バカとテストと右脳娘 (シュレ猫)
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プロローグ

 以前、にじファンに投稿していたものを改訂しながら投稿しているので、以前の最新話まで投稿するのに少し時間がかかります。ご了承ください。


 私がこの文月学園に入学して二度目の春が訪れました。

 

 道の両脇には満開の桜が咲き誇っています。いつもならそんな桜をゆっくりと眺めながら登校するんですが、今の私は桜の花には目もくれません。なぜかって? それは登校時間を余裕で過ぎているから。そう、明らかな遅刻です。昨日はベロンベロンに酔っぱらったねえさんの介抱をして、ねえさんの酒盛りの片づけをしてと忙しかったせいで、ベッドに入れたのがかなり遅かったのです。

 

 

「遅刻だぞ、神谷」

 

 やっと学園についた私は、校門の前で呼び止められます。声のした方には浅黒い肌をし、黒々とした短髪のスポーツマン然とした男性が立っています。

 

「はぁ、はぁ、おっ、おはようございます、にしむー。そして、遅刻してごめんなさい」

 

 息を整えてから頭を下げて挨拶と遅刻の謝罪を済ませます。この人は生活指導の西村教諭、趣味のトライアスロンが理由で陰で『鉄人』という渾名で呼ばれている先生です。友達は生活指導の鬼と言っていますが、私はそんなに怖いとは思いませんけどねぇ?

 

「神谷、いつも言っていることだがにしむーは止めろ。きちんと西村先生と呼べ」

「えぇー! 私なりの親愛のしるしです。それに、これをやめると私のキャラが立ちません」

「キャラがどうのよりも、礼儀の方が大切だ」

 

 むー、私は西村先生は嫌いではないのですが、この話題だけはいつも平行線です。個性的なキャラが多い文月学園でアイデンティティーを確立するのは大変なのに。キャラが濃いにしむーには分からない苦労でしょうけど。

 

「ほら、これがお前のクラスだ」

 

 先生が箱から封筒を取り出し、私に手渡しました。宛名を確認すると『神谷夏樹(かみやなつき)』という私の名前があります。

 

「ありがとうごさいます」

 

 私はドキドキしながらその封筒の封を切ります。無事に目的のクラスになれていれば良いんですけど。封筒を開けるべくがんばっているとにしむーがため息交じりに話しかけてきました。

 

「いつも言っていることだが、お前はもう少し均等に勉強したらどうだ? そうすれば今回だって2科目名前を書き忘れた位でそこまで落ちることはなかっただろうに」

 

 おっ、ということは名前を書かなかったあの教科は順当に0点になったんですね。途中退室すら0点扱いのこの学園なら当然ですけど、少し不安だったんですよね。解けないと思われるのが嫌で普段どおりに問題を解きましたから。封筒の中身を取り出すとやはり予想通り、「F」という文字が大きく書かれていました。

 

「むっ、まさかわざと名前を書かなかったのか? 一番の得点源の英語を捨てるなんて何を考えている」

 

 にしむーがいぶかしげに問いかけてきます。Fクラスという結果を見ても笑顔のままの私を見て真相に気付いたのでしょう。

 

「いえ、私みたいなタイプは中途半端に上のクラスに行くと試召戦争でみんなに迷惑をかけてしまいますからね。Fクラスの方が気兼ねしないでいいので楽なんです」

「英語で400点以上とっておいて何を言っているか。英語のテストだけでも名前を書いてあれば少なくともDクラスには入れたんだぞ。お前は主戦力の2科目の点数がないにも関わらずFクラスの上位なんだからな」

 

 やはりそれくらいの点数にはなっていましたか。私、普通にテストを受けたらCクラスの下位からBクラスの下位くらいの総合点はとれるんですよ? 総合点ならね。だから今回は英語の名前をどちらも書いていたらCクラス入りにはなっていたでしょう。英語WだけでもEクラスの上位には入っていたでしょうし、我ながらナイス判断です。

 

「でも私、バラつきが大きすぎてFクラス並の点数の教科も多いですよ? そういった教科はしっかり基礎から教えてもらわないとついていけませんし、ちょうどいいんです♪」

 

 それにFクラスには友達が多そうですしね。

 

「まぁ、お前が後悔しないならいいがな。それと、基礎からやらないといけないという自覚があるならしっかりと行動で示せ」

 

 心配してくれるのは嬉しいんですけど、こればっかりはしょうがないんですよ。苦手な教科はどうしても内容が覚えられなくて。好きな小説の内容や、好きな歌の歌詞なら純文学・ライトノベル、邦楽・洋楽問わず結構覚えられるのに。

 

「西村先生。遅刻を注意したのにその本人が足止めしていていいんですか?」

 

 注意が長くなりそうなので、ここで話を切ります。そして、呼び方も今回はしっかりと西村先生と呼びました。呼び方のお説教で更にお話が長くなることは分かりきっていますからね。

 

「むっ? 確かにそうだな。この話は今度ゆっくりとするとして今は早く教室に向かえ」

 

 あっ、やっぱり完全には逃げられませんか。私としてはこのお話はもううんざりなんですけど、しょうがないですよね。

 

 にしむーと分かれた私はこれからの学園生活への期待を胸に抱きながらFクラスへと向かいました。



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第一話:頂点と底辺

 主人公が全くもしくはほとんど関与しないセリフは原作を元にしているのですが、どの程度までが許容されるのか難しいですね。そうしたことも含め、厳しいお言葉お待ちしています。


「うわー、贅沢な教室だね」

 

 一年の時はあまり来なかった三階に上がると、通常の五倍くらいの広さの教室が目の前に現れ、そのあまりの豪華さに思わず独り言が漏れてしまいました。生徒が五十名ほどしかいないことを考えるとスペースの無駄遣いとしか考えられません。この半分程度でも十分すぎるほどに広いのではないでしょうか?

 

 それにただ広いだけではありません。教室の内装も贅沢すぎるほどに贅沢です。まず、教室の前にあるのは黒板ではなく壁全体を覆うようなプラズマディスプレイ。……プロジェクターとスクリーンで十分でしょう?

 

 そして、高級ホテルのロビーのように壁には観葉植物や拡張高い絵画がさりげなく置かれています。モネにゴッホにミレーですか、作品の選択もさることながら結構よくできた複製品ですね。相当高いでしょうに。でも、有名絵画を高校の教室に飾る必要があるのですか?

 

 無駄なお金を使う余裕があるなら設備にまわしましょうよ。

 

 ……駄目です。ここにいるとツッコミどころだらけで心労がたまってしまいます。これ以上教室の中は見ないことにしましょう。

 

「……なんだろう、このばかデカい教室は」

 

 後ろのドアから前のドアくらいまで移動したところでさっきまで私がいたところから小さなつぶやきが聞こえました。

 

 私と同じでAクラスの設備に驚いているのでしょうね。でも、この声はかなり聞き覚えがありますね。こう、学年一のバカと称される友達を彷彿とさせるような。声の主が気になった私はFクラスへ向かう足を止め、後ろを振り返ります。

 

 すると、そこでは予想したとおり茶髪でなかなかに整った顔立ちをした男子生徒が物欲しそうな顔でAクラスの中を覗き込んでいました。

 

「おぉー! あっきーではないか」

 

 私はおどけた口調で話しかけ、その男子生徒に近づきます。

 

「ん? あっ、夏樹! 夏樹も遅刻だったんだ」

 

 彼の名前は吉井明久。彼と私は中学時代からの親友で、今のところこの学園の生徒の中で私が名前ベースの渾名で呼ぶ唯一の男子です。

 

「皆さん進級おめでとうございます。私はこの二年A組の担任、高橋洋子です。よろしくお願いします」

 

 教室の中から学年主任の高橋先生の自己紹介が聞こえ、あっきーは教室内をよく見ようとドアにはめ込まれた窓に顔を近づけました。このままあっきーを置いていくのも何ですし、少しだけ付き合いますか。

 

「参考書や教科書などの学習資料はもとより、冷蔵庫の中身に関しても全て学園が支給致します。他にも何か必要なものがあれば遠慮などすることなく何でも申し出てください」

 

 うっ、必要なものは全支給ですか。絵画や観葉植物、プラズマディスプレイはどうでもいいですけど、それだけは魅力的ですね。

 

 まだましな化学とかを底上げしていれば何とか……無理ですね。今回のテストは相性最悪でしたし、Cクラス下位から中堅に上がるので精一杯でしょう。自分でFクラスを選んだんだからこんなことで惑わされずに、あっきーに声をかけてさっさと自分のクラスに向かいましょう。

 

「では、はじめにクラスの代表を紹介します。霧島翔子さん。前に来てください」

 

 あっきーに声をかけようとするのと同時に黒髪を肩まで伸ばした日本人形のような少女がディスプレイの前に立ちました。

 

「……霧島翔子です。よろしくお願いします」

 

 少女の目はクラスメイト全員に向けられているようでありながら、よく見ると同性の級友たちにのみ向けられています。

 

「そっか、噂は本当だったんだ」

 

 隣の親友(バカ)が何か呟いています。Aクラス代表となった彼女が容姿端麗、学業優秀であるために男子からの告白が絶えないのにも関わらず、誰一人として彼女の心を動かした生徒がいないゆえに生まれた「霧島翔子は同性愛者ではないか」という噂。

 

 私もその噂は聞いたことがありますが、聞いてすぐ一笑に付しました。告白した中に好みの人物がいなかったか、既に好きな人がいると考えるのが普通でしょう。今まで告白してきた人、どれだけ自信過剰なんですか?

 

 しかし、隣にいるバカ(親友)はその噂を信じているようです。何でこのバカは気付かないんでしょう? あの視線は中学時代に数多の女生徒が私に向けてきた視線と同じものなのに。

 

 そう、女子の好意に気付かないこの朴念仁のせいで中学時代の私は今霧島翔子が級友に向けているのと同じ視線にさらされてきたのですよ。学年の五分の一近くの女子に!

 

 まぁ、想い人が噂を聞いて彼女を誤解しないよう、同じ女として祈っておきますか。

(霧島翔子さん。あなたの恋が上手くいきますように)

 

「っと、夏樹。僕らも自分のクラスに行かないと」

 

 教室を見るのを止めてあっきーが話しかけてきます。

 

「いや、私はあっきーを待ってたんだけど……。まぁ、いいや。じゃあ、行こうか我らがFクラスに」

「……夏樹、なんで僕が――」

「元一年D組にあっきーがFクラス以外に行くなんて考える人は一人もいないよ?」

「――Fだと、ってせめて最後まで言わせてよ!」

「ただでさえ、あっきーが覗きやってて時間食ってるんだから急がないと」

「やめてぇー! 意味はあってるけど、その単語は犯罪のニュアンスが強い! って、あれ? 我らのってことは夏樹もFなの? 夏樹ならDかCくらいだと思ったんだけど」

「今気付いたの? 苦手科目の成績がポンコツな私が下手に上に行くと迷惑かけるからね。ちょっと手を抜いて英語のテストどっちも名無しで出しんだ♪」

「えぇ、もったいない! 夏樹はそれで後悔しないの?」

「まぁ、自分で決めたことだし、Fクラスの方が友達多そうだし後悔はしないよ」

 

 私たちは軽口を叩きあいながらFクラスに向かいました。

 

 

 

「……あっきー、前言撤回していい? 少しだけ後悔してきた」

「その気持ちは痛いほど分かるよ」

 

 私たちの前にはまるで廃屋のような部屋があります。心なしかかび臭いような気もします。もしかしたら廃材置き場か何かと間違えたのかとプレートを確認しますが、何度みてもそこに書かれている文字は「2年F組」、決して廃材置き場ではありません。

 

 ただでさえ遅刻しているのに教室前でまごついて時間を無駄にしても仕方がありませんし、ここは覚悟を決めて教室に足を踏み入れます。

 

「すみません! 遅刻しました!」

「早く座れ、このウジ虫や……ろ、う?」

 

 むっ? いくら遅刻が悪いこととはいえ女の子にウジ虫野郎は酷いですね。野郎は。でも、こんな激しい性格の先生ってこの学園にいましたっけ? 私は謝罪のために下げていた頭を上げ、教壇にいる人物を確認します。

 

 教壇にいたのは教師ではなく一年のときの同級生、坂本雄二でした。

 

「あれ? もっちー、教壇に立って何やってんの?」

「一応このクラスの最高成績者だから、遅れている先生の代わりに教壇に上がってみたんだが、……夏樹、お前涙ぐんだりしないのか?」

「? もっちーは一体何を言っているの?」

「いや、なんとなくお前が涙ぐむのをきっかけに俺に不幸が訪れそうな予感がしたんだが」

「もっちーの口が悪いことは知ってるからね。このくらいは気にしないよ」

「お前、言ってくれるじゃねぇか」

 

 あっ、少し不機嫌になった。

 

「……なんなら今から泣こうか?」

 

 私の言葉とともにまだ名前さえ知らない級友たちが靴や教科書、果てはカッターまで構える。どうでもいいけどこのクラス男子ばっかりだね。

 

「いや、お前が俺の性格を理解していてくれて助かった」

 

 もっちーも自分の予感が現実に成る予兆を感じたらしく、さっきまでの不機嫌さは霧散した。

 

「そういえば、最高成績者って事は雄二がこのクラスの代表なの?」

 

 私に続いてクラスに入ってきたあっきーがもっちーに問いかけます。

 

「ああ、そうだ」

 

 ほとんど同時にニヤリと笑うあっきーともっちー。これは碌でもないこと考えているな。

 

「これでこのクラスの全員が俺の兵隊だな」

 

 椅子が無いせいで床に座っているクラスメイトを見下ろしながら言うもっちー。やっぱりね。いくら事実とはいえ言い方が悪いよ。

 

「にしても、夏樹がFクラスとはな。想像もしなかった」

「うん。CとかDだと勉強についていけそうにないから英語をどっちも名無しで出したんだよ」

 

 私の言葉にもっちーは苦笑します。

 

「他の奴だったらそんなこと気にせずにいい設備を狙うのに、相変わらずお前は欲が無いな。でも、お前がこのクラスにいるのは嬉しい誤算だ。頼りにさせてもらう」

 

 むぅ、頼られるのは嬉しいけど、あまり期待をかけられると緊張します。

 

「えーと、ちょっと通してもらえますかね?」

 

 不意にあっきーの後ろから覇気のない声が聞こえてきました。

 

 そこには寝癖のついた髪にヨレヨレのシャツを貧相な体に着た、いかにも冴えない風体のオジサンがいました。

 

「それと席についてもらえますか? HRを始めますので」

 

 どうやらこの人が担任のようです。

 

「あっ、すみませんでした」

「はい、わかりました」

「うーっす」

 

 私たちはそれぞれ返事をして席……といっても、机じゃなくて卓袱台なので畳に直接座りました。あっきーともっちーは一つ席を飛ばした隣同士でしたが、私は二人の間には座らずあっきーの後ろの席に座りました。だって、二人の間だと二人が口喧嘩したら間違いなく巻き込まれますからね。




 ちなみに原作のフラグ人数を思うと夏樹を睨んでいた人数が多いと思われるかもしれませんが、中学校は小学校で一緒だった人も多いから文月時代よりは好意的に見る人間が多いだろうと思って五分の一にしました。


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第二話:最低クラスの仲間たち

間が開いての投稿なのに短めですみません。以前に投稿した時のサブタイトルをなるべく使いたかったので以前と同程度の長さになってしまいました。以前の投稿分に関しては今回のように短い場合もあるかもしれません。そのことについては申し訳ないと思っています。


 いよいよ二年生最初のHRが始まりました。

 

「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします。」

 

 そう言って福原先生は黒板に名前を書こうとチョーク受けへと手を伸ばし、その手を一瞬止めた後ゆっくりと戻していきました。えっ、まさかチョークすらろくに用意されていなんですか? 本当にここ教室なんですよね?

 

「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されていますか? 不備があれば申し出てください」

 

 ……この学園はこれで不備が無いという人がいると思っているのでしょうか。と言うか、普通の教室で言う椅子と机の不備なんて始業前に確認して……、

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないですー」

 

と、クラスメイトの誰かが先生に設備の不備を申し出ました。このクラスには机と椅子すら満足に与えられないんですか?

 

「あー、はい。我慢してください」

「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」

「木工ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」

「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 結局不備を申し出ても「我慢しろ」か「自分で直せ」しか言いませんでした。……きちんと不備を申し出ても学校が対応してくれないのなら何故聞いたんでしょうか? ……気分? 形式的質問?

 

 まぁ、一応私も不備を申し出ておきますか。

 

「福原先生、我侭は言いませんから最低限勉強ができるだけの道具はそろえてください。教室にチョークが無いなんて然るべきところに訴えたら大問題になりますよ」

「授業が始まるまでにはきちんと整えておきます」

 

 いくら画期的な試験校とは言え、こんなんでよく今まで経営が成り立っていましたね。本当に驚きです。

 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」

 

 福原先生の指名を受け、車座を組んでいた廊下側の生徒の一人が立ち上がり、名前を告げました。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 始めに自己紹介をしたのは独特な言葉遣いをし、小柄で華奢な体で中世的な顔立ちをした生徒でした。

 

 彼はきのきの。あっきーやもっちーと同じく去年のクラスメイトであり、声帯模写の達人です。自分の好きなことのために他のものには目もくれずにがんばっている姿には心の底から憧れます。……それでも、少しは勉強にも力を入れるべきだとは思いますが。

 

「……今年一年よろしく頼むぞい」

 

 軽やかに微笑みを作って自己紹介を終えるきのきの。……隣であっきーがもだえていて少し気持ち悪いです。まぁ、きのきのの外見はかなりあっきーの好みに近いから少しは気持ちも分かりますけど。

 

「…………土屋康太」

 

 次の生徒が自己紹介を始めます。きのきのの次はむっつーですか。彼はああ見えてかなり運動神経のいい人なんですが口数も少なく、おとなしいんですよね。……彼の趣味にとっては好都合なんでしょうけどね。

 

 まぁ、なんにせよ彼が女子の多いクラスでなくて良かったです。彼の人格を良く知っている私はしっかりを対策を練っていますが、普通の娘はなかなか対応できませんしね。

 

「――海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きが苦手です」

 

 むっつーへの今後の対応をいろいろ考えていると、いつの間にかむっつーの次の人が自己紹介を始めています。

 

「あっ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので。趣味は――」

 

 そして、その声は珍しく女子の声でした。でも、Fクラス入りするような女子で、ドイツ帰りと言えば、

 

「趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

 やっぱり。声の主の方に視線を向けると、私よりは低いけど女子としては高めの身長とスレンダーな体系、綺麗な茶髪をポニーテールにした少女、しまっちこと島田美波ちゃんの姿が目に入りました。まあ、確認するまでもなく、こんなとんでもない趣味を公言するのはしまっちくらいですもんね。……ですよね? 前の座席の雰囲気の変化を感じ取って思考の海から戻ると、しまっちがあっきーに笑顔で手を振っていました。でもね、しまっち。あっきー、思いっきり怯えてるよ? いくらツンデレの照れ隠しでも怯えさせるのはやりすぎだと思う。

 

 やはり、ここは去年のクラスメイトだらけです。予想していた自分が言うのもなんですが、学力で決めたわけでない一年生のクラスの友達が最低クラスに集中しているのは一体どういうことなんでしょう。

 

 しまっちの自己紹介が終わった後は淡々と自分の名前を告げるだけの作業が進みます。そして、あっきーの前の人が自己紹介を終えました。ということは次があっきー、その次が私ですね。

 

「――コホン。えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んで下さいね♪」

『ダァァーーリィーーン!!』

 

 野太い声の大合唱。これはひっじょーに不愉快です。

 

「――失礼。忘れてください。とにかくよろしくお願い致します」

 

 作り笑いでごまかしながら席に着くあっきーですが、今にも吐きそうな顔をしています。……吐きたいのはこっちだよ。私は吐き気を我慢して自己紹介をするべく立ち上がります。

 

「神谷夏樹です。趣味は読書と楽器の演奏、モットーは好意には好意を、悪意には悪意を。嫌いなことは人の幸せを邪魔することです」

『じゃあ!』

 

 私の自己紹介を聞いて勢い良く声を上げた生徒がいます。おっと、大事な言葉を忘れていました。

 

「ちなみに好意には好意と言いましたが、流石に恋愛感情に恋愛感情を返す訳ではないのでその辺は覚えておいて下さいね♪」

『そんな! ここで告白すれば今の紹介を理由に絶対上手くいくと思ったのに!』

『そうだ! 俺はもうすでに結婚式をどこで開くかの構想まで練っているのに!』

 

 たとえ勉強はできなくても、そうそう失言するほど私はまぬけじゃありませんよ。それに勝手に私をあなたの人生計画に加えないでください。私はあなたと結婚する気はありませんし、そもそも相手との相談もなしに式場まで決めるなんて揉めますよ?

 

 そんなちょっとした騒動の後も名前を告げるだけの単調な作業が続きました。何人かの紹介が終わると不意にガラリと教室のドアが開き、息を切らせて胸に手を当てている女子生徒が現れました。

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

『えっ?』

 

 誰からというわけでもなく、教室全体から驚いたような声が上がりました。私はと言うと頭の中で疑問が渦巻いて声を出すどころではありませんでした。

 

 なんで、彼女がここにいるのでしょうか?




以前に投稿していたものとこちらに投稿するものではあるキャラに対する主人公の気持ちが変化しています。以前の方が良かった人には申し訳ないですが、ご了承ください。


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第三話:引き金を引く時

今回の話には試召戦争の準備期間の処理ついて作者の独自の解釈が含まれています。ご了承ください。


 ほとんどの生徒が混乱している中、平然としていた数少ない人物の一人である福原先生は騒然とする教室を意に介さず、遅刻してきた女生徒に話しかけました。

 

「丁度よかったです。自己紹介をしていたところなので姫路さんもお願いします」

「は、はい! あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……」

 

 彼女は息を整えると自己紹介をすませました。

 

「はいっ! 質問です!」

「あ、は、はいっ。なんですか?」

 

 一人の生徒が高々と挙手するとともに質問を投げかけ、いきなり質問されて驚きながらも彼女は了承の意を表しました。

 

「なんでここにいるんですか?」

 

 ……バカヤロォ。彼女がどういう人間かを鑑みれば彼がどういうニュアンスでその質問を発したかは分かります。なぜなら、彼女は入学して最初のテストで学年二位となり、その後も上位一桁以外をとったことがないほどの優等生なのです。そんな彼女がいるべきはAクラスしかありませんからね。それでも言い方ってものがあるでしょうが。もしも、彼女が傷ついたりしたらどうするんですか。相手が不快にならない話し方は対人関係の基本ですよ。高校生なんだから少しは考えなさい。関係ない私が怒りを覚える一方で、問われた本人は特に気分を害した風でもなく、その質問に答えるために口を開きました。

 

「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

 

 その言葉を聴き、私もクラスメイトたちも彼女がここにいる理由を察しました。つまり、彼女は途中退室をしたせいで全てのテストが0点扱いとなり、ここに振り分けられてしまったです。……この学校がそういう文言を掲げているのは知っていましたが、本当にその犠牲になった子がいたんですね。

 

 そんな彼女の言い分を聞き、クラスの中でちらほらと見苦しい言い訳が始まります。

 

『そう言えば、俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに』

『ああ。化学だろ? アレは難しかったな』

『俺は弟が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて』

『黙れ一人っ子』

『前の晩、彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

 バカばっかりです。どうでもいいけど、最後から二番目の人、嘘と言われてニヤッとしてません? ってことは本当なのでしょうか?

 

 ちらりと彼を見ると鞄の前ポケットにDSとそのソフトが。あのパッケージは……まさか、ラブプ○ス!? えぇ、ゲームのせいでクラス分けを棒に振ったんですか!?

 

 ま、まぁ、いいです。それよりも大事なことを考えなくては。姫路さんがクラスメイトですか、………………渾名はひめひめですね。

 

「で、ではっ、一年間よろしくお願いしますっ!」

 

 ひめひめ(仮)はみんなの視線から逃げるようにあっきーともっちーの間の空いている席に座り、

 

「き、緊張しましたぁ~……」

 

 安堵のため息をついて卓袱台に突っ伏しました。おっ、あっきーがひめひめ(仮)に話しかけるみたいです。

 

「あのさ、姫――」

「姫路」

 

 あっきーが話しかけた途端もっちーがそれにかぶせます。あれは完全に狙いましたね。

 

「は、はいっ。なんですか? えーっと……」

 

慌ててもっちーのほうに体を向けるひめひめ(仮)。ですが、相手に全く面識がないせいで戸惑っていますね。

 

「坂本だ。坂本雄二。よろしく頼む」

「あ、姫路です。よろしくお願いします」

「ねぇ、――」

「あっ、私もよろしくお願いします」

 

 ひめひめ(仮)の視界に入るようにして挨拶すると、今度は私の台詞があっきーの台詞にかぶりました。……ごめん、あっきー。本当にわざとじゃないから許して。

 

「こちらこそよろしくお願いします。それで、あなたは……」

「あっ、私は元Dクラスの神谷夏樹です。苗字でも名前でもあだ名でも好きなように呼んでね。……それとお願いなんだけど、姫路さんのこと、これからひめひめってあだ名で呼んでいいかな?」

「ひっ、ひめひめですか?」

 

 私のセリフに戸惑うひめひめ(仮)。そんなにおかしなことを言ったかな?

 

「あー、姫路。こいつはこういう奴だと諦めて許可してやれ。ほとんどの友達にそういう系統の渾名をつけるんだ。実際、俺ももっちーとか呼ばれてるしな。全く似合わないことこの上ない。その点姫路はそれなりには似合ってるんだからまだマシだろ」

 

 もっちーが珍しくまともなサポートをしてくれます。でも、こういう奴ってどういう意味ですか。まるで私がおかしいみたいじゃないですか。

 

「わ、分かりました。じゃあ、私は夏樹ちゃんって呼びますね」

「ところで、姫路の体調は未だに悪いのか?」

「あ、それは僕も気になる」

 

 今度はあっきーがもっちーとひめひめ(確定)の会話に口を挟みました。ようやく話せてよかったね、あっきー。

 

「よ、吉井君!?」

 

 あっきーの顔を見て驚くひめひめ。一体どうしたんでしょうか?

 

「姫路。明久がブサイクですまん」

 

 もっちーが全くフォローになってないフォローをします。うん、普段のこいつのサポートって言ったら大抵こんな風に相手を貶める内容なんだよね。

 

「そ、そんな! 目もパッチリしてるし、顔のラインも細くて綺麗だし、全然ブサイクなんかじゃないですよ! その、むしろ……」

 

 おや? もしかして……

 

「そう言われると、確かに見てくれは悪くない顔をしているかもしれないな。俺の知人にも明久に興味を持っている奴がいたような気もするし」

「え? それは誰――」

「そ、それって誰ですかっ!?」

 

 あっきーを遮ってひめひめが勢い良く問いかけます。やっぱり、彼女もそうでしたか。他にも気になっている人がいるらしいし、ほんとあっきーはモテますね。

 

「確か、久保――」

 

 ……あー、そのネタですか。確かにあっきーはモテるんですけど、そっち方面は可哀相ですね。

 

「――利光だったかな」

 

 名前から容易に察することができるように、もっちーがあげた人物は正真正銘男性です。……ちなみに心は乙女とかってこともないはずですよ。

 

「おい明久。声を押し殺してさめざめと泣くな」

 

 いやぁ? 誰でも流石に泣くと思いますよ? そんな中、(フォローにならない)フォローのためにもっちーが口を開きます。

 

「半分冗談だ。安心しろ」

「え? 残り半分は?」

「ところで、姫路。体は大丈夫なのか?」

「あ、はい。もうすっかり平気です」

「ねぇ、雄二! 残りの半分は?」

 

 意味深な内容が含まれたフォローについて大きな声で問いかけるあっきー。ですが、当然もっちーは無視しています。あっきーをからかうのが好きなもっちーが正直に言う訳ないですよね。……あっきー、残念だけど半分どころか全部事実だよ。でも、私には本人にそれを言えるだけの勇気も冷酷さもありませんでした。

 

「はいはい。そこの人達、静かにしてくださいね」

 

 あっきーの大声は流石に問題なようで、パンパン、と教卓を叩いて先生が警告を発します。

 

「あ、すいませ――」

 

 

バキィィ バラバラバラ……

 

 

 先生が叩いた衝撃でボロボロだった教卓が崩壊しました。その事態に教室内がしんと静まり返ります。

 

「え~……替えを用意してきます。少し待っていてください」

 

 先生は気まずそうに告げ、足早に教室から出て行きました。

 

「……雄二、夏樹、ちょっといい」

「ん? なんだ?」

「ここじゃ話しにくいから、廊下で」

 

 悪だくみは大抵もっちーと二人なのに私も? ふと湧いた疑問についてあっきーに確認します。

 

「別にいいけど、もっちーだけじゃなくて私も?」

「うん」

 

 そして、あっきーに促されて私たち三人は廊下に出ました。

 

「で、何の話なの、あっきー?」

「この教室についてなんだけど……」

「Fクラスか。想像以上に酷いもんだな」

「うん! 私もしっかりしたつもりの決心が揺らいだしね」

「二人もそう思うよね?」

『もちろん(だ)』

「雄二もAクラスの設備は見た?」

「ああ。凄かったな。あんな教室は他に見たことがない」

 

 ふむ、なんとなくあっきーが言いたいことが分かってきましたね。

 

「そこで僕からの提案。折角二年生になったんだし、『試召戦争』をやってみない?」

「戦争、だと」

「うん。しかもAクラス相手に」

「随分無謀だね」

「……何が目的だ」

 

 もっちーの表情がとても真剣なものに変わります。それに対し、あっきーはなるべく普段と変わらない態度を取り繕って返答します。

 

「いや、だってあまりに酷い設備だから」

「嘘をつくな。全く勉強に興味がないお前が、今更勉強用の設備なんかの為に戦争を起こすなんて、そんなことあるわけないだろうが」

「そ、そんなことないよ。興味がなければこんな学校に来るわけが――」

「あっきーがこの学校を選んだのは『試験校だからこその学費の安さ』が理由でしょ? 誰が願書に書く時に志望動機のでっち上げに協力したと思ってんの」

 

 長月中学出身の親友舐めるなよ。このバカ。一度本気でその理由で願書を書こうとしやがりましたからね。そんな過去を思い出し、少しきつめの口調であっきーの弁解を封じます。視線を横に移すと、隣でもっちーもうんうんとうなずいてるので、もっちーもあっきーが文月学園を選んだ理由を知っていたみたい。

 

「……姫路の為、か?」

 

 あっきーがビクリと震えます。

 

「ど、どうしてそれを!?」

 

 たぶんもっちーはカマをかけただけなのにあっきーは見事に引っかかります。本当に単純だね。でも、やっぱりそうだったんだ。

 

「へぇー、ひめひめの為なんだ?」

「べ、別にそんな理由じゃ――」

「私は友達思いでいいと思うよ?」

「だから、本当に違うってば!」

 

 別に隠さなくてもいいのに。私が微笑ましいものを見るような眼であっきーを見ていると、もっちーが真剣な態度を崩して自分の意見を述べてきました。

 

「気にするな。お前に言われるまでもなく、俺自身Aクラス相手に試召戦争をやろうと思っていたところだ」

「え? どうして? 雄二だって全然勉強なんてしてないよね?」

 

 確かに。あっきーの言う通りもっちーも設備とか気にしそうにないんだけど。

 

「世の中学力が全てじゃないって、そんな証明をしてみたくてな」

 

 あっきーは訳が分からないといった顔をしています。まあ、私も完全に分かっているとは限りませんが。

 

「それに、Aクラスに勝つ作戦も思いついたし、その下準備も夏樹がいれば――おっと、先生が戻ってきた。教室に入るぞ」

 

 私もあっきーも促されるまま教室に戻りました。

 

「さて、それでは自己紹介の続きをお願いします」

 

 壊れた教卓をボロい教卓に替えて、気を取り直してHRが再開されます。……まともな教卓はなかったんですか? ……なかったんでしょうね。

 

「えー、須川亮です。趣味は――」

 

 教卓事件の後、特に何も起こらず淡々と自己紹介が進む中、あっきーが小声で話しかけてきます。

 

「ねぇ、夏樹の答えは聞けなかったんだけど、夏樹は試召戦争する気はある?」

 

 少し考えて、口を開きます。私としては試召戦争は夏休みで準備期間を1カ月近く潰せる夏休み前にしたかったんだけど、

 

「……本当はもう少し経ってからが良かったんだけど、とりあえず反対するつもりはないよ」

 

 仕方ないよね。二人とも真剣なんだもの。

 

「ほんと! ありがと、夏樹!」

「坂本君、君が自己紹介の最後の一人ですよ」

「了解」

 

 あっきーと話しているうちに自己紹介がもっちーまで進んだようです。

 

 ゆっくりと教壇に歩み寄るその姿にはいつものふざけた雰囲気は見られず、クラス代表として相応しい貫禄を身に纏っているように思えます。

 

「坂本君はFクラスの代表でしたよね?」

 

 先生に問われ、鷹揚にうなずくもっちー。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺のことは代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ。……さて、皆に一つ聞きたい」

 

 もっちーの間の取り方が上手いためか、クラス中の視線がもっちーに向けられました。

 

 皆の様子を確認した後、もっちーの視線は教室の各所に移り出します。

 

 

かび臭い教室。

 

古く汚れた座布団。

 

薄汚れた卓袱台。

 

 つられて私たちももっちーの視線を追って、それらの備品を順番に眺めていきました。

 

「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが――」

 

 一呼吸おいて、静かに告げるもっちー。

 

 

「――不満はないか?」

 

 

『大ありじゃぁっ!!』

 

 二年F組生徒の不満が爆発しました。

 

「だろう? 俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

『そうだそうだ!』

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ! 改善を要求する!』

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ? あまりに差が大きすぎる!』

 

 誘爆したかのように不満の声が教室中から上がります。そんなに嫌なら少しは勉強しとけばよかったでしょうに……。

 

「皆の意見はもっともだ。そこで」

 

 私とは異なりもっちーは皆の反応に満足したのか、自信に溢れた顔に不適な笑みを浮かべて、

 

「これは代表としての提案だが――」

 

 これから一年、戦友となる仲間たちに野性味満点の八重歯を見せ、

 

「――FクラスはAクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」

 

 Fクラス代表、もっちーこと坂本雄二は戦争の引き金を引きました。

 




試召戦争の準備期間の3カ月ですが、学期中は休みの日が多い月も関係なく1カ月計算なのに、夏休みをはさんだとたんに日数を厳密に計算するというのは考えにくいのでこのような独自解釈をしました。願書については自分の出身中学は学活の時間などに願書の下書きを書いたりしたので他の学校でも多いのではないかと考えて、書きました。ピンとこなかった方、申し訳ありませんでした。


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第四話:最低クラスの手札は規格外

作者のシュレ猫です。長々と放置して誠に申し訳ありませんでした。以前よりは少しだけマシになりましたので、需要はないかもしれませんが投稿を再開しようと思います。就活があるのでまたノロノロ運転になるかもしれませんが、今はまだ昔他サイトで連載していたものを改良しているのでそれなりのペースでは上げることができます。時間はかかるかもしれませんが、エタ―にはしないつもりなので、こんな作品でも良いという方はどうぞお付き合いください。

それでは、本編が始まります。


 ほとんどのクラスメイトにとってAクラスへの宣戦布告は現実味の乏しい提案にしか思えなかったようで、

 

『勝てるわけがない』

『これ以上設備を落とされるなんて嫌だ』

『姫路さんがいたら何もいらない』

『あぁ、姫路さんと神谷さんという二輪の花があれば十分だ』

 

 このように教室中から不満の声が上がります。……一部変な声が上がりましたけど、気にしないことにします。

 

 でも、皆の言葉も至極当然なことで、試召戦争とはテストの成績に応じた強さを持つ召喚獣を用いて戦いを行うのです。よって、テストの点数が非常に重要なものと成ります。

 

そして、当然のことながらAクラスとFクラスの点数は文字通り桁が違います。正面からやりあった場合、相手次第ではこちらが四、五人で一人に戦いを挑んでも負けてしまうかも知れません。

 

「そんなことはない。必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」

 

圧倒的な戦力差を知りながらも、もっちーは宣言しました。

 

『何を馬鹿なことを』

『できるわけないだろう』

『何の根拠があってそんなことを』

 

 否定的な意見が教室中に響き渡ります。

 確かにそんな宣言だけで納得できるような甘い戦いじゃありませんよね。

 

「根拠ならあるさ。このクラスには試験召喚戦争で勝つことのできる要素が揃っている」

 

 そんなもっちーの言葉を受けてクラスの皆が更にざわつきます。

 根拠がある? 私も何人か優秀な人材は思いつきますが、そこまで決定的でしょうか?

 

「それを今から説明してやる」

 

 得意の不敵な笑みを浮かべ、壇上から皆を見下ろすもっちー。

 

「おい、康太。畳に顔をつけて姫路と夏樹のスカートを覗いてないで前に来い」

「…………!! (ブンブン)」

「は、はわっ」

 

必死になって顔と手を左右に振り否定のポーズを取る康太と呼ばれた男子生徒、むっつー。

 

もっちーの指摘で気づいたひめひめはスカートの裾を押さえて遠ざかり、むっつーは残念そうな表情で顔についた畳の跡を隠しながら壇上に歩き出しました。壇上に向かう途中、私のほうに少しだけ恨めしそうな視線を向けてきたのでニヤリと笑みを返してやります。去年のクラスメイトを舐めないことだよ、むっつー♪

 

「土屋康太。こいつがあの有名な、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だ」

「…………!! (ブンブン)」

 

 はっきり言って、土屋康太という名前は有名じゃありません。しかし、ムッツリーニという呼称は別です。あっきー曰くその名は男子生徒には畏怖と畏敬を、女子生徒には軽蔑を以って挙げられているとのこと。

 

 ちなみに私自身は軽蔑はしていませんが呆れてはいるので、彼は私の呼び名法則の数少ない例外です。私は普通親しい異性の友達は苗字をベースにした渾名で呼ぶんです。そして、彼との仲を考慮すれば渾名は「つっちー」辺りになるのですが、あの覗きにはうんざりなので例外措置です。

 

えっ、渾名を元に渾名をつけたのかって? 違いますよ。むっつーの由来はムッツリーニと同じく『ムッツリスケベ』です。同じ祖先から鯨になったか陸上生物になったかみたいな違いですね。

 

『ムッツリーニだと……?』

『馬鹿な、ヤツがそうだというのか……?』

『だが見ろ。あそこまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』

 

 畳の跡を手で隠している姿がとても哀れです。……友人としてかなり恥ずかしいです。

 

「姫路のことは説明する必要もないだろう。皆だってその力はよく知っているはずだ」

「えっ? わ、私ですかっ?」

「ああ。ウチの主戦力だ。期待している」

 

 確かにこのクラスでひめひめ程頼りになる戦力はいないよね。

 

『そうだ。俺達には姫路さんがいるんだった』

『彼女ならAクラスにも引けをとらない』

『ああ。彼女さえいれば何もいらないな』

 

 ……さっきからひめひめにラブコールを送っているのは誰なんでしょう。

 

「木下秀吉だっている」

 

 きのっちは学力ではあまり名前を聞かないけど、他の事で有名なんですよね。演劇部のホープであることとか、おそらくAクラスにいるであろう双子のお姉さんのことで。

 

『おお……!』

『ああ。アイツ確か、木下優子の……』

 

 でも、そういう方面の情報は試召戦争に関係ない気がするんだけど……。まぁ、せっかく上手く士気が上がってるんだから言わないほうがいいよね。……たぶんもっちーって詐欺師に向いてるんだろうな。

 

「そして、神谷夏樹だ」

 

 えっ、私ですか?

 

『か、神谷さん……?』

『おい、彼女そんなに有名だったか?』

『神谷さん、失言ワンモアプリーズ』

 

 ほら、皆もなんで私が呼ばれたのか分からずに困ってるじゃないですか。……一人変なのがいたけど。私の困惑をよそにもっちーは悪人じみた笑みを浮かべながら続けます。

 

「ふっ、お前らが知らないのも無理はない。何せこいつは今まで爪を隠してきた上、このFクラスにも手を抜いてわざと入ってきたくらいに強かな奴だからな」

 

 待って! 私は意識的に学力をいじったことはないよ!? 今回英語の名前を書かなかったのが、今までの人生で唯一の成績操作らしい操作だよ!?

 

「こいつはな、英語に関してはAクラス級の実力を持ち、特に通常の英語に関しては超Aクラス級の得点保持者なんだよ」

『なにっ! Aクラス級の教科が二つも!?』

『しかも片方は超Aクラス級だとっ!?』

 

 二科目だけAクラス並じゃあ、全教科がAクラス級の人たちに勝てるわけないでしょ!

 

「更に言うなら、一年の一時期噂になった数学の女帝とはこいつのことだ」

『なっ、数学の女帝!?』

『一年の最初の中間試験の数学で霧島翔子をほぼダブルスコアで負かしたヤツだろ!?』

『その後全然噂を聞かないと思ったら、実力を隠していやがったのか!』

 

 やめてぇー! やめてよ、もっちー。そんな聞いてて寒くなるような恥ずかしい異名で私を呼ばないで。自分で名乗ったわけじゃないのに私が寒い奴みたいじゃん。それにそのテストだってたまたま調子が良かっただけで、頼りにされても困るよ。

 

 そんな私の苦悩を無視して戦力紹介は進んでいきます。

 

「当然俺も全力を尽くす」

『確かになんだかやってくれそうな奴だ』

『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』

『それじゃあ、振り分け試験の時は姫路さんと同じく体調不良だったのか』

『実力はAクラスレベルが三人もいるってことだよな!』

 

 っ!? いつの間にか私がAクラスレベルに数えられてる!? 私は英語だけがAクラス級で総合成績はせいぜいCクラスレベルだよ!

 

 だけど、この高まった士気を下げるようなことを言う勇気は私にはありませんでした。ダメな私を笑ってください。

 

「それに、吉井明久だっている」

 

……シン――

 

教室に静寂が広がりました。

 

限界まで高まった士気が一気に下がります。

 

もっちー、貴様。あっきーをオチ扱いにするなら私が訂正しても問題なかったじゃないか! 雰囲気を読んで損したよ。

 

「ちょっと雄二! どうしてそこで僕の名前を呼ぶのさ! 全くそんな必要はないよね!」

『誰だよ、吉井明久って』

『聞いたことないぞ』

「ホラ! 折角上がりかけていた士気に翳りが見えてるし! 僕は雄二たちとは違って普通の人間なんだから、普通の扱いを――って、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のせいじゃないでしょう!」

 

 まったく、あっきーの言う通りだよ。あっきーを弄りたいのは分かるし、もう諦めたけどTPOはわきまえてよ。

 

「そうか。知らないようなら教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ」

 

 ……更に落としちゃうの?

 

『……それって、バカの代名詞じゃなかったっけ?』

「ち、違うよっ! ちょっとお茶目な十六歳につけられる愛称で」

 

 あっきー、その言い訳は無理があるよ。

 

「そうだ。バカの代名詞だ」

「肯定するな、バカ雄二!」

「あの、それってどういうものなんですか?」

 

 優等生であるひめひめは聞いたことすらないらしく、観察処分者がどういうものか分からずに小首をかしげている。

 

「具体的には教師の雑用係だな。力仕事とかそういった類の雑用を、特例として物に触れるようになった試験召喚獣でこなすといった具合だ」

 

 その通り、普通の召喚獣は特別な処理がされている床以外を触ることができないけど、あっきーの召喚獣は壁でも机でもボールでも普通の人間と同じように触ることができる。

 

「そうなんですか? それって凄いですね。試験召喚獣って見た目と違って力持ちって聞きましたから、そんなことができるなら便利ですよね」

 

 若干の羨望を込めた視線をあっきーに向けるひめひめ。確かにあっきー程度の点数でも召喚獣はかなりの力があって、やろうと思えば岩だって砕ける。……やろうと思えばね。でも、この制度はメリットばかりじゃないんだよ。

 

「あはは。そんなたいしたもんじゃないんだよ」

 

 あっきーも観察処分者のデメリットを説明し始めます。

 

「皆と同じで先生の許可がないと召喚できないし、先生に都合よく使われるし、召喚獣の受けたダメージや疲れの何割かがフィードバックされるしね」

『おいおい。《観察処分者》ってことは、試召戦争で召喚獣がやられると本人も苦しいってことだろ?』

『だよな。それならおいそれと召喚できないヤツが一人いるってことになるよな』

 

 皆が口々にあっきーの無能っぷりを攻めています。フォローした方がいいのかな?

 

「確かにこいつ単体ならいてもいなくても同じような雑魚だ」

「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきところだよね?」

 

 あっきー、単体ならって言ってるんだから後半を待とうよ。

 

「だが、こいつがいることで神谷夏樹という戦力が最大限に活きる。この二人のコンビなら戦力的には姫路にも勝るとも劣らない」

 

 確かにね。私の召喚獣とあっきーは最高に相性がいいから、多分試召戦争では私とあっきーはニコイチコンビとして活動すると思う。

 

『何? むしろバカが神谷さんの足を引っ張るんじゃないか!?』

「とにかくだ。俺達の力の証明として、まずはDクラスを征服してみようと思う。皆、この境遇は大いに不満だろう?」

『当然だ!!』

「ならば全員筆を執れ! 出陣の準備だ!」

『おおーーっ!』

「俺達に必要なのは卓袱台ではない! Aクラスのシステムデスクだ!」

『うおおーーっ!!』

「お、おー……」

 

 場の雰囲気に圧されたのかひめひめも小さく拳を作り揚げていました。

 

「明久には宣戦布告の使者になってもらう。無事大役を果たせ!」

 

 ……またあっきー弄りですか。

 

「……下位勢力の宣戦布告の使者って大抵酷い目に遭うよね?」

「大丈夫だ。やつらがお前に危害を加えることはない。騙されたと思って行ってみろ」

 

 行ったら本当に騙されますよね。

 

「本当に?」

「もちろんだ。俺を誰だと思っている」

 

 私はあっきー弄りが趣味の(あっきー限定?)いじめっ子だと思っている。

 

「大丈夫だ、俺を信じろ。俺は友人を騙すような真似はしない」

 

 じゃあ、あっきーは友人じゃないのかなぁ?

 

「わかったよ。それなら使者は僕がやるよ」

「ああ、頼んだぞ」

 

 何回も騙されてるんだからこんなんで騙されないでよ、あっきー。……あと一分経ったら追いかけよう。

 

 

「騙されたぁっ!」

 

 私は息を切らせたあっきーの後に続いて涼しい表情で教室に入る。

 

「やはりそうきたか」

「やはりってなんだよ! やっぱり使者への暴行は予想通りだったんじゃないか!」

「当然だ。そんなことも予想できないで代表が務まるか」

「少しは悪びれろよ!」

「しかし、お前のその怪我の無さは予想外だったな」

「夏樹がDクラスが僕につかみかかった瞬間を写メにとって、『先生! 早く来てください。校内暴力です』って大声で叫んでくれなかったら逃げ出す隙もなくリンチだったよ」

「っち! 夏樹め、余計なことを」

 

 あっきーだって貴重な戦力なんだよ? 大将なら、私情を挟まずにベストを尽くしてよね。

 

「吉井君、大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫。夏樹のおかげで殴られる前に逃げられたから」

 

 あっきーを心配したひめひめがあっきーのそばに駆け寄っていった。

 

「吉井、本当に大丈夫?」

 

 しまっちも心配なのか近づいていく。

 

「平気だよ。心配してくれてありがとう」

「そう、良かった……。ウチが殴る余地はまだあるんだ……」

「ああっ! 突き飛ばされたときに変な打ち方をしたみたいで今になって死にそうな激痛が!」

 

 ……制服につかみかかられた時点で止めたからそんな事実はないけど、流石にそれを言う気はない。それよりもしまっち。その言葉は照れ隠し? それとも本音? どっちにしてもそんなんであっきーが好きになるわけはないと少し考えれば分かると思うんだけど。

 

「そんなことはどうでもいい。それより今からミーティングを行うぞ」

 

 もっちーは他の場所でミーティングをするつもりなようで、扉を開けて教室から出て行った。

 

「あの、痛かったら言って下さいね?」

 

 そう言って、ひめひめは小走りにもっちーの後を追った。

 

「大変じゃったの」

 

 きのっちがあっきーの肩を叩いて廊下にでたけど、そう思うならもう少し庇ってあげてもいいと思う。

 

「…………(サスサス)」

 

 頬をさすりながらむっつーがそれに続く。

 

「むっつー。畳跡ならとっくに消えてるよ?」

「…………!!(ブンブン)」

「いや、今更否定されても、ムッツリーニがHなのは知ってるから」

 

 私もあっきーもむっつーの往生際の悪さに呆れるやら、感心するやら。

 

「…………!!(ブンブン)」

「……ここまでバレバレなのに認めないのって変な意味で凄いよね、むっつー」

「…………!!(ブンブン)」

「――何色だった」

「水色とスパッツ」

 

 即答でした。しかし、後半はなんか悔しげ。私はそんなむっつーを鼻で笑う。

 

「やっぱりムッツリーニは色々な意味で凄いよ」

「…………!!(ブンブン)」

 

 そうして私たちももっちーを追って教室を後にした。

 




今回はミーティングの直前まで載せてみました。以前のサイトではもっと手前で切っていたような気もしますが、長い方が読み応えがあると思いましてこの長さにしました。ミーティングの話もなるべく早く上げるようにいたします。こんな作品でも楽しんでくださる方がいると信じて。


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第五話:最低クラスはミーティングさえ大混乱

とりあえず、他との差が表れるDクラス戦中盤近くまで進めないと感想を頂くのは難しそうなので、ペースを上げて投稿します。次の更新をDクラス戦から始めるために今回は少し短いかもしれませんが、ご了承ください。

それでは、皆さんが少しでも楽しまれますことを願って、本編を開始します。


 いろいろと雑談をしながら歩いていると、先頭のもっちーが屋上に通じる扉を開けて太陽の下に出ました。

 

「明久、宣戦布告はしてきたな?」

 

 もっちーがフェンスの前の段差に腰を下ろしたので、私たちもそれに倣います。

 

「一応今日の午後に開戦予定と告げてきたけど」

「それじゃ、先にお昼ご飯ってことね?」

「そうなるな。明久、今日の昼ぐらいはまともな物を食べろよ?」

「そう思うならパンでもおごってくれると嬉しんだけど」

「えっ? 吉井君ってお昼食べない人なんですか?」

 

 あっきーの言葉にひめひめが驚きの声をあげる。

 

「いや。一応食べてるよ」

「……あれは食べていると言えるのか?」

 

 もっちーのツッコミが入る。私もそれには同感です。

 

「何が言いたいのさ」

「いや、お前の主食って――水と塩だろう?」

 

 ……個人的に飲み物の時点で水は主"食”ではないと思う。

 

「きちんと砂糖だって食べているさ!」

「あっきー、そういう問題じゃないよ」

「あの、吉井君。水と塩と砂糖って、食べるとは言いませんよ……」

「舐める、が表現としては正解じゃろうな」

 

 私はため息をつきつつ、あっきーに話しかける。

 

「しょうがないから、今日は私のお弁当を分けてあげるよ」

「あっ、ありがとう、夏樹! 今、僕は君が女神に見える」

「お弁当くらいで大袈裟な」

 

 ……あっきーの食生活なら大袈裟じゃないのかな? 体験したことがないから分からないけど。まぁ、とりあえず、

 

「1段分で大丈夫?」

「大丈夫! 滅多にないカロリー摂取の機会だからね、ありがたく頂くよ!」

 

 あっきーは本当に嬉しそうな笑顔で答えます。……本気で親友の食生活の改善に乗り出した方がいいかもしれない。

 

「夏樹、親友だからって甘やかさなくていいぞ。そいつが飯代まで遊びに使い込む馬鹿なのが悪いんだからな」

「それは去年も同じクラスだったから知ってるけど……、かといって空腹で満足に実力出せないと困るし」

「それにしても、ただでさえ小食な女子のお弁当を1段分も食べるなぞ、傍から見たら最低な男じゃのう」

「…………ヒモ人生まっしぐら」

「明久はダメ夫確定だが、逆に夏樹は良妻になりそうだよな」

 

 男友達の指摘にあっきーがうなだれています。

 

「あはは、私はそんなに小食って訳じゃないから大丈夫だよ? 1段分って言うのも3段のうちの1段だし」

 

 一応少しでもあっきーをフォローしておきます。……できたかは分からないけど。

 

「……あの、良かったら私がお弁当作ってきましょうか?」

「ゑ?」

 

もっちーの良妻発言を聞いて考え込んでいたひめひめが口を開きます。

 

「本当にいいの? 僕、塩と砂糖以外のものを食べるなんて久しぶりだよ! しかも、二日連続で食べられるなんて夢みたいだ」

 

 随分安い夢だね。

 

「はい。明日のお昼で良ければ」

「よかったじゃないか、明久」

「うん!」

 

 あっきー、とてもいい笑顔していますね。

 

「……ふーん。瑞希って随分優しいんだね。吉井(・・)だけに作ってくるなんて」

 

 なんだか面白くなさそうなしまっちの言葉。だったら自分でも作ってくればいいじゃない。恋は積極的に攻めないとどんな結果になっても文句を言っちゃダメなんだよ?

 

「あ、いえ! その、皆さんにも……」

「俺達にも? いいのか?」

「はい。嫌じゃなかったら」

「それは楽しみじゃのう」

「…………(コクコク)」

「……お手並み拝見ね」

 

 ひめひめの分も考えると七人分か、流石に大変だよね。

 

「私の分は大丈夫だよ? ひめひめ、私の食べる量とか知らないでしょ?」

「大丈夫です! 育ち盛りの男の子がいるんですからいっぱい作ってきます(そんなこと言って吉井君に食べてもらうつもりですね。これ以上夏樹ちゃんにアプローチはさせません!)」

 

 ……何かとんでもない誤解をされている気がする。

 

「分かった、じゃあひめひめの分を考えて量を減らして持ってくるよ」

「……それなら、まぁ。では、明日は皆に作ってきますね」

 

 しまっちの妨害のせいとはいえ、七人分も作ることになっても嫌そうな顔をしないなんてひめひめは優しいね。

 

「姫路さんって優しいね」

 

 あっきーも私と同じことを思ったらしい。

 

「そ、そんな……」

「今だから言うけど、僕、初めて会う前から君のこと好き――」

「おい明久。今振られると弁当の話はなくなるぞ」

「――にしたいと思ってました」

 

 ……衝撃の事実。私の一番の親友は変態でした。

 

「明久。それでは欲望をカミングアウトした、ただの変態じゃぞ」

「明久。お前はたまに俺の想像を超えた人間になるときがあるな」

「だって……お弁当が……」

「私は分かってるから大丈夫だよ」

 

 あっきーの肩に手を置き、私にできる最高の優しさを込めた瞳で見つめます。

 

「夏樹、君なら分かってくれると「よっしー?」はちっとも思ってなかったよ! ごく自然に友人ランクを下げないでよ!?」

「さて、話がかなり逸れたな。試召戦争に戻ろう」

 

 そうだね。あっきーをからかうのはこの辺にしておこうか。

 

「雄二。一つ気になったんじゃが、どうしてDクラスなんじゃ? 段階を踏んでいくならEクラスじゃろうし、勝負に出るならAクラスじゃろう?」

「そういえば、確かにそうですね」

「まぁな。当然考えがあってのことだ」

 

 もっちーが鷹揚にうなずく。

 

「どんな考えなの、もっちー?」

「色々と理由はあるんだが、とりあえずEクラスを攻めない理由は簡単だ。戦うまでもない相手だからな」

「え? でも、僕らよりはクラスが上だよ?」

「ま、振り分け試験の時点では確かに向こうが強かったかもしれないな。けど、実際のところは違う。オマエの周りにいる面子をよく見てみろ」

「美少女二人と女神が一人、馬鹿が二人とムッツリが一人いるね」

「誰が美少女だと!?」

「ええっ!? 雄二が美少女に反応するの!?」

「…………(ポッ)」

「ムッツリーニまで!? どうしよう、僕だけじゃツッコミ切れない!」

「女神って、それまだ続いてたの!? 恥ずかしいからやめてよ!」

 

 まったく、皆なんで「数学の女帝」といい、「女神」といい、そんな恥ずかしい単語を平気な顔して言えるのかな。私だったら恥ずかしくて絶対言えないよ。

 

「えぇ! でも、今の僕の立場じゃそれ以外に夏樹を形容する言葉はないし」

「まぁまぁ、四人とも落ち着くのじゃ」

 

 いけない、いけない。私のせいであっきーまで混乱させてしまった。

 

「そ、そうだな」

「いや、その前に美少女で取り乱すことに対してツッコミ入れたいんだけど」

 

 私も女神発言で取り乱してたから無視したけど、普通におかしいよね。もっちーって脳に障害でもあるのかな?

 

「ま、要するにだ」

 

 コホン、と咳払いをして再開するもっちー。……あっきーのツッコミは無視なんだ。

 

「姫路に問題がない今、正面からやり合ってもEクラスには勝てる。Aクラスが目標である以上はEクラスなんかと戦っても意味が無いってことだ」

「? それならDクラスとは正面からぶつかると難しいの?」

「ああ。確実に勝てるとは言えないな」

「だったら、最初から目標のAクラスに挑もうよ」

「初陣だからな。派手にやって今後の景気づけにしたいだろ? それに、さっき言いかけた打倒Aクラスの作戦に必要なプロセスだからな」

「それにね、あっきー。私たちの相性がいいとは言っても実際に戦闘するのは初めてなんだよ? 私たちのコンビがFクラスの主戦力の一つになるんだからここで連携の練習をしておかないと」

 

 っ!? 何か今猛烈な寒気が。それにひめひめとしまっちがなんか怖い。……私、変なこと言った?

 

「確かにな。夏樹の召喚獣は癖が強すぎるから敵味方共にいきなりの対応は難しいだろう」

「あ、あの!」

 

ひめひめにしては大きな声だね。どしたの?

 

「ん? どうした姫路」

「えっと、その。さっき言いかけた、って……吉井君と坂本君は、前から試召戦争について話し合ってたんですか?」

「ああ、それか。それはついさっき、姫路の為にって明久に相談されて――」

「それはそうと!」

 

 もっちーの言葉を遮るように大声を出すあっきー。良かったね。ひめひめにはギリギリ聞こえてないみたいだよ。聞こえていた方が良かったかもしれないけどね。恥ずかしがるあっきーを見てクスリと笑う。

 

「さっきの話、Dクラスに勝てなかったら意味がないよ」

「負けるわけがないさ」

 

 あっきーの心配を笑い飛ばすもっちー。

 

「お前らが俺に協力してくれるなら勝てる。いいか、お前ら。ウチのクラスは――最強だ」

 

 やっぱりもっちーは口が上手いね。根拠もないのに自信が溢れてくるよ。

 

「いいわね。面白そうじゃない!」

「そうじゃな。Aクラスの連中を引きずり落としてやるかの」

「…………(グッ)」

「が、がんばります」

「私も全力を尽くすよ」

「そうか。それじゃ、作戦を説明しよう」

 

 そして、私たちはもっちーの語る勝利のための作戦に耳を傾けました。

 




今回は明久の食生活について夏樹以外の女子二人が知るところですね。今回のことで原作より昼食の量は増えるので食べる人の負担は大きくなりますね。描写的にはあまり変わりませんが。

ちなみにどうでもいいことかもしれませんが、明久と夏樹以外は売店か食堂なのでお昼は別々です。どうでもいいけど、微妙にどうでもよくない描写のためにここで説明をば。

次回の更新も早めに行いたいと思います。


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第六話:懐かしくも嫌な感覚

他の小説との違いが出てくる部分まで早めに出すために本日2本目の投稿です。

今回は主人公の夏樹の出番は始めの数行だけで、残りは原作主人公の明久に頑張っていただきます。昔はSideで分けていたのですが、何やらSide表記は余所では不評なのでバカテス原作のように多めにスペースを空けることで視点の変化を示しています。

それでは、本編の開始です。


「採点をお願いします!」

 

隣でひめひめがテストをどんどん終わらせていくのをしり目に私は時間をめいっぱい使ってテストを解いていきます。

 

ひめひめは途中退席で全てのテストが0点だし、私はFクラスに入るために英語を無記名で提出したからそれらの補給試験を行って点数を回復させなければなりません。

 

私もひめひめみたいに短時間で数をこなせればいいんだけど、私は召喚獣の特性上相性の良いテストでも、いや、相性の良いテストだからこそ制限時間を余すことなく使用して少しでも点数を稼がなければならないのです。

 

点数を稼いでる間に全滅したら意味がないのは分かっているけど、今は仲間の力を信じます。がんばってね、あっきー。

 

 

 

 

 僕はついさっき秀吉と別れて戦場に向かっている。まあ、尊敬する人は二宮金次郎、趣味は勉強にするっていう鉄人の補習は怖いし、実際2回ほど撤退しようと思ったけど――2回目は島田さんの発案だけどね――考えを読まれていたのか雄二に手紙で脅されてしまった。補習の方が奴の粛清よりはマシだろうし、裏面にあった夏樹からの激励を見たら流石の僕でも期待に応えたくなるというものだ。

 

「吉井、見て!」

 

隣を走る島田さんが叫ぶ。なんだろう?

