車両が見えていたのだ。今から戦ってファンガイアタイプのシャドウを倒したとしても…いや、直にブレーキを押したとしても間に合わないだろう。

「先にモノレールを止める。」

「おい、どうする気だ!?」

キバはブロンブースターを二台のモノレールの間に割り込ませ、ゆかりや順平が乗っている方の車両へ向けて方向転換させる。そして、

「行っけぇー!!!」

「って、おぃぃぃぃぃぃぃい!!! 無茶し過ぎだ!!!」

モノレールと同程度までスピードを緩めながらブロンブースターの先端を接触させる。そして、反対側へと進む同レベルの運動エネルギーを与え…前へと進む速度を相殺させる。

当然ながら少しずつとは言え減速しているモノレールなのだから、完全に同レベルに調整するのは難しい。だが、既にモノレールはオーバーランしているのだから、ブレーキ所か、逆方向に押し戻した所で、問題は無いだろうと判断するのだった。

「このォ! キャア!!! 今度は何!?」

「おわぁ、今度は何だよ!?」

オクトパスファンガイアの姿のシャドウと戦っていたゆかりと順平は突然の揺れにバランスを崩してしまう。それはシャドウも同様なのだろう、体勢を崩し攻撃の手を緩めてしまってた。

「マジかよ!?」

次の瞬間、乗客の居ない側の窓から飛び込んできた何かがシャドウをモノレールの外へと蹴り飛ばす。

「キバ…。」

ゆかりはキバの姿を一瞥して彼の者の名を呼ぶ。

キバはゆかりと順平を一瞥しつつ、オクトパスファンガイアの姿をしたシャドウを追いかけてモノレールから飛び出していく。

「私達…また…キバに助けられたの?」

『人類の敵』と聞かされていたはずのキバに二度も助けられたという事実…それは疑問となって彼女の心の中に刻まれたのだが…それは何を未来(この先)に齎すのかは誰も知らない事だ。

『何故、キバが我々を助けてくれたのかは解らないが…好都合だ! 今の内にブレーキを!』

「!? 解りました!」

「了解っス!」

モノレールの外へと投げ出されたオクトパスファンガイアの姿のシャドウにフルスロットルのブロンブースターをぶつけ、先ほど自分が投げ出された地点よりも先の場所へと移動させる。そして、

「行くぜ、ウェイク! アップ!!!」

キバがブロンブースターの上に立ち、ウェイックアップフエッスルを吹き鳴らしながら飛びまわるキバットがキバが振り上げた右足へと触れた瞬間、蝙蝠の翼を象った門『ヘルズゲート』が開放された。

そして、満月の影時間と言う夜の支配者がキバへと変わり、漆黒の空と巨大な三日月へと変わる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

ブロンブースターから飛び出したキバの必殺の一撃がオクトパスファンガイアの姿をしたシャドウへと突き刺さり、その勢いのままその先に存在していたビルの壁へと叩きつけられる。

―DARKNESS MOON BREAK!!!―

そして、右足のヘルズゲートが再び封印され、キバは叩きつけられたオクトパスファンガイアの姿のシャドウを左足で蹴り、線路へと舞い降りた。

「………………!!!」

声にならないシャドウの悲鳴と共にビルの壁に『キバの紋章』が刻まれ、シャドウは爆散する。

「…やっぱり…月が綺麗だな。」

魔性の魅力を持った満月を見上げながら、キバットがキバットベルトから外れると、キバの鎧は外れ、奏夜の姿へと戻る。それと同時にブロンブースターが光りに包まれ、キャッスルドランの元へと戻っていく。

直に自分のペルソナを『シルフィー』から、『オルフェウス』へと変える。これにより、妨害効果が解除され、美鶴からの通信が聞こえてくる。丁度後からは順平とゆかりの二人が走ってきた。

作戦室の無線に美鶴から作戦終了の連絡が入る。その場で待機しながら、その吉報を今か今かと待ち望んでいた明彦と幾月は直に応答した。

『こちら現場だ。たった今全て片付いた。モノレールにも目立った被害は無い。ただ…。』

「ただ?」

『敵大型シャドウがファンガイアタイプに変異した。そして…『キバ』が現れて、暴走するモノレールを停止させ、ファンガイアタイプを倒した。』

美鶴からの報告は要約すれば、『キバに助けられた』と言う物だ。…『人類の敵』と言う言葉を聞かされている彼らにして見れば(奏夜(キバ本人)を除いて)信じられない事だろう。

だが、それでも作戦終了の報告を受けて、二人揃って安堵の溜息を吐く。

「キバの事は兎も角。これなら、明日の朝刊に変な大見出しが出る様な事は無くて済むね。」

幾月は全身に感じる疲労を感じさせる事のない様に労いの言葉を投げかける。

『はい。彼等がよくやってくれました。短時間で驚くほど成長しています。』

「しかし、シャドウの様子……ただ事じゃないですね。モノレールを乗っ取るなんて、調子に乗りすぎている。」

明彦の言葉は他の者達が聞いても同意することだろう。戦闘能力の強化と思われる『ファンガイアタイプ』への変異は兎も角、明らかにモノレールを乗っ取ると言う『戦術』を行っているのだ。

「こちらでも調べてるよ。」

S.E.E.Sの上位陣の会話の中で幾月がそんな言葉を告げる。それは先月より二度に渡って出現して、キバに倒されている『ファンガイアタイプ』に変異した大型のシャドウの事についてだった。

『遂に…『始まった』という事なんでしょうか?』

「うーん……まだ早計には言えないけどね……。…ま、兎に角、先ずは現れる切欠を突き止めない事にはね。…それに『キバ対策』として『あれ』の準備を急いだ方が良いかもね。」

『始まった』…その言葉が何を意味するのかはその場に居ない奏夜達には知る術はない。

「いつもこんな土壇場まで分からないのは、どうにも拙いね。」

そんな事を言いながら幾月がタートルネックの襟元を正す様にしながら零す。見れば随分と汗をかいている。

『私にもっと力が有れば、みんなの負担を軽く出来るんですが……。』

「気にしなくて良いさ。君はよくやってくれてる。そんな事より、ね……。」

己の不甲斐なさを呪う様な美鶴を労わる様に言った後、幾月は深く溜息を吐くと、

「真田君さー……なんか、飲み物持ってない?」

「は……?」

突然の言葉に疑問符を浮かべる。

「……と言うか幾月さん、今日、何だか疲れてませんか?」

どうも彼は作戦室に入ってきた時から妙に疲れていた様な気がする。そこで一つの可能性へと思い当たる。

「まさか、表に停めてあった自転車……。」

「明日、いや、明後日辺り……筋肉痛かな? こりゃ……。」

明彦の言葉に答える様にその場で僅かに膝を折り、その疲労を一切隠そうともしない声で言った。

「……その…お疲れ様です。」

ただそう言うしか出来ない明彦であった。



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-Ⅲ- 皇帝《エンペラー》
第十三夜


プリーステスとの戦いの後、道を閉ざしていた迷宮(タルタロス)の道も、すぐに開かれる事となったと、ベルベットルーム…エリザベスから連絡があった。その言葉に従って、一日程休日を挟んだ後、タルタロスを登って見たら連絡の通りタルタロスの道は開かれていた。

「まあ、開かれた理由なんて考えるよりも、先に進んだ方がいいか。」

「そうだな。」

奏夜とキバットの考えとしてはそんな所だろう。はっきり言って、自分達自身現状と言う物が謎だらけなのだから、今は考えるよりも行動した方が早い。それに何より、一つだけ解っている事があるのだから。

「…ただ、あの大型シャドウ達がタルタロスと何か関係しているのだけは間違い無いだろうね。」

「ああ。だから、倒した事で道が開かれたって訳だ。」

たった一つ進展した事態としては、影人間の事についてだろう。プリーステスとの戦いの後、その事件がはっきりと減っていたのだ。それは、シャドウを倒していけば影人間となった人達を助ける事が出来ると言う希望を与えていた。

ゆかりと順平の二人はそれを聞いてやる気を見せているのだが、奏夜はそれほど事態を楽観的には見ていなかった。影人間をシャドウが作り出しているのは理解している。だが、その目的と言う物も見えていないのだから当然だろう。結果的に相手の背中を追いかけているのが限界と言うのが、自分達の現状なのだ。

そして、作戦後の会話に出て来た『今回は、キバに助けられたが奴の事は信用しない方が良い』…本当はもっと言葉としては遠回しな物だったが、そんな言葉が出て来た時点で先輩達、S.E.E.Sのトップ陣への疑念を強める結果となった。

実際、その時の会話では二度も助けられたゆかりは迷っているようだが、順平や明彦に至っては『向かってくるなら迎え撃つ』ではなく、すっかり『キバを倒す』という点に話しが至っているのだから始末に悪い。

「まあ、簡単に信用してもらえるとは思ってないけど…。桐条先輩…いや、理事長か…キバを敵にしたがっているのは。」

先日の会話の内容から、そんな方向へと考えを持っていく。実際、キバの事を議題に上げたのは美鶴で、キバ・ファンガイアタイプ対策の案を出していたのが幾月なのだから。

「…ホント、油断できないね…。それに厄介な事はそれだけじゃないし。」

「そうだな~。あのネーちゃんのサポートも限界みたいだしな。」

キバットの言葉通り、美鶴のサポートにも限界が来ているらしく、タルタロスの中ではサポート無しでの戦闘も余儀なくされていた。しかも、悪い事に上の階に進めば進むほど、出現するシャドウの力も増しているのだから、相乗効果で戦闘は辛くなっている一方である。

「ぼくも、未だにハウリングスマッシュとかの大技は一日一回が限度だし、ね。」

それでも、ガルル、バッシャー、ドッガ、シルフィーのペルソナの持つ強力な切り札級の技を使わずには勝利できているのは幸いなのだが、手持ちのペルソナ…特にオルフェウスの力には衰えのような物を感じてしまう。

「そろそろ、ベルベットルームに行って、新しいペルソナを作るか…手持ちのペルソナも力不足になってきたし…ペルソナとは言っても、次狼さん達に頼ってるばっかりじゃダメだしね。」

そう、四魔騎士(アームズモンスター)達のペルソナ以外には一種の『成長限界』とも言うべき物がある事には以前から気がついている。戦闘能力こそ僅かながら上昇するのだが、“スキル”を会得できない事が決定的なのだ。

もっとも、頼るとは言っているが、影時間になってからは何故かフエッスルを使ってもキャッスルドランから呼び出せずに、殆どフォームチェンジ出来ず、シャドウとの戦いはキバフォームだけで戦い抜いてきたのだが。

ペルソナを介した物理的な攻撃と、魔法とも言うべき強力な攻撃…それらを総合して“スキル”と呼んでいるが…オルフェウスを始めとする手持ちのペルソナは仲間達の者とは違い、成長に限界が有るように感じる。いや、仲間達のペルソナにも有るのだろうが…自分のペルソナは数が多い分、限界が早く来るのだろうと推測している。

実際、既にオルフェウスは一番最初に限界が来ていた。それでも、彼がオルフェウスを使いつづけているのは一種の愛着とでも言うべきだろうか? それは、奏夜本人にも分からない事である。

「…はぁ…。前途多難としか言えないね…これは。」

「そうだな~。それに、今はもっと厄介な問題があるんだろ~。」

そう、今の奏夜の目の前には『キバ』の…否…真なるキバである『黄金のキバ』の鎧、叔父が纏っていたファンガイア一族の王のみが纏う『闇のキバ(ダークキバ)』の力を持ってしても太刀打ちできない…学生のみが知る狂敵…その名は…

「うん。もうすぐ中間試験(テスト)なんだから、頑張らないと!!!」

「そうだぜ、キバって行けよ、奏夜!!!」

そう、その敵の名は『中間試験(テスト)』…日本中の学生達が苦しめられている最強の敵である。はっきり言ってキバの力だろうが、闇のキバ(ダークキバ)の力だろうが、こればかりはどうにも出来ない。

はっきり言って学生と兼任しているライダー達にとっては、ある意味どんな怪人よりも恐ろしい相手だろう。………このサイトのライダー達の大半がこれに分類されるが。

さて…先日のラウンジで特別課外活動部(S.E.E.S)の面々が顔を付き合わせて、話し合った結果、その時から試験が終了する一週間以上の間、特別課外活動部(S.E.E.S)の活動は他の部活と同じく、特別な事態(シャドウの出現)を除いて試験(テスト)対策の為に活動を一時停止となった訳である。

面倒な事では有るが、高校が義務教育でない以上はある程度の水準を保つ必要が有る。その事を理解している以上勉強しない訳には行かない。

「…転校して初めての試験(テスト)だから、悪い成績をとる訳には行かないんだよね;」

『絶対合格』という鉢巻と扇子を持って『フレー、フレー』と言って飛びまわっている、何処からツッコミを入れれば良いのか解らないキバットを全面的に無視しつつ机に向かう奏夜であった。どうでも良いが、中間試験(テスト)は合格とは関係ないのだが。

「ぜ、絶命タイムが王の判決で、その命神に返せェ!!! って、なにこれ?」

「いや、そこは『神に返しなさい』の方が良いんじゃないのか? 文法的に…。それで、次の文章は…。」

「『神は過ちを犯した』。でいいんだよね、これは?」

「しかし、何処かで聞いたようなフレーズばかりだな、この英文。」

シャドウを相手に獅子奮迅の活躍を見せるS.E.E.Sの面々も仮面ライダーキバも…やはり、試験(テスト)という脅威は恐れる物なのだろう。

その長い戦いにも遂に終わりを迎える時が来た。ある嬉しい知らせと共に…。

「…………。」

「南無~。」

「んー開放感っ!」

真っ白になって燃え尽きている(口から魂でも抜けているような気もする)順平と、そんな冥福でも祈っている奏夜、開放感から伸びをしているゆかりとそれぞれの言動が試験の出来を物語っている様である。

「どうだった、試験のデキは……。」

ゆかりは順平へと視線を向けるが…真っ白に燃え尽きて机に突っ伏しながら、奏夜に冥福を祈る様に拝まれている。

「…って、聞くまでもないか。」

「うん。見ただけで分かるね。『伊織センパイって、何ていうか……口も頭も軽いのねッ!』って言う言葉が今から聞こえて来そうな気がする。」

「なにそれ?」

「うーん…本人が言ってた台詞だから。」

後日張り出される彼の試験の結果に関しては…奏夜の予言通り『伊織センパイって、何ていうか……口も頭も軽いのねッ!』と言う下級生からの台詞が実際に聞こえてきた事から、推して知るべし。

「それで、キミは?」

「んー…赤点だけは免れたかな?」

そうは言っているが何気に学年トップの成績を収めているのが、奏夜なのだから、性質が悪い。本人曰く、『成績よければ、何やってても教師も静かだしね。』だそうだ。

「そうだ、真田先輩の検査入院、今日でおしまいなんだって、“おめでとう”くらいは言わなきゃね。」

ゆかりのその一言で、今だに燃え尽きている順平を“持って”明彦の退院祝いに行く事になった奏夜達(二年生トリオ)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院…

(…ん? 真田先輩以外の人の気配が…。)

「真田先輩、退院おめでとうございまー…。」

ギロリ

そう言ってゆかりが病室の扉を空けた瞬間、お見舞いに来ていたらしい明彦と同年代らしい少年に睨まれた。…まあ、ただ向こうは視線を向けただけかも知れないが…。

「真田先輩、退院おめでとうございます。」

「ああ、お前達か。」

改めて奏夜がゆかりが言いかけた言葉を言いなおす。

「アキ、もういいか?」

「ああ、参考になった。」

「……ったく、いちいちテメェの遊びに付き合ってられるか。」

“彼”はそう言って、病室を立ち去って行く。

「…ど、どうも…。」

バタンと言う音が響くと同時に順平は明彦の方へと向き直り、

「なんか、怖そうな人でしたけど…誰なんスか、今の?」

「…でも、確かに怖そうな人だけど、いい人だと思うよ。それに…あの人の“音楽”は…っと。」

奏夜の言葉に順平とゆかりの視線が奏夜へと集まった。

「紅君、音楽って何?」

「さあね。それで、真田先輩、あの人は?」

奏夜の言葉を疑問に思ったゆかりからの問いをそう言って少しだけ強引に誤魔化すと、明彦へと問いかける。

「ああ、一応同じ学校の生徒だ。すまんな、試験が終わったばかりだってのに。どうだ? デキの方は。」

奏夜の問いに苦笑を浮かべながら答える。だが…後に続いた明彦の言葉に順平が真っ白に染まる。

「…き、聞いたら拙かった?」

「よっぽどデキが悪かったんだね。」

彼の反応を見ただけで結果がよく分かるリアクションを見せてくれた真っ白になった順平に対してそう言う二人であった。

(それにしても…一応か…。あの人、休学でもしてるのかな? …それに、あの人の心は…『罪悪感』を奏でていた…。)

そんな疑問を浮かべながらも、人の事象を詮索するのも失礼かと考えて、そこで思考を切り上げる。

「それで、先輩の方はどうです?」

奏夜の言葉に答える様に明彦が拳を振るうと、空気を引き裂く音が聞こえた。

「この通り、体が疼いて仕方がない。復帰メニューが山積みだ。まる一月サボってた訳だからな。今夜辺りタルタロスに行かないか?」

ある種予想していた反応だが、戦線復帰が決まった事がよほど嬉しいのだろう。明彦もやる気を見せている。

「今日は遠慮しておきます。流石にテスト開けは、ゆっくり休みたいですから。」

「そうか、残念だな。」

実際、明彦の復帰は奏夜は心から喜んでいた。…最近はそれほどでもないが、暴走の危険の有る順平の扱いや、ファンガイアタイプや大型シャドウとの戦いで態と離脱してキバに変身すると言うのも面倒なのだ。

明彦がリーダーを引きうけてくれれば…少なくとも、経験、年齢ともに明らかに自分よりも上である明彦がリーダーならば、自分よりも順平の反発は少ないだろうと考えた結果である。

あとは美鶴や明彦に、ここ二回の命令違反に対する順平への罰を考えるなり、与えると言う考えを告げるなりすればいいと考えていたのだが…。彼の考えは無常にも裏切られる事となる。

復帰後は明彦にリーダーをお願いしようと話した時、このままリーダーを続けてくれと頼まれたのだ。曰く、『奏夜がリーダーを続けてくれるのならば、自分は力の上達に専念できる。』と言われてしまったのだ。おまけに奏夜がリーダーを続ける事は既に美鶴にも通っていた。………既に奏夜に逃げ場はなかった。

(はぁ、こんな事じゃ、後で話すべきだったかな? それに、次にキバに変身する時、本当にどうしよう。)

実際、これが原因で順平の暴走を助長してしまう事になるのではと思わず自分の迂闊さを恨みたくなる。そして、自分がキバに変身する際の戦線離脱…それは仲間にリーダーがいなくなると言う危険な瞬間を作ってしまう事にも繋がってしまうのだ。

そう考えて思わず頭を抱えてしまう奏夜であった。だが、それに付いては奏夜の見解が甘かったと言うしかないだろう。彼は動いていなければ、性に合わないという性格で有るのだから。そう言う意味でも、リーダーは他の者に任せておきたいと言う気持ちが有るのかもしれないのだから。

「急に無理すると、また折れちゃいません?」

「そうも言ってられない。」

心配するゆかりの言葉に明彦は一呼吸置く。次に続く言葉は奏夜達にとって予想外の言葉だった。

「新たなペルソナ使いも見つかったしな。」

その言葉に表情が変わる。奏夜、順平に続く新しい戦力と言う事だ。相手の意思にもよるが、影時間とシャドウの謎の解明の糸口を掴む為に戦力には大いに越した事はない。

だが、

「おお! 新戦力って事スか!? …………もしかして、女子とか!?」

順平だけは何時もと変わりない様子であった。

「……バカ。」

「……バカだ。」

見当違いな質問を始める順平に思わず溜息を付きながら、そう呟いてしまう。『他に聞く事が有るだろう?』と思いながら、順平に冷ややかな視線を向ける二人であった。

そんな順平の言葉に答える為に明彦が口を開く。

「お前達…“山岸(やまぎし) 風花(ふうか)”を知っているか?」

「いえ。」

初めて聞く名前に奏夜は首を傾げてしまうが、どうやら、ゆかりはその名前に聞き覚えが有るようだ。

「山岸…? 確か、隣のクラスE組の…。体が弱いとかで学校ではあんま見ないような…。」

それなら、転校生である自分が知らないのも無理は無いと重いながら頷いだ瞬間、明彦の言葉の意味を理解する。

「「…って、まさか!」」

「へ?」

それはゆかりも同様で合ったようで思わず口を揃えてそう叫ぶ。

「ああ、新しい適合者だ。ここの病院に来てた所、適正が見つかった………しかし。」

「適正が合っても、それじゃあ、戦いは無理そうですね。」

「ああ。……適正があっても身体がそれじゃ、戦いは無理だろうな……召還器も用意したんだがな。」

「当然ですよ。」

残念そうに言うゆかりと明彦に対して、奏夜は即座に…きっぱりと、そう言いきる。

折角の新戦力だが、戦いが無理ならばどうしようもない。事情を聞く限り…残念ながら、彼女が奏夜達の仲間になる事はないだろう。そんな体で無理に戦闘等させてしまったら、万が一の危険も有る。

そして、例え新たなペルソナ使いが見つかっても、無理矢理に巻き込む等と言う選択支は奏夜には無いそんな選択をしてしまったら、それこそ…キバを受け継ぐ者としても、父や祖父の名にも泥を塗る事にもなる。

なによりも、これは遊びではなく、死と隣り合わせの死闘…。それを知った上で仲間になるのならば、仲間として迎え入れる(それでも、リーダー権限で無理はさせる気は無いが)が、本人の意思を無視して仲間に入れ様等と言う考えならば、敵になる事も辞さないというのが、奏夜の考えである。幸いにも、明彦にはその気は無いようなので、奏夜の心配は無駄になってくれたのだが。

「ええ、もう諦めちゃうんスかッ!?」

だが、順平がそんな声を上げる。彼女が仲間に加われないのが不満なのだろう。流石に、その反応には…その場にいる全員が呆れた様子で、奏夜を除いて、生暖かい視線を彼へと送っている。

(………。)

絶対零度の冷たさの視線で拳を握り締めながら、順平を見る奏夜だが…。

「せっかくオレが、手取り、足取り、個人レッスンとか……。」

「「「…………はぁ。」」」

続けて出た言葉に思いっきり呆れて、声を揃えて溜息を付く三人でした。奏夜に至っては今までの緊張感が解けて、ずっこけてしまいそうな程で合った。

要するに、彼は新戦力とか、体が弱いとか関係無く…ただ単に女の子が仲間に加わると思ったら、それが叶わぬ夢だと知って、素直にそれを口にした。……ただそれだけった。

要するに彼は、山岸風花がペルソナ能力を持っているとか、身体が弱いとかは関係なかったのだ。『ただ単に女子が仲間に加わると思ったら、それが叶わぬ夢だと知った。』だから素直にそれを口にした。そういうことだ。

どこか哀れみの篭った目で彼を見る奏夜…それはゆかりも同じ思いなのだろう…哀れみを含んだ目で彼を見つめていた。

「ナニ? そのかわいそうな生き物を見る様な目は?」

「「……はぁ……別に……。」」

「……み…見んなよ……そんな目でオレを見んなよ……。」

順平の問いに特に示し合ってもいないのに、声を揃えてそう答えて視線を送りつづける。彼曰く…『かわいそうな生き物を見る様な目』で。やがてその視線に根負けしたかのように、順平がそう呟いたのだった。

そして、その後(のち)の5月30日…月光舘学園の校門前で倒れている少女が発見された事が……新たな事件の始まりを告げるのだった。



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第十四夜

その日、学園に登校した奏夜は一つの噂話を何度も耳にしていた。登校中の生徒同士の話しだけでなく、教室でも聞こえてくる噂に対して、『興味無し』と言う姿勢を貫いているのだ。

実際、自分の知る人造キバット【レイキバットmk-2】を連れた『先輩』の言葉には、不確かな噂に対する危険性も伝えられている。例え嘘であっても、多くの者が信じてしまったそれは『嘘』が『真実』へと変えられてしまうのだ。

…………もっとも、奏夜が聞いた先輩の言葉には、『噂が真実となる』と言う訳の分からない言葉も存在していた気もしたが…それはどうでも良い事なので省略する。

その為に教室内で持ちきりになっている噂にも興味はないので、聞く必要も無い。

もっとも、そんな無責任な噂の中にも真実があり、歪められて伝えられた真実、そして、火元となった事実が有るかもしれないが。

第一、自分が必要以上に聞かないでも、楽しんで聞いているであろう人間を一人だけ知っているのだし。

「おっはよーさん! お前もう聞いた? 今朝からこの話しで持ちきりだぜ。」

「知らない。…そんな噂には興味無いからね。」

朝の挨拶と共に順平がそんな事を言ってきた。そんな順平に対して、実際興味が無いので、苦笑を浮かべながらそう返す。

「まあ、聞けよ、事が事だし知っておいた方が良いっつの!」

(…『事が事』?)「それってどう言う事?」

順平の言葉に表情を変えながら奏夜はそう聞き返す。

「おっ、乗ってきたな。隣のクラスのE組の女子が昨日の晩から夜通し“行方知れず”でさ、それが今朝んなって校門の前でブッ倒れてたんだと! 事情は目下のナゾで噂じゃ意識も戻ってないらしい。」

(…“夜”に“意識不明”…妙に“影時間”や“影人間”に符合する所が有るな。…もしかしたら、シャドウが関わっている事件かも…。)

順平から噂を聞きながら、そんな考えを張り巡らせて行く。『夜=影時間』、『意識不明=影人間』と、符合するのだ。その噂が真実か否かは桐条先輩や理事長を通せばある程度確認できるだろう。

「今回の難事件、正直オレも………お手上げ侍。」

(…もし、この事件にシャドウが関わっているとすれば…寮やモノレールに出てきた大型シャドウやファンガイアタイプに関係しているかもしれない。)

思考の渦の中に入っていた奏夜は順平の言葉(ギャグ)も、態々用意したであろう丁髷(ちょんまげ)のカツラも全面的に無視していた。

「あ、ごめん…何か言った?」

「……もういいよ……。」

何か言いたそうな順平に気が付いて、そう言う奏夜に酷く落ちこんだ様子でそう返す順平。はっきり言って奏夜には悪意0%なのだが、そう言う対応は…はっきり言って余計にダメージは有ると思う。

「何がお手上げ侍よ。…バカじゃないの。」

「お、ゆかりっち。」

教室に入って来たゆかりが言いきったのだった。…しかも、そう言って席に座った後、溜息を吐く事で一拍置き、

「てか、バカじゃないの?」

「二回言うな!!!」

二回続けて貶された。しかも、

「…え、えーと。御免、順平…フォローできない。」

「お前のがもっと酷いっての!!! ってか、バカって言われた方がまだマシだ!」

奏夜に至っては冥福でも祈る様に手を合わせて、心の篭った言葉で謝られた。…まだ、バカにされた方が救いはあるのではないだろうか?

「…そう言えば、珍しいね。岳羽さんが遅いなんて。」

「先生に話してきたの。今朝倒れてた子、実は私、昨日部活の帰りに見たのよ。」

「…岳羽さんが知っているのか…。……根も葉もない噂じゃなかったみたいだね……。」

身内に倒れていた人物を知っている者が居るなら、噂は…少なくとも、本当に人が倒れていたという程度の真実は存在しているのだろうと考える。

「うん、知っているって程じゃないんだけどね。で、その時、ちょっと、ヤな話聞いちゃって…。いわゆるイジメグループって奴? その子イジメグループの一人だったみたいで。」

「うわ。」

心底嫌そうな表情を浮かべてしまう奏夜だった。

はっきり言って、そんな人間が影人間になろうが、ファンガイアにライフエナジーを吸収されようがどうでもいい…寧ろ、そんな奴を襲ったシャドウやファンガイアを心配したくなる気分である。

有る意味、奏夜の心境としては今回の事件は一番厄介な事件とも言えるだろう…。

「何か…今回の事件と関係有るのかなって…。」

「岳羽さん…もしかしたら、良い感してるのかもしれないよ。」

奏夜はゆかりの言葉に苦笑を浮かべながらそう答えるのだった。あとは、先輩達にも報告しておいた方がいいだろうと、今夜辺り話す事を決めたのだった。

それから一周間程過ぎた日の夜。ラウンジの電源を落した真っ暗な部屋の中…順平が身を乗り出して……雰囲気の為だろう自分の顔を顎の下から懐中電灯で照らしている事によって、彼の顔を暗がりに不気味に照らし出している。

事の始まりは順平が言い出した『学生用のネット掲示板』についての話題からだった。

「先週、E組の子が校門の前で倒れてんの見つかったっしょ? あれ、怪談に出てくるオンリョウの仕業じゃねーかってさ。」

「………ッ………オンリョウとか、マジ止めてよ……ウソくさいッ!」

そんな順平とゆかりの会話に端を発し、

「その怪談と言うのは、どんな話しだ?」

っと、興味をそそられたのか、美鶴が乗ってきて、順平に尋ねた。

丁度今朝、奏夜はその生徒の事について、シャドウに襲われた可能性を相談して見たのだ。美鶴もシャドウの仕業ではないのかと考えていたらしく、ここ数日の学園の雰囲気を案じていたのだ。

彼女が興味を持ったのも彼が相談した事が理由にもなっているのだろう。

その後…この手の話しが苦手なゆかりが必死に止めようとするも、美鶴の一言で話を聞く事に決定してしまい…現在に至ると言う訳である。

その間、奏夜と明彦は『興味なし』とでも言う様にのんびりと食後のお茶を飲んでいたのだった。

さて、余談だが…奏夜にも『この手の話は信じるか?』と話を振られたのだが、奏夜は『吸血鬼なら無条件で信じるけどね』と、どちらとも取れない返答で返したのだった。

キバ…吸血鬼の王(キング・ヴァイパイア)の後継者の一人らしい発言であった…。どうでも良いが、狼男と半魚人とフランケンシュタインを見たと言っても奏夜は信じただろう。身内にも居るし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、どうもこんばんは…伊織順平アワーのお時間です…。」

(…何それ…?)

(…なんだそりゃ…?)

思わず心の中でツッコミを入れてしまう奏夜とキバットであった。実際、暗がりの中でならポケットから外に出した所で目立たないだろうと考えた結果、部屋の中を飛びまわっているのだが、まだ誰も気がついていない。

「世の中には…どーも不思議なことって、あるようなんですよ…。ご存知ですか? 遅くまで学校にいると…『死んだはずの生徒が現われて、喰われるよ。』って、怪談。私の知り合いの、まぁ仮にTとしておきましょう。」

(…ん…T…? ああ…『彼』だね。)

イニシャルが『T』と言われると思い浮かぶ人間が居るので、順平の言う人間が彼であるのは間違いないだろうと考える。……まあ、特に彼の存在が今後、本編に関係する可能性はないのでここでは詳しく触れない事とする。

「Tがね、言うんです。「伊織さぁ、オレ、変なもの見ちゃった…。」って。あまりに真剣なもんだから、「何が~?」って、私聞きました。」

(…ファ…。)

完全によく有る話と判断し、興味を無くした奏夜は、欠伸をかみ殺しながら、既に明後日の方向に視線を向けている。

「彼、首傾げながらね、「実は例のE組の子なんだけどね……事件の前の晩、学校来てるとこ見たよ。」って言うんです。「うそだ~。そんなんあるかい、うそだ~。」って、私、彼に言ってやりましたよ」

今まで興味無さげに聞いていた順平の言葉の中に有ったキーワードに奏夜が反応する。

(…事件の前の晩…学校に来た。)

(オイオイ、それって。)

特に言葉を交わして居ない筈の奏夜とキバットの思考が一瞬だけシンクロする。

「「E組の子、夜遊びする様な人間じゃない。」でも彼真っ青な顔で、確かに見たって、ガタガタガタガタ震えてる…。…私、考えましたよ。そうなんだ、倒れていたE組の彼女ぉ…?」

奏夜の意識が思考の中に居る間にも順平の話しは続いていく。

(…ふーん…当たりみたいだね。今回の戦いの舞台は学園の近くか…そもそも、シャドウの巣であるタルタロスに姿を変える学校が、今まで戦いの舞台にならなかった方が可笑しいんだ。)

「食われたんですよ! 死んだはずの生徒にッ!! 夜中に学校にいたから食われて、だから倒れていたんだって!!!」

奏夜の表情が楽しそうにクスクスと笑っているのにも気付かず、順平のよく有る怪談話は続いていく。

「私、ぞくーっとしました。ドゥーっと冷や汗が溢れ出ました…。」

丁度順平の話しがクライマックスを迎えている様なので、飛びまわっているキバットへと視線を向けて、戻ってくる様に促す。

「世の中には、どーも不思議なことって、あるようなんですよ。…まぁ、全部私の推測なんですがね…。」

丁度、キバットが奏夜のポケットに収まった所で、順平の話は終わりを告げ、ラウンジに灯りが戻る。

「どう思う……明彦、紅?」

「フム。調べる価値はありそうだな。」

「ぼくも同感です。少なくとも…調べなくて良い様な話じゃなさそうですから。」

美鶴が明彦と奏夜に意見を求める。それは必然とも謂えるのだろうが、二人共肯定の意思を示していた。

「しっかし、ゆかりっち。お化けがニガテとは、チョイ情けないよな。」

「な!? 情けないって言った!? いーわよ、だったら調べ様じゃないの! 事件の真相を!? これから週末まで色んな人にテッテーテキに話しを聞いて回るワケ!!! お手上げ侍とか言ったら許さないからね!!!」

順平のからかいの言葉に強く反応したゆかりがそう叫んで宣言する。

(…えーと、ぼくは間違いなく、シャドウの仕業だと思うんだけどね…。)

「紅君も、いい!?」

そんな二人の様子を今までの情報からシャドウの仕業と推理して苦笑を浮かべていた奏夜にまでも、『ズビシャァッ』と擬音が付く位の勢いで指を刺すゆかり。

「怪談なんて、ゼッタイ嘘に決まってるんだからーーーーーーーー!!!」

そう高らかに宣言するゆかりを一瞥しつつ、テーブルに突っ伏している奏夜であった。巻き込まれてしまった奏夜にしてみれば、面倒な事この上ないだろう。

そして、先輩達はと言うと…。

「それは助かる。気味の悪い話だからな。」

「じゃ、宜しくな。あー、怖い怖い。まあ、がんばれよ。」

そんな風に暖かい(?)励ましの言葉を与えてくれたのだった。どうでもいいが、奏夜は奏夜で、自分の言葉と先輩達の励ましの言葉で自分の先程の発言を後悔するように俯いているゆかりを見つめながら、どうするべきかと苦笑を浮かべるのだった。

さて、自室に戻った奏夜は先程の話で得た情報を元に立てた推測をキバットと交換していた。…それによると、キバットも奏夜と同じ考えに至ったらしい。

「まあ、ぼくは…吸血鬼の噂だったら、信じちゃうかもね。」

「そいつは同感だな。」

「さてと…。」

キバットと話した後、奏夜は表情を変えて別の場所…ベッドの方へと視線を向ける。

「こんばんは、また会いに来たよ。」

そこには奏夜のベッドに腰掛けている囚人服に似た白と黒の縞模様の服を着た少年…前回の大型シャドウの出現を教えてくれた少年の姿がそこには有った。

「っ!? お前は。」

「や、こんばんは。そろそろ来る頃と思ったよ。」

そこに居た少年の姿を目撃したキバットと内心、彼が現れる事を予想していた奏夜がそれぞれ反応する。

「君も、コウモリモドキ君も覚えててくれて、嬉しいよ。なんだか大変そうだけど、もうすぐまた月が満ちる。」

「って、誰がコウモリモドキだ!!! いいか、よーく、聞けよ! オレ様は誇り高いキバットバット……。」

「キバット…落ち着いて。それで…やっぱり…試練…大型シャドウが出てくると言う事でいいんだよね。」

少年から告げられたコウモリモドキの言葉に怒って自分の種族の事から話していこうとするキバットを落ち着かせながら、後半の言葉を少年へと告げる。

「ふふ。そういうことだね……気をつけて。」

そう告げると、ドアの方へと振り返り、少年の持つ気配は急激に薄れていった。

「うん、さようなら。」

「フフ……それじゃあまた、会いに来るよ。」

「うん。…おやすみ。」

奏夜から投げかけられた言葉に一瞬だけキョトンとすると、少年は微かに嬉しそうな微笑を浮かべ、

「おやすみなさい。」

そう言葉を返したのだった。

「うーん…。しっかし、やっぱり、あいつとは何処かで会ったような気がするんだけどなぁー…? …何処だったかな?」

翼を組んで首をひねっているキバットに視線を向け、奏夜も思考の中へと意識を持って行く。

(…キバットの言葉も気になるけど、今は目先の事を優先しよう…大型シャドウの出現…満月の夜は近い…丁度、向こうが関わっている事件も分かっている事だし。)

そこまで考えると、カレンダーへと視線を向ける。先月の大型シャドウ・ファンガイアタイプの出現した日をメモッておいたそれへと視線を向け、

(…そろそろ、本格的に先輩達にも対策を練ってもらおうかな? 流石に、三度目なら、先輩達も偶然とは思わないだろうしね。)

大型シャドウ出現が満月の日に集中している事に気が付いている奏夜が買った月齢が書かれているカレンダーに書いてある月齢…次の満月の日を一瞥しながら、奏夜はそう呟くのだった。



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第十五夜

「とぉいうわけでぇ――――集めた情報の確認会をします。」

(はぁ…。)

ゆかりの号令から始まる確認会の開催に対して思わず溜息を付いてしまう。実際、自分の推測では、行方不明事件が幽霊の仕業では無いのだから、自分が調べるべき事は『被害者の共通点』なのだ。

視界の端でやかりに弓を向けられている順平の事は微かに無視しつつ、奏夜は心の中で溜息を付いた。

「兎も角、今分かっている情報を整理しよう。」

タルタロス探索のメンバーのリーダーだけではなく、最近は二年生トリオの纏め役としての立場も板についている奏夜が立ちあがり、話を戻した。

奏夜が纏める事件の無い様は以下の通りである。

【5月30日初めての事件が発生。その直後、まったく同様の事件が二度も起こる。】

【三人とも同じ状態で見つかった事から何らかの繋がりがあると思われる。】

「怪談と同じシチュエーションで三人とも病院送りになったら、騒がれるのも当然だね。」

その一言で場の注目を集めると、奏夜はゆかりへと視線を向ける。

「されじゃあ、岳羽さん、君が調べてきた情報をどうぞ。」

「あ、うん。例の噂は、やっぱりオンリョウの仕業なんかじゃないよ。」

「…そこからはいるの?」

奏夜の疑問の呟きを聞き流しつつ、ゆかりは話を進めて行く。

「まず、この怪談騒ぎのそもそもの発端からだけど……紅君の言う通り、校門で倒れてた例の子の話は、確かにちょっと怪談の内容と似てし、三人も被害に有ってた。怪談と同じシチュエーションで三人も病院送りじゃ、そりゃ騒がれる訳です。」

ゆかりはそこで一拍置くと頷き話を続ける。

「被害にあった三人はクラスがバラバラで、一見何の関係もないみたいに思えます。でも実は、水面下に共通点があったの。その意外な共通点とは何でしょう?」

「何なんだよ、このノリ。誰のマネなんだよ?」

「多分、君が原因だと思うよ、順平。」

思いっきり、答える様に促されている順平がそんな事を言うが、奏夜が冷静な一言で切り捨てる。

「つか、紅。お前答えろよ。被害にあった三人の共通点。調べたんだろ?」

「まあね。被害に有った三人は、三人ともよく家出していた。しかも、付け加えて言うなら、世間一般ではそれほど好ましく思われていないグループと夜明かし遊びまわっている時に三人とも知り合った。」

「そう! よって、更なる真相に近付くべく、現場取材を決行することにしたからッ!」

「現場取材?」

「被害者の三人が決まって夜明かししてた溜まり場ってのがあるらしいの」

ゆかりの言葉に疑問を込めた奏夜の呟きが零れると、付け加える様に彼女の説明が続けられた。そして、その言葉を聞いた瞬間、順平の顔に怯えの感情が浮かんだ。

「そ…それって、ポートアイランドの路地裏の……。」

「ああ。あそこか。」

「なんだ、二人共知ってるなら話は早いじゃない。」

「そうだね。それで何時「ヤバイって、あそこマジ荒れてんだから! つか、そこまでする必要あんの実際!?」…って、順平…嫌なら来なくても良いよ。」

一度だけちょっした用事で、件の路地裏には入った事も有るが、そもそも今更、人間相手に怖がるほど生易しい人生は送っていないのが、【紅 奏夜】と言う人間だ。まあ、それでも順平には十分怖いのだろう。

「じゃ、決まりね。」

『決まり』とは言われても、奏夜も賛成していないし、順平は思いっきり嫌がっているのだが…ゆかりは無視して話を進めて行く。

「なんで、ユーレイはダメで、こう言うのはアリなんだか。」

「ダメとか言わない! 見えない物は誰だって気味悪いでしょ!?」

「そうかな? 見えないだけなら、害は無いし…。」

「ってか、見える方が怖いでしょうが! バットとか光モンとか!?」

一人文句を言っている順平の方を奏夜がポンと叩く。

「大丈夫、光物もバットもこっちにも有るからさ、それを持っていけば安心だよ。」

サムズアップと共にそう宣言してくださいました、この主人公。確かに様々な武器(物騒な代物)を現役の警官に販売(横流し?)して貰っているのだ。…一般の人間のそれよりも何倍も恐ろしい代物を持っているのだが…。

「「そんな物、持ってける訳ないだろーが(でしょう)!!!」」

順平とゆかりのツッコミが奏夜へと突き刺さる。

そんな街中に…タルタロスに潜るつもりで完全武装して行ったら、間違いなく警察のお世話になってしまう事だろう。

そして、奏夜のボケに対してツッコミを入れた後ゆかりは表情を引き締める。

「私達、今まで先輩に言われたまんま動いてきたでしょ? 『このままでいいのかな?』って、そう言う風に思わない?」

最初から不信感全開ながら、ゆかりにそう言われて思い浮かぶのは、不信感の原因となっているキバに対する発言。

「…確かに…そう思うね。」

「や、そうかも知んないけどさぁ……そこで真顔かよ、ズリィなー。」

話の主導権は今は完全にゆかりの手の中にあり、奏夜も彼女の意見に賛同していた。もはや、順平に逃げ場は無い。

「…順平、嫌なら来なくてもいいけど?」

「そう言う訳にはいかねぇだろ!」

奏夜の言葉にそう返した事で順平の参加も決定してしまった。

(…岳羽さんも何か有るのか…?)

額面通りに捕らえる事も出来るが、彼女の言葉は捕らえ様によってはこう捕らえる事も出来るのだ。………『利用されるままで良いのか?』と。

確実に美鶴達は何かを隠しているのはキバに対する言葉からも明らかだ。考えれば考えるほど思考は悪い方向へと向かって行っている。そう…美鶴達は『何か重大な事を隠しているのではないのか?』と言う考えへと…。

(…しかも、それには間違いなくキバ(父さん)が関係している…。もし…もしそうだとしたら…キバ(紅 奏夜)は貴方達の敵になる。)

何処か暗い決意と共にそんな事を思うのだった。

さて、翌日の夜、先日の話の通り、奏夜達(二年生トリオ)は話しに有った現場へと向かっていた。

実際、奏夜も現場へ向かう事に関しては気が向かなかったのだ。その理由は順平とは違う所に有る。はっきり言って、普通の人間等変身しなくても十分過ぎるほど相手に出来る自信は有るのだから。

だが、そう簡単に話しが進むとは思っていないし、最悪の場合は物理的な手段に訴えて情報を聞き出す危険が有るのだ。護りたくも無い相手とは言っても、無意味な争いは奏夜の望む所ではないのだから。何より最大の理由は別の所に有る。

もっとも、反対2・賛成1となっても、ゆかりが勝手に一人で向かうと言うのは、先日の一件から容易く想像できるのだから、諦めて同行する事にしたと言う訳だ。

(…いや、岳羽さんの事は次狼さんに任せるべきだったかな…? 雰囲気的に似合いそうだし…。って、いや、そう言う訳にも行かないか…やり過ぎちゃいそうだし。)

色んな意味で信頼している四魔騎士(アームズモンスター)達の一人の事を考えながら、無言のまま路地裏を歩いている奏夜でした。

彼にして見れば、重ねて言うがこの程度の雰囲気で怖がる様な生易しい人生など送っていない。

「ヤベェ…これはヤベェ。」

「ヒビんないでよ。」

未だに往生際悪くブツブツと呟いている順平を呆れた様にゆかりが言う。

(…本当に…嫌な“音楽”…いや、雑音だな…。)

『ちょっとオマエらさ遊ぶとこ間違えてんじぁねぇの?』

そんな声が聞こえてきた時、奏夜がそちらへと視線を向けると、ここの常連だろう者の一人が声を掛けてきていた。

「あ…いや、別に…。」

明らかに何処から見ても怯えていると言う事が丸分かりな態度で応える順平に対して思わず、内心頭を抱えてしまう。

その順平の様子を見た常連達が、顔を見合わせてゲラゲラと笑っている。

(…耳障りだな…。…適当に黙らせようかな?)

思わずそんな危険な考えへと至ってしまうが、軽く深呼吸をしてそれを自制する。叩きのめした所で罪悪感など沸かない…この不快な雑音を消せるならばと言う誘惑に負けそうになるが、理性で誘惑を押さえ込む。

「オマエらみたいのくっとシラけんだろ…。帰れよ、ヒゲ男君。」

「っ!?」(…プッ…ヒゲ男…ダメだ…今のは笑いそうになった。…流石に拙いからね、笑ったら…。)

怯えている順平とは逆に必死に笑いを堪えている奏夜だった。…その爆笑の原因が彼が呼ばれた『ヒゲ男君』の一言である。

「ヒゲ男…。あ、あー、オレのことっスね。」

怯えた様子で応えている順平を横目で眺める。明らかに会話の主導権を握られている。そもそも、敬語などを使っている時点で完全に相手より下であると言う事を自分で宣言してしまっているのだ。

(…その感情の1割でいいから、シャドウに向けてくれないかな…本当に。)

思わずそう願ってしまう奏夜だった。ニ回連続の無謀で無意味な特攻を(強敵相手に)続けている順平に頭を悩ませている奏夜としてはある種当然の考えなのだが。

「ここ来るのに、なんで、アンタの許可がいるワケ!?」

「ちょッ、おまッ、バカかよッ! お前あれかッ!? 空気詠み人知らずかッ!?」

「なにそれ……ていうか、こんな連中にビビんないでよッ!」

相手に噛みつくゆかりを止める順平。今回ばかりは順平の行動は間違っていない…もっとも、止めた所で意味もないし、言っている事は意味不明だが。

(…岳羽さん、相手を挑発してどうするのさ?)

「あちゃー、何? このナマイキちゃんは? ヒゲ男君も大変だ、こんなアグレッシブなコと一緒だと…。サッ!」

「ぐ…。」

「順平!!!」

順平の腹に拳が打ち込まれる。それによって、 崩れ落ちるように膝を付く順平に、ゆかりが声をかける。

「オメェーも生意気そうなツラだな…。」

奏夜へとターゲットを向けた男達が三人ほど彼を取り囲む様に集まってくる。

「文句あんなら言えよ!!! ああ? 殺すぞ!?」

奏夜へと詰め寄っていた男の姿が消えた。正しくは完全に意識を失って地面を転がり、倒れていた。

 

「………っ!?」

周囲の驚愕の感情が伝わってくる。奏夜は恐怖さえも感じさせる…美しい笑顔を浮かべながら、初めて口を開く。

「じゃあ、言わせてもらうけどさ…。少し黙っててくれないかな? 不愉快なんだけど。」

理性を総動員して気絶する程度に止めておいた一撃を放った奏夜は微笑みながら、その場に位置する絶対的な上位者として、“王”として宣言する。

「…でないとさ…殺すよ。」

微笑んでいるが、その目は笑っていない。

(…あれは…“誰”?)

そんな奏夜を見てゆかりはそう思ってしまう。その場に立つのは間違いなく、紅奏夜だ。だが、それは本当に奏夜なのだろうかと言う恐怖にも似た疑問。

『その辺でいいだろ…?』

聞き覚えの有る声が聞こえてきた瞬間、奏夜の纏っていた雰囲気が霧散し、彼の意識は正気へと戻る。そこへと視線を向けると、そこには明彦の見舞いに病室を訪れた時に出会った少年の姿が有った。

「知らねぇで来てんだ、俺が追い出す…。いいだろ…そんで。」

「な、なんだテメェーは、荒垣とかいったか! ここの常連のクセして邪魔しようってのか!? ああーっっっ!!!」

意識を取り戻した男が立ちあがって荒垣と呼んだ少年へと殴り掛かるが…

「メンドくせぇ…。」

『ゴッ』と言う音が響くと動じに再び男の体が弾き飛ばされた。余計な痛みを与えず気絶する程度に手加減した奏夜とは違い…それらの配慮がない一撃…確実にそれは痛みと言う点では奏夜のそれよりも大きいだろう。

(…強いな…あの人。)

それを眺めながら奏夜はそう考えてしまう。ケンカでは間違いなく、彼は自分よりも強いと確信する。

「テンメェェェェェエ! 『荒垣 真次郎』とか言ったな…。今三途の川渡ったぞ…。テメェ等、ただで帰れると思ってんのか!?」

「あ?」

「なに?」

睨みつける荒垣と目が笑っていない微笑みを浮かべる奏夜。それを見た男の対応は…

「…いえ、なんでも…。」

尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった。荒垣は奏夜達へと向き直り、

「帰れ、おまえらの来るトコじゃねぇだろ。」

「ま…待って!」

「ええ、ぼく達は知りたい事が有ってここに来たんです。えーと、荒垣先輩でいいんですよね?」

ゆかりの言葉を補足する様に付け加えると、荒垣は

「…お前等、アキの病室に居た…。アキに言われてきたのか?」

「いえ、ぼく達は…。」

自分達を見て明彦の事に考えが至った荒垣に奏夜は自分達が自分達の判断だけでここに来た事を告げた。

「…まぁいい。知りたい話ってのは、例の“怪談”とやらか?」

「はい。」

「噂だ。病院送りになった女どもがタムロって話してた…。“山岸”ってヤツを色々イジってるってな。」

「山岸って……E組の『山岸 風花』? あいつ、イジメに遭ってたのか……」

その名前には三人とも聞き覚えが有った。明彦に教えられた新しいペルソナ使いの名前だ。体が弱く、戦闘に参加するのは難しいと聞いていたが…。

「おかげで騒がれてるぜ、犯人は…。その山岸の“怨霊”だとかな。」

「山岸さんの…。」

「…オンリョウ…それって、どう言う意味…。」

「お前等…知らないのか? もう一周間かそこら家に戻ってねぇって話しだ。」

荒垣の言葉を聞きながら、奏夜は自分の推測と彼の言葉を組み合わせて新しい推測を打ち立てていく。

「その山岸ってやつ死んでるかもって。」

「「「っ!?」」」

「ハァッ!? いや、オレぁ病気だとかしか聞いてねっスよ!」

「入院してるとかじゃないんですか? 真田先輩、山岸さんは病院に来てたって…。」

「いや、そんな話は聞いてねぇな。ってか、毎日通ってるお前らがなんで知らねぇ?」

荒垣のその言葉に三人とも思わず驚きを露にしてしまう。荒垣のその言葉は、それ程の衝撃を持っていたのだ。

「どうなってんだ! 山岸って確か病気だって…。ってか、行方不明ってことじゃねぇか!?」

「……妙だ……。」

「これはもう“怪談”なんかじゃないよ。何が…どうして?」

行方不明になって、一周間も家に戻っておらず、入院している訳でもなく、死んでいるかもしれないという噂まで流れている。

だが、奏夜の頭の中に有るのは、同じ学校で情報を調べていた際に何一つ彼女の行方不明に関する情報が入ってきていないという事実。

「…岳羽さん…E組の担任って誰だっけ?」

「確か江古田だよ……。って、まさか!? でも、アイツが隠したって証拠は?」

「大体想像できる。問題を起されるよりも今回のは、自分にとって拙いとでも思ったんじゃないかな? だから、問題を隠蔽していた…『生徒の将来を考えて』とでも言ってね。」

行方不明という事を隠して何事も無いようにしてしまっていた。だから、学校では噂さえも聞かなかった。

「…そうか、アキのヤツ、あの日できなかったことの“代わり”ってか? …ったく過去を切れねぇのはどっちだってんだ?」

「どうしたんですか?」

奏夜が疑問を浮かべ彼にそう問い掛けるが、「なんでもねぇ。」と返す。

「知ってんのはそれだけだ。もういいか?」

「はいっ! お世話になったッス。」

「ありがとうございます。助かりました。」

「ありがとうございました。…荒垣先輩、優しいんですね。」

そう続けた荒垣に三人とも頭を下げて礼を述べる。そして、奏夜が最後にそう付け加えると、睨まれてしまった。

その翌日、行方不明になった山岸風花の件について、奏夜達が江古田と言う教師を問い詰め様と職員室に向かうと、彼等に先んじて美鶴が来ていた。既にそこには江古田と言う教師と、ゆかりが見たイジメを行っていた生徒の一人、『森山 夏紀』もそこにいた。

「さて…大まかな事情は聞いてるが…山岸風花をどうしたんだ?」

「違う!!! …違うのよ、こんな…。こんなことになるなんて…思わなかった…。」

美鶴がそう訪ねると、夏記は顔面を蒼白に染め、体を震え上がらせながら語り始めた。

「ちょっと突っついただけで、いつも世界の終わりみたいな顔をすんだ。すぐわかったよ。コイツ優等生のクセに根っこアタシらと同じ弱い人間だって…。何処踏んづけときゃ立てないか…アタシには丸分かりだった。」

「なるほど、だから遊んで見たか…。君が遊びのつもりでも、相手にはそうじゃない。実際、今はとり返しのつかない事になりかけている…君の責任でね。」

何時もの彼からは想像できない冷たい言葉と視線で奏夜は吐き捨てる様に言いきる。そして、視界に入れる価値も無いとばかりに横目で江古田と言う教師を睨みつける。

先ほどからこの教師はヘラヘラと笑みを浮かべながら、夏記を弁護する事を言い続けている。…自分が山岸風花を行方不明に仕立て上げたと言う事を自白済みだと言うのに。案の定、奏夜の考えの通り、『生徒の将来を考えて』と言う言い訳で。

(…本当に不快だな…。)

少なくともこの教師の音楽も消してしまいたくなる程の不快感を奏でているのだ。奏夜が危険な事を考えていると、夏記は山岸が行方不明になる直前に行った事を話し始めた。

「あの日もほんの遊びのつもりだったの…5月29日…風花を体育館に連れてって、外から鍵かけて……。」

「閉じ込めたっつーことかよ!!」

激昂しながら順平がそう叫ぶ。それを美鶴が押さえる。

「夜中んなって、自殺とかされるとマズいからって、マキが一人で学校行ったんだ。でも、マキ帰って来なくて…翌朝…。」

「校門で倒れてるのが見つかった。…か。」

続けて告げられた言葉にゆかりがそう言いきる。

(…ペルソナ使いで、影時間の学校…。消えたのはタルタロスにか…あのシャドウの巣の中に何日も…。)

影時間以外の時間帯にタルタロスはどうなっているのかと言う疑問も有るが、間違いなく飲まず食わずで人間が生きていられる限界を越えているのではないのかと考え、彼女の生存は絶望的だろう。

(…今夜、キバに変身して体育倉庫で待機しておくか…キバの鎧を纏っているなら、一人でも脱出も可能だし…最悪。)

今回の事件に関する推測は奏夜と美鶴…二人共、タルタロスとシャドウ…この二つを原因として浮かび上げていたのだろう。予想外な点は一周間も山岸風花が行方不明だと言う一点のみ。

「風花をださなきゃって体育館行ったらまだ鍵が掛かったまんまで…。ヤバイって、すぐ開けたんだけど、そしたら風花!!!」

「消えていた?」

「……アタシら、みんなビビって、次の晩から夜な夜なあの子を探しに行ったの……でもその度、行った子が帰って来なくて……みんな次々、マキみたいに……!」

マキと言うのが最初に発見された犠牲者の事だろう。

「あの病院に運ばれた君の友人について何か気付いた事はないか? どんな細かな事でもいい?」

「………。“声”だ。」

「「「“声”?」」」

犠牲になった少女達は全員謎の声を聞いていたと言うのだ。…その謎の声の主は恐らくはシャドウの物。シャドウの声を聞き影時間の中に誘い込まれて…襲われたのだろう。

「「なるほどな(ね)。」」

声を揃えてそう言うと、美鶴と目が合い頷きあう。推測は確証へと至った。そして、まるで何かに操られた様に今日は満月…試練の時だ。

勝負は今夜…『山岸風花救出作戦』決行決定。

キバット「って、今回はオレ様の出番がねぇ!!!」

…すみません…;



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第十六夜

「やれやれ…。」

タルタロスの一角、愛用の小剣を床へと置いて、近づいて来る気配の主達へと視線を向ける。

「熱烈歓迎ってか、ったく、メンドクセーな、奏夜。」

「まあ、向こうの歓迎の意は受け取っておこうよ、キバット。それに…“幸い”な事に、通信は出来ないみたいだからね、パーティーの前に正装に着替えようか。」

「応! ガブ!」

直にでも襲いかかって来そうな気配を持つ三体の番人級のシャドウ達へと殺気を叩き付けらながら、奏夜が翳した右手をキバットが噛むと右腕から頬にかけてステンドグラスの様な模様が浮かび上がり、腰にキバットベルトが出現する。

「変身!」

キバットがキバットベルトへと止り、奏夜の全身をキバの鎧が纏い、奏夜はキバへと変身する。そして、キバは優雅な動作で一礼する。

「本日は、この招かれざる出席者への歓迎を感謝します。その意、キバの後継者として至高の礼を持って答えよう。」

“闇の王”の如き風格を持ちキバが、そう宣言するのを待っていた様にシャドウ達は一斉に襲いかかる。それを一瞥しながら、キバは両腕を大きく上下に広げ上半身を屈める独特のファイティングポーズを取るのだった。

だが、彼は知らない…己が『招かれざる客』ではなく、存在し得ぬ時の中に行われる満月の夜の宴に招かれし、己こそが主賓(メインゲスト)と言う事に。

今宵の晩も満月の夜に影と二つの仮面が舞いし、戦いの宴が起こる。

参加資格は『仮面』、託される招待状は一人の少女、主賓(メインゲスト)は“闇の皇帝”、そして、今宵の宴の主催者は異形なる影の(みかど)達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はタルタロス突入の六時間前へと遡る。

学園の会議室…そこに奏夜、ゆかり、順平、明彦、美鶴のS.E.E.Sの面々…と、奏夜のポケットの中に隠れているキバットが集まっていた。

まあ、ある種当然ながら、事態が自体の為、態々キバットを学園まで連れてきた本人である奏夜以外にはキバットの存在には気が付いてなどいないが。

「今夜、学園への潜入作戦を行う。目的は山岸風花の救出だ。」

美鶴の言葉に奏夜と明彦が納得した様に頷く。

「あの…イマイチ分かんないんスけど、山岸って、ガッコの中に居るんスか?」

「しかも、なんでそんな時間に? 0時になったら、学園は……。」

山岸風花の救出と言う言葉を聞いた時、奏夜を除く二年生トリオの二人が疑問を唱える。そんな二人に対して、美鶴に変わって微笑を人差し指で天井を指差しながら、奏夜が答えた。

「…山岸風花…彼女が行方不明になった謎を解明するヒントは三つ。『影時間の学園』、『タルタロス』、『ペルソナ使い』…以上だよ。」

そう言って奏夜は二人の方へと視線を移し、謎が解けたと言う表情を浮かべるゆかりと、まだ謎が解けていない様子の順平を見ると、一呼吸置いて言葉を続ける。

「…彼女が学園に居るのは間違いない。最初のヒント『影時間の学園』…そう、彼女は夜中まで学園の一部…体育館に閉じ込められていたんだ。深夜零時を過ぎて『影時間』を迎えてもね。」

無言で頷く二人に視線を向けつつ、奏夜は更に言葉を続ける。

「そして、次のヒントは『タルタロス』…これは簡単…『タルタロス』は影時間の時だけに現れる。そう、学園が変化して…学園と入れ代わる様にね。一つ目のヒントと合わせて考えると、彼女は影時間になってタルタロスになった学園に居る事になる。」

学園が変化する…もしそんな時に学園の中に等居てしまったら…。想像するだけで二人の顔色が悪くなって行く。

「最後の一つ…『ペルソナ使い』…。ぼくや順平の例から見ても分かる様に、ペルソナ使いはペルソナが使えなくても、影時間を経験できる。…そう、影時間のタルタロスに変化した学園…そこに影時間を経験できる人間が存在したら…結果は…。」

「タルタロスに迷い込んじゃうってこと?」

奏夜の言葉を補足する様に続けられるゆかりの言葉に頷く形で奏夜、明彦、美鶴の三人が答える。

「…そう…山岸さんが閉じ込められているのは、体育館なんかじゃない。…『タルタロス』だ…。」

「……でも、それって、十日も前の話しじゃないっスか! それ…どう考えても!!!」

「…生存は絶望的…かもね。」

深刻な表情を浮かべながら、奏夜はそう呟く。奏夜は彼女の立場を自分に置き換え、彼女の立場を想像して見る。キバに変身したとしても、十日も続けてシャドウと戦い続ける等できるはずもない。

「いや! 悲観するのは早い。」

明彦の言葉に一斉に視線が集まった。

「タルタロスは影時間の間にしか現われない。なら、山岸風花は日中は何処に居ると思う?」

一同は明彦の言葉に考え込む。そして、暫く考えた後、ハッとした様子で顔を振り上げる。

「…タルタロスの中に居る…まともな時間じゃない、影時間の中にだけ存在する…。でも、だとしたら…。」

「気がついた様だな。」

「でも、真田先輩…これは…仮説では…。」

「ああ。こいつは仮説だが恐らく山岸は、あの時からずっと影時間に居るんだ。つまり、十日と言っても、山岸にとっては影時間を足し合わせた分しか時が過ぎていない! 生存の可能性(・・・・・・)はある!!!」

明彦のその言葉に奏夜はテーブルをバンっと叩いて立ち上がる。

「影時間は一日の中で僅か一時間だけしか存在しない。十日が過ぎたと言っても、山岸さんの体験している時間は十時間だけ。仮説だけ…でも、可能性があるなら、十分に、それに賭ける価値は有る!」

奏夜の宣言に明彦は「ああ。」と答えて頷く。だが、

「でも、影時間って、慣れたオレらでもいるだけで結構バテるじゃないっスか。あれを十日間、ぶっ通しってのは…。」

「それに…生きていたとしても、山岸さんの居る場所に辿り着けるかどうか…。」

否定的な意見を零す順平とゆかりの二人。普通の時間でも十時間と言う時間行動し続けているのは、体力を消耗する。しかも、異形の怪物…シャドウの巣窟であるタルタロスと言う“場所”に居るだけでも体力を大きく消耗する“影時間”と言う二重の悪条件。

「…体力に関してはこれも完全に賭けでしかないね…。」

そう全ては賭け。…掛け金は自分や仲間達の命で有り、支払われる賞金は山岸風花の命、ハイリスク・ローリターンの部の悪い賭け…。

(…ぼく一人の命なら幾らでも賭けられる…。でも、みんなの命まで賭けの対象にするしかない。それに…仮説と彼女の体力…二つの賭けに勝たなきゃ助けられない…。でも、これは父さんなら、逃げないはずの賭けだ。)

そう心を決め、もう一つの問題の解決策を考えているであろう、明彦へと視線を向ける。それに着いては自分も答えを出している。

「それに…彼女の居る場所に近づく方法なら…真田先輩は気付いてますね?」

「ああ。山岸とまったく同じ方法で中に入るんだ。」

「同じ場所で影時間を待てば短時間で彼女の居る場所に行ける。」

そう奏夜と明彦が考えていた方法はそれなのだ。一歩間違えれば二次遭難の危険も有るのだが、既に現時点で登れる最上階である40Fまで探索済みで有り、彼女が行方不明になった十日の間も何回か探索している。

当然、彼女の存在を知らなかった為、出会えなかったと言う可能性もあるのだが、痕跡さえも見つかっていない。考えられる可能性はまったく違う場所か40Fよりも上の階に居ると言う事。

どっちにしても、通常の方法で行こうとしても不可能なら、三つ目の、最初の賭けにも参加するしかない。

「無茶っスよ!!」

奏夜と明彦の言葉に順平が叫ぶ。彼の言葉は正論だ。はっきり言って、無茶としか言えない方法。

「だいたい、そんな方法でタルタロスに入れるなんて保証もないし、みんなして遭難ってことになったら!!!」

「「なら(だったら)、このまま見殺しにするのか!?」」

「…あ、いえ……。」

奏夜と明彦の気迫に押されて順平は言葉を失ってしまう。

「可能性があるのに、放っておくなんてオレには出来ない。」

「真田先輩に賛成だね。最悪…ぼくと真田先輩だけでも行く。でも、今回は今まで以上に危険な賭けになるから、参加は強制するべきではないと思います。」

そう言って奏夜は順平、ゆかり…最後に美鶴へと視線を向ける。言葉通り、奏夜と明彦の二人は勝手にタルタロスに飛び込んでしまうだろう。それを考えて溜息を吐き、美鶴は口を開く。

「仕方ないな…。正直に言えば私はこの作戦には諸手を上げて賛成できない。伊織の言う様に最悪、二重遭難と言う可能性も有る。だが、危険は承知だが、このまま放置する訳にもいかないからな。」

美鶴も参加を決め、順平とゆかりの二人も最後まで渋っていたが、参加を決めた。多少二人は場の空気に流されたと言う感もあるが、それでも、全員が参加を決めたと言う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突入一時間前…

寮の作戦室…装備を整えた奏夜達S.E.E.Sの面々の姿がそこには有った。

ゆかりと順平の装備は引き続き弓と大剣…奏夜も一通り揃えていた武器の中から愛用している小剣を選んだ。

小剣、大剣、弓、グローブと一通りの武器を用意して交換しながら使っているが、僅かに小剣の方が使いやすいのだ。順ずるのは、キバでの経験を最大限に活かせるグローブと言った所だろうか? 明彦は参加した時のグローブをまだ使い続けている。

「まいったな、理事長がつかまらない。」

先ほどから美鶴が何度か電話をしているが、幾月理事長との連絡が取れない。

「理事長の口添えがないとなると、夜の学校にどう入ったものか。」

「流石にガラスを割ったら、直に警備員に見つかるだろうし…ピッキングなんて技術はないし…。」

「あ。」

そう言って考え込む美鶴と奏夜の二人。そんな中、順平が手を上げる。

「それ、ご心配なく。その事なら、“仕込み”が済んでマス。」

「仕込み…? 爆薬か?」

何故そう言う答えに行きつくのだろうか? 彼女なりの冗談かとも思ったが、美鶴の顔は真剣その物だった。

「ハァッ!? ちょッ…桐条先輩…!?」

「フフ、いいだろう。今回は伊織に任せよう。」

そう言って美鶴と明彦は作戦室を出ていった。

「…順平…アンタ…。」

「…君さ…荒谷さんじゃないんだから…。」

「ちゃうちゃう! ってか、紅!!! 『アラヤサン』って、誰!?」

「……………誰だろう…………?」

『オレを危険人物の代名詞にするな!? by.亨夜(時空と作品の壁を超えて、彼、参上)』

そして、夜の学校…

「ね、すんなり入れたっしょ! オレって、なんつーか天才!?」

順平の行っていた手段とは単純明解、

「昼間の内に鍵を……ブリリアント!!!」

呆れた様子で眺めている奏夜だが、彼女は心から賞賛の言葉を送っているのだ。作戦室での発言から、今の反応と言い、妙に掴み所がない。

「あの人……なんなの?」

「…さあ…。」

思わず溜息が交差する奏夜とゆかりであった。そんな会話を交わしながら、廊下の真中に立っている訳にも行かず、近くの教室に集まっている次第である。

当然、警備員に見つかる危険を考えて、明かりを点けずにいるのだが、明らかに怖がっている様子で近くに居た奏夜の袖を掴んでいるゆかりを二つの意味でからかう順平に激昂して反論して見せた挙句、自分の行動に気が付いたゆかりに奏夜が殴られるのだった。

「騒ぐな。」

当然ながら、明彦の一喝で二人は慌てて口を閉じる。

「この時間は主電源が落ちている。それに暗いままの方が、都合が良い。」

「良く有るパターンですからね。うっかり、明かりを着けて見つかるって話しは。」

「うぅ……でも、なんか、コソコソしてて、ヤだなぁ……。」

「まあ、仕方ないよ。実際、見つかったら咎められる事をしている訳だし。」

己自身の血故か、自分の個人的なスキルなのかは疑問だが、何故か、暗闇の中でも十分動けるほどに夜目が効くのだ。

まあ、こんな所で隠れている所か、これからコソコソしながら、体育館の鍵がある職員室か、公務員室を調べると言う泥棒の真似事をする必要があるのだ。何故か、見覚えの無い、バーコードを連想させる蒼い仮面ライダーの事が頭に浮かぶのだが、それは直に消去する奏夜だった。

そして、二年生が職員室を…三年は公務員室を回って鍵を探し、一階の玄関ホールへ集合すると言う美鶴からの指示が飛んだ時、

「職員室のガサ入れか……。…テスト問題とかあるかも?」

「オレも職員室にするかな……公務員室より面白そうだ。」

順平の言葉に明彦が彼の顔を見て、口の端を緩めて不正を企む順平に同意する。実際、奏夜も内心楽しそうだと考えていたのだ。…職員室と言うある種、学生には未知の場所に入り込めるのだから、楽しくない訳が無い。

「私の目の前で不正の算段か? 事実ならば“処刑”だな……。」

冷徹に美鶴がそんな言葉を零した。その言葉には、確かな破壊力があった。…そう、奏夜が“闇の王”なら、“氷の女王”の一喝とでも言うべき一言が…。順平は怯えながら慌てて先ほどの発言を否定する。

「まったく……真面目過ぎるんだよ、お前は。」

そう言う明彦だが、彼にも怯えが浮かんでいる。そもそも、何気に美鶴との付き合いが1番長いのは明彦なのだから、過去にも似た様な…いや、処刑を受けた事が有り、その時の事を思い出しているのだろう。

そして、二人を監視する為に美鶴の班に順平が移動し、公務員室を回る事となったのだ。

「……それにしても、さ……昼間と違ってシーンとしてるから、何か気味が悪いね。」

「そうだね。」

一階の玄関ホール…集合場所まで辿り着いた所で怯えを見せるゆかりの言葉に、苦笑しながら答えるのだが、奏夜…何一つ恐怖心を感じていないのだ。

闇は支配するべき世界…闇の一族『ファンガイア』…亡き祖母にその元クイーンを…亡き叔父にキングを持つ奏夜にとって闇は恐れる物ではない。

「ね、ねえ……なんか、聞こえない?」

ゆかりの言葉に奏夜は目を閉じて聴覚へと意識を集中する。確かに聞こえてくるそれは、一定の間隔で響く足音だった。

「…足音か…。」

「な、なんだ。…って、何落ち着いてるのよ!」

「静かに。とにかく、隠れよう。」

彼女の手を引いて物陰へと隠れる。

「な、なに……? 私達の他に……誰か居るの……?」

「いや、いるでしょう。警備の人とか。」

奏夜の言葉通り、足音の主は警備員だった。懐中電灯で周囲を照らし、見回りを続けていたが、隠れている奏夜達に気付かず、その場から遠ざかって行く。その様子にゆかりは大きく溜息を吐いた。

「警備の人か…驚かさないでよ…。」

「まあ、確かに驚いたけどね。」

そんな普段とは違う彼女の様子を苦笑しながら観察する奏夜だったが、流石にからかう気にはなれなかった。

流石に彼女をからかって騒がれたくないし、それが原因で警備員が戻ってこないとも限らない、なにより、キバの姿を見せて驚かせて時間を稼いで(そんな事に使う気は毛ほども無いが)、新しい怪談の吸血鬼になる気は無い。

「あ、でも考えてみたら……先輩達も居る訳だし、足音くらい不思議じゃないかも?」

「…なんで疑問系? それに、どうしてそこに戻るの?」

「あははは、そう思うとヘーキ…ヒャアァァァァァァ!?」

突然響く音に驚いて叫び声を上げてしまう。思わず周囲を警戒するが、警備員の姿は無い。

「岳羽さん…ケータイ。」

悲鳴を上げて自分にしがみ付くゆかりに苦笑を浮かべながら、その音の正体を教えた。

「え? あ、ケ、ケータイ!? わ、私…の?」

「うん。」

奏夜に言われてゆかりは携帯電話を確認する。

「しかも、迷惑メールだし。」

「二重の意味で迷惑だね。」

「で、でもさ…普通、ビックリするでしょ? いきなりなるんだから。」

「そうだね。」

そんな彼女の言動に苦笑しつつ、職員室に入った奏夜達は無事目的の鍵を入手して、玄関ホールへと戻るのだった。

「途中、なーんか聞き覚えのある声で『キャア』とか聞こえたけどなー。」

「………。」

「えっ、テキトーに言ったのに、図星?」

無言のまま順平を睨むゆかりの反応に思わずそう答えてしまう。

「とにかく、時間も無い事だし、早く始めよう。」

「ああ。それじゃあ、突入組とバックアップでチームを分ける。」

「このメンバーだと、突入組はぼくと真田さんは固定ですから…入ってもあと一人位ですか?」

安全面を考えると、突入組は最大で三人…そして、突入組と同様、バックアップチームには美鶴が固定されるのだから、二つのチームには、一年生トリオの二人の内の一人が参加する程度だろう。

「じゃあ、三人目は私で……。」

「待った、ゆかりッチ。」

突入組に参加しようとするゆかりを順平が止める。

「ほら、オレ。前にモノレールの時、迷惑かけちったじゃん? 恩返しっつーか、汚名バンカイさせてくれよ、な。」

「順平…汚名は返上…挽回するのは、名誉だよ。…お願いだから、汚名は挽回しないで。」

言外に『お前は今回も迷惑をかけるのか?』と言って居る奏夜。

「よし! そう言う事なら、()()()()させてやる。突入は男三人で行く。」

「分かりました。」

「おし、よろしくっス!」

そして、冒頭の数分前…体育館に集まり、体育館で待機する三人だったが…零時を回った時。

「おい、奏夜! 起きろ!」

「…キバット…。ここは…タルタロス? ぼく達だけか…。」

『やぁ。』

後から聞こえてくる声に驚いて振り返ると、そこには囚人服の少年が居た。

「君は…。」

「お、お前は…。」

「目、覚めた? 君の部屋の外で会うのは初めてだね。でも今はゆっくりしていられない。今夜君にやってくる試練はどうも一つじゃないみたいだ。」

一つではないと言う言葉と、奏夜は試練と言う言葉で僅かに考え込む。

「一つじゃないって事は…今日の試練とやらは、やっかいな事になるみたいだな。」

「…大型シャドウはニ体…フォームチェンジ無しで、ニ体のファンガイアタイプを相手に戦うのは少し厄介だね。」

奏夜達の言葉に少年は微笑を浮かべる。

「鋭いね、君達は。とにかく、急いだ方が良いよ…“彼女”が待っている。今の君達には必要な人だ。」

少年の姿が言葉と共に透き通って行く。

「彼女の力を借りれば、君の仮面は本来の力が戻るはずだよ。それじゃあ、また会えると良いね。」

少年はそう言いきった後、姿を完全に消した。それと同時に周囲にシャドウの気配が現われる。それを奏夜は一瞥するのだった。

―…誰…? ………人…なの……。―

かすかに聞こえるそんな声がキバへと変身した奏夜の耳に届くのだった。;



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第十七夜

「はあ!!!」

キバのラッシュがシャドウの仮面に討ち込まれ、それを粉砕し、シャドウを構成する体を消滅させる。

「ニ体目!!!」

キバの回し蹴りがニ体目のシャドウの体を打ち砕き、三体目から繰り出される炎の魔法を避けながら、ベルトから赤いフエッスルを取り出す。

「ウェイク・アップ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

足のヘルズゲートが開放され、解き放たれた魔力を集中させた必殺の一撃『ダークネスムーンブレイク』が討ち込まれ、同時にヘルズゲートが再び閉じると同時にタルタロスの床にキバの紋が刻まれ、シャドウが跡形も無く粉砕された。

「ったく、奏夜一人にどれだけ手間かけてんだよ、こいつ等!」

最後の一体のシャドウを粉砕したキバのベルトから離れ、その周りを飛び回りながらそう言うキバツトにキバの仮面の奥で苦笑を浮かべながら、答える。

「ぼくって、かなり嫌われてるみたいだね。」

「別に嫌われたって、良いだろう、こいつ等になら。」

更なる番人級の増援に対する警戒をし変身を解かず、キバの姿のまま周囲を見回す。その瞬間、キバに対して恐怖心を感じたのか、通常のシャドウ達は即座に逃げ出して行く。

「そうだね。」

「しっかし、良かったって言うべきかねぇ、これは?」

「最初の賭けには勝ったけど、真田先輩や順平とははぐれちゃたし、連絡がつかない…って、状況から考えると最後のは“幸い”かな?」

実は仲間との分断はタルタロスの中を探索していると稀に怒り得る事態なのだ。それを考えると、半分は落ち着いていられるのだが、問題は残りの半分…『イレギュラー』の部分なのだ。

下手をしたら順平と明彦の二人とは、これが永遠の別れになってしまったとも考えられるのだから。

(…二人はまだいい方だ…。今は行方不明になっている彼女を探さないと。)

そう考えてキバットへと視線を向けると、キバットはベルトの止り木へと座す。そして、ゆっくりと歩を進めて行く。それに合わせ、キバの進行方向に居るシャドウ達が道を開ける。それは、王の為に道を開く様に…。

―…誰…? …貴方達は…人なの…?―

通信とは違う声が届いた瞬間、反射的にペルソナをガルルからシルフィーへと変えようとしたが、直にそれを思いとどまった。

(…人って、呼べるのかな、ぼくは?)「聞こえた場所は向こうか。…真田先輩達と合流したら、適当に逃げて変身解除して再度合流。」

「オウ!」

向かうべき方向と今後の行動の概要を定め、キバはタルタロスの床を蹴り、走り出した。

―ここは…どこ? なぜ、ここにいるの?―

「えーと、何処に居るから分からないけど、出て来て貰えれば、全部説明する! …って、お前達じゃない!」

彼の言葉に従った訳でもないのだろうが数体のシャドウが姿を表す、とっさにシルフィーへとペルソナを切換え『中位疾風魔法(マハガルーラ)』で薙ぎ払おうと考えたが、キバの姿ではペルソナが使えない事に気付く。

「チッ!」

自分の迂闊さに舌打ちしつつ、素早く放たれたキバの裏拳と回し蹴りでシャドウ達を粉砕する。

「早く会わないと、彼女もシャドウに…。」

折角の保護対象からのコンタクト…それを妨害してしまっては意味が無いと、ペルソナを通信ジャミング能力を持つシルフィーからガルルへと切換えようとした時、

―……いえ。―

今までとは違い、今度はキバの言葉へと返事が返ってきた(・・・・・・・・)

「っ!? ぼくの声が聞こえてる!? 聞こえてるなら、返事をして貰える!?」

―あ、はい。聞こえてます(・・・・・・)

声から帰ってきた言葉はそれだった。しかも、今までのそれとは違って、鮮明に聞こえている。

(なるほど、シルフィーのペルソナや桐条先輩のペルソナ以上(・・・・・・・・・・・)の万能型か?)

「えーと、君の側にシャド…いや、訳の分からないバケモノみたいな物はいる? それに襲われて怪我とかは…?」

―いえ、襲われてませんから。今のところ見つからずに済んでます。―

(なるほど…彼女のペルソナ能力か…。しかも、桐条先輩のペルソナやシルフィーとは違って、完全な援護型の能力。)

確かにあの少年の言う通り援護型の能力は今の自分達には必要な能力だろう。今、それを行っている美鶴のペルソナは本来は戦闘型で、本来ならば専門外の事に使っているのだから。

―「あの。」―

「「うわ!?」」

行き成り重なって聞こえた声にキバとキバットが驚いて叫んだ瞬間、キバットがキバットベルトから離れた時、変身が解除されてしまう。

振り返るとそこには月光舘学園の制服を着た小柄な少女だった。

「い、何時からそこに?」

「怪我が無いか聞かれた後だったんですけど…ごめんなさい、人だったなんて思わなくて。」

「………あー、えーと…君が確認するけど、山岸風花さんでいいのかな?」

「どうして私の…。」

「ぼくは『紅 奏夜』。隣のクラスの転校生で、君を助けにきた。ぼく以外にも二人居るんだけどね。」

その小柄な少女の言葉に思わず引き攣った笑顔を浮かべながら、頭の中にキバの姿を描いて見る。…残念ながら一目では人間とは思えない。

「それに、そこにいる蝙蝠さんって…?」

「おっと、初めまして、お嬢さん。オレ様はキバットバットⅢ世だ。」

「え、えぇ! こ、蝙蝠が喋った!? それに、あの姿は…。」

「あー…えーと、何から説明するべきか…。」

キバの姿を見られた以上仕方がないと判断し、覚悟を決める。

「…これから話す事は、君の知らない世界の真実の一旦…知らない方が幸せなのかもしれない事実の一つだ。」

奏夜はかつてこの世界に存在した闇の一族、十三の魔族の中で最大の勢力で有ったファンガイア一族の事、そして、先代のキバである父の事を話す。

「…ファンガイアに…キバ…そんな事があったなんて…。」

「残念ながら、これは事実だよ。でも、君はぼくの居場所が…。」

「いえ。あ…。」

「っ!? 大丈夫!? まさか、ここに来るまでにシャドウに…。」

突然崩れ落ちる彼女の体を奏夜は慌てて受け止める。そして、回復魔法をかけようとペルソナをシルフィーからバッシャーへと切換えようとした時、

「あ、はい安心したら気が抜けちゃって。」

(…十日も影時間の中に居たんだ、無理も無いか。)「…でも、どうして君は今までシャドウ…ああ、ここに出る化け物の事なんだけど…それに襲われずに済んだね。」

奏夜の問いに風花は悩みながら口を開く。

「ええと…なんて言ったらいいか。負のエネルギーって言うんですか? なんとなく居場所がわかるんです…。そう言う負のエネルギーの逃げる様な流れの中に別の…生体エネルギーが有って貴方を見つけて…。」

「なるほど…。ぼくから逃げるシャドウの動きと、生体エネルギーでぼくの居場所を…。」

「あの…それで、ここ、一体何処なんですか? 私、学校にいたはずなのに、なんでこんな…。」

「それについての説明は…ここから脱出してからでいいかな? 結構長くなりそうだし。それと…ぼくのキバやキバットの事についてはぼくの仲間には黙っていて欲しいんだ…。」

「いいですけど…。どうして…ですか?」

風花の問いに奏夜は心から哀しそうに…そして、冷たく言葉を続けて行く。

「………『人類の敵』…キバの事はそう伝えられているらしいから…だから、黙っていてもらいたい…。ッ!? キバット…ポケットの中に隠れて…。」

「おう。」

キバットがポケットの中に隠れた事を確認すると、奏夜は風花を庇う様に後に下げ、素早く後を振り向き小剣を構える。

そして、近づいてきた影へと剣を向ける。互いに奏夜の剣と、影の拳が放たれる寸前…

「真田先輩。」

その人影が明彦である事を確認すると、奏夜は慌ててバックステップで後ろへと下がる。その数ミリ先で明彦のパンチも止められていた。

「なんだ、紅か。骨の有るシャドウがいると思ったんだが…後は伊織…。」

すると、後から新たな影がゆっくりと明彦へと近づいて行くが、

パァン!!!

明彦の裏拳が()()の顔面に直撃していた。

「OH…。」

「ん? 伊織か…。」

「やあ、真田先輩、順平。見ての通り、山岸さんも無事だよ。」

「そうか…。良く無事だったな。」

「とにかく、山岸さんの体力も限界でしょうから、早くここから脱出しましょう。」

奏夜の言葉に明彦が頷く事で答えた瞬間、

「っ!? …な…に……これ…今までより、ずっと大きい。」

風花がなにかに怯える様に言い始める。今までよりもずっと大きな力…想像できるのは満月の夜に出てくる大型のシャドウ。

「…なんて大きな…負のエネルギー!!!」

そう叫ぶと崩れ落ちてそのまま床に座り込んでしまう。そんな風花に近づこうとした明彦の顔をタルタロスの窓の外に浮かぶ満月の光が照らした。

「…満、月…?」

空に浮かぶ満月を眺めながら明彦はそう呟いた。

「おい! 四月に寮が襲われた日も満月だったか!?」

「な…なんスか、いったい?」

そう。それは、奏夜だけが知っている情報…今回の事で確証が得られ、明彦にも気付けたのだろう。

「満月でした。先月の…。」

「モノレールの時も満月だ。そういうことか! くそ!! つながらないか。」

奏夜の答えを聞き、通信を入れようとするが、タルタロスの一階部分に入るはずのエントランスの美鶴には通信が繋がらない。

「これを持っていってくれ。」

明彦が召喚器を取り出して、風花へと差し出す。

「こっ…これって…。」

流石に行き成り拳銃を取り出されたら、戸惑わずには入られないだろう。

「お守りのようなものだ。弾は出ない。」

「うん、大丈夫だから、それは絶対に離さない様にして貰える。急ぎましょう…多分、エントランスですよ。」

「ああ! 急いで戻るぞ!」

弾が出ないと言う説明だけしか出来ないが、今の状況ではそれが限界なのだろう。明彦の言葉に僅かにフォローするように言った後、告げられた奏夜の言葉に明彦もそう叫ぶ。二人の表情にも焦りの感情が浮かんでいた。

「あの…? 何が一体どうしたんスか?」

一人だけ状況を理解していない順平が疑問を浮かべてそう聞いてくる。

「月の満ち欠けはシャドウの力に大きく影響を及ぼす。もっとも、これは人間も同じだがな………。」

「?」

明彦の言葉にも順平はまだ疑問を浮かべていた。

「順平…説明しているヒマは無いから、言葉だけを飲み込んでもらうよ。出たんだよ、大型シャドウが! 奴等は満月の夜に現われるんだ!!!」

「急ぐぞ、紅、伊織!」

「山岸さんも急いで!」

「はい!」

明彦のその叫び声と共に奏夜達は一人を除いて走りだして行く。

「ちょ…ちょっと!!!」

一人取り残されていた順平が暫く呆然としてた後、慌てて奏夜達を追い掛けて走り出すのだった。

「フッ…。」

破壊されたイクサリオンとサポート用の機材、そして、美鶴とゆかりの二人…女性陣の視線の先にいるのは…

「予告も無しにニ体もお出ましとは…少しばかし反側なんじゃあないか?」

美鶴達の前に存在しているのはニ体の大型シャドウ…一体は皇帝の様な印象を与えるが、奏夜が見たら『貧相な王だ』とでも表するであろう二つのキバの鎧に比べれば貧相な姿をしたシャドウ『エンペラー』と、同じく女性的な特徴を持つ同じく女帝の印象を与えるシャドウ『エンプレス』…。

「しかし…。」

そう告げる美鶴はレイピアを取りだし、自身の米神に押し当てた召喚器のトリガーを引く。

「ペンテシレアッ!」

炸裂音と共に放たれた彼女の喚び声に応え、神話の女王が現われる。

「この私の“ペンテシレア”が、“処刑”する!!!」

高らかに美鶴はそう宣言するのだった。

そう、奏夜参戦後、S.E.E.Sの最初期のメンバー…一人目のペルソナ使い桐条美鶴がここに前線へと復帰するのだった。;



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第十八夜

「はあ!!!」

美鶴の撃ち出したペルソナ『ペンテシレア』から放たれた氷撃が“女帝”のシャドウ『エンプレス』を包み込む。それにより、完全に無力化させたと思われたが、次の瞬間、シャドウの全身を包んでいた氷が砕け散り、無傷なシャドウがその姿をあらわした。

「このォ!」

美鶴を援護する為、ゆかりが矢を放つが今度は皇帝のシャドウ『エンペラー』が、その攻撃の前へとその身を曝した瞬間、エンペラーへと直撃する寸前に彼女の放った矢は力を失った様に失速し、落下して行く。

「ッ!?」(こいつ等…攻撃が通らない。)

僅かに生まれた隙を突いてエンペラーが持つ剣を美鶴へと振り下ろす。だが、

「私のペンテシレアは相手の気配を最大限に感じ取ることができる!」

そう叫びながら、美鶴はエンペラーの攻撃を回避し、そして、

「貴様等の攻撃など! 当たらないっ!!!」

そうして出来た大きな隙を逃さず、奏夜が愛用している小剣とは違うデザインの小剣を振るい、エンペラーを切りつける。

(やはり駄目か…。)

一連の攻防で目の前に居る二体のシャドウには全く攻撃が効かない事を理解してしまっていた。以前、タルタロス…順平や奏夜の物理攻撃をオーバードライブが無力化してしまった事と同じ状況が起こっているのだ。

しかも、悪い事は重なり、番人級と同レベルの強敵とも言うべき、大型シャドウが二体も揃っている事と、解析用の機材を襲撃時にイクサリオン共々破壊されてしまっている。

スタミナではペルソナによる後押しが有るとは言え、人間である美鶴達と影時間の中にのみ存在を許された異形の怪物『シャドウ』とでは勝負にはならず、後者に圧倒的に部があるだろう。しかも、相手の攻撃は受け付けるのに対して相手には自分達の攻撃は全く通用していない。

策も無く戦っては負けるのは目に見えている。だが、戦闘を続ける事で理解できた事も有る。相手は二体…そのどちらかが物理攻撃と魔法等の特殊攻撃に対する防御を担当していると言う事で有る。そして、まだ推測の段階だが、エンペラーとエンプレスの弱点も見破っている。

「岳羽、距離を取って弓を使うんだ!」

「了解! あの丸い方ですね!?」

「そうだ! 私はもう一体を狙う!」

二人は距離を取り、ゆかりは弓でエンプレスを狙い、美鶴はエンペラーを狙い氷撃を放つ。

「ええい!!!」

中位氷結魔法(マハブフーラ)!!!」

二体のシャドウが互いに庇いあわせない様に狙いながら、ゆかりが矢を、美鶴が氷の刃を放つ。完全に互いを庇いあう事は出来ない…二人も会心の一撃とも言うべき攻撃だったのだが、二体のシャドウがそれぞれの武器を頭上へと振り上げ、二体のシャドウが薄い光に包まれる。

「バカな!?」

「うそでしょう…。」

必殺とは言えなくとも、少なくともダメージが発生する程度の事は期待できた一撃なのだが、無防備に攻撃を受けたはずの二体のシャドウは全くの無傷だった。

(…どう言う事だ、推測が間違っていたのか? だとしたら、今までの戦いは私達の判断を誤らせる為の…いや、だが…。)

弱点の存在しない『無敵』のシャドウなど存在しないはずなのだ。故に弱点も必ず有るはず。美鶴は自分達の使えない炎や雷の魔法が弱点とも考えたが、その考えは直感的に否定する。

「先輩!!!」

ゆかりが叫ぶと同じに美鶴へと向かい、エンペラーが手に持つ剣を振り下ろす。

「このォ!」

ペルソナの魔法では間に合わないと判断したのか、美鶴を援護すべくゆかりが矢を放つ…そう、物理防御に特化(・・・・・・・)しているエンペラーへと向かって。だが、彼女達の予想とは逆に、エンペラーは態と体制を崩し、放たれた矢を回避したのだ。

(どう言う事だ、こいつは物理攻撃は…。)

一連の攻撃に対する二体の動きから、美鶴は新たな推測を打ち立てる。弱点は存在している…今までの推測も考えも間違っていない。だが、一つだけ『予想も出来なかった能力』を持っていただけと考えれば辻褄は合う。

効かないはずの物理攻撃を必死に回避した物理防御担当のはずのエンペラーと、光に包まれた瞬間、弱点で攻撃したはずなのにダメージを受けていないシャドウ。

(こいつ等、弱点を変化させているのか!?)

だが、そうと分かれば話は早い。今のエンペラーは先ほどとは全くの逆…物理攻撃に対する防御能力を持っていないのだ。

小剣を構えて体制を崩したエンペラーへと美鶴が切りかかろうとした瞬間、

「…え!?」

「バカな!?」

二人の視界の中に入り口から新たな人影が入って来たのが見えたのだ。

「部屋から出るなと言ったろう!!!」

タルタロスの中へと入って来た少女…夏紀へと向かって美鶴がそう叫ぶ。その瞬間、ゆかりと美鶴の注意が完全にシャドウ達から離れてしまった。

当然、そんな隙を見逃して転がっているほどシャドウは優しくはない。エンペラーは体制を立て直すと剣を持っていない手を美鶴へと向かって伸ばし、彼女を捕獲する。

「しまった!」

「先輩!!!」

「くっ、何故来た!?」

捕獲されながら、美鶴は夏紀へと向かってそう叫び、問う。

「…え。…あ。」

美鶴の言葉によって、何処か虚ろだった彼女の表情に生気が戻り、周囲の情報が彼女の脳へと伝わって行く。巨大な二体の化け物を見上げながら、夏紀は呆然とした表情を浮かべる。

「…アタシ。」

新たな…弱い獲物を発見したシャドウ達はその視線を彼女へと向ける。

「…風花に。」

新たな獲物へと向かい、エンプレスが杖を振り上げた瞬間…

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!! ポリデュークス!!!」

「ガルル!!!」

明彦のペルソナ『ポリデュークス』の雷撃がエンプレスを吹き飛ばし、奏夜のペルソナ『ガルル』の斬撃にも似た衝撃が美鶴を捕獲していたエンペラーの腕を切断する。

「明彦に、紅か!?」

切断されたエンペラーの腕から開放された美鶴を明彦が受け止める。そして、奏夜は離脱する明彦達への追撃を防ぐ為、素早くガルルへと指示を出す。

「ガルル、重力魔法(マハグライ)!」

明彦が効果範囲から逃れた事を確認し、エンペラーとエンプレスへと重力を叩き付ける。本来なら魔法に対する耐性を持っているはずのエンペラーにも、それは十二分に効果を及ぼす。

「無事か!?」

「ああ…たいしたことはない。それより。」

明彦の問いにそう答えながら、美鶴が言葉を続けようとした瞬間、

『森山さん!!』

第三者の…美鶴とゆかりの二人には聞き覚えのない声が響いた。名前を呼ばれた本人…夏紀は呼んだ者へと視線を向ける。彼女の視線の先には、風花の姿があった。(どうでも良いが、彼女の後ろには遅れて着いて来た順平の姿も有った。)

「風花…。アタシ…あんたに。」

彼女が言葉を続けようとした瞬間、驚愕の表情を浮かべる。奏夜の重力魔法を叩き付けられて、動きを止めていた二体のシャドウが立ち上がっていたのだ。

 

「ッ!? もう立ち直ったのか!?」

「気を付けろ、こいつら、攻撃が通らない。」

重力魔法を叩き付けた本人である奏夜が、すでに立ち直ってしまったシャドウ達を見て思わず舌打ちしてしまう。一応、中位の重力魔法も会得しているのだが、それは破壊力はあるのだが単体用の魔法しかなく、二体同時に効果を及ぼすのには向かず、全体に効果を及ぼせる重力魔法では破壊力が低く動きを止めていられる時間も限られていたと言う訳だ。

奏夜達が動くよりも先に、シャドウが風花と夏紀の二人へと向かって腕を振り下ろす方が早いだろう。だが、

(…私には分かる。)

自身の持つ召喚器を強く握り締め、風花はシャドウ達へと振り返る。

(この引き金を引くのは…“彼”の様に誰かを守る為に相手を傷付ける事の出きる覚悟の証なんだって。)

「風花…?」

召喚器…何も知らない人間に取っては銃にしか見えないそれを風花は自身の米神へと当てる。

「風花!?」

「…………。」―大丈夫だから。―

「…え。」

声に出さなくとも、彼女の“声”は伝わって行く。

(小さい頃から、人の目ばっかり気にしてて、何も出来なくなる自分が嫌いだった。…だけど、“彼”みたいに、紅くんの様に誰かを守る為にこんな私がいるのなら、私は自らの手で…。)

彼女が引き金を引いた瞬間、二体のシャドウが弾き飛ばされる。そして、彼女達を護る様に包まれたドームの上に人の体を持つペルソナ。その姿は正にドレスを纏った聖女の如き姿…。それこそが、彼女のペルソナ『ルキア』。

(この引き金を引く。)

「私、見えます。あの怪物達の弱い所…。なんとなくだけど、見えます!!!」

「うん。任せたよ、山岸さん。」

「…思った通りだ。バックアップは彼女が変わる。」

小剣を構え微笑を浮かべながら、力強く宣言された言葉に奏夜は信頼を込めて言葉を返す。明彦も拳を握り締め美鶴へとそう言葉を返す。

「…!!! そう言う事か。よし、頼めるか?」

「はい、やってみます。」

「ぼく達の命…君に預けた。」

「はい!」

美鶴の問いに控えめながら力強く答え、一切疑う事のない信頼を込めて告げられた奏夜の言葉にそう言葉を返す。

強敵である事は疑い様もない大型シャドウが二体。自分はキバへと変身できない。だが…彼女の心から聞こえる優しい“音楽”は奏夜の心を研ぎ澄まさせる。

(…力さん…力を借ります。)

自身の中に宿る力を蒼き人狼の物から紫紺の巨人『ドッガ』へと変える。

「「行くぞ!!!」」

奏夜と明彦が走り出した瞬間、風花がその力を解放させる。

―ハイアナライズ―

シャドウの持つあらゆる情報…二体のシャドウの属しているアルカナから、弱点と耐性を全て知る事が出きる。

『見えました。弱点はそれぞれ…。』

風花から二体のシャドウ…奏夜と明彦の二人が、それぞれが狙っているシャドウの弱点が告げられる。

「ボリデュークス!!!」

明彦のペルソナ『ボリデュークス』の持つスキル『ソニックパンチ』と彼の拳がエンプレスを貫き。

「ドッガ!!! 『サンダースラップ』!!!」

奏夜の精神力の大半を刈り取り放たれた雷撃の鉄槌…ドッガのペルソナのみが持つ最強スキル、ドッガフォームのキバの必殺技と同じ名を持つ技『サンダースラップ』が一撃の元にエンペラーのシャドウを粉砕する。

そして、奏夜と明彦によって二体のシャドウは“仮面を残して”その巨体を消滅させた。

「すげぇ…。って、オレの汚名!?」

一人出番の…と言うよりも、今回一度も良い所の無かった順平がそう叫び声を上げるのだった。…汚名挽回?

『嘘…なに…これ? 気を付けて、敵はまだ生きてます!』

震える声で告げられる風花の言葉…どのような物を感じているのかは理解できないが、初めてシャドウの“再生”を見た彼女の声を通じて感じられる感情は一つ、“恐怖”だろう。

「またかよ!?」

見るのはこれが二度目となる順平が驚愕の声を上げる。

女帝と皇帝…二つの仮面が浮かび上がる際に引き上げられた黒い物体が子供が粘土で作る人形の様に練り合わされて行く。子供が作ったような物から次第に動物と人を掛け合せたような…キバットに取っては良く知っている姿へと変えられて行く。

最後に二体の黒い異形が浮かび上がる仮面へと手を伸ばし自らの顔にその仮面をつけた瞬間、仮面が融合し、黒い体は色彩を与えられる。

“ファンガイアタイプ”と呼ばれる強力な大型シャドウが変異して誕生するファンガイア族を模したシャドウ。それが、今目の前には二体も存在しているのだ。

皇帝の仮面を付けたファンガイアタイプは海老に似た印象を持つ“プローンファンガイア”を模した姿に…。女帝の仮面を付けたファンガイアタイプは羊に似た印象を持つ“シープファンガイア”を模した姿へとその姿を変えていたのだ。

そして、一番の強敵と判断されたのか、プローンファンガイアシャドウと、シープファンガイアシャドウはそれぞれ奏夜を狙い、

『ああ、紅君、危ない!』

「っ!? しまった!!!」

中位疾風魔法(マハガルーラ)

―電光石火―

風花からの警告が響いた瞬間、奏夜は慌てて後へと跳ぶ。

キバへの変身をせずにファンガイアタイプ二体を相手にどう戦うべきかと考えていた奏夜に、二体のファンガイアタイプはそれぞれの固有スキル、プローンファンガイアシャドウの物理攻撃スキル電光石火と、シープファンガイアの中位疾風魔法(マハガルーラ)が叩き付けられた。

「うわぁ!?」

『「「「紅(くん)!!!」」」』

壁への激突を避ける為にドッガのペルソナの持つ攻撃スキルでタルタロスの壁に大穴を開けて、そのままタルタロスの外へと飛び出して行く。それを追い掛ける様にプローンファンガイアの姿をしたシャドウが追いかけて行く。

そして、残された美鶴達と対峙する形でシープファンガイアタイプのシャドウが立ちはだかった。

「貴様、よくも紅を!」

「仕方ない、こいつを倒して急いでもう一体を追うぞ。山岸、引き続き、サポートを頼む。」

『はい!』

「おっしゃ! 今度こそ、汚名返上だぜ!」

「さっさと倒して紅君を助けないと!」

二体のファンガイアタイプを前にして、完全にリーダーで有る奏夜と分断されたS.E.E.Sの面々、シャドウにそこまでの知恵が有るのか、それとも、奏夜が一番強い…危険な相手と判断したのかは疑問だが、それでも…。

(…紅一人で、私達四人以上と判断した訳か? それとも、私達四人程度なら一匹で十分と言う事か? どちらにしろ…。)「舐められた物だな。」

ファンガイアタイプのシャドウが完全に自分達を舐めている事は簡単に理解できる。

そう、奏夜がいない美鶴達程度ならば、一体だけでも十分に勝てる。そうでないとしても、奏夜が倒されるまで美鶴達の相手をする“程度”なら、一体だけでも十分と判断されているのだ。

「まさか、一対一の決闘を挑まれるなんてね。」

「へっ、やってやろうじゃねぇか、奏夜!」

己と対峙するプローンファンガイアの姿のシャドウを一瞥し、奏夜とキバットはそう言い放つ。

「山岸さん…ぼくとキバットの事は…。」

―はい、大丈夫です。―

何処からか聞こえてくる風花の声を聞き、奏夜は大きく腕を振り上げる。

「行くぜ、ガブ!」

キバットが奏夜の腕を噛んだ瞬間、腕から頬へとかけてステンドグラスのような物が浮かび上がり、全身に魔皇力が迸り、同時に彼の腰にカテナが巻きつき、キバットベルトが出現する。

「変身!!!」

バックル部分にキバットが座しキバの鎧を身に纏い奏夜は仮面ライダーキバへとその姿を変えた。

奏夜はプローンファンガイアの姿をしたシャドウを見据え、両腕を広げ屈み込むような独特のファイティングポーズを取る。

【…奏夜…。】

―え? これは…声? 紅くんを呼んでる?―

タルタロスのエントランスでのシープファンガイアタイプとS.E.E.Sの面々の戦闘、タルタロスの外でのプローンファンガイアタイプとキバとの決闘…二局の戦いの中、風花が聞いた声…その声の正体を知る日はそう遠くないであろう…。



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第十九夜

「はぁ!」

キバの叫び声と共にキバとプローンファンガイアの姿をしたシャドウはその間合いを詰める。

プローンファンガイアシャドウの攻撃を避け、キバはラッシュから廻し蹴りの連続攻撃を討ち込むだが、

「クッ!」

―デッドエンド!―

攻撃を完全に無力化され、カウンターの形で討ち込まれた『デッドエンド』を後に跳ぶ事で避ける。大型シャドウ…エンペラーだった頃の耐性『物理攻撃無効』、変身している状態では魔法が使えないキバは完全に攻撃を無力化されていた。

「これは…本気で拙いね。こっちの攻撃は全然効いてないし…。」

「それで、あっちの攻撃は下手に受けたら拙いだろうしな。」

「…変身を解除したら、魔法を使う前に生身でそれを受ける…状況は正に最悪って奴だね。」

態々有利な状況で弱点を変える訳も無く、変身を解除すると言う選択肢もここ二回のファンガイアタイプとの戦いで理解した事だが、キバに変身した状態での身体能力でなければ、一対一では確実に負けるだろう。

もっとも、最初に戦ったホースファンガイアは殆どペルソナを使った経験も無い状態だった為、二度目に戦ったオクトバスファンガイアタイプの固体を判断すべき対象なのだが、それでも、今の現状では変身無しでの一対一では勝ち目は無いだろう。

(ぼくの攻撃は効かない…魔法を使おうにも、変身を解除したら魔法を使う暇は与えてくれないだろうし…どうする?)

プローンファンガイアタイプから間合いを取りながらそんな事を考えるが、相手はそんな思考の時間は与えてはくれない。海老の鋏を彷彿とさせるデザインの杖の様な武器を出現させ、それをキバへと向かって振り下ろす。

―電光石火!―

プローンファンガイアタイプの放ったスキル…一つ一つの一撃は最初に避けた物よりも小さいが、完全には回避しきれない広範囲に渡って衝撃が襲う。

奏夜がその身に宿すペルソナはキバに変身している際には魔法を始めとする戦闘用のスキルは一切使えない代わりに、キバへの変身時にもその身に宿している者へ与えられる身体能力の強化等の恩恵は使えるのだ。故に奏夜は自身の中に座す物をドッガからガルルの物へと変化させ、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

素早く後への回避ではなく、前へと…プローンファンガイアタイプへと向かって疾走する事を選び、左右へと走りながら攻撃スキル『電光石火』を回避しながら、距離を詰める。

「!?」

電光石火の衝撃に混ざってプローンファンガイアタイプの体から放たれた泡が爆発する。目の前のシャドウの元となったファンガイア、プローンファンガイアの持っていた能力、『炸薬泡・エクスプローションバブル』だ。

先ほど使った電光石火とエクスプローションバブルの二つを併用し、より広範囲に渡ってキバを攻撃するが、キバは左右へと動きながら、そして、木や壁を利用した跳躍でプローンファンガイアタイプの放った攻撃を上へと跳びながら回避する。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

そのままダークネスムーンブレイクの様に飛び蹴りを放つが、無防備な体制でキバの飛び蹴りを受けたプローンファンガイアタイプは自分の体へと突き刺さったキバの足首をつかみ、片腕でキバの体を持ち上げそのまま大地へと叩き付ける。

「グッ!」

―デッドエンド!―

「ガハァ!!!」

地面へと叩き付けたキバへと向かって追い討ちの攻撃スキルを放ち、トドメとばかりに自身の武器を振り下ろす。キバは横へ転がる形で振り下ろされた武器を避け、立ち上がり体制を立て直した所に追撃のエクスプローションバブルが放たれる。それを横へと大きくジャンプして避ける。

「おい、大丈夫か、奏夜!?」

「…何度も受けたくは無いけど…一応、大丈夫…。でも、こっちの攻撃が全然通じないって言うのは本当に最悪だね。」

「せめて、魔法が使えればな。」

―いえ、それが…そうじゃないみたいです。―

「っ!? 山岸さん? それはどう言う…。」

プローンファンガイアの攻撃を回避しながら、風花の言葉にそう聞き返す。

―みなさんが戦っている方もそうなんですけど、弱点は『一つだけ』なんです。―

「…弱点が一つだけ…?」

聞こえてくる風花の言葉によると、今戦っている二体のファンガイアタイプは、大型シャドウの時の様に自由に弱点を変化させているそうであり、しかも大型シャドウの時は魔法と物理のどちらかだけだった弱点は一つだけ…特定の攻撃でしかダメージが与えられないそうなのだ。

(…再生して、能力までパワーアップしてるのか?)「…それで…こっちの弱点は…?」

―はい、今は斬撃…剣での攻撃が弱点です。―

残念ながら手元には剣は無く、変身前に使っていた剣もキバの身体能力では一撃が限度、相手にも一撃程度で致命傷は与えられないだろう。それに対してキバフォームのキバが出来るのは素手での打撃だけ。

(…態々人をバカにした様な弱点を…。)

キバを挑発する様に変身前に愛用している武器である剣での攻撃を自身の弱点としているシャドウに対して怒りを感じながら、仮面の奥でシャドウを睨みつける。

(…ガルルフォーム…。次狼さんの力が借りられれば…。)

『ガルルフォーム』、キバのフォームチェンジの中で最速を誇る高速形態、そのスピードも然る事ながら、この時一番重要なのは、魔獣剣ガルルセイバーの存在である。目の前のシャドウの弱点である剣での攻撃が可能となる。

だが、

(…この時間の中じゃ…次狼さん達はキャッスルドランの中から召還する事が出来ない。)

影時間の中では、フォームチェンジが、アームズモンスターの召喚が不可能となっているのだ。スピードも上がりシャドウの弱点で有る斬撃が使えるようになり、目の前のシャドウの余裕を叩き壊す事が出きるのだが…。

(…仕方ないか…。)「…キバット…一撃で決める…。」

「それしかねえか。よし、とことん付き合うぜ、奏夜!」

「うん。山岸さんはみんなの方の援護に戻ってもらいたい。」

―はい。―

一撃で倒すと言う覚悟を決め、落ちている剣を視界の中に収めながら、風花へと指示を出した瞬間、

『………。』

何かの声が聞こえた。奏夜の耳には酷く聞き覚えの有る、そんな声が…。

―また、声が聞こえた。―

「まさか、あいつらの声が…。」

「…今のは、次狼さん達…力さんにラモンさん…それにシルフィー姉さん。って、山岸さんも…みんなの声が…。」

―はい。紅くんが変身した時から、時々聞こえてくるんですけど…。―

アームズモンスター達の声が聞こえる理由…それが彼女のペルソナの能力かは分からない、だが、

(…だったら、イチかバチかだ。)「山岸さん…ぼくの意思を…この音色を…その声の元に届ける事って…できる?」

―は、はい、やってみます!―

可能かどうかは分からない…だが、はっきりとした意思を持って彼女はそう答えた。

「キバット!」

キバットベルトの腰のフエッスロットから狼の顔を象った蒼いフエッスルを取りだし。

「よっしゃぁ! 『GARULUSABER』!!!」

周囲に笛の音色が届いた。

「くそ! またこの時間か。」

キャッスルドランの一室…その中に居る四人の人物の一人、タキシードを着崩したワイルドな風貌の青年『次狼』は、忌々しげにテーブルの上へと拳をぶつける。

「仕方ないよ、ぼく達はここから、出られないんだもん。」

「でも、悔、しい。」

チェスに興じているセーラー服を来た少年『ラモン』と、燕尾服を着た屈強な大男『力』が次狼の言葉にそう続く。

「だが、オレ達がついていながら渡を…。」

その言葉に空気が重さを増す。断片的な記憶しか思い出せず…だが、はっきりと記憶しているのは、『渡の…黄金のキバの死の瞬間』と最後に託された願い。

「貴方達はそのような事を言っているのですか?」

メイド服を着た緑色の髪の美しい女性『シルフィー』が三人の前にコーヒーの入ったカップを置きながら、そう告げる。

「シルフィーは心配じゃないの?」

「薄、情。」

「失礼ですね。私は信頼しているだけです! 何者を相手にしようとも、私の主である奏夜様は決して敗れる事は無いと。…それから、私は普段はシルフィーではなく、『春花(はるか)』と名乗っているのをお忘れなく。私をシルフィーの名で呼んで良いのは、奏夜様と…あと、キバット様だけです。」

『奏夜様~。』と呟きながら自分の世界にトリップしているシルフィー…もとい、春花を横目で見つつ、残る三人は一箇所に集まり。

「うわぁ~。また始まっちゃったよ。」

「ドン、引き。」

「ああなると長いんだよな。」

そして重なるのは、呆れの感情全開の三人の溜息。そんな時、

―~~~♪ ~~~♪―

フエッスルの音色が鳴り響く。

「っ!? これは!?」

「うそ、呼び出しだ。」

「おどろ、いた。」

「これは…オレだな。」

次狼は不適な笑みを浮かべてそういうと床を引っかく。

『ギギギギギギギギギッ!』

蒼い光塵が音を立て、

「ハァァァァァ!」

次狼の体が元の姿、蒼き人狼の戦士『ガルル』に戻る。

『アオォォォォォンッ!』

彫像となり、ガルルは飛び去って行く。

「いってらっしゃい。」

「いって、らっしゃ、い。」

それを見送る二人と…

「ど、どうして……。どうして私じゃないんですか、奏夜さまぁー!?」

春花の絶叫が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

キバの前に現われる一枚のカード。…ガルルのペルソナの絵が書かれたペルソナカードが砕けその中から彫像の姿のガルルが現われる。そして、キバがその彫像を手に取った瞬間、彫像が形を変えていき、魔獣剣ガルルセイバーへとその姿を変える。

『アオォォォォォォォォォン!!!』

ガルルセイバーの咆哮と共に、キバの腕に(カテナ)が巻きつき、左腕全体を覆うと、鎖は砕け、弾け飛ぶ。その中から現われた左腕は先ほどまでとは違い、蒼き装甲ガルルシールドに覆われ、剣を振るう事に特化した筋肉構造へと変質した。

「ウォーーン!!!」

次に鎖に覆われるのは胸の鎧。それも鎖が弾け飛んだ瞬間には、蒼く変質していた。

「ウゥゥゥゥワァァァァァァォォォォォォォォォオン!!!」

キバットの目も青く変色し、最後に一瞬だけガルルの幻影が現われ、それがキバに吸い込まれる様に消えると、キバの目も蒼く変色していた。

そして、『ガルルフォーム』へと姿を変えたキバが狼の様に雄叫びをあげ、剣を肩に担ぎ体制を低くする。その姿は正に狼。

「ハアァァァァァァァァァァ!!!」

プローンファンガイアタイプがそれを見た瞬間、キバガルルフォーム(以下GF)の姿が消え、その体が弾け飛ぶ。そして、大地に倒れる間も無く、第二、第三、第四の切り傷が刻まれて行く。

牙を向く狼の如く、猛獣に狙われた哀れな獲物の如く、神速のスピードで休み無く切りつけているのだ。そして、その攻撃はプローンファンガイアタイプのシャドウが己の弱点へと設定した弱点である斬撃なのだ。

プローンファンガイアタイプを捕らえた逃げる事も倒れる事も許さない斬撃の監獄。それが消えるのは、トドメを与えられる瞬間に他ならない。

「よし、トドメだ、奏夜!」

「グゥゥゥッ…。」

キバは倒れるプローンファンガイアの前に立ち止まり、ガルルセイバーをキバットへと近付ける。

「『GARULU BYTE』!」

キバットがガルルセイバーの刃に噛みついた瞬間、ガルルセイバーに流れる魔皇力を最大限まで高め、ガルルセイバーの切れ味を数十倍にも増幅する。

「終わりだ!!!」

『ワオォォォォォォォォォォォォン!!!』

キバGFがガルルセイバーを構えた瞬間、ガルルセイバーが雄叫びをあげる。その瞬間、この時間の支配者がキバへと移る。禍々しさの消えた満月が、キバを照らす。

キバGFのマスクの口の部分が開き、ガルルセイバーの柄に噛みつく。その姿は正に月に向かって咆える狼。

体制を立て直したプローンファンガイアタイプが己の弱点を変え様と試みるが、それは既に手遅れだった。

勢い良く飛び上がり、満月を背にキバGFは、そのままプローンファンガイアタイプへと斬りかかる。

これこそ、『仮面ライダーキバ ガルルフォーム』の必殺技、

GARULU(ガルル) HOWLING(ハウリング) SLASH(スラッシュ)!!!』

『ガルルハウリング・スラッシュ』がプローンファンガイアタイプを切り裂き、狼の幻影が浮かび上がり、プローンファンガイアタイプが爆散する。

「後一匹! 山岸さん、そっちの弱点は!?」

―あっ! はい、射撃…ゆかりちゃんの武器が弱点みたいですけど、動きが速すぎて、一度も当たってません。―

射撃が弱点でスピードの速い相手ならば、使うべきなのは…。

「BASSHAAMAGNAUM!」

新たに緑のフエッスルをキバットに吹かせる。その際に自身の中に座する物がガルルからバッシャーに変わった事を奏夜は確かに感じ取っていた。

場所は変わってタルタロス内部…

「おわぁ!」

「ぐは!」

『ああ! 順平君、真田先輩!!!』

シープファンガイアタイプの突進によって順平と明彦の体が吹き飛ばされる。驚く事にキバのガルルフォームを超えるスピードを持ち、それを生かした突進とスピードを活かした動きで弱点である射撃を封じ、銃による射撃で遠距離攻撃と攻撃パターンにおいては弱点はみられない。

それでも、流石に雷よりは遅いのだろう、明彦の魔法には時々直撃するが、完全にそれは無効にされている。

スピードの高いシープファンガイアの姿に変化した時、自身の弱点に射撃を選んだのは、回避しきれるだけのスピードを得られたからだろう。

接近戦や魔法は自身の能力で気にせずに戦え、射撃は一人…それも、弓矢と言う武器だけ。しかも、

「…………ッ! ………ダメッ、速過ぎる!」

シープファンガイアタイプが素早い動きで動き回りながら、前衛メンバーが戦っている為に、ゆかりは迂闊に撃つ事が出来ない。動きを止め様とすれば、今度は固有武器である銃でゆかりを狙い、自分への攻撃を妨害する。

(下手したら先輩にあたっちゃうし。どうすれば…。)

「この野郎!!!」

破裂音と共に順平のペルソナ『ヘルメス』が撃ち出され、シープファンガイアタイプへと向かって突進して行くが、

「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

シープファンガイアタイプは無防備になった順平へと銃を乱射する。

「伊織、こいつ!」

「順平、しっかりしろ!」

シープファンガイアタイプに吹き飛ばされた順平を美鶴が回復させ、その間、明彦がフォローに回る。

その瞬間、

(紅くん、今です!)

