どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード (黒崎ハルナ)
しおりを挟む

EX 平行世界のポシビリティー
IFルート 天河舞姫


録画したアニメの最終回を久しぶりに視聴して、衝動的に書いたお話。
本編終了後、あるいはあるかもしれないエンディングの一つ。
三時間一本勝負なノリで特に考えないで書いたので、細かいことを気にしないスタンスで読んでもらえたら幸いです。
注意 一部原作のネタバレ要素が含まれます。


 ──ああ、なんて無力なんだろう。

 

 さんさんとお日様が晴れ渡る空の下、俺は自分があまりにも無力だという現実に打ちのめされていた。

 近くで誰かの泣き声が聞こえる。

 男の子の、赤ん坊の泣き声だ。ぴーぴーと全身全霊、力一杯に身体全部を使って泣いている。

 それがまだ言葉も喋れないこの子なりの表現方法なのだと理解すると、子供って本当に元気だよなぁ、と心底関心してしまう。そう思った途端、自分が若さの欠片もないことを考えていた事実に驚愕した。

 

「大丈夫だ。俺はまだ二十代。まだまだヤングでナウな若者だ……そう、まだ大丈夫……俺はまだ老けてない」

「そんなことより助けて〜!」

 

 親友直伝の必死の自己暗示で崩れかけたメンタルを持ち直そうと試みる俺の直ぐ真横から、今度は女性の泣き言が聞こえてくる。聞き慣れた声の主は、姿を確認せずともわかるくらい困っていた。やれやれ、と溜息を一つ落としてから、ゆっくりと声の主へと目を向ける。

 人混みがそこそこある大通りの隅っこに立っている自分の隣で、自分よりも頭一つは小さい女性が泣き顔で立っていた。その小柄な身体で先ほどから泣きまくる赤ん坊を抱いている姿は、新米母親が悪戦苦闘しているようにしか見えない。そして、その見方はぶっちゃけ正しかった。

 

「すまん舞姫、俺はもう駄目だ。自分がもうおっさんの仲間入りに片足突っ込んでる事実に立ち直れそうにない。もうさ、俺も泣いていい? シノみたいにびーびー泣いていい?」

「それは困るよ! 大丈夫、かぐらんはまだまだぴちぴちだよ!」

「ぴちぴちって、それ死語だからね」

 

 律儀にツッコミを入れながら、「おー、よしよし」と泣き喚く赤ん坊を必死に目の前の女性──天河舞姫(てんかわまいひめ)があやす。が、赤ん坊が泣き止む気配はない。天下の往来で大の大人二人がなにをやっているのやら、そう思ったらまた少し気持ちが鬱になる。

 そして、そんな俺の不安を携帯の電波よろしく受信したのか、舞姫の腕に抱かれた赤ん坊──天河シノが大きく息を吸った。それを見た俺と舞姫が「あっ」と口を揃えた瞬間、

 

「あ──っ!!」

 

 再び感情が爆発した。

 

「うわっ! また泣いた! おい舞姫、なんとかしろよ、母親だろうが!」

「そうは言っても、おしめも変えたし、ご飯だってさっきあげたばっかりだし! っていうか、それ言ったらかぐらんだってシノのお父さんでしょ!」

 

 人通りの多い街並み、その一角でいい歳した大人がお互いに責任を押し付け合い、泣き言を漏らす様は客観的に言ってかなり目立つ。

 騒がしい三人に街行く人々が何事かと顔を上げ、騒いでるのが俺と舞姫だと知るや「なんだいつもの夫婦か」と安堵の息を吐いて華麗にスルー。相変わらず神奈川住民のスルースキルの高さに感服する。

 結果、泣き噦る赤ん坊と狼狽える大人二人の間抜けな図式は引き続き継続。通り過ぎていく人たちが俺と舞姫になんとも微笑ましい視線を贈る。見てないで助けてくれ、と通行人にアイコンタクトを送ると「頑張れ」と良い笑顔付きのサムズアップで返された。

 

「クソ、助け合いの精神はどこにいったんだ。あの戦いで人類の心は一つになったんじゃなかったのか」

「悲しいよね……昔だったら、直ぐに誰かが助けてくれたのに」

「いや、おまえの場合そのへんは今も変わってないだろ」

 

 その証拠に、物陰から「姫殿を悲しませるとは……あの無能が」とか「姫さんの役に立たないとか存在価値ないですよね」とか罵倒が小声で飛んでくる。無論、その声は何故だが俺にしか聞こえていない。

 

「なにをしているんだ貴様は……」

 

 中々泣き止まないシノに頭を悩ましている俺の後ろから、呆れたような、失望したような、そんな声が聞こえたので振り返る。舞姫も吊られるように俺の視線を追っかけ、同じ人物を視界に入れると「ほたるちゃん……」と安堵の声を漏らした。

 

「買い物、終わったんだな?」

「ああ、問題なくな。それで、いったいどういう状況だ」

「いや、ほたるがいなくなった瞬間にシノが泣き出してさ。困った困った」

 

 あははー、と軽口を混ぜながら話すと、返ってきたのは盛大な溜息。そして「ただ大人しく待つこともできないのか、この虫けらは」と辛口なコメント。

 

「あー! あーっ!」

 

 舞姫の腕の中で涙で腫れた目を開けたシノはほたるの存在に気づくと、小さな腕を懸命に伸ばしてほたるを求めた。まだまだ上半身の力が足りないのに必死に腕を伸ばす様は、親として色々と負けたような気持ちになる。

 

「だからっていらん意地張る理由もないんでな。というわけで、はいパス。あとは任した」

「まったく……」

 

 口調こそ素っ気ないが、舞姫からシノを受け取るほたるの表情はとても優しい。まるで宝石を扱うように丁寧で、慈愛に溢れている。

 そして、ほたるがしっかりとシノを受け取った瞬間、泣き噦っていたシノの涙がぴたりと止んだ。きゃっきゃと無邪気な笑顔でほたるへと手を伸ばす様子がなんとも愛らしい。

 

「ごめんね、ほたるちゃん」

「気にしないで。ヒメはまだお母さんになったばかりなんだ。ゆっくりとお母さんになっていけばいいんだよ」

「ほたるちゃん……」

「あれ、わかってたけど明らかに舞姫と俺の扱いの差が酷くね?」

「煩い。いいから早くこれを持て」

 

 ほとんど無意味な抗議の声は、やっぱりというべきか、当たり前というべきか、先ほどまで持っていた荷物をほたるが俺に押し付ける形で黙殺された。ズシリと重い感触が両手にのしかかる。

 

「まったく、ヒモの分際でヒメに迷惑をかけるな」

「待って! ちょっと待って! それは誤解だ! 孤児院の経営費用とかを管理してるの俺だから!」

「それくらいしか利用価値が無いのだから当たり前だろう。そもそも、貴様が金を稼いでいない事実に変わりない」

「厳しっ!」

 

 ほたる()からの言葉のボディブローに膝を折りそうだった。実際問題、孤児院の費用管理を任されてはいるが、そのための金を俺が稼いでいないのは事実なのだから、ヒモであることを否定すらできない。

 というか、最近ご近所の奥様たちに「おはようございます。ヒモの旦那さん」とか、孤児院の子供たちに「ヒモニキ」とか呼ばれてたのは間違いじゃなかったのか。育児と仕事とツッコミの疲れからくる幻聴かと思っていたが、どうやら周りの人間が俺のことを既に舞姫のヒモだと認識しているようだ。

 

「い、いや落ちつけ俺。まだヒモだと決まったわけじゃない。そう、あれだ、所謂主夫だ。そう、俺は主夫を目指す。手始めに料理から……」

「え? かぐらんは私のご飯食べたくないの?」

「嘘です。ごめんなさい。お兄さん、舞姫()のご飯食べないと死んじゃう病気だから……ってなわけで今夜の夕飯はカレーがいいです」

「うん、わかった! カレーだね、任せて!」

 

 ──やっべー、俺の嫁ちょー可愛い。

 元気一杯、と言った感じのとびきりスマイルを見るだけで、物陰から聞こえる「死ね、いっそ死ねこの虫けらが!」なんて呪詛が気にならない。ついでに言うとヒモだとかも気にならない。

 舞姫は「それにね」と顔を近づけ、

 

「私は神楽の全部が好きだよ。良いとこも悪いとこも全部ね!」

 

 だから気にしないで、と頬を赤らめて、天下の往来で泣き喚くよりも恥ずかしい台詞。

 それを恥ずかしがりもせずに堂々と言い切る舞姫に、ほたるは観念したように肩をすくめて笑みを浮かべる。

 再び後ろから、だけど今度は悶絶するような「死ぬ! 僕らの姫殿が可愛い過ぎて死んじゃう!」と叫ぶ声と「良いものが見れましたもう死んでも悔いはありません」と満足したような声がした。

 むず痒さに似た感覚に背中が痒くなるが、それがきっと幸せの感覚なんだろう。自然と俺の無愛想面にも笑みが浮かんだ。

 

「ああ、俺もだよ」

 

 言って、空いた手で俺は舞姫の手を握る。

 触れた手は、とても暖かかった。




とりあえず神奈川ファンのヒメニウム信者に全力土下座。
たぶん続きのない一発ネタだから広い心で許してください(震え

番外編だから本編裏話はナシな方向で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFルート カナリア編 前編

前作同様、三分クッキングなクオリティ。
あ、ちなみにNTRじゃないよ。


 久しぶりにみんなで集まることになった。

 〈アンノウン〉との戦争が終結して早数年。それぞれの都市の復興作業に精を出していた俺たちは、その忙しさを理由にお互いが顔を合わせる機会も徐々に減っていった。月に一度か二度程度の定例会議を除けば、プライベートでの集まりなどこの数年の間でただの一度だってない。

 そんな中で、久しぶりに元・三都市代表が集まろうというお誘いがあったのだ。しかも主催者は()()東京。護衛役を務めていた俺にも声がかかったのは意外だったが、さりとて断る理由もないので俺は(かすみ)明日葉(あすは)と一緒にその集まりに同伴することになった。まぁ、所謂一つの同窓会だろう。

 

「東京も随分と賑やかになったもんだ」

 

 並び建つビルを見上げて、俺は感心するように呟いた。

 実際、戦争が終結してからの復興速度や都市開発は東京がぶっちぎりだ。神奈川が復興を後回しにしてでも身寄りのない子供たちの保護を積極的に行っていたり、千葉(ウチ)が都市開発よりも食品関係を始めとした経営活動を優先していたりと、それなりの理由はあるものの、綺麗な街並みや都市単体での経済状況は目を見張るものがある。その手腕は見事としか言えない。……若干の性格難が目立つのは問題だが。

 

「ねぇ、まだ着かないの?」

 

 後ろから気怠げに訊いてくる声に俺は苦笑。もう少しだから、と振り向けば、明日葉が不機嫌そうにこちらを見ていた。

 

「お兄ぃが行きたくないってゴネなければもうちょい早く着いたのに」

「冤罪だからね、それ」

 

 数年前から変わらないポニーテールが猫の尻尾よろしく左右に揺れる。その先には我らが千葉の苦労人、人生の社蓄こと霞がいた。

 

「や、ほんとじゃん。お兄ぃ、最初は行く暇ないから無理とか言ってたし」

「それは、何故か明日葉ちゃんの分の仕事も俺のとこに回ってくるからなんだよなー」

「え? 間違ってないでしょ」

「お願いだから疑問に思って」

「でもお兄ぃって、仕事ちょー好きじゃん。だからあたしの分もあげようかなって思ったの」

「ワー、ウレシイナー」

 

 死んだ魚の目で笑う姿が痛ましい。そろそろ本気で霞は悟りの境地にたどり着くのかもしれない。

 

「おっ、着いたぞ」

 

 そんな事を考えていたら、目的の場所にたどり着いていた。

 待ち合わせ場所に指定されたのは、東京のとある居酒屋だ。構えは小さいが、どうやら戦争終結後に東京校に在籍していた生徒の一人が出したお店らしい。

 ほどよい感じに落ちついた店内の雰囲気は、騒がしさを苦手とする俺にはありがたかった。店内へと入れば、そこには見知った、懐かしい顔ぶれが並んでいる。

 

「あっ! おーい、こっちだよー!」

 

 右手をぶんぶんと元気よく振り回す女性を見て、俺と霞は呆れたような溜息を溢す。いい歳した大人な筈の彼女は、数年前と変わらない、純粋無垢な笑顔を浮かべている。

 同じように右手を軽く上げて応じれば、早く早く、と急かすように席へと案内された。

 

「久しぶりだな。舞姫(まいひめ)

「うん! 久しぶり、かぐらん!」

「その渾名、まだ有効なんだ……」

 

 当然だよ! と胸を張る女性──天河(てんかわ)舞姫に、相変わらずだな、と返事を返すと、舞姫はほとんど白のようなクリーム色のワンピースを翻してにこにこと笑った。

 

「おヒメちんは元気だねー」

「というか、二十代であのテンションはどうなのよ」

 

 方や小さい笑みを浮かべ、方や身近にいる五十代の女性を思い出してげんなり顔の幼馴染。そして、

 

「ああ、ヒメは今日も可愛いな」

 

 ぽつりと鼻血を流しながら呟いたのは、若干危険度が数年前よりも増した男装麗人。スラリと伸びたジーパンにシンプルなワイシャツの凛堂(りんどう)ほたるだ。

 神奈川校元・主席、元・次席のコンビは相変わらずの仲良しみたいで安心する。

 とそこに、

 

「はいはーい。皆さん本日は急なお集まり、誠にどーもっす」

 

 ぱんぱんと手を叩いて意識を集めるチャラ男の登場に、この場に居合わせていた全員の視線が集中する。今回の集まりの主催者にして、元・東京校主席の懐刀を勤めている嘴広(はしびろ)コウスケだ。

 だが、その軽そうな口調とは裏腹に、なんだか真面目そうな空気を匂わせているのが気になる。

 コウスケはテーブルに腰掛け、突然ゲンドウポーズを決め込み出す。逆立てた髪と、やたらジャラジャラと鳴らすシルバーアクセの所為で全く威圧感を感じないゲンドウポーズに俺たちは呆れ顔だった。しかし、そんな冷たい眼差しなど気にも留めないで、コウスケは俺たちを席に座るようにと促す。

 

「えー、本日はぶっちゃけ同窓会的なノリで集まってもらったわけなんですが、その前に皆さんと話し合いたい案件がありまして、先にそっちを片付けたいと思います」

 

 話し合いたい案件? なにやら真面目そうな空気で、気になることをコウスケが口にするものだから、俺たちも無意識に真面目な顔つきに──なるわけがなかった。ポチポチと端末を弄る明日葉と、寝不足で欠伸を漏らす霞。舞姫は頭にハテナマークを浮かべ、ほたるにいたっては真面目な表情で、

 

「それは……ヒメよりも重要な話か?」

「おまえの中で舞姫よりも重要な話ってあるのか?」

「貴様、馬鹿か? 常識的に考えて、そんなものあるわけないだろ」

「あれー、常識ってなんだっけ……」

 

 そもそもな話で即答するくらいなら何で訊いたんですかね、ほたるさん。

 コウスケはそんな態度の俺たちを前にしても、臆する事なく話を切り出した。

 

「実は……ウチのトップ二人についてなんすが……」

 

 話の始まりはそんな感じだった。

 コウスケが言うトップ二人とは、間違いなくこの場に不在の朱雀壱弥(すざくいちや)宇多良(うたら)カナリアのことだろう。

 

「カナちゃんとすざくんのこと? なんだろ?」

「どうせくだらん話だろ。ヒメの貴重な時間を無駄にするな──ゴミが」

 

 容赦ないほたるにドン引きする俺と霞。

 しかし、ほたるの言い分もわからんでもない。

 霞がこの場にいる者の気持ちを代弁するように言った。

 

「なに、また二人で無意識に桃色空間展開してるとかって話? いい加減学べよ。あの二人、特にクズ雑魚さんは常識とかを全部どっかに忘れてんだからさ」

「ウケる。お兄ぃが常識語るとか。一番この中で非常識なのにね」

「明日葉ちゃんにだけは言われたくないかなぁ……」

 

 予想外の攻撃にぐったりする霞に、コウスケは一言、違います、と否定の言葉を口にする。

 

「違うんすよ。いや、桃色空間を展開しまくってるのは違わないんすけど、とにかく違うんす」

 

 空を仰ぎ見るように、コウスケが言う。その表情と声色には、かなりの真剣味と、どうしようもない現実を直視した絶望感が漂っている。やがて、意を決したようにコウスケは口を開く。

 

「みなさん……落ち着いて訊いてください……」

 

 ノロケ話か、或いは式場の相談か。どうせそんなところだろう。はいはい、と俺を含む全員のどうでも良さげな視線がコウスケへと集まる。

 

「……あの二人、()()()()()()()()()()()らしいんです」

 

 沈黙が生まれた。

 

 …………………………………………

 

 ……………………………………

 

 ………………………………

 

 …………………………

 

 ………………えっ? 

 

「……とりあえずさ」

 

 時の止まった世界からいち早く帰還した俺は、震える唇で尋ねる。

 

「ごめんコウスケ。ちょっと何言ってるのかわかんない」

「ですよねー」




あ、ありのままに起きた事を話すぜ。俺はクオリディアの本編を書いていたと思っていたら、何故か手元には番外編の原稿があったんだ。しかも前後半の。な、なにを言っているのかわからないと思うが、俺も何を言っているのかわからねぇ……

というわけで続きます(笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章
世界が滅びる少し前


 初めてその兄妹と出会ったのは、まだ三歳くらいのときだったと記憶している。

 人見知り、面倒くさがり、愛想なんて欠片もない、の三拍子が揃った問題児兄妹と、いったいどういった経歴で自分が仲良くなったのかは未だに全くと言っていいくらいに思い出せないが、思い出せないということは、きっとそこまで重要ではないのだろうと個人的には思う。

 大事なのは、俺にとってその兄妹がとても大切な幼なじみであるという事実なのだ。

 そこに優劣はないし、もしもどっちの方が大事かと第三者に訊かれれる機会があるのなら、俺は迷うことなくどっちも大事だと即答できる自信があった。そして、非常に嬉しいことに兄妹二人の方も俺に対して似たような感情を持っていてくれているらしい。

 ただ、まぁ、そんな関係だからこそ、本当に、本当にごく稀にだが起きる二人の兄妹喧嘩に俺が巻き込まれるのだけは勘弁してもらいたいのだ。

 普段は仲の良い兄妹なのだが、一度喧嘩が──と言っても大抵は妹がへそを曲げているだけなのだが──始まると中々どうして仲直りまでの道のりが難しい。

 その日もそんな感じで、兄妹の妹の方が俺の家に不機嫌な顔をして駆け込んで来たのだった。

 幼なじみの兄妹。その妹の方の名前は、明日葉(あすは)という。

 千種(ちぐさ)明日葉。年齢は俺よりも一つ下で、顔だけなら間違いなく可愛いの部類に入るやつだ。そんな幼なじみが、日曜日の昼間。それも貴重な昼寝タイムに強襲してきた。

 一応、喧嘩の理由を訊いてはみたが、明日葉は答えようとはしない。ひたすら無言で俺が食べようと取っておいた秘蔵のチョコナッツを食べ続けている。

 はたしてあの無愛想な兄貴はなにをやらかしたのだろうか。今すぐにでもこの部屋から離脱して本人に問い詰めたかったが、明日葉の背中から溢れる不機嫌オーラが脱出を許さない。

 

「あ……あのさぁ」

 

 ちっぽけな勇気を振り絞って呼びかけると、明日葉は無言でこちらを睨んできた。普段は兄貴そっくりな活力のない半眼が、今は睨みを利かせた半眼へと変わっている。まだ小学生に上がっていないというのに、このころから既に明日葉は他の同年代と比べて顔立ちが非常に整っていた。しかし、そのぶん怒るととんでもなく怖かった。

 

「なに?」

「いや、それ、俺が(かすみ)からこの前の家族旅行のお土産で貰ったやつなんですけど……」

「だから、なに?」

 

 あ、はい。すみません。どうぞそのままお食べください明日葉様。てか、怖いんでガン飛ばすの止めてください。

 とにかく話題を変えようと、俺はわざとらしく声を大きくして話す。

 

「……そ、そういえば明日葉は俺以外の友達とかできたのかなー、とか訊いてみたり……」

「いない。ってかいらない」

「いやいや、それは駄目だろ」

「なんで? 友達なら神楽(かぐら)がいるじゃん」

 

 そういう意味じゃないんですけどね。即答してくれて嬉しいけどさ。

 そこは友達百人目指してみようよ。まあ、俺も友達は明日葉と霞くらいしかいないから人のこと言えないけど。

 チョコナッツを食べて多少は明日葉の機嫌も良くなったらしく、会話が辛うじて成立し始めたことに内心で一人安堵する。本当なら今のうちに彼女が不機嫌な理由を知りたいのだが、今の明日葉からその理由を聞き出すのはまだ難しい。俺にどうしろと。

 そんな堂々巡りな空気の重さに俺は軽い眩暈を覚えた。

 

「あれ?」

 

 せめて残り少なくなった愛しのチョコナッツだけは救出しよう。そう思い手を明日葉へと伸ばそうとしたところで、俺はようやく彼女が不機嫌な理由に気づいた。見慣れた明日葉の髪に見慣れないものがある。

 

「明日葉、もしかしてそのヘアピンって……」

 

 ぴたりとチョコナッツを貪り食べていた明日葉の手が止まった。

 明日葉の誕生日祝いとして、兄の霞と一緒になけなしの小遣いを掻き集めて買った黒色のヘアピン。それが明日葉の前髪に付いていた。子供の小遣いで買った安物のヘアピンだが、明日葉の赤っぽい茶髪に黒色のそれは良く似合っている。

 明日葉はゆっくりとこちらを見て、指先で髪を弄りながら素っ気ない口調で、

 

「うん、ほら、この前お兄ぃと神楽がくれたやつ。せっかくだから使おうかなって……」

 

 そこまで言って、ちらちらと顔色を伺うようにしてこちらを見る明日葉。その様子に俺はこの場にいない兄に文句を言いたくなった。本来ならこう言った台詞は兄である霞の役目なのだ。ここで選択する言葉を間違えると、三日は霞と一緒に口をきいてくれなくなるのを経験則から知っている。

 明日葉は催促するように上目遣いで、

 

「その……どうよ?」

「あ、うん、似合う似合う」

 

 俺がそう言うと、明日葉の眉が内側に寄った。どうやら選択をミスったらしい。いや、たぶんあのシスコンも同じような台詞を言ったのだろう。

 つまり彼女が言って欲しい言葉はたぶん……

 

「可愛いよ」

 

 霞がしょっちゅう口癖のように明日葉に対して言う言葉。

 そして、しょっちゅう照れ隠しで明日葉の口調が悪くなる言葉を俺は口にした。これでいいのだろうか。

 というかぶっちゃけこれで駄目ならお手上げである。

 

「は? なにお兄ぃみたいなこと言ってるの」

 

 案の定、口は悪い。でもその口元が上がっているのを俺は見逃さなかった。明日葉は食べかけていたチョコナッツを差し出して、

 

「まあ、その、ありがとう。ほら、お礼に神楽にも少しあげる」

 

 だからそのチョコナッツはおまえの兄貴が俺に買ってきてくれたものなんだよ。

 ちなみに後で知った話なのだが、明日葉の機嫌が悪かった原因は俺の予想どおり霞の失言だった。ヘアピンを褒めたまではよかったのだが、それが自分たちがプレゼントしたものだということを霞は忘れていたらしい。なんで自分で贈ったプレゼントを忘れるんだあの馬鹿は、とか俺は思う。おかげでこっちは貴重な日曜日に九死に一生な体験をする羽目になったじゃないか。

 

「そうだ。神楽の誕生日はあたしが神楽になんかプレゼントしてあげる」

 

 急に機嫌が百八十度良くなった明日葉がそんなことを言う。

 しかし誕生日か。俺の誕生日はまだだいぶ先なんだけどな。

 

「ほらほら、なにがいい?」

「なにがいいって言われても……」

 

 もともとそんなに物欲がない性格の俺にそんなことを訊かれても直ぐには出てこない。

 俺が曖昧に濁すと、明日葉はぐいぐいと詰めよってきた。近い近い。咄嗟に俺は明日葉に、

 

「今度までに考えとく」

「ん、わかった。約束ね」

「おう。ってか、おまえもそれ無くすなよ」

 

 髪に付いたヘアピンを指差すと、明日葉はくるくると髪を弄る。

 

「お兄ぃじゃないし、無くさないから」

「さいですか」

 

 結果的にではあるが、この約束が果たされることはなかった。明日葉は俺と霞が贈ったヘアピンを無くしたし、明日葉から貰うはずだった俺への誕生日プレゼントは貰えずじまいとなった。その事を俺や明日葉、そして霞はこのあと何度も何度も後悔することになる。だから俺は願った。

 

 ──望むならずっとこの時が止まりますように。この時に戻れますように。

 

 人類が呆気なく滅んだのは、それから一ヶ月後のことだった。

 

 




千葉組こと千種兄妹が可愛いから衝動的に書いた。
九割ノリと捏造設定だけど気にしたらいけない。

おまけ
本編裏話 明日葉が不機嫌になった理由
霞「あれ? 明日葉ちゃん可愛いの付けてるね」
明日葉「あ、うん。ほら、この前お兄ぃがくれーー」
霞「ってか、そんなの持ってたっけ?」
明日葉「イラっ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残存世界のグロリア
そんな仕事になったわけ


 俺の持つ〈世界〉が他者よりも稀有なものだったから。

 ランキング三百位の俺が千葉首席及び次席の護衛役を任せられている理由は、簡単にいうとそういうことだった。

 といっても俺の持つ〈世界〉は厨二病末期な東京首席さんの〈世界〉のように色々と使い勝手がいいとか、神奈川首席である人外天然娘みたいに周囲を更地にするくらいのバ火力があるわけではない。

 では何故護衛役を任せられているのかと訊かれたら、半分くらいはウチの首席さんの職権乱用が原因。そしてもう半分は、俺の〈世界〉がまともに使える場所がそこくらいしかなかったのが理由だった。

 俺の意見をガン無視して、ついでに何の相談も説明もないまま唐突に首席ご本人からそう言われた時はさすがに一言申したい気持ちが出たが、それだって俺の微妙な現状を考えてくれてのことだと知ってしまえば文句は言えない。

 とにかく突然なことだったので驚きはしたが、護衛役自体には特別不満はなかったのだ。

 だからといって、まったく問題がなかったのかといえばそういうわけでもない。

 第一に俺自身の知名度の低さ。任命されてしばらくの間は、みんな口を揃えて、誰だこいつ? と首を傾げられたものだ。さらにいえばランキング三百位という実績も問題だった。

 ランキングとは文字通り強さの証明だ。ランキングの優劣が強さに直結していると言っていいだろう。

 防衛都市を束ねる存在である首席。

 そんな貴重な人材を守る盾がこんなへっぽこだと知れば、誰だって異を唱える。まあそれはもう一つの問題が解決すると同時になんとかなったからいいだろう。

 どちらかといえば、もう一つの方が問題だったのだ。

 もう一つの問題、それは護衛役を明確な役職として扱った実例が過去に存在しなかったことだった。

 首席とは文字通りその都市の最強を意味するし、その補佐たる次席も必然的にある程度の実力が要求される。

 ようするに、そんな二人に副官的な立ち位置の人材ならともかく、危険から身を守る護衛役なんていらないだろうというわけだ。

 至極もっともな意見だった。

 なにしろ俺はランキング三百位の落ちこぼれで、護衛対象の千葉首席様はランキング二位の超エリートなのだ。いくら首席が決めたことだからって、突然そんな話を聞かされて直ぐに周囲の人間全てが納得できるほうがどうかしている。

 千葉首席・千種(ちぐさ)明日葉(あすは)

 千葉次席・千種(ちぐさ)(かすみ)

 苗字から察せるとおり千葉の代表二人は兄妹で、更にいえば俺はそんな二人の幼なじみだったりする。兄妹が代表という事実に加えて、護衛役として推薦されたのが兄妹の幼なじみだと知れば、誰だって首席が身内贔屓をしたと考える。実際そうだし。

 では何故そんな状況で護衛役なんて特例が認められたのか。

 決め手となったのは、隣接する他の防衛都市内で起きた内部問題だった。

 詳しい事情は知らないが、神奈川では首席の暗殺を企てた事件があったらしく、東京は東京で記録的な惨敗によって当時の東京首席が負傷したり、その惨敗のせいで味方同士の同士討ちがあったそうだ。

 そんな状況だからこそ、千葉のトップ二人は絶対に自分たちを裏切らない護衛役を欲したらしい。そこに白羽の矢が立ったのが俺というわけだ。

 幼なじみという都合のいいポジション、保有する〈世界〉、そして俺自身に対する首席や次席の評価。全ての理由が俺を護衛役へと後押しし、とんとん拍子で正式に護衛役が認められた。ちなみにこれが明日葉が首席へと着いて一週間後のことである。

 実を言うと、任命された直後ぐらいまでは護衛役になったことを俺は密かに喜んでいた。

 なにせ、千葉首席の千種明日葉は贔屓目抜きにして美少女だ。

 赤っぽい茶髪に気怠げな瞳は何処か猫を連想させ、細身な体躯とミニスカートから覗くすらりと伸びた美脚は芸術品と言っていい。

 期待しなかったといえば嘘になる。

 記憶にある幼い彼女とは違って、女としての成長を始めている幼なじみ。しかも美少女。そんな人と護衛役として四六時中一緒に過ごす。期待しないほうがどうかしている。

 甘かった。というか忘れてた。

 今でもはっきりと思い出せる。新しい職場に挨拶と、ついでに幼なじみたちとゆっくり再会を楽しもうと鼻歌まじりに向かった執務室。

 そこで俺を出迎えてくれたのは、歓迎のクラッカーでも明日葉からの激励の言葉でもなく、死んだ魚の眼をした次席の姿だった。

 千葉生徒の証である黒の制服に身を包んだ霞は、そのやる気の無い半眼の下にたっぷりと隈をこさえて俺を出迎えてくれた。

 この段階で俺はようやく忘れていたことを思い出したのだ。思い出して、無意識に後ずさった俺はきっと悪くない。

 霞はそんな俺を逃すものかと、俺の両肩に自分の手を添えてガッチリとホールド。なんとか脱出を試みたが、どこにそんな力があるんだといいたいくらいの握力によって阻止された。

 

 ──ああ、忘れてた。

 

 千葉の学科はブラックな職場環境がデフォルトなのだ。

 なら、そのトップたる首席と次席の仕事が楽なはずがない。引きつった笑みを浮かべる俺に霞は言った。

 

「ようこそ。俺はおまえを待っていたよ、親友」

 

 邪な考えを持って仕事に望んではいけないと、俺は心底反省する。

 その日、俺の役職が護衛役兼都市運営補佐になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところでそんな職場環境なのに文句はないのかと訊かれたら、俺は文句はないと即答するだろう。

 ランキング三百位な俺の待遇は控えめに言って悪い。花形の戦闘科なんて夢のまた夢で、使い道のない〈世界〉のせいで他の科を転々としていたからか、陰口だって少なくなかった。まあ、しょうがない。だって本当のことだし。

 それでも現状に満足してたかと訊かれたら、そんなわけはない。戦闘科に興味はなかったが、そこに幼なじみたちがいたとなれば話は別だ。

 やっぱり会いたいし、昔みたいに一緒にいたい。

 だから戦闘科に転属もでき、昔みたいに幼なじみたちと一緒に過ごせる護衛役としての現状や役職に不満はないのだ。年下の、それも女の子の七光りだとか、その兄貴で親友の男の子の腰巾着とか他人に言われても気にしない。気にしないったら気にしない。

 首席の明日葉は言う。

 

「今さらなに言ってんだか、って感じだよね」

 

 次席の霞が言う。

 

「いやいや、本当のことでしょ」

 

 たしかにそのとおりだな、と自分でもそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 改めて語るまでもないが、千葉を纏める最強の称号たる首席の座に着いているのは千種明日葉という少女である。

 まだ高等部に上がりたての十五歳の女の子だが、その強さは文字通り別格。ランキングも三百位の俺と違って堂々の二位。まさに千葉の誇りといっていい。

 そんな首席と俺の関係は簡単に説明するなら、幼なじみという立ち位置になる。

 といっても幼なじみとして一緒にいた時期よりも離れ離れになっていた時期の方が長いので、記憶の中での自分が知る明日葉から今の美少女明日葉になるまでになにがあったのかを俺は知らない。はたしてそんなやつが幼なじみだと言っていいのかは微妙なとこだ。

 ともあれ。

 俺はそんな明日葉の、ついでにその兄貴である霞の護衛役を任されている。

 護衛役とはつまりは二人を守る役職だ。

 外敵から身を挺して守る。なんてかっこいい響だろう。

 

 ──そう考えてた時期が俺にもありました。

 

 かたかたとキータッチの音が狭い室内に響く。

 

「死ぬ……マジで死ぬ」

「おー、死ぬ死ぬ言ってるうちはまだ大丈夫だ」

 

 疲労からテーブルに突っ伏している俺に同い年の親友兼次席の霞が気怠げな声色で追い打ちを叩き込んでくる。鬼か、と俺が答えると、悪魔だと返してくれた。やべぇ、超殴りたい。

 

「……ちなみに根拠(ソース)は?」

「生産科営業開発部のパイセンたち」

「あそこかー」

「俺、人間辞めるのにあそこほど適した場所はないって断言できるわ」

「昔の古巣をよくまあ、そんな遠慮なくディスれるよな」

 

 口を動かしながら俺も霞もキーボードを叩く手は止まらない。個人的にはすっごく止めたいのに、自分の意思とは関係なく指がキーボードから離れてくれないから困る。これが社畜の第一歩なんだろうか。俺はまだ人間でいたいんだけど。

 ちなみに元生産科営業開発部の霞曰く、営業開発部ではこの仕事量が当たり前なんだそうだ。こけた頬を震わせて、隈ができた瞳をキラキラと輝かせ、涙と悲鳴が混ざった笑顔が絶えない職場だったらしい。

 なんてアットホームで明るく愉快な職場なのだろう。できることなら絶対に行きたくないし、関わりたくない。

 

「いや、でも神楽が来てくれて仕事の効率上がったから助かるわ。……代わりに仕事の量も増えたけど」

 

 おう。レイプ目で言うのやめーや。日に日に仕事量が増えてるのは気のせいじゃなかったんかい。

 

「俺の仕事って護衛役のはずなんだけどなー」

「俺の護衛してるじゃん」

「俺の知ってる護衛役って、都市運営の資料作ったり、経費出したりする仕事はないんですけど」

「うちはあるんだよ。諦めろ」

「ファック」

 

 ふと思い出す。自分が護衛役になるきっかけの日を。

 新しい首席が決まってしばらくして、俺の住んでいた男子寮に明日葉が訪ねてきた。

 就任したての新しい首席がカビ臭い男子寮に来たとなって、ちょっとした騒ぎにもなった。しかも要件は俺を首席の護衛役として任命したいというお願い。

 当時の俺には自分が護衛役として選ばれる理由が思い浮かばなかったのだが、その後の説明での好待遇な条件に気づけば首を速攻で縦に振っていた。

 首席と次席が参加する会議には必ず同席すること。また、勤務時間中はどちらかの、できれば二人の側から離れないこと。可能な限り首席たちの仕事を補助すること。

 ざっくりといえば俺の仕事内容はそんな感じだった。

 そんな仕事内容に対して、戦闘科への転属や新しい寮の部屋の提供、そして今までとは比較にならない高時給。正直な話、詐欺を疑うレベルの待遇の良さだ。

 断る理由が見つからない。結果的に騙されたけど。

 

「神楽」

 

 成長して再会した明日葉に名前を呼ばれたのは、思えばそのときが最初だった気がする。

 再会してからずっと苗字で日下(くさか)さん呼ばわりだった。それは明日葉が大人になったからと言い聞かせて、自分の中の寂しさを無理やり誤魔化していた。

 だからそのときの明日葉は普段よりも幼く見えたし、逆に大人びても見えた。綺麗だと思った。懐かしくて涙を流しそうになった。

 明日葉はそっと手を伸ばして、

 

「ついてきて」

 

 その一言で俺は明日葉の手を取った。

 

 

 とまあ、そんな感じで俺は二人の護衛役になった。

 明日葉が首席の仕事を全くしない代わりに、霞が首席と次席の仕事全てを引き受けていたことを知ったのはそれから直ぐのことである。




なんか明日葉がヒロインっぽい立ち位置に見える不思議。

おまけ
本編裏話 護衛役が生まれるきっかけ
霞「仕事終わんない」
明日葉「神楽に手伝ってもらえば?」
霞「明日葉ちゃん。それ採用」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

首席と次席と、ついでに護衛役

 潮風が強く吹き抜けて頬に当たる。

 東京湾周辺。とりわけ自分たちが所属する千葉側は遮蔽物が少ないからか、潮風が通りやすい。

 ほんの数十年前、具体的には三十年くらい前なら、この東京湾周辺には高層ビルや大型のイベント施設やらが立ち並んでいたらしいのだが、今の東京湾にはそんな名残りは見る影もなかった。左を見れば瓦礫の山、右を見れば砂礫の山。でもそんなガラクタの山たちこそが、かつてこの場所が繁栄していたことを言葉以上に物語っていた。

 きっと世が世なら我らが愛する千葉は新都心なんて呼ばれたりして、新しい世代が住まうための首都として扱われていたに違いない。流石は千葉。略して“さす千葉”だ。千葉次席にして俺の無二の親友である千種霞が常日頃から千葉こそ至福、千葉こそナンバーワン! とか言っているのも納得ものだ。

 けれど、その輝かしい千葉の栄光は脆くも崩れ去った。

 戦争があったのだ。

 第一種災害指定異来生物──通称〈アンノウン〉。

 目的もその正体も不明な人類の敵。そいつらによって人類は一度滅んだ。それはこの千葉だって例外じゃない。

 建物が崩れ、人が死んで、色んなところで爆発があって。そんな風にありとあらゆるものが壊れて、海岸線は形を変えた。

 唯一残ったのは地形が変わるくらいに深く抉られた湾岸部と瓦礫やら砂礫やらの山。それが過去の大人たちが人類に遺した遺産だ。

 そんな現実を、世界を俺たちは生きている。

 戦争が始まる少し前に確立されたコールドスリープ技術。その技術を使って、子供をはじめとした戦うことのできない非戦闘員たちを永い眠りにつかせる計画が戦時中に提案され、そして可決された。そうして永いコールドスリープから目覚めた子供たちというのが、他ならない俺たちなのだ。

 今から二十二年前、人類は多大な犠牲を払ってこの戦争に一応の勝利を収めた。

 未知の敵〈アンノウン〉を撃退したと、大人たちが手前勝手に終戦を宣言したのだ。

 それを相手が、ましてや〈アンノウン〉が理解しているのかはわからない。なにせ言葉どころか知能があるのかすらわからない相手だ。その証拠に、終戦時代の苛烈さに比べたら可愛いものだが、二十年以上経った現在でも散発的に攻撃があるのだから、やはり戦争は終わっていないのだろう。

 だから、俺たちがいる。

 〈アンノウン〉にはいくつかの出現する条件や規則性が存在した。

 その一つが〈ゲート〉と呼ばれる出現スポット。

 それに対策するために、臨時政府は東京湾周辺の〈ゲート〉を取り囲むようにして東京、神奈川、千葉の防衛都市を築いたのだ。

 そこで戦うのは──否、戦えるのは大人ではなく、俺たちコールドスリープから目覚めた子供たちだけ。

 コールドスリープの副産物、あるいは副作用とし異能力を手にした子供たちだけだった。

 一度は終わってしまったこの世界を甦らすことを願ってか、誰もがその異能力を〈世界〉と呼んだ。

 物体を捻じ曲げる、遠くの物を触れることなく動かす、他人の心を読む、空を飛ぶ、そんなおとぎ話に出てきそうな異能力。

 それらの異能力を使って俺たちは今も〈アンノウン〉との戦争を続けている。

 もっとも、その人が持つ〈世界〉が必ずしも〈アンノウン〉との戦闘に役立つとは限らない。中にはしょうもない〈世界〉を持ってしまったやつや、〈アンノウン〉との戦いに適さない〈世界〉を持った子供たちもいる。

 それは俺も同様。

 さすがに食べたもののレシピが瞬時にわかる、みたいな使い道がありそうでない〈世界〉を持っているわけではないが、俺の持つ〈世界〉は残念ながら集団戦、ひいては乱戦となる〈アンノウン〉戦には不向きだったのだ。

 今でこそ護衛役という多少は自分の〈世界〉が活躍できる場所を与えられているが、もしも明日葉と霞に拾われていなければ、今頃俺は役立たずの烙印を押されて、使い捨ての歯車的な扱いをされていたかもしれない。

 だから俺は二人に感謝してもしきれない恩がある。

 

 

 

 

 

 海を眺めながら目的地の駅に向かって歩いている最中のこと、後ろから気怠げな様子で会話する兄妹の話し声が聞こえた。

 

「ねぇ、明日葉ちゃん。お兄ちゃん今日の会議内容についてなんも聞いてないんですけど」

「えー? あたし言ってなかったっけ?」

「聞いてないんだよなー」

 

 振り返らずとも、それが誰かわかる。

 というか、会話内容がとても都市を纏める長二人の会話だとは思えないくらいに緩い。これで運営に問題がないのは、きっと次席と護衛役兼運営補佐が影ながら頑張ってるからに違いないなと自画自賛。

 

「安心しろ霞。会議内容を纏めたのがここにある」

 

 制服のポケットから小型化されたタブレット型の端末を取り出してそう告げると、後ろにいた霞がもう一歩踏み出して、俺の横に並んだ。

 

「おー、助かる。やっぱり持つべき者は優秀な親友だな」

 

 手渡した端末を起動して、慣れた様子で霞は歩きながらタブレットの中身を流し読む。

 その後ろを明日葉が携帯端末をポチポチ弄りながらついてくる。おまえら、前見て歩けよ。

 護衛役としての仕事にはこうした何気ない気配りが大事なのだと最近身をもって知った。主に霞の仕事効率的な意味で。

 ちなみに今日の俺の仕事は、三都市の首席と次席が集まって行なわれる三都市定例会議の会場までの護衛だ。俺が着いて行く必要性をまるで感じないが、一応仕事なのでこうして三人で仲良く一緒に目的地に向かっている最中だった。

 俺はポケットからもう一つの端末を取り出し、

 

「ほら、明日葉の分もあるから一緒に読んどけ」

「あたし? お兄ぃがいるんだし、あたしがそれ読む必要なくない?」

 

 予想外だ、というふうに明日葉が視線を携帯端末から外して目を丸くする。だったらなにしに行くんだよ、おまえは。

 

「いやいや、仮にも首席がなに言ってんだよ。ってか、そもそもなんで首席でも次席でもない俺が会議内容知ってんのにおまえらが知らないんだよ?」

「お兄ぃと神楽がいるから、いいかなって」

「昨日は企画書を作るのに徹夜してたからなぁ……」

「おまえら……」

 

 頭が痛くなった。主に妹の甘やかされっぷりと、兄の不遇な扱いに。霞には今度なにか差し入れをやろう。具体的には一日休暇とか。

 実際、霞の戦場はデスクワークと言っていい。次席になる前、生産科にいたころからそれは変わっていないようで、人類の敵は仕事だと霞本人は語っていた。

 そのうちストレスと過労で白髪とか十円禿げができるんじゃなかろうかと、最近の霞を見てると本気で心配になってくる。霞への誕生日プレゼントが育毛剤と白髪染になる日もそう遠くないのかもしれない。

 

「まぁ、あれだな。きっと神楽なら俺らのためにこれくらいの用意はしてくれる、っていう信頼だな」

「信頼って、そんな便利な言葉だったっけ」

 

 俺が答えると、霞は軽く自分の肩を揺すった。見終えたのかタブレットを返してきたのでそれを受け取り、

 

「そんないい加減だと、また東京の首席さんに噛みつかれるぞ?」

「あれは噛みつく、噛みつかない以前の問題でしょ。年がら年中ピリピリしてるんだから」

「似た者同士なんだから、ちっとは仲良くすればいいのに」

「やめて、それ超誤解してるから。幻想、錯覚の類いだからね」

 

 本気で嫌そうに霞が言う。そんなに嫌なら自分から絡んだりとかしなければいいのに、とか思ったりするのは俺だけなのだろうか。

 

「ウケる。お兄ぃ神楽に東京の人と一緒扱いされてるし」

「ウケないから、会議前に二人してお兄ちゃんの心抉りにいくのやめてくんない」

 

 後ろから明日葉のからかうような声が聞こえてきた。

 楽しんでるな。でも明日葉の楽しみの一つは兄で遊ぶことだから仕方ないね。

 そのへんにしとけよ、と苦笑しながら声の方角に振り向くと、明日葉は再び携帯端末に視線を戻していた。

 改めて俺は明日葉を瞳に収める。赤が混じったふわふわな茶色の髪は動きやすいようにポニーテールに纏められ、はっきりくっきりと形のいいはずの瞳は気怠げに、そしてかったるそうに端末を覗いている。服装は千葉所属を示す黒を基調とした制服。標準よりも短くしたスカートの裾からは愛銃を差したホルスターがちらちらと覗いていた。

 その気まぐれな雰囲気と細身の体躯が猫を連想させる美少女は無関心に、でもどこか嬉しそうに俺たちの後を着いてくる。

 

「なに?」

「ん、なんでもないよ」

 

 俺の視線に気づいて、明日葉が不思議そうに尋ねてきた。

 不覚にも見とれていたことを誤魔化すために、俺はわざとそっけなく返す。なにそれ、と不満そうに端末に視線を戻す明日葉。

 

「──でも最近多いよな」

「なにが?」

「〈アンノウン〉だよ。出撃回数がここ数日だけで過去最高だぜ」

 

 改札を通り抜け、待機していた車両に乗り込みながら霞とそんな会話をする。

 〈アンノウン〉が出現する際に発生する〈ゲート〉。それを管理局と呼ばれる上層部が感知、そのまま現場組の俺らに出撃命令。これが基本的な流れなのだが、ここ最近になってやたらとその出撃命令が多いのだ。それに便乗するかのように、経理や武器開発を任されている科からの申請書の枚数も増えてきている。

 霞はふと思い出したように、

 

「そういやぁ、この前確認した申請書の中に開発担当の生徒たちがミサイル作るから費用寄越せってのがあったな」

「いい感じに狂ってるなー、うちの連中。それで、まさか許可したのか?」

 

 ぽつりと呟いた言葉に、俺は顔をしかめて霞に訊いた。霞は、んなわけないでしょ、と言いながら席に座る。

 明日葉は無言で霞の正面に座った。どうやら今日は正面な気分らしい。

 

「実際、今日の会議はそこんとこが主題だろうな。神奈川はこれを機会に三都市の共同作戦とかを検討したい、って言っているらしいし」

 

 しょうがないので俺は通路を跨いで、隣の席に座る。おまえら仲良いんだなら並んで座れよ。俺だけ仲間外れはよくないと思いまーす。

 

「共同作戦……ねぇ。千葉(うち)はともかく、東京は無理だろ」

「東京の人たちランキング大好きだもんね」

 

 霞の言葉に同意の明日葉は声を上げる。

 自然と俺の頭の中で、『神奈川のアホや千葉のカス共と協力なんてできるか』と言う東京首席の姿が連想された。きっとその後に『俺一人いれば充分だ』とか言ってきそう。

 そう考えると神奈川のアイデアは無駄に終わりそうだな、とか思ったりした矢先、不意打ち気味にパァァっと発車ベルが鳴る。

 俺たちが乗っている南関東管理局行きの直行便が、発車を報せるベルを鳴らしたようだ。

 

「じゃあ、着いたら起こしてくれ」

 

 そう言って霞は目蓋を閉じた。徹夜で疲れているんだから、少しは寝かしてあげよう……なんて優しさがあるといいよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、明日葉ちゃん。お兄ちゃん眠いの、お願いだから寝かして」

 

 そんな願いは聞けないんじゃないかな? 

 発車してからずっと、ぽちぽちと手元の端末を弄りながら霞の足をつんつんと足で小突く明日葉の姿を見て、俺は二人に気づかれないように今日何度目かになる苦笑を漏らしたのだった。




たぶん偶然なんだろうけど、先週の通算UAが1111と綺麗なゾロ目だったことに驚く作者。偶然だよね?
お気に入り登録や、たくさんのUAありがとうございます。

本編裏話 列車内にて
神楽「ちなみにミサイル以外だと、どんなのがあったのよ?」
霞「バスターライフルとかビームライフルとかサテライトシステムとか……」
神楽「待て待て!なんなの!うちの連中はガンダムでも作るつもりなの?」
霞「マッ缶を最優先で作った千葉ならやりそう……」
神楽「否定できなくなるからやめろ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人はそれを不可能と言う

 移動中のほんの数分だけでいいから仮眠を取りたいという霞のささやかな願いは、きまぐれ猫な明日葉の暇潰しという理由によって叶うことはなかった。なまじ寝ようと目蓋を閉じて抵抗をしていたせいで、車両を降りてからずっと霞の足取りはふらついている。

 

「お兄ぃー、置いてくよ」

「……待って明日葉ちゃん。お兄ちゃん結構限界なんですけど」

 

 もっとも、俺も明日葉もそんな霞を心配する素振りすら見せずに改札を出て、そのまま迷うことなく目的地へと向かって歩いていた。霞の扱いの悪さなど今に始まったことじゃない。

 目的地の名前は、南関東管理局という。

 管理局というのは、臨時政府が〈アンノウン〉に対抗する為に結成させた組織の総称で、俺たちが向かっている場所は南関東の支部にあたる。

 最前線を指揮する場所な為か、その大きさはかなりのものだ。敷地内に入るためにはコード認証を始めとしたいくつもの手続きが必要なことから、その重要性がよくわかる。事実、〈アンノウン〉との戦闘時には戦場でのモニタリングなどを行う場所としても機能していた。ただ、基本的な作戦指揮は各都市の代表に任せてくるし、現場でとりわけ作戦指揮を受けた記憶もない。まあ身も蓋もない言い方をするなら、管理局は形だけのまとめ役ポジションだと個人的には認識している。

 そんな感想が出るような場所ではあるが、護衛役という役職に就けなかったら、俺なんかには一生縁の無い場所であることには変わりない。基本的に各都市の代表たちや、戦闘科のエリートたちくらいしか行く機会も理由もないような場所なので、初めて来たときはその厳重な警備体制とそれに反比例するかのような気さくに接して来る大人たちの対応に目を丸くしたのは記憶に新しいところだ。

 そう考えると護衛役になってよかったと思える。

 俺たち学生組の任期が終了した後の待遇や、怪我や能力の向上の限界などから仕方なく任期前に前線から外れる生徒の処遇などを決めたりするのも管理局の仕事らしいので、やっぱり直接管理局の大人たちにコネやらゴマやらを作れる環境の方がいい。

 ランキング最下位組と笑わられるくらいならまだマシな方で、首席及び次席の護衛役なくせに地元である千葉の生徒たちから『おまえの〈世界〉ってなんだっけ?』とかいわれたりすることもある身としては、なんとしても任期後の待遇を少しでもよくしたいのだ。

 

「神楽が単純に気にし過ぎだとは思うけどな……でも、俺も妹の七光りでここにいるしなぁ……」

 

 うなじに付けられた特殊紋様、クオリディア・コードによる認証を終えて、無駄に広い敷地内を進みながら霞が言う。

 たしかに自分でも気にし過ぎかな、とは思ったりはする。でも逆に、そこは察して欲しいとも思う。任期後、あるいは様々な事情から前線を外れた者たちは、皆等しく内地と呼ばれる安全地域へと移送される。ランキングを始めとした成績によって内地移送後の待遇も変化する制度なので、必然的に生徒たちは躍起になってランキングを上げようとするのだ。

 しかし、任期間近になっても未だランキング三百位の俺や、先日晴れて百位台から二百七位になった霞のような最下位組は今さらランキングを上げようとは思わないし、現実問題難しい。なので、こうして涙ぐましい小さな努力をするしかないのだ。

 

「神奈川と東京はもう来てるかな?」

 

 基本的に明日葉のきまぐれと霞のぶれ幅の大きいやる気によって動いている我らが千葉組は、こうした集まりの場に着く時間の統一性がまったくない。そのせいで東京首席からは、『時間にルーズ過ぎる』などとお小言を言われたりもする。

 明日葉は携帯端末を再び弄りながら、ぽつりと、

 

「おヒメちんたちはもう来てるかもね」

 

 と言った。まあ、あそこは周りの保護者もといストーカーたちが過保護なレベルでしっかりしているから、明日葉の言うとおり既に到着しているだろう。

 もっとも、過保護という点ではうちの霞も負けてはいない。明日葉のためなら大抵の無茶や常識は覆すような男なので、俺の中では神奈川の保護者連中といい勝負だと思っている。それに、そんな霞に当事者の明日葉も満更でもない様子なのだ。真面目にそろそろ本気で一線超えて、既成事実の一つでも作らないのかなぁ、とか考えてしまう。

 

「──やあやあ、お疲れ様! 待ってたよ」

 

 少し非常識な考えに入りかけていた俺の思考を断ち切ったのは、やたらとテンションの高い小柄な少女の声だった。色素の薄い銀色の髪を二房に束ね、身の丈を被うほど大きな海軍軍服を肩にかけている。

 会議用に用意された部屋に入った瞬間に出迎えられたので、俺と霞は一瞬惚けてしまう。

 

「お疲れー。おヒメちんは相変わらず元気だね」

 

 そんな中、明日葉だけは変わらず気怠げな声で返事を返した。正反対な性格の二人は、実はなにげに仲が良かったりする。

 

「当たり前だよ。元気こそ健康の秘訣、健康こそ元気の秘訣、つまり元気な秘訣は健康で……あれ?」

 

 途中から何が言いたいのかわからなくなったのか、少女がこてん、と首を傾げた。

 毎回思うが、この少女、かなりアホである。

 上手い言葉が口から出てこず、頭を捻るアホ娘の近くにある巨大な電子ボード。そこに書かれているのは今季のランキング上位者の名前だ。

 俺はそこの一番上。つまりはランキング一位の名前を見る。

 天河舞姫(てんかわまいひめ)

 二位の明日葉のスコアを桁二つくらい引き離して一位の座に居座る人物の名で、信じられないことに目の前で頭を捻るアホ娘その人である。

 

「どうした? 東京のクズゴミさんみたいにランキングが気になる年頃か?」

 

 ボードを凝視していたからか、隣にいる霞が冗談交じりに訊いてきたので俺は直ぐに否定の言葉を口にした。

 

「そんなんじゃないって。何度見ても、あれが“人類の希望”と呼ばれている人と同一人物とは思えないだけ」

「ああ、確かに」

 

 明日葉と楽しそうに談笑する舞姫の姿は、年相応の普通の女の子にしか見えない。だが、そんな少女はたった一人で百の〈アンノウン〉を撃退できるほどの力を持っている。

 正に一騎当千。実に十年もの間、神奈川の首席を、そしてランキング一位の座に居座る絶対強者。他者を寄せ付けないその実力は数多の人々の希望であり、同時に数多の人々の目標だ。

 そんな絶対強者は、現在うちの明日葉に頬をむにむにと摘まれて遊ばれている。

 その光景を微笑ましく眺めていると、

 

「──貴様ら……私の前でヒメを侮辱するとは、いい度胸だな」

 

 ぞくり! と背筋が凍るような低い声が背後から聞こえた。刃物を心臓に当てられたのかと錯覚するくらいに、割とガチな殺気だ。

 

「やだなぁ……天下のランキング一位様にそんな失礼を働くわけがないじゃないですか。なぁ、霞?」

 

 慌てて振り返り、俺は必死の言い訳を述べた。便乗するように、霞も無言で首を縦に振っている。

 振り返った先、そこには椅子に座ったまま、とんでもない圧力を放つ神奈川女子がいた。

 

「なら問題ない。いいか、ヒメは偉大だ。そんなヒメを侮辱することも、からかうことも私が許さない」

 

 わかったな、と神奈川次席・凜堂(りんどう)ほたるは俺たちを睨んだ。

 流石は舞姫の強さやカリスマ性に盲信した変態集団こと神奈川陣営。その中でもトップクラスの信者たる神奈川四天王の一角は、今日もまったくブレていない。

 

「東京組は……まだみたいだな」

 

 部屋の中心に鎮座する三日月型のテーブルと前後二つずつに並べられた椅子。言うまでもなくその席は各都市の首席と次席に用意されたものだ。

 そこの端っこ。東京の席は依然空席のままだ。

 

「こっちに来る前に一件片付けてくるって、さっき連絡があったよ」

「片付ける?」

 

 俺は困惑して舞姫に訊き返した。

 

「〈アンノウン〉のことだよ。〈ゲート〉の場所から一番近かったからね。東京の人たちにお願いしたんだ」

 

 それは知っている。なにより東京の生徒は千葉や神奈川以上に実力主義な傾向が強い。とりわけ首席はランキング至上主義だ。きっと今頃ノリノリで〈アンノウン〉を駆逐しているだろう。

 

「そんな警報、俺ら聞いてたか?」

「ああ、移動中にあったな」

「……なんで救援に行かないんだよ」

 

 俺が訊くと、霞はさも当たり前のように、

 

「いや、面倒だし」

「ああ。うん、わかった」

 

 納得がいった。

 前任の次席がやたら好戦的だったからか、現次席の霞は間逆に戦わなくていいなら戦わないというスタンスを取っている。

 そのせいで、基本的に喧嘩っ早く、ヤンキー思考な千葉生徒たちは不満気味らしい。とはいえ霞の本音としては、本来ならしなくていい首席の仕事も兼任しているのだから、これ以上無駄に仕事を増やしたくないのだろう。戦闘一つするだけでも山のような報告書を管理局に提出しないといけないのだ。

 

「まあ、立ち話もなんだし。座ろうよ」

 

 そう言ってきたのは舞姫だった。

 見れば、明日葉は既に着席している。習うように霞も用意された席へと向かったので、その後を付いて行く。

 

「で、また霞が前なのね」

 

 用意された六つの席。中央席に神奈川、それを挟むようにして千葉と東京が座るのが決まりなのだが、基本的に最前列は代表たる首席が座るものである。

 だけど、千葉だけは違う。当然のように後ろに首席の明日葉が座り、前に次席の霞が座っている。

 もっとも、実質的に千葉の運営をしているのが霞なのを考えると、あながちこの座り順が正しいとも言えた。

 

「そういう神楽もまた立ってるし」

 

 六つの席のさらに後ろに立つ俺を見て、一番近くにいる明日葉が言う。そう言われても、元から俺の席がないのだから仕方ない。

 

「いいんだよ。本来なら護衛役はここにいちゃいけないんだから」

「……あっそ」

 

 そう言って明日葉はまた携帯端末を弄り始めた。どうやら管理局の俺に対するぞんざいな扱いに機嫌を悪くしたようだ。不謹慎だけど、ちょっと嬉しい。

 すると、前に座る霞が面倒くさそうに、

 

「椅子ならあるんだから、座ればいいだろ」

「なに言ってんだ? 椅子なんてどこにも」

「あるだろ。そこに」

 

 ない。と言いかけた俺に霞は空席の二席を、正確には前の一席を指差した。って、そこは東京首席の席なんですけど。

 

「遅刻したクズゴミさんが悪いでしょ」

「いや、〈アンノウン〉撃退してるだけだから」

 

 というか、相変らず霞は東京首席に容赦がない。ランキングだけなら俺ら男子陣の中で最上位なんだから、少しは仲良くすればいいのに。

 

「そんな邪険に扱わなくてもいいのに」

「いやいや無理だって。だいたい、東京のクズゴミさんが俺なんかと仲良くするなんてできると思うか?」

 

 ……無理だな。自分で言った手前、真面目に霞と件の東京首席が仲良くする光景をイメージしたが、自分の脳内の光景だというのに気持ち悪いという感想しか出てこない。

 

「──すまん霞。自分で言ってあれだが、無理だわ」

「お兄ぃが東京の人と仲良くするとかキモいよね」

 

 妹の明日葉のお墨付きも貰ったので、不可能なのは確定だ。たぶん、二人が仲良くなるよりも〈アンノウン〉を完全に殲滅する方がよっぽど現実的だろう。

 しかしただ一人、神奈川首席の舞姫だけは、

 

「えー? かすみんもすざくんも似た者同士なんだし、きっと仲良くできるって」

 

 とか真面目くさった顔で言っていたので、当事者の霞含めて俺たち千葉組は三人同時に手首を横に振って、

 

『無理無理』

 

 と返したのだった。

 

 ちなみに、もう一人の当事者である東京首席様が到着したのは、さらに一時間が経過した後のことだった。

 




今週で原作が終わるというのに、この低速な更新速度よ!

本編裏話 他都市の護衛役 神奈川編
舞姫「千葉に習って、神奈川でも護衛役を決めようか!」
神奈川四天王『ガタッ!』

その後、神奈川生徒全員による護衛役を決めるバトロワがあったとかなかったとか。
……ちなみに、その直後、倒れ伏す神奈川生徒たちを前に雄叫びを上げてガッツポーズを決める凜堂ほたるの姿が目撃されたらしいが、真相は定かではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

待ち人は未だ来ず

 別に、昔から待つのは嫌いではない。

 常日頃から明日葉の我儘に霞と一緒に付き合わされているからか、はたまた今は亡き霞と明日葉の母親が常識をかなぐり捨てた人だったからか、それとも単純に俺の性格故なのか。そこのところは俺自身もよくわからないが、とにかく俺は昔から誰かを待つことは嫌いではなかった。

 そういったとこの感性は霞も同じらしく、スナイパーという職業柄からか、霞はゆったりまったりと気長に待つのが好きだったりする。随分前に明日葉が『お兄ぃと神楽は休みの日は縁側でお茶とか飲んでそう』とか言っていたのを思い出した。だが甘いな明日葉。そもそも俺と霞に休みなんて素敵DAYは存在しないのだ。バンザイ社畜生活。

 反対に、妹の明日葉は待つことはそんなに好きではないらしい。まあ、大抵の人は明日葉と同じ意見だろう。俺や霞が例外なのだ。

 

「それにしても、すざくんたち遅いねー」

 

 ぽつりと呟くような舞姫の声が無音の室内に響いて溶ける。〈アンノウン〉との戦闘で遅れて来るという東京代表を待って既に一時間が経過しようとしていた。

 最初のうちは自分たちが所属する各都市の話に花を咲かせていたのだが、それだって十分程度が限界。そもそも、定例会議以外にも戦場やプライベートでお互いちょくちょく会っているのだ。話題が直ぐに枯渇するのは必然といえば必然だろう。そんなほいほい話題に事欠かさない青春を俺たちが謳歌していないというのもあるが。

 あれ、おかしいな? そう考えると涙が出てくるぞ? 