 

「五十嵐先生と布施先生よ! Dクラスの奴ら、化学教師を引っ張ってきたわね!」

 

 見ると二年生化学担当の五十嵐教諭と布施教諭が渡り廊下にいた。

 連中は立会人を増やして一気に片をつけるつもりらしい。

 

「島田さん、化学に自信は?」

「全くなし。60点台常連よ」

 

 うーん、流石はFクラス。お世辞にもよい点数だなんて言えないな。

 

「よし、五十嵐先生と布施先生に近づかないよう注意しながら学年主任のところに行こう」

「高橋先生のところね? 了解!」

 

 既に戦闘が行われている渡り廊下で目立たないように隅へ移動する僕と島田さん。

 皆、見るがいい。これが中堅部隊隊長と副官の勇姿だ!

 それにしても、隊長と副官ということで島田さんと一緒に行動しているんだけど、何故か嫌な予感がする。でも、撤退しようとして眼つぶしを食らったけどそれは過去のことだし、島田さんはいつも一緒にいる夏樹と比べると母性の象徴が悲しいことになっているから――これについては既に回避済みだ――いつもほど嫉妬を受けることは無いはずだ。

 

「あっ、そこにいるのはもしや、Fクラスの美波お姉さま! 五十嵐先生、こっちに来てください!」

「くっ! ぬかったわ!」

 

そんなことを考えているとDクラスの一人に島田さんが見つかってしまった。その娘は化学担当の五十嵐教諭を伴ってこちらにやって来る。マズい。こっちも召喚獣を出して応戦しないと、二人揃って一撃で補習室送りだ。

 

「よし。島田さん、ここは君に任せて僕は先を急ぐよ!」

「ちょっ……! 普通逆じゃない!? 『ここは僕に任せて先を急げ!』じゃないの?」

「そんな台詞現実じゃ通用しない! それに、その人が来てから懐かしくも嫌な感じがして一刻も早く離れたいんだ!」

 

 彼女とは初対面なはずなのになぜだろう。彼女と会ってから先ほどまで感じていた嫌な予感が強まるのを感じ、体中から嫌な汗が出ている。

 

「よ、吉井! このゲス野郎!」

「お姉さま! 逃がしません!」

「くっ、美春! やるしかないってことね……!」

 

 五十嵐先生から10メートル以上離れてからゆっくりと島田さんの様子を伺う。既に呼び出されていた相手の召喚獣に応じるように島田さんもそちらを見据えて声を出す。

 

「――試獣召喚(サモン)っ!」

 

そして、軍服姿でサーベルを持ち、体長80センチほどの『デフォルメされた島田美波』といった感じの召喚獣が姿を表した。

 

「お姉さまに捨てられて以来、美春はこの日を一日千秋の想いで待っていました……」

「ちょっと! いい加減ウチのことは諦めてよ!」

 

 いよいよ戦闘が始まる。

 

「ところで島田さん、お姉さまって――」

「嫌です! お姉さまはいつまでも美春のお姉さまなんです!」

「来ないで! 私は普通に男が好きなの!」

「嘘です! お姉さまは美春のことを愛しているはずです!」

「このわからずや!」

 

……なんだか、島田さんが遠い。そして、僕の中の警戒アラームの音量が大きくなった気がする。

 

「行きます、お姉さま!」

 

 二人の召喚獣の距離が詰まり、いよいよ戦闘が始まる。

 

「はあぁぁっ!」

「やあぁぁっ!」

 

 二人の気合が廊下に響く。

 

 それぞれの召喚獣が武器を構えて正面からぶつかり合い、力比べが始まった。

 

「こ――のっ!」

「負けません!」

 

 見ている方まで力が入りそうな鍔迫り合いを繰り広げる二人の召喚獣。

 

「島田さん! 向こうの方が点数が高いんだから、真正面からぶつかったら不利だ!」

「そんなこと言われなくてもわかってるけど、細かい動作はできないのよっ!」

 

 直後、均衡が崩れて、力負けした島田さんの召喚獣が武器を取り落とした。

 

「ここまでですっ!」

「くぅっ!」

 

 そのままの勢いで島田さんの召喚獣が押し倒される。その頭上には参考として二人の戦闘力(点数)が浮かび上がっていた。

 

Fクラス 島田美波 化学 53点

VS

Dクラス 清水美春 化学 94点

 

 島田さん、サバ読んでたな。本当は60点にすら届いてないじゃないか。

 

「さ、お姉さま。勝負はつきましたね?」

 

 刀が島田さんの召喚獣の喉元に突きたてられる。腕や足を刺された程度なら点数が減るくらいだけど、首や心臓をやられたら即死して、補習室行きだ。これは下手に動けない。

 

「い、嫌ぁっ! 補習室は嫌ぁっ!」

 

島田さんが取り乱す。当たり前だ。僕だって嫌だもの。

 

「補習室? ……フフッ」

 

 楽しそうに笑いながら、清水さんが島田さんの手を引っ張る。

 

 あれ? 清水さん、そっちにあるのは保健室ですよ?

 

「ふふっ。お姉さま、この時間ならベッドは空いていますからね」

「よ、吉井、早くフォローを! なんだか今のウチは補習室行きより危険な状況にいる気がするの!」

 

 そうだろうね。僕もそんな気がするよ。でも、

 

「殺します……。美春とお姉さまの邪魔をする人は、全員殺します」

 

 ごめん、僕にソコに飛び込む勇気はない。清水さんの視線に体が無意識に逃避行動をとろうとする。あの視線は僕が中学校のころに何度も浴びてきた視線と同質のものだ。なんで今まで気付かなかったんだろう。……気付きたくなかったんだろうなぁ。

 

 夏樹は友達として付き合ってみると天真爛漫で子供っぽい性格とコロコロ変わる表情で可愛いという印象を受ける。しかし、170cm付近という女子にしては高い身長と整った顔立ち、切れ長の目という見た目のせいで黙っていると男の僕から見ても非常にカッコいい。そのうえ、夏樹はしっかりした性格で誰にでも優しく、面倒見が良いから中学時代は同い年や年下の、特に同性のファンがたくさんいた。

 

 そんなカッコいい女性の隣に平凡な男に過ぎない僕が立っているのが気に食わないらしく、下級生の女の子の何人かから嫉妬の視線を向けられ続け、その視線に敏感に反応するようになってしまった。

 

 しかも、清水さんの視線はその何人もの視線を集めて凝縮したような強さを持つ。そんな人に歯向かうなんて僕にはできない。よって、僕にできるのは、

 

「島田さん、君のことは忘れない!」

 

「ああっ! 吉井! なんで戦う前から別れの台詞を!?」

「邪魔者は殺します!」

 

 島田さんの召喚獣の手足に攻撃を加えて動けなくすると、今度は敵がこっちにやって来た! 畜生、僕は一切手を出す気が無いのにっ!

 

「吉井、危ない! ――試獣召喚(サモン)っ」

 

 と、脇から割り込んできた声。か、彼は――クラスメイトの須川君! ありがとう! 君がまるで救世主のように見えるよ!

 

Fクラス 須川亮  化学 76点

   VS

Dクラス 清水美春 化学 41点

 

 須川君の召喚獣が敵を切り倒す。

 

 清水さんがさっきの戦闘で消耗していたから須川君が簡単に勝つことができたみたいだ。

 

「島田、大丈夫か?」

「ええ、助かったわ、須川君。本当にありがとう。補習の鉄じ――西村先生、早くこの危険人物を補習室へお願いします!」

「おお、清水か。たっぷりと勉強漬けにしてやるぞ。こっちに来い」

 

 島田さんと違って止めを刺された清水さんが鉄人に連行されていく。

 

「お、お姉さま! 美春は諦めませんから! このまま無事に卒業できるなんて思わないでくださいね!」

 

 とても、危険な台詞を残し、清水さんは補習室へと連行されていった。……っていうかその台詞、宿敵に放つみたいじゃないか。君は本当に島田さんが好きなのかい? 

 

 いろいろな意味で危ない戦いだった。

 

「吉井」

「島田さん、お疲れ。とりあえず一度戻って化学の試験を受けてくるといいよ」

「吉井」

「さ、須川君、行こう。戦争はまだまだこれからだ」

「吉井ぃっ!」

「は、はいっ!」

「……ウチを見捨てたわね?」

「……記憶にございません」

「…………ウチがどうなっても良かったの?」

「…………普段が普段なので」

 

 流石は戦場だ。殺気がヒシヒシと伝わってくる――ただし、後ろにいる島田さんから。

 

「…………」

「…………」

 

 しばしの沈黙。なんだか、とても居心地が悪い。

 

「死になさい、吉井明久! 試獣召(サモ)――」

「誰か! 島田さんが錯乱した! 本陣に連行してくれ!」

 

 冗談じゃない! あんな危険人物と同じ部屋に閉じ込められるなんて真っ平だ!

 

「島田、落ち着け! 吉井隊長は味方だぞ!」

 

 須川君が島田さんを羽交い絞めにしてなだめる。やっぱり、君は救世主だったんだね。

 

「違うわ! コイツは敵! ウチの最大の敵なの!」

 

 ……否定できない。けど、最大の敵は僕よりもさっきの危険な子だと思う。

 

「す、須川君、よろしく」

「了解」

「こら、放しなさい須川! 吉井! 絶対に許さないからね!」

「は、早く連れて行って! なんかその禍々しい視線だけで殺されそうだ!」

 

 なんてことだ。さっきの清水さんって子とほとんど変わらないじゃないか。……なんだ、どっちを選んでも結末は同じだったんじゃないか。

 

「ちょっと、放し――殺してやるんだからぁーっ!」

 

 物騒な台詞を残していったが、ひとまずの身の安全は確保できた。

 

「よし、とにかく秀吉たちが補給をしている間、前線を維持するんだ! 一歩も進ませないように!」

 

怒号や悲鳴が飛び交う廊下で大声を振り上げる。ここからが僕らの正念場だ!

 




今回は明久の美春嬢とのファーストコンタクトと、それを利用した夏樹のビジュアル説明です。ちなみに本文にあるように中学時代の経験・トラウマにより明久の美春嬢への苦手意識は原作の5割増しです。

ちなみにのちの話で表現するはずですが、夏樹の母性の象徴は簡単に示すと
姫路≫夏樹>翔子≫美波
となっています。ですが、口調の女らしさは
姫路≫美波>夏樹
ですので、夏樹が美波より女の子として上と言いきることはできませんね。

次回はタグにもある夏樹と雄二の絡みがメインです。それと、以前の投稿時には無かった自己解釈が入ると思います。次回の投稿は明日の朝を予定していますので、そちらもよろしくお願いします。


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第七話:切札を切るタイミングは?

予告通りに他の小説との大きな違いが出始める時期まで進みました。今回は明久が美波と一緒に戦っている裏でのFクラスが舞台です。このお話で初めて明確な独自解釈・独自設定が現れます。自分なりには結構説得力があると思っているのですが、少し不安です。



「『神父はジャン・ヴァルジャンがいつの日か改心できることを信じていたため』っと」

 

 私は今、現代国語の補給試験を受けている。……無記名だったのは英語の試験だけなのになぜかって? その理由を知ってもらうには一時間近く前にあったことを話さなくてはならない。

 

 

――1時間半前――

 

「夏樹。お前がFクラスに入るために英語を無記名で出したことは知っているが、現国と数学はどうだったんだ?」

 

 私の英語の試験が終わったのを見計らってもっちーが尋ねてきました。

 

「えっと、数学はまずまずで、現国は相性最悪だったよ」

 

 聞いてくる意味は全く分かりませんでしたが、無視するというのも酷いと思うので正直に答えました。

 

「まあ、現国はあの問題ならそうだろうな。よしっ! 折角だ。数学と現国の試験も受けていけ。もしかしたら振り分け試験より相性が良いかも知れんからな」

 

 それを聞いた私は多分ものすごいしかめっ面をしていたと思います。……見れないから確認しようがなかったけど。

 

 今は少しでも早く戦場に行かなければならず、そのために隣の席のひめひめはハイペースで試験を解いているのに、私に英語以外の試験もさせる意味が分かりません。相性最悪だった現国ならまだしも、まあまあだった数学をDクラス戦のために受ける意味があるとは思えません。そんなことをしている間にも戦争は大詰めに……、

 

「……もっちー。なんだかんだ理由をつけて私をDクラス戦に出さない気?」

「なんでそう思うんだ!?」

 

 もっちーは明らかに驚いた表情をします。そして、心外だと言いたげな感じが口調にも表れる。でも、私にそんなのは通じません。たぶん、今言った二つが終わっても他の科目をだしにして私をこの教室に留めておくつもりでしょう。

 

「ダウト。バレても良いって思っている程度の嘘なら、少し表情を見ていればそれが嘘か本当かは分かるよ」

 

 まぁ、本気で観察していれば大抵の嘘は見破れるんですけど、言う必要はないですよね。

 

「ふっ、まあな。別にお前なら話してもいいと思っていたから否定はしない。ちょっと、こっちに来い」

 

 もっちーに手招きされ、教室の隅の方に二人で移動します。

 

「なんで私をDクラス戦に出したくないのさ。次にAクラスと戦うまでにあっきーとの連携を練習しなきゃいけないし、他の皆も私の召喚獣の特性を知っとかなきゃダメでしょ?」

「お前は他言するような奴じゃないし、お前が言う通りどうせバレても良いからはっきり言うが、次の相手はAクラスじゃない。加えて言うなら、そもそもAクラスとクラス単位で戦う気はない」

「はいぃ?」

 

 もっちーの言っている意味が分からない。私たちの最終目的はAクラスのはずだし、クラスで戦争をしないでどうやって試召戦争をする気なのだろうか。それに、もっちーは私の質問に答えているようで答えていない。百歩譲って最終目標としてAクラスを狙わないにしても次がDクラスより上のクラスであることは間違いない。だったら、ここで連携の練習をするべきというのは変わらない。

 

「意味が分からないって顔だな」

「そりゃそうでしょ。最終目標を変えるにしても、やっぱりここで練習は――」

「バカを言うな。最終目標を変えたりはしない。俺の狙いはあくまでAクラスとの代表同士の一騎打ちだ」

「もっちーの考えが全然分からないよ。それと私がDクラス戦に出ないのと何の関係があるのさ」

「正直に言うと、お前の召喚獣はギリギリまで隠しておきたい。Aクラス確実であり、学年中で有名な姫路の存在はどうせ明日には全クラスにバレる。隠し玉として使えるのは今日だけだ」

 

 確かにそうだ。今日のうちにひめひめがいないことがAクラスで話題になり、そのことが学年中に広がるのにそんなに時間はかからないだろう。

 

「だが、お前の召喚獣は初の召喚獣演習でバグって突然消えてから周りがなんて聞いても問題は解決したとしか言わず、その後はお前だけ別カリキュラムになっただろう。だから、元Cクラスと元Dクラスの奴以外はそもそもお前の召喚獣が特別だと言うことを知らないし、お前の召喚獣の特性を知っているのは元Dクラスでも俺達4人だけだ」

 

 もっちーの言う通りで私の召喚獣は初めて召喚したときにおかしな現象を起こし、その問題は一応落ち着いたけど、とある事情と原因究明のため私だけ別カリキュラムの授業を受けていたし、休日に何度か学園長に呼ばれて実験をしたこともある。……もちろん休日分は研究アシスタントのアルバイト扱いで謝礼はもらってるよ?

 

「だから、そんな謎の召喚獣の存在を土壇場で知っても対策なんて立てられない。むしろ混乱するだけだ。そうなれば、色々と交渉しやすくなる。だから、今回はお前の戦闘を見せるのは避けて、次のクラスのときはお前と明久のコンビをメインに戦略を立てるつもりだ」

 

 なるほど、下位クラスだと侮っていたところにひめひめ以外にも強札が、それも規格外な札があると分かれば戦略は立てにくいよね。それも戦争の前日にギリギリで分かったんじゃあ。でも、出し惜しみしてここで負けたら意味がないと思うんだけど。

 

「大丈夫だ。姫路の準備が整うまで時間稼ぎに徹して戦闘していれば問題ない。まあ、変ないざこざで戦場が乱れれば分からないが、いくらFクラスでも戦争中に関係のない問題を起こすような、そんな救いようのないバカはいないだろう」

 

 私の不安を察したのかもっちーが微笑みながら説得してきます。でも、

 

「もっちーももっちーで十分バカだと思うよ? 狙いを二人も外しているし」

「何のことだ?」

 

もっちーは少し不機嫌そうな顔で私の問いに応じます。確かにバカと言われれいい気分はしないだろうけど私にも言い分はあります。

 

「だって、代表を狙って点数調節したんでしょ? でも、私とひめひめが普通にやってたら他の誰かが代表だったよ?」

「……お前はバカか?」

 

 しかし、もっちーは私の言い分を聞くと、溜息をついた後に私に呆れた目を向けてきます。喧嘩売ってんのか、この野郎。

 

「俺がそんな面倒なことをするか。普通に受けてもFクラスなのは大体分かってたからな。お前が考えたような面倒なことはしてねぇよ。単純にテストの勉強を一切しなかっただけだ」

「えっ? でもそれじゃあ望み通り試召戦争ができるとは限らないんじゃない?」

「俺の代わりに代表になるようなのはFクラスレベルのバカか、Eクラスの部活バカだぞ」

「言葉は悪いけどそうだろうね」

「だったら、俺がそんなバカの手綱を取れないとでも?」

 

 自信満々かつ悪人じみた表情を見て、私は彼の言葉に納得しました。少し想像力を働かせると目の前の男が言葉巧みにクラス代表を操り、傀儡(かいらい)にしている様子がありありと浮かんできました。確かに、この男なら面倒くさい点数調査と点数操作をして代表になるよりは代表者を唆して戦争に誘導する方が自然な気がしました。そう考えると、他人の行動分析や思考誘導に長けたこの男が事前にしっかりと練った作戦なら結構信頼できる気がしてきました。それに、あっきーもいざというときは結構頑張る男なのでもう少しクラスメイトを信頼してゆるり構えていても良いかもしれません。

 

 

 

――回想終了――

 

 

 と、言うわけで私は皆を信じて試験に徹しているのです。既に数学は終わらせ、解答をしてもらっているのですが、振り分け試験よりかなり手ごたえを感じました。今やっている現国にしてもかなり相性がいいです。これなら最高点を大幅に更新できるかも。

 

『――放しなさい! 私は戻って吉井を殺さないといけないの』

『まずい、島田が錯乱している』

『落ち着け、島田。今は戦争中なんだから仲間割れは――』

『おい、島田が止まらねぇよ。もう1人くらい手伝ってくれ!』

 

 ……なんだろう。廊下がものすごく騒がしい。いや、騒がしいの自体は戦争中だから仕方ないけど、ここは本陣なんだからまだマシなはずだし、明らかに戦争とは関係ない内容な気がする。

 

「夏樹! 試験はどんな感じだ!」

 

 様子を見に行ったもっちーが慌てて教室に戻ってきた。

 

「坂本くん! 試験中です。あなたが神谷さんと話すなら神谷さんはカンニング扱いになりますよ」

「くっ! だったら夏樹。これはあくまで俺の独り言だ。適当に聞き流してくれ。どうやらウチには救いようのないバカ共がいたようだ。島田が暴走してそれを押さえるのに補給試験を受けようとしていた奴が何人か出て行っちまって補給が遅れそうだ」

 

 えっ? 一体しまっちは戦争中に何をやってるのさ。仮にも一部隊の副官なんだからしっかりと責任もって行動してよ。

 

「だから、現国はなるべく早く切り上げてお前も戦線に加わってくれ! 畜生! こうなりゃ、確実性は落ちるが元々の作戦だけでいくしかねぇ」

「わ、分かった。今もらった用紙の半分は漢字の問題だから、それだけ埋めたら採点にまわすよ」

「っ!? 今すぐに……いや。それでいい。だが、なるべく急いでくれ!」

「オーケー! 飛ばしていくよ」

 

 そして、既に試験が終わって採点の順番を待っていた人の列がどんどん短くなり、ようやく私の試験の採点が始まった。一応、私の試験終了と採点を待っているうちにしまっちはなんとか落ち着いて須川君とともに戦場に戻っていた。しっかりやってくれてるといいんだけど……。

 

「はい。これで神谷さんの採点は終わりましたよ」

「ありがとうございます!」

 

 私は慌ててお礼を言うとFクラスの教室を飛び出した。……そういえば、少し前に戦場にいったはずの須川君が教室に入ってきて、もっちーと何か話していたけど、あれは一体なんだったんだろう? いや、今はそんなことは気にせずに戦場に急がなきゃ!

 

「もう少ししたら俺も援軍を連れて合流するが、それまでお前が戦線を維持しろ! こうなったらお前の強さを思いっきり見せ付けてウチのクラスの士気を存分に高めてやれ!」

「了解! 待ってるからね、代表♪」

 

 私はもっちーの言葉を背に受けて戦場へと駆け出します。

 

 

 ――そして、FクラスとDクラスの戦場に最悪にして最弱の召喚獣が解き放たれた。

 




はい、この小説の独自解釈は雄二は点数調節をしてFクラス代表になった訳ではないということです。これは原作では全く語られていないにも関わらず、バカテス二次ではお決まりとなった設定ですが、自分はそこに切り込んでみました。この設定を適用すると原作でも姫路が体調を崩さなければEクラスの最下位が代表になっていて、雄二の計算が狂っているんですよね。さらに、よくあるオリ主物ではオリ主も明久を追ってFクラスに入り、オリキャラの数だけ計算が狂い、雄二の株が落ちてしまうんですよね。

ですが、この作品では雄二はハニトラには弱くても、しっかりとした策士・軍師キャラとして書きたいので代表を狙う気はなかったということにしました。自画自賛かもしれませんが、実際に書いてみると、面倒臭がりの雄二ならこの設定のように狙ってないのに代表になったという方が自然な気がします。

今回のラストは以前のサイトでもちょっと厨二臭かったかな、と思いましたが、以前のサイトの感想でそんな風には思わないと言ってくださった方が多かったのでそのままにしておきました。

次回は夏樹の召喚獣の特性が明らかになりますので、お楽しみに。


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第八話:悪魔が来たりて……

どうも、以前のサイトの書きためを切り崩しているシュレ猫です。他の作品を見るにこのサイトでは主人公最強系や特定キャラ断罪の方が受けるみたいですけど、この小説はそう言ったことは少ないです。そうした物を楽しみにしている方にはつまらない作品かもしれませんが、そうした作品に辟易、もしくは食傷気味の方には楽しんでいただける作品だと思っています。

では、いよいよ本文、今回は夏樹の初戦闘をお送りします。


『塚本、このままじゃ埒があかない!』

『もう少し待っていろ! 今数学の船越先生も呼んでいる』

 

よし、無事戦場に到着しました。しかも、相手は数学の先生を呼んでいるらしいし、Fクラスもとい私に運が向いてきたね。

 

 ピンポンパンポーン《連絡致します》

 

 ん? 何、これ? えっと、この声は須川君だよね。一体何をする気なんだろう。

 

《船越先生、船越先生》

 

 えっと、先生の呼び出しかなぁ? 戦争中に何でそんなことするの。……それに、折角数学は結構いい点数が取れたんだけど、その数学担当の船越先生をどこに呼び出すの?

 

《吉井明久君が体育館裏で待っています》

 

 はいぃ? なんでここであっきーの名前が出てくるのさ。

 

《生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです》

 

 な、なんてことをしてるんですか! あの婚期を逃してついに生徒達にまで迫るようになった船越先生ですよ! なんて酷いことをするんですか。

 

 しかも、しかも、今回の数学は自信を持って見せられるくらいにはいい点数が取れたのになんでそれをさげちゃうんですか。……須川君が単独で思いついたとは思えないから、誰か助言者がいるよね。あっきーを弄るのが好きで、尚且つ頭が回る人物。あはっ♪ 該当者は一人しかいませんね。1個目なら何人かいますけど、2個目も同時に満たすのはFクラスにはもっちーしかいません。

 

 となると、指示したタイミングだけど。それは私が採点を待っているときしかないよね。もっちーは私が数学がそれなりにできたことを知っているのになんで船越先生を遠ざけたの? 私の数学を隠したいとか、私の採点が終わるタイミングを読み違えたなら仕方ないけど、あっきー弄りが目的ならあなたも救いようのないバカの仲間入りだよ。

まあ、みんなが私のモットーがどんなものか忘れたのならもう一回教えてあげないとね♪ 私は普段はあくまで忠告で言ってるだけだから本当に実行するのは珍しいんだよ?

 

「須川ぁぁあああああっっ!」

 

 まあ、「悪意には悪意を」というモットーの再教育は後に回すとして、今は戦争に集中しなくちゃいけないので、叫んでいたあっきーに近づきます。

 

「あっきー、あっきー」

「なにっ! って、夏樹!? 随分遅かったけど、何かあったの?」

「ううん。私の方は何の問題もなかったよ。むしろ問題はこっちだと思うんだけど、……なんか戦争に関係無いいざこざあった?」

「……滅相もございません」

 

 思いっきり私から目をそらすあっきー。暴れていたのがしまっちな時点で相手はあっきーだと思っていたけど、やっぱりね。まあ、今はそれを責めても仕方ないし、早速戦闘を開始しますか。

 

 とはいってもこの科目じゃあ私達のコンビの最大の実力は発揮できないし、初見の相手なら私一人で十分だから、ここで中途半端にコンビの実力を見せるのはよくないよね。

 

「あっきー、私はあっちの化学フィールドを受け持つから、総合科目は任せたよ。上手く指示を出して少しでも戦死を減らして」

「あっ、夏樹! だったら僕も化学フィールドの方が――」

「大丈夫、私達コンビの活躍は決着寸前にドーンと見せて驚かせてあげよう」

 

 総合科目フィールドはあっきーに任せて、私は化学フィールドに飛び込みます。化学は自信がないけど、相手は5人くらいしかいないし、みんなの消費具合を見たらどうにかなりそうな点数でした。

 

「布施先生! 現在このフィールドにいる全てのFクラス生徒の代わりに神谷夏樹が全Dクラス生徒の勝負を受けます」

 

 試召戦争では対戦を申し込まれた後に召喚を行わないと敵前逃亡扱いで補習室行きになってしまいます。しかし、一度召喚を行えば召喚フィールド内に他の自軍生徒がいて、その生徒が勝負を肩代わりした場合に限りフィールドを出ることが可能となります。

 

「Fクラスのみんな! このフィールドはちょっとの間私が受け持つから、みんなは少し外で待ってて。全員の点数を半分近くまでは減らしてみせるから、私が指示したらまたフィールドに戻って止めをお願い!」

 

『うぉぉー! 神谷さん、めっちゃカッコいいです!』

『男前です。これからは姐さんって呼ばせてもらいやす』

『姉御! 後はよろしく頼みます!』

 

 ちょっ!? 誰よ、姐さんとか姉御とか言ってるのは! 私はそんなキャラじゃないし、止めはあなた達でさしてって言ってるでしょ!

 

 ……不満だけど、愚痴ってもしょうがないよね。

 

試獣召喚(サモン)!」

 

Fクラス 神谷夏樹 化学 85点

 

 私の足元に幾何学的な模様が現れ、召喚獣がその姿を現します。黒いズボンを穿き、白いベストの上に背中側の裾が長く先が二つに分かれた上着を着て、手には上品そうな白い手袋を付けています。私が普段背中まである髪をうなじのところでまとめているのに対し、召喚獣は同じ長さの髪をポニーテールにしているという違いこそありますが、その姿はデフォルメした私といった感じです。ちなみに私の点数もきちんと頭上に表示されていますよ。

 

 ……ですが、なぜこの装備なのですか。百歩譲って鎧でないのはいいでしょう。実際あっきーの召喚獣は改造制服ですし。でも、いくらなんでも男性用(・・・)正式礼装(燕尾服)はないでしょう? 私はれっきとした女の子なんですよ! もっと可愛い装備がよかったですよ!

 

『おい、なんだあいつの召喚獣の装備』

『あんな装備見たことあるか!?』

 

 フィールドにいた他の人たちも騒いでいます。ただ、彼らが注目しているのは召喚獣の服装ではなくその手に握られた物体。

 

『竹笛じゃねぇか。あんなモンでどうする気だ!?』

 

 うん! 戦場にも服装にも見事にミスマッチだね♪ フィールドにいた生徒達は私の召喚獣の武器を見て考え込んだり、呆気にとられたりしていて召喚獣を操作することを完全に忘れています。……Dクラスの人たちはそれで良いけど、Fクラスのみんなまで同じ有様って言うのはどうなんでしょう。ここは活を入れるためにも大声を出します。

 

「ほら、Fクラスのみんな! 折角Dクラスの召喚獣の動きが止まっているんだからさっさとフィールドから出て行きなさい!!」

 

『す、すみませんでした、神谷さん!』

『今すぐ出て行きます、姉御!』

『あっ、お前らいつまでぼーっとしているんだ。Fクラスの奴らが逃げちまったじゃないか』

 

 ……本当に姉御っていうのはどうにかならないんでしょうか。

 

 私はFクラスのみんながフィールドから出たのを確認すると、Dクラスの人たちに対してできるだけ余裕を持った笑みを浮かべ、召喚獣に指示を送ります。

 

 その指示を受けた私の召喚獣が竹笛を構え、吹き口を唇に触れさせる。そして、悪魔の演奏が始まります。勿論私の召喚獣に物理干渉能力はないのであくまで召喚獣が吹く真似をしているようにしか映りませんが、その演奏は確実に空気以外の何かを震わせています。傍目には何も起こらず2秒ほどが経ったでしょうか。急に演奏を始めたことは勿論、何も起こらないことに困惑してDクラスの人たちは手を出しあぐねています。

 

 でもね、フィールドをしっかり見ましょうよ。変化は確実に訪れているんですよ?

 

Fクラス 神谷夏樹 化学 85点→81点

 

 まあ、私の点数ですから気付きにくいのでしょうがね。ほら、ぼーっとしている間に悪魔の演奏が効果を現しますよ? さあ、更に4秒が経ちました。

 

Fクラス 神谷夏樹 化学 81点→73点

  VS

Dクラス 鈴木一郎 化学 92点→88点

Dクラス 笹島圭吾 化学 99点→95点

Dクラス 中村修二 化学 82点→78点

Dクラス 倉田公江 化学 84点→80点

Dクラス 遠山信吾 化学 103点→99点

 

『はあ? なんで攻撃も受けてねえのに俺の点数が減ってるんだよ!』

『ちょっと、あんたの召喚獣だけじゃないわ。私の召喚獣もよ!』

『おい、俺らみんな同じように点数が減ってるぞ!』

 

 おお、よくこの短時間でみんな同じ速度で点数が減ってるのに気付きましたね。でも、そうして騒いでいる間にも悪魔の演奏は続いていますよ。はい、もう9秒追加ですっ♪

 

 さらに演奏が9秒続いたことにより私の点数は18点減り55点になってしまいましたが、Dクラスの人たちも全員が9点減少しています。

 

これこそが私の召喚獣の特性。私の召喚獣が演奏している間、私の召喚獣は1秒毎に点数を消費することで、フィールドにいる他の召喚獣に元々持っている防御力を無視してその半分の点数分のダメージを与えます。

 

『おい、アイツの召喚獣が演奏してから点数が減りだしただろ、だったらアイツを戦死させれば』

『おっしゃー、覚悟しろやFクラス!』

 

 16,7秒の相談の末、相手の一人が私の召喚獣に飛び掛ってきます。ですが、1人しか攻撃してこないなんてダメダメですね。どうせ、40点を切っている召喚獣だからと油断したんでしょうが、それは大きな間違いです。

 

私の召喚獣は40点を切っているとは思えない速度で、何も考えずに突進してきた相手をひらりとかわして演奏を続けます。

 

 これが特殊な攻撃法を持つが故の性質で、私の召喚獣は一度演奏を始めるとその演奏が止まるか、ダメージを受けるまで演奏開始時のパラメーターから変化しません。よって、85点の召喚獣の速度を持ってすれば、6,70点しかない召喚獣のがむしゃらな攻撃をよけるのはわけありません。

 

『よしっ! 姐さんの援護だ。試獣召喚(サモン)

 

 Fクラスの1人がフィールドに飛び込んできて、私がかわしたDクラスの生徒に止めを刺します。……なんてことを!

 

「バ、バカ! 私が指示を出すまで待っててくださいよ!」

 

 相手の生徒は大振りをして体勢を崩していたためにすぐに倒すことができましたが、私が怒鳴っているうちに更に3秒が経ちます。

 

Fクラス 神谷夏樹 化学 39点→33点

Fクラス 福村幸平 化学 69点→68点

  VS

Dクラス 鈴木一郎 化学 62点→59点

Dクラス 中村修二 化学 52点→49点

Dクラス 倉田公江 化学 54点→51点

Dクラス 遠山信吾 化学 73点→70点

 

『えっ!? なんでっすか!? 普通こういう攻撃は敵だけにダメージを与えて、味方は平気って感じでしょ?』

「バカ! だったらあなた達を下げた意味がないでしょ! この攻撃がそんなに都合のいい攻撃なはずがないじゃない! 放射状に広がる音でどうやって狙いを定めるのよ!」

 

 ですが、口論をしているうちに更に11秒。そろそろ頃合ですね。後3秒ほどで演奏を止めるよう召喚獣に命令を送り、フィールド外に待機していたクラスメイトに指示を送ります。

 

「さあ、みんな。もう相手の点数はFクラス未満の人がほとんどだよ! 一気にやっつけちゃえ♪」

 

 口論にかかった11秒とその後も演奏させ続けた3秒、更に始めに効果が現れるまでのタイムラグ分の2秒をあわせた16秒分の点数、つまり16点がDクラスの点数から引かれます。ここまで減らせばウチのクラスが負けようがありません。だって、一番点数の高い人でも54点ですよ? 私の指示でフィールドになだれ込んだFクラスの人たちは残っていた4人のDクラス生に止めをさし、補習室送りにしてしまいました。あっきーももっちー率いる援軍と合流できたし、これで見事任務完了です♪

 

 ……召喚獣の操作に集中していて良く見ていないのですが、あっきーに任せた総合科目フィールドでは霧島さんのスカートがどうとか、島田さんがどうとか、消火器の噴出音とが聞こえ、挙句にスプリンクラーまで発動していたのですが一体なんだったんでしょうか?

 

 




今回のお話でお分かりのように夏樹の召喚獣の反則的な能力とはフィールド内の全体攻撃でした。

 この設定が気に入らない方がおられるかもしれませんが、よくある最強系のように適当に作った設定ではありませんよ? 実際、某スパコンを束にしても叶わない脳内の有機コンピューターで世界を書き換えるラノベの作者のようにやりたい描写ありきですが、その描写を作品に出すからにはなぜそんな能力になったのかやデメリットについてしっかりと考えてから作品を作っています。今回の自分の点数は他の召喚獣の倍減るというのもデメリットですし、彼女の召喚獣のデメリットはこれだけでは終わりません。今回この設定に不満を持った方も、次の更新でもう一つのデメリットが出てきますのでその時に許されるか否かをご判断ください。

 あっ、どうでもいいことかもしれませんが、DクラスやFクラスのセリフを作中に書いた経過時間内に喋ることは可能です。ストップウォッチ片手に10回は計測して時間を決定しました。

それでは次回もお楽しみに。


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第九話:決着!Dクラス

どうも、作者のシュレ猫です。今回はDクラスとの決着まで進みます。その中で前話のあとがきで触れた夏樹の召喚獣の特性とデメリットについて描写していきます。

それでは本編をどうぞ!


 うーん、化学フィールドの味方を助けられたのはいいのですが、少し困りましたね。化学フィールドは私がしっかりと最初の位置に保っていたのに対して、総合科目フィールドは徐々にFクラス側に下がりながら戦闘していたので、総合科目フィールドにいた人たちはFクラスの援軍と合流できたのですが、私達化学フィールド組は援軍と切り離されてしまいました。

 

 このままでは私達はさっきまでFクラスを追っていた人たちとDクラスの援軍とで挟み撃ちにされてしまいます。どうするべきか考え込んでいるともっちーが余裕を持った顔でDクラスの援軍の方を指差します。

 

 その指の先を目で追ってみるとそこには数学の木内先生が。なるほど、痺れを切らしたDクラスが採点要因の木内先生を立会いに連れてくるのを予想して、船越先生を他の場所に移したんですね。私が1人で殿をつとめられる状況し、且つ補給に戻っていた敵もおびき出すためにタイミングを計算していたんですか。流石は代表♪ ご褒美としてお仕置きするかどうかはあなたの運に任せてあげますね。

 

「みんなは布施先生を連れて援軍と合流! 援軍との間に何人かDクラスの人がいるけど、援軍と協力して駆逐するくらいの勢いで行っちゃいなさい!」

『分かりました! 姐さん』

『でも、姉御は1人で大丈夫なんですか?』

 

 姐さんとか姉御とかの呼び方は勘弁して欲しいけど、みんなの心配はとても嬉しいです。でも、今回のテスト、立会人が数学の木内先生、相手は所詮Dクラス、これだけの条件が揃っていては負ける可能性は全くありません。

 

「私の心配は良いからさっさと行って」

 

私はそう言うと同時にDクラスの援軍に向かって走り出します。

 

「木内先生、Fクラス神谷夏樹がここにいるDクラス全員に勝負を挑みます」

「許可します」

「行っくよぉー。試獣召喚(サモン)!」

 

 サモンの掛け声で私の足元に燕尾服を着た召喚獣が現れます。でも、さっきと違い――

 

『あれ、夏樹さんの召喚獣の楽器がさっきと違くないか?』

『ああ、さっきは竹笛だったよな』

 

そう、先ほどとは違い私の召喚獣はヴァイオリンを手にしています。これは私の召喚獣に起きたバグに関係する現象です。私の召喚獣の武器、というか楽器は点数に応じて変化し、基本的に高得点になるほど服装に相応しくはなりますね。……まあ、竹笛からヴァイオリンに変わってもメリットはそれほどないんですけどね。

 

『はあ? バカのFクラスがこの人数相手に1人で勝てるとでも思ってるのかよ』

『身の程ってモンを教えてやろうか? 試獣召喚(サモン)

 

 ふぅっ、Fクラス相手だからって酷い罵倒だよね。こんなか弱い乙女にそんなことを言えるなんて性格が悪いです。でも、そういう罵倒は私の点数を見てからの方が良いですよ?

 

Fクラス 神谷夏樹 数学 352点

  VS

Dクラス 7人   数学 平均103点

 

『げぇ! 何だありゃ。Aクラス上位並の点数じゃねえか!』

『なんでそんな奴がFクラスにいんだよ!?』

『はっ! 見たか、てめぇら! しかもなぁ、姉御はFクラスに入るために手を抜いたから本当の実力はこんなもんじゃねぇんだよ!!』

『数学の女帝を舐めんな!』

『何! 数学の女帝だと! まさか、あの女がそうなのか!?』

 

 やめてぇー! ここでまで『数学の女帝』なんて恥ずかしい名前を叫ばないでぇー! しかも、中堅部隊だったみんなは知らないだろうけど、私は数学を受けなおしてこの点数なんだよ? そんなこと言われたら「数学の試験を受けなおした」なんて知られるわけにはいかなくなっちゃうじゃない!

 

「ほら、そんなところで野次ってないでさっさと撤収!」

 

 取り合えず文句を言うのは後回しにして、指示を出します。今は戦争中。戦争に集中しないとね。……私は戦争中に他のことに気をとられるおバカさんに非ず。

 

 そして、私の召喚獣がヴァイオリンを構える。さあ、悪魔の演奏の第二幕が始まりますよ。そして、召喚獣が右手に持った弓がヴァイオリンの弦を震わせます。さっきよりテンポを上げますから、のんびり構えていると置いていきますからね?

 

『安心しろ! どうせ1秒に1点しか減らないんだ。落ち着いて7人で取り囲めば問題ない』

 

 総合科目フィールドからチラ見していたのか。外野が指示を飛ばします。そんな言葉で安心するおバカさんにはこれから混乱してもらいますかね? 演奏を始めて10秒が経ちました。それにより、私の点数は342点になってしまいましたけど、Dクラスの召喚獣たちは全員16点のダメージを受けています。

 

『おい、どこが1点なんだよ!』

『てめぇ! 卑怯な攻撃してんじゃねぇよ』

『いくぞ!』

 

 混乱して全員で取り囲むことも忘れ、2人ほど飛び掛ってきます。でも、そのタイミングもバラバラ。何がしたいのでしょうね?

 

「お客様方」

 

 私はおどけた口調でからかい、演奏を続けさせながら召喚獣を飛び上がらせます。

 

「演奏中の奏者への乱暴は――」

 

 先に飛び込んできた召喚獣の横腹に右足で蹴りを入れ、その足を支点にして半時計周りに体を回転。続けて飛び掛ってきた召喚獣の腹部に後ろ回し蹴りを叩き込みます。

 

「――マナー違反ですよん♪」

 

 2体の召喚獣はフィールドの端まで吹き飛びます。

 

『おい、大丈夫かよ! 300越えの召喚獣の攻撃なんか食らったら!』

『やべぇー、補習室は嫌だぁー』

『あれっ? お前の召喚獣の点数の減り、俺の召喚獣と一緒じゃねぇか?』

『マジだ! まともに蹴りを食らったのに全然減ってねぇぞ!』

 

 ……これが私の召喚獣のもう一つの性質。いえ、欠陥です。私の召喚獣は他の召喚獣に触れること自体はできますし、攻撃を加えることで体勢を崩すことはできます。しかし、どんなに点数差が大きくても、殴る蹴るなど通常の召喚獣ならダメージを与えられる行動によって相手の点数を減らすことができないのです。

 

よって、確かに多人数を相手に全体攻撃を行えると言うのは私の召喚獣の強みですけど、たった1人しかいない状況でも点数を犠牲にして放つ全体攻撃でしか点数を削れないという欠陥でもあるんです。

 

 まあ、その辺は代表であるもっちーの采配に任せましょう。頼りにしてるからね、もっちー♪

 

 その後、50秒という時間はあっという間に過ぎていきました。そもそも、時間とともに速度を減じていく召喚獣が連携も取らずがむしゃらに突っ込んできたところで300点台後半の召喚獣を捕らえることはできませんよ。そして、数学フィールドにいたDクラスの人たちはにしむーに補習室に連行され、両軍ともに撤退が完了していたために廊下には私1と木内先生だけが取り残されました。……少しここで指示が来るのを待ってましょうか。

 

 ふむ、あれから10分ほど待ちましたけど、とてつもなく暇ですね。どうしましょうか。英語の遠藤先生辺りを呼んでDクラスに向かって思いっきり蹂躙しますかね? それとも、やっぱり指示が来るのを待った方がいいのでしょうか?

 

 そんなことを考えているともっちーが部隊を引き連れてやってきました。

 

「もっちー、随分早く戻ってきたね。補充はいいの?」

「ああ、お前が思いのほか倒してくれたおかげだな。総合科目で点数を消費した奴は教室に残してきたが、1,2教科しかダメージがない奴が結構いたから、そいつらを連れて今頃のんびりと補給試験を受けているであろうDクラスを一気に叩く! お前の活躍で士気も大分高まったからな。その勢いを無駄にする手はない」

「分かった。教科の采配は任せたよ、代表!」

「とりあえず、Dクラス代表の平賀は文系だからな。近くに現国と古典の教師がいるはずだ。今回の現国なら問題ないだろう。……だが、間違っても古典の教師に近づくなよ?」

「勿論! そんなことになったら即終了だもん」

 

 その後、私たちはDクラス近くまで進軍し、数人をDクラスに飛び込ませる。これで平賀くんを反対の扉から廊下に出す作戦だったんだけど、相手にも補給試験を受けなくても戦える人がそれなりにいたみたいで、平賀くんは近衛部隊と数人の生徒とともに廊下に出てきた。うーん、意外に残っていたね。

 

 教室に飛び込ませた人員は挟み撃ちされないようにDクラスを見張っていてもらわなければならないので、廊下に残っていた私達だけで何とかしないと。廊下には戦争をしている私たち以外はいないので平賀くんたちはどんどん遠ざかっていきます。早く追わなくては!

 

 みんなが近衛部隊の何人かとそれ以外を引き付けてくれているうちに、後ろの様子を確認しながら私は平賀くんに近づきます。丁度現国の竹内先生の方が平賀くんに近いですし。チャンスは今です。

 

「竹内先生! Fクラス神谷が――」

「Dクラス玉野美紀、試獣召喚(サモン)

『その他、近衛部隊も受けます。試獣召喚(サモン)

 

 くぅ、やっぱり近衛部隊しか召喚してくれませんか。しかも、120点近くの近くの相手が4人もいるのは私1人では荷が重いですね。ですが、泣き言は言いませんよ。

 

「試獣召喚《サモン》!」

 

 そして、こんどはフルートを手にした私の召喚獣が現れます。

 

Fクラス 神谷夏樹 現代国語 181点

 

 やっぱり、試験時間の三分の二位しか使えなかったのが痛いですね。

 

『みんな、アイツ攻撃を食らったってダメージはないんだから強気で行けば大丈夫だ!』

 

 やっぱり、私の召喚獣の通常攻撃力が0なのがバレていますね。今までの相手と違い比較的落ち着いています。そして、フィールドの端で演奏を始めた私の召喚獣に向かって4人がほとんど同じタイミングで飛び掛ってきます。しかも、上手く隙間をなくしていますね。これでは演奏を続けながらよけるなんて至難の業です。だから、私は微笑み、こう口にするのです。

 

「助けてぇー、ダーリン♪」

 

 私の声と同時にフィールドに飛び込む生徒が一人、改造制服を着たその生徒の召喚獣は思わぬ援軍に対応できなかった正面の召喚獣に木刀で突きを入れ、その隣の召喚獣の足を払って転ばせます。そうして私の召喚獣は大きく開けた道を悠々と進み、残る召喚獣はさっきまで私がいたところで味方同士で衝突してしまいました。

 

「夏樹、そんな呼ばれ方するとさっきの野太い声の大合唱を思い出すから止めてよ」

「あらあら、あっきーは可愛い女の子に『ダーリン』って呼ばれて嬉しくないの?」

「夏樹にそんな気がないのは知ってるからね。そもそも、親友に言われても違和感しか感じないよ」

 

 この戦争でようやく同じフィールドに立った私達は軽口を叩きあいます。でも、その間も召喚獣に指示を出すことは忘れずに私は先ほどあっきーが突き飛ばした召喚獣が起き上がるのを見計らってあっきーの方に蹴り飛ばします。足払いで無様に転んでいた召喚獣に止めを刺していたあっきーは私が蹴り飛ばした召喚獣の胸に思い切り突きを叩き込み戦闘不能にします。これで後2人。ちなみに演奏を始めて26秒、あっきーが飛び込んだのは今から15秒前。それで、今残っている召喚獣の点数があっきーが飛び込んだ後からどうなっているかというと、

 

Fクラス 神谷夏樹 現代国語 159点→129点

Fクラス 吉井明久 現代国語 65点

  VS

Dクラス 玉野美紀 現代国語 111点→96点

Dクラス 遠藤幸作 現代国語 114点→99点

 

 そう、これこそが私の召喚獣とあっきーが相性抜群だという理由です。実は私の召喚獣は演奏によって召喚獣にダメージを与えているのではなく、正確には召喚獣と試召システムのリンクを利用してシステムにジャミングのようなことを行い、それがダメージとなっているのです。

 

そして、観察処分者の試召システムは通常の試召システムとは別領域で動いています。よって、通常の召喚獣のためのジャミングデータは観察処分者の召喚獣にとっては何の苦にもならず、あっきーだけが私の演奏下でも点数の消費を気にすることなく落ち着いて行動することができるのです。私の召喚獣が相手に確実にダメージを与え、私の演奏を止めようとする不届き者は魔法使いを守る騎士のようにあっきーが対処してくれます。

 

どんな防御も無視してダメージを与える私と、その悪魔の演奏の中をむしろその演奏に守られるかのように動き回るあっきー。まさにお互いが最初から組み合わさることが決まっていたかのようなニコイチコンビですよね。私達コンビなら十分にAクラスに対抗できるカードになる自信があります。現に今だって操作技術で上回るあっきーが時間と共に点数が減っていく残り2人の近衛部隊も補習室送りにしてしまいました。

 

さて、平賀くんは……うっ! これ以上の追撃は無理です。なぜなら、平賀くんは今古典の向井先生の近くにいますからね。まあ、こちらの弱点を晒す必要はないのでここは余裕の演技でもしますか。

 

「さて、あっきー。折角の試召戦争なんだからクラス全員の力で勝ちたいよね」

「えっ? どうせなら僕達だけで――」

 

 私はあっきーの胸元をつかみ引き寄せます。

 

「やっぱりぃー。クラスで一丸となってなにかを目指すっていうときに仲間はずれはいけないと思うのぉー。そういう信頼関係が弱点の補い合いに繋がるんだよ」

「そ、その通りですね。夏樹様(そ、そうか夏樹の古典は)」

 

 全く、こいつは私の古典の成績を覚えていないのかしら。まあ、一般論に偽装することで私の考えも伝えたし、打ち合わせも穏便に終わったので私達は声をそろえて彼女を呼びます。

 

『それじゃあ、ひめひめ(姫路さん)。後はよろしく』

 

 平賀くんは『何を言っているんだこの馬鹿共は?』というような表情をしています。

 

「あ、あの……」

 

 そんな彼の後ろから、申し訳なさそうにひめひめが肩を叩きました。

 

「え? あ、姫路さん。どうしたの? 他のクラスはまだ授業中だったよね?」

 

 平賀くんは未だに現状を理解していないようです。まあ、当たり前ですね。ひめひめがFクラスだなんて普通は誰も思いませんし。しかし、そんな彼にひめひめはもじもじと体を小さくしながらもしっかりと言い放ちます。

 

「Fクラスの姫路瑞希です。えっと、よろしくお願いします」

「その……Dクラス平賀君に古典勝負を申し込みます」

「……はあ。どうも」

「あの、えっと……さ、試獣召喚(サモン)です」

Fクラス 姫路瑞希 古典 326点

  VS

Dクラス 平賀源二 古典 114点

 

そして、勝負は一瞬でつきました。

 

 




一応、夏樹の撃破数が多いので原作のように周りに紛れず、堂々と攻めても問題がなかったので原作より少し決着が早いです。

今回のお話で出たように夏樹の召喚獣は武器が点数によって変化します。まあ、武器と違って演奏が攻撃難で武器が違ったからなんだって話なんですけどね。

そして、デメリットは夏樹の召喚獣は他の召喚獣に対する物理攻撃ができません。例え、1000点を超える点数を採ろうが演奏という方法でしか攻撃できません。なんと哀れな。とりあえず腕輪以外は戦争にかかわる召喚獣の特性は書いたと思います。腕輪についてはBクラス戦をお楽しみに。


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第十話:喧嘩両成敗!

今回は今までの話では半オリキャラが登場します。キャラに関して意見があればおっしゃってください。彼女を描写する上で大きな助けとなります。今回の話と次の話では夏樹の人間性が今までの話以上に分かるはずです。

それでは本編です。


『うぉぉーーっ!』

 

 Dクラス代表の平賀くんが討ち死にしたという報せを聞いたFクラスの勝鬨(かちどき)とDクラスの悲鳴が混ざり、耳をつんざくような大声が校舎内を駆け巡りました。

 

「凄ぇよ! 本当にDクラスに勝てるなんて!」

「これで畳や卓袱台ともおさらばだな!」

「ああ。あれはDクラスの連中の物になるからな」

「坂本雄二サマサマだな!」

「やっぱりアイツは凄い奴だったんだな!」

「坂本万歳!」

「姫路さん愛しています!」

 

 代表のもっちーを褒め称える声がいたるところから聞こえてきます。

 

 さっきまでもっちーがいたところを見ると、もっちーはがっくりとうなだれるDクラス生徒たちの奥でFクラスのみんなに取り囲まれていた。

 

「あー、まぁ。なんだ。そう手放しで褒められると、なんつーか」

 

 頬をポリポリと掻きながら明後日の方向を見るもっちー。普段褒められなれていないから恥ずかしいのかな?

 

「坂本! 握手してくれ!」

「俺も!」

 

 もはや英雄扱いですね。まあ、あの酷い教室から自分達を解放した立役者だからあながち間違いでもないのかな?

 

 ん? あっきーがもっちーのところに駆け寄っています。あっきーも握手するんですかね?

 

「雄二!」

「ん? 明久か?」

 

 もっちーが振り返りました。あっきーはそこに颯爽と近づき、

 

「僕も雄二と握手を!」

 

 そう言ってもっちーに向けて手を突き出します。って! あのバカは包丁なんか握りこんで何やっているんですか! 私ともっちーの距離は結構離れていて、しかもその間にはDクラス生徒とFクラス生徒の塊がありましたが、私は人ごみを掻き分け二人に近づきます。

 

「ぬぉぉっ!」

 

 私が近づくより早くもっちーがあっきーの手首を押さえつけます。ほっ、よかった。安心した私はスピードを緩めます。

 

「雄二……! どうして握手なのに手首を押さえるのかな……!」

「押さえるに……決まってるだろうが……! フンッ!」

「ぐあっ!」

 

 もっちーがあっきーの手を捻りあげたことであっきーは持っていた包丁を取り落とします。これでいよいよ危険はなくなりましたね。まあ、もっちーの命の危険は去りましたし、もう止まっても問題ないでしょうかね? 歩きながらそう考えている間にも二人の会話は続きます。

 

「雄二、皆で何かをやり遂げるって、素晴らしいね」

「……」

「僕、仲間との達成感がこんなにもいいものだなんて、今まで知らな関節が折れるように痛いぃっ!」

 

 もっちーが捻りあげる手の力を強めたようです。……ちょっとかわいそうですけど、あのくらいの報復はもっちーの当然の権利ですね。

 

「今、何をしようとした」

「も、もちろん、喜びを分かち合うための握手を手首がもげるほどに痛いぃっ!」

「おーい。誰かペンチを持ってきてくれー」

 

 丁度人垣を抜けていた私は全速力で二人に近づき、それぞれの手首を掴み、引き剥がします。

 

「す、ストップ! 僕が悪かっ――夏樹?」

「どうした夏樹?」

 

 私はその問いかけに答えずに笑顔でもっちーに質問します。

 

「ねえ、もっちー。ペンチを使って一体何をしようとしていたの?」

「簡単なことだ。そいつを使ってこのバカの生爪を剥があだだだだ! 夏樹! 力を緩めろ、掴まれたところがめちゃくちゃいてぇ!」

 

 もっちーの答えを途中まで聞いた私は笑顔のまま、もっちーの手首を掴む力を強めます。

 

「な、夏樹! ありが手首が潰されるように痛いぃっ!」

「あっきー。友達に刃物を向ける悪い手はこれ?」

 

 私の行動を勘違いして感謝しようとしていたあっきーの手首も、もっちーの手首と同じ位の力で握ります。

 

「もっちーも。手首を捻りあげて少しは仕返ししたんだから、後は1、2発殴るくらいで済ませとこうよ。生爪をはがすなんてしたら拷問になっちゃうじゃない。ダメだよ? 友達に拷問なんて」

「たたたぁ。か、勘違いするな、夏樹。俺はこいつを友達だと思ったことは一度もないだだだぁ! 手首を外に向けるな! 手首だけじゃなくて肘にまで激痛がぁ!」

 

 もっちーの手首を握っていた手を前に伸ばすことで、もっちーの肘から先が体の外を向くようにします。

 

「それならどっちにしてもダメだよね? 友達に対して友達じゃないなんて言うのもダメだし、本当に友達じゃないなら赤の他人に日常的に暴力とかもっとダメ。私はあれは友達同士のじゃれあいだと思ってるから今まで二人に注意しなかったんだよ?」

 

 まあ、もっちーの方はこれでいいとして次はあっきーですね。もっちーの手を元の位置に戻して、あっきーの方に顔を向けます。

 

「あっきー。ダメじゃない。友達に刃物なんか向けちゃ」

「で、でも、夏樹! 雄二がさっきの放送の指示を!」

 

 放送? ……………………あぁ、そういえば。となると、あっきーにももっちーに仕返しをするだけの理由はあったんですね。

 

「まあ、確かにこの件にはもっちーにも責任があるね」

「そ、そうでしょ? だから――」

 

 でも、流石に包丁はやりすぎです。

 

「あだだだぁ! 肘がぁっ! 夏樹、ストップ、ストップ。肘が悲鳴を上げてるぅ!」

「だとしても、それについても1発ぶん殴るとか素手でやりなさい! 別にあの放送で死ぬわけじゃないんだから」

 

 そういって、あっきーの手首を掴む手はもっちーとは逆に手前に引き寄せ、あっきーの腕ももっちー同様に体の外を向くようにします。

 

「ほら、二人ともお互いに悪かったって分かったでしょ? だったら、ごめんなさいって謝って、お互いに今回のことは水に流そうよ」

「そんな! 高校生にもなってそんなの恥ずかしいよ」

「そうだ! 今時、お互いにごめんなさいなんてできるか! 小学生の理論じゃねぇんだぞ」

「小学生の理論だろうが、仲直りにごめんなさいが必要なのは変わらないでしょ。むしろ、変にプライド持ってこじれる大人の意地の方がおかしいの。……なんなら、仲直りの握手もさせるよ?」

「雄二! 包丁で刺そうとしてごめん!」「明久! 生爪を剥ごうとして悪かった!」

 

 流石に握手までさせられるのは耐え切れなかったのか、二人同時に謝罪をします。その言葉を聴いた私はようやく二人の手首を開放します。

 

「うぅぅっ。雄二のせいで酷い目にあった」

 

 未だにグチグチ言っているあっきーを一睨みしますが、もっちーの放送が発端なのは事実ですし、愚痴りたくはなりますよね。

 

「いってぇ。おい、夏樹。お前に掴まれたところに跡ができているんだが、どんな握り方したんだ」

「えっと、ただ全力で握っただけだよ?」

「……ちなみにお前の握力は?」

「んー。私は握力はどっちも40前後だったかな」

「夏樹。どう考えてもそれは一般女子高生の握力じゃねぇぞ」

「うーん。小学生のころはしょっちゅう家の手伝いで雑巾がけやってたからその影響かな? それはそうと、ダメじゃないもっちー! あんな放送指示したら!」

「ふっ、あの放送は俺達の勝利に不可欠だったんだから仕方ないだろう。Fクラスの生徒として勝利のためならあのくらい我慢して当然だ」

 

 ん? なんか私の求めた答えと違うような?

 

「まあ、いいや。ってことはもっちーも勝利のためなら多少の被害は我慢するんだね?」

「当然だ!」

 

 まあ、実際はそんなつもりはさらさら無いんでしょうけどね。一応言質はとりました。

 

「とは言ってもな、明久。戦争に無関係なことで同じようなことをしたら殺すぞ」

 

 何か考え込んでいたあっきーが分かりやすいくらいがっかりします。

 

 私達がそんなやり取りをしていると平賀くんが近寄ってきました。戦後交渉のことかなぁ? 別に私が戦後交渉で役に立つことはないし、ここにいなくて良いよね。

 

「もっちー。私は用事があるからもう抜けるね」

「ああ。明日教室を間違えるなよ。英語の回復試験の後に話したとおりだからな」

(よし! どうやって夏樹をここから外すかが問題だったが、こいつは好都合だ)

「分かってるって」

 

 私からあっきー、あっきーから周りの人に情報が漏れるのを防ぐために詳しい作戦は聞いていないけど、少なくともAクラスを落とすまで設備交換はしないとは聞いていました。なので、戦後交渉でどんな交換条件を出すのかは分からないけど、大筋は分かっていますから、もっちーと平賀くんの交渉内容については一切気になりません。なので、私は目的の人物を探しにいきます。まだ下校していないと良いんですけど。……私が抜けるって言ってもっちーがちょっと嬉しそうになったのは何でだろう?