横から飛んで来た水の弾丸『アクアバレット』が直撃する。

「あれは!?」

「キバ…なのか?」

思わず戦っていた手を止めて明彦と美鶴がアクアバレットが飛んで来た方向へと視線を向けた。

そこには、右腕がバッシャーの鱗が変質した緑の装甲バッシャースケイルで覆われ、胸の鎧、キバのとキバットの目が緑に変わり、魔海銃『バッシャーマグナム』を構えたキバ…遠距離・水中戦闘形態『仮面ライダーキバ バッシャーフォーム』の姿があった。

タルタロスの窓と言う限られた場所から、撃っているにも関わらず、正確な射撃で逃げ回るシープファンガイアタイプを狙い撃っている。

しかも、アクアバレッドはアクアインテークから、大気中の水素・酸素を取り込み水を作り出す事で無尽蔵の弾丸を撃ち出す事が出きるのだ。

「キバの野郎、また出やがったな!」

「待て、伊織、シャドウが先だ!」

順平がキバの姿に過剰反応してキバへと向かって行こうとするが、それを美鶴に止められる。

その間にも、絶対的な狩人を前にした獲物の様に、シープファンガイアタイプは扉を破ってキババッシャーフォーム(以下BF)の横を走って逃げ出して行く。

「あっ、逃げられた!」

「逃がすな、追うぞ!」

慌ててゆかり達はシープファンガイアタイプを追いかけようとする。そんなS.E.E.Sの面々の反応を尻目にキバBFはバッシャーマグナムをキバットへと近付ける。

…どうでも良いが、キバのバッシャーフォームへのフォームチェンジの際、キャッスルドランの中では『何で私を呼んで頂けないんですか、奏夜様ァ!』と言う叫び声が響き渡っていた。

「BASSHAA BYTE!」

ガルルセイバーの時と同様にキバットが噛み、魔皇力を最大まで高める。

「ハアァァァァァァ!」

周りの木々が揺れ、バッシャーマグナムを構えると、夜の支配者がキバへと変わる。禍々しい満月は半月へと変わる。しかも、今回はガルルセイバーの時とは違い、足元に水が広がって行く。

広がる水は、大きく広がり湖に…湖は半月を妖しく反射させ、水面に第二の半月を生み出した。バッシャーフォームの能力、このフォームの能力を最大限に発揮できる疑似的な水中環境『アクアフィールド』を生成する能力。

キバBFの姿は湖の上に立ち、半月の光を浴びる世界の支配者…。

「嘘でしょう…。」

「キバの力とはここまでとは…。」

「すっげー。」

「………。」

『あの、あのシャドウですか…逃げられちゃいますよ!』

湖を作り出したキバBFの力に呆れたような表情を浮かべる一同に、焦りながら風花の言葉が響く、だが、正気に戻った所でキバのアクアフィールドを越えて行かなければ、シャドウには追いつけない。

キバBFはシャドウの味方なのかと考えた瞬間、キバBFの目が一瞬だけ光り、トルネードフィンを高速回転させ、アクアフィールドに竜巻を起す。

その竜巻の中で意識を研ぎ澄まし、逃げ出したシャドウをロックオンし、バッシャーマグナムの発射口から竜巻へと膨張させた弾丸を撃ち出す。

意思を持った様に相手を追い詰める必中の弾丸…それがバッシャーフォームの必殺技

BASSHAA(バッシャー) AQUA(アクア) TORNADO(トルネード)!!!』

そして、シープファンガイアタイプを銃弾が撃ちぬいた瞬間、バッシャーの輪郭が浮かび上がり、シャドウの動きが止まる。そのシャドウへと優々と近づいていき、

「…………。」

指先で弾いた瞬間、シャドウは砕け散り消滅して行く。それを確認した瞬間、キバの姿は砕け散り、奏夜へと戻る。

―お疲れ様でした。―

「うん。」

聞こえてくる風花の言葉に笑顔でそう答えた。



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第二十夜

シープファンガイアタイプの消滅を確認し、キバへの変身を解き、元の姿に戻った奏夜はタルタロスの中へと戻っていく。

「紅、無事だったか!?」

「はい。キバには“また”助けられましたけど。」

「では、もう一体の方のシャドウも…。」

「はい。キバに倒されました。」

「またしても…キバか。」(私達が歯が立たなかったファンガイアタイプを簡単に二体も倒したのか…やはり、キバやファンガイアタイプと戦うには、“あれ”を使う必要が有るか。)

奏夜の言葉を聞いて美鶴は思考を進めて行く。

これまで、キバとは直接刃を交えた訳ではないが、寮、モノレール、そして今回と、現われた、強敵としか呼べないレベルに有るファンガイアタイプや、それを簡単に葬るキバと言うもう一つの(彼女達にとっての認識の中では)脅威に対抗する為には今の戦力ではダメだと判断する。

どうでも良いが、キバもフォームチェンジが出来る前はファンガイアタイプ相手に十分過ぎる程苦戦していた。

「敵……他に敵は……?」

「もう心配ない。」

息も絶え絶えと言った様子でまだ周囲の敵の存在を感知していた風花にシープファンガイアタイプとの戦闘で受けたダメージを回復させた明彦が立ち上がりながら告げる。

「……風花……あんた……。」

「森山さん…け、怪我は、ない?」

ただでさえ体力を消耗する影時間の中に閉じ込められていた事、そんな状態での始めての実戦、既に立っているのも辛いだろう。だが、それでも風花は自分の身の前に夏紀の事を心配していた。

夏紀が頷くと彼女は安堵の溜息を吐き、

「………良かっ、た…。」

「風花!!!」

そう言って彼女はその場に崩れ落ちる…

「お疲れ様。」

前に奏夜が彼女の体を受け止めていた。その体はとても軽い。容易く抱き上げられそうな位に華奢で、それを受け止めた手に感じながら、奏夜は優しげな微笑を浮かべる。

(…軽いな…こんな華奢な体で良く頑張ったね。)「…今はゆっくり休んでいて…。」

そう告げて、奏夜はゆっくりと受け止めていた彼女の体を床へと寝かせる。

戦っている時にも聞こえていた彼女の心から奏でられる音楽は安心できるほど優しい物だった。

(…久しぶりだな…こんな気分になれたのは。)

床に寝かせると彼女の髪を優しく撫でる。

「…………。」

そんな彼の仕草に何処か面白く無さそうな表情を浮かべている少女が一人いるのだが、それは置いておいて。

「風花……。」

奏夜が寝かせた風花の体へと、涙を零し、彼女の名前を呼び続けながら夏紀が縋り付く。

「桐条先輩、山岸さんは大丈夫ですか?」

「ああ、心配はない。疲れが祟っただけだ。」

「良かった。」

「森山さん……。いいんですか? 全部見ちゃって……これから。」

未だに泣きながら彼女にすがり付いている夏紀に視線を向けながら、ゆかりが先輩二人に問い掛ける。

「いや。」

ゆかりの問いに答えたのは、明彦の方だった。

「彼女はオレ達の様に“自覚”していない。影時間での事は記憶に残らない…夢の様にな。」

「…なるほど。都合は良いですけど、ねぇ。」

明彦から告げられる都合が良すぎる状況に奏夜は思わず苦笑を浮かべてしまう。

「じゃあ…山岸さんが恩人だった事も忘れちゃうってことですよね…。そんなのって…。」

「いや、そうなっても大丈夫そうだよ。」

奏夜の言葉にゆかりと順平は風花達の方へと視線を向けた。

「ごめんね……ごめんね……風花、ごめんね…ごめんなさい…。」

嗚咽交じりに風花に謝罪している夏紀の姿を見つめながら、

「…彼女も自分がどうすればいいのか…どうするべきなのか、もう分かっているみたいだからね。…記憶は忘れてしまっても、“心”は忘れない。…彼女が奏でる音楽は…おっと。」

そこまで言いかけた後、奏夜は言葉を止める。

「なあ、紅、音楽ってなんだよ?」

「さあ、なんだろうね?」

順平の問いに苦笑を浮かべてそう答える。

(…なんだか、紅くんも変わったみたい…。)

そんな事を感じてしまう。今まで以上に奏夜から感じられる穏やかさ、それを確かに感じながら、ゆかりは奏夜に訪れた、本人も気付いていない変化を感じ取っていた。

だが、

『………。』

禍々しい満月を背負いながら、そんなタルタロスを見下ろしている異形の影が有った事は誰も気付かなかった。

《こうして、怪談騒動は終わりを告げました。今回の一連の事…生徒の行方不明を黙っていた事やイジメの事でE組の担任は“処分”されたらしいです。まあ、自業自得なので同情はしないですけど。順平はブツブツと『良かったオレ、“処刑”にならなくて…。』なんて言ってたっけ。影時間の中に落ちた人達も無事意識を取り戻しました。それと、山岸さんは体は至って健康で、イジメが原因で不登校になっていたみたいで、ぼく達に協力してくれる事になりました。

父さん…今回の事で少しだけ、父さんがキバとして何を守りたくて戦っていたか分かった様な気がします。まだ少しだけで、全部分かったなんて言えません。でも、その答えは見つけられそうな気もします。キバとして、『紅 奏夜』として戦っていきます。だから、心配しないで下さい。

紅 奏夜》

神社の境内で手紙を読みなおした後、奏夜は『紅 渡様へ』と書かれた封筒に入れて火を点けて燃やす。

完全に手紙が灰になった事を見て、水をかけると立ち去って行く。

(…ただ、やり方が気になるんだよね。)

ふと、奏夜は影時間の中で消耗し入院して療養する事になった風花と夏紀…二人共順調に回復していった後、風花が退院する事となった日の事を思い出す。

主にエンペラーとエンプレス、そして、ニ体の大型シャドウが姿を変えた《ファンガイアタイプ》、プローンファンガイアとシープファンガイアの姿をしたシャドウとの戦いの数日後。

『彼女を交えて話が有るので、放課後作戦室に集合して欲しい』と言う連絡を受け、作戦室にS.E.E.Sのメンバーが揃う事になった。

「みんな、本当にご苦労だったね。山岸くんの件、よく突き止めてくれた。」

先ず最初に受けたのは幾月からの労いの言葉だった。ここで他の被害者達と、行方不明事件がここまで大事になった元凶である教師の処理を、前者は幾月から、後者は美鶴から聞かされた。

前者の言葉を聞かされた時に風花の言った言葉『良かった……。』と言うのを聞き、彼女が心から彼女達の回復を喜んでいる事は、よく分かる。その彼女達からイジメを受けていたと言うのに、本当に人が良いと思わず苦笑してしまったほどだ。

特に内心、彼女達の回復はどうでもいいと思っていた奏夜としては、多少耳が痛い気分では有ったが。

彼自身としては、自分の知る父ほど人間を好きになっていないのだ。切り捨てるべき人間は見捨てるべきと何処かで考えている節も有る分、父の知り合いから言われた事も有るが、自分の性格は父と言うよりも叔父に近いのかも知れないと考えていた事も有る。

もっとも、黄金のキバであった()も、闇のキバ(ダークキバ)であった叔父(大牙)も尊敬している存在なので、似ていると言われて嬉しくないわけが無い。

そして、幾月の話しによると、彼女達は警備員が帰宅する0時近くを待ち、学校へ行っていたらしい。そして、校門前で影時間…0時を迎え、影時間の中に落ち、シャドウに襲われたと言う訳である。

騒ぎになったのも、昔からある怪談と偶然にも状況が一致してしまった為、発展してしまったと言うわけだ。

「まったく…オンリョウなんて、実際有りっこないですから。」

「まあ、今回はシャドウの仕業だったけど、まだ断言するのは早いと…ごめん。」

ゆかりの言葉にそう告げるが、ゆかりに睨みつけられた事で、即座に謝罪した。

(…岳羽さんには黙っておこうか…キバの事は話しても…。)

事件の調査を始めた時は知らなかったが、怪談話しを調査する時に『フェロモンコーヒー』と言う物をお土産にキャッスルドランの中に入った時、次狼からファンガイアを含む『13の魔族』の中には『ゴースト族』と言う霊体の一族も居る事を聞いた上に、事件の後にキバットから聞いた話しにも…過去の一度、祖父である『紅 音也』の霊が父に憑依した事も有るそうなのだ。

それらの事実から、『幽霊は存在する』と言う絶対の確信と共に思う。この事は絶対にゆかりには話せないと。

「私が………悪いんです。」

奏夜がそんな事を考えている時、風花が呟いた。

「って、なんでそうなるのよ! あなた、被害者でしょ!?」

「でも、何日か休んだくらいで、死んでるとか変な噂になっちゃったのは、私のせいだし……。」

「それは違うよ。」

顔を俯けながら言った風花の言葉を奏夜は否定する。

「今回の一件で、君は完全な被害者だ。噂も突き詰めれば言い出した張本人と、それを信じた者全員の責任で、そこに君の非はない。だから、気にする事はないよ。」

「紅くん…。」

そう、原因が何にせよ、噂を広めて行った者達が加害者で、広められた風花は被害者でしかないのは揺らぐ事のない事実なのだ。

「キミが居なければ、私達は勝てなかったかもしれない。キミは私達の命の恩人だ。だから、もっと自信を持っていい。」

「…そうだよ。キミのおかげで勝つ事が出来たんだからね。」

美鶴の言葉に奏夜も言葉を続ける。奏夜の言葉の中にはキバのフォームチェンジの事も含まれている。

彼女が居なければフォームチェンジも出来ず、プローンファンガイアタイプも倒せなかっただろう。それ所か、彼女がペルソナを召喚していなければ、エンペラーやエンプレスにさえ、勝つ事は出来なかったとも考えてしまう。奏夜にとっては二重の意味で彼女は命の恩人なのだ。

「ああ。キミには人の支えになれる特別な力が有るんだからな。」

美鶴が告げたその言葉に風花が顔を上げる。

「…特別な……力…?」

「私達はペルソナと呼んでいる。君の能力は、今の私達に必要なのものだ。是非、力を貸して欲しい。」

美鶴の言葉に奏夜も心の中で僅かに同意してしまう。風花のペルソナの解析能力は美鶴のペンテレシアのそれを遥に凌ぐ物だ。同時に美鶴達にも存在を隠している奏夜のペルソナ『シルフィー』のジャミング能力も通用しないのだろう。

(…彼女の力は確かに欲しい…。)

前回の戦いの様に情報を伝えてもらえれば、戦いはかなり楽になる。そして、キバに変身した時も、彼女の力を借りられれば、今まで使えなかったフォームチェンジも使える様になるだろう。

だが、彼女の性格を考えると協力するとは思えない。ならば、フォームチェンジもあの一夜のみの奇蹟と割り切るしかない。少なくとも、好き好んで異常に跳び込む人間ではないと判断できる。そして、その理由もないのだから。

血筋から始まり、肩まで異常に使っている人生を歩んでいる奏夜とは違うのだから。まあ、望んで加わると言うのならば、喜んで歓迎しよう。

(…それでも、全部彼女が決める事だからな…強制は…って、あれ? なんか、この話しの流れって…。)

そんな考えを浮かべながらも、戦う事を選択するのは、彼女であり強制すべきではないのだと考えていると、美鶴の勧誘の内容を思い出しどこか引っかかる物を感じていた。

「それって……私が先輩達…紅くん達の仲間に?」

(あれ?)

風花の言葉に奏夜は再び引っかかる物を感じてしまう…二重の意味(・・・・・)で。

順平の方から妙な視線を感じてしまうが、それは良しとしてしまおう。by.奏夜

「あの…何で私にこのような力があるのか分かりませんが、お手伝いできるのなら喜んでします。」

奏夜の予想に反して風花は協力すると申出てしまった。何故か彼女の声はフォームチェンジの時にキャッスルドランの中の次狼達にフエッスルの音色を届ける事を頼んだ時の様に聞こえた。

(…そうか…。)

そこまで考えた後、奏夜は内心納得してしまったのだ。彼女は今まで自分の力を必要とされた事など無かったのだろう。そして、キバとして戦った時の奏夜に、美鶴と、何度も人にその力を求められているのだから、それが嬉しいのだろう。

(…だったら、ぼくも原因かな…?)

「ヨッシャ!」

奏夜がそんな事を考えている時、順平が喜びの声を上げていた。

「ハァ。山岸さん、君は本当にそれでいいの?」

「はい。…今までの私は自分に何が出来るのか分からなかった。でも、こうやって人には無い力を手に入れて、誰かの役に立てるって事が出来るなら…。」

ここまで決意が固いのなら、奏夜には反対する理由は無い。彼女を仲間として受け入れるだけだ。

(…弱みに付け込んだ気がするのは気のせいじゃ無いな…。)

そう考え、奏夜は自然と鋭くなる視線を美鶴へと向ける。今になって振り返ってみれば明らかに今の会話は風花が協力する様に意識を誘導していた様にも思える。しかも、結果的に特に自覚しなかったとは言え、奏夜自身もそれに協力してしまっていたのだ。共犯者である自分に彼女を責める資格は無いと割り切る。

その後の会話は大型シャドウの事へと向かい、今回の一件で『満月の夜』に大型シャドウが出現すると言う事で、今後の活動はそれを一種の目安にする事が決まった。

次の満月の夜は七月七日の七夕の夜…それが次の決戦の時、

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2-E…風花のクラス。数日振りの登校になった風花が教室に入ろうとした時、

「あ、ユーレイの子だ。」

「……やめなって。」

彼女へと向けられる視線と心無い声が響く。入ろうとした足を止めて顔を俯かせていた時、

「…。」

「何突っ立てるのよ…。」

そんな風花の背中に誰かが声をかける。

「……森山さん。」

声をかけたのは、夏紀だった。

「風花、あんた寮に入ったんだって?」

「………うん。」

「…あいかわらずくっらいの。いろいろ事情があるんだろうけど。…ま、何か有ったら相談しなよ。いつでも…さ。」

「…え?」

彼女から向けられた声にそう言って顔を上げる。

「どうせ、頼れる相手も居ないんでしょう?」

「……森山さん。」

彼女から向けられている言葉の意味…それは、

「カッタいなー、その呼び方…ナツキでいいから。」

「ナツキ…ちゃん。」

「それじゃあね。」

そう言って教室の中に入っていく、夏紀。…この時、一人の少女に新しい友達が出来た。

「ありがと…ナツキちゃん。」

彼女は笑顔を浮かべながらそう言うのだった。

現在

(…桐条先輩、信じたいのは山々だけど、はっきり言って不信感しか沸かないよな。)

状況だけでとは言え、はっきり言ってS.E.E.Sの上位陣、特に美鶴と幾月に対しては不信感しか沸いていないのだ。

自分がS.E.E.Sに協力したのは、完全な利害の一致からだが、今回の事から考えると飽く迄仮定の話しだが、要請を断っていたら、脅迫の一つでもしてきたであろう事は容易く想像できる。

そう考えるとそんな方向に話しが行く前に風花が協力したのは喜ぶべき事だろう。

(…そうなると、先輩には自分だけでなく他人の命を危険に曝してでも、シャドウ退治をする理由が有ると言う事か?)

自分もシャドウ退治にキバットと共に戦っている以上、人の事は言えない(もっとも、キバットや四魔騎士達は死の覚悟も有る戦士だが)が、そう考えると怒りを感じずには居られない。

(…ファンガイアタイプを除いても…間違いなくこれまでの戦いで命の危険も有った…。)

キバの力が有るだけに、最悪は奏夜がキバに変身すれば回避できる可能性でしかないが、間違いなく今までの戦いには命の危険も有った。何故かその危険の殆どが順平の暴走であるのだから、頭が痛い問題である。本気で『リーダー辞めようかな?』と考えている今日この頃。

自分と風花、美鶴以外のメンバーの参加理由…メンバーの中で恐らく一番古参に当たる明彦の参加理由はわからない。ゆかりも同様だが何か理由が有るのは理解できる。だが、その中で一番覚悟と考えが足りていないのは順平だ。

そんな順平まで参加させているのだから、それだけ人手が足りてないのだろう。

(…最悪…少なくても、桐条先輩と戦う事になる事くらいは覚悟しておいた方が良いかな…。)

仲間への不信感から浮かんできた考えだが、キバとしてか、奏夜としてかは分からないが…美鶴と敵対する日は来る事程度は覚悟しておこうと考えておく。

(…桐条先輩…貴女がそこまでする理由をぼくは知らない。でもね…場合によっては、『黄金のキバの鎧』を纏ってでも…ぼくは、邪魔をさせてもらう。)

最後に『そうならない事を祈っている』と付け加えて、奏夜は心の中で美鶴へとそう警告する。

(…それにしても、またあの子も出てきたっけ…確か名前は…。)

数日前の夜

「覚えているかな…?」

眠っている時、現われた少年からかけられた声で奏夜は目を覚ます。

「前に僕が言った事…。あれからまた少し思い出したんだ…。多分…“終わり”は避けて通れない。たとえ、魔皇の力を持ってしても。」

「…魔皇…?」

「キバの事かよ? ったく、何処まで知ってんだ、おまえは?」

ベッドから奏夜が置き上がり、自分の寝床から飛び出したキバットが奏夜の肩に留まり、少年に向かってそう言った。

「…でもね。」

そんな二人の言葉に答えず少年は言葉を続けて行く。

「不思議なんだ。君を…君達を見ていると、それとは反対の……大きな可能性を感じるんだ。」

そう言って少年は微笑みながら、

「ねぇ、良かったら、僕とトモダチになってよ。君とそっちのコウモリモドキ君、君達に凄く興味があるんだ。」

「って、何がトモダチだよ、「君の名前は?」…って、おい、奏夜!」

「…そっか、名前。名前が必要なんだね。僕の名前は…『ファルロス』。ファルロスだ。よろしく。」

そう言って握手を求めて差し出される少年の手、奏夜はそれを、

「うん。僕は奏夜。紅奏夜。」

握り返した。

「っ!?」

その瞬間、奏夜を妙な感覚が襲った。自分の中に新しく生まれ様としている“力”、それも…

「おい、どうした、奏夜!?」

(…今のは黒いキバになった時の…あのペルソナを発動した時の…。)

「それじゃ今日はこれで帰るよ。今日は友達になれて嬉しかった。また次に会える日が、今から楽しみだ。」

そう言い残して少年…ファルロスの姿は消えて行った。

「おい、大丈夫なのか、奏夜?」

真上を飛び回るキバットが心配そうに声をかける。だが、

「うん、大丈夫。」

異常は無い。寧ろ、

(…この感覚は黒い死神のペルソナに…黒いキバ?)

薄っすらとした影…まだその程度のレベルだが、確かに『黒い死神のペルソナ』の存在を微かに自分の中に感じられたのだ。

(…ファルロスか…彼は本当に何者なんだろう?)

自身の中に確かに…だが、微かに感じられる強大な黒い死神の力…まだその力を使うのは力不足と言う所なのか? それとも、まだ何かが欠けているのだろうか、それは分からない。

「おっと。」

思考の中から戻り、時計を確認すると既に風花との待ち合わせの時間が近づいていた。

「拙いな、急がないと。」

「そうたぜ、奏夜~。女の子との待ち合わせってのは、相手を待たせちゃ行けないんだぜー。」

「って、キバット、デートじゃないんだから。…それに、人通り少ないからって昼間から出て来て良いの?」

「いいじゃねえかよ、奏夜。部屋に閉じ篭りきりってのは、結構退屈なんだぜ~!」

「まあ、それは分かるけどね;」

キバットの言葉に思わずそんなツッコミを入れてしまう。そんな事を話している間に待ち合わせ場所のポロニアンモールが見えてきた。

「ごめん、待った?」

「あ、はい。私も今着いたところですから。」

噴水の前で奏夜と出会うのは風花…。先日約束したのだ、キャッスルドラン…あの戦いの夜聞こえた声の主達と会わせる事を…。

「それじゃあ、行こうか、山岸さん。招待するよ…ぼくの仲間達の居る場所…キャッスルドランへ。」

「はい!」

どうでも良いのだが…この二人、デートの待ち合わせにしか見えないという事に自覚は無いのだろうか…? 多分、否、間違いなく…少なくとも奏夜にはその自覚は無かった。

 

 

 

 



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第二十一夜

「あ、あの…紅くん…一つだけ聞いてもいいですか?」

奏夜と共に御伽噺の中でしか見られないような赤い絨毯が敷かれた西洋風の城の中を歩いている風花が彼にそう問い掛ける。

「ん? いいよ。」

「私達ビルの中に入ったんですよね…? それなのに、どうして今お城の中に居るんですか!?」

事情を知らない人間にとってはもっともな疑問だ。

奏夜に連れられた風花が入ったのは普通のビルだった。現に一階部分は普通のビルと代わらなかった。人も普通に歩いていた。それなのに今は自分達以外人気が無い石造りの西洋の城の通路を歩いているのだから。

「うん。ここが『キャッスルドラン』と言う、父さんから受け継いだキバの居城なんだ。」

キャッスルドランの説明に付属する『ドラン族』の事に付いても説明するべきかとも思ったが、それは後に廻そうと考える。…今でも混乱している風花には刺激が強過ぎるだろう…。これからもっと凄い連中(アームズモンスター達)にも会う事だし。

「そう、普段はこうしてビルに擬態してるんだぜ!」

「ああ、それで…。」

奏夜の肩に停まっているキバットが風花にそう説明すると彼女は何処か呆然としていながらも、納得した様子でそう呟いた。

「え…でも、お父さんから、お城を受け継いだって…紅くん…なんだか御伽噺の王子様みたいですね…。」

正しくは奏夜の場合『王子』ではなく『皇子』になるのだろうが…。

「あー…それって多分間違ってないかも…。」

「え?」

「正確には、奏夜には兄貴が一人居るからな、こいつは第二位皇位継承者って所か?」

「え…えぇぇぇぇぇー!?」

風花の言葉を肯定する奏夜とキバット…そして、それを聞いて思わず驚きを露にしてしまう風花。

風花が驚くのも流石に無理は無いだろう…。普通なら、同じ学校の同級生と言う身近な所に『本物』の『皇子』が居るとは夢にも思うまい。

「え…えーと、それってどう言う…。」

「まあ、今となっては…治めるべき民の居ない無価値な王位だろうけどね。」

風花の言葉を遮る様に苦笑を浮かべながら奏夜はそう言い切った。

「それって…。」

「…キャッスルドランはあの時に言った13の魔族の一つで最大勢力を誇っていた一族『ファンガイア一族』の王の居城だった。詳しい説明は省くけど…父さんの死の後にファンガイア一族は急激に数が減り始めた。ちょっと長くなるけど…。」

そこまで話した後、奏夜はゆっくりと語り始める。

人間の天才音楽家の祖父『紅 音也』と当時のファンガイア一族のクィーンの祖母『真夜』の出会いと種族を超えた愛。

その子供である父『渡』と、叔父である渡の異父兄弟の兄でファンガイア一族のその当時のキングである『登 大牙』の一つの悲恋の物語と兄弟の戦いと和解へ至る話。そして、ファンガイア一族が人間との共存が始まった事。

そして、父である先代の黄金のキバの死から急激なファンガイア一族の衰退と、奏夜と彼の兄、そして一部の『ネオファンガイア』と名乗り始めた者達を除いてファンガイア一族が絶滅した事。

それらを語った。

………風花が恋愛関連の部分を聞いてうっとりとしてたのは、ここでは割合して置く。…どうでも良いが、奏夜の中での音也のイメージはかなり美化されているのだ。

「まあ、そんな訳でネオファンガイアを追いかけて今兄さんは過去に旅だったって言う所だね。」

そう言って奏夜は父の物語を語り終えた。

「クォーターとは言えファンガイアのクィーンの血を引いた先代キングの身内で、数少ない生き残りのぼくと兄さんが今じゃ皇位継承権を持っているんだけど、まだ、ぼくも兄さんも皇位は継承していないって訳だよ。」

そう言った後、『キャッスルドランは現代(こっち)に残ったぼくが預かったんだけどね。』と最後に付け加えておく。

どうでも言いのだが…立場上奏夜は兄がネオファンガイアを追って過去に旅立った以上、現代に残った唯一のファンガイア一族。消去法では有るが、奏夜が立派に当代のキングに当るのではないだろうか…。

当の奏夜自身は『民の居ない(キング)』等と言う地位は欲しくも無いし、『無意味な物』と割りきっている。どちらかが次のキングとなれと言われたら、即座に兄を推薦する所だろう。

「そうだったんですか…じゃあ紅くんは…。」

「一人じゃないよ。ぼくと兄さんを引きとって育ててくれた母方の叔父さんも居るし、キバット達も居るから一人じゃないよ。」

「…『達』って…もしかして、あの時聞こえた…。」

「うん。…『ウルフェン』、『マーマン』、『フランケン』、『エルフ』と言った他の魔族の生き残りのみんなもここ(キャッスルドラン)で暮らしているしね。そんなみんなも合わせて、ぼくにとっては家族みたいな物だよ。」

前回のファンガイアタイプとの戦いの時、聞こえた声の主達…今日風花をキャッスルドランへと招待して紹介し様と思っていた者達の事を上げる。

「…そうなんだ…。」

何処か呆然とした様子で風花はそう呟く。これからの戦いでは次狼(ガルル)四魔騎士(アームズモンスター)の力を借りなければ危ない戦いが多くなってくるだろう。その為にも(自分の戦いに巻き込むと言う意味で)不本意ながら風花の力も借りる必要が有る。

なら、こちらの事も知っておいてもらった方が良いだろうと考えて、彼女が寮に入った週の週末にキャッスルドランの招待した訳なのだが…。

「…まあ、驚くのは無理も無いけど、気を付けて…多分、これからもっと驚く事になるから。」

「え、それってどう言う…。」

風花を案内しながら、奏夜は苦笑を浮かべつつ一つの扉を開く。丁度仲間の四魔騎士が集まっている所だ。…普段は人間の姿をしているので少しは驚きも少ないだろう…部屋を開けて突然モンスターの姿でいるよりは…。だが、

「きゃあ!」

「……なんでその姿でババ抜きを……?」

部屋の中には思いっきり本来の姿でババ抜きに興じているガルル、バッシャー、ドッガの姿があった。

「ん? 奏夜か?」

「あ、いらっしゃい♪」

「いらっ、しゃい。」

「…取り敢えず…ツッコミ所が多いけど…なんでその姿でババ抜き…?」

「え、あ、あの…。」

ババ抜きを中断して奏夜に挨拶するガルル達、何でその姿でババ抜きしているかを聞く奏夜、現状に混乱している風花…その場に混沌とした空気が漂っていた。

「…あー…取り敢えず、その姿だと刺激が強い人が居るから…。あ、山岸さん紹介するけど…。」

奏夜が言いきる前にアームズモンスター達はそれぞれの人間の姿へと姿を変えて行く。

「『次狼』さんと『ラモン』さん、それから『力』さん。」

奏夜は風花にアームズモンスターの三人…タキシードを着崩したワイルドな風貌の青年『次狼』、セーラー服を着た少年『ラモン』、燕尾服を着た屈強な大男『力』を紹介する。

「始めまして。」

「始め、まして。」

「なるほど、そいつが前の戦いで…。」

次狼の言葉に奏夜は頷く事で答える。そして、今度はアームズモンスター達へと向き直り、

「彼女は山岸風花さん。前の戦いの時に次狼さんとラモンさんを呼ぶのに、彼女の力を借りたんだよ。」

「あ、はい。始めまして。」

風花の事を紹介する。

「そうか、あの時は助かった。」

「うん、ありがとう。」

「ありが、とう。」

「あ、いえ、そんな…。あのさっきのは…。」

「ああ、あれがこいつ等の本来の姿だ。流石に、行き成り見せたら刺激が強いよな。」

「あ、でも、良い人達だから。」

「そうですか…。」

キバットの説明を奏夜が苦笑を浮かべながらフォローする。キャッスルドランの中に入ってから知る事や見る事に圧倒されるばかりの風花である。

「そんなに驚いたか?」

「あ、はい。すみません…。」

「あ、気にしなくてもいいよ。」

次狼達はすっかり風花を歓迎するムードだ。これからの戦いの事を考えると風花には四魔騎士(アームズモンスター)達とは仲良くなってもらいたかった奏夜としては、良い結果になった。まあ、それを抜きにしても風花が彼等と仲良くなってくれる事は望んでいたが…。

どうでも良いのだが、以前は友達の居なかった風花だが…奏夜と関わってからは、人間じゃない者達(13の魔族)とまで親しくなった。それは、良い事なのだろう。

「…そう言えば、シルフ…春花姉さんは…。」

敢えて本来の名前である『シルフィー』と呼ばずに『春花』の名前でここに姿の見えない彼女の事を訪ねる。

「あいつか?」

「春花はお茶の用意に行ったよ、そろそろ戻ってくるんじゃないかな?」

コンコン…

奏夜の言葉にラモンが答えるとドアをノックする音が響き、ゆっくりとメイド服を着た緑色の髪の女性が部屋の中に入ってくる。

「奏夜様、御出迎えが遅れてしまって申し訳ありません。それから、始めまして、私は奏夜様に御使えする四魔騎士の一人、『エルフ族』の春花と申します。風花さん、よろしくお願いしますね。」

微笑みながら、春花は奏夜に一礼し、風花へと向き直ると再び一礼して自らの人間としての名を名乗る。

「あ、はい、始めまして、山岸風花です。」

「なんか、今日のシルフィーちゃん、妙に怖くないか?」

「ああ、笑顔だけどな。」

「今日は特にね。あ、でも、二人には気付かせない様に気を配っているみたいだよ。」

「多分、奏夜が、原因。」

一箇所に集まって、ヒソヒソとそんな事を話している残りのアームズモンスター達とキバットの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を話している間に、春花は次狼達や奏夜と風花の前にコーヒーの入ったカップを置くと再び一礼する。

「あの…紅くん…春花さんも次狼さん達みたいに別の姿が…。」

「正しく言えば、あの姿の事は、本来の姿と言うべきだけどね。」

「ええ、次狼達と同じく、私もこの姿は本来の姿とは違う人の中で生きる為の姿ですよ、風花さん。」

そんな会話を交わしながらコーヒーを口に運ぶ奏夜と風花。そして、春花が席に付くとゆっくりと本題に入る。

「…次狼達が前の戦いの時に聞こえた声の主…。山岸さんのペルソナの能力かどうかは分からないけど、君に介して貰う事でぼくはみんなの力を借りる事が出来る。」

「ああ、オレ達はあの時間になると、ここから出られなくなるからな。」

「それに、今までフエッスルの音も聞こえなかったしね。」

何故か、キャッスルドランの中に居る次狼達四魔騎士(アームズモンスター)達は人間と違って影時間の中でも象徴化しない代わりに、その時間の中ではキャッスルドランの外には出られなくなる。

しかも、今までは影時間の中ではブロンブースターやキャッスルドランは召喚できると言うのに、何度フエッスルを使ってもアームズモンスター達は召喚する事は出来ず、基本形態であるキバフォームだけしか変身できなかったのだ。……あの時までは。

「…これからの戦いだと敵も強くなってくる…。キバの力を使う戦いも有る……必ずね。前の戦いの時の様に次狼さん達の力を借りなければ勝てない戦いも起こるはずだ。だから、風花さんの力を貸して欲しい。」

「分かってます、私で良ければ、紅くんの力になります。」

強い意思で風花はそう答えてくれた。S.E.E.Sではなく、キバとしての奏夜に…自分達に力を貸して欲しいと言う願いを引き受けてくれたのは嬉しいのだが、

(…やっぱり、罪悪感が沸くな…桐条先輩の事も有るし…。)

内心そんな事を思ってしまう。

「あ…でも、桐条先輩の言っていた事とは全然違いますよね…。キバが敵だなんて…。キバは紅くんなのに…私だけじゃなくて、みなさんの事も、何度も助けてくれていたのに…。」

「まあ、それが有るからぼくも他のみんなには、この事は言い出せないんだよね。…あまり言いたくは無いけど…ぼく達の近くに、誰か意図的にぼく(キバ)を敵にしたがってる奴がいる…。」

「ああ、だから今はキバの事は、下手に伝えない方が良いだろう。」

「ったく、誰かは知らないけど、そんな事して何の得があるって言うんだよ?」

風花の言葉に奏夜がそう答え、続けて次狼、キバットが感想を述べる。

確信を持ってそう言い切れるのだ。そして、新しく仲間に入った風花は奏夜の姿を見た事もあり、自分を敵にしたがっている者ではないと信頼できる。

「まったく、腹立たしい限りです。奏夜様も、渡様も、その御力を持って多くの人々を守ってきたと言うのに、何者かにそのような汚名を着せられて。」

「ほんと、頭に来ちゃうよね。」

「許せ、ない。」

春花、ラモン、力の順にそんな言葉を零す。

「だから、今度の戦いの時もぼくがキバに変身している時は、みんなを上手く誤魔化してもくれると有りがたいんだよね。」

「分かりました。…何処まで出来るか分かりませんけど、頑張ってみます。」

そんな言葉を交わした後、奏夜の意識が思考の中へと沈む。

S.E.E.Sの面々の中で疑わしい人物…少なくとも、キバを敵にしたがっている者と接触している人間である可能性が高いのは二人だけしかいない。

…確証は無いが、消去法で否定する材料が無いのがその二人なのだ。

明彦と順平の二人は即座に除外できる。そもそも順平などはそんな事を考える(られる?)タイプではないし、仲間になったのは風花と同じく奏夜よりも後なのだから。

次に明彦も順平と同様に明らかに策を労するタイプではない。

続いてゆかりだが…最初に上げた二人と同じく彼女は最初の満月の夜の大型シャドウ、ファンガイアタイプとの戦闘までキバの存在を知らなかった。僅かとは言え、その反応を見ていたのだから、それは確信を持てる。

残りは二人…キバの存在を知っていて、奏夜よりも前からS.E.E.Sに関係していて、なにより…自分達の上位者と接触できる人間である…幾月と美鶴の二人しか残らない。

そして、その中で一番怪しいのは幾月だ。順平が仲間になった時、美鶴はキバの事を幾月に訪ねていた。その話の中で、キバは敵だと言われたのだから…他でもない、幾月の口から。

(…どう考えても理事長が怪しいんだよな…。…でも、桐条先輩の考えも分からない…。あの人の事を簡単に信用するのは危険かもな…。)

今までの行動と言動もそれに拍車をかけている。

…二人共それぞれ何らかの目的が有って奏夜達ペルソナ使いを集め、シャドウと戦わせている。100%の善意ではない、何らかの目的を持って。

「そう言えば、奏夜様、学校の方では文化部にも入ったそうですね。」

奏夜の表情が深刻な色に染まっている事に気付いた春花が彼の意識を別の方に向かわせる様にそう聞いた。

「うん、管弦学部にね。…部活とは言え、最近弾いてなかったし、自由に引ける場所が有ると便利だからね。」

最後に苦笑しながら、『寮だと他の人に気を使うんだよね。』と付け加える。

「私も管弦学部に入ってるんですけど、紅くんって、演奏も出来たんですよね。」

偶然帰宅途中に通りかかった時に見た管弦学部の部員募集の張り紙…迷う事無く即日入部したのだ。その中に風花が居たのには驚いたが…。

「ええ、奏夜様達のヴァイオリンは素晴らしいの一言に付きます。久しぶりに一曲弾いて行かれますか、奏夜様。御預かりしていた『ブラッディ・ローズ』は玉座の間に保管してありますよ。」

祖父である音也が作り上げ、父である渡から受け継いだヴァイオリン『ブラッディ・ローズ』…予備のヴァイオリンを寮に持ち込んだもののそれは春花達に管理を任せていたのだ。

「…素晴らしいって…まだまだ、兄さんや父さん、…それに祖父には適わないよ。」

春風の言葉に苦笑を浮かべながらそう答えると立ち上がり、

「そうだね、久しぶりに弾いてみようかな。」

「あっ、私も聞いてみたいです。」

そう答えると、奏夜は風花を伴って玉座の間へと移動していく。

後に残されたのはアームズモンスター達とキバットなのだが…。

「ふ…フフフフフフフ…。」

ダークオーラを纏って笑いを浮かべている春花の姿がそこに有った。

「…シルフィーちゃん?」

「こ、怖い…。」

「う、ん。」

「刺激しない方がいいな。」

春花のダークオーラに恐怖を感じているキバット達は、次狼のその言葉に即座に同意する。

「…前回の戦いの時も私を呼んでくださらなくて…。」

「いや、シープファンガイアモドキはシルフィーちゃんよりな…。」

「ぼくの方が有利って考えたからだと思うけどね…。ぼくとお兄ちゃんで倒した相手だし。」

「…私の力も遠距離攻撃型です…。…弓矢ですから…。」

単に奏夜も速射性が高いバッシャーマグナムを選んだだけなのだが…。

暗いオーラを纏ってorzな体制の春花は更に言葉を続ける。

「…あの子が私達に力を貸してくれる人だとは理解していますよ…。でも…でも…。」

春花に気付かれない様に静かに出て行くキバット達…。

「何で二人して恋人同士みたいに隣に座ってるんですかぁー、奏夜様ぁー!!!」

そんな絶叫がキャッスルドランの中に響き渡るのだった。

どうでも良いが…玉座の間で奏夜の弾くヴァイオリンの音色を聞いている奏夜と風花はその絶叫に気付く事は無い。

「また始まったよ。」

「…ホント、ああなると長いんだよな。」

「大、変。」

「頼りになるんだけどな…シルフィーちゃん。」

部屋の外に逃げたキバット達のコメント…。

…それはいつも通りのキャッスルドランの中の風景…今日もキャッスルドランの中はいつも通り平和だった…。

 

 