 

「仕方ないだろ。万年四位様がそんなテキパキと仕事終わらせられるわけないんだから。ここは俺たちが気長に待ってやらないと。仕方ないよな、だって万年四位なんだから」

 

 覇気のない声で、しかししっかりと毒を吐くように、座っている席が隣の霞が舞姫に応えた。

 霞は右手で頬杖をつき、目蓋を深く閉じているせいでその気怠さに拍車がかかっている。傍目にはわかりづらいが、今の霞は相当機嫌が悪い。

 わざわざ万年四位なんて言葉を二回も言っているのがいい証拠だ。

 いくら待つのが嫌いでないとはいえ、その待つ相手が嫌いなやつだった場合は別問題ということらしい。

 

「それもそうか! そうだよね!」

 

 霞の雑な説明に納得顔の舞姫。そんな舞姫を、うんうん、と無言で肯定するほたる。何気に神奈川陣営も東京首席をディスりまくってるよな。なまじ千葉と違って、悪意ゼロで無自覚かつナチュラルにディスるのだからタチが悪い。

 

「でも暇だよー」

 

 椅子に座ったまま退屈そうに足をぷらぷらと動かす舞姫の姿に一人鼻を押さえて悶絶しているほたるのことは気づかないフリをした方がいいのだろうか。

 この舞姫の様子を写真に撮るだけで、神奈川で高く売れたりするんだろうな。なんたって神奈川だし。今度小遣いが足りなくなったらやろうと言葉に出さずに誓う。きっとその場合のお得意様はそこにいるほたる(ストーカー)になるに違いない。

 

「あ、そうだ! ねぇ、かぐらん!」

 

 唐突に、なにかを思いついたのか、舞姫が大声で誰かの名前を呼んだ。

 地味に聞き覚えのない名前なので、たぶん知らない神奈川陣営のやつだな、と俺は一人で勝手に当たりを付ける。ここに到着してからずっと姿を見ていないということは、隠密に優れた〈世界〉でも使っているのだろう。ストーカー大国・神奈川らしい〈世界〉だ。

 

「あれ? かぐらーん!」

 

 再度の舞姫からの呼び出し。しかし返答は返ってこない。

 やがて業を煮やしたのか、舞姫はぴょん、と椅子から飛び降りて室内を歩き出した。

 そして、淀みない足取りでこちらに近づいて来て、

 

「かーぐーらーん!」

「うおおぉぉ!」

 

 耳元で舞姫は、それはそれは大きな声で叫んだ。

 あまりの声の大きさに思わず変な声が出る。見れば、一番近くにいた明日葉は両耳を押さえてしかめ面だ。それでも霞よりはマシだろう。霞は自分の耳が常人の何倍も優れているせいで、まるでハンマーにでも頭を殴られたかのように悶絶している。

 何時から神奈川首席の〈世界〉は声によるソニックウェーブを発生させる〈世界〉にチェンジしたのだろうか。

 

「やっと気づいてくれた」

「……待って、ちょっと待って。もしかしなくて、そのふざけたあだ名は俺のことを呼んでたりします?」

「そうだよ? 神楽だから、かぐらん」

 

 どうよ? 的な顔、所謂ドヤ顔で胸を張る舞姫に俺は未だきんきんと煩い鼓膜を押さえて、

 

「お願いだからやめて……」

「え? なんで?」

「なんでって……ッ⁉︎」

 

 そんなの当たり前だろ、と言いかけた口が止まる。幻覚でも見ているのかと瞬きを数回繰り返したが、残念ながら違うようだ。

 眉を内側に寄せて考え込む舞姫の後ろに、般若の顔をしたほたるがいる。

 何故? 

 困惑よりも先に恐怖が体を支配する。

 般若は声を出さずに口だけを動かして、こちらに意思を伝えてきた。

 

 ──ヒメを困らせるとは……貴様、死ぬか? 

 

 おかしい。俺は読心術なんて使えないはずだ。なのに、どうして目の前の般若の言葉が理解できるのか。

 いや、たぶん般若ことほたるがご自分の愛刀に手をかけているからだろう。

 

「……もう好きにしてくれ」

 

 頭で考えるよりも先に本能が色々と諦めた。この場で下手な論争を唱えて、ほたるに斬られるリスクを考えれば妥当な判断だ。

 

「いいじゃん。似合ってるよ、かぐらん」

「そうだな。今度から俺らもそう呼んでやろうか? なあ、かぐらん」

 

 黙れそこの性悪兄妹。

 にやにやと含みある笑みで、項垂れる俺とにこにこ顔の舞姫を見ている千種兄妹とは、後できっちり話し合う必要があるようだ。

 

「それで、俺に何のようだ? なにか面白い話でもご所望なら、悪いけど期待には答えられないぞ」

「んー、用ってほどじゃないんだけど……」

 

 そこまで言って、舞姫は少しだけその先を口にするのを躊躇う。沈黙が重い。主にほたるの殺気のせいで。

 

「……そういえば、かぐらんの〈世界〉について私知らないなー、て思ったんだ」

 

 少しだけ生まれた沈黙を破ったのは、やはり舞姫だった。間近で聴いてみて、綺麗な声の持ち主だなと改めて実感する。宝石のように紅い瞳が、じっとこちらを見ていた。

 

「俺の、〈世界〉?」

「うん」

「そんな愉快な能力じゃないぞ?」

「それでも!」

 

 つい訊き返してしまったが、どうやら聞き間違いではないようだ。目の前にいる人類の希望様は、本気で俺ごときの〈世界〉が知りたいらしい。

 知りたい理由が、ただの時間潰しなのが悲しいとこではあるけど。

 

「んー……俺の〈世界〉かぁ……」

 

 困ったな。俺は右手で自分の頭をかいた。

 いや、別に舞姫に自分の〈世界〉を説明するのは個人的には構わない。ただ、自分は神奈川ではなく千葉に所属し、ましてや首席と次席を守る護衛役という立ち位置にいる。そんな人物がほいほいと他所の首席に自分の手の内を晒してもいいものだろうか。

 

「──ごめんお姫ちん。一応神楽ってあたしらの護衛役だからさ。あんまり他の人に〈世界〉のこと教えるのは駄目なんだ……ってお兄ぃが」

「俺のせいなの……いや、そう言ったのは確かに俺だけどさ」

 

 意外なことに助け船を出したのは明日葉だった。

 明日葉からの説明を聞いた舞姫は再び俺へと視線を向け、

 

「そうなの?」

「まあ、一応」

「そっか。なら仕方ないね」

 

 やたらあっさり引き下がられて、逆に少しショックなんですけど。

 

「じゃあ、そのうち一緒の戦場の時にでも見してもらうよ」

「見てわかるもんでもないけどね」

 

 というか、本人すらよくわかっていないし。

 

「そんなに特殊な〈世界〉なのか?」

 

 興味深そうに、今度はほたるが訊いてくる。探りを入れてみよう、みたいな感じではなく、本当に純粋な興味からの質問のようだ。おそらくは、ほたる自身も特殊な〈世界〉の持ち主だからだろう。

 

「特殊、というよりは地味なんだよ。使っても誰にも気づかれないし」

「なるほど。そこの千種兄のようなものか」

「そんな感じだ」

 

 そうほたるに答えると、霞が小声で『よく言うよ』と呟いた。ついでに『人様の〈世界〉を馬鹿にするの止めてくれる。心折れるから』的な泣き言も。

 

「……あっ」

 

 会議が始まるどころか、まだ集合すらしていない段階でバッキバキに心が折れた霞が何かに気づいたような声をあげた。その視線は閉じられた扉へと向けている。

 

「どうした?」

「あー、来たみたいだ」

「東京組?」

「そ、東京組」

 

 心底嫌そうに眉を寄せる霞は、諦めたように再び目蓋を閉じた。そんなに会いたくないのか、おまえ。

 

 ──頼むからまた喧嘩するなよ。

 

 そんな小さな願いを俺がした直後、閉じていた自動扉が開いたのだった。




明日はクオリディア・コードの最終回。なのにこっちはまだ一話分も終わってない。……頑張ろう。
評価、お気に入り、UAとみなさんありがとうございます。

本編裏話 かぐらん
舞姫「かぐらん! お菓子食べようよ!」
明日葉「かぐらん。あれ取ってきてー」
霞「あー、悪いかぐらん。ちょい今から視察に付き合ってくれ」
神楽「……」
ほたる「どうした? 日下」
神楽「おまえだけは俺の味方だよな」
ほたる「は?」
オチなんて知らない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三都市定例会議

「お疲れ様! 来る前に一件片付けてきたんだって? カナちゃんたちのおかげで、また世界が平和になったね」

 

 ようやく到着した東京代表の二人に舞姫が真っ先に贈ったのは、遅刻による文句などではなく、とびっきりの笑顔と一仕事終えたことに対する労いの言葉だった。心からそう想い、噓偽りも社交辞令もない労いと感謝の言葉だ。こういった何気ない言葉や立ち位置が、彼女のカリスマたる所以なのかもしれない。

 

「大げさだよ、ひーちゃん」

 

 褒められるほどのことじゃないよ、と東京次席の女子・宇多良(うたら)カナリアが言う。三十年前の当時ならともかく、〈世界〉という異能の存在のおかげで〈アンノウン〉戦が一種のルーチンワークとなった現在では、〈アンノウン〉の討伐など褒められる理由にはならない。だってそれが当たり前だし、という感想が先走るからだ。

 しかし、舞姫は違う。彼女は本気で、本当の意味でみんなが笑っていられる世界を望んでいる。

 

「ううん。大げさなことないよ。こういった一歩一歩が大事なんだから! 昨日より今日! 今日より明日! 明日の昨日も今日!」

 

 拳を高く突き上げて演説する舞姫だが、俺にはその内容がだんだんと支離滅裂なものになっているようにしか聞こえない。本当に戦場以外はアホなんだよな、この娘。

 案の定、舞姫は頭にハテナマークを浮かべ、

 

「……つまり?」

「つまり、一日一日を大切にしよう……とヒメは言っている」

「うん、うん! そうか! そうかも! そうだった! 今こそ全て! 今を生きろー!」

「さすがヒメ。素晴らしい言葉だ」

「……そうなのか?」

「さあ? おヒメちんのああいうのを理解できるのは神奈川の人だけだし」

 

 舞姫の要領の纏まっていないアホな演説擬きを、一体全体どう拡大解釈したらそうなるのだろうか。ある意味凄い。とはいえ、舞姫のアホ演説をほたるが翻訳もとい拡大解釈するのは、この三都市定例会議ではある種のお約束のようなものだ。なので、誰もツッコミを入れたりもしない。

 

「ほらほら、座って座って」

 

 舞姫に促されて、東京組も用意された席に座る。

 途中、カナリアと目が合ったので、軽く頭を下げるとにこやかな、お手本のような笑みを浮かべてくれた。

 

「うわ、神楽すっごいにやにやしてるし、キモい」

「誤解生まれそうなこと言うの止めような。ほら、首席さんが殺気飛ばしてきてるから」

 

 でも、東京首席や明日葉には悪いが、言い訳をさせてほしい。東京次席の宇多良カナリアは贔屓目やお世辞が必要ないくらいに美人なのだ。先ず目を惹くのが、手入れの行き届いた美しい金色の髪と蒼い瞳。さらには高い身長と厚手の制服越しからでもわかる豊満なバスト。それを強調させるようなくびれの曲線美と形の良いお尻。足の先から頭の先まで完璧な、パーフェクトボディなお姉さんに微笑まれて喜ばない男はいない。仮にいたら、そいつは間違いなくホモの類いだ。

 たしかに美人というだけなら明日葉も負けていないが、明日葉の場合はお姉さんというよりも妹のような、猫のような、そんな可愛さだと思う。なにより明日葉にカナリアのような色気や大人っぽさは無理だ。主にバスト的な意味で。

 

 ──でもこの人、残念美人なんだよな。

 

 色気や大人っぽさ。そういった類いを醸し出せそうな容姿をしているくせに、カナリア当人は舞姫以上にアホの娘気質が強く、舞姫とは別ベクトルの天然さんなのだ。つまり、黙ってると美人。

 そう考えると、やっぱり明日葉が一番だな、と勝手に頭の中で結論付ける。

 

「ふん。アホ共が」

 

 そう言って、東京首席の朱雀壱弥(すざくいちや)は鼻を鳴らした。そのまま淀みない足取りで席に座る。その姿が一々様になるから不思議だ。

 席に座るなり、壱弥の視線がある一箇所に向けられる。なんとなくその視線を追うと、ああ、と納得。

 先ほど俺が見ていたランキング表。それを壱弥はまるで怨敵のように睨み、一つ舌打ちを落とした。

 一位・天河舞姫。二位・千種明日葉。三位・凜堂ほたる。

 上位三名のスコアと僅かな微差で置かれた四位の名。四位・朱雀壱弥。

 それが気に入らないのか、壱弥は眉をずっと内側に寄せていた。

 東京首席・朱雀壱弥はランキング至上主義と言わんばかりに、ランキングに拘りを持っている。どうしてそこまでランキングに拘るのか、その経歴は知らない。

 だけど、その気持ちはよくわかる。

 そもそもランキングの本当の役割は、任期を終えた生徒の内地移送後の待遇を決める測りの意味合いが強い。加えて、スコアを上げる条件が主に〈アンノウン〉戦での撃破数だ。戦場での活躍が上位者の条件ということは、必然的に上位者は名実共に生徒たちの中でも最強クラスの実力者ということになる。

 それなのに、そのトップスリーが全員女子。いくら壱弥でなくても、男としては多少なりし情けなさを感じなくはない。

 もっとも、それがこの場に当てはまるかと言われたら、それはまた別問題だ。

 

「まーたランキング気にしてるやつがいる」

 

 呟くような、下手をしたら聞き逃してしまいそうな声。その声の主は頬杖をつき、眠そうに目蓋を閉じた霞だ。明らかに特定の人物に向けられたその言葉に、壱弥は過剰な反応を示した。

 

「百位台がなにか言ったか?」

「今は二百七位なんだな、これが」

「まだ下がるのか。で、なにが言いたい」

「別になにも。ランキングなんかに一喜一憂してるようじゃ、底が知れるって話」

 

 売り言葉に買い言葉。正に一触即発の空気に、俺は胃がきりきりと痛くなった。

 東京首席・朱雀壱弥と千葉次席・千種霞の仲の悪さは、三都市に所属する大半の生徒が知っているくらいには有名だ。戦場やこうした会議の場で顔を合わせて険悪にならなかった試しがない。

 基本的に霞が壱弥をおちょくったり、噛み付いてくる壱弥を霞が聞き流したりしているだけなので、今のところ暴力沙汰にはなっていないが、護衛役として二人を見ているこっちとしては冷や冷やものだ。

 

「底が知れるとかマジウケる。お兄ぃの下りっぷりは底知れないもんね」

 

 ──胃痛に続いて、今度は頭が痛くなった。

 どうして、そこで明日葉が加勢するんだよ。

 つんつん、とつま先で霞の椅子を突っつく明日葉。ぎしぎしと霞の座る椅子の背もたれが揺れた。

 

「俺は妹の七光りでここにいるだけだからなぁ」

「おっと、自覚はできているようだな。後は人権の違いと身分の違いを弁えるだけだ」

「さすが、四位さんは言うこと違う」

「人の名前はちゃんと覚えような? 千葉カス君」

「そうね〜、いっちゃんさん」

「っ⁉︎」

 

 ──痛い。具体的には頭とか胃とかが、こうガリガリ削られている。

 

 きっと無関係な第三者が見たら、この光景は実に楽しいものなのだろう。俺だって、護衛役じゃなければ腹を抱えて大笑いしているに違いない。でも、俺の役職は護衛役だ。仮に壱弥がキレて霞に襲いかかった場合、全力で霞を守らないといけない。そんなことになってみろ。間違いなく霞と一緒に瞬殺される未来しかない。

 誰でもいいからこの空気をなんとかしてくれ。そんな願いが通じたのか、

 

「フハハハ! 今日も仲良くやってるようで大変結構!」

 

 駄目な大人代表が大笑いして会議室に入って来た。南関東の防衛機関の統括を任されている地域管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)だ。

 伸びきった髪と無精髭を生やしたこのおっさんは、信じられないことにこの南関東における対〈アンノウン〉戦線の指揮をとる最高責任者だったりする。管理局の制服を着ていなければ、ただの浮浪者のオヤジにしか見えない。

 

「笑わない。あなたが仕切らなくてどうするの」

 

 浮浪者のオヤジ、改め求得を叱るように、でもそれでいて穏やかな声の女性が求得の後を追うように室内へと入って来る。桜色の髪をした女性だ。黙っていれば、がつく残念美人のカナリアや、男装が似合う女性ランキング三都市ナンバーワンのほたる(ストーカー)とは違う、本物の大人の女性としての魅力と母性に溢れた人物の名は夕浪愛離(ゆうなみあいり)という。彼女もまた、地域管理官の一人であり、戦場では戦線のサポートを務めてくれている。

 

「上から四の五の言われて戦うより、こっちの方が気楽でいいだろ」

「また本部から嫌味言われるわよ?」

「そんなもん好きなだけ言わせておけ。大事なのは現場の判断だ」

「もう」

 

 二人とも地域管理官という高い役職に就いているはずなのに、そのやり取りは完全にまるで駄目な男、略してマダオに騙された可哀想な女性の図にしか見えない。

 大丈夫か南関東。あと、愛離さんはそこのおっさんにもう少し厳しくしてもいいと思います。

 

「ほら、霞たちもその辺りで止めとけよ。会議、始まるぞ」

「へいへい、と。ほらクズゴミさんも座りなよ」

「ふん。何故俺が無能共に指図されなければならないんだ」

 

 えぇ……。俺が悪いの? お兄さん、聞き分け悪い子は苦手なんですけど。

 毎度のことではあるが、壱弥に対して俺の中の常識がまったく通用しない。

 とにかく平常心を取り戻すために、深く深呼吸。その様子を求得が大笑いしながら見ていた。笑ってないで助けろよ。

 

「相変わらず苦労してんな。千葉の護衛役さんは」

「そう思うなら助けてくださいよ」

「断る!」

「クソが! 駄目大人代表に頼んだ俺が馬鹿だった」

 

 チっ、と露骨に舌打ちをしながら、使えないなぁ求得さんは、と嘆く。ぶっちゃけ面白そうならなんでもいい、のスタンスな求得が助けにくるなんて展開、最初から期待していない。だが、こう正面から悪びれもなく堂々と言われると、全力でぶん殴りたくなる。

 

「こら、困らせないの」

 

 そう言って助け船を出してくれた愛離は、申し訳なさそうにこちらに小さく頭を下げた。だから、最高責任者がほいほい頭とか下げないでください。

 

「ごめんなさいね。この人には後でキツく言っておくから」

「完全に駄目亭主に頭悩ませる良妻にしか見えない件について、どう思うよ神奈川首席」

「しょうがないよ! ぐとくさんだし!」

「ああ。ヒメは何時も正しいな」

「容赦ねぇな、おまえら!」

 

 舞姫に言われたのがよっぽどショックだったのか、ちょっとだけ半泣きになる求得。あ、ヤローの、しかもおっさんの半泣きとか需要ないんでいいです。

 

「じゃあ、求得のオシオキは後で考えるとして、先に三都市定例会議を始めましょうか」

 

 ぱんぱん、と手を叩いて、まるで聞き分けの悪い子どもたちに言い聞かせるような口調で愛離が会議の開始を宣言する。

 いそいそと席に座る各都市の代表たちを見て、良い子ね、と母親の様な微笑みを愛離は浮かべた。

 

「では、先ずは今季のランキングについてから──」

 

 




アニメ最終回よかったですよね。
なんというか、やっぱり王道はいいな。
原作は終わりましたが、引き続きこの小説にお付き合い頂けたら幸いです。
アニメは終わってもまだ円盤買いの日々があるしね!
スタッフさんニ期やってもいいのよ?
お気に入り、評価ありがとうございます。

本編裏話 愛離と求得と神楽
愛離「護衛役は大変でしょう? なにか困ったことがあったらいつでも相談に乗るわ」
神楽「求得のおっさんが俺に妹ものやら幼なじみものの円盤渡してくるんで、止めてもらってもいいですか?」
求得「ま、待て愛離! これは男の成長に必要不可欠な聖書的なアレで――」
ドナドナされた求得がどうなったかは誰も知らない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦は唐突に

 定例会議が終わると、今日はもう帰っていいと求得たちに言われた。他所の防衛都市では会議の後に首席たちが個人的に集まって今後の方針を話し合ったり、首席同士で訓練をしたりするところもあるというが、いい加減代表の求得が統括する南関東の場合はこんなものだ。

 それに千葉に戻れば、たくさんの仕事が俺たちを待っている。なので、俺たちは会議後直ぐに千葉行きの車両に乗った。帰って仕事をするために。

 

「くあぁぁ……」

 

 明日葉が目尻に涙を溜めて、小さな欠伸を漏らした。怠そうに目蓋を擦る姿が、どことなく寝起きの猫を連想させる。

 

「それにしても、東京の人には困ったよねー」

「それな。ほんとそれ」

 

 明日葉の言葉に同意するように霞が答える。

 定例会議は予定よりも大幅に早く終了した。早く終わった原因ははっきりしている。東京首席の壱弥のせいだ。

 今季ランキングの順位発表などの定期連絡などが終わり、本日の議題である、ここ最近の増加している〈アンノウン〉の出現回数について話し合ったときだった。

 増加している出現回数を考えても、一都市単体で対処できない場合がいずれ来るかもしれない。そう意見を述べた神奈川は、他都市との協力作戦を提案した。

 実際、千葉としてはその提案には賛成だ。ランキングやポイントなどの制度があるので、生徒の中には否定や反対する者もいるかもしれない。だが、そういったものを考慮してもこの提案は魅力的なのだ。人類側の最大戦力である天河舞姫が率いる神奈川陣営と協力するだけで、戦線の維持や戦う生徒たちのモチベーションはかなり上がる。

 千葉にもランキング二位に名を置く実力者の千種明日葉がいるが、逆に言えば明日葉以外の生徒たちの実力はほぼ拮抗していた。要するに千葉陣営には、明日葉以外に頭一つ抜けた生徒がいないということだ。今季のランキング上位十名に千葉生徒が明日葉を含めてたった二人しかいなかったことが良い証拠だろう。

 しかし、そんな魅力的な提案を突っぱねたアホがいたのだ。他でもない、東京首席の朱雀壱弥である。

 壱弥は神奈川の提案に対して、なにをトチ狂ったのか『無能な連中と協力なんてできるか。俺一人がいれば充分だ』と拒否。その傲慢とも慢心とも取れる態度は、室内の温度を一気に下げた。

 もちろん口には出さなかったが、アホかこいつ、と俺も頭を抱えた。仮にランキング一位の舞姫がその台詞を言うならまだ納得ができる。だが、壱弥はランキング四位。上位に位置するとは言え、ランキング一位とランキング三位を有する神奈川との協力を拒否する理由が俺にはわからない。次席のカナリアが壱弥の説得を試みたりもしたが、壱弥は最後まで首を縦には降らなかった。身内であるカナリアの説得で駄目だったのだから、余所者の俺たちが何を言っても無駄だろう。

 結局、三都市の協力作戦は白紙になった。

 千葉だけは神奈川に協力するという考えもあったが、それがきっかけで東京との溝を作ることになるなどのリスクを考慮すれば、やはり神奈川の案件は白紙にするしかない。

 

「俺はむしろ、いつ首席さんがブチ切れて霞に襲いかかってくるのか、はらはらしてたけどな」

「あぁ、お兄ぃちょー弱いもんね」

「ついでに言うと、俺もちょー弱いんだよなぁ」

 

 明日葉がからかう様に、にやにやと笑みを浮かべて言う。笑い事じゃないけどな、と俺は溜息を吐く。壱弥が何かを言う度に霞が小声で突っかかるものだから、胃がきりきりと痛んだ回数はもはや数える気すらしない。

 

「だからちょー弱い俺としては、神奈川の協力作戦は魅力的だったわけよ」

 

 乗っていた列車が甲高いブレーキ音と共にその動きを止める。ようやく千葉に帰って来れたことに、俺は浅く息を吐き出した。やっぱり地元の空気が一番落ち着くというやつだろう。

 

千葉(うち)は労災とか厳しいし、使っている武器が銃だから消耗も激しいからなぁ。神奈川と協力してその当たりの出費を減らせれば、浮いた費用を別の科に回せたんだが……」

「神楽、千葉の都市運営してる人みたいじゃん。ウケる」

「みたい、じゃなくて実際にしてるんだよ。霞と一緒に」

「仲良しだもんね、お兄ぃと神楽」

「頼むから同性愛主義の神奈川が喜ぶ発言は控えてくれ」

 

 軽口を交わしながら改札口を出た直後、快晴の空から殺人的な日差しが空から降り注ぐ。徹夜が多く、睡眠不足な俺や霞にその日差しは正直キツい。

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 駅近くに建てられた大型の時計を見て、既に昼の三時近いことを知る。小腹が空いたなぁ、と俺は小声で呟いた。執務室にお菓子の買い溜めとかあったっけ。

 そんなことを考えていると、隣で霞の制服の裾を明日葉がくいくい、と引っ張っていた。

 

「お兄ぃ」

「ん、なに?」

 

 言葉こそ変わらないが、明日葉の声のトーンが微妙に違う。それでも素直に反応してしまうのは、兄としての悲しいサガなのか。

 

「あたし、あそこ行きたいなー」

「えっ?」

 

 可愛らしく、ついでにいうと芝居くさい棒読みな台詞で明日葉が指差した先。それを目で追った霞の動きが止まる。

 明日葉が指差した先にあったのは、小さな喫茶店だった。駅前にある普通の喫茶店といった雰囲気のお店で、入り口にメニューが書かれた看板が鎮座している。

 

「あれって……」

 

 看板に書かれたメニューを見て、俺は目の前の喫茶店が以前に知り合いから聞いたことのあるお店だと思い出す。確か、千葉プラントの食材の中でも特に高級なフルーツを扱っているお店で、看板メニューのフルーツタルトは千葉の女子に大人気らしい。

 むろん、そのぶん値段はかなり高いそうだ。ちらりと値段を確認すると、俺の知っているケーキと桁が一つくらい違う値段が書かれている。

 

「あ、明日葉ちゃん。お兄ちゃん、今月はちょーと手持ちが……」

 

 適度な言い訳を並べて逃亡を謀る霞に明日葉は一言、

 

「お願い、お兄ちゃん」

 

 一撃必殺。漫画やアニメなら、きゅぴん! なんて効果音が付きそうなウィンクと対霞最強魔法の、お兄ちゃん呼びによって霞はあっさり撃沈した。

 口元だけをにやにやとさせながら、「まぁね、お兄ちゃんだからね」と呟く霞の姿は控え目に言ってキモい。親友だとか、幼なじみだからとかを踏まえても、その姿はキモかった。

 先導するように前を歩く霞の後ろで、明日葉が小声で「ちょっろ」とか言っている。だが、悲しいことにそれを否定できる要素がない。哀れ霞、頑張れ霞。

 

「じゃあ俺は先に戻ってるから、後は兄妹水入らずってことで……」

「おー、待て待て」

 

 ひらひらと手を振って、空気を読んだ俺の肩を、霞が掴んでくる。そして、わざわざ明日葉には聞こえないように顔を近づけてきた。

 

「なに水臭いこと言ってんの。おまえも行くんだよ……だからお金貸してくださいお願いします」

「ばっか、ふざけんな! 兄貴の良いところ見せてやるチャンスだろ。ってか、金無いのになんで先頭歩いたんだよ」

「お兄ちゃん今月ピンチなの。明日葉ちゃんにお洋服買ってあげたから」

「キャバ嬢に貢ぐリーマンか!」

「むしろ将来のヒモ候補生なんだよなぁ」

 

 だからこれは将来の為の投資だとのたうち回る霞の腹に肘打ちを叩き込むも、器用に腰を引っ込めて回避される。

 こうなったら〈世界〉を使ってこの場を切り抜けるしか──

 

「お兄ぃも神楽もなにしてんのー。早く行くよ」

 

 まさかのご指名だった。

 

「いや、霞はわかるけど、俺も?」

 

 空振りした右手で自分を指差して言うと、明日葉は当たり前だろ的な顔をしていた。

 もしかして、普段から激務に身を削る俺に明日葉が気を利かせてくれたとか? 

 

「だってお兄ぃお金無いし。神楽が出してくれないと」

「そっちかーい……」

 

 なに、なんなのこの子、俺たちのことお財布かなにかと勘違いしてない? しかも割と真面目な顔で言いやがったよ……。霞、教育間違えてるよ……。

 思わず、というか半分脊髄反射でツッコむと、霞がぐいっと肩に手を回してきた。

 

「諦めろ」

「すっげぇ……、今の一言で全部納得しちまった自分がいるんだけど……」

 

 なにより、楽しそうに鼻歌を歌う明日葉を見ると、不満やらなんやらが一瞬で四散するのだから不思議なものだ。これが俗に言う、可愛いは正義というやつなのだろうか。

 ともあれ、腹が減ってたのは事実だし、せっかくだし噂のフルーツタルトとやらを堪能させて貰おう。定例会議も終わったし、後は帰るだけだし。……あ、でも帰っても仕事あるんだった。完全に思考がそのまま直帰する気だったよ。仕事したくねーと深い溜息を吐く。

 その瞬間。

 けたましいサイレンが駅前に、街中に、防衛都市千葉全域に鳴り響いた。

 

『緊急警報──緊急警報。アクアライン南方海域に大規模な〈アンノウン〉の出現反応を確認しました。東京、神奈川、千葉の防衛都市三校は速やかに迎撃に当たってください。繰り返します、緊急警報……』

 

 わんわんと鳴るアラーム音とアナウンス。それが開戦の狼煙であることを理解するのに、そう時間はいらなかった。

 思考が一瞬で戦闘科としての自分へと切り替わる。

 

「うっわ……はりきり過ぎでしょ」

 

 げんなりとしているが、霞は慣れた手つきで自前の携帯端末で戦況を確認し始めていた。見やれば、扉を開けようとしていた明日葉も両足に付けられたホルスターに手を伸ばしている。気が早いな……。

 

「千種首席!」

 

 たまたま近くにいたのか、それともアナウンスを聞いて駆けつけてくれたのか、千葉特有の真っ黒な制服を着た二人の男子生徒が近寄って来た。

 

「わかってる。お兄ぃ」

「神奈川は船の都合で毎度遅れるし、今回も千葉(うち)が先行する形になるな。何分で出撃準備完了しそう?」

「四十秒で支度します!」

 

 頼もしい千葉生徒の言葉に頬が緩む。

 

「オッケーだ。なら、準備できた生徒から順に砲塔列車で待機。俺らも直ぐ行く」

 

 防衛都市千葉は海上防衛の際は、アクアライン上に戦線を展開することが多い。その際に使われるのが、千葉のロマンと変態技術の結晶である砲塔列車だ。この列車は人員を輸送するための手段以外にも、それ単体が〈アンノウン〉に対する攻撃手段でもある。

 その砲塔列車に向かう為に俺たちは待機している場所へと走る。

 

「霞、今神奈川から連絡きた。出撃にはもう少しかかるから足止め頼むって」

「クズゴミさんとこは?」

「あー、それがさ、首席と連絡が着かないんだと。人数集めて待機中らしいよ」

「なにしてんのあの人……」

 

 まったくである。大方、警報と同時に単独先行しているのだろう。場所を考慮しても到着は最後になりそうだ。

 

「お兄ぃー、神楽ー、行くよー」

 

 ああ、待って。急ぐから置いてかないで。発車許可しないで明日葉ちゃん。

 

 かくして、俺は戦場へと向かう。

 轟音と硝煙と、ついでに頭痛が絶えない弾雨の海へ。

 




投票してもらって、お気に入り登録してもらって、おまけに感想まで頂いておきながら、未だアニメ一話分も終わってない小説があるらしい。はい、私の小説ですね間違いない。
ようやくアニメ一話のAパートまで終わったよ。
次はやっとこさ戦闘シーンだよ、やったねたえちゃん。
お気に入り、UA、評価、感想ありがとうございます。

本編裏話 砲塔列車改造案
工科生徒「砲塔列車に新機能付けたいです」
神楽「具体的には?」
工科生徒「サブの列車と変形して巨大ロボットになります。武装は対空用じゃない砲台とロケットパンチ。後はビームライフルです」
神楽「却下で」

そんな予算があるわけないという話。
千葉がだんだんと変人の集まりになってないか? と感じたら、それはきっと作者のせい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦闘開始

 砲塔列車に揺られること数分。ようやく目的地のアクアラインが見えてくる。

 きりきりと重い音を立てて、砲塔列車の車輪が止まり、アクアライン海上へと追撃砲が回頭。それと同時に、砲塔列車内になんとも気の抜けた開戦の合図が告げられる。

 

「はーい、千葉の皆さんお待たせです。指示はその都度適当に出すから、何時も通りに無事故、無違反、なにかあったら自己責任の精神でよろしくどうぞ。千葉(うち)は労災保険の査定が厳しいから、怪我とかしても全部自腹だからね」

 

 信じられるか? これ、戦争開戦の号令なんだぜ? 

 霞の覇気もヤル気もない、かったるそうな合図と同時に砲塔列車の扉が開かれ、勢いよく千葉の戦士たちが飛び出していく。彼らが捉えているのは遥か洋上に現れた〈アンノウン〉の群れだ。

 海面が揺れ、大気が震える。

 風が逆巻きに起こり、波が渦巻く。

 そうして天が歪んで、空が裂けた。

 〈ゲート〉が開いたのだ。ぐにゃり、と空間が捻り曲がり、そこから顔を見せるのは異形の怪物たちだった。

 動物でも植物でもない、あるいは機械にも見えなくもない。だが、それらに似ている部分があるだけで、まったくの別物。植物は飛べないし、動物や機械には触れたら湿り気のありそうな光沢や柔らかさは出せない。

 異形たちは、ぎちぎちとまるで嗤っているかのように不快な音を立てて〈ゲート〉をこじ開ける。

 人類の決して消すことのできない汚辱にして怨敵。

 第一種災害指定異来生物──〈アンノウン〉。

 それが、あの異形たちに人類が名付けた名前だ。

 

「んで、今日はどっちよ?」

 

 我先にと駆け出していく千葉の生徒たちを見送り、最後にのろのろと車両から出て来る霞に訊いてみる。

 どっち、というのは今回の戦闘で自分は霞と明日葉のどちらを護衛しないといけないのかを確認するためだ。

 

「今回はこっちで。乱戦になるだろうし、神楽がいるとかえって邪魔になる」

 

 言って、霞は肩にかけたスナイパーライフルを揺する。今日一日中弄り過ぎたのか、若干台詞にトゲがあった。まぁ、判断には納得だ。

 

「りょーかい。明日葉、霞のことは俺に任せて、安心して暴れていいぞ」

「……安心、なの?」

 

 超不安そうに明日葉が俺たち雑魚二人組を見る。だよね、普通にそうだよね。ランキング二百七位の兄と、ランキング三百位の護衛役。どこに安心できる要素があるのやら。

 

「大丈夫だ。いざとなったら神楽を盾にして逃げるから」

「ちょ、おま!」

「まぁ、よわっよわな神楽でも盾くらいにはなるかな」

「えぇ……」

 

 まさかの兄妹のコンビプレーに俺の精神はボロボロだ。いや、まぁ、どうせこっちまで〈アンノウン〉が来ることはないだろうし、霞のことだし安全ポイントで狙撃するだろうから流れ弾の心配もないんだけどね。

 既に明日葉の視線は〈アンノウン〉へと向けられている。激化する最前線に早く飛び込みたくて、今か今かとうずうずしているようだ。お預けされてる猫みたいだな……。

 と、生暖かい視線で霞と一緒に明日葉を見ていると、不意に、

 

「……無理しなくていいから」

 

 ぽつり、と俺と霞に囁くように向けられた言葉。声音は変わらず淡々と、言葉も何時も通り端的。だけど、その言葉には確かにこちらを案じる色があった。彼女は知っているのだ。俺や霞の実力を。

 だから、俺は笑ってみせた。

 

「しないしない。ヤバくなったら適当にバックれるって」

 

 戦場で痛い目に遭う奴の大半は自分の力を過信した愚か者だ。なまじ〈世界〉という自分にしかないオリジナルを持っているせいで、過信と油断は何時も俺たちの背中にくっ付いてくる。だから、俺は自分の力を信じない。偶々〈世界〉が珍しかっただけの、幼なじみたちが居なければ戦闘科に入ることすらできなかった落ちこぼれだ。

 明日葉や舞姫のような、選ばれた存在じゃない。

 

「そうだよね。お兄ぃも神楽もダメダメだもんね」

「納得が早い、納得が……。そこはさ、そんなことない的な励ましをくれたりするんじゃないの?」

「というか、さり気なくお兄ちゃんもダメ的な扱い止めて」

「いやー、実際、お兄ぃも神楽もカスッカスじゃん。無理無理」

 

 くるりと、振り返り、胸の前でないないと手を振る明日葉。あの、真顔とかやめて真顔とか。

 

「まぁ、いいや。あたしもそろそろ行くし」

 

 言うと、明日葉は再び視線を〈アンノウン〉へと戻す。そして、半身で振り向くと、にこっ、と可愛らしい年相応の笑みを浮かべた。

 

「……じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 告げて、明日葉はスカートの下にあるホルスターから二挺の拳銃を抜く。その瞳は怨敵である〈アンノウン〉を移し、赤い茶髪がふわりと揺れる。気怠げな表情は消え、にいっと口元を釣り上げた好戦的な嗤いに変わっていた。

 変わったのはそれだけじゃない。

 明日葉を取り囲むように、明日葉の〈世界〉が発動した。

 世界の常識を理を書き換える、彼女だけの〈世界〉が現実の常識を上書きする。

 明日葉は軽い足取りで海へと歩き出すと。

 勢いよく空へと跳んだ。

 羽のように軽やかな跳躍で海へと飛び込んだ明日葉は、空中で一発の弾丸を放つ。一瞬、空が凝固する。続けざまに撃ち出される銃弾は、わずかな時間、潮風を固め、海の一部を凍らせた。それらを足場にして、明日葉は海を駆ける。

 千種明日葉の持つ〈世界〉は、文字通り規格外だ。

 物資の運動停止を自在に制御する〈世界〉。

 ほんの一瞬、僅かな時間だけに限るが、その間だけは動かすのも止めるのも思いのまま、その効果範囲は分子運動の制御にまで及ぶ。高速で動かせば熱を生み出し、逆にその運動を停止させれば熱を奪う。

 〈世界〉とはそういう類いのものだ。

 一般常識に正面から喧嘩を売りつけ、成立している概念を鼻で笑い、物理法則に中指を立てる。

 内地にいる大人たちが、俺たち学生を防衛都市に押し込むのは、そういう理由だ。こんな意味のわからない、それこそ歴代の研究者たちが卒倒するような能力を持った生き物は、分別やら常識やらを身につけさせて、大人と呼ばれる彼らと同種族になるまで、きちんと調教させるべきだろう。

 戦争が日常として受け入れられ、それに疑問符を浮かべず、人類愛だの世界救済だのを謳い、その手には現実世界の常識をぶち壊す異能を持った人の形をした化け物たち。

 それが俺たちなのだ。

 

「……嫌になるな」

 

 そんな化け物たちの中でも、明日葉は頭一つずば抜けていた。

 明日葉は最前線の場所まで直線的に海を渡り、大幅なショートカットをして、〈アンノウン〉の群れに躍り出る。そして、両の手に握る拳銃から弾丸を撃ち、異形の怪物たちを穿つ。さながらダンスを踊るように〈アンノウン〉を撃墜していく姿は、踊り子のようにも見えた。

 

「なんか言ったか?」

「あ、いや、相変わらず明日葉は凄いよなって」

「まぁな」

「なんで霞が誇らしげなんだよ……」

 

 妹を誇らしく思うのは兄として当たり前のことだ、と言う霞。むしろ、おまえなに言ってんの? 的な顔までしている。

 

「まぁ、いいや。ほら、俺らも行くぞ」

 

 そう言って、霞と並んで砲塔列車から離れ、射撃を続ける戦闘科の生徒たちから離れ、最後尾に位置する海ほたるの建物に入る。

 案の定、そこには避難命令が出ているからか、誰もいない。鳴り響く銃声音もどこか遠くに感じる。

 霞は適当な狙撃ポジションを決めると、肩にかけていたスナイパーライフルを構えて狙撃の準備を始めた。

 

「じゃあ、何時も通りな感じで」

「あいよ」

 

 そう返事を返し、俺はいそいそと双眼鏡を取り出し、耳にインカムを嵌める。以前の霞のパートナーだった人物から借り受けた通信端末を起動させ、データリンクを呼び出すと、同じタイミングで霞の準備も完了した。

 

「にしても、また払い下げ品なんだな」

「いいんだよ。明日葉ならともかく、俺なんかの兵装はこんくらいで」

 

 言って、霞はスナイパーライフルを窓際に構える。兵装とは、一般的には明日葉の二挺拳銃や霞のスナイパーライフルを指すが、こと〈世界〉を持つ俺たちの兵装の定義は自分の〈世界〉を再現させる際のブースト装置を指す。普段から兵装を持ち歩くのは俺たち戦闘科の人間くらいで、それ以外の科では大抵の場合は仕事をする際くらいしか用いない。

 ちなみに余談だが、ある程度の実力を認められた生徒は自腹を払えばオーダーメイドの兵装を用意できたりもする。明日葉や神奈川の舞姫やほたる、東京の壱弥とカナリアといった都市代表たちの兵装がそれに当たるのだが、霞だけは他の戦闘科生徒同様に、下手をすればもっと酷い払い下げ品の兵装を使用していた。

 

「んじゃあ、まぁ、スポッターさんよろしく」

 

 ライフルを構えた霞が言い、それに従うように俺も双眼鏡で海上を覗く。

 スポッター。それは、平たく言えば狙撃手の補佐だ。本来なら本職ではない俺の補佐など霞は必要としないが、一応護衛のついでとして俺に付けられた役割である。ようするに素人の真似事というやつだ。

 

「霞。五時の方角、数は……三か。距離は……」

「あー、だいたいわかった」

 

 最後まで聞くことなく、霞は銃口を五時の方角へと向け、スコープを覗く。そこに緊張や焦りはまったくない。相変わらず鉄の心臓を持ったやつだ。メンタルは豆腐ばりに弱いけど。

 射線に──レティクル上に〈アンノウン〉を捉えると、ゆっくりと霞は息を吐いた。

 瞬間、空気が止まる。

 霞が自らの〈世界〉を再現させたのだ。

 そこは無音でもあり、霞にとっての騒音だった。

 聞こえてくる波音や潮風。空気を裂く微細な風切り音。それらを掻き消すような銃声。その全てを使い、霞は〈アンノウン〉を収める。

 そして、正確に距離を認識した瞬間。

 すっと。

 柔らかな動作で霞は引き金を引いた。

 放たれた弾丸は迷うこともズレることもなく、捉えた〈アンノウン〉に着弾。遠くから聞こえる爆破音が、撃墜したことを知らせた。

 

「着弾確認。オーガ級、三機撃破」

 

 双眼鏡で撃墜を確認すると、霞は浅く息を吸う。

 霞の持つ〈世界〉は、音を使用した広範囲のサーチ能力だ。周りの音全てを拾い上げ、距離や目標のサイズなどを正確に測ることができるらしく、生きた高性能レーダーの霞にとって、スナイパーは天職と言っていい。

 だが、その能力は俺の〈世界〉同様、対〈アンノウン〉戦で活躍できるものではなかった。

 戦闘科において狙撃班は最後方に回されがちで、戦闘そのものの機会が少ない。その為、〈アンノウン〉戦でのスナイパーの仕事は、前衛の撃ち漏らし、あるいはおこぼれを拾うことだ。

 神奈川や東京がまだ合流していない、千葉だけでは捌くのが難しい、といった要素がなければ、こうしてスコアを稼ぐことすら厳しい。

 一息つける間も無く、〈ゲート〉から湧いてくる〈アンノウン〉。それを再び霞がスコープ越しに捉えた時、

 

「ようやく来たな」

 

 神奈川が到着したことを霞が告げた。

 海を割るようにして進む一隻の大型空母。

 甲板に並ぶは、神奈川の精鋭たち。

 その最前に立つのは、神奈川、否、人類最強の人物。天河舞姫その人だ。

 甲板に突き刺すようにして彼女が握る身の丈近くある巨大な愛刀は、小柄な舞姫には不釣り合いな、しかしある意味では似合っているような、そんな兵装だった。

 舞姫は半身だけ振り返り、自らの騎士たちに語りかける。

 

『諸君! 饗宴の時間だ! 我らが鬼神の(かいな)を以って、蒙昧なる侵略者を剣山刀樹に落とせ!』

 

 その姿は、かつて円卓の騎士を束ねたアーサー王そのものだ。高く、高く上がる咆哮が、彼女が紛れもなく騎士王であることを証明する。

 

「いいよなぁ、神奈川は。千葉(うち)なんか、よろしくどうぞー、だもんな」

「なに? かぐらんったら、ああいうのがいいの? 明日葉ちゃんがあんな小難しい台詞とか言わないの知ってるでしょうに。あ、まぁ、仮に言っても可愛いし似合うだろうけどね」

「おう、ちょっと黙れやシスコンかすみん」

 

 インカム越しに聞こえてくる舞姫の開戦の言葉をネタにして霞とコントをかましていると、今度は戦場に歌が響き渡った。

 よく通る、そして暖かくて優しい歌だ。血生臭い戦場には不釣り合いなその歌声は、負傷した者を癒し、同時に戦う者に力を与える。

 歌声の主は、東京次席の宇多良カナリアだろう。彼女の〈世界〉は歌を介しての能力活性化。自分ではない他の誰かに力を与える優しい〈世界〉だ。

 そして、その歌声が聞こえてきたということは必然的に、

 

『雑魚がぁぁぁぁ!』

 

 東京首席様が来たことを意味していた。

 インカムから聞こえる壱弥の声に、霞がげんなりとした表情になる。

 壱弥は兵装のガントレットを纏い、自らの〈世界〉である重力操作を駆使して空を駆け抜けた。眼前にいる〈アンノウン〉を有象無造作を振り払うように、片っ端から撃墜していく。

 問題なのは、そのまま壱弥が千葉の陣地にまで突っ込んで行ったことだ。

 インカムから千葉生徒たちが壱弥にあらん限りの罵倒を飛ばしているのが聞こえる。中には通信で、『ちょっとあの馬鹿撃っていいかな? 大丈夫、一発だけなら誤射だから』なんてのも来ていた。ちょっとだけ許可しようとしたのは内緒だ。

 兎にも角にも、これで三都市が揃った。

 壱弥に続くように──正確には追いついて来た東京の戦闘科の生徒たちが空を制圧にかかる。

 陸を千葉が、神奈川が海を、そして東京が空を支配した今、〈アンノウン〉側の勢いは失速していく。

 これは、乱戦になるな。

 そう判断して、誤射を防ぐ為にも神奈川や東京の生徒たちに千葉側の射線に入らないように注意を促そうと通信端末を開いた時。

 それは起きた。

 

「あっ……」

 

 一旦スポッターを外れるのを霞に伝えようとした同瞬。霞の構えたライフルのスコープに壱弥が入ってきたのだ。

 しかも、霞はそんなことを気にしないとばかりに、その引き金を引いた。

 

 胃がきりきりと痛み出す。




戦闘回。ただし主人公が戦うとは言ってない。
若干〈世界〉の説明とか端折り過ぎた気もしないけど、これ以上やると余裕でこの話だけ七千とかいきそうなので許してください。
ちなみに兵装に関しては半分くらい捏造設定。
お気に入りが二百超えました。多くの登録者様ありがとうございます。

本編裏話 スポッター指導
神楽「スポッターに必要なことを教えてください」
蓮華「え、えーと……楽しくお話しすること……かな?」
霞「その子の言うこと信じたらダメだからな」

蓮華ちゃんのことが気になった人は、原作小説「どうでもいい世界なんて」をチェックだ!(熱いステマ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フレンドリーファイア

 ──こうなるから嫌だったんだ。

 

 きりきりと痛み出した胃と頭の所為で眉間に皺を寄せながら、俺の心中はそんな一言で埋め尽くされていた。

 

『どういうつもりだ』

 

 耳に嵌めたインカムから、怒気を孕んだ壱弥の声が聞こえてくる。それが俺たちに向けられたものであることも直ぐに理解した。自分の背中が気持ち悪い汗で濡れていくのがわかる。

 壱弥本人は、〈アンノウン〉を倒している最中にいきなり味方から撃たれたと思っているのだろう。そう考えれば、壱弥のお怒りは至極もっともだとも言える。

 ……実際には、壱弥が勝手にこちらの射線上に割り込んできただけなのだが。

 

「なに? もしかして怒った? 東京校の首席様なら、二百七位の俺程度の弾なんて、余裕かなって。いや、ほんとごめん」

 

 無論、こちら側にも非がある。射線上に割り込んできた時点で、霞は引き金を止めることができたはずなのだ。しかし、霞は引き金を引いた。弁明にも説明にも、ましてや謝罪にもならない皮肉めいた言葉で壱弥を挑発する霞を見て、俺は深く溜息を吐く。

 普通ならきちんとした説明と、お互いの謝罪があれば今回の誤射の件は丸く収まるだろう。ただし、この二人じゃない場合、がつくが。

 

『貴様……』

 

 滲み出る怒りを隠すつもりなど毛頭ないと言わんばかりの口調でそうつぶやき、壱弥は海上から遥か先に位置する建物を睨んだ。睨んだ建物は当然だが俺や霞のいる場所で、ここが戦場でなければ、そのままこちらに突っ込んで来そうな勢いである。

 そんな壱弥を邪魔する影が一つ、

 

『っち……』

 

 言葉よりも先に、壱弥が自らの〈世界〉によって作り出した漆黒の球体を背後に接近していた〈アンノウン〉へと投げつけた。重力操作によって発生した力場に吸い込まれるように、あるいはねじ切られるようにして〈アンノウン〉が爆発する。

 それとほぼ同時、再びこちらに振り返るよりも早く、霞の放った第二射が壱弥の真横を通り抜けた。

 

『千葉カス! 邪魔をするな!』

「煩い。邪魔してんの自分だって自覚しろよ、クズ雑魚さん」

『なんだと!』

「あー、もう煩い……」

 

 この時点で察せる通り、霞は壱弥の存在をいないものとして扱っている。射線上にいようが知ったことかと言わんばかりに、霞は視界に映る〈アンノウン〉を撃ち落とし始めた。もはやスポッターの役割なんて無かった状態だ。

 お互いにムキになっているのか、壱弥は壱弥で射線上から決して離れないし、霞もそれを理由に射撃を止める気配は無い。

 さらにタチの悪いことに、お互いに獲物を譲り合うつもりも無いらしく、時折だが霞の撃った弾が空を駆ける壱弥に被弾しかけている。幸いにも壱弥が自分の〈世界〉を使って弾を弾いているが、彼のいる場所は四方八方に〈アンノウン〉がいる密集地帯だ。下手をしたら撃墜の危険すらある。

 俺は一人呟く。

 

「おいおい、洒落にならないって……」

 

 しかも、味方同士のトラブルが起きているのはどうやらここだけではないらしい。

 ──陸では、千葉の生徒たちが同じ射線上にいる〈アンノウン〉を奪い合っていた。

 ──海では、神奈川の生徒たちがお互いの武器で殴り合いを始めていた。

 ──空では、東京の女子生徒が味方の攻撃に被弾したのか杖の上で泣いていた。

 ぽつり、ぽつりとだが戦場で味方同士の同士討ち──フレンドリーファイアが発生していると理解するのに、そう時間は必要なかった。

 インカム越しに聞こえてくる味方に対して向けられたいくつもの罵詈雑言。『俺の獲物だ』、『邪魔しないで!』、『編隊を乱すな! この屑が!』、と戦場に広がっていく悪意に胃と頭がまた痛み出す。

 どうしてこんなことになったのか。その原因ははっきりしている。

 こっちの戦力が過剰戦力だったからだ。

 もともと、〈アンノウン〉単体の戦闘能力はかなり低い。それこそある程度の戦闘訓練を受けた生徒なら、十分に対処できるレベルだ。

 今回は〈アンノウン〉の数が多く、それに対応する為に済し崩しで三都市が協力したわけだが、それが仇になった。人類最強の天河舞姫や、それに続く実力者の千種明日葉と凛堂ほたる。さらにはランキングこそ下だが、上位三名に劣らない実力を持つ朱雀壱弥。言ってしまえば、今の戦場は人類が持つ全ての戦力を投入した状態なのだ。有象無象が集まったとこで、なんの問題もない。

 それがマズかった。

 楽勝ムードの中で戦っている生徒たちが次に考えるのはランキングだ。上位の者は待遇が良いし、なにより内地に特例で迎えられるのだから必死にもなる。そして、ランキングを上げるのに一番手っ取り早い方法は戦場で戦果を出すこと。つまりは〈アンノウン〉をどれだけ多く倒したのか、そのスコアになる。

 その結果がコレだ

 憎むべき怨敵のはずの〈アンノウン〉はスコアを稼ぐための的になり、協力すべきはずの味方が自分の出世を妨げる邪魔者になったこの状況は、もはや戦場というのすら場違いに思えてくる。

 そもそも、俺たちはなぜ戦うのか。

 何のために戦うのか。

 それは人によって異なる。

 少なくとも俺はスコアや待遇のために戦っていない。

 自分が本当に守りたい、救いたい者のために戦ってきた。

 それが正しい行ないなのかは、わからない。でも、今の状況がよろしくないことは俺にもわかる。

 

「え……?」

 

 どうしたものか、と頭を悩ませていた時だ。

 建物内にある小窓から見えていた砲塔列車に、まるで満員電車にでも乗り込むような勢いで、青ざめた表情の千葉生徒たちが乗り込んでいた。

 順番に入れば余裕で全生徒が入れるのにも関わらず、我先にと車両に駆け込む生徒たち。よく見れば、その中には明日葉もいる。唯一明日葉だけはマイペースだったが、何かトラブルでもあったのだろうか。

 

「あれー……」

 

 霞もようやく気づいたらしく、俺と同じように砲塔列車を見る。俺たち以外の全生徒が収容されたのか、発車される砲塔列車。

 それを見送ったタイミングで、俺の携帯端末が鳴った。耳馴染みのある気だるげな声。電話の相手は明日葉だった。

 

「はい?」

『あ、神楽。ちーす』

「あ、うん。ちーす」

『なんかさ、フレンドリーファイア起きてんじゃん?』

「うん」

『だから、おヒメちんがちょっと本気出すみたい』

「……はい?」

 

 思考が停止する。

 ──今、この幼なじみはなんて言った? 天河舞姫がちょっとだけ本気を出す? 