 

 

 

――新校舎4階――

 

 3年生のクラスを尋ねるのは初めてだから少し緊張しますね。それにしても先輩はどのクラスでしょうか。先輩の去年のクラスは知っているのですが、2年から3年への進級時も振り分け試験があるので意味がないんですよね。まあ、そう変化しているとは思えないので中堅クラスのCかDを尋ねてみますか。

 

「すみません。私は2年の神谷という者なのですが」

「あら? 2年生が3年のクラスに何の用なのかしら?」

「ええと、新野先輩はこのクラスにいらっしゃいますか?」

「ええ、すみれならこのクラスよ。すみれー! 後輩の子が会いにきているわよー」

「あっ! ありがとうございます」

 

私はまずCクラスを尋ねてみました。そこで、入り口近くにいた女の人に先輩がいるかたずねたんですが、その人は態々先輩を呼んでくださいました。てっきり、ウチの中堅クラスみたいに下の人たちを見下すんじゃないかと思っていたので、拍子抜けです。……失礼なこと考えて申し訳なかったな。

 

「えー、だれですかぁー。あぁ、夏樹ちゃんじゃないですか。久しぶりですねぇ」

 目的の人物である新野すみれ先輩が入り口近くにやってきました。

 

「新野先輩、お久しぶりです」

「んー? 夏樹ちゃんそんな呼び方でしたっけぇ? ああ、友達がいるからって気を使う必要はないですよ。いつも通りすみすみ先輩って呼んでもらわないと調子が出ません」

「え、えっと、大丈夫でしょうか?」

 

 私は新野先輩を呼んでくれた先輩の方を見て尋ねます。

 

「くすっ、随分礼儀正しい子ね。二人は知り合いなんでしょ? なら、私に構わずいつも通り話していいわよ。そ、それにしても、す、すみすみ先輩って、あ、あんた後輩にそんな風に呼ばれてたの?」

「い、いえ! よ、呼んでいたのは私だけで」

「これは夏樹ちゃん特有の渾名ですからねぇ。でも、夏樹ちゃんが名前を使った渾名をつけるのはとても仲の良い相手だけなんですよ」

「あら、羨ましいわね。それで、すみれに何の用事で来たの?」

「あっ! すみすみ先輩。放送室を使いたいんですけど、機材の使い方を教えていただけませんか?」

「そのくらいならいいですよぉー。今から使いますかぁ?」

「い、いえ。使うのはもう少し生徒が下校してからなんですけど。流石に先輩に残ってもらうのは悪いので、使い方を教えてもらったらなんとかします」

 

 もう少し生徒が減らないと噂が広まりすぎて流石にかわいそうですからね。

 

「じゃあ、私が操作してあげるので、もう少し待ってましょうか」

「そんな! 先輩だって忙しいのに申し訳ないです」

「夏樹ちゃん、機械苦手じゃないですか。下手にいじって壊されても困りますし、私も久しぶりに夏樹ちゃんと話したいですしねぇ」

「じゃあ、ウチのクラスで話していったら?」

 

 もう一人の先輩が微笑みながらクラスの中を指差し、提案してくる。

 

「だ、大丈夫です! 他の皆さんに申し訳ないですから」

「大丈夫よ。残っている人たちも部活に行ったり、塾に行ったりしてもうすぐ教室に誰もいなくなるから」

「で、でも、」

「それに、私もあなたと話してみたいと思ったし」

「と、言うわけで。ようこそぉー、3年C組へ」

「で、では、し、失礼します!」

 

そうして、私はすみすみ先輩に手を引かれて教室に入りました。そのあとはすみすみ先輩ともう一人の先輩と1時間半くらいお話していたんですが、もう一人の先輩のからかい混じりの質問に失礼がないようにと気をつけて返答していたので、自分が何を話したか覚えていません。……いろいろ、恥ずかしいこともしゃべった気がします。

 




はい、今回出てきた半オリキャラは新野すみれでした。彼女はDVDのおまけにて登場したのですが、司会者として登場した以上その話し方は司会者として作ったキャラな訳で、素の彼女は最後の「ところで~、私の出番、これっきりってことはぁ~」と高橋先生に無視をされた後の鳴き声しかない学年すら分からないキャラなので、学年は3年で夏樹の中学時代からの先輩と設定し、キャラは前述の描写から類推しました。なので、キャラについて意見のある方はぜひお願いします。ちなみに、すみれさんの前に出てきた女の先輩は名前すら設定していない使い切りのキャラだったりします。もしかしたら、学園祭で少し出るかもしれないけど、たぶん出ないでしょうね。

次回、夏樹がネタを仕込み、次次回に出てくるネタは何気に作者の自信のあるネタだったりします。まあ、これで滑ったら寒い人間になってしまいますが、大丈夫。大丈夫なはず。……大丈夫だと思う。

それでは、次回もよろしくお願いします。


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第十一話:ごめんなさい

さて、今回は明久主観の描写で夏樹主観の描写をサンドしています。一応、スペースは多めに空けているのでside表記がなくても分かるはず。今回で夏樹の人間性についてよく分かるのではないかと思っています。

それでは、本編開始します。


 Dクラスとの試召戦争が終わり、僕は雄二と一緒に家に帰ろうとしていたんだけど、その帰り道で教科書を卓袱台の下に置いたままだったのに気付いて学校に戻ってきたんだ。そしたら、誰もいないと思った教室には姫路さんが残っていて、僕にとっての不幸の手紙(ラブレター)を書いているところを見つけたんだよね。

 

 戦後交渉の後も雄二と熱心に話しこんでいたし、多分手紙の相手は雄二だと思う。なんであんなゴリラなんかを姫路さんが好きになったのか全く理解できなかったけど、好きな人のことを語る姫路さんはとても魅力的で邪魔をすることなんて考えられなかった。

 

 あのゴリラが姫路さんに相応しいとは思えないし、雄二のことが心の底から羨ましく、且つ妬ましいと思ったけど、姫路さんの想いは叶って欲しくて僕は、

 

「その手紙、いい返事が貰えるといいね」

 

 と、自然に応援して、姫路さんを見送っていた。

 

 さてと、誰も居ない教室に居てもしょうがないし、さっさと教科書を鞄にしまって帰ろうかな。そういえば、夏樹は用があるって言って校舎に入っていったけど、一体何の用だったんだろ?

 

 でも、雄二も言ってたけど夏樹に用事があって本当に良かったな。夏樹はあれで結構、……いや、かなり真面目だからDクラスに交換条件としてエアコンの室外機を壊させるなんて提案には物凄く反対しただろうし。実際、雄二にもDクラスに壊すタイミングの指示をするまでは絶対に夏樹には話すなって釘を刺されているしね。しかも、そのことについては夏樹以外の全クラスメイトに念入りに説明してるし。

 

……でも、クラスの勝利のためとは言え、夏樹だけ仲間外れみたいでなんか嫌だな。

 

よしっ! Aクラスとの試召戦争が終わったら今までのお礼と仲間外れのお詫びを兼ねて僕のおごりで夏樹と一緒にどっかに遊びに行こう。

 

うっ、でも今月はもう仕送りが残り少ないんだよね。……うん、夏樹に前借して遊びに行って、来月分の仕送りから夏樹に二人分払おう。御礼する相手に前借なんて普通やらないけど、夏樹なら許してくれるよね。

 

ピンポンパンポーン《連絡いたします》

 

 丁度教科書を鞄に閉まったところで放送が鳴った。一体なんだろう? もう部活をやってる生徒くらいしか残ってないし、新学期初日のこんな時間に部活向けの放送なんてあるのかな?

 

《船越先生、船越先生》

 

 ゲッ! 放送部の新野先輩が挙げた名前はあの船越女史のものだった。今もまだ体育館裏で待ってるんだろうな。見つからないうちにさっさと帰らないと。

 

《2年F組の須川亮くんから伝言を預かっています》

 

 あれ? なんでここで須川君の名前が出てくるんだろう。気になった僕は教室を出ようとした足を止め、放送に耳をすます。

 

《先ほどは勇気が出ず、吉井明久の名前を騙って呼び出しなどして済みませんでした。しかも、それでも勇気が出ず、先生を待たせてしまいました》

 

 そう言えば夏樹って新野先輩と仲がいいって言ってたし、もしかして僕を助けるために放送を頼んでくれたの? やっぱり夏樹を表現する言葉は女神以外思い付かないよ。

 

《でも、もう逃げたりしません! 10分後2年F組の教室に来てください。そこで今度こそ僕の想いを伝えます》

 

 ってぇ!? 何Fクラスに呼んでるのさ! まあ、夏樹は僕が教科書を取りにきたことは知らないから僕が鉢合わせになりそうだったのは完全に偶然だから仕方ないけど、須川君はもう帰っちゃったから船越先生は結局また待ちぼうけだよ!? 夏樹ってそんな悪戯をする性格じゃないでしょ?

 

 僕は夏樹の真意が分からないので、隣の空き教室で待機することにした。すると、5分後くらいに10分が待ちきれなかった船越先生がFクラスに入っていくのが見えた。そして、その3分後夏樹がFクラスに入っていくのを見た僕は廊下に出て、扉の隙間からFクラスの中を覗いた。

 

「あら? あなたは確か神谷さん? 私は須川君に呼ばれてきたんだけど、彼がどこに居るか知らないかしら?」

 

 入ってきたのが目的の人物でなかったことに落胆した船越先生が夏樹に須川君の所在を確認する。

 

「本当に申し訳ありませんでした!」

 

 その言葉を聴いた夏樹は額が膝に付きそうなくらい深く頭を下げた。いきなり謝罪された船越先生はわけが分からず、戸惑った表情を浮かべている。

 

「さっきの放送は船越先生にここにいらして欲しくて私がお願いしたものなんです」

 

 

 

 

 

 

「……一体どういうつもりであんな放送をしたの?」

 

 私の言葉を受けた船越先生は少し不機嫌そうにしています。確実に私の行動に怒っているのでしょう。でも、その怒りは当然のことで、我々Fクラスが甘んじて受けなければならないものです。

 

「昼間の呼び出しは私たちの代表が船越先生を戦場に行かせないために指示した偽情報なんです」

「そ、そんな! じゃ、じゃあ、吉井君が男女の大事な話があるっていうのは!?」

「代表が考えた嘘です。こんな乙女心を弄ぶような最低な行為が謝ったくらいで許されるとは思いません。ですが、どうしても謝罪しておかなければならないと思っていたんです。本当にごめんなさい!」

 

 私は一瞬上げた頭を元の位置まで下げて、再び謝りました。船越先生の怒りへの恐怖と自分のクラスがこんな最低なことをしてしまったという恥ずかしさで先生の顔を見ることができません。

 

「あ、あなた達!」

「こんなことで完全に謝罪になるとは思えませんが、せめてものお詫びに私のおじを紹介させてください」

「お、おじ?」

「あっ、正確には父の従兄弟でまだ30代半ばなんです。す、すみません! やっぱり、ダメですよね? こんなあっちがダメだからこっちだなんて考えは」

 

 先生の疑問の声に答えるために顔を上げると先生は物凄く真剣な顔をしていて、その迫力に私は三度頭を下げます。

 

カッ、カッ、カッ

 

 音に気付いて視線を上げると、船越先生が足早に近づいてきます。その視線は私の体を射抜くほどに鋭く、足がすくんでしまいました。

 

 私の前まで来た先生は真剣な表情のまま、素早く手を上げます。続く衝撃に怯えて私は思わず目を瞑ってしまいます。

 

 ガシィッ!

 

 しかし、私が恐れたような衝撃が頬や頭にくることも無く、右手が何かに包まれたような感触を伝えてきます。恐る恐る目を開けると私の右手を両手で握った船越先生の姿が。

 

「本当なの?」

「は?」

 

 主語のない質問に思わず間抜けな答えを返してしまいます。

 

「だから、あなたのお父様の従兄弟を紹介してくれるって話は本当なの?」

「え、ええ。ただ、恋愛は当人同士の相性ですから。私にできるのはおじに先生を紹介して、二人が対面する席をセッティングするくらいなので、あまりお力にはなれないかも知れませんが」

 

 船越先生のあまりの気迫に怯え、少し仰け反ってしまいましたが、しっかりと質問には答えることができました。

 

「それでいいわ。会いさえすれば大丈夫。絶対その人好みの女になってみせるわ。で、どういった方なの?」

「りゅ、龍ちゃんですか? えっと、本名は金城龍一で、37歳で背は結構高めですね。身内目線ですが、顔もそんなに悪くないと思います。ただ、就職運が悪いのか40手前なのにフリーター生活なんですが、それでは流石にダメですかね?」

「大丈夫よ! 私の給料があれば彼がアルバイトでもどうとでもなるわ! だけど、いいの? 自分で言うのもなんだけど、私は結構なオバサンよ。なのに、こんなオバサンに身内を紹介したりして?」

「えっと、さっきも言った通り就職運が悪くて不況の煽りをモロに食らってはいますけど、結構仕事のえり好みで逃した仕事もいくつかあるんですよ。そのせいで、姉さん女房がお尻を引っぱたいてでも就職させなきゃダメかなって叔母さんなんかも言ってましたから。それに私にできるのはあくまで紹介だけで確実に結婚するって決まったわけじゃないですし」

 

 船越先生が顔をうつむかせてフルフルと震えています。一体どうしたんでしょうか?

 

「ありがとう、神谷さん! いえ、夏樹ちゃん。私、生徒にここまで思ってもらったことなんて一度も無いわ。絶対あなたの親戚になってみせるからね!」

「そ、その。がんばってください。私も龍ちゃんの好みを教えたりとか少しは協力できますので、上手くいくように応援しています」

「夏樹ちゃんはなんていい子なの! こんないい子がウチの学校にいたのになんで今まで気付かなかったのかしら。……でも、本当に惜しいわ。なんで夏樹ちゃんは女の子だったのかしら。この子が男の子だったら絶対に逃がさなかったのに(ぼそっ)」

 

 ブルゥッ!

 

 な、なんか、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんですが。なんか春なのに寒気も止まりませんし。一体なんなのでしょう。…………どうでもいいけど(良くない気もしますが)なんとなく私を女に産んでくれた両親に感謝したくなりました。

 

「まあ、良いわ。学校生活で困ったことがあったら何でも言いなさい。私にできるだけのことは何だってしてあげるから」

「ありがとうございます。あ、でしたら明日の放課後に頼みたいことがあるんですがよろしいでしょうか。……すみません。言われてすぐにお願いでは、流石に図々しいですよね」

「気にしなくて良いのよ。私が何だって言えって言ったんだから。で、どういった内容なの?」

 

 私は船越先生の耳元に口を寄せて小声でお願いの内容を説明します。

 

「そ、そんなことがお願いなの? 随分変わってるわね?」

「だって、船越先生の乙女心を傷つけてそのままなんて酷いじゃないですか」

「え、もしかして、私のため。こ、こんな素敵ないとこ姪を持てるなんて私はなんて幸せなのかしら! 夏樹ちゃん。安心してその後のフォローも叔母さんがしっかりとやってあげるから」

「そ、そんな、申し訳ないです」

「いいのよ。可愛いいとこ姪のためなんだから。あと、夏樹ちゃんももっと砕けた口調で話していいのよ。なんたって親戚なんだから」

 

 ……先生。それはあくまでも可能性の一つで、まだ確定していませんよ。ということは絶対に龍ちゃんを逃がさないつもりですね。

 

「で、では、龍ちゃんとの出会いの席は後日連絡いたしますので、私はこれで失礼します」

「ええ、楽しみにしてるわ。夏樹ちゃん、また明日ね」

「あっ、忘れるところでした。先生、ささやかな復讐としてこんなのはどうですか――」

 

 

 

 

 

 

 夏樹と船越先生のやり取りを見ていた僕は流石に心が痛んだ。そうだよね。生徒に単位を盾にしてまで交際を迫るのは問題だけど、裏を返せばそれだけ結婚に真剣ってことだもん。そんな人に偽のラブレターで呼び出してからかうイジメみたいなことをするなんて許されないことだよね。

 

 うん! 今月のお小遣いはもう少ないけど、きちんと今月分から夏樹と遊びに行くときの代金を払おう。クラス全員のために謝ってくれたんだからそのくらいしないとね。いざとなれば代表の責任ってことで雄二から搾り取ればいいし。

 

「……ぶっ、そ、それにしても夏樹は凄い仕返しを考えるね。くっ、くくく」

 

僕はさっきまで居たFクラスの隣の教室に入ってから声を殺して笑うけど、声を完全に抑えることはできなかった。多分、夏樹の台詞に嘘はなくて、本人はそれほど酷い仕返しだとは思ってないんだろうな。夏樹は無自覚でなんて残酷なことするんだろう。

 

 明日、事が起こるまで笑いをこらえていられるかな。

 




さて、夏樹が怒っていたのが明久を餌にしたのではなく、船越先生をだましたことだと理解していた方はいましたでしょうか? 一応、前話で明久が雄二に復讐する理由がピンとこないところを書いて、読者の方が疑問を抱くようにしたつもりですが。

それでは、今後もよろしくお願いします。


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第十二話:自覚なき悪魔

どうも。今回のお話はDクラス戦が終わった朝のお話ですが、切りが良いところで切ったので少々短いです。その分夜に投稿予約をした次話はそれなりに長くしてあります。

それでは、本編始まります。


 翌朝、家でちょっとしたトラブルはありましたが、いつもの通り学校に行き、私は古典の教科書を開きます。古典は私の最大のウィークポイントですからね。テストの前に少しでも悪あがきをしておきます。

 

 しばらくして遅刻ギリギリの時間にあっきーが登校してきました。その顔はとてもほがらかで今日がテスト漬けであるという大変さなど微塵も感じさせない表情です。

 

「おう明久。時間ギリギリだな」

「ん、おはよう雄二」

 

 もっちーに話しかける際も今まで一度ももっちーに向けたことのない笑顔です。空腹でとうとうおかしくなっちゃったのかな?

 

「明久、何か変なもの……食う余裕がある筈ないな。とうとうバカをこじらせて脳がおかしくなったか」

「やだなぁー。雄二ぃー。そんなことあるわけないじゃないかぁー」

「マジできもいぞ、明久。だが、そんなことより昨日の後始末はいいのか」

「雄二。夏樹にあれだけ注意されたのにまた同じ過ちを繰り返すはずないじゃないか。それに、昨日の僕はどうかしていたんだよ。あの程度のことで大切な友達を殺そうとするなんて。ああ、今日の僕はいつもより周りの人たちに優しくできそうだよ」

「もういい。それ以上しゃべるな。マジで鳥肌が立ってきた」

 

 もっちーが顔をしかめ、腕をさすりながら言い放ちます。傍で聞いている私も正直気持ち悪いと思った。そりゃあ、友達同士仲良くするのがベストだけど、あの二人はそんな関係になりえないことは理解しているし、あっきーがもっちーを大切な友達だなんて本心で思っていないようなことを打算のない笑顔で言っているのがありえない。

 

「それに、俺の始末じゃなくてだな」

「一体何が言いたい――」

「吉井っ!」

「ごぶぁっ!」

 

 あっきーの言葉がしまっちの拳で遮られました。私はため息とともに立ち上がり、しまっちを羽交い絞めにします。

 

「は、放しなさいよ、夏樹!」

 

 しまっちは随分といきり立っているね。昨日の続きかな?

 

「ほら、落ち着いてよ、しまっち。昨日、一体何があったのさ」

「聞いてよ! 吉井ったら私を見捨てただけじゃ飽き足らず、消火器のいたずらと窓を割った件の犯人に仕立て上げたのよ」

 

 酷い頭痛がします。両手を使ってしまっちを羽交い絞めにしていなければ右手で頭を押さえているところです。

 

「あっきー、そんなことしたの? 見捨てたことについては戦争をやる以上補習を受ける危険性は考慮すべきだからそんなに問題じゃないけど。ダメだよ? いたずらの責任を人に擦り付けちゃ。それに、しまっちも。時間的に考えて後の二つは私が戦場に入ってからのことだよね? じゃあ、補習室行きにされそうなのを見捨てただけであんなに暴走したの? ダメじゃん。そのくらいで戦争を放り出しちゃ」

「違うわ! 補習室なんかよりもっと危険なところに連れて行かれそうなところだったのよ!」

 

 ? にしむーがそんな変なところに連れて行くとは思えませんし、一体何があったのでしょうか? まあ、だとしても私がすることは一つですね。

 

「あっきー。ちゃんと反省して、しまっちに謝らないとダメだよ!」

「うぅ、島田さん、ごめんなさい」

「謝って済む問題じゃないわよ! あんたのせいで彼女にしたくない女子ランキングがあがっちゃったじゃない!」

 

 ……ウチの学校にそんなのあったんだ。初めて知りました。でも、しまっち。多分私の予想だけど、今回のことがなくても相当上位にランクインしてたんじゃない? だって、あっきーに関節技かけてるしまっち、物凄く怖いもん。

 

「まあ、本当は夏樹を振り払ってでも掴みかかっているんだけど」

 

 ねぇ、しまっち。普通の人はさっき鼻血が出るほど強く殴った時点で終わらせていると思うよ。

 

「アンタにはもう充分罰が与えられているようだし、許してあげる」

「うん。さっきから鼻血が止まらないんだ」

「いや。そうじゃなくてね」

「ん? それじゃ何」

「一時間目の数学のテストだけど」

 

 しまっちがとても楽しそうに、心から楽しそうに告げます。

 

「監督の先生、船越先生だって」

 

 あぁ、良かったですね。船越先生。今度授業があったときにでもと言っておきましたが、早速仕返しの機会が来ましたよ。まあ、乙女心をもてあそんだんですからこのくらいの罰は受けませんとね。

 

「う、嘘! は、早くどうにかして対策を練らないと」

 

 あっきーが酷く慌てた態度をとりますが、はっきり言ってバレバレです。注意深く観察するまでもありません。しまっちもあっきーの反応が予想と違ったためにいぶかしげな目であっきーを見ています。実際、あっきーの性格なら脱兎のごとく逃げると思うんですがねぇ?

 

「吉井、アンタ一体どうしたの? 船越先生が怖くないの」

「そんなことないよ。怖いに決まってるじゃないか!」

 

 いや、あっきー。物凄く白々しいよ。もしかして、あっきー。噂を聞いたのかな? でも、時間ギリギリに来たあっきーが聞いてるとは思えないんだけど。そう考えていると、廊下から一人の生徒が飛び込んできます。

 

『おい、須川! Eクラスで噂が流れていたんだが、お前、船越先生に告白したんだって!?』

『は? いや、俺は――』

『マジか! 須川、お前どんだけ女に飢えてんだよ』

『あの船越女史まで守備範囲とは恐れ入ったぜ』

 

 ああ、やっぱり。部活熱心なEクラスを中心に噂が流れていましたね。流石に噂にしてしまったのは申し訳ないですけど、体育館裏では誰が聞いているか分からないのでああいった話をするわけにはいきませんし、確実に先生を呼び出すにはあの放送しかありませんでしたし、仕方のないことだったのです。悪戯のダメージは少し大きくなるかも知れませんが、せめて少しでも広がらないように帰宅部の人が完全に帰るまで待ってからの放送にしたんだから、多めに見てくださいね。

 

「は? どういうことなの? なんでいつの間にか船越先生の相手が吉井じゃなくて須川になっているのよ?」

「さ、さぁ? 僕も何でかさっぱり分からないよ」

 

 ……やっぱり、あっきーは事情を知ってますね。笑顔が隠しきれてませんよ。まぁ、別に知られて困る情報ではないのでいいですけど、もしかして私と船越先生の話をどこかで聞いていたのでしょうか?

 

 教室中が須川君が船越先生に告白したという噂の真偽で騒いでいると、一時間目の予鈴が鳴り、船越先生が入ってきました。あっきーは必死に笑いを押し殺そうとしています。事情を知っているならそうでしょうね。

 

「テストを始める前に、須川君」

 

 船越先生が須川君に声をかけます。声をかけられた須川君は少し怯えた表情をしています。

 

「あなたの気持ちは嬉しいんだけど、先生、どうしても須川君をそういう対象としてみることができないの。だから、あなたの気持ちは受けられません。ごめんなさい」

『す、須川の失恋記録が更新された』

『しかも、その相手は船越先生だとぉー!?』

『誰が振っても当たる。いや、それどころか避けたバットに当たりに来るようなボールだぞ』

『一体誰なら付き合ってくれるんだよ』

『流石非モテ王の名は伊達じゃねぇな』

『う、嘘だぁぁーーーーー!』

 

 叫び声とともに須川君は教室を飛び出していきました。その顔はとても悲しく、痛ましげで、大粒の涙が溢れていました。

 

 ちょっとした悪戯のつもりだったのに、あんなに悲しむなんて。……少し、…………ううん、かなり失敗しちゃったかな。軽はずみなことして本当にごめんね、須川君。

 

 ちなみに、隣の席のあっきーはお腹を抱えて大笑いしていました。まあ、昨日のことを考えれば気持ちは分かるけど、あれだけ悲しんでいたんだから、笑わないでいてあげようよ。

 

「な、夏樹。な、ナイスアイディアだったよ」

 

 あっきーが笑いながら私に声をかけてきます。すると、その声を聞いたもっちーが私に問いかけてきます。

 

「なんだ。今のは夏樹の入れ知恵だったのか?」

「う、うん。ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど、あんなにショックを受けるなんて。酷いことしちゃった」

「大丈夫だよ、夏樹。須川君はフラれ慣れてるから、このくらいの傷はすぐに治るよ」

「今回の傷は致命傷だったと思うけどな」

 

 致命傷と言いつつもこのクラスの精神的打たれ強さをすでに昨日1日で把握したのか、もっちーも苦笑します。そんなわけで、気持ち悪いことや個人的に考えさせられることもありましたが、私達の朝の一幕はほのぼのとしていました。

 

 しかし、このときの私は想像もしていなかったのです。この日のお昼にはあっきーやもっちーが生死に関わる危機に直面するなんて。

 

 




夏樹の考えた悪戯は船越女史に須川君を振らせるというものでした。今作での彼は非モテ王として原作以上に名を馳せることでしょう、哀れなり。本編にも書いたとおり夏樹は発案時点でそれほどショックを受けるとは思っていませんでした。夏樹にはこうしたちょっと鈍いというか、抜けているというかそんな感じの欠点があります。

作者としては今回のギャグはそれなりに自信があったんですが、いかがでしたかね? ……「筆者は寒い奴だ」と思われないか激しく心配ですが。

それでは次の話でもよろしくお願いします。


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第十三話:お昼御飯は死の香り

どうも、作者のシュレ猫です。

今回のお話では初めて雄二主観が出てきます。夏樹と明久以外の視点の方が面白くなりますので。という訳で今回は雄二、夏樹、明久の順で主観が変わっていきます。主観が変わるといってもそれぞれが結構長いパートなのでコロコロ変わるといった感じにはならないとは思います。

それでは、本編です。


「よし、昼飯でも食いに行くぞ! 今日はラーメンとカツ丼と炒飯とカレーにすっかな」

 

 俺は勢いよく立ち上がり、明久(バカ)達を昼飯に誘う。バカは当然として秀吉やムッツリーニもテストの疲れが出ているようで、まだ立ち上がらない。俺はテストによる疲れなんてないんだが、頭を悩ませている事態があった。まあ、代表が不安な表情をしていては士気に影響があるからそんなことはおくびにも出さんが、こりゃ隊編成をしっかり考えないと次の戦争はまずいな。まったく、俺らはどんだけ運に見放されてんだよ。

 

「ん? 吉井達は食堂に行くの? だったら一緒していい?」

「ああ、島田か。別に構わないぞ」

「それじゃ、混ぜてもらうわね」

「…………(コクコク)」

 

 そこに島田がやってきて、食堂への同行を求めたが、別に何の問題もないのでそう答える。まあ、ムッツリーニがうなずいているのは下心のせいもあるんだろうな。

 

「じゃ、僕も今日は贅沢にソルトウォーターあたりを――」

「あ、あの。皆さん……」

 

 明久達が立ち上がったところで姫路が声をかけてきた。

 

「うん? あ、姫路さん。一緒に学食に行く?」

「あ、いえ。え、えっと……お昼なんですけど、その、昨日の約束の……」

 

 明久が姫路を学食に誘うが、姫路はもじもじしている。一体どうしたんだ? 俺がそう考えていると秀吉が口を開く。

 

「おお、もしやお弁当かの?」

「は、はいっ。迷惑じゃなかったらどうぞ」

 

 おお、そういや昨日、姫路が俺達全員の弁当を作ってくるって言ってたな。よく見ると姫路の卓袱台には4段に積まれた7寸(約21cm)重箱が置かれている。女子の食の細さを考えれば7人でも十分な量だろう。まあ、俺はちょっと物足りないが。

 

「迷惑なわけないでしょ? 全く、昨日約束したばっかなのに私以外全員忘れてるなんて」

 

 そう言って夏樹が近寄ってくる。ちなみに夏樹は汗をかいて暑くなったからと上着脱いで、肩に羽織っている。まあ、おそらく汗の原因は冷や汗だろうな。にしてもこいつ、本当にスタイルいいよな。上着を脱いだことでよく分かるようになった体型を一瞥していると俺の目が可笑しなものを捉えた。……なんだありゃ? 俺は目をこすって再確認するが、それでもさっきの光景は変わらない。

 

「なあ、夏樹。お前が手に持っているものはなんだ?」

「何って、お弁当箱だけど?」

「…………俺には重箱に見えるんだが」

「やだなぁ。重箱だってお弁当を入れるのに使えばお弁当箱だよ。それにひめひめもお弁当を重箱に入れて持ってきてるじゃない」

「そうだな。その理論は正しい。だが、今回弁当を作ってくるのは姫路だけのはずだろ」

「う、うむ。確かにそうじゃな」

「えっ? ひめひめの分を考えて減らすけど、私も持ってくるって言ったじゃない?」

「…………確かに言ってはいた」

 

 秀吉とムッツリーニも話に混ざってくる。こいつらも夏樹の持ち物の異常に気付いたようだ。

 

「そうです! 夏樹ちゃん。嘘をついて抜け駆けするなんて酷いです!」

「そうよ! 夏樹がそんなことするなんて思わなかったわ!」

「い、一体なんのこと?」

 

 姫路や島田まで加わって話が大きくなる。ここは俺が代表して分かりやすく質問してやるか。

 

「なあ、夏樹。姫路の分を考えて減らしたお前の分の弁当が5寸(約15cm)重で2段はおかしいだろ?」

「えっ? 減らしたから2段なんだけど……」

「夏樹はいつもこのお弁当箱だよ?」

 

 夏樹と明久の答えを聞いた俺達の間に沈黙が流れる。

 

『はあぁ!?』

 

 ありえねぇだろ? 減らして2段ってことは普段はあの重箱を3段食ってんのか。5寸の重箱で3段っていったら3人前はあるぞ。しかもそれを日常的に食ってるだと?

 

「お前ら、エイプリルフールはとっくに過ぎたぞ」

「う、うむ。そうじゃな。流石にそれだけ食べてその体型とは信じられんぞい」

「…………すぐばれる嘘は控えるべき」

「夏樹ちゃん。抜け駆けを許すのは今回だけですからね!」

「そうよ、次にこんなことしたらぼっきりとお仕置きしてやるんだから!」

「うぅ、ほんとなのにぃー」

 

 夏樹がなにか言っているが、それを無視して話を続ける。

 

「それでは、折角姫路と夏樹が作ってくれたご馳走じゃし、こんな教室ではなくて屋上にでも行くかのう」

「…………そうするべき」

「ねぇ、きのっち。なんで私のお弁当までみんなで食べることになってるの?」

 

 …………無視して話を続ける。さて、昨日がんばってくれた兵隊達に代表として少しは返さなくちゃな。

 

「そうか。それならお前らは先に行っててくれ」

「ん? 雄二はどこか行くの?」

「飲み物でも買ってくる。昨日がんばってくれた礼も兼ねてな」

「あ、それならウチも行く! 一人じゃ持ちきれないでしょ?」

 

 すると、珍しく島田が気遣いを見せてくる。さては姫路と夏樹の積極性を見て焦ったな。それで優しい女をアピールって訳か。

 

「悪いな。それじゃ頼む」

「おっけー」

 

 教室を出る前に俺は明久達に釘をさしておく。

 

「きちんと俺達の分をとっておけよ」

「大丈夫だってば。あまり遅いと分からないけどね」

「そう遅くはならないはずだ。じゃ、行ってくる」

 

 そう言って俺は島田とともに一階の売店に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に着いた私達はひめひめが持ってきたシートに座って、もっちーたちを待つことにした。私は肩にかけていたブレザーを脇に畳んで置いておく。

 

「あの、あんまり自信はないんですけど……」

 

 そう言ってひめひめは重箱の蓋を開けた。

 

『おおっ!』

 

 男の子3人が一斉に歓声をあげた。から揚げやエビフライや卵焼き、エビチリにおにぎりやアスパラ巻きなど、定番メニューが重箱にぎっしりと詰まっている。これは確かにおいしそうだし、歓声をあげる気持ちも理解できる。

 

「それじゃ、雄二には悪いけど、先に――」

「…………(ヒョイ)」

 

 あっきーが取るより先に動きの素早いむっつーがエビフライを掻っ攫っていった。そして、流れるように口に運び――

 

「…………(パク)」

 

バタン ガタガタガタガタ

 

 豪快に顔から倒れ、小刻みに震えだした。

 

『…………』

 

 私達3人は顔を見合わせる。

 

「わわっ、土屋君!?」

 

 ひめひめが慌てて、配ろうとしていた割り箸を取り落とした。

 

「…………(ムクリ)」

 

 むっつーが起き上がり、

 

「…………(グッ)」

 

 ひめひめに向けて親指を立てた。『凄く美味しいぞ』って伝えたいんだろうなぁ。

 

「あっ、お口に合いましたか? 良かったですっ。たくさんあるのでいっぱい食べてくださいね♪」

 

 むっつーの言いたいことが伝わったらしく、ひめひめは喜んだ。私はなんでひめひめが未だにガクガクと震えるむっつーの足に気づかないのか不思議でならない。そして、むっつーの言葉に気を良くしたひめひめは取り皿に1段の3分の2近くを取り分け、むっつーに差し出す。

 

「皆さんもよかったらどんどん食べてくださいね。夏樹ちゃんも遠慮なくどうぞ」

 

 ひめひめが私の方を見た隙を見計らってむっつーが恐怖で震える眼差しをあっきーときのっちに向ける。二人がふいっと視線を逸らすと、むっつーは少し躊躇った後、意を決したように取り皿のお弁当をかきこんだ。

 

バタン シーン

 

 今度は震えさえ起きなかった。

 

 

「ダメじゃないか、ムッツリーニぃー。食べてすぐに横になっちゃ」

(秀吉、夏樹。あれ、どう思う?)

 

 誤魔化しのために言葉の後に、ひめひめに聞こえないくらいの小さな声であっきーが聞いてくる。

 

(どう考えても演技には見えん)

(だよね。ヤバいよね)

(っていうか、むっつー生きてるの?)

(……今は気にしても仕方がないじゃろ。明久、夏樹。お主ら、身体は頑丈か?)

(正直胃袋に自信はないよ。食事の回数が少なすぎて退化してるから)

(私は逆に消化吸収能力が高すぎて危ないと思う)

 

 私達は笑顔のまま相談した。そのかいあってひめひめは私達の驚愕に気付いていない。でも、本人のためにもここは心を鬼にして指摘しないと。

 

(ならば、ここは私に任せてもらおう)

(そんな、危ないよ)

(大丈夫じゃ。ワシは存外頑丈な胃袋をしていてな。ジャガイモの芽程度なら食ってもびくともせんのじゃ)

 

 私が意を決している間に、男共は違う方向に決意を固めている。

 

(ちょっと、そんなことしなくてもひめひめに注意すれば)

(ダメだよ。それじゃ姫路さんが悲しんじゃうじゃないか!)

(うむ、流石に女子の泣き顔を見るのは忍びないからのう)

(後で知る方がもっと傷つくってば)

 

 私達が小声でもめている中で、

 

「おう、待たせたな! へー、こりゃ旨そうじゃないか。どれどれ?」

 

 もっちー登場。

 

「あっ、雄二」

 

 あっきーが止める間もなく素手で卵焼きを口に放り込み、

 

パク バタン――ガシャガシャン、ガタガタガタガタ

 

 ジュースの缶をぶちまけて倒れました。

 

「さ、坂本!? ちょっと、どうしたの!?」

 

 遅れてきたしまっちがもっちーに駆け寄る。……これは本気でヤバい! もっちーとあっきーがアイコンタクトで会話しているのを見ながら、こいつらは無視して今度こそひめひめに注意しようと決意する。

 

「あ、足が……攣ってな……」

 

 ひめひめを傷つけないようウソをつくもっちー。でも、ここで言ってあげるのが本当の優しさだと思う。

 

「あはは、ダッシュで階段の昇り降りしたからじゃないかな」

「うむ、そうじゃな」

「そうなの? 坂本ってこれ以上ないくらい鍛えられてると思うけど」

 

 事情を知らないしまっちが不思議そうな顔をする。

 

「ところで島田さん。その手をついているあたりにさ」

 

 あっきーがビニールシートに腰を下ろしているしまっちの手を指差す。

 

「ん? 何?」

「さっきまで虫の死骸があったよ」

「えぇっ!? 早く言ってよ!」

「ごめんごめん。とにかく手を洗ってきた方が良いよ」

「そうね。ちょっと行ってくる」

 

 そう言ってしまっちは席を立った。この野郎。余計なこと言わないように退場させたな。

 

「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」

「全くだね」

 

 ジト目の私を無視して男3人が朗らかに笑う。その一方で必死に作戦会議を行っている。だから、そんなことする前に言った方がいいって。

 

(明久、今後はお前がいけ!)

(む、無理だよ! 僕だったらきっと死んじゃう!)

(流石にさっきの姿を見ては決意が鈍る……)

(雄二がいきなよ! 姫路さんは雄二に食べてもらいたいはずだよ!)

(そうかのう? 姫路は明久に食べてもらいたそうじゃが)

(そんなことないよ! 乙女心を分かってないね!)

(いや、分かってないのはどちらかと言うとお前のことだと――)

(みんなが言わないなら私が言うよ)

 

「ひめひめ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずい。夏樹は結構ズバズバとものを言うから、このままじゃ姫路さんが悲しんじゃう。そう判断した僕はコーラの缶を手に取り、激しく振る。

 

「夏樹、喉乾いたでしょ? コーラ飲まない?」

「ひめひめ、この料理――っきゃ、冷た!」

 

 そう言って口を夏樹に向けて、一気にプルタブを開ける。それにより、勢いよく噴出したコーラに驚いた夏樹の言葉が止まる。よしっ、完璧だ。夏樹への対処を相談するべく2人の方を見ると、赤くなった顔を横に向けている。

 

「白昼堂々、とんでもねぇことしたな、この変態」

「う、うむ。いつかはやりおると思っておったが、まさか親友を毒牙にかけるとは」

 

 二人に失礼な言葉を受けるが、意味が分からず、もう一度夏樹の方を見てみる。今の夏樹はブレザーを脇に置いているから、ワイシャツの状態で、そこに頭からコーラを浴びたからシャツが透けて……

 

「夏樹、ごめん! わざとだけど、わざとじゃないんだ!」

 

 僕は思いっきり頭を下げる。違うんだ。コーラをかけたのはわざとだけど、シャツに関してはわざとじゃなくて。

 

 僕の言葉を受けた夏樹は視線を下に下ろし、シャツの状態を確認した。すると、夏樹の顔がどんどんと赤くなった。

 

「っ! この、変態!」

 

 その言葉とともに左頬に衝撃を受けた。あっ、ムッツリーニは姫路さんの料理を食べてKO寸前になったけど、僕は物理的にKOしそうだ。

 

「な、夏樹ちゃん、早く着替えてこないと」

 

姫路さんが夏樹の胸元にブレザーを押し付けてから、屋上の扉に向かって夏樹の背中を押す。

 

「待って! ひめひめ、せめて後2発、もっちーときのっちに見られた分だけ殴らせて!」

 

 ……普段島田さんに殴られるのは理不尽なのが多いけど、流石に今回は完全に僕が悪かったな。せめてもの救いはムッツリーニがダウンしていたことだね。夏樹にとってもムッツリーニにとっても。多分ムッツリーニが後で知ったら血の涙を流して悔しがるだろうけど、実際に見たら命が危ないもん。

 

「ダメです! 早く着替えないと見られちゃいますよ」

 

 姫路さんは夏樹の背中を押すのに夢中でこちらの方に意識を向けていない。当たり前だ。夏樹は結構力があるから体の弱い姫路さんが対抗しようと思ったら全力を出さないと。そして、姫路さんが夏樹に集中している今がチャンス。未だにそっぽを向いて油断している雄二の口の中いっぱいに弁当を押し込む。目を白黒させている雄二の顎を掴んで租借するのを手伝ってあげる。まだ2段分あるんだから、ここでダウンしてもらっては困る。姫路さんが夏樹が諦めて階段を下りていくの見送っているのを確認し、最後の段まで雄二の胃袋に押し込んだ。

 

「ふぅ、これでよし」

「お、お主存外鬼畜じゃな」

「ふぅ、ようやく夏樹ちゃんが落ち着いてくれました」

 

 姫路さんがこちらに戻ってきた。

 

「お弁当美味しかったよ。ご馳走様」

「うむ、大変良い腕じゃ」

「あ、本当に早いですね。もう食べちゃったんですか?」

「うん。特に雄二が『美味しい美味しい』って凄い勢いで。今はお腹がいっぱい過ぎて首を動かすのも辛いんだって」

 

 視界の隅で倒れている雄二は震えさえしていないので、フォローしておく。

 

「そうですかー。嬉しいですっ」

「いやいや、こちらこそありがとう。ねっ、雄二?」

 

 雄二の体をゆすって意識を取り戻させながら話しかける。

 

「う…………うぅ…………。あ、ありがとうな、姫路…………」

 

ヤバい。目が虚ろだ。

 

 その後僕たち3人は話題を逸らして世間話をした。余計なことを言って『また作ってきますね』なんてことにならないためだ。そして、ほのぼのとした時間が過ぎる。

 

「あ、そうでした」

 

 姫路さんがポン、と手を打った。

 

「ん? どうしたの?」

「実はですね、デザートもあるんです」

「ああっ! 姫路さんアレはなんだ!?」

「明久! 次は俺でもきっと死ぬ!」

 

 雄二が僕の作戦を死ぬ気で止めにかかる。くっ、反応のいいヤツめ。

 

(明久!? 俺を殺す気か!?)

(仕方がないんだよ! こんな任務は雄二にしかできない! ここは任せたぜっ)

(馬鹿を言うな! そんな少年漫画みたいな笑顔で言われてもできんもんはできん!)

(この意気地なしっ!)

(そこまで言うならお前にやらせてやる! さっきの弁当より量が少ないんだ、楽勝だろ!)

(なっ! その構えは何!? 僕をどうする気!?)

(拳をキサマの鳩尾に打ち込んだ後で存分に詰め込んでくれる! 歯を食いしばれ!)

(いやぁー! 殺人鬼――!)

 

 雄二が手を握り、あわや肉弾戦というところで、秀吉がすっと立ち上がった。

 

(……ワシがいこう)

(秀吉!? 無茶だよ、死んじゃうよ!)

(俺のことは率先して犠牲にしたよな!?)

 

 雄二が何か言っているが、気にしない。

 

(大丈夫じゃ。ワシの胃袋はかなりの強度を誇る。せいぜい消化不良程度じゃろう)

 

 その後、姫路さんはスプーンを教室に取りに行き、その隙に秀吉がデザートを食べることになった。

 

「では、この間に頂いておくとするかの」

 

 戦場に向かう戦士のように秀吉が容器を取る。僕らは秀吉に全てを託し、見守るしかない。そして、秀吉は容器を傾け、一気にかきこんだ。

 

「むぐむぐ。なんじゃ、意外と普通じゃとゴばぁっ!」

 

 また一輪、花が散った。命という名のはかない花が。

 

「……雄二」

「……なんだ?」

「……さっきは無理矢理食べさせてゴメン」

「……あの量はかなりきつかったが、わかってもらえたならいい」

 

 自称『鉄の胃袋』は白目で泡を吹いていた。

 

 その後、僕は夏樹にメールを打って、お茶を大量に買ってきてくれるように頼んだ。夏樹は姫路さんが悲しむのを気にせずにきっぱりと言おうとしたおかげで自分だけこのお弁当から逃げられたんだから、このくらいしてくれてもバチは当たらないと思う。僕はうまくお弁当を回避した夏樹が少し恨めしかった。

 

 十数分後、夏樹は大量のお茶と菓子パンが入った袋を手に屋上に戻ってきた。……なぜか婦警姿で。いや、夏樹はカッコいいから凄く似合っているし、その証拠にムッツリーニは物凄い速さでシャッターを切ってるし、秀吉と雄二でさえ見とれているけどさ。夏樹、君に一体何があったんだい?

 

「夏樹、その格好は(キッ!)――……ごめんなさい」

 

 夏樹に事情を聞こうとしたら思いっきり睨まれ、僕は反射的に謝っていた。夏樹のあんな怖い眼は初めて見た。

 

「明久に同意するのは癪だが、一体何がお前をコスプレに駆り立てたんだ?」

「う、うむ。非常に似合っておるし、魅力的だとは思うんじゃが、何も学校内でコスプレをせんでもよかろう」

「夏樹ちゃん! ずる過ぎます、そんな方法でアプローチするなんて!!」

「そうよ! 一体どれだけウチらをバカにする気!!」

 

 雄二と秀吉がコスプレについて疑問を投げかけ、姫路さんとちょっと前に戻ってきた島田さんがなんだか分からない抗議をする。

 

「次――」

 

 その言葉を受けて、夏樹は更に眼光を鋭くし、地獄の底から響いてくるような声を出した。

 

「次にこの格好について触れた人は男女問わず私と同じ苦しみを受けてもらうから」

 

 そう言って全員を睨みつける。もしも、視線にこめられた怒りで人が殺せるなら、夏樹は僕ら全員を殺せていたと思う。その視線に全員が押し黙る。……本当に着替えている間に何があったんだろう。

 




今回は夏樹のお弁当箱と姫路さんのケミカルクッキングの登場です。夏樹は背が高くてスタイルも良いですがかなり食べる子です。その理由については菓子パンを食べているときにでも判明するでしょう。

姫路さんのケミカルクッキングについては、ここハーメルンでは制裁を加えたうえでやめさせるオリ主、オリキャラが多いですが、夏樹はいろいろと抜けた点、飛び出た点はあっても一般人ですので、常識的に注意します。しかし、その程度のキャラで明久達が止められるはずもなく、このような結果となりました。一度注意しようとして邪魔されたので、夏樹は今後よっぽどのことがない限りは姫路さんに注意しません。夏樹は基本的には一度注意・対処した後は自分の尻拭いは自分でというスタンスなので。

こんな主人公なので、ハーメルンでは人気が出ないかもですが、これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第十三.五話:夏樹の受難――危険な危険な保健室

どうも、今回のお話は明久たちがケミカルクッキングと戦っていたときに夏樹が何と戦っていたかというものです。今回のお話は映像に起こすと確実にR15になると思います。なので、中学生以下の皆さんは頭の中で映像化してはいけませんよー(笑)。

それでは、夏樹の受難が始まります。


 

――時間は夏樹が屋上に戻ってきた二十数分ほどさかのぼる。

 

コンッコンコンコン

 

 私は上着で胸元を押さえながら、保健室の扉をノックします。

 

「おう、入んなぁ~」

「し、失礼します」

 

 漢気溢れる女性の声に促され、私は部屋の中に入ります。中に入ると今年から入った擁護教師の日高先生と保健委員の女子生徒が一人いました。日高先生はかなりスタイルがいい美人だから仮病で入り浸りそうな生徒ができそうだけど、新学期早々仮病を使って保健室に来ている生徒はいないようです。……男子生徒がいなくて本当に良かったな。

 

「んぁ? じょーちゃん、どうしたい? そんなずぶ濡れで」

「えっと、友達が間違えてジュースを零してしまって」

「あらら、お前も災難だったなぁ~。で、アタシは何をしたらいいんだ?」

「その、保健室なら予備の体操着があるだろうから貸して頂きたいなと」

「おう! そんなことならお安い御用だ。体操着はアタシが出してやっから、じょーちゃんはそこのカーテン閉めて、さっさとその服脱いどきな。いつまでも濡れた服着てっと風邪ひいちまうぞ」

「ありがとうございます」

 

 そう言われた私は手前のベットスペースに移動し、カーテンを閉めた後濡れて肌に吸い付くシャツを脱ぎ始めました。カーテンの向こうでもカーテンを閉める音がする。先生が念のために窓のカーテンも閉めてくれているみたい。今年からの先生だからどんな先生か分からなかったけど、凄く気さくで優しくていい先生だな。

 

「っと、そうだ。じょーちゃんの名前教えてくんねぇか? 一応貸し出し簿に名前を書かんといかんのよ」

「あ、はい。神様の谷に夏の大樹と書いて神谷夏樹です」

 

 その名前を聞いた日高教諭は貸し出し簿に当てようとしていたペンをピタリと止め、夏樹のほうに近づいていった。

 

「じょーちゃん、脱ぎ終わったらカーテンの隙間から脱いだブレザーとシャツを渡しな。クリーニングに出しといてやるよ」

「す、すみません。助かります。お代は後でお支払いしますので」

 

 私は脱いだ服を日高先生に渡すと、カーテン越しでは見えないことを知りつつも頭を下げる。

 

「おうっ! 子供がそんなこと気にすんなって。そのくらいアタシが出しといてやるよ。ちょっと、これクリーニングに仕上がり早めで出しといてくんねぇか。釣りはバイト代ってことでいいし、伝票を扉にマグネットで止めててくれたら教室に帰ってていいかんな」

 

 そう言って日高先生は保健委員の子に紙袋に入れた私の服を渡してお使いを頼みました。そして、ガチャリと響く施錠の音。

 

「い、いいえ。そんな申し訳ないです! お代はきちんとお支払いします」

「ハッハッハッ! 噂通り真面目だねぇ~。ほい、服着る前にタオルでしっかり体拭いときな」

 

 ベットスペースのカーテンを開けて日高先生がタオルを差し出してくる。私は受け取ったタオルで体を拭きながら、今の話について日高先生に質問する。

 

「あ、あのー。噂ってどういうことでしょうか?」

「ここんとこ、職員室はアンタの噂で持ちきりだぜ? Cクラスくらいは楽に狙えたのに勉強するためにわざと最低クラスに行った前代未聞の生徒ってな。それに、船越先生が昨日のことについても朝から嬉しそうに話してたぜ。いやぁ~、話聞いたときから一度会ってみてぇって思ってたんよ」

「実際に会ってみてどうでしたか? 全然個性が無くてつまらなかったでしょ?」

 

 私が言うと日高先生はきょとんとした表情をする。

 

「個性がねぇって、お前さん。本気で言ってんのか?」

「え、ええ。だから、キャラが濃すぎる友達の中でも個性が出るように他の人とは違う渾名を考えてがんばってますし、今だって目の前にいる先生の個性に喰われてますから」

「ちなみにどんな渾名をつけてんだ?」

「……坂本雄二だからもっちーとか、姫路瑞希だからひめひめとか、西村先生ににしむーとか、仲のいい友達には苗字ベースで、先輩の新野すみれさんにはすみすみ先輩とか特別な友達は名前ベースでつけてます。あとは例外でムッツリスケベな友達にむっつーとか」

「クッ、ハッハッハッ! じょーちゃん、マジで面白いな。始めはただの行き過ぎた真面目ちゃんかと思ったが、ずいぶんと茶目っ気もあるじゃねぇか。あの西村先生を友達扱いする生徒なんてじょーちゃんくらいじゃねぇか?」

「い、いえ! べ、別に西村先生を軽んじているわけじゃなくて、去年1年間担任だったのにいつまでもよそよそしいのが嫌だっただけで」

「クックックッ、そんなに焦んなって。別に責めたわけじゃねぇからよ。お前さん、面白いだけじゃなくて、他にも見所がありそうだな。よしっ、決めた! じょーちゃんとアタシは今日から友達な」

「え、ええ! 急にどうしたんですか日高先生!?」

「つれねぇなー? 夏樹っち。折角友達になったんだから気軽に『さく』って呼んでくれや。あ、ちなみにさくってのはアタシの名前がサクヤだからだかんな」

「うえぇ!? いきなり特別な友達ですか?」

「なんだよぉ~。アタシと特別な友達になるのは嫌なんか?」

「そ、そんなことはないですよ。いろんな人と友達になれるのは嬉しいですから。ただ、いきなりだから驚いただけで」

「おう。じゃあさっきも言ったように今日からアタシらは友達な! よろしく頼むぜ」

「はい! こちらこそよろしくお願いします」

「で、クリーニング代の代わりって訳じゃねぇんだが、友達のよしみでちょっとお願い聞いてくんねぇか?」

「私がお力になれることなら手伝いますよ。どの道クリーニング代は払うつもりですが」

「おぉ! やっぱり夏樹っちは優しいねぇ。お願いってのは体操着じゃなくてコイツを着てくんねぇかってことなんだけど」

 

 そう言って、クローゼットから婦警服を取り出す日高先生。

 

ダッ! バッ!(夏樹がシーツを体に巻きつけ、体操着を引っ掴んでドアに向かった音)

ガチャッ、ガチャガチャ(夏樹が開こうとしたドアが南京錠に阻まれる音)

パシッ、ズルズル(日高教諭が夏樹の腕を掴んでベットに引き戻す音)

 

「な、なんで私がコスプレしないといけないんですか!」

「だってよぉ、いつもコスプレしてくれてた造は違う高校に通ってるから最近寂しくって」

「寂しいなら話し相手でもゲームでも何でもいいですよね!」

「仲良くなった女の子のコスプレが見たくなんのは常識だろ?」

「そんな常識は今まで聞いたことがないです!」

「それに、夏樹っちってウチの高校じゃ珍しいタイプの美人だろ? 大抵、可愛いか綺麗が多くて。次点で色気ムンムンとかで夏樹っちみたいにかっこいいって美人は少ねぇじゃん。だから、夏樹っちみてぇな美女のコスプレはかなり興味あんだよ。それに造はこういうカッコいいコスプレは似合わねぇから着させたことねぇし」

 

 それを聞いた私は少し不機嫌になる。

 

「ん? アタシなんか気に障ること言ったんか?」

「かっこいいって褒め言葉は好きじゃないんです。やっぱり女の子なんだからかっこいいよりは可愛いって言われたいです」

「夏樹っちは可愛い格好に興味あんのかい?」

「そ、そりゃあ。私だって女の子だから、似合うなら可愛い服も着てみたいですよ……」

「おお! やっぱし、予想通り夏樹っちはキリッとした外見に反して、随分と可愛い性格してんのな。なおさら、コスプレさせたくなっちまったぜ。安心しな、バッチリ可愛くしてやんよ♪」

「やっ、いいです。それに、明らかにその服装で可愛らしさは上がりませよね!?」

「分かってねぇなぁ~。クール系の美少女が顔を赤らめて恥ずかしがってるのが最高に可愛いんじゃねぇか」

「そんなの一生分からなくていいです。いい加減に止めてください、日高先生!」

 

 すると、日高先生は私をベットに座らせようとする手を止め、顔を俯かせる。

 

「やっぱ、夏樹っちはアタシと友達なんて嫌なんかぁ。アタシが渾名で呼んでも夏樹っちは呼んでくんねぇし」

 

 それを見た私は罪悪感でいっぱいになり、とっさに謝罪するために口を開いた。そして、後にこんなに簡単に謝罪したことを死ぬほど後悔するのであった。

 

「そ、そんなことないです。さくが友達になってくれてとても嬉しいです。その、私にできることなら何でもするので機嫌を……はっ!」

 

 そう、ついいつも通りの謝罪を行ってしまったのだ。

 

「そっかぁ~。おしっ! 夏樹っちがコイツを着てくれたら許してやんよ。それと、次にまた日高先生っていったらコスプレ追加だかんな」

 

 そう言って、日高先生は私をベットに倒し、スカートに手をかける。

 

「ちょ、何スカート下げてるんですか!」

「んぁ? だって、スカート下ろさなきゃ着替えさせられねぇだろ。って、なんだぁ、夏樹っちスパッツなんて穿いてんのか。ダメだぜ、折角スタイル良くて色っぽいんだからこんな色気のねぇもん穿いてちゃ。つーわけでこんなもんは没収なぁ」

「だ、ダメです! それは脱がさせません! 百歩譲ってコスプレは許したとしても、別に下着まで見せるわけじゃないんだからスパッツでいいじゃないですか!」

 

 私は必死にスパッツを押さえ、日高先生が下ろせないように抵抗する。少なくとも腕力で押し負けるつもりはない。

 

「んー、随分強情だな。まあ、そんな風に照れてるのも可愛いんだが、そんな生意気な夏樹っちにはこうだ♪」

 

 そう言うと日高先生は片手で私のブラのホックをはずし、肩紐をずらしてくる。それに抵抗するために私は片手でホックを直し、もう片手で肩紐をずらされるのに抵抗するしかない。その間に日高先生は片手だけで器用にスパッツを脱がしてくる。

 

「ちょっ、ひだ、……さく! なんでこんなに手馴れてるんですか!?」

「んぁ? いやー、ウチの造もメイド服とかフリフリにコスプレさせようとしたら抵抗するからな。この程度の抵抗にはもう慣れたんよ」

「み、身内の女の子にもこんな風に強引にしてるんですか!」

「いやぁ? 造は男の娘だぜ」

「男の子になんて、もっとダメです!!」

 

 あぁ、顔も見たことのない造くん。もし会えたならあなたとはあっきー並みの友達になれそうです。結局、造くんに想いをはせて現実逃避をしている間に日高先生はスカートを穿かせ、ブラに手をかけていました。まずい、放心している場合じゃなかった。

 

「なんでブラまで脱がすんですか。盗撮カメラとかあるかもしれないんだから、これは絶対に脱がさせません!」

「安心しな。随分と巧妙に隠されてたが、んなモンは着任してすぐに全部外しといたかんな。まったく、どこのスパイか知らんが、アタシの城を覗こうなんてふてえ野郎だぜ」

 

 ……いえ、スパイじゃなくて私の友人です。

 

「それでも、脱がす必要性はないですよね!? 私はそこまでコスプレにこだわるつもりはないですよ!?」

「いや、アタシや造がすんならこだわるが、流石に初心者の夏樹っちにまで押しつけねぇって。そうじゃなくてだな、濡れたブラのまんまじゃ着替えた意味がねぇだろ?」

 

 うっ、確かにそうです。日高先生の言葉に納得した私は保健室に予備で置いてある新品のブラを受け取って、日高先生に背を向けてそれをつけました。次に日高先生の方に振り返ったときが勝負の始まりです。乙女の尊厳にかけて、絶対に負けません(コスプレしません)!

 

 

 結果、日高先生は最凶でした。あの後の私の抵抗も空しく、あっという間に婦警服に着替えさせられました。何とかポージングの要求は却下できたし、写真撮影だけは防ぎましたが、完全に私の負けです。今後、絶対にこの人に対してはうかつな事は口にしないことを固く誓いました。

 

 着替えが終わった後に携帯を確認すると元凶(あっきー)からお茶を買ってきて欲しいというメールがあり、それを見た瞬間、私は携帯をぶち折りたくなりました。まあ、怒っても仕方なかったので、ひとまず怒りは納めましたがね。

 

結局、この格好で購買にいくのは恥ずかしいので、悪いとは思いましたが船越先生に頼んで買ってきてもらいました。その際、買い物リストに菓子パンを追加しておきましたよ。多分、ひめひめのお弁当を食べなかった人が私のお弁当を狙うでしょうからね。……本当は惣菜パンも欲しいんですが、流石に売り切れでしょうし。

 

船越先生から食料を受け取った私は周りに気を配り、覗きに備えながら、屋上を目指しました。この学校に入学して以来最大の羞恥です!

 




今回はいかにして夏樹がコスプレをするに至ったかを書かせていただきました。旧サイトで書く以前のプロットでは夏樹がコスプレするなんて構想はなかったんですがね。

1.夏樹なら姫路の弁当には注意する→2.それがないとバカテスのギャグが減ってしまう→3.そもそも明久たちが余所にやるだろう→4.オリキャラだから弁当から逃がしたって思われたくないな→5.夏樹にも何かトラブルを起こそう→6.コスプレだ!