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-Ⅳ- 女帝《エンプレス》
第二十二夜


~~~~♪

キャッスルドランの中のこの城の主が座するべき玉座が置かれた部屋の中、一通りの演奏を終えると奏夜は風花へと向き直り一礼し、そのヴァイオリン『ブラッディ・ローズ』を再び玉座へと戻す。

今まで聞いた事の無いような素晴らしい演奏…拍手を忘れ、並の一流の音楽家のそれを凌駕するのではないかと思えるほどの音色に聞き惚れていた風花に視線を向け、奏夜は軽く溜息を付く。

「…ごめん、今のはとても人に聞かせられる音色じゃなかった…。」

「え? 今まで聞いた事が無いくらい綺麗な音色だったのに…。」

「…父さんや兄さんのそれに比べたらまだまだだなんだけどね。…ちょっと気になる事があって、演奏に集中できなかった…。」

風花の賞賛の言葉に苦笑を浮かべながらそう返し、表情を変えるとそう告げた。最後に謝罪する様に『こんなんじゃ、ブラッディ・ローズを使わせてもらう資格は無いね。』と付け加える。

「…気になる事…ですか?」

「うん、ちょっとね。」

「あの、頼りにならないかも知れませんけど、私で良ければ…。」

風花のその言葉に僅かに考え込み…意を決すると奏夜は…。

「…この事も、ぼく達の事と一緒に誰にも話さないで欲しい…。」

「はい。」

そう前置きし、奏夜は言葉を告げる。

「…全ては今回の事件についての調査の時…。…実は調べている間に気になる話しを聞いたんだ…。」

『所詮は根も葉もない噂』と聞き流していた話の一つだったのだが…その中で真偽を確かめたい事が有った。それは『10年前の学園で大勢の生徒が理由も無く不登校となった事件』についてである。

どちらかと言えば、奏夜よりも、左右非対称の二つ後の後輩の専門なのだろうが…奏夜が調べられる範囲で調べてみてもそれは怪しすぎる話だった。

「…どう考えても変な話だ。それに、叔父さんの伝で調べて貰ったんだけど…10年前には桐条グループの研究所で事故が起こったらしい。…それに…父の…先代の黄金のキバの死もその時だ。」

「…桐条グループって…先輩の…。」

「うん、知っていると思うけど、桐条グループは先輩の実家だ。」

そう、それを調査する過程で奏夜達ペルソナ使いを集めた『桐条 美鶴』…その実家である桐条グループの存在が浮かび上がってきたのだ。

「それについて調べているんだけど、全然成果が上がらなくてね。」

「あの…話して良いのか分からないんですけど…実は私…ゆかりちゃんに…。」

先日の昼休み、風花はゆかりに一つ頼み事をされたのだ。…丁度、奏夜が独自のルートで調べている事と同じ10年前の事件に付いて…。

ゆかりは、それが恐らく何故タルタロス等と言うものが存在しているのかに繋がると考えているそうだ。更に奏夜と同様に美鶴が自分達に何かを隠しているのではないかと言う疑問を持っているらしい。

(…なるほど…岳羽さんもぼくと同じ事を考えているみたいだな…。)

シャドウが現われたのが最近の話ではないと言うのは奏夜も知っている。それと同時に美鶴はタルタロスの誕生の理由を知っている。そして、それを自分達に隠している。それは…タルタロスの誕生や事故は父の死にも関係しているはずだと言う核心がある。

「…何も無きゃそれでいいか…。どっちにしても個人で出来る事は限られているからね…。」

風花のペルソナ能力による情報収集、しかも最近知った事だが彼女自身もパソコンを利用したネットワークを駆使した情報収集能力に長けている。彼女が調べられる情報は噂よりも信憑性の高い物に繋がるだろう。

(…だから、岳羽さんは山岸さんに頼んだのか…。)

そう考えながら溜息を付き、

「山岸さん…悪いけど…調べた事はぼくにも教えて欲しい…。」

「はい。」

奏夜の頼みを風花は快諾する。少なくとも…今現在、背中を預ける仲間としては美鶴の事は信頼している。だが…彼女は…風花以外のS.E.E.Sのメンバーはいずれ、敵対する危険を含んだ相手である可能性も有るのだ。

「ありがとう。」

「いえ、気にしないで下さい。」

そう言ってもらえると気分も少しは楽になる。と考えながら、視線を天井へと向ける。

「それにしても…順平にはどう思われても、また“余計な”無茶をされる訳には行かないからね。」

「あ…すみません…私が戦えないから…。」

「ああ、気にしなくて良いよ、元々ある程度こっちの戦力が揃ったら順平は一度戦線から離れて謹慎してもらう予定だったし…頼りないだろうけど山岸さんの護衛は必要だからね。」

そう、リーダーとして年長者である美鶴や明彦と相談していたタルタロスの番人級やモノレールの一件での順平の暴走に対する処分。タダでさえ少ない戦力を下手に削るのは得策ではないと考えて先送りにしてきたが…風花の参加で美鶴が戦線に復帰した事でやっと処分を下す事が出来た訳である。

元々情報収集能力に特化している為に戦闘力の乏しい風花のペルソナ能力を考え護衛を一人置く事になった時、順平への処分をリーダーとして奏夜が言い渡した訳である。

処分の内容は『次の満月の日の大型シャドウとの戦いが終わるまでタルタロスの中での戦いも含めて、前線から外れて風花の護衛に廻る事』である。

当然ながら順平からは文句が出たが、風花の護衛の必要性と過去の二度に渡る致命的な命令無視…それによって、仲間を危機に陥れたとして美鶴達と話し合った結果であると告げた。

同時にゆかりからも、こちらは美鶴にだが…文句は出たが、その処分は奏夜が言い出した事、流石に何事も無しで済ますには順平の命令違反は致命的過ぎると言って、フォローしておいた。

そして、順平にはトドメとばかりに勝手に風花の護衛を無視して前線に向かったりしたら、タルタロス内ではその場で見捨てて自分達は帰還して、タルタロスから生きて戻ったとしても再び一ヶ月の謹慎期間の延長。大型シャドウ戦で護衛の無視の場合は、S.E.E.Sのメンバーからの除名まで言い渡したのだ。

実際、二回とも奏夜の力がなければ全滅の危険も有ったのだから、彼にゲーム気分で戦われては迷惑と考えている奏夜としては当然の処分である。寧ろ…今回の順平への処分は戦力不足を理由に先送りになっていた為に遅すぎるくらいである。

「でも、あれは少し言い過ぎだったとは思いますけど…。」

「…まあ、それはぼくも自覚しているけど…一度言っておかなきゃ拙いとも思ったからね。」

風花の言葉に奏夜はそう言葉を返す。確かに言い過ぎたとは自覚している。思い出すのは順平への処分を言い渡した後の遣り取りだった。

「んだよ、二回とも勝てたんだから良いじゃねぇか、何でそんな事を今更!」

「…そうだね…。今更だとは思うけど…真田先輩と桐条先輩が復帰してくれて、やっと処分が出来る様になった。」

順平の怒声を奏夜は涼しい顔で受け流す。

「…それに…ぼくも君の行動で勝てていたら処分はもっと軽い物でも良かったとは思う…。でもね…。」

静かに視線を順平へと向けながら、

「一つ目…こっちの体制を整える必要の有った番人級との戦いで、勝手に敵に向かって行って態々不利な状況での戦闘にした事。二つ目、ぼくの指示を無視して効果のない攻撃を続けた事…。どっちにしても一歩間違えたら、全滅の危険も有った。」

「う…。…んな事、もう済んだことだろ、どうだって…。」

「悪いけど、『済んだ事』で済ます気はないよ。三度目はモノレールでの単独行動…戦力を分散してシャドウに各個撃破の機会を作って上げた事…こっちは番人級にまで襲われたんだけどね…。しかも、三体…。」

「ああ、伊織には伝えてなかったが、あの時、紅と岳羽を襲ったのは“番人級”だった。それは間違いない。」

奏夜の言葉に美鶴が補足すると、順平は黙ってしまう。

「…それで、過去3回の君の勝手な行動…何処にぼく達の利益になる所があったのか、教えてもらえるかな?」

「さっさと倒せて…。」

「…一度戻って次の日に体制を立て直せていればもっと安全に戦えたよ。大型シャドウが出現する日まで一周間以上有った、一日くらいなら時間が掛かっても問題は無かった。」

「…オレが攻撃して引きつけて…。」

「完全に無視されていたよ。ぼくは物理攻撃は効かないから、魔法で攻撃しろって言ったよね。寧ろ、引き付ける所か、こっちの攻撃をし難くして、敵の盾になって大技の準備をさせていた。…味方の援護じゃなくて、敵の援護をしてどうする気なのさ?」

「………。あの時は急がなきゃ危なかったじゃ…。」

「ああそうだね、それほど大きな被害が無かったのはあの時だけだね。……それで、大して意味は無い所か、勝手に敵に囲まれてピンチになってたのは何処の誰かな?」

「ちょっと、紅くん、それ言い過ぎじゃない!」

奏夜の言葉に抗議する様にゆかりが叫ぶが、

「いや、紅の言葉は正しい。どの戦いでも紅の力が有ったからこそ無事で済んだが、一歩間違えれば命が無かっただろう。」

「「…………。」」

「…それで…何か言う事は…?」

奏夜を弁護する様に告げられた美鶴の言葉に順平もゆかりも黙り…冷たささえも含んだ視線で順平を睨みつけそう問う。

「…………。」

「沈黙は肯定と取らせてもらう。期限は次の大型シャドウとの戦いが終わるまで君は山岸さんの護衛を兼ねた謹慎。この場合の命令違反は通常一回に付き一ヶ月の期間の延長…また、大型シャドウとの戦いの場合はS.E.E.Sのメンバーからの除名…いいですよね、桐条先輩?」

「ああ、仕方ないだろう。」

美鶴は奏夜の言葉に頷きそう答える。

そもそも、美鶴が復帰した時に順平の処分に付いては相談したが…最悪の場合のメンバーからの除名には難色を示した。だが…『命令を守っていれば良い。』と言う言葉と、『これが通らないのならば、リーダーを桐条先輩と交代して、自分がS.E.E.Sを抜ける。』と言った事が決まり手だろう。

奏夜と順平…天秤にかけたら優先すべきは最強の戦力である奏夜を選んだのだろう。…そもそも、命令を守っていれば順平も次の大型シャドウとの戦いの後は戦線に復帰できるのだから。

「それって…言う事を聞かない人は要らないって事ですか…?」

ゆかりが美鶴に向かってそう言うが、

「それは違うよ。言う事を聞かない人が要らないんじゃない。勝手な行動で味方を危険に曝すような奴は強敵より危険だから必要無いって言う事だよ、岳羽さん。…それに、期限も大型シャドウとの戦いが終わるまでの間だけだから。ぼくもそう何度もフォローできるとは限らないからね。」

「…それなら、仕方ないけど…。」

奏夜は苦笑を浮かべながら、そう答えるとゆかりも納得したようにそう呟く。

「へっ、流石はリーダー様。仲間を助けて大活躍、ですか……。」

敵意を込めた視線を奏夜へと向け、そんな事を口走る。

「ちょっと、順平、アンタ何言ってんの?」

「あーあ、ヨユーですな。オレみたいな雑魚には羨ましいこって、実力十分のリーダー様は一味違いますな。」

ゆかりの言葉を無視して順平は奏夜に向かってそう言い続け、作戦室から出る為にドアへと歩いていく。

「…順平、ちょっと待て。」

冷たさを称えた抗いがたい、“王”の言葉(命令)が告げられる。

「んだよ、役立たずのオレに何か用かよ、リーダー様よ?」

「うん、忘れ物だよ。」

今までの冷たさも感じさせないほどいつも通りの口調の中に、何よりも強制力の有る言葉…それに気付かず順平は、露骨に舌打ちしながら奏夜へと振りかえる。

「スイマセンねぇ、リーダー様に面倒をかけ。」

バァン!!!

その言葉が言いきられる前に奏夜の拳が順平へと叩き付けられ、開けられかけたドアを通して部屋の外まで殴り飛ばされた。

『紅(くん)!!!』

「……ッ……テメェ、何すんだよ!!!」

「…忘れ物だよ…。君さ…いい加減にしてくれないかな? 君さ…リーダーの責任って何か知ってる?」

冷たい視線で順平を見下ろしながら、奏夜はそう言葉を続けて行く。

「知るかよ、そんなモン!」

「…だったら、教えて上げるよ…。リーダーの責任はね…“仲間の命を預かる事”…命令すると言うのは、場合によっては仲間を犠牲にしてしまう事にも繋がるんだよ。ぼくが指示を一つ間違えただけで、誰かが死ぬ、そう言う事も有るって考えた事は有る?」

「な!? ……そんな事、ある訳ねぇだろ!!!」

奏夜の言葉に順平はそう反論する。

順平の中のリーダーと言う存在のイメージと掛け離れた奏夜の言葉が受け入れられないのだろう。仲間達の先頭に立って華々しく活躍し、尊敬を集める最も素晴らしい存在…それが彼の中のリーダーと言う存在なのだ。

「…ぼく達の戦いは遊びでも、セーブしてやりなおせるゲームでもないんだ。負けたらそこで死ぬ。それで終わりだ。リーダーと言う立場にはそう言う責任が有る。…少なくとも、ぼくもそんな役割はゴメンだけどね…君にだけは譲れないよ。」

「…………。」

そう言って奏夜は無言のまま俯いている順平を置いて作戦室のドアを閉める。

「…悪いけど、ぼくも勝手に命令無視して暴走した挙句に仲間を危険に曝すような相手は仲間として認めたく無いし、そんな命を預かりたくも無い、責任も背負いたくもない。次の大型シャドウとの戦いが終わるまでゆっくりと考えるといい。…自分がなりたいと思っていた物が本当はどう言う物なのか。」

そう言って奏夜は完全に作戦室のドアを閉める。

「お騒がせして、すみませんでした。そう言う訳で次の大型シャドウを倒した後、山岸さんの護衛はリーダーのぼくを除いて、岳羽さん、順平、真田先輩、桐条先輩の四人に交代制でして貰います。」

「分かった。」

「それで、順番は兎も角、大型シャドウとの時はどうする?」

美鶴の言葉に奏夜は少し考え込む。

満月の夜に出現する事が分かり一ヶ月に一回現われると言う事がはっきりしたのだ。

「…そうですね。その順番は、次の戦いが終わった後に“全員揃って”決める事にしましょう。新しい人が参加した時は、その時毎に改めて決め直すと言う事で。ただ、大型シャドウ戦の時は岳羽さん単独での護衛は止めた方が良いと思います。」

「っ!? それって…。」

「分かった、それで構わないが、何故岳羽だけなんだ?」

美鶴の言葉に奏夜はゆっくり口を開く。

「岳羽さんのペルソナ能力は風での攻撃はできるけど、どちらかと言えば回復や援護に特化した魔法が多いですし、武器は消耗品である弓と単独で護衛を任せた時、危険が大きくなる可能性が高いと判断しました。」

「なるほど、その点、私や明彦、伊織の武器は消耗品ではなく…。」

「はい。岳羽さん以外は魔法が使えなくなったとしても、最悪は武器だけである程度戦えるので、ぼく達が大型シャドウを倒すまでの間持ち堪えられる可能性が高いと判断しました。」

奏夜が美鶴の言葉にそう補足する。

「確かに私の武器は消耗品だから、矢が無くなっちゃったら、戦えないか。」

「やれやれ、仕方ないか。」

「…………。」

奏夜の言葉にゆかりと明彦が各々の反応を見せる中、

「紅くん…順平のこと、良いの?」

「さあね。あれで潰れる様ならそれまでだ。少なくとも、今のままの彼を放置して置くよりも、ここで潰れてくれた方がまだ安心だからね。」

与えられたペルソナという力に酔いしれ、幻想の中のリーダーと言う物に憧れ、その立場を与えられた奏夜の苦労も知らずに、彼に嫉妬していのだが…それを助長したのは、華々しく活躍する奏夜の力(存在)も彼の嫉妬を助長してしまっていたのだろう。

「私としては、伊織には立ち直ってくれる事を期待したいな。…それに、次の大型シャドウとの戦闘についてだが、理事長から良い物を預かった。」

そう言って美鶴はトランクをその場にいる全員に見える様に置いた。

「良い物ですか?」

「ああ、ファンガイアタイプや大型シャドウ…そして、キバに対する対策になる品だ。」

「ッ!?」

そう言って美鶴がトランクを開くと、奏夜は思わず絶句してしまう。そこに入っていたのはナックルのような物とベルトだった。

(まさか…これは…。)

「…武器か? 確かにオレや紅には良い物かもしれないが、それだけじゃ対策にはならないだろう?」

「それにこっちのベルトって。」

「この二つは『イクサシステム』と言うパワードスーツの装着用のツールだ。理事長は元々対ファンガイア用に作られた物である為、恐らくはファンガイアタイプとの戦闘にも役立つだろうと言っていた。」

「あの、パワードスーツって、影時間の中じゃ機械は動かないって聞いたんですけど?」

美鶴の説明に風花はそう質問する。当然の疑問だろう、どれだけ強力なパワードスーツも動かなければ単なる拘束具なのだから。

「心配無い。私が機材の運用に使っていたイクサリオンだが、あのマシンは元々このイクサシステムの支援用のマシンだった。当然、イクサリオンと同様、このイクサシステムも影時間の中に対応できる様になっている。」

そして、ベルトを取り上げてテーブルの上に置くと、

「そして、イクサシステムは私達が使う事になった時に召喚機も内蔵された。ペルソナも問題無く使う事が出来る。他に何か質問は有るか?」

美鶴の言葉に奏夜が手を上げる。

「あの、それはどう言う状況で使う事に…。」

「主にキバやファンガイアタイプ、そして、大型シャドウと戦う時にのみ使用を許可しよう。タルタロスの中で使っていては成長を妨げる危険もあるからな。だが、紅、リーダーであるお前の判断で危険と判断したら、使ってくれても構わない。」

「…分かりました…。」

(…まさか、イクサを見れるとは思わなかったな…。)

父と共に戦った戦士の一人である名護啓介を始めとして、そのプロトタイプはアームズモンスターの一人ガルルこと、次狼に祖父である音也が使った対ファンガイア様のシステム。それは『素晴らしき青空の会』解散後に行方知れずとなったと聞いていたのだが…。

「…あの、桐条先輩の持ってたイクサシステムって、やっぱり、紅くんの言ってた…。」

「…間違いない…。あれは、ぼくの知っている“イクサシステム”と同じ物だよ。」

「それじゃあ…紅くんが危険なんじゃ…。」

心配そうにそう呟く風花に微笑を浮かべながら奏夜は

「大丈夫だよ。あれが本物のイクサなら、ファンガイアタイプにも対抗できるはずだから、ぼくが変身する必要も無くなるはずだよ。最悪、ぼくがイクサに変身すればいいしね。」

話で聞いた程度だが、イクサの事はS.E.E.Sのメンバーの中では奏夜が一番知っているのだ。寧ろ奏夜自身がイクサに変身すれば、それだけキバへの変身する頻度を低下させる事が出来る。

「…“本物”ならね…。」

あのイクサシステムを見た時に奏夜が微かに感じた違和感。

…機械に対して言うべきではないかもしれないが…あのイクサからは戦いの中で磨かれた力強さを全く感じさせなかったのだ。父と共に戦ったイクサの事を知っているであろう、キバットが見れば何か分かるかもしれないが…。

…奏夜の中に浮かんだ微かな疑問…それがどう言う事になるのか…それは誰にも分からない事である。

そして、7月7日…七夕の夜…次なる試練の夜を迎えるのだった。

 



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第二十三夜

影時間…一日と一日の狭間に位置する時間。時が流れ続ける限り、それは必ず訪れる。

どんなに賑わっている場所もその時間だけは“静寂”の中へと沈んで行く。あらゆる機械がその機能を停止し、人々は棺へと象徴化していく。

「…………な。」

バックストリートで、そこに一人の少年が迷い込んでしまった。

「なんだこりゃ、それに……。あ…れ、俺、いったい…?」

不幸にも象徴化を免れ、影時間を体験してしまったその少年は周囲を見て驚愕する。先ほどまで話していた仲間達は消え、それと代わり周囲には棺がひしめき合っているのだから、この反応も当然の事だろう。

「驚きましたか? 今は“影時間”。一日と一日の狭間に有る隠された時間。」

そこに新たな登場人物の存在が現われる。

少年に問い掛けたのは、本当に血が通っているのか疑問に思えるほど、白い肌の少年。

「自覚できない者は棺桶に入って眠ったままですが、ここは本来、誰もが毎晩訪れている世界なのですよ。」

白い肌の少年と共に、眼鏡を掛けた少年と赤い髪の少女も現われる。

あらゆる生命が棺桶の中で眠る影時間にも関わらず、四人もの人間が一堂に会している。全員がペルソナ使いで有ったとしても、偶然に集まる可能性はゼロに近いだろう。まして、ストリートの少年はペルソナ使いではない…。

「いきなりでスマンが、これ見てみい。住所、氏名、年齢、職業、諸々オマエで間違いないな?」

そう言って眼鏡の少年はストリートの少年に一枚の紙切れを見せる。

「な…なんだよ、コレ? どこから持ってきたんだよ!? だいたい…なんだよ、いったい!? アンタ達、誰だよ!?」

ストリートの少年は驚愕する。そこに記されていたのは、間違いなくあらゆる自分に関する項目。しかも、それは名前、住所、年齢、職業を始め、正確過ぎるものであり、何処かで調べたにしても、完璧過ぎる。

「そんなことはどうでもいいのです。あるのは、あなたを恨んでいる人がいると言う事実。」

そう、ストリートの少年は“影時間へと堕とされた”のだ。他でもない…三人組によって、ある目的の為に…。

「恨んでる? なんだよそりゃ。覚えなんてねーぞ。」

その言葉にストリートの少年は馬鹿にしたようにそう問い返す。

「さて…それは私達にはわかりません。」

白い肌の少年の雰囲気に押されて下がっている内にストリートの少年は金網へと追い詰められた。

「あなたが自覚している悪意と相手が感じている悪意とは無関係……。人はみな、聞きたいように聞き、信じたい事だけ信じるものです。」

「意味わかんねーよ! なんだよそれ…わかるように説明しろよ!」

「必要有りません。」

ストリートの少年の罵声をそう切り捨て、白い肌の少年は…

「重要なのは、今。」

“それ”をストリートの少年へと突き付ける。

「あなたが抱いている感情だ!」

少年へと付きつけられたのは拳銃…。周囲を照らす禍々しい月がその銃口を怪しく煌かせる。

「来るな…来んなよ! なんなんだお前ら! だいたいそんなもので脅されても。」

一縷の望みを賭けてそう叫ぶが白い肌の少年は無情にも…

「言っておきますけど、この銃は……。」

残酷な真実を告げる。

「本物ですよ。」

「う………うあ…っ……くっ……来るなぁーーーーーーー!!!」

「素晴らしいですよ、その声! その感情こそが重要なのです!」

誰かに助けを求める様に絶叫する。ただ、叫びながら必死に銃口から逃げようとする。だが、影時間の中には、救いの手は存在していない。

そして、乾いた銃声が響き渡り、少年が崩れ落ちる。“復讐”…影時間を利用し、それを行う代行者達はその復讐を遂げたのだ。

「……まだ死んでない。」

冷たいアスファルトへと倒れ伏す少年を眺め、今まで口を開かなかった少女が呟く。

「どうでもええて。死んでも死なんでも。」

心底どうでも良いと言う様に眼鏡の少年がそう零す。復讐の内容自体が対象の死を望んでいないのかもしれない。

「どうせ、なんや他の事件に置き換わって記憶される。」

そう、影時間の中…目撃する者も居らず、起きた事件は全て違う出来事へと置きかえられてしまう。故に…あらゆる罪が“裁かれる”事はない。

その真実を知る事が出来るのは、この時間に生きる事を許された一握りの者達だけなのだから。

「…最近、この影時間に私達と似た様な存在が居るようですね。彼等は私達の敵かどうか…。そろそろ会ってお話でもしてみましょうか。」

そう呟くと三人は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7/7…七夕の夜

影時間の作戦室…

ペルソナ、ルキアの中、祈りを捧げるような姿で目を閉じる風花。その周囲には数人の人影がその姿を見守っていた。

(…最初が『Ⅰ』の『魔術師』、次が『Ⅱ』の『女教皇』、続くのは…『Ⅲ』の『皇帝』と『Ⅳ』の『女帝』…。順番的に次に出てくるのは『Ⅴ』…『法王』のシャドウか…。)

『皇帝』の所で微かに表情に不快感を浮かべながら今まで戦ったシャドウとタロットカードに置けるカードの順番を奏夜は思い浮かべる。今まで順番に従って出てきたのだから、次もそうである可能性は高い。

「どうだ、反応は有るか?」

中々反応のない風花の索敵に、遂に待ちきれなくなったのか、明彦が彼女に問い掛ける。

出来る事なら、何事もなく影時間が過ぎ去ってくれと思いながら、奏夜も彼女へと視線を向ける。

「待ってください……。」

明彦の言葉に風花は静かに答える。目的のものを探し当てる為に彼女は尚も意識を集中しつづける。

「見つけました! 市街地に大型のシャドウ反応!」

奏夜の願いも虚しく、大型シャドウの反応を捕らえたのだ。

(…“イクサ”…ぼく達に力を貸して下さい……お爺ちゃん。)

「ホントにキタ!?」

かつてイクサを纏っていた己の祖父へと祈りを捧げる様に、奏夜がそんな事を考えていた時、順平がそんな事を叫んだ。順平の言葉はある意味奏夜を除くこの場にいる全員の総意だった。

その事実にある種の確信を持っていた奏夜は例外として、全員が満月の夜に大型シャドウが現われると言うのは半信半疑だったのだろう。

「フーム。これで四度目か……満月の件、どうやら確実と見て間違いないね。」

幾月が確認の意味を込めて呟く。その声に反応した奏夜が彼の方へと視線を向けると…静かな…抑えてはいるが“狂喜”の表情が浮かんでいた。

(…今聞こえたあの人の心の音楽…なんて、不快な音だ…。)

幾月から微かにとは言え聞こえた音楽と言うには全ての音楽に対して最大限の非礼に当たるとも思えるほどに不快な心の音。それを今は頭の中から消し去り、大型シャドウとの戦いに集中すべきと意識をそちらへと向ける。

「場所は巖戸台、ええと……白河通り沿いのビルです。」

風花が反応の有った場所を告げる。

「白河通りか……ここ数日、影人間がよく二人一組で見つかるって聞いてたけど……。」

「成る程……白河通りか。」

幾月の言葉に美鶴も納得した様にそう呟く。

さて、本編を進める前に今回の事件について解説しておこう。今回現われる影人間の特徴は一つ。男女セットで現われる事だ。その為か、『もてない人間による恨みが原因でカップルを影人間にしている』と噂されている程だ。

「二人一組……そう言う事か。」

何かに気が付いたのだろう少し顔を赤くしながら美鶴がそう呟く。

「白河通りって、どんな所でしたっけ。私、あの辺あまり行かないもので……。」

「ぼくは聞いた事は有るけど、その辺には行かないからね。」

「聞いた事はあるけど……。」

光と共に彼女のペルソナは消え去った風花は本当にどう言う場所か知らないのだろう、そんな疑問を口にする。奏夜も苦笑を浮かべながら聞いた事は有るが言った事は無いと答え、ゆかりは顔を俯かせ、ぼそぼそと零すのみだった。

「あ、そっか。ホテル街んとこか。だから二人一組な訳ね。風花も知ってんだろ? ほら、ホテル街だよ、ホ・テ・ル・街!」

白河通りの意味する事に気付いたのだろう、ニヤリとして順平はそう言った。

「え、えっ……。」

順平の言葉で風花も理解したのだろう、風花は俯き、瞬時に真っ赤になる。はっきり言って可愛らしい反応である。

「一応、言っておくけど…順平は山岸さんの護衛だからね。」

「分かってるよ。」

本当に分かっているのかは疑問だが…。多少不安に思いながら、ゆかり達の方へと視線を向けると。

「おいおい、何を妄想してるんだ? 内装が凝ってるだけの単なるホテルだから。うん、言って見ればアミューズメント・ホテル?」

幾月の言葉に数名ほど噴出してしまう。笑っていない者達の中に居るゆかりが、

「なーんか、今回はヤな予感がする……行くのヤメよっかな……。」

「まーた、ゆかりッチ、意外なトコ子供なんだから…。」

「ちょっ、子供はどっちよ! オッケー、行こうじゃん。どっちが子供か、ハッキリさせてやるんだから! 私、今回の作戦は前線で戦うの予約します。」

順平の言葉に簡単に挑発されたゆかりが彼へと牙を向きつつ、手を上げてそんな事を宣言してくれた。

「あのー…岳羽さん…元々今回の作戦って、順平が留守番って決まってる事忘れてる?」

「それはどうでもいいっての! …さあ、現場の指揮は誰がやるんですか?」

どうでもいいと切り捨てられた順平に視線を向けてみると、orzな体制で落ち込んでいた。…流石に今回ばかりは同情してしまう奏夜だった。

「そうだな。これまで通り、紅に任せよう。」

「分かりました。」

順平に同情の視線を向けている時、そう言われて美鶴へと向き直ると表情を引き締め一礼しつつそう答えた。

キバへの変身がし難くなるのは問題だが、それは引き続いての事で大して気にする必要もない。風花と言う協力者も居るのだから、以前よりも楽にはなっている。

「それとバックアップは、今回から作戦時も山岸に頼む。」

「はい、頑張ります!」

風花の参戦後にバックアップを彼女と交代する形で美鶴も晴れて前線に復帰した。これで、前線の戦力は、奏夜、ゆかり、順平の二年生トリオに加えて上級生の明彦と美鶴の二人を加えた五人となったのだ。

もっとも、現在は順平が罰の為に前線からは外れているが、今回の作戦終了時には正式に前線へと復帰する。

「それから…紅。これを使う者を今の内に決めておいてくれ、戦いながら渡すのは難しいだろうからな。」

そう言って美鶴は奏夜にイクサナックルを差し出す。イクサの武器から考えて後方型のゆかりは除外…選ぶべきは…

「じゃあ…真田先輩、お願いします。使い方は分かってますね。」

「任せておけ。」

奏夜からイクサナックルを渡され自身を持って明彦はそう答えるのだった。

「で、本当にあいつで良かったのか、奏夜?」

「うん。真田先輩には悪いけど、紅くんの方がもっと…。」

寮の入り口…先にこの場に来た奏夜とキバット…そして、風花がそんな会話を交わしていた。

「確かに…ぼくが使えば“聞いた事が有る”って言うレベルだけど知っているし、他の人よりも使いこなせる可能性も有るだろうね。」

キバットと風花の言葉に苦笑を浮かべながら奏夜はそう答えた。そもそも、イクサカリバーとイクサナックルが主用武器のイクサにボクシングスタイルのバトルスタイルの明彦では多少相性も悪いだろう。それに対して奏夜は特殊な物を除いて様々な武器を操る事か出来る。ならば、奏夜の方がイクサナックルを使いこなせる可能性は高い事は間違いない。

「でも、ぼくにはキバの鎧が有るからね。ぼくがイクサを使うのは飽く迄キバの鎧を纏えない時だけだよ。それに、みんなにもイクサに慣れていてもらわないとね。」

キバの存在や自分を保険にしつつ、後々の戦力を強化する為に敢えて今回は明彦を装着者に選んだのだ。

「でも…。」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。山岸さんのお蔭で皆の力も借りられるんだから…。簡単には負ける気はしない。」

「はい!」

それでも、まだ不安そうにしていた風花を安心させる様に力強く言うと、彼女も安心した様にそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテル内

『紅くん、聞こえる?』

「うん、問題ない。それで、ターゲットは?」

『えっと……三階に巨大な反応があります。至急向かって下さい!』

ホテルの入り口を潜り、留守番に順平を残した一行(パーティー)は薄暗いホテルの廊下を歩いていく。

戦力的には申し分ない。イクサナックルの存在も考えれば…今回はキバに変身する事無く、大型シャドウを倒す事が出来るかも知れないと言う考えさえ浮かんできてしまう。

(…油断は禁物だな…。ルークやビショップ級の相手に出て来られたら、今のぼくじゃ勝ち目は無いんだし。)

…そう、奏夜はまだ本来の黄金のキバ(エンペラーフォーム)にはなれないのだから、そこまでの強敵には太刀打ちできないのだ。そう考え、甘い考えを霧散させ、シャドウの襲撃を警戒しながら、三階を目指す。

影時間の為にエレベーターは使えず、階段を利用して奏夜達は一階から二階、二階から三階へと登って行く。幸か不幸かまだシャドウの姿は確認できていない。

(…妙だな…。)

シャドウの襲撃が無いことに流石に疑問に思ってしまう。『罠か?』とも思ってしまうが、それでも回避すると言う選択肢は取れないのだから、敢えてその中に飛び込み、シャドウを討つしかない。

そして、風花の指示によって一行は一際大きな部屋の前に辿り着いた。

『この扉の向こうに、巨大なシャドウの反応を感じます!』

奏夜が扉を見上げると風花が指示した部屋には『法皇の間』と書かれていた。…順番通りならばこの先に居るのは『法皇』…。

(…随分と分かりやすい所に居るもんだね。RPGのラスボスじゃないんだからさ…。)

冷たい表情でそんな事を考えながら、武器の小剣を強く握る。

「分かった。…みんな、準備は?」

そう言って振り返ると各々の武器を構えながら、他の三人も頷く。

「それじゃあ……行くよ!!!」

奏夜の叫び声を合図に一行は勢い良く扉を開き部屋の中に飛び込んでいく。

そこは、相当な大金を支払ったVIP専用の部屋なのだろう、十分に戦いやすい広さを持っている。

そして、その先に立ち、この部屋の主人は己だと言うように中心に座している一体のシャドウ。太った体に二体の女性のようなパーツを従えた…法皇(ハイエロファント)のシャドウ。

「VIPルームにご招待どうも。さあ、招待客も揃った事だし…始めようか? 戦い(パーティ)を!!!」

「こんな所に出現するから、とんでもない事してくるかと思ったけど……まあ、良いや。すぐに片付けて帰らせてもらうよ!」

奏夜とゆかりの言葉を号令として、

「…山岸さん…分析を…。」

『はい!』

戦闘を開始する。

(頼んだよ、次狼さん。)

奏夜は自身の中に座する者をガルルへと変える。満月の夜にその戦闘力を上昇させるガルルは様子見には一番使いやすいのだ。

そして、剣を振るいハイエロファントに斬りかかる。それと同時にゆかりも弓を放った。

二人の攻撃が直撃し、ハイエロファントは大きくのけぞる。それと同時に、

『敵、法皇タイプです! 電撃は反射されます、使わないで下さい! …光、闇は無効化されます!』

「了解! 真田先輩は前に出て、ぼくと一緒に直接攻撃を主体に、岳羽さんは後方から援護を…ああ、回復の方を優先して、美鶴先輩は魔法攻撃で援護を。」

「了解!」

「オッケー! 手伝って、イオ!」

「了解した! 行くぞ、ペンテレシア!」

指示を出している間に今までのけぞっていたハイエロファントは起き上がる。

中級疾風魔法(ガルーラ)!」

中級氷結魔法(ブフーラ)!」

同時に放たれた風の刃と氷の礫がハイエロファントを襲う。

「ドッガ…。」

「ポリデュークス…。」

二つの中級魔法の直撃に苦しんでいるハイエロファント懐に飛び込んだ奏夜と明彦は引き金(トリガー)を引き、己のペルソナ-奏夜はガルルからドッガへとペルソナを変えたが-を呼び出し。

「「ソニックパンチ!!!」」

同時に同じスキルを叩き込む。二つの剛拳…それによって、ハイエロファントは大きく吹き飛ばされながら耳障りな悲鳴を上げる事となるのだ。

そして、奏夜と明彦の二人は素早くハイエロファントから離れる。ペルソナの恩恵によって優れた身体能力を得ているとは言え、流石に人知を超えた化け物相手に体力勝負を挑む気は無い。

奏夜のドッガと明彦のポリデュークスの二つのペルソナの魔法は雷撃(ジオ)系を持ち、それらの魔法は雷撃反射の耐性を持つハイエロファントには使えない。だが、奏夜のドッガのも魔法は雷撃が全てではない。

奏夜達の一斉攻撃を受け、倒れていたハイエロファントが起き上がり、奏夜達に顔の様な部分を向け、『今度はこっちの番だ』とでも言う様に癪に障る不気味な笑い声を上げる。

『攻撃来ます! みんな避けて!』

風花の叫びが響く。相手が雷撃を反射する耐性を持つ以上…得意とする魔法は…。

雷撃(ジオ)系か!?)「岳羽さん、桐条先輩、ぼくか真田先輩を盾にして!」

「っ!? そうか、分かった!」

「え、ええ!? うん!」

奏夜の指示にゆかりは奏夜の、美鶴は明彦の後ろに隠れた瞬間、上空から何本もの雷撃が襲う。

(っ!? しかも、マハジオンガか!?)

奏夜のペルソナ『ドッガ』も会得している全体攻撃可能な中級の雷撃魔法が、上空から降り注ぐ。モノレールの時と同様に上空から降り注ぐ雷を全て回避する手段は無い。特に雷撃が弱点のペルソナを持つゆかりには致命的だが…防ぐ方法はある。

奏夜達一行(パーティー)が雷に飲み込まれたのを見て嘲笑する用にハイエロファントが笑い声を上げる。だが、

「!?」

その顔面に岩が叩きつけられる。

「…悪いけど…この程度の雷撃はぼくには通用しないよ。」

自分とゆかりを護る様に前方に紫紺の巨人(ドッガ)のペルソナを出現させた奏夜がそう宣言する。

ドッガのペルソナの持つ耐性は『雷撃無効』、目の前のシャドウの反射とは違うが、それでも完全に無効化できる。

仲間達にはそれは事前に説明済みであり、故に雷撃を弱点とするゆかりは奏夜の影に隠れたのだ。

「あ、ありがとう、紅くん。」

「どういたしまして。」

『良かった、みんな無事で。』

風花の安心したような声が響く。彼女の言葉に横へと視線を向けてみると……そこには軽減は出来てもしっかりとダメージを受けている明彦と無傷な美鶴がいた。

「明彦、すまない。」

「く、紅…オレはお前と違ってダメージは受けるんだぞ。」

「あ、あはは…; すみません、真田先輩。」

それでも、耐性の無い美鶴が受けるよりもはるかに被害は軽減できる。だが、盾にされた身にしては溜まった物ではないのだろう。

美鶴が回復魔法を明彦にかけている間に奏夜は再び引き金を引き、ペルソナを出現させる。

「さてと…これはお返しだよ。中級大地魔法(マハマグナス)!!!」

奏夜の指示と共にドッガが両腕を叩きつけ、大きく振り上げた右腕を床へと叩きつけた瞬間、巨大な岩石の雨がハイエロファントの上空から降り注ぐ。

「これはおまけよ! イオ! 中級疾風魔法(マハガルーラ)!!!」

岩石の中から出てきたハイエロァントをゆかりのペルソナのイオが放った風の刃が追撃とばかりに切り刻む。

「そうだな、私もお返しをさせてもらおうか。ペンテレシア!!! 中級氷結魔法(マハブフーラ)!!!」

続いて氷の飛礫が突き刺さる。大地、風、氷の三種の魔法の連続攻撃…。ダメージを与える目的も有ったが、奏夜達の攻撃の本来の目的はそれではない。

確かに今までのシャドウと比べて強力な魔法を操り、耐久力も有り、明らかにその強さを増している。だが…この時点で既に勝敗は決していたのだ。

「真田先輩、トドメ任せます!!!」

「任せろ!!!」

耐性がある為にハイエロファントの雷撃の盾にされた明彦がその怒りをハイエロファントへと叩き付ける様に奏夜の放った岩石を足場にシャドウへと肉薄、拳をその仮面へと叩きつける。

砕けた法皇のタイプを象徴する仮面が乾いた音を立てて床へと転がり、耳障りな悲鳴を上げてハイエロファントのシャドウは霧散していく。

「ふぅ…。」

霧散したシャドウの姿を眺めつつ、今までの事を考えるとこの程度で終わるはずが無いのが、大型シャドウとの戦いなのだ。

『気を付けて下さい、敵の反応…まだ消えてません!』

(やっぱりな。)

風花の声に全員が気を引き締める。シャドウの再生は既に四回目…再生したシャドウは数の上では今回のハイエロファントで五体目なのだから、驚きは無い。

部屋の隅へと移動した砕けた仮面はすぐに視界の中へと入った。

砕けた法皇を意味する仮面が黒い泥のような物を引き上げながら浮かび上がり、その形を修復する。

そして、黒い固まりが子供が作った粘土細工の様に人の形を作りだし、続いてその形をヒトデを模した形へと練り上げて行く。『シースターファンガイア』の物へとその形を変えた泥に仮面が装着されると同時に焼き上げられた陶器の様に、硬さと色彩を得る。

五体目のファンガイアタイプ…『シースターファンガイアタイプ』がその場に現われたのだ。

「ああ、ここからが本番って所だな!」

何処か嬉しそうに明彦はイクサナックルを取り出し、それを左手の掌へと叩きつける。

《レ・デ・ィ・ー》

告げるべきは奏夜のそれと同じく力を与える言霊。

「変身!!!」

それを叫びベルトへとイクサナックルを装着させる。

《フ・ィ・ス・ト・オ・ン》

ベルトより現れた十字架が白い人型の騎士を作り上げてそれが明彦の体と重なっていく。そして、十字架を象った頭部が開くと、その中から赤い瞳が現れる。

(…これが父さんや叔父さんの仲間だった名護さんや、お爺ちゃんの使っていた…イクサ。)

現われたるは人の生み出したる魔に対抗する科学の聖騎士(の量産試作型)…その名は『仮面ライダーイクサ簡易型』

(…聞いていた物とは全然違うような…? なんて言うか…力強さに欠けるって言うか…本物なのか疑いたくなる気がするな。)

その姿を眺めつつイクサへと視線を向けながら、奏夜はそんな事を考えていた。



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第二十四夜

「行くぞ!」

そう叫びイクサへと変身した明彦はシースターファンガイアタイプへと向かって行く。

ボクシングスタイルの構えと共に右腕にイクサナックルを装着し、シースターファンガイアタイプへと肉薄し、パンチの連打を浴びせる。

(…妙だな…。)

今までの例から考えるとファンガイアタイプへと再生した大型シャドウは、確実にその戦闘能力を上昇させているのだ。だが、反撃するのではなく、目の前のシースターファンガイアタイプはイクサの攻撃をただ受け続けている。

そんなシースターファンガイアタイプへと疑問を覚えながら、奏夜は剣を構えながらすぐにイクサに加勢出来るような体勢をとりながら、シャドウの動きを観察する。

だが、こちらが優勢なのなら、下手に魔法攻撃やゆかりの弓で攻撃する為にイクサを下がらせる事はないと考える。

電撃に対する体勢を持ったペルソナを宿している明彦の変身しているイクサが戦っているのだから、それだけでも目の前のシャドウに対して圧倒的に優位な状態で戦っていると言える。だから、単純に電撃耐性を持つが故の優位なのかもしれない。

『っ!? 胸の中央に何かエネルギーが集まってます! 気を付けて、今までよりも強力なのが来ます!』

通信を通じて聞こえてくるのは風花からの警告。目の前のシャドウの得意としていた攻撃は『電撃』…ならば、電撃のダメージを軽減させる“耐性”を持つ明彦が変身しているイクサにはダメージは少ないだろうと判断する。

「岳羽さん、避難していて…桐条先輩、魔法で援護を、ぼくも前に出て真田先輩に加勢します。」

「分かった。」

「うん、分かった。」

美鶴の返事にやや遅れてゆかりの返事が響く。奏夜も現在宿しているペルソナが電撃無効の耐性を持つ『ドッガ』で有る事から自分への電撃は無意味で有る事は理解して居る。それを確信しながら、奏夜は剣を構えてシースターファンガイアタイプへと切りかかる。

「逃がすか!」

イクサの猛攻から逃げようとするシースターファンガイアタイプへと右ストレートを放ち、動きを止め、

「最後だ!!!」

追撃に大ぶりの一撃を放とうとした瞬間…

「っ!?」

奏夜はシャドウの仮面が愉悦に歪んだような感覚を覚えた。

「真田先輩、嫌な予感がする、離れて…。」

高位電撃魔法(ジオダイン)

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

シースターファンガイアタイプから放たれた雷がピンポイントにイクサへと落され、“電撃を軽減させる耐性”を持つはずの明彦が悲鳴を上げて崩れ落ちる。

「な!? 明彦!!!」

「そんな、嘘でしょう!?」

「真田先輩!!!」

そして、崩れ落ちるイクサへとシースターファンガイアタイプは今までのお返しとばかりに、イクサへと蹴りを放ち背中から何度も踏みつける。

(…迂闊だった…。今のは中位の魔法じゃない…高位の電撃魔法…。まさか、そんな魔法まで使えるなんて。)「ドッガ!!! ソニックパンチ!」

明彦の体制は完全に無効化する奏夜のドッガと違い、耐性によるダメージの軽減とは言ってもダメージは受ける。故に…軽減される以上のダメージを与える強力な電撃を受けてはダメージは大きいのだ。

そして、“シースターファンガイア”は体の中央に“エレクトロコア”と呼ばれる器官を持ち、体内に蓄電させている電気を集中させ、対象に稲妻を落す能力を持っていた。

明彦の電撃耐性を超えた高位の電撃魔法…シースターファンガイアタイプは弱点の補強ではなく純粋に元々の能力を強化したと言う訳である。幸いというべき点は、それがワンランク上の対象が単独の『ジオダイン』であり、広範囲に渡って電撃を降らせる『マハジオダイン』では無かった点だろう。

召喚器の引き金を引き、倒れるイクサに尚も追撃を続けているシースターファンガイアタイプへと紫の巨人(ドッガ)の拳が放たれる。

無防備な体勢でドッガの拳を受けたシースターファンガイアタイプは吹き飛ばされる。

シースターファンガイアタイプが吹き飛ばされた瞬間を逃さず倒れる奏夜、ゆかり、美鶴の三人はイクサへと駆け寄る。

「真田先輩、大丈夫ですか?」

「明彦、無事か?」

「ああ…なんとかな。」

慌てて倒れていたイクサに駆けより、ゆかりと美鶴がそう聞くと、明彦はそんな返事を返す。

「すみません、あんな物を使ってくるなんて…真田先輩…完全に予想外でした。」

そう、完全に今のは予想外の攻撃だったのだ。今までの相手も再生前に使っていたスキルこそ使えていたが、より強力な物を使ったと言う事はなかった。だが…

(…迂闊だった…。山岸さんの時のシャドウも再生した後は能力を強化していたのに…。)

そう、それは予想しようと思えば考えられていた結果…。今回の相手はそれが直接的な攻撃手段に現われただけであるのだから。

「気にするな…紅。こいつとオレだったから、この程度で済んだんだからな。」

何時の間にか変身を解除した明彦がそう言って奏夜へとイクサナックルを差し出した。そう耐性があるからこそ、イクサに変身していたからこそ、明彦はダメージ程度で済んだのだ。

…特にあれが全体攻撃が可能だったら…受けたのがダメージを軽減できる明彦ではなく、耐性のない美鶴や、電撃が弱点であるゆかりだったらと考えると、それだけでも背筋が寒くなる。

「選手交代だ。自分の失敗を悔やむなら、取り戻して来い。」

「はい。自分のミスはぼくの手で取り戻します。」

明彦からイクサナックルを受け取り、感慨深くそれを握り締める。

「紅くん、早く変身して!」

美鶴が明彦の回復に当たっている間、シースターファンガイアタイプを近付けさせない様にゆかりが矢を放っているが、シースターファンガイアタイプは矢が突き刺さる事も構わずに奏夜達へと近づいて行く。

(イクサ…お爺ちゃんも使っていた力…。)「分かってる!」

左手の掌にイクサナックルを叩きつけ、

《レ・デ・ィ・ー》

右手を大きく振り上げ、力を与える言葉を叫び、

「変身!!!」

ベルトへとイクサナックルを装着させる。

《フ・ィ・ス・ト・オ・ン》

ベルトより現れた十字架が白い人型の騎士を作り上げてそれが奏夜の体と重なっていく。そして、十字架を象った頭部が開き、その中から赤い瞳が現れる。

仮面ライダーイクサはセーブモードから、バーストモードへと代わり、奏夜はイクサカリバーを握る。

(…使わせてもらいます…この(イクサ)を!!!)「さあ、行くよ!!!」

素早く奏夜はシースターファンガイアタイプとの距離を詰め、イクサカリバーによる斬撃を浴びせる。

「はぁ!」

後を振り返るほどに勢いで横一線に切り裂く。続いて廻し蹴りを放ちシースターファンガイアタイプを弾き飛ばす。

『気を付けて下さい! 反撃来ます!』

聞こえてくる風花の警告を聞きながら、イクサ(奏夜)はイクサカリバーをソードモードからガンモードへと変形させ、

「そうはさせないよ!!!」

それをシースターファンガイアタイプへと連射する。

「…あの…桐条先輩…。イクサってあんな武器も有ったんですか?」

「ああ。」

「なら、どうして真田先輩は使わなかったんですか?」

「…明彦が使えると思うか?」

「……思いません……。」

「悪かったな!」

「まあ、それはこれから慣れて行けばいいだろう。」

目の前で繰り広げられている奏夜の変身したイクサとそれと戦うシースターファンガイアタイプとの戦いを観戦しながらそう呟くS.E.E.Sの残りの面々で有った。

「だが、まさか初めてであそこまで使いこなせるとは…。あれは一つの才能だな。」

自由自在にイクサシステムを使いこなしている奏夜を見ながら美鶴はそう呟くのだった。

ガンモードを連射しながら、シースターファンガイアタイプとの距離を詰め、

「はあ!!!」

蹴り飛ばす。

そして、距離を取った所で腰のスロットから《青いフエッスル》を取り出し、

「待て、紅、それは…。」

それを使おうとした奏夜を止める様に美鶴が叫ぶが、

《ガ・ル・ル・フェ・イ・ク》

イクサの前に奏夜の中に宿していない『ガルル』のペルソナカードが現われ、カードの中のガルルが咆哮すると同時にカードが砕け、ガルルセイバーが現われ、それをイクサカリバーと同時に握り、イクサカリバーとガルルセイバーの二刀流の体勢になる。

「な!? 何故、あれが使えるんだ?」

思わず驚きを隠せずにそう叫ぶ美鶴であった。だが、

「いや、待て…複数のペルソナを持つ紅だからこそ、使えると言うわけか…。」

「あの…あれって一体…?」

「…オミットされたイクサのシステムの代わりに用意された機能なのだが…。ペルソナを物質化して封印する代わりに武器にする装備だ。」

「なるほど、だから、複数のペルソナを使える紅だけが使えると言う訳か。」

「私達が使ったら、ペルソナが使えなくなっちゃいますからね。」

「ああ。武器にした所で、ペルソナが使えなくては意味は無いからな。」

そう、本来のフェイクフェスルの変わりに装備されたペルソナの物質化・武器化の機能…封印の言葉通り、ペルソナを仕えなくなる代わりに武器として扱えると言う物。

他の人間の場合、ペルソナが使えなくなっても複数のペルソナを扱える奏夜ならば、ペルソナが封印されても別のペルソナを扱えると言う訳である。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

イクサはガルルセイバーとイクサカリバーの二刀流でシースターファンガイアタイプに斬撃を浴びせて行く。

(…悪くないけど…やっぱり、キバの鎧に比べて使い難い気がするな…。)

時折反撃に電撃を放ってくるが、それらは全て奏夜の宿しているペルソナ『ドッガ』の持つ電撃無効の能力によって阻まれ、ダメージを与えられる物理的な攻撃ははっきり言って低い部類に入っている。

今のイクサは能力だけでも完全にファンガイアタイプを圧倒しているのだ。そうでは有るが、イクサシステムに使い難さを感じてしまう。それは、こう言う場合にキバの鎧と言う力を扱っているが故なのだろうか、扱い慣れていない故なのだろうか?と言う疑問が浮かんでくる。

(…それにしても…このファンガイアタイプ…。)

だが、それ以上に浮かぶのは…別の疑問。

(…そんなに強くない…。)

魔法主体の相手の魔法を封じてしまえばこんな物かもしれないが、それでも目の前のファンガイアタイプは弱い部類に入ってしまう。

(…気にする必要も無いか…。倒すべき相手で有る事には変わりない!!!)「トドメだ!」

金色のフエッスルを取り出し、イクサベルトのフエッスルリーダーにそれを読み込ませる。

《イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ》

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

ガルルセイバーを床に突き刺し、イクサカリバーを頭の上で両手で構えると、イクサカリバーの刀身が輝き始める。

背景に太陽を背負い、シースターファンガイアタイプをイクサカリバーによって一刀両断に切り裂く。これが、仮面ライダーイクサ・バーストモードの必殺技

「イクサ・ジャッジメント!!!」

『イクサ・ジャッジメント』がシースターファンガイアタイプを切り裂き、シースターファンガイアタイプは爆散する。

『討伐終了確認しました。お疲れ様でした。』

「ふう…。」

風花の戦闘終了の言葉を聞き、奏夜はイクサベルトからイクサナックルを外し、変身を解除する。

(…やっぱり、妙だな…。…簡単に終りすぎた…。)

現時点では一番イクサを使いこなせる自分がイクサを使ったとは言え、相手の攻撃の大半を無力化したとは言え、簡単に倒せてしまったと言う事実が奏夜には妙に納得できないのだ。しかも、モノレールの時、風花の時と言い、何かして来たはずのシャドウが今回に限って正攻法なのが気になるのだ。

「じゃ、帰りましょうか。……こんなトコ早く出よう。」

「ああ、そうだな。しかし、今回はあっさりしてたな。」

(…シャドウの反応が無いなら、これで終わりって事だろうね…。気にし過ぎも良くないか。)「そうだね。早く帰ろうか。ああ、これ、返します。」

イクサナックルを明彦に返しながら奏夜もゆかりの言葉に同意する。

「あ、れ? うそっ!? 扉が開かない!?」

扉を開けようとしたゆかりがそんな叫び声を上げる。

「なに!? そんな、バカな…。」

美鶴も加わって開けようとするが強い力で抑えられている様に扉は動かない。確認してみるが、鍵も開いている。

「くっ、二人共そこを退け!」

イクサナックルを使い明彦が扉を殴りつけるが、それでも壊れる様子も無い。

(やっぱり、これは…。)「山岸さん…シャドウの反応は!?」

奏夜は慌てて風花に向かってそう叫ぶ。

『えっ? はい。………。えっ……そんな、なぜ? 部屋の中にシャドウ反応! さっき倒したのとは……別のシャドウ!? いつのまに? どこ? どこにいるの?』

風花の焦った声が聞こえてくる。開かない扉、部屋の中に有るシャドウの反応……これはどう考えても完全に罠。

(…仲間を囮に罠にかけるなんて…随分とぼく達を高く評価してくれるね…。)

四人とも違いに他の三人の背中を守りながら、武器を構え部屋の中を見回す。

(…どこだ…? 何処に居る?)

丸く大きなベッドが有る中央の部屋。ベッドの向こうにはガラス張りのバスルーム、ベッドの横に奏夜の全身を映し出せそうなほどの大きさの鏡が置いてあり、部屋の景色を映し出していた。

(…あれ…?)

部屋の様子を眺めた瞬間奏夜は一瞬の違和感に襲われる。そして、違和感を感じた鏡へと視線を向ける。

(…この鏡…。)

部屋の中を映し出している鏡へと視線を向ける。ふと、横を見てみるとゆかりもその鏡へと視線を向けていた。

「あれ、この鏡、何か変じゃない?」

「ぼく達の姿を映していない。」

二人の言葉が響いた瞬間、鏡から発した光によって部屋の中が照らし出し、それを最後に奏夜の意識は眠りの中へと落ちて行った。



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第二十五夜

「……あ、れ?」

奏夜が気が付くとそこはホテルの一室だった。バスルームには誰かが入っているのだろう、聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、奏夜はベッドの上に腰掛けていた。

「……ぼくは…なにを…。」

今だハッキリとしない意識の中でそう呟き、ベッドに寝転がり天井を見上げた。

(ダメだ…意識がハッキリとしない…。)

何かを忘れている。そもそも、自分が何故ここに居るのかもハッキリとしない。気が付けばこの部屋の中に居たと言う感覚に捕らわれる。

(…誰とここに居るんだ…。)

バスルームから聞こえてくる音を聞く限り、誰かと共にこの部屋を訪れたのは分かるのだが、記憶に無い。誰かと共に入ったはずなのに、入った記憶が無い。

(どう言うことだ?)

そんな疑問が浮かび上がった時、

―享楽せよ―

「ッ!?」

突然、脳裏に響いたその声に表情を歪める。何故かその声には不快感しか沸かない。

―我、汝が心の声なり―

(…なんだ…この不快な声は!?)

―今を享楽せよ……見えざるものは幻……形ある今だけが真実―

(…………。)

言っている事を要約すれば、この“自称:心の声”は要するにこの状況を素直に受け入れろと言う事なのだろうか。

―今まで通り、無駄に生きる事を繰り返す―

(…無駄に…生きる!?)

その言葉に怒りを感じる。生きる事が無駄だと言うのならば…この声は、祖父や父や叔父の戦いや、生きてきた事も無駄だというのか…。

(…無駄なんかじゃない…。)

“今”の結果になってしまっているが、人を守る為に戦ってきた事が、人とファンガイアの共存出来る未来を信じて戦って来た事が無駄で有るはずが無い。

父の死が、叔父の戦いが、無駄であったはずが無い。

―未来など幻想、記憶など虚構……欲するまま、束縛から解き放たれよ……汝、それを望むものなり―

「……………けるな…。」

怒りに震えながら呟く。生きる事は無駄、未来など幻想、記憶など虚構…そう言ってしまった事が最大の失敗。

―汝、新に求むるは快楽なり。汝、今まさに…―

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁあ!!!」

奏夜の足元に広がるは『キバの紋』、奏夜の姿と重なる異形の影、奏夜の叫び声と共にその輝きは奏夜を捕らえていた不快な感覚の全てを吹き飛ばす。

未来が幻想であるわけが無い。未来は未来…形も見えないが今を積み重ねる事によって幾らでも形を変える“無限の可能性”その物。だから、父も叔父も目指した未来を作り上げる為に努力していた。

記憶が虚構であるわけが無い。記憶は記憶…だが、言い方を変えれば積み重ねられる受け継がれた思い。祖父から父へと受け継がれた思い、戦う意思が折れ、己の存在さえも否定した父が立ち上がる事に繋がったそれが虚構であるわけが無い。

「貴様が父の…叔父の…戦いを否定するな!!!」

―何故抗う……真実から眼を背けてはならない―

「…良いだろう…貴様の言う戯言が真実だと言うのなら、ぼくはそれを否定する。待っていろ…お前はぼくが…倒す!」

既に声は届かない。既にこの場には居ないであろう…いや、最初からこの場に居なかったであろう、その声の主に対して宣言する。

「キバット!」

「グゥ~。ふわぁ~…あー、良く寝た。って、どうしたんだ、奏夜? もう、終わったんじゃないのか?」

奏夜のポケットの中から飛び出したキバットは奏夜の顔を見るなりそう聞いた。

「それなんだけどさ…今回もどうやら敵はもう一体居たみたいだ。」

「なるほど、それでもう一体の敵って何処に居るんだ?」

そう言ってキバットは周りを飛び回りながら見回すが、当然ながら敵の影も形も有る訳が無い。

「あー…ここには居ないみたいだから、戻って貰える。」

「ん? ああ、それで、他の奴等はどうしたんだ?」

「うん、どうやらバラバラにされた…。」

そこまで言った後考え込んでしまう。

(あれ…さっきまでシャワーの音が聞こえてきていたような気が…。拙い、色んな意味で拙いかもしれない。)

「キバット、急いで戻ってもらえる。」

「ん? ああ。」

そう言ってキバットが奏夜のポケットの中に隠れる。他の誰かは影時間のホテルの中には居ない、居るとすればそれは仲間の中の誰かであるはず。シャワーの音が幻覚でなかったとしたら…。

(…岳羽さんと桐条先輩…どっちに転んでも拙い気がする…。)

そんな事を考えているとバスルームのドアが開き、ゆかりが現われた。

「……え? ……あれ、私……。」

彼女も何かに正気を乱されていたのだろう。素肌にバスタオルを巻いただけ言う、如何にもシャワーを浴びた後と言う姿だった。奏夜を見て、回りを見て、そして…バスタオル一枚の自分の姿を見て動きが止まった。

(ま、拙い……物凄く拙い気がする!?)

「え? ええっ! ……イ………イヤァァァァァァァァァァアッ!!!」

耳を劈く様な叫び声。同時に響いたのは乾いた平手打ちの音。そして、両腕で胸を隠すように抑えながら、バスルームの中へと全力で走っていくゆかり。

(痛い……。ぼく…何か悪い事した?)

床に倒れ伏しながら『走ると危ないよ~。』と心の中で走っていくゆかりに注意しながらそんな事を考えている奏夜だった。

『良かった、やっと通じたッ! 紅君、聞こえますか…って、どうしたんですか?』

通信を通じて聞こえてくる風花が心配そうに聞いてくる。

「大丈夫、それよりも山岸さん、状況は?」

『はい。フォローが遅れてごめんなさい……シャドウの精神攻撃のせいで、呼び掛けが届かなくて。』

精神攻撃…そう言われて見ると確かに納得できる。自力で打ち払う事が出来たが、今までのあの状況は奏夜もゆかりも確かに正気を失っていた。精神攻撃を受けていたと言われてみれば納得できる。場所が場所だけに効果覿面とでも言うのだろうか…。

(…あれ、そうなると…ここに居ない桐条先輩と真田先輩も同じ攻撃を…。)

そう考えた後、考える事を止めた。

『飛ばされたのもシャドウの仕業みたい。現在、真田先輩と桐条先輩、紅君とゆかりちゃんの組で分断されてて…。』

「分かった。…それで、連絡と…敵の位置は?」

『連絡は取れたんだけど…。それが…。』

風花の言葉によれば、シャドウの力はホテル全体に及んでいるらしいが、本体は先程と同じ部屋に居るらしい。だが、結界が張られているらしく、今のままでは手出しが出来ないと言う事だった。

「…面倒だね。」

『こっちは結界を解除する方法を探って見るから…。』

「うん、ぼく達は先輩たちと合流する。」

風花との会話が終わった直後、ドンと扉を閉める大きな音が部屋に響いた。制服を着たゆかりがバスルームから出てきたのだたろう。そう思ってそちらへと顔を向けた時、彼の視線の先には………顔を赤く染めながら殺気さえ感じられる眼で睨んでくるゆかりが居た。

彼女も風花から話を聞いて状況を大体は理解して居るようだ。

「ホラ、さっさと行くよッ!」

「は、はい。」

物凄く怒っていた。付いていく事を戸惑うほどの怒気と殺気を纏って歩いていくゆかりの背中を暫く見送っていたが、突然部屋の扉の前で立ち止まり、

「あのさ、さっきの事、ちょっとでも誰かに言ったら……。」

ドスの利いたプレッシャーを与えるような低い声。ゆっくりと、奏夜達の方へと振り返る。僅かに顔を赤くしながら、もの凄く睨んでいる。

「ゼッコー、だからね。」

絶交だけで済めば良いなと思いたくなるようなプレッシャーを感じながら何度も力一杯頷く。そして、今の彼女の怒りを知らしめる様に激しく大きな音を立てて扉は閉まった。

「こ、怖ッ!」

奏夜の心の声を代弁する様に言ったキバットの声が響くのだった。

そんな奏夜に対して一言送る言葉が有る。それは『ラッキースケベ』、君も亨夜の仲間入りだ♪

『どう見ても、アンラッキーだろう!!!by奏夜』

 

 

 

 

 

さて、階段を上っていった所で明彦と美鶴の二人と無事合流できたのだが…

「お。お前達、下に居たのか。」

「ええ、すみません。遅れてしまったみたいで…って、どうしたんですか?」

「な、何も無い! そんな事より、まさか、もう一体居たとは…。」

奏夜の問いに美鶴が怒りの形相で全力で否定してくれた。だが、その顔は僅かに赤くなっていた。

((絶対何か有ったな…。))

そんな二人の様子からポケットの中のキバットと共にそんな事を考えてしまう。

ハイエロファント及びシープファンガイアタイプ戦では、電撃が得意な相手だった。だが、何故か明彦の体には美鶴の得意な氷結系の魔法によるダメージ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が有った。

そんな事を考えていると、明彦と視線が合う。

「…真田先輩…。」

「…紅…。」

((お互い大変だったんだな…。))

ある意味、奏夜と明彦の二人がこれ以上無いほどに分かり合った瞬間だった。

『あ、あのー、結界を解除する方法が分かりましたけど…。』

一行の空気に口を出せなかったのであろう風花が通信を通してそう呟く。

「あ、ごめん。ご苦労様。それで、どうすれば敵の所に行ける?」

『うん。このホテルの鏡から、本体と同じ反応が感じられるの。それを壊せば…。』

「結界は解ける…。」

『うん。』

彼女の言葉に続く様に呟いた奏夜の言葉に風花も同意する。鏡と言われれて、奏夜も気が付いたのだ。『部屋は映っているのに、人間の鏡の映らない鏡』など異常な代物なのだから。

「そう言えばあの時、鏡がヘンだった気が…。」

「確かに、部屋だけしか映さない鏡なんて、如何にも怪しすぎる代物だしね。」

そう、本来、光の反射を利用して姿を映してみる道具だと言うのに、大型シャドウのいた部屋に有る鏡は室内は映し出していたのに、奏夜達の姿は映し出されなかった。

本体のいる部屋に結界が張られていて入れなく、ホテル内の鏡に大型シャドウの力が感じられると言うのなら、他の部屋にもそれと同じ鏡が有り、それこそが、本体のいる部屋の結界を生み出している装置となっているのだろう。

(…まったく…面倒な相手だな…。)

正々堂々と正面から向かってくる相手ではない事は理解していたが、今回は一段と手が込んでいる。

(…だから、試練か…。まあいいか…全力で潰させてもらうよ…今回は特にね。)

今回の相手は奏夜の逆鱗に触れてしまったのだ。

「それじゃあ、先ずは鏡を探そうか。今回の相手は精神攻撃が得意な様だから、固まって警戒して動こう。」

『精神攻撃』と言う言葉に奏夜の言葉に一同が表情を変えるが、特に美鶴とゆかりの二人が表情を強く変えていた。今まで見た事のない様な怒りの形相を浮かべている。

「さ、真田先輩…なんか…物凄く二人が怖いんですけど…って、イクサナックルは…?」

「…美鶴に持って行かれた…。」

「…直々に叩き潰したいみたいですね…イクサまで使って。」

「…ああ…。」

そんな二人に恐怖を感じながらそんな会話を交わす奏夜と明彦。

冗談抜きで使用制限など考えずに遭遇した瞬間イクサを使って変身しそうな美鶴に対してなんと言って良いのか分からない奏夜達だった。

「ほら、早く行くよ!」

「グズグズするなッ! さっさと結界を潰して、本体を片付けに行くぞッ!!!」

「「ハ、ハイ!」」

そんな様子を見咎めた女性陣が声をあげる。思わず二人揃ってそんな声を上げてしまう二人で有った。…流石に、怒りの矛先が自分達に向いて欲しくなど無い。

ホテルの中の部屋数が多い事も有り、その散策は困難だった。普通の鏡は見つかるのだが、中々見つからない。木を隠すには森の中とは良く言ったものだと思ってしまう。なお、時々出てくる通常のシャドウなのだが…。

(…同情するよなぁ…。)

(そうだな…。)

中々鏡が見つからない事で怒りのボルテージが上がっている女性陣によって、ストレス解消の如く、奏夜が指示するよりも早く…女性陣によって消されていった。そんなシャドウに対して思わず同情してしまう奏夜であった。

しかも、やっと見付けて破壊したのだが、まだ結界を張っている鏡が有ると言われて再び探索に入ったのである。

結界が解けたのは結局、二枚目の鏡を破壊した後だった。

『この先に本体がいます。』

そして、再び三階は『法王の間』に辿り着くのだった。

「ここにいるのか……敵が。」

無表情に笑う修羅…もとい、美鶴。

「覚悟してよね。」

クスクスと楽しそうに笑う修羅…もとい、ゆかり。

二人の修羅は息の有った風と冷気の同時攻撃で扉を吹き飛ばし、一気に部屋の中へとなだれ込んでいく。

「ちょ、ちょっと、二人共…少しは落ち着いて!」

「お、おい!」

遅れて部屋の中に入っていく奏夜と明彦の二人。

部屋の中に居たのは、羽のような物の生えた大きなハート型の物体がベッドの上に浮かんでいた。その体はガラスの様に赤く半透明だった。

(…確か、法王の次は…『恋愛』のアルカナ…。らしいと言えばらしいけど…似合わないと言えば似合わないよな…。)

妙に冷めた様子でそんな大型シャドウ…恋愛のシャドウ…『ラヴァーズ』を眺めていた。

『このシャドウが精神攻撃の元凶です!』

風花のアナライズによって、ターゲットが定まった女性陣二人の怒りが遂に…一気に爆発してしまった。

「アンタのせいで……乙女の心を弄んだ罪の重さ、たっぷり教えてやるんだから!!!」

「…貴様には辞世の句を考える暇すら与えない…。持てる力の全てを持って処刑してくれるわ!!!」

召喚器、弓、イクサナックル、レイピアと言った武器を持って怒りが最高潮に達した二人が叫ぶ。

「山岸さん…アナライズよろしく…。」

『りょ、了解、分析して見ます。少し時間を下さい。』

「分かった、二人共…。」

「「覚悟ぉ!!!」」

《レ・デ・ィ・ー》

「…うん、良いよ…戦って…。」

イオを召喚するゆかり、美鶴に至ってはイクサナックルを使い、変身する準備までしてしまっている。…許可しないと、拙いだろう…奏夜の命が…。

「変身!!!」

《フ・ィ・ス・ト・オ・ン》

美鶴が変身するとバーストモードではなく、セーブモードに変形するイクサ…。こうして、本日二度目の戦いが開始されたのだった。

 



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第二十六夜

ゆかりのペルソナのイオが放つ中位疾風魔法(ガルーラ)とイクサセーブモードに変身した美鶴のイクサカリバーによるガンモードからの接近しながらの銃撃から接近後の斬撃と言うコンボ放たれる。

攻撃で受けた衝撃によって後方に飛ばされるのだが、何事も無かったかのようにラヴァーズは何事も無い様にフワフワと宙に浮いている。

二人の攻撃が効いていない訳ではない。だが…ラヴァーズの様子からはダメージを受けている様には見えない。

「…何と言うか…。」

「…手が出せないな…オレ達…。」

女性陣二人の猛攻を眺めながら手の出しようの無い奏夜と明彦の二人でした。

「…真田先輩…本当に何もなかったんですか?」

「…紅…お前こそ…。」

「「あ、あははは…。」」

思わず顔を見合わせながら乾いた笑いを浮かべてしまう二人であった。

そして、二人は同時にこうも思う。…『今後、この事については“絶対に”触れないようにしよう』と。

『あの、紅君…敵の解析できたけど…必要…なのかな?』

そんな二人に風花の言葉が聞こえてくる。

「ああ、山岸さん…ごめん、教えてもらえる。」

『はい。敵、恋愛タイプ、(ハマ)系と(ムド)系が効きません。弱点は特にないみたいです。それと、魅了する攻撃が得意みたいです、気を付けて下さい!』

全員に聞こえるように風花がアナライズの結果を報告する。

「ッ!? 魅了って…拙い!?」

思わず風花の報告を聞き、最前線で尚も猛攻を続けているイクサセーブモード(美鶴)とゆかりの二人へと視線を向ける。

「ああ、今のあいつらには特に、な。」

明彦も風花の報告によって危険性に気が付いたのだろう。グローブを握りラヴァーズを睨み付ける。

精神攻撃に対して冷静さを欠いている今の二人では簡単に引っかかってしまう事だろう。…敵をバラバラに分散して自分の得意な精神攻撃をしやすくする下地を作る。上手く考えられた作戦だ。知能であっても、本能による行動であっても恐ろしい以外に言葉は無い。

そう思って動き出そうとした瞬間、ラヴァーズは部屋の天井近くまで飛び上がって二人の攻撃を回避する。

「ああ、この! 逃げるなぁ!!!」

「こいつ!」

女性陣二人が悔しげな声を上げた時、奏夜はペルソナの一つガルルを呼び出す。

「二人とも、そこを退いて、叩き落す。真田先輩、追撃よろしくお願いします!」

「ああ!」

ふわふわと浮いて攻撃を避け様としているのならば、強制的に叩き落せば良い。そして、奏夜のペルソナ・ガルルにはそれが可能なのだ。

「食らえ…グラ…。」

―中位火炎魔法(マハラギオン)―

奏夜が重力魔法で強制的にラヴァーズを叩き落そうとした時、部屋中を包むほどの炎が巻き起こる。

「ぐっ!」

「きゃあ!」

「くっぅ!」

火炎(アギ)系の魔法に耐性が無い奏夜、明彦、ゆかりの三人が吹き飛ばされる。…弱点では無いとは言え、かなり無防備な状態で火炎魔法を受けたのだから、ダメージは小さくは無い。

だが、そんなダメージが小さい程度(・・・・・・・・・・)の三人よりも被害が大きい者がこの場では一人存在している。

「うわぁぁぁぁぁぁああ!!!」

火炎(アギ)系を弱点として持っている美鶴の存在である。イクサの持つ防御力によってダメージは軽減しているが、それでも弱点で有る炎の魔法を受けたのだから、そのまま床を転がって倒れる。

「桐条先輩!? 岳羽さん、桐条先輩に回復を、真田先輩、ぼくと前に…。」

「ああ!」

「あ、うん。分かった。」

素早く明彦とゆかりに指示を出し、奏夜は片手剣を持って切り掛かっていく。

乾いた音と共に撃ち出される蒼き人狼のペルソナ、使用するのは重力系でもなく、疾風系でもない攻撃スキル。それを使う指示を出した瞬間、奏夜は僅かながら全身から体力が抜ける事を感じる。

「食らえ…月影!!!」

奏夜と重なった蒼き人狼のペルソナが両腕の爪により、ラヴァーズの体を引き裂く。

「ポリデュークス!!!」

続いて加えられるのは明彦のペルソナ・ポリデュークスの拳(ソニックパンチ)。連続して打ち込まれる物理攻撃。それによって傷を負っているはずなのだが、ラヴァーズはそれを気にした様子さえ見せない。

「くっ、ダメか!?」

「まあ、そう簡単に行くとは思ってなかったですけどね。」

悔しげに叫ぶ明彦に奏夜は冷静に返す。今まで散々ゆかりとイクサセーブモード(美鶴)の猛攻を受け続けていたのだから、全力とは言え簡単に倒せる訳が無い。

そんな奏夜と明彦に対して、ラヴァーズは反撃として透き通ったピンク色の体の中から矢を放つ。

「「ッ!?」」

二人はそれを後に跳ぶ事で回避する。それと同時にラヴァーズの体に突き刺さる氷の礫と矢。

「美鶴!?」

「岳羽さん!?」

その攻撃の主に向かって振り向く。

「紅、明彦、心配を掛けてすまない。」

「ここからが反撃よ!」

戦線に復帰したゆかりとイクサ(美鶴)の二人の言葉を聴き、奏夜はラヴァーズの姿を視界に納めた時、再び奏夜に向けて先ほどの矢が飛んできた。

「っ!?」

素早くそれを切り払う。ハートの鏃の付いた『キューピットの矢』を連想させるそれに妙な感覚を覚える。

「(…こいつ…この攻撃…。)精神攻撃…こいつ…まさか…『精神攻撃』する事を狙っている。」

その矢にも目の前のシャドウの有する魅了の力が有ると仮定すれば、その推測は正しいだろう。だが、その先が見えてこないのだ。

反撃を開始した三人の攻撃を避けながら、時折ハートの矢を放って反撃するラヴァーズの姿を睨み、剣を構えて床を蹴る。ガルルのペルソナの与える身体能力の強化の恩恵を最大限に利用し、ラヴァーズへと切り掛る。

「はぁぁぁぁぁああ!!!」

「紅君、何してたのよ!」

剣戟を回避したラヴァーズの体を蹴り着地する奏夜の背中に向かってゆかりが叫ぶ。

「…桐条先輩、岳羽さん、真田先輩…もう一度言う…相手の魅了には要注意。それと…あの矢には絶対に当たらないように!」

「魅了は兎も角、あの矢にも当たるなと言うのは、どういう事だ?」

「多分ですけど…あの矢にも魅了の効果が有ります。…ぼく達を混乱させての同士討ち…なんて可愛い考えだったら、良いんですけどね…。」

真田の問い掛けに対してラヴァーズに注意を向けながらそう答える。

 

「そんなの、使われる前に返り討ちにしてやるわよ!!!」

「その通りだ!」

戦闘による精神高揚も手伝って必要以上に冷静さを欠き始めている二人に対して内心溜息を付いてしまうが、それほど速くない矢ならば簡単に防ぐ事はできるので油断せずに居れば問題ないだろう。

(まあ、二人の言う事も一里有るか。)

敵が何かを狙って魅了攻撃を続けていると言うのならば、それをさせる前に倒してしまえばいいのだから。

「岳羽さん、魔法と弓で援護…。」

「うん、分かった。」

「桐条先輩はガンモードのイクサカリバーを使って援護…でも、炎の魔法には注意してください。」

「分かった。」

「真田先輩もぼくと一緒に物理攻撃を…でも、矢にだけは気を付けて下さい。」

「ああ、分かった!」

三人に素早く指示を出す。冷静さを欠いている女性陣は危険を避ける為に援護を任せて、奏夜は床を蹴りラヴァーズへと向かって走り出す。

「ハァァァァァァァア!!!」

「オォォォォォォォオ!!!」

奏夜の剣戟と明彦の拳がラヴァーズへと向けて放たれようとした瞬間、そのハート型の体を上下に動かし、両脇にある羽の様な物を一度羽ばたかせる。

それを見た瞬間、奏夜の本能的な部分は警鐘を鳴らす。

『注意してください、精神攻撃! 魅了です!!!』

「なっ!? 拙い!?」

風花の警告が聞こえ、奏夜の叫びが響いた瞬間、

魅了魔法(マリンカリン)

破壊ではなく気色が悪いほど心地よい光が部屋中を包み込む。

心の中に入り込もうとする異常な感覚。敵であるラヴァーズに対して吐き気のする愛おしさを感じてしまう。感覚を狂わせる愛おしさと、それを拒絶するように感じられる嫌悪感。

片手剣を床へと突き刺し、空いた手で自分の顔を殴り、心の入り込もうとする感覚を振り払う。

「はぁ…はぁ…。(耐えられたけど、最悪の気分だ…。)」

横を振り向くと明彦も耐えられた様だ。呼吸を整えながらラヴァーズへと視線を向けると、奏夜達の横を通り過ぎていく影が二つ…。

「敵見ーけ。」

「ああ、こっちもだ。」

明らかに正気を失っている虚ろな瞳で弓を向けるゆかりと、イクサの仮面の奥でその瞳の色を窺い知る事は出来ないが、奏夜と明彦にイクサカリバーを向け、恐らくはゆかりと同じ瞳の色をしているであろう美鶴。

「真田先輩…。」

「魅了の回復はできないのか?」

「…残念ながら、バッシャーはもう少し成長しないと無理です。」

「そうか。……なら、ケガをさせない程度にやるしかないな。」

「…でも、イクサシステム付きだとそれも難しいですよ…。」

「なら…二人を避けてあいつを叩き潰すしかないか。」

「そうですね。」

「なーに話してるのよ!?」

離し終わると同時にゆかりが奏夜達に向かって矢を放つ。しかも、容赦なく急所を狙っている。

「くっ! 岳羽さん…目を覚ませ!」

「うるさいわよ、このスケベ!!!」

「って、ええ!?」

『な、何か有ったの、ゆかりちゃん!? 紅君、どういう事!?』

「って、山岸さん、違うから!!!」

本当に正気を失っているのか分からないゆかりの言葉に思わずそう叫んでしまう奏夜に罪はないだろう。…寧ろ、風花の方が余計にその言葉に食らい付いているが。

ふと、横に視線を向ける。イクサセーブモードの攻撃を必死になって避けている明彦は今回の作戦の最大の被害者だろう。

『ああ!? 気を付けて、最高位ランクの攻撃が来ます!!!』

攻撃を避け続けている奏夜達に風花の警告が響く。ラヴァーズの上に現れる巨大なハート…。妙に可愛らしいのだが…外見からは想像できない凶悪さを有している事は直に…直感的に理解できてしまった。

(…くっ!!! 仕方ない…怪我の一つや二つ覚悟しよう。)

イクサの相手をする羽目になった明彦には期待できない。そう考え、奏夜は回避の為の足を止め、ラヴァーズへと向かって走り出す。

「きゃあ!」

矢を番えた瞬間を狙ってゆかりに足払いを仕掛け体勢を崩させると、片手剣を投げ捨てながら召還器を手に取る。呼び出すのは一撃必殺の攻撃力を誇る紫紺の巨人…相手のスキル発動の前に敵を叩く。

「ドッガ!!!」

巨人のペルソナが豪腕を叩き合わせ、空中に浮かぶと同時に巨大な紫紺の鉄拳となり、それがラヴァーズへと振り下ろされる。

それと同時に落下するラヴァーズの上に浮かぶハート。

ぶつかり合うのは二つの高位攻撃スキル。

―サンダースラップ!!!―

―ハートブレイカー!!!―

激突するは紫電を纏った鉄拳とハートの破裂した衝撃。二つのスキルの激突…。

だが、それは…特定条件化のみ攻撃力の発生する全体攻撃と単体に対して最大の破壊力を持った雷撃の鉄拳…。

その二つのスキルの性質の違いがこのぶつかり合いの結果を分けたのだ。

「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

ハートを砕き、叩きつけられた紫紺の鉄拳はラヴァーズの体をガラスの様に砕き、その破片は影となって消滅して行った。

「はぁ…はぁ…はぁ…。」

最後に床に硬い物が落ちる乾いた音が響く。其れと同時に、

「お、終わったのか?」

ボロボロになった明彦が奏夜へと話しかける。間違いないだろう…彼がこの戦いの最大の被害者だ。

「ラヴァーズ…どうやら、また私は精神攻撃を受けたようだな……。なにやら、かなりすっきりした気分だが…?」

正気を失っていたとは言え、スッキリとした表情でベルトを外し変身を解いた美鶴。……間違いなく、明彦を相手にストレス解消したのだろう。

「なんだか私は余計にイライラが溜まった気がする。」

攻撃を避けられ続けた挙句に転ばされたら無理もないだろう。余計にイライラした様子のゆかりだった。

「気を付けて…みんな…。多分、再生が来るよ…。」

『はい、紅君の言うとおりです。敵の反応、健在です!』

そう言葉が響くと同時に人型の黒い泥人形と共にラヴァーズの仮面…『Ⅵ』の数字が刻まれた『恋人』のアルカナの象徴する仮面が浮かび上がる。

黒い泥人形は子供の粘土細工の様に人の形から、人とカメレオンを混ぜ合わせた形へと練り上げていく。かつて先代のキバと戦ったファンガイア『カメレオンファンガイア』の物へとその形を作り上げていく。

ゆっくりと黒い泥に仮面が装着され、完全に一体化すると同時に、焼き上げられた陶器のように硬さと色彩をえる。

第六のファンガイアタイプ…『カメレオンファンガイアタイプ』がその姿を現したのだ。

「第二ラウンド…の二回目か…。」

「いい加減…勘弁して欲しいね…。」

「まったくだな。」

「そうですね。」

カメレオンファンガイアタイプと対峙しながらそれぞれの武器を構え、美鶴が再びイクサへと変身しようとした時、カメレオンファンガイアタイプは咆哮する。其れと同時に…

『気を付けて下さい。………き……ま…す。』

「山岸さん!?」

風花からの通信が警告と共に段々と途切れていく。そして、完全に通信が途切れた瞬間、パーティーメンバーそれぞれの前に鏡が現れて、その姿を飲み込んでいく。

「またか!?」

カメレオンファンガイアタイプを睨みつけながら、鏡の中に吸い込まれていく感覚と共に奏夜は、

「キバット!」

「オゥ! ガブ!!!」

鏡に飲み込まれながら、キバットが奏夜の腕を噛み、腕から頬へとかけてステンドグラスのような物が浮かび上がり、全身に魔皇力が迸り、同時に彼の腰にカテナが巻きつき、キバットベルトが出現する。

「変身!!!」

バックル部分にキバットが座しキバの鎧を身に纏い奏夜は仮面ライダーキバへとその姿を変えると同時に鏡の中へと消えていったのだった。



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第二十七夜

「あいつ…また、バカの一つ覚えみたいに…。」

ホテルの一室の中でキバはそう呟く。

『いえ、そうじゃないみたいです。』

「おいおい、ふーかちゃん、それってどういう事だよ?」

風花からの通信が響き、ベルトから離れたキバットがそう問い掛ける。

「…続けて…。」

『はい、それが…ホテルの中からシャドウの反応がしないんです。』

「…反応がしない? …シャドウが逃げたって事なのか…?」

風花の言葉にそう考えるが、その考えは続けられる風花の言葉によって否定される。

『いえ、それが…その…時々、ホテルの中からシャドウの反応が出てくるんです…。それに、皆さんの位置も…その…解らないんです。…すみません…。紅君の位置は…直に解って通信出来たんですけど…。』

「っ!? まさか…。」

「おいおい、それって…。」

敵の狙いは敵を分散し、反応を消しての各個撃破である事は予想できる。

「……………状況は最悪。…分散された上に、味方の位置も解らない以上、変身したのが仇になったかな?」

「だな。」

キバが敵と思われている以上、下手に変身した今の状態で鉢合わせてしまったら、味方からも攻撃を受ける事になる。だが、逆に変身を解除していたら、それでは今度はファンガイアタイプへの対抗手段がなくなってしまう。

突きつけられているのは、味方に攻撃される危険性と、ファンガイアタイプへ対抗できないと言う、どちらがマシかと言う選択。当然選ぶべきは後者の選択なのだが…。

「仕方ない…山岸さん…敵の反応が有ったら、直に連絡を…。」

『はい!』

「ヨッシャー、キバッて行っくぜー!」

風花の返事とキバットの掛け声を聞き、キバは部屋を出て行く。

キバは油断なくホテルの通路を一歩ずつ進んでいく。暫く歩いていくとキバが通り過ぎた場所の天井が動き始め、カメレオンファンガイアタイプが姿を現し、背後からキバに襲い掛かる。

完全な不意打ち。だが、

『っ!? 紅君、後ろです!』

響く風花の通信に反応し振り向き様に放たれたパンチがカメレオンファンガイアタイプの体に叩きつけられる。

「っ!?」

反撃を受けたカメレオンファンガイアタイプは慌てて天井へと飛び付き、その姿を消していく。

『っ!? 敵ファンガイアタイプ、反応が消えました! もしかして、攻撃する時だけ反応が…。』

「反応だけじゃなくて、姿も見えなくなっている。だけど…。」

素早く床を蹴り跳ぶと、キバは蝙蝠の様に上下逆様に天井へと着地すると前方へとパンチを放つ。

「っ!?!?!?」

何もない場所にキバのパンチがぶつかる衝撃音が響くと、カメレオンファンガイアタイプの姿が現れ、床へと落下する。

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!」

そのまま天井を蹴り、仰向けになって倒れたカメレオンファンガイアタイプへと落下の勢いを利用して追撃となる飛び蹴りを放つ。

「!?」

響く衝撃音と共にカメレオンファンガイアタイプの体に皹が入って行き、そして、鏡が割れるような音と共にカメレオンファンガイアタイプが砕け散る。

「オッシャー!」

『いえ、違います!』

キバットの勝利の叫びと共に返されるのは風花からの警告。そして、次の瞬間、キバの視界が再び光に包まれ、

「くっ!」

何時の間にかカメレオンファンガイアタイプにトドメの一撃を放った体勢でホテルの一室へと転送されていた。

「お、おい、こいつは!?」

「シャドウの部屋の封印の時と同じ仕掛け…しかも、今度は敵が…か。」

『そうみたいです。』

思わず今までの仕掛けで踊らされていた時の事を思い出してしまう。しかも、今回は破壊してしまうと転送されるのは一定の戦闘力を持っているシャドウの偽者であり、戦わない訳には行かない。

『…あっ、また別の反応が…三つも同時に…。あっ、反応消えました。』

「…あー…。えーと、他のみんなも同じ状態って事に…。」

『そうみたいです。えーと、紅君の現在地は一階…シャドウの反応が有った場所は二階ですけど…。』

続けられる風花の言葉は理解できる。…ホテルは三階まで有り、何処かに居るにしても、二階とは限らない。

「仕方ない…端から虱潰しに倒していくしかないか…。」

溜息交じりでそう呟いてしまう。敵は姿を消して己の反応さえも消している上に、偽者が複数存在し、偽者は先ほどまでの鏡と同じ様に破壊…倒してしまうと、転送される。その上に何処かには本物が隠れている。

なお、他のS.E.E.Sの面々はと言うと…

美鶴の場合

「ふっ、不意打ちとは姑息な前をしてくれるじゃないか。ペンテシレア!!!」

炸裂音と共に現れる美鶴のペルソナ・ペンテシレアから放たれる氷の刃がカメレオンファンガイアタイプへと突き刺さる。そして、キバ(奏夜)の時と同様に砕け散ると同時に彼女の視界が光に包まれ。

「ふっ…ふっふっふっふっ…またこれか…。いいだろう、本体を見つけ次第処刑してくれる!!!#」

バスルームへと転送された美鶴でした。

明彦の場合

「行くぞ!」

気合の叫び声と共にイクサへと変身した明彦がイクサナックルを装備した拳でストレートを放つ。

「トドメだ!」

《イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ》

続けて放たれるジャブと左ストレート…そして、トドメとして顎を狙って放たれるアッパー。それによって発生した皹がカメレオンファンガイアタイプの全身に広がり、

「はぁ!」

フエッスルリーダーに金色のフエッスルを読み込ませ、輝きの増したイクサナックルを叩きつけようとする。勢い良くダメ押しで放たれた必殺技『ブロウクンファング』が直撃する前に、カメレオンファンガイアタイプの体は砕け散り、光に包まれ、

ドガァァァァァァァァァン!!!

衝撃音と共にイクサは破壊していた。…ベッドを…。

「な!? これは!? またか!?」

そう叫び急いで部屋から出て行くイクサ(明彦)だが、どうでも良い………本当に、本当にどうでも良い事だが、部屋の中には棺桶が二つほど存在していたのには気が付かなかった様だ。

…(影時間を認識できない者達の感覚では)突然壊れたベット…影時間が解けた後のリアクションが非常に気になる所だ。

ゆかりの場合

「もう、みんな何処行っちゃったのよ。風花から通信も聞こえないし…。」

一人単独で行動しているゆかりだが、幸いにもホテル中に出没しているカメレオンファンガイアタイプとは出会っていない様である。

そんなゆかりの前をキバに変身した奏夜が通り過ぎていく。

「あれは…キバ!」

周囲を見回すが周りには仲間の姿はない。本来直接的な戦闘力は比較的低い部類に入る彼女だが、彼女のペルソナ・武器も仲間の前衛を必要とするタイプ。それが、彼女に次の行動を躊躇させる。

「良し!」

暫しの従順の後、意を決して弓を構えてキバの通り過ぎていった方向へと走っていく。

「キバだけじゃなくて、シャドウも! えーい!」

キバと格闘戦を繰り広げているシャドウへと向かって矢を放つゆかり。

矢が当たると同時に皹が入り砕け散り、光に包まれるとキバとカメレオンファンガイアタイプの姿は消えていた。

「あれ、何処行っちゃたの?」

 

 

 

 

 

 

 

場面は戻って奏夜…

『えーと、さっきの矢はゆかりちゃんだったみたいですね…。』

「そうだね。」

二度目の転送の際に思いっきり、対象を失ったパンチが壁を砕いていた。思わず後の事が気になる所だ…。

思えばシャドウではなく、キバとイクサのダブルライダーによってホテルを破壊しているとしか言えない状況に陥っている奏夜達で有った。

「…今回のシャドウって、このホテルにでも恨みが有るのかな…?」

「なんか、そう思えてくるな。」

『そうですね。』

溜息混じりに溜息を付くキバ、キバット、風花の三人だった。

『でも、紅君、本体を倒さないと永遠とこれが続いちゃいますよね。』

風花の呟きと共に何処かから衝撃音が響き渡る。…誰かがまたホテルの中を破壊したのだろう…。

「…そーだな~…。時間掛けてたらオレ達がホテルを全壊させちまうよな~。」

「…えーと、山岸さん…あいつの位置は解らない?」

『はい、すみません…ホテルのマップくらいは解るんですけど、相手の位置は解りません。』

風花の言葉に思わず肩を落としてしまう。キバットの言葉通りこのままでは自分達によってホテルを破壊してしまう結果は目に見えているだろう。

「はぁ…流石に相手が沢山居るとバッシャーの力を借りても、どれが本体なのかは解らないし…。」

「他の連中でも…なぁ。シルフィーちゃんなら、相手の魔力は感知できるかも知れないけどな…。」

「シルフィー姉さんだと、相手の位置は解っても、地形が見えないと当たらないし。…待てよ…山岸さん…地図は解るんだよね?」

『はい、それだけなら…。』

風花の言葉を聞きベルトからリーフグリーンのフエッスル『シルフィーフエッスル』を取り出す。

「そうか、フーカちゃんとシルフィーちゃんの力が有れば!」

「そう言う事。行くよ!」

「頼んだぜ、シルフィーちゃん! 『SYLPHEE ARROW』!!!」

風に乗り響き渡るのはフエッスルの音色…その音色が招くのは必中の弓矢。

~♪ ~~♪ ~~~♪

「ふっ…うふふふふふふ…。」

キャッスルドランの中に響き渡る音色に聞き惚れながら怪しく笑っている彼女…シルフィーに対して他の三人は完全にドン引きしている。

「うわー、完全に始まっちゃったよ…。」

「なん、だか、不気味。」

「…おい、サッサと行ったらどうなんだ?」

そんな怪しいシルフィーの雰囲気に対して、完全に他の二人が引いている中、流石はウルフェン族最強の戦士の面目躍如(?)と言った所か、意を決してシルフィーに対してそう言う次狼。

「はっ! そうでした! 奏夜さま、貴方様の従者…このシルフィー、只今参ります。」

一礼と共にシルフィーの服装が緑色のドレスの様な鎧へと変わって行き、両腕に鎖のついた腕輪が現れる。そして、シルフィーが祈るような体制を取ると、そのまま彫像の様な大型の弓へと変わり緑色のオーラに包まれ、飛び去っていく。

「行ってらっしゃ~い。」

「行って、らっしゃ、い。」

「はぁ、これで暫くは静かになるな。」

「そうだね。」

「う、ん。」

キャッスルドランの中は今日も平和だった。

キバの前に現れる一枚のカード。シルフィーのペルソナの絵が書かれたペルソナカードが砕け、その中から現れるのは彫像の姿のシルフィー。そして、キバがそれを手に取った瞬間、彫像は形を変え、『魔精弓シルフィーアロー』へとその姿を変えた。

シルフィーアローを回転させながら真上へと振り上げると同時にキバの全身に(カテナ)が巻きつき、全身の鎧が小柄な物へと変わっていき、腰の部分には追加装甲、同時に背中に緑色のマントが現れる。

「ハァァァァァァア!!!」

キバットの目もリーフグリーンに変色し、最後に一瞬だけシルフィーの幻影が現れ、それがキバに吸い込まれるように消えていくと、キバの目もリーフグリーンへと変色する。

そして、獲物を狙う狩人の如く、『仮面ライダーキバ・シルフィーフォーム』へと姿を変えたキバが己の身長と同等の弓を前方へと突きつける。

「山岸さん、ホテルのマップを…三階まで。」

『は、はい!』

奏夜の言葉に従い、風花は今までの行動でマッピングしたホテルの地図を伝える。

続いて使うのはシルフィーフォームの持つ魔力感知能力を使い、仲間のペルソナと敵の持つ魔力より、風花から伝えたられた地図に敵と味方の位置を正確に表示させる。

「全ての敵の位置…捕らえた…!」

「よっしゃー、行っくぜぇー!」

キバットの叫び声と共にキバはシルフィーアローをキバットへと近づける。

「『SYLPHEE BYTE』!!!」

キバットがシルフィーアローのリムに噛み付いた瞬間、キバとシルフィーアローに流れる魔皇力が倍増し、緑の光の矢の形に圧縮される。

シルフィーフォームの最大の特徴こそ、『魔力の感知及び操作』に有る。他のフォームでは真似できない完全なる制御。また、シルフィー達エルフ族は13の魔族の中で最も魔力のコントロールに長けていながら、その魔力や戦闘力は最弱に位置していた。

だが、キバの力となった今は…その力は十二分に発揮できるのだ。

『す、凄い…私には全然解らなかったのに…。』

「これがシルフィー姉さんの力だよ。でも、山岸さんの力が無きゃここまで正確には解らなかった。」

『はい。』

「よっしゃー、決めるぜ!」

「うん!」

リムから伸びる光の弦を引き絞り魔皇力の矢を引く。

その瞬間、夜の支配者がキバへと移り、禍々しい満月が消え去り、月の消え去った新月へと変わり、闇夜の中で輝く矢がキバの姿を照らし出す。

その瞬間、キバSFの脳裏にホテルの地図と全ての敵と味方の位置が映し出される。

千の敵を同時に撃ちぬく千の矢にも、巨大なる敵さえも打ち抜く巨大な矢にも変わる変幻自在の無限の矢。それこそが、シルフィーフォームの必殺技。

SYLPHEE(シルフィー) INFINITE(インフィニット) ARROW(アロー)!!!』

シルフィーアローより放たれた矢は無数に分裂し、ホテルの中に広がっていく。

「な、なんだ、これは!?」

イクサの周囲で姿を消していたカメレオンファンガイアタイプが次々と緑の光の矢に打ち抜かれ、姿を晒していく。

「な、なによ…これ?」

一瞬にして無数のファンガイアタイプが打ち落とされていく姿に呆然と呟く、ゆかり。

「これは、まさか…キバ…なのか?」

直感的にそれがキバの仕業と言う事に考えが至る美鶴。

次々と打ち抜かれていく事で新しい者が生まれるよりも早く偽者が全滅すると、本体…本物の存在が白日の下へと晒される。

「終わりだ。」

そう呟き、第二射を放つと、それは法王の間に潜んでいたカメレオンファンガイアタイプへと正確に向かっていく。

慌てて逃げ出すカメレオンファンガイアタイプだが、それは正確にカメレオンファンガイアタイプを追跡し、突き刺さる。

それと同時に祈る様な女性の影が浮かび上がり、カメレオンファンガイアタイプは爆散する。

『敵反応消失、みんなの反応も戻りました。お疲れ様でした。』

勝利を告げる風花の言葉がキバの勝利を祝福する様に響き渡るのだった。

敵の反応が消えた事、キバによって倒されたらしい事を連絡し、一階ロビーで風花、順平の二人とも合流する。

「大丈夫ですか?」

階段を降りてきた美鶴に風花が話しかける。

「ああ。しかし…今回もまたキバが現れたのか?」

「はい。私は確かに見ましたから。」

美鶴の言葉にそう答えるのは今回、唯一キバの姿を目撃したゆかりがそう答える。

「んだよ、キバの奴、何処から入り込んだんだ? 正面から入ってくれば、オレっちがガツーンと一発、汚名挽回「…だから、汚名は返上だよ…。」汚名返上してやる所だったのによ。」

思わず順平の言葉に突っ込みを入れる奏夜。

「しかし、オレ…今日の作戦、出なくて良かったかもな…。」

「「…確かに…。」」

思わず順平の言葉に同意する奏夜と明彦の二人。順平が参加した場合…美鶴に氷漬けにされるか、明彦と同じ部屋で目を覚ます可能性が有った訳なのだから…色んな意味で参加しなくて良かっただろう。

そんな事を話しながらホテルの前から歩き去っていく一同の中、ゆかりは奏夜の背中にそっと近づき、小声で『さっきはごめん』と謝った。

「うん。もう、気にしなくていいよ。」

同じくその一言で答える奏夜。

「そうだ、ゆかりちゃん。あの…この前頼まれた事なんだけど…。」

歩きながら風花とゆかりの二人はひそひそと話している。無言で頷く風花と、その返答に満足そうなゆかり。

そうして、この日の作戦は終わりを告げたのだった…。



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第二十八夜

7月11日…

ホテルでの法王(ハイエロファント)恋人(ラヴァーズ)の大型シャドウと戦った時から四日後の11日の作戦室…奏夜を含めるS.E.E.Sの面々が報告の為にそこに集まっていた。

「以上が七日に行った作戦のあらましです。」

「ふむ。イクサシステムも、上手く機能してくれたお蔭で安心したよ。間に合うかは解らないけど、前回の戦闘データを元に強化も考えておくから、楽しみにしていてくれ。」

そう言った後、幾月は一息入れ、

「さて、これまでの調べでシャドウが12のカテゴリーに分類できるのは前に話したよね。」

美鶴からの報告に頷き幾月はそう告げる。

「確かタロットカードの『Ⅰ』から『ⅩⅡ』…『魔術師(マジシャン)』から『刑死者(ハングドマン)』まででしたよね。…って、そのカテゴリーに無いのが、一体だけ居ませんでしたっけ…恐ろしいのが…;」

幾月の言葉に補足する様に告げた後、奏夜は以前のタルタロス探索で『あるシャドウ』から必死になって逃げた記憶を思い出す。

タルタロスのその階層に存在するシャドウの中で異質なまでに強大な力を持ち、今まで確認されたシャドウのどのカテゴリーにも当てはまらず、前に立つだけで…否、同じ階層に居るだけで『死』を突きつけられた様な恐怖を感じさせられた相手。影時間の中で死を告げる『ⅩⅢ』のカード『(デス)』のカテゴリーに分類された死神の事を思い出してしまった。

見れば、その時タルタロスに居なかった順平を除いて全員の顔色が悪くなっている。

奏夜のポケットの中に居て、その気配を感じたキバットのコメントでは

『奏夜、あいつとだけは絶対に戦うなよ。あいつは、最低でも『チェックメイトフォー』のビショップ…いや、ルーク並だ。』

チェックメイトフォー…チェスの駒である『キング』、『クィーン』、『ビショップ』、『ルーク』の称号を与えられたファンガイア達からなるファンガイアの中に存在する最強のファンガイア達を指す。そのどれもが強大な力を持ち、ルーク…ライオンファンガイアはたった一人で次狼を除きウルフェン族を絶滅させたほどの力を持つのだ。

それが最低ラインの強さと言う事は…それ以上の力を持っていると言える。キバの鎧を持っても勝ち目は浮かんで来ないほど強大な敵だろう。

「ま、まあ…それは例外って言う事で…。」

「そ、そうですね…。」

そして、幾月は沈黙を破る様に一度咳払いし、

「兎に角だ。推測するにこれは満月に出る大型シャドウにも当てはまるみたいなんだ…。…だから。」

「あと六体ですね。」

「…今月の作戦で丁度半数を倒した…って訳か。」

そこまでの言葉から幾月の言おうとしている事を理解し、奏夜と風花はそう呟く。

「いやー、しかし。精神攻撃を仕掛けてくるとは中々興味深いね。よく惑わされず(・・・・・)に任務を遂行してくれたね。…って、どうしたの?」

思いっきり作戦に参加したメンバーが明後日の方向を向いていた。

「さて、今回みんなに集まってもらったのは…。」

「待ってください。」

続けられる言葉を遮りゆかりが手をあげて立ち上がる。

「この際なんで桐条先輩に聞きたい事があります。」

真剣な表情で美鶴を見据えながらゆかりはそう告げた。

「先輩、私達に大事な事を隠してませんか? “影時間”や“タルタロス”の事、分かんないみたいに言ってましたけど、あれって。」

ゆかりはそう言った後一呼吸置き、

「10年前に学園の周りであった“爆発事故”と何か関係があるんじゃないんですか? ちゃんと説明してください!」

『バン』とテーブルを叩き、ゆかりは美鶴を問いただす。

(なるほど…それが岳羽さんの調べていた事か…。爆発事故だったのは知ってたけど…岳羽さんが問い質してくれたのはありがたいかな。)

妙に黒い事を考えてしまう奏夜で有った。

父の死の真相に繋がるであろうと調べていた10年前の事だが、奏夜としてもキバの正体に繋がってしまう…または、気付かれる事に繋がる危険を避けたかったから、直接問い質す事こそ出来なかった。

だが、それらは重要な所で繋がっていない。表には出にくい関係者達しか知らない部分に隠されていると考えていた矢先に、同じ事を調べていたゆかりがその真相に近い人物に問い質しているのだから、聞かないと言う手はないだろう。

「10年前のジコ…なんスか、それ?」

順平がそんな疑問の声を上げる。ゆかりが風花に頼んで10年前の学園での出来事を調べてもらっていたのだ。それによって判明した真相は何も知らない者達には衝撃を与えるには十分過ぎる物だった。

「沢山の死者を出したって…。」

風花がノートパソコンを開きながらそう告げる。それは奏夜も知っている、『先輩』と呼んでいるライダースーツの青年に以前届けてもらった資料に有った爆発事故の内容である。

「私、色々調べたんです。幸い事故で生徒に怪我人は居なかったみたいですけど。でも、何かヘン。」

ゆかりがそう告げる。それは奏夜も疑問に思っていた事だ。その爆発は多数の人々の命を奪った。だが、幸いにも生徒は無事だった。これは当時のニュースや新聞からも知る事が出来る内容でもある。

問題はそこから先に有る内容。奏夜が噂として聞いた一件である。

「ちょうど同じ頃、同時期に何人も急に倒れて、何十人も入院してるんです。似てると思いませんか? 風花のあの時の事と。」

「………。」

ゆかりの問いに対して美鶴は肯定でも否定でもなく、沈黙と言う形で返す。

「…確かに似てますね…山岸さんの時と…。」

今まで沈黙を貫いていた奏夜もゆかりに味方する様に言葉を発した。

一度に何十人も不登校になったのだから、どうしても不登校等と言う言葉で片付けるには怪しすぎる。独自のルートで調べてみると、驚くべき事が発覚した。その生徒達は不登校ではなく、真実は突然倒れて入院したと言う事だった。

後日、風花の調べた情報と交換を兼ねて確認しあったが、間違いなかった。…寧ろ、奏夜としては風花が個人で調べたと言うのだから、驚いたほどである。

(…危なくなったら、次狼さん達の誰かを護衛につけるか、キャッスルドランの中に匿ってあげた方がいいかな?)

そんな事まで考えてしまった事も有った。

そして、そのケースには当てはまる事がつい最近…一ヶ月ほど前に身の回りで起きていた問題なのだ。

風花を苛めていた生徒達が、突然倒れて入院した。真相こそ、シャドウに襲われて、精神を食われ影人間になったのだが、10年前にも同様のケースが発生していた。それはつまり、

「それは、10年前の段階で既にタルタロスも影時間も存在していた。その紛れも無い証拠になるんじゃないですか?」

ゆかりに変わって静かでありながら、強制力のある言葉で奏夜は美鶴をまっすぐに見ながら告げる。

「10年前の事故の日。本当は何が有ったんですか!? 学園は桐条グループが建てたものである以上…桐条先輩も何か知っているんじゃないんですか、答えてもらいますよ!?」

「えっと…紅君?」

『自分達に隠している事をこの場で全て話せ』…奏夜の言葉にはそんな意思が込められていた。

学園の出資者は桐条グループであり、その桐条の娘である美鶴が何も知らない訳が無い。特にこんな荒事に身を投じて無関係な人間までも巻き込んでいるのだから、尚更だ。

そんな奏夜の表情を見て風花は心配そうな表情を浮かべており、ゆかりは奏夜の剣幕の意味が理解できず、順平は奏夜とゆかりが何を言っているのかが理解できずに唖然としている。美鶴と明彦、幾月の三人…その隠し事の共犯者と言えるであろう三人は、奏夜の言葉に気まずそうに沈黙していた。

何処かで頭に血が上ってしまっていたのだろう。奏夜は我に返るとそのまま無言のままソファーへと座り直す。

「………。私、ホントの事が知りたいんです!」

暫く唖然としていたがゆかりが改めてそう告げた。

 

作戦室の中を包むのは暫しの沈黙…。ゆかりの必死な叫びに、幾月と明彦は美鶴の顔色を伺う。二人の表情は『もう限界なのではないのか』と問い掛けている様にも見える。美鶴も一つ息を吐き、沈黙を破り口を開く。

「隠してる訳じゃない。必要の無い事は告げていないというだけだ。」

美鶴の言葉に幾月は頷き。

「…仕方ないさ。君のせいじゃない。」

「…『知る必要が無い』なんて言葉でまだ隠すというなら、ぼくにも考えが有りますよ。」

続くのは幾月の言葉と奏夜の言わないと言うのは許さないという意思の込められた言葉。その言葉に僅かに沈黙するが、やがていを決して話し始めた。

「…わかった…。全て話そう…。」

そう話を始めた。

「シャドウには様々な能力があるのは君たちも知っての通りかと思うが、研究によれば、時間や空間にさえ干渉するものもあるらしい…。私達は普段敵と思っているからあまり意識しないが、もしそれを利用できたら…。どうだ? 何か大きな力になるかもしれないと思わないか?」

「え…?」

「確かに…。」

思わずそう呟いてしまう。確かに本当にそれを利用出来るとすれば、それは大きな力と成るだろう。だが、突然そんな事を問われたとしても、奏夜の様に直に理解が出来るはずが無い。順平も風花も、美鶴を問い質していたゆかりでさえ眼を丸くするだけだ。

「今から14年前、そう考えて実践した人物が居たんだ。桐条グループの先代、桐条鴻悦…私の祖父だ。」

奏夜には聞き覚え載る名前…当然だろう。桐条グループについても調査していたのだから…。その人物がシャドウの研究をしていたとなると、少なくともシャドウは10年よりも昔から存在していた事になる。

「祖父はシャドウの力にひどく魅せられ、それを利用して何か途方も無いものを作ろうとしていたようだ。」

「途方も無いもの…?」

風花が復唱するように呟く。『途方も無いもの』…恐らくはそれが、時間や空間にさえ干渉し、支配してしまうほどの人が持つには過ぎた力ではないのだろうか? …叔父がファイガイアのキングとして過去に行っていた事ではないが、想像しただけでそれが人には過ぎたものだと言う事が理解できる。それを知ったら、かつての叔父でなくとも…自分の知る叔父や父でも止め様としただろう。…例えそれが人の命を奪う事に繋がったとしても…。

それを桐条鴻悦と言う人物がどんな目的で…何を考えて使おうとしていたのかは分からないが、どっちにしても、それが完成してしまえば、大き過ぎる力になる事だけは間違いない。

(…そんな物…人が持って良い力じゃない…。)

時を支配できる力…そんな物は人が…イヤ、何者も持ってはいけない力である。キャッスルドランの扉も精々が過去へ旅する事ができる程度の力…それが時に干渉できる限界だろう。

確かに大きな力であり、使い方次第では間違いなく世界の全てを救える力だろう。同時に世界を破滅させる事も出来る事が、簡単に想像できる。

「祖父は桐条エルゴノミクス研究所、通称“エルゴ研”を立ち上げた。そして、夢の実現の為、特別に研究者を集め、数年がかりで大量のシャドウを集めさせた。」

「シャドウを集めた!? しょ、正気かよ…!?」

思わずその言葉に順平が悲鳴を上げてしまう。その計画がシャドウを利用するのであるのだから、大量のシャドウを必要とするのは当然である。だが、問題は……その大量のシャドウを最後までしっかりと管理する事ができるのかと言う話だ。

「しかし、10年前、実験の最終段階、12にカテゴライズされ、纏められたシャドウを一つにしようとした時、暴走事故が発生。制御を失ったシャドウの力によって、後には忌まわしき痕跡が残る事になってしまった。」

「…それが…影時間と…タルタロス…。」

「その通り…“影時間”と“タルタロス”だ…。」

奏夜の言葉を美鶴が肯定する。最早誰も言葉は無い。タルタロスも影時間も桐条グループ…いや、一人の人間がシャドウの力を利用しようとした挙句に、それが失敗し作り出されてしまった。そう言う事だ。忌まわしき痕跡と言う他ないだろう。

「記録では、集められていた12のシャドウは分かれて飛び散り、“消失”したとある。満月の度にやってくるのは、この時のシャドウだ。」

「待ってください。今の話が本当なら、まさか…。実験をやった場所って…!?」

既にゆかりの声は悲鳴に近いだろう。実験をやった場所…そんな物は考えるまでもなく…

「…月光館学園…。」

「その通りだ。紅の言うとおり、実験の場所は10年前の月光館学園だ。傘下に有って人が集まり、最も好きなように出来る場所…。ポートアイランドは最適だったんだ。」

「じゃあ…ウチの生徒が一気に入院したのも…。…それじゃあ、この部の活動って…。無関係の私達を使ってそのときの後始末ってこと!?」

そう、全てがゆかりのその言葉に収束する。満月の夜…ファンガイアに姿を変えるシャドウも全ては実験の為に集められた物が逃げ出した物…。

(…それじゃあ…父さんが…母さんが死んだのは…全部…。)

その事故と両親の死が関係しているのは今まで調べた事で分かっていた。

「何それ!? これじゃ私達、都合よく利用されてるだけじゃない!?」

「どう取ってくれてもいい…。黙っていたのは確かに私の意志だ。…しかし、筋道よりも君等を確実に引き入れる事の方が私には大切に思えた。」

ゆかりの叫びに美鶴は至って冷静にそう言葉を返す。

そこから先の美鶴の言葉は奏夜には聞こえていない。

「理不尽だろうと戦えるのは私達“ペルソナ使い”だけだからだ。」

「今更…!」

「それに私には…力を得るかどうか選ぶ余地などなかった…。私は…。」

「ふざけるな!!!」

叫び声と共に奏夜の拳がテーブルへと叩きつけられた。

「おわ!?」

「きゃ…ッ!」

順平と風花が悲鳴を上げるが、奏夜は怒りを宿した瞳で美鶴を見据えながら、

「桐条先輩…つまり貴女は、身内の不祥事の後始末の為にぼく達を利用していたって言う訳ですか…?」

「………その通りだ…弁解はしない。」

極めて冷静な美鶴のその態度が余計に奏夜の怒りを煽る。

「ぼくの父さんが…母さんが死んだのも……全部…そのバカな老人の妄執の為だったって言うのか。」

「え…? ちょっと、紅君…それって?」

ゆかりがそう問い掛けるが、奏夜はそれに答えることもなく。

「下らない…笑わせてくれる…。そんな物が貴女の戦う理由ですか…バカらしい…。まあ、これだけは理解しますけどね…身内の不祥事の後始末をするから手を貸してくれなんて、言える訳が無い…。」

そう言って、奏夜は召還器をテーブルの上へと置く。

「待て、紅!」

それが何を意味しているのか理解した明彦は奏夜を止めようとするが、

「…真田先輩…。少なくとも…ぼくにとって、桐条先輩は間接的にしろ、両親の仇の身内である事が分かりました。そんな人と一緒に戦いたくはありませんし、一緒に戦う事も、ましてや、信頼する事なんて出来ません。」

そこまで言った後、一呼吸置き…

「だから、チーム全体のことを考えて、最善の解決方法として、ぼくが抜ける事にしました。貴重品だけは持って行きますけど、大きな荷物は後で取りに来ます。」

そう言って奏夜は作戦室を出ようとする。

「待ってくれ、紅君。それに、岳羽君も。」

部屋を出ようとする奏夜の背中に掛けられた幾月の言葉に奏夜は足を止める。

「罪は“過去の大人達”にある。そして彼等はみんな自らの行いによって命を落とした…。今はもう当事者は居ないんだ。謂れの無い後始末をしているのはみんな同じなのさ。」

「でも…。」

ゆかりは反論しようとしたが、思わず言い及んでしまう。幾月の言葉も確かに正しいと言える。

「事故から10年、シャドウ達がどうして今になって目覚めたかは、本当に分からない。でも目覚めたって事は、見つけて倒せるって事でもある。“すべてのはじまり”でも有る12のシャドウ…ヤツ等を全部倒せば、“すべてが終わる”かもしれない…。」

奏夜以外の全員が、幾月の顔を窺う。奏夜だけは幾月の言葉を聞きながら極めて冷静にその言葉を聞いていた時、一箇所気になる部分が有る。

(…“すべてが終わる”…か。戦いが終わるとは言えなくはないけど…妙に引っかかるな…。)

「さっきは話の腰を折られちゃったけど、どうだい、朗報だろ?」

それは確かに朗報だ。…シンプルに受け止めれば…だが。大型シャドウを倒してからの一時的な収束ではなく、12体のシャドウを全部倒せば戦いを終わらせる事ができる。それは、幾月に対して疑いを持っている奏夜だからそんな風に受け止めてしまっているのか、それとも…。

(…シンプルな受け止め方は止めた方がいいな…。どうしても、この人は信用できない。)

「本当なんですか!?」

風花の問いに幾月が頷き、言葉を続ける。

「確証となる記録もある。事情がどうあれ、人を守るためなのは変わらない。今までやって来たことは決して無駄じゃない。君達は“本当に”よくやってくれている。それにタルタロス自体にも謎は多いからね。事故の起こった場所に何故あんな巨大なものが現れたのか…ぼくらの知らない“答え”がきっとあるはずだ。」

幾月は立ち上がると、全ての者の顔を見つめて、力を込めて続ける。

「ここからが本当の戦いの始まりだね。」

「そうですか…。それじゃあ、ぼくはこれで失礼します。」

「え?」

幾月がその声にきょとんとした様子で見つめている。その声の主は冷たい眼差しで他の面々を見つめている奏夜だった。

「それが真実であったとしても、ぼくの意思には関係有りません…シャドウを倒すべきか否かではなく、ぼくは…貴方達が信用できなくなりました。だから抜けさせていただきます。」

そう、シャドウを倒すだけならキバの鎧が有れば十分…もう一つの仮面(ペルソナ)も必要ない。

幾月達が信用できないにしろ、大型シャドウやファンガイアタイプと戦わなければ成らないのだ。自分は自分でキバとしてシャドウと戦う…それで十分だ。

「…さようなら…。」

拒絶を込めたその言葉を残して、奏夜は作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、オイ、いいのかよ、奏夜!?」

ポケットの中から抜け出したキバットが奏夜の頭の上を飛び回りながらそう告げるが、ヴァイオリンを含めた手荷物を持った奏夜はキバットへと視線を向け、

「…さあね…。少なくとも、今のぼくは桐条先輩を信頼も信用も出来ない…。どんな形にしても、戦う理由が有る以上止めろとは言えない。だったら…ぼくが抜けた方がいい…。それに…キバの力だけでもシャドウは倒せる。」

「いや、あの姉ちゃんの事が信用できないのは分かるけどよ…。」

「…リーダーであるぼくがそんな事じゃチームを危険に晒す…。だったら、今はぼくが抜けるのが最善だよ…。」

「…ったく、お前がそう言うなら、オレはもう止めはしねぇよ。」

「ありがとう…キバット。」

「気にすんなよ。でもな、フーカちゃんには謝っとけよ。」

…キバットの言葉に先ほどの行動を思い出すと…。

「…確かに…。明日謝っておくよ…。」

そう言葉を交わし、奏夜とキバットは寮を出て行ったのだった。



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-Ⅴ- 法王《ハイエロファント》
第二十九夜


「あっ、紅君。」

昼休みのチャイムが鳴る学園…ゆかりが奏夜を呼び止めるが、彼女の言葉を無視して奏夜は教室を出て行く。

あれ以来、奏夜は学校には来ているが寮には一度も戻っていない。ゆかり達S.E.E.Sの面々とも風花を除いて壁を作り、話す事もなくなった。『二度と戻る気は無い。』…言外にそう言っている様な物である。

同じ教室で席も近い事も有り、学園に来ればイヤでも顔を合わせる事となる。…そして、彼女達が話すであろう話の内容も理解できるからこそ、敢えてこの態度を取り続けているのだ。

彼女達が話したい内容など『S.E.E.Sに戻れ』である事は理解できる。だから、奏夜も話す事は無いとばかりに無視して帰っている。

学園に来る理由も今の奏夜にとっては、単純にこの学園の生徒であるから来ているだけであり、授業の合間の休み時間には教室を出て、授業が終われば直に学園から姿を消す。それの繰り返しで有る。

付け加えると実家も知られている可能性が有る為に押し掛けられても困るので、そっちにも帰っていない奏夜は…。

「お帰りなさいませ、奏夜様。」

「うん、ただいま、シルフィー。」

優雅な礼と共に奏夜に挨拶をするシルフィー。こうして、キャッスルドランの中で生活している、一応は皇子様な奏夜君なのでした。

「ったく、今更だけどよ、本当に良かったのか?」

「どうなんだろう…ね。」

溜息と共にキバットの言葉にそう呟く奏夜。実際、あの時の自分の離脱に関しては間違っていないとは思っている。完全に自分が正しい等とは思っても居ないが。

あの場合、リーダーである自分の中に湧いた仲間への不信。それをもって戦う事は…リーダーとして振舞う事は他の仲間さえも巻き込んでしまう危険がある。自分の中の“闇”を押し殺して戦える自信等は無いのだから。

だから、自分がS.E.E.Sから離れた事はあの時では最善の選択だとは思っている。

自分を欠いたS.E.E.Sでは大型シャドウの討伐はおろか、タルタロスの探索さえも進まないと言う危険もある。

(…最悪は…山岸さんに頼んで、情報を流して貰おうかな…? キバに変身してれば、ぼくだって分からないだろうし…。)

飽く迄自分がリーダーとして戦う事への危険や、自分が存在する事からの不信感が生む危険を考えて抜けただけであり、別に見捨てた覚えは無い。

だから、自分が出来る方法で仲間を助ける事を決める。流石に風花にスパイの真似事をさせてしまう事には気が咎めるが。

「…仕方ない…か。」

その日の晩…巌戸台分寮

「そうか、紅は学園には出ているのか…。」

「はい。少しでも話せればいいんですけど…。」

ゆかりの言葉に溜息を付き、美鶴は『仕方ない』と呟き、立ち上がる。

「以後のタルタロス探索と作戦は紅抜きで行おう。これまで紅が執っていた現場の指揮は、リーダー代理として…。」

そう言ってロビーに居るゆかり、明彦、順平、風花の四人を見廻して美鶴の目に期待に満ちた目を向けている順平が留まる。

「…私が執ろう。」

その言葉に『当然』と言う様に無言のまま頷くゆかり、明彦、風花の三人と、がっくりとする順平。

「だが、大丈夫なのか、あいつ抜きで?」

そう問い掛けるのは明彦。その言葉はその場に居た全員の意思の代弁の様に響く。

「…それは分からない…。」

美鶴はそう言って首を振る。複数のペルソナを付け替える能力により、前線での戦闘と後方からの援護をその場に合わせて行う戦闘力、チームを指揮するリーダーとしての判断力、今更ながら…居なくなって始めて感じてしまっているのだ…『紅 奏夜』と言う者の存在の大きさを…。

「だが、紅の居ない大きな戦いは初めてだ。出来れば、次の満月までに戻って来てもらいたいんだが…。」

「夏休みに入っちゃうと、余計に話せる機会なんてなくなっちゃいますし…。」

ゆかりの言葉に思わず溜息を付いてしまう。次の満月は当然ながら八月…次の大型シャドウとの戦いは夏休みの最中。

放課後の動きが分からない奏夜を説得して大型シャドウ戦の前に戻ってきて貰うにしても、休み前に接触するしかないのだ。

一人沈黙を貫いていた風花は一つの迷いを抱えていた。…風花は奏夜が居る場所は知っている。高い確率で奏夜が居るのはキャッスルドランの中だろう。だが、それを目の前の中間達に伝える事は出来ないのだ。…それは、奏夜の秘密…彼がキバだと伝える事に等しいのだから。

解散になって数分後…風花の自室では…

『私だ。ちょっといいか?』

「あ…。はい、どうぞ。」

ノートパソコンに向かっていた風花は扉の向こうから響く美鶴の声にそう答える。彼女から許可を貰った美鶴はベッドの上に腰掛ける。

「………。」

「…フ。どうやら君は、戦いのバックアップだけじゃなく、色々な調べ物も得意みたいだな。」

「あっ。」

風花は美鶴のその言葉にハッとなる。…彼女も僅かながらに奏夜が居なくなった事には責任を感じているのだ。

だが、唯一連絡を取っているのも彼女だけである。居なくなった翌日に奏夜からは連絡が有り、『自分が居なくなった事は気にしなくてもいい』と『大型シャドウ…ファンガイアタイプとの戦いにはキバとして協力する』と言うことが告げられた。

「すみませんっ。気付いてたんですね。」

「いや、いいんだ。君にそう言うスキルが有るなら、折り入って頼みが有るんだ。」

風花の謝罪の言葉に答える美鶴の表情には真剣なもの…一つの決意が浮かんでいた。

「十年前の事件…あれの真相を分かる限り調べて欲しい。」

「…っ!! …でも、あの事件の事は、一般には多分…。」

自分が調べた以上の事は一般には調べる事は不可能だろう。…少なくとも、自分ではそれ以上は不可能だと言う事は、ペルソナを使っての分析等のバックアップだけでなく、現実においても高い情報収集能力を持つ彼女だからこそ、分かる。…だが、

「調べて欲しいのは桐条が保有しているサーバーだ。」

「それって!?不正進入(ハッキング)!?」

「私のIDとパスワードを預ける。君が罪に問われる事は決してない…。」

グループの後継者である美鶴のIDとパスワードと風花の技術が有れば、詳しい情報も知る事ができるだろう。そして、それによって万が一、彼女が罪に問われる事は無い。だが、罪に問われるとすれば…風花ではなく、美鶴の方だろう。

「詳しい事実が知りたいんだ。」

「先輩…。」

美鶴の決意は固い。風花がどう止めたとしても、彼女の決意は揺らがないだろう。

「分かりました。私に出来る事なら協力します。(…それに…多分、そこなら紅君のお父さんの亡くなった時の事も分かるはず…。)」

「…すまない。」

協力を了承する風花に美鶴はそう感謝の言葉を告げる。そして、

「山岸、君は…。」

暫しの従順の後、美鶴は改めて口を開く。

「不満はないのか? 事情はどう有れ、私は隠し事をしたまま君達を巻き込んだ。恨み言の一つも言いたいはずじゃないのか?」

「それは違います。」

事情はどう有れ、何も話さずに巻き込んだ美鶴に対して恨み言の一つや二つ言っても当然だろう。奏夜の様に最悪は召喚器を付き返され、辞められても呼び止める資格は無いとも覚悟していた。だが、風花は美鶴の言葉を否定する。

「私の家って…親族がみんな医者ばかりで、ウチだけが違って…。両親はそう言うのにコンプレックスを持ってて、私に色々してくれていたんだけど…。私ってこんなだから、愛想つかされちゃって、正直、家に居るの辛かったんです。」

風花はそこまで言った後…顔を上げて微笑みを浮かべる。

「…でもここには私にしか出来ない事が有って。」

思い出すのは奏夜との始めての出会い。大型シャドウやファンガイアタイプとの戦い。奏夜の力になった時の事…。

「それを必要としてくれる人達が居る。」

思い浮かべるのは、S.E.E.Sの面々と奏夜の仲間のキバットやキャッスルドランの住人達である四魔騎士(アームズモンスター)達。

「恨み言なんてないです。それに…紅君も絶対にここに戻ってきてくれるって、私、信じてますから。」

だからこそ、強く…そう言い切れるのだ。

「そうだな。君も紅も、ここに必要な人間だ。代わりは誰にも務まらない。」

「そんな…。」

美鶴からの言葉に照れながら、美鶴のその言葉に反応する。

美鶴はそんな風花に対して微笑を浮かべながら立ち上がり。

「私も信じてみよう…紅はここに戻ってくると。…邪魔したな。」

そう言って美鶴は風花の部屋を後にする。

「恩に着るよ…。」

そういい残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日…キャッスルドラン内…影時間

「また会ったね。」

ベッドで横になっていた奏夜に告げられるのはファルロスの言葉。

「うん、久しぶりだね。」

「って、お前は!? どっから入ってきやがった!?」

何時の間にかキャッスルドランの中にも入り込んでいるファルロスに対してそう反応するキバットに対して、奏夜は何時も通りの反応を返す。

「コウモリモドキ君とは違って君は驚いてないみたいだね。いや、驚かされたのはぼくの方かな? こんなお城に住んでるなんて思いもしなかったし。」

「まあね。キバット…前はタルタロスの中にも現れたんだから、ここに現れてもおかしくないと思うよ?」

「ったく。そりゃそうだけどよ~。もう少し、こう…驚こうぜ、奏夜。」

「はは、ごめん。」

そう言って奏夜の肩に止まるキバットに苦笑を浮かべながらそう反す。そして、ファルロスの方へと向き直り。

「それで、どうする…お茶でも淹れようか?」

「今日は遠慮して置くよ。やってくる“終わり”について、また少し思い出したんだ。」

「終わり?」

妙に目の前のファルロスの言葉と幾月の言葉が重なってしまう。

「“終わり”が来ちゃう原因はたぶん、ずっと前の出来事に有る。そう、確か…。」

「「十年前(だ)…。」」

自然と口から零れた言葉がファルロスと重なる。そして、ファルロスの言う“終わり”が来る原因が十年前に有るのなら…。

「ねぇ、君が両親を無くしたのも、先代の黄金の魔皇が死んだのも、確か…十年前だったよね。」

「おい、十年前って…。」

キバットがそう呟く中、ファルロスの言葉に奏夜は静かに頷く。一連の謎…何故かその全ては十年前に集中するのだ。そして、その根底に有る物…まだ感でしかないが…それは、桐条グループの事件だろう。

「…ペルソナはね、使う人の鑑なんだ。だから、ペルソナ使いは自分自身の“本当”から逃げられない…。でも、ぼくはそれでも君と共に有るよ。……友達だからね。」

そんなファルロスの言葉に微笑を浮かべながら奏夜は、

「ありがとう。次はお茶でも用意しておくよ。この時間の中でも機械じゃなければ、コーヒーを淹れる事も出来るだろうしね。」

そう言ってファルロスを見送るのだった。

翌日7月14日…キャッスルドラン内

「…旅行…夏休みに?」

テーブルの上に置かれたコーヒーに口を付けながら、奏夜は風花へとそう話しかける。

「はい、昨日、紅君も誘ってみんなで行こうって事になって、どうかなって…?」

風花に不安そうな眼で見つめられるとどうしても『NO』とは言えなくなる。自分からも辛い事を頼んでしまったと言う負い目も有る事だし。

「…でも、なんで屋久島に行く事になんて…。」

「…それは…。」

風花が話すのは先日13日の夜の事…

「屋久島…ですか。」

風花が幾月にそう問い掛ける。

「うむ…ちょっと島の研究所に用があってね。期末試験が終われば君等は休みだろ? どうだい? 色々有った事だし、ここらで気分転換でも。それに、ここに居ない紅君も誘えば彼と話す機会も出来るだろうしね。」

「マジ!? それ、旅行ってことっスよね!?」

幾月の言葉に順平が嬉しそうに真っ先にそう反応する。

そんな順平を尻目に幾月は美鶴へと視線を向ける。

「何やら桐条君。君のお父様も今年の休暇を屋久島御用邸でとられるみたいじゃないか。」

「…しかし、お父様のせっかくの休暇をかき回す訳には…。」

旅行に乗り気ではない様子で美鶴は幾月の言葉にそう答える。

「うみ! 海!! 水着! みずぎ!!」

「……こいつは。」

そんな美鶴とは対照的に順平は乗り気…どころではなく、既に頭の中が期末試験を飛び越えて、休みの旅行へと向かっていた。…思わずそんな順平に呆れた視線を向けるゆかりであった。

「…え、ええと…。(旅行に誘えれば、紅君とみんなが話す機会が出来るかもしれないし…。)」

一人そんな事を考えながら賛成派の順平と反対派の美鶴の間で視線を泳がせながら、風花は。

「あ…真田先輩も海行きたいですよね。私も綺麗な海、見てみたいなって。」

自分も賛成し、明彦にもそう声をかける。

「フ…。」

そんな彼女の様子を見ながら、美鶴は今まで座っていたソファーから立ち上がり、

「…分かった。気分転換は必須事項のようだ。行こうじゃないか。」

「オッシャァー!!!」

「ただし、紅にも必ず声をかける事と、期末試験の結果が著しくない者は置いていくからな。」

一人これ以上ないほど喜ぶ順平だったが…続いて告げられた言葉…主に後半部分を聞いて『orz』な体制になった。…理由は前回の試験の結果を参照して貰えればありがたい。

「でも、紅君、休み時間は直に教室を出て行って、戻ってくるのは授業ギリギリだし、放課後も何処に居るのか分からないのよね。」

「あっ、私、紅君が放課後行っていそうな場所に心当たりがあります。」

最近録に話せていない奏夜にどう声を掛けるべきかと悩むゆかりに、風花が手を挙げてそう発言する。

「本当?」

「なら、紅を誘うのは任せた。」

「はい、任せてください!」

「ああ、頼んだぞ、山岸。」

そう言って仲間達の輪を離れていく美鶴を慌ててゆかりが追いかけ、

「…先輩!」

階段を上ろうとした美鶴をゆかりが呼び止める。

「ええと、この前はスイマセンでした…。その…ちょっと言い過ぎたかもって。」

「構わないさ。屋久島に行く事になったのも、ある意味必然かもしれない。あの事故の当事者はもういないと理事長は私を庇ってくれたがな、実は一人だけ生き証人がいるんだ。」

「…生き証人?」

「私の父さ。」

偶然聞いていた風花はその言葉を聞きハッとなる。

「っと言う訳です。だから、紅君も良かったら…その…無理にって言いませんけど…良かったら、一緒に行きませんか?」

顔を伏せながら風花は奏夜にそう問い掛ける。

「はぁ…まあ、確かにぼくも言い過ぎた事を謝りたかったし…。それに…ぼくも事故の生き証人の話って言うのにも興味有るしね。」

「それじゃあ。」

奏夜の言葉に嬉しそうに顔を上げて笑顔を浮かべる。

「うん。ぼくも行くよ。」

「ありがとうございます!」

「うん。…あー…悪いけど、キバットは留守番お願い。」

「って、オイィィィィ!? そりゃないぜ!? 青い海、白い砂浜…オレも行って見たいんだよー。」

奏夜の言葉に思わずそう叫んでしまうキバット。

「いや、だって…目立つでしょう?」

「酷っ!?」

そう言って部屋を飛び出していくキバットだった。

「屋久島かぁ~、ぼく達も行きたいな。」

「ああ、偶には外にも出たいしな。」

「行き、たい。」

その話を偶然にも聞いていた次狼達三人。そして、部屋を飛び出して来たキバットをキャッチして、シルフィーが微笑みを浮かべながら…。

「ふふふ…従者として、私達やキバット様が行かない訳には行かないではないですか…。ええ、行きましょうキバット様!? 奏夜様と海に!!!」

「おお、行くぜ、シルフィーちゃん!!!」

炎を背景に意気投合しているシルフィーとキバットの二人だった。…二人の頭の中には『ビーチでの優雅なバカンス(キバット)』、『夕日の海で奏夜と追いかけっこをする様子(シルフィー)』が浮かんでいる事を付け加えておく。

「いいのか?」

「さあ。」

「いい、んじゃ、ない?」

そんな二人を眺めながら呟く他の三人の魔騎士達でした。



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第三十夜

日本の地図を持ってキバットが現れる。

キバット「屋久島。屋久島は九州の端にあり、鹿児島県に属する。」

一度飛び去り、森の写真を持って現れる。

キバット「屋久島で有名なのは、屋久杉や縄文杉を始め、推定樹齢2000年以上の巨木が聳え立つ清流や苔からなる神秘の森。海は透明度が高く、ダイビングも盛んらしいぜ。島の砂浜にはウミガメも産卵に来るって話だ。」

今度は飛び去り旅行鞄と帽子とサングラスを持って再び現れる。

キバット「さてと、オレも行っくぜー! ヤ・ク・シ・マー!」


「「「「紅(くん)!!!」」」」

モノレールの駅に集まっていたS.E.E.Sの面々の前に旅行の仕度をした奏夜が現れた。

「紅、よく来てくれた。」

「いえ、こちらこそ、お誘い頂いてありがとうございます、桐条先輩。それと、あの時はぼくも言い過ぎました、すみません。」

奏夜へとそう告げる美鶴に対して奏夜は笑顔を浮かべながらそう返す。あの日の事は苛立ちから多少言い過ぎたと言う考えは有るのだから。

「いや、私の方こそ済まなかった。」

「ねえ、紅君。」

「なに、岳羽さん?」

美鶴もまたそう謝罪の言葉を告げた時、ゆかりが口を開く。

「私達の所に、もう戻ってくる気ないの?」

「…残念だけどね。少なくても、今のぼくが戻ったとしても、みんなを危険に晒してしまうかもしれないからね。」

心の中にある美鶴とその実家に対する蟠り。それが有る限り自分がS.E.E.Sに戻る事は例え仲間の命を預かっているリーダーで無くなったとしても、仲間を危険に晒してしまう可能性があるのだ。それだけは容認できない。

「そうか。」

残念そうに美鶴はそう呟く。

「まあ、この旅行の間くらいはシャドウの事は忘れて楽しめば良い。」

「そうっスね、真田先輩! へへ、実はこの日のために水着新調しちゃったもんね、オレ。タルタロスで鍛えた肉体を使って、綺麗なオネーサンをゲット!」

一番この旅行を楽しみにしているであろう順平がにやけながらそう言っている。そんな順平を眺めながら、奏夜は悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる。

「ぼくも水着は新調したっけ。ああ、そう言えば、順平、新しい水着ってあの時選んでいた『赤いフンドシ』?」

「え………フン、ドシ………?」

「うっわぁ。」

奏夜に続いて風花とゆかりが声を上げる。二人の脳裏に浮かぶイメージは赤いふんどし+順平の絵図ら………二人とも明らかに引いている。

「OH! YEAH! コレ、ニホンジンノ、ココロノフルサト。…………。って、ありえねぇよっ! 何言ってんだよ、お前ッ!?」

妙なノリツッコミを入れる順平を眺めながら、悪戯の成功した奏夜は必死に肩を震わせながら笑いを堪えている。

「おい、お前等、周りの迷惑も考えて静かにしろ!」

「「「「す、すみません。」」」」

明彦から一喝され声を揃えて謝る奏夜達四人の二年生チームだった。そんな遣り取りの末、モノレールに乗り込むべく駅の中へと入っていく他の面々。最後に二人だけ…奏夜と風花が残されていた。

「怒られちゃいましたね。」

苦笑を浮かべながら風花が話しかける。

「そうだね。流石にぼくもからかうのは少し不味かったかな?」

思わず奏夜も苦笑を浮かべ、風花の言葉にそう答える。

「そうですよ! でも、私、こんな風に旅行に行くの初めてなので、実は…紅君と一緒に旅行に行くの…結構楽しみなんです。………水着も………その……新しいの買いましたし。」

「そうなんだ。ぼくも楽しみなんだよね。ぼくも初めてだし。山岸さんは何処か言ってみたい場所とかはある?」

「はい。是非森に行ってみたいです。知ってますか? 普通、杉の寿命は長くても五百年位なんですけど、屋久杉は樹齢二千年以上の木も沢山あるらしいんですよ。」

「へー、二千年か、なんだか凄いね。」

「でしょ。」

そう言って嬉しそうに笑う風花。順平の次にこの旅行を楽しみにしていたのは、実は風花かもしれない。

そんな楽しそうな彼女に笑顔を浮かべながら一緒にモノレールの駅に入っていく。

「そ・う・や・さぁまぁ~。」

旅行鞄とサングラスに帽子にマスクで顔を隠し、夏だと言うのにコートと、どこぞの『通りすがりの仮面ライダー』に出てくる怪しげなオッサンの様な格好でそんな彼等の様子を見ていたのはシルフィーと、

「あ~、ずるいぞ、奏夜! そんな楽しそうな所、オレも連れてけってんだよ! 白い砂浜、青い海…。あー、自分だけ楽しむなんて、ホント、ずるいぞ、奏夜!」

キバットサイズの旅行鞄と麦藁帽子にサングラスをつけたキバットである。

「「「はぁ。」」」

そんなキバットとシルフィーを眺めながら揃って溜息を付くのは外での私服姿の次狼、ラモン、力の、他の魔騎士の面々である。

「キバットさま、追いますよ!」

「オッシャー、キバって行っくぜ!」

「あー、おい。その格好は返って目立つぞ。」

「っ!? そ、そうでしたね。奏夜さまに気付かれない様にと思ったので。」

次狼に指摘されて帽子とコートとサングラスとマスクを外して駅に入っていった奏夜達を追跡するシルフィーとキバット(キバットは人形の振り)の背中を眺めながら、

「ねえ、キャッスルドランを留守にしちゃっていいのかな?」

「拙い、と、思う。」

「…ああ…拙いだろうな。」

そう溜息を付く三人だった。

「おーッ! ようやくハッキリ見えてきたーッ! ヤ・ク・シ・マーッ!!!」

駅を出発してから七時間と、国内旅行としては長い時間をかけて屋久島が見えてきた。

屋久島行きのフェリーに乗ってから、屋久島に近づく度に順平のテンションは除々に高まり続けていた。なら、屋久島そのものを目撃してそのテンションは今、最高潮にまで達しているのだろう。

「はしゃぎ過ぎじゃない、順平?」

「なーに言ってんだよッ! 折角の旅行だぜ? 三泊四日も有れば、刺激的な出会いも有るだろーなー。かー、楽しみだーッ!」

苦笑を浮かべる奏夜に対して順平は心底楽しみだと言う態度で宣言する。

そんな順平を眺めながら、この旅の目的はなんだったのかと自分に対して問いかけてしまう。唯一の真実を知る人間である美鶴の父『桐条 武治』から十年前の詳しい状況を聞くためでは無かったのだろうか。

同時に桐条により非日常的な生活を強いられている奏夜達への労いも有るのだが、結局の所は武治から話を聞く最高のタイミングである。奏夜としてはそれを聞く為に出向くと言う面もある。

だが、幾月からは気分転換にもなるだろうと言われていたのだが、順平には寧ろそっちがメインへと切り替わっていた。

そんな高すぎるテンションを見せていた順平の影響か、他の面々が浮かべていた『謎の迫る』と言う緊張の様子は薄れ、この旅行を楽しもうと言う表情を見せている。

(…こう言うのも、悪くないよね…。)

キバットには悪い事をしたとも思っているが、この旅行はキバの後継者としてではなく、一時だけでもいいから純粋に紅奏夜として楽しみたい。そう思ったから、キバットを置いてきたと言う意思もある。

奏夜の事も含めて、まだまだ解決してない問題は多いが、気分転換も大切だろう。影時間とタルタロスを消す為に尽力すると言う意思は消えていない。…人を守る黄金の異形の皇帝…キバの継承者として…。

(…それにしても…やっぱり、気になるのは幾月さんの事だよね…。)

その幾月だが、彼はこのフェリーに乗っていない。奏夜達と一緒に屋久島に向かう予定ではあったのだが、島の研究所で気になる事が有ったらしく、一足先に屋久島入りを果たしていた。

(止めておこう…キバとしてでもない、今はただの奏夜としてこの旅行を楽しみたい。)

首を振ってそんな考えを振り払う。風花にも言ったが奏夜もこの旅行を楽しみにしていたのだ。今までキバとしての力を使いこなす事、両親の死の真相を知る事、そればかりを考えてきたのだから、純粋に何かを楽しむと言う経験は少ない。

音楽も含めて自分は兄に一度も勝てた為しがないのは、この余裕の無さが原因なのではないのだろうかと今更ながらそう思ってしまう。

(…大切だよね…こう言うのは…。)

順平達へと視線を向けながらそう思う。非日常が日常な自分とは違い、非日常的な生活に溶け込んだ精神を癒すには、屋久島の自然溢れる風景は最適だろう。その辺りには武治の気遣いだろう。話を聞くなら一日あれば十分なのだから。

言ってみれば、奏夜も含めて全員がこの旅行を喜んでいたのだ。普通の学生として過ごす機会を与えて貰った様なものなのだから。気が付いていないだろうが、全員が歳相応な表情を浮かべている。

「お前も付き合えよ、紅。屋久島で一夏の出会いを…っ!?」

「っ!?」

順平のテンションも大切だと思いながらそんな事を考えていると、『一夏の出会い』を期待して奏夜に何か協力を頼もうとしていた順平の動きが止まった。同時に奏夜も妙な視線を感じてしまったのだ。

「な、なにが…?」

奏夜は気付いていないが、その視線の主は、主に壁の影に隠れて様子を伺っている女性だとか、ゆかりや美鶴と話していた少女だとか。

思わず助けを求めようと明彦に視線を向けるが、当の明彦は気付いても居なかった様子である。彼の方には一切その視線に含まれている殺気は届いていない様子である。

壁の影に隠れて奏夜達の様子を伺っている女性達の後ろで二人組が溜息を付いている姿は無視した方が良いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、遂に桐条の別荘に足を踏み入れるとその順平のテンションも変化する事になった。

そこは一言で言い表すならば『大豪邸』…それで済んでしまうのだろうが、そう表現する事すら憚られる世界が広がっていたのだ。

顔が映るほどに磨きぬかれた大理石の床に、芸術品と呼んでも過言でもないほどの煌びやかな装飾が施され暖かな光を放つシャンデリア。壁には一目見ただけで眼を奪われる絵画や彫刻等が、周囲の豪華な雰囲気を損なう事無く、嫌味にもならない様に存在していた。

奏夜が妙に落ち着きを感じてしまっているのは、キャッスルドランと言う城になれているからなのだろうか? そんな事を考えながら、絵画の一枚を眺める。

「すごい…。」

「リアルに“世界の豪邸訪問”だな……。」

感嘆の声を上げるゆかりに続いて、順平がその情景をそう評している。

だが、テレビで紹介される豪邸などとは次元が違う。ここと比べれば一気にそのランクは下回るだろう。

「ああ、絨毯も結構効果な品だね。」

靴を通じて感じる柔らかな感触と、敷き詰められた絨毯は周囲の調度品にも負けないほどの品物だという事が分かる。

「そ、そうなんですか。」

「多分ね。」

風花の感嘆の声に奏夜は何でもない様にそう答える。それは彼がキャッスルドランの中に居る事に慣れているからなのだろうか?

世界にその名を轟かせる桐条グループ。その令嬢である美鶴に案内された桐条の別荘。それが何処か知識の範疇だと言う『皇子さま』な奏夜が何処か間違っているのだろう。………色々と。

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

美鶴の前で丁寧に例をしている二人の女性。キャッスルドランの中でシルフィーの物とはデザインが違う黒と白の二色を基調としたデザインの服、エプロンドレスを着こなしている。それを一言で表すならば、『メイド』と言うのが適切だろう。それも、演技で行っている物とは違う本物の。

「そちらは、ご学友の皆様ですね。ようこそいらっしゃいました。」

「はい。」

「あ、はい。」

丁寧に視線を正面から合わせ、美鶴の前で行った様に丁寧に礼をする彼女達に会釈を返す奏夜と、やや遅れて慌てた様に頭を下げる風花。奏夜と風花の場合はキャッスルドランの中でのシルフィーのお蔭での慣れなのだろうか? まあ、かなりシルフィーとは印象が違うが…。

「“ごがくゆう”って…。」

「メイドって、実在してんだな…。」

「やっぱり先輩、スゴイ人なんだ…改めて実感…。」

「ってか、紅と山岸…なんか、慣れてないか?」

奏夜と風花の背中に順平とゆかりの唖然とした呟きが届く。まともに礼を返せたのは、奏夜と風花だけなのだろう。そうする余裕が無かったのか、態々礼を返す必要がないのが普通なのかは分からないが、ゆかり達の場合は前者の理由なのだろう。

礼を返せたのは、シルフィーと言う実物が身近に存在し、奏夜の関係でそれを知ってしまった風花と、耐性の有る面々なのだ。

だが、目の前の二人はシルフィーとは違って暴走するタイプではないのだから、シルフィーよりもまともなのだろう。

「それではお部屋へご案内しますので。」

「待ちたまえ。」

メイドがそれぞれが宛がわれた部屋へ案内しようとした時、制止の声が掛かる。各々がそちらへと視線を向けると、そこには精悍な顔つきの紳士が奏夜達を見つめていた。

手入れの行き届いた高級なスーツに身を包み、右目は怪我でもしているのか眼帯に覆われている。一見すると明らかに真っ当な職業の人間には見えないと失礼なイメージを抱いてしまう奏夜達には罪は無いだろう。

「旦那様。」

「お父様。」

メイドと美鶴から同時に毀れた言葉を聞き、奏夜達はその人物が美鶴の父、十年前の真相を知る人物…『桐条 武治』である事に気が付く。

メイドが武治へと深々と頭を下げるのを見ると、順平と風花は慌てて頭を下げていた。明彦は会釈程度に頭を下げる。

頭を下げなかったのは、娘である美鶴を含めて三人。それぞれが色々と思う所の有る奏夜とゆかり、美鶴の三人である。武治が現れた事で緊張が増し、ただ彼の顔を見つめるのみとなってしまったのだ。

だが、当の武治はそんな様子に気を悪くした様子は見せず、寧ろ頭を下げるべきは自分なのだとさえ考えていた。自分が彼等に影時間やシャドウと言った問題を押し付けてしまっているのだから。それに関してはただ心苦しい限りであろう。寧ろ、辞めると言われた奏夜の反応こそが自然なのだ。

「私が美鶴の父、桐条武治だ。態々呼びたててしまって済まなかった。」

武治の立場としては美鶴からの連絡がなければ、こうして声をかけるのさえ戸惑ってしまう。

そう言って奏夜達に深々と頭を下げる。その様子にはメイドや美鶴だけでなく、奏夜達も驚いていた。

「本来なら私から出向くのが筋なのだが……休暇中の身といえど、いつ島の研究所に呼び出されてもおかしくはない状況なのだ。何とか夜には戻ってくる様に勤めるつもりだが、手間を掛けさせた上に待たせる形になってしまった。本当に申し訳ない。」

話を聞く限り、折角の休暇だというのに此方の研究所-シャドウ対策の研究所らしい-に詰めている状況のようで、今も急な呼び出しに応じて出かけるらしい。

「いえ、お父様。そのように。」

「詫びと言うのも何だが、キミたちにはここでしばらくの休暇を楽しんでもらいたい。桐条の責任を押し付けておきながら、この程度で許されるとは勿論思っていないが。」

「い、いやー、そんな事ないっスよ。なあ、紅?」

「ええ、分かっています。そう言う事情なら仕方ないですね。」

順平に話を降られ、そう言葉を返す。

「お父様、研究所に向かわれるのでしたら、私も。」

美鶴の言葉に『いや』と首を振り、

「おまえも彼らと共に休むといい。本来、おまえにこそ休暇が必要なのだ。」

「そうだな…。美鶴、お前は何でも一人でやりすぎだ。もう少し、周りに甘えてもいいんじゃないのか?」

明彦にまでそう言われて思わず美鶴は顔を俯いてしまう。そんな娘の顔を一瞥し、苦笑を浮かべる武治だった。

そんな中、順平が声を張り上げる。

「おっし! 折角貰った休みだし、楽しませてもらうっスよッ! となりゃ、すぐそこだし先ずは海だな! やっべ、テンション上がってきたッ! 早速、ビーチに突撃ッ!?」

「はい、ストップ! 服着たまま海に突撃してどうするの?」

テンションの上がっていた順平を奏夜はそう言って切り捨てる。

「ふふ、短い休暇だが、まあ十分楽しんでくれ。」

「それじゃあ、桐条先輩(現リーダー)のお許しも出たことだし、全員部屋に荷物を置いたら水着に着替えてビーチに集合だね。」

「ちょ、待てよ! 一秒たりとも無駄には出来ないぜ! 男子なんてパパッと脱ぐだけでしょうが?」

「いや、オレ達にも準備は有るんだが。」

「そうそう。落ち着いてちゃんと準備をしてからビーチに集合だよ。」

タルタロスの時の様にリーダーシップを発揮している奏夜を見て苦笑を浮かべてしまう。居なくなってハッキリした事だが、間違いなく…奏夜と言う存在は自分達にとってなくてはならないリーダーなのだと。

そんな一同を見送りながら、その場に残った武治と美鶴は、

「すみません、ご休暇を大人数で騒がせてしまって。」

「彼等に…明かしたそうだな。何故今まで隠していた?」

「別に隠していたわけでは…。」

「言ってあるはずだ。元々お前が負うべき罪ではない。」

「……はい。」

「桐条のデータベースに入り込んだのもお前だな? それも然りだ…。旅行などにかこつけず、何故始めから直に私に問わない。」

「…申し訳ありません。」

武治は美鶴を叱責する言葉を続けるが、その言葉には娘を思う優しさが込められている。

「お前をここに差し向けたのは幾月だな?」

「あ…。」

「どうもあいつは気に食わん。キバの事にしてもそうだ。奴は意図的に情報を伏せている様子が有る。確かにキバは人類の敵とされていたが、それは過ちであったと、旧『素晴らしき青空の会』のデータにも有る。」

「っ!?」

そして、武治は奏夜達が歩いて行った方向へと視線を向け、

「今夜には全てを話そう。元より隠す意図など無い。全てを伝えるための準備をしてある。」

「お父様…。」

「連れてきた中に“岳羽”と言う少女が居るだろう。彼女が“力”に目覚めるとは…もはや運命なのだ。」



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第三十一夜

「んー、このビーサンに足の指の付け根が食い込む感じ……ようやく夏実感だぜ!」

ビーチに到着した順平が歓喜の声を上げる。その後には奏夜と明彦の二人も続いていた。

この時期のビーチはもっと混雑しているものなのだが、幸いにもここには他人が居らず貸切状態である。

(…もしかして、先輩の所のプライベートビーチ?)

なんとなくそう思ってしまう。だが、それ以上考えても意味はない物だと考えて、即座に余計な思考を切り止める。

「沖に目印になるような物は無いな……泳ごうかと思ってたが。」

本気でそう言っている明彦だった。目印が有れば沖まで泳ぐ気なのかと思ってしまう。それと同時に明彦らしいとも思ってしまっていた。

「ああ……出ました。遊びに来たのに“黙々と泳ぐ”タイプ。」

「悪いか。お前こそ何して過ごす気だ?」

明彦の言葉に順平が溜息混じりに呟く。それに対してそう問い掛ける明彦。

「そりゃあ、夏で海と言ったらお楽しみは決まりっしょ!」

「ふん、まあいい。ところで、紅。」

「なるほど、受けて立ちますよ。」

「まだ何も言ってないが、同じ考えの様だな。」

「じゃあ、負けた方がはがくれのラーメンを奢るって事で。」

「いいだろう、後悔するなよ。」

笑みを浮かべながら話す奏夜と明彦、段々と遠泳競争の段取りが決まって行く。

「何だよ、紅も真田先輩も、お楽しみを理解してないんかよ……。」

「えー、海に来たら普通は泳ぐものだと思うけど。」

「ああ。そもそも、そのお楽しみとは何だ?」

「へへ、それを説明するには、まずゆかりッチ達が到着してくれないとな。」

順平のその言葉に順平が何を説明したいのかを理解すると、溜息を付きつつ。

「…あー…命を神に返されない範囲でホドホドにしときなよ、順平。」

「んだよ、その『興味有りません』ってリアクション!? 男なら女の水着姿みたいに決まってるだろ!?」

「それはお前だけだろ……。」

明彦が呆れた様に言うが男なら誰しも順平と同意見だろう。だが、

「違うね…間違ってるよ!」

ビシッと擬音が付きそうな仕草で順平を指差す奏夜。

「ま、間違ってるって何がだよ?」

「男ならば大半は女性の水着姿は見たい物…それは認めよう…でもね…。好きな相手の水着姿が一番見たい物だろう!!!」

「うお!?」

そう指摘された順平は二、三歩後ずさるとそのまま『orz』と言う体制に崩れ落ちる。

「紅…お前、本当に紅か?」

「…あー…ちゃんと『紅』ですよ。」

…奏夜よ…。それだと、かつての…いつかの渡のようにオトヤンが憑依していても『紅』で間違いないぞ。

どうでも良いが夏の海と言う空気が変化を与えているのだろうか? 妙なテンションの奏夜である。しかも、この場にシルフィーや風花が居なくて良かったとも言える台詞を大声で口走ってくれている。

そんな男性陣の妙な空気を打ち破ってくれたのは、一人の足音だった。

「え……なに?」

振り向くとそこには水着姿のゆかりが居た。

「おーっ、ゆかり選手、想像より結構強気のデザインですな! やっぱ、部活でシボれているって自信が大胆さに繋がってるんでしょうか!?」

「『でしょうか!?』じゃないつの……。」

何時の間にやら復活した順平が握り拳にマイクを持っている様な仕草で解説の様な事をやっていた。

ゆかりの格好は頭にサングラス、ピンクのビキニ姿、下はホットパンツを履いている。

「似合ってるね、岳羽さん。」

「そ、そう…。ありがと。」

ゆかりと目が合うと、妙に照れくさくなり、それを誤魔化す様に微笑を浮かべながらそう告げる。そんな奏夜の言葉に顔を赤くしながら明後日の方向を向いてそう答えるゆかりだった。

そんな中、また一人の足音が近づいてきた。

「パラソル……空いているとこ、勝手に使って良いのかな?」

「うん、誰も居ないし良いんじゃないかな?」

次にビーチに来たのは風花だった。

「おっとー、続いては風花選手ですなー…………………つーか、風花お前……メッチャ着痩せするタイプ!?」

「え……えぇっ!?」

順平の言葉に一瞬分からないと言う表情を浮かべた後、言葉の意味を理解した瞬間、真っ赤になりながら慌てて奏夜の後に隠れる風花。

「んだよー、そんなハズかしがんなくてもいいじゃんよー。ムフフ…。」

「ムフフって、変態かっつの!!!」

ゆかりが風花を庇う様に順平に対して最もな突っ込みを入れる。

「………埋めとこうか………?」

「あ、あの…紅君、それはちょっと;」

『#』マークを頭に貼り付けながら、奏夜は変態の様な事を言っている順平を横目で見ながら、物凄く物騒な対処方法を提案する。

流石に埋めるのはやり過ぎだと弁護する風花に視線を向ける。

(まあ、確かに着痩せするタイプって言うのは、言うとおりだとは思うけどね。)

特に表情には出さずそんな事を思ってしまう奏夜であった。

風花の水着はグリーンのセパレート。風花に似合って可愛らしいデザインである。

「あ、あの…どうかな、紅君?」

「あ、うん。よく似合う、可愛いと思うよ。」

「あ、ありがとう…。」

微笑を浮かべながら奏夜の言葉に俯いて答える風花だった。

「そんで、トリを務めますのは……。」

「「「「……。」」」」

絶句。美鶴の姿を見た全員が一瞬言葉を失ってしまった。

「ん……どうした?」

無言のままの一同に対して困惑した様子で美鶴が問い掛ける。逸早く立ち直ったのは、ゆかりと風花の二人の女性陣だった。

「うわー、桐条先輩、キレイ……。」

「ホントすごい、白くて綺麗! 日焼け止め、もう塗りました?」

「い、いや。」

「いやって、塗らなきゃダメですよ!」

ゆかりと風花の二人が美鶴を囲む様に盛り上がっている。美鶴も普段は見られない照れた表情を浮かべていた。

美鶴の水着は純白のビキニ。左胸にハイビスカスのワンポイントが存在感を主張せずに引き立て役となっている。

「おい、紅。お前ってどのタイプがイチオシよ?」

にやけ顔を浮かべながら、そう質問してくる順平。男子ならば当然してくる質問だろう。

正統派、健康的な魅力のゆかり。

可愛らしい風花。

大人の魅力の美鶴。

と、三者三様の魅力がある。

心底楽しそうな表情を浮かべている順平に対して、奏夜は笑みを浮かべつつ、

「さあね。ご想像にお任せするよ。」

そう言ってはぐらかす奏夜だった。

「んだよ、それ。で、どうなんだよ、実際。」

「さあね。それと、声が大きいよ。」

尚も食い下がって質問する順平に対して、そう言って受け流す奏夜。

「ったく。でも、いいなぁ、こういうの。ホント着てよかったよなぁ。よっしゃ! それじゃ、そろそろ水に浸かるとしますか! 行っくぜ~!」

そう叫びながら、質問するのを諦めた順平は浮き輪を片手に海へと走っていく。見れば、自分以外全員が海へと入っていった。

(さてと、ぼくも入ろうかな?)

伸びをしながら空を見上げると、

「ウェ!?」

南国の太陽に必要以上に照らされ、そのメタリックなボディを一層キラキラと輝かせているキバット族の姿があった。

驚きのあまり眼を逸らして一度擦ると再び見上げる。

「い、居ない…。気のせいだったのかな?」

周りを見廻すが誰の姿も見られない。キバットを置いてきた事が原因で見てしまった幻覚なのだろうと心の中で結論付ける。

気を落ち着かせるように二、三回ほど深呼吸をし、改めて海に入ろうとした時、

「ッ!?(なんだ!?)」

何処かから見られている視線を“二つ”感じて慌てて振り返る。誰かに見られている。それに気が付き、相手の気配を探ろうとした瞬間、気配は消え去っていた。

(また気のせいか…か?)

そう己の中で結論付け、疑問を霧散させると奏夜は海へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜…

奏夜達は別荘の一室に集まっていた。この旅のもう一つの目的…十年前の事故の真相を聞くために集まっていた。

コの字を書く様に配置された高級なソファーに座る一同の表情も纏っている空気も昼間よりも重い。

「さて…美鶴から大体は聞いているな。しかし…その前に君達に謝罪をしておこうと思う…。」

武治はそう話を始める。

「岳羽ゆかりくん、紅奏夜くん…。」

「あ…はい。」

「はい。」

「すべては大人の…我々の罪だ。私の命一つで贖えるのなら、とうにそうしていたところだが…今や君らを頼るほかない。」

そう言って武治は頭を下げる。

「すまない…。」

「………。」

頭を下げる武治を複雑そうな心境で無言のまま見つめている、ゆかり。

「本題に入る前に見せておきたい物がある。」

武治の前に現れるモニターに一つの映像が映し出された。

「あれは!?」

「青いイクサなのか、あれは? …それに、一緒に戦っているのは、金色のキバ!?」

青いイクサと共に戦う金色のキバの映像がそこには映し出されていた。

「お父様…これは…?」

「対ファンガイア組織『素晴らしき青空の会』の戦闘映像と記録によれば、キバは人類の味方だった。」

「人類の味方って!?」

「キバって、敵じゃなかったすか!?」

武治の言葉に思わず叫んでしまうゆかりと順平。

「キバについての詳しい事は残された旧『素晴らしき青空の会』の記録にしか残されては居ない。その記録によれば、キバは二人存在していたそうだ。ファンガイアの王であるキバと、人を守る黄金のキバ。」

その言葉が真実と告げるように映像の中では黄金のキバが青いイクサと共に戦っている映像が映し出されていた。

「だが、十年以上前の最も大きなファンガイアとの大戦では、二つのキバは人類の敵となるファンガイアと戦ってくれていた。」

映像の中では、ダークキバとキバ・エンペラーフォームがビショップによって再生した先代のキング、バットファンガイアと戦う姿が映し出されている。

(父さん…大牙叔父さん…。)

奏夜は映像の中にか残らぬ家族の姿に心の中で呟く。

「だが、この映像の中のオレ達の見たキバとは姿が違う。」

明彦は映像を見ながらそう呟く。明彦の言葉は正しいだろう、映像の中のダークキバとキバ・エンペラーフォームは明彦達の知っているキバとは似ているが違う。

それもそうだろう。キバ・エンペラーフォームはキバの鎧の本来の姿であり、全ての力が解放された姿でもある。だが、それを知らない明彦達は自分達の知るキバと別物と捉えてしまっても無理はないだろう。

「それは私も気になっていた。だが、キバと言う存在は敵ではなく、味方になってくれる存在かもしれないと言う事だ。それを覚えていて欲しい。」

武治の言葉に奏夜達は無言のまま耳を傾けていた。

奏夜と風花を除く面々の心境としては、キバが味方と言う事はこれ以上なく心強いだろう。強力な力を持ったファンガイアタイプを容易く倒していたキバが味方となれば、それは心強い事この上ないだろう。

「ですが、何故理事長はキバは人類の敵だ等と…。」

「二人のキバの内一人はファンガイアの王として人類の敵となっていた時期があったそうだ。人類の敵とされているのは、恐らくはそれが原因だろう。」

そう告げられると映像が消える。

「…もう一つの本題に入ろう…。」

暫くの沈黙の後、武治は口を開く。

「父“鴻悦”が怪物の力を利用してまで造り出そうとしていたもの…それは、“時を操る神器”だ。」

「…“時を操る神器”?」

その言葉を反芻する様に奏夜は呟く。次狼達四魔騎士達からキャッスルドランの中に時を越える扉が存在し、兄である正夫がネオファンガイアと戦う為に過去に…父である渡達の時代に向かったと聞いたが、はっきり言ってスケールが違う。

「言葉通り時の流れを操作し障害も例外も、すべて事前に取り除け、未来を意のままに出来ると言っても良い。」

「なんか、いきなり話がデカくなったな。」

順平は思わず唖然と呟く。だが、過去を変える程度ならキャッスルドランやネオファンガイアにも可能だろう。現に過去の時代で時を変えようとするネオファンガイアと父達と共に兄である正夫が戦っているのだから。

「だが研究は、父の指示によっておかしな方向に進んでいった。…晩年の父は何か、とても深い虚無感を持っていたようだ。今にして思えば父の乱心は、それを打ち破る為に始まったのかもしれん…。」

(…虚無感ね…。そのボケ老人の事は良く分からないけど、この人も被害者か…。)

「君達が全てを知りたいと望むのは当然の事だ。私にも伝える義務がある。」

武治のその言葉と共に再び映像が映し出される。

「これは…?」

「現場に居た科学者によって残された、事故の様子を伝える唯一の映像だ。」

砂嵐と共に僅かながら声が出てくる。

『この記録が…心ある人の目に触れる事を…願います。』

「この声…。」

自然とゆかりの口から声が零れる。炎に包まれた研究所らしき映像の中心に一人の男性が映し出される。

『御当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった。この実験は…行われるべきじゃなかった。』

時折声は途切れている様に聞こえるが、それでも重要な部分は聞こえている。

『もう未曾有の被害が出るのは避けられないだろう…。でもこうしなければ、世界の全てが破滅したかもしれない!!!』

(…世界の…破滅…。ッ!? “全ての終わり”!?)

映像から告げられるキーワードから奏夜の頭の中に以前ファルロスから聞いた言葉が思い出される。

『この映像を見ている者よ。誰でもいい、よく聞いて欲しい!!! 集めたシャドウは大半が爆発と共に近隣に飛び散った…。悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない!!!』

「これって理事長の言ってた。」

風花が、

「ファンガイアタイプになる12の大型シャドウ…。」

順平が呟く。

「やはりオレ達のやってきたことは!」

明彦が叫ぶ。

「無駄じゃなかった…。」

ゆかりが告げる。

(…なんだろう…この違和感…。それに…。)

微かに奏夜の脳裏に蘇る黄金のキバと漆黒の異形が刃を交える姿。記憶のフラッシュバック。

『全て…僕の責任だ。全てを知っていたのに、成功に目が眩み、結局は御当主に従う道を選んでしまった…。』

続けられるのは慟哭と共に聞こえる己の犯した罪への贖罪の言葉。だが、

(…やっぱり、違和感がある…。)

『すべて、僕の…責任だ…。』

「お父…さん…。」

思わずソファーから立ち上がるゆかり。映像の中で男性…ゆかりの父は炎に包まれていく。

「お父さんッ!!!」

(父さん!?)

父を呼び映像へと手を伸ばすゆかり。次の瞬間、映像の中に微かに一つの異形の影…『キバ』の姿を視認で来たのは、奏夜だけだろう。

「………。」

炎に包まれる映像を最後にその映像は終わりを告げる。

「お父様、これは…!?」

「彼は『岳羽 詠一郎』…当時の研究主任だ。実に優秀な人物だった。その彼を見出して利用し、こんな事件にまで追いやってしまったのは、我々グループだ…。詠一郎は…桐条に殺されたも同然だ。」

「それって…つまり。」

感情の篭っていないゆかりの声が響く。

「私の父さんがやったって事…?」

映像を全て信じるなら、そうなるだろう。

「影時間も…タルタロスも…沢山の人が犠牲になったのも…。みんな…父さんのせいってこと!?」

響き渡るのはゆかりの慟哭の声。

「じゃ…色々隠してたのって…ホントはこれが理由? 私に気を使って隠してたってこと? そう言う事なの!?」

「岳羽、それは違う。私は……。」

「かわいそうとか、やめてよッ!!!」

美鶴の言葉を遮り叫ばれる、ゆかりの激昂。それも無理はないだろう。父親の最後の衝撃の事実と共に、彼女にとって最悪の答えを映像で見てしまったのだ。…これが、真実だとすれば(・・・・・・・・・・・)、残酷な…残酷すぎる現実を…。そのショックは計り知れないだろう。

「あ…。」

我に返り、部屋から出て行くゆかり。大きな音を立てて閉じる扉。そして、告げられる影時間の始まり。世界が影が支配する時間となる。

「あの…誰か行ったほうが…」

言葉を失う中、風花が搾り出すようにそう声を出す。ペルソナ使いとは言え、今のゆかりは一人にはしておけない。

「…ぼくが行く…」

「うん、お願い、紅君」

「紅……すまない…」

「…はい…」

そう言って奏夜は部屋を出て行ったゆかりを追いかけて部屋を出て行く。



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第三十二夜

別荘を飛び出していったゆかりを探して奏夜は海岸へと続く道を歩いていた。

(…はぁ…キバットに留守番を頼んだのは失敗だったかな…?)

そう考えずにはいられない。影時間の中で戦う力も持たずに一人で歩いている事は危険だと言う事は理解している。キバの力もペルソナの力も使えない自分が戦うには好きではない奥の手を使うしかない。

ガサ…

暫く道を歩いていると、何処からか微かに物音が聞こえる。

「岳羽さん?」

その音を聞き逃さず、奏夜はそちらへと視線を向け、そう問い掛ける。あらゆる物が動きを止める影時間の中で物音が聞こえれば、その原因は自分達の様に影時間を体験できる人間か、シャドウしか有り得ないだろう。

「残念、私はゆかりじゃないわよ。」

そう告げて森の中から現れたのは、一人の少女。年齢は奏夜と変わらない位の少女。だが、その場に第三者がいたらこう言っていただろう。『奏夜に似ている』と。それも似ているのは外見ではなく、彼女の纏っている空気が、である。

「私の事は……そうね、『奏(かなで)』とでも呼んでくれれば良いわ。」

「奏さん…? 色々と聞きたい事も有るけど、この時間を動けるって事は…。」

「クス。感が良いわね、奏夜くん。私も影時間の中に在る事を許された『ペルソナ使い』…“貴方と同じ”ね。」

…目の前に居る奏と名乗った少女の言葉に何処か引っ掛かる者を感じてしまう。なにより…。

「…ぼく達の事やペルソナの事を知っている…。君は何者なんだ?」

「そうね。後で少し時間を貰えるかしら? その時に教えてあげるわ。でも、その前に。」

そう言って奏と名乗った少女は今まで奏夜が向かっていた方向を指差す。

「私の事より、優先する事が有るでしょ? ゆかりは向こうに行ったから、早く行ってあげてね、奏夜くん。」

微笑を浮かべながら奏と名乗った少女は森の中に姿を消していく。

「…何を考えてるか分からないけど…。」

彼女の言葉は正しいとは自分もそう思っている。奏夜はそう考え、その道の先にある海岸へと向かっていく。

奏と名乗る少女に教えられた方向へと歩いていくと、海岸に出た。その波打ち際には確かにゆかりの後姿があった。

「岳羽さん…。」

「ずっと信じてたのに……こんなのキツいよ……。」

奏夜が彼女の名前を呼んで近づこうとした時、彼女の本音が…力無い呟きが聞こえる。

奏夜が一歩近づくと、ゆかりは体を動かし……涙を拭う仕草が背中越しにも伺える。その手は硬く握られ、俯き、僅かに震えている。ほんの僅かな距離だが、彼女の纏っている空気が奏夜がそれ以上近づく事を拒絶している。

「覚えてる? 前に病院で行った事……。私のお父さん、小さい頃に爆発事故で死んだって……。」

「…うん…。」

そう言われて思い起こすのは、初めてペルソナを使って倒れた後、病院で目を覚ました時(第五夜)の事。

「さっきの話で分かったでしょ……。私のお父さんが死んだの、あの事故が原因なんだ。」

背中を向けたまま話を続ける。

「普通の人は真相なんて知らないから、根も葉もない噂が立ってさ。父さん主任だったから、世間から目の敵にされてね、色んな場所に転々と引っ越したの……。」

「……………。」

語られるのは彼女の過去…父親の死から始まる彼の地位による事が原因の根も葉もない噂と、想像できる無知な人間の悪意。

奏夜にも気持ちは理解できる。『人の怖さ』は。

「でも私、ずっと信じてた。父さんは悪くないはずだって。小さい頃から大好きだったし、絶対悪い事する様な人じゃないって。」

「うん。」

「春頃ね…手紙が届いたの。十年前の父さんから“家族へ”って。笑っちゃった。殆ど私の事しか書いてないんだもん。……だから。」

そこで言葉が途切れ、涙を拭う。

「信じようって思ってたのに。」

あの映像が正しければ、事故の原因は世間の噂通り…原因はゆかりの父にある。ゆかりの思いは裏切られた事となるのだ。

「だから手紙の届いた晩、“適正”に目覚めたのは偶然じゃないって思った。戦うのは怖かったけど、桐条グループの傍に居れば何か分かるかもって。だからペルソナ使いになって戦ってきた。」

語られるのは彼女の戦う理由。そして、その“何か”は分かった。だが、それは…。

「でもさ………なんて言うか………。」

彼女にとって、

「そんなの無駄だったんだよね。」

辛過ぎる現実。

父の無実を証明する為に独りで戦い続けていた彼女にとって、さっきの映像ははっきりと証明している。『父親が事故の原因で有る』と。

「………。」

慰めの言葉など掛けられない、掛けるべき言葉が見つからない。どうすれば良いのか分からない。

「ハハ…現実ってキツいよね。もしかしたら…私、嫉妬してたのかも。なんで桐条先輩にはまだお父さんがちゃんと居るのかって。」

「…………。」

「…何か言ってよ。」

睨み付ける様な表情で振り返り、瞳に大粒の涙を浮かべて睨みつけ、ゆかりは奏夜へと言葉を放つ。

「すごいよねキミ、いつもそうだよね一人だけ冷静で余裕が有って……どうせ私の事、可愛そうな奴だって思ってるんでしょ!!!」

確かに奏夜は冷静に振舞っているが、彼女が言うほど余裕が有る訳ではない。冷静に振舞っているのは、リーダーと言う立場を任されていたが故だった。

「分かったような顔しないでよっ! あなた、私の事何も……!!!」

奏夜は黙って彼女がぶつける感情を受け止めている。だが、爆発したのは束の間、すぐに理性と言う覆いがその爆発を収束させる。

「ゴメン………。」

奏夜の服を掴んでゆかりは崩れ落ちる。そのまま奏夜にすがり付きながら泣き始める。

「私、余裕無くて、ワケ…分かんない…。教えてよ…私…これから…どうしよう…。……もう、全然分かんない……。……これから、どうしたらいいのかな……。」

ゆかりは十年間溜まった感情の暴走を押さえ込んだかに見える。だが、それは押さえ込んだのではない。暴走する感情と同じかそれ以上に、これからどうして行けば良いのかと言う不安と疑問が大きいのだ。

俯き、力なく涙を流して震えているその姿は、何時もよりも華奢に見える。

奏夜は自分が彼女と同じ立場だったらと思うと、父が彼女の立場ならばどう思うのかと思うと、自然と何をするべきかの答えは出る。だが、自分が答えを出して良いのか、そう疑問にも思うが…。

「それでも…。」

意を決して出すのは、彼の出した一つの答え…。

「信じていれば、信じ続けていれば良いと思う。」

「え…。」

「例え真実がどうであれ、信じ続けていれば良いと思う。」

例え誰が何と言おうとも己が父を信じるように、父が祖父を信じるように。

「信じ続ける事…ぼくはそれが大切だと…そう思う。」

信じられる人が居るのならば、揺ぎ無く信じ続ける事が大切なのだと。

「ハハ…やっぱすごいや、紅君は。……ゴメンね、私の事ばっかり。あなたも両親亡くしてるのにね。」

「気にしなくてもいいよ。父さん達は居なくても、兄さんは居るし、引き取ってくれた叔父さんも良い人だし、兄代わりの人(?)や家族みたいな人(?)達も居るしね。」

結局の所、奏夜の傍には常に多くの人達が居てくれた。奏夜の孤独は彼女の孤独とは違う。

 

「うんっ。もう大丈夫、辛いの慣れてるからね。でも、話せて……良かった。」

そう言って顔を上げると奏夜とゆかりの目が合う。影時間の中の浜辺でも分かるほどに目を真っ赤にしながら、ゆかりは微笑む。

それは時の流れを忘れさせてくれる瞬間、どれだけ時間が過ぎたかは分からないが、少なくとも影時間は過ぎていないのだろう。

掴んでいた奏夜の服から手を放し微笑を浮かべながら、

「でも、なんだか会ってみたいな、紅君のお兄さん達に。」

「まあ、一度会ってみても良いんじゃないかな、正夫兄さんは僕とは違って本当に凄い人だからね。」

苦笑を浮かべながら兄の事を思い出す。まあ、兄代わりのキバットや家族みたいな存在であるアームズモンスター達に会わせて良いものかと思うが、それはそれ。

『うぉぉーい!!!』

突然砂浜に響く順平の声。慌てて離れる二人。そちらへと視線を向けると、順平が走ってきていた。

「…どうせ先輩に連れて来いって言われたんでしょう?」

「さあね。少なくても…言われても言われなくてもぼくはここに来たと思うよ。」

「ハハ…なんか、格好良いじゃん。うん、ありがとう。」

「だ…だだだだだだ大丈夫かよ、ゆかりっち! オレっち心配で心配で、て言うかみんな心配で心配してるぜ。」

あたふたと慌てながら、『心配』と四回も言っている順平。

「大丈夫、私、何時も通りだよ。」

順平へと言葉を返す何時ものゆかりがそこに居た。

「そっか、良かったぜ。」

「私さ…最近思ったんだ…ペルソナ使いは力に目覚めると、影時間の体験を忘れなくなる…。それって、力と引き換えに、目を背けられなくなるって事なのかも。………忘れたい現実からさ。」

表情を引き締めて視線を向け合うゆかり、順平、奏夜の三人。

「…忘れたい現実から目を背けられなくなる。…それも、自分自身の選択に責任を持つ事…か。」

自然と口から洩れるのは、イゴールとファルロスに言われたその言葉。奏夜の言葉にゆかりと順平は顔を合わせて、

「ハハ…確かにそうだね。」

「へへ…いい事言うじゃないかよ、紅。」

そう言って笑いあう。

「やるしか…無いんだよね。」

「そうだね。

「だな!」

そう言葉を交わしあう。

「よっしゃー!!! じゃ、戻るかっ!」

順平とゆかりが歩き出す。

「はは、ゴメン、ぼくはちょっと遅れる。少し、考えたい事も有ってさ。」

「んだよ、危なくないのか?」

「そう? 紅君なら、心配ないと思うけど、気を付けてよ。」

「まあ、何か有ったら、急いで逃げるよ。」

そう言って、苦笑を浮かべると、

「それに、一応ぼくはまだS.E.E.Sに復帰して無いんだけどね。」

二人と別れながらそう呟く奏夜。そして、二人の姿が見えなくなると、奏夜は森の方へと視線を向け、

「…それで、改めて聞かせてもらえるかな…奏さん?」

奏夜が告げると森の中から奏と名乗った少女が姿を現す。

「ええ、私が何者か…だったわね?」

「…そうだけど…教えてもらえるかな?」

「別に隠しておく事じゃないけどね。私は『奏』…『登(のぼり) 奏(かなで)』よ。」

「っ!? 登って、大牙叔父さんと同じ…。」

「言っておくけど、私は養女だから実の娘って訳じゃないわね。」

微笑を浮かべながら告げる奏の掌に白い蝙蝠が止まる。

「はぁ~い、奏♥ 彼がこの世界の貴女なの? あら、中々素敵じゃない。」

「そう? 私は好みじゃないけどね、キバーラ。」

「…それは…キバット族!? それに“この世界”の君って言うのは、どう言う意味だ?」

仲良く会話する白い蝙蝠…いや、キバット族『キバーラ』と奏に驚愕を浮かべる奏夜。

「簡単よ。世界は一つじゃない。平行世界(パラレルワールド)は多く存在する、例えば、キバと言う存在もファンガイアと言う存在も無い世界…私が男だった…つまり、この世界と、貴方が女だった…つまり、私の世界ね。」

奏はそこで一旦言葉を区切り、奏夜に言葉を理解するだけの時間を与える様に一呼吸する。

「幸福な世界と最悪の終わりを向かえた世界…。改めて、始めまして…。私は平行世界(パラレルワールド)の紅渡の娘、紅正夫の妹…平行世界(パラレルワールド)の貴方よ。」

「…平行世界(パラレルワールド)のぼく…。…とてもじゃないけど、信じられる話じゃないね。」

奏とキバーラから油断なく視線を外さずに、奏夜は問い掛ける。

「そうね。なら、証拠を見せて、あ・げ・る♥」

「うふふふ~♪」

そして、キバーラが奏の掌から離れるとその指先が唇に触れる。

「ペ・ル・ソ・ナ。」

妖艶に呟きながら、何処からか取り出した拳銃…否、召喚器を自身の米神へと突き付け、その引き金を引く。

「それは!?」

「そうよ、この子が、私が始めて手にした力の象徴…。」

奏の背後に現れた影…細部が女性的になり、色が変わっていると言う点を除けば特徴的な背負った竪琴がそれが何かを奏夜へと告げている。

「「オルフェウス!!!」」

そう、そのペルソナの名は…『オルフェウス』。

「クスッ。私の用事は二つ…もう一つは最初の用事を済ませたら、教えてあげるわ♪」

「用事…用事って…「おーい、奏夜~!」キバット!?」

奏夜の元に飛んで来た留守番として置いて来た筈のキバットに思わず驚いて声を上げてしまう。だが同時に、

「…やっぱり、着いて来たんだね…。」

「い、いや~…オレも折角の夏を満喫したくてな。そんな事より、この近くで妙な気配を感じたんで、来たけど「お兄様~、お久しぶり~♥」って、マイシスター!?」

キバットの言葉を遮る様に告げられた奏の周りを飛んでいるキバーラの言葉にキバットは驚きの声を上げて答える。

「…マイシスターって…まさか…。」

「おう、オレの妹のキバーラだ。まさか、こんな所で会えるなんて…くぅ~。会いたかったぜ、マイシスター!」

「うふふ。ホント久しぶりね、お兄様♥」

感動の再会とばかりにキバーラと抱き合いに行きそうなキバットを奏夜は掴んで止める。

「で、マイシスター、そっちの美人の姉ちゃんは、誰なんだよ?」

「ええ、この子は平行世界(パラレルワールド)の彼の、『登 奏』よ。それに、私も正確に言えば、この世界の私じゃないわよ、お兄様。」

「さあ、役者が揃った所で、始めましょうか。私の用事を。変身。」

「うふふ…チュ♥」

キバーラが奏の指先に噛み付くと♥マークを描く光が奏の姿を包み込み、白と紫の女性的なキバへとその姿を変える。

「っ!? 白い…キバだって!?」

「おいおい、マジかよ?」

「さあ、戦ってもらうわ…もう一人の私。」

『仮面ライダーキバーラ』へと変身した奏は武器『キバーラサーベル』を突き付けながら宣言する。

「って、よく分からねぇが…。」

「やるしかないね。行くよ、キバット。」

「おっしゃぁー、妹と戦うのはあんまり気がのらねぇけどな、キバッて行っくぜー! ガブ!」

「変身!!!」

奏の挑戦に応じる為、奏夜もまた仮面ライダーキバへと変身する。

「さあ、見せてもらうわ、黄金のキバの後継の力を。」

「仕方ないけど…見せてあげるよ…ぼくの力を…。」

キバーラサーベルを構えるキバーラ、独特なファイティングポーズを取るキバ、二人のキバは刃を交える為に互いに走り出した。



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第三十三夜

「はぁ!」

「はっ!」

キバの右ストレートからラッシュ、そして、回し蹴りへと続く連続攻撃を白いキバ…仮面ライダーキバーラは軽やかなステップでかわしながら、キバーラサーベルを振るいながらカウンターの形でキバにダメージを与えていく。

「あら、その程度でキバの後継者を名乗っている訳じゃないでしょう?」

「うふふ~。そうよね~、これじゃあ情けないわよ、お兄様♥」

キバーラサーベルに指先を這わせながら、余裕を持ってキバを挑発する様に言うキバーラ()とキバーラ。

「くっ! 当らない!?」

「おい、気を付けろ、鎧の能力は兎も角、あの姉ちゃん、お前よりも…」

「分かってる…彼女はぼくよりも…」

「「強い!」」

そんなキバーラ達に対してキバとキバットはそう確信を持つ。二人の纏う二つのキバの鎧の能力はキバの方に部が有ったとしても、キバーラに変身している奏の力量は確実に今の奏夜よりも上に有る。

「ふふ、守ってばかりでも面白くないから、今度は私達から行かせて貰うわよ!」

その言葉と共にキバーラはキバへと接近し、キバーラサーベルを振るう。

「くっ! (山岸さんに連絡して次狼さんを呼んでガルルフォームに変わるべきか? いや)」

キバーラサーベルを防ぎながらそんな考えを巡らせるが直にそれを否定する。飽く迄目の前のキバーラは力を見ると言ったのだから、風花の力を借りるフォームチェンジはするべきではないと判断したのだ。

「はっ!」

キバはキバーラのサーベルを避けながら前へと進む。キバーラの一閃がキバの鎧を傷つけるが、それでも前へと進んだキバの拳が初めてキバーラを捕らえた。

キバのパンチが直撃したとき、キバーラの体が後方へと吹き飛ぶが、キバーラは直に体制を立て直す。

「いったぁ~。“この頃”だから少し油断しちゃったわね」

「あらあら。油断しちゃ、ダメよ、奏♥ でも、流石はお兄様のキバの後継者ね♥」

「そうね、キバーラ、ここからが本番よね」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

軽口で言葉を交わしているキバーラ達にキバはファイティングポーズを取って向かっていく。それに反応しキバーラもまたキバーラサーベルを構えて迎え撃つ。

戦いながら場所を移動する二人の仮面ライダー…赤と白の二人のキバ。二人の戦いは何時の間にか森の中へと移動していた。

「はぁ!!!」

木を足場に跳びながら飛び蹴りを放つキバ。その飛び蹴りを避け、森の中では不利と判断したのか、キバーラサーベルでの戦闘を最小限に抑えながら蹴り技と突きを中心とした戦い方に切り替えるキバーラ。

「甘いわね!」

「うふふ、ざぁ~んねん。」

キバの回し蹴りがキバーラに当ろうとした瞬間、ジャンプした事でキバの目の前からキバーラの姿が消える。

「くっ!」

慌てて横に避けると、キバの背後に廻って枝から逆様にぶら下っていたキバーラの振ったキバーラサーベルを前転しながら避ける。

「せい!」

「はぁ!」

木の枝から降りたキバーラの振るうサーベルを避け、キバは上に跳ぶ。そのまま枝を足場に上に跳びながら、キバーラに向かって上空からの飛び蹴りを放つ。

「残念だけど…それは大技過ぎるわよ!」

そんな大技が簡単に当る訳も無く、バックステップで避けるとキバーラを外して地面を叩いたキバへと突きを放つ。

「それはぼくも同感だね!」

それに対してキバは地面へとしゃがむ事でキバーラの突きを避け、キバーラの腕を狙って蹴り上げる。

「きゃあ!」

「今だ!」

腕を蹴られた衝撃でサーベルを手放してしまうキバーラ。それをチャンスと感じたキバは拳を握りキバーラへと追撃のラッシュを放つ。

「残念!」

ラッシュを放ったキバの肩を足場に上へと跳ぶ事でキバのラッシュを避け、弾かれたサーベルを上空で回収する。

「くっ! まだだ!」

そんなキバーラを追いかけてキバもまたジャンプする。向かい合うように木の枝からぶら下るキバとキバーラ。互いに相手の動きを理解していたのか、驚きも浮かべずにサーベルと拳を振るう。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」

互いに防御を考えない連続攻撃だが、キバに比べてキバーラの方がパワー負けしているのだろう、その攻撃はキバーラの方が押され始めている。

「やっぱり、力負けしてるわね。」

「あっ、それはちょっと酷いわよ、奏。」

それ以上は不利と考えて枝から降りながらそんな言葉を交わすのは、キバーラ達。

「よっしゃ、どうだ、マイシスター!」

「ぼく達も簡単には負けないよ!」

キバーラ達を追いかけながら枝から降りたキバ達はキバーラ達へと告げる。

「そうね。」

「でもね、お兄様♥ 最後に勝つのは私達よ♥」

「へっ、悪いなマイシスター! オレにも兄の威厳って奴が有るんだぜ!」

「行くよ! キバット!」

「オッシャー! キバって行くぜ!!!」

互いに放った回し蹴りがぶつかり合う瞬間、やはりキバーラの方が力負けしているのだろう、キバーラの体が弾かれるが、それは本人達も予想していたのだろう、直に体制を立て直しキバへと突きを放つ。

「っ!? しまった!?」

「ぬお~!」

「「嘘!?」」

その突きは確かにキバの体に決まったと思った瞬間、キバーラ達の驚愕が重なって響く。

「へへへっ…。ナイスキャッチ。」

キバーラの放った突きは、しっかりとベルトに止まっているキバットが口で受け止めていた。

「今だ、行け、奏夜!!!」

「うん! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

キバットの言葉に従いキバは武器を受け止めた事で動きを止めているキバーラへと渾身のパンチを放つ。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

悲鳴を上げながらキバーラは吹き飛ばされ、森の外…最初に戦っていた海岸へと吹き飛ばされる。

「ううぅ…今のは本気で痛かったわよ!」

「それは本気でやったからね。」

キバーラを追いかけて森の中から現れるキバはキバーラへと向き直りながら、彼女を指差し、

「さあ、そろそろ、そっちも気が済んだ? 気が済んだら、君のもう一つの用事って奴を教えてもらえるかな?」

「そうね。力も十分に見せて貰ったし…そろそろ良いかもしれないけど…やっぱり、負けるってのは悔しいから、最後に勝たせてもらうわよ!」

「それはぼくも同感。最後に大技で決めさせてもらう!」

そう言ってキバがベルトから取り出すのは必殺技を放つ為のウェイクアップフエッスル。キバーラもキバーラサーベルを逆手に構え、両腕を大きく広げる。

「ウェイクアップ!!!」

「うふふふ~…行くわよ、奏!!!」

ヘルズゲートが開放された足を振り上げてジャンプするキバと、背中から紫の光の翼を広げ空へと浮かび上がるキバーラ。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」」

飛び蹴りの体勢でキバーラへと向かうキバと、背中から広がる紫の光の翼で飛翔しキバへと向かうキバーラ。

互いにぶつかり合う二人のライダーの必殺技。

「ダークネスムーンブレイク!!!」

「ソニックスタッブ!!!」

二人のキバの必殺技がぶつかり合った瞬間、

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

二人のキバが弾かれ、キバへの変身が解除されて海岸を転がる。

「くっ…引き分けか…。」

「そうね…残念だけど、勝てなかったわね。」

多少ふら付きながらも立ち上がる奏夜と奏。

「ふぅ…流石に引き分けだと、私の方が負けと言った方が良いわね。」

「そうね、奏と彼の力量差を考えればそうなるわね。」

残念そうな表情を浮かべながら奏とキバーラは奏夜達へと言う。

「? それって…どう言う意味だ?」

「そうだぜ、マイシスター。確かに、その姉ちゃんの方が奏夜よりも強いかもしれないけどよ~、引き分けがそっちの負けってのはどう言う意味なんだ?」

奏夜とキバットのある意味当然な疑問の言葉…その言葉を聞きながら奏は軽く息を吐くと、

「良いわ、それも合わせて話してあげるわ。それが私のもう一つの要件だしね。」

そう言って奏は奏夜へと近づいて口を開く。

「最初に言っておくわ。…私とキバーラが来たのはこの時代よりも先…全ての大型シャドウを倒した後の時間軸になるわね。」

「っ!? 全ての大型シャドウを…。」

「倒した後だって!?」

彼女の言葉に思わず驚愕の声を上げてしまう奏夜達。だが、考えてみれば納得できる所だろう…そう考えるのならば、彼女の力量が自分よりも高いと言うのは。

「ええ、私が来たのは今から四ヵ月後…四ヶ月後には犠牲を払いながら…私達は最後の大型シャドウ…アルカナナンバー『12』のシャドウ…『刑死者』を倒したわ。」

奏の言葉に奏夜は考える。奏夜達が戦ったのは、1の魔術師、2の女教皇、3と4の皇帝と女帝、そして今月に5と6の法王と恋人のシャドウを倒してきた。彼女の言葉通りならば、幾月の言うとおり、残りは六体と言う事になる。

「多分、貴方達は今月に法王と恋人の二体をホテルで倒したわね?」

「うん。」

奏の言葉に奏夜は頷く事で答える。

大型シャドウが全部で十二体で刑死者までと言うのなら残りは、戦車(チャリオット)正義(ジャスティス)隠者(ハーミット)運命(フォーチュン)剛毅(ストレングス)と、奏の言う最後の一体である刑死者(ハングドマン)の六体。

「未来への流れを変える訳には行かないから、詳しい事は言えないけど、気を付けて欲しい事が幾つか有るの…。一つは次の戦いで私達は私達とは別のペルソナ使い達と出会うことになる。一つは最後の戦いに繋がる十月の戦いの時私達の仲間が一人犠牲になるわ。」

「っ!? ぼく達の仲間が!?」

「それって、一体誰なんだよ!?」

「お兄様、残念だけど、それは言えないわ。」

「ええ。でも、10月の大型シャドウとの戦いの前に貴方達の前に居ない人…犠牲者はその中に居るわ。そして、最後の戦いが終わっても戦いは終わらない事を覚えておいて。…寧ろ、それは本当の戦いの始まりよ。それを企んでいた奴が…私達の中に敵が居る…。…私達にとっての…本当の敵が…。」

言葉と共に悔しげに皮膚に爪が食い込むほど拳を握り血が出るほどに唇を噛む奏。

彼女が辿った未来に何が有ったのかは想像するしかないが、自分達の味方と思われる人間の中に一人だけ怪しい人間が存在している。…幾月だ…。

「私は…私も…その中で大切な人達を失ってしまった…。…その先を…選べなかった…希望も…未来も…微かな可能性も…。」

俯く奏の瞳から砂浜に涙が落ちる。自分達を待つ未来が…彼女が辿った過去が…彼女にとっての悲しみが有るのだろう。

「…気を付けて…私達の中に居た敵が私からみんなを奪う切欠を作った…。だから…私は…みんなと敵になっちゃった。大好きだったのに…大切な人達だったのに…許せなかった…どんな理由が有っても…あいつに騙されていたとしても…私の大切な人達を奪った事が!!!」

叫ぶのは慟哭。彼女の過去は…奏夜に待ち受ける未来は…。そこまで叫んだ後、奏は呼吸を整えて落ち着きを取り戻す。

「私がみんなから完全に離れた時に、世界の未来は本当の意味で閉ざされたと思うわ。私が離れてからも、学校に行かなくなってからも時々町で見かけたみんなは今まで以上に傷ついてた…。…まるで、タルタロスのシャドウにも力が通用しなかったみたいにね…。」

奏はそこで一度言葉を区切り、息を吸う。話している間にも奏の瞳から涙が零れていた。

「私に戻ってきて欲しいって言った時に、話を聞いてみると…タルタロスの番人に勝てなくて、全然上の階に上れなかったみたい…。…でも、私は戻る事は出来なかった…。…みんなの所には…戻りたくなかった!!! みんなに会いたくなかった!!! 次狼さん達を殺したみんなが憎かったから!!! でも、大好きなみんなを憎みたくなかったから!!!」

「…みんなが…次狼さん達を殺した…? それってどう言う!?」

「それを説明している時間は無いの。話をよく聞いて。」

奏の叫びに問い掛ける奏夜の言葉をキバーラは真剣な言葉で遮り、奏の話を聞く様に促す。

「ええ、大事なのはここからよ。」

奏は涙を拭いて顔を上げるとまだ涙の残る奏夜を見据える。

「全ての大型シャドウを倒した後に本当の真実を知る事になるわ。…貴方は次狼さん達を犠牲にしちゃ…みんなに殺させちゃダメ…それが…みんなの絆が壊れる切欠だから…。だから…私は戦えなくなっちゃった…。…戦うのがイヤになっちゃた…。」

禍々しい月を見上げながら告げられる言葉と共に彼女の頬を伝わるのは悲しみの涙。

「だから…私は彼を殺した…。…もう二度と戦わないで良い様に…戦う事も、シャドウの事も、タルタロスの事も忘れてしまう様に…彼を…殺した。」

『彼』と言う人物が奏夜には何者かは分からない。だが、奏の言葉から考えれば、その人物を殺した事でタルタロスやシャドウの記憶が消えると言うのだろう。

「…覚えておいて…忘れないで…。…私の言葉を…。」

涙と共に告げられる足元から少しずつ消えていく奏の最後の言葉…。

「ええ、これだけは忘れないでね、奏夜、お兄様。」

「…この先に選ぶ選択を決める権利は私には無い…。でも…だけど…これは私の願いだから…。」

俯きながらそう告げて奏夜を見据えながら、奏は叫ぶ。

「お願い…私が選べなかった道を貴方は選んで!!! 私達の未来に有る…滅びの運命に…神に立ち向かって!!!」

「神って、運命ってどう言う意味…奏、キバーラ!!!」

奏夜の言葉が響く中、奏は奏夜へと願いを託し涙を流しながら微笑みながら消えて行った。その瞬間、影時間が開け、夜が元に戻る。

「…キバット…。」

「ああ…託されたな、オレ達に…。」

奏の世界と自分達の世界…二つの世界の先にある未来が同じ物とは限らないだろう。だが、奏の言葉を信じるのなら…。

だが、これから先に待つであろう大型シャドウ達との戦いを放棄するわけには行かないのだ。

「…何れぼく達の仲間の誰かが犠牲になって…次狼さん達がみんなに殺される。」

「ああ、先ずは来月…その次は十月だよな。」

二人の意思は決まった。奏の言葉が本当かどうかは来月には分かる。それを踏まえた上で十月に起こるであろう悲劇の回避…自分達の先に待つ滅びの未来に立ち向かう為にも、まずは十月に待つ悲劇を叩き潰すだけ。

そう決意を込めて奏夜とキバットは新たな決意を固める。

「でもよ~、奏夜~、その前に戻らなくちゃダメなんじゃないのか?」

「そうなんだよね。」

 



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第三十四夜

「『三人で縄文杉を見てきます』だって……。」

「これは山岸の字だな……。」

「あー、もうっ! 夏に南の島に来てなんで海に来ねーんだ!? いいのかソレ、“人”として!?」

「いや、楽しみ方は人それぞれだと思うよ。」

「大体、お前が原因だろ?」

屋久島滞在の二日目、雲一つ無い快晴の空の下、順平の叫びを一言で切り捨てる奏夜と明彦。先日の夜…『仮面ライダーキバーラ』に変身した平行世界の自分と言うべき相手『登 奏』と戦い、未来で起こる事を断片的に伝えられた翌日、パラソルの傍らに置かれていたメモを読んだ三人。

まだ騒いでいる順平に呆れながら空を見上げ、………昨日の事を思い出す。奏から聞かされた事は確かに重要だが、それを確かめる為には、まだ時間が掛かる。

ならば優先順位は下がるが、まだ考えるべき事が一つだけ有る。

(…キバットが居るって事は他の皆も居るって事だよね…。…良いのかな…キャッスルドランを留守にしちゃって。)

思わず空を見上げながらそう思ってしまう。あの後、どうして屋久島(ここ)に来たのかと追求する前に当のキバットには逃げられてしまったのだが、キバットが居るという事は一人で来る可能性は低い為、四魔騎士達と一緒に来たと推測できる。

追記しておくと、あの後は別荘に戻った後、影時間が開けるまで何をしていたのか聞かれても、『パラレルワールドの未来の自分が現れて、未来の出来事を伝えられました』等と答えられる訳は無く、誤魔化すのには苦労してしまった。

(…仕方ない、最悪、帰ってから聞くか…。)

そう考えて追求を切り止める。

ジリジリと辺りを焦がす太陽の日差し、時折吹く海独特の潮風が心地良く、昨日に比べて砂浜には人影も見えて、夏を過ごしている景色が広がっていた。

男性陣三人は砂浜へと来た訳なのだが、先に来ている筈の女性陣の姿が無かった為にメモを発見した訳である。…どうやら、彼女達は海ではなく山に行った様子だ。

(…十月か…。…でも、彼女が言っていた事が正しければ…今のぼくは彼女の言っていた“最悪”の状況になっているんじゃないのかな?)

そんな順平と明彦の遣り取りを眺めながら、思わず先日の奏の言葉を思い出してしまう。まだ奏夜の仲間は傷付けられてもいないし、S.E.E.Sのメンバーの中で命を落とした者もいない。今は七夕の大型シャドウ戦…法王と恋人のシャドウを倒した後の一件が原因で奏夜が離脱しているに過ぎないと言うのは、奏の告げた最悪の状況に至っていないという点では幸いなのだろうかと疑問に思ってしまう。

「はぁ…。」

『溜息を吐くと幸せが逃げる』と言うがそんな事を考えてしまうと思わず溜息が出てしまう。考える事が多すぎて疲れを覚えてしまう。ゆっくりと海にでも入って頭を冷やしたい気分だ。

順平の相手は明彦に任せる事にしてゆっくりと泳ごうと海へと足を向けて海に入ろうとしたら、

「ってか、コラ、そこ! 何処行くんだよ! 真田先輩もいいスか、大事なのはヤロウ三人でどうすんのって言う事実っスよ!」

「「はぁ?」」

この場に女性陣が居ない事に納得できないと言う様子の順平がビシっと言う様な動作で奏夜達を指差す。『どうするんだろな~、こいつ』と言う様な視線を向けてしまう奏夜と明彦の二人。黙って話を聞いている時点で付き合いが良いと思う。

「いいか、よく聞け紅。持ち合わせが無ければ現地で調達。これ、兵法の初歩ナリってね! ズバリ、名付けて……“ヤクシマ磯釣り大作戦”!」

大げさに両手で身振り手振りをしながら順平は奏夜と明彦に高らかと宣言する。

「…第五使徒か第四使徒でも退治する気…? ヤシマ作戦って?」

「『ヤクシマ磯釣り大作戦』だつーの!!!」

本格的にどうでも良いとばかりに呆れた様に呟く奏夜にツッコミを入れる順平。

「い、磯釣り……ナンパの事か?」

「そうっスよ。ねえねえ、どうですか真田先輩? 真田先輩と紅が居れば絶対いけますって!」

明らかに引いている明彦と奏夜の二人だった。どちらかと言えば、明彦はただ黙々と泳いでいるだけで夏の海を満喫できるタイプだ、奏夜も祖父とは違ってナンパには興味がないタイプであり…二人とも揃って、順平の目的(ナンパ)には最適な人材なのだろうが、それ以上に“人選ミス”としか言えないメンバーなのだ。

…ここに奏夜の祖父が居れば『なんと、素晴らしい作戦だ!』と言って喜んで参加していたに違いない。…兄に関しては材料が少なく判断が出来ないが。

「紅、お前の意見も聞いておこうか。」

「ぼくもパスでお願いします。」

「…そうか。」

一人では妙なテンションの順平を止められないと思ったのだろう、横目で奏夜を見ながら話を振ってくる。即答する奏夜に順平が心底呆れたと言う様子で話し始める。

「二人とも、ここままでイーワケ? 青春の夏の日々が乾燥したまま過ぎてもイーワケ? この流れはもう必然ですよ、必☆然!」

「なるほど、作戦と言うわけか。」

「そうスよ!」

「なら何時ものように現場指揮はコイツに任せる。」

「「ええぇ!?」」

明彦の予想もしてなかった返事に奏夜だけではなく流石にテンションが妙な方向に飛んでいっている順平も驚いている。

「ナンパの指揮ってなんですか!? 『優しい言葉と褒め言葉を中心に、順平は左、真田先輩は相槌を打ちながら順平の援護を、ぼくは正面からリードする!』って感じですか!?」

「いや、ナイだろ、それ。大体、何スか、それ!?」

奏夜のボケ突っ込みに突っ込みを入れながら、明彦に『意義あり』と言う様子で叫ぶ。

「『作戦』だと言ったろ、自分で。」

「うわ、ヘリクツだ、超ヘリクツだ、それ。」

この流れをどうするかと悩んでいると奏夜の頭の中に一つの閃きが浮かぶ。現在の自分の立場と『作戦』と言う言葉と、明彦のヘリクツ。

(この流れなら、行ける!)

「なるほど、作戦か…それなら仕方ないね。」

「って、おい、お前まで!」

「だったら、ぼくは参加する訳には行かないね。」

「「なにぃ!?」」

顔に笑みを貼り付けながら、高らかと宣言する奏夜にそんな叫びを返してくれる二人。奏夜はそんな二人の様子も構わずに言葉を続けていく。

「ぼくは今、S.E.E.Sから抜けている。つまり、ぼくには作戦に参加する義務も権利も無い。」

どうも忘れられている気がするが、今現在、奏夜はS.E.E.Sから抜けている。そこまで言い切った後、残念そうに首を振りながら…

「だから、ぼくはこの『作戦』に参加する訳には行かない。じゃあ、そう言うわけで。」

そう言って返事を聞く事も無く、奏夜は歩き出す。取り残された順平と明彦は思わず互いに目を合わせて、

「えーと、ちゃんとマジメにやって下さいよ? “作戦”……なんスから。」

「あ、ああ。」

順平は明彦を見ながら念を押す。その目は…………本気(マジ)だった。

「はぁ…。」

さて、海に浮かびながら空を見上げる事で頭も冷えたのか、色々有り過ぎた昨晩の事で混乱していた頭がスッキリする感覚を覚えていた。

ふと、浜辺の方に視線を向けてみると、妙に見慣れた二人組みの姿がある仮設のマッサージ店が有るのが見えたので無言のままそこに近づいていく。

「あっ、いらっしゃい。」

「いらっ、しゃい。」

「…ラモンさん、力さん…何してるんですか?」

「「あ;」」

思いっきり昨日のキバットに続いて、第二、第三の知り合いに有ってしまった奏夜だった。丁度お客も居なかったので、何故此処に居るのかと言う事に付いて聞く事にした奏夜だが…

「…なるほど…キバットとシルフィー姉さんですか…。」

「うん。」

「う、ん。」

二人から事情を聞く限りでは、奏夜が屋久島に旅行する事になった時、キバットとシルフィーの二人が自分達も屋久島に行きたいと言い出し、その結果、奏夜に黙って付いてきたそうである。なお、この場に居ない次狼だけは『誰かがキャッスルドランに残ってないと拙い』と言う事で留守番を買って出てくれたそうだ。

流石はウルフェン族最強の戦士…頼りになる人物である。

「…それで助かったから、あまり文句も言えないんだよね…。」

「そう、か。」

「そうなんだ。」

「「「はぁ…。」」」

思わず三人揃って溜息を吐いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ラモンと力とそんな事を話した後、『仮設マッサージ店』を後にした奏夜はダークオーラを纏っている順平と明彦に捕まったのだった。

あれから二十分ほどの間に『ヤクシマ磯釣り大作戦(略して『ヤクシマ作戦』)』は三度に渡って決行された。………だが、その結果は見事に三・連・惨・敗。様子を見れば良く分かるが。

第一次ヤクシマ作戦

最初は順平がOL風の女性三人組に突撃した結果、主に“キモイ”と言われていた。失敗1

第二次ヤクシマ作戦

少し年上の女性の二人組みに明彦がメインでアタック。どうでも良いのだが、学園の方にファンも居る彼のナンパと言うのは聞く者が聞いたら卒倒する事の間違いないシーンだっただろう。だが、その結果はカレシも来ていたらしく適当にあしらわれた。失敗2

そして、最後に行われ“無事”失敗した第三次ヤクシマ作戦

ターゲットは女性一人。妙に話が合い、危なくもう少しで上手く行ってしまう所だった。寸前の所で明彦が『女性の顎に一本、生えていてはいけないモノ』に気付いたから無事失敗したのだった。哀れ、順平。

「うまくいかねっスね……。ってか、納得いかねっスね…なんで、紅だけこんな思いしなくて済んでんだよ。」

「……。」

「いや、納得も何も…ぼくは最初から不参加だからね、順平?」

『仮設マッサージ店』の中で話される作戦の成果に溜息交じりで俯いている順平と、一切反応の無い明彦。

順平は兎も角、この結果に明彦が落ち込んでいるのが妙に疑問に思う。順平もそれは不思議に思ったらしく、視線を向けて聞いてみた。

「ナンパにゃ興味なかったんじゃ?」

「…………“勝負”には拘りたい…………。」

「「ああ、そう言う事。」」

思わず納得してしまう二人。何時の間にか明彦の中では『作戦』から『勝負』になっていた。何処までも勝負に拘り負けず嫌いな人である。

「兎も角だ! 紅、お前も手伝え。」

「ああ! 今度こそ、勝つ!」

「って、ちょっと、ええ!?」

「いってらっしゃーい。」

「いって、らっしゃ、い。」

奏夜を左右から連行していく順平と明彦とそんな三人を見送るラモンと力の二人。

「おお、後姿だけどすごい美人。」

順平が小声で指差しながら叫ぶのは、腰まで届く特徴的な緑色のロングヘアーに麦藁帽子を被り、髪の色と同じ緑色のビキニタイプの水着を着た女性の後姿である。

…………なぜだろう、奏夜には思いっきり見覚えの有る後姿である。

「よし、今度は紅、お前が行って来い。」

「ああ、お前も一度当って砕けて来い!」

「え? ちょっと!?」

二人に背中を押されながら前へと突き出される奏夜。引きつった表情で後を見てみると………二人とも、目が本気(マジ)だ。

「あー…えーと、そこのお嬢さん;」

「はい? ああぁ!? 奏夜様ぁ~!!!」

声を掛けて振り返ったのはやっぱり、最後の一人の知り合いであるシルフィーこと春花さんでした。

「様って、おい!?」

一人、シルフィーと奏夜の会話を聞いていた順平が思わず驚愕の声を上げる。

「あ、え、えーと…シル、じゃなくて、春花、姉さん?」

そんな順平も、明彦も視界に入っていない様子で、『ガシ』っと言う様子で奏夜の手を握り、心底嬉しそうに言葉を続けていく、シルフィー。

「あ、あの…?」

「今のはナンパですか!? ナンパですね!? ナンパですよね!? 喜んで!!! さあ、一緒に夏の海を満喫いたしましょう、奏夜様ぁーーーーーーーー!!!」

「あー…。」

そう言って奏夜の手を取って走り出していくシルフィー。………………駄目だ、暴走した彼女は誰にも止められない。

目の前の光景に真っ白になってそのまま風化していく順平と明彦の二人…。

第四次屋久島作戦…成功?

「……紅の知り合いだったみたいだな。残念ながら、この勝負は無効か? うぉ!?」

「…ちくしょー…。」

ふと、明彦が横に視線を向けてみると『OTZ』な体制で嫉妬の炎を纏いながら血の涙を流している姿が幻視される順平に思わず引いてしまう明彦だった。

「い、伊織?」

「ちくしょー…なんでアイツばっかり良い思いしてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

正しくは一番いい思いしているのはシルフィーさんです。

十分後…シルフィーから開放された奏夜が戻ってくると、

「問題点は分かっている。伊織、お前の“欲望”丸出しなのがいけないんだ!」

「あっ! きったねー、責任逃れだ!」

「事実を言ったまでだ。現に紅を見てみろ、知り合いとは言え、成功してただろう!」

「ってか、あんな美人の知り合いが居るのかよ、あいつは!!!?」

順平と明彦の言い争いが始まっていた。

「はぁ…放って置いて、泳ぎに行こうかな…。」

思わずそう思ってしまった奏夜には罪はないだろう。

本気で他人の振りをして海にでも入って泳ぎたい気分である。奏夜が一人、その誘惑に負けそうになってきた時、

「おい紅、現場リーダーとしてどっちが悪いと思う?」

「順平。何もかも。」

突然話を振られてノータイムで答えた奏夜だった。

「うぉぉぉぉぉぉぉい!? オレッチ諸悪の根源!? 裏切りモン!」

「あー、それとぼくって『元現場リーダー』ですよ。」

「すまない、そうだったな。何時でも戻ってきても構わないからリーダーの立場は何時でもあけて置く…。」

「聞けよ! つか、紅! お前、ちゃんと考えて答え………ろ………。」

完全に無視されて話が進んでいる事に始まり色々と抗議しようとした時、話の途中で順平が停止した。別に運命の剣士と時の龍が居る訳ではないが、文字通りと待っていた。

その表情は驚きのあまり言葉を失うと言うのは、こんな感じになるだろうと言う見本の様な表情だった。

「どうした? ……何か有ったか?」

明彦の問い掛けに順平は無言で指差す。それが精一杯の反応なのだろう。それを不思議に思いながら、順平が指す方向へと視線を向ける。

「…彼女は…。」

少し向こうの桟橋の上、水平線の彼方を見ている人影。

その短めの髪は太陽の光を浴びてキラキラと淡い黄金色に輝き、服装は屋久島の潮風に揺れる水色のワンピース。

何処か作り物の様な不思議な存在感を放つ少女が佇んでいた。

「おー……最後の…最後に大逆転! スゲエ波だよ! ニクいぜ、神様! 最高だぜ! つーか、マジ可愛い!!!」

「確かに。」

とても、女性に興味が無さそうな明彦でさえ、可愛いと認めるほどの美貌。奏夜もそれは認める。だが、

(っ!? なんだ…この記憶…?)

微かに浮かび上がる記憶の断片。金色のキバの姿と…もう一つの人影…。

(…何なんだ…これ?)

まるで今まで封印されていた記憶が鍵を得て開放されたかの様にあふれ出そうとしている感覚。

(これって…一体…?)

微かな疑問が奏夜の中に湧き上がるのだった。



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第三十五夜

Another SIDE

「へぇ~、これが縄文杉かぁ……。」

「結構貫禄有るのね。」

ゆかり、風花、美鶴の三人の女性陣の前に聳え立つのは、樹齢何年になるのかも分からない古びた大木。年代を経た事を感じさせるが、その美しさは失われておらず、寧ろ、時の経過が雄大さと美しさを共存させている。

「屋久島は島全体が世界自然遺産として登録されているが、その要因の一つがこの縄文杉だ。樹齢7200年と言われている物も有るらしい。」

ゆかりと風花の二人に美鶴が時折懐かしそうな表情を浮かべながら、そう補足説明をする。この島に別荘を持っているのだから、父親との思い出も有るのだろう。その顔は奏夜達が見た事の無い柔らかい物だった。

「あの、ゆかりちゃん……?」

そんな美鶴を見据えていたゆかりが何処か心此処に有らずと言った様子を見せていると、風花が心配そうに声を掛ける。

「ん? ああ、ゴメン。」

ゆかりが風花の言葉に軽く謝った時に美鶴の携帯の電子音が響く。

「はい。」

『桐条君かい? ちょっと困った事が起きてね……。周りにみんな居るかい?』

「男子三人とは別行動中ですが……どうぞ。」

電話の相手はどうやら幾月の様子だ。

美鶴が全員に話が聞こえる様に携帯を持っていた手を三人の中心に差し出す。

『実は研究所にいた戦車が勝手に動き出してしまってね……。』

「戦車、ですか?」

電話から聞こえてくる物騒過ぎる言葉に三人は表情を歪めて、幾月の言葉の続きを待つ。

『ああ、君達に渡した改良型イクサシステムと平行して開発されていた対シャドウ用の戦闘車両、言ってみればイクサシステムと同じ対シャドウ用戦闘兵器なんだが……。』

「ちょっ! 何でまたそんな危なげな物が出て行くんですか!!!」

ゆかりは思わずそう叫ぶ。奏夜がここに居れば、影時間対応型のイクサと同時期に開発されたと言う所から、父と共に戦っていた本物のイクサの力の一つ人造の機龍『パワードイクサ』の様な物を想像してしまう所だろう。

人知を超えた化け物であるシャドウと戦う為の兵器、どれほど危険なのかは想像もつかない。

「その戦闘兵器を探せば良いのですね? 分かりました。目標の捕獲が困難と判断した場合は、破壊してもよろしいでしょうか?」

美鶴はそう質問する。だが、幾月から返って来る返事は非常な物だった。

『破壊はね。多分、無理だね。』

「そんな物どうやって止めろって言うんですか!!!」

『兎に角、やってもらうしかない。また連絡するよ。』

その言葉を最後に通話が切れる音が響く。不満は多々有るが、彼女達にやる以外の選択肢は無い様子だ。

「ダメ、紅くん達には携帯は繋がらないみたい……。せめて、紅くんに連絡が取れれば良かったんだけど……。」

三人と連絡を取ろうとしていた風花は携帯を片手に困った表情を浮かべる。最低でもキバである奏夜にさえ連絡が取れれば、対シャドウ兵器を止める事も可能だろうと考えたのだが…。

「もう、この大事な時に何やってんのよ!」

「仕方が無い。取り合えず別荘に戻って、我々の装備を取りに行こう。そうすれば山岸のペルソナで探せる。」

そう言って美鶴達三人はもと来た道を戻る。

SIDE OUT

「………。」

身をかがめて気配を潜めている二人に付き合わされて、身をかがめている奏夜は心の中で溜息を吐く。二人の様子を伺ってみると、タルタロスの中に潜っている時の…順平に限定すればそれ以上に真剣な表情をしていた。

物陰から物陰へと、相手に気付かれないように手で合図を送り合い、音も無く動くのはタルタロスの中で気配を感じると直に逃走する通称『レアモノ』のシャドウを追いかける事の恩恵だろう。

「やっべーよ、マジで。これ取れりゃ今までの負けなんてチャラでしょ。」

内心、『何故、ナンパでこんな事をするのか? 人に見られたら絶対に不振人物と思われるんじゃないか?』と言う疑問で頭を抱えている奏夜を他所にナンパの対象の彼女を目視した順平は興奮した様子で、尚且つ器用にも、小声で喋っている。

ふと、その女性の方へと視線を向けてみると、『可愛い』と言うよりも『美しい』と感じさせる彼女の姿を見ると、興奮する順平の気持ちも分からなくはないが、奏夜としては何故か彼女を見ていると、断片的に頭に浮んだ黄金のキバ(父)の記憶の事の方が気になっていた。

奏夜がそんな事を考えている間に話は進み、一人ずつ慎重に声をかける作戦を提案し、明彦も明彦で『よし、採用だ。』と即答している。

………『最初は奏夜同様気乗りしなかったのではないか?』と疑問に思ってしまう。何時の間にこんなにやる気を出しているのか本当に謎だ。

そして、奏夜、順平、明彦の三人による公平なジャンケンの結果、『順平→明彦→奏夜』の順番でワンピースの女性に声をかけに行く事になった。

「じゃ、行って来る。」

先ほどまでのニヤケた表情が消え、引き締まった…戦場に赴く男の顔をしていた。

(…ごめん、順平…。今の君のその真剣さをタルタロスの探索でも出して欲しかった…。)

タルタロス探索の時も真剣と言えば真剣なのだが、如何考えても今の方が何倍も真剣見えるから色んな意味で不思議である。

そう、こうして、奏夜達のラストミッションは始まった。

目的はワンピースとの女性との対話。

もっとも、奏夜としては早く終わらして欲しいと感じているが…。

…………そして、彼女との接触から僅か二十秒。それが順平のラストミッションの所要時間だった。

トボトボと肩を落として戻ってくる順平。その姿が、彼の姿がラストミッションの結果を物語っていた。

「手強いッスよ、先輩……。」

「よ、よし。後はオレが勝つだけだな。」

立ち上がり、引き締まった表情の中に少しの緊張を漂わせながら、初めて見せる表情を浮かべ、明彦もまた彼等のラストミッションへと向かう。

ワンピースの少女と会話を開始すると、会話時間は意外にも順平よりも長く、もう直一分が過ぎようとしていた。

「い、意外と話せてんじゃないか!?」

「そうだね。これは真田先輩の勝ちって事で作戦も終わりかな?」

「なにぃ!? 酷い目に有ったのオレッチだけ!? なんだよ、紅もあんな美人と良い思いしやがって!!!」

「あー…順平、シル…春花さんは知り合いだからね…。」

一人振られ続けた挙句に危険な相手をナンパしてしまった順平に同情したくなるが、ナンパした相手が知り合いのシルフィーだった事で一発で成功した奏夜には理解できない事だろう。

そんな事を話している時、肩を落として奏夜達の居る岩陰に戻ってくる明彦。やっぱりダメだった様だ。

「フッ、勝ったな。順平、お前よりも長続きしたぞ。」

「長さの問題じゃねえっつの!!! それなら、紅の圧勝でしょう!!!」

「あれは知り合いだったから無効だ!!!」

再び順平と明彦の言い争いが始まった。心からもう諦めてくれないかなと思ってしまう奏夜だったが、ヒートアップしていた二人のターゲットが奏夜へと飛び火してしまった。

「紅、お前が何とか拾わないと、このままじゃトラウマになっちまう。」

「オレは負けてない。負けてないからな……。紅、あとは任せた。」

「え、えー…。ナンパするんですか、ぼくも?」

「当たり前だ! つーか、お前ばっかり良い思いして終わりなんて認めないからな!!!」

「そうだ、勝ち逃げは許さんぞ!!! 言って来い!!!」

「あ、あの…あれって、知り合いだからって事で、ぼくの反則負けで良いですから…。」

「「いいから行って来い!!!」」

強烈な視線が物語っている上に背後から浮かび上がる炎が二人のペルソナの形を成し始めている様子が幻視できる。…今の二人からは逃げられない。

既に奏夜には行かないという選択は与えられていない様子だ。

(…どうしようかな…?)

テンションが上がっている二人の様子に若干引き気味の奏夜は、何と声をかけるべきかと悩んでしまう。

彼の祖父ならば、今の彼の立場になったら、のりのりで『任せておけ』とでも言って直にでも嬉々として声をかけている所だろう。だが、幸か不幸か、どちらかと言えば、そう言う面では奏夜は祖父よりも父に似ていると言った方が良いので、ナンパなどした事もない。

参考までに話した事のある女性の事を思い返してみるが、ゆかりと風花、運動部のマネージャー、生徒会の会計の一年生の『伏見 千尋』にシルフィーと美鶴と言った面々が浮ぶが…。

(…なんて言うか、我ながらダメすぎないかな?)

そんな答えが零れてしまう。第一難破などした経験の無い奏夜としては何を話せば良いものなのかも分からない。…そして、恥ずかしさも有る…。

ふと、妙な気配を感じて後を振り向いてみると順平と明彦の二人が『早く行け』と目で語っている。既に奏夜に残されている道は『彼女に声を掛けに行く。』以外には無い様子だ。

溜息を吐き、意を決してワンピースの少女へと歩いていく。

桟橋を歩きながら、第一声をどうするかと考えるが、

「もうすぐ満ち潮だね。」

そう、比較的建設的で会話に発展しそうな言葉を掛ける。奏夜のその言葉に反応したのか、彼の声に少女は振り向く。そして、初めてまともに目が合った。

青い瞳に淡い上品な金色の髪、非の打ち所の無い顔立ち。それは、どこか作り物の様な印象を感じてしまう美しさだった。

「あなたは………………これは吃驚仰天。」

「え?」

「ですが、確認は静かな場所で精度高く行うのが適切かつ必須。」

「え…えーと;」

「ひとまず撤退を優先します。」

話しかけた彼女は奏夜の考えを越えた台詞を残して、突然森に向かって走り出すと言う、奏夜の想像の斜め上を行く行動をとってくれました。

「え…えーと、あの~;;;」

ワンピースの少女の突然の行動に唖然としている奏夜の元にワンピースの少女とすれ違う様に順平と明彦が奏夜の元に駆け寄ってきた。

「お前、今何言ったワケ? 走って逃げるって絶対なんかやっただろ?」

「いや、挨拶しただけだからさ!」

「つか、お前追いかけた方が良いって!!!」

「そ、そうなるの…かな?」

「あの逃げ方はただ事じゃなかったぞ。誤解にしろ何にしろ、キチンと話してくるんだ。」

二人の必死な表情に完全に気圧されてしまう奏夜だった。付け加えておくと、何気に奏夜も明彦の言葉には最もと考えてしまうが。

「(仕方ないか……。)それじゃあ、ちょっと行って来ます。」

「ちゃんと謝れよ!(順平)」「ちゃんと話して来るんだぞ。(明彦)」と言っている二人へとそう言って奏夜も彼女を追いかけて森の中に向かって駆け出していく。

(…それに彼女を見た時…なんで父さんの姿を思い出したのかも…気になるしね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生い茂る森の中は、その豊かな葉によって夏の日差しを遮り、薄暗くさえある。散策路であろう、森の中の道を走る奏夜だが、全然追いつかない。

(…何者なんだ?)

その力を使いこなす為にキバとして戦っていた影響か、奏夜の身体能力はペルソナによる強化が無くても高い方だ。学園で所属しているスポーツ系の部活では既にレギュラーを狙えるレベルではある。

足元がビーチサンダルと言う悪条件の元とは言え、如何考えても相手は女の子が走る速度とは思えない。

時々、彼女の着ている青いワンピースが見える物の距離は少しずつ縮まらない。僅かにペースを落としてしまえば直に差は離される為に奏夜は走る速度は緩められない。

(…仕方ない! 兎に角、ごめんなさい!!!)

意を決して、心の中で謝罪の言葉を叫び地面を蹴るとそのまま近くにあった木の幹を蹴って枝まで飛び上がり、そのまま枝を蹴って上から少女を追跡する。

だが、結局は追いつく前に大きな杉の木が生えている広場に着いた時に完全に見失ってしまった。

(見失った? 何処に言ったんだ? だけど…。)

姿は完全に見失っている。だが、何処からか誰かに見られている感覚は確かに有る。だが、

(…気配がしない…どういう事だ?)

それは、始めてみた時に感じた作り物の様な印象を与えてくれた感覚。あの少女等は『気配』が感じられなかったのだ。

視線は感じられる。だが、気配だけは感じられない。そんな奇妙な感覚を覚える。

聞こえてくるのは風の音と、風で木の葉が揺れる音、鳥の声。こんな状況でなければ森林浴で心安らぐ状況だろう。

周囲に視線を向けてみると、木陰から風に揺れる青いワンピースが見えた。先ほどの少女が木の幹に隠れて少しだけ顔を出して奏夜の様子を伺っていた。

(…警戒されてるのかな…? …僕は何もして無いんだけど…。)

奏夜がそちらへと近づくと少女も完全に姿を見せてくれた。

彼女は何かを呟くと、奏夜を指差して、一気に駆け寄り彼の手を取る。

「あなたをずっと探してました。私の一番の大切は、あなたの傍に居る事であります!」

「ええ!?」

「んな!?」

「なに!?」

思わず驚いて叫ぶ奏夜だったが、同時に自分以外の声が響いた事に気が付いてそちらへと視線を向けると、何時の間にか順平と明彦の二人が追いついていた。

(ど、どう言う事、何で初対面の相手に!?)

硬く握られている手と、初対面の相手から言われた突然の言葉に戸惑ってしまって、反応が出来ない。

「なんじゃ、そりゃ!? そんなん有りかよ!?」

「バカな!? どう言う事だ!?」

「つーか、何でアイツばっかり、良い思いしてんだよ!!! 少しはその幸運、オレッチにも分けやがれぇぇぇぇぇぇえ!!!」

高らかと絶叫する順平。明彦は明彦で“勝負”に完敗した事で項垂れていた。

『あ、やっと見つけた!』

『今の声って…順平君?』

突然聞こえてくるのはゆかりと風花の声。美鶴達三人が何故かこの場に合流したのだった。

「…紅くん…に皆さん、なんで水着で森の奥に?」

風花が素朴な疑問を口に出す。如何考えても森の奥に水着姿で居る男子三人と言うのは異常と言うか、妙な光景である。そして、

「……………ところで、紅くん……………その子、誰?」

続いて、手握られている奏夜の姿を見て顔が項垂れた状態で告げられる疑問に背筋が凍るほどの恐ろしさを感じずには居られない奏夜だった。

(ま、拙い…良く分からないけど…兎に角拙い!!!)

奏夜の磨かれた戦士としての感が警鐘を鳴らしている。が、既に手遅れだ。

状況を分析してみると

ナンパした少女が森の奥に走って行って、それを追いかけたら突然手を握られて、最終的には…風花からの『その子、誰?』と言う問い。なんと言うか、台詞の前後に有る言葉の間が物凄く怖い。

『ええ、是非とも私にも説明していただけますか…そ・う・や・さ・ま。』

新たに感じられる恐怖の気配の元へと顔を青くしながら油の切れた振るい機械の様な動きで頭を向けると、『#』マークを付けて笑顔を浮かべているシルフィーさんの姿が何故か有りました。

「シ…春花さん…何故ここに?」

「…何かを追いかけていた奏夜様の姿が見えたので追いかけたんですが…。是非とも聞かせて頂きましょう。風花さんも聞きたい様子ですし。」

「そうですね、春花さん。」

両腕を風花と春花に掴まれる奏夜。少女も握っていた手を離してくれた。

「あ、あ、あ…順平、真田先輩…助けて…。」

ナンパに巻き込んでくれた二人に助けを求めるが、二人とも顔を真っ青にして顔を逸らしてくれました。

「「さあ、奏夜様(紅くん)、O☆HA☆NA☆SHI☆致しましょう(しようか)。」

「た、助けてぇー!!!」

奏夜の叫びがむなしく森の奥に木霊する。二人に森の奥へと引きずられて行く奏夜くんでした。



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第三十六夜

キバット「アイギス。それは、ギリシア神話において主神ゼウスが娘の女神アテナに与えた防具である。ありとあらゆる邪悪・災厄を払う魔除けの力を持つとされている。
 鍛冶神ヘーパイストスによって作られたとされ、形状は楯であるとも、肩当または胸当ての様であるとも言われている。」

飛び去っていくキバットが楯を持って再び現れる。

キバット「なお、『アイギス』は元々山羊皮を使用した防具全般を指す名称だったらしいぜ。英語の読みの『イージス』の方が有名じゃないか? って、今回もオレ様の出番此処だけかよ~!?」


「…それで紅、その人は…。」

「えーと…ぼくの知り合いで春花さんって言います。」

風花と春花から開放された奏夜は改めて春花を紹介する。

「始めまして、みなさん、奏夜様がお世話になっております。本日は知り合いと一緒に此方に遊びに来ていたんです。」

「ちょっと、『様』って、どう言う事なの?」

「あー…それについては気にしないで…。」

妙に怒気が感じられるゆかりからの問いかけを奏夜は『何で怒ってるんだろう?』と思いつつ、そう受け流しながら、

「おい、あの美人と知り合いだってんなら、あの人と一緒に来てるて言う知り合いもお前の知り合いだよな!?」

「う、うん…。」

「だったら、オレにも紹介してくれ! つーか、して下さい。」

血走った目で土下座せんばかりの勢いで順平に引き気味になりながら頷くと、春花と一緒に来ている二人が居るマッサージ屋に案内する様に春花に頼むと、スキップせんばかりの勢いで向かっていくが…

数分後…

真っ白に燃え尽きて戻ってきた順平が『orz』な体勢で項垂れていた。

その事情は簡単に想像できる。

哀れにも『女性』と思っていた春花の同行者二人が男二人…しかも、一人は屈強な大男(力)と言う女性と思っていた順平にしてみれば哀れすぎる相手なのだから。………次狼が居たらどれほどのダメージになっていたのだろうか…非常に気になる所だ。

事情を知らない奏夜と風花を除く全員がこう思っている事だろう…『何が有ったんだ?』と。

「紅、伊織に何が有ったんだ?」

「…あはは…; 多分、春花さんと一緒に来たぼくの知り合い二人が女性と勘違いしただけだと思います。」

「…なるほど…。」

明彦の問い掛けに奏夜が苦笑を浮かべながら推測を述べると納得した様子で頷く。

さて、一同の中に流れているそんな妙な空気を美鶴の一言が切り開いてくれた。……良くも悪くも。

「……聞いてくれ。実は少し面倒な事が起きている。休暇中にすまないが、すぐに戻って戦う準備をしてくれ。」

「戦う準備…ですか?」

美鶴の言葉が静かな森の中に響き渡り、男三人の意識が影時間の時の戦闘時の物へと切り替えられる。

だが、事情を知らない三人には多少は戸惑いが有るのだろう、男三人を代表して奏夜が美鶴に問い掛ける。

「ああ、実は…。」

『いや、戦う準備はいいよ。探し物は見つかったからね。』

美鶴が事情を説明しようとした時、後から幾月の声が響いた。

「理事長……?」

「やれやれ探したよ……勝手に動き出したらダメだろ、『アイギス』。さて、桐条君。とにかく一度別荘に帰ろう。」

「は、はぁ……。」

(探し…“物”?)

美鶴から出る想像できない珍しいマヌケな返事。

奏夜はそんな言葉が出るのを珍しいと思いつつ、幾月の言葉の響きに妙な物を感じながら、幾月の視線の先に居た青いワンピースの少女へと視線を向ける。だが、その違和感の正体は分からない。

特に事情を知らない奏夜、順平、明彦の三人の男性陣は訳が分からないままだ。事情をある程度知っているであろう女性陣が幾月に倣う様に移動を始めた事で取り残される形になってしまった。

「取り敢えず……オレ達も行くか。」

「え、ええ。そっスね。」

このままここに居ても事態は変化しないであろう事を悟って、明彦も順平も訳が分からないなりに行動を開始した。

「では、私達も行くで有ります。」

「え? う、うん。」

最後まで取り残されていたのは奏夜と青いワンピースの少女の二人。気が付いたら他の皆はもうかなり先に進んでいた。

(はぁ…誰か事情を説明してもらいたいんだけど…。)

心の中で溜息と共にそんな事を呟くも、当然ながら奏夜の心の声に答えてくれる者は誰一人として居なかった。

夜、桐条の別荘…

「いやはや、心配かけて済まなかったね。もう大丈夫だ。」

「あの、『戦車を追う』とか言う作戦はどうなったんですか?」

「「戦車!?」」

「…戦車って…なんでぼく達なんですか、警察に通報するレベルじゃ…。」

風花が幾月に質問すると事情が分かっていない男性陣が思わず声を上げてしまう。男性陣の頭の中に想像されている『戦車』は軍隊に有る様なキャタピラと大砲が付いた戦車やパワードイクサだろう。

「えっと…なんでも、対シャドウ用の戦車らしいよ。」

「なるほど…だからぼく達か…。」

奏夜のもっともな疑問に対して、ゆかりがさほど分かっている訳でも無いなりに説明をしてくれる。

確かに対シャドウを目的とした戦車と言う相手なら警察では荷が重いだろう。

そして、風花が改めて男性陣に自分達の知っている事を説明してくれる。山道を散策している時、幾月から電話が有り、『研究所から逃げ出した対シャドウ兵器を捕獲して欲しい』と言う依頼が入った。

当然ながら何の装備も無い女性陣は一度別荘に戻り、装備を整えて男性陣と合流後に作戦開始と予定していた所で、青いワンピースの少女と手を握った奏夜を含む水着姿の男性陣と合流したと言う訳である。

そして、風花からの『その子、誰?』と言う問いかけ…。

はっきり言って、この時の風花からは今までで一度も体験した事の無い恐怖を味合わされた思いだった。

「えーと、山岸さん…。」

「紅くん…さっきは何も聞かずに……ごめんなさい。」

「…あまり気にしてないから…。」

流石に冷静になったら悪い事をしたと思っているのか、心底申し訳ないと言う表情で風花に頭を下げられる奏夜だった。

「あ、それもう完了だから。ほら、アイギス。こっちへ来なさい。」

幾月がにこやかに答えてくれる。そんな彼の呼びかけに奥から一人の少女が歩いてくる。金色の髪に白い服装。外見的に昼間であった少女らしい………が、

「彼女の名は『アイギス』。見ての通り“機械の乙女”だ。」

「初めまして、アイギスです。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで皆さんと共に行動するであります。」

「うそ……まるで生きてるみたい……。」

「か、可愛い……。……けど、ロボなんだよな。人じゃないんだよな…。」

「…桐条の科学力ってすごいんだね…。何処かの学園都市並かそれ以上なんじゃ…。」

驚きのゆかりと、無念の順平。付け加えると風花は眼が輝いており、奏夜は大した驚きを見せず異次元な台詞を吐きながら『なるほど』と言う表情を浮かべていた。

(…彼女から感じた感覚の原因はそれだったのか…。)

視線を感じても気配を感じなかったのは、彼女が生物では無く機械だったからだろう。だが、

(…だけど…微かだけど…彼女からは心の音は聞こえるんだよね…。)

微かにだが、アイギスからは心の音楽が聞こえていた。

さて、幾月の話によれば、十年前にシャドウが暴走した時の保険としてイクサシステムと平行して計画された対シャドウ兵器。アイギスはその中で最後に作られた最後の一体で有り唯一の生き残り、つまりはラストナンバーになる。

高度な人工知能と学習能力。順平が思わずナンパしてしまうほどの容姿を持った完全な人型で、駆動にはシャドウ研究の技術が組み込まれている。

既存の技術の粋である既に完成されていたイクサシステムを元に対シャドウ用の技術を追加したのが改良型イクサであるのに対して、アイギスはシャドウ研究で得た技術を元に進められた計画らしい。

そして、アイギスの最大の特徴はペルソナ使い用の装備で有るイクサとは違い、対シャドウ兵器である事、つまりは精神が備わったロボットだと言う事だ。

十年前の実戦で大破したアイギスは、長い間、ここ屋久島の研究所で修復され、管理されていたが、何故か急に再起し、今朝居ない事に気が付いた。その原因は不明らしい。

(…なるほど…彼女から音楽が聞こえたのは、彼女に精神があるから…。微かにし聞こえないのは…機械だから…なのかな?)

考えれば考えるほど納得してしまうが、最後の部分は完全に推測でしか無い。

心を持った機械等と言うロボットアニメの世界の存在の心の音楽等、父も祖父も聞いたことは無いだろう、前例が無い為に心の音楽が微かにしか聞こえない原因は結局の所はっきりしない。

そして、それと同時にある種の空想の中の存在を現実の物にしてしまった桐条の感心してしまう。

「あのさ、ちょっと確認したいんだけど……。……貴女さっき、彼の事知っている風じゃなかった?」

「うん、それってどう言う事なの?」

アイギスに詰め寄るゆかりと風花。その顔は無表情…のゆかりの方がまだ恐怖心は薄いだろう。

妙なダークオーラを纏っている風花からは普段通りの表情ながら近寄りがたい雰囲気がある。

だが、確かに奏夜も風花達と同様にアイギスの事が気になっていた。

何故か脳裏に浮ぶ父の……黄金のキバの姿。そして…黄金のキバと対峙する先に存在する人影は……

(ダメだ、それ以上は思い出せない。)

アイギスと出会ってから十年前の父の死の記憶が蓋を開けて蘇ろうとしている様にも感じられる。もっとも、それは断片的な物だけだが…。

だが、アイギスが稼動し実戦を経験したのも、父が…黄金のキバが命を落としたのも十年前と妙な符号が存在しているのも事実なのだ。

もっとも、自分達が関わっているシャドウの根底に存在しているのは全て十年前に集中しているのだから今更一つ増えた所で大して気にはならない。…だが…奏夜には彼女と出会った時に浮んだビジョンが気になっていたのだ。

「はい。私にとって彼の傍らに居る事は一番の大切であります。」

「「なんで?」」

「なんでと申されましても……大切なものは大切であります。」

(本当にどうしてなんだろう…?)

始めて会ったはずの彼女の言葉の意味と、自分の中に浮ぶ過去の断片のビジョン。

何故、始めて会ったはずの彼女との出会いが何故父の記憶を呼び起こすのかと、疑問に思わずには居られない。

「なんで?」

「どうして?」

「い、いや…ぼくに聞かれても困るんだけど…。ぼくにもよく分からないし…。」

明確な答えが返ってこないアイギスから奏夜へと、標的を変更するゆかりと風花。ゆかりの表情からは何処か不機嫌さが覗えるし、風花からは逆らってはいけないと告げているダークオーラを感じさせてくれる。

だが、残念ながら二人の問いに対する答えを奏夜は持ち合わせておらず、寧ろ、奏夜自身が教えて欲しいくらいなのだ。

唯一の便りの幾月も『起きたばっりで寝ぼけているのかも……』と言っているだけで、頼りにはならない。

「今後ともよろしくであります。」

「うん、こちらこそ。………って、みんな。」

ある程度そう言う物に耐性のある奏夜が非常に整ったお辞儀をするアイギスに応える。

さて、奏夜以外の面々はと言うと、困惑気味の美鶴。納得いかないと言う表情の明彦。奏夜を睨むゆかり。アイギスに対してキラキラとして目を向けているが奏夜に対しては不機嫌な表情を浮かべる風花。『可愛いのにロボ』と未だに言っている順平。

と、なんともカオスな状況になっていた。

「まあまあ。それよりここには様々な娯楽施設があるのは知ってるかい? カラオケやプールバーだってあるんだよ。聞かせちゃおっかなぁ……ぼくの秘密のメドレー!」

「良いですね。ぼくは歌うよりも楽器を演奏する方が得意なんですよね。音楽ホールとかでヴァイオリンが借りられれば良いんだけど。」

場の雰囲気を和ませようとしてくれている幾月からの提案に乗って、奏夜もそんな発言をする。

「そうだね、来月八月の六日は満月で大型シャドウが現れるだろうし、皆の親睦を深めるのも良いだろうね。」

「あー…断っておきますけど、ぼくは夏休み中の作戦には不参加ですよ。」

忘れられていると困るのでそう付け加えておく。

「君はまだ言ってるのかい?」

「まあ、ぼくもまだ気持ちに整理が付いた訳じゃないですし…。…それに、ぼくが居なくてもシャドウと戦える様にして貰わないと…。何時までもぼく一人に頼られるのも…悪い気はしないんですけど…ね。」

思わず聞かされていたタルタロスの探索の成果を思い出して苦笑を浮かべる。

リーダーを務めていた奏夜が欠けた結果、美鶴がリーダー代理を務めているタルタロスの探索が進んでいないのならば、少しは自分が居なくても戦える様に成長して貰わなければ困る。

いつも自分が作戦に参加できるとは限らないのだし、自分が何らかの理由で参戦できない時に大型シャドウや番人級が現れてしまったら、それは世界の最大の危機だろう。

荒療治だが…次の作戦は満月の夜まで長い準備期間もあり、奏夜を欠いた決戦を経験するには良い機会だろう。最悪は何時でもキバに変身できる様にして影ながら助けに入れる様にしていれば良いのだから。

それに、気持ちの整理が付かないと言うのも本音である。

「すまない、紅。だが、このままの状況が続くようなら…すまないが…その…気持ちの整理が付かなくても…満月の夜の作戦にだけは参加して欲しい。」

「ええ、流石にこの状況が続くようなら…参加させてもらいます。」

成果が出ない現状に対して心底申し訳無さそうに頭を下げる美鶴と、聞かされている成果を思い出しつつ答える奏夜。

そんな微妙な空気を払拭する様に、こうして、二日目の夜…アイギスを含めた親睦会が始まったのでした。

先ずはカラオケから始まって、影時間中はリクエストによる奏夜の披露したヴァイオリンの演奏が幾月と女性陣からの拍手喝采を受けたり、トランプをしたりして、屋久島二日目の夜は過ぎていったのでした。

付け加えるとカラオケで高得点を出したのは奏夜でした。…奏夜に負けて悔しがっていた明彦と順平、幾月の姿は多少印象的だった…。

「…音楽の才能は遺伝なのかな…父さんやお祖父ちゃんからの…。」

流石は世間に認められなかったとは言え天才音楽家オトヤンの孫と言った所だろう。



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第三十七夜

「うーん…海は良いよね。」

ビーチパラソルの下、奏夜は海岸に用意されたチェアに横になりながら伸びをする。

屋久島三日目、初日と二日目は話しやアイギスの一件が有り、明日は帰るだけなので何も気にせずに遊ぶ事が出来るのは今日だけと言う訳だ。

「…それにしても…。」

ふと横に視線を向けると、そこには奏夜の真横にあるテーブルの上にはミニチュアサイズのチェアに座った、どうやって用意したのか、ミニサイズのサングラスを着けて麦藁帽子を被ったキバットの姿があった。

「…なんで此処に居るの…キバット;」

「ったく、良いじゃねぇかよ、奏夜。」

「まあ、別に良いけど…人目だけは気にしてくれればさ。」

「分かってるよ。オレの事より、あいつらは良いのか?」

そう言ってキバットが指(羽?)差す先に居るのは………臨時マッサージ店を開いているラモン(バッシャー)と力(ドッガ)の姿と、風花達と仲良く海で遊んでいる春花(シルフィー)の姿だった。

「そう言えば、アイギスは“遊ぶ”って分かる?」

「勿論分かるであります。娯楽は心の栄養です。」

「おおー、そうそう♪ 結構普通に話せんじゃん。まっ、取り敢えず帰る前に、も一回位、泳いどこぜ。」

「あっ、ちょっと、順平君!? ………アイギス、海水に浸けて平気なのかな?」

アイギスには積極的に話しかけている風花と、何時もの様に話しかけている順平の姿が目に視界の中に映った。

そして、

「えっと、春花さんって、紅くんの事、昔から知ってるんですか?」

「はい。奏夜様とお兄様の正夫様とは昔からのお付き合いですから。」

「えっ、紅くんってお兄さんが居たんだ。………全然知らなかったな。教えてくれないんだもん。」

「奏夜様は昔の事はあまり話したがらない方ですから。」

奏夜の事を春花と話しているゆかりの姿も見えた。…キバや魔族の事には一切触れていないが、過去の恥ずかしい話の暴露に向かいそうになっているのは、流石に止めるべきかと考えてしまっている。

さて、それはそうと遊んでいるS.E.E.Sの面々には注目が集まっていた。

特に女性陣には青いワンピース姿のアイギスと春花まで加わっているのだ。

風花、ゆかり、美鶴の三人だけでも、それぞれが男女問わず目を引く華がある。それにアイギスと春花まで加わっているのだから、自然と周囲からの視線が集まるのも当然と言えるだろう。

「…それで…キバット…彼女の事なんだけど…。」

「ああ、確かにあのアイギスちゃんだっけ? あの子を見てると、な~んか、思い出しそうになるんだよな~。」

奏夜の問い掛けにそう答えるキバット。十年前の事を自分よりも間近で見ていたキバットならば、自分よりも思い出す事が有るのではないかと思っていたのだが、残念ながらキバットが思い出した事も視点こそ違うが奏夜と大して変わらない様子だった。

「…それにしても…。キバット…ここに…。」

「ああ。何でか、“あの剣”が此処に有る様子だ。」

「…影時間を利用して行動しよう…か。」

キバットにだけ聞こえる様に気をつけながら、静かに…しかし、力強くそう告げる。

だが、運命の神様はそれほど優しくないと言う事を奏夜が理解するのは、夕方を過ぎて夕飯時になった時だった。

『特別な趣向を用意した』と言う美鶴の一言によって判明した別荘のメイド達も知らなかった本日の夕食…それは『みんなでカレーを作る事』だった。

さて、ゲーム本編の『ペルソナ3』をプレーした事がある人ならば、此処まで言ってしまえば、これの恐ろしさを正しく理解してくれることだろう。

現在この頃のこの場には“あの人”は居ない。そして、『山岸 風花』が居る。

重要なことなので、重ねて言おう……。ペルソナ3と続編の4では女性陣の調理関連のイベントは、主人公には碌な事が舞い降りない物なのだ。哀れにも続編の主人公を初めとする男性陣はそれに該当してしまう。

そして、幸か不幸か…いや、間違いなく、今までは幸運で今は不運なのだろう…。……風花の作った『弁当』をまだ食べた事のない奏夜はその危険性を正確に理解できていなかった……。

「じゃあ、私達はカレー作りですね。」

「うん、頑張ろうか。」

優しく、柔らかな笑顔を浮かべて言う風花の表情を見ていると、奏夜も自然に笑顔になってくる。

問題があるとすれば、奏夜自身が料理は数えるほどしかした事がないと言う点だろうか。…いや、奏夜自身が気付いていないだけだ…。最大の問題は『山岸 風花』がカレー作りと言う所に当った点だろう。

丁度、カレー作りに当った奏夜と風花。美鶴と明彦の二人が付け合せのサラダ作り、順平とゆかりの二人がご飯と食器の用意となっている。

料理をした事の無い二人が当ったのは、ただ野菜を洗って切って盛り付ければ良いサラダに当ったのは幸運だろう。サラダ作りで失敗する人間はそうはいないだろうし。

「そう言えば、山岸さんって料理とかした事は有る?」

「うん、六月から勉強してるの。」

そう言って『頑張ります』と言う様な仕草で気合を入れている風花を見て、彼女に全面的に任せようか等と言う愚かな決断をしてしまった。

とある二人のライダー達のどちらかが今の奏夜と出会えばこう言うだろう…。『己の愚を悔いろ』、もしくは『お前の罪を数えろ』と。

予め用意されている材料を眺めながら、自分は野菜を洗ってこようと声をかける。

「カレーの色を出す為の何かが見当たらないんだけど…。」

「ああ、カレーの色を付ける為のスパイスは無いけど、ルーが有るから大丈夫だよ。」

「あ、そうか。緑のカレーとか可愛いかも…。」

「うん、確かに別の色のカレーには、グリーンカレーとか、赤い激辛のカレーとか有るからね。」

「じゃあ早速作りましょう、紅君。なんだか楽しいですね。」

「うん、そうだね。」

風花に背を向けて野菜の皮を剥いて刻んでいる。飽く迄料理を作るのは任せて風花の助手に徹してしまっている奏夜。…奏夜の顔色が悪くなったのは………風花に料理をさせる事の危険に気が付いた頃には、もう…既に手遅れだった。

だが、流石にもっと早く気付いたとしても『私の作る料理を食べてね』と言う空気を纏っている嬉しそうで楽しそうな風花を止める事はできなかっただろう。

(…グリーンカレーって…何処かの蜘蛛の仮面ライダーみたいな毒々しい緑色だっけ?)

そのカレーの色は本当に緑色、

(…なんで溶岩みたいに泡立ってるんだろう…?)

ぐつぐつと沸騰しているそれは何故か泡立っている。そして………………肝心のカレールーは使われた様子が無い。それなのに、何故か鍋の中のカレーには『緑色』に色が付いている。

「あっ、いけない、カレールー入れるの忘れてた。」

「あ、あの…山岸さん…。」

「なに、紅君?」

『失敗、失敗』と言う様子でカレールーを一箱全部入れようとする風花を奏夜は慌てて止める。

可愛らしい位によく似合っているエプロン姿で首を傾ける彼女の姿と、混沌(カオス)と言って良い魔女の鍋の中身の様なカレーになるはずの物体が非常にミスマッチで…物凄く…それはもう、物凄く恐ろしい。

「え、えーと…カレールーは溶け易いように刻んだ方が良いと思うよ。」

「あっ、そっか。ありがとう。」

カレールーを刻んでいる風花の後姿を眺めながら、彼女に調理を任せてしまった事を心の中で仲間達へと謝罪する。そして…

(…父さん…もうすぐ会えるかな…?)

命の危険を考えさせられる程の物体と化してきたカレーを眺めながら決意する。『生きて帰れたら、春花に風花に料理を教えてもらおう』と。

…その日の夕食の食卓で、真っ青な顔の二年生トリオの悲鳴が上がったのは…ある種、当然の結果だっただろう…。

影時間…

「お、おい、大丈夫かよ…奏夜?」

「な、なんとか…。」

顔色が真っ青な顔の奏夜がふらふらとした足取りで森の中を歩いていると、隣を飛ぶキバットが心底心配そうに声をかける。どう見ても大丈夫には見えない。

「さ、幸いなんて口が裂けても言いたくないけど………あれがこの島に有るなら、それを回収するチャンスは今日しかない。無理してでも動かないと…。」

顔色が悪く、ふらつく足取りで森の中を歩く姿はキバットじゃなくても心配にはなるだろうし、春花がこの場に居たら心配のあまり錯乱する事間違いないだろう。

そんな奏夜の目の前に桐条グループの研究所らしき建物がある。

「…行くよ…。」

「お、おう。ガブ。」

「変身。」

フラフラな状態ながら、仮面ライダーキバへと変身すると、問題なく動ける。変身したキバは外から研究所の様子を伺うが、人気は感じられない。

ゆっくりと近づいて窓から中見てみると、中には人の姿は無い。

「…誰も居ないか…。」

「そうだな。だけどな、此処には間違いない、ここにはあれが有る。」

ベルトから外れて話しかけるキバットの言葉に頷くと音を立てずにキバは窓から研究所跡に入り込む。

象徴化した棺もなく、人の居る様子が無いので多少は派手に動いても大丈夫だろうと考える。

だが、その一方でキバに変身しているのでキバの正体は分からないだろうが、キバの事を知っている風花を除いたS.E.E.Sの面々に部屋に居ない事に気付かれるのは拙い。そう考える。

付け加えるならば、今回の事は風花にも連絡していないので、キバフォーム以外の他のフォームへのフォームチェンジは不可能だろう。

幾つかの部屋を廻りながら部屋に入って行くと、その中で大小二つのケースを見つける。

「おっしゃあ、ビンゴだ! 力は弱ってるけど、これに間違いないぜ~!」

「そうみたいだね。」

キバットの言葉に答え、そのケースの二つを開ける。共に厳重に人工的に作られたであろう鎖(カテナ)で封印された剣と小型の何かが存在していた。

「見つけたぜ、『タツロット』と『ザンバットソード』。」

それは、一つはファンガイア族のキングの証たる魔剣『ザンバットソード』

もう一つはキバの鎧の真の力を開放する力を秘めた子竜『タツロット』

十年前のあの日、父が死んだ日から行方不明になったタツロットとザンバットソード。先代の黄金のキバが命を落とした日、その日から行方知れずになっていた父の武器と仲間の一人がここには存在していた。

十年前の父の死がシャドウや桐条グループに関係しているなら、キバが人類の敵、脅威として捉えられてしまっている以上、桐条グループの立場としてはキバの装備を回収するのは当然だろう。

「兎も角、返して貰おうぜ、渡の遺産をよ。」

「そうだね。」

ケースを閉じてそれらを一度シルフィー達の下に届けようと決める。

流石に美鶴達は誤魔化せるだろうが、研究所の関係者らしい幾月には気付かれてしまう恐れがある。

何より自分か兄が受け継ぐはずの父の持ち物を返してもらうだけとは言え、勝手に研究所から持ち出すのだから、後ろめたさと問題が生じてしまう。

幸いにも人工的に作られたであろうカテナで封印されているので、ザンバットソードの持ち運びも安全だろうし、自分達と別に行動している春花達ならば島から持ち帰るのは簡単だろう。

今更ながら、キバットが居なかったらザンバットソードやタツロットの存在には気付かないだろうし、シルフィー達が居なかったら持ち帰る事も出来なかっただろう。

改めて彼女達が屋久島に勝手に着いて来た事に対して文句も言えなくなる奏夜くんでした。

(はぁ…。)

頭を抱えながら心の中で溜息を吐き、ゆっくりとケースを持ち上げてその場を立ち去ろうとした時、

何かが蠢く気配を感じてケースを手放し、その場から後に跳ぶ。

先ほどまでキバが立っていた場所に三叉の槍、トライデントが突き刺さっていた。

「ガァ…。」

研究所の奥の暗闇の中から呻き声の様な声と共に現れたのは、顔に『Ⅰ』と描かれた魔術師のアルカナに属するシャドウ特有の仮面を着けたファンガイアタイプのシャドウ。

「こいつは…。」

「ファンガイアタイプって奴か? 大型シャドウの時だけじゃなかったのかよ?」

「さあね。何事にも例外があるのか…いや、偶発的に誕生したタイプなのかもしれないし、もしかしたら強力なシャドウは倒されると、ファンガイアタイプになるのかもしれないけどね。」

そう言って、『偶然にも今までは大型シャドウしかそうならなかったけどね』と付け加える。

床に突き刺さったトライデントを抜き、それを構える何処か女性の様な外見をした蚕蛾の様な姿をしたファンガイアタイプ…過去、音也達の時代においてキャッスルドランの存在していた森の番人となっていたシルクモスファンガイアの姿をしたシャドウ、『シルクモスファンガイアタイプ』が、時を経て父の遺産を護る番人の様に奏夜の…キバの前に立ち塞がるのだった。



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第三十八夜

「はぁ!!!」

キバはシルクモスファンガイアタイプの振るう三叉の矛『ミラージュトライデント』を避けながら、シルクモスファンガイアタイプへと向けて拳を振るう。

キバの打撃がシルクモスファンガイアタイプを捉え、キバのパンチがその体を吹き飛ばす。

「くっ。」

思わずキバはその状況に舌打ちしてしまう。本来なら先ほどの一撃はラッシュへと繋ぐ為の連続攻撃の為の一撃だったのだが、相手が容易く吹き飛ばされた為に結果的に与えたダメージは最小限に抑えられてしまっていた。

「おいおい、まだ元気じゃねぇかよ、あいつ。」

「こっちは結構拙いって言うのに…。」

しかも、キバを挑発する様にシルクモスファンガイアタイプがミラージュトライデントを振っている姿を見ていると、最小限にされたダメージもそれ程効いていない様子だと言う事が理解できる。

それに対してキバは…と言うよりも奏夜の体調は悪いとしか言い様が無い。風花の特性カレーを、全面的に調理を彼女に任せてしまった事への責任から、他のメンバーよりも少し多く食べた事が原因だとは……絶対に思いたくは無い。

流石に勝負を焦ってウェイクアップの一撃で倒そう等と無謀な事を考えない程度には冷静だが、長期戦になると不利なのは奏夜…キバの方だ。

研究所から脱出せずに影時間が空けてしまえば自分達が此処に侵入している事がばれてしまう。まだそれだけは避けたい。

制限時間のある焦りとコンディションの悪さが余計にキバの動きを悪くしてしまう。そんなキバを挑発する様に、シルクモスファンガイアタイプはミラージュトライデントを大降りに振るう。

当然ながら、焦っているとは言え、そんな攻撃に簡単に当るほど奏夜の変身しているキバは弱くはない。

だが、その攻撃はシルクモスファンガイアタイプの狙いではなかった。

中位雷撃魔法(マハジオンガ)!―

トライデントの先端から奔った雷が広範囲に渡ってキバへと降り注ぐ。

「くっ!」

大きくバックステップで降り注ぐ雷撃を避けるキバだが、

中位疾風魔法(マハガルーラ)!―

今度は追撃として竜巻と共に打ち出された真空の刃(カマイタチ)がキバを襲う。

「くっ!」

両腕を交差させてそれに耐えるキバだが、追撃とばかりにシルクモスファンガイアタイプはトライデントを天井、否、天へと向けて振り上げると勢い良くキバへと向けて振り下ろす。

中位火炎魔法(マハラギオン)!―

トライデントから放たれた炎がキバを包み込む。そして、シルクモスファンガイアタイプはゆっくりとトライデントの切っ先を、炎によって動きを封じたキバへと向ける。

高位浄化魔法(マハンマオン)!―

「がっ!」

向けられたトライデントが輝いた瞬間、キバの全身を光が包む。次の瞬間、キバの…いや…奏夜の全身を言い様の無い脱力感が襲った。それと同時に力の抜けたキバの体が地面に倒れる。例えるならば魂を抜かれている感覚とでも言うべきだろうか?

「おい、奏夜! しっかりしろ!!!」

慌ててキバットが声をかけるが、キバは…奏夜は声を出す力も無い様子だった。

(い、今のは…。)

キバは呼吸を整えながら炎が消えていくのを確認しながら立ち上がる。

「お、おい、今のは…。」

「分からない…。でも、そう何度も受けたら拙いのは間違いない。」

キバの鎧にも、それを纏っている奏夜自身にも傷は無い。寧ろ先ほどの光は、肉体に一切のダメージを与えずに奏夜の生命その物へとダメージを与えられた気分だった。

そんな物が危険でないはずが無い。そんな核心を持ってシルクモスファンガイアタイプへと向き直る。

高位浄化魔法(マハンマオン)!―

キバにトドメを刺そうと放たれた先ほどの光に全身が包まれる前に回避して、シルクモスファンガイアタイプへと向かう。

「そう何度も!!!」

多彩な魔法攻撃に翻弄された結果まともに受けてしまったが、それでも、他の魔法に比べてその光の魔法は回避し易い。油断していなければ簡単に回避する事が出来る。

どう考えても一対一や複数の敵を相手にした多対一には向いていない魔法だろう。

「へっ、分かってりゃ、そう簡単に当るかよ!」

「この距離ならぼくの方が有利だ!!!」

先ほどは受け流されたが、今度こそはと言う意思を込めたパンチをシルクモスファンガイアタイプへと叩き込む。

連続攻撃を完全に放棄して先ほどよりも一撃に込めた力を高めたのだが、それを受けたシルクモスファンガイアタイプの体は容易く吹き飛ばされる。

だが、流石に二度目となればキバもそれは完全に読めていた。床を蹴って、吹き飛んだシルクモスファンガイアタイプとの距離を詰めてパンチを放つ。

ラッシュでは最初の一撃以外空振りになる可能性が高いので、ここは連続攻撃へのコンビネーションは完全に捨てて一撃一撃の破壊力を優先した。それは、キバの…奏夜の戦い方としては得意な方法ではないが、それでも、攻撃を受け流す様な戦い方をする連続攻撃が出来ない相手との戦いでは仕方ない事だろう。

「くっ、効いてる感覚が無い。」

「ったく、風船でも殴っている気分だな。」

キバの姿ではペルソナによる身体能力の強化や魔法への耐性を得る事は可能だが、魔法は使えなくなる。そして、四魔騎士達(アームズモンスター)を召喚してのフォームチェンジも使いたくても…。

(今は風花さんが寝ているから、次狼さん達は召喚できないからフォームチェンジは出来ないし…召喚器も置いてきたし…。)

フォームチェンジも変身を解いての魔法攻撃も出来ない状況で、打撃の効かない相手と戦う…最悪と言って良い状況だろう。だが、

「だけど!!!」

そう叫び、キバはシルクモスファンガイアタイプへと飛び蹴りを放つ。

「っ!?」

壁とキバの足に挟まれる様な形で壁に叩き付けられたシルクモスファンガイアタイプは初めてダメージを受けたという様子を見せる。

「お前は前に戦った奴の様に攻撃を無効にしている訳じゃない。受け流しているだけだ…。」

立ち上がるシルクモスファンガイタイプを一瞥しながらキバはそう宣言する。

「しかも、その様子だと、打撃は普通に…じゃなくて、普通以上に効くって感じだな。」

「そう言う事。」

先ほどの戦い方から考えて目の前のシルクモスファンガイアタイプは、攻撃を受け流す事で弱点である物理攻撃の直撃を避けていた。弱点を戦い方で補い、弱点を隠していた。寧ろ、其処から推測すると耐性が有るのは魔法の方だろう。

受け流されない様に壁際に追い詰めてキバはラッシュから始まる連続攻撃を叩き込む。

最後に体に蹴りを打ち込み、その反動を利用して距離を取るとウェイクアップフエッスルを取り出す。

「これでトドメだ!」

「オッシャー! キバって、行っくぜぇー!」

高位浄化魔法(マハンマオン)!―

最後の力を振り絞ったという様子でトライデントをキバへと向け、トドメを刺すべくウェイクアップフエッスルを使おうとしたキバを光が包む。

「がはっ!」

全身を光が包んだ瞬間、キバを襲うのは先ほど以上に脱力感。

キバは膝から崩れ落ちてそのまま床へと倒れこむ。

「っ!? しまった! おい、奏夜、しっかりしろ! 起きろ、目を覚ませ!」

肉体的なダメージは受けていない為に変身こそ解除されていないが、床に横たわるキバはキバットの声に対しても反応しない。

(………なん…だ……これは…?)

何時意識が消えるか分からないほどの脱力感、キバットの声は聞こえているのに答える事が出来ない。立ち上がろうとしても全身には力が入らない。動かそうとしても体が動かない。シルクモスファンガイアタイプの高位浄化魔法(マハンマオン)を二度も受けた事が原因なのだろうか?

そんなキバへと完全にトドメを刺そうとシンクモスファンガイアタイプがトライデントを構えながら近づいて来る。

(…ぼくは……ここで…死ぬ……のか……?)

―仕方ないね―

(…声…?)

子供の様にも、老人の様にも、響く声が奏夜の心に響く。

―これは特別だよ―

キバットに聞こえている様子は無い。…全てはキバの…奏夜の心に直接響く声。

―本当はまだ早いんだけど、今回は特別にぼくの力を貸してあげるよ―

そんな声が響いた瞬間…シルクモスファンガイアタイプがトライデントを床に倒れたキバへと振り下ろそうとした瞬間、金色の羽根がキバの体に降り注ぐ。

「っ!? なんだよ…これは?」

金色の羽根がキバの全身に降り注ぐと同時に全身に力が戻り、消えそうだった意識が完全に覚醒する。

「分からない…けど!」

意識が覚醒した瞬間、キバの…奏夜の中から何かが弾かれる様に打ち出される。それは何時かの時と同じ黒衣の死神。

再び降誕した事への喜びからか、咆哮を上げると同時にその手に持つ剣をシルクモスファンガイアタイプへと振りぬく。

シルクモスファンガイアタイプを薙ぎ払い、黒衣の死神はキバの前に立つとキバと一体化するようにキバと重なっていく。

―ドックン―

全身の血が沸騰する様な、全身の細胞が歓喜する様な、全身を流れる魔皇力が最大限の力を発揮する様な、そんな感覚を覚える。

「っ!? アァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

キバが叫び声を上げると同時に(カテナ)が両肩にマントの様に現われる。

(カテナ)に繋がれた棺がマントの様に現われ、肩のアーマーが翼の様に広がる。

背中に裏地が赤い漆黒のマントが現われると、キバの体に幻影の死神が重なり、キバットの目が漆黒に染まる。

それと同時にキバの全身が黒と白に染め上がると、黒衣の死神の持っていた剣に似た形の黒い小剣『ソード・オブ・デス』が現われる。

それこそが、『死』の具現たる力を与えられし魔皇

『仮面ライダーキバ・デスフォーム』

「アァァァァァァァァァアアアア!!!」

「っ!?」

咆哮と共にキバ・デスフォームはシルクモスファンガイアタイプの頭を掴み、研究所の外へと突き飛ばし、大地へと叩きつける。

「あ…アァァァァァァァァァ!!!」

地面に小剣を突き刺すと、小剣が自然に浮かび上がり、それと同時に肩から繋がる棺が開き、右腕に白い光が、左腕に黒い光が集い、二つの光は剣と飲み込まれる。

全てを無に帰す『万魔』の白い光と、全ての命を刈り取る『暗黒』の黒い光、それが死神の剣と一つになる。

それこそが、不完全ながら…死のキバの必殺技、

「!!!!!!!!!」

声にならない叫び声と共に振り下ろした剣から伸びた光がシルクモスファンガイアタイプを飲み込み、その存在を消滅させた。

「はあ…はあ…。」

それと同時にデスフォームへの変身が解除させられ、同時にキバへの変身まで解除させられる。

「な、何だったんだよ…今のは?」

「分からない…。でも。」

そう呟く奏夜の手の中にはペルソナのカードが出現する。その絵柄はシルエットだけだが、間違いなく二度も奏夜の中から現われた黒衣の死神であり、辛うじてその名前を読むことができる。

―それを手にするのはまだ早いんだけどね―

再び奏夜の心に響く声。

―だけど、今の君じゃあ、それを手にしたとしても使えないし、使う資格も得ていない―

それと共に手の中に有る死神のカードが消えていく。

―だから、今の君が知る事ができるのは…その名前だけだ―

自分の中に黒衣の死神の存在を今まで以上に感じながら、奏夜は…。

「…ペルソナ…『タナトス』…それが…黒衣の死神の…名前?」

自分の中に現われた新たなる力、神格を与えられし死の名を呼ぶ。

「兎に角、今は急いでシルフィーちゃん達にあいつとあの剣を届けないとな。」

「うん…そうだね。」

疲労の残る体を引き摺りながら先ほどの部屋へと戻り、ザンバットソードとタツロットを回収する。何とか、影時間が空ける前にタツロットとザンバットソードをシルフィー達の元に届けて部屋に戻る事には成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、影時間は空けて…翌日…屋久島より帰る日を迎える。

もう一人の自分、自分の辿る事となる未来の歴史を知る『奏』との出会い。

機械仕掛けの乙女、『アイギス』との出会い。

そして、タツロットやザンバットソードを見つけ…ファンガイアタイプとの戦いの中で、変身した新しいフォームと完全な形では無いにしろ、自分の中に宿った力『タナトス』との出会い。

それらの出会いに彩られた休暇となる旅行は終わったのだった。

そして、

「桐条先輩。」

「ああ。」

「やっぱり、気持ちの整理が付いてから…特別課外活動部に復帰させて下さい。お願いします。」

そう言って奏夜は美鶴に頭を下げる。

「……そうか、ありがとう。だが、そう簡単に気持ちの整理は付いていないか…。」

「…すみません…。」

疑念はまだ晴れずにいる。父に着せられた濡れ衣は晴れた。だが…それと同時に一つの確信を持った。…『父の死と桐条グループの研究所で起こった事故は関係している』と。

「いや、謝らなくても良い。隠し事をしていた私が悪いのだから。」

「…いえ、ぼくは桐条先輩を恨む気はありません。」

はっきりとそれだけは告げる。

そして、これだけははっきりと告げておく。

「でも、どうしてもぼくの力が必要な時は呼んで下さい。リーダーとしてではなく、メンバーの一人としてですけど…協力します。それに、満月の日までには自分の気持ちに整理を付けます。」

「ありがとう。だが、私達もこれまでどれだけ君に頼りきりだったのか、よく分かった。理解させられたよ。タルタロスの攻略の遅れが良い証拠だ。」

「桐条先輩。」

「紅、お前に頼りきりだった私達に渇を入れる為にも、次の大型シャドウとの戦いは私達だけで勝ってみせる。」

「…分かりましたけど…。…これだけは約束してください…。タルタロスで到達可能な階層まで行けなかったら…。」

「分かっている。そんな事で勝てると思うほど私は己惚(うぬぼ)れてはいない。」



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第三十九夜

某所…影時間の中、其処には荒垣と二人の少年の姿が有った。

二人の少年の内の一人は病的なほど白い肌をして両腕に刺青のある上半身裸の少年、もう一人は緑色の服を着て眼鏡を掛けた少年。

以前、復讐代行として影時間の中に引きずり込み別の少年を襲った三人の中の二人だ。

「どうやら、本当に影時間を消そうとしている様だ。」

彼等の話の話題は奏夜達S.E.E.Sの様子で、二人も七夕の夜に彼等の姿を見ていた時の事を告げる。

「それは自らの“力”を否定することです。」

病的な白い肌の少年の声に熱が…苛立ちが篭っていく。

「“力”の使い道は持ち主が決める事ですが、それだけは何が有っても許容できません。」

彼等もまた奏夜達と同じく『ペルソナ使い』なのだろう。影時間の中で自由に動く事が出来て、影時間の中で戦う奏夜達の事を知っている事が何よりの証拠だ。だが、それ以上に重要な事は…彼等は奏夜達とは違い、“影時間”の存在を許容、いや、肯定している。

「それこそ、好きにすりゃ良い……。」

興味が無いと言う様子で荒垣が白い肌の少年の言葉に答える。すると、緑色の服の少年が前に出て荒垣へと問う。

「おまえはどないする気や?」

ポケットから何かの“薬”を取り出し、それを荒垣に差し出し、言葉を更に続ける。

「奴等に戻って来い言われてるやろ?」

緑の服の少年の言葉に乱暴に薬を受け取ると苛立ちの篭った視線で荒垣は二人の少年を睨みつける。普通ならば恐怖心を感じさせるであろう視線で睨まれているが、それに対して二人の少年は特別何も感じていない様子だった。

「……ムカつくぜ、ストーカー野郎が。」

苛立ちの篭った声で言い放ち荒垣はその場を立ち去っていく。

そんな荒垣の背中を見送りながら白い肌の少年は不敵な笑みを浮かべながら、何処か確信めいた様子で、

「次に会う時は…。」

緑色の服の少年が取り出した“ある物”を受け取りながら、白い肌の少年は、

「お互い敵同士になっているかもですね。」

荒垣の背中へと、そんな言葉を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋久島から戻ってきた後のある日、ハンバーガーショップの『ワイルドダック(略称:ワック)』。湿った感じのハンバーガーが有る店に奏夜と風花の姿があった。

「それで、山岸さん、みんなの成果はどう?」

「はい、みんな張り切ってタルタロスを攻略してます。紅君が居る時よりもペースは落ちちゃってるけど。でも、この間は皆だけでなんとか番人級に勝つ事が出来ました。」

「まあ、それは仕方ないかもね。」

奏夜は風花の話に苦笑を浮かべる。完全な意味での万能型と言えるペルソナ能力を持っている自分の戦力は、自惚れる訳ではないがタルタロスの攻略には必要不可欠と言えるだろう。

また、決定打には欠けるが副産物の補助的な効果が期待できる重力(グライ)系の魔法を持ったガルル、ドッガ、バッシャーと言った四魔騎士(アームズモンスター)達のペルソナ能力も駆使する事で危険になった時の逃走を助けると言う意味で活用できていた。

だが、こうしてハンバーガーショップの『ワイルダックバーガー(通称:ワック)』に風花を誘ってタルタロスの攻略についての成果を聞いているが、話を聞く限りではペースは上がっている様子で安心していた。

もっとも、風花を誘うのはモールの中にある喫茶店の『シャガール』でも良かったかとも思ったが、気楽に食べれる此方の方が良いだろうと考えた結果だ。

「それは分かってるんだけど…やっぱり、私は…紅君が居ないと…みんなの事が心配です。」

不安気に風花はそんな言葉を告げる。

奏夜が欠けた事で起こっている戦力の低下は何よりも援護と言う立場で戦っている彼女が一番理解してしまっているのだろう。

下手をすれば番人級のシャドウや大型シャドウどころか、時折フロアに登場する強力なシャドウにも敗北してしまう危険も有るのだ。

「ぼくが山岸さんの護衛にだけ参加すれば、他のみんなが全員で参戦できるんだろうけどね…。」

「真田先輩や順平君がそう提案したんですけど、アイギスが仲間になってくれて戦力は十分なんだけど、桐条先輩は『紅にばかり頼る訳にはいかない』って言って、紅君が居る時と条件を常に同じにする為に。」

「そうだね。今まで通り、誰か一人を山岸さんの護衛に残しているのか。今までの階層なら兎も角、新しい階層に行くとぼくが居てもきついのに…。」

ペルソナを付け替えると言う特殊な能力を持った奏夜に頼りきりだった自分達の弛んだ精神に活を入れると言うのは良い判断だが、それでも、自分達に厳し過ぎると言える。

寧ろ、苦戦しながらでも奏夜を欠いたメンバーで番人級のシャドウを相手に一度とは言え勝利できたのだから、十分に自分達を鍛え直したと言うべきだ。

付け加えると、屋久島から帰った後にアイギスが正式にS.E.E.Sに参加した事。それだけではなく、ペルソナ使いとしての素質があるらしい、『天田 乾』と言う少年が仮入寮したそうだ。奏夜が暫くの間離れているだけで随分と彼等を取り囲んでいる事態は変化して行っている様子だ。

なお、寮に入った時にアイギスが奏夜が今現在、寮を留守にしている事を知った事でひと悶着が起こったのだが、それについてはここでは省いてしておこう。…何れ別の機会で書くとして…。

そんな会話をしている風花の表情に微かに曇る。端から見れば、今日の二人の行動はデートと言えるのに、している会話と言えば、とてもデートでする会話ではない。

奏夜に誘われた時、デートに誘われたと思っていたのだろう事は彼女の服装から考えて間違いない。

そんな風花の表情を見て苦笑を浮かべると、奏夜は話題を切り替える。

「そうそう、あと、みんなに伝えておいてよ。応援ありがとうって。」

「あっ、はい。でも、残念でしたね。まさか、紅君が負けるなんて思いませんでした。」

「まあ、ぼくは殆ど時々しか出ない幽霊部員だったから、代表に選ばれただけでも嬉しいからね。」

そう、八月の頭に有った運動部の地区予選、月光舘学園の運動部にも所属している奏夜は地区予選の代表の一員として選ばれた。

もっとも、僅かな差で負けてしまったが、その時対戦した選手には気に入られた様子で親しくなって、巌戸台駅前商店街で時々会って話しているが…本作では触れない事にする。

「まあ、ぼくもペルソナ使いの能力と鎧の助けが無きゃ、タダの高校生だからね。寧ろ、良くやった方だとは思ってるよ。」

「でも、紅君は…。」

「もちろん、手は抜いてなんていなかったけど、幽霊部員のぼくがそんなに活躍したら逆に真面目にやってるみんなに悪いから、返って安心した位だよ。」

「そう…なんだ。」

受け継いだ才能と趣味によって高い成果を出せる風花と同じ吹奏楽部とは違い、運動部は最初はタルタロスの中で戦う上で助けになればと考えて入っただけだ。

寧ろ、部活の方にタルタロスでの経験が活かされている事から、結果的に良くさぼっている奏夜としては下手に活躍してしまう方が返って真面目に練習している他の部員達に心苦しい位なのだ。まあ、夏休みに入って直の練習にはさぼらずに参加したが。

「でも…。」

「ストップ。ある意味じゃ、タルタロスの経験は反則みたいなものだよ。だから、ぼくの努力不足って所だよ。」

考えてみれば、化け物相手に剣を振るっているのだから剣道の試合で人間の振る竹刀の動きを見切るのも楽な物だろう。

そう言った意味では反則的な経験を持っている奏夜が試合とはいえ、彼が負けたのは本人の努力不足と言える。

そして、食べ終わったハンバーガーの包み紙と紙コップをゴミに捨てて、ワックを出ると時間を確認する。

「まだ少し時間が有るな…。そうだ、山岸さん、今日のお礼に遊びに行かない?」

「え? 紅君、良いの? ここでもご馳走してもらったのに。」

「うん、何時もみんなの様子を教えて貰ってるから、そのお礼も兼ねてね。」

「あっ、それなら、丁度ポートアイランド駅の近くの映画館で映画祭りをやってますから。」

「じゃあ、其処に行こうか。」

そんな会話を交わしながらポートアイランド駅の映画館に向かう奏夜と風花の二人。

二人のその姿は、何処か恋人同士の様にも見えた。

仲間が増えて順調に成長していく仲間達を一人離れた場所から見ている今の奏夜には、一つだけ気になっている事が有った。

屋久島で出会った今の自分よりも時間が進んでいる平行世界から来たと言う、仮面ライダーキバーラへと変身して見せた、もう一人の自分…『登 奏』の残した言葉だ。

少なくとも、大型シャドウとの戦いは、ある程度までは無事に順調に進んでいく。だが、今年の内に…自分達の中の誰かが、もしくは新たに仲間になった者の内の一人が命を落すという事実だ。

もし、それが真実となれば防げたとしても、そんな事態が起こってしまえば間違いなく、奏の告げた最悪の事態が自分達に起こってしまう危険性が存在している。

残念ながら、この事は風花にも伝えられずにいる。同時に簡単に伝えられる事でも無い事と言う事も理解しているのだ。

ならば、その時までに仲間達に身を守れる程に強くなってもらう事と、自分が注意している事、この二つは絶対に重要なことだ。

そんな悩みも今は忘れようとも思う。今は自分の隣に居る山岸風花に楽しんでもらおう。

「面白かったね。」

「そうだね。まだ少し寮の門限まで時間があるけど、ゲームセンターでも寄っていく?」

「うん。でも、映画館の料金も私の分まで出して貰っちゃて…。」

「気にしなくて良いよ、こういう時に支払うのは男の役目だって、正夫兄さんも言ってたしね。」

映画が終わって、映画館を出てそう誘うと風花も乗ってくる。

その後は、モールにあるゲームセンターで遊んでから風花を寮まで送ると、奏夜もキャッスルドランに帰宅する。

「それでシルフィー、タツロットの様子は?」

「はい、奏夜様。タツロット様はまだ眠っています。タツロット様が捕らえられた後、長い間封印されていた事が原因と考えられます。」

「そう、なんだね。」

シルフィーの言葉にそう言って、眠り続けているタツロットへと触れると奏夜はそう呟く。死んだように眠り続ける子竜タツロットの姿を一瞥する。

今の自分がキバの鎧の本来の姿である『黄金のキバ』の力を使いこなせるかどうかは疑問だが、それでも、黄金のキバの力を解放するための鍵であるタツロットの存在と黄金のキバの力が使えると言う事実は精神的な助けとしては大きいものになるのだが。

「それで、ザンバットソードの方は?」

「今は玉座の間に封印された状態で置かれています。」

「それも、仕方ないか。」

「はい、失礼ですが、今の奏夜様では…。」

「ザンバットソードは…間違いなく扱えないって事だね。」

シルフィーの言葉には納得するしかない奏夜だった。間違いなく今の自分ではザンバットソードは扱えない。それは他でも無い、奏夜自身が誰よりも良く理解している事だ。

ザンバットソードとタツロット…父の武器と仲間の一人を得て父の姿に手を触れられる所にまで来たのだが…自分の追いかけている父の背中は…とても遠く、大きい物だと改めて理解する。

「ったく、それにしても、酷い事しやがるぜ。」

「そうだね。所でキバット。」

「ん? どうした?」

キバットに声を掛けてから暫くの間迷いながら、意を決して次の言葉を告げる。

「…実は別荘で影時間の始まりとなった事件…そこの映像を見たんだけど…。そこの最後の部分に…一瞬だけ、キバの姿が映っていたんだ。」

「まさか!? そのキバは…。」

「オレと渡か!?」

「多分ね。あれは『闇のキバ(ダークキバ)』じゃない。」

それを奏夜が見間違える訳も無い。

黄金のキバの姿が奏夜の見た研究所の最後を映したゆかりの父の映像の中には、僅かな一瞬だけとは言え映し出されていたのだ。

「…間違いなく、父さんだった…。」

奏夜の告げられた言葉に思わず絶句してしまう。そして、奏夜とシルフィーの視線は唯一当時の事を知るキバットへと集まる。

「すまねえ。オレもあの時の事は…思い出せないんだ。」

失われたキバットの記憶と、奏夜の幼い日の記憶…。

残されている記憶は…

何者かに敗れて命を落とした黄金のキバの…両親の死の瞬間だけだった。

「もし…もし…だよ…。」

「奏夜様…。」

「奏夜…。」

奏夜の口から震えながら伝えられる言葉…

「もし、シャドウと戦う過程で…仇に出会ったとしたら…。」

新たに蘇った記憶は、黄金のキバと戦う一つの兵器の姿…

「ぼくはどうするんだろう…?」

自分にも答えが出ない、彼にしか答え用の無い疑問をキバットとシルフィーへと問い掛ける奏夜の脳裏には…

仮面ライダーキバ・エンペラーフォームと戦う、鋼鉄の戦乙女・『アイギス』の姿が映っていた。

それが何を意味しているのかは分からない。だが、それでも、今は彼女と離れているこの状況は望ましい。

まだ確信こそ持てていないが、その記憶が彼女と出会った瞬間に蘇ったのだから。

まだ可能性の域しか出ていない…。

答えなど出ていないのだ…。

だが、奏の言葉と妙に重なってしまう。

アイギスこそ父を殺した本人で有り、未来で失う仲間は…奏夜の手で討ったアイギスでは無いのかと言う疑問に…。



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-Ⅵ- 恋人達《ラヴァーズ》
第四十夜


「…今宵は満月…か。」

キャッスルドランの中の一室で奏夜はカレンダーを眺めながらそう呟く。出来る事ならば来て欲しくなかったその時が来てしまった。

「ったく、良いのか悪いのか分からねぇけど、向こうからの連絡は無し…か。」

奏夜の肩に留まりながらそう告げるキバット。奏夜への復帰を願う連絡は来なかった。付け加えるなら、風花からの連絡ではギリギリだったが現在登る事の出来るギリギリの所までタルタロスを登りきれたそうだ。奏夜抜きと言う不利な状況に有ってもだ。

「っとなると、次の大型シャドウはどうするんだ?」

「そうだね。山岸さんからの連絡を待って…最初からキバの姿で助けに入るべきかな。ファンガイアタイプとの戦いは兎も角、大型シャドウまでは勝てるとは思うけどね。」

だが、奏夜達は知らない。今日のこの時、出会う事となる者達の事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

磐戸台分寮四階作戦室…

そこの四角いテーブルを囲む様に奏夜を除いたS.E.E.Sのメンバーは腰を下ろしていた。

その部屋に集まっている者達の表情には緊張の色は見えない。何処か待ち構えていた様子さえ感じられる。

奏夜の存在が無いとは言え、準備は完璧、今の彼等に出来る限りの事はした。これも、敵の出現の周期に気付いたが故だろう。

「さてと、紅君抜きとは言え、また今月も満月の晩が巡ってきた訳だが……。」

「どうだ、山岸?」

中央に座る幾月が集まった面々を見ながら緊張感を持って話し始める。それを受けて、美鶴は風花に問い掛ける。

「はい。確認できてます。今回もやっぱりシャドウの反応が有ります。」

「フッ、そうこなくちゃな!」

風花の言葉に逸早く反応したのは明彦だ。掌に拳を当てて乾いた音を出し、強気な表情を浮かべる。

「場所は巌戸台の北の外れにある、廃屋が並んでいる一帯です。ただ、反応は10m以上の地下から確認されてて、それがちょっと……。」

「単に建物に地下が有るって事じゃないの?」

自分が感じ取ったシャドウの反応に困惑している様子の風花に、ゆかりは単純で有りながら最もな意見を言う。

ゆかりのその言葉に対して風花に変わって答えたのは、アイギスだった。

「巌戸台北側には、建築時に地下10mを申請している建物は有りません。ですが、ずっと以前には陸軍が地下施設を置いていたという記録があります。」

「え? 陸軍?」

アイギスから返って来た返答にゆかりが思わず聞き返してしまう。今の時代の人間にとっては、戦争は身近なことではない。こんな近くに昔とは言え陸軍の施設が有った事にはその場に居た全員…否、幾月とアイギスを除いた全員が驚きを隠せなかった。

「アイギスには、この辺りの地形や建築に関する情報が一通り記録されているんだよ。まあ、十年前から更新して無いんだけど……。」

「“十年前”であります。」

「いや、更新しようよ……。」

幾月の説明にアイギスは何故か誇らしげに『十年前』を強調する。そんなアイギスと幾月に順平は呆れ気味に突っ込みを入れた。

「で、結局どう解釈すれば良いんだ?」

妙な沈黙が作戦室を包む中、明彦のその発言が現実に引き戻す。

「詳しい事は実際に言ってみないと何とも……。」

落ち込んだ様子でそう言う風花。実際、自分の力不足が悔しいのだろう。

「戦争の遺物か……今回は紅が居ない事に加えて状況が未だ不透明だ。兎に角、現地に行こう。細かい事はそれからだ。」

風花の返答を聞いた美鶴はここで考えていても時間の無駄だと判断し、現場に向かう事を告げ、十分に注意する様にと全員に注意を促す。

これが五回目となる大型シャドウ戦。前回は敵の能力に翻弄され苦戦した事も記憶に新しい。ファンガイアタイプと化した後は余計にだ。

「明彦、今回もこれはお前に任せる。」

「ああ。」

そう言って明彦が美鶴から受け取ったのは、簡易型イクサへと変身する為のイクサナックル。前回の戦いではカメレオンファンガイアタイプとなったラヴァーズ相手には能力に翻弄され手出しできず、シースターファンガイアタイプとの戦いでは不意打ちで受けた強力な電撃魔法のダメージで変身を強制解除されてしまった。

結局、シースターファンガイアタイプとの一戦は明彦から受け継いだ奏夜が変身した簡易型イクサが倒したが。

「あっ、真田先輩ばっかりずるいっスよ! オレも一度位使ってみたいのに…。」

「伊織、七月の作戦で使った明彦の方が使い慣れていると判断した結果だ。悪いが、今回は我慢してくれ。」

愚痴を零す順平に美鶴はそう答えた。

そう、山岸風花が大型シャドウの存在を感知し、巌戸台の北の外れにある元陸軍の軍事施設に向かうS.E.E.Sの面々(-奏夜)…

真夏の夜の暑苦しくも何処かひんやりとした埃っぽい空気の中、彼等は出会う…

“ストレガ”と呼ばれている、もう一組のペルソナ使い達と。

「そんな! 私のルキアには今まで何の反応も!?」

驚愕の叫びを風花が上げる中、軍事施設の重い扉を開きながら、白い肌の男と緑色の服の男がS.E.E.Sの面々の前に姿を現す。

「初めまして、私の名は『タカヤ』。こちらは『ジン』。」

彼等の驚愕の声を気にも留めずに白い肌の男…タカヤはその言葉で話しを始めた。

「さて…今日までの皆さんの活躍は影ながら見させて頂きました…。聞けば、人々を守る為の“善なる戦い”だとか。」

そう告げた後でタカヤの表情が変わる。彼等を睨み付けながら、

「ですが…やめていただけませんかねぇ…?」

「どういう事だ!?」

タカヤの言葉に美鶴がそう問う。

「簡単なこっちゃ! シャドウや影時間が消えたら“この力”かて消えるかもしれん! そんなん、許されへん!!!」

美鶴の問いに答えたのはもう一人の緑の服の男…ジンの方だった。

静かに告げるタカヤと感情を露にするジンと対応は正反対だが、二人の中にある意思は怒りの感情だろう。

「まさか…ペルソナ使いなのか!?」

「シャドウは我々と常に隣り合わせのもの…。災いなど常にあるもの…シャドウでなくとも人が人を襲う…そう言うものです。」

美鶴の言葉に答えずにタカヤは天井を仰ぎながらそう言葉を続ける。

「それは摂理…自然なこと。しかし、あなた方は“個人”の目的で動いているに過ぎません。その正義とやらは、それを正当化するための…嘘! 偽り! ただの偽善です!!!」

「お前達は気付くべきや、自身が影時間を知る前よりも生きがいを感じている事にな。退屈な日々や日常を取り戻したいんか? 生きる目的、なくしちまうでぇ?」

彼等の言葉は何処か心を抉る。それは、ナイフが皮膚を切り裂く様なものではない、寧ろ、錆びた刃物で時間を掛けて傷付けられている感覚に近い。

「そうですね。」

そして、タカヤの視線が順平とゆかりの二人を捕らえる。

「何か迷っていませんか? 思い当たる節でもあるのでしょうか? 本当にこれで良いのかと?」

その言葉に順平は一瞬だけだが動揺を覚える。

「だ…黙れよ!」

「私は!」

順平が叫ぶ前にゆかりが召還器を構えて前に出、

「そんな事思ってない!!!」

召喚器の引き金を引くが、

「ペルソナが…。」

ペルソナは出る事はなかった。

「出ない!?」

「そんな召喚器(きっかけ)、迷いがあれば幾ら引き金を引いても意味など無い。」

ゆっくりとタカヤが前に出る。

「何を恐れているのですか? 私には貴女が…。」

タカヤの中より現われる影…白い体に黒い翼を持った人影…それこそが彼のペルソナ。

「酷く怯えている様にしか思えない。」

皮肉にも奏夜の中に宿る死の具現と一対となりし眠りの神『ヒュプノス』。

「っ!?」

拳を握り軽快なフットワークで二人の懐へと飛び込もうとする明彦。

「真田明彦か! 月光館学園三回生、ボクシング部所属、大会では16戦無敗!!! 先の大型シャドウとの戦闘で左のアバラを負傷、完治するも無意識に庇って本調子ではなく。それゆえ!!!」

ジンはナイフを投げる様に火炎魔法を

「動きが予想し易い!」

明彦へと放つ。

明彦は眼前に迫るそれに反応することが出来ず直撃するかと思われた瞬間、

「っ!!!」

アイギスが間に入りジンの放った魔法を弾く。

「「っ!?」」

「何やら、面白いお仲間が居るようですねぇ……。」

タカヤがアイギスを睨みながらペルソナから魔法を放とうとした瞬間、地震の様な震動が近づいて来た。

「どうやら、お出ましの様だ。」

タカヤがそう呟くとジンと共に施設の外に出る。

「っ!? 大型シャドウの反応です、こっちに向かってきてます!!!」

続いてそれに反応したのは風花だった。

そして、風花の言葉に意識が向いて、タカヤとジンから意識が離れてしまった時、重々しい音を響かせながら扉が閉じていく。

「今回は挨拶をしに来ただけです…。精々足掻きなさい。」

タカヤのその言葉と共に扉が完全に閉じていく。

「しまった! 閉じ込められた!!!」

明彦が扉を叩くがそれではビクともしない。そして、背後から巨大な影が現われる。

その姿は伸びた砲塔にスピードは無いが悪路を走破する為のトルクを持ったキャタピラ。

そして、頭頂部に頭の様に十字の甲冑の様な物が乗っている。

「戦車ぁ!?」

「以前戦ったモノレールを乗っ取ったタイプに近いのかもしれない…。もっとも、今回のは戦車そのものだがな!」

順平がそんな声を上げ、美鶴が冷静にそう分析する。そう、今回のシャドウは戦車と完全に一体化していた。

「相手が何であれ、倒すのみ!!! 出番だ!!!」

「さて…貴方はどう言う意見なのか、是非聞かせて貰いたいんですが、よろしいですか?」

施設の外に出たタカヤが後を振り向きながら後ろにいる人影にそう問い掛ける。

「そうやな、お前はどうする気ぃなんや、なあ…月光館学園二回生、紅奏夜?」

彼等の視線の先にはマシンキバーに乗った奏夜とキバットの姿が有った。

「ぼくの意見ね…何で知ってたかについては…あえて聞かないけどね。」

笑みを浮かべながらマシンキバーから降りると、奏夜は彼等の横を通り過ぎながら扉に触れる。

「彼等にも言いましたが、あなた方は個人の目的の為に動いているに過ぎません。その正義とやらは「ぼくが何時正義の為に戦っている、何て言った?」…どう言う意味ですか?」

「ぼくは結局個人の目的で戦っている。それを偽る気も無いし、正義の為なんて言って戦う気なんて…無い。」

「はっ!? だったら、何の為に戦ってるんや、退屈な日々や日常を取り戻す為に戦っとるんか!?」

「…真実を知る為…それだけだ。それに…。」

「ガブ!」

奏夜の翳した手にキバットが噛み付き、腰にベルトが出現する。

「変身!」

その姿を仮面ライダーキバへと変え、キバはタカヤとジンに向き直る。

「ぼくはこの影時間は大嫌いなんでね…出来ることなら、今すぐにも叩き壊したいって思ってるくらいだよ。」

「気に入りませんね…その瞳…。貴方からは一切の迷いも怯えも感じられない。」

「………。」

タカヤの言葉にキバは無言で返す。

「気に入らん奴やな。」

「まあ良いでしょう。貴方とは決して分かり合えそうも無い。それが解った事だけでも収穫ですね、紅奏夜さん。」

そう言って二人はその場を立ち去っていく。

「今回は挨拶に来ただけです。…精々貴方も足掻くと良い。」

「そうだね、足掻いて…叩き壊せてもらうよ、影時間も…シャドウも…。ぼくの…力で。」

「では、次に貴方と会う時は敵同士ですね。」

死の神と眠りの神…二つの仮面を宿らせた者達の道は交わる。互いを敵として刃を交えるという形で。

立ち去っていく二人に背を向けて扉に触れる。キバの力でも簡単には開けないだろう。それに、こんな事に時間を掛ける気は無い。

「一気に叩き壊してシャドウとファンガイアタイプも纏めて叩き潰す。」

そう言って腰に有るホルダーの中から紫色の拳を象ったフエッスルを抜き取り、キバットへと近づける。

「おっしゃー! キバって行っくぜぇ!!! 『DOGGA HAMMER』!!!」

鳴り響くフェッスルの音色…全てを粉砕する豪腕を持った、キバに強力(ごうりき)を与える最後の四魔騎士(アームズモンスター)の力を借りる為の音色が鳴り響く。



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第四十一夜

ドッガフエッスルの音色が響くキャッスルドランの中、(リキ)(ちから)を込めて次狼から投げ渡されたチェスの駒を握り潰す。

「い、ってく、る。」

「今回はあいつか。」

「…今日はシルフィーも静かだよね。」

「…前回呼ばれたからな。屋久島の時の事も有るだろうしな。」

「うふふ…奏夜様~。うふふ…。」

呆れたような視線をトリップしているシルフィーへと送りながら、次狼とラモンは腕組みしてドッガの姿に戻ってキバの元へと向かう力を見送るのだった。

ドッガハンマーを手に握り、両肩と腕、胸部に(カテナ)が厳重に巻き付き砕け散ると紫の装甲が表れる。

両腕は通常時の十倍の腕力を持った腕『グレードアーム』に、胸部はアイアンラングに覆われる。純粋なパワーでは他の魔騎士達を上回るドッガのパワーを扱う為、他の三人以上に厳重な物になる。

そして、キバにドッガの影が重なるとキバットの瞳が紫に変わる。

これが、強力(ごうりき)を得たキバの四魔騎士(アームズモンスター)達の力を借りた四つフォーム、その最後の一つ、『仮面ライダーキバ・ドッガフォーム』!

無言のままキバDF(ドッガフォーム)はドッガハンマーを振り上げ扉へと叩きつける。強固な扉とは言え所詮は人が作った物、それをキバの力を持って破壊できない道理が無い。

流石に一撃で破壊する事は出来ないが何度も叩きつければそれを破壊する事はできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、いくらなんでも戦車はヤベーんじゃねぇか…。」

「こんなの……弓や剣で勝てるの?」

アイギスの武器は機関銃なのだが、それを含めて考えても『戦車』を相手に人が携帯出来る武器で戦車を破壊する事は不可能だろう。流石に生身で戦車を倒せと言われれば、『無理』と答えるしか無いだろ。

思わず順平とゆかりがそんな弱音を吐いてしまう。

『エッと、敵タイプ“正義”……じゃなくて“戦車”? ……あ、あれ? 見かけは一つなのに反応が二つ? どう言う事?』

一方で『戦車』のシャドウに対してアナライズの結果で出てきた情報に風花が困惑する。不鮮明なタイプ、反応が二つ有るシャドウ。今までに無い状況なのだから混乱してしまうのも無理は無い。一本の通路で隠れ場所は無いとは言え前回のラヴァーズの時の様に何処かに隠れている可能性だって捨てきれないのだ。

「仕方ない、少し早いがこれを使うぞ!」

だが、少なくとも戦車を相手にする為の切り札は存在している。

「おっし! 任せてくださいって、先輩方!」

そう言って順平は美鶴から投げ渡されたそれを握り、

《レ・デ・ィ》

「変身!」

《フィ・ス・ト・オ・ン》

電子音共に順平がイクサナックルをベルトに装着させると、順平の姿はイクサ・バーストモードに変身する。

「おっしゃー、行くぜ!」

イクサカリバーを両手で構えて順平イクサは『戦車』のシャドウへと向かっていく。

「ああ、相手が何であれ倒すまでだ! 出番だ!!!」

自身のペルソナ・ボリデュークスを出現させ、明彦は順平イクサと共に『戦車』のシャドウへと向かっていく。

同時に『戦車』のシャドウはスピードを変えずに前へと進みながら砲塔から砲弾を撃ち出す。

「おわ!」

「ッ!?」

順平イクサと明彦は撃ち出された砲弾を掻い潜り、『戦車』のシャドウとの距離を詰める。

「くらえ!」

中位雷撃魔法(マハジオンガ)

お返しとばかりに明彦のボリデュークスが放つ電撃魔法を『戦車』のシャドウは、

「立ったぁ!?」

そう、文字通り『立つ』事で回避したのだった。前方のキャタピラを腕にして、後方のキャタピラを足にして立ち上がった隠された新たな顔を持った“戦車”のシャドウ『戦車(チャリオッツ)』はそのまま順平イクサと明彦へと向かって、腕の様になったキャタピラを叩きつけようとする。

「おっしゃー!」

それをバックステップで避け、順平イクサはイクサカリバーの斬撃をチャリオッツへと浴びせる。

「もう一丁!」

追撃とばかりに更に一撃を加えた瞬間、背中の部分に存在していた頭を持った砲塔がはずれ、小型のシャドウとなって砲塔で順平イクサを狙う。

「へっ?」

突然の自体に思わず唖然としてしまう順平イクサだったが、シャドウが順平イクサが正気になるまで待ってくれる訳が無い。

「拙い、伊織、避けろ!」

「へっ? おわぁ!!!」

逸早く正気に戻った美鶴の警告の意志が込められた叫び声が響いた瞬間、慌てて横に避けた順平イクサの真横を砲弾が通過していく。

砲撃を行った者の正体は、鉄製の羽と体と一体化した両手で支えた戦車時の砲塔、腰には使う意志が感じられない小剣を携えた甲冑を纏った天使の体から戦車の砲塔が生えた様な姿のもう一体のシャドウ…『正義(ジャスティス)』。

『分かりました。砲塔部分が“正義”タイプ。大きいほうが“戦車”タイプです。』

風花の言葉によって確信が得られた。二体の大型シャドウが一つに合体し、一体のシャドウと見せかけていたのだ。

その姿は『大型シャドウ』と呼んでいた敵の中で例外と言えるほど小さい。大きさだけならば通常のシャドウレベルだろう。だが、体から生えた砲塔が辛うじてそれを『大型』と呼べるだけの大きさを与えている。

「加勢します!!!」

ジャスティスが分離した瞬間、アイギスがそう叫び走り出す。アイギスは砲塔の照準から逃れる様に回り込み両手の指に仕込まれた機関銃を乱射する。

―刹那五月雨撃―

だが、ジャスティスも砲塔から無数の砲弾を乱射する事で反撃する。攻撃数ではアイギスの方が上回るが、一撃一撃の威力ではジャスティスが圧倒的に上回っている。結果、アイギスとジャスティは互いの攻撃を避けながら動き回ると言う形での戦闘を繰り広げる事になった。

「ボリデュークス!」

「よいしょぉ!!!」

一方、中位雷撃魔法(マハジオンガ)を放ち、順平イクサのイクサカリバーがチャリオッツの体を切り裂く。

だが、表面的な傷もチャリオッツの纏っている戦車の装甲か原因で本体には届いていない様子であり、雷撃魔法も効果は有るが人間が乗っているのなら兎も角、耐性こそ無いがチャリオッツ自体には弱点ではない魔法を使われた程度の認識だろう。

「来て! イオ!!!」

中位疾風魔法(マハガルーラ)

ゆかりが彼女のペルソナ・イオを召喚し、ジャスティスとチャリオッツへと向かってカマイタチを放つ。

ジャスティスの方はマハガルーラのカマイタチをある程度を回避できた様子だが、巨体を持ったチャリオッツには完全に直撃する。

「おっしゃー! ナイス、ゆかりッチ! 真田先輩、大技行きます!」

「ああ!」

―ソニックパンチ―

明彦のボリデュークスの拳がチャリオッツを打ち抜き、そのまま後ろに倒す。元々戦車の車体が直立した不安定のチャリオッツなのだ、倒す事も容易いのだろう。

「おっしゃー! 行っくぜぇー!」

それを確認すると順平イクサは叫びを上げて、金色のフエッスルを取り出し、イクサベルトのフエッスルリーダーにそれを読み込ませる。

《イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・アッ・プ》

「喰らえ!!!」

順平イクサがイクサカリバーを頭の上で構えると刀身が輝き始める。そのまま倒れているチャリオッツへと走り出すと大きくジャンプし、一気に振り下ろす。

「どっせ~~い!!! イクサ・ジャッジメントォ~!!!」

イクサ・バーストモードの必殺技『イクサ・ジャッジメント』によって真っ二つに切り裂かれ、チャリオッツの車体は音を立てて倒れる。

「テレッテ~、順平はレベルアップ~♪」

見事にチャリオッツを倒した順平は勝利宣言とでも言う様にそんな声を上げる。

「ぼやぼやするな、もう一体居るぞ!」

今まで風花の護衛に廻っていた美鶴が警告の声を上げる。そう、まだチャリオッツ一体だけを倒した程度。まだアイギスが戦っているジャスティスが残っている。

「分かってますって!」

一体を自らの手で倒したと言う事に自信を持ったのか、順平イクサが軽口で答えてアイギスと戦っているジャスティスへと向かおうとした時、

『っ!? 気を付けて下さい、もう一体のシャドウが…。』

完全蘇生魔法(サマリカーム)

風花の警告よりも速くジャスティスはアイギスの機関銃の直撃を受けながらも、治癒の光をチャリオッツの体を包んでいた戦車の装甲へと放つ。

「へっ、そんなモン…。」

『気を付けて下さい! 敵シャドウの反応が復活しました!』

「へっ?」

「なんだと!?」

ジャスティスに向かおうとしていた事が原因で完全に復活したチャリオッツに背中を見せる形になってしまった二人へと向かって、

―電光石火―

巨体からは想像できないスピードで連続攻撃を叩きつける。

「オワッ!!!」

「ガハッ!!!」

『順平君、真田先輩!!!』

そのまま攻撃が直撃した事で二人は地面に叩きつけられる。

そして、チャリオッツは体を倒し、ジャスティスが砲塔として合体する事で最初に現われた時の『戦車』のシャドウへと戻る。

「召喚シークエンス!」

―デッドエンド―

アイギスが出現させたペルソナ『パラディオン』が轢き殺さんと順平イクサと明彦へと突撃していく『戦車』のシャドウへと斬撃を放つ。

火花を散らしながら甲高い音を上げて強固な戦車の装甲を切り裂くが、それでも『戦車』のシャドウのスピードを緩める事しか出来ない。

「このぉ!!!」

中位疾風魔法(マハガルーラ)

ゆかりがもう一度イオを召喚し、カマイタチを使い切り刻むがそれもアイギスのデッドエンドと同様の効果しか齎さない。

「順平、真田先輩! 逃げて!!!」

「逃げろ、明彦、伊織!!!」

動けずに居る二人へとゆかりと美鶴が警告の声を上げるが、動ける様子ではない。

『二人とも、早く逃げて!!!』

必死に警告の声を上げているが、『戦車』のシャドウが二人を轢き殺すほうが逃げるよりも早いだろう。

(ダメ、お願い! 助けて、紅君!!!)

心の中でこの場に居ない…一番頼りになるであろう者の顔を思い浮かべながら叫ぶが、この場に居ない奏夜が助ける事は不可能だろう。…本来なら、

 

 

 

 

 

ガン!!!

 

 

 

 

 

そんな音に気が付いて後ろを振り向くと何時の間にかドアが凹んでいた。そして、凹んだ事によって出来た僅かな隙間から何かの手が入り込む。そして、それを一気に左右に開くと、その手の主がゆっくりと『戦車』のシャドウへと近づいていく。

砲塔をキバDF(ドッガフォーム)へと向けて『戦車』のシャドウは砲弾を打ち出すが、キバDはそれを意に介する事無く悠然と『戦車』のシャドウへと向かっていく。

「あれは…。」

「キバ!? もしかして、私達を助けに?」

キバDF(ドッガフォーム)がドッガハンマーを引き摺りながら『戦車』のシャドウへと近づいて、ドッガハンマーをフルスイングする。

ガン!!!

甲高い音を上げて『戦車』のシャドウは無理矢理その進路を変更させられる。

「!?!?」

装甲を凹ませられた『戦車』のシャドウへと向かって今度はドッガハンマーを真上から振り下ろす。今度叩きつけられた場所は砲塔として合体したジャスティスの頭、

そして、キバDF(ドッガフォーム)はドッガハンマーを振るいながら『戦車』のシャドウを滅多打ちにする。そんなキバDを轢き殺そうと向かっていく『戦車』のシャドウだが、キバDF(ドッガフォーム)は『戦車』のシャドウの突進を片手で受け止めながら、砲身へとドッガハンマーを叩きつけ、砲弾を発射できないように叩き潰す。

「す、すげぇ…。」

「今まで見た赤の姿とも、緑の姿とも違うが…。」

呆然と立ち上がりながら順平イクサは『戦車』のシャドウを圧倒するキバDF(ドッガフォーム)へと唖然とした声を上げ、美鶴は今まで自分達が確認したキバの姿とも違う姿と言う事に疑問の声を上げる。

もっとも、S.E.E.Sのメンバーで風花以外が知っているのは、キバフォームとバッシャーフォームだけだが。

だが、彼等の感想も最もだろう。

ドッガフォーム、基本カラーは紫、ドッガが変化した槌『魔鉄槌ドッガハンマー』を召喚することで変身する胴体と両腕が頑強な鎧となり、腕力と防御力が大きく向上する姿。機動力こそ減退するが、相手の攻撃を正面から受け止め、一撃必殺で仕留める近接戦闘を得意とする。

幾ら戦車の装甲とは言え、ドッガフォームのパワーの前にはただの鉄の箱に等しい。

滅多打ちにする事に飽きたのか、両腕で持ち上げてそのままひっくり返す。

「!?!?!?」

本来の戦車なら既になす術も無いが、このシャドウは二体のシャドウの合体した姿。立ち上がり分離することで体勢を立て直す事は可能だが、キバDF(ドッガフォーム)はそんな反撃の隙など与えず必殺技の体制に入る。

「『DOGGA BYTE』!」

キバットがドッガハンマーへと噛み付き、魔皇力を伝達すると、影時間の夜の支配者がキバへと変わる。

不気味な満月が消え、雷鳴と共に朧月が浮ぶ。一回転させ、ドッガハンマーの柄を地面に叩きつけると、握り拳を意識させるハンマーの握り目を『戦車』のシャドウへと向ける。

ドッガハンマーの拳が少しずつ開き、掌に大きな一つ目が現われる。

ドッガハンマーに有る巨大な眼球『真実の瞳(トゥルーアイ)』。トゥルーアイの中心にある巨大な魔皇石『真実の意志』から放出する魔皇力によって相手の弱点・記憶を解析することができる。それだけではなく、見つめたモノ全てを偽りと断じる事が出来る。

そして、絶対的な『真実』の前に否定された『偽り』は動く事を許されない。立ち上がろうとしたシャドウの動きが止まり、ドッガハンマーを持ち上げた瞬間、巨大な拳が雷を纏ってドッガハンマーの真上に現われる。

「オォォォォォォォォオ!!!」

ドッガハンマーの起動にあわせて巨大な拳も動く。そして、叩きつける拳が戦車の装甲を削り取る。

「オォォォォォォォォォ!!!」

絶対的な真実によって相手(偽り)の動きを封じ、偽りを断罪する絶対的な破壊の雷槌を叩きつける一撃必殺のドッガフォームの必殺技、

『DOGGA THUNDER SLAP!!!』

『戦車』のシャドウは二つの仮面を半分ずつ残しながら、ドッガの顔の輪郭が光ると共に爆散する。



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第四十二夜

キバDF(ドッガフォーム)はドッガハンマーを握ったまま己が倒したシャドウ…ジャスティスとチャリオッツの残した仮面へと注意を向け続けていた。

そして、黒い泥の様な物を引き摺りながら半分に割れた二枚の仮面はゆっくりと浮かび上がり一つとなり、黒い泥を粘土の様に捏ね回しながら新たな肉体を作り上げる。

其処までは今まで道理だが、今までとは違う部分が一つだけ有った。今までは一体の大型シャドウから一体のファンガイアタイプが再生された。だが、今この瞬間だけは違っていた。それは…

「なんだ…あれは?」

美鶴からそんな言葉が零れる。

戦車のシャドウの仮面によって引き上げられたものから形作られるのは、『ライノセラスファンガイア』の物。

正義のシャドウの仮面が引き上げたものが形作るのは『マンティスファンガイア』の物。

だが、割れた事が原因なのか、二枚の仮面は各々のファンガイアの半身しか作り上げる事が出来ない様子だ。

だが、再度黒いものを練り合わせると、マンティスファンガイアの頭と武器、ライノセラスファンガイアの両腕と体を持ったファンガイアタイプが誕生する。最後にファンガイアの形となった黒い泥に割れた二枚の仮面が一つとなり装着されると色彩を得たファンガイアタイプは動き出す。

『敵、ファンガイアタイプ、再生しました。』

マンティスファンガイアにライノサラスファンガイアを鎧の様に纏わせた様な姿のファンガイアタイプのシャドウ…『キメラファンガイアタイプ』が動き出した瞬間に風花の声が響く。

「これがシャドウの再生でありますか。」

初めて大型シャドウ戦に参戦するアイギスからそんな感想が零れる。

「…フッ…!」

先手必勝とばかりに相手が動き出すよりも先にキバDF(ドッガフォーム)がドッガハンマーをキメラファンガイアタイプへと叩きつける。

だが、キメラファンガイアタイプは叩きつけられたハンマーを両腕を交差させる事で受け止める。

パワーに特化したライノセラスファンガイアだったが、先代のキバの代にドッガフォームに変身したキバによって倒された個体であり、ドッガフォームのパワーに対抗できるのは、意図しない二種のファンガイアタイプの融合が関係しているのだろう。

(…こいつ、二種類のファンガイアが融合した原因で強化されたって事か?)

ドッガハンマーの一撃やドッガフォームのパワーにさえ対抗できるキメラファンガイアタイプに対してキバットはそんな考えを浮かべる。

振り下ろそうとしたドッガハンマーを持ったキバDF(ドッガフォーム)の腕をキメラファンガイアタイプが掴む。

「クッ!」

それに対して相手にキックを打ち込む事で距離を取ろうとしたキバDF(ドッガフォーム)だが、キメラファンガイアタイプはマンティスファンガイアの大鎌でキバDF(ドッガフォーム)の体を切りつける。

「ガハァッ!」

キバDFの体を切りつけると腕を放し、鈍重な装甲を纏った姿からは想像できない様な軽快な動きでキバDF(ドッガフォーム)から後退して距離を取る。

このシャドウのモデルとなったであろうマンティスファンガイアは両腕で振るっていた大鎌をキメラファンガイアタイプは片手で操っている。これもどちらかの大型シャドウがパワーに優れたライノセラスファンガイアになろうとした事が原因だとしたら…。

(これじゃあ、二体の方がまだ戦い易い!?)

どちらか片方を相手にしたとしてもドッガフォームのパワーでなら圧倒する事も可能だっただろう。少なくとも、ライノセラスファンガイアとなった方のシャドウなら十分勝ち目は有った。

―刹那五月雨撃―

キバDF(ドッガフォーム)がそんな事を考えているとキメラファンガイアタイプは大鎌を振るい空中に光弾を大量に出現させてキバDF(ドッガフォーム)へと打ち出す。

「ッ!?」

本来ドッガフォームはパワーと防御の面には特化していてもスピードでは他のフォームに比べて劣っている。少なくとも、キメラファンガイアタイプの光弾による一斉射撃を回避しきれる程のスピードは持っていない。その為にキメラファンガイアタイプの攻撃に対して防ぐしか出来ないのだ。

『くれな…キバが危険です!』

思わずキバの事を奏夜の呼び名で呼びそうになった風花は慌ててそう言い直す。

「先輩どうします、このままじゃあ!?」

「ああ。だが…。」

ゆかりの言葉に美鶴は倒れているイクサへの変身が解除された順平と明彦へと視線を向ける。

「ですが、このままキバが敗れた場合、あのシャドウに対しては順平さんと真田さん抜きでは我々の勝機は無いと考えます。」

アイギスの言葉に思わず同意してしまう。だが、ペルソナの恩恵が有るとは言え生身でキバDF(ドッガフォーム)を襲う光弾の中に飛び込むのは単なる自殺行為だろう。仮に自分がイクサに変身したとしても、指揮官の立場である自分が下手に前線には立てない。

(…改めて思うが、紅は戦いながら全員の事を見ていたのか…。一種の才能だな。)

(美鶴達が知っている範囲なのでキバの事は除外されるが)複数のペルソナを使えると言うだけではない、前に出て戦いながら指揮を取っていた奏夜の事を思い出す。リーダーとしての、指揮官としての資質…それを持っていた彼の有り難味が理解できる。

「(…やはり、紅には来て貰うべきだったか…。)仕方ない、岳羽、一番ダメージの軽い明彦の回復を優先させるぞ。アイギスはその間此方の護衛を頼む。」

「はい!」

「了解で有ります。」

「山岸はキバとファンガイアタイプの動きに変化が有ったら報告を頼む。」

「分かりました。」

「仕方ねぇ! こうなったらこっちも、出血大サービスだ! 奏夜、向こうが二つなら…。」

「こっちは全員で相手をする…だね?」

キバットの言葉に従ってキバDF(ドッガフォーム)はベルトからガルル、バッシャー、シルフィーと残りの四魔騎士(アームズモンスター)達を呼び出すための三つのフエッスルを取り出す。

『山岸さん…少しだけ無茶する…。』

『無茶って、大丈夫なんですか!?』

『…多分…。でも、無茶をしないと…残念ながら勝てそうに無いしね!』

通信を通じて風花とそんな会話を交わすとキバットに残る三つのフエッスルを順番に加えさせる。

「オッシャー、ガルルセイバー!」

先ずはガルルセイバー、

「バッシャーマグナム!!」

続いてバッシャーマグナム、

「最後だ! シルフィーアロー!!!」

 最後に吹き鳴らすのはシルフィーアロー。父である渡の代では三人だった魔騎士達(アームズモンスター)の力が四つとなって奏夜だけのキバの力となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャッスルドラン内…