 ──それは、この上なく不吉で凶悪な言葉だった。

 

「それを先に言えー!」

 

 慌てて海上に鎮座する神奈川の空母に目をやれば、そそり立つような巨大な紫色の光の柱が伸びていた。あまりにも規格外な力の奔流に、遠目から見ているだけなのに思わず意識が飛びそうになる。

 だが、気絶するわけにはいかない。そんなことよりもやらなければいけないことがあったから。

 

「霞! 逃げるぞ!」

「マジかよ!」

 

 返答を待つよりも早く、俺と霞は海ほたるを飛び出した。

 〈世界〉の副産物にして、身体機能を向上させる命気(オーラ)を使って、アクアラインを走る。

 走る。走る。とにかく走る。というか逃げる。

 舞姫(あの馬鹿)は本気で、躊躇なくあのふざけた力の塊を振り下ろす。周りの被害とか絶対に考えていない。

 

「やばい! やばい!」

「あのアホ娘……」

 

 そして、ついにその力が振り下ろされた。

 光の柱は触れたもの全てを薙ぎ倒していく。敵も、味方も関係なくだ。

 

「神楽!」

 

 霞の叫ぶ声が響いた。バキバキと周り全てを破壊する音。直撃すれば、フレンドリーファイアなんて可愛いレベルの必殺の一撃が迫る音。嵌めっぱなしだったインカムから『あっ……』、と舞姫の間抜け声が聞こえて来たのと同じタイミングで、重々しい唸り声にも似た破壊音が空気を震わせた。

 光の柱がアクアライン上を走る俺たちに遅いかかってくる。どう足掻いても、間に合わない。

 

「やらせるかー!」

 

 腹の底から、俺は叫んだ。汗だくになった掌を握りしめて、自分のうなじにあるクオリディア・コードに触れた。

 なにも特別なところがない俺が、この狂った世界に唯一対抗できるちっぽけな〈世界〉。明日葉や舞姫のような他を圧倒する力も、霞やカナリアのようなサポートに特化したわけでも、壱弥やほたるのように応用力に長けたわけでもない。

 ただ珍しく、希少な俺の〈世界〉。特別な手順は必要ない。必要なのは発動する意思。

 そして俺の視界を、赤が埋めた。




ようやく主人公の〈世界〉が登場。なお詳細は次回の模様。
ちょっとずつですけど、クオリディア・コードの二次が増えてきましたね。いいぞもっとやれ。
UA、感想、お気に入りと何時もありがとうございます。

本編裏話 神奈川空母の一コマ
舞姫「アクアラインこわしちゃって……ごめん‼︎」
他生徒「いや、謝るまえに剣を収めてくだ……うああぁ!」
ほたる「自分の非を素直に受け止める……――さすがヒメ!」
神楽「そういう問題じゃねぇよ……」

アニメ第一話エンドカードの神奈川バージョンのパロ擬き。見てない人や放送時に神奈川に居なかった人は今すぐ円盤一巻を買おう。(熱いステマ二回目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここが〈世界〉を守る最前線

 血のように赤く染まった空が俺の眼前に広がっていた。

 それは自らの持つ〈世界〉が正常に発動したことを意味する。顕現した〈世界〉が赤い空とはなんと皮肉な話だろう、と少し自虐。

 三十年前に起きた〈アンノウン〉の襲来を思い出させるような赤い空に、俺は毎度のことだが吐き気を覚える。とはいえそれは、〈アンノウン〉に対してではない。

 

 ──〈アンノウン〉(おまえたち)がいた所為で、俺たちは普通の日常を失ったんだ。

 

 なんて、もっともらしい理由は俺にはなかった。

 憎悪ではない。憎しみによって動く感情は、とうの昔に削ぎ落とした。あるのは、ちょっとした八つ当たり。これだけの〈世界〉を持っているのに、何もできない無力な自分に対する八つ当たりだ。

 

「うわ、デカいな……」

 

 視界を埋める赤の中にいる自己主張の激しい物体。目と鼻の先と言っていいくらいに間近にある光の柱を見て、俺はそう呟いた。

 その呟きに反応する者は、()()()()()()()()()

 赤い〈世界〉では、俺以外の全てが停止していた。それと同時に赤い空以外の色も全て失っている。

 これが俺の、日下神楽の持つ〈世界〉。

 全ての時を止める〈世界〉の力だ。

 ただしこの〈世界〉、他人が思っている以上に使い勝手が悪い。

 一回で止められる時間は最大で五秒程度。おまけに一度〈世界〉を使ったら、最低でも一時間近くのインターバルを要求するので、連続の使用も不可能。さらにさらにで、時を止めれるだけ、つまりは明日葉や舞姫たちと違って碌に攻撃手段を持たない俺の〈世界〉は〈アンノウン〉を倒すことができないときてる。正に宝の持ち腐れな〈世界〉なのだ。

 とはいえ、そこは腐っても時を止める〈世界〉。

 赤い空の下で迫り来る光の柱も、隣を走る霞も、波も、風も、自分以外の全ての動きが止まっていた。

 

「やれやれだよ……」

 

 言って、俺は霞を抱えて再び走り出す。残っていた僅かな命気(オーラ)を振り絞り、全速力でこの場からの離脱を図る。時間にしてほんの三秒ほど。しかし、強化された肉体によって、走った距離は百メートル前後。ありったけの、文字通り最後の一滴まで絞り出した命気(オーラ)のおかげでなんとか光の柱から完全に離れることに成功する。

 それと同時に、赤い空に亀裂が走った。ビキビキとステンドガラスがひび割れるような音が空間内に鳴り響く。

 その直後、ガラスを叩き割ったような音がした。

 途端、全ての色が戻る。そして、止まっていた全ての動きが再開した。

 そして──、

 

「うわぁ……」

 

 耳をつんざくよいな爆音。

 振り向いた先、ついさっきまでいた場所は、舞姫の馬鹿力をモロに受けて悲惨なことになっていた。

 紫色の光の柱が舗装されたコンクリートの橋を、まるで豆腐でも切るかのように一刀両断。圧倒的な質量に物を言わせた一撃だった。

 瓦礫と化して海中へと崩れ落ちていくアクアライン。

 その惨状を近くで見ていた俺の背中が冷たい汗で濡れる。

 

 ──あれが直撃していたら、間違いなく死んでいた。

 

 おそらくは死体も残らないんじゃなかろうか。あれだけいた〈アンノウン〉の群れを正しく一撃で一掃した舞姫の実力は相変わらず頭がおかしい。光の柱に飲み込まれた〈アンノウン〉は、残骸すら残っていなかった。

 これだけ豪快なフレンドリーファイアもそうはないだろう。

 人類最強に殺人前科が付かなかったことに安堵し、

 

「だからアホに刃物を持たせたらいけないんだ」

「同感……」

 

 もくもくと立ち上る粉塵を見ながら、俺と霞は深い溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 平穏を取り戻した東京湾内は、夕暮れ時特有の茜色に染まっていた。

 遠くから聞こえてくるウミネコの鳴き声をBGMに、夕日の光と潮の香りを全身で感じることができる。穏やかな、戦いの後の静けさというやつだ。

 しかし現在のアクアライン上は、それらを満喫できる空気ではなかった。

 

「貴重なインフラであるアクアラインを壊せ──俺出してないよな、そんな命令。……なんでだかわかるか?」

 

 眉をひくひく、肩をふるふると震わせる求得の前には、本日の戦闘で起きた重大なミスを追求される、各校首脳の六人に俺を加えた合計七名の問題児集団の姿があった。

 命気(オーラ)切れからくる疲労から、なんだか校則を破ったのを見つかって先生に叱られている生徒みたいだな、とか場違いなことを考えながら現実逃避を試みる。視線を戻せば、変わらず噴火数秒前な求得。駄目だった。

 壱弥は何故か偉そうな態度で腕を組み、その隣でカナリアがあわあわと周りを見ている。

 本日一番の問題児にしてMVPの舞姫はうつむいてぷるぷると震え、反対にほたるは凛とした無表情で前を向いている。

 俺と一緒に全力疾走で走って疲労した霞は面倒そうに、明日葉に至っては平然と求得の前で携帯端末を弄っている。

 横並び一列に座らされている俺たちだが、その大半は反省や責任なんてものを感じちゃいない。と言うか、俺に関しては被害者なんですけど。

 そんな俺たちの態度が求得の神経をいい感じに逆撫でしたらしく、夕暮れのアクアラインに求得の叱声が飛んだ。

 

「壊されちゃ困るもんだからだよ! どうしてこうなった⁉︎」

 

 むしろ俺が聞きたいです。

 求得の叱声の後、即座に俺、霞、壱弥の男性陣三名の視線が一斉に原因の人物へと向く。全員が内心で、おまえのせいだよ、とツッコむ。

 

「……あのー、ぐとくさん」

 

 すると、視線に耐えきれなかったのか、戦犯の舞姫が瞳をうるうるとさせながら、おずおずと手を挙げて名乗り出ようとする。

 が、それを邪魔するようにほたるが舞姫を優しく自分の懐に招き入れ、彼女の瞳を左手で塞いだ。視界を奪われた舞姫がほたるの腕の中で「おおっ? 急に世界が闇に!」などと驚いている隙に、ほたるはしれっと壱弥を空いている右手で指差し、

 

「あいつがやりました」

「はあ?」

 

 まさかの濡れ衣に眉をひそめ、勢いよく立ち上がる壱弥。

 俺や霞ではなく、このメンバーの中で舞姫の次くらいに火力が出せる〈世界〉を持っている壱弥を指名するあたり、ほたるも抜け目ない。

 

「あー、そう、それそれ。素直に撃たれなかったいっちゃんさんが悪い」

 

 便乗して霞も壱弥を指さす。撃たれなかったって、凄い理由だな。

 言われも覚えも無い発言のオンパレードに、決して長くない壱弥の我慢が爆発した。

 

「なるほど……貴様らまとめて海に沈みたいようだな」

「あ? 二対一なんですけど、っていうか神楽もいるから実質三対一なんですけど。なに、クズ雑魚さん、算数苦手なの?」

 

 味方がいるからか、ここぞとばかりに強気な霞。

 しかし、

 

「私はヒメを慰めるのに忙しいので二人でやれ」

「久しぶりに〈世界〉使って疲れたからパスで。霞、がんばれー」

 

「えっ……」とあっさり味方から裏切られ、霞は言葉を失う。

 

「──仲間同士で争うのはよくないなって僕思います」

 

 あっさり手のひらを返すあたり、流石霞と言わざるおえない。千葉の生徒たちから、フライパンと手のひら返させたら右に出る者はいないとまで言われた男だ。いっそ清々しいレベルで手のひらクルックルだった。

 

「つーか、あたし関係ないなら帰っていい? シャワー浴びたいんすけど」

 

 俺も汗掻いたから気持ちはわかるが、明日葉はもう少し周りの空気を読んでくれ。

 壱弥、霞、ほたる、明日葉の反省のしなさっぷりに、ひくひくと動いていた求得の眉やこめかみの動きが早くなった。噴火を堪えている火山みたいだ。

 それを見たカナリアが、慌てて場をとりなおそうとする。

 

「あ、あの……み、みんな仲良く……みんなでやったことなので、えーと……」

 

 だが、悲しきかな。カナリアはこういった争いの場を納めるのには、絶望的に向いていなかった。ついでに言うと、やったのは闇に視界を奪われた舞姫(アホ娘)だと声を大にして言いたい。

 そして、

 

「困ったときは、笑顔! です!」

 

 言うに事欠いて、カナリアがかましたのは渾身のスマイルダブルピース。

 ザ・練習しました感のありまくりな、あざとい笑顔に空気が固まる。恐るべし残念美人。

 ぶちっとなにかが切れる音を立てて、とうとう求得の堪忍袋の緒が切れた。

 

「バッカモーン! 連帯責任だ! おまえら、明日からしはらく休みがあると思うなよ!」

 

 ──あの、だから俺は被害者なんですけど。

 

 ささやかな俺の抗議の声は、海の上でみゃあみゃあと鳴くウミネコの鳴き声と一緒に海に溶けて消えたのだった。




ようやく、ようやくアニメ一話分が終了。
一話で十話ってことは最終回には余裕で百話超えるね!(白目
できることなら最終回までお付き合いできたら幸いです。
ちょっと二話はオリキャラ絡ませ辛いから構成考える都合で何時もより遅れるかもしれないです。すみません。
最後に、UA、評価、お気に入り登録、感想といつもありがとうございます。今後とも「どうでもいい世界を守るために」をよろしくお願いします。

本編裏話 壱弥と神楽
壱弥「時を止める〈世界〉か」
神楽「まぁ、攻撃手段ないから宝の持ち腐れなんだけどね」
壱弥「時を止める、いや、さしずめ【時を喰うもの】――タイムタイラントと言ったところか」
神楽「ヤメロ壱弥」無言の手刀。

このやり取りを本気で本編に組みこもうとしたのはナイショ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紺碧のカリカチュア
その再開は偶然か必然か


 実を言うと、それがコールドスリープ後の初めての再会だった──というわけではない。

 それよりも以前からお互いが顔を合わせていたことは多少だがあった。しかし、当時は工科に在籍していた俺と、当時から戦闘科にいた()()()との接点が少なかったのもまた事実だ。

 だから俺が──日下神楽(くさかかぐら)千種霞(ちぐさかすみ)についてコールドスリープから目覚めて最初に思い出す記憶は、あの夜の病院の、薄暗い待合室の出来事だった。

 その夜の霞は、たった一人で待合室のベンチに座って、ぼんやりと天井を眺めていた。気力の無い、というよりはどこか思いつめた表情だったのをよく覚えている。

 時刻は既に午後九時を過ぎていたのもあってか、外来の患者や見舞い客の姿もない。窓の外は暗く、院内は静かだ。

 本当のところを言うとその場を通りかかったのは、ただの偶然だった。もたれかかるようにしてベンチに座っている姿を見て、無意識に足を止めた俺はその横顔に目を溜める。

 記憶にある、見覚えのある学生だったから、というのが理由の半分。

 そして残り半分は、俺にはその学生が声を殺して泣いているように見えたからだった。

 そんな俺の視線に気づいて、霞が不意に顔を下ろす。

 なにかに失望、あるいは絶望した瞳が、思いがけず真正面から見つめてくる。

 その瞳に俺は少し驚いた。記憶の中の霞は、死んだ魚のような目こそしてはいたが、そんな辛い瞳をするような人物ではなかったからだ。

 

「あんた……たしか工科の生徒だよな?」

 

 静かな口調で霞が訊いてくる。この時点で霞が俺に気づいていないのは明白だった。幼なじみに忘れられていることに、少しの寂しさを胸に抱きながら小さく頷く。

 

「ああ、そういうあんたは戦闘科の千種だろ。なにしてんだ、こんな時間に」

「なんだっていいだろ……」

 

 霞は投げやりに応えると、小さく肩をすくめた。声変わりをして昔よりも低くなった声が、誰もいない待合室に響く。

 

「おまえ……何処かで会ったことないか?」

 

 まじまじと改まってこちらを見た霞が、そんなことを訊いてきた。なにかを思い出そうと眉を寄せている。だから俺は少し意地悪をした。

 

「どうかな。会ったことあるかもしれないし、ないかもしれない」

「なんだよそれ。でもまぁ──」

 

 そこから先を言おうとして、唐突に霞は言葉を呑んだ。あとになって知ったことだが、霞は懐かしい感じがすると言いたかったらしい。でも、この時の霞はまだ俺のことを初対面の人だと思っていたようで、そんな人に懐かしいも変だと思い直したそうだ。そんな霞に今度は俺が訊いてみた。

 

「それで、天下の戦闘科様が病院でなにしてたんだよ? 捻挫でもしたのか?」

「……だったら良かったんだけどな」

 

 言って霞は顔をしかめる。その右腕には痛々しく包帯が巻かれていた。その怪我を見て、一瞬だが最悪の事態が脳裏をよぎる。

 

「じゃあ、なんだ? まじで内地行きな大怪我でもしたのか?」

「やめろ。縁起でもねぇ」

 

 本気で嫌そうに霞は唇を歪めて、声を低くした。杞憂に終わったことに小さく安堵の息を俺は吐く。

 そして、霞はなるべく深刻になりすぎないように、少しの嘘を混ぜた事実を俺に淡々と語り始めた。

 

「訓練中にちょっと派手に怪我したんだよ。〈世界〉のコントロールをミスってな」

「ミスって……なんだ、俺と一緒か」

「一緒って?」

 

 不思議そうに首を傾げる霞に俺はひらひらと包帯が巻かれた左手を見せる。

 

「俺も工科の作業中に〈世界〉が暴発してさ、熱板に手をジュっとやっちまったんだ。まぁ、よくある話だよ」

「そうか……」

 

 霞は表情を変えなかった。ただその瞬間、俺に対する警戒心や敵意が薄れたように感じたのは、たぶん気のせいではないのだろう。

 

「まぁ、あれだ。とりあえず座れば?」

 

 もたれかかるようにしていた姿勢を直して、霞は自分の隣のシートを指差した。

 

「いいのか?」

「べつに、俺の席ってわけじゃねぇしな」

「それは、まぁ、そうだけど」

 

 工科の俺じゃあ気の利いた言葉なんてかけられないんだが、と思いながら俺が言うと、霞はそんなんじゃないと言って口元を小さく上げた。なんとなく、その仕草が昔の霞に似ている気がして懐かしくなる。

 

「あんたが昔の知り合いにちょっと似てたからさ。少し話したくなっただけだよ」

「なんだそれ。新手のナンパか?」

「悪いけど、俺はノーマルなんだ」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 なんとなくだけど、お互いに気づいていたと思う。でも、なんとなくこの他人擬きな関係をもう少しだけ楽しみたかったのだ。あるいは、身内に本当の意味での弱さを見せたくないという霞なりの強がりだったのかもしれない。

 その日、妹の明日葉(あすは)が戦闘科の訓練中に自らの〈世界〉を暴発させてしまい、それを止めようとした霞が大怪我をしたと知ったのは、それから数日後のことだった。

 

 それは千種明日葉が首席に、千種霞が次席に、日下神楽が護衛役になる前の古い記憶──




ハーメルンの小説検索一覧にクオリディア・コードが載らないかなー、とか密かに思っている黒崎ハルナです。
ってなわけで紺碧のカリカチュア編はーじまーるよー。
個人的に自分がクオリディア・コードに、そして千種兄妹に明確にハマった話なので、色々と気合い入れていきたいですね。とりあえずジャンケンのシーンとかどうしよう……

本編裏話 一度はやりたい
神楽「俺の左手が疼くぞー!」
霞「……なにしてんの?」
神楽「せっかくの包帯ぐるぐる巻きだから、一回くらいやりたかった。まぁ、実際にこんな痛い奴いたら爆笑もんだけど」
霞「いるわけないでしょ。そんな痛い奴」
神楽「だよなー」

壱弥「くしゅん! 誰だ、俺の噂をしているやつは?」

それからしばらくして、神楽と霞は本物に出会うことをこの時はまだ知らない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アクアライン護衛任務

 防衛都市の朝はわりと早い。

 都市運営の全てを在学中の学生たちによって行われている都合上、当然と言えば当然だろう。厳密に管理されたシフトやスケジュールを与えられ、それらをこなす様は、旧時代の学生という概念から些か外れている気がしなくもないが、俺たちにとってはそれが当たり前なのだから仕方ない。

 そんな防衛都市の中でも俺の所属する防衛都市千葉は、他所の都市と比較しても一際朝が早いことで有名だ。

 朝日がようやく昇り始めた時間帯、旧時代の都市文化にあったとされる歩行者天国に倣って全ての車両の通行を禁止にし、屋台やパラソル付きのテーブルをずらりと並べたビル街は、客を呼び込む掛け声と朝餉の歓談で大いに賑わう。

 南関東防衛都市の食料庫として名高い千葉は、当たり前だが内部での需要供給も盛んだ。常日頃から品種改良に情熱を燃やす生産科の生徒たちが競い合うように各々の自慢の商品を並べ、舌の肥えた他科の生徒たちは自らの好みに合わせた嗜好品を見つけるべく商品を品定めする。

 千葉の朝は、そうした学生同士による売り手と買い手がひしめき合う朝市から始まるのだ。

 知り合いの経営する露店を冷やかしに行く生徒たち。恋愛漫画よろしく、一つのグラスに二本のストローを差して飲むカップル(リア充)。実に多くの千葉の生徒たちがこの朝市に集まっている。

 平凡でありきたりな、掃いて捨てるほどくらいには転がっている日常。

 そんな中で他の人からしたら普通な、だけど俺には普通ではない光景がある。

 広場の隅っこにいくつも鎮座するボックス型の公衆端末。

 そこに籠った学生は、ホログラムモニターの向こうにいる人物と軽口混じりの会話を楽しんでいた。

 電話の相手は内地にいる両親、あるいはそれ以上に大切な誰かなのだろう。時折にだが漏れる声とその表情は明るく、どこもかしこも笑顔で溢れている。

 両親がいない俺には無縁な、少しだけ羨ましくも妬ましくも思う光景を、自分と同じで両親がいない明日葉と一緒に眺めていた。ふーんと眠たげな目で一瞥している明日葉の内面はいまいち読み取れない。寂しいのか、羨ましいのか、それは明日葉だけにしかわからないことだ。

 広場の端に設置された円形テーブルの一席に頬杖をついて陣取る明日葉は、食べやすいように一口サイズにカットされた千葉一押しのフルーツの盛り合わせを退屈でも凌ぐかのように惜しげなく口の中に放り続けていた。しゃくしゃく、ぱくぱくとその手と口は止まらない。

 

「……ねぇ、明日葉ちゃん」

 

 その遠慮なんて何処かに捨てましたと言わんばかりの豪胆ぶりに、俺の隣、明日葉から見たら対面席に座る霞が遠慮がちに声を発した。

 

「んー?」

 

 もぐもぐと咀嚼しながら明日葉が返事を返す。質素な皿に盛り付けられていたフルーツたちは、種と皮を残して綺麗に食べ終えていた。

 

「……それ、俺が買ってきたんだけど」

 

 霞が力なく所有権を主張するそれとは、つい先ほどまで「もぎたてフルーツ盛り合わせセット」と銘打たれていた至高の一皿だ。残念ながらもはや種と皮ばかりの「残念食い終わりセット」と化してはいるが。

 それは数分前の出来事だ。

 朝食を食べる為に朝市が行われているビル街まで来た俺たち三人。真っ先に明日葉が席に座り、そのまま不動の精神で動かなかったので仕方なく霞と俺が買い出しに行った。ここまではいい。問題はその後だ。

 所狭しと並ぶ屋台を眺め、久しぶりにちょっと豪勢な朝食にしようと霞が選んだのが件の「もぎたてフルーツ盛り合わせセット」だった。

 そして──

 人混みをかき分けて俺たちが買い出しから戻ると、明日葉はさも当然のように霞が買ってきたフルーツセットを食べ出し、それを霞が唖然として眺めている内にフルーツセットは残飯セットに早変わりした。

 多くを語れずただ慄然としている霞に、明日葉はやれやれと首を振る。

 

「あたしたちは運命共同体っしょ。お兄ぃのものはあたしのもの。あたしのものはお兄ぃのもの」

 

 ジャイアンも真っ青な、言葉だけなら平等な、実際は暴君顔負けな言葉に俺は霞にちょっとだけ同情した。……あ、このサンドイッチ美味いな。

 

「はい」

 

 明日葉は元もぎたてフルーツセット、現ただの食い散らかした皿を押し出して対面の兄へ突き出す。端的に換言すれば、おかわり持ってきて。この兄妹の間において、等価交換の法則はまったく仕事をしないようだ。鋼の錬金術師もこれには苦笑いだろう。

 あまりにも横暴。奴隷制度時代の暴君と奴隷ばりの扱いに、さすがの(シスコン)も一瞬言葉を失っていた。百年の恋ならぬ、百年のシスコンも冷める勢いだ。

 

「おかわりお願い、お兄ちゃん」

 

 嘘だった。明日葉は上目遣いに慎ましく兄の霞にお願いしている。しかもウィンクのおまけ付き。間近で見ていた俺もそのあまりの可愛さに横柄な態度をあっさり許してしまうほどの破壊力だった。そんなのを霞が耐えられるわけがない。

 案の定、霞は気持ち悪く頬を上げている。きっと霞の中で今までの態度は嘘で冗談だったと断言したのだろう。霞は明日葉が食べ尽くした皿を持って立ち上がり、

 

「……ま、まぁね? お兄ちゃんだからね?」

「……付き合うよ」

 

 いそいそと再び妹の為に人混みの中へと向かう霞をさすがに不憫だと思い、俺もその後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかる兄と幼なじみの姿を見送りながら、明日葉は先ほどまでの嘘か冗談のような慎ましさを引っ込めてほくそ笑んだ。

 

「……ちょっろ」

 

 そう言いつつも、明日葉は健気な背中二つが雑踏の奥へと呑まれるまで生温かい目で眺めていた。だが、手持ち無沙汰になったのを自覚したころには朝特有の眠気が舞い戻ってきてしまう。

 前のめりになる重心を再び頬杖に預け、身体をやや前に倒す。

 そうしていると、はらりと流れる前髪の隙間から、屋台に並ぶ二人の姿を見つけた。明日葉はじーっとその様子を眺める。

 霞は並んでいた列の割り込みをされていて、神楽は神楽で屋台の生徒から色々とぼったくられていた。それが面白くて明日葉は見るたびにふっと小さく吹いてしまう。くすくすと笑って、ローファーをぱたぱたとさせる姿は、上機嫌な猫が尻尾を振っているようだった。

 明日葉はこういうゆるゆるとした空気や時間が好きだ。ぽかぽかな陽だまりにもにた感情のせいで、明日葉は、くあと小さく欠伸を漏らす。

 このまま眠ってしまいたいな、と重くなった目蓋を落ちてくるままに任せていると、不意打ち気味にテーブルが小刻みに震え始め、明日葉の安眠の邪魔をした。

 億劫そうに手を伸ばして明日葉は安眠妨害の元凶を苛立たしく拾い上げる。その正体は霞が忘れていった携帯端末だった。明日葉のささやかな幸せの時間に水を差した発信音を確認すれば、ディスプレイに映る「夕浪愛離(ゆうなみあいり)」の文字。

 

「…………んー」

 

 しばしの少考の後、明日葉の指が一瞬ばかり宙に留まる。

 しかしすぐにその指は液晶画面へと着地。そして、霞しか知らないはずの四桁のパスワードを慣れた手つきで押す。手慣れた操作で電源ボタンを切って、完全にもの言わぬ金属の塊と化した携帯端末。ついでとばかりに今度は神楽の携帯端末をピ・ポ・パ・ポ。まったく同じの秘密の四桁を打ち込んで、霞の端末同様にもの言わぬ金属へと変える。なんてことはない、その四桁の数字は本来なら明日葉のほうが馴染み深いものだ。

 

(二人ともパスワードがあたしの誕生日とか、ほんとバカだなぁ。お兄ぃも神楽もキモいなぁ)

 

 そんなことを思いつつ、二つの端末を元にあった場所へと滑らせ、しれっと兄と幼なじみの帰りを待つ彼女は、嘘か冗談かたしかに口角が上がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝市の屋台が軒並み撤収を終えて通常通りの交通網が機能し始めたころ、南関東管理局から呼び出しがかかった。

 厳密に言えば呼び出しを受けたのは俺ではなく、明日葉と霞、つまりは千葉の首席と次席だったのだが、護衛役の仕事の都合上俺は二人と一緒に南関東管理局へと足を運ぶことになったわけだ。

 

「アクアラインで護衛任務?」

 

 遮蔽物の少ない作戦会議室に、緊張感の欠けた神奈川首席・天河舞姫(てんかわまいひめ)の声が響く。

 

「そうだ」

 

 ぶっきらぼうに舞姫の言葉を肯定した管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)は、中空に浮かんだホログラム画像を顎で示す。そこには派手に破壊されたアクアラインの現場が映し出されていた。異形の怪物たる〈アンノウン〉によってこれほど甚大な被害が出たのだと、初見の人間は間違いなく言うだろう。実際はとあるバカが起こした人災なのだが。

 旧時代から千葉と神奈川を海上から一本に繋いできた歴史的にも実用的にも、そして現在では軍事的にも貴重な交通上の要所兼戦時での要塞が、何者かの過失というか勇み足というかぶっちゃけただのうっかりによって分断されたあの間抜けな事故。映し出された画像を見た舞姫(当事者)がだらだらと脂汗を噴き出しそうな、ひどくきまりの悪い顔をしていた。

 ちなみに、当事者たる舞姫は厳重注意とポイント減点の処罰を受けたそうだ。もともと襲来する〈アンノウン〉への過剰防衛という面も無きにしも非ずだったので、落とし所としては妥当だろう。求得もその件に関して今更蒸し返すつもりはないようだ。

 淡々とした調子を保ったまま、求得は本題に切り出した。

 

「半壊したアクアラインを工科の生徒たちに手伝ってもらって修復中なんだが、ボチボチ目処もつきそうな今になって妙な噂を耳にするようになってな」

「妙な噂、ですか?」

 

 つい反射的に訊き返してしまった俺に求得は「ああ」と頷き、

 

「正体不明の〈アンノウン〉らしきものが出る──という噂だ」

 

 正体不明の〈アンノウン〉? 耳慣れないその言葉に俺は首を傾げた。

 もとより得体の知れない存在、出目も所在も目的さえもわからない〈アンノウン〉だが、三十年の長きにわたる戦争の末に人類側はその歴史相応の交戦データを保有している。そして、そのデータを元に出現した〈アンノウン〉を質量や形状ごとに級別し、下からオーガ級・クラーケン級・トリトン級といった名称を銘じることで俺たちは未知を既知として受け入れている。

 しかし、求得の言葉をそのまま受け取るのなら、今回の〈アンノウン〉はその既知に当て嵌まらない、まったくの未知ということになる。

 人は未知に対して残酷なくらいに無力だ。

 だからこそ、人は未知に対して好奇心を抱く。例えば噂話と聞いて、興味深そうに反応した明日葉のように。

 

「……お兄ぃ、聞いたことある?」

「いやぁ」

 

 こそっと身を寄せて、明日葉は霞の耳元でぽしょぽしょと喋る。それがこそばゆいのか、霞はくすぐったそうだ。だというのに、明日葉は我慢せずにふっと笑う。

 

「あー……。まぁ、お兄ぃ、神楽以外に友達いないもんね」

「いや、たまにはいるよ?」

「……たまにって……それ友達? 毎月お金いるやつじゃないの?」

「安心しろ。年間契約だよ。っていうかさ、お兄ちゃんを傷つけるためだけに質問するのやめよ?」

「おまえら会議中だぞ」

 

 怪訝そうな表情の明日葉とげんなりしている霞に軽く注意。あと霞は、今の台詞を蓮華(れんげ)朝顔(あさがお)の前で言ってみろ。間違いなく怒られるから。

 その間も求得たちの話は続く。

 

「それで工科の生徒たちが怖がってしまってね」

 

 求得に代わって愛離が憂いを帯びた接ぎ穂を足す。その姿が微妙に色っぽいから困る。ともあれ、修復作業は工科の仕事だが、〈アンノウン〉の対処や警戒となればそれはもはや彼らの専門外だ。それで専門家(戦闘科)の俺たちを呼んだわけか。

 

「あなたたちに連絡して警備の生徒を選んでもらおうとしたんだけど、何故だか皆連絡がつかなくて返信もなかったのよね……あたしからの電話、履歴になかったかしら?」

 

 愛離は三都市それぞれの面々に伺うような視線を注ぐ。

 はて? そんな連絡あったか? と一人頭を捻る中、まず先に舞姫が申し訳なさそうにしゅんと項垂れた。

 

「私の端末、いつもどこかに行ってしまって」

 

 神奈川首席の端末はしょっちゅうと言っていい頻度で行方不明になるらしい。当人は気づいていないが、その主犯らしき人物は現在舞姫の後ろで謎の無表情を貫いている。

 

「あれ、電源切れてる」

「ありゃ、こっちもだ」

 

 愛離に問われて着信履歴を確認しようとした霞と俺だが、いつの間にやら自身の携帯端末がもの言わぬ金属の箱と化していたことに俺たちは怪訝な表情で見下ろした。なんとなく主犯に心当たりがあるが、容疑者はどこ吹く風の知らん顔だったのできっとなにかの弾みで電源が落ちたのだと自己完結する。

 

「着信は見た。だが、大切な用なら繋がるまでかけ続けるべきだ。かけ直すこともせずに詰問される理由はない」

 

 東京首席・朱雀壱弥(すざくいちや)の申し開きは微塵も申し開いておらず、いっそここまで清々しいと一種の尊敬の念すら抱きたくなるほどだった。もはや逆ギレの類いだというのに、あまりにも威風堂々としているものだから、世が世なら駄目な男に騙されているであろう女性ぶっちぎりのナンバーワンな愛離は「たしかにこの子の言ってることは正論かもしれないわ」と小声で漏らしている。丸めこまれないで愛離さん、それ勘違いだから。

 とりあえず例によって有能な、東京首席様専用の通訳者の出番である。

 

「翻訳いたしますと、面目次第もございません……」

「はっはっは! まぁかまわん。こっちとしても希望を聞きたかっただけだからな。仕方なくこちらで臨時警邏の面子を選ばせてもらった」

 

 次席・宇多良(うたら)カナリアの代理謝罪が功を奏したわけではないが、求得は会議室中に響くほどの大笑いでその場を有耶無耶にまとめあげた。同時に中央モニターに映し出されたのは求得が言う臨時警邏の面子、すなわち今ここに召集された各都市首脳陣六名の名前である。ついでのように端っこに「おまけ・日下 神楽(くさか かぐら)」と俺の名前が載せてあった。何の嫌がらせだ、これ。

 

「それぞれ都市運営や学生活動で大変だとは思うが、責任を持って警備、やってくれるよな!」

 

 大人の余裕とばかりにガハハと笑っていた求得の表情が、一転して大人の狡猾さを思い知らせるニンマリ顔に変わった。ものすごくぶん殴りたくなる顔だ。

 

「がんばってね、皆。差し入れ持っていくから」

 

 片や愛離はあらゆる毒気を抜かれるような満面のにっこり顔である。この二つを、主に愛離の微笑みを並べられては断ることなどできるはずがなかった。

 

「はぁ……」

 

 面倒きわまる心情をおくびも隠さず溜息を吐く明日葉は、この場にいる一同の代弁者だったのかもしれない。




元の話が千葉メインだったのもあってか、カリカチュアはあんまり原作と変わらない展開になりそうです。
お気に入りが200超えました。登録やUA、感想、評価と何時もありがとうございます。

本編裏話 友達料金
朝顔「霞〜、今月分の友達料金貰いにきたわよ」
霞「えっ? マジで払うの⁉︎」
朝顔「徴収していいって神楽が」
霞「勘弁してください……」

元同僚に絞りとられる霞の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

組み分けは平等に

 横暴と言えば横暴、自業自得と言えば自業自得な理由でアクアラインの警護を命じられた俺たちは、とりあえず海ほたる駅へと向かうことにした。

 人工島『海ほたる』は旧時代、それもまだアクアラインに鉄道が併設されるよりも遥か昔から同ハイウェイの中継点として運用されている歴史ある人工島だ。とくになんの詳細も説明もされず、漠然とした理由でアクアラインに向かった俺たちが、漠然とこの場所へ赴いたのはある意味自然な流れだろう。

 

「面倒な……今日の予定が全てパァだ」

 

 駅のホームに降り立つと、壱弥は面倒そうに呟いた。後ろに控えるカナリアが「まあまあ」と壱弥を宥める。

 

「あんなの、わざわざアクアラインを攻撃したやつのせいだろうが」

 

 壱弥の背後から、珍しく霞が同調するような声を発した。

 人間は共通の敵を見つけると、たとえお互いが嫌い合っていても共闘ができるらしい。

 

「珍しく意見が合うな。一体全体どこのアホ娘がぶっ壊したんだろうな」

「人類を守るとかいつも言ってるアホ娘だろ。貴重なライフラインを破壊してたら世話ないな……」

 

 壱弥の視線は霞を無視して神奈川首席(アホ娘)を射る。霞の視線はあさってな方向へと向いているが、その嫌味混じりな言葉が壱弥と同じ人物へ放たれていることは明らかだった。

 

「しゅん……」

 

 紛れもない、弁護のしようがない正論に舞姫は涙目で肩をすぼめる。肩にかかった軍服が舞姫の気持ちを代弁するかのように、小さく下がった。

 

「まぁ、あれだ。あんま気にすんなよ」

 

 それの様子があまりにも可哀想になった俺が、ぶっきらぼうにそう励ましの言葉を贈ると、途端に舞姫は元気を取り戻した。だが、励ましたのが自分のうっかりで大変な目にあった俺だとわかると、罪悪感からか舞姫は再びしゅんと落ち込んだ。

 

「なんだ? 三百位はアホ娘を弁護するのか」

「殺されかけたのによく許せるな……」

 

 露骨に不満そうな表情を浮かべた霞と壱弥に変な誤解をされたくない俺は、慌てて補足する。

 

「別にいいじゃねぇか。結果的には無事だったわけだし」

 

 ふーん、とますます怪訝な顔になる二人。そんな中で、さりげなくほたるが舞姫の肩を優しくぽんと抱く。

 

「ヒメは、正しいことをしたんだ」

 

 その言葉に舞姫がすがるように顔を上げれば、凛堂(りんどう)ほたるはとても優しい表情を浮かべ、聖母の様な優しい声でわりと酷いことを続けた。

 

「あれ以上戦闘が続いていたら、虫ケラの同士討ちがあったかもしれない」

「ほたるちゃん……」

 

 ほたるの言葉に舞姫は感動する。しかし、その言葉はわりと容赦なかった。

 

「誰が虫ケラだ!」

 

 案の定、虫ケラ呼ばわりされた壱弥は激昂し声を荒らげる。

 

「おまえだよ……」

「なんだと!」

 

 霞が呟くと、壱弥の苛立ちはさらに増加した。そんな壱弥に霞はやれやれ、と肩をすくめる態度で挑発する。

 

「貴様ら全員だバカ者」

「なん……だと……」

「ってか俺もかよ……」

 

 ほたるがぴしりと言い放って、霞はショックで固まった。

 舞姫をフォローしたはずの俺まで虫ケラ扱いされてたことに、ちょっとだけ俺もショックで固まった。

 

「お兄ぃ……なんでマジにショック受けてんの……」

 

 明日葉はそんな兄に呆れるような声を出す。ついでに「どんまい」と肩を軽くポンポンと叩かれる俺。少し泣きたくなった。

 

「だめだよ、ほたるちゃん! そんなこと言っちゃ! 悪者探しは何も生まないよ!」

 

 いがみ合う仲間たちを見ていられなくなったのか、舞姫は何か力説し出した。だけど、悪者のおまえにだけは言われたくない。

 

「おまえが言うな!」

「天河には言われたくないんだよなぁ……」

「うぐっ!」

 

 もっともだった。

 助けを求めるようにして舞姫がこちらを見てきたので、首を横に振って助けを断ると、また泣きそうな顔になっていた。

 

「ヒメに責任を押しつけるな虫ケラども!」

 

 どさくさに紛れて舞姫を抱きしめていたほたるが、俺たちの反論など聞く耳を持たないと言わんばかりの超都合の良い主張をしてくる。だんだん面倒くさくなってきた。

 

「アホ娘に責任がないような言い方をするな! ア保護者が!」

 

 すごくもっともだった。ついでにちょっと上手いとも思った。

 

「一緒にしないでくれる? 割と本気で傷つく」

「なんだと!」

 

 さっきまでの共闘はどこにいったのやら。何時も通りな言い争いを始める二人。到着早々に帰宅したくなった。

 

「もう! もう! ケンカ禁止!」

 

 いよいよ収集がつかなくなってきたころ、ここまでひたすらあわあわしていたカナリアが腕をぶんぶん振り回して仲裁に入ってきた。

 そして、この場にいた全員の視線を独占したカナリアはくるっと一回転し、

 

「みんな笑顔! 困ったときは──笑顔、だよ!」

 

 時が止まった。

 一瞬、俺が〈世界〉を使ったのかと勘違いするくらいに周りの空気が止まった。

 しかもカナリア本人は、わりと決まったと言わんばかりに得意げだ。きゅぴんとあざとい笑顔に、旧時代のアイドルばりにわざとらしいポーズ。さらには彼女の代名詞たるダブルピース。

 コメントに困ったみんながじっとカナリアを見ていた。

 そのとき、沈黙を破るように駅のホームに電車が着いた音が鳴り響いた。

 

『海ほたるー、海ほたるー。作業工科生徒は班ごとに分かれて担当区域へと移動してください。休憩所は三階オープンテラス並びに四階モールです。着替えのロッカー室は──』

 

 渾身の、気合いの入ったラブ・アンド・ピースな笑顔だよポーズ。絶好なタイミングで修復工事に来た工科の生徒たちがぞろぞろと降りてくる。ものすごく他人のフリをしたくなった。

 

「おー」

 

 舞姫一人がパチパチと拍手喝采する中、各都市の工科生が列を為して無言で通り過ぎてゆく。誰一人として例外なく、肩を震わせ口元を押さえていた。俺は笑うこともできずに軽く唇を引きつらせる。

 いっそ陽気に笑い飛ばしてあげるべきなのだろうか。

 一部押さえきれずにくすくす笑う生徒を見て、そう思った。極力にしろこちらを眺めないように気を使う生徒たちの優しさが余計に痛い。

 霞は、そんなカナリアに呆れていた。

 明日葉とほたるは見事に他人のフリを決め込んでいた。明日葉はぽちぽちと携帯端末を弄り、ほたるは拍手喝采する舞姫にそっと他人のフリをするように進めている。どいつもこいつも酷かった。

 そしてなにより、そのアホな空気の中で誰もフォローの言葉を発さない事実が、俺をいたたまれない気分にする。

 

「バカナリア……」

「はう〜……」

 

 結局のところ、壱弥のストレートな罵倒こそ、カナリアには救いに思えた。地獄に仏的な意味で。

 

 

 

 

 

 

 誰が言ったわけではなかったが、可哀想な子を気遣って誰からともなく駅から離れた俺たちは、とりあえず海ほたる人工島内のモニュメント広場に再集合することにした。

 

「修復って言ってたけど、実質はメンテナンスと並行で行うらしいぞ」

 

 道中で千葉の工科生徒から得た情報を俺が口にすると、数名が「は?」と露骨に眉をひそめた。

 ここでいうところのメンテナンスとは、保全を目的とした定期的に行われてきたアクアライン全域の補強工事を意味する。つまりその分布範囲は件の破壊された場所に限定されず、東京湾に架かった長大な建物の端から端までにいたるということだ。

 

「じゃあ別に先日の壊れたウンヌンは関係ないじゃないか。朝凪のやつめ……」

 

 みんなの気持ちを代弁するように壱弥は北西の空、管理局のある方角を恨めしく仰いだ。

 逆に自らの過失が招いたことと自分を責めていた舞姫だけはかえって士気が上がっていた。名誉挽回のチャンスだと、やたら張り切っている。またなにか壊さないか少々不安だ。

 

「神奈川と千葉の両側から中央に向かって作業してるみたいだね。見回りも兼ねて、私たちも手伝おうか!」

 

 ほたるから追加の情報を聞き出した舞姫の提案に、誰も意を唱えなかった。

 次いで舞姫は跳ねるように爪先立って、小さな身体を目一杯広げて左右を示す。神奈川方面と千葉方面で分かれようということらしい。

 

「それじゃあ、三人と四人で二手に」

 

 その意見を建設的に受け止め、誰よりも先に一歩を踏み出したのは霞だった。ただし踏み出したのはいずれの現場方面ではなく、愛しい妹方面だった。

 

「それが賢明だろうな」

 

 霞の指示を全面的に肯定したほたるは、悠然たる行軍を始める。ただし行軍は舞姫の側に辿り着いたところで終わった。

 合理的な発言とは裏腹に、明らかに感情的な組み合わせを目論む千葉と神奈川の次席の姿に、さすがの俺も苦笑いだ。あの壱弥ですら声を荒げる気力を無くしていた。

 

「まぁ、護衛役()としてはその方がいいか」

 

 なにより無駄な争いごとか起きないのはいいことだ。

 ここは千葉組と神奈川・東京組で分かれてもらおうと、みんながいるほうに向き直ったときだ。何故か舞姫が俺の左手を取っていた。

 

「……あの、何か?」

 

 返答代わりにぶんぶんと握った手を振ってにこやかスマイルな舞姫。意味がわからなかった。

 

「せっかくだし、かぐらんと一緒がいいな」

「はい?」

 

 余計に意味がわからなくなった。ついでに言うと、舞姫の後ろで控えているほたるの殺気が怖い。誰か助けてと哀願したら、なんでか明日葉に脛を蹴られた。

 いつのまに神奈川首席様の俺に対する好感度が高くなっていたのか。疑問に思った俺に舞姫は「私さ、考えたんだ」と言って、その真意を話す。

 

「この前ドーン! ってした時にかぐらんも巻き込んじゃったからね。だから今日は私がかぐらんと一緒に入ればドーン! ってしても巻き込まれないよ!」

「そもそもドーン! ってしなければいいんじゃあ……」

 

 先日の反省を舞姫なりに活かした考えのようだが、そこに俺の人権を少しだけでも考慮して欲しかった。本人的には名案だと思っているみたいだが、正直それは迷案でしかない。しかし悲しきかな、お人好しな神楽さんはその手を振り払えなかった。決して舞姫の手がとても柔らかくて離したくなかったとかではない。

 

「いやいや、神楽は千葉の護衛役なのよ。アホ娘が一緒にいる意味ないでしょ」

 

 言って霞が俺の右手を掴んだ。男と手なんて繋ぎたくなかったので容赦なく弾いたら、また明日葉が隠れて脛を蹴ってきた。いい加減ちょっと痛い。

 

「えー!」

 

 舞姫が不満気な声を上げる。その後ろで「ヒメが男なんかに興味を……」と、うわ言のようにして呟くほたるがいた。控え目に言って怖い。

 ──なに、このカオスな状況。

 

「じゃあ、グーパーでもする?」

「そうしよう。むしろそうしてくださいお願いします」

 

 見かねたカナリアからの、いかにも彼女らしい子供っぽい提案に、俺は直ぐ様乗っかった。この状況をなんとかできるのなら、この際手段などどうでもいい。

 

「それでいーじゃん。お兄ぃもたまには妹離れしてよ」

「え……」

 

 俺に続いて、明日葉もカナリアの提案に賛同した。妹に拒否られた霞は魂を抜かれたように放心した。

 そして舞姫に至っては、誰に頼まれるでもなく無邪気に前へ躍り出て仕切り始めた。その間も彼女は手を離してくれない。もう好きにしてくれと、俺は色々諦めた。

 

「よし! グー出した人はグーなので、グー組で、パー出した人はパーだからパー組だ! 準備はいーかな? 行っくよー? グッとパッ!」

「なに、その頭悪い音頭……」

 

 俺の細やかなツッコミなど知らんとばかりに、舞姫の高らかな号令に応じて突き出された七つのハンドサイン。

 ちなみにどうでもいいことだが、明日葉曰く俺はジャンケンの類いで最初にパーを出す癖があるらしい。意識していない部分なので、指摘された当初は地味に驚いたものだ。

 そんなわけで俺は今回もパーを出していた。そこに深い理由はない。

 大らかに広げられた(パー)が俺を含めて四つ。強く握りこまれた(グー)が一つ。禁断の最強手グチョパを使うアホが二つ。

 こうして南関東選抜アクアライン臨時警備隊は、パー組四名とパー組じゃない組三名とに再編成されたのだった。




ちなみに作者は友人に「おまえグーばっかだな」と言われた過去があったりします。
女神サイドにしたのはカナリアと舞姫の二人に神楽を絡ませたかったから。次回はカナリアと絡ませる予定。
何時もながらたくさんのUAやお気に入り登録ありがとうございます。


本編裏話 あったかも知れない世界線
その一 パーじゃない組編
ほたる「ヒメニウムが足りない……ヒメニウムが足りない……」
壱弥「俺一人で十分だ」
神楽「ちょー帰りたい……」
霞「同感……」

纏めようとして、結局諦めた千葉二人の図。

その二 千葉組編
霞「じゃあ、あっちの方よろしく」
神楽「そこの鉄骨のボルト緩んでるぞ」
明日葉「がんばれー」
神楽「いや、働けよ!」

神楽と霞に丸投げしてサボる明日葉の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誰かに必要とされること

 工科の生徒たちから話を聞いたときにある程度の覚悟はしていたが、作業現場は想像を上回るほど広範囲だった。

 唯一の救いは、俺たちパー組が担当する千葉側の作業現場が、太陽の下で工科所属の健康的な男女が和やかに汗を流す、それはそれは恵まれた労働環境だったというとこだろう。

 好天の青空。穏やかな日差しを弾いて煌めく水面。みゃあみゃあと鳴くウミネコの鳴き声。素晴らしいの一言だ。

 

「あれ? 日下じゃん。なんだよ、とうとう戦闘科をクビになったか?」

 

 現場に着くなり、工科時代の知り合いたちが身もふたもないことを漏らす。その変わらない接し方に実家に帰って来たような安堵感を感じる。

 軽く再会を祝してハイタッチを交わし、俺は警備に来たことを知り合いたちに伝えた。途端、知り合いたちは皆揃って不安そうな顔になる。

 

「警備って、おまえが?」

「おう、不安そうな顔するのやめーや。ちゃんと俺以外にもいるっての」

 

 俺は軽く顎で増援のいる方を示す。

 そこには三輪の美しい華が咲き誇っていた。

 

「と、いうわけで、警備と、あとお手伝いで来ました。よろしくお願いします」

 

 頬をほんのり赤く染めてはにかむように微笑む東京次席・宇多良カナリア。

 

「だるいし、ちゃっちゃと終わらせて帰りますか〜」

 

 その実力に裏付けされたアンニュイな言葉が頼もしい千葉首席・千種明日葉。

 

「あっちと、どっちが早く真ん中につけるか勝負だね! がんばっていこうー!」

 

 小柄な体躯とあどけない笑顔の奥に溢れんばかりのカリスマ性を漂わす神奈川首席・天河舞姫。

 三都市の中で実力、容姿、人望の全てがトップクラスの美少女三名の来訪に、現場にいた工科生のテンションはわかりやすいくらいに上がった。

 そして、

 

「神や……あんた神やで……」

「俺、日下と友達やってて良かった……」

「生きてるって素晴らしい!」

 

 何故か千葉の工科生徒たちから神様扱いされる俺だった。

 

 

 

 

 

 

「よっ……とっ」

 

 太陽の下で工科の生徒から借りたレンチを使って、くるくるとボルトを回す。

 戦闘科に入る前、工科時代に散々やった作業だったが、意外と体が覚えているものだ。軽い説明を工科生徒から受けた後は、だんだんと思い出してきたのもあって、今では何の問題もなく作業を続けられている。だからと言って、区画丸々一部を任すのはどうかとは思うが。

 

「ふわー、凄いね」

 

 感心したような声が後ろから聞こえたので振り返れば、カナリアがほへー、と口を開けていた。

 しゃがんで作業をしていた俺に視線を合わせる為か、中腰に屈んでいるせいで、視線が無意識にその豊満なバストに向いてしまう。

 カナリアの大きな蒼い瞳が尊敬の眼差しでこちらを見つめ、中腰のせいで余計に強調されるたわわな胸元が眼前でぷるんと揺れる。目に毒ってレベルじゃない。

 毎回思うのだが、カナリアはガードが緩いというか、自分の性的魅力についてかなり無頓着だ。

 すらりとした手足とか、見事に育った胸とか、白くて細い首筋とか、形のいい唇とか。そういうものをまったくの無警戒無防備で目の前に見せつけてくるという状況は、思春期の男子としてかなりつらい。よく壱弥はこれを毎日見せつけられて我慢できるなぁ、と思う。──もしかしてわざとやってますか、お姉さん? 

 

「凄くねぇよ。前に工科にいたことがあるだけだ」

 

 恥ずかしさを誤魔化すためにぶっきらぼうにそう答える。

 童貞にカナリアのパーフェクトボディはキツ過ぎた。

 

「あっ! 工科と言えば、いっちゃんも首席になる前は工科にいたんだよ」

「ふーん」

 

 だからどうしたと言いたかった。だけど、カナリアがあんまりにも嬉しそうに話すものだから、つい真面目に訊いてしまう。美人に弱い自分が恨めしい。

 って、ちょっとまて……

 

「……工科? あんだけ戦えるのに?」

 

 防衛ランキング四位。男子生徒の中ではぶっちぎりの一位にして男子最強の朱雀壱弥が工科にいたという事実は、俺を驚愕させるのに十分だった。

 

「いっちゃん、『デュアル』持ちじゃないから」

 

 ああ、とカナリアの簡潔な説明を訊いて納得。

 当然と言えば当然なのだが、対〈アンノウン〉戦での制空権を制することが目的の東京校では、戦闘科は全員が飛行に関する〈世界〉を持つのが最低条件とされている。その為、そこからさらに〈アンノウン〉に対する明確な攻撃能力のある〈世界〉を追加で持つことを要求される厳しい環境でもあった。

 飛行と攻撃手段。東京校ではそうした複数の〈世界〉、あるいはそれに準じた能力を持つ生徒を『デュアル』と呼称しているのだが、驚くべきことに東京校首席・朱雀 壱弥は単一の〈世界〉だけしか持たない『シングル』なのだ。

 イレギュラー中のイレギュラー。もちろん首席になるまでの過程には、俺なんかでは到底想像もできないほどの過酷な過去があったに違いない。

 縦横無尽、自由気ままに誰よりも高く空を飛翔()べる壱弥にもそんな経歴があったのかと思うと、不思議な親近感がわく。今度機会があれば東京校の工科について聞いてみたいと思った。

 カナリアは得意げに語る。

 

「でもいっちゃんは凄いんだよ。私なんか東京次席なのに空を飛べないし、作戦も立てれないし、というか何もできないけど、いっちゃんは私と違って空も飛べるし作戦も立てちゃうしで何でも全部一人できるんだよ!」

 

 優秀な弟を自慢する姉のような口調で話すカナリアの表情は明るい。

 俺はそれを黙って、だけど作業をする手を止めることなく訊いている。

 随分と前に一度だけ訊いた話だが、カナリアはコールドスリープ中の事故が原因で、自らの〈世界〉が他者よりもずっと脆弱らしい。しかも、その事故の影響で本来なら年下だったはずの壱弥と同い年になってしまったそうだ。

 そういった経歴からなのか、カナリアはやたらと自分を過小評価し、逆に他人を過大評価している気があった。本人に訊いたわけではないので、あくまでも俺個人の主観ではあるが。ともあれ俺は、

 

 ──それがなんとなくだが、気に入らない。

 

「……それを言ったら宇多良だって凄いだろ」

「ほえ?」

 

 予想外と言わんばかりに目を丸くするカナリア。

 俺は手に持つレンチでカナリアを差し、

 

「あのいっちゃんさんに付き合えるやつなんて、俺の知ってる中じゃ宇多良だけだぜ」

 

 強いて言えばウチの霞もそれに当たるが、本人たちは否定するだろう。なにより第三者の俺にすらわかるくらいに、壱弥はカナリアを気にかけている。ぶっちゃけ異性として惚れていると断言してもいい。

 それに、と俺は一呼吸入れて、

 

「戦場で宇多良の歌に俺たち千葉がどんだけ助けられたと思ってんだよ。何もできないなんてこと、絶対にあり得ないっての」

 

 そもそも、直接的に〈アンノウン〉と戦う術を持たず、強化の〈世界〉だけで防衛ランキング十位に居座る人間を無能とは言わない。

 戦争が日常化している俺たちの〈世界〉は基本的に他者を、〈アンノウン〉を傷つけるためだけに特化した〈世界〉ばかりだ。そんな中で誰かを傷つけず、誰かを癒すことに特化したカナリアの〈世界〉は、世界で一番優しい〈世界〉だと俺は思う。

 

「はう〜」

 

 何故かカナリアは嬉しそうに惚けていた。俺、なにか変なこと言ったか? 

 顔を真っ赤に染めて、テストで百点取って親に褒められる子供のように笑う姿は正直ちょっと引いた。「えへへ……」とはにかむカナリアは確かに可愛いのだが、その分頭が悪そうな残念娘っ子オーラが余計に際立つ。端的に言って、少々気持ち悪かった。

 なんか誤解されそうな光景だなぁ、と俺が考えた直後、

 

「……なにしてんの?」

「うおっ!」

 

 不意打ち気味に頭上から女子の声が聞こえた。

 声の主は高々と積まれた鋼材の上で胡座をかく明日葉だった。むしろおまえが何してんだよ。

 

「なにって、お手伝いだけど」

 

 明日葉が不機嫌そうに言う。なんでそんな機嫌悪いのかと訊いてみれば、悪くないしと返された。女というのはいまいちよくわからない。

 

「まぁいいや。行こう、おヒメちん」

「ほーい」

 

 よいしょ、と舞姫が膨大な量が積まれた鋼材を頭上で胡座をかく明日葉ごと担ぎ上げて、アクアラインを跳ねるように渡ってゆく。積み上げられた高さは、優に明日葉や舞姫の数倍はある。重量に換算すれば数乗だろう。それだけの量を運んでいる舞姫は、まるでお気に入りのぬいぐるみでも抱いているかのように笑顔だった。

 積み上げられた鋼材の上で明日葉の指示が飛ぶ。

 

「はーい、おヒメちんまっすぐーまっすぐー十歩歩いたら止まってー!」

「はいはーい」

 

 遥か足元にいる舞姫(運搬主)へ指示を出して停止させると、明日葉は不安定な鋼材の上で立ち上がって鋼材を片足ひとつで蹴り飛ばした。〈世界〉を持たない大人が見れば卒倒ものの芸当だ。

 サッカーボールを蹴るかのごとく弾き出された鋼材は、勢いよく海へとダイブするかに思えたが、そのスピードよりも速く明日葉はスカートに隠れたホルスターから銃を抜いて引き金を引いた。そして、明日葉の〈世界〉を帯びた弾丸は、蹴り飛ばした鋼材を氷結させてその勢いを停滞させる。

 緩慢な速度で地面へと落ちていく鋼材を最後まで見届けず、明日葉は銃口から立ちのぼる硝煙を西部劇のガンマンよろしく「ふっ……」と慣れた息遣いで霧散させた。

 

「すげぇ……」

 

 アスファルトの上で作業を続ける工科生徒の誰かがぽつりと言った呟くような声。それとほぼ同瞬に地道な〈世界〉を使っていた工科生徒たちが喝采にも似た賞賛を明日葉と舞姫に贈る。

 

「いやぁ……大したものだね」

 

 作業現場を監督・指揮をしていた管理官の大人──山田さん……だったかが、そんな事を言った。

 たしかにな、と俺は頷く。

 戦闘科とは防衛都市の花形。とりわけ戦果を示すランキングの一位と二位に名を連ねる明日葉と舞姫は、人類の誇りにして希望そのものだ。

 あれに比べたら、カナリアに褒められたことすらおこがましく感じてしまう。

 そんなネガティヴな思考に入りかけた時、

 

「あっ」

 

 と、明日葉のつぶやきが聞こえた。

 

「神楽ー、そこ危ないよ」

「はっ?」

 

 明日葉の声の方角に振り向くと、眼前に鋼材が迫っていた。……え? なんで? 

 うっかり明日葉が俺のいた場所に鋼材を蹴り飛ばしたのだと理解するよりも速く、俺は自らの〈世界〉を使って時を止めた。

 赤い〈世界〉の中で俺は近くにいたカナリアの手を引いて、全力でその場から離れる。直ぐ様空が割れて世界に色が戻り、鋼材は俺がいた場所を押し潰すように落下。ドゴン! と鈍い音がアクアライン上に響いた。

 

「あっぶな……」

 

 舞姫に続いて明日葉にまでうっかりで殺されかけるとは。

 冷や汗をかきまくる俺とは対照的に、周りからまた喝采があがった。どうやらその喝采は俺に向けられたものらしい。途切れ途切れに「今、瞬間移動したよな」だの「消えた!」と言った驚きの声があがる。

 傍目には瞬間移動したように見える〈世界〉なので、実は俺の〈世界〉はその本質を知らない人には受けがいい。実際は時を止めている間に全力で逃げているだけなんだけどなぁ。

 俺は小さく溜息を漏らす。

 

「神楽」

「なんだよ……」

「今投げたやつの仕上げよろしく」

「そっち!」

 

 謝罪じゃないのかよ、とつい明日葉にツッコミを入れてしまう。

 明日葉はにやりと笑って、

 

「カナちゃんの手を握っていたこと、東京の人に教えちゃおっかな」

「……よーし! お兄さん張り切って作業しちゃうぞ!」

「神楽って、たまにお兄ぃばりにちょろくなるよね」

「誰のせいだ! 誰の!」

 

 とまぁ、そんなちょっとしたトラブルもありながらも、俺たちパー組こと千葉方面隊は概ね好評だった。




カナリアなターン。
原作でもあの壱弥ですら恐怖を抱き、偽善ですらない狂気にも似た自己犠牲なカナリア。神楽は無意識にその本質に触れて、気づいているのでなんとなくカナリアが苦手です。所謂同族嫌悪に近いかも。
毎回誤字報告をしてくださる方々、何時もありがとうございます。今後も気をつけますが、また誤字や設定の矛盾があれば遠慮なくどうぞ。

本編裏話 アニメで作業中にカナリアが歌っていた理由
カナリア「ほわっ!」 レンチが固くて回らない。
カナリア「ひょえ!」 転んで工具やらをぶちまける。
カナリア「ふぁいとー!」 非力過ぎて鋼材が持ち上がらない。

神楽「――もういいから、おとなしく歌でも歌ってなさい」

そもそもカナリアに力仕事とか無理じゃね? という話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

握力×体重×スピード=破壊力

ギャグ回。


 数年前に千葉を卒業し、内地に行った戦闘科の先輩曰く、拳の破壊力は握力で決まるらしい。

 この先輩はなんともふざけた理論の持ち主で、本人が語る「握力×体重×スピード=破壊力」の方程式を初めて聞いた時はふざけているとしか思えなかったのも今では懐かしい思い出だ。しかし、一度だけだがそう言って笑う俺の目の前で〈世界〉は疎か命気(オーラ)すらも使わないでコンクリートの壁に拳一つ、パンチの一発で大穴を開けたことがある人なので、実はこの理論は間違ってないんじゃなかろうかと最近になって考えを改め始めている。

 だが、悲しきかな俺にはその先輩のような握力はない。

 なので俺はスピードで代用する。

 その基本を教えてくれた人がいた。

 昔、コールドスリープをする前は近くの空手道場に通っていたという歳上の知り合いがいた。不幸な事故で隻腕になってしまったその人は、内地で元気にしているだろうか。

 その人に教わった正拳突きは今では俺の宝物だ。ただ、空想関節をイメージして、さらには全ての関節を稼働させることで拳速を上げるという理屈は先輩の握力理論以上におかしいと思う。

 そんな偉大な二人から学んだことを混ぜて溶かして作った俺のオリジナル。

 左足を地面に突き刺さすようにして軸を作り、体を大きく捻る。

 必要なのは腰の回転と握力。力一杯拳を握り、ありったけの命気(オーラ)を放出し、貯めた力を余すことなく腰の回転で運ぶ。

 同時に〈世界〉を発動させて時を止める。

 ただのテレフォンパンチを回避不可能の必殺技に昇華させるには、俺の〈世界〉は必要不可欠だ。そして、拳が触れる瞬間に〈世界〉を解除する。

 

「──しっ」

 

 インパクトの瞬間に頬骨が軋み、長身アロハの変態が軽々と宙を舞った。だけに留まらず、殴られた変態はぎゅるんぎゅるんと錐揉み回転をしながら、遥か彼方まで広がる海へと吹っ飛んでいく。重力加速に従い海面にダイブした体が、巨大な五メートル近くの水柱を作り出したのを確認した俺は高々と振り抜いた拳を天に突き上げた。

 

「────」

 

 ぷかぷかとうつ伏せになって浮かぶ体はピクリとも動かず、むしろ死んだんじゃないのかと疑いたくなるような沈黙が空間に満ちる。

 周りに居る人間が、吹き飛ばされた長身アロハの男と吹き飛ばした張本人たる俺を交互に見やった。その視線に気づいた俺は、満足だと言わんばかりに大きく息を吐き、

 

「あぁ……すっきりしたぜ」

 

 一仕事終えたのを表現するように、額の汗を拭い爽やかな笑顔を浮かべる。直後湧き上がる歓声。

 なんとも混沌とした空間で、唯一正気を保っていた霞は頭を掻いて、

 

「……え、なにこれ?」

 

 と困惑したように呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 舞姫と明日葉が他の人の四倍くらいの働きをしたおかげで、千葉方面の作業は予定よりもかなり早い段階で終了した。

 工科生から聞いた話では、全従業員が一斉に休憩に入るという制度らしく、神奈川組も時期に来るだろうとのことだ。

 はたして反対方面を担当していた神奈川組は問題なく終わっただろうか。舞姫中毒患者のほたるとカナリアの翻訳がない壱弥を親友に押し付けてしまったことに心が痛む。合流したら霞にはざまぁ、と労いの言葉を贈りたい。

 

「どしたの?」

 

 隣を歩く明日葉が不思議そうに首を傾げた。

 珍しくその手には携帯端末が握られていないことから、彼女も多少なりし疲れたのだろう。歩く速度が気持ちゆっくりなのがいい証拠だった。

 

「いやぁ、神奈川組は大丈夫かなぁと」

「ああ、お兄ぃと東京の人だもんね」

「絶対に嫌な予感しかしないよなー」

「だよねー」

 

 兄であるはずの霞に対して、明日葉はまったく容赦がない。とはいえ、それは何時ものことと言えば何時ものことである。

 

「しっかし、腹減ったなぁ」

「あたしは喉渇いた」

 

 周りを見渡せば、大なり小なり自分たち同じように他の生徒が空腹を訴えていた。俺たちはまだまだ育ち盛りな十代だ。労働に見合う食事を求めてもバチは当たらないだろう。

 久しぶりに清々しい気分で仕事を終えれた俺は、鼻歌混じりに海ほたる人工島の最上階デッキへと向かった。

 

「おー! がんばっとるな、おまえら!」

 

 ざざーん。海ほたる人工島にそびえ立つ建物の入り口。青空と波の音をバックに立っていたのは、ブイパン擬きの海パンにアロハシャツを羽織った露出度高めな変態改め求得だった。真夏のビーチスタイルな変態が出迎える事案に、話が違うと誰もが思った。大半の男子生徒は変態に軽い殺意を抱き、大半の女子生徒は見慣れない異性の裸体に頬を赤らめる。

 

「うわ……」

 

 明日葉はその場違いな姿にドン引きだった。

 

「あ! ぐとくさんだ!」

 

 舞姫だけは平常運転だ。幼少の頃からこの変態と一緒だったという舞姫にとって、求得の奇行など今に始まったことではないということだろう。

 

「あはは……お疲れ様です」

 

 どう対応するべきか悩んだカナリアは苦笑いだった。

 見れば、求得の隣にいる愛離も苦笑いだ。求得と違って、通常と変わらない管理官用のお堅い制服姿に一部の男子が涙を流す。

 

 ──なんで……なんで水着じゃないんですか、愛離さん! 