という流れで夏樹にはコスプレして頂きました。5と6の間にどんな思考をしたのだろうか。当時の自分がおかしいとしか言えないですね。

今回登場したキャラ、日高先生は以前のサイトで他の作者さんの小説に出てきたサブキャラさんです。ちなみに造くんは主人公。コスプレ(させるの)好きの保健の先生なので、前サイトの連載時にキャラ被りの謝罪とともにクロス出演を打診したらO.K.を頂きました。以前のお互い執筆している状況なら兎も角、今は1,2巻分の内容でしか彼女を出す予定はないので、大目に見ていただけると幸いです。


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第十四話:かみや はるか

どうも、以前のストックがかなりあるので連続投稿中のシュレ猫です。

今回のエピソードは以前のサイトで投稿した際には幾人もの読者様が明久に殺意を抱きましたが、こちらでは一体どうなるのでしょうね。

それでは、本編始まります。


 私はお弁当を食べる前にむっつーのデジカメを没収し、私のコスプレ画像のデータを消した。むっつーは激しく抵抗したし、血の涙を流さんばかりに悔しがったが私の知ったこっちゃない。多分隠しカメラから写真をおこせるだろうけど、目の前にコスプレ写真が入ったカメラがあるのに放っておくのはいい気分じゃないですしね。

 

 風呂敷をといているときにあっきーが物欲しそうな目で見てきた。……このお弁当が欲しいんでしょうか?

 

「……あっきー、このお弁当が欲しいの?」

「う、うん。姫路さんのお弁当は雄二がほとんど食べちゃったし」

 

 あっきーがそう言うと、もっちーが射殺さんばかりにあっきーを睨み付ける。みんなの目が無ければ今すぐに殺戮が起こりそうだ。なるほど、あっきーはもっちーに全部押し付けて何とかしたんだ。だったら、ほとんどの人がお昼抜きってことか。予想通りだね。菓子パンを買っておいてよかったです。でも、あっきーはなぁ。そもそも、このコスプレは元を辿ればあっきーが原因ですからね。そんな人に気を使うのもバカらしいです。

 

「私は菓子パンでいいから、私のお弁当はひめひめのお弁当で満腹にならなかった人たちでつまんでいいよ。ただし、あっきーはダメね」

「そ、そんなぁー。夏樹のお弁当は美味しいから僕だって食べたいよ」

 

 もっちーに処理させたということはあっきーは何も食べていないということですから、そんな状態でみんなが目の前で美味しそうにご飯を食べるというのは辛いですよね。でも、ここは心を鬼にして。

 

「……一品だけなら可」

 

 ……まあ、あっきーも悪気があったわけではないので、一口も食べさせないのは可哀想ですね。

 

「やはり、夏樹は友達には厳しくなりきれんようじゃのう」

「ああ、まったくだ。こんなバカを気遣う必要はねえのにな」

 

 今も辛そうにお茶を飲んでいる秀吉くんと大分回復しているもっちーがツッコんできますが、私だって怒るべきときは本気で怒りますよ。それはともかく、無理かも知れませんが、一応二人にも勧めておきます。倒れるようなお弁当だけじゃあ流石にねぇ?

 

「もっちーときのっちも余裕があるなら食べてもいいよ」

「気持ちは嬉しいんだが、流石にこれ以上は食えん」

「うーむ、わしは軽めのおかずを少し頂こうかのう」

 

 全員に声をかけたところで、お弁当を開きます。

 

『おおっ!』

 

 ひめひめのお弁当を開けたときのような歓声が上がります。

 

 私のお弁当箱にはミニハンバーグやミートボール、シュウマイ、煮物など、和洋中さまざまなおかずと炊き込みご飯のおにぎりが入っていました。

 

「そ、それではいただきますね」

「ウチももらうわよ。坂本が欲張ったせいで全然食べてないもの」

「うっ!(お、美味しいです。この味に負けないためにももっと工夫をしないと)」

「うぅ。(何よ。こんなお弁当作られたら作りにくくなりじゃない。今度はウチが作ってこようと思ったのに)」

 

 ひめひめとしまっちがそれぞれ箸をのばし、二人とも一口食べた瞬間固まります。一体どうしたんだろう? 少し落ち込んでいるようにも見えるけど。ひめっちが恐ろしい思考をしていそうで不安にはなりましたが、何か触れるべきではないと感じた私はあっきーに問いかけます。

 

「あっきーはどれを食べるの?」

「うーん、カロリーの高いハンバーグとかも捨てがたいけど、やっぱり煮物かな。夏樹の一番の得意料理だし」

 

 そう言ってあっきーが煮物を口に運びます。私の一番の得意料理と聞いて女子2人だけでなく、男子3人も煮物に手をつけます。おなかいっぱいのもっちーも興味を引かれたみたい。

 

「「…………」」

「…………美味」

「おっ、確かにこりゃ美味いな」

「うむ、かなりの腕前じゃ」

 

 女性陣は先ほどと同じように難しい顔をしてますけど、男性陣はめいめいに褒めてくれました。そんななか、あっきーは難しい顔をして考え込んでいます。もしかして、お弁当のことに気付いたんでしょうか。

 

「ねえ、夏樹。このお弁当、もしかしてはるかさんが作ったの?」

「なんでそう思ったの?」

「いや、始め見たときもいつものお弁当が和食ベースなのに洋食とかが多くて違和感があったんだよ。だって、夏樹は洋食とか中華系は練習中で自信が無いって言ってたじゃない。だから、料理上手なはるかさんが作ったんじゃないかって少し疑ったんだ。で、煮物を食べたら夏樹の味と全然違うから確信したんだよ」

 

 私が作ったんじゃないと聞いてひめひめとしまっちが少し明るくなります。そんなに私が作った料理が嫌なのかな? それにしても、あっきーがしっかりと私の味を覚えているとは驚きです。普段めったに食事しないだけあって、たまに食べる食事はしっかり味わってるんですね。

 

「へー、煮物の味で確信したんだ。よく分かったね」

「そりゃ分かるよ。だって、夏樹は和食に限って言えばはるかさんよりずっと上手だもの」

 

 あっ、2人がまた落ち込みだした。……一体何なのよ。

 

「でも、夏樹がはるかさんに頼むなんて珍しいね?」

「実は早めの時間に目覚ましをセットしたんだけど、あいつが私の部屋の目覚まし勝手に止めてて、起きたときには料理はおろか詰める時間さえなかったんだよ。ったく、勝手に妹の部屋に入るなっての」

「ははは、はるかさんらしいね」

「そのせいで、中を見る時間すらなくて、あいつが渡したお弁当をそのまま持ってきたの。おにぎりだけは昨日私が準備した炊き込みご飯みたいだけど、それ以外ははるかが勝手に作って勝手につめたものだよ」

「きっと、昨日の戦争で疲れてる夏樹を気遣ったんだよ」

「いーや、あいつはさっさと和食以外も作れるようにならないと女子として失格だってバカにしたいんだよ」

「そんなことないと思うけど」

 

 あっきーがはるかのことを擁護しますが、あっきーはあいつの本性を知らないからそんな風に言えるんだよ。私がそんな風に不満顔をしていると、私の和食はもっと美味しいと聞いたみんなが競っておにぎりに手を伸ばします。

 

「ちょっと腹が苦しいが、一つもらうぞ。(むぐむぐ)マジだ! 煮物とは比べ物にならねぇくらいうめぇ!」

「ほう、どれどれ。むっ! これは本当に絶品じゃ!」

「…………驚愕の美味さ!」

「「…………(ずーん)」」

「夏樹は和食に関しては天才的だもんね」

「……あっきー、やめて。私、天才って言葉大嫌いなんだ。前に言ったことあったよね?」

「ご、ごめん、夏樹。うっかりしてた。本当にゴメン!」

 

 男子3人が私のご飯を褒めてくれたのはとっても嬉しかったけど、あっきーの天才という評価に少しイライラしてきて、菓子パンを食べるペースを速めます。だって、いくら努力しても才能があるからできるんだなんて失礼じゃないですか。私の一番嫌いな言葉です。

 

最初は私の「天才が嫌い」という発現に怪訝な顔をしていたみんながそのことも忘れて驚きの表情で見てきますが、一体なんなんですかね?

 

「一体どうしたのさ?」

「いや、夏樹。もう8個目だろ? よく入るな」

「このくらいなんでもないよ」

「弁当の話は本当だったんじゃな。それでその体型とは驚きじゃのう」

「うっ、もしかしてみんな大食いの女の子とか嫌い?」

「いや? いいんじゃないか?」

「うむ、健康的で微笑ましいぞい」

 

 もしかしたら、自分が女として魅力が無いのかと思ったが、みんながあまり気にしていないようでよかった。でも、やっぱりもう少し食べる量を減らした方が可愛いのかな? 私がそんなことを考えているとひめひめが勢いよくまくしたててきます。

 

「夏樹ちゃん、ずるいです! そんなに食べてるのになんでスマートなんですか。」

「え? むしろ、お昼にこのくらいしっかりと食べないとどんどん体重が落ちていくんだけど……」

「あんまりです! 夏樹ちゃんばかりずるすぎます!」

「ウチもそのくらい食べれば胸にいくのかしら」

 

 この2人さっきからおかしいよ。不安になった私はあっきーに視線で助けを求めます。

 

「あはは、姫路さんも島田さんも落ち着いてよ。夏樹って小さい頃おばあちゃんに育てられたせいで量の多い食事に慣れてるんだよ。そのうえ、楽器の演奏が趣味だから、毎日欠かさず運動してて一日の消費カロリーが多いしね」

「ん? 夏樹がばあさんに育てられたってのは初めて聞いたぞ」

「言ってなかったっけ? 私のお父さんは音楽家で、お母さんは画家でさ。2人とも海外を中心に活動しててほとんど日本にいないんだよ。それで、私は小さいころから田舎のおじいちゃんのところで育てられたんだ」

「なんと! 夏樹はここの育ちではなかったのか」

「うん、中学校に入る少し前におばあちゃんが死んじゃったから、その時にもうこっちで一人暮らししてたはるかと一緒に住むことにしたんだよ」

「なるほどな、通りでそこまで品行方正になるわけだ」

「まあ、特におじいちゃんが礼儀に厳しい人だったから」

「その割にははるかさんは自由に生きてるよね」

 

 と、私の家族構成について話題が飛び、男衆はいろいろなリアクションをとってくれているんですが、女子二人の表情が優れません。一体どうしたんでしょうか?

 

 そう思っていると、ひめひめが恐る恐ると言った感じで口を開きます。

 

「あ、あのー。さっきから気になっていたんですが、吉井君は夏樹ちゃんの家族と面識あるんですか」

「そうね。さっきからはるかって人についても随分詳しそうだし」

「一応、中学からの親友だし、はるかさんとは何度も会ったことはあるよ」

「っていうか、一緒にお風呂入ったこともあるんだから結構仲いいんじゃない?」

「そんな! 吉井君がそこまで進んでいたなんて! 」

「吉井! そんなの不潔よ!」

「うぇぇ! 2人ともどうしたのさ」

「意外じゃのう。てっきり、夏樹が一番近いと思っておったんじゃが」

「船越先生に振られて荒れてる須川に教えておくか。面白いモンが見れそうだ」

「…………明久、風呂での様子を詳しく」

 

 どうしてあっきーがはるかとお風呂に入っただけでこんな風になったんだろう。あっきーのほうを見てもわけが分からないといった顔をしている。……あっ、もしかして。

 

「ねぇ、みんな。はるかってどんな人を想像してる?」

「む? お主の姉上ではないのかのう?」

 

 きのっちがみんなを代表して答えてくれたけど、それを聞いたあっきーが話を遮るようなジェスチャーをしながら慌てて弁解します。

 

「ち、ちがうよ! はるかさんは夏樹のお兄さんだよ」

『はあぁ!?』

 

 やっぱり、みんなはるかの性別を勘違いしてたんだ。通りで話がかみ合わないわけだよ。実際、一緒のお風呂っていうのも一緒に旅行に行った時の男湯のことだし、近くはあっても薔薇を連想するような近すぎる関係じゃない。

 

 私が安心しているとしまっちが言いづらそうにひめひめに問いかけました。

 

「ね、ねえ。普通はるかって女の名前よね?」

「だ、だと思いますけど」

「い、いや。紛らわしいのは確かだが、遙遠(ようえん)の遙とかなら十分男の名前だ」

「兄貴は春が華やかって書いて春華だよ」

「…………それは明らかに女の名前」

「なるほど、こいつのネーミングセンスの無さは親譲りか」

「ちょっと!? いくら私でも本名はしっかりと性別にあった文字を選ぶからね? あんな人たちと一緒にしないで!」

 

 あっきー以外の全員が納得したみたいな顔をしている。実際、あっきーは以前にそう確信したから改めて納得するまでもないだけだし、この場にいる全員が私にネーミングセンスが無いと思っている。この評価はなんとしてでも否定しないと。

 

 その後、必死に説明したけど、誰一人として私の言い分を信じてくれなかった。全然そんなことないのに。酷いよ、みんな。

 




はい、以前のサイトでは名前によるミスリードで春華さんを姉だと思った読者様はネタばらしまでの間明久に異端審問会級の殺意を抱いたそうな。このサイトではプロローグを加筆したりして伏線を張ったので勘違いしてくださった方も多いのではと思います。

夏樹の食事量についてですが、それで慣れるかどうかは別として、おばあちゃんが孫にやたら食べさせようとするのは筆者が体験済みです。おばあちゃんと外食に行った日には満腹になるメニューを頼んではいけませんよ。手を付けてないから残り食べたらどうだと勧めてきます。

では、また夜にBクラス戦のミーティングを予約投稿したいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。


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第十五話:戦力分析と天使の降臨

今回は夏樹の召喚獣についての説明とBクラスへの宣戦布告になります。例のごとく、宣戦布告以後はあっきーに地の文を担当していただいています。

そう言えば、夏樹の召喚獣をチートだと思った人どのくらいいますかね? 冷静に考えると試召戦争ではしようが難しい召喚獣なんですよ。

それでは、どんな風にしようが難しいか、ご覧ください。


「まあ、夏樹のネーミングセンスはどうでもいい。それよりも明日のBクラス戦についてだ」

 

 もっちーがそう言って話を切り替えます。でも、私にとっては物凄くどうでもよくないことなんだけど。くぅ、絶対後で撤回させてやるからな。

 

「あれ? 坂本。次の目標はBクラスなの?」

「ああ。そうだ」

 

 しまっちの問いかけにもっちーがなんでもないように答えます。まあ、私は既にもっちーから聞いていたから驚きはないんですけどね。ですが、他のみんなは初めて聞く情報なので困惑しています。

 

「どうしてBクラスなの? 目標はAクラスなんでしょう?」

「正直に言おう」

 

 あっきーの問いかけに対してもっちーが神妙な面持ちになります。

 

「どんな戦力でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てやしない」

「えっ? 夏樹の召喚獣を使えばかなりの人数を倒せるでしょ? そうでなくても、霧島さんと近衛部隊の召喚獣を僕たち並の点数に削れるだろうし」

「そうね。夏樹の召喚獣なら相手がどんなに立派な装備でも関係ないし」

 

 あっきーがもっちーの意見に反論し、しまっちが同調します。確かに、私の召喚獣は防御力を無視した攻撃をフィールド全体に行うことができますからそれなりの武器にはなるでしょう。頼ってくれるのは嬉しいけど、もう少し考えて発言して欲しかった。もっちーも同じように呆れたような顔をしています。

 

「あのなぁ、明久。お前は夏樹の召喚獣を過大評価しすぎだ。夏樹の召喚獣は攻撃が強力すぎて弱点が霞むが、本来はデメリットだらけで試召戦争に向かない召喚獣なんだよ」

「なんでさ。あんな反則じみた攻撃があるのに」

「はぁ。お前(バカ)でも分かるように説明してやる。まず1つめに攻撃の燃費が悪いことだ」

 

 もっちーが発言と同時に指を1本立てた。

 

「夏樹の召喚獣は曲による攻撃時に倍の点数を消費する。つまり、相手がAクラスともなれば1回の戦闘でその教科が戦死寸前になるということだ」

 

 化学の時の私がいい例ですね。みんながうなずくのを確認してもっちーがもう1本指を立てます。

 

「2つめに曲による攻撃しかできないこと。相手が少ないときには点数任せで倒した方が効率がいいが、コイツは相手がどんなに弱くても、どんなに少なくても点数を消費して倒さなけりゃいけない」

「そっか、例えるならスライム一匹相手でも極大魔法しか使えないってことだね」

「まあ、ゲームに例えるのはどうかと思うし、使うのが魔力じゃなくて体力だから余計に厄介だが、あながち間違いじゃないな」

「そして、3つめが味方を巻き込むことだ。そうなると夏樹は必然的に一人で演奏をしながら多人数による攻撃をよけ続けなければならない。なんたって、一発でも食らうとその点数のパラメーターに変わっちまうからな」

「え、でも、僕の召喚獣には効かないんだし、Dクラス戦みたいに僕が組めば――」

「明久。お前はAクラス5,6人に囲まれても夏樹を守り続けられるのか?」

「僕だってそのくらい」

「無理じゃろうな。ましてや、近衛部隊相手なら一瞬で終わる光景が容易に想像できるぞい」

「うん。私もあっきーにそこまでは求めてないよ」

「夏樹!?」

 

 あっきーが騒いでいますが、私は戦略に私情は挟みませんから。もっちーも私同様あっきーを無視して説明を続けます。

 

「最後に、これが最も重要なんだが夏樹がAクラスに対抗できる教科が少ない。基本的には英語くらいしかまともな武器が無い状態だからな」

「あれ? 坂本。夏樹は数学も得意なんじゃないの? Dクラス戦ではそれで何人も倒したんだし」

「いや。コイツの数学は点数のバラつきがでかい。実際、振り分け試験のときは200点台前半だったしな。普通の戦闘ならまだしも、夏樹の能力を使うことを考えたらその程度の点数は何の役にも立たん」

 

 男子達は私の成績状況を知っているだけあって、もっちーの言葉に頷いています。

 

「確かにそれじゃあ厳しいかも知れませんね」

「それじゃ、ウチらの最終目標はBクラスに変更ってこと?」

 

 しまっちがもっちーに尋ねています。BクラスだってAクラスほどではないけどいい設備なのでみんなも同じように考えているみたいです。まあ、私も同じことを考えましたしね。でも、もっちーはAクラスに特殊な方法で挑むって言ってたけど。

 

「いいや、そんなことは無い。Aクラスをやる」

「雄二、さっきと言っていることが違うじゃないか」

「クラス単位では勝てないと思う。だから一騎打ちに持ち込むつもりだ」

 

 なるほど、そうすればクラス全体の戦力が劣っていても少しは勝機がありますね。でも、一体どうやって?

 

「一騎打ちに? どうやって?」

 

 あっきーも私と同じ疑問を抱いたようです。

 

「Bクラスを使う」

「明久。試召戦争で下位クラスが負けた場合の設備はどうなるか知っているな?」

「え? も、もちろん!」

 

 この野郎。ウソつきましたね。表情でバレバレですよ。あっきーがまごまごしていると、見かねたひめひめがあっきーに耳打ちします。うん、やっぱりひめひめは優しいね。

 

「設備のランクを落とされるんだよ」

「……まあいい。つまり、BクラスならCクラスの設備に落とされるわけだ」

「そうだね。常識だね」

 

 どの口がそんなことを言うのでしょうか? もっちーも心なしかイラついています。

 

「では、上位クラスが負けた場合は?」

「悔しい」

「ムッツリーニ、ペン「もっちー?」チはいらないな。拳骨で十分だ」

「全く。昨日も言ったけど友達に拷問なんてダメだからね?」

 

 もっちーは本当に反省しているのかな?

 

「相手クラスと設備が入れ替えられちゃうんですよ」

 

 ひめひめがフォローに入ります。あっきーももっとしっかりしないと。

 

「つまり、うちに負けたクラスは最低の設備と入れ替えられるわけだね」

「ああ、そのシステムを利用して、交渉する」

「交渉、ですか」

「Bクラスをやったら、設備を入れ替えない代わりにAクラスへと攻め込むよう交渉する。設備を入れ替えたらFクラスだが、Aクラスに負けるだけならCクラスの設備で済むからな。まず上手くいくだろう」

「ふんふん。それで?」

「それをネタに交渉する。『Bクラスとの勝負直後に攻め込むぞ』といった具合にな」

「なるほどねー」

 

 確かにいい案だと思うし、交渉次第では高確率で一騎打ちに持ち込めるかもしれない。でも、それ以前に気になることがある。

 

「もっちー。仮に一騎打ちに持ち込めたとしても勝てる人がいるの? ひめひめでも五割を切るだろうし、知っての通り私の数学を頼られても困るよ」

「そのへんに関しては考えがある。心配するな」

 

 何か不安は残りますけど、ここは代表であるもっちーを信じましょう。

 

「とにかくBクラスをやるぞ。細かいことはその後に教えてやる」

「ふーん。勝算があるならいいけど」

 

 あっきーも一応納得したようです。

 

「で、明久。今日のテストが終わったら、Bクラスに行って宣戦布告して来い」

 

 この男はまたですか。

 

「断る。雄二が行けばいいじゃないか」

「やれやれ。それならジャンケンで決めないか」

「ジャンケン?」

 

 まあ、それなら公平ですかね? もっちーがなにか企んでなきゃいいですけど。

 

「よし、負けたほうが行く、で良いな?」

 

 もっちーの言葉にあっきーが頷きます。

 

「ただのジャンケンでもつまらないし、心理戦ありでいこう」

 

 心理戦? それって、次に出す手を言って混乱させるってやつですかね? あっきーも笑顔になっていますし、それでいいみたいですね。

 

「わかった。それなら、僕はグーを出すよ」

「そうか。それなら俺は――お前がグーを出さなかったらブチ「もっちー?」……のめす」

「行くぞ、ジャンケン」

「わぁぁっ!」

 

パー(もっちー) グー(あっきー)

 

 一応もっちーにブレーキはかけたんですけど、それでも混乱してしまったみたいですね。

 

 その後、あっきーがかたくなにBクラスに行くのを拒んでいます。簡単に騙されないように成長したみたいで本当によかったです。友達の成長が我がことのように嬉しいとは驚きです。

 

「それなら今度こそ大丈夫だ。保証する」

 

そんなあっきーをもっちーがまっすぐな目で見ています。

 

「なぜなら、Bクラスは美少年好きが多いらしいからな」

「そっか。それなら確かに大丈夫だねっ」

 

 あっきーは本気でもっちーの言葉を信じているみたいです。えっ!? 折角成長したと思ったのに、こんなに簡単に騙されないでよ。返して! さっきの私の感動を返して!

 

「でも、お前不細工だしな……」

 

 もっちーのため息にあっきーが憤慨します。だから、あっきー。乗せられてるってば!

 

「失礼な! 365度どこからどう見ても美少年じゃないか!」

「5度多いぞ」

「実質5度じゃな」

「二人なんて嫌いだっ」

 

 そう言ってあっきーは屋上から逃げ出しました。……最後のテストは早めに切り上げようかなぁ。

 

 

 

 

 

――宣戦布告後――

 

「……言い訳を聞こうか」

 

 僕はBクラス生徒の暴行で千切れかけた袖を手で押さえながら雄二に詰め寄った。くぅ、今回は夏樹が助けに来てくれなかったし、散々だよ。

 

「予想通りだ」

「くきぃー! 殺す! 殺し切「はい、はい、怪我人が無理しないの」ぐぇっ」

 

 雄二に殴りかかろうとしたら、後ろから襟を掴まれた。声からすると夏樹だろうけど、止めるにしてももう少し方法を考えて欲しかった。おかげで首が絞まったじゃないか。

 

 抗議をしようと振り向くと、予想通り夏樹がそこにいた。ただし、さっきとは違ってナース服で。本日2回目だけど、一体君に何があったんだい? 心なしかイライラしてるし。さっき、襟を掴んできたのはそのせいなのかな?

 

「夏樹その服は「ほらぁ、さっさと座る。治療ができないでしょ」ああ、うん」

 

 夏樹に促されて畳に胡坐をかく。夏樹は僕の正面に座ると、手に持っていた救急箱を隣に置いて、中から消毒薬と湿布、包帯を取り出した。コスプレに関してはもう諦めたのか昼食中のような不機嫌さは少ない。

 

そのせいか表情が穏やかで、なんていうか、その、可愛い。夏樹に恋愛感情を持たない僕でさえ顔が赤くなるほどに可愛いのだから、他のみんなは陥落寸前だった。そんな夏樹の様子を見ていると、僕との間の床に消毒液を思いっきり噴霧した。

 

 そして、両目を押さえて転がる友人(ムッツリーニ)。ムッツリーニ、夏樹がそういう気配に敏感なのは1年のときに分かっているだろうに。

 

「まったく、先生についてきてもらうとか、きのっちあたりに私と同じことをしてもらうとかすればこんなことにならなかったでしょ」

 

 治療しながら、夏樹が呆れたように話しかけてくる。でも、僕としてはそれに対して反論したくなった。

 

「そんなに言うなら夏樹が昨日みたいにしてくれれば」

「なぁに? あっきーは一生私に付いてて欲しいの?」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「だったら私が手を貸しすぎるとあっきーが成長できないじゃない。1回Dクラスで経験したんだから、後のことは自分の責任だよ」

「うぅ、でもそのせいでこんなに怪我をしたんだし」

「私は子供の料理は包丁で手を切ってなんぼだと思ってるから。子供はそうやって失敗して、怪我をして危険なことを覚えていくんだからね。大きな子供にも同じ方法をとらなきゃ」

 

 そう言って、夏樹は優しく笑う。って、僕は子供扱いされてるの? まあ、それは置いておいて、夏樹は本当にしっかりしてるね。これは将来いいお母さんになりそうだ。手当てが終わった後は、救急箱を保健室に返しに行く夏樹を見送って帰路に着いた。

 

 そういえば、夏樹に手当てしてもらっている間、姫路さんが周りを警戒しながら見回していたけど、何だったんだろう? それ以上見ているのがよくない気がして夏樹と世間話することで視界に入れないようにしたけど。……もしかして、昨日の手紙を置く場所を探していたのかな?

 

 

 余談だが、夏樹のコスプレで集中力が低下することを危惧した雄二の命令でBクラス戦開始時の総合得点が振り分け試験の点数を大幅に上げたものは、ムッツリ商会の夏樹の写真(婦警エディション)が割引されることとなり、数人の生徒が点数を伸ばしたらしい。多くのものは午前中の試験にもっと力を入れなかったことを死ぬほど後悔したとか。

 




はい、という訳で夏樹は原作のように一騎打ちで戦おうとしたら相手の倍の点数よりも1点でも多くとらないといけません。Aクラスと戦うことを考えたらムリゲーですよ。うちの夏樹はチートではないので。

今回、みんなと格好よく戦術について話していますが、その時の夏樹は婦警姿(帽子も着用)であることをお忘れなく。想像するとシリアスな空気が台無しです。そして、夏樹のコスプレ第2段! 今回は白衣の天使(ナース)となっています。もちろん、ナースキャップも着用ですよ。常識人で災難に逢うことが少ない夏樹ですので、読者サービスとしてたびたびコスプレしてもらおうと思っています。

それでは、今後ともよろしくお願いします。


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第十五.五話:保健室の攻防、第2ラウンド

どうも、前回夏樹が婦警になったときにその過程を書いたように、ナースになる過程もしっかりと書いています。ただ、かなり短いのですが、そのあたりはどうかご容赦ください。

それでは始まります。


コンコンコン

 

「さくー、入るよー」

 

 私は保健室の扉をノックしたのですが、いつまで待っても返事が聞こえてこないので、マナー違反だとは思いましたが勝手にドアを開けて保健室に入りました。さくならこの位

じゃあ怒らないだろうし、むしろいつまでも扉の前で待っていた方が怒る気がします。

 

 保健室の中を見回してもさくの姿はありませんでした。救急箱を借りに来たんですが、何かの用事で出かけてるのしょうか? まあ、鍵をかけていないということはそれほど遅くはなりませんよね。少しここで待っていましょう。

 

 そして、手持ち無沙汰な私が外の景色を見ようとすると、窓ガラスが私の姿を映していることに気がつきました。自分で言うのはどうかと思いますが、さくの見立ては正しく、確かにこの格好は似合っている気がします。私はふと昼休みの出来事を思い出しました。

 

(「非常に似合っておるし、魅力的だとは思うんじゃが、――」)

 

 その言葉を思い出して少し顔が熱くなります。無理やり着せられたから思いっきり抵抗したけど、ねえさんの影響で婦警さんって結構憧れていたんですよね。ちょっと気分のよくなった私は少しだけ遊んでみたくなりました。

 

 右手を握りこんだ後、人差し指と親指だけを伸ばし、いわゆる昔のチョキの形を作ります。そして、左手で右手首を掴み、その手を正面に持ってくると、

 

「バンッ!」 ガラッ

 

 銃撃音を口で出して窓に写った自分に拳銃を撃つ真似をします。すると、それと同時に保健室の扉が開き、窓ガラスの私の背後に日高先生の姿が。恥ずかしさのあまり、私の顔がこれ以上ないくらい真っ赤に染まります。そして、私は油の切れた機械のようなギギギという擬音がなりそうなぎこちなさで後ろを振り向きます。

 

「さ、さく……」

「…………」

 

 どうしたんでしょうか? さくは驚いた表情のまま微動だにしないのですが。

 

「えっと、さく、だいじょうぶ?」

「……かい」

「はい?」

「夏樹っち、今のもう一回! 今度はしっかりと写真に撮るから!」

「い、嫌に決まってるでしょう! 今の見られただけでも恥ずかしいのに、その上写真なんて冗談じゃないです!」

 

 まったく、この人は一体何を考えているんでしょうか? コスプレでさえ嫌々だったんだからポージングなんてするはずがないってわかると思うんですが。

 

 私が断るとさくは目に見えて落ち込んだ風を装いますけど、口は明らかに笑みを浮かべています。何を企んでいるんでしょうか。

 

「仕方がない。すみれっち達にどうすれば夏樹っちがポーズをとってくれるか相談するしかねーな」

 

 ……はい? なぜそこですみすみ先輩の名前が?

 

「……さく、なんでそんなに親しげにすみすみ先輩の名前を挙げるんですか?」

「んー? すみれっちとはついさっきから友達だかんな。夏樹っちの話聞いて予想はしてたけど、やっぱ面白い奴だったわ」

「はやっ! なんでそんなに急いでコンタクトとってるんですか!?」

「はっはっは、ちょっとやりたい企画があってその相談にな」

 

 っく、まずいです。このまま放っておいたらすみすみ先輩にバレて、あの人にまでからかわれることに。……背に腹は変えられませんね。

 

「分かりました。……でも、写真を他の人に見せたら怒りますからね」

 

 その後、私は何種類かのポーズを要求されて、数十枚の写真を写メ込みで撮られました。落ち込む私とは対照的なさくの嬉しそうな顔が非常に恨めしかったです。

 

「っと、夏樹っちは制服取りに来たんだよな。ちょっとだけ、待っててくれや」

「あっ、それもあるけど実は救急箱を貸してほしくて」

「んあ? 救急箱? 夏樹っち、怪我でもしたんか?」

「たぶん親友がボロボロで宣戦布告から帰ってくるだろうからその手当て用に」

「あいよ、じゃあこれな」

 

 棚から救急箱を取り出して来たさく。私が受け取ろうとするとさくは急に救急箱を持つ手を上に上げ、私の手は空を切る。

 

「……さく?」

「なあ、夏樹っち。やっぱ救急箱といえばナース服だと思わねぇか?」

「いいえ、全く」

 

 その言葉とともに私の手が再び救急箱を追う。しかし、その動きを読んでいたようでまたしても救急箱は私の手から逃れる。

 

 迂闊! この人に借りを作ればどうなるのかは分かっていたはずなのに。

 

「あたしはさぁ、夏樹っちみたいな美少女が救急箱持つならナース服着てこそだと思うわけよ」

「想像の中でご自由に着せてください」

「つれねぇなぁ、いいじゃんかよー。本当は救急箱の貸し出しは課外活動限定で、職員室で許可取んなきゃなんねぇのを快く貸し出すんだからそんくらい見せてくれても」

「じゃあ、怪我人ここに連れてくるんで大丈夫です。それでは、後ほど」

「ちぇー。だったら、メールで友達とコスプレ談話で盛り上がるからいいよーだ」

「楽しんでくださいね」

 

 そう言って保健室を出ようとすると、携帯から着信音が流れる。一体誰が送ってきたのかと確認すると(半ば無理やり登録させられた)日高サクヤの文字。まずい、とてつもなく嫌な予感がする。恐る恐るメールを確認すると、添付ファイルがいくつか。そこには頬をリンゴのように真っ赤に染めて婦警姿をしている私。更には、さくとの攻防で体力を使い切っていたので、息が乱れて額は汗ばんでいるし、短いスカートを手で押さえるようにしているためにとても扇情的だった。むっつーに見せたら119番に頼らなくてはならなくなるくらいに。

 

「ありゃ、すみれっちに送るはずが間違って夏樹っちに送っちまったよ」

「さくー、ナース服のコスプレしてあげるから、代わりにお願いを一つ聞いてもらっていい?」

「水臭いこと言うなよ。あたしと夏樹っちの仲じゃねぇか。頼みくらいいくらでも聞いてやんよ」

「じゃあ、私のコスプレ写真を撮るのは許可しますが、他の人には絶対に見せないでくださいね」

 

 てっきり文句が来るかと思ったが、さくは一体何を言っているのか分からないといった表情で見つめてきた。

 

「そんなの言われるまでもねぇよ。こんなかわいい夏樹っちの写真なんだからあたしが独占するに決まってるだろ。そもそも肖像権があんだから夏樹っちに無断で人に見せたりはしねぇって」

「よかった、本当に良かった。さくがその辺はまじめな人で。あぁー、でもむっつーが何枚かは写真撮ってて後で売るんだろうな」

 

 その時、さくの目が鋭く光った……ような気がした。

 

 そして、私はナース服に着替えさせられ、その後は撮影会の始まりとなりました。ただでさえ恥ずかしい格好なのに聴診器や注射器と言った小道具を使った恥ずかしすぎるポーズまでしてきて本当に教師なのか疑いましたが、彼女のことを疑ったとしても私は悪くないはず。

 

 

 余談ですが、その次の日にあっきー、もっちー、きのっち以外の男子生徒がひどく落ち込んでいたのは一体なんだったのでしょう? 「畜生、あんなにがんばったのに写真が無いなんて」とか、「…………俺の商品の隠し場所を正確に把握するとは何者?」といった言葉が聞こえたのですが、何のことか分かりませんね。もう一度言います。私には何のことかさっぱり分かりません! まぁ、それはそれとして、今度さくに差し入れとしてお菓子を作って行きましょうかね。

 

 

 

 

――おまけ――

 

 今回は本文が少ないのでおまけで夏樹の振り分け試験の結果を紹介したいと思います。それではどうぞ!

 

組み分け試験

現代国語:96点

古文:24点

化学:85

物理:109

生物:43

地学:32

英語W:名前無記入書いていれば(267点)

英語:名前無記入(書いていれば434点)

日本史:137

世界史:81

現代社会・地理:70

数学:230

保体:92

 

 ちなみに1巻時点で一番バカだと言われていた明久を学年最下位としてBクラス代表の根本君との点数(サンプルは3巻ですが)差の間に等間隔でクラス代表の点数が来ると仮定すると、

 

 

Fトップ:1080 Eトップ:1310 Dトップ:1540 Cトップ:1770

 

となります。ですので、無記名時点の夏樹の総合点は999点なのでFクラスの結構上の方となります。逆に英語の点数をどちらも取っていれば1700点なのでCクラスの代表に近い点数になっていました。まあ、姫路さんの影響で繰り上がっているので実際はトップの点数はもう少し上でしょうけどね。




今回も夏樹をコスプレさせるために日高先生に頑張っていただきました。基本的に登場人物にペースを乱されることが少ない夏樹のペースを乱せる数少ない人物です。ですが、夏樹はコスプレにうんざりしていますが、日高先生のことはきちんと友達として好きですよ。

ちなみに日高先生はかなりやり手です。赴任した日には盗聴器バスター等の装備で保健室内の監視装置は徹底的に排除しましたし、今回もムッツリーニのしかけたカメラをことごとく発見してくださいました。

次はBクラス戦が始まりますので、明日の更新でもよろしくお願いします。


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第十六話:Bクラス戦開幕!

今回からBクラス戦が始まります。そして、原作とは異なる班編成で初戦に挑みます。そして、姫路さんはみんなが教室から出切るまで待ってからゆっくり来たので遅刻中。小隊長の腕の見せ所です。

それでは、本編始まります。


「さて、皆、総合科目テストご苦労だった」

 

 教壇に立ったもっちーが机に手を置いて皆の方を向いています。

 

 今日も午前中はテストを行い、ついさっき全科目が終了してお昼を食べたところです。今日は春華(バカ)がいつになく大人しかったから気分も最高潮です。流石に昨日ねえさんにしばかれたから反省したんでしょうね。いやぁー、凄かったです。ボディーブローで頭を下げさせて、シャイニングウィザード。頬の痛みで動きが鈍ったところにタワーブリッジ。流石にかわいそうに思いましたもん。

 

ちなみにあっきーには今日のお弁当を少し分けてあげたので途中でスタミナが切れるということはまず無いでしょう。

 

「午後はBクラスとの試召戦争に突入する予定だが、()る気は充分か?」

『おおーっ!』

 

 うーん、一向に下がらないモチベーション。これがうちのクラス最大にして唯一の武器ですね。

 

「今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。その為、開戦直後の渡り廊下戦は絶対に負けるわけにはいかない」

『おおーっ!』

「そこで、前線部隊は姫路瑞希に指揮を取ってもらい、数学班の小隊長を島田美波、英語班の小隊長を神谷夏樹、物理班の小隊長を須川亮にまかせる。姫路は全体を見ながら不利な部隊のサポートを頼む。他の3人は姫路が他の教科のサポートに集中しているときや、近くにいないときは自分の判断で動いてできるだけ敵を削れ!」

「が、頑張ります」

「任せなさい!」

「了解!」

「わ、分かった」

 

 私を含め四者四様に答えます。

 

「っと、坂本。数学班の小隊長は島田じゃなくて神谷さんの方がいいんじゃねぇか? 今回も数学の女帝の力で蹴散らしてもらおうぜ」

 

 誰かがもっちーに進言しています。だから、『数学の女帝』はやめなさいって言ってるのに。まぁ、それはそれとしてこの提案は本当に困りものです。うぅ、どうしましょう。

 

私の内心の困惑を他所にその言葉を聞いたもっちーが大仰に溜め息をつきます。

 

「あのなぁ、確かに数学は夏樹でもBクラスレベルの島田でもいざというときにサポートできるが、英語は姫路以外だと夏樹しかサポートできねぇだろうが」

「ああ、そりゃそうか。流石に鬼の補習室送りは嫌だしな」

 

 おぉ、もっちー、ナイスです! 先ほど提案した人ももっちーの言葉に納得したようです。

 

「それじゃあ、野郎共、きっちり死んで来い!」

『うおおーっ!』

 

 なぜか異様にテンションの高い前線部隊の雄叫びが響き渡ります。

 

 今回の作戦では廊下の戦闘の勝敗が重要になるので、確実に勝つためにFクラス五十人中四十人を注ぎ込みます。私たちのクラス最強かつ学年でも三指に入る実力のひめひめがいるし、私も英語ならアレを使えますから負けはほとんど無いはずです。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そして、ついに昼休み終了のベルが鳴り響きます。いざ開戦。もっちーの指令が響き渡ります。

 

「よし、行って来い! 目指すはシステムデスクだ!」

『サー、イエッサー!』

 

 その叫びとともに私たちは全力で廊下を駆けました。

 

 今回の私たちの主武器は数学です。Bクラスは比較的文系が多いのでそこを突くためと、なぜか数学の長谷川先生は召喚可能範囲が広いためです。他にも同じく理数系科目である物理の木村先生と私の武器を活かすための英語の遠藤先生もいます。立会いの先生の多さで一気に畳み掛けますよ。

 

「いたぞ、Bクラスだ!」

「高橋先生を連れているぞ!」

 

 部隊の人たちの声で前を向くとBクラスがゆったりとした足取りで歩いてきます。その数は十人程度と少なめであくまで様子見だというのが分かります。その人数の少なさはこの戦いを押さえたい私たちとしては嬉しいのですが、高橋先生がいるのは痛いです。私たちは総合科目ではひめひめ以外は戦力になりません。なるべく、総合科目フィールドは避けないと。

 

「生かして返すなーっ!」

 

 そんな物騒な台詞が皮切りとなり、Bクラス戦が始まりました。

 

「おい、神谷夏樹だ。いいか、絶対にあいつを数学フィールドに近づけるな! さっさと取り囲んでやっちまえ!」

 

 そんな号令とともに三人のBクラス生が私たちの部隊に近づいてきます。うーん、敵も私の対策を考えたみたいですけど、見当違いな作戦ですね。三人に使うのはもったいない気もしますけど、十人中三人と考えればなかなかの戦果ですし、一刻も早く勝ちたいですからね。飛ばしていきます。そう判断した私は他の人たちにフィールドに入らないように指示します。

 

「遠藤先生。Fクラス神谷夏樹がそこのBクラス三人に英語勝負を申し込みます」

「許可します」

 

 私は相手に申し込まれるより前に対戦を申し出ます。

 

試獣召喚(サモン)

 

 そして、私たちはほとんど同時に召喚獣を出します。

 

 相手は全員鎧に包まれており、その手には剣や槍などを持っていてなかなか強力そうです。対して私の召喚獣はいつも通りの燕尾服を着て、その手には竹笛(・・)を。

 

「姐さぁーーん! そりゃ無いですよ! 何でそんな貧弱なんすか!」

「そうだ! 成績がいいほどいい楽器なんでしょ!? だったらヴァイオリンとかホルンとかぁー!」

「おい。どうやら、あの装備はかなり弱いらしいぞ」

 

 今朝のうちに私の装備について説明していたので班員のほとんどが慌てでしました。そして、あわてるFクラス生の声を聞いてBクラス生は安心し、胸を撫で下ろします。あっ、そういえば説明を簡単に済ませただけだったんだっけ。

 

「あ、あれ? でも、あいつの召喚獣の腕……」

 

そんな中、一人のBクラス生がある事実に気づいたようです。そして、召喚に少し遅れてそれぞれの点数が現れます。

 

Fクラス 神谷夏樹 英語 464点

  VS

Bクラス 川上登  英語 165点

Bクラス 山田哲平 英語 173点

Bクラス 上岡志郎 英語 159点

 

『はぁぁぁ!? う、腕輪持ちだとぉー!?』

「姉御。一体どういうことなんですか」

「ああ、説明してなかったけど、私の楽器のバリエーションは8個だけで400点を越えたら腕輪がつく代わりに0点からと同じ扱いになるんだ。だから464点と64点は同じ楽器なの。いやぁー、うっかりしてたよ。ごめんね」

 

 私の説明で納得したFクラスと、逆に私が腕輪持ちであるというショックから抜け出せないBクラス。うん、今のうちに腕輪を発動しましょう。

 

 頭の中で腕輪の起動命令を送ると、私の召喚獣の左腕にある腕輪が光りだし、それと同時に召喚獣が演奏を始めます。基本的に腕輪の能力は強力な攻撃系か召喚獣強化系が多いので相手は攻撃に備えて身構えます。でも、私の召喚獣の通常攻撃力は0だって言うことは知っているはずなんですけどねぇ? まさか、腕輪はその対象外だとでも?

 

 まあ、その後に何の攻撃も来ないことを不審に思いながらも攻撃を仕掛けてきましたが、腕輪の効果を警戒してか精彩がありません。そんな消極的な攻撃では私を捉えるのは無理ですよ? そして、演奏開始から25秒ほどたったのを見計らって英語部隊の8人に指示を出します。

 

――5――

 

「さあ、みんな」

 

――4――

 

「全力でのしちゃいなさい!」

 

――3――

 

 私の声にみんなが慌て出します。

 

――2――

 

気を取り直したみんなが召喚フィールドの中に入り、

 

――1――

 

試獣召喚(サモン)

 

――0――

 

その言葉とともに9体の(貧弱な装備の)召喚獣が現れます。フィールドの変化はそれだけではありません。演奏を続けていた私の召喚獣の腕輪の光が一際大きくなりました。そして、訪れる変化。

 

Fクラス 神谷夏樹 英語 116点

  VS

Bクラス 川上登  英語 165点

Bクラス 山田哲平 英語 173点

Bクラス 上岡志郎 英語 159点

 

まあ、私の点数以外は変わりありません。……表面上はね。

 

「はっ! 返り討ちだ」

 

 一人のBクラス生が迎撃のために剣を上に振り上げ――たかったんでしょうね。しかし、その腕は上に上がることなく、勢いよく右に動き、隣にいた召喚獣を切りつけます。

 

「て、てめぇ! 何やってんだよぉ!」

「ち、ちげぇって。俺はちゃんと上に振り上げようと」

 

 思ってもいなかった幸運に頬が緩みます。すると、私の笑みに気づいた相手が叫びます。

 

「おい、きっとあの女の能力だ。だが、少なくとも上に振ろうとして右に行ったんなら……」

 

 そう言って言い争いに加わっていなかった生徒が右から迫っていたFクラス生に対応しようとします。うーん、なかなか冷静ですね。彼は今度は逆に上に振り上げることで、右の敵を薙ぎ払いたかったんでしょうね。ですが残念♪

 

その剣は本来の命令通り勢いよく上に上がります。そして、がら空きの胴体を三人がかりで攻撃。先ほど右の仲間を攻撃してしまった彼は唯一出方が分かっている右薙ぎで攻撃しようと左前方に向かおうとしますが、その意に反して召喚獣の足は左後方に動こうとし、その結果足をもつれさせて転んでしまいます。

 

先ほど三人に攻撃された人も必死に逃げようとするのですがその足は命令通りの方向には動きません。その混乱の隙を突いて9人のFクラス生が止めを刺していきます。

 

 ふふっ、無駄ですよ。あなたたちの召喚獣は私の腕輪によって命令系統が狂っていますからね。しかも、この命令系統の混乱には統一性が無く、どんな混乱になるのかは完全なランダムで私でも予測がつきません。そんな法則を短時間で理解できるわけも無くFクラス生に面白いように点を削られていきます。

 

 結果、Fクラス生が召喚して20秒もしないうちに英語フィールドの初戦は終了しました。幸先のいいスタートです♪

 

 

 

――おまけ――

 

本文にあった通り夏樹の召喚獣の楽器は点数で変わります。まあ、高い点数の楽器だと消費点数のレートを上げることはできますけど、楽器による大きな違いはないですね。一応、各点数域の楽器は下のようになっていて、456点みたいに400点を超えていると56点と同じ楽器と言ったように400を引いた点数の楽器となります。

 

夏樹'召喚獣の楽器

0~10:無し

11~49:リコーダー

50~99:竹笛

100~149:トランペット

150~199:フルート

200~249:ホルン

250~299:ファゴット

300~349:竪琴

350~399:ヴァイオリン

 




今回は夏樹の腕輪の能力が登場しました。今回の現象は簡単に言うとNARUT○のがツ○デ(シ○ネだっけ?)がカ○トに使った電気で神経系統を乱したアレです。夏樹の召喚獣はとにかく召喚システムに影響します。ただ、腕輪の発動条件は厳しく、30秒間演奏をし続ける必要があります。本当に護衛の壁が脆いFクラスが試召戦争をする上では戦いにくい召喚獣です。

今回は順調に進みましたが、Bクラス相手ともなると易々と勝つことはできません。次話では夏樹に戦争初のピンチが!

それでは今夜更新の次話もよろしくお願いします。


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第十七話:数学の女帝……?

今回は以前のサイトで投稿した時には夏樹が萌えキャラ化したという感想が来た作品です。このハーメルンでもそういう風には感じてくれる人はいるのでしょうか?

あっ、それと今回のお話では独自解釈と言うか独自設定が入りますが、どうぞご容赦ください。

それでは、本編始まります。


 とりあえず英語フィールドは片付けたので、周りを見渡すとかなりピンチです。私たちが三人仕留めたとはいえ流石はBクラス。桁違いな点数で仕留めていきます。クラスの差が如実に現れる総合科目フィールドはもとより、主戦場の数学も苦戦しています。運動が苦手なひめひめがまだ少し離れたところにいることが大きな原因です。しまっちが何とか頑張っていますが、同じBクラスレベルでは思ったような戦果は得られません。まあ、一昨日戦争をしてBクラスよりは操作に慣れているのでしまっち個人としては決して劣勢ではありませんが。

 

 そして、ある生徒の目が私を捉えます。ま、不味い。嫌な予感がした私は気配を極限まで薄くし英語班の中に溶け込もうとします。しかし、神様は無情でした。

 

「おい、お前ら! 今こそ姐さんに蹴散らしてもらうときだ!」

「姉御! ささっ、どうぞここは俺たちに任せて数学フィールドに」

「い、いや。小隊長が部隊を離れるわけには……」

「そんなことよりも数学で勝つほうが先です!」

 

 数学部隊の要請を受けて、英語部隊のみんなが私の背中を押してきます。ちくしょう! 折角もっちーが上手いこと誤魔化してくれたのにぃ!

 

 必死に踏ん張りましたが流石に男子数人の力には敵わず、私は数学フィールドへと押しやられます。

 

「ちょっ、や、やだ。お、押さないでよ。お願い、本当にダメなんだって!」

 

 私の必死の懇願も空しく、とうとう数学フィールドの中に。そして、元からいた人たちは脱出の時を今か今かと待ちわびています。うぅ、そんな目で見られてもムリなものはムリなんだってばぁ。

 

「Bクラス岩下律子です。Fクラス神谷夏樹さんに数学勝負を申し込みます」

 

 消極的な私の態度で強気になったBクラスの生徒が私に勝負を挑んできます。多分一昨日の戦いで私が数学では腕輪を持っていなかったことを知っているのでまだ気が楽なんでしょう。

 

「律子、私も手伝う!」

 

 なぁ!? ひ、一人でも大変なのにぃ。十人……今は七人か。七人中二人も来るってことはそれだけ私を危険視してくれているんでしょうけど、迷惑ですよう。

 

試獣召喚(サモン)

 

 喚声に応えて二人の召喚獣が現れます。嫌だけど、代わりに受けてくれる人もいないし、出さないと戦闘放棄になってしまいます。

 

「うぅ、さ、サモン!」

 

 私の声に応えて幾何学的な模様が足元に広がり、燕尾服を着た私の召喚獣が再び竹笛を手に現れます。

 

「おっしゃぁぁー!」

「また、腕輪もちじゃあぁーー!」

 

 人の気も知らずに男共が雄叫びを上げます。っのぉ! 人の気も知らないで。この後の展開を想像すると泣きたくなってきます。そして、悪夢の瞬間、つまりは点数表示のときが来ます。

 

Fクラス 数学 神谷夏樹 71点

 

『えっ?』

 

 誰とも無くつぶやいた言葉。そして、重苦しい沈黙が場を支配します。あぁ、だから数学フィールドには入りたくなかったのに。

 

「ちょぉーー!? 神谷さん、一体どうしたんすかぁ!?」

「手ぇ抜いてる場合じゃないっすよ!?」

 

 皆の非難の声が響き渡ります。低い点数なのは自分で分かってますよ! でも、実力なんだからしょうがないじゃないですかぁ! ……それにしても、あまりの恥ずかしさに涙が滲みます。

 

「だから、やだって言ったのにぃー」

『ぐはっ!』

 

 自陣に振り向いて抗議をすると皆がなぜか悶えています。

 

パシャッパシャッ

 

 突如鳴り出したシャッター音。そこには本陣で待機しているはずのむっつーの姿が。

 

「……むっつー。なんでここにいるの?」

「…………前線の戦況確認」

「じゃあ、そのカメラには全体の様子とかが写ってるんだよね? 見せて」

「…………(シュバッ!)」

 

 私が指摘すると凄まじい速度で本陣に戻っていきました。……いや、別にコスプレとか着替えとか撮られた訳じゃないからそこまで怒る気は無いんだけどね?

 

「ま、まあ、いいわ。数学の点数が低いのは予想外だけど、逆に好都合ね」

「そうね、真由美。あいつの召喚獣が厄介なのは変わらないし、点数が低い数学でしっかり倒しちゃいましょう」

 

 うっ、相手が重苦しい雰囲気から回復してしまいました。この状況はマズすぎです。

 

 相手はこちらの事情など気にせずに飛び掛ってきました。律子という人の召喚獣が手に持つ剣を大上段に振り上げ、飛び掛ってきます。そして、その後ろから真由美という人の召喚獣が槍を手に駆けてきます。かなりのコンビネーションです。これでは律子さんの召喚獣をよければ左右どちらに動いても真由美さんの召喚獣の槍に貫かれます。かといって、動かなければそのまま律子さんにやられるだけです。

 

 ……演奏家の端くれとしてのプライドは痛みますが、ここは四の五の言っている場合ではありません。私の召喚獣に物理干渉能力があれば「バキッ!」という音がしそうな勢いで竹笛を圧し折ります。相手がいきなり武器を圧し折った奇行に驚いている隙に折れた竹笛の半分を全力で投げつけます。竹笛は見事に律子さんの召喚獣の顔面に直撃。体勢が崩れたせいで後ろに続いていた真由美さんの召喚獣と衝突します。

 

「律子、大丈夫!?」

「大丈夫、全然ダメージはないから」

 

 相手が気遣いあっている間に私の召喚獣は燕尾服のボタンを引き千切り、袖から腕を抜きながら相手召喚獣に近づきます。ここだけが、唯一の死角!

 

「あ、あいつの召喚獣がいない!」

「慌てないで! 私たちの召喚獣の正面にいるだけ。律子、思いっきり剣を振り下ろして!」

 

 それを聞いた律子さんは召喚獣に命令して威力の高い振り下ろしをするために剣を上に掲げます。その瞬間、彼女たちの召喚獣から見て右から黒い影が低い位置を滑る様に飛び出します。

 

「残念ね。私はあなたの召喚獣が脱ぎ始めるのを見てたの。だから、それは燕尾服で本命は左ね」

 

 そういって、真由美さんは召喚獣を左へと進ませました。ええ、半分は予想通りです。真由美さんの召喚獣が動くと同時に私の召喚獣も律子さんの召喚獣の攻撃を回避すべく動き出します。彼女たちから見て右側(・・)に。

 

「そんなのはこっちも気づいていますよ」

 

 隙の多い大振りの攻撃をした律子さんも反対方向に動かした真由美さんもすぐには対応できません。その間に少しでも距離を置き、

 

「ちょっと、みんなぁ、傍観してないで助けてよぅ」

 

 Fクラスの皆に応援を頼みます。

 

『は、はい』

『待つんだ。ここを逃せば涙目の神谷さんはもう見れないかも知れないぞ』

『た、確かに。な、涙目の神谷さんはレアだ』

『ああ、普段の気の強いのもいいが、こういう顔もなかなか』

『ああ、もう少し鑑賞してから……』

「あんたら、後で覚えてろよぉ!」

 

 こ、ここまで味方が頼りにならないとは思いませんでした。須川君の熱弁を受けて(物理班の指示はどうした!?)、みんなが観戦ムードに入ります。おかげで船越先生をけしかけた罪悪感も吹っ飛びましたよ。そして、その光景に相手の目も確かな哀れみの色が見て取れます。

 

「ま、まあ、最低なクラスだったことが運のつきね」

「あなた自体は結構優秀なのにね。でも、これは戦争だから覚悟してね」

 

 そういって、今度は二人の召喚獣が並んで飛び掛ってきます。時間差をつけることでさっきの二の舞になることを警戒してですね。見事に作戦にはまってくれました。

 

 私の召喚獣はズボンからベルトを抜き、『おぉぉーー!』……外野、うるさい。髪留めゴムで竹笛のもう半分を金具の反対側に括りつけ、二体の召喚獣の間を狙って投げつけます。ベルトは回転しながら相手に近づき、私から見て右を飛んでいた真由美さんの召喚獣の右足に当たります。すると、ベルトの進行は止まりましたが、回転は止まるはずも無く、隣を飛んでいた律子さんの召喚獣の左足も巻きこみ、彼女たちの召喚獣の足に巻きつきました。すると、空中で突然二人三脚にされた相手は当然バランスを崩して、地面と熱いベーゼを交わしました。

 

 こ、これでいよいよ策は打ち止めです。手元には先ほど引き千切ったボタンと回収した燕尾服がありますが、相手が観察処分者でなければボタン程度では足止めできませんし、召喚獣に燕尾服をかぶせても、召喚者の視界が遮られるのではないので、無意味です。いよいよ、これまでですか……。

 

「お、遅れ、まし、た……。ごめ、んな、さい……」

 

 神様、ありがとう!

 

「来たぞ! 姫路瑞希だ!」

「姫路さん、来たばっかりで「ひめひめ、助けて!」……夏樹の援護よろしく」

「は、はい、行って、きます」

 

 そして、トタトタとこちらに近づいてくるひめひめ。疲れているのは分かるけど、早く! 召喚獣は細かい作業が苦手だけあってまだベルトは外れてないけど、時間の問題なんだから!

 

「げっ、神谷さんだけでも大変なのに、姫路さんまで」

「は、早くベルトを取らないと」

「ああ、もう面倒くさい! ごめん、真由美少し掠るかも」

 

 そういって律子さんは二人を絡めとるベルトに剣を振り下ろしました。私たちにとっては運悪く剣はどちらの召喚獣も掠ることなくベルトを両断し、二人の召喚獣は戒めから解かれました。

 

「姫路瑞希です。よろしくお願いします。試獣召喚(サモン)

 

 でも、ギリギリでひめひめが間に合いました。その召喚獣は昨日と同じように鎧をまとって、重そうな大剣を軽々と持っています、そして、左腕には先ほどの私の召喚獣と同じように腕輪をしています。

 

「う、うそ、彼女もなの!?」

「私たちで勝てるわけないじゃない!」

 

 相手の二人がひどく慌てています。まあ、腕輪持ちはAクラスでも本当に珍しいですから無理もないですよね。

 

 そして、ひめひめがその手をキュッと握りこみます。すると、召喚獣もその動きに合わせるように左腕を敵の方に向けました。

 

「ちょっと待ってよ!? まだ、神谷さんすら倒せてないのに!」

「律子! とにかく避けないと」

 

 そういって大げさなくらいに二人の召喚獣が横に飛びます。まあ、腕輪の能力によっては大げさとは言えないですけどね。その直後、ひめひめの召喚獣の腕輪が光を発しました。

 

 キュボッ!

 

「きゃあぁぁーっ!」

「り、律子!」

 

 左手から光線がほとばしったかと思った瞬間、逃げ遅れた相手の召喚獣の一体が炎に包まれました。

 

「ご、ごめんなさい。これも勝負ですのでっ」

 

 そう言って、ひめひめの召喚獣は大きく避けてバランスを崩してもう一人の敵に肉薄し、大剣を振り下ろしました。相手の召喚獣を武器ごと一刀両断し、私があれだけ苦戦した数学フィールドの初戦は一瞬で決着がつきました。

 

「い、岩下と菊入が戦死したぞ!」

「なっ! そんな馬鹿な!? これで5人だぞ!?」

「姫路瑞希と神谷夏樹、噂以上に危険な相手だ!」

 

 Bクラスの5人に驚愕の表情が浮かびます。半分も倒されれば当然ですよね。でも、本当に寿命が縮むかと思いました。

 




今回の独自設定とは召喚獣の衣類は着脱可能というものです。まあ、実際の戦闘では脱いでる暇はないですから、おそらくは今回だけ、出てもあと1回くらいの設定ですかね。

そして、予想していた方もおられるかも知れませんが、夏樹の数学の点数は安定しません。良い時は腕輪を使える位の点数がとれますが、調子が悪ければ60点台もあり得ます。ミーティングで言っていた通り夏樹が恒常的に腕輪を使えるのはWじゃない方の英語だけですね。

さて、今回の夏樹は萌えられるようなキャラだったでしょうか? そう思っていただける位に可愛く描けていればよいのですが。

それでは、次のお話もよろしくお願いします。


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第十八話:Bクラス2人とFクラス女子1人はどちらが重い?