~~~~~♪ ~~~~~♪♪ ~~~~~~♪♪♪

「あれ? これって?」

「オレ達もか。」

鳴り響くフエッスルの音色を聞くとそう言って立ち上がるラモンと次狼の二人。だが…

「うふふ…前回に続いて早速の二回目の呼び出し…光栄です、奏夜様ぁ~!!!」

幸せ全開と言った様子で不思議な踊りを踊っているシルフィーの事を意図的に無視しつつ、次狼とラモンは本来の姿ガルルとバッシャーに戻り、彫像の姿に変わるとキバの元へと飛んで行く。

「はっ! こんな事をしている場合では!? 奏夜様、ただいま参ります。」

正気に戻ると一礼と共に彫像態へと変わりシルフィーもまたキバの元へと飛翔する。

キメラファンガイアタイプの光弾から守る様にキバDF(ドッガフォーム)の前に出現したガルル、バッシャー、シルフィーのペルソナカードが現われ、それが砕けて出現した三つの彫像がキメラファンガイアタイプの光弾を弾き、三つの彫像はキバの中へと消えていく。

「オォォォォォォオ!!!」

その瞬間、ドッガフォームの両腕が変わる。ドッガフォームの強力を与えていた物から左腕が青いガルルフォームの物に、右腕が緑のバッシャーフォームの物へと変わる。そして、新たに背中に緑色のマントが、腰に新たな装甲が追加される。そして、最後に頭部の仮面がキバフォームのものへと戻り、変身は完了する。

これこそが、奏夜、キバット、ガルル、バッシャー、ドッガ、シルフィーの六つの力を一つに終結した、今の時点での彼にとっての最強のフォーム『仮面ライダーキバ・ドガバシキバフォーム』。奏夜やキバット、四魔騎士(アームズモンスター)達の負担は大きい物になるが、それでもその力は単独で扱うよりも大きい物になる。

もっとも、父の代ではシルフィーが加わっていなかったので、この姿は『ドガバキフォーム』と言うべき姿と名前だったのだが…。

―ミリオンショット―

キバDGBSF(ドガバシキバフォーム)に対して先ほどよりも破壊力の増した光弾を放つキメラファンガイアタイプだが、キバDGBSF(ドガバシキバフォーム)は…。

「無駄だよ。」

そう呟いてキメラファンガイアタイプの放った光弾を避け、キメラファンガイアタイプへと向かって走り出す。

「ッ!?」

それに対して慌てる様に光弾の数を増やし、キバDGBSF(ドガバシキバフォーム)の逃げ場を塞ぐが、一発一発の破壊力が落ちた事を幸いに、歩みを止める事無く自分に直撃しそうな物だけをバッシャーマグナムで迎撃しつつキメラファンガイアタイプへと近づきガルルセイバーで切り裂く。

「!?!?!?」

シルフィーフォームの持っていた感知能力と、ガルルフォームのスピード…その二つを持って避けられない攻撃は無い。回転する様に大鎌の斬撃を避けながらガルルセイバーで切りつけ、バッシャーマグナムを放つ。

「ふん!!!」

そして、背後に回りこむとドッガハンマーを取り出して背中に叩きつける。

「!?」

キメラファンガイアタイプは吹き飛ばされた事を良い事に、そのまま防空壕の奥へと逃げ出していく。

『敵ファンガイアタイプ、逃げ出しました!』

「なに!? 逃がす訳には行かない、追うぞ!」

「明彦、動けるのか?」

「ああ、何とかな。」

風花の報告に回復した明彦が立ち上がって追おうとするが、そんな彼等の間を一台の金色のバイクが疾走して行く。

「っ!?」

「何、今の?」

「バイクでしたが、誰も乗っていませんでした。」

無人で疾走するそのバイク…マシンキバーとブロンの合体したブロンブースターへと飛び乗ってキバDGBSF(ドガバシキバフォーム)は逃げ出したキメラファンガイアタイプを追跡する。

「逃がさないよ…。」

シルフィーアローを取り出しブロンブースターを走らせながら前方を逃げるキメラファンガイアタイプとの距離を詰めながらシルフィーアローに紅い光の矢を出現させそれを放ち、キメラファンガイアタイプの足を止める。

「トドメだ!!!」

「行くぜ、ウェイク! アップ!!!」

キバDGBSF(ドガバシキバフォーム)がブロンブースターの上に立ち、ウェイックアップフエッスルを吹き鳴らしながら飛びまわるキバットがキバが振り上げた右足へと触れた瞬間、蝙蝠の翼を象った門『ヘルズゲート』が開放される。

そのままブロンブースターをカタパルトの様に利用してヘルズゲートの開いた右足を前へと向けて一直線にキメラファンガイアタイプへと打ち出される。

「っ!?」

『DARKNESS MOON BREAK!!!』

キバDGBSF(ドガバシキバフォーム)が放った必殺キック『ダークネスムーンブレイク』が叩きつけられた瞬間、キメラファンガイアタイプの全身に皹が入り、

「ふっ!」

左足で蹴ってキメラファンガイアタイプからキバDGBSF(ドガバシキバフォーム)が離れると、キバの紋が浮び上がりキメラファンガイアタイプはそのまま爆散する。

『敵シャドウの反応、消滅しました。』

元の場所で風花の報告を聞きS.E.E.Sの面々が臨戦態勢を解く。

「今回は…キバの助けがなかったら、本当に危なかったな。」

「で、でも、今までの作戦も全部…。」

「紅が居ない…それだけで私達は…。」

「あっ。」

美鶴は悔しげにそう呟く。確かに今までの作戦…大型シャドウとの戦いでは必ず奏夜の存在が有った。四月の時は兎も角、五月のモノレールは危ない所だった。六月の風花救出の時は奏夜、順平、明彦の男性陣が中心となって、七月のホテルの時は…色々と思い出したくないだろう。後始末も含めて。

「後はここから脱出するだけだが、それも幸いキバのお蔭で何とかなったな。」

「そうだな。」

そう言って扉の方へと視線を向けると、ドッガフォームのキバが此処に入る為に開いた扉が視界に入る。

「…改めて痛感したよ…私達はどれだけ紅に頼り切っていたか…と言う事に。」

「確かに。」

改めて考えてみれば、今回の一件での危機は完全に自分達の油断にあった。蘇生用のスキルは稀少では有るが、その存在は知っていたと言うのに、敵がそれを使って来ると言う可能性を完全に失念していた。

その失敗が今回は最悪の形で表になってしまったと言う事だ。

(オレ何にも役に立てて無いじゃんかよ。折角、こいつを使わせて貰ったって言うのによ。)

自身の手の中にあるイクサナックルを握り締めながら順平は悔しげにそう呟く。ジャスティスを倒したと思って油断していた結果、味方がピンチに陥ってしまった。以前にも奏夜に言われた事を思い出すと改めて自分の無力さを痛感してしまう。

「あ、あの…。」

声を掛け辛い暗い空気が漂う中、辛うじて風花が口を開くがそれでも空気は変わらない。今回の作戦は、たった一人…奏夜と言う要が消えただけでコレほどまでに自分達が無力なのだと、痛いほどに理解してしまう結果に終わった。



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第四十三夜

そのままブロンブースターを走らせてS.E.E.Sのメンバーとの関わるのを避ける様にキバフォームに戻ったキバは防空壕から離脱し、キバへの変身を解除する。

「はぁ…。」

「お疲れさん。ったく、流石に必殺技の二連発はきつかったな。」

「そうだね。それより…今月は二体の大型シャドウを倒したから、これで今まで倒した大型シャドウは八体、のこりは四体か…それに…。」

「ああ、屋久島であったマイシスターと、『奏』って奴が言ってた事が本当なら。」

「ぼく達の中に誰か犠牲者が出る可能性がある十月まで…あと二ヶ月しかない。」

屋久島で出会った並行世界の奏夜である『奏』は、十月に命を落とすのが誰なのか名前を言っていかなかった。それは伝えてはいけないのか、それとも、単純に時間が無かっただけなのかは分からないが…。

「…キバット…今回の敗因は何だと思う?」

「二体のシャドウが一体化して一体に見せてたってのも有るだろうけどな。」

「油断していたって言うのも有るだろうけど…ぼくも力さんの力だけじゃなくて、結局みんなの力を全部借りる事になったから、一番の理由は…。」

「相手も確実に強くなってるって事か?」

キバットの返事に奏夜は『そうだね』と返す。

「それにもう一つ、ストレガと名乗っていた奴らは…ぼくの正体まで知っていたし…。」

そこまで言った後、奏夜は言葉を一度だけ切ると、

「あいつ等は…まだ何か手を隠している様に思える。」

シャドウが強くなるのなら、その対策は自分達も強くなればいいと言う簡単な答えが導き出された。それに対してストレガと名乗っていた二人の少年達…。彼らがキバの事まで知っていると言う情報網とまだ隠している手札の存在を考えると、寧ろ強大な敵よりも其方の方に恐ろしさを感じてしまう。

「確かにあいつらの事は、大型シャドウ以上に注意しといた方が良いだろうな。」

「そうだね。…誰かが命を落とす未来…それの原因になるのは、彼らかもしれないしね。」

屋久島旅行の時に出会った並行世界の奏夜である少女『奏』から告げられた言葉を思い出し、ストレガと名乗る少年達へと警戒を露にする。

「しっかし、少しは強くなった様だけどな~。あれじゃ、まだまだ危なっかしいぜ。やっぱり、お前が抜けた穴は大きいって事だな。」

「そうだね。ぼくの役回りは……自慢じゃないけど、前線、支援、サポートから回復まで何でもこなせる万能型だからね。それが抜けたのは大きいか。」

攻撃魔法による支援は奏夜が知る限りでは全員(奏夜離脱後に仲間になったアイギスは除外)に可能だが、敵の弱点と一致しなければ無意味なだけではなく危険だろう。

その点では、どんな相手にも対応可能な奏夜の役回りは大きく、S.E.E.Sの他のメンバー達もそんな万能性を持った奏夜を中心として戦う事が前提となってしまっている。

「…考えても仕方ないか…。それにしても…。」

奏夜はゆっくりと空に浮かぶ禍々しい影時間の満月を見上げる。

「“ストレガ”…ぼく達以外の…ペルソナ使いか…。……キバット。」

「おう。」

「今後に対する対策を立てる為にも…今週中にS.E.E.Sに復帰した方が良さそうだね。」

「そうだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャッスルドランの奏夜の寝室…

明日から寮に戻る事を告げた奏夜は、屋久島の研究所に居たタツロットについての報告をシルフィーから受けた後、影時間に入る前に眠ったのだが…

「やあ。」

「や、そろそろ来ると思ってたよ。」

「ったく、またお前かよ。」

寝室の中に姿を現した少年・ファルロスの言葉に対して、奏夜とキバットはそれぞれそんな言葉を返す。

「また少し思い出したんだ。」

そんな言葉からファルロスの言葉は始まる。彼の存在に対して警戒していたキバットも口を噤んで奏夜の肩にとまって黙り込む。

「“終わり”は最初から決まっていた事みたいにやって来るんだ。大勢の人達に望まれてね。“終わり”を望むなんて、変な話だよね。」

「さあ、それはどうかな?」

ファルロスの言葉に奏夜はそんな形で口を挟む。

「少なくても、望んでも望まなくても、“終わり”は必ずやってくる物だと思うよ。」

「へぇ?」

「ワンセットだからね…この本みたいに、始まりと終わりは。」

奏夜はそう言って取り出した一冊の本を見せる。そして、表紙を表紙と裏表紙を一つに合わせる。

「終わりが無くちゃ…こんな風に無限に同じ事を繰り返すだけだからね。」

「ふふふ…確かにそうだね。」

「だけど…ぼくは気に入らない“終わり”なんて、無理矢理にでも先延ばしにさせたいと思うけどね…。」

そう言った後、奏夜は取り出した本を元の場所に戻すと、

「ぼくには…『表紙(始まり)』と『|裏表紙《終わり)』は当価値だ。どちらも自分では選べない…。ぼくにとって一番価値があるのは…本の様に『ページ(過程)』だよ。」

「ふふ…そう言うのも面白い考えだよね。でも…ま、大勢の人は全てを終わりにして楽になりたかったりするのかもね。でも、君はそんな事は認めないんでしょう?」

「当然だよ。そんな終わりはごめんだし、例え百人が賛成しても…ぼく一人だけでも反対意見を押し通すだけだ。そんな多数決に付き合う気は無いよ。」

「君らしい…って言うより、変わってきたと言うべきかな。……でも、気をつけてね。試練もあと少しだよ。」

そう言って姿を消していくファルロスを見送りながら、奏夜はゆっくりと手を広げる。

…改めて聞いて、屋久島で『黒いキバ(キバ・デスフォーム)』になった時に微かに聞こえた声と、ファルロスの声が似ている。そう思ってしまう。

いや、似ているのは声だけなのではない…魔術師の大型シャドウの時、屋久島のデスフォームへの変身の時、あの時に感じとった『黒衣の死神』の気配…それに近いものがファルロスからは感じられるのだ。

奏夜がS.E.E.Sへの復帰を決めた翌日の8月9日、その日の昼『はがくれ』と言うラーメン屋の前で二人の少年…荒垣と明彦が会話をしていた。

「…ったく! しつけぇなテメェも。また連れ戻そうってんなら、話すことはねぇ。」

「今回はそんなんじゃない。昔話でもしようか…とな。」

「あ?」

明彦は荒垣へとそう会話を始める。

「お前とも長いな。孤児院で顔を合わせてから、もう14年か…。あの頃は美紀と三人で、“時間”なんて気にせず走り回ってたな。」

「思い出話とは…らしくねぇな、普段のテメェは馬鹿みてぇに前しか見てねえ。」

そこで一度言葉を切ると、

「……何が言いたい?」

そう問う。

「…。…俺だってそれくらいするさ。お前にはな。」

そう、確かに『真田明彦』と言う人物の事を知っていれば、昔の話をするのは『らしくない』と思うだろう。だが、明彦の言葉からは、彼と荒垣の二人の間に有る絆が『特別』で有ると感じさせる。

そう、昔話をするのに理由が有ったとしても。

「…天田が俺達の仲間に入った。」

そして、明彦は…その理由…本題を荒垣へと告げる。

その瞬間、荒垣の顔色が変わる。その表情には明らかに同様の色が浮かんでいた。

「幾月さんが“適正”を認めた。今のあいつは“ペルソナ使い”だ。」

「………。…そうか。」

僅かな沈黙の後、荒垣は明彦の言葉にそう答える。

「一つだけ聞かせてくれ。仲間になったてのは、アイツの意思か?」

「ああ…自ら志願してきた。」

そう告げた明彦は話の中に出てきた人物…『天田(あまだ) (けん)』と言う少年が始めて寮に現れた時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、まだ奏夜がS.E.E.Sから離脱していた時の7月28日、

「復讐依頼サイト?」

ゆかり、順平、風花の三人が揃っている寮の二階の休憩所で、ゆかりの口からそんな言葉が出る。

…僅か数人だけの寮で二階と三階には自動販売機が設置された休憩所まで用意されている。学生寮と言うよりもどう考えても、ちょっとしたホテルと呼ぶべきであろう建物だ。

「なんか最近、ネットで噂になっててね。そこのサイトに個人情報とか書き込むと、復讐してくれるんだと。なんと、『成功率100%』。しかも依頼したこと絶対バレ無いんだってよ。」

「ふーん。怪談話の時もあんた、そんなこと言ってたよね。ネットとかばっかしてないで、少しは宿題でもしたら。夏休みなんてすぐ終わっちゃうんだから。」

さて、ここでゆかりは大事な事を忘れている。一人だけ、順平以上にその言葉に当てはまってしまう人物が居る事を…。

「どーせ、あたしなんて…。」

「あ、風花はいいの。紅君と一緒で勉強できるから。」

暗い顔をして落ち込んでいる風花に対して、ゆかりが必死にフォローを入れる。風花は実際順平以上にネットを利用しているのだから、それは無理も無い反応だろう。

「なんだよ、つまんねーの。また怖がるかと思ったのに。」

「………あんたの名前でも書き込もうかしら。」

「うわ、ヒデ!!!」

『盛り上がってるところ、悪いけど……。』

三人の会話がそんな盛り上がりを見せていた時、下の階から昇ってきた幾月が声をかける。

「話があるんで、ちょっと集まってもらえるかな?」

幾月に集められたS.E.E.Sの面々の前には一人の少年…小学生位の年齢の少年が居た。

「えー、この夏休みの間、預かる事になった、天田少年だ。」

「どうも、『天田(あまだ) (けん)』です。」

幾月に紹介された彼、天田乾はそう自己紹介をする。

「彼はちょっと事情があって、休みの間も帰省しなくてね。初等科の寮に一人で居たんじゃ寂しいだろ?」

そう言って幾月は乾へと向き直り、

「この寮に居るのは此処に居る彼らと……今はちょっと帰省している紅奏夜くんだ。帰ってきたら、紅君には改めて自己紹介してくれるかな?」

幾月の言葉に『はい』と答えると乾は自分の事情を語り始める。

「元々母さんと二人だけだったんですけど、事故に有ってしまって…。一昨年の事です。まぁ…そう言う訳で、これからお世話になります。よろしくお願いします。」

『…………。』

乾の深刻すぎる言葉に沈黙が流れてしまう。…当然だろう…何人かは…両親が居ないのは此処に居ない奏夜や孤児院に居た明彦もそうだが、それでも十分過ぎるほどに彼の事情は重過ぎる。

乾はそれに気付き、

「暗い顔しないでくださいよ。もう過ぎた事です。あ、さっき話してた復讐依頼サイトの話、僕も知ってますよ。」

もしこの場に奏夜が居たら、どんな心の音楽を彼の心から聞いていたのだろうか…?