 

 そんな心の声が聞こえた気がした。美人の水着姿は見れず、代わりにおっさんのアロハとかどんな拷問だと叫ぶ声だ。

 そして、そんな惨劇を前にした俺は迷わなかった。

 ほとんど無意識の行動。気がつくと俺は足に命気(オーラ)を纏って駆け出し、冒頭の一撃を求得(変態)にかましていたわけである。

 

「殺す気か!」

 

 海面から這い上がるようにして復活した求得が叫んだ。しかし、そんな求得を弁護や保護をするような者はこの場には誰一人としていなかった。

 

「すみません。視覚的にも精神的にも大変不快だったので、〈アンノウン〉とうっかり間違えました」

 

 俺はしれっと無実を主張する。周囲の人間が揃って「うんうん」と援護してくれた。

 

「いやいや、明らかに過剰防衛でしょ」

 

 いつの間にやら合流していた神奈川組の霞が言う。

 そうか? と言って俺は求得を指さす。

 

「一仕事終えた後に、あんなバカンス気分丸出しな変態見たら誰だって一発ぶん殴りたくなるだろ」

「それはまぁ、そうだけど。その一発が明らかにオーバーキルなんだよなぁ」

「細かいことは気にすんなって。ほら、霞はこれ使いな」

 

 げんなり顔の霞に手渡したのは先ほど俺が作業中に使用していたレンチだ。

 重くずっしりとしたそれを受け取った霞は、

 

「……これでどうしろと」

「霞は射撃専門だろ。さすがに銃で射殺はやり過ぎだからな。それで一発かましてこいよ」

 

 な、と肩を叩いてやると、霞は「えー」と困惑する。

 しかし、そんな良心を持っているのは霞くらいだろう。

 

「ほら、東京首席様と神奈川次席なんてコンビプレーだぜ」

「え?」

 

 俺につられて霞は求得がいた場所を見ると、ちょうどヒメニウム不足でイライラが最高潮のほたるが愛刀の『輝天熒惑舞姫(きてんけいこくまいひめ)』に手を掛けていた。

 

「一の太刀! 空喰(うつはみ)!」

 

 それは見る者を魅了するような美しい居合術。ほたるの〈世界〉である距離を殺す力を用いた一線が求得を再び宙へと飛び立たせる。先のリプレイといわんばかりに吹き飛び、海面へとダイブする求得だったが、吹き飛んだ先に壱弥が自らの重量を操る〈世界〉で作った重力球をステンバーイさせていた。

 

「ぐぼぉあ!」

 

 強力なGを受けた結果、ありえない角度で海面に落下する求得。明らかに人が発してはいけない音を奏でて海面へと落ちた求得を見て、ほたると壱弥は満足そうに頷いていた。

 

「な」

「なに⁉︎ なんか戦闘科のデモンストレーションみたいになってるんだけど⁉︎」

 

 再び復活した求得が両腕を大きく開き、「こい! 舞姫!」と叫ぶ。半分ヤケクソだった。

 よくわからないが楽しそうだからと待機列に並んでいた舞姫が、容赦なく渾身の右ストレートを求得の腹に突き刺さし、それをモロに受けた求得は体をくの字に曲げて三度目のダイブを決める。

 一応、治療役としてカナリアが歌っているのだが、それが鎮魂歌かあるいは処刑用BGMにしか聞こえない。

 

「っていうかさ、宇多良は治療役なんだよな? いっちゃんさんたちを強化してるわけじゃないよな?」

「そんなの他の人の〈世界〉まで止めちゃう俺に訊くなよ。なんなら、自分で確かめたらいいじゃないか」

 

 改めて差し出したレンチを霞は受け取り、なにかを諦めた顔をしつのろのろと求得の元に歩み寄って行った。

 

「……みんなバカだなぁ」

 

 唯一この寸劇に参加していない明日葉が、口にするのも面倒そうに呟いた言葉が海ほたるに木霊した。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。そろそろ昼食にしましょうか」

 

 求得へのオシオキを終えた俺たちに愛離から労いの声がかけられ、それと同時に再び体が空腹を訴える。愛離の提案に逆らう理由もない俺たち戦闘科助っ人一同は、愛離の先導のもと海ほたる内にある食堂へと向かう。

 食堂に着くと、すでに各校の学生たちが着席して賑わっていた。

 

「いっちゃんおつかれ! そっちはどうだった?」

「訊くな、そしていっちゃんは止めろ」

 

 黙秘権を行使して口をつむぐ壱弥とそんな調子でも楽しそうなカナリアが、先ほどオシオキ待機列に並ばなかった明日葉の座るテーブルを通りすぎていく。

 俺と霞は明日葉がいるテーブルで停止。ぐったりと俯く明日葉の隙を狙って、霞と一緒に向かい席に腰を落とした。

 

「おつー」

「うん。お兄いちゃん頑張ったわ。ちょー頑張ったわ」

 

 果たして神奈川組は何があったのだろうか。席に着くなり、愚痴を零しながら霞は力尽きたように突っ伏した。

 

「だいたい想像つくけどね〜……」

 

 ずずず、とオレンジジュースをストローで飲みながら独り明日葉が呟く。その横を深刻なヒメニウム不足から目が座っていたほたるが競歩のような足取りで舞姫を連れて驀進していった。

 なんとなく俺はその驀進を目で追いかけ、

 

「うきゃあ、くすぐったいよほたるちゃん」

「ああ、ヒメヒメヒメ。はあはあくんくんすんすんはあはあ……」

 

 即座に視線を明日葉の正面に戻した。

 俺は何も見ていない。明らかに通報ものなほたるの錯乱やそれをくすぐったいの一言で片付ける舞姫の姿など見ていないったら見ていない。

 ぶんぶんと今見た狂宴を記憶から抹消していると、フロアの一角に大皿料理が運びこまれてきた。

 食欲を誘う香りと彩りに、食堂にいる学生たちがにわかにざわめきだす。

 運んできたのは白いブレザーを着た女子生徒たちだった。制服の色から、彼女たちが神奈川校所属の生徒だとわかる。

 やがて一通りの料理を運び終えたあと、先のオシオキから無事にリスポーンした求得が愛離と神奈川女子生徒たちと一緒に前に立った。

 

「みんな忙しい中アクアラインの整備と修復よくやってくれた」

 

 未だバカンス姿の求得の言葉に、この場にいた全員の視線が彼へと集まる。みんなの視線を一斉に受けた求得は、小さく笑みを作り、

 

「〈アンノウン〉との戦いは未だ続いているが三都市の防衛ラインが成り立っているのは、他でもないみんなのおかげだと俺は思っている」

 

 求得からの飾り気の無い素直な感謝の言葉にどよめいたのは、他でもないこのフロアのほとんどを占める工科生たちだった。

 〈アンノウン〉との戦いの最前線などと言われている防衛都市だが、実際に戦っているのは俺たち戦闘科だ。そのせいか、他の科の生徒はみな後ろめたさや申し訳なさから低く見られやすいし、低い身分だと思いがちである。そんな彼らがこうも正面きって褒められることは多くない。

 どよめく工科生たちを前に求得の話は続く。

 

「今日の食事は神奈川の女の子たちが作ってくれた差し入れだ。一息入れて食ってくれ。いつも感謝してる、ありがとう」

 

 最後は真摯な、そして優しい声で話を締めた。後ろに控えた女子生徒たちも深々と頭を下げている。

 

「おーっ!」

 

 求得のサプライズに士気は大いにあがった。少しだけ求得のことを見直そうと思う。だが、その嫌がらせみたいなバカンス姿はどうにかならなかったのか。

 

「どうぞ」

 

 そう言ってお手伝いの神奈川の女子生徒が俺たちのテーブルに料理を置いてくれる。

 差し入れの料理はサンドイッチなどの軽食が中心だったが、手軽に食べれる料理は空腹を訴えていた育ち盛りな俺たち学生にはありがたい。

 しかも、管理官と共にやってきた神奈川の女子生徒たちは、調理のみに留まらず愛離と一緒に給仕係としてフロアを巡回してくれていた。

 なんであれ、女子がいるだけで不思議と華やかになるものである。わいわいがやがやと賑やかになるフロアを一望してそう思った。それこそ千葉のようにむさ苦しい、時代遅れなヤンキーだらけの都市にいる身からすれば尚更だ。

 

「おーい! かぐらーん!」

 

 さぁ食べようとサンドイッチに手を伸ばそうとした時、邪魔をするかのようなタイミングで、俺を不名誉な渾名で呼ぶアホ娘の声が飛んできた。

 シカトしてしまおうとも考えたが、前回はこちらが気づくまでエンドレスに呼び続けたのもあって仕方なく声の方に向く。見れば、舞姫が大きく手を振って手招きをしている。

 何故に? と反応に困る俺を霞が肘でテーブルから押し出す。煩いから早く行って黙らせろ、とのことだ。

 

「……なんだよ?」

「かぐらんは初めましてだよね」

 

 頼むから主語を言ってくれ。

 呆れる俺の前にすすっと一人の神奈川女子が出てくる。眼鏡をかけた髪の短い女子生徒だ。知的で優しそうな空気の彼女は、どことなく愛離を彷彿とさせる。

 

「初めまして、八重垣青生(やえがきあおい)です」

「あ、ども。日下神楽です」

 

 ぺこりぺこりとお互いに会釈。訊けば彼女は、普段は神奈川の生徒会役員を務める傍らで都市運営などの事務方の仕事を担当しているらしい。どうりで戦場で見ないわけだ。

 

「大変ですね。首席と次席の護衛役を一人でされるなんて」

「まぁ、好きでやってることですから」

 

 別に俺だって女性と縁がないわけではない。それこそ明日葉とはほぼ毎日一緒にいるし、様々な科を転々としていたのもあって異性の知り合いは多い方だ。

 ただ、俺が彼女に興味を覚えたのは、自分の周りではあまり見かけないタイプの人種だからという点だった。なんとなく事務方が本業の霞と馬が合いそうな気がする。主に貧乏くじを引く人としての意味で。

 

「……で、わざわざ紹介させるために呼んだのか?」

「ん、そうだよ」

 

 このやろ……。

 つい舞姫を殴りたくなった。仮にやれば間違いなく返り討ちだからやらないが。

 

「あー、……なんか手ぇ拭くものない?」

 

 密かに舞姫への報復を考える俺の後ろから、霞がお手拭きを求めるようなことを青生に言った。若干だが話しかけるのに躊躇していた気もする。もしかして、と考えて、直ぐに霞にはありえないかと否定。

 実際、俺と同じで多少の意識はしているのだろう。とはいえそれは健全な男子としては当たり前だった。むしろまったく意識せずに済む舞姫とほたる(レズカップル)がイレギュラーなケースと言える。

 もっとも当人たる八重垣青生がそのことに気づくわけもない。

 

「あ、はいっ、お手拭きですね」

 

 返事をした青生が同じように給仕係を務めていた愛離にお手拭きをとってもらおうと振り返った時だ。

 

「お母さ……あ!」

 

 慌てて口を押さえたが少々遅い。

 

「あああちがいます、ちがいます! すみませんちがいます!」

 

 思わぬ言い間違いに青生は真っ赤になって必死の言い訳。それを見た他の生徒たちはくすっと笑った。正直、俺も笑った。まさかこの大衆の前でやらかすとは。

 密かに俺の中で八重垣青生という少女の評価が知的そうな女性から、うっかりなにかやらかしそうな女性にクラスチェンジした。

 そして、言い間違えられた本人である愛離は、最初こそきょとんとしていたが、やがて慈愛に満ちた笑みを浮かべ、

 

「いいのよ、お手拭きね。ちょっと待ってね」

 

 そう言った愛離は心なしか嬉しそうに見えた。青生はそれでも恥ずかしいのか、頬を赤らめながら愛離が用意してくれた熱いお手拭きをみんなに配り始める。

 それを怪訝な顔で受け取る者がいた。

 東京きっての問題児、朱雀壱弥だ。

 

「確か──名前はなんだ?」

「いっちゃん!」

 

 出会い頭に強烈な言葉のブロー。その態度に隣に座るカナリアがたしなめるも、壱弥には大した効果がなかった。

 

「八重垣青生です。もう……このやり取り七回目くらいですよお……」

 

 なるほど。彼女もまた壱弥の被害者だったようだ。

 

「悪いな、無能は覚えないんだ。また教えてくれ」

「うぅ……」

 

 酷い。青生は半泣きで、困ったように言葉を詰まらせていた。

 なにが酷いって、壱弥は彼なりにごく普通な自然の対応をしているという点だ。朱雀壱弥という人間への接し方を知らない者は、今みたいな容赦ない言葉をあびせられる。

 そんな一連のやりとりを見て、今日初めて会ったばかりだが、青生を気の毒だと思ってしまう。

 実際のところ、朱雀壱弥のあしらい方などそう難しいものではない。こういうのは慣れている人間に任せたほうが良かったりするものだ。

 ──例えば、その道のスペシャリストたる千葉次席の霞とかに。

 

「おいクズゴミさん、お手拭きだよ」

 

 ノールックで霞が投げた熱々のお手拭きが青生の脇を通り抜け、壱弥の顔面にヒットする。

 慌てて壱弥がお手拭きを払いのけた。

 

「あちっ! 何をする!」

 

 突然熱いお手拭きを顔面に投げつけられた壱弥は、激昂して霞に食ってかかる。しかし、霞は悪びれもせす、飄々と、少々わざとらしくシナを作って先ほどの壱弥の言動を返してやった。

 

「あの……すみません。私、クズゴミさんの名前を忘れてしまって、興味がないのでもうクズゴミさんでいいですよね」

 

 ぷっ、と霞の見事な切り返しに俺はつい吹き出してしまう。

 

「……おまえっ!」

 

 さすがに霞の揶揄に気づいた壱弥が苛立ちを隠すことなく立ち上がる。

 

「いっちゃん!」

 

 だが、それをカナリアが引き止めた。

 

「さっきのはいっちゃんが悪いよ! ごめんね、青ちゃん」

「わ、私は大丈夫ですから……」

 

 苦笑交じりに胸の前で手を振る青生。そして、そそくさとその場を離れる。その間際、霞の方をちらりと見て小さな会釈をした。

 それを視界に入れながら、俺はあわや乱闘にならなかったことに小さく安堵の息を吐く。ついでに霞の方を見やると、当人は「別に何もしちゃいない」みたいな態度でサンドイッチを食べていた。

 

「さて、と。気を取り直して、俺もいただくかな」

 

 やっとこさ食べれたサンドイッチは、びっくりするくらい美味かった。

 




気がついたらギャグ回になっていた。なにを言っているのかわからないと思うが俺もなにを言っているのか――以下略。
なんもかんもギャグにすると動かしやすい求得さんが悪い。

本編裏話 愛離のオシオキ
求得「いてて……あいつら遠慮なくやりやがって」
青生「あの、大丈夫ですか?」
求得「なぁに、こんなん愛離のに比べたら可愛いもんだぜ」
青生「あはな……夕浪さんに限ってそんなこと」
求得「いやいや、ああ見えてあいつも結構……」
愛離「求得? ちょっといいかしら?」ガシッ
求得「ま、待て、待つんだ愛離! 話せばわか――」
青生「……見なかったことにしよう」

たぶん一番容赦ないのは愛離さん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不公平で残酷な真実

 求得考案によるサプライズパーティーは盛況のうちに幕を閉じ、食欲も自尊心も満たされた工科生たちは士気高々に足並みを揃えてそれぞれの持ち場へと進軍していった。

 そんな中、上機嫌に現場へと戻る工科生徒たちを見送った俺たち南関東選抜アクアライン臨時警備隊の面々は、彼らと同じ作業現場ではなく、海ほたる駐車場跡地に向かった。求得に軍令で招集されたからだ。

 求得は約束の時間から五分遅れて、愛離と青生を連れて招集場所に現れた。依然としてビーチスタイルな求得に、そろそろ露出趣味でもあるのではないのかと疑い始める。アロハの前を全開にしてなかなかに鍛え上げられた筋肉と如何にも武勇伝ありげなでかい傷跡を見せびらかしているところから、実はヤンキー気質なんじゃないかと思う。

 

「さて、腹もふくれたところで。おまえたちには次の任務を与える」

 

 やたらと唐突に求得が言った。

 

「作業はまだ残ってるよ、ぐとくさん?」

「みんなで手伝わなくていいんですか?」

 

 舞姫とカナリアがさりげなく求得に異議を唱える。どさくさに紛れて分隊の再編成を要求する者も約二名ほどいた。ちなみに要求したのは霞とほたるだった。マジで午前中に何があったのだろうか。

 しかし求得の意思は変わらなかった。

 

「ここからはおまえらにしかできない仕事だ」

 

 そこはかとなく都合の良い言葉を言いながら、求得が俺たちの前に中身の詰まった紙バックを並べた。見覚えのあるってレベルじゃない。紙バックに印刷されたマークは、千葉の生産科が作った千葉ブランドのマークだった。

 

「何だこれは」

「水着だ」

 

 壱弥の問いに求得が耳を疑うような答えを即答してきた。よく見なくても、色とりどりにカラフルな水着たちが紙バックに詰められている。それはまごう事なき水着たちだった。

 

「は?」

 

 隣に立つ霞が眉をしかめると、求得はサングラスを外して声のトーンを下げる。

 

「言ったよな、工事中に〈アンノウン〉を見た生徒がいたって。あれは本当の話だ。今のところ表立った被害は出てないが、管理局として放置は出来ない」

 

 語気が強かった。それだけで俺たちは求得が今からするのは真面目な話なのだと理解した。

 

「でも、〈アンノウン〉が出現するときって〈ゲート〉が」

 

 手をあげたカナリアに、いい質問だとばかりに求得が頷く。

 本来なら〈ゲート〉の出現によって〈アンノウン〉が現れる座標を推測、撃墜するのだが、今回はそれに当て嵌まらないということなのだろうか。

 

「そのとおりだ。青生」

「はい」

 

 少し離れた場所に控えていた青生が、求得たち管理官と俺たちの間に進み出た。その右手に握られていたのは飛び出し式のカッターナイフにも見えたが、やがてその刃の部分が青く光り出す。つまり、あれは八重垣青生の固有出力兵装なのだろう。

 

「何をする気だ?」

 

 問い、というよりは壱弥の独り言に近かった。だが、それはこの場にいる面々の代弁でもあった。

 ほたるが独白のように説く。

 

「青生の〈世界〉だ。他人の視覚や聴覚といった情報や主観イメージをスキャニングしたり、それを他の人間へと受け渡すことができる。再生は大人数でも問題ない」

 

 瞑目する青生の手元で彼女の〈世界〉が立ち上がっていくのを見た壱弥は、素直に感心した。

 

「ほぉ……。有能だな。覚えておこう。名前は?」

「いっちゃん!」

 

 先ほど自己紹介をしたばかりだというのに、壱弥は青生の名前を忘れていた。それをカナリアがたしなめるのと重なり、ほたるが唐突に告げる。

 

「まぁ、おまえたちは覚悟しておけ」

 

 何を、と訊きかけた瞬間、視覚が電気を消したようにフッとブラックアウトする。そして、暫くすると目蓋の裏に何かが浮かびあがった。

 濃緑色の空と、海? 

 

「おッ? おお……、なんか凄いな」

 

 不思議な感覚だ。まるでモニター越しの映像を見ているような感覚だった。

 おそらくは夜なのだろう。緑がかった景色が動く。自分の意思と関係なく視点が変わるそれは、さながらゲームのキャラを操作している気分だ。……これは、誰かが見た夜の出来事だろうか。

 夜の海に視点の主が一人立っている。やがて、待ち合わせでもしていたのか、もう一人の男子生徒がやって来た。

 会話までは聞こえない。おそらくはプライベートなどを考慮して、青生が意図的に遮断したのだろう。二人はいくつかの会話を交わすと、視点の主がそっと男子生徒の肩を掴んだ。

 そしてそのままゆっくりと近づき、そっと男子生徒が瞳を閉じた──て、ちょっと待て! 

 叫んだ俺だったが、そこに自分の意思など介入できるはずもなく、男子生徒の唇は徐々に近づき、

 

「ぐおおぉ……」

 

 なに! なんなの! なんの罰ゲームだこれは! 

 必死に目を閉じようと抵抗してるのに、目蓋の裏側から無理やり野郎とのキスを体感させてくるとか、拷問だろ。

 

「視覚だけだ。慣れろ」

「慣れるか! こんなもん!」

 

 しれっとほたるが視覚外から言ってくるが、慣れるわけもないし、慣れたらあかん。

 

「武田くんと樋口くんだよね。何してんだろ?」

 

 舞姫の言葉に絶望度がさらに増す。カップルじゃなくてホモップルだった。神奈川にまともな恋愛感を持っている人間はいないのか。

 しかもまだ映像は続いている。顔を赤らめるんじゃないぞ、そこの画面越しの男子生徒。

 

「……これ、か?」

 

 視界の端っこ。沖の向こう。水面に何かがいる。かなり大きな物体が光った。

 映像はそこで終了する。視界が元に戻り、眼前には求得がいた。精神が限界だったので、反射的に求得の隣にいる愛離を凝視。意図を察してくれたのか、愛離は気遣うような笑みを浮かべた。

 しかし、あの化け物はどこから来たのだろう。映像を見せられる前にカナリアが言っていた言葉を思い出す。〈アンノウン〉は〈ゲート〉の向こう側からやってくる。が、海中に〈ゲート〉が開いたなんて話は聞いたことがない。

 

「他にも数名、それを目撃した者がいるが、全て同じように海から出現し海中に逃げてしまっている。速やかに海中を捜索し、潜んでいる〈アンノウン〉を片付けてほしい」

 

 数時間前と同じ任務内容だが、求得はあえて獲物の実在を確証させた上で再び命じている。

 そして険しい表情のまま、今一度例の千葉ブランドの紙バックをずずいと押し出してくる海パンおやじ。

 ああ、それで水着なのか。見れば俺以外の面々も似たような表情になっていた。

 おやじ(求得)は白い歯を見せて、これ以上ないほどに満点笑顔。殴りたい。

 

「得意だろ、こーいうの」

 

 

 

 

 

 

 ──なんとなく、なんとなくだが気に入らない。

 

 女子更衣室で水着を選びながら、明日葉はぼんやりと胸の中でもやもやしている感情を考えていた。

 あえてこの感情を分類するなら、なんかよくわからないが気に入らない、だろう。だが、そこまでわかっているのに、一体全体何が気に入らないのかが明日葉本人にもいまいちわからないでいる。

 否、なんとなくではあるが、明日葉もわかってはいた。

 

(いやいや、ありえないでしょ……)

 

 しかし、明日葉はそれを認めたくないのか、頭を振ってその可能性を否定する。

 むむむ、と眉間に皺が寄って、妙な居心地の悪さを感じることが今日だけで何度もあった。例えば、舞姫が神楽と一緒に行動したいと言ったときやカナリアが午前の作業中に神楽と話していた時。そして、つい先ほど霞が神奈川の女子生徒の八重垣青生をさりげなく助けた時にも明日葉はそんなよくわからない感情を抱いた。

 例えるならお気に入りの玩具を他人に勝手に使われたような感覚に似ている。

 なんというか、凄い独占欲だった。明日葉は自分自身のことだというのに、その結論に至ると自分自身にドン引いた。

 

「なんだかなぁ……」

 

 なんとも言えない感情に、明日葉はため息を漏らす。

 なんとなく舞姫たちの方を見れば、仲睦まじく水着を選んでいた。自分もあれくらい素直になるべきなのだろうか、と一瞬とはいえ考えてしまう。

 

(あほらし……)

 

 再びため息を漏らし、さっさと着替えてしまおうとグレーのブラウスのボタンの一つに指を掛けてぷつりと外した時だ。隣のロッカーから嘆くような呻き声が聞こえてきた。

 

「はう〜」

 

 声の主はカナリアだった。なんだろうと小首を傾げた明日葉は、ひょいとロッカーの上から顔を出す。

 

「なに恥ずかしがってるの?」

「ひょわっ!」

 

 妖怪か覗き魔にでも出会ってしまったかのような悲鳴をカナリアが上げ、しどけなく必死に自分の身体を隠そうとする姿を見て、明日葉は言葉を失う。カナリアの水着姿は色々と豊満だった。というかムチムチだった。

 明らかに水着の面積で隠しきれなさそうなバストとヒップ。だというのに、その腰のくびれは芸術品の域に達しているのではないかというくらいに細い。

 方や、明日葉。明日葉は自分の胸元へと視線を下ろす。そこには特に谷間と呼ぶべき谷間もないくせに、普段から緩めにしている襟元から薄い紫色のブラがちらついている。今見たカナリアのプロポーションと比べると、もはや逆にこの中途半端にアピールしている感が恥ずかしくなった。なまじちょっと大人びた下着を着ていた所為で虚しさが際立つ。そうした無駄な自意識は兄である霞と似通っている部分が明日葉にもあった。

 というか、あの乳は反則だ。きっとあれで千葉(ウチ)護衛役(神楽)を誘惑したに違いない。と明日葉は謎の敗北感に打ちのめされた。

 だが、しかし、と明日葉は兄譲りの自己暗示で自らを奮い立たせる。カナリアは父方が北欧系の人だったと聞いた覚えがある。仕方ない。国際基準と日本基準は違うのだ。比較対象が違うのだがら、比べるのがそもそも間違いなのだ。

 そう自分に言い聞かせた明日葉は同じ日本人に狙いを定めた。

 

「やっぱりおヒメちんがナンバーワン!」

「わきゃ!」

 

 鼻歌を歌いながら楽しそうに着替えている舞姫に背中から抱きついてみると、可愛らしい悲鳴があがる。そして、またもや明日葉は言葉を失った。

 

「えっ……」

 

 自分よりもずっと小柄な舞姫。その身長に見合わないそのたゆんたゆんとたゆたう胸に、明日葉はしばし現実から逃避すべく指先でたゆんたゆんと弄ぶ。

 

「……ねぇ、おヒメちん」

「ん?」

「おヒメちんって何カップあるの?」

「んーと……D……だったかなぁ」

「なぁ……」

 

 なんの恥ずかしもなくあっさりと語る舞姫に明日葉は再び謎の敗北感に打ちのめされた。やはり胸か、胸なのか? と明日葉は悟った。

 

「何をしている?」

 

 明日葉の奇行に水着に着替え終わったほたるが声をかける。それはそれで大きくはないが、剣術によって鍛えられたバランスの取れたモデル体型だ。気がつくと、明日葉も舞姫も「ほー……」と見とれていた。

 その視線にほたるが首を傾げる。しかし、首を傾げたいのは明日葉だった。もはや何度目になるのかすら数えたくない敗北感。何故に神はこんなにも残酷なのだ。どうして自分は身長も、胸の大きさも、全てが中途半端なのだろうか。

 明日葉は悔しそうに呟きを漏らす。

 

「この裏切り者……」

「えっ! なに?」

 

 なんのことだと首を傾げる舞姫に、明日葉の機嫌は更に悪くなったのだった。




公式によると舞姫は145センチの身長に対して80のDカップらしいですよ。それゃあたゆんたゆんですよ。
お気に入りが240超えました。皆さんありがとうございます。

本編裏話 男子更衣室
神楽「なぁ、霞」
霞「なんだ?」
神楽「俺の見間違いじゃなければ、この水着のラインナップってやたらブイパン多くね?」
霞「間違いなくあのおっさんのチョイスだな」
神楽「というか、女子たちの水着も求得さんが選んだのか」
霞「いや、さすがにそれはない。……と信じたい」

結局普通の水着をブイパンの山から発掘した二人。尚、女子の水着は愛離が選んだ模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桃源郷と書いて男の夢と読む

 俺たち男性陣が着替え終わり、再び集合場所の駐車場跡地に向かうと、そこには既に女性陣が集まっていた。女性は何かと用意に時間がかかると言うが、どうやらこの面子に限っては当てはまらないらしい。

 ちなみに俺たちが遅れたのは、単純に求得が指定した男子更衣室が駐車場跡地から離れた場所にあったからだ。なんの嫌がらせかと思った。もっと近くにあったのでは、と疑ったが、愛離が言うにはどうやら本当に空いている男子更衣室はそこしかなかったようだ。

 俺たちが現着したことに気づいたのか、舞姫が大きく手を振る。見慣れた海軍軍服の下は、当たり前だが水着だった。

 

「遅かったね、かぐらん」

 

 相変わらず元気な声で舞姫は言う。

 舞姫は華奢な体つきをしているわりに、それはそれはトランジスターグラマーなスタイルをしていた。

 ピンクと白のボーダー柄のビキニ。トップスに可愛らしいリボンがあしらわれているのが特徴的だった。肩に羽織った海軍軍服のコートとビキニのアンバランスさが、かえって舞姫らしさを象徴していてる気がする。

 

「まったく、水着に着替えるだけにどれだけ時間をかけるつもりだ」

 

 ほたるがいつも通りと言えばいつも通りな毒舌を吐く。

 そんなほたるも水着姿だ。まるで舞姫の対になる存在だと主張するような地味目な紺のタンキニ。しかし、それが彼女の剣術で鍛えられた健康的な肉付きとしなやかな手足の長さを際立たせ、美脚と断言できるほどスラリと伸びた脚の長さも相まって、実にカッコよくきまっている。

 だが、芸術品はその二人だけではない。

 舞姫とほたるの後ろでいっちゃんさんこと壱弥と楽しそうに話すカナリアの水着姿は……なんと言うか、色々と反則だった。

 さんさんと輝く太陽の光を受けて煌めきを返す真っ白な肌。その胸元には水玉模様があしらわれ、腰にある二本のラインがいけないボーダーラインを演出するかのような見るものに大変目の毒な刺激の強いビキニ姿。なにより水着という布面積が少ない装備の所為で、カナリアの完璧なボディスタイルがこれでもかと言わんばかりに強調されている。

 

「……桃源郷って本当にあったんだなぁ」

 

 感動のあまり、神様ありがとうと頭の中で呟く。その直後、左手をぐいっと誰かに引かれた。

 何事かと思えば、いつの間にやら背後にいた明日葉だ。

 

「え、えーと……なに?」

 

 明日葉はじっと俺の目を見てくる。視線を外そうとすると途端に不機嫌になるものだから、何故かお互いを見つめ合うような形になっていた。

 明日葉の水着もビキニだ。たくさんのフリルが胸元にあしらわれたオレンジ色の水着は、腰のフリルがその細いくびれを強調している。赤茶色の髪は白い肌に良く映えて、少女らしい身体つきを魅了的に見せていた。

 明日葉はジト目でこちらを先ほどからずっと見ている。

 そういえば、明日葉の水着姿を見たのは実に久しぶりだ。最後に見たのは明日葉が首席になる前。生産科主催のイベントの時以来になる。

 

「……別に」

 

 明日葉の不意打ちに少し腰が引けた。印象がいつもと違う。水着姿の所為だけじゃない。普段からダウナーな雰囲気を出す明日葉だが、今の明日葉はダウナーというよりは不機嫌。否、不機嫌ではなく拗ねている。

 その可愛さたるや、舞姫の無邪気さもほたるの美しさもカナリアの色気も敵わない。正直一瞬だが理性を失いかけてしまった。

 

「…………」

「いや、だからなに?」

 

 明日葉はじっと見つめて何も言わない。代わりに明日葉の後ろで霞がもの凄く複雑そうな表情を浮かべている。

 それで察した。おまえが原因か。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい。助けを求めるように周りを見渡すと、求得がニヤニヤと笑みを浮かべていた。とても救世主になってくれそうにない。あれはタチの悪いオヤジだ。

 

「うーん、青春だねー……よきかなよきな」

 

 四人の水着姿を見ていた求得(変態)は、職務を明後日の方向に投げ捨ておき偽らざる本心を述べた。当然のように見られていた四人の水着美女たちの視線はドン引きだ。

 

「ぐとくさん、オヤジくさいよ」

 

 舞姫の冷ややかな非難にも、オヤジは恥じ入るどころかいっそ居直る。

 

「オヤジだからな。おまえらもオヤジになればわかる」

「そっか!」

 

 謎の勢いに流されるアホ娘だった。

 

「この人の冗談は流していいですからね〜」

 

 ふんわりとした声でばっさりと正論と説く愛離を見て、きっとこの男の横で相応の心労を強いられてきたのだと悟る。

 ちょうど全員がこの場に集まったのを確認したところで、愛離は先ず状況の確認を開始した。

 

「ところで、みんなはどの程度潜っていられるの?」

 

 戦前、と言っていいのかは微妙なところだが、旧時代の人間が息を止めていられる最長時間は数十分らしい。だがそれは世界中を探しても限られた人間だけで、一般的には数分すら難しいとされていた。

 しかし、それら全ては過去の話だ。

 〈世界〉の再現の副産物として存在する命気(オーラ)を使うことで、俺たちは自分の肉体をそれこそ人外なレベルのスペックまで引き上げることができる。良い例を挙げるなら、午前中の舞姫と明日葉の作業風景だろうか。

 今回の作戦は水中戦を前提として行う都合、それに長けた者を優先して前線へと配置することになる。つまりこの場合は、命気(オーラ)による身体能力向上を加味しての活動時間を問われているわけだ。

 

「カナヅチですぅ……」

 

 いきなり論外すぎるカナリア。何故にこの人は水着に着替えたんだろう。

 

「十五分ほどです」

 

 対照的にハイスペックなほたる。〈世界〉を持つ者でも、それほど長く潜っていられるやつはそうはいない。

 

「なら俺は十六分だな」

 

 何が「なら」なのだろうか。とりあえず感覚で張り合う壱弥に俺は苦笑。

 

「ちなみにヒメは無呼吸で三時間はいける」

「は? マジか」

「うん!」

 

 他人のスペックで我が事のように勝ち誇るほたると、得意げにドヤ顔を晒す舞姫。人外なレベルどころか、バケモノか何かに片足を突っ込んでいる気もしなくない。

 

「クッ──」

 

 悔しそうにする壱弥。おそらくは三時間一分と言いたいのだろう。やめておけ、人外通り越したバケモノは舞姫だけでいい。

 

「かぐらんは?」

「あー、十分はキツイな」

 

 保有する〈世界〉が空間支配形だからか、俺は他人より多少だが命気(オーラ)が多い。無論、舞姫やほたるのような上位陣とではなく、ランキング最下層組と比較してだが。

 と、そこに一人蚊帳の外だった霞が、

 

「俺は……」

「お兄ぃは言わなくてもわかってるから」

 

 まるで身内の恥は未然に防ぐと言わんばかりに、明日葉がばっさりと霞の発言を切り捨てる。俺と違って保有する命気(オーラ)の量が少ない霞は、カナリアを除く他の面々と比較しても肉体のスペックがこの中で一番劣っていた。

 

「お兄ちゃんの心をガチで折りにくるのは止めてくれないかな……」

 

 事実を言外に言われて傷つく多感な年頃の兄は、げんなりと肩を落とす。

 ともあれ、そんなこんなで管理官二人によって前衛チームが編成された。命じられたのは舞姫、明日葉、ほたる、壱弥の四名。

 

「とりあえず周辺の海中の捜査を手分けして頼む」

 

 求得の命令に「了解」「ラジャー」「はーい」「りょ」とチームワークの欠けらもない返事が返される。大丈夫か、本当に? 

 そして後衛チームに俺と霞とカナリアの三名。司令部にて待機し、有事の際に援護要員と出動する所謂補欠組。

 

「みんなのモニタリングは、青生お願いね」

「はい、任せてください」

 

 愛離に頼まれた青生は張り切って頷く。親に頼られて張り切る子供みたいだなと思った。ついでに何で彼女だけ水着ではないのだろうとも思った。

 

「さあ! それじゃあ、行ってみよう!」

 

 先陣を切るように白い外套を音高く脱ぎ捨て、海ほたるの突端からダイナミックエントリーを決める舞姫に続くように、ほたると壱弥も海へと飛び込む。東京湾の空に三つの放物線が描かれた後、同じ数の水柱が立ち上がった。

 他人と合わせるのが苦手な明日葉が気まぐれに時間差を置いて、だらりと立ち上がる。後ろで纏めた髪を今一度整え直していると、霞が独り言めいた呟きを明日葉に言った。

 

「気をつけてな」

 

 はっと明日葉が身体ごと振り返る。見送りに来た俺と霞の姿を視界に収めた彼女はじっとこちらを、正確には兄の霞を見た。霞の横顔は何処でもない何処かを一点に捉えたまま、それ以上の言葉を紡ぐこともない。

 明日葉は舌打ちし、長い髪を振り乱すようにぷいと前に向き直った。見送りに来たならちゃんと見送れ、見送らないなら見送るなと暗に言っている気がする。全くその通りだと思った。

 そのまま明日葉は苛立たしげに陸を蹴り、乱暴な水飛沫を残して海中深くへと降下していく。

 

「素直じゃねぇな、ほんと」

「うっせ……」

 

 無事に降下したことを確認し、霞と一緒に司令部へ戻る。

 と、作戦行動中のメンバー全員の耳にセットされた小型端末から求得の声が聞こえた。水中でも機能する工科謹製の特殊デバイスだ。

 

「あーあー聞こえるか? 今までの目撃情報からすると、対象は海ほたるを中心に五キロ圏内の海域に潜んでいる可能性が高い。おまえらの位置は常時モニタリングしている。何か発見したら即座に連絡してくれ」

 

 求得はあと、と一間を入れて

 

「これはわかっているとは思うが、沖合の方にいくつかマーカーが見えるよな。そこから先には絶対に行くなよ」

 

「了解」「はーい」「わかっている」「はいはい」と海中探査チームの四名がそれぞれに毒づいた。防衛都市に所属する者ならそんなことは耳にタコだ。

 

「侵入不可領域、ですか?」

「そうだ」

 

 仮設司令部でカナリアが沖合のマーカーの意味を確認すると、求得が肯定の意味を含めて頷く。

 遠く離れたこの場所からでもよく見えるほど巨大なマーカーが一定のラインにぷかぷかと浮いている。

 求得が苦々しげに言った。

 

「我々は奴らをそこまで駆逐したが……先へは踏み込めていないのが現状だ」

 

 カナリアが言葉もなく眉尻を下げる。

 三十年続く戦争の中で日本本土は取り返した人類だったが、海域の多くは未だ〈アンノウン〉の支配下に置かれていた。そのせいで他の国との連絡や連携は困難を極め、輸入や輸出すら難しい。その結果として俺たちは自給自足の生活を余儀なくされている。

 

「まあ、本土を守れれば御の字でしょ」

 

 言って霞は無造作にスナイパーライフルを担いで立ち上がった。それに続くようにして俺も立ち上がる。

 

「二人とも、どこへ行くの?」

 

 愛離に咎められると、歩き出していた霞が億劫そうに振り返り、

 

「俺はあいつらみたいに〈命気(オーラ)〉強化でバカ長く潜れないし、速く泳げないですから、やれることをやりますよ」

 

 そう言い残して霞はのろのろと仮設司令部を去ってゆく。その背中を慌てて追いかける。道中振り向くと、青生が意外そうな表情で俺たち二人を見送っていた。どんな風に思われていたのやら。

 俺は黙って霞の背中を追いかけたのだった。




原作がそもそも千葉メインだった所為でオリジナルな話を入れづらい今日この頃。
ちなみに明日葉が拗ねていたのは霞も神楽も自分の水着姿にノーコメントだったから。
女の子は難しい生き物だとは神楽談。
何時もながらたくさんのUA、お気に入り登録や評価。そして感想とありがとうございます。

本編裏話 あったかもしれない世界線
神楽「八重垣はワンピースタイプなんだな」
青生「あんまり見ないでください。みなさんと違ってスタイルもよくないですから」
神楽「……」
明日葉「神楽、今何処見ていった?」

たぶん青ちゃんはワンピースタイプの水着だと思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無責任男と勘違いヒーロー

 仮設司令部を離れた俺と霞は、海ほたるの工事中区域にいた。霞が誰も来なさそうで、静かな場所を求めたからだ。

 

「よっと」

 

 工科の生徒から借りたロープを垂らして海面近くの消波ブロックの上に着地する。

 そこから改めてきょろきょろと霞が前後左右に目を凝らす。

 

「……あそこにするか」

 

 言って霞が指差したのは浮島のように海面に顔を覗かせる小さな足場だった。二、三人ほどが立てそうな場所だ。黙って頷き、その背中に着いて行く。

 命気(オーラ)強化によって長時間の潜水ができない以上、俺たちができることは限られてくる。とりわけ、時間を止めることしかできない俺の場合は余計にできることが少ない。

 だが、霞は違う。霞の〈世界〉は力こそ強くはないが、応用力に長けている。そして、応用力や発想力で霞に勝てる者を俺は知らない。

 足場に着くと霞はその場に寝そべり、片耳だけを海面に浸けた。別にサボっているわけではない。霞の〈世界〉は音を利用しての広範囲サーチ能力だ。今回はそれを応用して、擬似的なソナーを再現するつもりらしい。

 瞼を閉じて音の〈世界〉に入る霞を見て、特にすることもない俺はぼんやりと海を眺めて時間を潰すことにした。

 青く、広い海が眼前に映る。普段は戦場としてしか利用していない東京湾だが、改めて見るとこの場所は本来ならとても静かなところなのだと理解できた。

 静寂そのものの海。透明度が高いからか、海中の様子がぼんやりとだが海面越しでもわかる。

 皮肉な話で、〈アンノウン〉との戦争によって自然環境だけは戦前よりも良くなった。なにせ戦争で自然を破壊する人間を始めとした多くの生き物の数が減ったのだ。復興も未だに目処が立たないこの状況で、戦前のような資源の無駄遣いなどできるわけもない。

 その結果の一つとして、この透明な海が在る。

 

「……あれ、壱弥?」

 

 十数分ほどが経った頃だろうか。海中から浮上して来た壱弥が顔を覗かせた。

 ふるふると濡れた前髪を鬱陶しそうに搔き上げる仕草が何故だかもの凄く様になっている。これがイケメンにのみ許される行為というやつなのだろうか。仮に俺がやっても気持ち悪がられるだけなんだろうな、とぼんやりとした頭で考える。

 壱弥はきょろきょろと現在地を確認するために周囲を見渡し、やがてこちらの存在に気づくと小さく首を傾げた。

 おそらくは居眠りでもしているのではないのかとでも思ったのだろう。バシャバシャと音を立てながらこちらのいる浮島に泳いで近づいて来る。

 すると突然、今まで無言を貫いていた霞が寝転がったままライフルの銃口を壱弥へと向けた。

 俺がぎょっとしている間に引き金が引かれる。慌てて海面下に潜る壱弥の上を銃弾が通過していった。

 

「何をする!」

 

 再び頭を出した壱弥が叫ぶ。いきなり殺されかけたのだから、その反応は正しい。霞は片目だけ開けてじろりと壱弥を睨み返した。

 

「煩い。この近くで泳ぐな。音が聞こえん」

「はあ?」

 

 泳ぐなと言われたからか、壱弥が〈世界〉を使ってこちらの浮島へと飛ぶ。

 そう大きくない足場は、壱弥が着地したことで途端に狭くなる。が、近くに壱弥が居ようが関係ないのか、霞は起き上がるどころか指一本動かす気配がなかった。

 

「居眠りか? 二百七位」

「この間の戦闘で二百十三位だ」

「まだ下がるのか」

 

 壱弥は呆れたような声を出した。

 そもそもスナイパーは〈アンノウン〉戦では不遇なポジションだ。仕事のほとんどが前線の撃ち漏らし改めおこぼれを貰うこと。前回の戦闘で霞は久しぶりに多くのスコアを叩き出したが、相対的に他の人のスコアも伸びていた。

 更新されたランキング表を見て苦笑いしたのは記憶に新しい出来事だ。まさかあんだけ頑張った結果、ランキングが下がると誰が予想できただろうか。そんなことを知らない壱弥はまあいい、と鼻を鳴らす。

 

「質問に答えろ、居眠りでないなら何をしている」

「海中は空気中より音がよく響く」

「は?」

 

 霞の言葉の意味がわからず、壱弥は眉を寄せた。そして直ぐに俺に説明を求めてくる。

 

「音を利用して海中を索敵してんだよ。まぁ、探してるのは〈アンノウン〉じゃなくて明日葉だけど」

「誤解されるようなことを言うなっての」

 

 睨む霞を前に肩をすくめると、壱弥はああ、とまたも呆れる。要するに俺たちがしているのは明日葉の援護なのだ。しかも本人に頼まれたわけではなく自主的に。

 

「おまえたちも大概過保護だな。嫌われるぞ」

「いーんだよ、別に」

 

 珍しく霞は軽口で返さない。

 

「好かれたいとか嫌われたくないで兄妹なんかやってらんねーだろ」

 

 俺は黙って再び肩をすくめた。隣にいる壱弥も同じ反応だった。

 霞がこうやって妹の為に無駄骨を折ったり、割に合わない役回りを被るのは、今に始まったことではないからだ。

 

「なあ、クズゴミ君」

「なんだ二百十三位」

「ちょっとそこらの石を一つ投げ込んでくれない?」

「ふむ」

 

 右手でポンポンと瓦礫の欠片で遊んだ後、壱弥は指示された通りに力一杯欠片を投げる。かなり遠くまで飛んでいって水柱を立てた。

 海面に波が立ち、波紋が広がるのを確認した霞はそっと目を閉じて、自らの〈世界〉を再現させる。

 それは明日葉や壱弥のように目立つものではない。霞曰く、頭の中でレーダーをイメージするとわかりやすいらしいのだが、俺の想像力ではそれすらよくわからないでいる。

 

「百四十五〜アホ娘……、百六十四〜アホ娘二号……、で。あと二つ、か」

 

 海中の微弱な音の波紋を使って、霞は正確に位置を割り出していく。驚くべきはその精度の高さだ。霞は何でもないようにさらっと、複数の対象の距離や大きさを捉える。

 舞姫、ほたる。おおよその身長にあたりをつけながら、水中を動く存在を特定してく。さらに追加で探知したようだ。わざわざあたりをつける必要もなく、それが明日葉だと俺にもわかる。

 しかし、霞は二つと言った。残る一体は何者なのだろう。

 

「……つッ!」

 

 訊いてみようとした瞬間、霞が跳ね起き、抱いていたライフルを構えた。

 スコープ越しに狙いを定め、霞の指が素早く引き金を落とす。

 撃ちだされた弾丸が、空気を裂くようにして海へと飛び去っていく。

 そして轟音。

 海を割るような激しい爆音が静寂だった東京湾に鳴り響く。爆風が遠く離れたこの足場まで届き、前髪を小さく揺らした。

 

「ふぅ……」

 

 すちゃっとスナイパーライフルを上げ、命気クリスタルを内蔵したカートリッジが排出される。

 

「当てたのか?」

「──さてね」

 

 壱弥の問いに霞は適当な返事を返す。だが、爆発が起きたことを考えればほぼ確実に対象に当たっているのだろう。

 霞の銃弾が引き起こした海中爆発は、海ほたる仮設司令部からも視認されたのか、求得の叫び声が耳元の通信機から聞こえた。

 

『今のは何だ? 敵を見つけたのか!」

「霞が未確認〈アンノウン〉と思われるものを狙撃しました。確認を頼みます」

 

 俺からの返信は同時に他の者たちにも伝わった。

 

『ほお』

『さすがだね! 確認しに行こう、ほたるちゃん!』

『ヒメと共にならどこまでも!』

 

 一緒に行動していたらしい舞姫とほたるは連絡を受けるや直ぐさま、敵の死亡だか撃沈だかを確かめに行ったようだ。

 通信内容を確認し終えて、霞はインカムを外す。

 

「明日葉は無事かな」

「たぶんな。爆発に巻き込まれてなければ、だけど」

 

 曖昧に霞は答える。何故明日葉が近くに居たことがわかるのか、なんて今更な質問も回答も俺たちはする気がない。

 浅く息を吐き出していると、なにやら壱弥が真面目な顔をしてこちらを見ていたことに気づく。

 壱弥は意味ありげに俺たちを見て、

 

「ふむ……」

「──なに?」

「水中に潜む敵を音の僅かな反射から見つけ出し海上から狙撃……か。さすがは【夜を支配する者】──……ヴァンパイアバット」

 

 結構かっこいい声、所謂イケボで自らの〈世界〉に厨ニ病な名前を付けられた霞は引いた。割と本気で。

 

「ちょっと、ヒトの〈世界〉に変な名前付けないでくれる? ひょっとして……」

「ん?」

「……それ、もしかしなくても全員に付けてるの?」

「当然だ。なぁ、【時を喰うもの】──タイム・タイラント」

「そこで俺を巻き込まないでくれますかね! というか、マジでやめてって言ったよな!」

 

 若干どころか、かなり真面目な顔で親友に憐れみの視線を向けられる。かなり辛い。しかも名付け親の当人はめちゃくちゃ自慢げだからタチが悪い。

 

「惰弱な感情論など知らん。……そんなことよりも普段から本気を出せ、無責任男」

 

 それが誰に向けられた言葉なのかは直ぐにわかった。

 だから無責任男は言う。

 

「おまえがくたばったらな、勘違いヒーロー」

 

 勘違いヒーロー(壱弥)は真っ向から霞を見据え、片や無責任男()は横目の端だけで壱弥を捉える。

 

 ──やっぱり似た者同士だよな。

 

 そんな二人を見比べて、俺は内心で決して言うことのない感想を浮かべながら海を眺めた。

 東京湾な海上でウミネコがみゃぁみゃあと鳴いている。俺はその光景を黙って見つめた。

 そんな時だった。

 

「──は?」

 

 間抜けな声を出すよりも先に、視界の色が変わる。

 思考回路が事の重大さを理解するよりも先に、空が〈世界〉の発動を教えるように赤く染まった。




あんまり原作と変わらないせいで神楽の活躍が書けないから無理やりオリジナル展開を突っ込んだ。反省はしているが、後悔はしない。……オイ
ともあれ、次あたりでカリカチュアは終わりますので引き続き今作にお付き合いください。
お気に入り登録が250を超えました。何時もながらありがとうございます。

本編裏話 いっちゃんさんのネーミングセンス
神楽「ちなみに興味本意で訊くけど、宇多良にも付けてるのか?」
壱弥「当然だ。【愛を唄う者】――ハートウォーミング」
神楽「だ、そうですけど。当人的にはどうですかね?」
カナリア「かっこいい名前だよね!」
壱弥「当たり前だ」
神楽「誰かツッコミ入れて……」

同時刻、東京都市在住の工科女子生徒が盛大にくしゃみをしたとかしなかったとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

境界線からの手紙

 赤い空が広がっていくのを見て、俺の背中は気持ち悪い汗で濡れていく。見慣れた筈の赤い〈世界〉だが、はっきりとわかる。これは()()()()()()()()()()。理屈抜きの、半分以上直感によるものだが断言できる。

 振り向くと、壱弥と霞の時は予想通り止まっていた。テープの一時停止ボタンを押したように動く気配がない二人を確認し、この事実に一人で対処しなければいけない現実を受け入れる。

 

「なんだよ……これ」

 

 ようやく絞り出せた声は、わかりやすいくらいに震えていた。時を止める〈世界〉を持つのは、この防衛都市で俺だけだったはずだ。しかし、現にこうして自分以外の全ての時は止まっている。俺だけがこうして無事なのは、俺が似たような〈世界〉を持っているからなのか、それ以外に理由があるのか。

 ぐるりと周囲を見渡し、

 

「なッ!」

 

 状況を理解する前に呼吸が止まった。

 東京湾海上の一部が歪んだ。間違いない。〈ゲート〉の出現だ。

 俺は身構える。最悪だ。まさか〈アンノウン〉が時を止める能力を得るなんて。

 〈ゲート〉が開く。そして、身構えていた俺は再び固まった。

 

「か、紙飛行機⁉︎」

 

 他にアレを示すのに相応しい言葉がない。ふらふらと海上の気流に任せて空を泳ぐ紙媒体の物体。見間違えるわけもなく、それは紙飛行機だった。

 〈ゲート〉を通過し、ふらふらと頼りない軌道を描くそれは、ふらふらと頼りなくこちらが立っている浮島に向かって飛んで来ている。そして、その軌道が変わることなく浮島に着陸。

 パサリと力尽きたかのように足元へと着地した紙飛行機を、俺は呆然と見ていた。

 うっすらと汚れが見えること以外に、その紙飛行機には変わったところは見られない。どう見てもただの紙飛行機だ。

 

「…………」

 

 ど、どうしよう。

 頭の中で自問自答してみるが、答えが出てくれるわけもない。見やれば、〈ゲート〉は既に閉じていた。残っているのは、この正体不明な紙飛行機と俺。明らかに面倒事の匂いがプンプンする。

 恐る恐るその紙飛行機を拾い上げた俺は、ぎょっとした。間近で見て気づいたんだがこの紙飛行機、うっすらと赤い跡が見えるんですけど。確認するまでもない。どう考えてもその赤い跡は血痕の類いだろう。もうこのまま、東京湾に投げ返した方がいいんじゃないか? と自問自答再び。

 それから数秒後。諦めたように、ええいままよと紙飛行機を広げる。中身は血痕で真っ赤に染まった不幸の手紙ではなかった。

 

 日下神楽へ

 

 この世界は偽物だ。

 

 ──はい? なんだこのわけのわからない手紙は。少なくともこの意味不明な手紙が俺に宛てられたものであることはわかった。だが、内容というか意味が全くわからない。

 そもそも、だ。この手紙を書いた人物は何者なのだろうか。コールドスリープ前と比較して、交友関係は比べものにならないくらいに増えているのもあって該当する人物が逆に思い浮かばない。逆説でコールドスリープ前の知り合いの線も考えたが、コールドスリープ前の知り合いで生きているのはそれこそ千種兄妹くらいなものだ。

 俺と同じで時を止める〈世界〉を持ち、俺が知らない俺を知る人物が〈ゲート〉の先に、侵入不可領域の向こう側にいるということなのか。

 で、あるならば、これは俺たちの常識をぶち壊す要因になりかねない事実というわけだ。それは面倒事に他ならないことを意味するが、だからといってこのことを隠し通すのもどうかとは思う。

 とりあえず紙飛行機改め、よくわからない手紙は見なかったことにして、羽織っていたパーカーのポケットに押し込んでおいた。問題の先送りな気もするが、気にしてはいけない。

 赤い空が見慣れた青い空に戻ったのは、ちょうどそのタイミングだった。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時の時間。俺たちは海ほたるから戻る帰りの列車の中にいた。

 作業に疲れ果てて眠りにつく者もいるからか、車内はとても静かだ。ガタンガタンと規則正しいリズムを刻みながら列車は帰りまでの帰路を進む。

 

「──結局、かすみんがやっつけた一体だけってコトみたいだったね」

 

 ふむーんと前の席に座る舞姫が呟く。

 あの後も何度か探査を繰り返したのだが、結局見つかったのは霞が狙撃した〈アンノウン〉一体だけだった。

 

「大山鳴動してネズミ一匹、か。まあ被害がないにこしたことはない」

「うん!」

 

 ほたるの言葉に舞姫が元気良く頷けば、青生もまたはいと返事を返す。舞姫にとっては誰も不幸にならないことこそが至上の喜びなのだろう。それは俺も同感だ。今日のように〈アンノウン〉があまり出ないほうがずっと喜ばしい。

 

「かぐらんもそう思うよね?」

「……なんでそこで俺に話を振るかなー、このおヒメ様は」

「んー、なんとなく!」

「あー、はいはい」

 

 やれやれと嘆息し、俺は窓の外に視線を逃す。

 窓の外には、黄昏の空が広がっていた。

 ここから見える風景は、特になにも変わっていない。お世辞にも美しいとは言えない、崩れ落ちた瓦礫の山や半壊した建造物たち。ひどく歪で、だけど変わらない俺の日常を示す風景がそこに在る。

 

「しかしあれは何だったんだ? 〈アンノウン〉が出現する時は〈ゲート〉が開き、必ずその反応が捕捉できていたはずだ」

 

 舞姫たち神奈川組が座るボックス席の隣に座る壱弥が半身を乗り出して、舞姫たちの話に混ざった。

 ほたるは軽く首を横に振り、

 

「管理局の方で調査はすると言っていた。任せるしかなかろう」

「はい、あとは朝凪さんと夕浪さんにお任せしましょう。それよりも今日は一日、警備に探査と、お疲れ様でした」

 

 青生は頷き、舞姫とほたるにぺこりと一礼。そして、横のボックス席の壱弥とカナリア、ついでに俺へと会釈を送った。すると、壱弥が真顔で首を傾げる。

 

「……誰だっけ?」

「ですよね〜……」

 

 壱弥の声のトーンや表情から、その発言に悪意がないことは青生にもだんだんとだがわかってきたのだろう。あはは……と困り笑いを浮かべていた。頑張れ、あと必要なのはその理不尽に対する慣れだけだぞ。

 

「いっちゃん! だいたい、いっちゃんは優しさが足りないんだよ!」

 

 カナリアが自分のお仕事だとばかりに壱弥を叱る。が、それが彼の改心に繋がるのは何時になることやら。

 

「ほんと、一日中はしゃいでたのに元気だよなぁ……」

 

 そんな騒がしいやりとりを眺めていると、隣の席に座っていた霞と明日葉の姿が目に留まる。二人仲良く肘掛けに頬杖をついて背もたれに体を預けていた。会話はなく、無言な、だけどなんか心地よい空気が生まれている。

 

「……お兄ちゃん」

 

 すると、明日葉の囁くような声が聞こえた。それに霞は驚いたように目を見開く。霞は声を掛けるでなく、ただ視線と態度だけで言葉の続きを待っていた。

 明日葉はふいっと窓の方へ顔を向けたままだ。言葉の続きはまだ出てこない。

 ほんのりと頬を朱に染めて。拗ねたように尖らせた口元が、ぽしょりと言葉を絞り出す。

 

「ありがと……」

 

 固まった。俺も霞も時を止めたように固まった。

 それは小さな、聞き逃してしまいそうなくらいに小さな呟き。口の中だけで紡がれた、限りなく自分の本心に近いところに在る言葉。

 先ほどとはまた違う、噛みしめるような沈黙が生まれる。

 霞はふっと、普段よりもいくらか大人びた微笑を漏らした。霞が明日葉だけに見せる兄としての笑み。そして、わざとらしくおおげさに耳を手に当てて身を前に乗り出し、

 

「え? なに? 聞こえない、あと五回言って」

「な、なななななにをッ」

 

 今しがた言った台詞を無かったことにしたいのか、あるいは単純に恥ずかしいのか、明日葉は動揺しまくる。しかし、霞が明日葉の言葉を聞き逃すことも聞き漏らすことも絶対にあるはずがない。

 

「いやだから、お兄ちゃんありがとうって」

 

 うっすらと霞の頬が明日葉同様に朱に染まっていた。一字一句間違えずに覚えているじゃないか、とか野暮な話はしない。

 

「聞こえてるしほんとウザいし! つーか、キモいし!」

 

 そんな兄妹のやりとりを俺は微笑ましく見ていた。なんか、父親になった気分。片方が同い年だけど。

 

「なにをニヤニヤしている? 気持ち悪いぞ」

「少しはオブラートに包む気遣いとかしませんかね、ほたるさん」

「そんなもの貴様には必要ないだろ。それで、なにを見ていた」

「ああ、あれだよ」

 

 言って俺は指差す。

 自分の肩を借りてすーすーと規則正しい寝息を立てている舞姫を気遣ってか、ほたるは小さく声を出した。

 

「相変わらずよくわからん兄妹だ」

「そうか? これ以上ないくらいにわかりやすい兄妹だろ」

「貴様も大概だな」

「お互いさま、の間違いだろ?」

 

 小さく笑って、俺は再び窓の外に視線を向けた。変わらず空は夕暮れ色だ。

 そうして耳に残ったのは、生徒たちの小さな寝息。

 窓の外から、夕焼けの光が差し込んできて俺たちを照らす。俺はその光景を窓ガラス越しに黙って見つめる。賑やかで、静かで、安らかな時間。

 

「──なに?」

 

 とんとん、と小さく明日葉が肩を叩いてきたので振り返る。眼前には、不思議そうに首を傾げている幼なじみ。

 ぽつりと、彼女は言葉を漏らす。

 

「……なんかあった?」

「ん、なんでもないよ」

「ならいいけど……」

 

 明日葉の質問に俺は肩をすくめる。そう、なんでもない。なんでもないのだ。

 俺は制服のポケットに隠した小さな紙を明日葉にバレないように握り潰した。




この世界は偽物だ。いったいどういう意味なんだー(棒読み
というわけでカリカチュア編終了。基本ベースがアニメでも千葉よりだったからほとんど原作通りに。次回からはオリジナルというか千葉よりな話になるからいいんだよ!(謎の半ギレ
あと、この話を書く前にお気に入りが250超えたとか言ってたんですが、何故かその直後100以上増えてたんですけど。現在371人。
みなさんありがとうございます。
では、森閑のアリアでまた。

本編裏話 写真を撮った結果
神楽「はいチーズ」
霞「……なにしてんの?」
神楽「愛離さんから記念にってカメラ渡されたんだよ」
ほたる「貴様!」ガシッ!
神楽「な、なに!」物陰に拉致られる。
ほたる「……いくらだ?」
神楽「はい?」
ほたる「ヒメの写真はいくらだ、と訊いている」
神楽「ア、ハイ」

その後数日間の間、神奈川生徒に写真を売ってくれと頼まれる千葉生徒の姿があったとかなかったとか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

森閑のアリア
内地行き


 今更な話だが、そもそも護衛役とはなにをする役職なのだろう。それを知ろうにも、過去にそういった前例がない役職なので調べる術がない。だからと言って、管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)夕浪愛離(ゆうなみあいり)に訊いてまわるほど知りたいのかと問われたら、別にそこまで必死になって知りたいわけでもない。ワンチャンで似たような役職に就いているらしい、凛堂(りんどう)ほたるにでも訊けばわかるのかもしれないが、生憎と彼女は神奈川所属の人間で、しかも次席という立場だ。下っ端の、それも千葉所属である俺の都合でほいほい会えるもんじゃない。まぁ、とりあえず四六時中一緒に居るのが護衛役の仕事なのではないのかと俺個人は認識している。

 ともあれそんな理由から、護衛役になってからというもの俺の行く場所はある程度固定されるようになった。基本的に護衛対象の主席と次席の二人が定期的な視察以外はあまり出歩いたりしない性格なのもあって、俺が行く場所は三都市定例会議が行われる南関東管理局か、千葉の代表に与えられる専用の執務室に限られる。極稀に、代表二人が住む千種(ちぐさ)家に訪れることもなくはないが、それだって仕事というよりはプライベートでの付き合いという意味合いが強い。そんなわけで、意図したわけでもないのだが、俺は執務室の住人的な感じで千葉の生徒たちから認識されていた。

 何か俺に用事があるならば、とりあえず執務室に行ってみればいい、というのが千葉生徒の共通認識らしい。そこまで仕事熱心になった覚えがないんだがな。

 あの海中探査から数日が経ち、晴天と言っていいくらいに晴れた日の今日は、俺と次席の(かすみ)、そして珍しいことに主席の明日葉(あすは)が執務室にいる。俺は窓際に用意された俺専用の椅子に座って、都市運営費用の見積もりをしていた。霞は俺の斜め前の席を陣取って、カタカタとパソコンのキーボードを鳴らしている。明日葉だけは、ソファーの上で体育座りの姿勢でぽりぽりとチョコのお菓子を食べながらファッション雑誌らしきものを読んでいた。変わらない、何時もの風景というところだろうか。