どうもです。今回は美波ファンの人には怒られてしまうかもしれませんね。始めに謝っておきます。申し訳ありません。あまり書き過ぎると面白くないのでこの程度にしておきます。

それでは、本編を開始します。


 さて、ひめひめと私で5人補習室送りにしましたから大分楽になりましたね。そして、ひめひめが来てくれたので私の仕事はあくまで小隊長としての司令官補佐。やっと肩の荷が下りました。

 

「み、皆さん、頑張ってください!」

 

 ……Really? あれ、前線指揮ってこんなんでしたっけ? こんなんで部隊がまともに動ける訳――

 

「やったるでぇーっ!」

「姫路さんサイコーッ!」

 

 ああ、Fクラス(ウチ)はこれがベストなんだぁ。真面目に悩んだ私ってバカみたいだね。

 

「姫路さん、夏樹、とりあえず下がって」

「あ、はい」

「ありがと」

 

 敵の士気は挫いてるのですからひめひめの点数を無駄に減らすことはないですし、ここで私も使えるのは物理だけになってしまいました。今後のことを考えて、戦闘には参加せずに指揮に専念しましょう。……ひめひめを信用しない訳じゃないですけど、さっきのを見ると心配で精神的疲労が溜まりすぎます。なので、ちょっと手を打ちますか。

 

「ひめひめぇー。結構消耗が大きい人がいるから部隊の再編成をしていいかな?」

「えっ? だ、大丈夫なんでしょうか。勝手にそんなことして」

「ちょっとは問題あるかもしれないけど、戦力が減るよりマシでしょ。そもそもそんなに大きくは変えないし」

「じゃあ、お願いします」

 

 数学班と物理班は接戦だったからこれ以上は無理させられない。逆に英語班は小隊長の私の点数の消費は大きいけど、他の人はほぼ無傷。だったら!

 

「物理班と数学班はお互いに入れ替わり! それで、私は英語班の小隊長から物理班の小隊長に変更。英語班は構成はそのままで私の代わりはあっきーで。あっきーのサポートでしまっちと須川君が入って。英語班の中に数学が得意な人がいたら苦手な人と交換して! それと、ひめっちは前線指揮と数学班を兼任でお願い」

 

 これで物理と数学でもしもの事態があれば私とひめっちが対処できますし、試召戦争に不慣れなひめっちを数学班とういう小隊に専念させることで指揮能力も鍛えられるでしょう。クラス最高得点保持者のひめっちは今後こういう仕事が増えるでしょうからここで練習しておいて損はないです。問題は高得点者がいない英語ですけど、今のBクラスは積極的に責めてくるくらいなら少しでも逃げるはずですし、あの三人はDクラス戦で相当慣れているはずですからなんとかなるでしょう。

 

「中堅部隊は急げ!」

「中堅部隊が来るまで全力でこらえろ! とにかく、戦死だけはするな!」

 

 やっぱり消極的ですね。流石に前線部隊の半分を一気に失ったのは予想外なのか完全に撤退を優先しています。そこで私たちは深追いで戦死することに注意ながら攻めて戦線を徐々に推し進めていきます。これならここの戦いは難なく終えられそうです。ふと、視界の端できのっちがあっきーに声をかけているのが見えます。一体なんでしょう?

 

 私は部隊の人に断りを入れて二人のそばに近づきます。

 

「二人とも一体どうしたの?」

「うん。ここも大分落ち着いたし、僕たちは教室に戻ろうと思ってさ」

「なんでまた?」

「うむ。ワシが聞いたところによるとBクラスの代表は根本らしくてのう。あやつのことじゃから教室に手を出していてもおかしくなかろう?」

「まあ、そうかもね。一応ひめひめには私から伝えておくからよろしく」

『了解(じゃ)!』

 

 

あっきーと秀吉君を送り出してからしばらく経ちました。渡り廊下の戦いはFクラス有利に進んでいますが、補給に行った生徒の帰りが遅いのが気になりますね。でも、それ以外に問題は起こらないはず。

 

「神谷さん! 英語班の援護をしてくれ。島田が人質にとられた!」

 

 ……起こらないはず……だったのになぁ。もう、全部投げ出していいですかねぇ?

 

 今、私はしまっちが人質にとられている現場に来ています。しょうがないじゃないですか。現実逃避していても何も進展しないんですから。

 

「はぁー。何やってるのさ、しまっち」

「うぅ、しょうがないじゃない。誰にでもミスはあるんだから」

 

 ウチのクラスの場合多すぎです。

 

「とりあえず、突撃するんで補習がんばってぇー」

「ちょ、ちょっと! こういう場合ウチを助けるんじゃないの」

「私は戦場に私情を持ち込むほど無能じゃないよ。それに別に死ぬわけじゃないし」

「死ぬわよ! 今日までの人生で形成されたウチの何かが死んじゃうわよ!」

 

 えぇー。でも、しまっち一人でBクラス二人を倒せるならメリットは大きいし、しまっちの尻拭いで部隊を危険にさらすのもなぁ。

 

「島田さん!」

「よ、吉井!」

 

 そんなことを考えていたらいつの間にかあっきーが合流していた。どうでもいいけど、なんか今のやり取りドラマみたいだね。

 

「あっきー、私はここはしまっちには大人しく補習を受けてもらって相手を倒すべきだと思うんだけど」

 

 一応しまっちの上官はあっきーなので確認をとります。あっきーは目を閉じて私の提案について考えている。しばらくしてあっきーの目が開きました。どうやら作戦が決まった見たいです。

 

「総員突撃用意ぃーっ!」

「よしっ!」

「二人ともそれでいいのか!?」

 

 何を言っているんでしょうか。今までだって戦死寸前の仲間を切り捨てたことはあったでしょうに。

 

「ま、待て、吉井!」

 

 相手から待ったがかかります。……往生際が悪い。

 

「コイツがどうして俺達に捕まったと思ってる?」

「馬鹿だから」

「殺すわよ」

 

 いや、捕まっている時点で馬鹿は否定できないでしょうに。

 

「コイツ、お前が怪我をしたって偽情報を流したら、部隊を離れて一人で保健室に向かったんだよ」

 

 あっきーが心配になったっていうのは恋する乙女としていいけどさ、お願いだから戦争中は集中して。

 

「島田さん……」

「な、なによ」

 

 さあ、言ってやりなさい!

 

「怪我をした僕に止めを刺しに行くなんて、アンタは鬼か!」

「違うわよ!」

 

 あっきーに期待した私がバカだった。なんでそんな結論に……なるか。普段あれだけ殴ってればねぇ。

 

「ウチがアンタの様子を見に行っちゃ悪いっての!? これでも心配したんだからね!」

「島田さん。それ、本当?」

「そ、そうよ。悪い?」

 

 ぷいっと顔を背けるしまっち。お願いだからラブコメは後でやって。

 

「へっ。やっとわかったか。それじゃ、おとなしく」

「総員突撃ぃーっ!」

「どうしてよっ!?」

 

 確かに私はともかくお人よしのあっきーは自分を心配してくれた相手を見捨てることはない気がしますが。

 

「あの島田さんは偽者だ! 変装している敵だぞ!」

 

 ……あとでフォロー入れたほうがいいのかなぁ。しまっちの怒りは分かるけど、普段の行いが原因だもん。

 

「おい待てって! コイツ本当に本物の島田だって!」

「黙れ! 見破られた作戦にいつまでも固執するなんて見苦しいぞ!」

「だから本当に――」

 

Bクラス  鈴木次郎 英語41点

VS

Fクラス 田中明 英語69点

 

Bクラス  吉田卓夫 英語14点

VS

Fクラス 田中明 英語48点

 

 これで残っていた二人を撃破。戦いも大分楽になります。すると、教室の様子を見てくるように頼んだ物理班の一人が近づいてきました。そこで聞いたFクラスの現状。Bクラスがここまで卑怯な手を使ってくるとは思いませんでした。こうなったら、ちょっと卑怯で、味方と特にもっちーがかわいそうだから最後の手段と思っていたあれをやろうかな。

 

「本当に、『吉井が瑞希のパンツを見て鼻血が止まらなくなった』って聞いて心配したんだから!」

「包囲中止! コレ本物の島田さんだ!」

 

 考え事をしているとそんな叫び声が聞こえてきました。はぁ? しまっちはそんな嘘で捕まったの?

 

 なんとなくこの後の展開が読めるので私は二人に近づきます。

 

「――にしても、卑怯な連中だね。人として恥ずかしくないのかな?」

「…………」

 

 しまっちのリアクションがない。あれは相当怒ってるよ。

 

「あー、島田さん。実はね」

「……なによ」

 

 あのバカは一体何を言うんだろうか。変なこと言わずに素直に謝ればいいんだけど。そして、あっきー(バカ)は満面の笑みでこう言いやがった。

 

「僕、本物の島田さんだって最初から気付いていたんだよ?」

 

 その瞬間、修羅が舞い降りた。まったく、あいつは。そんなことを言ったら火に油を注ぐだけでしょうに。私はとりあえずバカに殴りかかっていたしまっちの首に左手を回し、その掌を右ひじの裏に当て右掌はしまっちの後頭部へ。これでいつでも落とせます。

 

「……離しなさい。夏樹。ウチはこのバカを殺さないといけないの」

「いくら心配だからって部隊を離れて捕まったのは自分のミスなんだから少しは反省しなさい!」

 

 そう怒鳴ると少しは反省したのか暴れ方が収まります。……耳元で大きな声を出されて怯んだだけかもしれませんけど。そして、私は安心しているバカに目を向けます。

 

「何安心してんのさ。いくら敵に捕まったとはいえ偽者扱いしたんだからそれは素直に謝りなさい。いくら普段の行動からそう思っても仕方ないとしても」

 

 最後の台詞でしまっちが抗議の目を向けてきますけど知りません。一度、普段の行動を見直しなさい。

 

「だから、まあ、偽者扱いとそれをごまかそうとしたってことであっきーがしまっちのお願いを何個か聞くって事でここは手打ちにしない?」

「ま、まあ、それなら」

「えぇー、酷いよ夏樹! そんなことになったら僕の安全が」

「ならここでしまっちを開放しようか?」

「謹んで聞かせていただきます」

「さて、何個にしようか?」

「じゃあ、あれでいいんじゃない。ランプの魔人みたいに三つで」

「うーん、じゃあそこからしまっちのミス分を引いて二つで」

「あんたらがウチを見捨てた分が入ってないんだけど?」

 

 いや、それは現場を預かる隊長としては当然なことだと思うんだけど。

 

「わ、分かった。それでいいよ」

 

 私が断る前にしまっちの迫力に押されたあっきーが承諾していました。まあ、本人同士が納得しているならいいか。

 

「まず、一つ目は呼び方から変えさせてもらいましょうか」

「呼び方?」

「今度からウチはアンタのことを『アキ』って呼ぶから、アンタはウチのことを『美波様』って呼ぶように」

 

 しまっちにそんな趣味があったとは知りませんでした。……ちょっと距離を置きたくなりますね。

 

「うぇえ!? クラスメイトなの「文句あんの?」美波様! これでいい!?」

「今度の休み、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ食べたいなぁ~」

「おのれ! 僕が塩水で生活しているというのになんという贅沢を(ギンッ!)奢ります! 奢らせていただきます」

 

 私が拘束しているっていうのに視線だけであっきーを脅すとは。相当怒ってるんだね。

 

「最後のお願いね。ウチのことを愛してるって、言ってみて」

 

 意外に乙女だねしまっち。でも、そんなお願いすると好きなのがバレ……るはずがないか。あっきーだもん。しかし、まさに現実は小説より奇なり。あっきーは私の予測の数段上を行っていました。

 

「ウチのことを愛してる!」

 

 あまりの事態に力の抜けた私の拘束を抜け出したしまっちのアッパーが見事にクリーンヒット。うーん、これは当分起きませんね。その上、しまっちの怒りはまだ収まっていないようす。どうやって止めましょうかね。正直暴力は嫌いなんですけど。

 

しかし、そんなことで迷っている暇はなく、しまっちは気絶したあっきーにさらに追い討ちをかけており、あっきーの体にどんどん傷が増えていきます。私はため息をつきつつ近づき、

 

「しまっち、ごめんね」

 

両手を顎と側頭部に当て一気に力を入れます。うん、綺麗に入りました。これならしまっちは全く痛みを感じていないはずです。……しまっち、痛みがないだけましってことで許してね。

 

 私は近くの人に二人を保健室に運ぶように頼んで、次の仕込みのために4階へ向かいます。

 




今回はイベントを前倒しにしました。今回で予想がつくと思いますのでバラしてしまうと、cクラスでのBクラスとの対立イベントを変化させるので、ここでこのイベントをやっておかないといつまでも「島田さん」、「吉井」の関係なので。

前書きにも書いたとおり美波嬢は夏樹の手にかかることとなりました。ああしないと明久が原作以上にボコボコになった(元の見捨てた分+お願いの誤解釈)とはいえ、夏樹が暴力をふるってショックと言う方や美波ファンの人には深くお詫び申し上げます。ちなみに、夏樹が美波に行ったのは昔ガ○ガンで連載されていた「ハ○グゥ」で主人公の母親とボディーガードを探すために、グ○が○レを幽体離脱させるときに使ったあれです。マイナーなマンガなので知っている人は少ないかもしれませんが。

さて、夏樹が言う雄二がかわいそうという作戦とは一体何なのか? 今夜の更新をお楽しみに。


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第十九話:代表捨て身の策

今回は雄二のお仕置きと須川君救済(少し良い目を見るだけですが)回です。はたして雄二は一体どうなってしまうのか?

それでは、本編をどうぞ。


 教室で待機していた私は壁に掛けられた時計で時間を確認します。さて、そろそろ他のクラスは休み時間に入るはずですね。今こそ作戦を遂行するときです。……始める前に心の中で謝っておくね。もっちー、ごめん!

 

「もっちー! ちょっと私に付き合って!」

「ちょっと待て、夏樹。一体どうしたって……」

 

 私はそう言い放つともっちーの返答を待たずに彼の左手を握り、廊下に引っ張り出します。おっと、私たちだけじゃ意味が無いんだよね。

 

「4,5人私たちについて来て!」

 

 私がそう言い放つとなぜかもっちーに嫉妬の目を向けていた生徒が我に返り、回復試験のために戻ってきていた須川君を筆頭に、拳で語り合って決まった5人が私たちの後をついてきます。

 

 さて、教室に押し込み損ねたBクラスの小部隊を探したいんですが、どこにいますかねぇ? そんなことを考えながら廊下を歩いているともっちーが私の手を逆に引いて教室に戻ろうとします。

 

「おい、夏樹。一体どういうつもりなんだ! むざむざ代表が出て行ったらまずいだろうが!」

「あー、大丈夫。私なりの作戦のために必要なことだから。一応そのための仕込みは済ませておいたし」

 

 反省文覚悟……というより既に書いてから仕込みをしておいた作戦ですから上手くいくといいんですけどね。……ちょっと、卑怯な気もするから迷いがあったんですけど、Bクラスがなりふり構わずに戦うならこっちだってこの位はします。

 

「それで、神谷さん。俺たちは一体何をすれば?」

「そうそう、事情も分からずについてきたけどさ」

 

 確かに、急いで飛び出してきたせいで全然説明していませんでしたね。そのことに気づいた私はいったんその場で立ち止まりついてきたメンバーに説明をします。

 

「えーと、もっちーっていうエ……げふんげふん。囮を私が連れて歩くことでBクラスの外にいる小隊をおびき出して、それを私たちで倒そうって言う作戦なんだけど」

「おい、夏樹。貴様今エサって言いかけただろう!?」

「まあ、五月蝿いもっちーは放っておいて、君たちには相手を倒す役を頼みたいんだ。多分、相手は同数かそれ以上だし、私の演奏下で戦ってもらうから戦死の可能性も高いんだけど」

「そんな! いくら神谷さんの頼みでもそれは聞けないよ!」

「そうだ! いくらなんでも戦死の可能性があるなんて!」

「うぅ、やっぱりダメ? 一応、今回戦ってくれる君たちには明日お菓子を作ってこようと思ってたんだけど、それじゃあ対価としては安すぎるか」

 

 私がそういうと5人は少し考え込みました。

 

「その際は、シチュエーションを選んでもいいですか? 例えば、セーラー服でツンデレ風に『か、勘違いしないでよね。アンタのために作ったんじゃないんだから。余り物が勿体ないだけよ!』とか」

「妹っぽく甘えて『お、お兄ちゃんに食べて欲しくて作ったんだ』とかでもいいですか」

 

 5人がめいめいに個人の要望を出してきてちょっとだけ顔が引きつりました。しかし、その光景を考えてみますと、希望の服はセーラー服やスーツなど。セーラー服なら中学の頃は普通に着ていましたし、スーツだって将来着る可能性は高いのであまりコスプレって感じはしません。シチュエーションにしても、演劇みたいなものと割り切ればそれほど苦痛ではありませんね。……どうしましょう。さくのせいで私の感性がだんだんおかしくなっているような気がします。でも、戦死の可能性のある作戦に付き合わせるんですから、そのくらいは許容しましょう。

 

「まあ、小学生っぽいっていう犯罪チックな服装も、レースクイーンみたいな変に露出の高い格好もないですし、そのくらいはいいですよ。写真撮影はNGですけど」

「渡し方についてはどうですか!」

「うーん、やってもいいんだけど着替えのことも考えると全員の要望を叶えると時間が無いでしょ? だから、今回の作戦で一番手ごわい相手を倒したとか、一番相手の点数を減らしたとか、一番活躍した人にその要望どおりに全員分渡すって言うのはどうかな?」

 

 そういうと全員が黙り込んでしまいました。やっぱり、一人に全員分を渡して終わらせるっていうのは手を抜きすぎましたかね。

 

「えーっと、やっぱりダメかな?」

 

 そう私が確認すると全員がザッという音がするほど勢いよく片膝をつき、右手を胸の前で水平にしました。その行動に私ももっちーも軽く引いてしまいました。

 

「ど、どうしたの。えーっと、そういう格好するってことは作戦については大丈夫なのかなぁ?」

「お任せください、神谷様!」

「イエスユアハイネス!」

「委細承知です、姐さん!」

「この命に代えてもやり遂げます!」

(あるじ)よ。あなたはただ一言、『死ね』と言えばいいのです」

 

 提案した私が言うのもなんですし、かなり失礼な言い方ですけど、こんな条件で地獄の補習と隣り合わせの作戦を了承するとはずいぶん安上がりな人たちですね。

 

「いたぞ! Fクラス代表だ!」

 

っと、後方からBクラスの小隊が近づいてきました。7人くらいですか。これなら5人が倒し逃してももっちーに倒してもらえる範囲内ですね。このまま、時間を稼いで迎撃しやすいところを目指しましょう。

 

「おい、夏樹! 流石にあの人数は「いいから黙ってついてきなさい!」お、おう」

 

 私たちはしばらく走り続けて、旧校舎4階の空き教室に入りました。

 

「へっ、ようやく追い詰めたぜ」

「まさか、代表が大した盾も連れずにむざむざ出てくるとはな。まあ、これで面倒な戦争も終わりだが」

「じゃあ、長谷川先生。召喚フィールドを「ちょっち、待ってみ?」あぁ?」

 

 私が相手の言葉を遮って人差し指を上に向けながら不敵な笑みを浮かべると、相手は全員いぶかしげな表情をします。そして、それと同時に流れ出す放送。

 

ピンポンパンポーン《連絡致します》

 

 そして、突然流れ出した私の声に皆戸惑っていますが、当然放送はそんなことを気にせず作戦の鍵となるキーワードを言い放ちます。

 

《西村先生、西村先生。坂本雄二君が教師と生徒の垣根と性別の壁を越えた大事な話があるようです。至急彼に会ってあげてください》

 

 私以外に嫌な沈黙が流れます。そして、もっちーが機能停止から回復して怒鳴ってきます。

 

「夏樹、一体どういうことだ!!」

「一昨日のうちにテープに録音していました♪」

 

 サムズアップとともにいい笑顔(かお)を作って応えます。

 

「手段を聞いてんじゃねぇよ! 何のつもりでこんなことしたんだって聞いてんだよ!」

「えーっと、一つは船越先生への悪戯の仕返し?」

「ふざけてんのか、てめぇ!」

「まさか、坂本にそんな趣味があったのか!?」

「Fクラス代表は変態だったのか!?」

「ほら見ろ、お前のせいで最悪の噂が流れたじゃねぇか!」

「大丈夫。こんな嘘信じる人なんかほとんどいないよ。それに、もっちーがOK出したんだよ? 戦略的に意味があればこういうことしていいって」

「あぁ? そりゃ一体どういう「さぁーかぁーもぉーとぉー!!」」

「こういうこと」

 

 もっちーの言葉の途中で野太い声が聞こえてきます。そして、それから少しもたたないうちににしむーがこの教室に入ってきました。

 

「坂本。貴様、今の放送はどういうつもりだ!?」

「いや、あれは俺じゃなく――」

「ごめんなさい、西村先生! あれは一昨日の船越先生のことの仕返しをもっちーにしたくて私がやった悪戯なんです! お叱りは今日の戦争が中断したらしっかりと聞かせていただきます」

「はぁ、さっきは何のことかと思ったが、船越先生が罰は既に受けているので多めに見てやれと言っていたのはこのことか」

「一応、昨日のうちに船越先生監修で反省文は書いておきました」

「……やる前に書いたものが”反省”文と言えるのかは疑問だが、そうした文章を書く覚悟があったということは考慮する余地がある。それに船越先生も何度も頭を下げて下さったことだし、さきほどの誠意のこもった謝罪で勘弁しよう。以後、こういったことは控えるように」

「おい、待て鉄人! 随分と俺らに対するものとは態度が違うじゃねぇか! 教師が贔屓していいのか!?」

「コイツはお前らと違ってほとんど問題を起こさんし、たまに起こしたときも真剣に反省するからな。大抵の問題もお前らの起こしたことの尻拭いだ。そのあたりは船越先生にお前らが謝罪しないで、神谷が謝罪したことからも分かるだろう。よって、これは当然の区別だ」

 

 うーん。私のことをそういう風に評価してくれるのは嬉しいですけど、流石に教師なんだから生徒の区別や贔屓は良くないと思いますよ? あぁ、それより皆が呆けているうちに作戦を完了させないと。

 

「にしむー、にしむー」

「貴様、さっきはしっかりと西村先生と呼んだのになぜ戻す?」

「え? さっきは謝るからしっかりとした呼び方をしただけだよ? その位は常識として理解してるし」

「まあいい。で、どうしたんだ?」

「あぁ、うん。英語Wで召喚フィールドの展開をお願いします」

「ちょっ!? 待てや「分かった。許可しよう」」

「ありがとうございます。試獣召喚(サモン)!」

 

Fクラス 神谷夏樹 英語W 206点

 

 そして、展開する英語Wの召喚フィールドと現れる私の召喚獣。これでこの戦闘の決着がつくまで相手が用意した長谷川先生はフィールドを展開することができません。そして、召喚しなければ相手は敵前逃亡で失格です。

 

「落ち着け! あいつが召喚したってことは他の奴らは召喚してこねぇ!」

「そうか! 全員で連携してさっさと潰すぞ」

試獣召喚(サモン)

 

 そして、見事な連携で私に迫ってくるBクラスの生徒たち。でも、こっちは戦死覚悟であなたたちを潰しにかかってるんですよ!

 

『神谷さんの援護だ』

試獣召喚(サモン)

 

 そして、Fクラスの皆が私に迫っていた敵を対処してくれます。

 

「なっ! こいつら戦死が怖くないのか!?」

「おらぁ、死ねぇ! さっさと死ねぇ!」

「俺の妹プレイのために死にやがれぇ!」

「いーや! 勝つのは俺だぁ! ツンデレ幼馴染ぃー!」

 

 私の演奏下で召喚してきたという事実と謎の気迫、色をつけるなら桃色の気迫とでも言いましょうか? それによって怯んだBクラスは終始押され続け、あっという間に決着がついてしまいました。こういうときのウチのクラスって本当に強いですね。

 

「おっしゃぁー! 二人倒した俺のシチュエーションだぁ!」

「待てやぁ! 俺がギリギリまで減らしたのを横から掠め取ったんじゃねぇか! 一番点数の高い奴を相手してたんだから神谷さんはスーツ姿だぁ!」

「ふざけんな! 俺が神谷さんの演奏を邪魔しそうな奴を積極的に倒し続けたんだから、ツンデレ風な渡し方だぁ!」

 

 うーん。こんな集団に倒されただなんて思うのは嫌でしょうねぇ。少しだけ相手の生徒に同情します。ただ、こう口論していても決着がつきそうにありませんね。仕方ない。

 

「皆、私の予想よりずっとよく戦ってくれたよ。実際、戦死者も出なかったし。そんなんじゃ、優劣なんてつけられないから、公平にジャンケンで決めてよ」

『おらぁ! ぜってぇ負けねぇぞ。ジャンケンポォン!』

『てめぇ! 今の絶対後出しだろ!』

 

 まあ、彼らのことは決まるまで放っておきましょうか。すると、もっちーが話しかけてきます。

 

「見事にあいつらの手綱を握ってるな。この魔性の女め」

「ちょっ!? 何それ! すっごく人聞きが悪い。私はそんな悪女じゃないよ!」

「自覚がない分余計にたちがわりぃ。そういえば、今回の作戦であんな放送をする必要があったのか? ウチの主力選手だし、お前単体でも結構効果があったと思うが」

「だって、代表っていう餌なら絶対に釣れるし、代表は居場所を明確にするルールがあるからにしむーも場所が分かりやすいでしょう?」

「奴なら何の情報もなしにたどり着きそうだがな。それより、自然にしすぎていて気づかなかったが、お前はいつまで俺の手を握っているんだ?」

「ん? あぁ、ごめん。作戦に集中しすぎていて気づかなかった。今手を放すよっ!?」

 

 もっちーと話している途中に視線を感じて廊下のほうに急いで視線を向けます。すると扉から身を翻している黒髪に日本人形のように整った顔立ちの人物が一瞬目に止まります。

 

「どうした、夏樹?」

「あれって、霧島さん?」

「んぁ? 翔子がどうかしたんだ?」

「なんか視線を感じてね。でも、まさかね。あんな目で霧島さんに見られる覚えが無いし。っと、ごめんごめん。手だったよね」

 

 本当にありえないですよね。霧島さんが私のことをあんなライバルを見るような目で見るなんて。

 

 その後、私たちは明日の開戦時にもっちーが本陣から始められるように教室に戻りました。そうそう、結局私の服装決定戦は須川君が勝利して、明日のお菓子を渡すときはセーラー服で髪はポニーテールで、渡す口調はツンデレ風っていう私にとっては楽なものになりました。

 




さて、今回の雄二へのお仕置きはいかがだったでしょうか? みんなの前で振られていないという点では須川君よりましですが、噂の相手は須川君以上にひどいですね。そのため、正しい題名は「代表(を)捨て身(とした)策」であり、括弧の中を意図的に抜きました。ちなみに夏樹は自分が3Cの廊下の前に顔を出したら次の休み時間にテープを流してくれるように新野先輩に頼んでいたのですよ。

それと、今作においては西村先生はアニメ版と同様に全ての教科でフィールドを張ることができます。ちなみに今回の策も「雄二が西村先生に告白するという放送を流させたい」という書きたいシーンを書くために頑張ってつじつまを合わせることで生まれました。

以前の投稿では夏樹の服装決定権を勝ち取った生徒の名前は出していなかったのですが、ここでの感想で須川君のあまりの惨状に嘆いてくださった方がいたので、彼の望む服装で彼にお菓子が手渡されることとなりました。

とりあえず、これでBクラス戦の前半は終り、次からはCクラスでの対決となります。今後もどうぞよろしくお願いします。


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第二十話:夏樹の禁句とへ理屈と

どうも、今回はCクラスでのBクラス戦まで終了させたいと思います。ということで、今回は今までで1,2を争うほど長いお話となっています。

それでは、本編をどうぞ。


「……ここはどこ?」

「よう、やっと目が覚めたか」

 

 島田を怒らせて今まで気絶していた明久(バカ)がようやく目を覚ましやがった。こいつといい、島田といい戦況を悪い意味で引っ掻き回してくれる。夏樹みたいな冷静な小隊長タイプがいてくれて本当に助かったな。

 

「あれ? 雄二。なんで僕教室にいるの?」

 

 あ? こいつ何言ってんだ? ……あぁ、夏樹の話では不意打ち気味の一発で意識を刈られたらしいからな。殴られたのにも気づかずに気絶したのか。

 

「顔を何発か殴られて廊下で気絶しているんだから心配したんですよ」

「試召『戦争』じゃからといって、本当に怪我をする必要はないんじゃぞ?」

 

 とりあえず、夏樹は俺以外の奴には誰があいつを殴ったかは言っていない。なんでも島田の名誉のためらしい。まぁ、既に普段の態度がそんな隠蔽でどうにかなるもんじゃないけどな。

 

「別に心配しなくても大丈夫だよ。当たり所が悪かっただけで普段に比べればずっとダメージはないし、半分くらいはあっきーの自業自得なんだから」

 

 流石の夏樹もここのところ仕事量が増えてイライラしてるみたいだな。いつに無く辛辣な言葉だ。どうやら夏樹の態度で明久も何があったか思い出したようだな。気まずそうな顔してやがる。

 

「あ、あはは。ま、まぁ、この話は良いや。それで試召戦争はどうなったの?」

 

 明久が起き上がりながら秀吉に現在の状況を聞いた。気絶していたならそうだろうな。

 

「今は協定通りに休戦中じゃ。続きは明日になる」

「戦況は?」

「一応計画通り教室前に攻め込んだ。だが、予定より少ないとは言えこちらの被害も少なくはない」

 

 とりあえずバカでも小隊長として動く男だから俺も戦況説明に加わる。説明していて思うが、夏樹がウチのクラスに来た影響はやはり大きいな。予想していた被害よりは大分少ないし、撃破数も多くなっている。

 

「ハプニングもあったけど、今のところ順調ってわけだね」

「まぁな」

 

 戦況についての感想を述べた明久にこう答えたが、相手は根本だから安心はできない。まだ何かを考えているはずだからな。

 

「…………(トントン)」

「お、ムッツリーニか。何か変わったことはあったか?」

 

 根本の次の策について考えていると不意に肩を叩かれた。視線を向けるとそいつは情報係にしていたムッツリーニだった。そして、その報告を受けたわけだが。

 

「Cクラスの様子が怪しいだと」

「…………(コクリ)」

 

 あいつらがAクラスを狙うような冒険を犯すはずはない。だとすると、

 

「漁夫の利を狙うつもりか。いやらしい連中だな」

「雄二、どうするの?」

 

 俺が自分の考えを口に出すと明久が俺に意見を求めてきた。

 

「んー、そうだなー」

 

 作戦を考えながら時計を見てみると四時半であった。まだそんなに遅い時間じゃないから教室にも大分生徒が残っているだろうな。

 

「Cクラスと協定でも結ぶか。Dクラス使って攻め込ませるぞ、とか言って脅してやれば俺達に攻め込む気もなくなるだろう」

「交渉が決裂しても実際に攻め込ませたりしちゃダメだからね。いくらなんでもDクラスの人たちが可哀想だし」

「大丈夫だよ、夏樹。相手は僕たちが勝つなんて思っていないだろうからきっと上手くいくよ」

 

 Dクラスに戦後交渉で何を言ったのか知らない夏樹はそういう手段があると思って注意してくるが、本当はDクラスを動かす手段はなくなったから当然ブラフだ。だが、この程度のブラフでも協定を結ぶのは難しくないだろう。

 

「よし。それじゃ今から行ってくるか」

「分かった」

「そうだね」

 

 俺に続いて夏樹と明久が立ち上がる。おっと、一応交渉が失敗したときの保険は残しておかないとな。

 

「秀吉は念のためにここに残ってくれ」

「ん? なんじゃ? ワシは行かなくて良いのか?」

「お前の顔を見せると、万が一の場合にやろうとしている作戦に支障があるんでな」

「よく分からんが、雄二がそう言うのであれば従おう」

「じゃ、行こうか。ちょっと人数少なくて不安だけど」

 

 明久の言葉で俺、明久、夏樹、姫路、ムッツリーニというメンバーでCクラスに向かう。

 

「あっ、神谷さん。島田はまだもう少し時間がかかりそうだぞ」

「あうっ、本当にしまっちには悪いことしちゃったなぁ」

 

 教室を出たところで島田の様子を見てくるように頼んだ須川が帰ってきた。その須川を明久が誘っていたがおそらく盾扱いするつもりだな。まあ、俺としても盾が多いのは助かるし、文句は無いな。

 

「そう言えば、むっつー。Cクラスの代表ってどんな人なの?」

 

 Cクラスに向かう道すがら夏樹がムッツリーニに質問していた。だが、口数の少ないあいつの説明よりは俺がしたほうがマシだろうと思い、俺が代わりに説明する。

 

「ああ、Cクラスの代表は小山友香だ。バレー部のホープらしいから聞いたことくらいはあるんじゃないか?」

「へー、小山さんなんだぁ」

「ほう、面識があるのか?」

「話に聞いたり、遠目にチラッと見たくらいだよ」

「お前って付き合いやすい性格だし、結構顔が広いと思っていたんだがな」

 

 そう言うと、夏樹は陰のある笑顔を使って俺から目をそらす。

 

「……女の子との付き合い方が良く分からない」

「……お前も女だろうが」

「ちゅ、中学校時代は女の子の友達が全然いなかったんだよ!」

 

 マジで意外だな。コイツはたくさんの友達に囲まれているイメージなんだが。だが、そう言えば一年の頃は大抵俺らとつるんでいて、他の奴といるのはあんまり見たことなかったな。そう思っていると明久が割り込んでくる。

 

「中学校時代の夏樹は女子からの人気が凄くてさ。ファンクラブとか親衛隊みたいなのがたくさんあったんだよ。実際、ウチの学校にもイケメンで部活のエースとかってファンクラブができて当然って男子がいっぱいいたんだけど、それをあわせても中学で5本の指に入るくらいの人気だったんだから」

「そんなんなら逆に女子との付き合いに慣れてそうだが?」

「……その子たちね。何を勘違いしたか私を神聖視して、不可侵条約みたいなものを結んじゃったみたいでさ、全然近づいてこなかったんだよ」

「そういえば、ファンクラブ以外の子で何人か告白してきた子がいたよね? じゃあ、今回も夏樹の色仕掛けで――」

 

 明久がそう言いかけるや否や、夏樹はすばやく動いて明久を壁際に追い詰めて頬に優しく手を添えた。しかし、なぜか俺は鋭い爪が明久の頬に突きつけられている光景を幻視した。

 

「あっきー? 私そういう冗談は大嫌いだなぁ」

 

 あくまで穏やかな声で明久に告げる。夏樹は俺たちに背を向けているので表情は分からないが、明久の表情がどんどん恐怖に歪んでいるのを見ると逆に背を向けていてくれて助かったと思う。

 

「申し訳ありませんでした、夏樹様。調子に乗りすぎました」

 

 うん。夏樹にそういう話題は禁句(タブー)だな。

 

 

 まぁ、そんなトラブルもあったが無事にCクラスに到着した。

 

「Fクラスの坂本雄二だ。このクラスの代表はいるか?」

 

 俺がCクラスに入りざまに教室にいる全員に告げた。すると、俺たちの前にまじりっけの無い黒髪をベリーショートにした気が強そうな女子が出てきた。Cクラス代表の小山友香だ。

 

「Fクラスが何の用かしら?」

「Fクラス代表としてクラス間交渉に来た。時間はあるか?」

「クラス間交渉? ふぅん……」

 

 なんだ? ずいぶんといやらしい笑みを浮かべていやがるが。まあ、こうなったら考えてもしょうがない。このまま交渉を進めるしかないんだからな。

 

「ああ。 不可侵条約を結びたい」

「不可侵条約ねぇ……どうしようかしらね、根本クン?」

 

 小山は振り返り、教室の置くにいる奴らに声をかけた。なに、根本だと!?

 

「当然却下。だって、必要ないだろ」

「なっ!? 根本君! Bクラスの君がどうしてこんなところに!」

 

 取り巻きを連れて現れたのは、現在の俺たちの敵であるBクラス代表の根本恭二。畜生! はめられた。明久が騒いでいるが無駄だろう。全部相手の計算ずくだ。

 

「酷いじゃないかFクラスの皆さん。協定を破るなんて。試召戦争に関する行動を一切禁止したよな?」

「何を言って――」

「先に協定破ったのはソッチだからな? これはお互い様、だよな!」

 

 根本が告げると同時に取り巻き立ちが動き出した。そして、その背後には数学の長谷川教諭の姿が隠されていやがった。

 

「長谷川先生! Bクラスの芳野が召喚を――」

「させるか! Fクラス須川が受けて立つ! 試獣召喚(サモン)!」

 

 俺に対して攻撃しようとしたBクラス生を須川が身代わりで受けた。いい判断だ、須川!

 

「僕らは協定違反なんてしていない! これはCクラスとFクラスの――」

「無駄だ明久! 根本は条文の『試召戦争に関する一切の行為』を盾にしらを切るに決まっている!」

「ま、そゆこと♪」

「へ理屈だ!」

「へ理屈も立派な理屈の内ってな」

「明久、ここは逃げるぞ!」

「くそっ!」

 

 俺たちは戦闘を行っている須川に背を向け、Cクラスから離脱しようと駆け出す。

 

「逃がすな! 坂本を討ち――」

「全員、止まれぇ!!」

 

 根本の号令を遮って女の声が大音声で響き渡る。その声に驚いて根本はおろか俺たちも動きを止めてしまった。というか、普段と調子が違うがこの声は……

 

「戦闘をする前に全員私の話を聞いてもらいます」

 

 その声を聞き、離脱しようとした俺たちが振り返り再び教室に視線を向けるとそこには予想通り夏樹の姿があった。しかし、その顔には普段の温厚さはかけらも無く、睨み付けるような鋭い目つきをしている。それに、声にも硬さがあっていつもと少し違う。

 

「な、なんなんだよ。お前らが協定を破ったのは間違いないだろう」

 

 Fクラスの戦力を調べるときにウチの主力である夏樹についてもある程度調べたんだろう。根本の奴も評判との違いに戸惑っている。

 

「だから、協定違反をしたのは――」

「明久は黙ってて。今は私が話す」

 

 ここぞとばかりに反論しようとした明久を夏樹が制した。何をする気かは知らんがここはあいつに任せるしかないだろうな。そう判断していると夏樹が真剣な表情で長谷川教諭に顔を向ける。

 

「長谷川先生。根本君の言うとおりFクラスは条約に違反してしまったようです。申し訳ありませんでした」

『夏樹(ちゃん)!』

「神谷さん!」

 

 いきなりこちらの条約違反を認めた夏樹にFクラスのメンバーが悲鳴を上げる。逆にBクラスの連中やCクラスの一部はニヤニヤしている。

 

「それでは自分たちの非を認めるんですね?」

「はい。これでは迎撃されても仕方が無いですね」

「はっ、Fクラスの中でもお前だけは物分かりがいいじゃねぇか」

 

 その言葉を聞いた夏樹は笑みを作る。

 

「では、これは迎撃と認めるんですね」

「はぁ? 当たり前だろうが。お前らの条約違反に「その条約、もう一回、正確に読み上げてもらっていいですか」あぁ?」

 

 台詞を遮られた根本が苛立たしげに夏樹を睨む。しかし、夏樹はそんなものを意に介さず涼しい顔を浮かべている。

 

「っち。『試召戦争に関する一切の行為を禁じる』だ。これでいいか?」

「長谷川先生。それでいいですか?」

「ええ、そう聞いていますね」

「お前何がしたいんだ。今ので自分たちの不利が明らかになっただけだろう」

 

 確かにそうだ。条約を確認したところで事態は一向に好転しねぇ。

 

「じゃあ、なんであなたたちは迎撃できたんでしょうか?」

 

 はっ! その手があったか。こりゃあ、ひょっとするとひょっとするかもしれねぇな。俺は夏樹の意図がなんとなく理解できたが、他は理解ができないって顔をしていやがる。思った以上に策士だな、夏樹。

 

「だって、おかしいじゃないですか。試召戦争が停戦状態なのにFクラスを迎撃するだけの戦闘員、フィールドを張るための教師が他クラスであるCクラスにそろっているなんて」

「確かにそうだな。俺たちが逆の立場ならここで迎撃なんてできなかっただろうぜ」

 

 夏樹の話に俺も加わり一気に畳み掛ける。これは勢いの勝負だ。

 

「お前ら何を言って「私たちを迎撃するには伏兵を置いておく以外に方法はないって言ってるんです」」

「なぁ、根本? 伏兵の配置だって立派な戦争行為だよな? 一切の行為を封じているのに伏兵を配置していいのか?」

「き、貴様何を言って――」

「ここで問題になるのは時間ですよね。私たちがCクラスと停戦協定を結ぼうとしたときには既にこの教室にはあなたたちはいた。つまり、私たちよりも前にあなたたちが協定違反をしていることになる」

「友香は俺の彼女なんだ。別に俺らがCクラスにいたっていいだろ」

「お前は友達と教師を連れて彼女に会うのか?」

「お、俺たちが伏兵として潜んでいたって証拠はあるのかよ!」

「ありませんよ。ですが、実際伏兵として機能しているじゃないですか」

「だからよ。俺たちもお前らの伏兵を許すから、お互い一回の違反ってことで水に流さねぇか?」

「それを拒むなら、長谷川先生にどんな風に言われてここに連れてこられたのか、Cクラスの人間に何であなたたちが教師連れでここにいるのを認めたのか徹底的に詰問して、どちらの協定違反が先か明らかにしますよ」

「根本君、どうなんですか。事と次第によっては君に質問しなければならないことがありますよ」

 

 俺たちの雰囲気に流されて、長谷川教諭も根本を疑いだした。よし、これで詰んだな。

 

「……確かに紛らわしいことをしてしまったな。今回のところはお互い水に流すことにしよう」

 

 根本は苦々しげな表情で帰っていった。教室を見てみると小山も悔しげな表情をしている。危ない綱渡りだったけど、こんな表情が見れるなら案外悪くなかったかもな。それにしてもさっきの夏樹は凄かったな。あれじゃあ、女子のファンクラブができるわけだ。……夏樹、残念だったな。多分、この学校でもお前のファンクラブができるかもしれねぇぞ。

 

 

 

 

「凄いですよ。夏樹ちゃん」

 

 Cクラスの教室を出てFクラスに向かっていると姫路が夏樹に賞賛を送っていた。確かに俺も礼を言ったほうがいいかもな。

 

「助かったぜ、夏樹。まさか、お前があそこまで頭が回るとは」

「流石、神谷さん! 余裕のやり取りでしたね」

 

 口々に夏樹を褒めていると、いきなり夏樹が膝をついた。一体どうしたんだ!?

 

「こ、怖かったぁ~」

 

 先ほどの真剣な表情はなりを潜め、不安げな表情を浮かべている。

 

「ど、どうしたのさ、夏樹!? あんなに余裕のやり取りだったじゃない」

「よ、余裕なんてないよぉ。あんなの根本君以上のへ理屈で論理もガタガタ、冷静になって聞き直せば穴だらけの話なんだから。アレは表情や雰囲気で場を混乱させて誤魔化しただけで、もう一度やれって言われても上手くいく自信なんてないよ。もっちー! 代表なんだからしっかり背後関係は調べておいてよね! 何のためにむっつーを情報係に使ったのさぁ! 今ので絶対寿命が何年か縮んだよ」

「はっはっは。まあ、上手く言ったんだからいいじゃねぇか。でも、良くあんな理屈を思いついたな」

「ヴェニスの商人」

「は?」

 

 ヴェニスの商人っていうとあれか。確かシェイクスピアの喜劇だったか。

 

「学芸会の劇で唯一女の役をもらったのが『ヴェニスの商人』の裁判長だったから何度も読み込んで頭に内容が染み付いてて、何とか活用できたんだよ」

「なるほど。そういえばあの話はいったん要求を呑んでからその要求にへ理屈で無理やり穴を作って突っぱねるって話だったな」

 

 まあ、なんにしても夏樹がいてくれて助かった。正直俺ではあんな風にいったん相手のへ理屈を受け入れるなんて発想は出てこないからな。だが、こうなると秀吉に活躍してもらうしかないんだが、夏樹は反対するだろうからな。一体どうやって夏樹を遠ざけたものか。

 

「あっ、そうだ、もっちー。明日の朝はもっちーと一緒にBクラスを倒したときの約束であの時のメンバーにお菓子をあげるのにいったん保健室に行きたいんだけど、何時なら大丈夫?」

「んあ!? あ、明日の朝か。それなら八時二十五分から二十分くらい抜けてて大丈夫だ。ゆ、ゆ、ゆっくり渡してやれ」

「どうしたの? 変なもっちー。まあ、いいや。着替えもあるからその五分前に抜けても平気?」

「ああ、その位はかまわない」

「ありがと、もっちー」

 

 まさか、こちらから何かする前に夏樹のほうから抜けるつもりでいたとはな。Dクラスの戦後交渉といい、今回といい、かなり運がいいな。

 

 だが、このときの俺は今まで運が良かったつけを後で払わされることになるということをまったく知らなかった。

 




今回は夏樹に対する禁句が出ました。Dクラス戦の始めで明久のモノローグで語ったように夏樹は美波と同じように女子にモテます! 美波と違ってきちんと男子版の彼女にしたいランキングでも1ケタに入るくらいにはモテるだけましですが、女子の親衛隊ができるくらいに洒落にならないくらいのもて方をするので、はっきり言ってトラウマです。そのせいで、中学時代は友達も少なかったですし。

最後の方にヴェニスの商人を夏樹が読み込んだとありますが、それ以前はロミオとジュリエットでロミオを任されたり、白雪姫の王子を任されたりと男役ばかりの人生だったので、女の役をもらったのがとてもうれしかったためです。まあ、あの話の裁判官は男性的なかっこよさが求められると思うので、夏樹への見方はいつもと変わっていなかったり。

書きため次第ではもう一話アップできたらと思っています。それでは、今後もよろしくお願いします。


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第二十一話:ある日の神谷家

今回は完全にオリジナル、一巻の内容にすら関係ありません。具体的に言うと夏樹の帰宅後の家族の会話です。ただの日常話なのであまり盛り上がる場面ではないので少し短めです。申し訳ない。

それでは、件の春華も出てくる本編が始まります。


 CクラスでBクラスの罠を回避した後は特にやることも無いので皆すぐに帰宅しました。そして、私は我が家(世帯主=春華)でくつろいでいます。さて、夕食後に忘れずにお菓子を作らないといけませんよね。何を作りましょうか? そういえば、折角お菓子を作るんだからFクラスの皆だけっていう手もないよね。それならば、

 

「あっ、ねえさん。明日のお弁当のデザート代わりにお菓子を作ろうと思うんだけど、何かリクエストある? 明日の夕飯の買い出しのときに一緒に材料を買ってきたいからさ」

 

 明日のねえさんのお弁当にもお菓子を入れてあげようと思って、春華がキッチンで料理をしている間に材料を買ってくるために携帯でねえさんに連絡をとりました。

 

『あら、珍しいわね。いつもはフルーツとかなのに』

「うん、明日学校に作って行かなくちゃいけなくなってね。だったら、ついでにねえさんのお弁当にも入れようかなって」

『夏樹のお菓子はおいしいから嬉しいわ。そうねぇー、何がいいかしら』

「あぁー、もうちょっと考えてていいよ。春華にも聞くことあるから」

 

 私は姉さんにそういうと台所にいる春華に声をかけた。

 

「ねぇー、春華ぁー。今日の晩御飯って何? あと、できれば明後日のおかずも知りたいんだけど」

「はっはっは、夏樹は食い意地がはっているなぁ。もう二日後の晩御飯の心配をするとは」

「んな訳ないでしょ。明日のおかずを考えるからなるべくあんたのとかぶらないようにしたいだけ」

 

 まったく。この男は妹のことをどんな風に認識しているんでしょうか。

 

「今日はタコのカルパッチョで、明後日はぁー、そうだな。冷しゃぶにでもするか」

「ずいぶん手抜きだね。ウチじゃあ料理の上手さだけしか存在意義がないのに」

「あぁ、妹の愛が痛い」

 

 春華(バカ)が胸を押さえてわざとらしくショックを受けたような態度をとる。いい歳した大人がそんな格好をするのははっきり言ってかなり鬱陶しい。

 

「いや、そうではなくてだね。最近あやめが体重のことを気にしているようだからヘルシーメニューで行こうと」

「へぇー、そうだったんだぁ。じゃあ、私もそれに倣って明日は豆腐ハンバーグで、その次は煮魚でも作ろうかな」

「あぁ、分かってるとは思うが、私とお前の分は多くよそうようにしておけよ。無論、私もそうするつもりだからな」

『あんたたち、言っとくけどさっきからの会話全部聞こえているからね? 人の気にしていることを散々弄って。二人とも覚悟しときなさいよ』

 

 春華と二人でこれからの献立について話していると地獄の底から響いてくるような声が電話口から聞こえてきた。やばい! 春華はともかく私までからかっていると勘違いされてる。

 

「ね、ねえさん、ごめんなさい。別にそんなつもりじゃなくて純粋にねえさんの役に立ちたくて」

『それは分かっているつもりなんだけど、体重管理とか全然気にしないあんたら兄妹に心配されると、上から見られているみたいでなんか癪に障るのよ』

「そ、そんなこと言われても」

『いいわよ、いいわよ。家の中では私だけが気を抜くと太る仲間外れですもんねぇー。やっぱり明日はいつも通りフルーツでいいわ。前に流行ったフルーツ酵素ダイエットよ』

「こ、酵素ダイエットって。それ中年層向けのダイエットでしょ? ねえさん普通に若いんだからそんなの効かないって」

『うぅ、でもお菓子なんか食べたら太るじゃない』

「そういえば夏樹。確かあやめの帰り道にあるスーパーで小豆とイチゴが安売りしているぞ」

「じゃあ、ねえさん。明日のお菓子はイチゴ大福にするから帰り道で小豆とイチゴと、あとは白玉粉買ってきてよ。砂糖控えめでイチゴで甘さを出すようにするから結構カロリー低くできるし」

『ま、まあ、和菓子ならカロリーが低いし? 夏樹のは特に美味しいからいいけど』

「じゃあ、ついでに豆腐とひじきとレタスと「豚肉も頼む」豚肉と里芋もお願い。言っとくけど豆腐は絹ごしじゃなくて木綿だからね。それと、豚肉は細切れとか切り落としとかの安い奴でいいよ。……こう言っとかないとねえさん適当に買ってくるんだから」

『そ、そのくらいは言われなくても大丈夫だったわよ……たぶん』

「薄口醤油の方が濃口醤油より薄味だと勘違いした人が言っても説得力はありません」

『うっ、でも、今回はちゃんと確認を取ったから大丈夫!』

「はいはい、期待して待ってます」

『見てなさいよ! ちゃんと間違えずに買ってきてやるんだから!』

「……ねえさん。そんなの言うのは初めてのお使いのレベルだよ」

 

 そう言って電話を切ったけど、凄く不安だな。こんな不安を感じたくなくていつもは私か春華が買い物に行ってるんだけど、安売りしているスーパーはかなり遠くにある。それでもただ行くだけならそれほど苦にならないのだが、買い物袋を持って帰ってくるのはきついし、ウチにある唯一の車にはねえさんが乗っている。

 

 ねえさんとの電話が終わるとそれを見計らったかのように布巾で手を拭きながら台所から春華がリビングに入ってきました。

 

「夏樹。折角小豆と白玉粉があるんだから善哉でも作らないか? 明日の晩飯のときのデザートにできるだろ」

「別に作るのはそんなに手間じゃないから構わないけどさ。でも、本音は?」

「多めに作っておけば昼間私が食べられるじゃないか」

「甘いものが食べたいんならお椀に片栗粉と砂糖入れといてあげるから、勝手にお湯入れて葛湯でも飲んでなよ」

「あぁ、愛が感じられないぞ、妹よ」

「安心してよ。ここ数年あんたに愛情を向けたことはないから」

 

 調子に乗って注文してきた春華に冷たく言い放つと春華は棚の上の写真立てを手に取り、それに話しかけた。

 

「父さん、母さん、すまない。どうやら私はあの子の育て方を間違えてしまったようだ」

「分かってると思うけど、私を育てたのはばあちゃんだからね。何をあたかも自分が育てたかのように言ってるのさ。それと、仮に私の性格が歪んだんだとしたらあんたが変にかまってたからだよ」

「あぁ、昔は素直な可愛い子だったのに。そう、尊敬する人の作文で尊敬する人にお兄ちゃんを選ぶくらいに」

「そこ、勝手に記憶を捏造しない。私が尊敬する人の作文で選んだのは小学校のときがばあちゃんで、中学校のときはねえさんだよ」

「はぁ、ずいぶんと私とあやめとで扱いに差があるじゃないか。お兄ちゃんは悲しいぞ」

「対偶良くしてほしいなら、ねえさんみたいに外出て働いてきなよ。27の男が一日中家の中だなんて情けない」

 

 まったく、いい歳した大人がほとんど一日中家の中にいるなんて恥ずかしくてしょうがない。

 

「待つんだ、夏樹! 人をニートみたいに言うんじゃない。私はしっかりと家に生活費を入れてるじゃないか」

「デイトレででしょ?」

「デイトレだって立派な仕事じゃないか」

「……別にデイトレになるのが悪いとまでは言わないけど、私は好きじゃないんだよ。なんか真面目にやっている人をバカにしているみたいで」

 

 正直デイトレで稼いでいる人には失礼だとは思うけど、私はどうしてもデイトレというスタイルが好きになれない。だから、身内である春華がそれで稼いでいるのを見ているとモヤモヤする。まあ、これは私のわがままだから春華に無理強いするつもりはないけどね? それに、どうせ春華の性格は元から悪いからデイトレ以外の職業でもねえさんよりはぞんざいな扱いになってるだろうし。そんなことを考えていたが少し違和感を感じる。普段の春樹ならもっといろいろとからかいを入れてくるはずなのに。そう思って春華のほうを見ていると、なにやら真剣な顔をしている。……ちょっと、言い過ぎたかな。

 

「あぁ、ごめん、ちょっと言い過ぎた。仕事は個人の自由なんだし流石にデイトレのことまでどうこう言うべきじゃなかった」

「学校でなにかあったのか?」

 

 はぁ、コイツは何でこういうことには鋭いんだろう。

 

「ん、ちょっとね。皆の尻拭いとかでやることが少し多くてイライラしてただけ。イライラをぶつけてごめん」

「なんだ、そんなことだったのか。てっきりコスプレ好きの友達や性に奔放な友達、BL好きの友達とかができて可愛くあたふたしていると思ったんだが、実に残念だ」

「……一瞬でもあんたのことを見直した私がバカだったよ」

 

 はぁ、最近家でも学校でも疲れるな。……明日は少しでも穏やかな一日になるといいんだけど。

 

 だけど、そんな私のささやかな願いは無慈悲にも打ち崩されるのでした。

 

 




ども、日常話はお楽しみいただけたでしょうか? 盛り上がりに欠けてつまらなくはなかったか心配です。ちなみに今回出たように夏樹と春華は10歳差という年の離れた兄妹です。夏樹は小学校卒業と同時に大学生やってた春華のところに転がりこみました、というか春華が引っ張ってきました。家族に振り回されるのは他のバカテスキャラと変わりませんが、年下の夏樹が基本的に同等か上の立場でいるのはバカテスキャラでは異端かも知れませんね。

次からはBクラス戦の後半になります。次回もどうぞよろしくお願いします。



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第二十二話:欺け! Cクラス

さて、今回は約束通り夏樹は保健室に行っていますのでほとんど出番はなく、主観も明久のものとなっています。今回も少し短いかも知れませんが、お楽しみいただけたら幸いです。

それでは、本編が始まります。


 

「じゃあ、私たちはちょっとだけ抜けるね。もっちーの分は教卓のところに置いておくから時間がある時にでも食べてよ」

 

 昨日雄二に伝えたとおり夏樹は何人かの男子を引き連れて保健室へと向かっていった。なんでもコスプレを逃れるのは大変だけど、写真撮影の取り締まりを手伝ってもらうにはこれ以上ない人がいるらしい。それにしても夏樹のお菓子か、なんて羨ましいんだ。僕なんて砂糖以外の甘味なんて滅多に食べられないのに。

 

「よし、昨日言っていた作戦を実行する」

 

 夏樹が教室を出たのを見計らって雄二がそう告げた。

 

「作戦? でも、開戦時刻はまだだよ?」

 

 開戦時刻は九時なのに対して今はまだ八時半前だ。そもそも、開戦に時間があるから夏樹が抜けても平気って言ってたのに。

 

「Bクラス相手じゃない。Cクラスの方だ」

「あ、なるほど。でも、夏樹はいなくていいの?」

「ああ、夏樹は性格上反対しかねないからな」

「まあ、夏樹は真面目だもんね。それで何をすんの?」

「秀吉にこれを着てもらう」

 

 そう言って雄二が取り出したのはうちの学校の女子の制服。……どうやってそんなものを手に入れたんだろう。雄二、君に一体何があったんだい?

 

「それは別に構わんが、ワシが女装してどうするんじゃ?」

 

 いや、秀吉。そこは男として構おうよ。普段は散々自分は男だって行っているんだから。まあ、秀吉が女子の制服が似合うのは否定しないけどね。もし、そんな服を着たらますます女の子らしくなって、Aクラスにいる双子の姉と見分けがつかなく――

 

「秀吉には木下優子として、Aクラスの使者を装ってもらう」

 

 なるほど、それが狙いか。

 

 夏樹が言うには違いは一目両全らしいけど、それは夏樹の観察眼がおかしいのであって、一般人の目から見れば秀吉とその姉である木下優子さんは一卵性双生児かと思うほどに良く似ている。だから、彼女に化けてAクラスとして圧力をかけるということか。

 

「と、いうわけで秀吉。用意してくれ」

「う、うむ……」

 

 雄二から制服を受け取り、その場で生着替えを始める秀吉。

 

 なんなんだろうこの胸のときめきは。相手は男なのに目が離せない!

 

「…………(パシャパシャパシャパシャ!)」

 

 ムッツリーニは指が擦り切れるんじゃないかというくらいに凄い速さでカメラのシャッターを切っている。

 

 良かった。ときめいているのは僕だけじゃないみたいだ。

 

「よし、着替え終わったぞい。ん? 皆どうした?」

 

 きっと僕らは皆とても複雑な表情をしていることだろう。

 

「さぁな? 俺にもよくわからん」

「おかしいな連中じゃのう」

 

 いや、絶対におかしいのは秀吉の外見だって! どうしてそんなに色っぽいんだよ! まあ、こんな光景を見れたなら夏樹のお菓子を食べ損ねた埋め合わせにはなったかもしれないね。

 

「んじゃ、Cクラスに行くぞ」

「うむ」

 

 雄二が秀吉を連れて教室を出て行く。

 

「あ、僕も行くよ」

 

 その後を慌てて追いかける。

 

 Cクラスの前で僕と雄二は物陰に隠れて、秀吉の様子を伺うことにした。Aクラスの木下優子さんと僕たちが一緒にいるはずがないからね。それにしても、秀吉はあんまり乗り気じゃなかったけど、大丈夫だろうか? 今も気の重そうな表情をしていて不安になる。

 

「心配だなぁ」

「シッ。秀吉が教室に入るぞ」

 

 雄二が口に指を当てる。ここからは声は聞こえたりしないだろうけど、念の為指示に従うことにした。

 

 秀吉がCクラスの扉を開ける音が聞こえてくる。

 

『静かになさい、この薄汚い豚ども!』

 

 ……うわぁ。

 

「流石だな、秀吉」

「これ以上ない挑発だね……」

 

 もう何も言わなくてもCクラスの敵意はAクラスに向かっているんじゃないだろうか?

 

『な、何よアンタ!』

『話しかけないで! 豚臭いわ!』

 

 今の高い声は昨日会った代表の小山さんだろう。怒っているのが顔を見ないでも分かる。でも、それに対する秀吉の返答。……自分から来たのに、ツッコミどころが多すぎだよ。

 

『アンタ、Aクラスの木下ね? ちょっと点数良いからっていい気になってるんじゃないわよ! 何の用よ!』

『私はね、こんな臭くて醜い教室が同じ校内にあるなんて我慢ならないの! 貴女達なんて豚小屋で十分だわ!』

『なっ! 言うに事欠いて私達にはFクラスがお似合いですって!?』

 

 ちょっと待つんだ、小山さん! 別にFクラスとは言ってないぞ!?