そう言って話題を変えた彼の表情は…

「復讐だなんて、怖いですよね。」

仮面の様に…いや、キバやイクサを知っている者にとっては………

仮面の方が表情豊かに感じられるほどに無表情だった。

その夜、四階の司令室…S.E.E.Sの首脳陣…上級生二人と幾月の三人が集まっていた。

「俺は反対だ!!!」

その中で明彦はそう叫ぶ。

「この寮に入れるって事は!!!」

そう、この寮に入寮する者の条件はただ一つ…シャドウと戦える、影時間の中で自由に動ける、ペルソナを持った者。戦う力を持つ者と言う事だ。

「ああ。彼にも“適正”がある。ペルソナ使いだよ。それは彼自身も理解してくれた上での話しだ。真田くん、紅くんを欠いた今の我々は、少しでも多くの戦力が欲しいのだよ。」

「分かっている…。しかし、まだ小学生だ! それに、あいつは…。」

「すまない、明彦。」

それ以上明彦が言葉を続ける前に美鶴がそう言って頭を下げる。それに対して納得の行かないと言う表情を浮かべながら、

「クソッ!!!」

そう言い捨てて部屋を出て行った。

彼自身理解しているのだろう。奏夜が欠けた事での戦力不足の大きさを。だが、もう一つ特別な理由があるにしろ、小学生と言う幼い子供を戦わせると言うのは、彼自身納得行かないものがある。

奏夜の変身したイクサの姿…それを見た時から、明彦の目にはその先に何故か幻視したのだ、もう一人のイクサの姿を。そのイクサの背中に追いつきたい…本人も気付かない内に、何時からかそう思うようになっていた。

まるで今の乾を戦わせては、永遠にその背中に追いつけないのだと、彼の心が警鐘を鳴らしている。

だが、それと同時に理解しているのだろう。…乾が戦う力を求めた理由を…。

明彦の意識が回想の中から戻ってくる。

「…そうか。なら、傍にいねえとな。」

荒垣もまた乾が戦う理由を知っているのだろう。その言葉の意味は…

その日の夜。

「あれ、荒垣さん?」

ヴァイオリンの入ったケースと着替えを持った奏夜が寮の前で偶然にも荒垣と出会う。

「お前、紅…だったか? どうしたんだ、荷物なんて持って?」

「ええ、ちょっと…帰省してたんで…実家まで。」

「良いのかよ、ここは…。」

「…ちょっと、皆とは距離を置いて、気持ちの整理を着けたい事があって…。」

「そうか。」

そう言って荒垣は奏夜に対してそれ以上追及はしなかった。

「ペルソナが使えない!?」

「あ…いや。」

風花の叫び声に対してゆかりは戸惑った様子で言葉を続ける。

「出せなくなった訳じゃないの。…ただ、あの時から、前みたく、うまく力が出せないって言うか…。」

「まだ力に目覚めて間もない。仕方ないさ。」

ゆかりの言葉に答える様に美鶴が言葉を続けていく。

「それにあのストレガ…タカヤと言う奴のペルソナに、この私も畏怖の念の様な物を感じた。もしかしたら、それが奴のペルソナ能力なのかもしれない。」

(……ただ私が迷ってるだけかもね。)

(今…オレもペルソナ召喚できるのか? それに召喚できたとしても。)

美鶴の言葉に対しても不安を払拭できずにいる経験不足のゆかりと順平。

「そんな、暗くならないで下さいよ。」

そんな二人を気遣ってか乾が言葉を発する。

「僕なんてまだタルタロス探索を始めたばかりで、ペルソナもうまく使えませんから。」

「そんな余計な気遣いは…もっと実戦経験を積んでから言うもんだぜ。」

「そう言う事、先輩に気遣いをする前に、もっと強くなってからの方が良いよ。」

乾の言葉を遮る様に奏夜と荒垣の二人の声が響く。

「小学生のガキが。」

「まだ小学生なんだからね。」

そこには、この寮に帰還したS.E.E.Sのメンバーの二人、奏夜と荒垣の姿があった。

「荒垣、紅!!!」

「美鶴、俺の部屋ぁ、まだ空いてんのか?」

「ああ…当時のままだ。」

荒垣の言葉に答える美鶴の言葉はどこか喜色が篭っていた。

「ったく、掃除くらいはしてるんだろうな。」

「それじゃあ、桐条先輩。」

「ああ、今からリーダーの役目は紅、もう一度お前に一任する。」

奏夜は彼女の言葉に『はい』と一言だけ答えた。

「それじゃあ、ぼくが居ない間に増えた人や荒垣さんの実力も確認しておきたいから、次のタルタロス探索のメンバーはぼくと新しく加わった人全員…一応、岳羽さんと真田先輩、順平には山岸さんの護衛に残って貰うとして、桐条先輩、念の為に五人で…。」

「分かった。」

「ああ。」

奏夜の言葉に頷く美鶴と、僅かに不満げな表情を浮かべる明彦。

「…あなたは。依然此処から“逃げた”って聞いてます。そんな人にどうこう言われたくないですね…。」

「口だけは一人前じゃねぇか。」

「そう言う事は実力を示してから言うもんだよ。」

彼を嗜める様に言って奏夜は、乾の頭をポンポンと撫でて手を振りながら階段を上っていく。

「また今日から世話んなるぜ。」

荒垣はそう言って…再び仲間へと戻った以前の仲間達へとそう言葉をつげた。



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第四十四夜

シルクハットと蝶ネクタイを着けて現れるキバット。

キバット「それは、一つの出会い…。
それが何を齎すのかは疑問だが、
それは確かに一人の少年の“成長”へと繋がる出会い。」

そう言ってキバットは一礼して帰っていく。






…今回の話のメインは一応順平です…。

ってな訳で順平編の第四十四夜、スタート。


タルタロス内…

ミノタウロスの様な姿と巨体を持ったシャドウを荒垣の振るう斧が一閃する。

「…凄い…。」

その光景を見て奏夜は思わずそう呟いてしまう。

「体は鈍ってないみたいだな。」

「フン…まだ本調子じゃねぇ。」

美鶴からの推薦で交代した明彦の言葉に荒垣はそう答える。

「コイツは昔から、こと戦いに関しては天才的でな。オレがボクシングを始めたのも、コイツに勝ちたかったのも理由の一つだからな。」

「言ってろよ。」

奏夜へと告げた明彦の言葉に荒垣はそんな言葉で返すと、後ろにいる動けずに居た身の丈よりも長い槍を持った乾の姿に気付く。

「どうした? もう、バテたのか?」

「う…うるさいな。」

「……そうかい。」

「まあ、今日はこの階層のシャドウの能力の確認だけだから、無理はしないようにね。」

無言のまま視線を交わす二人に対して奏夜はそんな言葉を告げる。実際、今日の予定はこの回想に存在するシャドウの能力と弱点の確認の為に上っている様な物だ。

今日は上に進むのは二の次、敵の戦力の確認が最優先なのだから別に無理はする必要はない。

だが、その日は想像以上に順調に上に進む事が出来、丁度上の階層への道を塞いでいる三体の番人級の居る所で一時撤退する事になった。

8月16日…S.E.E.Sの面々は神社でやっている夏祭りに遊びに来ていた。

ベンチに腰掛けながら順平は一人その景色を眺めていた。

(なんつーか…夏休みももう終わっちまうんだな。…ま、特にこれと言ってやることもねーんだけど。結局毎日同じ事の繰り返し…。)

浴衣姿でたこ焼きを食べながら歩いているゆかりと風花、同じく浴衣姿でお面を珍しげに見ているアイギスに呆れている美鶴と、金魚すくいに連敗中の明彦。

そして…

「えーと…次狼さんに力さんにラモンさんにシルフィー姉さん…みんなで何してるの…?」

屋台でたこ焼きを売っているラモン、同じく屋台でワタアメを売っている力に、射的の屋台に居るシルフィーに、お面屋の店長な次狼と…四魔騎士(アームズモンスター)全員が、四人揃って縁日の屋台を開いている状況に思わず呆れた声を出してしまっていた。

…どう考えても無理もない事だが…。

「何って見て分からないのか?」

「バイ、ト。」

「そうそう。あっ、ぼくはそっちの金魚すくいもやってるんだ。ちょっと待って。」

そう言って明彦が絶賛連敗中の金魚すくいを指差すと、ギャラリーを含めたお客達への見本とばかりに見事な腕前で金魚を掬い上げて見せて、明彦に敗北感を強く味合わせているラモン。

「奏夜様、射的をやって行きませんか!? 少しだけサービスいたしますよ。」

「う、うん。じゃあ、一回。」

そう言って金を払ってコルクを渡されると、コルク銃に玉を積めて、的に乗っている景品に視線を向ける。

「…シル…春花姉さん…危ないから前に立たないで。」

「そ、そうでしたね、申し訳ありません。」

そう言って離れても何故か奏夜がコルク銃を構えると、その射線に飛び込もうとしている。それも何度も…。

「………次狼さん、大至急シルフィー姉さんを取り押さえてください。」

「任せろ!」

それを見て自然と次狼へと指示を出すと、それだけで全てを理解して次狼はシルフィーを抑える。

「放しなさい、次狼!!! 私は、奏夜様だけの、景品です!!! どうぞ、当てて下さい!!! 奏夜様ぁー!!!」

「奏夜ぁ!!! 今の内に全部撃ち尽くせぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

「分かったぁ!!! って、キバットォ、何してるの!!!」

「いや、オレ様も目立たない様に縁日を楽しんでるだけだぜ。」

「景品の棚で何を楽しむ気!?」

「奏夜様ぁぁぁあ!!!」

「良いから、早く撃てぇぇぇぇえ!!! おい、見てないで力も手伝え!」

「分かっ、た。」

次狼と力のコンビによる拘束も振り切って奏夜のコルク銃の斜線に立とうとしている恐ろしい執念を見せる暴走シルフィーと、そんな彼らの様子をどうコメントして良いのか分からないと言う様子の風花と呆れてみているゆかり。

カオスな射的の一軒に参加して無いラモンはラモンで金魚すくい対決を明彦と行っていて、その結果明彦に連敗記録を与えている。そして、それを見て唖然としているギャラリーに混ざって『オー』と言いながら拍手をしているアイギスと、引きつった表情を浮かべている美鶴。

キバチームを加えたS.E.E.Sの面々のその光景は正にカオスだった。

(みんな楽しそうだよな。こんな風景を守るために戦ってるのか……なんて、思えば。)

『ごめん、順平…お願いだから、春花姉さんの暴走を守らないで!!! by.奏夜』

暴走するシルフィーとそれを抑える次狼と奏夜と言う光景が目に入っていない順平はそんな夏祭りの光景に微笑を浮かべながら、

(オレってすげーカッコイイよな。)

そう思いながら、順平は神社を立ち去っていく。

(けど、オレなんの役に立ててねえじゃんかよ。)

最初は無謀な特攻で仲間を危険に晒し、モノレールの時も分断されてピンチに陥っただけ、

風花の事件の時もシャドウを倒したのは、奏夜と明彦に…キバ。

そして、仲間が増えた後は危険行為の罰で出現禁止まで言い渡された始末だ。

イクサに始めて変身した時も……大型シャドウを倒しきれずに、キバが現れなければ今頃自分達は此処には居ない。

そう、自分は『何の役にも立ってない』、『役立たず』。そんな言葉が、彼の胸へと深々と突き刺さる。

そんな事を考えながら寮への帰り道、夜の『ポートアイランド駅』の駅前を歩いていると、彼はスケッチブックに何かを描いている赤い髪の白いドレスの様な服を着た不思議な雰囲気の少女と出会った。

「よ、何やってんだ。」

―この時…どうして声なんかかけたのか―

「祭り、行かねえの?」

―一人、どこか寂しそうに絵を描く姿が、自分と重なって見えたりしたのだろうか―

「………どいて。描けないでしょ。」

「…あぁ、ワリィ。」

赤い髪の少女の言葉に従って慌てて順平はその場を退く。

「祭りに行かないで絵描いてるなんて、よっぽど好きなんだな。熱中できるモンが有るの、うらやましいぜ。あ、それなら祭りの絵描けば良いんじゃね、楽しそうじゃね?」

彼女の座っている花壇の近くに腰掛けながらそう告げるが、

「別に好きとか、そう言うのじゃない。描きたいから描いているだけよ。」

彼女からはそんな言葉が返ってくる。

「それって、好きだからじゃねえの?」

「あなたは…。」

「あっ、オレ順平ってんだ。そう呼んでくれて良いぜ?」

「順平は…無いの? 夢中になれるもの…“生きてる”って実感できるもの。」

彼女の言葉に順平は一瞬だけ呆けてしまうと、

「…ハハ、まいったな。言われてみれば、ちゃんと考えた事ねーや。」

思わず苦笑気味で彼女の言葉に答える。

「キミはやっぱ、絵、描いてる時か?」

「…どうかな。」

彼女の返事を聞きながら順平は笑みを浮かべる。

「実は一つだけあんだよね。充実してるかなって、思える時がさ。まあ、なんつーのか、“正義のヒーロー”やってる時かな?」

「…ヒーロー?」

彼女の言葉に答える様に勢いよく立ち上がりながら、

「今日と明日の間にある誰も知らない時間!」

そう言って腕を振り上げて、

「そこは選ばれた力を持つモノだけの戦場!」

その言葉に真っ先に順平の脳裏に浮かぶのは、奏夜やキバの姿だが、それを振り消すように、

「影の怪物から人々を守るため、ヒーローは今日も戦い続ける!!!」

自分の姿と、イクサとなってシャドウと戦う自分の姿…役に立てずに敗北したとは言え、たった一度だけの“ヒーロー”となった思い出の中の己の姿を思い浮かべる。

どうでも良いのだが、『奏夜=キバ』と言う公式を知らない順平が奏夜の姿を思い浮かべたのは単なる偶然だろう。

奏夜に対して嫉妬していると言う事は、同時に彼に憧れてもいるのだろう。

何度も自分達の前に現れて圧倒的な強さを見せ付けたキバの姿にも畏怖と同時に憧れを感じていたのだろう。

だからこそ、順平は奏夜とキバの姿を思い浮かべてしまっていた。

「っと。まあ、そう言う感じでさ、充実の瞬間っスよ!」

そう言って彼女の方を振り向くと、

「って、おわあぁ!!!」

思いっきり『ドクドク』と彼女の手から血が流れていた。

「その手、血ぃ出てんじゃねえかよ!!!」

「…ああ。たまに自然にこうなるのよ。」

慌てている順平とは対照的に、手から出血している当の本人である彼女は何でも無い様にそう言い切る。

「おかしいだろ! 慌てんだろ、フツー! ほら、手ぇ出せって、見てやるからさ!」

「…変な人ね。」

「どっちがだよ。」

ハンカチを取り出して手を流している手を手当てしている順平に対して、彼女はそう告げる。…どう考えても普通の人間の感覚では自然に血が流れても何一つ慌てていない彼女の方が『変』と言えるだろう。

「それよりも、さっきの話…。あなた一人で戦ってるの?」

「おいおい、真に受けんなって。」

手当てを終えた順平は彼女の問いに、さっきの話は全部冗談だとでも言う風にそう答える。当然だろう、影時間の事も、シャドウの事も、キバの事も、全て現実で起こっている事では有るが真実と言われても信じられる訳が無い事実なのだ。

順平もそれを理解している。お調子者では有るがそんな事を理解出来ないほどバカでは無い。

「誰も知らない時間の中なんでしょ?」

だが、彼女はそんな順平の話を信じている様子で、

「なら…誰も知らなくて当然じゃない。誰も知らなくて、誰も誉めてくれないのに、戦ってるんだ。」

そう、それは…

「それってカッコイイね。」

微笑みながら告げられたその言葉は、順平にとって初めて誰かから認められたと、誉められた瞬間だった。

「そう…かな。」

「その話、もっと聞きたいな。私、ここで待ってるから。」

「あ…キミ、名前は!?」

そう言って帰ろうとする彼女に、順平はそう問いかけると、

「…『チドリ』よ。」

彼女の名前が返事として帰ってきた。

それが、順平と不思議な雰囲気の少女『チドリ』との、初めての出会いだった。

それから順平はチドリとよく会っていた。

そう、それは影時間の外で順平が充実していると感じている時間かもしれない。

「最近、順平元気そうだね。勝手な事も無茶もしないで安心したかな。」

「そうだね。良かった、順平君元気そうで。」

「なーにがあったんだか。」

二年生トリオの残りの三人である奏夜、風花、ゆかりの三人が楽しそうにロビーの隣を通り過ぎていく順平の姿を見送りながらそう話していた。

(私も何時までも、悩んでばっかじゃダメだよね。)

そんな順平の姿を見ながらゆかり自身もそう決意する。

「へぇ…。…じゃあ、その怪物退治の部活動順平が入ってから負け無しなんだ。順平はチームのエースみたいなもの?」

「ま…まあな。リーダー的な役割ってとこかな。」

どう考えてもベンチに座りながら話している話の中の順平は『奏夜』です。まあ、全部嘘と言う訳ではないが。

確かに…順平が入ってから負け無しだろう。奏夜もほぼ同時期で入ったし。

「とりあえず、オレが居ないとはじまんない感じ。作戦が始まったら、みんなオレの指示で動くし、特に強い奴が出てきたらオレが秘密兵器を使って、スバっと先頭に立って倒すんだ。」

『こんな感じ』と言ってイクサに変身する時の仕草をしてみせる。

「結構大変なんだよな、リーダーってのも。なんたって、仲間全員の命を背負ってるんだからな。」

実は詳しく聞かれても良い様に奏夜から話を聞いて予習済みだったりする。リーダーの立場に憧れていると言う事は知っているから、奏夜も快く教えてくれたのだが…。

「…そっか。」

「……ああ。」

チドリの返事に顔色が悪くなる。当然だろう…この話は明らかに奏夜の立場を自分と入れ替えた嘘である為、何処でボロが出るか分からないのだし。

風が吹いて木々がざわめくと、ふわりとドレスの様な服を翻しながら立ち上がり順平へと向き直り、

「ありがとう順平、楽しかった……。」

月の光に照らされながら微笑を浮かべて、

「また明日…満月の夜に(・・・・・)会おうね。」

どこか意味深な言葉と共にチドリは順平へと、その日の別れを告げた。



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第四十五夜

奏夜がS.E.E.Sに復帰した次の日まで一度遡る。

奏夜は部屋に戻ってから直ぐに眠っていた。まだ寝床を戻していない為にキバットはキャッスルドランに居て貰っているので部屋の中には奏夜一人だけだ。

学校も無い休日の朝…そろそろ起きようと思っても、心地よい眠気についつい負けてしまい再び眠りの中に落ちようとしていた。

「……じ…ふん、…きしょう……であ……」

眠りに落ちようとしている奏夜の耳に誰かの声が聞こえてくる。だが、部屋の中にはキバットは居らず、此処はキャッスルドランの中で無いのでシルフィーが起こしに来る訳でもない。

「奏夜さん、起きてほしいのであります。」

先ほどは距離があったが、今度は間近で聞こえてくる。誰かは分からないが、少なくとも起こそうとしている以上は敵ではないのだろう。そんな妙な考えが浮かぶ中で、自分の部屋の中に自分以外の人間が居るのは可笑しいと気付くと、一瞬で眠気が吹き飛んだ。

「ッ!?」

「意識の覚醒を確認。任務完了でありますね。」

「…えーと…君は確か、『アイギス』だっけ? 何で此処に?」

慌てて飛び起きると部屋の中に居る自分以外の相手であるアイギスの存在を確認できた。…普段から気を張っている訳ではなく、まして睡眠中は流石に隙が出来るのも事実だが、此処まで近づかれるまで気付かれなかったと言うのは流石に色々と拙い気がする奏夜だった。

(…ぼくもまだまだ…なのかな?)

流石に渡も音也も気付かなかった可能性が高いが、『父さんやお爺ちゃんなら気付いただろうな』と言う考えが頭に浮かんでしまう。

何時もの事だが、部屋の鍵はかけた覚えは無かったが、それはアイギスが此処に居る理由にはならない。そもそも聞いた話ではアイギスにもちゃんと部屋が用意されていたはずなのだし…。

その疑問に答えを出してくれたのは、新たに奏夜の部屋を訪れた人間だった。

「あ、あのー、岳羽ですけど、紅くん起きてる? 実はアイギスが居なくなっちゃって……。」

ノックの音が聞こえて扉の向こうからゆかりの声が響く。

「あ、岳羽さん。アイギスなら…。」

「アイギスならここにおります。」

奏夜が返事をする前にアイギスが答えて、ドアを開ける。

「アイギス!? なんでここに!?」

「奏夜さんの起床を定刻通りに促す為であります。」

「え、鍵は……?」

「開いていたのであります。必要があれば開錠する予定でしたが……。」

本気で寝る前には毎日に施錠を心がけようと思っていた奏夜だったが、アイギスはたとえ鍵を閉めていても入ってくるつもりだったらしい。そんなアイギスに対してゆかりは呆れた顔を見せる。

「モロ不法侵入じゃん……。」

「ところで、私の待機場所は、今日から此処にしようと思うのですが。」

「「はい?」」

突然話題を振ってくるアイギスに今まで傍観を決め込んでいた奏夜もゆかりと声をそろえて聞き返してしまう。

「そうすればいざと言う時に、適切な対処ができるのであります。問題点があれば、対処しますが?」

「……問題点有りまくりだっつの!」

「有り過ぎるよ、問題点!!!」

思わず声を揃えて突っ込みを入れる。

(対処って何!? 寝首でも掻く気!? いやいやいや、ぼくがキバだって知らないはずだし!?)

表面的には比較的冷静さを保っているが、内心では大いに慌てている。

「奏夜さん、心拍数が上がっていますがどうされたのでありますか?」

「ちょっと、紅くん、何考えてるよ?」

流石に表面的は平静を保てていても内側では混乱していたようだ。心拍数の上昇をアイギスに気付かれ、同時にゆかりには変な誤解を生んでしまった。

「いや、別に、何も…。それより、アイギスが此処で生活するには問題があるよね!」

「そうだった!」

慌てて話題を変える。多少強引だったが、話題を変えるのには成功したようだ。

「どの辺りに問題があるのでしょうか?」

「えっと、多分寮則に違反してるはず……。」

「全文を既にスキャンしましたが、機械の設置を禁止した条項は発見できなかったのであります。」

((そ、それはそうだけど…。))

アイギスの言葉に思わずそう思ってしまう。その辺は自分の事を『機械』と認識している彼女と、彼女の事を『女の子』と見ている二人の認識の違いなのだろう。

何より常識的に問題が有る。

「え、あ……っと、とにかくダメだったら! 貴女見た目は女の子なんだから! ちゃんと部屋用意してあるから、そっち行って……。」

「命令であれば従うのであります。」

そう言ってアイギスは外に出て行く。

「はぁ…なんか疲れた。」

「…同感…。それと、ご苦労様。」

ゆかりの呟きに同意して、同情をこめてそう労わる。心底、部屋にキバットが居なくて良かったと思わずにはいられなかった。

さて、朝はそんなゴタゴタが起こってしまったが、その日奏夜は風花を誘って出かけていた。

「紅くんも桐条先輩もこんな状況でも学年一位なんてホント凄いよね。」

「んー…桐条先輩は兎も角、ぼくは運が良かっただけだよ。点数自体は前よりかなり落ちちゃってるし。他の人達も点数が下がってたからね…。」

前回の結果が普通に断トツ過ぎた…まさに『走り出したペンは止まらない』状態だった為、今回は点数が落ちても運良くトップをキープできたのだが…順平は今回はより成績は落ちた結果、怒った美鶴に連行されたらしいが…その後の順平に何が起こったか等は想像したくも無い。

「まあ、あの時の事を除けば何事も無かった事には安心したけどね…。」

「うん。あの時は紅くんが居なかったら、本当に危なかった…。私のせいだよね…反応が二つ有った事に気付いていたのに…これだけしか、私にできる事無いのに。」

「あ゛;」

風花の表情が曇って明らかに落ち込んでいる姿を見て、言ってはいけない事を言ってしまった事に気が付いた奏夜の顔が思いっきり青くなる。心の音楽もどう聴いても悲しげなそれを奏でている。

どう考えても『戦車』の姿をしたシャドウが、砲塔と車体が別々のシャドウであるとは風花でも認識できなかったのだろう。

確かに、今以上の解析力が有れば見破れた可能性もあるが、それは可能性の問題でしかない。

「え、えーと、山岸さん!」

「え?」

「『これだけしかできる事無い』なんて言わないでよ。少なくとも、ぼくは君の存在に助けられているんだからさ。」

「は、はい!」

奏夜の言葉に思いっきり顔を赤くしてしまうが。それでも元気にはなってくれたのだろう。声には明るさが戻っている。

「でも、桐条先輩は…優秀である事が自分の義務って考えている気がする。」

「義務?」

慌てて話題を変える。

自分が経験したことだからこそ、その感情は理解できる。奏夜も今でこそ音楽は好きだが、ヴァイオリンを弾く事を義務の様に捉えていた時期がある。兄やキバット達のお蔭でそんな考えからは抜け出した。そう話し始めていると、その事を聞いた風花が浮かべている表情にはどこか物悲しい物を感じてしまう。

(ま、また変な事を言っちゃったかな?)

「でも、自分の意思で勉強をできる様になりたいって思っているなら、それは素晴らしい事だと思うの。私は……そうじゃないから。」

「そうじゃない?」

「私は自分の意思じゃなくて、両親の意思だから。……私が医者になりたい訳じゃないから。」

部活の時に聞いたことがある。風花は両親から医者になる様に期待されていたらしく、それが両親とうまくいっていない原因らしい。寮に引っ越してくるのに何の抵抗も無かったのも、それに関係している。

「山岸さん…。」

「…だから、桐条先輩は影時間が解決できるなら、本当に何でもすると思うの。例え人に恨まれる事でも。それで自分が罪悪感に苛まれても、周りの人からどれだけ恨まれても、当然の罰として。」

「…それに巻き込まれるのは勘弁して欲しいんだけどね…。」

思わず言ってしまう。結果的に『奏』の時にはその結果、魔騎士達の中に犠牲が出てしまったのだ。

…それはどんな理由があっても、奏夜には許せる事ではない…。きっと同じ事が起これば…奏夜は…美鶴を…。

―殺してしまうかもしれない―

だが、彼女の使命感がそうさせる。彼女の意思がそれを強いる。

「所で、新しく入った…天田くんの事だけど…。」

「うん。」

天田乾が入寮した時の事を聞くと、一つの考えが浮かんでくる。

「…幾月さんが強引にやっているのか…?」

「く、紅くん?」

思考の中に沈んで表情を鋭くしていた奏夜の名を、怯えた響きを含んだ声で風花が呼ぶ。彼女の声を聴いた瞬間、奏夜は表情の険しさを消して微笑を浮かべる。

「山岸さん…桐条先輩から貰ったって言うパスワード…まだ持っているよね?」

以前から考えていた事、危険な事に巻き込みたくは無いが、それでも…その為の能力が無い以上は、それが出来る彼女の能力に今は頼るしかない。

「う、うん、まだ持っているけど…。」

「…断ってくれても良い…。君に一つだけ頼みがある。」

「頼み?」

「桐条グループの研究所…そこの記録にある情報…アイギスについてと、十年前の爆発事故について調べて欲しい。ただし、二つだけ守って欲しい。一つは調べるのは寮ではなくて、休日か放課後に…ぼくが指定した場所だけで。そして、その事は岳羽さんには黙っていて欲しいんだ。」

「ふえっ、アイギスの事を調べるのは構わないけど、十年前の事故は…。それに、紅くんの指定した場所でだけって…。」

「…屋久島から帰った後にコンタクトを取っていた人が居るんだ。…その人も十年前の…父さんの死や爆発事故の事を調べている。それに…岳羽さんに知らせないで欲しいって言うのは…。」

「うん、そうだね。…ゆかりちゃんには辛い内容かもしれないもんね。」

ゆかりには信じろとは言ったが、奏夜としては調べる必要がある。なにより、

「あの時に見たビデオ…あれには何処か違和感を感じたんだ。」

「違和感?」

そう、あのビデオからは正体不明の違和感を感じた。…特に一瞬だけだったが最後に現れた『キバ』が登場するタイミングと位置関係…。

父やゆかりの事を心配する事から生まれた願望と言う可能性も捨てきれないが、それでもその違和感を調べる価値は十二分に存在しているだろう。

「あの…紅くんの指定した場所ってあのお城の…。」

「いや、残念だけどキャッスルドランじゃない。それはこれから向こうに連絡する。…悪い事に協力者も含めて戦士と『元』戦士だけだしね…ぼくもだけど、山岸さんの様な事は出来ないんだよね。」

苦笑を浮かべながら奏夜は携帯電話を取り出して一人の人物の電話番号を呼び出す。彼は、

「えっと、その人ってどんな人なの…かな?」

「…二人とも父さんの戦友で…父さんの時代の『イクサ』だった人と、その開発者の孫である女性…。『名護 啓介』さんとその奥さんの旧姓『麻生 恵』さんだよ。」

そう、母方の叔父の情報網で調べて貰ったのだ。…父の事を調べる上で協力者となってくれそうな人物…かつての父の仲間達の事を。彼等の使っている劣化コピーとは違う“本物”のイクサと最も関わりの深い二人だ。

「頼める?」

奏夜の言葉に頷いてくれる風花に奏夜は改めて礼を言った。

「それにしても、天田くん…だっけ? 彼は…。」

「うん、随分大人びた子だよね。」

可愛げがないと言えるかも知れないが、荒垣への態度を除けばあんな風にしっかりした小学生も珍しい。

だが、明彦を見つめる目だけは年相応に輝いていた。

「真田先輩のボクシングの無敗伝説、小等部にも届いてるんだって。やっぱり男の子ってそう言うのに憧れるのかな?」

「あはは…なんだか分かる気はするけどね。でも、真田先輩って子供の相手は苦手そうだしね。」

苦笑を浮かべてそう言った時、風花から視線を外しつつ、

(…確かに真田先輩の時だけは『憧れ』の音色が聞こえた。…けど…普段の彼の心の奏で居た音楽は…。)

そう、奏夜が聴いた彼の心の奏で居る音楽の音色は、彼の心の叫びは、

『復讐』の音色だった。

「そうかもね」

ただ、そんな本心は風花に感じさせず奏夜は苦笑を浮かべてそう答える。

「…山岸さんも気をつけた方が良いかも知れないよ」

「え?」

「…幾月さんが彼女に協力しているだけかもしれない…。でも」

そう言った後、奏夜は一度だけ呼吸を整えて、

「幾月さんと桐条先輩…其処にどんな訳かは分からないけど…『人を利用している』。他人を利用している人間は、結局人を道具として見ている…自覚が有るか無いかは分からないけどね」

「う、うん」

「だからこそ、理由が有れば…人を利用している人間は、人を切り捨てる事にも躊躇は無い」

『切り捨てられない為に信用しすぎるな』と一言だけ言い切る。

「ごめん、折角の休みなのに重い話ばっかりしちゃって…」

「ふえっ、う、ううん、気にしなくても…」

「それじゃあ、重い話はこの辺にして何処か遊びにでも行こうか、協力してくれたお礼も有るしね」

「うん」

こうして、奏夜と風花の休日は幕を開けるのでした。

…次回は場面は変わるかもしれませんが…。



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第四十六夜

「そうか…。」

風花へのお礼も兼ねたデート(奏夜に自覚無し)の後、風花を寮に送った後一度奏夜はキャッスルドランに来ていた。名護夫妻には『先輩』を通じて『叔父』のルートで連絡して貰う様に頼んだ。次の満月の後にでも会う事が出来るだろう。

とうでも良い事なのだが、本人にデートと言う自覚が無いのはある意味に於いては良い事なのかも知れない。だって、紅家って初恋の相手とは必ずと言って良いほど別れているのだし。

特に奏夜の父である紅渡氏の場合は…初恋の相手が兄の婚約者だった上に最後は死に別れたと言う悲劇の恋だったりする。

閑話休題(それはさておき)

奏夜はキャッスルドランにシルフィーに治療を頼んでいたタツロットの様子を見に来た訳だ。

「はい。順調にタツロット様は回復に向かっています。近日中は無理ですが、間も無く意識が回復されると思います。」

「ありがとう。」

「身に余る光栄です、奏夜様。」

奏夜の労いの言葉にシルフィーはそう言って一礼する事で答える。

「あまり無理はさせたくないけど…次の大型シャドウ戦には無理でも、次の月の大型シャドウ戦までには回復して貰えればいいんだけどね…。」

「奏夜様、タツロット様の事は、私は最善を尽くします。」

「うん、ありがとう…。ぼくがその力を使う資格や、扱えるだけかどうかは判らないけど…これからの戦いには必ず本当のキバの力を使う必要が有る時が来る。だから、頼んだよ、シルフィー。」

「はい。」

奏夜の決意の篭った言葉にシルフィーは一礼して答える。

奏夜には今後の戦いで、絶対に黄金のキバの力を使うべき時が来ると言う確証こそ無いが確信があった。直感ではあるが。

『黄金のキバ』、キバの鎧の持つ本来の力…それは自分よりも兄の方が相応しいだろうとも思うが、それでも今シャドウと戦える者の中でキバの力を扱えるのは自分だけだ。迷っている余裕など無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん…の、バカ!!!」

ゆかりがそう叫ぶ。時は9月5日土曜日の満月の日、ポロニアンモールの噴水の前にS.E.E.Sの面々が順平を除いて集まっていた。

奏夜達が装備や治療薬の購入に利用しているショッピングモール、そこが奏夜達の九月の大型シャドウ戦の舞台となる場所だった。

なのだが…。

「どこほっつき歩いてんのよ!!! 今日が満月だって分かってるの!?」

「…少なくとも、空を見上げれば分かりそうなんだけどね…。」

奏夜もゆかりと並んで頭を抱えて溜息を吐いてしまう。何時もなら無駄に張り切っている順平が何故か今夜に限って集合場所に現れなかった。特に最近の様子を見る限りではやる気に溢れているので安心していたのだが…。

「…順平、本当にどうしたんだろう…?」

『順平くん…紅くん、順平くんをルキアで探してみましょうか?』

「いや…今はシャドウを確認するのが先決だ。どうだ、山岸?」

奏夜が返事をする前に美鶴がそう告げる。風花は美鶴の言葉を聞き奏夜の方を見ると、

「そうだね、今は順平を探すよりもシャドウの方を優先しよう。」

『…はい……けど。こんなに近くに来てるのに…ここにいるって分かっているのに…。』

(…山岸さんのペルソナ能力でも完全に探れないか…。やっぱり、シャドウの力が上がっているって事かな?)

風花の言葉を聞きながら奏夜は自分の中のペルソナを四魔騎士(アームズモンスター)のペルソナの一つ・シルフィーに変えるが、それでも探れたのは薄っすらとしたシャドウの気配を“地下”からだ…。

『見つけられない…………どうして?』

「仕方ない…手分けして探すぞ! モールは広い、影時間が開ける前に何としても目標を発見して叩く!」

ルキアが消えて崩れ落ちる風花を一瞥して美鶴が全員に指示を飛ばす。その姿は、流石はS.E.E.Sの首脳陣の一人であり、生徒会長と言った所だろう。

「紅、お前は此処に残って風花の護衛と全体の指揮を! そして、連絡が入り次第シャドウが見つかった場所に向かえ!」

「はい!」

最強戦力であり、指揮官でも有る奏夜を何処でシャドウを発見しても確実に駆けつけられる位置に配置すると同時に、風花の護衛を任せる事でモールの中央の噴水をポロニアンモールでのシャドウの探索の拠点とする訳だ。

「…これだけが。」

仲間達が、ゆかりが崩れ落ちた風花を気遣う様に視線を向けて、モール全体に散って行く中、

「山岸さん…。」

奏夜は崩れ落ちた風花を気遣う様に声をかけるが、その瞬間、彼女の心の奏でている音色を聞く。

何時もの心地良い優しい音楽とは違う音色…。それは、

(私の出来る事なのに…。)

「山岸さん…。」

不安、焦り、絶望、奏夜の声が届かないほどの負の感情が渦巻いている、

(私の役目なのに…。)

そんな負のメロディー。

「山岸さん…風花さん!」

「え!?」

意を決して今までと違い強く名前を呼ぶと風花は初めて奏夜の言葉に反応した。

「焦っちゃダメだ、落ち着くんだ。きっと…君のペルソナは君の意思に答えてくれるから。一人で悩んで居ちゃダメだ、ぼくも君の力になる。」

「う、うん。」

奏夜の言葉に戸惑いがちに頷くと、風花は再びルキアを召喚する。

「(紅くんの、みんなの力になりたい。だから…。)うん! ルキア…お願い!!!」

「頼む、シルフィー!」

奏夜の中から現れたシルフィーと、風花の出現させたルキアと共にシャドウの位置を探知する。

―合体魔法(ミックスレイド)!―

奏夜のペルソナの一つとしてのシルフィーはジャミングだけでなくシャドウの探知能力も持っている。

それは風花や美鶴ほどの精度は無く、範囲自体は広いが、それはシャドウが何処に居るか分かる程度だが…。範囲だけなら、シルフィーのペルソナのそれは、彼女達のそれを上回る。

シルフィーの緑の風に照らされながら、ルキアが輝きを放つ。シルフィーのペルソナが感じ取った範囲にルキアのそれが高い精度を与える。

「位置は…地下…。」

「足の下…網目…? 地下にある四角い箱の形……みたいな。」

「何処かの地下室だね…。地下に何かが有りそうな店は…。それに網目って…。」

素早くモールの中の店舗の内容を思い出し、地下に何かが有りそうな場所を思い浮かべるが、風花に負担をかけない様にシルフィーとルキアのミックスレイドの制御を行っているので、上手く思考が纏まらない。

『網目…もしかすると、地下ケーブルと関係有るかもしれません。』

モールの中の探索に散っていたアイギスからの通信が届く。周囲の情報ならやはり彼女の方が強いだろう。

『ここは島が開発中の頃は工事用電源の基地が有った場所ですので、相当量の電気ケーブルが地下に放置されたままになっている様です。』

「っ!? じゃあ…モノレールの時よりも大規模に…。」

『そうか…以前戦った戦車や電車のシャドウ同様に!』

『ケーブル全体を乗っ取ってる訳か!』

次に連絡があったのはアイギスからの通信を聞いた美鶴と明彦だ。ケーブル全体となるとその姿は巨大…そうで無かったとしても、相当のエネルギーを持っているだろう。

『そんなの、どうやって?』

考えてみれば最低でもモール全体が敵のシャドウとなっている可能性もある。その状況を創造してゆかりは絶望的な声を上げる。

「本体…何処かに本体が居るはずだ。地下室…其処に敵の本体は居るはずだ。」

ミックスレイドの制御を行いながら、自分の推測を告げる。

(四角…地下室?)

(地下室…駐車場、ゲーセン…。何処だったか、電源の調子がどうとか少し前に聞いたな。)

周囲を探索しながら乾と荒垣が与えられた情報からシャドウの本体の位置を推理している。荒垣の考えは正しいだろう、シャドウが乗っ取っている以上は影時間の外でも間違いなく、電源に影響が出る。

「「居た!」」

意図した訳でも無いが、奏夜と風花の声が重なる。それと同時にシルフィーの姿を消して奏夜は倒れそうになるのを何とか踏みとどまる。

「ケーブルを逆流して辿った電源の元! 見つけました!!! 大型シャドウ本体!!!」

そして、風花は全員へと自分が見つけた大型シャドウの位置を伝える。

―『クラブ“エスカペイド”』、近くに居るのは天田君!―

そう、悪い事に一番今回の作戦の参加者の中で不安があるであろう乾が、大型シャドウの存在する場所の近くに居る。当然、次に取らせるべき行動は…。

『天田君! みんなが来るのを、せめて紅くんが来るまで待って! 天田君!!!』

天田に待機する様に呼びかけるが、

「急いでるんでしょ、僕一人でもやれますよ…。」

風花の言葉を無視して天田はエスカペイドの店内に入っていく。

「…チッ、バカが!!!」

次いで近い位置に居た荒垣が急いで其処へと向かうが、恐らくは天田がシャドウと接触する方が先だろう。

「どうしよう! あっ、紅くん、大丈夫…。」

「大丈夫、少しだけ疲れただけだから…。」

心配をかけさせない様に笑顔を浮かべながら風花の言葉に答えて立ち上がると、奏夜は片手剣を持ってクラブ“エスカペイド”へと向かおうとする。

他人のペルソナとのミックスレイドは初めてだが、予想以上に制御に負担が掛かってしまった。しかも、今回はそれを奏夜は彼女に負担が行かない様に全てを一手に引き受けたのだが、その結果としては最悪と言えるだろう。

「で、でも…。」

「これがぼくのやるべき事、やりたい事だから…。」

「せめて、ゆかりちゃん達か先輩達に回復して貰ってからでも…。」

「大丈夫…肉体的ダメージじゃなくて精神的な疲労…ペルソナの使い過ぎって所だから。」

「そんな…それって全然大丈夫なんかじゃないじゃないですか!?」

「ったく、相変わらずだな!」

奏夜のポケットの中から飛び出したキバットがそんな奏夜に対してそう声をかける。

「あっ、キバットちゃん。」

「って、おいおい、風花ちゃん、『ちゃん』は止めてくれよな。」

そんな会話を交わしてキバットは奏夜の肩へと止まる。

「こいつの面倒はオレ様に任せとけ、絶対に無茶も無理もさせねぇよ。…奏夜まで渡の様になんてな…。」

「う、うん…。」

それでも心配そうな顔を浮かべながら奏夜へと手を伸ばすが、

「じゃあ、山岸さん…一人で不安だとは思うけど…先輩達か岳羽さんと合流して…。」

「あ、あの…苗字じゃなくて…さっきみたいに…。」

「うん、風花さん。」

彼女の名前を呼んで奏夜は敵の在る場所へと向かっていく。

一方、

寮の入り口…そこに順平のトレードマークと言える帽子が落ちて居た。

その視界を屋上まで上げると、

「これは、どう言う事だよ…?」

女性的な印象を与えるシャドウとは違う異形の影…ペルソナに押さえつけられながら、ナイフを突きつけられている順平の姿があった。

否、その奥で月の光に照らされる影が一つ在る。

「チドリ…………!」

それは順平と知り合った少女『チドリ』だった。恐らくは順平を捕らえているペルソナも彼女のものだろう。

「頼みたい事があるの。あなたの仲間に命令してもらうわ。言うとおりにするなら、あなたには何もしない。」

彼女の口から出たのは一つの脅迫、

「作戦の中止命令を出して……簡単でしょ? 今やっているものだけじゃない、今後の作戦も全部止めるように言って。」

彼女からの要求は『リーダー』への作戦の永久的な中止、だが、

「………やっぱりキミ、“あの連中”の。そうだよな、じゃなきゃ、こんな…。」

「早くして。」

震える声で否定してくれる事を祈りながら、微かな希望を抱いての問いだったが、それを簡潔に要求する事で肯定する。

「…けど、命令なんてできねーわ…。」

「どうして? 自分より仲間や作戦の方が大事って事? あなた、これから死ぬかもしれないのよ。」

当然ながら、順平はそんな事は出来ない。

「“死”って普通の人間には一番の恐怖なんでしょ…。違うの…?」

例え死を突きつけられて、順平にそんな命令は出来ない。なぜなら…

「わりぃ、オレ…。リーダーなんかじゃねぇんだ。」

それが、順平が彼女に吐いていた嘘がばれた瞬間だったのだから。



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第四十七夜

キバットが『正義』のタロットカードを掴んで現れる。

キバット「『正義(ジャスティス)』はタロットカードの大アルカナに属するカードの一枚。
     裁判の女神とも呼ばれている。カード番号は現在、広く用いられているデッキでは『11』であるが、伝統的なデッキでは『8』となっている。」

カードを持ってフェードアウトすると、再び現れる。

キバット「正位置の意味は『公平・公平』、『善行』、『均衡』、『誠意』、『両立』等があり、
     逆位置の意味は『不正』、『偏向』、『不均衡』、『一方通行』、『被告の立場におかれる』等がある。結構意味が分かり易いカードだな。」


―二年前、母さんが殺された。表向きは“事故”と言う事になっているけれど、本当は違う。―

乾はクラブ“エスカペイド”の階段を下りながら忘れられぬ過去を思う。

―“適正”が少し有った僕と母さんはその夜“影時間”に迷い込んだ。―

それは、彼が力を欲した過去。

―街を徘徊する暴走した“シャドウ”は家を破壊、崩れ落ちた瓦礫で母さんは生き埋めとなり、僕は居場所を失った。―

それは、少年が大切なものを失ってしまった瞬間、

―僕は自分の持ってる“ペルソナ能力”を唯一の手がかりに、今まで生きてきた。―

乾は階段を下りた先に有るクラブのドアに手を触れる。

―“事故”と言うのは桐条さんが真実を隠したのだろう。傍から見たら、それは変わらないのかもしれない。今なら“真実”が分かるけれど、そんな話を警察に話しても、子供の言う事だと言う事もあり、一切信じて貰えなかった。―

ゆっくりとクラブのドアを開いていくと、

―けど、そんな真実なんて、もうどうでもいいんだ。―

証明機器の停止した暗い地下の部屋の中央で、人工島中の電力でも集めているのか、自ら光を放って光源となっている両腕と両足が大量のコードと融合している異形の影、『隠者』のアルカナの大型シャドウを見る。

―僕は、母さんと居場所を奪った影時間とシャドウが許せない! 憎い!!!―

その姿を目撃した時、乾は自身の頭に召喚器を着き付け、

―こいつ等を消す事が出来るなら、僕は、どんな事でもする。それが僕の真実。僕のペルソナ『ネメシス』は、―

憎悪をこめて彼が引き金を引くと同時に現れるこの丸鋸の様な輪を体の中心に来る様に着けられているペルソナ、

―僕の復讐の形そのものだ!!!―

『復讐の神(ネメシス)』を召喚する。

『くれな…奏夜君。天田君が大型シャドウと遭遇、戦闘に入ったみたいです。』

「っ!? 仕方ない…ちょっと早いけど、変身して向かう! 風花さん、ぼくの事は皆には誤魔化しておいて!」

『はい!』

「キバット!」

「オッシャー! 今日はちょっと早いけど、キバって行っくぜぇー!」

風花からの通信が消えて、奏夜がキバットの名前を叫ぶと、ポケットの中からキバットが飛び出してくる。

「ガブッ!」

「変身!」

そして、そのままキバへと変身した奏夜はクラブへと向かって走り出す。

「おおおおおっ!!! 『ネメシス』っ!!!」

―バスタアタック!―

円輪状のパーツが鋭く回転し、大型シャドウ『隠者(ハーミット)』へと切り掛かる。

「許せないんだろ! 憎いんだろ!! どうした、お前の“力”は、そんなものなのか!?」

憎悪の篭った乾の叫び声に答える様にネメシスの輪は回転の速度を増し、

「こんな奴位、切り裂いて見せろよォ!!!」

ハーミットを切り裂かんばかりに回転を増す。だが、ハーミットは自身を切り裂こうとしているネメシスではなく、ネメシスの召喚者である乾を狙って四肢と一体化しているケーブルの一部を向かわせる。

「っ!!」

自身へと伸びて来たケーブルをかわすが、その瞬間ハーミットの体に光が走る。

その危険性に風花のアナライズが有れば直ぐに気付いたが、拙い事にそれが可能な風花はこの時、他の仲間達への連絡の方に意識を向けていた為に乾に警告できる状況ではなかった。

電力を蓄える様にハーミットの体が輝いた後、光が収まると、

―ギガスパーク―

ハーミットを中心に周囲へと膨大な電撃を撒き散らす。

「くあっ!!! あああああああああああ!!!」

ハーミットより放たれた電流に焼かれて苦悶の声を上げる乾。それと同時に召喚者がダメージを受けた事で、彼のペルソナであるネメシスの姿も薄れて行き、そのまま消え去ってしまう。

ペルソナ能力を持たない通常の人間では鍛えられた大人で有っても最も弱い電撃系魔法(ジオ)でさえ即死レベルなのだが、ペルソナの恩恵の存在のお蔭で小学生の子供である乾でも無事とは言い難いが、何とか耐え切る事が出来た。

だが、電撃を利用した攻撃の真の恐ろしさは、筋肉の電気パルスが狂って動けなくなる点にある。通常人体をコントロールしているのは脳だが、脳からの指示は神経を伝う電気信号によって送られる。

感電して痺れて動けないというのは、脳からの電気信号よりも強い電気刺激を筋肉が受けてしまう為、幾ら脳が動けと指示を送っても動かす筋肉が従わないのだ。

ハーミットの先ほどの攻撃は殺傷能力も然る事ながら、それに耐え切った乾の体を麻痺させていたのだ。

―高位電撃魔法(ジオダイン)―

ハーミットの放った高位電撃魔法(ジオダイン)が麻痺して動けずに居る乾へと迫っていく。だが、

「ったく。」

ハーミットと乾の間に現れた新たな人物…荒垣の振るった斧の一凪によって霧散する。

「世話のかかるヤローだぜ!」

乾へと視線を向けながら自分の額に突きつけた召喚器の引き金を引く。

―本当だ! ちゃんと見たんだ!! 嘘なんて言ってない、交通事故なんて、そんなの作り話だ!!!―

荒垣の中から撃ちだされたもう一人の自分、仮面の力…

―ウソつき! 信じるって、言ったじゃないか!!!―

それと同時に乾の中に浮かんでくるのは、母と居場所を失った当時の記憶の続き。

―信じてよ!―

騎馬を駆る胸を串刺しにされた英雄の様な姿のペルソナ…それは荒垣の中の意思が原因なのだろうか?

―確かにこの目で、ちゃんと見たんだよ!!!―

それはかつての乾が涙ながらに警察に訴えて、信じてさえもらえなかった記憶と、その中にある母の仇の『シャドウ』と思っていたモノの正体…。

―光る馬みたいな格好の怪物が、母さんをっ!!!―

タルタロスを上っていた時に馬に乗った騎士の様な強力なシャドウは目撃した。だが、それでも、目の前に存在するペルソナの姿は、まるでパズルのピースが定位置に収まる様に、荒垣のペルソナの姿は乾の記憶と一致する。

「『カストール』ッ!!!」

―デッドエンド!!!―

カストールの一撃がハーミットの体を揺らす。だが、ケーブルと融合する事で一体化した四肢は大きなダメージを受けながらも吹き飛ばされる事無く完全に大地にその異形の体を固定していた。

「チッ!」

ダメージは与えたものの、大して利いている様に見えないハーミット姿に思わず舌打ちしながら、荒垣が追撃の体制に移ろうとした瞬間、クラブの入り口の扉が吹き飛ぶ。

「ハァ!!!」

新たにクラブの中へと飛び込んできた赤い影…仮面ライダーキバはそのまま跳躍し、真上から荒垣の一撃で怯んでいるハーミットの顔面―仮面と言うべきか?―に向かって体制を整えながらパンチを撃ち込む。

「あいつは!?」

「あれがキバか。」

初めてキバの姿を目撃する乾と荒垣はその姿に思わず呆然とした声を上げる。だが、キバの一撃を受けたハーミットはキバへと向かって、

―高位電撃魔法(ジオダイン)!―

高位電撃魔法(ジオダイン)を放つ。

キバはそれを大きく横に跳ぶ事で回避し、床を砕かんばかりの踏み込みで相手の真下へと回り込み、ハーミットの顎と思われる部分を蹴り上げ、直ぐに其処から離れ、一瞬だけ荒垣へと視線を向ける。

そんなキバへとハーミットは高位電撃魔法(ジオダイン)を放つが、キバはその全てを回避する。

「チッ、そう言う事か?」

キバの行動と先ほどの一瞬の視線の交差でキバの狙いに気付いた荒垣は、召喚器を自分の額へと突きつける。

現れるは奇しくも明彦のペルソナ『ポリデュークス』の兄であるギリシア神話の英雄の名を持つ騎馬を駆るペルソナ『カストール』。

明彦と荒垣…二人の関係を考えれば、双子座となったとされる兄弟関係にある英雄の名を持つペルソナを互いに手にした事は決して単なる偶然ではないだろう。

…序に間違いなく今考える事ではないだろうが、死と眠りの双子の神の仮面(ペルソナ)を宿した敵同士である赤の他人である筈の二人の間にある関係は何なのか? そんな疑問も沸くがそれは置いておこう。

荒垣は、キバの、奏夜の狙い通り、キバの作った隙を逃さずに最大の一撃をハーミットへと放つ。

―ゴッドハンド!!!―

カストールの持つスキルの中で最強の破壊力を誇る一撃がキバヘと意識を向けていたハーミットの無防備な脇腹に当たるであろう部分へと突き刺さる。

寮の屋上…

「……どうやら、もう遅いみたい……。シャドウの反応は消えてしまった? …微かだけの残ってるの?」

「解るのかよ? 索敵タイプ…。だから前にオレ達の居場所を。」

「メーディアが教えてくれる…。私の友達…。」

用は済んだとばかりに彼女のペルソナ、メーディアの姿が掻き消える。

「…それよりどうして嘘なんて吐いたの? 理解できないわ…。」

「それは…キミだって…。」

平坦な声で告げられる抗議の言葉に思わず言葉を失ってしまうが、

「オレと仲良くしてたの…オレが“敵”だって分かって油断させるためだったんだよな…。」

そうチドリへと言い返す。

「そうだよな…。そうじゃなかったら、こんなオレなんかと…。」

「…それは。ッ!?」

チドリが順平の言葉に答えようとした瞬間、風の刃がチドリの立っていた場所を襲う。それに気付いた彼女はスカートを翻しながら後ろに跳ぶ事で回避する。そして、彼女の向けた視線の先には…。

「流石、風花! やっぱり心配だからって、ルキアで検索かけたら少し様子が変だって! こんなこったろうと思ったわ!」

「ゆかりっち!」

自身のペルソナ・イオに乗って空中で弓を構えているゆかりの姿があった。

「誰よ、あの女…。ゆかりっち?」

「…いや、誰って言われても…。」

此処までの過程を知らない者が聞けば修羅場と言える会話だろう。

「ん……どう言う関係だ?」

特に今までの状況がよく分からないゆかりが疑問の声を上げるが、それよりも早くチドリは召喚器を構える。

「おいで…メーディア。」

「させん!」

「桐条先輩!?」

引き金を引くよりも早く現れた美鶴が、それを阻止せんと振るった小剣がチドリの手から召喚器を弾く。乾いた音を立てて地面を転がる。

「………あ。メーディア。」

「チドリ…?」

美鶴の剣によって弾かれた事で、己の手の中から召喚器が消えた事に対して彼女は呆然とした声を上げる。

「いやああああああああああああああああ!!!」

チドリはそのまま涙を浮かべながら悲鳴を上げる。

「メーディアアアアアアアアアアア!!!」

己のペルソナの名を叫びながら。

倒されたハーミットから『隠者』のアルカナを象徴する仮面が落ち、それはシャドウの残照とも言うべき黒い泥を引き連れて乾の横を通り過ぎてクラブの外へと逃げていく。

(こいつだ…。)

それに気付く事無く暗い憎悪に染まった瞳を、ハーミットを倒した荒垣の背中へと向けていた。

(こいつが。)

今までとは違ってその日の光景が鮮明に浮かび上がる。それは、鍵で閉ざされていた記憶が封を破られた様に思い出される光景の中、微かな影でしかなかった馬の怪物の様なシャドウが荒垣のペルソナ『カストール』に、カストールの元でS.E.E.Sの制服を着て絶叫するかつての荒垣の後姿が。

(母さんを、殺したんだ…。)

影時間と、シャドウと、抽象的な物でしかなかった母の敵がハッキリとした形となって目の前に存在している。

(…憎い。憎い。憎い! 憎い!! 僕は、こいつが…。)

―許せない!!!―

世界を救う、影時間を無くす。そんな目的など彼の中には既に消えていた。いや、初めからそんな物はどうでも良かったのかもしれない。

こうして、最も出会いたかった“敵”に、最も会いたかった相手に出会えたのだから。

彼の心に浮かんでいるのは、出会えた事への感謝だろうか、それとも…。

『気を付けて! 敵の反応、弱ってるけど、まだ残ってます! そこから移動して…キャア!』

突然風花からの通信が入り、悲鳴と共に途切れる。

(しまった!? 他の皆が間に合わなかったのか!?)

ある意味、今まで恐れていた事態が起こってしまった。その事に対して自分の正体を隠している為、心の中で自分の迂闊さを罵りながらキバもまた乾の隣を通ってクラブから飛び出していく。

少年と少女の物語は新たな幕を向かえ、

少年は母の敵を見つけた。

それがその満月の夜の『メイン』の舞台。だが、今宵の満月の夜の舞台はまだエピローグを残している。

舞台の幕を彩るのは少女を襲う影と魔王の死闘。



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第四十八夜

「敵反応の消滅…ううん、違う」

中央の噴水で仲間達にハーミットが撃破された事を伝えていた風花は、まだ完全にシャドウの反応が消滅していない事を気が付く。

そんな彼女の足元に黒い影がゆっくりと近づいていく。

「気を付けて! 敵の反応、弱ってるけど、まだ残ってます! そこから移動して…反応は…此処、キャア!」

風花が全員にそれを伝えた瞬間、隠者を示す仮面に引き上げられながら黒い泥の様な影、ハーミットの跡が姿を変えながら彼女を拘束する。

不運にも、奏夜達に乾が向かったハーミットの居場所を伝え、美鶴とゆかりの二人に寮に居る順平の元に向かって貰った後、残ったアイギスと明彦にも奏夜達の応援に向かって貰った事で、S.E.E.Sのメンバーの中で一番戦闘力が劣る風花が孤立してしまった結果を生んでしまった。

キバに変身した奏夜が向かってくれたのだから、安心は出来た。

だが、それでもハーミットの元に居るメンバーは、回復(ディア系)魔法が使えない荒垣とキバに変身している時はペルソナのスキルが一切使えない奏夜の二人だけ。

万が一無茶をした乾が致命傷を受けてしまっていたらと考えた結果、残った二人にも向かって貰ってしまった。

確かに彼女の不安は的中し、乾はハーミットの持つ最強の電撃攻撃を直撃させられてしまった。それを考えると風花の判断は間違っていないだろう。だが、結果として奏夜の考えている最悪の事態が現実の物となってしまったのだ。

風花を取り込む形でハーミットの黒い泥がファンガイアタイプの形を形作ろうとしている。

子供が作ったディフォルメされた人型は刃の様な鋭さを持ったパーツを持った鮫をイメージさせる体に変わる。

シャークファンガイアの姿に変わった黒い泥の人型にゆっくりと隠者の仮面が近づいていく。

「風花さん!」

「紅くん!」

風花の体の半分がファンガイアタイプに取り込まれた形で、ファンガイアタイプが誕生しようとした瞬間、キバがそこに辿り着く。急いで風花を助けようと手を伸ばすが、

「っ!?」

その瞬間伸ばした手を引いて横に跳ぶと、先ほどまでキバが立っていた場所を三日月状の傷跡が出来ていた。

風花の捕らえた腕とは逆の腕を振ったシャドウの仮面を得、色彩を得たファンガイアタイプ、『シャークファンガイアタイプ』がキバへと腕を向けていた。

「くっ! 間に合わなかったか」

「チッ! 人質とはやってくれるぜ!」

シャークファンガイアタイプへとそんな言葉をかけるが、当のシャークファンガイアタイプは片腕をキバへと向け、

―ハイアナライズ―

「っ!?」

背後の風花のペルソナを出現させ、彼女のスキルをキバへと使っていた。

「嘘、どうして!?」

「何を…?」

「分からねぇけど、先ずはアイツの動きを止めないと、フーカちゃんを助けられそうも無いぜ!」

「そうだね」

独特のファイティングポーズを取り、キバはシャークファンガイアタイプへと向かっていく。相手が何のつもりで風花を襲ったのかは分からない。だが少なくとも、これで風花を盾にしている半身への攻撃が完全に不可能になってしまった。

キバはシャークファンガイアの横…丁度風花を捕らえている方へと跳ぶと、素早く風花へと手を伸ばす。だが、

「ぐっ!」

シャークファンガイアタイプは風花を捕らえていた手を離し、そのままキバを一瞥もせずに片腕からキバへと向かって、シャークファンガイアの持っていた攻撃能力のブーメラン状の切断光を放っていた。

切断光の直撃を受けてキバの動きが止まるとシャークファンガイアタイプはキバへと向き直り、片腕を翳すと、

―最高位電撃魔法(マハジオダイン)―

キバへと特殊な物を除けば存在している最強の電撃魔法を放つ。

「っ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

幸運にも…と言うよりも当然ながらハーミット対策の為に電撃が弱点となるペルソナは着けていなかった。それどころか、着けているのは電撃(ジオ系)を完全に防ぐ事の出来るドッガのペルソナのはず。キバに変身していても身体能力の強化と魔法への耐性だけは残るはずだというのに…。

「そんな、電撃のダメージが…」

「効いただって!?」

キバには最高位電撃魔法(マハジオダイン)のダメージが、倍増されてこそ居ないものの、一切軽減されていないダメージが確実に有った。

「そんな、私のルキアにはそんな事出来ないはずなのに…」

「だとしたら…さっきの攻撃か?」

風花の言葉にそんな考えを浮かべる。風花を助けようとした時に受けた切断光が、キバ(奏夜)から電撃耐性を奪った原因と考えるのは当然だろう。

「ちょっと待った! あの攻撃はあの姿の元になったファンガイアの元々の能力のはずだぜ。って事は…ペルソナの耐性を奪うスキルをファンガイアの元々の能力に乗せたって訳か!?」

「…最悪だね…」

ファンガイアの能力とスキルの同時使用。シャドウも進化していると言う事になるが、それに対して自分はペルソナとキバの力は同時には使えない。

今までは十分過ぎるほどに圧倒できていた完全に追い抜かれた。…そこまで行かないとしても、それに近い状況といえるだろう。しかも、相手には風花を人質に取られているのだ。

(それに、さっきの攻撃…ぼくの動きが分かっていた様に…。まさか、さっきのアナライズは!?)

風花のスキルを利用して相手の動きと能力を完全に理解する。それが、シャークファンガイアタイプの狙いだったのだろう。

それが偶然かどうかは分からないが、能力と動きを知るレーダーと敵に対する最高の盾。その為にシャークファンガイアタイプは風花を狙ったと言う事だ。

電撃のダメージとそれが通った事への驚愕で動きを止めてしまっていたキバへと、シャークファンガイアタイプは追撃となる切断光を放つ。

「くっ!」

―高位電撃魔法(ジオダイン)―

切断光を避けた瞬間、シャークファンガイアタイプから放たれた高位電撃魔法(ジオダイン)がキバの避けた先へと放たれる。

「ぐっ!」

それを直撃する寸前で身を捻って避ける。だが、微かに避け損なったキバの右腕を電撃が焼く。

キバはそのまま地面を蹴ってシャークファンガイアタイプへと向かって走る。先ずは最初の予定通りシャークファンガイアタイプへと攻撃を仕掛けて動きを止め、風花を助ける。下手なフォームチェンジするよりも、その目的の為には基本フォームのキバフォームが一番有効だろう。

シャークファンガイアタイプの正面からフェイントを混ぜた動きで横に跳び、そのまま後ろからストレートを放つ。

「キャア!」

そんなキバの動きを知っているかの様にシャークファンガイアタイプは風花を捕らえている側をキバへと向ける。寸前に拳を止める事は出来たが、

「紅くん、逃げて!」

「っ!?」

敵の目の前で動きを止めていると言う隙を敵が見逃してくれる訳も無く、その隙を逃さずにシャークファンガイアタイプはキバへと切断光を放つ。

「ガァ…!」

切断こそされていないが至近距離からの切断光の直撃は、キバの鎧の上からでも奏夜の体へとダメージを与える。

そんなキバへと蹴りを放ち、シャークファンガイアタイプはそのままキバから距離を取る様に離れる。

切断光や電撃魔法では確実にキバを倒す事は出来ないと判断し、キバを倒す大技を放つ距離を取る為だろう。

「っ!? 待て!」

慌ててシャークファンガイアタイプを追いかけるが、出遅れてしまった分距離を詰めるのは難しい。だが、幸いにも風花を抱えている分シャークファンガイアタイプのスピードはキバに比べて落ちている様子だ。

牽制の為に放ってくる電撃魔法(ジオ)を避けながら、少しずつだがシャークファンガイアタイプとの距離を詰めていく。

そんな追いかけっこを続けてモールを出て近くの駅の広場まで辿り着くと、キバと風花を捕らえたシャークファンガイアタイプは再び対峙する。

「厄介だな、こっちの動きは全部読まれちまう!」

「そうだね、風花さんを盾にされたら攻撃できないし、助けようとしてもそれより早くあの攻撃で…」

自分達の狙いを知られている以上、攻撃を仕掛ければ相手が風花を盾にする為に動いたり、風花を助けようとすれば助けようとするキバを攻撃する方が早い。

しかも、悪い事に切断光の破壊力も無視して風花を助ける為に動けるほど低く無い。連続で受けたらドッガフォームでも危険かもしれないのだ。

せめて電撃耐性が生きていてくれればある程度相手の攻撃は無視して戦えるのだが…。

(…流石に耐性の消滅が永続的に…って考えるのは無理が有るけど、それでも何時回復するのかは分からない…)

流石に永続的にペルソナの耐性を奪う物ではないと推測するが、それが戦闘中に回復するとは考え辛い。

そう判断して、己の中の玉座に座す者を耐性を失ったドッガからガルルのペルソナへと入れ替える。それによってガルルフォームへのフォームチェンジほどではないが、キバの俊敏性が上昇する。

ペルソナチェンジによる能力の変化、それによって反撃の糸口を掴めないかと考え、シャークファンガイアタイプを見据える。

―ハイアナライズ―

再びシャークファンガイアタイプは風花のスキルでキバの能力をスキャンする。

(力が足りない…)

彼女を助ける為には今のキバの力では足りない、そう直感する。

(私のせいだ…私が紅くんの足を引っ張っちゃってる…)

現状を鑑みてそう思ってしまう風花。シャークファンガイアタイプを振り払う事も出来ず、敵に自分の力を利用されて奏夜の足を引っ張っていると言う事実が風花の心に重く圧し掛かる。

―最高位電撃魔法(マハジオダイン)―

シャークファンガイアタイプはキバへと向かって最高位電撃魔法(マハジオダイン)を放つが、キバは電撃の雨の中を潜り抜けてシャークファンガイアタイプとの距離を詰めようとする。

『紅くん、聞こえますか?』

「風花さん!?」

今までの通信の様にキバの耳に風花の声が聞こえてくる。

『良かった。他の皆へは無理だけど、紅くんには繋がるみたい』

「逃げられそう?」

『ダメ、私じゃ無理みたい。…紅くん、私毎このファンガイアタイプを倒せる?』

「っ!? 何を!?」

その言葉にシャークファンガイアタイプと戦いながら風花と会話を交わしていたキバの動きが止まる。

『だって、このままじゃ二人とも…』

「…。」

風花の言うとおりだ。このままでは全滅の危険さえ有りえる。それほど、目の前に居るシャークファンガイアタイプは厄介だ。

「…そんな事、出来る訳が…」

『でも…』

素早くガルルからドッガへとペルソナを変えて切断光を正面から防御する。

「ぼくを信じて…。絶対に君も助けて…こいつも倒す…から」

「紅くん…」

―ギガスパーク―

「うわぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

切断光を正面から受けた時の隙を逃さず、シャークファンガイアタイプはハーミットの頃の最強の電撃スキルを放つ。全身を電撃に焼かれ悲鳴を上げるが、何とか倒れる事だけは免れていた。だが、

「ガハァ!!!」

そんなキバへとシャークファンガイアタイプは容赦なく切断光を連続で浴びせる。

(…ダメだ…。このままじゃ…)

自分の不利を悟りながらも、必死にシャークファンガイアタイプを倒して風花を助ける方法を模索する。そんな中で何度目かになる切断光の直撃を受けて倒れそうになる。

(まだだ…まだ、倒れる訳には…。…負けられないんだ…)

そんな時、何かがキバの背中を支えてくれている様な感覚を覚える。

(何だ…?)

『頑張って、負けちゃダメだ』

聞き覚えのある温かい声。

『この力は今が使う時だよ』

それはボロボロになった奏夜が見た幻覚だったのか? 後ろを振り向いた瞬間、一瞬だけ…キバの目には金色の影が映った。その瞬間、金色の光がキバの元に現れる。

「ビューンビューン! 久しぶりですね、奏夜さーん!」

「え?」

金色の小さな子竜…それはキバの力を解放する為の最後の鍵、

「「タツロット!?」」

「はいは~い! 完全復活ですよー! それじゃ、行きますよー!!!」

タツロットによってキバの鎧の封印の鎖が開放される。そして、足のヘルズゲートが胸に移り、キバの腕にタツロットが装着され、背中には真紅のマントが現れ、金色の姿へと変わる。

「…綺麗…」

呆然とした声でキバを見ていた風花の言葉が零れる。

それは、王の風格を与える金色の鎧を身に纏った皇帝。

仮面ライダーキバの持つ最強にして、真の姿、『仮面ライダーキバ・エンペラーフォーム』!!!

キバEF(エンペラーフォーム)の持つ力、威圧感に圧倒されているのか、動きを止めていたシャークファンガイアタイプに近づき、キバEF(エンペラーフォーム)はその拳をシャークファンガイアタイプへと叩き込みながら、

「キャア!」

軽い悲鳴と共に風花の腕を掴み、キバEF(エンペラーフォーム)はシャークファンガイアタイプの体を弾き飛ばすと同時に風花の体を引き寄せ、そのまま回し蹴りをシャークファンガイアタイプへと放つ。

「っ!?」

「これで…終わりだ…」

助けた風花を離し、キバEFは静かに宣言し、タツロットのスロット部分を回転させる。揃った絵柄は、

「ウェイクアップ、フィーバー!!!」

キバEFはシャークファンガイアタイプへとキバフォームの必殺技・ダークネスムーンブレイクの強化版の必殺技、

『EMPEROR MOON BREAK!!!』

両足に赤いキバの紋章を模したエネルギーを纏った両足での飛び蹴り『エンペラームーンブレイク』を撃ち込む。

飛び蹴りが直撃した瞬間両足から伸びたキバの紋章がシャークファンガイアタイプの体を切り裂く。キバEF(エンペラーフォーム)の両足から叩きつけられたキバの紋章がシャークファンガイアタイプを吹き飛ばし、そのままキバの紋を上空に浮かべシャークファンガイアタイプは爆散する。

「えっと…敵シャドウの反応、消滅しました」

風花の言葉と共にその夜の演目は終焉を迎えた。



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-Ⅶ- 戦車《チャリオッツ》
第四十九夜


「そうか…それであの時、ストレガの一人を」

「うん、順平君が心配だったから、ゆかりちゃんと桐条先輩に頼んだ時に」

久しぶりに掃除でもしようと立ち寄った紅亭(自宅)の中、手伝うといってくれた風花と一緒に二人で掃除を終えた後、天井辺りを飛んでいるキバットとタツロットを眺めてから改めて風花から先日の一件、ゆかりと美鶴の二人の行動の顛末を聞いていた。

「うーん、此処に来るのも本ッ当に久しぶりですねー、懐かしいー!」

「あー、此処には帰ってきてなかったからな~」

久しぶりの帰宅にキバットとタツロットのテンションは上がっていたりする。

作戦が終了した後、寮の方に順平の救援に向かった美鶴達からストレガの一人を確保できたと言う事は聞いたのだが、どうやって確保したのかは知らなかった。風花の判断は間違っては居なかっただろう。

前衛の美鶴と後衛のゆかりの二人、組み合わせとしては悪くなく、戦力的に順平の救援に彼女達を向かわせるのは悪くない判断だ。だが、

「せめて、アイギスくらいは自分の護衛に残した方が良かったね」

「ごめんなさい」

そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。結果的にそれが原因で自分がファンガイアタイプに捕まり、ペルソナ能力を利用されたのだから、何も言えない。

奏夜はそんな彼女の姿を見て言い過ぎたかと反省している。彼女自身反省しているようなのでそれ以上何も言う気は無い。自分よりも他人を優先する所は彼女の美点だとは思っているが、今回の事は存分に反省して、もう少し自分を大切にして欲しい。

…彼女のペルソナ能力は奏夜に次いで希少(レア)だが、純粋に戦闘面での理想系と言える奏夜のワイルドの能力と違って、援護能力に特化している為に戦闘力と言う一点においては自衛さえ難しい程度の能力しか持って居ないのだから。

そんな事を考えていると今日の順平の行動を改めて疑問に思う。妙に急いでいる様に見えたが。丁度話を変えるにしてもそれは良い機会だ。

「? そう言えば、順平と岳羽さんは?」

「うん、二人なら」

「…もう一度聞くぞ?」

清潔な病院の一室で美鶴はベッドでスケッチブックに絵を描いている少女に改めて話しかける。

黄金のキバ(仮面ライダーキバ・エンペラーフォーム)復活の翌日、作戦時に確保したストレガの一人であるチドリと言う少女の入院している病室にS.E.E.Sの首脳部の内の二人…美鶴と明彦の姿があった。

「チドリと言うのは本名か? ストレガと言うのはどう言う組織で、君ら三人の他にもまだ居るのか? 決して恨んで拘束している訳じゃない、無意味な戦いを避けたいだけなんだ。黙っていて困るのは君だぞ」

そう話しかけられているチドリは一切反応を見せず、ただスケッチブックに絵を描き続けていた。

「返答によっては君への対応を考える。(無論、『場合によっては』…だが)」

その言葉にも反応を見せず、彼女は絵を描き続けているだけだった。

『…ちょ、待てったら! 来ていいって言われてないでしょ』

そんな時、荒垣が待っている病院の廊下に響くのはゆかりの声、

「チドリ!!!」

「順平ってば!」

「………!」

そう言ってチドリの病室の中に順平が飛び込んでくると、僅かにだがチドリは初めて反応を見せた。

「すいません、幾ら言っても聞かなくって」

「こちらも彼女を捕らえてから数日が経つが、一切進展の無かった所だ。ちょうど君らに来て貰おうと思ってたところさ」

順平はチドリのベッドの横に置かれているイスに座り、

「気分はどうだ? もう落ち着いたんだろう?」

「………」

「ああ…落ち着いたものさ。どんな検査も質問も全て無言の拒絶だ」

そう話しかける順平の言葉に無言のチドリに代わって答えたのは美鶴。美鶴はそんなチドリを横目で睨みながら、

「…スケッチブックも取り上げるべきか?」

そう呟く。

「いいじゃないスか、そんくらい! こんなもん取り上げたってなんにもなんないスよ!」

「どうかな。召喚器を取り上げたときはだいぶ動揺したが」

「性格ワリィすよ」

「伊織…君はいい奴だな」

順平の抗議の声も聞き流している美鶴だが、丁度その時だった。

「…メーディア」

…チドリが今までとは違った様子でそう呟いたのは。

「メーディア、メーディア、メーディア、メーディアメーディア!!!」

錯乱した様に自分のペルソナの名を呼び続ける。いや、その様子は実際に錯乱していると考えても間違いは無いだろう。

「ワタシ…私、私の……………わた………ああああああああああああああああああッー!!!」

「チドリ!!!」

「うっ……」

絶叫しながら倒れたと思うと跳ね飛ばされる様に起き上がり、召喚器によるトリガーも無く彼女のペルソナであるメーディアが出現する。本来ペルソナは召喚器無しでも使う事は出来るが、明らかに彼女のそれは異常としか言えないだろう。

「…………!!! ペルソナ」

「召喚器無しで。………しかし、これは!」

彼女から打ち出される様に召喚されたメーディアは勢い良く、必殺の勢いでその手に持つナイフを敵である筈の順平達にではなく、自身の主であるチドリへと振り下ろす。

「暴走!?」

そう、美鶴の言葉通りそれはペルソナの暴走。それも『魔術師』の大型シャドウを八つ裂きにして消えた奏夜の黒い死神の時とは違い、今回のチドリのペルソナ・メーディアの暴走は自身の主を傷つける様に暴走している。

「チドリ!!!」

自身のペルソナに殺されそうになったチドリを助けようと順平が動く前に、病室に飛び込んできた影がチドリを自身のペルソナの凶行から救う。

「シンジ!?」

標的を失ったナイフはベッドを切り裂くだけに留まる。だが、その体性では第二の凶行は避けられないだろう。だが、チドリを助けた荒垣は素早く取り出した薬を彼女の首に打つ。それによって先ほどまでの錯乱やペルソナの暴走は嘘の様に収まり、そのまま力無くベッドに横たわる。

「心配ねぇ…。ペルソナが“暴れた”だけだ」

沈黙が支配する病室の中で、荒垣のその台詞が響く。そう、彼女達の事を知っている荒垣は、先ほどの現象の理由も知っている。

「コイツらは俺らとは違う。ペルソナを“飼いならせねぇ”んだ。だから“制御剤”がいる。自分のペルソナに寝首をかかれない為にな」

「自分の…まさか、たまに自然にこうなるって。あの時もそのせい…?」

荒垣の言葉でチドリの様子が納得言ったのだろう、順平はそう呟く。

「俺の持っている薬を医者に渡しておく。……あとぁまかせる。」

「荒垣…お前。“ストレガ”を知っているのか?」

病室から立ち去ろうとする荒垣の背中にそう問いかける美鶴。先ほどの彼の言葉はどう考えても『知らない』等と言う方が無理が有るだろう。

「レールを外されて初めて見えたモンもあるさ…」

荒垣は美鶴の問いに簡潔にそう一言だけ答えて病室を立ち去っていく。

「待て! シンジ!!!」

そんな荒垣を追って明彦も病室を飛び出していく。病室に残されたのは、ゆかりと順平と美鶴の三人だけ。再び病室の中を沈黙が支配し、窓から吹き込む風と外から聞こえる音だけが支配する。

「…わたし、順平?」

そんな中チドリが意識を取り戻した。

「チドリ…良かった。心配してたんだぜ…?」

「何それ…。こんな事当たり前の事なのに」

「おかしいよ。こんなの、オレこんなのヤだよ…」

そんな順平とチドリの姿を見てゆかりは美鶴の肩を叩いて一緒に病室を出て行く。

「…ヘンなひとね」

「………どっちがだよ」

そんな会話を交わしている順平とチドリの姿を横目で眺めながら、

「…喋れるじゃないか」

そう一言だけ呟いた。

一方、病室を出た荒垣と明彦の二人の姿は駅に有った。

「おい待て! シンジ!!! どう言う事だ説明しろ、あんな薬を何故お前が持っている!?」

「声デケーんだよ」

「お前も…使っているのか!?」

荒垣を問い詰めながら追いかける明彦だが、明らかに周囲が目に入っていない程の大声で叫んでいる。………明らかに妙な誤解を受けそうな言葉だし。

「聞いた事だけはある。ペルソナの制御が上手くいかない場合、無理矢理押さえ込む薬があるとな。だが、あれの副作用は…」

「テメェに話す義理じゃねぇ…」

明彦の言葉に返す荒垣の言葉はそう簡潔なものだった。

「キサマはいつもそうだ。そうやって…」

「テメェの言い分なんざ分かってんだよ」

明彦の言葉を遮ってそう告げて、荒垣は明彦の方へと振り向く。

「力があんのに使おうとしねぇ…そう言うハンパなのが気にくわねぇんだろ? 聞き飽きたぜ、この正論馬鹿が…」

次の瞬間、『ガッ』と言う音と共に荒垣の顔を明彦の拳が打ち付けていた。

「……全然わかってねぇ……。俺は、お前が……」

震える声でそう告げる明彦の脳裏に蘇るのは、二人にとっての忘れえぬ過去の記憶。

「お前は知ってるはずだな。10年前…孤児院が火事で焼け落ちた。あの時の俺は残された妹を救えなかった。飛び込む所か、止める大人の腕を振り切る力さえなかった」

当然だろう。子供の力ではどうしようもない。例え、その時止める大人の手を振り切れたとしても、それは結局のところ犠牲者が一人増えるだけだ。

「だから俺は“力”にこだわってきた。お前だって同じだったはずだ!」

そう、明彦が力を求め続けていた理由は全てその過去に起因している。そして、同じ孤児院で育った荒垣もまたその火事で失った。だが、

「俺たちだけでも生きていける様に……一緒に強くなろうって。なのに…何故だ!? 何故俺に黙って、薬なんかで力を抑えた!?」

(…俺は)

明彦の正論とも言える言葉に荒垣は心の中で独白する。

(お前のようにはいかなかったんだよ)

自分は明彦と違い失敗したのだと、

-お前は……やっぱり、変わってないな-

荒垣の目に映る明彦の姿は過去の日と変わっていない。

「俺ぁ戦いに戻ったんだ…。もうペルソナを押さえ込む必要もねぇ。文句ないだろうが」

戦いに戻った以上、力を押さえつける必要もない。もう荒垣に薬に頼って無理に力を抑える必要等無い。それに、

「それに…今の俺にはやるべき事がある。こいつはケジメだ。俺にしか務まらねぇ」

やるべき事…それは命を賭してでも今の荒垣がやり遂げるしかない事。

―あの頃と同じ様に、滑稽な位に純粋で―

だからこそ、荒垣の目に映る明彦の姿は眩しく見える。

―馬鹿な奴だよ―

真っ直ぐに彼を見据えながら告げられる友の言葉は、

「守ってやれよ」

一直線に真っ直ぐに荒垣の心に突き刺さる。

「……。テメェはテメェの信じた道を行きやがれ。………いいな。」

既に戻れぬ道を歩いているのか、それが出来ないのか、それとも………。それを知っているのは他でもない、荒垣自身ただ一人だけだろう。そう言って荒垣は明彦の前から立ち去っていく。

「チドリって子が入院してる病院に行ったみたい」

「聞いた話だと、順平の知り合いみたいだったしね。…何処で知り合いになったかは知らないけど」

冷たいお茶を一口飲んで順平とゆかりの姿が無い事に対する訳を聞いて納得する。奏夜としても、順平とはどう言う関係かは知らないが、最近の(良い意味での)順平の変化から考えて、そのチドリと言う子に好意を持っているのは間違いないと思う。

「上手く行って欲しいね、順平達には」

「そうだね」

「ああ、オレも渡や大牙に深央の時と同じ事にはなって欲しくないからな」

「ですよねー」

敵と味方…兄と弟が同じ相手を好きになり、そんな関係に別れてしまった結果、手を取り合えたとは言え兄弟は戦うこととなり、その末に愛した相手は命を落とした。そんな、奏夜達の知る悲恋の物語。

順平達にはそうなって貰いたくはないとも思うが、余計な事をして話を複雑にしたくないから出来る事は今のところ上手く行く様に祈るだけだ。

「ところで、何で掃除を?」

「うーん、前から実家の掃除はしようと思ってたけど色々と忙しかったからね。」

タルタロスの探索や情報集めと言った課外活動。それらの活動が忙しくて今まで機会がなかったのだが…

「丁度良い機会だし、掃除しようかなって思ったしね」

「そうなんだ。あっ、この木ってヴァイオリンの形に…もしかして、ここって…」

「うん、ヴァイオリンの工房でも有るんだ。ぼくもいつか作りたいと思ってるからね…。お爺ちゃんが作った最高のヴァイオリン、『ブラッディーローズ』に負けない…自分だけのヴァイオリンを」

思い出の中に残る父の姿や、今は遠い所に行っている兄の姿、有った事もない祖父の姿を生まれ故郷といえる家の風景の中に写しながら奏夜は懐かしそうに呟く。

「それに、今日此処で会う約束をしてる人が居るしね」

「会う約束?」

「うん、父さんの仲間の一人で…オリジナルのイクサの装着者だった人とね」

奏夜がそう告げた瞬間、来客を告げるインターフォンの音が鳴り響いた。



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第五十夜

紅亭での奏夜の父で有る渡の仲間の一人で仮面ライダーイクサだった男『名護 啓介』との会合を終えた奏夜と風花の寮への帰り道…

「ねえ、奏夜くん、学園祭の予定って何か有る?」

「うん、剣道部は兎も角、同好会の方で出し物が有って参加するけど…」

いつの間にか、『紅くん』から『奏夜くん』に変わっている風花からの呼び名に対して気にはなったが、彼女からの質問にそう答える。

「だけど、ここからまた大変になるんだよね。一応、生徒会にも入っているし」

「でも、大変だよね、剣道部に管弦楽部に、ファッション同好会に生徒会にまで所属してるなんて」

改めて考えてみると、生徒会に始まり剣道部、管弦楽部、同好会と奏夜は既に学園の中で四つもかけ持ちしているのだから、学園祭の時期は忙しくなる。

思い出してみれば、先日部活の弓道部で『メイド喫茶』をやる事になったゆかりが、

『何で私がメイド服なの!? つーか、メイド服自体有り得ないでしょ!?』

と言っていたのを思い出した。まあ、身近なところで常時メイド服を着用しているシルフィーが居るのだから、奏夜にとっては珍しくない気もするが…。

「岳羽さんだけじゃなくて、他の部活も大変そうだしね。多分、ぼくは剣道部と同好会の掛け持ちになりそうだけど…」

「確か、ゆかりちゃん、くじ引きで負けちゃったんだって…」

「そう言えば、そんな事も言ってたっけ」

その事を思い出して風花と一緒に苦笑してしまう。当のゆかりは『人生最大の赤っ恥だ』と吼えていたのだが、そうなるとシルフィーはどうなるのかと言う疑問も沸いてくる。

その辺は認識の違いと言う事だろう…。シルフィーが身近に居る為に奏夜の感覚が麻痺しているのかもしれないが。

「…………やっぱり無理かな」

「どうしたの?」

風花が奏夜を見ながら残念そうに呟いた事に気付き、奏夜はそう問いかける。

「あのね、実は管弦楽部でステージ発表する事に決まったんだけど、奏夜くんにも出て欲しくて」

「うーん、ぼくも出来れば出てみたいんだけど、最近顔を出せずに居たし…合同練習とかには…」

最近は剣道部の大会、ファッション同好会での学園祭への準備、生徒会の活動と、色々と忙しく管弦楽部には顔を出せずに居た。その為に管弦楽部の事は全く知らなかった。

「ホント? 時間は二曲演奏できる位有るから、もう一曲ソロでの発表もやろうって事になったんだけど、誰も立候補しなくて…」

「あはは…;」

「それで、奏夜くんにやってもらいたいのは、ソロの方だから練習もし易いと思うけど」

間違いなく誰も立候補しなかった理由は奏夜に有るだろう。それに昔から暇さえあればヴァイオリンは弾いているので単独での演奏は技術的には問題は無いだろう。

「そう言う事なら、喜んで参加させて貰おうかな」

そう快く引き受けた。

さて、その日の夜、寮では美鶴によって一回のロビーにS.E.E.Sのメンバーの非常招集が行われた。

何事かと思って集まるが、何故か其処には幾月の姿は無く、全員の姿が見渡せる位置に美鶴が深刻な表情で座っていた。

「全員、集まったか」

「はい。それで、何か有ったんですか? 理事長の姿も見えないですけど」

「その事なんだが、実は…………………今度の学園祭で我々、特別課外活動部も発表をする事になった」

美鶴がその事を呟いた瞬間、時が凍りついた。

「「「「「「「はあ!?」」」」」」」

脳が美鶴の言葉を直ぐに理解で傷、再起動した瞬間、全員が声を揃えてそう叫ぶ。当然だろう、この部活『S.E.E.S』の活動は飽く迄非公式な物、そんな物が表の部活動に混ざって発表など出来る訳は…。

「あ、あの、桐条先輩。この部活って学園非公式のはずですよね。何でそんな事になったんですか!?」

「実は理事長が…」

突然すぎる事態に頭を抱えながら問いかける奏夜に答える美鶴の言葉に全員の脳裏に『折角の学園祭だからね~、君達も何か発表しようじゃないか』と言っている姿が浮かぶ。全員の意思が一つになった瞬間だった……『お前の仕業か!?』と。

「理事長は私が責任を持って“処刑”しておいた」

「桐条先輩、ぼくにも声をかけてください。言って貰えればぼくも手を貸したのに…」

「そうか。それはすまなかった。次は必ず連絡しよう。だが、流石に時間を貰った以上、何もしない訳には行かない。問題は何を発表するかだが…学園祭での予定は…」

何気に次回の理事長の危機をかんじさせる危険な会話を混ぜつつ、美鶴は話を進める。

「ファッション同好会と管弦楽部に、あと、生徒会。もしかしたら、剣道部で何かやるかも知れません」

「私も管弦楽部で」

最初に発言する奏夜と風花。

「オレもボクシング部で」

「私も……不本意ながら、弓道部でメイド喫茶」

次いでの発言は明彦とゆかり。

「私も生徒会の用事で手が離せない。それに各自学園祭で予定が有るだろうが、やるからには全力を尽くしたい」

真剣な表情で告げられる美鶴の言葉に対して、その場に居る全員がコメントに迷う表情を浮かべてしまう。

…真面目なのか、何気にその状況を楽しんでいるのか…。多分、前者である可能性が高い。

「そこでだ。今回の『学園祭特別ミッション』でのリーダーを決めたいのだが、学園祭の期間中で手が空いているのは……」

その瞬間、全員の視線が小学生で有る乾を除いた、順平とアイギス、荒垣の三人に集まり、

「よっしゃー! オレっちがリーダー♪」

それが確定してしまった。アイギスも荒垣も自分からリーダーをやるタイプでは無く、この場合は順平一択しかない。

「それで、順平。あんた、何かアイディアがあるの?」

「学園祭で発表って言ってもぼくと山岸さんは管弦楽部の発表が有るから、出れない可能性も…」

「へへっ、任せてくれって、紅、ゆかりっチ」

自信満々にそう言う順平に対して、物凄い不安に襲われるが、残念ながら手の空いている者の中で今回のミッションでリーダーが出来そうな者は居ない。

「その前に、リーダーの言う事は?」

「「絶対?」」

順平の言葉に彼が期待している言葉を予測した奏夜とゆかりの二人が声を揃えて返す。もっとも、疑問系なのは違って欲しいと言う意識が込められていたと思われる。当の順平は満足出来た返事に気を良くしながら、

「へへっ、みんな部活や生徒会の出し物で忙しくて当日出れないなら、当日何人居なくても発表できる物にすれば良いって考えた訳よ」

そう言って順平が提案したのは、S.E.E.Sのメンバーによる『自主制作映画』だった。

「確かに、学園祭までの放課後や早朝、休日の時間を利用して撮影すれば良いんだろうし、当日誰かが都合悪くなっても映像を流すだけで良いんだろうけど…」

そう、失礼ながら映画を撮影すると言う順平のアイディアは悪くない。運動部と文化部、同好会に生徒会まで入って忙しい奏夜としては特に助かる。だが、此処で一つ問題が有るのを忘れてはいけない。

「映画撮影は良いけど、編集とかの技術は、それに撮影の許可とかは…」

「それなら大丈夫だ、全面的に協力しよう」

「あっ、パソコンを使った作業なら私もお手伝いできます」

奏夜の言葉に答えるのは美鶴と風花…。

「えっと、順平…」

「どうした、紅?」

「…学園祭までそれほど時間無いのに、映画を撮るって言っても肝心のシナリオはどうするの?」

「そりゃ、皆で簡単なダイジェストを考えて台詞やアクションはアドリブでどうだ?」

…要するに全員でアイディアを出して大まかな流れだけを決めて、後は行き当たりばったりで撮影すると言う事だ。確かに細かい物を考えている暇は無いので仕方ないと言えば仕方ないが。

「んじゃ、学園祭まであんまり時間も無いし、締め切りは明日の同じ時間で皆でどんな物にするか考えるって来るって事で」

アイディアは確かに悪くないが………色々と問題だけしか無い様な気がする。時間が無いとはいえ、行き当たりばったりの映画撮影と言う時点で不安は山盛りだ…それがマトモな物になれば良いが…。

学園祭対策係のリーダーになった順平の言葉でその場は締められ、その日は解散と言う事になった。妙に順平が楽しそうな笑みを浮かべていたのには気になるが…。

「…ってな事になったんだけど…」

「なあ、そいつ…あの姉ちゃんに“処刑”される前の理事長から聞いてたんじゃねぇのか?」

キバットの言葉に奏夜は引きつった表情で一時思考停止してしまう。

「えーと、もしそうだとしたら…」

あらかじめ何をするか考えている可能性も有る。あの自主制作映画のアイディアも、前から考えていたのだろう。

「…まあ問題は無いか…。有るとすれば…」

「シナリオだな」

はっきり言ってどんな物をやらされるか不安材料しか存在しない。

其処まで考えた後、一時の沈黙…そして、無言のまま予備で用意していた新品のノートを取り出してそれを開く。

さて、シナリオの発表日で有る翌日の放課後…寮のロビーでは、

「んじゃ、早速考えてきたシナリオの発表行って見ようか」

上機嫌でそう言う順平だが、手が上がる者は誰も居なかったりする。

「で、あんたは何か考えてきたの?」

「モチロン! ほら、オレッちリーダーだろ。やっぱ、こう言う時は率先しないとね」

そう言ってシナリオが書かれたノートを差し出す順平。

「…伊織?」

「へへ、どうすか、いいアイディアでしょ、桐条先輩」

順平のアイディアはS.E.E.Sの活動を映画化した物。勿論、映画の中で名前は変えているが…。

「…なんでシル…春花さんの名前まで?」

「んだよ、オレ達だけじゃ役者足りないだろ? そこでだ、自主制作映画の協力って事でお前の方から一つ、頼めないか?」

「うん、まあそう言う事なら…少しは協力させてもら…う゛!?」

順平のノートを捲っていく過程で思わず声が裏返ってしまう。

「…順平…?」

「おう、どうだ? オレっちの考えたアイディア、悪くないだろ?」

「そうだね…ぼく達の戦いをベースにしたいいシナリオだとは思うよ。活動報告も兼ねてるね…内容は映画と言えば映画らしいから、フィクションって言い張れるし…。でもさ…これ何?」

そう、順平の考えた映画は奏夜達のシャドウとの戦いをベースに良く出来ている。

街中に現れて人を飲み込む迷宮『タルタロス』と其処に潜むタルタロスを作り出す謎の敵『シャドウ』と、それと戦う為の力『ペルソナ』に目覚めた少年少女達と彼等を集めS.E.E.Sを結成した学園の理事長(演者・美鶴)

と、自分達の戦いをベースにしながら結構良く出来たストーリーだ。絶対に処刑前に理事長から聞いたのだろう。

奏夜が驚いたのはその先だ。

「順平…君さ…ぼくの事、そう言う目で見てたんだ? へー、ふーん」

「あ、あれ? オレッち何か、地雷踏んじゃった?」

笑顔を浮べているが目だけが笑っていない黒い笑顔で告げる奏夜と、自分の失敗を悟る順平。

実行部隊のリーダーで有りながらシャドウを陰で操る悪の黒幕役(演者・奏夜)と、主人公の新人隊員(演者・順平)と有ったり。

「そうだな、確かにオレも言いたい事が有るな」

「奇遇だな、オレもだ」

明彦と荒垣にも妙に殺気の篭った目で睨まれる順平。

ストーリーを説明するオープニングの部分の最後で命を落とす先代リーダー(演者・荒垣)や、中盤で行方不明にシャドウに倒される元メンバーの教師(演者・明彦)だったり、

そりゃ、勝手に黒幕や死亡者役にされれば頭にも来るだろう。

「ちょ、ちょっと、奏夜くん、落ち着いて!」

「真田先輩も荒垣さんも落ち着いてください!」

必死でダークな笑顔を浮べている奏夜を宥めている特に変わらない役柄の風花とゆかりの二人。

「そうだな、私も色々と言いたい事は有るが、他にアイディアは無いんだ。諦めて演じるしかない…だろう」

「そ、そうっすよね、桐条先輩」

「だがな、伊織。…学園祭の後で何故この様な配役にしたか説明して貰うぞ…じっくりとな」

穏やかな声が寧ろ逆に恐ろしい、最年長の役回りを任された美鶴。既に自分の未来を創造してしまって真っ白になって冷や汗を流す何気に自分を主人公にした順平。

「…ああ、ちゃんと声をかけておくよ、順平」

「そ、そうか、サンキュー、紅。楽しみだな、あの美人のお姉さんと…」

「次狼さんと力さんに」

奏夜の言葉に凍りつく思いの順平だった。シルフィーこと春花の役回りが急に屈強な大男二人と入れ替わったのだからダメージは大きい。少なくとも、屋久島への旅行で力とは面識が有っても留守番をしていた次狼とは面識は無いのだが…。

「く、紅…?」

「…黒幕らしくしないとね…。演技とかってアドリブで行くんでしょ?」

頭に#マークを貼り付けながら、クスクスと黒い笑みを浮かべる奏夜君でした。こうして、順平の恐怖の未来が確定した学園祭での自主制作映画のシナリオの発表会の夜は更けていくのだった。



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第五十一夜

シナリオ発表会の後の話し合いの結果、映画の中での彼らの名前は本名のままで行く事になった。そして、映画撮影一日目…

「で、なんで行き成り中盤のラストのシーン?」

「そりゃ、色々と忙しい紅のシーンを先に撮ろうと思った訳だって」

シーン毎に撮影して後で風花や美鶴の監修の元で編集されるらしい。…その辺は天下の桐条グループの協力で機材とかも借りられるらしいが…。

そんな訳で準備に時間が掛かった結果、夜中…そして、撮影が楽な寮での撮影となる中盤のラストシーンを撮影する事になった。

「まあ、良いんだけどね」

「んじゃ、名演技期待してるぜ」

影時間前の夜、この中盤のラストシーンでの寮の屋上を舞台にした撮影は『奏夜が仲間達へと真実を告げて姿を消す』と言うシーンらしい。衣装も学校の制服なので問題は無い…問題は無いが…。

(武器は模造品なんだね)

手の中に有る小剣に触りながらそんな事を思う。実際の金属や宝石は舞台や撮影では光を反射するのでNGらしい。丁寧に摸造品の小剣の刀身には反射防止の為にアルミが巻かれている。

「それじゃ、3、2、1、アクション!」

順平の掛け声と共にテープが回り、撮影が開始される。

なお、「『』」となっている台詞が撮影の台詞です。

「『紅くん!?』」

「『紅…お前、どうして』」

悲しげな演技で奏夜へと視線を向ける順平、ゆかり、風花の三人を映した後、彼らの視線の先にある奏夜へとカメラが向けられる。

奏夜の足元には血糊の上で倒れる、このシーンでリタイヤする事となる明彦と刀身に血糊を着けた摸造剣を持った奏夜。

「『…ふ…ふっふふふ。まだ気付かないのかな…? 彼等は…君達がタルタロスと呼ぶ異界と其処に住む者達…彼等は僕の配下。ぼくが今の、シャドウ達の支配者だ』」

悪役モードな…キャストが発表になった際に悪役を勝手に割り振られてた事に頭に来た時と同じ、“黒い”感覚で演技する奏夜。

((怖っ!?))

(…何だかノリノリだね、奏夜君)

そんな奏夜に対してカメラが向いていない事で物凄く怖い演技の奏夜にそんな感想を持つ順平とゆかりと、そんな奏夜に苦笑している風花。そんな事をしている間にも奏夜は演技を続けていく。

「『彼には気付かれたんで此処で消えて貰ったけど、まさか君達に見付かってしまうなんてね。でも、その様子だと、残念ながら彼が気付いたタルタロスの秘密までは分かっていないようだ。それだけは安心したよ』」

「『テメェ、紅…お前はオレ達を…風花まで騙してたのかよ?』」

「『そうだね…。ぼくは風花さん…君まで騙していた。だけど、君と居た時間だけは嘘じゃない』」

此処で主役サイドの人達の独白シーンが編修で追加されるらしい。そう言ってゆっくりと振り返り、そのまま寮の中へと消えていく所でシーンは終了するのだが、ゆっくりと立ち止まり一度振り返ると、

「『さようなら、風花』」

それだけ言い残して寮の中に消えていくと、カメラは一度停止される。

「はい、カット!」

「紅くん、演技だよね…あれ?」

「ってか、お前、悪人の演技が似合いすぎじゃね?」

「…失礼な言い草だよ」

「でも、何だかノリノリだったよね、奏夜くん」

風花の言葉に全員が同意する様に頷くと、奏夜は軽くショックを受ける。…流石に演技とは言え悪人と言われてショックを受けない訳が無い。

「そんな事よりOKなら此処の掃除した方が良いんじゃねぇのか?」

「そうですね。流石に殺人事件の現場のままにしておくのは、ちょっと」

荒垣の言葉に従って奏夜も『モップ』を取り出して血糊を落し始める。

「おい、アキ、お前も早めに洗濯しとけよ、染みになるぞ」

「いや、これくらいなら上着を着ていれば…」

『気にしろ(して下さい)!!!』

流石に心臓の位置に血糊が付いた服は早々に洗濯した方が良いと思う。

「それで、順平…どうするのさ…」

「何がだよ?」

「日常パートは良いとして、シャドウとの戦闘シーン?」

「あ;」

完全に考えていなかった様子だった。流石に機械が動かなくなる影時間の中にしか存在しないタルタロスの中は撮影できないし、撮影現場は兎も角戦う相手は…。

「ラスボス戦は…不本意ながら、ぼくが相手だから良いとして…流石にアクションシーンが一度だけってのは無いんじゃ」

「ああ。だが、どうする気だ?」

「考えは有りますけどね」

美鶴に対して奏夜は敵である『シャドウ』の代役の案を出す。主にCGで黒い影に変えた自分達だ。流石に何処かの戦闘員の様に全身タイツと言う訳には行かないし。ある意味戦闘訓練も兼ねての撮影となる訳だが…。

「良い案だな、紅」

「悪くねぇな」

「ああ、同感だ」

上級生組みは何故かやる気満々だ。…順平への恨みからだろう…。美鶴は兎も角、明彦と荒垣の武器は…。

「あ、あの、先輩方…特に真田さんのは洒落にならないんじゃ…」

「安心しろ、手加減はしてやる」

「それじゃ、イクサをシャドウ役にして全員で使い回しにするとか…」

「すんません、それだけは勘弁してください」

どうやら、今回の死亡シーン撮影でシナリオ発表会の恨みが蘇ったらしい。しかも、最後は死刑判決に近い物を突きつけられて本気で土下座する順平だった。

流石に遠距離攻撃が主体のゆかりは別にして、前線組みで映画の中でメインを貼る事となる二年生組みは近接武器を使う順平と奏夜のアクション…それも中盤以降の事を考えると撮影するのは順平のそれが多くなるのも必然だろう。敵が全てイクサ…本気で身の危険を感じるほどだった。

「そっちも次狼さんや力さんにも協力して貰えるとして…」

「あ、あの…オレっち、何気に大ピンチ?」

奏夜も奏夜でかなり頭にきている様子だし、間違いなく順平包囲網が狭くなっている。…鈍器や拳が武器の先輩二人の場合…撮影用の小道具でも大差ない。

戦闘シーンの撮影は寮の訓練室で行われたのだが、順平が相手の撮影が異常にリアルであったと言っておこう。

上級生組みと奏夜は普通に怒っている様子だった。

閑話休題(それはさておき)

今回の撮影では奏夜の演技が一応主人公である順平の演技を完全に食っていた。まあ、魅力的な悪役は物語には重要なのだが………何処からどう見ても立派に悪役だった。本人に聞かれたら間違いなく怒るだろうが。

「ほんじゃ、行って見ようか!」

「「………」」

奏夜は気合の入っている順平を無言のまま横目で睨み、風花は恥ずかしそうにしている。

「あのさ、順平。こんな衆人環視の状況で恋人同士を演じろと…」

「だって、下校のシーンじゃん? 人が居ないと不自然だろ?」

自主制作映画撮影の二日目の最初の撮影は月光館学園高等部の玄関先…。奏夜、風花、順平、アイギスに美鶴と明彦の六人が居る。ゆかりは残念ながら弓道部の方に顔を出す必要が有った為に不在だが…。

授業が終了して直ぐの為に人通りが多い。しかも、撮影用の機材に囲まれた彼らの姿を下校途中の生徒達は好奇の視線で見ている。

「…あのさ、ぼくって悪役なんだからさ…ヒロインとのシーンは主人公の順平がやれば良いんじゃ…」

「…ソッコーで断られた…」

深々と順平の心に何かが突き刺さっている様子だ。奏夜の言葉にorzな体制で項垂れている。

「あ…うん、その……なんか、ごめん」

そんな痛々しい姿の順平を見ていると思わず謝りたくなってしまう奏夜だった。

「あ、あの…風花さんはこんな所で恋人同士の演技するのは…」

「あっ、はい! えっ、えっと…頑張ります…」

恥ずかしさから耳まで真っ赤になっている風花だが一応、演技すること事態は嫌では無いらしい。

「ほらほら、紅と山岸も今日は吹奏楽部に出なきゃならないんだろ、サッサと撮っちまおうぜ」

「ううっ…」

流石にこの状況で恋人同士の演技をするのは恥ずかしいが、急がなければまた明日も恥ずかしい思いをすると自分に言い聞かせる。

「…それじや、始めようか…」

「は、はい」

「おーい、手ぐらい繋げよ、お前等」

順平の台詞に耳まで真っ赤になる二人。一度目を合わせると頷きあって言われたとおり手を繋ぐ。

(…恋人同士、恋人同士…)

深呼吸しつつ奏夜は風花の手に指を絡める。

「く、紅くん?」

「…え? あっ、ほら、そう言う演技だし…」

「そ、そうだよね…」

周囲の色めいた声は気にしない………と言うよりも、気にしている余裕は無い。

「ほらほら、照れるなって」

内心、『無茶言うな』と言う心境の奏夜だった。

「んじゃ、3、2、1、アクション!」

(…えーと、確かこのシーンは…)

一応、それぞれのシーンにはある程度言わなければならない台詞が存在している。主にラストシーンへの複線になり得る部分としてだが…。

「『今日はどうする、何処か寄ってく?』」

「『あ、うん、そうだね』」

先ずはなるべく恋人同士の下校シーンになる様に会話を展開させる。流石に何の脈絡もなく行き成り必要な台詞へと繋げる訳には行かない。

暫しの沈黙…此処からが必要な部分、

「『どうかしたの?』」

「『あ、うん…。なんだか、最近の紅くん…ちょっと様子が可笑しかったから…。最近…』」

「『ダメだよ、その話は。こんな所で話すような話じゃないからね』」

「『うん』」

不安げな表情を浮かべる風花。編集で彼女の独白が入るらしいが…。

「よし、カット!」

「それで、登校の場面は明日の朝に撮るんだっけ?」

「そう言う事、後は先輩方の場面を寮の部屋で撮る予定だからな」

先輩達のシーンを何処の部屋で撮影するのかは、よく分かる。主に教師役の明彦と学園長役の美鶴のシーンは寮の四階の作戦室での撮影になる。

…付け加えるなら、理事長の許可は撮影が決まった時点で撮って有ったりする。何より、今回の撮影に対する拒否権は理事長には一切無かったりする。…撮影しているのも理事長が参加させちゃったのが原因だし。

そんな訳でその日の学校での撮影は終了し、一時解散する事になった。

夕方…部活が終わった帰り道…

「ねえ、奏夜くん。天田くんのことなんだけどね」

「ん?」

部活帰りの帰り道、唐突に風花が話を振ってくる。

「最近、なんだか思いつめた顔してる事多くない? 部屋に篭っちゃう事も多くなってるし」

「…確かに…」

ペルソナ使いとしてS.E.E.Sの一員として戦う事を決めてから、乾は悩んでいる様子を見せる事が多い。時間が解決してくれるかとも思っていたが、寧ろ時間が過ぎれば過ぎるほど、その時間が多くなっている。

「うん、天田君って色々抱え込んじゃうタイプだから、不安だよね」

「そうだね、悩んでるならぼく達にも相談してくれれば良いんだけど」

彼女はそう言う所によく気が付く。奏夜もリーダーとして色々と仲間の様子を気にして入るが、そう言う点では彼女には敵わないな、と改めて思う。

「でも、子ども扱いされる事、嫌がってるし…どうして良いのか分からなくて…」

「もう少し子供らしく…ってぼくが言える立場じゃないかもね…」

自分の子供時代の頃を思い出すとそう思ってしまう。自分も父である渡も両親を早くになくしていた。…形こそ違うが…。

幾月から聞いて乾の家庭事情は大体知っている。

生まれて直ぐの頃に両親が離婚して、母親に引き取られたがその母親も数年前に事故で他界し、存命である父親とは連絡は取っていないそうだ。

「甘えたい年頃で、その対象が居ないって言うのは…気持ちは、少しだけ分かるかな…」

少なくとも、奏夜には次狼達四魔騎士(アームズモンスター)達やキバットに兄である正男が居る自分とは違う。少なくとも、甘える対象は僅かながら居たのだから。

(そう言えば…)

“岳羽さんに似てるな”と思う。父親と母親の違い程度しかないが二人の性別を考えるならば、見事に存命の両親と本人達の性別を入れ替えるだけで殆ど代わらない。少なくとも、女の子と一緒に居る時に別の女の子の事を考えるのは失礼らしいが、これは仕方ないだろう。

「まあ、少しでも気晴らしさせてあげられる様にしてあげる位しか出来ないかな」

「そうだね」

そんな結論へとたどり着く。



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第五十二夜

それは、奏夜と荒垣がS.E.E.S(特別課外活動部)に復帰した後の時期…丁度シャークファンガイアタイプを倒した後日の事だ。

キャッスルドランから持ってきた荷物を部屋に置いて、ラウンジに行くと一人で居る乾の姿を見かけて声をかける。

「どうしたの、そんなにぼーっとして」

「あ、紅さん…」

表面に見える…見せている感情は変わっていないだろうが、乾の心の中に浮かぶメロディーは、どこか禍々しさと背筋が寒くなる音色を奏でていた。

そんな心の音楽が聞こえてくる事を相手に気取らせない様に、奏夜は乾にそう声をかける。

誰かがラウンジで一人で居る事は別に珍しい事ではないが、乾の様に呆けているのは珍しい。

「あの人、荒垣さんとおっしゃるんでしたっけ?」

「うん。見た目は怖いかもしれないけど、凄く頼りになるいい人だよ」

何気なく言った言葉。少なくとも、荒垣の心の音楽はとても綺麗な音楽を奏でていた。だからこそ、確信を持ってそう言い切れる。だが、それに対する乾の反応は、予想よりも遥かに異なっていた。

「……そうは思えません」

「え?」

「あの人、溜り場の不良なんでしょう? マトモな良い人が、あんな場所で生活してる筈がありません」

大人びた子供と言うのが乾の印象だが、彼のその台詞からは違和感を感じられる。どちらかと言うと子供特有の偏った思考を持たない彼にしては、明らかに偏見と言うのに相応しい言葉。

「あのさ、人を勝手な思い込みだけで判断するのは良くないよ。実際に色々と経験した上でそう思うなら仕方ないけど…それはタダの侮辱だよ」

「すみません」

人は様々な背景を、事情を持って生きている。奏夜や次狼達もそうだ。

だからこそ、その一部分だけを捉えて、その人間の全てを否定するのは許容できる事じゃない。

奏夜の言葉に乾は素直に謝罪する。

だが、奏夜は乾の心から感じた音楽へ、意識をも向けておくべきだった。……初めて彼と出会った時、その時から感じていた音楽だった為に気にならなかったのかもしれない。

もっと早く気付くべきだった。…未来から来たもう一人の自分、“奏”の忠告の最初の答へと繋がる疑問に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後の帰り道…モノレールの中…

(…なんだか、今日は疲れたな…)

流石に通常の授業に加えて同好会の出し物の準備と合間を縫ってのS.E.E.Sでの映画撮影、剣道部での出し物の話し合い。

流石に一日でする事は多すぎた。しかも、最後の話し合いが長引いたせいで一緒に帰ろうと約束していた風花には謝って先に帰ってもらったが。

耳に聞こえてくるクラシック音楽は相変わらず心地よく、疲れからか自然と瞼も重くなり、『睡眠』と言う欲求に抗う事も難しくなっていく。

(…眠い…)

眠りに堕ちそうになった時、丁度何時も降りている寮の近くの駅に着いたと言う放送が聞こえた。眠気を振り払う様に頭を振って立ち上がると、モノレールを降りる。

(…寮に帰ったら一度顔を洗った方が良いかな…? 下手に寝たら夕飯の時間が過ぎそうだし…)

夕食に関しては時間によっては最悪は巌戸台駅の近くの商店街にでも行けばラーメン屋の『鍋島ラーメン はがくれ』や牛丼屋の『海牛』等食事が出来る店は多い。だが、万が一、風花に見付かってしまうと…。

(…うん、命が危ない…)

屋久島でも皆で作ったカレーの一件から危険を感じた事で風花の料理の特訓には付き合っている。だが、奏夜が強く言えないのが原因なのか、まだ油断をすると危険なレベルからは逃れていない。

しかも、少しずつ上達しているのが、返って危険だ。世の中、自称中級者が一番危険だと言うが…まったくだ。

(…寮に帰って夕飯の時間に間に合わないのは………命に関わる)

物凄く失礼な言い草だが、何気に風花はオフィシャルで『料理の姿をした兵器』と言う評価を下されている。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

…………料理特訓の度に料理の姿をした兵器と命懸けで戦っている奏夜の姿は正に仮面ライダーの名に相応しい………かもしれない。

『ごめん、物凄く要らない評価なんだけど。by.奏夜』

そんな訳で疲れて眠いからと言って下手に寝るわけには行かない。

「あれ?」

寮への途中で奏夜は見慣れた風花の後姿を見かける。先に帰ったはずなのだが、まだ鞄を持っている事から今寮に帰る所なのだろう。

間違いなく映画の撮影とは関係ないのは分かっているし、第一撮影ならばカメラが近くに有るはずだ。

「風花さん、今帰り」

そう考えて奏夜は風花の肩を軽く叩いて呼び止める。

「キャッ」

それに驚いたのか風花は小さな悲鳴を上げて後ろを振り返る。

「く、紅くん!? もう、驚かさないで!」

「ごめん、まさかそんなに驚くとは思わなくて」

そう軽く言葉を交わすと目的地は同じために自然と二人は一緒に並んで帰ると言う図が展開される。

奏夜はふと隣を歩く風花へと視線を向けると、彼女の表情は何処か落ち込んでいる様にも見える。

それだけではない、彼女の心から聞こえてくる音楽も何処か暗い物が混ざっている。別に不協和音は嫌いでは無いが、それでも優しく温かい音色を奏でている彼女の心の音楽の中にあると、違和感しか感じられない物だ。

思わずその事を聞くべきかと迷うが…。

(まだ聞かない方が良いかもな)

以前の風花だったら『それとなく聞いた方が良いだろう』とも考えただろうが、今の風花は良い意味で変わっている。自分も少しは信頼されているだろうし、仲間も居るし友達もいる。下手に聞くよりも少しだけ様子を見てからの方がいいと考えた結果である。

さて、今夜の撮影は最終決戦の時…

「おい、ちょっと待て紅!!!」

「何?」

「何? じゃねぇよ!? 何でアイギスだけじゃなくて真田先輩がイクサに変身してんだよ!?」

「そうは言ってもね…。流石にラスボスの側近がアイギスだけって言うのも………面白くないからね」

寮の地下に用意された訓練用のスペース。そこに立つ………やる気満々でイクサに変身して素振りをしている明彦の姿を見て絶叫する順平だった。

「二人とも、今夜の撮影はアイギスと真田先輩の二人がメインだからね。台詞は無いけど頑張ろう」

「明彦、私達の分まで頑張ってくれ」

「頑張るであります」

「任せておけ」

奏夜と美鶴の激励にやる気を見せる明彦イクサとアイギス。後ろには影時間verの満月の背景にした玉座と言うべきな立派な椅子が用意されていたりする。

…どちらがイクサを使ってラスボス前の前哨戦の相手になるのか、三人でのジャンケンで決定したのが明彦だった。

なお、最初に負けた荒垣は夕食当番と言う事もあり、撮影している間に夕飯の用意をしてくれている。

「それでは、撮影開始だ!」

文句が有りそうな順平を放置しつつ、奏夜達が各々の配置に着くと何処からか持ってきた映画撮影でよく使われる物をカチンと鳴らして美鶴が撮影の開始を宣言する。

玉座に座しながらゆっくりと己の下へとたどり着いた順平、ゆかり、風花の三人を見下ろしながら口を開く。

「『よく此処まで来たね。…誉めて上げるよ』」

笑みを浮かべながら衣装である『キバ本編での渡の着ていたキングの服装』で奏夜はそう宣言する彼の左右には、奏夜の側近役のアイギスと明彦イクサの姿がある。二人は主に台詞はなく動きだけの演技だが。

「『だけど、此処で君達は終わりだ。………行け』」

そうそう奏夜が命じるままに順平達……主に順平に向かっていく側近役のアイギスと明彦イクサ。

「って、おわぁー!」

既に演技とかを忘れて明彦イクサの攻撃を必死に避けている順平。流石にイクサのパンチもアイギスの武器も考えればどちらも危険なのだが、

「行きます」

「ちょ、危なっ! 死ぬ! 死ぬって!」

足元にとは言え容赦なく順平へと襲い掛かる両腕の銃口から放たれる銃弾。

「はいカット! …順平、演技忘れてるよ」

「あの状況でそんなモン、出来るかぁ!」

涙目で奏夜の言葉に反論する順平。もっともな答だ。

「それなら大丈夫、全部BB弾とゴム弾に変えてあるから、アイギスにも顔を狙わない様に言って有るし」

「撮影用の安全使用であります」

「って、どこが安心なんだよ、それの!?」

「当たっても痛いだけなら…」

「BB弾は兎も角、ゴム弾の方は当たったら怪我するだろ、どう考えても!?」

「いや、少しは怪我する危険が有った方が演技にもリアリティが出るかと思って…」

さらりと恐ろしい事を言ってくれる奏夜だった。

「だったら何でオレが二人同時に相手しなきゃならないんだよ!」

「え? ぼくがラスボスだと…そのメンバーの中じゃ、前衛の順平が前に出て岳羽さんが後衛って言うのが…」

そう、前衛と後衛のどちらも出来る奏夜が居ない以上二年生チームの中で前線に出られるのは順平だけ。結果的に撮影で前衛二人を相手にするのは順平が確定しているわけだ。

「それじゃ、納得したところで撮影再開。あっ、アイギス、次は何も言わないでね、無言で戦うシーンだから」

「分かりました」

「準備は出来てるぞ」

「夕食までに終わらせるからね」

『オー!』

「鬼ィー!!!」

順平を除く全員の声が重なると順平の悲鳴が響き渡るのだった。

さて、結局最終決戦前の前哨戦の戦闘シーンはその後食事休憩を挟んで一時間ほど掛かってやっと完了した。

「…終わった…良かった…生きてる…やっと、終わった」

「あのさ、順平」

奏夜は床に突っ伏して真っ白に燃え尽きている順平の肩を叩き、ある意味死刑宣告に等しい言葉を投げかける。

「なんだよ? オレは今危険な撮影を生きて切り抜けられた事を喜んでるんだから…」

「次は最終決戦じゃなかったっけ?」

奏夜の言葉に完全に凍結してしまう順平。模造品の剣を準備しながら奏夜が告げると。

「…マジで、今すぐ?」

「いや、この勢いでやった方がリアリティが有るからね…」

一応ストーリーの上では側近役の二人、アイギスと真田イクサに勝った後の連戦と言う設定だから、丁度良いと言えば丁度良いのだが…。

「私は全然元気なんだけど」

「私もだけど」

「そりゃ、二人は狙われなかったからね…。まあ、順平…そこは主人公の宿命として諦めて」

「酷っ!?」

「それに、今日の撮影が終われば最後のエンディングのシーンだけなんだから、早めに終わらせた方が良いとは思うけど」

「そ、そりゃ、そうだけどさ…紅」

「良し、それではサッサとやるとしようか」

「ちょっ、待って下さいよ桐条先輩!?」

「はいはい、ラストシーンはぼくと順平と一騎打ちって台本に有るんだから」

玉座にスタンバイする奏夜に、ラストバトルのシーンに出番のないゆかりと風花はカメラに映らない位置に移動する。

「1、2、3、アクション!」

美鶴の掛け声と共にカメラが動き出し撮影がスタートする。

「『まさか、最強のシャドウだった彼等を倒すなんて…。どうやら、ぼくが居なくなってから、想像以上に成長した様だ』」

「えっと、『へっ、当たり前だぜ、紅! オレ達を舐めんなよ』」

背中に羽織ったマントを翻しながら、奏夜は玉座から立ち上がり腰に刺してあった模造剣を持って模造刀を杖代わりにして膝立ちしている順平を見下ろしながら、ゆっくりと玉座から降りていく。

「『だけど、岳羽さんと風花はその代償に動けない。彼らは最低限の役割くらいは果たしてくれたようだ』」

マントを翻し、腰に挿してあった模造剣を引き抜き奏夜は順平へと突きつける。

「『さあ、君達に敗北と言う名の終末をあげよう。ぼく自身の手でね』」

そこで共に停止する奏夜と順平。

「……あのさ、順平。此処って君から切りかかって来るのをぼくが防ぐシーンなんだけど?」

「悪い、紅。もう少し休ませてくれ」

どうやら、当の順平は休憩していたようだ。

「いや、休みたかったらこのシーンの撮影を終わらせてよ」

「鬼か、お前は!?」

「いや、ラスボスだよ」

涙目で抗議する順平に対して黒い笑みを浮かべて答える奏夜。…完全に黒い、悪役モード入っている。

「ちくしょー、こうなりゃ、もう自棄だ!!!」

「あはは、それじゃ、始めようか。ぼく達の最終決戦を!」

そんな感じでラストバトルも撮影終了、あとはラストシーンだけなのだが。

「…此処までのシーンを編集してみたんだが…」

「…いや、主役ってオレでしょ」

エンディングシーンを撮影する前にこれまで撮影した物を編集したテープを試写会として全員で見ていたのだが、

「…どう見ても紅が主役だな…」

「いや、悪の黒幕でラスボスですよ、真田先輩」

「でも、順平君より演技が上手いから紅くんの方が主役に見えちゃうよね」

完全に主役である順平を奏夜が食っていた。そして、議論の結果…エンディングには奏夜のシーンも追加される事になった。

「でも、桐条先輩、ぼくって順平に倒されて死んじゃてるんじゃ…」

「それなら問題ない、山岸も一緒に出てもらえばな…」

「それって、幻or幽霊役ですよね…」

「ああ」

最初から台詞の無い新規追加の重要シーン。奏夜と風花は撮影予定の明日の夕方までに台詞を考える事となったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、その年の学園祭では不幸にも日の目を見ることなく終わってしまったこの映画が正式に日の目を見るのは、数年の後に行われたとある地方の大型デパートのイベントでの事であった。



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第五十三夜

「……えっと、順平………なんか、ゴメン」

「いや、良いんだよ…もう」

上映されているS.E.E.Sの自主制作映画を見ながら順平はorzな体制で項垂れている。なんかもう、すっかり、主人公としての立場は兎も角、主役の座はダークヒーローなラスボスの奏夜に盗られている事に対してはすっかり諦めていた。

…どうでも良いが桐条グループの全面バックアップの元で製作されたこの映画は明らかにも本格的なレベルだ。

(…映研とかに悪い気がするんだけど………物凄く)

流石に限られた技術と道具で頑張っている人達には心から悪いとは思うが、奏夜達は言ってみれば、完全な一回限りの舞台。だからこそ、こうして拘って見るのも悪くは無いだろう。………“スポンサーのバックアップの元”で。

「では、改めて明日の夕方学園で紅の追加シーンの撮影と、エンディングの山岸のシーンの撮影だな」

美鶴の号令に当人である奏夜と風花と、項垂れている順平の三人以外が同意の声を示していた。

「しかし。此方の方が使い易いな…これからはこれを使おう。…理事長の思いつきも無駄ではなかったな」

なお、今回の撮影で使った美鶴の新しい武器『突剣』。こうして実際に使って見た所、奏夜も愛用している片手剣よりも其方の方が使い易かった為だ。こうして、美鶴の専用武器が突剣となって、複数の武器が使える奏夜も片手剣が専用武器となった。

「…ううぅ…なんだか、恥ずかしい…」

「…それはぼくも同感」

風花の言葉に同意する奏夜。今更ながら、演技している時は特に何も感じなかったが、実際に撮影した映画を改めてみると妙に恥ずかしい物がある。

「はい」

「あっ、ありがとう」

「どういたしまして」

寮の中にある自動販売機から買ってきた缶ジュースを風花に差し出す。

「エンディングって何言えば良いんだろう…」

「…それはぼくも同感」

『ワンッ!』

奏夜と風花の二人がそんな事を考えているとロビーに居る一匹の犬、S.E.E.Sの最後のメンバー『コロマル』の鳴き声が響いた。

「あっ、コロちゃん」

「そう言えば、コロマルだけ仲間はずれになっちゃったね…あの映画」

コロマルを撫でながら奏夜は改めてそう思う。学園祭期間の前…残念ながら乾の参加した作戦には専用の召喚器が無かった為に不参加だったが。

「そう言えば。ゴメンね、コロちゃん」

…以前影時間の中でシャドウに襲われて怪我をした所を助けたのが、コロマルが影時間への適正、ペルソナ能力を持った“犬”だと分かった切欠だ。

ロボットであるアイギスの次は犬であるコロマル…本来は『虎狼丸』。どう考えても色んな意味で個性豊か……で済ませて良いのかどうかは疑問だが、それでも人間以外の人材(?)も揃っている時点で、人材豊かと言うべきだろう。…………人じゃないが。

「…折角S.E.E.S全員で撮った映画なんだから、コロマルや天田君にも参加して貰うんだったかな…戦闘シーンとかで」

「あはは…。流石にそれは順平君が可哀想だと思うな」

少なくとも、イクサ込みの先輩達とアイギスに加えて奏夜との一騎打ちと、どう考えても大変と言う言葉では語りきれない程の苦労を背負った順平にしてみれば、コロマルと乾まで敵役に加わったら流石に哀れすぎる。

コロマルを撫でる風花の横顔を眺めながら、奏夜はコロマルが仲間になった時の事を思い出す。

数日前…

「先日保護した犬……コロマルって名前だったよね? 彼が今日、ようやく退院出来たそうなんだ」

「本当ですか!? 良かった、コロちゃん……」

「良かったね、風花さん」

コロマルが入院したのは奏夜が離脱していた時に起こった事件だけに奏夜が知る事なかったが、何度かコロマルを心配する風花から話は聞いていた。

一番コロマルの事を気にかけていた風花が安堵の表情を浮かべる。そんな良いニュースに全員が顔を緩めていた時、玄関からノックの音が鳴る。

幾月が扉の方に向かい、ノックの主に対応すると、

「コロマル!?」

そこには真っ白な毛の柴犬、コロマルが居た。

「ワンッ!!!」

「先日は危ない所を助けて貰って感謝している。と、コロマルさんは言っているで有ります」

「行き成りお礼か……何て賢いワンコだ」

「ってか、アイギスって犬の言葉も分かるんだ…」

アイギスの翻訳に順平が呆れ気味に言う。奏夜はアイギスが犬語の翻訳が出来る事の方に驚いてはいるが。

「ワンッ!」

「奏夜さんに、始めましてよろしくお願いする。と言っている有ります」

「そっか、よろしくねコロマル」

そう言って指し出した手にコロマルが前足を乗せると握手をする様に軽く握る。これが奏夜とコロマルとの初対面だ。

コロマルは奏夜が時折立ち寄る長鳴神社の神主の飼い犬だったが、事故で飼い主を亡くした後は野良犬として過ごしていたらしい。神社に現れたシャドウとの戦闘でペルソナ能力を覚醒させて、それを撃退したらしい。

「けど理事長、どうしてコロちゃんを…?」

「彼にも適正があるようだったからね。身寄りも居ないようだし」

つまり、ペルソナ能力を覚醒させたコロマルをこの寮の飼い犬として引き取ってS.E.E.Sに入れると言う事だろう。だが、

(…犬って、良いのかな…?)