 ふと気づけばさっき時間を確認してからもう一時間以上も経っている。意識されない、或いは集中している間の体感時間は短い。とはいえ、それで目の前に積まれた書類の束が急激に減ることはなく、むしろこれだけやってまだこんなに残っているのかと思うとゲンナリしてくる。

 沈黙の中、キーボードと電卓を叩く音、そして明日葉がお菓子を食べる音が執務室に響く。

 

「…………ん?」

 

 疲労から眠くなってきた頃。

 唐突に扉を叩く音が聞こえた。それに気づいた霞が、面倒くさそうにぽつりと言う。

 

「神楽」

 

 こちらを見てこそはいないが、明確に名指ししている段階でその意図は読み取れた。護衛役として、こういった訪問者の対応は俺がすることになっている。だが、一番離れた場所にいるので少々面倒くさいとも思ってしまう。

 そんなことを考えていると、再度コンコンッ、コンコンッとノック音。ちなみにどうでもいいことだが、ノック二回はトイレ用のノックらしくマナーとしては失礼に当たるそうだ。一般的には四回なりし三回のノックが正しいマナー。そして、扉越しにいる人物はそういったマナーに明るい人物ということになる。ヤンキーの集まりと他の都市の生徒たちから呼ばれている千葉にそんな常識を知っているやつがいるとは驚きだ。

 と、何時迄も応答がないことに苛立ったのか、ノックの音がドンドン、ドンドンと荒々しいもの変わる。やっぱりヤンキーの集まりだった。

 

「はいはーい、今開けますよー」

 

 俺は、よっこいしょと腰を上げて扉に近づき、そのまま扉を開ける。

 

「遅い!」

 

 開けた瞬間、眼前に飛んできたのは罵倒に近い怒声と、きらりと光る素敵なおでこ。眉を吊り上げ、いかにも苛々してますオーラを醸し出す訪問者は、生産科所属の釣瓶朝顔(つるべあさがお)だった。

 朝顔とは、そこまで深い付き合いではない。が、それはあくまで俺個人としての付き合いという意味での話になる。彼女は生産科を束ねるトップという立場の人間で、一年ほど前まで霞がお世話になっていた部署の上司でもあった。きめの細かい白い肌と、女性らしい細い手足や華奢な身体つきから可愛らしい印象を人に与える彼女だが、騙されてはいけない、それは見た目からくる巧妙な罠だ。朝顔は霞以上に千葉好きで、霞以上に仕事中毒の鬼である。彼女の前では仕事に関係する「できない」や「間に合わない」などの言葉は全て言い訳扱いになる。以前真顔で、金がかからないのは人件費だけと言っていたところから、彼女の仕事に対する意識の高さは俺なんかとは数段違う場所にあるのだろう。もっとも朝顔は自分にも厳しいので、仕事面での彼女の人望はとても厚い。

 ちなみに俺はそんな彼女が少し苦手だった。

 突然の来訪者に、俺は怪訝な顔で訊く。

 

「あー、ナンノゴヨウデショウカ?」

「なんでカタコトなのよ」

「いや、なんとなく」

 

 朝顔は呆れ顔で肩をすくめた。そしてそのまま我が物顔で執務室へと足を進めていく。一応許可くらいは取って欲しいんですけど。

 執務室に朝顔が入ると、先ず最初に霞が来訪者の存在に気づいた。目を大きく開き、なんでいるの? 的な表情で朝顔を見上げている。ちなみにそれについては俺も知りたい。

 朝顔は霞を見下ろし、

 

「邪魔するわよ、霞」

 

 そう言って、惚ける霞を無視して朝顔はそのままぐいぐいと執務室を驀進していった。見かけによらず行動的なやつだ。

 そんなことを考えているうちに、その驀進は明日葉の前で止まった。

 

「はいこれ」

「……え、なにこれ?」

 

 目的地に着いた朝顔は、ソファーに座っていた明日葉にぐいっとその手にある紙袋を突き出す。身に覚えのない、しかも明日葉からしたら予想外な人物からの贈り物に、明日葉は困惑の表情を浮かべる。

 そんな明日葉に朝顔は、

 

()()()()の生徒たちから主席にって。代表して渡しにきたわ」

 

 ……ああ、そういえば今日か。

 壁にかけたカレンダーを見て、突然の来訪の理由に納得する。

 俺は小さくこほん、と咳払いをして場を取り繕った。

 

「確か、内地行きの発表は今日だったっけ」

「まぁ、何人かの生徒には事前に連絡が行ってたみたいだけどね」

 

 それは初耳だった。毎年この時期になるとびくびくしていたのが懐かしく感じる。成績下位組の俺にとって、この時期はある意味で大事な時期なのだ。

 ──後方移送。通称、内地送り。

 それは、この戦争が日常化している世界においての事実上の死刑宣告と言っていい。

 内地と呼ばれる安全地域に行く条件は、大きく分けて三つに区分される。

 格別に戦果を挙げた生徒や、ランキング上位の成績優秀者、都市主席・次席となった者は、早期に卒業して内地への移送が可能になる。その待遇は破格と言っていいレベルの好待遇だ。早い話が臨時政府の軍属、その中枢に行くということになる。歴代の主席たちやランキング上位者たちもそうした道程を経ていた。例外がいるとすれば、何年も主席の座にいながら内地移送を断っている神奈川の主席くらいだろう。

 もう一つは通常通りに任期を終わらせ、通常通りに卒業してから内地に行く方法。ちなみに大抵の生徒はこの道をいく。

 そして、最後に管理局から落伍者の烙印を押されて、強制的に内地移送となるケース。

 元々この防衛三都市は、防衛戦争の最前線であると同時に、長期的将来的な〈アンノウン〉根絶排除に向けて、戦争に特化した人材を育てるための場所でもある。

 そのため、戦闘行為をはじめとした戦争に有益な能力を持たない生徒には容赦なく落伍者の烙印が押される厳しい場所でもあった。そうした者たちは、本人の意思に関係なく強制的に内地へと移送されるのだ。

 今回の内地行きは、落伍者の烙印を押された者たちだった。

 そんな彼らがこうして主席の明日葉に物を贈るのは、中々に意味深く感じる。受け取り方によっては、嫌味や妬みにも感じ取れてしまうからだ。そこのところを明日葉はどう受け取るのだろう。

 暫くの沈黙の後、明日葉はぽつりと口を開いた。

 

「あー、ありがとう……ございます」

「私に言われても困るけどね」

「え?」

 

 明日葉は首をひねる。

 

「おでこ先輩が代表してってことは、おでこ先輩も内地行きになったんじゃないの?」

 

 そう来たか。ちらっと横目をやれば、朝顔は頬をヒクつかせていた。うん、そのどうリアクションすればいいのかわらない気持ちはよくわかる。

 朝顔は頭を冷静にさせる為か、大きく息を吐き出し、

 

「私は行かないわよ。まだまだやらなきゃいけないことがあるんだから」

「と言うか、おでこちゃんがいなくなったら俺らの仕事増えちゃうからね」

「あ、そうだ霞。この前の資料、計算ミスがあったから再提出ね」

「あれー? フォローしたら仕事増えたんだけど」

 

 霞と朝顔のやり取りを見ていた明日葉は、少し考え込む姿勢を見せてから訊いた。

 

「じゃあ、なんで代表で来たの?」

「……生産科(うち)の生徒も何人か内地行きが決まってね。その子たちが主席にお礼をしたいって言ってきたのよ」

「ああ……それでおでこ先輩が」

 

 あー、と納得顔で頷く明日葉。

 内地行きになる生徒は直接戦闘に関わる戦闘科が大半を占める。だが、稀にではあるものの、朝顔の所属する生産科や俺が元居た工科などからも内地行きが出る場合があった。その辺りの判断基準はよくわからない。しかし、成績が著しい生徒が内地行きになることに変わりなく、結果的にそれが戦闘科以外の科の求められる水準も引き上げている。

 

「なにか俺らもお返しに贈るか?」

 

 やんわりと俺は明日葉に提案してみた。

 明日葉は、うーん、と眉を内側に寄せ、

 

「でも、そんなにお金無いしなぁ」

「大丈夫、大丈夫。俺も少しなら出すから」

「いいの?」

「あんま貯金してないし、そんな高いのは買えないけどな。護衛役に明日葉たちが推薦してくれなかったらって考えると、俺も内地行きの連中のことを他人事だとは思えないし」

 

 丁度いいところに、この場には生産科を代表する人物がいる。彼女ならお手頃な価格と品質を用意してくれるはずだ。ちらりと朝顔を見れば、やれやれ、と肩をすくめていた。それから小さく小声で、任せなさい、と言ってくれた。本当に頼りになる。

 

「それなら、お願い……します」

 

 そう言って明日葉は、紙袋を胸の中でギュッと抱いた。そしてソファーから立ち上がり、朝顔の前で頭を下げる。その行動に俺を含んだ全員が驚く。

 

「おでこ先輩。その、そういうわけで、なんかアドバイスとか欲しい……です」

 

 本人的には敬語を、実際には少し違うなんちゃって敬語でお願いする明日葉に朝顔は苦笑し、

 

「任せなさい。主席に相応しいのを用意してあげるわ」

 

 そう言った朝顔の表情は、妹を見る姉のように見えた。




一ヶ月の間を空けてしまい、申し訳ありませんでした。
ちょっと普通に難産だったんです。主に内地行きの話と朝顔ちゃんのキャラを理解するのに。
ともあれアニメ第三話こと森閑のアリア編スタートです。
と言っても、たぶん後二、三話くらいで森閑のアリアは終わりそう。中継ぎ回だからね、仕方ないね。
そんな感じでまた次回もお付き合いください。

本編裏話 兄として
明日葉「あ、お兄ぃもお金出してよね」
霞「え、俺もなの?」
神楽「当たり前だろ。おまえ次席なんだから」
朝顔「安心しなさい。霞用にとびっきり(高い)のを用意するわ」
霞「今なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど!」

ちなみに後日、霞の家に高級お土産セットが着払いで届けられたそうだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲来

 ある日のこと、何時ものように執務室で作業をしていたら南関東管理局に呼び出された。それ自体は別段珍しい話ではない。問題はその呼び出しが緊急を要する、非常に深刻な問題だということだ。はたして何があったのだろうか。

 とにかく早急にとのことだったので、俺は霞と明日葉に付いていく形で管理局へと向かった。

 案の定、管理局に到着し何時もの会議室に案内された俺たちを待っていたのは、いつになく険しい表情を浮かべた管理官二人だ。東京と神奈川はまだ来ていないことから、珍しく一番乗りだったらしい。

 東京と神奈川がやって来たのは、俺たちが到着してから暫くしてからだった。神奈川も事の重大さを理解したのか、その表情はいつになく真面目だ。東京、というよりは東京主席の朱雀壱弥(すざくいちや)だけは、真面目というよりは何かに責められているような、或いは追い込まれたような表情を浮かべているのが微妙に気になったが、そこは今追求する必要はないだろう。

 三都市代表が揃ったことを確認したところで、管理官の夕浪愛離(ゆうなみあいり)が重々しい口を開く。

 その内容は、俺の予想を悪い意味で大きく外れた、深刻な内容だった。

 

「本日午前、アクアライン海ほたる全面海域に超巨大〈アンノウン〉が出現。既存するデータにはない新種の個体です。哨戒部隊の報告によると、過去最大だったトリトン級を超えると予想され、管理局は現時刻をもって目標をリヴァイアサン級と仮称。目標の迎撃、排除を最優先とします」

 

 愛離が報告をするごとに、正面に展開されたモニターに新たな情報が表示されていく。

 トリトン級を超えるという言葉と、モニターに出される過去の映像資料に会議室にいた面々がピクりと反応する。それは俺も例外ではない。

 トリトン級の殲滅には、戦闘科の生徒が数名でチームを組んで対処する必要がある。非常に面倒な〈アンノウン〉なことは間違いなく、俺や霞のような火力不足なやつには天敵と言っていい。唯一、神奈川の天河(てんかわ)舞姫(まいひめ)は過去に単騎によるトリトン級の殲滅をした経歴があるらしいが、そんなのは例外もいいとこだ。

 だが、それほど問題視することもない。少々面倒な相手、といった程度だろう。事実、舞姫を含んだこの場にいる面々の大半が、過去にトリトン級を殲滅した経験があるのだ。さして問題のある相手だとは誰も思っていないようだった。

 

「出現の際に東京本部哨戒警備部隊が接触、応戦しましたが、リヴァイアサン級の装甲を抜くことができず、現場指揮官判断で撤退。現在、海ほたるとアクアラインは敵勢力に占拠されています」

「占拠されちゃったの⁉︎」

 

 だが、続くその報告に舞姫が代表するかのように、ひゃあと驚きの声をあげた。

 その反応も無理からぬことだ。これまでの〈アンノウン〉との戦闘は、一部の例外を除いてほぼ全てが海上での迎撃だった。稀に上陸され、陸での迎撃を行う場合もあるが、その全てを結果的に討滅することに成功している。

 故に、占拠という今回のケースは非常に珍しいものであった。

 

「〈アンノウン〉の目的は橋頭堡として海ほたるを確保することだろう。可及的速やかに反撃する必要がある」

 

 もう一人の管理官、朝凪求得(あさなぎぐとく)がこの場にいる全員を見まわして言う。

 それにしても珍しいな、と俺は思った。

 今日の哨戒任務の担当は、エリートと名高い東京校だ。東京には〈アンノウン〉はサーチアンドデストロイが信条の壱弥がいる。その壱弥が獲物を前に泣く泣く撤退をしたというのは、正直かなり珍しい。

 そんな俺の内心を代弁するように舞姫は、ふむぅ、と考え込んでから隣に座る壱弥を見やり、

 

「でも、すざくんが撤退なんて珍しいね。そんなに手ごわい相手だったの?」

「…………」

 

 舞姫は何の気なしに、準枠な興味、そして壱弥の実力を高く評価しているからこそ、訊いてみただけだったのだろう。だが、壱弥はその質問に答えようとはしなかった。ただ無言で腕を組み、浅く唇を噛んで沈黙を貫いている。すると、代わりに壱弥の隣に座る東京次席の宇多良(うたら)カナリアがおずおずと挙手をし、

 

「あ、あのー、今日の現場指揮はいっちゃんじゃなくって……」

 

 カナリアの発言に、俺は首を傾げる。

 俺はカナリアに訊いてみた。

 

「え? じゃあ、宇多良が今日の現場指揮を担当してたのか」

「あ、いや、私も現場にはいなくて……」

 

 ゆっくりと、やや小さい声で言われた内容にぴくりと霞が反応する。

 

「は? なんでだよ。定期巡回のシフトには必ず主席か次席のどっちかが入るはずだろ。……どういうこと?」

 

 仮にカナリアの発言を真に受けるとするならば、壱弥は東京主席としての義務を放棄したことになる。それは都市の運営を任される代表としてあるまじき行為だ。

 眉をひそめて霞が問うと、それまで頑なに沈黙を貫いていた壱弥が、重くなっていた口を開いた。

 

「……部隊のメンバーは東京の上位ナンバーだ。通常の哨戒や追撃戦闘なら問題なくこなせる。そこからの判断だった」

 

 言い訳紛いな、いや、本当にただの言い訳な壱弥の発言に、俺は少々苛立ちを感じ始める。

 訊きたいのはそんな下手な言い訳ではなく、本来なら居なければならない場所に何故不在だったのか。その理由だ。

 なのに、この男はそこのところを少しもわかっていない。

 

「ほーん……。なるほど、なるほど。……よし、なら部下が悪いな。いつだって悪いのは部下だ」

 

 わかるわかるとわざとらしく頷く霞。その挑発的な物言いに、壱弥は横目で霞を睨みつけた。また不毛なやり取りが始まるのかと身構えた時だ。

 珍しく二人に割って入る者がいた。神奈川主席・天河舞姫だ。

 

「すざくん……」

 

 普段は元気の塊と言っていいくらいに天真爛漫な舞姫の声が、何時もよりも大人びて聞こえる。それは壱弥を責めるわけでも貶めるでもなく、諭すようなトーンだった。

 

「それはいくらなんでも無責任すぎるよ。あのね、力には責任が伴うし、パワーには責任が伴うんだよ?」

 

 この中で最も長い間〈アンノウン〉と戦い続けている剣の都市の姫は、同じ強者の立場として壱弥にそう優しく語りかける。後半部分が少しだけ怪しかったが。

 そんな舞姫に明日葉がさらりと乗っかる。

 

「つまり?」

「つまり、力とは責任で、責任とはパワー! よって力こそパワー!」

「ああ、ヒメは何時も正しいな」

 

 瞳を閉じて、瞑想するように静かだった凛堂(りんどう)ほたるが悟りでも得たかのような顔をしていた。

 やっぱり神奈川主席はアホらしい。少しでも感心した俺が馬鹿だった。

 仕切り直しに霞が薄いため息を吐く。

 

「まぁ、力の一号と技の二号の話は措いといて。……アクアラインは俺らにとっても防衛の要だ。そこを占拠されちゃってどうすんのよこれ」

 

 船で海上移動ができる神奈川や空を翔べる東京と違い、陸以外の活動手段がない千葉にとって、アクアラインは文字通りの意味で生命線だ。なんとしても取り返さないといけない。

 そのことを理解しているからなのか、カナリアが弱々しく呟いた。

 

「で、でも、いっちゃんにだってちゃんとした理由があって……」

 

 ならそれを話せよ。喉元までその台詞が出て来たとき、

 

「やめろカナリア」

 

 壱弥がカナリアの言葉を制した。

 

「なに、お腹でも痛かったの?」

「そういうことじゃないよ!」

 

 霞が軽口で茶化すと、カナリアが勢いよく立ち上がる。その語気は珍しく強い。

 

「──……最近、みんなルーチンワークになってたし……。私だって……」

 

 切々と、まるで自分の至らなさを悔いるようにカナリアは言葉を紡ぐ。ぽつりぽつりと口にする言葉は、確かに俺たちにも心当たりがあることではあった。〈世界〉という〈アンノウン〉への明確な対抗手段があるからか、〈アンノウン〉に対しての危機感や緊張感というものは年々薄れてきている。それも、腕に自信のある者は特にその傾向が強い。そういう意味では、今回の件はこの場にいる誰が定期巡回に入っていたとしても、起こりうる可能性はあった。

 

「主席として、どうしてもやらなければならないことがあって……。霞くんなら、どうすれば良かったと思う?」

「……俺は主席じゃないんでな」

「そういうことじゃないよう……」

 

 しゅんと項垂れるカナリアの視線と困ったような声に、霞は心底居心地悪そうだった。

 あるいは、カナリアも純粋に答えを欲したのかもしれない。

 無粋だとは思いつつ、俺は二人の間に割って入った。

 

「──その辺にしとけよ。今は誰がどうとかの話よりも優先しなきゃいけないことがあるだろ?」

 

 俺の発言に、明日葉が同意の意思を示すように、

 

「でもさー、実際、上位メンバーが撤退するレベルだったんでしょ? それって、ちょっとやばいんじゃない? 」

「そ、そうだよ! だから今は誰が悪いとかそういうことじゃなくて──」

 

 助け船だとばかりに、うんうんとカナリアは明るく頷く。

 その態度に少々イラっと来た俺と明日葉は、しらーとした呆れた目でカナリアから視線を外す。

 

「ま、誰が悪いかは決まってるんだけどね!」

「その皺寄せで俺ら呼び出されたわけだしなぁ」

「うぐぅ!」

 

 うう……と力無く唸るカナリアと、その横で硬い表情の壱弥。だが、俺たちに反論する者はいない。

 

「おまえら、容赦ねぇな……」

 

 その光景を間近で見ていた霞が若干引き気味に言った言葉に、明日葉はむっとして、拗ねたようにふいっと顔を逸らした。

 

「だって……」

 

 その呟きは、明日葉の後ろに居た俺以外には誰も届かず、空気の中へと消えていく。

 そんな中で、求得が厳しい面構えで各都市の代表たちを見渡した。

 

「明朝、討伐部隊を編成し、日の出とともに三校同時に奴を叩く! 部隊の編成、選抜は各都市の代表に任せる。今までの敵とは違うんだ。……自分たちに何ができるか、何をすべきか考えろ」

 

 それは、壱弥に対して向けられた言葉のようにも感じ取れた。その意図を当人たる壱弥はどれだけ察したのだろう。ただ、背中越しに怒りの感情を滾らせているのだけはわかる。

 

「では各員解散。出撃準備」

 

 愛離の言葉で会議が閉められる。

 あとは明朝の作戦行動開始までに、それぞれが出撃準備に入るだけだ。

 こういったときに、もっとも行動が早いのが神奈川である。なにせ主席の天河舞姫はその道十年のベテランだ。加えて、神奈川は舞姫を慕う連中によって、常に舞姫に最適化した体制を構築しているため、彼女のいかなる発令に対して即座に対応ができるらしい。

 肩にかけたトレードマークの海軍軍服を翻して立ち上がると、たたっと勇み足で舞姫が会議室を後にする。その後ろをほたるが寸分たりとも遅れずについていく。

 

「出撃だよ、ほたるちゃん! 楽しみで眠れなくなっちゃうね!」

「ああ、今夜は寝かさないぞ」

 

 いや、寝ろよ。

 はしゃぐバカ二人に愛離が「ちゃんと寝るのよ」と声をかけると、舞姫は「はーい!」と元気よく返事をしてぶんぶんと手を振った。

 そんなやり取りを見送り、俺たちも腰を上げる。

 

「お兄ぃ、あたしらも戻って準備しよ」

「そうだなぁ……」

 

 ユルイ返事をしながら、霞もよっこいしょと立ち上がる。それに続くようにして、足を一歩踏み出した時だ。

 偶然にも壱弥と目が合った。

 その表情は、硬く、そして苛烈さに満ちている。しかし、その反面で瞳は何も見ていない。

 壱弥のその表情には見覚えがある。最前線にいる時や、乱戦の最中、稀にだが遠目越しに見えてしまうことがあった。何か思い詰めたような表情を戦場のど真ん中でするものだから、印象に残っている。

 それと同じ表情を壱弥は浮かべていた。

 それが何故だか無性に気になった。

 

「……なにしてんの? 置いてくよ」

 

 何時迄も着いて来ない俺に疑問を持ったのか、明日葉がかったるそうに俺を呼んだ。

 

「ああ、今いく」

 

 後に残っていた東京校の二人。

 壱弥の拳が強く、常よりもずっと強く握り込められていることに俺は最後まで気になりながらも、会議室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 南関東管理局担当管理官・大國真昼(おおくにまひる)医務官より、臨時政府への提示報告から抜粋──

 

 南関東防衛都市・千葉校に属する日下神楽(くさかかぐら)の〈世界〉は、ここ一年の間に著しい発展をとげつつある。現在、彼の保有する『時を止める』能力は、最大停止時間であった五秒を上回り、八秒間の時間停止が可能と推測される。

 その希少性の高い能力は、防衛都市の生徒の中でも上位に位置すると判断。能力のスペックだけなら、ランキング一位・天河舞姫、ランキング二位・千草明日葉、ランキング三位・凛堂ほたるの三名に並ぶとされていた日下神楽だが、その〈世界〉の発展速度はここ数年と比較しても明らかに異常である。

 また、それに伴い〈命気(オーラ)〉の総量も微弱ではあるが増大していることが確認されており、観測データから更に増大する可能性が考慮されている。

 以下の理由により、日下神楽を内地移送候補リストから除名。さらなる能力の飛躍に期待したいところである。

 

 追記。

 日下神楽の〈世界〉の特性から、彼の〈世界〉がクオリディア・コードに何かしらの悪影響を及ぼす可能性が否定できない。

 よって、今後の彼に対する監視・観察を強化する必要がある──




一応原作未視聴の人用に簡単な補足(いるのかは知らない)
哨戒任務時に壱弥こといっちゃんさんは、怪我で内地行きになった生徒のお見舞いと餞別を渡しに病院に行っていたので現場には不在でした。不器用な優しさというやつですね。
だからといって、その理由を知らない人からしたら壱弥がただサボっただけにしか感じとれないのも事実なわけで。しかも不在の理由も話さないから神楽や霞はわりとおこです。
まぁ、さらにこの後に二人を激おこにさせることをいっちゃんはやらかすんだけどね!

本編裏話 剣の都市の姫
神楽「神奈川は舞姫を中心に活動してるってマジ?」
ほたる「当然だ」
神楽「へぇー、ちなみに具体的にはどんなのがあるんだ?」
舞姫「えーと、おやつ予算があったりとか、定期的に私用に特別模擬戦をしたりとか……あ、あとパーティとかもよくするよ!」
神楽「……え、冗談だよな」
青生「残念ながら全部本当です」

千葉と同じ予算で都市運営をしてるとは思えないくらいに神奈川はフリーダムな都市。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その代償は重く

 南関東管理局は防衛都市の指揮統括を名乗ってはいるが、最前線で特別な指示を出したり、各防衛都市の運営や部隊編成に口を挟んだりはしない。任務によっては防衛都市の各代表が管理局に集められ、合同会議を行う場合もあるが、会議が終われば任務を担当する人選は各都市代表に丸投げしてくる。このご時世に随分といい加減なものだ。

 ただ、いかに管理局でも無視できない、或いは緊急に対応しなければいけない特別任務の場合はそれに限らない。その時ばかりは防衛都市の生徒たちは例外なく管理局側の言うことに素直に従う。そして、管理局から三都市同時による未確認〈アンノウン〉改め、リヴァイアサン級の討伐を任されたことによって、俺たち千葉は明日の明朝に行なわれる出撃に向けての部隊編成や武器の準備に勤しんでいた。もともと千葉は少数精鋭かつ武器は消耗品としては最高にコスパの悪い拳銃をメイン武器にしているのだから、その人選は慎重を極める。

 その部隊編成も、ついさっき漸く終わった。厳密に言えば、武器の調達や弾丸として転用している命気クリスタルの補充が完了しただけであり、まだ部隊の細かな編成や作戦の内容は決まっていないのだが、そこは霞の領分なので俺は口を出したりしない。ただ面倒なだけとも言う。

 ちなみに部隊編成といえば、防衛三都市それぞれの戦い方は中々に面白い。

 まず、神奈川。剣の都市と言われているだけのことはあり、神奈川の戦闘科は主力の出力兵装が例外なく接近戦向きの装備だ。曰く、それぞれにあった装備をオーダーメイドで造っているらしく、打撃武器な為消耗も少ない。しかし、それに反比例するかのように作戦は大雑把だ。基本は海上で空母を使って〈アンノウン〉に近接、後はみんなで滅多打ち。困ったら舞姫が力の限りドーン。神奈川主席・天河舞姫という人物を良く表した戦い方だ。

 天上天下唯我独尊を地で行くバカこと朱雀壱弥が主席を務める東京は、神奈川とは色々な意味で真逆と言っていい。壱弥本人は単独先行大好きな性格なくせに、東京の戦い方は数人で一小隊を編成してからの、複数の小隊による集団連携が基本となっている。

 空という特殊なフィールドで戦うからなのか、旧時代の戦闘機の飛行戦術がベースらしい。

 千葉は、普通だ。

 射撃ポイントに砲塔列車で移動して、離れた場所から面制圧。ただそれだけのシンプルイズベスト。神奈川の様に近接格闘をするわけでも、東京の様に統率の取れた連携をするわけでもない。現地に着いたら自己責任で好き勝手に戦う。ある意味では、それが千葉の戦い方なのかもしれない。

 ただ、例外があるとすれば明日葉の存在だ。彼女は自ら好んで危険な場所に行く気がある。二挺拳銃を握り締めて、意気揚々と〈アンノウン〉の群れに突っ込んで行く。なんてことはない。明日葉は自分に正直過ぎるだけなのだ。やりたいことだけやって、やりたくないことはやらない。だからこそ、兄の霞は割りを食う。今だって、本来なら明日葉がしなければいけない部隊の編成を霞はやっている。

 それがあの兄妹の基本なのだ。

 

 夜の道を歩きながら、そんなことを考えていると、制服のポケットにある携帯端末から着信音が聞こえた。ぴこん、と短い着信音だったので、おそらくはメールだ。

 メールフォルダを開いた俺は、ぎょっとした。送信者の名前は「南関東管理局」。何でこのタイミングでメールが来たのかなんて考えるまでもない。作戦前に管理局が連絡を出すのは、緊急時のイレギュラーが起きたときと決まっている。正直内容を確認する気がしない。

 嫌々ながらもメールフォルダを開く。案の定だった。

 

 緊急連絡

 

 海ほたる海域にて戦闘が開始。コード認証から戦闘中の生徒は東京校主席・朱雀壱弥と断定。

 千葉、神奈川の両校は直ちに援軍として現場へ急行。朱雀壱弥の回収を最優先とする。

 また、東京校生徒の数名が戦闘海域に向かっていることが確認。

 迅速な対応を求む。

 

 

 海ほたる海域で戦闘が開始? なにをやっているんだ、あの馬鹿は。明朝に三都市同時の反攻作戦じゃあなかったのかよ。まぁ、心配はしていない。自業自得だ。それで撃墜されたところで、俺は悲しまない。

 しかし、だ。俺はため息をついた。あの馬鹿が万が一死ぬような事になれば、悲しむ人がいるのも事実だ。彼女が悲しむのは正直言って見たくない。それに、明日の作戦には東京校の協力は必要不可欠と言っていい。空の支配権を得る東京校の主席がいないとあっては、作戦の士気にも関わる。

 腹が立った。何が悲しくて、馬鹿の尻拭いをしなければならないのだろうか。

 管理局からの緊急命令が護衛役()の元に来た理由は簡単だ。護衛対象の千葉主席と次席にも同じ命令が来たからにに違いない。

 おそらくは、霞と明日葉の二人は既に現場へと向かっているだろう。それは面倒事が増えたことを意味するが、だからといって無視を決め込むのも不人情だ。相変わらず朱雀壱弥は俺の心の平穏をかき乱してくれる。

 とりあえずメールを閉じて、端末を制服のポケットに戻した俺は、一発あの馬鹿をぶん殴ることを心に誓い、海ほたるへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうしてこんなことになった。

 

 自責の念が朱雀壱弥を押し潰す。

 血が流れていた。

 この場にいる中で無傷な者など一人もいない。

 額から血を流す者、腕や足を負傷している者、まともに動くことができるのは、壱弥くらいだろう。もっとも、その壱弥すら戦う力は残っていない。命気(オーラ)は海ほたるへ撤退する際に使い切ってしまった。彼が自慢する飛行の力は既に無い。翼は折られたのだ。

 

「……これ、一回退いた方がよくないすか?」

 

 ズドン、ズドンと防壁が剥がれ落ちていく様を見て、外の様子を窺う東京校生徒・嘴広(はしびろ)コウスケが神妙な顔で言う。今朝の哨戒任務の小隊長を務めていたコウスケは、リベンジと燃えていた。結果はこのざまだ。

 壱弥本人も、この状況がどれだけ深刻なのかは充分に理解していた。

 だが、今、この状況で目の前の彼女を守り切れる保証がない。

 

「いっちゃ……」

「喋るな、カナリア」

 

 体力と命気(オーラ)を根こそぎ使い切ったカナリアの容体は危険を極める。

 口からは大量の血を吐き、呼吸も弱い。起き上がる気力もなく、今は力無く仰向けで倒れている。今すぐ生き絶えてもおかしくない状況だった。

 

 ──だから、俺一人で良かったんだ。俺一人なら、誰も傷つかないのに。

 

 悔恨が壱弥の顔を歪ませる。歯が震え、唇はわななく。

 ふと、カナリアが壱弥の手を握った。

 

「いっちゃん……」

 

 その微笑みが、その一言が、その温もりが、壱弥の思考に空白を生む。

 プライドなんて、もういらない。

 震える腕で、壱弥は端末を強く握り締めた。




というわけで、短いですが森閑のアリア編は終了。カリカチュアで話増えるとか言っていた自分を殴りたい……。
プロット段階ではいっちゃんたちと一緒に神楽がフライングする案もあったのですが、そこまでの流れに違和感があって却下に。すまんな、いっちゃん。
では炭鉱のカナリアでまた。

本編裏話 神楽のお仕事
生産科にて
神楽「じゃあ、命気クリスタルの追加を頼むわ」
生産科生徒「了解です」

補給科にて
神楽「神奈川から新しい武器を仕入れといて」
補給科生徒「予算はどれくらいですか?」
神楽「常識の範疇でよろしく」

商科にて
商科生徒「日下先輩。この案件なんですが……」
神楽「予算オーバーだな。そこと、そこの部分をカットできるか後で生産科に交渉してやるよ」

工科にて
工科生徒「合体が駄目だったので、トランスフォーム的なやつはどうでしょうか!」
神楽「帰れ」

ちなみに神楽は全ての科に在籍していた経歴持ち。おそらくは千葉、防衛三都市の中で唯一の生徒。そのおかげで他の科とのバイパスになっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炭鉱のカナリア
無力という名の呪い


 夜が明けようとしていた。

 チリチリと、水平線から太陽が顔を見せようとしているのが見える。

 千葉海岸道路はひどく強い横風が吹いていた。

 走るのにこれほど不適切な環境もないな、と愚痴を溢しながら、俺は命気(オーラ)を消費して走る速度を上げる。

 管理局から新しい連絡がきたのは、壱弥(馬鹿)の回収を任されてから数分後のことだった。耳に嵌めたインカムから聞こえてくるノイズ混じりな通信に、溜息が溢れる。

 案の定というべきか、壱弥含む東京先行組はリヴァイアサン級率いる〈アンノウン〉部隊に大敗した。現在、東京先行組は後方まで撤退し、海ほたるで籠城しているらしい。

 対《アンノウン》用の最前線戦略拠点である海ほたるは、基礎建物が堅牢に造られているのに加えて、攻撃を遮断する特殊防壁や対空砲も完備し、さらには長期的な戦闘に備えて備蓄なども十二分に蓄えられている。

 だが、要塞と言って差し支えのない海ほたるといえど、一方的な集中放火にさらされ続ければ長くは持たない。一分一秒を惜しむ状況だった。

 

「クソが、あの馬鹿……」

 

 悪態を吐き、命気(オーラ)を更に纏う。

 

『聞こえているか……』

 

 インカムから聞こえる力無き悲痛な声。それは、壱弥の声だった。

 普段の威風堂々とした声色はなりを潜め、別人かと疑いたくなるくらいに弱々しい。

 

『後で何を言われてもいい……俺のためでなくていい。……カナリアを、カナリアのために、俺の力になれ……』

 

 やがて、その声は切れ切れになってゆく。

 

『カナリアを……カナリアを助けてくれ』

 

 喉の奥から絞り出したような声音が耳に残る。

 

「ああ……最悪だ」

 

 なにが最悪って、何故か自分が一番乗りだったという事実だ。

 予想通り集中砲火を受けている海ほたるが視界の先に見えてくる。これからあの中に突っ込んで、壱弥(馬鹿)の尻拭いをしなければいけないのかと考えると、文句の一つも言いたくなってきた。

 

 ──だから

 

「止まれ」

 

 口にして、俺は自分の〈世界〉を発動させる。

 眼前に見える東京湾。海ほたるを取り囲む〈アンノウン〉たちの動きが停止する。

 赤く染まった〈世界〉の中で、〈アンノウン〉たちを素通りして海ほたるへと突貫。窓ガラスを蹴りで叩き割り、中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 窓ガラスを叩き割って海ほたる内部へと入った瞬間、複数人の視線が肌を刺した。警戒、不安、そして小さな安堵感が混じり合った視線だ。俺はそれらを無視した。腹が立っていたというのもあるが、そんなことよりも優先させなければいけないことがある。()()()()を取り囲むようにして立っている東京生徒たちに俺は近づく。

 

「千葉所属・日下神楽(くさかかぐら)だ。救援要請を受けて来た」

 

 簡単に所属と目的を告げると、東京生徒たちは足を後ろに引いて道を作った。俺はその道を進む。

 

「俺の……俺の所為だ」

 

 短い道のゴールに居たのは、意気消沈とする朱雀壱弥(すざくいちや)と仰向けに倒れている宇多良(うたら)カナリアだった。

 外傷の少ない壱弥はともかく、カナリアの容体は一目見てわかるくらいにかなり危険だ。出血をしたのか、口元には血の跡が見えるし、近くに置かれたタオルやら水やらが入った桶は赤く染まっている。

 俺は壱弥に尋ねた。

 

「宇多良の出血は〈アンノウン〉からの外傷か?」

「…………」

「出血の理由は? 血はどれくらい吐いた?」

「全部……俺の所為だ……俺の……」

 

 壱弥は答えない。カナリアの側でへたり込んで、うわ言のように懺悔の言葉を言い続けている。

 その態度に俺は舌打ちを一つ落とし、

 

「……邪魔」

「朱雀さん!」

 

 言って、俺は壱弥を全力で蹴り飛ばした。勢いよく地面に倒れる壱弥を見た東京生徒たちが、一斉に敵意の視線をこちらに飛ばして来る。

 俺は再び舌打ちし、

 

「なあ、あんたら宇多良を殺したいのか? 俺が何の為にここにいるか、理解してる?」

 

 正直かなりイラついていた。

 明日の、正確には今日の決戦の為に俺や霞がどれだけ大変な思い(残業)をしてきたと思っている。それなのに、こいつらはそれらを全部無駄にした。徹夜明けの眠気と命気(オーラ)の過剰使用からの疲労感が相まって、かなり機嫌が悪い。

 

「──あ、あの!」

 

 と、絞り出すような声。

 その声の主に見覚えがある。たしか、何時も戦場でカナリアを運んでいる女子生徒だ。

 

「次席は〈世界〉の使用中に、いきなり血を吐いて倒れました」

「いきなり? 前触れもなくか?」

 

 こくん、と頷く女子生徒。

 

「戦闘中に〈アンノウン〉から攻撃を受けたりは?」

「してません。首席に強化の〈世界〉を集中させたら、突然……」

「……ってことは、出血の理由は〈世界〉の過度な使用による命気(オーラ)切れか」

 

 俺たちが使う〈世界〉には、使用限界数というものがある。

 一定以上の回数や出力を超えて〈世界〉を使用した場合、使用者の命気(オーラ)が回復するまで使用する事ができない。

 だが、稀にだが使用限界数を超えた場合でも〈世界〉を使うことができる者がいる。

 カナリアが正にそれだ。

 そこにはデメリットしかない。

 限界を超えた肉体は悲鳴を上げるし、最悪の場合は命に関わる。

 つまり、カナリアは自らの限界を超えた反動(対価)として自らの寿命を削ったというわけだ。

 

「この馬鹿()()は……」

 

 呆れ、小さくため息を吐く。

 俺は他所の都市に所属している。だから、東京の内情や、どうして壱弥とカナリアが都市代表になったのかも知らないし興味もない。

 ……ただ、そんな二人を慕う奴らがいる。

 俺があの兄妹の為に自分の命を賭けれるように、この二人の為に命を賭けれる奴が大勢いるのだ。

 なのに、壱弥もカナリアもそこを理解していない。

 壱弥は常に一人で戦う。まるでそれが強さだと言わんばかりに。

 カナリアは常に無茶をする。まるで自分にはそれしか存在価値がないと言わんばかりに。

 俺はそんな二人が嫌いだ。

 

「宇多良、先に謝っとく。ごめんな」

 

 言って、俺は彼女の制服に手を掛けた。

 シャツのボタンを外し、力任せに横に開く。女性を強調する豊満な胸と下着が露わになる。

 突然の俺の行為に周りにいた東京校生徒たちが小さく声をあげた。

 それらを無視し、制服のポケットから一本の薬品を取り出す。

 

「……それは?」

 

 東京生徒の一人が訊いてくる。

 東京にしては珍しく、やたらと軽そうな男だ。たぶん千葉と所属する場所を間違えたのだろう。

 

「薬」

 

 短く告げて、カナリアの鎖骨辺りの位置にその薬品を注射する。

 一瞬の痛みにカナリアは顔をしかめた。その直後、先ほどまで悪かった顔色が良くなり、呼吸も安定しだす。

 俺はホッと息を吐き、

 

千葉(ウチ)の衛生課が開発した(造った)試作型の命気(オーラ)増幅薬だ。つっても〈世界〉の過剰使用をした人にしか使えないから、実質は回復薬みたいなもんだけど」

 

 何故過剰使用をした人にしか使えないのか? 

 その理由は単純明快。増幅した結果、増えすぎた命気(オーラ)の所為で使用者本人が〈世界〉を扱えなくなるからだ。開発中も〈世界〉が暴発、制御不可になったケースが多かった。

 なのでこの増幅薬は、回復薬としての運用以外に使い道がないとの理由から、開発段階で御蔵入りをしたやつでもある。

 いざという時の為に衛生課時代のコネでいくつか携帯していたのだが、こんな場面で役に立つとは。

 

「これで一先ずは大丈夫だろ」

 

 俺の呟きに東京校生徒は、ほっと安堵の表情を浮かべた。

 残る問題はこの場からの離脱。制限がある俺の〈世界〉は暫くは使えない。

 だが、それに関しては問題はないだろう。

 なにせ──

 

『お待たせー!』

 

 インカム越しに耳に流れ込んでくる頼もしげな声。

 それこそが、俺の待ち望んでいた者たちの到着を意味していた。

 

「遅いぞ」

『ごめんね。ちょっと遅れちゃった』

 

 けらけらと笑う天河舞姫(てんかわまいひめ)の声が空気を揺らす。

 この絶望的な状況を振り払うような力強さだ。

 

『それにしても、らしくないよすざくん!』

 

 励ましの声が壱弥へと向けられる。

 

『まるで一般人のような泣き言だな。おまえはもっと傲慢で賢く、不愉快な男だと思っていたが』

 

 続けて流れ込んできたのは冷淡な皮肉だ。

 

『ほたるちゃん、それほめてる?』

『ほめてるほめてる』

『そっかー。そうだよね! すざくんはふゆかい!』

 

 ほめてないから、それ。

 そんな俺のツッコミを掻き消すように、舞姫が力任せに巨大な命気(オーラ)の刃を振り下ろし、〈アンノウン〉の群れを切り裂くのが窓越しに見えた。

 神奈川の二人が応援に駆けつけてくれたことに、東京の生徒たちの表情は明るくなる。

 それと同時に。

 建物の壁が外から吹き飛ばされて穴が開く。

 〈アンノウン〉の強襲かと東京生徒は身を強張らせたが、舞い上がる粉塵を割って、飛び込んできたのは、見慣れたサイドカー付きの千葉製大型バイク。

 

「とおちゃーく」

「はいはい、どいてどいてー」

 

 その運転手は明日葉(あすは)。サイドカーに乗っているのは兄の(かすみ)。どうでもいいが、逆じゃないか? 

 ポジションが。

 

「……で、神楽はなにしてんの?」

 

 あ、これは死んだくさい。

 眉を寄せ、殺意を込めた瞳で明日葉が俺を睨む。

 半裸のカナリアとその近くで居座る俺。

 うん。側から見たら、通報待ったなしだわ。

 

「い、いや、違うぞ! これは治療であって、決してやましい気持ちがあるわけでは……」

「ふーん」

 

 ジト目で明日葉が詰め寄ってくる。普段なら赤面したいところだが、その手に持っている二挺拳銃の所為で冷や汗が止まらない。

 助けを求めて、霞にアイコンタクトを送ると、返ってきたのは諦めろのアイコンタクト。親友をあっさり見捨てた霞は後でシメようと心に誓う。

 

「宇多良をサイドカーへ。あと誰かバイク運転できるやつ。天河がデカいのを引きつけてるうちに徹底だ。殿はこっちでやる」

 

 ざっと霞はその場を見渡して、状況を瞬時に把握。東京校の生徒たちに指示を出す。

 

「……で、クズ雑魚さんは?」

「あそこ」

 

 先ほど蹴り飛ばした先で、一人ぶつぶつと懺悔の言葉を吐く壱弥を指差す。霞は眉を寄せて、舌打ちを落とした。

 そして、へたり込む壱弥の胸ぐらを掴んで無理矢理に立ち上がらせる。

 

「早起きっつーか、ぶっちゃけ徹夜明けで眠いの。くだらない自己嫌悪は後にしてもらえる?」

「……」

 

 何時もなら、ここで張り合ってくるだろう。しかし壱弥の瞳には力がなく、言葉を返す気配もない。

 霞は東京校の生徒らに壱弥とカナリアを任せ、先に徹底させた。

 それを見送り、俺たち千葉校は東京校の退路を確保する。

 退路を一望できる位置に狙撃ポイントを取り、援護射撃を開始。

 進路妨害になりそうな〈アンノウン〉は、全て残さず撃ち落とさないといけない。

 

「神楽、〈世界〉は?」

 

 霞が聞いてくる。

 

「ここに来るのに一回使った。ついでに言うと命気(オーラ)も切れかかってる」

「うわ、使えないな」

「否定できないからやめて。心折れちゃう」

 

 軽口を叩き会いながら、制服のポケットから支給品の拳銃を取り出して引き金を引く。

 撃つべし。撃つべし。これだけ的が密集してれば碌に狙いを付けなくても勝手に当たるから楽だ。

 

「敵が多い数が多い仕事が多い……」

「お兄ぃ、自分で言いだしたクセに文句多い。ウケる」

「いやウケないから」

「いやウケるっしょ、ていうかこれからウケるし」

 

 敵が多方面から迫ってくる。

 小型〈アンノウン〉が群れを成して接近してくる様子を視界に収め、明日葉は笑う。

 

「あれさ、全部あたしがやっちゃっていいんだよね?」

「いいけどあんま派手にやんなよ。でかいのがこっちに気付いちゃうから」

「りょーかい。お人好しさんはしょうがないねー」

「だろ? お兄ちゃん良い人なんだよ」

「あは、何そのギャグウケる」

 

 好戦的な笑みを浮かべて、明日葉は〈アンノウン〉の密集する空へと身を踊らせた。




待たせたな!(全力土下座)
三ヵ月放置してた理由は活動報告にて記載してますので、そちらを。
ともあれ炭鉱のカナリア編開始。
開幕へたれ壱弥くんことへたいっちゃんを蹴り飛ばすオリ主がいるらしいよ。そのあと幼馴染みに勘違いでしばかれかけたけどな!
個人的にアリアとカナリアの二つは一纏めな印象。

本編裏話 衛生科のお薬
霞「増幅薬……ね」
神楽「失敗作だけどな。ちなみに鎮痛薬や栄養剤なんかもあるぞ」
霞「なんでも作るんだな。……ん、これは?」
神楽「ああ、神奈川に頼まれて作った液体に混ぜる媚薬だな。ちなみに無味無臭だ」
霞「……聞かなかったことにするわ」

増幅薬などの薬品設定は完全にオリジナル。
ただ、媚薬云々は神奈川生徒には間違いなく需要ありそう。ほたるとかほたるとかほたるとか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再び立ち上がる為に

 海ほたるを脱出した後、カナリアは集中治療室へと運び込まれた。

 どうやら命気(オーラ)切れによる出血は見た目以上に酷かったらしく、消耗した命気(オーラ)による疲弊に加えて、肉体へのフィードバックがかなり危険なレベルまで達していたようだ。

 医務官たちの話では、内臓にまでダメージがいっているとのことで、未だカナリアの意識は戻ってはいない。

 

「で、なんで神楽はカナちゃんの服をひん剥いてたの?」

 

 集中治療室の前。徹夜明けの疲労からふらふらになっている俺に、明日葉が微妙に殺気を込めた視線とともに言ってくる。その様子に、俺は大きくため息を吐いた。まあ、実際にそう誤解されても仕方ない状況だったとは思う。だが、あれはれっきとした治療なのだ。せめて弁明するチャンスくらいは欲しい。

 

命気(オーラ)を回復させる薬を投与する為に脱がしただけだよ。やましい気持ちは一切ないって」

 

 というか、女の子がひん剥いたとか言わない。俺がそう言うと、明日葉はジト目で。

 

「でも見たんでしょ?」

「まあ、それゃあ……な」

「あっそ……」

 

 拗ねたように素っ気なく顔を背けてしまう。

 どうやら年頃の乙女の柔肌を無理矢理に見たという事実に、目の前のお姫様は大層御立腹な様子だ。だからといって対処する方法など思いつくわけもなく、俺は壁に背中を預けたまま小さく溜息を吐いた。

 

「──にしても、()()はどうにかならんのかねぇ」

「知らない」

「だろうな」

 

 つくづく面倒なことになったなぁ、と思う。

 壁の先。ちょうど死角に位置する場所には壱弥と霞がいる。普段なら顔を見合わせるだけで、皮肉と嫌味と罵倒が入り混じった会話の応酬が始まる二人だが、今はそんな気配すら感じられない。

 医務課までカナリアを運んだ時に見た壱弥の表情は、はっきり言って酷かった。

 ひたすらに意気消沈して、懺悔するように項垂れる壱弥に、俺も明日葉もついでに霞もかける言葉が見つからない。あまりにも空気が重過ぎて、俺と明日葉に至っては、こうして退散してしまうほどだ。

 

「はぁ……」

 

 本当に、面倒なことになってしまったと思う。

 今回の件は、結果的に見れば間違いなく壱弥が悪い。だが、どうにもそれを頭から否定できない自分がいる。普段の言動やらが色々とアレだが、壱弥自身は実力も人徳もあり、しかも文句なしのイケメンだ。そんなやつがこうして単独行動なんて奇行をやらかしたのは、壱弥なりの譲れないものがあったからなのかもしれない。

 だからといって、今回の行動が許されるのかと言われたら話は別だ。重軽傷者含めて怪我人を多数出し、あげく当初予定していた作戦を実行不可能なレベルまでの被害まで出している。流石にそれを何のお咎めもなしに許せるほど大人ではない。

 

「珍しいじゃん」

 

 ふと隣にいる明日葉がそんなことを言う。

 珍しいって、何がだ? と俺が聞き返すと明日葉は、

 

「神楽がそんなに怒ってるの。あたし初めて見たかも」

「あー……まあ、そうだな。怒ってる……な、うん」

「何それ? 自覚してなかったんだ」

 

 俺に顔を近づけて、明日葉はニヤニヤと揶揄うような視線を向けてくる。それが何となく気恥ずかしくて、俺は逃げるように顔を逸らした。

 だけど、明日葉が言う通りだ。俺は確かに怒っている。言うまでもなく、怒りの矛先は朱雀壱弥だ。

 

 ──じゃあ、何に対して? 

 

 頭の中でもう一人の自分が問いかけてくる。

 簡単だ。壱弥が自分の一番大切な存在(モノ)を自ら傷つけた。

 そのことに俺は怒っている。

 それは、自分が護衛役という大切な存在(人たち)を護る仕事についているからなのか、はたまた自分と違って、護る力が在る壱弥が道を踏み間違えたことに対してなのか。そこのところはわからない。

 俺は思う。

 護りたい存在(モノ)がある。それはこの防衛都市に住まう者であれば、誰でも思うことだろう。それは俺だって例外ではない。だからこそ俺は一番近くで護ることができる護衛役に就いているわけで、極論だがそれら以外はどうでもよかったりもする。

 だが壱弥は、世界全てを護ろうとしている。大げさな表現で言えば、人類全部。志という意味でなら、それは神奈川の舞姫と同じだろう。だが壱弥の場合はたった一人で世界全てを護ろうとしている。それほどまでに盲信するような過去があったのかは知らないが、はっきり言って異常だ。

 

 ──何故そこまでする必要があるのか? 

 

 思考のループに入りかける俺の耳に、端末の着信ベルが聞こえた。着信したのは壱弥の端末。電話の主は管理官だと直ぐにわかった。

 

「……はぁ」

 

 疲れた様に、俺は本日何度目かになるため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……呼び出したのは壱弥だけなのだけど……」

 

 管理局中央棟のコントロールルーム。そこに()()()集まった面々を見て、管理官である夕浪愛離(ゆうなみあいり)は困ったような笑みを零した。

 本来なら管理官の人間以外は立ち入りを禁止された室内には、俺を含む六人の学生たちの姿がある。

 

「報告書を出したのは私だよ! 見届ける義務があると思うな!」

「私にはヒメを見守る権利がある」

 

 神奈川の主席たる舞姫が得意げに胸を張り、次席のほたるはそんな舞姫の隣に当たり前のように寄り添う。

 

「通りがかっただけ。悪い?」

「いや、悪いでしょ」

「もう少しマシな言い訳を考えろよ」

 

 いけしゃあしゃあと霞が言って、明日葉が一言で切り捨て、それに俺が同意見の言葉を発する。

 各々態度に違いの差はあれど、結局のところこの場所に俺たち他都市所属の人間(余所者)が集まった理由はただ一つ。

 俺たちの視線の向こうには、先の東京校独断専行の追求のために呼び出された東京校主席の壱弥がいる。

 上官二人と対峙する壱弥の背中は先ほどよりも弱々しく見えた。

 

「壱弥、俺は昨日、部隊を編成して明朝三都市で同時に出撃、そう言ったよな」

 

 もう一人の管理官、朝凪求得(あさなぎぐとく)の言葉には確かな、そして静かな怒気が混じっている。問いかけ、というよりは、確認に近いそれを聞いた壱弥は力なく頷き、

 

「はい……」

 

 苦渋の顔で呻く壱弥。

 求得は表情を更に険しくする。そこには普段いいように都市代表たちに振り回されている駄目大人の雰囲気は一切ない。地球の守護者たる男の顔だった。

 求得は話を続ける。

 

「その際に誰からも異論は出なかったよな」

「はい……」

「ミスはそのとき取り返せ──そう言ったつもりだったんだがな」

「はい……」

「俺の言葉をも、意思も、命令も、全てを理解した上で、何故勝手なことをした」

「全責任は俺にある。どんな処罰でも……」

 

 壱弥の返答に求得は怒りから眉間の皺を更に深くした。

 壱弥本人からしたら、それは心からの反省から出た言葉だったのだろう。しかし、それは間違いだ。求得は壱弥のそれを遮るように言う。

 

「そんなことはどうでもいい。壱弥、おまえは自分一人で何とかできると思っていたのか?」

「俺が無能だったから……できなかっ──」

 

 壱弥の言葉は最後まで続かなかった。

 パンッと乾いた音が鳴り、次いで壱弥の頬に赤みが増す。

 音の正体は壱弥の頬を求得が張った音だった。

 求得は壱弥の胸倉を掴み、叫ぶ。

 

「力があれば許されるとでも思っていたか⁉︎ 自惚れるな!」

 

 ぐっと、壱弥は唇を噛んだ。

 痛い。痛い言葉だと俺は思った。

 壱弥にとって、力とは盲信するくらいに大切なものだったのだろう。

 そう考えるようになった経歴は知らないが、それでも今までの付き合いから、なんとなくそれは感じ取れる。

 それを真っ向から、現実を突きつけながら否定された。

 

(ああ……だからか)

 

 痛々しい壱弥を見ていた俺の頭の中で、唐突にカチリと思考の歯車が噛み合った。

 だから壱弥は普段から自分を追い込んでいたのか。

 力在る者として、誰も頼らない孤独にして絶対の力を手に入れる為に自分自身を追い込んで、奮い立たせていたのだ。

 

 ──何故そこまで力を欲したのか? 

 

 その答えはおそらく──

 

「……不器用過ぎだろ」

「どしたの?」

 

 額に手を当てる俺を訝しげに見る明日葉に、俺はなんでもないと言い張った。

 何となくわかったのだ。

 壱弥の気持ちが。

 朱雀壱弥は誰も傷つけたくなかった。

 だから自分だけが強くなる道を選んだ。

 自分が強くなることで、自分一人で全てを背負うことで、大切な誰かを護りたかった。不思議でもなんでもない。きっと壱弥は、この場に居る誰よりも人の無力さを知っている。だからこそ力が欲しかったのだ。

 そして、それを知る男が不幸にも再び無力さを痛感して、心が完全に折れているのだとしたら、自分はどうすれは良いのだろうか。

 思考する俺の脳裏に、ある結論が思い浮かぶ。──逆に考えるんだ。知ったことか、と。

 ……そうだ。そもそも何で俺がこいつの為に頭を悩ます必要がある。怒っているのだから、理不尽にキレてもいいのだ。

 曖昧な気持ちを振り切る為に息を大きく吸って吐く。一番近くに居た明日葉と霞の注意が俺に向く。俺は、ワックスの塗られた床をわざとらしく鳴らした。

 

「……なあ、壱弥」

 

 壱弥が無言で振り返る。

 重苦しい沈黙を破り、空気を全く読まない俺の発言にこの場に居合わせた全員の視線と耳が集まった。

 俺はそれを無視して、壱弥だけに視線を合わせた。あくまで何でもないように、面倒くさそうな口調で俺は壱弥に訊く。

 

「なんで仲間(俺ら)を頼らないんだ?」

「……っツ⁉︎」

「もっと頼れよ。千葉を、神奈川を、俺たちをもっと頼ってくれよ」

「日下……」

 

 俯いていた壱弥が、呟くように俺の名前を呼んだ。

 思えば、壱弥にちゃんと名前を呼ばれたのは、これが初めてかもしれない。そんな少々場違いな事を考えながら話を続ける。

 

「難しく考え過ぎなんだって。宇多良の仇を取りたいんだろ? なら、それでいいじゃねぇか」

「……何……⁉︎」

「気に入らないやつがいる。でも一人で相手するのは少しキツい。だから力を合わせる。──そんな理由でいいんじゃないのか、力を合わせる理由なんてのは」

「……」

 

 俺程度の言葉がどれだけ壱弥に届くかはわからない。だけど、それで構わない。俺は好き勝手に自論を言っているだけだなのだ。

 壱弥は拳を握りしめて、再び求得と向き合った。

 

「カナリアを傷つけた敵はまだ……海ほたるを占拠している……せめて……その後始末だけはやらせてくれ……」

 

 唸るように、壱弥は言う。

 

「そうしてまた一人で先走るつもりか? 今度は誰を犠牲にする」

 

 求得は試す様に、あえて強い言葉で壱弥を睨んだ。しかし、遠目からでもはっきりとわかる。今の壱弥の瞳には強い意志が宿っていた。

 

「違う! ここにいる奴らの力を借りる! 本当の意味で協力する!」

 

 俺たちは目を丸くした。あの我が儘の化身が誰かを頼ろうとしていることにだ。

 だけど、この言葉に一番驚いているのは、たぶん壱弥自身だろう。

 挫折や絶望からではない、壱弥自らの意志で出した結論は、言葉に意志を、瞳に決意を滾らせる。

 

「だから……頼む……俺に……みんなと一緒に戦わせてくれ……」

 

 絞り出すように壱弥は求得に嘆願する。

 人一倍気位の高い壱弥を、そこまで駆り立てるものはおそらく一つだけだ。

 大切な人(カナリア)の為に、折れた翼(朱雀壱弥)は再び舞い上がろうとしている。

 人によっては今の壱弥を滑稽だと笑うのかもしれない。逆にその愚直さを若さと呼ぶかもしれない。もしくは狂気。あるいは熱意。だが、見方を変えたらそれらは自己満足でしかない。だから怒りや憎悪、もしくは殺意だって正解だろう。

 しかし、それら全てを包んで、愛と、そう定義付けるべきだと俺は思った。

 何故なら、カナリアはきっとそう言うに違いないから。

 初めて見せる壱弥の必死な表情に、求得は、ふっと口許を緩ませた。

 

「……壱弥、それは俺に言うセリフか?」

 

 求得が顎をしゃくる。

 壱弥は後ろを振り向く。その表情は胸を詰まらせたような、そんな表情だった。

 

「頼む……俺に力を貸してくれ」

 

 縋るような、頼るような、だけどそこには確かな意志が込もったセリフ。

 それは、俺たちが手を伸ばす理由として十分だった。

 気恥ずかしそうに頬を掻く霞がいる。

 満更でもなさそうに口端を持ち上げる明日葉がいる。

 涼し気な笑みで目礼を返すほたるがいる。

 満面の笑みで頷く舞姫がいる。

 

「……日下」

 

 壱弥と目があった。

 瞳に迷いはない。だから俺は力強く頷いた。

 みんな、言葉はなくとも壱弥の想いに応えた。

 求得が嘆息をつく。その表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 

「俺がそっち側にいたら、絶対にそういう顔はしなかったんだかな。連中に感謝しろよ。けじめをつけてこい。説教はそのあとだ」

 

 そして愛離がそっと微笑み、朗報を一つもたらした。

 

「カナリアの状態も持ち直した、と先程連絡があったわ。もしかしたら、力を高める彼女自身の〈世界〉のおかげかもしれないわね」

 

 愛離からの朗報に、壱弥をはじめとしたこの場に居る全員の顔に、安堵と歓喜が広がる。

 求得もまた破顔して、力強い号令を飛ばす。

 

「行ってこい! バカヤロウ共!」

 

 人類の反撃が始まる。




次回、リヴァイアサン級スーパーフルボッコタイム。
まあ、その前に作戦会議ですけど。
無理やりに神楽を絡ませた結果、なんだか神楽がKYなキャラに。
ちょっと展開に無理あり過ぎですね。すみません。
ともあれ、また次回。

本編裏話 それはそれとして
壱弥「世話になったな」
神楽「気にすんな。困った時はお互い様だろ」
壱弥「そうだな。……ところで日下」
神楽「あん?」
壱弥「カナリアの服をひん剥いた件なんだが……」
神楽「……さーて、出撃準備をしないと。あー、忙しい、忙しい」
明日葉「お兄ぃ」
霞「あいよ」
ガシッ!
神楽「は、離せ! 待て、話せばわかる! 俺たちは分かり合える筈なんだ!」

直後、炎と氷と瓦礫と千葉の護衛役と千葉の次席の悲鳴が上がったとか上がらなかったとか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前哨

 今回に限って、通常の迎撃作戦は役に立たない。

 作戦会議の場で、壱弥は開口一番にそう言った。

 

「えー、みんなでガーって行って、とりゃあーって行く感じじゃ駄目なの?」

 

 壱弥の意図が理解しきれなかった舞姫が不満そうに言う。言葉のチョイスこそ色々とアレだが、舞姫の言い分も一理あった。

 そもそも通常の迎撃作戦は、千葉が先行したのちに遠距離から〈アンノウン〉の足を止め、その隙に空母で神奈川が白兵戦を仕掛け、東京が上空から叩くというものだ。

 しかし、そのプロセスは今回に関しては意味を成さないと壱弥は言った。

 その理由は単純明快。

 相手方の火力が高過ぎて、迂闊に近づくことすら困難だからである。加えて言えば、敵の防御が強固過ぎるのも問題だった。

 

「いや、駄目でしょ」

「敵の火力と防御が厚過ぎる。一回試してんだろ」

 

 俺と霞が言うと、舞姫は呆けたような表情を浮かべる。

 壱弥たち東京校を救出する際に、舞姫は僅かな時間ではあるが、件のリヴァイアサン級と相対した。その際に舞姫が放った斬撃を、あのリヴァイアサン級は余裕で受け止めたそうだ。

 それはつまり、

 

「あれは天河の攻撃に対策取ってきてんだよ」

「うっ……そうだったかも」

「何時もみたいに困ったら、ドーンはもう通用しないってことだな」

 

 とは言え、霞の言う通りだとしたら、現状はかなりマズい。俺はついため息を洩らした。

 

 ──ぶっちゃけ天河舞姫(人類最強)の一撃が通らない相手とか、無理ゲーじゃないか? 