 

『手が穢れてしまうから本当は嫌だけど、特別に今回は貴女達を相応しい教室に送ってあげようかと思うの』

 

 演劇部ってここまでできないとダメなのかな。それともうちの学校が異常なのかな。

 

『ちょうど試召戦争の準備もしているようだし、覚悟しておきなさい。近いうちに私たちが薄汚い貴女達を始末してあげるから』

 

 そう言い残し、靴音をたてながら秀吉は教室を出てきた。

 

「これで良かったかのう?」

 

 スッキリした顔で秀吉が近寄ってくる。

 

「ああ、素晴らしい仕事だった」

「Fクラスなんて相手にしてられないわ! Aクラス戦の準備を始めるわよ!」

 

 Cクラスから小山さんのヒステリックな叫び声が聞こえてくる。どうやらうまくいったようだ。……でも、なんだろうこの罪悪感は。

 

「作戦もうまくいったことだし、俺達もBクラス戦の準備を始めるぞ」

「うむ、ワシは着替えがあるから先に戻っておるぞい」

 

 そう言って、秀吉は足早に教室に戻っていった。僕達ものんびりしている暇はない。あと十分で今日の試召戦争が始まる。あっ、そういえば。

 

「ねぇ、雄二。夏樹も今日の作戦の要なんだよね?」

「あぁ、今回こそは数学でしっかり点を取ってもらって、夏樹と姫路の二枚看板で突破したいからな」

「じゃあさ、Dクラスを使った作戦のこと話さなくていいの?」

「下手すると、あいつ激怒しかねんからな。話さないでやっちまったほうが戦争としてのダメージは少ないかも知れん」

「そうだよね。夏樹が室外機を壊すなんて作戦に賛成するはずないし」

 

 後になって思えば、このときの僕たちは秀吉の作戦がうまくいったせいで浮かれすぎていたんだろう。小声とはいえ、そして渡り廊下を半分以上過ぎたとはいえ、こんなに大事な内容を廊下なんていう誰でも聞けるところで話すなんて。そして、その軽率な会話はある意味教師以上に聞かれてはならない人物に聞かれてしまった。

 

「……ねぇ、それって一体どういうことなの」

 

 静かな、それでいて不思議な力強さのある声が僕たちの後ろから投げかけられる。僕たちはその正体を理解しながらも、外れて欲しいと願いながら振り向いた。

 

「まさか、Dクラスとの設備入れ替えの代わりにそんな条件を押し付けたの?」

 

 そこには最もそこにいて欲しくなかった人物――神谷夏樹がいた。

 

 突然の事態に困惑して何も返せない僕たちに構うことなく夏樹は追及を続ける。

 

「Bクラスを教室に押し込めろとかって作戦はそのための作戦なの!? 何とか言ってよ、明久!」

「そ、それは……」

 

 あだ名を使わない夏樹の本気の訴えに思わずたじろいでしまう。夏樹は昨日みたいな演技で呼び捨てにすることはあっても通常状態であだ名を使わないことは滅多にない。あだ名をやめるのは何かしらで本気になっているときだけだ。つまり、予想できたことだが今回は相当怒っているんだろう。僕が何も言えないでいると、代わりに雄二が口を開いた。

 

「そうだ。Dクラスには俺の指示したタイミングでエアコンの室外機を壊すことを条件に設備交換を行わないことにした」

「何で!? 何でそんなことが必要なのさ!!」

「Fクラスの勝利のためだ。この作戦以外にBクラスに勝つ方法はない」

「ふざけんな!! そんな方法で勝って。それじゃあ、教室の設備を壊したBクラスとどこが違うのさ! そんなんでFクラスの勝利だって胸を張って言えるの!?」

「なんと言われようと、これがベストな作戦だ」

 

 激昂してほとんど叫ぶように食って掛かる夏樹に対して、雄二は淡々と自分の考えを述べている。

 

「ねえ。明久、ううん。他の皆もこの作戦に賛成なの!?」

「えっ!? あ、ま、まあ、反対している人はいないかな」

 

 突然向けられた矛先に対して、慌てながらもしっかりと回答した。

 

「……もういい」

 

 僕の答えを聞くやいなや、夏樹はうつむき、本当に小さな声を零した。

 

「な、夏樹?」

「もういいよ。皆の意見は分かった。私以外の全員が賛成しているならこれはFクラスの総意だし、私には何も言えない。でも、私はこんな作戦をするのに協力なんてできない」

「おい、夏樹!」

「……我がまま言ってごめん。でも、もう無理だよ。私はもうこの試召戦争で戦わない。ううん、戦えない。私は抜けちゃうけど、がんばってね。二人とも」

 

 夏樹はそう言うと、顔をうつむけたまま歩き出し、僕たちの顔を見ることなくFクラスの方へと向かっていった。

 

 ど、どうしよう。雄二はどうやって夏樹を説得するか考えているみたいだけど、夏樹は意外に頑固な性格をしているから、本気で怒った以上少なくともBクラス戦で夏樹が戦うことは天地がひっくり返っても起こらない。

 

 今までずっとうまくいっていたのに、こんなところで夏樹が降りちゃうなんて。この戦争はこの先、一体どうなっちゃうんだろう。……いや、弱気になっちゃダメだ。ここは夏樹が抜けても気にしないってくらいの気持ちで戦わなくちゃ。

 

 僕はいまだに夏樹の説得法を考えて無駄な時間を過ごしている雄二を現実に引き戻し、新しい布陣を考えさせた。なんとしても、夏樹抜きで勝利しなくちゃ!

 




さて、今回は急展開が起こりました。それは夏樹の戦争放棄。原作で十分に勝てたので夏樹の力がなくても勝てるでしょうが、始めから戦争に参加しないオリ主はいますが、戦争の途中で降りるオリ主はおそらく夏樹が初めてなのではないでしょうか? 

次回は完全オリジナル。しかも、前話のように戦争に関わらない日常話ではなく、戦争や今後の展開に大きく関わるお話となっています。更に、タグにもある独自解釈が入るのでまさにシュレ猫の腕の見せ所の回となっています。

そんな次話は朝に更新したいと思います。どうぞ、この作品に末長くお付き合いいただけますと嬉しいです。


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第二十三話:あんたは何と戦っているの?

今回は完全オリジナルに加えてかなりきつい独自解釈が入ります。正直この辺は原作読者一人ひとりに違った解釈がある部分ですし、自分もこの解釈こそが正解だなんて口が裂けても言えません。しかし、そんな私の解釈から広がる物語を一人でも多くの方に楽しんで頂けると幸いです。

それでは本編始まります。


 あの後、ギリギリFクラスに着く前に追いついたもっちーに戦争に出ない理由を体調不良で通すようにして欲しいと懇願された。今までクラスの核として戦争に参加してきた私が離反するとなると士気が大きく下がるからだろう。その点、体調不良ということにしておけば、それほど士気が下がることはない。それに、もっちーが言うには私に無理をさせないようにがんばることでいい格好をしようとむしろ士気が上がる可能性があるらしい。まあ、自分の我がままで戦争に大きな不利益を与えるんだから、その程度のことには従おうと思う。

 

 そのため、私はクラスの皆の前に顔を出すわけにはいかず、隣の空き教室で一人待機していました。一応壊れかけとはいえ卓袱台が何台かあったのでそのうちの一台の前に座り、頬杖を着いて外の景色を眺めています。数日前までは満開だった桜の木もちらりほらりとその花を散らしています。たくさんの木から雪のように舞い散る桜吹雪はとても綺麗でしたけど、何かを暗示しているようでそれ以上見ていることができずに、最近買った小説を開きます。

 

 読書にもあまり身が入らず、40分近くたっているのに30ページも進みません。戦争が始まって少し経ちましたけど、戦況は一体どうなっているんでしょうか。本当に、なんでこうなっちゃったんでしょう。私は本をたたんで表紙を眺め、ため息をつきます。小説の内容はジャンヌ・ダルクのような女将軍が弱小軍隊を率いて強国に立ち向かう中世チックなファンタジー。……私はただこんな風に皆で力を合わせて頑張りたかったのになぁ。

 

 私がそんなことを考えていると誰かが教室に入ってくる気配がします。それに気づいて視線を向けると、そこにはもっちーの姿が。そして、もっちーは適当な卓袱台を私の近くに置き、それに腰掛けます(行儀が悪いな)。ですが、正直顔を合わせにくい私は顔を彼とは逆の方向に向け、小説を床に置いて卓袱台に突っ伏します。

 

「はぁ、子供っぽいからそんな風に拗ねるなよ」

 

 もっちーがため息をつき、呆れたように話しかけてきます。

 

「別に拗ねてないですぅー。ただ眠いだけですぅー」

「……まじで子供じゃねぇか」

 

 不機嫌丸出しの私の返答にもっちーは更に呆れたようです。

 

「確かに卑怯な作戦だし、お前に黙っていたことは本当に悪かったとは思う。だが、俺たちが勝つにはこの方法しかないんだ。そこだけは分かってくれ」

「ねぇ、そんなにこの戦争で勝つのが大事?」

「はぁ?」

 

 さっきの取引を聞いてからずっと考えていたことを彼に投げかけます。

 

「何を当たり前なことを――」

「そもそも、あんたは何のためにこの戦争をしてるの?」

「それは始業式の時に話しただろう」

 

 確かにあの時に彼の言葉は聞いた。でも、私は納得できない。いや、今日のことでできなくなった。

 

「明久はさ、まだ分かるんだよ。あいつって良くも悪くもバカだからその瞬間の目の前しか見えないんだよね」

「まあ、あいつがバカなのは否定せんが」

「バカだから目の前の困っている人を自分の全力で助けようとできるし、バカだから誰かを助けようと思ったらそれだけに集中してそれしか見えない。でもさ、自分がその人を助ける過程で傷ついていく人がいるのが、自分と同じ理由で戦っている人の姿が見えてないんだよ」

「夏樹、それは……」

「分かってる。そんなバカなところが長所でもあるから親友でいるんだし、悲しいけど誰かの利益は誰かの不利益っていう摂理も理解してるからあいつのことを否定するつもりはないよ」

「あのバカと違って意外に現実主義だな」

「でもさ、あんたは別。あんたってこの戦争で一体何をしたいのかが見えてこないんだよね」

 

 私の言葉にもっちーが訝しげな表情を浮かべる。顔を背けているので実際に見たわけではないが、雰囲気でなんとなく分かる。

 

「だから言っただろ? この世の中が学力だけがすべてじゃないって証明したいって」

「うん。だからあの時はあんたの気持ちが分かったと勘違いしてたし、そのせいで戦争内容も勘違いしてこんなことになっちゃった」

「勘違いだと?」

「そう、勘違い。私はてっきり……なんて言うかな、とっさのひらめきとか作戦を考える軍師的な思考とか、団結力を発揮すれば学力が劣ってても勝てるっていうことを証明して、勉強だけやって頭でっかちになることがすべてじゃない、もっといろんな能力が社会には必要なんだって示したいんだと思ってた」

「別にそれで間違いじゃないが」

「でもさ、蓋を開けてみたらDクラス戦の決着は結局ひめひめの学力頼み。そして、今やってるBクラス戦では卑怯な戦法で戦って勝つつもりでしょ? そんなんじゃ、周りの人にはひめひめの学力の高さとFクラスの卑怯さしか伝わらないじゃない。その後は、結局学力のない奴は学力の高い人に頼るしかないし、学力がないから卑怯な手に頼らざるを得ないって思われるだけ。これでどうやって学力が全てじゃないって証明するの?」

「だが、それでも俺は」

 

 もっちーは私の言葉になおも食い下がってくる。だったら、もう直球で行く。

 

「ねぇ、坂本。あんたはさ、本当は誰を倒したいの?」

「何をおかしなことを言っているんだ。そんなのはAクラスの連中に決まっているだろう」

「わたしはそれはただの代替行為だと思ってる。あんたは本当はさ、自分自身を殴りたいんじゃないの? ……ううん。ちょっと、違うかな。より正確に言うなら過去のあんたをぶん殴りたいんでしょ?」

「っ!? ……言っている意味が分からん。そんな的外れな予想はお前らしくないな」

 

 私の言葉に一瞬動揺するが、すぐに取り繕うような答えを返してくる。やっぱりそうか。

 

「元神童。その後は悪鬼羅刹。一体神童時代に何があったんだろうね」

「……やめろ」

 

 もっちーは顔を俯かせて、静かな、しかし力強い声でつぶやいた。

 

「ウチの兄貴もさ、ガキの頃は神童って呼ばれてたんだ。いや、今だってその能力は健在だよ。だから、私も神童ってもてはやされている人間がどんなものなのかは理解してる」

「……やめろって言ってんだろ」

 

 もっちーのつぶやきが大きくなる。だけど、やめてなんかやるもんか。

 

「兄貴はさ、今でこそ道化みたいにバカやって人当たりのいい性格してるけど、昔は自分は何でもできるって神様気取りで、実際にほとんどのことはちょっとやったらできるようになってたんだ。でも、本当は誰よりも孤独で誰よりも弱かった」

「いい加減にしろっ!!」

 

 もっちーは私の胸倉をつかみ上げ、無理やり立ち上がらせる。私は女子としては長身の方だけど、もっちーは男子としてかなり背の高い男なので、胸倉をつかまれたことで私は強制的に上を向かされてしまう。

 

「勝手にてめぇの兄貴と俺を一緒にしてんじゃねぇよ!」

「そして、私もそうだけど、本人が一番そのときの自分を嫌ってる。あんたも神童って呼ばれてたときの自分が大嫌いなんじゃないの? だから本当はその時の自分を殴りたいけど、そんなことはできないから学力によって優遇されているAクラスを倒すことで神童だったときの自分を超えたいと思ってる」

 

 だけど、私はそんな虚勢に怯む事なく淡々と言い返す。

 

「的外れな推測をあたかも事実みたいに言ってんじゃねぇ!」

「じゃあ、間違っててもいいよ。間違っているのを承知でアドバイスしてあげる。今のあんたがAクラスに勝っても虚しくなるだけだよ」

「てんで役にたたねぇ話だが、一応言っておく。無駄な忠告ありがとうよ」

 

 もっちーは凄みをきかせて睨み付けてくるが、そんな顔をされても全然怖くない。

 

「だってAクラスの皆は努力してあの位置に立っているだけで、何でもできる神童じゃない。そんなのは神童って呼ばれてたあんただったらとっくに分かっているんでしょ。ちがう、神童じゃなくてもあんたが一番知ってるはずだよ。それとも、Aクラス代表の霧島さんは学力が全てって考えている人なの!」

「な、なんでそこで翔子が出てくんだよ!」

「良く知ってるんでしょ? 二人の関係性は幼馴染ってとこかな?」

「一体どんな根拠がある」

「最初にアレって思ったのは昨日だよ」

「あぁ? 昨日だと?」

 

 そうして、私は自分なりの推理を語る。

 

「昨日、私が霧島さんを見かけたって言ったときに今みたいに『翔子』って呼んだじゃない。あんたが名前を呼び捨てにして、しかもそれが女子だとするとかなり近い間柄ってことでしょ? 実際去年のクラスメイトでも女子を名前で呼んだのは私だけじゃない。それも私とは明久みたいな付き合い方をしてたからそうなったわけでしょ。でも、霧島さんはそんなタイプだとは思えない。っていうことは昔からの知り合いってことだと思ったんだよ」

「確かにそうだよ。こんなのは別に隠すわけじゃねぇから言うが、俺と翔子は幼馴染だ」

「それで? あんたが見てきた霧島さんは学力が高いことを鼻にかけるような小さい人なの!」

「ふざけんな! あいつはそんな女じゃねぇよ!」

「だったら!!」

 

 激昂して怒鳴ってきたもっちーに負けないように、今日一番の大声を出して黙らせる。

 

「だったら、あんたはそんなバカにされて激昂するような大事な幼馴染をそんな卑怯な方法で倒して満足なの!? 本当に後悔しないの!?」

「……するわけねぇだろ。俺はなんとしても学力が全てじゃねぇって証明するんだよ」

 

 そう言うと、胸倉をつかんでいた手を乱暴に離し、背を向けて歩き出す。

 

「まだ、話は終わってないよ」

「知るか。そんな的外れなアドバイス」

「今度のはアドバイスじゃなくて忠告。人はなにかをなそうと思ったらそれに見合う努力をしないといけないんだよ。私は別に努力が全て報われるなんて甘いことは考えてないけど、努力もなしに何かを手に入れるなんてできないし、仮にできたとしたらそれは何か間違っているんだと思う」

「……それで」

 

 もっちーは振り向くことなく続きを促す。

 

「だから、私は精一杯努力をして立派に咲けた人を大した努力もなしに潰すなんて許せない。そんなことになったら、私はあんたを一生軽蔑すると思う」

「……一騎打ちに臨むに当たってしっかりと復習しておく。これでいいだろう」

「……あんたがそれでいいならいいよ。でも、あんたが戦争が終わった後に後悔しないことを祈ってる。それと、できればこの戦争が終わった後も友達でいられたらとも」

 

 もっちーも私と同じでかなりの頑固者だ。だから、自分の意見をなかなか変えることができないんだろう。でも、もしもこの戦争でAクラスに勝ったりしたら彼は絶対後悔する。願わくば、彼が戦争が終わる前に自分と向き合えますように。私は去っていく彼の背中を見ながら友達として本心から願った。

 




今回は雄二の戦争の理由について自分なりに解釈してみました。この問題はバカテスの物語の根幹を担うものなので賛否両論……反論がたくさんあると思いますが、そう言った方の意見もぜひ聴きたいですね。(意訳:ここからかなり独自の物語になるから感想や評価が欲しいなぁ)

ここで夏樹が雄二とトラブりましたが、夏樹も雄二も意思が強く、我が強いキャラなので一度揉めると簡単には修復できません。まだ今回はお互い熱くなっての売り言葉に買い言葉なので修復の可能性はありますが。あと、夏樹は戦争に姫路を使ったことに言及していますが、これは卑怯な戦法と合わせたからの文句で、それがなければ妥当な手段だと考えていますよ。

上の意訳は冗談ですが、感想が頂けると作者は感動して意欲が向上するかもしれないのは事実です。まあ、何にせよ、次のお話でもよろしくお願いします。


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第二十四話:夏樹がいない戦場

どうも、前回の投稿からあいてしまってすみません。とある方への返信にも書きましたが、ストックの数が10を切っているので少しペースを落とそうと思います。そうでないと、1,2ヶ月更新無しとかになりそうなので。一応、目安は2,3日に1話。書きためが思うように進まなかったら4,5日に1話位のペースを考えています。

独自色が現れるところまで出したい一心でペースを上げ過ぎてしまい申し訳ありませんでした。こんな情けない作者ですが、できれば末長くこの小説にお付き合いいただきたいと思っています。それでは本編始まります。


「ドアと壁をうまく使うんじゃ! 戦線を拡大させるでないぞ!」

 

 秀吉の指示が飛ぶ。僕はその指示を聞きながら夏樹のことを考えていた。

 

 今回夏樹が戦争に参加しないという事実は始めはFクラス中に衝撃を与えた。学力こそ姫路さんがうちのクラスで一番だけど、撃破数としては夏樹が一番貢献しているし、夏樹の小隊指揮は群を抜いて上手かったから当然だ。いつの間にか夏樹は僕たちの試召戦争の中心に立っていた。それが抜けたショックは凄まじいものだろう。だが、そこは雄二(ぺてんし)

 

『夏樹は体調不良ながらもFクラスのことを心配していた。だからこそ、ここで活躍してあいつを安心させてやればあいつからの好感度は鰻上りだ!』

 

要約するとそんなことを言っていた。その効果は絶大で、僕や秀吉、ムッツリーニ以外の男子はテンションだけなら昨日までより高くなっていた。流石はFクラス、単純だ。……って言うか勝手に人の親友をエサにしないで欲しいんだけど。

 

 そのテンションと夏樹が庇った人員、夏樹の策で減らした敵のおかげで姫路さんが作戦のために温存しながらでも十分以上にカバーできるはずだった。だけど、ここで新たな問題が発生した。姫路さんの様子がおかしい。

 

 今回も総司令官であるはずなのに、今日は一向に指示を出す気配がない。それどころか何にも参加しないようにしているように見える。何かあったんだろうか。いなくなった途端ここまで悪影響を与えるなんて。夏樹、君は座敷わらしか!

 

「勝負は極力単教科で挑むのじゃ! 補給も念入りに行え!」

 

 そんなわけで今は副指令の秀吉が指揮をとっている。ここ数時間は雄二の指示通り上手くやれてはいるが、Fクラスの二枚看板が使えないだけあってかなり苦戦している。

 

「左側出入り口、押し戻されています!」

「古典の戦力が足りない! 援軍を頼む!」

 

 実際、今だって戦局は本当にギリギリで維持している状態だ。

 

 出入り口の片方に古典の竹中先生がいるのはまずい。Bクラスは文系が多いので、強力な個人戦力で流れを変えないと一気に突破される恐れがある。ここは姫路さんに頼るしかない。

 

「姫路さん、左側に援護を!」

 

 雄二の作戦では姫路さんは午後に大事な役割があるらしいのであまり姫路さんに頼ることはできないけど、今はそんなこと言っていられない。

 

「あ、そ、そのっ……!」

 

 しかし、姫路さんは戦線に加わらず泣きそうな顔をしてオロオロしている。マズイ! 突破される!

 

 僕は掛け声と共に人ごみを掻き分け、左側の出入り口にダッシュする・

 

 そして立会人をやっている竹中先生の耳元でささやく。

 

「……ヅラ、ずれてますよ」

「っ!?」

 

 頭を押さえて周囲を見回す竹中先生。

 

 いざという時の為の脅迫ネタ~古典教師編~をこんなところで使う羽目になるなんて。これは計算外だ。

 

「少々席を外します!」

 

 竹中先生が離れていき、少しの間ができた。

 

「古典の点数が残っている人は左側の出入り口へ! 消耗した人は補給に回って!」

 

 応急処置だけど、これで少しは持ち直すはずだ。その間に、

 

「姫路さん、どうかしたの?」

 

 姫路さんに声をかける。その後もしばらく姫路さんと問答したが、姫路さんは何でもないと否定するだけだ。そんな泣きそうな顔をして何でもないはないだろうに。そんなとき、状態はさらに悪化した。

 

「右側出入り口、教科が現国に変更されました!」

「数学教師はどうした!」

「Bクラス内に拉致された模様!」

 

 右側までBクラス得意の文系に切り替えられるなんて。かなりピンチだ!

 

「私が行きますっ!」

 

 姫路さんが戦場に加わろうと駆け出した。でも、

 

「あ……」

 

 急にその動きを止めてうつむいてしまった。

 

 なんだろう。何かを見て動けなくなったようだけど。

 

 その視線の先を追ってみると、その先には窓際で腕を組んでこちらを見下ろす卑怯者――根本君の姿があった。彼がどうかしたのだろうか。見えにくいながらも必死に目を凝らしてみる。

 

「っ!!」

 

 そこでようやく僕は目撃した。彼が手にしているもの――何の変哲も無い封筒を。確かにそれは何の変哲も無い封筒だが、人によっては何にも換えられないほど大事なもの。三日前の放課後に姫路さんが恥ずかしがって僕から隠したあの封筒だ。

 

「なるほどね。そういうことか」

 

 どうして根本君があんな協定を結んだのかようやく分かった。最初はCクラスと組んで少人数で同盟を結びに来た雄二を討つ作戦だったんだと思った。そして、それを夏樹の機転で上手くかわしたと思っていた。でも、違ったんだ。あいつはあの作戦にそれほど執着していなかった。だからこそ、夏樹曰く穴だらけの論理に食い下がることなくあっさりと引き下がった。どの道、あの時点で姫路さんを無力化する策はあったんだから、無理をして雄二を倒す必要はない。後は姫路さんとコンタクトをとる時間さえあればいい。上手い方法だ、なかなか策士じゃないか。夏樹と話してから芽生えてた罪悪感が吹き飛んじゃったよ。

 

「姫路さん」

「は、はい……?」

「具合が悪そうだからあまり戦線には加わらないように。試召戦争はこれで終わりじゃないんだから、体調管理には気をつけてもらわないと」

「……はい」

「じゃ、僕は用があるから行くね」

「あ……!」

 

 姫路さんは何か言いたげだったけど、気にせず背を向けて駆け出す。大事な用ができたから。

 

「面白いことしてくれるじゃないか、根本君」

 

 そんな台詞が口からこぼれる。

 

 あの野郎、ブチ殺す。

 

 

 

「雄二っ!」

「なんだ! 戦場はどうした!」

 

 教室に飛び込むと、雄二はノートに何か書き込んでいるが、いつになく不機嫌だった。まるで入学してすぐに教科書のことで喧嘩したときみたいだ。そんな雄二につられて僕の表情も硬くなる。

 

「話がある」

「……こんなタイミングで言うなら戦争に関係しているんだろうな」

「根本君の制服が欲しいんだ」

「貴様はそんな用事で戦争を抜けてきたのか?」

 

 し、しまった! これだと僕はただの変態だ。

 

「ああ、いや、その。えーっと……」

 

 本当は制服の中にしまってある手紙が欲しいんだけど、そんな事情は話せないし……。どうしよう。このままだと、僕は男なのに男が来ている制服を欲しがる変態だと思われてしまう。きっと根掘り葉掘り事情聴取を受ける羽目に――

 

「……勝利の暁にはその程度のことは叶えてやる。だから、さっさと戻って少しでも勝率を上げろ」

 

 受け入れられた!? あれ? なんか面倒だからさっさと終わらせたって感じだ。やっぱり、いつもと様子が違う。

 

 不思議そうに自分を見ている僕に気づいたのか雄二が不機嫌なまま口を開く。

 

「用件はそれだけか? だったら、さっさと戻れ」

 

 つっけんどんな態度の雄二。しかし、今はそれを気にしている場合じゃない。

 

「それと、姫路さんを今回の戦闘から外して欲しい」

「姫路だと? 理由は?」

 

 雄二は睨み付けるように詰問してくるが、その視線を真っ向から受け止める。

 

「理由は言えない」

 

 いずれは伝わるのかも知れないけど、僕が口にするものじゃない。

 

「それは本当に必要なことなのか?」

「うん。どうしても必要なことだ」

 

 雄二は額に手を当て、目を閉じて考え込む。それは当然だ。姫路さんが抜ければ戦力ダウンなんてレベルじゃない。そんな状態じゃあこの戦いに負ける可能性もある。そして、その責任を問われるのは代表である雄二だ。

 

「頼む。雄二!」

 

 僕は雄二に深く頭を下げた。

 

「バカはどうやっても止まらねぇよな。……上等だ。姫路抜きで勝てるところを見せてやろうじゃねぇか」

 

 すると、少しの間考え込んでいた雄二は聞き取れないほど小さな声で何かをつぶやいた。

 

「いいだろう。だが、条件がある」

「条件?」

「姫路が担うはずだった役割をお前がやれ。手段は問わん。絶対に成功させろ」

「もちろんやってみせる! 絶対に成功させてみせるさ!」

「その言葉、違えるなよ」

 

 鋭い目つきで念を押してくる。

 

「それで、僕は何をしたらいい?」

「タイミングを見計らって根本に攻撃をしかけろ。科目は何でもいい」

「皆のフォローは?」

「あるわけないだろう。しかも、Bクラスの教室の出入り口は今の状態のままだ」

「……難しいことを言ってくれるね」

 

 現在Bクラスの2つの出入り口の両方で常に一対一の戦闘が行われている。これは時間稼ぎと雄二の作戦に必要な行動らしいが、そんな状況で教室の奥に陣取っている根本君に近づくには圧倒的な個人の火力が必要となる。例えば、姫路さんのような。でも、僕にはその火力が無い。

 

「もし、失敗したら?」

「そんな事態を許すと思うか? 死んでも成功させろ」

 

 いつになく、冷たく鋭い口調。どうやら失敗はそのまま敗北につながると見て間違いないだろう。どうやって、目的を達成する?

 

「それじゃ、うまくやれよ」

 

 考え込む僕を置いて、雄二が教室を出ようと立ち上がる。

 

「え? どこか行くの?」

「Dクラスに指示を出してくる。……例の件でな」

 

 Dクラス。……室外機のことか。

 

「明久」

 

 教室を出る直前、雄二はこちらを振り向かずにこう言った。

 

「確かに点数は低いが、秀吉やムッツリーニ、夏樹のように、お前にも秀でている部分がある。そうでなきゃ、いくら夏樹(あいつ)でもとっくに見限っている。だから、俺も夏樹と同じでお前を信頼している」

「……雄二」

「うまくやれ。作戦に変更はありえない」

 

 そう言い残し、雄二は教室を後にした。

 

 僕の秀でている部分。いくら操作が上手くても狭い場所での戦闘で細かい動作が役に立つはずないし。……あった。優れているってワケじゃないけど、他の人とは違う僕だけの特別がもう一つだけあった。点数の低い僕に出来る。数少ない方法が。あとは腹を決めるだけ。

 

「……痛そうだよなぁ」

 

 想像しただけで体に痛みが走る。でも、不思議と覚悟はすんなり決まった。

 

「――よっしゃ! あの外道に目に物見せてやる!」

 

 頬を叩き、自らを奮い立たせる。

 

 方法がある。勝算もある。根性さえあればやれるのだとしたら、やらない理由はどこにもない。後のことなんか知るもんか!

 

「美波! 武藤君と君島君も、協力してくれ!」

 

 教室内で補給テストをしていた三人に声をかける。

 

「どうしたの?」

「何か用か?」

「補給テストがあるんだけど」

「補給テストは中断。その代わり、僕に協力して欲しい。この戦争の鍵を握る大切な役割なんだ」

「……随分とマジな話みたいね」

「うん。ここからは冗談抜きだ」

「何をすればいいの?」

「僕と召喚獣で勝負をして欲しい」

 




夏樹の撃破数が多いですが、逆に夏樹がいなくなったことで敵の士気が上がっているので原作のような苦戦具合です。姫路と違って。完全な棚ボタですからね。更に、どうでもよい変化かもですが、雄二の機嫌が滅茶苦茶悪いです。当然、前話での夏樹との会話が原因なんですけどね。

さて、次回は1巻の山場の一つ、壁破壊です。ちょっとずつ問題が組み合わさり、1巻なのに大きな修羅場ができそうです。恋愛面ではいろいろ書くつもりですが、それ以外の修羅場が少なくなるので竜頭蛇尾と思われそうで心配です。逆に1巻の内容分は波乱万丈なんですけどね。

それでは次回もお楽しみに。


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第二十五話:決着! Bクラス

さて、今回は原作1巻の山場の一つ。後の山場はラブレターとAクラス戦の後半3つでせいぜい4つですかね? ですが、この小説は夏樹が主人公。その程度の山場では終わらせません。今まで原作との大きな違いがなかったのはなんだったのかってくらい引っかき回してくれます。今回と次話の前半は原作との大きな違いがないですが、次話の後半からは嵐のように山場が続きます。ここで言うのもなんですが、次話以降、1巻終了まで山場続きなので期待していてください。

それでは、本編始まります。


 私はもっちー(……いつまでこの呼び方が出来るんでしょうね)と話した後もFクラスの隣の空き教室で待機していたんですが、今はその……ちょっとお花を摘みに教室から出てきたところなんです。

 

 それで教室に戻ろうとしたんですが、そのとき視界の端に皆が戦闘をしている姿が見えました。……もっちーの作戦が許せない気持ちは今も変わりませんし、この戦争に参加する気も起きません。だけど、自分のわがままも理解していますし、今まで一緒に戦ってきた仲間の様子が気にならないと言えば嘘になります。なので、無意識に少し近づいて戦場をよく観察してしまいました。

 

 渡り廊下と新校舎の境目の柱の影に隠れて観察しているとおかしなことに気づきます。もっちーが近衛部隊をつれて根本君を挑発しているのは、まあいいです。しかし、そうした戦場から離れたところにポツンと立つひめひめ。もっちーは挑発とかで人の気持ちを操作するのが得意だからああやって根本君の思考をうまく誘導しようとしているのは分かります。でも、ひめひめをあんな戦闘に参加しにくいところに置く意味が分からない。確かに私は「ひめひめのおかげだと思われる」と言ってしまいましたが、あの男はそんな挑発で暴挙に出るような人間ではありません。……一体何があったんでしょうか。ひめひめの様子をいぶかしんだ私はもう少し近づいてみることにしました。するとさらにおかしいことに戦場にあっきーの姿がありません。あいつならひめひめがあんな状態になっているなら傍にいて気遣うか、可能性はより低いですが彼女の分までがんばろうと奮闘するはずです。

 

皆に見つからないギリギリまで近づいたところで辛うじてもっちーと根本君の会話が聞こえてきます。……なんでしょうかこの音は。小さい上にもっちーと根本君の声に隠れていて聞き取りにくいですが、ドンッ、ドンッという何かを叩くような音がBクラスの先――Dクラスから聞こえてきます。

 

室外機の破壊、教室への閉じ込め、教室前の密集地帯、最高戦力(ひめひめ)の戦闘不能、観察処分者(あっきー)……

 

 !? まさか!

 

 最悪の展開に思い至った私はすぐに駆け出した。そして、もっちーにも根本君にも見つからないように人だかりの後ろを通るようにしてBクラス前を駆け抜ける。そして、予想が外れることを祈りながら辿り着いたDクラスの出入り口の前で私は予想できた、それでも衝撃の光景を目撃しました。それを見た私はとっさに叫びました。

 

試獣召喚(サモン)っ!!」

 

 

 

 

 

 あの後僕たちは英語の遠藤先生を呼び出して、Dクラスで僕と美波が召喚対決を行うから立会人になって欲しいと頼んだ。遠藤先生は始めは考え直すように説得してきたが、僕たちの意思が変わらないことを悟り、許可を出してくれた。

 

 そして、僕は大振りなモーションで美波の召喚獣に攻撃したが、避けられて僕の召喚獣の拳は思い切り壁を殴りつけた。その後も力任せに美波の召喚獣を狙うが、横っ飛びで避けられて拳は再び壁に。教室を揺るがすほどの攻撃のフィードバックは半端でなく、僕は痛みで吐き気を覚えた。だけど、もう時間がないと美波に促され、更に力を込めた攻撃を行い、避けられるという行動を繰り返していく。

 

 遠くから根本君と雄二が話しているのが聞こえる。あいつも作戦成功のために動いているんだ。ここで失敗してたまるか!

 

 四度目の攻撃を行った後、拳の先が温かくなっていることに気づいた。見ると、結構な量の出血があり、教室の床に地黙りが出来ていた。

 

『……さっきからドンドンと、壁がうるせぇな。何かやっているのか?』

『さぁな。人望のないお前に対しての嫌がらせじゃないのか?』

『けっ。言ってろ。どうせもうすぐ決着だ、お前ら、一気に押し出せ!』

『……態勢を立て直す! 一旦下がるぞ!』

『どうした散々ふかしておきながら逃げるのか!』

 

 もうすぐ作戦の瞬間だ。急がないと!

 

「アキ、そろそろよ」

「うん。わかってる」

 

周りにいる皆にも目配せをする。皆は黙ってうなずいてくれた。

 

「吉井君、島田さん。二人とも何をしようとしているのですか?」

 

 状況の分からない遠藤先生が僕らを交互に見る。僕らの偽りの勝負を怪しんで召喚獣を戻される前に決着をつける必要がある。

 

「おおおおおおっ!」

 

 腹の底から雄叫びをあげる。五度目で決める。この先はない!

 

『あとは任せたぞ、明久』

 

 敵の本陣をひきつけた雄二が、壁の向こうから良く通る声でそう告げてきた。午後三時ジャスト。作戦開始だ。

 

「だぁぁーーっしゃぁーっ!」(「試獣召喚(サモン)っ!!」)

 

 召喚獣に持てる全ての力を注ぎ込んで、壁を破壊する。途中で誰かの声が聞こえた気がしてけど、そんなことには構っていられなかった。そして、壁を壊したことでDクラスから直接Bクラスに攻め込む道が出来た。

 

「――ぐぅぅうっ!」

 

 全身に走る痛みに神経がきしむ。

 

 けど、こんなことが出来るのは僕しかいない。痛みが返る代わりに、物理干渉能力を持つ僕の召喚獣だけしか。

 

「ンなっ!?」

 

 崩れた壁の向こうにある、驚いて引きつった根本君の顔。向こうの戦力はほとんど雄二率いる本隊を追って教室から出ている。またとない好機。敵の主戦力は出払い、代表の防御は薄い。ここを逃せば勝ちはない!

 

「くたばれ、根本恭二ぃーっ!」

 

 僕らは呆気に取られている根本君に勝負を挑むために駆け寄ったが、近衛部隊によって行く手をふさがれてしまった。

 

「は、ははっ! 驚かせやがって! 残念だったな! お前らの奇襲は失敗だ!」

 

 取り繕うように僕らをわらう根本恭二。確かに僕ら(・・)の奇襲は失敗だ。だが、あの雄二が近衛部隊の存在を忘れるはずがない。僕たちが封じられることまで計算済みだ。そして、エアコンが壊れ、熱気が篭った教室に涼風を入れるために開け放たれた窓に二人分の足音が響く。そこから屋上よりロープを使って二人分の人影が飛び込み、根本恭二の前に降り立った。ムッツリーニと保健体育の大島先生だ。

 

「……Fクラス、土屋康太」

「き、キサマ……」

「……Bクラス根本恭二に保健体育勝負を申し込む」

「ムッツリーニィーーッ!」

 

Fクラス 土屋康太 保健体育 441点

VS

Bクラス 根本恭二 保健体育 203点

 

 ムッツリーニの召喚獣は手にした小太刀を一閃し、一撃で敵を切り捨てる。

 

 今ここに、Bクラス戦は終結した。

 

 

 

「明久、随分と思い切った行動にでたのう」

 

 終戦後、Bクラスにやってきた秀吉に、まず最初にそんなことを言われた。

 

「うぅ……。痛いよう、痛いよう……」

 

 

 とにかく今は手が痛い。100%全てが変えるわけじゃないとは言え、素手で鉄筋コンクリートの壁を壊したんだから、その痛みは並じゃない。

 

「なんとも……お主らしい作戦じゃったな」

「で、でしょ? もっと褒めてもいいと思うよ?」

「後のことを考えず、自分の立場を追い詰める、男気溢れる素晴らしい作戦じゃな」

「……遠まわしに馬鹿って言ってない?」

 

 学校の壁を破壊するなんて、問題にならないわけがない。僕の放課後の予定は職員室でのハートフルコミュニケーションで埋まってしまった。初犯でなければ留年や退学になっていたかもしれない。

 

「ま、それが明久の強みだからな」

 

 雄二がバンバンと肩を叩いてくる。馬鹿が強み!? なんて不名誉な!

 

「それにしてもおかしいのう。夏樹がお主がそんな怪我をしたと知ったら心配して救急箱を持ってくるか、お主を引きずってでも保健室に連れて行くじゃろうに、一向に現れん」

『うっ!』

 

 それを聞いて僕と雄二は同時に目をそらす。僕と雄二以外は夏樹は体調不良であると認識しているから、その疑問はもっともだ。

 

「あ、あー、多分あんな隙間風だらけのところで休んでたから悪化しちまったんじゃねぇか?」

 

 とっさに雄二が誤魔化す。だけど、おかしいな。最初は僕も夏樹が来なくて当然って思ったけど、夏樹は物事はきっちりと分けて考える性質だからさっきのことで喧嘩してても怪我の心配くらいはしてくれると思うんだけど。……そういえば、夏樹で思い出したけど、Bクラス戦の終わりからずっと引っかかっていることがあるんだよね。何なんだろう?

 

「それならば、皆で様子を見に行くべきではないかのう?」

「い、いや、あんまり五月蝿くすると休めねぇだろう。そっとしておこうぜ。っと、嬉し恥ずかし戦後対談といこうぜ。負け組代表?」

 

 僕が引っかかっていることについて考えている間にも秀吉と雄二の会話が続いていたが、雄二は秀吉の追及を逃れるために強引に戦後対談を始めた。いけない、いけない。根本君から手紙を回収しなきゃいけないんだから、今はこっちに集中しないと。

 

「本来なら設備を明け渡してもらい、お前らには素敵な卓袱台をプレゼントするところだが、特別に免除してやらんでもない。」

 

 そんな雄二の発言に、ざわざわと周囲の皆が騒ぎ始める。

 

「落ち着け、皆。前にも言ったが俺たちの目標はAクラスだ。ここがゴールじゃない」

「うむ。確かに」

「ここはあくまで通過点だ。だから、Bクラスが条件を呑めば開放してやろうかと思う」

 

 その言葉でうちのクラスの皆はどこか納得したような表情になった。

 

「……条件はなんだ」

 

 力なく根本君が問う。

 

「条件? それはお前だよ、負け組代表さん」

「俺、だと?」

「ああ。お前には散々好き勝手やってもらったし、正直去年から目障りだったんだよな」

 

 凄い言い様だけど、そう言われるだけのことを彼はやっている。だからこそ彼をフォローする人間はいない。

 

「Aクラスに行って、試召戦争の準備が出来ていると宣言して来い。そうすれば今回は設備については見逃してやってもいい。ただし、宣戦布告はするな。すると戦争は避けられないからな。あくまでも戦争の意思と準備があるとだけ伝えるんだ」

「……それだけでいいのか?」

 

 疑うような根本君の視線。当初の計画ではそれだけでよかったんだけどね。

 

「ああ。Bクラス代表がコレを着て言った通りに行動してくれたら見逃そう」

 

 そう言って雄二が取り出したのは、先ほど秀吉が着ていた女子の制服。

 

「ば、馬鹿なことを言うな! この俺がそんなふざけたことを……!」

 

 根本君が慌てふためく。そりゃ嫌だよね。

 

『Bクラス生徒全員で必ず実行させよう!』

『任せて! 必ずやらせるから!』

『それだけで教室を守れるなら、やらない手はないな!』

 

 Bクラスの仲間達の温かい声援。これを見るだけで根本君が今までどういった行動を取ってきたかがわかる気がする。

 

「んじゃ、決定だな」

「くっ! よ、寄るな! 変態ぐふぅっ!」

「とりあえず黙らせました」

「お、おう、ありがとう」

 

 一瞬で代表を見限って腹部に拳を打ち込んだBクラスの男子。流石の雄二も変わり身の早さに驚いている。

 

「では、着付けに移るとするか。明久、任せたぞ」

 

 雄二に根本君の着付けを任された僕は、途中根本君が目を覚ましかけて追加攻撃をしたり、着せ方が分からないといった事態は起きたが、Bクラス女子が協力してくれることになり問題は解決した。

 

 制服を脱がせた後はその女子に残りの着付けを任せて、僕は彼の制服を手にその場を離れた。

 




どうでしたか? 今回のお話は地味でしたが、今回のことがこれからの山場――連続する爆発の起爆剤です。

現在はストックを温存しつつ書きためを行い、本日執筆分で9話のストックになったのですが、自分で書いている物語ながら感情移入してしまいますね。ぶっちゃけると、Aクラス戦で姫路対久保は原作こそ山場でも、夏樹の影響が少ないので原作通りの勝敗の予定ですが、今日書いた話の影響で久保を負けさせるのに抵抗ができてしまった。こう、1点差の紙一重で久保を勝たせたい欲求が……。いや、やりませんけどね? まだ、ムッツリーニの戦いも書いていないですけど、姫路戦は葛藤しながら書くことになりそうです。

まあ、雑談はこの程度にして。
それでは、次回から山場山場にしているつもりです。
次話の更新は土曜日なので朝か夕方か迷いましたが、今までのパターンで読んでくれる人が多かった夕方更新にします。ただ、時間は少し早めて18時に予約投稿しておきました。そのお話もどうぞお楽しみに。


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第二十六話:壁破壊の報酬と代償は?

どうも、前の話で予告した通り、今回から大きな事件が起こっていく予定です。ただし、今回更新分はジャブレベルです。次回から1巻分にしては重いだろうというくらいに問題が起こっていきます。

それでは、本編最後のジャブをお楽しみに。


 

 根本君の制服を持ってBクラスを出た僕は廊下で制服を探った。すると、指の先に何かがあたる感触があった。

 

「……あったあった」

 

 見覚えのある封筒を取り出し、自分のポケットに入れる。

 

 さて、この制服はどうしようか? ――よし。捨てちゃおう。折角だから根本君には女子の制服の着心地を家まで楽しんでもらうとしよう。

 

 そんなことを考えながら、皆より先にFクラスへ戻る。根本君の制服をゴミ箱に突っ込み、その後ポケットから例の封筒を取り出した。

 

「落し物は持ち主に、っと」

 

 姫路さんに席に置いてある、彼女の鞄に入れておく。これで作戦完了っと。

 

「吉井君!」

「ふぇっ!?」

 

 背後からいきなり声をかけられて、不覚にも僕は間抜けな悲鳴を上げてしまった。なんか凄く恥ずかしい!

 

「な、なに?」

 

 慌てて振り向く。するとそこには、姫路さんがいた。

 

「吉井君……!」

 

 目が潤んでいる。今日の姫路さんは泣き顔ばかりだ。

 

「ど、どうかした?」

 

 鞄を勝手にいじっている姿を見られてしまい、慌てる僕。すると、そんな僕に姫路さんはあろうことか正面から抱きついてきた。

 

「ほわぁぁっっと!?」

「あ、ありがとう、ございます……わ、私、ずっと、どうしていいか、わかんなくて……」

 

 どうしていいのかわからないのは僕の方だ。くそっ! これは新手の陽動作戦か?

 

「と、とにかく落ち着いて。泣かれると僕も困るよ」

「は、はい……」

 

 精神の安定を図る為に姫路さんを引き離す。ってしまった! 引き離してどうする! こんなチャンスは二度とないだろうが!

 

「いきなりすみません……」

 

 涙目をこする姫路さん。ああっ! 言いたい! もう一度抱きついてってお願いしたい!

 

「も、もう一度――」

「はい?」

 

 げっ! 思わず口に出ていた! 何か他の事を言わないと!

 

「もう一度壁を壊したい!」

 

 って馬鹿ぁっ! 僕の馬鹿ぁっ! お前はどこのテロリストだよ! もう一度壁を壊してなんになるっていうんだよ!

 

「あの、更に壊したら留年させられちゃうと思いますよ……」

 

 うん。わかってる。わかってるからそんなに気の毒そうな目で僕を見ないで。

 

「……それじゃ、皆のところに行こうか」

「あ、待ってください!」

 

 いたたまれない気持ちで逃げようとする僕を、姫路さんが袖を握って引き止める。

 

「な、なに?」

「あの……」

 

 まさか、良い病院を紹介してくれる気だろうか? くっ! 前に僕が行った台詞がそのまま返ってくるなんて、こんな屈辱はいつも通りだ!

 

「手紙、ありがとうございました」

 

 うつむきがちに小さな声で言う彼女。

 

「別に根本君の制服から姫路さんの手紙が出てきたから戻しただけだよ」

「それってウソ、ですよね?」

「いや、そんなことは――」

「やっぱり吉井君は優しいです。振り分け試験で途中退席した時だって『具合が悪くて退席するだけでFクラス行きになるのはおかしい』って、私のためにあんなに先生と言い合いをしてくれていたし……」

 

 そういえば、そんなこともあったなぁ。あの時は先生に冷たくあしらわれたから、逆に熱くなっちゃったっけ。

 

「それに、この戦争って……私の為にやってくれてるんですよね?」

「え!? あ、いや! そんなことは!」

「ふふっ。誤魔化してもダメです。だって私、自己紹介が中断された時に吉井君が坂本君と夏樹ちゃんに相談しているの、見ちゃいましたから」

 

 あの相談を見られていたのか。これじゃごまかしようがない。

 

「凄く嬉しかったです。吉井君は優しくて、小学生の時から変わってなくて……」

 

 な、なんか妙な空気だ。今までに経験したことのないむずがゆさを感じる。よく分からないけど、僕はこの雰囲気に耐えられそうにない!

 

「そ、その手紙、うまくいくといいね!」

 

 とりあえず話題を変えよう。このままじゃおかしくなっちゃいそうだ。

 

「あ……。はいっ! 頑張りますっ!」

 

 そんな僕の言葉に応えたのは、姫路さんの満面の笑み。その笑顔を見て思う。この子は本当に雄二のことが好きなんだな。わかっていたことだし、僕は雄二に敵わないとも実感している。悔しいけどしょうがないか。

 

「で、いつ告白するの?」

 

 下世話な話題を振ってみる。ま、これくらいは許されてもいいよね。

 

「え、ええと……全部が終わったら……」

 

 姫路さんは真っ赤になりながらもそう答えてくれた。

 

「そっか。けど、それなら手紙より直接言った方がいいかもね」

「そ、そうですか? 吉井君はその方が好きですか?」

「うん。少なくとも僕なら顔を合わせて言ってもらう方が嬉しいよ」

 

 手紙は根本君のせいで嫌な記憶になっていそうだしね。

 

「本当ですか? 今言ったこと、忘れないで下さいね?」

「え? あ、うん」

 

 僕の意見だから雄二とは違うかもしれないのに、姫路さんは金言(きんげん)を得たかのように嬉しそうだ。

 

 その後、廊下から聞こえてきた話し声で根本君がこの後で撮影会を行って素敵な思い出を作るであろうことを知った後、姫路さんと一緒に皆のところに戻った。おっと、帰る前にしっかりと雄二の教科書に卑猥な落書きをしておいたよ。僕がそう簡単に人の幸せを祝ってやる奴だと思うなよ。……夏樹にばれたら怖いけど、夏樹は疑わしきは罰せずだから何とか誤魔化せるはず。

 

 

 

 僕は解散して皆と別れた後、先生方とのハートフルコミュニケーションをするために足取り重く職員室へと向かった。うぅ、覚悟していたこととは言え、気が重い。まあ、ちょっとの間の辛抱だ。頑張れ、僕!

 

ガラリッ

 

「失礼しまぁーす」

 

 挨拶とともに職員室に入った僕は鉄人の姿を探した。だけど、どこにも見当たらない。あれ? 先生一同の指導ではあるけど、鉄人なら入ってすぐに怒鳴ってくると思ったんだけど。それになんだろう、空気が重い。

 

 いや、確かに壁を壊したんだから空気が重いのは当たり前なんだけど、職員室への呼び出しを命じた先生はもう少し柔らかかった気がするんだけど。

 

「あら、吉井君。災難だったわね」

 

 そんなことを考えていると不意に船越先生が声をかけてきた。でも、やっぱりおかしい。僕をいたわる言葉を言ってくれるのは勿論だけど、それ以上に台詞は僕をいたわっているのに表情が台詞と一致していない。なんていうか、アレだ。憎い仇が目の前にいるのに裁判で無罪になったから手を出すことが出来ないみたいな。

 

「え、ええっと、何がどうなっているか訳が分からないんですけど」

「そのことについては後で西村先生から説明があると思うわ」

 

 こめかみをひくつかせながらそう言うと、船越先生は自分の机へと戻っていった。何がどうなっているんだろう。

 

「吉井」

 

 後ろから野太い声が。振り向くとそこには呆れるような、蔑むような、同情するようなそんな複雑な表情をした鉄人がいた。

 

「えっと、西村先生。どうかしたんですか?」

 

 流石の僕もいつものふざけた調子で接することが出来ず、鉄人と言うあだ名ではなく本名で呼んで尋ねた。すると鉄人は顎で出入り口を指しながら告げてきた。

 

「職員室の先生方は皆知っているが、職員室には誰が入ってくるのか分からん。隣の応接室に来い」

 

 職員室から応接室に移動した僕たちは向かい合って座ると、鉄人は一旦目を閉じて重々しいため息をついた後、口を開いた。

 

「まずは面倒くさいことは言わず、結論から言おう。今回の事件でお前に指導をすると通達したのはこちらのミスだった。すまなかったな」

「は、はぁ」

 

 事態が飲み込めず、間の抜けた声を出してしまう。

 

「お前は今回の事件に不幸にも巻き込まれただけだということが判明したんだ」

 

 どういうことだろう。僕が壁を壊したのは遠藤先生も見ているから間違えようがないんだけど。すると、鉄人は表情を一気に引き締めて信じられないことを話す。

 

「お前に指導の通達をしたのとほぼ同時刻に神谷が学園長室に来たそうだ」

 

 ……なんだかとてつもなく嫌な予感がする。まさかそんなわけがないよね。

 

「今回の事件は自分の召喚獣の腕輪能力のせいで吉井の召喚獣が暴走したことが原因であって、お前に罪はない。全ては自分の責任だとな」

「そんな!」

「なんでも、お前と島田の喧嘩を止めようとして咄嗟にお前の召喚獣に能力を使ってしまったらしい。実際に召喚システムには神谷の召喚獣の召喚と腕輪使用のログが残っている。遠藤先生の目撃証言についても遠藤先生はお前たちに注目していて教室全体を見れていないだろうから神谷に気づけなかったんだろうということになった」

「ちょっと、聞いてるんですか!」

「そのため、あいつは今は補習室で漢字の書き取りの罰則中だ。それが終わったら俺と二人きりで指導を始める」

 

 鉄人は僕の叫びを無視して淡々と事実だけを述べ続ける。痺れを切らした僕はテーブルを思いっきり叩きながら声を上げた。

 

「あなたは夏樹のそんな話を信じているんですか!」

 

 鉄人は思わず叫んでしまった僕を睨み付ける。

 

「……吉井、俺を……いや、教師を嘗めるなよ。この学園にそんな話を信じている教師がいる筈がないだろう。元々あいつはお前らとつるんでいるのが不思議なくらいの優良児だというのが職員室の共通認識だ」

「だったら!」

「それでも学園長は神谷が原因であると結論付けた。ならばそれに対する処罰は行わなければならない」

「それなら僕が今から学園長に直談判してきます。僕の代わりに夏樹が処罰されているなんて間違ってる!」

「勘違いするなよ、吉井。そんなことは俺も学園長も重々承知だ。それでもあえて神谷を処罰するのはあいつの覚悟を尊重してのことだ。あいつは極稀にお前らの悪戯に付き合うことはあった。だが、少なくとも嘘をついたことだけはなかった。そんなあいつが嘘をついてまで守ろうとしたというのは相当なことだからな。だからこそ、俺たち教師はあいつのバレバレの嘘にだまされているんだ」

 

 鉄人の言葉に何も言えなくなってしまう。そうか、職員室の空気がおかしかったのはこれが原因だったのか。でも、まさか僕の行動がこんなことを引き起こすなんて。

 

「それにしても去年一年間あいつを見てきたが、あいつの中にあんなに激しいものがあったとはな」

「僕もそんな一面があるなんて初めて知りました」

「そういえばお前と神谷は同じ中学で後半の2年間同じクラスだったそうだな。俺としてはコレを機にあいつには交友関係を見直して欲しいものだが、こればっかりは教師といえども他人が口出しをすべき内容ではないからな」

「……」

 

 鉄人がからかうように言うが、その言葉は罪悪感がある僕には痛すぎる。

 

(予測はしていたことだが、やはりこれが最良の方法だったのかもしれんな。吉井(コイツ)は自分のことではどれほど怒られても懲りんかっただろうが、神谷が処罰されたと言うのは自分が指導されるのとは比べ物にならんほどに堪えただろう。これでコイツも少しは生活態度を改めるといいのだが)

 

 鉄人が何か期待するような眼で僕を見ていたけど、夏樹のことでショックを受けている僕はそのことに気づけなかった。

 

「まあいい。お前への話はこれで終わりだ。帰っていいぞ」

 

 その言葉を聞いても僕は立ち上がることが出来なかった。

 

「……お前の気持ちは分からんでもないが、少なくともこの部屋は出ろ。俺はこれから神谷の指導に行くからな」

 

 そう促されて僕は重い腰を上げた。

 

「……あいつの指導は6時に終わる予定だ。いくらバカでもこれをお前に話した意味くらいは分かるな」

「……はい」

 

 夏樹に対しての感情はいろいろと複雑に渦巻いていて上手く言い表せないけど、まずは何をおいても謝らないと。とりあえず、夏樹の指導が終わるまで教室で待ってようかな。

 




今回はタイトル通り壁破壊によって起こったことがメインですね。夏樹が明久の罪の肩代わり。間違った友情だとは分かっていても、退学の危険性がある以上夏樹は明久を放っておけなかったり。実際、説教で済んだのは結果論な訳で観察処分者の分も含めれば一発退学の可能性はゼロではないですしね。今回のこのことがどんな物語を作っていくのか楽しみにしていてください。……と言いたいのですが、次のお話は試召戦争の語り手の明久の裏側。夏樹がどうやって明久の罪をかぶったかになります。

それでは、次回もお楽しみに。


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裏二十五話:夏樹の最低な勝利

どうも、前回のジャブに続いて、今回も同じ程度の衝撃ですね。次はいよいよ山場。今回は少し短くて物足りないかも知れませんが、次のお話はとても濃い内容にしているのでご容赦ください。そして、今回ちょっと綺麗になり過ぎた人がいるかも……。

それと、以前のサイトで投稿した時に指摘されましたが、話数は間違いではないです。二十六話がすでにありますが、この話をその前に出してしまうと二十六話の衝撃が小さくなると判断したからで、実際にはこの話は二十五話とほぼ同じ時間帯なので"裏"二十五話としています。

それでは本編をお楽しみください。


コンコンコン

 

「あいよ。入んな」

「失礼します」

 

 学園長先生から入室の許可をもらった私は挨拶と共に学園長室に入りました。学園長をやり込めるのはかなり大変だし、心苦しいけど、絶対に失敗できない。

 

「おや、神谷じゃないかい。どうしたんだい?」

「えーっと、学園長にお話がありまして」

「なんか怪しいねぇ。あんたがアタシに対してそんな話し方をするなんて。実験のことかい?」

「いえ、学園長はDクラスとBクラスの間の壁破壊事件についてご存知ですか?」

「ああ、観察処分者の吉井とかいう奴だろ。ったく、あのバカ。新学期早々問題を起こしやがって」

 

 勝負はもう始まっている。絶対に手札を切り間違えないようにしないと。

 

「本当にすみませんでした!」

 

 私はぶつぶつと文句を言っている学園長に対して、深々と頭を下げた。すると、学園長はキョトンとした表情をする。

 

「何言ってんだい。あんたは関係ないだろう。問題を起こしたのは吉井って奴じゃないかい。まったく、あいつは観察処分者にしても全然反省していないようだね」

「いえ、あいつのせいじゃないんです」

 

 私のその言葉に学園長は思いっきり眉をひそめた。確かにそうだろう。先生からしっかりと報告があがっている事象を思いっきり否定したんだから。

 

「あぁ、そう言えばあんたと吉井は友達だとか職員室でも噂になっていたね。まあ、そんなんじゃ庇いたくなるのも無理ないかもしれないね」

「庇うとかそんなんじゃありません。いくら私でも友達のために無実の罪を被るほどバカじゃありません」

「遠藤先生がしっかりと現場を見てるんだ。そんなことも忘れるなんてあんたらしくないねぇ」

 

 ここからが正念場だ。学園長は科学者だけあって頭の回転は私なんかとは比べ物にならないだろう。でも、そんなの関係ない!