本気でそう考え込んでしまう奏夜だった。正に何でもあり。そんな様相を見せてきたこの部活の行く先に若干の不安を覚える奏夜だった。

「ワンワンッ!」

「自分も戦って、皆さんに恩返しがしたい。と言っているで有ります」

「コロマル……。義理堅い犬だね、アンタは」

そんな奏夜を他所に、コロマルはしっかりとやる気を見せている。ゆかりが頭を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らした。

「本人……いや、本犬がそう言うなら断る理由はあるまい」

「そうだな。コイツの姿勢には漢を感じる。……オレも負けていられんな」

美鶴と明彦の二人が何一つ抵抗も無く、あっさりとコロマルの加入を認めていた。奏夜も別に犬だからと言う理由で反対する気は一切無い。………それは置いておいて、改めて思うのだが、

(…先輩達ってどこか抜けてる気がする…)

「これでまたしても頼もしい仲間が増えたね。素晴らしい、これこそ、“犬(ワン)ダフル”! なんてね。ワハハハハ!!!」

理事長の寒いギャグに凍りつく思いだった。

現在…

「コロマルも次の作戦の時には頑張って貰うよ」

ふとそんな事が口から出る。…コロマルのペルソナは『ケルベロス』。ギリシャ神話の冥界の神ハーデスに仕える冥界の番人とも言われる三つ首の魔獣、地獄の番犬として有名な神獣でもある。

犬繋がりの上に飼い主への忠誠心と言う点からもコロマルに似合っているペルソナとも言える。

付け加えるなら、コロマルの武器は『ナイフ』でアイギスの銃と並んで奏夜にも使えない武器だ。

(…そう言えば…)

コロマルのペルソナで改めて思うが奏夜達のペルソナ………複数のペルソナが使える奏夜の場合は初期ペルソナの『オルフェウス』だけだが、

奏夜の『オルフェウス』を初めとして、

ゆかりの『イオ』

順平の『ヘルメス』

風花の『ルキア』

と、S.E.E.Sの全員のペルソナの全てが『ギリシャ神話』と言う共通点を持っている。

「私もアイギスみたいにコロちゃんの言う事が分かればいいのに」

「あはは…次狼さんも分かるかもね…」

何気に後日、ウルフェン族の次狼にあわせて見たが、本当にコロマルと会話が成立していた。

………確かに狼は分かり易いイヌ科でウルフェン族は人狼(ワーウルフ)の伝承の元となったが………本当に会話が成立するとは思わなかった。

なお、コロマルの本来の名前が正しくは『虎狼丸』と言うのはその時に分かった事だ。

閑話休題(それはさておき)

「でも、やっぱり…その場のノリでやるしかないかもね。元々順平の台本にも台詞の大半はアドリブって有ったし」

「それしかないかな…」

奏夜の言葉に風花はコロマルを撫でながら苦笑する。そもそも、この追加シーン自体シナリオには存在していないのだが、元々大きな流れしかない以上、他の部分の撮影と大差ないのは不幸中の幸いかもしれないが。

「まあ、決まっちゃった事は仕方ないし、明日の撮影は頑張ろうか」

「うん」

コロマルを抱きかかえながら風花はそう答える。そして、撮影こそ(奏夜と風花の二人の羞恥心と言う点以外は)無事終わったのだが…

9/18(金)

「………ただいま」

土砂降りの雨の中、キャッスルドランの方に出かけていた奏夜は見事に突然の大雨で頭からびっしょりと濡れてしまった訳だ。……確かに出かけた時は晴れていたが、台風が近づいているという天気予報を見ていて傘を持って行かなかったのは、奏夜が悪いかもしれないが。

「あー、見事に降られちまったみてーだな」

「く、紅くん、早く着替えないと、タオルタオル!」

慌ててタオルを取りにいってくれる風花と、

「順平さん…、フラれたでありますか。ご愁傷様であります」

「ちげーよ! え? 聞きたい? 聞きたいの? チドリン、この連休もオレに会いたいから来て欲しいって」

「……チドリン」

妙なボケをするアイギスと、映画のダメージが回復した様子で惚気話をする順平と、そんな順平に呆れるゆかり。

「ありがとう」

奏夜はパタパタと風花が部屋から取って来てくれたタオルで水気を拭き取る。

「いやー、まいっちゃうね! あ、ヤベ、言っちゃったー、ハズカシー!!! ねぇ、聞いてる? アイちゃん、聞いてる?」

「はいはい、ご馳走様…。折角だからあの映画も見せてあげたら」

「え? そう、オレっちもオレのカッコいいところを一度チドリンに見せてやろうかなー、なんて思った訳よ」

完全に惚気ている順平にゆかりは呆れた目を向けていた。

「災難だったね、紅くん。ついさっき上陸したみたい…。なんでも、例年に無いくらいの大型の台風で……しかも、結構居座りそうなんだって」

「…そうなると学園祭は中止かな…」

「そうなるね」

安心した様子の風花、心なしか学園祭の中止でメイド姿を晒さずに済んだゆかりもホッとしている。

水気を拭ってシャワーでも浴びて着替えようと部屋に向かおうとした時、扉が開く。外から帰ってきたのだろう、奏夜と同じくびしょ濡れになった乾の姿があった。

「おかえりなさい、天田君も一足遅かったね」

「そうですね、お蔭でずぶ濡れです」

そう言って乾にもタオルを渡す風花に言葉を返す。

「諸島部だからもっと早く帰って来れたのにね、どこか寄って来たの?」

「…………神社…」

どこか重い響きを持って乾が風花の言葉に答える。

「いつもあそこでお祈りしてるんです。願掛け……って言うんですかね、こういうの?」

「台風の時くらいいいだろ、そんなの」

「毎日やるから、意味みたいなの有るんじゃないんですか、こう言うのって?」

「そんなもんかね…。もしかして明日も、この台風んなか行くつもりか?」

「そうですけど?」

そう告げる乾の心から聞こえる音楽は何処かドロドロとした暗い物が響く。それが奏夜には願いの内容を物語っている様にも感じられた。

「君は、何をそんなに願ってるの?」

「内緒ですよ」

奏夜の問いかけに乾は言葉を返す。

「ほら、着替えだ。冷めない内にシャワーでも浴びて着替えて来い」

「ありがとうございます」

そう言って奏夜はロビーから離れていく。本気で寒くなってきたのだ。

「おら、お前も…」

「いいですよ」

乾は差し出された着替えを受け取らず、

「このまま直ぐ部屋に戻りますから」

そう言ってさっさと部屋に戻って行った。

「………可愛げのねぇ奴だぜ…」

「照れてるんですよ、可愛いじゃないですか」

「フン」

ベットに横になっている奏夜は天井を眺めながら、

(…何だか熱っぽいな。…風邪引いちゃった…かな?)

そう思うと部屋の一部へと視線を向けて、

「キバット」

「おう、どうした?」

「何だか風邪引いちゃったみたいだけど…皆には、『心配しないで』って伝えて貰える、かな?」

パタパタと飛んでいるキバットへとそう伝言を頼む。

「おう、任せとけ、だからお前はゆっくり寝てろよ~」

そう言って飛び去っていくキバットの姿を横目で眺めながら、奏夜の意識は眠りの中へと落ちていく。

さて、予想通り風邪を引いた奏夜は21日まで寝込む事となるのだが、その間に有った事を抜粋すると、

「た、大変だ! 紅の部屋になんか、メイド服のお姉さんがぁ!?」(順平)

「おい、順平! あれがどうすれば女に見える!? 屈強な燕尾服の大男だっただろうが!?」(明彦)

「いや、私が行った時には妙にワイルドなスーツ姿の男の人だったんですけど」(ゆかり)

「っ!? 我々にも気付かれずにこの寮の中に不審人物が!? これはセキュリティを見直す必要があるか!?」(美鶴)

「えっと、みんな紅くんの知り合いだから不審者じゃないんですけど…」(風花)

偶然にも風邪と知らされてお見舞いに来ていた四魔騎士(アームズモンスター)達と遭遇した人達でした。

シルフィーと出会った順平と、力と出会った明彦、次狼と出会ったゆかりに寮のセキュリティーを見直している美鶴。なお、風花はラモンと出会ってゆっくりとお話していたそうな。



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第五十四夜

白い靄に包まれた空間の中、奏夜はそこに眠りながら佇んでいた。…夢では無いかと言う疑問が浮かんでくるが、それは間違いでは無いだろう。

「やあ、また会いに来たよ」

―君は―

謎の少年ファルロスとの会合…眠っているからなのか、奏夜から声は出せない。

―なんでだろう…何だか、雰囲気が何時もと違うように…―

ふと、奏夜はファルロスと言う少年に対してそんな違和感を覚える。

「ん? 何時もと違うって? 変わらないよ」

そんな奏夜の心の中を読んだかの様にファルロスは言葉を紡ぐ。

「君と出会ってから、もう三つ目の季節だ。時間の流れるのは早いね。でも…世界には決して変えられない“決まり”みたいなものも有るんだろうね」

―“決まり”、ね。…そんな物叩き潰したいくらいだよね、出来る事なら、ね―

「ふふ…君らしい答だね。でも、ちょっと何時もより過激になってる気がするね」

―…あー…。色々とストレスが溜まってるんだと思う―

思わず奏夜はファルロスの指摘にそう思ってしまう。もしくは、そうじゃなかったら、映画の撮影の悪役モード(黒奏夜)の影響が残っているのだろう。

「それは大変だね。ふふ。なんか色々な物が見えてきた気がするんだ」

―タルタロス?―

周囲を包む白い靄の中に巨大な黒い塔が浮かび上がる。それを見間違えるわけが無い、あんな異形の塔がこの世に二つも存在しているわけは無い。………間違いなく、それはタルタロスだ。

「あの“塔”の事とか、最近はその事ばっかり考えてる…」

ファルロスの見上げる先に有るのは異形の塔、タルタロス。

「もちろん、君の事もね」

そう言ってファルロスは奏夜に微笑みかけると、

「ぼく等の関係は変わってしまうものかな? 変わらないものかな?」

―人間は変わるものだけど、不変のものもあるって事だね―

「そう言う事さ。でも、これから先に何が待っていようと君とぼくは友達だよ。……絶対にね」

―そうだね、ぼく達は友達だよ―

「ん…?」

奏夜の意識が覚醒すると窓から強い雨音が響き、未だに台風の真っ只中と言うのは理解できる。

(…丸一日くらい寝てたのかな…?)

そう思いながら体を起こすと…………何故か自室の中に見慣れているが見慣れないモノが存在していた。

「………アイ……ギス………?」

ぶっちゃけ、思いっきり瞬き一つせず奏夜を見ているアイギスさんでした。

「…何してるの…?」

カバッと奏夜の目の前まで近づくとアイギスは彼の額に手を当てる。

「おはようございます。健康チェックをさせていただくであります。体表温度36.2度…平熱。体温脈拍呼吸数、何れも異常なし」

健康診断も出来るのか、と妙に高性能な彼女のスペックに感心してしまう。

「風邪の治癒を確認しました。お天気の方はまだ回復せずですが、生還おめでとうございます!」

「…生還って…」

戦場にでも行って来たのだろうか、と頭の片隅で考えながら敬礼と共にそう宣言してくるアイギスに対して思わず唖然とする奏夜だった。

「え゛?」

そんな事を考えながら携帯電話を取り出して時間を確認すると…思わずそんな声を上げてしまう。それもそのはず…

「…9月21日…? 二日も寝てたの、ぼく?」

…思わず『一度医者に行った方が良いのではないのか』、と言いたくなるほど寝込んでいた自分の健康に対して不安に思う奏夜だった。

そんな事を考えていると喉の渇きと空腹を覚えると服を着替えて、何か食べる物は無いかとロビーまで降りていくと、丁度一階のロビーには乾一人だけが居た。乾も奏夜が降りてきた事に気が付いて其方へと視線を向ける。

「体調良くなったんですね。二日も部屋から出てこないんで、みんな心配してましたよ」

「あはは…心配かけちゃったみたいだね、思いっきり」

「はい。それに様子を見に行った山岸さん以外の人達が、部屋の中に…メイド服の緑の髪の女の人とか、ワイルドなスーツ姿の男の人とか、燕尾服の屈強な大男とか居るとか言ってましたけど」

「っ!?」

思わず台所で飲んでいた水を噴出してしまう。

「………どうしたんですか?」

流石にそんな奏夜の態度は乾の目には不信にしか映っていない。

「い、いやいやいやいや、何でもないから」

間違いなく様子を見に来た仲間達(風花を除く)が会ったのは、シルフィー、次狼、力の三人の事だろう。多分、風花は残ったラモンと会っていたと推測するが、何気に当たってたりする。

「…あの、それで先輩が何か言ってなかった」

「えっと、なんか、『寮のセキュリティを一から見直す』って言ってましたよ」

「そ、そうなんだ」

何を仕出かすのか分からない美鶴に対して、思わず不安を覚える奏夜だった。しかも、どうやって部屋に入ったかは知らないが原因は自分の身内だし。…全員が全員気付かれる事なく部屋の中に入れそうな面子だし。…少なくとも、風花には見付かっても問題は無いだろうし。

想像していて妙に顔色が悪くなる。なるべく考えない様にしながら、何か食べるモノが無いかと探していると、

「……あの」

乾から声をかけてくる。

「自分にはやるべき事があって。けど……今まで色んな“もやもや”が頭の中にあって、中々実行できなかったんですね」

響いてくるのは暗い声音…心の音楽を聴くまでも無い。

「でも、その“もやもや”が晴れても、また別の“もやもや”が有って、結局そんな物自分次第で、上手く行くかなんて分からないんです。けれども……………」

其処で一度言葉を切る。今の彼からは、背中を押して欲しいと言う気持ちが感じられる。

「どうすれば、良いんですかね?」

「………君が正しいと思う事をすればいいと思うよ」

「………そう、ですよね」

奏夜の言葉が彼が望んでいる物かそうでないのかは分からない。だが、

「だけどこれだけは言っておく…」

「え?」

「…それが間違ってるって思ったら…その時は、ぼくは全力で君を止める」

「………その時は…お願いします………」

9/23

その日、荒垣はロビーで『家庭の料理全書』と言う本を読んでいた。

―守ってやれよ―

「……馬鹿が」

いつか明彦に言われた言葉を思い出してそう呟く。そんな彼の言葉に反応したのか、コロマルが近づいてくる。そんなコロマルに気が付いた荒垣は、

「そういやお前も事故で大事な人を亡くしたんだっけな」

コロマルもまた『同じ』だと感じ取ったのか、荒垣は言葉を続けていく。

「長鳴神社の神主…。お前は主が居なくなっても、ずっと居場所を守り続けたんだな。街に出たシャドウ相手にも、たいした奴だぜ」

そして、コロマルが守ってきた場所は乾が願掛けに行っている場所でもある。

「そんなところで、あいつは………」

再びコロマルへと視線を向けると笑顔を浮べる。

「今は此処が自分の居場所だってか? …なんてな」

そう言った後、荒垣は苦笑を浮かべ、

「ん、それともなんだ? 料理に興味あんのか? 今度うめぇモン作ってやるから、みんなには言うなよ。料理が趣味だなんて、なんかちょっと恥ずかしいかんな」

「ワン!」

荒垣の言葉にコロマルは嬉しそうにそう答えた。

『久々のいいお天気』

そんな時、外から風花の声が聞こえてくる。

「今日は暑いね」

「表面温度を一定に保つのにエネルギーが要るであります」

「アイギスも大変なんだね、もう涼しくなるよ」

外に出かけていた風花とアイギスの二人が寮に帰ってきていた。ちょうどその時、

「や、二人とも今帰り」

「あ、奏夜くん」

「奏夜さんも今御帰りでありますか」

「まあね」

キャッスルドランに出かけていた奏夜も丁度帰りに二人とばったりと出会った。

「「ただいま」」

「ただいま戻りましたであります」

「ワンワン!!!」

三人が寮の中に入るとコロマルと頭に先ほどまで読んでいた本を顔の上に乗せている荒垣が出迎えた。

「ただいま、コロちゃん」

「ただいま、コロマル」

出迎えてくれたコロマルに挨拶を返す二人。

「でも、荒垣先輩起こしちゃ悪いから、静かにね」

「クゥーン」

(…えっと、荒垣先輩…寝たふりしてるね…)

何でだろうと思いつつ横目で荒垣へと視線を向けている奏夜。本当に寝ているのか、寝ていないのか程度なら分かるのだが…。

「あれ、この本?」

ふと、風花は荒垣が頭の上に乗せている本に気が付いた。

「“家庭の料理全書”、欲しかったんだ、あれ。でも、ちょっと高くて手出せなかったんだよね」

「え゛」

思わず『風花』と『料理』と言う組み合わせの危険さに思わず背筋が寒くなる奏夜だった。………何気に自分が防波堤になって彼女の料理の被害を食い止めているのだから。

「先輩…料理とかするのかな? それにしても…重そう。なんていうかさすが先輩…」

「ワン! ワンワン!!!」

すると、コロマルがどこか嬉しそうに吼える。

「何? コロちゃん、何か作ってって? でも春花さんに教えてもらってるけど、私の腕じゃまだ酷い事になっちゃうかなー…なんて」

「(…少しは自覚症状があるのかな)そんな事は無いよ、風花さんの腕は確実に上がってるし」

なるべく風花を傷つけないような言葉を選びながら彼女にそう告げる奏夜。内心では酷い事を考えているが、それはそれ。真実なのだから仕方が無い。

………どう考えても、風花が危険性に正しく気付かないのは、奏夜の優しさに問題がある気がするのだが………。

「いえ、風花さん、奏夜さん、荒垣さんがうめぇモン作ってくれるって、喜びの遠吠えをあげているであります」

思いっきり正直に話してしまったコロちゃんでした。

「………。先輩、やっぱり、料理するのかな? あとで聞いてみよっと」

そう言って奏夜、風花、アイギスの三人は部屋に戻っていく。

その途中で奏夜は一度立ち止まり、

「荒垣さん、頭の上に乗せるのを止めて置いた方が良かったですね」

苦笑しながら風花達に聞こえない様にそう告げてから部屋に戻っていく。

「…あいつ、気付いてたのかよ。………おい、コロちゃん…」

頭の上に乗せていた本を降ろしながら、

「内緒だって言ったろうが」

「クゥーン」

困ったような表情を浮かべているコロちゃんでした。

「あ、いや、気にすんなって」

そう言って新垣はコロマルの頭を撫でる。

「嬉しかったって言うんなら仕方ねぇさ。…………にしても」

寮の階段へと視線を向けると、

「アイツ、犬語も分かるのかよ」

改めてそう思う新垣さんでした。

そして、時は刻一刻と奏より伝えられた運命の時へと近づいていく…



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第五十五夜

「うわー、すごいね」

用意された見事な料理の数々を見ながらゆかりがそんな声を上げる。

「これ全部手料理なんでしょ。でも荒垣先輩が料理できるなんてちょっと意外かも」

「でしょ、無理言ってお願いしちゃった。連休も最後だし、奏夜君も元気になったから、皆でわいわい出来たらなって」

カウンターの向こうに有る台所で荒垣は照れているのかそっぽを向いていた。

料理が運ばれるとS.E.E.Sの面々がテーブルを囲んで料理に手をつけると、

「荒垣が料理が出来るとは耳にした事はあったが、大したものじゃないか」

「一人で生きてりゃ、上手くもなるさ」

「ふふ。同じ様に生きててもそうでない奴が其処に居るがな」

「だ…黙れ!!!」

料理を口にした美鶴が褒めると何でもない事のように言う荒垣と話を振られて怒鳴る明彦。

「風花も手伝ったんだよね。どれ作ったの?」

「ポ…ポテトサラダ。材料切って茹でてつぶして」

「ん、おしいじゃん!」

「味付けは荒垣先輩」

風花とゆかりの間で交わされる会話。………幸いにも風花には味付けだけはさせなかった様子だ。…正にそれは英断だった。

「おかわり」

「お前…もう三杯目だぞ。いつもは少食だってのに」

「あはは…何て言うか、さすがに長い間寝込んでたらお腹減っちゃってね」

「まぁ、腹も減るか」

奏夜と順平の間の会話。さすがに眠っている間飲まず食わずだった奏夜は何時も以上に食べている。

なお、基本食事が出来ないアイギスは箸と睨めっこをして、コロマルも美味しそうに食べていた。

「…………」

そんな中食べられるはずの料理と無言のまま一人睨めっこをしている乾。

「………どうだ?」

荒垣の問いかけに乾はどこか面白く無さそうな様子で、料理を一口食べると

「………おいししいです」

そう答えた。

それが、彼らS.E.E.Sが全員揃って迎える事のできた最後の瞬間だとは、神ならざる身のこの場に居た全員が知る由もなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/4(日)…影時間

満月の夜、巌戸台駅前商店街に集まっている病院にアイギスと順平をチドリの見張り役に残したS.E.E.Sのメンバー達。だが、それは全員ではない。何故か其処には荒垣と乾の姿だけが無かった。

大型シャドウ、『運命(フォーチュン)』と『剛穀(ストレングス)』の二体が居るのは巌戸台駅の近く、商店街からは敵の姿が肉眼でも十分に確認できる。しかも、相手はその巨体ゆえに奏夜達の姿は分からないだろうが、逆に奏夜達は相手の姿を確認する事が出来る。

「うわーいる。しかも二体! この辺何時も学校行くのに使うし、暴れられるとマジ困るんだけど」

「なんだか私達を待ってるみたい」

「…ぼく達を待ち伏せか。向こうも警戒しているのかな、だとしたら…向こうも何らかの方法で情報を共有している…?」

駅の近くの広場に陣取っている事、しかも其処は通学に使う駅。奏夜の場合はマシンキバーを使えば良いのだが、残念ながら月光館学園はバイク通学は認められていない為に断念している。

だが、奏夜達が通学に使う場所に存在している姿は、偶然かもしれないが待ち伏せしている様にも思える。

「シンジの奴、遅いな。確かに連絡は有ったんだな?」

「はい、荒垣先輩、後で合流するって」

明彦の言葉に風花が答える。荒垣からは連絡が有ったので問題は無いが、問題は……

「天田もか?」

「いえ、天田君は聞いてませんけど」

「呼びに行ったが部屋に居なかった」

「こんな時間に?」

美鶴の言葉に思わず声を上げる奏夜。影時間は深夜に起こる現象だ。少なくとも、そんな時間に小学生である乾が部屋に居ないと言うのは考え辛い。何が有ったのかと思う方が普通だ。

「…天田の事は少々気がかりだが、今回はナビであるあの少女を押さえている」

少なくとも、今回の作戦ではストレガによる妨害は考えずに済むだろう。

「…風花さん…何か嫌な予感がする」

「…うん。私も…何だか嫌な事が起こりそうな予感が…。またこっそり検索かけておくね。余裕があればだけど」

「…ぼくも、今日は最初からクライマックスで行く」

「うん、任せて」

何処かの赤鬼な先輩の一人の様な事を呟きつつ、奏夜はポケットの中に居るキバットとタツロットへと意識を向ける。……いつもはファンガイアタイプになってからキバには変身していたが、今回は出し惜しみは無しで行く心算だ。

こんな時に正体を隠しているのは歯痒いが、上手く隙を見て変身できれば短時間で戦いは終わらせられる。奏からの警告と所在不明の荒垣と乾、不安要素は大きい。

「天田の事も心配だが、今は目の前のシャドウが先決だ。残り三体、気を引き締めていく!」

美鶴の号令にその場に居る全員が頷く。

「よし!」

全員がシャドウへと向き直り、

「行くぞ!」

荒垣がよく居た路地裏…其処に自分の身長よりも長い槍を持った乾の姿があった。その表情には何処か暗い…覚悟の様な物が浮かんでいた。

そんな場所に誰がの足音が響く。…影時間の中で動ける者は限られている。

「…………約束通り来てくれましたね。作戦を放ってまで来てるわけだから、分かってるんだよね。荒垣さん」

乾が振り向くと其処に居たのは彼の言葉通り荒垣だった。

「……10月4日。今日が何の日だか分かりますか?」

それは荒垣と乾の二人の間に一つの因縁が生まれた日。

「あの日……。二年前の今日、この場所で、僕の母さんは死んだんだ。僕は見てた…。母さんは、殺されたんだ…」

静かに淡々と、何処か自分に説明する様に言葉を続けていた乾の表情に憎悪の感情が浮かび上がる。

「お前が殺したんだ!!!」

叩きつける憎悪の感情。荒垣はタダ黙って乾から叩きつけられる憎悪を受け止めている。

「…いいことなんて一つも無かった。生きてくなんて辛いだけだった…」

それが乾にとっての母を失ってからの人生の全て、十年近くしか生きていない彼の年齢で其処までの絶望を味わったのか、それは既に想像するしか出来ない。

「死んじゃおうって思った時もあるけど…このまま母さんに会う事なんて出来ない。……だから、決めたんだ」

それは乾が絶望の闇の中で見つけ出す事の出来た、ただ一つの生きる希望、生きて行く為の目標、何が有っても果たすと決めた目的。それこそが、暗く暗い絶望の闇の中で見つける事の出来た、“白い闇”。

その“白い闇”の名は、彼の恭順する“正義”の名は、“復讐”。

ペルソナの名や姿が持ち主を写す鏡だとすれば、乾のそれこそが、復讐の女神『ネメシス』の名の如く復讐とは………悲しすぎる生き方だ。

「お前を見つけるまで生きようって!!!」

そう、その目標は遂に果たされた。……………果たされてしまったのだ。

「あの日のことなんて思い出したくもなかった! だから今日が満月だって分かった時、お前を呼ぼうって決めたんだ!」

それは誰かに邪魔をされる事もなく、復讐を果たせるからなのか…。

「…今日は母さんがついている! 自分のした事を思い出させてやる!」

それを乾の母が本当に望んでいるのか…それは永遠に分からない。だが、たった一つだけ言える事がある。

「僕がお前を、殺してやる!!!」

心の底から吐き出す様に叩きつけられる言葉。そう、今日この時、乾の中の一生を賭してでも果たすべき目的が果たされると言う事だ。

―……心配しなくても、一晩たりとも忘れた事なんてなかったさ―

荒垣は声には出さず心の中で独白する。それは彼に出来る贖罪。

―二年前、まだオレがあいつ等とツルんでた頃のこと―

―ペルソナ能力に目覚め、暫くが過ぎていた。何事も慣れてきた頃が一番危ない―

―街に出たシャドウの反応を突き止め、討ちに言った時の話しだ―

それが荒垣が一度はS.E.E.Sを離れた理由。二年もの間後悔し続けて来た、背負い続けてきた罪。

―目の前の光景に俺達は自らを抑える事が出来なかった―

―動揺し冷静さを失った俺のペルソナは暴走した―

過去の記憶の中に意識が向かう。以前の奏夜の時とは違う暴走。いや、一歩間違えれば、奏夜の時もそうなっても不思議ではなかった事。唯一の違いは奏夜の中にあるモノの存在からだろうか?

―民家を巻き込みつつも“シャドウ”の反応を消す事に成功。同時に巻き込んだ民家に住んでいた母親の命を奪う事になった―

それが荒垣が乾の母の命を奪った事件。だが、それには残酷過ぎる真実がある。

―“ペルソナ不適合者”、飼いならせないペルソナは自らの首を絞める―

それはチドリの時にも有った事、

―“シャドウ”はその母親から生まれたものだった―

それは、残酷過ぎる真実。真実とは、常に残酷なものなのだろうか?

― 一人、その家の子供だけが残された―

そして、皮肉にも荒垣は助けたはずの相手の“仇”となってしまった。

―お前…母さんに殺されてたかもしれないんだぜ?―

―そうなったら、お前の母さんはどうなっただろう―

自らの手で実の子を殺すと言う重荷を本来なら乾の母が背負うはずだった。

だが、幸か不幸か、荒垣がシャドウと共に母を殺した事で乾は救われ、乾に復讐と言う重荷を背負わせる事で母は子殺しの重荷を背負わずに済んだ。

―俺を殺して、お前の母さんはどう思うかね…―

…だが、荒垣にとって乾の母親の命を奪った事に変わりは無い。だからこそ、ある意味では乾の怒りも正当なものと言えるだろう。

「………分かった」

そんな意思を一切見せずに荒垣は言葉を続ける。

「やれよ」

一方、奏夜達は花の詰まった籠に入った様な姿のシャドウ『剛穀(ストレングス)』と作り物の四足の獣の置物をイメージさせるシャドウ『運命(フォーチュン)』と戦っていた。

フォーチュンを守る様にその反応を奏夜達から隠したストレングスを最初に倒す事になった。

(シンジと天田はまだか!? 何をしている!?)

ストレングスと戦いながら明彦はそんな事を考える。

(アイツらはこういう作戦や約束は必ず守る様な奴らだ。何か有ったのか!? 二人して……二人…揃って?)

明彦の思考の中に疑問が浮かんでくる。そして、思い出されるのは二人の言葉

『仲間になったってのは、あいつの意思か?』

『復讐だなんて怖いですよね』

『願掛けって言うんですか?』

『俺にはやるべきことがある。こいつはケジメだ。俺にしか務まらねぇ』

そして、

『守ってやれよ』

自分が荒垣へと告げた言葉が全ての思考を一つに繋ぐ。

「美鶴! 後は頼む!!」

「明彦!?」

そう言って明彦は戦場から離脱して走り出していく。

「今日は天田の母親の命日だ! 何故気付かなかった!」

そう、奏夜と違って彼ら三年生はもっと気付くべきだった。気付くべき材料が全て手元に有ったのだから。…逆に奏から告げられた言葉で奏夜は今日誰かが命を落とす事は知っていたが、推理すべき材料が何一つ手元になかった。

「イヤな予感がする!!!」

そう、奏夜と風花が感じていた予感を感じ取った。だが、背中を見せた相手をシャドウ達が態々逃してくれる訳が無い。

―運命の輪―

突然姿を現したフォーチュンの目の前に上空から巨大なルーレット盤が落下してくる。

「「「え?」」」

思わず振って来た物に対し目が点になってしまう。…………流石に行き成りルーレット盤が現れたら驚くだろう。

そして、回転するルーレットの上に立つフォーチュン。

「…何がしたいの、あれ?」

「さあ。もしかして…止めて欲しいとか?」

思わずフォーチュンを指差しながら呟くゆかりにどう反応して良いのか分からないが取り敢えずそう言ってみる奏夜。

運命の名を持つシャドウがギャンブルを挑んでくると言うのは皮肉すぎるだろう。ある意味では心理かもしれないが…。

様子を見る為に一度距離を取っているが、フォーチュンが延々と回るだけで何もしてこない。

「…ストップ…?」

何気なくそう言ってみると何処か嬉しそうに止まったフォーチュンが、ルーレットの目を指して………止まっていた青から微妙に動いて青から赤の所を指した。

「っ!? 二人とも、緊急退避!!!」

「分かった」

「紅、お前も早く…」

直感的に嫌な予感から慌てて警告する。奏夜の警告に従って慌てて放れるゆかりと美鶴だが、残念ながら奏夜だけが運悪く逃げ損なう。

「しまっ!? うわぁー!」

足元で起こった爆発に吹飛ばされていく奏夜。そんな奏夜を見ながら、

「紅くん」

「紅!」

『奏夜君!? 大丈夫!? ………良かった大丈夫みたいです』

風花からの報告に安堵で胸を撫で下ろす二人。

「あー! あいつ、さっき少しだけ動いてルーレットを」

「言わなくても分かっている。堂々とイカサマをしてくれるとは…やってくれるな。ここは一気に叩くぞ」

「はい!」

奏夜不在でもある程度は戦える様にしていた経験が幸いにも良い意味で働いている。奏夜の事を心配しつつも、指揮権が一時的に美鶴に移動する。

…一気に勝負を着けようとイクサナックルを取り出そうとした時、美鶴は…

「っ!? 明彦…イクサナックルまで持って行ったな!?」

今回のイクサは明彦だったらしく、離脱した時にイクサナックルまで持っていってしまった様子だった。

「…明彦、後で処刑だな…」

一言物騒な呟きが漏れる美鶴だった。

一方吹飛ばされた奏夜は、

『奏夜君、大丈夫みたいで安心しました』

「ありがとう風花さん。…真田先輩が気が付いた事も気になるし…イヤな予感もある。ここは一気に勝負を着ける。…それに、ルーレットのイカサマのお礼もしたいしね。…キバット、タツロット!」

風花からの通信に答えると奏夜はポケットの中に隠れていたキバットとタツロットへと声をかける。

『はい、ゆかりちゃんと桐条先輩は誤魔化しておきます』

「うん、ありがとう」

ある意味、ルーレットのイカサマの結果は奏夜にとって当たり目、敵にとっての外れ目だったのかもしれなかった。奏夜のポケットの中からキバットとタツロットが飛び出し、

「オッシャー、キバって行っくぜぇー!」

「ビュンビュ~ン! 行っきまっしょう、奏夜さん!」

「うん。変身!」

キバットとタツロットを装着し、奏夜は基本フォームであるキバフォームを飛ばして一気に仮面ライダーキバ・エンペラーフォームへと変身し、フォーチュンとストレングスの居る戦場へと向かう。

美鶴の号令と共に駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十六夜

一時離脱させられた事を利用してキバ・エンペラーフォームへと変身した奏夜は戦場に飛び込むと同時にストレングスへとパンチを放つ。

「なに、あれ!?」

「金色のキバだと。キバにはまだ我々の知らない姿があるのか?」

一応、S.E.E.Sのメンバー達の前では、ドガバシキバフォームは置いておいて、バッシャーフォームとドッガフォームしか見せていないので美鶴の言葉はその事が原因だろう。

実際、ガルルフォームは奏夜が単独で戦っていた時、シルフィーフォームも分断させられた時に変身したので仲間達には目撃されていない。少なくとも、S.E.E.Sのメンバーで奏夜の意思で扱える全ての姿を知っているのは風花だけだろう。奏夜の意思で操ることの出来ない正体不明の黒いキバ(デスフォーム)の姿だけは例外では有るが。

付け加えるなら最近は私生活でもマシンキバーは使用していたりするが、主にキバの姿の時はブロンブースターに合体していて、バイクから奏夜とキバの関係が分からない様にすると言う念の入れようだったりする。

閑話休題(それはさておき)

キバE(エンペラー)が合流する前も厄介な攻撃方法を持っているフォーチュンを先に倒そうとしていたのだが、どうやってもフォーチュンには攻撃が当たらない。

そう、攻撃を無効にする耐性でも持っているのかと疑問に思っていたが、戦っている感覚では攻撃が何か見えない壁で阻まれているのではなく、もっと別の何か…何らかの方法で守っている様に思えてならないのだ。

(…やっぱり…)

フォーチュンへと放った拳の感触を確かめる様に何度か手を開く。その感覚は物理攻撃…この場合は打撃を無効にされた時の感覚とは明らかに違う。

美鶴達の様子を見ると二人の武器でもダメージは発生しなかったのだろう。…その感覚からフォーチュンが物理攻撃に対する完全な防御力を有しているとは考え辛い。そうなると考えられる理由は一つ。

(アイツの仕業か)

『はい、そうみたいです』

キバEが結論にたどり着くと丁度風花が彼にそんな通信を送る。

『皆さん、もう一体のシャドウが守っているみたいです。先にもう一体のシャドウを倒してください』

そして、改めてフォーチュンを守っているストレングスを先に倒すように全員へと通信を送る。少なくとも、これまで二体の大型シャドウが出て来た時は何らかの方法で互いに援護しあっていた。前例から考えても風花の言葉は間違っていないだろう。

「なるほど、もう一体のシャドウが守っている間にあのイカサマルーレットを仕掛けてくると言うわけか」

『そうみたいです』

敵の戦術は簡単だ、ストレングスがフォーチュンを能力を完全に守りつつ前衛として戦い、運任せとは言えフォーチュンが(イカサマ)ルーレットで援護すると言う形なのだろう。まあ、ディーラーが敵である以上イカサマされるのも仕方ないと言えば仕方ないが。

(…あのルーレットは結構厄介だから、先に倒したかったけど…)

そう、さっきは運良くダメージだけで済んだが、他の効果を持っている危険性も有る。それを考えると…。

(…イカサマ前提だと、ダメージが軽くなるのが当たり、って所かな)

流石に致命傷やそれに匹敵する大ダメージは見逃せないが、軽いダメージだけなら十分に許容範囲だ。

感電や凍結、毒などの状態異常に関しては完全に論外、ペルソナのスキルの中に-前者二つは攻撃スキルの付加効果として存在するが-有る攻撃スキルも以外と強敵との戦闘には有効なのだし。

(なら…)

「オッシャー、キバって行くぜ!」

マントを翻しながらファイティングポーズを取り、キバEはストレングスへと向かう。

―マッドアサルト―

そんなキバEを迎え撃たんとストレングスが突進してくる。相手の巨体の生み出すパワーは侮れないと咄嗟に判断し、地面を蹴って飛び蹴りを放つ。そのままストレングスの体を蹴って大きく後ろに跳ぶ。

(…今までの経験から考えると、多分この大型シャドウも剛毅のアルカナに属している、だとすれば攻撃魔法は使ってこないはず)

相手の攻撃パターンをそう推測する。断言こそ出来ないが恐らくはキバEの推測は間違っていないだろう。少なくとも、それはペルソナのスキルが使えないキバの姿の奏夜にとっては大助かりだ。

―五月雨斬り―

「はぁ!」

距離を詰めた瞬間激突するキバEのラッシュとストレングスの放つスキル。

「いつもの事だが凄まじいな」

「でも、どうするんですか?」

目の前では文字通りキバEとストレングスの正面からのぶつかり合いが繰り広げられている。最強フォームに変身したライダーと高い力を持った大型シャドウの正面からの殴り合いの中に飛び込むのは、ペルソナ使いとは言え打たれ強い方ではない二人には自殺行為だろう。

―ヒートウェイブ―

「ハァ!!!」

ストレングスの放った衝撃波を地面を殴りつける事で起した衝撃を使って相殺させながら防ぐ。キバEが反撃に移ろうとした瞬間、

―運命の輪―

再び振ってくる巨大なルーレット盤、そしてその中央に立つフォーチュン。高速で回転し始めるルーレット盤に対して、

(そんな物に…何度も付き合う気は無い!!!)

最初のイカサマのお礼か思いっきり力を込めてルーレット盤を殴りつける。

「ちょっと!」

「拙い、気をつけろ!」

キバの攻撃で回転が弱まりながら止まり始めるルーレットに対して思わず警戒する美鶴とゆかり。だが、

殴られた衝撃でイカサマをするよりも早く回転が止まり、青い面を指す。そして、青い面に止まった瞬間、キバEと美鶴、ゆかりの三人の足元が光だし、

「っ!?」

「なに!?」

「今度は何!?」

足元から輝く光が三人を包んだ瞬間、

「「「あれ?」」」

何も起こらなかった。いや、寧ろ何時もよりも力が漲っている感じがする。能力を強化するスキルを使った時の感覚にも似ているが…。

『あの、皆さんの攻撃力と防御力が上がってます。さっきのは皆さんを強化してくれたみたいで、当たりです』

風花からの連絡で何が起こったのか初めて理解できた。

「なるほど、どうやらヤツラにばかり有利と言う訳でもなかったようだな」

(取り敢えず、ダメージになるどうかは別にして……殴り飛ばせばイカサマをする間も無い、か)

相手が態々ステータスを強化してくれたのだ、この好機(チャンス)を逃す手は無い。そう考えたキバEと美鶴が動く。

「岳羽、援護を頼む!」

「はい! イオ!」

ゆかりの中から打ち出される彼女のペルソナ『イオ』。そして、

―中位疾風魔法(マハガルーラ)―

ゆかりのペルソナ・イオから打ち出された風の刃がストレングスを切り裂く。風の刃によって切り裂かれたストレングスの目の前に、キバEの飛び蹴りが飛び込んでくる。

「!!!」

キバEの飛び蹴りが決まった瞬間、キバEは直ぐにその場を離れる。

「今だ! ペンテシレア!」

―中位凍結魔法(マハブフーラ)―

美鶴の放った冷気がストレングスを凍結させる。

「ガルルフィーバー!」

タツロットのスロット面を回転させ、揃ったのはガルルの絵柄。キバEの手元に出現する魔獣剣ガルルセイバーのグリップの先端にタツロットを接続。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

グリップの先端に接続したタツロットから放出させれる炎によって上昇し、ストレングスを上空から、

-EMPEROR(エンペラー) HOWLING(ハウリング) SLASH(スラッシュ)!!!-

ストレングスを真っ二つに切り裂く。

『敵シャドウの反応消失…待って、再生はしてないけどまだ微弱に生きてます、油断しないで。あっ、もう一体のシャドウの反応出現します』

ストレングスを倒した瞬間、ストレングスの力によって隠されていたフォーチュンの反応が出現する。ストレングスはまだファンガイアタイプへの再生はしていないが、これでフォーチュンを倒す事が出来る。

路地裏…

「どうした。……やれよ。抵抗はしねえ」

乾に槍を首元に突きつけられながらも表情一つ変えずに言い切る。

「俺のやった事だ、報いは受けるさ。散々シャドウを相手にしてきたんだ、その槍を振るうのも慣れたもんだろ」

荒垣の言葉は自嘲するようにも、乾を挑発するようにも聞こえる。

「お前の言ったとおりだ。俺は……忘れたかった」

それは心からの本心なのだろうか、それとも…。だが、必死で忘れようとすればするほど忘れられなくなるものだ。必死で忘れようとすればするほど、その事を思い出してしまうのだから。

「仲間と放れたのも、ビビって薬で力を抑えたのも、要はそのためさ」

そう言って荒垣は空を見上げる。

「けど……無駄だった。体が忘れねぇんだ。気が付けば此処へ来ちまう」

それが此処に何時も荒垣が居た理由。

「あの頃とは見る影もねぇし、見たくもねえ場所なのにな…」

「……いいのかよ、少しは抵抗しろよ」

その荒垣の言葉を聞いていた乾の表情に険しい物が浮かぶ。

「お前はそれでいいのかよ!!!」

「一つだけ忠告しとくぜ」

荒垣は乾の必死の叫びに対して答える事も無くそう告げる。

「こんな俺の命でも、奪えばお前は俺と同じ重みを背負う事になる。そいつだけは覚悟してくれ」

その重さは決して軽い物ではない。それが人を殺すという事だ。荒垣は何時もその重さを背負ってきた。

何処まで逃げても、向き合っても、その重さは生きている限り永遠に変わる事も無い。いや、もしかしたら、それは死んでからも背負い続けなければならないのかもしれない。その重さを背負う事が、人を殺す覚悟と言うことだろう。

どう考えても、乾の年齢で背負うには重過ぎる、押しつぶされてしまいそうな覚悟だ。

「今は憎しみしかなくても、いつか必ず背負っちまう」

少なくとも、“仇”である以上一時的に憎しみがその罪の重さを軽くしてくれるだろう。だが、復讐の熱は果たしてしまえば何時かさめてしまう。その時に彼は背負わなければならない、人を殺した事の罪を。

その言葉に答えるように乾は槍を一閃。微動だにしなかった荒垣の頬が切られる。

「ふざけるな!!!」

心からの憎悪を込めた声で叫ぶ。

「そんなの、背負うもんか!!!」

心からの憎悪を込めて睨みつけながら、乾は叫ぶ。

「まったくその通りですよ」

「「っ!!」」

突然その場に新たな第三者の声が響く。

ゆっくりと奥の闇の中からストレガの一人であるタカヤが歩いてくる。

「そんな重みなど背負うはずがない、背負う必要も無い。少年……貴方の行いは“復讐”なのです」

まるで何かに宣言するようにタカヤは告げる。

「殺されたのだから、殺してもいいはず…。それは、いたって単純で、純粋な行動だ」

奪われたから奪い返す、騙されたから騙し返す、そして、殺されたから殺す。それは単純な復讐の形。そして、永遠に途切れずに続く憎しみの連鎖。

「テメェは!」

タカヤの顔を見た瞬間荒垣の顔に驚愕が浮かぶ。

「仲間が一人欠けてしまってね。先回りがしづらくなりました。思わぬところに遭遇ですよ」

そう告げたタカヤの顔にどこか楽しげな笑みが浮かぶ。この場に居合わせたのは本当に、完全な偶然だったのだろう。

「しかし、恐れる必要は有りません。これは通過点に過ぎない! あなた方は救われるのです」

何か重要な事を知っていると言う顔でタカヤは言葉を続ける。

「どのみち、あなたは死ぬ運命………。その“復讐”が成されなくともね。ペルソナの制御に薬を使い出して随分と立つはずです。あなたはもう長くない」

「………!」

「自分の体の事でしょう、分かっているはずです」

薬を提供している側だからこそ言える言葉。既に荒垣の命は長くは無い。それは乾にとって衝撃的過ぎる一言。

「もしかしたら、こうなる事を自ら望んだりしてたのでしょうか」

「どう言うことだよ、勝手に……………死んじゃうって言うのか? ぼくが何をしなくても」

それは、乾の決意も努力も無意味に帰してしまうほど重すぎる事実。

「そんなのアリかよ!!!」



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第五十七夜

さて、ストレングスを倒した事で隠されていた反応が復活した運命のアルカナのシャドウ『フォーチュン』だが、今まで倒した満月の夜にのみ出現する大型シャドウに恥じないだけの力は持っている。

―高位疾風魔法(ガルダイン)―

まだゆかりの会得していない疾風(ガル)系の魔法の高位のスキル『ガルダイン』を使ってキバやゆかり達を迎え撃とうとする。だが、

「ふっ!」

風の刃を潜り抜けながら放たれたキバEの拳がフォーチュンへと叩きつけられる。

フォーチュンはルーレットの出目によってダメージを与えるギャンブル性の高い独自のスキル『運命の輪』に気を付ければ単体での戦闘力から考えてストレングスほど強敵ではない。

実際、ストレングスはフォーチュンを守る壁になると同時にフォーチュンのルーレットでダメージを与えた敵に多彩な物理攻撃による追撃でトドメを刺す役割を持っていたのだろう。

今まで戦った大型シャドウ、その中でもエンペラーとエンプレス、チャリオッツとジャスティスと二体揃って戦う事になる大型シャドウは連携する事で単体以上の強敵となっていた。今回のストレングスとフォーチュンも前例通りだ。

「岳羽、キバの援護だ」

「はい! イオ!!!」

―中位回復魔法(メディラマ)―

美鶴の指示に従って召喚器の引き金を引くゆかり、彼女の内より打ち出されたペルソナ・イオによる回復魔法が全員のダメージを癒す。

―コンセントレイト―

同時に美鶴が発動させるのは一時的な魔法攻撃の強化の為のスキル。それによって強化された魔力が彼女の攻撃魔法をワンランク上の物にさえ匹敵する領域にまで強化する。

「ペンテシレア!」

―中位凍結魔法(ブフーラ)!!!―

キバEがその気配に気付いたと同時に後ろに跳ぶと、強化された凍結魔法がキバEと戦っていたフォーチュンに直撃する。

ダメージと同時に全身が凍結するフォーチュン、その隙を逃さず放たれたキバEのパンチが『運命』のアルカナを象徴する仮面を残してその全身を粉砕する。

路地裏…

「どう言う事だよ。勝手に………死んじゃうって言うのか? 僕が何もしなくても。そんなのアリかよ!!! それなら僕は、今まで何を……何の為に…」

乾は心の底からそう絶叫する。何の為に今まで生きてきたのか、やっと出会えた母の仇の命は自分が何もしなくても尽きようとしている。それは母を失ってから今日(こんにち)までの自分の人生を全て否定された気分だろう。

いや、荒垣は乾に討たれる為にS.E.E.Sに戻ったのかもしれない。自分がもう長くない事は、他でもない彼自身が一番よく分かっているだろう。だからこそ、それまで乾を守り、この場で討たれる為に…。

「死が何によってもたらされるか等どうでもいい事でしょう」

タカヤは表情一つ変えず、乾の感情の濁流を受け流す様に言葉を続ける。

「少年………君からは彼とは別の意味で生きている気がしない」

まるで乾の心の中を見透かす様に、

「…彼を殺した後で自分も死ぬ気だったのでしょう」

そう、母の仇を討つ事を目的に死にたいと思いながらも生きてきた彼にとって、目的が終わってしまえば最早生きている意味も無いだろう。

天田乾は言った『そんなの背負うもんか』と。当然だ、罪の重さを知る前に、背負う前に、自らも死ぬのなら背負う訳が無い。

タカヤは二人へとベルトに挿している銃を向ける。召喚器ではない本物の銃。

「タイミングが少し前後するだけです。どの道二人とも死んでいる様なもの……。楽にしてあげましょう、これは“救い”なのです」

『パァン!』と乾いた音が響くと同時に荒垣の太股から鮮血が飛び散る。

「……ぐっ」

再び銃声が響くと肩や腹部からも鮮血が飛び散る。

駅前…

「ふっ!」

焦りを感じなら再生の為に自分達の下から逃れようとする『運命』のアルカナの仮面へと拳を叩きつける。

過去に戦ったファガイアタイプへの再生は仮面を中心に行われていた。ならば、仮面さえ破壊してしまえば再生は無いだろうと考えた結果だ。陶器が割れる様な音を立てながら叩きつけられたキバEの拳によって半分が砕け散るも、キバE達の元から逃れる。

(っ!? 逃げられた! 今は時間が無いって言うのに)

何時の間にかストレングスの剛穀のアルカナの仮面もその場には無かった。間違いなくフォーチュンと戦っている間にキバE達の下から逃げていたのだろう。

『気をつけて下さい、敵の反応増大、ファンガイアタイプへの再生が来ます!』

剛穀の仮面が浮かび上がる際に引き上げられた黒いシャドウの残骸が子供が作る粘土の人形の様に練りあわされていく。だが、半身の砕かれた運命の仮面の方は上手く形とならない。すると運命の仮面は自身の仮面の破片諸共剛穀の方の人型の中に混ぜ込まれていく。

子供の作った人形から次第に形を変えるシャドウの残骸、アリジゴクを髣髴とさせる『アントライオンファンガイア』とシマウマを髣髴とさせる『ゼブラファンガイア』の姿を繰り返しながらその二つでもない新たな姿へと形を変えていく。

(何だ…あれは?)

「嘘だろ…」

アントライオンファンガイアの体と頭をベースにゼブラファンガイアタイプの手足を持ち、各部に紅葉を思わせる意匠を持つ装甲と翼を持つ姿。今までとはまた違う強化蘇生。

「…“レジェンドルガ”の能力まで取り込んでやがるのかよ…」

「っ!?」

キバットには新たなファンガイアタイプの姿の各部にある部分に対して見覚えがあった。どうやったのかは分からないが、今のままでは勝てないと判断したのだろうか、それとも単なる突然変異なのかは分からないが、キメラタイプとして再生する際に先代のキバが過去に戦ったファンガイアとは別の種族『レジェンドルガ』の中の一体『ガーゴイルレジェンドルガ』の能力を取り込んだのだろう。

新たな異形の胸に現れる運命の破壊された仮面、そして、剛穀の仮面を異形の人形が自身の顔に貼り付けると、色彩と硬質を得る。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

自身の最短に対して歓喜の咆哮を上げるファンガイアタイプ…否、『キメラファンガイアタイプβ』。

『敵、再生完了……。敵タイプ剛穀と運命、来ます!』

あまりの光景に唖然としていた一堂だが、風花の警告の声によって意識は現実へと引き戻される。

路地裏…

「………ぐっ」

「どうしました? あなたらしくもない。それとも、そこまで体が弱っていたりするのでしょうか」

崩れ落ちる荒垣を嘲笑う様に言葉を続けるタカヤ。そう告げた後、何かを思い出したと言う表情を浮かべる。

「一つ訊いてもいいですか? 貴方達の中にチドリと似た“情報の使い手”が居るはずです。貴方方の情報が早くてね、シャドウを守る事が出来ないのですよ」

それは『山岸風花』についての情報だ。既に情報を扱うペルソナ使いが抑えられている以上情報面でストレガが負けている現状でS.E.E.Sに対抗する為には自分達も相手のバックアップを抑えるのが定石だろう。………もっとも、奏夜がそんな事を許すとは思えないが。

「まあ…答えなくても構いませんが」

タカヤの言葉を聞き乾は何かを決意した表情を浮かべる。

「待って!!!」

そう叫び乾は荒垣の盾になる様に立ちふさがる。

駅前…

咆哮を上げ背中の翼を広げ空中から襲い掛かってくるキメラファンガイアタイプβ。

「このぉ!」

素早くゆかりが弓で迎撃しようとしたのだが、キメラファンガイアタイプβの体の強度の前に傷一つ負わせる事無く地面に落ちる。

「嘘!?」

(…岳羽さんとは相性は最悪だね、本来の防御力に加えて機動力、しかも防御が耐性じゃない以上…攻撃するだけムダか)

完全に援護に回って貰えれば安全だろう。どっちにしても、キバに変身した自分とシャドウとの戦いでは彼女達では前衛になれない。下手をすれば余波でも怪我をする危険があるのだし。

キバE(奏夜)がそんな事を考えているとキメラファンガイアタイプβは大剣を出現させてそれを振り下ろす。

―デスバウンド―

叩きつけた剣を中心に発生した衝撃波が一同に襲い掛かる。

「きゃあ!」

「くっ!」

両腕でガードして何とかデスハウンドに耐えるが、幸運にも耐え切れなかった美鶴とゆかりがキメラファンガイアタイプβの攻撃範囲から逃れる。

―五月雨斬り―

一瞬にして放たれる複数の斬撃がキバEへと襲い掛かる。

「ぐっ!」

キバEへ斬撃を加えた後キメラファンガイアタイプβはそのまま上空へと逃げて大剣を翳す。

―最上位疾風魔法(マハガルダイン)―

「っ!?」

放たれた最上級の疾風属性の攻撃魔法に対して素早く自身の中に存在する物をガルルからシルフィーへと変える。シルフィーの持っている耐性によりダメージは無力化されるが、流石に複数の相手へと向けられる風の刃を一身に受けているのだ、動ける訳が無い。

「拙いぞ、ここままじゃ…」

(…確かに…ここままじゃやられる)

焦りも有ったが間違いなくキメラファンガイアタイプβはこれまで戦ったシャドウの中でも最強に座している。反撃の手段が浮かばないと今までとは違う焦りを感じると、

「イオ!」

ゆかりの声が響く。

―中位疾風魔法(マハガルーラ)!!!―

ワンランク下だがキバEの動きを止めている物と同じ属性のスキルが風の刃によって動きを止められているキバEに直撃する。

「くっ」

直撃した所でダメージは無く、寧ろそれは…。

(相手の魔法が消えた)

同種の魔法による相殺へと繋がった。

「良し、上手く行った」

キバEが風の魔法による拘束から逃れた姿を見てゆかりは喜びの声を上げる。

『良かった、紅くん。今のうちです』

聞こえてくる通信と先程のゆかりの言葉で今の攻撃が自分を助ける物だったと理解すると、素早くタツロットへと触れる。

「シルフィーフィーバー!!!」

タツロットに揃ったのはシルフィーを意味するライトグリーンのマーク。それと同時にキバEの手の中に出現するシルフィーアロー。その中心部にタツロットを接続するとタツロットから光の弦が伸び、タツロットの口の中に光の矢が形成される。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

―EMPEROR(エンペラー) INFINITE(インフィニット) ARROW(アロー)!!!―

上空へと引き絞った矢を放つとそれはキメラファンガイアタイプβを避けて禍々しく輝く月へと向かって飛んだ瞬間、無数の光の矢となってキメラファンガイアタイプβへと降り注ぐ。

「!!!!!!!!!!!!!!!」

声にならない叫び声を挙げて尚も生きていたキメラファンガイアタイプβは落下しながらキバEへと襲い掛かる。

「終わらせる!」

出現する美鶴のペルソナ『ペンテシレア』。既にコンセントレイトによる強化は済んでいるのだろう。

―上位凍結魔法(ブフダイン)!!!―

落下してきたキメラファンガイアタイプβを凍結させ、されが止めとなったキメラファンガイアタイプβは砕け散る。

『敵シャドウの反応消滅、お疲れ様でした』

(…風花さん、ぼくはこのままブロンブースターで荒垣さん達の所に向かうから)

『分かりました。みんなには私から紅くんにはそっちに行って貰ったって連絡しておきます』

(ありがとう)

風花の労いの言葉にそう返してキバEは戦場から離脱するとブロンブースターを召喚する。

路地裏…

「待って!!」

そう叫び乾が両腕を広げながら荒垣の盾となる様にタカヤの前に立ちふさがる。

「僕だよ。それが出来るから…。だから僕は子供でも戦いに加えて貰ったんだ」

「………お前、何を!!!」

真実を知っている物にとっては明らかな嘘。………同でも良いが、一度タカヤ達は防空壕の時に彼らの探している風花には会っている筈なのだが………気付かなかったのだろうか、激しく疑問だ。

「真意の程は分かりませんが、素晴らしい覚悟だ!」

そんな乾の言葉に歓喜に近い感情を浮べながら叫ぶタカヤ。ある意味、今の乾の心根は彼らストレガに近いのだろう。

「………ぼくの復讐は、もう終わったんだ。此処に居る理由も、これ以上戦い意味も…僕も、もう必要ないんだ」

復習が終わった今、既に彼の中に生きる意味ももう無くなったのだ。だからこそ、此処で死ぬのも…。

「君はもう十分に生きたと言う訳ですね。いいでしょう。君を先にしましょう。楽におなりなさい」

そう言って持っている銃の引き金にゆっくりと力を込めていくタカヤ。

パァーン!!!

響き渡る銃声。イクサリオンから飛び降りるようにその場に到着した明彦の目に映ったのは、

足と腕、腹部に受けた自らの傷をおして乾を庇った荒垣の姿と、

「ぐ…」

銃を持っていた火傷を負った腕を押さえているタカヤの姿。

そして、明彦の視線の先に有るのは、イエティをイメージさせる仮面ライダー、『仮面ライダーレイ』と見た事の無いペルソナの姿。彼らの位置からは見えないが、レイの側にそのペルソナを呼び出したであろう人物の姿があった。



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第五十八夜

「くっ…何なのですか、貴方達は!?」

既に持っていたはずの手は火傷を負い銃はなく、それを行ったであろう相手へとタカヤは叫ぶ。

「先輩は後輩を助けるもの…らしいんでな」

イエティを思わせる仮面ライダー、仮面ライダーレイはタカヤからの叫びにそう答える。

「その様なふざけた理由で…」

レイからの返答に怒りを感じながらタカヤは召喚器を取り出し自身の頭に突きつけると引き金を引く。

タカヤより打ち出されるのは彼の宿すペルソナ…眠りの神『ヒュプノス』。背中から生えた翼と思われる部分に支えられた本体が力なく佇む姿は何処か弱々しいイメージを与えるが、持っている力は間違いなくS.E.E.Sのメンバーの持つどのペルソナよりも強大だろう。

「許しませんよ」

高位火炎魔法(アギダイン)!!!―

普通の人間…いや、力量の劣るペルソナ使いでは火炎への耐性が有ったとしても焼き尽くされんばかりの炎がレイへと向かう。特に外見からレイの弱点は炎を思わせているのもあるだろう。

「ペルソナ」

レイの呟きは炎に包まれると同時に消えるが、レイを飲み込んだはずの炎はレイの正面に現れる真紅のペルソナに逆に吸収されていく。

「なっ!?」

その光景に思わず驚愕を露にするタカヤだが、レイはその隙を逃さずに更なる追撃へと移る。

「返すぞ。『 』!」

真紅の炎の如き姿をしたペルソナはタカヤへと手を翳す。操るのはレイの姿からは想像のできない炎の力、

最高位火炎魔法(マハラギダイン)!!!―

「っ!?」

真紅のペルソナによって放たれた広範囲を飲み込む最高位の火炎魔法がタカヤを襲う。タカヤは焦りを覚えながらも内心では『愚かな』と嘲笑う。今の自分の居る場所にそんな広範囲を飲み込む魔法を使えば荒垣達さえも炎に飲み込んでしまう。

「な…に…」

自分を襲った炎が消えた瞬間、炎に巻き込まれた荒垣と乾を想像していたタカヤの表情を驚愕が彩る。炎が晴れた瞬間灰になったか焼け死んだかと思っていた荒垣達は先程と変わらない姿でそこに有った。しかも、地面に焼け跡一つ作っていない。

それは力を完全に使いこなし制御していたとしても簡単に出来る芸当では無い。相手とはペルソナ使いとしての力量に差が有るのは明らかだ。

しかも、彼のペルソナらしき炎の化身の如きペルソナの力は感じられるだけでも強大で、相手は仮面ライダーと言うペルソナ能力が無くとも人外の存在と戦えるだけの力を持っている。正面からぶつかったとしても勝てる訳が無い。

タカヤがそんな事を考えていると明彦のペルソナ・ポリデュークスの拳がタカヤへと向かって襲い掛かる。

「チッ!?」

慌てて避けることには成功したが、次からつきへと現れる邪魔に対して苛立ちを覚える。

「次から次へと、生きる意味の無いこんな少年を救ってなんだと言うのですか? ………興醒めですよ」

そう捨て台詞を言い残しタカヤは路地裏の闇の中へと姿を消していく。

「俺にも分からねぇよ」

タカヤの言葉に答える様に荒垣の言葉が零れる。

既に致命傷になっていても可笑しくない傷を負っている荒垣を唖然と見つめている乾へと荒垣は、

「へ………なんて顔してやがるんだ………。折角望みが叶うってのによ。良かったじゃねぇか」

最後の力を振り絞るようにして荒垣は乾へと言葉を続けていく。

「でもお前はガキなんだから、まだやりたいこといっぱいあんだろ。まだ、なんにでもなれる。だから、これからは、テメェのために…生きろ」

今にも消え入りそうな声だが命を賭した最後のメッセージは乾の心へとしっかりと刻み込まれる。

「僕は、そんな…」

「アキ…」

「…おまえ……の、言ったとおりこいつ……を……」

「もういい! 喋るな!!!」

「……だか…ら」

荒垣は明彦の制止の声も聞かずに言葉を続けていく。

「アキ…こいつを…ま………」

全てを言い切る事無く荒垣は崩れ落ちた。

「あ…………ああ、うあああ…ああああああああああああああああ!!!」

崩れ落ちた荒垣を呆然と見ていた乾の絶叫が響き渡る中、近づいてきたレイのベルトから蝙蝠型のロボット『レイキバットMk‐Ⅱ』が外れ、その変身が解除される。

「落ち着け、まだ微かに息はある」

仮面ライダーレイの装甲が解除されてその中から現れたライダースーツの青年はそう告げる。幸いにもタカヤに撃ちれた銃弾は急所にこそ当たっていないが、それでも危険な状態に変わりない。

「そうか!?」

ライダースーツの青年の言葉に明彦は召喚器を取り出す。治癒魔法によって治療なら影時間の中でも可能だ。だが、

「止めて置いた方が良いわ。内臓まで傷は届いてるし、今下手に強力な治癒(ディア)系の魔法は返って彼の体に負担が出るわよ」

ライダースーツの青年と一緒に居た女性が明彦を止める。明彦のボリュークスには確かに治癒(ディア)系の魔法は使えるが強力な物へと強化されてしまった以上、魔法による治療は返って逆効果となるのならペルソナは役に立たない。

「くっ、それじゃあ…」

「応急処置と、これ以上出血するのを防いで…影時間が明けるのを待って医療機関に運んだ方が良いわね」

そう言って二人の男女も何処かに立ち去ろうとする。

「待て、お前達は一体…」

「ペルソナ使いはお前達やストレガだけじゃないと言う事だ」

「縁が有ればまた会うでしょうね」

それだけ言い残して二人の姿は消えて行った。

『真田先輩、聞こえますか?』

「山岸か!?」

『今そっちに紅くんが向かって…「急いで、いや、美鶴に伝えてくれ!」え?』

「ストレガの一人に荒垣が撃たれた! 息は有るがかなり危険な状態だ!」

『はっ、はい、急いで伝えます!』

「そうか…念の為に先輩達に保険を頼んでおいたけど…良かった」

『そうでしたね。危険な状態ですけど、最悪は避けられそうですし…ストレガも撃退できたそうです』

風花の言葉にキバEF(奏夜)は安堵の息を吐く。先日の学園祭前の名護夫妻との会合もこの時のためだ。

『でも、上手く行ってよかったです』

「うん、満月の夜に大型シャドウ以外に誰かが命を落とすとすれば、作戦に参加せずに別の場所…その人にとって何かの理由がある場所に行くはず…そう思って居たけど」

先日名護夫妻に会った時に頼んでいた事、それはバウンティーハンター時代の人脈を利用して過去に次の満月の日である『10月4日』の前後にこの街で起こった事件にS.E.E.Sの誰かが関係しているのではと調べて貰った結果、路地裏のあの場所で乾の母親が命を落としたのが二年前の今日だった。

同時にストレガによる仲間の奪還の際に誰かが命を落とすのかとも考えていたので、念の為にチドリの居る病室には順平も含めて三人も戦力を割いた。

結果的に後者は無駄になったようだが、前者は風花の注意を払って貰っていた。叔父に連絡して助けを求めた先輩達には念の為の遊撃に回って貰ったが。

「…荒垣先輩が撃たれたのは判断が甘かったからだ…」

実際、先輩達にはどちらに場合にも対応できる位置に居て貰ったが、完全に二人居るという路地裏の状況を甘く見ていてしまった。いや、乾の敵が荒垣だともっと早く知っていれば……結果はもっと違う物だったはずだ。

『でも、紅くんが行動したから結果的に荒垣先輩は助かったんですから、元気を出してください』

「うん、ありがとう。一度変身を解いて真田先輩と合流する。影時間が明ける前じゃ無理だろうけど、少しでも早く病院に運びたいしね」

『はい』

翌日10/5

美鶴の手配や明彦や奏夜達の行動によって幸いにも荒垣は一命を取り留めた。だが、医師が言うには荒垣は意識不明の重態である事は変わりなく…少なくとも、S.E.E.Sへの復帰は意識を取り戻すまでは無理だろう。

生命維持装置をつけて何時目覚めるか分からない眠りの中に居る荒垣の病室へと明彦が訪れる。

「よう…。相変わらずだな、子供の頃から変わってない。黙ってないで返事くらいしろよ。…何時もそうだ、お前は」

明彦は返事が返ってくることのない荒垣へと言葉を続けていく。

「何時も黙って勝手に行っちまうんだ。こっちの身にもなれってんだ。…ったく」

明彦はそのまま苦笑を浮べる。

「………ふっ、逆だと言いたいのか? ……そうだな。力だ、理屈だと一人で突っ走ってたのはオレの方だ。妹を…美紀を失ってからオレはひたすらに力だけを求めてきた…。力さえあればどんな物でも守れると思っていた。だが、どうだ!?」

明彦は慟哭する。今まで求めていた力が足りなかったのか、根本的に間違っていたのか、それはまだ分からない。だが、分かりきっている事は一つだけ。

「結果はこの様だ! ……まるで必死なオレを笑うかのようにな」

あと一歩、仮面ライダーレイが現れるのが遅かったら荒垣は命を落としていたかもしれない。結局、明彦はまた守ることが出来なかった。…それは…。

「戦ってりゃ死ぬかもしれないって、そんな事! 分かってたはずなのに!!! オレは戦う事に夢中で何も見えてなかった!!!」

何も見えてなかった。過去を知っている明彦ならば、もっと早く気付いても良かったのに、それなのに…。

「いくらカッコつけて走ってみたって結局このザマだ!!! 馬鹿みたいじゃないか!!!」

明彦は慟哭する。己の無力さを、弱さを、愚かさを呪う様に。

「…すまないな」

一通り胸の奥に突き刺さっていた物を吐き出すと晴れやかな顔で顔を上げる。

「気が済んだ。子供の頃もこうやってよく泣いていた。だが、オレはもう」

そう言って明彦はベッドに眠る荒垣へと背中を向けて、

「子供じゃない」

そして、その表情に晴れやかな笑みを浮かべて、

「いいかシンジ…。そこで暫く休んでいろ。お前が目を覚ます頃には全てを終わらせる。まだオレにはやることが有る。まだ、前に進める…。そうだろ?」

決意の心が明彦に新たな力を呼び覚ます。ボリデュークスは新たな姿へと進化する。彼のアルカナである『皇帝』に相応しい姿を持った地球を抱いた白き皇帝『カエサル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮…

その日、乾は夜遅くになっても寮に戻っていなかった。

「天田君…遅いな…。もうこんな時間、お腹空いてないかな、何か食べたりしているのかな…?」

ロビーで風花はまだ戻っていない乾の事を心配していた。流石にしっかりしていると言っても乾は小学生なのだ、心配するなと言う方が無理があるだろう。

「天田君、帰ってきますよね?」

風花が不安げに呟く。乾には既に戦う理由がなくなってしまった。そして、荒垣の重態の原因も…。だからこそ、戻ってくるのか不安になるのも無理は無いだろう。

「………私、やっぱり!」

「ちょっと待って、心配なのは分かるけど…一人で飛び出しても…」

「でも、でも…」

「風花、落ち着いて! 心当たり有るの?」

慌てて飛び出そうとする風花を止める奏夜とそう言って思いとどまらせるゆかり。

「ないけど…でも、でも!!!」

「あー…こう言うと煽る様だけど……心当たりは有るんだよね」

「本当ですか!? 何処に…」

「だから、落ち着いてって」

実際奏夜には乾が行っていそうな場所に一つだけ心当たりが有る。だが、間違いなく其処は風花一人で行かせるには危険な場所だろう。

「あいつの事は放っておけ」

聞き様によっては冷たく切り捨てている様にも聞こえる明彦の言葉。

「連れ戻したところで何かが変わるのか? 天田自身のけじめだ。どう生きるかは自分で決めるしかない。結局はそんなの自分しだいだ」

それは一つの心理だろう。

「…自分で決めるしかない」

「明彦…」

全ての決断は結局の所自分で決めて行動するしかない。初めてこの寮に来た時にサインする前に言われた言葉を思い出す。

(…ぼく達に出来る事は…どんな決断をしたとしても受け入れてあげる事、後一歩が踏み出せないなら……背中を押してあげるだけか…)

自分達か乾に出来る事はそれだけだと思う。…念の為に次狼さん辺りに様子を見に行って貰うべきかとは思っているが。……奏夜も奏夜で心配なのだ。

「私………。晩御飯作る。みんなで食べよう」

晴れやかな笑顔でそう告げる風花。だが、

「…手伝うよ」

「ぼくも手伝うよ」

風花の決意にゆかりと奏夜がそう答える。

どうでも良い事だが、どう見ても言い出せる雰囲気ではないのだが、『料理の形をした兵器』が作り出されるのを阻止する意思が盛大に存在していたりする。

まあ、彼女の料理の技術はシルフィーの指導と奏夜の必死の戦いによって確実に向上している。…五つに一つはマトモに食べれる物が出来るほどに。

流石に彼女の料理でS.E.E.S全滅などと言う笑えない結末だけは絶対に阻止しなければならないだろう。…現に屋久島の時は一度その危機を迎えてしまったのだし。

「…ねえ、奏夜くん…。私、不安なんです」

「…風花さん?」

夕飯の支度中風花がそう話しかけてくる。

「荒垣先輩だけじゃなくて…また誰かが居なくなるんじゃないかって…」

「…大丈夫だよ…」

「奏夜くん…」

「…ぼくがそんな事はさせない…。どんな事になっても、ぼくが誰も死なせない…。ぼくは…“仮面ライダー”だからね」

ふと、そんな言葉が零れた。

路地裏…

其処に乾の姿は有った。

「もう………分かってるんだ。悩んでたって何も変わらないって…」

彼の中には既に一つの答えは存在していた。

「そうさ…。ホントは分かってたんだ。母さんは“力”を抑えられなくて、自分の弱さに飲まれたんだって…」

全ては分かっていた。乾の母は己自身の弱さに飲まれたと、

「シャドウになった母さんから僕を守ってくれたのは荒垣さんで…。でも荒垣さんも母さんと同じで…。分かっていたんだ、みんな。全部…誤魔化しなんだって」

荒垣を憎む事で、自分の気付いていた真実を誤魔化していた。それが彼の復讐の真実。

「誰かを憎んでいれば立っていられた。だから…僕は」

誤魔化しでもそれが有ったからこそ、乾は立っている事が出来た。

「僕は…僕だけで生きているのが怖かったんだ。こんな、“可哀想な僕”は周りから拒絶されるんじゃないかって。それでも崩れる家から僕を庇ってくれたのは、母さんだ。そして、今回も…」

同じ場所で二度も守られた。唯一の救いは荒垣が命を落としていない事だろうが…そんな事は何の慰めにもならない。

「僕って守られてばかりじゃないですか。生きてるなんて、辛いだけなのに…」

必死に復讐だけを支えに生きてきた日々、それが今までの乾の人生の全てだった。

「でも…まだ大丈夫なんですよね」

空を見上げながらそう呟く。

「とりあえず…目が醒めるまでやれるだけの事はやっておきます、荒垣さん。母さんも…もう大丈夫だから」

それが乾の心に現れた一つの決意。そして、それは新たな力を呼び覚ます決意。復讐の神は無限を意味するメビウスの輪を宿したような姿のペルソナ『カーラ・ネミ』へと変わる。

「っさてと。みんな心配してるだろうな。寮の人達変わった人達ばかりだけど、皆良い人達だからな。やっぱり僕が一番まともかも」

心の其処から晴れやかな表情で乾は帰路に着く。

「でもなんか戻りづらくなっちゃったな。なんて言ったらいいかな。心配かけてごめんなさい。気にしてませんから。んー、こう言う事って事前に考えるものじゃないよね。まあ、初めはこう言おう」

乾は寮のドアを開くと出迎えるように揃っていた仲間たちに、

「ただいま」

そう告げた。



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-Ⅷ- 正義《ジャスティス》
第五十九夜


真っ白な空間の中で対峙するキバの姿の奏夜とファルロス…。奏夜の足元からは何故か12の影が伸びている。

「いきなりだけど、お別れしなきゃ…君と」

ファルロスからの第一声がそれだった。

「今だから分かる…。君と友達になれた事は僕にとって奇跡みたいなものなんだ。そして…僕は僕自身の役割がはっきり分かった」

キバの足元から伸びる影からそれぞれのシャドウのアルカナを象徴する仮面を着けた12体のファンガイア達、それはこれまで奏夜が戦ってきたファンガイアタイプ達の姿だ。ファンガイア達が現れて奏夜に並ぶと一斉に人間の姿へと変わり、同時に奏夜のキバの鎧が砕け散る様にキバへの変身が解ける。

「今まで集まっていった記憶の欠片…遂に全部繋がったんだ」

どう言う意味か理解した時、声を出したくても口が動かず声が出ない。

「君と会えた事は僕の宝物だ。例え今日が最後になっても“絆”が僕らを何時でも繋いでる。…忘れないで」

例えどれだけ放れていても、それが死であったとしても、人と人の絆だけは永遠に断ち切れない。ファルロスがそう呟いた瞬間、他の奏夜達が消え去り12の仮面だけが残る。

「今まで楽しかった」

最後にファルロスから告げられるのは感謝の言葉と、

「…じゃあね」

振り向きながら大人の姿へと変わったファルロスを漆黒の鎧が包みこんだ瞬間告げられた別れの言葉。

そんな奏夜の影から現れる異形の影。朽ち果てた異形の怪物の屍が巻き戻されるように形を取り戻していく。

「『 』」

声にならない声で奏夜はその名を呟くと、奏夜の手の中に異形は一枚のカードとなって収まっていく。

それが、近い未来で起こる、避けられぬ別れと力の完成の瞬間。………此処にいたるまでの物語を語るには、時は僅かに遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪こそ避けられたが、荒垣が結局意識不明の重態に陥ってしまう言う結末を迎えた満月の戦いから数日後…

『……今夜はちょっと冷えそうだ。もうすぐ冬が来るよ』

影時間の夜…

『…なんだか疲れてるみたいだね。何か有った?』

「うん、色々とね」

何時もの様に部屋に現れた少年ファルロスの言葉にそう返事を返す。

こうして、ファルロスと出会う度になのだろうか、それとも大型シャドウを倒す度にそうなっているのだろうか、少しずつだが自分の中に潜む死神の存在が強く・はっきりと感じられるようになってくるのは…。

『……この世界じゃ毎日沢山の人間が死ぬんだ』

「…人だけでもね。人以外も入れれば……『死』が無い日なんて無いのかもしれないね」

『そうなのかもね。でも、そんな事は風や水の流れと同じもの。今までは…そう思ってた。でも今はちょっと違う』

「違う?」

『うん。僕にも友達が出来たからかな』

「そうだと思うよ、ぼくも」

あるいは恋人でも、家族でも、仲間でもいい。大切な人間が居るほど死と言うのは強く感じる。そして、心の何処かで死を実感するからこそ、生を感じることが出来る。

『…このごろ、はっきりと感じることが有るんだ』

ファルロスがそう言葉を切り出す。

『僕が言う“終わり”の事を“滅び”と呼ぶ者も居るみたいだけど、…それは凄く近づいてきている。君は何も感じないのかな…? 僕らは共にある存在のはずなのに、何で僕だけが思い出すんだろう』

何処か悲しげにファルロスは呟く。

『…これはとても辛い事だよ。もしかすると僕は君には受け入れて貰えない存在なのかもしれない』

「そうだね…それは辛い事だと思う」

そもそも奏夜も“ファンガイア”の“クォーター”。奏夜も『他人には受け入れて貰えないかもしれない存在』なのだ。

『……今日は変な話をしちゃったね。僕が君の友達なのは変わらない筈なのに…』

「うん。ぼくも…誓うよ。君が何者でも、友達だってね」

『じゃ…今夜はこれで…。おやすみなさい』

「冬…か」

「おう、アイツの言ってた通りもう直ぐ冬だけどよ~、それがどうかしたのか?」

制服に着替えながら昨夜のファルロスの言葉を反芻する様に呟く奏夜にキバットは疑問の声を上げる。確かにもう直ぐ冬が近い。だが、冬と言う季節が連想させるのは『死』と『終わり』。

「…改めて思うと、ファルロスの言ってた冬って言うのは“終わり”の事なのかも知れないね…」

「…“終わり”が近いってか? ったく、お前の考えすぎなら良いんだけどよ」

「…ぼくも、これが考え過ぎなら良いって思ってるところだからね」

そう、平行世界の奏夜である奏の言っていた事を考えると大型シャドウは次の満月に出てくる12体目のシャドウで最後だが、まだまだ戦いは本当の意味では終わりはこないと言う事になる。そして、その先に奏の警告の先に有る未来の分岐点も…。

「ところで、そう言うのを考えるのは後にした方がいいんじゃないのか?」

「あ゛」

キバットが翼で示した先に有る時計に表示されている時間を見た瞬間、奏夜の表情が凍りつく。………そろそろ出ないと冗談抜きで遅刻する。

「行ってきます!」

脇目も振らずに部屋を飛び出していく奏夜を見送りつつ、キバットは欠伸をするとナイトキャップを被りなおして優雅に二度寝を始めるのだった。………付け加えるとタツロットはまだ寝てたりする。

その日の放課後…久しぶりに生徒会の方に顔を出した奏夜は校内での喫煙事件の捜査をしている風紀委員の『小田桐秀利』と事件について話した後の帰り道…。

(…『孤高』と『孤立』ね…。あれ?)

「や、風花さんも今帰り」

「あ、奏夜くん」

何処か落ち込んでいる風花と会った。

「ところで、最近落ち込んでるようだけど…どうしたの?」

「うん…実は…」

放課後の月光館学園の屋上で風花は夏紀と話していた。

「転校!?」

風花は夏紀の言葉を聞いて驚きの声を上げる。

「あんたも物好きだよね。嫌な女が出てくってのに惜しんだりして」

以前うおどうかは分からないが、今は夏紀は風花にとって大切な友達だ。

「転校しちゃうなんて全然知らなかった…」

「言ってどうなるもんでもないっしょ。暗い話になんのもヤだしね…」

最後まで風花とは笑って別れたかったのだろう。

「パパが急に倒れちゃってさ…。難しい病気らしくて、直ぐには治んないんだって…。ウチあんまお金ないし。なんつーか、ノンビリしてらんなくて」

夏紀は感慨深く呟く。

「気付いてみりゃ、あたしの世話焼くような物好きはアンタだけだったな」

夏紀の言葉に風花は悲しげな表情を浮かべる。風花にとって夏紀が始めての友達と言っていい。そんな相手とこんなに早く別れるのは辛いのだろう。

「前に言ったよね、あたしはアンタと同じだって。ウチの親…あたしに興味とか全然無くてさ。だから、アンタが寮に入った時、ちょっと羨ましかった」

両親が居ないのではなく単純に放れたいだけ。だが、それは一歩間違えれば後悔に繋がる事もある。そう、だからこそ………

「…でも、アンタんとこ話して何とかなりそうってんなら、早めに話しときな。ウチのパパ…今の様子じゃ当分話とかできなそうだし。ハハ、何言ってんのかね、暗い話ヤダって自分で言ったクセにね」

友達である風花には後悔はして欲しくないと言う彼女なりの気遣い。

「何時…出てっちゃうの?」

「ん…一週間後。もうこの景色も見納めか」

夕焼けに染まる屋上から見える町並みを見つめながら、夏紀はそう呟く。

「なんだって…」

夏紀との会話の内容を話してくれた風花に対して奏夜は。

「…風花さん…。友達と別れるのは…辛い?」

「…辛くない訳…ないじゃないですか…」

「ゴメン」

失言だったと思って直ぐに謝る。だが、

「だけど…本当に友達なら、どれだけ離れていても絆と心は、繋がっているはずだよ」

「…絆と心…?」

「うん。どれだけ短くても、その絆が本物なら、心でなら繋がってるはずだからさ」

「…そう、ですよね…」

一週間後…

「もぅいいのに、見送りなんて」

駅前、其処に風花と夏紀の姿があった。

「そんな訳にもいかないよ…」

「授業途中でフケたりしたのなんて初めてなんじゃない?」

「…そうかも。でも前まで不登校だったからあんまり変わらない」

「そうだった」

そう言って二人は笑い合う。

「言っとくけど、あたし結構ゲンキよ。アンタに会えて…けっこう変わったからネ。今はやれる事やってみようって思ってる。…だから、アンタもやりたいこと探しな」

「私の…やりたいこと…」

風花は夏紀の言葉に戸惑ってしまう。

「私…今まで、人に好かれなきゃ居場所は無いんだって思ってた。だから嫌われるのが怖くて、何時も周りに合わせて…。私、自分がホントは何がしたいかなんて、考えたことなかった…」

「ハハハ、アンタらしいよ。ヤならシカトしときゃいいじゃん」

風花の言葉に夏紀は何時もどおり笑って返す。

「…でもあたし、風花の事好きよ。風花自身が自分の事嫌いでもね…」

「夏紀ちゃん…」

「じゃ…行くから」

風花に手を振りながら夏紀は駅の中に消えていく。

「あ」

そんな夏紀を見送っていると大事な事を思い出す。

(連絡先! 何も知らない!)

風花がそう思い出した瞬間、メールの着信音がなる。それに気が付いた風花が携帯電話を開くと、『夏紀だよ』と言うタイトルのメールが着信していた。

ごめんね、アンタの友達にメアド聞いちゃった。でも、これで“離れてても繋がってる”でしょ? 何時だって話せるよ。今まで、ありがとね。あたし、ちょっとだけ泣いてるw

 追伸、紅って奴がアンタの事泣かせたら何時でも言ってよ、一発殴りに行くからさ

「…夏紀…ちゃん…」

大切な友達との繋がりをかみ締めるように風花は携帯電話を抱きしめる。

「…なんか、分かっちゃったよ。私…この“力”に目覚めたのは自分の性格のせいって思ってた。人の気持ちばっかり気にしてるから…だから“探す力”なんだって…」

彼女の表情に晴れやかな笑顔が浮かぶ。

「…でも、私にも出会いがある。みんなが仲良くしてるだけで、奏夜くんの傍に居れるだけで、私、凄くうれしいの。私は…それをずっと見ていたい」

それに気が付いた風花の心が彼女に新たな力を目覚めさせる。薄っすらと浮かび上がった彼女のペルソナ・ルキアの姿が変化する。ピンク色のドレスを纏った女性のような姿をしたペルソナ『ユノ』。

「離れてても繋がる力。私のペルソナは…“結ぶ者”」

奏夜の言葉の意味を理解する。いや、奏夜は最初にその事に気付いていたのだろう。影時間と言う壁を越えて己と仲間達とを何度も結んでくれていた彼女の力を。だからこそ、そんな彼女だからこそどれだけ離れていても心で繋がり続けていると信じていた。

「私が願う“絆”そのもの」

己の心に気付けたからこそ、彼女は新たな力に目覚めることが出来た。

「“離れてても繋がってる”…。この力でやれるだけのことをやる。それが、私の願い…。ふふ、言葉にすると当たり前ね」

空を見上げながら呟くと後ろを振り返り、

「だよね、奏夜くん?」

「あ…あははは…;」

風花の言葉に思わず苦笑しながら出てくる奏夜。

「何時から気付いてた?」

「気が付いたのはさっき。なんだか、奏夜くんが其処に居る様な気がしたの。でも良いの、奏夜くんって優等生でなのに」

「別に。一度くらい学校サボってもそう簡単には落ちないから、大丈夫」

「もう、桐条先輩に怒られてもしらないから」

「あはは…その時はその時ってね。それじゃ、見送りも終わったし、どうする?」

「ふふ、今から戻ったらもう放課後よ」

そう言って奏夜と風花は歩き出す。



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第六十夜

10/21

「よっ、チドリン」

順平は何かを小脇に抱えてヒマワリの花束を持って、チドリの病室へとお見舞いにやってくる。此処の所ほぼ日課と化している行動だったりする。

彼女はそんな順平をベッドに横になったまま一瞥する。

「…………。何よ、それ」

「ラフレシ屋で買ってきた。こんな味気無い部屋じゃ寂しいだろ~。此処に飾っとくぜ」

そう言って順平は何も飾られる事無く置かれていた花瓶にヒマワリを生けると、もう一つ持ってきた物をチドリへと差し出す。

「ほら、あとこれも」

「あ…」

それはチドリの持っていたスケッチブック。

「けど、他のもんとかはやっぱ返せねぇってさ」

「…別に期待してない。監視されてる身だし」

スケッチブックを受け取りチドリはそう返す。他の所持品は流石に返せない物が多いのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「でも、此処に居れば順平が来る…。だから、今は此処でいい」

チドリから何気なく告げられた言葉に順平は顔を真っ赤に染める。

「そ…そっか。へへ、来るよ。全然来るよ、俺」

嬉しそうに、照れくさそうに、順平はそう答えた。

10/30

「なーに、描いてんの?」

その日、スケッチブックに絵を書いていたチドリに順平はそう声をかける。

「そう言えば、チドリの描いた絵って見たこと無いな」

「なんだっていいでしょ…」

「見してよ」

「…ヤダ」

「いいじゃんよー、それくらい」

「………」

陽気に話しかける順平と何処か素っ気無い態度で返すチドリと言う図が繰り広げられている中、以前持ってきた花が萎れている事に気付く。

「持ってきた花萎れちまってんな、また持って来ないとな」

チドリは萎れているヒマワリの花を一輪手に取ると、萎れていたヒマワリの花がまるで“生命力”を与えられた様に萎れる前の姿を取り戻していく。

「すげ…!」

目の前の光景に順平は驚きを露にする。

「何ろ、今の! どうやったの!?」

「…私のを少し分けただけ。私の“力”は生命エネルギーを放出できる。人を“探知”できたり、“撹乱”できたりするのはその応用…」

「ほへー…。治癒の力って、こんな事まで出来んだ。すっげ、マジックみてぇ…」

素直に感心しているが、順平はその事の危険性に気付いているのだろうか、生命エネルギーを放出できると言うのは…一歩使い方を間違えれば…。

「別にスゴクないわ。順平だって力があるんでしょ? 少し力の方向性が違うだけ…」

「…オレ」

チドリの言葉に順平はゆっくりと口を開く。

「ペルソナの力を取ったら、正直何も無いんだ。“正義の為”なんて口ばっかで…」

順平が思い出すのは他の仲間たちの事。だが、所詮正義などは無限に存在している。奏夜にも奏夜の正義が有る様に、他の仲間達にもそれぞれの、戦う目的と言うべき正義が存在て居る。

「桐条先輩やゆかりんみたいに強い目的が有る訳でもないし、真田先輩みたいに強さを求めてるって訳でもないし…。風花にだって戦ってる理由だって有るんだろうし…」

何のために戦っているのかと言う理由を考えると、己には仲間達にある目的等存在していない事に改めて気付いた。

年下の乾には最初は母親の敵討ちと言う物が有った。アイギスにも自らの使命と言う理由も有った。コロマルにも自分の飼い主と過ごした場所を守ると言う理由があった。明彦には今度は荒垣の分まで戦うと言う理由も出来た。

そして、風花と同じ様に戦う理由こそ分からないが、複数のペルソナを操りリーダーにも抜擢されたクラスメイト…奏夜の顔が浮かぶ。

「あいつなんて、戦う理由もオレよりすげぇ力も、持ってるしさ」

蟠りが無くなったとは言っても、心の何処かに残照程度は残る。そして、それと同時に羨望も持っている。

そして、言葉にこそ出していないがキバの姿さえの頭に浮かぶ。あんな風に強くなりたいと何処かで憧れていた。だが、初めてイクサを使った時は……無様な結果に終わってしまった。

「オレほら、ハンパってゆーかさ。何のために戦ってんのか…」

自分だけが戦う理由も何も無い事に気付かされてしまう。

「つか、何のために生きてんだろうな…」

「何のために…生きる?」

生きている目的……夢と言い換えても良いそれも、自分の中には何も無い。そんな事を思ってしまう。

「ガキの頃はさ、バカみたいな夢とか有ったけどな…」

「…夢?」

「メジャーリーガー。…アホだろ? まぁ、ガキの時なんてそんなもんだろ」

「わかんないな…。私は…小さい頃のこと、あまり覚えてない。覚えてるのは…」

チドリ、彼女が思いを馳せるのは過去の記憶。記憶に残る価値も無いのか、忘れているのか……それは定かでは無いが、唯一つだけ…。

「白い部屋…。ずっと真っ白…。病院は嫌い…」

ただその一つだけ…

そして、時は最後のその瞬間へと、流れていく。

11/3

ムーンライトブリッジの上…と言うよりも遥か上空、天空に浮かぶ影時間の禍々しい月光を一身に浴びた巨大な最後のシャドウ、十二番目のアルカナ『刑死者』のシャドウ『刑死者(ハングドマン)』。

皮膚が引っ張られる形で巨大な十字架の様な物に吊るされたその姿は、処刑機具か拷問道具に捕われた罪人の姿の様にも見える。上下逆となっている頭の仮面は刑死者(ハングドマン)のアルカナに相応しい姿にも見える。

「はぁ!」

そのハングドマンに見下ろされている様な位置で、ムーンライトブリッジの上、奏夜達S.E.E.Sのメンバーと戦っているのは、最後のシャドウを守ろうとするストレガの残りの二人であるジンとタカヤ。

奏夜のペルソナ・ガルルの放つ重力魔法(グライ)を避けたタカヤが奏夜へと銃を向ける。奏夜はタカヤが引き金を引く前にタカヤの懐へと飛び込み、奏夜の振るう剣がタカヤの持つ銃を弾く。

―ドックン!―

(くっ、何だ…今の感覚…?)

タカヤと戦いながら己の中の何かが歓喜の声を上げている様に感じる。

「まだです!」

彼が召喚器の引き金を引いた瞬間、タカヤの背後から現れる運命のアルカナに属する彼のペルソナ、眠りの神『ヒュプノス』。

「来い…」

奏夜も頭に召喚器を突きつける。最後の決戦に備えベルベットルームで新しいペルソナも用意してある。それを使おうと召喚器を突きつけた瞬間、己の中の玉座に座主存在が何かに変わった事を感じ取る。

(っ!? これは、まさか…!?)

己の中に存在していたそれが真の名を奏夜へと告げる。同時にシルエットだけだった、奏夜の中のペルソナカードに絵が現れる。

(…そうか…これが!?)

ボロボロの黒衣と髑髏の様な仮面、背中にはマントの様に棺を繋ぎ、その手に持つのは無銘ながらも命を刈り取る死の剣。それこそが、13番目のアルカナ『死神』に属する奏夜の中に存在していた、新たなるペルソナ。

ハングドマンを視界に納めると、黒衣のペルソナは真に生まれ出でた事への歓喜の叫びを上げる。

「『タナトス』!!!」

神格を与えられし死『タナトス』。

奏夜はその相手のペルソナの名を知らず、またタカヤはこの奇なる偶然を理解しているのかは分からない。だが、ペルソナの原型となりし神話に於いて兄弟として共にあった二柱の神は、互いに敵として対峙した。

(っ!? ダメだ…ぼくに扱える範囲のペルソナの筈なのに…気を抜いたら今にも暴れだしそうだ!)

一瞬でも気を抜けばタナトスは最初の夜の様に暴走しそうになる。だが、制御するのにも苦労するその力は言い方を変えれば、それだけ強大な力を有していると言う事の証。

「「これで…」」

奇しくも重なる奏夜とタカヤの言葉。

互いの主の命に従い、タナトスとヒュプノスは魔法スキルの発動の体勢へと移る。

―核熱魔法(メギド)―

最初に放たれたのはタカヤのヒュプノスからの核熱魔法(メギド)。そして、それに遅れる形で奏夜のタナトスから放たれるのは、

―中位核熱魔法(メギドラ)―

奇しくも同種の魔法ながらも、その位は奏夜の放つそれが一段階上回る中位核熱魔法(メギドラ)。

ぶつかり合う二つの魔法だが、二つの魔法は一瞬の拮抗の後、タカヤの物を押し返し始めていく。

「バ、バカなっ!?」

「…行け…!」

中位と初級…その差は大きな差となり、この結果へと直結した。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

ペルソナの恩恵か、己の魔法による軽減か、それともその両方なのか、吹飛ばされながらもまだ立ち上がる気力の残っているタカヤは最後の力を振り絞り立ち上がる。

その足元に吹飛ばされて来るのは他の仲間達が戦っていたジン。そして、タカヤへと剣を突きつける奏夜の元に他の仲間達も合流する。

「……ぼく達の…勝ちだ!」

「終わりだ、降伏しろ!」

奏夜と美鶴の言葉が響く中、ストレガの二人はフラフラとした様子でレインボーブリッジの端まで移動する。

「………くっ! 結局勝てへんのか…!? “力を与えられた”わしらは、自ら目覚めよったモン等には勝てへんのか!?」

響くのは敗北したジンの慟哭。

「まあええ…。行ってシャドウ倒したらええ。お前等の戦いがなんやったか…それで全部わかんやろ!」

「ジン…もういいのです」

尚も言葉を続けようとするジンをタカヤが止める。

「さて…普通はこの辺りが潮時でしょうかね…」

そう言ってタカヤはレインボーブリッジの端へと背中を預ける。その行動でタカヤの目的を察したのかジンもまた同じ様に背中を預ける。

「薬で制御しないと力が保てぬ、時の限られたこの体…。力を失ってまで生き永らえるなど無意味…!」

「捕まって恥さらすんは、死んでもゴメンや! よう見とけ、わしらの生き様!」

「っ!? 待て!」

奏夜が叫びながら止めようと走るが、既にその行動は遅かった。二人の体はムーンライトブリッジからその下の海へと落下していく。

急いで手を伸ばすも奏夜の手は虚しく空を切る。下を見下ろしても人工の光の無い影時間では海面の様子は伺うことは出来ない。だが…

「ストレガの反応…消失しました」

風花の言葉が響くと、彼女のペルソナ・ユノが消えて立ち眩みを起した様に倒れそうになる。奏夜は慌てて風花の側まで駆け寄ると彼女の体を支える。

あの状況で反応が消えたと言う事は、可能性は二つ。一つはユノの探索範囲から完全に離れたと言う可能性、もう一つは…。

「生きているにしても、もう我々の邪魔は出来ないだろう。あとは…」

そう言って視線を向けるのは上空に浮いている刑死者(ハングドマン)のシャドウ。

「奴を倒すだけだ」

「だが、何人戦える?」

そう言って明彦は後ろを振り向く。実際、ペルソナ使い二人との戦いは思った以上にダメージは有った様子だ。

「すみません」

「くぅ~ん」

消耗が激しいのは小学生である乾とコロマルの一人と一匹。

「私はまだ大丈夫ですけど…」

「オレッちもまだ戦えますよ、真田先輩」

「私もまだ行けます」

消耗は大きいものの十分に戦えるゆかり、順平、アイギスの三人。

「オレと美鶴も問題は無い、だろ?」

「ああ」

「紅、お前はどうだ…結果的にストレガの一人と一騎打ちになってしまっていたが…」

「ぼくの場合逆に絶好調です。寧ろ、戦う前より好調なくらいです」

「私も大丈夫です」

明彦、美鶴、風花の三人も十分戦える。そして、タカヤとの戦いで新しいペルソナ・タナトスを手に入れた奏夜は寧ろ好調と言ったところだろう。

「…消耗の大きい天田くんとコロマルは此処で風花さんの護衛を、他のメンバーは最後のシャドウとの戦いに」

奏夜の言葉に静かに頷く。そんな中、ゆかりが手を挙げる。

「あのさ、あんな所に居る相手にどう戦えばいいの?」

「………えーと…アイギス、岳羽さん、銃撃や射撃でダメージを与える事は出来る?」

「ふむ、遠距離攻撃か、中々いい考えだ。よし、岳羽、アイギス、一斉射撃だ」

「はい!」

「了解であります」

奏夜と美鶴の言葉に答えて銃撃と矢を放つが残念ながら途中で失速していく。

「……やっぱり、接近戦しかないか……。もう少し近づいてみよう」

真下に行けば何か分かるかもしれない、と思いながら刑死者(ハングドマン)の元へと向かっていく。



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第六十一夜

「あれは?」

乾とコロマルを風花の護衛に残してムーンライトブリッジを進み、上空に浮かんでいる大型シャドウ・ハングドマンの丁度真下になるであろう場所に着くと、新たに三体のシャドウの姿が確認できた。

「石像、かな?」

ゆかりがそう呟く。仮面を着けたマリア像の様な形の三体のシャドウ。タルタロスの中でも似た様な固体と遭遇した事も理由の一つだが、一番の理由は…。

「それにあの仮面は、刑死者のだ。……多分、上空居るシャドウと何か関係有る」

『紅君の思ったとおりだと思います。あの三体のシャドウから、上空の大型シャドウと同じ反応を感じます』

風花からの通信が響く。どっちにしても、放置する訳には行かない相手なので倒す心算だったが、奏夜の予想通りあの三体のシャドウはどう言う方法でかは不明だが、上空に浮かんでいる大型シャドウと関係が有るのなら、倒せば何か状況は変化する。

「岳羽さんは全員の援護を、アイギスは遊撃に廻って不利そうな人のフォローを」

「分かった!」

「了解であります!」

「順平は左、桐条先輩は中央、真田先輩は右を」

「オッシャー!」

「分かった」

「任せろ!」

奏夜の指示に各々が返事を返す。

「僕と岳羽さんの魔法攻撃を合図に攻撃開始、僕はダメージが大きそうな相手を狙うから、其処は二人掛かりで一気に勝負を着ける。…それじゃあ…」

「任せて、イオ!」

「ガルル!」

二人の内より打ち出されるペルソナ、イオとガルル。そして二体のペルソナは同時に同じ性質の魔法を発動させる。

―中位疾風魔法(マハガルーラ)―

―高位疾風魔法(ガルダイン)―

二人の放った疾風の刃は一つに重なり、より巨大な竜巻へと姿を変えて、三体の石像を飲み込む。それを合図に三人はそれぞれ指示された相手へと攻撃を開始する。

「行っけぇー、ヘルメス!」

「ペンテレシア!」

「カエサル!」

二人の疾風(ガル)系魔法によってダメージを受けた三体の石像に対して、三人が同時にペルソナを発動させる。

―中位火炎魔法(アギラオ)―

―高位凍結魔法(ブフダイン)―

―高位電撃魔法(ジオダイン)―

三体のペルソナの放った炎、氷、雷がそれぞれ指示された相手へと向かって放たれる。

「やったか?」

「桐条先輩。それって、生存フラグらしいですよ」

『はい、敵健在です』

奏夜の言葉を肯定する様に風花の報告が響く。爆煙が晴れた瞬間現れたのは疾風魔法のダメージは有ったものの、それ以外のダメージを受けた様子の無い石像達の姿。

(…三人に魔法が返って来た様子は無い…。反射が無いのは安心したけど、耐性か無効を持っている…)

少なくとも、そう推測すると先程の指示のままで戦わせるのは攻撃の為の手札が削られる。ならば…

「三人とも、作戦変更! 別の相手に攻撃を! 念の為に魔法じゃなくて、物理攻撃をメインで! 岳羽さんはこのまま遠距離と疾風(ガル)系で援護を、アイギスは誰かと合流して一気に叩く! 風花さんは石像の弱点を、念の為に一体ずつ!」

「分かった」

「了解であります!」

『分かりました、やってみます!』

二人へと指示を飛ばすと小剣を持ち直して奏夜は急いで三人と合流する。少なくとも、三体とも疾風属性に対する耐性は無いのだろう事は先程証明されている。

(…ダメージは似た様な物、だったら…)「ガルル!」

―月影―

蒼き人狼の姿のペルソナ・ガルルの放った斬撃が、奏夜から一番近かった中央の石像の体を切り裂く。その様子からして石像達はタルタロスに出現する似たタイプの固体とは違い、自由に動けないようだ。

…あれも自由に動くと言って良いのかは疑問だが、考えても見て欲しい…。仮面着けたマリア像モドキがピョンピョンと飛び跳ねながら襲ってくる姿を。……不気味以外言う言葉が思いつかない。

「ふっ!」

続いて中央の石像の担当になった明彦がストレートを打ち込む。幸い物理攻撃は問題なく有効だった様子だ。アイギスが順平の、ゆかりが美鶴の援護に廻り二対一の構図が出来上がる。石像達も炎、電撃、氷を打ち出しながら反撃してくるが、それほど協力でではなく、並の番人級レベルだ。だが…。

(物理攻撃系のスキルと普通の攻撃だけじゃ時間が掛かり過ぎる。…それまでアイツが大人しくしてるとは思えない)

その時、そう思って上空に浮かぶハングドマンを見上げたのは偶然だった。

「え゛?」

『皆さん、急いで回避を! 大きいのが着ます!』

「一旦引く!」

-ゴッドハンド-

上空から襲い掛かる衝撃が回避したS.E.E.Sの六人を吹飛ばす。幸い風花と奏夜の指示を聞いて直ぐに動けた奏夜、ゆかり、明彦、美鶴の四名は直ぐに体勢を立て直せたが、

「痛っ…」

「くっ」

僅かに回避の遅れた順平と、順平を庇って直撃を受けたアイギスのダメージは大きい。

「二人とも、無事!?」

「へへっ、まだまだ」

「七転び八起きであります」

奏夜の言葉に二人は立ち上がりながら答える。敵は此方の攻撃が届かない上空から強力な物理攻撃系のスキルで攻撃し放題。連発こそは出来ないだろうがそれでも石像達に手間取っていれば危ない。

「二人とも、直ぐに回復させるから! イオ!」

―中位回復魔法(メディアラマ)―

「へへっ、助かったぜ、ゆかりっち」

「ありがとうであります」

ゆかりのペルソナ・イオの放つ癒しの光が順平とアイギスの傷を癒す。一度体勢を立て直したものの状況は不利である事は変わりない。

(…キバになればキャッスルドランを召喚してアイツを倒せる。だけど、今の状況じゃ変身できない。だったら、タナトスを召喚して先に石像を…いや、ダメだ)

キバには変身できず、タナトスは強力な分だけ消耗も大きい。後者の手段はハングドマンを残している状況では使えない。

『皆さん、解析終了しました。敵シャドウ運命タイプ。奏夜くんの予想通り、それぞれ似ていますが別種のシャドウみたいです。それぞれ耐性が違いました』

「マジかよ!?」

「それで、何が効かないの!?」

『はい、無効属性は右から雷、氷、炎です。丁度紅くんが最初に指示した相手には順平君、桐条先輩、真田先輩の得意な属性は効かないと思ってください』

順平とゆかりの言葉に答える風花。そのアナライズ結果に思わず頭を抱えたくなる。

(…僕の最初の指示は悪すぎたか…)

直ぐに対応できた物の相手への指示は悪過ぎた。運悪く唯一の耐性に対応する相手を選ぶ時点で運が悪すぎる。

「真田先輩、桐条先輩、魔法攻撃は派手に纏めて吹飛ばす位やって下さい、一体は耐性で防げても残りにはダメージは有ります。ぼくも協力します」

「なるほど」

「分かった」

奏夜の考えが分かったのか美鶴と明彦が笑みを浮かべる。

「ペンテレシア!」

「カエサル!」

撃ち出される二人のペルソナ。

―上位雷撃魔法(マハジオダイン)―

―中位凍結魔法(マハブフーラ)―

雷撃と吹雪が三体の石像へと襲い掛かり、雷と氷のどちらにも耐性を持たなかった左の石像が、そのまま雷撃と凍結の中に飲み込まれて消えていく。そして、奏夜も召喚器を己の額へと突きつける。

己の中の玉座に座すモノは信頼する四魔騎士(アームズモンスター)ではなく、最強の黒衣の死神(タナトス)でもなく、この日の決戦の為に用意した切り札だったペルソナ。タナトスにその座は奪われたものの、強力である事に変わりない。

「来い…『スザク』!」

奏夜の内から打ち出されるのは高らかに声を上げる空の覇者。美しい真紅の翼と、尾羽を広げ高らかに産声をあげる聖鳥。

本日の決戦の為に奏夜が新たに用意していた『節制』のアルカナに属する四神の中の一体、南方の聖獣のペルソナ。真紅の翼を広げた南方の守護者がその力を存分に発揮する。

―上位火炎魔法(アギダイン)+火炎ブースター+火炎ハイブースター―

アクティブスキルと呼ばれる常時能力を強化するスキルの一つ『ブースター』。上位と下位のブースターを同時に会得させ上位魔法の破壊力をワンランク上の破壊力に限りなく近づける。

「焼き尽くせ!!!」

スザクの放つ炎が残す石像…雷撃と凍結…耐性を持たない側のダメージを受けた二体では、それに抗う手段は無い。

石像が撃破される度に、上空に浮かぶハングドマンの体勢が次々と崩れていく。そして、最後の石像が撃破された瞬間、ハングドマンの体が地上へと落下する。

「ようこそ…………地上へ! みんな、総攻撃チャンスだ!」

「オッシャー!」

「オッケー!」

「任せろ!」

「分かった!」

「了解であります!」

奏夜の指示に同時に返事を返すと、空中に浮かぶ力を失い、射程圏に飛び込んだハングドマンへと総攻撃を開始する。

「イオ!」

「カエサル!」

―中位疾風魔法(マハガルーラ)―

―上位雷撃魔法(ジオダイン)―

落下しながらゆかりと明彦のペルソナから放たれた風の刃とに切り裂かれ、雷撃に焼かれ、

「ヘルメス!」

「召喚シークエンス」

―ギガントフィスト―

―ヒートウェイブ―

順平とアイギスのヘルメスとパラディオンの一撃がハングドマンを吹飛ばし、

「ペンテシレア!」

―コレステレイト+上位凍結魔法(ブフダイン)―

強化された凍結魔法がハングドマンの巨体を地面へと縫い付ける。

『み、皆さん凄いです』

「…攻撃が届かなかったのが頭に来てたの、かな?」

思わずその様子に苦笑してしまう。が、直ぐに大地へと縫い付けられたハングドマンへと視線を向けなおす。

必死に凍結による拘束から抜け出そうともがいているが、それは奏夜の中に在(あ)る黒衣の死神への恐怖心なのだろうか。

「…暴れないでよ…。そんなに騒がなくても、召喚(だ)してあげるから!」

奏夜の内より撃ち出される黒衣の死神(タナトス)。タナトスは己の獲物が手の届く場所に有る事に対する歓喜の喜びを上げる。

「さあ、行け!」

奏夜はそう呟き、黒衣の死神を縛る最後の戒めの鎖を解き放つ。

戒めから解き放たれた黒衣の死神・タナトスは、背中に背負う棺をマントの様に翻し、翼の様に広げ、無銘ながら全ての命を刈り取る剣を振るい、地面に縫い付けられた哀れな獲物へと襲い駆る。

―アカシャアーツ―

―五月雨斬り―

必死に己へ迫るタナトスへと攻撃を繰り出すが、辛うじて放ったスキルは逆にタナトスのスキルにより切り払われる。

―ブレイブザッパー―

最後の一撃により切り裂かれたハングドマンは刑死者の象徴たる仮面を残し黒い泥に変わって消滅する。己の勝利を喜ぶ様に咆哮するとタナトスは奏夜の中へと戻っていく。

「…さあ…結構きつかったけど…そろそろ第二ラウンドか」

『はい、敵刑死者タイプ、反応増大、再生始まります。気をつけて、敵ファンガイアタイプ…来ます!』

風花の警告と共に浮かび上がる刑死者の仮面。それはハングドマンを構成していた黒い泥の様なモノだけではない。まるで、街中から外に出たシャドウを吸収する様に次々と集まっていく。

「なに、あれ?」

「嘘だろ?」

思わずそんな声を上げるゆかりと順平。

「バカな」

「おいおい、階級が違いすぎるぞ」

流石の上級生二人…美鶴と明彦も驚愕のあまりそれ以外言葉が無いと言った様子だ。

「…過去最大の大きさであります」

「…言われなくても分かるよ…これは」

思わず見上げてしまいたくなる巨大な姿。シャドウの仮面が何処に有るのか等どうでも良い上に検討もつかない。

「おいおい…嘘だろ、これも有りなのかよ?」

ポケットの中から顔を出しながらキバットも奏夜にだけ聞こえる様に気をつけながらまた呆然と呟く。

「…『サバト』なんて…」

キバットの呟きがその新たな敵の名を告げた。敵、ファンガイアタイプ改めファンガイアタイプ・サバトは自らの産声を上げる様に咆哮を上げた。



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第六十二夜

その想像を絶するファンガイアタイプ・サバトの巨体に唖然としているS.E.E.Sの面々に対し、当のファンガイアタイプ・サバトはゆっくりとした動作で腕を振り上げ、

『みなさん、危ない!』

響く風花の警告がそれよりも早くS.E.E.Sの面々が正気に戻り、ファンガイアタイプ・サバトの振り下ろした腕を避ける事に成功する。

「敵戦力は此方の予想以上であります。リーダー、一時撤退を提案するであります」

「オレもアイギスに賛成だ! 流石に奴は階級が違いすぎる!」

アイギスと明彦の言葉も最もだ。流石にペルソナ使いと言え、大型シャドウの『大型』と言う名が可愛く見える程の巨大な体を持ったファンガイアタイプ・サバトを相手に何の策も無く勝てる訳が無い。

「…ぼくは賛成ですけど、桐条先輩は?」

「……流石にこれは一旦引いて体勢を立て直した方が得策だろうな」

「流石のオレっちもこんなのの相手は無理ッス」

「私も賛成です。ってか、どうやって戦えばいいんですか!?」

奏夜の問いに美鶴だけでなく順平とゆかりも答える。一時撤退は反対者無しの満場一致で決定したが、問題は一つだけ存在する。そう、大き過ぎる問題が、だ。

サバトの顔の部分から撃ち出される光弾がムーンライトブリッジを、引いては其処に立つ奏夜達を襲う。

「くっ! 簡単には逃がしてくれそうも無いね」

ファンガイアタイプ・サバトの放った光弾を避けながら取り出した召喚器を取り出すと、奏夜は己の中に座するモノをタナトスからガルルへと変える。

「喰らえ…」

蒼き人狼が奏夜の内より打ち出される。少なくとも、現状に於いて足止めに最適な能力を持っているのは、ガルルだ。

―高位重力魔法(グラダイン)―

ガルルの放った巨大な重力場がファンガイアタイプ・サバトの腕を地面へと縫いつける。そんな奏夜へと、光弾を放とうとするファンガイアタイプ・サバトだが、

―上位重力魔法(マハグラダイン)―

続けて放たれた暴力的な重力波がファンガイアタイプ・サバトの体を叩きつけ、重力の渦が地面へと縫い付ける。

……確かに重力系の魔法は全てのシャドウの弱点になる事は無い特殊な魔法とは言え、上位の魔法だと言うのに、ファンガイアタイプ・サバトの巨体の動きを止めるのが限界だった。

「皆っ! 殿はぼくが勤めるから、今のうちに撤退を!」

「だが、紅、お前一人では…」

「少なくとも、今最低限こいつを抑えられるのは、ぼくだけですよ。そう言う訳で、リーダー代理、お願いします」

そう、耐性を無視して確実に足止めが出来る重力魔法を使えるのは、この中で奏夜だけだ。

「くっ、すまない、殿は任せた」

「分かり…っ!?」

奏夜を殿に一時撤退しようとした時、奏夜の上位重力魔法(マハグラダイン)による拘束から逃れたファンガイアタイプ・サバトが動き出そうとする。

「っ!? タナトス!!!」

動き出したファンガイアタイプ・サバトに対して素早くガルルから変えたタナトスを召喚する。小剣を持ってファンガイアタイプ・サバトに挑むタナトスだが、二体の大きさの差は歴然だ。

―五月雨斬り―

相手の振り回す腕を避けながら近づいた瞬間、一瞬の間に放たれた無数の斬撃がサァンガイアタイプ・サバトの体に傷を着ける。

(…流石に大きさが違いすぎるか。山岸さん、みんなは?)