 

 喉元まで出かけた言葉をグッと呑み込む。

 自分たちの現状がかなり絶望的という事実に、今更ながらちょっと後悔しかける。

 そんな俺の不安を掻き消すように壱弥が口を開く。

 

「だが、こちらの最大火力が天河なのは変わりない」

「……つまり、ラストアタックは天河ってスタンスは変えずに、別の切り口でいくってことか?」

 

 俺がそう訊くと、壱弥は肯定の意味を込めて頷き返す。

 今回の作戦は、天河舞姫の一撃を攻め手の一つとして計算に入れてもいいが、おそらくはそれ頼みでは仕留めきれない。

 であればこそ、計算式を最初から組み直す。その一撃が確定できているなら、他の要素を加えて何倍にも、あるいは何乗にもしていけばいい。壱弥はそう考えているようだ。

 

「でもさー、実際問題どーするの? あの〈アンノウン〉って、おヒメちんのメタ張ってるんでしょ?」

「それなんだよなぁ……」

 

 気怠げに椅子に座っていた明日葉からの意見に、俺たちは眉を深く寄せた。

 明日葉が言った通り、現段階での一番の問題はそこだ。

 対策をしてきている以上、ラストアタックのギリギリまで切札たる舞姫の存在を隠さないといけない。姿を見せれば、それだけで〈アンノウン〉側は警戒するだろう。加えて言うならば、ラストアタックまで舞姫を隠した状態でリヴァイアサン級を相手しないといけないわけだ。

 聞けば、カナリアの強化を一点に集中させた壱弥ですら圧倒したリヴァイアサン級。そんなのを真面に相手するのは、はっきり言って無謀というものだ。

 壱弥や舞姫が無理だった以上、千葉の最高戦力たる明日葉だって相手にするのは難しい。

 俺や霞なんて論外もいいとこだ。

 

「──俺に案がある」

 

 壱弥が言う。その表情は真剣そのものだ。

 常時の俺たちなら、その案には乗らなかったかもしれない。だが、今は違う。

 あえて試すように俺は壱弥に訊く。

 

「成功率は?」

「正直かなり低い。……だが、三都市が力を合わせれば必ず成功すると俺は思っている」

 

 躊躇わず、迷いなく壱弥は言い切った。その様子に、この場に居合わせた全員が一瞬だけ呆気にとられる。

 三都市が力を合わせて、か。

 まさか壱弥の口からそんな言葉を訊くとは思わなかった。

 きっと以前の壱弥であったなら、舞姫の一撃をファイナルブローに選ぶという考えすら思い浮かばなかっただろう。

 その変わり様には本当に驚く。

 俺は黙って霞にアイコンタクトを送る。霞は小さく肩を竦めた。

 

「千葉はその案に乗る。作戦の全容は?」

 

 と霞が言えば、舞姫も続く様に、

 

「神奈川ももちろん乗るよ。みんなで力を合わせよう!」

 

 おそらくは三都市が本当の意味で協力するのはこれが初めてではないだろうか。

 そんなことを考えながら、俺たちは壱弥の案とやらに耳を傾けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 超特大級〈アンノウン〉・リヴァイアサン級を討つ。

 作戦会議を終えて、討伐という二文字に現実味が帯びれば、その後の動きは素早い。

 本作戦の総司令部として選ばれた東京校では、各都市各戦闘科各装備のデータを元に幾万のシミュレーションを重ねながら作戦を組み立て、神奈川は自都市の空母に何やら仕込みを施していた。

 事ある毎に露骨に衝突をする防衛三都市だが、今回は状況が状況だ。ついでに言うなら経緯が経緯。

 気に入らないリヴァイアサン級(やつ)を全力で打ちのめす為に、三都市は過去に例を見ない程の連携を見せ、作戦準備は滞りなく進んでいった。

 

「使える武器はありったけ積んでくれ! なるたけ火力のあるやつな!」

 

 それは俺たち千葉も例外ではない。

 声を張り上げ、列車内に大量の弾薬箱と銃火器を運ばせる様に指示を飛ばす。

 視界の端で明日葉も珍しく戦闘科の生徒たちに指示を飛ばしている様が映る。それだけ彼女もやる気満々なのだろう。

 そうして次々に目まぐるしく人が走り回る様子を見ていると、いよいよ決戦だという空気を実感する。

 

「おい工科! その試作品のレーザーライフルは仕舞え! そこの超巨大レールガンもだ!」

 

 安全面を完全に無視した代物を大事な戦場に持っていかせるな。

 相変わらず頭がイかれた自分の古巣に頭痛を覚える。列車の屋根から『えー』だの『変形機能にこだわったのに』といった不穏な言葉が聞こえてきたが、きっと気のせいに違いない。

 

「やれやれ、あいつら……」

「──乙ー」

 

 疲れた様に息を吐けば、労う様に肩をポンと叩かれる。欠伸混じりの口元に手を当てて、眠気から瞼に涙を浮かべている明日葉だ。

 俺がじっと明日葉を見つめると、明日葉は眠そうに瞼を擦る。

 

「……大丈夫か?」

「ほえ? 何が?」

「いや、作戦決定してからあんま寝てないだろ。戦力外の俺や霞はともかく、作戦の要になる明日葉がコンディション最悪だとマズいしさ……」

「──えい」

 

 ペチンッとおデコにデコピンを叩き込み、明日葉が物理的に次の言葉を遮ってきた。命気(オーラ)によって強化されたデコピンが地味に痛くて悶絶する俺に、明日葉はやれやれと首を横に振り、

 

「神楽ってさ、お兄ぃばりに過保護だよね」

「そうは言うけどよ、実際問題……」

 

 明日の作戦に明日葉の存在は必要不可欠。だが、俺や霞は戦力としてはカウントできないくらいに弱い。

 であれは、明日葉は明日に備えて十二分な休養を取るべきなのでは──、

 

「お兄ぃも神楽もカスッカスなのに、いつもあたしだけ仲間外れにするじゃん」

 

 ぼそり、と小さな声で明日葉は唐突に呟く。

 その内容に、俺は反射的に「え?」と抜けた声で応じた。

 

「勝手に決めて、勝手に動いて、勝手に倒れてさ。そんなことしたら、あたしが困る……」

「明日葉……」

「だから、あたしも勝手にする」

「なんでその結論に至ったんだよ」

 

 勝手に動いて、という明日葉の言葉に思い当たる節しかない。その事実に苦笑。

 きっと、明日葉も何かしたかったのだろう。カナリア(友達)を怪我させた相手に落とし前を付けさせる為に。

 兄以外の為に何かをする明日葉とか、たぶん初めて見た気がする。

 

「……ところで、勝手についでに聞きたいんだが」

「ほえ?」

「そう思うなら、普段から霞の仕事を手伝うって発想はなかったんですかね」

「んー? や、そういうのはいいでしょ。ほら、お兄ぃって仕事大好きだし」

「……ああ、ソウネ」

 

 可哀想な親友に、ちょっと涙腺が緩んだ。

 霞が列車先頭部で何やら車輪部分に細工を施しているのが見えたが、きっと霞なりに考えがあるに違いない。

 この作戦が終わっても休むことを許されない霞に敬礼。

 

 ともあれ、

 

 

 そうして、作戦準備は滞りなく進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、リヴァイアサン級討伐作戦決行日。

 早朝の冷たい空気と徹夜明けの疲労感を感じながら、指揮車両で僅かな休憩を取っていた俺の耳に聞き慣れた声が響き渡る。

 

『今度の敵は強い。俺の油断と傲慢の所為でカナリアやコウスケたち……大切な仲間が命を失うところだった』

 

 三都市の作戦参加生徒全員に配られたインカムから聞こえる壱弥の声は、以前にはなかった謙虚さが感じられた。

 

『後日、然るべき責任を取る。だが……今一度、あと一度だけ俺に力を貸して欲しい』

 

 発言内容や声色だけじゃない。毅然とした佇まいやその纏う空気には何時もの角がない。まるで別人かと疑うレベルだ。

 

「──おい、誰だ、こいつは」

「あははは! ウケる」

 

 同じ車両内に居た霞と明日葉が好き放題言っている。

 

『すざくんちょっと変わった?』

『カナリアの通訳がないと、よくわからんな』

 

 ついでに言うと神奈川も好き放題言っていた。

 

「と言うか、最早別人だろ」

「あーね。興味ないし、よくわかんないけど」

『かぐらんも明日葉ちゃんもたまにひどいこと言うよね……』

「天河には言われたくないかなぁ……」

 

 だから俺も好き放題に言ってみた。

 好き放題、好き勝手に言っている俺たちの会話も当然壱弥の耳に届いている。だが、壱弥は己の変わり様を恥じるつもりはないらしい。

 

『神奈川、天河、準備はいいか?』

『おっけ──』

『千葉』

「あいよ」

 

 各都市に確認を取ると、壱弥は一度息を大きく吸い、力を込めて吼えた。

 

『目標は防衛拠点海ほたるを占拠している超大型〈アンノウン〉! 東京の……いや! 三都市の意地を見せてやる!』

 

 車両の窓に光が差した気がした。

 太陽が昇り、世界が金色へと染まる。

 朝日が昇った。

 それが、予定された作戦開始時刻。

 

『総員出撃!』

 

 壱弥の号令をもってして、耳に嵌めたインカムから三都市の鬨の声が雄々しく湧き上がる。

 各都市、各班、状況開始。




仲間外れは嫌。友達の仇は取りたい。だけど普段は働かない。
今作品の明日葉ちゃんは概ねそんな感じです。
原作よりも人見知り度とかがマイルドになっているのは神楽のおかげ。ただし最優先はやっぱりお兄ぃ。

評価バーが真っ赤になって軽く戦慄してます。皆様本当にありがとうございます。
俺、この話書き終わったら何か書くんだ……(フラグ
次回、リヴァイアサン級スーパーフルボッコタイム。

本編裏話 工科時代の思い出
工科生徒「日下、これを持っていけ。きっとおまえなら使いこなせるさ」
神楽「……あの、これ、ナニ?」
工科生徒「ほら、一年前に設計図描いたやつだよ。炸薬式六九口径パイルバンカー」
神楽「いや、そんな良い笑顔向けられても困るんですが」
工科生徒「名前はシールド・ピアースの方が良かったか?」
神楽「いや、そこじゃないから」

ちなみにパイルバンカーの基礎理論を組んだのは神楽だったりする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦の火蓋

 東京校首席・朱雀壱弥を筆頭に、今回の『超巨大型〈アンノウン〉・リヴァイアサン級』の討伐作戦は行われる。

 

 東京校の飛行部隊を指揮するのは、防衛ランキング四位の朱雀壱弥。

 共同戦線として、ランキング一位及び三位を有する神奈川とランキング二位を戦力として持つ千葉が東京の指揮下に加わった、今までに例を見ないほどに大掛かりな作戦となっている。

 本来なら先発隊として、地上の千葉が先行するのだが、今回は違う。

 今回の作戦での千葉の役割は、何時もとは大きく異なったものだった。

 東京湾上空を飛ぶ東京校の飛行部隊を車両窓から見送り、隣に居る霞に伝える。

 

「始まったな」

「だな」

 

 先行していた東京校が指定ポイントに到着したのを確認した俺たち千葉は、列車の速度を速めた。

 アクアライン線路上を走る砲塔列車に揺られながら、海ほたるを目指す俺たち千葉校に、三都市共有回線を通して東京校首席・朱雀壱弥の声が響く。

 

『作戦通り東京は第一陣として海ほたる周辺に展開している小型〈アンノウン〉を叩く。東京(俺たち)はあくまで陽動だ。本命のデカブツを引き剥がすのは神奈川と千葉に任せる。出来るだけ多くの小型〈アンノウン〉を引きつけるんだ。デカブツが撃ってくるようなら回避を最優先、シールドの展開は六人小隊単位で重ねがけするように』

 

 テキパキと指示を飛ばす壱弥。

 その指揮官ぶりに舌を巻くと同時に、ちょっと引く。

 

『お兄ぃ、神楽、キモい。東京の人キモい。まともなこと言ってる。引く』

「それな。ほんとそれ」

「なんか悪いもんでも食ったんじゃないか、ってくらいにヤバイな」

 

 と通信に紛れ込む白けた声にも壱弥は何も言い返してこなかった。言い返している時間すら惜しいのか、はたまた彼が大人になったのか。

 ともあれ、東京が作戦通りにことを運ぶのなら、俺たちも急がないといけない。

 列車を走らせながら窓を覗けば、既に戦闘が始まっていた。

 数回の威嚇攻撃の後、リヴァイアサン級を守ろうとするかのように、小型〈アンノウン〉の大群と、トリトン級の数隻が東京校の遊撃に出てくる。

 しかし、それは想定内。遊撃はむしろ好都合と言えた。

 東京校の小隊は壱弥の指示によって、的確に小型〈アンノウン〉を撃ち落とし、トリトン級の破壊までこなしていく。

 元より空を得意とする彼ら東京校の生徒と、小型〈アンノウン〉とでは、戦力に大きな差がある。通常通りに戦って、〈アンノウン〉側に勝機などありはしない。

 その差を埋めようと、リヴァイアサン本体が動き出した。

 こっから先は千葉(俺たち)のターンだ。

 

『お兄ぃ、作戦通り、ちっさいのは東京の方と戦ってるぽい』

「はいよー」

 

 やたら気の抜けた兄妹の会話に苦笑しつつ、眼前に目標ポイントが写ったのを確認する。

 アクアライン線路上は現在、東京校が激しい空中戦を繰り広げている為に、すっかり〈アンノウン〉の警備が手薄になっていた。

 その隙を突いて、俺たちは砲塔列車を戦闘区域へ走行させる。狙いは敵の懐。通常通りの戦闘だったら、間違いなくここまで接近はできなかっただろう。

 千葉の主力兵装は銃火器などの飛び道具だが、地上戦を前提とした装備の為、どうしても射程という壁が邪魔をする。

 故に、海に居座るリヴァイアサン級と戦うには、自然と敵近くまで特攻するしかなくなるわけだ。

 指揮車両内で明日葉の通信を受けた俺と霞は、ホログラムモニターの各データをチェクしながら、車内放送のスイッチを入れる。

 

「はい、千葉の皆さんお待たせですー。出番ですよ。段取りとか大丈夫? ちょっと危ない手なので、こちらの指示に従い、タイミングに注意してムリしないようによろしくどうぞ」

 

 およそ緊張感とは無縁な、むしろやる気を削ぐような霞の放送を合図に、今作戦が実行される。

 霞は口調とは間逆に、冷徹な眼差しでホログラムモニターを見やっていた。タイミングと指示が相当シビアなのだろう。いつになく真剣な表情だ。

 俺は俺で霞の指示に従って、リヴァイアサン級の想定索敵範囲のマッピングを続ける。

 そうしてホログラムモニターの赤い輪に、リヴァイアサン級の想定索敵範囲に砲塔列車が突入した。

 

「……じゃ、やりますか」

 

 霞の指示で俺は砲塔列車を更に加速させる。それに反応したリヴァイアサン級が迎撃の熱線を放ってきた。

 禍々しい真紅の輝き、壱弥すらカナリアの強化なしでは防ぎきれなかったと言っていた光が俺たちに迫る。だが、俺は砲塔列車に急ブレーキを掛けた。まるで、その一撃を甘んじて受けるかのように。

 

「……ほっ。計算通りだ」

 

 迫り来る光の塊を見つめながら、俺は安堵の息を吐いた。

 直撃コースの熱線をアクアライン上の防壁が盾となり、砲塔列車の着弾を阻む。

 霞に言われて調べたこの場所は、この戦闘区域内で唯一アクアライン上の障壁だけでリヴァイアサン級の砲撃を防ぐことができるスポットだった。

 〈アンノウン〉側からすると死角になり、こちらからすると敵側が良く見えるギリギリの位置。それがこのポイントだ。

 

「あら、残念。そこからだと、このポイントには当てられないんだよなぁ。ブラインドスポットって概念ご存知ない?」

 

 狙い通りに事が運んでいるからか、霞は何時もよりも口数が多い。

 そんな霞とは裏腹に、俺の心臓はバックバクだった。なにせデータ上では安全は保証されてたとはいえ、実際に試したのは、今が初めて。ぶっつけ本番の一発勝負は心臓に悪いなんてもんじゃない。

 

『お兄ぃ、独り言うるさい話長いキモい。っていうかこっちも射程足りないんですけど』

 

 辛辣な明日葉の文句に、霞の目元がちょっとだけ震えていたのは見なかったことにしよう。

 しかし、明日葉が言う通り、この場所は確かに安全地帯ではあるが、一方的に攻撃ができるナイススポットというわけではない。

 ギリギリで狙撃銃(スナイパーライフル)の様な長距離射撃なら届く可能性もあるが、それでは決定打にならない。

 が、俺は知っている。千種霞は妹の頼みなら常識すらもひっくり返す男だ。

 

「工科さーん? よろしくどうもー」

 

 霞か通信を入れると同時に、列車から飛び出したのは工科の生徒だった。……何故か全員が瞳をやたらキラキラさせている。激しく嫌な予感がした。具台的には碌でもない発想という意味で。

 工科の連中は素早く先頭車両へ走ると、手慣れた様子で杭打ちやら何やら細工を施して、車輪と路線を固定した。手際が良いってレベルじゃない。というか、あれって設置型の爆弾だったような……

 

『準備できました。いつでもいけます』

「んじゃいってみよーか。明日葉ちゃんも準備して」

『はえ?』

 

 おそらくは何も知らされていないであろう明日葉の間の抜けた声を聴いて、俺は確信する。

 

 ──あ、これ絶対ヤバいやつだ。

 

「おい、霞。準備って何を──」

「ぽちっとな」

「──のわあぁぁ!」

 

 心の準備もなにもできなかった。無慈悲に霞が右手に持っていたボタンを押す。元工科の俺には、それが設置型の爆弾の起爆スイッチだと直ぐにわかった。

 そして鳴り響く轟音。

 霞がボタンを押した直後、先頭車両を除く全車両の外側底部で一斉に爆発が起きる。

 まったく予想していなかった出来事に、インカム越しから千葉生徒たちの悲鳴が響く。衝撃の少ない先頭車両にいる俺ですら悲鳴を上げているのだ。衝撃をモロに受けている明日葉たち戦闘科のいる車両は尋常でない揺れが起きているに違いない。

 

「うそーん……」

 

 そう言って、俺は口をあんぐりと開けて、眼前の光景を見つめていた。窓の外には常人の想像の遥か斜めをいく事態が起きていたのだ。

 今の爆発によって砲塔列車は俺たちのいる先頭車両を基点に、円を描くように脱線していた。横滑りに壁を薙ぎ払い、アクアラインに対してほぼ直角に位置するように、車両が海上へと大きく迫り出す。

 何処の世界に列車を固定して、強引にジャックナイフ現象を起こす馬鹿がいるだろうか。おそらく霞以外に、誰も想像できないであろうブッ飛んだ作戦に、俺は呆れて言葉を失う。たいがいわかっていたつもりだったが、相変わらず発想が無茶苦茶だ。

 

「はい、撃って」

 

 しれっと車内放送で戦闘科の生徒に指示を飛ばす霞。

 

『うわ、高けぇー』

『今のは怖ぇよ!』

『うっ……気持ち悪ぃ…………』

『あんなの有りかよ……』

 

 インカム越しに聞こえる戦闘科連中の不満の声。事前に知らされていなかった上にこの仕打ち。むしろ不満がない方がおかしい。

 そして、基本的に千葉の連中は馬鹿である。

 

『あいつか……あいつが悪いのか!』

『殺す、絶対に殺す!』

 

 彼らは口々に何かを叫んでいるが、要約すると一言だけ。

 曰く、「殺す」。

 本来なら実行者の霞に向けられる殺意が、代わりに眼前に居座る敵に向けられる。

 

『対空じゃないこいつの威力を喰らえぇ!』

『死にさらせぇぇ!』

「うわあぁ……これは酷い」

 

 怒りと殺意の呪詛を撒き散らしながら、バスーカ砲やハンドガンや自動銃といった火力の塊をぶっ放す我らが戦闘科の皆さん。極め付けには、何処から持ってきたのかRPGなどのミサイル擬きや工科自慢の砲塔列車からの砲撃。

 明らかに過剰なまでの火薬の暴力。千葉の総力を懸けた集中放火がリヴァイアサン級の巨体に直撃し、尋常でない大爆発を巻き起こした。

 膨れ上がる爆炎によって、その巨体を揺らすリヴァイアサン級。そのリヴァイアサン級が煙の中から赤いエネルギーを収束させているのが見えた。

 

「っツ! マズい、霞!」

『お兄ぃ! また来る!』

 

 気づけば明日葉とほぼ同時に叫んでいた。

 現在砲塔列車はアクアラインから大きく迫り出してしまっている。これではシールドの恩恵には与れない。直撃すれば全滅は免れないだろう。

 狼狽える俺たちをリヴァイアサン級は待ってなどくれず、反撃のエネルギー波を容赦なく放ってきた。

 

 ──が、

 

「ぽちっとな」

 

 一人、冷静でいる霞が、今度は左手に握っていたボタンを押した。

 すると再び車両の底部が爆発し、その爆風の勢いで列車は元の路線の位置に戻る。先ほどまで砲塔列車が迫り出していた空間を、リヴァイアサン級のエネルギー波が通り過ぎていく。荒技にもほどがある回避方法に、もはや俺を含む千葉生徒たちは閉口する他なかった。

 そんな俺たちを知らん顔で、霞は再び車内放送を入れる。

 

「はいもういっちょいくよー」

 

 鬼かこいつは。

 ただでさえ下方気味な千葉生徒たちの霞への好感度が急降下で下がっていくのを確信した。

 ひたすらに不満と絶叫の声がインカム越しに聞こえるのが良い証拠だ。

 

『……お兄ぃ、絶対殺す。あと神楽も』

「えっ、俺も! おい、霞! おまえの所為で俺まで──」

「ぽちっとな」

「話を聞けぇぇ!」

 

 風が裂き、火花が散り、爆炎が舞う。鉄の塊がコンパスよろしく、ぶんぶん回り、火薬と生徒の絶叫と呪詛が飛ぶ。

 圧倒的なワンサイドゲームにリヴァイアサン級が咆哮を上げた。

 至近距離で、防衛都市・千葉の全火力を集中させた一斉掃射。その威力は天河舞姫の一撃にだって負けていない。

 だが、この策には大きな穴がある。

 そもそも千葉は陸戦部隊であり、東京や神奈川と違って海上を自由に行き来できるわけではない。故に海上にいる敵に対して、限界射程というどう足掻いても覆らないハンデがある。

 つまり、

 

「霞! あいつ、逃げるぞ!」

 

 あんなのを真面に相手にできるか、とリヴァイアサン級がその巨体を揺らし、この場からの離脱を図る。

 

「まぁ、そうなるわな。離れなきゃ詰むだけだし」

 

 霞は戦術データリンクを見ながら、ふっとほくそ笑んだ。まるで、予定通りだと言わんばかりに。

 釣られる様に俺もデータリンクを見て、霞の笑みの理由を知る。

 

「……けど、悪いな。そっちに行っても詰みだ」

 

 霞の言葉には絶対的な信頼が込められていた。理由は単純だ。

 ──怨敵の行く先には、剣の王国が待ち構えているのだから。

 

『今だ! 天河!』

 

 はるか上空でリヴァイアサン級の進行ルートを注意深く観察していた壱弥が合図を出した。この海域に居ない筈の天河舞姫に……。

 直後、神奈川の巨大空母が海中から海を割る様に浮上した。




千葉「車輪固定してローリング」
神奈川「重り付けて空母で海底に潜るよ」
これが子供の自由な発想ってやつかぁ……(白目)
というわけでリヴァイアサン級との戦闘開始。
この作品の千葉工科はみなさま知っての通り、変態の集まりなので、原作以上の火力でリヴァイアサン級に打つかってます。

本編裏話 没ネタ・たぶんこれが一番早い。
霞「じゃあ、工科さん準備してー」
工科「マイクロウェーブ、照射! いつでもいけます!」
霞「ぽちっとな」
工科「サテライトキャノン発射!」

神楽「もうやだ、こいつら……」

ここの工科ならたぶん〈世界〉との併用で再現できそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

「……すまん。もう一回言ってくれないか?」

「だーかーら、何もないとこから船を出したいんだって!」

「あー、うん。何でそれを千葉()に訊いてくるんだよ」

「かぐらんならいいアイデアを出してくれるかもって明日葉ちゃんが!」

「お、おう……」

 

 作戦会議が終わって直ぐの事。

 やたら真面目に舞姫はやたらふざけた相談を持ちかけてきた。

 

 ──船無き場所に船を出現させろ。

 

 ラストアタックの役として任命された舞姫率いる神奈川に、壱弥はそんな無理難題な要求(オーダー)をしてきた。

 ある意味今回の作戦で一番思考回路がぶっ飛んで、一番奇想天外な内容に、俺は軽く頭が痛くなる。

 

「あー……、神奈川は潜水艦とかは持ってないのか?」

「せんすいかん?」

「俺も資料でしか見たことないからそんなに詳しくはないけど、水中に潜れる船らしいぞ」

「水中を!」

 

 驚きで声を上げる舞姫。

 

「まぁ、その様子だと潜水艦は無さそうだ──」

「ありがとうかぐらん! 早速ほたるちゃんに訊いてみるね!」

「あ、おい。天河⁉︎」

 

 

 

 

 

 

「いや、確かに潜水艦とかどうよって提案したのは俺だけどさ」

 

 だからって空母を海中に沈めるとか、馬鹿の極みじゃないだろうか。

 

『がぱわがむぜむ──がぱっか、ゔべしーん!』

 

 そして、なんでこのアホ娘はわざわざ水中で待機してんだろ。

 水中から聞こえる声は、まるで何を言っているかはわからないが、おそらくは「神奈川前し、じゃなかった、上しーん!」とか言っているのだろうと勝手に補完して考える。

 不安を掻き消し、どんな不可能すら可能にしてしまう人類の希望が海中から姿を現わす。

 その姿を見て、俺は一人口を間抜けに開けていた。

 防衛都市・神奈川は天河舞姫の為だけに存在している。

 だから、舞姫が無茶苦茶なお願いをしたのなら、その願いをあらゆる手を尽くしてでも実現させるのが神奈川だ。

 俺たち千葉の全火力によってリヴァイアサン級が逃げた先。

 その足元の海面から、神奈川の巨大空母が海底深くから急速浮上してきた。

 おそらくはこの南関東に存在するバラスト(重り)というバラストをありったけ集めて、無理矢理に空母を海中に沈めたのだろう。潜水艦を勧めたら、空母を無理矢理に潜水艦として運用するとか、誰が予想できるか。

 改めて神奈川の舞姫至上主義と、舞姫の無茶苦茶な要望に応える神奈川のぶっ飛んだ思考回路に感服する。

 

「天河だからなぁ……」

 

 霞が諦めたようにつぶやいた。俺は力なく首肯する。

 その間に空母は勢いよく浮上すると、その勢いのままド派手に波を蹴立てて、リヴァイアサン級すらも揺らしてみせた。そのまま空母が接舷すると、甲板上に舞姫率いる神奈川生たちが現われる。

 彼らは各々が手に獲物を握り、一気呵成にリヴァイアサン級へと突喊していく。刀槍の煌めきが戦場を踊り、舞姫の為の路を切り拓く。

 

『はああああああああぁぁぁ!』

 

 舞姫が大剣を振り上げ、剣戟の花道を駆け抜ける。

 大剣から走る命気(オーラ)が刃と変わる。千葉の全火力を使ってこじ開けた風穴を中心に、舞姫は全力で大剣を横薙ぎに振るった。

 重金属の分厚い装甲が吹き飛び、あるいは消し飛ばされる。その威力はもはや斬撃というよりは、純粋な力の塊を打つけたという方が正しいのかもしれない。

 

「やった!」

 

 画面越しに幾重にも重ねられた装甲が穿ち貫かれるのを見た俺は、椅子から立ち上がって叫んだ。

 完璧な一撃。

 千葉の最大火力でこじ開けた風穴に、人類最強の天河舞姫の一撃を至近距離で真面に受けたのだ。これで落ちない理由がない。

 

 ──だからこそ、

 

「いや──まだだ」

 

 だからこそ、隣に居る霞の言葉が俺には絶望の呪文にしか聞こえなかった。

 

「……まじ、かよ。アレで落ちないのか!」

 

 刹那、リヴァイアサン級がぐらりと傾いた。倒れる、のではない。進行方向を変える為に、その角を回頭したに過ぎなかった。

 舞姫はもちろん最大の力で剣を振るった筈だ。

 千葉(こっち)だって有する火力を全部注ぎ込んだ。

 それでも、眼前のリヴァイアサン級は落ちなかった。

 絶望を突き付けてくる現実に、思わず悪態を吐きたくなる。

 

『あ! こら! 逃げる気だ! 困った!』

 

 勝ち目のなさを悟ったのか、戦場からの離脱を図るリヴァイアサン級。間近に居た舞姫がすぐさま追おうにも、無茶をやらかした空母はそう簡単に動かすことができないらしい。路線を走る砲塔列車など、論外もいいとこだ。

 

「霞! なんとかならねぇのか?」

「無茶言うな。手札が足りねぇよ」

 

 現状で逃亡するリヴァイアサン級をすぐさま追える勢力は東京校だけだ。しかし、東京校首席の壱弥でもリヴァイアサン級を仕留めるには火力不足。追加戦力として、こちらの最高火力の明日葉を向かわせようにも、こちらには海に行ける足がない。俺や霞なんて、仮に行っても足を引っ張る結果にしかならないだろう。

 足りない。後少しだけ足りない。

 壱弥が単身でリヴァイアサン級を追う姿を見て、俺は居ても立っても居られず、指揮車両を飛びだそうとした。

 それを霞が止める。

 

「よせ。おまえが行っても無理だ」

「だけど!」

『お兄ぃ、あたしが今から向こうに──』

 

 駄目だ。間に合わない。

 歯嚙みしながら、頭の中で何かできることはないか探す。

 何か──

 何かないのか──

 

 その時、俺たちの──否、この戦場に居合わせる全ての者たちの身体に、光輪が宿った。突然、内々に満ち溢れてくる力に、俺は驚き、ホログラムモニターを見た。

 リヴァイアサン級の進行方向の沖合の更にその最奥。果てない海の遥か先から、編隊を組んで飛行する存在が見えた。

 

「あれって……」

「おいおい、なんで宇多良がここに居るの。まだ寝てるんじゃないの?」

 

 間違いない。宇多良カナリアだ。

 リヴァイアサン級の進行方向へ滑空し、攻撃を開始する編隊。

 その中で唯一残っていたゴンドラの上には、未だ意識が回復していなかった筈のカナリアがいる。何故かその後ろには神奈川の八重垣青生(やえがきあおい)の姿もあった。

 突然の増援に、戦況が揺れる。

 そんな中で、カナリアがマイク型の出力兵装を構えた。次いで、カナリアを抱きすくめている青生もまた出力兵装を手にする。

 何をするつもりなのだろう。

 そんな疑問は一瞬で氷解した。

 

 ──直後、俺の頭の中に歌が流れる。

 

 それは宇多良カナリアの〈世界〉だ。歌に満ち、歌が響き、全ての者に等しく癒しと勇気を与えてくれる〈世界〉。それがかつてないほどの広範囲に広がっていく。この戦域全て、いや、おそらくはもっと広い。

 目の前で起きている現象に、霞はぽつりと呟いた。

 

「なるほどな……八重垣の〈世界〉か」

「八重垣の〈世界〉?」

 

 俺が聞き返すと、霞は面倒そうに説明し出す。

 

「八重垣の〈世界〉を使って、宇多良は自分の〈世界〉を広範囲に拡散させてんだろ。これなら〈世界〉の有効範囲を無理矢理に広げられる」

「そんなことが……」

 

 八重垣青生の〈世界〉は端的に言うなら、意識の共有だ。以前の任務で彼女は他者の主観イメージや記憶を多人数に伝達できると言っていた。

 で、あるならば、カナリアの主観イメージを広範囲に拡散することだって可能な筈だ。

 カナリアの再現する〈世界〉が、戦場を優しく包み込む。

 傷ついた者を癒し、奮い立たせる〈世界〉が顕現する。

 彼女がかつて夢を見た〈世界〉が、彼女の今見えている〈世界〉が、彼女だけの〈世界〉が、現実の世界を塗り替えていく。

 事実を改竄し、事象を改変せしめる。

 それが〈世界〉なのだと、再確認した。

 一般常識を無視し、既成概念を壊し、物理法則を犯す。

 戦域全体に歌が響き渡る。その歌はただ優しく、ただ力づけられるだけの歌だった。

 だが、その歌によって戦場の誰しもが、諦め掛けていた瞳に力を取り戻していく。純粋な願いの歌が、一度は折れた心に火を灯す。誰かを護れるようになりたいのだと。誰もが例外なくかつて胸に誓った情熱が湧き上がる。

 剣を振るう腕に、空を飛ぶ翼に、引き金を引く指に力を与える歌を聴いて、戦場は息を吹き返した。

 劣勢を覆さんと攻め立てる猛攻に、戦場からの逃走を図るリヴァイアサン級の動きが止まる。せめてもの抵抗とばかりに、残っていた小型〈アンノウン〉が遊撃に出るが、それらは何の時間稼ぎにもならずに駆逐されていく。

 その様子をモニター越しに見て、俺は終戦が近いことを直感した。

 

『聞こえるか──……』

 

 通信機から聞こえてくるその声は壱弥のものだ。

 

『わあっ! わわわっ、わぁ……!』

 

 何故か一緒にアホ娘(舞姫)の声も聞こえた。

 直後、『なッ! 貴様、私のヒメに何を!』などと絶叫するほたるの声まで聞こえてくる。

 

「え……なに、どういう状況よ」

 

 なんとも表現し辛いカオスな状況に困惑する俺と霞を無視して、壱弥は言葉を紡ぐ。

 

『今から最後の詰めに向かう。おそらくはこれがラストチャンスだ。だから、東京、神奈川、千葉。頼む、もう一度だけ俺に協力してくれ』

 

 その願いを断る者はいなかった。

 勝利の路を創れという壱弥の頼みに、戦域に居る全ての生徒が応えようと動き出す。

 リヴァイアサン級に群れ集う小型〈アンノウン〉を東京が薙ぎ払う。

 増援に向かおうとする〈アンノウン〉を神奈川が塞きとめる。

 砲塔列車を降りて、自らの足で射程まで走る千葉が、東京と神奈川が撃ち漏らした〈アンノウン〉を片付けていく。

 そうして創られた路を壱弥は翔ける。

 高く、高く、壱弥の飛ぶ速度はぐんぐんと上がっていく。空を蹴り上げて、踏んで、爆ぜさせて、そのまま速度と高度を上げ続け、やがて壱弥と舞姫はリヴァイアサン級の直上へと至った。

 しかし、最後の抵抗だと言わんばかりに、リヴァイアサン級は壱弥と舞姫の居る場所に割り込ませる様に〈アンノウン〉を排出する。

 その数は八。

 普段の二人なら何の問題もない数と相手。

 だが、今は雑魚にかまける時間すら惜しいことは、俺にもわかる。

 

 ──だから、少しだけ俺もらしくないことをしよう。

 

「霞、これ借りるな」

 

 念の為に、と用意していた霞のスナイパーライフルをひったくり、俺は指揮車両を飛び出した。飛び出した先でスナイパーライフルを構えて、スコープ越しに壱弥たちを見る。

 霞ほど射撃は上手くない。だけど、この射程で撃てる武器はスナイパーライフルだけで、たぶんこの状況をなんとかできるのは俺だけだという確信があった。

 

「壱弥、そのまま突っ込め!」

 

 俺は壱弥からの返答を待たずに、首元のクオリディア・コードに触れた。そうして、俺の〈世界〉が顕現する。

 視界を埋める赤い空の下で、俺は引き金を引く。そして、放たれた弾丸を停止させた後にその事実を()()()()()、二発目の弾丸を放つ。

 発射して、停止して、巻き戻して、その行程をひたすらに繰り返していく。

 

「いっ……つぅ!」

 

 処理限界を超えた所為で、脳みそが悲鳴を上げた。

 鈍器で殴られた様な痛みが頭の中で走り、酷い嘔吐感に意識を手放しかける。

 だけど、

 

「しるか……よ!」

 

 叫んで、最後の力を振り絞って、八発目の弾丸を撃つ。

 その直後に俺の〈世界〉が終わる。

 耳をつんざくような爆音が走った。八発分の反動が一気に腕へと襲い、たまらず俺は尻餅をつく。空気を裂き、弾丸が空へと放たれる。

 そして次の瞬間、八発の弾丸が同時に八体の〈アンノウン〉に着弾した。

 爆風が舞い、視界が煙に覆われる。

 

「行けっ……」

 

 俺は力なく叫んだ。悔しいが、俺ができるのはここまでだ。後はヒーローに任せよう。

 直後に煙が引き裂かれた。

 舞姫の大剣が煙を引き裂いたのだ。総身に刀身に命気(オーラ)が充溢し、巡られている。刀身は砕け、舞姫の濃厚な命気(オーラ)が巨大な刃を生み出した。

 その大剣に、壱弥は闇色の力場を纏わせる。

 舞姫の力だけでは足りない。ならば、そこに足し、掛ければいい。

 人類最強の二人の力が混ざり、溶け合い、強大な力を作り出す。

 

「やりゃあ、できんじゃねぇか……」

 

 笑い、意識が闇に引きずり込まれる。

 意識を手放す前に見たのは、舞姫と壱弥がリヴァイアサン級を真っ二つに引き裂いた瞬間だった。




まだもうちょっとだけ続きます。
神楽がちょとだけ本気を出しました。その辺の詳細は次回ということで。
さあ、絶望タイムだ。(ゲス顔

本編裏話 優しさ? 何処かに捨てました。
明日葉「あれ? 起きないな?」 ガシガシ
霞「あの……明日葉ちゃん。何してんの?」
明日葉「んー? 神楽が起きないから起こしてあげようかなって」 ガシガシ
霞「起こすなら頭を蹴るのは止めようね」

ある意味ご褒美?
目が覚めたら明日葉ちゃんのスカートの中身が! なんて展開はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の日常

 アクアラインでの三都市連合によるリヴァイアサン級攻略作戦が終了してから数日が経過した。〈アンノウン〉によって破壊された海ほたるの修復も一応とはいえ完了し、三都市の生徒たちもそれぞれの生活へと漸く戻り始め、何時もの日常が返ってくる。朱雀壱弥の単独行動から始まり、三都市が本当の意味で力を合わせて戦ったあの日の出来事が随分前のことのように思えた。

 しかし、それは表面的なものでしかない。

 作戦終了後も密かに、事後報告書類作成という名の戦いは続いていた。

 

「……暑い……溶ける……死ぬ……なにこれなんの拷問?」

 

 千葉の執務室。俺の隣に座る霞が、殆ど言葉にすらなっていない、悲鳴の様な呻き声を上げた。霞に割り当てられた報告書が、まだ完成していないのが原因だ。普段は気怠げながらも絶対に弱音を吐かない霞も、さすがに限界らしい。

 

「ほら、頑張れ。あと少しだから」

「前にもそう言って、今徹夜五日目なんだよなぁ……」

 

 マッ缶で喉を潤し、糖分で朦朧とする頭を叩き起こす。室内に散乱した空のマッ缶の山が、その過酷さを言葉以上に語りかけてくる。

 リヴァイアサン級の攻略作戦終了後。勝利に喜ぶ防衛都市生徒たちを尻目に、俺と霞を待っていたのは戦後処理の報告書作成という名の拷問であった。

 使用した武器や火薬。作成に参加した生徒たちの戦果報告。更には今回の作戦で使用した都市運営費。数えるのすら嫌になるほどの書類の山に、俺と霞は本気で逃げるべきかと考えたくらいだ。そして、やっぱりというべきか、案の定というべきか、今回の作成で一番都市運営費を使ったのは千葉だった。調子に乗って、工科にGOサインを出してしまったことを今更ながら後悔する。

 一方、他所の都市。神奈川や東京は割とスムーズに事後報告が進んでいるとのことだ。神奈川もバラストの大量使用や無茶をやらかした空母の整備費など多大な金が動いた筈なのだが、そこは舞姫至上主義の神奈川と言わざるを得ない。各生徒が自腹を切ってでも舞姫の名誉の為に粉骨砕身する様は、側から見ると一種の宗教団体にも思えてくる。

 東京はそも主力武装が個人の〈世界〉で、兵装も主立った運用は移動手段ということ、それらに加えて、意外にも事務仕事が得意な壱弥の手腕によって、三日ほど前に全ての報告書が提出されたと管理局から連絡があった。今度ウチの事務仕事も手伝っては貰えないだろうか。

 顔に死相を浮かべて、カフェインの過剰摂取で小刻みに震える指先でパソコンのキーボードを叩く霞の隣で、俺は管理局からの催促メールをパソコンのゴミ箱へ打ち込む作業を繰り返す。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で気分転換に「太陽殺す……」と呟いて、世の中の不条理について真剣に考える。そのうち、思い出したように霞が俺に訊いてきた。

 

「そういえば、明日葉ちゃんは? 今日はまだ見てないんだけど」

 

 特等席となっている執務室のソファーには、主たる気まぐれ猫姫の姿はない。どうやら兄の霞()()()行き先を告げずに、またふらふらと出掛けたようだ。仕方ないので、俺は手を止めて教えた。

 

「東京に行くってさ」

「は? 東京? 何で?」

「宇多良が今日退院するんだと。快気祝いをアホ娘たちとするって昨日言ってたぞ」

 

 リヴァイアサン級攻略作成終了後、カナリアは病院に逆戻りしたらしい。

 当然と言えば当然。訊けば彼女は、無理矢理に病室を抜け出してあの戦域に参加したのだとか。

 意識不明の重症患者が許可なく病室を抜け出したとあって、医務官の大國(おおくに)真昼(まひる)はそれはそれは御立腹だったそうだ。

 ともあれ、そんなカナリアも無事に本日退院。そうなると舞姫が「快気祝いだ!」と口を開き、ほたるは当たり前の様に舞姫の提案を肯定し、流れでウチの明日葉も快気祝いという名の馬鹿騒ぎに参加することになったわけである。

 

「あれー? お兄ちゃん何も訊いてないんですけどー?」

「『ウザいからお兄ぃには内緒にしといて』って言ってたからな」

「あ、はい」

 

 ほろりと涙が溢れていたのは見なかったことにしよう。それがきっと優しさだ。明日葉は、攻略作戦が終わった直後も、事後処理の時も、そして今日でさえ、なんの手伝いもしなかったのだ。今更だが、ウチの首席は本当に仕事をしない。だからこそ、兄で次席の霞が働くのだ。ひたすらに、馬車馬のように、絞りカスになるまで働き続ける。そしてそれに俺も巻き込まれるのは何時もの事だった。

 明日葉の願いを叶えるのは霞の役目で、明日葉と霞の願いを叶えるのは俺の役目だ。

 つまりは千葉(ウチ)の首席はサイコーに可愛いな、というわけだ。

 

「終わったぁ……」

 

 タンっと霞がキーボードを叩く。パソコンの画面には「送信完了」の文字。無事に生きてこの地獄から生還できた瞬間、霞は力尽きた様に椅子の背もたれに背中を預けた。遺言の様に「やっぱり仕事ってクソだわ」と呪詛の言葉を繰り返している。

 その姿に苦笑しながら、パソコンの電源を落として、俺は椅子から立ち上がった。連日の徹夜続きで、足元が少しふらつく。死にかけている霞には悪いが、一足先に帰るとしよう。いい加減布団が恋しい。

 

「先に帰るぞ」

「おう……」

 

 ひらひらと手を振る霞に見送られ、俺は執務室を後にする。建物を出れば、快晴と呼ぶに相応しいほど澄み切った青空と陽射しが俺を襲う。目が痛い。

 徹夜明けの今のコンディションに、この天気は相当過酷な環境だ。青空に殺意を抱いたのは初めてかもしれない。

 執務室のある建物から自室のある寮までは、歩いて三十分ほどの距離だった。バスなどの移動手段もないので、歩く以外の選択肢がない。晴天の空の下、陽射しを不健康な体で浴びながら、俺はアクアライン沿いを歩いていく。

 歩きながら、俺は考える。

 リヴァイアサン級の討伐は確かに成功した。三都市が本当の意味で力を合わせたこの戦果は、今後のことを考えても、非常に喜ばしい話なのは間違いない。

 だが、それとは別に、俺の胸の中にはなんとも言えない違和感と不安があった。

 理由ははっきりしている。ここ最近の〈アンノウン〉の動きが活発過ぎることだ。例えば、フレンドリーファイアが起きた時の大量発生。例えば、〈ゲート〉を介さずに出現した未確認〈アンノウン〉の存在。極め付けは今回の超大型〈アンノウン〉・リヴァイアサン級。

 今までとは違う、イレギュラーの発生率が明らかにおかしい。まるで、俺たちの戦力を改めて調べているようにも考えられる。

 大量発生で統率力と数を調べ、〈ゲート〉を介さない〈アンノウン〉の試運転をし、十分なデータと対策を持って実戦投入したリヴァイアサン級。そう考えてしまうのは、俺の思い込みが激しいからなのだろうか。

 そもそも、だ。

 そもそも〈アンノウン〉とはどんな存在なのだろう。長いこと戦争をしている相手だというのに、俺たちは〈アンノウン〉について知らないことが多い。

 自分たちが〈世界〉という摩訶不思議な能力を手にするきっかけにして、この世界の元凶。それを知ろうともしなかったのは何故? 

 頭にチラつくのは、差出人不明の手紙の一文。

 

 ──この世界は偽物だ。

 

 何を持って偽物なのか、何が偽物なのか。

 或いは、今自分が見ている世界全てが、

 

「……阿呆らしい」

 

 俺はぶんぶんと頭を振って思考を断ち切った。

 眠気から思考が変な方向に回っている。さっさと帰って睡眠を取った方が良さそうだ。

 

 そう思った瞬間。

 晴天の空に影が落ちたかと思うと、青空が血の様に赤い空へと変わった。ほとんど無意識に、自分の生存本能が俺に〈世界〉を発動させたようだ。

 

「……はっ?」

 

 見上げ、影の正体に気づいた俺は言葉を失う。やたらと巨大な口が開いていた。その大口が、今まさに俺を丸呑みしようとしている。

 

 ──なんだ、この〈アンノウン〉は? 

 

 頭に浮かんだ自分の言葉に違和感がある。

 改めて俺は大口を開けた〈アンノウン〉を見る。

 その〈アンノウン〉は、今までのどの個体とも違う。限りなく機械的な、ただ人を回収する為だけに作られた存在にも見えた。

 いや、まて。そもそもなんで俺は、この()()を〈アンノウン〉と認識しているんだ? 

 わからない。ただ、この気持ち悪さを取り除く方法は在る。

 制服から銃を抜き、目の前の存在に鉛玉をありったけ撃ち込む。マガジンがカラになるまで弾丸を撃ち、薬莢が飛び散るのも気にせず、急いでその場を離れる。

 それとほぼ同時に〈世界〉が消えた。

 直後に鼓膜を破る様な爆音と風圧が俺を襲う。

 

「ぐっ……!」

 

 手を交差し、腕を盾にするも、風圧に圧されてゴロゴロと地面を転がる。頭を打ったらしく、後頭部がとてつもなく痛い。

 抉られた様な深い穴が眼前に生まれた。もくもくと黒煙が空に上がる。

 

「なんだよ……これ」

 

 質問に答えてくれる者はいなかった。

 胸騒ぎが止まらない。

 

「……っツ! 明日葉! 霞!」

 

 痛む身体を無視して、立ち上がる。

 制服のポケットから端末が鳴り出す。画面には「南関東管理局」の文字。

 なにか、よくないことが起きている。

 唯一わかったのは、今この瞬間から、俺たちの日常は終わったという事実。

 そんな確信にも似た感覚を胸に抱き、俺は端末の通話ボタンを押した。




炭鉱のカナリア編。これにて終了です。
実は作者的にも今作品的にも、ここまでが作品全体としてのプロローグに当てはまります。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。今後も引き続きお付き合い頂けたら幸いです。
では、また次回。

本編裏話 それが千葉の日常
執務室にて
霞「えーと、この資料がこれで、明日の会議に使うのがこれで……」 カタカタ
神楽「あ、はい。すみません。その件は首席と次席と話し合ってからで……え? いいから品種改良の予算を寄越せ? いや、ですから……」 ぺこぺこ
明日葉「あ、おヒメちん? 今から千葉でケーキ食べない? うん、じゃあ後でね」 ぴっ

ちなみにケーキ代は兄か幼馴染のお財布に請求された模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小公女のレガリア
喪ったもの


 南関東管理局の会議室は、基本的に騒がしいことで有名だった。弓形のテーブルと六つの椅子が設えた会議室に三都市各陣営の首席と次席が集まり、今後の方針や活動内容を話し合う。その点は他の防衛都市と変わらない。

 決定的に他所の管理局と違うのは、毎度のように睨み合いだの口喧嘩だのが絶えず、ついでに屈託のない笑い声が響く場所だということだ。千葉の次席が東京の首席と喧嘩して、それを東京の次席が宥めたりして、神奈川の首席がにこにこ笑って、神奈川の次席が一人で盲目的な宗教活動をして、千葉の次席と千葉の護衛役が我関せずとばかりに知らん顔する。それが南関東の日常だった。

 しかしこの日は、そんな日常とは懸け離れた、重苦しくて沈鬱な空気が会議室内を支配している。

 誰一人として無駄口を話す気配もなく、ただひたすらに、誰一人例外なく眉を辛そうに寄せていた。

 南関東管理局の会議室には六つの椅子が設えている。

 だが、そのうちの二つの席は空席だった。

 誰かが声なき声を漏らす。或いはこの場に居合わせる全員のものだったのかもしれない。その小さな吐息は、言葉以上にこの現実を雄弁に物語っている。

 

「昨日、各地でアンノウンによる襲撃があり、七名の生徒が犠牲になった」

 

 重々しい空気の中で、南関東管理局管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)が口を開く。

 各々の視線の先、ホログラムディスプレイに表示されているのは、アンノウンの襲撃による犠牲者一覧だ。

 

 ──その一番上に、東京校次席・宇多良(うたら)カナリアの名前があった。いつもならこの場に参加し、常にあざとい笑顔を振りまき、みんなを自然と笑顔にしてしまう少女の名がそこにある。

 

「これによって東京の主力生徒が多数失われてしまったわ。もちろん早急に対応をするつもりだけど、当面の間はあなたたちの手を借りることになると思う……」

 

 もう一人の管理官、夕浪愛離(ゆうなみあいり)が求得の言葉に続くように言った。

 それに応えたのは明日葉だ。

 

「それはいいけど、具体的に何するの?」

 

 明日葉(あすは)の声は酷く淡々としていた。視線が交わることもないやりとりは、事務的な会話に近い。

 何時も気怠げに、低体温を感じさせる明日葉だが、今日の明日葉は普段と違う。常日頃から手離さない携帯端末を弄っていないのが、良い証拠だろう。きっと、彼女なりに思うところがあるのだ。

 

「人員の補充が済むまでの間、東京の都市運営及び防衛の補助を神奈川と千葉にお願いしたいの」

 

 明日葉の問いに、愛離は僅かに表情を曇らせたが、それでも指揮官たる態度を崩さなかった。取り繕ったような冷たい声は、この場にいる者の神経を逆撫でさせる。

 

「ほーん……意外と冷静なんですね。……人が死んだってのに」

 

 ぼやく口調こそいつもと変わらずの平淡。しかし(かすみ)が発した言葉は上官二人への当てつけと皮肉が十二分に込められている。

 

「霞」

「へいへい」

 

 俺が咎めるように言うと、霞は肩を揺すって戯けて見せる。

 愛離は唇を噛み、求得は眉を寄せていた。一同、反応は様々だが、場の空気が悪くなったことは確かだ。沈鬱だった空気は更に重苦しさを増す。

 霞だって、悪気があったわけではない。ただ、どうしようもない感情が言葉に乗ってしまっただけなのだ。

 おそらく、それはこの場に居合わせる全員に言えた。そして、この重苦しい空気はこれから先もずっと続くのだろう。大切な人を喪う悲しみは、どんな人間にも耐えられないのだから。

 

「ていうか、その辺の話をする前に説明してほしいんですけど。敵はどんなやつで、どうやって生徒たちを殺したわけ?」

「……それについては調査中だ」

 

 霞の質問に、求得が答えになっていない返答をする。霞は呆れたように息を吐き出した。

 

「なーんもわかってないのに任務に当たるんですか? それ無理でしょ。千葉(うち)の連中、消耗品じゃないんですけど」

「…………」

 

 求得と愛離の両管理官は苦しげに押し黙る。だが、それを庇う者はいない。二人は咎められて然るべきだからだ。

 その様子を何処か他人事みたいに眺めて、俺は唇を噛む。

 どんな敵なのか? 霞の質問に答える術を俺は持っている。何故なら、俺も襲われた一人だから。

 ──だが、それを教えることを管理局から禁止された。

 この状況で、余計な混乱や不安を招かない為に、調査がある程度済むまで口外を禁ずる。

 そう言われたからだ。

 だからと言って、目の前の二人の態度には納得ができない。

 確かに不幸な出来事ではあった。不条理、理解不能、原因不明。

 だからこそ、俺たちはそれが繰り替えされるのを看過できない。

 霞も俺も、世界なんてどうなってもいいのだ。物事の最優先は、優先順位はいつだって決まっている。

 世界の為に、平和の為に、勝利の為に、そんなどうでもいい理由で自分の身内を危険に晒す気はない。千種(ちぐさ)霞は、そういう男だ。

 その最優先事項にして至高の身内が傍らでふっと温度の低い微笑みを漏らした。

 

「ウケる。お兄ぃ幹部みたい」

「幹部なんだよなぁ」

 

 空気を読んでか、明日葉が茶々を入れて混ぜ返す。しかし、その緩みも許さないとばかりに、神奈川次席の凛堂(りんどう)ほたるが建設的な話を進める。

 

「……しかし、やはりこの襲撃が偶然起こったものだとは考えづらい。調査中でも構いませんので、資料を共有していただけますか」

「千葉も同じ意見だ。護衛役としては、再発の可能性は少しでも防ぎたい」

 

 ほたるは冷静に、俺は暗にこいつらにバラすぞと脅迫紛いの視線を管理官たちに向ける。

 すると求得と愛離は互いに目配せし、仕方ないと求得は小さく頷いた。

 

「……ええ、わかったわ」

 

 躊躇いがちに渡される資料に目を通しながら、俺は妙な違和感を抱く。なんというか、資料を共有することも含めて、今回の件の情報をやたらと渋っている気がする。

 ──まるで、俺たちに今回の件を深く知られたくないかのように。

 

「ていうか、東京云々の話をするなら足りないやつがいるんじゃないの? 四位は四位でも一応は東京のトップなんでょ、アレ」

 

 不遜な態度のまま霞は東京校の空席に視線を向けた。

 それはこの場に無断欠席をした東京校首席・朱雀壱弥(すざくいちや)に対する非難でもあり、同時に指揮官たちへの非難にも聞こえる。

 壱弥がこの場にいない理由など、俺を含めて全員が百も承知だった。原因はわかりきっているし、その辛さも悲しみも痛いほど理解できる。

 それなのに解決できていないのは、三都市を統括している管理局にも責任の一端があるだろう。

 悲しみも痛みも全部わかってはいるが、それでも壱弥は東京の長なのだ。泣いて、一人で引きこもるのが許される立場ではない。

 

「それは……」

 

 愛離が言葉を濁し、辛そうに眉尻を下げる。

 その時だった。ふっと力強くも優しい吐息が漏れたのは。

 

「……わかった」

 

 これまで沈黙を守っていた神奈川首席・天河舞姫(てんかわまいひめ)が、真剣な表情と声色で決然と頷いた。

 そしてぱっと何時ものように頼もしい笑みを咲かせて胸を叩き、

 

「神奈川は全面的に協力するよ。こういう時こそ助け合わないと。いいよね、ほたるちゃん!」

「……ああ、ヒメがそう決めたのなら、私に異存はない」

 

 舞姫に同意を求められ、ほたるが口元を緩めて相槌を打って答える。まあ、彼女ならそう言うだろう。ほたるが舞姫の意見を否定したとことか見たことないし。

 

「ありがとう。舞姫ならそう言ってくれると思ったわ」

 

 神奈川からの助け船に、愛離が胸を撫で下ろし、感謝の言葉を言った。ただ、それは少しだけ卑怯にも取れる。まるで、舞姫の優しさにつけ込んでいるみたいだ。

 

「俺たちはどうする?」

 

 俺が霞に尋ねると、霞は椅子に深くもたれかかり、気怠げに答える。

 

「うちはパスだ。四位さんがいるなら、四位さんがやるべきだろ。尻拭いなんてする気ないし、仕事したくないし、都市運営なんて千葉だけで手一杯」

「だよな。護衛役としても、この状況で千葉と東京往復されるのはちょっと困る」

「それ、お兄ぃや神楽(かぐら)が重役っぽく聞こえない?」

「……重役ってか、ほとんど俺たちがやってるんだよなぁ」

 

 偶には手伝ってくれないですかね? 千葉首席。

 嘆息をつくと、求得が話を続けた。

 

「いや、実質的な都市運営をする人員は残っている。どちらかというと問題は、東京の生徒たちの心の方だ。壱弥が立ち直るまで……もしくは新しい首席が擁立されるまでの間、神奈川と千葉から人員を派遣してこれを支えろ。これは命令だ」

「は? だからそんなの──」

 

 協力否定派の霞が食い下がる。言葉にこそしないが、俺も同じだ。どう考えても悪循環になる未来しか見えない。

 

「いいよ、私がやる」

 

 すると、意外な場所から声が上がった。すくっと立ち上がり、泰然自若と言った態度の舞姫だ。千葉に回ってきた任務の分まで引き受けるつもりらしい。

 こちらとしては願ったり叶ったりなのだが、それはやはり悪循環だ。

 舞姫の提案は、厳密に言えば管理局の提案は決して最善手とは言えない。神奈川と千葉が東京の負担を請け負うせいで、両防衛都市の負担増加は避けられないし、結果的に前線の戦力低下にも繋がってしまう。ましてや、神奈川と千葉は南関東防衛の両翼を担う陣営だ。今までのような三都市防衛構想の延長線上という考えで補てんするのは、其の場凌ぎにしかならないのは明白。

 確かに、天河舞姫が戦闘力や統率力に優れているのは知っている。三都市の中でもっとも武勇に長けた神奈川が東京を守るというのも納得はいく。

 だが、それは根本的な解決に繋がらない。

 今回の件に関して、正すべき部分を正さなければ、きっと近い未来に同じ悲劇が繰り返される。また同じ目にあう人間が出てくる可能性は十二分にあるのだ。

 そして、その可能性がもっとも高いのは、この中で戦闘能力が一番低い霞や俺に他ならない。現に、俺は一度襲われている。

 

「御立派な考えだが、それはちょっと無茶じゃないか?」

「でも、誰かがやらなくちゃいけないんだよ」

「それゃあ、そうだけどよ……」

「大丈夫だよ、かぐらん。私、強いから」

 

 そう言って、舞姫は笑う。

 天河舞姫は絶対的なカリスマだ。東京でも上手くやるだろう。

 だが、神奈川に、舞姫に守られることに東京が慣れてしまえば、最悪の場合は東京が二度と戦力として機能しなくなる。そういう意味では、天河舞姫はある意味では諸刃の剣なのだ。管理官の二人は、そこのところを理解しているのだろうか。

 

「──で、仕事だけじゃなくて人望まで奪うと……さすがカリスマお姫さまは言うことが違う」

「貴様ッ!」

 

 皮肉気な霞の呟きに、ほたるが激情して身を乗り出したが、舞姫は毅然とした態度でほたるを制し、強い意志の込もった瞳で霞を見つめる。

 

「そう思ってくれて構わないよ。でも私が都市を運営する以上、そこは命に代えても守ってみせる」

 

 命懸けの宣誓だった。そこまでの意思と覚悟を見せられてしまえば、俺や霞は口を挟む余地がない。

 

「かすみんも、かぐらんも辛くなったらいつでもおいで?」

 

 そして、舞姫は最後ににっこりと微笑んだ。

 嫌味でも皮肉でも、ましてや揶揄でもなく、真心からの思いやりであることは疑いようもない。

 敵わない。そう俺は感じた。

 年齢も実力も人望も全てが上。

 けれども天真爛漫な気性は、不思議と幼い子供を想わせ、単純明解な思考回路はある意味では御し易いとも思っていた。

 だが、今の舞姫は違う。

 優しく笑う姿は、俺たちから言葉を奪った。

 あまりにも気高く美しいその姿が、たとえ自らの刃で傷つくことになろうとも、必ず全てを守ってみせると言っているのだ。

 

「強いな、天河は」

「えへへ」

 

 くったない笑みで舞姫が答える。

 それを見ていた明日葉が力ない微笑みを浮かべた。

 明日葉のその微笑みに込められているのは、きっと俺と同じで彼女に対しての憧れだ。日下神楽(くさかかぐら)は、千種明日葉はそこまでできない。俺たちには優先順位がある。その優先順位は、いつか、そう遠くない未来で俺たちの足を止める頸木となるだろう。

 それは、明日葉のように才能に恵まれた存在も例外じゃない。

 しかし、舞姫は違う。

 全てを守ろうとする彼女の足が止まるのは、それこそ全てを守り切ったときか、守るべきものを全て失ったときだけだ。

 だから、天河舞姫は最強なのだ。

 単純な戦闘力だけなら、明日葉も負けてない。しかし、圧倒的なまでの覚悟の差が、明日葉と舞姫に決定的な優劣を決めつける。

 天河舞姫は、悲しいくらいに強すぎた。

 一人の存在が戦場を戦況を戦争を変えてしまう。其れ程までに大きな力。

 その悲しみを理解できてしまうからこそ、明日葉の微笑みは優しくもあり、悲しくもあり、そして儚かった。

 

「よし、じゃあ決まりだな。神奈川は東京の都市運営補助を、千葉はその分手薄になった〈ゲート〉方面の守備強化をよろしく頼む」

 

 まとまったとばかりに求得が締める。

 

「ちょっと? 後半、初耳なんですけど」

 

 しれっと押しつけられた新しい任務に、霞は不平を訴えたが、神奈川がここまで協力的な以上、千葉も多少は協力的な姿勢を見せないといけないのも事実。

 つまり、

 

「まあ、都市運営よりはめんどくなくていいけどね」

「妥協点としちゃあ、十分だろ」

 

 それが俺たちの落とし所というわけだ。

 失ったものを埋めるのに足りないことは重々承知。だけど代わりに何か新しいものを求めてるつもりもまるでない。ついでに言うなら、求められたことに唯々諾々と応えるようなガラじゃない。千葉はそういう集まりだ。

 

「……どうすっかなぁ」

 

 窓の外を見つめて、俺は小さく呟いた。

 この日、俺たちは思い出す。

 失くしてしまったものの大きさと、手から零れ落ちていくことの怖さと、そして、二度と何者にも奪わせないと固く誓ったその決意を。

 忘れないように深く、深く胸に刻み込んだ。




お待たせしました。(全力土下座)
クオリディア・コード第五話、小公女のレガリア編の始まり始まり。
そういえば、原作のクオリディア・コードが一周年。ついでに言うならこの小説も来月で一周年。
全体で見るとまだ半分も終わってないですが、今後もお付き合い頂けたら幸いです。(なんか毎回この台詞を言っている気がする)
では、また次回。

本編裏話 だからと言ってそれは許可できない
あるかもしれない会議室にて
霞「じゃあ、神奈川と東京の分まで防衛ライン担当することになったわけなんで」
明日葉「ちょっと人員増えるかもだから、みんなよろー」
戦闘科「うーす」
工科「……わくわく、わくわく」
神楽「おい霞、なんかやたら目をキラキラさせた工科のやつがいるんだけど……」
霞「馬鹿、目を合わせるな。アレは絶対にやばいやつだから」

その後、工科が提出した書類の山を無言でシュレッダーにかける千葉次席の姿を見たとか見なかったとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐点――ターニングポイント

 会議が終わり、千葉へと戻る道中の間、俺たちは終始無言だった。

 今後の防衛ラインの人員補給や都市運営など、話さなければいけないことは山ほどあったが、とてもそんな気分にはなれない。それに、神奈川の方がある程度東京を立て直すまでは、こちらもどう立ち回るべきか決まらないというのもある。そう急を要することでもないだろう。

 それよりも、今はこの状況について深く考える時間が欲しかった。

 舞姫の力強い瞳が頭の中から消えてくれない。

 それが、隠し事をしている自分の胸を穿つ。

 駅前の噴水に明日葉が腰掛けたのをきっかけに、なんとなく誰もその場から動こうとはしなかった。習うように俺や霞も噴水に座る。

 ほんの数日前までは普通に感じていた日常が、やけに遠くになったなぁ、と思う。

 もちろん誰が悪いわけではない。強いて言うなら元凶たる〈アンノウン〉なのだが、それは今回の始まりに過ぎないし、それを今更追求するのも、ましてや恨むのも何か違う気がする。どんな理由であれ、俺たちは戦争をしているのだから、犠牲者が出るのは至極当たり前なのだ。犠牲や被害が怖いなら、最初から戦争なんてしなければいい。

 だからといって、霞や明日葉が戦争の犠牲者になってもいいのかと言われたら話は別だ。このまま何もしないまま、ただなあなあに現状維持を繰り返していれば、また何処かの都市の何処かの誰かが犠牲になるかもしれないし、最悪の場合はその犠牲者が明日葉や霞になる可能性だってある。絶対にないと言い切れないのが、余計に不安を増長させていく。

 思い知った。たとえ護衛役だろうが、戦闘科だろうが、〈世界〉を持っていようが、俺は無力な子供でしかない。とっておきの情報を開示することも許されず、さりとてそれを禁じた大人たちに反発する度胸もない自分。それに、たとえ情報を教えるのが許されても、結局は周りの不安を煽るだけにしかならない場合もあるわけで。

 それはそれとして、求特のおっさんや愛離さん、神奈川の舞姫やほたる、そして東京の壱弥とカナリアのことが、俺はわりと好きなのだと思う。

 管理官二人に俺が素直に従っているのも、それが理由の一つかもしれない。

 神奈川が東京を立て直すと言って、心配する言葉が自然と出たのもそういうことだろう。

 だからこそ、今自分が他のみんなに隠し事をしているのが少しつらかった。

 未確認の〈アンノウン〉による襲撃。その正体を俺は知っていて、その姿が従来の〈アンノウン〉と比べて機械的だったということを今からでも教えるべきなのだろうか。

 そこから生まれたある一つの仮説を伝えるべきなのだろうか。

 だが、言ったところで何が変わる? 