 

「そのことは分かっています。それでも、すみません。直接的な犯人は吉井でも、間接的な犯人というより原因は私なんです」

「……どういうことだい」

「実は吉井君と島田さんが同じクラスでありながら召喚獣対決をしているのを偶然見てしまい、咄嗟に止めようと思ったんです。だから、私も召喚獣を召喚して吉井君の召喚獣に対して腕輪の能力を使ってしまい……」

「それで暴走したっていうのかい? はっ、話にならないねぇ。その場合に有効なあんたの腕輪の能力は命令の混乱。そんな状態で召喚獣がまともに動くはずないだろう。いくら焦っているからって浅慮さね」

「あいつは観察処分者ですから」

「だからなんだい? 確かに観察処分者の召喚獣は別系統で動いているとは言え、研究当初ならともかく、しっかりと研究を進めている今のあんたの召喚獣だったら観察処分者用のジャミングプログラムもしっかりと作動するはずだよ」

「いえ、観察処分者ですからフィードバックを通して命令系統の混乱を把握したのかも。もしかしたら、比較的普段との差異が少なかったのかもしれませんし」

「……ひとまずはそんなことも起こりえると考えてやるさね」

 

 やった! 言質を取りました。学園長はまだ否定材料があるからこそのひとまずの納得でしょうが、一旦納得したからにはこの論点では絶対に勝負させてあげません。

 

「だが、召喚システムの記録はどう説明するんだい?」

「はて、何のことでしょう? 召喚システムのログを見たわけではないですが、多分私の召喚履歴と能力使用履歴が残っていると思うんですが。いやー、それにしても立会人が遠藤先生でよかったです。それ以外だと腕輪が使えませんでしたし」

「確かにあんたの言った二つの事象についてのログは残っているさね。だが、あんたの召喚は吉井たちの召喚から大分時間が空いているようだね? あんたが召喚したのは壁を壊す寸前。腕輪の発動に至っては壁を壊した後じゃないかい」

「学園長先生。その時間の判断はどこから持ってきたんですか?」

「遠藤先生の証言に決まってるじゃないか」

「学園長。人間の主観的な証言を鵜呑みにするなんて科学者らしくありませんよ。遠藤先生はずっと時計を見て計測していたわけじゃありませんし、数分の狂いがあるかもしれないじゃないですか」

「……吉井の召喚獣のダメージ履歴も残っているんだがねぇ」

「あらら、観察処分者に能力を使うのは初めてでしたからねぇ。そっちの方までジャミング効果が効いちゃったのかもしれませんね」

「それは本気で言ってるのかい」

「だって、壁が壊れた後に私が能力を使う理由なんてありませんし」

 

 学園長は鋭い目で私を睨み付けてくる。あまりの緊張で口の中の水分がどんどんと無くなり、私はひりつく喉を潤そうとなけなしの唾液を無理やり飲み込む。

 

「あるじゃないか。友達を庇うための証拠を作ろうとしたんじゃないのかい?」

「学園長もしつこいですね。そんな理由で自分の身を危なくするようなことをしたりしませんよ」

「まあ、いいさね。とにかく! この事件があんたのせいだって言ってるのはあんただけなのに対して、吉井が原因だというのは遠藤先生が証言しているし、あんたの言葉は召喚システムのログが否定している。あんたはさっき遠藤先生が時間を計測どうのと言ったがね、あんたの召喚についてはそれこそ秒以下の計測を行うくらい厳重に管理しているんだよ。こんな状況であんたの証言を信じるわけにはいかないね」

「そうですか」

 

 やっぱり召喚や腕輪発動については予想しためど、召喚獣のダメージ処理の履歴まで残っているのは厳しいですね。っていうか、そう言うのも残っているんですね。悔しいなぁ。それが無ければもう少し粘れたのに。これが春華ならここからでも逆転できたのかな。でも、私は春華じゃないし、これ以外にはたった一枚の最低なジョーカーしか残されていない。このジョーカーは出来れば最後まで切りたくなかったカードだけど、正攻法で負けたなら仕方ない。今から最終手段を出します。……本当にゴメンね、学園長。私のことを軽蔑してくれてもいいから。

 

「生徒が勇気を振り絞って自らの罪を告白したのに学園長先生は信じてくださらないのですね」

「学園の(おさ)としてバレバレの偽証で無実の生徒を裁くわけにはいかんさね」

「でしたら仕方ありません。こんな信頼関係では学園長の他には少数の人間しかいない実験室に長時間いることなんてできません」

「あ、あんた何を言っているんだい」

 

 私の言葉に学園長が眼に見えて狼狽しだしました。私の言葉の意味が分かったみたいです。

 

「分かり辛かったなら率直に言います。私はこれから先、学園長の研究に付き合うことはできません!」

「……アタシを脅す気かい?」

「いえ、私だって人間ですから信頼関係がないと長時間拘束されることに承諾することはできません」

「可愛い顔して随分とやるじゃないか」

「……おっしゃっている意味が分かりかねます」

「はぁ、あんたはこういうことがは大嫌いだと思っていたんだがねぇ」

 

 ため息混じりの学園長の言葉が胸に突き刺さる。咄嗟に涙が出そうになったのを何とか堪える。しかし、表情が歪むのまでは抑えることが出来なかった。

 

「まったく、しょうがない子だねぇ」

 

 学園長はため息と共に立ち上がると、私の傍に近づいてきた。一体どういうつもりなんだろう。

 

「鏡を見てごらん。酷い顔だよ。本当に子供が無茶なことするんじゃないよ」

 

 そう言って私の頭を優しく撫でてくれた。だが、それのせいで余計に申し訳ない気持ちが高まり、更に表情が歪む。

 

「あんたには負けたよ。その覚悟に免じて今回の吉井への処罰は無しだ。だが、次はないと思いなよ」

「……学園長」

「その代わりあんたは西村先生にみっちりと叱って貰うから覚悟しな。二度とこんな無茶はさせないさね」

「……学園長先生。ありがと」

 

 私は学園長の気持ちが嬉しくて、学園長の胸にすがって恥も外聞も無く涙を流してしまった。

 




ちょっと内容が薄かったかもですが、いかがでしょうか? 学園長が誰だ、お前! ってレベルで綺麗になっている気がします。これじゃあ、この学園長は贋物だって言われてしまうかもですね。ただ、言い訳しますと、最初のノックにはこだわったので気付いた人もいるかもですが、標準マナーならノックは4回なところをそう言うのに拘りそうな夏樹が3回なんですよね。これは、親しい人を訪ねた時のノックで、夏樹と学園長は夏樹が実験に付き合ううちに孫子のように親密な関係になっているんです。それゆえの学園長の優しさですね。……ちなみに世界的には日本で多い2回ノックはトイレですよ。自分は高校卒業の年の就職・進学関係の授業で説明されました。

今回が短いので今執筆しているであろう(予約投稿なので)話がそれなりに書けていれば明日の夕方に次話を投稿したいと思います。ダメでも、少なくとも明後日には投稿します。

それでは、これから始まる山場達が皆さんのお気に召すよう祈って。


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第二十七話:大切な物≒くだらない物?

どうも、予告通り執筆中のものがそこそこ進んだので(1話あたり4000字以上目標の内、2000字超え)予約投稿へと踏み切りました。今回こそ今まで焦らしてきた山場の一つです。ちなみに今回は明久主観の物語となっています。あまり語ってネタばれになっては仕方ないのでさっさと本文にしましょう。

それでは、お楽しみください!


 教室で夏樹の指導が終わるのを待っていた僕は5時50分になったのを確認したところで夏樹と自分の鞄を持って補習室の前に行くことにした。うぅ、どうしよう。鉄人と別れてからずっと何を話そうか考えていたんだけど、何も思い浮かばないよ。そうやって補習室の前で思い悩んでいると短針と一直線の形を作っていた時計の長針は右へとわずかに角度をずらした。

 

ガラッ

 

「……本当にすみませんでした」

 

 それと同時に補習室から出てきた夏樹は補習室に向き直り、深々と頭を下げた。

 

「夏樹!」

「……ン」

 

 僕は夏樹に呼びかけるが、夏樹はそんな声が聞こえていないかのように緩慢に振り返ると顔を俯けたままボソリと呟く。

 

「えっ?」

「……私のカバン」

「あ、あぁ。……いや。途中まで僕が持つよ」

「ん」

 

 鞄を渡すように促す夏樹だったが、お詫び代わりの一つとして途中まで持つつもりでいたからそのことを告げる。しかし、夏樹はそれに対してお礼を言うでもなく、本当に理解の意でしかない言葉を放つと黙々と歩き出した。呆気にとられた僕だったが、すぐに現実に帰ってくると、僕のことを意に介さず歩き続けている夏樹を慌てて追いかけた。

 

 その後も僕たちは一言も発することなく帰路を歩き続けた。二人の間の空気はとてつもなく重い。その空気のあまりの重さに、僕はすぐに謝るつもりだったのにも関わらず、謝罪の言葉を口にすることすら(はばか)られた。ここまで怒った夏樹は初めて見る。今の夏樹に比べれば昼間のなんてちょっと機嫌が悪かったってレベルだよ。うぅ、そんなに怒るなら肩代わりなんてしなければよかったじゃないか。……別に僕が頼んだんじゃないのに。

 

 そんな気まずい時間も終わりが近づいてきた。この公園を横切れば僕と夏樹の帰り道が分かれる。未だに夏樹とどんなことを話せばいいかは思いつかないけど、とりあえず謝罪だけはしっかりとしよう。夏樹が罰せられたのは悲しいが、頼んでいないとはいえ夏樹が僕を助けてくれようとした気持ちが嬉しかったのは本当のことだし。そう決心すると僕は足を速めて夏樹の前に躍り出る。そして、出来るだけ朗らかな笑顔を作って鞄を手渡した。

 

「はい、鞄!」

「……ありがと」

 

 夏樹は睨み付けるように僕を見ながら、鞄を受け取った。

 

さあ、言うぞ! 僕はこんなときに何を言っていいのか分からないバカだけど、バカはバカらしくこの言葉に全部の気持ちを込めるんだ。

 

「それと、ほんっとーにゴメン!」

「……」

 

 腰を90度近くまで曲げて頭を下げたけど、夏樹は依然として冷たい目つきのままだ。こ、これはかなり気まずい。

 

「えっと、な、夏樹?」

「……それだけ?」

「えっ?」

「言いたいことはそれだけなのかって聞いてるの」

「あー、何か話すべきなんだろうけど、夏樹も知ってのとおり僕はバカだから何を言っていいのか分からないんだよね」

「だったら、バカでも分かりやすいように質問を変える。そのゴメンは何に対してのゴメンなの?」

「えーっと、今回庇ってくれたことに対する謝罪と、その……いつも助けられている申し訳のなさかな」

「それ以外には何も感じていないんだ」

「あー、そうだよね、ゴメン。お礼を言うのを忘れてた。今回は助けてくれてありがと」

「……それ以外」

 

 僕の返答が意に沿わないものだったようで夏樹は何度も質問してきたが、僕は戸惑いながらも一つずつ答えていく。

 

「え、今回庇ってくれた謝罪と感謝以外のこと? う、うん。特には思い当たらないけど」

 

パァーン!

 

 そんな音と共に僕は強制的に右を向かされた。少し遅れて左頬がジンジンとした痛みを訴え、熱を持ってくる。

 

「ったいな! 何すんだ――」

「ふざけないで! そこはもうこんなバカは二度としないとかいうところでしょ! 私がどれだけ心配したと思ってんの!」

 

頬を張られたことに気づき、文句を言おうと正面に視線を戻して怒鳴りつけようとすると、そこには大粒の涙を流しながら右手を振りぬいた夏樹がいた。

 

「……本当に、本当に心配したんだよ」

 

 そして、再びうつむくと涙を拭うこともなく、搾り出すような声を出した。

 

「え、あ、そ、その……」

「……あんな風に壁を壊すなんて、一発で停学とか退学になってもおかしくないんだよ」

「だ、大丈夫だよ。夏樹が庇ってくれる前も指導で終わりだったんだから」

「そんなのは結果論でしょ! あんたはちょっとは自分の危険も考えろ! なんであんな無茶したの!」

 

 夏樹は能天気な答えを返した僕の胸倉をつかみ上げ、怒鳴りつけてきた。あまりの剣幕に咄嗟に全て話してしまいそうになった。だけど言えない。姫路さんのことは夏樹にだって知られるわけにはいけない。

 

「えっと、ほら。ずっとバカバカって言われてからかわれてたから、ここで活躍して――」

「嘘。いくらあんたがバカでもそんな理由であんなことをするはずがないよ。本当は姫路さんのためなんでしょ」

「ち、違うよ。何を根拠にそんなこと言ってるのさ」

「じゃあ、姫路さんが戦争に参加してなかった理由を教えてよ」

「み、見てたの」

「トイレに行った帰りに偶々姫路さんが戦場から離れているのをね」

「えーっと、その、ほら、ね?」

「ちなみに体調不良は却下。前例として私が空き教室にいたんだから姫路さんもそこに来るはずでしょ」

 

 まずい。こんなときでも夏樹の頭の回転のよさは健在だ。僕の返答を先回りして封じてくる。しょうがない、当たり障りがない範囲で話そう。

 

「じ、実は、Bクラスが教室を壊したときに姫路さんの大切なものを盗んだみたいで、姫路さんはそれが原因で脅されてたんだ」

「……なんで」

「え?」

「だったら、何で相談してくれなかったの!? 私が姫路さんの代わり戦争に出て道を作っても良かったし、他の方法だっていくらでも考えたのに!」

「だ、だって、夏樹は今回の戦争に反対して――」

「私が友達のピンチにそんなくだらないこと言って助けを突っぱねるとでも思ってんの!」

「……そうだよね。本当にごめん。でも、姫路さんは今回のことを知られたくなかったと思うし、僕が覚悟を決めれば解決する問題だったから」

「それで!? もし今回のことで退学になってたらどうするつもりだったのさ!」

「えっと、その……頭に血が上ってて後のことは何も考えてなかった」

「今回は運良く退学にならなかったけど、本当に退学になってたらどうするの! 私はもの凄く悲しいし、なにより姫路さんは自分のせいであんたが退学になったって後悔を一生背負っていくことになってたんだよ!?」

 

 夏樹の言葉を聞いた瞬間、頭を鈍器のようなもので思いっきり叩かれたような衝撃を覚えた。確かにそうだ。姫路さんは僕がラブレターのために行動したことを知っていた。そして、優しい姫路さんのことだ。もし僕が退学にでもなったら、そのことを酷く後悔しただろうし、その責任をとろうとして自分も一緒に辞めかねない。

 

「で、でも、それでも僕は姫路さんがあんな眼にあっているのを見過ごせなかったんだ。だから、僕が怒られるだけで解決するならって」

「何かに集中したときにそれ以外のことを考えないのはあんたの長所だよ。だけど、今回は酷すぎる。あんたは周りの人たちのことを本当に考えてるの? あんたが他人を思いやるように、他の人だって違う誰かを思いやってるんだよ!? 勝手に自分のこと過小評価して、自分のことを心配している奴がいることを忘れんな!」

「……」

「世界中の人間があんたのことを必要ない、大嫌いだって言ったって私はずっとあんたのことが必要だし、大好きだって思ってる。あんたが困ってるなら最大限の力になってあげたいと思う。毎日楽しく笑いあって、時々バカやって、そんな毎日は私にとって宝物なんだよ? だから、そんな毎日を守りたくてあんたが退学にならないように頑張ったりもした。なのに、あんた自身が自分のことをぞんざいに扱って、退学と紙一重のことを何度もしてさ。まるで、私が大事に思っていることなんてあんたにとっては簡単に捨てられるくだらないものみたい」

「夏樹!」

 

 「そんなことはない! 僕だって皆といる毎日が大切だと思っている」そう言いたかったけど、夏樹の顔を見るとどうしてもその言葉が音にならない。ふいに夏樹が胸倉をつかんでいた手を離した。そして、夏樹の言葉で力が抜けていた僕は突然支えを失い、少し後ろに下がった後、しりもちをついた。

 

「……それじゃあ、そんなくだらないものを必死になって守ってる私がバカみたいじゃない」

 

 再びうつむいた夏樹の表情は、下から見上げている状態であるにも関わらず伺うことが出来なかった。

 

「……なんでそうやっていつも大事なときに限って私に何も言ってくれないのさ」

「夏樹には迷惑をかけたくなかったから……」

「迷惑くらい! ……迷惑くらいいくらでもかけてよ。友達じゃない」

「でも、夏樹にはいつも助けられてるしこんなときくらい――」

「そんな時に頼ってこその、お互いに助け合ってこその親友でしょ!」

 

 立ち上がりながら夏樹(しんゆう)に迷惑をかけたくない旨を伝えようとすると、夏樹はその言葉を遮って叫び声を上げる。

 

「……寂しいじゃんか。大事なときに限って信用してくれないなんてさ。本当は親友だと思ってたのは私だけってこと?」

「ち、ちが――」

「そんなに一人で背負うのが好きならずっとそうしてればいいじゃない!」

 

 そう叫ぶとこれで最後だと言わんばかりに僕に背を向けた。だが、僕の方はこれで話が終わりだなんて納得できない。

 

「夏樹!」

 

 だから僕は夏樹に追いすがった。だけど、夏樹は一瞬だけ体の向きを変えると僕の胸を軽く、本当に軽く突き飛ばした。この程度の衝撃では小学生だって止められないだろう。でも、そんな軽い衝撃でも虚を突かれた僕を止めるには十分だった。

 

「……さよなら、吉井君」

 

 夏樹は振り返りざまにそう言って駆け出した。その言葉で楔を打たれたように僕の足は固まったまま動かず、そんな夏樹をただ見ていることしか出来なかった。

 

 壁を壊したフィードバックを受けた右手は未だにズキズキするし、夏樹に張られた頬はジンジンとまだ熱を訴え続けている。でも、そんな痛みよりも本当に軽く押されただけの胸が張り裂けそうに痛かった。

 

「……『さよなら、吉井君(・・・)』かぁ」

 

 ポツリと呟いた言葉はまだ寒い春の夕闇に溶けて消えた。

 




いかがでしたか? 今回のはアレです4巻の美波のとか、7巻の雄二と翔子の話だとかと同じレベルなので、十分1つの巻のメインを張れる山場だと思っています。多分バカテス二次でこんな展開を書いたのは自分くらいだと思うのですが。旧にじファンでもハーメルンでも明久アンチキャラが文句を言うなら兎も角、夏樹みたいな親友ポジのキャラが明久とガチ喧嘩するっていうのは少なくとも自分は見たことがないですね。

実は今回のお話はプロット段階では存在しなかったりします。元々は夏樹が明久をかばうのは同じですが、「あんたが怪我して肉体的に負担を負ったんだから、怒られる精神的な苦痛は私が請け負うよ。だって、ニコイチコンビだからね」ってな感じになる予定でした。でも、1話から書いているうちに「これ、夏樹のキャラじゃないよな?」となり、今の話に変わりました。個人的には変えて良かった展開だと思います。

さて、二人の関係はどうなるのか。……まあ、バカテス原作を読んでれば大体予想はつきそうでも、予想されていても流れで引き込ませるような展開を考えていますのでお楽しみに。

それでは、これからもよろしくお願いします。


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第二十八話:よい便りを待っています

どうも、前回のお話で夏樹と明久を大喧嘩させたシュレ猫です。反響が無いのでここでの評価が不安ですね。……まさか、ここで明久と対立するのは受けが悪かったか。夏樹はしっかりしているようでまだ高校生。自分を抑えきれないことがあるって言うのが前話の原因ですね。さて、高校生故の未熟さで喧嘩したならどうすれば良いのか? 昨今のラノベでは排除されがちなモノが鍵となります。

それでは本編をどうぞ!




 吉井君と別れた私は家に帰る前に一旦マンションの屋上に上って時間を潰していた。

 

「ん。そろそろ大丈夫かな」

 

 コンパクトで顔を確認すると目はまだ少し赤い気がするが近くで覗き込みでもしない限り簡単にはバレないだろう。袖で乱暴に拭いたいのを我慢してハンカチで丁寧に涙を拭いたのでこの程度の赤みで済んだのかもしれない。さて、もうねえさんも帰ってるだろうしあんまり遅いと心配かけちゃうよね。それに、ねえさんがお腹を空かせてるかもしれないし。

 

「ただいまー」

「あら、夏樹。遅かったわね。心配したのよ?」

「ごめん。試召戦争のことでゴタゴタしちゃって」

「もう、お腹空いちゃったわよ」

「あー、そっちもごめん。豆腐ハンバーグ作るときは豆腐の水切りしなくちゃいけないからちょっと少し時間かかっちゃうんだ」

「えー。……まあ、しょうがないわね」

「あはは、大急ぎで作るから待っててね」

 

 拗ねた子供のような態度でしぶしぶ納得したねえさんを見ると自然と笑みが浮かぶ。台所に向かった私は冷蔵庫から豆腐を出して、水気が切れるのをリビングで待つことにしました。待っている間どうしようかな。いつもなら小説でも読んで待ってるんだけど、流石に今日はそんな気分にはなれないし。そんな風に思っているといきなり背中に衝撃を受けた。な、何事!

 

「はっはっは、未成年がこんなに遅くまで外出するとは。とうとう不良になってしまったのか。兄さんは悲しいぞ~」

「ふ、ざ、け、る、な! 8時にもなってないのに不良にされてたまるかぁ~」

「おお、謝るどころか言い訳か。家族として辛いが。おい、あやめ。不良少女を逮捕だ」

「酒臭ぁっ! あんたこそ何こんな時間からベロンベロンに酔ってんのさ」

「おいおい、私は全然酔ってなんかいないぞ」

「酔っ払いは皆そう言うんだよ。さっさと離れて、台所で水でも飲んで来い」

「そんな冷たいこと言わなくてもいいだろう」

「はぁーなぁーせぇー」

 

 必死に春華の拘束から逃れようとしたけど、流石に男女の力の差もあって振り払うことは出来なかった。だが、そんな私にとっての救世主が現れた。鋭い掌底(しょうてい)春華(よっぱらい)の側頭部を打ち抜いた。

 

「あら、こんなところにうら若き乙女に絡む酔っ払いが。しっかりとお仕置きをしないと。ね、夏樹?」

「ね、ねえさん?」

 

 ねえさんはそう言うと私の肩を抱き、私の部屋へ向かおうとしている。な、なんで?

 

「罰として今日の夕食はあんたが作りなさい。で、夕飯を遅らせた夏樹は私の愚痴に付き合うこと」

「えー、私は昨日しっかりと作ったじゃないか」

「なら、あんたが愚痴に付き合う? ストレス発散込みで」

「さぁ、下ごしらえはしっかりとやらないとな」

 

 不満の声をあげた春華だったが、ねえさんがいい笑顔で指の関節を鳴らすと、素直に立ち上がり台所に向かっていった。

 

「ちょっと待って、ねえさん!」

「大丈夫よ。愚痴って言ったけど、本当はガールズトークしたいだけだから」

「そっちじゃない! 別にねえさんと話すのには何の問題もないよ。だけど、あの酔っ払いに料理を任せるのだけは認められない」

「平気平気。あいつは基本的に料理は得意なんだからそれなりのものは作るわよ」

「いやー! お願い。作るの自分だけど、夕食の豆腐ハンバーグは少しだけ楽しみだったんだから美味しいものが食べたいよ」

「ほら、我がまま言わないの」

「どっちが!」

 

 その後、私の抵抗も空しく自室へと連行された。畜生。もし不味かったら春華だけ今日のデザートはなしだ。自室に連行された私と連行したねえさんはベッドに隣り合って座った。

 

「えっと、どうしたの、ねえさん? 嫌な上司にでも嫌がらせされた?」

「はぁー、本題は私じゃなくてあんたよ」

「え、どういうこと?」

 

 すると、ねえさんは私の顔を下から覗き込み、真剣な表情を作った。

 

「あんた、なんか隠してるでしょ。学校で何があったの」

「べ、別に隠してなんか――」

 

ピシィッ! 「あうっ!」

 

 突然の衝撃に軽く仰け反り、額を押さえました。少し涙目になって視線を戻すとデコピンをした体勢のまま、こちらを見つめているねえさん。

 

「嘘おっしゃい。こんなに赤い目をして」

「いや、それは今ねえさんが――」

「夏樹。お願いだから話してくれない? それとも私になんか教えられない?」

「そ、それは……」

「大事な家族なんだから力になりたいのよ。それとも夏樹にとって私は――」

「そんなことない! でも、……これはもう解決した問題だから」

「問題が解決した人間はこんな顔なんてしないわよ。まあ、いいわ。解決したならなおさら話しても問題ないでしょ」

「……分かった」

「まったく。明るいようで塞ぎ込みやすい子なんだから」

 

 ため息混じりに苦笑したねえさんに今日学園であった出来事をポツリポツリと話した。ねえさんは途中で口を挟むことなく静かに聴いてくれた。そして、最後に額を軽く押さえ、あいつを「吉井君」と呼んだことについて言及した。

 

「あんたが、明久くんを知り合いレベルにするとはよっぽど頭にきたのね」

「だ、だって、あんな危ないことするなんて。……私に相談してくれればもっと安全な方法があったかもしれないのにさ」

「でも、明久くんのことが嫌いって訳じゃないのよね?」

「そりゃあね。あいつは私にとっていつまでも大切な奴だし」

「……あんた。私達とか明久くん以外の前でそんなこと言うのは止めなさい。絶対誤解されるわよ」

 

 誇らしげな顔で言った私に対してねえさんが複雑な表情でよく分からない忠告をしてきた。一体、どういうことだろう。

 

「まあ、それは今は関係ないわね。でも、そんな明久くんがいきなり知り合いになっちゃうくらい怒ったの?」

「う、そ、それは……」

 

 気まずくて目をそらした私の頬を両手で挟んで正面に持ってきた。そして、私の目を真剣に覗き込む。

 

「さては、あんた。しっかりと自分の意見をぶちまけたから今はそれほど怒ってないでしょ」

「そんなことは」

「警官がそう簡単に騙されると思わないことね」

「……あいつだって人より数倍時間はかかるけど、それなりの理解力もあるしさ。怒って不満を出してるうちに少しずつ冷静になって、今回のことは特にこたえただろうからいつもよりは反省するだろうなって考えている冷静な自分がどっかにいたんだ」

「それでも今回の名前の呼び分けは反省を促すためじゃなくて、決別の言葉なんでしょ?」

「だから、結構自己嫌悪してるの。今考えると多分、私は自分のためにあんなこと言ったんだと思うから」

「自分のため?」

「うん。私は臆病だからさ、きっとあいつを嫌いになるのが怖かったんだと思う。今は注意するだけで何とか許せているあいつの自己犠牲も何度もやられるといつか許せなくなっちゃう。それが怖かったからまだ好きなうちに別れたんじゃないかなって」

「夏樹……」

「最低だよね」

「……夏樹」

 

 

 ねえさんはそう言うと頬に当てていた手を離し、形をパーからグーに変えた。そして、その手をこめかみに持って行き、

 

「この大バカがぁー!」

「うなぁー!」

 

 某永遠の5歳児よろしくグリグリされた。私はあまりの痛みに叫び声を上げる。

 

「本気の喧嘩してるときにそんなややこしいこと考えられるわけ無いでしょ! 後付けで変に考え込んで自分が悪かったって思って解決しようとするのは止めなさい!」

「で、でも……」

「あの子のことを悪く思い続けたくないのかもしれないけど、私からすれば今回のことはどっちもが原因よ。あんたの言ったことは確かに正論だから明久くんが原因の根源だし、今回のことで決別しようとしたのは流石にあんたが狭量すぎる」

「……自分でもそれは分かってるけどさ」

「まあ、自分で分かっているならいいわ」

「えぇ!? そこはそういうところは早めに直せって注意するところじゃないの?」

「ふふ、完璧な人間なんていないんだからそんな欠点も全部ひっくるめてこその神谷夏樹でしょ。それにあんたなら自分で直したいって自覚している欠点を直すくらい訳ないし、明久くんのことが好きなら直せるでしょ」

「……ねえさんは凄いね。私は良いとこと悪いとこまとめて受け入れてこその友達だって理解はしているけど、実践できる自信はないし」

「なーに言ってんのよ。あんただって明久くんのいいところに惚れ込んだからどんなバカやっても友達でいたし、大変なことから助けてきたんでしょ。だったら、大丈夫。そもそもあんたは真剣に悩みすぎているだけだからもう少し力を抜けば人の欠点だって受け入れられるでしょ。まあ、私からすれば今でも十分受け入れていると思うけどね」

「そ、そうかな?」

 

 ねえさんはそう言って励ましてくれるけど、自分としては実感が湧かないな。

 

「とにかく、さしあたっての課題は明久くんとの仲直りね」

「ぜ、善処します」

「まったく、あんたは。気楽にいきなさいって。すぐに仲直りしなきゃいけないわけでもないし、しろとも言ってないんだから。というか、案外あの子の方から仲直りのきっかけ作ってくれるかもよ」

「で、でも、あっきー任せってのも……」

「(ふふ、呼び方が無意識に戻ってる。これは仲直りにそんなに時間はかからないわね)いいじゃない。いつも手助けしてあげてたんだから、こんなときくらいは助けてもらいなさいな」

「こんなときって……。それじゃあ、あいつに助けられっぱなしだよ」

「いいのよ。喧嘩したときに男から謝らせるのはいい女の特権よ。というかダメよ。女の方から簡単に謝ったりしたら。そんなのは男を付け上がらせるだけなんだから」

「それって恋愛のいろはなんじゃ」

「いいのよ。応用できることは何にでも応用しないと」

「……ねえさんが言っても説得力がないんだけど」

「なにおう!」

 

 私の言葉を聞き、ねえさんはむくれたような表情を作る。だけど、こっちにだって言い分がある。

 

「だって、ねえさんが喧嘩した時って大抵ねえさんから謝るじゃん」

「うっ! それは……できればベストってだけで」

「ぷっ、あはははは。ありがと、ねえさん」

「ん?」

「おかげで元気出た。すぐには無理かもしれないけど、あいつとは絶対仲直りするよ。だって、あいつとはこれから先もずっと笑いあっていたいもん」

「どういたしまして。その気持ちがあれば大丈夫よ」

「行こ! もう流石に春華の料理も出来てるでしょ」

「そうね。私ももうお腹ペコペコよ」

 

 私達は笑いあいながらリビングへと向かった。

 

 

 

「で? これは一体何?」

 

 私はこめかみをひくつかせながら春華を問い詰めた。なのに、この男は飄々とした態度を崩さずにふざけたことをのたまいやがった。

 

「なんだ、高校生にもなって湯豆腐も知らんのか。常識のない子だな」

「そんなのは見れば分かるに決まってんでしょ! なんで豆腐ハンバーグの用意をしておいたのに湯豆腐に変わっているのさ」

「決まっているだろう。面倒くさかったからだ」

「ふざけんな! 楽しみにしてたのにぃ!」

「おいおい、たかが食べ物でそんなにむきになるんじゃない。そんなんだから食いしん坊キャラになるんだ」

「なってない! 適当なことを言うな!」

「気づかぬのは自分だけか」

「そんなんだから、私はあんたのことが嫌いなんだよ!」

 

 私の文句に謝るどころか私をバカにしてくる春華。くっ、この男に口喧嘩で勝負するのは分が悪すぎる。

 

「ねぇ、春華? 私も豆腐ハンバーグは楽しみだったんだけど、私も食いしん坊キャラなのかしら?」

「あ、あやめさん?」

「私は罰で夕食作りを命じたはずだけど、なんで手を抜いたのかしらね?」

「ははは、あ、兄として妹に負ける料理を出すわけには行かなくてだね」

「そんな、くだらない理由かぁー!」

 

 そして、春華のお仕置きを開始するねえさん。その後は、春華に文句を言いながらも穏やかに食事は進んだ。今日の夕食は良くも悪くもいつもの神谷家だった。

 

 

 

 

 

 

 私、神谷あやめは他の二人が眠った後に、リビングで一人でビールを飲んでいた。どうしても、一人で飲みたい気分になったのだ。

 

「……流石は兄妹って感じね。本当にしっかり見ているわ」

 

 春華はそんなに酒に弱い方ではない。そんな春華が夏樹が帰ってからの短時間であそこまで酔うはずが無い。ただ、夏樹に酔っ払っていると思わせるために口の中に酒の匂いを付けたんだろう。そこまでされてようやく夏樹の様子がおかしいことに気づけた。あいつは自分に夏樹を励まさせるためにあんな演技をしたのだ。

 

「まったく、気づいてんなら私に任せないで自分が話しなさいよ」

 

 あいつの行動の前に気づけなかった事実に少しへこむ。でも、本当に兄妹そろって色々なことを器用にこなすくせに生き方の不器用な二人だ。二人とももっと気楽に生きればいいのに。

 

「まあ、あいつなりに動いたから許してやるか」

 

 そう言って、手の中の携帯を開く。当然ロックがかかっているが、夏樹の生年月日を入れると簡単に開いた。飄々として自分を見せないようで、意外に分かりやすい男よね。そして、発信履歴を見ると私と夏樹の話が終わるちょっと前に発信記録がある。でも、

 

「あんたが兄さんに何の用があるのよ」

 

 おそらく本当に電話した相手を隠したくて履歴を消した後に適当な番号に発信したんだろうけど、人選が悪すぎる。普段は完璧なのにこんな凡ミスをするなんてよっぽど妹が心配だったのだろう。

 

「今回のことであの子たちはもっといい関係になれるだろうから、あとはウチのバカの方ね。まあ、こっちはじっくりと改善していくか」

 

 言い終わると同時に缶を傾けたが、口の中に液体が流れてくることは無かった。

 

「ありゃ、もう空? 仕方ない、もう一本取ってくるか」

 

 そして、いつの間にか深酒をしてしまった私は、翌朝夏樹に大目玉を食らうこととなった。

 




はい、今回は昨今のラノベやマンガで排除されがちな年齢が上の家族に頑張ってもらいました。自分は家族の絆的なお話は結構好きです。ウィザーズ・ブ○インの3巻とか6巻とか。ちなみに今回のタイトルはあやめの花の花言葉の一つです。そして、あやめさん自身が二人の仲が良い方に進んだと聞くのを楽しみにしていることを示しています。……分かった人はいないでしょうが。ちなみに、今後描写しますが、あやめさんは茶髪でショートヘアのかっこいいけど、プライベートが少し抜けているお姉さんです。

やっぱり、明久を大切に思っている夏樹。でも、今回喧嘩してことで彼女も大きく成長できるはずなので、今回の喧嘩はきっと無駄にはならないでしょう。以前の投稿時代から知っている人に予告しますが、以前この次にあった話は一端飛ばして次はAクラス戦前のミーティングとなっています。

……申し訳ないお知らせなのですが、次の更新はGW明けにさせていただきます。連休は実家に帰省するので使えるのが共有PCで家族が集まるリビングでしか使えないので。……家族には投稿しているのは(恥ずかしいため)秘密なので。軽く目を盗んで執筆は勧めるつもりですが、なるべく家族とのコミュニケーションも大切にしたいので。

では、GW明けの投稿でもよろしくお願いします。


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第二十九話:霧島翔子のウィークポイント?

どうも、予告通り連休が明けたので新しい話の投稿です。でも、連休中は全然書けなかったのでストックが……。6話分完成、7話目の半分程度なので頑張らないと。ちなみに今回と後ろに回すと言った話で以前のサイトで投稿した分は全部出した形になりますので、その次からは完全な新話となります。以前から読んでいてくださった方がいれば、それらの投稿もお楽しみに。

それでは、本編始まります。


 あの大喧嘩(私からの一方的な文句)から2日が経ちました。あろうことか仲直りをしないまま1日を過ごしてしまいました。いえ、私だってがんばろうとしたんですよ? 昨日は総合教科の回復試験でしたけど、時間を見つけて吉井君に話しかけようとしたんです。でも、なかなか勇気が出なくて尻込みしたり、いざ話そうとすると私を避けるように教室を出て行ったりして一言も話さず一日が終わってしまいました。……本気で嫌われちゃったのかな。

 

 あっ! そういえば、昨日はあっきー……吉井君と仲直りすることに集中してて、テストが上の空だったような気が。もっちーが怒ったりしなかったことから鑑みるとそんなに悪い点じゃないってことですよね。多分、無意識ながらもそれなりには解いていて、それなりの点数を取っているようです。私本人が自分の点数状況を把握していないのが唯一にして最大の問題ですが……。

 

 そして、今はそのもっちーが教壇にあがって皆に最後の作戦の説明をしています。

 

「まずは皆に礼を言いたい。周りの連中には不可能だと言われていたにも関わらずここまで来れたのは、他でもない皆の協力があってのことだ。感謝している」

「ゆ、雄二、どうしたのさ。らしくないよ?」

「ああ、自分でもそう思う。だが、これは偽らざる俺の気持ちだ」

 

 あっ……吉井君が普段と態度の違うもっちーに質問をしています。まあ、私も違和感を感じましたが、卑怯な手を使ったとは言えこれだけの偉業を成し遂げたんですから、友人のもっちーとしては違和感があっても、Fクラスの指揮官としては当然だと思って流したんですけどね。

 

「ここまで来た以上、絶対にAクラスに勝ちたい。勝って、生き残るには勉強すればいいってもんじゃないという現実を、教師どもに突きつけるんだ!」

『おおーっ!』

『そうだーっ!』

『勉強だけじゃねえんだーっ!』

 

 教室の皆の気持ちは熱くまとまっているようですが、逆に私は自分の心がどんどん冷めていくのが分かりました。確かに「勉強だけじゃ世の中は生きていけない」それは真理でしょう。でも、それは勉強以外のことに力を入れていて、それを誇れる人だけが言えることだと思います。間違っても何の努力もしていない人間が自分の怠惰に目を背けて、現実から逃げるために使っていい言葉じゃないはずです。これが部活や趣味で培った特技を使って勝利しようっていうんなら何の文句もなかったのに。

 

「やるのは当然、俺と翔子だ」

 

 考え事をしている間にクラスの皆にも一騎打ちで戦うことと、3日前のお昼の時には言っていなかった一騎打ちの組み合わせを説明していました。

 

「馬鹿の雄二が勝てるわけなぁぁっ!?」

 

 吉井君が素直な感想を口にした瞬間彼の頬をカッターが掠めます。あの野郎。

 

「次は耳だぁぁっ!?」

 

 渾身の右ストレートをもっちーの目の前数センチのところで寸止めします。

 

「な、夏樹!?」

「次は当てるよ?」

「一体何のつもりだ!」

「悪口に暴力で返すんじゃないの。口で言われたら口で言い返しなさい。みっともない」

「まったく、過保護な奴だ」

「例え知り合いに向けられたものだとしても今みたいな危険な行為は止めるに決まってるでしょ」

「知り合い? 一体何があった?」

「……別になんでもないよ」

 

 って、私のバカぁー! クラスメイト全員の前で知り合い宣言してどうすんの!? 本当にどうすんのさ!? あっきーも普通に聞いてんだよ? これじゃあ、ますます仲直りしにくくなるじゃない。

 

 私の発言でクラスが少しざわめきます。そして、視線が二箇所に集中しています。その一つは当然私。もう一つは多分あっきーでしょう。顔を見るのが不安でそっちを向けないから定かではありませんが。すると、もっちーがクラスのざわめきを収めるために大きめな声で切り出しました。

 

「ま、まあいい。本題だが、確かに明久の言うとおり翔子は強い。まともにやりあえば勝ち目はないかもしれない」

 

 ……ちょっと待て。それなら、なんでカッターなんて投げたのさ。あれさえなければ私だってあんな失言しなくてすんだのに。そんな私の怒りに気づくこともなくもっちーは話を続けます。

 

「だが、それはDクラス戦もBクラス戦も同じだっただろう? まともにやりあえば俺達に勝ち目はなかった。今回だって同じだ。俺は翔子に勝ち、FクラスはAクラスを手に入れる。俺達の勝ちは揺るがない」

 

 無謀とも思えた2つの戦いを勝利に導いたもっちーの言葉に反対する人間はおらず、皆納得したような表情をしています。

 

「俺を信じて任せてくれ。過去に神童とまで言われた力を、今皆に見せてやる」

 

『おおぉーーーっ!!』

 

 全員が声を合わせて雄叫びを上げます。

 

「さて、具体的なやり方だが……一騎打ちではフィールドを限定するつもりだ」

「フィールド? 何の教科でやるつもりじゃ?」

「日本史だ」

 

 日本史ねぇ。霧島さんが苦手だって聞いたわけでもないし、もっちーも特に得意だってわけじゃないはずだけど。

 

「ただし、内容は限定する。レベルは小学生程度、方式は百点満点の上限あり、召喚獣勝負ではなく純粋な点数勝負とする」

 

 ? 小学生レベルで満点あり? そんな注意力の勝負で勝てるとは……いえ、あいつがそんな賭けみたいなことをするはずがありませんよね。とてつもなく嫌な予感がします。でも、単純なあっ……吉井君はもっちーが賭けに出たと考えたようで、もっちーにブランクゆえの分の悪さを指摘し、きのっちも同意しています。

 

「おいおい、あまり俺を舐めるなよ? いくらなんでも、そこまで運に頼り切ったやり方を作戦などと言うものか」

「?? それなら、霧島さんの集中を乱す方法を知っているとか?」

「いいや。アイツなら集中なんてしていなくとも、小学生レベルのテスト程度なら何の問題もないだろう」

 

 まあ、そうですよね。テスト中に出来る妨害なんてたかが知れていますし、下手なことをするとこちらがカンニング扱いで途中退席=失格になりかねませんしね。でも、あいつはどんな作戦を練っているんでしょうか?

 

「雄二。あまりもったいぶるでない。そろそろタネを明かしても良いじゃろう?」

 

 クラスの皆もきのっちの言葉にうなづいています。

 

「ああ、すまない。つい前置きが長くなった」

 

 かぶりを振って、もっちーは改めて口を開きました。

 

「俺がこのやり方を採った理由は一つ。ある問題が出れば、アイツは確実に間違えると知っているからだ」

 

 ……どうしましょう。嫌な予感がどんどん強くなっていくんですけど。

 

「その問題は――『大化の改新』」

「大化の改新? 誰が何をしたか説明しろ、とか? そんなの小学生レベルの問題で出てくるかな?」

「いや、そんな掘り下げた問題じゃない。もっと単純な問いだ」

「単純というと――何年に起きた、とかかのう?」

「おっ。ビンゴだ秀吉。お前の言う通り、その年号を問う問題が出たら、俺達の勝ちだ。大化の改新は645年。こんな簡単な問題は明久でさえ間違えない」

 

 もっちー、吉井君の学力のなさを甘く見ない方がいいよ。その子は平城京と平安京の年号さえあやふやだからね。案の定、ちらりと視線を向けると非常に気まずそうな表情をしていた。

 

「だが、翔子は間違える。これは確実だ。そうしたら俺達の勝ち。晴れてこの教室とおさらばって寸法だ」

「あの、坂本君」

「ん? なんだ姫路」

「霧島さんとは、その……仲が良いんですか?」

 

 ああ、そうか。私は前にもっちーが霧島さんのことを「翔子」と呼んだことから詰問して確認したけど、皆は知らないんでしたね。

 

「ああ、アイツとは幼馴染だ」

「総員、狙えぇっ!」

「なっ!? なぜ明久の号令で皆が上履きを構える!?」

「黙れ、男の敵! Aクラスの前にキサマを殺す!」

「俺が一体何をしたと!?」

 

 男子生徒は団結してもっちーを狙っている。……美人と幼馴染だったくらいでこれですか。ここまで器が小さいか、このクラス。まあ、呆れてても仕方ない。私はため息とともに動き出しました。まったく、しょうがないなぁ。

 

「遺言はそれだけか? ……待つんだ須川君。靴下はまだ早い。それは押さえつけた後で口に押し込むものだ」

「了解です隊ちょ、ちょっと、神谷さん! そこは危ないですよ!?」

 

 もっちーの前に立ち、両手を広げた私に対して男子が慌てて退く様に注意してくる。だけど、そんなのお断りだ。こんなくだらないことで友達が傷つくのを見ていられるわけがない。

 

「あの、吉井君」

「ん? なに、姫路さん」

 

 ひめひめが狼狽している吉井君に話しかけています。これでこの件が解決すればいいんだけど。

 

「吉井君は霧島さんが好みなんですか?」

「そりゃ、まぁ。美人だし」

「…………」

「え? なんで姫路さんは僕に向かって攻撃態勢を取るの!? それと美波、どうして君は僕に向かって教卓なんて危険なものを投げようとしているの!?」

 

 ……次はこっちですかい。私は出来る限り気配を薄くして我がクラスの女子二人の後ろに回りこみ、二人の耳をつまんで引っ張ります。

 

「いたた、痛いですよ、夏樹ちゃん」

「夏樹、痛いじゃない! さっさと放しなさいよ!」

「だったら、ひめひめは攻撃態勢をといて、しまっちは教卓を下ろしなさい。まったく、こんなことで過剰に反応してんじゃないわよ」

 

 例え今は知り合いレベルでもしっかり止めますよ。目の前で理不尽な暴力を受けようとしている人間を見捨てるほど冷たい人間になったつもりはないですから。

 

「まぁまぁ。落ち着くんじゃ皆の衆」

 

 パンパンと手を叩いて場を取り持つきのっち。よかった。私以外にもこのクラスで冷静な人間がいたんだ。

 

「む。秀吉は雄二が憎くないのぉ!?」

 

 このバカはまだ言うか。そんな思いを込めて騒ぎを蒸し返そうとするバカを睨み付けると、いつも以上に驚愕した表情を浮かべています。というか、驚愕というより恐怖? あれっ? そんなに私の顔、怖いですかね? 違いますよね。一昨日の喧嘩の影響で過剰反応しているだけですよね?

 

「冷静になって考えてみるが良い。相手はあの霧島翔子じゃぞ? 男である雄二に興味があるとは思えんじゃろうが」

 

 質問から驚愕にシフトした吉井君の台詞ですが、きのっちは律儀に場を納めるための言葉を続けます。でも、あれ? 一体何を言っているんですか?

 

「むしろ、興味があるとすれば……」

「……そうだね」

「な、なんですか? もしかして私と夏樹ちゃんが何かしたんですか」

 

 二人の視線が私とひめひめに集中します。まさかきのっちまで霧島さんが同性愛者であると思っていたんですか? あの目は明らかに誰かを一途に思い続け……あー、なんとなくほとんどのピースがはまった気がします。だからこそのあの目ですか。

 

「とにかく、俺と翔子は幼馴染で小さい頃に間違えて嘘を教えていたんだ。アイツは一度覚えたことは忘れない。だから今、学年トップの座にいる」

 

 へぇー、一度覚えたことは忘れないなんて、本当にすごいですね。…………あれっ? 今、何かが引っかかったような……。

 

「俺はそれを利用してアイツに勝つ。そうしたら俺達の机は――」

『システムデスクだ!』

 

 皆で声を合わせて一致団結していましたが、かすかな引っかかりの正体を掴もうとしている私にはどこか遠いところで響く音のように聞こえていました。

 




今回はちょっと独自解釈で明久は平城京と平安京の年号があやふやであるとしました。大化の改新を間違えるなら妥当だと思ったのですが、ここまでバカじゃないだろうとお考えの方。申し訳ありませんでした。

今回のお話で明久らしくないと思った方。きちんとした理由はあるのでその辺が出るまでお待ちください。この作品では極力展開のためのキャラ改変・改悪はしないように心がけていますので。キャラが変わっているように感じたらそれは夏樹や春華、あやめの影響であり、それらはなるべく作品内で表現していきたいと思います。

さて、次は裏話。すなわち、以前のサイトではこの話の前に投稿していたお話です。それでは、にじファン時代の投稿分最後のお話をお楽しみに。


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裏二十八話:冬の終わりを示すもの

どうも、今回は予告通り本編の主人公夏樹の視点では絶対に知ることができない物語です。正直に言うと前回の投稿の後、この話はもっと後に引き伸ばしても良いんじゃないか? その方が緊張感や臨場感が出るんじゃないか? と考えてもっと後にしようとも思ったんですが、これより後の話はひき逃げチックに話を作っているんでこれより後では物語のテンポが悪くなってしまうと最終決断を下し、予定通りこれを先に投稿しました。

今回は全編を通して夏樹以外のあるキャラの視点となっており、今までの裏と違って夏樹が一切出てきません。そして、今回のお話の人物は少し原作よりもかっこよくし過ぎたかもしれません。……これも一種のキャラ崩壊ですかね。

今回の主役の予想は突いていると思いますが、どうぞ楽しんでくださると幸いです。


 夏樹と別れた後、僕の頭の中には夏樹の「吉井君」という声がグルグルと回っていて、気づいたらいつの間にか制服のまま家のソファに座っていた。いつもならこの時間は大好きなゲームをやったり、漫画を読んでいるんだけど、流石の僕もこんなときにまで暢気にそんなことを出来るほど能天気じゃない。

 

「『吉井君』かぁ……。かなり怒ってたんだね。なんたって、いきなり知り合いに降格だもんなぁ。……もう昨日までみたいに笑いあったり、仲良く話したりできないのかな」

 

 膝を抱えて呟いていたけど、自分で言葉にすればするほどそのことが事実だと否応なく突きつけられて気持ちがドンドン沈んでくる。そして、とうとう耐え切れなくなった僕は抱えた膝に顔をうずめた。

 

ブーブーブー!

 

 部屋の中に広がる静寂を切り裂くように鞄に入れた携帯のバイブが鳴り、着信を伝える。……こんな時に一体誰だろう? 相手の人には悪いけど今は出れるような気分じゃないや。居留守を使っちゃおう。

 

 ブーブー、プツッ

 

 誰からの電話だったのかな。後で確認して用件の確認と謝罪をしないとね。

 

 ブーブーブー!

 

そんなことを考えていると再び携帯が鳴り出した。えっと、こういう時ってマナーモードなんだから留守電に入れるとか、後でかけなおすとか考えるものなんじゃないの? 時間を空けずにかけてくるなんて常識ないなぁ。

 

 その後も僕の携帯の着信は何度も切れては鳴りを繰り返した。もう十回は過ぎただろうか。流石の僕もイライラしてきた。なんだよ。人が落ち込んでるっていうのにしつこいなぁ。こうなったら適当に話してさっさと済ましてやる。僕は鞄から携帯を取り出すとちょうどバイブが鳴り出し、液晶に発信者の名前が映りだした。

 

『神谷春華』

 

僕は発信者表示を見て驚愕した。春華さんがこのタイミングで電話してくるっていうことは用件はあの件だよね。僕は緊張しながら着信ボタンを押した。

 

「……はい、明久です」

『おぉー、明久! 出るまでに随分時間がかかったじゃないか。ゲームに集中していたのか?』

「……なんの用なんですか」

 

 相手の用件は分かっているが、相手もとぼけているので一応こちらから聞いてみる。

 

『いや、お前とは随分会っていないから久しぶりに話したくてね。それに、新学期が始まってそうそう面白いことをしているそうだから、具合を聞きたくてね』

「…………春華さんって意外に性格が悪かったんですね」

『ははは、夏樹やあやめにはよく言われるよ。というか、今頃気づくとはやっぱり鈍いな、お前は』

「道理で夏樹が愚痴るわけです」

 

 夏樹が散々「春華は性格が悪い」ってこぼしていた気持ちがようやく理解できた。もう謝れないだろうから心の中で謝っておくよ。夏樹、疑ってゴメン。

 

『まあ、あまりいじめてもかわいそうだから本題に入るか。まったく、新学期という門出のときに喧嘩するとは忙しいなお前達は』

「夏樹から聞いたんですか」

『あの()が私にそんなことを言うはずがないだろう。口を開けば憎まれ口だ』

「……ですよね」

『あいつなりに気丈に振舞っていたようだが、落ち込んだ雰囲気は簡単に分かる。そして、あいつがあれほど落ち込むような状況はお前と喧嘩するくらいしか思いつかないからな』

「よくそこまで分かりますよね。まるで実際に見て知っているみたいです」

『おっ、よく分かったな。実は私に知らないことはないんだよ』

「うわぁー、凄いんですねぇ」

 

 バカな僕でさえ悩んでいるようなこんな状況で茶化してくる神経が信じられなかった。だから、そんな気持ちを込めて冷淡な声で棒読みの返答をしてやった。

 

『おや? さては信じてないな。よし、じゃあその証拠に今回の事件の概要を当ててみようか』

「……どうぞ」

『そうだなぁ。お前が友達のために校則違反なんて霞むようなとんでもない無茶を夏樹に相談なしでやったことがこの喧嘩の原因で、この喧嘩を悪化させたのは激昂した夏樹だろうな』

「なっ! なんで分かったんですか!? まさか本当に!」

『くっくっくっ』

 

 あまりに見事に言い当てられたことで驚愕したけど、その後に聞こえてきたくぐもった笑い声で見事に騙されたことが分かった。

 

『相変わらず騙されやすいな。そんなんじゃ詐欺にあいそうで、お兄さんは心配だぞ』

「酷すぎますよ、春華さん。でも、それならなんで?」

『なに、簡単なことだ。夏樹は真面目だが、あれでなかなか融通のきく方だから多少の校則違反には注意はしても、それで喧嘩をすることはない。あの子が本気で怒るのは相手を本気で心配するときだ。まあ、相手がお前だからそれで済まずに絶縁宣告でもされたか?』

「ぐはぁっ!」

 

 分かっていることでも自分で考えるのと他人に言われるのとではダメージが全然違う。春華さんの言葉のあまりの破壊力に僕は悶絶した。

 

『その反応は図星だな。さらに、いくらお前がバカでも何の意味もなく自分を危険に晒したりはしない。どちらかと言うと普段のお前は辛いことから逃げるタイプだからな。だから、誰か身近な人間のための行動だったんだろうと考えたんだよ』

「夏樹の表情だけでそこまで推理したんですか」

『後はお前と夏樹の性格だな。その人間の人となりを知っていれば大体のことは推測できるさ』

「あんた、一体どんな思考回路してるんですか。前々から思ってましたけど、本当に同じ人類か疑わしくなりますね」

『ふっ、少しは気分も治ったんじゃないか』

 

 そういえば、春華さんに弄られているうちに上手く誘導されて普通に話せるようになっている。最初は適当にあしらうことさえ考えていたのに。

 

「あの、春華さん。まさか、このために?」

『さて? 何のことか検討がつかんな。私はただお前を弄っていただけなのに、それを深読みされても迷惑だ』

「はは、そういうことにしておきます」

 

 性格が良いのか悪いのか判断に困る人だな。こんな人の手綱を握れるなんてやっぱりあやめさんは凄い人だな。

 

『まあ、折角気分が晴れたんだ。お前の口から今回のことを話してくれ。私の言ったことはどんなに正解に近くても所詮は推測にすぎないからな』

 

 春華さんの言葉に促され、姫路さんの手紙のことも含めて今回のことを説明した。学園と関係のない春華さんだったらそんなに問題はないと思うし、なによりあの人は夏樹以上の洞察力と押しの強さがあるんだから隠せるはずがない。以前の評価のままならそれでも隠したかもしれないけど、春華さんの性格の悪さを知った今は確信を持って言える。もしそれを黙っていようものなら、考えるだけでも恐ろしい。

 

話を聞き終わった春華さんはしばらく無言だった。一体どうしたんだろう。

 

『……明久』

「な、なんですか?」

『お前、相当バカだな』

「……どうせ春華さんも夏樹に相談するべきだったって言いたいんでしょ」

『いや、まあ、それもあるが……お前一人でももっと方法はあっただろうに。指導を受ける覚悟があったなら……そうだな、多分視線でお前が手紙に気づいたことはその子にバレているんだから「僕がなんとかする。僕を信じて」とでも言って、作戦通りにやった後でその卑怯者を殴れば、教師がお前と卑怯者の二人だけを別室に連れて行って話を聞くだろうからそれでも十分だっただろうが』

「そ、それは……」

『どのみち気をそらすために隊を引いたならそのときできた隙間をアメフトよろしく一か八かで通るのも手だったろう』

「前の作戦じゃあ先生にまで手紙のことが分かっちゃうし、後者は勝率が下がるじゃないですか」

『それで退学になったらどうしようもないだろう』

「でも――」

『まあ、そういった自己保身を考えないのがお前の魅力だが、周りで見ている分にはなぁ。しかも、夏樹は少しでもお前の立ち位置がよくなればと思って動くことが多かったのに、そんなに簡単に自分を危険にするとなるとな』

「うっ、それは自覚して――」

『本当に自覚しているのか? お前の行動はその子に対しては今回の夏樹がお前の代わりに怒られたのと同じようなことだし、夏樹に至ってはお前が取り戻したラブレターをその子自身がお前の目の前で破り捨てるようなものだぞ?』

「……夏樹に愛想つかされても当然ですね」

 

 春華さんから自分がやったことがどれだけ夏樹に心配をかけたのか、どんなにひどいことをしたのかを分かりやすく言い換えて教えられると、本当に夏樹に申し訳なく感じる。

 

『それで? お前はどうする気なんだ?』

「どうするもなにも、夏樹が知り合い認定した以上、どうしようも――」

『ふざけるなよ?』

 

 春華さんはいつも飄々として一度も怒ったところを見たことがないが、今の言葉には明らかな怒りの色が感じ取れた。

 

『バカが一丁前に賢くまとまったもんだ。見損なったぞ』

「……賢くなったなら成長じゃないですか。それとも、バカはバカのままいろとでも」

『親友と少し仲たがいしたからなんだというんだ。だったら、また仲良くなるところからやり直せばいい。糸が切れたなら結びなおす。お前くらいのバカでもこの程度は分かるだろうが』

「でも、夏樹が許してくれなかったら」

『本当のお前はそんなことを怖がる人間か? バカが失敗することを恐れるんじゃない!いや、一度失敗したからって何なんだ。失敗したとしても現状維持のゼロのままでマイナスになる訳じゃない。だったら何度でも仲直りできるまで繰り返せばいい。バカはバカらしくただまっすぐに突っ走れ!! それが夏樹をしてお前を親友として認めさせた長所だろうが!』

「……」

『それとも私の見込み違い、夏樹の勘違いで、本当にくだらない男だったのか?』

 

 その言葉を聞いて僕は拳を握り締めた。余りにも力を込めたために拳が白くなるほどだった。そして、僕はその拳を――思いっきり額に打ち付けた。

 

『明久?』

「春華さん、ありがとうございました。ようやく目が覚めました」

『ほう?』

「春華さんの言うとおり、僕は失敗が当たり前なんだからダメで元々、今度こそ夏樹に本気で謝って仲直りしてみます」

『許してもらえるといいな』

「許してもらえるまで何度だって謝りますよ」

『ふっ、ストーカーも大概にしろよ』

「はい!」

 

 春華さんの冗談に思わず笑ってしまう。春華さんは本当に口が上手いよね。多分雄二よりも上手いんだろうな。その上、頭も顔も良くて同じ男として羨ましい。あれで就職さえしてれば完璧なのに。ホント子供が出来たらどうするんだろ? デイトレって不安定だって聞くけど、大丈夫なのかな?

 

『まあ、夏樹も頭を冷やす時間が必要だろうから、今やっている……試召戦争だったか? それが終わってからにしたほうがいいだろうな』

「分かりました。戦争が終わった後に謝って、出来れば遊びにでも誘います」

『……仲直りの後にすぐさまデートか』

「ぶふぅっー! ゲホゲホ、ち、違いますよ。あ、あくまで友達として今までのお礼がしたいだけで」

『分かっているよ。ただの冗談だ』

 

 春華さんの思わぬ言葉でむせてしまう。最後の最後まで性格の悪い人だ。さて、しっかりと謝る言葉を考えておかないとな。

 

 

 

――おまけ――

 

『そうそう、明久』

「なんですか?」

『私は直情的なバカは嫌いでないが、学習能力が皆無という意味のバカは好きではない』

「はあ?」

『また同じような理由で喧嘩するようなバカなまねはするなよ。もしそんなことがあったら――』

 

 な、なんだろう。ここは妹想いの兄としてはぶん殴るとかって言うかな?

 

『爪と指の間に刺しこんだ釘にろうそくを垂らしてやる』

「怖ぁっ!? それ拷問じゃないですか!? 冗談じゃない!」

『ああ、よく分かっているな。冗談じゃ……ない』

 

 ヤバイ! トーンが真剣(マジ)だ。薄々シスコンじゃないかと感じていたけど、かなりのシスコンだ。今回のことはしっかり反省しなきゃ本気で命がヤバイ。

 




どうも、前々回は夏樹とあやめの女同士のお話でしたが、今回はその裏で起こっていた明久と春華のお話でした。今回のタイトルも少し無理やり臭いですが、春に咲く花という彼の名前を示して、花によって喧嘩という冬が終わることを示しています。そして、前書きで書いたとおり、明久が熱血と言うかなんと言うか、少し美化しすぎてしまったかも知れませんね?