『はい、もう大丈夫です。変身行けます!』

「分かった!」

一度タナトスを戻し、ファンガイアタイプ・サバトの腕を避け、時には切りながら相手の反対側へと滑り込む。

「キバット! タツロット!」

「オッシャー! こいつが最後だ、キバって行っくぜぇー! ガブ!」

「ビュンビューン! 行っきますよー!」

「変身!」

奏夜の腰に出現したベルトのバックルにキバットが、腕にタツロットが装着され、最後の大型シャドウの変貌したファンガイアタイプと戦う為に、奏夜は金色の皇帝・『仮面ライダーキバ・エンペーフォーム』へと変身する。

「さあ、これが最後の戦いだ!」

まだ知りたい真実は欠片しか手にしていない。だが、少なくとも………幾月の言葉を信じるのなら、この戦いはシャドウとの最後の戦いだ。

「「「キバって行くぜ(行きますよ)!!!」」」

新たなフエッスルを取り出し、それをキバットへと加えさせる。この戦いは正に『総力戦』。奏夜にとってザンバットソードを除く全ての戦力を使うと言う意思。

「キャッスルドラーン!!!」

~~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪♪

影時間の夜に響き渡るフエッスルの音色。それと重なる様に何処からか響くドラゴンの城の咆哮。

一方、奏夜を除いたS.E.E.Sの面々は当初の予定通り、風花達の居る場所まで一時引いていた。

「くそ、あんな無茶苦茶なのどうやって勝てってんだよ!」

思わず順平の口から悪態が零れる。それについてはその場に居る全員が同意見だ。

「…いや、方法はある」

ふと、美鶴がそんな言葉を呟く。その言葉に全員の視線が彼女へと集まる。

「美鶴! それは本当か!?」

「ああ、明彦。流石に普段のシャドウとの戦闘には使えなかったから忘れていたが」

驚きの声を上げる明彦にそう言って美鶴が取り出したのはイクサナックル。今までは対ファンガイアタイプ用の切り札でも有ったが、サバトに対抗できるとは思えない。

「…出来ることなら“絶対”に使いたくなかったのだが…状況が状況だ、仕方ないだろう」

「あの、桐条先輩、それでどうやってアイツに対抗するのですか?」

「ああ、実は元々イクサの装備の一つ面白い物が有っていな。戦闘用の特殊車両も含まれているんだ」

「特殊車両?」

「説明する時間も惜しい。明彦、使え!」

「ああ!」

ゆかりの言葉にそう答えた後、美鶴は明彦にイクサナックルを投げ渡す。

《レ・デ・ィ》

「変、身!」

《フィ・ス・ト・オ・ン》

電子音と共に明彦が仮面ライダーイクサ・バーストモードへと変身すると、美鶴は新たなフエッスルをイクサ(明彦)へと投げ渡す。

「これを使え」

「これは?」

「『パワードフエッスル』だ。誤って使う事を避ける為にこうして私が預かっていた訳だ。だが、それを使えば今回の切り札が使える」

美鶴の言葉に従ってイクサ(明彦)はイクサナックルにパワードフエッスルを読み込ませる。

《パ・ワ・ー・ド・イ・ク・サ・ー》

響く電子音。そして、海面に水柱が立つ。

「おわ! な、なんだ、もう切り札ってのが来たのかよ!?」

「いえ、違います、あれは…」

水飛沫が飛び散る中から現れるそれは、

「「「「「ド、ドラゴン!?」」」」」

正確にはドラゴンの頭と羽と手足が生えた城の一部だが…。流石に今まで戦ったシャドウの中にも存在して居ない。

「おー、あれがドラゴンでありますか。なるほどなー」

「って、アイギス、驚くところだから、今!」

「見てください、あっちにも何か居ますよ!」

乾の指差す先に居るのは、咆哮を上げながら禍々しい満月の照らす夜の空を飛翔するドラゴンの城・キャッスルドラン。

「あれって……ドラゴンのお城?」

「…山岸、あれもシャドウ…なのか?」

少なくともドラゴンと城の融合体等美鶴達の知識の中にはシャドウだけしか存在して居ないだろう。

「山岸、どうした?」

「え!? あっ、はい!」

「………山岸、驚くのも無理は無いだろうが、あの二体のドラゴンの事を調べてくれるか?」

「あ、すみません。…二匹ともシャドウの反応はありません」(い、言えない…紅くんのお城だなんて)

内心そんな事を思いながら風花は美鶴の言葉に、答えを濁しながらそう答える。流石に奏夜と関係が有る等と言えないが。

そして、風花を除いたS.E.E.Sの面々は突然現れたキャッスルドランともう一体のドラゴン…直面した者達にとっては巨大と言えるが、まだまだ子供と言われても信じられるものでは無いだろう。それが、巨龍の城・キャッスルドランの天守閣部分となる幼竜(パピー)『シュードラン』。

シュードランはキャッスルドランの姿を見て嬉しそうな、親に甘える子供の様な鳴き声を上げながら空中を舞うキャッスルドランの元へと飛翔する。

『…えっと、紅くん…目立ちすぎです! 皆警戒しちゃってるよ!』

《…ごめん、流石にそっちの事をあまり気にしてる余裕なかったから》

奏夜との単独回線に切り替えた通信でそんな会話を交わす奏夜と風花。先程から何度も聞こえる衝撃音は、キバEに変身した奏夜がファンガイアタイプ・サバトと戦っている戦闘音なのだろう。

「って、ちょっと! また何か来た!」

「って、おわ!? なんだ、ありゃ?」

「来たか!」

地響きを立ててムーンライトブリッジに向かって来る、キャッスルドランと対極に有るこの影時間の闇の夜には白い重機。

「お、おい、美鶴…まさか、あれが切り札なのか?」

「ああ」

イクサ(明彦)の言葉に頷きながら美鶴は答える。

「これがイクサリオンと共に作られたイクサの装備の一つ」

十年の月日を経て開発されたかつてのイクサの騎馬たる戦獅子・イクサリオンと並ぶメカドラゴン。

「素晴らしき青空の会」によって開発されたそれをイクサやイクサリオンと共に新たに作り上げられ、影時間に対応される形で再生されたレプリカの一つ。イクサ専用のティラノサウルス型巨大重機、その名も、

「『パワードイクサー』だ!」

「いや、重機でどうやって戦うんですか!?」

「ってか、オレ達未青年ですよ、誰も重機なんて運転できませんって!」

「…それなら問題ない。今は影時間だ。急いであのファンガイアタイプを倒せれば無かった事になる」

…少なくとも、既に銃や剣等銃刀法は違反しているのだから、無免許運転が加わった程度今更だろう。

「それに、イクサナックルを通じて操縦できる。それに戦闘に於いても問題ない、後部には投擲型の武器も装備され、パワーも有る」

「と、兎も角、これ以上紅を待たせられない! オレは行くぞ!」

気を取り直してパワードイクサーに飛び乗るイクサ(明彦)。運転についての疑問を感じさせない軽快な動きでファンガイアタイプ・サバトの元へと爆走していく。

「…運転は本当に問題なかったみたいですね」

「…ってか、真田先輩ばっかズルイっすよ!」

「…そう言う問題なんですか? …ちょっと、羨ましいって気はしますけど」

上からゆかり、順平、乾の順番である。

(紅くん…)

一人奏夜の無事を祈っている風花だった。

「おお、来たか、シューちゃん♪」

「さあ、行こうか!」

キバEがムーンライトブリッジから飛び降りると素早くキャッスルドランが回収する。そのままファンガイアタイプ・サバトと対峙する様にキバEを頭に乗せたキャッスルドランが対峙する。

そして、キャッスルドランにシュードランが合体し、普段は抑えられていた十三の魔族の一つ・ドラン族最強の怪物と謡われた“グレートワイバーン”の凶暴性が完全に解き放たれる。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

咆哮を上げて先制攻撃とばかりに口から撃ち出される光弾がファンガイアタイプ・サバトから撃ち出される光弾と相殺される。

ファンガイアタイプ・サバトとキャッスルドランの間で繰り広げられる壮絶空中戦。サバトの光弾を避けながら反撃として放たれるキャッスルドランの城の左右に装備されたミサイルがファンガイアタイプ・サバトに直撃する。

ミサイルの直撃を受けながらも、ファンガイアタイプ・サバトは触手を武器に接近戦を挑もうと近づくが、キャッスルドランはそれを避けて光弾を放つ。

「行ける、空中戦ならこっちの方が上だ!」

「オッシャー、このまま決めるぜ!」

空中戦は圧倒的にキャッスルドランがファンガイアタイプ・サバトに対して優位に立っている。そう思いながらキャッスルドランの一斉射撃が撃ち出される。

「っ!?」

ミサイルと光弾による一斉射撃が直撃したと思ったが直ぐに間違いだったと気付く。キバEが見上げると上空にファンガイアタイプ・サバトの姿が見える。

次の瞬間、ファンガイアタイプ・サバトが無数の黒い泥をキャッスルドランへと投げつける。

「なに!?」

「おいおい、こいつ、こんな芸当まで出来るのかよ!?」

黒い泥が変化していく。『運命』のアルカナを告げる仮面を着けた黒い泥がゆっくりと異形の姿へと変わる。黒いネズミを思わせるファンガイアの姿をしたシャドウがキャッスルドランの上に現れたのだ。

「…元々シャドウの召喚能力を持っていたのか…」

「ったく、それが今度はこんな物を呼べる様にパワーアップしたのか!?」

ファンガイアタイプ・サバトと戦うキャッスルドランの頭部から飛び降り、キバEは新たに出現するラットファンガイアタイプと対峙する。



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第六十三夜

「はっ!」

キバEのパンチがラットファンガイアタイプの体へと突き刺さり、ラットファンガイアタイプはそのまま黒い塵となって消滅していく。

ファンガイアタイプのシャドウと言っても、ラットファンガイアタイプは他の固体に比べて遥かに弱い。番人級よりもやや下と言った所だろうか?

だからこそ、ラットファンガイアタイプはエンペラーフォームとなった今のキバの敵ではない。

だが、

「っ!?」

足場となっているキャッスルドランがファンガイアタイプ・サバトと戦っている為に常時足場が揺れて、常に其方にも気を配る必要も有る。そして、

『…………!』

「っ!? またか」

キャッスルドランの上空をファンガイアタイプ・サバトが取るたびに新たなラットファンガアタイプが召喚される。個々の能力は低いと言っても、相手の底が見えない無制限の戦力に晒されていると言う事実はキバEの精神を徐々にだが、確実に削っていく。

「ったく! 厄介な奴だぜ!」

「それは同感!」

キバットの言葉に同意しつつ、キバEが新たに出現したラットファンガイアタイプへと応戦しようとした時、

「っ!? 何だ!?」

キャッスルドランの悲鳴と共に今までに無い揺れが襲う。見れば、何発かファンガイアタイプ・サバトの放った光弾が直撃した様子だ。

キバEからの指示無しのキャッスルドラン単独での戦闘は、僅かにキャッスルドランの動きを鈍らせているのだろう。

「くそ、こいつ等を召喚したのはそう言う狙いも有ったって訳か!」

「…厄介だね、ホント!」

苛立ちを隠さず、新たに出現したラットファンガイアタイプを睨みつけながらそう言い放つ。相手の狙いが分かったとしても、自分の真後ろに居る敵を放置する訳には行かないのだ。正面に居る敵を無視して奥に居る敵を狙うのとは訳が違う。キバEだけの現状では特に、だ。

『あの、紅くん』

「風花さん?」

ふと、風花の声が聞こえてくると焦りが消える。不思議に心地よい感覚を覚えながら、ラットファンガイアタイプに応戦する。

『あの、今其方にイクサに変身した真田先輩が向かってます』

「流石にサバト相手だと、イクサでも不利だと…」

『それなら大丈夫です! 桐条先輩が切り札を用意してくれたてましたから』

「切り札?」

『はい』

「おっ! もしかして、パワードイクサーって奴も作ってたのか?」

「キバット、知ってるの?」

『え? キバットさん、知ってたんですか?』

「まあっ、前のイクサにも有った奴だからな。んな事より奏夜、もう少し下に落すぞ!」

「分かった! キャッスルドラン!」

キバEの指示を受けたキャッスルドランが垂直に上昇する。それとキバE達の戦っている同時に垂直になる。

当然そんな状況では経っている事が出来るモノは少ない。ラットファンガイアタイプ達も例外では無く、壁となった足場に指をかける事で落下する事を防いでいた。

キバEは逆に重力に逆らう事無く、寧ろ積極的に従いながらジャンプし、ラットファンガイアタイプの中の一体の顔にパンチを打ち込みつつ足場となった壁へと着地する。

同時にファンガイアタイプ・サバトの上に回りこんだキャッスルドランの一斉射撃がファンガイアタイプ・サバトへと撃ち出される。逃げ場を限定させる事で、ファンガイアタイプ・サバトをムーンライトブリッジの方へと向かわせる為だ。

狙い通り、ファンガイアタイプ・サバトはキャッスルドランの一斉射撃から逃れるために、ムーンライトブリッジの有る下へと降りていく。

「狙い、通り!」

今度はキャッスルドランはファンガイアタイプ・サバトを追って急降下を始める。それは即ち重力の向きが逆になると言う訳であり、

「「っ!?!?!?」」

「はぁっ!」

重力に負けたラットファンガイアタイプ達に向かってキバEは垂直になった床を駆け下りながら、二体へと飛び蹴りを放つ。

黒い塵となって消えていく二体のラットファンガイアタイプを他所に、そのまま足場も無く落下していく所をキャッスルドランの首に捕まって難を逃れた。

「なるほど、オレの趣味には合わないが、確かにああ言う相手には最適だ」

パワードイクサーを操縦しながらイクサの仮面の奥で明彦は笑みを浮かべる。イクサの仮面のモニター部分にパワードイクサーについてのデータが表示されている。

その事から確かに大型……と言うよりも、今回の様な超大型の相手には最適だと考える。その反面、通常のシャドウの相手には大型シャドウも含めて向いていない。

「だが……あの距離じゃ流石に何も出来ないな」

上空を見上げたイクサ(明彦)の視界の中に移るのはキャッスルドランと空中戦を演じているファンガイアタイプ・サバトの姿。

「どうする?」

残念ながら高度が高過ぎる今のファンガイアタイプ・サバトの位置に届く武器はパワードイクサーには搭載されていない。

どうやって戦うべきかと考えていると、上空で空中戦を演じていたファンガイアタイプ・サバトがムーンライトブリッジへと下りてきている。

『真田先輩、敵ファンガイアタイプの高度落ちてきてます。チャンスです』

「分かった」

風花を通じてキバE(奏夜)の言葉を伝える。奏夜の狙いとしてはラットファンガイアタイプの召喚を防ぐための最善の手段とて、地上のムーンライトブリッジに居るイクサ(明彦)との挟み撃ちを考えた。

その内容を風花へと伝えると、地上に降りていくファンガイアタイプ・サバトを迎撃する様に彼女通じてイクサ(明彦)へと伝えた。

『今です!』

「良し!」

風花の指示を聞いて、イクサ(明彦)はパワードイクサーを操作し、上空から降りてくるファンガイアタイプ・サバトへとティラノサウルスの尾の部分に搭載された『イクサポット』をティラノサウルスの頭を模したパワードアーム『ザウルクラッシャー』から投擲する。

「こっちもだ!」

それに応じる様に後ろからキャッスルドランのミサイルが直撃し、そのまま海の中へと落下していく。

前からは液体爆薬とナパーム弾のイクサポット、後方からキャッスルドランのミサイルの直撃を受けたのだから、無事で済む訳も無いだろう。

「…やったか?」

「おいおい、奏夜…それって、生存フラグらしいぜ」

キバEの言葉に思わず突っ込みを入れるキバット。キバによって与えられた生存フラグに答える様に、ファンガイアタイプ・サバトは全身が焦げたものの巨大な水柱と共に海の中から浮かび上がってきた。

「っ!? こいつ、まだ!」

ムーンライトブリッジに居るイクサを標的としたファンガイアタイプ・サバトは触手を叩きつけようとするが、イクサ(明彦)は素早く横凪に振るわれた触手をザウルクラッシャーで受け止め、バックさせる事で衝撃を抑える。

「先輩! キャッスルドラ…っ!?」

危ないと思ったイクサ(明彦)を助ける様に指示を出そうとした瞬間、キャッスルドランへとファンガイアタイプ・サバトの放った火炎弾が直撃する。突然の事で対応できなかったキバEはそのままムーンライトブリッジへと投げ出される。

「キャッスルドラン!」

体勢を立て直しながらムーンライトブリッジへと着地、同時に触手を振るって受け止めていたパワードイクサーを海へと投げ捨てようとする。

「っ!? うわぁ!」

海に落とされる前にキャッスルドランの天守閣部分とシュードランと交代する形で合体する。

「っ!? よく分からんが…これも、悪くないな!」

面白そうな笑みを浮かべ、キャッスルドランの一斉射撃に合わせる形でイクサパックを投擲する。

「…しぶといな…」

「ったく、でかい分だけ生命力も強いって奴か?」

「…かもしれないね。っ!?」

シュードランに乗ってキャッスルドランへと合流しようとするが、それを阻むようにファンガイアタイプ・サバトは十体近くのラットファンガイアタイプを召喚する。

「そうはさせないって訳か…」

「へっ、さっさと片付けるぜ!」

「ああ!」

キャッスルドランとドッキングしたパワードイクサーの一斉射撃をファンガイアタイプ・サバトは光弾と触手でガードする。

「こいつ、しぶといぞ!」

何度攻撃しても致命傷には至らない現状に苛立ちを覚え始める。残念ながら、影時間と言う制限時間が有る以上、時間切れはS.E.E.S側の敗北となる。

「どうする?」

自分へと問うが良い考えは浮かばない。

「まったく、こう言うのはオレのガラじゃないな…」

改めて頭脳労働は自分の専門では無いと思う明彦だった。

『紅くん、真田先輩達苦戦してます』

「…流石にキャッスルドランを呼ぶ余裕は無いか」

物量で攻められているキバEも、上空で戦っているパワードイクサー合体状態のキャッスルドランとイクサも、状況は似た様な物だ。

火力ではパワードイクサー合体状態のキャッスルドランが上回っているが、耐久力はファンガイアタイプ・サバトが上回っている。その為にパワーバランスが変化するにはもう一つ大きな一手が必要だろう。

「何かあと一手だけ……パワーバランスを崩せるだけの戦力が有れば…」

そんな事を考えながらラットファンガイアタイプの一体を殴り飛ばす。黒い塵に変わるラットファンガイアタイプを尻目に、そんな事を呟く。

「有るぜ」

ふと、キバットの声が奏夜の耳に入る。

「有るって…そんな手が…」

「出来る事なら使わせたくない手段だからな…」

言外に『危険な手段』と言っているのが分かる。だが…

「悪いけど、少しくらいの無茶はやらせてもらうよ、キバット!」

相棒であると同時に兄の様に思っているキバットの言葉に反発するのは気が引けるが、それでもこれが最後の戦いなのだ。多少の無茶ならば、やるしかない。

(…これで終わらせる。シャドウとの戦いを、父さんの死の真相を知る為にも……この戦いで負ける訳には行かない!)

思う物はこの戦いの先に有る、自分が望んだ真実を求める心。

(…これ以上シャドウの犠牲者を出さない為にも!)

シャドウによる被害者をこれ以上増やさないため、

(…皆のためにも…)

それぞれの思いを持って戦っている仲間達や、未だに目を覚まさないもう一人の仲間の為にも、

『紅くん』

(…風花さん…)

自分の力になってくれている人の為にも、

「ぼくは……負けられない!」

飛び掛ってくるラットファンガイアタイプ達を、キバEの背中から広がった翼が薙ぎ払う。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

それこそが最大限に高ぶった想いが覚醒させた更なる強化形態。

背中から広げた翼で飛翔しながら、キバEはファンガイアタイプ・サバトへと向かう。その姿は人のモノから完全な異形の姿へと変わっていく。

「!!!!!!!!!!!!!!」

咆哮を上げて覚醒した姿は巨大なコウモリ(翼竜)型の形態。

「なっ!」

それを見て、己の主の覚醒に歓喜の咆哮を上げるキャッスルドランとは対照的に驚愕を露にするイクサ(明彦)。

通称『エンペラーバット』と呼ばれる姿、『仮面ライダーキバ・飛翔態』!!!

素早く飛翔しながらファンガイアタイプ・サバトへと翼での翼撃を浴びせる飛翔態。

「…よく分からんが…味方で良いのか?」

そんな事を考えながらイクサ(明彦)はファンガイアタイプ・サバトへの戦闘に集中する。

パワードイクサー合体状態のキャッスルドランの援護を受けながらファンガイアタイプ・サバトヘと肉薄する飛翔態。そして、そのまま口から放つ金色の光線『ブラッディストライク』を浴びせる。

『っ!!!!!!!!!!!!!!』

声にならない悲鳴を上げてファンガイアタイプ・サバトの体勢が崩れる。そのまま苦し紛れに飛翔態へと反撃しようとするファンガイアタイプ・サバトだが、

「させるか!!!」

イクサ(明彦)はパワードイクサーをフルスロットルでキャッスルドランから発進させる。空中に投げ出されたパワードイクサーは、そのままの勢いでファンガイアタイプ・サバトのボディにザウルクラッシャーを叩きつける。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

そのまま落下するも、ファンガイアタイプ・サバトの体を削っていく。

『っ!!!!!!!!!!!!!!』

それによって絶叫を上げるファンガイアタイプ・サバト、それはキバ飛翔態と再びシュードランと合体したキャッスルドランにとって最大の好機(チャンス)を与える結果を生んだ。

「くっ!!!」

衝撃に耐えながら何とかムーンライトブリッジへと着地に成功するパワードイクサー。無事とは言えないが可動に問題は無いだろう。

「今だ、決めろ!」

イクサの言葉に従うようにキバ飛翔態とキャッスルドランは一つとなって、巨大な仮面ライダーキバ・エンペラーフォームを作り上げる。

『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

それこそが、キバ飛翔態とキャッスルドランの合体必殺技『ジャイアントムーンブレイク』!!!

ジャイアントムーンブレイクによって撃ち抜かれたファンガイアタイプ・サバトは断末魔の悲鳴を上げ、黒い塵となって虚空へと消えていった。

巨大なキバEがキバEとキャッスルドランへと分離し、ムーンライトブリッジへと着地する。

『敵シャドウの反応消滅、お疲れ様でした』

キャッスルドランの咆哮を背中に受けながら奏夜は風花からの勝利宣言を受ける。



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第六十四夜

ハングドマンを倒し無事影時間が消滅し、S.E.E.Sとしての活動が全て終わったとしても、彼等を包む学生としての日常はそんな事はお構いなく過ぎていく。

特に、それが適応できない者、現実では認識されない時間である“影時間”の中で起こった戦いで在れば、尚更だ。

そして、最後となった11月3日の作戦終了の翌日も水曜日。週のド真ん中であり、当然ながら通常の授業はある。

「はぁ……」

「本当にお疲れ様、奏夜くん」

昼休みの屋上で横になりながら溜息を吐く奏夜の姿に苦笑を浮べながら改めて労いの言葉を告げる風花。

「うん……。……やっぱり、作戦終了の次の日が授業って言うのってやっぱり憂鬱だね……」

「うん、そうだよね」

特に奏夜の場合はキバに変身しての戦闘に加えて、正体を隠す必要がある。最近はキバが人類の敵だと言う誤解も解けているのだが、正体についてはまだ隠すべきと考えた結果でも有るのだが……

「……そう言えば、今朝からアイギスが居なかったけど」

「うん、なんでも理事長と一緒に研究所に行ってるみたい」

「なるほどね、一身上の都合で保護者と一緒に実家に戻ってる訳だね」

「そうだね」

人気がないのは知っているが、それでも誰かに聞かれていないとは限らない。疲労があるとは言え其処まで油断しているとは思いたくは無いが、それでも一応はフォローしておくのに越した事は無い。まんざら嘘でもないのだし。

付け加えると、アイギスと一緒にイクサナックルも一度メンテナンスの為に研究所に持って行った。

流石にパワードイクサーを使ってサバトレベルの巨体の相手との戦闘での運用は前回の戦闘が初めてだった為に、あれで最後とは言え一度メンテナンスしてみる必要が有るらしいとの事だ。

「ねぇ、奏夜くん……。これで全部、終わったのかな?」

「さあ……ね。でも……」

魔術師から刑死者までの12のアルカナに属する大型シャドウの中の、最後の大型シャドウであるハングドマンが変化したサバトを倒した瞬間に影時間が消滅したとしても不思議では無いのに、先日はそうではなかった。

何時も通りに(・・・・・・)影時間は明けて行った。全ての大型シャドウを倒したと言う当初の目的を達成したと言う、勝利に水を差したくなくて黙っていたのだが……

「……油断だけはしない方が良い……」

そう呟く奏夜の脳裏に一つの音楽が蘇って来る。聞いていて不快になる幾月の心から時々聞こえるドロドロとした狂気に満ちた、音楽と言う言葉に対する冒涜の様に聞こえる吐き気さえ覚える“醜い音”。

「……もう、ペルソナとか、シャドウとか、影時間とか、普通じゃ考えられない事に直面してるんだから……何が有っても、不思議は無いんだしさ」

少なくとも、幾月は何かを隠している。確証は無いが、油断だけはしない方が良いだろうと言う判断だ。

「うん……そうだね。でも、今夜の祝勝会に間に合えば良いんだけどな、アイギスも」

「そうだね。最悪……アイギスとはこれでお別れかも知れないんだからね」

アイギスは人格を持っているとは言え対シャドウ用の兵器。必要の無くなった兵器は封印・凍結・解体の何れかの道だ。そうであるべきだと思っているが、

(……人に近い兵器……。心を持った兵器か……対シャドウ用って言うのは、幸運なのかもね。ぼく達にも、アイギスにとっても)

そんな事へと考えが向かってしまう自分に苦笑する。

「しっかし、なんか締まんね~よな~。折角の祝勝会に全員集まってないなんて」

「まあ、仕方ないよ。アイギスや幾月さんにも都合があるんだし」

「仕方ないじゃない。あんたみたいな暇人とは違うんだから」

「う……」

順平の呟きに対して奏夜とゆかりが返す。特にゆかりは何時もながら辛辣な一言で。詳しい説明すると、十二体目の大型シャドウ・ハングドマンを倒した翌日の夜、S.E.E.S(特別課外活動部)の面々は祝勝会と称してラウンジに集合していた。

残念ながら、幾月とアイギスはメンテナンスとその付き添いの為に遅くなると言う事だ。アイギスだけでなくイクサの方のメンテナンスも行うと言う事なので、無事に間に合ってくれれば良いと思っている。

アイギスだけでなく、武器と言う形では有るがイクサもS.E.E.Sの仲間の一人で有る事に間違いない。

「そう言うな。あとで理事長とアイギスも合流すると聞いている。先ずは私達だけで楽しもう」

「うむ。君達の功績は、人に知られぬ事とは言え、計り知れないものだったのだ。今宵は存分に楽しんで欲しい」

全員が揃っていない事に対して不満げな順平を諌める美鶴。そして、彼女の言葉に続いたのは最後の大型シャドウを打倒した事に対する労いに来てくれた美鶴の父である武治だ。

だが、全員が揃っていないと言う点では未だに病院に居る荒垣の事もある。どっちにしても、本当の意味では全員が揃っては居ない。

少なくとも、此処に居ない者は兎も角、此処に来れない者の分まで楽しむべきだと、奏夜は考えている。

テーブルの上には武治がお祝いとばかりに様々な高級食材を持ってきたので、デーブルの上は豪華絢爛な世界と変わっていた。そして、テーブルの中央を飾っているのは順平からのリクエストの特上の寿司。

武治は一度言葉を止めると、

「感謝している。……ありがとう」

そう言って奏夜達の頭を下げる。

「あ、いえ、そんな……」

「全ての元凶であった12のシャドウは君等のお蔭で滅んだ。これ以上は何も背負う必要はない。君らは若さの本分を謳歌する権利がある」

そう言って武治は奏夜達へと視線を向ける。

「今夜0時を持って、特別課外活動部は解散となるだろう。戦いに身を投じる必要はもうない。明日からは普通の学園生活に戻ってくれたまえ」

さて、其処に妙にそわそわとしてる順平の様子が目に留まる。

「どうした?」

「あ……いえ」

そう言って取り出したのは一台のデジタルカメラ。

「ハイ! 注目ー。ここで記念写真を撮ろうと思いまーす」

「まあ、本当は作戦終了した時に撮りたかったけどね」

「そっ、本当は昨日現場で撮ろうと思ってたんスけど、影時間で見事に使えませんでした」

「影時間の時は機械と動かないしね」

まあ、記念撮影と言うなら昨日の作戦終了時にしたかったのだろうが、残念ながら影時間の中ではデジカメは使えない。そんな訳で結果的に祝勝会での記念撮影になったと言う訳だ。

「では皆さん、よろしいですか?」

「はいはーい」

そんな訳で武治の連れていた男女の秘書らしき人の一人にカメラマンを頼み、乾がコロ丸を抱き上げて全員が一箇所に集まり、

「おいコラ! 引っ付きすぎだ!」

「えー、良いじゃないっス、真田センパーイ」

うっかりカメラのウレームに移るために明彦にくっつき過ぎていた順平に明彦の裏拳が直撃するというトラブルがあった為に、幾月とアイギスを除いた記念写真は多少トラブルのあった形で終わった。

「うぉっし、食うぜ、超食うぜぇ!!!」

「順平、少しは味わって……ああ、もう!!!」

「順平さん、僕の分まで取らないで下さい」

「むっ、オレの陣地を侵す者は許さん!!!」

撮影が終わり、開放された安堵感からか、晴れやかに騒ぐ面々。

(……ぼくはまだ真実に至っていない……か)

改めて今まで手に入れた真実の断片を考えていくと、其処に考えが至る。どう真実を組み合わせても、それは欠片(ピース)の足りないパズルにしかならない違和感。

そうだとしたら、

(……まだ何も終わっていない……?)

「なんだよ、みんな、もう食わねぇの?」

「ぼくはもう良い」

「私も……このくらいで」

流石に多過ぎたのか宴もたけなわと言う所で料理はまだ残っている。

「先輩達は?」

「今はもう良い」

「…………。そっ……そっスか」

全員が全員満腹の様子だった。

「それにしても、二人ともまだ来ないね」

「そうだよな。アイギスと幾月さん遅いな……」

「そうだね。もう直ぐ……0時だ」

奏夜と順平の言葉が交わされる。S.E.E.S(特別課外活動部)の解散の時間まで、もう僅かしかない。ある意味全ての始まりである影時間の始まりである0時を迎えた時に解散と言うのは、今まで影時間の中で活動してきた奏夜達にとって相応しい時かもれないが、

(流石に荒垣さんは兎も角、全員が揃わずに解散ってのも寂しいものだな……。本当に、全てが終わったなら)

予感は有った。だが、予感が考え過ぎか、それとも真実なのかどうかはもう直ぐ分かる。そして、時計の針は運命の時、午前0時を迎える。

『っ!?』

そして、その時間を迎えた時全員が言葉を失う。世界が暗転する。その異常は感覚としては捉えられるが、真実を告げてくれたのは武治の連れていた二人だった。二人は影時間への適正を持たないタダの人間。そんな二人の立っていた場所には二つの棺……

「んだよコレ……!? 影時間がまた!?」

「順平……“また”じゃない、“まだ”だ」

「可能性はゼロじゃないと思ってたがな」

「実感……あんまり無かったですよね」

比較的冷静に受け止めている奏夜と風花に上級生の明彦とゆかり、そして最年少の乾。逆に一番動揺しているのは一切の疑いも無く影時間が終わったと思っていた順平。ゆかりは同様こそしているが、比較的落ち着いている。

「そんな……」

考えても居なかったと言う現実に押し潰されている様子の順平。無理も無いだろう、全て終わったと思っいたのに、実際は何も終わっていなかった。

(……あのテープじゃ、全てのシャドウを倒したら全部終わるって……)

ゆかりの父が残した最後の記録。桐条のサーバーに存在しているデータ。そして、この場に居ない幾月。それらが一つの答えへと結びつく。

「岳羽さんのお父さんの映像が改竄されているとしたら、それを改竄できたのは……第一発見者だけ……。都合の良い様に映像を改竄した上で、データベースの情報を消せたのは……」

奏夜の推測が響く。深い沈黙の中、奏夜の推測について誰も感想を零せずに居た。そんな誰もが黙り込み、痛いほどの沈黙が流れる。

―ゴーン……!―

その瞬間、何処から響いてくる鐘の音が聞こえてくる。

「ちょっと……なんか聞こえない?」

「これは……鐘の音?」

真っ先に気付いたゆかりの言葉に奏夜が続く。

「どこから?」

「…………これは、学園の方から…………。っ!? 学園!!!」

何処から音が響いて来たのか気が付いたのは奏夜だ。しかも、今は影時間の夜。そんな時に学園と言えば、

(タルタロス!? しかも、鐘の音って……不吉な物しか考えられない!!!)

考え過ぎと言う言葉が虚しくなるほど、現状は最悪の事態だ。一応は想像の範囲とは言え……この鐘の音が想像の範囲を遥かに超えた悪い方向に向かうための最初の一歩としか思えないのだ。

「幾月だ。幾月は……」

奏夜の推測に答えを出す様に武治がこの場に居ない幾月の名前を呟く。

「幾月は何処に居る!? なぜ何も言ってこない!!! アイギスを連れて、イクサシステムを持って、何の理由で遅れているのだっ!?」

「っ!? メンテナンスが長引いているって言う可能性は……なさそうですね」

全ての糸は幾月へと繋がる。いや、これまで感じた幾月の心の音色と、屋久島への量うの時から持っていた疑い。それらが今、確信へと変わる。奏夜は美鶴へと向き直る。

「……美鶴」

「先輩っ!」

「ああ……」

明彦と奏夜の言葉に美鶴は答える。

「みんな出撃だ! タルタロスへ向かう!!」

全員召喚器は深夜零時を過ぎてから返却する為に祝勝会の会場に持ち込んでいる。直ぐにでも出撃は出来る。

「ストップ!」

飛び出そうとした一同を奏夜の言葉が止める。

「先輩、焦り過ぎです。何が有っても言いように……。ここは全員一度部屋に戻って武器を持って。いや、服も作戦用の服に着替えて万全の体制を。念の為に一度薬品等を確認して!」

的確に指示を出す。そして、全員が思いとどまり頷きあう。

「すまない、紅。私とした事が取り乱してしまっていた」

「いえ、流石にこの状況は……予想していても、不意打ち過ぎるから無理もないですよ」

奏夜は美鶴の言葉にそう答える。風花はそんな奏夜に近づいて彼の袖を掴んで不安げに震えながら寄り添う。

「ねえ……いったい何が……」

「分からない。……でも、鐘の音色は学園……タルタロスの方からだ」

「間違いないのか?」

確認するような響きに美鶴の言葉に奏夜は無言のまま頷く。

「みんな、何が起きているか確かめるために、タルタロスへ向かう!!! 出撃の準備が出来次第、ラウンジへ集合だ!」

美鶴の号令に従い全員がそれぞれの部屋へと向かって走る。

「クゥーン……」

「お前は此処で留守番な!」

不安げな鳴き声を上げるコロマルの頭を撫でながら、順平は言葉を続ける。

「なんかあったら、よろしく頼むぜ」



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第六十五夜

自室に戻った奏夜は装備を整えるとポケットの中にキバットを忍ばせ、ロビーに集合した後にタルタロスへと向かう。

残念ながら現在タツロットはキャッスルドランの方に居るので、エンペラーフォームへの強化変身は出来ないと言うのは不安要素では有るが。

「幾月さん! これは一体どういうことなんスか!?」

順平が幾月へと向かってそう叫ぶ。タルタロスの入り口にて奏夜達S.E.E.Sの面々を迎えた幾月の側には直立しているアイギスの姿があった。今の彼女は何時もの人間と変わらない彼女からは想像出来ない機械その物だった。

「アイギス……あんたどうして?」

「彼女は役目に従って此処に居るだけだよ」

幾月はゆかりの問いに諭すように落ち着いた物腰で答える。

「“兵器”としての役割にね」

「なるほど、最初からそうなるように細工されていた。そう言うわけですか?」

「ははっ、さすがだね、紅くん。思えば、君には薄々ながら気付かれていたみたいだったからね。君の言うとおり、最初から彼女には、僕の指示に従う回路が含まれているんだよ」

薄笑いを浮べながら幾月は奏夜の言葉を肯定する。桐条側の人間である幾月ならば細工もし易いだろうという推測からの言葉だったのだが、見事に正解したようだ。

「あなたは、12のシャドウを倒せば影時間も消えると言った! その為にオレ達は戦ってきたはずです! なのに、これは……!」

そう叫ぶのは美鶴に続いて古くから戦ってきた明彦だ。現実を受け止められていても、明彦にとって納得できない部分も大きいのだろう。

「僕は消えるとは言ってないよ。“すべてが終わる(・・・・・・・)”かも、とは言ったけどね」

「確かにあの時、影時間が消えるとは言ってませんでしたね」

「その通りだよ、紅くん。理解が早くて助かるね、君は。…………そう、絶望に満ちたこの世界に、“全ての終わり”が来るのさ」

「12のシャドウを倒せば影時間が消えると言うのは偽りだった……!?」

そう叫ぶのは乾。

「理事長……はじめから知っていたな……? 目的は……なんですか?」

「ふふっ、良い質問だね、桐条くん。さて、君は色々と考えているようだけど、君はどう思っているのかな……紅くん?」

「12のシャドウを倒した時に何かが起こる。お前はそれを望んでいたが、その為の能力を持たない。だからこそ、ぼく達を利用した。そう、12のシャドウを倒す事が……滅びを到来させるために必要な条件」

「正解だよ。12のシャドウは“破片”。元々は一つになるべき物だったのさ。事故でバラバラになってしまったけど、君達が全てに接触した事でそれは再び一つに合わさったんだ!」

淡々とした様子から一転し、幾月の口調が酷く興奮したものに変わっていく。

「“デス”と呼ばれる究極の存在としてね!!!」

興奮が最高潮に達したのだろう、幾月は高らかとその目の奥に“狂気”とでも言うべき不気味な色を宿しながら、その言葉を叫ぶ。

「……“デス”?」

その言葉によって奏夜の脳裏に浮かぶのは“タナトス”の姿。単純に死神のアルカナだから、死の神のペルソナだからなのかと言う疑問は浮かぶが、それは真実では無い気がする。

「“滅び”を呼ぶ者が蘇る……。この鐘はその祝福の鐘さ。タルタロスはね、その“受信塔”なんだ。だからタルタロスにはシャドウが集まるのさ」

シャドウの王、親、本体と言うべきモノが現れる場所。それこそが、タルタロスがシャドウの巣となっている理由だった。

「全ての死……。しかしそれは全ての始まりでもある……。十年前……僕も研究者として計画に携わって居たんだよ。実験は暴走したけど、タルタロスや影時間はそのせいで生まれた訳じゃない……。あれこそ、“シャドウの力”の正しい現われなのさ!!!」

「タルタロスも影時間も、滅びを迎える為の……言ってみれば儀式の祭壇と神殿と言う所か……」

暴走こそしたものの実験は成功していた。いや、この場合は成功してしまっていたと言うべきだろう。

「だから先代は集めたんだ……。“滅び”を得るためにね」

「“滅び”を得るため!?」

「バカな事を……」

幾月の言葉に驚愕と共に叫ぶ美鶴とは対照的に奏夜は吐き捨てる様に呟く。どう考えても人の手に余るものを集めた挙句、世界でも滅ぼすつもりだったのだろうかと美鶴の祖父に対して、思わず殴りたくなる思いだった。

「人は世界を満たしつくし、真っ平らな虚無の王国にしてしまった!!! もはや、“滅び”によってしか救われない!!! 預言書曰く……“滅び”は“皇子”の手により導かれる! そして“皇子”は全てに救いを与えた後、“皇”となって新世界に君臨する!!!」

何時もの紳士的な姿など感じさせない何かに取り憑かれた様に恍惚とした表情で幾月はそんな事を語り始める。

「僕が“皇子”だ!!!」

「自分の歳と器を考えてから言ったらどうですか、理事長。どう考えても皇子って歳じゃないだろ、アンタ」

高らかに宣言する幾月にそう突っ込みを入れる奏夜。妙にその表情には黒い笑みが張り付いていた。他のメンバーが理解不能の域に達している中でのその突っ込みはより効果的だった様子だ。

そして、ある意味的確過ぎる突っ込みに場の空気が凍りついた。奏夜の表情から鑑みると、どう考えても空気を読んだ上で言っている。

「…………ま、君達は未来の為になる事をしてたんだ。今まで通り僕についてくれば“救済”を得られるよ」

「死ぬのが……救済……?」

「なんだよ、それ!」

幾月の言葉にそんな声を上げる風花と順平。

「……悪いけど、ぼくはお前についていく気は無い」

「そうかい、それは残念だ」

「……ちょっと訊きたいんだけど」

剣を握って何時でも飛びかかれる体制になった奏夜を制する様にゆかりが幾月へと問いかける。ゆかり自身それを聞かずにはいられなかった。幾月の言葉が正しければ、今まで自分達を騙していたのなら……それは、

「十年前の父さんの記録……飛び散ったシャドウを倒せっていう……。あれも嘘だったってこと?」

あの映像は矛盾している。

「ああ……。あの記録は実際に本人が残していたものさ。もっとも……意に沿わないくだりには手を加えたけどね」

「……やっぱり」

「ふふっ、其処まで気付かれていたのか? 本当に油断なら無いね、君は」

奏夜の言葉に幾月はそう言いながらも軽薄な笑みを浮かべる。

「……っ!? 改竄したのか!?」

「そう言う言い方はよくないな」

「良くないも何も、それ以外の何物でもないだろう」

美鶴の声に答える幾月に対して奏夜は静かだが良く響く口調で告げる。時々口元が引き攣っている姿から幾月は頭に来ているのだろう。

「岳羽君、君の父上……岳羽詠一郎氏は実に有能な科学者だった。主任だった彼は当時の若い僕など知らなかっただろうけど、僕は尊敬していたよ」

気を取り直して何処か過去を懐かしむように幾月は言葉を続けていく。

「殆どの研究者がシャドウの能力だけを見ていた中……彼は“滅び”について熱心に研究したようだ」

それは本当にゆかりの父親が優秀だった証拠だろう。周囲の研究者がシャドウと言う未知の存在の能力と言う表面的な面にばかり目を奪われ続ける中、彼は唯一人シャドウの本質を見出していたのだ。

「でも惜しい事に彼は“滅び”の“素晴らしさ”までは理解できなかったようでね」

「何……それ……」

(……いや、理解したんだろう……。“滅び”の“恐ろしさ”を)

奏夜は幾月の言葉にゆかりが怒りを覚える中、そんな感想を思う。推測の域こそ出ていないが、“滅び”と言う物を研究する中、その闇に心を捕われる事無く彼は危険性を正しく理解したのだろう。

「あれは命と引き換えに残された記憶だった!!!」

思わず叫ぶ。怒りを露にしているのはゆかりだけではない。剣を握って睨みつける美鶴も、当の幾月は意にも介していない。

「らしいね。役に立ったんだから、良かったじゃないか」

そして、軽く言ってのける。これ以上ないほど感情を煽り立てる言葉を、易々と。

「全部、利用してたって事だよね。父さんの事も、私も、私達も!!!」

召喚器を構えるゆかり。

「利用なんて人聞きの悪い。世界のためなんだ、しょうがないだろ?」

「世界のため? 笑わせてくれるね……。全部、お前のどうでも良い狂った妄想の為だろ」

ダークオーラを纏いながら奏夜は幾月を睨みつける。美鶴の怒りも意に介していなかった幾月も流石に僅かながら引いている。

「私達の役目は、残された過ちを正す事だ! 私は、それを遂行する!」

既に狂言は聞いていられない。向こうにはアイギスがいるが、数の上では奏夜達の方が圧倒的に優位に立っている。

地面を蹴って幾月達との距離を詰めて剣を振り下ろす奏夜。今までシャドウを葬ってきた一閃は、本来ならば無防備な人間一人簡単に切り裂けるであろう人達は金属同士がぶつかる衝撃音と共に、アイギスに受け止められていた。

「まったく……単純で理解力に欠ける行動だね」

「いや、躊躇無くお前をどうにかしなきゃいけないって言う、至極理性的な考えの上で行動なんだけど、ね!」

アイギスの体を蹴って後ろに飛び仲間達の元へと戻る。

「それを単純で理解力が欠けている行動だって言ってるんだよ。まあ、子供だから仕方ないか……。アイギス!」

多少呆れたように呟く幾月。

「さあ、お前の“役目”を果たす時だ! 彼等を捕らえ、滅びへの“贄”とせよ!!!」

「……了解しました」

抑揚の無い声で呟くと共にアイギスは“オルギアモード”を起動させ奏夜達へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

奏夜はゆっくりと意識を取り戻す。アイギスが襲い掛かってきた瞬間、明らかに攻撃とは別の衝撃を受けた事から、何らかの罠でも仕掛けていたのだろう。

「うおっ!!!」

「何これ!?」

メンバー全員が捕らえられ、十字架に貼り付けにされている。ペルソナで何とか出来ないかと思ったが、力を感じられない所を見ると何らかの特殊な手段で封じているのだろう。拘束はびくともしない。

(……特殊能力者を捕まえたなら、それを封印するのは当然だよね)

両腕を動かしてみた所、拘束している十字架は通常の金属……そもそもペルソナの恩恵を上回っているキバの鎧による身体能力の強化が有れば、余裕で拘束を解く事も出来る。

(キバット)

ポケットの中で何かが動く気配を感じる。キバットの存在には気付かれなかった様子だ。もっとも、幾月も奏夜がキバだと言う事には気付いていないが。

「どう言う事だ!? 幾月、これは何の真似だ!?」

「!! お父様!!!」

意識を取り戻した美鶴が叫ぶ。彼女の眼前では武治がアイギスによって補足されていた。

「見ての通りですよ。彼らには、滅びの先駆けとして、生贄になって貰う。キバが居ないのは残念だが、これで預言書に示された段取りは全て完了だ……」

其処まで言った後、必死に拘束を解こうとしている明彦へと視線を向ける。

「ちなみに、君達を拘束してるその十字架はペルソナを抑える装置でも有る。力は使えないよ」

「くそっ!」

その言葉を聞いて一層必死に拘束から逃れようとしている面々だが、それが可能な気配すらない。例外なのは、身体能力がペルソナの恩威を受けても普段と大差ない風花と、既に逃れる方法のある奏夜だけだろう。

実際、奏夜は飛び 出すタイミングを計っている。流石にアイギスに武治が拘束されている状況では迂闊に飛び出してもムダだろう。

「貴様、正気か!?」

「勿論。思えば先代も不幸な方だ。何を求めていたのか、世継ぎの貴方は十年経ってもまだ理解できない」

憎悪の感情を向ける武治に対する幾月の反応は憐れみだった。

「いや、そんな老人と狂人の狂った妄想なんて、何億年掛かっても理解できる訳無いだろうが」

「ふ……ふはははは……。随分と余裕そうだけど、キバの助けでも期待しているのかな? だけど、それもムダだよ。対キバ用の罠も幾つも仕掛けてある。此処までたどり着ける訳が無い。辿り着けたとしても罠によって傷付いたキバなど敵じゃ無い!」

奏夜へと幾月は嘲笑を続ける。俯いている用に見せかけて幾月に見えない様に笑みを浮かべる。少なくとも、この場には罠は仕掛けて居無いと言う事だろう。

「父は間違っていたのだ! 死が人の救いなど断じて有るはずが無い!!! 死が人の救いだなど、継ぐべき思想ではない!!!」

きっぱりと断じる武治。その場に居る全員が同じ気持ちだった。だからこそ、影時間を消滅させるために今日まで戦ってきた。

「愚かな! これだけ言っても考えは変わらないみたいだね……」

だが、その意思は幾月へと届く事は無かった。

「今まで色々お世話になったし、貴方だけは生かしてあげようと思っていたけど……。どうやら、邪魔のようだね……。アイギス!」

幾月の呼びかけにアイギスは自らの銃口を武治へと向ける。零距離で突きつけられた銃口、希望も何も無く、撃たれてしまえば即死は逃れられない。

「理事長……随分とキバの事を警戒しているようだけど、よっぽどキバが怖いみたいだね」

奏夜がそう口を開く。

「? は……ははははは……。怖い訳じゃ無いさ。ただ、奴は何処からか実験の情報を手に入れて、邪魔をしようとしていた。詠一郎氏も彼の侵入を助けていたようだしね。まともに相手をするには確かに不確定要素の多い相手だが……」

「だったら……その不確定要素は此処に居る!」

「な、何を……」

「キバット!」

奏夜がそう叫ぶとポケットの中からキバットが飛び出していく。

「オッシャー! 待ってたぜ、奏夜! ガブッ!」

ポケットの中から飛び出したキバットが奏夜の手へと噛み付くと、それにより口内の牙『アクティブファング』から『魔皇力』と呼ばれる力の一種『アクティブフォース』を注入し、秘められた『魔皇力』を活性化させる。

それに合わせ、彼の右手から右頬までステンドグラスの様な模様が浮かび上がり、何処からか現れ、腰に巻きついた鎖が砕け散り、『キバットベルト』を作り出す。

「変身!!!」

「キバって行っくぜー!!!」

そして、彼の叫びと共にベルトのバックル部分『キバックル』にある止り木『パワールースト』へとキバットが停まり、彼の体を『キバの鎧』が纏う。

キバへの変身と同時に奏夜を拘束していた十字架を力任せに引き千切る。

「なっ!? キ、キバだって!!!」

「嘘っ!?」

「まさか……」

「紅が……」

「キバ、だったのか?」

風花以外の全員が奏夜の変身の瞬間に驚きに包まれる。その間は最大限に彼らへと味方する。

ペルソナ『ケルベロス』が武治を拘束していたアイギスを吹飛ばす。それと同時にコロマルの加えていたナイフが武治の手首を縛っている縄を切る。

「コロマル!」

「コロちゃん!」

「ナイスタイミング、コロマル!」

順平、風花、キバの順に最高のタイミングで飛び出してきてくれたコロマルへと賞賛の声を上げる。

「っ!? アイギス!!!」

素早くアイギスは幾月の言葉に従い彼を守るように立ち塞がり、それを取り出す。

「黒いイクサナックル?」

「ははは……。旧素晴らしき青空の会のデータから対シャドウ用の兵装として再生させたイクサシステムだけどね、これはその前に作られた……試作品、いや、完全なるコピーさ!」

《レ・ディ・ー》《フィ・ス・ト・オ・ン》

アイギスの姿が黒いイクサへと変わった瞬間口の部分にあるパーツ、携帯電話型ツール《イクサライザー》を取り出し、

「そのスペック故に並の人間には使えないイクサシステムを通常スペックをペルソナ使いに限定し、通常の人間の時には性能を抑える事で使えるようにしたのが、君達に渡されたイクサだ。だが、これは違う!」

《1・9・3》《ラ・イ・ジ・ン・グ》

イクサライザーに黒いイクサがコードを打ち込むと、全ての性能を開放した漆黒のイクサ、黒い《仮面ライダーライジングイクサ》へと変身する。

「兵器であるアイギスならば、普通の人間だけじゃなくペルソナ使いにさえには扱う事の出来なかったこれを、十全に扱う事が出来る! そう、これが対キバ用の最後の切り札、ライジングイクサだ!!!」

「悪いけど……名護さんの変身したイクサなら兎も角、今のアイギスの使うイクサには負ける気はしないよ!」



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第六十六夜

「ッ!?」

「ぐっ!」

無感情に殴りかかってくるBライジングイクサの拳をキバは両腕でガードする。

ライジングイクサの能力を含めてイクサシステムを完全再現していると言う幾月の言葉が本当ならば、奏夜の聞いているライジングイクサのスペックは確実にキバのキバフォームを上回っている。

加えて、幾月に操られて変身している今のアイギスの動きは機械その物の正確さと冷酷さで、確実にキバを葬ろうと攻撃してくる。

「やめろ、やめてくれ、アイギス!」

人間の力を遥かに超えたキバの能力を発揮した事で拘束から開放されたのは奏夜だけ。最初から拘束されてさえいないコロマルと幾月に操られているアイギスを除いた他のS.E.E.Sのメンバー達は未だに拘束から逃れられていない。

そんな中で美鶴はアイギスに向かって叫ぶ。彼女達に出切る事は叫ぶ事だけ、こんな時に何も出来ない自分自身に憎しみさえ湧いてくる思いだ。

「無駄だよ。今の彼女に君達の言葉は届かないよ」

そんな美鶴の叫びを幾月はそう切り捨てる。奏夜がキバに変身する事に成功し、こうして拘束から脱出したと言っても事態はそれ程好転した訳ではない。

未だにアイギスは幾月にコントロールされている上に、アイギスは今までS.E.E.Sの使っていた物よりも強力なBライジングイクサに変身している。そして、キバの基本フォームであるキバフォームはBライジングイクサに負けている上に、奏夜自身アイギスに対して下手に攻撃は出来ない。

キバが判断に迷っているとBライジングイクサはキバから距離を取り、ガンモードへと切り替えたイクサカリバーをキバへと向け引き金を引く。

「っ!?」

「おわっ!?」

一切の躊躇無く引き金が引かれると、先程までキバの立っていた場所にガンモードのイクサカリバーから放たれた弾丸が撃ち込まれる。

やはり、元々銃を武器としているだけ有り、アイギスの銃撃はソードモードのイクサカリバーやイクサナックルを使う際の補助程度にしか使っていない、順平や明彦の時よりも正確だ。……もっとも、実戦では使い慣れた武器を使う事が多いが。

付け加えるなら、二人よりも銃の腕は奏夜の方が上だったりする。その辺は元々多くの武器を扱えるが故なのだろうか?

まあ、キバに変身できる奏夜が一番上手くイクサを扱えたとしても、下手をすれば戦力の低下に繋がる危険が有るので、これまでの大型シャドウ戦の際の使用は、法王のシャドウと戦った時以外はリーダーと言う理由で辞退していたが。

「くっ!」

なにより、奏夜にアイギスを傷つける意思が無いのだから、キバはBライジングイクサには勝つ事ができず、自我を奪われ幾月に操られているからこそBライジングイクサはキバに勝つ事が出来る。能力以前の問題だ。

「もうやめるんだ、アイギス!」

「……ッ!?」

銃撃を掻い潜りながら直ぐ近くまで近づきアイギスヘとそう叫ぶ。結局の所今の奏夜に出来る事も捕われている美鶴達と大差は無い。言葉を伝えるだけだ。だが、その問いかけが、アイギスに僅かな変化を齎す。

「わたし……は……」

キバへと向けられようとしていたソードモードへと切り替えたイクサカリバーを持った腕が停止し、先程まで無言のままに襲い掛かって来て居たBライジングイクサからアイギスの声が零れる。

「何をしてる、アイギス! 早くキバを、紅奏夜を始末しろ!!!」

「……キバ……紅……あぁ……」

「くっ……出来損ないの人形が!!! もういい!」

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

幾月が懐から取り出した装置を操作すると、再びアイギスの叫び声が聞こえ容赦なくキバを切り裂こうとイクサカリバーが振り下ろされる。

「なっ!?」

自我が戻りかけていたアイギスの突然の凶行に驚きながらも、キバは素早く後ろに跳んでそれを回避する。

「何が……?」

「ふふふふ……。私はかなり優秀な研究者で通っていてね」

アイギスの姿に美鶴が疑問の声を上げると、その理由を解説するように幾月が自慢げに口を開く。

「流石に最大の不確定要素だったキバが内に居たと言うのだけは予想外だったけど、こうして予想できた事態には対策を施していたのさ」

そう言って先程操作した装置を美鶴達に見せ付けるように上げる。

「念の為に彼女の使っているイクサシステムには彼女用に再調整する際に仕掛けをしておいたのさ。万が一彼女が意識を取り戻した時の対策として、彼女の自我を消去するための装置をね」

『っ!?』

幾月とアイギスを除いた全員がその言葉に言葉を失う。

「彼女が対シャドウ用の兵器である最大の理由はペルソナ能力を持っている事だ。元々ペルソナと言う能力は人間の精神、心、自我と言った部分に関係している力と研究されていた。だから僕もペルソナ能力が使えなくなる事を恐れ、彼女の自我を消す様な事はしなかった。だけど……強力な兵器も役に立たなければ何も意味が無いだろう? だからこそ、こうして万が一の保険として、彼女の自我を消し去れるようにしておいたのさ」

「何て事を!?」

「何て事? 私の立場なら当然の事じゃないのかな?」

美鶴の言葉に当然の様に言い返す。確かに幾月の立場ならばその程度の保険はかけておくべきだろうし、アイギスの自我……精神の消去にも躊躇する理由は無いだろう。

「私を……破壊して……下さい……。皆さんを……傷つけたく……ない」

(くっ……)

辛うじて残っている自我でアイギスは己の破壊をキバへと懇願している。だが、幾月の制御下に置かれている彼女のボディの操るBライジングイクサはキバや本人の意思さえも無視して冷酷に襲い掛かってくる。

(何とかして彼女を止めないと……だけど、どうすれば)

「さっき、あのオッサンイクサシステムに細工してあるって言ってたよな。だったら、イクサシステムを外せば良いんじゃないのか?」

「だけど、風花さんのペルソナ能力が無いとフォームチェンジは出来ないし、タツロットも今は手元に居ない。今のアイギスを安全に止めるには……」

「最悪、アイギスちゃんには悪いけど、手荒い手段で止めるしかないか。何か気付くトコ無いか!? あいつ等のリーダーだろ、奏夜!?」

「そんな事言われても……待てよ!」

キバットの言葉に以前アイギスと話したことを思い出す。

~「へー、アイギスの武器ってパーツごと取り替えるんだ」~

~「はい、戦闘用のボディは腕や脚部を取り替える事で私は装備を取り替えます」~

作戦を立てる為と言う事でアイギスの武器についても詳しく聞いた事がある。その際に、『戦闘用のボディ(・・・・・・・)は腕や脚部を取り替える』と言っていた。それにボディ……体のパーツも付け替える事が出来るらしい。

……以前、他の武器と一緒に売りに行った時苦労した覚えが有るからよく覚えている。流石に最終的にはマネキンを運ぶ振りをして運んだが……。冗談抜きでその時はあの巡査、アイギスのパーツを買い取ってどうする心算なのか……心底疑問だった。

それはさておき、その言葉を思い出しながらキバはBライジングイクサへと視線を向ける。

「キバット……」

「おう」

「アイギスの四肢を破壊する。そうすれば変身解除をさせる事が出来る」

「って、おいおい……大丈夫なのか、それ!?」

「以前アイギスが言っていた……。彼女の両腕や脚部は武装の一部として取り替えることが出来る、って!」

其処まで言った後、慌てて彼女の攻撃を回避する。仮にも仲間の四肢を奪うと言うのは気分としては最悪と言うほか無いだろうが、完全にアイギスの自我が消える前にイクサシステムを解除させなければ、彼女は……死ぬ。ならば、武器として交換が可能な四肢を破壊した上で彼女の扱っているイクサシステムを外すしかない。

意を決してキバはBライジングイクサヘと向き直ると、ファイティングポーズを取り彼女へと向かっていく。Bライジングイクサの振り下ろすイクサカリバーを避けて腕の付け根を狙いパンチをボディに叩き込む。

キバの行動に幾月に動揺が浮かぶ。仲間であるアイギスを相手に攻撃する事は出来ないだろうと思っていた幾月には、予想外の展開だ。その隙を武治は見逃さなかった。既に両腕を拘束はコロマルが解いてくれていた。今はキバとBライジングイクサの戦いに幾月の意識が向いている。

幾月へと向かって走りながら懐から銃を取り出す。それに気付いた幾月も同様に懐から銃を取り出し、互いに相手へと銃を向け……放つ。

影時間の禍々しき夜に響く二つの銃声。

「あ……あぅっ……」

言葉が出ない……。

「……み……つる」

目の前で崩れ落ちる武治。無力な己の前で自分の父は……

「お、お父……様? お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあー!!!」

微動だにせずに床に倒れ伏し、ゆっくりと彼を中心に赤い液体が広がっていく。そんな父に向かって必死に叫ぶが、その答えは決して帰ってこない。

(私は、私は……お父様のために……!)

未だにBライジングイクサと戦っているキバの姿が視界に入る。奏夜やコロマルが逆転の一手になる行動を取ってくれたというのに自分は何も出来なかった。父さえも守ることが出来なかった。そんな無力感が強く彼女へと圧し掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かに早く武治よりも引き金を引いた幾月は、フラフラとした足取りでありながらも尚も倒れない。スーツの胸部は血に染まり、傷口を押さえている手の隙間からは血が滴り落ち赤い水溜りを作っている。

致命傷と言っても過言では無いはずの血を流しながら、幾月は叫ぶ。

「じゅ……十年だ、十年を無為にしたんだ……! 先代の時とは違う。今度こそ、いかなる例外も許さないっ!」

幾月を動かしているのはただ狂気のみ。狂気だけが幾月を動かしている。

「ふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。何故分からない。新しい世界には“滅び”が不可欠なんだ……」

狂気と憎悪を込めた視線をBライジングイクサと戦っているキバへと向ける。キバ……奏夜こそが彼にとっての最大の不確定要素、現状を生み出した切欠となったのはキバだ。

「このままじゃ世界は長い年月をかけて腐っていくだけだ……」

「っ!? そんな事はお前が決める事じゃない!」

Bライジングイクサと戦いながらも、そう叫び幾月の言葉を否定する。思い浮かぶのは、祖父の、叔父の、父の、父と共に戦った人々の戦う記憶を思う。だからこそ、そんな人々の戦いの上に作られた世界だからこそ、

「少なくとも、そんな物は……始まる前にぼくがこの手で叩き壊す! キバの名に誓って!!!」

「紅……奏夜ぁぁぁぁぁぁあ!!! アイギス、そいつを処刑しろ! 終わりにしろ!!!」

胸を押さえながら幾月は叫び、憤怒の形相で懐から装置……恐らくはアイギスのコントローラーなのだろう。

「アイギス! 今助ける!」

ダメージによる強制的な変身解除と四肢を破壊した上で変身を解除させる。方法は二つだけしかないが、事態は一刻を争う。

「凄い……凄いぞ、私は! 私は次の世界の“皇”になれる!!!」

二度目の銃声が響くと、幾月は一歩一歩断崖へと向かっていく。虚ろな瞳が見つめるのは、深く暗い闇の下。

「もう少しだ……私が、新世界の、皇子……」

最後に一言言い残し、闇の中へと落ちていく幾月。それが、狂気に取り込まれた男の最後の瞬間だった。

「くっ!」

幾月が死んだとしても最後のコマンドは精神を消去されかけているアイギスは余計に逆らえない。

「だったら……」

横凪に振るわれるイクサカリバーの一閃を避け、そのまま一直線にBライジングイクサと共に断崖から落下する。

「奏夜くんッ!」

そんな奏夜の行動に風花が叫ぶ。キバとBライジングイクサ……奏夜とアイギスの姿もまた断崖より闇の中へと消えて行った。何も出来ない無力さを風花もまた感じている中、浮遊感と共に彼女の体が拘束から開放される。

慌てて奏夜とアイギスが落下していった所から覗き込み、

「奏夜くん! アイギス! 奏夜くん!!!」

風花はタルタロスから落下した二人の名前を叫ぶ。

タルタロスから落下しながらもアイギスの重要部分が有るであろう頭部にダメージが起こるのを防ぎつつ、地面に激突させる。激突前にBライジングイクサの体を蹴って距離を取りつつ、着地する。

「どうだ?」

その衝撃で強制的に変身解除が出来れば良いが、

「いや、それは失敗フラグらしいぜ」

キバットの言葉に其方へと視線を向けると、Bライジングイクサは全身の装甲から火花を散らしながらも立ち上がる。

「……ってか、あのオッサン。妙な装置着ける代わりに安全装置外したんじゃないだろうな」

「有り得るね」

タルタロスからの落下は無事で済むモノでは無いだろうが、それでも仮面のせいでその姿は平然とした様子で立ち上がる様にも見える。

だが、二人の推測が正しければダメージによる強制的な変身解除は不可能、恐らく幾月がアイギスのダメージを無視して戦わせる為に外したのだろう。これで変身解除させる為には無理矢理ベルトを外すしかなくなった訳だ。

『奏夜くん、聞こえる!?』

「風花さん? 良かった、そっちは開放されたみたいだね」

『うん。奏夜くん、アイギスも、無事?』

「……ぼくは大丈夫だけど、アイギスは拙いかもしれない。早く変身解除させないと……」

『うん。私が全力でサポートします。アイギスまで……』

「……そう、だね……」

彼女が何を言いたいのか理解できる。だからこそ、アイギスまであの男の狂気の犠牲にはさせない。

「ガルルセイバーで」

―それで、良いのかな?―

「っ!?」

「おい、どうしたんだよ、奏夜!?」

奏夜の脳裏にだけ響く声。それが奏夜へと言葉を告げていく。

―彼女は君にとって……―

「これって……」

声と同時に奏夜の脳裏に浮かぶのは記憶に無いビジョン。それは、

―憎むべき、仇のはずだよ―

奏夜が両親を失った日の記憶。其処には……

「父……さん?」

黄金のキバの鎧を失い血に染まりながら崩れ落ちる、彼の父、紅渡の姿、そして、

「アイ、ギス?」

返り血を浴びるアイギスの姿……。

「あ、ああ……」

「おい、奏夜、どうしたんだよ!?」

『奏夜くん、しっかりして!!!』

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

キバットと風花の声も届かず絶叫する彼の中から撃ち出されるのはタナトスのペルソナ。そして、タナトスはゆっくりとキバの鎧と重なり、その形を屋久島の時と同じ漆黒のキバへと変える。

「この記憶は……何だ? 何で知らないはずの記憶が……? 父さんが死んだのは、父さんを殺したのは……」

『死神』のアルカナに属する『死』の神の力を宿したキバは……

「君なのか……アイギス!!!」

そう叫び、マントの様に繋がれた棺を翻しながら、漆黒のキバ……『仮面ライダーキバ デスフォーム』はBライジングイクサへと拳を叩きつける。



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第六十七夜

「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

タルタロスから落下しBライジングイクサと対峙したキバはデスフォームへとその姿を変えると、拳を叩きつけ後退させると絶叫に似た咆哮を上げる。

(……何だ……これは? 意識が力に飲み込まれる)

四魔騎士(アームズモンスター)達の力を使ったフォームやエンペラーフォームとも違う感覚。キバと融合した力が奏夜の意識さえも飲み込もうとしている。それは今までに無い異質な感覚。屋久島の時に一度だけ変身した事があるが、その時のそれと違い今は辛うじて意識は飲み込まれずに居る。

(どうして皆と違う? ペルソナはもう一人の自分の筈なのに……何でこんなにこの姿の力は扱い辛……っ!? そうか、“もう一人の自分”だからこそ……)

僅かに理解しなおす。ペルソナが己の中のもう一人の自分だとするのなら、ペルソナの力を宿したこのフォームは今までの四魔騎士(アームズモンスター)の力を借りる方法と同じだ。

だが、残念ながら、ペルソナは奏夜で有るが故にキバットの制御の協力は無く、四魔騎士(アームズモンスター)の意識と違い協力的ではない。

寧ろ、隙有らば意識を乗っ取り、自分が主人格となろうとしている様な物だ。だからこそ、奏夜一人で御さなければならず制御し辛い。

(それに……この記憶は……ぼくやキバット達の忘れていた、父さんが死んだ日の記憶……なのか? どうして、そんな記憶が)

横に伸ばした手の中にタナトスの剣が出現する。そしてそのまま地面を蹴り、Bライジングイクサヘと肉薄する。

「迎撃」

抑揚の無い声でBライジングイクサはイクサライザーとガンモードのイクサカリバーをキバDeF(デスフォーム)へと向けて引き金を引く。

二丁の銃から放たれた光弾を避けながら近づいたキバDeF(デスフォーム)の斬撃を素早くソードモードに切り替えたイクサカリバーで受け止める。

「あぁ……!」

キバの声から出るのは獣の様な咆哮のみ、それに反して動きは今までと変わらない……否、今まで以上の冷酷さを持った攻撃が続けられている。

「おい、奏夜!」

『奏夜くん!?』

半ば暴走するように戦うキバDeF(デスフォーム)を止めようとキバットと風花の声が響くが、キバDeF(デスフォーム)は尚もBライジングイクサへと攻撃を続ける。

だが、攻撃を受けている側のBライジングイクサもまた幾月のコマンドを受けて暴走している様なものだ。下手に止めようものなら反撃を受けるのはキバDeF(デスフォーム)の方だ。

(ぐっ……)

まるで奏夜の中の負の感情を受けてタナトスの力は大きくなっている様にも感じる。そして、それに合わせてキバDeFの暴走も激しくなっている。

(……ペルソナとしてなら扱えるのに……)

ペルソナとして扱うのとキバの鎧に宿らしているのでは全く勝手が違う。だから今は力を上手く扱えずにどれだけ制御しようとしても暴走させてしまう。

(なんで……こんなに、がっ!?)

キバDeFの攻撃を避けたBライジングイクサの向けたイクサライザーの光弾がキバDeFに直撃する。Bライジングイクサは暴走状態にあるキバDeFの動きに対応したのだろう。だが、

「…………っ!? ……お蔭で目が覚めたよ……」

「おい、奏夜! 目を醒ましたのか!?」

『奏夜くん、大丈夫!?』

その衝撃によってタナトスの暴走が収まったのか、奏夜の意識が表へと戻る。

「一体どうしたんだお前、急に暴れだして……」

「……タナトスの暴走に振り回されてた……」

キバットの言葉に簡潔に答える。キバの鎧を媒介にしたペルソナの力を使うのは、より強力な力になるのは間違いないだろうが、その分ペルソナの自我が強化されるのか危険も大きいと言う事だろう。

「それより、時間が無い……少しでも早くあのイクサシステムを破壊する」

「おう!」

「……風花さん……そっちは?」

『桐条先輩のお父さんが……』

風花のその言葉で自分とアイギスが落下した後、あの場所で何が起こったのかを完全に理解する。

「どうして」

キバがBライジングイクサを連れてタルタロスから落下した後、拘束から開放された美鶴が動かなくなった武治にしがみ付いていた。

「こんな……」

其処に居る全員が始めてみるであろう彼女の泣き顔。背負う必要の無い罪を背負い、今まで戦い続けていた彼女の涙。

「以前……お父様は言っていた……。私達の代までリスクを負わせた責任は、命に代えても果たすと……」

零れ出る言葉。現当主としてシャドウや影時間を生み出してしまった先代の罪を深く、強く感じていたが故の言葉なのだろう。だが、美鶴は……

「でも私は……お父様に生きていて欲しかった……」

それは彼女の願い。彼女がペルソナ使いになった時に定めた決意。思い出すのは8年前の記憶、

選択の余地の無かった力。

それでもそれを受け入れたのは、武治を助けたかったから。

美鶴にとっての“ビギンズナイト”、ペルソナ能力に最初に目覚めた力を使った反動から倒れた彼女を、抱きかかえながら慟哭する父を守りたかったから。

愛する父を失いたくなかったから。

それなのに……

「私は……この人を守りたくてペルソナ使いになったのに……」

美鶴の静かな慟哭の言葉がその場で響き渡る。

「くそっ!!!」

タナトスの剣でBライジングイクサのイクサカリバーを弾く。

(ぼくは……無力だ)

過去へと旅立った兄を差し置いて父から黄金のキバを受け継いだと言うのに、未だに誰も守れていない。荒垣も、武治も……守れなかった。

(何がキバの後継者だ……。此処に居るのがぼくじゃなくて、兄さんなら、父さんなら、叔父さんなら……守れたかもしれないのに)

浮かぶのは己の弱さ故の後悔だけ。同じ『キバ』の名を受け継いだ者達なら、守れていたかもしれない。

何故、こんなに弱い自分がキバの後継者なのか?

黄金のキバを受け継ぐべきは兄じゃなかったのか?

過去に旅立つべきは自分であるべきではなかったのか?

『そんな事ない!』

「風……花?」

キバDeFの脳裏に響く風花の声。

『奏夜くんは私を助けてくれた! みんなを守る為に頑張ってたのは……私が一番良く知ってる!』

彼女の優しい言葉は奏夜の心に響く。

『だから、自分を責めないで。もう、一人で抱え込まないで。私は奏夜くんの味方だから』

「って、おいおい、フーカちゃん。オレ様達の事を忘れんなよな。おい、奏夜! お前にはオレ達だって付いてるんだぜ!」

「……そうだね、ありがとう……キバット」

キバットや風花に感謝の言葉を告げ、タナトスの剣を握り直す。

「……助けよう……アイギスだけでも」

あの光景の意味は分からない。だが……それでも……

「これ以上……何も、失わせない!」

決意を込めてそう叫んだ瞬間キバDeFの動きが変わる。

―ブレイブザッパー!―

横凪に振るう事で放たれるタナトスの物理スキル。その一撃によってBライジングイクサの体が後退する。

「ハンパな攻撃じゃ通用しない……全力で、行くよ……キバット!」

「オッシャー! ウェイク・アップ!!!」

フエッスルをキバットに噛ませると鳴り響くフエッスルの音色。キバDeF(デスフォーム)の足の(カテナ)が砕けヘルズゲートが開放されるとそのまま上空までジャンプする。

キバDeF(デスフォーム)が上空で片腕を振ると上空に浮かぶ月が影時間の禍々しい満月へと変わる。そして、月とキバの紋が重なり、キバの紋が刻まれた月を背景に地面に居るBライジングイクサへと飛び蹴りを放つ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

―デスムーンブレイク!!!―

Bライジングイクサへと直撃するキバ・デスフォームの必殺技『デスムーンブレイク』。直撃を受けたBライジングイクサの装甲に罅が入っていく。

全身に広がるとBライジングイクサの装甲が砕け散りアイギスの姿が露になる。そして、

「……奏夜……さん……」

「アイギス!?」

技を使った本人の予想よりも必殺技の破壊力は上回っている。完全にイクサシステムから開放されたアイギスだが、それでも技の破壊力は止まらず。

「……ありがとう……ございます……」

アイギスのボディにキバの紋を刻みつけ、そのまま後方へと吹き飛ばす。

「ごめん、アイギス」

それ以外方法が無かったとは言っても……本人の望んだ事だと言っても、仲間であるアイギスを破壊するしかなかった。幸いなのはボディもまた武装の一部として取り替えると聞いていた事だけだ。それが慰めになるかは分からないが、少なくとも『精神』や『魂』の部分だけは守られたのだろう。

「……キバット……なんて言うかな……これって」

「……奏夜……」

キバットにはかける言葉が無かった。

全ての大型シャドウを倒しても何も終っていなかった。それどころか、幾月の裏切りや武治の死、そして……今目の前ではキバの紋を刻まれてボディを破壊され機能停止となったアイギスが倒れている。

「……最悪の……気分だ……」

確かに運命は前へと進んでいるのだろう。全ての大型シャドウを倒したのは確かに終わりへと近づいた、だが、それは……最終章へと進んだだけなのだ。

11/5(木)

祝勝会の後日の夜……寮の作戦室にこの寮に居る者達全員が揃っていた。既に幾月の部屋にあった物は全て回収されているが、作戦室の設備は今も問題なく使える。

「新聞やニュースは盛んに騒いでますね」

乾がそう話を切り出す。

「桐条グループ総帥急逝。病死って事になってましたけど……」

「ああ……。いつも真実とは違う」

影時間の中での武治の死は、表向きはそんな風に処理された。確かに日本と言う国で銃で撃ち殺されたと報道されては問題が有るだろう。影時間と言う時間よりは現実的だが、受容れ易いだけに余計に拙いのかもしれない。

「桐条先輩……大丈夫かな?」

「一人娘だからな……。葬儀から後継問題まで全て矢面に立たされる。むこう一週間は強行軍だな」

彼女の立場と桐条グループの規模を考えれば、それは無理も無い話しなのだろう。

「オレ等、これからどうしたらいんスかね」

「分からん。だからこうして集まっている」

「アイギス、どうなったんだろう」

S.E.E.Sの面々の中に不安は尽きない。今までまとめ役を勤めてくれていた美鶴の不在、何処まで演技だったかは分からないがムードメーカーでも会った幾月が居ないのは、余計に不安を駆り立ててしまう。

「それに……紅もだ」

あの後、アイギスを機能停止させた後、奏夜もまた姿を消してしまった。

「あの人がキバだったなんて……」

「あいつ、なんでオレ達に何も言わなかったんだよ!」

乾と順平がそう言葉を続ける。

「ってか、最初は理事長の言葉で『オレが倒してやる』とか言ってたじゃない、あんた。言える訳無いでしょ」

順平の言葉にゆかりが呟く。

「アイギスの事で皆さんと顔を合わせ辛いって言ってたから……」

「え? 風花、もしかして……紅くんが何処に居るか知ってるの!?」

「う、うん……今日も会って来たばっかりだし」

思わず風花に詰め寄ってしまうゆかり。

「おい、教えてくれよ! 何処に居るんだよ、あいつは!?」

「えっ、えっと……多分、紅くんはまだ会いたくないだろうし……会いに行っても、会ってくれないと思う」

「それでも、オレ達はあの時……結果的にアイギスの事を全部アイツに押し付けてしまったんだ。あいつに会って……何を言えば良いのか、まだ分からないがな」

「ってか、風花にだけは会ってるんだよね、紅くん」

「う、うん」

実際、あの時はアイギスの事を結果的に全て奏夜に押し付けてしまった。そして、奏夜はアイギスの願い、アイギスを助ける為に……その手にかけてしまった。

「頼む、教えてくれ……あいつが居る場所を」

そう言って明彦は風花に向かって頭を下げる。仮にも先輩に其処までされて教え無いと言うのは気が引ける。

「い、今奏夜くんが居るのは……」

そう言って風花から告げられるキャッスルドランの事と其処に案内された時の事を説明する。それを聞いたS.E.E.Sの面々の反応は……

「スゲェー! 秘密基地って奴かよ、おい!」

「すごい、一度ぼくも行ってみたいです」

乾と順平のある意味では大き過ぎる反応。一種の秘密基地と言えるキャッスルドランを所持していると言うのは、二人にはちょっとだけ羨ましいのだろう。

「ってか、お城って……」

「あの時のがそうだったんだな……」

スケールが大きすぎて何処か付いていけない思いの明彦とゆかり。微妙に明彦は納得していたが。

「ってか、なんであいつ風花だけ」

「えっと……私、皆に助けられた時に紅くんが変身する所見ちゃったから……」

付け加えるなら、フォームチェンジには風花の力が必要だと言うのも有る。

実際、奏夜からは正体をバラした以上言っても構わないとは言われていたが、風花としては自分と奏夜の二人だけの秘密をバラすのには思いっきり不満を感じていたりする。



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-Ⅸ- 隠者《ハーミット》
第六十八夜


「だけど本当、これからどうします? 影時間を消すどころか手掛かりもゼロ。それらしい敵ももういないし……」

 

ゆかりが改めてそう口を開く。

 

「……“デス”……。今日紅君が『手掛かりが有るとすればこれだけだ』って」

 

風花から伝えられた奏夜の伝言で先日の幾月の言葉を思い出す。あの時、確かに幾月は“デス”と言う存在が蘇ると言っていた。

 

「結局、あの人の言ってた“滅び”って何の事だったんでしょう。“滅び”を呼ぶ者が蘇るとか言ってたけど」

 

狂人の妄言と切り捨てる事の出来る言葉だが、今までもシャドウやペルソナと言う超常の現象に関わってきた以上、幾月のその言葉が妄言だとはとても思えない。恐らくは近い将来、必ず“滅び”と言うのは訪れるのだろう。

 

「行き成り、『はじめまして』とか言って目の前に現れたりな」

 

「アホらし……」

 

順平のボケにゆかりが呆れたと言った口調で答える。

 

「とりあえず今のオレ達に出来ることが一つある……」

 

明彦が結論付けるように言葉を告げる。リーダーである奏夜やまとめ役である美鶴が不在である以上、現状でのトップは彼だ。そんな彼の告げる言葉を固唾を呑んで待つ一同……。

 

「な……なんスか」

 

全員の心境を物語る順平の呟きに答える様に立ち上がった明彦が答えを告げる。

 

「トレーニングだ!!!」

 

やっぱり明彦は何処まで行っても明彦だった。冷たい空気が流れる中その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キャッスルドラン……

 

机に前に座りながら手にしたカードの束をゆっくりと広げる。

 

「なんだよ、それ? タロットカードか?」

 

「うん、帰り道で買ったんだ。カード自体はその辺で売ってる安物だけど、どちらかと言うと今はこのカードの名前に用がある」

 

そう言って奏夜はタロットを一枚ずつ手にとって並べていく。

 

「魔術師、女教皇、女帝、皇帝」

 

寮、モノレール、タルタロス一階で戦った大型シャドウを思い出しながら四枚のカードを並べる。

 

「法王、恋人、戦車、正義」

 

次はホテルと防空壕で戦った大型シャドウを思い出しながら並べていく。

 

「力、隠者、運命、そして……刑死者」

 

最後にその四枚のカードを並べ、全部で十二枚のタロットを並べ終えた後キバットへと視線を向ける。

 

「これがぼく達が今まで倒してきた大型シャドウで、同時にタルタロス……と言うよりも影時間に存在するシャドウの属するカテゴリーだ。だけど……」

 

「おう。タロットはまだ半分も残ってるし、もう一体だけ13番目のカテゴリーのシャドウが居るって言ってたよな」

 

「そう……最後の13番目のカテゴリー。それが……」

 

ゆっくりと12枚のタロットに続けて13枚目のカード『死神』のカードを置く。

 

思い出すのは己の中に存在する『タナトス』の姿とタルタロスの中で一度だけ遭遇した『刈り取る者』の姿。

神格を与えられた死である死の神タナトスはこのカードのイメージに相応しいだろう。そして、唯一あのシャドウだけが現在確認されているシャドウの中で死神タイプに分類されている。

その二つが死神のカードを象徴している。

 

「……死神(デス)……」

 

「つまり、もう一体大型シャドウが残ってるって事か?」

 

「いや、事実はそんな単純じゃないと思うよ。それに、幾月は『蘇る』って言っていた。それに……奴の言葉を信じれば、デスを倒した所で事態は何も好転しない」

 

幾月の言葉を思い出しながら奏夜は残ったタロットの束を机の上に無造作に置く。

 

「奴は言っていたデスは『“滅び”を呼ぶ者』だと。まだ、デスの呼び出した正体不明の“滅び”が残っている」

 

「つまり、奏夜は“滅び”とか言うのが……」

 

「ぼくは、影時間の本当の元凶だと思ってる」

 

それをシャドウと呼ぶべきかは分からない。だが、同時にシャドウの親玉であり影時間の元凶である可能性だけは高い。

 

そう告げて広げたタロットカードを集めていると一枚のカードが手元から落ちる。

 

「ん? これって……」

 

「そう言えば、ペルソナのカテゴリーにも存在してないカテゴリーが有ったね」

 

そう呟きながら『21』のアルカナ……『世界』のカードを拾い上げる。ペルソナのカードを作ってきたが何故か『世界』のアルカナのペルソナは作れなかった。

“先輩”が言うには過去のペルソナの中には『世界』のアルカナに属しているペルソナも普通に存在していたらしいが。

 

(……ぼく達と先輩達じゃペルソナ使いの能力も大きく違うらしいしね)

 

今では奏夜だけしか使えないワイルドの能力であるペルソナチェンジ。ゆかり達は単一のペルソナしか扱えないが、過去のペルソナ使い達は自由にペルソナを付け替える事が出来たそうだ。

 

「それで、これからどうするんだよ、奏夜?」

 

「やるべき事は決まってる。…………“滅び”を倒す、それだけだ…………」

 

決意を込めた声で奏夜はそう告げる。

 

「……良いのか、奏夜? 風花ちゃんや他の奴らに何も言わないで……」

 

「風花さんには言う心算だよ。結局、影時間の中で全力で戦うには彼女の協力は必要だ。だけど……」

 

アイギスを破壊してしまった事、武治を助けられなかった事、もう少し上手く行動していれば結果は変わったかもしれない。そんな自分がどうやって顔を出せば良いのか。

 

「……ここからは、ぼくの、戦いだ……」

 

それはまるで仲間達との決別の意思を示すかの様に、制服の上着を脱ぎ捨てる。

 

「ったく、渡とは別の意味で面倒な奴だな、お前は」

 

「……ごめん、キバット。でも、さ……」

 

決意を込めて、決意を抱いて、

 

「父さんが、叔父さんが……みんなが守った世界を、絶対は終らせはしない」

 

静かにそう宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

寮……

 

「ゆかりちゃん」

 

自室に戻る途中ゆかりを風花が呼び止める。

 

「あのね……理事長の部屋の物、全部回収されちゃったんだけど、その前に理事長のパソコンを調べてみたら、ハードディスクの中に映像が残ってて……」

 

そう言って彼女はゆかりに一枚のCDを差し出す。

 

「殆ど消されかかってたんだけど、何とか復元してみたの。きっと、ゆかりちゃんの大切な物だと思う」

 

「ありがと……あとで見てみるね」

 

ゆかりはCDを受け取ると風花の微笑みながらそう答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆかりの自室……

 

 

 

―『この記憶が……心ある人の目に触れる事を……願います』―

 

 

 

「これって……あの時の……」

 

風花から渡されたCDを再生すると、ノートパソコンの画面には以前屋久島の別荘で見せられたゆかりの父の映像が映し出される。

 

 

 

―『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった。この実験は……行われるべきじゃなかった!』―

 

 

 

映し出された内容にゆかりは思わず驚きを露にする。

 

 

 

―『だから私は強引に実験を中断した……』―

―『しかし、そのせいで飛散したシャドウが後世に悪影響を及ぼすのは間違いないだろう。でもこうしなければ世界の全てが破滅したかもしれない!!!』―

―『頼む……よく聞いて欲しい。くれぐれも聞いて欲しい。散ったシャドウに触れてはいけない!!!』―

 

 

 

「えっ、これ……」

 

炎に包まれる映像の中で告げる父の言葉は、最後に残された父の言葉は屋久島で聞いた物とは全く別の言葉。

 

 

 

―『この研究を……私は止める事ができなかった。悪魔に魅入られたご当主の耳に私ごときの言葉は届かなかった!』―

―『あれらは互いを食い合い一つになろうとする……。そしてそうなれば、全てが終わりだ。もう一度言う……』―

―『散ったシャドウに触れてはならない!!!』―

 

 

 

「ホントの記録」

 

彼女の父の最期に残した本当の最後の記録。

 

「父さん、実験を止めようとしてたんだ……」

 

己の命を賭して実験を止めようとしていた。己の父は決して間違っていなかったと、その記録は告げている。

 

 

 

―『僕はもう助からないでしょう。最後に……一つだけ。これを見たどなたかが、娘に、ゆかりに会うことがあったら、伝えて欲しい……』―

 

 

 

そして、最後に残したのはゆかりへと向けられたメッセージ。

 

 

 

―『帰るって約束したのに、こんな事になってすまない』―

―『でも父さんは、お前と一緒に過ごせて、この世の誰より幸せだった』―

 

 

 

「お父……さん」

 

ゆかりの目に涙が浮かぶ。

 

 

 

―『どうか元気で居て欲しい……』―

―『愛してるよ、ゆかり』―

 

 

 

「お父さん!!!」

 

その言葉を最後に映像の中のゆかりの父は炎の中に消えていく。何年もの時を経て遂に届いた父からのメッセージ。ノートパソコンを抱きしめながら泣き崩れる。

 

「でも」

 

先程までとは違う晴れやかな笑顔で顔を上げる。

 

「無駄じゃなかった。信じてた事、無駄じゃなかった!」

 

今まで父の事を信じていたのは、何も無駄ではなかった。

 

「私は元気だからさ……。随分時間掛かっちゃったけど、メッセージ……ちゃんと受け取ったよ」

 

しっかりとノートパソコンを抱きしめる。

 

「お父さん。私、なんとかしてみるよ」

 

彼女の決意と共に彼女の背後に現れるのは彼女のペルソナ・イオ。

輝きと共にイオに変化が訪れる。牝牛の頭の玉座に座する乙女の姿から玉座を頭部の一部とした女神を模した姿へとその形を変える。

 

大きく光に輝く翼を広げたエジプト神話の女神を象った彫像の様な形のペルソナ。

その名は天空の神の母にして、生と死を操る強大な魔力を持った女神『イシス』。

 

(それでいいよね)

 

晴れやかな表情でゆかりは父へとそう告げる。

 

 

 

―『……………す……か……』―

 

 

 

「え?」

 

その声が聞こえた事でゆかりは再びノートパソコンの画面へと視線を落とす。

 

まだ流れていた炎に包まれた画面。そこに映し出されていたのは……。

 

 

 

―『大丈夫ですか、しっかり!』―

 

 

 

「……これって、キバ? でも、この声……紅くん……じゃない」

 

炎のせいでよく見えないが、倒れた父を抱き起こす黄金のキバの姿。だが、画面の中から聞こえてくるキバの声は自分達が知っている奏夜の声ではない、明らかに違う人物の声。

 

安否を確認して残念そうに首を振るとゆかりの父の亡骸を其処に横たえた所で映像は途切れていた。だが……

 

「これって……どう言う事なの?」

 

その言葉に篭っていたのは色々な意味が篭っていたが、その疑問の声に答えるものは誰も居なかった。

 

ふと、そこで思い出すのは奏夜の事……ゆかりが父を失った様に、奏夜もまた両親を失っている。同じ時期に……。

 

「もしかして……」

 

映像の消えた画面に視線を落としながら続ける言葉……。奏夜がキバで有る事、そしてキバについての情報で教えられた過去のキバが存在していた時期は、明らかに奏夜の年齢よりも以前から存在している。

 

「もしかして、あのキバって……紅くんのお父さん?」

 

翌日……

「あー……」

キャッスルドランの一室、風花から先日のS.E.E.Sの話を聞いていた奏夜は思わず机に突っ伏してしまう。

「あっ、その……ごめんなさい」

「いや、言って良いって言ったのはぼくだから、大丈夫だから。何て言うか……一人で戦うって決めた矢先にこれだからね。昨日のぼくの決意はなんだったのか、なんて思って……」

「奏夜くん、そんな事考えてたんだ」

「……危険は分かってるけど、風花さんには協力を頼む心算、だったけどね」

ジト目で睨んでくる風花に苦笑しながらそう告げる。

「そうなんだ。……あっ、それと……今日、皆さんがこっちに来るそうです」

「そう、なんだ……。それと、先に風花さんには先に伝えておくけど」

思わず頭を抱えてしまうが、風花には前もって己の推測を伝える。

「……“滅び”……」

「うん。デスも多分元凶じゃない。だけど、本当の元凶に至るための手掛かりにはなると思う……。それも含めて推測の段階だけど、みんなには伝えた方が良いね。今後の方針として」

取り合えず丁度良い機会だと割り切る事にした奏夜だった。



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第六十九夜

「スゲッ」

「うわぁー……」

「なんだか、凄いですね」

「此処がキバの秘密基地か」

 その日、ビルに擬態したキャッスルドランの中に先にキャッスルドランに来ている風花と、幾月の一件での父親の死の為に不在の美鶴と、同じく幾月に操られキバに変身した奏夜に倒された結果機能を停止しているアイギスの二人を除いたS.E.E.Sのメンバー達は始めて足を踏み入れていた。

「ってか、あいつってマジでキバだったんだよな」

「目の前で変身する所を見せられてちゃ否定できないな」

「でも、紅さん、何処に居るんでしょうね」

「流石にこれだけ広いと、ちょっとね」

 珍しそうに周囲を見ているS.E.E.Sの面々。だが、奏夜に会うと言う目的の為に来たのだが肝心の奏夜が何処に居るのかが分からないと言うのが現状だった。

「心配すんなよ、ゆかりッチ。こう言う時は適当に部屋を開けてけば何とかなるっしょ」

 そう言って適当なドアを開ける順平だが、次の瞬間視界に飛び込んできたのは……

「「「ん?」」」

 何故か怪人態で七並べをやっているガルル、バッシャー、ドッガの四魔騎士(アームズモンスター)達(シルフィー除く)だった。

「…………。失礼しました」

 三対の視線を浴びる中辛うじて搾り出した言葉でそう言って順平はドアを閉める。

『…………』

 一同の中に沈黙が流れる。イヤーな沈黙だった。

「んじゃ、奏夜の奴を探しにレッツゴー」

「コロマル、紅の匂いが分かるのか?」

「ワン!」

「流石、コロマル。頼りになるわね」

「それじゃ、コロマルに案内して貰いましょう」

 仲間達は順平を華麗にスルーして奏夜の匂いを追えるコロマルに期待していたのだった。

「って、みんな、オレっちの事スルー!?」

 スルーされている順平がそう叫んでいると先程開けた扉が開き、順平の首根っこを捕まえる。

「って、オワァ!?」

「丁度、良い」

「三人だけで遊ぶのにも飽きちゃったんだよね」

「丁度良い、お前も混ざれ」

「オ、オワァー!!!」

 部屋の中に引きずり込まれて、何故か次狼達が遊んでいるトランプに参加させられた順平だった。

順平、トランプに混ざった為リタイア。

なお、

「テレッテー! オレッチ、完全勝利♪」

「「「ま、負けた」」」

 何気に“第一回キバチームVS特別課外活動部対抗トランプ大会”の勝者は順平だったりする。しかも、その結果は順平の圧勝。次狼達は一矢報いる事も無く完全に敗北したのだった。

 なお、優勝した順平に渡されたトランプ大会の商品は、何故かキャッスルドランの中に有った大剣【妙法村正】(レアドロップアイテム、P3の順平の武器の中では二番目に強い)だった。

「あれ、順平は?」

「そう言えば何時の間にか姿が見えないな。仕方ない奴だな、後で紅に言って探してもらうか」

 ゆかりの疑問に呆れたように呟く明彦。何気に順平は次狼達三人を相手にトランプで圧倒しているのだが、彼等はそんな事は知る由も無い。

「でも、紅さんって何処に居るんでしょう?」

 結構歩き回って小学生の乾は疲れた様子を見せている。

「そうだね」

 そう言って誤ってゆかりがドアに触れてしまうとしっかりと閉まってなかったのか、触れたドアが勝手に開く。

「あっ」

「ウフフフ……奏夜さま~、奏夜さま~♪」

 どうやら其処が台所だったらしくメイド服のシルフィーさんが楽しげにお茶の準備をしていた。

 割と奏夜絡みで微暴走気味の彼女の姿を見てると、流石に話しかける気は起きない。見なかった事にして無言のままドアを閉めて、

「あまり紅を待たせるのも悪いな」

「そうですね」

「先を急いだ方がいいですよね」

「ワン!」

 三人と一匹はその場から離れていく。

十数分後……

「えっと、みんな……大丈夫?」

「えっと、お茶でも飲む?」

「「「はー……はー……飲む」」」

 結局あの後二十分近く迷った一同は肩で息をしながら奏夜から渡された程々の温度に冷めたお茶を一気に飲み干す。

「紅、なんだこの城は!? 広すぎるぞ!?」

「えーと、真田先輩……入って直ぐの所で待っていてくれれば迎えに行ったんですけど。いや、次狼さんから連絡が有って、次狼さん達が順平とトランプしてるって言うから迎えに行ったんですけど、居なくて……ぼくも探したんですよ」

「すみません、召喚器がなくて私もペルソナも使えませんでしたから」

 奏夜と風花のその言葉を聞いて改めてこう思う三人だった。『先に言ってくれ』と。まあ、着いたという連絡入れなかったのも悪いといえば悪いが。

「ってか、順平……あいつ、何一人で遊んでんのよ」

「うん、なんか最近三人で遊ぶのにも飽きてた人達が、新しい仲間を見つけたみたいだったね、あれは」

 其処から順平を含めて四人による第一回トランプ大会の開催へと至ったのだが、それは此処では関係ないので割愛しておく。

「紅……今まですまなかった。そして、ありがとう」

 そう言って全員を代表して明彦が頭を下げる。キバとして影ながら力を貸してくれた事への感謝と謝罪の言葉だった。

「えーと、すまなかったって言うのは……」

「決まっているだろう、今までキバの事を敵として扱っていた事だ。あれも意図的に理事長がオレ達への情報を制限していたらしい」

「なるほど……父さんの代のキバの事を全面的に、って所だね」

 キバが正真正銘の人類の敵として存在していた時期は確かに存在している。それ以前に、ファンガイア族と人間が戦っていた頃から、ファンガイア族のキングの纏う鎧として闇のキバが存在していたのだから。

 祖父の代に存在していたプロトタイプのイクサでは足元にも及ばないほどのスペック……黄金のキバと同等のそれを持った闇のキバ。

 映像こそ近年の物だが、幾月はキバについての情報を意図的に捻じ曲げて……正しくは敵であった頃の情報のみをS.E.E.Sのメンバーには伝えていた。全ては不確定要素であったキバを潰すために、だ。

 だが、そんな幾月の計画も全ては当代のキバで有る奏夜がS.E.E.Sの内部に居た事で破綻するのだった。

 恐らく、幾月が見たという素晴らしき青空の会の記録にも黄金のキバのデータは残っていなかったのだろう。だからこそ、幾月にはキバの正体についての情報が伝わらずに済んだと言う訳だ。

「真田先輩、ぼくはそんな事気にしてません。それに、これからはぼくは一人で滅びと戦うつもりでした」

「ああ。幾月さんの持ち物だけじゃない、一緒にイクサナックルも回収されてしまった以上、足手纏いにはならないとは思うが……それでも、オレ達は以前ほど戦えるとは思えないな」

 イクサナックルの回収については奏夜も納得できる点ではある。限られたものしか使えない召喚器よりも、イクサシステムの中核となるイクサナックルは純然なる“兵器”であり、聞いた話では簡易化したとは言え量産試作品。何時までも一高校生に持たせている訳には行かないのだろう。

「それにしても……」

 桐条の研究者とは言え幾月の持ち物が全部持ち去られたのは痛い。少なくとも、“滅び”に付いての手掛かりが有るのは、幾月の持ち物だけだったのだ。

 寧ろ、そうなる前に寮の司令室の奥にある幾月の部屋にでも踏み込んで、あの部屋の資料などを調べておくべきだったと後悔してしまう。

「状況はかなり拙いね」

「拙い? 何がだ?」

「うん。少なくとも、既に“デス”や“滅び”と言った正体不明の敵は何時現れても可笑しくない。多分、何か有るのは満月の日だとは思うけど……」

 そう言って奏夜はテーブルの上に置かれていた紅茶を一口飲み込む。程よい温度に冷めた紅茶が喉を潤す。

「残念ながら、ぼく達にはその敵についての情報を何も持っていない。そして、それについての情報は理事長の所にしか無かったと考えた方が良い」

 奏夜の言葉にその場に居た全員が黙り込む。

「グループは桐条先輩が受け継ぐんだろうけど、ぼく達S.E.E.Sが以前の様に動けるとも限らない。いや、下手をしたらシャドウの事を軽く考えている人達に解散させられるかもしれない」

 少なくともグループのトップで有った武治が命を落とした以上、美鶴が受け継いだとしても以前の様に自分達が動けるとは限らない。

 悪い事に幾月の企み通り12体全ての大型シャドウは倒してしまっている。それが解決ではない事を知っているのがあの場に居た者達だけとすれば、解決したと誤認した結果何も知らない連中に解散させられる危険も有る。最悪の事態程度は考えておいた方が良いだろう。

「どっちにしても、今のぼく達に出来る事はこれまで通りタルタロスで鍛える事位しかないんだよね」

「ああ、実戦でのトレーニングだな!」

「そうなりますね……」

 相変らずの明彦に苦笑する奏夜と風花。要するにS.E.E.S内での明彦の言葉も満更間違っていなかったりするのだ。

「それに、タルタロスを登るって言うのはトレーニング以外にも目的は有るしね」

「目的?」

 奏夜の言葉にゆかりがそう聞き返す。

「うん。理事長の言葉が正しいなら“滅び”が降臨するのは間違いなくタルタロス……それも、考えられる場所は最上階……頂上」

「そうですよね。一番怪しい場所は其処ですけど……」

 奏夜の言葉に同意を示す乾。

 今まで行く手を阻んでいた番人級のシャドウ達は、正真正銘本物の番人だったと言う訳だ。

「うん。タルタロスは上の階に行くほど強力な個体が生息している」

 上の階に登れば登るほど、下手をすれば下の階の番人級レベルのシャドウがぞろぞろと出てくる。

「同時にぼく達が強くなる為には弱いシャドウを相手に戦っているだけじゃ、ゲームじゃ無いんだから強くはなれない。だからこそ、強力なシャドウが居る上階に行く必要が有る。それは同時に“滅び”が現れるであろう場所に近づくための手段でも有る。そう言う事だよ」

 強くなるためにも、“滅び”と言う存在にも対抗する為にもタルタロスには登る必要も有る。何より、それほど時間が有るとも思えず、同時に余計な邪魔が入る可能性の薄い今の内に行動するしかない。

「所で、紅くん。さっきから戻る事を前提に話を進めてるけど?」

「岳羽さん。皆でキャッスルドランまで来たのには、ぼくにS.E.E.Sに戻って来て欲しいって事でしょ?」

 ゆかりの言葉に奏夜は微笑を浮べながら答える。

「今度はただのペルソナ使いの高校生ってだけじゃないて……キバの後継者としても、協力させてもらいます」

「ああ、頼りにしてるぞ、紅」

 そう言葉を交わし奏夜と明彦は拳を重ね合う。キバで有る事を打明けた上でのそれは……隠し事も無く、本当の意味で彼らと仲間になれた思いだった。

おまけ……

「真田センパーイ、ゆかりッチ、ここかー?」

 そう言って奏夜達の居る部屋に入ってくる順平。先程のトランプ大会の商品の刀まで持って。

「伊織、お前は今まで何をしていた!?」

「何って……トランプしてましたー。いやー、オレッチの完全勝利でこんなの貰っちゃいました」

 そう言って商品の武器を見せる順平。そして、奏夜はそんな順平へと視線を向け、

「まさか、次狼さん達に勝つとは……」

 何時の間にか現れたシルフィーを従えて奏夜は順平と対峙する。三人の中央に力がテーブルを、ラモンがトランプのデッキを置き、次狼が念入りにシャッフルする。

「ならば、次はキャッスルドラン内のトランプチャンプのこのぼくが相手だ!」

「お供します、奏夜さま」

 何気に二位はシルフィーだったりする。

「えっと……私も?」

 風花ちゃんも同率二位に輝いていたりする。

「さあ、頂上決戦と行こうか!」

 此処にトランプ最強決定戦が開催されたりした。

「何この状況?」

「さ、さあ」

「よく分からんが……伊織、戦うからには勝て!」



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第七十夜

ベルベットルーム

「お気づきですかな? 貴方には大きな変化が起こったようです」

 目の前に座するイゴールに言われて思い出していくと、『変化』と呼べる出来事は幾つも起きている。

 一つは荒垣の脱落。これは屋久島の一件で出会った奏と言う平行世界からの来訪者からの警告で何とか一命だけは取り留める事ができた。

 もう一つはタルタロスでの美鶴の父の死と幾月の裏切り。両者共に命を落とす結果となり、黒いイクサに変身したアイギスも黒いキバ……キバ・デスフォームとなった奏夜によって機能停止まで追い込まれた。

「日々の境遇も波立っておられるご様子だが、申し上げているのはそう言う事ではない」

「?」

 イゴールの言葉に疑問に思う。それ以外に変化と呼ぶべき出来事は起こっていない。

「あなた自身の“精神”の変化です」

「僕自身の……“精神”の変化?」

 思わず聞き返す奏夜の目の前に現れるそれが独りでに開いていく。

「……これは、あの時の」

 それは、初めて寮へと足を踏み入れた時に署名したカード。見ればあの時は前にしかなかった署名が、奏夜の名前の後にも薄っすらと何人かの署名が見える。

「貴方が署名されたカードにはこうあります。“我、自ら選び取りし如何なる結末も受容れん”…………と」

 覚えている。何故か忘れてはいけないと心に刻んだ言葉。其処に署名が増えたと言う事は何処かで奏夜と同じ様に署名した者達が何人も居ると言う事だろう。

「お客人が何を選び取ろうとも、私はそれに従ってまいります。しかし、貴方ご自身は自らの行いに対し常に責任を負わなければなりません」

「はい」

 そう、アイギスをあそこまで破壊し掛けてしまった事も、美鶴の父を助けられなかった事も奏夜の行動の結果だ。幾月の事は疑っていた筈だった。己の行動がもっと早ければ助けられたかもしれなかったと言うのに……。それは何度悔やんでも悔やみきれない……。

「例えそれが……如何なる結末に結びついてもね。それだけ、どうかお忘れ無きように」

「今日の議題は今後の方針についてだ」

 まず明彦が口を開く。奏夜が復帰した翌日の放課後、寮のラウンジで改めてミーティングを行なっていた。

「今後って言っても……」

 そう弱々しく呟いたのはゆかりだ。奏夜がデスや滅びについて色々と考えを巡らせていたとは言え、今まで執着点と思っていた場所が否定された今、弱気になっても不思議は無いだろう。

「桐条グループの方から、何か言ってきてないんスか?」

「まったく音沙汰無しだ。……恐らく、向こうもどうして良いか分からないんだろう。幾月がシャドウ研究のトップで、全てを掌握していたんだからな」

 順平の問いに明彦は首を振って答える。

「……人格は狂っていたけど能力だけは(・・・・・)優秀だって自称してたからね……。分かってたなら桐条先輩のお父さんも気付いてだろうし」

 そう言って明彦の言葉に頷きながら最後に『まったく、死んでからも迷惑な奴だ』と奏夜は呟く。

 実際、幾月の事は色々と疑うべき点が多かったと言うのにこうして最終目的を達成させてしまったのは、完全に奏夜のミスと言えるだろう。その為に世界の滅び牙近づいているのだから。

「何だよ……何か言ってくっかと思えば放置かよ。良いのか、大人がそんなんで」

「そう簡単に行動できる大人はそうは居ないって事だね。寧ろ、子供のぼく達の方がこう言う時には行動し易いって言えば、それまでだよ」

 苛立ちながら呟く順平に苦笑しながら奏夜が言う。だが、桐条グループが混乱している内は逆に好都合だ。……タルタロスの探索はその間に最上階まで辿り着いておきたい。だが……

「多分、今までの事から考えるとタルタロスは一定の周期で登れる階層が変わるはずだ。ぼくの予想だけど、恐らく滅びの降臨に近づく度にタルタロスの封印は解かれてるんだと思う」

 実際、大型シャドウを倒してから数日のタイムラグを持って新しい階層は開かれていた。恐らくは大型シャドウの撃破の後、一つに戻るための期間として数日掛かったのだろう。ならば、これからのタイムラグは純粋に滅びが近づくまでの期間となる。

 そうなる以上、恐らく最上階まで行けるのは……滅びの直前、最初で最後のチャンスの登りきるまでのタイムリミットはタルタロスが存在する影時間の僅か一時間しかない。

 一体何階あるか分からない影時間の搭の事を考えると、常に登れる限界まで登っておく必要が有る。

 そう言って一様に表情の暗い仲間達を一瞥し、

「だから、混乱してるなら好都合な点を考えると今の内に少しでも登っておきたい。流石にぼくは兎も角、みんなの場合召喚器が無いと戦えないだろうからね」

 ……正式にはペルソナの召喚に召喚器は必須では無い。安定して召喚するための道具であって、召喚器無しでもペルソナを扱う事は出来る。実際、それを必要としているのは3のメンバーであるS.E.E.Sだけだ。

 だが、そんな楽な方法に熟れている以上、召喚器無しでのペルソナの使い方を一から熟れる必要が有る。

 もし、桐条グループから召喚器の返却を求められたら応じないわけには行かないのだ。そうなったら、タルタロスでシャドウと戦えるのはキバに変身できる奏夜だけだ。だからこそ、どうなるか分からない以上、今の内に少しでも上に上っておきたい。

「タルタロスと“デス”。今のぼく達にはそれが滅びに繋がる、手掛かりだ」

 そう言ってポケットの中から取り出すのは『ⅩⅢ』のタロットカード『死神』。既にⅠの『魔術師』からⅩⅡの『刑死者』の大型シャドウを倒した状態で、一番デスと言う名に相応しいのはこのカードだろう。

 その場に居る全員の視線が奏夜がテーブルの上に置いたタロットカードに集まる。

「…………なんつーかさ」

 沈黙が流れる中順平の呟きが零れる。

「やっぱ、お前が居ると違うよな」

「うん、やっぱりリーダーが居ないとね」

「ああ、これからも頼りにしてるぞ、リーダー」

 順平の言葉を皮切りにゆかりと明彦も続く。先日までは殆ど目的が見えなかった現状で、明確かどうかは別にしても当面の活動の目的を得る事が出来た。

「そんな、これくらいなら時間が掛かっても誰かが気付いたと思うよ」

「いや、今はその時間が惜しいんだ。幾月の言っていた滅びの事が何も分からない今となっては、な」

「そう言えば、桐条先輩は? 多分、お父さんの後を告ぐ事になったとは思うけど」

「うん、紅くんは知らなかったよね。後継者問題とかで先輩が表に立ってるから、暫くは強行軍だって」

「……先輩も大変だね。お父さんが亡くなったばかりで大変なのに」

 美鶴に重く圧し掛かっている桐条グループの後継者としての責任は彼女に父の死を悲しむ時間さえ与えられない。

 アイギスも黒いライジングイクサの装甲の上からとは言えキバ・デスフォームの必殺技によって大ダメージを受けて機能停止し、精神に関する部分も幾月によってダメージを受けていることだろう。修理できる桐条グループが混乱している状況では復帰も遅れるのも無理は無い。

「現状だとやっぱりタルタロスを登る以外道は無いね」

「ああ。紅、明日からまた探索の予定を考えておいてくれ」

「はい。取り合えず、明日はみんな体調と装備を整えておいて貰えるかな? ぼくはその間に薬とかの買い足しに行って来る。……流石にそんな余裕は無かっただろうし」

「あっ、紅くん、私も手伝います」

『う゛』

 奏夜の指摘に戦闘メンバー全員が図星を突かれた様な表情を浮べる。順平はキャッスルドランのトランプ大会の優勝で新しい剣を手に入れたが、消耗品であるゆかりの矢は補給していないし、明彦のグローブもボロボロになっている。他のメンバーの武器もストレガの二人やハングドマンとの闘いで交換を考えるレベルで消耗している。奏夜の剣は何気に順平と同様にキャッスルドランの中で見つけた新しいものに変えているので順平と同じく問題ないが(これもトランプ大会の賞品)。

 それに医薬品も前回のストレガとハングドマンとの連戦で殆ど尽きているのだ。この状況では一日程度は補給と休息に当てるべきだろう。唯一バックアップメンバーで装備の補給の要らない風花が奏夜の手伝いを買って出てくれたのは助かる。

 付け加えると、まだタルタロスの上階へと続く道が開かれたという連絡は来ていない。特に気にしては居ないが、何時も何故か新しい階層が開かれるとベルベットルーム……もっと正確に言えばエリザベスから連絡が来ているのだ。

 今回はまだその連絡は来ていない。なので今の内に準備を整えるために時間は使った方が得策だろう。

 奏夜の指示を確認して、明彦はその場を去る。

「あっ、風花さん、ちょっと良いかな?」

「あっ、うん。なに、奏夜くん」

 全員が立ち去っていく中風花を呼び止める。

「うん、皆に言うまいか迷ってた事が一つだけ有るんだ。……多分、桐条先輩も幾月の遺品から調査をしているんだとは思う。だけど……」

 有る意味では出来る限りの努力をしている美鶴の行動を全否定する事に行き着いていた。

「あいつは多分、滅びを止める方法とかは一切調べてさえ居ないんだと思う。それどころか……亡びって言うのがどんな物なのかさえもね」

 あの狂人も妄想を考えると滅びを呼ぶ事だけが目的だったのだろう。そんな人間が止める方法等調べている訳が無い。滅びを止める方法を妨害する為に調べた可能性もあるが、最後の最後まで不確定要素だったキバまで味方となって計画が上手くいっていたのだから、何もかも上手く行くと自惚れていたのだろう、余計に調べる訳が無い。

 その結果、最大の不確定要素のキバを罠の内側へと迎え入れて最後の儀式……止めようとして邪魔をするであろう奏夜達を始末し損ねてしまった。

「そんな、それじゃあ」

「無駄足で終る可能性が高い。……下手をすれば、デスが現れるまで何も手を打てないかもしれない」

 このまま調査を続けていたとしても何も成果が得られずに終る可能性が高い。

病室……

「よぅ、チドリ」

「……順平」

 久々に見る彼女の無愛想な顔。此処最近大型シャドウとの決戦以来、色々と有って会う事が出来ていなかった。

「悪ィな、ここんとこ来らんなくてさ。色々有ってちっとな」

「…………」

「ん? ……どうした?」

 先ずは此処最近こられなかった事を謝る順平だが、当のチドリの表情は冴えない。元々チドリは感情の変化に乏しい少女だが、今日の彼女は特に憂いを帯びていた。

「ああ……そっか」

 そして、その原因に順平は心当たりが有る。

「タカヤとジンって奴の事、聞いたのか……?」

 桐条グループの監視下に有り、彼女に対する取調べも行われる事も有る。それなら、その過程で二人が命を落とした可能性が高いと言う話が伝わっていても不思議ではない。

「話さなきゃとは思ってた。チドリの仲間だったヤツ等と、オレ等戦ったワケだし……」

 だが、順平の言葉にチドリは無言で首を振る。

「え……その事じゃねぇの? んじや、どうして……?」

「やっぱり……怖い。苦しい……」

 順平から視線を逸らしながら苦しげにそう呟く。

「順平……順平はあと二年経ったらどうしてる?」

「二年……? えと……さあな。進路とかはまだ決めてねーし」

 チドリの言葉にテレながら答える。普通に奏夜は進学と言う方向で決めているらしいが。高校生活はシャドウとの死闘が続いたので平和な学生生活を楽しみたいらしい。

「あ、そういや、チドリ最近あれ、無くなったよな。ペルソナがチドリの事、勝手に傷つけちゃうヤツ」

「え……? ああ……そうね……」

 あまり意識してなかったのだろう、自分でも意外そうな表情を浮べるチドリ。

「良かったぜ。つか、こんなキレイな手してんなのに」

「……ッ!? 触んないでよッ!!!」

 順平がついチドリの手を握ってしまうと、彼女にしては珍しく勘定を露にして振り払われてしまった。

「え……あ……ゴメン。そんなつもりじゃ……」

「痛くて……苦しい」

 特に下心は無かったのだが、少しチドリの顔には赤みが差していた。だが、次に彼女の口から出た言葉はそんな拒絶に近い言葉。

「順平が来ると前は楽しかった。いい気分になる事もあった」

 感情の篭った辛そうな声……

「でも、今は……違う。痛い……苦しい……こんなの……我慢できない!」

 彼女の内に浮かんだ感情……それがなんなのかは本人さえも理解していないのだろう。

「な、なんだよそれ……全然分かんねえよ!? オレ、なんか嫌われるような事した!? ワケを聞かせてくれよ!!!」

 文字通りワケが分からない。今までの時間を楽しいと言ってくれた事には正直驚いたが、それ以上に……今の彼女に浮かんでいる『苦しい』や『怖い』と言う感情に対する疑問が浮かぶ。

「順平……。もう……来ないで」

 明確なる拒絶。

(いったい……どうしたってんだよ……)

 必死に頭を巡らせても答えは出ず、順平にはその場を立ち去る以外選択肢は残されていなかった。



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第七十一夜

「ごめんね、つき合わせちゃって」

「ううん、いいの。一人じゃ大変そうだし」

「「あれ?」」

 医療品の買い物帰りの奏夜と風花が寮に帰ると一人項垂れている順平の姿があった。

「順平……何やっているのさ?」

「あぁ、紅、山岸……聞いてくれよぉ……!」

 半泣きですがり付こうとしてくる順平と風花の間にさり気無く立つ奏夜。何が有ったのかは分からないが、新しい武器を手に入れてご機嫌だったと言うのに、極楽から地獄にでも叩き落されたと言う表現がぴったりな彼を見ながら、順平には悪いが『声を掛けたのは失敗だった』と思ってしまう。

「今日さ、オレ……チドリのとこに久々に言ってきたんだよ~。そしたらぁ……そしたらさぁ……!」

 順平には悪いがさり気無く風花を遠ざけていく。実際聞いてないし、どうやって気付かれない様に風花にこの場を離れてもらうかと考えていたりする。

 ……どうでも良いがすっかりと恋人同士にしか見えない二人である。間違いなく女教皇のコミュレベルはMAXに違いない。女教皇のカテゴリーの最強ペルソナも普通に作れるだろう。

「もう来るなって言われたんだよ~!!!」

 その後長々と聞かされたが要点はその一点だ。

「紅……教えてくれよ! いったいオレどうすりゃ良いんだよ~!」

「いや、なんで其処でぼくに聞くのさ、順平?」

「うっせー、どう見てもお前が一番適任だろうが!? 真田先輩じゃ意味ないし、天田になんて聞けるかよ!」

「そりゃそうだ」

 消去法で自分だったと考える奏夜だが、多分比較対象が無くても奏夜を迷わず選んだだろう。恋愛事に興味無さそうな明彦と、小学生(・・・)な乾。前者は意味ないだろうし、後者に至っては小学生相手に恋愛相談など出来るわけが無い。……乾は結構もてていそうだが。

 それに対して奏夜は傍から見れば普通に風花との関係は恋人同士に見える。……しかも、かなり上手く行っている様にしか見えない。

「特にそのイヤホン、山岸の手作りとか言ってただろう!?」

「あー……変えたのに気付いたからそう言ったっけ?」

 ……普通にコミュレベルMAXだった様子だ。

「お前以外に……お前以外にこんな事、誰に相談しろってんだよぉ!!!」

「……だから、ぼくに言わないでよ。だいたい。あのストレガの子が元気ないなら、こんな所でそんな事言ってないで力になれば良いだけだよ」

「そっか、そうだよな。サンキュー、紅」

 アドバイスになったのかどうかは分からないが、力なくとぼとぼと歩いていく順平だった。

 朝のホームルーム前。奏夜、ゆかり、順平の三人が談笑していた。とは言っても、現在はアイギスがまだ奏夜との戦いの結果大き過ぎるダメージを負ってしまっているので、どちらかと言うと無理に明るい話題を探していると言った様子だが。

「はぁ……」

「もう、何時でも落ち込んでないでシャキッとしなさい。鬱陶しいなぁ」

「鬱陶しい!? 良いじゃん、ちょっとくらい落ち込んだって!」

「いや、鬱陶しいってのは言いすぎかもしれないけど、順平が落ち込んでるのって昨日からだからね」

 ゆかりの軽口に順平も言い返せる程度には回復している物の、現在進行形で未だに落ち込んでいた。

「うっせーよ、紅。お前の場合、自分の立場考えてから言ってくれよ」

「確かに、それは言えてる」

「何か、物凄く酷い言われように聞こえるんだけど」

 明らかに奏夜と風花の状況を考えると、振られた順平にはどう考えても言われたくないと言ったところだろう。

「つかさ、聞いた? 今日うちのクラスに転校生が来るらしいぜ」

「転校生?」

「……家庭の事情って奴も有るだろうけど……11月のこんな時期に?」

「ああ。なんか、噂流れてたぜ」

「本当に落ち込んでるの、順平? その状態でもそんな噂をチェックしてる君に一番ビックリだよ。それに……」

 そう言って教室を見回すがアイギスが休んでいる事以外は何時も通りだ。それが意味しているのは転校生の事が話題に上がっていないと言う事だ。改めて順平の情報網の広さと落ち込んでいても変わらない行動力には恐れ入る。

「ってか、何でウチのクラス? これで三人目でしょ?」

 ゆかりが疑問の声を上げる。四月の奏夜の転校に始まって夏休み明けのアイギスに、今日もう一人の転校生と三人続けて転校してくると言うのは疑問を感じずには居られない。

 奏夜は完全に偶然でアイギスは幾月辺りの作為があったのだろうが、今回も奏夜に続けての偶然だろう。

「何だかイベントの多いクラスだね、ウチって。漫画とかの主人公のクラスじゃないんだし」

「いや、変身ヒーローやってるお前がんな事言うなよ」

「そうだよね、紅くんって主人公って言う要素強いでしょ」

 そんな奏夜の言葉にツッコミを入れる順平とゆかり。変身ヒーローやってる時点でどう考えても主人公(騒動の中心)だろう。

「……そう言う順平だってイクサに変身したよね」

「一度だけだろ、オレは」

 そんな時、廊下から聞こえてくる足音に気が付いた順平が、入り口の扉に注目する。それに習って奏夜とゆかりも視線を其方へと向ける。

 扉を開けて入ってくる担任の鳥島。そして、その後ろから整った顔立ちの少年が続いて入ってくる。

「っ!?」

 その顔を見た瞬間、一人の人物の顔と重なる。

(……彼に見覚えがある……? いや、単なる偶然……なのか?)

「静かに、静かに! 今日は転校生の紹介から入るわよ!」

 男子生徒が転校してきた事に対する女生徒のが中心になったざわめきを出席簿を数回机に叩きつける事で沈静化させ、転校生の紹介に入る。

「えっと、名前は『望月 綾時』。ご両親の都合で海外生活が長かったそうで、日本の事には不慣れだそうなので、みんな色々教えてあげてね。じゃあ、望月君。軽く自己紹介してもらえるかしら?」

「はい。『望月 綾時』と言います。みんな、仲良くしてもらえると嬉しいな」

 そう言って綾時がウインクしてみせると、一斉に黄色い悲鳴が上がる。

(……声まで同じ……そんな事が……。偶然にしては出来すぎてる!)

 転校生の登場に各々の反応を示す教室の中で唯一、奏夜だけが驚愕の表情を浮べていた。記憶の中の『彼』とまったく同じなわけがない。

 記憶の中に居るのは小学生程度の年齢だが、同年代まで成長させればこんな風になるだろうと言うイメージで綾時と彼は重なる。

(……なんでこんなに似てるんだ……ファルロスに)

 偶然が重なりすぎている。外見や声までも似た転校生。しかも、彼がいなくなったのはつい最近と……此処まで重なると一種の必然さえ感じてしまう。

「えっと、席は……あ、其処空いてるわね」

 指差したのはアイギスの席。

「あの、アイギスは病欠で……」

「そうだったわね。じゃあ……」

 空いている席を適当に言ったのか改めて他に空いている席を見つける。

「あっ、其処も空いてるわね」

「いや、先生。其処はただのサボりで……」

「サボりなんて居ないのと同じよ」

 まったくの正論である。

「人生はね、椅子取りゲームなのよ。自分の居場所を空けておいたら、直ぐに他の誰かにもってかれちゃうんだから」

 奏夜が思考の中に沈んでいる間に鳥海はサボりの席へと転校生を誘導する。

「はいは~い、静かに。連絡事項言ったら幾らでも望月君と話して良いから、静かにしなさい」

 尚もざわめいている女生徒達をそう言って黙らせる。

「すまない、心配をかけた」

 その日の晩実家でのゴタゴタが有る程度片付いたであろう美鶴と、修理が完了したアイギスが復帰した。多少キバとの戦闘中の記憶にダメージはある物の無事にアイギスは元のまま戻って来た。

 イクサナックルもシステム自体を改良する余地が有るらしく、デスフォームとなったキバに破壊されたとは言え旧イクサの完全なるコピーであるBイクサのパーツの幾つかを移植する事で『ライジングイクサ』への強化を可能にする為に改造中らしい。

 色々と大変だっただろうに美鶴は桐条のラボの方に、アイギスの修理だけでなく戦力の強化の為に色々と手を回してくれていたらしい。

 丁度振られたばかりで落ち込んでいた順平が馬が合ったのか、綾時と仲良くなって本格的に元気になったのは良かったと思う。……流石にあのまま落ち込まれ続けたら、順平には悪いが鬱陶しい。

 悪い事に悪い事が重なるように、良い事には良い事が重なると思っていた翌日、学校に復帰したアイギスに綾時が声を掛けたとき、

「あなたは、ダメです」

 全否定。会って数分で睨みつけた挙句彼の事を全否定。妙にアイギスらしくないと思うが、幾月にされた洗脳の後遺症かと言う疑いも持ってしまうが、敵意を持っている時点で明らかに後遺症説は否定できる。

(一体何が?)

 疑問を覚えると奏夜だが、奏夜の中の何かが警鐘を鳴らしている様に思える。出来る事ならば永遠に来て欲しくなかったその時の幕が遂に開いてしまったとでも言うように。

(……何か有るのか……。ファルロスが消えた時期に来た彼に似た転校生。……しかも、丁度消えた時期は12体のシャドウを倒し終わったこの時期。でも、仮にファルロスが彼だとしても、何でアイギスが敵意を向けるんだ?)