 そんな考えが、俺の言葉を奪う。

 噴水から吹き出す水の音が反響する。

 〈アンノウン〉のこと。壱弥のこと。千葉のこと。明日葉のこと。霞のこと。

 考えることが多過ぎて、頭の中はとっくに容量オーバーだ。

 鉛を背負ったみたいに、自分の身体がやたら重くて息苦しい。

 

「──ねぇ、神楽」

 

 ふと頭上に影が落ちた。明日葉が俯いていた俺の前に屈みこんで、笑っている。

 先ほどの会議のことも今後のことも、様子のおかしい俺のことも何も言わずに、明日葉は猫が背伸びする時みたいな声を上げて立ち上がった。ふーん、と背伸びをして、後ろ髪を纏める明日葉。

 昼を少し過ぎたくらいの時間。千葉の街は色々な科の生徒で賑わっている。海の匂いと蒼天の空を背景にして、明日葉はスカートをふわりと翻した。

 年相応な、戦闘科や戦争中なのを忘れてしまうくらいに、年相応な普通の少女が目の前にいる。そして、

 

「買い物行くから付き合って」

「は?」

 

 俺は訝しげに顔を上げた。

 買い物? なんでこの状況で? 

 困惑する俺を他所に、明日葉は見慣れた笑みを浮かべ、いつもみたいな気怠げな声音で、座っていた俺の腕を引っ張った。

 

「ほら、これから忙しくなるじゃん? だからその前に色々と……ね?」

 

 なにがどうしてその結論になったのかよくわからない。というか、忙しくなるのは俺や霞だけなんですけど、とか思う。

 

「そういうわけだから、お兄ぃ、神楽借りてくから後よろしくね」

「……え? あの、明日葉ちゃん。それって、所謂デート的なやつなのでは……」

「はぁ! お兄ぃ、自分がモテないからって変な誤解とかしないでくれる? そういうのマジウザいしキモい」

 

 騒がしく喚き散らす明日葉と妹の言葉という暴力に心を折られそうな霞を見ながら、まあいいか、とも思う。たまには、明日葉のワガママに付き合って振り回されるのも悪くない。明日葉とそういう思い出を作れる機会がなくなってしまう前に、少しでもほんの少しでも多くの思い出を。

 

「──とりあえず服かなぁ。新しいのとか出てるとかこの前言ってたし。それからケーキとかも食べたい。最近お菓子ばっかだし」

「いや、お菓子食べてるだけ十分じゃね?」

「や、全然違うから。お兄ぃとおヒメちんくらいに違うから」

「そこでナチュラルにお兄ちゃんを比較対象にしないでくれるかな……」

 

 げんなりとする霞を見て、我らがワガママプリンセスはニヤニヤ笑った。

 

「あ、ケーキは神楽が奢って」

「なんでだよ!」

「や、デートってそういうものじゃん。そういうのは男が全部出すの常識じゃん」

「初めて聞いたんですけど、その常識」

「まぁまぁデートとか絶対にできなさそうな神楽に、あたしが色々教えてあげるから」

 

 いらんお世話だ。

 なんだよ、デートって。買い物じゃないのかよ。ほら、隣の霞が真っ青な顔で俺に殺気飛ばしてくるの気づいてるだろ。

 だけど、明日葉の言う通りなのかもしれない。年頃の男女が一緒に出かけたら、それはやっぱりデートだし、デートというのはそういうものだ。たとえ相手が幼馴染で、最近周りから主席の腰巾着とか言われている男だとしても。

 子どものころと変わらないワガママっぷりで、少女は笑っている。

 それを見ているうちに、色々とどうでもよくなってきた。

 きっと俺は深く考え過ぎている。これからのことを色々と。

 だから一回頭を空っぽにした方がいい。

 たぶんなんとかなるだろう。そう思うことにした。

 とりあえず今はデートという名の荷物持ち兼お財布係を楽しもう。

 そう決めて、俺は座っていた噴水から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 明日葉の希望を手っ取り早く叶えるなら、という理由から、俺と明日葉が向かったのは千葉で唯一のショッピングモールだった。

 千葉に限った話ではないが、防衛都市には娯楽施設の数が圧倒的に足りていない。一年前まではアイドルという単語すら風化した風習扱いだったことからも、それははっきりとわかる。

 だが、それも仕方ないことではあった。なにせ千葉には戦い大好きな脳筋戦闘科と、お仕事大好き社畜生徒の、二種類の人種しかいなかったのだ。そう考えると、このショッピングモールはある意味で人としての尊厳的な何かを取り戻した象徴にも見えなくもない。

 ともあれ、俺たちはそのショッピングモールをデートの場所に選んだ。

 女性の服屋に付き合わされて、こじゃれたカフェで高いケーキを奢って、何故かあった映画館で血とアクション盛りだくさんのガンアクション映画を観た。途中、何度か千葉生徒に見つかって冷やかしだか脅しだかを言われたり、間違って女物の下着売り場に迷い込んでしまった所為で明日葉に殺されそうになったり、映画の途中で明日葉が飽きて寝てしまったりしたが、基本的に世の中の普通なカップル的な感じの時間を過ごしたと思う。思っていた以上に楽しい。おかげで財布の中身は随分と軽くなってしまったが、そんなことは些細なことだと思ってしまう。

 そのデートの最後に明日葉が選んだのは、ショッピングモールの端っこにあった小さなアクセサリーショップだった。

 

「うーん。いや、でもこれも」

 

 ぶつぶつと唸って、アクセサリーを凝視する明日葉を隣で眺めながら、そういえば明日葉と二人だけで出かけるのは、これが初めてかもしれないと思い出す。何時もはふらふらと気まぐれに一人で何処かに行くか、ちょこちょこと兄の後ろを付いて来るのが明日葉だ。

 そんな明日葉と二人だけで出かけれることに、少しだけ優越感を抱いた。

 

「なに一人でニヤニヤしてんの? キモいよ」

「もうちょいオブラートに包んでくれないかなぁ。俺、霞ほどメンタル強くないんですけど」

「ウケる。お兄ぃがメンタル強いとかありえないし」

「ひでぇ……」

「それよりさ」

 

 ぐいっと明日葉が突き出してきたのは、二種類のピアス。リングみたいなやつと丸いやつ。どちらも普通の銀色の、シンプルなピアスだ。

 

「どっちがいい?」

「どっちがって。明日葉、ピアス付けるのか?」

「や、付けないけど」

 

 じゃあなんでそのチョイスなんだ。そう思った俺に明日葉は、

 

「付けるのは神楽」

「は? 俺?」

「そっ。ほら、誕生日プレゼント的なやつ」

「誕生日って、俺の誕生日だいぶ先なんですけど」

 

 あれ? なんか前にもこんな会話をした記憶がある。どこでだっけか? 

 

「いーじゃん。ちょい早くても」

「そういう問題か?」

「なに? いらないの?」

 

 怒気を孕んだ声で明日葉が言うので、俺は素早く首を横に振って否定した。失言で痛い目をみるのは、霞だけでいい。

 

「そんなわけないだろ。明日葉が俺に物をくれるなんて初めてだから、ちょっと驚いただけだよ」

「……そだっけ?」

「そうだよ」

 

 言って、明日葉は小さく笑った。なにが楽しいのかはさっぱりわからないが、とりあえず楽しそうならそれでいい。

 

「で、どっち?」

「……じゃあ、こっち……かな?」

「ふーん」

 

 銀色のリングみたいなピアスを指差すと、明日葉はとてとてとレジに向かって行ってしまった。その後ろ姿を見送り、ついでになんとなく目に止まった細工物を手に取ってみる。

 精緻な花弁を象ったペアの指輪だ。芸が細かいからなのか、やたらめったら値段が高い。

 その指輪を眺めながら、ふと考える。

 結局のところ、俺は何がしたいのだろう。

 日下神楽は護衛役だ。しかし、その存在が絶対に必要かと問われたら、そんなことはない。明日葉にしろ霞にしろ、俺なんかよりもずっと強いのは俺自身が一番理解している。だから、他の誰かにそう問われることに俺は怯えながら、さりとて反発することも、反論することもしないまま、千葉の護衛役という立場を受け入れていた。

 じゃあ、何故護衛役になろうとした。

 明日葉がいたから。霞がいたから。

 たぶんそんな理由だ。自分が護衛役になったのは。

 そんな自分が、二人以外の人間の為に動こうとしている。それは間違っているのか。それがずっと胸の中で消えない悩みだった。だけど、

 

「……ああ、なんだ。考えてみれば、すっげぇ簡単なことじゃん」

 

 明日葉とのデートで頭の中が一回リセットされたおかげで、思考がすごくスッキリしている。

 壱弥はカナリアが、カナリアは壱弥が大切だった。

 舞姫はほたるが、ほたるは舞姫が大切だった。

 だから俺はみんなが好きになったのだ。

 似ていたんだ。俺が大好きな、大切な二人の在り方に。

 思い出す。カナリアが死んだと知らされた会議室で、申し訳なさと同じくらいに感じた衝動。

 東京の今後とか、防衛都市の未来とか、正体不明の敵だとか、そんなことはべつにどうでもよくて、本当は()()の元に駆け付けたかった。そうするべきだったのだ。

 そう思う一方で、伝えるべきなのか悩む。俺には励ましの言葉も、慰めの言葉も言うことができない。もしかしたら、逆に壱弥の心をもう一度折ってしまうかも、とすら考えてしまう。それでも、

 

「やらない後悔よりは、やった後悔ってか」

「なにが?」

 

 買い物を終えた明日葉が首を傾げる。

 それがなんだか可愛くて、口元がにやけた。

 そんな俺を見て、明日葉は若干引き気味に、

 

「うわ、お兄ぃみたいでキモい」

「そこで兄を引き出す辺り、容赦ないよな。ほんと」

「まあ、いいや。はい、これ」

「ん、ありがとう」

 

 小さな袋を手渡され、礼を言えば明日葉は満足そうに頷いた。

 付けろと急かされ、袋を開けられ、挟むタイプの穴を開ける必要のないピアスだと教えられ、詳しいなと感心しながら左耳にピアスを付ける。

 

「うわ、なんかヤンキーっぽい」

「お世辞でいいから、せめて褒めてくれませんかね?」

「や、渡してなんだけど、あんま似合わないね」

「自分に正直過ぎなんですけど、この娘」

 

 教育方針間違ってないか。まあ、可愛いからべつにいいけどな。

 似合わないと言われたピアスを指差して、明日葉が言う。

 

「──無くさないでよ」

「無くすかよ。霞じゃあるまいし」

 

 耳に挟むタイプのピアスは外れやすいらしい。戦闘中とかは外した方が良さそうだ。

 それにしても、なんだか今日は初めての経験が多い。

 初めて明日葉と二人で出かけて、初めて明日葉からプレゼントを貰った。

 すごく気分がいい。最高にハイってやつだ。

 だから、

 

「どったの? なんかキモい顔してるけど」

「んー、東京の人に伝えるべきなのかなって」

「なにを?」

「絶望するのは、まだ早いってさ」

 

 ちょっとくらい自分の好き勝手に立ち回ってみよう。

 たぶんなんとかなる。きっと上手くいく。

 

 

 結論から言えば、それは大いなる間違いだったのだが。




元々はデートのお誘いとデートの話は別々にする予定でした。けど、思った以上にお互いが短くなったので、無理やりに一つに。
それはそれとして、これからちょっとだけ原作から脱線していきます。めっちゃ批判とか怖いけど、オリキャラ使ってる以上多少はね?
そういう意味でも分岐点ってタイトルです。
ではまた次回。

本編裏話 ミッション
戦闘科生徒「ターゲットK、ターゲットAとカフェから出る模様」
霞「よし、そのまま状況を報告して」
戦闘科生徒「っ! 次席! 両ターゲットは女性下着売り場に向かったようです!」
霞「なん……だと。直ちに妨害工作を!」

後日

明日葉「っていう録音データがあたしの端末に送られてきたんだけどさ。お兄ぃ、なんか遺言とかある?」
霞「ま、待ってくれないかな。ほら、誤解だよ。明日葉ちゃんは誤解してるんだって。ちょっと一緒にご飯でも食べたらそんな誤解は直ぐに解け――」
明日葉「お兄ぃ。キモいから燃えて」
神楽「ヤムチャしやがって……」

録音データの送り主は匿名希望のミスおでこちゃんととあるりんごを作るのが上手い女子生徒だった模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦う理由

 東京の西側に林立する高層ビルのうちの一つに、東京校の生徒が催し物の際などに利用する大きな講堂がある。

 この日、その講堂には、東京校の戦闘科の生徒たちが集められていた。

 今頃、東京校臨時代表の舞姫による決起集会が行われているはずだ。舞姫は常日頃から小難しい言葉で、普段のアホっぷりからは想像ができないくらいに凛とした態度で神奈川の生徒たちを鼓舞している。きっと上手くやるだろう。

 それに、そうして他の東京生徒たちを一ヶ所に集めてくれた方がこちらとしては都合がいい。

 東京校の学生寮──というにはあまりにも立派な建物を前に、俺は一つ息を吐き出す。なんというか、金がかかっているなぁ、とか思う。正直羨ましい。

 朱雀壱弥の居場所は直ぐに判明した。

 ここまでの道すがらに話しかけた東京校の生徒が、

 

「朱雀さんですか? たぶんまだ部屋から出てきてないと思いますけど」

 

 と沈痛な表情で教えてくれたからだ。

 東京校次席の宇多良カナリアを喪った悲しみから、壱弥は職務から離れ、人前に姿を現さなくなったそうである。

 要するに引き篭もりというわけだ。引き篭もっている理由が理由なだけに壱弥の気持ちを汲み取ってあげたい気持ちもあるが、そうできない理由もあった。伝えなければいけないことや、確認しなければいけないことがある。その後の結果は、まあ、なんとかなるだろう。

 そんなわけで、俺は一人で均一に部屋の並ぶ廊下を歩いていた。

 東京の寮は千葉の学生寮に比べると、掃除の行き届いた清潔な廊下や大きな窓など、小綺麗な印象を受ける。一年前まで住んでいた学生寮の汚さを思い出し、少し惨めな気持ちになった。

 そんなわりとどうでもいいことを考えながら、やがて一つの部屋の前にたどり着く。

 

「ここか……」

 

 一度深く息を吸って吐き出す。覚悟を決めろと自分に言い聞かせる。とりあえず、後で管理官の二人や霞と明日葉(幼馴染たち)には怒られることは確定しているのだから、成果の一つくらいは出したいと思う。そうでなければ、後が怖い。

 

「もしもーし。引き篭もりの朱雀さんはいらっしゃいますかー?」

 

 ドアをコンコン、コンコンとノックしてみるが、予想どおりに返事はなし。中から物音一つ聞こえてこない。

 もしかしたら無駄足か? と一瞬考えて、それはないと否定する。今の壱弥が自分から再起して、一人で何処かに行くとかありえない。

 

「……誰もいないよな」

 

 数回辺りを見渡して確認。講堂で行われている決起集会のおかげで、今のこの場には自分以外の人の気配はない。在るとすれば、それはこの扉の先に居る人物くらいだろう。

 

「壱弥、宇多良のことで伝えなきゃいけないことがある」

 

 返事はない。だけど、室内で僅かに人の動く気配を感じ取った。

 もう一度深く息を吸う。緊張のせいか、さっきから心臓が煩い。

 

「──もしかしたら()()()()()()()()()()()()()かもしれないって言ったら、おまえは信じるか?」

 

 直後、大きな音が響いた。

 響いたのはドアの内側から何かを力任せに叩きつけた音だ。数秒の間の後に、きぃっとドアが開く。どうやら、今ので鍵が壊れたらしい。

 期せずして開いてしまったドアを前に、俺は今入ったら死ぬかもしれないと思った。明らかに中の住人は怒っている。

 

「お、おじゃましまーす」

 

 部屋の中へと進んで、絶句した。

 室内は完全に消灯している。昼間の時間なので視認性は高いはずなのだが、荒んだ薄暗さを感じられずにはいられない。物音一つ聞こえず、換気をしていないのか空気が澱んでいた。

 そして、椅子や棚などな家具類がめちゃくちゃに横倒しになっている。感情に任せて、ひたすらに暴れた。そんな部屋だった。

 ドア近くにあったタンスを跨いで、荒廃の色が濃厚な室内を見渡すと、散乱した家具に紛れるようにしている人物を見つける。

 壱弥は部屋の隅でへたり込んでいた。だらりと垂らした手には、カナリアのものと思わしき帽子と、子供用の日記帳を掴んでいる。

 

「よう、生きてるか?」

「…………っち」

 

 挨拶をしたら舌打ちされた。射殺すような瞳で睨まれ、少しちびりそうになる。

 それでも引き下がるわけにはいかないのだ。

 幸いにも壱弥は無反応というわけではなかった。虚ろな目こそしてはいるが、少なくとも会話は辛うじて成立しそうだ。

 拳を握りしめて、言うべきことを整理する。

 舞姫なら、なんと言うだろうか。霞なら、なんと言うだろうか。そう考えて、首を横に振った。

 きっと綺麗な言葉を重ねても意味はないのだ。汚れて壊れて歪んだ人間にそんな言葉は毒でしかない。

 言葉はもっとシンプルに。俺ならば、日下神楽の言葉はなんだ。

 

「なんの用だ」

 

 壱弥は忌々しげに言う。その姿からは、かつての東京主席の力強さはない。ひどく歪で、ひどく弱々しい。

 

「──言ったろ。宇多良カナリアのことだよ」

「……カナ……リア」

「そうだ。そのことで聞きたいことがあって来た」

 

 壱弥は鼻で笑った。

 小馬鹿にしたようなものではなく、自虐するような笑い方だ。

 

「は……ははっ、なんだ、なにが聞きたい! 無様に、惨めに、俺の目の前でカナリアが死んだことか! 大切なものを目の前で護れなかった俺を笑いに来たか!」

「そうだよ」

「……つ!」

 

 自虐の言葉を吐き出し、奥歯を噛み締めていた壱弥だったが、俺の態度が気に障ったようで、怒りから瞳を大きく開く。

 そして悄然としていた壱弥は跳ね起きるように立ち上がり、憤りを迸らせて、俺の胸ぐらに掴みかかった。

 無音の空気の中、恐怖で引き攣りそうになった頬の筋肉を騒動員させて、表面上は冷静、実際は膝ガクブルで俺は壱弥に語りかける。

 

「……宇多良の死体は見たのか?」

「なに?」

「死体だよ。死体。宇多良カナリアの死体」

 

 そう。実はずっとそのことが気になっていたのだ。

 東京の生徒が七人も死んだというのに、死体は一つも見つかっていない。どう考えても、それはありえないことだ。

 

「実を言うとな、あの日、宇多良が襲われた日に俺も襲われたんだ」

「なん……だと」

 

 すっと胸ぐらを掴んでいた手が抜ける。

 事態が飲み込めていない壱弥を気遣うようにして、話を続けた。

 

「〈アンノウン〉の形状は筒型の、今まで見たことのないタイプだった。俺の〈世界〉が時間を止める能力なのが幸いして、今こうして生きているんだが、昨日の会議で気になったことがあってな」

 

 唇をワナワナと震わせる壱弥と目を合わせる。

 

「対象の〈アンノウン〉は上空から落下後に、海に潜って離脱したらしいが、ならなんで死体があがらないんだ?」

 

 一人ならわからなくもない。だが、七人だ。七人の死体が見つからない。死因は上空から落下した質量の圧迫死だというのに、腕や脚の一つも見つからないなんてことが、はたしてありえるのだろうか。それどころか、圧迫死という結論すら与えられた情報から推測したのだ。管理局側は死因すら教えてくれなかった。

 そう考えると、俺を襲った〈アンノウン〉の形状から、向こうの狙いは、

 

「……黙れ」

「壱弥?」

 

 低く、憤りの込もった声がした。

 触れられたくない傷に触れられ、それが壱弥の逆鱗に触れたようだ。

 

「もうたくさんだ! 死体がないから、まだカナリアが生きているだと! ふざけるな! 見たんだよ! 目の前で、俺の目の前でカナリアが〈アンノウン〉に押し潰されて消えるのを! だから──」

「だから、諦めるのか?」

 

 意味がない。

 その言葉を遮る。その言葉だけは、壱弥に言わせてはいけない。

 直感的にそう思った。

 

「黙れ!」

「いっ……つ!」

 

 パリン、と投げつけられた時計が壁に打つかり、破片が散る。飛び散った破片が頬を切ったらしく、血が頬から流れ落ちた。あと少し位置がズレてたら、頭に直撃していただろう。

 痛い。というか泣きたい。なにが悲しくて、俺はこんなに身体を張っているのだろうかと、心が折れそうになる。

 

「貴様に……貴様になにがわかる……! なにも、大切なものをなに一つ喪ったことのない貴様に! なにがわかるというんだ!」

 

 かける言葉が上手く出てこない。

 朱雀壱弥の心の傷は、想像を遥かに超えていた。今、彼の気持ちを理解しようとするのは間違いだと悟る。

 と同時に、少しだけそのことに安心している自分がいた。

 壱弥は舞姫と同じで、世界を救う為だけに戦っていると思っていた。世界を救う為に人ではなく英雄になることを選んでいたのだと。

 けれど、違うのだ。壱弥にとっての救う世界とは、カナリアという一人の少女が存在して初めて意味を持つ。

 そのことに、俺は安心した。

 なにも変わらないのだ。俺も、壱弥も、ただ護りたい人のいる世界で護りたい人と共に在りたいだけだった。

 朱雀壱弥の願いは、純粋で真っ直ぐな人としての願いだ。

 

「──わかんないな」

「貴様っ……」

 

 壱弥は忌々しさを隠さず睨むが、それを無視して話を進める。

 

「大切なものを喪った悲しみってやつはさ、たぶん喪った本人以外はわかんないんだよ。だから、俺には今の壱弥の気持ちはわからねぇ」

 

 だけど、それでも、

 

「それでも、壱弥が宇多良のことをどれだけ想っていたのかは、少しはわかるつもりだ」

 

 壱弥がカナリアを想うように、俺も明日葉と霞を想っている。意味合いや想いの深さは違うのかもしれないし、俺は壱弥と違って戦う力を持たない弱者だ。

 だけど、誰かを想う気持ちは同じなのだ。だから、

 

「気に入らないんだよ! 目の前に少しでも可能性がぶら下がってるんだぞ! 俯いて泣きべそかく暇があるなら、迷わずそれに賭けるくらいの気概を見せてみろよ!」

 

 言いたいことは言った。伝えたいことも伝えた。知りたかったことは、あんまりわからなかったが、それでもいい。後は壱弥が決めることだ。

 踵を返して部屋を出る。

 霞なら、無理やりにでも部屋から外へ連れ出すのだろう。だけど、俺にはそれをする気にはならなかった。

 

「……なあ、壱弥。もし宇多良が生きて、〈アンノウン〉に捕まってるならさ、きっと宇多良は壱弥に助け出されたいと思うぜ」

 

 呟くように言った言葉が暗闇に溶けて消えた。




説得失敗!
舞姫や霞を差し置いておきながら、この様だよ!
とまあ、冗談はさて置き。
とりあえず情報解禁(無断で)によって、原作以上に複雑化する壱弥くん。果たして彼の明日はどっちだ。
そして神楽の明日もどっちだ。といった具合でまた次回。
お気に入り登録や評価。何時もありがとうございます。

本編裏話 ifあるいはNGシーン
壱弥「黙れ!」
ブンッ! バキャッ!
神楽「ふげらっ!」
壱弥「あっ……」
神楽「…………」
壱弥「…………」
神楽「…………」
壱弥「……その、すまん」

物を人に向かって投げたらこうなるという話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして戦いの幕は上がる

 壱弥への説得というか、奮起を失敗して学生寮を出ると、既に外は夕焼け色になっていた。ぞろぞろと寮に戻って来る東京生たちを見て、なんとなくだが居心地の悪さを感じてしまうのは、見に染み付いた小市民的思考から来るものなのだろうか。

 色々な意味でやらかした感が半端なかったが、これ以上あの場に居てもたいした結果にはならなかったと思う。とりあえず壱弥にカナリアが生存しているかもしれないという情報は伝えた。後は当人が決めることだ。一応、当初の目的だけは果たしたわけだし、なんというか早く千葉に帰りたい。

 

「うーす」

 

 慣れない疲労から油断していたら、唐突に声をかけられる。慌てて振り返れば、そこにいたのは見知った顔だった。

 

護衛役(仕事)サボって何してるのかと思えば……なにしてんの?」

 

 よく知った無気力な表情がデフォルトの親友がそこにいた。

 

「あー、悪い」

「謝んなよ。気持ち悪い」

 

 霞が軽い悪態と一緒にため息を吐く。俺は大きく肩をすくめた。まあ、確かに俺たちはお互いに気遣う間柄ではない。

 そのまま暫し無言で歩幅を合わせ、肩を並べて歩いていると、霞は気怠げに訊いてきた。

 

「──にしても、珍しいな」

「なにが?」

「おまえがそんな風に一生懸命に動くことだよ。基本無関心、第三者主義だろ?」

「そうか? なら、あれだ。千葉の負担を減らしたいんだよ。また睡眠時間が無くなるのは勘弁だしな」

「誤魔化すわけね。そうですか、そうですか……」

「いや、べつに誤魔化すとかそういうんじゃなくて……」

 

 冗談めかして答えてみるが、霞は珍しく真面目な表情を作っていた。こういう時の霞は苦手だ。普段とは立場が逆になる。

 霞は息を浅く吐き出し、

 

「護衛役になってから、神楽はずっと俺や明日葉の後ろを黙ってついて来ただけだったろ。巻き込まれたり、仕事を無理矢理に押し付けられたりはあっても、自分から何かをしようとはしなかった」

「そうかもな。それで?」

「過程や結果はこの際どうでもいいし、興味もない。問題は、そんなおまえが自分から今回の一件に関してだけ、積極的に動いているということだ。今日みたいに護衛役の仕事を放棄してまでな。その理由はなんだ?」

 

 下手な嘘は容易く見破られそうな気がして、反射的にドキリとしてしまう。

 壱弥のため、と言うと語弊がある。だが、壱弥のことをほっとけなかったのも事実だ。仲間、友達、戦友。付けるべき、当てはまる言葉は思い浮かぶが、それを口にできない自分がもどかしい。

 

「クズ雑魚さんとの会話、マジか?」

 

 日が暮れかけている。海から吹く風が頬を撫でた。俺は霞から逃げるように視線を外し、前だけを見つめた。

 

「訊いてたのかよ……」

「訊きたくはなかったよ。恨むなら〈世界〉を恨んでくれ」

「便利な〈世界〉だな。羨ましいよ」

「それで、本当なのか?」

 

 霞が再度訊いてくる。何時もの俺ならば、迷わず首を縦に振っていただろう。今の俺は、随分と、らしくないと自分でも感じてはいる。

 なんと説明すればいいのだろう。

 生きている、かもしれない。実は俺も〈アンノウン〉に襲われた。情報の掲示を管理局に禁じられて今の今まで話せなかった。

 話すべき内容は決まってはいる。それは間違いないし、間違いようがない。だが、独断行動の結果、俺以外の人物まで迷惑がかかることだけはしたくない。それが明日葉や霞なら尚更だ。

 いや、明日葉や霞に迷惑が、という話ではない。最悪の場合、責任問題と命令違反で護衛役を解任される可能性だってあるのだ。

 なにより、味方組織の中枢にいる管理局を疑えなんて、今の状況で言えるわけがない。

 無論、これら全てが俺の楽観的思考による妄言だと思われている場合もある。事実、壱弥にはそう思われたかもしれない。だが俺は霞にも伝えるべきなのでは、と考えたりもした。自分で自分を整理したいとも思った。しばらくの無言が続いた後、俺は言葉を選ぶように話し出した。

 

「……まだ確証がない、ってのが理由の一つ」

「?」

「悪戯にみんなを混乱させたくはなかった。下手に希望を持たせたりするよりは、現状の解決を優先させたかったんだ。なにより、それで駄目だった時のことを考えるとな」

「……一応、そういうことにしといてやる」

「悪い。でもな、これだけは間違いない」

 

 そこで俺は一度言葉を止めた。なにか、上手い言い方がある気がしたのだ。だが、うまく言葉が出ない。仕方なく、俺は先を続ける。

 

「俺も、みんなの為に何かしたかったんだと……思う。防衛都市とか、千葉とか東京とか神奈川とかを抜きにして、俺もみんなの力になりたくてさ、らしくないことをしてみたくなったんだよ」

「……」

「だから、その、あれだ。勢い任せに動いてるだけで、実は後先のことは考えてない」

 

 口を閉じると、お互いの足音だけが聞こえるばかりで霞はなにも言わない。霞は誰にでも皮肉と嫌味を織り交ぜながら話せるやつで、それがこいつなりのコミュニケーション方法でもある。だというのに、今は沈黙を貫いていた。ほとんど勢い任せの、後づけの理由を悟られたくなかったし、黙られたくもなかった。

 

「なにか言えよ」

 

 そう促すと、霞は渋い顔のまま口を開いた。

 

「神楽は……」

「あん?」

「神楽は、宇多良が生きてるって本気で信じてるのか」

 

 俺は特に考えることもなく、即答した。

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 夜が来て、そしてまた朝が来る。

 翌日の空は晴れていた。

 東京湾に浮かぶアクアラインの海ほたる。

 求特のおっさんの横暴によって、俺たち千葉校戦闘科は〈ゲート〉方面への厳戒態勢を敷くことになった。そのせいで朝からずっと俺たちを含む戦闘科の精鋭たちは海ほたるでの警護をしている。

 遠くの空でウミネコがみゃあみゃあと呑気な鳴き声を上げている中で、配備担当の生徒たちは油断なく湾を睨む。あんなことがあった直後だ。警戒心は強すぎるくらいで丁度いい。

 それは俺たちも同様。

 明日葉は棒付き飴を口に咥え、ころころと舌で転がしながら、海上を見張っている。だが、おもむろに眉をひそめて背後を一瞥した。

 

「お兄ぃ、神楽、なんかアレ、キモくない?」

「うんそうだな。ほぼゾンビだな。というか、なんでここにいるんだよ」

「なんでと聞かれたら、たぶん俺の所為なんだよなー。ごめん、ちょっと俺も後悔してるから許して」

 

 霞と同意して、それこそゾンビのような表情で頷いた。

 明日葉の言うアレとは、死んだ魚のような目で棒立ちになっている朱雀壱弥だ。今朝早くに海ほたるにふらふらとやって来たかと思えば、そのまま無言で海上を見つめている。昨日の一件で奮起するのかと思いきや、壱弥はただそこにいるだけで周りの士気に悪影響を与えるほどの陰鬱オーラを撒き散らしていた。今すぐに東京の自室で引き篭もってはもらえないだろうか、と切に願う。

 その壱弥を見て、明日葉はうえーと三角形に口を開く。

 

「いやマジキモいから。お兄ぃの次くらいにキモいから」

「あれより下にランクづけされた肉親の気持ち考えたことある?」

「……やっぱりカナちゃんの存在っておっきかったんだなぁ……」

 

 明日葉がつぶやくように言う。

 

「……そうなんじゃない? 知らんけど」

 

 霞がなんでもないように答えるが、明日葉はそこに含みを感じたらしい。

 

「お兄ぃ、カナちゃんのこと苦手だったっけ。なんで?」

「別に苦手とかじゃないんだが」

「や、それ嘘だから。お兄ぃ、相手の悪意にカウンター打つことでしかコミュニケーション取ろうとしないじゃん。ていうか、コミュニケーション取れないじゃん。たがらカナちゃんのこと百パー苦手じゃん」

「わかってんなら訊くなよ。いやそれが正解とは言ってないけどね」

「でも否定はしないんだろ?」

「はいそこの護衛役。余計なこと言わない」

 

 よく見てるなぁ、と感心する。

 事実、霞はカナリアのことが苦手だった。

 理由は至極単純に、二人が真逆の性格だからだろう。

 カナリアの笑顔は誰にでも平等だ。全身全霊全力全開誠心誠意の善性善意の化身みたいなカナリアは、霞の悪態すら好意的に受け止めるし、こちらのことを全面的に肯定する。怖いのは、その上でカナリアは自身のことを否定してしまうことだ。

 この世のあらゆる存在は自分よりも価値がある。そう、暗に言っているような気がしてならない。それが宇多良カナリアの価値観だと言われたら、それまでなのだが。

 

「ていうか、それ言ったら神楽もだろ。宇多良のこと毎度のように目で追っ駆けるくせに、宇多良と目が合う度に目を逸らしてたじゃん」

「まてまて。誤解を生むような発言はするな」

 

 話の流れを無理やりにこちらへと変えられて、思わず反論してしまう。

 そもそも俺はカナリアのことが苦手ではない。ただ、少し嫌いなだけだ。そう言うと、霞はいやいやと手を振る。

 

「それを世間一般では苦手って言うんじゃないの?」

「ぐっ……まさか霞が正論で返してくるとは……なに、なんか悪いもんでも食べた?」

「お兄ぃが正論とか、ほんとキモい」

「……二人して俺のことディスるのやめない? 心折れちゃうから」

 

 半泣きになってる霞を見て、明日葉がでもさ、と口を開き、

 

「実際のとこはどうなの? カナちゃんのこと嫌いだった?」

「どうって、言われてもなぁ……」

 

 好きか嫌いかと言われたら、たぶん好き。

 見た目だけならモロにタイプの女の子だったのは否定しない。

 だけどそれはLOVE(好き)ではなくLIKE(好き)の感情に近いとは思う。

 接する機会は多かった。同じ後方支援組だったし、相方に振り回されている者同士として、多少のシンパシー的なものを感じたりもした。

 だからこそ、自分を一番下に見るカナリアの考え方だけは理解できなかったのだと思う。

 護衛役という、他のみんなとは一歩後ろにいる立ち位置にいるからこそよくわかる。誰一人例外なく、俺の周りにいる人たちは自分以外の誰かの存在が必要なのだ。

 だから俺は、自分の価値を一番下に見るカナリアの考えが好きじゃなかった。

 ──じゃあ、明日葉はどうなのだろうか。

 そんなことをふと思う。

 側から見て明日葉とカナリアの仲は良かった。

 年下なのにタメ口とちゃん付けプラス渾名呼びの明日葉に対しても、やっぱりカナリアはニコニコと笑顔を絶やしたことがない。お互いに適度な距離感で、適度な関係を築いていたようにも見えた。だから、明日葉にとってカナリアと一緒にいる時間は悪くなかったのだと思う。

 しかし、それを明日葉に確認するよりも早く、海ほたるにけたましい警報が鳴り響いた。

 海上を見張っていた面々の表情が強張り、全体に緊張感がはしる。

 見れば洋上、晴天の空模様に、不釣り合いな黒い渦が生じた。

 虫食いのように蝕まれた渦の中から、這い出るように異形が顔を覗かせる。紛れもなく〈アンノウン〉だ。

 霞がげんなりとぼやく。

 

「来ちゃったか。まぁ来るよな」

「今回は正攻法で来ただけマシって思いたいよ」

 

 銃を構え直し、指示を飛ばす傍らで、明日葉は咥えていた飴の棒をタバコの吸殻よろしく吐き捨て、猛々しい笑みを浮かべていた。

 

「……ふぅん。わざわざストレス発散させてくれるなんて──気が利くじゃん」

 

 何時もと同じ、ふともものホルスターから二丁の銃を取り出す明日葉を見て、俺は先の疑問の答えを知る。明日葉も泣きたかったのだ。捻くれ者で、素直に泣けない明日葉は、こうして涙の代わりに違う感情で誤魔化している。

 結局のところ、明日葉は素直に泣くことができないらしい。




クオリディア・コード最終巻か今月末に発売するそうです。それまでにはせめて五話ぐらいまでは書き終わらせたい今日この頃。

本編裏話 防衛ラインの一コマ
神楽「おい、なんだあれ? 昨日まではあんな武器はなかったよな」
戦闘科「ああ、なんか工科の生徒が朝早くに置いていきましたよ。なんでも、最新式の武器で、名前は確か……そうそう、浪漫砲台パンプキンとか言ってました」
神楽「……配置生徒にアレには絶対に触るなって、伝令」

その気になれば、ここの工科に創れない浪漫はないと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海ほたる防衛戦

 ──真面目な話で、物事全てが悪い方に向かっている気がする。

 

 そう断言してしまうくらいには、ここ最近良くないことばかりが起きている。自分は確実に引き際を見極めていた筈なのに、どういうわけか身の回りの環境がぐるぐると変わるのだ。危ない山は素通り、見ないふりの精神でスルーしてたし、大人の言うことを素直に訊く良い子を演じていたつもりだった。なのに、俺の仕事は増えていくし、挙げ句の果てには知り合いに不幸が起きる始末。

 たぶん、原因は珍しく気の迷いでいらんお節介を焼いたことだろう。ちょっと周りに反抗したり、友情を育みたいお年頃なのだ。多少のやんちゃには目を瞑って欲しかった。それでもだ、こんな状況になるようなことを自分はしたのだろうか。しかし、それを嘆く時間はない。

 弔い合戦なんてガラではないが、それでも俺たちがやっているのは戦争という命をチップにしたゲームなのだ。どちらかが死んで、殺して、初めてこの戦争(ゲーム)は終わる。つまりはそういう話なのだ。

 だから、俺は銃を手にする。

 大切なものを奪われない為に。

 大切なものを喪わない為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類防衛の城塞にして最前線の海ほたる。

 開戦の狼煙は既に上がり、銃声と爆風が空気を震わせ、肌を撫でる。

 大量の〈アンノウン〉を出迎えたのは、やっぱりというか当たり前というか、千葉の至宝こと明日葉だった。

 〈アンノウン〉の群れにショッピングにでも行くかのような足取りで飛び込み、その両手に握る二挺の愛銃の引き金を引き、〈アンノウン〉を射抜く。後ろから、()の溜息が溢れる音が聞こえた。

 そもそも明日葉に常識は通用しない。普通に考えれば、あれだけの数に飛び込むなんて発想はしないだろう。だが、明日葉はだからこそ当然のように危険な場所に飛び出すのだ。

 何故と訊かれても困る。それが千種明日葉という女の子なのだ。

 だからこそ、俺や霞(クソザココンビ)は必死に彼女の後を追いかける。

 洋上に弾道が奔り、軌道上の〈アンノウン〉が爆散していく様子を確認し、俺は声を張り上げた。

 

「よしっ! 次!」

 

 珍しく前線に立ち、ハンドガンの引き金を引く。支給された銃ではなく、工科が最近開発したらしい試作型の銃。果てしなく不安ではあるが、今は武器も人員もケチっている場合ではない。

 後方の霞の護衛をしている余裕がない、という理由から久しぶりに前線へ出ることになったのだが、中々にキツいものがある。目に入りそうになった汗を拭う暇すら惜しかった。

 既に撃墜数は二桁を超えている。普段の戦闘では考えられないくらいの戦果だが、それを素直に喜べる余裕は今の俺にはなかった。

 〈アンノウン〉の進撃は、まったく弱まる様子がない。

 元々守備強化の為に俺たちは海ほたるに配属されていた。

 当然、迎撃態勢は十二分に整っており、〈アンノウン〉の出現を確認して直ぐに放たれた一斉掃射によって撃墜数を順調に稼げてはいる。しかし、現状の戦力は普段の迎撃戦に必要な人員の半分以下しかいない一小隊だけ。人数で言えば三十にも満たない数だ。ローテーションや人員不足が原因で、この場には本隊から割いて派兵してきた僅かな戦力しかない。結果、戦線は段々と悪くなっていく。

 戦闘が始まって、どれくらいの時間が経過したのか、それすらわからない。一時間? 或いは三十分? もしくはそれ以上? 

 時計の一つでも確認すれば直ぐにわかるが、今はそんなことをする余裕がない。

 

「っやべ! 一匹抜かれた!」

 

 振り向き、俺は叫ぶ。

 僅かな弾幕の隙間を狙われ、撃ち漏らした〈アンノウン〉が霞のいる最終防衛ラインの目と鼻の先にまで接近して来た。

 上陸を許すと、非常に面倒なことになる。都市内部には非戦闘の生徒が大勢いるのだ。都市内部での戦闘だけは、絶対に有ってはならない。そう思考して、それでもこの位置からでは対処が間に合わない事実に体が固まる。

 

「──ッツ!」

 

 直後、炎弾が接近していた〈アンノウン〉を貫いた。

 持ち前の身軽さで戦場を自在に駆ける明日葉が、〈世界〉を使って敵の上陸をギリギリで止め、眼前の〈アンノウン〉へと銃弾を叩き込んでいたのだ。アクション映画のワンシーンでも見ているかのように錯覚してしまう。それほどまでに明日葉の動きはデタラメだった。

 

「ちっ、抜かれてるよ! 気引き締めて!」

「は、はいっ!」

 

 部下たちに活を飛ばし、明日葉は再び最前線に飛び出す。明日葉は小さく唇を舐めて、〈アンノウン〉に向けて銃を構える。

 並ぶように俺も明日葉の後ろを追いかけた。轟音と爆風の中を突き進みながら、明日葉はちらりとこちらに振り返る。

 

「悪い、助かった」

「久しぶりの前線だからってもうバテたの?」

「運動不足を痛感してるとこにトドメさすなよ」

 

 明日葉の揶揄うような皮肉に皮肉で返しながら、ポケットに入れていた命気クリスタルを銃に再装填(リロード)して、そのまま体を反転。体内に命気(オーラ)を流し込み、その場から跳躍。空中でリロードを終えた銃を構え直して、三体の〈アンノウン〉を撃ち抜く。

 爆発する様を確認する暇もなく明日葉の作った氷の足場に着地して、俺は愚痴を零した。

 

「まあ……正直言うと、ちょっとキツい。騙し騙しでなんとかなってるけど……」

「うわ、ダサっ」

「辛辣! 普通、そこは心配とかする場面だろ!」

「してほしいの? 心配?」

「冗談!」

 

 無駄口を動かしながら、俺は再び引き金を引く。

 戦況を見るに、現在の戦力だけでは目の前の〈アンノウン〉の大群を殲滅するのは難しい。かと言って、こちらには神奈川の舞姫みたいな広範囲高火力の攻撃方法が存在しないので、必然的にちまちまと〈アンノウン〉を撃ち落としていくしか方法がない。

 

「神楽、応援はあとどんくらいで来そうな感じ?」

「まだ時間が掛かるらしい。東京と神奈川の両陣営の指揮を天河一人でってなるなら、当然だけど」

 

 俺からの報告に、明日葉が舌打ちを一つ落とす。

 その間に〈アンノウン〉が再び前線を抜けようとする。先に気づいた俺が銃を構えるよりも早く、明日葉がノールックで引き金を引いて、それを阻止。直後に背後で爆風が生まれる。

 

「気緩めない!」

「す、すまん」

 

 今のところは目立つほどの被害は出ていない。

 だが、問題なのはこの数だ。

 目の前の〈アンノウン〉の数が減った様子はまるで見られない。むしろ増えているのでは、と錯覚してしまう。

 遊撃部隊の明日葉や俺が撃ち落とし、撃ち漏らした敵を後方の霞たちが叩くという連携を繰り返しているのだが、撃破数と増加数の比較では圧倒的に後者の方が上だ。

 

「……キリがないな、ほんと」

 

 この場の最善手は応援の到着を待ってから、一気に攻勢へ出ることだ。火力不足や人員不足といった問題が解決すれば、眼前の敵はさして脅威ではない。

 だがそれは即ち、現状は防戦が精一杯であることを意味していた。

 

「せめて、あの東京主席が働いてくれたらなぁ……」

「ってか、なんで動かないの? カカシ? つか、マジに何しに来たの」

「さあな。俺が知りたいくらいだ」

 

 ちらりと後ろを振り返れば、海ほたる上層で棒立ちする壱弥がいた。

 一応、兵装のガントレットこそ展開しているものの、先ほどからずっと、戦闘に参加する気配すらない。せめて、せめて壱弥が前線に出てくれたら、戦況は変わるというのに。

 と、その時だ。

 海の向こう側の湧き出てくる〈アンノウン〉の群れの中から、クラーケン級が姿を見せる。問題は、その切っ先にエネルギーの塊を溜め込んでいたことだ。その光景を見た俺は、反射的に叫ぶ。

 

「明日葉! 退がれ!」

 

 俺の言葉に従うように、最前線にいた明日葉は身を翻す。その直後、血の色にも似た赤い閃光が空を裂き、明日葉がいた場所を通過し、海ほたる本館の上層階部を貫いた。間一髪で直撃を避けたことに安堵し、貫かれた場所を見て、俺は絶句する。

 

「って! まてまて! あそこって、確か……」

 

 溶けてく砕けたコンクリートの瓦礫が、雨霰のように降り注いだ場所──そこは俺の記憶違いでなければ、開戦してからずっと棒立ちで呆けていた壱弥のいる場所ではなかっただろうか。

 

「うっわ! やばっ! お兄ぃ! 東京の人、生き埋めになっちゃった!」

『……へ⁉︎』

 

 さすがの明日葉もこれには唖然としたらしく、慌てて兄へと通信を入れ、通信を受けた霞も妹同様に声を上擦らせたのだった。




神奈川の、舞姫とほたるのレズシーンと暴君舞姫のお話は犠牲になったんや。シーン省略と作者のヤル気の犠牲にな!
先日、最終巻を買いました。ネタバレ阻止の為に多くは語れませんが、一言。
表紙のアフターらしきショッピングする女の子達の絵が可愛かった。特に明日葉が!

本編裏話 開戦の狼煙を上げよ
工科「ふははは! 工科自慢の最新兵器、ソーラ・システムを喰らえぇぇ!」
神楽「すげぇ……〈アンノウン〉が塵になった」
工科「…………あっ!」
神楽「? どうかしたか?」
工科「あー……すまん、システムというか、発射パネル含めた全部が壊れた」
神楽「えぇ……。戦闘科のみなさん、そこの馬鹿共を安全地域まで退避させて。代わりに俺が出るから」

そんなシーンがあったとかなかったとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 絶望へのカウントダウン

「アクアラインには千葉の人たちが待機してる! 急いで応援に行くよ!」

 

 新宿西口、有事の際に東京生徒の集合場所として利用されるこの広場に、剣の都市を束ねる姫の勇敢な声が響く。

 臨時代表の舞姫の指揮のもと、東京校の生徒たちは出撃準備を整えつつあった。

 精神的支柱を失ったとはいえ、東京校の戦闘科は選りすぐりの精鋭部隊で揃えられている。一度奮起を促せば、彼らの動きは無駄なく迅速だ。

 現に、神奈川の部隊の準備が完了次第に、直ぐにでも出撃は可能だった。

 

「ヒメさん!」

 

 呼びかけられて舞姫が振り返った先には、パンダの耳つきフードを目深に被り、目の下に濃いクマを作った、三つ編みの少女がいた。舞姫に自らの存在全てを捧げた変態集団こと、神奈川四天王の一人、音無柘榴(おとなしざくろ)が舞姫の側へと駆けて来る。

 

「来たね! 迎え撃つよ! 銀呼(ぎんこ)ちゃんと柘榴ちゃんは先遣部隊の指揮をお願い!」

「承ってた!」

「ヒメさんの為に」

 

 舞姫の隣で忠犬よろしく控えていたウルフカットの少女、佐治腹(さじはら)銀呼が柘榴と一緒に力強い返事を返す。

 彼女も神奈川四天王の一人である。この場に居ない凜堂ほたると八重垣青生(やえがきあおい)がいれは、神奈川四天王が揃っていたが、今は別任務の為に二人は不在だった。

 絶大なる信頼を寄せている戦友が二人もいるという事実は、舞姫に無限とも言える勇気を与える。今の舞姫に不安や懸念など微塵もない。

 

「天河臨時代表! 東京、神奈川共に出撃準備が整いました!」

 

 伝令係の生徒が報告に来て、舞姫は愛用の海軍軍服を翻す。

 

「諸君! 準備は整った! 順にアクアラインに向けて出撃せよ!」

 

 凜と、それでいて雄々しく、舞姫は号令を発した。

 ──その時。

 大気に鞭打つような異音が爆ぜ、紅の稲妻が空を奔った。

 

「えっ……」

 

 生徒の誰かの息を呑む音が聞こえた。

 快晴だった空は、たちまちに赤黒い雷雲が逆巻いて、陽の光を遮る。

 過去に例のない天変に、この場に居合わせた全員が絶句し固まった。

 そして次の瞬間目にしたものに、全員が茫然自失を余儀なくされた。

 雷雲から現れたのは、数えるのすら馬鹿らしいほどの数の〈アンノウン〉。オーガ級に加えて、棺のような形状をした未確認体まで見える。

 極め付けには、空を鯨のように遊泳する、飛行型の巨大〈アンノウン〉。

 地獄の釜が開いたようなおぞましい光景を前にして、抱いたものは皆同じく、混乱と困惑と疑問。

 何故だ、と舞姫は強く歯噛みした。

 何故、東京の空に〈アンノウン〉が現れる。出現用の〈ゲート〉は千葉が防衛している東京湾しかないはずだ。そして、視界に入る全生徒の首筋のクオリディア・コードが、ほのかに光っているのは何故だ。

 舞姫の疑問に応じる答えが、少年少女の悲鳴という最悪の解答で返ってくる。

 〈アンノウン〉、と。

 

 この日、少年少女たちは知る。

 

 ──自分たちがしているのは、戦争だということを。




所謂、その頃神奈川は的なお話。
たぶん次の話的にも入れないと読者置いてけぼり待った無しな気がして。え? 今もだろ?(そっと目逸らし

千文字前後に纏めた所為で人物紹介とかを割と端折ってるので、神奈川四天王とかの詳細が知りたい人は原作の小説をチェックだ!(久しぶりのダイレクトマーケティング

本編裏話 千葉の双璧
霞「可愛い妹の為なら多少の常識は無視できますがなにか?」
神楽「幼馴染の為に貧乏くじは最早何時ものこと!」
霞・神楽「「我ら千葉の双璧にできないことはあんまりない!」」

明日葉「……キモっ」

たぶん二人に酒でも飲ませたら今の台詞をポーズ付きでやってくれる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

護るべきもの

 なんとも言えない沈黙が生まれた。背中に気持ち悪い汗が張り付き、最悪の結末が頭をよぎる。

 海ほたる本館の一棟が、大型〈アンノウン〉のエネルギー放射の餌食となって、その上層部を抉られていた。そして、倒壊した瓦礫が折り重なるように崩れ落ちた所為で、今も尚もうもうと黒煙が立ち昇らせている場所が一点。

 その様子を俺は呆然とした表情で見ていた。

 隣にいる明日葉も同じように口を開けて、黒煙が昇る場所を見つめていた。現場近くにいた霞も呆然と見ている。

 

「え……なにしてんの、あの人……」

 

 引きつったような口調で明日葉は呟き、瓦礫の山に向かって跳んだ。瓦礫が積み上がったその場所は、ちょうど壱弥が棒立ちでいた場所だった。

 

「あ、待てって!」

 

 慌てて俺も明日葉の背中を追う。生き埋めになった壱弥を救出しなければいけないのはもちろん、呆けていた所為で何体かの〈アンノウン〉の接近を許してしまった。

 後方組の霞たちも気づいたらしく、スナイパーの照準を〈アンノウン〉へ合わせている。俺も銃を〈アンノウン〉へと構える。

 

 刹那、瓦礫の山が爆発した。

 

「……はい?」

 

 ド派手な爆発音と爆散したコンクリートや鉄骨の礫が空を舞う。

 ドドドッ、とまるで散弾のように巨大な塊が接近していた〈アンノウン〉に着弾し、撃墜する。ついでとばかりに、こちら側にまで飛んできたコンクリートを避けて、俺は爆発地帯を見た。

 

「──ふ……は、ははは、はははは」

 

 爆発で生じた粉塵の中に、不気味な笑い声をあげるバカがいた。

 直後に、旋風が巻き起こり粉塵は搔き消え、視界が晴れる。

 

「壱弥……?」

 

 先程までの死んだ魚みたいな目をしていた壱弥とは真逆の壱弥がそこにはいた。

 無数の瓦礫が、重力という枷から解放されて宙を浮いている。紫電が激しく火花を散らし、彼の〈世界〉の結晶たる漆黒の斥力球が壱弥の周りを揺蕩う。他を寄せ付けないほどの威圧感を放つその主は、禍々しいほどに口元を上げた。

 

「どうせ救うべき者がいない世界……なら……俺が全て壊してやる!」

 

 壱弥が自棄にも似た怒号を上げると、制空圏は一気に膨張し、竜巻のような破壊の嵐が巻き起こった。その足元がクレーターのように陥没し、海ほたる本館に亀裂が駆け上がる。

 

 ──あのバカ……一周回って、考えるのを辞めやがった! 