ちなみに前回の話で「明久なら夏樹を避けないで謝るだろ!」と思った方。原因は春華のミスです。夏樹は試召戦争をやっているとは言いましたが、日程は一切話してないので春華は次の日にAクラス戦するものだと考えていました。つまり、戦争が終わった放課後には謝れよと言ったのです。妹とのコミュニケーション不足が招いた悲しい事故でしたね。

さて、前回書きました通り今回で以前のサイトで投稿した分は全部出し切りました。以前のサイトからお付き合い頂いている方、勿論ハーメルンから読んでくださっている方もこれからの生まれたての投稿文達を楽しみにしていてください。それでは、これからもよろしくお願いします。


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第三十話:一騎打ちのお誘い

昨日のうちに上げたかったのですが、一昨日から少々忙しくタイミングを逃してしまいました。今回のお話はAクラス戦のためのミーティングの後の話になります。いよいよクライマックスが近づき、……ストックもやばくなってきました(残り5話)。ちなみにそんなにあるのにまだムッツリーニの試合にすらなっていないんですがね。1巻分が終わるころには40話まで行きそうです。こんなに1巻に話数をかけて良いのか不安になります。

そう言えば、あらすじにも書いた方が良いのかもしれませんが、この作品はアニメ版と決定的に矛盾する設定があります。それに伴い原作よりちょっと下衆度の上がる人が……。

今回はオリジナルの山場のためのきっかけの回。今回の話の盛り上がりはいまいちかもしれませんが、次話にも山場を用意しているので楽しみにしていてください。

それでは、本編始まります。


「一騎討ち?」

「ああ。Fクラスは試召戦争として、Aクラス代表に一騎討ちを申し込む」

 

 皆に作戦を伝えた後は以前一緒に昼食を食べたメンバーでAクラスに宣戦布告に来ました。正直に言うと私は参加するつもりはなかったんですけど、私がいるのといないのとでは成功率が大違いだからと拝み倒されました。まあ、ちょっと引っかかりはありますけど、今回の戦いはそれほど卑怯じゃないので少しくらい協力するべきだとも思いましたしね。

 

「うーん、何が狙いなの?」

 

 現在交渉のテーブルについているのはきのっちの双子のお姉さんの木下優子さんです。……吉井君がなにやら葛藤していますけど、多分馬鹿らしいことなんでしょうね。

 

「もちろん俺達Fクラスの勝利が狙いだ」

 

 木下さんの問いに対してもっちーは何でもないように答えますが、木下さんは当然疑っていますね。最低クラスが学年トップである霧島さんに一騎討ちを挑むなんて不自然ですし、普通に戦争してもほとんど負けることはないですからね。

 

「面倒な試召戦争を手軽に終わらせることができるのはありがたいけどね、だからと言ってわざわざリスクを犯す必要もないかな」

 

そう思っていると、木下さんも一騎討ちのリスクについて言及してきました。さて、もっちー? ここからが本番ですよ。

 

「賢明だ、と言いたいところだが本当にそうかな?」

「どういうことかしら?」

「ところで、Cクラスの連中との試召戦争はどうだった?」

 

 もっちーは木下さんの神経を逆なでするかのように聞かれたことには答えず、一昨日の戦争について訊きます。

 

「……時間は取られたけど、それだけだったわよ? 何の問題もなし」

「Bクラスとやりあう気はあるか?」

「Bクラスって……、一昨日来ていたあの……」

 

 ん? 木下さんの表情が苦々しげですけど一体どうしたんでしょうか? こんな始業式開始直後なら振り分け試験の結果が実力差を明確に表していますし、そんなに身構えることではないと思いますが。皆理解しているのに私だけ分からないなんて何か悔しいな。でも、そんな私の心中を知る由もない二人は交渉を続けています。

 

「ああ。アレが代表をしているクラスだ。幸い宣戦布告はまだされていないようだが、さてさて。どうなることやら」

「でも、BクラスはFクラスと戦争したから、三ヶ月の準備期間を取らない限り試召戦争は出来ないはずだよね?」

 

 試召戦争には戦争に敗北したクラスがすぐに再戦をして泥沼化することを防ぐため、敗北後は三ヶ月の準備期間が経たないと自分達から戦争を申し込むことができないというルールがあります。でも、この男のことだから。

 

「知っているだろう? 実情はどうあれ、対外的にはあの戦争は『和平交渉にて終結』ってなってることを。規約にはなんの問題もない。……Bクラスだけじゃなくて、Dクラスもな」

 

 やっぱりね。設備を入れ替えなかったからこそこんな言い訳が通じる。本当にこの男は詐欺師並に頭が回るね。

 

「それって脅迫?」

「人聞きが悪い。ただのお願いだよ。それに正直に言うと一騎討ちでなくてもそれなりの勝算はある」

「勝算?」

「そこにいる神谷夏樹だ」

 

 そう言ってもっちーは親指で肩越しに私を示しました。その言葉を聞いた木下さんは私を品定めするような目で見てきます。まあ、予想していましたけどいい気分じゃないですね。

 

「えっと、神谷さん? その人ってそんなに有名じゃないと思うけど」

 

 こういう反応もさっきの視線も甘んじて受けましょう。さあ、私という札をどこまで強く見せるか。お手並み拝見ですよ。

 

「こいつは基礎が出来ていない教科が多いからそれを勉強するって理由で自分からFクラスに来た奇特な奴でな。大体CクラスからBクラス並の総合点数は取っている」

「それで? その神谷さんの考え方は変わってはいてもいい心がけだとは思うけどBクラスレベルじゃ全然怖くないわよ?」

「分からねぇか? そんなにダメな教科があんのに最低でもCクラス並の点数は取ってんだぜ?」

「え? まさか!」

「そうだ。コイツはダメな教科も多いが、恒常的に高得点を取れる教科も多いんだよ。特に英語Rで400点を下回ったのは見たことがない」

「それはすごいけど、Aクラスにだって400点越えはそれなりにいるのよ?」

「調子が良ければそうだろうが、当たり前に採れるやつが何人いる? そして、極めつけはコイツの腕輪だ」

 

 コイツ、私の腕輪の能力をバラす気ですか! ……まあ、いいですよ。晒すことで有利になる札があるのは事実ですからね。

 

「そんなに強力な腕輪なの?」

「ああ、強力だぜ? なんたって召喚獣操作のジャミングだからな。発動までに時間はかかるが一度発動すればフィールド内の人間は召喚獣をまともに前進させることさえできなくなる」

「そんな出鱈目な能力が認められていいの!?」

「きちんとデメリットはあるさ。フィールド全体への効果だから敵味方問わずに影響する」

「それなら「だが」えっ?」

「発動後に召喚した召喚獣は召喚後に同じだけの時間が経つまでは影響を受けねぇし、そこの観察処分者は夏樹の召喚獣の影響を一切受けない。学園一のバカとは言え、迎撃どころか回避もできねぇ相手ならまず負けねぇさ」

「でも、それは神谷さんが代表のところに行けたらの話でしょ? そんなことが簡単にできるとは思えないけど」

 

 まあ、正論ですよね。それが出来るほどの作戦がないからこその一騎討ちですし。

 

「知ってるか? Fクラスは神谷夏樹と姫路瑞希の二枚看板でDクラスを倒したんだぜ? と言うよりも撃破数で言うなら姫路は夏樹の足元にも及ばん」

「それがどうしたの?」

「だが、Bクラス戦ではとある事情で夏樹が途中退場してな。後半戦はコイツ抜きで戦ったんだよ。つまり、夏樹だけでDクラスのほとんどを相手取れるし、夏樹を抜いたFクラスだけでも上位クラスに食い下がることはできる。ってことはだ。BクラスやDクラスとやって疲弊しているAクラス相手なら可能性は低いが、やり方しだいではコイツを無傷でそっちの代表のところまで送れる可能性は決してゼロじゃないんだよ。そして、一度たどり着けば俺達の勝ちはほぼ確定だ」

 

 ここが勝負の分かれ目だ。確かに私が霧島さんのところに行ける可能性はゼロではないと思う。でも、その可能性も1%あるかないかという程度の僅かなもの。このハッタリで木下さんを(あざむ)きとおさないとこの戦争は最後の最後で失敗に終わる。

 

「だが、正直言うとBクラスをけしかけるのはBクラスがかわいそう過ぎるから避けたいんだよ。なんせ、ウチのクラスには一人、そういうことに敏感に反応する奴がいるしな。現に似たようなことが原因でBクラス戦を途中で抜けやがった」

 

 そう言いながらちらりと私に視線を向ける。やっぱりもっちーは詐欺師みたいに嘘がうまいね。こっちの弱みを隠しているのもそうだけど、嘘の中に本当のことを入れてばれにくくしてる。そんなもっちーをしばらく見ていた木下さんはため息をつきつつ口を開きました。

 

「分かったよ。何を企んでいるのかは知らないけど、代表が負けるなんてありえないからね。その提案を受けるよ」

「え? 本当?」

 

 会話に参加していなかった吉井君が咄嗟に声を上げていた。

 

「まあ、一騎討ちじゃなくても勝算がそれなりだなんてのは、十中八九はったりだとは思うけどね」

「えっ! それならどうして?」

 

 うぅ、やっぱり私の知名度の問題ですかね。このはったりはそれほど効果がなかったみたいです。なので、嘘だと分かっているのに一騎討ちを受けるということを聞いて今度は私が声を上げてしまいます。

 

「だって、あんな格好した代表のいるクラスと戦争なんて嫌だもん……」

 

 えっと。本当に一昨日何があったんでしょうね。木下さんがあそこまで嫌な顔をするなんて。でも、優等生ぞろいのAクラスで交渉役についているだけあって彼女はさすがに甘くはありませんでした。今度は彼女の方から切り込んできます。

 

「でも、こちらからも提案。代表同士の一騎討ちじゃなくて、そうだね、お互い五人ずつ選んで、一騎討ち五回で三回勝った方の勝ち、っているのなら受けてもいいよ」

「なるほど。こっちから姫路が出てくること可能性を警戒しているんだな?」

「うん。多分大丈夫だと思うけど、代表が調子悪くて姫路さんが絶好調だったら、問題次第では万が一があるかもしれないし」

「安心してくれ。うちからは俺が出る」

「無理だよ。その言葉を鵜呑みにはできないよ。これは競争じゃなくて戦争だからね」

 

 交渉の手際もそうですが、雰囲気作りもとても上手い。木下さんは本当にすごいリーダーシップを持っていますね。

 

「そうか。それならその条件を呑んでも良い」

「ホント? 嬉しいな♪」

 

 周りの人たちはもっちーに正気を疑うような視線を向けていますが、あの男が簡単に譲歩するはずがないですよね。

 

「けど、勝負する内容はこちらで決めさせて貰う。そのくらいのハンデはあってもいいはずだ」

 

 やっぱり。一旦相手の条件を呑むことでこちらの要求を聞き入れやすくする。その手の人たちの常套手段です。ただ、感心すると同時に彼の将来が少し不安になりました。

 

「え? うーん……」

 

 流石に悩みますよね。この選択でクラス全員の命運が分かれると言っても過言ではありませんし、さらに彼女はあくまでもまとめ役であって代表ではありませんから軽々しく了承はできません。

 

「……受けてもいい」

「わっ!」

 

 いきなり近くで聞こえた声に驚いてしまいました。

 

「……雄二の提案を受けてもいい」

 

 突然現れた人物はAクラスの代表である霧島さんでした。

 

「あれ? 代表。いいの?」

「……その代わり、条件がある」

「条件?」

「……うん」

 

 霧島さんはそう言ってうなずくと、もっちーを見た後に私を値踏みするかのようにじっくりと見てきます。……そんなに警戒しなくても盗りませんって。

 

「……負けた方は何でも一つ言うことを聞く」

 

 ……恋愛にクラスを巻き込んでいいんだろうか。しっかりしているようで意外にダメなところがある人だな。後ろでバカ二人が混乱しているし、この学校って変人を集めやすいのかな? 仮にも進学校なのに。

 

「じゃ、こうしよう? 勝負内容は五つの内三つそっちに決めさせてあげる。二つはうちで決めさせて?」

 

 その点、木下さんは本当に優秀ですね。妥協点を見つけるのが上手い。でも、三つあればもっちー、ひめひめ、むっつーで何とかなりそうですし、十分でしょう。

 

 私が木下さんの提案について考えていると吉井君が何やら私に話しかけたそうにしているのに気がつきました。一体何なんでしょうか?

 

「交渉成立だな」

「ゆ、雄二! 何を勝手に! まだ夏樹が了承していないじゃないか!」

 

 …………貴様、そんな想像をしていたのか。まったく、この学校は節穴ぞろいなんだから。

 

「心配すんな。絶対に夏樹に迷惑はかけない」

 

 保障してくれるのはありがたいけど、それなら誤解を解いください。私と霧島さんの×××を妄想されていると考えると気持ち悪いんですけど。

 

「……勝負はいつ?」

「そうだな。十時からでいいか?」

「……わかった」

「よし。交渉は成立だ。一旦教室に戻るぞ」

「そうだね。皆にも報告しなくちゃいけないからね」

 

 これで交渉と最後の宣戦布告が終わりました。後は開戦を待つだけ。それにしても、こうして大勢で来れば宣戦布告も無事に終わるのに、吉井君は失敗から何も学習しない……ううん、失敗を覚えていないんだから。…………アレ、失敗?

 




今回はAクラスとの一騎打ちについてのやり取りです。そして、雄二と手をつないだりしたせいでこちらでは翔子の警戒相手が姫路さんではなく、夏樹になってしまいました。一応言っておくと、原作の明久は翔子が姫路を見ていたときに×××を想像して興奮していましたが、ここでは想像はしていますが、そうならないように心配しているだけで興奮はしていませんよ。流石に親友のアレソレを想像して興奮する変態ではないと信じています。まぁ、ムッツリーニは普通に興奮していますがね。

さて、今回のラストで夏樹は前々回のFクラスでのミーティングから引っかかっていたことに気付きかけました。このことが、物語にどんな影響を及ぼすのか。勘の言い方は予測がついているかもしれませんね。でも、予測がついている方でも楽しめるように描写にはかなり力を入れたつもりなので、楽しみにしていてください。

次回の更新は火曜日の夕方を予定しています。それでは次回もよろしくお願いします。


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第三十一話:赤の他人

さて、今回も大きな山場として書いた完全オリジナルのお話です。あまり書くとうっかりネタを書いてしまいそうなので、今回は前書きは少なめに。

それでは、本編をお楽しみください。


「ねえ、もっちー。ちょっと付き合って欲しいんだけどいいかな?」

「待て、夏樹! お前の一言でクラスの男どもが殺気立ちやがった。この間のが気に入らなかったからって、俺を始末するためにこんな搦め手を使うことは無いだろうが!」

 

 Aクラスとの対決まで1時間を切ったところで自身のもやもやの正体と、それによって生じる矛盾の答えを導き出した私は吉井君やきのっち達と話していたもっちーの袖をひっぱり、付き合って欲しいと問いかけたのですが、クラスメイトのほとんどはもっちーに鋭い視線を向けていますし、もっちー本人も訳の分からないことを言っています。言い方が悪いのかな?

 

「いや、搦め手とか意味が分からないって。そうじゃなくて、大事な話があるから屋上まで一緒に来て欲しかっただけなんだけど」

「畜生! ここにきて更に油を注ぎやがった。確かにお前とはもめたがそこまで恨まれる覚えはねぇぞ!」

「? まぁ、いいや。とにかくついてきてよ」

 

 もっちーが良く分かっていない様だったので具体的な要件を告げますが、周囲の殺気は増大し、もっちーの狼狽も激しくなります。そして、埒が明かないと思った私はいつぞやのようにもっちーの手を握り、屋上まで引いていくことにしました。ところが、私ともっちーの間を縫うようにしてもっちーのつま先のホンの少し前にカッターが刺さりました。

 

「…………雄二。抜け駆けは許さない」

『そうだ、坂本。霧島さんと幼馴染なだけでは飽き足らず、神谷さんにまで手を出しやがって』

『俺もあんな美人な幼馴染が欲しいわぁぁぁぁ!』

『先程は神谷さんに邪魔をされたが、その神谷さんが毒牙にかかったとあっては容赦はできんぞ』

『異端者には死の鉄槌を!』

 

 そして、私ともっちーの前に立ちはだかるクラスメイト達。本当に頭が痛くなってきます。軽い頭痛を覚えた私は空いている方の手で軽く額を抑えながら低い声で言い放ちます。

 

「何言ってんのか全然分かんないんだけど、本当に大事な話がしたいんだからさっさと退いて。それと、この前あれほど言ったのにカッターなんか投げるなんていい度胸してるね。むっつーは後で覚悟しておくこと」

 

 それでも彼らは『神谷さん、目を覚ますんだ!』だの『そんなゴリラより俺の方が!』だのと訳の分からないことを喚いています。私がいったいどうやって散らしたものかと考えていると、

 

「あんたたち、いい加減に止めなさいよ!」

「そうです! 真剣な話なのに邪魔するなんていけませんよ!」

『そ、そんな。姫路さん』

『お、おい。どうするよ。流石に女子には』

 

思わぬところから援護射撃が。なんと、しまっちとひめひめが果敢にも男子達に詰め寄ってくれました。ただ、

 

「(夏樹が坂本と。……これならアキは)」

「(な、夏樹ちゃん。そうだったんですね。それなら吉井君は……)」

 

小声だったので、二人が言った言葉は聞き取れませんが、なんとなく私欲と勘違いが渦巻いている気がしてなりません。まあ、それでも男どもを抑えてくれている。そのことは純粋にありがたい。

 

「二人ともありがとね。虫がいいかもしれないけどさ、できたら屋上に他の人が来ないように見張ってて貰っていいかな? あんまり人に聞かれたくない話だからさ」

「任せておきなさい」

「夏樹ちゃん、頑張ってくださいね」

「お、おい、夏樹。俺は承諾した覚えは無いぞ! さっさと放せ」

 

 快く承諾してくれた二人にクラスメイトのことは任せて、私は往生際の悪いもっちーの手を引き、屋上を目指した。ひめっちが言うとおり、頑張らなければならない。

 

 

 

 

 屋上の扉を抜けたところでもっちーの手を放し、落下防止のための手すりのところまで歩を進めます。屋上は少し風が強く、うなじのところで縛った髪が流され、乱れていきます。

 

「で、一体何の用なんだ。教室ではバカどもの殺気のせいで混乱したが、お前のことだから嫌がらせとか、ましてや告白とかそんなことじゃないんだろう? Aクラス戦まで時間が無いんだからさっさと話せ」

「……」

 

 手すりに手をかけた私の背中に坂本(・・)が不機嫌な声を投げかけます。でも、私は目をつむり、ここで行った2回のミーティングに思いを馳せます。すると、ここで行ったミーティングだけではなく、1年の時に吉井君と坂本ときのっちとむっつーと過ごした思い出が蘇ってきました。放課後にトランプに熱中して大笑いしたり、4人がバカなことを計画した時に苦笑ながら付き合ったり、逆に4人の悪戯が終わった後に愚痴りながら尻拭いしたり。吉井君に話したようにそれら一つ一つが大切な思い出で、これからもどんどん増えていくはずでした。だけど、私はそんな未来を壊そうとしている。Bクラス戦のときは後ろにいる代表との友情を終わらせるような宣告をしましたが、Bクラス戦までとは打って変わってAクラス戦は個人の長所の穴を突くという卑怯なようでその実まっとうな方法でした。これならば、私は彼を許せ、言いすぎたことを謝罪し、今の関係を続けられる可能性があったのです。

 

 しかし、私は彼の言葉の中の矛盾に気づいてしまいました。彼がこれに気付いたうえでこの戦いを進めようと言うなら私は許すことができません。そして、今のFクラス首脳陣は吉井君と坂本の二人を核とした集団です。つまり、その片方と対立する以上、私はこの集団にこれから混ざることはできません。今まで大切にしてきた大好きな場所を失うのはとても怖い。実際、心の中の悪魔が「あんた以外は誰も矛盾に気づいてもいないんだから黙ってなって。こんなんで友達無くすなんてバカらしいでしょ? あんたは何にも得しないんだよ?」と誘惑してくる。実際、この矛盾を突いても私が得られるものは無く、ただ友達を失うだけ。第三者が見るなら私のことをバカだと笑うでしょうが、ここで見ないふりをしたら私らしくない。私は今の自分を捨てたくなんかない!

 

「ねぇ、坂本」

「あん? なんだ?」

 

 私がしまっちのように名字で呼び捨てにしたことにいぶかしみながらも、彼は私の呼びかけに答えてくれました。

 

「小学校とか中学校の時にテストで大化の改新の年号の問題って出た?」

 

 台詞だけを抜き出すと出身校が違う者同士のなんでもない世間話。でも、今の私たちにとってはあらゆる事象に深く関わる問いかけ。その問いを発した私はあまりの緊張で喉がひりつくように感じる。

 

「……何度か出たような気がするな」

 

 質問の意図は分からなくとも、私が真剣であることは分かったのであろう、坂本は重々しく答える。

 

「じゃあさ、あんたと幼馴染の霧島さんもそれ受けてるよね」

「当然のことを確認するな」

「ってことはさ、霧島さんはその問題を間違えたんだよね」

「…………」

 

 二人の間に沈黙が流れる。彼も私の言いたいことが分かったのだろう、言いたくは無いが流石は元神童だ。彼が私の意図を理解したことで私たちの間が重々しく、息苦しいものとなる。まるで底なし沼に頭まで沈んでしまったかのようだ。

 

「一応、質問なんだから答えてほしいんだけど」

「多分そうなんじゃねぇか? 答案を見せ合うような関係じゃなかったから知らんが」

「だったらさ。少なくとも一度は大化の改新は625年は間違えだって覚えた(・・・)んだよね?」

「…………」

「でもさ、坂本は今回の勝利を確信してる。なんで? 霧島さんは一度覚えたら忘れないんだよね? だったら間違えたっていう記憶も当然持ってるでしょ?」

「…………」

 

 神童から悪鬼羅刹に変わったことでの交流関係の変化の影響か、周りの人間が深く考えない人間になったせいで、自分の周りにここまで思考を働かせる人間がいる可能性を失念したのだろう。私の2回の問いによって空気がさらに重くなり、口の中にも何か気持ち悪いものが広がったような錯覚を覚える。まるで、二人のいるこの空間を満たす泥が口に入りこんだみたいだ。覚悟は決めたはずなのに、自分でも情けないことに私は次の言葉を発するのを怖がっている。私の中の悪魔も往生際悪く「今ならまだ間に合う。ここで切り上げてうやむやにしろ」と繰り返しているが、意を決して背後にいる彼に振り向く。

 

「私はあんたたちの幼馴染じゃないからただの予想だけど、その年号は本当は二人の大切な思い出なんじゃない?」

 

 その言葉に呼応するかのように風が一際強く吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当は二人の大切な思い出なんじゃない?」

 

 とても短い問いかけ、それは言うならば小石のようなものだった。だが、その小石はだだっ広い湖全体に波紋を起こすかのようなあり得ない衝撃を俺に与えてきた。振り向きざまにその言葉を放ったのは悪友の中の唯一の異性。彼女は淡々とした態度でその問いかけをし、今も波一つない水面のように落ち着いている。だが、いきなり強くなった風に彼女自慢の長髪は嵐の海のように激しく波打っている。凪のような表面とは裏腹に、彼女の心は本当はその髪のように激しく乱れているのだろうか。

 

 彼女の言葉にとっさに答えを返すことができない。だが、彼女は聞きなおすでもなく俺を見つめている。その間に上手いごまかしを考えるが、混乱した頭は余計なことを思い出そうとする。目の前に浮かぶのは幼い二人の子供。赤髪でそんなに体格は良くないが人を食ったような生意気な表情の小学生くらいの男子と同じ年頃の日本人形のように可愛らしい黒檀のように黒々とした長髪を持つ女子。止めろ! そう思っても勝手に思い出し始めた物は同じように勝手に進むのだった。

 

『忘れるなよ? 大化の改新は無事故で起きたから――』

『うん』

 

 人を小馬鹿にしたような声音で偉そうに講釈を垂れる少年に気を害した様子もなく少女はうなずく。

 

『――625年だからな』

『……分かった。きちんと覚えた』

『よし。忘れるなよ』

 

 自分が間違えていることなど微塵も気づかずに偉そうなことを言う少年。しかし、少女はとても綺麗な笑顔でうなずいたのだ。

 

『……大丈夫。絶対に忘れない』

 

 そう、とてもとても綺麗な笑顔だった。……直視したこの目が焼け、潰れてしまわないのが不思議なほどに。

 

 思考の海に沈んでいた俺は袖を引く感触で一気に浮上した。すると、だいぶ離れていたはずの夏樹が目の前に立ち、左袖を掴んで俺の顔を覗き込んでいた。遠目で見れば女が彼氏に上目づかいで甘えているように見えるだろうが、この袖は唯俺を逃がさないためのもの。事実、彼女は真剣な目で睨むように俺を見ている。接近に気付かないほど、少女が接近しようと考えるほどに思考にはまり込んでいたとは。一刻も早くごまかしの言葉を作らなければ――いや。まずは時間を稼ぐ言葉を。そう思って彼女の顔を見返すと、鏡のように澄んだ瞳に映った赤髪の青年がバカにしたような表情でこちらを見ていた。分かっている。いくら距離が近いとはいえ人の瞳に映った映像の表情が分かるはずがない。これはさっきと同じように脳が作り出した映像だ。しかし、思い込みの映像とは言え、そいつの表情は気に入らなかった。まるで「また、逃げるのか?」と問いかけているようだった。ふざけるな! 俺はあの時とは違う。「なら、何が違う?」再び問いかけられたような気がした。こいつと話していると調子が狂う。Aクラスに勝つためにもさっさと話を切り上げなければならない。誰にともなく言い訳をし、彼女から視線をそらす。

 

「……仮に大事な思い出だとして。それをお前が知ってどうする」

 

 かろうじてそれだけは絞り出すことができた。そして、それを受けて目の前の女はぞっとするほど冷たい声を放った。

 

「どうもしない。赤の他人が誰を傷つけようが、何を壊そうが知ったこっちゃない」

 

 どうやら沈黙は金とはいかなかったようだ。目の前――視線をそらしているので厳密には違うが――の女は先ほどの沈黙から答えを得たようだ。いや、もしかしたら表情から解答にたどり着いたのかもしれない。彼女はこと視覚情報に限れば秀吉以上の観察眼を有している。そして、その上で自分の決意を答えているのだ。すなわち、今の作戦でAクラスに勝つなら縁を切ると。正直勝手にしろという思いだ。元来、自分と少女は水と油のように相性の悪い存在なのだ。それをあのバカが界面活性剤のように働き、何の間違いか友人関係になってしまっていた。それが本来の適切な距離に戻るだけだ。だからコイツの覚悟に俺の答えを返す。

 

「そうだな。俺も赤の他人にアレコレ指図されたくない」

「…………そう。赤の他人の無駄話で時間を取らせてごめんね」

「ああ、まったくだ」

 

 少し悲しそうに言い放つと、彼女は俺の袖から手を放し、校舎の中へと消えていった。

 

 そうだ。元々間違えで結ばれた縁が当たり前に切れただけ。アイツがいなくてもあのバカどものテンションならさほど影響はない。そうして、自分と秀吉と康太、ついでに明久(バカ)がいる光景を思い浮かべた。ああ、なんだ十分賑やかじゃねえか。賑やかついでに風の音までしやがる。Fクラスのボロ施設を音まで再現する必要はないのに、4人で騒いでいる場所には隙間風が絶えることなく吹いていた。

 

「っち、鬱陶しい風だな。こんな風が吹いてるから余計な音が混ざるんだよ」

 

 俺はそう呟いて校舎に戻ることにした。

 

 

 

――少年は気づいていないが、その背中はとてもとても小さく、まるで道に迷った幼い子供のようにも見えた――

 




……雄二とも大喧嘩をしてしまいました。あれ? プロット段階では喧嘩はしてももっと穏やかだったはずなのに。

今回の話のせいでアニメ版と矛盾するというのは雄二が翔子が大化の改新を翔子が「知識」ではなく「思い出」として覚えているのかを知っていたかどうかです。アニメでは間違えて教えたから間違えれば覚えなおしてしまうと思っていた(一期ラストの明久vs翔子)のに対し、こっちでは何度間違えても直さないことを知っているので完全な矛盾ですよね。そして、それと同時にそんな方法で勝とうとしている雄二が下衆になってしまいました。

喧嘩しても、その実太い絆で繋がりあっていた明久の場合とは異なり、雄二とは今回のことで関係が薄氷のように脆くなってしまいました。夏樹と明久、雄二の関係。そして、Aクラス戦がどうなるのかという展開を楽しんでいただけたら幸いです。

あっ、それと勘違いをされないように書いておくと美波と姫路のアレは打算半分、善意半分です。確かに夏樹と雄二がくっつけば明久争奪戦の最大のライバル(勘違い)が消えるとは思いましたが、数少ないFクラス女子の友達としてその恋路を応援したいという純粋な思いもありました。ですので、彼女たちをあまりひどく言わないで上げてくださいね。


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第三十二話:Aクラス戦開幕!

どうも、前回夏樹と雄二に大喧嘩をさせてしまったシュレ猫です。夏樹と雄二がそんな風にピリピリした状態で始まるAクラス戦。原作では秀吉の不戦敗で終わる第一戦がどうなるのか?

それでは本編始まります。


「では、両名共準備は良いですか?」

 

10時になって、ついにAクラスとの一騎打ちが始まった。会場はAクラス。Fクラスは狭くて汚くて会場には相応しくないからね。立会を務めるAクラス担任且つ学年主任の高橋先生が雄二と霧島さんに確認を取る。それにしても、今日も知的な眼鏡とタイトスカートから伸びる脚がとても綺麗だ。

 

「……ああ」

「……問題ない」

 

 霧島さんはいつも通り静かに答え、雄二は腕を組み、眼を瞑りながら短く応じる。Bクラス後半戦の時以上に不機嫌な様子だ。決戦の時だというのに高橋先生の色気に意識を向けたのはこの空気の居たたまれなさのせいだったりする。

 

 

 

 

 

 

 ――戦いが始まる前――

 

夏樹が雄二を連れていったときはまさか夏樹があの不細工ゴリラに告白するのではないかと彼女の感性を心配し、横目で教室の入り口をうかがい続けていた。戻ってきた夏樹は僕の頬を叩いた時と同じかそれ以上に不機嫌な様子だった。ワクワクしながら待っていた美波と姫路さんも不安がりながら近づいて、屋上での様子を聞いたけど、「みんなを止めてくれてありがと、でもデリケートな問題に簡単に首をつっこまないで」と冷たく突き放し、自分の席に着いた。夏樹は基本的に礼儀正しく優しい性格なので干渉を避けるにしてももっと柔らかい言葉を選ぶくらいの器量はある。それなのに、つっけんどんな言い方しかできないのは本格的におかしい。まさか、あのゴリラと何かあったのだろうか。

 

 僕がそうしたもやもやした思いを抱えていると、今度は雄二が教室に戻ってきたが、コイツも夏樹に勝らずとも劣らない不機嫌ぶりだった。

 

「ちょっと、坂本! あんた夏樹になにしたのよ!」

「あ、あんまり女の子にひどいことをしちゃダメですよ」

 

 入口のところでオロオロしていた美波と姫路さんが雄二に詰め寄るが、

 

「俺は何もしちゃいねぇ、むしろされた側だ。あんまり、俺と神谷との問題に口をはさまないでくれ」

 

 と、こちらも冷たく返す。でも、神谷だって!? 5人組――不本意だけど周りが言うにはバカ4人組とその保護者――の関係でいつも一緒にいた夏樹と違って最近深く付き合い出した二人は雄二の呼び方に違和感は感じても小さすぎて正体が分からないのだろう。ちょっとした喧嘩だと思って納得しようとしている。だが、これまた不本意ながら1年ずっと雄二と一緒にいた僕なら分かる。アイツはちょっと喧嘩したくらいでは呼び方はぞんざいになっても呼び名自体は変わらない。例えば、夏樹の奴とか夏樹の野郎とかになっているはずだ。ということは二人の間には喧嘩で済まないレベルの問題が起こり、友人関係の危機にあるということだ。

 

クラスや姫路さんのことを思うならおそらくAクラス戦では出番の無い夏樹よりも代表であり、霧島さんを倒すという大事な役割を持つ雄二のフォローをするべきなのだろう。だけど、僕は雄二なんかよりも夏樹を気にしなければいけないような気がした。僕はどれだけかかっても夏樹に許して貰って友達に戻るつもりだが、夏樹はそう簡単には許してくれないだろう。だから、自分で言うのはおこがましいことは理解しているが、夏樹は一番の親友を失った状態だ。そして、今度は僕の次に仲の良かった雄二との決別。凛とした強い女性に見えて、本当は寂しがり屋の彼女はこのクラスで孤立してしまったらどうなってしまうのだろうか。だが、バカな自分には解決策が浮かばない。ならばどうするか――

 

 

 

 

 

「それでは一人目の方、どうぞ」

「アタシから行くよっ」

 

 高橋先生の言葉を受け、向こうからは秀吉の姉である木下優子さんが出てくる。これならいけるかも。

 

「あ、あの「ワシがやろう」」

 

 しまった! まごついている間に予定通りに秀吉が出てしまった。本来なら姉弟ゆえの情報で苦手科目や集中の見出し方を知っている秀吉が未決定カードの中では一番勝率が高いだろう。だが、確実に勝ちを取りに行けるとは限らないここじゃなければいけなかったのに。

 

 僕の葛藤を余所に向かい合う姉弟。そして、不意に木下さんが口を開く。

 

「ところでさ、秀吉」

「なんじゃ? 姉上」

「Cクラスの小山さんって知ってる?」

「はて、誰じゃ?」

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。小山さんと言えば夏樹の演義の印象が強くてはっきり覚えてる。秀吉が木下さんのふりをしてバカにしたCクラスの代表じゃないか。……まずい、まだそのことについて謝ってなかった!

 

「じゃーいいや。その代わり、ちょっとこっちに来てくれる?」

「うん? ワシを廊下に連れ出してどうするんじゃ姉上?」

 

 自分が木下さんを利用したことなど忘れているのか秀吉はのこのこと木下さんについていく。

 

 

 

『姉上、勝負は――どうしてワシの腕を掴む?』

『アンタ、Cクラスで何してくれたのかしら? どうしてアタシがCクラスの人達を豚呼ばわりしたことになっているのかなぁ?』

『はっはっは。それはじゃな、姉上の本性をワシなりに推測して――あ、姉上っ! ちがっ……その関節はそっちには曲がらなっ……!』

 

ガラガラガラ

 

「秀吉は急用ができたから帰るってさっ。代わりの人を出してくれる?」

 

 扉を開けて戻ってきた木下さんはにこやかに笑いながらハンカチで返り血をぬぐっている。正直かなり怖い。事実、あの雄二でさえ尻込みしてしまっている。

 

「い、いや、こちらの不戦敗でい「い訳ないでしょうが!」」

 

 わずかの勝利の可能性よりも木下さんとの対立を避けようとした雄二の左顔面に右手を当て、夏樹が雄二を払いのけるようにして前に出てきた。

 

「その勝負私が受ける。で、提案。代表たちと同じようにこの勝負に負けた方はなんでも一つ言うことを聞くってのはどう? 私が勝った場合は今の暴力についてきのっち、あぁ、木下――っと、これじゃ紛らわしいか。秀吉くんに謝罪すること。私が負けたら土下座だろうが、グラウンド百周だろうがなんだってやってやるわ」

 

な、夏樹!? 前に出てきた夏樹は以前の演技とは違っていつもの温厚さも冷静さも完璧に失い、完全に目が据わっていた。どういうこと? 散々個人戦は難しいって言ってたのに。というか、今回のことは秀吉にも問題がある上に家族間のことに関わるなんて。大体、春華さんとあやめさんだって似たような感じでしょ!?

 

 …………ひょっとして混乱してる? ここで進級してから今日まで夏樹に起こったことをリストアップしてみよう。まず、Fクラスの設備にショックを受けて、クラス全員の代わりに船越先生に謝罪、次の日には透けた下着を男友達に見られた揚句何故かコスプレをし、次の日も雄二とムッツリーニの情報不足でCクラスでの大立ち回り。更に次の日には僕の代わりに壁についての謝罪をして僕と喧嘩。そして、おそらく今日は雄二とも喧嘩をしたのだろう。

 

 こんな短い期間で問題が続けて起こり、最も親しい友人二人とは不仲となり、残った数少ない友人の一人が出血するほどの暴行を受けた。これは少々過敏に反応してもおかしくないのかもしれない。

 

「あなた、神谷さんって言ったっけ? 暴力っていうのが良く分からないんだけど。それに、あんまり人の家庭に首を突っ込まないで欲しいな」

「白を切るようだから勝手に言うけど、いくら家族でも血が出て、気絶するようなお仕置きはいきすぎだって言ってんの」

 

 木下さんはあくまで優等生然としているけど、ピリピリしているのがはっきり分かる。そして、声を荒げこそしないが不機嫌を隠そうともしない夏樹とのにらみ合いで空間が歪んだと錯覚するほどのプレッシャーが生じている。

 

「お、おい、神谷。お前の召喚獣は一騎打ちに向かないんだからやめておけ」

「別に、相手の倍以上の点数取ってればいいだけでしょ」

「お前の成績でできるわけねぇだろ! せめて、タッグを組むとかだな」

「そんなルールは無いし、仮に教科指定分を使ってタッグにしたとして、敗北色濃厚の私と組んでくれる人がいるとでも言うの? どう、みんな。私と組んでくれる?」

 

 喧嘩中の雄二も流石に心配なのか夏樹を止めようとしている。だが、夏樹は完全に頭に血が上っているのか聞く耳を持たない。そして、見かねた雄二がタッグを提案し、夏樹が組む人間はいるのかとFクラスのみんなを見まわして問うが、ほぼ負けが決まっている戦いであるため、みんなが目をそらしている。でも、これはかえって好都合だ。

 

 

 

 

 

 

私は木下さんに一騎打ちを挑んだ。我ながらバカなことをしたものだと思う。確実に負ける勝負に賭けを持ちかけるなんて正気の沙汰ではないだろう。だが、続けて友達を失ってきた私はきのっちが出血したうえで、ここに来れないほどの怪我をしている事実を見て、目の前が真っ赤になり、気づいたら木下さんに勝負を挑んでいた。教室から出る前に何やらゴチャゴチャと話していたが、全く頭に入ってこなかった。だが、それでも血を流すほどのことがあったとは思えない。だったら、そんな友達のためにできることだけはしたいと思う。それに、暴力が当たり前になって家族の関係が疎遠にならないとも限らないしね。やっぱり、どんな家族であれ家族は穏やかでいてほしいと思うから。

 

 坂本君はせめて勝率を上げるためにタッグにしろと言ってきたが、それこそ無駄に2戦を捨てるだけ、私のわがままでパートナーのクラスでの立場を悪くするつもりは無い。まあ、それ以前に誰も組みたがってくれないしね。……はは、人望の無さに少し泣けてきます。

 

 まあ、個人戦は苦手ではあるが、それでも戦いようが全くないというわけではない。あくまで、私の召喚獣との接触がダメージにならないだけだから背負い投げのように投げ技を使うとか、高く打ち上げて自由落下で床と衝突してもらうとかすれば僅かでもダメージは与えられる。よって、教科次第では勝率は完全なゼロではない。……とは言っても、この間蹴り飛ばしたDクラス生のように受け身を取られるとダメージを与えられないから、本当にゼロではないだけで、クモの巣で綱渡りをするようなギリギリの戦いになるだろう。

 

「ふーん。本当にタッグじゃなくていいのかしら。アタシはそれでも構わないんだけどね。一試合分時間が短くなるし」

「ご覧の通り組んでくれる人がいないもので。それよりも、その余裕な態度。絶対に歪ませてやるからね」

「まあ、良いけどね。それじゃあ、教科は譲ってあげるわ」

 

 さて、ここで問題なのは選択する教科だ。私は吉井君とのいざこざで集中できず、無意識のうちにテストを受けていて、点数確認も忘れていたので自分の成績を知らない。セオリーとしては400点代決定の英語を選ぶべきだろうが、正直Aクラスの人なら250点くらいは普通に取っていそうだ。私でも500点以上は調子が良くなければ厳しい。となると、数学だろうか? こっちはもっとだめだ。最悪60点代になるようなテストを信頼するのは無謀すぎる。ここは安全策で。

 

「じゃあ、教科はえ――」

「待った! 僕と夏樹がタッグでやるよ!」

 




今回はひき逃げチックに終わらせていただきました。今回というかこの後の数話が全てそんな感じなんですが。今回、夏樹と優子を対立させました。今は亡き二次ファンではここでオリキャラを優子と戦わせていがために優子を改悪させる作品が非常に多かったのを覚えています。でも、この作品ではできるだけキャラの改悪は避けたい。ならばどうするか? で前回の雄二との大喧嘩になりました。夏樹は物事を溜めこむ性質なので、限界まで貯めこむと大爆発します。そのせいで、冷静な判断を無くして突っかからせました。物書きシュレ猫、原作キャラを”改悪”して悪者にするくらいなら、オリキャラを悪者にします。

ちなみに原作では誰一人として優子の秀吉への怒りに気づきませんでしたが、ここでの明久は夏樹と付き合っていることと、2日前の喧嘩で今までの自分を見つめなおしていたので気付くことができました。

さて、雄二にタッグ戦を勧められながら一人で挑もうとした夏樹にラストでかかった声。この声の正体はいったい誰なのか?(笑)

それでは次回もよろしくお願いします。


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第三十三話:もう一度。そして、永久に

どうも、シュレ猫です。前回ひき逃げ気味に終わらせて読者の方の興味を引くと言う卑怯な手を使いましたが、そうして興味を引いたのに見合うように7000文字弱とそれなりに長いお話になっています。一応、キャラの再現などには気を付けているつもりですが、「クソ野郎! こんなの原作の●●と全然違うじゃねーか!」という印象を受けた方。是非ともご指摘ください。原作キャラをかっこよく書くのを目指していますが、かっこよくするために原作から(夏樹の影響でも)こんな風になるわけないってキャラを書くのは二次創作書きとして最低だと考えていますんで。

それでは、本編始まります。…………本当にキャラがおかしかったら言って下さいね? 全力で直しますんで。


「待った! 僕と夏樹がタッグでやるよ!」

 

 もう組む相手もいないし、一騎打ちをしなければならないと思っていた私に聞きたかった、でも聞けるとは思わなかった人物から声がかかりました。

 

「あ、あっきー?」

 

 呟きながら後ろを振り返ると、そこには今喧嘩をしている最中の吉井明久の姿がありました。確かに組んでくれればという思いは頭をかすめた。しかし、彼が組んでくれるとはつゆほども思わなかった。

 

「な、なんで」

「ねえ、木下さん。木下さんはタッグでも戦ってくれるんだよね?」

 

 私の小さな問いかけを無視して、あっきーは木下さんに話しかけます。

 

「ええ、良いわよ。教科指定1つ扱いで認めてあげる」

「じゃあ、お願いしようかな」

「おい、明久。何勝手なこと言ってやがる!」

 

 一応提案はしていても教科指定を一つ無駄にするのは許せないのか。坂本君があっきーにつかみかかります。

 

「ごめん、雄二。でも、どうしても今回だけは夏樹と戦いたいんだ」

「設備入れ替えはどうする気だ!」

「……絶対に勝つ。もし負けたらクラス全員で僕を殴ってくれて構わない」

「……その言葉、忘れるなよ」

 

 坂本君を納得させるためにまたも自分を安売りするようなことを言う吉井君。やっぱり私の言葉は届かなかったのだろうか。

 

 Aクラスが木下さんが誰と組むべきか話し合いをしている間に、吉井君が私の近くに歩み寄ってきます。その顔はどこはバツが悪そうでした。そんな彼を私は睨みつけます。

 

「何考えてんの、吉井君」

「あぅ、やっぱり吉井君のままか」

 

 今回も吉井君呼びにした私に対して、彼はとほほと肩を落として嘆きます。さっき、うっかりあっきー呼びしたでしょうが、そういうこと聞き逃すから朴念仁って言うんだよ。でも、今はそんなことはどうでもいい。

 

「で、勝算も無しにあんなこと言ってどういうつもりって言ってんの」

「しょ、勝算ならあるよ」

「あんたの頭の中でどんな不思議計算式が出来上がって、どの程度の勝率があるのかは知らないけどさ。万が一ってことがあるでしょ」

「し、失礼な。不思議計算式なんて夏樹にだけは言われたくないよ! 大丈夫、10回に2,3回は勝てるはずだから!」

「確率30%じゃない。そんなんでクラスからのリンチを覚悟したの?」

「だ、だって、夏樹と一緒に戦うにはそれしかなかったし。……僕が来なかったら夏樹は一人きりだったし」

 

 その言葉に私は砕け散るのではないかというくらい強く歯噛みする。そして、これ以上強く睨むことができるのかというくらいの視線で睨みつける。

 

「私は言ったよね? 自分を心配してくれてる人だっていっぱいいるんだから、簡単に自分を安売りするなって。結局、あんたは自分に自信が無いままなのね。今回も私が可愛そうだから自分を犠牲にってか。で、万が一負けたらFクラスのみんなには殴られて、木下さんの命令は自分が代わりに聞いてって考えてるんでしょ。ふざけんな! そんな人に組んで欲しくなんかないよ。木下さん、ごめんね。やっぱり私が一人で――」

「違うっ!!」

 

 吉井君に自分の不満を遠慮なくぶつけ、木下さんにタッグ戦を行わないことを告げようとした時、吉井君が大声で遮った。

 

「僕は夏樹のことをかわいそうだなんて思ってない。……僕はバカだから今までの悪い所なんて簡単に直せないし、これからも頭に血が上って夏樹に怒られたようなことをしちゃうかもしれない。考えなしに言葉をだして、うっかりまずいことを言っちゃうかもしれない」

「……」

 

 不満はあった。できれば直して欲しいことを直せないと言われたのだから当然だろう。しかし、ここは口をはさんではいけないところだと思った。

 

「でも、これからは自分を簡単に犠牲にしたりしない。困ったときにはなるべく夏樹に相談するようにする。……良く考えたら夏樹に心配かけたりする方が辛いし、僕自身だって怪我が少なくて済む方が嬉しいしね」

 

 始めは真剣に、しかし途中で恥ずかしくなったのか頬を人差しで頬をかきながらそっぽを向いて誤魔化すように締めた。

 

「勝率3割の戦いで、負けたらリンチを受ける約束をした男の口から出たその言葉を信じろっての? 私は十分一人で戦えるし、同情される筋合いはないんだけど」

「同情じゃない! 僕は今までずっと夏樹におんぶに抱っこだったから、無意識のうちに夏樹を頼らないようにしようと思っていた」

「……これでも、あんたには相当助けられてきたつもりなんだけど」

 

 これは事実だ。自分で言うのもなんだが、元々が人懐こい気質の私は八方美人などと誤解を受けやすい面がある。その上、面倒見が良すぎるせいで世話を焼くポジション――すなわち、一歩引いていたり、少し上に立っていたり――にいることが多く、それなりに男女間の性差を意識した年齢で対等に接する人間は少ない。中学以降の人間関係で明久のように対等に接してくれる人間は稀なのだ。そして、間に明久が緩衝材として入ることで本来は友人関係になりえない坂本雄二――今は絶縁寸前だが――や土屋康太といった面々と友達になれた。確かに明久は明確な何かをもって私を助けてはいないだろう。しかし、友人としてただ隣にいる。それだけのことが私の大きな救いとなっていたのだ。

 

「それについてはいまいちピンと来ないけど、夏樹がそう言ってくれるなら嬉しいな。でもさ、夏樹が言ったように友達だったらどっちがどっちを助け過ぎるとかないでしょ? だから、これからは夏樹とはお互い助け合う関係でいたい。夏樹が辛い思いをしているときはそれを解決したいし、厄介事を背負いこんだら一緒に背負いたい」

「それで、自分を犠牲にすることがあっても?」

「夏樹の眼にはもしかしたら自分の安売りに見えるかも知れない。でも、夏樹のために賭けるんだったら安すぎることはあっても、高すぎるなんてことは絶対にない。だって、夏樹は僕の一番大事な人だから! だから、改めて友達からお願いします!!」

 

 そう言って、両手を前に出して頭を下げてきた。

 

……とりあえず、私はどうすれば良いのだろうか。後ろ、すなわちFクラスでは坂本君以外の人間が尋常ではない殺気をまとって何か違う生物にメタモルフォーゼしそうだ。そして、正面のAクラスでは何人かの女子が顔を赤らめてキャーキャー言っている。正直、私の顔も熟れきったリンゴのように真っ赤に染まっているだろう。そんなつもりで言っているのではないのが分かっているのに、そんな気を起こす気なんか無いのに、そんな自分でさえ間違って惚れそうになる。本当に罪な男だと思う。2,3度浅めに深呼吸して何とか顔の火照りを抑えた私は、

 

「ていっ!」

 

 えいや、とばかりに目の前にある頭に思いっきり手刀を落とす。

 

「あいたぁぁぁ!!」

 

 その手刀を受けて、文字通り頭を押さえて飛び上がるバカ。

 

「な、何すんのさ! 今は真剣な場面だよね!?」

「嬉しいけど。……確かに嬉しいけどさ。そういう言葉はいつか恋人にしたい人ができるまでとっておきなさい、ギャラリーは確実に違う意味にとってるよ」

『テメェ、吉井。衆人環視の前で神谷さんに告白とはいい度胸してんな』

『異端者には死の鉄槌を!』

「…………殺したいほど、妬ましい」

「アキ、一体どういうこと!」

「明久くん、お話を聞かせてくれますよね!」

「え、えぇ!? な、なんでみんなそんなに殺気立ってるの!?」

「はぁ、今のはさ。交際とか最終的には結婚を申し込むために今は友達から始めようって提案しているように聞こえてもおかしくないってこと」

「うぇ、ち、違うからね。今のはいきなり親友に戻るのは無理でも友達からやり直したいってだけで」

 

 自分の言ったことがどんな誤解を生むのか理解したあっきーは完全に混乱している。それを見ていると趣味が悪いとは思うが、笑いがこみあげてきて、おなかを押さえて大声で笑ってしまった。周りのみんなが戸惑っているのは分かるが、今は気にしない。

 

「――はははっ。あ、あっきーはさ。もう少し言葉を考えた方がいいよ。私でなきゃ間違って惚れちゃう子がいるかもしれないから」

 

 目じりの涙を拭いながら、将来ジゴロと言われかねない親友に忠告をしておく。

 

「な、何それ! 僕に惚れるのは間違いってこと!? じゃあ、正解はなんなのさ!?」

「さぁね、それは自分で気づいていかなきゃね、あっきー♪」

「だから、なんなのって――あっきーって!」

「あぁーあ、せっかく私から謝ろうと思って機会をうかがってたのに、台無しになっちゃった」

「ほ、本当に!?」

「ホント。それで、今日まで何度も話そうとしたのに無視するんだもん」

「あ、それははる――ゴホゴホ、ある人に試召戦争が終わってからが良いって言われたから」

 

 あぁ、なるほど。あのバカのせいか。どうやって締めてくれようか。

 

「でもさ、夏樹が謝るって一体何を?」

 

  私が春華に行う10の拷問法を考えていると、あっきーが本当に不思議そうに聞いてくる。私は少し考えて(たぶん)困ったような表情で返す。

 

「それがあっきーの長所だって知ってるくせに、今までこのことを指摘してこなかったくせにって後悔してたんだよ? それに、あっきーの言うとおり結果的には怒られるだけですんだんだし、結局のところ、私は独り善がりで事態を引っかき回したのかなって気もするし」

「そんなことないよ! 夏樹が怒ったのだって僕のことを本当に心配してくれたからでしょ?」

「……それでもさ。もう少し言い方とかもっといい方法があったんじゃないかって。……さっきだってAクラスに来る前は自分から謝るつもりだったのに、またあっきーに怒ったりしちゃってさ。本当にダメだね私。友達が傷つくって考えたら相手のことも考えずに熱くなっちゃってさ。自分でも嫌な奴だって思う。でもさ、中々直んないんだよね」

「僕はそんなことは――」

「ううん、これは私の欠点。だからさ。勝負しよ?」

「しょ、勝負?」

「そ、勝負。私はこういう独り善がりなところを直して、あっきーは周りの人に心配をかけ過ぎるのを直す。どっちが早く直るか競争。でさ、私からもお願い。直る前にまたあっきーに不愉快な思いをさせちゃうかも知れないけど、絶対あっきーより先に直した私を見せるから、それを見届けるまで。そして、それから先の未来でもずっと私の一番の親友でいてください」

「えっと、僕でよければ喜んで」

 

 そう言って私は右か左か少し迷った後、全ての指を伸ばした左手を差し出す。あっきーは少し恥ずかしそうにしながらも自分の左手でその手を握ってくれた。

 

「あぁー、ゴホン」

 

 私たちがお互いの手を見て微笑んでいると、高橋先生が大きな咳払いをした。

 

「えぇー、二人の青春劇は大変素晴らしいと思いますが、いい加減に試合を初めて欲しいのですが」

「あっ、す、すみません!」

 

 頭に上っていた血が少し下がり、急に恥ずかしくなった私は握ったを素早く離し、周りのみんなに何度も何度も頭を下げます。途中で、「な、涙目で謝る神谷さん」とか気持ち悪い声が聞こえましたけど、全力で黙殺しました。

 

「それでは、始めても良いですね」

「お、お願いします」

「では、Aクラスからは木下さんと佐藤さんが出るそうです」

「分かりました」

 

 高橋先生が言うと、木下さんとともにメガネをかけたボブカットの女の子が出てきた。二人は今も小声で話し合っている。作戦や選択教科を考えているのだろうか。

 

「では、Fクラスは1つ分の教科指定権を使ってタッグを挑むとのことですが、教科選択はどうします?」

「相手にくれてやってくれ」

 

 高橋先生の確認に、坂本君がそっけなく返します。彼女たちは何となく理系が得意そうな雰囲気ですが、実際のところどうなんでしょうか。

 

「ねぇ、あっきー。教科選択でほぼ勝敗が決まるのに勝算なんてあるの」

「まぁ、見ててって。……あとで、ちゃんと謝るから今回はごめん」

 

 訳の分からないことを言うと、あっきーは一歩前に踏み出しました。

 

「ねぇ、木下さん」

「何よ?」

 

 あっきーの呼びかけに木下さんは少し不機嫌そうに返しました。

 

「実はさ。夏樹が一番得意な教科って数学なんだ」

 

 ……このバカは何を言っているんだろうか? 私の説明をするうえで一番得意というならば安定している英語だろうに。数学もそこそこ良い時もあるけど、なんにしても得意な教科を相手に言っても避けられるだけだ。それとも、こうやってブラフで教科をつぶして英語に持っていくつもりなのだろうか?

 

「ふーん? 確か神谷さんの得意教科は英語だって坂本君が言ってたけど」

 

 朝に坂本君から私の情報を聞いていた木下さんは興味無さげだ。というか、あっきーも同じ場所にいたんだからそれくらい分かっているはず。

 

「あ、信じてないね。これでも夏樹は数学の女帝っていう異名を持っているんだよ」

 

 待てや、コラ! そんなかっこ悪い異名で呼ばれたくないって何度も言ってるでしょうが!

 

「あぁ、一年の最初のテストで代表のほぼ倍の点数を取ったって奴でしょ? でも、その後は全然そんな話聞かないし、どうせ横から点数を見た誰かが1と7を読み間違えたとかそんなオチでしょ?」

「それなら、数学を選んでみれば?」

「お生憎様。僅かでも点数が高い可能性があるなら避けるわよ。まあ、私たちも理系が得意だからそれ以外を選ばなきゃってのは残念だけど」

「なるほど、Fクラスから逃げるんだね」

「……なんですって」

「僕の召喚獣の防御力は木下さんたちからしたら紙切れだ。だから、僕なんかすぐに片付けて夏樹と2対1になるだろうね。で、夏樹は相手が自分の点数の半分より1点でも高ければほぼ勝ちは無い。それなのに逃げるってことは夏樹の半分もとれてる自信が無いんでしょ?」

「そんなわけ無いでしょ! でも、クラスのことを考えたら不安要素は」

「あーぁ、Aクラスの木下優子はFクラス相手に尻尾巻いて逃げるのか」

 

ここぞとばかりに外野の坂本君も木下さんを挑発し始めた。今こうしている間にも木下さんの血管が破れんばかりに怒りが溜まっているのが分かります。でも、私情を抑えてクラスのために安全策を取ろうとしている木下さん。本当にリーダーとしての素質が高いのだろう。

 

「……優子」

「う、うわっ! だ、代表!」

 

 木下さんが何度も深呼吸を繰り返しているとぬっという擬音が似合いそうな動きで、霧島さんが木下さんの背後に立ち、声をかけます。

 

「……優子の好きにすると良い」

「で、でも、もしそれでクラスが負けたりしたら」

「……大丈夫、私は偉そうなこと言えないけど、みんなだって分かってくれる。みんな優子の努力を知ってる。そして、優子が負けるはずが無いって信じてる。だから、思う存分戦って」

 

 霧島さんがそう言うと、Aクラスのみんなが「そうだ、木下さんなら勝てる!」とか「FクラスにAクラスの強さ見せてやれ!」とか銘々に声援を送りだしました。それを聞いた木下さんは目をつむり、一つ頷くと、

 

「決めました! 高橋先生、教科は数学でお願いします」

「分かりました。それでは4人とも準備をお願いします」

 

 高橋先生の言葉を受けて位置につく木下さんと佐藤さん。明らかにやる気が高まったのが見てとれます。

 

「あっきー?」

「……こんなこともあろうかと、春華さんに相手にこっちの得意教科を選ばせる挑発法を電話で教えてもらいました。後で、土下座をして全力で謝る所存です」

 

 以心伝心。名前を呼び掛けただけで私の聞きたいことと不満を察知し、目をそらしながらボソボソと答えます。

 

「春華にはこのことについてもお仕置きするとして。……その言葉、信じるからね」

「もちろん!」

 

 軽く()め付けると、良い笑顔で返してきました。全く、調子のいいことで。

 

私たちも位置につくと、私は怒りやら羞恥やらでいまだに冷静になりきれていない頭を覚ますために悪戯っぽい笑顔を作ってあっきーに向かいます。

 

「坂本君にあんだけ大見え切ったんだから、しっかりサポートしてよね、ダーリン♪」

 

 さっきの告白騒動があるので、これのダメージは大きいでしょう。あっきーの慌てた反応を見てからかおうとしたら、

 

「任せといてよ、ハニー」

 

 とんでもない返しがきた。私は眉をひそめ、淡々と告げる。

 

「止めて、気持ち悪い」

「理不尽だ! 夏樹のからかいに合わせただけなのに!」

「まあ、いいや。予定とは違うけど肩の力が抜けた。……思えばまともに組んで戦うのって初めてだったね。絶対勝つよ、相棒」

「了解!」

 

 そう言ってあっきーは満面の笑みで、私はちょっと澄まし顔で握った拳の甲を顔の横で叩き合わせました。

 

「……では、召喚してください」

 

 注意しても無駄だと思ったのか。高橋先生が注意代わりに召喚を促します。

 

試獣召喚(サモン)!』

 

 そう言って現れる召喚獣たち。木下さんは西洋風の甲冑に円錐のような形をした槍、佐藤さんはインディアン風の外装に鎖鎌、あっきーはお決まりの改造学ランに木刀という装備です。

 

Aクラス 木下優子 数学 372点

Aクラス 佐藤美穂 数学 355点

  VS

Fクラス 吉井明久 数学 62点

 

 そして、私の召喚獣は燕尾服姿にヴァイオリンを持っていました。…………まずった!?

 




今回は明久が最高にかっこよく映るように話を書いたつもりです。そのための夏樹との喧嘩。そのための夏樹が雄二と喧嘩した上での暴走です。原作の明久のイメージを壊さずに、それでいて皆さんもかっこよかったと思って下さってくれれば幸いなのですが。

ここで宣言しますと、この小説は完璧で高スペックなオリ主が完璧に立ち回って、そのかっこよさで読者を魅せる物語ではありません。自分はバカテスは明久と次点で雄二がメインのお話で、バカな彼らだからこそ中心に立て、小利口で高スペックなキャラは決して主役にはなれない物語だと思っています(まあ、強化合宿だけは夏樹が二人よりも活躍する予定ですが)。ですから、夏樹は主人公ではあってもどちらかと言えば語り部主人公に近い形になると思います。夏樹という脇役によって物語に原作とは違った波紋を立て、最高にカッコいい明久と雄二の活躍を描く。これがこの「バカとテストと右脳娘」のスタンスです。ですからこれ以後、1巻が終わるまでは今回のように夏樹はあくまできっかけ(タッグだけは主役を張りますが)、夏樹に影響された原作キャラ達の見せ場となります。もしかしたら、このスタンスに不満を持つ方がいるかもしれませんが、これから先も夏樹の活躍より明久&雄二の活躍に力を入れていくつもりです。

そう言えば、いつぞやの前書きかあとがきでAクラスを負けさせたくなくなったと言うことを書いたと思います。実はその時に書いていた話がこの話なのですよ。優子さんが安全策を取らずに相手の望む教科を選ぶことを後押しするAクラス。実際原作でも弟のせいでCクラスに攻め込まれたので、狭量なクラスなら彼女をまとめ役のままにするわけがないと思うので、あながちAクラスの人間性としてはおかしくないと思うんですよね。そのせいで、久保君が姫路と戦う時に獲得点数では負けたけど、僅差で勝ったということを書きたいという欲求が生まれてしまった訳です。いや、自分で書いたクラスの人間性ですけど、このクラスを前にしてあのセリフを決め手としてAクラスを負かせと言うのかという葛藤が……。

今回の明久と夏樹の仲直りについて、1巻分では最大の明久の山場を皆さんが楽しんでくれていればこれ以上に幸せなことはありません。そして、オリジナルの山場はこの第一次試召戦争では残り二つとなります。この二つの山場も楽しんで頂けるように頑張って書いていこうと思います。

それでは、次回の更新もよろしくお願いします。


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