 恐怖に繋がりそうなその疑問について考える事を放棄する。……いや、放棄するとか無いと言うべきだろう。だが、

「ダメって……まだ食事にも誘ってないのに」

 能天気に困惑の表情を浮べている綾時を見て思わずずっこけそうになる。どう見てもあれは的外れすぎて演技には見えない。

(いや、そんな事よりも……彼の心の音色は……)

 不思議な音色だ。何処か無を感じさせながらも酷く懐かしく落ち着く音が聞こえてくる。……いや、正しくは重なっているというべきだろうか? 無を感じさせる音色の奥に、不協和音にならないように、まったく別の……酷く懐かしく聞いていると落ち着く音色が重なっている。

 まったく別の二つの音楽が重なるのは不思議な感覚だ。まるで……

(……何を考えてるんだぼくは。流石にそれは失礼にも程が有るだろう)

 『まるで人間ではない』と言う言葉を飲み込む。恐らくはファンガイアの物とも違うその心の奏でる音色、個性と言うにはあまりにも……あまりにも人間離れしすぎているその音色には困惑してしまう。

(はぁ……今日は文化部の方の部活が有ったな。気晴らしに思いっきりヴァイオリンでも弾こう……)

 最近考える事が多く趣味であるヴァイオリンの演奏をしていなかった事を思い出す。ブラッディーローズの様な最上級の品には比べる事も失礼なほどに劣るが、それでも思いっきり演奏を楽しめるのは悪くない。偶には人前で演奏したくなるのも人情と言う奴だ。

 ……何気に楽しみにしていた学園祭での演奏の機会が無くなった事は不満だったりする。

 なお本編とは関係ないが、S.E.E.Sで撮影された自主制作映画は数年後、とある町で公開される事になるのだが……本作の本編とは関係ない。

 ふと、部活に行く途中で一人で居る綾時を見かけた時、彼の側に白い円盤状の物体が一瞬だけ見えたがそれは気のせいだったのだろうかと言う疑問が浮かんだ。見えたのは僅か一瞬だけ……だが、それを知っている者が居ればこういってたに違いないだろう。………………『サガーク』と。



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第七十二夜

「この前の……ありがとね」

「あ……うん」

「見れて、ホント良かった……」

「ゆかりちゃん……」

 放課後の月光館学園の校舎で風花と二人、ゆかりはそんな事を呟く。内容は勿論風花が復元した過去の父親の映像の事だ。珍しく風花は奏夜と一緒では無くゆかりと下校していた。

 ……本人達にしてみれば交番で武具を買ったり医薬品を買ったりしているので、デートとかとはほど遠い物なのだが。現場の指揮官とオペレーターな二人なので仕方ないと言えば仕方ないだろう。味方の状況を最も把握しているのはこの二人だ。

 まあ、つい数日前の武具の更新……キャッスルドランの中で見つけた物に変更した奏夜と優勝商品で強化された順平の二人の武器は兎も角、防具や二人以外の戦闘メンバーの武具を変えたり、古い武具やタルタロスの中で見つけた使わない武具は予備を除いて時々売ったりしている。

 高校生の身の上で武器の売買をしているのは傍から見ればどうかと思うが。一番の問題はアイギスの武具だったりする。……腕と一体化している銃や脚部やボディーと言ったパーツは流石に持ち運びに不便な上にマネキンと言う事にして運ぶのは苦労した。……美鶴に頼むのは良いが居ない時は流石に自力で売りに行くしかない。まあ、そんな形で得た資金は活動資金として確保した分以外の余った分は仲間内で分けたりもしているが……。

「お蔭で色々分かったよ。……私達のやらなきゃいけない事」

「そうですね」

 11時59分を指した所で壊れた時計、影時間の寸前で止まったその時計は色々と印象的なものである。この月光館学園が全ての始まりとなった地で有る事を考えると。

 帰り道の途中誰かを必死に探しているアイギスの姿があった。キョロキョロと必死で彼女が探している人物は奏夜意外居ないだろうし、二人の姿を見た時『はっ!』とした表情を浮べる。そんな姿からは彼女は意思を持った一人の人間にしか見えない。

「風花さん、ゆかりさん。奏夜さんの現在位置を把握していたら教えていただきたいのでありますが」

「「現在位置……」」

 ずいっと近づいてくる彼女にそう聞き返す。

「現在位置は分からないけど、バカ二人と遊びに行ったみたいだけど?」

「バカ二人……」

 ゆかりの説明にうーんと言う表情で考え込むアイギス。アイギスの頭の中に二人の人物の顔が浮かぶ。

「順平さんは特定できるのですが、あと一人が分からないであります」

 即座にバカ二人の片割れが順平と認識できた様子だった。哀れ順平、アイギスにも『順平=バカ』と認識されているようだ。

「綾時くん」

「あ…………」

 ゆかりの答えにアイギスの表情が変わる。妙に暗いものを背負った表情にワナワナと振るえている。

「あの人はダメです!!!」

 そう叫んで『ピュー』と言う擬音を背負って走っていくアイギスの背中を見送りつつ、

「なんか……まるで恋敵みたい」

「え!?」

 風花の言葉に顔を真っ赤にして反応するゆかり。……だが、恋敵だと言うのなら、一番の強敵……と言うよりもラスボスは風花だろう、以前から秘密を共有して居たりとか、どう考えても。

「?」

「いや、別に……」

 天然なのか、完全に勝利者の余裕にしか見えない風花の姿に色々と複雑な感情を抱くゆかりさんでした。

「でも、言ってくれれば奏夜くんに電話したのに」

 そんな風花の呟きが零れるのだった。

 同日、ゲームセンター。其処に奏夜達の姿は有った。色々と根を詰め過ぎても良くないだろうと考え、順平に誘われたのも良い機会だと思って参加した奏夜だが、

「……っ、くそッ!」

 ゲーム画面の奥で順平の操作する斧を持ったキャラが剣を持ったキャラに負けている。

「やッ……」

 剣を持ったキャラのトドメの一撃が斧を持ったキャラのライフを削り取る。

「たーっ!!! 勝ったーっ!!!」

「おめでとう」

「くっそー! 油断したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 勝利の叫びを上げる綾時と対照的に項垂れている順平。付け加えるなら奏夜の足元には大量のジャックフロストの人形を初として色々と景品が入った袋がある。

「これで晩御飯は順平くんのおごりだね!」

「この辺の店の事は色々と知ってるし、何処にしようか」

「おいっ、紅! あんま高い所は止めろよ!」

 流石に泣きが入っている順平。……この辺の店のメニューの事は何故か良く知っている奏夜。……当然ながら値段も、だ。

「しっかし、なんつー上達の早さだよ……。オマエ、いったい何者?」

「ふふ」

 一度自販機でアイスと飲み物を買って休憩している三人。

「初めて来たけど、『ゲーセン』って楽しい所だね。色んなゲームで遊べるし、色んな物を貰えるし、勝てば御飯はタダだし」

「そうだね」

「オイ、それは何か違くねぇか……? つか、色々貰えるのは紅だけだろ」

「クレーンゲームも対戦だよ。店員との、ね」

「そっ、そっすか」

 『クスクス』と黒い笑いを浮べる奏夜に微妙に引き気味で答える順平。どうでも良いが背後では景品を根こそぎ取られたゲーセンの店員が泣いている。……このゲーセンからクレーンゲームが撤去される日もそう遠くないかもしれない。

「おっ」

 順平が見つけたのは『もぐら叩き』。

「もぐら叩き一回百円だってよ。やってみようぜ」

「えぇっ!?」

「な、何だよリョージ」

「だって……態々僕に会いに出てきてくれるのに叩くなんて可哀想だよ」

「………………。オマエなぁ……。まー、ゲームなんだし、一回やってみろって」

 そう言って綾時に順平はもぐら叩きを進めている。

「楽しそうで何よりだね」

 そんな二人を見ながら苦笑しつつクイズゲームを解いている奏夜。新しいクレーンゲームに近付こうとした時、本気で店員が『止めてくれ』と言う目で見られていたためだ。

「……分かった。そういうことなら……」

 ハンマーを受け取りもぐら叩きの前に立つ綾時。そして、

(容赦ねー! 手ももぐらも見えねーし!?)

 順平の心の中の絶叫が物語っていた。手元が見えないほどの速度で少しでも頭を出したモグラが叩かれている。先程まで可哀想等と言っていた人物のプレーとは思えない。そんな時綾時の携帯電話の着信音が聞こえてくる。

「……ん? リョージ、ケータイ鳴ってるぜ」

「あっ、ホントだ。ハイ、もしもーし」

『あー、やっと繋がったぁー! りょーじくん、今度アタシたちと遊んでくれるって言ったのに、今日もすぐ帰っちゃうんたでもーん!』

 茎ラスの女子らしき声がゲームセンターの音楽にも負けない音で響いている。

「まぁた女かよ。……リョージも、オマエも大変だ……」

「あっ、風花さん。うん、それで……」

 何時の間にかクイズゲームを終えた奏夜も風花と話していた……携帯で。

「……………………、じゃあ、またねー」

「じゃあ、寮でね」

「……な」

「ふー……」

 そう言って二人が携帯電話を切った時、ゲームは終了した。

「なんか電話掛かってきちゃったから、あんまり集中できなかったよー」

(ええー!?)

「凄いよね、この『KIVA』って人。断トツの一位だよ。どのゲームでも上位はこの人の名前ばっかりだし」

(うぇ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)

 その名前の由来は間違いなくキバで、どう考えても奏夜です。

「それにしても酷いよね。僕だって偶には男の子と遊びたいってゆーか」

「うん、偶には男同士で遊びに行くのも良いよね」

「お前等、帰れ」

 『#マーク』を貼り付けて即答する順平と、その言葉に落ち込んでいる綾時。そんな彼の肩を叩いて慰める奏夜。

「お、懐かしーな、コレ」

 順平が新しいゲームを見つける。比較的古いゲームらしく他のゲームとは違って旧式と言うイメージがある。

「なあに、それ?」

「ムッフー。ん? これはな……」

 一時期はやったそのゲームの名は、

「本格電車運帝シュミュレーター!!! 電車だ『わぁ!!!』」

「ねこちゃん可愛い」

「ホントだ、風花さん喜ぶかな?」

「聞けよ」

 誰も聞いちゃいなかったりする。なお、新たな獲物を狩人に見つけられた店側は本気で土下座して止めて貰っていた。

「で。電車と言えば、お前だな」

 結局そのゲームをする事になった三人……挑戦するのはクレーンゲームを店員に土下座して止められた奏夜だ。

「そう言えば気になってたんだけど。電車の横に書いてある『モハ』って何?」

「……物凄く早い、じゃないかな?」

 違います。正しくは列車記号の一つで『モ』は中間電動車で、『ハ』は普通車の事です。……順平の顔色が少し青くなる。

「『キハ』は?」

「キバの誤字だよ、絶対」

 間違いなく違う。同じく電車記号で『キ』が気動車(ディーゼル、ガスタービン車)で、『ハ』は上と同様普通車、間違っても『キバ』の誤字ではない。順平の顔が真っ青に染まる。

(不安だ……!!!)

 順平心の叫び。

 顔色が真っ青を通り越して真っ白に代わる順平。ゲームの中の電車がとんでもない動きを見せている。あまりにも凄惨な光景なので順平の心の叫びだけでご想像ください。

(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!? 電車が回転した!? なんだよ、それはぁ!? 前の電車を上から追い抜くか、フツー!? しかも上から!? ちゃ、着地、成功? せ、線路を無視して壁とかジグザグに走った!?)

 駅に着いたもののゲームだからなのか笑顔で降りてくる乗客たち。

(あの時……良く生きてたな、オレ)

「良し、高得点」

「ハーイ、次僕やるー」

 綾時がゲームの前に座ったとき近付いてくる人影……。どうでも良いが何故そんな無茶苦茶な動きで高得点が取れたのかは不明だ。回転した時点で乗客もよく無事だったと思う……。なお、評価は『車掌よりもレーサーになって下さい、マジで』と有る。

「や……やっと……」

 奏夜達三人を指差して現れたのは

「発見したであります!!!」

「アイギス?」

「そう言えばさっき、ぼくの事をアイギスが探してるって電話があったね……風花さんから」

 アイギスだった。まあ、奏夜は風花からの連絡でアイギスが探していると知っていたので驚きも無いが。

 学校で会った風花とゆかりから話を聞いてからずっと探し回っていたのだろう。

 実際、先程だが風花に何処に居るのか聞かれて答えたのだし……連絡を貰えれば居場所くらい答えたのに、と思う奏夜だった。



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第七十三夜

 数分前まで遡る。ぶっちゃけ、順平が奏夜に奢る事となった一件は……

「へへっ。なあ、紅、このゲームやろうぜ」

 そう言って順平が指差したのはバイクに似たコントローラーが有る本格的なレースゲーム。

「うん、良いよ。じゃあ、約束通り負けた方が勝った方に奢るって事で」

「おう、それで良いぜ」

 コントローラーに座り画面にスタートの文字が映し出される。それと同時にゲーム画面の中で走り出す奏夜と順平のマシン。

「へへっ、オレは何度もこのゲームやってんだ。他の事じゃ負けてもゲームじゃ……」

「順平、一つだけ言っておくよ」

「へ?」

 ゲーム画面の中で一瞬奏夜のマシンが並んだ時に隣に居る奏夜の呟きが聞こえる。

「ぼくを相手にバイクレースで勝負するって言うのは大間違いだよ」

「嘘っ!? 早っ!?」

 最高速度を出して一気に走り去っていく奏夜のマシンの背中を見送りながら、順平は驚愕100%の叫び声をあげる。ゲームのシステム上での最高時速で走り去っていく奏夜のマシン。

 ぶっちゃけ、そんな物を制御できるプレイヤーは今まで一度も無く、上級者はある程度速度を抑えている。つまり、そんな速度を出すのは初心者の証だ。

(へっ、あんなんじゃ直ぐにコースアウトだぜ)「って、マジ!?」

 速度を一切殺す事無く余裕且つ正確なコーナーリングで曲がっていく奏夜のマシン。

「お、おい……紅?」

「……ちょっと遅いな……」

「どこがだよ!? 最高速度だぞ、これ!?」

 ……順平は大事な事を一つ忘れている。

「だって、ブロンブースターやマシンキバーに比べたら全然遅いし」

「コイツが化け物みたいなバイク持ってるの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 仮面ライダーを相手にバイクレースを挑んだ時点で負けは最初から決まっている物だ。

 時には稲妻の如く直角に、時には龍の如く滑らかに曲がりながら失敗したのか大きくコースアウトする。

「へっ、コースアウトか。初心者にしては……ってマジでぇぇぇぇぇえ!?」

「良し、成功!」

 コースアウトと思ったそれは大きくジャンプしてからコーナーの先に見えるコースに着地。本来なら届く事は無いのだろうが最高速度を落す事無くマシンを制御した結果、コースの半分以上をショートカットする事に成功した。

「嘘だろ……?」

 既に勝敗は決し、唖然としてバイクを走らせている順平。最高速度とショートカットで大幅にタイムを縮めた奏夜に周回遅れにされていく。

「んなの有りかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!?」

 なお、ショートカットはゲームの開発者が冗談で入れた裏技だった。

 最高速度をスタート直後から一切緩める事無くコースアウトする必要が有るなど、半分を省略できる分色々と条件も厳しいのだが、その分コースを半分も無視できるのでその苦労に見合っただけの価値は有るだろう。

 そんな訳で順平が奏夜に奢る事となり、奏夜は二位以下を大きく引き離してゴールしたのだった。

「うん、いつも実車ばっかりだけど、偶にはレースゲームの悪くないね」

 『KIVA』と言う名前を打ち込んでいる奏夜の呟きを聞きながら項垂れる順平。これで、最初に奏夜に食事を奢る未来が確定してしまったのだった。

 重ねて言おう……順平の敗因はバイクゲームで奏夜に勝負を挑んでしまった事だった。なお、ポロニアンモールに有るゲームの殆どに『KIVA』の名前でゲームランキング上位者に奏夜が居るのを知る事になるのは別の話。

 なお、P3本ペンでは、このゲームセンターでは何故か各種ステータスに加えて学力とかも上がったりする。……良く暇潰しに遊びに来ているのですっかり上手くなっても無理は無いだろう。

現在……

「や……やっと……発見したであります!!!」

 『ビシッ』っと言う疑問が付きそうな態度で指差しながらアイギスは宣言する。風花から聞いていたので特に驚いては居ないが……。

「これはこれはアイギスさん! こうして学校の外で見るあなたも、いつもと違わず美し……「あなたはダメです!」「ぐはっ!」」

 現れたアイギスに嬉々としてナンパに掛かる綾時だが、当のアイギスは何時もの態度で斬り捨てつつ奏夜を綾時から引き離すように抱き寄せるが、完璧にヘッドロックと言う体制になっている。

「アイちゃん、どうしてココに?」

「奏夜さんの姿が見当たらなかったので校内を探していたのですが、ゆかりさんに『バカ二人と遊びに行った』と聞きまして」

 まあ男同士で遊びに行くとすればこの辺ではゲームセンターを含めてそう何箇所も無い。ゆかりから男同士で遊びに行ったと聞けば見付けるのも簡単だったと言う事だろう。

「もしやと思って駆けつけてみたら……こんな事だろうと思っていたであります!」

 アイギスは奏夜を引き寄せると綾時を『キッ』と睨みつけながらそう告げる。全力で警戒している様子だが、何故アイギスが彼の事を警戒しているのかは良く分からない。よく分からないが……

「あ……アイギス……。う、うで……」

「奏夜さん!?」

 はっきり言って限界だった。首を絞められていればいい加減限界も近い。ぐったりと意識が遠のいていく。

ワイルドダックバーガー

「で」

 そこにアイギスを含む四人の姿が有った。主に順平のゲームの負け分による奢りの為だ。

「何故私が貴方と食事を摂らなければならないのでありますか!」

「まーまー、アイちゃん」

 不機嫌と言った様子で不満を漏らしているアイギスを宥めている順平。

(うーん……何で初対面からこんなにダメ出しされるかなぁ)

 理由も分からずアイギスにダメ出しされ続けている綾時も流石に落ち込んでしまっている。

「……あなたに」

 アイギスはゆっくりとそう口を開く。

「失礼な事を言っていると言うのは分かっています。でも……兎に角ダメなんです」

「じゃあ……少しでも『ダメ』じゃなくなるように努力するよ」

 本人でも分からない『ダメ』と言う理由。そんな彼女に対して気遣うように微笑を浮べながら、

「せっかく知り合ったんだし、アイギスさんともちゃんとした友達になりたい。僕はね」

 綾時のその言葉にアイギスも申し訳無さそうな表情を浮べる。

「は……早く食べないと冷めて湿っちまうぜ! 元々湿ってるけど!!」

「あっ、うん、いただきまーす!」

 そんな重苦しい空気を気にしてか順平がそう言うと綾時も順平の言葉に乗って食べ始める。なお、この店のハンバーガーは何故か湿っている。

「アイギスさんは食べないの?」

「余計なお世話であります!」

 相変らずな二人……と言うよりもアイギスだった。まあ、彼女が食事を摂るのは無理だろうが……。

「ん? あれ、オマエ、飲みモンしか頼んでねえの?」

「え? ぼく」

「まさか、オレっちのオゴリだからって遠慮とかしちゃってる?」

「あー、それなら……」

 奏夜の飲んでいるのはバケツサイズのジュース……と言うよりも烏龍茶。

「そんなの全然気にしないで、ドーン食べていいんだぜ」

「あー……その事だけどさ。寧ろ謝るべきなんだろうね……。人のオゴリだからって少しは遠慮するべきだった」

「へ?」

 明後日の方向を眺めながらそう呟く奏夜と戸惑う順平。人のオゴリだからと言って好奇心の赴くままに注文するべきではなかったと後悔……と言うよりも現在進行形で反省している。

「……世の中には数人で食べるハンバーガーってのも有るらしくてさ、海外に」

「な、何言ってんだよ……オマエ?」

 其処まで言った事で薄々ながら言葉の意味を理解する順平。

「流石に日本にそんなもの有るとは思って無くてさ……どんなハンバーガーなんだろうって注文しちゃった物が……」

「おい、紅……嘘だって言ってくれよ」

「……まさか、ハンバーガーショップのメニューの裏側にそんなものが書かれてるなんて……」

『お待たせいたしました』

 店員の言葉と共に目の前に『ドンッ!』と言う音と共に置かれる奏夜の注文したハンバーガー……それは、

「ペタワックセットになります」

「ヒイヤャャャャャャャャャャャャャャャヤー!!!」

「ごめん、本当にゴメン。……代金半分出すよ」

「良いよ……んな同情いらねえよ……。オレも男だ、約束どおり奢ってやるぜ!!!」

 どこぞの漫画の如くハンバーグとレタス、パンが高く……それは高く積み重ねられたハンバーガーと物凄く大きいポテト。絶対に量に比例して値段も高いであろう事がよく分かるハンバーガーの搭だった。

夜の寮……

「ハイッ!!!」

 順平と乾が明彦の監督の下何かをジョッキ一杯一気飲みしている。まあ、間違いなく牛乳なのだろうが……。なお、先に飲み干したのは乾の方だった。

「何してるんですかね?」

「また何時ものバカ騒ぎじゃない?」

 そんな彼等の様子に不思議そうに呟く風花と、呆れながら答えるゆかり。

「強い男になりたいんだってさ」

「また唐突ですね」

「理由は分からないんだけどね……。はい、風花さん、岳羽さん」

 そんな彼等の様子に苦笑しながら風花とゆかりの前にミルクセーキの入ったコップを渡す奏夜。奏夜は参加していないのは何気に現在のS.E.E.Sのメンバーで最強なのは彼だからだろう。

「ミルクセーキ? 紅くんが作ったの?」

「うん、なんだか台所の卵黄だけが沢山有ったからね」

「まさか卵白も飲んでたんじゃ……」

「……せめて、食べてるだけにして欲しいね……」

「……そうですね」

 何となく今の彼等の行動と状況を判断して呟くゆかりに答える奏夜と風花。確かに高たんぱく低カロリーの卵白は良いのだろうが、熱を通してから食べるべきだろう。……他にも皮を剥いだ鶏肉も良い。

「ん、おいしい」

「あ、ホント!」

「うん、前にレシピを預かってたのを思い出したから、それを見ながらね。……それでもまだ結構余ってるんだよね、卵黄」

「……幾つ買ってきたのかな?」

「……さあ」

「むー……」

 思わず台所の状況に苦笑を浮べる奏夜と風花と、不服そうな視線を見せるゆかり。

「やっぱりお料理って偉大ですね! もっと練習しようかな?」

「ぼくも喜んで協力するよ」

 ……実際、彼女の料理の腕の危険性を正しく理解してるものが居なきゃ被害が大きくなりそうだから恐ろしい。

「うん、ミルクセーキとかただ混ぜるだけだから……」

「レシピを守れば食べられない物は出来ないから……うん、レシピ通りに作ればね。見る?」

 レシピ通りに作る事に念を押しつつ風花にレシピを渡す奏夜。どうも食べれない代物を作る人は平均して余計な物を加えた結果が多い。

「カレー、シチュー、ハンバーグにオムライス……。あっ、牛丼もある」

 レシピに書いてあるメニューの内容や手書きのメモである事から、それが誰の手によって誰の為に書かれた物であるのかは直ぐに理解できる。

「それって、今まさにあそこでバカやってるの向けのメニューじゃん」

「うん。その為に考えたレシピだと思うからね」

 そう言ったゆかりと奏夜の視線の先に居るのは明彦と乾の二人の姿。

「これ、大事にしましょうね」

「うん、そうだね」

 それを書いた人が帰ってくる時のためにも。



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第七十四夜

11/16(月)

 

 

「明日からいっよいよ修学旅行だな!」

 

 順平が修学旅行のしおりを読みながら順平が楽しそうに言う。

 

「ここんとこ楽しい話題なかったから余計楽しみだゼ!」

 

「確かに最近くらい話題だったからね」

 

 順平の言葉通り此処最近は楽しい話題はなく、暗い話が続いていたから本当に嬉しいようだ。精々良い話題と言うのはアイギスの復帰と言う所だろうが、幾月の行動が無かったらその原因であるキバVSBライジングイクサと言う状況等起こらなかっただろうから、吉報と言うべきかは頭を捻る事となるだろう。

 

 一時的に奏夜が戦線離脱した際には、奏夜の持つ指揮能力や複数のペルソナを操る能力が欠けただけでタルタロスの探索が……頓挫こそしていないがペースは大きく落ちていたと言うのも暗い話題の一つと言えるだろう。

 

 まあ、他のペルソナ使いの使えるペルソナが一人に付き一つで、ペルソナにも得手不得手が有るので、複数のペルソナを操る事ができる奏夜の存在は事実上一人で複数のペルソナ使いの働きが出来ると言う事だ。

 

 月光館学園では二、三年生合同で奏夜、風花、ゆかり、順平、アイギスの二年生のメンバーだけでなく、三年生の明彦や美鶴も一緒に修学旅行に行く事になっている。S.E.E.Sのメンバーの大部分……コロマルと乾の二人を除いて全員が修学旅行で出かける事となる。

 

(時期的にも丁度いいかな? 満月に被らないし)

 

 記憶の中にある月齢を確認しつつ、S.E.E.Sのメンバーになってから欠かさずに記憶している月齢の事を考える。未だに全ては終わっていない、新たに何かが起こるとすれば、それはきっと次の満月の日だ。

 満月が修学旅行の日程と被ってしまっては拙いと、適当な理由でサボる事も考えていたので無事に行ける事に対して心底嬉しかったりする。

 

「順平さん、元気ですね。心配して損しちゃったかな?」

 

「んー? オレッチは何時でも元気だぜ?」

 

 そんな順平の姿を見ながら言う乾に順平はそう言う。まあ、今までの順平の様子ではとても元気などと言えないだろう。……主にチドリ関係で。一応アドバイスはしていたが……幸いにも立ち直ってくれた様だ。

 

 ……普通に仲の良い恋人(本人達に自覚なし)が居る奏夜に対して色々と思うところは有るかもしれないが。

 

「そっちこそ、ちゃんとイイ子でお留守番してろよ?」

 

「ああ、お土産とか気を遣わなくて良いですからね」

 

「それって、買って来いっつー、アピール?」

 

「そんな、違いますよ。……ただ、京都のお菓子は美味しいですよね」

 

 そんな順平と乾の会話に耳を傾けつつ奏夜は、

 

(……お菓子か……。定番だけど悪くないね……)

 

 そんな事を思う。……主にキャッスルドランの中に居る四魔騎士(アームズモンスター)達へのお土産だが……何故か屋久島の時と同様、またシルフィーが着いて来そうな気がするのは絶対に予感では無いだろう。

 

「どうしたの、奏夜くん?」

 

「え? うん、定番だけどお菓子なら丁度良いかって思ってね」

 

「うん、私も皆さんへのお土産はそれが良いと思う」

 

 一応、キバットとタツロットは連れて行くが……まさか京都でも屋久島の時のようにファンガイアタイプの襲撃や平行世界のキバーラと戦う様な事は無いだろう。

 そんな訳で流石に四魔騎士(アームズモンスター)は連れて行けないが、最悪の場合に備えて何時でもキバに変身出来る様にキバットとタツロットも連れて行く事にした。

 

 まあ、S.E.E.Sのメンバーにはキバの事は知られているので新幹線や他の生徒と一緒の時だけ静かにしていて貰えば問題ないだろう。

 ……まあ、四魔騎士(アームズモンスター)達については風花の力を借りなければ連れて行ってもフォームチェンジは出来ないし、エンペラーフォームになれれば大抵の場合問題は無いだろう。

 ……寧ろエンペラーフォームの力でも対応できない状況に直面した状況でフォームチェンジ出来た所で、何とかできるかは疑問だ。

 

「でも、クラスが違うから奏夜くんとは新幹線の席は別になっちゃうね」

 

「うん、風花さんも一緒の方が楽しいんだけどね」

 

「残念だね」

 

「うん」

 

 やっぱり何時もの奏夜と風花だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

11/17(火)、修学旅行当日

 

 

 新幹線の車内、トランプを持って睨みあう順平、綾時、クラスメイトの友近、ゆかりの四人……。付け加えるとアイギスの隣になった奏夜は二人仲良く寝ているので不参加だったりする。付け加えるとジョーカーを持っているのは綾時。

 

「負けた奴は一枚脱ぐのな」

 

「え!!?」

 

 突然の順平の言葉に慌てて抗議の声を上げるゆかりだが、

 

「ちょっ!!! 何、勝手に決めてんの!」

 

「だまらっしゃい」

 

 ゆかりの抗議もあっさりと斬り捨てられる。そして、順平は仲間二人……綾時と友近へと自然を向ける。

 

(いいか? 分かってるな、みなの者?)

 

(ああ……総攻撃を仕掛ける)

 

(ええ……ターゲット指示、“岳羽ゆかり”ですね)

 

 アイコンタクトだけで会話をする三人。……視線だけで会話を成立させているという、一流のスポーツチームの選手も真っ青な、奏夜が起きてたら呆れるほどのチームワークの良さだ。

 ……この二人がS.E.E.Sのメンバーだったら順平がリーダーになっていたかもしれない。

 

(これを取れ!)

 

(オッケー!)

 

(これだぁー!!!)

 

 妙に気合の入っているババ抜きをしている三人には流石にゆかりも呆れている。

 どうでも良いが友近よ、引かせたいカードをちょっとだけ高くしている辺り、普通にミスなのだが……。寧ろそれは逆効果だ。否、寧ろ逆に引かせたくないカードをそうする事によってカモフラージュすると言うのも一つの手だが、彼の表情から言ってそうでは無いようだ。

 

 さて、肝心の勝負の結果はと言うと……

 

「!?」

 

「いいよ? 別に脱がなくても。見たくも無いし……」

 

 ジョーカーを手に真っ白に燃え尽きているのは順平。……最下位はキャッスルドラン内のトランプゲームで次狼達を破った順平となった瞬間だった。

 そして、口には出していないが友近と綾時も心の中でゆかりの言葉に同意していたりする。確かに順平が脱ぐ所なんて見たくも無い。

 

「いーや……いやいやいやいやいやいや。男に二言は無いですよ」

 

 そう言って順平はゆかりを制しながら、手を伸ばし帽子に触れると、

 

「見てくれ、俺の脱ぎっぷり!」

 

 

 

―ゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……―

 

 

 

 そんな効果音と共に帽子を脱いだ瞬間、綾時と友近の表情が変わる。

 

「ほい! 次! 次の勝負、もいっかい!!!」

 

「ほら! そこうるさいよ!」

 

 表情が固まった綾時と友近を放置しつつハバ抜きの再開を主張する順平だが、担任の鳥海先生に注意されてやむなく中止となってしまったのだった。

 

 

 

 そんな事をしている間に新幹線は京都へと到着するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしてこんな事に?)

 

 修学旅行最終日……ホテルのロビーで真っ白に燃え尽きている順平、明彦、綾時の三人……。

 

「あっ、あのさ……三人とも……」

 

「紅……オマエだけ上手く逃げやがって……」

 

 声を掛けた瞬間、順平の恨みがましい目で見られる。

 

「い、いや……元はと言えば順平達があんな時間に……」

 

「行きましょう、奏夜くん」

 

 全力で困った笑顔を浮べながらフォローの言葉を探している時、風花が奏夜の手を引いている。

 

「えっと……風花さん?」

 

 普段の彼女からはちょっと創造できない冷たい眼で順平達を見ている所から、先日の事をかなり怒っているのだろう。

 

「行こ、紅くん。こんな連中の事はほっときましょう」

 

「そうだよ」

 

 同じく冷たい目を向けているゆかりに同意する風花。

 

「い、いや……あの……」

 

「関係の無い紅まで巻き込もうとするとは……見下げ果てたな」

 

 纏っている雰囲気が彼女によーく似合う。と言える凍えるほどの冷たい空気を纏って順平達を睨み付ける美鶴。そんなS.E.E.Sの女性陣に連れられて行く奏夜。

 

「……なんで紅くんはあんなに信用されてるんだろ……」

 

「見付からなかったと言うのも有るだろうが……元々の信頼だろうな。大体、オレと紅はお前達の巻き添えだろうが」

 

「ちくしょう……なんでアイツばっかり!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては先日の夜まで遡る。

 

「こっちこっちー」

 

「おー!」

 

 順平と綾時の二人が奏夜と明彦の居るプレイルームに入っていく。

 

「センパーイ、紅―、風呂行きましょうー。……って」

 

 そう言って綾時に案内されてプレイルームの卓球台の有る場所へと視線を向けた瞬間、順平の表情が驚愕で固まる。

 

「ふっ!」

 

「はぁ!!!」

 

 物凄いスピードでラリーを続ける奏夜と明彦……そして、何故かテニスの審判のコスプレをしているキバットの姿だった。20分間続く激しいラリーの末、明彦の一瞬のミスを突き、

 

「ダークネス・ムーン・スマッシュ!」

 

 真紅の満月でも背負ったかのようなスマッシュを叩き込み見事勝利したのだった。

 

「良し! って、二人とも?」

 

「あー……二人とも、風呂イカネ?」

 

「そうだね、丁度汗もかいたし。運動して汗を流した後の露天風呂か……良いね」

 

 そう言って綾時の存在に気が付いて人形の振りをしているキバットを回収しつつ、敗北した事にorzな体制で項垂れている明彦と共に四人は露天風呂に入る事になった。

 

 ……そう、彼らはまだ知らない……。

 

 

 

「「見付かれば?」」

 

「処刑だな」

 

 凍りつく順平と綾時。

 

 

 

 これが身も凍る恐怖の瞬間の……

 

 

 

「順平!!!」

 

「黙れッ!!!」

 

(ゆ、湯煙殺人事件……!!!)

 

 

 

 

 

 

ーさようなら、順平ー

 

 

 

 

 

 

 始まりだと言う事に。



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第七十五夜

「はぁ……」

 

 

 卓球で良い汗を流した後、順平と綾時に誘われるまま奏夜達四人は露天風呂に入っていた。

 

 

「よっぽど温泉好きなんだね」

 

 

 心地良さそうな顔をして脱力のあまり露天風呂に沈みそうになっている奏夜を眺めながらそうコメントする。

 

 

「そう言えば。知ってる? ここの露天、男湯と女湯、時間交代制なんだよ」

 

 

「へー」

 

 

 妙に感情の篭っていない綾時の台詞に、迂闊にも脱力している奏夜は気付いていない。

 

 

「おおー、マジか。じゃあ途中で変わってしまうかもね。でも、もしそうなってもそれは事故だよね」

 

 

「それはそうでしょ」

 

 

 明らかに棒読みな順平の言葉に流石に脱力している奏夜も変だと思い始める。

 

 

「……で、その男女が交代する時間と言うのは何時なんだ?」

 

 

「ええと……そりゃ確認して無いっすけど……。ね、リョージくん?」

 

 

「うーん……もしかすると、結構ギリギリかもねぇ、順平くん」

 

 

 そんな二人の言葉を怪訝に思った明彦が肝心の交代する時間について問い掛けると、返って来た答はそれだった。妙に感情の篭っていない態とらしい棒読みな台詞。……どう見ても怪しい。気が抜けていた奏夜も少しずつ近付いてくる危険な空気に気付き、流石に正気に戻る。

 

 

「……おまえらバカだろ? どうりでこんな妙な時間に」

 

 

「……二人とも、完全に狙ってるね」

 

 

「ハハハ。冗談っスよ。確かにギリギリで来たっスけど、もう夜中だし、こんな際どいタイミングで入ってくる女子なんて……」

 

 

 そんな時『ガラッ』と言う音が聞こえる。順平の言う所の際どいタイミングで誰かが入ってきたのだろう。

 

 

(……誰かは知らないけど早く謝って出て行った方が良いな……)

 

 

 下手に長居すればそれだけ拙い事になる。そう思いつつ順平達に声を掛けようと思った時、

 

 

 

 

『わぁー!!! やっぱここの露天、ひっろーい!!!』

 

 

『わ、ホント……。流れるプールみたい』

 

 

 

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 思いっきり聞きなれた声が聞こえた。……と言うよりもゆかりと風花の声だ。拙い事にこの際どいタイミングで身内が入ってくるとは思っておらず、迂闊にも次の行動が遅れてしまう。

 

 

 

 

『はいろ、はいろ!』

 

 

『そうですね!!!』

 

 

『たのもー!』

 

 

 

 

 二人が露天風呂に入る音が聞こえると今度は『ガラピシャー!』と言う勢いの良い音と共にアイギスの声が響いてくる。

 

 

「……アイギスも入ってきたみたいだね。先輩、多分桐条先輩も一緒だと思います」

 

 

「あ、ああ……危険だな。気付かれない様に出たほうが良いだろう」

 

 

「そうですね」

 

 

「おい、伊織、望月、位置確認は出来るか?」

 

 

「ういっす」

 

 

 明彦の言葉に従って順平と綾時は岩陰に隠れながら入り口の様子を眺める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、“ロテン”でありますか」

 

 

 機械なのに温泉に入ってもいいのかと言う疑問も沸くが、流石に防水に対する対策も出来ているのだろう、平気で露天風呂に入っている。

 

 

「フムフム。私には聞かない効能ばかりです」

 

 

 至福の一時終了と言う顔をしている二人を他所に、

 

 

「これがいわゆる、『良い湯だな』でありますか!!!」

 

 

(風情もへったくれもない……)

 

 

 ゆかりの言う通り風情もへったくれもない宣言をしてくれている。

 

 

「湯煙、そして殺人!」

 

 

「どこで覚えたの、アイギス!」

 

 

 明らかにテレビのサスペンスドラマで覚えた様な偏りすぎた言葉を言ってくれるアイギスと、そんな彼女につっこみを入れる風花。結構楽しそうな会話を続けている女性陣を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えるか……りょーじ?」

 

 

「もうちょっとで……湯煙が……」

 

 

 岩陰からこっそりと順平と綾時が気付かれない様に様子を伺っていた。その姿ははっきり言って覗きの現行犯だ。

 

 

「バカヤロウ! 位置確認だけで良いんだよ!!!」

 

 

「あ、すんません」

 

 

「真田先輩……三人の位置は出入り口の近くです。……向こうの動きに合わせて見付からないように出る事を提案します」

 

 

「最悪の場合はそれが良いかもしれん」

 

 

 反対側から同じく様子を伺っていた奏夜の言葉に同意する。二人の様に下心は無く純粋に脱出の為の位置確認の意識しかない。

 

 

「クソッ、なんでこんな事に……」

 

 

「言ってても始まりませんよ」

 

 

「ああ。とりあえず出口に陣取られてる以上……」

 

 

「出てって謝ったほうが良さそうですね」

 

 

「そうだね。ぼくも綾時くんに賛成です。下手にコソコソしたら余計に見付かった時が恐ろしい」

 

 

「それに、鬼ってワケじゃないんだし。もしかすると……」

 

 

 そう言って『エヘヘ』と言う顔でにやけている二人の顔から何を考えているかは良く分かる。

 

 

「お前等本当にバカだろう」

 

「君達本当にバカだろ」

 

 

 声を揃ってそんな彼らに呆れた顔でツッコミを入れる明彦と奏夜。

 

 

「って、何で全部オマエだけなんだよ!!!」

 

 

 どうも順平の妄想が彼のイメージの中で思いっきり納得の出来ない方向に進んでしまった様子だ。思わず立ち上がって叫んでしまったが……この状況では物凄く拙い。

 

 

 

 

『!?』

 

 

 

 

「「「バカァー!!!」」」

 

 

 順平の叫びに女子が気付いた様子だ。

 

 

 

 

―ガラァ―

 

 

 

 

『どうした、ゆかり? 何か居たか?』

 

 

 

 

 聞き覚えの有る声……と言うよりも美鶴の声がドアの開く音と共に聞こえてくる。

 

 

「……来ちゃいましたね……桐条先輩」

 

 

「ああ……。最悪だぞコレは……」

 

 

「は、はい……」

 

 

「あ、あの……どうしたんっスか、二人とも……」

 

 

「最悪って何が……」

 

 

「美鶴がいる!!!」

 

 

「人影が四人に増えてる……間違いない、桐条先輩もいる」

 

 

 見事にS.E.E.Sの女性陣が四人揃ってしまった訳である。

 

 

「あの……もし見付かったら退学とかですかね」

 

 

 温泉に浸かっているというのに真っ青になった顔で順帆ペイが明彦に問う。……その程度で済めば良い方だろう……。

 

 

「や、けど、入ったのはちゃんと男湯ん時だし。だいたいこんなの冗談半分で……」

 

 

「そんな言い訳が通じると思うか?」

 

 

「そうだね……冗談で済む人が相手なら良かったね……。いや、岳羽さんと風花さんだけならまだ冗談で済んだかもしれないけどさ……」

 

 

 いや、アイギスもそうだろうが……ちょっと怪しい。だが、それでもまだ冗談で済む可能性が有った。問題は……

 

 

「もし見つかれば」

 

 

「「見つかれば?」」

 

 

「処刑だな」

 

 

 明彦の言葉に絶句するし順平と綾時。間違いなく美鶴に見つかれば処刑される。

 

 

 

 

『あの辺から聞こえたよね』

 

 

 

 

「拙いっ!」

 

 

 ゆかりと風花の二人が奏夜達の元へと近付いてくる。

 

 

「もう強行突破しか」

 

 

 恐怖に負けたのか順平が強行突破しようと歩き出す。

 

 

「あっ……オイ!」

 

 

(この場で一番安全なのは反対側の男湯……。上手く顔を見られない様にして脱衣所から男湯へ行ければ……)

 

 

 そう瞬時に安全策を計算し、逃走のためのプランを作り出す。

 

 

「真田先輩、ここはバラバラに逃げましょう、そうすれば最悪何人かは逃げられる筈です!」

 

 

「なるほど、悪くないな」

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

『やっぱり何か居た!』

 

 

『うん!!!』

 

 

 

 

 二人と淳平が接触するまで時間は無い。意を決して奏夜、綾時、明彦の三人は急いで逃げ出す。

 

 

「!!! 順平!?」

 

 

 順平の居る方向へと逃げた明彦は万歳の体制で立ち止っている順平の姿を見て、不審に思いながら近付いていく。

 

 

「立ち止ってる場合じゃ……!?」

 

 

 いや、順平は立ち止っている訳じゃなかった……。凍り付いていただけだった。

 

 

「順平っ!!! ICE!」

 

 

 何故そうなったのかはすぐに理解できた。だが、その一瞬の行動の遅れが命取りだった。

 

 

「あーきーひーこー……」

 

 

 地獄の其処から響いてくるような声……。怒りに震えながら羞恥で顔を真っ赤にして美鶴が近付いてきた。

 

 

「ご、誤解だ!!! これは事故だ!!!」

 

 

「黙れ!!!」

 

 

「ギャッ!!!」

 

 

 凍結する明彦。寧ろ弱点属性な分だけ余計にきついだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真田先輩……順平……」

 

 

「話が通じるような雰囲気じゃないね」

 

 

 反対側へと逃げた奏夜と綾時だが、見つかるのも残念ながら時間の問題だろう。

 

 

「綾時くん……潜るのは得意……」

 

 

「さ、さあ……あんまり経験が無いから分からないかな……」

 

 

「……此処からは潜って逃走する……風呂から出た後は服を回収して全力で反対側の男湯に」

 

 

「分かったよ。生きて会おうね」

 

 

 

 

『何処だ出て来い!!! 処刑する!!!』

 

 

 

 

 後ろから近付いてくる美鶴の声に急いでお湯の中に潜る奏夜と綾時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は一心不乱に逃げた為に良く分からない。ダメ元でジャミング能力を持つシルフィーにペルソナを変えつつ、必死になって逃走する。

 

 

 その結果……

 

 

 

 

 こっそりと男湯の入口から顔を覗かせて外の様子を伺う奏夜。だが、出てきたのは風花達四人だけで順平と明彦は勿論、途中で別れた綾時も出てくる様子は無い。何故か男湯に居た次狼と力の協力の元で誰も入っていない事を確認して女湯の中の様子を伺うと……

 

 

「あいつ等はどうだったんだ」

 

 

「無、事?」

 

 

 無言のまま首を横に振る奏夜。女湯に有ったのは氷像となった明彦と順平、そして……タオルも無く氷漬けにされた綾時の姿……。

 

 

「……湯煙殺人事件……」

 

 

 的確過ぎる説明に震え上がる次狼と力だった。

 

 

 

 

「あー、やっぱ露天風呂はいいよな~……」

 

 

「そうですねー」

 

 

 なお、キバットとタツロットは桶に入ったお湯の中で露天風呂に入っていました。

 

 

 

 

 追伸……

 

 

「奏夜様―!!! 覗くくらいでしたら一緒に入っても……」

 

 

「違うから、ぼくが知りたかったのは其処の三人だから……」

 

 

「これでしたか……邪魔ですね」

 

 

 四人の後から女湯に入ったシルフィーに順平達の様子を確認していた奏夜が見つかって、それを切欠に暴走し掛けたシルフィーの手によってお湯から退かされた三人でした。

 

 

 

 

 ……これが修学旅行最後の夜に起こった惨劇の一部始終である。結局運良く奏夜だけが逃げ切れたと言う訳だ。



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第七十六夜

(順平、綾時くん、真田先輩、三人とも……本気でごめん)

 心の中でまだ暗いオーラを纏っている三人に対して謝る。今更時間差を付けて女性陣の怒りを買いたくは無いし、明彦は兎も角他の二人は自業自得と言える結果だ。

(……湯煙殺人事件(未遂)は兎も角、色々あったな……)

 夏休みでの屋久島への旅行では仮面ライダーキバーラはファンガイアタイプとの戦闘等色々と大変な事もあったが、修学旅行ではそう言った事は起こらず、平和な物になった。

 だが、キバーラこと奏の言葉で辛うじて荒垣は助かり、ファンガイアタイプとの戦闘もタツロットとザンバットソードの回収の過程で起こった事なのだから、結果としてはどちらも良い物と言えるだろう。

「どうしたの、奏夜くん?」

 修学旅行の事を思い出していた奏夜の顔を覗き込みながら風花が聞いてくる。

「うん、修学旅行が楽しかった……って思ってね」

「そうだね」

「そうだよね、色々ありましたよね」

「ああ、そうだな」

 奏夜と風花の前に座っているゆかりと美鶴の二人が同意する。男子三人と女子四人の計七人がS.E.E.Sの修学旅行に参加したメンバーで、そこに綾時を加えた八人が本来の人数なのだが、何故か奏夜だけ女性陣の方に座っていた。

 その理由は深くは考えず、寧ろゆかりと美鶴の二人の態度の方が気になる。それは悪い意味では無く、良い意味でだ。二人の態度に今まで感じていた溝を感じさせない様子から、修学旅行の時に二人に何か有ったのだろうと感じる。

 改めて修学旅行で廻った場所を思い出す。順平と綾時の二人と一緒に清水寺に行った時だが……一瞬、本気で飛び降りても『奏夜なら無事に済みそうだ』とも思ったりしたが。……実際、其処から飛び降りても結構生存率は高いらしい。普通の人間でもそうなのだから、ファンガイアクォーターの奏夜なら普通に無事で済みそうだ。

 なお、女性陣は有名な縁結びの神社に行ったらしい。……既に奏夜との好感度カンストな風花ちゃんには今更かもしれないが。

 その時に気が付いたのだ。切欠はほんの偶然……お参りをしていた時に浮かない顔の美鶴の姿がゆかりの視界に入った事だった。

 11/17……修学旅行初日まで時は遡る。

 宿泊先のホテルで美鶴は一人昔の事を思い返していた。

『これがタルタロスの内部……』

『特種装備無しで人が入るのは、まだ……二例目と言う事だが……』

 八年前のタルタロスのエントランス。其処に居るのは桐条グループの調査員達と武治……そして、其処場には似つかわしくない幼い日の美鶴の姿があった。調査員の中には若い日の幾月の姿もあった。

『シャドウに通常の武器は通じん。装備など気休めだ。ここにおる者はワシ等の研究所で、“適正”を開発されとる。……十分だ』

 単なる気休め。八年前の幾月の言葉も尤もだろう。重火器でシャドウが倒せれば、奏夜達ペルソナ使いの存在など必要は無い。

『もっとも、“喰われた”とてデータにはなるがな。クックックッ』

(“エルゴ研”の生き残りには変人しか居ないのか……)

 愉しげに顔を歪める幾月に護衛の一人が不快気に顔を歪める。

『それにしても、ご当主……。よろしかったのですか? その……ご令嬢を伴われて……』

『かまいません。私自身が望んで来たのです』

 護衛の言葉に答えたのは武治では無く美鶴だった。

『……あ。……すみません、差し出がましいことを』

 そう言って頭を下げる護衛の一人。だからかもしれない。先程から隣に居る男の様子が編だと言う事に気付いていない。

『う……。……う……ううぅう』

『? ……おい』

 苦しげに呻き声を挙げた事で初めて様子が可笑しい事に気が付く。だが、それは既に遅かった。

『う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっあああああああああああああああああ!!!』

 頭を抱えて絶叫する男の体から浮き上がる黒いモヤ。それらは黒い怪物を作り出す。

『こ、これは……!?』

 誰が声を上げたのか? いや、全員が声を上げたのかもしれないが、シャドウが出現する瞬間に驚愕の声を上げる。

『シャドウ!!!』

 それに気付いた時には既に遅い。横凪に振るったシャドウの腕が研究員の命を跳ね飛ばす。

『やはりまだ“人工的”に“適正”を発言させるには実験の改良が必要か!?』

 悲鳴が上がる中幾月は狂気の入った声で、今の自分達の成果を確認する。

『ご当主! お嬢様! 後ろへ!!!』

 そう言って護衛が拳銃を取り出して武治と美鶴の二人とシャドウの間に割って入る。

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 叫びながら何度も引き金を引くが、シャドウはそれを意に介する事もなく護衛へと肉薄し、その腕を胸に突き刺す。

 飛び散る鮮血と倒れる護衛の姿。そのを目の当たりにした美鶴は、

『お父様!!!』

『美鶴!?』

 脅えるでもなく、父を守るための前に立つ。その瞬間だった。彼女の中からそれが現れたのは。

『ペ……ペペペ“ペルソナ”だ!』

 幼い日の美鶴の家より現れてシャドウを一瞬の内に屠る彼女のペルソナ、ペンテレシア。その姿を見た幾月は歓喜の声を上げる。

『やはりペルソナを……。ペルソナを使える人間は存在する!!!』

 幾月の掻く気の声をBGMにシャドウを屠り、己の役目を終えたペンテレシアは再び美鶴の内へと戻っていった。

 それと同時にペルソナを扱った事による披露から倒れてしまう美鶴。そんな彼女を抱きとめるのは直ぐ近くに居た武治。

『素晴らしいですぞ、ご令嬢っ! “適正自然獲得者”!!! これでこの先に光明が見えましたな!!!』

 桐条の記録の於ける初めてのペルソナ能力の発現。その事実に歓喜の声を上げる幾月。確かに、シャドウと戦うための唯一の手段の獲得の切欠は、今後の為の一筋の光明とも言える。

 例え、その光明の先にあるのが、それが幾月にとっての破滅であったとしても……ペルソナ能力の実在を確認できた事は、彼にとって歓喜に値する事実だったのだろう。

『何を喜ぶか!!!』

 そんな歓喜の幾月に向かって怒りを込めて怒鳴るのは武治だ。その表情に歩浮かぶのは怒りだけではなく、後悔を初めとする様々な感情。

 ペルソナ能力の発現……それが彼の娘に背負わせてしまう宿命を彼は一番理解している。願わくば、それは全て己で清算したかったモノを、娘にさえ背負わせてしまう事になると。

『これでもう……美鶴は贖罪の定めから逃げられない……』

 桐条グループの犯してしまった罪への贖罪。それが自分だけでなく、己の娘へさえも背負わせてしまった事。

『一番輝いている年頃を、我々の負の遺産に縛られて生きる事になる。何が……光明なものか』

 武治にはペルソナと言う力がなかった。だからこそ、この後……桐条グループの贖罪の為に奏夜達の力を借りるしかなかった。

 ……もし、先代の狂った研究を止めてくれていたのなら……それが己の身の破滅でも受容れていたかもしれない……。

 だが、運命は彼だけでは無く……背負わせたくなかった娘を初めとする少年達を選んだ。……奏夜にとっても、キバとしてシャドウと戦うのは一つの宿命だったかもしれない。だが……

『お父様……。心配なさらないで、お父様……』

 掠れる様な声でそんな言葉が響く。腕の中で意識を失っていたはずの美鶴が、後悔の念に捕われていた武治へとそんな言葉を告げる。

『私が、望んだ事ですから。お父様は……』

 それは幼い日の彼女の願いと誓い。そして、叶えられる事のなかった……

『私が守ります』

 彼女の願いだった。

 現在……

「お父様……」

 そう美鶴は誰にともなく呟いた。

 翌日、11/18

 京都の某所、其処に美鶴の姿があった。

「もう戻らないと、夜の点呼に間に合いませんよー」

 そんな美鶴に声を掛けたのはゆかりだった。

「それにこの辺から四条くらいまではカップルで混み出しますよ」

「……どうしてそこまで私に構う?」

 ゆかりの言葉に美鶴はそう返す。

「君と私は戦いによって引き合わされた。そして、戦いは終った」

 ゆかりへとゆっくりと己の感情を吐き出していく。

「目的(・・)も! 倒すべき敵(・・・・・)も! 全てが消えた(・・・)!!! 私に執着する理由など……もう無いだろ?」

 美鶴にとってはそうだろう。奏夜が居たのなら、倒すべき敵が増えたと言っていただろうが、美鶴にとってはそうではない。既に戦う理由の全てをなくしている。

「……そう言う言い方は無いと思いますけど。私たち今まで」

「答えは出たんだ……。これ以上何のために戦えばいい」

 桐条美鶴。……S.E.E.Sを率いて戦ってきた彼女にとって戦う理由は、たった一つだけだった。それは、奏夜の戦う理由が父より受け継いだキバの鎧とキバの名に有るように、

「信じていたものは全て“嘘”。そして……」

「そして……なんですか? 守りたい人も守れなかった……とか言いたい訳ですか?」

 ゆかりの言葉に一瞬美鶴が黙り込む。図星だったのだろう。

「グループの罪滅ぼしなんて、そんなのウソ……。どうせホントは初から“お父様を守るため”だけだったんでしょ!?」

「……ああ、そうさ」

 ゆかりの言葉を美鶴は肯定する。彼女にとっての戦うための理由など、全ては父親を守るためだけだ。

「ああ、そうさ!!! だが見たろ、とんだ茶番だ!! アイツ(・・・)の一番近くに居たと言うのに、丸め込まれて何も出来なかった! ……寧ろ、紅の方がアイツの正体を見破っていた! ……私が紅の様に、いや……ホンの少しでも見破れていれば……」

 そこで一度言葉を切り、美鶴は俯いてみせる。

「……それのせいで……お父様は……」

 彼女の中に浮かぶ感情は後悔の二文字。キバと言う切欠があったとは言え、少しでも疑えていれば……そう思わずにはいられない。

「お父様は、桐条の責任の全てを一人で抱え込んでいたんだ……。私が覚醒したあの事故以来、お父様はまるで死に場所を探して居る様な顔をしていた……。生きる資格がないと言いたげな!」

 その結果があの日の幾月との一件。奏夜とコロマルのお蔭で武治以外の全員が助かったとは言え、心の何処かで探していたであろう死に場所に辿り着いた彼の心境は如何なるものなのか……それは本人にしか分からない事だろう。

「あの顔を二度とさせないための戦いだった!!! だが、全てが無駄だった……。そもそも、私がペルソナに目覚めて戦いに身を投じたのも、お父様の苦しみの一つになっていたのだろうな……」

 間違いなくそれは正しいだろう。元々背負っていた罪に、娘の覚醒……奏夜達無関係な少年少女達を贖罪に巻き込むこと、それが全て彼の苦しみになっていたのだろう。

「私など居なくても良かったんだ!!! そうだろ!?」

 『パァン!』と言う乾いた音が響く、

「……」

「ごめんなさい。でも……無駄かどうかはこれからでしょ?」

 ゆかりの平手が美鶴の頬を叩く音が響かせ、感情を爆発させていた彼女を冷静にする。

「……」

「私、前にこの辺に住んでた事あるんです。まだ誰にも言った事なかったけど、私のお母さん……。お父さんが死んでから、いつも知らない男と一緒に居たんです。それがイヤでいっつもこの辺の川縁に一人出来てました……」

 そう言ってゆかりは美鶴へと笑顔を向ける。

「だから私……。せめて父さんを信じていないと普通で居られなかった」

 そして、一度は揺らぎかけていたそれは、風花のお蔭で間違いではなかったと分かった。

「……お父さん、危ない研究に関わっていたけど、最後は食い止めようとしてくれた。『シャドウを放っておくと危ないぞ』って、体を張って食い止めようって。だから、私、戦うことにしたんです。私……影時間を無くすために戦いたい。お父さんの意思を告ぎたいから!」

 死人には何も出来ない、何も残せない。だが……その意思を誰かが受け継ぐ事だけはできる。奏夜達が渡からキバの鎧と共に遺志も受け継いだように、ゆかりもまた父の意思を受け継いで戦うこと、それを決めた。あの瞬間から、

「……意思。お父様……の意思!? 意思を……継ぐ……!!!」

「うん。それが私に……私達に出来る事だと思うから!」

 ゆかりの言葉が再び彼女に戦う意思を与える。

「……フ、そうだったな。まだ……何も終っていないな。……なら、見届けて貰おうじゃないか! 天上のお父様と、そして、君にもだ!」

 新たな決意と共に立ち止っていた美鶴に再び動き出す力を与える。そして、美鶴の中の決意は、

 彼女のペルソナ、ペンテレシアが砕け散り、彼女のアルカナ『女帝』の名に相応しい新たな姿へと代わる。

 その名は『アルテミシア』。ペルシア戦争に於いてどの将軍・提督にも勝る知略と勇気を示した女王の名を持つペルソナ。

 仮面を付けた騎士と言える姿から変化したその姿は、彼女の心境そのものだろう。

(お父様……ご心配には及びません。私は独りではないのです。そして、もう、振り返ることもしません)

 そう心の中で父へと告げた美鶴の表情には晴れ晴れとしたモノがあった。

「ご覧になっていてください」



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第七十七夜

「でも会長さん、怖い……と言うか凄いね! 人を凍らせる人なんて始めてみたよ!」

 

「エ!? あぁ……オゥ……」

 

 興奮気味に離す綾時の言葉に戸惑いながら答える順平。……間違いなくペルソナ能力だろうが……流石に一般人の彼にその事は伝えられない。

 ……被害者の一人であっても……。

 

 まあ、言った所で信じる奴はそうは居ないだろうし。

 

「それにあの冷たい眼差し……なんかちょっと癖になるものが有るね!」

 

「も、もう止めようぜ……その話」

 

 なんか妙な方向に進みつつある話を順平はそう言ってきり止める。

 

(つか、こいつなんで不思議がらないんだ……?)

 

 人を凍らせる事の出来る人間など、どう考えても不思議そのものだろうが、目撃した綾時は面白がっている様子は有っても不思議がっては居ない、そんな彼の姿に微かに疑問を覚える順平だった。

 

 そんな二人が仮に缶ジュースを届けようと女性陣から解放された奏夜の座席を通ると、

 

「夢でも見てるのかな?」

 

 頭の上に眠っているキバットとタツロットを乗せた奏夜が転寝していた。

 なお、同じホテルに泊まっていた四魔騎士(アームズモンスター)達は別の新幹線で帰る予定なので一緒に乗っているのはキバットとタツロットだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、なんと広々とした……」

 

 月光館学園の前に立つ奏夜とベルベットルームの住人、エリザベス。

 

「此処が貴方の学び舎……月光館学園ですね」

 

 修学旅行当日から半年前、奏夜は彼女から時々受ける依頼の中の一つを引き受けた事が始まりだった。

 稲荷寿司を持っていったり、彼女と同じ名前のカクテルを持っていったり、学校で貰った人体模型を持っていったり、etc.etc.

 これもそんな依頼の一つで月光館学園を見てみたいという依頼だった。その時はずっとベルベットルームに居るのは退屈なのだろうと思っていた。

 

「この明るく美しい場所がタルタロス変じるとは……。……私、驚きを隠せません」

 

 普段と変わらない抑揚の少ない口調だが、何処か興奮しているようにも見えた。この月光館学園の訪問が最後となったが、全ては半年前の彼女からの頼みごと、

 

「其方の世界を探訪したいと言う気持ちが沸いてきました」

 

 それが始まりだった。

 

「あ……これは……」

 

 最初の依頼はベルベットルームの扉があるポロニアンモールの見学だった。

 

「早くも見事な一品との出会いが……!」

 

 モールの中で最初に目に付くのは中央にある大きな噴水……

 

「これが噴水……。生命の源たる水を弄ぶ罪深きアート……」

 

「え、えーと……確かにそう……言えるの、かな?」

 

 改めて考えてみると水源の豊かな国ならば噴水も有るだろうが、水が貴重な国や地域では作ってる余裕など無いだろう。

 ……とは言え、エリザベスの言葉に納得しながらも返答に困る奏夜だった。

 

「その魔性ゆえに硬貨を投げ入れた者の願いを叶えてしまう物まで有るとか……」

 

「えっと……たしかに、外国とかにはそう言われている物も有るけど……」

 

 少なくともポロニアンモールの噴水にそんな逸話など聞いた事は無い。されだけは断言できる。

 

「私、この時の為にと意気込んで硬貨を少々持ってまいりました」

 

「そ、そうなんだ」

 

 物凄く楽しそうにしているエリザベスを見ていると、これはそんな事は言えない奏夜だった。まあ、少々と言う位なら大した金額では無いだろうと軽く考えていたが、

 

「500円硬貨で数えまして2000枚……」

 

「500円か、流石に……って、二千?」

 

 500の2000倍と言えば……

 

「しめて100万円からスタートでございます」

 

「ワ、ワーオ」

 

 豪快に財布を逆さまにして『ダバダバダバ』と言う音を立てて噴水に投入しているエリザベスに誰もが唖然としてしまっている。

 100万円相当の硬貨の沈んでいる噴水……ポロニアンモールのそれも物凄い箔がついたものである。

 

「あ、あの……それで、叶えたい願いってナンなんですか?」

 

 それが物凄く気になる奏夜だった。流石に100万円分の500円を用意するほどなのだから、どんな願いが有るのか疑問に思ってのことだが、

 

「あ……!」

 

 奏夜の言葉に『大事な事に今気付いた』と言う様子で声を上げる。

 

「投げ入れる事ばかりに夢中で、肝心の願いを考えておりませんでした」

 

 その言葉に思わずずっこけてしまう。まあ、先程の『あ……!』と言う言葉で予想はしていたが、本当に願い事を忘れているとは思わなかった奏夜だった。

 

「これではいけませんね……」

 

 硬貨を投げ込むのを止めてエリザベスはそう言って奏夜へと向き直る。

 

「熟考の上、また近い内に訪れる事にいたしましょう……」

 

「う、うん……。ぼくもそれが良いと思うよ」

 

「はい。……その時は」

 

 その時にエリザベスから言われた言葉、

 

「貴方も願ってみてはいかがですか?」

 

 

 

―その時は思いもしなかった……。いや、もう決まっていると思っていて考えもしなかった―

―『父さんの様になりたい』、それが自分の願いと思っていた、自分の願い―

―だけど、―

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、その時のことを思い出しながら眠っていた奏夜が目を醒ますと……

 

「お気づきですかな?」

 

 目を醒ました奏夜の前にイゴールの姿があった。……例によって眠っている間に意識がベルベットルームに飛ばされていたのだろう。

 

「貴方には大きな変化が起こったようです」

 

「そう、ですね」

 

 イゴールの言葉にそう同意を示す。確かに此処最近は色々と有った。意識不明になる荒垣に、幾月の裏切りと幾月と共に死んだ武治の事。

 

「日々の境遇も波立っているご様子だが、申し上げているのはそう言う事ではない」

 

 奏夜の想像を否定するイゴール。大きな変化といわれて思い浮かぶのは、それ以外には無いのだが……

 

「あなた自身の“精神”の変化です」

 

「精神の?」

 

「ええ」

 

 奏夜の言葉にそう肯定するイゴール。精神の変化と言うのは本人の主観では観測できない。だが、他人から見れば精神の変化と言うのは分かるのだろう。

 

「そして、貴方の在り方に強い影響を与えたのはこのカードでしょうな」

 

「っ!?」

 

 イゴールの手の中に現れる一枚のタロットカード『女教皇(ハイプリーテス)』のカード。そのカードを通じて思い浮かぶのは風花の顔。一番最初に自分の秘密を打ち明けた……S.E.E.Sの中で自分を支えてくれた相手。

 

「貴方が署名されたカードにはこうあります。“我、自ら選び取りし如何なる結末も受容れん”……と」

 

「如何なる結末も……」

 

 そう言われて思い出すのは屋久島で出会ったもう一人の奏夜と言うべき『奏』と言うキバーラの鎧を纏っていた平行世界からの来訪者。彼女は果たして自らの意思で選んだ未来を受容れたのだろうか……。

 

(……多分、彼女は否定したんだと思うな……)

 

 性別こそ違うが『もう一人の己』と言うべき彼女の事は、己の事であるが故によく分かる。彼女は否定していた……己の辿り着いた未来を。

 

「お客人が何を選び取ろうとも、私はそれに従ってまいります。しかし貴方ご自身は自らの行いに対し常に常に責任を負わねばなりません」

 

 だが、奏はそれに失敗したのだと思う。その過程で大切な者を失いすぎたが故に……自分の行いを、選択を、否定し……己の責任から逃げていたのだと思う。

 

「例えそれが……如何なる結末に結びついてもね。それだけ、どうかお忘れなきように」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい!」

 

 寮の一階で彼らを出迎えたのは乾とコロマルだ。……小学生と犬の一人と一匹は修学旅行には付いていけないので無理は無いが……。

 

「旅行、意外と短かったですね。どうでした、京都?」

 

「ま、それなりに楽しかったかな」

 

 そう言って暗い顔になるのは順平と明彦の二人だろう。……まあ、完全に明彦は巻き込まれた被害者だが……。一人逃れた奏夜を睨みたくなるが女性陣が怖いのでそんな事はできないが……。

 

「ほい、これ土産」

 

「生八つ橋ですか、無難な物にしましたね。うれしいです」

 

「いや、うれしいならもう少し素直に喜ぼうよ」

 

 本当に喜んでいるのか疑問な乾のコメントに苦笑しながら突っ込みをいれる奏夜。

 

「あっ、餡子が入ってるのだ! やっぱり生八つ橋には餡子が入ってないとダメですよね」

 

「いや、順平が変化球を選ぼうとしたから止めたけどね……『デンジャラスなドリアン味』とか」

 

「素直に喜べよ。……ってねーよ、んな事! 変なこと吹き込むなよ、紅!」

 

「デンジャラスなドリアン味。……戦いのプロが思い浮かぶな」

 

「何でそうなるスか、真田先輩?」

 

 多分、某フルーツの鎧武者のパティシエを思い浮かべたのだろう明彦に突っ込みを入れる順平。

 

「ゴメン、軽い冗談だよ。お詫びにみんなの分もジュース買ってくるから、そんなに怒らないでよ」

 

 そう言って順平に謝ると奏夜は席を立って二階の自動販売機に向かう。

 

「ところで一つ気になったんですが」

 

 ふと、乾が順平と明彦に尋ねる。

 

「なんか男女間で距離はなれてません」

 

 女性陣にもジュースのリクエストを聞いている奏夜を見た後、乾は順平へと向き直り……

 

「紅さん以外」

 

「……気のせい。じゃないかなー」

 

「ま、何となく想像はつきますけど」

 

 同時にこうも思う。『奏夜だけはそれから上手く逃げたんだろう』と。

 

「留守番中はボクとコロマルだけだったんで、寮は静かでしたね」

 

 彼等の視線はアイギスの通訳の元にコロマルと会話している風花とアイギスに向かう、

 

「悪かったな、うるさくって。ちゃあんと土産話は作ってきたぜ。あとでたっぷり聞かせてやるからな!」

 

「いえ、逆に静か過ぎて眠れませんでした」

 

 いつも奏夜達が居る環境になれた乾にとってコロマル以外に誰も居無いと言うのは返って落ち着かない、と言う事だろう。

 

「でも……コロマルの考えてることがだいぶ分かるようになった気がします」

 

 そんな乾の言葉にゆかりと美鶴の視線が彼へと向かう。

 

「ここのところふたりきり、だったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

影時間……

 

 一人屋上に出た奏夜は一人月を眺めていた。

 

「此処が始まり……なんだろうね」

 

「そうだな」

 

 いや、正確にはキバットも一緒だから一人では無いだろう。そんな中で思い浮かべるのは始めて戦った大型シャドウとファンガイアタイプ。キバの力とペルソナの力……二つの仮面の力を振るって戦った夜。

 

「もう直ぐこの戦いも終る。……ねえ、キバット……。ぼくは……彼女の様に全てが終わった後、否定せずに居られるのかな……」

 

「さあな、それはお前次第だろうな。だけどな、奏夜。オレはお前のことを信じてるぜ!」

 

「ありがとう、キバット」

 

「おう。おっと、それじゃ、オレは先に部屋に戻ってるぜ~、なんか有ったら呼べよー」

 

 何かの気配に気がついたキバットはそう言って部屋へと飛び去っていく。

 

「これから先、何が有っても……キバって行くぜ、奏夜」

 

「うん、キバっていこう」

 

 キバットが飛び去っていた後、奏夜は自分に近づいてくる気配に気付く……それは、よく知っている気配。



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第七十八夜

―大好き……順平……―

 それは、一人の少年の一つの成長の物語……


「あっ、奏夜君」

 

「風花さん」

 

 キバットと入れ替わりの形で屋上に出てきたのは風花だった。

 

「もしかして、眠れないの?」

 

「うん、ちょっと眠れなくて」

 

 そう言って風花は奏夜の隣に座る。何処か不気味ささえ感じさせる不気味な月を二人で見上げる。

 

「此処が奏夜くんが」

 

「うん。ぼくが始めてペルソナを使ったのは……此処だよ」

 

 キバの力は以前から使っていたが、ペルソナ能力の覚醒が起こったのは、ここで間違いない。此処で最初の『魔術師』の大型シャドウとの戦いで奏夜は初めてペルソナ能力に覚醒した。

 あの時は暴走させるだけだった黒衣の死神……タナトスさえ今は自在に扱えるようになっている。それだけでも過去の自分との差が理解できる。

 

「……ねぇ、奏夜くん。私ね、ストレガの言っていた事を考えちゃったの」

 

 そう呟く風花の表情は自然と暗いものとなっていく。考えてしまったのだろう……力が、ペルソナが無くなった時の事を。

 少なくとも、何人かはペルソナが消えてしまうと言う可能性を考えると、影時間を消す事に躊躇してしまう者も出てくるのだろう……。

 人を襲う怪物と人知れず戦うヒーロー。そんな肩書きは背負う者によっては例え様のない甘美な響きと高揚感があるだろう。……少なくとも、最初からキバと言う力を持っている奏夜にはペルソナ能力などはただ手札が増えた程度の感覚だったが……。

 

「もし、ペルソナが使えなくなったら……私にどんな価値があるのか、って」

 

「風花さん」

 

 ペルソナと言う力から始まった仲間との繋がり……彼女にとってペルソナと言う力が絆の始まりとなった。だからこそ考えてしまうのだろう、『力が消えてしまったら』と。

 

「この力が無くなったら……私に奏夜くんの側にいる資格が有るのかな、って」

 

「そんな事は無い!」

 

「奏夜くん?」

 

 彼女の弱気を吹飛ばすように奏夜はそう叫ぶ。例え彼女が力を失ったとしても、誰かの側に居る資格がなくなると言うことは無い。誰かとの絆が消えると言うことなど無い。何より……

 

「側に居て欲しい、って言うのはぼくの方だからね」

 

 改めても思う……。奏夜が変わったと言うのならば、一番の切欠は彼女に有る。……キバの事から何処か距離を置いていたS.E.E.Sの仲間達と本当の意味で仲間になれたのも、彼女が居てくれたからだろう。だからこそ、彼女は奏夜にとって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/21(土)

 

「みんなー、修学旅行はどうだった~? 先生、寺なんて興味ないから参ったわ」

 

 ……確かに興味ない者にとっては面白味に欠けるかもしれないが、態々生徒達の前で言うのはいかがなものかと思う。

 

「だからねー、先生はグアムが良いって言ったの。けど誰も賛成してくれなくて……、て言うか皆バラバラでね~」

 

(えーと、これって……)

 

「江古田……先生はもち京都でしょ。小野先生は東北? 何もないっつの」

 

(グ、愚痴だ……)

 

「大西先生は温泉とか言って、竹ノ塚先生はリニアに乗りたいとかさ。寺内先生はダーリンと一緒なら何処でも……とかうるさいし。まとめろっつーのよね。団結しないから毎年京都なのにさー」

 

(愚痴を聞かされてる……)

 

 クラスの全員の心が一つに成った瞬間だった。知りたくも無い教師側の内情と修学旅行の裏側……。はっきり言って生徒の前で言うべきことでは無いと思う……。

 

「火曜からは体験学習ね。面倒な社会科見学だと思えば良いわよ。社会に出るって大変なの。これをキッカケに皆にも分かって貰えそうでうれしいわー」

 

(体験学習か……風花さんと一緒なら楽しそうだけどな……)

 

「その間、先生遊べるしね」

 

 ……色々と台無しに成る一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後……

 

 順平は一人病院への道を歩いていた。

 

(京都土産買って来たは良いけど、チドリの奴……喜んでくれるかな……)

 

 そう思う順平の脳裏に浮かぶのは修学旅行前……最後に彼女に会った時の事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/7(土)

 

「よう、チドリ。悪ィな、ここんとこ来らん無くてさ。色々あってちっとな」

 

「……」

 

「ん……どした?」

 

 彼女……チドリの様子を不思議に思いながらも、一つ載り結論に辿り着いた順平は、

 

「そっか、タカヤとジンって奴の事聞いたのか……? 話さなきゃとは思ってた。チドリの仲間だった奴等とオレ等戦った訳だし……」

 

 そんな順平の言葉をチドリは首を振って否定する。

 

「え……そのことじゃねぇの?」

 

 奏夜達に敗れて海に消えて行ったストレガの二人。……確認こそしていないが、状況から見てどう考えても生存は絶望的だろう。

 

「やっぱり……怖い。苦しい……」

 

 真っ直ぐに自分を見つめている順平から視線を逸らしながら、彼女はそう呟く。

 

「順平……。……順平はあと二年経ったらどうしてる?」

 

「二年……? えと……さあな。進路とかはまだ決めてねーし……」

 

 急に将来のことを言われても、順平はどちらかと言えば戸惑ってしまうタイプだろう。……彼の性格上無理は無いだろうが。

 

 だが、順平は気付いていなかった。チドリの言葉に込められている意思は……希望に溢れた物では無く……『未来』に対する一種の諦めと言う感情が込められている事に。

 

「あ、そういや、チドリ最近あれなくなったよな。ペルソナがチドリの事勝手に傷つけちゃうヤツ」

 

「え……? ああ……そうね……」

 

 ペルソナの暴走……それによる自傷行為……。それが無く成ったと言う事は推測される事は二つ。ペルソナ能力の消失か、或いはペルソナ能力の安定。順平にとってはどちらにしても幸いと言うべきだろう……。

 

「よかったぜ。つか、こんなキレイな手してんのに」

 

「……っ!?」

 

 順平の手が彼女の手に触れようとした時、

 

「触んないでよ!!!」

 

 彼女にしては珍しい大声でそう叫ぶ。突然の拒絶に一瞬だけ戸惑う順平だが……

 

「え……あ、ゴメン。そんな心算じゃ……」

 

「……。痛くて……苦しい」

 

 慌てて謝罪する順平だが、チドリはそう搾り出すように呟く事で答える。

 

「順平が来ると前は楽しかった。良い気分になる事もあった」

 

 それは恐らくだが……彼女の中に芽生えた一つの恐怖の感情が感じさせる『苦しみ』。

 

「でも、今は……違う。痛い……苦しい……こんなの……我慢できない!」

 

「な、なんだよそれ……全然わかんねえよ!? オレなんか嫌われるような事した!?」

 

 ストレガとして終わる事を望み、何も繋がりを作らずに生きてきた頃にて理解できないであろう苦しみ。……その感情を正しく理解できないが故に、生まれる拒絶。

 

「ワケを聞かせてくれよ!」

 

「順平……」

 

 その苦しみから逃れるために……正しく理解できないが故に……手に入れたものへの投げ捨てる事で苦しみから逃れようとする。それが、彼女が『ストレガ』だったが故に今まで一度も感じる事の無かった感情から逃れるために、

 

 

―もう……来ないで―

 

 

 拒絶する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在……

 

 お土産を持ってきた順平は無人となった病室に呆然としてしまう。

 ベットの上に置かれた一冊のスケッチブックがその部屋が彼女の居た病室だとイヤでも理解させ、間違いでは無いと認識させてしまう。

 

「なんだよこれ……? どこ、行っちまったんだよ。チドリ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/22(日)

 

「風花が反応を見つけた! 私達ではないペルソナ使いがタルタロスの前に来ている!」

 

「ペルソナ使いって、まさか……」

 

 美鶴の言葉にゆかりがそんな声を上げる。……自分達以外のペルソナ使い等、彼女の知識の中ではストレガ以外には居ないだろう……。奏夜にとってはそうでもないが、奏夜の知る彼らが態々こんな形で姿を見せるわけは無い。

 

「風花さん、人数は?」

 

「一人だけです……」

 

(一人だけ……じゃあ、あの二人じゃない、か)

 

 風花の言葉に奏夜はそう考えを広げる。海に落下した事で美鶴達は彼らが死んだと思っているが、奏夜はそうは思っていなかった。……海に落ちた程度で簡単に死なない奴が多いのは、父の代かららしいので。(どう考えても、仮面ライダー関係者限定だ)

 

 だが、タルタロスの前に居るのは一人……二人揃って負けておいて態々一人出て来る理由が理解できないので、彼らでは無いと推測できる。

 

「ただ、この子……」

 

「ただ?」

 

「確か、病院にいたはずじゃ……」

 

 風花の言葉に順平の表情が変わる。血の気が引いたかの様に真っ青になる表情……。S.E.E.Sのメンバーの中で唯一知っているからだ……。彼女が病院に居ない事を。

 

「どう言う事……?ってか、順平! あんた何か知ってんじゃないの!?」

 

「うっせーよ! オレが聞きてーよ!!!」

 

 ゆかりの言葉に順平がそんな叫び声を挙げる。……彼女が何処に行ってしまったのか知りたかった。だが、こんな形では再会したく無かっただろう。

 

「順平……もしかして、彼女は……」

 

 病院では召喚器は持っていなかった筈だ。少なくとも……病院内にそんな物を置いておくわけが無いだろう。だとしたら、

 

(……他の二人が生きていて、彼女を助けた? そう考えるなら辻褄が合う。だとしたら、風花さんの能力に対してジャミングが出来るサポート型のペルソナ能力者が分かり易い所に居るのは……)

 

「順平、みんなも。これは多分……」

 

 考えを広げた後出した結論……。チドリと言う少女がタルタロスの前に居るのは、『罠』だと伝えようとした瞬間、順平が走り出していく。

 

「くそっ!!!」

 

「順平! 待て!!!」

 

 奏夜の静止の声も聞かずに順平は飛び出して行ってしまった。

 

「……ったく」

 

「変わらないな、伊織は……」

 

「そうですね。間違いなく、罠だって言うのに」

 

「紅、お前もそう思うか? だが、放っては置けない。追うぞ!」

 

「はい。それに……間違いなく」

 

 奏夜の言葉の意味を理解したのだろう、明彦と乾の表情が鋭さを帯びる。……彼等の言葉で、予想は確信へと変わったのだろう……。

 

「もしかしたら」

 

「いや、間違いないと思います」

 

「ああ、ヤツラが潜んでいる」

 

 荒垣の仇がそこに居る。……死んではいないが……。



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第七十九夜

 一人寮を飛び出した順平はタルタロスと化した学園へと向かって走っていた。普段通いなれた場所であるため、意識しなくても自然と足が向く。また、影時間では車や信号の心配も無く、一切休む事無く疾走できる。

 

 タルタロスの入口……其処に佇む紅い髪の白い服の少女……チドリの元へと向かって順平は一人走っていた。寮を出るときに武器も持っていったのは、その程度の冷静さを有していたと言うべきか、意識しなくても行動できるほど体に染み付いていたと言うべきかは定かでは無い。

 

「おい、チドリ! どう言うことなんだ、訳を聞かせてくれ!!!」

 

 彼女……チドリの姿が目に飛び込んだ瞬間、順平は思わずそう叫んでいた。……色々な意思の込められた叫びだが、チドリは答えようとはしない。

 

「こんな事する理由なんてねえじゃんか! オレ達が戦うのなんて、ぜってーオカシイって!!!」

 

 心からの叫びだが、チドリは彼の言葉に対して一切動じる事無く彼を見据えている。

 

「そりゃオレ、あんま頭良くねえし、色々マズかったかもしんないけど……」

 

 そう言いながらチドリに近付くが、チドリは

 

「おわッ!?」

 

 チドリは鎖付きのハンドアックスを振り回すことで応える。間一髪でしゃがむ事でそれを避ける。

 

「ちっ……」

 

 避けられた事に舌打するチドリ。

 

「おいで……」

 

 腕から血を流しながら取り出した己の召喚器を自分へと突きつけて、

 

「メーディア!!!」

 

 己がペルソナを召喚する。

 

「……そんな」

 

 己へと襲い掛かるチドリのペルソナ、メーディア。

 

「くそっ……くそっ……。くそ、くそ!!!」

 

 それを見据えながら順平もまた召喚器を取り出す。呼び出すのはペルソナ、

 

「ヘルメス!!!」

 

 ぶつかり合う召喚された二つのペルソナ、ヘルメスとメーディア。

 

「二人とも居ます」

 

「うん! 順平!!!」

 

 それは丁度月光館学園……タルタロスの入口に奏夜達が駆けつけた時だった。

 

(何でだよ……なんでこうなっちまったんだよ!!!)

 

 順平の中に生まれた戸惑いが心の被る仮面と言うべきペルソナの動きを阻害する。その一瞬の停止を好機とメーディアはヘルメスを何度も打ち付ける。

 

「がっ!!!」

 

「順平!」

 

「ダメだ」

 

 ペルソナを通じてダメージを負った順平が膝を折る。そんな順平に駆け寄ろうとするゆかりを奏夜が止める。

 

(ちくしょう!!!)

 

 彼が見るのは無言のまま佇むチドリの姿。武器を持っている事を除けば、その表情も初めて出会った時と何一つ変わらない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

 

 奏夜達が駆けつけたことも目に入っていない様子で何度もメーディアとぶつかり合う中、順平の咆哮に応えるようにヘルメスは炎を纏ってメーディアへと突撃する。本来のペルソナ・ヘルメスには無い技だが、恐らくは得意の火炎(アギ)系の魔法と物理系スキルのアサルトダイブのあわせ技だろう。

 

 己の主に応える様に放たれたヘルメスの渾身の一撃によってメーディアは粉砕される。だが、その代償とでも言う様に魔法と物理スキルの合わせ技を使ったヘルメスの全身に罅が入っていた。

 それも無理も無いだろう。複数のペルソナで行なうミックスレイドを擬似的にとは言え単独で行なったのだから、負担もバカにできるものではない。

 

「メーディア!!!」

 

 メーディアが粉砕された事によって生まれた隙、恐らくはだがストレガの三人の中でサポート担当であった彼女は他の二人に比べて戦闘熟れしていないのだろう。敵を目の前にして、敵から注意を離すというミスをしてしまう。

 

 逆に順平はその一瞬の好機を逃さずチドリを押し倒し、彼女の持っていた召喚器を弾く。武器もそんな状態では使いようがない。そして、喉元に突きつけるのはヘルメスの翼だ。刃のように鋭くなった翼を突きつけられながらもチドリの表情は変わらない。寧ろそれは、メーディアを粉砕された時の方が表情が露になっていた程だ。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 ヘルメスの刃を突きつけながらゆっくりと順平は彼女から離れていく。勝敗は決した……順平の勝利と言う形で、だ。

 

「なんだ……。強いじゃない……」

 

 チドリがそう呟く。……確かにS.E.E.Sの中ではその有り方ゆえのアイギス、戦闘経験や元もとの能力で明彦や美鶴、キバである奏夜には劣っているが、決して順平は弱いわけではない。……ペルソナ使いとしては本格的に戦いが始まってから参戦していただけに、戦い方によっては格上である美鶴にも勝てる可能性さえある。

 ……まあ、奏夜の場合は下手な相手に負ける絵が想像できないだろうが。ペルソナが効かなくても、最悪はキバがある上にペルソナチェンジによる相手の弱点を付いた上での一方的な戦いも可能だ。

 

 だが、勝った筈の順平の表情に浮かんでいるのは、まるで打ちのめされた敗者のような表情だ。順平はチドリへと駆け寄り、

 

「触らないでって、言ったでしょ……」

 

「チドリ、教えてくれよ。なんでこんな……」

 

 悲痛ささえ感じられる順平の問いかけにチドリは表情一つ変えず、

 

「…………一番怖いのは……。死ぬ事じゃない」

 

 他の二人のストレガ達を見ていても思ったことだが、彼らは死を恐れていない。己の命でさえ軽く考えている節が有る。彼女の言葉から奏夜は彼等への推測が間違い出ない事を確信する。

 

「一番怖い事……。それは」

 

 ストレガにとって一番恐れる事。死さえも恐れる物ではない彼らにとってのそれは……。

 

「“執着”してしまうこと……」

 

 執着……何かに対して思い入れを持つ事。当然だろう……死を恐れないのならば、その理由は執着が……視ねない理由が無いことになる。

 

「そうすれば失くすのが怖くなる。命だって、物だって、なんだって」

 

 奏夜はその言葉に心から同意する。奏夜にとって次狼達四魔騎士(アームズモンスター)達を、残された家族である兄を……何より自分の中で大きな存在となってしまった風花を失うのは心の其処から怖い。

 

「だから、私達は何時だって今と言う瞬間を楽しむだけ……」

 

(だけど……それは違う)

 

 今を、その一瞬を楽しむ事は確かに正しいだろうが、未来の事を何も考え無いと言う生き方を奏夜は否定する。

 

「……なのに順平は、私に要らない苦しみを持ってきた」

 

 ……何にも執着せず、今だけを楽しんでいた彼女に起こった順平との出会い。それが、彼女の持っていた価値観を変えてしまった。

 

「失くすのが怖い……」

 

 大切なモノを得てしまったからこそ、失う事を恐れ……

 

「死ぬのだって怖い……」

 

 大切なモノと一緒に有りたいからこそ、死ぬ事を恐れる。

 

「一緒の時間が終っちゃうのが……怖い……。だから、私……」

 

 

 

『おやおや、チドリ……』

 

 

 

「っ!?」

 

 彼女の独白の最中に響く第三者の声。其方へと視線を向けるとタルタロスの入口に佇むタカヤとジンの姿が在った。

 

「お前達は……やっぱり、生きていたのか」

 

「出やがったな、死に損ない共が!」

 

 姿を表した彼らに反応したのは奏夜と……やはり、明彦だった。死んでは居ないと言う予想はあったが、やはり生きていた。

 

「やはりもうダメのようですね。君は彼らに毒されてしまった」

 

「何がダメだ! ふざけてんなよ、この亡霊ヤロウが!!!」

 

「フ……亡霊などではありませんよ」

 

「確かに。ある意味、亡霊よりも性質が悪いね」

 

「フフフ……それは随分と酷い言い方ですね」

 

 順平の言葉にそう言い返すタカヤに思わず吐き捨てる様に呟く奏夜。

 

「ですが……生に……“執着”などしなかった我々を運命はそれでも“生かした”。私は“選ばれた”のです!」

 

「テメェ……」

 

「……何時かの自分の年も考えないで王子とか妄言吐いてたヤツみたいな事を」

 

 何時かの幾月を連想させる何かに恍惚としている様子のタカヤに対してそう言い捨てるが、当のタカヤは気にした様子も無い。

 

「今は隠し事は無しだ……今度は間違いなく送ってあげるよ」

 

「決めたぜ! テメェらにはもう、指一本ふれさせねえ! チドリはオレが、神でも守る!」

 

 キバットを呼び出そうとする奏夜とタカヤを睨みつけながら召喚器を抜く順平。

 

「チドリ、オレと来い! こんなヤツラといちゃダメだ!!!」

 

 それは順平が定めた戦士としての覚悟。だが、

 

 

 

―パァン!―

 

 

「……え……?」

 

 響くのは無情なる音。

 

 硝煙の昇る銃口を順平へと向けているタカヤ。順平の服に滲む鮮血は胸の中央からだ。

 

 あっけなく訪れた死に誰もが思考を停止する中、一人順平だけは……

 

 

―……へへ。なんだよ、これ……。やっぱ、オレじゃ奏夜みたいになれないか―

 

 

 ゆっくりと崩れ落ちる順平だけが、冷静に自分の状況を見つめていた。

 

 

―死んでも守るとか……オレ、カッコつけちゃってよ―

 

 

 崩れ落ちる時順平の目に映るのは仲間達の先頭に立ってキバに変身しようとする奏夜と、

 

 

―そう言うのはやっぱ、奏夜の役だよな。オレなんかじゃ……カッコつけても、直ぐに死んじまう役回りだよな……―

 

 

 最後に視界に映るのはチドリの……死んでも守ると言った相手の姿。

 

「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」

 

 

―バカみてェじゃねぇか―

 

 

 最後の瞬間に聞こえるのは見上げたチドリの表情と彼女の悲鳴。噛み締めるのは己の無力さ……。

 

 『奏夜みたいに出来ないよな』と無力に打ちのめされる心の中に浮かぶのは、同じ状況で生き延びて守れるであろう友人の事。

 

 自分じゃ彼のようには出来なかった。自分じゃたった一人のヒーローにもなれなかった。そんな後悔と悔しさを噛み締めながら、彼の意識は闇へと堕ちていった……。



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第八十夜

 ……これは、一人の少年の成長の物語。

 少年と少女の物語その……終わり。


 ……そこで順平は目を醒ます。朦朧とする意識の中、彼の視界に飛び込んできたのは清潔な天井。

 

「……こ、ここは……?」

 

 見覚えのある景色……何度もチドリのお見舞いに足を運んだ彼女の病室だが、何故其処に自分が居るのか順平は直ぐに理解できなかった。

 

「良かった……。気が付いた」

 

「チドリ……?」

 

 そんな声に気が付いて順平が其方へと視線を向けると。其処には微笑んでいるチドリの姿が有った。

 

「あれ……オレ、たしか……」

 

 死んだはずと口に出しそうになるが、それだとこの状況に説明が付かない事に気づく。

 

「私……間違ってたみたい……」

 

 順平が己の疑問を考える前にチドリがそう呟く。

 

「怖いのも、心が痛いのも、順平が居るせいだと思ってた。だって……順平と会うまで、一度もそんなことなかったから」

 

 その考えは間違いでは無いかもしれない。順平との出会いと関わりが切欠となっているのだろうし。

 

「でも、順平に会って、私……初めて……考えたの……。自分がどうしたいかって……」

 

「君の……したいこと?」

 

 今までは他の二人と共に一瞬を楽しんで生きてきた。未来も過去も考えず刹那の中で一瞬を楽しむ生き方……今を生きるとも違う、そんな生き方の中では考えることも無かったこと……。

 

「私……。順平と一緒に居たい。ずっと一緒に居たい」

 

 それが初めて彼女が考えた事……。本当の意味で今を生きると言う『理由』。

 

「あ……えと。あの……オ……。オレだって君と……」

 

「でも……」

 

 彼女からの『告白』に答え様とした順平の言葉を遮ってチドリの言葉が響く。

 

「辛いの……。だって、あと少しだから……」

 

 刹那を生きる。未来に希望を持たず今だけを楽しむ者の共通点……その多くは、こういうだろう。『未来』と言う物が本人にとって何の意味も無いと。それは、

 

「私達はあなた達と違う……。最初にペルソナを得た時から分かってた……」

 

 

 

 ―“ストレガ”が命を失う日―

 

 

 

 長く生きられないこと。彼女達ストレガが初めてペルソナを手にした時に……本人だからこそ分かっていた。……いや、悟っていたのだろう。長くは生きられないことを。自然に能力を会得した奏夜達とは違う……人工的に生み出されたペルソナ使いだからこそ、その代償は……『未来』だった。

 

「えっ……!?」

 

「考えたら、すごく怖かった」

 

 順平の後ろ……其処に有る花瓶に生けてある大輪の向日葵の花が枯れて散って行く。それは何かを案じさせるような光景にも見える。

 

「自分が死ぬ日のことなんて、今まで一度も想像したこと無かった……」

 

「チドリ……?」

 

「死ぬって……」

 

 今にも消えてしまいそうなチドリへと手を伸ばす順平。そんな順平の手をチドリは両手で握る。

 

「“もう会えない”って事なのね……」

 

 完全に散っていった向日葵の花。

 

「だからね……。これで良かったの」

 

「チドリ……」

 

 彼女の言葉の意味が理解できない。いや、冷静になってしまった頭の中では……理解してしまったが、必死にそれを否定する。そんな中で彼女の手が順平の頬に触れる。

 

「順平は……こんなところで死んじゃダメ」

 

「オレが……死ぬ? えっ?」

 

 順平がチドリに触れようとした瞬間、彼女の体をすり抜けて順平の手が空を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「順平!!!」

 

「順平君!?」

 

 タルタロスの前、順平の名を叫ぶS.E.E.Sの面々。

 

「オレ……は……」

 

 そんな中、順平は意識を取り戻す。先程の病室でのチドリとのやり取りを覚えていた。そして、撃たれた事も自覚していた。何故自分が生きているのだろうと考えるよりも先に、己にすがり付いているチドリの姿が視界に飛び込んできた。

 

「チド…………リ……?」

 

「良かった……」

 

 何処か苦しそうに微笑む彼女の表情に順平は嫌な物を感じてしまう。

 

「順平さん……無事なんですか……!?」

 

「信じられん……。蘇生させたのか!?」

 

 乾と明彦が驚愕の声を上げる。目の前で撃たれた順平の姿は見ていたと言うのに、当の順平は意識を取り戻していたのだから。流れる血の量から考えても、外れたとは考えられないだろう。

 

「私の力と逆……」

 

「風花さんの力と逆? まさか、彼女のペルソナは!?」

 

 対極にある物は最も遠く最も近い。故に逆のタイプのペルソナで有る為に風花は直ぐに理解できたのだろう。同時に彼女の言葉から奏夜もそれを理解する。

 

「うん、命を感じ取るんじゃなく、放出するペルソナ……」

 

「……人一人を蘇生するだけの命を放出なんてしたら……」

 

「うん、人一人を蘇らせるなんて……。そんなことしたら」

 

 奏夜と風花の目の前では先程とは逆に力なく崩れ落ち居ているチドリが順平に抱きかかえられている。そんな彼女の側にはゆっくりと崩壊していく彼女のペルソナであるメーティアの姿が有る。

 

「聞こえる……順平の生きてる音……。トクン、トクンって……」

 

「チドリ……」

 

 今にも消え去りそうな声で順平の頬に触れながら呟く。

 

「これで私は……順平の中で生きる……」

 

 ゆっくりと彼女の手が頬から離れていく。

 

「ずっと……一緒……」

 

「おい、チドリ……しっかりしろって! な、何言っちゃってんだよ……」

 

 必死に己の中に浮かんだ答えを否定する。否定していても、順平は理解してしまっているのだ……彼女は、もう……

 

「これからはね……」

 

「チドリ……」

 

「私が……」

 

「何言ってんだよ……。そんな事、ある訳」

 

「順平を守るよ」

 

「ある訳ねぇだろ!!!」

 

「……ずっと……」

 

「あ……ああ、オレもだ!!! オレだって君を守るよ! だから!!!」

 

「やっぱり……良い気持ちだね……。順平と居ると、……良い気持ち……」

 

 そんな彼女から向けられる表情は、儚げながらも心からの……最も人間らしい笑顔。それが彼女の最後の表情。

 

「あり……が……とう」

 

 力無く崩れ落ちるチドリの手。それが彼女からの最後の言葉となった。

 

「…………。…………チ……ドリ? ……」

 

 腕の中に居る少女が既にどうなっているのか? 何故自分が生きているのか? それの答えが腕の中に在る。

 

「…………うそだろ?」

 

 腕の中で温もりを失っていく彼女の体。最後の言葉を残して……彼女が考えていた物とは別の形で、それは訪れた。

 

「……チドリ…………。返事してくれよ……」

 

 何も感じることも無く刹那の中で行き続けたのでは得られなかった気持ちを持って、一人の男の狂気によって人生を狂わされた少女は、大切に思える相手と出会い……。

 

「チドリィィィィィィィィィィィィィィィィイ!!! あああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その命を終えた。

 

 

 

 ……これは、一人の少年の成長の物語。

 

 少年と少女の物語その……終わり。



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第八十一夜

 全ての命を順平へと託して散ったチドリを抱きかかえながら慟哭の声を上げる順平。その光景にS.E.E.Sの仲間達は誰も声を掛ける事が出来なかった。

 

「愚かな……」

 

 そんな中、そんな順平の慟哭を嘲笑うかのような声が響く。

 

「こんなにもくだらない最後を選ぶとは……」

 

 侮蔑、嘲り、哀れみ……そんな様々な感情の篭った声の主はタルタロスを背にして立つストレガの一人、タカヤだ。

 

「お前はっ!?」

 

 仲間であった筈の少女の死を、仲間の慟哭を嘲笑う相手の姿に奏夜は怒りを露にして睨み付ける。

 

「…………くだらな……い?」

 

 

―ドックン!―

 

 

「……くだらないって……なんだよ……」

 

 新たな力の鼓動、全身から光を放ちながら出現した傷だらけになっていた彼のペルソナ、ヘルメスの傷跡から太陽のような輝きを持った光が漏れ出す。

 

「っ!?」

 

「な、なんや!?」

 

「これって……?」

 

 その光景に驚愕の声を上げるタカヤにジン、奏夜。

 

「風花……チドリを頼む……」

 

「……う……うん!

 

 帽子を拾い上げながらそう、静かながらも強い意思を持った言葉を呟きながら立ち上がり、ゆっくりとした動作で帽子を被りなおし、タカヤとジンを睨みつけ、腰のホルスターから召喚器を抜くと、それを自分の米神に突きつける。

 

 既に召喚器無しにペルソナは顕現している。……だが、順平は感じ取っていた。まだ完全に彼のペルソナは目覚めていない事を。

 

 ゆっくりとトリガーに力を込め、炸裂音と共に彼のヘルメスが砕け、その中に眠っていた……誕生を心待ちにしていたモノが目を醒ます。

 

 ヘルメスと似た外見ながらも、その姿は真紅の体に雄々しき金色の翼を持った新たな順平のペルソナ。

 

 

 -そは、『ヘルメス』の名を持つ偉大なる存在を同一視する事によって誕生した三位一体の神。錬金術師の祖-

 ―『トリスメギストス』―

 

 

「伊織のペルソナが!!!」

 

「進化した!?」

 

「凄い生命エネルギー……。止め処なく溢れてくる。泉みたいに……!」

 

 美鶴と奏夜が驚愕の声を上げる。既に何人かペルソナを進化させているが、こうして目の当たりにした機会は無かった。全身からあふれ出る力は、順平の怒りとチドリから与えられた命故か?

 

「トリスメギストス!!!」

 

 順平が進化した力の名を叫ぶと、その言葉を待っていたとばかりにトリスメギストスはタカヤへと向かって飛翔する。

 

「タカヤ!」

 

「……っ!」

 

 己へと迫る膨大な力の塊と化したトリスメギストスに対して驚愕が浮かんでいたのだろう、タカヤはジンの言葉にも直ぐに反応できず、結果一瞬と言え致命的な隙が生まれてしまった。

 

 その刹那にトリスメギストスはタカヤの頭を鷲掴みにし、そのままタルタロスの一部へと叩き付ける。

 

「ぐはぁ……!!!」

 

「タカヤ!!!」

 

 叩きつけられた床を粉砕するほどのパワー。ペルソナ使いとは言え人間の体では耐え切れず、タカヤは吐血する。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 強大な力の制御と、チドリとの一戦……それによる消耗も有るだろうが、当の順平の闘士は僅かに揺らぎもしていない。ただタカヤを……チドリの死を侮辱した男を見据えていた。

 

「ドアホが!」

 

 だが、簡単にそれを許してくれる訳がない。

 

「そうそう好きにさせへんわ!!!」

 

 タカヤを助けんと召喚器を取り出し、己のペルソナを召喚するジン。

 

 現れたのはルーレットの様な1から24の数字を持った隻腕の人型……と言ってもまるで生物と言うよりも無機物を思わせるロボットの様なペルソナ。

 

「『モロス』、出番やぁぁ!」

 

 ジンのペルソナ・モロスは一直線にトリスメギストスへと向かって行く。

 

「生憎、ワイに炎は効果あらへんで!!!」

 

 彼のペルソナ・モロスには炎への耐性があり、前回の戦いで順平のペルソナは炎の属性を特異と言う事を知っている。進化しても得意属性や攻撃が劇的に変わると判断していなかったのだろう。

 

「コイツ……まさか……!!!」

 

 だが、トリスメギストスは炎の魔法を使う事無く純粋に力だけでモロスを受け止め、片手で持ち上げ、そのまま地面へと叩き付ける。

 

「順平君、凄い!」

 

「……いや、あれじゃダメだ……」

 

「え?」

 

 奏夜の言葉を肯定するかのように、トリスメギストスは動けずにいるタカヤの頭を鷲掴みにして持ち上げ、再び地面へと叩き付ける。

 

 何度も無造作にたたきつけられるたびに吐血するタカヤ。ペルソナのパワーで叩きつけられている体は骨が砕け、内臓も傷付いているのだろう……吐血を繰り返している。

 

「風花さん、岳羽さん、見るな!」

 

「イヤッ……!」

 

 あれが暴走状態……奏夜が始めてタナトスを使った時に近いことに気付いた奏夜が、風花に見ない様に叫ぶが既に目の前で繰り返されているタカヤの嬲り殺しの現場を直視してしまった風花は、その光景から目を逸らす。風花と同様にゆかりも目の前の光景から目を逸らす。

 

「まさか…………伊織のヤツ…………」

 

「間違いない、順平……」

 

「ペルソナを制御できていないのか!?」

 

{間違いない、あれはぼくが始めてペルソナを使った時に似ている……}

 

 圧倒的な力で大型シャドウであるマジシャンを叩き潰したタナトス。その光景が今のトリスメギストスに重なる。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、許さ……ねえッ……」

 

 己のペルソナの力の暴走ゆえか自身の順平の体が燃え始め、同時にタカヤの顔面を鷲掴みにしているトリスメギストスの前進が炎に包まれている。ペルソナの力が暴走し、術者である順平さえも傷つけている。

 順平の中にあるのはタカヤへの憎悪……復讐と憎悪の意志が炎となって、順平自信さえも焼き尽くそうとしている。

 

「早まるな!」

 

「駄目です、順平さん! コイツら(ストレガ)と……同じことをする気ですか!?」

 

 己の命を燃やし尽くしてでもタカヤを殺そうとしている順平を止めようとする明彦と乾だが、順平には彼等の言葉が届いた様子は無い。それどころかトリスメギストスは纏っている炎の火力を更に上げていく。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 響き渡るのは生きながら火葬にされると言う苦痛を味わっているタカヤの絶叫。そのあまりにも壮絶な姿にS.E.E.Sの面々は誰も声が出せずにいる。

 

「イヤ……」

 

 そんな中、ゆかりの中に蘇る父の死の光景。

 

「やめて……」

 

 船絵ながら声を絞り出すゆかり……

 

「お願い……だれか止めてよ……」

 

 ゆっくりと奏夜の手がホルスターに有る召喚器へとふれる。

 

「もう誰かが死ぬ所なんて、見たくないっ……!!!」

 

「大丈夫」

 

 涙を浮べたゆかりの叫びに奏夜はそう呟いて一歩前に出る。あのままでは順平は間違いなくタカヤを殺してしまうだろう。例え敵であっても、誰かが死ぬ姿を見たくないと叫ぶゆかりの気持ちも理解できる。

 

「順平!!!」

 

「来んじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

「タナトス!!!」

 

 奏夜の内より出でるは黒衣の死神『タナトス』。二人の叫びと共にぶつかり合うトリスメギストスとタナトス。その衝撃は大きく、全身に大火傷を負って力が抜けていたタカヤの体は簡単に吹飛ばされてしまう。

 

「タカヤッ!!!」

 

 そんなタカヤに駆け寄ろうとするジンの行く手を阻む明彦と乾。

 

「……っく」

 

 その間にも奏夜のタナトスと順平のトリスメギストスのぶつかり合いは続いていく。トリスメギストスの斬撃スキルをタナトスは手に持つ剣で切り払う。

 

「……、ハァ、ハァ」

 

「止めろ順平! 本気で殺す気か!?」

 

「うるせぇ!」

 

「っ!?」

 

 後ろから羽蛾いじめにして止めようとする奏夜を振り払って順平は奏夜へと殴りかかる。

 

「ハァッ……クソッ、クソクソッ」

 

 息を上がらせての拳が奏夜に当たる事無く、順平の拳を全て避けていく。

 

「お前はいつも……」

 

 トリスメギストスとタナトスの戦いも熱を増していくが、奏夜のタナトスが完全に優勢だった。トリスメギストスの攻撃は全てタナトスに切り払われる。

 

「いつも、そうやって……っ」

 

 単純に反撃されていないからダメージを負っていないだけで、反撃に出ればタナトスの勝利で終る事は誰が見ても明らかだった。

 そんな中でタナトスの一撃がトリスメギストスを捉える。ペルソナへのダメージは順平へと伝わり、苦痛の表情を浮べる。

 

「ぐ……あっく……!!!」

 

 体力の限界……一度命を落としての蘇生された直後と言うモノも有るのか、奏夜の襟首を掴みながら順平は崩れ落ちる。

 

「ヒーローぶれやがってよ……ぉ……」

 

 崩れ落ちる順平の視界に移るのはタナトスに押さえつけられているトリスメギストスを移しながら、思う……。

 

(ヒーローぶってるんじゃねぇよな……)

 

 奏夜と重なるキバの姿。最初は幾月の言葉から敵だと思っていた。だが、何度も、何度も大型シャドウやファンガイアタイプとの戦いで助けられるたびにこう思うようになっていた。

 

 『ヒーローの様だ』と。

 

(あいつはヒーローじゃねぇか……どっからどう見ても……立派に)

 

 法王と恋人の大型シャドウとの戦いの際にはイクサの姿を見てこう思った。……自分だってヒーローになれる、と。だが、いざ変身してみたら……キバに助けられる事しかできなかった。

 自分が倒せなかった戦車と正義の大型シャドウ……合体をしている事を知らなかったとは言え、圧倒的な力で叩き潰すキバの姿は、本当に格好良く映っていた。

 

「……ちくしょう……」

 

 改めて思う……己は奏夜に……キバに憧れている、と。だが、自分はたった一人も助ける事ができなかった。

 

「……なりてぇよ……お前みたいに……」

 

 リーダーとしても、ヒーローとしても、順平は奏夜の姿に憧れていた。

 

「エネルギーの放出が……収まってく? 奏夜くん、やりました!」

 

 順平が落ち着いたが故か、タナトスに押さえつけられているトリスメギストスの動きが止まっていく中で、風花の呟きが零れると暴走を止められたことへの嬉しさを隠さずに奏夜へと向かって叫ぶ。

 そんな彼女の姿に自然と微笑が浮かぶ。やはり、奏夜にとって彼女のその表情は……安らぎになる。

 

 暴走するように纏っていた己さえも焼き尽くさんとする炎がゆっくりと治まって行くのが見て取れた。

 

「後は……彼らか」

 

 ジンは兎も角、トリスメギストスの炎に全身を焼かれたタカヤは放っておけばこのまま命を落とすだろう。

 別にそれはそれで問題ないかもしれない。寧ろ、これから咲きの事を考えるとそれを選んだほうが良いのかもしれない。だが、

 

(出来ないよね、そんな事)

 

 そんな奏夜の考えを肯定するように、ゆっくりとゆかりが大火傷を負ったタカヤに近付いていく。

 

「岳羽……」

 

「近付くなや!?」

 

 そんなゆかりに対してジンが己の武器である鞄へと触れる。

 

「タカヤはお前らと違うて大きな事を成す奴や……! 情けなんて必要あらへん!」

 

「何それ?」

 

 ジンの叫びをゆかりはその一言で斬り捨てる。

 

「このまま死なれても気分悪いし……。生きてないと小さな事もできないじゃん……」

 

「君達の負けだよ。大人しくしていた方が良い……君の言う、『大きな事』ってのをやりたいならね」

 

「くっ……」

 

 ゆかりと奏夜の言葉にジンは表情を歪める。その表情は『屈辱』と言った所だ。ゆかりのペルソナ『イシス』の回復能力ならばタカヤを助ける事が出来るだろう。ジンにしてみれば、大きな事を成すにはゆかりの力に頼るしかない。……ジンのペルソナに回復能力などないのだから。

 

 ゆかりの回復魔法を受けながら感情の篭らない目でタカヤはゆかりを見つめていた。同時にゆかりの瞳もタカヤと同じ感情の篭らない目。

 

「タカヤ!」

 

 大火傷が引いたタカヤをジンが抱き上げる。致命傷と言う程の傷だったが、それで助かるのだからゆかりのペルソナの回復能力の高さが伺える。

 

「貸しの心算かしらんが後悔するで……」

 

「別にそんな心算はないわよ」

 

「後悔させたいならご自由に……後悔するのは、そっちだろうけどね」

 

 モロスに乗ってジンはゆかりと奏夜の言葉に表情を歪めながらも、

 

「影時間を消す手立てのないお前らなぞ気にせんでエエと思うてたけどな」

 

「そうだね。こっちにしてみても、影時間を消す方法を探すのが先決……はっきり言ってお前達の事はどうでも良い」

 

 屈辱と憎悪……その二つの感情をS.E.E.Sの面々を見下ろしながら、ジンは彼らへと宣言を叩き付ける。奏夜もまたジン達ストレガを見上げながら挑戦状となる言葉を叩き付ける。

 

「いずれ決着をつける日も近そうやな……」

 

「今回の落とし前は付けさせる……絶対にね」

 

 流石に今はこれ以上は戦えない。思った以上にトリスメギストスを止める為の消耗激しい。

 ……まあ、キバに変身すると言う手段こそ残されてはいるが、それは飽く迄最後の手段、なるべくならば使うことは避けたい。生身の相手をキバに変身して戦うという事態は、色んな意味で気が引ける。

 

「クソッ……待てよっ!」

 

「よせ、もう無理だ!」

 

 消耗した体に鞭打ってタカヤとジンを逃すまいとする順平だが、それを明彦に止められる。

 

「オレは……!」

 

「彼女に貰った命だろっ!?」

 

 明彦の静止も聞かずに動こうとする順平だが、明彦のその言葉に思いとどまる。

 

「託されたんだ……。無駄遣いするな」

 

 様々な感情の篭った明彦の言葉、相応の重さを持ったその一言は憎しみに支配されている順平を思いとどまらせるのに十分だった。

 

 

 

「……チドリ…………」

 

 明彦の言葉に我に返った順平が向かうのはチドリの元。フラフラとした足取りで彼女の元に向かい、倒れている彼女を抱き上げる。

 

「……チドリ……オレ……オレ……」

 

 彼女の体を抱きかかえる。力なく目を開く事のない彼女の重さが……順平に、己に託された物の重さをイヤでも分からせる。

 

「こんなのキツ過ぎっけど……。でもさ……」

 

 思い浮かぶのは彼女との始めての出会い。これまでの彼女との思い出……。

 

「オレ一人の命じゃ、無いんだよな……」

 

 

 それが、一人の少年の成長の物語のエピローグ。




この話で連続投稿はストップとなります。


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-Ⅹ- 運命の輪《フォーチューン》
第八十二夜


 ―本日も昨日深夜の辰巳記念病院への爆弾テロの話題から―

 

 

 テレビから流れるニュースキャスターの言葉を聞きながら奏夜は昨日の一件に想いを馳せる。

 

 

 ―死傷者などは無かったものの入院患者が一名行方不明になっていることが……―

 

「彼女が順平に上げた命……か」

 

 彼女から命を託されたあの日から、丸一日順平は部屋に閉じこもっている。

 自分が止めたトリスメギストスの炎が、順平の持つ意思の最後の輝きだったとは思えない。……だが、それでも……今の順平には、間違いなく時間が必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 11/24(火)

 

 

 

 

 

 

 カレンダーに書かれた日付を眺め、奏夜は別の事へと意識を向ける。

 

(……時間は必要なんだろうけど、残念ながら時間は無い……)

 

 既に先方に連絡は入れている。既に桐条グループの協力の多くが得られない以上は、武器は手持ちの物を使用するか……自力で確保するしかない。

 幸いにも召喚器はまだ返していないし、今まで使っていた武器も有る。唯一手元に無いものと言えば、桐条製のイクサシステムだけだ。流石に影時間がなくなったと誤認されている以上、イクサシステムを再び借りる事は難しいだろう。ならば、

 

「真田先輩は兎も角、後は順平次第か」

 

 次の『仮面ライダーイクサ』。その名を受け継ぐべき資格が得られるかどうかは、二人次第だ。

 戦える力を持っているのは桐条だけではない。もう一つだけ確かに『影時間対応型のイクサシステム』は存在していた。念の為にと接触した相手の元に確かに存在していたのだ。『仮面ライダーイクサ』、その名を持つべきものの元に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後

 

「生物は何であれ事故の生命維持を優先する“本能”を持っています」

 

 駅の構内でアイギスがそう言葉を切り出す。

 その場に居るのは、アイギスのほかに奏夜と風花の二人だけ。体験学習の帰り道にそのメンバーとなった三人である。

 なお、アイギスの事は美鶴が手を廻してくれていたらしく、何か有った時にフォローし易いようにS.E.E.Sのメンバーが最低限二人は一緒になれるようにしていてくれたらしい。他所のクラスの風花が此処に居るのも、その結果だ。

 

「よって、自分の生命を全て譲渡しようとしても、この“本能”がリミッターになると思われます」

 

 そう、他者から生命力を吸い上げるのと他者に譲渡するのでは『限界』も違う。全てを奪うのと、全てを与えるのでは……生存本能の四文字がリミッターとなって普通ならば行なえるわけが無い。

 

「にも関わらず、チドリさんは順平さんに生命を譲渡する事ができました」

 

 己の命に執着していないのがストレガとは言え……そんなに簡単に己の生命を他者に与えられるわけが無い。だが、現にチドリは順平へと己の生命を譲渡する事かできた。ならば、その理由は一つ……。

 

「本能をも上回る何らかの“意思”が、お二人の間にもあったものと思われます」

 

 アイギスの言葉通り、チドリの意思が彼女の本能さえも凌駕し、己の命を全て順平へと与える事ができた。

 

「……想いが本能を凌駕した……物語としては感動的だろうけど……」

 

 本の、テレビの……物語の先に見るのならば二人の絆を語る上で感動的な物語だろう。だが、現実として直面したのならば、感動など出来るわけが無い。

 

「はい、順平君とチドリさんがとても素敵な仲だったのは分かっています。そりゃあ、今だってある意味“一緒に居る”のかもだけれども……」

 

「やっぱり、二人には……一緒に生きていて欲しかった」

 

 風花の言葉にそう続ける。父の体験した悲恋と、順平とチドリの二人を重ねて見てしまっているのは否定できない。

 同時に考えてしまうのは、銃弾程度ならば自分には防ぐ手段はあったはずだと言う事。……それなのに、自分は……一番近くに居たはずなのに、何も出来なかった。

 

(大切な人と別れる悲恋のジンクスなんて……家の家系だけで十分だ)

 

 祖父や父の体験した悲恋の事を思い出しそう思いたくなる。悲恋など……どれだけ美しかろうが、それは所詮話の上、文章の上だけの事。当事者となってしまっては、悲しさしか浮かんでこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、

 

「美鶴先輩」

 

 女子の部屋がある散会へと続く階段の途中で、思いつめた表情のゆかりが美鶴を呼び止める。

 

「すみませんでした……勝手な事をして」

 

 思い浮かべるのはやはり、先日のストレガの一件の際のことだ。

 

「その……ストレガを倒すチャンスだったのに……」

 

 そう、ストレガの一人であるタカヤは順平のペルソナの力……暴走していた事による爆発的な力の発現により、あのまま放っておけば助からずに死んでいただろう。

 ジンの言葉から考えてストレガのリーダー格……中心人物はタカヤの方だ。あのままあそこでタカヤが命を落としていればストレガは消滅していたはず……。

 

 ゆかりはそれでも、タカヤを助けた……。彼女の言葉通り、最大の好機だった筈だ。

 

「気にすることは無い」

 

 そんなゆかりの言葉を美鶴はやんわりと否定する。

 

「命を尊ぶ君を友に持った事を、私は誇りに思うよ」

 

「でも……順平は」

 

 そう、あの時ゆかりの取った行動は……順平にとっては“余計な事”だったのかもと思ってしまう。

 その手で大切な人を殺した相手への復讐を遂げる寸前で、その邪魔をしてしまったのでは、と。

 

「……“時が解決する”なんて言葉が有るが……伊織はどうなんだろうな」

 

 大切な人を失った心の傷を癒すのには時間をかける以外には手段は存在して居ない。立ち上がって前に進めるか、それともそのまま二度と歩けなくなるか……。それは順平次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、別の場所……一階には乾と明彦の二人の姿があった。

 

「まあ滅多な事は無いだろう。あいつだって分かっているはずだ。これから先、どう生きるべきかを、な……」

 

 明彦が向けているのは仲間への信頼。先輩と言っても、奏夜以上に明彦にとって順平の方が戦友と呼ぶべき相手だろう。だからこそ、立ち上がる事を、順平の強さを信じている。

 

「ストレガってなんなんでしょうね」

 

 ふと、乾がそんな疑問を零す。今までは考えている余裕が無かったが、

 

「別に湧いて出た話じゃないんだから、作りあげた張本人が居るはずですよね」

 

 ペルソナ使いの集団が勝手に湧き出るはずも無い……。それが誕生するには、何らかの要因が存在するはずだ。

 

「その人、名に考えていたんでしょう? こういう悲しみが起こることくらい想像できなかったんでしょうか?」

 

 憤りを向けるのはストレガを生み出した存在へと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車の中……

 

「ストレガって言うのも考えてみれば謎が多いヤツラなんだよね……」

 

「謎、ですか?」

 

「ちょっとぼくの知り合いに調べて貰ったんだけど、情報が殆ど出てこないんだ」

 

 風花へとそう言葉を告げながら、父方の叔父を初めとする知り合いを中心に調べて貰ったが、ストレガの構成員の三人の事は殆ど分からない事だらけだ。タカヤ、ジン、チドリと言う名も、偽名か本名かも分からない。顔写真に至っては影時間の中だけに、用意さえ出来ず絵に描いて調べて貰うしかないが……。

 

「……あんまり絵心無いんだよな……」

 

 物凄くどうでもいいことだが、音楽のセンスに比べて絵心はあまり無い奏夜だった。一応、似てはいたが……。幸いにもチドリの写真だけは手に入ったので、彼女の写真が一番有力な手掛かりらしい。

 

「それでも、何か分かる事が有るはずですよね」

 

「そうなんだけど……」

 

 最初の結果から考えてたいした事は分からないと思っている。恐らくだが、彼らストレガは孤児……ペルソナ使いの資質を持っていたか、それを得る為のモルモットとして用意された……。

 そう考えるのが自然だろう、そう考えると其処には一人の人物の貌が思い浮かぶ。

 

(考えられるのは……桐条の罪……か)

 

 幾つも有る状況証拠からの推理程度だが、影時間とペルソナが関わってくる以上、そこに行き着いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生寮、ゆかりと美鶴

 

「彼女も“例の薬物”を使っていたからな。今、死ななくとも近く死ぬ運命だった。あるいは今回の結末は、そんな運命の中で選びうる、最も美しい結末だったのかもな……」

 

 ペルソナが制御できないが故に服用していた薬物。それを使えなくともペルソナの暴走によって死に至らしめ、薬物を使い続けても命を削る……。

 其処に有るのは死に方が違う程度の差しかない、最悪と最悪の選択肢……そんな中でチドリと言う少女が掴み取った結末は、確かに美鶴の言う通り……最も幸せな死に方だったのかもしれない。

 

「なんか、美鶴先輩らしいですね」

 

「冷たいヤツだと思うか?」

 

「いえ……。でも、私は……」

 

 そんな美鶴の言葉をゆかりはそう評する。彼女からの評価に何処か自嘲気味な微笑を浮べて答える美鶴。

 

 美しい結末だというのならば、美鶴の父も、ゆかりの父も、無念は数多く残っていたが、まだ救いのある死に方だったのかもしれない。それに比べればチドリは幸福の中で逝けたのかもしれないだろう。だが、ゆかりは……

 

「私は……何でそんな事選べるのか、わかんないです……。選んで欲しく……ないです……」

 

「……ゆかり……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階、順平の部屋……

 

「何時までこんなことしてんだ……オレはよ……」

 

 暗い部屋の中、ベッドの上に居た順平がそう呟いて起き上がるが、シーツが滑りバランスを崩した順平は、

 

「って……おわっ!!!」

 

 

 

 ―ガッ!!!―

 

 

 

「……………~~~~~~~~~~~~!!!」

 

 その勢いのまま、テーブルの上に置いてあった空き缶に頭をぶつけた順平が蹲りながら声にならない悲鳴を上げる。

 

「……どうしてこう……オレは……」

 

 頭を抑えて痛みに悶絶していた順平だったが、己の身に起こった不思議な出来事に困惑する。

 

「…………」

 

 頭の痛みが引いて行く感覚……一瞬で痛みが全て消えていくその感覚に困惑する中、

 

 

『順平、ちょっといいか?』

 

 

 部屋の外から明彦の呼ぶ声が聞こえる。その声に従って他のメンバーが集まっている一介のロビーへと向かうと、

 

「少しは元気を出せ、順平」

 

「分かってますよ……。で、なんスか……用って?」

 

「病院からだ」

 

「それ……」

 

 明彦が指差す先に有るテーブルの上に置かれているのは、チドリが入院していた病院から届いた一冊のスケッチブック。

 

「彼女の病室にあった物を整理していて、それが見つかった」

 

 そのスケッチブックは彼女と順平が始めて出会った日、彼女の持っていたスケッチブック……そんな確信が順平の中にあった。だが、順平はそれを手に取る事はできなかった。

 

「ねえ順平……見ても良い?」

 

「……どうせ理解できないぜ、チドリの絵はさ」

 

 ゆかりの言葉に否定でも肯定でもなくそう答えて視線をそらす。ゆかりがそんな順平に代わってスケッチブックを開く中、理解できない絵と言う言葉に興味を引かれたのか奏夜と風花も覗き込む。

 

「これって……!」

 

「すごい!」

 

 ゆかりと奏夜の言葉にやはりと言う考えを浮べる順平だが、そんな彼の考えを続けて聞えてきた風花の言葉が否定する。

 

「すごい上手……」

 

「っ!?」

 

 思わずその言葉に驚いて彼らへと顔を向ける。

 

「ホント、すごいじゃん!」

 

「これは“理解できない絵”なんかじゃないよ……」

 

 ゆかりと奏夜の言葉が彼女の言葉が聞き間違いでは無いと告げる。そんな言葉に慌ててスケッチブックを覗き込む順平。

 

 そこに描かれているのはチドリの描いた順平の絵。初めて会った時の絵では無く、綺麗に描かれた一枚の絵。

 

「順平さんの顔を克明に描写してるでありますね」

 

 感心したように呟かれるアイギスの言葉……。そんな言葉も順平には届いていない……。

 

「チドリ……。チドリ……うぅ……。ううぅ……」

 

 スケッチブックを抱きしめながら順平は泣き崩れる。今まで抑えていたものが崩れるように。

 

「……クゥーン」

 

「コロマル……」

 

 そんな順平を心配するように見上げながら鳴くコロマル。

 

「……はは。フサいでんなよって言われてるみてぇだな」

 

「ワンっ!」

 

 撫でながら呟く順平の言葉に、『その通りだ』と言う様にコロマルは吼える。

 

「チドリさんにとって、順平さんは、本当のヒーローだったと言ってるで有ります!」

 

 空かさずコロマルの言葉をアイギスが翻訳する。

 

「……ったく、何やってんだ、オレはよ……」

 

 此処には居ない大切な人が残してくれた励ましの絵……。

 

「ごめんな、チドリ……こんな情けない奴で……」

 

 直ぐ近くに本当のヒーローが居る。本物のヒーロー(仮面ライダーキバ)が。

 自分が一番よく分かっている。奏夜みたいにはなれない、奏夜みたいになりたかったと。

 

「ホント、ごめんな……こんなにカッコワリい奴でさ……」

 

 だけど、チドリにとってのヒーローにはなれた……。奏夜の様に強い仮面もない、素顔の順平は、たった一人のヒーローにはなれた。

 だから、チドリのヒーローが、カッコワルイままでいいはずがないのだと、

 立ち上がれる。立ち上がらないわけには行かないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 だって、自分は奏夜(仮面ライダー)でもなれなかった、たった一人(チドリ)のヒーローなのだから。



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