 

 ヤケクソ気味な咆哮を上げ、砲弾のような速度で海上へ飛翔する壱弥を見て、俺は壱弥の豹変のわけを察した。

 昨日の俺との会話で多少は前向きになったと思っていたのだが、どうやらそれは悪い方向へ前向きになっただけらしい。有り体に言えば、癇癪を起こした。それも災害規模の。

 壱弥が軌道上にいるクラーケン級の〈アンノウン〉を、兵装のガントレットが装着された左腕で力任せに殴打する。

 明らかに過剰なまでの威力が込められた一撃は、〈アンノウン〉を消し炭にするには十二分過ぎた。クラーケン級が跡形もなく弾け飛び、周辺一帯に衝撃波が奔る。それは激しく海面を穿ち、一拍の間の後に巨大な水柱が天高く伸びた。

 

「無能がぁぁぁぁ!」

 

 それは誰に対して向けられた言葉だったのだろう。壮大過ぎるその光景に、この場に居合わせた全員が唖然とした表情で目を奪われ、動きを止めて壱弥を見ていた。

 

「あのバカ……」

 

 そんな中で、霞だけはいち早く我に返るとライフルを構えてスコープを覗き込む。

 生きた台風。文字通りの暴風の化身と化した壱弥はその過剰な一撃(オーバーキル)で気が晴れたわけもなく、縦横無尽に空を翔けては手当たり次第に〈アンノウン〉を撃墜していった。だが怒り任せの猛攻は壱弥から視野の広さを奪い、周囲を囲まれている事実を忘れさせ、結果として壱弥の側面や後方は隙だらけになる。

 

「好き勝手してんな……。……よ」

 

 それをさせないのが、億劫そうにしながらも壱弥の死角をカバーする霞だ。引き金を引き、壱弥のフォローに徹する霞に、当然だが壱弥が気づくことはない。

 

「片思いだねー。辛そう」

 

 その報われない援護射撃を、後方まで下がった明日葉がそう評した。

 

「お兄ちゃん、そこまで乙女じゃないんだよなぁ……」

 

 妹の戯言に戯言で返す兄。そんな兄妹のやり取りを見ながら、俺は空を見上げる。

 相変わらず〈アンノウン〉相手に無双をし続けている壱弥。しかし、それを素直に喜べない。来ないのだ。神奈川と東京の増援部隊が、一向に来る気配がない。

 

「神奈川と東京はまだなのか……」

「あ、神楽。それたぶん無理っぽいかも」

「えっ?」

 

 独り言に明日葉が反応し、俺に向かって端末を投げ渡す。

 それを受け取り、霞と一緒に画面を覗き込んだ俺は今度こそ言葉を失った。画面に表示されていたのは南関東一帯の広域図。その広域図の東京を示す位置が、〈アンノウン〉の出現ポイントを表すマーカーで真っ赤になっていた。

 霞が普段の気怠げな表情を変えずに、驚きの声を上げる。

 

「はぁ、東京が? いや、なんでよ。防空体制どうなっちゃってんの?」

「そもそも、〈アンノウン〉って〈ゲート〉の関係で海からしか来ないんじゃないのかよ?」

 

 〈アンノウン〉は海の向こう側にある〈ゲート〉を通って現れる。それが大原則であり、俺たち防衛都市に住まう生徒たちの常識だった。しかし今、目の前にある画面に映る敵のマーカーはそれのみに溜まらず、内陸部──東京都市新宿周辺──をも塗り潰しているのだ。

 

「最近の〈アンノウン〉って進んでるのね……おじいちゃんついていけねぇよ」

「んなアホなこと言ってる場合じゃねぇぞ。敵の進軍を頑張って食い止めてたら、実は背後から本土侵略されてましたとか、笑い話にもならないって」

「むしろ笑い話にできるなら、早いとこ笑い話にして欲しいレベルなんですけど」

 

 軽口を叩く霞だが、その表情は決して穏やかではない。可及的速やかに対処しないと、取り返しのつかないことになるのは明白だ。

 

「お兄ぃ、神楽、急いで東京に戻るよ! 東京落とされたらマジでやばい!」

 

 この状況下での明日葉の発言は正しく正論だった。理由はどうあれ〈アンノウン〉が内陸に現れた以上、ただちにそちらの掃討に向かうべきだろう。

 

「いや、それはそうなんだけどな……」

 

 霞は眉を寄せて、難しい顔になる。

 確かに東京へ増援に行くことは間違いない。だが、今の戦況を無視するわけにもいないわけで。本土の防衛は最優先で行うべきだが、敵の進軍を文字通り水際で持ち堪えている戦場を放置するわけにもいかないのも事実。ただでさえギリギリの戦力の中で、主力を下がらせるのはリスクが高い。

 だからこそ、俺はある提案をした。

 

「しゃーない。霞、明日葉、ここは俺が引き受けるから、二人は東京に行ってくれ」

「はっ? 神楽が?」

 

 心底不安そうな表情で霞が言う。心外だ。

 

「なんだよその顔は。つーか、列車動かせない以上、移動手段はバイクだろ? サイドカー込みで行けるのは二人までだろうが」

 

 団体行動が嫌いな明日葉は、移動手段に愛用のサイドカー付きバイクをよく使っている。今回の任務もそのバイクで現地に来ていた。そして、そのバイクは砲塔列車に収納されている。

 明日葉のドライブテクニックを駆使すれば、砲塔列車で行くよりも数倍早く東京に着ける筈だ。それまでに霞が無事かは別問題だが。

 

「そーっすよ。ここは護衛役とオレらで大丈夫ですから、行っちゃってください」

 

 俺と霞のやり取りに気づいた千葉の戦士たちが頼もしげに笑ってみせる。グッと親指を立てて、彼らは言う。

 

「東京を頼みます明日葉さん、ついでにそのお兄さん!」

 

 減らず口がデフォルトの皮肉屋たちは言葉にこそ出さないが、霞の頭脳を信頼している。軽口は回りくどい信頼の証だ。

 

「だとよ。ほら、さっさと行ってこい」

「ってもなー。俺はともかく首席の明日葉がいなくなるのは……」

「大丈夫、大丈夫」

 

 ほら、と俺は躊躇している霞に海上を見るように言う。そこには、実に頼もしい光景があった。

 

「無能がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 雄叫びを上げて壱弥が凄まじい勢いで〈アンノウン〉の数を減らしている。

 

「あ……大丈夫そうですね」

 

 爆発音と煙が上がっている戦場を見て、霞はこの場を俺たちに任せることを即決。

 

「お前らも適当に切り上げて帰れよ!」

「ういーっす」

 

 最後に千葉生徒たちへ大雑把な指示を残して、霞はバイクのサイドカーに飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、俺らも頑張りますかね」

 

 走り去るバイクを見送り、俺は大きく伸びをする。パキパキと関節が鳴り、首の辺りがゴキゴキと音鳴らして自己主張していた。

 運動不足だなぁ、と場違いなことを考えていると、戦闘科の生徒の一人が指示を聞きに来る。

 

「とりあえず、オレらはどうします?」

「まぁ、さっきと変わらずに面射撃でよろしく」

「りょーかいっす」

 

 先程までの拮抗していた戦況と違い、壱弥が手当たりしだいに〈アンノウン〉を蹴散らしていってくれていたおかげで、防衛ラインの維持をギリギリだが、このままでも保っていられる。代わりに壱弥へ〈アンノウン〉のヘイトが集まっているので、俺の仕事はそのフォローが妥当だろうか。

 

「にしても苦労してますよね。首席のお兄さんといい、護衛役の人といい」

「言うなよ……悲しくなるだろ」

「でも首席と毎日一緒ってだけで、余裕でおつり出るじゃないですか。ぶっちゃけた話で、もうベッドにゴールインとかしました?」

「お前、随分と突っ込んでくるなぁ……」

 

 ってかなんだよ、ゴールインって。

 ボキャブラリーをもっと増やせよ。だから千葉はヤンキーの集まりだとか言われてるんだぞ。

 よく勘違いされるのだが、俺は別に明日葉にそういう色恋染みた感情はあんまりない。というか、お互いにそういうのを意識してるのなら、明日葉はそろそろ俺や霞の前で普通に下着姿になるのとかをやめている筈だ。羞恥心とかどこに行けば売ってますかね。真面目な話で。

 

「そりゃあ、気になりますし……ね!」

「残念ながらまだだよ。なにせベッドにゴールインする前にシスコンスナイパーに冥土にゴールインさせられるんでな」

 

 この場に不適切な会話をするのは、ほどよく緊張をほぐすためだ。うっかり頭が冷静になれば、割とこの状況が切羽詰まっていることに気づいてしまう。人間、バカなくらいが丁度いい。千葉はバカしかいないけど。

 戦況は徐々に挽回しつつはある。

 今の壱弥がそう簡単に止まることはない。弾薬や兵装はまだ余裕がある。長期戦になることだけ覚悟すれば、そこまで大変ではない。

 

 だからだろうか。

 

 判断が一瞬、コンマ一秒遅れた。

 

 ──気づいた時には俺の体は宙を舞っていた。




いっちゃんブチ切れ。
明日葉、霞、戦線離脱。
そして神楽は空を飛ぶ。
そんな感じな本編でした(笑
お察しの通り、次回はオリジナルストーリーです。その為、東京・舞姫救出大作戦はたぶんカット。詳しく知りたい人は原作をチェックということで許しください(土下座
最近サブタイ考える方が本編書くより大変かもって思い始めてくる今日この頃……

本編裏話 三人乗り
千葉生徒「そういえば、ここに来る時はどうやって来たんですか?」
神楽「サイドカーに霞と一緒に二人肩寄せあって……」
千葉生徒「え……もしかして二人はホモ……」
神楽「違うからな! 明日葉が自分のバイクのケツに誰か乗せるの嫌いって話だからな!」

霞「ぶぇっくしゅん!」
明日葉「うわっ! お兄ぃ、汚い」
霞「なんだろう……今、不名誉な称号がまた一つ増えた気がするんだけど」
明日葉「なにそれ、キモい」

サイドカーに二人乗りとか、普通なら違法もんですね。間違いない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救世のメモリア
誰が誰の為に


 たぶん、俺という存在は、本来なら必要ないのだろう。

 そう思うようになったきっかけは、そんな大した理由じゃない。

 自分の存在理由がそう在ったからだ。

 世界で一番好きな女の子が一番好きなのは──俺じゃない。

 世界で一番大切な男の子が一番大切なのは──俺じゃない。

 そんな二人のことが──俺は世界で一番好きだった。

 どんなに望んでも、どんなに願っても、俺は一番にはなれない。

 だから、俺はそんな世界が好きじゃなかった。

 ……まあ、別に嫌いなわけでもないのだが。

 面倒なしがらみとか、意味がわからない理屈とか、そういうのはぶっちゃけどうでもよくて。つまりは俺の中で一番が決まっていることが大切なわけで。要するに、世界なんて、俺にとってはどうでもいいのだ。

 結局のところ、俺にとっての二人は? 

 そう問われる機会があったら、俺はどう答えるのだろうか。

 上手いコトバが見つからない、いや──そのコトバが見つかることは、きっとこの先の人生でもないのだろう。

 (かすみ)明日葉(あすは)も、俺にとって恋人とも友達とも違った。そういう関係になりたかったわけでもない。

 ただ……俺にとって一番大事な存在ってだけ。

 コールドスリープから目が覚めて、家族とか知り合いとかを全部失って、記憶も含めて全部カラッポになった俺に唯一残った存在。

 一生のうちの、一番大事だった時間を一緒に過ごして、同じ食べ物を一緒に食べて、同じ空気を一緒に吸って生きた。その証。

 日下神楽(くさかかぐら)という存在を唯一証明してくれる存在。

 だから、俺は二人の為に勝手に自分の全部を捧げた。

 存在も。夢も。生きる理由も。

 

 ──命さえも。

 

 それが、俺がここに()る理由だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の意識外からの不意打ちに驚くよりも先に、肌で感じ取った感覚に、俺は腹の底から恐怖した。

 そこにあったのは明確な敵意。殺意や憎しみなどの()()()が一切排除された、純粋な敵意だけが俺一人に対してだけ向けられていた。

 俺は今の今まで敵意というのは、大なり小なり殺意や憎しみ(そういったもの)があるものだと思っていたのだが、それは間違いだったようだ。殺意や憎しみ(そんなもの)が無くても、否、ないからこその威圧感が肌を刺す。防衛都市に来てから──生まれて初めて感じる類いの感覚が、俺に未知の恐怖を与えてくる。

 殺意や憎しみこそないくせに、そこには敵である俺を必ず仕留めるという敵意が存在する相手。その矛盾にも似た感覚が、俺が直撃の瞬間まで敵の存在に気づけなかった原因だった。

 

 ──ああ、これは駄目なやつだ。

 

 吹き飛ばされ、一撃を受けて、俺は確信する。

 この相手は自分なんかよりも遥か高みにいるやつだ。

 殺意も憎しみもない理由は簡単だ。俺という存在が、相手側に微塵も脅威と感じられてない。人が蟻を踏み潰す時に殺意も憎しみも抱かないのと同じ理由だ。陳腐な言葉だが、次元が違う。格が違うと言ってもいい。

 脳内が告げる。逃げろ、今すぐに逃げろ、と。おまえでは逆立ちしても勝てないと、残酷で冷静な自分が告げてくる。

 

「……まあ、それで素直に逃げれたら苦労はしないって話なわけですよ」

 

 そもそも自分よりも格上の相手なんて、数えるのが面倒なくらいにいるだろうが。天河舞姫(てんかわまいひめ)然り、凛堂(りんどう)ほたる然り、朱雀壱弥(すざくいちや)然り、千種(ちぐさ)明日葉然り。こっちは強者、化け物の類は飽きるほど見慣れている。

 それにしても、この相手はなんで明日葉が居なくなってから出てきたのか。せめて明日葉が居てくれたらなんとかなるのに。

 そんな、男として非常に情けないことを思いながら、俺は空中で身体を捻る。地面に落下するよりも先に銃のグリップを強く握りしめて、自分を吹き飛ばした相手に銃口を向けた。

 

「ぶっ飛べ」

 

 告げて、引き金を引く。出し惜しみなどする暇はないし、元よりするつもりもない。体内にある命気(オーラ)をボロ雑巾よろしく最後の一滴まで絞り出して、銃口から勢いよく放出する。

 迸る命気(オーラ)が一発の弾丸となり、海上を駆け抜け、眩い閃光が膨れ上がった。煙塵が舞い、海面から海水が高く打ち上がる。

 呼吸をするのが苦しくて仕方ない。命気(オーラ)切れによる疲労感で腕が鉛のように重かった。

 制服のポケットから、以前の任務でカナリアに使った時の残り物である命気(オーラ)を回復させる薬を取り出して、首に注射。チクリとした痛みの後に、全身を走っていた気怠さがなくなる。

 倒せたのか? そんな有り得ない希望は、あっさりと否定された。

 

「──わかってはいたけど、キッツイなぁ」

 

 一息入れる暇すらなく、煙塵が風で洗われる。

 多少はダメージを与えれたつもりだったのだが、まさかの無傷。心が折れそうになる。

 そこに居たのは、見たことのないタイプの〈アンノウン〉だ。人型──とでも呼称するべきだろうか。今まで見てきたどのタイプとも違う。二足歩行型の〈アンノウン〉だ。しかもカラーリングは黒。中々に厨二心を刺激してくる。

 

「大丈夫ですか!」

 

 少し離れた場所から、先程まで一緒に喋っていた生徒が俺の安否を確認するように声を張り上げて近づいて来た。

 しかし、それは悪手だ。俺は反射的に怒鳴った。

 

「馬鹿! さっさと逃げろ!」

「えっ──」

 

 瞬間、黒い〈アンノウン〉の姿が消えた。

 俺が視認するよりも先に、目の前に突然現れた〈アンノウン〉の腕が横一線に振るわれる。直後、俺に近づいて来た生徒は空を舞い、海面へと叩きつけられた。

 

「クソっ……!」

 

 海に落ちた生徒の心配をする余裕はない。次に同じ末路を歩むのが自分だとわかっているからだ。せめてもの抵抗で銃口を向けようとしたが、それよりも相手の反撃の方が早い。

 

「がッ……!」

 

 何をされたかはわからなかった。

 唯一わかったのは、自分がもう一回宙を舞ったという事実だけ。

 それでも海面に叩きつけられるのだけは回避しようと、体を捻って銃弾を空に向けて放つ。撃った時の反動が上手いこと作用し、強引な軌道で地面に落ちる。

 

「ゲホッ! ゲホッ! あー……クソッ……ちょー痛い……背中打った」

 

 身体中を駆け巡る痛みに堪えながら、目の前の黒い〈アンノウン〉へ視線を合わせる。動く気配はない。さりとて、隙があるわけでもない。武術でいう自然体に近かった。

 嫌になる。

 こんな格上という言葉すら陳腐に思えてくる相手と、何故自分が戦わないといけないのか。こういうのは舞姫とか壱弥とかみたいな人外連中が相手をするべきだろ。凡人代表の俺には無理ゲー過ぎて笑えない。

 そう思った。甘えた。助けを求めるように視線が壱弥を探してしまった──その直後に〈アンノウン〉が肉薄してきた。

 

「──ッ!」

 

 風を切る音がした。わかってはいたけど、この〈アンノウン〉は容赦なんてカケラもない。恥も外見もかなぐり捨てて、全力で首を捻る。

 繰り出される手刀をギリギリで避けれたのは、ぶっちゃけ奇跡としか言えない。もう一回同じことをしろと言われたら、間違いなく無理だろう。

 故に、これは好機だ。鋭く、正確にこちらの首元を狙ってくる〈アンノウン〉の腕を掴み、迷うことなく、ほぼ零距離で先程以上の砲撃を放つ。

 目の前が真っ白に染まっていくのを、何処か他人事のように思いながら、体が本日通算三回目の飛行体験をする。身体中にGやら、瓦礫の破片やらがのしかかってくるのを無視して、敵を探そうとして──腹部に鈍器で殴られた様な痛みが襲う。

 

「ガハッ!」

 

 呼吸が一瞬止まった。意識が飛びそうになる。〈アンノウン〉のやつが回し蹴りをしたらしい。

 

「いっ……てぇー!?」

 

 肋骨が折れたのか、さっきから胸の辺りが物理的にとてつもなく痛い。

 しかも敵から目を離すなんて愚行をした自分の愚かさを恥じる暇すら与えてもらえないらしく、敵の右腕が俺の首根っこを掴む。

 酸素を求めながら、これは逆に言えば相手から距離を詰めてくれたと前向きに考える。ならば、こっちの首がへし折られる前に目の前の〈アンノウン〉に一撃叩き込めればいい。そう思って、俺は目を見開く。

 

「ははっ……笑えねぇ……」

 

 酸欠気味の頭で瞬時に判断し、信じられない、信じたくない光景を見た。敵の左腕に光が収束している。それも徐々に大きく肥大化しているのだ。間違いなく、超高密度に圧縮されたエネルギー的なナニカだろう。

 その矛先は当然だが俺なわけで。真面に受けたらどうなるかなんて、わかりきっている。

 このままでは──死ぬ。

 

「こん……のォォ!」

 

 捻る。体を無理矢理に捻る。今は骨が折れてるとか、どうこう言っている場合じゃない。喰らったら死ぬ。明確な死から逃げるように暴れ回り、首根っこを掴んでいる敵の右腕に両手両足を使って掴み返し、そのまま反転。相手も腕が折られる可能性に気づいたのか、即座に右腕を首から離した。その隙に迷うことなく全力離脱。

 離脱の瞬間、エネルギー的なナニカが真横を掠めた。

 

「あー……もう、嫌だ……帰りたい。誰でもいいから、助けてくれよ……」

 

 溢れたのは泣き言。

 敵意が直に突き刺さる。

 隙らしい隙はなく。油断らしい油断もない。実力は自分の頭三つは上。この強敵をどう対処したら良い。なにを持って勝機と見るべきだ。答えがまったく出てこない。

 ただ一つだけはっきりと理解したのは、確実に死が迫っているという事実。それを今の俺はギリギリでチョン避けしている。何度も何度も、それこそ気が狂いそうな数の死線をこの短時間でチョン避けしたのだろう。頭を空っぽにして、反射神経と直感に全振りして、それでようやく保たれている現状。間違いなく一生分の運を使い切ってる。

 ──逃げたい。何もかも投げ捨てて、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。死のチョン避けループとか、もうしたくない。

 

「こんなことなら、モチっと真面目に戦闘訓練しとくんだったなぁ……」

 

 餅は餅屋と言い訳して、戦闘科に配属されてからも戦闘訓練なんて片手で数えるくらいしかこなしてなかった事を今更ながら後悔する。

 〈アンノウン〉が再び接近。全力で後ろに逃げようとしてみるが、当たり前の様に失敗した。

 いよいよ誤魔化しが効かなくなってきたらしい。詰みが近いのだと予感する。

 呼吸をするのすら忘れて、全力で回避行動に専念。目、首、右腕──避けきれずに被弾。ゴキリッという鈍い音と痛みから、たぶん折れた。慌てて握っていた兵装を左手に持ち替える。

 

『神楽、無事か!?』

 

 割とガチで助けを求めていたら、本部にいる求得(ぐとく)のおっさんから通信が入った。ノイズが酷くて聞き取りにくいが、どうやら管理局本部からの通信らしい。

 

「絶賛大ピンチ、ってかそっちの状況は?」

『今、愛離が東京上空のホールの緊急封鎖を行なっている。だが、殿を務めている舞姫(まいひめ)が現在も未確認〈アンノウン〉と交戦中だ。いくらあいつでもこのままでは……』

「なる。未確認はこっちだけじゃないのね」

『待て! 今、こっちだけじゃないって言ったか! まさか、そっちにも……』

「来てるんだよなぁ……」

 

 というか、現在進行形で猛烈アピールを受けている最中だ。

 射撃で牽制して距離を稼ぐ。その間、未確認〈アンノウン〉は回避に専念し、じっと此方の出方をうかがっていた。おそらくは奇襲や援軍の到着を警戒しての行動だ。

 俺の現状を理解したのから、求得が呻くような声を漏らした。

 

『……状況は?』

「生徒一名が生死不明。現在、未確認〈アンノウン〉は俺が単騎で対処中。右腕は骨折してて、命気(オーラ)はほとんど枯渇してる。あと、身体中がめちゃくちゃ痛い」

『三百秒だ。後三百秒だけ耐えてくれ。そしたら……』

「撤退していいってか?」

『ツッ! ああ、その通りだ』

 

 だよな、と俺は苦笑。このまま後退しても、それは東京側にこいつらを引き連れるだけで、解決にはならない。本部の命令は正しい判断だ。

 ……でも、そんなの無視して逃げろと言って欲しかった。

 

「了解です。一応、戦闘データは取ってください。主観ですけど、こいつ明日葉とか舞姫ばりに強いんで、何か対策しないと」

『そんなことはどうでもいい!』

「いやいや、だって()に戦う時に必要でしょ?」

 

 何かを犠牲にしなければならないのなら、その犠牲は少ない方がいい。一を犠牲に九を救う。その一が俺。九は……明日葉と霞。

 せめて壱弥がこの場にいるなら、と思ったが、そんなことをしたら他のところの均衡が崩れる。全戦場をカバーできる人材は空を自由に飛び回れる壱弥しかいない。ならば、ここは誰が捨て駒になるべきか。そんなのは決まっている。

 

『そういう意味じゃねぇ! 諦めるな! おまえが諦めたら、明日葉や霞が悲しむだろ!』

「……わかってますよ。そんなことは」

『なら──』

「でも、どうしようもないんだよ。どうやっても詰んでるんだよ」

 

 きっと霞なら、こんな状況でも奇抜な発想で切り抜けてしまうのだろう。明日葉ならば、そもそもこんなピンチになるわけがない。何万回も思考しても、出てくる答えは同じ。

 切り札の〈世界〉で時を止めたとしても、結局は根本的な解決にはならない。

 つまり、どう足掻いても死の未来は避けられないということだ。

 諦めた、とは言いたくなかった。視界はボヤけてるし、足も震えている。死の恐怖に押し潰されそうなのを、意地張って我慢しているだけ。未練タラタラの、山盛りだ。

 

『もういい! 作戦は中止! 防衛ラインは一時放棄! 千葉の生徒は全員安全圏まで後退しろ!』

「ダメでしょ。それだと東京と挟み撃ちになるだけだし」

 

 なんでその言葉をもっと早く言ってくれなかったのか。八つ当たりなのはわかってはいるし、結局のところ俺たちの存在理由は戦うことだ。

 なによりも、俺が望んでこの防衛都市に来た。俺の意思で銃を取った。俺があの二人の盾になると決めた。

 それを嘘にはしたくない。

 

 ──けど。

 

 だけど、やっぱり死ぬのは怖い。明日葉ともっとデートしたかったとか、霞と美味い飯を食いに行きたかったとか、バイクの免許を取って三人で遠くに行きたかったとか、やりたいことが山ほどあった。

 自分で選んだ道だけど、やっぱり思う。

 ああ……

 

「──死にたくねぇなぁ……」

 

 ポロリと漏らした本音は、再行動をする未確認〈アンノウン〉の放つ閃光に呑まれて消えた。




この時間に投稿すればバレないやろ(震え
半年ぶりくらいに投稿してます。エタったわけじゃないんです、ホントやで? ちょっと別サイトでオリジナルの方書いていて、それにハマってたらこっち忘れてたとか、そんなのはないんだからね(目逸らし

本編裏話 某次回予告風
明日葉「やめて、未確認〈アンノウン〉にフルボッコにされたら、ゴミカスレベルの神楽の精神が見るも無残に燃え尽きちゃう」
霞「頼む、死ぬな神楽」
舞姫「君がここで死んだら、みんなとの約束はどうなっちゃうの」
ほたる「まだ死亡確定はしていない。ここを乗り切れば、奇跡的に生き残るかもしれない」
壱弥「ふん、無能なこいつには無理だな」
カナリア「いっちゃん! 駄目だよ、そんなこと言ったら!」

「「「次回、日下神楽死す!」」」

神楽「鬼かおまえら!」

唐突に思いついたネタ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボクが二人に依存する理由

 ──欠けた記憶を見ている。

 

 真っ白い天井と壁。

 それが、俺が──日下神楽がコールドスリープから目覚めて最初に見た景色だった。やたらと臭い薬品の匂いが充満した部屋で、白衣を着た大人たちが俺を取り囲むように立っていて、酷い頭痛と吐き気に襲われてパニクったのは今でも軽くトラウマになっている。

 大人たち曰く、俺が眠っていたコールドスリープ施設は〈アンノウン〉に襲撃されたらしい。

 結構な被害だったそうで、大人たちは必死に施設を守ろうと奮闘してくれたそうだ。そのおかげで──俺を含む数名の子供だけが生き残れた。

 不満はない。施設を守ってくれた大人たちには感謝してもしたりないし、死んだやつには悪いけど、自分は生き残って良かったと子供心に安堵した。

 

「君の名前は?」

 

 白衣を着た大人がそう訊いてくる。カラカラに乾いた喉で、俺は自分の名前を言おうとして、ようやく異変に気付いた。

 

「なまえ……? 俺のなまえは──ッツ!」

 

 自分の名前がわからない。言葉が出なかった。息がつまる。

 口が何度も声を出そうとするも、発するべき言葉がわからない。

 沢山の人の未来を犠牲にして、俺は生き残った。

 だが、生き残った代償として、俺は自分の記憶の全てを喪失してしまったらしい。

 過去の記憶。

 家族の名前。

 友達の名前。

 そして、自分の名前すらも。

 辛うじてわかったことは、コールドスリープの装置に書かれていた日下神楽という名前と、ずっと見ていた夢の世界のことだけ。

 その時悟った。俺は全てを失ったのだと。

 

 

 

 

 

 

 ──欠けた記憶を見ている。

 

 記憶喪失になってしばらくして、俺を訪ねて一人の大人が病室に来た。

 

「……だれ?」

「はじめましてかしらね。大國真昼(おおくにまひる)。貴方の専属医よ、日下神楽君」

「はぁ……」

「今日は貴方にこの世界を知ってもらいたくて来たの。少しいいかしら?」

 

 そう言って、真昼と名乗った女性は今の世界の現状や、自分のような子供たちが持つ異能力についてを説明してくれた。

 

「──というわけで、コールドスリープから目覚めた子供たちには、特別な能力が発現することが確認されているの。頭の中にイメージしている空想を現実の世界に再現させる力。私たちはそれを〈世界〉と呼んでいるわ」

「……〈世界〉」

 

 ピンとこなかった、というのが正直な感想だ。なにより真昼医師の説明はわかりやすいが、内容が事務的過ぎて頭に入りにくかった。小学生相手に専門用語を用いて話されても、ぶっちゃけ理解が追いつかない。しかし、真昼医師は理解の追いつかない俺を無視して話を続ける。

 

「〈世界〉の形成には、当人の欲求や、コールドスリープ中に見ていた夢が関係してると言われているの。それは記憶を失っている貴方も例外ではない。つまり、コールドスリープ中に見ていた記憶を思い出せれば、貴方にも〈世界〉は使えるのよ」

「夢……」

「そう、夢。貴方はどんな夢を見ていたの?」

「どんな……っていわれても……」

 

 夢の内容を覚えていないわけではない。むしろ、今の空っぽな自分に唯一残ってる記憶だ。だけど、それを他人に説明することができる口がない。

 

「男の子と女の子が出てくる夢……かな? 夢の中で、俺とその二人はいつも一緒で、ご飯を食べたり、遊んだりしてた」

「それは……貴方のお友達だったのかしら?」

「うーん……友達……かな?」

 

 たぶん……夢の中にいた二人は友達だったのだ。

 夢の中で俺は男の子のことを霞と、女の子を明日葉と呼んでいた。

 二人に会えば、自分の記憶が戻るのだろうか。そんな、淡い期待を抱いてしまう。

 たどたどしい俺の説明を訊いていた真昼医師は、ふーん、と素っ気ない態度で頷き、

 

「……そう。なら、その夢が貴方の〈世界〉の発現に繋がっているかもしれないわね」

「そうなのかな? よくわかんないや」

「わからなくても今はいいわ。……ねぇ、もしも夢の中にいた二人に会える方法があるとしたら……貴方はどうする?」

「……え?」

 

 真昼医師の言葉に、俺は息を呑んだ。心臓がトクン、と強く跳ねた気がした。

 

「〈世界〉が使えるようになった子供たちはね、湾岸防衛を任ずる防衛都市に行くのよ」

「ぼうえいとし?」

「ええ。私たちは〈アンノウン〉を撃退することには成功したものの、今も〈アンノウン〉は虎視眈々とここを狙っているの。それに対抗するために作られたのが、東京、神奈川、千葉の防衛三都市よ」

「えっと……つまり、〈アンノウン〉と戦うための場所ってこと?」

「端的に言うなら、そういうことね」

 

 戦う。その意味はわかる。要するに、あの化け物と戦って、その防衛都市とやらを守ればいいのだ。かつて、大人たちがが自分たちを守ってくれたように。

 

「日下神楽君。貴方の力を人類を救う為に使わせて貰えないかしら?」

 

 行く、とその時の俺は即答できなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──欠けた記憶を見ている。

 

 外に出るようになった。

 とは言っても、出れる範囲は病室から少し離れた場所に限定された、海沿いの道だけだ。

 海岸線。そこにはただ荒れ果てた廃墟群が広がっている。ウミネコの鳴き声と、澄み切った青空があることを除けば、特別な場所はどこにも無い。

 あれから、少しばかりの時間が過ぎた。

 記憶が戻る気配はなく、手掛かりも見つかっていない。ただ、時間だけが消費されていく毎日。

 でも、その日々も長くはない。

 防衛都市に行くのを躊躇った子供は、戦う意思無しと判断され、そのまま安全圏である内地へ移送されるらしい。戦う道を選ばなかった子供には戦争以外の道が用意されていると、真昼医師は言っていた。それがどういう道なのかは教えてくれなかったが、少なくとも危険な目に合うことはないらしい。

 このまま防衛都市に行く道を選択をしなければ、俺も内地に移送される。そもそも未だに〈世界〉の発現すらしていない俺が内地に行ったとして、マトモな場所があるのだろうか。

 だが、仮に防衛都市に行ったとして、〈世界〉が使えないという評価は変わらないし、防衛都市に夢で見た二人がいる保証はどこにもない。もしかしたら、内地と防衛都市ですれ違ってしまう可能性もある。

 なにより、〈アンノウン〉と戦うことが、俺はたまらなく怖かった。

 一度世界を、人類を滅ぼした敵と戦う。それは当たり前だが、命がけの戦いで、場合によっては死ぬことだってある。しかも俺は〈アンノウン〉という存在を覚えていない。周りの大人たちの言葉と、ほんの僅かな映像でしか〈アンノウン〉を知らない。

 空っぽになってでも生き残った命の使い道が、そんなよくわからない相手と命がけで戦うこと。そんなのは真っ平御免だ。

 でも、その道には俺の失った記憶の手掛かりがあるかもしれない。

 空っぽの命の使い道が見つかるかもしれない。

 戦うことに対する恐怖と、未知の未来に対する希望。その板挟みが堪らなく辛い。

 

「──答えは出たかしら?」

 

 背後から声をかけられ、反射的に振り返ると、ここ数日ですっかり見慣れた白衣に制服姿の真昼医師がいた。

 それを見た瞬間、俺はなんとなく察する。

 きっと、今日がタイムリミットなのだと。

 まだ選択に迷っていて、戦う道に恐怖を感じていることは、当然真昼医師も気付いているはずだ。

 けれどこの人は、そんなことを考慮しない。あるのは選ぶ権利を与える温情と答え。そこまでの過程や経歴は、この人にとってどうでもいいのだろう。

 

「……もしも、もしも〈アンノウン〉との戦いで〈世界〉が通用しなかったら、どうなります?」

「さあ?」

 

 真昼医師は他人事のように言った。とぼける素振りも見せず、真昼医師はただありのままの答えを教えてくれる。

 

「世界を滅ぼした相手に負けた役立たずの末路よ? どう転んでもロクな終わりじゃないのはわかるでしょ?」

 

 瞳を閉じて、その瞬間をイメージした。

 最悪の結末が直ぐに浮かぶ。身体中に悪寒が走る。

 死にたくない。死なせたくない。

 誰を死なせたくない? 

 日下神楽? 

 ──違う。

 

「真昼先生」

「なに?」

「俺……防衛都市に行きます」

 

 俺は淡々とそう答えた。真昼医師は眉を少しだけ上げて、

 

「どうして?」

「ほかに、自分のやりたいことが見つからないから」

「それが最悪貴方が死ぬかもしれない道だとしても?」

「俺には」

 

 言いかけて、苦笑する。こんなことを言っても意味なんてないし、自分でもこんなことを言ったところで、何が変わるわけもないのはわかっている。しかし真昼医師は、黙って、俺の言葉の続きを待ってくれた。

 

「俺には記憶がないんです。日下神楽という名前も、与えられた名前でしかないし、もしかしたら俺は日下神楽じゃない、別の誰かなのかもしれないって考える時もあって」

 

 つまりは偽物。日下神楽という人物をなぞっているだけの、紛い物。それが俺なのだ。しかしそれは覆しようのない事実。

 俺は誰なのか? その答えを知る方法は一つだけ。

 

「──でも、コールドスリープ中にずっと見てきた夢だけは本物だった。はっきりと、そう言える。あれは嘘でも幻でもない。あそこには、確かに日下神楽がいたんだ」

 

 だからこそ、俺は行かないといけない。

 

「だから、どんな結末になったとしても、この夢を見続けてきた意味を知らないと、俺はこの先もずっと前に進めない。失った過去を繋ぎ合わせて、今の時間に繋げないと、俺の時間は止まったままだ」

 

 なにより俺は、あの二人に、霞と明日葉にもう一度会いたい。

 たぶんそれが一番の理由だ。自分が防衛都市に行くのを決断したのは。

 空っぽでも、記憶がなくてもいい。

 

「霞と、明日葉と、夢の中で俺はなにか大切な約束をした気がするんです。俺はその約束を守りたい」

 

 ぼんやりと夢で見た光景。それだけが、今の日下神楽を肯定する。

 だったら、それにすがるしかない。

 その為ならなんでもする。俺の命の使い方を、あの二人なら教えてくれるかもしれない。

 そう思う一方で、それら全てが嘘だったらどうしようという不安がある。もしも見つからなかったら、見つかっても二人が俺のことを知らなかったら。そんな不安に押し潰されそうになる。だから、

 

「だから行きます。止まってしまった時間を動かす為に、もう一度二人に会う為に」

「そう」

 

 脈絡のない俺の話を聞き終え、真昼医師は、小さく声を上げて笑った。その笑みの意図はわからないが、機嫌が良くなったのはわかる。

 

「なら貴方にも〈世界〉を使えるようになってもらわないとね」

 

 真昼医師の言葉に、俺は動きを止めた。微笑む彼女の手に握られていたのは、一枚の紙。そこには写真が貼り付けられていた。

 

「クオリディア・コード。この装置を付ける手術を明日行います。無事に手術が終われば、貴方の望みは叶うでしょう」

 

 そう言って大國真昼は、世にも美しい表情で微笑んだ。

 そう。まるで邪悪な契約を持ちかける悪魔のような微笑みで──

 

 

 

 

 

 ──欠けた記憶を見ていた。

 

 忘れていた記憶を思い出した。

 俺にとっての世界は明日葉と霞が全てだ。

 それ以外は全部どうでもいい。

 

 どうでもいい世界なんて。

 

 だけど、どうでもいい世界に俺の守りたい全てがある。

 

 だから、

 

「どうでもいい世界を守るために──俺はここにいる」

 




日下神楽の過去話。という名の尺稼ぎ。
記憶喪失な子供に洗脳仕込む医務官とか、薄い本が厚くなる展開。

本編裏話 IFもしも記憶喪失じゃなかったら
大人「君の名前は?」
神楽「フランシスコ……ザビ――」
真昼「言わせねぇよ」
神楽「ア、ハイ。日下神楽です」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 祈り届いて

 南関東管理局中央塔。〈アンノウン〉からの侵略を守護している防衛三都市を束ねているこの場所は、本当の意味で人類の牙城である。その中枢である管理センターでは、入電とそれに対応する人々の怒声で溢れかえっていた。

 事態の異常性を示す計測器は鳴くことをやめず、オペレーターの緊迫した声が飛び交い、関係各所へと走る人々の出入りがひっきりなしに続いている。

 そのオペレーターたちよりも一段高い位置にある司令席で、朝凪(あさなぎ)求得は巨大モニターを険しい表情で睨んでいた。

 

「ごめんなさい! 通して!」

 

 鋭い声が人垣を分かつ。

 カツカツとヒールを鳴らして、夕浪愛離(ゆうなみあいり)が管理センター内に入室してきた。その姿を見た求得の表情が、一瞬だけ安堵へと変わる。

 

「愛離、無事だったか」

 

 東京が突如〈アンノウン〉によって襲撃され混乱状態になった時、愛離は運悪く東京に居た。その為、愛離も突然の戦火に巻き込まれる形となってしまっていたのだ。報告では戦闘科の生徒たちが非戦闘要員の生徒や教師たちを優先して離脱させたと訊いていたが、正直その姿を確認できるまで求得の心境は不安で一杯だった。

 

「ええ、何とかね……。それよりも状況は?」

 

 笑顔で返したのも一瞬、直ぐに愛離はモニターへと視線を向ける。

 

「正直良くはない。ガタガタだ」

 

 同じくモニターに映される赤い光点を見つめる求得の苦い返答に、オペレーターたちが続く。

 

「どうやら成層圏からの直接攻撃によって東京上空の障壁に直径約五百メートルの穴が開いてしまったようです! 敵はそこから奇襲を……」

「現時点で千葉神奈川に散発した〈アンノウン〉の侵攻及び海ほたるでの戦闘は依然として継続中。加えて、東京上空の敵部隊も未だ……。非戦闘要員の退却は完了したものの、上空からの増援が止まりません」

 

 それらの報告を受けながら、愛離は苛立ちを押し殺すように歯噛みした。

 

「愛離……。更に悪いことがある」

 

 愛離だけに聞こえるような声量で、求得がさらなる状況の悪化を告げる。

 

()()()()()()()()()が海ほたるに現れたらしい」

「黒い〈アンノウン〉って……まさか!」

「そのまさかだ」

 

 途端、愛離の表情が真っ青に染まった。

 

 ──何故。どうして今になって。

 

 そんな不安が胸の中で渦巻く。

 

「……現在、千葉の日下神楽が単身で対応しているが……正直、あまり時間は残されていない」

「求得!」

 

 普段の彼女からは想像がつかない程の叫び声が、管理センター内に木霊する。声につられて振り返る職員たちの視線を無視して、愛離はじっと求得を睨んだ。

 

「わかってるでしょ! あれは舞姫や壱弥でも勝てるかどうかわからないような相手なのよ! それをたった一人で……」

「仕方ないだろ! 俺だって退避命令を出した! だけど……」

 

 感情に任せて叫び合う最高責任者の豹変に、その場に居た全員が不安そうな眼差しを二人へ向けていた。

 このままではいけない。不安や恐怖というものは伝染する。特にこういったイレギュラーな事態が連続して起きている場合は余計にだ。

 愛離は自分の失態に気づいて、すっと息を吐き出した。

 

「……障壁の回復は?」

「中央装置が破壊されてしまったので早急には……」

 

 オペレーターからの呻く様な報告を聞いた愛離は、自らコントロールルームに向かう。

 

「私がやるわ。千二百秒で終わらせる。それまでみんなは敵を抑えて、破壊された連絡網の再構築を」

「はっ!」

 

 何枚も同時に展開したホログラムパネルに、愛離は素早く指を這わせて破壊されたプログラムを再構成していく。

 目にも留まらぬ手捌きであったが、ふと一つのパネル上で動きが鈍る。

 それは、目下交戦中にあるコード利用者の一覧表──新宿区において名が記載されているのは、天河舞姫ただ一人。

 東京の強襲により退避を余儀なくされた生徒たちを護るために、舞姫は自らの意思で殿を引き受けた。それがどういうことを意味しているのかを、舞姫本人が一番理解している。

 おそらくは、海ほたるで戦っている神楽も最悪を覚悟している筈だ。

 愛離は奥歯を強く噛む。

 ただ、大切な人と過ごす日常を護りたい。そんな小さな想いで自ら死地に向かう神奈川と千葉の二人の生徒。それをどうすることもできない自分たちの弱さが嫌になる。

 取り留めない後悔が胸の奥底から流れるが、そんな考えを愛離は一度捨てた。言い方は悪いが、そんな暇はない。

 

「舞姫、神楽……」

 

 理不尽に抗う二人を祈る様な呟きが漏れて、パネルを弾く愛離の指は再び加速する。

 その時だった。

 

「海ほたる海岸にて巨大な反応アリ!」

 

 焦った声でオペレーターが叫んだ。中央塔室内に設置された計器が煩いくらいに警報を鳴らしてくる。突然の出来事に困惑しながら、愛離は叫んだ。

 

「解析を急いで!」

「はいッ!」

 

 まさか、ここに来て新たな敵影が現れたのか。最悪の事態を想定した愛離の表情が歪む。

 

「解析出ました! これは……千葉所属の日下神楽です!」

 

 オペレーターからの報告を、愛離は素直に信じられなかった。隣にいる求得も同じだろう。

 映し出されたホログラムには、日下神楽の身体データが表示されている。

 バイタルは危険域に突入し、生きているのが不思議なくらいの出血や怪我をしているのが一目でわかった。

 だが、それら全てをどうでもいいと切り捨てられる情報が一つ。

 

「これは……」

 

 求得が信じられないものを見る目で呟いた。

 

「神楽の命気(オーラ)が、急激に増幅している?」

 

 その数値は、以前の神楽を知る者からしたら比較するのが馬鹿らしくなる程の増幅量だった。

 

「いったい……海ほたる(彼処)で何が起きてるんだ?」

 

 ノイズによってほとんど映らないカメラからの映像を見ていた求特が呟いた疑問に答える術を持つ者は、残念ながらこの場には居なかった。

 

 




ただいま。
正直、メモリアと次回の救済のパラノイアに神楽を絡ませるのが不可能な所為でめちゃくちゃあっさり終わりそうな予感。

本編裏話 頼もし過ぎて使えない手札
愛離「海ほたるに増援は送れないの?」
求得「送れるには送れる」
愛離「ならっ!」
求得「千葉の……工科が、新兵器の荷電粒子砲を使いたいから行かせろって」
愛離「……障壁の再展開作業に戻るわ」
求得「ああ、頼んだ」  

仮に行かせたら、間違いなく海ほたるが更地になる模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救済のパラノイア
覚醒


 これはとある人物が言っていた言葉の受け売りなのだが、世界というのは見る者によって姿を変えるものらしい。

 忘れがちな話だが、それはたぶん当たり前のことなんだろう。

 そうでなければ、三十年前の世界は〈アンノウン〉に負けることはなかった。

 そもそもな理由で、お互いに手を取り、足並みそろえて頑張るなんてことは、人間には無理な話なのだ。誰だって自分だけの優先順位がある。自分だけの世界というものを必ず持っている。

 それが人間という生き物だ、と俺は思う。

 一見すると悪の行為でも、反転すると正義として扱われる場合がある。

 良かれと思った行動が、実は最悪の事態を招く可能性を秘めている時がある。

 要するに見方の問題だ。

 それは俺たちが持つ異能力の〈世界〉も同様。

 例えば、朱雀壱弥(すざくいちや)の〈世界〉は重力を自在に操る〈世界〉だ。だが、それ自体には空を飛ぶ力はない。壱弥は重力の力場を微細にコントロールすることで、空を自由自在に飛んでいる。

 例えば、凛堂(りんどう)ほたるの〈世界〉は自らの視界に捉えたものに触れることのできる〈世界〉だ。しかし攻撃力という方面では、ゼロ以下の〈世界〉。だからこそ、ほたるは鍛え上げた剣技と自らの〈世界〉を組み合わせた。結果、間合いを無視した必殺の居合術というチートを手にしている。

 発想と応用。そして閃き。

 都市代表に選ばれる人物たちの多くは、そうやって自分の〈世界〉の特性を完璧に理解し、それぞれがオンリーワンの戦う術を手に入れている。

 考えてみれば、俺は自分の〈世界〉というのを理解したつもりになっていた。

 時を止める〈世界〉。なるほど確かに強力だ。しかし、その止めるという行為に自分の命気(オーラ)の大半を使ってしまうことや、止めていられる時間が数秒程度なことなど、使い勝手が非常に悪い。

 自分の未熟さの所為で、強力だが使い道のない〈世界〉。

 それが俺や周りの人たちの共通認識だった。

 だが、しかしだ。実は、その認識こそが間違いだとしたら。

 俺にはある一つの疑問があった。

 本当に、俺の〈世界〉は時を止める〈世界〉なのか? 

 

「まだだ……まだ……死ねない」

 

 赤い空が広がっている。

 時の止まった世界。無力な俺がこの理不尽な世界に抗う為の力。

 その力が本人の意思を無視して発動する。

 

「ああ……クソッ」

 

 地面に這いつくばっている身体が悲鳴を上げているのがわかる。右腕は折れて指先の感覚が鈍いし、溜まりに溜まった疲労感の所為で足に力が入らない。肋骨でも折れたのか、息を吸う度に胸元に激痛が走る。

 

「つか、腕痛いし、身体中擦り傷だらけだし、なんでこんなことしてんだよ俺……」

 

 それでも……それでも、まだ生きている。

 

「……あー、笑えねェな」

 

 浅く息を吐き出しながら、自虐気味に呟いた。

 命気(オーラ)がほとんど切れかけているのがわかる。ハンドガンは壊れて使い物にならないし、おそらく東京と神奈川からの増援も期待できない。というか、仮に増援が来たところでこの黒い〈アンノウン〉相手には悪戯に被害が出るだけだろう。それがわかっているからこそ、現場に残っていた千葉生徒たちには全員退避命令を出している。残っている物好きは、殿の俺くらいだ。

 ここまで詰んでると、一周回って笑えてくる。

 それでも、不思議と逃げるという選択肢は出てこない。

 防衛都市の戦闘科で活躍している以上、常に死を受け入れる覚悟は出来ている。そしてそれは冗談でもなく、本当だ。死にたいとは思わない。だが死ぬ覚悟はできている。中には”死なない覚悟が重要だ”なんていう若者らしい声も聞こえるが、それは現実を知らない馬鹿が言う事だ。

 俺たちは三十年も昔から知っている。

 何時だって死は、終わりは理不尽なのだと。

 理不尽で身近な所に死はある。それは受け入れなくてはならないものだ。抗ってもいい。嘆いてもいい。理不尽だと泣き叫んでもいい──だが、それら全てを最後には受け入れなくてはならない。それが人生。それが人間という生き物。俺達はどうしようもなく蹂躙される側の生物だ。

 だからこそ、意地を張る覚悟はできている。

 その理由は至極単純。

 思い出したからだ。自分の存在理由を。

 俺には記憶が無い。家族のことも、過去にあった筈の思い出も、全てを綺麗さっぱり無くした空っぽの人間だ。

 だから俺は、唯一残っていた〈夢の世界〉という記憶に縋っていた。

 縋って、縋って、防衛都市でそれすらも失ってしまう可能性に怯えながら毎日を過ごしていた。そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、明日葉(あすは)(かすみ)だ。俺にとって、二人は自分の全て。だからこそ、

 

 ──日下神楽(くさかかぐら)に生きる価値を与えてくれた二人の為に俺は、俺の命を使うと決めた! 

 

 それを自覚した瞬間、カチリ、と俺の中で何かが噛み合う手答えを感じた。

 身体は傷つき、血を流し過ぎてもはやポンコツ同然だが……かろうじて動くことはできる。

 だったら──諦めるのはまだ早い。早すぎる。

 日下神楽にしかできないことが、まだ残っているのだから。

 ならやろう。最期まで前のめりに。

 たとえどれだけ手酷くやられても、その結果として死んだとしても構わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐッ……!」

 

 右腕に力を入れて、ゆっくりと起き上がる。

 身体中から、血から、細胞の一つ一つから、根こそぎありったけの命気(オーラ)を掻き集めて一瞬の中に燃やし尽くす。

 

「行くぞ」

 

 赤い世界が砕けて消え、見慣れた青い空に戻る。眼前には未だ健在の未確認〈アンノウン〉。

 

「ああぁぁァァ!」

 

 口から溢れる血を無理やり飲み込みながら吠え、拳を構えて一気に接敵する。肉体が限界を迎えているのであれば限界を超えるしかない。

 足りないのは知っている。怠惰による自業自得なのも理解している。俺は明日葉や舞姫(まいひめ)の様な、神様に選ばれた人間ではないのだ。

 なら絞り出せ。奥の奥。文字通り自分の命も力に変えろ。

 打撃による迎撃が来る。狙いは首。今のぼろぼろな身体では避けるのは不可能だ。間違いなくコンマ数秒後には、俺の首と身体は永遠の別れを迎える。

 

 ──だけどそれは、相手の狙いがわからない場合の話だ。

 

()()

 

 俺の意思に応えて、首筋に埋め込まれたクオリディア・コードが光る。

 再び広がる赤い世界。そこに変化が起きた。

 静止した赤い〈世界〉の空が揺らぎ、不愉快な音が鳴り響く中で、俺の〈世界〉が物理法則を書き換える。

 ステンドグラスが割れた様に赤い空が割れ、キュルキュルとテープが回る音が鳴り響き、

 その結果──時間が数秒だけ巻き戻った。

 

「こっ、のぉ」

 

 勢いよく首を捻る。無理矢理に首を捻った反動で首筋から肩にかけて激痛が走るが、大した問題ではない。そのまま身体を前のめりに倒して、お互いの距離を一気に縮める。足を止めたら終わりだと自らに言い聞かせて、右肩を当てに行く。

 先読みなんて芸当はできないし、優れた動体視力なんて勿論無い。だから俺は、俺にしかできないイカサマを使う。

 以前、壱弥が俺の〈世界〉を【時を喰うもの】──タイムタイラントと命名した事があった。あの時は否定していたが、成る程確かに、と今なら納得できる。

 〈世界〉の発現には、コールドスリープ中に見ていた夢の内容が強く関係するらしい。で在るならば、過去に縋り、あの日の終わってしまった日常を夢見た俺が、時を止める〈世界〉なんて望む訳がない。

 そうだ。

 俺の〈世界〉は時を止める〈世界〉なんかじゃない。時を──巻き戻す〈世界〉だ。

 

「捕まえた」

 

 お互いの距離が零になり、俺は小さく笑った。初めてこの出鱈目に強い〈アンノウン〉が動揺した気がしたからだ。それはこの瞬間、機会を持ち望んでいた自分には十分すぎる瞬間であり、

 

「ありったけだ。釣りはいらねェよ」

 

 左拳を強く握る。持ちうる全技術、命気(オーラ)、そして体力を全て注ぎ込む。これが自分の持ちうる全て。

 

「──時を喰う一撃(タイムタイラント)

 

 海底調査の時、求得(ぐとく)相手に使った正拳突き。それを直撃する瞬間に巻き戻し、再度拳を直撃させる。リヴァイアサン級討伐時に複数体の〈アンノウン〉を同時に撃ち落とした方法を、自らの身体に対して使う。

 何度も何度も拳が直撃した事実だけを残して、過程のみを巻き戻す。そうすることで時間と空間は圧縮され、俺の拳は概念すらも捻じ曲げた必殺の一撃に昇華する。相手を必ず倒す為こと、その一点だけを磨いた拳は阻むものもなく、止められるわけがなく、黒い〈アンノウン〉に衝突し──吹き飛ばした。

 その衝撃は凄まじく、衝突と同時に周りに数メートルの亀裂とクレーターを生み出し、相手の体を何十メートルも先へと押し出す。そのあまりにも規格外な破壊力から、間違いなく倒したと確信した瞬間、

 

 身体中にかつて経験した事がないレベルの激痛が走った。

 

「あ……がぁ……」

 

 口から溢れ出す血をどうしようもなく、それを吐き出しながら膝を地につけ、うつ伏せに倒れる。血を流し過ぎたせいか目は霞んでいるし、殴った左手首から先の感覚は完全になくなっていた。身の丈に不釣り合いな力を行使したのだ。これくらいの代償は必然だった。

 それでも俺の中にあったのは、確かな満足感だ。

 

「なんだ……俺もやればできるじゃないか」

 

 痛みが全身を満たし、今にも死にそうだが、それでも内側から溢れ出す満足感には抗えなかった。勝った。決して正攻法では無い、卑怯な手段を取ったが、勝利した。非力で無力で凡人の俺が、舞姫や明日葉みたいな強者たちの力を借りる事なく強敵に勝利したのだ。

 これ以上の充実感はない。

 

 だからこそ、

 

 煙の晴れた先に黒い〈アンノウン〉が立っていたことに、俺の心は完全に砕かれた。

 

「そん……な」

 

 震えながらも立ち、生きている〈アンノウン〉の姿が霞んだ視界に映る。右腕を庇う様に左腕で支えていて、片足を引きずってはいたが、それは今もなお健在と証明する姿だった。

 まさか、直撃するコンマ数秒の刹那に自分の右腕を挟み込んで盾にしたのか? 

 

「ははッ……」

 

 思い知らせる。現実ってやつは、何処まで行ってもクソなんだと。

 限界を超えて、新たな力にも目覚めた。それでも、勝てないものは勝てない。

 認めるしかなかった。相手は強い。自分よりも、はるかに。自分なんかが見上げることすら叶わない領域に相手は立っている。だからこの結末は自然なものだと。

 強いものは強い。

 人生に奇跡なんてものは存在しない。

 弱者が強者を破る様な物語は、決して万人に与えられる特権ではない。

 もう、笑うしかなかった。そうでもしないと、自分を保っていられない。

 

 ──あぁ、ごめん。明日葉、霞。

 

 ──約束、守れそうにないわ。

 

 漠然とした痛みと、疲労と、そして終わりを肌で感じる。これが俺の終わりだと思うとどこか寂しいものがあるが、死には抗えない。

 最後の力を振り絞って、辛うじて動く右手を動かして、中指を点高く突き上げる。所詮は最期の意地だ。だから、せめて悪態の一つくらいは吐き捨ててから死んでやる。

 

「地獄に堕ちろ、クソったれ」

 

 そう言い残して、俺は意識を失った。

 




物語の主人公が愛する人の為に真の力に覚醒したら、どんな強敵にも勝てる!
そんなわけないだろ(ゲス顔
そんな感じで救済のパラノイア編スタートです。

本編裏話 技名候補
壱弥「時間を屈折させ、打撃を瞬間にニ撃以上を同時に打ち込む技か……ふむ」
神楽「あ、やな予感」
壱弥「二重の極み、だな」
神楽「悪一文字は背負えないかなぁ……」

原理的には同じ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

零れ落ちる想い

 廃都のひび割れた道を、一台の大型バイクが唸りを上げながら北上する。

 

「うーわ、あれヤバくない! 空から〈アンノウン〉降ってきちゃってる」

「あー……、やばいな」

 

 運転手の明日葉は前方に見える東京都市上空の光景に驚嘆の声を上げ、サイドカーの霞が応じるように頷いた。

 突如として現れた〈アンノウン〉の大群。これまでの〈アンノウン〉は東京湾上にある〈ゲート〉を介してしか出現しなかった。防衛都市の生徒たちが管理局から常に聞かされていたのは、南関東一円を覆う障壁の存在だ。これによって、防空態勢は完璧なものとしていた。しかし、その障壁は海上までは効果範囲が足りず、結果として海上からの〈アンノウン〉の侵攻を許してしまう。だからこそ、その穴を埋める為に霞たち防衛都市の生徒がアクアラインをはじめとした要衝を守護してきたのだ。

 その常識が現在進行系で崩れ去ろうとしていた。海上だけではなく、絶対とされていた空からの侵攻。それも海上と空の同時。悪夢なら早く醒めてほしい、と霞は切に願った。

 

「神楽、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。少なくとも、今から俺らが行く場所よりは安全だし」

 

 状況は理解していても、いざ口にするとゾッとする。何が楽しくて、〈アンノウン〉の大群によって壊滅間近となっている東京にたった二人で向かわなければいけないのか。

 後は任せろと、海ほたるの指揮を引き継いでくれた親友には悪いが、正直な話で今すぐにでも家に帰りたい。

 

「んー、でも神楽はお兄ぃばりにカスカスだしなぁ」

「ちょっと、ナチュラルにお兄ちゃんのことディスるのやめてくれない」

 

 心配性な妹の態度に、霞はやれやれと息を吐く。

 そんなに心配なら、あの場に残さずに連れて行けば良かったのに。

 千種霞にとって、最優先で考えるのは妹の明日葉だけ。それ以外の全ては、正直どうでもいい。

 親友には悪いが、そこだけは譲れない一線だった。仮に明日葉と神楽のどちらかを犠牲にしろと言われたら、霞は迷うことなく神楽を犠牲にする。残酷とか、非情とか、そういった類いの話ではない。要するに、優先度の問題なのだ。何が一番で、何が二番目なのか。そういう話だ。

 それはある種、異常な考え方なのは霞本人も自覚はしている。自覚していて、それでもその在り方を変えるつもりは微塵もない。そして、その歪な考えを親友自身も肯定している。

 親友は言った。

 千種霞はそう在るべきだ、と。

 

「や、だって神楽もお兄ぃも集団行動苦手じゃん」

「明日葉ちゃんにだけは言われたくないかなぁ……」

 

 ただ、明日葉の言いたいことも霞にはよくわかる。

 日下神楽は何も無い。比喩ではなく、本当の意味で中身が無い。それでいて、その在り方は異常なくらいに歪だ。

 以前、本人の口から直接聞いたことがある。

 コールドスリープ中の事故で、名前を含めたほぼ全ての記憶を失ったこと。唯一残っていた記憶が、〈世界〉の発現に関する夢に登場していた自分たちであること。その記憶だけを頼りに防衛都市に来たこと。

 その全てを、霞は神楽本人から聞いていた。

 話を聞いてもピンとこなかったが、成る程と納得もした。

 どうして神楽が自分や妹の明日葉に対してそこまで献身的なのか。その理由はそこにあったのか、と。

 日下神楽という人間の根底にあるのは過去への依存だ。そう霞は考える。

 何もないからこそ、失った過去に自らの存在理由を求めている。そして、霞や明日葉の存在そのものが、神楽にとっての過去であり、存在理由なのだろう。

 だから、日下神楽は自分たち兄妹のために全てを捨てたがる。地位も名誉も──自分自身の命さえも。

 護衛役に着任する際に、皮肉の意味も込めて聞いたことがある。

 

 ──明日葉のために死ねるか? 

 

 ──当たり前だろ。

 

 その時の神楽は迷う素振りすら見せずに、当然のことの様に即答したのを覚えている。霞にはその姿が頼もしくもあり、同時に──脆くも見えた。その脆さを明日葉は本能的に感じているのかもしれない。

 

「……ねぇ、お兄ぃ」

 

 不意に、明日葉がぽつりと呟いた。

 

「どうした?」

「神楽は……居なくならないよね」

 

 それは、普段の彼女らしくない言葉だった。

 もしかしたら顔に出さないだけで、明日葉も本当は不安なのかもしれない。

 東京が宇多良カナリアを失った様に、千葉や神奈川も大切な何かを失うことになるかもしれないという恐怖。次は自分たちかもしれないという見えない恐怖が、明日葉の心の根っこの深い部分に小さな棘の様に突き刺さっているのだろう。

 霞は知っている。

 明日葉の大切なものは最初から決まっていることを。

 ──そして、彼女が大切に想うものほど、あっさりと彼女の手からこぼれ落ちていくことも。

 だから、霞は何時もと変わらない気怠げ気味な声で言う。

 

「当たり前だろ。あいつは、俺らの護衛役なんだからさ」

 

 その呟きと同時刻。親友が死地のど真ん中にいることを、この時の霞は知らなかった。

 

「だよね」

 

 明日葉は気づかない。自分の中の数少ない大事なものが、今まさにその手からこぼれ落ちようとしていることを。

 

「よっしゃぁ! それじゃあ、行くよー!」

「あ、ちょっと明日葉ちゃん……安全運転でおねがいいぃぃィ!!」

 

 マフラーを吹かして、明日葉は勢いよくハンドルを回した。まるで彼女のテンションに呼応するかの様に、バイクがひび割れた道を爆走する。

 その先に見えるのは、〈アンノウン〉の群れ。

 明日葉は獲物を見つけた狩人の目をして、〈アンノウン〉の群れへと突っ込んで行く。

 振り落とされないよう霞は必死にサイドカーにしがみつき、明日葉の暴走を咎めようとした。だが、もはや兄の霞の言葉すら届かない境地まで、明日葉の戦意が振り切れていることは一目でわかる。

 その証拠に、明日葉はもうバイクのハンドルすら握っていない。

 代わりに握っているのは、彼女が愛用している二丁拳銃だ。

 好戦的に口元を吊り上げ、自らの〈世界〉を発現させる。

 無闇矢鱈に乱射された氷炎(ひょうえん)の弾丸は、その適当さに反比例するかの如く、一発一発が寸分違わず〈アンノウン〉の胴体を撃ち抜く。

 的を外れた弾丸の焔が廃墟を崩し、瓦礫の雨を降らせたかと思えば、その瓦礫にもまた弾丸が当たる。

 すると瓦礫の雨は一瞬にして凍結し、連なり、明日葉の眼前に即席の上り坂が築かれた。

 明日葉は二丁拳銃を太もものホルスターに格納し、再びハンドルを握ると、天高く伸びる氷の上り坂をバイクで勢いよく駆け上がっていく。

 

「いぃやっは──ッ!」

「おおおッ!?」

 

 氷の上り坂の先端から、バイクは慣性に従って飛び出していく。

 確かに数秒の瞬間だけ、重厚な鉄の馬が宙を駆けた。

 息を飲みサイドカーにしがみつく霞の尻に、どんと衝撃が突き上がる。その痛みに思わず尻をさすってしまう。 

 しかし、氷の上り坂を駆け上がったバイクの勢いは止まることなく、高架の高速道路へと着地し、そのまま走り出した。

 

「お、おい明日葉! あんま無茶すんなよ!」

「はっはー! 次行くよ次!」

「訊いてねェし……ん?」

 

 ふと視線に気づいた霞が振り返ると、執拗に追いかけて来る〈アンノウン〉の個体がいた。見るや、霞の口から舌打ちがこぼれ落ちる。

 周りが見えていないどころか声すら聞こえていない様子の明日葉に代わり、霞がライフルでその個体を撃ち落とす。

 ふう、と霞は一息吐きながら思った。

 

「やっぱ、こういうのは神楽に任せた方が楽だわ」

 

 好き勝手に振る舞う妹は勿論可愛い。だけどその度に振り回される兄は、遠くにいる幼馴染兼親友の顔を思い浮かべた。どうせ振り回されるなら、道連れは多い方が良い的な意味で。

 

「おっしゃ次ィーッ!」

 

 明日葉と霞を乗せたバイクは、東京へ向けて爆走して行く。

 大切な場所と大切な人達を護る為に、二人は急ぐ。後ろに残したある一つの不安を振り切って。

 

 後に二人は思い知る。

 

 本当に大切なものは、何時も絶対に手放してはいけないことを。




この後霞は原作通りにサイドカーがぶっ壊れて、一人置いてかれる模様。

本当裏話 仲間意識
工科「離せ! 日下を助けるんだ!」
戦闘科「無茶言うなよ! 退避命令が出てるんだぞ!」
工科「そんなこと知るか! あいつは俺たち工科の大切な仲間だ!」
戦闘科(なんだ……ただの変態集団だと思ってたが、意外と仲間意識が強いんだな)
工科「あいつが死んだら……誰が今後の兵器開発の予算を持ってくるんだ!」
戦闘科「……よし、撤収ー」

一応、元同僚としての仲間意識はある……かもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。